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[11290] 【完結】幼なじみは悪魔の子 (ワンピース オリ主)  
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2012/05/21 00:49
タイトル通り恐れ多くもワンピースの二次小説です。


・オリ主、オリキャラが登場します。

・話の展開上原作を沿うように続きます。

・初投稿に当たるので稚拙な表現、間違った文章とうとう有るかと思いますが、
 ご容赦の程お願いいたします。

・この作品が皆さまのよき暇つぶし程度になれば幸いです。



[11290] 第一部 プロローグ 「異端児」 
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/03/27 22:21
事実は小説より奇なり


……なんて、考えたスーパーな偉人は誰だ?
たった今オレの中では顔も知らんそいつに賞賛と鉄拳を食らわせることが決定した。


何故?というのはオレの方が聞きたい。
教えてくれるなら教えて下さい。
どうして?
どうして?


どうしてオレは……………っ!!


「オギャオギャオー!?(赤ちゃんなんだー!?)」

「せっ、先生!赤ん坊が突然奇声を発しました!!!」













プロローグ「異端児」













なんか知らないけど…………気がついたら赤ちゃんになってた。


きっかけとか全く思い出せない。
オレは誰だ?
今まで何をしていてどんな人生を送ってきたんだ。
というかこの状況、何?

疑問だらけではあるが何が出来る訳でもない。
何せオレは赤ちゃんだ。
赤ちゃん舐めんな!! 取りあえず言いわせてくれ。
赤ちゃんはヤバい。マジで。
何せ一人では何も出来ない。
首すら座ってないので、寝返りすらもダメだ。
行動はもちろんのごとく 排泄も…………食事も。


………スマン、誰かオレを殺してくれ。


おそらく人類史上初だ己の母であろう女性に欲情した赤ん坊は。
……直接の表現は避けるが、身体が発達してなくてホントに良かった。


おまけにオレの母親はかなりの美人だった。
背は高くないのだが、繊細な磁器のようにきめ細かい肌に、均整のとれた八頭身。サラサラとした黒髪に血行の良さそうな頬。大きな目に形のいい唇。
そして目の下の泣き黒子が特徴のどこか子犬を連想させる可愛らしい人だ。

こんな美人めとったのはお前か!!
……と、この身体の父親に会ったら言ってやるつもりだったが、母である女性の話を聞く限りだと父親は亡くなってるらしい。
何度か見せてもらった写真には 母である女性の隣で幸せそうに笑う男の姿があった。


父は海兵で本部とやらの大佐だったそうだ。
何でもびっくりするくらい強かったらしい。
まぁ話の半分くらいは誇張だろう。
……ありえんだろう。

指で壁に穴を空けたとか、
鉄のように堅いとか、
おまけに空を走ったとか…………。


まぁ、とにかく母が嬉しそうに父のことを言葉の通じないはずのオレに話した。
その言葉の端々に感じる寂しさがとても悲しかった。


なぁ……どうしてこんないい人置いて先に逝っちまったんだ?アンタ?


………おかげで欲情するたび本気で死にたくなるだろ。
はぁ………早く離乳出来ないかな。


「クレスちゃーん、オシメ換えますねー」


ぎゃあー!!
止めて下さいお母様!! 今はシリアスですよ!


一日に数回訪れる生き地獄を終える。

ちなみにクレスというのはオレの名前だ。


エル・クレスと言うらしい。


前世とでも言うべきか?

オレにはそれが思い出せない。
もしかしたら知らないや分からないというのが正しいかもしれない。

だが “自我” と “自我を形成するために必要な最低限の知識” は持っている。


自分でも良くわからん。


もしかしたらオレは神様の手違いで前世の “自我” を持ったまま転生でもしたのかもしれない。

それともオレはもともと“自我”を持って生まれて来たのかもしれない。


どちらも同じようなものだろうが、出来るなら後者のパターンであってほしい。


もし前者であるなら、オレは人を一人殺しているようなものだ。
この可愛らしい母親から息子まで奪っているならオレは自分が許せない。
だがそれはオレの希望で、もはやこの自分である赤ん坊が普通で無いのは確かだ。

オレに出来ることは普通の人間として振る舞う努力をするくらいか…。


……偽善だよな。やっぱり。


自分の浅い考えに反吐が出そうだ。
まぁ、暗い気分も終わりにしよう。
四の五の考えるのも取りあえずはやめにしよう。
人生はこれからなのだ。
考える時間はまだある。
これからどんなことが起こるかはまだわからない。
今はただ………













「クレスちゃーん。ご飯ですよ―」












全力で煩悩と戦おう。













クレスの母親であるシルファーは生後間もない自分の息子に何か違和感のようなものを抱いていた。
気のせいであろうかと考えてはいたが、その思いは日を追うごとに強くなった。


(この子、全然泣かない!?)


本来赤ん坊というのは例外なく泣くものだ。
それは、生存本能に近いと言える。

だが、クレス泣かないのだ。
泣かないことでシルファーを困らせないようにしている節さえあった。
恐ろしいほどに静かな赤ん坊だった。

クレスが泣くのは一日にほんの数回。
それも、食事、排泄、が必要な時だけなのである。

シルファーは不審に思い医者のもとへとクレスを連れて行ったが、検査の結果は極めて良好。健康体そのものだった。


「賢いお子さんですね」


医者は言う。

だが、シルファーは少し違うように感じていた。

この子は遠慮している。
まるで、自分は他人なのだと主張するかのように……



(でも、わたしは認めない。あなたはわたしの子、どんなことがあっても絶対に!!)



シルファーは決意していた。
父親がいないからこそ、自分が二人分の愛情でこの子に接するのだと。



その愛情は本物で、何よりも強いものだった。













あとがき

処女作になります。
初心者なので拙い文章、間違った文法または表現、等々があると思いまが、
よろしくお願いします。






[11290] 第一話 「母親」  
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/15 22:03
二歳になった。

最近ようやく一人でいろんな事が出来るようになった。

グッバイ、過去のダメなオレ!
こんにちは、新しい自分!

……母さん(オレはそう呼ぶことにした)はもっとオレの世話をしたがってたみたいだけどね。
悪いと思いつつもこればかりは勘弁してほしい。
さすがに、これ以上は世話になれない。
そのうち、オレの羞恥心とか自尊心とかが、
リミットブレイクどころか天元突破してしまいそうだ。













第一話「母親」












この2年でわかったことを話そう。

まず今は海賊王ゴールド・ロジャーの一言に端を発した。
ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)をめぐる、海賊達が跋扈する大海賊時代だ。
そしてオレは西の海(ウエストブルー)のオハラという島に住んでいる。
西の海とは世界を両断する赤い土の大陸(レッドライン)と偉大なる航路(グランドライン)によって四分された海の一つで、そしてオハラは考古学の聖地として有名な島らしい。

初めて外に出た時はビビった。なんせメチャクチャでかい樹があったからだ。
なんでも樹齢五千年の大樹で「全知の樹」というらしい。
そしてその内部には世界最大最古の文献の貯蔵を誇る図書館があって、母さんもここで働いている。
母さんはそのことを誇りに思っているみたいだ。
最近やっと母さんが本格的に仕事に復帰した。
母さんは図書館での仕事が好きなようなのでとてもよかった。

そして自分のことだ。
この2年間でオレは何とか順調に育った。
一度大風邪を引いて死にそうになったが気合いで乗り切った。
幼い時の風邪はヤバい。
今でこそ軽いノリで話せるが。当時は本気で死ぬかと思った。
話によると感染症らしく早期発見で軽く済んだらしい。
ヤバいかも………。と思ったので全力で訴えた。
演技力の勝利だ。


それから文字を修得した。


これはには驚いた。
二歳で文字の読み書きをマスターしたからではない。
オレは言葉は理解出来るのに文字が書けなかったのだ。
さらにいえば知識の方もわかっているのはどうやら自我の形成に最低限必要な物だけらしい。

うーん謎だ。

とりあえず、本を読んで知識をつけることにする。
そうすれば自分に関することも少しはわかるかもしれない。

でも今すぐは止めておく。

オレの異常性が浮き彫りになるのはマズいだろう。

そして最後は今隣で眠っている、
ニコ・ロビンって名前の黒髪の可愛らしい女の子だ。
ロビンとは一歳の時に知り合った。
いわゆる幼なじみというやつだ。
母さんとロビンの母親のオルビアさんとが仲が良いらしく。
ロビンとはいつも一緒にいる。

ロビン個人については、驚くほど聡明な子どもだと言える。
わずか二歳にして文字を理解して簡単な本まで読めるのだ。
俗に言う天才と言うやつだろう。


母親のオルビアさんは艶やかな白髪が目を引く、
まるでモデルのようにすらっとした美人さんだ。

………だが、ウチと同じで父親がいないらしい。

オレの父親も含めて、本当に……バカな奴らだ。
こんな美人さんがいるなら意地でも生き残れっての!!
まぁ、彼らに文句を言っても仕方がないのはわかっている。
生きていて欲しかったけど、残酷なことに過去はやり直せないものなのだ。













母さんとオルビアさんは仲が良い。
だからオルビアさんが来るときはいつもは和やかな雰囲気になるのなのだが、今日はなんだか毛色が違った。


どうやら口論をしているようだ。


「あなた本当ににそれで良いの!?」

「えぇ、もう決めたことだわ」


母さんの責め立てるような声。
しかし、その言葉には非難と言うよりも目の前の友を案じるような響きがある。
そんな母さんにオルビアさんはどこか達観したように答えた。
しかし、その姿からは確かな動揺が読みとれる。


「……あなたは良くても、ロビンちゃんのことはどうするのよ?」

「親戚にあづけるわ」

「……言わせてもらいますけどあなたの親戚は正直信頼出来ません。
 ロビンちゃんのことを考えるなら絶対に残りなさい」

「ロビンなら……大丈夫よ」


絞り出すような、最大限の気力をふりしぼったような声だ。
しかし、その声に自信は感じられず、言葉に対する後悔のようなものを感じているように思えた。


「………大した信頼ね。………その選択にためらいはないの?」


母さんはそんなオルビアさんの様子にきっと気づいているはずだ。
しかし、挑発のように言葉を重ねる。


「………えぇ」


俯きながらも、オルビアさんは言葉を成した。


「……………………」


「……………………」


二人の間を冷たい沈黙が支配する。
二人の声が消えたために、部屋には時計の音だけがやたら大きく響いた。


「もう一度聞きます。あなた本当にそれでいいの?」

「……………………えぇ」


強い口調で母さんは言う。

オレは母さんのあんな姿初めて見た。
いつもの少し天然の入ったかわいらしい様子はそこには無く、なにやら憔悴しきったオルビアさんを必死に説得する姿があった。


「あなたのことはわかっているつもり。
 今回の調査船にはあなたの力が必要で、あなたが行きたがる理由も知ってる。
 ……でも、それはオハラの学者としては正しいしけど、母親としては間違ってると思うの」

「……………」

「だから私は同じ子供のいる母親としてあなたには行って欲しくないの」

「……………」

「………オルビア、考え直してもらえないかしら?」


一転、やさしく母さんはオルビアさんを諭す。
──────母としてのの義務。
母さんの言っている事はどうしようもなく正しい。



「………それで…も、…それでも、……私は行きたいの。
 ロビンのことは大好き……愛してる。……でも、でも! やっぱり!!」



「───ロビンちゃんを捨てる気なの?」



「っ!!」


投げかけた言葉。
それはオルビアさんの胸に鋭く突き刺さる。


「航海が無事に終わる保証なんてない。
 いいえ、死ぬ確率の方が高い、敵は山のようにいる過酷な旅。
 ……あなたはそんな旅に娘を置いて行ってしまうの!?」

「………でも、…もう、…決めてしまったの」


今にも崩れそうな様子だった。
母親としての自分と学者としての自分との間で揺れる心にオルビアさんなりに答えをだしたようだ。

母さんがオルビアさんはこのオハラにおいても非常に優秀な学者だと言っていた。

よくはわからなかったが今までの話をまとめると、オルビアさんは何かの調査船にのるのらしい。
そこにはオルビアさんの力が必要なのだが、その旅路は非常に危険で死んでしまう可能性が高い。
口振りからすると、おそらく長期の旅なのだろう。
オルビアさんとしては苦渋の決断として船に乗ることにしたが、母さんはそれに反対だったらしい。


「………そう、…決めちゃったのね」

「………ごめんなさい」

「……このことはロビンちゃんには?」

「………話したわ」

「ロビンちゃんはなんて?」

「……いってらっしゃい。おかあさん、がんばって……って。
 今にも泣きそうな笑顔で必死に……強がりを……言っていた…」

「……そう。……フフっ、あなたの娘らしいわね」

「………そんな……そんなことないわ……こんなダメなお母さんなのに……」


母さんは目を閉じてゆっくりと椅子の背もたれに体重を預ける。


「………わかりました。あなたを説得するのは止めにします」

「……ごめんなさい。シルファー」


「──────ただし条件があります。
 まず、ロビンちゃんはウチで預かります。
 アナタの親戚には悪いけど私は人を見る目には自信があります」


母さんは嘘や陰口を言う人間じゃない。
ロビンの親戚に関してはオレも知っている。
母さんの言う通り、あまりいいイメージは浮かばなかった。


「そしてアナタは絶対に、絶対に必ず生きて帰って来なさい。
 どんな姿になっても、必ず、生きて帰りなさい
 最後にこう言う時はごめんなさいじゃなくて、………… “ありがとう” よ」


それは、優しく柔らかで、全てを包み込むような、ほほ笑みだった。


「…………ありがとう、本当に……ありがとう、シルファー」

「……もう遅いわ、今日は泊まって行きなさい」


この時オレは二人の間に入ろうか迷っていた。
しかし、一瞬の逡巡の後にオレは入ることを止めた。

オレも母さんと同じでオルビアさんには行って欲しくない。
出来るならロビンの側にいて欲しかった。

でも……考えた結果オルビアさんがその答えを出したなら仕方がないとも思った。
当然納得はしていない。
親の都合に子供は関係ない。
でも………オルビアさんがあんなに苦しそうな様子で思い悩んだ末に決めた事ならオレのやるべきことは糾弾ではなく応援なのだと思う。
母さんもたぶん 同じ考えなのだろう。


テーブルに伏せるオルビアさんに母さんが優しく 語りかけた。


「……オルビア、あなたはダメなお母さんなんかじゃないわ。 
 遺跡の調査は、あなたがそうと決めた以上は絶対にやり遂げなさい。
 ロビンちゃんは必ずそんなあなたを誇りに思ってくれるはず…。
 それに、ロビンちゃんは私がしっかりと立派な女性に育てるから安心して、
 だから涙を拭きなさい。────────お母さんなんだから」



この日から3日後オルビアさんは海へと旅立った。
ロビンとの別れぎわに見せた、ためらいや悲しみそして決意が入り混じった表情が印象的だった。
ロビンのほうはオルビアさんの乗った船が見えなくなるまで今にも泣きだしそうな笑顔だった。


船が見えなくなった途端泣き出したロビンをオレといっしょに抱きしめる母さんはとても温かかった。




このとき、ふと思った。
こんなに思い悩んだ果てにオルビアさんが調査したいものとは、────────いったい何なのだろうか?












あとがき

こりずに投稿させていただきました。
主人公の設定が少々特殊ですね。
原作とは少し変わりますご了承ください。
 



[11290] 第二話 「慈愛」 
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/15 22:06
親バカという言葉がある。


子供がかわいくて仕方ないがために
……いろいろとはっちゃけちゃう親のことだ。

いや、すまん少し言葉がおかしいな。

子供がかわいいあまりに
……いろいろとはしゃいじゃうわけだ。

ん? あれ? おかしいか?

いや………間違ってはいないはすだ。

だって、…………………。



「「「ロビンちゃーん!!お誕生日おめでとう!!!」」」


オレの前にいるのは親バカだと思うからだ。
まぁ…悪くはないけどな。












第二話「慈愛」













舞い散る紙吹雪に鳴り響くクラッカー。
貸し切られた図書館内にならべられたパーティー料理の数々。
図書館の職員総手で発せられる大合唱は全てたった一人の子供のためだ。


「えっ!? あっ…あの?」


その当人はさすがに困惑してるみたいだけどね。
まぁ……当然といえば当然だ。
本来は定休日のはずの図書館に連れられて扉を開ければ、いきなりの大歓迎。
さすがに驚いて言葉も出ないだろう。


「ロビン、こっち、こっち」


オレは困惑しているロビンの手を引いて主賓席に座らせる。


「クレス……これは?」

「ロビンの誕生日会だよ」

「そのとおり!!!!!」


突然登場するハイテンションな男。

いきなり叫ぶなびっくりするだろうが。


「今日はロビンの五歳のバースデー!! ケーキあるぞ! ケーキ!!」


テンションを上げるのはいいけどあんたははしゃぎすぎだ。
というかテーブルに乗るな!下りろ!!


今、目の前にいる初老の男性はクローバーといって、
……こんなんでも考古学の権威らしい。


「こんなんとはなんだ!!」

いや……だって。
というか聞こえてたのか。


「カァ―!!! だから、貴様はかわいげがないのだ!!
 もっとロビンを見習わんか、とても同い年には思えんわ!!」


そんなこと言われても困る。
肉体は五歳児なのだがぬぐいがたいほどの自我が顕現しているのだ。


「うるせー。じいさんにかわいがられてもうれしくないってーの」

「こっちこそ、貴様なんぞ可愛がっても面白くもないわ」


なぜかこのじいさんとは仲が悪い。
何でもオレがオレの父親に似ていてムカつくらしい。
知ったことか!!


「……クレス、博士……ケンカしちゃダメだよ……」


「「ごめんなさい」」


ロビンの一言で二人声を合わせる。
オロオロとオレとじいさんが言い争うのを心配していた。

ほんと………………ロビンはかわいいね。



「ちがうのよ、ロビンちゃん。この二人は本当は仲良しなの」


母さんがやってきてロビンの頭を優しくなでる。
ロビンは子犬のように身をよせた。とても気持ちよさそうだ。
実に絵になる二人だった。

だが、母さん……
オレとクローバーが仲良しとは心外です。


「……そうなの?」

「そうなの。クレスはタイラーさんそっくりだから博士もつい興奮しちゃうのよ」



エル・タイラー

オレの父親にあたる人だ 。
父さんはこの島の出身らしい。
母さんは父さんの話をよくする。
……やっぱり今でも好きなようだ。


「ふんっ! バカなことを言うでない、
 顔立ちならともかく性格まで似とるなんてますます気に入らんわ!!」



よくオレと父さんは良く似ていると言われる。

これはどういうことだろうか?

単純に良く似た性格なのかそれとも……………

まぁ……言われる度に母さんが嬉しそうな表情をするのでいいかとも思う。



「落ち着けよじーさん、ロビンの前でみっともねーぞ」

「そういうところが気に入らんのじゃ!!!」


「ほら、仲が良いでしょう」

「……そうなのかな?」






ロビンの誕生日会も終わりオレはロビンと母さんとの三人で家に帰る。

ロビンはオルビアさんがかえってくるまでウチで預かることになった。
正直正解だったと思う。
あの夫婦に預けられてたならロビンはもっと寂しい思いをしてたかもしれない。


「楽しかった? ロビンちゃん?」

「はい! おばさま!」


母さんに笑顔いっぱいに答えるロビン。
本当に嬉しそうでよかった。
ロビンと母さんは仲が良い。
見る人によれば本当の親子にも見えるだろう。


そんな二人をオレはぼんやりと見つめた。






オレは人前で猫を被ることをやめた。
3歳くらいまでは気をつけてたんだけど、急に馬鹿らしくなった。


それも母さんのせいだ。
3歳の誕生日の日にいきなり、


「クレスが変なのは知ってるから気にしないで良いのよ」


と大胆にも言いはなってくれた。

何時から変だとおもってたのか?
と聞いてみたらなんと生まれた時から変だと思ってたらしい。

あれはさすがにびっくりした。

やっぱり普通の方が良かったのかと聞くと、


「うーん私にはそんなこと関係ないかな?
 私がお腹痛めて産んだ子供だし、そんな些細なことはどうでもいいわ」


ここまでくるともう馬鹿らしくなった。

話した。
オレのこと。
オレには生まれた時から“自分”と言うべきものがあって、
一人の人間として完成していたんだと。
もしかしたら本当の息子では無いかもしれないとも言った。

言ってしまった後で、あ~あ、やっちまったって気分になった。
これで後には引けなくなったわけだ。

オレは母さん……いや、シルファーさんの言葉をまった。

今まで図々しくも息子でいたのだ。
いつかは話すべきことが今に成っただけなのだ。
何を言われても受け入れる準備はできていた。


「………そうだったんだ、なるほどね……」

「……本当に申し訳ないと思っています、
 …………出来ることなら……。
 いえ、………なんとお詫びすればいいのか」


オレは誠意を込めて頭を下げる。

三歳児が幼さを感じさせない言葉使いで、母親に対し謝罪する。
傍目から見ればそれは異様な光景だっただろう。

だがオレは深々と頭を下げ続けた。
シルファーさんの顔は見えない。

ただ言葉を待った。


「顔をあげて。…………私はあなたのことを本当の息子だと思っています。
 それは、例えあなたの言葉が本当だとしても変わりません。
 ………私がいてロビンちゃんがいて……そしてクレスがいるこの日々に私は幸せを感じているの」


それは、やさしい、とてつもない慈愛にあふれた声だった。


「私にとってはあなたは、あなた。
 …………あなたの正体なんてそんな些細なことはどうでもいいの。
 だからお願い、このまま私の息子でいてちょうだい」


頭を上げる。
シルファーさん………いや、母さんの顔はとても綺麗だった。






あれから2年
オレは母さんとロビンと三人で変わらぬ日々を暮らしている。

本当に母さんには驚かされる。


「クレスは今日楽しかった?」


夕焼けに照らされながらロビンの手を引く母さんはとても輝いて見えた。


「……まぁまぁかな」


こんなオレが息子になることを許してほしい。

でも、………この人が母親で本当に良かった。













あとがき

クレスと母親の関係は、こうなりました。
ロビンの性格がつかめません。
ほんと、申し訳ないです。
感想版に書き込みをして下さった方々、まことにありがとうございます。
皆さまのご意見、ご感想は、私の力の及ぶ範囲で実現させていただきます。




[11290] 第三話 「訪問者」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:22
「ひっ! ひぃ!!」


半壊した海賊船の上で悲鳴が上がる。
散乱した木片に、まだ新しい赤いシミが付着した。
悲鳴を上げ、また一人海賊が崩れ落ちる。

その胸にはただ一点弾痕のような傷があった。


「殺しはせんよ。貴様なんぞ殺す価値もない」


男がいた。
整えられた髪に顔の左側にある巨大な傷が特徴的な男だ。
男は腕ををまるで刀のように一振りして指先についた血液をとばす。


「まぁ生きる価値があるかと言えばそうでもないのだがね。
 ………そうは思わないか?」

「ふざけんなこの化け物が!!!!」


海賊は怒りと共に手に持った銃の引き金を引く。


「………優雅ではないね」


放たれた弾丸は男へとまっすぐに飛び直撃する。
だが─────


「鉄塊」


───男を貫くこと無くはじかれた。


「まただ!!また鉄みたいに硬くなりやがった!!」

「クソがっ!!これが悪魔の実ってやつか!!」


「別に私は悪魔の実など口にしてはおらんよ。ただ───」


男はゆっくりと後ろに振り返り、腕を無造作に差し出した。
その直後、その腕に向けて巨大な鉄斧が振り下ろされる。

「────厳しい鍛錬の果てに身体を鉄の硬度まで高める術を身につけたのだよ」


斧を受け止めた腕から甲高い、
まるで金属同士がぶつかり合うような音が響いた。


「もういいだろう。こう見えても私は忙しい身なのだよ。
 これからとある島に向かわねばならないのだ。
 直ぐに終わらせるつもりだから、そうだね……
 ─────────────────────────せいぜい絶望したまえ」












第3話「訪問者」












「六式」というものがある。

海軍に伝わる体術で、

「剃」
「嵐脚」
「月歩」
「紙絵」
「鉄塊」
「指銃」

の六つからなる体技だ。
だがそれらを修めるには超人的な身体能力と苦行にも似た修練を必要とし、六つ全てを修めた者の戦闘力は海兵の軍団にも勝るらしい。


なぜオレがこんな話をするかというと……………


「やはり私の目には狂いはなかった。この体技は君のような男に相応しい
 ……………さぁ! 私と共に鍛錬を始めよう!!」


顔の左側に大きな傷のある厳ついオッサンに勧誘されているからだ。


誰だよアンタ?
別に六式なんて興味ねー


てな感じで無視して


今日の夕飯は何だろう?
ロビンはまた難しそうな本読んでんだろうな……
と思いながら家にたどり着いたら………


さっきのおっさんがテーブルで母さんとロビンと楽しそうにお茶を飲んでいた。


「あぁ、お邪魔しているよクレス君。
 いやぁ……シルファー殿の煎れるお茶はまた格別だねぇ」

「なんでだよ!!?」


というか何時の間に先を越されたんだ?













「先程は悪かったね。
 タイラーにそっくりな子供がいたのでつい興奮してしまったのだよ」


はっはっはと快活にオッサンは笑う。
話を聞くと父さんの知り合いらしい。


「おっと!こちらだけが君の名前を知っているというのも失礼な話だね」


するとオッサンは立ち上がり厳つい顔に似合わず優雅に一礼する。


「リベルだ。海軍本部の少将を勤めている。
 君のお父さんの上司だった者だよ
 ……まぁ、今ではタイラーと階級は同じになってしまったがね」

「リベルさんはタイラーさんのお師匠さんだった人なのよ」


母さんが笑顔で補足する。相変わらず父さんの話をするときは嬉しそうだ。


「はい、クレスお茶」


呆然としているオレにロビンがお茶を差し出してくれる。
おをこぼさないように慎重に差し出す姿はものすごい可愛らしい。

……あぁお茶がうまい。


「ありがとう。ロビン」

「どういたしまして」


ロビンは嬉しそうにはにかんだ。

ああ、和む



「…………それにしても、
 海軍の本部って言ったらグランドラインのど真ん中あるんですよね。
 よくこんなとこまでやってこれましたね?」


オレは率直に疑問に思ったことを言ってみる。
オレが身につけた知識では、オレのいる西の海やほかの三つの海とは違ってグランドラインは魔境とも言うべき海である。
それに加えて凪の帯と言う大型の海王類の巣によって挟まれているので、よっぽどの事がない限りグランドラインから出る事は出来ないはずなのだ。


「なに、そう大変な事でもない。
 この地へ向かう政府の船に護衛として乗せてもらったのだよ」

「……………………」

「政府の船だからってここまでこれるもんなんですか?」

「………我々には安全に凪の帯を渡る術があるのだよ。
 もっともさすがに完全ではないがね」

「………海楼石ですか?」

「さすがはシルファー殿、博識ですな」

「海楼石?…………どっかで聞いた気が………」

「固形化した海と言われる鉱物のこと、
 確か悪魔の実の能力を封じる力があるんだよ」

「ほぅ………。そちらのお嬢さんはその年でなかなかの聡明さだね」

「あっ……ありがとうございます」

「ふふ……ロビンちゃんは考古学者のたまごだものね」

「それはまた素晴らしい。君ならきっと立派な考古学者になれるはずだ」

「はい!がんばります!」


元気よく返事を返すロビン。



ロビンの夢は考古学者になってオルビアさんの手伝いをする事だそうだ。
やはりというべきかロビンはオルビアさんの影を追っている。
それを喜ぶべきなのか悲しむべきなのかわわからない
………だけどオレは応援しようと思っている。
まぁ、オレなんかが応援しなくてもロビンなら大丈夫だろう。
というかロビンなら後三、四年くらいで博士号の試験を突破しそうだ。



「……本題から逸れてしまったね。話を戻そうか。
 私がグランドラインからここまでやって来たのは、奴との約束を果たすためだ」

「……約束……ですか?」

「あぁ、たわいないものだが、私には全てにおいて優先されるべきものだ」


リベルは滔々と懐かしむように語る。


「私が奴と約束したのは
 この自由で野蛮な時代を生き抜けるように
 ────奴の息子を強く鍛えるというものだ」



「……………」



「……………」



「……………」



「……………」



「…………………へっ?」


えっ、オレっすか?


「タイラーさんがそんなことを…………」

「クレス強くなるの?」

「あぁ、かつてのタイラーのように私が師事するのだ間違いない」

「よかったわねロビンちゃん。クレスが強くなって私たちを守ってくれるわ」

「クレスありがとう。がんばって!!」


いや 、待って
……オレ一言も「やる」とは言ってないけど、
というかロビン止めて、その期待するような笑顔、
ものすごい断りづらくなるから。








「──実はこれはタイラーからの遺言のようなものなんだよ」

「タイラーさんっ!!」

「おばさま泣かないで!」


バカヤロー!!!
逃げ道塞ぎやがった。
オレここでやりませんとか言ったら最低じゃねぇか!!


「……とは言っても、本人がやると言ってくれなくては始まらないのだがね」


それを言うのが遅いわ!
そんな期待するような目を向けやがって、
この状況でオレの出せる答えなんて一つしか無いだろうが!!



かくしてオレはリベルから六式を習うことになってしまった。
……………これからどうなることやら











あとがき

オリキャラ登場です。
すいません。
六式です。
ごめんなさい。

実を言うと主人公に悪魔の実を食べさせることは、
………あまり考えていませんでした。
少なくとも幼少期の時点では、
………食べないかもしれません。







[11290] 第四話 「悪魔の実」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/31 10:08
「六式」の訓練が開始されて一年がたった。

やっと軌道に乗ったと言ってもいいレベルになった。

リベル (敬意など払ってやるものか!!) はオレを強くしたいのか?
それとも遠回しに殺そうとしているのか?

辛い、苦しいなんてレベルの鍛錬じゃねえよ。
正直なところまだ生きている自分が不思議でならない。
自分でも忘れたりするけどオレ肉体的にはまだ六歳児なんですけど。


まぁ、いい…………良くないけど、いいことにする。


一年たって、なんとかまともな生活がおくれるようになった。
と言うか、訓練を始めた頃から半年くらいの出来事が全く思い出せない。
まるで脳が思い出すのを拒否しているかのようだ。
母さんやロビンに聞いてみたら、何故だか顔を逸らされた。


「…………少し気合いが入り過ぎてしまったかもしれん」


と、したり顔で言うリベルのおっさんは殺していいと思うんだ。



これでオレが六式を使えるようになったのかと言うと、そうではない。
オレはまだ技の一つもまともに使えない。
じゃあ、この一年(記憶があるのは半年ほど前から)は何だったんだ!? と言うと、
基礎を作るための基礎トレーニングらしい。

わかりやすく言うと、
六式を使うにあたっての資本となる
超人的な身体能力の苗床となるための土作りというわけだ。


まぁ………これには納得だ。


これから六式というとてつもなく育ちにくい花を咲かせるために
毎日地道に鍛錬を積み重ねると言うわけだ。


途中で投げ出すのも癪だしやるだけやってみますか。













第四話「悪魔の実」













最近ロビンに元気が無い。
普段と何も変わらないように見えて、どことなく陰があるように見える。


母さんに聞いてみたら、ロビンが自分で話すまで待つように言われた。
何やら複雑な問題らしい。

だが、「ハイそうですか」と退く訳にもいかない。
他ならぬロビンのことだ、ほっとくことも出来きない。



しかも最近町で妙な噂を聞いた。
なんでも「妖怪」がどうだとか………。
それもロビンが側を通る度にヒソヒソと………、
この話がロビンと関係がありるのは間違いない。

このヒソヒソにも鬱陶しくなってきたので
その辺にいた生意気な子供を捕まえて知っている情報を吐かせた。

途中でロビンの悪口を言ったので良心的な範囲で ギタギタにしてやった。

六歳といえど六式修得のための訓練をしているオレが
ただの子供に負けるはずもなく、速やかに事はなった。


子ども相手になにやってるのかと思わなくもなかったが……



この子供から聞いた話はかなりオレを混乱させた。

話によるとなんとロビンは悪魔の実を口にしたようなのだ。


オレはいてもたってもいられず。ロビンを探しに走り出した。













ロビンは賢い子供だった。
ただ、知識があるだけではない。
自分の中の膨大な知識を知恵に換えるだけの能力があった。


ロビンは、自分が悪魔の実を口にしたこと知っていた。
そして、その力が自分の周りの人間にどのような反応あたえるかか予測ができた。
そのため、ロビンは人知れず自分の能力の考察をおこなった。


いつもいっしょにいる幼なじみのクレスはリベルと共に「六式」の訓練をおこなっていたため、一人の時間を作るのに問題はなかった。

そのことに少し寂しさをおぼえたが、
能力を把握するためには十分な時間がつくれた。



ロビンが口にしたのは、「ハナハナの実」
いたるところからでも、己の一部を花のように咲かせることのできる能力だ。


ロビンは能力者になったことに喜んだ。
泳げなくはなってしまったが、
自分の能力は様々なこと応用が効く便利な能力だ。


だが、同時にひとつの不安をおぼえた。
もし、母が能力者となった自分を嫌いになったら……


ロビンはそんな考えを否定する。


母はきっとそんな人間じゃない。
考古学の勉強もがんばっているのだ、
母が帰ってきたときはきっと自分も連れってってくれる。


そのときは、クレスやおばさまも一緒だったらいいな………


母と自分、そしてクレスにシルファー、クローバーに図書館のみんな、

ロビンが思い描いた幸せの形とは、










大好きな人たちと一緒にいることだった。













島中を探しまわる。
家にも
図書館にも
ロビンの姿は無い。
思い当たるとこは全部探した。

残っているのは海岸線くらいだ。













ロビンは考えた結果、能力を隠すことにした。
便利な能力ではあったが、生活に絶対必要なわけではない。

そして、能力を使うことで今の生活が変わってしまうかもしれないことを恐れた。

幸いにも、ロビンの能力は自分が使おうと思わないかぎりは、
泳げなくなるだけで、他に変化はない。

隠すことは簡単だった。




だが、ある日その事件はおこった。
きっかけは、簡単な事故。
本来ならば数人が怪我をしたであろう事故。


ロビンは偶然その場に居合わせ、

それを収める能力があった………













日も暮れかけた時、オレは海岸で聞いたことのある泣き声を耳にした。

やわらかい頬を涙で濡らしながらとても寂しそうに泣いていた。
オレはゆっくりと近づいて後ろから声をかけた。


「どうして泣いてんだ?」


ロビンはこんなとこにオレが来るとは思ってなかったのか、
目を丸くした後、走って逃げ出そうとした。


「おい待てよ!」


オレはロビンを追いかけようとした。


「ついてこないで!!」


ロビンが叫ぶ。
その時驚くことがおこった。


腕。
腕が咲いたように地面から現れたのだ。



「………ついてこないで」



絞り出すような声だった。
オレはそれを驚きと共に見つめる。


「…………悪魔の実の能力。やっぱりほんとだったのか」


ロビンはオレと目を合わせないようにうつむいた。

その姿を見てオレはため息と共に地面に咲いた腕を飛び越える。

ロビンが驚いた。
まぁ、オレの身体能力は相当高くなったので、驚くのも仕方がないと思う。
オレはロビンの近くに降り立った。


「もう、日も暮れる、家に帰ろう、ロビン」


ロビンはうつむいたままふるふると頭を振った。


「まだ……帰りたくない」

「母さんが心配するぞ」

「………でも、……まだ…帰りたくない」

「そっか………じゃあ、オレも帰らない」

「えっ!?」

「ロビンが帰るまで帰らない」


オレは冷たくなったロビンの手を包み込む。


「……そんな…そんなの、ずるいよ………クレス」


ずるい……か。

まぁ、そうだわな。
これはロビンの優しさを逆手に取っているのだ。
だが、こうでもしないとロビンは動いてくれそうになかった。


「なぁ………教えてくれないか。どうしてお前は泣いてたんだ?」


「………………………」


やっぱり沈黙か。
まぁ、簡単に話せるようなことだったら、
わざわざこんなとこまで来て泣かないか。


「悪魔の実の事か?」


自分で言っといて違うと思った。
全くの的外れって訳ではなさそうだが事の本質からはずれているきがした。


「…………………ちがう」


案の定、不正解だ。
オレの考えが正しければおそらく悪魔の実の事は引き金だ。
となると………


「──────オルビアさんのことか?」


ロビンの肩が震える。
正解だったようだ。
しばらくの沈黙の後ロビンはすがりつくように語り出した。


「わたし…………お母さんに捨てられたのかな?」


誰がそんなことをっ!!

と叫びそうになったが、踏みとどまる。
世間の目からみれば、そうとられるのだ。


「…そんなことない」


こんな言葉しか浮かばない自分がむかつく。


「今日も言われたの……妖怪って、……気持ち悪い、来るな、
 ─────────だから、捨てられたんだって」


その言葉はロビンをどれだけ傷つけつたのだろうか?

幼くして母と別れて暮らす事になってしまったんだ。
母に置いていかれたこと、そのことで負い目を感じたんだろう。

────捨てられた。

これはロビンが一番不安に思っていることだろう。


「わたし、…………お母さんのこと全然覚えてないの。
 ただ…………お仕事で海に行ってしまった事だけ知ってる。
 やっぱり、こんな私じゃお母さんは嫌なのかな?
 わたしお勉強がんばったの。
 お母さんが帰ってきたら一緒に行けるように。
 ……………でもやっぱり!!」

「ダメなんかじゃ無い」


オレは涙を流すロビンを抱きしめる。
ロビンは優しくて賢い。

優しいから、オレや母さんに寂しさを悟られないように努力している。
賢いから、心配をかけないように悪魔の実のことをや寂しいことを隠そうとした。


「オレはオルビアさんが悩んでいたことを知っている。
 オルビアさんにとってロビンを残して海に出る事は
 身が引き裂かれるほどの事だったはずた。
 ………だからオルビアさんは必ずお前を迎えに帰ってくる。絶対にだ。
 だから、お前のお母さんを信じろ」


ロビンは声を上げて泣く。
オレは泣き止むまでずっとロビンのことを抱きしめた。
そのとき見た、夕日が沈んでいく水平線が無性に遠くて

腹立たしかった。












あとがき

悲しい話になりました。
ワンピースのキャラの過去話はどうも重くて……
ロビンは一味の中でも、とくにつらい過去の持ち主ですよね。

誤字の報告感謝します。
……西をサウスと書いた過去の自分が恥ずかしい。

感想やご意見を下さる皆さまに深く感謝します。



[11290] 第五話 「日常」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/31 10:15
第五話「日常」











「………あつい」


オレは誰に語るでもなく呟いた。


本来、快適な気候のはずのオハラでは現在、約十年ぶりの夏日を記録している。
いつもの過ごしやすい気候はそこにはなく、うだるような熱気のこみ上げる、
快適な気候になれた住人達にとっては地獄のような日々が続いていた。

しかもコレはここ数日だけじゃなくて数週間続くらしい。


「ロビン、お願いだからもっと腕を増やしてくれ」


六式の自己鍛錬を終えたので、
オレはロビンと木陰で涼を取っている。

それだけだったら普通の光景だが、
オレたちの周りにはロビンの“悪魔の実”の能力によって生み出された、
手に団扇を持った腕が十本ほど咲いていた。


………まぁ、たいていの人間だったら驚くだろうが、
オレは見慣れてるので気にしてない。


「べつにいいけど、もう団扇が無いよ」


ロビンもこの暑さには辟易してるのか、いつもより本を読むペースが遅い。


「じぁあいい。それじぁロビンが無駄に疲れそうなだけだし」

「うん、わかった」


ロビンは頷いて、また本のページを読み進める。

オレは容赦なくビームのような熱線を出し続ける太陽をにらめつけた。


「働き過ぎだこのやろう」


気づけばグチを吐いていた。


「……クレス、太陽にグチをいってもしょうがない」


そんなことはわかってるけど、言わずにはいられなかった。


「だいたい何で今日に限って図書館休みなんだよ」

「定休日だから」


「まぁ、そうだけど、
 くそっ、このことは断固クローバーのじじいに抗議してやる!」

「やめた方がいいよクレス、また怒られるわ」

「かまわん! あいつら絶対自分達だけ涼んでんに決まってる!」


もちろん、母さんは別だ。


オレは立ち上がり涼しいしい図書館内部へと突撃を開始することにしたが………


「……止めよう、無駄に汗かくだけだ、めんどくさい」


あまりの日照りの強さに出鼻を挫かれた。


「そんなに暑いなら水浴びでもしたら?」


ロビンがそんなことを呟く、
水浴びねぇ、水浴びつったら海かな?


……いやダメだ。


ここからだと海岸まではそんなに遠くないけどロビンは泳げない。
行くとしたらせめて浮き輪くらいは必要だ。
それだと時間がかかりすぎる。

やっぱりあきらめるか…………ん?、まてよ!


「そうだよ !ロビン!」


オレはロビンの腕を取る。


「えっ!? なに?」


突然声を張りあげたオレに驚いたのか目をしばたかせるロビン、
そんなロビンに考えを告げる


「行こうか!水浴び!」




オレはロビンの手を引き森林の中を海から逆走するように 進んでいく。


「ねぇ……クレスどこに行くの?」


だんだんと濃くなる緑に 少し入り組んだ道。
不安になったのかロビンがオレの手をぎゅっと握る。


「もうすぐだよ」


オレは目の前の枝をかき分け前に進んむ、
そして目的の場所にたどり着く。



「……きれい」



そこには清らかな清流があった。
ここは、オレが適当に散策していたら見つけた場所だ。
ロビンのお気に入りの広場から少し離れた場所にある緩やかな流れの小川で、
透き通るような水が太陽からの光を浴びて水面がキラキラと輝いている。
島から海へと流れ出る河川からの分流なのだろう、
川の流れも穏やかで、水深もオレの膝までもない。


まぁ……当然泳ぐことは出来ないけど避暑にはもってこいってわけだ。


「行こうか!ロビン!」

「うん!」


オレとロビンは小川に向けてかけだした。


それから二人で日が暮れるまで遊んだ。
はじめは涼んでただけたったんだけど、
冷たい水がとても気持ちよくて、気づいたら全身ずぶ濡れになっていた。
ロビンに水をかけたら文字どうり十本の腕で十倍にして返された。
オレもむきになってやり返して二人して笑いあった。




その後、ずぶ濡れのままで帰って母さんに怒られた。


「もう、二人とも賢いんだから、タオルくらい持って行きなさい」

「「ごめんなさい」」


もっともです。
もっと計画的にするべきでした。

ロビンがしゅんとして、うなだれた子犬みたいになってる。
……かわいい


「お風呂沸かしてあるから、風邪をひかないうちに二人で入りなさい」


「はい」


「は………いっ!」


ふっ二人でですか?


「なに変な声出してんのクレス?」

「いっ、いやだって………」

「なに?……ロビンちゃんとお風呂に入るのいやなの?」

「えっ、クレス嫌なの?」


今にも泣きそうな声を出すロビン。


ぬあっ!! 罪悪感がオレを苛む。
と言うかその聞き方は卑怯です、お母さま!!


「いっ…いやっ、そんなことないぞロビン」


苦し紛れもいい声だ。


「じゃあ、問題ないわね。風邪を引かない内に入りなさい」


しぶしぶと脱衣所に入る。
なんだか、ロビンがうきうきしている。


「うれしそうだなロビン」

「うん!クレスとも一緒なの久しぶりだから」


ロビンはするすると母さんに買ってもらったお気に入りの服を脱いでいく。
その姿、羞恥心皆無である。

まぁ…まだ、幼いしね。


「じゃあクレス、先に行くね」


元気よくロビンは風呂場へと向かった。

オレはため息とともに服を脱ぐ。
服の下は自分でも驚くほどの統制のとれた筋肉がある。
これは、六式の訓練のたまものだ。

リベルの訓練は凄かった。
父さんを強くしたと豪語するだけのことがはある。

リベルは神がかり的な手加減ができる人物だった。
オレの限界に合わせて徐徐に、
それもオレが気づかないほどに巧妙に訓練のレベルを上げていく。
訓練の途中に交わす煽り文句や、細部まで的確なアドバイス。
そして、オレの限界をオレ自身よりも熟知している。
リベルほど優秀な師は世界中探してもそうはいないと思う。

始めの半年はオレの身体がリベルの訓練についていかずに
半死半生の状態だったようだが、
最近ではなんとかきつめの訓練後も動くことができる。
リベルの話では、回復力が増したらしい。


まぁ……動けるようになった今でも死ぬほどつらいけどな。


と言ってもリベルはオレに付きっきなわけではない。
仮にも海軍本部少将だ、
本業は海兵なわけで普段はオハラに近い海軍支部で働いている。

なんでも、自ら教導を担当しているらしいので、
この島近海の海賊には同情を禁じ得ない。




服を脱ぎ風呂場へと入る。

なんだか嬉しそうなロビンの提案で、洗いっこをすることにる。
小さな背中をやさしくこするたびロビンが嬉しそうに笑った。
その後にロビンがオレの背中をこすってくれる。
力が足りないのだが一生懸命がんばってくれた。

あぁ……至福のひと時


こうやって幸福に浸っているのわけで……
別にオレはロビンと風呂に入るのが恥ずかしいわけではない。
ロビンがあと十年ほど年をとったら話は別だろう。
でも、まだロビンは幼い。
これで恥ずかしいなら、逆にに問題だ。


問題なのは………












「久しぶりだから、みんなで入りましょう」












あなたなのです。お母さま!!!!



母さんはオレとロビンが二人で風呂に入ると必ずと言っていいほど、
自分も一緒に入る。

この身体は子供なのに心は大人な
奇妙な星の下に生まれたオレの気持ちを考えてほしい。


「家族水入らずっていいわねぇー」






……母さんは着やせするタイプです。






「もう、照れなくてもいいじゃない親子なんだから」













「帰投命令ですか?」


海軍支部の一室でリベルは電伝虫に向かって疑問をぶつける。


「そうだ…………速やかに本部へと帰ってこい」

「何故です?こうもいきなりですと本部からの命令と言えども承伏しかねる」

「理由はない。貴様は命令どおりにすればいいのだ。
 ただでさえ貴様は我が儘がすぎるのだから」

「我が儘だとは心外ですな。私は友との約束を守っただけのこと」


リベルの言葉に皮肉のようなものは一切無い。
それは彼の心からの言葉だった。


「それが我が儘だと言うのだ!!」


だが、電伝虫の向こう側はそうとは受け取らなかった。
電伝虫からの怒声。
リベルはそれを受け流しながらも何か不穏なものを感じていた。


「…………ところで、帰投命令とは誰からの指令です?」

「──────センゴク大将からのものだ」

「センゴク殿からの!?」


リベルはセンゴクと言う名前に驚きを隠せないでいた。

大将“仏のセンゴク”
言わずと知れた海軍の英雄の一人である。

この名前が出た以上リベルが我を通すのも限界がある。
正直なところオハラに来ることには様々なところで無理を通した。
だが、それ以上にリベルは先ほど感じた不穏なものが確信に変わったことに
何かとてつもなく嫌な予感がした。


「………………何も起きなければいいのだが、」


電伝虫が拾うことが不可能なほどの小ささでリベルはつぶやいた。













あとがき

お風呂です。
幼なじみ設定なら一度はやろうと思っていました。
始めは気合を入れて書いてたのですが、
気づけば文章がなんともセクハラな感じになって、
泣く泣く修正するはめに……。



[11290] 第六話 「別れ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/30 22:56
「すまんの皆、少々遅れた」


全知の樹にある図書館の中で最も厳重に閉ざされた地下の一室に、
まるで別人のような固い声を放つクローバーがいた。


「いえ、かまいません。私たちも今しがたに集結したところです」


クローバーに話しかけたのは緊張した面持ちのシルファーだ。


「誰にも見られてはおらんか?」

「はい、皆細心の注意をはらいここまでやってきました」


シルファーの言葉にクローバーは頷く。
だが、彼の顔はいまだに固いままだった。


「…………ロビンには?」


シルファーの顔が苦渋に歪む。
彼女は眼を伏せ、悔いるような声で話す。


「……クレスと一緒に寝静まったのを確認しました
 おそらく、朝までは起きないかと……」

「そうか、………すまなかった」

「いいえ、私もオハラの学者の端くれです。
 博士が気に病む必要はありません……」

「…………そうか。
 もしこれが政府の人間に知られでもしたらただですまん」


クローバーは最低限の光に保たれた室内の中央に目を向ける。

そこには、薄暗い部屋の中にあって、
唯一眩しすぎるとさえ思えるほどの光に照らされた巨大なオブジェがあった。

その眩しさは、照明の光のせいだけで無いのだろうとクローバーは思う。
その光はまるで、毒のように我々を蝕み、
いつか死に至らしめるのかもしれない。

そのオブジェを何人もの学者たちが食らいつくように
全神経をとがらせて調べていく。

部屋にいて、無駄口を発する者は、一人としていない。

己の昂ぶる心音さえ容易く聞こえる、
緊張と興奮に支配された空間。

この中にいる誰もが熱に浮かされたように一心不乱に己の役割をこなす。

その様子にクローバーは誘蛾灯を思い浮かべた。

そして、その考えがあながち間違いでないことに苦笑する。

今までに何人もの考古学者がこの光を求めたのか………
そして、求めたが故にどれだけの命が燃え落ちたことか………


クローバーはその考えを打ち消した。
これはもはや戻ることの出来ない道なのだ。
そして、オハラの学者としては戻ることは許されない。

クローバーも自ら吸い寄せられるように学者たちの中に加わった。




シルファーは同僚たちの様子を少し離れた場所で眺めていた。

おそらく、八年前の自分ならば寝る間も惜しみ研究に明け暮れたのだろう。
そして、今でもその燃え続ける探究心はある。

だが、八年前の自分とは明らかにちがうのだ。

今シルファーの中にあるのはどこか恐怖にも似た背徳感だった。

クレス………
ロビンちゃん………
オルビア………

シルファーは湧き上がる感情を抑えつける。

自分は母親でもあるが、オハラの研究員でもあるのだ。


尊き先人たちの意思は絶対にないがしろには出来ない。


同僚には研究から降りるように進められたが、
誰もが命を賭けている状況で、
それに甘えるわけにはいかなかった。



「─────────ごめんなさい」





その呟きは、彼女しか知らない……











それは隠匿。
空白となった百年。
世界に隠された過去と言う謎。
未来の人々に伝えられるべきはずの歴史。


歴史の本文(ポーネグリフ)が示すもの……………













第六話「別れ」












「すまないが、この地を離れることになってしまった」


申し訳なさそうにリベルは言う。
今までオハラに近い海軍支部に所属していたらしいのだが、
急に本部から帰投命令が出たらしい。
本人はオレの鍛錬が一段落するまでここに滞在するつもりだったが、
本部からの命令に逆らう訳にもいかずしぶしぶと帰るはめになったそうだ。


「おじさん行っちゃうの?」

「……そう、寂しそうな顔をするな。
 人生において別れは常に伴うものだ。
 この世に永遠など無く万物は常に流転する。
 人との別れもまた然りだ。……寂しいのは私も同じだよ」


ロビンはリベルに懐いていたようなのでとても残念そうだ。


「………寂しくなりますね」


やはり、母さんも少し寂しそうだった。


「申し訳ない。こうもいきなりになるとは私も思っていなかった」

「いいえ、いいのです。
 むしろ、こんなにも長く私どものために
 こちらにいらしていただいたのですから」


考えてみれば、そう有り得る事ではないのだ。
グランドラインからはるばる西の海までやって来て
“友との約束”に四年もの時間を消費したのだから。


ロビン、母さんとあいさつが終わりリベルは最後にオレの前までやって来た。




「クレス君………君に話ておきたい事がある。少し時間をくれないか?」




オレはリベルに連れられて少し離れた広場にやって来た。
ここはいつもオレが六式の鍛錬をしている場所だ。
リベルは広場の中央まで無言で歩くと
オレに向かってゆっくりと振り向いた。



「構えなさい、最後の訓練だ」


「───っあ!!!?」


リベルから“何か”が放たれる。
それはもの凄い、
殺気とも異なる強烈な気迫だ。
得体の知れない恐ろしく圧倒される感じがあった。


オレが気を取られている内にリベルが動いた。
それは反射的なものだろう。
曲がりなりにも三年もの間、厳しい手ほどきを受けてきたのだ。
身体がオレを無視するように動き。
いきなり背後から来る殺人的な蹴りつけ回避した。


「よく回避した。今のを避けられる者はそういるものではない」

「そりゃどうも。
 でも、そんな余裕そうな顔で言われても全然嬉しくねー、よっ!!」


オレはまだ未熟な“剃”でリベルに肉薄し胴を目掛けて蹴りを放つ。


「“鉄塊”」


だがそれも鋼鉄のように硬化したリベルには何の意味を持たない。
蹴りを放った脚から鈍い感覚が伝わる。


「相変わらず硬えなクソッ!!」

「君の攻撃はなかなかのものだ。
 今の蹴りならばその辺の海賊にでも十分太刀打ちできる」


リベルは蹴りを放ち隙の出来たオレを掴み、
まるでボールのようにほうり投げた。


「──避けてみよ」


リベルが技のモーションに入る。
放り投げられ、離れていくオレに向かい足を一閃させた。


「“嵐脚”」

「──“月歩”!!」


迫り来る鎌鼬を避けるため、オレは空中で空気を全力で蹴る。
直後、オレのすぐ側をリベルの“嵐脚”が通り過ぎた。
後ろで太刀音と木々の倒れる音がする。
当たりでもしたらひとたまりもなかっただろう。


「だが………それでは、それだけでは意味がない。
 力とは立ち塞がる壁を壊し、己が証を打ち立てる為にこそある」


リベルは“嵐脚”を放った直後、
オレに向かって“剃”と“月歩”によって一瞬で移動した。
速すぎて残像すら霞むスピードだった。


「さぁ、受けてみよ」


空中でまだ満足に身動きできないオレに対し
回避不可能とも言える一撃をリベルは繰り出す。

ただのパンチ。

だが“六式”を難なく扱える程の超人的な身体能力から放たれるのは
鉄槌にも勝る一撃だ。


「“鉄塊”!!」


オレはそれを全力の鉄塊で受け止める。
だが甘かった。
リベルの拳はオレの未熟な“鉄塊”などものともせずにオレを撃ち抜いた。
たかが一撃。
だがその一撃でオレは全身がバラバラになるような衝撃を感じた。


空中から地面へと叩きつけられる。
身体が動く気がしなかった。

リベルが優雅に地面へと降り立ち、オレの方へとやって来る。


「よく私の“覇気”に耐えた……だが、もう身体は動かんはずだ」


覇気………?
良くは分からないが、さっきの一撃で
リベルの言うとおり指一本動かない。


「………タイラーがなぜ死に際に君を鍛えるように私に頼んだか教えよう」


それは、三年間一度も話す事の無かった、オレを強くする理由だ


「力とは残酷だ。必ずといっていいほど優越が存在し、弱者は淘汰される。
 財力、権力、人望、…………力の種類は色々とあるが中でも最も厄介なのが
 最も単純な力………暴力だよ」


悔いるような様子だった。
オレはそんなリベルの言葉に痛みを無視して耳を傾けた。


「暴力とは全てを破壊し、あらゆることを否定する。
 人生をとして積み上げたものも力が及ばないが故に壊される……………」


それは誰のことだと聞くことなど出来るはずもなかった。


「ましてや今は、力こそ全ての大海賊時代。
 力なき者は一瞬にして全てを失う。
 奴は……タイラーはせめて自分の息子には、
 そんな思いはして欲しくはなかったのだよ」


父さんの死に際の願い……
それは、オレが突然襲いかかる理不尽にして圧倒的な力に屈しない男になることだった。


「私の役目は今日で一度終わる。
 ……できればもう少し君を鍛えたかった、
 中途半端な状態になってしまったが許してくれ」

「………許してくれって言われても、
 オレはアンタに十分すぎるものをもらってる。
 オレの方から礼を言いたいくらいだよ」


リベルが虚を突かれたように一瞬呆けた。


「そうか………。ならば私からも言葉を贈ろう。
 力を振るうときは必ずその意味を理解しなさい。
 私がいいたいのはこれだけだ。
 ……君なら理由を説明する必要もなかろう」


リベルはオレに背を向ける。
もはや、なにも言うことは無いと言うことだろう。


オレは倒れて動かない全身に無理矢理力を入れる。
激痛がオレを苛む
やめてとけと、オレに言い聞かせるようだった。
だがオレはそれを無視して立ち上がった。


「グッ!!」


悲鳴が漏れた。
だが、オレも男だ我慢する。


リベルが感嘆したように振り返った。


「ほぅ………“今”立ち上がるか、
 本来ならばあと数十分は動けないであろうに」

「確かにぼろぼろだ、でもな!
 オレにもプライドってもんがある」


歯を食いしばり、オレはリベルを睨めつける。


「あんたにそんな話されたってのに
 倒れたまま見送ったらオレの矜持に反するんだよ!!」


単純な話だ。
力に屈するな

「父親の言葉だ」

とまで言われたのに、
叩きのめされ倒れたままそういった相手を見送る。


こんな格好悪いことがあってたまるか


「………フッ。やはり奴の息子だな君は、
 タイラーもそうして立ち上がったよ……
 ─────ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?
 それは、決して君の手には負えない最悪の事態だ。
 さぁ、君ならどうする?」

「────立ち向かう。
 どんな相手だろうといつか必ず倒す。
 たとえ、それが不可能でもオレはあきらめない!!」

「いい顔だ。それでこそ男だ」


リベルはポケットから何かを取り出しオレに向かって放る。
それは黒皮で出来た手袋だった。


「タイラーが以前に使っていたものだ」


オレは動くたびに痛む身体を無視して手袋を拾う。
手袋は鉄線でも織り込まれてるのか少し重くそして当然のように大きかった。


「今はまだ大きいだろう。
 だがいずれ必ず使えるようになる。
 私はこれを私がこれを渡そうと思うまで渡さないつもりだった。
 だが、今の君にはこれを渡す価値が十分にある。
 好きに使いなさい。
 力とは本来振るうべき時に振るうもの、君が考えそして使いなさい」


オレは頭を下げた。
始めは無理やりだったが今ではやってよかったと思っている。
この人に無性に礼を言いたくなった。


「ありがとうございました」





リベルはグランドラインへと帰った。














それから三ヶ月後、全ては始まった。












あとがき

そろそろ本編にはいりますね。
私程度の力でしっかりと書ききれるか……
クレス、アイテム「父の手袋」入手です。

主人公の強さはW7時のゾロとサンジくらいか少し上が妥当かと思いました。

覇気に関しては、まだまだ早いでしょう。
グランドラインに入るのもまだ先ですしね。

一味との出会いの地点では、
クロコダイル≧クレス>Mr・1
くらいの力関係でどうでしょうか?

秋島かどうかは、
単行本を読み返したとろグランドラインの設定のようでした。
修正いたします。
ありがとうございました。




[11290] 第七話 「血筋」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/10 19:51
今から少し前。

海軍はとある船を襲撃し拿捕した。
拿捕された船は海賊船ではかったが、
海賊行為と同等または、それ以上の悪魔的所行を成すための船だという。


乗組員の激しい抵抗もあり、拿捕した船の乗組員三十三名が死亡。
そして生き残った一名を捕縛した。


だが罪人は海軍の牢獄から脱獄する。
罪人の捕縛を担当した将校の手引きだった。

海軍基地は一時騒然となり、
再度捕縛を試みるも将校の妨害により失敗。



罪人は海へと海軍の船を奪い逃走した。












第七話 「血筋」













最近、ロビンがいつにもまして真剣に分厚い本をを読んでいるなと思ったら、
なんと博士号の試験を受けるらしい。

わずか八歳での博士号試験と言うことで図書館内はどこか浮ついたような空気だ。

母さんはもちろんクローバーや図書館の職員の人達もロビンを応援している。
もちろんオレも応援する。

八歳での博士号試験への挑戦はどう考えても異例だろう。

ロビン本人に聞いてみても記念受験とかではなくて、
試験に受かる気満々だった。

オレはロビンが凄い事は知っていたが、
今一その凄さの意味が解っていなかった。


なので母さんにロビンについて聞いてみたところ、その凄さを思い知った。


ロビンが受けようとしている博士号の試験は
考古学者と正式に名乗るためのものらしく。
受かれば母さん達と机を並べて研究が出来るレベルだそうだ。


オハラでの優秀な研究員である母さんですらも
合格したのは二度目で十八の時だったらしい。


母さんはロビンなら間違いなく合格出来るとも言っていた。


ロビン………すげぇ。


そうだとすれば最近のロビンの勉強に対する打ち込みようにも頷ける。

夜になっても時々、図書館に向かって勉強をしに行くくらいだ。

母さんも最近帰りが遅いとこを見ると、
図書館に残ってロビンの勉強でも見てるんだろう。

ロビンも母さんも頑張ってる事だし、
オレも訓練に気合いでもいれようかね………。













天才


ロビンのことを言い表すのにこれほど的確な言葉もないだろう。

母に似て幼くして優秀な学者の素質を秘めている聡明な子供。


だが、それ故に、
同じ禁忌に強く心引かれたのかもしれない。



ロビンには知りたいことがあった。

考古学について学ぶ内に見えてきた、
百年にも及ぶ空白の歴史。


でも何故か、コレを調べる事は世界の法で禁止されているらしい。


図書館の職員に聞いてもクローバーはもちろん、
力になってくれると思っていたシルファーにまで調べることを禁止された。



だか、ロビンには納得出来ない。
ロビンは知ってしまったのだ。
夜遅くに図書館の職員達が地下の隠し部屋で
自分が禁止された研究をしていたのだ。
そのなかには、クローバーにシルファーの姿もあった。


なぜ自分だけ仲間外れにされるのか………


ロビンは空白の百年が調べられないのは自分が考古学者じゃないからだと考えた。




そして、博士号の試験は行われる。




ロビンはそこで誰もが認める天才ぶりを発揮し
満点合格での博士号突破を果たした。













脱獄した囚人は舵を切る。
船首の向かう先は西の海オハラ。

考古学の聖地として有名な土地。


罪人の心中には様々な思いが渦巻く。

その中で最も強いのは六年前に故郷へと置いてきた愛しい娘のことだ。


今更母親と呼ばれる資格なんて在るはずもなかった。
親しい友人へと預けた愛娘。

例え、もう二度と会うことが無くても
……ただ、元気でいてほしいと願った。


罪人は故郷へと向かう。

故郷には危険が迫っていた。
政府は尻尾を掴んだのだ。
それをやすやすと離すわけがない。


罪人を乗せた船は最大速度で海を渡る。











あとがき


今回は少し短いと思います、すいません。
次から本編突入です。
気合を入れてがんばります。

感想版に書き込みをして下さった方々
まことにありがとうございます。
何よりの励みになっております。

誤字の方修正いたしましたありがとうございます。



[11290] 第八話 「秘密」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:04
照明の消された図書館内にオレはいる。
オレだけではない。
ここには、母さんはもちろんクローバーや職員の人たちが
息を潜めて一人の少女を待ちわびていた。


「おおっ!来たぞ、本を返しに来た模様!全員配置に!!」


クローバーの声で全員が素早く準備を始める。

オレも支給されたあるものを手に持ち構えた。
早くもテンションのあがったクローバーがまたテーブルの上に上る。

あんたそんなにそこがいいのか………

ツッコミたい気持ちをなんとか押さえる。
なぜならもうそこまで来ているからだ。


ゆっくりと扉が開く音がする。
図書館内が暗いことが気になったのか遠慮がちだ。

中に入ってきた。

休みの日でも無いのに人影がないのが気になったのか
おそるおそると言った様子だ。


「こんにちは、クローバー博士借りていた本を………」


その瞬間
オレたちは一斉に手に持ったものを打ち鳴らした。



「「「おめでとう!!!ロビーーーーーーン」」」



鳴り響くクラッカーに舞い散る紙吹雪。
そしてどこか歓声にも似た祝福の声。
もちろんオレも大声で叫んだ。


しばし呆然とするロビン、
そんなロビンにクローバーが代表してこの祝福の理由を告げる。


「先日の博士号試験!!見事満点合格じゃ!!!
 今日から考古学者と名乗ってよいぞ!!!」


ロビンの顔に満面の笑みが広がる。
オレもまるで自分の事のように嬉しくなった。













第八話「秘密」












「よいか、ロビン!!
 考古学者がなんたるかをよく知っておけ!!」


クローバーは今日この瞬間に考古学者となったロビンに向けて、
同じ学者としての言葉をおくる。


「知識とは!!!
 即ち過去である!!!」


クローバーは図書館、
そして内部に納められた大量の本を指し、誇るように両手を広げた。


「樹齢五千年!!!
 この全知の樹に永きにわたり世界中から運び込まれた膨大な文献の数々
 これらは我々全人類にとってかけがえのない財産である!!!」


オレはクローバーの言葉に聞き入っていた。

オレはクローバーのことは気に入らないが、
人としてのあり方は嫌いじゃなかった。

隣を見ると母さんとロビンも同じようにクローバーの言葉に耳を傾けていた。


「世界最大最古の知識を誇る図書館
 この“全知の樹”の下にあらゆる海から名乗りを上げて集まった
 優秀な考古学者達!!
 我々がこの書物を使う事で解き明かせん歴史の謎などありはしないのだ!!」


クローバーがロビンに激励として語ったことは
クローバーや母さんそしてオハラの図書館で働く全ての考古学者たちの誇りだ。
そしてその誇りをロビンにも持って欲しいと言うことだろう。


「よいな!これ程の土地で考古学を学べる幸せを誇りに思い
 この先もあらゆる文化の研究で世界に対し貢献する事を期待している」


最後にクローバーはロビンの頭を誇らしげになでる。
その姿はまるで孫娘と祖父のようだ。

邪魔してやろうかと一瞬思ったが
まぁ……今日くらいは多めに見てやろうと思う。


「博士!私は空白の歴史のなぞを解き明かしたいの!!」


ロビンはなにかを期待するようなそんな笑顔だ。
空白の百年ね………
確かに面白そうな研究だな。

たが、ロビンの言葉を聞いたクローバーはオレの予想外の反応だった。


「なっ!!!い、いかんっ!!!
 それだけは今まで通り禁止だ!!」

「どうして!?
 歴史の本文(ポーネグリフ)を研究すれば
 空白の百年に何が起こったかわかるんでしょ!?」

「ぬおーっ!!
 お前っ!!なぜそんな事まで!!
 さてはまた“能力”で地下室を覗いたな!!!」


訳がわからかなかった。
何故クローバーはロビンの言った空白の百年とやらに
そこまで過剰な反応を見せる必要があるのか?

何時もと様子が違うクローバーに理由を聞こうとしたその時、
オレは母さんに手を捕まれた。
母さんは首を振る。
黙って見守れと言いたいようだ。


「ポーネグリフを解読しようとする行為は犯罪なんだと承知のハズだぞっ!!!」


犯罪行為………どうりでクローバーも焦るはずだ
オレもロビンにはそんな危なそうな橋を渡って欲しくない。

それにロビンは反発するかのように反論した。
そしてその内容はオレを驚愕させた。


「───だけどみんな!!
 夜遅くに地下室でポーネグリフの研究をしてるじゃないっ!!!」


なっ……!!

オレ驚き、母さんの顔を見た。
母さんは青ざめ
ひどく後悔するような顔つきをしている。

もしかして、本当の事なのか………っ!!


「貴様っ!!ロビンっ!!!なぜそんな事まで…………
 どういうことだ!?それも全て覗き見たというのか!!!」

「だって堂々と行ったってお部屋に入れてくれないじゃないっ!!」


ロビンは涙をこらえながらも懸命に反論する。


「だから………ちゃんと考古学者になれたら
 みんなの研究の仲間に入れて貰えると思って私頑張ったのに!!!」


ロビンは寂しかったのだろう。
悪魔の実のせいで町の人間との繋がりが絶たれてしまっている中で、
親しく出来るのはオレと母さんと図書館の人たちだけ。
その中で仲間に入れてもらえないのはとても悲しいことだ。
だから、幼くして博士号の試験に挑戦しようと思ったのだろうか………


「確かに……学者と呼ばれる程の知識をお前は身につけた……
 だか、ロビン、お前はまだ子供だ!!!」

「!!!」


クローバーのことだ、
当然ロビンの心中など察しているだろう……。

クローバーはひざを着きロビンと目線を合わせた。


「我々とて………見つかれば首が飛ぶ
 命を懸ける覚悟の上でやっている事なのだ……
 八百年前…これが世界の法となってから
 現実に命を落とした学者達は星の数程おる……!!
 いい機会だ、教えておくが
 歴史上、古代文字の解読にまでこぎつけたのは唯一このオハラだけだ。
 踏み込む所まで踏み込んだ我々はもう戻れない」


オレはクローバーの言葉に言葉を失っていた。

命がけ

言葉にするのは簡単だが実際にその状況に居るのとは別次元だ、
ここにいる人間はそんな危険を冒しているというのだ。


「全知の樹に誓え…!!
 今度また地下室に近づいたら
 お前の研究所と図書館への出入りを禁ずる!!!」


怒声にも似たクローバーの声に
ロビンは弾かれたように外へと飛び出した。

数分前の楽しげな雰囲気は完全に吹き飛び、
図書館内を嫌な沈黙が支配する。
オレには床に残る紙吹雪やまだ温かいパーティー料理が寂しげに見えた。


「……どういうことだ?」

「………」

「どういうことだって聞いてんだよ!!!」


オレは今すぐロビンを追いかけたい気持ちを押さえつけた。
今はどうしても聞きたい事があったからだ。


「………、お前が聞いた通りだ」

「ふざけんな!!
 それでオレが納得するとおもってんのか?
 命懸けってどういうことだよ!!?」


クローバーは語らない。
膝をついた状況からゆっくりと立ち上がると、
そのままオレに背を向ける。

オレは頭に血が上りクローバーに掴み掛かろうとした。

だが出来なかった。

母さんがオレを留めるように抱きしめたからだ。


「……クレスお願い……なにも聞かないで……」


泣きそうな、いつもの母さんからは考えられない弱々しい声だ。


「……でも、母さんっ!!」

「お願い………今は、ロビンちゃんを追いかけてあげて……」


オレはなんとか自制しようと心を落ち着ける。
精神力の訓練はリベルから受けた。

オレは落ち着きを取り戻した頭に、ふと浮かんだ事があった。


「……六年前、オレが二歳だったころ、
 母さんとオルビアさんが口論しているのを聞いたんだ……」

「………」

「……折れたのは母さんの方だったけど、
 その時のオルビアさんを強い口調で説得する母さんが印象的でよく覚えてる……」

「………」

「次の日にオルビアさんは船に乗って海にでた……そしてまだ帰ってこない、
 …もしかして、オルビアさんが乗ってた船の目的って────」

「それ以上を言うな!!!」


クローバーがオレの言葉を遮った。


「…………それ以上を言うでない……」


やはりそうか………
オレには妙な確信があった。
船に乗るときのオルビアさんの示していた表情はそう言うことだったのか……

じゃあ、オルビアさんは?

オレにはこの質問は聞けなかった………
聞けば何かが終わりそうだった。


オレは抱きしめる母さんの腕をふりほどき出口に向けて歩いた。


「…………ロビンを追いかける」


そのまま振り返ること無く走った。


今日は嫌な日だ。
知りたくなかった事を多く知ってしまった。

クローバーたちを責める事は出来なかった。
もちろん責めたい。
でも、意味が無かった。

オレの言いたい事なんて全部解っているのだろう。
理解もして自覚もしているはずだ。

だからオレが何を言っても変わらないし、
しかも話の限りだと今更戻れないらしいのだ。

オルビアさんの時もそうだったのだろう。

だから母さんは折れたのだ。


まぁ、もうその話は後だ、
今はロビンを探す事が先だ。

幸い海岸に向かったのを聞いた。

なんとかなるだろう……オレは海岸に向けて走った。













「………………へ?」


海岸にたどり着いた。
オレは今とてつも無く混乱していると言っていい。
さっきの展開が衝撃すぎて脳が疲れているのかもしれない。

ロビンの足跡を見つけた。
足跡は浜から逆方向に向かって延びている。


たが、問題はそこじゃない


ロビンのかわいらしい足跡の近くにあるクレーターのような巨大な窪み。
しかもよく見たら足跡だ。
これがまるでロビンを追いかけるように続いていく。


ここから導かれる答えはこうだ。


────ロビンが巨人に襲われ逃げた。


巨人殺す!!
よくもロビンに手を出しやがったな!!


「待ってろロビン!!!絶対に助けてやるぞ!!!」


オレは人生最高速度で足跡を追いかけた。





追いかけて直ぐに

かわいらしいロビンと
凶悪な巨人を見つけた。

オレは脚に全力で力を込める。


「“剃”っ!!」


巨人に向けて高速で移動する。
巨人はロビンに向けて巨大な口を開けている。



────まっ、まさか、あんなにかわいらしいロビンを食べる気か!!



「まてや!!!コノヤローー!!!」


「クレス?」

「んあ?」


オレの叫びに気づいたのか巨人は呆けたようにこちらを向く。
よっかった。
ロビンは、無事だ。

オレは“月歩”を使い巨人の顔面前まで移動する。
リベルほど鮮やかではないが移動するには十分だ。


「鉄塊“砕”」

「────ふがっ!!」

「クレスっ!!?」


オレは硬質化した拳で全力で巨人の顔をなぐった。
大の大人でも気絶させるほどの攻撃だ。
だが、その巨体故か反応は鈍い。

だが、隙は作った。


「────逃げろ!!ロビン!!!」














「────ごめんなさい」


オレ超かっこ悪い。
勘違いだったようだ。

あの後ロビンに事情を説明されて勘違いに気づいた。
オレに説教をするロビンが可愛いと思ったが、
怒られてる立場なので自重する。

巨人のおっさんはかなりいい人だった。


ハグワール・D・サウロ

と言う名前でなんでも漂流してオハラに行き着いたらしい。
なんと言っていいのやら……


まぁ……おかげでロビンが少し元気になったようなのでどうでもいいか。
と言うかこいつ、笑い方変すぎるぞ。












あとがき

原作突入&サウロ登場です。
果たしてクレスはオハラを救えるのか……

シリアスが続きそうです。
作者としてもこの展開を書くのが辛いです。

でも、がんばります。



[11290] 第九話 「どうでもいい」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:13
西の海のある海域にその船はあった。


四つの海とグランドラインにある170カ国以上の加盟国の結束を示す、
十字の四辺と中央に円形の描かれたマーク、
世界政府の旗を掲げた船だ。

その船上に政府直属の機関CP9の長官であるスパンダインはいた。

スパンダインは船上で大きな欠伸を漏らす。
彼にはこれから向かう土地に何の興味もなかった。

そこで何が起きようが、
何が在ろうが、
その地の人々がどうなろうが、
たとえ誰が死のうが、

そんな些細なことは心底どうでもよかった。
彼にとって重要なのは今回の仕事が自分に取ってどれだけ価値があり、
そしてどれだけ出世への足がかりとなるのか、
ただそれだけだった。


「しっかし、めんどくせーなー。
 どうしておれ様がこんなくんだりまで来なきゃなんねぇんだよ。
 ちゃんと出世すんだろうなこの仕事」


己の欲望を隠そうともせずに口にする。
そこには世界を束ねる政府の一員としての自覚は欠片も持ち合わせてなかった。



そんなスパンダインに直属の部下二人は何も言わない。
彼らにはスパンダインの思惑などどうでもいいことだ。
スパンダインとは違い彼らにとって重要なのは
ただ己の力を十分に振るえる機会のみだ。

それさえ満たしているのならば

自身より遥かに劣るであろう上司のもとで働く事も、
何に対して力を振るうかも、
どんな理由が在ろうとも、
そして、誰を殺そうとも、


スパンダインと同じく、どうでもいいことだった。












第九話 「どうでもいい」













サウロが漂着して四日立った。

オレは懲りもせずまた海岸へとやって来ていた。
オレ自身は別にどうでもいいことなのだが、
そのことをロビンに告げると寂しそうな表情をするので、
もの凄い罪悪感にとらわれて、
つい……一緒に行くことになってしまっている。



図書館での一件の後、
母さんとは少し溝のようなものが出来てしまった。
もちろんお互いに努力して歩みよろうとはしたけど、
まだぎこちないように感じる。

ロビンの方も同じだ。図書館の方にも近寄りがたくなってしまったみたいだ。

そのせい…と言うのもあるが、
オレたちは毎日サウロに会いに来ている。
今日はイカダができたそうで海にでる予定だったらしいのだが、
ロビンの為に延長してくれた。


こいつはやっぱり、良い奴だ。



「そういや、クレス、お前さん将来やりたいこととかあるんか?」


ロビンとサウロとでたわいない会話を交わしていた時
唐突にそんな話題を振られた。


「将来か……
 そう言えば考えた事なんて無かったな……」

「なんと!デレシシ!!
 ちびこいのに夢も見とらんのか?」

「うるせー」


夢や将来なんて考えたこと無かったな……
ただずっととこんな日々が続けばいいなんて考えてた。


「ねぇ………クレス」


ロビンがほんのりと頬を染め、ためらいがちに話しかてきた。


「将来やりたいことが事がなかったらね………一緒に……海にいかない?」

「えっ?」

「あの………嫌だったらいいんだよ…。
 ……もし、お母さんが帰ってきて、一緒に海に連れてって貰えたら
 ………クレスも一緒にこない…?」


ロビンはりんごのように真っ赤になってうつむいた。
そして、そわそわと上目遣いでオレの方をしきりに見る。

ロビンの仕草に一瞬オレの全身の時間が止まった。


………これってまさか、あれだろうか?


いや、とオレはその考えを打ち消した。
幼いロビンの事だ親愛の感情はあってもそういうことにはまだ早いだろう。

もしかしたら………とも思わなくも無いが、
まぁ、……いいだろう。


「……お前といくのも悪くはないな」


それは偽りざる本心だ。
将来オレもロビンも大人になったら一緒に海にでる。
オレはさしずめ用心棒と言ったところだろうか……。
個人的には遺跡に探検に行くなら歴史よりもお宝の方に興味がある。
トレジャーハンターなんかも悪くは無いかもしれないな。


「…ありがとう!!!クレス」


ぱぁっと花の咲いたような笑顔だ。
やばい……子猫の百倍くらい可愛い。


「デレシシ!!デレシシ!!デレシシシシ!!!
 いやあ、若いってのはええ、若いってのはええの!!」

「サ、サウロ!」

「照れんことないね、
 おまえさん初めて会ったときより、今の顔のほうがいいでよ」

「……オイ、ロビンを口説くな」

「ク、クレス!!」

「デレシシシシシ!!!仲いいこたぁ良いことでよ。デレシシシシ!!!」


よく笑う男だ。
それでもこいつの笑う理由はけっこう好きだ。


幸せなら笑う
ならば、笑っていればその間は幸せだ


馬鹿らしいまでの理屈だが、そうゆうのは嫌いじゃない。
そして、それを実践しているサウロはすごい奴だと思う。
まぁ…この際、変な笑い方は愛嬌ということで置いておこう。



そのあと、ロビンについての話になった。
ロビンが幼くして考古学者であること。
オルビアさんの後を追って考古学者になろうと思ったこと。

ロビンはあまり他人に自分のことを話したがらない。
ロビンがここまで、饒舌に身の上を語るのは、
その分サウロに対し心を開いているからだろう。



そして話は、“空白の百年”に及んだ。
話の出始めはロビンを止めるべきかと悩んだが、
サウロ相手なら大丈夫だろうと、ロビンには何も言わなかった。

サウロは空白の百年については知っていたようで、
好奇心をみせるロビンをやんわりとたしなめた。
話の内容は物騒だったが、いつものような和やかな会話だ。



だが、歴史の本文をロビンの母親が探していると知ると、
サウロの様子がひどく焦ったようになった。



オレはどこかで達観していたのかも知れない。
たかが歴史だと高をくくっていた。
オレが考えているよりも世界の法はこの問題に厳しかったのだ。
それは、サウロの様子を見て悟った。



そして、サウロの焦りはオルビアさんの名前と
この島がオハラであると知った時にピークに達した。



サウロは過去の自分を責めるようにうろたえる。
さすがに様子がおかしい。
オレは何か嫌な予感がした。

サウロはただでさえ大きい声をさらに高めた。
その内容はオレに戦慄をあたえる。













――――――海軍がオハラの学者たちを消し去るためにやって来た












「久しぶりね、みんな………」


全知の樹内部に設立された図書館の入り口に懐かしい人物が立っていた。
罪人となったオルビアは故郷へとたどり着いたのだ。


「オルビアっ!!」


シルファーがオルビアへと感極まったように抱きついた。


「よく……無事で帰ってきたわね……」

「……シルファー」


オルビアは自分に子供のように抱きつく友人をそっとなでる。
涙が出そうなほどうれしかった。

だが、オルビアはシルファーをそっとひきはがす。
彼女には伝えなければならないことがあった。

オルビアは語る。
海軍の襲撃に遭い調査船に乗っていた自分以外が亡くなった。
そして、政府は殺された者たちの遺品からオハラの調査船だと割り出したのだ。
このままでは、オハラで学者と名乗る者全てが消されてしまうのだ。
オハラから脱出してほしい。
オルビアの切なる願いだった。


だが、オルビアの言葉を聞いて取り乱す者は一人としてこの場にはいなかった。
シルファーを含め学者たち全員があきらめとは別の感情を抱いていた。



それは、―――誇りだった。
オハラの学者としての誇り。
全知の樹に納められた“人類の財産”を守ることへの誇りだった。


「それよりも……気になっている事があるじゃろう?」


クローバーが迫る危険などまるで気にする様子もなくオルビアを気遣う。
オルビアが一番気になっているであろうロビンのことだ。


「………でも、会うわけには……」


しかし、オルビアの反応は鈍い・
オルビアは六年前に娘を半ば捨てるような形で旅に出たのだ。
いまさら、会う資格なんてあるとは思ってなかったのだ。


「そう思ってるのは、あなただけよ。
 ロビンちゃんはとてもいい子に育ったわ
 とても……お母さんに会いたがってる」


シルファーが悔やむオルビアの背中を押す。


「………元気なら、それで…」


オルビアは罪人だった。
世界中に指名手配されていて、一度は海軍に捕まった。
ロビンを“罪人の娘”にはするわけにはいかなかった。


「……………」

「……………」


だが、クローバーとシルファーは知っている。
おそらく……いや、間違いなくロビンにとっては、そんなことどうでもいいのだ。
ただ、会いたい。
そこにはどんな理由も必要はない。

シルファーがオルビアにそのことを伝えようとした時、
入口の扉が勢いよく開かれる。

慌ただしく中へ入って来た学者の一人が世界政府の船がやって来たことをつげた。

学者の言葉にオルビアは銃を持ち
シルファーとクローバーの静止の声をも聞かずに走り出した。













オレはロビンを追いかけ走る。
追いつくことも追い抜かすことも出来るが
ロビンのペースに合わせて走る。
きっかけはサウロの言葉だ



―――今すぐ町に行って異変がねぇか見てくるでよ。
  もしかしたら、お前の母ちゃんも帰って来とるかもしれん!!!



オルビアさんが帰って来ている。
本来なら喜ばしいはずだ。
だが、どうしようもない不安が胸を渦巻きぬぐえない。


「くそっ!!」


苛立ちのままに声を出し。
冷静でない自分を見せつけ自身に認識させる。


ロビンは走り続ける。
体力のペース配分なんてまるで考えてないだろう。
ただ、目の前にあるオルビアさんに会える可能性を考えて走りつでける。

そのとき前方が騒がしくなった。
だが、走ることに夢中なロビンはそのことに気づかない。
やがて、前方の人だかりが割れるように開き

銃を手に持った白髪の女性があらわれた。


「なっ!!」


それはまさしくロビンが探し求めているオルビアさんだった。
六年ぶりに見るロビンに似た端正な顔立ち。
だが、その顔は前方だけを厳しく見据えている。
そしてロビンの方もそのことに気づかない。




ロビンとオルビアさんたった二人の親子は
お互いに気づくことなくすぐそばを通り抜けた……。












西の海のとある海域

「クザン中将!!」

「……何よ」

「もう間もなくオハラへと到着いたします」


クザンはサングラスの奥で無粋な部下をジロリと睨めつける。


「何それ………いちいち人が寝てるの起こしてまで言うことか、クラァ!!!」


海軍屈指の実力者であるクザンは部下からの報告をぞんざいに扱う。
彼の目前には、目的地である島があった。
だが、そのことにさしたる様子もなく、
彼はまた船の甲板に供えられた自分専用の椅子で居眠りを始めた。












あとがき
いよいよですね…
私自身もこれからの展開にはためらいがあります。
さぁ…どうしたものか……

サウロのセリフがおかしいかもしれません
申し訳ないです。



[11290] 第十話 「チェックメイト」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:26
すれ違うロビンとオルビアさん。
そしてその中心に位置するようにオレがいる。
本来ならロビンに今すぐにでも伝えるべきなのだろう。
だがオルビアさんの表情と手に持った銃から察するにただ事ではない様子だ。




───海軍はこの島の学者たちを消すつもりだ




サウロの言葉が甦る
最悪の展開として本当にその可能性が現実味を帯びてきたようだった。
ギリッと砕けそうな程歯を噛みしめる。

今やらなけれならないことは、図書館へと行きサウロの話を伝えることだ。
だが、ロビンが長年待ち望んでいたオルビアさんが
尋常じゃない様子で目の前に現れたのだ
これを捨て置くことなど出来ない。



オレにはいくつかの選択肢があった。


1・ロビンにオルビアさんのことを伝え、一緒に追いかける。

2・ロビンにオルビアさんのことを伝えずこのまま図書館へと向かう。

3・ロビンにオルビアさんの事を伝えずに別行動を取り
  オレがオルビアさんを追いかける。



オレは瞬間的に最後の案を選択した。

図書館にはロビンだけでもたどり着けるし、何よりもオルビアさんが心配だ。
そしてオルビアさんの事は今はロビンに伝えられない。
伝えれば必ずロビンはオルビアさんを追いかける。
銃を持ち出す程の異常事態だ
そうすれば、オルビアさんだけでなくロビンまで危なくなるだろう。
幸いオレはリベルによって鍛えられているので、
その辺の大人よりも強い自身がある。
六式の方も未熟だが六つとも形になっているのだ。


オレは走るスピードを上げてロビンと並ぶ。



「どうしたのクレス?」

「気になることがある先に行ってくれ」

「気になる事って何?」

「いや、ほんの些細な事だ。少しだけ様子を見てくる、
 すぐに戻るから先に行ってくれ」

「わかった!」


サウロの言葉で頭がいっぱいなのか、
ロビンは然したる疑問を持つこともなくうなずいた。

オレはロビンに心の中で誤りつつも、
いつの間にか人混みに離れてしまったオルビアさんを追いかけた。













第十話 「チェックメイト」













「町民に告ぐ!!!この島の学者たちは今!!
 “世界の滅亡を企む悪魔である”との容疑が掛けられている!!!
 よってこれより、島全域を大規模な捜索の対象とする!!!
 その間!!考古学に関係のない者達は自分の身分を照明する物を持ち
 西の海岸の避難船に一時待避せよ!!!」



高圧的な態度で政府の役人達は勧告する。

当然、町民の間から反発の声は出た。
だが、役人達は町民達に取り合う事無く黙殺する。
そのどこか不気味ささえ漂わせる様子は町民達に確かな恐怖を与え、
やがて燃え広がるように感染した。


やがて町民達は我先にと避難船へと向かう。
オハラに考古学者達だけを残して………













オハラの海岸近くの森林で銃声が響く。


「ぎいゃああああああ!!!う、 撃たれた!!畜生ォ!!おれはもうだめだ!!
 ……上層部に伝えてくれ…この長官の座は……おれのせがれに……!!」

「………長官よくごらんなさい。上着を貫通しただけです」

「…おお、そうか……」


スパンダインはオルビアの放った弾丸が自分を傷つけて無いのを知ると
安心し平静を取り戻す。


「……次は外さないわよ」


弾丸を放ったオルビアはスパンダインに静かに警告する。

だか、無謀にも立ち塞がろうとするオルビアに
スパンダインはあざ笑うかのように語りかる。

スパンダインにとってもはやオルビアの事など目的までのついででしか無いのだ。
自分たちは別の目的でわざわざやって来た。
世界中で後を絶たない“歴史の本文”の探索者を捕らえては
オハラとの関係を探す。
長年に渡る捜査により政府は“歴史の本文”の研究をしている確証を得たのだ。
そしてその事実確認のために自分がこうして、遥々とやって来たのだ。



オルビアはスパンダインの言葉の端から的確に情報を読みとり

一つのそして最悪の答えにたどり着いた。





───見せしめ





考古学の聖地であるオハラを叩き潰せば学会での大事件だ。
“空白の百年”を追えばどのような結果になるか
世界中に知らしめる事が出来るのだ。
ならば、なおのこと政府はオハラの学者達を逃がしはしないだろう。
その事実にオルビアは動揺する。


そしてその隙をスパンダインは見逃さなかった。



「───仕留めろ」



CP9長官であるスパンダインの直属の部下達が動いた。
一瞬での出来事にオルビアは全身が硬直し、動けない。
迫りくる痛みを覚悟したとき、

オルビアは襟元を掴まれ地面へと押し倒された。


「「!!」」


役人達の攻撃はオルビアに当たることはなかった。
何故?
と思考する間もなく、役人達の顔面にほぼ同時のタイミングで
鋭い蹴りが叩き込まれた。

あまりの衝撃に身体が宙を舞う。


「な、なんだと!?」


スパンダインは驚愕する。
彼は部下達の実力を知っていた。
“六式”という特殊な体術を使いこなす超人たち。
数多の任務の中で、彼らが膝をつく、
……ましてや、吹き飛ばされるところなど見たことはなかった。


オルビアは地面に抑えつけられた状態でその相手を見る。
その姿は、友人の面影を残した幼い子供だった。


(まさかっ……!!クレス君!!?)

(お久しぶりです。オルビアさん)


それは、娘の幼なじみの少年だった。













タイミングを見計らったかいがあった。
役人達の視線がただ一点に集められたあの瞬間は
介入には考えうる最高のタイミングだったと思う。
実は、オルビアさんと政府の役人達が対峙している間は
じっと気配を殺して隠れていた。
政府の役人の口から語られる事実に驚きを隠すのは至難の業だったが、
何とかなったようだ。


(クレス君、どうしてここに!?)

(町中で銃を持ったあなたを見つけて、ただ事では無いと思って後をつけました)

(そんな危ないことをどうして!?)

(すいません。……話は後です)


オレが何故タイミングを見計らったか、
それはオレが出しゃばることで状況が悪化することを避けることが一つだ。
だが、それはもういい。
役人の話によると後のことを考えている状況ではなくなった。
こうなったら、いかに素早くオルビアさんを連れて逃げられるかが重要になる。


「てめぇら!!こんなガキ相手に何やってやがるんだ!!」


上司らしい男がわめく。
そしてそれに呼応するかのように役人達が何ともないかのように起きあがる。

クソッ………やっぱりか

オレがタイミングを見計らったのにはもう一つ理由がある。
それが、この役人達の強さだ。
オルビアさんに迫った技術で確信した。
上司は別のようだが、
こいつらは間違いなく“六式”使いだ。
それもオレより高位の術者だ。
こいつらとまともにやりやってもまず勝ち目はない。
ならば奇襲における一撃で多少でもダメージを加えようと思ったが、
あの様子ではあまり効果は無かったようだ。


「すいませんな長官。油断しました」

「……………」


飄々とした態度だが、
そこには自分たちに土をつけたオレに対する敵意がありありと見える。
ヤバい……厄介なことになった。
せめて周りが見えなくなるくらい激情でもしてくれたら少しだけ楽ができたのだが、
オレに対する敵意を理性で制御している感じだ。
始めの一撃で少し本気にさせてしまったかもしれない。


(オルビアさんお願いがあります……)

(どうしたの……)

(実はやって欲しいことがあるのです)

(色々と聞きたいことはあるけど………わかったわ、何?)

(それは────────────)


それは、おそらくオレとオルビアさんが勝利しうる
唯一の方法だった。


「てめぇら!!そのガキを始末しろ!!」


役人たちが構える。
オルビアさんにの仕込みを終えたオレも政府の役人に向けて構えをとった。
初の実戦だったが不思議と心は落ち着いていた。
これもリベルのおかげだろうか……
短く息を吐き、身体に火をくべた。


踏み込みは同時だった。
オレと役人達は“剃”によって高速で移動する。
オレは相手二人の中心に向けて、
役人たちはオレを挟撃するように動く。

メガネをかけた役人が先にオレの首筋を目掛けて“指銃”を放つ。
受けたら死亡確実のソレを
オレはそれを身をかがめて回避し、身体を沈めたままの体制を利用して、足払いを仕掛ける。
だが、相手もさる者。それを飛び上がることで回避する。

その瞬間、もう一人のサングラスをかけた男がオレを踏みつぶそうと
上空から襲来する。


「鉄塊“砕”」


“鉄塊”によって鋼鉄化された足による踏みつけ。
直撃すれば全身の骨がバラバラになってもおかしくない。
オレは足払いの回転エネルギーを利用してそれを避ける。

サングラスの男の攻撃は地面へと直撃する。
まき上がる砂礫に土埃。
男の足を中心として地面が砕かれひび割れる。

その破片はオレに礫となって襲いかかる。

「剃っ!!」

地面を縫うように高速で移動しそれを避けていく。
途中よけきれなかった小さな破片がオレを傷つける。
だが、かすり傷。
ほとんど支障はない。

後ろへと引くオレに
メガネの男が追撃するが、首の皮一枚で何とか避けた。



オレは地面に張りつくように常に移動するように心がけた。

相手との力量は開いている。

速度
リーチ
技の質
おまけに、人数まで
ことごとく相手が上だ。


そんな中でオレが勝機を見出したのは
八歳の身体という小ささを利用した“低さ”だ。
飛来する礫を“月歩”や“紙絵”で避けなかったのもそれが理由だ。
上空に上がれば間違いなく落とされ。
足を止めれば捕まるだろう。
そして、一撃、二撃と攻撃を受け自分の考えが間違いでないと悟った。


一撃目は、首筋。
これは狙ったのでのではなく、身長差から首から上しか狙えなかったのだ。

二撃目は、踏み潰し。
これもオレに攻撃を与えるには攻撃手段が足技に限られているからだろう。

そして三撃目も一撃目と同様。


おそらく相手もオレのような相手と戦ったことは無いのだろう。
攻撃に戸惑いのようなものが感じられた。

そしてそれは、もう一つある……


「あんたたちの攻撃は強力だけど、目で追えないわけじゃない。
 オレが武術を教わった人は、あんたらの裕に三倍は速かったね」


これは、まぎれもない事実。
実際リベルが本気を抱出した際にはオレに目視できるスピードじゃなかった。
気づいたら攻撃されてた。
そんなレベルだ。
相手がリベルレベルだったらオレは始めの奇襲の時点で
返り討ちにされ瞬殺されていただろう。

だが彼らは違う。
体技の錬度や質では敵わないが、
オレには彼らの動きが“見えていた”。


「……………………ガキがっ!」

「……………………」


オレの言葉を挑発と受け取ったのか役人達が激昂する。
よし、やっと注意がオレに向いた。
そしてオルビアさんとの位置関係もクリアだ!


「今です!!」


オレは兼ねてオルビアさんと仕込んでおいた作戦を実行する。
正直、オレが役人達と戦っても勝率はかなり低い
おそらく後三分と持たないだろう。
なので、オレは始めからまともに勝負するつもりは無かった。


いつの間にか離れた場所にいるオルビアさんが手に持った銃を構える。


「何かと思えば……弾丸など我々には効かんぞ」


そう“六式”使いには効かない。
だが、そうでない者なら?

オルビアさんは狙いを離れた所で呆けている上司の方に向けた。


「言ったでしょ。──────次は外さないって」


銃から弾丸が放たれた。


「「!!!」」


部下達はオレ達の狙いに気づいたのか動き出す。
だが、もう遅い。
オルビアさんとも上司とも距離は離れている。
おまけに役人同士も離れていてメガネの方は絶対に間に合わない。
この距離作るためにわざわざオレは一歩間違えば殺されるような
格上の相手二人に戦いを挑んだのだ。


「ぎいゃああああああっ!!!てめぇら!!オレを守れ!!!」


上司が飛来する弾丸に身の危険を感じたのか叫びを上げる。
弾丸は上司の心臓目掛けてまっすぐ放たれる。
だが、その直前で“鉄塊”によって身体を硬質化させたサングラスに阻まれた。


「……おしかったな」

「いいや、予想道理だよ」


オルビアさんが弾丸を放った瞬間にオレとオルビアさんは走り出した。
オルビアさんは上司のもとへ
オレは上司の前で立ち塞がるサングラスの男へ


「喰らえ」


オレは“剃”によって加速してサングラスの男に肉薄し
“指銃”のスピードで“鉄塊”で固めた拳を男に向かって放つ。
これは、今オレが使える中で一番強力な技だ。
しかしまだ未完成で性質上動かない敵に直線で向かわなければならない。
だが、今ならその条件は満たされていた。

オレと同時にオルビアさんが上司に向けて銃を振りかぶった。



「────六式“我流”閃甲破靡!!」

「────はあっ!!」



オレの拳とオルビアさんの銃の先端は共に敵の鼻先をとらえた。



サングラスの男から伝わる確かな感触にオレは勝利を確信する。
サングラスの男はまさかオレが攻勢に転じるとは思ってなかったようで、
オルビアさんの弾丸を“鉄塊”で弾いた後に
オレに攻撃を仕掛けようとして“鉄塊”を解いたようだ。
そこにオレの攻撃が命中した。

まぁ……相手の“鉄塊”ごとぶち抜くつもりでの攻撃だったが
正直予想以上の結果になった。
運も実力の内と言うわけだ。



もう一人のメガネの男は仲間が倒されたことに一瞬だけ動揺したが、
瞬間的に標的をオルビアさんに換える。
だが……そんな事はさせない。


「嵐脚!!」


オレは拳を突きだした状況から無理矢理身体を捻り
メガネの男に向かって鎌鼬を飛ばす。


「月歩!!」


それをメガネの男は上空に駆け上がり避ける。
そしてオレの方が厄介だと思ったのか、
空中で足場を作り高速でオレに向かって迫る。


今の体勢の滅茶苦茶なオレではこいつの攻撃を避けられない。
しかし相手はオレだけじゃない。


「動かないで!!」


銃を地面に倒れた上司に向けるオルビアさんによって
メガネの男は硬直を余儀なくされる。


「てめぇ!!何しやが………ぎゃああ、ごめんなさい!!
 畜生!!コイツの言うとおりにしろ!!おれが殺されちまう!!!」


騒ぐ上司をオルビアさんが銃をちらつかせ強制的に黙らせる。
メガネの男は苦虫を噛み潰したように動きを止めた。
恐らくコイツが止まったのはもう打つ手が無いと判断したからだろう。
オレを倒すには人質となった上司が邪魔で、
そしてオルビアさんの方に行くにしても距離があり、なおかつオレが邪魔だ。
もう一人仲間がいれば話は別だったが、そいつは倒れた。


まさに王手──チェックメイトだ。




「私たちの勝ちよ」




そう、オレたちの勝利だ。






メガネの男を安全圏まで下がらせる。
当然上司はオレたちの足下だ。
さっきまで五月蠅かったが
顔の真横を鉄塊を掛けた足で踏みつけると静かになった。

後はオルビアさんと逃げるだけだ。
オレは多少の手傷を負ったが
大きい一撃を受ける前に何とか終わらせられたので許容の範囲内だ。
奇跡とも言っていい。
最後にオルビアさんがフォローを入れてくれなかったなら、
もっとひどい状況になっていただろう。
まさに満身創痍だ。

コレをもう一度やれなんて絶対嫌だ。
正直なところ上司がいなくて部下の役人達だけだったら絶対に勝てなかった。

オレは緊張している全身から力を抜く。
何とかなったと思った瞬間に疲れがどっと出てきた。
まぁ……無理もない。
あっちは様子見のつもりで多少手を抜いてたようだったけど
こっちは限界なんか越えるつもりでやってたのだ。
相手が本気を出す前に終わって本当によかった。



オルビアさんの方もやはり疲れてるみたいだ。
オルビアさんはオレの視線に気づいたのか、
やわらかな笑顔を向けてくれる。
ロビンに似た、でもロビンよりもずっと大人っぽい素敵な笑顔だ。


ヤバい……頬が熱い。
まぁ……いいか…



そろそろ逃げようかとオルビアさんに声を掛けようとした時













オルビアさんの表情が凍り付いた。



「あららら……
 仮にも政府の特殊機関のCP9が、
 こんな女子供にしてやられちゃあマズいでしょうよ」


オルビアさんの声色が絶望に染まる。


「なんで……あなたがここに……!!
 ───海軍本部中将クザン!!!」













あとがき

クレス&オルビアVSCP9です。
どうしたものか……と悩みましたが何とかなりました。
クレスは現在強いようで弱いです。
クレス一人なら間違いなく負けていました。
今回勝てたのは作戦のおかげです。

ワンピースで避けて通れないのは、
「必殺技」です。
やってしまいました。後悔が八割です。

おわかりになったかたがいらっしゃると思いますが……
閃甲破靡(せんこうはなび)です。
クレスの技は花火の種類から取ろうと思います。

ネーミングセンスゼロです。すいません。









[11290] 第十一話 「最高手」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/03/13 12:44
「あらら……
暇つぶしついでに散歩でもしてみれば、
とんでもないもの見つけちゃったじゃない……」


クザンと呼ばれた長身の男の登場により、
オルビアさんはひどく動揺した。

やばい……

オレも背中に流れる嫌な汗がいっこうに引かない。


「まさか、こんな女子供にまんまとしてやられるとはねぇ…」


この場の空気は完全にこの男が支配していた。

───海軍本部中将

やばい……こんな奴に勝てる気がしない……

オレに六式を教えたリベルでさえ少将だったのだ。
単純に考えてこの男の実力はリベルと同等かそれ以上……万に一つも勝ち目は無い。


「ク、クザンさん!!!」


スパンダインとか言う役人が早くも勝利を確信したのか喜びの声を上げる。
それをクザンは胡乱な目つきで見つめた。


「政府の役人ともあろう人が何やってんだか……
メンドクサいけどコレは見逃せんわな」


周りの空気が変わる。
酷く冷たい凍てつくような寒さだ。


「アイスウォール」


突然。
オルビアさんと人質にした長官との間に分厚い巨大な氷の壁が現れる。
高くそびえ立つ氷の壁は人質とオレたちを完全に隔絶し、オレたちは人質のアドバンテージをいとも簡単に失った。


「逃げなさいクレス君!!クザンは“ヒエヒエの実”の氷結人間!!
決して勝てる相手じゃないわ!!」


“ヒエヒエの実”
数ある悪魔の実の中において最強と名高い“自然系”の能力。
“自然系”の能力者は身体を自然変換することが出来るため物理攻撃が一切通用しないと言う。

オルビアさんの言うとおりだ。
この場は逃げるしかない。
だが間違いなく相手はそれを許さないだろう。

そうすれば最悪二人とも捕まってしまう

ならば……!!


「───いいえ、
逃げるのはオルビアさんだけです」

「何言ってるの!?
私が何とかするから逃げなさい!
あなたを捕まえさせる訳にはいかない!!」

「それはオレだって同じです。
オルビアさんを捕まえさせる訳にはいかない
それに、二人とも逃げ出すにはコレしかありません!!」


オレは“速度”に関しては自身がある。
オルビアさんさえ逃げてくれればオレも逃げきれる可能性もゼロではないのだ。


「それでも、確実にあなたが逃げられるなら私がここに残ります」

「ロビンの事はどうするんです!?
まさか、ここまで帰って来て会わないつもりですか!!?」

「今はそんな場合じゃないでしょう!?」

「いいえ!! そんな場合です!!
 ロビンはずっとあなたのことを待ってました!!
 オレも母さんもクローバーも図書館の皆もずっとロビンにあなたを会わせてあげたかった!!
 母親なら子供の為になら傲慢になるべきでしょう? オレは絶対に大丈夫ですから行ってください!!」


オルビアさんは撃たれたように肩を震わせる。
一瞬だがオルビアさんの中で戸惑いのようなものが生まれたようだ。
でも……言葉だけでは説得は難しい。
どんな言葉をどんなに重ねても
オルビアさんはオレを置いて先に逃げられるような人間じゃないだろう。

ならば……


「そろそろ逃げる算段はついたのか?」

「そんなとこだよっ!!」


行動に移すしかない。


「クレス君!!」


オレは“剃”を使いクザンの視界を塞ぐように移動した。


「嵐脚!!」

「あららら……味なまねしてくれちゃって……」


迫る鎌鼬。
しかしクザンは避けよう ともしなかった。
“嵐脚”がクザンの身体を両断する。
だが、氷の固まりのような物がにぼろぼろと崩れ落ち、
地面からまたクザンが現れた。


「行って下さい!! あなたはロビンの────お母さんなんですから」


オルビアさんは苦しそうに唇を噛みしめる。
オレがオルビアさんを先に逃がすまで逃げない事を察したようだ。


「約束して、……絶対に逃げ延びるって」

「もちろんですよ。
 このまま捕まる気なんてさらさらありません」


苦渋の選択を終え。
オルビアさんは走り出した。


「そうはさせん。
 悪ィが……どちらも逃がすつもりは無い」


クザンが大気中から発生させた鋭い氷の矛を放つ。


「アイスブロック“両棘矛”」

「させるかァ!!」


オレはオルビアさんに向かって飛ぶ矛を全力で打ち落とす。
矛を捌き切れなかった腕から血が流れる。
オレは傷ついたがオルビアさんは無事に逃げられたようだ。
オレは一人クザンと対峙する。
まともに戦うつもりはない。
しかし、オルビアさんが安全圏まで離れるまでは時間を稼がなければならなかった。
そして、時間が稼げたとしてもオレが逃げ出せる可能性は低い。
だが……やるしか無い。


「そこをどけ小僧、
 ───悪戯も過ぎると、ただではすまさんぞ 」

「いやだねオッサン、
 ───上等だっての、かかってこいやコノヤロー」










第十一話 「最高手」











政府の強制捜査は図書館にも及ぶ。
貴重な資料を手荒に扱われるのを嫌がる学者達が猛反発するも、役人達は武器をちらつかせ黙らせる。
そしてオハラの考古学者 は全員図書館の前にへと集められた。


そこにはロビンの姿もあった。

クレスと別れ図書館へとやって来たロビンはサウロから聞いた話を伝え、そして、母の行方を聞いた。
必死な様子のロビンに対し、オルビアがここにやってきたことを知る職員達はオルビアの決意をくみ取り嘘をついた。
しょんぼりとするロビンをシルファーが優しく抱きしめた時、政府の役人達がやってきた。
乱暴な役人達にロビンはおびえた。
サウロの言っている事が本当なら大好きな皆が殺されてしまうのだ。
ロビンに対しシルファーは避難船に行く事を勧める。
ロビンは考古学者となったがロビンほど幼ければ誰も学者だとは思わない。
だがロビンはそれを嫌がった。
避難船に行っても優しい人は誰もいないし、何よりクレスがまだやって来ていなかった。












「っ!!」


クザンによって凍らされた手足が焼けるように痛む。
それだけならまだましだったが、だんだんと動かし難くなっていきとうとう動かなくなってしまった。


「もう止めとけ、お前さんの腕は完全に凍り付いた」

「うるせー、大きなお世話だよ」


オレは凍ってしまった腕を庇う。
まだクザンの足止めをして全然時間が経っていない。
オルビアさんの為には後数分が必要だった。
だが、コイツ相手に後何分、いや……何秒持たせられるか分からなかった。


「もう終わりにするぞ」


クザンが動いた。
オレはそれを無駄と思いつつも迎撃する。


「指銃!!」


オレの攻撃はクザンの身体に吸い込まれ………











「───アイスタイム」











オレの意識は落ちた。




自身の能力によって凍りついたクレスをクザンは見つめる。


「リベルの旦那の言う通りだな……
 まさか、………性格までそっくりだとは……」


彼は自分の後輩にあたる男を思い出し口元を笑みに変える。


屈強な心。
どこまでも諦めの悪い目の光。
そして理性で隠した反骨心。


どこまでも、奴に似た少年だ……
クザンは感傷に浸りながらクレスに近づく。


「これから、お前はどうするつもりだ……少年」


「動かないで!!」


クザンは声の主へと振り向いた。
そこには逃げたはずのオルビアが銃をクザンに向けて構えていた。


「あららら……
 コイツがせっかく命張ってまで逃がしたってのに、戻ってくるなんてどう言うつもりだい?」

「確かにさっきは逃げたわ。
 でも、その子があなたに捕まったなら話は別よ。
 子供の犠牲の上にまで立って我を通すつもりも無いわ………その資格もね」

「なるほど……、“最高手に賭ける”それがあんたの最善手ってわけかい」

「……ええ」


オルビアはうなずく。
あの時の最善手は自身を囮としてクレスが逃げのびることだった。
だが、その方法はクレスが先手を打ち拒んだのだ。
ならばオルビアに出来た最善の方法とは、クレスの選ぶ最高手を成功させることだった。


「ふぅん………それでどうするつもりだ?
 はっきり言ってお前さんに何ができるわけでもあるまい?」

「取引をしましょう」

「応じると思ってるのか?」

「それはあなたしだいよ。
 ───私に聞きたいことがあるんでしょう?」










あとがき

青キジ強過ぎますね。
始めて出てきた時は衝撃でした。
やはり青キジ相手では瞬殺でした。
クレスでは絶望的に勝ち目がありません。

オハラ編もそろそろ終わりですね。
この駄文なシリアスにもう少しお付き合いいただければ幸いです。







[11290] 第十二話 「悪魔の証明」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:31
「てめぇらちゃんと仕事してんだろうな!!!」


スパンダインが苛立ちにまみれた声を上げる。
オルビアをクザンの助力によって拘束したスパンダイン達は
オハラの考古学者達を集めさせた広場にやってきていた。

彼は現在屈辱の極みにあった。
政府直属の機関CP9の長官である自分が女子供相手に敗北し、
部下一人が倒され当分動けない。
クザンの助力のおかげで何とか事無きを得たが、
それでもなお傷つけられた彼のプライドは一向におさまらない。

苛立ち紛れにわめき散らそうとも、それは自分の失態を露呈するだけだ。
ならばせめてと、
オルビアとクレスを傷つけることでで憂さ晴らしを行おうとしたが、
何故かクザンによってたしなめられた。


スパンダインはやり場の無い猛烈な怒りを
自分のことを棚に上げ部下に当たり散らすしか無かった。













オルビアは片腕を役人によって拘束されながら、
わめくスパンダインを黙って見ていた。



クザンによって確保されたクレスの為に
オルビアは自らの身と情報を差し出す事を約束し、
クザンはそれを承諾した。

クザンに何の思惑があったかはオルビアには分からなかったが、
二人の間に取引は成立した。


オルビアの身柄はスパンダインが預かる事になった。
スパンダインは怒りの赴くままオルビアを痛めつけようとしたが、
クザンによって阻まれる。
スパンダインは逃亡の可能性を示唆し、
動けないようにするべきだと進言するが、
クザンは不要だとはねのけた。


結局はスパンダインがほぞを噛む形となり決着がついた。


そして、オルビアはスパンダインに連れられて全知の樹までやって来た。


そこではやはり政府による強制捜査が行われていて、
学者達は全知の樹の前の広場にへと集められていた。
政府の手は確実に首もとへと伸びており
後はただ上手くやり過ごす事を祈るだけだった………

そんな中、オルビアは集められた学者達の中に
不安そうな表情をした少女を見つける。


(…ロビン、大きくなったのね………)


六年前に半ば捨てるような形で置いていった自分の娘。
こんなにも愛おしさが溢れてくるなんて思ってもいなかった……
抱きしめたい、だがそんな願いも今となってはもう叶わなかった。
オルビアは溢れ出そうな涙を必死で抑える。
自分がオハラの関係者であることを悟られる訳にはいかなかった……












オルビアが役人に連れて来られたことに
シルファーは他の学者達と同じく悟られはしなかったものの大きく動揺した。
オルビアには大きな怪我も無さそうでひとまず安心したが、
そこにクレスがいない事に何かとてつもなく嫌な予感がしたのだ。

杞憂であって欲しいと願う。

しかし、ロビンの話によるとクレスはオルビアを追った可能性が非常に高いのだ、
そしてクレスの性格を考えるとオルビアを助けようとしたはずだ……
だがオルビアは役人に捕まり、クレスは不在。
最悪の答えが一瞬頭を横切るが、それを必死に否定した。


(……クレス、無事でいて………)










第十二話 「悪魔の証明」













図書館内部で爆発音が響いた。
学者たちが動揺する。
ただの強制捜査では無い、今までに類を見ないほどの強硬捜査。
一切のためらいの無い無慈悲な行動。
目的のためには手段をも選ばないその行為には戦慄すら感じた。



このままでは、……



学者たちがそう思い始めたとき、




『────発見致しました!!!
 地下に部屋があり
 “歴史の本文”と見られる巨大な石と明らかな古代文字の研究書類が!!!』



悪魔の証明はなされた。



「ムハハハハハハ…!!
 さて、忌まわしきオハラの学者達よここに貴様らの
 ────────“死罪”が確定した!!!」


オハラの学者たちは、咎人となったのだ。













深いまどろみの中にあった。
ひどく凍てつくような、深淵。
抜け出す術は無かった。


ヤバいなぁ……


自分の状況は何となくわかる。
自分はクザンに敗北したのだ。


これが力の壁か…と実感した瞬間だった。

まさか、傷一つつけることが出来ないとは思わなかった。


オルビアさんを逃がして、
どうしてもロビンに合わせてやりたかった。

だが、オレが負けてしまったならおそらく……駄目なんだろう。

クザンと対峙した時点で勝負は半分詰んでいたようなものだ。
そこからもう半分の勝機をオレは手繰り寄せらられなかった。


終わってしまったことだと諦めるには少し悔しすぎた。


まぁ……もう仕方ないんだけどね……

とりあえずこの状況をどうにかしなくてはならない。
と言っても何ができるわけでもない……













「────────────────────────」











は?
誰だよあんた、何か言ったか?














「クレス起きるでよ!!」

地鳴りのような振動が全身に響いてく
オレはまだ重い瞼を開けた。


「………サウ…ロか?」

「おおっ!!起きたんか!!
 なかなか起きんから心配しとったんでよ!!」

「ここ…は?」


オレは周りを見渡した。
オレは巨大な手に包まれていた。
どうやらサウロの手の中にいるようだ。


「いったい何があったんか!?
 えらいことが起こったんで急いで走っとたら
 道端にお前さんが倒れておったんでよ!!」

「……お前が助けてくれたのか………あの状態をどうやって…
 いや、いい…そんなの後だ。
 それよりもえらいことが起こったって言ったな。何があったんだ?」

「それが、海軍の軍艦がそこまでもうやってきとるんでよ………!!」













「死ぬ前に“五老星”と話をさせろ!!
 ──この考古学の聖地オハラが長きに渡り研究をし続け
 夢半ばながら“空白の百年”に打ち立てた仮説を報告したい!!!」


クローバーは世界最高権力である“五老星”に
オハラの学者達が命をかけて究明した仮説を語る。
それは、今日この場で命を散らすオハラの考古学者達の最後の意地だった。




────過去の人々が何故わざわざ硬石のテキストを使い
その歴史を未来に伝えようとしたのか?

それは、歴史の本文を残した人々には“敵”がいたからだ。

その者達が何らかの理由で滅亡したと仮定するならば、
それに勝利した“敵”はその後も生き残っているはずである。

そして奇遇なことに“空白の百年”が明けた800年前に
ちょうど誕生したのが、現在にいたる“世界政府”。


ならば、こうは考えられないだろうか………


“滅びた者達”の“敵”が現在の世界政府ならば、
“空白の百年”とは世界政府によってもみ消された
不都合な歴史じゃないだろうか?

そして“歴史の本文”を読み取ることによって
一つの巨大王国の姿が浮かび上がった。

おそらくは“世界政府”と名乗る連合国の前に敗北を悟った彼らは
決して砕けぬ硬石に全ての真実とその思想を託した。
それこそが、現在に至る“歴史の本文”ではないのか?

古代文字によって呼び覚まされると言う“古代兵器”は世界の平和を脅かす。
だが、それ以上にその王国の“思想”と“存在”が
世界政府にとって脅威となるのではないか?────────────



「その脅威が何なのかは解き明かさなければわからんが
 全ての鍵を握るその王国の名は──────」

「──消せ」


思わずクローバーに呑まれていたズパンダムが
五老星の言葉に銃の引き金を引いた。


乾いた音が響き


クローバーは崩れ落ちた。













あとがき

ごちゃごちゃと視点の変わるわずらわしい文章ですいません。
もう少しスマートな文章が書きたいです。

青キジによって結局は原作と同じ展開になってしまいました。
私もこの展開で良いのかと少し後悔しています。
ですが、何とかがんばって書ききりたいです。

クレスの聞いた声は誰だったのか?
一応は複線のつもりです。

次もがんばります。
ありがとうございました。








[11290] 第十三話 「お母さん」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/11 20:40
─────オハラは知りすぎた……


嘆くような五老星の声とともにスパンダインに一つの指令が下される。


─────攻撃の合図を出せ誰一人逃がしてはならん……!!



海軍本部の中将が指揮する軍艦10隻を招集する
無慈悲にて圧倒的な力を振るう権力の権化
正義の名の下に行われる制裁



“バスターコール”の合図であった。













第十三話 「お母さん」













ロビンの胸には何か靄にかかったようなひどくあいまいな予感があった。
大切なものが見つかりそうな予感。
手を伸ばせば届きそうな……そんな思いだ。

シルファーに引き取られてもその思いはあった。
幼き頃の温かな記憶とぬくもり。
大好きだったはずなのに何故か忘れてしまったその姿。
積み重ねる日々において埋没してしまいそうな感情。

でも、いつも忘れたことは無かった。

ロビンにとってそれは決して風化するものではない。
たとえどんなに離れても、
たとえどんなに時が経とうとも




ロビンは母のことを思い続けていた……




ロビンの前でオルビアが役人によって乱暴に連行される。
オルビアの艶やでやわらかい白髪にほっそりとした姿
その姿にロビンは心の奥底にある母の姿を一瞬思い描いた。



周りの喧騒はいつの間にか聞こえなくなった。



その姿を見た瞬間から、自分の心の奥が急かすのだ。
沸き立つような感情をロビンは抑えられなかった。


「お母さんですか……?」


よみがえる昔の記憶。
シルファーとクレスと共に見送ったその後ろ姿。
本当は行って欲しくなかった。
でも、母の夢を応援したくて我慢したのだ。

シルファーやクレスは優しいし、
クローバーや図書館の人達も大好きだ。
悪魔の実のせいで町の人間には嫌われてしまったけど、
皆がいたから幸せだった。
……でも、そこに母の姿は無かった。

考古学も頑張って勉強した。
母がいつか帰って来た時に、一緒に海に連れってもらうためだ。


「私の……お母さんですか!?」


ロビンの目から涙がこぼれ落ちる。
それでも、離れていく母の面影を必死で掴もうとした。


「いいえ、………ごめんなさいね。人違いだと……思いますよ……」


だが、無情にもオルビアの言葉はロビンを突き放す。
ロビンからはオルビアの背中しか見えない。
それでもロビンは諦めることができなかった。


「私!!!ロビンです……!!!
 大きくなったけど……私を覚えてませんか!?
 ずっと、ずっと帰りを待ってました!!!」


ロビンの言葉にオルビアは泣き崩れる。
声を出さないように必死で口元を押さえ、肩を震わせた。
どうしようもなく自分は罪深い人間だった。


「本当に…お母さんじゃないですか?」


ロビンはいつかの記憶を思い返す。

手をつなぐ仲の良い家族を見た時だ。
寂しそうなロビンを気遣ってか
クレスがロビンの右手を、
シルファーが左手を握ってくれた。
とてもうれしかった。


だから、本当はこんなこと考えてはいけないのだと思った。



……ロビンは誰よりも母に手を握ってほしかった。



「いつか…手をつないで一緒に歩いてほしいから………
 私!!一生懸命勉強して考古学者になれたの!!!“歴史の本文”も読めるよ!!!」


ロビンの言葉に周りは動揺する。
だが、そんなことロビンには関係ない。
もうその姿を失いたくなくて流れ落ちる涙をぬぐおうともせず必死で呼びかける。


「だから一緒にいさせてお母さん!!!
 もう……置いていかないでぐだざい!!!」














『“バスターコール”を発動する!!
 一斉砲撃開始────考古学の島“オハラ”その全てを標的とする!!!』




絶え間なく響く砲撃音。
発射、着弾、爆発、破壊
その工程が雨のように降り注ぐ砲弾によって
悪夢のように行われる。

人々の怒号と悲鳴その全てを打ち消すかのように
圧倒的な力が蹂躙する。



『オハラに住む悪魔たちを抹殺せよ!!!絶対正義の名のもとに!!!』













敵味方の判別の無い攻撃はオハラにいる者全てに降り注いだ。


「畜生!!何だこりゃ!?おれ様を殺す気か!!
 おれ達がまだ島の外に出てねぇだろうがよ!!!」


スパンダインは迷うことも無く撤退を選択する。
この際、オルビアやオハラの学者たちなどどうでもいい。
何よりも自分の命が先決だ。

部下がオルビアの娘だと言う子供を指して考古学者だと言う。

もうそんなことはどうでもいいのだ。
“バスターコール”は発動したのだ。
この島にいる限り生き残れはしない。
今は顔だけ覚えてほおっておけばいい。

スパンダインは政府の船に向けて走り出した。












スパンダインがいなくなったことによりオルビアは自由になった。
自分の娘に背中を見せつ続けるオルビアにロビンは近づく。

ロビンはオルビアの汚れてしまった手をその小さな手で握った。


「こうしたかった……ずっと……」


オルビアはこらえきれなくなった涙を流し、
ロビンをぎゅっと、やさしく抱きしめた。


「ロビン…!!!」

「………お母さん……!!!」


六年ぶりの母の胸はとても温かかった。













シルファーとクローバーは二人を離れた所から見つめていた。
やっと再会できた親子を祝福したい気持ちはあった。
でも、状況はそれを許さない。


「わしのせいじゃ……ロビン“歴史の本文”が読めると言うのは本当か?
 わしがちゃんと目を光らせておけば………」

「ごめんなさい、オルビアあなたからロビンちゃんを預かっておいていて……」


もはや、責める必要も責める気もないが、
ロビンは禁止されていたことを犯してしまったのだ。


「ごめんなさい……どうしても私……」

「そんな事も出来るようになってるなんて……本当に驚いたわ
 たくさん頑張って勉強したのね。
 誰にでもできる事じゃない……すごいわロビン!!」


ロビンはオルビアに強く抱きつき泣いた。
悲しいからではない、
母に褒められたことがどうしようもなくうれしかったのだ。
ロビンはもう母から離れないようにオルビアを強く握った。













オレはサウロの手に乗って全知の樹へと急いでいた。
海軍の攻撃が始まったのだ。
どうしようもない不安に駆られる。
ロビンは、母さんは、オルビアさんは、クローバーは、図書館の皆は、
大丈夫なのか?

サウロは大きさに比例して足も速く
砲弾の降り注ぐ中を全速力で進み全知の樹へと到着した。


オレはサウロの手の中から外を見る。
そこにはオルビアさんとロビンの姿があって
二人はお互い涙を流しながら抱きしめ合っていた。

よかった……再会できたのか

うれしさにオレまで涙だ出そうになった。


「ロビン!!ここにおったか探したでよ!!」

「サウロ!!クレス!!」


ロビンが涙目でオレ達の名前を呼ぶ。
その手はやはりオルビアさんを握りしめていた。


「クレス君!!無事だったのね!!」

「えぇ、すいません。負けてしまいました……
 それよりもロビンと会えたんですね。本当によかった」


オレはサウロから飛び降りロビンとオルビアさんへと近づいた。
そしてロビンの頭をやさしくなでる。


「よかったなロビン、お母さんに会えて……」

「……クレス…、うん、ありがとう!」


目に涙をためながらもロビンはうれしそうな笑顔を返してくれた。


「クレス!!」


オレは走って来た母さんに抱きしめられた。


「……こんなにボロボロになって……、心配したのよ……」

「……ごめん、心配かけた」


オレは母さんを抱きしめ返す。

砲撃の音は響き続ける……
この温もりが感じられるのはもしかしたら後少ししか無いのかも知れない……
でも、今だけは何も考えたく無かった。


母さんはオレを抱きしめる腕を緩める。
そして、オルビアさんと何かを確かめ合うように視線を合わせ、
お互いにうなずいた。


「サウロお願い……!!、この子達を必ず島から逃がしてあげて……!!」

「私からもお願いします。どうか、この子たちだけでも……」


オレは母さんとオルビアさんの言葉に猛烈に嫌な予感がした。
状況が許さないのは分かる。
だけど……オレにはその選択はありえない。


「“だけ”ってちょっと待て!
 その言い草だと逃げるにはオレとロビンだけみたいじゃないか……!
 母さんとオルビアさんはどうするんだよ!?」

「いやだよ!!お母さんもおばさまも一緒じゃなきゃやだよ……!!」


オレとロビンは互いに母親へと詰め寄った。
だが、母さんもオルビアさんもその決意を変えようとしなかった。


「お前さんたち……!!」

「私達はまだ……ここでやる事があるから」

「お母さん!!離れたくないよ!!やっと会えたのに!!私もここにいる!!」

「オレも嫌だ!!そんな事はしたくない……!!」

「……だめよクレス、言うことを聞いて。
 貴方たちは生きなくちゃだめなの……」

「オレだって死にたいわけじゃない!!
 でも、二人を……!!クローバーや図書館の皆を置いてなんか行けない……!!」


気づけばオレは涙を流して訴えていた。
どうしても現実を認めたくなかった。


「だって母さんだぞ!!
 こんな訳の分からないオレを息子として愛してくれた母さんだぞ!!
 それが、こんなとこで突然オレ達を生かして自分は死ぬなんて言い出すなんて……っ!!
 オレはただ母さんに甘えて、……まだ、何も返せてない
 リベルから教わった“六式”だって母さんやロビンや皆を守るために使いたかったんだ……
 それが……、それがこんなことがあっていいのかよっ!!」


「黙って言うことを聞かんかクレス!!」

「……クローバーっ!!」

「我々はもう既にに標的となって助からんのだ!!
 ワシらはここで死ぬ。それはもはや揺るがない!!」

「まだ分からねぇだろうが!!」

「貴様だって分かっとるはずだ!!
 海軍の艦隊がこの島を取り囲んどる!!
 もはや逃げる術すらないのだ!!」

「っ!!」


そんなこと言われなくても分かってる……!!
だけど、諦める事なんてできないんだよ。
どうしてここの学者たちは逃げようとしないんだ!?
皆使命に動かされるような顔をして、迫りくる死に戸惑いすら無い。


「ロビン、クレス君…聞きなさい……。
 オハラの学者なら皆知ってるの……
 “歴史”は人の財産。
 それは、あなた達が生きる未来をきっと照らしてくれる」

オルビアさんの言葉を母さんが受け継ぐ

「だけど過去から受け取った歴史は次の時代に引き渡さなくちゃ消えていくの
 だから、ここにいる学者たちはたとえ逃げる手段があったしても、
 ここでこうして、本を守り続けるわ。
 オハラは歴史を暴きたいんじゃない、
 過去の声を受け止めて守りたかっただけ」


────────私達の研究はここで終わりになるけれど、たとえこのオハラが滅びても……












「「あなた達の生きる未来を私たちが諦めるわけにはいかないっ!!!」」












……っ!!
オレは唇を血が出るほど噛みしめた。
オレだって今すべき事くらい分かる。
でも、それが正しいなんて絶対に思いたく無い
でも、……


「お願いクレス……ロビンちゃんを守ってあげて。
 何があってもその手を放さないで………!!
 あなた達さえ生きているならば、私達に後悔なんてないの」


母さんはいつの間にかロビンと同じように母さんを離すまいと
母さんを握っていたオレの手をやさしく引き離した。


「さぁ、行って!!サウロ!!」


母さんと同じように、すがりついていたロビンをオルビアさんが
引き離し、サウロへと引き渡す。
ロビンはオルビアさんと離れてしまうことに、必死で抵抗するが、
サウロの手を逃れることはできなかった。


オレはうつむき母さんの傍を離れた。
拳を限界まで握りしめて、

その拳で全力で自分の顔を殴った。


「!!」


母さんの息をのむ声が聞こえた。
口の中に広がる苦い鉄の味。
そしてにじむような鈍い痛み。
オレは自分の心を叩き直した。
弱いオレでは…もう、この選択しかないのだ。


オレは母さんに向き直り深く頭を下げた。


「いままで、本当に、本当に、ありがどうございまじだ………!!」


クソっ……
口が震えて声がまともに出せない。
今くらいカッコつけさせてくれ……


「当然じゃない……あなたは私の自慢の息子なんだから……
 泣かないで前を向きなさい、男の子でしょう」


こんなオレに母さんはやさしく微笑みかけ、
涙を流すオレを強い瞳で見つめてくれた。



オレはサウロの手の中でぐずるロビンの横へと移動する。
そして、ロビンの身体を強く抱きしめた。
ロビンはオレの腕の中でも必死に抵抗する。
それをオレはただ強く留めていた。










「生きて!!!ロビン!!!クレス君!!!」

「絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!」



オレとロビンを見送る母さんとオルビアさんに
オレは何もしてあげることができなかった。












あとがき

ワンピースの原作を読んでこの話を書いているときに
自分の文章の稚拙さを強く認識しました。
私程度では、この壮大な世界を描きつづることはできないんだなぁと
半ば当然のように思っています。

このような駄文でよろしければもう少しだけこのシリアスにお付き合い下さい。
ありがとうございました。



[11290] 第十四話 「ハグワール・D・サウロ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/09 19:55
「ぬおおおォオ…!!
 こりゃワシを狙って来とるでよ!!」


巨大な的と成りえるサウロに向かって戦艦からいくつもの砲弾が放たれる。
降り注ぐ砲弾の中をサウロは手の中にオレとロビンを納めて走った。


「クレス!!……サウロ!!
 お願い引き返してっ!!」


サウロに包み込まれた手の中で更にオレに抱きしめられているロビンが涙ながらに訴える。


「………ダメだ………母さんやオルビアさんの決意を無駄には出来ない…!!」


オレだって本当は引き返したい。
だけど、もう引き返しても何も出来ないのだ。
オレとロビンは生きろと言われた。
ならば絶対に生き残らなければならない。


「誇れ!!ロビン!!クレス!!
 お前さんらの母ちゃん立派だで!!オハラは立派だでよ!!」


そんなことは十分に分かってる。
サウロの言う通り母さんとオルビアさんは立派だ。立派すぎる。
自分の命と引き換えに、
オレ達の命そしてオハラの学者としての誇り
その両方を守ろうとしているのだ。


そして、その選択に一瞬の後悔も逡巡も見せなかったのだ……!!


「この島の歴史はいつかお前さんらが語り継げ!!
 オハラは世界と戦ったんでよ!!!」


忘れるものか、
途絶えさせるものか……!!

母さんやオルビアさんそれにクローバーや図書館の皆の
戦いをオレは絶対に無駄になんかしてたまるか!!


走るサウロに砲弾が一つ迫った。


「!!?」

「あっ!!」

「クソッ!!」


オレはロビンを砲弾から守るために全身に“鉄塊”をかける。
サウロは砲弾が命中するにも関わらず
自分をかばう事無く、オレ達を乗せた手のひらを砲弾から遠ざけた。

着弾と爆音。
砲弾はサウロへと着弾した。

肌に熱風が伝わるが怪我などは全くない。
サウロが守ってくれたからだ。


「……!!すまん……びっくりさせたでな、
 …ちょっと…待っとれ……」


サウロはオレとロビンを地面へと下ろすと、
顔に受けた砲弾による痛みに構うこと無く
岸にある軍艦に鋭い視線を向ける。


「アレか…あんな岸から…
 二人が傷ついたらどうするんだで………!!」


サウロは軍艦に向けて走り出した。

まさか…軍艦と生身で戦り合う気か!?


「やめろ、サウロ!!」

「やめてーー!!サウローー!!」


サウロは軍艦を掴む。
動揺する海兵達をよそに恐るべき怪力によって軍艦を持ち上げた。


「覚悟せぇ…ワシを敵に回すと……ただじゃすまんでよ……!!」


サウロは持ち上げた軍艦を近くにあるもう一隻の軍艦に向けて投げつけた。

軋み粉砕される船の音が離れたこちらまで聞こえる。
サウロは軍艦相手に暴れ続ける。
海兵達はサウロに対し手に持った銃や、軍艦に備えつけられた大砲で反撃する。
しかしサウロの攻撃は身体にいくつもの砲撃を受けてもひるむどころか、
むしろ激しさを増した。


「サウロやめろ!!これ以上はお前がヤバい!!」

「そうだよ!!もやめて!!死んじゃうよ!!」


オレとロビンは必死でサウロに叫びかける。
母さんオルビアさんに続きサウロまで命をかけて
オレ達を守ろうとしているのだ。


「今のうちに避難船に逃げるでよ!!この島におっては助からん!!」

「でも、サウロ……!!」

「クレス!!ロビンを連れていくでよ!!」

「ロビン!!」


オレはロビンの腕を掴む。
そして半ば引きずるように走った。
ここでもし避難船に乗れなかったら逃げる手立ては無くなってしまうのだ。












第十四話 「ハグワール・D・サウロ」












オハラへの攻撃はとどまることなく激しさを増す。
町は炎に包まれ、かつての穏やかな面影は無い。
あちこちから黒煙が巻き上がり
日のあたる昼を光無き黒へと染めていく。

オレ達の家、
ロビンと母さんとよく買い物に出かけた店、
ロビンと水遊びをした小川、
六式の訓練をした広場、
オルビアさんを見送った港、

数えればきりがない
思い出の数々がその炎の中に消えていく。



それは、全知の樹も例外では無かった。


「お母さァ─────────ん!!!」


炎に包まれる全知の樹。
ロビンがこらえきれない思いを叫びに変える。
あそこには母さんやオルビアさん、クローバーに皆がいるのだ……

オレも出来るなら叫びたかった。
あまりに残酷な現実を嘘だと否定したい。

でも今はそれをすることは出来ない。

母さんとの約束、
ロビンを必ず守るためには今を生き抜かなくてはならないのだ。
そのためには、今と言う現実を受け入れ行動しなければならないのだ……!!



「行こう!!オレ達は生きるんだ!!ロビン!!」













一冊でも多くの本を、
一節でも多くの文節を、


燃え上がる全知の樹の内部では
一つでも多くの文献を守ろうとする学者達によって懸命な活動が行われていた。
彼らは命の危険などまるで感じていないかのように活動を続ける。
それは先人達の言葉を受け継ぎ未来へと届ける彼らの義務であり、誇りであった。













振り向く事無くロビンを抱え全力で走った。

出来るなら今は何も考えたくない。
ただ、自分に出来る事だけをやりたかった。



オレ達は避難船へとたどり着く。
既に帆を張り出向の準備を終えているようだが、
何とか間に合った。
この船に何とか紛れ込めば島を出る事が出来る。
幸い、オレとロビンが法を犯したと知っているのは
スパンダインとか言う役人とその部下だけだ。

避難船に乗る人間がオレ達に気づいた。

だが、雲行きが怪しい。
ロビンの事で船上はもめていた。
ロビンを傷つける言葉の数々、
オレは怒鳴りたい気持ちを抑え込みロビンを抱きしめる。
オレはそのままロビンを抱え“月歩”によって船に飛び乗った。
驚く、人々。
だが、そんなのには構ってられない
速く人ごみに紛れて姿を隠さなければ……













『避難船!!!そのガキ共を拘束しろ!!
 そいつらは子供でも凶悪な悪魔共だぁ!!!!』












政府の船から聞こえる耳障りなスパンダインの声。
政府は安全地帯から学者達が逃げないように監視していたのだ。

スパンダインによって避難船に乗っていた海兵達が半信半疑ながらも
オレ達に向けて銃を向けた。


「ロビン、掴まってろ!!」


オレはロビンを抱えたまま立ち塞がる海兵に“嵐脚”を放つ。
巻き上がる海兵達の悲鳴。
オレはその中を“剃”で駆け抜けた。


「くそっ!!どうすればいい!!」


最悪だ。
生き残る希望に賭けたがその当てが外れてしまった。
海兵達が弾丸を放ってくる。
オレはロビンを守るように身を屈め全力で避難船から離れる。


「ぐっ!!」

「クレスっ!!」


弾の一つが背中に当たった。
焼けるような痛みが広がる。
だが、貫通だけはさせるわけにはいかない。
瞬間的に“鉄塊”をかけた。
ロビンを傷つけさせるわけにはいかない……!!




「……“CP9”か…くだらん事を……!!」


サウロが標的を政府の船に変える。
船に向けて走り出したその時、



「────アイスブロック“両棘矛”」


巨大な氷塊が投げつけられた。


「………!!………クザン!!!」


氷でできた矛はサウロを傷つけ、足を止める。


──────海軍本部中将クザン
あの野郎……!!
なんてタイミングで現れるんだっ!!


「あらららら……
 “バスターコール”が元海兵に阻止されたんじゃあ
 格好つかないんじゃないの……」

「クザン…!!おめぇはこの攻撃に誇りが持てるのか!!?
 おかしいでよ………!!お前も知ってるハズだで!!!
 これは“見せしめ”だ………!!!その為にこのオハラを消すんだで!!!」

「これが今後の世界の為なら仕方ない。
 現に学者達は法を破ってんじゃない……!!
 正義なんてものは立場によって形を変える。
 だから、お前の“正義”も責めやしない
 ────ただ、おれ達邪魔をするなら放ってはおけねぇ……!!!」


にらみ合う二人が対峙したその瞬間。

ひときわ大きい爆音が響いた。
島では無く海の方。
船が燃えていた……
それは、オレとロビンが乗ろうとした避難船だった。


嘘…だろ……
あそこには学者達は絶対にいないはずだ
いたとしても、島中の民間人が乗っているんだぞ……!!


その攻撃はオレだけで無く、
サウロ、ロビン、そしてクザンまでにも戦慄を与えた



「これが……!!これが!!正義のやることか……!!
 これでもまだ胸を張れるのかァ!!!」

サウロは怒りをぶつけるようクザンを殴りつける。
その拳の威力は大地を割り大気を震わせる。


「……!!!、サカヅキのバカ程行き過ぎるつもりはねぇよ!!!」


クザンはサウロの拳を飛び上がり避ける。


「逃げるど二人とも!!あいつの強さは異常だで!!」


サウロはオレとロビンを手に納めると走り出す。
だが、駄目だ。
オレもそうだった、クザンはこれくらいで逃げられるほど甘くない……!!


「───アイスタイムカプセル!!」


クザンから放たれる猛烈な冷気がサウロの足を捕まえる。
足から全身に広がるようにサウロが凍っていく。
こうなればもう抜け出せない…!!


「走るんだで思いきり!!!
 島内におったら命はねぇ……!!
 とにかくワシのイカダで海へ出ろ!!」

「サウロは!!?」

「ワシはここまでだ……!!」

「いやだ!!皆と離れるなんていやだよ!!」

「サウロ……っ!!」

「……よく聞け……ロビン、クレス……
 今はとても悲しくて、寂しくても……!!
 いつか必ず“仲間”に会えるでよ!!
 海は広いんだで…………
 いつか必ず!!!お前達を守って導いてくれる“仲間”が現れる!!!

 ───この世に生れて一人ぼっちなんて事は絶対にないんだで!!!

 証拠にお前達は今二人だ……その手を離すんじゃないでよ。
 そうすれば、いつか幸せに笑いあえる仲間に会える。
 デレシシシ……この海のどこかで必ず待っている
 仲間に会いに行け!!!ロビン!!!クレス!!!」


オレは泣きじゃくるロビンを抱え直し
凍りついていくサウロから離れる。
今はクザンから逃げなければならない。
たとえ、サウロを見殺しにするような真似をしてもだ……!!



──────そいつらと……共に生きろ!!!




サウロの最後の言葉をオレは胸に刻んだ。











あとがき

もうそろそろ終わってしまいます。
おそらく後1、2話ほどでオハラ編は終了ですね。
完結に向けてがんばります。

感想版での返信は時間の都合上もう少しお待ちください……
まさかあれほど書き込んでいただけるとは思っていませんでした。
“ワンピースしてる”は最高の褒め言葉です。
天に昇れそうです。
本当にありがとうございました。







[11290] 最終話 「if」 第一部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/13 00:55
オレはロビンを抱えて走った。
振り向くことは無かった。
出来なかった。
何も考えないようにしてただ前に進む。

サウロの言うイカダの位置にはここから少しある。
孤状になっている岸の先だ。


「……クレスっ!!……サウロが!!」

「大丈夫だ……きっと、大丈夫だから……!!」


自分で言っといてなんて無責任な発言だと憤る。
だけど、こうでも言わなければオレ自身もどうにかなりそうだった。

そして、必死で走り岸へとたどり着く。


「なっ!!」


そこには最悪の人物がいた。
サウロを氷づけにしたクザンだ。

追い抜かされた記憶は無い。
ロビンを抱えながらとは言え全力で走った。
どうやって…と思い周りを見渡す。
海が凍っていた。
クザンはオレが最短距離で進むよりも速い。
直線距離をやって来たのだ。

オレはロビンを降ろし、
クザンから隠すように構える。


「ロビン……逃げろ!!
 コイツはオレが何とかする……!!」

「いやっ!!クレスまでいなくなるなんてダメっ!!」

「………そう騒ぐんじゃない、
 別にお前達をどうこうしに来たわけじゃない
 それにお前が攻撃をおこなえば、おれも黙っているわけにはいかない」

「……なら、何でここに?」

「徹底した正義は……時に人を狂気に変える。
 ───サウロの守った“種”は一体何に育つのか
 ……お前達をこの島から逃がすことにした」


何をふざけたことを……!!

だが、オレは今にも飛びかかろうとするのを抑える。
コイツには勝てないのは分かってる。
それに……信用するつもりはないが、
クザンの後ろには小舟と海に氷によってひかれた2本のラインがあった。


「お前らが誰を恨もうとも勝手だが、
 今は命があっただけよかったと思え……
 この先は……なるべく地味に生きるんだ」


オレとロビンを憐れむような口調だった。


「氷のラインを引いておいた
 小舟でまっすぐに進めば陸に辿り着く
 ────そして覚えとけ
 おれは味方じゃねェ…お前らが何かをやらかせば番に捕らえに行く“敵”だ」

「……島にお母さんが……!!」

「誰も助からねェよ……
 辛くて死にたきゃ────それも、自由だ」


オレはロビンの手を引きクザンの横を通り過ぎる。
ロビンもオレの意思を感じ取ったのか、
涙をこらえながらも自分の足で歩いた。


「……これからロビンと歩む道で、
 “敵”が現れたなら、───倒す」

「好きにしろ……お前が何を思おうとも自由だ」




小さな小舟はその身には大きすぎる大海へと出る。

オレは無言で船を漕いだ。
ロビンも自分の膝を抱き何も言わない。

背後には燃え落ちる故郷。
そこに大切なものがたくさんあるのに
まるで他人事のようだった。

様々な思い出がよみがえる。



───ロビンちゃーん!!お誕生日おめでとう!!!

───だからお願い、このまま私の息子でいてちょうだい

───もう、照れなくてもいいじゃない親子なんだから

───良い顔だ、それでこそ男だ

───誇れ!!!ロビン!!クレス!!オハラは立派だでよ!!

───あなた達の未来を私達が諦めるわけにはいかない!!!

───笑ったらええでよ!!苦しい時は笑ったらええ



「「デレシシ」」


沈黙を破ったのは二人同時だった。
オレはロビンと顔を見合わせた。


「「デレシシ!!!」」


二人してサウロの変な笑いをまねる。
辛いことを忘れるように……
悲しいことを覆い隠すように……

笑いつづけていくうちに
ロビンが咳き込んだ……無理に笑ってのどを痛めたのだろう。
でも、オレは止めなかった。

幸せなら笑う
ならば、笑っていればその間は幸せだ

オレも嫌いじゃないバカらしい理屈だ。

オレも笑う。
のどがかすれて痛い。
でも、やめなかった。



でも……長くは続かなかった。

笑った声は嗚咽に変わり。
やがて、泣き声に変わった。

泣きじゃくるロビンを抱きしめる。

励ましの言葉なんて甘い言葉
かける気にもならなかった。


─────ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?

─────立ち向かう。どんな相手だろうといつか必ず倒す。
     たとえ、それが不可能でもオレはあきらめない!!


「……ちくしょう」


船はただ前に向かい、
決して戻ることなく進んだ。












最終話 「if」













「……ねぇ、もしもの話って好き?」


オハラの学者達は誰一人として逃げ出すこと無く文献を守った。
巻き上がる炎にも怯むことなく、ただ本を守り続けた。
だが……それももうここまでだ。
炎の勢いが強すぎて身動きすらとれなくなってしまった。

海軍の攻撃に曝され、樹齢五千年を誇る大樹“全知の樹”そのものが燃えてしまっているのだ。
もうまもなく、自身の重みに耐えきれず倒れてしまうのだろう。

そんな絶望的な状況で、シルファーはそんな雰囲気などまるで気にしない、食後の雑談でも始めるようないつもの様子で語りかけた。


「私は好き。
 仮定なんて意味がないなんて思っていても、
 つい想像してしまうの……」


シルファーの声に生き残った学者達が一人また一人とと己の動ける範囲でシルファーへと近づいていった。


「未来を想像するのが好き、
 過去を思い返して幸せな未来には何が必要か考えるのも好き」


中央で語るシルファーにクローバーがスパンダインによって撃たれた傷を庇いながら近づいた。


「我々は皆、考古学者じゃ
 過去に残された資料から研究を進め仮説を立てる。
 そう言った意味では我々は想像の世界で生きておる、
 仮定の話は皆得意分野じゃよ」


「もしもの仮定……
 もしも、“空白の百年”の研究が禁止されていなかったら……
 もしも、これからも幸せな生活が続いていたら……
 …なんて仮定?」

オルビアもまたシルファーのもとへと加わった。

「そう、……私が今考えてるのは、
 もし以前のまま幸せな生活が続いてたらって話」


学者達は皆シルファーの周りへと集結した。
しかし、 全員ではない。何人かは本を守るうちに力つきてしまった。
だがそのことを言う者は誰もいない。


「ロビンちゃんはきっと綺麗になる……オルビアに似てね」

「ふふ……ありがとう。
 クレス君だっていい男になるわ、彼タイラー君にそっくりだもの」

「そうね……クレスは十分くらい立派に育ってくれたわ」

「ふんっ!!
 だからあ奴は気に入らんのじゃ!!
 年を重ねるほどにタイラーに似よって!!」

「まぁ、博士嫉妬ですか?」

「違うわ!!!」

「そう言えば知ってた?
 ロビンちゃんきっとクレスの事好きよ」

「そうなの?
 でも仕方ないかなぁ……クレス君確かに格好良かったもの」

「もしかして今日のこと?」

「………えぇ、一緒に戦ってくれたの。
 クレス君のおかげで役人に勝つことが出来た、
 その後に出てきた海兵には負けちゃったけど、
 ……こんな私の為に必死で戦ってくれたわ」

「もしかして惚れちゃった?」

「そうね……クレス君なら“あり”かも……」

「「「えぇー!!!!」」」

「み、認めんぞオルビア!!」

「そうよ、オルビア。
 クレスはロビンちゃんのモノなんだからちゃんと許可を貰わなきゃ」

「いやいや、シルファーそう言う問題じゃないだろう」


絶望的な状況においても普段となんら変わらない穏やかな時間。
それは、オルビアが長きに渡り感じることの無かったものだ。


「………あの二人はどんな未来を描いたのかしら」


オルビアは少し悲しそうな表情で問いかけた。


「……ロビンちゃんはきっと考古学者になって世界中を調査して回るんじゃないかしら?」

「クレス君は?」

「クレスはロビンちゃんの護衛かな?
 うーん、あの子は少し即物的だからトレジャーハンターを兼ねるかもしれないわ」

「……楽しそうな未来ね
 ………そんな未来を描いてくれたらいいのだけれど……」

「二人なら平気。
 きっと友達もいっぱいつくって賑やかにやっていくわ」

「…そうね。
 二人なら幸せに生きていける…そんな気がするわ」


シルファーは図書館内を見渡した。
何もかもが燃えていた。
以前の面影などまるで残っていない
全てが炎の中に消えていく。
全知の樹がバキバキと嫌な音を立て始めた。
もう間もなく自分は死んでしまうのだろう。


(もう少しだけあの子達といたかった……)


今まで過ごした日々が走馬燈のように甦る。
その中でも大部分を占めるのはやはり愛しい息子の事だった。


(タイラーさん……今更、もう少し生きていたいなんて思う私の事をどう思いますか……?)


シルファーは今は亡き夫を思った。
答えなんて返ってくる筈のない悲しい問いかけだった………




























「──終わってしまうにはまだ早いんじゃないのか?」




















夫のそんな声が聞こえた気がした……












全知の樹が音を立てて倒れる。

オハラの全ては人の手による炎によって焼き尽くされた………













考古学の生地“オハラ”の顛末は世界中をにぎわせた。
政府によって歪曲された情報は世界中を駆けめぐる。


その中でも特に話題となったのはわずか八歳という幼さで賞金首となった子供達のことだった。






オハラの悪魔達

ニコ・ロビン
懸賞金七千九百万ベリー

エル・クレス
懸賞金六千二百万ベリー




政府は幼子二人を追い続けた……











あとがき

終わってしまいましたね。
一応これで幼少期オハラ編は完結です。
今までお読みくださり誠にありがとうございました。

今は続きを考えてます。
この作品が皆様のよき暇つぶし程度になれば幸いです。

もしよろしければ、これからもよろしくお願いいたします。

実はチラ裏からの引っ越しを考えています。
もしよろしければ、ご意見をいただけませんでしょうか





[11290] 第二部 プロローグ 「二人の行き先」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:34
“西の海”とある海域の海賊船。





「いたぞ!!こっちだ!!」

「野郎っ!!ぶっ殺してやる!!」


オレは海賊船の中を走る。
そのスピードは速すぎず遅すぎず。
海賊達がちょうど追いやすい速度だ。


「喰らえや、オラっ!!」


海賊の一人が手に持った銃を放つ。
弾丸はオレへと向かい──


「紙絵」


直前で避け当たらない。


「そんなもんじゃ当たんねーよ。おーい、ココだよよく狙え」


オレは自分の胸の中心を指した。
明らかなる挑発だ。


「ふざけんなぁー!!!」


そしてモノの見事に、
海賊達は激昂する。

そしてオレはまた海賊達を背にして走り出す。

あらかじめ決めておいたルートを黙々と進む。
大きな音を出し、海賊達を見つけては挑発する。
大勢の海賊達にやがてオレは囲まれてしまった。
前後左右を完全に取られもう逃げ道はない。

海賊達から穏やかでない言葉が次々と投げ放たれる。
周りの殺伐とした雰囲気が最高潮に達した時、人波を割ってこの船の船長である巨漢の男が現れた。


「船長自ら出向く必要が?」


オレはおどけたように話しかける。


「黙れ!!!
 昨日の一件が、新入り!!!
 貴様等のせいだってのは分かってんだよ!!!」


先日の一件。
この辺りでは出会う可能性の無い海軍本部の戦艦によって襲撃を受けた件だ。
小規模ではあったものの本部の戦力は強く、この船は多大な被害を被った。


「どこに証拠があるんです。
 もしかしたら、懸賞金四千二百万ベリーの大物船長“岩肌のトロル”の首をを狙ってかもしれませんよ?」


「しらばっくれんじゃねぇ!!
 前からおかしいと思ってたんだ!!
 貴様等を船に乗せてから急に海兵共に狙われる機会が増えやがた!!
 おまけに昨日は本部の船だぞ!!
 これ以上は温厚なオレ様でも我慢できねぇ!!!」

「つまり……船長にはオレたちを匿うだけの器が無いと……?」


ブチっ!!

そこがトロルの怒りの頂点だったのだろう。

トロルの肌が変化する。ただでえ太い腕がメキメキと膨れあがる。
それは通常ではあり得ない岩で出来た肌だった。


「出た!!船長の“ゴツゴツの実”の能力!!」


“ゴツゴツの実”の岩石人間。
それがトロルの能力だ。


「減らず口もそこまでだ!!新入り!!
 地獄で後悔しろ!!!
 後で連れの“クソ女”も一緒に送ってやるよ!!!」

「……………」

「────岩石落石!!!」


トロルの腕から巨大な岩の固まりが放たれる。
巨大な岩はまるで隕石のようにオレに向かい───

───直撃する。


巻き上がる部下達の歓声。
トロルから放たれた巨大な岩石を身に受けて無事な人間がいるはずがなかった。



「──────止めたわ」



だが、オレはその例外だったようだ。

直撃の瞬間に全身に“鉄塊”をかけた。
鋼鉄の硬度まで達したオレの身体はトロルの攻撃に打ち勝った。


静まり返る船内。
船長のトロルでさえも、驚きに言葉を失っていた。


「アンタらには借りがある。
 こちらの不手際で思ってたより早く海軍に補足された。
 こう言うのも何だが“義理”はある程度までは通すつもりだった………」


でもな……

オレは“剃”によって加速する。


「なっ!! 消えっ……!!」


停止状態からの最大加速。
もう、未熟だった頃とは違う完成された体技。
その爆発的な脚力はオレが消えたかのように認識させる。

オレは拳を“鉄塊”で硬め本物の岩肌と化したトロルに“指銃”の速度で突き出した。


「────六式“我流”閃甲破靡」


“鉄塊”によって硬められた拳に岩石程度では意味を成さず、
オレの拳はトロルの岩肌を砕き、吹き飛ばした。


「ぐがぁ!!!」

「うわっ!!せ、船長がこっちに……!!!ぎぁあ!!!」


トロルは部下達を巻き込み船壁へとめり込んだ。
そして手先をぴくぴくと痙攣させる。


「“アイツ”を侮辱するのは許さない」


呆然とする部下達。
目の前で起こったことが信じられない……そう言った表情だ。
誰もが押し黙る沈黙の中、

聞き慣れた声が聞こえた。


「もう……手筈と違うじゃない」

「悪い……やっちまった」


本当はこっそりと船から脱出するつもりだった。
しかし、見つかってしまった。

そのため、オレが海賊達を引き付けその隙に脱出の準備を整えることにした。

トロル達には海賊とは言え、騙して船に乗ったことで負い目があった。
さらに先日の海軍の襲撃で結構な被害が出た。
だからせめてこれ以上被害を広がらない方法での脱出方法を取るつもりだった。

本来なら四方を囲まれた状態から“月歩”で空中に避け、そこからまた海賊達と追いかけっこをする予定だったのだ。
そして、十分に撹乱し終わった後、砲門を破壊して二人で脱出するそんな手筈だった。


船室の扉が開かれる。


腰元まである艶のある黒髪に艶やかな唇。描くのはミステリアスな微笑。
鼻筋はスッと顔の中心を通り、綺麗な二重の瞼は昔以上に色気がある。
手足は繊細で細長く、出るとこは出てるのに引っ込むとこは引っ込んでいる
メリハリのある統制のとれた身体。

歳月と言うのはいとも簡単に人を変える。
昔の子猫のようなあどけなさはもう無い。
大人の女性としての魅力に満ち溢れた幼なじみがそこにはいた。


「いいわ……私のことだったみたいだし許してあげる」

「すまん───────ロビン」


オレたちのやりとりを見守っていた海賊達が我に返る。
何人かが拳銃をロビンへと向けた。


「て、てめぇ動くんじゃねぇ!!!
 この女がどうなってもいいのか!!?」

「……クレス…人質になっちゃったわ」

「……助けてほしい?」

「ふふっ………どうしようかしら」


オレとロビンはそんな些細なこと気にせずに会話を続ける。


「首尾は?」

「完了したわ。後は乗るだけ……
 早くしないと遠くへ行っちゃうかも」

「なら、早めに終わらせるか」


銃を向けた海賊達を完全に無視するオレとロビン。
海賊達がふざけるなと人質に捕ろうとしたロビンに引き金を引こうとした。


「──そんな物騒なもの私に向けないで」


だが、その瞬間に海賊達の銃が突然咲いた腕に叩き落とされた。


「なっ!! う、腕が!!」

「ぎいゃああ!! 何じゃこりゃ!!!」


至るところからでも己の各部を咲かせることが出来る能力。
ロビンが口にした“ハナハナの実”の力だ。

応用の利くこの能力は特に奇襲に打って付けだった。


「誰に向かって武器を向けてんだよ」


オレはざわめく海賊達に肉薄し殴り飛ばす。
殴り飛ばした海賊は周りの人間を巻き込んでいく。
そしてそのまま、間髪入れずに近くにいる海賊達を片っ端から倒していく。


「くそっ囲め!!」

「無理だって!! 速すぎて……ぐぁ!!」

「畜生!! 強すぎる!!」

「駄目だ!! 全く歯がたたねぇ!!」


船中に広がる混乱の渦。
“剃”を基本とした高速戦闘を行うオレに着いてこれる奴はいなかった。
あちこちで悲鳴と怒号が上がる。
ついには味方同士での同士討ちまでも始まった。


「そろそろだな……」

「そうね、お先に失礼するわ」


ロビンは船のメインマストに向かって手を“伸ばした” 。


「─────十輪咲き」


伸ばされた手はこの船のヤードを握る。
そしてロビンはそこを支点として振り子の原理で前へと飛んだ。


「女が逃げるぞ!!」


海賊の一人がロビンに気づき声を上げる。
それに触発されるように何人もの海賊達が混乱の中
ロビンに向けて銃口を向けた。


「オイオイ……さっきも言ったぞ、
 ──────誰に向かって武器を向けてんだ」


オレは甲板を踏み込み脚を一線させる。


「嵐脚“線”」


広範囲を一直線に飛ぶ“嵐脚”
それはロビンを狙う海賊達を妨害し、
オレに一筋の道を作った。


「剃“剛歩”」


オレはその道を一直線に進む。
途中海賊達が無謀にも立ち塞がろうとする。
だが、オレを阻む海賊は全てオレに触れた瞬間に宙を舞った。

全身を“鉄塊”で硬化させた状態での“剃”

それは高速で走りぬける機関車のように障害物をはじき飛ばしていく。


「月歩」


空中を跳ね
ちょうど落ちてきたロビンを抱きかかえる。


「よっと!」

「ナイスキャッチ」

「そりゃどうも」


何度か宙を蹴り海賊船から離れる。
後ろで銃声が疎らに聞こえてくる。
討ち漏らした何人かの海賊達だった。


「三十輪咲き」


海賊達に次々と腕が咲いていく。
腕に固められ動けない。

「それでは皆さん」

「───────ごきげんよう」

「“クラッチ”」


海賊達が関節を極められ崩れ落ちた。













プロローグ「二人の行き先」












“月歩”を使い、先に出した船を追いかける。
船へは三分ほど飛び続けて到着した。


「思ってたより遠くにあったな」

「少し波が高かったからそのせいかしら?」


最後の一歩を蹴り船の上へと降り立った。


「へぇ……思ってたより良い船だな」


周りを見渡す。
あまり大きな船では無い。
だが、トロルの船にあったにしては趣味がいい。


…………トロルの船にあったものは船長の趣味を反映してかやたらと硬いものが多かった。


まあ、それは置いといて……


マストに舵取り棒。
大砲等の兵器の装備は無し。
船室は三つ。個室とキッチンにユニットバスに備え付けのトイレ。
生活環境は一通り整っているようだ。
見れば航海に必要な物は一通りそろっていた。


「それで、これからどうするんだ?」


オレは早くもキッチンに備え付けられたテーブルでくつろぐロビンに話しかけた。


「さぁ……どうしようかしら」


疑問形にしては困った様子はまるでない。
どこか、うれしそうな様子だった。













炎の中に消えた“オハラ”から脱出して
もう十年以上が経った。

八歳と言う幼さで賞金首になったオレとロビンが生きていくには世界は厳しすぎた。

執拗に追ってくる政府の人間。
数多くの人間に迫害され、騙され、裏切られた。

そして、その度にロビンの手を引き逃げた。


立ち向かい、“敵”となった全ての人間を倒せればどれだけよかったか……


拳を振り上げても、それを振るう相手が多すぎた。
振るうべき相手はまさに世界の闇なのだろう。
そして小さなオレにはそれに打ち勝つ力が無かった。



オレ達は常に身を隠す事を考えた。

そして、人間の残酷さや狡猾さや薄汚さを知りそして染まっていった。


どんな状況になっても、
せめてロビンにだけは人間の持つ闇を知らないでいてほしかった。


オハラでの日々のような無垢な心でいて欲しい。
これはオレの一人よがりな願いなのかもしれない。
でも……そう願わずにはいられなかった。


だが、オレ達を取り巻く環境はそれを許さなかった。


次第にオレ達は海賊や裏組織と言った非合法の組織に接触する。
だが、そこでもやはりオレ達に居場所は無い。


不穏な空気を敏感に読み取っては逃げだした。

お互いに成長して身体的特徴から手配書の写真が分かりづらくなるまではまさに地獄だった。

最近はマシになって来たが、時折本部の船が哨戒してるのを見かける。
そして、そのたびにやはり逃げた。












「せっかく船も手に入ったしまた遺跡にでもいくか?」

「……でも、この海域からだと主だったとこは無いわね」













“歴史の本文”というものがある。
世界中に点在する硬石のテキストだ。
政府の人間に追われながらも、オレ達は“西の海”でこれを探し続けた。
だが、何十と言う島を回って見つけたのはたった一つだけだった。
発見した当初は二人で喜び合ったが、そこにはロビンが望むような情報は記されていなかったらしい。
それからはまるで見つからない。
もしかしたら“西の海”だけでは限界があるのかもしれない。













オレはロビンが積み込んだ(トロルの船から頂戴した)荷物を取り出す。
向う何日かは十分に持ちそうな量のベリーと少量の宝石。

そして、何やら厳重に封がされた羊用紙が出てきた。


「何だこりゃ……?」


それは海図だった。
赤い土の大陸が中心に描かれその先に……


「これ、グランドラインへの海図じゃねぇか!!」

「ふふっ……面白そうだったから貰ってきたの」


偉大なる航路──────グランドライン

オレとロビンも未だ知識のみでしか知らない魔境
そこに関する話は様々な情報が飛び交い嘘か本当か疑いたくなるものも多い。

海賊達の中にはグランドラインを“楽園”と呼ぶ者もいる。
また別の者は“海賊の墓場”と呼んだ。


「……面白そうだな」

「そうね、……クレスはどうするの?」

「じゃあ……ロビンはどうしたい?」


質問に質問で返す。
そしてロビンと二人で微笑みあう。
この笑顔だけは昔から変わらない。
答えは同じだった。
オレとロビン、二人の行き先が決定した。


「まぁ、目的も決まったけど
 急ぐ事でも無いし、ぼちぼちとやるか……」

「そうね、今はゆっくりしましょう」


オレはロビンの隣に座りゆっくりと全身を伸ばした。













富、名声、力
かつてこの世の全てを手に入れた男

海賊王 ゴールド・ロジャー

彼の死に際に放った一言は人々を海に駆り立てた。


───────世はまさに大海賊時代













あとがき

修正しました。
勘違いしやすい表現になっていたようです。
申し訳ございません。

これはあくまでクレスの主観であってロビンの心情ではありません。
“性格を変えない”はキャラが崩壊しないようにするという意味です。
クレスによってロビンは救われている部分が多いはずです。

いきなりこういった展開になり驚かれた方もいるかも知れませんが、
オハラから脱出してからの話は根幹にかかわることなので当然書くつもりです。
ですが、やはり暗い話になってしまいそうでしたので“過去を振り返る”という形をとらさせて頂くことにしました。

わずらわしい思いをさせて申し訳ございません。




[11290] 第一話 「コーヒーと温もり」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:37
静かな夜だった。
聞こえるのは静かな波の音と眠る同居人の寝息だけ。
よけいな騒音など何もない、
まるで、世界には自分達しかいないのではないかと思えるほどの静寂だ。




ロビンは読みかけの本に栞を挟み、音を立てないようにゆっくりと閉じた。

軽く背を伸ばす。
同じ体制のまま長時間いたために固まってしまった全身の筋肉をほぐす。
テーブルに置かれたコーヒーはすっかりと冷めてしまった。
時計を見れば既に深夜を回っていた。


ロビンはソファーで眠るクレスのもとへと近づく
近くにはずれ落ちた毛布。
ロビンはそれを拾う。
クレスの無防備で穏やかな寝顔を見て微笑む。
そしてそっとクレスに毛布をかけた。


「……ん……ああ、ありがとう。寝ちまってたのか……」

「ごめんなさい。起こしてしまったみたいね」

「……いや、いい。
 もともと、浅い眠りだったみたいだし、その内起きただろうよ」


クレスは時計を見た。
時刻はもう深夜を回っている。


「本を読んでたのか?」

「ええ」

「夜更かしはほどほどにしとけよ」


クレスは一度おおきな欠伸を漏らすとソファーから立ちあがった。


「ちょっと、夜風にあたってくるわ」


外に出ようとするクレスにロビンがつづいた。


「私もいっしょにいいかしら?」

「そうか……、
 それなら、せっかくだしコーヒーでも淹れ直すか」

「そうね、でも砂糖は控えなくちゃダメよ」

「うっ……せめて三つに」

「ダメ」













第一話 「コーヒーと温もり」













気持ちのいい夜だ。
ロビンはそう思った。
空には満月が浮かび風は柔らかい。
気候は涼しいのに風は冷たくは無い。


「ほらよ」

「ありがとう」


温かな湯気の立ちあがるマグカップをクレスから手渡される。
手のひらから伝わる熱が全身を温める。

クレスが隣に座った。
それはもう当たり前にすらなっていた。

コーヒーを一口飲む。
舌に伝わる苦みがちょうどいい。

クレスを見れば嫌がる子供のように顔を歪めていた。
結局砂糖は二つとなったのだ。
無糖派のロビンにはそれでも多いと思えてしまうのだがクレスは違ったようだ。

クレスは昔から思考や立ち振る舞いは大人ぽかったのに味覚は子供だった。
苦い物や辛い物が苦手らしい。

それを見てロビンは思わず笑ってしまう。
クレスから恨みがましい視線が送られるが表情は変えなかった。

ロビンは二人でいるこの時間が好きだった。

ずっとそうだった。
どんなに苦しくて辛い事があっても二人でいる時だけはそれを忘れられたのだ。



ひとしきりたわいない雑談を続けた後に、クレスがぽつりとつぶやいた。


「いい月だな」

「そうね……とても優しい感じがする」


柔らかな月の光をロビンはそう感じた。
貫くような無遠慮な光では無い。
全てを受け入れ、包み込むようだった。


「次の島で準備を整えたら、
 いよいよグランドラインか……」

「不安?」

「まぁ……無いと言えばウソだわな」


グランドラインには前々から興味があった。
“西の海”でクレスと共に政府の目を逃れながらも考古学の研究を進めた。
船を手に入れるたびにわずかな足取りを追って“歴史の本文”を探し続けた。
いくつもの島、それも“西の海”中の島々を確認したと言ってもいい。
だが、見つけたのはたったの一つだった。

ロビンは今までにクレスと集めた情報をもとに、
自分達が探し続けているものはグランドラインにあるんじゃないのかと、半ば確信に近いものを抱いていた。


「ロビンはどうなんだよ?」

「そうね……不安はそんなに無いわね」

「へぇ……」

「だって……これからもクレスは一緒にいてくれるんでしょ?」


クレスの手を取り、どこか確信めいたような口調でロビンは言う。
月明かりがロビンの表情を照らし出す。
クレスは一瞬時間が止まったように硬直した。


「………当たり前だ」


そんなクレスの言葉に、
ロビンはこの上ないうれしさと頼もしさを感じる。

コーヒーを一口飲んだ。
今なんだか温かいのはコーヒーのせいだけじゃないだろう。




時はゆっくりと流れていく。
深夜遅くだと言うのに不思議と眠くは無かった。
このまま日が昇るまでずっとクレスと寄り添っているのも悪く無い。
そんな事を思った。


「………いろいろ……あったよな」


海に月影が揺らめく様子を見つめながらクレスがつぶやいた。


「……長いようで短い……そんな日々だった、そう、思えるわ」

「まぁ……ロクな道のりでは無かったわな」

「でも……辛いことだけじゃ無かった」

「………そう言ってくれると……助かる」


クレスは時々悔いるような表情をする。
ロビンにはその理由が想像できた。

オハラから逃げ出してから
クレスはいつも自分のことを考えていてくれているのだ。

自分が世界の残酷さを知って絶望しないように……
そして、それに染まってしまわないように……


でも、それは違う。


変わった……自分でもそう思う。
シルファーに包まれ、クレスに守られ、
そしてクローバーや図書館の皆に見守られていたころとは違う。

悪魔の実のせいで島の人間から避けられていたころよりも
深く暗い人の負の感情を見てきた。

そしてそれから逃れるための手段も覚えていった。
仕方がないことだった。
正直、褒められた方法では無い。
クレスも自分にその手段を取らせる事をひどく後悔していた。

でも、
クレスにいつまでも助けられているばかりなのは嫌だった。
かたくなに二人分の泥をかぶり続けていくクレスを見るのは嫌だった。

クレスと肩を並べたいから、


─────守られているだけなんて嫌だった。



「でも、……もし、一人だったなら耐えられなかったと思うわ」


今となってはあり得ない仮定だった。
どんな時でも隣にはクレスがいる。
それが、当り前だった。


「そうか………でも、一人じゃなかっただろ?」

「そうね、……ありがとう」


ロビンはクレスへと身を寄せ、寄りかかる。
クレスは黙ってロビンを受け入れた。


「……少し、昔の話でもするか……」

「そうね……夜は長いわ……」


二人は過去への扉をそっと開けた。













あとがき
チラ裏から移動させていただきました。
今回からこちらでがんばりたいと思います。

書いてて自分で糖度高っ!!と思ってしまいました。
どんなものでしょう?

次回から過去話です。
がんばりたいです。



[11290] 第二話 「老婆と小金」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/16 22:47
これはまだオハラから逃げ出して間もない、
心のどこかでまだ自分達の立場を甘く見ていた頃の話だ。






賞金首となって、
政府に追われ、
海軍に追われ、
賞金稼ぎや欲に目の眩んだ人間に追われ、

ロビンを守りながら必死で一日を生きていた時だった。




旅客船に何とかもぐりこみ、
波に揺られ、名前も知らない土地に辿り着いた。
港はそこそこ活気があって、
人々が生き生きと日々の生活を営んでいた。

それを横目で見ながらロビンの手を引き、人が少ない町はずれへと向かい歩いた。

人気の少ない路地裏を通る。
その時にまだ真新しい手配書を見つけた。










────────オハラの悪魔、
        ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
        エル・クレス 懸賞金6200万ベリー、────────









空は快晴で気持ちいいまでに青空が広がっている。
晴れ晴れとした心地いい天気なのに、

気分は最悪だった。

ロビンが沈んだ顔をさらに沈める。
オレは歩幅を狭め、ロビンの頭に手を置いた。
そしてそのままくしゃくしゃと頭を撫でた。


「心配すんな……何とかなる」

「うん……そうだよね」


手配書に映るオレとロビンの姿。
捕捉されたのはおそらくクザンによって凍らされた海を進み、その先の島で遠くへと逃れようと乗った客船だろう。
油断していたわけではない。
必要以上に身を隠そうとしていた。

だけど政府の手はどこまでも広かった。

どこに奴らの“目”があったなんて考えるだけ無駄だろう。

其の実
答えは

どこにでもあり得るのだから……
      





ロビンの足取りが重い。
正直なところ、ロビンの限界が近かった。
無理もない、今まで気の抜けない生活がつづいていたのだ。
そしてそれは、間違いなくこれからもつづくのだ……
終わりの無い逃避。
馬鹿げてる
こんなのに耐えようと思うのが間違っているのだ。


もう無理にでも休まないとダメだ。
多少強引な手でもいい、ロビンが休める場所を確保しなければ……


歩き続け、町中から出る。

どこかに空き家は無いだろうか?
無くとも小さな小屋でもいい……
とにかくロビンを休ませたい。



そんな時、前方から老婆が現れた。
人のよさそうな印象を受けた。


「あの……」

「はて………どうかいたのかい?」

「すいません………お願いがあるのです」


地面に頭がつきそうなほど頭を下げた。













第二話 「老婆と小金」













交渉は何とかうまくいった。
嘘をつくのは心苦しかったけど、老婆を騙し家に上がり込んだ。

老婆はオレ達によくしてくれた。
息子さんが昔使っていた部屋を一室与えられ、食事を始め、いろんな面倒を見てくれた。
老婆はオレ達の素性を聞くことは無く、ただ優しく接してくれた。

ロビンも気を許したようでよく自ら進んで手伝いをしていた。
元気を取り戻したようで本当によかった。
あのままだと最悪の場合ロビンが倒れ動けなくなっていた。
政府の追っ手云々では無く、ロビンには元気なままでいてほしかった。
この老婆には感謝しきれない。

老婆は身体が悪いようであまり外には出なかった。
オレ達も外には出づらい人間だったので外出は控えた。

オレ達はそこで一週間ほど滞在した。
久しぶりに気の抜ける。
穏やかな時間だった。

ロビンは老婆の家にある本を読んだり、老婆に料理や裁縫を教えてもらったりしていた。
母さんにも少し習っていたようで老婆のアドバイスを聞きながら楽しそうに作業をしていた。

オレは久しぶりに“六式”の鍛錬を再開した。
ここ数か月は逃げる事が中心だったから、
少しでも勘を取り戻したかった。






そんなある日……






いつものように新聞が一通ポストに入っていた。

日頃老婆の手伝いをしていたオレはその新聞を取った。


そして半ば習慣と化してきているようにその記事に目を通し衝撃を受けた。









──────オハラの悪魔達ワールス半島周辺に潜伏か?

   数日前、ワールス半島の入江にて現在指名手配中の二人組
   オハラの悪魔達、
   ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
   エル・クレス 懸賞金6200万ベリー
   の二人組を目撃したとの情報が海軍第55支部に寄せられた。
   通報者は旅客船に潜伏していたと見られる怪しげな二人組の子供を発見し急ぎ海軍へと通報したという。
   幸いにも二人は近隣の住民に危害を加える事は無かったが、
   子供とは言え先日世界を震撼させたオハラの悪魔達の生き残りであり、
   当時討伐に向かった海軍本部の軍艦を6隻も沈める程の凶悪な力を持つため
   海軍は近隣の住民に警戒を────────────────








なんてことだ
やばい……
オレ達のことがばれている。

どうするべきだ……
今すぐにでもロビンを連れて逃げだすか?
いや、早朝とは言えじきに日が高くなる。
今出れば数多くの人間に発見されるだろう。
ならば、このままここで隠れているか?
いや……潜伏地がばれているのだ
政府の人間は草の根をかき分けてでも探し出すだろう。

ならば………













「────────おぃや、どうかしたのかい?」












っ!!

弾かれるように振り向いた。
手に持つ新聞は後ろ手に隠した。
そこにはいつもと変わらぬ人のよさそうな笑みを浮かべた老婆がいた。


「新聞は?」


一瞬迷い答えた。


「新聞屋さんのミスでしょうか?まだ来てないみたいですよ」

「そうかい。それは珍しいね……」

「はは……そうなんですか?」

「えぇ、長いこと生きてきたけどそんな事は初めてだね」

「そうなんですか」

「えぇ……ええ……初めてだねぇ」


オレは老婆に気づかれないように軽く重心を落とした。
周囲を探る。
状況が知りたかった。

オレは自分の迂闊さを呪いたかった。
どうして、一瞬でもロビンから離れてしまったのか
悪魔の実の力こそあれど、ロビンには戦闘なんて無理だ。
今周りにいるのはオレと老婆だけ……
ロビンの姿はここからだと確認できないのだ


「ところでおばあさん………
 ────────ロビンはどうしてますか?」

「ロビンかい?」

「ええ……あれで少しそそっかしいところがありますから………心配で…」

「あぁ……ロビンなら……」














「クレスー、おばあさーん、ご飯が出来たよー」














「おぃや……朝餉ができたようだね。
 新聞のことはもういいから、お前さんも中に入って食べなさい」


老婆はゆっくりと家の中へと帰って行った。
おそらくまだ大丈夫だ……
老婆が消え見えなくなってから構えを解く。


「くそ……あせった」


ため息と共に、肩の力を抜いた。
嫌な人間だな……
自分のことをそう思う。
つい先ほどまで、感謝してもしきれないとまで思っていた人間をいとも簡単に疑える。


「……ロビンには一生知らないでほしい気持ち悪さだな」


後ろ手で握り潰していた新聞を見る。
もはや修復不可能なまでに刻まれた皺が出来ていた。






老婆はその後もいつもと変わることは無かった。
窓際で日の光を浴びながら安楽椅子に揺られ緩やかな時が流れるのを楽しむ。
老婆が昼寝をしたのを確認してから、

オレはロビンを貸し与えられた部屋に呼んだ。


「……すまん、見つかったようだ」


今朝の新聞の一面を見せた。
ロビンの表情がみるみるとしぼんでいく。
でも、直ぐにいつもの表情に戻った。


「クレスのせいじゃないよ。だから謝らないで」

「そうか……ありがとう」

「これからどうするの?」


今まで良くしてくれた老婆を思ってか浮かない表情だった。


「今日の深夜にでもここを出ようと思う」

「わかった。でも……どこに行くの?」

「ここから北に行った所に港が確かあった。
 そこからまた船に乗ろうと思う。
 幸いにもこの辺は大小いくつもの島があるから身を隠す事は可能だろう」

「うん、分かった」


オレはロビンの髪を撫でる。
ロビンが気持ちよさそうに身を寄せる。
そしてそのままロビンを抱きしめた。


「今のうちに寝ておいたほうがいい」

「……クレスもいっしょ?」

「そうだな………そうするか、少し疲れた」






そして夜が来た。
暗闇がもたらす静寂。
老婆の様子はいつもと変わりない。
オレ達に夕食を振る舞い軽く雑談を交わした後に「お休み」と言葉を残して自室へ戻り眠る。


オレとロビンは昼間にまとめておいた荷物をクローゼットからひっぱりだす。
その中にはこの家から頂戴した、
……いや、奪ったと言うのが正しいベリーがいくつかある。

我ながら最低だ。
こんな恩を仇で返すような真似を行えるようになったのだから。

もちろんこのことはロビンは知らない。
知る必要も無い。
これはオレが一生自分の心の中に秘め続けるのだろう。
……安っぽい罪の意識と共に。


電気を消す。
荷物はまとめたが今すぐには出ない。

出るのは老婆が完全に寝静まった後を見計らい
闇が深くなってから出るつもりだった。









とく
とく
とく









どこか心音にも似た時計の音だけが部屋に響いた。

そろそろか……と思い目を開けたその時だった。


けたたましい、ガラスの割れる音が響いた。
ロビンが全身を振るわせる。
どたどたという乱暴な足音が近づいていき……

オレ達のいる部屋の扉が蹴り破られた。


「動くなガキ共!!」


銃を持った男が声を荒げた。
だが、オレ達は反応しなかった。
悲鳴を漏らしそうだったロビンの口元をオレはそっと抑えた。

部屋にはただ静寂が舞い降りる。

散乱したドアの破片
明かりの消された照明
そしてわずかなふくらみのあるベット


「ひゃははは!!!所詮はガキだな!!
 かくれんぼか!!?いいぜ、いいぜぇ!!!息をひそめろ!!
 鬼はここだよ、二人ともどこかな? どこにいるのかな? おじさん分からないや……!!」


わざとらしい口上でベットへと近づく。
後ろで数人の笑い声が聞こえる。
この様子では、役人では無い。
賞金稼ぎだろう。


「みーつけた」


恐怖からかロビンがオレをぎゅっと握った。
男がベットの布団を剥ぎ取る。






だが、そこには丸められた毛布があった。


「なっ!!」


男が驚く

その瞬間オレは隠れていたクローゼットから飛びだした。
男に一瞬で接近し胸に向けて“指銃”を放った。
短い悲鳴を上げ男が崩れ落ちる。

男の仲間達が驚き一斉に銃を構えた。
だが、それよりも速くオレは脚を一線させた。


「嵐脚」


“嵐脚”によって一薙の斬撃が襲う。
賞金稼ぎ達は誰一人としてそれをよける事が出来無かった。




「行くぞ、ロビン!!」

「うん!!」


とりあえず敵を一掃し安全になったとこで、
急ぎ裏口から外に出た。

幸い追っ手は無い。
やはりあの賞金稼ぎの一味だけだったようだ。

オレ達は今まで良くしてくれた老婆の家を振り返ることなく、港へと走った。













一つの回想が終わった。

まぁ……今まで歩んできた道のりのほとんどは、
だいたい今の話と似たようなものだ。

全くロクでもない話だ。

でも、今のオレとロビンならこんな話でもそんな過去として受け入れられる。
昔は大変だったな……なんて感じだ。
それにしては少々話が重すぎるかもしれないが、それはそれだ。

だが、このエピソードには一つだけ疑問があった。


「結局、あのばあさんはオレ達を裏切ってたのか?」

「さぁ……確かに明確な証拠は無いわね」


これは簡単な推理だ。
何故やって来たのが品の悪すぎるチンピラまがいの賞金稼ぎだったのかという話だ。
普通オレ達がいる事を伝えるなら、海軍か政府の役人だろう。
そして、賞金稼ぎ達がやって来た時もおかしかった。
なぜ、寝静まっているであろうオレ達をわざわざ起こすような真似をしたのか。
どうして、正面からではなく、窓ガラスを割って中に入って来たのか……。


「まぁ……今となってはどうしようもない話だな」

「そうね、じゃあ……クレスはどっちだと思ったの?」


オレに体重を預けながらロビンは聞いた。
なんとなく答えは分かっているくせに、
一応、確認したい。
そんな感じなのだろう。


「オレとしては………恩を仇で返したままでいてほしいってとこかな」



オレは未だに使えずにいる小金を思いながらそう答えた。












あとがき

今回はクレスとロビンの大まかな過去ですね。
あまりシリアスなだけなのもどうかと思い、こう言った形になりました。
過去話はもう少し続きます。
次の話はラブコメでも書こうかなと考えてます。



[11290] 第三話 「遺跡と猛獣」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/22 00:15
深く険しい密林を歩く。
熱帯樹やそれに絡まりつくツタやコケを横目にして、
オレは額に流れる汗を拭った。
湿度は高く、
日差しは強い。
しかし、まるで天然の天井のように生い茂る木々によって
日光は遮られ届かない。
よって肌に感じるのは妙に気持ち悪い肌寒さだ。


「なぁ、ロビンそろそろ休憩した方が良くないか?」


オレはそんな気候の条件などまるで気にしないかのように、
もくもくと険しい獣道を進んでいく幼なじみに問いかけた。


「ダメ、もう少しの筈だから我慢して」

「オレの経験上もう休んだ方がいいと思うんだけど?」

「私の経験上もう少し進む方がいいと思うわ」


お互いの経験値を比べれば、
おそらくロビンの方が専門知識を多く持っている分上なのだろう。

はぁ、とため息をつき、
ロビンの横に並んだ。


「理由を聞いていいか?」


ロビンは前を向いたまま答えた。


「周りを見て、もう随分昔の事だと思うけど、
 今進んでいる道が成らされた形跡があるわ。
 巧妙に隠れてる……いいえ、隠されてるけど、
 獣じゃあり得ない道具で成らした跡がある。
 これはココに人口の通路があった証拠」


オレはロビンの言葉に従い周りを見てみる。
確かに“密林にしては”歩きやすい。
何度か行く手をふさぐツタや枝を払ったが、
基本的には続いていく獣道を進んだ。


「決定的なのは植生ね」

「植生?」

「ええ」

「数本に一本だけ……それも道が分かれたそうな時だけ、
 よく探せば、周りとは違う種類の樹があったわ」

「なるほど“目印”か……」

「そう。島の大きさや進んでいる距離、
 それに方位を考えるともう少しのはずよ」


巧妙に隠しているくせに、
導くための情報を残した。
この矛盾した状況といつもよりうれしそうなロビンから導かれるのは……


「今回は“アタリ”かもな」

「ええ」


考古学者としての血が騒ぐのか、
待ちきれないと言いった様子でロビンが答えた。


「今回こそあるかもしれない─────“歴史の本文”が」













第三話 「遺跡と猛獣」













その後、
だいたい十分くらい歩くと密林を抜け広場へと出た。
険しい密林に空いた小さな穴のように日が差した場所で、
短草の乾いた地面に清らかな泉がある。
言うならば、密林の中のオアシスとも言うべき場所だろう。

オレとロビンはここで今日は休む事にした。
目的地までそう遠く無いと言っても急いでる訳ではない。
ならば、体調を万全に整えてから明日に向かうのがベストだろう。
ロビンは今すぐにでも行きたがっていたようだけど納得してくれた。


背負って来ていたテントを降ろし組み立てる。
速やかに出来上がるテント。
自分の手際の良さに少し感心する。

今回で何個目の遺跡調査となるのだろうか?

始めの内はオレもロビンもあたふたと、
経験値ゼロの状態からつぎはぎの知識だけで進んだ。
今思えばなんて危険な真似をしてたんだとあきれてしまうが、
指導者や先導者の作りにくい状況なので仕方無かった。

まぁ、今では随分と手慣れたもので、
知識、経験
どちらでも一流の探検家に引けを取らないと思う。

オレとロビン二人とも一応の事は出来る。
だがオレ達は二人で一つのチームだ。
役割的なことを言えば、


ロビンはその持前の知識を生かして目的地までの道を導き調査する役割で、
オレに関して言えばロビンが指した道を切り開きロビンが調査しやすい環境を整える役割だ。


おかげでオレも一端の探検家と言う訳だ。
まぁ、ロビンには悪いけど……
遺跡そのものも悪くはないが、
どちらかと言えば遺跡に眠るお宝の方に興味がある。
トレジャーハンターとでも言うべきかもしれないな……。



─────ロビンに付き添って世界中の遺跡を調査して回る。



幼いころに思い描いた未来が気づけば現実のものと成っていた。


「クレスー、出来たー!!」

「了解ー」


ロビンからの声に休めていた身体を起こす。
密林とは思えない爽やかな風に乗って、
火にかけられた鍋からいい臭いが漂ってくる。
持っていきた調理器具で作った料理が完成したようだ。


ロビンの作った料理を頬張る。
携帯食と調味料で作ったスープだ。
高価な食料で手間暇をかけた訳ではないインスタントな食事だが、
とても美味しい。
美しいロケーションの中と言うのもあるだろうが、
やはりロビンが作ったと言うのが大きい。
オレはロビンが作った料理ならたとえ大嫌いな物だって食える。

絶対に、食う。


「これからどうする?」


一応ロビンに問いかける。
なんとなく答えは分かってる。
案の定予想道理の答えをオレの顔を窺いながら言った。


「じゃあ遺跡の下見に…」

「駄目」

「うぅ……せめて道順だけ確認して遺跡を一目だけ……」

「駄目」


ロビンが拗ねた顔で抗議する。
目の前に御馳走があるのにお預けをくらった気分なのだろう。
気持ちは分からなくもないが、
オレは腕時計が刻む時刻ををロビンに見せた。


「今ちょうど三時半を回ったとこだ、
 当然まだ日も高いし道順を確認するだけくらいなら問題は無い」

「それじゃあ……」

「駄目だ。だって遺跡を目の前にしたら絶対に“ちょっと”じゃすまない」


これは経験則だ。
ここから遺跡まで三十分掛かるとする。
遺跡につけば4時だ。
日が完全に沈むのが六時だとして返る時間を考えるとだいたい一時間半。
もしかしたらコレよりも時間は短くなる。
遺跡を前にして“それだけ”じゃ絶対にロビンは終わらない。
考古学者としての血が騒ぎ始めたらまず止まらない。
必ず作業は夜まで及ぶ。
何度か深夜まで手に持った明かりを頼りに作業をするのを見てきているのだ 。


「言っとくけど、キャンプを張る地点としてココを動かすつもりは無いからな」


これ以上のロケーションはそう無い。


「……わかったわ」


ロビンは残念そうにうつむく。
……なんかもの凄い罪悪感だ。


「まぁ、その代わり明日は朝一で出発するから」

「えっ!ありがとう、クレス」


俯き顔からの急転換。
ロビンに尻尾がついてたならバタバタと嬉しそうに振っていたに違いないだろう。
そんな様子に思わす笑みがこぼれた。













その後、オレとロビンは別行動を取ることにした。

ロビンは泉の辺で読書をするらしい。
まぁ、まだ日も高いし
もし何かあってもロビンなら大抵のことは平気だろう。

オレは今晩の食材を取りに行くことにした。

わかりやすく言えば狩りである。
何かあった時のためにあまり遠くへは行かないつもりだ。


「じゃあ行ってくる」

「いってらしゃい。何時くらいに戻ってくるの?」

「うーん、日が落ちない内に帰りたいから五時半くらいだと思う」

「うん、わかったわ。気をつけてね」


オレはロビンに片手を上げて答えた。






狩り


と言っても罠なんか作る訳では無い。
今の装備は腰に差した刃渡り五十センチ位のサバイバルナイフと鉄線だ。
これらはサバイバルセットの一つで獲物の解体用と捕獲用だ。

ロビンと共に各地を周っていく内にオレの狩りのスキルは上昇し
既に熟練の域にある。
食料が底を付きそうにそうに成った時は海に潜って魚を捕ったりもしている。
おそらく小型なら海王類も捕れる気がする。


オレはロビンと来た道を少し戻った。
キャンプから少し戻った其処に、
来る途中に見つけた獣の通った跡があった。
改めて其処を調べる。
折れた小枝にまだ新しい足跡、
思った通り獲物は近くにいるはずだ。
しかもこの様子だとかなりの大物だろう。
軽く準備運動を行い、
オレは音を立てずにその跡を追った。






狩りの度に思うのだが、
生きると言うことは奪う事だと思う。

別に悟りを開いたとかそんな大層な事じゃない。
ただ、ぼんやりとそんな事を考える。

考えれば当然なのだろう。
人間だけじゃなく全ての生物は他の生き物のの命を奪って生きている。
それをオレはこうやって自覚したと言う事だけだ。

まぁ、そうこうと無駄で全く腹の足しにもならない事を考えている内に、
不自然に枯れ木や落ち葉が集められた“巣”とおぼしき所に到着する。

辺りに巣の主はいない。
オレはそれを確認すると“月歩”で近くの樹の枝へと飛び乗った。






息を殺して待つこと二十分。
獲物が現れた。

太く反り返った白い牙。
獰猛な気性。
厚い毛皮に覆われた逞しい全身。
岩をも砕きそうな硬い蹄。
にらんだとおりココの主は巨大な猪だ。
それも通常の三倍はありそうなほどの大きさだった。

オレは目の前の獲物に集中し、
静かに腰に差したサバイバルナイフを抜いた。

狙うは首筋、
一撃必殺。
おそらくそれ以外は分厚い皮膚に阻まれる。
手負いの獣ほど面倒なものはない。
確実に仕留める。
その時風が吹いた。
巨大な猪は鼻を鳴らすと、
弾かれたようにこちらを向いた。


(しまった、臭いか!!)


気配は消していた。
だが、風が運んだわずかな体臭までは消せなかったのだ。

巨大な猪は嘶きを上げオレの潜んでいた樹木に向かって突進する。

伝わる衝撃。
樹木は半ばでへし折れメキメキと音を立てる。

オレは空中に投げ出され急ぎ“月歩”で体制を整え着地した。


「見つかったか……」


まさか、あの場面で風が吹くとは思わなかった。
あれさえ無ければ一撃で仕留める自信はあった。


「時の運ってやつか……」


半ば諦めの様につぶやく。
目の前には地面を成らしオレを轢き殺そうてと構える巨大な猪。


「まぁ、いい……。
 どっちが強いか決めようじゃねぇか猛獣」


オレは手に持ったサバイバルナイフを腰のホルダーに納め、脚に力を込める。
重心が下へと移動し地面が僅かに沈む。


「───こい」


それが合図だったのだろう、
猪はその巨大な牙を突き立てるようにオレの方向へと向かう。
当たればただでは済まないのはへし折れた樹木を見れば分かる。


「鉄塊“剛”」


だからオレは全力で受け止めた。

猪との衝突により衝撃が全身を駆けめぐる。
猪のあまりの馬力に身体がじりじりと地面を擦り後退する。
だが、其処までだ。
助走での威力を完全に塞がれた猪にオレを押し切る事はもはや不可能だ。
野生の堪か、
猪はオレを掬い上げようと鼻先を更に下げようとして動きが止まった。


「オレの勝ちだな猛獣」


猪の牙はオレによって完全に押さえられ動けなかった。


「オラッ!!」


腕に力を込め猪を受け流す様にブン投げる。
猪の巨体は宙を舞い背中から地面に激突する。
猪は短い悲鳴を漏らして、倒れ込んだ。


オレは腰からサバイバルナイフを抜き猪に近づく。
猪は立ち上がるもさっきの一撃が効いているのか、全身が小刻みに震えている。


「やめとけ、無駄な抵抗だ。
 動かなければ痛みを感じずに逝ける」


獣に話しかけても仕方がないとは思うが通告する。
だが………やはり猪は動きを止めない。
諦めるどころか寧ろ満身創痍の全身でオレに立ち向かおうとした。

何故だ?
と疑問に思った瞬間猪の後ろから小さな猪が出てくる。
おそらくこいつの子供だ。
そしてその子供は母の前に立ち強大な敵に向かって小さな牙を立てた。


「………そりゃ、無いだろう」


こんなの見せられたら、オレの負けじゃねぇか……













現在狩りに出て三十分くらいたった。
だけど今日はなんだか気分が萎えていた。
前方の樹に鳥が止まる。少し大きな肥えた鳥だ。
腰にあるナイフを投げれば確実に仕留める自信がある。

だが、気分が乗らない。

やがてその鳥の隣に番であろうもう一羽がやって来て空へと飛び立った。

「あぁ……最悪だ。
 ロビンのとこにでも帰って小魚でも捕ろ」


オレは来た道をトボトボと帰る。
なんだか無駄に汗だけかいて、汚れただけだった様に思える。

しょうがないが……今日の夕飯は持ってきた保存食とこれから捕る小魚にでもしようか。

その前に水浴びでもしたいな……


「ただいま……ロビン……悪い今日は取れなか…………っ!!!」


なんと言うべきか、
ブルーな気分で帰って来たら水の妖精かと見間違うロビンがいた。
オレの全身の時間は間違いなく止まった。


「ク……クレス?」


ロビンは一糸まとわぬ姿で泉の中にいた。
艶やかな黒髪は水に濡れ更にその艶を増し、
肌は温度差に戸惑うようにほんのりと上気している。
しなやかで健康的な白さの肌は太陽と水面からの反射で幻想的に輝いている。
今、水滴がそのなやましいうなじから流れ落ちた。
水滴はほっそりとした首筋を通り、
うっすらとした鎖骨を流れ、
少女と女の中間で揺れる、発達途中の背徳的な二つの膨らみの先端から流れ落ち、
奇跡ともいえるしなやかな腰元にある、形の良い臍に一度とどまり
一気に下腹部へと流れ落ちた。

その姿に、
あぁ……成長したんだなぁと場違いにもしみじみと思い入り、
オレの視界は闇に覆われた。
何かと思えばロビンの悪魔の実によって咲いた腕に目を塞がれていた。


「~~~~~~っ!!」


ロビンが声にならない叫びを上げる。
目には見えないが何となくオレの周りには尋常では無い位の量の腕が咲き誇っているのだろう。

そして何となくこの先の展開も分かる。
分かりたく無いけど分かる。
やっぱり思春期の女の子は多感なんだなぁ……
軽く現実逃避をしながら、オレは全身に全力で“鉄塊”をかけるか悩んだ。


間もなく密林に情けない悲鳴が響いた。






「悪かったって」


夜になって一緒に火を囲みながらオレはロビンに誠心誠意頭を下げる。
なんでもオレが狩りに行く前に帰ってくる時間を聞いたのは、
水浴びがしたかったかららしい。
そして想像以上にオレが速く帰って来てしまったために
“事故”が起こったそうだ。

ロビンはツンとそっぽを向いて目を合わせてくれない。
帰って来てからずっとこうだ。


「もう知らない」

「ごめんなさい」

「いや」

「すいません」

「だめ」

「……焼き魚一個あげるから」

「いらない」


ヤバい、泣きそうだ。

ロビンの様子は変わらない。
怒っているのか、
昼間の状況からオレと顔が合わせづらいのか
いっこうに取り合ってくれない。
この調子じゃ明日に持ち越しかなぁ……
ため息をついて仰向けに寝転ぶ。
空を見れば星がとてもきれいだった。

このまま寝ちまおうかなぁ……なんてぼんやりと考えていると
ガサガサと森の方から物音がした。

オレは跳ねあがり意識を音の方向に向ける。
ロビンも同じように身構えた。


物陰からの音が近くなる。
やがて闇の中から巨大な獣が現れた。


「昼間の……猪」


それは昼間に戦った猪だった。
良く見れば後ろには子供の猪もいる。

ロビンが攻撃をしようと動こうとする。
だが、オレ左手でそれを制した。


「どうしたの?」

「少しだけ待ってくれ」


猪は警戒するようにオレに近づき一定の距離を保つと、
地面に何かを置いた。
それは色とりどりの果物と山菜だった。


「くれるのか?」


猪は軽く鼻を鳴らした。
肯定らしい。
猪は再び警戒するようにオレから距離を取った。
本来は敵同士だったのだ。
そしてそれは今も猪の態度を見れば変わらないのだろう。
ならば……借りを返しに来たと言うところだろうか?


「……カッコイイじゃねぇか」


母猪はそのまま子猪を連れ振り返ることなく帰った。
オレは猪の親子が去って行った茂みをしばらく見つめていた。


「……どういうこと?」

「貸し借りは無しだって話じゃねえのか」


オレは猪が置いて行った食材の方向へと向かう。
いまから二次会ってのも悪く無い。














「ほふぃんいふぁい(ロビン痛い)」

「……………」

「いたたたたた……いや、待って……腕が増え……っ!!」


話終わった途端
何故かロビンに頬をつねられた。
しかも無言で、
なんかひたすらに怖い。


「結局あの後あやふやになったもの」

「あやふやって、ロビンのはだ……いだだだだだだだ」


頬の痛みで強制的に黙らさされた。
ヤバい、地雷でも踏んだかもしれない。


「ふふ……これくらいで許してあげる」

「……そりゃどうも」


オレはつねられた頬をさする。


「結局あの後、遺跡はあったけど“歴史の本文”は無かったのよね」

「まぁ……それでもお前は楽しそうだったけどな」

「そうね、……そうだったわね」

「結局“歴史の本文”はこの海じゃ一つしか見つから無かったんだよな」

「ええ、おそらくもうこれ以上は……あったとしても私の知りたい事じゃ無い筈」

「偉大なる航路……グランドラインか……」

「きっとそこに“ある”そんな気がするわ」

「見つかるさ……絶対」

「そうね……ありがとう」













あとがき

過去話第二話です。
書いてみてやってしまったかなーと微妙に後悔してます。
書いてみたかったんですラブコメ。
クレスの武器は基本的に“六式”と“サバイバルセット”です。
クレスはすっかりとハンターですね。
過去編はとりあえず次で最後です。
次は友情モノのつもりです。



[11290] 第四話 「意地と酒」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/07/24 09:10
「そういえば、ハリスは今頃どうしてるのかしら?」

「………知らん、知りたくも無い」


 嫌な奴の名前を聞いた。
 名前を聞いただけでその姿がよみがえる。

 賞金稼ぎ
 “串刺し”ハリス

 オレの大嫌いな男だ。


「ふふっ……、素直じゃないんだから。
 あんなに仲良しだったのに……」

「誰が仲良しだ!!」


 何がおもしろいのかロビンは楽しそうに笑う。
 失礼なやつだ。
 だいたい……どこをどう取ったら仲良しに見えたんだ?
 出会いの初っ端から最悪だったじゃねぇか。


「アイツとはいずれケリをつける……それだけの関係だ」

「あら? そう言うのを男の子の間じゃ仲良しって言うんじゃないの?」

「違うわ!!」


 まぁ……いい。
 思い返したくは無いが、ロビンがそれを望んでいるみたいだしアイツとの出会いでも話すか……













第四話 「意地と酒」














 大体五年前くらいか……

 オレもロビンも今の生活にも随分と慣れた頃の話だ。

 海軍からも政府からも十年間逃げ続けて、世間を賑わせた“悪魔達”のニュースも時の流れによってすっかりと風化し、お互いに随分と成長して身体的特徴からも正体が悟られ無くなった頃だ。

 相変わらず裏の組織に与していたものの、この頃になると表を堂々と歩いても何も問題は無かった。
 一時期は思いだしたく無い程にひどかったのが嘘のようだった。
 政府も確実に追っては来ているものの、徐徐にその規模を縮小していき用心さえしていればそう問題は無かった。


 平穏と言うには少し物騒だったが、ロビンと二人、遺跡の探検や“六式”の鍛錬をしたりして静かに暮らしていた頃だ。




 この時、オレはロビンと共に裏組織の一つに接触してその身を隠していた。
 オレは“六式”で培われた力と動体視力を買われ、ロビンはその知能を買われ組織の幹部として雇われてた。














「お客さん、ポケットの中身を見せていただけますか?」

「なっ!!」


 オレは不自然な動きを見せた男の腕を掴む。
 男はオレから逃れようと必死で抵抗するが、オレの腕は万力のようにその腕を拘束する。
 すると客の男のポケットから数枚のカードが零れ落ちた……。
 男はそれを絶望的な表情で眺める。
 彼の人生はこれで終わりを迎えたのだ。


「こ、これは何かの間違いだ!!
 じょ、冗談だろ!!? 見逃してくれ、何でもするから!!!」


 男は涙を流し必死で懇願する。
 オレは何も言わない。
 オレの仕事はここまでだからだ。

 扉が開き屈強な男達が数人ぞろぞろと現れる。
 組織が経営するカジノの構成員達だ。
 男は自分の運命を悟ったのか項垂れる。
 そしてオレに掴まれた腕の反対側の腕をスーツの内側に忍ばせた。


「ちくしょうが!!死ねぇ!!」


 男は銃を引き出す。
 そしてその引き金に指をかけようとした、その瞬間。
 オレは男の腕を蹴り飛ばした。


「ぐっ!!」


 オレの脚先は男の持った銃を的確に蹴り上げ
 銃を空中へクルクルと舞いあげる。
 やがてそれはオレの腕の中に納まった。


「……残念だよ」


 オレは銃を男に突き付ける。
 男には抗う術など無かった。














「はぁ………」

「どうしたの、そんなため息なんかついて?」

「いや、……何でも無い」


 “仕事”が終わり現在はロビンと落ち合い酒場で酒を飲んでいた。
 並んで酒場のカウンターに座る。
 そこで昼間のことをふと思い出しなんとなくナーバスになった。


「何にも無いこと無いでしょ。話してみたら? 少しは楽になるわよ」

「いや、そんな大した事じゃないんだ」


 本当に大した事なんて無い。
 要は後味が悪かったのだ。
 今回の件はカジノでイカサマをしたあの男が悪い。
 しかも手付きから見るとかなりの腕だった。
 常習性もあるに違いない。
 オレが気にする必要なんて無い筈だ。

 だが……今回の件でどのような形で男に制裁が与えられたかは想像に難くない。


「もう……意地っ張りなんだから……
 何か辛い事や不安や悩みがあったら遠慮しないで話せって昔からクレスは言ってるじゃない。
 それには自分は当てはまらないの?それとも……私は頼りにならないの?」

「……む」



 ─────何か辛いことや不安や悩みがあったら遠慮せずに話せ



 確かに幼い頃からロビンに言ってきている事だ。
 ロビンは賢いから周りに自分の悩みを悟られないように行動してきた。
 悪魔の実の件がいい例だ。
 だからいつもロビンにはそう言い続けてきた。


「……わかった、話すよ」


 大体その言い方は卑怯だ。
 ここで話さなかったら、オレがロビンを信用していないみたいじゃないか。


 オレは昼間の出来事をロビンに話した。

 まったく……情けない話だ。
 十年間も罪を重ね続け未だにこういった事には慣れない。
 襲いかかってくる人間や悪意を持った人間には容赦無く対応できる自信がある。
 だが……そうでない人々。
 例えば昼間の客のような直接オレに悪意を持たない人間やこちらの都合で勝手に傷つける人間。
 そう言った人々に関してはどうしても罪悪感が抜けないのだ。


「……やさしいのね」


 語り終わった後にオレを気遣ってかロビンは優しい言葉をかけた。
 そう言ってもらえるとうれしいのだが、実際は違うのだ。

 本当に優しいなら昼間オレは男を見逃していたはずだ。
 そして男が帰る間際に今日のことを話し男をカジノから遠ざけた。
 だが、オレはそれをせずに自分に与えられた“仕事”をこなした。


「………違う、オレはただ……」




「─────甘いだけ……だろ?」




 突然、見知らぬ男が話に割って入っていきた。

 背中に細長い筒を背負った男だ。
 額にバンダナを巻きボサボサの髪を逆立てている。
 狼のような野性味あふれる目が特徴的だった。

 男はそのまま酒を注文するとロビンの隣に座った。


「オォ、ねぇちゃん今夜暇?」

「誰だよてめぇ、と言うかロビンに話しかけるな、ブッ飛ばされたいか」


 いきなりロビンをナンパし始める男。
 男はオレをさして気にした様子も無く店員から手渡されたグラスを手に持った。


「何だ、うるせぇぞ。せっかく酒を飲みに来たんだ静かにしろ」

「あァ?」


 自分からオレを煽っておきながら放置するとはいい度胸だ。
 本気でブッ飛ばしてやろうかと考え始めた所にロビンがオレに釘を刺した。


「……クレス、他のお客さんの迷惑になってるわ」

「そうだぞ、静かにしろ」


 ロビンの言葉に便乗する男。

 やばい……今一瞬怒りで我を忘れかけた。


「それで……突然割り込んで来て何か用なの?」


 ロビンが男に対して警戒の目を向けた。


「いや……興味があったんでね。
 他人の会話に割り込むなんて無粋な真似あまり好きじゃないんだが、
 おもしろそうだったんで“つい”……な」


 そう言ってオレ達にその鋭い目を向ける。


「お前がどんな事に興味を持とうと自由だが、オレ達の邪魔をするな」


 立て、そして一刻も早くロビンの隣からどけ。


「そりゃ悪かった。
 でもな……つい手を出したくなるんだよ。
 ─────お前みたいな弱虫野郎を見てるとな」


 その言葉には絶対の自信が込められていた。


「お前が誰だか知らないが……喧嘩売ってんのか?
 見ず知らずの人間にそこまで言われる理由なんて無いぞ」

「見ず知らず……とは、確かに正論だ。まったくもって正解だ。
 だが、オレがこう言うのも理由がある」


 男はグラスに入った酒を飲み干すと勢い良くカウンターに叩きつけた。

 カン……

 と一際大きな音が響き静かな雰囲気だった店内が静まりかえった。


「見てたぜ、昼間の一件。
 オレから見ても実に鮮やかな手際だったじゃねぇか」

「…………」

「だが、ここでまた会ってみれば後悔の素振りを見せてやがった。
 本来なら圧倒的な力を持つはずのお前がだ!! けっ、反吐が出るぜ!!
 自分の行動に自信が持てねぇ、てめぇ見たいな勘違い野郎が大嫌いなんだよ。
 力があるなら絶対の自信を持ちやがれ!!
 ─────後悔するなら行動するんじゃねぇよ。そんなのはオレに対して失礼だ!!」


 男の一方的な口上にオレもそろそろ我慢の限界だった。
 グラスの中身を一機に飲み干しを勢いよくカウンターテーブルに叩きつけた。


「お前の言いたい事は分かった。
 だが、それはオレには関係無いことだ、
 喧嘩なら買ってやるよ、かかってこいや」

「はっ、いいねぇ!!
 図星を突かれて怒ったか?
 こちとら、もともとそのつもりだったんだ、
 来いよ、ボコボコにしてやるぜ!!」


 オレは指に力を入れ骨を鳴らし。
 男は背負っていた細長い筒に手をかけた。

 まさに一触即発。
 静まりかえった店内に誰かのゴクリと言う固唾を飲む音が響いた。


「─────止めなさい」


 大声では無い。
 だが、それでも良く通る声が響いた。


「ん!?」

「な!?」


 咲き誇る腕。
 オレは男に一撃を喰らわせようとした瞬間、
 ロビンに全身を拘束された。
 男の方も同じように全身を拘束されている。


「ロビン、手を離せ、このままだとコイツを殴れない」

「そうだぜ、ねえちゃん。能力者のようだが……
 悪いが邪魔するなら女と言えどタダじゃ済まさないぞ」

「てめぇ、ロビンになんて口ききやがんだ。彼方まで吹き飛ばすぞ!!」

「威勢だけはいいようだな!! それが何秒持つかねぇ!!?」


 いがみ合うオレ達。
 やはり熱は納まらずオレ達は対立した。


「───人の話しを聞きなさい」


 オレと男は更にロビンによって口を塞がれた。


「クレスも貴方も落ち着きなさい。
 ここはお酒を飲む場所よ。喧嘩するのは止めなさい」


 ロビンの言う通りだった。
 少し血がのぼり過ぎていたみたいだ。

 今のオレは組織の幹部でこの酒場は組織の経営する店の一つだ。
 ここで騒ぎを起こすのはまずい。

 男の方もロビンの言葉を受けてかおとなしくなった。
 だが、その瞳だけは相変わらず獲物を見つけた狼のように凶暴だった。

 ロビンはオレ達の様子を見てか拘束を解いた。


「まぁ、ねぇちゃんの言う通りだな……酒場には酒場での勝負があるってもんだ。
 オレとしたことが、そんな事を忘れちまうとはな」


 男は再びロビンの隣に腰を下ろした。


「おっさん、酒くれ、酒!!
 ありったけ持ってこい!!!」


 男が挑発するようにオレを見た。
 オレは男の意図を悟りロビンの隣の腰を下ろした。


「オレにもだおっさん!!
 コイツより多く持ってこい!!」

「んだと!!てめぇ如きがオレに敵うと思うな!!」

「せいぜい吠えてろ、どうせ勝つのはオレだ」


 慌てた店主が大量の酒を運んでくる。
 巨大なジョッキがオレと男の前に置かれた。
 オレと男は同時にジョッキを手に持った。
 互いに睨み合う。上等だ。


「「勝負だ!!!」」

「もう、勝手にすればいいわ……」












「……大丈夫?」


 呆れたように、ロビンが言った。
 現在オレは完全に酔いがまわり、フラフラと足元が揺れる中で宿へと帰っていた。
 気持ち悪い。今すぐ胃の中身をぶちまけたい気分だったが、ロビンに嫌われそうなので全力で我慢していた。
 
 実はオレは酒は好きだがそこまで強くない。
 飲めない事は無いが、嗜む程度だ。酒豪なんて口が裂けても言えない。

 だが、だからと言って、ハリスに負けるつもりはさらさら無かった。
 半分意識が飛びかけた状況で意地だけで飲んでいた。


「ハリスの方も実はそんなにお酒強いわけじゃ無かったみたいだったしね……
 二人して意地を張って何が楽しかったの?」

「……確かに悪かったよ、迷惑をかけた。
 だけど、これだけは言っとくぞ」

「何?」

「勝ったのはオレだ」


 ロビンが笑いだした。
 失礼なやつだ。
 今のは真面目な話だってのに……抗議しようと思ったが、その瞬間猛烈な吐き気が襲ってきた。


「もう、気持ち悪いなら吐いちゃった方が楽よ」

「ぜ、全然……大丈夫だ」

「……青い顔で口元を押さえながら言っても全然説得力無いわよ」


 そうして、這々の体で宿へと帰り、全力でトイレに駆け込んだのは直ぐにでも忘れたい思い出の一つだ。














あとがき
すみません。一話で収めるつもりでしたが、
今回はいつもより長くなりそうなので二話構成とさせていただきます。
始めは原作キャラとの交流を考えていたのですが、
手ごろなキャラが見つからなかったためオリキャラを出すことにしました。
次の話はクレスとハリスのバトルです。
頑張りたいです。




[11290] 第五話 「意地と賞金稼ぎ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/07/24 09:06
 偉大なる航路───グランドラインのとある島


 荒れ狂う波が島を削る。
 吹き付ける強風。
 海からやって来た風は強く、なぎ払うかのように吹きすさぶ。
 あたりに草木は無く生命の息吹が感じる事は出来なかった。


 そこにハリスはいた。


 彼は何をするでも無く、ぼんやりと海を眺めていた。
 強い風が彼の頬を撫でても眉ひとつ動かさなかった。


「おい、ハリス何をしている」

「……しいて言うなら何もしていない……かな?」


 ハリスは声の主へと目を向ける。
 彼が現在所属する組織の構成員の一人だ。


「それなら、こっちを手伝え……忙しくてたまらん」

「嫌だね」

「何?」

「だってそれは契約には無い」


 ハリスは背負った筒を揺らす。
 構成員はその様子に大きなため息をついた。


「戦闘狂が……」


 侮蔑とも取れる、皮肉ったような口調だった。


「その通り」


 だが、ハリスは構成員の言葉に無邪気な笑顔を見せた。


「オレの仕事は戦闘だ。
 だから、それ以外はしたくない」

「分かった……お前でも少しは役に立つと考えたオレがバカだった」

「あんがとさん」

「言っとくけど、バカにしているんだからな。
 まぁ……いい、中に入ってこい。
 そんな強風に吹かれていても仕方ないだろう」

「分かったよ」


 ハリスは立ちあがる。
 そして構成員の後に続き、近くの岩場に隠されるように立てられた“基地”の中へと入った。


 岩場に空いた巨大な穴を利用した基地。
 空いた穴を更に広げた室内。
 天井には無理やりに取り付けられた照明がある。
 通気性は最悪だったが、岩場の穴の中ともあって熱くは無い。

 中には簡素なテーブルに椅子。
 そして無造作に置かれた書類の数々。
 通信機などの装置も置かれ、
 何人もの人間が各自、機械の向うの人間に指示を飛ばしていた。


「相変わらずゴチャゴチャとした所だことだな……」

「うるさい、どうせ今は働かないんだからその辺で休んでろ」

「りょーかい」


 ハリスは部屋に置かれた椅子に腰かけた。
 構成員の男はハリスにマグカップを差し出した。


「で、何を考えてたんだ?」

「は?」

「だから、わざわざ外に出て西の方角の海を見てただろう」

「…………」

「女か?」


 構成員は興味深々と言ったようにハリスに聞いた。


「いや……昔の事を思い出してた」

「なんだそりゃ?」

「一度目の勝負はオレの勝ちだって話だよ」

「……わけわかんねぇぞ」


 ハリスは構成員を無視するように椅子に深くかけ直す。
 そのまま目を閉じるとあっちに行けと構成員に手を振った。


「はぁ……もういい。オレは仕事に戻るぞ」

「おうおう、そうしろ。そしてオレに早く仕事を回せ」

「たっく……いまだに自覚が無いようだから言っとくが、お前はオレ達の一員なんだからな」

「わかてるって、そんな事。旦那に誘われた六年前から承知の上だっての」

「本当にわかってんのか?
 セントウレア、ヴィラ、バスト―ラ、スプリド、……。
 世界中で行われる抵抗運動を束ねる機関の一員なんだぞ。
 お前の享楽で各地を回るのは構わんが、もっと自覚を持て」


 しつこい構成員の口上にハリスはうっとおしげに目を開け。
 背中の筒を構成員の鼻先に突き付ける。


「いい加減にうるさいぞ、穴だらけにされたいのか?
 オレはオレの信条にのみ従う。ここにいるのもその一環だ。
 裏切るつもりは無いが、別にお前らの“思想”とやらには興味は無い。
 戦いがあってそこに行けと命じられる。オレにとってはそれだけだ」

「…………」

「そう目くじら立てんなよ。
 ちゃんと分かってるって、オレが革命軍の一員だってな……」


 ハリスは再び目を閉じ思い返す。
 気に入らない、あの残酷な甘さを持った男を……














第五話 「意地と賞金稼ぎ」













「うえっ」


 まだ、猛烈に気分が悪い。
 ヤバい……昨日は飲みすぎた。
 途中で意識が飛びそうになったが何とか耐えた。


「はい、クレスお水」

「すまん……ロビン」

「もう……ほどほどにしなさい。昨日は大変だったのよ」


 腰に手を当て、呆れたようにロビンは言った。
 まったくもってその通りだ、酒はしばらく控えよう。


「それにしてもどうしたの……?
 昨日はいつもの貴方らしく無かったわ」

「そうか……そうだったか?」

「ええ、全然らしく無かったわ。
 いつもならあんなに潰れるまで飲まなかったし、
 喧嘩を売られても軽くいなせたはずよ」

「…………」

「何かあの人の言葉にいらついてた……そんな印象を受けたわ
 クレス……もしかしてまだ何か隠してるの?」

「いや……そんなことは無い」

「……そう」


 ロビンは立ちあがりオレから離れ、ドアに向かって歩いた。
 少し怒ってるような表情が印象的だった。


「私はもう行くわ。
 今日は暫くおとなしくしてた方がいいわよ」

「分かった……夕方ごろに店に出る」


 ドアが閉まる。
 オレは部屋の中で一人になった。
 ロビンがいなくなった途端、どうしようもなく苛立ちがこみ上げてきた。

 オレはその感情のままに指に力を込め、ロビンから渡されたコップを握り壊した。

 ガラスの破片が床に落ちる。
 コップに入っていた水が腕から滴り落ちた。
 そして破片の散乱する床に水たまりを作った。


「本当に……今更だな」


 昨日のことを思い出す。
 オレに向かって命乞いをした男。
 オレは悪くない筈だ。もたらされた状況で最善の選択をした。

 裏切りなど何度受けそしておこなって来たか忘れた。
 自分の腕はを悪事で染まり切っている。

 そんな事は分かってる。

 だから……しょうがない筈なのだ。


「カッコ悪ぃな……オレ……」


 後悔なんか確かに無駄なことだ。






 日が落ち赤みを帯びてきたとこでオレは仕事場であるカジノに出た。
 構成員達が声をかけてくる。
 オレはそれに適当に答え、いつもの席に座った。

 昨日までと同じ仕事だ。

 オレはカジノの監視役だった。
  構成員じゃ手に負えない客や妙に稼いでいく客を見つけては目をつけそれを納める。
 こう言った仕事は初めてではない、前にも何度か経験していた。

 カジノはやけに派手で明るい。
 あちこちで大音量のスロットの回る音やコインのジャラジャラといった音が響き、その度に歓声やため息、怒声や笑い声が聞こえる。

 オレはそれを無感動に眺めた。
 そろそろ潮時かな……そんな事を考えた。

 ロビンと二人この地にやって来てもうすぐ一年になる。
 まだ、政府には見つかって無いとは言え、少し長居しすぎたかもしれない……


 そんな事をぼんやりと考えてた時、突然入り口のドアが吹き飛んだ。


「よう、また会ったな。
 昨日の続き、第二ラウンドを始めようぜ」


 そこには昨日の男が野性的な鋭い目を煌々と輝かせて立っていた。
 静まる店内。
 だが男はそんな事をみじんにも気にした様子は無く、オレの方に向かってきた。

 そんな男をこのカジノの構成員達が男を取り囲んだ。


「お客さん困りますね……他のお客様に迷惑です」

「おとなしくお引き取りください」

「それ以上は我々も黙っていられませんよ?」


 屈強な男達が口調こそ丁寧なものの怒り心頭といったように男に迫る。
 間違い無く男がおとなしく帰ったとしても、ただでは済まさないつもりだ。


「お前らには用はねぇよ、死にたくなかったらどいていろ」


 だが、男は構成員達に構うことなく歩みを進める。
 構成員の一人がそんな男に掴みかかった。


「……邪魔だぞ」


 男は背中に背負った筒で構成員のを顔を突き刺した。
 構成員が吹き飛ぶ。
 構成員はカジノの備品を次々と巻き込み地面に転がった。

 残った二人は男の強さに戦慄し動けない。


「メンドイから連帯責任って事にするわ」


 男は動けない二人に向かって筒を振るう。
 筒は的確に二人にブチ当たり一人目と同じ運命を辿らせる。

 男は筒の中から細長い鉄でできた槍のようなものを取り出し、オレに向かって投擲した。
 槍はオレに向かって弾丸よりも早く迫る。
 そしてオレの顔の真横を通って、いくつものスロットなどの機械を貫通してようやく後ろの壁に突き刺さった。


「眉ひとつ動かさねぇとはやるじゃねぇか」


 重い沈黙が降りる。
 カジノの客の一人が壁に刺さった槍を見て呟いた。


「鉄で出来た武骨な槍……もしかして……“串刺し”ハリス……!!」


 “串刺し”ハリス

 オレも何度か名前を聞いた事がある。

 ここ“西の海”ではかなり有名な賞金稼ぎだ。
 知名度だけならば“殺し屋”ダズと並ぶ。


 悲鳴の上がる店内。
 ハリスの雰囲気に呑まれたのか爆発的に感染し誰もが我先にと出口に向かう。
 やがて店内にはオレとハリスのみとなった。
 構成員達もハリスの名前に焦って逃げ出してしまった。


「わざわざ何の用だ?
 昨日の一件ならオレの勝ちで決着は着いたはずだぞ」

「アホぬかせ、昨日のはオレの勝ちだっての。
 それに今日のは昨日とは別件だ。
 やっぱり、ここですんなり帰るってのもつまらねぇしな。
 なぁ……懸賞金六千二百万“オハラの悪魔達”エル・クレス?」


 ばれていたか……。
 今思えば昨日の時点でその素振りはあった。
 奴は狼のように鋭い目を“オレ達”に向けていたのだ。
 おそらく前々から目をつけていたんだろう。

 ならば、今更引けないか……


「……武骨な槍だな」


 ハリスは筒からまた同じような槍を取り出す。
 そしてその先端をオレに向けた。

 それは槍と言うには余りにも武骨で粗末すぎるものだった。
 細長い鉄の棒の先端を鋭く尖らせた、ただそれだけの武器だ。
 それは槍と言うよりも鉄で出来た串と言ったほうが正しい。


「なるほど、その“鉄串”で“串刺し”か……全くふざけた名前だな」

「そう言うなよ、オレは結構気に入ってるぜ」

「そいつは悪かったな」


 オレはハリスに向かって“剃”で接近し硬化させた拳を繰り出す。
 霞むように見える筈のオレの速度にハリスは口元を釣り上げた。

 ガン、
 鈍い音、


「速いじゃねぇか」


 ハリスはオレの拳を手に持った鉄串で防いでいた。


「指銃」


 オレは防がれた拳と逆の腕で“指銃”を放つ。
 だが、ハリスはそれを鉄串を自在に操りオレの拳を支点として上に飛んだ。


「やるねぇ!!久々に楽しめそうだ!!」


 ハリスは鉄串を構える。
 そしてその先端をオレに突きだした。


「獲串!!」

「鉄塊“剛”!!」


 ハリスの攻撃の威力を想定しオレは全力の“鉄塊”で受け止めた。
 ハリスの鉄串はオレの肩口へと恐るべき速度で迫ったが、鋼鉄化したオレの身体に阻まれた。


「おっ!!」

「嵐脚」


 オレは宙に浮いたままのハリスに“嵐脚”を放った。
 “嵐脚”はハリスへと向かう。
 鉄串を突き出した体制ではよけられない筈だった。


「おおおおお!!」


 だが、ハリスは背中の筒からまた新しい鉄串を抜くとそれを盾にした。
 “嵐脚”と鉄串がぶつかる。
 ハリスはその衝撃を利用して後ろに飛んだ。

 オレは再び“剃”で接近しハリスを追撃した。
 だがそれをハリスは、手に持った鉄串を投擲し牽制する。


「鉄砲串!!」


 オレは“剃”の軌道を無理やり捻じ曲げた。
 地面を抉る鉄串、あのまま進んでいたならオレまで串刺しにされていた。

 ハリスは地面に着地する。


「へぇ……おもしれぇモン使いやがるじゃねぇか……」

「……まさか初見で避けられるとは思わなかったな」

「いや……初見じゃねぇよ。確か“六式”とか言ったか?
 海軍に伝わる体技なんだってな、相変わらずおもしれぇ」

「……知ってたのか」

「まぁな……少し前に機会があってな。悪ぃな、出来る事は大体分かる」


 くそ……厄介な奴だ。
 どこで “六式” を知ったか知らないが、
 手の内を知られてると言うのは面白い気分では無い。


「まぁ、しかし、だからと言って、
 お前がオレに勝てる理由には成りえない……だろ?」

「いいねぇ、その余裕!!今すぐに泣きっ面に変えてやるぜ!!」


 ハリスは新たな鉄串を抜き、オレにその先端を再び向けた。


「シャアアアアアア!!!」


 今度はハリスからオレに向かった。
 獣めいた恐ろしい速度だ。


「嵐脚“乱”」


 オレは無数の斬撃を放ってハリスの接近を阻んだ。
 だが、ハリスは前に進む。
 迫る斬撃を両手に持った鉄串で打ち払い、さばききれ無かった斬撃が己を傷つけても、嬉々とした表情で向かってきた。


「オラッ!!いくぜ!!」

「チッ!!」


 ハリスは突っ込んできたスピードを殺さずに、そのままオレに鉄串を突き出す。


「猛串───!!」

「鉄塊“剛”!!」


 オレは再びそれを受け止めた。

 この時オレにはいくつかの選択があった。
 反撃、防御、回避、の三つだ。
 瞬間的にオレは防御を選択する。

 先ほどのやり取りから防げば隙が必ず出来る筈だ。


 オレが攻撃を受け止めた瞬間、ハリスの目つきが変わった。
 ゾクリと身震いするような、野生の鋭い視線だ。


「───“二連棍”!!」


 高速でおこなわれる二連撃。
 オレは咄嗟のことに、“鉄塊”を解き転がるように避けた。

 唸る鉄串が肩口を掠る。
 掠っただけなのに腕全体に衝撃が走った。
 恐ろしい威力の攻撃だった。


「へぇ……どうして避けたんだ?
 一撃目と同じように受ければよかったじゃねぇか」

「……偶然だろ?」

「教えてはくれないか……当然だな」


 ヤバい……失敗した。
 正規の訓練を受けなかった故の、“六式”の弱点への糸口を与えてしまった。


「まぁいいか、これからじっくりとその秘密暴いてやるぜ!!」

「じゃあオレはお前のうるさい口を閉ざしてやるよ!!」


 早く勝負をつけないと不味いかもしれない。













あとがき
申し訳ありません。
自分の計画性の無さが露呈してしまいましたね。
書きたいことが思ったよりも多くてこの回でも終わりませんでした。




[11290] 第六話 「意地と残酷な甘さ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/07/24 09:02
 ロビンはいち早く仕事を終え、昨日と同じ酒場でクレスを待っていた。
 今朝のクレスの様子を思い出す。
 隠しているようだったが、何かに後悔するような、そんな表情だった。
 ロビンが嫌いな表情の一つだ。

 クレスはバカではない。
 自分の起こす行動がどんな結果を生むかは予測できる。
 だが、クレスはその予測がどんなに酷い結果を生もうとも、必要だと感じたならば、迷わずに行える。

 大方昨日の一件も何か、自分には知って欲しくない事だったのかもしれない……

 隠しごとをされるのはなんだか不満だった。
 もう、守られているだけの弱い自分では無い。
 無理を言って、クレスに戦う手段も教えてもらったし、生き抜く為の術も覚えた。
 もう、クレスの後ろでなくて隣を歩ける筈なのだ。
 だけど、それでもクレスは自分を悪意から遠ざけようとする。
 未だに二人分の泥をかぶろうと考え続けている。
 それが、たまらなく不満だった。


(そう言えば、昨日の男性……)


 ロビンは昨日の一件を思い出す。
 クレスに突然声をかけてきた男。
 クレスも気づいていたようだったが、どう考えても一般人では無い。
 海賊か賞金稼ぎ、そんなとこだろう……。

 直線的だった男の性格を考えると疑問に思う事がいくつかあった。

 どこで悟られたかは知らないが、おそらく自分達の存在に気づいていた。
 しかし、何故かそれを確認しようとは思って無かった。
 どうしてあんな喧嘩を吹っ掛ける形で絡んで来たのか。
 おそらく、クレスがむきにならなければ戦いには成らなかった気がする。
 ……何故か酒の飲み比べになってしまったが。
 それはともかく、何故あんなに回りくどい事をおこなったのか?
 男の性格なら、いきなり武器を構えて突き付けてもおかしくは無い筈だ。

 そして酒場での言葉がどうしても引っかかる。
 

(どうして、クレスに感情をさらけ出したのかしら……)


 見ず知らずの人間が見れば、それは糾弾に聞こえたのかもしれない。
 しかし男の口調の端々には失望ようなニュアンスを感じたのだ。


(分からない……やっぱり様子を見るのが先決かしら……)


 黙考しながらロビンはグラスを傾ける。
 苦い酒の味が口の中に広がった。

 その時、店の外が騒がしくなった。
 店の中に一人の男が入って来て叫んだ。


「カジノで喧嘩だ!! 賞金稼ぎの“串刺し”が暴れてやがる!!!」














第六話 「意地と残酷な甘さ」













 ロビンは走る。
 カジノまではそう遠くない。

 カジノでの喧嘩。

 間違いなくそこにいるのはクレスの筈だった。
 そして相手は……おそらく昨日の男だ。

 ロビンは自分の見通しの悪さを呪った。

 様子を見るつもりだったが、まさか昨日の今日だとは思わなかった。
 男の意図は分からない。
 しかし、ただ自分達を打ち取りに来た筈では無いと思っていた。
 もう一度くらい、何らかの形での接触があると思っていたが、予測とは大きく外れてしまった。

 やがてロビンはカジノへとたどり着く。
 辺りは巻き込まれる事を恐れてか閑散としていた。

 ロビンが扉を開けカジノへと入ろうとした瞬間。


「!!」


 何かがロビンに向かって飛来する。、
 とっさにそれをロビンは悪魔の実の能力で受け止めた。
 腕に負荷がかかり痛む。
 現れた腕は全てロビンの腕なのだ。


「……すまん、助かった」


 飛来したのは、身体中に傷を作ったクレスだった。
 傷だらけの姿を見てロビンは驚いた。
 クレスは強い。
 少なくとも相当の実力者で無い限りは傷一つすらつけられない筈なのだ。


「クレス!!いったい何が!?」

「悪いが……今は後だ」


 クレスは鋭い視線を扉の向こうへと向けた。


「ははっ……ねぇちゃんまで来たか。
 様子見のつもりだったが、
 思ったより時間を食っちまったなようだな……」


 クレスが飛ばされた向うから、同じく満身創痍の男が現れる。
 予測通り昨日の男だった。


「っ!!」


 ロビンは男に向かって攻撃を仕掛けようとした。
 だが、何故かクレスはそれを制した。


「これはオレの戦いだ……」

「そんな事言ってる場合じゃ無いでしょう!!?」


 だが、クレスはロビンを無視するように立ち上がった。


「悪いな、ねぇちゃん……そいつの言うことを聞いてはくれないか……
 軽い気持ちで手を出したが、オレもこいつとはケリをつけたいと思ってた」

「……ロビンには手を出すなよ」

「……分かってるって。もともとその気は無かった」


 互いに今すぐにでも倒れそうだった。
 しかし、互いに意地だけで立っている。
 ロビンはそんな気がした。


「……いくぞ」

「来いや……」


 クレスは高速で男に接近し、男はそれを迎え撃った。













 少し時を遡る。

 クレスはハリスとカジノの内部で戦闘をおこなっていた。


「鉄塊“砕”!!」

「獲串!!」


 クレスの硬化させた全身が砲弾のようにハリスに迫り、ハリスはそれを手に持った鉄串で迎撃する。
 互いに一歩も引かない、命を削るような激しい攻防だった。


「いいねぇ!!強ぇじゃねぇか!!」

「ありがとよ!!でも、お前に言われてもうれしくねえよ!!」


 ハリスは攻撃の度にその表情を無邪気に歪める。
 そんなハリスにクレスは表情を忌々しげに歪めた。


(この……戦闘狂が……)


 内心で醜く吐き捨てる。
 恐ろしい程に厄介な相手だった。
 認めたくはないが実力は拮抗していた。
 そして厄介なことに傷を負っても怯むことなく寧ろ向かってくる。
 そして、攻撃の一撃一撃が正確で威力が高い。
 槍と言う武器の性質上威力が集約されるため、攻撃を受けるにしても常に全力の“鉄塊”を使わなければならないのだ。


「抹葉串!!」

「紙絵!!」


 雨のような連撃。
 放たれる突きの全てが正確無比でクレスの“紙絵”の上から更に攻撃を合わせてくる。


「くっ!!」

「貰った!!───二連棍!!」


 逃げ場は無くクレスは追い込まれ、苦肉の策として防御を選択する。


「鉄塊“剛”」


 凶悪な威力を秘めた一撃を受け止める。
 全身に響く衝撃。
 何とか持ちこたえる。


(このまま、何とか持ってくれ……!!)


 だが、攻撃は一度で終わりでは無い。
 先ほどと同等の威力を持った攻撃がクレスに迫った。

 メキッ、と言う嫌な音がした。
 ハリスの一撃は“鉄塊”を砕きクレスの身体を貫いた。

 吹き飛び、クレスはカジノのテーブルに突っ込んだ。
 パラパラとテーブルの破片が舞った。


「なるほど……見つけたぜお前の“弱点”。いや、“性質”とでも言った方が正しいか」


 ハリスはクレスに向かって口元を釣り上げた。


「お前、あの避ける技“紙絵”とか言ったか? あれ苦手だろ?
 それに“鉄塊”とやらにも面白い特徴があったな」


 ハリスは手に持った鉄串を投擲した。
 弾丸のような速度で迫るそれをクレスは“鉄塊”で防御する。
 鉄串はクレスの鋼鉄化した身体に阻まれ弾かれる。
 次の瞬間、ハリスが目の前に現れた。
 ハリスは投擲と同時にクレスに向かって高速で迫ったのだ。


「猛串!!」


 ハリスの攻撃。
 以前のやり取りでクレスが“鉄塊”で防いだ技だ。
 いかなる威力の攻撃だとしても、クレスの “鉄塊” を破るのは難しい。
 鉄串はクレスに直撃し─────────



──────クレスを吹き飛ばした。



 二ヤリ、と確信するようにハリスが笑った。


「やっぱり、その技もずっと同じ硬度を保っていられる訳では無いようだな。
 最大効果が出せるのはインパクトの瞬間だけってか?
 そして、同じ効果を出すには短いがタイムラグがある。
 それに、“剃”とか言う移動技もそうだな……迂回をする時、随分と刻ん出たじゃねェか。
 恐ろしく速いが直線移動しか出来ないんじゃねぇか?」


 クレスからの返事は無い。
 そしてそれが彼の考えが間違いでは無いのとの証明だった。


「随分とピーキーな性質の体技だな、オイ。
 オレが前に見た物とは起源は同じでもほとんど別物だな。
 さしずめ“一撃必殺の短期決戦型”とでも言ったとこか。
 おもしれぇ鍛え方をしたじゃねぇか」






 クレスが“六式”の訓練を受けたのは約三年間。それも幼少の時だ。
 基礎こそは習得したものの、そこから育まれる筈の錬度と言うのは全て逃亡生活の中での自己流だった。

 故に本家とは異なる歪んだ成長を遂げたのかもしれない。

 逃亡生活の中で求められたのは常に一瞬で相手を屠る為の力だ。
 そのため、クレスは一撃における“瞬発力”や“爆発力”に関しては群を抜いていた。
 一瞬で最大の効果を出せる事に関してはクレスは優れていた。
 しかし、その代償としての体技の“持久力”は失われていったのだ。

 また、“紙絵”が苦手なのには、一人での訓練しか出来なかったと言うのがある。
 そして、実戦においても多様する訳にはいかなかった。

 中には“紙絵”で避ける事の出来る攻撃もあった。
 しかし、クレスは避ける訳にはいかなかったのだ。
 彼が避ければ攻撃は全て後ろへと流れる。
 クレスの後ろには守るべき人がいた。
 彼女には敵の攻撃から身を隠す壁が必要だった。




 クレスは是が非でもロビンだけは傷つける訳にはいかなかった。




「それが……どうした」


 クレスは立ちあがった。
 倒れる訳にはいかない、そして倒れたことは無かった。
 彼が倒れ、捕まれば全てが終わってしまうのだ。

 クレス“は剃”でハリスへと迫った。
 二度も攻撃を受けたとは思えない程、鋭く地面を削り取るかのようなスピードだった。
 あまりのスピードにハリスはその進行を阻むように鉄串を突き出した。
 だが、それがクレスに当たる事は無い。
 クレスは突き出された鉄串を上空に駆け上がり避けた。


「指銃“剛砲”」


 クレスの拳がハリスを捕らえた。
 衝撃がハリスを揺らす。
 鉄串での防御は間に合わずハリスは吹き飛ばされた。


「こうしてオレの拳はお前に届く。
 そんな事が分かった程度でオレがお前に屈する要素には成りえない」


 ハリスの吹き飛ばされた方向から轟音が響く。
 ハリスが吹き飛ばされた際に巻き込んだ、備品の数々を吹き飛ばした。


「そりゃ失礼した。
 最後に立っていた方が勝者。
 オレとしたことが、そんなことも忘れてしまっていたとわな」


 額から血を流しながらも、ハリスは獰猛な笑みを浮かべた。
 二人は再び対峙する。
 互いに浅く無い傷をおってなお強い眼光で相手を睨みつける。


「ブっ倒す前に聞いとくわ……
 どうして昨日オレに声をかけた?」

「あ?」

「お前なら直接武器を向けて来ても疑問は無い。
 オレが賞金首だと感じた瞬間に行動を起こしたとしてもおかしくは無い。
 だが、それをしなかった。
 お前はオレ達を打ち取るつもりはもとから無かった。違うか?」

「まぁ……な、口惜しいがそのつもりはもともと無かった」

「さしずめ、興味が湧いた程度か?」

「やるじゃねぇか、
 ここまで来て口にするのは興ざめもいいとこだが。
 お前らを見つけたのはほんの偶然だった。
 それに、手を出しても、殺すつもりは無かったぜ。
 まぁ、死んだらそれはそれだったがな」

「ふざけた野郎だ。まぁ、そんな事はいい……
 で……どうして昨日オレを糾弾した?」

「自分の心に聞いてみな」

「……“弱虫野郎”“甘い奴”……お前からしたら失望だったのか?」

「まぁ……正解だ。
 詳しい事は言えねぇがお前らのことは知ってた。
 オレはお前に興味が湧いた。
 打ち倒してぇと思える程の衝動にも駆られたが我慢してた。
 だが、昨日の一件には失望したぜ。お前は力を振るう事を恐れたんだ」

「それで我慢出来なくなって接触したか……。
 昨日のこと……オレがあのおっさんを告発したことに関して知ってるらしいな」

「あぁ……知ってるぜ。
 お前を見つけた時からオレもあのカジノに時々通ってた。
 お前とあのおっさんが時折話していたのも聞いてたぜ」


 ハリスは額から流れてきた血を舐めとる。
 その瞳は怒りで揺らいでいた。


「知り合いだったんだろ? それも、そこそこ仲の良い」

「……意外と優しいんだな」


 クレスがロビンには話さなかったことだ。
 告発した男とクレスは顔見知りだったのだ。
 男の方から近づいてきた。
 そしてうちとけ共に酒を飲んだこともあった。
 今となってはその行動には邪心を疑う事が出来る。
 しかし、男とはクレスが切らない限り確かなつながりがあった。


「自分から仕掛けておいて、後悔を抱いた。
 隠してるつもりだったようだが、ねぇちゃんの押しに負けて一部を話してたよな。
 怒りでつい口が出てしまったぜ。オレの我慢の限界だった。
 力を振るったなら後悔なんかするんじゃねぇよ!!!
 そうじゃねぇだろ!! お前はもっと傲慢でいるべきだった!!」


 確かに失望だったのだろう。
 “強さ” に拘るハリスが強烈な興味を抱いた人物は、強すぎる力の振るい方も満足に分からない、知り合いを簡単に売れる心の弱い屑だった。

 そんなはずは無い……。
 お前はそんなくだらない人間のの筈が無い……!!

 昨日、今日との行動はそんなクレスを否定するためのものだった。







「勘違いしてるようだから言っとくぞ……」







それは仄暗い不気味な声だった。
ハリスをもってしても悪寒を抱かせる程の寒い声だった。


「オレは甘い……そんな事は知ってる。呆れるほどに弱い腐った心根だよ。
 だけどなこれだけは言っとくぞ、たとえ相手が女だろうが、子供だろうが、老人だろうが、聖人君子だろうが、神様だろうが」


クレスは一際強い口調で言った。


「─────力を振るうこと自体には何の躊躇いも無い」


 ハリスの言葉は正しかった。
 クレスは己の行動に後悔を抱いた。
 あの男を助けようと思えば、助けられた。
 しかし、しなかった。
 悪いのはイカサマをした男だ。
 あの場面では、自分の取るべき行動が分かっていた。
 振るうべきだから振るったのだ。
 ただ、それだけだった。


 それはクレスの中にある絶対のルール。
 師と仰いだ、リベルからの教え。


 ──────力は振るうべき時に振るうもの。


 後悔はする。
 だが、一切の躊躇いは無い。
 そのルールに従い、今までの十年間の人生を歩んで来たのだ。


「じゃあ、お前はあの男はああなって当然だったと思ったのか?」
 
「分からない、少なくとも……疑問は抱いた。
 だが、オレはそれを為した。手を下した事には躊躇いは無い」

「なるほどね……」


 ハリスはゆっくりと目を細めた。
 クレスは己の力の振るい方をわきまえていたのだ。
 それはよく考えれば歪んだ思想だった。
 だが、クレスはクレスの信念に従い行動した。
 知り合いを簡単に裏切るだけの屑だと思っていたがどうやら違ったようだ。


「はっはは……」

 
 強烈な歓喜が彼を包み込む。
 口元が強烈につり上がる。
 やはり間違いなかった。
 目の前にいる人間は紛れもない強者だったのだ。
 それもとびきり上級の、獲物としてこれ以上の人物はそういない。


「はっ、はははははははははははははははははは!!!」


 もう、我慢なんて不可能だった。
 目の前の相手を打倒したい。
 それだけの凶悪な感情に身を任せ走った。


「すまなかったな!!お前は確かに強者だぜ!!」

「誤解が解けて結構だが、そろそろしつこいぞ!!」


 クレスもハリスに向かって駆けた。
 己の持つ心の歪みを暴きだした強敵に向かって。
 不思議と嫌悪感は無かった。
 コイツを倒す。
 ただ、それだけの感情を持って拳を振り上げた。


「──────猛串“獅子闘”!!!」

「六式“我流”閃甲破靡──────!!!」


 互いの攻撃は、
 互いに相手の身体に吸い込まれ、
 互いを吹き飛ばした。














 ロビンの目の前でクレスとハリスは戦う。
 ロビンは二人を茫然と眺めていた。
 ロビンの力なら全快状態では無い二人を止めるのは難しくは無かった。

 しかし、ロビンはそれをしなかった。


 命を削るようなギリギリの攻防なのにその姿はどこか楽しげだった。
 互いの攻撃が当たるたびに笑みを深め、そして相手に新たな一撃を加える。
 その姿は互いを高め合うような、高尚な修練にも見える。
 あんなに感情をさらけ出しているクレスを見るのは本当に久しぶりだった。
 その相手に少し嫉妬した。
 自分ではなかなかあの表情は引き出せない。


 勝負はいつまでも続く。
 終わりは無いのではないかと思われたそれは一発の無粋な弾丸によって遮られた。


「動くな貴様等!!」


 クレス、ハリス、ロビンの三人はそちらに目を向けた。
 そこにはゾロゾロと大勢のカジノの構成員が集結していた。


「クレス! 良くやったぜ!!」

「いくらあの“串刺し”と言えどここまで弱わってりゃ敵じゃねぇ!!」

「店を滅茶苦茶にしてくれやがって!! タダで済むと思うな!!」


 口ぐちに汚い言葉を吐く構成員達。
 クレスとハリスの動きが止まった。
 彼らは互いに睨み会ったまま構成員達に目を向けた。
 その瞳に映るのは同じ光。楽しみを邪魔されたような理不尽な怒り。


 曰く、─────────邪魔をするな。


 そして、同時に動いた。


 後になってクレスはこの行動を後悔するのだろう。
 しかし、振るわれた拳には一切の躊躇いは無かった。

 後になってもハリスはこの行動を後悔しないのだろう。
 やはり、振るわれた鉄串には一切の躊躇いが無かった。


 クレスとハリスの攻撃は互いに、──────無粋な乱入者に突き刺さった。


 呆然とする構成員達。
 しかし、ロビンにはなんとなく予想出来ていた。
 二人が構成員達に攻撃を加えた瞬間に彼女もまた、悪魔の実の能力によって構成員達を拘束し締め上げた。
 次々と構成員達が崩れ落ちた。


「「「う、裏切りやがった!!!」」」


 響く悲鳴と怒号。
 その中をクレスとハリスは駆け抜け、ロビンはその後を追った。













「懐かしいわね……」

「はぁ……若いってなんだろうな……」

「あら、あの時のクレスカッコ良かったわよ」

「……あんまりうれしくないぞ」


 この話はここで終わりだった。
 なぜならばその後、ハリスと決着をつけよう思っていたら、
 いつの間にかあいつの姿が消えてしまってたのだ。
 未だに不思議でならない。
 いなくなった理由にしても。
 その方法にしても。
 アイツは絶対にオレと決着をつけようとしていた。
 オレもそのつもりだった。
 アイツが自分からいなくなるなんてあり得ないのだ。

 誰かに邪魔されたような、そんな気がした。

 だが、確認する術は無かった。


「そろそろ、朝ね……」


 空を見れは夜が朝日に溶けだしたような紫色だった。


「いつの間にか、話しこんじまったな……」

「明日はグランドラインに向けての準備ね……」

「そうだな……寝るか」

「そうね……寝ましょ」


 長くも短い夜が終わった。
 明日からまたがんばるか……












あとがき
申し訳ございませんでした。
今回の話は「見せ方」に問題があったと思います。
話の構成等にもう少し時間をかけた方が良かったかもしれません。
今回の一件はハリスがカジノでのクレスの行動に怒りを抱いたのが原因です。
自重はしていたが、我慢出来なかった、と言った状況ですね。


取りあえず過去編は今回で終了です。
次からグランドラインですね。
頑張りたいです。


11/28
修正しました。



[11290] 第七話 「羅針盤と父の足跡」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/09/27 02:03
「……て、…レス……て」


緩やかなまどろみ。
船は穏やかな波によって心地よく揺れ、
柔らかな日差しはクレスを更なる眠りへと誘う。


「…レス、起きて」


身体を揺らされた。
それは優しくも確かな安らぎへの反抗だ。
断固抵抗しなくては成らない……
クレスは身じろきと共にその手を振りほどく。


「クレス、起きて」


声がはっきりと耳に入る。
今、自分が成すべき事は分かってる。
しかしそれには今この瞬間の安らぎを手放さなければ成らないのだ。

それにはわずかだが確かに抵抗があった。


「……もう、仕方ないわね」


動作が止んだ。
束の間の平和。
再び訪れる幸福の一時。
だが、クレスの中の冷静な部分が警鐘を鳴らす。

思い出せ、
今動かなければ痛い目にあうと……。

しかし、クレスはその警告を無視し再び深い安らぎに向かって潜った。


「──六輪咲き」


突然襲う衝撃。
どこからともなく咲いた腕はクレスを持ち上げ投げ飛ばす。


「ぐぉ!!」


目覚ましには痛すぎる一撃。
床から伝わる冷たい感触。
床に落とされ完全に眠気が吹き飛んだ。
毎度の事だが……もう少しやさしくして欲しいと思うのはわがままだろうか?
寝ぐせのついた髪をボリボリと掻きながらクレスはロビンに抗議する。


「……おはよう、ロビン。ひどい朝だな……」

「おはよう、クレス。良い朝ね。
 ひどい顔よ、顔でも洗ってきたら?」

「………………」














第七話  「羅針盤と父の足跡」














「賑やかな町だな」

「エイティングタウン……“西の海”から“偉大なる航路”へのぞむ最寄りの島。
 “西の海”出身の海賊達が“偉大なる航路”へ向かう際には必ず立ち寄る島……」


昨日、一晩を過ごした海域から、
穏やかな南東の風を受け二時間程波に揺られてクレスとロビンは目的地へと辿り着いた。
海は緩やかで、空も青々と晴れ渡り、
波に揺られながらのんびりとやって来た。


二人旅は久しぶりだった。
海を渡る時は海賊船に潜り込む事が多く。
こうして二人船に乗って波に揺られるのは遺跡に向かったりする時ぐらいだった。
クレスもロビンも航海に関しては専門家ではなかったが、
海を渡るために必要な知識は持っている。


クレスはロビンと並び町を歩く。
活気のある声があちこちから聞こえる。
港から中心街に続く道には露天のテントが数多く立てられ、道行く人たちの目を引き付ける。
やはり人通りが多いためか、それにつられるかのように町は賑わいを見せていた。


「これからどうする?」

「そうね……まずは必要な物をそろえないと」

「水と食料、生活用品、それに………ログポースだっけか?」

「そう、グランドラインを渡るには絶対に必要なものよ」


記録指針───ログポース。
“偉大なる航路”を航海する上で必ず必要となる特殊なコンパスである。
球体上に浮かぶ指針は前後左右上下のあらゆる方角を示すが、
一般的なコンパスとは異なりログポースに字盤は無く方位を示さない。
滞在地の記録(ログ)を貯める事によって次の目的地のみを指すと言う代物だ。


「でも、それを扱ってるとこなんてあんのか?
 今まで、そんな話なんて聞いた事なんて無いぞ」


クレスはその存在については半信半疑だった。
しかし、その存在はグランドラインに関する文献においては必ずと言っていいほどに記術されている。
これからロビンに付き添い“歴史の本文”を求めてグランドラインを旅するには必要不可欠なモノなのだそうだ。


「分からない……でも、それが無ければグランドラインの航海は難しいと思うの
 グランドラインに近いこの島なら扱ってるお店もあるかも知れないわ……」

「まぁ、探すだけ探せって話か
 見つかったそれで良し。悩むのは見つからなかった時でいいか」

「そうね、とりあえずは町を見て回りましょ」



その後は、クレスとロビンは二人ぶらぶらと無計画に町を見て回った。
未知の土地を歩くのは楽しい。
賑やかな町の様子を横目にしながら、
途中時々立ち止まっては気になった店に入ったり、
小腹がすいたら出店で食い物を買う。
クレスはこう言った大した意味のない散策の時間が好きだった。


「あら」


そんな中、ロビンが町の一角に目を向けた。
クレスは一瞬顔をしかめた後、
しょうがないか……、とため息をつきロビンの後を追った。
そこには品のいい店構えの洋服店があった。

扉をくぐり店内に入る。
木造の店内は清潔で他の客も何人か入っていて賑やかだった。
ロビンは早速商品を手にとって選定する。
世の中の女性の例に漏れることなくロビンも買い物が好きだった。
別に商品を買うだけでは無い。
並べられた服を見て、触って、気にいったなら試着し、欲しいなら購入する。
そういった過程が楽しいのだろう。
ロビンの楽しそうな姿を見るのは好きだったが、
服選びに付き合わされるのは勘弁してほしかった。
一端、服を選定し終わった後にロビンはクレスを試着室の前へと呼んだ。
感想が聞きたいらしい。
クレスは頭を抱えながらも渋々と従った。


「クレス、これなんかどう?」


ロビンが試着室から出てきた。
うっ、ヤバい……
クレスは一瞬視線をどこに向けようか迷った。
健康的ながらもどこか妖しさを帯びたロビンの肌が視界に入った。
大きな果実のような二つの膨らみに、形のいい臍、長くスラッと伸びた細い脚。

ロビンが現在着ているのは水着のように身体の各部の露出激しい服だった。


「似合ってるけど、少し肌を出しすぎてるんじゃないのか……」


内心の動揺を悟られぬように努めて平静で言った。
正直、肌の露出は控えて欲しい。
ロビンに向けて下卑た視線を向ける人間がいたら海に沈めたくなる。


「……クレスはこういうの嫌い?」


ロビンはまるで誘惑するかのようにその瑞瑞しい唇を震わせた。


大好きです!!と思わず叫びそうになったが、全力で押し込める。


「……あほ」

「ふふっ……残念ね」


コケティッシュな笑みを浮かべてロビンは更衣室の扉を閉めた。
くそ……絶対からかって遊んでやがる。



時計は確実にその時を刻んでいく。
ロビンによるからかいを潜り抜けたクレスは、
手早く済んだ自分の服を選びを終え、店内に備え付けられた椅子に座ってロビンを待っていた。
隣には自分と同じように連れの女性を待つ男性がいる。
妙な連帯感が生まれた気がした。


(……これが男の甲斐性と言う奴か?)


クレスは幼いころにシルファーとロビンに服店でよく待たされたのを思い出した。


(あの頃は、ロビンがよく母さんに着せ替え人形にされてたっけ……)


楽しかった思い出だ。
過去のことは風化していくものだ。
しかし、母との思い出は不思議なことに鮮明に思い出せた。


「なつかしいな……」


クレスは口元を緩ませて、やっとやって来たロビンを見た。



予想通り洋服店で時間を消費したため、昼過ぎとなった。

散策をとりあえず切り上げクレスとロビンは喫茶店で休憩を取っていた。
水や食料、それに一通りの生活用品はそろえた。


「手がかりは無しか」

「そうみたいね……」


だが、肝心のログポ―スが見つかっていない。
町の人間に聞いてみても答えは思わしく無かった。
行き交う人々からもそのような話をしている人間はいなかった。
やはり、ログポースのことは一般的では無いようだ。


「どうする、一端船に戻るか?」

「そうね、一度出直しましょう」


どうやら、裏に潜らなければならないようだ。














日も沈み夜となった。
クレスとロビンは一度船に戻り、荷物を置いてからもう一度町に出た。
船に置いた荷物にはクレスが狩り用の仕掛けを仕掛けた。
愚かにも手を出した人間には手痛い教訓となるだろう。



明かりの灯る町を人の流れに乗って進み、
クレスとロビンは溶け込むように裏路地へと出た。
裏路地は表の明かるい通りとは違い暗く薄暗い、
気の弱い人間なら一瞬で不安になるような雰囲気だった。
クレスとロビンの二人はそこを特に気にした様もなく進む。
そして、とある酒場の前で立ち止まった。
どこか寂れたような雰囲気の店だった。
しかし、扉の隙間からは眩しい光が漏れ、そこからは数多くの笑い声や騒ぎ声が聞こえた。
昼間の散策途中で見つけた、非合法の酒場。
おそらく海賊御用達の酒場だ。
クレスはロビンと二人その中へと入った。

店内は賑やかと言うには少々荒っぽすぎるような喧騒に満ちていた。


「ぎゃははははは」

「それは、オレの酒だ!!!」

「うるせぇ!!黙れ!!」

「おい!!こっちに酒の追加だ!!早く持ってこい!!」

「こっちの肉が先だ早くしろ!!」

「んだとてめぇ!!殺されたいのか!!」


あちこちで酒が酌み交わされ、笑い声と共にそれを飲み干していく。
中には取っ組み合う人間もいたが、それすらも周囲の一部として溶け込んでいた。


「賑やかね」

「……うるさいだけだろ」


クレスとロビンは船の上での打ち合わせ通り、互いに別れて情報の調査を始めた。
話を聞きだすには男女二人より、個々の方がやりやすいし、効率の面でも優れている。
それに、下手に二人で行動すると思わぬ因縁を吹っ掛けられたりするものだ。

クレスもロビンも生き抜く為の術として、情報収集は必要不可欠なものだった。
どちらに逃げればいいのか?
誰が正しいのか?
そもそもこの情報は正しいのか?
広い海を渡り逃げ続けるためには情報は欠かせない。
長い逃亡生活において自然とその技術は身に付いた。

ある程度、情報が集まったとこでクレスはロビンと合流した。
ロビンの方へと近づくと、ロビンの隣にはこれでもかと言うくらいに酔っぱらった男がいた。
時々うなされるようにうめき声を出す。
おそらく、酔わせて聞き出したのだろう。
どう考えても限界以上飲ませれている気がするが、まぁ死なないだろう。
「やりすぎたわ」と至極真面目な顔で言うロビンにクレスは僅かに頬をひきつらせた。
そして昔の無邪気な姿を思い出し心で泣いた。

互いに得た情報を照らし合わせ検証する。

結論から言うとログポースは存在する。
中には知らない者もいたが、その存在は確かだった。
やはりその存在はグランドラインでは無い地域では一般的では無いらしい。
そして表だって扱う店は政府や海軍の直轄となっているようだ。
考えれば当然だろう。
大海賊時代の最中、星の数といる海賊達はグランドラインを目指す。
ならば管制令が敷かれていてもおかしくは無い。


「さて、それじゃどうするか……いっそのこと誰かから奪うか?」

「その必要はないわ、さっきそこの人から面白いことを聞いたの」


ロビンは酔いつぶれた男を指して言った。


「どうやら、グランドラインからの横流し品を扱ってる店があるそうなの……非合法のね」






酒場を出てさらに歩く。
進んで行く方向はどんどん明かりが消えていき、人通りも少ない。
今は夜だったがそれでもこの静寂は寂しすぎた。


「店に行くのはいいが、もう夜だぞ。開いてんのか?」

「気まぐれな店主みたいね。
 グランドラインから帰還した元海賊らしいわ。
 気が向いた時に店を開ける、今日は夕方くらいから開けてたみたい」

「そりゃまた適当な……ほとんど道楽目的か、暢気ななもんだな」

「あら、あそこみたいよ」


ロビンの指さす方向には暗い町はずれの中にひっそりとたたずむ小さな店があった。
明かりは点いているようで店は開いているらしい。
どう考えても胡散臭い店だったが、
ロビンからの情報だ、可能性は高い。
クレスはいぶかしみながらも扉を開けた。

店内は申し分程度の明かりがともった埃っぽい空間だった。
異種様々な、見る人間によればガラクタにも映る商品が適当に並べられている。
来客を知らせる入り口のベルが鳴っても店主は顔を出さない。
そもそも、本当にココが店であるかも疑わしい。

クレスは無造作に棚に並べられた商品の一つを手に取った。
それは、大きな手のひらサイズの貝殻だった。


「なんだこりゃ?」


クレスはその貝を適当に玩ぶ。
そしてその裏側にボタンのような突起があった。
クレスは何ともなしに好奇心に駆られそれを押した。


「のあ!!」


突如吹き付ける強烈な風。
クレスは思わずその貝を取り落とす。
床に落ちようとしたその瞬間、ロビンが能力でその貝を掴んだ。


「なにしてるの?」

「すまん……つい」


ロビンは突如風を吹き放った貝を拾う。
そしてしばらく観察した後に棚に戻した。


「風を吹く貝……どこかで読んだような気が……」


ロビンが記憶思い起こそうとした時。
店の奥からギシギシと音をたて男がやって来た。


「勝手に触ってくれるな」


奥から酔っぱらっているのか顔を真っ赤にした男が現れた。
男はふらふらと店内を歩き、通常よりも時間をかけロビンの前までやって来た。


「こら、ふらふら動くな辿りつけんだろうが」

「……お前が酔っぱらってるだけだろ」


クレスの呆きれた声。
しかし、男はクレスの言葉をさして気にした様子もなく、
ふらふらと動き先ほどの貝を手に取った。


「たしか……これは、ダイヤルとか言うもんだ。詳しくは……知らん」


男はロビンに向けて投げやりな説明をおこなう。

次に男は目線をクレスの方に向けた。
男としては視界に入った程度だった筈だ。
クレスも何も思わなかった。
しかし男はクレスの姿を見た瞬間にその眼を見開いた。
クレスと目が合う。
赤らんだ顔がだんだんと蒼白に変わっていく。
男は何故かクレスの姿に恐怖を抱いていた。
そして男はクレスに向けて腰に下げていた銃を突きつける。


「!」


突然のことにクレスは驚く。
どう言うことかと考える暇もなく。
反射的に身体が動いた。
クレスは一瞬で男の銃を蹴り飛ばし、男を床へと押し倒した。
一瞬での出来事の後に抑えられた男は震える声で叫んだ。


「なんで貴様が生きてんだよ……
 海軍本部大佐“亡霊”エル・タイラーっ!!!」


思わぬ父の名前にクレスは動揺した。
しかし、その動揺を悟られぬことなく男を拘束し続けた。






その後に、ロビンの手よって勘違いは解かれた。
明かりの乏しい店内では分からなかったが姿は似ていたとしても、
クレスの髪と瞳の色は母親譲りの黒色だ。


「すまん……気が動転した」

「いや、いいって……こちらは怪我が無かった」


男がもしロビンの方に銃を向けていたら、腕の一本や二本は折っていたかもしれない。
そう思ったが、口には出さなかった。


「それよりも、さっきの話聞かせてくれないかしら?
 クレスが襲われた理由くらい知りたいわ」


ロビンがクレスを気遣い男に問いかける。
それはクレスが気になっている、父のことだ……
男はあからさまに嫌な顔をしたが、
銃口を向けた事についての謝罪のつもりかゆっくりと語り出した。


「……オレはもともと海賊だった。
 この辺の海じゃそれなりに名の売れた海賊団の航海士だったよ。
 グランドラインへと渡り、数年の航海を経てこの海に帰って来た……」


名前こそ出さなかったが、
それなりに腕に自信のある海賊団だったのだろう。
そうでなくては、グランドラインに赴き生きて帰って来れるものではない。


「グランドライン……あそこは面白いとこだ。
 何もかもがでたらめで常識を疑う程に無茶苦茶だ。
 あまたの未知と冒険にあふれた海賊達の楽園。
 オレ達は一端故郷の海に帰った後にもう一度あの海に行くことを望んだ」


男は懐かしむように語った。
海賊に墓場と呼ばれる場所も男達にとっては楽園だったのだろう。
男は年老いた今でさえそこに行く事を望んでいるように思えた。


「しかし、それは叶わなかった」


男が苦虫をかみつぶしたように顔を歪める。
そして、憎しみさえ込めて言葉を紡いだ。


「もう一度グランドラインへと向かうために意気揚々と、
 この町に乗り込んだオレ達は、たった一人の男に壊滅させられた……」

「それが……“亡霊”」


ロビンはあえて異名の方を口にした。


「あぁ……今でも夢に見るよ……
 奴は突然現れた。何の前触れも無く唐突に。
 気づけば船長が倒されていた……
 仲間が驚いて武器を向けた、だが……そこに姿はなく、
 気づけば別の仲間が倒された。正直訳がわかんなかったよ。
 恐怖で脚が竦み逃げのびるだけで精いっぱいだった……」


男は酒をビンごと口に運んだ。
それは臆病だった自分を責めるようだった。


「後にオレ達を襲った奴が、新たにここら辺を縄張りとする事になった海兵だと知った。
 “亡霊”の野郎が来てからこの街もすっかりとおとなしくなったもんだ……
 名のある奴らは海軍に捕捉された瞬間に“亡霊”に潰された」

「強かったんだな……そいつ」

「バカ野郎!!!弱い奴なんかにオレらが負けるか!!
 ハッキリ言って異常だったよ、グランドラインでもあんな奴はそういなかった」


男はまた酒をビンごと口に運ぶ
そして、酔いが再び回ったのか虚ろな目で呟いた。


「だが、奴も死んだ。革命軍とやらと戦って負けたらしい。
 奴が死んでからこの街も以前の活気を取り戻したよ……」


そして男は酒のビンに蓋をつけた。
話は終わりらしい。


「……悪かったな。話をさせて」

「気にするなら聞くんじゃねぇよ!!」

「そうだな」


クレスは軽く笑って答えた。


「まったく……。
 お前らもここに来たってことはグランドラインに向かうのか?」

「そのつもりだ」

「止めとけ、お前ら程度ならすぐに死ぬ」

「そんなの行ってみなければわかんねぇだろ?」


クレスは不敵に笑った。
ロビンもクレスにつられて微笑む。
男はそんな二人を酔いのまわった顔で見た後に、
棚をごそごそと漁り、クレスに向かい腕時計のようなものを放り投げた。


「お前等が欲しいのはそれだろ」


手の中にはクレスとロビンが探していた一品、
記録指針──ログポースがあった。


「おいくらかしら?」

「金はいらん。
 あの野郎に似た人間から貰った金で酒を飲んでもちっとも嬉しくないわ」

「それならありがたく頂戴するよ」

「あぁ、もってけ。
 その代わり二度と俺の前に顔を見せるな」


男はうっとおしそうに手を振る。
とっとと出て行けと言うことらしい。

クレスは去り際に疑問に思っていたことを聞いた。


「あんた、グランドラインにまた行きたいのか?」


グランドラインからの横流しだと言う品々を取り扱う店をグランドライン最寄りの島で営む元海賊の男。
やはり、未練があるのだろうか?


「アホ抜かせ、あんな恐ろしいとこに、一人で向かってなにが楽しいんだ」


クレスとロビンはグランドラインを楽園と呼んだ男の答えに、声を出して笑った。














翌朝、二人は船を出した。
始めは穏やかだった海は次第に荒れ、現在は嵐の中にあった。
クレスとロビンを乗せた船は嵐の中をグランドラインへと向けて進む。

この天候はこの先の航海の厳しさを暗示するかのように激しさを増した。
そんな嵐の中でクレスとロビンは甲板の中心にに一つの樽を置いた。
二人はその上に片脚を乗せ宣誓する。
それは、偉大なる航路に船を浮かべる為の進水式だった。


「世界の真実、“真の歴史の本文”を求めて」


クレスはロビンを見た。
いつの間にか守るだけでは無い、互いに支え合える存在となった幼なじみを


「お前を守る。母さんとの約束を果たすため、そしてお前と世界を旅するために」


ロビンはクレスを見た。
昔から変わらないその背中を追って、やっと隣に立てた幼なじみを


吹きすさぶ風の中クレスとロビンは脚を振り上げ、
そして一気に振り下ろす。



「「───行くぞ!!!偉大なる航路!!!」」











あとがき

次でグランドラインへと入ります。
今回は謎の男タイラーについて今回は少し触れましたね。

大変恐縮なのですが今回は試作的に文章の書き方を変えました。
クレス視点だったのを三人称もどきに変えました。
よろしければ感想をいただければ幸いです。




[11290] 第八話 「クジラと舟唄」 
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/02 00:50
海賊達の楽園。
海賊の墓場。

相反するこの二つの言葉はどちらも等しく同じものを指す。
“赤い土の大陸”レッドラインより望む海。

“偉大なる航路”グランドラインだ。

様々な文献で夢幻ように語られる荒唐無稽の数々を内包する海である。
未だその全容を知る者は無く。
最終地点を確認し航海の制覇を果たしたのは伝説の海賊ゴールド・ロジャーの一団のみだと言う。

何を常識とするかにはあいまいな基準線しかないが、
非常識な事にはいくつか出会った。
隣でオレと同じように今目の前で起こっている事象に驚く幼なじみもそうだ。
ロビンは海の悪魔の化身とも言われる“悪魔の実”の能力者だ。
彼女は海に嫌われ一生カナヅチになることと引き換えに、
いたるところからも自在に自らの身体の一部を咲かす事が出来る能力を手に入れた。
そして、不可解な事なら原因は不明だがオレ自身にも当てはまる。

だが、そんなことはこれから向かおうとする海では常識の範囲内に組み込まれるのかもしれない。
そう感じさせる何かが、グランドラインと言う魔境には有るのだ。
これから向かう海はおそらく……いや、間違いなく。
オレなんかが想像するよりもずっと、
不思議で不可解で不確かな未知があるのだろう。

だから、こんなこともその基準から言えばほんの序の口に過ぎないのだと思う。


海流が激流としてうねり、山を登って行くなんてことは……












第八話 「クジラと舟唄」













グランドラインへと向かう入り口は山だった。
まさか……と言うべきか、
やはり……と言うべきか、
さすがは天下に名高きグランドラインだ。入り方からしてぶっ飛んでる。
オレとロビンが乗った船は激流に乗って引き込まれるように進む。
海面を見れば相当な流れのようだ。
グランドラインの始まりリバースマウンテンは“冬島”だから海流は下つまり深海へと流れ込む。
つまり落ちれば海の藻屑と言う訳だ。
落ちれば泳げばいいなんてレベルの話では無い。
一つ間違えれば命を失うのだ。

この異常時に際しても驚きは一瞬なのは
オレもロビンも二十三年と言う短くも長い人生を歩んできたからだろう。
驚きや戸惑いは意味をなさず、己のすべき行動に専念することが全てだと知っているからだ。


「ロビン、このまま舵を切ってくれ。オレは帆を調節してくる」

「…………」

「かなりヤバめの海流だな、船の進め方次第では一瞬で海の藻屑だよな」

「…………」

「さすがはグランドライン、ただでは入らせてくれないってか?」

「…………」


意気込むオレに反して何故かロビンからの返事は無かった。


「……どうしたんだ?
 問いかけじゃないけど無言は少し寂しいものがあるぞ」


少し間を置いた後に、


「……クレス」

「ん、なんだ?」


ロビンは平坦に、
いつも通りの声で、
まるで備え付けの食器でも壊してしまった時のように、
言った。


「ごめんなさい。舵棒が折れちゃったわ、ボッキリと」


後ろでひらひらと所在なさげに舵棒を玩ぶロビンの能力で咲いた腕たち。


「…………は?」

「残念ながら修復には少し時間がかかるわね」

「…………」


トロルのバカやろー!!
船を奪った身で理不尽な内心の吐露だ。
それはさすがに不味いでしょう。
こうなれば、帆がどうだとかあまり関係が無い。
今すべきこと……無くなっちまったな。
ヤバいな、意気込んでそうそうに死ぬかも。
嫌だな……運任せって嫌いじゃないけど、今は勘弁してほしいな。


舵の無くなった船は運河の激流に流れる。
山を駆けのぼる程の流れだ。
もしも、正しいコースをはずれ脇にそれてしまったら……


「なぁ……この船ヤバくないか?」


脇にそれていた。完璧に。
前方に迫る鉄柱。
当たれば間違いなくバラバラだ。
“嵐脚”で切り飛ばそうにもさすがに鉄は斬れない。
オレの持つ最善手は接近と共に鉄柱に一撃をかましてその反動で船の針路を無理やりに戻すことだ。
だが、それはやらない。必要が無い。
なぜなら……


「百花繚乱“大樹”」


頼れる幼なじみがいるからだ。

咲き誇る腕。
それは互いに絡み合い一つの巨大な腕を形成する。
ロビンの悪魔の実の能力だ。
その腕は船を苗床として咲き、前方に迫る鉄柱を握り、
グイッと鉄柱を軸として引張り船を正規のコースへと直した。


「助かったわ、サンキュ」

「どういたしまして」


予定調和のように危機を乗り越え、船は山を登る。
それは昔に読んだ、想像上の冒険譚のような出来事だった。
しかし、興奮度は活字の上の出来事よりも何倍も上だ。

東西南北
全ての海から流れる海流が一つに重なりリバースマウンテンの頂上で一つに重なる。
四つの海に対して入り口は四つ。
そしてその四は頂上で一に変わるのだ。
これはグランドラインでは過去の栄光は関係なく誰もが同じ位置に立つのだと暗示しているようで面白い。
強者だけがこの魔境で生き残れるのだろう。

オレとロビンを乗せた船も山の頂上を越え、運河に乗って“偉大なる航路”へと下る。


「入ったな」

「ええ、入ったわね」


船から上がる水しぶきを受けながら共に呟いた。
視界は薄い白の靄によって狭められる。
高度が高いからかおそらく今は雲の中にいるのだろう。
オレ達はその霞みががった先にある海を見ようと目を凝らした。
これから何が起こるか分からない未知の海域に足を踏み入れたのだ。
期待と僅かにくすぶる不安を胸に靄のかかった先を見つめる。
好奇心が首をもたげ、その先を確認させようとオレに命じる。
霞みがかったその先にあったものは、

……余りにもバカげた物だった。


「……は?」


壁があった。
真っ黒で巨大な壁だ。
その壁が入江の出口を塞ぐように立ちはだかる。


「なんだこりゃ?」

「山……かしら?」

「どっちにしろコイツを何とかしないとまた船がヤバいぞ」

「どうするの?止まることなんて出来ないわよ」

「なら避け……舵折れてんだったな、
 クソッ、舵棒はオレが何とかするからロビンはもしもの時にまた頼む」


その時、
壁は全身を震わせるような轟音を放った。
鈍い獣の唸りにも似たそれはオレとロビンの耳を痛めつける。
その鳴き声に反射的に耳を押さえる。
そしてようやくその巨大すぎる全容ゆえに認識出来なかった姿に気づいた。


「コイツ……クジラだ」


巨大な山のように見まごう、
額に大量の傷を作ったクジラが何故かレッドラインに向けて鳴いていた。


この時不思議な感情を抱いた。
まったくもって不思議だった。
何故こんなことを思ったか謎だった。

……その声に何故かオレは共感を覚えたのだ。













ロビンの能力によってオレ達は何とか再びの危機を乗り越えた。
折れた舵を何とか操り、立ち塞がるクジラの隙間を通り切り抜けた。
クジラはその巨体故にオレ達の乗った船に気づく事は無かった。
……途中でクジラの巨大な目がギョロリと動いた瞬間はさすがに肝が冷えた。
船はリバースマウンテンを抜けた先にある双子岬に停泊する。
レッドラインと同じ、草一つない岩盤のような赤い土の地面に灯台と小さな小屋があるだけと言った、
グランドラインの入り口にしては少々寂しい土地だった。

オレとロビンは警戒しながら島に上陸した。
ここはグランドラインなのだ。
山を登る運河や巨大なクジラのようにもはや何が起こっても不思議は無い。
出来れば始めに出会うのは人間だといいなと希望にも似た思いを抱く。
初っ端から厄介事はごめんだ。


「誰かいんのか?」


一応の確認のために声を出した。
人の気配はない。
赤い岩石の大地にいるのはオレとロビンの二人だけ。
新たな門出にしては少々寂しいものだ。


「誰もいないみたいね」

「そうだな……少々拍子抜けだな」


まぁ、安全ある事にこしたことは無い。
オレは周囲を見渡しテーブルとベンチがあるのを見つけた。
休憩を兼ねロビンを誘いそこに座ることにした。


「さすがに疲れたな」

「そうね……まさか山を登るなんて」

「まぁ……あれにはさすがに驚いたな。無事で何よりだよ」


オレはゆったりと全身の力を抜き、空を見つめた。
青く晴れやかな空。
雲の流れは緩やかで、のんびりと流れていく。
どうやら空は余り変わらないらしい。

ロビンの方もゆったりと肩の力を抜いてリラックスムードだ。
荷物から本を取り出し読書を始めた。

そんな時だった。

ぎぃー

古びた扉の音が響いた。


「「!!!」」


オレもロビンも弾かれるように反応した。
辺りに人の気配は無かった筈だった。
気配の察知に関してはそれなりに自信がある。
音の発生源は灯台からだ。
中の確認こそしなかったが人がいるとは思ってなかった。
いや……本当に人なのだろうか?
ここはグランドラインなのだ、どんな怪奇が現れても不思議ではない。
そして音の主は扉の向こうから姿を見せた。


「花……?」

「いえ、人よ」


中から現れたのは年老いた老人だった。
しかし、年を取っているのに老いと言うものを全く感じない。
老人は片手に折り畳み式の椅子を、
もう片方の手に新聞と言ったどこか気の抜ける装いだった。

恰好だけは。

オレとロビンは老人が発する妙な威圧感に呑まれた。
不気味ささえ漂わせるその眼光は、
剣呑な人生を歩んできたオレ達にさえも、いともたやすく危機感を抱かせる。
冷や汗が流れた。
ロビンが身構え、オレはその前に出ていつでも対応できるように構えた。

老人はオレ達を一瞥し、


「…………………」


持っていた折り畳み式の椅子を降ろし、


「…………………」


それを組み立て、


「…………………」


ゆっくりと座り、


「…………………」


パサリと新聞を広げた。


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「……なんか言えや」


思わず声が出た。
無性にいらついた。

老人は再びオレ達に視線向ける。
その威圧感をはらんだ視線はオレとロビンに緊張を抱かせる。
オレとロビンの警戒レベルは上がる。
老人はオレ達の反応を見透かしたように言った。


「止めておけ……死人が出るぞ」

「へぇ……誰が死ぬって?」


オレは前に出る。
老人と視線が交差した。
老人は何も臆した様子は無く、
寧ろオレ達の反応を楽しむように時間をかけ答えた。


「……私だ」

「お前かよ!!」


そしてなおマイペースに新聞をめくる老人。
なんだかどっと疲れた。





老人はクロッカスと言うらしい。
双子岬の灯台守をしている六十六歳双子座のAB型だそうだ。
聞いてないのに教えてくれた。
正直名前と役職以外はどうでもいい。
始めに姿を見せなかったのはオレ達の人柄を見極めるためだったらしい。



「たった二人で“西の海”からリバースマウンテンを越えて来たか……」

「まぁな」

「ふむ……やはり海賊では無いようだな。たった二人でわざわざ何をしに来たんだ?」


オレとロビンがやって来た理由。
それは“真の歴史の本文”を見つけ、“空白の百年”の謎を解くためだ。
しかし、それはおいそれと人に言えるような目的では無い。
オレ達が求めるものは世界の法で禁止されているのだ。


「観光だよ」


明らかな嘘だ。


「……そうか」


クロッカスの反応は淡白だった。


「……それよりもクロッカスさん、この海について教えてくれないかしら?
 私達の持つ情報は常識では測れないものが多すぎて困っているの」


情報は力であり命綱だ。
時に生死をわける程の価値を持つ。
特にこの海ではそれは顕著に表れる筈だ。


「お前達の持っている情報が何か知らんが……」


クロッカスは一端言葉を区切り言った。


「その全ては正しくもあり間違いでもある」

「え?」

「……どう言うことだ?」

「季節、天候、風向き、海流、その全てがデタラメに巡り、
 一切の常識が通用通用しないのがこの海だ。
 だから先ずは、お前達の持つ常識と言うものを捨てなければならない」


常識を捨てろ。
余りにも無茶苦茶な言葉だ。
だが、クロッカスの言葉には重みがあった。
経験と言う重みだ。


「通常のコンパスは持っているか?」

「ん?ああ」


オレは腰に下げたウエストバッグからコンパスを取り出した。
古めかしい作りだがその分頑丈さが売りの一品だ。
めったなことが無い限り壊れる事は無い。
だが……


「コンパスが壊れた?」


ぐるぐると、一向に指針は北を指すことなく回り続けていた。


「……“偉大なる航路”の磁場ね」

「ああ、“偉大なる航路”にある島々は鉱物を多く含むために、
 航路全体に磁場異常を来たしているのだ。」


オレ達の常識がまた一つ覆された瞬間だった。


「……なるほど」

「理解したか?」

「ああ、とんでもないとこだなココは。
 つまりは、常識を疑う現象が全て起こりうる海なんだな」

「そうだ」


呆れるほどのデタラメさだな。
嘘のような冒険譚に書かれたそれらが実は事実である可能性があるのだ。


「臆したか?」

「いや、俄然興味が湧いた」


昔読んだ冒険話のように、
嘘のような夢のような旅をロビンと行えるのだ。
こんなに嬉しいことは無い。
自然と口元が笑みを作った。


「ふふっ……わんぱくね」

「その言い方は止めてくれ、なんだか一気にモチベーションが下がる」


悪戯小僧かオレは


「ところでクロッカスさん。あのクジラはいったい何なの?」


リバースマウンテンで立ち塞がった傷だらけのクジラだ。


「アイツ……アイランドクジラだろ」


“西の海”にのみ生息するクジラだ。
一応、狩りには精通している。
一通りの動植物に関する知識は持っていた。


「ラブーンのことか……」


クロッカスがクジラについて語ろうとした時だった。
地面が鈍く揺れた。
地震とは異なる断続的な揺れは一定のリズムで刻まれる。
海を見れば大きな波が立ちオレ達の船が上下に揺れていた。


「また始めたか!!……ラブーン!!」


地震のような揺れの理由、
それは、クジラが“赤い土の大陸”に向けてその巨体をぶつけていたからだった。













とあるクジラの話をしよう。

“西の海”のとある海域にそのクジラはいた。
広い広い海の中でクジラは一人ぼっちだった。
クジラは幼くして群れから離れてしまったのだ。
辺りを探しても仲間のクジラはいなかった。
一人ぼっちで海を漂っていた時にクジラはとある船に出会った。
仲間と勘違いをして追いかけたその船は海賊船だった。

気の良い海賊達はかわいらしいクジラを気に入り可愛がった。
音楽をこよなく愛した海賊達はクジラによく歌を聞かせ、クジラもそれを喜んだ。
楽しい日々だった。
共に笑い。共に泣き。
苦しみを乗り越え、また笑い、歌を歌う。
クジラは海賊達と過ごす時間が大好きだった。
………だがその日々にも終わりは訪れた。
海賊達が“偉大なる航路”に向かう事を決めたのだ。
グランドラインは危険な場所だった。
苦渋の決断の後に海賊達はクジラを置いて行く事にした。
クジラは当然ついて行こうとした。
しかし、海賊達の意志は固くクジラを残しリバースマウンテンを登った。
船が何ヶ所も故障したものの海賊達はグランドラインへと降り立った。
だが、そこで海賊達は一つのことに気づいた。
船の後ろにいる見慣れた黒い身体、
なんと、置いてきた筈のクジラがついてきていたのだ。

船が治るまでの間、海賊達はクジラと共に過ごした。
宴が毎日夜遅くまで続き、一日中クジラの大好きな歌が響いた。
そして長くも短い夢のような時が流れた。
船が治り海賊達は旅立つ事を決めた。
それは同時にクジラとの別れでもあった。
クジラはやはり海賊達について行こうとした。
そんなクジラを見兼ねた海賊達は、クジラと一つの約束を交わす。



────必ず世界を一周してお前に会いに来る。



クジラはそれを信じて待つことにした。
別れは寂しいが、また会えるのだ。
海賊達はクジラが見えなくなるまで手を振り、歌を歌い、音楽を奏でた。
その胸に誓いの火を灯して………



………それが四十五年前の話だ。


クジラは未だに海賊達を待ち続けている。
高く、高く、天にまで届くような巨大な壁の向うに彼らがいると信じて……













クジラ……ラブーンは今もまだ海賊達を待ち続けていた。
海賊達はやはり亡くなっていたそうだ。
クロッカスはその事をラブーンに伝えた。
ラブーンは賢いクジラだった、当然その事を理解した。
しかし一向に認める事は無かった。
それからと言うもの毎日のようにレッドラインに向けて身体をぶつけ続けているらしい。


揺れも止み、波も穏やかさを取り戻した。
ラブーンは暴れ続けてしばらくしてからおとなしくなった。
クロッカスがあらかじめ打った鎮静剤が効きだしたらしい。
今はその巨体を岸に近づけ眠るように静かにたたずんでいた。


「ラブーンいい加減にせんか、お前だってもうわかっとるのだろう」


クロッカスは諭すように語りかける。
しかし、ラブーンは聞く耳を持たない。
オレはそんなクロッカスとラブーンに近づいた。


「本当に生きてると思ってるのか?」


四十五年と言うのは人間にとっては余りにも長い。
生きている可能性なんてゼロにも等しいだろう。

オレの問いかけにクジラは鈍い音で鋭く鳴いた。
当たり前だと言ってる気がした。


「小僧……何のつもりだ?」


クロッカスがオレに困惑の目を向けた。
しかし今はそれを無視する。


「……お前はまだ信じているんだな」


どうしてオレはラブーンの鳴き声に共感を覚えたのか分かった。
このクジラはどうしようもなくオレに似ていたのだ。

オレと同じで事実を知ってもそれを認めたくないのだ。
そして、心の中で未だに希望を抱き続けているのだ。
ラブーンなら海賊達。
オレなら母さんやオルビアさん、クローバーにサウロ、図書館の皆。

……大切な人達が生きているその可能性を諦めきれないのだ。


オハラは滅んだ。
その事は後に情報として確かめる事も無くこの目に焼き付いている。
あれから十五年……故郷の地には近づいていない。
そうすることで、未だに惨めにも哀れにも残酷にも希望を持ち続けてているのだ。

ロビンには情けなさ過ぎて言えないオレだけの秘密だ。


オレはラブーンに向き会い静かに、しかし力強く言った。


「必ず会えるさ……オレもそう信じている」


半ば自分に向けた言葉だった。
ラブーンはオレの様子に気づいたのか同情するように短く鳴いた。
クロッカスはオレに何も言わなかった。


「……あんまり無茶すんな、傷だらけだと向うは悲しむ」


……クロッカスさんにも心配かけんな。
そう言って、ラブーンから離れロビンの元へと戻った。

ロビンは椅子に座り読書をしていた。


「何してたの?」

「なんでもない……たわいない、とてつもなくバカなことだ」

「……そう」


ロビンは読みかけの本を閉じた。
そして立ちあがりオレに近づき前に立った。
そしてオレの手をやさしく包み込んだ。
ロビンの指は細く繊細で柔らかかった。


「落ち込んだりしたり、悩んだりしていた時はクレスはこうして手を握ってくれた」

「………………」

「何があったかは知らない。何を考えてるかも知らないわ。
 クレスはそう言うとこ私には見せてくれないから……私には分からない」

「………………」

「でも、クレスが苦しそうなのは分かるの」


ロビンはオレを見た。
身長は同じくらいなのでちょうど目線が水平上にある。
綺麗な黒曜石のよな綺麗な瞳だった。
その瞳が柔らかな笑みを作った。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


夕暮れの柔らかい光を受けたその表情はとても魅力的だった。






オレ達は双子岬で夜を明かした。
ささやかではあったがクロッカスとラブーンを招き宴を開いた。
そこでオレは歌を口ずさんだ。余り自信は無いが今日は無性に歌いたかった。
歌ったのはオレとロビンの故郷の海の歌だ。
軽快なテンポで始まるその曲は“西の海”の海賊達に広く愛されていた。
名前は確か……



“ビンクスの酒”……だった。











あとがき
入りましたねグランドライン。
第一話はラブーンの話です。
ビンクスの酒……良い曲ですね。私は好きです。
次の話は個人的に少しためらいがあるのですが、
長々と引きずってきた“悪魔の実”を出そうと思います。
今はプロットだけですが皆さまの反応が怖いです。
ヘタを打てば“ワンピースの二次小説”と言うジャンルに正面から喧嘩を売りそうです。
次もがんばります。




[11290] 第九話 「選択と不確かな推測」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/10/05 19:31
“偉大なる航路”に常識は通用しない。


これは比喩だとかモノの例えだとかそう言った意味合いでは無い。
まったくもってバカらしい事に言葉通りの意味なのである。
グランドラインの海は異常だ。
記録指針──ログポースの示す方向へと向かい船を進める内に否応なしにその事を理解させられた。

春が来た。夏が来た。
秋が来た。冬が来た。

快晴だった空が嵐に変わり、
嵐が突然雪へと変わり、
そして雪は突然春風へと変わる。

風向きは気まぐれに変化し、あり得ないような波が船を襲った。

リバースマウンテンから始まる初めの航海は特殊だと聞いたが、ここまで異様だとは思わなかった。
海を渡るだけで春夏秋冬全ての季節を体験してしまったのだ。

クロッカスの言う通りだった。
この海に常識なんて全く通用しない。
一本目の航海はそれをオレ達にありありと見せつけてくれた。


「なんて海だ……」

「さすがに疲れたわね……」


目的地に近付いて来た為か、
天候が落ち着いてきた瞬間を見計らいオレはロビンに休憩を提案した。
現在の天気はさしずめ小春日和と言ったとこだろうか?
つい、うとうとしそうな程に気持ちいい。


「大丈夫か?」

「平気。でも、さすがに一筋縄ではいかないわね……」

「疲れたら言ってくれ。
 ただでさえロビンの能力に頼る場面は多いからな」


グランドラインに二人で乗り込んだものの、さすがに二人だけで波を乗り切るのは骨が折れる。
今回はロビンには助けられてばかりだな……
この船を動かすには二人で事足りるのだが
緊急の事態においてロビンの能力でのサポートは本当に助かる。


「いいの、私はクレスを助けられて嬉しいわ」

「そりゃ身に余る光栄だな」


次も目的地まではもう一踏ん張りだ。
もうすぐでこの厳しい航海も終わる。
次の島には何があるか知らないが人がいる事を祈ろう。
出来れば町がいい。久しぶりに甘いケーキが食べたい気分だ。

ぼんやりとそんなことを考えていたその時、微かにだが砲撃音のようなものが聞こえた。
音の伝わり方からして結構遠い。
それにオレ達を狙っている訳ではなさそうだ。
オレは起きあがり双眼鏡で音の方向を覗いた。
丸いレンズに映るのは二隻の船。
海賊船と商船だ。
感じからして商船が海賊船に襲われているようだ。


「どうしたの?」

「海賊船が商船を襲ってるみたいだ」

「それは穏やかじゃないわね」

「幸いまだこの船には気づいていないみ………」


その時オレ達の船の前方に大きな水柱が上がった。
飛距離に関しては全然足りていないがそれはオレ達に向けての砲撃だった。


「……みたいじゃなかったな……はぁ、面倒な」













第九話 「選択と不確かな推測」












船の近くに次々と上がる水柱。
オレ達の船を直接狙うつもりは無いようだ。
砲弾はオレ達を逃がすまいと逃げ口を防ぐように次々と放たれる。
だが砲撃のやり方がいかんせん荒っぽい。
その内この船に当たりそうだ。
敵方の目的は恐らく略奪だろう。
オレとロビンの乗る船に海賊旗は掲げていない。
恐らく今目の前で襲われている商船か何かと勘違いでもされているに違いない。


「二兎を追うもの一兎も得ずだってのに……商船だけで満足しとけよ」

「まったく欲張りな狩人さんね」

「まったくだ、狩りの基本は狙いをつけた一頭を狙い続ける事だってのに」


左右に激しく揺れる船。
帆は張ったままで風をめいいっぱいに受けている。
面倒だから逃げようと思っても風向きが完全に海賊船の方を向いている。
船は後ろには進めない。方向を変えるにしても前に進ま無ければならないのだ。


「こりゃ、交戦するしか無いな」

「そうね……このままだと船が沈められちゃうわ」


船はどんどん海賊船へと近づいていく。
オレは双眼鏡を再び覗き海賊旗を確認した。
知らないマークだ。
海賊については大体のことは頭に入れている。
見覚えが無いということはまだ日の浅い海賊か唯の小物かだ。


「あ」


一発の砲弾。
打ち損じか照準ミスか知らないがその砲弾はオレ達の船に直撃するようなコースを辿った。
それほど大きな船では無い。
砲弾をまともに受けて大丈夫だとも言えない、当たり所が悪ければ数発で沈みそうだ。
これからも航海は続けるつもりなのだ、そう簡単に壊されては困る。


「言わんこっちゃない」


オレは“月歩”で空中へと飛び立った。
砲弾は緩やかな放物線を描き船へと迫る。
オレは的確に砲弾を捉え空中で迎撃する。


「“我流”鉄塊バット」


オレは瞬間的に鉄塊で硬化させた脚を振る。
砲弾は脚に直撃し痛快な音と共にライナー性の当たりを持って、海賊船へとはね返した。
砲弾は砲撃時よりも凶悪な凶弾となって海賊船を襲った。
着弾し当たり所が良かったのか黒煙が上がる。

海賊達がざわめいた。砲撃の標準が船へと向けられる。
砲門に着火がなされ、やがては一斉に火を噴くのだろう。


「──八十輪咲き」


ロビンの腕が敵船の中で一斉に咲いた。
腕は砲門の先端を持ちそれをくるりと反転させた。
驚愕する海賊達。
自身の武器が一斉に反乱でも起こしたように自分達に矛先を向けたのだ。
発射間際の砲門を止める術は無く砲門は全て海賊達に向けて火を噴いた。

砲撃、爆音、怒号、悲鳴、
そしてまた爆音。

あちこちで船の破片が舞い、火の手が上がった。
沈みこそしなかったもののまともな航海は難しいだろう。
時はもう既に戻らず、海賊船は自らの砲門で重大な被害を被ったのだ。


「うわ……被害甚大だな」

「思ったよりうまくいったわね」

「うまくいったと言うより、やり過ぎたというレベルだと思うけど」

「そう?半分くらいはまだ動けるみたいよ。運がいいのね」

「運がいいって……」


さらりと怖い事言うな。
ロビンがダークサイドに落ちてしまった。


「頼もしいでしょ?」

「………………」


まぁ、いい。
つまり半分は倒したということだ。
海賊達からの怒声が聞こえる。
思った通り怒り心頭だった。


「このまま逃げる?」

「いや、面倒だけど後始末をしておこう。
 そのついでに海賊からお宝でも回収しようと思う」

「隣の商船は?」

「ついでに助けようか、もちろん下心は有りだけど」

「一人で行くの?」

「ロビンも来るか?」

「ええ、一緒に行くわ」

「了解。それじゃ船が流されないようにしていくか」






海賊の残党の片づけは手早く済んだ。
やはり小物の海賊団だったようだ。
船長は砲撃時の一撃で倒れていた。
交戦した海賊達はまさに鳥合の衆で各自が怒りにまかせて武器を振り回すだけだった。
こんな調子だったので宝物もあまり期待していなかったのだが、
宝に関しては予想以上に質の高いものばかりだった。
おそらく商船を専門として襲っていたのだろう。
砲撃に加え交戦時に暴れたせいで、
今にも沈みそうな海賊船から宝と思わしき物を片っ端から奪い取った。
どうせどこかから奪ったものだろうし、特に感慨を持つことも無かった。

大破した海賊船の近くにオレ達の船は停泊し、そしてその近くに成り行き上助けた商船があった。
商船は小規模なもので夫婦二人で経営しているそうだ。
何故二人しかいないかと言うと、
護衛を数人ほど雇っていたそうなのだが海賊船を見た途端逃げ出してしまったらしい。
また、災難な話だ。
なんでも人を見る目に自信無いので知り合いに紹介してもらったらしい。
どうやらその知り合いを見る目が無かったようだ。何とも言えない。


「お帰りなさい」

「ただいま」


オレは背負ったカバンの中からお宝を取り出していく。
宝の中には換金しづらい物もある。
そこまで量があるわけでは無いが、オレ達の船は多くの荷物を置ける訳ではない。
運びやすい宝石やなどは残して他は直接ベリーに変えて貰おうと思う。
幸いにも商船は商売の帰りだったので金は大量にあった。


「ん?」


宝の選別をおこなっていた時にえらく頑丈に封をされた箱に行きついた。
鉄ごしらえの強固な箱だ。
揺らしてみればごそごそと音がした。
何だろう?
無理やり開けるのもどうかと思い腰に下げた鞄から針金を取り出す。
鍵自体も固く数十分の時間を費やし開いた。
やけに重い錠の音が響いた。
ロビンも興味が惹かれたのか傍にやって来ていた。
オレは宝箱をゆっくりと開いた。


「なんだ……これ……」


中から現れたのは奇妙なとても奇妙なものだ。
おどろおどろしい、まがまがしい、それでいて妙に重い果実だった。
手に持った瞬間に何かとてつもなく強く惹かれる引力を感じた。


「それ……もしかして……」


ロビンが有りえないとでも言うように呟いた。


「……悪魔の実」














悪魔の実

グランドラインのとある樹に実ると言う未知の果実。
口にした者は海に嫌われカナヅチとなる代わりに 、
大きくは“動物系”“超人系”“自然系”の三つに分類される亜種多様様々な能力を身に宿すと言う。

その例の一つとして上げられるのがロビンだ。
ロビンが口にしたのは“ハナハナの実”。
至るとこからも体の各部を花のように咲かせることが出来る能力だ。

オレとロビンは現在、偶然にも商船に置いてあった“悪魔の実辞典”であの実の正体を探っていた。
悪魔の実辞典なんて子供の頃に図書館で読んだ以来で久しぶりだ。
商船の夫婦も興味があるのか共にページを読み進めた。

その時、腕がとあるページで止まった。
淡い希望を抱いて文字を読み進める。


「………………」


特徴を見比べ共通点を探した。
ご主人が身を乗り出した。
気持ちはわかる。しかしそれは鬼門だ。
ご主人、今だけは紳士的に 振る舞わなければならない。
なぜなら……


「あなた……」


奥さんからの冷たい声。
ご主人の肩がびくりと震える。


「そんなに熱心に観察して何のつもりかしら?」

「い、いや面白くてつい……な」

「へぇ、そんなに面白いの……」


奥さんはご主人にグイッとにじり寄った。


「この“スケスケの実”とかいういかがわしい項目見ていったい何を考えてたのぉぉ!!!」

「やめ……苦し……首しまってるから!!ごめんなさい!!」


あぁ、ご主人地雷を踏んでしまったな。
死して屍拾う者無し。
オレは何事も無かったようにページを読み進めた。


「…………………」


どうしたんだロビン?
そんな氷の刃のようなジト目を向けて。
……まさか、一瞬でも食べてもいいかなんてて思ってなんかないぞ。
本当だよ。
だから早く周りの腕をしまってください!!



冷や汗で背中を濡らしながらもページをめくり続ける。
こうして本として見てみても馬鹿げた能力ばかりだ。
中でも“自然系”の能力は想像を絶する。
クザン……今は大将となって青雉か……
アイツの能力なんかがその最たる例だ。
物理攻撃を全く受け付けず。
なおかつその力は大海をも氷結させる。
まさに人知を越えた能力だ。


「これじゃないかしら?」


ロビンがとあるページを指して言った。
オレは辞典のページに目を通した。
そこにあったのは馬鹿げた能力の中でも更に一線を画すまるで夢のような力だった。


「“トキトキの実”…………時間を操ると言われる能力……」


なんだそゃ?
さすがに無茶苦茶過ぎるぞ 。


「……詳細は不明。
 どうやら詳しい事までは分からないみたいね」

「本当に合ってんのか?
 ここにある内容が全て嘘だと言う可能性もあり得るぞ」

「そうね……でも本当かどうかは食べてみれば分かる。……現に私はそうだった」


オレは悪魔の実を手に持った。
やはり手にした瞬間強く引かれるような、
どこか運命すら感じる程の引力を感じた。


「時間を操るか……過去にでも行けるのかな?」


つい零れてしまったが、今のは我ながら情けない質問だった。


「……分からないわ」


ロビンは少し目を伏せた。


「……すまん」


戻れたらいいとは思う。
あの頃は幸せだった。
もしも……なんて思わない筈がなかった。
今のオレがあそこにいればどうしただろうか?
間違いなく闘うだろう。
そしてどうなるか……コレばかりは分からない。


「戦う上でも意味のあるものだと思うわ、
 どんな能力でも十中八九弱くなることは無いでしょうし……」

「しかし、食べればカナヅチ、もう自由に泳げない……か」


沈黙が降りた。
悪魔の実の力……それはまるで甘言のような響きを持ってオレを犯そうとする。
食べれば泳げなくなる。しかし、その見返りは大きい。


「決めるのはクレスよ」


そう、決めるのはオレだ。


オレは手に持った悪魔の実を見つめた。
相変わらず強く惹かれる。
まるで己を食すのがオレの定めだとでも言っているようだ。


「……ちなみにご夫婦は食べたいと思うか?」


決断までは至らず。
間を取るように質問をした。


「……私どもは商人ですので……悪魔の実など食べても仕方がないですよ」


確かに能力者の商人と言うのは問題があるのだろう。


「ちなみに売ろうと思ったら買うか?」

「い、いえ!めっそうも無いです!!
 時価一億ベリーもする商品なんてとてもじゃないですが扱える気がしませんよ」

「それもそうか……」


オレは再びこの自己主張の激しい困り種を見つめる。

食べるか……
食べないか……

選択は二つに一つだ。

また沈黙が降りた。
ご主人が耐えかねたようにのどをゴクリと鳴らした。


「……決めた」


オレは口を軽く開けた。

悪魔の実を徐々に顔へと近づける。

本当にコレでいいのか?
この選択に間違いは無いのか?
もう一人のオレが心の中で問いかける。

悪魔の実にはひどく凶悪なまでの魅力があった。
コレを食べればオレは今よりも強くなれるのだろう。
しかし、泳げない。

悪魔の実が顔のすぐ側にある。


最後の選択。
今ならまだ間に合う考え直せ……!!
もう一人の自分がオレを苛む。

うるさいぞ、もう決めたんだ。

オレは迷いを断ち切るように思いっきり、

悪魔の実を──────────











「よっ!」














────後ろ手で放り投げた。

手首のスナップが絶妙に効いた、我ながら中々の軌道を辿り悪魔の実は海の中に音もなく落ちた。
海に嫌われた悪魔の化身は浮かび上がる様子もなく、
僅かな波紋だけを残して溶けるように海底へと沈んでいった。


「「ええぇぇぇぇ!!!」」


息の揃ったご夫婦。


「な、何やってんですか!!
 悪魔の実ですよ悪魔の実!!
 船乗りが命を懸けて探し求める海の秘宝にあんた何やってんだ!!!」

「落ち着け、何も考え無かった訳じゃ無い」


オレは我を忘れて迫り来るご夫婦を何とか諫める。
なんとなく思ったが悪魔の実を海に捨てたのは人類史上オレが初めてじゃないのか?


「まず第一に悪魔の実に頼らなくても戦う事は出来る」


我流とは言え今までの人生をかけて積み上げた“六式”と言う技術にオレは誇りを持っている。

リベルは言った。
能力者だとかそうじゃないだとかは関係ない、
勝った者が“勝者”
そこには能力者だとか否かは関係ないのだと。
別にこの無茶な理屈を体現するつもりは無いが、
少なくともオレには能力は必要ない。


「第二に売りさばく事も考えたけど、
 どこぞの金持ちがこの実を手に入れて能力者になるのはイヤだ」

「子供かアンタは!!!」


まぁ……さすがに今のは自分でも大人げないと思った。


「最後に……」


これが一番の理由だった。
オレはロビンを見た。
ロビンは呆れたような笑顔を浮かべていた。
驚きが少ないのは予測していたのか、
それともオレの選択を尊重してくれたからか、
どちらかそれともどちらでも無いのかは分からないが、
オレの選択はどう映ったのか聞いてみたいようで聞きたくない。

もしかしたら後々に後悔するのかも知れない。
でも、これでいいと今は自信を持てる。



「二人旅なんだ。
 ロビンが海に落ちたら誰が助けるんだよ」












オレ達は商人の夫婦達と別れた。
夫婦はオレ達とは別の島に行くらしい。
その際にオレ達の事を人に話さないで欲しいとそれとなく頼んだ。
夫婦がどう受け取ったかは知らないが大丈夫だろう。
もし話したとしてもそう問題は無いように思った。


「よかったの?」

「ん?」

「悪魔の実の事よ」

「良くなかったとしてももうしょうが無いだろう」

「それはそうなんだけど……偶然ってあるものね」

「偶然か……」


果たして本当に偶然だったのか?
オレは悪魔の実から脅迫観念のようなものを感じていた。
まるでそれをオレが食べるのが必然だとでも言われているようだった。


「悪魔の実が食べる人間を選ぶ事ってあんのかな?」


なんとなく浮かんだ疑問だ。
ロビンにして言えば“ハナハナの実”だが、
ロビンがそれ以外の能力を持つ姿が想像出来ないのだ。
そして同様に能力者じゃないロビンを想像出来ない。


「分からない……考えた事も無かったわ。
 私は自ら進んで食べたもの。自分で選んだ、そう信じてるわ」

「そうか……」


もし必然だったならばオレはあれを食べていたのだろうか?

これはあの悪魔の実が時間を操作出来る可能性があると知った時から思っていたことだ。
オレ自身のこと。生まれた瞬間から自我が発現した異端児。
このことはオレと母さんしか知らない。話しても無駄なことだ。


もしかしたら……オレはあれを食べたんじゃないのか?
そして何らかの事故によって時間を遡った。
そこでは時の経過と共に培った全ては失われたが、オレがオレである為の証明だけが残った。


バカな……
考えておいて有りえない事だと自分でそれを打ち消した。

でもそれだと良いな。
そうすればオレは正真正銘の母さんの息子なんだから……


「どうしたの、嬉しそうにして?」

「いや、何でも無い」


顔が緩むのは仕方ない。
嘘でもいいからそう信じようかと思う。













あとがき

私は本格的に馬鹿なんだと思います。
すいません。
ごめんなさい。
申し訳ないです。
“ワンピースの二次小説”に完璧に喧嘩を売ったかもしれません。

今回はクレスの話ですね。
クレスは逆行人間です。以前は能力者でした。
分岐点は幼いころの感染症です。
“トキトキの実”に関しては無茶苦茶だと自身でも思います。
詳しいことはぼかしてありますし、作中では不完全な証明ですらない推測です。
今回の話は別に必要が無いのかもしれません。
ですが、クレスとシルファーの事なので書こうと思いました。
シルファーはクレスの実の母です。彼女には思った以上に情が移ってしまいました。
批判等は甘んじて受けるつもりです。




[11290] 第十話 「オカマと何かの縁」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:51
悪魔の実を海に投げ捨てると言う、
人類史上恐らく初めてであろう快挙を成し遂げた後に、オレとロビンは次なる島へと辿り着いた。

グランドライン二つ目の島と言う事で多少は身構えた。
リバースマウンテンでの経験もある。
グランドラインには何があるか分からない。
そう考えると自然と慎重にもなった。
しかしその警戒はいささか杞憂だったようだ。

島には街があった。
活気のある人々によって彩られた温かい陽気な町だ。
いくらグランドラインと言えども人々の日々の営みまでは変わらない。
そこにある環境に順応し日々を積み重ねていくのだ。
当たり前のことだがこうして確認すると結構安心するものだ。

オレ達の船は海賊旗は掲げていないので正面から島に上陸し、
そして停泊の手続きを済ませ、ロビンと共に街へと繰り出した。

一通りの散策を済ませ、かねてから考えていた通りにロビンを誘い喫茶店へと入る。
ロビンは「しょうがないわね」とでも言いたげな様子で了承してくれた。

店内は満員だった。
オレ達はカウンターテーブルに腰かけた。
店の雰囲気からか、うるさすぎず、静かすぎず、程良い賑わいを見せている。
店主の趣味か、アンティーク調の装飾品で飾られた店内はシックな感じの内装なのだが、窓の位置が絶妙で温かな光が店内を明るく照らしていた。
なかなか良い感じの店だった。

ここまでの航海は少々以上に疲れた。
グランドラインの海を甘く見ていた訳では無いが、予想以上の困難さだった。
次からの航海はここまで荒れる事は無いそうなのだがそれでも気は抜けない事には変わりない。


話は変わるが、個人的な見解として疲れた時は甘い物が一番だ。
オレもロビンも簡単な料理は出来るが、本格的なもの……それもお菓子などの甘味は作れない。
それにコーヒーに砂糖を入れようとすればロビンに止められる。

なのでとにかく、甘いものがたらふく食べたかった。
猛烈に身体が糖分を欲していた。
今なら店デザートを全て食べられそうだ。
ロビンに止められるから出来ないけど……
あぁ、でも全部は無理だわ。
メニューを見た所、大人の味とか言う、神への冒涜以外のなにものでもない、甘さ控えめ系のデザートがいくつかあった。

メニューを置き店員を呼ぶ。
オレはカフェオレと取り合えずイチゴのショーケーキ。
ロビンはブラックコーヒーをそれぞれ注文した。

運ばれて来たケーキを一口食べる。
クリームの甘さが絶妙でスポンジも柔らかい。
思わず頬が緩む。
ロビンがそんなオレを見て微笑んだ。
綺麗な、オルビアさんに似た大人の笑み。
なんだか無性に悔しい。
今まではオレがロビンを微笑ましく見守っていたのに、いつの間にか立場が逆転していた。
好き嫌いに関してもそうだ。
昔はロビンがニンジンを残すのを注意していたのに今ではオレの糖分を制限されている。
ロビンはいつ大人になったのだろうか?
長く隣にいたせいでいつの間かその成長を見逃していたのかもしれない。
気づけば変わっていたそんな感じだ。

そんな事をぼんやりと考えていた時にロビンがオレに向かって腕を伸ばした。
ロビンのしなやかな指はオレの口元についていたクリームをやさしく撫で取る。
そしてそのクリームをついた指を瑞瑞しい唇に近づけなめとった。


「………………」


……その動作にドキッとした。
ロビンはごく自然によどみなくスムーズに動作を終えた。
逆転なんて状況じゃなかった。完全にアドバンテージを握られた気分だ。


「どうしたの?」

「い、いや……な、何でも無い」


ここで正直になれないオレは子供だろうか?
まぁ、いいか。
うろたえるのもなんだか悔しい。
落ち着きを取り戻すためにもオレはカフェオレを口元に運んだ。



感じの良い店に、おいしいお菓子。
カウンターテーブルの隣には長年連れ添った幼なじみ。
日差しは温かいのに柔らかい。
周りのうるさすぎない喧騒も程良いBGMだ。

こうしてロビンと二人和むのはなかなか楽しい。
オレもロビンもそんなに口数は多い方ではない。
しかし言葉を交わさずともお互いの雰囲気は伝わる。
今はとても楽しかった。
出来ればずっと続いていてほしいとも思えるような時間だ。

だから……






「あらーラブラブねえい。あちし妬いちゃいそう」


隣に座わる謎のオカマを海に沈めたいと思うのは間違いじゃない筈だ。

なんか色々と台無しだった。














第十話 「オカマと何かの縁」













「取りあえず言いたいことが色々とあるが、まず言っておこう……帰れ」


コレは恐らくこの店にいる全員の総意だ。
真っ白な生地にこべり付いた異色のシミのように隣のオカマはこの空間において浮いていた。


「ぬわんですって!! いきなりその態度はひどいんじゃない!!」

「………そうだなさすがに言葉が悪かったな」

「そうよ。あやまんなさい」


一呼吸置いて言った。


「今すぐに店から出ていってください」

「さっきと一緒じゃないのよう!!」


何なんだこのオカマは?
せっかくロビンと二人で和んでたのを盛大にぶち壊しやがって。
万死に値するぞ 。


「楽しそうな人ね」


その評価は間違ってるぞロビン。
こいつの場合は間違いなく変な人だ。


「まぁーまぁーそんな硬いこと言わないでい、
 ここでこうして会ったのも何かの縁じゃない?」


そんな縁はいらん。


「だぁーかーら!! ここはあんた達を見込んで一つ頼みがあるのよう」


オカマは急に真面目な顔になると頭を下げた。


「お金貸して頂戴」

「貸すかバカやろう!!」


コイツは何しに来たんだ。


「いやーね、最近のマイブームのタコパフェを食べに来たんだけどお財布を落としたみたいで困てたのよん」

「なに金を借りる前提で話を進めてるんだ。一銭たりとも貸さねぇよ」

「マスター!! マスター!!! タコパ頂戴!! ターコパ!!」

「話聞けコラァ!!」


そして運ばれてくるタコパフェ。
甘いパフェと茹で上がったタコが絶妙にマッチしない明らかに地雷の一品だ。
熱いタコのせいで冷たいクリームが溶解液の様に溶けている。
これでいてお値段は据え置かれない。


「クレス……」


さすがに耐えかねたのかロビンがオレに向けて言った。


「オカマさんの代金はクレスのお小遣いから引いておくから」

「何でオカマの味方!?
 しかもお小遣い制なんか取ってたっけ!?」


糖分だけでなく財布の紐まで握られていたと言う新事実が判明した。

オカマはそんなオレに構うことなくタコパフェを食べようとする。


「まて、返品だ!!」


オカマのスプーンがタコパフェをつつく前にそれを取り上げた。


「なにすんじゃボケェ!!」


野太い声のオカマ。
ドスが効きまくっている。
全力で男声だ。


「それはこっちの台詞だ、勝手に話を進めやがって!!
 ……と言うか金を貸す了承をした覚えは無い!!」

「な、なによアンタ……あちしからこの至福の一時を奪おうっての!!?」

「いや、奪うと言うかお前の至福の一時は元から存在してないと思うぞ」

「何て事……すぐそこに手を伸ばせば幸せは掴めるって言うのに、
 その手を阻むなんて………拷問にも等しき苦痛だわ!!
 鬼!! 悪魔!! あんたそんなにあちしが憎いなら殺しなさい!! 今すぐあちしを殺しなさい!!!」


まるで舞台の中心にでもいるかのように声を張り上げ涙をざめざめと流した。
この瞬間スポットライトはオカマにのみ当たり、
悲しげなヴァイオリン演奏が流れて来そうだった。

オカマに対して他の客から同情的な視線が送られる。

なぜかオレが悪者みたいだった。


「クレス……オカマさんに食べさせてあげたら?」


支払いはオレの小遣いなんじないのか。

しかしそうでもしなければこの空気の収集がつきそうにない。


「ほらよ……」


オレはオカマにタコパフェをそっと差し出した。


「あ、あんた……」


希望を見いだしたオカマ。


「ありがとう!! あちしこの恩を忘れない!!
 あんたは恩人よ、お・ん・じ・んー!!」


そうしてタコパフェに食らいつくオカマ。

感動の瞬間だった。

昼下がりに行われた寸劇は新事実(お小遣い制)の発見とオカマの爽やかな涙(無用の長物)と共に幕 を下ろした。






「いやースワンスワン。
 ご馳走になっちゃたわねい。
 お代わり頼んでもいかしら?」

「……どんだけ厚かましいんだよ」


「ごーめーんなさいねい。
 この恩はいつか必ず返すわよう」


個人的には恩よりも金を返してほしい。
小遣いがいくらなのか気になる。


「ところでオカマさんは何をしている人なの?」

「あら、あなたいいとこに気がついたわねい」


オカマは急に立ち上がり、背中に羽織った純白のマントをはためかせた。
マントには筆で“オカマ道”と書かれている。
そしてクルクルとつま先で回った後、バレイのように片足で立ちポーズを決めた。


「あちしの名前はベンサム。今は一人“オカマ道”の武者修行中よーう!!」


軽快で珍妙なポーズなのに、
ベンサムは峻厳な頂へと臨む修行僧のように言った。


「………頭打ったのか?」

「だまんなさいよ!!」


いや、ツッコミ所多すぎるぞ。
オカマ道の武者修行って何だよ。
極めたらどうなるんだよ?
変身でもすんのか?


「まぁ、こう言ったってあんた達にはわかんないでょうねい。
 あちしは悪い海賊さんを懲らしめる賞金稼ぎみたいなもんよ。がーはっはっはっはっ!!!」

「へぇ……」


賞金稼ぎか……
しかし、こうも開放的なとこを見るとオレたちを狙っている訳では無さそうだ。
賞金稼ぎとのいざこざも最近はほとんどない。
やはり成長して手配書と容姿が変わったのが大きいのだろう。

オレはロビンと視線を交わす。
どうやらロビンも同じ意見らしい。


「そういうあんた達はドゥーなのよ?」

「オレ達は考古学者とその護衛だ」


ベンサムからの質問には適当に返した。
別に嘘をついた訳でもない。基本的にはそう言う肩書きだ。
それにわざわざ本当の事を言って面倒を起こす事もない。
ベンサムはそのことについて特に追求する事は無かった。



オレとロビンそれに何故かベンサムを加えて喫茶店での一時を過ごす。
いつの間にか打ち解けてしまっていた。
なかなかベンサムは面白い奴だ。
目立つのはあまり本意では無いがコイツを交えた会話はなかなか楽しい。
静かなのもいいが、騒がしいのもまたいいものだ。
それと驚いたことにベンサムは悪魔の実の能力者だったようだ。

“マネマネの実”
他人の容姿をコピーする能力。
本人と同じで変わった能力だ。
何でもメモリー機能まであるそうだ。

そして、能力を使うためには右手で顔に触れる必要がある。
余興と称して勢いよく差し出された右手を反射的に避けたために、オレたちの容姿はコピーはされずに済んだ。

コイツに悪意が無くとも明確な手がかりを残すわけにはいかなかった。
それはオレ達の為でもありベンサムの為でもあった。



時が過ぎ、
カフェオレも二杯目へと突入する。
マナー違反ぎりぎりの音量でベンサムが騒いでいたそんな時だった。


「見つけたぞオカマ!!」

「よくも兄貴をのしてくれたな!!」

「ただで済むと思うなよ!!!」


入り口の扉を乱暴に開け、海賊らしき人間が数人現れた。


「どちら様?……お友達?」

「友達にしては随分と荒っぽい遊びのお誘いだな」

「あらん?あんた達まだ懲りてなかったの?」

「どう言う関係だ?」

「こいつらがオイタしてたからちょ―っと懲らしめてやったのよう」


ベンサムが立ちあがり三人を睨めつける。
もともと大柄なおと……オカマだ。
その眼光は鋭く海賊達をすくませる。

三人はベンサムの視線に怯むも、
それぞれに武器を取り出しすとベンサムに襲いかかった。
一応は知り合いだ。
手助けしようかと思ったがどうやらその心配は無かったようだ。

ベンサムは海賊達よりも圧倒的に速くその身を動かし、


「アン!」「ドゥ!」「クラァ!!」


しなるような蹴りを海賊達に喰らわせた。
珍妙な外見とは裏腹に確かな威力を持った蹴りだ。
海賊達はそれぞれ吹き飛び開け放たれた入り口から外へと退場する。


「がっはっはっはっはっは!!! 口ほどにもないわねい!!」


ベンサムは脚を上げ、バレイのようなポーズをとる。
そしてまたクルクルと回った。


「へぇ、なかなか……」

「……やるな」


さすがはグランドラインだ。
オレ達がが今まで出会った人間の中でも上位に入る強さだった。


「ク、クソ!! なんて強さだ!! まるでルージュ様のようじゃないか!!」

「オカマか!! オカマだからか!!?」


海賊の内の二人がまだダメージの残る身体を起こす。
そして完全にのびた一人を抱えると背を向け後退する。


「覚えてろ貴様等!! 我らマールック海賊団に喧嘩を売った事を後悔しやがれ!!」

「運が悪かったな!! 今の目標は“仲間は大切に”だ!!」


なんだか訳のわからん事を言い残し、海賊達は逃げて言った。



「なぁ……海賊達“貴様等”って言わなかったか?」

「……言ってたわね」


べンサムの仲間とでも思われたのだろうか……
もしかしたら面倒な事になるかも知れないな。
追い打ちでもかけるか?
いや、無駄だろう。海賊ってのはなかなかしぶとい奴らが多い。


「あ、あんた達今すぐ逃げた方がいい!!」


喫茶店のマスターが焦ったような声を出した。


「マールック海賊団はこの一帯を縄張りにする海賊だ!!
 船長のマ―ルックの賞金額は五千七百万!! それも嫌な話ばかり聞く男だ!!
 悪い事は言わない早く遠くへ逃げた方がいい!!」


案の定厄介事だった。


「ロビン、ログは?」

「ダメ……この島のログがたまるのは大体一週間くらいらしいの。
 まだこの地を離れる事は出来ないわ」

「面倒だな……」


相手が海賊と言うので一応は安心だが、それでも厄介事はごめんだ。


「あんた達なーに弱気になってるのよう!!
 マールック? ナッシィンッ!! ナーッシィン!!
 のこのこやってきたら、あちしのオカマ拳法で返り討ちにしてやるわよーん!!
 気分が乗って来たわ!! あちし回る!!!」


オレ達の気を知らずに暢気に回りつづけるベンサム。
一発くらい殴っといてもいいだろうか?













────────島の近海


そこには一隻の海賊船があった。
ベンサムが倒した海賊達を部下に持つ海賊団、マールック海賊団の船だ。

その船の船長であるマールックは早い夕食を取っていた。
異様に長い手を億通そうに動かし料理を口に運んでいく。
長いのは腕だけでは無かった。身体の全身が異様に長い。
立ちあがれば常人の倍以上の身長がある細長い男だった。


「………もう食えん」


そう言って手に持ったホークとナイフをテーブルに置く。
テーブルの上には大量の料理が残されている。
普段から大食いな訳では無い、それは明らかに許容量の限界以上の量だ。


「うっぷ……今回のはダメだな。“今日から大食い”は止めよう」


コックを呼び出し皿を引かせる。
皿を下げるコックは明らかにこうなることを予想していたかのように呆れ顔だった。


「おい!! 明日からは普段通りの量に戻せ!! こんなに食えるかバカ野郎!!」


コックに怒りをぶつける。
そして、まだ明るい外を見ながら、それから……と続けた。


「“今日から早寝早起き”も止める。明日からはいつも通りの時間に出せ!!」


マールックは“まがった事”が大好きな人間だった。
信条、性格、目標、そして生活習慣に至るまで何かを曲げることが大好きだった。
だから、なんとなく己の行動目標を曲げ続けるのを日課としていた。
その一環として女装をしたこともある。だが飽きて直ぐに止めた。

マールックが無理に詰め込んだ腹を苦しげに抑え、
トイレに行くかどうかで迷っていた時に入り口の扉が開いた。


「あら船長。また曲げちゃったの?
 今回のは続かなそうだったけど三日坊主ともいかなかったわねぇ」


全身を筋肉で固めた男が現れる。
いたるところも筋肉で常人の三倍はありそうな太さがあった。
胸元からは胸毛も覗いている。
しかし野蛮な身体とは裏腹に、髪は長く伸ばし丁寧に撫でつけられている。
まつ毛も長く、顔全体的に化粧が施されていた。オカマだった。


「んあ、ルラージュか?相変わらずどきつい顔しやがって……。
 あ!! しまった、“今日から短所を褒める”を曲げちまった。これも今日で止めよう」

「んまぁ、相変わらず難儀な性分ね。それよりも部下からの報告は聞いたかしら?」

「何のことだ?」

「やっぱりね。今の目標は“仲間を大切に”だったじゃないの。しっかりしてよね。
 どうやら部下達が賞金稼ぎにやられたらしいのよ」

「ふん……ほっとけと言いたいとこだが、それは前回の目標だったな」

「たしか“面倒は自分で解決”だったわね。
 どうするの? 行くのかしら? 私は久々に楽しみたいわぁ」


ルラージュは分厚い唇で笑みを作る。
そして自分が暴れる姿を想像し腰をくねらせ身もだえる。


「グニャニャニャ!! 確かに最近刺激が足りないと思っていたとこだ!!」


マールックは両頬を釣り上げ、立ちあがり扉へと向かう。
久しぶりの街への襲撃。部下の一件など口実でしかない。
マ―ルックは己の欲望の矛先を決めた。
マ―ルックは残酷で残虐な人間だった。
何よりも“まがった事”が大好きで、倫理や道徳と言ったことが嫌いだった。
ゆえに曲げる。捻じ曲げる。
マ―ルックの顔には懸賞金五千七百万ベリーの金額に劣らぬ凶悪な表情があった。



「さて、今回の略奪目標はどうするか、
 ……街を焼き尽くすのも良いかもしれないな」

「うふふふ、船長のそう言う残酷なとこ好きよ」


静かに海賊船はその進路を島へと向けた。













あとがき
出しちゃいましたね。ボンちゃん。
いつか出そうと思っていました。
今回から中編ですね。頑張りたいです。




[11290] 第十一話 「オカマとコイントス」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:52
「船長!! 島が見えました!!」


海賊船は島へと近づく。
それに従い船内は爆発的に沸き立っていく。
武器を突き上げ歓喜の声を上げる。
観光なんてそんな生ぬるい目的では無い、
血の気の多い彼らが望むのはもっと自由で素敵で楽しい事だ。
むろんそれは“彼らにとって”との前程がつくのだが……


「野郎ども戦闘準備だ!!」


マ―ルックは看板で声を張り上げる。
そして、二ヤリ、と口元を曲げた。
周りでは部下達がマ―ルックの声に反応し歓声を上げた。


「今回はどうするのぅ?」


不気味な猫なで声でルラージュがマ―ルックに訪ねた。
彼もまた興奮を隠しきれないといった様子だった。
鏡で己の美貌を確かめ髪をかきあげる。
美しい女性であればさまになっていただろうが、残念ながらルラージュはオカマだった。

マ―ルックはそんなルラージュに一瞥をくれた後、
嫌そうに顔を歪めて、楽しそうに曲げ直した。


「焼き払う、今決めた」

「あらん? 前回と同じじゃない? “同じ事は飽きるので一回置く”じゃ無かったかしら?」

「止めだ、止め、そんなくだらんルールなんてな」

「また、曲げちゃったのねぇ……うふふふふふふふふふ」

「ぐにゃにゃにゃにゃにゃ!!」


二人の笑いが船内に響いた。
ひどく楽しそうな、酒場で笑いあう人々のような笑い声だった。
しかし酒場の人間とは圧倒的にその笑いあうべき対象が違う。


「一発ブチかまそうじゃねェか。曲がりなりにも海賊なんだ。残酷に残虐になぁ!!!」














第十一話 「オカマとコイントス」














「か、海賊が来たぞ!!!」


この時代において幾度となく恐怖と共に叫ばれた言葉。
それは、何かのスイッチのように人々を混乱へと誘う。

マールック海賊団は接岸するなりいきなり砲撃を始めた。
次々と放たれる砲弾は活気ある港を一瞬で恐怖へと変える。
人々が逃げ惑うのを楽しむかのように次々と砲弾を放ち港を破壊していく。
そして誰もいなくなった港に正面から堂々と入港する。
砕かれた地面。
火のまわった残骸。
一瞬で廃墟と化した静寂の支配する空間。
そこをまるで己のために引かれた絨毯のように堂々と、海賊達は歓迎を受ける訳でもなく降り立った。
海賊達は飢えた獣のように目をギラつかせる。
だが彼らは同時に鎖のついた獣でもあった。


「今回の目標は“街を焼き払おう”だ。
 奪え!! 殺せ!! 存分に暴れろ!! そして飽きたら焼き払え!!」


飼い主の命令。
マ―ルックは鎖を解き放つ。
鎖の無い獣たちは無秩序に自由に駆け回る。

前へ、
前へ、
街の方へ、
獲物の方へ、






海賊がやって来た。
この情報は一瞬で島中を駆け巡った。
同様は一瞬で広がり、人々は我先にと逃げ惑った。
しかし、ここには一つの問題があった。
逃げ場所には行き止まりがあったのだ。
四方を海で囲まれた隔絶した空間。
しかもそれほど大きな島では無い。
海賊達が迫り来れば逃げ道がない。
主だった港は島の正面に一つだけ。
小舟こそあるものの全員を乗せる事は不可能だ。
海軍に関しても今すぐやってくることはまず無い。

つまり、この地にいる人間の命は全て海賊達が握っていた。






「……来てしまったのか。まさか海賊船ごとやってくるとは、面倒な」

「そうみたいね……せいぜい仲間を増やす位だと思ってたのに」


クレスとロビンはベンサムと出会った喫茶店にいた。
カラン……と寂しげに扉に取り付けられた鈴が鳴る。
辺り一帯は昼間にあるまじき静寂が支配していた。
店長を含め店内の人々は海賊達を恐れ逃げ出してしまった為に店内には二人だけだった。


「これからどうするか……」


クレスはカフェオレを口元に運び思案する。
正直なところあまり良い案がある訳では無い。
大まかには二つ。
逃げるか、迎え撃つかだ。


「そう言えば、オカマさんはどうしたのかしら?」


ロビンがここにいないベンサムについて言った。
クレスとロビンはベンサムと待ち合わせをしていた。
海賊達に一方的に絡まれた日からログが貯まるまでの一週間、
一応の対策として最悪お互いの位置位は把握することにしていた。
待ち合わせの折、別に時間を指定していた訳では無いが、今になってはそれが悔やまれた。


「確かにいつもより遅いな。
 まぁ、どこでどうしてようと今はほっとくしかないだろう。
 アイツは目立つから心配しなくてもその内見つかんだろ。
 もしかしたら、もう港に向かったかもしれないしな」

「それもそうね……それにオカマさんの強さなら、あまり心配する必要は無いわね」

「今は身の振り方を考えるのが先決だな」

「そうね」


そうしてロビンも誰もいなくなった喫茶店でクレスに倣いコーヒーを口元に運んだその時だった。


バン!!

扉が勢いよく開いた。
取り付けられた鈴が悲鳴のように鳴った。
そして地面に落ち不規則に転がった後、踏みつけられて砕かれた。


「ひゃっはぁ!!」

「いたぞ!! 男と女だ!!」


武器を構えた海賊二人組。
通常なら逃げ惑い命乞いでもする状況だ。
しかし、クレスとロビンの反応はひどく薄いものだった。
クレスとロビンは眉ひとつ動かすことなくテーブルに座り続けていた。
二人は海賊達に一瞥だけくれると、また話し始める。

海賊達は始め恐怖のあまりに声が出ないのだと思っていたが違った。
二人は海賊たちなど全く意に反していなかった。
全く脅威と見ていなかった。

海賊達は二人に向けて怒りと共に武器を振り上げる。
彼らにとって二人は獲物だ。
ただ狩られるだけの獲物。
その獲物が捕食者を前にして無反応であることを許せるはずが無かった。

クレスは己に凶刃げ迫ろうとも全くの無反応だった。
カフェオレの入ったカップを置き、テーブルに置かれた角砂糖を入れようとした。
しかし、その手はロビンに止められる。四つ目だった。そろそろ砂糖の味しかしなくなる頃あいだ。


「ダメ」

「……分かった」


クレスは渋々とその手を引っ込め、ロビンが油断した瞬間に角砂糖を口の中に放り込んだ。
そしてロビンにしてやったりと意地の悪い笑顔を向けた。
それを見てロビンは無言でクレスのまだ半分ほどあるケーキを引いた。
クレスは真剣に頭を下げた。土下座ばりの勢いだった。


海賊達はそのやり取りを見ていた。
見ているしかなかった。
クレスとロビンに向けて振りおろした腕から全身にかけてが全く動かなかった。
見れば全身を複数の腕によって拘束されていた。


「がっ……ぐぎっ……なんだ…と……!!」

「悪魔…の実……船長ど……同じ……っ!!」


ゴギッと太い枝の折れるような音がして海賊達が崩れ落ちた。
ロビンの能力によって関節を極められたのだ。
再び静寂を取り戻した空間でロビンは倒した海賊達を見ながらクレスに訪ねた。


「逃げるか、戦うか、選択は二つに一つ。クレスはどっちがいいと思う?」

「まぁ、どっちを選んでもそれなりにリスクはあるよな。
 大人しくしていて見逃してくれるならそれもいいんだけどな」

「そうね。逃げてもあまり結果は変わりないのかもしれないわね」


島はそれほど広く無い。逃げた所で海賊達がやってくればそこで終わりだ。
後は彼らの気分しだいと言ったところだ。


「海賊船に潜り込むってのも今回は無理そうだしな……」

「オカマさんの一件で私達は敵だとみなされている可能性は高いわね」

「……ベンサムのアホめ」


だが、ベンサムを責めるのも筋違いだと言うのも二人は分かっていた。
むしろほとんど関係無いだろう。
悪いのは間違いなく海賊たちなのだ。クレスとロビンの運が悪かっただけだった。


「船の方も心配ね。壊されてなければ良いのだけれど……」

「今回は正面の港に止めたのが仇になったか。
 船には罠を仕掛けてあるけど、それも逆効果かもしれないな。逆上して船自体を壊されかねない」

「なら港に向かう?」

「……そうなれば確実に戦闘だな」


船が狙われる可能性は高い。
海賊達は正面の港に現れたのだ。港にある船ならば狙われてもおかしくは無い。
出来れば面倒事は起こしたく無かった。
しかし、自体は切迫し目的のためには多少の強引な手段を取らざるを得ない。


「マ―ルック海賊団船長“曲がり者のマ―ルック”懸賞金五千七百万ベリー。
 結構な大物ね。相手にするのは骨が折れそう」

「まぁ、こうなったらしょうがないんだけどな」


クレスは懐からコインを取り出した。
共通通貨であるベリーだ。


「コイントス?」

「たまにはいいんじゃねぇか? 新しい試みで」

「そうね。表と裏はどうするの?」

「表ならとりあえず港に向かう。そこでどうするかは状況次第だな」

「裏は?」

「逃げてやり過ごす」

「後ろ向きね。それにカッコ悪いわ」

「それもそうだな、それじゃあ……」


クレスは二ヤリと笑った。
どこか悪戯を思いついた少年にも似た笑みだった。


「裏ならマ―ルックを討ち取りに行くってのはどうだ?」


ロビンはクレスの言葉に口元を緩めた。


「ハイリスクね。でも、一番てっとり早くて確実なのかしら?」


人々は皆逃げ惑い、港にいる者は海賊だけだ。目撃される心配は少ない。
それに船長を倒せば海賊達は島から出ていく可能性も高い。
だが、それはロビンの言うように危険な案でもあった。
マ―ルックの強さが未知数なのだ。争い無事でいられる可能性は分からないのだ。

クレスはコインを指の上に乗せた。
後は親指で弾くだけだ。


「まぁ、とりあえずはこれでやってみよう。
 港に行けばベンサムとも合流して楽できるかもしれないしな」

「運命を知るのは神様だけ……ね」

「神様なんて関係ないだろ」

「どうして?」

「だって、コインを投げるのはオレだからだよ」


コインは宙を舞った。

クルクルと回り、回り続ける。

表か裏か、冗談の応酬のようなやり取りの結果が方針となる。
ロビンとクレスはコインの示す先を見守った。

コインはゆっくりと降下しクレスの腕の中に落ちた……













あとがき
次回からバトルですね。
ボンちゃんがかなり活躍しそうです。




[11290] 第十二話 「オカマと鬨の声」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:54
────島のある路地



「正直に言いなさ―い!! あんた達の船長はどこにいるのう!?」


ダン!! とベンサムは片腕で海賊を壁へと打ち付ける。
海賊から短い悲鳴が漏れた。
ベンサムの腕は海賊の首元を握っており、大柄な彼が地面に並行に腕を伸ばせば海賊の脚は地面から離れていた。
海賊は窒息しないように足掻く。
反抗する気力などとうに失せていた。

ベンサムの周りには数人の海賊達が倒れていた。
中には先日にベンサムが倒した海賊達も混じっている。
彼らは島への襲撃の際にベンサムを見つけ、人数を増やし襲いかかった。
しかし、ベンサムのオカマ拳法の前に手も足も出ずに見事な返り討ちにあったのだ。


「ぜ、船長は……港近くの……広場にっ!!」

「本当?」

「本当……本当!!……だからっ……腕をっ!!」


嘘では無い。そう判断してベンサムは腕を離した。
海賊はその場にへたり込む。そしてそのまま気を失った。


「じょーだんじゃないわよう!!
 ダンスのレッスンしてたら待ち合わせがいつもより遅くなってしまったわっ!!
 クレスちゃん達は大丈夫かしら? あの子達も弱くは無いでしょうけど心配ねい……」


ベンサムは港の方向を見た。
何本の黒煙が立ち上っていた。
砲撃音がしたからそのせいだろう。
この路地からだと港までは少々距離がある。到着まで少々時間がかかりそうだった。


「うおおおおおお!! オカマダッシュ!!!」


ベンサムは全力で港へと走った。とにかく走った。


「クレスちゃん!! ロビンちゃん!! 待ってて!! あちし今行くからねい!!!」


別に根拠があった訳では無かったが、
ベンサムはそこに二人がいるような気がして全力で走った。






────島の港






「……やってくれたな」

「……ひどいことするわ」


海賊達と遭遇しないようにに屋根の上を移動して、クレスとロビンは自分達の船の元へとやって来ていた。
船の状態は目立った外傷こそ無かったが、船内は酷く荒らされていた。
クレスが仕掛けた罠にも引っ掛かった跡もあるが、強引に断ち切られている。
数人を一度に捕らえる事が出来るものだったが、それ以上の人数がいたのだろう。
備え付けの備品の多くが壊され、置いておいた貴重品が根こそぎ奪われていた。
ほとんど見境なんて無かったのだろう。
奪われた中にはクレスの狩り道具や、ロビンの考古学の研究に必要な道具や資料もあった。
旅をするのに絶対に必要な愛用品だ。その怒りは大きい。


「……少々、黙ってはいられなくなったな」

「確かに……これは許せないわね」


クレスとロビンは港から少々進んだところにある広場を見た。
屋根の上を移動する途中で確認したところ、海賊達は奪い取った物は全て船には乗せずに広場に集めていた。
おそらく、クレスとロビンの荷物もそこにあるはずだ。


「壊されて無ければ良いのだけれど……」

「確かにそれを祈るばかりだな………全く海賊って奴は」

「今回はもう仕方がないわね」

「海軍が出張ってくるのにも時間がかかりそうだしな。それに出張られても困る」

「実力行使」

「ああ、取られた物は、きちんと返してもらわないとな……ただし利子は倍以上で」

「ふふっ……悪徳ね」

「悪徳上等。相手の自業自得だっての」


クレスはロビンに腕を差し出した。
その姿は社交の場で婦人相手にダンスを申し込むように緩やかだ。
ロビンは微笑を浮かべ、クレスの腕を取る。


「行くか」

「ええ」


クレスは腕を引き、ロビンを抱える。
そして“月歩”で戦場と言う舞踏場へと飛び立った。













第十二話 「オカマと鬨の声」












────島の広場




「ぐにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!! 大量じゃねぇか!!」


マ―ルックの前には山積みにされた戦利品……もとい略奪品があった。
宝石、金品、アクセサリー、上げれば限がない程様々な物がある。
その中にはロビンとクレスの私物もあった。


「今回は上々の出来じゃないかしら、船長?」


マ―ルックの傍らに立つルラージュが嬉しそうに言う。


「ああ、笑いが止まらんな。海軍もバカばかりだ、こんな宝の山を放置しておくとはなぁ!!」


かと言っても、海軍がやって来ても蹴散らす自信はあった。
その実力を持ち合わせていた。

部下達が次々と運んでくる品を見ては二人は笑う。
戦利品を見るのは海賊としての最大の楽しみだ。
二人がそんな喜悦に浸っていた時、部下達が騒がしくなった。
近づいてくる戦闘音。
二人を邪魔する者がいたのだ。


「動くな!! 海賊共!!」


島の憲兵達だった。
この時代、海賊に襲われると言うのも珍しく無い。
この島も当然のごとくその防衛手段を取っていた。
経験こそ少ないものの、武装した憲兵達は優秀だった。
彼らは立ち塞がる海賊達を何とか倒し、とうとうマ―ルックの前までやって来たのだ。

マ―ルックとルラージュの二人は楽しみを邪魔する憲兵をジロリと睨めつける。
その視線に憲兵達はたじろぐも、日ごろの訓練を思い出し、手に持つ銃を構えた。


「う、撃て!!」


一斉に弾丸は放たれた。
マ―ルックの部下達は憲兵が銃を構えたたことに一瞬浮足立ったものの、
銃口がマ―ルックとルラージュの二人に向いた事を知ると、安心し、笑みさえ浮かべた。


「あんら? せっかちね」


ルラージュは弾丸が迫った瞬間にその全身を筋肉で固めた巨体を躍らせた。


「うふん、うふふふふふふふふふふふふふふ……!!」


腰をくねらせ絶妙に弾丸を避ける。
本人は華麗に避けているつもりだったが、
オカマが腰をくねらせる姿は、はたから見れば無性に気持ち悪かった。


「な、なんなんだ!! あのオカマは!!」

「あの巨体でなんて動きだ!!」

「そして、気持ち悪い!!」


弾丸はルラージュにかする事も無く後ろに流れた。

弾丸はマ―ルックの方にも迫る。
だが、マ―ルックはその場にたたずんだままだった。
防御も回避も何もしない。
棒立ちの状態で、弾丸はマ―ルックの額に直撃する。
直撃を受けたマ―ルックの身体が揺らいだ。
衝撃を受けた頭部を中心としてマ―ルックの身体が傾く。


「ぐ、おっ……」


マ―ルックの苦悶の声に、憲兵の中に喜色が広がる。
頭部への直撃で無事な筈がない。
しかし彼らの表情は一瞬で凍りついた。

マ―ルックの身体は脚を地面につけたまま、腰を中心としてグネリと曲がったのだ。
人体の構造上ありえない曲がり方だった。


「ぐにゃにゃにゃにゃにゃ!! ………残念だったな」


そしてマ―ルックは何事も無かったかのように立ち直す。
見れば額には傷一つ無かった。


「の、能力者!!」

「ちくしょう!! 化け物が!!」

「くそ!! 第二班、斬りかかれ!!」


憲兵達が剣を抜きマ―ルックに向けて襲いかかる。
マ―ルックは憲兵達を気だるげに見つめた。


「ルラージュ、始末しろ!!」

「り・ょ・う・か・い」


憲兵達の前にルラージュが立ち塞がった。
憲兵達は筋肉の壁とも取れる巨漢のオカマに憲兵は怯んだ。
常人の裕に倍はある体格だ。
近くで見ればマ―ルックと共にその大きさに圧倒される。


「いくわよ、兵隊さんたち」


ルラージュは巨大な丸太のような腕を振り上げた。


「ラリアット・ボンバー!!」


凶悪な一撃。
襲いかかった憲兵達は一撃でなぎ倒され吹き飛ばされる。
意識なんて触れた瞬間に吹き飛んだ。


「あんら?」


しかし、幸運にもルラージュの攻撃を潜り抜けた者がいた。
彼は捨て身の覚悟で船長であるマ―ルックに突貫する。


「……取りこぼしやがって」


憲兵はマ―ルックに向けて手に持った刀剣を振り下ろす。
マ―ルックはそれに向けて異常なまでに長い腕を差し出した。

グネリ

曲がる。

また、マ―ルックの腕が振り下ろされた剣を中心として不規則に人体の構造を無視して曲がる。
そして、マ―ルックの腕はありえない軌道をたどり憲兵の顔を掴んだ。


「ぐがっ!!」


憲兵は動揺して何もできない。


「また、曲がっちまったな。いいだろ、曲がるって、すごいだろ? 最高だろ?」


マ―ルックは曲がった腕をしならせるように憲兵を地面へと叩きつけた。
憲兵から短い悲鳴が聞こえた。
それを聞きマ―ルックの口元がまた嬉しそうに曲がった。

マ―ルックとルラージュの二人に傷一つ作る事も出来ずに立ち向かった憲兵達は一掃された。
残ったのは銃を構えた者たちだけだった。
それでも憲兵達は懸命に立ち向かう。
しかし、それは無駄なあがきだった。
マ―ルックの部下達も参戦し、僅かな時間だけを稼いで憲兵達は倒れた。


「ぐにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


広場には恐るべき男達の笑い声が響いた。
部下達もつられて笑う。
そして、その笑い声は大きな鬨へと変わった。
広場に響く海賊達の鬨の声。
この島に住まう人々にとってこれ以上の恐怖は無かった。
マ―ルック海賊団に立つ向かう勢力もういない。
後はただ安心してこの瞬間を楽しむだけだ。
その鬨の声は大きく大きく、

響いた。





「────うるさいぞ」


突然、振りかけられた声。
ぴたりと動きが止まった。
それはありえない事に上から聞こえた。
町中の広場には当然天井なんて無い。あるのはただ空だけだ。
不審に思うも海賊達は上を見た。
そして彼らは残らず驚愕した。

空から幾丈もの斬撃が雨ように降り注いだのだ。


「ぎゃっ!!」

「ぐおっ!!」

「ぐはっ!!」


鬨の声は一瞬で消え、換わりに悲鳴と苦悶が木霊する。

ルラージュは華麗に避け、無傷で眉をひそめた。
マ―ルックは斬撃を受け、無傷で目を細めた。


その二人は部下達が倒れるのと引き換えに上空から降り立った。
若い男と女の二人組だった。


「────嵐脚 “乱” 」


運よく斬撃から逃れたマ―ルックの部下達は現れた男女に驚くも、一瞬で“敵”だと判断し襲いかかった。
その判断は正しくも、大きく間違っていた。


「──三十輪咲き “ストラングル” 」


突然咲いた腕が部下達の首の骨を極める。
驚く暇すら無く。
この上ないほどの奇襲に部下達は崩れ落ちた。


「だいたい倒したわね」

「だが、船長とその側近は無傷。思ってたよりも厄介かもしれないな」


マ―ルックは不愉快だと口元を曲げた。
さっきまで、歓喜の絶頂だったのを曲げられた。
“曲がった事”が大好きで、“曲げる事”に喜びを感じる彼にしてみれば、
他人にお株を奪われるのはこの上ない屈辱だった。


「誰だてめぇら?」


底冷えするような声でマ―ルックは聞いた。
それを受け、男と女の二人は平然として答えた。


「考古学者と」

「その護衛だ」






[11290] 第十三話 「オカマと友達」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 00:57
─────さて………どうしようかね。


思考を巡らせながらクレスはマ―ルックとルラージュを睨む。
クレスの睨みは凶悪なマ―ルック達のそれとさして変わらない。
どちらかと言えば間違いなく悪人のものだ。
気の弱い者なら卒倒しかねない。

クレスは先ほどに放った“嵐脚”受けられた事が気になっていた。
圧倒的な脚力によって繰り出すカマイタチ。
避けたルラージュはともかくクーレックは避けようともしなかったのだ。
直撃したものの、全くの無傷。
自分と同じ六式使いという可能性は少ない。
“六式”は海軍に伝わるごく少数のみの人間が扱う武技だ。
おそらく、“悪魔の実”の能力者だろう。

クレスとロビンがこの場にやって来た時には憲兵との戦闘は佳境に入っており、
マ―ルックの能力を把握出来なかった。


「てめェら……覚悟出来てんだろうな?」


マ―ルックは静かに言った。
強烈な怒りがにじみ出ている。


「覚悟? もちろん」


クレスは目を細めた。
そして、あえて挑発する。


「お前らを倒すくらい訳無いぞ」


マ―ルックの表情が曲がり歪む。

ルラージュの巨体が弾かれるように前に出たのはその瞬間だった。
凶悪な質量をもった身体が肉薄する。獣のような突進だった。
クレスは一瞬でロビンの前に立った。
そして脚を踏みしめ、ルラージュを受け止める。
自分の倍以上の巨体をクレスは易々と、いなすようにおしとどめる。


「あらん……どうやら口先だけではないようねぇ」

「伴う、実力は持ち合わせいるつもりだ」


クレスは均衡していた力のバランスを一気に崩す。
それによって自由になった片腕をルラージュに向かって突き出した。
弾丸の速度で打ち出される腕。
人体を打ち抜くのに弾丸など不要。
六式が一つ、指銃。クレスが好んで使う攻撃手段だ。

絶妙のタイミングで放たれた攻撃をルラージュは巨体をひねらせ避けた。
その巨体からは想像もつかないアクロバット。
ルラージュはその体制から地面に手をつき、バク転を繰り返し距離を取った。

クレスは迷わずルラージュを追撃する。
狩りと同じだ。隙を見せた瞬間にしつこく付きまとい弱らせとどめをさす。

“剃”での接近。
敵は射程内。


「なめるな、小僧!!」


しかし、それはマ―ルックによって阻まれた。
マ―ルックはルラージュとクレスの間に躍り出る。
そしてその異常なまでに長い腕をクレスに向けてしならせた。
鞭のような攻撃がうねりを上げクレスを襲う。


「ちっ」


舌打ちと共にクレスは飛び上がり、鞭のような腕を避ける。
その瞬間、マ―ルックの口元がつり上がる。
空中で身動きを取れる人間などいない。
マ―ルックは叩き落とすように、もう片方の腕を振り下ろした。

しかし、それはクレスを捕らえる事は無かった。

マ―ルックの顔に驚きが生まれる。
クレスは空中でさらに後ろへと跳んだ。
“月歩”による空中移動。
クレスは追撃を諦めロビンのいる近くへと戻った。


「簡単にはいかないわね」

「楽は出来そうに無いな……」


軽く息を吐く。
戦う際に己を律するクレスの癖のようなものだ。

海賊達は強敵だ。
弱ければクレスの動きを捕らえる事すら出来ない。
油断などクレスにとってはありえない事ではあったが、今一度気を引き締めた。













第十三話 「オカマと友達」













「あらん……よく見れば良い男じゃない」


ルラージュがクレスを見て言った。
正直、気持ち悪かった。


「……オカマに言われても微塵も嬉しく無いっての」


クレスはルラージュを見て頬を引きつらせる。
ベンサムとで二人目だ。
なんだこの発生率は?


「うふうふふふふ……合格。貴方ならいい同士になれるわん。
 誇りに思いなさい。私がスカウトするなんて本当に一握りの人間だけなのよ」

「知るか!!」

「大丈夫、貴方なら良いオカマになれるわ。
 私のようにキューティクルでビューティフルなオカマになれるのよ!!」

「鏡見てみろ、そして自分の神経疑え」


クレスはげんなりと肩を落とした。
そんなクレスにロビンが、


「……お化粧してみる?」

「しないから!! まだ新しい自分を見つけたく無いから!!
 と言うか、ベンサムの時もそうだったけど何でそんなにオカマに寛容なの!!?」

「……それにしても、どちらも強そうね」

「スル―!!?」


そんな緊張感の無いやり取りをしていた最中であった。
会話や場の雰囲気と言うものを一切無視してマ―ルックが動いた。
緊張感は薄れていたが、気を抜いた訳ではない。
マ―ルックがクレスとロビンに襲いかかった瞬間にクレスが再び動き、ロビンがクレスを制した。


「私達が言うのもなんだけど。少し、無粋じゃないかしら?」


マ―ルックの全身を突如咲くように現れたロビンの腕が拘束する。
腕はマ―ルックの全身の関節を固定するように絡みつき動きを止めた。
こうなれば単純な力だけで向け出すのは難しい。


「女……てめェ悪魔の実の能力者だな」

「ええ。残念だけどこれで終わりよ」

「グニャニャニャニャニャニャニャ!!」


マ―ルックは笑った。
身動きが取れない筈の状態で、全く気にした様子も無く。
ロビンを甘く見ている訳では無かった。
ただ単純に余裕を持っていたのだ。


「────やってみろ。出来るならな」


絶対の自信の込められた言葉。
宣告のように言いきった。


「お望み道理に」


マ―ルックを拘束していた腕が一斉に動いた。
腕はマ―ルックを強制的に後ろへと限界以上に反らせる。


「────クラッチ」


マ―ルックはそれこそ本のように、頭がかかとに着くくらいまで折り曲げられた。
腰の関節を見事なまでに極められ、歪なオブジェのようにマ―ルックは動かない。
腰骨は人体において重要な位置の一つだ。
へし折られれば、歩行すら難しい。
もっとも、生きていればの話だったが。


「うふっふっふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ………!!」


船長の姿を見てのルラージュの一声は笑いだった。
酷く癇に障る。あざけりのような笑いだった。


「何がおかしい?」


不審に思いクレスが問いかける。
あそこまで完璧に人体を曲げられた姿を見てのルラージュの反応はおかしい。


「何がって……」



「────てめェらの驚く顔だよ」



ありえない筈の声。
その瞬間ロビンが腕を押さえ、小さく苦悶を漏らした。
拘束していた腕が捕らえていた者の無茶苦茶な動きに対応しきれず傷ついたのだ。
驚き、声の主を見た。
そして、クレスは一瞬でロビンの元へと駆けより全身を“鉄塊”をかけた。
尋常ならざる横なぎの一撃。
なんと、折り曲げられた体制のまま、腰を支点としての上半身全体を使っての攻撃だった。
受け止め、その直後に全身に響く衝撃。
それは、まるで鉄同士を打ち合ったような音だった。


「なっ!?」


その異常なまでに長い身体はクレスに当たった瞬間に、
グネリと人体の構造を無視して鞭のように曲がりクレスに巻きついた。
巻きついた腕はクレスを持ち上げ受け身を許さぬままに地面へと叩きつけた。
苦痛と共に息が漏れた。
クレスの “鉄塊” は完全ではない。最大効果は一瞬で、長くは続かない。
劣化した状態での“鉄塊”で攻撃を受けた。

しかし、クレスは痛みを無視しながらバネのように勢いよく起きあがり、
その反動を生かして相手に向けて強烈な一撃を喰らわせた。
しかし攻撃のあたった箇所がまたグニャリと曲がり、衝撃を完全に殺される。
それでいて脚に感じた感触は鉄のそれだった。

クレスは不利を悟り、不規則な状況で空を蹴り後ろに引いた。
そして改めて相手の姿を見る。
人間ではありえない、身体の硬度。そして柔軟性。
硬軟どちらをも持ち合わせた異常な身体構造。


「やはり……能力者かっ!!」


マ―ルックはロビンに極められた影響など皆無で、折れ曲がっていた身体を起こした。
横なぎの攻撃を加えたせいで、腰を中心として一周捻じれている。
しかしそれを気にした様子もなく。ぐるりと身体を一周させ体位を元に戻した。
目を疑う光景だった。


「グニャニャニャニャニャニャニャ………!!
 いかにも。オレは “グネグネの実” を食べた “針金人間” !!
 硬軟自在のこの身体は曲がって曲がれる強固な鋼鉄よ!!」


その能力はクレスとロビンにとっては最悪と言ってもいいものだった。
どんな攻撃を繰り出そうとも「打撃」「斬撃」「関節技」の範疇にとらわれる二人の技はマ―ルックに対して無力だった。


「なるほど……厄介だな、くそっ、
 つまりは打撃の衝撃は届かず。斬撃も身体硬度が鉄だから受け付けない。関節技に至っては論外か」


マ―ルックが攻撃する。
鞭のようにしなる鋼鉄の腕を巧みに操りクレスを叩きつぶそうとした。
だが、腕はクレスに直撃する間際にマ―ルックの腕はロビンによって止められる。
常人なら完全に封じ込められるであろうそれはマ―ルックには無効だった。
咲いた腕は全てロビンの腕なのだ。
不規則に滅茶苦茶に曲がる腕を拘束することなど不可能だった。
しかし、拘束時間は一瞬でもクレスにとっては十分な時間だ。

クレスはマ―ルックに向けて “剃” で真っ直ぐに駆けた。
そしてマ―ルックのガラ空きの胴に渾身の一撃を叩きつける。


「────六式 “我流” 閃甲破靡!!」


しかしクレスの “鉄塊” で固めた拳を支点としてマ―ルックの身体がまた、

曲がる。

最高の攻撃力を誇る技だ。ただの鉄ならクレスの攻撃は届いた。
クレスの拳は岩石を易々と砕き、鋼鉄にも破壊をもたらすだろう。
しかし、マ―ルックは曲がる事によってその衝撃を逃してしまうのだ。

しかし、クレスは動揺と言ったものを見せない。
クレスは突き出した腕とは逆の腕でマ―ルックを掴み空中を蹴り地面へと叩きつけた。
マ―ルックの身体は遠心力によって伸びきり全身を打ちつける。

しかし、マ―ルックは地面に着いた状態で脚だけを足首から折り返して、
槍のように尖った先端をクレスに向けて突き出した。


「!!」

「クレスっ!!」


クレスが予想だにもしなかった攻撃に驚き、それにロビンの叫びが重なった。
尖った脚先はクレスの首元を目掛けて飛ぶ。
掠っただけでも命に関わる凶悪な刺突。
マ―ルックの脚先はクレスの首元で止まった。


「あぶねえっ!!」


マ―ルックの脚先はクレスの両手によって動きを止められる。
しかし、これによりクレスに隙が生まれた。

マ―ルックは今度はエビ反りに曲がる。
異常なまでに長い身体はクレスの背中を取る。
そして無防備な背中に尖った指先を突き刺した。


「ぐっ!!」


背中に突き刺さる腕、クレスは強引に腕を払いマ―ルックを打ち付ける。
しかし打ち付けた一撃はマ―ルックの軟体な身体に阻まれる。
また、しつこいぐらいに 曲がる。
やはり攻撃は効いていない。
だが、マ―ルックをひきはがす事には成功した。


「面倒な身体しやがって……」

「グニャニャニャニャニャ!! そう悲観するな!!
 オレに立てついた全員が同じような事を思って死んでいったんだからな!!」

「嬉しくねぇよ、バカやろー」


背中を流れる血で濡らしながらクレスはマ―ルックの能力分析を行う。
予想通りこちらの攻撃が通じない。
ただでさえ鉄の硬度なのに、攻撃に対しては攻撃点を支点として曲がり威力を反らす。
中途半端な攻撃は通じず。渾身の一撃も効かない。
本来なら逃げる事を選択する事も可能だったが、荷物はどうしても取り返したい。
あの中には自分の持ち物はともかく、ロビンの研究成果も詰まっているのだ。


「考えているようで何よりだが、連れの女の心配は良いのか?」


巨体を感じさせること無く。その容貌に似合うことなく。
ロビンとクレスがマ―ルックに気を取られている隙に、素早くそして隠密に、ルラージュは移動していた。


「ロビン!!」


いち早く気づいたクレスが叫ぶ。
ルージュの姿はロビンの上空にあった。
クレスの声に弾かれるようにロビンは上を見た。
ルラージュは上空からロビンに向けて太い丸太のような腕を振り下ろそうとしていた。


「六輪咲き────っ!!」


能力を発動させルラージュの動きを止めようとした。


「ぬおおおおおおりやああああああああ!!」


しかし、咲いた腕はルラージュによって拘束する間際に強引に振りほどかれる。


「一つ言っといてやるよ。
 ルージュの野郎は若くて綺麗な女が大嫌いだ。特に男連れのな」


ルラージュは腕を無防備なロビンに向けて振り下ろす。
クレスはロビンのもとに駆けつけようとするがマ―ルックに阻まれる。

ロビンは迫りくる衝撃をから身を守るため腕によって不完全な盾を作った。
だが、それでもルージュの攻撃にどこまでもつか分からない。


「ひき肉になれや!! ゴラァアァァァアァァァァァァァァァァア!!!」


野太い。ゴリラのような雄たけびを上げてルラージュはロビンに向けて腕を振り下ろした。
マ―ルックの笑いが響き、クレスが目を見開く。
ロビンは苦しげにルラージュを見つめ、ルラージュはそれを見て凶暴に笑った。

ルラージュの腕がロビンを捕らえる瞬間────



「────白鳥アラベスク!!!」



ルラージュの横っつらを強烈に蹴り飛ばす者がいた。

ルラージュを横に弾き飛ばし、換わりにロビンの前へと降り立つ。
そして純白のコートをはためかせ、振りむきざまに親指を立てた。


「待たせたわねい」

「ベンサム!!」 「オカマさん!!」


ベンサムをクレスとロビンが驚きと歓喜で迎え、マ―ルックは怒りを見せた。


「次々にわらわらと……誰だてめェは!!?」


ベンサムはマ―ルックの問いかけに力いっぱい答えた。


「────友達(ダチ)!!!!」






[11290] 第十四話 「オカマと人の道」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 01:02
「助かったわ……ありがとう。オカマさん」

「いいのよう!! 気にすんじゃなーいわよーう!!
 だって、あちし達……友達じゃない!!」

「友達か……まぁ……良いか。
 ところで思ってたより遅かったけど、 何かあったのか?」


クレスの何気ない質問に、ベンサムの動きが止まった。
ゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと顔だけを動かし、汗をだらだらと流す。


「……な、何にも無かったわよう」

「何焦ってんだよ」


言えない。
ダンスのレッスンに集中しすぎて海賊が来たとは気づかずに踊り続けて、
海賊達に絡まれて初めて島の状況について知り、全力で走って来たなんて……


「…………」

「ま、まぁ二人とも無事で何よりよう!! がーはっはっはっはっはっはっは……!!」

「……後で話し合おうか、ゆっくりと」


クレスの言葉にベンサムの汗の量が増大するが、ベンサムはごまかすように更に大きく笑った。


マ―ルックは額の血管が浮かび上がらん程に怒りに満ちていた。
そして絞め殺すような視線でベンサムを見た。


「てめェが……オレの部下をのしたっていう野郎だな」

「野郎? ナッシンッッ!! あちしはオカマよ。オ・カ・マ!!」

「知るかバカ野郎!!」


ベンサムの冗談のような真面目な回答に怒りのボルテージがさらに上がった。
マ―ルックはルージュが吹き飛ばされた方向を見る。
そして、苛立ちながら声を張り上げた。


「ルラージュ!!! とっとと起きやがれ!!」


マ―ルックの声に呼応するように、ルラージュはその巨体をゆっくりと起こした。
そしてベンサムによって作られた傷をゆっくりと撫でる。
不意を打たれ無防備な状態で吹き飛ばされたのにも関わらずその身に大した問題はなさそうだった。


「わ、私の服が…… 特注で取り寄せた最新ブランドなのに……ああ、こんなに汚れて………
 何さらすんじゃこのクソがああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


否、ルラージュにとっては大問題だったようだ。


「ざまぁ見ろ、バカやろー」

「……しつこい人ね」

「あちしの “オカマ拳法” を喰らって立ち上がるとはなかなかやるじゃない」


ルラージュに対し三者三様の感想を口にする。
殺気を孕んだルージュに怯んだ様子は全く無かった。

ルラージュは猛烈な勢いで三人に迫った。
鬼のような表情にありったけの怒りを込めて拳を繰り出す。
クレスとロビン反応するが、二人よりも早くベンサムが動いた。


「どうぞオカマい拳!!」


ルージュの進行をベンサムが強引に押しとどめる。


「まずは貴様からかァ!! 良いわ!! 潰してあげるわん!! 覚悟しろゴラァ!!」

「がーはっはっはっはっはっはっは!! それはドゥーかしらねい!!
 クレスちゃん、ロビンちゃん、コイツはあちしに任せなさーい!!!」


地面を蹴りベンサムはルラージュに向けて二発目を叩き込む。
ルージュはそれを腕を盾にして防ぐ。そしてお返しとばかりに唸るような拳を叩き込んだ。
ベンサムはそれを見て、自分も同じように拳を合わせた。
二人の中心で衝撃が起こる。
それを受け、同時に引いた。


「ベンサム!! ギタギタにしてやれ!!
 コイツ、ロビンに手を出しやがった。負けたら殺す!!!」

「了ー解っ!! 朝飯前のタコパフェよーう!! あんた達もせいぜいがんばりなさ―い!!!」


ベンサムは再びルージュに向かって駆けた。
その口元に先ほどまでとは違う笑みを持って。



ベンサムがルラージュを引き付けたため、マ―ルックとはクレスとロビンの二人が対峙する。
しかし、状況が多少好転したとは言えまだ根本的な好転に至った訳ではない。
依然としてマ―ルックの “グネグネの実” に対する攻略がなされない。
ロビンとクレス、二人にとっての天敵となりうる能力に対し未だに有効打が打てないままだった。

しかし、そんな状況においてもクレスとロビンには一切の不安と言うものは無かった。
長年に渡り共に闘いぬいて来たパートナーだ。
この程度の状況など動揺に値しないとでも言うような自信が二人にはあった。


「しきり直しだな、針金男」

「第二ラウンドね」


そしてその自信はマ―ルックを苛だたさせる。


「調子に乗るな!! 直ぐに仲好く殺してやるよ!!」

「どうぞご自由に」 

「ただし……」


クレスとロビンは声を合わせた。


「「出来るなら」」













第十四話 「オカマと人の道」














「ラリアット!! ボンバー!!」


ルラージュの丸太のような剛腕がうねりを上げる。
触れただけで意識をと共に人間の身体を軽々と吹き飛ばすそれをベンサムは正面から迎え撃つ。


「アン!!」


右足の蹴り。
しかし、力比べでは圧倒的にルラージュに分があった。
ベンサムの一撃を強引に押し切り腕を振りぬいた状態でショルダータックルを喰らわせる。


「ぐべっ!!」


ルラージュの一撃を受けるもベンサムは衝撃を受け流すように宙に飛び、そのまま身体を回転させる。
太陽を背に、優雅に舞う。


「飛ぶ!! 飛ぶ!! 飛ぶあちしっ!!」


そして落下の衝撃と共にルラージュに向かって強烈な一撃を放つ。


「オカマ拳法 “あの冬の空の回想録” !!!」


ベンサムの攻撃はルラージュを捕らえた。
しかし、ルラージュは腕を交差させ脚を食いしばる。


「クラァァァァァァァァァァ!!!」


巨体な身体と合わせて山のように立ち塞がったルラージュであったが、
ベンサムの攻撃を捌ききれずに後ろへの後退を余儀なくさせる。
ガリガリと地面を削りようやくベンサムの進行が止まったところで交差させた腕を振り払った。
ベンサムは振りはらわれた腕をバネに距離を取る。


「うふん、貴方なかなかやるじゃない。このまま殺すのはおしいくらい」

「じょーだんじゃないわようっ!! 見てなさ―い!! あちしの本気はまだまだこれからよう!!」


ベンサムとルラージュの二人は互いに戦う内にその舞台を市街地の方へと移していた。
島の住民は避難したために、いつもなら賑わいを見せるこの辺りも今は静まりかえっている。
この場で音を出すのは二人だけだった。


「でもダメ、同じオカマをこの手で殺すのは悲しいけど貴方は私を怒らせた」

「同じ? ナーッシンッッ!! あちしの方があんたよりも上よーう」

「バカおっしゃい!! それなら、私が上に決まっているじゃないの!!」


互いに譲れぬのか目線を合わせ火花が散りそうな程睨み会う。
そして同時に拳を繰り出した。


「じゃぁ、勝った方が上ねい。 もちろん勝つのは あ・ち・し だけどねい!!」

「あらん、なかなか冴えてるじゃない。でも勝つのは私よ!! ゴラァアア!!」


互いに全力で他人から見れば不毛な諍いを続ける。
人間誰にも譲れぬ意地と言うものがあるものだ。
しかし、それを共感できるかと言えばまた別の話だったが。

二人の実力は伯仲していた。
力と技の破壊力ではルラージュが勝り。
手数と技の多彩さではベンサムが勝っていた。

ベンサムの猛攻をルラージュはその巨体に似合わぬ反射神経と身軽さで避ける。
そして、ベンサムに対してその凶悪な拳を振るう。
しかし、それで終わる程ベンサムは甘くない。
ルラージュからの攻撃を時には受け、捌き、堪える。
避けるルラージュに対して多彩な攻撃を遺憾なく発揮させ追い詰める。


互いに引かぬ均衡状態。
張りつめた糸のようにどちらも引く事は無かった。
二人がぶつかる度に片方が吹き飛ぶ。
そして立ちあがり相手を吹き飛ばす。
互いに小さくないダメージを負うも相手に向かい続ける。
人のいなくなった市街地を破壊しながら戦い続ける。
二人の攻防は止まることなく、災害のような被害をもたらしながら続けられる。


戦いは終わることは無いかと思われたが、天秤は一瞬で片方に傾いた。


「あ、ああっ!!」


壊れた街角に逃げ遅れたのか子供がいた。
その子供を見た瞬間ベンサムの顔に焦りが生まれた。
それに気づいたルラージュの顔が変わった。酷く残酷な、いたぶる楽しさを知る表情だ。

ルラージュは標的をベンサムから怯える子供へと変えた。
ベンサムはあろうことかルラージュに向けて背を向ける、そして子供を庇うように立ち塞がった。
この隙を見逃す筈もなく、ルラージュはベンサムの背中を激しく殴り飛ばした。


「ストレート!! ボンバー!!」


剛腕が大気を押し切るように振るわれる。
その拳はベンサムに直撃し、強烈な決定打となる。


「あらん、あっけないものね」


ベンサムは動かない。
子供がベンサムを心配し駆けよった。


「オカマのおじさん!!」

「あんた、来るんじゃないわよう!!」

「そうよ。その通り」


ルラージュがまた子供に向けて拳を振るった。
その拳が直撃する瞬間、ベンサムが子供を庇いまた吹き飛ばされた。


「子供如きを気にするなんて、オカマにあるまじきね。恥を知りなさい!!
 うふふふふ……!! うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」


ルラージュはベンサムをバカにするような笑みを浮かべた。
ベンサムはたかが子供如きを庇って勝機を逃した、これは笑わずには居られない。


「オカマのおじさん……また、助けてくれたのに……。ボク、ボク……!!」


子供は涙を浮かべた。


「バカねぃ、早く逃げなさい。……あちしは大丈夫よう」


血を流し満身創痍でベンサムは言う。
それは子供の目から見ても明らかな強がりだった。


「ざ・ん・ね・ん。じゃあ、ボクから先に死にましょうね」


ルラージュは満身創痍のベンサムを置いて、子供の方へと向かい拳を振るった。
子供は痛みを覚悟して目をつぶった。






ベンサムがこの子供と出会ったのは、子供がマ―ルックの部下達に絡まれている時だった。
海賊の足に子供がぶつかった。そんな理由だった。
海賊達は子供相手に武器まで取り出し子供が怖がるのを楽しんでいた。
その時近くを通りかかったのがベンサムだった。
ベンサムは海賊達を倒し子供を助けた。
子供はベンサムに感謝した。ベンサムはいつもの調子で答え、別れた。
ただそれだけの縁だった。






子供は固くつぶった目を開けた。
いつまでも痛みが来ないのに疑問を抱いたのだ。
子供の目線の先、そこにはルラージュの拳を満身創痍の身で受け止めるベンサムがあった。


「オカマにあるまじきですって? ふざけんじゃ、なーいわよう!!」


鬼気迫るベンサムにルラージュは気圧された。


「そこに子供がいて、助けたかったから助ける。当然じゃない!!
 まして、一度目は助けた子供を二度目は身捨てられる筈がないじゃないの!!」

「どうしてそこまでする必要があるの?
 私達オカマとは男でも女でも無い、もっとも “人” から外れた存在。
 貴方、オカマの癖に “友達” とか言ってたけど正直ばかばかしくて吹き出しそうだっ……」


そこまで言ったところでルラージュは強烈な蹴りを横っ面に叩き込まれた。
あまりの衝撃に思考が停止する。問答無用で吹き飛ばされた。
だか間違いなく攻撃をしたのは満身創痍の筈のベンサムだ。


「さっきまでの問答は無駄だったわねい。あんたとあちしじゃ次元が違う」


傷だらけの腕で、ベンサムは肩口につけていた白鳥の飾りを外しつま先へと装着した。
珍妙な外見とは裏腹な威力を秘めた、ベンサムの主役技だ。


「……お、オカマのおじさん」

「早く行きなさい。もう、ヘマすんじゃないわよう」


子供は大きくうなずき、深く頭を下げてから走り出した。

ベンサムは子供を見届けることなくルラージュに向けて向き直った。
吹き飛ばされたルラージュはふらつきながらも立ちあがった。
ありえない筈なのに、ベンサムの一撃は今までの中で一番重かった。


「次元? そうね。もはや一緒にされるのも腹立たしいわ」

「……あんたには言っとかなきゃいけないわねい」


ベンサムが動く。
満身創痍でダメージならルラージュよりも深い筈だ。
しかし、それを感じさせることは無くルラージュに迫る。


「───爆弾白鳥!!」


その時、ルラージュの中で強烈な悪寒が生まれた。
しなる白鳥の首、そして先端の鋼の嘴。
ルージュは感じるままにそれを避けた。
いつもの彼なら避ける事も可能だった。
しかし、そこで変化が生まれた。
先ほどの一撃が予想以上に効きすぎていた。
足が思ったように動かない。
そして、白鳥の嘴がルラージュを捕らえた。


「ぐっおっ!!?」


予想以上の攻撃。
蹴り如きの衝撃では無い。
脚の延長のような白鳥はベンサムの蹴りのパワーを集約させライフルのような威力を発揮した。
苦痛しか出てこなかった。


「男の道を逸れようとも、女の道を逸れようとも……」


さらなる一撃。
ベンサムの攻撃はこれ以上無い程にルラージュに響く。


「踏み外せないのが人の道だろうがァ!!!」


同じオカマでも、違う。全然違う。
ベンサムはオカマである前に “人” であると考え。
ルラージュは人では無く人と言う範疇に囚われない “オカマ” であろうとした。
ベンサムにはルラージュの考えなど分からず。
ルラージュにはベンサムの思考など理解できない。

相容れぬ二人の思想に正解など無い。
しかし、正しさの証明は───常に強き者がなすのだろう。


ベンサムはルラージュを大きく空中へと蹴り飛ばした。


「友情なめんな!! あんたなんかと一緒にすんじゃないわよう!!」


ベンサムは空中へと跳んだ。
確かな怒りを持って。
目の前の敵は、己が最も信じるものをくだらないと言った。
許せるはずがなかった。


「────爆弾白鳥アラベスク!!!」


渾身の全てをぶつけるような一撃。
意識も絶え絶えの状況でルラージュはトドメの一撃をくらった。
ベンサムの脚の延長となった白鳥の嘴は深くルラージュに抉りこむ。
ルラージュの巨体は吹き飛ばされ、いくつもの建物を突き破り地面へと横たわった。

ベンサムは倒れたルラージュを見て言う。


「最後にあんたから見て右がオスで左がメス。……オカマなめんじゃないわようっ!!!」


その勝利の意味は彼だけが知っていた。











あとがき
まさかの熱さに私もびっくりです。
本来ならギャグテイストで、
オカマ同士の変態対決を書くつもりでした。
恐るべし、オカマ。




[11290] 第十五話 「オカマと友情」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/12/20 01:02
「いい加減に……死ねぇ!!」


マ―ルックは苛立たしげに腕を横に振るった。
自由自在に曲がる、針金の身体を生かしての攻撃。
鞭のようにしなり、軌道の予測しにくい攻撃をクレスは潜るようにして避けた。


「ふんっ!!」


避けたクレスに対し、マ―ルックは振るった腕をさらに折り曲げ、変形させる。
横に振るわれた状況からの急激な縦への軌道変換。
不意を突く、予想外の攻撃の筈だ。

しかし、当たらない。
クレスは直前に横に地面を削るようにしてまた、避けた。
そしてその勢いを殺すことなく、稲妻のようにマ―ルックに迫りマ―ルックの足を払う。
刈り取るような一撃にマ―ルックの身体が宙に浮いた。
足もとから吹き飛ぶような衝撃だったが、マ―ルックは足を曲げ衝撃を殺す。


「沈め」


足が折曲がり、マ―ルックの身体が地面から離れた瞬間に、クレスは巧みにマ―ルックの体制を崩す。
襟元を引き、強引に身体を引き付ける。
そして、姿勢を崩したマ―ルックの頭部を握り潰さんばかりに、鍛え上げた指で掴んだ。
悲鳴を上げかねない、クレスの握力。
しかしマ―ルックの全身の硬度は “鉄” クレスの握力など、ものともしない。
マ―ルックは頭を掴まれた状況から身体を折り曲げる。
緩やかなアーチを描いた身体はクレスを襲う。


「───三輪咲き」


しかし、クレスを突き刺そうとした身体はその直前でロビンの腕に阻まれる。
ロビンの腕はマ―ルックの身体をクレスから引きはがす。
そして、そのままマ―ルックの身体を固定しにかかった。
マ―ルックはその瞬間、全身を波のように曲げる。
魚のようにうねる鉄の身体。
ロビンの腕はマ―ルックを抑えきれずに花が散るように消えていく。
しかし、ロビンの絶妙なサポートによりクレスは十分な時間を得た。
クレスは沈み込むかのように全身の体重を下へと移動させる。


「───六式 “我流” 寝頭深!!」


クレスは掴んだ頭部を強引に地面に叩きつける。
一切の慈悲の無い、地面ごと叩き潰すような攻撃。
その衝撃は、整備された街の道路を割り、マ―ルックの頭部が地面に潜り込んだ。


「……無駄だぁ!!」


その衝撃を受けてなお、マ―ルックは立ちあがった。
その身に傷は無く。口元を曲げ、顔の周りに着いた土を悠々と払う。


「ちっ、曲がら無ければ、多少は効くと思ったんだけどな」

「……呆れた頑丈さね」

「グニャニャニャニャ!! 言っただろオレの身体は “鉄” だってな。
 打撃はオレに関しては完全に無効だ。そろそろ諦めたらどうだ?」

「アホぬかせ、
 生憎と “諦め” なんてのはこの世で一番嫌いな言葉でね」


クレスは再びマ―ルックに対して構えた。


「へらず口を……」


無傷のマ―ルックに対して、深くは無いものの手傷を負ったクレス。
そして後方でクレスのサポートに徹するロビン。
この状況はこれからも変わらない。
むしろ、クレスとロビンに関して言えば、このまま状況は悪化する一方だろう。

マ―ルックの “グネグネの実” の能力は強力だった。
この能力は攻撃よりもむしろ防御にこそその真価が発揮される。
身体の硬度は “鉄” と同等。
しかし、それだけでいて全身のいたるところが柔軟に曲がるのだ。
クレスとロビンにマ―ルックを傷つける術は無かった。
先ほどの一撃もそうだ。

───六式 “我流” 寝頭深。

先ほどの技は本来、足を払い宙に浮かびあがった相手に対して、
足払いの勢いを殺すことなく、掴んだ腕によって勢いを倍増させ地面に叩きつける技だ。

しかし、それもマ―ルックの特異な身体の前に阻まれた。
ロビンのサポートがあったものの完成には遠く、十分な威力が伝わらなかった。

だが、絶望的な状況な筈なのにクレスとロビンの表情に悲壮感が現れる事は無い。
目の前の勝利を信じて疑わない、そんな印象を受ける。
むしろ、表情のみで言えば、圧倒的優位に位置するマ―ルックの方が優れない。



マ―ルックは苛立っていた。

うざったくてしょうがなかった。
傷は受けない。当然だ。
自分は針金。この能力を手にしてから今までに傷つけられたことは無い。
しかし、ここまで一方的に攻撃を受け続けるのは初めての経験だった。
対峙する、クレスと名乗った男のの動きは異常だ。
急に身体が硬くなったり、一瞬で移動したり、空中で跳ねたりと訳が分からない。
だが、様子からしてみればどうやら悪魔の実の能力者では無いようだ。
苛立たしい力だが、そこはあまり問題では無い。
問題なのは、変則的に繰り出す自分の攻撃を次々と避け、反撃してくることだ。
ありえないと思っていたがどうやら攻撃が見切られているらしい。
そして徐々にその猛攻は一方的になりつつある。これも、始めての経験だ。

そしてなお苛立たしいのは、後ろの女だ。
この女さえいなければあるいはもう決着はついていたのかもかもしれない。
見切られない不意を完全に突いた筈の決定打に限ってこの女がいちいち邪魔をする。
周りを飛びまわる小蝿のような男を叩き潰す機会をおかげで何度も逃した。
それだけでは無い。男との息の合った連携は何度も何度も自分を阻む。

そして、最も苛立たしいのが二人の表情だ。
負ける可能性など全く考えていない互いを信用しきった表情。

負ける気は全くしなかったが、何故だか勝てるビジョンが薄れていく気がする。

苛立たしい。

苛ついて、
いらついて、いらついて、
苛ついて、苛ついて、苛ついて、
いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、
苛ついて、苛ついて、苛ついて、苛ついて、苛ついて、
いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、いらついて、
   
          どうしようもなく苛つく。


故に曲げたい。
捻じ曲げたい。
歪み曲げたい。

あの信頼しきった、表情を絶望で染めたい。
男を殺し、悲しみにむせび泣く女の表情を見たい。
女を殺し、己を痛ましい程に呪う男の慟哭が見たい。

マ―ルックは興奮する己を自覚した。
表情を変える。
裂けそうそうなほどに、口元をゆがませる。


「さぁ………お前らも曲げてやるよ!!」














第十五話 「オカマと友情」













「!」


クレスは対峙するマ―ルックの変化に敏感に反応した。
今までよりもさらに深い、全身にまとわりつくような殺気だ。

───これは、本気で怒らせたようだな。
───まぁ、それならそれで良いんだけどな……

怒りと言うのは潜在能力を引き出す代わりに、冷静な思考を奪うことが多い。
安全装置を破壊するようなものだ。
性能は上昇するが、歯止めが効かない。
己では止められない。
故に御しやすい。


「まずはてめェからだ “男” !!」

「………そりゃ、どうも」


マ―ルックは全身を弓なりに曲げる。
そしてその体制から全身をしなりを生かし、伸び上がるように飛んだ。
マ―ルックの身体はどんどんと高度を上げ、空高くまで舞い上がる。
その高さはクレスですらも驚くほどだ。


「グネグネドリル!!」


空中にあるマ―ルックの身体が変形する。
足を槍のように尖らせ、そこを軸にして胸元まで身体を曲げ螺旋を描く。
腕は関節を完全に無視して曲がりプロペラとなった。
その姿は不細工な独楽のようだ。

変形が完了し、マ―ルックは全身を回転させた。
クルクルと徐徐にスピードを上げる、
それはやがて猛烈なスピードで回り、滅茶苦茶な回転数を叩きだす。
そして、そのままクレスに向けて、流星のように降下する。


「デタラメなのもほどほどにしとけっ!!」


さすがのクレスもマ―ルックの攻撃をまともに受けようとは思わなかった。
恐らく “鉄塊” で受けたとしても弾かれる。
下手すれば掘られる。それはまずい。

一直線にクレスに向けて降下するマ―ルック。
小癪なことに、腕で作ったプロペラが推進力を生みだし自由に方向を変えられるらしい。
クレスが避けようとしても後を追いかけてくる。
追跡式のミサイルのようだ。


「グニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャ!!」


マ―ルックの勘に障る笑い声。
最高潮に達したスピードでクレスに迫る。


「くっ!!」


凶悪な回転物体を、クレスは間一髪のところで直撃を避けた。
接触の瞬間に “剃” を使って距離を取った。

地面にブチ当たるマ―ルック。
回転する身体はいともたやすく地面をバラバラに破壊する───

───かに思われた。

マ―ルックが地面に触れたた瞬間にマ―ルックの脚がグネリと曲がった。
曲がり、今までの衝撃をキャンセルし、ありえないことに地面を蹴った。
そして今度は腕を先端として変形し、方向転換を果たす。
今度は足が推進力のプロペラだ。


「おいおいおいおいおい……!!」


マ―ルックは再びクレスに迫る。
回転の余波に巻き込まれた地面や障害物を弾き飛ばし、執拗に何度もどこまでも追ってくる。
格好としては、珍妙で締まらないが高速で回転する身体には手が出せない。

クレスは “剃” を使ってジグザグに移動しマ―ルックを撹乱する。
しかしそれもやがては追い込まれる。
正面には市街地の壁。
後ろには迫るマ―ルック。
それを見て、クレスは迷わずに壁に向かってスピードを上げた。


「らァ!!」


一足飛びで壁を蹴る。
そしてその反動で後ろへと大きく飛んだ。
緩やかな浮遊感を一瞬だけ味わい、
クレスは “月歩” を使い今まさに壁に向かうマ―ルックに迫った。

クレスを追いかけるとするなら、
マ―ルックの行動予測は先ほどのように壁を蹴り方向転換を果たす筈だ。
ならば、その瞬間には必ず回転数が落ちる。
クレスはそこを狙いマ―ルックに向かい拳を繰り出した。

しかし、その攻撃はマ―ルックに当たることは無かった。
マ―ルックは正面の壁をそのまま、身体の回転に任せぶち抜いたのだ。
ゴリゴリと、何の抵抗も感じさせることなく大穴が空く。
マ―ルックはそのままいくつかの壁に穴を空け続け緩やかに迂回する。

一種の削岩機と化したマ―ルックは相変わらずの回転数でクレスに迫り、

何故か、クレスの横を通り抜けた。

特にクレスの姿を見失った訳でも無い。
しかし、確固たる意志を持って進んでいた。


「お前っ!! 待てコラァ!!」


マ―ルックの狙いに気づいたクレスが全力でマ―ルックを追いかける。
その方向はまずいのだ。


「グニャニャニャニャニャニャニャ!!!
 止めだ!! 止め!! もういい、曲げる!!
 てめェは後回しだ “男” !! まずはお前からだ “女” !!!」


マ―ルックは標的をクレスからロビンに変えた。
そしてその選択は正しいと言えるだろう。
身軽で素早いクレスを捕まえるよりも、
能力者ではあるが遠距離攻撃を基本とするロビンを捉える方が簡単だ。
そして厄介種であるロビンの能力も高速で回転するマ―ルックには手が出せない。


「曲げちまったな!! 良いねぇ!! やっぱり最高だぁ!!」


マ―ルックの気分が高揚していく。
余裕ぶっていた男の焦る声。その声が聞きたかった。
そして、これから女を殺す。
そうすればどんな顔を見せてくれるのか。
早くその顔を捻じ曲げてやりたい……!!
マ―ルックはこれから殺そうとする女の顔を見た。


「!」


そして、愕然とする。
女はまるでその表情を変えていない。
まるで迫りくる死の危険を感じていなかった。


「大丈夫。
 ……だって、クレスがいるから」


ロビンに激突する直前に、高速で回転するマ―ルックの後ろにクレスが追いついた。
そして両腕を “鉄塊” で硬め、推進力を生みだしている足を掴んだ。
クレスの腕に千切れそうな程の痛みが襲う。
無理もない。高速で回転する歯車を無理やり止めたようなものだ。
しかし、その痛みをクレスは歯を食いしばり耐える。
弾かれそうな指に力を込め、そのまま全力で回転とは逆の方向へと捻った。

マ―ルックの身体に歪な変化が生まれた。
先端と末端で真反対の回転が起こった為に中心からほつれるように捻じれていく。
そして錐揉みするように回転が止まりマ―ルックの進行も止まった。


「はぁっ!!」


クレスは痛む腕を無視してマ―ルックを放り投げる。
投げられたマ―ルックは頭から街の建造物に激突し叩きつけられる。


「ありがとう」


微笑むロビン。


「当然」


クレスはそれに言葉通りに、当たり前だといった様子で答えた。



「ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


マ―ルックが瓦礫の中から立ち上がった。
その姿はもはや異形と言うほかない。
あちこちを無茶苦茶に曲げられた為に、そこらじゅうが捻じれている。
そしてクレスによって叩きつけられたために不気味に身体が二つに折れている。
しかし、本人にはダメージが無い。
全身をゆっくりと元の身体の形へと戻していく。
もはや、バカバカしいまでのの頑丈さだ。


「許さん!! 絶対に許さん!!
 必ず殺す!! 絶対だ!! 絶対にその顔を曲げてやる!!」


殺気を放つマ―ルックをクレスは先ほどよりも冷静になって見つめた。


「とっとと諦めやがれ!!
 お前らではオレには傷をつける事すら出来ないんだよ!!」


その通りだ。
試行錯誤の結果、
恐らくクレスとロビンにはやはりマ―ルックを傷つける術が無いことが判明した。


「……そのようだな。
 残念だが、現状オレ達にお前を傷つける術は無い」

「なら、とっとと……」

「───だが」


クレスはマ―ルックに、それがどうしたと言わんばかりに言った。


「お前に勝てない訳じゃ無い」


傷をつけられない。
確かに絶望的な状況だろう。

───しかし、それだけだ。

傷つける方法と勝利と言うのは絶対の方程式によってつながりはしない。
要は勝てばいいのだ。


「なら、やってみろ!!」


マ―ルックはクレスの言葉を張ったりだと斬って捨てる。
傷つけずに勝つ?
面白くも無い冗談には失笑こそがふさわしい。


「まぁ、見てろって……」


クレスは腰元に下げたサイドバックに手を伸ばす。
クレスが普段から携帯するこの鞄には主に携帯用の狩り用具が入っている。


「ふふっ……なるほどね。
 なら、サポートは任せて」


ロビンはクレスの動作だけでクレスの考えを読んだ。
確認の必要は無かった。

クレスは “剃” によって高速で真っ直ぐに移動する。
直線距離の移動はクレスの速度を最も生かす。
マ―ルックには目視不可能なスピードで迫り。
地面を軽く蹴った。


「?」


クレスはマ―ルックの上空ギリギリを飛び越えた。
疑問思うマ―ルック。
しかし、その答えは直ぐに表れた。


「ぐおっ!!」


鈍く光る、鉄線。
それがマ―ルックの上半身を捕らえた。
マ―ルックの身体が後ろに反らされる。
しかし、それは今までのまき直しだ。
マ―ルックの身体はグネリと本のように折り曲がる。
鉄線はマ―ルックを抜け後ろに流れた。

その瞬間、ロビンの腕が咲いた。
ロビンの腕は、後ろに流れた鉄線を掴む。
そしてその鉄線で二つに曲がったマ―ルックの身体を縛り始めた。
驚愕するマ―ルック。
直ぐに身体を戻そうとするが、現れたクレスによってまた身体を曲げられる。
そして、曲がったところをまたロビンが鉄線で縛った。
それが連続で行われる。
クレスは片っ端からマ―ルックを殴りつけ折り曲げる。
ロビンはそれを決してほどけぬように固く縛った。
満足な反撃も出来ず、マ―ルックはその暴挙に晒されるしか無かった。


マ―ルックの能力には弱点と言うべき性質があった。
本人でも気付いていない性質だ。
マ―ルックの身体は “針金” マ―ルックはもちろんそれを自信が望むように曲げられる。
しかし、この身体は衝撃の度には反射のようにマ―ルックの意志とは関係なく曲がる。
この性質がマ―ルックの対物理防御を強固なものとしているのだが、
つきつめれば、本人の意思とは関係無く、より強い力に従うと言うことになる。
クレスはその性質に勝機を見出した。


やがって曲げるような箇所も無くなり、マ―ルックは歪な形状となった。
しかし、これでも彼には傷は無い。
その点では驚嘆に値するが、それゆえのこの姿はいささか滑稽だった。


「よっと、完了」

「これからどうしようかしら?」


ニヤリと、マ―ルックにとってはこれ以上無い程の悪魔の笑みをもって二人は笑う。
全身に絡みついた鉄線はいたるところで複雑に絡み合っていて抜け出すのは不可能だ。


「まっ、待て!! オレが悪かった。
 今決めた!! 曲げる!! お前達を殺すことは止める!!
 この島からも撤退する!! だから……!!」

「助けてくれなんて、カッコ悪い事言わないよな?」

「ふふふ……酷い人ね」


と言いつつも、ロビンも見逃すつもりは全く無い。


「曲げる、曲げたと、そう何度も自分を曲げんのもカッコ悪いだろ?
 だからせめて、最後ぐらいは真っ直ぐと自分を貫けや」

「あなたの主義には反するかもしれないけどね」


マ―ルックが悲鳴を上げようとした瞬間。
地面から港の方向に向かってロビンの腕が咲き乱れた。
それはまるでレールを敷くようであった。
港までは一本道。
遮るものは何もない。


「───百花繚乱 “大飛燕草”」


ロビンの腕がマ―ルックを掴んだ。
そして地獄へと誘うかのようにマ―ルックの身体を運んでいく。

クレスが走り出す。
ロビンの腕で運ばれるマ―ルックよりも僅かに遅れて、
徐々にスピードを上げて並走する。


「良い旅を、針金男さん」


レールの端でロビンがマ―ルックを放り投げた。
宙に舞うマ―ルック。
そこに並走していたクレスが現れる。


「六式 “我流” ──────」


前方には遥かに広がる青々とした海原。
能力者にとっては共通の弱点だ。

マ―ルックの悲鳴を無視して、
クレスは空中でロビンが放り投げた勢いを殺すことなく、
両足に彼を乗せ、全身を使い、投げると言うよりも吹き飛ばすと言った威力で振り抜いた。


「─── “焔管” !!」


空中での急加速を受けたマ―ルック。
針金の全身も拘束されたために、満足に衝撃を逃がせない。
為す術も無く、マ―ルックは澄み渡る海原へと飛んでいく。
その姿はやがて、クレスとロビンの視界から消えた。


「有言実行。まぁ、こんなもんだろ」


軽やかにクレスは地面に降り立つ。


「お疲れ様」

「お互いにな」


そしてロビンと共に勝利を分かち合った。






クレスとロビンがマ―ルックを、ベンサムがルラージュを倒したことによって街に残っていた海賊達は海へと逃げ帰った。
海賊達は奪った金品を船に積み込むことなく、
港の広場に山積みにしたまま逃げ出した為に街の人間は胸をなでおろした。
街では海賊達にあらされた街並みの復興が進んでいる。
元通りの活気が戻る日も近いだろう。

しかしこの島の住人達は知らないままだった。
誰もが思う疑問。
海賊達を追い払ったのは誰かということだ。

皆が対岸へと避難したために目撃者はいなかった。
憲兵達も全員意識を失っていたために分からないと言う。
そんな中で一人の子供がオカマに助けられたと主張するが、それを真に受ける者は少なかった。



「お前まで付き合うこと無かったのに」

「気にすんじゃなーいわよう!!
 戦ったのはあちしだけじゃないんだから、
 あんた達が秘密にしたいって言うならあちしもそれに倣うわよう!!」


クレスとロビンは立場上、海賊団を打ち払ったことを伏せていた。
そこでベンサムに手柄を譲ろうとしたのだが、ベンサムはそれを拒んだのだ。


「まぁ、お前がそれでいいなら良いんだけどな……」

「あんた達の方こそ本当によかったのう?
 船長を倒したんだったらきっと名も上がるんじゃない?」

「私達は荷物さえ取り返せたらそれでいいの」


クレスとロビンとベンサムは港へとやって来ていた。
もうそろそろ事後処理のためにやってくる海軍が到着するだろう。
そうなれば、クレスとロビンはこの島にはいづらくなる。

船は荒らされていたが、幸い内装だけだった為に運航は可能だった。
ログポースは新たな島を指し示し、旅の準備も整えた。
二人はこの島から出ることを決めた。


「見送りありがとう」

「がーっはっはっはっはっはっはっは!!
 当然じゃない。ダチを見送らずはオカマに非ずよう!!」


ベンサムとはこの島で別れる事になった。
何でも向かわないといけないとこがあるらしい。

だが、それで良いのだろう。

クレスとロビンには二人の道が、
ベンサムにはベンサムの道があるはずなのだ。



「ありがとうオカマさん」

「世話になったな、ベンサム」


クレスとロビンはベンサムへと向き直った。
なんだか照れくさい。
二人にとっては誰かに見送られるのは初めての経験だった。


「なーによう改まっちゃって!! 
 あんた達元気でやりなさいよう!! また会いましょうねい!!」


クレスはベンサムに向けて手を差し出した。
なんとなくこうするものだと思った。
ベンサムはその腕をゆっくりと震えるように取った。


「これが……友情の果てに咲く、友の花!!
 あちし悲しい!! でも泣かない!! だって必ずまた、あえぶぼの……!!!」

「のあっ!! 鼻水っ!! ハンカチ貸すから顔を拭け!!」

「ふふっ……クレスも少し涙ぐんでる」

「なっ!! そ、そんなはずは無い!!」


ベンサムを港に残し、二人は船に乗り込んだ。
頬に当たる風が冷たくて気持ちいい。
空を見れば雲が穏やかに流れていた。


「さよならは言わないわよう!! 
 仲良くやりなさい!! クレスちゃん!! ロビンちゃん!!」


錨を上げ、船がゆっくりと港を離れていく。
港では相変わらずベンサムが大声で腕を振っていた。
この海を渡って行けば、いずれきっと再開できる。
そんな気がした。


「ああ!! お前も元気でやれよ!! そして、いつかまた会おう!!」

「オカマさんもお元気で」







風は南南西。
船は二人を乗せ順調に前に進む。












あとがき
これで中編は終了です。
いやぁ、ボンちゃんは書いていて楽しかったですね。
ちなみに、「寝頭深」は「ねずみ」「焔管」は「えんかん」です。

実はそろそろ第二部も終わりです。
それに準じて浮かび上がってきた問題点を修正してい来きいと思います。
更新スピードは落とさないように心掛けたいです。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、
これからもどうぞよろしくお願いします。



[11290] 最終話 「洞窟と水面」 第二部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2009/11/04 22:58
───肌寒い風が流れている。


グランドラインのとある島の洞窟の中にクレスとロビンの姿はあった。

薄暗い中を足元を確かめるように進んでいく。
隔絶された洞窟内には太陽の光は届かない。
光の届かない空間だが真っ暗だと言う訳ではない。
洞窟内のあちこちが淡い光を放っている。
蛍石と言われる光を発する鉱石のおかげだ。


「綺麗……だな」


クレスがぽつりとつぶやいた。
声は洞窟の中で反響し優しい余韻を残した。


「どうしたの? 」

「いや……真昼間だってのに、洞窟の中が夜だとしたらまわりの光が……」


クレスの言う通り、時刻はちょうど昼過ぎを回ったところだ。
洞窟の外では太陽が地上を活発に照らしている事だろう。
島の季節は夏。刺すような陽光だ。


「星……みたいでさ」


真面目な顔でクレスは言った。

確かに、夜のような暗闇の中で小さくも強い光を放っている情景はそうも見えなくは無い。


「ふふふ……」

「……なんだよ」


思わず笑いが零れてしまったのは仕方ないとロビンは思った。


「だって、クレスが言っても似合わないもの」

「なっ!」

「ふふふふ……ごめんなさい。
 でも……クレスは意外にロマンチストだものね」

「悪かったな、意外で。
 どうせオレは流れ星を見かけたら反射条件のように願いを呟きますよ」

「星座も詳しいものね」

「ほっとけ」

「七夕の日にてるてる坊主作ったり」

「うるさい。……雨降ったらもったいないじゃねぇか」


そう言うとクレスは黙り込んでしまう。
拗ねてしまったようだ。
そっぽを向く姿は子供の様でかわいらしい。


「ごめんなさい。怒った?」

「別に……怒ってなんかない。
 まぁ、似合わないってのも事実だしな。
 あ、そこ気をつけろ。滑りやすいから」


クレスが指したところを避ける。
前を歩くクレスの背中は大きくて頼りになる。
昔から、こうして危険な道を探検をするときはクレスが先導してくれた。


「ありがとう。
 でも、私は嫌いじゃないわ。クレスのそういうところ」

「そう言うところって、ロマンチストなところか?」

「ええ。少なくとも、つまらないリアリストよりもずっといいと思うわ」

「そりゃどうも」


そして、二人、星のような光が照らす洞窟内を歩く。
クレスに倣うなら、星の中を歩いているとでも言うべきなのだろう。
静かで、綺麗な星粒だ。それが燐光のように浮き立っている。
月が無いのが残念だと思った。

……もしかしたら自分もクレスのことを笑えないのかもしれない。

そんな事を思い、ロビンは口元に柔らかい笑みを作った。














第十六話 「洞窟と水面」














クレスとロビンが辿り着いたのは、寂れた雰囲気の島だった。
石造りの家々が立ち並ぶ街並みが美しい島だったのだが、人々に活気というものは無い。
その日、その日を、無気力に細々と暮らしている。
そう言う印象を受けた。

街の中心にはかつては繁栄を誇ったであろう巨大な城跡があったが、
時が経ち、ロクな手入れもされずに放置されていたため、風化し、かつての美しい景観を垣間見る事が出来なかった。
もしかしたら、いつかは、誰からも完全に忘れ去られてしまうのかもしれない。
盛者必衰と詩人のように衰退を詠う者もいるだろうが、少なくともクレスとロビンはそういった気分にはならなかった。

建物と共にそこにあった歴史や当時の人々の思いまで消えていくのはとても悲しいことだ。
だからと言う訳でも無かったが、ロビンは遺跡の調査を行うことにした。
遺跡と言うものには種類を問わずに興味をひかれる。
建造物などは劣化が激しく、調査は困難を極めたが、予想外の手掛かりを掴むことが出来た。

意外だったが、どこか、確信のようなものを感じた。

そして、街の人間に聞き込みをおこない。
島のはずれに、古くから伝わる洞窟があることを突き止めた。

クレスとロビンが洞窟の中を進むのには当然理由がある。
二人が到着したのは島には、二人が求めるものがある可能性があった。
二人が長年に渡り探し続けて来たもの。


───歴史の本文。


それが、この先にある予感がした。






クレスとロビンは洞窟内を進む。

洞窟探検───ケイビング。

洞窟の探検は本来困難とされている。
最悪の場合、酸欠や事故によって死に至る。
それは洞窟内の構造が複雑なことに起因していた。
極端な狭洞に行く手を阻まれることもあれば、そびえたつ洞壁を登らなければならないこともある。
そして、洞窟によっては光の届かない為に真っ暗闇の中を僅かな明かりを頼りに進む必要も出てくる。
暗闇の中、迷子になればそう簡単には出られない。

洞窟は自然が育んだ景観の一つだ。洞窟に挑むことは山や海と同じで自然に挑むことに等しい。


それを踏まえれば、クレスとロビンが現在進む道の難易度はそれほど高くは無かった。
洞内は広く進みやすいし、日の光は当たらないが蛍石のおかげでライトもいらない。


「毎度のことだけど、疲れたら言えよ」


クレスがロビンを気遣う。
洞窟内は温度が低く、農産物を保存する例もある。
中には、巨大な氷柱が発見されることもあるのだ。
寒さは人からたやすく体力を奪う。
だから、無理をして休むのを怠れば痛い目をみる。


「わかってる。でも、まだ大丈夫よ」


嘘では無い。
そのことに関しては正直にクレスに従うつもりだ。
探検やサバイバルに関してはクレスの方が専門家だ。
誰かから教授した訳ではないが、その腕は間違いなく一流だった。
ならば、その指示に従うのは当然だろう。


「洞窟探検か……昔を思い出すな。
 覚えてるかロビン? 初めて洞窟に入った時の事」

「ええ」


過去にも何回かクレスとロビンは洞窟を進んだ。
洞窟は考古学にとっては定番のようなものだ。


「始めて入った時、暗闇を怖がって泣きそうになってたしな」

「……そんなこともあったわね。あの頃はまだ暗いのがダメだったもの。
 たしか、あの時はクレスが脅かして大声を出したら、びっくりして泣いちゃったのよね」

「いや、あの時はさすがに悪かったと思う」

「それだけじゃないでしょ」

「ん?」

「その後、クレスの大声に反応した蝙蝠達が一斉に襲ってきて二人で逃げたじゃない」

「あ、ああ……そ、そうだったな。
 さすがにあれは焦ったわ。お前を抱えて本気で走ったからな」

「尋常じゃなかったわね」

「その後、ボス蝙蝠と戦ったしな」

「大スペクタクルだったわね」

「勝利して、仲良くなったしな。仲間思いの良い奴だったし」

「感動ね」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「…………………ごめんなさい」


今だからこそ笑い話だが、当時は大変だったのだ。
一斉に襲って来た蝙蝠は本当に怖かった。
しかも、ボス蝙蝠は当時のロビンの何倍もあったのだ。
洞窟内に響く、無数の羽ばたき音の中に混じった一際大きな羽ばたきの音が無性に不気味だった。



慎重に、時には楽しげに会話を交わしながらクレスとロビンは洞窟内を進んだ。
途中にこれと言った障害は無かったのだがある程度進んだときに、前を歩いていたクレスが立ち止った。


「まずいな……」


クレスの前には川があった。
それが進行方向に向けてずっと続いている。
そしてだんだんと天井も低くなって来ていた。
まだ、水深が浅いのが幸いだった。

洞窟探検には危険が付きまとう。
特に厄介なのは洞窟内に水が流れていて、その中を進む必要がある場合だ。
能力者のロビンにとっては海や川などの水の溜まった場所は何よりの弱点だ。
泳げない為に、足を滑らせれば命に関わる。


「どうする? 進むか?」


クレスはロビンに問いかける。
この道がロビンにとってどれだけ危険なのかはクレスは十分に分かっている。
しかし、この先には “歴史の本文” の手がかりがあるのだ。
その事についてはおぼろげでは無く、十分に信頼できる確証だった。
だからクレスは問いかけた。
引き返すことを提案したいのだろうがロビンに判断を委ねた。


「ええ……お願い」

「……そう言うと思ったよ。
 ただし、無理だったったら引き返すからな」


クレスは予測していたのか、しょうがないと言った様子で答えた。
その事に申し訳なさを覚えつつも、ロビンはこの先にある遺跡に思いを馳せた。
グランドラインに入っての初めてにして最大の手がかりだ。
“西の海” ではどんなに探しても見つける事の出来なかった、自分達が求めるものがそこにあるかも知れないのだ。
いや、かなりの可能性でそこにはある。長年培った、考古学者としての勘がそう告げている。
期待も膨らむ、危険を犯す価値もあった。



浅い水の中を二人は進んだ。
一歩一歩を踏みしめるように慎重にだ。

水が浅くて助かった。
余りに多いと能力者のロビンは動きをかなり制限されるのだ。
クレスは終始心配そうだったが、進むことに問題は無かった。

しかし、それもだんだんと困難になっていく。
水深がだんだんと深くなって来ているのだ。
初めは足首辺りまでしか無かったのだが、徐々に深さが増し、現在は太ももの辺りを越えた。

ロビンの身体に変化が現れる。
全身の力が抜けていき、一歩を踏み出すのが酷く辛い。
息も自然と荒くなっていった。

能力者になったことによる弊害だ。
海に嫌われカナヅチとなったロビンにはこういった環境はかなり厳しい。

だが、それでもロビンは前に進もうとした。

前には、探し求めていた手がかりがあるのだ。
こんなことで、立ち止まれない。
それに、クレスにも迷惑をかけているのだ。
まだ行ける。能力者だからって甘えていられない。


「……アホ」


いつの間にか、クレスは立ち止まりこちらを向いていた。

クレスはロビンに近付くと軽々とロビンを抱え上げた。
何の負担を感じさせることも無く、当然のように易々とロビンはクレスの腕の中に納まった。


「疲れたら言えって、言っただろ」


呆れたようにクレスは言った。


「……ごめんなさい」

「……謝る必要はない。悪い事した訳じゃないんだから。
 だいたい、海が苦手なのは別にお前のせいじゃない」


昔のように、クレスが優しくもぶっきらぼうに諭す。

ロビンは目を伏せた。
昔からクレスには迷惑をかけてばかりだった。


「あそこにちょうど陸地があるから、そこで一端休もう。オレも疲れてきた」



クレスとロビンの二人は岩の上で火を起こし暖を取った。
洞窟内の水は冷たく、体温が低下していた。
異常なまでに丈夫なクレスは大丈夫そうだったが、ロビンは別だ。
このまま強硬に進んでいたら危険だったかもしれない。

ロビンが休む間に、クレスは一人でこの先の様子を見に行くことにした。
この先に遺跡があるのならば、どうにかそこまで辿り着きたい。
しかし、道が水の中ならば二人で進むのは危険だ。
最悪の場合、後戻りをしなくてはならない。
ならば、クレスが先行し様子を見てからその道のりによって、その後の行動を決めるのが賢明だ。


「出来ればメシでも作っといてくれ、腹減って来たから」

「分かったわ……気を付けてね」

「了ー解」


クレスはすいすいと洞窟内を進んで行き、やがて見えなくなった。

ロビンは一人岩場に取り残される。
ロビンは足を投げ出し、ゆっくりと目を閉じた。
星空のような明かりは完全に消え、目に映るのは暗闇だけだ。

今回はクレスに迷惑をかけないようにするつもりだったが、無理みたいだ。

謝る必要は無い。
お前のせいじゃない。

クレスは言った。
でも、迷惑をかけているのは事実だった。

疲れて来た。
腹が空いた。

どちらもおそらく嘘だ。
クレスなりに気を使ってくれているのだ。


「ダメね……」


ロビンの声は僅かに響いた。



嘘であろうが、お腹が空いたとクレスが言ったのだ。
料理を作るのは当然だろう。
ロビンはクレスが背負っていた鞄の中から小さな鍋を取り出し、簡単なスープを作った。
スープが煮立ち、湯気が立ち上り始めた時に、クレスが帰って来た。

クレスは水の中から上がると、濡れた服を絞った。
何故か髪の毛までビショビショだった。


「どうしたの……? づぶ濡れじゃない」

「いや、十分ほど地底湖を潜っただけだ。
 うおっ! 寒っ!! おっ、料理作ってくれてたんだ。ありがとう」


クレスはロビンの作ったスープを器によそい、おいしそうに食べる。


「潜ったって……」


ロビンはクレスがサラりと言ったことに驚く。
相変わらず、物凄い身体能力だと思う。

特に潜る為の装備を準備していた訳では無い。
クレスは素潜りで、ダイビングの中で最も危険と言われる洞窟潜水をおこなったのだ。


「いや、それほど難しい訳じゃ無かったぞ。
 蛍石のおかげで視界の確保は簡単だったし、極端な狭洞があった訳でも無かったしな」

「それで……どうだったの?」

「ん?」

「遺跡の事よ」

「ああ……」

「……どうだったの?」

「そんな事より、おかわりくれないか? 腹減ってしょうがないんだ」

「えっ……ええ、わかったわ」


ロビンはクレスに違和感を覚えた。
何かを隠しているようなそんな様子だ。


「いや、相変わらずおいしいな。
 インスタントの食材でここまでおいしく作れるのはすごいと思うぞ」


クレスは相変わらず笑顔のままで食事を続ける。
張りつけたような笑顔だった。


「それにしてもこの辺は綺麗だよな。夜みたいだし、少し昼寝でもしようかな」


やはり感じる僅かな違和感。
それはどうしようもない不安に変わる。


「クレスっ!!」


気付けばロビンは叫んでいた。
何か嫌な予感が頭から離れない。


「……どうしたんだロビン? そんな大きな声を出さないでも聞こえてるぞ」

「どうしたのクレス? 帰って来てから様子がおかしいわ」

「気のせいだろ? オレはいつもこんな感じだぞ」

「誤魔化さないで、何を隠しているの?」

「……隠すって、何を隠す必要があるんだよ」

「じゃぁ、向かった先で何があったのか教えて」

「どうしたんだ? 何時ものお前らしく無いぞ」

「らしくないのはクレスの方よ。 
 洞窟の先に何があったの? ………お願い、教えて」


ロビンはクレスに詰め寄った。

クレスの様子がおかしいのは間違いない。
いつものクレスなら真っ先に結果を報告してくれる筈だ。
その結果の如何に関わらず正直にありのままを伝えてくれる。

だけど、今回は違う。
先延ばしにして、うやむやにしようとしている。
クレス自身も考えあぐねているみたいだ。

何があったのかは分からない。

でも、どんな事だったとしても信頼して伝えてほしいのだ。


しばらくの間、互いに沈黙する。
あたりには水のせせらぎが洞内に響き、静かに流れる。
二人の視線は合わさらない。
ロビンからクレスが逃げるように目を反らしていた。


「っ! ああ!! くそっ!!」


沈黙を破ったのはクレスだ。
彼は苛立ちげに髪を掻き回すとロビンに頭を下げた。


「……すまない。オレもどうすればいいのか分からなかったんだ」


クレスは少しづつ、言葉を選ぶ様に話していく。


「遺跡らしきものはあった。 詳しくは……分からなかったけどな」


言葉を濁している様だった。


「遺跡はちゃんとあったの?」

「……ああ。あるには在った。でもたどり着くことは無理だ」


どうして? 
と言葉を紡ごうとして直ぐにその理由にいきあった。


「……水の中にあるのね」


クレスは一瞬だけ迷うように答えた。


「惜しいけど違う。
 遺跡は地上にあったんだが、たどり着くまでには水の中に潜らなければいけなかった」


しかし、ロビンにとってはどちらも変わりは無い。
どちらにしても一人では向かうことは出来ない。


「一応、ほかにも入り口が無いか探したけど、それらしいものは見つから無かった」


再び沈黙が降りた。
それはロビンにとっては余りにも残酷な事実だ。
グランドラインに入って初めてにして最大の手がかりを前にして、この状況は歯がゆすぎる。
カナヅチである事を呪いたくなった。


「……悪い事は言わん。今回ばかりは諦めた方がいい。
 これで最後な訳じゃないんだから探せば他の場所が見つかるさ」


慰めるようにクレスはロビンの頭に優しく手を置いた。

そんなクレスにロビンはわずかな引っかかりを感じていた。
クレスは嘘はついてはいないだろう。
しかし、まだ肝心なことを話してない。


「……潜水する時間はどれくらい必要なの?」

「五分だ」


ロビンには想像もつかない数字だ。
しかし、引き下がることは出来ない。
ロビンは一瞬の逡巡のあとクレスの瞳を強く見つめた。


「お願い……連れて行って」

「……バカ言うな。 今回ばかりは無理だ。リスクが大きすぎる」

「ワガママを言ってるのは分かってる。……でも、諦めきれないの」

「それでもダメだ。遺跡は他にもあるんだから、今回はこれまでだ」


正しいのはクレスなのは分かっている。
自分が子供のように彼を困らせているだけ。
でも、どうしても気持ちの整理がつかないのだ。


「……クレス、お願い」


ロビンの声は小さく、震えるように響いた。


「…………ダメだ」

「じゃあ、クレスは何を隠しているの!!?」


ロビンが声を張り上げた。
いつものように冷静ではいられなかった。
先程からはぐらかされ続けていることだ。
今まで、こんなことは無かった。


「……………………」


クレスは何も言わない。
あくまで話すつもりは無いようだ。


「……クレスが話してくれないなら私は分からない。クレスは遺跡で何を見たの?」

「……………………」

「……どうして、私を遺跡から遠ざけようとするの?」


いつもとは違う様子、歯切れの悪い回答、肝心なところは話さない、リスクだけを告げる。
どれもが一つに結びつく。

クレスはこの水面の向こうに何を見たのか。
それは、そんなにも自分には見せられないものなのか?

ロビンの訴えにクレスは小さくも長いため息をついた。


「…………わかった」


長い、ロビンには永遠にすら感じる時を経てクレスは絞り出すように答えた。


「ただし、気をしっかりと持て。
 ……オレの口からはこれくらいしか言えない」


その言葉には、諦めと悔しさが含まれていた。



能力者のロビンが水の中に入る事など初めから想定していない。
もちろん、専門の道具など持ってはいない。
だから、クレスは持ちうる装備で最大の効果を引き出すことにした。
クレスはともかく、下手をすればロビンの命に関わる。
慎重に細心の注意を払いロビンが潜水するための準備をおこなった。


「ゆっくり深呼吸しろ。
 気持ちを落ち着かせて、全身の力を抜く、リラックスすることだけ考えろ」


ロビンは現在クレスに後ろから抱きかかえられる形で水の中にいた。
足はもう底には届かない。
全身に全く力が入らない。
クレスの腕にしがみつく事で精一杯だ。

クレスとロビンの身体はロープに互いに繋がっている。
これは、クレスと離れないようにするためだ。


「三分で終わる。
 だから、それまで我慢してくれ」


さっきは五分と言っていた。
つまりは、それだけ急ぐと言うことだろう。


「……ごめんなさい」


つい漏れた呟き。
それを、クレスはたしなめる。


「謝るなって。誰にでも出来る事と出来ない事がある。だから、謝るな。
 謝罪よりも、もっといい言葉があるだろ?」


この優しさは好きだ。


「……ありがとう」

「ああ、気にするな。
 ───そろそろ、行くぞ」


クレスの言葉にロビンは覚悟を決める。


「……吸って」


背中越しにクレスの鼓動が聞こえる。


「……はいて」


強く、強く、
刻まれるリズム。
ロビンはそれに自分の鼓動を重ねようとした。


「大きく吸って」


重なる鼓動。
二つは一つに、より強く。

この場所は何よりも安心出来る。


「止めて。……潜るぞ」


二人は水の中へと潜った。

水の中はとても美しい。
蛍石が瞬き、まるで星空の中を飛んでいるかのような錯覚を覚える。
これで息さえ続けばどんなに良かったか。

ロビンはクレスに連れられてどんどんと水中を進んでいく。

クレスはロビンを抱えているにも関わらずスイスイと魚のように進んでいく。
魚人のように水掻きが付いていたとしても何ら不思議は無い。

ある程度潜ったところ、底の方に船でも入れそうな程の横穴があった。
クレスは迷うことなくその中に入っていく。

穴の中には洞内を直接彫り抜いて作った装飾や石像が並べられていた。
当時は通路として使われていたのかもしれない。
現在は水の中にあるのは地底湖の水量が増したからだろう。
様式などは詳しく調べてみなければ分からないが、何かを奉る神殿のような印象を受けた。


そこまでを反射的に考えてロビンの意識は急速に薄れかかる。
能力者になってから今まで泳いだ事もないのだ。
……苦しい。空気が足りなかった。
やはり、能力者の自分が潜水なんて無理だったのかもしれない。
後どれくらい保つかなんて分からないが、そう長くは無いかもしれない。

その時、不意にクレスの腕の力が弛んだ。
クレスは前に進みながら器用に体制を変え、ちょうど仰向けになるように泳ぐ。
ロビンを前から抱きしめる格好となっていた。

クレスの心配そうな顔がロビンをのぞき込むようにして近づいていく。
そして、そっとロビンを抱き寄せ……





ロビンの意識はここで途絶えた。






ぱちぱちといった。
薪が弾ける音で目を覚ました。


「ん……ここは……」


僅かに感じる身体の重さを無視してロビンは起きあがる。
身を起こすとパサリと毛布代わりにかけてあった服が落ちた。
クレスが着ていた服だ。


「起きたか。……どうだ体調は?」


クレスが心配そうに聞いて来た。
それにロビンはゆっくりと答えた。


「ええ、大丈夫。
 ありがとう。ここまで運んでくれて」

「気にすんな。結構無理したからな、もう少し休んだ方がいい」


クレスはロビンに器を差し出した。
中にはロビンが先ほど作ったのと同じようなスープが入っている。
ロビンはそれをゆっくりと飲んだ。


「ここは地底湖を抜けた先だな。遺跡にはここを真っ直ぐ、壊れた石像に沿って行くと辿り着ける。
 なぁ、今更なんだが引き返すつもりはないか? 当然、来た道と違う道を探す。だから……」

「───クレス」


ロビンは遮るように言った。
やはりクレスは自分に遺跡を見せたくはないようだ。


「私はここまでやって来てしまったわ。
 遺跡を目の前にして考古学者が引き下がる訳が無いじゃない。それは私も当然同じ」

「……だよな……やっぱりそうだよな。引き下がる訳無いか」

「ええ」


ロビンは空になった容器を片付け、立ちあがる。
その瞳は前を見つめている。


「……分かった。オレも一緒に行く。
 だから……いや、すまん。何でも無い」


クレスは何かを言おうとして口ごもった。
表情も優れない。ロビンには見えなかったが目は悲しみで満ちていた。



遺跡までの道のりはわりと平坦で歩きやすい。
地面には劣化が激しく分かりづらいが石畳が敷かれ整備がされていたようだ。
水中でも見かけた石像や石造りの建造物もみられる。
しかし、その様子がおかしい。
古く劣化しているのは当たり前だ。しかし、それにしては損傷具合がおかしいのだ。
風化ではありえない傷つき方だ。
これではまるで壊れたのではなく、壊されたようではないか。

蛍石が照らす道のりを二人は言葉無く歩いた。
遺跡に近づく程、その損傷度合いは酷くなっていく。
それは石像や建造物だけにとどまることなく洞内全体へと広がって行く。

ロビンは不安に駆られ走り出した。
息を切らし前だけを見て走る。余所見はしないようにした。

そして、通路のような洞内を抜けた先にその光景はあった。


「…………っ!!」


それは、余りにも残酷なものだった。

かつての荘厳さを微塵にも残していない粉々に砕かれた神殿だったであろう石屑。
地面のそこらじゅうに突き刺さった、血糊のような汚れのついた剣に見える鉄屑。
そして、あちこちに散乱する、かつては人であった筈の串刺しとなっている骨屑。

そこは戦場跡だった。
いや、もはやこうなっていてはただ死体の散乱する墓場のようなものだ。

叫び出したいのを押し堪え、ロビンは最深部へと走った。
壊れた石畳の通路を駆け、砕かれた階段を上り、白骨化した死体を乗り越えた。

そして、そこにある光景に言葉を無くし、崩れ落ちた。

ロビンは悟った。
だからクレスはこの場所に連れて来たくなかったのだ。
この光景はあまりにも、絶望が大きすぎる。

意気揚々とこの地にやって来て、散々クレスに迷惑をかけてきてこの様だ。
自分はなんてバカだったんだ。自分達の敵が誰か忘れたのか。
期待して、こんなにも簡単に裏切られた。


「……どうしてっ!!」

「オレも、来た時は同じ事を思ったよ」


追いついたクレスがロビンの背中に語りかける。
怒りで声が震えていた。


「たしかこの島は……」

「ああ、 “非”世界政府加盟国だ」


なるほど……どこかでそんな気はしていた。

これで全ての情報が結びつく。
気力の無い島の住民、崩れゆく城跡、そしてこの戦場跡。
最大の根拠は目の前に広がる空洞。

巨大な正方形がちょうど納まりそうな空洞だ。
その空洞が悲しげにその陰を深くする。
地面には、乱暴に引きずったような跡がある。
巨大な硬石を引きずったような跡だ。

ロビンとクレスが探していたもの、


─── “歴史の本文” がそこには無かった。


「かつての、この地の人々は戦ったのね」

「ああ、そして……敗れた」


クレスはロビンの隣に座り込んだ。
座りこんで、ただそこにいる。
不用意な甘い言葉をかける訳ではない。
何も言わない、同じ思いを感じている。その共感が今は嬉しい。

だから、そっと手を握った。



───肌寒い風が流れている。

───強くはないのに、芯から冷え込むようだ。

───でも、今はそれでいい。

───今はこの冷たさを分かち合ってくれる幼なじみがいる。

───今はまだ、この手のひら分の温もりだけでいい。

───だけど、いつかは……













ロビンの思いとは裏腹に、手がかりはは全て封じられていく。
敵の名は世界政府。その存在は余りにも大きい。
夢である、 “真・歴史の本文” の発見は遠のくばかりで、その身には絶望のみが募る。
二人は旅を続けるも、個人レベルでは限界を感じ始めていた。



故に必然だったのかもしれない。
後に、砂漠の王国を舞台に引き起こされる大事件に二人が関わってゆくことは……













第二部 完












あとがき

不意打ちのように終わらせてしまいましたね。
もう少し原作キャラが登場するオリジナルの話を書こうと思っていたのですが、ここで打ち止めみすることにしました。
期待されていた方がいらっしゃったなら申し訳ないです。
もしかしたら、番外編としての短編は書くかもしれません。

今回はクレスの本領発揮ですね。
やはり、泳げると言うのは結構重要ですね。
糖度が高すぎたかもしれません。

第三部は当然アラバスタ編です。
未だに未熟な作者ですが頑張りたいです。



[11290] 第三部 プロローグ 「コードネーム」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:13
───アラバスタ王国


偉大なる航路上のサンディ島にある砂の王国。
首都はアルバーナ。ログのたまる期間は5日以内。世界政府加盟国。

グランドライン有数の文明大国と称され、人口は1000万に至る。
国王のネフェルタリ・コブラは善政を布いており、国民の生活は安定している。
街には活気が満ち溢れているが、その一方街の外には広大な砂漠が広がり砂嵐などの災害が猛威を振るう。
また、砂漠気候のため慢性的な水不足が発生している。



厳しくも豊かなこの国が後の事件の舞台となる土地である。













第三部 プロローグ 「コードネーム」













「良い国だな」

「そうね、とても賑やか」


クレスとロビンはアラバスタのギャンブルの街レインベースの一角にいた。
辺りはロビンの言う通り賑わいを見せている。
人々の表情は明るく、生き生きとしている。

二人は人込みの中を歩く。
通り過ぎる人々には二種類の人間がいた。
平然と歩く人間と、暑さに耐えかねた様子の人間だ。
前者はこの国の人間で、後者は外来の者なのだろう。

アラバスタの日差しは強い。
この地に住まう人々には日常ではあるが、初めてこの島に訪れる人間にとっては一種の脅威だ。
暑さに辟易する人間も多い。

そんな中でクレスとロビンの表情に変化は無かった。
この国の気候に対し、不平を言うことも無い。

二人はこの地を訪れるまでに様々な気候の土地を旅してきたのだ。
砂漠に出れはまた別であろうが、我慢できないレベルでは無かった。


「やっぱ、この国じゃ水が高いな……。
 この様子だと、飲食店でも水はサービスしてくれなさそうかも」

「それは仕方がないんじゃないかしら? この国じゃ水は何よりも貴重でしょうし」


簡単な経済の話だ。
需要量が大きく、供給量が少なければ当然値段は上がる。


「まぁ、水に関してはしょうがないか。そう言えば、何か買うものってあったっけ?」

「いつものように、必要なモノはだいたいそろえてあるはずだから大丈夫の筈よ。
 宿もさっき部屋を取ったし、やらなくちゃいけない事はだいたい済んだわ」

「そっか、なら問題は “コレ” か……」


クレスは腰元に下げたウエストバックに目線を落とした。
狩り道具を中心として様々なものが納められたその中に一通の手紙があった。






“歴史の本文” というものがある。
世界中に点在する、歴史を示した石碑だ。
決して砕けない硬い石に特殊な古代文字で歴史が刻まれていて、その文字は古代文字の知識を持つ者にしか解読出来ない。
そしてそれらは “空白の百年” と呼ばれる歴史上の謎を解く鍵だとされている。
ロビンとクレスはこの石を求めて世界中を旅していた。

しかし、世界政府は “歴史の本文” の探索および解読を死罪と定め禁止している。
そのために、旅路は困難を極め、個人レベルでの探索では難しいと考えた二人は組織力を求めた。

二人は過去にもいくつもの組織に所属してきた。
しかし、所属した全ての組織は二人の “オハラの悪魔” と言う忌名に耐えきれずに壊滅していた。
故に所属する組織は慎重に吟味した。
直ぐに潰れてしまうような弱い組織では意味がない。しかし強大すぎる敵の前では、強いだけでも意味がない。
最適なのは大きくも隠遁性に富んだ “秘密結社” とも言うべきそんな組織だ。



手紙を受け取ったのはそんな時だった。

手紙には差出人などの表記は一切なく。
文面にはただ、



────── “オハラの悪魔達” 諸君らの力を借りたい。



それだけが書かれていた。

届け人は手紙と共にアラバスタへの永久指針を手渡すと、二人の前から直ぐにその姿を消した。






「場所はレインベースのカジノ “レインディナーズ” だったかしら?」

「……ああ、港でまた手紙を渡されたしな」


二人は前方にそびえたつ、バナナワニがシンボルのピラミッドのような建物を見た。
この街においても一際大きな建造物。そこが二人の目的地だ。


「それにしても……アラバスタとはな」

「心配?」

「ああ、この辺ははよりにもよって “七武海” の縄張りだろ。
 ……わざわざ自分から敵の口の中に飛び込んでいくってのもな」

「……情報によれば、これから行くレインディナーズのオーナーでもあるものね」

「何が出てくるかねぇ……。
 そんなとこを選ぶとは、よほど自信があるようにみえるけどな」

「もしくは逆なのかも……」

「と言うと?」

「そこが一番安心できる場所だと言う事」

「……なるほどな」


ロビンの言うことには一理ある。
何らかの交渉や相互利益によって、不干渉または庇護下にでもあるのかもしれない。
七武海は政府の犬などと呼ばれていても、もともとは凶悪な海賊だ。
裏でそのくらいのやり取りがあっても何ら不思議は無い。
もしその推測が正しければ組織としての大きさはかなりのものになるだろう。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか」

「まずは接触してからね」






 ◆ ◆ ◆






レインディナーズはカジノの街と呼ばれるレインベースの中にあるカジノで最大級のものだった。
クレスとロビンが以前までに所属していた組織のゆうに倍以上はある。
豪奢なカジノでは幾人もの人間が賭博を楽しんでいた。
カジノにいる人間の身なりを見ればどうやら上流階級向けだけでは無く、一般の人間にも手広く開放しているようだ。


「さて、いつになったら迎えが来るのかね?」


そう言ってクレスは目の前にあるスロットのボタンを押す。
軽やかなリズムで叩き込まれた文字は全て 「7」 スロットは壊れたようにメダルを吐き出した。
そして、クレスのそばに新たな箱が積まれる。
クレスにとってはスロットの数字を合わせることなど、そう難しいことでは無い。


「そう、焦らないの」

「それもそうだな、まぁ気長に待つか」


ロビンがクレスにグラスを手渡す。
その瞬間に周りにいた男たちが残念そうに舌を打つ。
ロビンに声でもかけようと思っていたのだろう。
それを受け、クレスはロビンに見えないように男たちに睨みをきかす。殺気も飛ばした。相当本気だった。
男たちは青ざめたように目線を反らす。全員が身の危険を感じていた。

そして、何事も無かったようにクレスはロビンからグラスを受け取った。
発泡酒のように見えるが実は炭酸のジュースだったりする。


「……虫のように湧きやがって」

「?」


ロビンから受け取ったグラスに口を付け、クレスはまたスロットに向かう。
叩き潰すような勢いで弾かれたスロットは悲鳴のようにコインを出し続けた。

その後もクレスとロビンはカジノで賭場を楽しんだ。
二人はカジノで働いていたこともある。
その経験を生かし、クレスの動体視力にロビンの能力を加えれば、荒稼ぎも可能だ。
その気になれば小さなカジノなら破産させることも出来る。
だが、二人は力を押さえ純粋に楽しんだ。
余りに荒稼ぎしすぎると、店の人間に目をつけられたりするものだ。
それでも他の客から見たら十分な勝ちを上げている事には変わりなかったのだが。


そんな折に二人は店の支配人に声をかけられた。
マネージャーはしきりに恐縮した様子で二人を先導し、VIPルームへと続く道へと案内する。


「わ、私はここまでお連れするようにオーナーに申しつけられましたので」


時間にしてちょうど二時間たってからの呼び出しだった。
予測できた展開だが、やはり先の展開に不安が募る。
しかし、それを顔に出すことは無かった。


「御苦労さま」

「あ、あの……どう言ったご用件で?」


七武海のオーナーに直接呼び出されるなどただ事ではない。
そう感じたのか、支配人は不安を隠しきれない様子で尋ねる。


「さぁ? 直接聞いてみたらどうだ?」

「め、めっそうもございません」

「なら、この辺でいいな。案内ありがとよ」


マーネージャーを残し、ロビンとクレスはVIPルームへと続く赤絨毯を踏みしめた。

二人並び奥へと続く道を進む。
扉までの道のりがやたら長く感じられた。

クレスはこの先にいる人物に緊張を感じずにはいられなかった。
マネージャーはオーナーからの呼び出しだと言った。
そうなればこの先にいる人物はおのずと絞られる。
罠で無いという保証は無く、交渉の結果次第では戦闘にもなりかねないのだ。
もしも、この先にいる人物が最悪の想像の場合は、生半可な覚悟では逃げる事すら難しい。
クレスは幼少時に青キジによって世界レベルの強さと言うものを見せつけられている。
当然、警戒姿勢にもなった。


二人は二択の分かれ道を越え、VIPルームへと通じる重々しい扉の前に辿り着いた。
そして、そこで立ち止まる。


「この先か……」


クレスは巨大な扉の前で呟く。
この扉をくぐればおそらくもう戻れない。
これから接触する組織がただの営利団体だとは思わない。
組織の形態からして、企んでいることはただ事ではないだろう。


「今ならまだ戻れるぞ」


クレスは隣に立つロビンに問いかける。


────── “オハラの悪魔達” 諸君らの力を借りたい。


書面にはこう書かれていた。
これを読み解けば、 “オハラの悪魔達” としての自分たちの力を欲しているのだ。
一般に古代文字の解読を政府が禁止しているのは歴史の本文に記された “古代兵器” 復活の可能性の為だ。
そんな力を持つ人間を必要として招き入れるとは、まともな組織では無い。


「 “大丈夫” ……夢を叶えるにはこの道しかないもの」


様々思いが込められた「大丈夫」だった。
今まで生きるためや自分たちの為に様々ことに手を染めて来た。
そして、求める道はこれしかないのかもしれないのだ。


「……そうか、今更だな」

「クレスの方こそ戻るのなら今よ」

「それこそ今更だな」


クレスは困ったように答える。
まさか自分の心配をされるとは思っていなかった。
自分は進んででこの道にいるのだ。戻る気など無い。


「じゃあ、行くか」

「ええ」


二人はその重く高い扉を確かな意志を持って開いた。


扉の先は広々とした空間だった。
エントランスを抜けた先には大きな階段がありそこを降りると広いホールとなる。
そこは、長く大きなディナーテーブルを始めとした豪奢でありながらも品の良い調度品が並べられている。
しかし、それでありながらどこか冷たさを感じさせる空間だ。


「地下の一室か……」

「水槽の中みたいね」


部屋にある窓の外に広がる光景は巨大なバナナワニが水中を泳ぎ回っているという光景だった。
レインディナーズの周りは湖ようになっていた。
どうやら、この部屋はカジノの下に造られているらしい。


「誰もいないのか?」


広々とした空間にはクレスとロビン以外誰の人影も見当たらなかった。
それは流石におかしい。
だが、クレスの呟きをよそにその声は二人に届く。


「──────ようこそ わがカジノへ。ギャンブルは楽しんだかな?」


部屋の隅に設置された執務の為のテーブル。
今までそこには誰もいなかった空席の筈のそこからその声は聞こえた。
その瞬間、部屋の重力が倍になったかのような圧迫感を受けた。
異様なまでの存在感だ。


「「!」」


何も無かった筈の空間に、サラサラと砂の粒が風に運ばれるように集まり、その姿を形作る。
原型を留めぬ能力は悪魔の実の中でも一際その存在を異にする “自然系” の能力だ。
この地に乗り込むにあたって当然、敵となる可能性のある人間の能力は調べた。
悪魔の能力は唯一無二。ならばこの人物は一人しかいない。


「よく来た “オハラの悪魔達” 
 ニコ・ロビンにエル・クレス、諸君らを歓迎しよう」


分厚いロングコートを羽織った、顔に横一線の大きな傷跡がある男だ。

その男はゆっくりと葉巻を燻らる。
辺りに男の吐き出した煙が広がった。


「こりゃ、まいったな」

「……ええ」


反射的にクレスの身体がロビンの前に出た。

考えれば当然の帰結でもある。
何らかの形で関わって来るとは思っていたが、こう来るとは思わなかった。


「まさかこんな形でお目にかかれるなんてね」

「ああ、出来れば会いたく無かったよ。
 “七武海” サー・クロコダイル…………!!」


二人の反応を見てクロコダイルは笑う。
重くのしかかるような声だ。


「クハハハ ……自己紹介は不要のようだな。
 では単刀直入に言おう。

 ────────── “歴史の本文” を読めるらしいな」


威圧感を持った笑いを浮かべながらクロコダイルは言う。


「何が目的だ? 古代文字なんか読めたとしても大した得にはならないぞ」

「ただ興味がある。
 そこに記された古代兵器と言うモノにな、そしてそれを手に入れたい」


一撃で島一つを吹き飛ばすと言われる古代兵器。
確かにそれは存在する。確固たる事実だ。


「……やはりあるのね、この国に」

「ああ、確実に存在するだろう。その在処を記した歴史の本文と共にな」

「それはどこ?」


急性なロビンの質問。
やはり、歴史の本文が絡むとどこか冷静さが欠ける。
しかし、それを責めるのは余りに酷だ。
絶望的だった手がかりがそこにあるのだ。


「なに、そう急ぐ事も無いだろう。
 だがその前には、重要な確認が必要だ」


クロコダイルはその底の知れない視線で二人を見た。
それは過去に二人が受けた視線の中で最も強いものだった。


「───貴様らは、おれに従うか?」


重要な確認と言いながらも絶対の有無を言わせぬ物言いだ。
実際、否定した瞬間には間違いなく命を奪いに来るのだろう。

ロビンの肩が僅かに震えた。
この男に従う。
それはつまりは片棒を担ぐと言うことだ。
その全容は分からないが間違いなく碌でもないことだ。
大勢の人間を巻き込むことになるだろう。

クレスは全ての判断をロビンに任せる事にしていた。
ロビンの好きにさせる、この選択はロビンにとって重いものだ。
二人で旅をしているものの、歴史の本文を真の意味で求めているのはロビンだ。
クレスは自らの願いをロビンに重ねているに過ぎない。
歴史の本文を求めての選択ならばロビン次第なのだ。

クレスはロビンが選んだなら、どちらに転んだとしても良かった。
彼にとって一番はロビンだ。それは何においても優先される。
無責任だとも思ったが、その代わりにその責任は全て負う覚悟はあった。

僅かな沈黙の後にロビンは答えた。


「ええ、従うわ」

「……なら、オレも構わない」


クロコダイルは口元に形だけの笑みを作る。


「いいだろう、ならば諸君らを迎え入れよう。
 おれの初期段階の目標は達成された。これで本格的に計画を実現に移せる」


これだけの力を見せつけておいて、初期だとは皮肉以外の何物にも感じない。


「おれはこの国を根幹から潰す。
 さすれば諸君らが求めるモノの情報も得る事は容易いだろう」

「……わかったわ。
 ならば私達を歴史の本文があるところまで連れて行きなさい、そうすれば兵器の情報は貴方に譲ります」

「いいだろう。
 おれにとっては歴史なんぞ無価値にも等しい、欲しいのは世界最悪の “軍事力” これだけだ。
 これからはおれの下で働くことになるだろう。存分にその力を振るいたまえ」


ここに一つの協定が成立した。
全ての始まりとなる協定だ。


「一ついいか?」


不意にクレスが発言する。
クロコダイルが眉をひそめる。
ロビンも僅かに困惑した。
この場面でのクレスの発言はいささか異様だった。


「……不服か? エル・クレス」

「そう睨むなって、不服なんか無い。
 お前の下に付くことはオレ達にとっても有益だ」


クロコダイルも元につけば、安全面でも最大限の保証がされるだろう。
別にその事自体に不満は無く、むしろ喜ぶべきことだ。


「別に今交わされた協定を反故にする気なんて無い。……オレが言いたいのは個人的なことだ」


そう言ってクレスはロビンの頭に手を置いた。
大人が子供に対してするような、優しいものだ。


「オレとしてはコイツが心配でね。
 お前の下で働くことは構わないが、オレの位置図けはロビンの私兵って事にしてくれないか?」

「何が目的だ?」


一触即発のような空気だ。
クロコダイルの眼光は強まり、ロビンも僅かに硬直していた。
クレスはそんな空気を打ち払うように息を漏らす。
争う気は始めから無い。


「目的と言っても大したものじゃない。
 さっきも言った通りコイツが心配なだけだ。
 オレ達の立場を考えればおのずと理由も分かるだろう」


幼少時に賞金首となり、そこからずっと政府の目を流れ続けて来たのだ。
クレスの言葉も筋が通っていた。


「……過保護なことだな。いいだろう、お前の条件を認めよう。
 ただし、妙な真似をしたら、ニコ・ロビンの方から殺すぞ」

「ああ、分かってるって。
 オレとしてはロビンのそばにいれればそれでいい」


クレスとクロコダイルの間で視線が交差する。
お互い何も話さない。ロビンですらも息苦しさを感じる、そんな沈黙だった。


「……フン、まぁいい。
 今日はこれで終わりだ、詳細については後日に書状にて伝えよう」


クロコダイルは興味を失ったようにクレスから視線をそらした。






 ◆ ◆ ◆






「どうして、あんな事言ったの?」


ロビンがクレスに詰め寄る。
クロコダイルとの面会を終え、二人は取っておいた宿に帰っていた。
しかし、この宿も今日限りだ。
明日からは組織の方で高級ホテルの一室を手配してくれるらしい。
クレスはどちらかと言えば庶民的な方が好きなので少し残念だった。


「何の事だ?」

「今日の最後の事よ」


クレスのごまかしもロビンには通用しない。
相手を考えれば最悪の場合交渉は決裂していた可能性もあった。


「別に他意は無いよ。
 それよりもあの男を見たか?」


また誤魔化すような口ぶりにロビンは怒りそうになったが、クレスの言葉が気になった。


「どういうこと?」

「恐らく、アイツは自分以外の人間を一切信頼して無い。
 不要になれば、誰であろうと迷いなく切り捨てるだろう」

「……そうね」


それはロビンも感じていたことだった。
傲慢で自己中心的な人間には過去にも出会った。
クロコダイルはその中で最も強大な存在だった。


「気をつけろ、あの男の下で働くと言うことはそのリスクを背負い続けることになる」

「……分かったわ、注意する」


クレスがロビンの私兵となることを望んだ一番の理由はクロコダイルを警戒してだった。
正式な部下となればどうしても融通が利きにくい。
いざという時にロビンのそばに立てないかもしれない。
しかし、クロコダイルもクレスの考えを読んでいるだろう。
読んだ上で条件をのんだ。ならば、クレスが不利益を引き起こせば間違いなく殺しに来るだろう。


「……それにしても今日は疲れた」


クレスは安物であろう硬いソファーに転がった。
そこから見えるのは低い天井だ。


「……もう」


ロビンはそんなクレスを見てため息を漏らした。


日も既に傾き空を闇が覆う。
砂の王国の夜は空気が澄んでいて幻想的だった。

クレスはゆっくりと目を閉じた。
早いが眠るのも悪くない。

だが、そんなクレスを邪魔するかのように宿のドアから一通の手紙が差し出された。
ロビンがそれを拾い読む。
このタイミングで来るのは間違いなくクロコダイルからの書状だろう。


「あら……」

「どうした?」


ロビンはクレスに書状を放る。
クレスはそれを寝たままの状態で受け取った。


「見ての通りよ」


ロビンの言葉に従いクレスは書面に目を通す。
簡潔な事務的な報告。
クレスはそれを読み終わった瞬間に小さく笑った。


「はは……コードネームか」


クロコダイルが考案した組織形態は徹底した “秘密結社” だった。
クレスとロビンを傘下に加えたことによってその組織を本格的に立ち上げるらしい。
それに先だって、クレスとロビンにコードネームが言い渡された。

クレスはその名前を見て笑った。
クロコダイルがどう言う意図でこの名前を自分に与えたは分からない。
だが、どうせ碌な理由では無いことは確かだ。

クレスは立ちあがりそしてロビンに向き合った。
そして、冗談めかしてその名前を呼んだ。


「これからよろしく。
 “副社長” “最高司令官” のミス・オールサンデー」


ロビンもそんなクレスに倣いその名を呼んだ。


「こちらこそよろしく。 “副社長秘書” “私だけの兵士” の……」


クロコダイルがこの名を与えたのは強烈な皮肉だろうとクレスは思った。
組織の男性幹部は社長であるクロコダイルが持つ、“0” の数字に近い程にその地位を約束されるらしい。
幹部の枠は “1” から “13” トランプの数字と同じだ。
ならばこの名前はどうだ? クロコダイルが名づけたなら皮肉としか取れない。


「……Mr・ジョーカー」


トランプにおいてジョーカーは全ての数字に変化出来る万能の切り札だ。
しかし、そんなジョーカーにも出来ない事がある。
ジョーカーは存在しない数字には化けられないのだ。


「いいじゃねぇか……その名前、謹んで拝命しようじゃないか」













あとがき

始まりましたね、第三部。今回からアラバスタ編となります。
あの壮大で偉大な話を私ごときが書くことに、ものすごい不安を感じています。

クレスのコードネームはMr・ジョーカーとしました。
自分で考えておいて恥ずかしいです。

これからもがんばっていきたいです。
よろしくお願いいたします。



[11290] 第一話 「再びのオカマ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:23
レインベース内にある高級ホテルの一室。
そこにロビンとクレスに与えられた執務室があった。


「う、うわぁ……」


クレスの目の前にあるのはうず高く積まれた書類だ。
量が多すぎて執務用の机だけに止まらず、積み木のように、床にも直接積み立てられている。
書類は登録社員の個人情報、設備関係、経理関係、等々……見れば様々な種類の書類がある。


「これを処理しろって、新手のいじめか何かじゃないのか?」


クレスは新しい書類の山に触れようとして止めた。
なんか、触れた瞬間に崩れそうだ。これを積み上げた人間には間違いなく才能がある。
建築関係の仕事をお勧めしたいぐらいだ。


「もう……こぼさないの」


ロビンが正確無比に書類を捌きながらクレスをたしなめる。
その光景は何と言うか常軌を逸していた。
高速で複数の資料を読み取り、理解し、考査し、判断し、分別する。
そしてそこから、能力によって生みだした腕に読み終わった資料を手渡しファイリング。
まとめられた資料はそれぞれの棚に整頓され納められる。その間もロビンは資料を捌き続けている。
この工程がよどみなく、個人レベルではありえない速度で行われていた。
気付けば、いつの間にか書類の山が一つ消えていた。
一応クレスも手伝っているのだが、全体を占める割合としては微々たるものだ。
かと言ってクレスが特段遅いと言う訳では無い。平均よりも早いくらいだ。
ロビンの処理速度が圧倒的に早すぎるのだ。

それでも、クレスの頭の中にはサボるという考えは無い。
実際に手を休めたとしても問題は無いのだが、作業は止めない。
意地のようなものだ。ロビンだけに仕事をさせて自分は何もしない訳にはいかない。


「……たっく、クロコダイルもこれくらい自分でやれや」


投げやりに手を動かしながら、クレスはロビンが結んだ協定相手に対して悪態をついた。



──────バロック・ワークス。


クロコダイルがクレスとロビンを傘下に加えた事によって本格的に立ちあげた秘密犯罪会社だ。
立ち上げから幾ばくかの時を経て、その組織は大きな輪郭を現した。
社員は千人を越え、現在も増え続けている。将来的には倍以上には成るだろう。
主な仕事は諜報、暗殺、盗み、賞金稼ぎ。最終目的は理想国家の建国で、手柄をたてた者は後に建国される理想国家で高い地位が与えられる。
徹底した秘密主義が採られており、社員達は社長の正体はもちろん仲間の素性も知らされておらず、互いをコードネームで呼び合う。
そして、社員には与えられた任務のみをこなす事が求められる。

とは言ったものの、管理者である人間は当然その全容を把握する必要がある。
故に、組織に関しての情報を書類を確認し整理しているという訳だ。


「それにしても……よくも、まぁ、ここまでの人材を集められたものだな」


クレスの手元には一枚の社員に関する個人情報。
資料に添付された写真にはその男の顔写真がある。
口元をストイックに結んだ丸刈りの男だ。
それを見て、ため息をつく。


「 “殺し屋” ダズ・ボーネス……コイツまで傘下に入ってんだもんな」


“殺し屋のダズ” 西の海出身の賞金稼ぎだ。
同じく西の海出身のクレスとロビンは彼に関する噂はよく聞いた。
この男が Mr・1 つまりは、エリート社員であるオフィサー・エージェントのナンバーワンだ。

そのほかにも、聞いた事のある名前の人間がちらほらといる。
その、人脈が如実にクロコダイルの力を物語っていた。

クレスはMr・1となった男の資料を放るように隅に置き、その他の資料と共にロビンがまとめた個人情報用のファイルに挟みこもうとした。


「うおっ……!!」


だが、そのファイルを掴み取ろうした瞬間クレスの視界が塞がれた。
ロビンの能力によって出現した腕による目隠しだ。
そして、腕から個人情報が納められたファイルが抜き取られる。すると同時に目隠しも解かれた。


「ごめんなさい。でも、クレスがそのファイルを開けるのはまだダメ」

「どう言う事だ? なんかオレが見てもまずいものでもあんのか?」


クレスの立場はロビンだけの部下だ。
結果的には組織には敵対せずに追従するが、クレスが従うのはクロコダイルではなくロビンのみとなっている。
そのため、クロコダイルから釘を刺されたのかもしれない。
しかし、それをロビンは否定する。


「いいえ、違うわ。そうね……今はダメと言ったとこかしら。
 もっとも、 “見てはいけない” じゃなくて “見ないでほしい” なんだけど」

「なんだそりゃ……クリスマスのサプライズプレゼントかなんかか?」

「ふふ……そうね、その考えは間違いじゃないわ」

「?」


楽しそうにロビンは笑う。
ロビンの考えは分からなかったが悪い事ではなさそうだった。
そして、引き出しから書状を取り出しロビンは言う。


「それではMr・ジョーカー、貴方に任務を与えます」


手元の作業を止め、ロビンはクレスを真っ直ぐに見た。
その姿はクレスが一瞬見とれるほど凛としていた。


「スパイダーズカフェにて指令状の手渡しをおこなって下さい」

「お安い御用だ。で、誰に渡すんだ?」


ロビンはゆっくりと間を取って、どこか懐かしむようにその名を呼んだ。


「Mr.2 ボン・クレー。会えばきっと分かるわ」













第一話 「再びのオカマ」













乾いた風が吹きすさぶ荒野にその店舗はあった。
町はずれにあるにも関わらず、薄汚れた様子は無く、むしろ清潔な印象を受ける。
たとえるなら、砂漠の中にあるオアシスとでもいうべきだろう。
スパイダーズカフェ────表向きのバロックワークスの本社だ。

そこの裏手に、一匹の巨大なワニが乗りつけるように停止した。
Fワニと呼ばれる、乗用の動物だ。凶悪な外見とは裏腹に性格は大人しく、陸上を高速で移動する。


「ワニは嫌いなんだけどな……」


そう言い、クレスはFワニの背中から飛び降りる。
グルル……と唸るFワニを宥め、スパイダーズカフェの入り口に向かう。
閉店を示す立て札がなされているが構わず、入り口のドアを開いた。

カランコロン……と鐘の音が鳴り来客を告げる。


「いらっしゃい……あら、珍しい、Mr.ジョーカー、お一人?」


誰もいない小奇麗な店内で店主が出迎えた。
黒ぶちのメガネをかけ、オシャレなバンダナを頭に被った女性だ。


「今日はオレだけだミス・ダブルフィンガー。
 ん……ああ、ここでは店主のポーラだったけか?」

「フフフフ……そうよ。飲み物はカフェオレだったかしら?」

「砂糖大量でな」


クレスはカウンター席に腰かける。
そして、ポーラがカフェオレをカップに注ぐのをぼんやりと見ていた。


「今日はどうしたの? ミス・オールサンデーと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩? 心外な。今日はあいつから任務を頼まれたの」


クレスはロビンから託された指令状をプラプラとポーラに気だるげに見せる。
ポーラは「あら、失礼」とクレスにカフェオレを差し出した。


「調子はどう?」

「まぁまぁかな……相変わらず、特に派手な事も無く、地味で平凡だな。
 と言っても、オレが実際に矢面に立つ場面なんてほとんど無いんだけどな」


クレスが実際に動く事は稀だった。
クレスの戦闘能力はバロックワークスという組織においても貴重だ。それゆえに使いどころは多い。
単独であっても大抵の任務はそつなくこなすだろう。
だからこそ、クレスはロビンの私兵になる事を望んだ。
そうすれば、クレスの主な仕事はロビンにのみ決定権が委ねられる。
それゆえに正式な任務に組み込みづらくなるのだ。


「そっちはどうだ?」

「お店はそこそこね。それなりに忙しくってよ」

「いや、そうじゃなくて本業の方だよ」

「フフフフ……」


ポーラの纏う雰囲気が変わる。
触れば傷だけでは済まない、鋭い棘のような印象を受けた。


「好調よ。少し、張り合いが足りないくらいね」


ミス・ダブルフィンガー。
“殺し屋” のパートナー。
当然、それに伴う実力の持ち主だ。


「そうか、それはなにより。まぁ、アンタらのペアに関しては心配するだけ無駄だな」

「これでも、時々大変なのよ?」

「何が?」

「Mr.1を宥めるのよ。
 彼ほっとくと、賞金首のターゲットまで殺しそうになるもの」


ポーラは、やれやれ……と肩をすくめるように両手を上げる。
当然、ターゲットを慮っている訳では無い。


「まぁ、ご愁傷様。オレなら絶対にMr.1とは組みたくないけどな」


そう言い、クレスは手元のカップを口元に運ぶ。
うん、甘い。流石はポーラ。この砂糖を飲んでいるような甘さが素晴らしい。


「……いつも思うんだけど、砂糖水飲めば?」

「バカな……!! コーヒーの苦さを糖分が圧倒的に征服する快感にも似たこの味が分からないのか!!?」

「ミス・オールサンデーもよく心配してるけど、……死ぬわよ、そのうち、たぶん口内から」

「歯磨きは得意分野だ!! 虫歯になった事は無い!!」

「ま、まぁ……個人の嗜好はそれぞれだから別にいいのだけれど」


ポーラの言葉を気にすること無く、クレスはカップを口元に運び続ける。
実においしそうに飲むクレスにポーラは引きつった笑みを浮かべていた。


「そう言えば、どういった内容の任務なの?」


気を取り直すようにポーラは言う。
クレスがここにやって来た理由だ。


「単なる指令書の受け渡しだよ」

「さっきの書類かしら? 
 なら、少し変ね。いつもならアンラッキーズを使ったりするのに。何か特別な書類?」

「いや、なんかオレが直接手渡す事に意味があるらしい」

「それ、誰に渡すの?」

「……Mr.2ボン・クレー」

「ああ、彼」

「ん? ……ああ、アンタは知ってるのか。
 ミス・オールサンデーからは『会えば分かる』って、どんな奴か聞いてないんだよ」

「知ってるも何も、……一度見たら忘れられそうに無いタイプの人間ね」

「どんな奴なんだ?」


ポーラは口元に指を持っていき、少し言葉を選ぶように、


「オカマね、大柄の」


と言った。


「は?」

「だから、オカマよ、大柄の。これ以上は見ればわかるわ」

「大柄のオカマって……」


クレスの頭に思い浮かぶのは、突き抜けてテンションの高い男だ。
しかし、さすがにそれは無いだろうと考えを打ち消した。


「心当たりでもあるの?」

「あ、ああ、昔の知り合いにな……でも、まさかそんな筈は無いだろう」


と言いつつも、疑いは晴れない。
そんなまさかと思いつつも、やはり疑いは晴れない。

だが、そんな強烈な個性を持つ人間がそういる筈がないのだ。
そして何よりも、この会合はロビンがセッティングした。
ならばその可能性は……



────アン♪ ドゥ♪ オラァ~~~♪ (会いの手)



その時、店内に流れていたBGMの音楽が変わった。
緩やかな安らぎを与える独奏曲から、どこか珍妙な歌に変化する。
軽快なテンポの無性にドスの聞いた男声だ。


「うっ……あ、あれ、この歌どこかで聞いたような」

「ど、どうやら待ち人の到着のようね」


クレスが頭を抱え、ポーラが少し引き気味に入り口を見た。



 所詮~~~ん この世は~~~男と~~女~♪ 
 しかし~~~オカマは~~~男で~~~女~~♪
 だから~~~最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 
 オカマウェ~~イ♪ あー最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 最強!!! 『最強!!(会いの手)』 
 オォ~~~~~カマ~~~~ウェ~~~イ~~~~~~♪(ハモリ)



そして、勢いよく扉が開かれた。


「ごきげんようっ!!!」


扉から飛び出し、ポーズを決める大柄のオカマ。
確かに、一度見たら忘れられそうにないタイプの人間だ。
しかも、なんか強烈に見覚えがある。


「最近ドゥー? がっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!
 久っさしぶりねいポーラ!! 二か月ぶりかしら!!? 元気してた!!?
 あちしはもちのロンロン絶っっっっ好調よん!!! 何故なら、それはもちろん………オカマだからようっ!!!
 相変わらず暑っいわねい!! コスが汗でとろけそう!! でも、やっぱりダンスのレッスンっ!! って重要よねいっ!!!
 とりあえず、タコパ頂戴!! タコパっ!!! タァーコォーパァー!!! あちしあれが無いとダメなのよう!!!
 この世に男と女があるように、酒と月夜があるように、あちしにはタコパが必要なのようっ!!!
 そう言えば、 ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!! 聞いてる!!? あちしがここに呼ばれた理由!!?
 指令書の受け渡しらしいのようって、ジョ~~~~~~ダンじゃな───いわよ~~~うっ!! 
 なんでも、Mr.ジョーカーっていうのが来てって──────ドウっっっっ!!!!!」


大柄のオカマは勢いよく店の壁を砕かんばかりに後ろに飛んだ。
そして、クレスの方を見て慄き、地震ように震えながら指さした。


「ク、ク、ク……!!!」


そして、壁にもたれた状態から、ぐわし!! とクレスに向かって猛烈に、猛烈に、猛烈に飛びかかる。


「クレスちゃ~~~~~~ん!!! お久しぶ……ぐごばっ!!」


クレスに抱きつこうとした瞬間、クレスが反射的に避け、ついでに足をかけた。
そんなつもりは毛頭も無かったのだが、生存本能的な何かが働いた。


「わ、悪い。思いっきり壁に突っ込んだな。というか突き抜けてるけど、大丈夫か?」

「てめェには血も涙もねェのかァ!!! ダチの抱擁を避けて足までかけるとはどういう了見じゃァ!!!」

「ま、まぁ、悪かったって。……お前でいいんだな?」

「そうようっ!! なによう、あちしの顔を忘れたっての!!?」

「そうか、お前か。……なるほど秘密にしたのはこういう事か」


まさかの偶然だった。
この男がMr.2ボンクレー。
性格から考えると、面白そうだから首を突っ込んだと言うとこだろうか?
確かにサプライズだ。ロビンが気を使ってくれたのだろう。
同じ組織に所属していたとしても組織形態の関係上、会う機会というのは少ない。
ぼんやりとそんな事をクレスは考え、友人に声をかけた。


「久しぶりだな。ベンサム」

「久しぶりねいっ!! クレスちゃん!! 会いたかっ……ぐぼえっ!!」

「すまん。つい、また避けてしまった」


跳ねあがり、クレスに噛みつくように叫ぶベンサム。
そしてそれを、ベンサムのテンションを受け流すように扱うクレス。

じゃれあうような二人に置いてきぼりのポーラが声をかけた。


「……Mr.ジョーカーの知り合いだったのね」

「そのようだよ。……悪いがさっきの名前は忘れてくれるか?」

「かまわなくてよ。こう言う組織ですもの、知っている必要も無いでしょうし」

「助かるよ」


ロビンがこの場所を選んだのも情報が漏れにくいからであろう。
ポーラのように知ってしまったとしても、“謎” がモットーのバロックワークス社内では必要以上に情報は広がらない。


「アン? もしかして、クレスちゃんがMr.ジョーカー?」

「ああ、そうなるな」

「なんてこと!! あちしびっくりようっ!! あれ? そう言えばロビ……ふがごっ!!」

(バカ野郎!! アイツの名前は出すな!!)


クレスは全力でベンサムの口を塞いだ。
いくら、社内が秘密主義だからと言って、隠しておくべきところは隠すものだ。
クレスの名前だけならまだ許容範囲だが、それにロビンの名前を加えれば一気に正体まで辿り着く可能性がある。


「分かった!! 分かったわよう!! だから、手を離しなさい!! あちしの顔がァ!!」


クレスの握力は指で壁に風穴をあけるほどである。
それが緊急のためにベンサムの口を全力で塞いでいるのだ。
塞ぐ人間より、塞がれた人間が必死になるのは当然である。


「殺す気かコラァ!! 文字通り口封じ寸前だったわようっ!!」

「わ、悪い……つい」

「……はぁ、分かーってるわようっ!! 今のはあちしも悪かったわ。相変わらず、あの子の事になると必死なのねい」


頬をさするベンサムにクレスはもう一度謝るとロビンについて語る。


「アイツは今、同じ組織にいるよ。というか、ミス・オールサンデーだ」

「……なるほどねい。
 ジョーカーちゃんとサンデーちゃんについての噂はあちしも聞いてるわ」

「今日の事は融通をきかせてくれたみたいだな。
 本来ならアンラッキーズ辺りを使うつもりだったんだろう」

「なるほどねい。
 あちし、この組織にはしばらくだけどあんた達とは会った事が無かったしねい。
 サンデーちゃんは元気? 相変わらず仲良くやってるみたいじゃない」

「ああ、アイツは元気だけどな……相変わらずってどういう事だ?」

「あら、知らないのう? あんた達の事は組織じゃ結構有名よう」

「そうなのか?」


クレスはいい加減に落ち着こうと、カウンター席に腰かける。
ベンサムもそれに倣った。そして、もう一度やかましくポーラにタコパフェを注文する。


「ほら、あんた達ボスを抜いたら一番偉いじゃない? 
 それにボスは顔すら見せないから実質的に組織を運営してるのはあんた達みたいなもんじゃないの」

「まぁ、正確にはミス・オールサンデーだけなんだけどな。で、具体的にはどんなんだ?」

「あちしのアンタに関する認識としては、サンデーちゃんの個人的な部下で強力なボディガードってとこかしら?
 あんた達が実際に動くのは稀だけど、あんた達かなり強いじゃない。それで社員の中でも有名なのねい。後あちしが聞いたことあるのは……」


クレスはカップを口元に運ぶ。


「サンデーちゃんになめた口を聞いた社員を半殺しにしたり、
 サンデーちゃんの極秘ファンクラブが一晩で血の海に沈んだり……」

「ぶぼっ!!」


クレスの口内からコーヒーが発射される。


「どこで聞いた!!?」

「わりと有名な話よう?」

「ま、まさかポーラも知ってたりするのか!!?」

「ええ、当然知っていてよ」


うっ……とクレスは表情を硬くする。
不埒な輩に制裁を加えた事が組織全体に広がっているとは知らなかった。
そう言えば心当たりがある。
社員に指示を出すロビンのそばに立っただけで、その社員が不自然に震えだしたりしていた。
あれにはそう言う理由があったのか。
まぁ、それによってロビンに変な虫がつかなくなるなら安いものなのかもしれない。

クレスをよそに、ベンサムもといMr.2ボン・クレーは頬づえをついて続けた。


「後は……ボスの座を狙ってるとかかしら?」

「ああ……」


その話についてはクレスもうすうすと感づいていた。
組織においてオフィサーエージェントに匹敵する圧倒的な強さを有するのに関わらず、組織には所属しない用心棒。
ボスの座────Mr.0の首を狙っている。そう言った噂が流れるのも当然だろう。


「その話に関してはデマだよ。オレはこの組織については敵対するつもりは無い」


クレスにとってはロビンがバロックワークスにい続ける限りそのつもりは無かった。
もっとも、確証は無いけどな……と心内で嘯く。
ロビンにとってはクロコダイルの野望などどうでもよく、自らの目的のために組織に所属しているだけだ。


「まぁ、あちしにしてみればドゥーでもいい事だけどねいっ!!!
 あ!! ジョーカーちゃん乾杯しましょう!! か・ん・ぱ・い!!!
 ポーラ!! タコパ早く!! 急いでお願いよーう!!」

「はい、お待たせ。……毎回思うけどこれおいしいの?」

「あったり前じゃないのよーうっ!! ジョーカーちゃんもそう思うでしょ!!?」

「ん? ああ。タコはともかくクリームは甘くておいしいよな」

「でしょ!! このタコとのアンバランスなあやふや感!! もう、たーまーんないっのよう!!」

「……あなた達間違いなく話噛み合って無くってよ」


クレスとボンクレーは互いにカフェオレとタコパフェの容器を掲げる。
杯で無いのが少々残念だった。
そして、ロビンがいないのがもっと残念だった。
しかし、再会を祝し声を上げる。


「「乾杯!!」」


この時ボンクレーが勢いよくぶつけ過ぎてパフェが飛び散ったのはご愛嬌である。







◆ ◆ ◆






「そろそろね……」


一人きりの執務室で資料の整理を終えたロビンが呟く。
目の前には一枚の書類。それをコーヒーで唇を濡らしながら眺める。


「目標の金額の確保は完了。購入ルートに流通ルートも問題なし」


仮面のような表情だった。
その瞳はガラス玉のようにただ無機質な輝きを放っている。
ロビンは執務室の窓の外を見る。
そこからは夕焼けに照らされる砂の王国が見えた。
赤い夕日は家路を急ぐ人々をやさしく、見守るように照らしている。
それを横目にロビンは窓を開け放った。


「日々の営みが過ぎ行き、やがて人はそれを過去と呼ぶ。それが重なり、紡がれ、歴史は彩られる」


カップを机に置く。
コーヒーはいつもより余計に苦く感じられた。


「時に起こる必然の改革も全ては人の織り成す営みより発生する。
 考古学者とは観測者。過去に目を向け耳を向け、全身全霊でその営みを探る者」


その時、開け放たれた窓から冷たい風が吹き込んだ。
夕暮れ時に起こる独特の生ぬるい湿気を含んだ風。
……どうやら今夜辺りから雨でも降るのかもしれない。
風を背中に受けながらロビンは小さく呟いた。


「……私はいつから歴史を作れるほど偉くなったのかしら?」


風が一枚の書類を靡かせる。
バロックワークス……いや、クロコダイルの野望の第一歩を担う重要な案件が記されている。
それはとある品物の購入リストだ。


品物の名はダンスパウダー。
通称────雨を呼ぶ粉。
この王国に破滅をもたらす、悪魔の一品である。


「オハラの悪魔達。……悪いのは私だけなのにね」













あとがき
いつもより遅れてしまいましたね。申し訳ないです。
アラバスタ編、次回くらいから原作過去偏です。
気合を入れたいところです。次回も頑張ります。



[11290] 第二話 「歯車」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:29
────その日から、アラバスタ王国のあらゆる土地では一滴の雨さえ降らなくなった。


 降雨ゼロなど数千年にも及ぶアラバスタの歴史上においてもあり得なかった大事件。
 緑は消え、土地はやせ細り、人々は飢え、町は枯れ、そしてその全てを砂が飲み込んでいく。
 壊れていく平穏は人々を絶望で包み込む。

 だが、そんな中一ヶ所だけいつもよりも多くの雨が降る土地があった。
 首都アルバーナ。王の住む都。
 周りの町々が枯れていく中でも、唯一潤っていく王都を人々は “王の奇跡” と呼びたたえた。


 その事件が起こるまでは…………






「Mr.ジョーカーもう間もなく入港となります」

「ああ、見ればわかる」


 クレスはバロックワークスが所有する運送船の上にいた。隣にロビンはいない。クレス一人だ。
 前方には目的地であるアラバスタ王国の港町ナノハナが見える。


「いよいよか……」


 クレスは船の積み荷を一瞥し、複雑な心境のの中で、ただそう呟いた。
 積み荷が何かは当然知っている。そして自分が何をしようとしているかも当然分かっていた。
 その気になれば、この運送船など壊すのは雑作も無い。だが、そうはしない。


「ダンスパウダー……雨を呼び、奪いつくす魔法の粉ね」


 積み荷の名を呼ぶ。
 正直なところ気が進まなかった。許されるならこの粉を海に捨ててしまいたいくらいだ。
 しかし、心ではそう思っても、行動に移すつもりは無かった。
 そして、心とは裏腹に口先は滑らかに社員達に的確な指示を出す。


「各員準備を。これは我が社にとって重要な任務の一つだ。失敗は許されない。
 船は港に接岸後積み荷を降ろし直ちに出港。通行ルートの確認を怠るな。
 実行班は積み荷を予定通り町中まで運びぶちまけろ。出来るだけ人目につく場所が好ましい。
 そしてその後は積み荷と国王との関連性をほのめかし退却。後をつけられるな」


「つけられたらどうするんですかい?」


 実行班の社員が質問する。へらへらとした笑いを浮かべていた。
 大方、後をつけて来た人物の後始末を許可してほしいのだろう。
 クレスはその社員に視線を向けた。


「────オレが始末する。場合によれば、しくじった者にも相応の制裁を加える」


 簡潔な回答と共に投げかけられた、どこか冷たいクレスの視線。


「わ、わかりやした」


 それは質問を投げかけた社員を閉口させた。


「他に質問は無いな。なお、今回はオレが現場の監督となる。
 有事の際はオレが何とかする。お前たちは予定通りに任務にあたれ。
 お前達の活躍を我が社は決して忘れないだろう。尽力にに期待する」


 そして、船は港へと入った。
 アラバスタからの風にその帆を膨らませながら、偽りの混乱を運ぶ。






◆ ◆ ◆






────任務は予定通りおこなわれた。


 ロビンはクレスからの報告を電伝虫から聞く。
 回線越しの為か、どこか他人行儀で事務的な口調に聞こえた。


「御苦労さま。気をつけね」

「ああ、分かった。そっちも気をつけろ」


 ガチャリ、と通信が切れる。
 最後だけは優しさを感じさせる口調だった。


「聞いての通りよMr.0」

「クハハハハハハ……!! ああ、了解した」


 ロビンとクロコダイルはレインディナーズから少し離れた砂漠にいた。
 北から南への卓越風が断続的に吹いていた。そのため日が高いのにも関わらず妙に視界が悪い。


「これでこの国の人間は間違いなく反乱を起こすでしょうね」

「ああ、起こしてもらわなければ困る。そのためにわざわざお膳立てを続けて来たんだ。
 国王コブラは思った以上に国民に信頼されているようだが、今回の一件でそれも脆く崩れさる」

「儚いものね、この国の信頼も」

「信頼など、この世で一番くだらねェものだ。
 所詮、この国の人間の利害の一致の上に築かれたものでしかない」

 
 クロコダイルは口元に笑みを作る。凄みを帯びた凶悪な笑みだ。


「ところで、ミス・オールサンデーこの先に何があるか知っているか」


 クロコダイルの質問の意味は分からなかったが、ロビンは事務的に答えた。


「確かオアシスね。名前は “ユバ” だったかしら。この国のの重要な中継地点ね」

「その通り。枯れた村の人間達が国王に任され、せっせと開拓したオアシスだ」

「それが何か?」

「なに……」


 クロコダイルはワイングラスを傾けるように腕を前方に差し出した。


「このくだらねェ国の崩壊にちょっとしたプレゼントを用意しただけだ」


 瞬間、クロコダイルの手のひらから強烈な砂嵐が生まれた。
 その風圧に思わずロビンは顔を腕で覆う。
 クロコダイルの “スナスナの実” の能力だ。クロコダイルは砂に関する全ての自然現象を司る。


「この砂嵐は卓越風に乗り、成長しながら南に向かう。さぁ、この崩壊の序曲を祝おうじゃないか」


 クロコダイルは砂嵐を解き放つ。それは辺りの砂を巻き上げてみるみるうちにその威力を増した。


「クハハハハハハハハハハハハハハハ…………!!」


 吹きすさぶ砂嵐にクロコダイルの笑い声が木霊する。
 クロコダイルの目論見通り砂嵐はユバを襲い、甚大な被害をもたらすのであろう。
 多くの人を巻き込むであろうその非情な行為を前にしてロビンはただ無言でそれを眺めていた。












第二話 「歯車」














「どうなっている……!! 首謀者はいったい誰なのだ!!?」


 アラバスタ王国の護衛隊長のイガラムは自室で頭を抱えていた。


「……ダンスパウダーなどコブラ様が使われる筈が無い」


 事の発端はナノハナで起こった事件だ。
 国王への献上品だと言う積み荷を乗せた荷台が横転しその中身を町中に散乱させた。積み荷はダンスパウダーと呼ばれる禁忌の粉。
 この粉は空にある氷点下の雲の氷粒の成長を促し雨を降らせる。つまりは人工的に雨を降らせる事が出来るのだ。
 一件アラバスタにうってつけの品物にも思えるが、この品物には大きな落とし穴があった。
 ダンスパウダーは強制的に雲の成長を促すため、周りの地域から雨を奪うのだ。


「……なのに何故か王宮に大量のとダンスパウダーが運び込まれていた」


 王宮から大量のダンスパウダーが発見された。
 アラバスタは現在一滴すらの雨も降らない異常気象。にも関わらず王都のみに普段よりも多くの雨が降る。
 国王コブラ自身も悩ませたこの現象の正体は間違いなく、ダンスパウダーだ。
 ならば国民が疑いをどこに向けるかは明白である。王宮には次々に抗議や説明を求める声が届き、国王へ対する不信感も募る一方だ。
 今日はいつかの少年が立派に成長して、国を憂い説明を求めににやって来た。


「各地では既に反乱軍の暴動も起こっている。今はまだ小規模だが、いずれ抑えきれない程のうねりを生むだろう」


 先日も副官のチャカとぺルに命じ暴動の鎮静化を図った。
 出来れば話し合いで解決したかったが、もはやその段階を超えていた。
 ぎりっ……とイガラムは奥歯を噛みしめる。


「裏で誰かかが糸を引いているのは確実なのだ」


 ……だが、それが何者なのかは全く掴めない。
 断片的な情報はある。しかし、個々が完全に分離していて全てが後手に回ってる。恐ろしいほどの手際だった。
 イガラムが独自で築き上げた情報網を使ったものの成果は芳しく無い。
 巨大な組織が関与しているのは突き止めた。しかし、その組織の形態上それ以上はどう考えても踏み込む事は出来ない。
 
 

 イガラムが思考を巡らせていた時、ノックも無く扉が開かれた。
 そしてよく知る少女が入って来た。


「イガラム今のは本当なの……?」

「ビビ様……!!」


 焦り、声が裏返った。
 ネフェルタリ・ビビアラバスタ王国の王女。長年仕えて来た国王コブラの一人娘だ。


「私に詳しく教えなさい!!」

「な、何のことやら……? わ、わだ……ゴホッ、マ~マ~、私にはわかりません」


 イガラムはビビの性格はよく知っている。好奇心旺盛で幼いころからよく手を焼かされた。


「誤魔化さないで!! この国の敵は誰なの!!?」

「ビ、ビビ様!! 声が大きいです。しー、し―」


 まずいことになった。
 イガラムは動揺を何とか誤魔化そうとするも長年の付き合いになるこの少女には通じない。
 こうなれば自分が答えるまで梃子でも動かないだろう。
 

「イガラム!!」


 再び声を張り上げるビビ。その様子はとても真剣だ。


「………………」


 ならばいっそ……と、イガラムの中で一つの妙案が生まれた。
 己の失態はもはや隠しきれないだろう。誤魔化すことは無理だ。
 ならば、正直に話し、ビビの手だけに負える問題では無い事だと言うのを分からせた方がいい。
 

「……分かりました。お話します」


 イガラムはビビに対し己が掴んだ情報をかいつまみ話す。
 首謀者は分からない。敵は強大な地下組織。これ以上の捜索は国を危ぶむばかりだと。


 だが、イガラムの判断は長年付き合ってきた王女の行動力を見くびっていた事が大誤算だった。


「────だけど、しっぽは掴んだのよね……?」

 (しまった……!! しゃべり過ぎたか!!) 

 
 顔を上げれば不敵に微笑むビビがあった。
 説明は説得に転じる。だが、もはや王女を止める事は出来ない。
 例えここで説き伏せられたとしても、いずれ必ず行動に移す筈だ。
 もはやこれまでと、イガラムは腹をくくった。


「ならばビビ様……一つだけ質問をさせて下さい。
 ────死なない覚悟は……おありですか?」


 それは重く、残酷な質問だったのだろう。
 




 
◆ ◆ ◆






「組織運営は順調……。
 そう言えば新たにエージェントが加わったんだっけか?」


 専用の執務室でクレスは手もとの資料を読み終え、そう呟いた。
 ダンスパウダー事件以降、バロックワークスはアラバスタ王国の裏側で目まぐるしく活動した。
 資金集め、社員集め、破壊工作、潜入社員への演技指導。その全てが歯車のようにうまく噛み合い回って行く。
 バロックワークスの活動によりアラバスタは確実に崩壊への道を歩んでいた。


「最近起こった問題と言えばMr.7が “東の海” でやられたくらいか……」


 クレスは手もとの資料から一枚の書類を取りだした。
 そこには一人の男の写真が添付されていた。魔獣ような鋭い眼光の男だ。


「<海賊狩りのゾロ> ……。
 コイツのスカウトは失敗だな。どう考えても人に従う人間には思えない。
 対応は保留か……まぁ、妥当だな。 “東の海” じゃ地理的にも遠いし問題無いだろう」


 資料を机へと投り椅子にもたれかかる。結構な値段のする椅子はクレスを軋む事無く受け止めた。
 そして、なんとなく執務用の机で作業をするロビンを眺めていた。
 普段と変わらないように見えるが、クレスはどこか違和感を感じていた。
 ダンスパウダーの事件以降、ロビンはどこか冷たい印象を受ける。


 (まぁ、無理も無いか……)


 過去に地下組織に所属した時も同じ事があった。罪悪感で少しまいっているのかもしれない。
 慣れたつもりはないが、数々の犯罪行為をおこなってきた。しかし、それは生きるために必要な事でもあったのだ。
 しかし、今回は違う。今回は自分で目的を持って動いている。自分のために罪を犯している。
 気にするなというのも難しい話だ。
 


「Mr.ジョーカー、任務に行くからついて来て」


 ロビンからの要請。やはり少し声が硬い。
 だが、クレスはいつものように返事を返す。そしてロビンの後を追った。
 

「……ロビン」


 クレスはロビンが入り口のドアノブにてをかけた時、後ろから肩を叩いた。


「なに?」


 ロビンが振り向く。
 するとそこには伸ばされた人差し指。やわらかいロビンの頬をつついた。


「顔が硬いぞ、せっかくの美人が台無しだ」


 普段は言わないようなキザなセリフが出た。
 言っといて自分で恥ずかしくなったが、とりあえず我慢する。
 
 ロビンは少しの間唖然としていたが、表情を緩め微笑んだ。


「………ふふっ」

「……笑うなよ」


 苦笑し、クレスは指を離した。やはり、恥ずかしい。
 ロビンはいつものような優しい表情で、


「ありがとう。気をつけるわ」

「どういたしまして」


 だが、この表情が一時的なものである事が残念だった。





 
 任務のついでに、通り道の町を視察した。

 緑の町と呼ばれたエルマルはその土地のほとんどを砂で覆われていた。
 その渇ききった、枯れた町からはかつての様子を垣間見る事は出来ない。
 最近、最後の町人が避難し無人となっていた。


「……破壊工作は成功ね」

「そうだな。やはり運河を壊したのが効いたな」


 一通り町中を見て回る。
 やはり、完膚なきまでに枯れている。
 これ以上の散策は無意味だ。

 ロビンは事務的に町を見つめていた。
 クレスにはその心境は分からない。
 
 クレスはロビンを促し、町からの退却を勧める。
 ロビンは無言でうなずいた。


 そして二人はバロックワークスのオフィサーエージェント専用の送迎用カメ “バンチ” に乗り次の目的地を目指す。
 今回はやや長期の任務となる。海を渡り、直接社員達に指令を出すらしい。
 
 クレスは無機質な表情で前方を向いたロビンを見る。
 どうしたものか……と内心でため息をついた。













あとがき
今回は中継ぎのような話ですね。短めかもしれません。
名前だけですが多くのキャラが登場しました。
予定では、後一話くらいで原作に突入します。
次回はデートです。






[11290] 第三話 「あいまいな境界線」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2010/01/11 11:46
 ゆらり、ゆらり、と波に揺られる。
 雲の流れは緩やかだ、もちろん風も緩やかでこの分だと時化る心配は当分無い。
 海は青々しく壮大でどこまでも広がる。浮かぶもの全てがちっぽけに思えるほどに。
 如何なる大きさの船も、強大な海王類も、巨大な海獣も、一匹もカメさえも……。






「旅行に行こう」


 バンチという、バロックワークスのオフィサーエージェント専用の送迎用カメの上でクレスは唐突に口を開いた。
 話しかけた相手は波に揺られながら本を読んでいた幼なじみだ。


「……どうしたの?」


 僅かの沈黙の後に、クレスの隣に座っていたロビンが答えた。
 余りに唐突過ぎて反応に困っていた。


「いや、そういえばオレ達、社員旅行に行ってなかっただろ?」

「たしかにそうだけど、どうしたのいきなり?」


 バロックワークスには社員旅行の制度があった。
 慰安が目的で、年に一度社員に対し催される。
 ちなみに秘密結社なので旅行券は個別に配られる。


「ほら、今回の任務は思ったよりも時間空いただろ? 
 早く帰ってもどうせ良い事なんて無いし、どうせならどこかの島でバカンスでも楽しもうと思ってさ」

「たしかに今回は予定よりもだいぶ早く終わったけど、どこかで遊ぶような資金なんて無いわよ?」


 ロビンの言う通りだ、任務に必要な経費としては必要最低限しか手元に無い。
 アラバスタへと帰れば別であるが、現在あるクレスとロビンの資金を加えたとしてもそう贅沢出来る訳では無い。


「あ、そこは全然大丈夫だぞ」


 クレスは腰元に下げた、使い古しのサイドバックに手を伸ばした。


「……え?」


 ロビンが驚くのは無理も無い。
 クレスが取り出したのは二枚の旅行券だ。


「いや、前々からこんな感じで時間が余った時のために用意しといたんだよ」


 ふっふっふ……とクレスはしたり顔で笑う。
 

「いったいどこから……? 来月のお小遣いはまだの筈よ?」

「いや、待って。何度も言うけど流石にもう小遣い制は止めてくれ」
 

 クレスの小遣いは一ヶ月、五万ベリーである。サラリーマン並だ。


「クレスが貯金をする筈が無いし……まさか組織のお金に手を出してないわよね?」

「……オレもそこまでは堕ちてないぞ」


 クレスはがっくりと肩を落とす。

 クレスはあまり貯金と言うものをしない。
 散財好きと言う訳でもないが、あれもこれもと欲しいもの (甘いもの) を買っているうちに無くなってしまうのだ。
 あまり渡すと甘いものを食べすぎるので、小遣いの金額設定はロビンが決めている。


「カジノで増やして買ったんだよ。暇な時間にコツコツとな。……こういうのははあんまり好きじゃ無いんだけどな」


 クレスがそう言いと、ロビンが小さくため息をついた。

 クレスは余り賭博で資金を稼ぐのを良しとしている訳ではない。カジノに行く時は単純に遊びとして割り切っている。
 だが、今回は至急に手元にまとまった金額が欲しかった。

 
「それで、どこに行くつもりなの?」


 クレスの示す行き先に期待してか、ロビンが表情をほころばせる。
 任務中には見せないやさしい笑顔だ。


「行ってからのお楽しみだ」


 クレスはもったいぶるようにそう言った。













第三話 「あいまいな境界線」














 羽のような粉雪が降っていた。
 地面を白く染める雪はサラサラとして、風が吹く度に軽やかに舞いあがった。
 望む風景はそのすべてが見事な雪化粧が施されている。

 クレスがカメの舵(?)を取りロビンを導いたのは、観光地となっている冬島だ。
 

「……雪を見るのは久しぶりね」

 
 グランドラインは極端に天候が変わることもあるため、常備していたコートに身を包み、かじかむ指を温めるようにロビンが息を吐いた。
 吐いた息は白く、ゆっくりと澄んだ空気に溶けていく。


「まぁ、最近はほとんどアラバスタだったからな」


 砂漠にも雪が降ることもある。
 地域によって差はあるが、日中や夏季は日差しが照りつけ厳しい暑さが続くが、その一方夜中は冷え込み冬季になると極端に寒くなる。
 その時に、空中に雲ができ、雨をもたらせば、それは雪となって降り注ぐ。

 しかし、アラバスタでその現象を見る事は無かった。
 もともとが、常夏の夏島だと言うこともあるが、それ以上に、雨を奪われた大地に雪が降る奇跡を望むことは出来ない。


「……綺麗」

「……そうだな」


 細かい氷の結晶が空気中でキラキラと光りを受け輝いていた。
 ダイヤモンドダストと言われる冬島独特の現象だ。
 その光が、島にやって来た二人を歓迎するように煌めいた。


 雪がうっすらと積もる道を歩く。
 歩くうちに雪かきをする人々とすれ違う。
 両脇には雪かき用の溝。人々の必死な様子からすると、どうやら定期的に雪かきをしないと道が埋もれてしまうようだ。
 前方には橋が見え、その下を雪が溶けだしたような乳白色の川流れていた。
 川は極寒の地の中凍ることなく悠々と流れる。それどころか川は寒さを寄せつけようともしなかった。


「川から湯気? もしかして温泉?」

「ああ、その通り。ここは温泉地として有名な島らしい」


 クレスの言う通り、この冬島は温泉を観光の肝としていた。


「でも不思議ね。こんなロケーションならもっと人がいてもいいと思うのに……」


 それはロビンの疑問。
 世界中を回って来たロビンから見ても、この島の情景は素晴らしい。
 観光地として十分にやっていけるだろう。しかし、周りにいる人間は余りいない。
 通りすぎるのは、ほとんどが島の人間だ。
 これならもっと観光客がいてもおかしくは無い。
 

「ああ、その理由ならたぶん近くに大規模なテーマパークを有した島があるからだろうな」

「……なるほど。その陰に隠れちゃったのね」

「まぁ、この島にとっては不幸なことかもしれないが、オレ達にとっては幸運だったな」

「そうね」


 おかげでこの地は知る人ぞ知る、絶好の穴場となっていた。






 しばらく風景を楽しみながら歩き、やがて目的地の旅館に辿り着く。
 旅館は簡素であったが、どこか趣を感じさせる温かみがあるものだった。
 成金のゴテゴテした豪奢な建物を嫌うクレスらしい選択だった。

 門をくぐれば、旅館の女将が出迎えた。
 初老にもかかわらずは張りのある肌をした恰幅のいい女性だった。
 女将は気持ちのいい笑顔を浮かべて二人を部屋へと案内した。

 
「お部屋はこちらです。
 それにしても今日この部屋をお取りになったとはお目が高いですね」

「ん? どう言うことだ?」

「あら、ご存じないのですか。
 ならこれは秘密にした方がよろしいかもしれませんね」 

 
 二人の案内された部屋は、畳の敷かれた和風の部屋だった。
 統一された木製の家具はどこか安らぎを与える。
 部屋には大きな窓があり、外の風景が一望出来る。
 そこから見えるのは雪化粧が為された庭園だ。それはとても美しい。


「なるほど、こう言うことか」

「……綺麗なお庭ね」

「はい、今夜はここからの景色が一番かもしれません」


 クレスとロビンの二人は部屋で一息ついた後、女将の進めで温泉に入ることにした。


「じゃあ、また後で」

「ああ」


 当然、男湯と女湯で分かれているのでクレスとロビンは別々の入り口へと入った。
 脱衣所は閑散としていて、余り人はいない。
 服を脱ぎ荷物をロッカーに入れる。そして、腰にタオルを巻いてクレスは中に入った。
 

「……でけぇ」


 クレスの言葉が全てを現していた。
 それは湖のような巨大な温泉だった。
 温泉は緩やかな円形を描いており直径はだいたい五十メートルくらいある。
 湯気で隠れ、温泉の端が見えない。
 また、露天風呂になっているため、雪が降っているのが見えた。

 クレスは感嘆する。
 だが、同時にしまったと顔を歪めた。


「不味いな……ここまで広いとは思わなかった」


 クレスが思ったのはロビンの事だ。
 ロビンは悪魔の実の能力者だ。当然弱点として海に嫌われカナヅチとなってしまっている。
 通常の風呂くらいなら大丈夫なのだが、この広すぎる温泉は話が別だ。
 だが、手短かに済まそうと思って風呂に入った時、心配は安心に変わった。
 風呂は思ったよりも安全に配慮し設計されていて、子供でも溺れるなんてことは無さそうだった。


「……よかった」


 もしかしたら、ロビンが窮屈な思いをしているかもしれないと考えていたので、その心配が無くなりほっとする。
 心配事が無くなりクレスは安心して温泉を楽しむことが出来た。






「どうだった温泉?」


 先に上がり、旅館の浴衣に身を包んだクレスは後からやって来たロビンに声をかけた。
 
 クレスと同じく浴衣に身を包んだロビンの身体は温泉で温まった後でほんのりと上気している。
 時間からしてもゆっくりと温泉を楽しんだようだ。


「ゆっくりと温まったわ」

「そうか、よかった。
 これからなんだけどな、遊戯室があるらしいから行かないか?」

「いいわよ」

「よし、じゃあ、決まりだ」


 ビリヤード、卓球、ダーツ、各種ボードゲーム。
 遊戯施設は思ったよりも充実していて、クレスとロビンは時間を忘れ楽しんだ。
 勝負の結果に一喜一憂し、夢中になりながら楽しんでいると、気がつけばいつの間にか夕食の時間となっていた。
 二人はほんのりとかいた汗を再び温泉で流し、夕食は部屋に運ばれてくる為、自室へと戻った。
 
 夕食は海の幸を惜しげも無く使った豪華なもので、丁寧に味付けされていてとてもおいしかった。
 満足のまま夕食が終わり、しばらくした時に女将がやって来てクレスとロビンに向けて言った。


「温泉の方にはもう行かれましたか?」

「ああ、広くて驚いたけどなかなかよかったよ」

「ありがとうございます。
 大浴場の方に行かれたのでしたら、別の湯船などいかがでしょうか?」

「別とはどういうことかしら?」

「湯船の貸し切りサービスでございます。
 ご予約いただければ、無料で個室に案内させていただいております。
 夕食後は大浴場は家族連れで混み会いますので、こちらになさればゆっくりと出来るかと」

「へぇ、なかなかいいな。ロビンはどうだ?」

「いいんじゃないかしら?」

「では、決まりですね。案内いたします」


 女将が立ちあがり、クレスとロビンがそれに倣う。
 旅館の中を女将に先導され歩く。
 大浴場から、少しした所にその浴場はあった。


「女性の方はこちらの入り口となります。男性はあちらです」


 ロビンを先に女将は入り口に案内する。
 そして、ロビンが入り口に入るのを確認してから、女将はクレスに対して人懐っこい笑みを浮かべた。
 商売用では無い、本当の笑顔だ。その笑顔はどこにでもいそうなおばちゃんだった。


「ほんとはね、ここは有料の予約制なんだよ」

「は? ならどうして無料って言ってくれたんだ?」


 疑問をぶつけるクレス。
 女将はそれに、笑いながら答えた。
 

「サービスだよ!! サービス!! 今日と言う日の景気付けだよ!!
 ここの浴場作ったはいいんだけど最近じゃほとんど予約が入んないんだよ。
 心配しなくても、ちゃんと掃除はしてるよ。ただ、誰も使わないんじゃもったいないからね!!」


 女将はクレスに近付くと、無遠慮にばしばしと肩を叩いた。


「がんばんな!! あたしはアンタの味方だよ。
 全く、あんな綺麗な子連れてるなんて隅に置けないね!! このこのっ!!」


 そう言って、女将は親指を立てて 「グットラック」 と言い残し、カッコよく去って行った。
 クレスはその後ろ姿を呆気にとられてまま見送るしかなかった。


「がんばるって……何を?」


 クレスはその意味を直ぐに知ることとなる。



 予約制有料の筈の個室の脱衣場で、クレスはいつものように服を脱ぎ腰にタオルを巻いた。
 そこで温泉は個室だということを思いだしたが、まぁいいかとタオルを巻いたまま中へと入った。

 脱衣所の先は広々とした空間だった。
 個室と言うからには、一般的な風呂のようなものを予想していたのだが、目の前にあるものは違っていた。
 この個室はどこか気品あふれる作りとなってる。細部まで凝られた作りは、どこぞの名家の浴槽だと言われても何も疑問に抱かないだろう。
 共通点を上げるとしたならば、浴槽が大きい事と露天風呂だということだろう。
 たしかに、大浴場に比べれば小さいのかもしれない。しかしそれを感じさせない程広い。
 大浴場を小さな湖としたなら、こちらはプールと言ったところだ。
 おそらくはこの地にもともとあったものを利用したのだろう。
 お湯は天然温泉なので無尽蔵に湧いて来るが、どう考えても個人サイズでは無い。


「えらく奮発してくれたな、女将さん」


 今日はもうすでに二度も風呂に入っているので、かけ湯をおこないそのまま、乳白色の湯船につかった。
 腰に巻いたタオルはマナー違反なので頭にのせた。
 身体がじわじわと指先まで温まっていく。やはり温泉は良いものだ。
 露天風呂なので見上げれば空が見える。雪は止み、綺麗な満月が見えた。


「……見透かされてたかな」

 
 ぽつりと呟き、クレスは今日一日笑顔を絶やさなかったロビンを思った。
 
 クレスがロビンを強引に旅に誘った理由は、ロビンを気にしてであった。
 ロビンはバロックワークスの副社長として今までに無い規模で、その両手を悪事で染めて来た。
 今まではいい。生きるために仕方がないと割り切ることも出来た。
 しかし、今回は違う。今回は自らの目的を持って、その両手を悪事で染めている。
 実際、ロビンは目の前で苦しむ人々を見て来たのだ。
 アラバスタという国を確かな意志を持って毒のように蝕んでいく片棒を担いでいる。
 その事で心を痛めながらも、日々の任務を冷徹にこなしていく。
 長年一緒に過ごしてきたクレスとしては、ロビンのそんな表情を見るのはとても辛いことだった。
 だから、多少強引でも何かガス抜きをさせようと考えた。


「……せめて、今だけでも楽しんでいてくれていたら嬉しいんだけどな」


 クレスは少し沈んだ気持ちを打ち消すように、顔に温かい湯をかけた。



 その時、
 ガラガラ……という風呂の入り口の開く音が聞こえた。
 
 疑問に思うクレス。
 どういうことだ……?
 ここは個室の筈だ。他に人が入ってくる訳が無い。
 それとも、女将さんの勘違いだろうか? いや、それは無い。
 ということは誰かが間違えてやってきたのかもしれない。入り口には予約制との看板があったが目に入らなかったのかもしれない。

 クレスは入って来た人物に目を向けた。しかし、立ち上る湯気に阻まれよく見えない。
 まぁいいか……とクレスは興味を無くした。
 一人でこの湯船を独り占めできる筈だったが、これだけ広い湯船だ、もう一人増えたくらいどうってことない。
 クレスはぼんやりと湯船の端にもたれる。

 すると今度は、かけ湯の音が聞こえた。
 お湯の流れる音はゆっくりで繊細な印象を受けた。

 次に、チャプリ……と湯につかる音が響く。音は滑らかでお湯の抵抗をほとんど感じさせない。
 そして、ゆっくりと温泉の中を進み、クレスの近くへと近づいてくる。

 
(……これは一言くらい言っといた方がいいかな?)


 一応は貸し切りと言われた湯船だ。
 独り占めするみたいで悪いが、もしかしたら相手も間違えて入って来ている可能性もある。
 クレスは立ちあがると、頭にのせたタオルを腰元に巻き直し、水音の方へと近づいた。これが彼の明暗を分けた。
 
 クレスが水音をたてる。すると相手の水音が止んだ。無人だと思っていたが人がいて驚いたのかもしれない。
 しかし、水音が止んだのは一瞬で、相手もこちらへと近づいて来た。 
 相変わらず、外気に触れた温泉が湯気を立ち昇らせているので視界が悪い。

 互いの距離が近づく。すると水蒸気の中に影のようなシルエットが浮かび上がった。
 その姿は一歩一歩近づくごとにゆっくりとその細部が見えて来た。
 身体のラインはスラリとして、手足も細く長い。
 しなやかでありながらも全体的に柔らかな丸みを帯びた体つきはまるで、よく知る女性のようだった。


 この時、クレスに猛烈な悪寒にも似た何かが駆け巡った。
 そんな筈は無い。
 ここは個人用でその上男湯の筈だから、そんな筈は無い。
 目の前のシルエットがだんだんと薄れていく。
 
 その時、クレスは見た。
 
 申し分程度にを片手でもったタオルで隠された、女性の象徴である膨らみを。


 いやいやいやいやいやいやいやいやいや…………!!
 

 クレスは全力で目の前の光景を否定する。
 幻覚だ!! 幻覚!!
 落ち着け、今のは見間違いだ。おそらく疲れているのだ。
 今年でオレも28だ。そろそろ、無茶も出来なくなったのかもしれない。


 しかし、クレスの狼狽は露天風呂に吹き込んだ一陣の風が吹き飛ばした。
 靄のような湯気が消える。 

 そして……


「……えっ?」

「なっ!!?」 


 クレスは邂逅する。

 まず目に飛び込んだのは、湯船につかるために頭の上で一つにまとめられた湯気によって湿り気を帯びた黒髪だ。
 いつもは髪を降ろしているために見えないうなじがほんのりと上気した肌とあいまって余計に艶めかしい。
 その磁器のようなきめ細やかな肌も、どこか熱を帯びていて熟れたリンゴのようだった。
 前だけを申し分程度に隠したタオルは濡れて半透明になり、しっとりと上気した肌に張り付き余計にその色気を増長させる。
 たわわに実った二つの果実は細い腕によって押しつぶされ、柔らかくその形を歪めていた。
 また、濡れタオル越しからでもわかる、鳩尾から下腹部へと続くラインは絶妙に美しい。
 そして、半身になるような姿勢なので、無防備な後方が僅かに見える。
 肩甲骨に背中のラインは大人の色気を感じさせ、白桃のような臀部はほんのりとピンクに染まっている。
 あれはたしか互いに13の時だったか、うっかりと覗いてしまった時に見た、発達途中では無い。完璧ともいえる女性らしい体つきだ。
 歴史に名を残す彫刻家が人生を賭して作り上げた彫刻ような犯しがたい神聖さと共に、どうしようもない扇情的な質感が伴った、奇跡のような姿だった。


「ク、クレス………っ!!?」


 クレスが久しぶりに聞いた、かわいらしい焦るような声だった。
 もし、彼女にもう少し余裕があれば違った反応を示したのかもしれない。
 しかし、いきなり何の準備も無くこのような目にあってしまった為にうまく対応出来ない。
 たじろき、相手の全身が震えた。その瞬間、確かな肉感を伴ったその奇跡のような身体が豊かな胸元を中心としてふるえる。
 

「うっ……!!」


 クレスは鼻を押さえた。鼻血が出そうだった。
 目の前の女性は全身を隠すように、乳白色の湯船に身体を沈めた。
 クレスも弾かれたように後ろを向き湯船に身体を沈めた。

 そう、それはよく知る女性だ。
 幼いころからずっと一緒に生きて来た、幼なじみのロビンだった。






 互いに背を向け数分の時が過ぎた。
 クレスはまだ顔が熱いのを自覚していた。鼻血は何とか食い止めた。
 そしてようやく、全ての鍵を握る女将の言葉の意味を悟った。
 女将バカヤロー!! 心の中で罵っても当然意味は無い。

 ロビンの方も動いた様子は無い。ずっと、隠れるように動かない。
 暫く続いた沈黙はロビンによって破られた。


「クレス……そっちいい?」


 ロビンが落ち着きを取り戻した声で言った。
 

「あ、ああ……かまわないぞ」


 クレスは未だ動揺したままだったが、落ち着きを取り戻そうと全力を尽くした。
 ロビンは先ほどとは違い、しっかりと身体を隠すようにタオルを巻いて、乳白色の湯船につかりながらクレスの隣に移動した。
 タオルを湯船につけるのはマナー違反だが、今だけはどう考えても例外だ。


「………………」


 そして無言のまま、クレスの隣に座った。
 その距離は手が触れ合う程近く、肩が触れない程遠い。


「……今回は攻撃しないんだな」


 いくばくか平常心を取り戻したクレスがなんとなく気まずい雰囲気を和ませるように言った。


「もう、そんな事しないわ。子供じゃないんだから……」

「たしかに、子供じゃ無かったな……」

「何か言ったかしら?」

「何でもありません!!」


 ロビンはため息をつく。
 その時に一緒に出た白い息は澄んだ夜空に消えていく。
 そして、ロビンは僅かな沈黙の後に言葉に為した。
 

「……ありがとう」


 儚い響きのそれは、クレスに届き直ぐに消えた。


「……何の事だ?」


 とぼけるようにクレスは言う。


「……今日の事よ。とても楽しかった。ありがとう」

「別に気にする事じゃない。でも、お前が楽しんでいたならそれでいい」

「……うん」


 湯船の水面が僅かに揺らいだ。
 ロビンが膝を抱くように座りなおしたのだ。
 その様子は昔に見た海岸で寂しそうに泣いていた姿に被った。
 クレスは思わず声に出していた。


「別にさ……お前だけが悪い訳じゃないから」

「えっ?」

「今回の……アラバスタの件はお前だけが悪い訳じゃないから」

「そんな事無い……あの土地の人々を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めたのは私よ」


 俯き、ロビンは言う。間接的に自分は何人もの命をその手で奪って来た。
 クレスの慰めは嬉しい。でも、そんなの何の意味も無い。
 現に今でも、アラバスタの人間を踏み台にしてまでも “歴史の本文” を求めているのだ。


「ああ、それは正しい。……それがお前の “罪” なんだろう」

「だったらっ!!」


 叫ぶロビン。しかし、その叫びはクレスの目を見た瞬間に消えた。
 クレスの瞳はやさしい光を灯している。
 しかし、それでいてどこか悲しそうな、今にでも泣きだしそうな瞳だった。


「でも、オレにも “罪” はある。
 オレの罪はさ、ロビン……選択をお前の意志に委ねた事だよ。
 おそらくオレが止めろって言ったらお前はクロコダイルに接触しようなんて思わなかった筈だ。考えはしても、それを打ち消して止めた筈だ」


 事実その通りだっただろう。
 クレスが止めろと言えば事実ロビンは接触は止めた。
 

「オレはさ……甘い人間なんだよ。
 だから、誰にでもやさしく出来る訳じゃないし、当然やさしくする相手には順位をつける。
 どちらかを選べって言われたら、順位が下のものだったら、迷った上で結局オレは捨てると思う。今までそうして生きて来た」

「…………………」

「そしてオレは今もお前に止めろとは言わない。
 それはアラバスタの人間全員よりもお前の順位が上だからだ。
 お前と、お前の描いた夢が上だからだ。お前が望むならオレは構わない。
 こんな歪んだ人間なんだよ。だから、───────オレとお前は同罪だ」


 クレスは自嘲するように笑った。
 その瞳は夜のように深い黒だ。見る者によってはどうしようもない不気味さを感じるだろう。
 しかし、ロビンにはやさしい色に見えた。

 クレスが言いたいことは分かる。
 自分達は同じような “罪” を共有しているのだ。
 だから、一人で悩むのは違う。そう言っている。隣には自分がいると。
 ………だからこれは甘えだ。


「私達の “罪” はどうしたら償えるのかしら」


 この言葉はまだ心のどこかでクレスに依存している証拠だろう。
 罪の償い方、その方法。答えの無い答えを与えてほしい。


「すまん……分からん」


 だが、クレスは手厳しい。


「……そうよね」


 だけど、クレスはやさしい。
 投げかけた質問には力の及ぶ範囲で全力でこたえる。


「罪ってさ、 “償う” もんじゃなくてさ “背負う” もんだと思うんだ」

「………背負う?」

「ああ、一生消える事の無いその重さを背負い続ける事。そしてその重さに応じて苦しみを味うものだと思う。
 感じる重さは人それぞれでさ、同じ重さでも重たく感じる奴もいれば軽く感じる奴もいるんじゃないのかな?」

「それならクレスの “罪” は重い?」

「さぁ、もしかしたらロビンよりも重いかもしれないし、軽いかもしれない」

「……そう」

 
 呟く、ロビンにクレスが問いかけた。
 意趣返しの少し意地悪な質問だった。


「じゃあ、ロビンの “罪” は重いか?」

「……もしかしたらクレスよりも重いかもしれないし、軽いかもしれないわね」

「……そっか」


 そして、再び沈黙が訪れた。
 昼間雪模様だった天気はすっかりと回復し、雲は少なくなっていた。
 カーテンのような雲が無くなり、月は澄んだ空気の中で微笑むような光を放っていた。
 その時、水面が再び動いた。
 クレスがやさしく、包み込むようにロビンの手に自分の手を重ねたのだ。


「じゃあさ、その重さを支えあわないか? 今までみたいに。……もしかしたら軽くなるかもしれないぞ?」


 ロビンの鼓動が高鳴った。
 もしかしたら、この言葉を欲していたのかもしれない。


「……クレスとなら……喜んで」


 そして二人は、肩が触れ合うほど近づいた。
 





 胸に安らぎが満ち溢れたこの時、ロビンはふと思った。
 自分達の関係とは何だろうかと。

 ロビンにとってのクレスとは、仲の良い家族であり、頼れる兄であり、手のかかる弟であり、大切な幼なじみだ。
 ……しかし、それだけでしか無い。
 他人が見れば自分達は “そういうもの” として見えるのだろう。
 しかし、実際は違うのだ。
 自分達はただの幼なじみ同士。それで十分だった。今までと同じ、何も変わらない。
 クレスと共に過ごした時間はロビンが生きてきた時間だと言っても良いだろう。
 この関係は変わらない。変えられない。


 だが、それでいいのか? 


 このことは今までも何度か考えたこともある。
 しかし、その度に何度もその考えを打ち消してきた。
 ロビンとクレス関係。クレスとロビンの距離。
 どこまでも近い筈なのに、薄氷一枚で触れ合えない絶対的な距離。


 二人の距離は肩が触れ合うほど近く、唇までは遠かった。
 













◆ ◆ ◆











 暫く並んで温泉につかっていたが、長湯で身体を壊さないように湯船から上がることにした。
 互いに後ろを向き立ちあがる。
 クレスは脱衣所へと向かう途中で、身体を洗っていないのを思い出した。
 ロビンがいる状況なので、まぁしょうがないと脱衣所に向かった。昼間も洗ったし大丈夫だろう。
 

「クレス……背中流してほしい?」


 なので、この言葉にはどうしようもなく動揺した。


「あ、あああ、あほォ!!」

「そう、……残念ね」


 本気なのかからかいなのか分からないロビンの言葉。
 平常心に戻った筈の心は一瞬で動揺する。
 一瞬想像してしまった。想像して気付いた。どう考えてもヤバい。
 倫理的だとか感情的だとか言う難しい事を彼方までブッ飛ばして、理性が果てる。
 だから、クレスは逃げるように脱衣所へと跳び込んだ。
 このままでは自分を保つ自信が無かった。

 速攻で服 (といっても浴衣だが) を身にまとい。
 大浴場の番台まで走り込み、冷たいコーヒー牛乳を大量に買い込んだ。
 その時、通りかかった女将に無性ににこやかにほほ笑まれたが、見て無いことにした。

 そしてまた全力で走り抜け個別温泉の近くのベンチに座りこみ、冷水をぶっかけるように体の内側からコーヒー牛乳で冷やしていった。
 

「これは……ヤバいだろ」


 熱い頬を自覚する。冷たいコーヒー牛乳の瓶で冷やしてみるが、なかなか治らなかった。





 クレスの周りに何本も空ビンが転がったところでロビンがやって来た。
 火照った肌が無性に色っぽかったが、クレスは極めて平静を装い、ロビンにコーヒー牛乳を差し出した。
 ロビンは湿った髪をかき上げ頬笑み、それを受け取った。
 いつものように会話を交わし、自室へと戻る。
 そうしているうちに気持ちもだんだんと落ち着いて来た。
 さっきまでの感情は気の迷いか何かだ。ロビンの事は好きだ。しかし、それは家族としてであって、決して “そういう” 関係では無い筈だ。
 そうだ。ロビンは大事な家族。これまでも、これからもずっとそうある筈なのだ。
 
 二人で自室へと続く通路を歩き、もっていた鍵で入り口の扉を開け、中へと入る。
 そして、二人は凍りついた。

 部屋にはサービスか布団が敷かれていた。
 そこまでは普通だろう。どこでもやっているサービスだ。
 だが、問題は……
 


 一つの布団に二つの枕が並べられていることだった。



 こういうことは今までもあった。
 クレスとロビン世話好きな世間の目は二人を “そういうもの” として認識する。
 昔は赤くなったりした事もあったが、最近は冷静に対処してきた。

 だが、今回は無理だった。
 先程あった風呂場での出来ごとが完全に尾を引いていた。
 クレスは動揺し、ロビンですら顔を赤くし俯いている。


「は、はははは……女将さんも困った人だな」

「そ、そうね」


 極めて平静である事をお互いに装った。


「ち、ちょっと、女将さんに話をつけてくるわ」

「い、いえ……わ、私がいくわ」


 その時、クレスとロビンは同時に動いた。
 互いに、互いが動くとは思ってはおらず、ロビンとクレスの身体がぶつかった。
 クレスの鍛え抜かれた身体は軽いロビンをよろめかせる。
 ロビンの身体が後ろに倒れる。クレスはとっさにロビンに腕を伸ばした。
 ロビンがとっさにその腕を掴んだが、今度はクレスの身体のバランスが揺らめく。

 

 ……そして、クレスはロビンを押し倒すように倒れてしまった。



 真っ白な清潔なシーツの上にロビンの風呂上がりで艶を増した黒髪が広がった。
 そのひと房がクレスに触れる。最上級のシルクのようになめらかな肌ざわりだった。
 近づく、クレスとロビンの顔。ロビンからはシャンプーと花のような良い臭いがする。許されるならこのまま埋もれてしまいたいほどに。
 クレスの心臓が爆発するように高鳴った。後少しでも近づけばロビンの瑞々しい唇に触れてしまいそうだった。
 身にまとった浴衣は着崩れ艶やかな肢体を晒す。ロビンはクレスの下で恥じらうように頬を染めた。
 その姿はどうしようもなく魅力的で、クレスの理性をどろどろと溶かしていく。


「……クレス」


 ただ名前を呼び、ロビンは艶っぽい目を閉じた。


「うっ、……あっ、……」


 その姿にクレスは慄いた。
 無意識のうちに引かれた二人の境界線。それがどんどんと曖昧になっていく。
 目の前のそれこそ赤ん坊の頃から一緒だった女性が目の前で全てを自分に委ねた。
 血が駆け巡り、目の前の景色が望楼としてくる。
 どうすればいい? 分からない。自分はどうすればいいのだ? 


 澄んだ空気を通して陰る事の無い見事な満月が光り輝く。
 その月光が二人の姿を照らし、影を作った。


 クレスは動かない。動けない。
 彼の理性は溶けていた。しかし、そんな中で彼をつなぎ止めていたのは忌まわしい記憶の中で交わした母との約束だ。






───────絶対にロビンちゃんを守るのよクレス!!!






 “守る” とは何か? 長い人生の中でクレスはそれを “ロビンが笑顔でいる事” と定義づけた。
 アラバスタの件もそうだ。次々と消えていく夢への足跡にロビンが焦り、悔やむ顔をを見たく無かった。

 自分が今しようとしている行為は何か? それはロビンを “守る” 事が出来るのか?

 そもそも、自分はロビンにとっての何なのだ? 
 幼なじみだと言えばそれが一番端的に関係を表すだろう。
 隣に立ち、支えあえる。でも、それ以上は踏み込めない。
 自分は幼なじみ。そう、幼なじみ。これ以上でも以下でも無い。近くも遠い。そんな存在だ。

 だから……













「……すまん。重いだろ。今どくから待ってろ」

「えっ……」


 小さく驚いたロビンを無視するようにクレスは立ちあがる。
 そして後ろを向き、ロビンが着崩れた浴衣を直すのを待った。


「……悪かった」

「いいの……気にして無いわ」


 そして、クレスは境界線を引き直す。
 ……幼なじみとして。

 後ろを向くクレスにロビンは何も言わなかった。
 これが今までと同じ関係なのだ。どこまでも近い筈なのに薄氷一枚で触れ合えない。


 あんなに輝いていた月が陰る。
 雲は厚くクレスとロビンから月の光が失われていく。か細い一条の光だけを残して、やがて消えた。
 冷たい空はやがて雪をもたらした。


「……布団を取ってくる」

「ええ……行ってらっしゃい」


 クレスが入り口に手をかける。

 その時、暗い夜空が急に光り輝いた。
 淡く青い燐光が煌めく。続けて、赤、緑。
 遅れて、轟音が響いた。
 冬島の厚い雲に覆われた寒々しい夜に、熱くも鮮やかな巨大な花が咲いた。


「……花火か」

「……綺麗ね」


 冬島で見る花火。
 雪が舞い散る中で花開く夏の風物詩。
 それはとても幻想的で、美しい。
 二人は女将が言っていた言葉を思い出した。今日はこの島にとって特別な日なのかもしれない。


「……お布団はこれが終わってからにしたら?」

「そうだな……」


 クレスはロビンの隣へと座った。
 一つの布団の上に男女二人が肩を並べ座る。
 ロビンがクレスの手を握った。二人に許された距離。
 とどきそうな程近く、どうしようもなく遠い。

 そんな位置でクレスはぼんやりと鏡のような瞳で花火を眺めていた。













あとがき

今回は問題定義の回ですね。
クレスとロビンの距離が縮まる事があるのか? この作品の根幹的な問題です。
今回の話はフルメタルパニックの文章を参考にしました。
……やりすぎたかもしれません。
描写がおかしいなどのご意見がありましたらお願いします。

 




[11290] 第四話 「裏切り者たち」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:9f5e60ff
Date: 2010/01/11 11:50
 いつもの執務室で資料に目を通すロビンをクレスは見ていた。
 その表情は真剣ではあるが以前に比べては穏やかでもある。
 色々とあったがどうやら息抜きは成功した様だ。

 バロックワークスの活動は佳境へと差し掛かっていた。
 アラバスタは内部から大きくその国力を削ぎ落としていく。
 国王コブラは上手く国をまとめているが、反乱軍は大きく膨れ上がり、国家転覆のカウントダウンは始まっている。
 この事態を遮る壁は存在せず、このままいけばクロコダイルの思惑通りになるのは時間の問題だった。

 
「これは……」


 クレスがぼんやりとしていた時、ロビンが何やら驚くように声を出した。


「どうした?」


 クレスがロビンに問いかける。
 ロビンは僅かに思考した後に、クレスの問いに答えた。


「少し……聞いてほしい事があるの」


 ロビンの手にはバロックワークスの社員リストがあった。












第四話 「裏切り者たち」













 それは類稀なる幸運だったのかもしれない。
 それとも、必然だったのかもしれない。


 バロックワークス。祖国を蝕む強大な組織。
 アラバスタ王国の王女であるビビと護衛隊長であるイガラムは何とか問題の組織に潜り込んだ。
 しかし、潜り込んだものは良いものの、組織は完璧な秘密主義が採られており生半可なことでは情報を集める事は難しかった。
 祖国を蝕む為に与えられる任務を、苦々しくもこなしながら暗闇の先のような手がかりを探す日々。
 そんな二人に転機が訪れた。



「……ビビ様こちらです」


 潜入先でMr.8となったイガラムは声を押し殺し、傍らにいるビビに語りかけた。
 路地裏に必死で身体を隠し、前方の人物を観察する。


「……様子はどう?」

「……未だ動きはありません」


 イガラムは再び、観察対象の二人を見る。

 一人はすらりとした、艶やかな黒髪の女性。
 大人びた面立ちは整い、鼻筋はすっと中心を通り、瞼は綺麗な二重で色気を放ち、口元にはミステリアスな微笑が浮かんでる。
 肌は磁器のようにきめ細かく、時折覗く四肢がなまめかしい。

 もう一人は鍛え上げられた肉体が衣服越しでもわかる、パサついた髪の男だ。
 髪の色は黒なのだが、日に当たると干し草のような柔らかい色に透いて見える。
 そして、鍛え上げられているといっても、どこか洗練された機械のような機能美を感じさせる細身だ。
 一見優男にも見える真面目そうな顔立ちをしているが、その眼だけはどこか暗い光を灯している。

 ミス・オールサンデーとMr.ジョーカー。
 ビビとイガラムが潜入したバロックワークスの上司と、その護衛といった二人だ。
 秘密主義の組織において、この二人だけが首謀者の正体を知っていた。
 ともすれば、首謀者に近づく為の鍵となる人物だ。イガラムとビビは現在この二人の尾行をおこなっていた。

 問題の二人は何やら会話を交わしている。
 聞き取れない。様子からするとたわいない日常会話なのかもしれないし、はたまた、重要な要件なのかもしれない。
 

「……動いた!!」

 
 物陰で息を殺し暫く、問題の二人が動いた。
 身を隠しながらビビが二人の後を追う。イガラムもそれに倣った。

 幸いにも、通りには人も多く、隠れる事の出来る物陰も多い。
 おまけに距離もだいぶ離れているので見つかる心配は少ない筈だ。
 問題の二人はまるで、恋人のように睦まじく歩いて行く。
 それはどこにでもいる一組のカップルで、その姿は完全に人ごみに紛れこんでおり、目を離せばすぐにでも見失ってしまいそうだ。
 
 メインストリートを抜け、やがて二人は人通りの少ない裏道へと入った。

 イガラムとビビの二人は慎重に身を隠しながらそれに続いた。

 裏路地は迷路のように続いて行き、やがて完全に人影が無くなった。
 辺りは表町の開発において行かれ、過疎化してしまった、寂れた場所だ。
 通りには、いくつかの店舗があったが、その全てが入り口の扉を閉ざしている。
 昔は栄えていたのかもしれないが今はその面影を感じる事は無い。

 その時、人影が無くなった為か、問題の二人の話声がやけにはっきりと聞こえた。


「Mr.0に報告すんだっけか?」

「ええ、ここの電伝虫を使うの」


 前方には古びたというよりも、忘れ去られたとでもいうべき、建物があった。
 周りの荒廃した街並みに完璧に溶け込んでおり、明かりさえつけなければ人がいるとは思われないだろう。
 イガラムは記憶を辿る。確か、この建物はバロックワークスの連絡用のアジトの筈だ。
 そして、問題の二人は特に警戒も無く建物に入った。
 
 この時、物陰に身を隠したイガラムとビビは大きな判断を求められた。
 目の前には大きな手がかりがある。だが、これは同時に危険な賭けでもあった。

 イガラムやビビがそうである、ナンバーが12から6までのフロンティアエージェントとは違い、ミス・オールサンデーはほとんどが悪魔の実の能力者で構成される別格のオフィサーエージェントなのだ。
 それは、Mr.ジョーカーに関しても同等だ。聞いた噂ではMr.ジョーカーの実力もオフィサーエージェントの面々からも一目置かれているバケモノだ。
 この二人を敵に回して勝てる可能性などまず無い。このまま、監視を続ければその危険は増すばかりだ。
 イガラムは悩む。このまま二人の後を追うのは余りにも危険があり過ぎる。


「……イガラム行きましょう」


 だが、王女は決断した。危険と隣り合わせの状況で前に進む事を望んだ。


「お待ちください!! 余りにも危険すぎます!!」

「危険ですって? それは今更よイガラム。私たちは何のためにこの組織に潜入したの?」

「ですが……!!」


 心配するイガラムをよそに、ビビは震えを必死で押し殺した声で言う。


「アラバスタのためなの。すぐそこに手がかりがある、……じっとなんかしてられないわ」


 イガラムはビビの決意を読み取る。確かに、祖国を思えば躊躇出来る状態では無い。


「……分かりました。
 お供しましょう。ですが、もしもの時は私を置いてお逃げ下さい」

「……大丈夫。うまくいくわ。
 もしもの時も、島にはカル―もいるからきっと無事に逃げられる」


 ビビの言う “無事” にはイガラムも含まれている。
 この王女は優しすぎる。時にそれが弱点となる程に。


「……そうですな」

 
 しかし、現実というものはそこまで甘くない。
 イガラムはビビの言う “無事” で事が運ぶことを祈るばかりだった。
 それは自身の保身ではなく、王女に対する気持ちであった。

 そして二人は足音を殺し建物へと近づいた。
 アジトは随分と古びているが、その割には壁は厚い。
 二人は裏手へと回り込み、僅かな隙間を見つけそこから様子をうかがった。
 
 中では案の定、ミス・オールサンデーが電伝虫で通信をおこなっていた。

 
「……ええ、任…は完…よ。問………無い…。…………そう、大…ね」


 距離があるためか随分と聞き取りづらい。
 完全な文脈までは分からない。何とか単語の一部を聞きとるのがせいいっぱいだ。


「詳……後……状で連………わ。…………電……は極……使わ……な……?」

 
 このままでは、重要な情報を聞き逃してしまうかもしれない。
 イガラムの中で焦りが生まれる。それはビビも同じだった。
 
 焦りからか、無意識のうちだったのだろう。
 彼らは大きなミスを犯した。
 必要以上の体重をこちらとあちらを仕切る壁にかけてしまったのだ。


 ギシ……


 骨が軋むような、予想外なまでに不気味な音が古びた壁から出た。
  

「「!!」」


 驚き、体制を戻すももう遅い。たてた音は消えない。心臓が飛び出そうな程脈打った。

 もはやこれまでか……? 
 イガラムは拳に力を込めた。
 自分ではこの二人に勝てないのは分かり切っている。
 王国最強騎士ともてはやされる部下の副官二人でも勝てるかどうかわからぬ相手なのだ。
 だが、この身は王国に捧げた護衛隊長だ。たとえ命果てようとも傍らの王女だけは死守しなければならない。
 

 だが、前方の二人は立てた音に反応を示さ無かった。
 ミス・オールサンデーの方は気付かず電々虫でMr.0であろう男と話つづけている。
 Mr.ジョーカーの方も変わらず、ミス・オールサンデーの近くでくつろぐようにたたずんでいた。

 
 その不自然さに、一瞬、罠かと疑う。
 しかし、冷静に考えれば彼らが罠を仕掛ける意味がない。
 “謎” がモットーのバロックワークスでは裏切り者は問答無用で抹殺される運命にある。
 ならば、戸惑う事無く殺しに来る筈だ。その実力も十分に持ち合わせている。
 
 ならば何故だ……?
 疑問に思うイガラム。
 しかし、彼の疑問は直ぐに氷解する。
 風だ。
 建物に吹き付ける風が、カタカタ、ギシギシ、と断続的に古びた建物を小刻みに揺らしていた。
 幸運にも、先ほどの物音もそれらに紛れたのだろう。
 
 イガラムは未だ緊張した面持ちのビビに向け安心させるように一度頷いた。
 ビビはイガラムの様子から、まだ安心であるという事を読み取った。

 同じ轍は踏まないと二人はより慎重に部屋の中を覗き込んだ。
 やはり聞こえにくいが、全身全霊で聞きとる。
 妖しい艶を放つ、ミス・オールサンデーの唇が言葉を為す。


「…… “アラバスタ” ………の……海賊……を狩……………」

 
 イガラム、ビビの二人の確信に迫る単語がミス・オールサンデーの口から発せられていく。
 口の中がやけに乾く。唾を飲み込もうにも些細な物音すら立てれば命は無いかもしれない。
 先ほどのような奇跡は起こらないと考えた方がいい。


「フフ……まさ…… “Mr.0” ……世…政府…認…… “七武海” …… 」


 …………!!  

 イガラムはその驚きをのみ込むには多大な心力を必要とした。
 それはビビも同じで必死に自分を抑え込んでいた。
 
 ミス・オールサンデーが発した単語を再確認する。
 すると、驚くべき人物が浮かび上がった。
 真偽の程は分からないが、しかし、そう考えれば説得力もある。

 “七武海 サ―・クロコダイル” アラバスタ王国も所属する世界政府公認の海賊だ。
 この男が、“Mr.0” 。
 この男が祖国の怨敵……!! 
 
 
 重要な情報を手に入れた二人。二人の表情に希望が指す。
 これで、祖国を救う足がかりが出来たのだ。
 これで、昔のような平和な国を取り戻せる……!!

 後は、気付かれ無いように退却するだけだ。
 距離さえ取れば安心だ。一刻も早くこの事を伝えなければならない。



 しかし、希望と共に軽く高揚した心は、一瞬で絶望と共に凍りついた。
 二人の全身が硬直する。呼吸すら止まった。




 前方の恐るべき力を秘めた二人が、こちらを、見ていた。

 全身が金縛りにあったように動かない。

 ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーの瞳がこちらを見つめた。

 雑作も無く二人を始末するであろうバケモノ達がこちらを見ていた。

 完全にイガラムとビビの二人と目があった。


 イガラムとビビ、二人の全身を電撃のような悪寒が走って行く。戦慄し動けない。
 そんな二人に対し、一枚の薄い壁の先にいる二人は、ただ、微笑んだ。
 その表情を何と許容すればいいか、目を細め、口元を柔らかく曲げている、普通の笑みの筈なのに、どうしようもなく恐ろしい……!!
 思考が完全に停止する。
 蛇に睨まれた蛙のように全く動けない。
 二人に対し、Mr.ジョーカーが口元を動かした。


「────────────」
 

 そして、恐るべき二人は興味を無くしたように視線を外した。
 何事も無かったように電伝虫の受話器を置く。
 するとそのまま、動揺する二人を置き去りにするようにアジトから姿を消した。


「どういう……こと……?」


 二人の姿が完全に見えなくなり、緊張が解けたのかビビが震える声で呟いた。


「……わかりません」


 そう、答えるしかなかった。

 あの様子では、尾行には完全に気付かれていた。
 それでいてなお、放置された。
 そこにどんな思惑があったのかは分からない。
 先ほどの会話も重要な単語だけはやけにハッキリと聞こえた。
 まるで、自分たちに聞かせる為のようにだ。
 今にして思えば、電伝虫で本当にMr.0と会話を交わしていたかも疑わしい。
 

「『せいぜい、がんばれ』ってどういうこと……っ!!」


 唇を噛みしめ、ビビは拳を振り下ろした。
 ビビの拳は冷たい地面へと当たり、自身を傷つける。血が滲んでいた。


「なめんじゃ……ないわよ」


 そして、崩れるようにうずくまる。
 その屈辱はイガラムも十分に感じていた。
 
 ミス・オールサンデー、Mr.ジョーカー二人の言葉に嘘は感じなかったのだ。
 二人はあざ笑うかのように、残酷な真実を告げたのだ。


「この借りは高くつくぞ……!! バロックワークス!!」


 未だ動揺を隠せぬ全身を叱咤し、イガラムは静かにビビを促す。
 そして、ビビと共に必死に動揺を隠し素早く退却を図った。
 もたらされた、重要な情報と共に……。







◆ ◆ ◆







 島の港近くに位置するオープンテラスにクレスとロビンの姿はあった。
 

「さて……どこまでいけるか?」

「さぁ、分からないわ」


 クレスとロビンがアラバスタの王女と護衛隊長が組織に潜り込んでいる事に気付いたのはつい最近の事だ。
 よくもまぁここまで大胆な行動を起こせたと感心するような行動力である。
 今はまだ、この事実に気付いているのはクレスとロビンの二人だけだったが、バロックワークスの内偵は優秀だ。それもやがて露呈するだろう。
 そうなれば間違いなく抹殺命令が下る。ならば、まず命は無いだろう。


「でも、よかったの?」

「ん?」

「これは立派な背信行為よ」


 だが、そう言うロビンに批難するような様子は無い。
 むしろ口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 今回の件はロビンが異変に気付き、クレスに知らせた。
 そして、どう動くかを二人で相談し決めた。


「なに……裏切りはいつもの事だろ?」

「ふふ……」
 

 バロックワークスの活動は終盤へと差し掛かっていた。
 大きな動きに出る日も近いだろう。そうすれば、探し求めていた歴史の本文に手が届く。
 アラバスタの崩壊と引き換えに……。

 それが唯一の方法であるが、抵抗が無いかと言えば別の話だ。
 全てがクロコダイルの思い通りになるのは面白くない。
 

「だが、これで……やることが出来たな」

「そうね」


 そう言うクレスの口元に浮かんだ笑みに、つられるようにロビンは微笑んだ。












あとがき

やっとパソコンが使える状況へと帰ってきました。
しばらくの間更新が止まり申し訳ありませんでした。

今回はビビとイガラムの接触の回です。
物語はこれからが本番ですね。
なんとか冬休み中にアラバスタ篇を終わらせたいです。




[11290] 第五話 「共同任務」
Name: くろくま◆036b4b79 ID:be9c7873
Date: 2010/01/11 12:00
「お久しぶりねい!!! ジョーカーちゃんにサンデーちゃん!!! 今日はどうしたのう!!?」


 アラバスタのとあるホテルの一室。そこに、クレスとロビンそしてベンサムの三人は居た。


「近くに寄ったからお前の顔を見に来た……と言いたいとこだが。悪いな。任務の受け渡しだ」


 クレスがそう言い、ロビンがベンサムに書状を受け渡す。


「あらそう? でも、全然構ーわないわよう!!
 でも、珍しいわねい? 書状の受け渡しくらいなら、別にあんた達がわざわざ出張る必要なんて無いんじゃなーい?」

「いや、そうでもないんだよ」

「指令に目を通してみて」


 ロビンに促され、ベンサムは手渡された指令書に目を通す。
 そこには、機械的な筆跡でこう書かれていた。



『Mr.2 ボンクレー。貴公に任務を与える。
 今回の任務は、貴公の能力でとある要人をコピーすることだ。
 詳細はこの指令書の受け渡し時に口頭にておこなう。』



「あん? つまりこの説明の為にやって来たのねい」

「いや、それだけじゃないぞ」

「続きを読んでみて」



『この任務は我が社にとって最重要任務となる。失敗は決して許されない。
 なお、貴公のサポート役としてミス・オールサンデーを派遣する』



「あらそうなのう!!?」

「そういうことだ」

「あらん? でもこれだとジョーカーちゃんの名前が無いわよう?」

「まぁ、それは仕方ないだろ。オレの立場はミス・オールサンデーの私兵だからな」


 クレスの立場はは公式にはロビン個人の私兵となっている。
 指令書に名前が無いのは、正式にバロックワークスに所属している訳ではないためだ。


「じゃあ、今回はこの三人での任務になるのねい。あちしゾクゾクしちゃう!!! んー!! ノッッて来たわ!!! あちし回る!!!」


 ベンサムはハイテンションで、いつものバレエっぽいポーズを取ると、つま先立ちでクルクルと回り出した。
 うっとおしい事この上ないが、長い付き合いなので特に気にしない。


「で? 早くおーしーえーなさいよう!! その任務の事!!」












第五話 「共同任務」













 アラバスタ王国の首都アルバーナには荘厳な宮殿がある。
 周囲を城下町ごとそびえ立つ台地の上に造られ、高い城壁によって守られる、歴代の王が代々居を構えた四千年もの歴史を持つ由緒正しいき宮殿だ。
 その、巨大なたたずまいは見る者全てに圧倒的な権威を見せつける。
 
 しかし、一見華やかに見える王居だが、その外見とは裏腹にその内部での生活は国民たちと同じように切り詰められている。
 まずは、切り詰められるところから切り詰めなければならない。これは、国王コブラの意向だ。
 今までそうして己の身を削り国民達に尽くしてきたのだ。

 だが、度重なる反乱によって国力は疲弊し、国力は相当衰えた。
 もとより豊かではあるが、裕福な国では無かった。
 代々に渡り善政を布いてきたおかげか、国民からの信頼も厚く国としては安定していたが、アラバスタの産業の全てはアラバスタの広大な自然の影響を受ける。
 よって、国はいつもどこかしらに問題を抱えていた。
 
 しかし、その全ては決して人には操る事の出来ない天候の導きなのだ。
 そしてそれは、アラバスタという国が長年に渡り守り抜いて来た不文律でもある。

 だが、その法則が破られた今、国は乱れていた。



「国王様。出立の準備が完了いたしました」


 国王コブラは王宮の自室において、忠臣であるぺルからの報告を聞いた。
 

「うむ」


 部下からの報告に、コブラは頷く。
 その表情に刻まれるのは確かな威厳と隠された苦悩だ。
 そんなコブラにぺルは沈痛な面持ちで続けた。


「申し訳ございません。今日は王妃様のご命日であるというのにこのような……」

「よいのだぺル。むしろお前達には感謝しているくらいだ」


 コブラは窓から外の景色を眺める。
 王居アルバーナは分厚い雲に覆われてた。本来なら天の恵みと感謝を捧げる筈の雨雲だ。
 しかし、ダンスパウダーにより無理やり作られた雨雲から降り注ぐものは、アラバスタという国の血にも等しい。
 この雨が王都のみに降り注ぐ度に、アラバスタが朽ちていく。


「いえ……。せめて、今日だけは心安らかにあって欲しい我々の願いでもあります」

「……そうか。ならば余計に礼を言わねばなるまい」

「コブラ様……」


 ぺルはコブラの心を慮る。
 現在の国内の混乱は決して、国王に責任は無い。
 不確かな情報が錯綜する中で副官であるぺルはその事だけは確信していた。
 それに、現在国王コブラが抱えている問題は内乱の事だけでは無い。
 忠臣である護衛隊長のイガラムと王女であるビビの突然の失踪も国王コブラの苦悩の一つだ。
 
 これは何も、コブラだけに限った問題では無い。
 二人の事だ。なにか誰にも言えないような手がかりを掴み、王国のために動いているに違いない。
 しかし、信頼と人望に厚い二人の失踪は王宮に確かな影を落とした。

 ぺルはこれ以上言葉を重ねても無駄なだけだと悟り、事務的に連絡をおこなった。


「本日はチャカを王宮に残し、私と厳選した部下数人によるお忍びという形となります。申し訳ありませんが、警備の都合上あまり多くの時間は取れません」

「構わん。お前達の好意に感謝する」


 国王からの言葉にぺルは身を低く下げた。



 王妃ネフェルタリ・ティティは王宮から西にある葬祭殿において永き眠りについていた。
 だがそれとは別に、国王たっての希望で首都アルバーナから少し離れた場所に位置する小高い丘に小さな墓石が建てられており、王妃の命日にはこの丘を訪れるのが恒例となっていた。
 本来なら、堂々とそれも護衛をつける必要が無いくらいに気楽に迎える場所である筈なのに、今日は王宮の裏門から武器と警戒を持って出立した。
 アルバーナの城下町に出るも、お忍びであるがため、馬車で雨の中を隠れるように移動した。
 数年前までは、王族と国民達が垣根無く触れ合っていたのが嘘のようだった。
 

 壊れていく祖国を目にしながらも何も手を打つ事が出来ない。それがぺルには歯がゆかった。


 数刻の後に、目的地へと辿り着く。
 丘は柔らかな風と花が咲き乱れる美しい場所だ。王妃はアラバスタが見渡せるこの場所を特に気に入っていた。
 しかし、雨の降りしきる今日は視界を覆われ、花も雨によって涙を流すように濡れていた。


「どうやら、人影は無いようです」


 偵察に行かせた部下からの報告を聞き、ぺルは国王へと告げる。
 部下からの報告にぺルは胸を撫でおろしていた。
 もし、ここに反乱軍がいれば今日の予定はは中止し引き返すしかなかった。

 国王はぺルからの報告を受け、馬車から雨の降る外へと降り立った。
 ぺルが国王を気遣い傘を差し出すが、王は首を横に振った。


「……今日は雨に打たれたい気分なのだ」

「……御心のままに」


 丘を少し登れば、辺りは綺麗に整理された空間へと変わった。


「すまんが一人になる事は可能か?」


 本来ならこの質問には首を横に振りたいところだ。
 国王の身を案じれば、常に傍にいて周囲に目を光らせたい。
 しかし、国王の心を気遣うのも臣下としての務めだ。


「少しの間なら可能です。入り口は兵士たちに見張らせ、私は上空から周囲の警戒を行います」

「……わかった」


 途中まで臣下達の連れ添いで歩き、コブラは妻の墓前へと続く手前で一人となった。
 墓の向うは崖となっていて、妻の好きだった景色が広がっていた。
 臣下達は少し後方で待機している。もしこの身に何かあったとしても、臣下達は優秀だ。直ぐに駆けつけてくるだろう。

 コブラは丘の上に造られた小さな───とても王族の墓とは思えない───墓石の前に雨に打たれる事にも構わずに立った。


「私は国王として失格なのかもしれんなァ……」


 それは、臣下達の前では決して見せない夫としての顔だった。


「何者かによる謀りか知らんが……アラバスタの混乱を納められないのは王である私の責任だ」


 今は亡き妻の墓前でコブラは雨に打たれ続ける。


「挙句の果てに、ビビやイガラムまで行方知らずだ。
 娘に負担をかけるとは……父親としても失格なのだろう」


 コブラがこうして無防備に雨に打たれている瞬間にも、アラバスタは雨を求めて枯れていく。
 当然出来る限りの策は打った。しかし、現状はそれを上回るスピードで悪化していく。
 それが、今のアラバスタだ。


「こうして、お前に会った第一声が愚痴では、……男としても失格なのかもしれん」


 コブラは自嘲するように笑った。
 妻の前で王としての仮面を捨てたコブラの笑みは、恒常的な不眠と疲れもあって、どこかやつれた男の笑みだった。


「だが……」


 コブラの表情が変わる。
 やつれた男からやさしき夫へ、やさしき夫から威厳あふれる王へ。
 綿々と受け継がれる、アラバスタ王位を受け継ぐ者。
 ネフェルタリ家第十二代国王コブラへと変わる。


「私は守ってみせる。この国を。
 国とは人なのだ。その根幹である国民を守らずに何が王か……!!」


 コブラは墓石へと背を向けた。
 もう言葉は必要なかった。
 次に訪れる時は、偽りでない本物の雨を取り返すと誓う。

 コブラは威厳に満ちた一歩を踏み出す。
 短いがこれで十分だ。これで王としてまた采配が振るえる。
 国王は雨の中を構わずに進む。






「────もう行くのか? もう少しゆっくりしていけよ」






「!!?」


 突如、誰もいない筈の背後から振りかけられた声。
 コブラは驚き、もう振り返る必要はないと思っていた妻の墓前へと目を向ける。
 

「はじめまして国王様」


 そこにいたのは、口元を覆面によって隠した男だ。
 露出しているのは夜のような黒い瞳とパサついた黒髪だけだった。


「何者だ貴様……!!?」

「『何者だ』……か。
 まぁそうだな……端的に言えば────」


 男は腰元に下げられたサイドバックから、銃を取り出すとコブラに向けて構えた。


「────アンタ達の敵だ」


 そして、男は引き金を引く。
 撃鉄が降りる。
 ぶれる事無く構えられた銃口から弾丸が放たれた。
 












◆ ◆ ◆












 銃声より少し前。

 その衝撃は突然兵士達を襲った。
 王の護衛のために派遣された兵士達。
 彼らは当然己の全力を持って警戒に当たっていた。
 しかし、その衝撃は全くの想定外だった。
 兵士達は辺りの警戒を怠っていなかったにも関わらず、全員が同時に崩れ落ちた。
 誰一人として、その衝撃を受けた瞬間まで、気付かなかった。
 それは確かな事実。何者かによる襲撃を受け、恐ろしく的確に関節を極められたのだ。
 しかし、それも既に遅い。彼らは己に何が起こったのかを知った瞬間には既に手遅れだったのだから。
 兵士たちは全員崩れ落ち、誰一人立ちあがれなかった。

 









 

◆ ◆ ◆











 降りしきる雨の中、一発の銃声が響いた。
 それは、雨の音にも消されること無く、不気味な響きとなってぺルの耳に届いた。
 

「まさか……!!」 


 ぺルは悪魔の実< “トリトリの実” モデル “隼(ファルコン)” >の能力者だ。
 動物系のこの能力によって、ぺルは巨大な隼へと姿を変え、空から周囲の警戒を行っていた。
 その時に聴いた銃声。ぺルはそれを最悪の事態と判断した。


「くっ……!!!」


 巨大な羽をはばたかせ無理やり方向転換を果たす。
 そして、己の全力を持って、国王のもとへと駆けつけた。

 ぺルは己の愚行を呪う。
 いつもとは少し違う国王の様子を思い、国王の方向を見ないように気を使った。今回はこれが仇となったのだ。

 一瞬で最高速へと達し、隼は空を駆る。
 風を切り裂くようなスピードで、瞬く間に国王の元へと辿り着いた。


「あれは……!!」


 ぺルの目に映るのは、倒れ伏す兵士、膝をつく国王と、銃を構える覆面の男。
 

「コブラ様ァ!!!!」


 それを見て、ぺルは両翼に吊り下げたガトリングガンの引き金を引いた。

 ズドドドドドドド……!!!

 雨のように放たれる弾丸は、国王と覆面の男の間に突き刺さる。
 放たれる弾丸に覆面の男は後ろに飛びのいた。
 その隙に、ぺルは国王を安全な場所に避難させようと羽ばたく。
 しかし、覆面の男はぺルを阻むように動く。男は後退の着地後、爆発的な速度で地面を蹴り、ぺルを阻む。
 ぺルは国王の救出を断念し、男を迎え撃った。
 男とぺルが交差する。一瞬の攻防。しかし、天秤はどちらにも傾かなかった。


「コブラ様お怪我は!!?」


 ぺルは膝をつく国王を守るように<獣形態>から<人間形態>に姿を変え、立つ。
 覆面の男はぺルを見ても表情を変えない。
 男は手に持ったまだ温かい銃身を腰元のバッグにしまうと、ジリ……と地面を踏みしめるように足を滑らした。


「幸い怪我は無い。それよりもぺル。前の男を……!!」

「御意!!」


 国王の命を受け、ぺルは覆面の男に向かい地面を蹴った。風のように男に接近し抜刀する。
 間髪入れぬ、見事な攻撃。
 しかし、男はぺルとの間合いを見切り、一歩後ろに下がるだけで、いとも簡単にその一撃を避けた。


「甘い!!」


 しかし、ぺルはそこからさらに一歩踏み込んだ。
 王国最強戦士ともてはやされるその実力は伊達では無い。
 ぺルは踏み込んだ一歩を起点として回転する。抜刀の勢いをそのままに男に向けて先ほどよりも強烈な一撃を叩きこむ。
 回避不能の横なぎの一閃。剣閃は男に吸い込まれるように向かい、

 ガン!! という金属同士をぶつけあったような音がした。


「なにっ!!?」


 ぺルの一撃は覆面の男の鋼鉄のように硬い腕によって受け止められていたのだ。


「へぇ……思った以上だ」


 男はぺルの剣先を腕を振り払い反らす。
 ぺルは得体の知れぬ男に警戒するように、剣を構え直した。
 対峙する男は緩やかに、全身を動かすと突然ピタリと硬直する。


「思った以上に……」


 男が言葉を発すると同時にぺルの全身がざわついた。


「────!?」


 長年の鍛錬の賜物かぺルは感じたままに剣で身を守る。
 一瞬にして男の姿が掻き消え、気がつけば握った剣に吹き飛びそうな程の衝撃が訪れた。
 遅れて、その状況を把握する。男は一瞬にて眼前まで移動し一撃を繰り出したのだ。この時、ぺルが攻撃を受け止められたのは奇跡に近かった。
 そして、男はギリギリ……と想像以上の膂力を持ってぺルを圧する。

 
「思った以上に───弱い」


 なんてな……。と覆面越しに、二ヤリ……と笑う男。

 挑発だと分かっていても、男の言葉に全身の血が沸騰する。
 だが、ぺルは屈辱ともいえる男の言葉に冷静に耐える。
 これは、自分一人だけの戦いでは無いのだ。後ろには守るべき王。そして、負けは許されない。

 ぺルは男の一挙一動に集中し次の攻撃に備えた。
 常時なら、空中へと舞い上がるのだが、王が後ろにいる状況ではそれは不可能だ。
 同じく王を連れ離脱する事もだ。隙を見せれば一瞬で倒されるだろう。
 男は強い。おそらくぺル自身よりも。だが、やるしかないのだ。


「大丈夫ですかぺル様!!」
 

 そこに新たな声が生まれた。
 声の主は王国の兵士だった。おそらく、銃声を聞きつけやって来たのだろう。


「ちっ……面倒な」


 男は援軍がやって来たのを見ると後ろへと大きく飛びのいた。
 そして、王妃の墓を飛び越え、切り立った崖の下へと姿を消した。


「くっ……!! 待て!! 貴様ァ!!」


 男を追おうとするぺル。しかし、ぺルはその足を止めた。
 男が単独である可能性は無い。軽率に動いて男の仲間が現れれば敵の思うつぼだった。


「ぺル様いったい何が!!?
 それと何故国王様が何故ここにいらっしゃるのです!!? 」


 駆けつけた兵士は困惑するようにぺルに尋ねる。
 国王は公式には王宮にいる事になっている。
 この兵士は何が起こったのかはよく分からないのだろう。


「話は後だ。まずはコブラ様を安全な場所へと避難させる」

「はっ!!」

 
 兵士はコブラの元へと駆け寄ると丁寧に膝をつく国王を置きあがらせる。
 

「お怪我はございませんか国王様?」

「大丈夫だ。幸い怪我は無い」


 兵士はコブラが起きあがったのを確認すると、不意にコブラの頬に触れた。


「?」

「申し訳ございません。頬に泥が付いておりました」

「そうか。ありがとう」


 兵士からの答えにコブラは特に疑問を持つ事無く答えた。


「ぺルよ。すまぬが今からさっきの男を追ってくれないか?」

「しかし、コブラ様の安全がまだ……!!」

「私なら大丈夫だ。それよりも……さっきの男が気になる。出来る限りでいい。後を追い、情報を集めてくれ」

「はっ!!」


 国王の命を受け、ぺルは悪魔の実の力によって巨大な隼へと姿を変え、空へと舞った。
 飛んでいくぺルを見つめながら、コブラは先ほどの男の事を思い出す。
 直感ではあったが、コブラは先ほどの男が反乱軍では無いだろうと考えていた。
 そして、男はこう言った、『アンタ達の敵だ』と。

 コブラは男の言いしえぬ不気味さに、何かが動き始めた予感がした……。














◆ ◆ ◆












「任務完了か」


 覆面の男───クレスは、口元を覆っていた布をうっとおしそうにホテルの部屋の床に投げ捨てた。
 部屋ではロビンとベンサムが既にいて、帰って来たのはクレスが最後だった。


「お疲れ様」


 ホテルのソファーに座りこんだクレスにロビンが優しく声をかけた。


「ああ、お疲れさん」

「ジョーカーちゃん!! 思ったより遅かったじゃないのよーぅっ!?」

「ああ……王国騎士を撒くのに思ったより時間がかかった」

「あら、そうなの? ジョーカーちゃんだったら、倒すくらい訳無~いんじゃない?」

「いや、まだ動くにはいかないんだよ。それは余計な事だからな」


 今回の任務は、アラバスタ王国の国王コブラをベンサムの “マネマネの実” の能力によってコピーさせるのが目的だった。
 本来なら、王宮に潜入または国王の遠征の際に実行される筈であったが、国王のお忍びでの外出を運よく嗅ぎ付けた事によって急遽の変更となった。
 王が襲撃を受けたという事実は重い。おそらく今回の事は、反乱軍を気にして、王国側でも極秘扱いとなるだろう。
 そのため、護衛騎士の撃破などという余計な事は任務に入っていないのだ。
 クレスがかいつまみ説明すると、ベンサムは納得した。


「ふと思ったんだけどねい」

 
 ベンサムはそう前置きし続けた。


「あんた達ってドゥーしてバロックワークスなんかに入ったのよーう?」

「どうしたんだいきなり?」

「あちしは面白そうだったから組織に入ったんだけど、あんた達にはそんな理由は無さそうだからねい」


 クレスとロビンが組織に入った理由。それは絶望的ともいえる “歴史の本文” の手がかりを求めてであった。
 たとえ何を犠牲にしても手に入れたい世界中から忌憚される “夢” 。その夢はこの組織でしか届かなかった。
 
 ベンサムの疑問にロビンが答えようとするよりも早く、クレスが口を開いた。


「オレ達がこの組織に入ったのは、……ココでしか叶えられない事があったからだよ」

「あら、そうなのう?」

「まぁな」

「じゃあ、それってなーんなのよう!!?」


 興味深々のベンサムにクレスは呆れたように答えた。


「秘密だ。まぁ、そんな事よりも久々の再会なんだ。楽しくいいこうぜ」

「そう言えば、そうねいっ!! ジョーカーちゃん!! いい事言うじゃないの!! ん~ノッってきたわ!!! あちし踊る!!!」

「……いや、もうそれはいいよ」













◆ ◆ ◆











 任務から数日が過ぎた。

 その日、秘密結社バロックワークスの社長である “Mr.0” サ―・クロコダイルはレインディナーズの地下に造られた一室でパートナーからの報告に耳を傾けていた。


「なるほどな……確かに、それは問題だ」


 クロコダイルの手元には簡潔にまとめられた報告書。
 どんな組織においても最大のタブーとされる事柄に関する報告書だ。


「組織内偵からの情報によれば、結構いいところまで知っちゃったみたいね」

「涙ぐましい事だ……たった二人で、我が社を相手取れると思っていやがるとはな」


 クロコダイルが右手で二枚の写真が添付された報告書を掴んだ。すると、資料は紙としての原型を留められずに見る見るうちに朽ちていく。
 全てに渇きを与える “スナスナの実” を食したクロコダイルの魔手だ。
 

「ミス・オールサンデー」

「はい」

「Mr.5のペアに連絡。裏切り者を抹殺せよ」

「……そのように」


 静かに、何の感情も見せない冷淡な声でロビンは答えた。




 クレスはロビンとクロコダイルとのやり取りを、彼女達から少し離れた場所に設置されたソファーから眺めていた。
 ロビンは別に特別な事をした訳ではない。正規の報告として社員から上がって来た情報を正しく報告したまでだ。
 そう、王女達にとってのタイムリミットが来てしまったのだ。


(とうとう見つかっちまったか……。これで終わりなのか……王女様?)


 クレスの夜のような瞳は何も映さない。






────そして、砂の王国をめぐる物語の幕が上がった。













あとがき
 
今回は微妙なオリ設定が入りました。
おそらくこれが今年最後の投稿になりそうです。
冬休み中に終わらせたかったのですが、思った通りに行かず申し訳ないです。
次から原作突入です。麦わらの一味も出ます。私としても楽しみです。




[11290] 第六話 「歓迎の町の開幕」
Name: くろくま◆036b4b79 ID:be9c7873
Date: 2010/01/11 12:16
──────数日前、アラバスタ王国。



 枯れ果てた港町ナノハナに二つの人影があった。
 

「……行こうか」

「ええ」


 語りかけたのはクレス。そして、それに答えたのはロビン。
 二人の傍には航海用の装備に身を包んだ< “バロックワークス、オフィサー・エージェント専用水陸送迎用カメ” バンチ>が葉巻をふかしていた。
 クレスとロビンはそれ以外には言葉を交わすことなく、バンチの背に乗り指示を出す。すると、バンチは意をくみ取り海に向けて走り出した。
 バンチはドタドタと地面をならしそのままのスピードで海へと入る。しばらくすれば、アラバスタも小さくなった。
 

「彼らはどんな運命を辿るのかしら?」

「……さぁな」


 前を向いたままに問いかけるロビンにクレスはぼんやりと海を見ながら答えた。

 思い出すのは、蝕まれる国を憂いた王女と侵略者である自身との邂逅。
 その時、クレスとロビンは気まぐれのように王女に希望を見せた。
 自分達の状況を考えればありえない選択だった。
 特段、意味など無かったのかもしれない。ほんの些細な気まぐれ……いや、罪悪感が浮き出た結果か。
 数多くの人々を巻き込んだロビンの “夢” 。その成就のためにいたずらに邁進する事は大犯罪を意味する。
 しかし、ロビンに見せてあげたいのだ。幼き頃から彼女が抱き続けて来た夢が叶う瞬間を。そしてそれをクレス自身も見てみたい。
 だが、それ以外の全てを犠牲に出来るほど、冷酷では無かった。

 クレスは<永久指針(エターナルポース)>で方角を確かめつつ、バンチの舵を取る。


 ……自分達が撒いた小さな種の先に希望があるかを確かめるために。














第六話 「歓迎の街の開幕」













──────偉大なる航路 ウイスキーピーク



 本来なら、その夜は静寂の中で朝日を迎える筈だった。
 賞金稼ぎの町であるこの島に何も知らずにやって来た、たった五人の少数海賊。
 船長の賞金額が思いのほか高額だったのは予想外だったが、口の中に飛び込んできた哀れなネズミを狩るように、速やかに稼業を終え、サボテン岩に新たな墓標が刻まれるだけ、──────その筈だった。



 「──────聞くが、増やす墓標は一つでいいのか?」



 既に騒乱の火蓋は切られていた。
 騒ぎの主はたった一人の剣士。
 勘のいいこの剣士は海賊達を陥れる為の宴を開いた住人達を怪しみ、尻尾を見せるのを待っていたのだ。
 だが、賞金稼ぎ達が驚かされたのはこの剣士が知っていた “とある秘密” だ。
 剣士はこの島の賞金稼ぎ達に関する決して知っていてはいけない秘密を知っていたのだ。
 ゆえに賞金稼ぎ達のリーダー的存在の男、Mr.8は有る決定を下した。それは、速やかなる剣士の抹殺。
 しかし、剣士は驚異的なまでの強さで賞金稼ぎ達をかき回していた。



 放たれる弾丸をもとともせず、緑の髪の剣士は刀を振るう。
 剣士の敵はウイスキーピークの賞金稼ぎ。見積もってその数、100人。
 剣士は魔獣のような勢いで戦場を駆け、次々と賞金稼ぎをなぎ倒す。

 腰元に下げられた刀は三本。
 一見無駄にも見える。しかし、それらは飾りでは無い。剣士にとっては三本全てが己の武器。
 二本を両腕に、そして、最後の一本を口にくわえて、まるで身体の一部のように縦横無尽に操る。
 三本全てを同時に使う───三刀流。

 剣士の名はロロノア・ゾロ。
 かつて、東の海で<海賊狩りのゾロ>と恐れられた賞金稼ぎで、現在は海賊<麦わらの一味>のメンバーだった。






◆ ◆ ◆






「何たる醜態……。たった一人の海賊剣士に負けてしまっては、ボスからこの街を任された我々の責任問題だ」

 
 Mr.8であるイガラムの隣にはミス・ウェンズデーであるビビ、そしてMr.9が並ぶ。
 そしてその三人を見下す形で緑髪の剣士は立っていた。

 石造りの建物の屋上に立つ緑髪の剣士を睨めつけながらイガラムは内心で歯噛みした。
 イガラムが王女と共にバロックワークスに潜入して暫くの時が過ぎた。
 どういうつもりかは分からなかったが、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーから祖国を救う為の有力な情報を手に入れた。
 後は機を見て今までに入手した情報をまとめ祖国に帰るだけだという状況での海賊達の入港。
 いつものように、油断を誘い縛り上げるだけだと思ったが今回はいささか事情が違った。
 海賊の一人が逃げ出し、そして驚異的な強さで暴れ回っている。
 既に幾人もの部下達が倒され、パートナーであるミス・マンデーまでもが倒された。今動ける人間はここにいる自分を含めた三人だけだろう。

 バロックワークスに敵対する身であるが、組織の人間全てを憎むのは間違っている事をイガラムは分かっていた。
 それも、自らに与えられた部下達はバロックワークスについてはそれこそ名前と表向きの目的しか知らないような末端の人間達だ。
 アラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムは部下の扱いには長けており、なおかつ彼らが血の通っている人間だということも知っていた。
 共に、酒を飲み交わした事もある彼らを倒された事もある怒りもあるが、それよりもイガラムを苛立たせるのは組織に敵対する身でありながら、その組織を守らなければならない事だ。
 この島で生まれた利益は全て祖国の崩壊へとつながっている。イガラムがここで腕を振るえば振るうほどバロックワークスは興隆し祖国のアラバスタは衰退する。
 潰れてしまえ。と思った事もある。ビビを連れ脱出し、目の前の剣士によってこのまま崩壊させられるのも良いだろう。
 ……しかし、イガラムに与えられたMr.8という立場はそれを許さない。まだ動く訳にはいかないのだ。


「“イガラッパ”!!」


 イガラムは苛立ちのままに、手に持ったサックスに仕掛けられた散弾銃の引き金を引いた。
 サックスの重低音に混ざり、弾丸が弾けるように放たれる。
 緑髪の剣士はそれを後ろに跳び避けた。


「行くぞミス・ウェンズデー!!」

「ええ、Mr.9」


 イガラムの攻撃を合図に、Mr.9が得意のアクロバットを生かし緑髪の剣士の元へと壁を駆けのぼり、ビビは指笛を鳴らした。


「来なさいカル―!!」


 響き渡る指笛。そしてそれに応ずるように、一匹のダチョウのような大きな鳥、超カルガモが勇ましく鳴き声を上げた。


「クエーッ!!!」


 そして、すっとその場に右手を出した。


「“お手”じゃなくてここへ来なさい!!!」


 ビビは気を取り直し、超カルガモに颯爽と跨る。


「さぁ!! 豹をも凌ぐあなたの脚力見せてあげるのよ!!」

「クエーッ!!」


 そして、超カルガモはその場にすとんと腰を下ろした。


「誰が“お座り”って言ったのよ!!」


 頭の少し足りない超カルガモを容赦なく叱咤しながら、ビビが戦列に加わった。
 イガラムは王女がこうして闘うことに不安を持ったが、今はそれどころではなくその考えを黙殺した。






◆ ◆ ◆
 





「……コイツらと戦ってる自分が恥ずかしくなってきた」


 そう言うのは、ものの見事にMr.9とミス・ウェンズデーを打ち取ったゾロの談。
 Mr.9はアクロバットと金属バットで勇猛にゾロに挑んだものの、剣に似た性質の武器で圧倒的に実力差のある剣士のゾロと切り合うことが出来ずにそのまま後ろに押され、転落。
 ミス・ウェンズデーは幾何学模様のペイントでゾロを幻惑するも、止めの一撃をさそうとして、超カルガモに乗り猛烈に逆走。そしてその後に、転落。
 ……人々はそれを自爆と呼ぶ。だが、勝利に変わりは無い。


「おっと……!!」


 頭を抱えそうになった瞬間にゾロは横へと跳び逃げる。
 先程までゾロのいた場所で弾ける散弾。
 ゾロは一瞬の逡巡の後に、先ほどまでの戦闘で空けた穴に飛び込んだ。


「穴から下へ……無駄な事を」


 既に穴から飛び降り、散弾銃の射程外まで避難するゾロをMr.8は見下ろす。
 

「私の真の恐ろしさよく噛みしめろ」


 襟元の蝶ネクタイを正しながらそう言った。






「散弾銃は厄介だな……どう間合いを詰めるか」


 石壁に背を預けながら、ゾロはMr.8を探る。
 散弾銃と刀では圧倒的に間合いが違う。これがただの銃だったならばゾロならば避ける事も可能だったが、複数の弾丸が無秩序に飛んでくる散弾銃ではどうも相手が悪い。
 ゾロがどう動くか考えていた時、一つの叫びが上がった。


「どゥあアア~~!!」


 それは硬い地面では無く、幾分か衝撃の和らぐ廃材置き場に落下したMr.9だ。 Mr.9はボロボロの身体でゾロを睨めつける。


「よくも酷い目に合わせてくれたもんだ!! 許すまじ!!!」

「勝手に落ちたんだろうが」


 ゾロの冷めた声をものともせず、Mr.9は金属バットの隠しボタンを押す。


「“カっ飛ばせ仕込みバット”!!」


 すると金属バットの先端が打ち出され、その後ろについた鉄線がゾロの手首に巻き付いた。


「ハッハッハッハッハ……!! 腕一本封じたぜ!!」

「鉄線……!!」


 Mr.9は自分にも同じように鉄線を巻きつけゾロの動きを封じる。


「今だやっちまえMr.8!!」

「その通り!!」


 邪魔な鉄線をどうしようかと考えていたゾロに、


「下手に動くとあなたの大切な仲間の命まで奪うことになるわよ」


 ミス・ウェンズデーが手に持ったでナイフを麦わら帽子の男の(お腹一杯で)まるまると風船のように膨らんだ腹に付きたてゾロを脅す。


「ハッハッハッハ!! いいぞ、ミス・ウェンズデー!! これで貴様は逃げられもせず、攻撃も出来ねェというわけだ!!」

 
 ゾロの耳に届くのは、人質からのひさましい悲鳴では無く、暢気な寝息。


「……あの野郎せめて起きてから人質になりやがれ」


 人質となった麦わらの帽子の男はあろうことか爆睡していた。
 ゾロはため息を漏らす。
 あの様子では全くの無抵抗で雪だるまのようにここまで転がされてきたのだろう。
 幸せそうに眠り続ける麦わら帽子の男。これで、海賊の船長なのだからため息の一つくらいつきたくなる。


「───砲撃用~意!!!」


 そんなゾロは突然聞こえたMr.8の声に慌てて視線を向けた。
 するとそこには、丁寧にロールした髪の毛からウィーン……ガコン! と変形音と共に銃口を出現させた姿。
 Mr.8はあろうことか髪の毛の中に六丁もの小型の大砲を隠し持っていたのだ。


「砲撃用意完了!!」

「何ィ!!?」


 驚くゾロ。当然だ。彼は現在動きを封鎖されているのだ。
 Mr.8の武器は散弾銃だけだと思っていたが、あの髪の毛にある小型の大砲は予想外だ。
 何よりも、髪から銃口がのぞくなど誰が予想出来ようか。


「“イガラッパッパッパ”!!」


 首元の蝶ネクタイを引き、Mr.8は砲弾を発射する。


「オモチャかよあいつは……!!」


 迫る砲弾。ゾロはそれを見て、力いっぱい鉄線を引いた。


「い!!!」


 すると当然、それにつながったMr.9が引張られる。
 Mr.9が予想だにしなかった事態。だが、思い返せば簡単だった。この男は力自慢のミス・マンデーを“怪力”で屈服させたのだ。
 逃げようにも自らにも撒きつけた鉄線のせいで完全につながっている為逃げられない。
 そしてMr.9は一本釣りされるマグロのようにゾロの手元へと引き寄せられ……Mr.8の放った砲弾の盾となった。

 着弾音を聞き、ゾロは再びMr.9が繋がった鉄線を引いた。
 Mr.9はボロボロの状態で空中でまた引き寄せられ、今度はパートナーであるミス・ウェンズデーの方向へと飛んでいく。
 その際にゾロは腕を振り払い、繋がれた鉄線を外す。


「きゃああああ!!」


 すると、Mr.9はミス・ウェンズデーにブチ当たりそのまま後方へと飛んでいった。


「“イガラッパッパッパ”!!」

「うおっ!!」


 上から降り注ぐ砲撃。ゾロはそれを飛びこむように避ける。
 そして回転し立ち上がり、これだけの砲撃音を聞いてなお爆睡している麦わらの男の元へと走り、そのまるまると風船のように膨らんだ腹を思いっきり───踏みつけた。


「何を?」


 刀の届かない高所という圧倒的なアドバンテージを持つMr.8にとってゾロの行動は理解不能だった。
 人質を助ける訳でも無く、踏みつける。どう考えても建物の中にでも逃げ込んだ方が聡明だ。
 
 しかし、Mr.8の思考は裏切られる。
 ゾロが踏み込んだ男の腹がビヨ―ンとトランポリンのように伸びたのだ。
 そして、ゾロは踏み込んだ力の反動を受け、屋上でゾロを狙うMr.8に迫る。
 驚き、タイを引こうとするが、それよりも剣士のすれ違いざまの一閃の方が早かった。
 斬撃音と共にMr.8が倒れる。


「うっし……終わり」


 月明かりの中。短い息を吐きながら、ゾロが勝利を宣言した。






◆ ◆ ◆






──────港への道



「ま…まさか、12以下のナンバーを持つエージェントが……!! あの4人が負けるとは思わなかった」

「しかし お前……逃げるって言ったってどこにだよ!!」

「どこでもいいさ……!! とにかく奴らがこの島を出るまでどこかに隠れて……」


 海賊に破れた賞金稼ぎ達は逃げ惑う。
 彼らにとってこの展開は驚天動地だ。手練であるフロンティア・エ―ジェント4人とミリオンズ合わせて100人近くで挑んだというのに立った一人の剣士の前に敗北。
 おおよそ、自分たちに手に負える事態ではないと、とりあえず逃げて嵐が過ぎ去るまで待とうと考えていた。
 しかし、彼らの足は止まる。


「───!!?  “13日の金曜日(アンラッキーズ)” !!!」


 サングラスをかけたラッコとハゲタカ。
 任務を果たせなかった敗残兵である彼らの前に、不幸を告げる二匹が現れた。


「ちょ……ま、待ってくれ!! お、おれたちは逃げるんじゃなくて……ち、ちょっとトイレに!!」


 必死にいい訳をする賞金稼ぎ達。
 だが、アンラッキーズの二匹は彼らに耳をかすことは無かった。


『ぎゃあああああああああ!!!』


 アンラッキーズの任務は任務失敗者達に対する制裁だ。
 自は身に降りかかる不幸を想像し悲鳴を上げる。


「待ちな……!!」


 しかし、新たな声によって、ピタリと二匹が止まる。
 そして、暗闇から新たに二つの人影が現れた。
 一人は焼け焦げたようなチリチリの髪にサングラスの男。もう一人は全身にレモンの輪切りの装飾をあしらった女だ。
 

「夜中だってのにずいぶん賑やかねこの町は」

「……ケッ、つまんねー仕事おおせつかったモンだぜ。こんな前線にわざわざオレ達が……」


 突然現れた二人に、海賊の仲間かもしれないと浮足立ったミリオンズ達は銃口を向ける。


「貴様等いったい……誰だ!!?」


 二人は鼻を鳴らし、答えた。


「Mr.5」

「ミス・バレンタイン」













◆ ◆ ◆






「!?」


 賞金稼ぎ達を片づけ静かになった夜を満喫しながら月を肴に酒を飲んでいたゾロは、突如不穏な気配を感じた。


「今一瞬妙な気配が……港の方からか? ……いや、もう一つあったような」


 疑問に思うも、気のせいかと再び酒瓶を口元へと運んだ。


「あ、やべ。ルフィが置き去りだ」






◆ ◆ ◆











(ここで朽ちてなるものか……!! 私には大事な使命が……!!)


 Mr.8は生きながらえていた。
 剣士の斬撃は容赦こそなかったが、一命を取り留めるほどには手加減されたものだった。
 何とか身体を起こし、これからどうするべきか考えようとして、


「無残なモンだな。たった一人の剣士に負けただと?」


 振りかけられた声に驚愕する。
 

「Mr.5!!? ミス・バレンタイン!!?」


 そこには、オフィサー・エージェントである二人が立っていた。


「お前らフザけてんのか? ん?」

「キャハハハハハハ!! しょせんこれが私達との格の差じゃない?」


 二人は満身創痍のMr.8を見て蔑んだ視線を向ける。
 Mr.8は奥歯を噛みしめ、絞り出すように、


「……我々を笑いに来たのか!?」

「それもあるな」

「キャハハハハ!! 当然任務出来たのよ」


 そんな二人に、同じく満身創痍のMr.9とミス・ウェンズデーが膝をつきながら、


「……ハハハハハ ありがてェ……あんたらが加勢してくれりゃあんな奴ァ敵じゃねぇ」

「……そうね。お願いだから、あの剣士を早くたたんじゃって頂戴っ!!」


 島の被害は甚大だ。おそらく社員で動ける人間は殆どいないだろう。
 この島は、バロックワークスの資金源の一つだ。ここまでやられれば組織に対する被害は小さくは無い。それに組織にしてみても面子というものがある。
 仕返しを願う声を耳にして、Mr.5は敗北者達を見下し、サングラスの奥の目を細めた。


「つまんねェ、ギャグ、ブッこくな」

「!」 「!?」 「!」


 それは予想だにしなかった答え。
 その答えに、Mr.9は困惑し、Mr.8とミス・ウェンズデーは険を帯びる。


「おれ達がお前達の加勢だと?」

「わざわざそんな事でこの“偉大なる航路”の果てまで私達がやって来るとでも思ったの? キャハハハハ!!」

「……何? じゃあ一体何の任務で……」


 Mr.9の疑問。
 それは重要任務以外に動かないMr.5のペアがわざわざ派遣される程の任務とは何かということだ。


「心当たりはねェか? ボスがわざわざおれ達を派遣する程の罪……。
 ボスの言葉はこうだ。『おれの秘密を知られた』 
 当然どんな秘密かはおれも知らねェが……」


 その瞬間、Mr.8とミス・ウェンズデーの二人の表情が硬くなる。
 

「我が社の社訓は“謎”……。
 社内の誰の素情であろうと詮索してはならない。ましてやボスの正体など言語道断」

「……それでよく調べていけば、ある王国の要人がこのバロックワークスに潜り込んでいる事がわかった」

「……!!」


 その時、Mr.8は拳を砕けんばかりに握り締めていた。
 目を見開き、歯を噛みしめる。


(バレている……!! もはや、ここまで!!)


 Mr.8は静かに立ち上がると、ゆっくりと襟元のタイへと指を伸ばし、


「罪人の名は現在アラバスタ王国で行方不明になっている……」
 
「───死ね!! “イガラッパッパ”!!」


 本来なら味方である筈の、Mr.5とミス・バレンタインに向けて砲弾を放った。
 着弾し、爆音が響く。


「イガラム!!」


 ミス・ウェンズデーが叫び。


「?? いがらむゥ?」


 状況についていけないMr.9が困惑する。


「お逃げ下さい!!」


 必死なMr.8の叫び。
 しかしそれを遮るように甲高い笑い声が響いた。


「キャハハハハ!! 無駄よ」


 いつの間にかフワリ……と爆風に乗るように舞い上がったミス・バレンタインがミス・ウェンズデーを空襲する。
 放たれた蹴りは僅かに逸れ、ミス・ウェンズデーの髪飾りを砕く。パサリと後ろでまとめていた流れるような水色の髪がとけた。
 

「くっ……!!」


 ミス・ウェンズデーが仕返しに腕を振り払う。
 しかし、そこにミス・バレンタインの姿は無く。彼女は笑い声と共にフワリと軽やかに空中へと舞い上がっていた。
 
 その時、後ろで爆発音が響いた。
 ミス・ウェンズデーが振り向く。そこには胸元で何かが爆発し崩れ落ちるMr.8。


「罪人の名はアラバスタ王国護衛隊長イガラム!! そして……」


 Mr.8の放った砲弾によって作られた煙幕から浮かび上がるように、砲弾が着弾した筈のMr.5が現れる。
 そしてその隣に、まるで体重を感じさせないような軽やかさで着地したミス・バレンタインが並んだ。


「アラバスタ王国 “王女” ネフェルタリ・ビビ……!!」

 
 Mr.5はスッ……と胸元から証拠写真を取りだした。
 そこに映るのは、美しい水色の髪を靡かせる王女。

 化物……!! とミス・ウェンズデーは二人を睨めつける。


 組織からの“裏切り者”への抹殺命令。
 それは、バロックワークスに潜入したMr.8とミス・ウェンズデーのタイムアップを示し、ビビとイガラムの終わりを意味していた。












◆ ◆ ◆











──────薄い暗闇に声は響く。


 淡い月の光をまといながら男女二人は会話する。
 希望の行方を知るために。果敢にに抗う姿を見届けるために。そして自らの目的のために。



「始まったわね」

「ああ」

「少し予想と違ったけど、どうするの?」

「今は……静観かな。動きようが無い」


 眼下に映るのは、二人の能力者による圧倒的な光景だ。


「……もしかしたらこのまま王女様達は死んじゃうかもしれないわね」

「その程度なら……どうせ、この先も無理だろう」

「……そうね」

「それに」

「?」

「偶然ってモノはやっぱりあるもんだ」


 男は別の方向を指しながら言った。


「もしかして、あの剣士さん? 確か“東の海”でMr.7を倒した男だったかしら?
 確かにあの剣士さんならMr.5のペアにも勝てそうだけど、王女様達に手を貸すかしら?」

「いや……違う。<海賊狩りのゾロ>じゃない」

「じゃぁ誰なの?」

「爆睡して引っ張られている方だ」

「あの麦わら帽子のコ? どうして、そう思うの?」

「これ」

「手配書?」

「さっき、そこで拾った。最近手配されたばかりのルーキーって奴だ」

「これは……」 


手配書を見た女の目が見開かれる。


「ハハッ……面白いだろ?」

「ふふ……確かに、驚きね」

「……幸運ってやつは本人とは関係の無いところで働くもんだ。
 知らず知らずに、周りは偶然で固められていて、状況は既に揃い、後はその先の答えを自身で掴めるかで決まる」

「王女達の願いが届いた結果か、それとも彼が自らを導いた結果なのかしら?」

「さぁな……でも、これはもしかすると」

「……もしかするかもしれないわね」

「通称<麦わらのルフィ> 懸賞金三千万ベリー。
 本名……モンキー “D” ルフィ」

「……サウロと同じ “D”
 ……くしくも、状況は類似してるわね」

「……ああ」

「これからどうなるか……見物ね」


 そして、再び趨勢を見送る。
 その口元には、僅かな笑みがあった。


 
 









あとがき

というわけで、今回から本編突入です。
まずはお詫びを。今回の話の中盤はほとんど原作そのままです。
省略しようかな……と思い書いていたのですが、どうも緊張感が抜けたため、話をなぞる事にしました。適当に流して下さい。
あと、冬休み中などと大言壮語をぬかして申し訳ございませんでした。



[11290] 第七話 「歓迎の町の邂逅」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/01/21 23:38
 Mr.5の放った “何か” が胸元で爆発し、瀕死の重傷を負ったもののアラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムは息を長らえていた。
 このまま意識を手放しそうな程の衝撃であったが、それでも彼は懸命にその瞳を意志を滾らせる。

 彼には使命があった。
 それは、命よりも大切な重要な使命だ。

 前方では、<能力者>である、Mr.5とミス・バレンタインによる蹂躙が続いている。
 それに晒されているのはイガラムと共にバロックワークスに潜入した王女であるビビだ。
 今、果敢にも義理を立てたMr.9がビビの盾になろうと能力者二人に立ち向かったが、圧倒的な実力差のもとにねじ伏せられた。
 その光景を目にしながらも、唇をかみしめ、俊足を誇る超カルガモのカル―に乗ってビビは二人から逃げるが、いつ追いつかれるかは分からない。
 もはや立ち上がる程の力も残っていなかったが、それでもイガラムにはやらなければならない事があった。

 イガラムは地面を這いつくばり、先程自身に傷をつけた、蚊帳の外の剣士の脚にしがみついた。


「ん! 何だてめェ!!」

「…………!! 剣士殿……!! 貴殿の力を見込んで理不尽なお願い申し奉る!!」

「まつるな!! 知るかよ、手を離せ!!」


 当然のごとく剣士はイガラムの行動に困惑し引きはがそうとするが、イガラムはプライドや意地などをかなぐり捨て頭を下げる。


「……あの二人組両者とも<能力者>ゆえ私には阻止できん!! かわって王女を救ってくださらまいかっ!!」

「はぁ? 知るかそんな事」

「遥か東の大国<アラバスタ王国>まで王女を届けて下されば……!! ガなラ”ヅや莫大な恩賞をあなだがだに……!!」

「……もっぺん斬るぞ」

「お願い申しあげる……!! どうが王女を助げで下さいませぬか!!」


 重体の身体で叫んだ為に喉が血で詰まり上手く声が出せない。
 しかし、それを無視するかのようにイガラムは叫び続ける。

 剣士の強さはイガラムが身をもって体験した。自分では敵わない強大な敵でも、この剣士ならば太刀打ちできる筈だ。
 剣士にとっては迷惑極まりない話だろう。だが、是が非でも手を貸してもらわなければならないのだ。
 これから祖国へと赴き、祖国の希望となるべき王女がこの先で危険に見舞われている。王女を何としても助け出さなければならない。
 そのためなら、イガラムは惨めに剣士の足元に縋りつくぐらい、どうということでもなかった。



「莫大な恩賞ってホント?」



 その時、頭上から女の声が聞こえた。
 僅かに視線を向ければ、オレンジの髪の女が足を組んでこちらを見下ろしている。
 左肩にミカンと風車を模した奇妙な刺青を入れた、猫のような女だ。


「その話のった。10億ベリーでいかが?」


 海賊<麦わらの一味>の<航海士>である女───ナミは、満面の笑みでそう言った。






◆ ◆ ◆






「くっ……!!」


 静寂が支配する月夜のウイスキーピークをビビはカル―に乗って疾駆する。
 目的地までに敵を巻いて逃げのびるために、裏路地などに入って撹乱するも、追手のMr.5とミス・バレンタインは執拗に後を追う。
 <能力者>である二人は圧倒的な強さを持って二人をビビを追い詰めていた。
 つい先ほどMr.9に続き、ミス・マンデーまでもがビビのために盾となると言い散った。
 敵対組織であったが、ビビとイガラムを慕う人間は多い。それは、王族としての富貴では無く、二人が元から持っていた人徳だ。
 だが、それすらも追手の二人は「茶番」と笑い。そしてその<能力>を持って打ち砕く。
 
 ビビの脳裏に先程の瞬間が甦る。
 盾となり、立ち塞がるミス・マンデーをMr.5の腕が捕らえた。
 瞬間。その腕が爆発する。その強烈な一撃は、一瞬でミス・マンデーを打倒した。


 そして、現在Mr.5は逃げるビビを視界に納め、鼻をほじっていた。
 
 <ボムボムの実>の<爆弾人間>これがMr.5の能力だった。
 この能力は身体のいたるところを“爆発”させる事ができる能力だ。
 そして、それは身体だけでは無くMr.5の体内で作り出されたモノにも例外は無い。
 例えば、髪も、血も、息さえも。
 
 故に……。


「“鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)”!!」


 “鼻クソ”も例外ではない。

 丹念に丸められた、小型の爆弾(鼻クソ)は狙いたがわずビビの元へと発射される。
 ビビが迫りくる衝撃を覚悟した瞬間、突如、緑髪の剣士がその前に現れた。

 何かを斬り裂いた音がして、ビビの両脇で爆発が起こった。
 その衝撃によって両脇のサボテン岩が崩れた。


「Mr.ブシド―!!
 …………ああっ、道が!!」


 逃げ道を失い、ビビは愕然とする。


「鼻クソ斬っちまった!!!」


 だが、それ以上に剣士は愕然としていた。


「畜生っ!! 何てしつこい奴!! こんな時にっ!!」


 ビビは剣士に向かって、アクセサリーのような形の武器<孔雀スラッシャ―>を使い攻撃を仕掛ける。
 だが、それは剣士の一刀によって、いとも簡単に防がれる。


「早まるな。助けに来たんだ」

「え……、私を?」







◆ ◆ ◆






「ねぇ、バロックワークスって何なの?」


 10億ベリーという、脅迫にも似た金額で王女を護衛する事を請け負ったナミは倒れ伏すイガラムから事情を聴くことにした。
 イガラムの口から語られるのはバロックワークスという秘密犯罪結社の大まかな形態だ。

 イガラムの説明は要約すればこうだ。
 社員ですらその全容どころか社長の顔も分からない完璧な秘密結社であり、目的は“理想国家”の建国。
 稼業は、盗み、諜報、賞金稼ぎ、暗殺。それら全てはボスの命令によって動く。
 そして、働きにおいて後の理想国家での地位が約束される。


 イガラムからの説明を聞き、なるほど……とナミは納得した。
 胡散臭いことこの上ないが、魅力的な条件であった。この男の口上を聞く限りだとかなり有力な組織なのだろう。 


「ボスのコードネームはMr.0。
 一人だけ例外はいますが、つまりはそのコードネームに近いほど後に与えられる地位は高くなりそして何より強い。……特にMr.5より上の者達の強さは異常だ」

「ふうん……。でも、心配する事は無いわよ。あいつはバカみたいに強いから」


 イガラムの話を聞くもナミは特に心配する様子も無く、イガラムに対いて笑いかけた。
 それよりも、お金の方をよろしくね。と気楽に念を押し、何気なく辺りを見渡すとふとした違和感に気付いた。


「あれ? ……そこで寝てたルフィはどこ行ったの?」






◆ ◆ ◆




 
 
「……あなたね。この島の平社員達を斬りまくってくれた剣士ってのは」

「なぜ貴様が王女をかばう?」

「……おれにも色々と事情があるんだよ」


 ビビを追う、Mr.5とミス・バレンタインの前にゾロが立ち塞がる。
 ゾロとしてはあまり乗り気ではなかったが、ナミに弱みを握られ渋々と戦う事となっていた。


「まァ……いいさ。いずれにしろおれ達の敵だろ邪魔だな」

「キャハハハ……!! そうね邪魔。だったら私の能力で……」


 ミス・バレンタインはゾロに向かって無邪気な笑顔を向けた。


「……地面の下に埋めてあげるわ」

「そりゃ、どうも」


 互いに睨み合う。一触即発の空気が流れ始め、ビビがその緊張にゴクリと唾をのみ込んだ。


「ゾロォォォォォォ!!」


 その時、新たな叫び声が加わった。
 声の主の方へ視線を向ければ、風船のようにお腹を膨らませた麦わら帽子の男が立っていた。


「今度は何?」

「ルフィじゃねぇか……」


 <麦わらのルフィ>賞金3千万ベリーの賞金首で、ゾロの所属する海賊団の船長だ。
 ルフィは肩で荒い息を制しつつ、目的の人物を見つけ立ち止った。


「どうした? 手伝いならいらねェぞ。それともお前もナミに借金か?」

「ゾロ!!」

「あ? 何だ?」


 そしてルフィは怒りのままに感情を爆発させる。


「おれはお前を許さねェ!!! 勝負だ!!」

「はァ!!?」






◆ ◆ ◆






 突然、仲間である筈のゾロに宣戦するルフィ。
 いきなり何だというのだ?
 別にゾロが何かしたとでもいうわけでもない。特に心当たりも無かった。


「何を訳わかんねェ事言ってやがんだ!!」

「うるせェ!! お前みたいな恩知らずおれがブッ飛ばしてやる!!!」

「恩知らず……?」

「そうだ!! おれ達を歓迎してくれて旨いモンいっぱい食わしてくれた親切な町の皆をお前が一人残らずお前が斬ったんだ!!」

「………いや……そりゃ、斬ったよ」


 呆れて、ものが言えない。
 斬った。確かに斬ったが、それはこの町の人間が賞金稼ぎでルフィを含めた一味全員を騙していたのだ。
 しかもその話は既に終わり、今はまた別の問題の最中である。


「な、なんてニブイ奴なの」


 思わずビビも呟いてしまった。


「……あいつも剣士の仲間見てェだな。うっとおしい奴らだぜ」

「消しちゃえばいいのよ。任務の邪魔する奴は全てね……!!」


 Mr.5とミス・バレンタインの二人はどうでもいいと、任務を遂行しようとする。
 ゾロは未だ状況を理解どころか、状況について考えもしてないであろう船長にため息交じりに説明することにした。


「おい、ルフィ……よく聞けよ。あいつら実は全員……」

「いい訳すんなァア!!!」

「何ィ!?」


 問答無用!!
 ルフィの返事は岩をも砕くゴムパンチ。
 拳はゾロの頭を粉砕するかのように迫り、僅かに逸れ背後の石壁を粉々に砕いた。
 とてもではないが、味方に放つ攻撃では無い。


「殺す気かァ!!」

「ああ、死ね!!」


 そして再びゾロを相手にして暴れまくる。


「この野郎……!! 本気だ……!!」


 展開は思わぬ方向へと動き始めた。


「……Mr.5。……どうやら、わたし達の邪魔をしに来た訳ではなさそうね」

「そのようだな。ならば、おれ達は速やかに任務を遂行しようじゃねェか」

 
 何故か、激しい仲間割れを始める海賊達を見てミス・バレンタインは僅かに困惑する。
 そんなミス・バレンタインにどうでもよさげにMr.5が答え、気を取り直し二人は動き出す。
 アラバスタ王国王女の抹殺に向けて───!!
 

「いくぜ、ミス・バレンタイン!!」

「ええ、Mr.5!!」

 
 迫る<能力者>二人にビビは僅かに身体を硬直させる。
 逃げようにも、先ほどのやり取りで退路が絶たれてしまった。
 もはや逃げられないと、覚悟を決め立ち向かおうとしたその時、


「いい加減にしろてめェ!!」


 Mr.5のペアに向けて、ゾロに蹴り飛ばされた風船のように膨らんだ大玉(ルフィ)が直撃した。
 そして、共に吹き飛び、着き当りの民家の壁に直撃する。


「あのバカ野郎が……!!」


 ゾロは肩を怒らせ、破壊され大穴のあいた民家の壁を睨めつける。
 僅かに訪れる沈黙。
 ビビは成り行きを見守る為に息をのんだ。
 その瞬間、前方で大きな爆発が起こった。この現象はMr.5の能力だ。そして、それが誰に向かって使われたなど考えるまでも無い。
 すると、Mr.5の起こした爆風に乗り、傘をさしたミス・バレンタインが空高く飛び出した。
 

「あっっっっタマ来たわ!! もう死ぬがいわ!! わたしのこの<キロキロの実>の能力でね!!」


 ミス・バレンタイン。<キロキロの実>の能力者。
 彼女の能力は体重を自在に変化させることが出来るといったものだ。
 爆風にも乗る今の彼女の体重は僅か1kg。軽い体重を生かし軽やかに舞い、ミス・バレンタインはゾロの真上へと浮遊する。


「避けて!! Mr.ブシド―その女は!!」


 ミス・バレンタインの能力を知るビビはゾロに向かい警告する。
 <キロキロの実>の能力は何も体重を減らすことだけでは無い。その逆も可能なのだ。


「うるせェ……」

「えっ?」

「……今それどころじゃねェんだよ」


 ビビの警告を黙殺し、ゾロは爆風によって土煙の舞う前方を睨み続ける。
 すると、その中から人影が現れた。


「あー、いい運動して食いモン消化出来た……。これでやっと本気出せる」


 現れたのは、普段通りの体型に戻った麦わら帽子の男とボコボコにされ引きずられるMr.5。
 麦わら帽子の男は興味無いとばかりにMr.5を放り投げると、剣士の方向を睨みつけた。
 

「ミ、Mr.5!! 嘘……!! バロックワークスのオフィサーエージェントを!!」


 驚愕するビビ。それはありえない光景だった。
 絶対的な強者として存在するオフィサーエージェントの人間が、僅か短時間で瞬殺される事など考えた事も無かった。


「おい、ルフィ、落ちついておれの話を聞け。
 この町の連中は全員賞金稼ぎで、…………つまりおれ達の敵だったんだよ」

「ウソつけ!! 敵がメシを食わしてくれるかァ───っ!!」


 ビビの声が聞こえていなかったのか、ゾロは本来警戒すべきミス・バレンタインに見向きもせず、聴く耳を持たないルフィに対して再度説明を行う。


「無視すんじゃないわよ!! わたしの能力は1kgから1万kgまで自在に体重を変化させる事なのよ!!」


 完璧に無視されたミス・バレンタインは苛立ちのままに声を上げ、その<能力>を行使する。


「くらえ!! “1万kgプレス”!!」


 傘を閉じ、ゾロに向かって狙いを定める。
 1kgから1万kgへの急激な変化。
 重力に乗り加速した肉体は想像を絶する破壊力を生み、ミス・バレンタインを凶悪な圧縮機と化した。


 ───ヒョイ


 だが、ゾロはミス・バレンタインの必殺の一撃を、彼女を一瞥する事も無く、まるですれ違う人間を避けるかのようにいとも簡単に避けた。
 直前で避けられるとは思っていなかったミス・バレンタインはそのままの勢いで、地面へと突っ込み、沈黙する。


「……ルフィ、どうやらてめェには何を言っても無駄らしいな」


 ゾロはそのままミス・バレンタインを見向きもせずに、腕に巻きつけてあったバンダナを頭にきつく結んだ。


「このウスラバカが!! 
 ならこっちも殺す気で行くぞ!! 死んで後悔するな!!」


 ゾロは殺気を放ち、腰元の刀に手をかけた。


「上等だァ~~~~~っ!!」


 ルフィも地面を踏みしめ、気合を入れる。


「ちょっと……どうなってるの!? コイツら仲間じゃなかったの!!?」


 
 短期間ではあったが海賊達の船に乗ったビビは、仲のよさそうな彼らの仲間割れに困惑を隠せない。



「ゴムゴムのォ~~~~ォ!!」


 <ゴムゴムの実>の<ゴム人間>であるルフィは、ゴムの腕を後ろへと伸ばす。


「“鬼”───!!」


 三刀流の使い手であるゾロは、両手と口に刀を持ち、必殺の構えを取った。


「“バズーカ”!!」

「“斬り”!!」


 ゴムの身体を生かしての両腕の掌底突き。
 三本の刀が同時に襲い来る力技の豪剣。
 両者の間で必殺の一撃が炸裂した。








「畜生……!! こんな奴らにコケにされたとあっちゃ、<バロックワークス>オフィサーエージェントの名折れだぜ!!」

「その通りよMr.5!! 私達の真の恐ろしさあいつらに見せつけてあげましょう!!」


 傷だらけの身体で、Mr.5とミス・バレンタインの二人は立ちあがった。
 前方では自分達をコケにした海賊たちが激しい戦闘を繰り広げている。
 二人は海賊達を憎しみをこめて睨めつけた。
 これまでに二人達はいくつもの重要なな任務を完璧にこなしてきたのだ。
 それであるのに、海賊達はまるで自分達が眼中に無いようではないか。
 そのような事は、バロックワークスのオフィサーエージェントのプライドが絶対に許さない。
 

「行くぜ!! ミス・バレンタイン!!」

「ええ!! Mr.5!!」


 二人は戦闘を繰り広げる海賊達に向かい疾駆する。
 先程は、少しだけ油断しただけだと、己に言い聞かせ、互いに攻撃を仕掛けようとした時──────



「「……ゴチャゴチャうるせェな!!」」
 


 全身を今までに感じた事が無いような悪寒が走り抜けた。
 二人は余りにも恐ろし過ぎる海賊達に全身が硬直し言葉を無くした。


「勝負の───」


 海賊達はうっとおしい虫を払うかのように、海賊達はそれぞれの武器を握りしめ、


「──────邪魔だァ!!!」


 Mr.5とミス・バレンタインを吹き飛ばした。













第七話 「歓迎の島の邂逅」













「クックックッ……!!」

「もう、クレス笑い過ぎよ」


 海賊達が繰り広げる激しい戦場から少し離れた屋上でその様子を見ていたクレスは、その結末に笑いをこらえきれずに噴き出していた。
 余り距離が離れている訳では無い。見つかる可能性もあるので、ロビンは口元に笑みを作りながらもクレスをたしなめる。


「悪い。余りに予想外すぎてさすがに笑えた。
 勘違いで仲間割れして、その邪魔したからMr.5のペアが倒されたとか、ありえねェだろ」

「まぁ……確かに面白い結果に終わったわね」


 ロビンが眼下の海賊達を見る。
 先程、暴れ続ける海賊達に別の仲間がやって来て制裁を加え黙らせて、今は王女を交えて話をしている。


「で、これからどうするの?
 麦わらのコ達がやって来たのは予想外だったけど、おおむね想定通りよ」

「そうだな……これからどうなるか。
 海賊達が王女を連れてアラバスタに来るのか否かで少々シナリオが変わるな」

「そうね……あら?」


 その時、一匹のハゲタカと一匹のラッコがが海賊達の方へと飛んで行った。
 そして、暫く海賊達と王女の話を聞いて、確信したように頷き飛びったった。
 それを見て海賊達は騒ぎだす。おそらく、自分達の立場を知ったのだろう。
 二匹はアンラッキーズと呼ばれるバロックワークスのエージェントだ。
 主な任務は、任務の通達とフロンティア・エージェントへの任務失敗のお仕置き。
 言葉こそ話せないが、器用な動物達で似顔絵なんかも相当うまい。
 

「……あらら」

「抹殺リストに追加ね」

「まぁ、<麦わらの一味>は置いといてだ。
 あいつらが関わってくるかどうかを踏まえても、とりあえずはシナリオ通りでいいと思う」

「……そうね。たしかに、ある程度はアレで誤魔化せるものね」

「じゃぁ、行くか」

「ええ」


 そうして、二人は闇に溶けるように消え去った。




 
 
◆ ◆ ◆






 ボスの正体を知ってしまい、<麦わらの一味>はバロックワークスの抹殺リストに加えられた。
 ルフィとゾロの二人は何故か喜んでいるものの、常識人であるナミは悲観に暮れていた。
 グランドラインに入って早々に七武海率いる秘密組織に命を狙われるという重大さに気付いてないのかはしゃぐ様な素振りを見せる男共をシバき倒す余裕すら無くなっていた。
 その姿が余りにも可哀相でその切欠を作ってしまったビビが必死で慰める。
 好物のお金で慰められても、全然元気が出ない。でも、くれるなら欲しい。


「ご安心下さいっ!! 大丈夫!! 私に策がある」


 そんな海賊達と王女に怪我から立ち直ったイガラムが声をかけた。
 ナミが僅かに希望を覗かせ振り向いた。この男は一国の護衛隊長なのだ。きっといい考えがあるに違いない。
 ナミが見た光景は、


「イガラム……!! その格好は!?」

「うはーっ!! おっさんウケるぞ、それ、絶対!!」

「なんだてめェ、そんな趣味があんのか?」


 何故か女装をするイガラム。


「……もう、バカばっかり」


 そして、ナミは再び悲観に暮れる。もう何も聴きたくない。
 周囲の反応を気にすることなくイガラムはごく真面目に口を開いた。
 追手は直ぐにでも来るだろう。
 参考までにボスのクロコダイルの元々の賞金額は8100万ベリーだと。


「ところで、王女をアラバスタまで送り届けてくれる件は?」

「ん? 何だそれ?」

「コイツを家まで送り届けてくれとよ」

「なんだそう言う話だったのか。いいぞ」

「8100万ベリーってアーロンの四倍じゃない!! 断わんなさいよ!!」


 バカかァ!! と即答した船長に叫ぶナミだったが、これまでにルフィが言うことを聞いてくれた試しが無い。

 ナミを少し置いてきぼりにして、イガラムは作戦について語り出す。
 それはイガラムがダミーと共に囮となって永久指針に従いアラバスタへと直接向かい、組織がイガラムに気を取られている隙に通常航路で王女達がアラバスタまで向かうといったものだ。
 確実ではないがそれなりに効果のある。現状では最善の手段だろう。
 イガラムの説明に海賊達は納得し、ビビは固い決意と共にそれを了承した。


「無事に……祖国で会いましょう」


 そう言い残し、イガラムは暗い暗い夜の海に出た。
 イガラムを乗せた船は港から順調に風に乗り前に進む。
 きっと、イガラムなら危険な道のりも大丈夫。ビビはそう自分に言い聞かせ、船を見送った。






 船は月明かりの中を進み、水平線の彼方に消える前に──────爆発し、炎上した。
 






◆ ◆ ◆






 ほんの少し前。
 イガラムは作戦通り船の舵を取り、アラバスタを一直線に目指していた。
 

「ビビ様……貴女様ならきっと大丈夫です」


 一度だけ後ろを振り返り、王女であるビビを思った。
 王女との再会を約束したものの、イガラムとしてはこのままこちらに敵を目に引き続けられれば自分の身がどうなろうともよかった。
 Mr.5のペアが陥落し、組織はそれ以上のペアを差し向ける。
 だが、こうしてイガラムが囮として組織の目を欺いたとしても、組織の追撃はビビ達を襲うのかもしれない。 
 アラバスタへの道のりは困難を極める筈だ。なにも敵は組織の人間だけでは無い。
 通常航路でアラバスタに着くまでにはグランドラインの島を2、3通ることになる。
 ならば、その島で新たな困難が立ち塞がる可能性もある。グランドラインの非常識は時に航海者たちに無情な牙を剥く。
 だが…………。


「不思議な者達だった。
 ……彼の海賊たちならきっと遣り遂げてくれるだろう」


 彼らなら、あの不思議な魅力を持った海賊たちならば……。
 そんな、安心感にも似た感情がイガラムの口元に笑みを作る。
 単純に考えればありえない話だ。
 七武海が率いる犯罪組織相手に海賊達は余りにも小さい。
 しかし、それでも“何か”を遣り遂げてくれくれそうな気がする不思議な者達だった。


「彼らに報いるためにも、わたしも気を引き締めねば。
 王女が無事にアラバスタに辿り着く為にも、確実に航海を行わなければ……」


 イガラムは笑みを作っていた口元を引き締め直す。
 賽は既に投げられているのだ。もはやいつ追手がおって来てもおかしくはない。
 イガラムは再び針路を確かめようと<永久指針(エターナルポース)>を覗き込む。
 だが、その時、ありえない筈の声が聞こえた。



「─────残念だが、お前の歩みはここで終わりだ」
 


「なっ!!」


 驚き、視線を彷徨わせる。
 そして、己の後ろにその姿を見た。
 それは忘れる筈のない姿だった。

 色は黒なのだが、光に当たると干し草のように柔らかく透けるパサついた髪。
 細身ではあるが、洗練された機械のような機能美を感じさせる鍛え抜かれた肉体。
 一見優男にも見える真面目そうな顔立ちをしているが、どこか暗い光を灯している瞳。

 イガラムは驚愕と恐怖と共にその男の名を叫んだ。


「Mr.ジョーカー!!」


 憎しみさえ込められたイガラムの叫びに、Mr.ジョーカーは特に気にした様子も無く綽々と続けた。


「囮として一人アラバスタに向かい、エージェント達を釘図けにする。
 なかなか悪くない手だが、それでも組織を甘く見ているとしか思えない。
 …………まぁ、この際お前の変装に関しては目を瞑ろう」


 それは最悪と言っていい状況だった。
 今だ海に出て島を離れるどころか、半時も過ぎていない。
 この状況で囮作戦を見破られ、そしてなおかつ見破った相手がよりにもよってこの男だ。
 Mr.ジョーカー。
 Mr.0のパートナーであるミス・オールサンデーの私兵。
 正規にバロックワークスに所属している訳では無いのにコードネームを与えられる異質な存在。

 そして、何よりも……
 

「くっ……!!」


 イガラムが武器である散弾銃に手をかけた。
 島にはビビがいる。ここでこの男をを食い止める事が出来なければ命の危険に晒されるだろう。
 それだけは何としても防がなければならなかった。


「死ねっ!! “イガラ……” 」

「──無駄だ、止めとけ」

「ガッ!!」


 イガラムがショットガンの引き金に手をかけるよりも圧倒的に速く、Mr.ジョーカーはイガラムの腹に硬い拳をめり込ませていた。
 全身に響くような衝撃を受け、イガラムは膝をつく。
 それに伴い、握っていた散弾銃が床に転がった。
 イガラムはもともと重体の身だった。連鎖的に全身の傷が痛み、全身が動くことを拒むように固まった。
 

 そして、何よりも……。

 Mr.ジョーカーが恐れられるのはその圧倒的なまでの強さだった。
 ミス・オールサンデーの私兵という立場上、活躍の舞台は多くは無い。
 だが、社員のだれもがその存在を知っていた。多くのものは実際に見た訳ではない、しかし、その噂は遍く広がる。
 異質なままの存在であるにもかかわらず、バロックワークスという巨大な組織の中でまさに“実力”によってその存在を許される男だった。


「手加減した。……勘弁しろよ。あんまり暴れると後が大変だぞ」


 イガラムが行動不能に陥るまでの一撃を加えておいて、しゃあしゃあとMr.ジョーカーは言ってのける。
 膝をつき絶体絶命の状況においても、イガラムはMr.ジョーカーを睨み続ける。


「……おのれっ!! 貴様らに祖国を渡す訳にはいかぬのだ!!」

「……それだけ、吠えられれば上等だな」

「黙れ!! 必ずや我らは祖国を救って見せる!! 貴様らの思い通りにはさせんぞ……バロックワークス!!」


 その瞬間、Mr.ジョーカーは目を見張った。
 もう動けないと半ば確信していたイガラムが突如、Mr.ジョーカーに向けて飛びかかったのだ。
 だが、それは勝機など見えないであろう無様な攻勢。
 攻撃手段も体当たりと滑稽極まりない。
 しかし、それゆえにどこまでもまっすぐで強い。
 イガラムは命の残り火を燃やしつくすかのように、意地だけでMr.ジョーカーに攻撃を仕掛けたのだ。
 その身は身を捧げた、アラバスタ王国のため。
 彼の全ては愛すべき祖国と王女のため。
 そのためにこの身が果てようとも構わなかった。


「おおおおおおォォォ……!!」

「…………」


 吠えるイガラム。全てを賭けた彼の攻勢。
 だが、それでもイガラムの力はMr.ジョーカーに届かない。
 イガラムがMr.ジョーカーに体当たりをかます寸前、如何なる面妖な技か突如その姿が消えた。
 そして、間をおかずにその姿が勢い余り転倒したイガラムの後ろに現れた。


「───だから止めとけと言った。
 心意気は立派だが、それでもオレには届かない」


 Mr.ジョーカーは転倒したイガラムの首元を掴んだ。
 そして、常識外れの握力と膂力を持って自身よりも大きいイガラムを腕一本で持ち上げた。


「ぐっ……!! ……バケモノが」

「結構」


 その時、イガラムとMr.ジョーカーの瞳とが交差する。
 まるで、夜のように深い黒。その瞳が鏡のようにイガラムを見つめている。


「さっきも言ったが、ここでお前の歩みは終わる。怨むならオレを怨め。お前はここで一端退場だ」


 感情をうかがわせないまま、淡々とMr.ジョーカーは言う。
 

「わたしがここで果てようとも……!! 
 海賊達に導かれ、ビビ様は必ずや祖国を救うだろう!! 必ずだ!!」

「…………そうか。
 なら、そうなることを祈ってるよ。………精々頑張るんだな」


 そして、Mr.ジョーカーはイガラムを暗い夜の海へと放り投げた。
 大柄であるにも関わらず、イガラムの身体は重さを感じさせること無く遠くまで吹き飛ばされる。
 その直後、イガラムの乗っていた船で巨大な爆発が起こった。

 意識を失うイガラムが見たのは爆破された船と、何故か悲しそうに揺らいだMr.ジョーカーの瞳だった。






◆ ◆ ◆
 

 
 
 

 麦わら帽子を被った髑髏(ジョリーロジャー)を掲げた船は舵を川上に取り進んでいた。
 海賊船はそこから支流に乗り航路に乗る手筈となっている。

 本来は五人の海賊団に今は新たな人物が一人と一匹乗り込んでいた。
 麦わらの一味がアラバスタへと送り届ける事を約束したビビとカル―だ。
 ビビはイガラムの最後を見届け、唇を噛みしめながらも、気丈に振る舞い、前に進むことを決めた。
 そんなビビを海賊達は送り届けると約束する。


「おい、何でだ!! 待ってくれよ、もう一晩くらい泊まって行こうぜ!! 楽しい町だし、何よりも女の子は可愛いしよォ!!」


 眠っていた為に展開についていけない金髪の男が声を荒げた。
 オシャレにスーツを着こなて、無精ひげを生やし、何故か眉毛がくるりと丸まった男。
 <麦わらの一味>の<コック>のサンジだ。


「そうだぜ!! こんないい思いは今度いつできるかわかんねェんだぞ!!?
 おれ達海賊じゃねェか、ゆったり行こうぜ!! だいたい、まだ朝にもなってねェじゃねェか!!」


 同じく事情が呑み込めない長鼻の男が声を上げる。
 頭にはバンダナを巻き、<北の海>の最新モデルの狙撃ゴーグルをつけている。
 <麦わらの一味>の<狙撃手>のウソップだ。


「おい、ちょっとあいつらに説明を……」

「うん。してきた」


 船の舵を取るために甲板を離れていた騒いでいる二人を見てゾロが面倒くさそうにナミを促す。
 だが、ナミの答えは簡潔で既にサンジとウソップは黙り込んでいた。


「……………」

「……………」


 甲板に倒れ、何故か顔に殴打の後のある二人。
 確かに静かになったが、とりあえず黙らせるのを優先したようだ。
 
 倒れ伏す男二人を見て、ビビはナミにだけは逆らわない事を心に刻んだ。






 歓迎の街ウイスキーピーク。
 裏の顔は、賞金稼ぎ達の巣。
 その正体は、バロックワークスの支社。
 
 この島で様々な事が起こった。
 しかし、それはもう既に過去の事となり果てた。
 今を生きる人間には為すべき事がある。
 島から離れようとする船の上で、ビビは決意を新たにする。

 船は順調に進み、支流の終わり近づき岸が前方に見えた。
 日が昇り始め、辺りも明るくなってきて、霧も出て来る。
 襲ってくるかと思った追手の姿は無い。後は慎重に海に出るだけだった。
 


「船を岩場にぶつけないように気をつけなきゃね。あー追手から逃げられてよかった」



 ──────!!
 
 その時、聞き覚えのない女の声が聞こえた。
 その声はからかうように、海賊と王女達に語りかけられた。


「なっ!! 誰だ!!」


 全員が驚き声の方向へと振り向いた。
 船の二階部分の欄干。そこに、足を組んだ女が座っていた。
 
 艶やかな黒髪に同系色のテンガロンハットを被った女だ。
 大人びた整った面立ち、鼻筋はすっと中心を通り、瞼は綺麗な二重で色気を放つ。
 そしてその口元にはミステリアスな微笑が浮かんでる。
 肌は磁器のようにきめ細かく、服から覗く四肢がなまめかしい。


「はじめましてね。ミス・ウェンズデー」

「何であんたがここに……!! ミス・オールサンデー!!」


 ありえないとでも言いたげなビビの声。
 その声に、ナミが反応した。


「今度は何!? “Mr.何番” のパートナーなの!!?」

「……Mr.0、ボスのパートナーよ。
 実際にボスの正体を知っていたのはこの女ともう一人だけ……。
 私達はコイツ等の後を尾行することでボスの正体を知った……!!」

「正確に言えば、私達が尾行させてあげたの。
 ダメよ、ミス・ウェンズデー。尾行するならもっとうまくやらなくちゃ。それに古い建物は軋みやすいから体重を預けちゃダメ」

「くっ……」

「何だ、いい奴じゃん」


 歯がみするビビにルフィが能天気に言う。


「……そんな事わざわざ言われなくても知ってたわよ!! 
 そして私達が正体を知った事をボスに告げたのもアンタでしょ!!?」

「何だ、悪ィ奴だな」


 またも、ルフィが能天気に感想を述べた。
 ビビの糾弾にもミス・オールサンデーは笑みを崩さない。
 

「アンタがイガラムを……!!」

「さぁ、どうかしら?」

「くっ!! それに、いつも一緒のあの男はどこ!!?」

「さぁ、どこかしら?」


 状況からして、イガラムに手を下したのはこの女かもう一人で間違いない筈だったが、怒りもありビビは噛みつくように問いただす。
 だが、そんなビビを余裕の表情でミス・オールサンデーははぐらかした。
 

「アンタの目的はいったい何なの!!?」


 苛立ちが先行した言葉。
 その問いかけに、ミス・オールサンデーは僅かに目を細めて、初めて答えを返した。


「さァね、あなた達が真剣だったから、つい協力しちゃったのよ…………」


 ミス・オールサンデーはそこで区切ると、一度目を閉じて残りの部分を語った。


「…………本気でバロックワークスを敵に回して、国を救おうとする王女様があまりにもバカバカしくてね」


 それは明らかなる嘲りの言葉だった。
 命をかけ、国を救うために組織に潜入したビビとイガラムをあざ笑うもの言い。
 イガラムが最期に言った「無事に……祖国で会いましょう」という言葉がよみがえる。
 ミス・オールサンデーの言葉は彼の決意を踏みにじるような許しがたき屈辱だった。


「ナメんじゃないわよ!!」


 怒りのままに、武器を構えようとしたその時、既に海賊達が各々の武器をミス・オールサンデーに向けていた。
 ビビが驚く。今の話は海賊達には一切関係ない問題だ。だが、彼らはビビの怒りに共感し武器の矛先を定めてくれたのだ。


「おい、サンジ、お前意味分かってやってんのか……?」

「いや、なんとなく……。愛しのミス・ウェンズデーの身の危険かと……」


 武器であるパチンコをミス・オールサンデーはに向けて引き絞るウソップは、船に備え付けられている小銃を構えるサンジに問いかける。
 彼らは若干話が見えなかったが、赴くままに武器を構えていた。


「……………」


 片や、海賊達に武器を向けられたミス・オールサンデー。
 ルフィだけは何故か無表情で棒立ちしていたが、その他の全員から武器を向けられ絶体絶命の筈だ。
 しかし、さして彼女は気にした様子も無く、軽くため息交じりに呟いた。



「………殺しちゃダメよ。Mr.ジョーカー」



 瞬間、幾丈もの斬撃が海賊達に降り注いだ。


「避けろてめェ等ァ!!」


 いち早く気付いた剣士のゾロが叫ぶ。
 それでも完全に不意を突いた攻撃は海賊と王女にまともな反応を許さず、全てが彼らを縫いとめるかのようにその足元ギリギリに落ちた。
 浮足立つ海賊達。
 その中を、混乱を裂くように、ストン……。と軽やかにミス・オールサンデーの隣に一人の男が着地した。
 細身でパサついた髪と夜のような瞳の男だった。


「別にそんなつもりない。
 ただ、さっきの状態はさすがに我慢できないだけだ」

「Mr.ジョーカー……!!」

 
 男の正体を知るビビが絞り出すように呟いた。
 新たな男の登場に、先ほどとは打って変わり船内は静まり返った。


「ウソ……さっきの攻撃、……コイツ何したの」

「今のは斬撃……能力者か?」

「おいコラ……パサ毛野郎!! てめェ、レディ達に向かってなんて真似してくれてんだ!!」

「すんげーな!! お前!! いったい何やったんだ!!?」

「ギャァァー!! 鼻先かすったァァァ!!」


 Mr.ジョーカーの奇襲に、先程よりも海賊達は警戒の色を深める。
 全員がMr.ジョーカーを得体の知れない敵だと認識していた。
 そんな様子に、ミス・オールサンデーはため息をついた。


「やり過ぎよ、Mr.ジョーカー。
 ……これじゃ、本来の目的が果たせないわ」


 その時、甘い花のような匂いと共に、身構えたサンジと、逃げ腰モードのウソップにそれは起こった。
 二人は予想外のありえない位置から、何かに強く引っ張られた。


「え?」 「なっ!!」


 碌な抵抗も出来ずに、欄干から落とされる二人。
 それと同時に、甲板に立ち武器を構えていたナミとゾロにも変化が起こった。
 突如、何かに手を打ち払われ、手に持つ武器を叩き落とされのだ。
 落とされた武器と仲間を茫然と見つめ、それを引き起こせる可能性のある人物に視線を向ける。


「<悪魔の実>か!! 何の能力だ!!」


 その問いに、Mr.ジョーカーとミス・オールサンデーの二人は淡い微笑を浮かべるだけだった。


「いったい何しやがった……って、うぉい!! よく見りゃキレーなお姉さんじゃねェか!!?」


 殺気立つ仲間とは裏腹に、甲板に落ちた女好きのサンジが初めてミス・オールサンデーの顔を見て歓喜の声を上げる。
 もはや彼には攻撃を受けたことなどどうでもよかった。
 一瞬、尋常でない程の殺気がMr.ジョーカーの方から飛んできたが、それすらも気にしない。


「ふふふ……そう焦らないで。
 私達は別に何の指令を受けた訳じゃないの。あなた達と戦う意味は無いわ」


 その時、突如ルフィの被る麦わら帽子が弾かれるように、ミス・オールサンデーの手元へと運ばれた。
 

「あなたが麦わらの船長ね。モンキー・D・ルフィ」


 そして、彼女は麦わらをテンガロンハットの上に被せた。


「お前、帽子返えせ!! ケンカ売ってんじゃねーかコノヤロー!!」


 ここに来て初めて、怒りの感情を見せるルフィ。
 しかもそれは、大切な帽子が盗られたことに対してであった。
 それはただ状況を理解していないだけなのかもしれないが、その心内は誰にも分からない。


「不運ね……。バロックワークスに命を狙われる王女を拾ったあなた達も、こんな小さな海賊団に護衛される王女様も。
 そして、なによりも不運なのはあなた達の<方位指針>が示す針路。
 その先にある島の名は<リトルガーデン>。あなた達は恐らく私達が手を下さなくても、アラバスタにも辿りつけず、そしてクロコダイルの姿を見る事も無く全滅するわ」

「するかアホーッ!! 帽子返せコノヤロー!!」


 微笑するミス・オールサンデーに、帽子を取られ本気で怒りだすルフィ。
 そんな、ルフィにミス・オールサンデーは微笑みながら麦わら帽子を返した。


「だから、そんな困難にわざわざ突っ込んでいくのもバカな話」


 ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーへと目配せをする。
 Mr.ジョーカーはそれを受け、サイドバックから砂時計のようなモノを取りだした。


「これは、アラバスタ手前の<何も無い島>を示す<永久指針>だ。
 バロックワークスの社員達も知らない航路だ。これに従い進めば、困難を乗り越えられる」


 Mr.ジョーカーはその<永久指針>をビビへと放り投げた。


「何でこんなものを……!!?」 

「なに? あいつら、いい奴なの?」

 
 困惑するナミとビビ。
 目の前の二人の行動はどうにも謎が多すぎる。
 もしかしたら……。という考えが浮かんでは巡る。


「……どうせ罠だろ」


 ゾロのそれは当然の疑いだ。
 敵方からの手渡される進路。この先に何があるかなど、疑わない方がおかしい。

 海賊達の反応にも、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーは表情を変えない。
 むしろ、その選択の行方を楽しんでいるようにも感じた。

 
 <永久指針>を手にしたビビは選択を迫られた。
 あんな奴らからこんなものを受け取りたくない。だが、この船に乗せてもらう以上は少しでも安全な航路を取った方がいいに決まっている。
 しかし、それが罠だという可能性も十分にありえた。

 受け取るか否か。
 <永久指針>を見つめ決断を迫られるビビに、ルフィがズカズカと近づき、その手から<永久指針>を奪い取った。
 そして、バキリという小気味いい音と共に、ビビの選択肢を握り潰した。


「アホかーっ!!」


 考えなしの船長に炸裂するナミのヒールキック。


「せっかく楽に行ける航路を教えてくれてんじゃない!! あの女がいい奴だったらどうすんのよ―!!」

「…………」


 ルフィはナミの言葉を聞きながらも立ち上がると、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーに向けて言い放つ。
 その姿には一切の迷いや葛藤は無かった。


「この船の進路をお前が決めるなよ!!!」

 
 それが、この船の船長の下した結論だった。


「そう……残念」

「……ああ、まったくだ」


 そして、交渉は決裂し、結論は出た。
 そんな中で、Mr.ジョーカーは麦わらの船長に向けて問いかけた。
 この時、二人の笑みが深くなってたことに気付いた者はいなかった。


「もし、オレ達の言葉に嘘が無かったとしたらどうする?
 オレ達が示した航路が正解で、お前の選択が間違いだとしたら」

「なに言ってんだお前? 答えなんて、そんなもんやってみねェとわかんねェだろ」

「……そうか」


 そして、Mr.ジョーカーは背を向け、それにミス・オールサンデーが続く。


「威勢のいい奴は嫌いじゃないわ……生きてたらまた会いましょう」


 そして、ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーに手を引かれ、いつの間にか近くにやって来ていた巨大なカメに乗り込んだ。
 こうして、嵐のような邂逅は終わる。
 彼らが去った後には、どこか温かい春風が吹いていた。






◆ ◆ ◆







 バンチに乗りクレスとロビンは波に揺られる。
 差し始めた日光に影を作りながら広い広い海を進む。


「まったく……面白い奴らだ」

「ふふふ……確かに」


 二人は先程の邂逅を思い出す。
 成り行きを見守り、海賊達には興味を惹かれた。
 だが、それ以上の強烈な魅力を彼らからは感じた。


「まぁ、それでも<永久指針>を壊されるとは思わなかったな」

「なかなか、思い通りにはいかないものね」


 実際、二人が語った言葉に嘘は無かった。
 手渡した<永久指針>は実際に<何も無い島>を指している。
 

「最悪の場合は無理やりにでも拉致るしかないかと踏んでいたけど……それよりも、十分面白い結果が得られそうだ」

「でも、彼らは次の島でどうするのかしら?」

 
 海賊達の次の進路は<リトルガーデン>。
 ここには、どうしようもなく人の手では及ばない問題があった。


「いや、案外、何とかなるかもしんねェぞ?」

「まぁ、それも含めて……これからが楽しみね」

「ああ、そうだな」


 そうして、二人は再び波に身を委ねた。
 

 


 






あとがき
最近月に三回ぐらい自分は本当に馬鹿なんじゃないかと思う瞬間があります。
申し訳ございません。
今回の話はやっと一味との邂逅だ!! と変にテンションの上がった私の産物です。
途中はほとんど原作そのままなのですが、この部分は結構好きで、ハイテンションのままに文章に起こしてしまいました。
実は今回の話はいつもの三倍ぐらいあります。
省略して書き直そうかと思いましたが、そうするといまいち緊張感に欠けるような気がしてそのままにしてあります。すいません。

さて、こんかいから本格的に原作突入ですね。
いつまでたっても未熟な作者ですが、上手く導けるように精進を重ねたいです。




[11290] 第八話 「旗」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/02/21 22:04
 広場には無数といっていい程の国王軍の兵士達が集まっていた。
 整列した兵士たちは僅かな明かりの中、暗い広場を埋め尽くしている。
 日は沈み、月も雲によって覆われた、静かというよりも沈黙という言葉が似合いそうな音の無い夜だった。
 国を守るために日ごろから訓練を重ねて来た彼らの厳しい視線の先、無数の双眸が見つめる闇夜に、炎が灯った。
 一つ、二つ、三つ…………。
 灯る炎は次から次へ増殖するように増えていく。その熱は彼らの思いを代弁するかのように熱く燃え盛る。
 もはや数える事もバカらしくなるような無数の炎。それは、等しくその先に掲げられたものを焼いていた。



 ───旗が燃えていた。



 アラバスタ王国の国旗。
 太陽をモチーフとしたその旗は、本来なら彼ら国王軍が命をかけて守るべき象徴であった。
 それを、彼らは自らの手で焼いていた。
 無数の炎は暗闇を灼熱で映し出す。それは、明らかな叛旗の意。
 その瞬間、広場が爆発したと錯覚するほどの喚声が上がった。



『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──────!!!』



 誰かが叫んだ。


「国王を許すな!!」


 誰かが叫んだ。


「祖国に雨を!!」


 誰かが叫んだ。


「アラバスタに平和を!!」


 広場にいる兵士達の誰もが感情のままに声を張り上げた。
 その余りの大きさに、隣接する建造物が悲鳴を上げるかののように震える。
 
 枯れる町。乾いた土地。緑は消え。人は死ぬ。流れるのは赤い血。
 この国はもう駄目だ。腐り落ちてしまった。もはや滅ぶしかない。
 兵士の誰もが祖国を憂い断腸の思いで決断を下した。

 後の統計で明らかになった、この大規模な反乱に参加した国王軍の兵士の数は30万人。
 彼らが反乱軍に加われば反乱軍40万対国王軍60万だった筈の鎮圧戦が、反乱軍70万対国王軍30万の抵抗戦へと変わる。
 砂の王国を巡る戦いは激しさを増す。誰もかもがその渦の中へと飲みこまれていく。

 今を必死に戦う人々をあざ笑う者には気付かずに………。













第八話 「旗」










 


 いつもの部屋。匂いまでもが染みついた執務室。
 その部屋でクレスはいつものように椅子に深く座り資料を眺めていた。
 感情を灯すことの無い瞳。それが資料の上の文字をなぞる。
  

「…………」


 数年にも及ぶバロックワークスの集大成。
 強固たる土台の上に万全を期して築かれる最終作戦。その麟片がそこにはあった。
 それは莫大な額に及ぶ大量の武器の購入リストと超高性能爆弾の発注書だ。
 これらは近日中に手元へと届けられる手筈となっている。


「理想郷(ユートピア)…………ね」


 クレスはその資料をパサリと机に放り投げる。
 そして冷めきってしまったカフェオレを口元に運んだ。


「……苦い」


 冷めたコーヒーはコクを増しクレスの嫌いな苦みをブレンドしていた。
 クレスは渋々と残りを飲み干して口の中に残った苦みにまた顔をしかめた。


「エージェント達への招集も滞りなく完了したわ。……後は時間の問題ね」

「……そっか」


 窓から外の景色を眺めていたロビンが補足する。
 クレスは首の骨を鳴らし固まった筋肉をほぐす。
 そのまま眠るように椅子に深く座り直しシミ一つない天井をぼんやりと見つめた。
 
 思えばバロックワークスには四年もの間在籍していた。
 特に感慨は湧かなかったが、それはクレスとロビンが「組織」というものに所属していた中で最長の期間であった。
 

「あのさ……ロビン」

「なに?」

「もし……」


 ──────この国でもダメだったら。


 そこでクレスは口ごもった。
 聞いてしまっては何かが終わるそんな気がした。
 それは二人にとっての崩壊の呪文なのかもしれない。
 口にした瞬間、何かが崩れそうだった。


「すまん……何でも無い」

 
 その先を口にすることが出来なかった。


「あのね、クレス」


 そんな時、ロビンが口を開いた。
 日の光に照らされ出来た影が少し憂鬱げに思えた。


「外を歩かない?」






 夢の町レインベースの喧騒はいつもと変わりなく感じられた。
 昨日の国王軍の反乱もあって、激化するであろう内乱に不安を感じる者も多かったがその大半が楽天的に構えていた。
 中にはどこ吹く風と同じ国の民であるのに他人事のように捉える人間までいた。
 それはレインベースが<七武海>であるクロコダイルの庇護下にある事が大きいだろう。
 反乱軍も国王軍もクロコダイルが居を構えるこの町を戦場にするほど愚かでは無い。
 実際、内乱が始まり他の地域が渇きに喘いでいてもこの町だけはいつものままだった。
 

 クレスとロビンは人の流れに沿うように目的も無く歩いた。
 ロビンの提案はクレスにとっても嬉しい選択だった。
 あのまま部屋でぼんやりと資料を眺めていても退屈なだけだ。


「どこか行きたいところとかあるか?」

「少し本屋に。クレスは?」

「しいて言うなら……喫茶店に行きたい」

「またデザート? 程々にしないと身体に悪いわよ」

「いや、聞いてくれ。最近新しい喫茶店がこの辺りに出来たんだって。それでそこのチョコレートケーキが大評判でな、そんで……」

「もう、……仕方ないわね」


 先にロビンの目的地である町の本屋へと赴いた。
 しかし、どうやらそこにはお目当てのものが無かったようで、二、三と周り、最終的に町はずれの古本屋でようやく発見し購入した。
 その後はクレスがロビンを連れ喫茶店に入った。
 店内には厳しい日光を避けるために多くの客がいてテーブル席はいっぱいだったが、幸いカウンター席は空いておりクレスとロビンはそこに腰かけた。
 クレスはとりあえず評判のチョコレートケーキを頼み、ロビンはコーヒーを注文する。
 評判のチョコレートケーキはなかなかの出来栄えだった。クレスが今までで食べて来た中でも上位に入る逸品だ。
 頬の緩んだクレスを見ながらコーヒーを片手にロビンは購入した本を開いた。
 辞書のように厚いハードカバーの本だ。相当古いもののようで傷が目立った。


「歴史書か?」

「ええ、もう一度この国の歴史を知りたくて」

「……そうか」
 

 ロビンにどんな思いがあるかは分からない。クレスはそれ以上踏み込むことはしなかった。
 ケーキをゆっくりと堪能し、ついでにおかわりを三つ頼んで、ロビンが本を読むのを横目にゆっくりと店のBGMに耳を澄ました。
 暫くしてパタンと本の閉じる音がしたのでクレスはロビンに視線を向けた。


「もういいのか」

「ええ、一区切り。続きは帰ってからね」

「アラバスタの歴史なら上陸したときにも調べてなかったけ?」

「一通りは。でも、この本は少し違うの」

「違う?」

「そう。これはこの国の人々によって書かれたものなの。
 この国の考古学者が中心となって、この国の人々の声を聞いて、皆でまとめあげた……そういう本」

「へぇ……」

「何故か製作者の中に先々代の国王の名前が友人のように記載されているけどね」

「……どんな国王だよ」

「ふふ……。そこもこの国の面白いところね。
 観測者が変われば当然視点が変わる。主観か客観が、勝者か敗者か、いろんな角度での見方があるから『本当』を知りたかったらいろんな視点で見る事が必要になるわ。
 近くてもダメ。遠くてもダメ。誰の意見にも偏ることなく、それでいて誰かの目に映った事を導かなければならない。
 それを踏まえて、この本はアラバスタの歴史について知るにはちょうどいい本なの」

「なるほどな」


 柔らかな笑みを浮かべて語るロビンにクレスの表情がほころんだ。
 クレスは小さい頃のロビンがシルファーから教わった歴史を得意げに語っていた姿を思い出した。
 やはり好きな事だからだろうか? いつもよりも声が弾んでいて饒舌だった。


「どうしたの?」


 クレスの表情の変化にロビンが気付いた。


「いや、楽しそうだなって思ってさ」

「そう……かしら?」

「ああ、とっても。
 やっぱりお前はそういう顔の方が綺麗だ」


 クレスの本心からの言葉だった。
 ロビンはクレスの言葉に少し俯き、僅かに遅れて答えた。


「……ありがと」


 その顔はほんのりと熱を持っていた。






◆ ◆ ◆






「ハァッ!!」


 王家の象徴である神殿都市。
 アラバスタ王国の首都であるアルバーナ。
 その宮殿の敷居内に造られた訓練場の外れで裂帛の気合と共に剣が空気を切り裂いた。
 振るわれた剣は止まることなく連続で、二、三、と目にも留らぬ速さで振るわれる。
 額から流れる汗を拭うことなくぺルは一心不乱に剣を振り続けた。


「クッ……ハァッ!!」


 日は昇りきりもう正午も過ぎた。
 かれこれもう半日以上剣を振るっていることになる。
 しかし、ぺルはいつまでも剣を振り己を鍛え上げていく。


「はぁ……はぁ……ッ! ……ハァッ!!」


 当然、体力も尽きかけていた。
 これ以上の訓練は身体にとって毒でしかない。
 だが、彼はそれでも腕を止めなかった。


「この程度では……ッ!!」


 ぺルが一心不乱に何かに憑かれたように己を鍛えるのには訳があった。
 思い出すの過去に起きた国王の襲撃事件だ。
 動揺を防ぐために、この事件は隠匿され知る者は少ない。
 表向きは事無きを得たことになっていたが、それは違うとぺルは感じていた。

 事件の際そこに居合わせたぺルはある男と対峙した。
 覆面で顔を隠し、正体がまったく掴めなかった男。
 男は王国最強ともてはやされるぺルを圧倒し、あまつさえ手加減すらしている節があった。
 応援に来た兵士のおかげで男は撤退したが、あのまま勝負を続けていれば敗れていたのはぺルの方であっただろう。
 その後、懸命に逃げた男を捜索したが足取りを追うことは出来なかった。
 己に弱さ故に、もしかすれば国王の命すら失われていたかもしれないのだ。
 ぺルはその事を恥じ、それ以来訓練に没頭した。


「ぺル」


 剣を振るうぺルに声がかけられた。
 ぺルはその人物に目を向ける。
 そこに威風堂々たる容貌の武人が立っていた。
 ぺルと同じくアラバスタ王国護衛隊の一員で、現在は事実上の国王軍総司令官の要職についている<黒犬のチャカ>だ。
 ぺルはチャカの言葉にようやく腕を止めた。


「そろそろ一息入れてはどうだ。
 あの反乱劇の後だ。お前が気を立てていれば兵たちも動揺する」

「……すまない」


 ぺルは剣を納めると傍らに置いてあったタオルで自身の汗を拭った。
 そんなぺルにチャカが水筒を差し出した。


「水……か」

「どうした?」

「いや……これを巡って戦いが起きていると思うとな」

「……そうだな。だが、それでもお前はそれを飲まなければコブラ様を守ることはままなならない」

「……つまらない事を言ったな」

「いや、お前の気持ちも分かる」


 ぺルは水筒を悲しげに見つめた後、ほんの少しだけ口に含み飲み込んだ。


「兵たちの様子は?」

「やはり動揺している。……中には武器に迷いが生まれ始めた者もいる」

「こんな時、イガラムさんがいてくれれば……」

「言うな。……あの人はビビ様と共に祖国のために戦っておられる筈だ」


 護衛隊長であるイガラムの失踪は国王軍にとって確かな陰を落としていた。
 戦いの場でこそ実力ではぺルとチャカに劣るものの、イガラムには確かな求心力があった。
 それも先日に起こった大規模な反乱の後だ。兵たち纏められなかった自分達を恥じると共に、イガラムの存在を渇望するのも仕方が無かった。


「ところで、例の男……いや、“敵”の情報は?」

「……まったくと言っていい程に進展が無い」


 国王がダンスパウダーに手を出す事などありえない。
 「国とは人」コブラは日ごろからそのように心がけ、常に国民を中心において政をおこなってきたのだ。
 富を集中させ民達をひれ伏させるやり方は国王コブラの最も嫌いな統治の方法の筈だ。

 故に、ダンスパウダーの事件よりも前、雨が王都にのみ集中するようになった時から調査をおこなってきた。
 だが、それでも今だ裏に潜んだ敵を見つけ出す事は出来なかった。


「一刻も早く見つけなれば。
 ……早くしなくては大規模な戦が始まってしまう。そうなれば“鎮圧”では終わらなくなる」

「部下達には全力を尽くさせている。
 だが、こればかりはどうにもならん。……我々はコブラ様に従うのみだ」


 ぺルは小さくため息を漏らそうとしてそれを飲み込んだ。
 今は大事な時期だ。上に立つ者がしっかりとしなければ下の者に動揺が広がる。


「それにしても懐かしい場所だ。
 ……確かここを抜ければ“秘密基地”だったな」


 チャカがぺルが訓練をしていた広場を見渡しそう言った。
 この場所は余り人が近づかない。故にぺルはこの場所で訓練を行っていた。


「あの頃のビビ様はおてんばで手を焼かされた」

「そうだな。……コーザの奴もここでよく相手をしてやった」


 チャカは懐かしむように広場の中心まで歩く。
 するとそこで立ち止り、帯刀していた刀を抜いた。


「書類仕事ばかりで少し身体を動かしたい。
 ぺル、少しは身体は休まったか? 良ければ相手をしてくれないか?」

「いいのか?」

「少しの間ならばな。それにここは人通りも少ない。我らが打ち合えども安心だろう」


 するとぺルも構えた。
 両者睨みあう。そこに先程までの穏やかな雰囲気は無く、洗練された武人の姿があった。


「疲れて力が出せぬなどとは聞きたくないぞ」

「心配するな。いつでも行ける」


 瞬間、二人の身体に変化が起こった。
 ぺルの身体からは羽が生まれ、巨大な隼に変わり大空へと飛翔する。
 チャカの身体からは鋭い犬歯が伸び、強靭な四脚が大地を掴んだ。

 <トリトリの実 モデル“隼(ファルコン)”>
 <イヌイヌの実 モデル“黒犬(ジャッカル)”>

 <隼のぺル>
 <黒犬のチャカ>
 二人は奇しくもアラバスタ王国の守護獣である隼と黒犬を模した<動物系>の能力者だ。
 <動物系>の能力者はそのモデルとなった動物の能力と共に絶大な身体能力を得る。
 故に、鍛えれば鍛える程に絶大な強さを誇る肉体を持つ<動物系>は迫撃において最強の種といえた。


「────行くぞ」

「─────来い」


 王家の守護神たる双壁を為す二匹が互いに睨み会う。
 そして同時に動いた。
 ぺルは翼で空を切り裂き、チャカは脚で大地を砕いた。


「“飛爪”─────!!」

「─────“鳴牙”!!」


 瞬間、二人が交叉し、空間が裂けたかのような衝撃が起こった。







◆ ◆ ◆







 砂漠のオアシス<ユバ>そこには反乱軍の本部拠点があった。
 度重なる砂嵐によって機能しなくなったオアシスに目をつけた彼らはそこに陣を引いた。
 オアシスとして死んだこの地にわざわざ足を運ぶ者は無く、王都からも雄大なサントラ河を挟む形となっていてちょうどいい位置であった。
 だが、それは現在過去形となりつつあった。
 元々本部の拠点を移動させる案はあった。それに拍車をかけたのは先日に起こった国王軍の大反乱だ。
 この地では、膨大な数に膨れ上がった反乱軍を率いるのにはもはや限界であった。


「コーザ!! 話を聞かんか!! コーザ!!」


 物資の移転が終了し、殆ど人のいなくなったユバで反乱軍の指導者である男の名を老人が呼んだ。
 名をトトといい、皮と骨だけのようなやせ細った老人だった。
 昔はふくよかな体型だったのだが今はその影もない。その姿はまさに現在のアラバスタの民を現していた。


「何度も言うが親父!! 
 早く死んだオアシスなんて見捨ててとっとと他の町に避難しろ!! 今ならまだ連れてってやれる!!」

「何を言うか!! ユバはまだ死んではおらん!! お前の方こそ反乱なんてバカな真似を止めんか!!」


 今から十一年前、この地に国王はオアシスを建設することを命じた。
 その時その命を受けたのがトトで息子であるコーザはトトと共にこの地にオアシスを開いた。
 だが、そのオアシスも干ばつと度重なる砂嵐によって干上がり町も死に絶えた。


「お前も知っているだろう国王様の人柄を!! あの人は決して国を裏切るような人じゃない!!」

「それがどうした!! 人柄だけで何もかもが決まる訳じゃない!! 
 現にアラバスタは枯れ、オレ達は皆雨を求めているんだ……!!」

「だからと言って、国に刃を向けんでもいいだろう!!
 もう暫く待て!! そうすれば必ず国王様が全て解決してくれる!!」

「もう待てるかよ……オレ達も、この国も、もう限界なんだよ……!!」


 コーザは顔の傷を隠すようにかけられたサングラスの奥の瞳を濁す。
 彼とて好きで戦っている訳では無い。
 雨を求め、戦いが始まり、国がそれを望み、戦いが続いた。


「お前……ビビちゃんの事はどうするんだ」

「………………」

「王家に刃を向けるということはビビちゃんとも闘うということなんだぞ?」


 ビビ───現在行方不明の王女の名だ。
 アラバスタが平和だった頃、コーザとビビは幼なじみであった。
 今もなお残る額の傷跡も当時誘拐されそうになったビビを助けるために負ったものだった。


「あいつは今行方不明だ。……逃げたんだよ、護衛隊長に連れられてな」


 低い声でコーザは言った。


「それが真かどうかなどお前なら分かっているだろう。
 あの子はきっとイガラム殿と共にアラバスタを救おうと動いとるに違いない。
 きっと、ビビちゃんは生きとるし帰ってくる。その時お前はビビちゃんに血にまみれたアラバスタを見せるつもりなのか?」

「じゃぁどうすればいい!! 
 もうこの“うねり”は止まらない!! おれ一人が戦いを止めた程度では納まらないんだよ!!」


 吐き捨てるようにコーザは言い、トトに背を向け近くに止めてある馬に跨った。


「これで最後だ親父!! オレ達と一緒に来るか、ユバのように死ぬかだ!!」

「ユバは死んではおらん!! お前こそ反乱などバカげた真似は止めんか!!」


 もはやトトは一歩も動かなかった。
 ギリッ……とコーザは歯を噛みしめた。


「なら勝手にしろ!! オレは───戦う!!」


 コーザは馬の手綱を操り振りかえることなく馬を反乱軍の仲間が待つ方向へと走らせた。


「コーザ!! 待たんか!! コーザ!!」


 トトの叫びはもはや届かない。
 反乱軍達はユバを放棄し、残ったのは去って行った足跡のみだ。だが、それすら風に運ばれた砂が覆い隠していった。
 行ってしまった息子を茫然と見つめていたトトはその姿が完全に見えなくなると膝をついた。
 そして肩を震わせ涙を流した。


「バカ者が……それが間違いだと何故分からない」


 そう呟きトトは暫くの間声も無く泣いた。
 目から流れた熱い涙はトトの干からびた肌を流れる。
 だが、その涙もユバの大地のように消えていった。

 その後、トトは立ち上がると枯れたオアシスに向かって歩いた。
 そして、スコップを手に取りもくもくと穴を掘り続けた。


「ユバは死なん。何度でも甦る。
 …………それはこの国も同じだコーザ」


 老人の声を聞くものはオアシスには誰一人としていなかった。






◆ ◆ ◆


 



「ありがとうございました」


 店員の感じの良い声に見送られ、ロビンとクレスは喫茶店から出た。
 思ったよりも喫茶店で時を過ごしたため、外は既に宵がかっていて薄い暗闇が砂の国を覆っていた。
 反乱とはほとんど無関係なレインディナーズでは街頭に光が灯り二人のゆく道を照らしていた。


「いやぁー。なかなかいい感じの店だったな。ケーキも上手かったし。また来ような」

「ふふ……そうね」


 満足げなクレスの声を聞きながら、人ごみに沿うように歩いた。
 今日はもうやる事もない。後は宿に帰って休むだけだった。


「その本重くないか? 良かった持つぞ?」

「大丈夫。このくらいならどうってことないわ」


 ロビンは今袋に入った歴史書を持っていた。
 ハードカバーの辞書のように厚い本でクレスの言うように結構な重さがある。


「……お前がそう言うなら良いんだけどな」

「気持ちだけでも嬉しいわ。ありがとう」


 クレスと並び歩く。
 そして随分とこの町を見慣れてしまったことに気付いた。
 良くも悪くもクロコダイルの力は強大だ。<七武海>であるクロコダイルを世界政府は信用し、サンディ諸島一帯には海軍が近づいてこない。
 よって、アラバスタは現在では二人にとって最も安全な地域ともいえた。


「……やっぱ止めた」

「え?」


 その時、クレスがロビンの手を握った。
 握られたロビンの手には歴史書の入った袋がある。
 クレスはそれを引き受けると共にロビンの細く繊細な手を握っていた。


「こうすれば文句ないだろう」


 それは片方に押しつけるという形では無い。共有という形だ。
 優しく、重さを本の重さを引き受けた上で、包み込むように優しくロビンの手を握っている。
 その大きな手の平から伝わる熱にロビンはこの上ない安心を感じた。


「そうね……文句なんてないわね」


 そのままクレスと手を繋ぎ歩いた。
 ただ、それだけで世界がより鮮明に見える。人々は活気に満ち、景色は輝いていた。
 
 今、クレスと共有するように持つアラバスタの歴史の本。
 今日これを探したのは自分に対するケジメと覚悟のためだ。


 アラバスタは最後のチャンスだ。
 クレスと二人世界中を見て回った。でも、<歴史の本文>はどこにもなかった。
 でも今回はきっとある。この国の中枢で厳重に隠匿されたその先に必ず<歴史の本文>はある筈だ。
 そしてそれを見る事が出来れば、<真・歴史の本文>へと辿り着く。
 そのためにはどうしてもクロコダイルの下に付きこの国の転覆を計る必要があった。
 もう間もなく、ロビンが片棒を担いだ計画が実行される。
 ならばこの国は崩壊するだろう。
 気にする必要は無い。クレスはそう言った。
 確かに、クロコダイルならばロビンとクレスがいなくても必ず計画を実行しただろう。
 だが、ロビンはそれに自らの意志で手を貸してしまった。
 ならば相応の覚悟を決める必要があった。
 だから歴史書を探した。
 たとえ意味が無くとも偽善であってもこの国の歴史をもう一度知ろうと思った。
 己の犯す罪の重さを確かめるために…………。


 二人は歩く。
 子供の頃のようにクレスは優しくロビンの手を握っていた。
 ロビンはクレスに肩が触れ合うまで近付くとその腕をクレスの腕に絡めた。


「お、おい」

「なぁに?」

「い、いや……何でも無い」


 一瞬焦ったような声を出しクレスは口ごもった。
 相変わらずこういうところがかわいいと思う。
 手をつないでふざけあえるこの距離をロビンは愛おしいと思った。

 
 二人の宿まではもう少しだ。
 宵も徐々に深まり、辺りは暗闇が沈殿してきた。
 もう日が暮れるというのにこの町は人通りが消える事は無い。
 ギャンブルの町として名を馳せるこの町は夜こそが華だ。
 夜になれば昼間以上に色煌びやかに街が輝く。時折花火大会などの催し物も開かれた。
 故に先ほどよりも多くの人間とすれ違う。
 手を繋ぐロビンとクレスにとっては彼らは背景で、逆に彼らにとっては彼ら以外の周りが背景なのだろう。






「──────えっ?」






 だが、その背景が一瞬ぶれた。
 背景がロビンを中心として回る世界を侵食しかけた。
 息を飲んだロビン。
 それは一瞬の事であった。
 前方を歩く人影その中にその男はいた。
 その男はまるで身体に靄がかかっているかのように曖昧で、質量を感じさせないかのような存在感の薄さだった。
 完璧なまでに背景に溶け込み、本来ならロビンも気付くこと無く通り過ぎただろう。現にクレスは気付いていない。前を向いたまま変わらぬ表情で歩き続けている。
 だが、その男はロビンには決して見逃すことのできない姿をしていた。
 男の背丈は恐らく190cm前後。
 細身であるが鍛えられた体。
 パサついた干し草のような色の柔らかい髪。
 そして、夜のように深い瞳。
 その見事なまでの一致にロビンにとってその異常性が不気味に見えた。
 光無き世界。
 闇夜の支配する空間で浮かび上がるようなその男を見れば人々はどう思うだろうか?
 ──────亡霊。
 その言葉を一瞬、ロビンは思い浮かべた。


「どうした、ロビン?」


 ロビンはクレスの言葉に現実に引き戻された。
 そしてもう一度男の方向を見た。
 だが、そこにはその男はいなかった。


「何かあったのか?」


 クレスは声を低くし問いかけた。
 ロビンはそんなクレスの顔を確認するように見て、


「ごめんなさい。……気のせいみたい」


 そう、言葉を濁した。













 時は来る。
 時は巡る。
 時は進む。
 時は飲み込む。

 ──────そして時代が動き始める。
 
 
 


 

 
 
 



あとがき

リアルがかなりピンチで、更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。
今回は中継ぎで、題名通り「旗」の回ですね。
反乱、ペル、コーザ、ナチュラルにイチャつく二人、謎の男。
あれ? 何か一つおかしいのがあったような? まぁ気のせいですよね。




[11290] 第九話 「虚像」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/02/07 23:53
 町は熱狂に包まれていた。



───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!



 乱舞する歓声の中心には一人の男が不敵な笑みと共に立っていた。
 がっしりとした体型に鉤手の男だ。顔には巨大な傷跡が走り。爬虫類のように温度の無い瞳をしていた。
 “海賊”サ―・クロコダイル。<七武海>の一角を占める元賞金首にしてアラバスタの民衆の支持を一挙に受ける男だ。
 その傍にはミイラのように干からびた海賊の船長が横たわっている。
 かろうじて生きてはいるものの、その眼には数分前までに宿っていた暴力的な光は無く、今は完全に恐怖に挫け血走っていた。
 名も知らぬゴミを見下し、クロコダイルは腕を掲げた。
 その瞬間、砂塵が吹き荒れ、逃げ惑っていた海賊達を巻き上げる。
 海賊達の悲鳴を呑み込むように吹き荒れる砂嵐。その後に立ちあがれる者は一人としていなかった。
 この一瞬で町を襲っていた海賊達は一人残らず掃討された。
 


───クロコダイル!!
───クロコダイル!!
───クロコダイル!!



 内乱中の国は海賊達にとって格好の的であった。
 しかし、クロコダイルは国王軍よりも早く迅速にその全てを屠って来た。
 そのため、アラバスタの民たちは狂喜に踊り、クロコダイルを<英雄>と称えた。


「クッハッハッハッハ!! 黙れ愚民ども!!」


 止まぬ歓声。
 だが、クロコダイルはそんな彼らをを見下し拒絶する。


「そう言ってアンタはいつもオレ達を助けてくれるんだ!!」

「素敵!!」

「クロコダイル万歳!!」


 しかし、民は叫びクロコダイルの全てを称賛する。
 内乱により国王の権威が失墜する今、アラバスタの民はクロコダイルという圧倒的なカリスマを持つ<英雄>の虜となっていた。


───砂漠の王!!
───アラバスタの守り神!!
───サ―・クロコダイル!!


 その歓喜を背にして、クロコダイルは口角を釣り上げた。













第九話 「虚像」













───皆、お願い。あの男に騙されないで……!!
───あの男は英雄なんかじゃない!!
───クロコダイルはアラバスタを乗っ取ろうとしているの!!
───私はアイツの野望を暴いて見せるから!!
───パパ、コーザ。だから戦わないで……!!






 <ゴーイングメリー号>は二本のマストに一杯の風を受け海を行く。 

 一味は指針に従い目指した<リトルガーデン>においてバロックワークスのエージェントからの妨害を退け。
 突如航海士を襲った病を回避するために立ち寄った<ドラム王国>で前支配者を下し、船医を仲間に迎えた。
 過酷な困難に見舞われたものの<麦わらの一味>はその困難を切り抜け、今は一直線にアラバスタ王国を目指していた。



「……全然釣れねェじゃねェか、ウソップ」

「それはな……ルフィ!! お前が餌を食っちまうからいけねェんだろうが!! 餌がなきゃ釣れるもんも釣れねェよ!!」

「お前だって食っただろ」

「オレは蓋の裏に付いていたヤツだけだ!!」


 船は今極限状態にあった。主に食料面で。
 食料は計算してアラバスタまでの間ちゃんともつ量が載せてあった筈だった。
 しかし、アラバスタへの到着にあと何日かを残した状況でそれが尽きてしまったのだ。
 仕方がないから釣り糸を垂らすことになったのだが、適当に釣りを行ったところで魚が釣れる訳でもなく、鳴り続ける腹を納めるために大食らいのルフィをはじめとした面々は餌にまで手を出してしまった。
 催促するようにルフィの腹が鳴った。やるせない程に腹が減っていた。


「おい、サンジ。ホントにもうメシないのか?」


 釣り糸を垂らすことに飽きてきたルフィが通りかかったサンジへと問いかける。


「ねェよ!! ほとんどお前が食ったんだろうが!!」


 と言いつつ、女性陣のナミとビビの分はこっそりと隠してあった。
 この船ではこれくらい知恵を回さなければレディ達に快適な食生活を提供できない。


「ルフィ諦めろって。
 無いもんはしょうがねェ。今は当たりが来るまで待つしかねェだろうが」

「待つったって、おれは飽きたぞ」

「いいかルフィ。釣りってのは無心でやるもんだ」

「無心ってなんだよ」

「む、無心ってのはな……何も考えないこと何じゃねぇのか」

「じゃぁ、ボーっとすんのか?」

「いや違うだろ」

「ぼー」

「いやだから違うって」

「ぼー」

「…………」

「ぼー」

「…………」

「ぼー」

「…………ぼー」


 そして、完全に脱力する二人。
 こんな二人が垂らす餌なしの針にはよほど飢えている魚でもかからないだろう。


「……気合入れてやろうかクソ野郎ども」


 ガン、ガン!! バカ二人にサンジの踵が食い込んだ。
 タンコブを作った二人は無言で釣り糸を垂らした。


「はぁ、せめて魚釣りとかに精通してるヤツがいればな」

「いや、いくらなんでも餌なしじゃ釣れねェだろうよ」

「じゃあ潜ってとって来てくれたらいいのに」

「……サンジ、おめェ何とかなんねェのか?」


 煙草をふかし一服ていたサンジにウソップが問いかけた。
 サンジは<能力者>では無いにも関わらず無類の強さを誇る人間だ。


「まぁ、出来ねェ事はねェだろうよ。オレでもそこで爆睡しているアホ剣士でもな」


 ただ……。と言い、サンジは煙を吐き出した。


「この海の海流にのまれず。この海で泳ぐ魚に追い付ければの話だ。
 普通の魚なんかはたぶん無理だろうな。海の中でも海王類が襲って来れば蹴り飛ばしてやれるが、追いかけるのなら無理だ。
 オレは泳げねェ訳じゃねェが、魚よりも早く泳げる訳じゃねェし息も永遠には続かない。それに海に潜ったとしても常に獲物がいる訳じゃねェ」


 体力の面などからも考えて、海に入ることは相当のリスクがあった。
 知識の無い素人がただ適当に海に潜るというのは相当危険だ。
 それに、自分達よりも遥かに遅い人間に追い付かれる程魚も愚かでは無い。
 浅瀬ならば変わってくるのだろうが、遠洋での素潜りの漁というのは無意味と言っていい程に無謀だった。
 残る方法は自らを餌として海王類や海獣をおびき寄せる方法なのだが、これも相当難しい。やろうと思う人間はまずいないだろう。


「それにオレは<コック>だ。食料を取るのは専門外だな」

「やっぱりそうか。狩りをするには待ち伏せや、後は専門的な道具を使うしかねェか。
 そうなると考えモンだな。<食料調達員>ってのはこの船じゃ必要不可欠に思えて来たぜ。
 <リトルガーデン>みたいに無人島に上陸する可能性もあるし、今回みたいに海の上で食料が尽きる可能性もあるしな」

「まぁ、そういうこった。
 おれも食料が“食えるか”それとも“食えねェか”ぐらいなら分かるが、それがどこに生息してるとかは基本的なことしか分からねェよ」


 話は終わりだ。無駄口叩いてないで釣れ。釣れなきゃお前らメシ抜きだ。とサンジはルフィとウソップを促す。
 

「決めた」


 その時、黙って話を聞いていたルフィが口を開いた。


「仲間にしよう」

「はぁ?」 「ん?」

「メシとれるヤツ!! そいつ仲間にするぞ!!」


 釣り竿を持ったままルフィは両手を上げ宣誓した。
 が。
 その次の瞬間ルフィのお腹が大きく鳴った。
 どこまでも能天気なルフィにウソップとサンジはため息をついた。






◆ ◆ ◆






「アレは何?」


 甲板から前方を眺めていたビビはその光景に驚く。
 何も無い海から硫黄の匂いと共に無数の煙が上がっていた。
 グランドラインは未知が多い。もしかしたら重大な危険を孕んでいるかもしれなかった。
 

「……ああ、大丈夫。
 何でも無いわ。ただの蒸気」


 ビビの疑問に航海士のナミが答えた。
 

「蒸気が海から?」

「ええ、ホットスポットよ」

「ホットスポットってなんだ?」


 <ヒトヒトの実>を食べたことによって人間の能力を得たぬいぐるみのような青鼻のトナカイ。
 新たに一味に加わったしゃべる動物。<船医>のトニー・トニー・チョッパーがナミに問いかけた。


「マグマの出来る場所のこと。この下には海底火山があるのよ」

「海底なのに火山なのか?」

「そうよ、火山なんてむしろ地上より海底の方がたくさんあるんだから。こうやって何千年何万年後にこの場所には新しい島が生まれるの」

「なんだかすごい場所みたいねここは……」

「そうよ」


 そして<ゴーイングメリー号>は煙の中へと進んだ。
 火山の熱によって引き起こる水蒸気の為、煙の中はかなり硫黄臭い。
 視界を完全に奪われ、そしてその煙を抜けた時。



「「うわァあああああああああああああああ!!!」」 



 ルフィとウソップの素っ頓狂な叫び声が響いた。
 その声を聞きつけ、ビビ達がが釣りをしていた二人へと急ぐ。
 そこには、グンと撓る釣り竿を持ったルフィとウソップの姿。
 食糧難のこの船では獲物がかかったということは喜ばしい事なのだが、二人の顔は死体でも釣りあげたかのように強張っていた。


「……………」


 そこには何故かバレリーナもどきの変態がいた。


「オカマが釣れたァ!!」

 
 何故か釣れたバッチリメイクのオカマ。
 オカマの方も自分の状況が分からないようで茫然としていた。
 

「クエェーッ!!」


 オカマにしがみつかれていた超カルガモのカル―が嫌そうに鳴いた。


「カルーに何してんのよ!!」

「ぐへっ!!」 「ぐおっ!!」


 ビビは相棒のカル―を餌にしていた二人をシバキ倒す。
 カル―が早く取ってくれともう一度鳴く。


「シィ~~まったァ!! あちしったら何出会いがしらのカルガモに…………」


 そんな事を言いながらオカマが海に落ちた。






「いやーホントにスワンスワン」


 海に落ち、引き上がられたオカマは手刀をたて感謝の意を述べた。
 その後はオネェ言葉でスープをねだったが食糧難の一味のブーイングを浴びる。
 一味としてはバレリーナもどきの変態など助ける義理も無かったが、目の前で溺れているのをほっとくのも目覚めが悪いので助ける事にした。


「おめェ泳げねェんだな」

「そうよう、あちしは<能力者>なのよう」

「へぇ、どんな能力なんだ?」


 興味が湧いたのかウソップが尋ねた。
 <悪魔の実>とは世界中に散らばった海の秘宝だ。
 一味にも二人能力者がいるのだが亜種多様々の能力は見て飽きるものではない。


「そうねい。じゃあ、あちしの迎えの船が来るまで慌ててもなんだしい。余興代わりに見せてあげるわ」


 そう言うとオカマは近くにいたルフィの胸倉を片手で掴みあげると、その顔面に向かって強烈な掌底を喰らわせた。
 その余りの衝撃にルフィが吹き飛び、後ろの船室の壁を突き破った。
 色めき立つ一味。
 様子をうかがっていたゾロがすかさず刀を構えた。


「待ーって、待ーって、待ーってよーう。余興だって言ったじゃなーいのようっ!!」


 オカマがゾロに両手を掲げ制した。
 “今吹き飛ばされたルフィの声”で。


「な……!?」


 ゾロの顔が凍りついた。


「ジョーダンじゃないわよ―う!!」


 そこにいたのは。


「は……? おれだ!!」


 吹き飛ばされたルフィが無傷のまま起きあがってオカマを見て驚いた。


「がーっはっはっはっは!! びびった? びびった?」


 そこにはもう一人のルフィがいた。
 顔、身長、体格、声色に至るまですべてが鏡に映ったかのようにそっくりに“マネ”られていた。


「左手で触れればほら元通り。これがあちしの食べた<マネマネの実>の能力よ~~~う!!」


 オカマは左手で頬に触れ、元の姿に戻る。
 ウソップとナミは声を失い。チョッパーは小さな体で驚きを表す。ルフィは目が飛び出る程に驚き「スゲェェ!!」と声を上げている。
 オカマはそのどさくさにまぎれ近くにいた一味の頬に触れていく。


「この右手で」


 ウソップの姿で。


「顔にさえ触れれば」


 ゾロの姿で。


「この通り誰のマネでも」


 チョッパーの姿で。


「で~~~~~きるってわけよう!!」
 

 ナミの姿で。
 オカマは自らの服にそのままの姿で手をかけ。


「……体もね」


 バッと本人の前で色っぽく服をはだけて見せる。
 我関せずを決めたゾロ以外の、男衆が食い付いた。


「やめろ!!」


 当然のごとくナミが鉄拳制裁をオカマに喰らわせる。
 のぞき見た男衆もついでに殴られた。


「さて、残念だけどあちしの能力はこれ以上見せる訳には……」

「お前スゲェー!!」「もっとやれ!!」

「さーらーに!!」


 ノリノリでオカマは続けた。


「メモリ機能付き!!」

 
 オカマが顔に触れる。するとその瞬間か顔がルーレットのように変化する。
 男に女。
 子供に老人。
 そこに性別や年齢の垣根など無い。
 老若男女如何なる姿もオカマとっては分け隔てなく“マネ”る事が出来るのだ。


(………えっ?)


 オカマの気持ち悪さに少し引いていたビビだったが、オカマがある男に変身すると、その目を見張った。
 どうして……? 疑問よりも衝撃が勝った。
 その姿にはどうしようもなく見覚えがあったのだ。






 意気投合したオカマとルフィ、ウソップ、チョッパーの三バカは手を取り踊りだしたりもしたが、不意に別れの瞬間は訪れた。
 突然の別れに三バカは涙する。


「悲しむんじゃないわよう。旅に別れはつきもの!!」


 オカマは三バカに背を向ける。
 背中のコートに書かれた『オカマ道』が揺らめいていた。
 そしてオカマは親指を立て、目頭を熱くしながら笑う。


「友情って奴ァは……付き合った時間とは関係ナッシング!!」


 オカマはつま先で船の欄干を蹴り、自らの船に飛び乗った。
 そして部下へと檄を飛ばす。


「さァ、行くのよお前達っ!! サンデーちゃんとジョーカーちゃんが待ってるわ!!」

「ハッ!! Mr.2・ボンクレー様!!」


 オカマを乗せ白鳥船は瞬く間に遠ざかった。
 その船影を茫然と見つめて、去り際に放たれた言葉に一味は言葉を失った。


『───Mr.2!!?』


 今通り過ぎたオカマは敵であるバロックワークスのエージェントの一人だったのだ。


「ビビ!! お前顔知らなかったのか?」

「……ごめんなさい。私Mr.2とMr.1のペアにはあった事が無かったの。
 能力も知らないし……噂には聞いてたのに……Mr.2は……」


 ビビが自らの過ちに項垂れる。


「大柄のオカマでオカマ口調。白鳥のコートを愛用してて、背中には『オカマ道』と……」

「「「気付けよ」」」


 後の祭りである。悔やんでも仕様が無い。
 だが、ビビは重大なことに気付いていた。


「さっきあいつが見せたメモリーの中に父の顔があったわ。あいつ父の顔を使っていったい何を……」


 ビビの声が沈む。
 アラバスタを乗っ取ろうとしているバロックワークスが自由に国王コブラの顔を使えるとすれば、


「……相当、よからぬことが出来るよな」


 ゾロが懸念を口にする。
 国王の顔を自由に使える。これほどアラバスタの崩壊に有効な手段は無い。


「厄介な敵を取り逃がしちまったな」

「あいつ敵だったのか?」


 腕を組むウソップに困惑するチョッパー。


「確かに厄介な敵ね。
 あいつがもし私達を“敵”と認識しちゃって、さっきのメモリーでこの中の誰かに化けられたら、私達は仲間を信用できなくなる」


 ナミの言葉にビビが息を飲んだ。
 一味の結束は固い。しかし、あのオカマが能力を使えばいとも簡単にそれも崩壊するだろう。
 正面から力で向かってくる相手には強いのだが、こういった絡め手は一味の不得手とするところだ。
 一味はその事実に頭を抱えた。


「……そうか?」


 だが、船長のルフィだけは違った。

 それはただの楽観か。
 それとも何も考えていないのか。
 ────しかし、それは確信でもあった。



「あのね、ルフィ……」


 ナミが呆れたようにルフィに事の重大さを説明しようとするが、それはゾロに阻まれた。


「いや、コイツの言う通りだ。
 確かにコイツの言うことには根拠はねェが、アイツにビビる必要は無いって点では正しい」 

 
 ゾロは鋭い目で笑みを作る。


「今アイツに会えた事をラッキーだと考えるべきだ。
 ───対策が打てるだろ?」
 





◆ ◆ ◆






 アラバスタには巨大なサンドラ河が島を分断するように流れている。
 アラバスタでは水路よりも陸路を行くのが一般的な為運河は余り発達はしておらず、王都からも遠方にあるために今は半ば放置された状態となっていた。
 そのサントラ河のレインディナーズ側の岸に珍しく一艘の船が止まっていた。


「こんなもんアルバーナに運んでどうすんだよ?」

「オレが知るか。どうせ、ボスには壮大な考えがあるんだろうよ」

「たっく、秘密主義ってのも分かるが訳も分からず使われる側になってみろってんだ」

「分かってたってどうせ意味なんてねェよ」

「あァ?」

「末端のおれ達<ビリオンズ>ができる事なんてたかが知れてんだろうが」

「チッ……誰かフロンティアエージェントのナンバーズでも死なねェかねぇ」

「それなら、たしか何人かエージェントがやられたって噂だぜ」

「バーカ、ありゃオフィサーエージェントの話だろうが」

「え? どうしてだ? 繰り上がりで昇格するかも知れねェじゃねェか?」

「よく考えろ。オレ達やフロンティアエージェントの連中があんな化け物どもの変わりなんてなれるかよ」

「あ~納得」

「───おい、バカな事言ってねェで作業しろ」


 男達は愚痴を漏らしながらも黙々と作業を続けた。
 一般の運送船をを装った船には厳重に封をされたあるものが積まれていた。

 その積み荷が何か男達は知らない。
 その積み荷が何に使われるかも男達は知らない。
 そして、その積み荷が何に使われるかを知ってはいけない。
 完璧な秘密主義。
 完全なる“謎”。

 それが男達が所属する組織バロックワークスの社訓だった。

 やがて作業も終わり、後はチェックを済ませて出港する手筈となっていた。


「……やっと終わった。
 後はこれを向こう岸に運んで王宮に潜入した奴らに引き渡すだけか」

「めんどくせェ」

「オラ、休んでんじゃねェ。これから出港だ」

「そんな事言ってもよ。だりぃモンはだりぃんだよ」

「同じく~」

「早くしろ、時間内に終わんねェとヤべェだろうが」

「あー、何もしたくない」

「そうだ、そうだ」

「おい、いい加減にしろ」


 仕切り役が苛立った声を上げ、ようやく男達は動き出した。
 そして片方の男が仕切り役に聞こえないようにぼそりと呟いた。


「くっそ……こうやる気が出ないのは全てMr.ジョーカーのせいだ。
 何が私兵だふざけやがって……よりにもよってオレ達の心のオアシスだったミス・オールサンデーのファンクラブまで潰さなくてよかったのによ」

「ん? お前もしかしてファンクラブのメンバーだったのか?」

「もしや、……お前もか!!」

「もちろんだ朋友よ!!」


 そして互いに抱擁を交わした。無駄に熱い抱擁だった。
 補足を入れると、ファンクラブなどの組織も秘密主義で互いの顔を知っている者は少ない。


「忘れもしないぜ。あの血に染まった暗黒の日を……!!」

「ああ、倒れた朋友の屍を乗り越えて一心不乱に逃げた屈辱を……!!」

「立ち向かおうとして怖すぎて二秒で断念した決断力(ファインプレー)を……!!」


 ひとしきり涙を流し、男達は互いに笑いあった。
 そこには同じ困難を乗り越えたものが浮かべる笑みがあった。


「こんなところで朋友に巡り合えるとは……神に感謝しよう」

「ああ、今宵の任務明けの酒は極上に違いない」

「ところで、貴公はどこに?」

「私はあのミステリアスな妖艶さにおもに胸に」

「かく言う私は、あの黄金律のような完璧なプロポーションにおもに太腿に」


 口調も変わる。ノリノリだった。
 ひとしきり熱く語り合い互いに男の笑みを浮かべた。


「ああ、あの母性の塊に抱かれる瞬間を何度夢見たことか」

「あっ、それならオレは膝で癒されたい」







「──────で、遺言はそれでいいのか?」







 その声に、男達はギギギ……と壊れかけの機械のように後ろを振り向いた。


「確実に殲滅したと思ってたんだがな……」

 
 そこには、バキボキと指を鳴らしながら、凍てつくような理不尽な怒りを目に宿して、死神──────Mr.ジョーカーが立っていた。


「三秒やる。神に祈れ」


 ……あの、ヒップラインも素晴らしい。
 これが男達が最期に思ったことだった。






「責任者は?」


 指先を赤く染めながらMr.ジョーカーは運送船に乗る部下達に問いかけた。
 傍にはかろうじて生きているであろう男達が横たわっている。


「わ、私です」


 仕切り役の男がおずおずと手を上げた。
 先程の惨劇でその顔は青白く引きつっていた。
 Mr.ジョーカーは腕を刀のように振るい、指先についた汚れを飛ばす。


「お前か」


 Mr.ジョーカーは責任者の前までやって来ると運送船を指した。


「悪いが任務の変更だ。
 物資の運送は一端中止。お前達はこのまま元の所属に戻れ」

「……中止ですか?」

「ああ。
 理由は聞くな。オレも知らん」


 突然の任務の中止宣告。
 通常なら理由ぐらいの通達ぐらいはある筈だ。しかし、組織形態上それも無い。
 責任者の男は自らの労働が徒労となったことに憮然となったが、組織に所属して長いため諦めのように従うことしか出来ない事を知っていた。


「では、この船は?」

「アレはこっちで受け継ぐ。
 今回の事はオレがボスに告げておこう。お前達は帰って休むと良い」

「は、はぁ」


 話はこれで終わりらしく、Mr.ジョーカーは船に乗り込むと出港の準備を始めた。
 納得がいかないままだったが、責任者の男はかろうじて生きている社員を連れ町に戻った。
 一度だけ後ろを振り向いた時、Mr.ジョーカーが積み荷を見ながら何かを呟いていた。






◆ ◆ ◆






「とにかくしっかり締めとけ。今回の相手は謎が多すぎる。
 あんな奴が敵にいると思えば迂闊に単独行動も取れないからな」


 手首に布をほどけないように結びつけながらゾロが言った。
 ゾロだけでは無く一味の全員がそれぞれの腕に布を巻いていた。


「……なるほど」

「確かにこれは効果的ね」


 ナミとビビが互いに布を結び合いながら感心する。


「そんなに似ちまうのか? その……<マネマネの実>で変身されちまうと?」


 Mr.2が船にやって来ていた時に唯一姿を見せなかったサンジがふと疑問に思った事を聞いた。


「そりゃもう“似る”なんて問題じゃねェ、“同じ”なんだ。
 おしいなーお前、見るべきだったぜ。おれたちなんて思わず踊ったほどだ」

「おれァ、オカマにゃ興味ねェんだ」


 それが一味がこうして布を巻いている理由だった。
 Mr.2の<マネマネの実>の力は手で触れた相手に変身することができる事だ。
 だからこうして、仲間を見失わないように『仲間の印』をつける事で混乱を防ごうとしていた。


「おれは何をすればいいんだ?」


 途中で仲間になったチョッパーが自らの役割を問う。


「出来ることをやればいい。それ以上はやる必要はねェ。
 勝てねェ敵からは逃げてよし!! 精いっぱいやればそれでよし!!」

「……お前それ自分に言ってねェか」

「クエッ!!」


 微妙に弱気にウソップがチョッパーと自分を激励する。
 チョッパーは小さな蹄をぐっと握り、サンジはカル―にも布を巻いた。


 それぞれの思いを胸に船はアラバスタの港へと近づく。

 ビビはこれから起こる戦いに思いを馳せた。
 この先にどんな未来が待っているかは分からない。
 バロックワークスは巨大な組織だ。
 最終作戦の発動が秒読みの今、<七武海>であるクロコダイル始めとした組織の実力者であるオフィサーエージェントも集結し、戦いは苛烈さを増すだろう。
 この組織の計画を暴き、戦争を止める。しかも味方はたった六人の少数海賊だけだ。
 だが、それでも何故か大丈夫だと思えてしまう。
 共に苦難を乗り越えたこの大切な仲間と一緒ならきっとどんなことでも出来る。……そんな気がした。


「よし、これから何が起こっても左腕のこれが─────」



「──────仲間の印だ」



 ルフィ、
 ゾロ、
 ナミ、
 ウソップ、
 サンジ、
 チョッパー、
 そして、ビビとカル―。
 ルフィの言葉に一味は円を組み左腕を突き出す。


「じゃあ、上陸するぞ!!」


 ルフィがアラバスタを視界に入れ、頼もしい笑みを見せた。


「メシ屋へ!! ……あと、アラバスタ」

『ついでかよ!!』


 一切の緊張感も無い、いつもの様子の仲間達を見つめながら、ビビは心強く『仲間の印』を見つめ、大切に手を添えた。












あとがき
アラバスタ本格始動ですね。今回は一味メインの話です。
書かせて頂いて思うのですが、ワンピースのキャラを書くのはとても楽しいです。
一人一人のキャラが生き生きとしていてこちらまでパワーが出てきますね。
次も頑張りたいです。



[11290] 第十話 「ユートピア」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/30 00:25
 夜の砂漠は煌々とした月が輝き、青白く世界を染めていた。
 時刻は午後八時。ほぼ時間どおりにクレスは目的地の<スパイダーズカフェ>に到着する。
 バンチをスパイダーズカフェの裏手に横付けし、業者台から降り立った。
 クレスがこの場所にやってきたのは、バロックワークスの最終作戦のために集結したエージェント達をクロコダイルの元へと迎える為であった。
 本来ならバンチだけを使いに出せばいいのだが今回はロビンの要請もあり、保険としてクレスが出向く事となった。
 集結するメンバーは、

 Mr.1にミス・ダブルフィンガー。
 Mr.2・ボンクレー。
 Mr.4にミス・メリークリスマス。

 裏社会で名の通った人物で、驚くことに全員が<悪魔の実>の能力を有していた。


「…………面倒事とか起こしてねェだろうな」


 赤土の硬い大地をクレスの脚が踏みしめる。
 スパイダーズカフェは町はずれの荒野にあった。
 それゆえに喧騒とはかけ離れた静かな場所の筈であるのだが、クレスを出迎えたのは騒々しい破壊音であった。


「おいおい……」


 ベンサムを始めとしてバロックワークスのオフィサーエージェントには変わり者が多い。
 裏社会で名の通った曲者達の寄せ集めだ。こうしてその全員が集結したときに衝突が起きない訳が無かった。
 クレスが派遣されたのはその面倒を仲裁する為の保険であった。
 半ば予想していた早速の仕事に、クレスは急ぎ店の表へと向かった。


「コイツ等はあちしの部下よう!!」

「…………」


 店内ではベンサムと胴着姿の男が対峙していた。
 胴着姿の男の正体はMr.1。鍛え抜かれた肉体に丸刈りで刃物のように鋭い容貌の男だ。
 午後八時丁度。時計が時刻を刻むと同時に、Mr.1はベンサムの部下達を半殺しにした後に店内に投げ入れ、それにベンサムが激昂した。 
 Mr.1のペアに関しては謎が多く、Mr.2のベンサムですら関知していなかった。故に突如現れた謎の男に店内のエージェント達は警戒の視線を向ける。
 だが、不気味な空気を感じ取ったミス・メリークリスマスの静止の声も聞かず、仁義に厚いベンサムはMr.1へと躍りかかった。


「オカマ拳法“白鳥アラベスク”!!」


 撓るようなベンサムの連続蹴りがMr.1へと放たれる。
 Mr.1はベンサムの蹴りを最小限の動きで避け、その隙を縫い切り裂くような拳を突き出した。
 ベンサムはそれを柔軟な首の動きでを避け、お返しとばかりに抜き手を放つ。


「アン!!」「ドゥ!!」


 ベンサムの突きをMr.1は飛び上がり避ける。
 そして、そのまま空中から強襲を仕掛けようとして、


「オラァ!!」


 ベンサムの流れるような蹴りをを胸に受けた。
 しかし、Mr.1も然る者。絶妙のタイミングで放たれた蹴りを腕を交差しガードする。
 だが、その衝撃までは殺しきれない。
 Mr.1は店内の壁へと向かい吹き飛ばされ叩きつけられる───と思われたが逆にその壁を粉々砕いた。その破壊痕は刻まれたように滑らかで、通常ならありえない砕かれ方だった。
 そして、Mr.1は難なく外に着地する。


「……死にてェらしいな」

「上~等~ようっ!!」


 Mr.1は不気味に腕を揺らめかし、ベンサムはMr.1が砕いた壁の穴から飛び出した。
 周りには他のエージェント達も居たのだが、ヒートアップした二人に静止の声は届かない。
 二人が激突するその瞬間、その間に影が躍り出た。


「「!!」」


 甲高い金属音と重い打撃音が響き、二人の動きが止まった。
 躍り出た影はMr.1の振るった腕とベンサムの放った蹴りを全身で受け止めていた。


「……鉄塊“剛”」

「ジョーカーちゃん!!」 

「Mr.ジョーカー……!!」


 ベンサムが驚き、Mr.1が唸る。


「手を引け二人とも。お前らココに何しに来たんだ?」


 クレスは吐き捨てるようにため息をついた。
 ベンサムはクレスの静止に戸惑いながらも脚を引く。
 だが、Mr.1は拳を引いた後、更にもう一歩踏み込みクレスに向けて脚を薙ぎ払った。


「───っ!!」


 唸る烈風。
 大剣のように風を切り裂くMr.1の蹴り。
 クレスはそれを鋼鉄のように硬化させた膝で受け止めた。
 瞬間的に身体の一部を“鉄塊”によって硬化させる。クレスの真骨頂だ。
 

「……てめェ、今の攻撃、オレを殺す気だっただろ」

「…………」


 静かに、呼吸のようにMr.1は殺気を飛ばしてくる。
 Mr.1の組織に対する忠誠心はかなりのものだ。
 だとすれば、様々な噂の流れる不吉な“烏”のようなクレスに対し良い感情を持っていないのかもしれない。
 クレスはそれを受け流しながら、余裕を見せるように軽口を叩いた。


「もう少し待てよ…………<殺し屋>。楽しみは後に取っておくもんだろ?」 

「………フン」


 Mr.1はゆったりと脚を降ろした。
 クレスはそれを油断なく眺め、Mr.1から殺気が引くまで待ち、ゆっくりと息を吐きながら、肩の力を抜いた。
 負けるつもりはないが、Mr.1は戦いたくない人間の一人だ。そして、クレスに与えられた役割はエージェント達の引率である。戦いが避けられるならそれに越したことはない。



 その後、あらかじめ事情を知っていてミス・ダブルフィンガーが説明を行い、クレスはエージェント達を促しバンチへと載せた。
 向かう先は夢の町『レインディナーズ』、そして、バロックワークスの社長であるクロコダイルの元だ。
 このバロックワークスの最精鋭達を連れ、バンチは砂漠を駆ける。













第十話 「ユートピア」












「作戦の決行は二日後の朝七時。手配は済んだのか?」


 『レインディナーズ』のカジノの下に造られた一室。
 四方を溜池の水で囲んだ、水槽のような印象を受ける冷たい空間。
 この空間の主であるクロコダイルはガラス窓の向うで泳ぐバナナワニを眺めながら確認をおこなった。


「ええ、滞りなく。<ビリオンズ>150名は『ナノハナ』で待機。
 Mr.2も呼び戻しておいたわ。どうやらMr.3は捕まらなかったらしいわね」


 クロコダイルの問いにロビンはワインを傾けながら事務的に答える。


「ビリオンズへの伝達方法は?」

「アンラッキーズの到着を待てば手遅れとなるので、代わりに<エリマキランナーズ>を派遣する予定」

「肝心のオフィサーエージェント達は?」

「オフィサーエージェント達の集合は、今夜スパイダーズカフェに8時」

「手引きは?」

「バンチを使いに向かわせたわ。到着は明朝の予定よ。あと……」


 ロビンの声に初めて人肌の温かみがこもった。


「使いにはMr.ジョーカーを同行させたわ。
 彼なら曲者ぞろいのオフィサーエージェント達を取りまとめられる筈」

「……結構だ」


 有能な部下。これがクロコダイルのロビンに対する評価だ。
 ロビンの有能さはクロコダイルですら認めるほどであった。
 天性の頭脳、参謀としての指揮能力。共に優れたモノだ。それだけでもクロコダイルにとっては利用価値がある。成果もクロコダイルが示した以上の結果を必ず示した。
 だが、しかし、ただ一つだけ欠陥を上げるとすれば、エル・クレスという男の存在だ。
 この男のせいで完全ではない。この男の存在がニコ・ロビンという女を『欠陥品』にしてしまっている。
 確かな証拠こそ無いものの、この男の存在がクロコダイルへと向けられる僅かではあるが確かな不和を浮き彫りにしていた。
 それは常人ならば気付く事すら出来ないだろう。だが、他人を猜疑し騙し使用し操作してきたクロコダイルにはその片鱗を読み取ることができた。
 使えない道具は必要ない。ましてや持ち主を裏切るようならば尚更だ。これがクロコダイルの信条だった。
 この規約に反すれば、例え誰であろうと切り捨てる。
 その可能性を目の前の女は秘めていた。


「…………ニコ・ロビン」


 契約の一つだ。<オハラの悪魔達>の本名を呼ばない。
 だが、クロコダイルは冷徹な思考のもとにその契約を破棄する。
 その時、クロコダイルの瞳が温度を拒絶した。
 地下に沈む流砂のようにサラサラと形を崩し、クロコダイルが飽和状に広がった。


「…………!!」


 鈍く光る黄金の鉤手。
 それが突如ロビンの首元へと突き付けられた。
 鉤手はロビンの首の薄皮一枚の所で止まる。クロコダイルがその気になればロビンの細い首など一瞬で掻き切られるだろう。
 ロビンが手に持っていたグラスが床に落ち、赤いワインが広がって行く。


「……何の真似かしら?」

「…………」


 ロビンの問いにクロコダイルは答えない。
 ただ、無言のままでロビンの命を握っていた。


「私を殺せば目的のモノにたどり着けないわよ?」

「そいつはどうかな? そんなモノやりようによればどうとでもなる」

「でも、リスクはそれ相応に大きいんじゃない?」


 大した胆力だ。クロコダイルは無表情のまま、そう思った。
 大抵の奴らならこうしてクロコダイルに命を狙われた瞬間に恐怖に挫けた。
 だが、ロビンはクロコダイルの気まぐれ一つで潰える命であるこの状況でなお、口上で対等に立つ。
 クロコダイルは一つ、毒を落とすことにした。


「お前を殺し、エル・クレスを後に送ってやろう」

「ッ!!」


 その変化は顕著だった。
 冷静だった女の仮面は消え、その眼には殺気が灯った。
 この感情こそがクロコダイルにとって不要なものだ。
 最終作戦を目前に控え、この女は───<オハラの悪魔達>は何をしでかすか分からない。
 ロビンは目に怒りを灯しながらクロコダイルを睨みつける。
 クロコダイルはロビンの能力を知っている。<ハナハナの実>ただの超人系。己の自然系には到底敵わない。
 だが、ロビンの足元にはクロコダイルの唯一の弱点である『水』───ワインが流れていた。
 ロビンの傍にはまだ半分以上中身が入ったワイン瓶がある。そこで、クロコダイルはロビンがワインを傾けていた理由を知った。


「…………なるほど、それは、エル・クレスの入れ知恵か?」

「何のことかしら?」


 ロビンは口元に笑みを作る。


「周到な男だ。いや、臆病者か? 
 そう言えばあの男は一人でおれの前に現れた事は無かったな」


 それは間違いなく不穏分子である自身の身を守るためであろう。
 クロコダイルの性格を分析し、一人で会えば殺される可能性がある。そう考えたに違いない。
 そして、それは間違いではない。クロコダイルは何度か実際にクレスを排除しようと考えた事があった。
 不利益こそ起こしていないものの、その存在は利用価値を越える不確定の塊であった。
 『道具』はただ忠実に動けばいい。叛旗を翻す可能性のある道具など初めから必要ない。使えるだけ使ってゴミのように放棄する。
 だが、その為には条件がそろわず手が出せない。
 エル・クレスは相当の実力者であった。抹殺のために万全を期すならばクロコダイル自身が手を下す必要がある。
 そして、もしエル・クレスを殺せば間違いなくニコ・ロビンが組織に対し不利益を起こすことが目に見えていた。
 邪魔ではあるが手が出せない。相互利益の上に成り立つクレスの立場はバロックワークス内において実に微妙なものであった。


「……訂正しなさい。
 クレスは臆病者じゃないわ。クレスを動かせるのは私だけ。だからこれは私の判断よ」


 信頼。情愛。
 この女もそれらを捨てられない愚か者なのだろう。そしてそれはエル・クレスにも当てはまる。
 クロコダイルには理解不能な理論だ。


「………フン」


 クロコダイルは興味を無くしたかのように鉤手を降ろし、ロビンに背を向けた。
 無防備であるその背。だが、ロビンが動くことは無かった。


「契約を必ず果たせ。
 ならば、おれはお前達<オハラの悪魔共>には手を出さない。エル・クレスにもそう伝えろ」


 それは明らかなる脅しであった。
 余計なことをするな。邪魔すれば容赦なく殺す。
 お前だけではない。エル・クレスもだ。


「あら、……私達が何かしたかしら?」


 とぼけるように平然とロビンは言ってのけた。事実、証拠はどこにもない。クロコダイルを動かしたのは海賊としての勘であった。
 クロコダイルはロビンを無視すると再び執務椅子に座り、葉巻に火をつけた。


「……………」


 ロビンは傍らのバナナワニを手招きし撫でる。
 クレスが撫でればほとんどの動物は怯えてしまうのだが、ロビンが撫でれば甘えるように鼻先をすりよせた。
 ロビンは新たにグラスを取りだすと傍らのワインを注いだ。
 床には血のように冷たいワインが流れたままだった。






◆ ◆ ◆






 <麦わらの一味>が目的地であるユバに辿り着いた時には既に夜になっていた。
 夜の砂漠は凍てつくような寒さで、時に氷点下まで下がる事もある気温は昼間の灼熱のような暑さとの対比で旅人達の体力を奪っていった。
 
 一味はアラバスタに到着すると、まず空き腹を満たすために『ナノハナ』で補給を行った。
 そこで、やはり問題児のルフィがトラブルを引き起こし以前に対峙した海軍本部大佐の<白猟のスモーカー>に追われるはめになってしまう。
 <自然系>である<モクモクの実>の能力者のスモーカーにルフィは手も足も出ないため逃げる事にしたのだが、その時にアラバスタでルフィを待っていた兄の<火拳のエース>に助けられた。
 その後、エースの手引きで難を脱した一味は、“高み”での再会を約束し、緑の町『エルマル』から反乱軍の拠点がある『ユバ』を目指すことになった。
 だが、初めての砂漠の旅に“クンフージュゴン”に“ワルサギ”や“サンドラオオトカゲ”などの動物トラブルを迎え、さすが一味も体力が尽き始めていた。
 

「何にもねェ……」
 
「砂ばっかだ」


 それが、オアシス『ユバ』に着いたときに漏れた言葉だった。
 渇いた喉を潤そうと辺りを見渡すも、目に映るのは砂ばかりだ。
 オアシスであるユバは流砂に飲み込まれていた。周りの建物も朽ち果て廃墟と成り果てている。
 ただでさえひどい状態だったのだろう。それに加えユバはついさっきに砂嵐の直撃を受けた所であった。
 町は見るも無残に朽ち果てていた。


「……旅の人かね?」


 そのユバの中心。かろうじてオアシスがあったのだと分かる場所で一人の老人がシャベルで穴を掘っていた。
 骨と皮だけの干からびた老人だった。今にも倒れそうなほどやつれているが、シャベルを握る腕だけは依然と強い。
 老人は莫大な量の砂を前にして一人で黙々と砂を掘り起こしていた。だが、それは誰の目に見ても無意味な徒労のように思えた。


「砂漠の旅は疲れただろう。すまんね……この町は少々枯れている」


 ビビは老人を見て目を伏せると、王女である事を隠すためにフードで顔を覆った。
 

「あの……この町に反乱軍が居ると聞いて来たのですが?」

「貴様ら……まさか、反乱軍に入りたいなんて輩じゃあるまいな!!」


 その言葉に老人はギロリと表情を険しく変える。そして、吐き捨てるように続けた。


「……あのバカ共ならもう、この町にいないぞ」

「そんな!!」

「……たった今に始まった事じゃない。あいつらはこの町を捨てて、本拠地を『カトレア』へと移したんだ。
 度重なる砂嵐に三年に渡る日照り、物資の流通が亡くなったこの町では反乱の持久戦もままならないとな……」

「カトレア!?」

「どこだ? そこって近いのか“ビビ”?」


 うっかりと名前を呼んでしまったルフィにビビは焦りの表情を浮かべた。


「“ビビ”……? 今、なんと?」

「おい、おっさん!! ビビは王女なんかじゃねぇぞ!!」

「言うな!!」


 さらに墓穴を掘るルフィをゾロがウソップで殴りつける。


「あの、私はその……」

「ビビちゃんなのか……? そうなのかい!?」

「え……!?」

「そうか……王女は行方不明だと聞いていたが、生きていたんだな!!
 私だよ!! 少しやせてしまったから無理もないかな……」


 ゆらゆらと歩みよる老人に、ビビはやっとその面影を思い出すことができた。


「……まさか、トトおじさん」

「……そうさ」

「嘘……」


 ビビの知るトトという人物は幼なじみのコーザの父親で、記憶ではもっとふくよかな体型だった。年も老人に見えるような年齢では無い。
 ユバの建設を命じられて以来11年ぶりの再会。ビビは今のトトの変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。


「私はね……ビビちゃん。国王様を信じてているよ。あの人は決して国を裏切る人じゃない。そうだろう?」


 トトの干からびた皮膚を涙が流れていく。
 国王に命じられ、商人だったトトは息子のコーザと共に砂漠のキャラバンのためにユバを築いた。
 国王とトト、二人には身分の差を越えた信頼が生まれ、それは息子のコーザとビビにも当てはまった。
 
 ───オレがこの国を潤してやる。だから、お前は立派な王女になれよ

 コーザは国を潤すことを。
 ビビは立派な王女になることを。
 幼い二人はそう約束を交わした。


「何度も何度も止めたんだ。だが、何を言っても無駄だ。反乱は止まらない。
 あいつらの体力はもう限界だよ。次の攻撃で決着をつけるハラだ。……もう、追い詰められている。死ぬ気なんだ!!」


 トトはビビの肩を掴むと、自身の痩せた両肩を震わせた。


「頼むビビちゃん。……あのバカどもを止めてくれ」


 ビビは泣き崩れたトトに優しくハンカチを差し出した。
 

「心配しないで」

「……ビビちゃん」

「反乱はきっと止めるから。私達が止めてみせる」


 ビビは力強く微笑みかけた。






◆ ◆ ◆






「ジョーダンじゃなーいわよう!! いつまで待たせるつもりなのよう!! タコパぐらい出しなさいよう!! 回るわよ、あちしは白鳥のごとく!!」

「……Mr.2、静かに待ちなさい」

「ホンッとだよ、この“バッ”!! おめ―が騒ぐと腰に来るんだよ!!」

「……あなたもよ、ミス・メリークリスマス」

「フォーフォーフォー………」

「……………」

「はぁ……自由にしてていいから、お前ら………もう面倒事だけは起こしてくれるなよ」


 バンチに乗せクレスがエージェント達を導いたのは水槽のような地下の一室だった。
 空間には豪奢なディナ―テーブルがありその中心では燭台に灯された炎が揺らめいてる。
 窓の外は湖。見ればバナナワニが我が物顔で泳いでいた。


「ふふふっ……皆仲良くとはいかないみたいね」


 コツコツと冷たい石畳の床を踏みながらロビンが現れた。
 ロビンはこの面々をまとめるのに辟易したのか少し疲れた顔のクレスの隣に立つ。


「御苦労さま」

「どういたしまして」

「……大丈夫だったか?」

「もう、心配性ね。何も無かったわ」

「……そうか」


 ロビンは小さく微笑みながら嘘をついた。


「サンデ-ちゃん!! ドゥ? 元気にしてた!!」

「ええ、おかげさまで。オカマさんも相変わらずね。
 それにしても、これだけの面子が揃うとさすがに盛観ね」

「……ミス・オールサンデー、ここはどこなんだ?」


 それまで目を閉じ傍観していたMr.1が口を開く。
 クレスの仕事はここまでの引率のため、それ以外の説明は曖昧にしかおこなっていなかった。


「あなた達はバンチに引かれて裏口から入ったのよね。
 だいたいはMr.ジョーカーから聞いていると思うけど、ここは人々が一攫千金を夢見る町、夢の町『レインベース』。
 そしてここは、レインベースのオアシスの中心に位置する建物、『レインディナーズ』の一室よ」

「なるほど」

「他に質問は? 無ければ話を始めるけどよろしいかしら」


 エージェント達は首肯し、ロビンに続きを促した。


「だけど、その前に紹介しなくちゃね。……あなた達がまだ知らない我が社のボスを」


 ロビンの言葉に、エージェント達の間で僅かな驚きが起こった。
 バロックワークスの社訓は『謎』。様々な情報が閉ざされ、その中でも最大の禁忌とされたのがボスの正体であった。


「今までは私が彼の裏の顔としてあなた達に働きかけて来たけど、その必要はもう無くなった。わかるでしょ?」


 ボスの正体を隠す必要が無くなった。
 これが示すことは、つまり。



「──────いよいよというわけだ」



 燭台の炎が不気味に揺らめいた。
 誰もいない筈の上座。玉座のようなその席に、サラサラとその姿が形作られる。
 

「作戦名『ユートピア』これが我が社の最終作戦だ」


 がっしりとした体型。鈍く光る黄金の鉤手。顔には横一線に走る巨大な傷跡。爬虫類のように温度の無い瞳。
 その男が現れた瞬間、部屋の重力が倍になったかのような圧迫感が生まれた。
 その正体に誰もが驚愕する。
 王下七武海が一角。砂漠の魔物。
 その名は──────


『───クロコダイル!!』


 クルリと玉座を回転させ、社長───クロコダイルは悠々とした笑みを浮かべた。


「さすがにご存じのようね。彼の表の顔くらいは」

「まぁ、突然だとは思うがそういうことだ」


 肯定するクレスとロビンにたじろくエージェント達。
 予期せぬ大物の登場にエージェント達は浮足立ち、ざわめいた。


「不服か?」


 だが、ただ一言。
 その圧倒的な実力に裏図けされた威圧感。それだけで全員に冷たい汗が流れ、押し黙る。


「……不服とは言わないけど<七武海>といえば政府に略奪を許された海賊。何故わざわざこんな会社を?」


 ミス・ダブルフィンガーの言う通りだった。
 七武海ともなれば金に地位など望めばいくらでも手に入れる事ができるだろう。
 政府公認の要人だ。地下組織などではなく堂々と表に組織を持つ事も出来た。


「おれが欲しいのは金でも地位でもない。『軍事力』」

「……軍事力?」

「順序良く話していこう。おれの真の目的、そしてバロックワークス最終作戦の全貌を」


 クロコダイルは静かに葉巻に火をつけた。
 





 クロコダイルが全てを語り終わるまでに幾本もの葉巻が消費された。
 エージェント達はクロコダイルの説明に納得し、その思想に同意した。
 クロコダイルが語ったのは“とある兵器”の正体。その兵器がもたらす狂乱と繁栄の未来だ。


「そんなものが本当にこの国に存在するの!!? それを国ごと奪っちゃおうって訳ねい!! あちしゾクゾクしちゃう!!」

「つまり、おれ達の今回の任務はその壮大な計画の総仕上げという訳か」

「そういう事だ。バロックワークス創設以来お前らが遂行してきた全ての任務はこの作戦に通じていた。
 お前達の持つその指令状が、お前達に託す最後の任務となる。いよいよアラバスタに消えて貰う時が来たというわけだ」


 エージェント達は配られた指令状に目を通す。
 その内容を心に刻み、そして不要となった指令状をの燭台の炎で焼却する。


「それぞれの任務を全うした時、アラバスタは自ら大破し行き場を失った反乱軍と国民達はあえなく我がバロックワークス社の手に落ちる。一夜にしてこの国はまさに、我らの『理想郷』と成り果てる訳だ」


 やがて、指令状が完全に燃え落ちる。
 エージェント達は静かに腕を組みクロコダイルの言葉に耳を傾けた。


「これがバロックワークス社最後にして最大の『ユートピア作戦』。失敗は許されん。決行は明朝7時」

『了解』

「───武運を祈る」






◆ ◆ ◆






「やめた」


 ユバを離れ一味は反乱軍の説得のために『カトレア』を目指すことにした。
 トトから餞別に授かった“ユバの水”を手に砂漠を進んでいた一味であったが、突如船長のルフィがドカリと座り込み歩くことを拒否した。


「ルフィさんどういうこと?」

「おい、ルフィ!! こんな砂漠の真ん中でお前の気まぐれに付き合ってる暇は無いんだぞ。さァ立て!!」


 頭の後ろで腕を組んで動こうとしないルフィにサンジが苛立った声を上げた。


「……戻るんだろ?」

「そうだ。昨日来た道を戻ってカトレアって町で反乱軍を止めなきゃお前、この国の100万の人間が激突してえれェ事になっちまうんだぞ!! ビビちゃんのためだ。さァ行くぞ!!」


 サンジの言うように、反乱軍を説得するにはカトレアへと向かわなければならない。
 回り道をしてしまい時間を消費した。いつ反乱軍が動き始めるか分からない状況で事態は一刻の猶予もない。


「つまんねェ」


 だが、ルフィの態度は変わらない。
 その答えにサンジは激昂するが、ルフィのいつもとは少し違う様子に仲間達は推移を見守ることにした。


「ビビ……」

「なに?」

「おれは───クロコダイルをブッ飛ばしたいんだよ」


 ルフィの言葉にビビの胸がドクリと脈打った。


「反乱してる奴らを止めたらよ……クロコダイルは止まんのか?
 その町に行ったとしてもオレ達に出来る事なんて何もねェ。おれ達ゃ海賊だ。いねェ方がいいくらいだ」


 ルフィの言う通りであった。
 賽は投げられている。果たして怒り狂う国民達全てがビビの言葉に耳を貸すであろうか。
 動き出した100万ものうねりを止められる可能性は少なく、例え反乱軍を止められたとしても、クロコダイルは止まらない。
 クロコダイルならば様々な姦計によって国を浸食し、国盗りを断行するだろう。
 機は熟し引けぬ戦いなのはバロックワークスもまた同じだ。反乱軍と国王軍の対決を阻止できたとしても必ず行動に移すだろう。


「また、コイツは核心を」

「ルフィのくせにな」

 
 ルフィは珍しく諭すように続けた。


「お前はこの戦いで誰も死ななきゃいいって思ってる。国の奴らも、おれ達もみんな」

「………………!!」

「<七武海>の海賊が相手でもう100万人も暴れ出してる戦いなのに、みんな無事ならいいと考えてんだ」

 
 怒気すら滲ませて静かにルフィは言う。
 ルフィの口上に耐えられなくなったビビが反駁した。


「それの何がいけない事なの? 人が死ななきゃいいと思って何が悪いの!!」

「───甘ェんじゃないのか? 人は死ぬぞ」


 その言葉はビビの限界であった。カッとなり目の前が真っ白になった。
 気ががつけがビビはルフィに向かい大きく腕を振りかぶりそしてルフィの頬を殴りつけていた。
 パンと音が鳴り、ルフィが砂の上に転がった。


「やめて、そんな言い方するの!! 今度言ったら許さないわ!!
 反乱軍も国王軍も……!! この国の人たちは何にも悪くないのに、どうして人死ななきゃならないの!!? 悪いのは全部クロコダイルなのに!!」


 吹き飛ばされ仰向けになっていたルフィはゆらりと立ち上がるとゆっくりとビビに近付く。


「じゃあ、何で“お前は”……命かけてんだァ!!」


 そしてビビに拳を繰り出した。
 ビビの頬が痛んだ。ビビの感情が爆発する。ルフィを押し倒し馬乗りになり感情のままに殴りつけた。
 本気の殴り合いに発展した舌戦に仲間達はたじろいた。


「この国を見りゃ一番にやんなきゃなんねェことぐらい、おれにだってわかるぞ!!」


 国はクロコダイルという魔物に蝕まれていた。
 大好きだった風景や人々が変わり枯れていく。
 ユバで再会したトトだってそうだ。クロコダイルさえいなければ彼も人生を狂わせられることはなかった。


「なによ!!」


 ビビはルフィが付いた矛盾に気付かないふりをして、さらにルフィに向けて拳を繰り出した。


「お前なんかの命一個で足りるもんか!!」

「じゃあ、他に何をかけたらいいの!! 私がかけられるものなんて、もう他に何も無いのよ!!」


 ビビはその時、王女であるという自覚を忘れた。
 ルフィを殴りつけながら、ルフィでは無い別の何か。言葉で表すならどうしようもない“理不尽”というものをを殴りつけていた。

 何故人が死ななきゃいけないのか?
 何故町が枯れなければならないのか?
 何故クロコダイルが我が物顔でこの国にのさばっているのか?

 それがどうしようもなく悔しくて許せなかった。
 誰も死んでほしくないし。誰も死なせるつもりはない。甘い理想論だというのは分かっていた。
 でも、それを望む事のなにがいけないのか。こんな理不尽に誰ものみ込まれてほしくなんか無かった。
 だから、自分の命をかけた。これ以上は必要ない。私は王女でこの国を守る必要があるのだから。
 それを何故ルフィが否定するのか。どうして分かってくれないのか。もう私は覚悟が出来ているのに。
 

「……おめェは分かっちゃいねェ」


 ルフィがビビの振り下ろした拳を受け止めた。
 そして、その意志のこもった目で取り乱す王女を覗き込んだ。


「仲間だろうが!! おれ達の命くらい一緒にかけてみろ……!!」

「………っ!!」


 ルフィの言葉にビビは握った拳の行方を見失う。
 ビビは王女である前に、どうしようもなくアラバスタという国が大好きなお人好しで、王女という殻で自身を覆った一人の少女であった。
 ルフィの言葉は、王女という義務や責務に囚われ自らに厳しい決意を課したビビの殻を取り壊す。
 一緒に命をかけてくれる仲間がいる。ビビはもう一人戦っているわけでは無かった。
 殻を取り壊され、ビビは堰を切ったかのように奥から熱いものがこみ上げて来て止まらなかった。


「出るじゃねェか……涙」


 ビビはフードで目元を覆う。
 顔をくしゃくしゃにして泣いた。


「ホントはお前が一番悔しくて、誰よりもアイツをブッ飛ばしてェんだ」


 ルフィの言うことはどうしようも無く的を得ていて、何よりもビビが望んでいた事であった。
 誰も死ななければいい。そんな優しい考えから無意識のうちにその選択を放棄していたのだろう。
 敵は余りに強大だった。戦えば間違いなくただでは済まない。ビビ一人の命でとてもあらがえる相手では無く、誰かが傷つくのも嫌だった。
  
 
「教えろよ。クロコダイルの居場所」


 泣き崩れたビビの傍でルフィは麦わら帽子に着いた砂を払う。
 仲間達は静かに二人を見つめ、覚悟を決めた。
 






◆ ◆ ◆







「待て」


 クレスがそう口を開いたのは最終作戦の会議が終わりエージェント達がそれぞれに出立を始める直前であった。


「どうした、Mr.ジョーカー。……何か不備でもあるか?」


 クレスはクロコダイルの凍りつくような視線を受ける。


「オレじゃない。……お客さんだ」


 クレスはホールの入り口を指した。
 そこには包帯でまだ癒えぬ傷を包んだ旅装姿の男が立っていた。
 

「……その『ユートピア作戦』ちょっと待ってほしいガネ」


 男の正体はMr.3。
 『リトルガーデン』においての失態によりベンサムに抹殺指令が下った男だ。


「……Mr.3、どうしてあなたどうやってこの『秘密地下』に?」

「あんたいったいどこから湧いて出たのよう!!」

「湧いて出た? 失敬な。スパイダーズカフェからずっと後をつけさせて貰ったんだがね」


 小馬鹿にするようなMr.3にベンサムが任務通り躍りかかろうとする。
 だが、それをクロコダイルは制した。


「Mr.ジョーカー、貴様知っていて放置したな」

「ああ……。でもまぁ、事情は察してくれ。
 抹殺命令が下っていたのは知っていたが、こうしてわざわざやって来たんだ。何かしら重要な事情でも在るんだろうなと静観したまでだ」

「フン……まぁいい」


 クロコダイルはMr.3へと視線を戻した。


「任務を遂行できなかった私がMr.2に狙われるのは当然の話。ココに参上したのはもう一度チャンスを頂く為だガネ」

「任務を遂行できなかった? 何の話だ」


 Mr.3の言葉にクロコダイルは眉をひそめる。
 クロコダイルがMr.3の抹殺命令を下したのは任務の報告に不備があったからだ。
 下した任務は王女の抹殺。任務自体はこなしたと報告を受けたが、結果論とは言え嘘の報告をしたためにクロコダイルの怒りにふれた。


「……ですから、麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしたことを……」

「取り逃がしただと!! ……奴らは生きてるってのか!!」

「えっ?」

「てめェ電伝虫で何て言った。海賊共も王女も皆始末したそう言ったんじゃないのか?」


 怒りを滲ませるクロコダイルにMr.3は困惑する。


「……私は『リトルガーデン』で電伝虫など使ってはいませんガネ」

「なに……!?」


 それは互いの正体を知らぬ秘密結社だからこそ起こった問題だろう。
 クロコダイルは直接Mr.3へと連絡を取り報告を受けた。
 しかし、顔と素情こそ分かってたがMr.3に会った事も無いクロコダイルが声だけで人物を見分けることなど不可能であった。


「………………」


 ドサリとクロコダイルは椅子へともたれかかった。
 葉巻を取り出し火をつける。なるほど、クロコダイルの方にも失態は有った。


「……こりゃまいったぜ。
 アンラッキーズがあの島から戻らねェのはそういう訳か」


 めんどくさそうにクロコダイルは煙を吐いた。
 その様子を眺めるも事情を知らないエージェント達は静観するしかない。


「……一人、いや二人くらいは消したんだろうな」


 最終作戦を前にして面倒な問題が生まれてしまった。
 エージェント達は皆明日に大事な作戦がある。指令を覆すのは癪だが、この面倒事の処理には顔を知ってるMr.3が適任だろう。
 黙考し、結果次第ではMr.3の抹殺命令を“保留”にしてもいいとクロコダイルは考えた。


「い、いや、それが……その情報には誤りがありまして」

「は?」


 クロコダイルの底冷えするような視線にMr.3はたじろく。必死で続きを紡いだ。


「じ、実は奴ら海賊は本当は四人いて、も、もう一人鼻の長い男が、い、いまして」

「……てめぇ」


 任務を果たせず、その上どこまでも無能を晒すMr.3にクロコダイルは怒りすら超越し、その視線は質量すら伴うほどの殺気が灯っていた。
 もし視線で人が殺せるというなら間違いなくMr.3は死んでいただろう。


「ゼロちゃん、何の話をしているのか説明してちょうだいよう!! 訳が分からないわ!!」


 ベンサムが説明を求めた。
 クロコダイルは苦虫を噛み潰すように言葉を紡いだ。
 ベンサムはクロコダイルの説明を他のエージェント達と同じく大人しく聞いていたが、<麦わらの一味>の資料を提示した時に驚きの声を上げた。


「あちし、遭ったわよう!!」


 それは如何なる偶然か、ベンサムは海賊達と出会い、なおかつ<能力>でコピーまでしていた。
 

「あいつら、あちし達の敵だったのねいっ!!」

「……そうだ。おれの正体を知っている。野放しにしておけば作戦の邪魔になるな」

「…………」

「Mr.3、お前の言うように報告よりも一人と一匹増えてるな」


 Mr.3は自らの犯した失態の大きさに恐怖した。
 このままでは名誉挽回どころでは無い。ただ、恥を晒しに来た様なものだ。信頼を回復しなければ命は無い。


「……ぼ、ボス!! あの一味とビビは今度こそ必ず、わ、私が仕留めて……」


 起死回生をかけたMr.3の叫び。
 クロコダイルが紡いだのは『是』でも『非』でも無く、一人の男の名前だった。


「……Mr.ジョーカー」


 感情すらなく、ただ淡々と言葉が放たれる。
 指名を受けたクレスはクロコダイルの意志を読み取った。
 クロコダイルがクレスを指名したのは単純な適任度であった。本来ならクロコダイルの命令など聞く必要は無いのだが、ここで逆らうほどクレスは愚かでは無い。
 音も無く、クレスは“剃”と“月歩”によってMr.3へと一瞬で接近し、鳩尾に一撃を入れた。


「あ゛……がっ……!!」


 Mr.3は計算高く姑息な男だ。
 交渉が上手くいかなかった時のことも考え、当然逃げるための準備を怠っていなかった。
 今、Mr.3が立っているところもエージェント達からも離れていて逃げるためには十分な距離があった。
 しかし、<六式>を極めたクレスにとってこの程度の距離などゼロにも等しい。


「………………」


 一時的な呼吸困難で行動不能に陥ったMr.3をクレスは見下ろし、その背を蹴り飛ばした。


「あ、ああああああああああああああァァ!!」


 Mr.3の身体は大きな弧を描き、表情の消え去ったクロコダイルの手前に転がり落ちた。
 

「た、たすけ……!!」

「黙れ!! 間抜け野郎」


 クロコダイルは許しを請うMr.3の喉元を掴み黙らせる。
 その両眼に温度は無かった。


「Mr.3……Mr.3!! おれがてめェに何故この地位を与えたか分かるか!? ん?」


 ギリギリとクロコダイルはMr.3を締め付ける。
 Mr.3の口から漏れるのはかすれた苦痛だけだ。


「姑息かつ卑劣なまでの貴様の任務遂行への執念を買ってやったからだ。
 がっかりさせてくれるぜ。いざって時に使えねェ奴ほどくだらねェもんはねェ……!!」


 クロコダイルが右手に“力”を込めた。
 <スナスナの実>を食したクロコダイルの魔手は掌に触れたものに底なしの渇きを与える。
 みるみると掴まれたMr.3が枯れていき、哀れなミイラへと変わった。
 クロコダイルはゴミでも払うように腕を振って、Mr.3を投げ捨てる。


「み、みず……!!」


 クロコダイルは無様な姿に成り果てたMr.3をクロコダイル手元のボタンを操作し、今いる『秘密地下』よりも更に下の部屋へと落とす。
 そして、窓を軽く叩き、バナナワニに「餌だ」と告げた。
 バナナワニは海王類をも捕食するサンディ諸島最強の動物だ。
 Mr.3が落とされた空間。そこはバナナワニの餌場であり、残忍な処刑場であった。
 

 ぎゃああああああああああああああああああああああァァ!!


 直後、悲惨なMr.3の絶叫が響き渡った。

 目の前でおこなわれた凄惨な光景を見てエージェント達は息を飲んだ。
 それと同時に、クロコダイルとクレスの強さに戦慄を抱く。しくじればこの二人の制裁を受ける事となるのだ。


「やってくれたぜ……あのガキ、殺しても殺したりねェ……!!
 いいか、てめェ等。<麦わらの一味>そして王女ビビ。コイツ等の顔を目に焼き付けておけ……!!
 コイツ等の狙いは“反乱の阻止”。ほおっておいても必ず向うから姿を現す」

「でもね、ゼロちゃん。例え王女と言えど、動き出した反乱を止められるかしら?」

「厄介なことに、王女ビビと反乱軍のリーダー、コーザは幼なじみだって情報がある。
 反乱軍は70万のうねり。そう止まらねェとしても反乱に“迷い”を与える事は確かだ。あの二人を合わせちゃならねェ」


 最も恐れていた事態を引き起こす可能性がある存在が王女であるビビだ。
 もし、反乱に支障が出れば長年に渡り積み上げて来た計画に狂いが生じる。


「既に反乱軍には<ビリオンズ>を数名潜り込ませてある。
 そいつらの音沙汰がねェってことは奴らはまだ直接的な行動には起こしていない筈だ。
 なんとしても“作戦前”のビビと反乱軍の接触は避けなければならねェ」


 そして、クロコダイルはロビンに<ビリオンズ>の通達を命じた。
 

「いいか、王女と海賊共を絶対に『カトレア』に入れるな!! 
 ビビとコーザは絶対に合わせちゃならねェ!! 海賊共は見つけ次第抹殺しろ!!」

「……はい。そのように」


 クロコダイルはエージェント達にも促した。


「さぁ、お前達も行け。パーティの時間に遅れちまう。
 オレ達の『理想郷』は目前だ。…………もう、これ以上のトラブルはごめんだぜ?」

「お任せをボス」


 そしてバロックワークスは動き出す。
 誰にも悟られること無く。確実に忍び寄る。


「楽しんできたまえ」


 クロコダイルは闇を纏い、そう笑った。













あとがき
今回は少し詰め込み過ぎたかもしれません。話が一気に進みました。
クロコダイルが怖いです。予想以上に暴れてくれます。
原作となんとか折り合いをつけたいのですが省きたくないシーンが多すぎて困ります。
次も頑張りたいです。



[11290] 第十一話 「ようこそカジノへ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/04/08 21:09
「頼むよ!! おれを反乱軍に入れてくれ!!」


 反乱軍の拠点がある港町『エルマル』。
 その町外れに建てられたの反乱軍の拠点のテントに一人の少年がやって来ていた。
 少年の名はカッパ。ナノハナに住む靴磨きの少年で、幼さを十分に残す子供だった。
 カッパは目についたありったけの武器───ハンマーやバット───を背負い、反乱軍の拠点に入り込むと、若き反乱軍のリーダーに向けて反乱軍に加わることを希望した。 
 

「ダメだ」


 反乱軍のリーダーであるコーザは必死で頼み込むカッパに同じ答えを返す。
 彼のまわりには何人もの反乱軍の人間が集まって来ていて、訪れたカッパを歓迎する様子も無く眺めていた。


「なんでだよ!! おれだって反乱軍に入る権利はある筈だぞ!! 国王が憎いんだ。一緒に戦わせてくれ!!」


 意気込むカッパにコーザはため息をついた。


「ファラフラ……見せてやれ」

「へい」


 コーザの後ろに控えていたファラフラという男が前に出た。
 ファラフラは右腕でゆっくりと上着の裾をはだけさせる。そこから覗いたモノにカッパはうろたえた。
 ファラフラの左肩はごっそりと抉り取られたように穿たれて、焼けただれた肉だけで不気味につながっていた。また、負傷した腕も手首から先にある筈のものが無く、巻かれた包帯が不自然なところで終わっている。
 どうすればそんな傷がつくのか。いったいそれはどんな痛みなのだろうか。目にした傷は余りに残酷すぎて、幼いカッパはただ息を飲むしか無かった。


「コイツは戦場でおれを庇いこの傷を負った。……なんなら病棟や墓も見ていくか?」


 コーザは感情も無く淡々と言う。
 戦場において悲惨なことなどいくらでもある。この程度などまだ序の口で、ファララなどまだ運のいい方であった。
 

「……そんなもんッ!! 怖くねェよ!!」


 カッパは弱気になりそうな心をぐっと我慢して、強がりを口にした。


「エルマルの隣町にいるおれの友達が病気なんだ!! 
 わかってるんだ……あの町もその内エルマルのように枯れていくんだ!! 
 これも全部、雨を奪った国王のせいだ!! おれも戦いたいんだ!! 怪我だって死ぬことだって怖くねェ!!」

「……じゃあ、帰れ。意見の不一致だ。おれ達はみんな怖いし戦いたくねェんだよ」


 その答えにカッパは困惑する。
 誰よりも勇敢に戦う反乱軍のリーダーの答えはカッパには理解できなかった。


「じゃあ、何で戦うんだよ!!」

「戦いが始まっちまったからさ。国がそれを望んだんだ。
 戦いたいんじゃない。……戦わなきゃならなかったんだ。理解できようが、できまいがお前には関係ない……」


 そしてコーザはもう一度、「帰れ」と口にした。
 それは、長きに渡り反乱軍を率い戦ってきた若きリーダーの本音でもあった。
 しかし、それでもカッパは引き下がろうとはしなかった。カッパの言葉に嘘はない。戦って、憎い国王を倒したかった。
 だが、幼い子供のそれはコーザをいらつかせる。


「帰れと言っているんだ!! ここはガキの来る場所じゃない!!」


 コーザは目元に涙をためながらも引き下がろうとしない子供を怒鳴り散らす。
 その声にカッパは呆然と立ち尽すしかない。
 そんなカッパを一瞥もせずに、コーザはクルリと背を向けその場から立ち去った。






「どうした、コーザ? 子供相手に怒鳴り散らしてお前らしくもないな」

「昔のおれを見ているようで腹が立った。………おれは何にも変わっちゃいないな」

 
 仲間からの言葉に熱を冷ますように額に手を当てコーザは答える。
 コーザ達が何故戦うか。それは戦わなくてはいけなかったからだ。
 国が傾き、反乱は拡大する。国は限界でもう他人事ではない。ならば、誰かが戦わなければならないのだ。
 ここで、自分達が戦わなければ、別の誰かが戦わなければならない。
 だから、戦う。先程のような子供を戦わせない為に。


「武器は?」

「いや、思うようにはなかなか……。武器屋の倉庫まで国王軍に押さえられている」


 国王軍の行動は当然だ。
 現在、反乱軍は数においては国王軍を圧倒しているものの、全ての兵士に回すだけの武器の貯蔵が無かった。
 いくら数が勝っていても、素手で殴り合う訳にはいかない。しかも、反乱軍の目標は要塞として太古より鉄壁を誇ってきたアルバーナを落とすことにある。当然国王軍の装備は万全で、攻城の際はいくつもの砲門がこちらへと向けられるだろう。それゆえに、現在の兵装では心元無かった。


「……そうか。それぞれの支部に通達しておけよ」


 コーザは静かに目を閉じた。
 兵士たちには疲れも見えるが、まだ戦う力は十分に残っている。士気も俄然高い。
 兵力も申し分ない。元々は圧倒的に国王軍に軍配が上がっていたが、反乱軍もその勢力を徐々に伸ばし今や逆に圧倒するまでに至った。残る問題は武器の入手だけだ。
 反乱軍は膨れに膨れ、もはや後には引けぬ戦いとなるだろう。
 雨を求め始まったこの戦いは雨を取り返すまで終わらない。


「武器が整い次第。アルバーナに総攻撃をかけるぞ」
 
 




◆ ◆ ◆






「カル―が帰ってきました!!」


 その吉報がアラバスタ宮殿飛び込んだのは日も沈みかけた正午過ぎであった。
 カル―とは王女ネフェルタリ・ビビが幼いころから可愛がっていた超カルガモで、近年、王女と共に失踪していた。
 そのカル―が帰って来たということは王女に関して何か重要な情報が得られる可能性があるということである。
 アラバスタ王国護衛隊副官のぺルとチャカもその知らせを耳にし、急ぎ王の私室に居るというカル―の元へと向かった。

 副官二人は王の私室の扉を逸る気持ちを抑え、叩いた。
 返事は直ぐに帰って来たのだが、その声はどこか重かった。


「失礼します」

「国王様、カル―は!?」


 部屋に入り込んだ副官二人を迎えたのは、水を涙目になりながら飲み干すカル―の姿。その姿は在りし日のままで、緊張感の無い姿には笑みすらこぼれた。
 だが、その一方で部屋の隅に目を配ればベットに座り込み頭を抱えた国王コブラの姿があった。


「……ぺル、チャカ、これを」

「これは?」

「……ビビからの手紙だ。筆跡も間違いなくビビのものだ」

「!!」


 促され、王女からの手紙に目を通す。
 そこには驚くべき真実が記されていた。目を疑う内容であったが国王の沈痛な様子からそれが真実だと再確認させられる。


「コイツは少々ショックが強すぎるな……。
 まさか、政府側の人間だと油断していたクロコダイルがこの国を乗っ取ろうとしていたとは……」


 ビビからの手紙にはアラバスタを乗っ取ろうとする組織の全容。そしてそのボスの正体。現在の自身の状況。
 そして、命を賭して戦った護衛隊長イガラムの最後についてが書かれていた。
 

「そんな……イガラムさんが」

「……あの人はビビ様とこの国の為に戦い命を張ったのだ。…………あの人はそれができる人さ」


 尊敬していた上司の死に動揺するぺルに言葉をかけ、チャカはカル―に労りの言葉を贈る。


「お前も懸命に戦ってくれたと書いてあるぞ。よくやってくれたなカル―」

「グェッ……プ」

 
 カル―はゲップと共に答えた。砂漠を越えて来たのか相当喉が渇いていたようだ。
 その時、チャカはカル―の左手に包帯が巻かれているのに気がついた。


「見せてみろ。怪我でもしたのか?」

「クェ―!!」

「な、何だいきなり」


 チャカはカル―の包帯に触れようとしたが、何故かカル―が怒りだした。
 そして、カル―は大事そうにその包帯を守る。チャカは困惑するが、カル―にとってこの包帯が大切な印であるということは知る由も無い。


「……チャカ」


 コブラは立ち上がると、いつになく強い声で臣下の名を呼んだ。


「敵は知れた。直ちに兵に遠征の準備を」

「!!」

「ビビの覚悟とイガラムの死を無駄にはさせん!! 
 クロコダイルのいる『レインベース』へ討って出るぞ!!」


 突然の出陣命令。
 しかし、チャカとぺルにはそれはどうしてもコブラの言葉には賛成しかねた。


「お待ちください国王様!! 
 レインベースまでは距離があり過ぎます。たとえ敵が認識出来ようとも向うに戦意が無ければ交わされるだけだ」


 ぺルは苦虫を噛み潰すように言葉を続けた。


「今、クロコダイルは『民衆』を味方につけているんですよ。お言葉ですが、今ではあなた様よりも……!!」


 クロコダイルは民衆に『英雄』として称えられている。
 そのカリスマは絶対で、口惜しいことにぺルの言うように今では国王コブラよりも人気があった。
 今にして思えばそれすらもクロコダイルの策謀の内なのだろう。


「ここでクロコダイルと敵対すれば反乱軍の火に油を注ぐ様なものです!!
 我らが『レインベース』に攻め入っている隙をつかれたら、この『アルバーナ宮殿』は反乱軍の手に……!!」

「反乱軍に宮殿を落とされるというからなんだというのだ? 言った筈だぞ『国とは人』だと」

「!?」


 ぺルとチャカは絶句した。
 コブラは反乱軍に宮殿を占拠される非常事態を容認したのだ。 
 

「我が国王軍が滅びようとも、クロコダイルさえ討ち倒せれば国民の手によってまた“国”は再生する。
 だが、このまま我らが反乱軍と討ち合ってみろ……!! 最後に笑うのはクロコダイル一人だ!!」

「国王……」

「……そこまで」


 それは決死の覚悟よりもなお重い、国の統治者としての決断であった。
 後の世はコブラを暗愚な王として晒すのかもしれない。だが、コブラにはそんな事はどうだって良かった。
 真実を公表したとしても、力を失った王の言葉など民は信じはしない。
 反乱軍は勢力を増し続け、間もなくこの地へと攻めてくるであろう。ここで後手に回れば全てがクロコダイルの思うつぼなのだ。
 たとえ、玉座を追われ、反乱軍に首を取られようとも、今動かなければアラバスタはクロコダイルという魔物に食いつくされる。


「相手は王下七武海の一角クロコダイル。奴もそう甘くはない。もはや何の犠牲もなく集結を見る戦いではあるまい」

 
 そして、王は命を下した。


「チャカ、直ぐに戦陣会議を開く。士官たちを集めよ。ぺル、お前は先行し敵情視察へ向かえ」


 コブラの身体が膨れ上がるように大きく感じる。それは真の君主だけが纏うことを許される王としての風格なのだろう。
 命を下すコブラに副官二人は恐ろしい程の畏敬を抱く。
 ぺルとチャカの全身が打ち奮える。気がつけば自然と膝を折り、臣下の礼を取っていた。


「出陣は明朝だ!! レインディナーズに全兵を向ける!!」

「「はっ!!」」













 忍ぶように機を伺う反乱軍の目標は『アルバーナ』の国王軍。
 真実を知った国王軍の目標は『レインベース』のクロコダイル。
 また、砂漠を行く<麦わらの一味>も同じく『レインベース』のクロコダイル。
 

──────クロコダイルが率いるバロックワークスの『ユートピア作戦』まで残り、17時間。














第十一話 「ようこそカジノへ」













「見えた!! アレが『レインベース』よ!!」


 日は沈み、また昇る。
 砂漠を行く<麦わらの一味>はやっとの思いで目的地を目にした。
 オアシスの町『ユバ』から徒歩によりほぼ一日。熱い砂漠の中を進み、喉も気力もカラカラであった。
 

「よーし!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」

「「みドゥ――(水)!!」」

「うるせェよ、お前ら」


 喉の渇きに、空腹、そして砂漠越えの疲労感。その他もろもろを八当たりに変えてルフィは叫ぶ。
 ウソップとチョッパーは素直な気持ちを口にし、やけくそ気味の三バカにゾロが呆れた声を出した。


「クロコダイル………」


 レインベースを目にし、ビビに緊張が浮かぶ。
 この先にクロコダイルがいるのだ。ビビは一味の誰よりもクロコダイルの実力を知っている。その実力は絶対で一味といえども対峙すればどうなるか分からなかった。


「……ところでよ、バロックワークスはおれ達がこの国に居る事に気づいてんのか?」

「……おそらくね」


 ゾロの懸念にビビは答えた。


「Mr.2にも遭ってしまったし、Mr.3もこの国に入ってしまっているのだから、まず知られていると思って間違いないと思うわ」


 この二つの事は一味にとって手痛い失敗だった。
 Mr.2は<マネマネの実>の能力者でMr.3は過去に一度対峙したことがあり、一味のことを知っていた。


「それがどうしたんだ?」

「顔が割れてるってことは、やたらな行動はとれねェってことさ」

「何でだよ!?」

「『レインベース』にはどこにバロックワークスが潜んでんの分かんねェんだ。
 おれ達が先に見つかっちまえばクロコダイルにはいくらでも手の打ちようがあるだろ」

「……暗殺は奴らの得意分野だからな」


 ウソップの説明にルフィは首をひねり、


「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」

「聞いてたのかよてめェ!!」


 再びその結論に至った。
 ビビはそんなルフィに苦笑するもウソップに自らの考えを告げる。


「……でもねウソップさん。私はルフィさんに賛成。
 今はとにかく全てにおいて時間が無いの。考えている暇もないわ」


 思わぬビビの言葉にウソップは唖然となった。


「あら、ウソップ。アンタもしかしてビビってんの?」

「おれも頑張るんだ」


 ナミのからかいとチョッパーの声。


「……う、お前ら」

「ウソップ観念しろって。ビビちゃんもこう言ってんだやるしかねェだろ。
 まぁ、別にビビちゃんとナミさんは戦わなくてもこのおれが守るんだけどなっ!! 王子様(プリンス)って呼べ」

「……プリンス」

「ブッ飛ばすぞマリモ!!」


 ゾロにバカにされキレるサンジ。


「だ、誰がび、ビビってるってんだ!!」


 こうなれば男ウソップとしてはやるしかない。
 ルフィがもう一度叫んだ。


「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」






◆ ◆ ◆






「なあ、おれ達クロコダイルを倒すためにココに入ったんだよな?」

「ああ……」

「後ろについてくんのって海軍だよな」

「ああ!!」

「なんでおれ達走ってんだ?」

「お前らが海軍を引き連れて来たからだろうがァ!!」

「逃げろォ―――!!」


 一味は『レインベース』に入ると取り合えず砂漠での疲れを癒すために補給をおこなった。
 クロコダイルと対決するに当たって砂漠越えで疲れ切った体では心もとない。故に身体を休める為に休息をとるつもりだった。
 だが、補給の際に買い出しに行ったルフィとウソップが何故か買い物途中で<白猟のスモーカー>率いる海軍に見つかり、逃げ回っているうちに仲間まで巻き込んでしまったのだ。


「ねぇ、トニー君がまだ来てないわ!!」

「ほっとけ。てめェで何とかするさ」

「で、でも……」

「アイツも海賊だ。てめェのケツくらいてめェで何とかするだろ。
 それよりも走れ!! アイツらに捕まると面倒だ!!」


 一味は海軍を撒こうと人ごみの中に入った。
 人ごみに紛れてしまえば追手も追い辛くなる。少なくとも追ってくるスピードは遅くなる。
 しかし、方法としては間違っていないのだが、それでも問題はあった。


「マズイんじゃねェのか? 町の中を走るとバロックワークスに見つかっちまう」

「もう手遅れだと思うぜ」


 ゾロは海軍以外に自分達に向けられる殺気を感じてた。


「じゃ、行こう」

「え?」

「クロコダイルのとこに!!」


 ルフィの言葉にビビは最後の覚悟を決めた。
 指を指し、ワニの屋根のピラミットのような巨大な建物を指した。
 『レインディナーズ』クロコダイルが居を構える、この町一番のカジノだ。


「散った方が良さそうだな……」

「そうだな」

「よしっ!! じゃあ後で!!」


 目的地を視界に入れ、サンジとゾロとルフィは三手に別れる。


「“ワニの家”で会おうっ!!」






◆ ◆ ◆






 ルフィは驚異的な身体能力で宙に跳び上がった。
 そして、海軍に向けて舌を出す。


「来てみろ!! “ケムリン”!!」


 ルフィの挑発を受け、スモーカーは「いい度胸だ」と目標を船長のルフィに定めた。






◆ ◆ ◆

 




「ウソップ!!」

「あ゛ァ?」

「ナミさんを頼むぞ!! アイツ等はおれが食い止める」

「よ、よし!! 任せろ!!」 

「サンジくんっ!!」


 迫るのは海兵の軍勢。それも見た所軽く十人以上はいる。


「心配ご無用。あのケムリ野郎がいないんじゃ……ただの雑魚共だ」


 サンジは落ち着いた顔で煙草をふかした。


「っへへ……。ご愁傷様……!!」






◆ ◆ ◆






「役不足だ。出直しな……」


 海兵達の剣が空中に舞い地面に突き刺さる。
 多数の海軍相手にたった一人で立ち塞がるゾロ。その強さの前に海兵達は動けない。


「ロロノア・ゾロ!!」


 怯んだ海兵達の間からメガネをかけた女性が顔を出した。
 海軍本部曹長たしぎ。一刀使いの女剣士だ。


「また会いましたね」


 刀を構え、臨戦状態でたしぎはゾロに立ち向かう。


「おい!! おれはお前と戦うつもりはねェぞ!! 勝負はついただろうが!!」

「ついてませんっ!! 私は一太刀もあびてませんからっ!!」

「その顔をやめろ!!」

「な、なんですって!!」


 ゾロはどうもこの女剣士だけは苦手だった。
 何の因果か、この『たしぎ』とかいう女はゾロが幼いころに約束を交わした今は亡き少女に生き写しではないかと疑わんばかりに似すぎていた。
 しかもその少女と同じような性格で同じ一刀使いの剣士。ゾロとしてはやりにくいといったらしょうがない。


「絶対許さないっ!! あなたはそうやって私をバカにして……!!」


 ゾロは過去にたしぎと対峙し傷つける事無く勝利した。
 それは圧倒的な実力差の証明で、どちらが強者なのかも自明の理なのだが、たしぎには止めを刺されなかった事が許せなかったらしい。


「くそっ!! アイツだけきゃ苦手だぜ!!」

「あっ、待て!!」






◆ ◆ ◆






(……大丈夫かしらMr.ブシド―)


 ビビはフードで顔を隠し、町中を『レインディナーズ』に向けて走った。
 海軍の追手はゾロが引きつけてくれている。
 ビビは王女だ。海賊と一緒にいるところを見られるとマズイ。また、海軍に事情を説明し助けを求めている時間も無かった。


「おい!! 待て、女!!」


 暫くは順調に進んだビビであったが、突如見知らぬ人間に声をかけられた。
 構っている時間は無い。ビビは無視するように走り抜けた。
 だが、後ろからさっきの男が付いてくる。しかも、一人では無い。その全員が手に武器を持っている。
 

(バロックワークス………!! しまった、見つかった!!)


 ビビはバロックワークスにとって最優先の抹殺対象となっていた。ビビの顔は社員達に広く流布され知れ渡っている。


「こんな時に……!!」


 徐々に増えていく追手にビビは速度を上げた。






◆ ◆ ◆






「ギャ~~~~~~!!」
 
「いや~~~~~~!!」


 ウソップとナミは全力で走っていた。
 サンジが海兵達を引きつけたのはよかったのだが、今度は町中でバロックワークスの社員達に見つかってしまったのだ。
 敵の数は一人や二人では無い。おまけに武器まで待ってる。二人では立ち向かえないと全力逃げた。


「来るな!! バロックワークス!!」


 ウソップは道を塞ぐように積まれていたた樽や木箱を後ろへと蹴り飛ばした。
 バロックワークスの社員達が気を取られているうちに逃げきろうと思っていたのだが、それが予想以上に効いた。
 ウソップが崩した樽が連鎖的に崩壊を呼び、社員達は見事にその下敷きとなったのだ。


「ぬ、ぬお!! やったぞ!!」

「やったっ!! すごいわ、ウソップ!!」


 後ろから聞こえる悲鳴を背に、ウソップが一番驚いていた。






◆ ◆ ◆






 そのままのスピードを維持しながら走り、ウソップとナミの二人は何とか目的地に辿り着く。


「まだ誰も来てねェのか?」

「もしかして私達が一番乗り?」


 周りに仲間の姿は見当たらない。
 取り合えず二人は中に入って様子を見ようと入口へと近づいた。


「よーし、狙い撃て。まずは二人だ」

「「敵!?」」


 だが、そこには当然のようにバロックワークスの社員達が待ち構えていて無防備な二人へと銃口を向ける。
 手を上げ降参のポーズをとる二人。しかし、そんなこと敵が聞いてくれる筈もなく、無情に引き金にかけた指が絞られる。
 だが、その瞬間、間一髪で駆け込んだゾロがバロックワークスの社員達を蹴り飛ばした。


「ゾロ!!」

「ん? 何だてめェ等だけか?」

「あんたこそ、ビビと一緒じゃなかったの!?」

「ああ、先に行かせたんだがまだ着いてねェのか? もしかしたら、もう中に入っているかもしんねェ」

「じゃあ、急がなきゃ」


 ビビが先に入ったとするなら一人で敵のもとに飛び込んだということだ。早くしなければ危険かもしれない。
 入り口に向かおうとする三人に、新たな影が向かってきた。


「ルフィ……!!」

「げ、モクモクも一緒だ!!」

「何やってのよもう!!」


 やってきたのはルフィとそれを追うスモーカー。
 一番厄介な相手を引きつけたルフィはどうやら逃げ切る事が出来なかったようだ。


「中に入れ!! 走れ、走れ!!」


 スモーカーを振りきる事を諦めたルフィが仲間達にこのまま『レインディナーズ』へと向かうことを叫んだ。
 前にはビビがいるかもしれない。後ろに海兵が迫っている。海賊達に選択肢など無かった。


「待ってろ!! クロコダイル~~~~!!」
 





◆ ◆ ◆
 





 バロックワークスの『秘密地下』。
 ルフィ達が目指すレインディナーズ地下に造られた一室だ。


「なに? ビビと海賊共がこの町に」

「ええ、今ビリオンズから連絡が入ったわ」


 ロビンは今連絡が入った情報をクロコダイルへと告げる。
 組織の手を逃れたビビと海賊達は反乱軍の元へと向かうと思っていたが、どういう訳か直接こちらへと向かってきていた。


「クハハハハハ……!!」


 クロコダイルは嗤う。己の幸運と王女の愚行を笑った。
 ビビと海賊共は抹殺対象だ。組織の邪魔になる以上絶対に抹殺するつもりであった。
 どうやって見つけて殺してやろうかと考えていた矢先に、それが間抜けにも向うからワザワザとやって来のだ。
 しかも、最終作戦の実行が目前の時に『エルマル』ではなく、遠く離れたここ『レインベース』に。これで、最終作戦において障害となる存在は完全に取り除くことができた。


「どうするの?」


 クロコダイルの勢力下にいる海賊達と王女は、もはや罠にかかった獲物も同然だ。
 後はそうとは知らぬ愚かな獲物の息の根をじっくりと止めるだけ。何なら特別に絶望というスパイスを用意してやってもいい。


「マヌケなネズミ共を迎えてやれ」

「はい」


 クロコダイルの命をロビンは了承した。






◆ ◆ ◆






 ロビンは社員達に指示を出すために『秘密地下』から退出する。


「よっ」


 退出したその先で壁を背にもたれかかっていたクレスが声をかけた。
 ロビンはクレスに軽く微笑みそのままカジノに向けて歩いた。


「何をするんだ?」

「そうね……王女様のエスコートかしら?」

「あらら、それはまた物騒な」

「ふふっ……」


 やがて、店内へと出る扉が見える。この扉を抜けると煌びやかなカジノとなる。
 表の煌びやかさとは裏腹にカジノは金を巡り様々な策略が張り巡らされる裏社会の縮図だ。
 それは表を『英雄』という輝かしい仮面で飾ったクロコダイルの姿そのもののようであった。


「結局、海賊達はコッチに来たのか」

「……これからどうなるのかしら?」

「あの海賊達でも、さすがに……クロコダイルには勝てない」

 
 クレスの見立てでは<麦わらの一味>の実力は相当のものだ。
 ウイスキーピークでの邂逅を経てその雰囲気を感じた。ロビンの言う『D』の名は伊達では無い。Mr.5のペアとMr.3のペアを下したことも頷ける。
 だが、それでもクロコダイルには遠く及ばないだろう。両者の間には隔絶とした差が依然と存在する。
 クロコダイルの“力”は本物だ。そこらに星のようにいる十把一絡げの海賊達とは違う。クロコダイルはその中でも最も凶暴に輝く凶星の一つだ。
 対する<麦わら>は輝き始めた新星だ。経験も海賊としての狡猾さも潜り抜けた修羅場の数もクロコダイルとの間には大きな差があった。


「今回、ココに乗り込んだことで奴らがどうなるかは分からない。
 クロコダイルの稚気に奴らが乗ればまだ可能性はあるが、……運悪く直接戦うことになれば間違いなく殺されるだろう」 

「その時は…………」

「ああ、残念だが……」


 クレスが言葉を濁し、ロビンが頷いた。


「ギャンブルの勝ち方はいろいろある。
 運を味方に勝利するか、ディーラーをも騙す策で戦うか、それとも実力で勝ち取るか」

「基本的にギャンブルは胴元が勝つように出来てるわ。……あの子達はどうやって戦うのかしらね」

「まぁ、結果が出るまでわかんねェな。
 ……それより、今は与えられた仕事をこなさねェとな」

「そうね」


 そして、二人は扉を開いた。
 扉を開いた瞬間、騒がしい店の喧騒が二人を包んだ。その中を歩き、そして海賊達の姿を見つける。
 海賊達は堂々と道場破りのようにクロコダイルの名前を叫んでいた。どうやらやって来たはいいがどうすればいいか分からないようだ。


「ただのアホだろ、あいつら……」

「ふふっ……面白いコ達」


 だが、店内の喧騒はそんな海賊達を飲み込み変わらない。
 だが、店側としては迷惑極まりなかった。警備を差し向けたが相手にすらされていない。
 挙句の果てには立ち入り禁止の海兵まで乱入し、さらに騒がしさを増していた。


「大変です支配人!! 何者かがやって来て……」


 困り果てている様子の副支配人がロビンの姿を見つけ指示を仰い出来た。
 

「VIPルームへお迎えしなさい」

「え……」


 ロビンは指示通り、海賊達を誘う。


「クロコダイル経営者(オーナー)の命令よ」


 副支配人の男は訝しみながらもロビンの指示に従った。
 クレスとロビンは人ごみの中から、VIPルームへと走りゆく海賊達を眺める。暫くの間見つめ、そして視線を戻した。


「ようこそカジノへ……」


 クレスの呟きは喧騒に紛れ消えた。






◆ ◆ ◆






「……ずいぶん暴れてくれたな、王女様」

「さすがは、我がバロックワークスの元フロンティアエージェントだ」


 レンベースの中心街の外れ。そこにビビとバロックワークスの追手たちの姿はあった。
 ビビの周りには数多くのビリオンズ達が倒れていた。
 王女といえどビビは敵組織に侵入するほどの行動力持ち主で、腕には自信があった。その証拠に数多くの社員の中からフロンティアエージェントに選抜されている。


「だが、観念しなァ。ヒハハ!!」


 しかし、カランとビビの持つ武器の<孔雀(クジャッキー)>が音を立てて地面に落ちた。


「くっ……!!」


 銃口を突き付けられ、ビビは後ろへとへたり込んだ。
 多勢に無勢だった。いくらフロンティアエージェントに選抜される程の実力者であっても数の差は覆せなかった。
 ビリオンズ達は標的をビビに定め、その数のほとんどを動員しビビに対する包囲網を固めていたのだ。
 そこには海賊達を打ち取るよりも王女を打ち取った方が手柄が大きいと感じた下心があったのだが、囲まれ絶体絶命のビビにはもう関係ない話だ。


「さぁて、どうしてやろうかなぁ?」


 銃口をチラつかせる男。
 ビビは何とかこの場所から脱出しようと思考を巡らせる。
 こんな場所で死ぬわけにはいかなかった。これからルフィ達と合流してレインディナーズへと向かいクロコダイルを倒すのだ。
 だが、無情にもビビにこの場を切り抜ける手段は無かった。


「やっぱ死ねよ。死体でも持って行ったら充分だろ」


 男が引き金にかけた指を引き絞った。
 ズドンという重い音が響き、人体が打ち抜かれた。


「ギャア!!」


 だが、倒れたのは男の方だった。
 男が地面に崩れ落ちると同時にビビは空を見上げる。そしてその顔に驚きと希望が浮かんだ。
 大空にはサラブを着込んだ巨大な隼が空を高速で滑空していた。
 隼は猛スピードでビリオンズに接近しながら、両翼の陰に吊下したガトリングガンで牽制する。
 ズドドドドド……!! と発射される無数の弾丸がビビを取り囲む男達の動きを縫いつける。


「何だあの鳥は……!!」

「何故、鳥がガトリングガンを!?」

「くそっ!! 撃ち落とせ!!」


 ビリオンズが何とか反撃を試みようとするが、猛スピードで迫る隼の迫力に負けまともに攻撃できない。
 隼は社員達に突っ込むとそのまま巨大な両翼で蹴散らし、座り込んだビビをやさしくさらっていく。そして王女を連れ銃の届かない安全な建物の屋上に下ろした。
 そして隼はその両翼と鋭い爪を消し、人間の姿となってビビの前に立つ。


「お久しぶりです。ビビ様」

「ぺル!!」


 アラバスタ王国護衛隊ぺル。ビビが幼いころから慕ってきた王国の戦士だ。
 ビビがが安堵の表情を見せる。ぺルがココにやって来たということはカル―はしっかりとコブラへと手紙を届けてくれたのだ。


「ぺル……!? まさか、<隼のぺル>!!?」

「アラバスタ最強の戦士じゃねぇか……!!」


 ビリオンズはうろたえた。
 <隼のぺル>と言えば人口100万人ともされるアラバスタ王国において『最強』の誉れを受けたアラバスタの守護獣の片翼を為す戦士だ。
 その噂は当然バロックワークス内にも広がっており、実力では<オフィサーエージェント>に匹敵する相手だ。とてもビリオンズ程度が太刀打ちできる相手では無かった。


「<トリトリの実 モデル“隼”> 世界に五種しか確認されぬ『飛行能力』をご賞味あれ……」


 動揺する社員達を肯定するかのようにぺルの姿が再び巨大な隼へと変わる。
 そしてゆっくりと両翼を広げ羽ばたいた。その瞬間、バロックワークスの社員たちの目の前からぺルの姿が掻き消えた。


「!!」

「見えねェ!?」

「撃て!! 撃ちまくれ!!」


 闇雲に銃を乱射する社員達。だがそんなもの一陣の風と化したぺルに届く筈もなく虚しく響くだけだ。
 ぺルは社員達に接近し静寂に舞い込んだ風のように緩やかに、だが圧倒的に速く社員達の間を潜り抜けた。


「飛爪!!」


 社員達が吹き飛ぶ。すれ違いざまに鋭い爪での深い斬撃を受け、その後に風圧で吹き飛ばされたのだ。
 ぺルが華麗に着地する。社員達に立ち上がれる者はいなかった。


「助かった……早く皆の所に……」


 ぺルの勝利に安心したものの、こうしてビビが時間を食っている間にもルフィ達はクロコダイルの元へと向かっているのだ。
 ビビがぺルに事象を話し、一刻も早くレインディナーズに向かおうとした時、
 

「そう? なら話は早いわ」

「……海賊たちなら今頃クロコダイルと対面中だろうしな」

「!?」

 
 聞き覚えのある声にビビが後ろを振り向く。
 そこには、忘れもしない二人の男女が立っていた。


「ミス・オールサンデー!! Mr.ジョーカー!!」


 ビビの立ち塞がった二人はビビに妖しい笑みを見せ、こちらを睨みつけているぺルに視線を向けた。


「華麗なものね『飛べる』人間なんて初めて見たわ。でも、私達より強いのかしら?」

「ビビ様……コイツ等の事ですか? 我らが祖国を脅かす者達とは……」


 静かに怒りを灯し、ぺルは二人を見上げる。


「なるほど、もう事情は知ってるみたいだな……」


 Mr.ジョーカーがぺルに向けて皮肉げに口元を釣り上げ見下した。


「久しぶりだな鳥男。どうだ、少しは強くなったか……?」

 
 
 

 







あとがき

やっとペルが出せました。次回はリベンジマッチです。
不死身の男ペル。実はお気に入りのキャラですね。
次も頑張ります。



[11290] 第十二話 「リベンジ」 《修正》
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 13:42
 バロックワークスの秘密地下。
 そこには、豪奢なディナ―テーブルや調度品のほかに、その他の調度品とは存在を異とする強固な檻があった。
 檻は彼の有名な海底監獄『インぺルダウン』と同じく<海楼石>によってつくられた特別製で、その強固さから絶対なる禁錮を強制させた。
 元々秘密地下は湖の底に造られた薄暗く冷たい空間だ。この空間にはむしろこのような陰のある逸品の方がふさわしく、場違いなのは豪奢な調度品の方なのかもしれない。


「こうみょうなわなだ」

「ああ、巧妙な罠だ。しょうがなかった」

「敵の思うツボじゃない。避けられた罠よ。バッカじゃないのアンタ達!!」


 勇みクロコダイルの待つレインディナーズへと乗り込んだものの、罠に落ちルフィ達は囚われの身となっていた。 
 完全に檻の中に閉じ込められ動くことができなかった。檻自体を壊そうにも海楼石の檻は硬く能力者の力を封じるため逃げ出すことは出来ない。 
 海楼石の存在を知らないルフィは檻に触れると力が抜けることに首をひねっている。
 罠に落ちたのは、<麦わらの一味>のルフィ、ゾロ、ウソップ、ナミ。そしてルフィを追ってきたスモーカーだ。
 これがルフィ達だけならば良かったものの、一緒に罠にかかったスモーカーは海賊達の天敵である海兵だ。
 海賊と海兵。共に追い追われる関係だ。それがこうして一緒の檻に入ってしまったからと言ってその関係が変わる筈はない。


「……………」


 その時、スモーカーが背負っていた巨大な十手に手をかける。静かに構え、ルフィに向けて勢いよく突き出した。


「ルフィ!!」


 ゾロが直前で気付きルフィの名を呼ぶも既に遅く、スモーカーの十手はルフィの体を吹き飛ばした。
 吹き飛び、檻に叩きつけられ、大の字に倒れたルフィにトンと十手の先端を置く。するとルフィの身体から力が抜けた。
 ゴム人間のルフィに本来ならば打撃技は無効なのだが、スモーカーの十手は特別製で先端に海楼石が仕込まれている。
 故にルフィの能力を無効化し、なおかつ能力者のルフィを無力化したのだ。
 

「て、ててて、てめェ!! や、やるならやるぞ煙野郎!! 
 おれは爆弾男を仕留めるアシストをした男だ、てめェを仕留めるアシストぐら……ごめんなさい」

「もうちょっと頑張りなさいよ!!」

「……この檻でさえなければ、とっくにココを出てるってのに、───お前ら全員を二度と海に出れない体にしてな……!!」


 苛立つスモーカーにゾロが刀に手をかけた。


「なんなら、試してみるか?」


 スモーカーがゾロを睨みつける。
 互いに殺気を発し、二人の中心で空気が乱れる。
 その空気にウソップとナミが泡を食ったように停戦を呼びかけるが二人が耳を貸すことはなかった。
 だが、ゾロとスモーカーの二人は新たな声に停止を余儀なくされる。



「止めたまえ。
 共に死にゆく者同士、仲良くやればいいじゃないか」



 豪奢な椅子に座り、見下すような笑みと共にルフィ達の目的の男が語りかける。
 スモーカーが目を見開き、唸るように男の名前を呼んだ。


「クロコダイル……!!」

「オ―オ―……噂通りの野犬ぶりだなスモーカー君。おれを最初から味方とは思ってくれてねェようだ。
 だが、それで正解だ。てめェには事故死でもしてもらうことにしよう。麦わらって小物相手によく戦ったと政府には報告しておくさ」


 クロコダイルは狡猾に言い放つ。


「おいお前!! 勝負し……ホぉ~」

「その檻に触んなって!!」


 クロコダイルの登場に、スモーカーに倒されていたルフィが立ち上がり猛犬のように檻を揺らした。
 だが、檻は海楼石で造られた特別製だ。ルフィが触れば全身の力が抜ける。


「麦わらのルフィか……よくここまで辿り着いたな。まさか会えるとは思ってなかった。ちゃんと消してやるからもう少し待て」


 檻の中の海賊達に向け、クロコダイルは続けた。


「まだ、主賓が到着してねェ。今おれのパートナーを迎えに行かせたところだ」













第十二話 「リベンジ」












「ずいぶんと暴れてくれたみたいだな」

「もう使い物にならなさそう。大切な社員なのに……」


 クレスとロビンは倒され転がっているビリオンズ達を視界に入れ、それを為したぺルに向かって語りかけた。


「よろしければ王女様を私達の屋敷に招待したいのだけど、どうかしら?」

「くだらん質問をするな。問題外だ」


 ぺルはロビンの問いかけを切って捨てる。そして屋上に向け厳しい視線を向けた。
 屋上にはクレスとロビンそして、王女であるビビがいる。


「ビビ様、少々お待ちください。今すぐそちらに向かいます」

「いや、その心配には及ばねェよ」


 ビビの前に立ち塞がるように立っていたクレスは、屋上の端に足をかけた。


「あんまり時間をかけちゃダメよ」

「分かってるって、手短に済ませる」


 そして、まるで散歩に出かけるかのように一歩を踏み出し、飛び降りた。
 屋上から地面までは相当な高さがあったのだが、トンと軽い音だけ響かせて着地する。
 軽い驚きを見せるぺルに、


「来いよ」


 クレスはそう言った。


「Mr.ジョーカーとかいったな……」


 ぺルは目の前に降り立ったクレスを観察する。
 パサついた黒髪に、夜のような瞳。見覚えのある体格に声色。
 ぺルはクレスが言った「久しぶり」という言葉の答えに辿り着いた。


「貴様がまさか……国王様を襲撃した賊か?」

「ああ、そうだ。久しぶりだな」


 クレスは肯定し、もう一度言った。


「そうか……」


 ぺルは静かに呟き、腰元に下げた剣に手をかけた。


「ならば、憂いはない。存分に力を振るい、貴様を倒そう!!」


 クレスは半身になり、拳を静かに持ち上げた。

 
「……ああ、付き合ってやるよ」


 怒気と共に殺気を放つぺルに、それを受け流すクレス。
 一瞬の緊迫の後。
 ぺルが地面を蹴って一瞬で肉薄しながら剣を振るい、クレスはそれを素手で受け止めた。


「へえ……」


 剣を"鉄塊"で硬化させた腕で受け止め、そこから感じる衝撃にクレスは関心したように呟いた。


「前より、かなり強くなってんじゃねェのか?」


 ぺルの返事は再び振るわれた剣。
 クレスと一度戦い己の無力を実感し鍛錬に打ち込んだ末に高め上げた力だ。
 振るわれた剣は全てにおいて過去のぺルを上回っていた。
 クレスは大気ごと切り裂くような一撃をしゃがみこみ避け、片手で体重を支え独楽のように回りぺルに足払いを仕掛けた。
 ぺルはそれを冷静に見極め、素早く身を翻し後ろに飛び避ける。そして、その足で再び地面を蹴り、渾身の力を込め剣を振り下ろした。


「はっ!!」


 振るわれた剣に対しクレスは獣のように地面を蹴って飛び上がり、ぺルの上を取る。
 そして、剣を振り下ろしたぺルに対し硬化させた足で強襲をかけた。


「鉄塊“砕”」


 上空からぺルを踏み潰さんとするクレス。鉄塊によって硬化されたクレスの脚が鉄槌のように振り下ろされる。
 だが、ぺルはそれを読んでいたかのように剣を振り上げた。


「!!」


 これに驚いたのはクレスだ。
 ぺルが振るった剣はクレスの脚をすり抜け、クレスの無防備な胴体を狙ってきたのだ。
 遮られることの無い剣はクレスの胴を捕らえた。


「くっ……!!」


 だが、表情を歪めたのはぺルの方だった。
 クレスの胴には"鉄塊"がかかっていた。
 鋼鉄の硬度を誇るクレスの鉄塊はぺルの剣を受け止める。


「……やるな」


 言葉とは裏腹に動きの止まったぺルに対しクレスは容赦なく腕を振り払った。


「がっ……!!」


 クレスの裏拳はぺルのこめかみに直撃し、ぺルを吹き飛ばす。
 ぺルの体が吹き飛び、近くに積み上げられていた木箱の山に突っ込んだ。
 

「………………」


 クレスは拳を見て、


「……なかなかやる」


 そう呟いた。
 クレスはぺルの方へと視線を戻す。


「……やはり強い」


 ぺルは立っていた。巻き上がる塵を後ろに、問題なく歩みを進めた。
 怪我はこめかみを強打され軽く出血しているものの、それだけだった。


「当たった瞬間に後ろに跳びのいたか」

「……そう易々とはやられはしない」


 そして再び剣を構えた。





◆ ◆ ◆






「ぺル!!」


 二人を見守っていたビビが臣下の名を呼んだ。
 クレスはバロックワークス内に流れる噂では実質上組織でクロコダイルに次ぐ実力を持つとされている。
 ぺルは強い。しかし、それでもクレス相手では不安があるのだろう。


「ふふ……結構やるわねアラバスタ最強の戦士さん。でも、彼相手にどこまでもつかしら?」

「ミス・オールサンデー……!!」


 冗談めかして言うロビンにビビは怒りを滲ませる。
 その時、ビビにある考えが浮かび、ロビンの隙をみてビビは賭けに出た。


「───っは!!」

「あら……」


 暗器に近い武器を回転させビビはロビンに向けて攻撃する。
 隙を突いたと思われたビビの攻撃だったが、その攻撃は宙を裂くだけにとどまった。
 ロビンはビビの攻撃を軽く身を引くだけで避け、おまけにビビの腕を取っていた。


「……残念」

「アンタこそ」


 武器は片手だけでは無い。ロビンはビビの自由なもう片方の腕に回転する暗器を見た。
 一本目はロビンを欺く為のフェイクでビビの本命はこの一撃だ。
 ロビンに片手を掴まれた状態ではあったが、ビビは無理やりに体を捻り腕を振るう。
 ビビの<孔雀スラッシャ―>がロビンを襲った。


「───えっ!!」


 だが、ありえないことに後ろ側からビビ腕が拘束された。
 後ろには誰もいない筈だった。クレスは下で、ロビンの位置は変わらない。
 だが、ビビの腕は確かに後ろから掴まれていた。
 ビビは驚愕し後ろを振り返る。するとそこには自分の背中から腕が"咲いていた"。


「ほらね、残念」


 ビビの考えは、ロビンが一人きりという状況を狙っての奇襲であった。
 ロビンはエージェントではあるものの、おもな戦闘はクレスが請け負っているためその実力は謎に包まれている。
 船の上で見た"力"からおそらく能力者だと推測されるが、それでもまだ付け入る隙があるように思えた。
 しかし、ビビの認識は完全に間違いであった。
 クレスがこの場を離れたのは"ロビンの実力ならばビビ程度がなにをしたところで問題はない"と判断したからだ。
 そうでなければ拘束もしていない相手に対し無防備にロビンを一人にしたりはしない。


「ぐっ……!!」


 ビビの口から苦悶が漏れた。
 掴まれた腕がうごめき、ビビの関節を締め上げたのだ。
 武器がだらんと垂れ下がったところでまた腕が咲き抜き取られる。
 自然と膝が折れ、腕は上に固められる。少しでも動けば固められた腕が痛む。一切の抵抗が許されなかった。


「大人しくしてなさい。私達はあなたに危害を加えるつもりはないわ」

「……悪魔の実」

「そういえば、あなたは二度目だったわね。
 私が口にしたのは<ハナハナの実>。体の各部を自在に咲かせる能力よ」


 ロビンの言葉に応じ、ロビンの腕から新たな腕が咲く。
 腕を咲かせたロビンは異様でありながらも息をのむような妖艶さを醸し出していた。


「咲く場所を厭わない私の体は決してあなたを逃がしはしない。……おわかりかしら?」

「くっ……!!」


 完全に動きを封じこまれたビビはただ唇を噛むしかなかった。






◆ ◆ ◆



 


「ビビ様ァ!!」

「おっと、他を気にしている余裕があんのか?」


 隙を見せたペルにクレスが容赦なく拳を叩きこむ。
 顔を歪めペルは拳を剣の腹で受け流し、後ろに跳んで大きく距離をとった。


「どうするんだ? このままじゃオレは倒せないぞ。
 王女が心配なら気にすることはない。国王の時と同じで手を出すつもりはないからな。
 このまま能力を使わずに様子見を続けるか? そのつもりなら生憎とこちらはそんなに時間がないから倒させてもらうぞ」


 状況は国王の襲撃時と酷似していた。むしろペルにとってはビビを拘束する人間がいるためさらに状況が悪い。
 ビビの救出に向かっても必ずクレスが邪魔をする。
 ビビは命を握られ自分から動くことはできない。
 単独で斥候としてやってきたために援軍は期待できない。
 そして、元より撤退の二文字は無い。
 ペルの勝利条件はクレスを倒し、そしてビビを拘束するロビンを退け、ビビを救出することだけだった。
 


「一つ聞きたい」

「何だ?」

「貴様らの組織でイガラムさんを殺したのは誰だ?」


 ペルにとっては時間稼ぎに近い問いかけだった。
 だが、質問自体に一切の遊びは無くペルの本心からの問いかけともいえた。


「イガラム? ああ、Mr.8」


 クレスはその答えにすぐにたどり着いたが、あえて考え込むように振る舞う。
 そして、わざと口元を釣り上げながら答えた。


「あの男なら───海に捨てた」


 クレスの答えにペルの目が見開かれる。
 体内に暴れ狂うような激情が走った。
 この男は国王や王女だけではなく、敬愛する上司まで手にかけていたのだ。
 

「貴様ァアアアア!!」


 ペルの体に変化が起こった。
 指先は鋭い掻き爪に変わり、肌はなめらかな羽毛に覆われる。そして背中から生まれた大きな翼がばさりと羽ばたいた。
 その姿は巨大な隼。ペルの能力<トリトリの実>の力だ。


「アラバスタの砂となれ!!」
 
「それは勘弁願いたいな」


 ペルの翼は街中に暴風を生んだ。街路に積もった塵を巻き上げ吹き飛ばす。
 クレスはペルの起こした暴風にさらされながらも、怯むことなくペルを見据えた。
 瞬間。ペルが翼で巻き上げた塵の中を切り裂くように飛び出した。風を掴んで飛ぶ姿はまるで巨大な弾丸のようであった。


「ハァ!!」


 速度に乗せ切れ味を増した剣がクレスを襲う。
 <動物系>の能力者が能力を行使した際の力は人間時の何倍にもいたる。
 様子見とはいえ、クレスと渡り合ったペルの力がお遊びに見えるほどの威力を秘めていた。


「……!!」


 クレスはペルの剣が届く瞬間、地面を爆発させるように強く踏み込み横に跳んだ。
 間一髪で剣はクレスから逸れ、空気を切り裂くだけに止まった。


「おいおい……マジか」


 クレスが先ほどまで自分がいたところを見て呆れ声を出した。
 そこは轍のように深く地面がえぐれていた。ペルが猛スピードで飛び去った跡である。
 少し遅れてクレスの背中に冷たい汗が流れた。もし回避が遅れていれば“鉄塊”をかけていたとしてもただでは済まなかっただろう。
 挑発はクレスの戦闘時の常套手段なのだが、今回はそれが予想以上に効き過ぎていた。


「避けたか……だがっ!!」


 上空に飛び上がったペルが旋回し、標的を再びクレスに定めた。
 体を重力に任せ、翼の羽ばたきによって一気に加速し、嘴を中心として回転し空気の抵抗を極限まで消す。
 野生の隼は狩りの際、遥か上空から獲物に狙いを定め、時には時速300㎞にもいたる高速で獲物に強襲するという。
 隼の攻撃にさらされた獲物はたいていは即死か失神状態であり、鳥類最速の名を誇る隼はそのスピードを武器に獲物を捕食する。
 その隼の力がペルには備わっていた。しかも悪魔の実によって強化された肉体はたやすく野生の隼を上回る。
 ペルの体は風に乗り音にすら近付いた。


「チッ……」


 爆撃のようなペルの攻撃をクレスは前方に跳び込んで避けた。
 今のペルには“鉄塊”の防御ですら得策ではない。仮にクレスと同じ厚さの鉄板をもってしてもペルならば易々と深い爪痕を残すであろう。
 

「うっとおしい攻撃だ」


 ペルの攻撃には厄介な特徴があった。
 それは超高威力かつ高速の強襲に加え、一瞬でその場を離れ手の届かない上空へと舞い上がる完璧なまでのヒットアンドアウェイである。
 通常、人間は空を飛ぶ相手に対しての攻撃手段は無い。制空権というのは圧倒的なまでのアドバンテージであった。


「外したか……」


 上空からペルは戦場を見つめた。
 クレスとは離れ建物の屋上にビビとロビンがいる。
 今からビビの場所に向かえないことは無い。だが、それを行うにはロビンの能力があまりにも危険であった。
 ロビンの能力はペルにとって天敵ともいえた。ペルは翼を完全に制御しきっているものの、ロビン能力によってその制御を乱さればペルは無様に地に落ちることとなる。
 下手に欲を出して王女の救出を優先させれば間違いなくペルはクレスとロビンの二人の相手をすることになるだろう。
 理由は分からなかったが、自身の相手は現在クレス一人だ。ならば今はクレスを全力で倒すことが得策と思えた。
 ペルは再び重力に身を任せ、地上にいるクレスに向けて加速しようとして、



「あんま調子乗んなや。───空で戦えるのはお前だけじゃねェぞ」



 空中を蹴り、自身に接近するクレスを視界に収めた。
 驚きがペルを支配する。空は完全に翼を持つペルのものであった。だが、クレスはいともたやすくペルの認識を砕く。
 クレスは“月歩”によってそこにまるで地面があるかのように空を駆けていたのだ。
 だが、一瞬の動揺はあったもののもともと空中はペルの領域である。ペルは翼で風を掴みそのままクレスに向けて抜刀する。
 それはクレスも読んでいたのか、拳を固めペルに向けて振りかぶった。
 ぺルの銀閃が煌めき、クレスの鉄腕がうねり、両者の攻撃が交差し、甲高い音を奏でた。
 クレスの攻撃を受けきったペルは再び翼を駆り空をかけ、離脱する。
 対するクレスはペルとすれ違った瞬間、前方の空気を蹴りつけ宙を舞った。そして振り向き様に鋭く脚を振りぬく。


「嵐脚“乱”!!」


 ペルへと向かう無数の斬撃。ばら撒かれた斬撃を背にペルは更にスピードを上げた。
 自身を追う斬撃。だが、ペルが羽ばたき、速度を増せばクレスの攻撃を置き去りにした。
 そして、宙返りを果たすと、お返しとばかりにクレスに向けて吊下していたガトリングガンの引き金を引いた。


「おいっ!!」

 
 クレスが焦る。
 ペルの両翼の陰に下げられた銃口は無数の弾丸をばら撒いた。ペルは戦闘機のようにクレスを追い弾丸を発射し続ける。
 弾丸が空気を切り裂く音を聞きながらクレスは“月歩”によってペルを撹乱しながら弾丸を避け、ペルの予想とは逆に一気にペルに向かい空を駆け抜けた。


「六式“我流”───っ!!」

「面白い───!!」


 空中で己に向かってくるクレスにペルは更にスピードを上げた。そして自身の鋭い爪を軋ませる。
 晴れ渡った大空を行く二つの影は残像を残して一瞬で交差する。


「───閃甲破靡“空牙”!!」

「飛爪───!!」


 互いの渾身の一撃は空を軋ませ、地上をも揺らした。






◆ ◆ ◆






「ペル……凄いっ!!」


 目の前で繰り広げられる激戦にビビが息をのんだ。
 ペルはクレスに対し互角、いや空中戦ならば互角以上に戦っていた。
 あれほど恐れられていたMr.ジョーカーを倒せるかもしれないとビビの中に希望が浮かんだ。


「…………」


 これに表情をわずかに面白くなさそうに変えたのはロビンだ。その表情は自慢しているものを馬鹿にされた子供に似ていた。
 だが、ロビンの表情はそれ以上は変わらなかった。
 ペルは確かに強い。それもクレスとまともにやりあえるなど過去においても数えるほどであった。
 だが、単純な強さだけではクレスには敵わない。その理由をロビンは知っていた。


「残念だけど。……Mr.ジョーカーは負けないわ」

 
 ロビンの言葉にビビは眉根を寄せた。
 まさか、と思うがビビの思惑は外れる。ロビンはビビを餌に有利な状況を導くことを否定した。
 ここでロビンが手を出せばクレスがペルよりも劣っているという証明でもあった。
 ビビの困惑にロビンは少し意地悪な声でに答えた。


「彼はただ強いだけじゃない。例えるならそう───“狩人”かしら」






◆ ◆ ◆






 戦いは空中から地上へと場面を移していた。
 クレスの"月歩"はペルの飛行に比べ小回りが利きクロスレンジの素早さで上回る。
 ペルの飛行は翼がある分速度ではクレスを上回り空中での追撃では軍配が上がった。
 互いの性質を比べればほぼ互角となる二人であったが、クレスの"月歩"は空中を蹴り飛び上がる技だ。無尽蔵に近い体力を持つクレスだが、当然いつまでも飛び続けられるわけではない。
 まだまだ体力にはゆとりはあるものの、ペル相手の空中戦の愚を悟り、隙を見て地上へと舞い戻った。


「……訂正する。お前は強い」


 地面に立ち止まり、突如殊勝な態度で語りかけたクレスに、ペルはわずかに困惑したもののすぐに視線を鋭いモノへと変えた。


「実は結構ビックリしてんだよ。白兵戦には自信があったからな。正直ココまで手こずるなんて思わなかった」

「…………」

「だけど、まぁ……アイツにカッコつけた手前このままやり合って傷だらけの"苦勝"じゃカッコ悪いし、それに時間をかけると怒られるんだ」

「貴様の都合など知らん。私は戦い貴様に勝つだけだ」


 殊勝な態度ではあるものの、自身が勝つことを前提として話を進めるクレスにぺルは警戒を募らせた。
 ぺルは感じていた。クレスは根拠の無い自信だとか、意味の無いハッタリで言葉を為しているのでない。それを確固たる事実であるかのように、ぺルに向けて宣誓していたのだ。


「そう言うなって、オレはこの『六式』に誇りを持ってるし、何よりの武器だとも思ってる。
 だけどな、世の中にはこれだけじゃままならない奴らもいるんだよ。悔しいがそいつらに向かってバカ正直に戦うのもリスクがある」


 クレスは腰元に下げたサイドバックからサバイバルナイフを複数本取り出し、両手に納めた。


「じゃあ足りない場合はどうすればいいかってのは、補うしかないんだよ。別の何かでな。だって、勝負は一度きりだ。負けるつもりはないしな」

「それは私とて同じだ。今この瞬間に貴様に負けるわけにはいかない。貴様らを倒し、祖国に平和を取り戻す!!」

「そりゃ、そうだな。……まぁ、お前の場合背負ってるものも大きいしな。……だが、あえて言おう」


 クレスは上空のぺルに視線を合わせたまま、ナイフを隠すようにだらんと両腕を下げた。


「───オレが背負うと決めたもんはお前よりも大きいってな」


 そしてクレスはペルに向けて捕食者のような凄惨な笑みを見せた。
 ペルはクレスの表情に一瞬怯むも、油断なくガトリングガンで牽制を行いながらクレスに向けて強襲を仕掛けた。
 高速で迫るペルを視界に収め、地面に突き刺さる弾丸の風切り音を聞き、何発か直撃した弾丸を鉄塊で受け止め、クレスは浅い息を吐き、ペルの接近を待ち受ける。
 そして、ぺルを十分に引きつけ、爆発させるように地面を蹴りムーンサルトの要領でバク転と共に両脚を振りぬいた。


「嵐脚"断雷"」


 両脚で起こされた巨大な三日月のような形をした"嵐脚"の斬撃がペルの目を釘付けにした。
 直撃すれば間違いなく両断されるような斬撃。ペルは瞠目し直前で体を捻った。ペルの胸元が裂ける。直撃こそ免れたのものの傷は浅くは無かった。
 だが、それだけだ。流れる血をそのままに、突き進むペルの進行は止まらない。


「飛爪───!!」


 ペルが鋭い爪を振るう。クレスといえど直撃すれば間違いなく引き裂かれるような威力を秘めた一撃。クレスは技を放った直後で避けきることは難しいだろう。
 だが、その認識は裏切られる。この瞬間においてもまだぺルはクレスの力の全てを認識できていなかったといっていい。いや、それ以上にクレスの動きが余りにも異常過ぎた。
 クレスは後ろに跳んだ後に、ぺルと目線が交叉した瞬間、着地するでもなく垂直にもう一度空中を蹴り、ぺルへと肉薄したのだ。
 渾身の一撃の後の加速。動から静そして再びの動。流れるようなその動きにぺルは幻惑される。


「───指銃"剛砲"!!」


 ぺルの振るう掻き爪にクレスの鋼のように固い拳が合わせられるように振るわれた。
 接触は一瞬。しかし衝撃は音叉のように響き渡った。
 クレスが直撃をずらすようにぺルの掻き爪に拳を打ち込み、互いの攻撃は二人の腕に鈍い疼きを与えただけにとどまった。
 ぺルが仕留めきれなかった事を苦々しく思いながら、再び上空に舞い戻ろうと高度を上げた瞬間、
 
 

「さぁ、大捕物だ」



 すれ違ったクレスの不気味な殺気に触れた。


「───っっっっ!!」


 ペルの眼前にそれは現れた。
 見えないようにほぼ透明にカラーコーティングされた鈍く光る鉄線。それが幾重にも重なり網となってペルに立ち塞がる壁ように展開されたのだ。
 離れた所から見ればそれは巨大な鳥を拘束する鳥籠のように見えただろう。
 突如現れた網に急ぎペルは減速し逃れようとする。だが展開した網に既に逃げ場は無かった。
 悪魔の実によって隼の速度を手に入れたペル。だが今回はその速度がペルを苛んだ。
 隼の翼は高速で飛行することには向いているのだが頻繁な旋回や方向転換は不得意とされていた。 
 加速した速度を急に止めることはできない。ましてや後ろに逃げ出そうとするのも不可能だ。方向を変えようにも距離が足りなさすぎた。
 隼の天敵はワシミミズクなどの猛禽類だ。夜の暗闇に紛れ音もなく忍び寄り彼らは油断した隼を刈り取るのだという。今のぺルにとってのクレスの攻撃は恐れるべき天敵の一撃のようでもあった。


「ぐあっ!!」


 ペルが巨大な網に捕えられる。
 翼を絡めとられて制御を失った隼は地に転がった。
 それに伴い鉄網の先端に付けられたサバイバルナイフが建物や地面から抜けていく。
 クレスは嵐脚でペルの目を欺き、その隙にサバイバルナイフを投げ、罠を設置したのだ。
 今にして思えば不自然にぺルに語りかけた会話も、この罠を設置する場所を吟味していたのだろう。
 そして、ぺルの視線を自分に釘付けにして、油断したところで本命をぶつけた。
 クレスは強い。だが、彼がここまで至るまでに挫折を味わなかった訳ではない。むしろ彼の人生の中では自身の弱さを呪うような瞬間の方が多かった。
 敵に追われ、逃げ道を塞がれ、戦うしかない状況。敗北は許されなかった。ならば勝つしかないのだ。
 そして、勝てないのならば、勝てる状況を作り上げるしかない。
 自身の力と相手の力。様々な道具や武器。地形に天候。それらから状況を読み取り、状況を操り、相手を仕留め、勝利を握りしめる。
 クレスには狩人にも似た相手を追い詰める力があった。
 

「残念だったな。それは対海王類用の特別製だ」


 地面に転がりあちこちを打ち付けながらも罠から脱出しようともがくペルに、クレスは更なる追い打ちをかける。
 獲物は既に罠の中。ならば、後は一撃で仕留めるのみだ。


「六式“我流”───」


 ペルは己に向かってくるクレスを歯を食いしばりながら見つめた。
 クレスは地面を蹴り、大きく飛び上がる。一瞬だけ上空に止まりフワリとペルの元へと現れる。
 緩やかでありながら力強い動きで舞い降りて、鉄塊で固めた踵で膝をつくペルを踏み砕いた。


「───落葉!!」 


 クレスの踵を支点として全身に衝撃が響き、一瞬でペルの意識が刈り取られた。
 薄れゆく意識と視界に敬愛する王女の姿を収めながら、ペルの意識が閉じる。


「ビビ……様……申し訳……ございま……せ、ん」


 呟きは風に乗りビビの元に届いて、彼女を絶望に陥れた。






 





あとがき
ペルvsクレスはクレスに軍配です。
修正させて頂きました。
本筋は変わっていませんが、加筆してセリフの一部を変更いたしました。
クレスの狩人設定に少し囚われ過ぎて、性急すぎました。申し訳ないです。



[11290] 第十三話 「07:00」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:34
 希望というのは大きければ大きいほど絶望に変わった瞬間にその分深く砕けるものだ。


「嘘よ……」


 幼いころから慕ってきたぺルの敗北はビビの心に大きな傷をつけた。
 茫然と倒れ伏すぺルを見つめるも、ぺルが立ち上がることはない。
 勝者はぺルではなくクレス。これはビビにとって最悪の結果であった。
 

「……行きましょうか。ボスと海賊達があなたを待っているわ」


 ロビンは感情を伺わせないまま、能力を使い、力無く座り込んだビビを立ち上がらせる。ビビはただ従うしかなかった。


「……現実はいつだって厳しいものよ。前を見なければ何も得られない」


 ロビンの言葉は誰に向けたものなのか、ビビには分からなかった。
 











第十三話 「07:00」












 後始末をクレスに任せ、ロビンは言葉通りビビをレインディナーズで待つクロコダイルの元へと連行する。
 人通りの無い裏道から『秘密地下』へと続く裏口へと入り、扉の前に立った。
 裏口は表の煌びやかな玄関口とは異なりどこか殺伐とした雰囲気で、扉は他者を拒絶しているかのようにそびえ立っていた。
 ビビはその意味を中に入った瞬間に理解した。
 扉の中には武器や火薬など、これまでアラバスタの破壊工作に使われてきたであろう物資が整理され山積みにされていた。
 この地はクロコダイルの管轄地と化している。政府も王国も一切の立ち入りを禁じられており、バロックワークス社が物資を隠すには最適なのだろう。


「ココだけじゃないわよ。他にもこの町の中を探せばいろんなものが出てくるわ」


 ビビの考えを読み取ったのか、ロビンが補足を入れた。


「まぁ、その中でも特に重要な物はココにあるわね」


 するとロビンは片隅に置かれた巨大な金庫を指差した。


「アレなんか特に、あなた達が血眼になって捜したものでしょうし」

「まさか……」


 ビビは直ぐにその答えにたどり着く。
 その逸品こそがアラバスタを崩壊へと導いた悪魔の粉。


「ダンスパウダー……!!」

「そう、正解」


 ビビはロビンをキッと睨めつけた。
 ダンスパウダーはアラバスタ国王が代々に渡り使用を禁止していた逸品だ。
 バロックワークスがこの国に持ち込まなければ、雨を奪い合う戦いは起きなかった。


「怖い顔ね」

 
 ロビンは気にした様子もなく歩みを進めた。
 倉庫のような広い空間を抜け、その先にあった長い廊下を歩いた。
 やけに長く感じさせる通路はビビを不安にさせる。
 ロビンとクレスの言葉から察すれば、この先にはクロコダイルがいてルフィ達が捕まっているのだという。仲間達がどうなったのかも心配だった。
 ビビが自身の中に芽生え始めた恐怖を必死に抑えつけていた時、目の前に豪奢で重厚な扉が現れた。


「そろそろコレを返しておこうかしら」


 扉の前で立ち止まり、ロビンはコートの中からビビから取り上げた武器を取りだした。
 そしてビビの拘束を解き、困惑するビビにそれを返した。


「この先にボスはいるわ。どう使おうとあなたの自由よ」

「………………!!」


 ビビは己の武器を握りしめた。
 ロビンがビビに対して武器を返した意味をビビには理解できた。
 アラバスタに住むビビはクロコダイルの<能力>を知っている。その力は大きくビビの力では抗うことができない。だが、ビビの目には暗い光が灯っていた。


「……早くクロコダイルに会わせて」

「そう、頑張って」


 ロビンはクロコダイルの待つ『秘密地下』への扉を開けた。
 




◆ ◆ ◆






「さて、と」


 クレスは意識を失ったぺルから鉄線を外し、担ぎ上げ適当な日陰に放置した。
 意識こそないものの、ぺルの傷は奇跡的にそう深くはない。それはクレスの驚異的な手加減のおかげでもあった。


「勘弁しろよ……ロビンにやられた方がひどいことになるんだからな」


 クレスはぺルを一瞥すると、少しだけ考え、腰元のサイドバックから紙切れを取りだした。
 サラサラと適当に殴り書きをして、意識の無いぺルの手の中に握らせる。


「もうこんな時間か……そろそろだな」


 クレスはめんどくさそうにぺルから離れ、倒された社員達の後始末に向かった。



 クレスが残したメモにはこう書かれていた。



『16:30、時計台の片隅、選択はお前次第だ』






◆ ◆ ◆


 


 
 ギィ……

 重い扉が擦れるような音と共に開く。
 そしてビビは一歩を踏み出した。
 そこは水槽の中のように寒々しい空間だった。
 取り付けられた窓から覗く光景は湖の中を我がもの顔で泳ぐバナナワニ。
 扉の向こうは広々としたホールとなっていて、エントランスからそこに続く長い社交場のような大きな階段が続いている。
 そしてその階段の先、ビビは豪奢なディナ―テーブルに座った男を視界に納め、煮えたぎるような感情の矛先を定め叫んだ。


「クロコダイル!!」


 名を呼ばれたクロコダイルのみならず、檻の中に囚われたルフィ達も驚いてビビの声に視線を向けた。
 扉の前に立つビビをクロコダイルは両手を広げ歓迎するかのように招き入れる。


「やァ……ようこそ“アラバスタの王女”ビビ。いや、ミス・ウェンズデー。よくぞ我が社の刺客をかいくぐってココまで来たな」

「どこまでだって行くわよ。あなたに死んでほしいから……!! Mr.0!!」


 息まくビビにクロコダイルは酷薄な笑みをもって答えた。


「死ぬのはこのくだらねェ国さ、ミス・ウェンズデー」

「……ッ!!」


 小馬鹿にするようなクロコダイルの答えに、ビビの押さえつけていた感情が爆発する。


「お前さえこの国に来なければ……!! アラバスタはずっと平和でいられたんだ!!」


 ビビは右手に円刃を鎖状につないだ武器を持ち、一気に階段を駆け降りた。
 檻に捕らえられた仲間達すら視界には無く、ただその瞳に憎きクロコダイルのみを納めた。
 飛びかかり腕を振るい、円刃の鎖をディナ―テーブルから動こうともしないクロコダイルに叩きつける。


「孔雀一連スラッシャ―!!」


 鞭のように叩きつけられた円刃はクロコダイルの頭部に直撃し、そのまま後ろの椅子まで斬り落とす。
 クロコダイルの頭部が爆ぜるように砂となって四散した。それと同時にビビがディナ―テーブルの上に乗りつけその上に置かれた料理をぶちまける。


「……気は済んだかねミス・ウェンズデー」


 頭部の無いクロコダイルの身体がサラサラと砂に変わっていく。
 崩れ落ちた砂はそれぞれに意志を持ちビビの前を通り過ぎた。そして再び集結し、ビビの後ろにその姿を形作った。


「この国に住む者なら知っている筈だぞ。おれの<スナスナの実>の能力ぐらいな」

 
 押し潰すかのような重圧と共に、ビビの後ろにクロコダイルが顕現した。
 <スナスナの実>の砂人間。悪魔の実のなかでもその存在を異にする<自然系>の能力で、クロコダイルは砂に関する全ての現象を司る。
 息を飲むビビの口元をクロコダイルは渇きの魔手である右手で塞いだ。


「ミイラになるか?」


 ビビはクロコダイルの放つ殺気にあてられ、這い上がるような寒気を感じた。
 それが、クロコダイルとビビの間にある決して埋められない実力の差であった。
 

「コラお前!! ビビから離れろ、ブッ飛ばすぞ!!」


 ルフィの怒声が響く。だが、檻はルフィ達がビビの元へと駆け寄る事を許しはしない。
 

「座りたまえ」


 殺気から解放され、無理やりにビビはディナ―テーブルの椅子に座らされる。


「……そう睨むな。
 丁度いい頃合いだな。そろそろパーティの始まる時間だ。違うか? ミス・オールサンデー」


 事態を見守っていたロビンはクロコダイルの問いに答えた。


「ええ、七時を回ったわ」


 後に歴史に刻まれる長い一日が始まる。






──────07:00 『ユートピア作戦』開始。






◆ ◆ ◆







──────アルバーナ宮殿



 コブラが下した遠征の準備のため慌ただしくも殺伐としていた雰囲気の宮殿内は、今、浮足立っていた。



『国王様を探せ──────っ!!』



 国王コブラの突然の失踪。
 始まりは臣下の一人が報告のためコブラの元へと向かった時であった。その時、いつもなら王の間にいる筈のコブラの姿がなかった。
 不審に思い、思いつくところを捜索しても姿がない。警備の者も誰も姿を見ていないのだという。臣下は泡を食って人数を割き、くまなく探したが姿は何処にもなかった。
 

「チャカ様、やはり何処にもいません!! 
 王の間から穀物庫にバルコニー、宮殿内も庭もくまなく探しましたが何処にも御姿がありませんでした!!」

「……そんなバカな話があるか!! 夜間に外出されたんじゃないのか?」
 
「しかし、チャカ様。昨夜から王の間の周りの警備は万全でしたし、国王が誰の目にも触れる事無く外出することはあり得ません」

「ならば何故、王の間から国王が消えるのだ!!」

「それは……!!」


 チャカは部下を一喝する。


「出陣の時だぞ!! 探すんだ、宮殿の外も町も全て!!」

「はっ!!」


 再び部下達は国王の捜索に戻った。


「……探し人はぺルの得手なのだが、今にかぎって奴はレインベースへ敵地視察」


 チャカも混乱していた。コブラが遠征を命令したのはつい昨日のことである。
 これからクロコダイルの待つレインベースへと出陣しようというこのタイミングでコブラが姿を消すことなどありえないことだった。
 ぺルも宮殿にいない。何もかもタイミングが悪すぎた。


(コブラ様の身に何か起きたというなら……私が勝手に兵を動かす訳にもいくまい)


 国王の命により、国王軍は全軍をレンベースへと向ける事となっている。
 事実上の最高司令官という立場だが、国の趨勢が決まる今、チャカの一存で兵をどうこうできる筈もなかった。
 最悪の場合、遠征そのものを中止にする必要もあった。


(今この時になにがあったというのだ……!!)


 頭を悩ませるチャカ。
 だが、彼の思考は慌てた様子で飛び込んできた部下によって中断させられる。


「チャカ様!! 国王様が!!」

「おられたか!?」

「それが、そういう情報はあるのですが……」


 チャカに一筋の希望が差すが、困惑気味の部下の報告は彼を驚愕に陥れた。


「な……!! 何だと!?」






◆ ◆ ◆






──────同時刻、港町ナノハナ



「だから、正直に謝罪しているのだ。この国の雨を奪ったのは私だ」


 ざわめくナノハナの住民達。
 そこには「ありえない」と言いたげな国民の前で、国王軍の兵士達を引き連れ、超然した態度で謝罪の言葉だけを口にする男の姿があった。


「もう一度言おう。この国から雨を奪ったのは私だ」


 男は高慢に国民達を突き落とすように言い放った。
 息を飲む国民達は間違える筈の無いその姿を視認する。
 彼らの前に立っているのは現在アルバーナで失踪している、国王コブラであった。


「コブラ様……なにをそんな冗談を」

「国王様……」

「嘘でしょう? 国王様!!」


 信じがたい言葉を口にするコブラに、彼を信じていた国民達から声が上がる。
 だが、コブラはそれらを拒絶するよう続けた。


「よって、あの忌々しいダンスパウダーの事件を忘れるために、───────このナノハナの町を消し去る」


 そこから覗いた非情な国王の表情に国民達から血の気が引いた。


「不正な町だ!! 破壊して焼き払え!!」

『はっ!!』


 その言葉を合図に、後ろに控えていた屈強な国王軍の兵士達が武器を取って襲いかかった。
 銃を乱射し、手に持った武器で目に着いたものを切り払う。兵士の中にはあろうことか町に火を放つものまでいた。
 突然おこなわれる国王軍の濫行に国民達は逃げ惑う。
 破壊されていく町の中心でコブラはその様子をただ冷徹に見つめていた。


「おい国王!!」


 その国王に立ち向かう小さな姿があった。
 つい数日前、反乱軍へと入ることを希望した少年カッパだ。
 カッパはハンマーを手に果敢に国王へと詰め寄った。


「お、お前が雨を奪うから町はみんな枯れていくんだ!!」


 コブラは自身に向かってくる余りにも小さな姿を視界に納め、虫でも払うかのように蹴り飛ばした。
 小さなカッパの身体はもんどりうって地面に転がった。
 コブラの見開かれた目が周囲を睥睨する。国民達は子供であろうと容赦なく手を下した国王に恐怖した。


「みんなの仇を……取ってやる!!」


 蹴り飛ばされ鼻血を垂らすカッパはそれでも国王に向かおうとするが、近くの女性に押さえつけられる。今のコブラに歯向かえば、最悪殺される可能性すらあった。
 その時、馬の嘶きが聞こえ、人ごみをかき分けて一人の青年が姿を現した。


「……何の真似だ、貴様」


 目の前でおこなわれる国王の凶行に、茫然とした様子のコーザが馬から飛び降りる。
 コーザは国王がナノハナに現れたという情報をもとに困惑しながらも、その真意を確かめるために反乱軍の拠点から馬を飛ばした。
 そして、駆けつけた時に見たものは、あろうことか町を破壊する国王軍だった。


「謝りに来たのだ」


 コーザの問いにコブラは自若として答えた。


「フザけるな!! ……なんて屈辱だ!!」

「ダンスパウダーでこの国を枯れさせているのは私だ」

「黙れと言っているんだ!!」


 国民達は反乱軍のトップに問い詰められる国王コブラをを遠巻きに眺める。
 かつて名君として馳せた頃に培った信頼は薄れ、国民達に浮かぶのは暴君に対する怯えに近い表情だった。


「くそったれ!!」


 バカにしたように同じ言葉を繰り返すコブラに業を煮やしたコーザが飛びかかる。
 コブラに触れる直前で国王軍の兵士達に取り押さえられるが、それでもコーザは吠えるように言葉を為した。


「枯れた町や倒れた奴らがどんな気持ちで死んでいったのかを知っているのか!?
 お前に怒りや恨みを持っていた訳じゃない!! どいつもこいつもお前の事を信じて戦ってきたんだ!!」


 ダンスパウダーがこの町で見つかり、国王に疑惑が寄せられても、初めは皆コブラを信じ何かの間違いだと一笑に付した。
 だが、日照りは続き、国王が疑わしいとの証拠が続々と見つかった。
 怒り立ち上がる者もいた。だがそれでも、町が枯れても、倒れたものが出ても、彼らは皆、国王の事を信じていたのだ。
 戦いが起きても多くの者が反乱軍の説得をおこなってきた。『国王のせいじゃない』『あの人は立派な人だ』そう言って言い聞かせた。


「───嘘でもせめて『無実』だとお前が言わなきゃ、彼らの気持ちはどうなるんだ!!」



──────乾いた銃声が響いた。


 コーザの視界がかすんだ。

 やけに熱い胸に赤いシミが広がって行く。

 コブラは何も言わない。

 無言の内に国王は全ての言葉を否定した。



 永遠にも見えた一瞬の後に、ドサリとコーザが崩れ落ち、人々の悲鳴が響いた。


「国が……本当はみんなが……その答えを知りたかったから……おれ達は戦ってきたんじゃないのか?」


 荒い息でコーザが言葉を為す。
 だが、膨れ上がった喧騒にのまれその声を聞き届ける者はいなかった。


「少なくとも……おれはそうさ」






◆ ◆ ◆






「コーザ!!」 

「コーザさん!!」

「国王、よくも……!!」


 遅れてやってきた反乱軍のメンバー達が、国王軍に撃たれたリーダーを視界に納めた。
 反乱軍のメンバー達は怒りの矛先をコブラ率いる国王に向ける。


「まさかあの国王様が……」

「そんな……」

「おれ達は裏切られたのか?」


 人々が国王に抱いていた疑いが核心に変わり始めた。
 いくら過去に名君として名を馳せても、こうして目の前でおこなわれる凶行がそれら全てをぬり潰す。
 国民達は皆一様に思った。国王は落ちるところまで落ちてしまったのだ。
 
 疑惑や疑心が渦を巻き、最高潮に高まりつつあったその時、
 


「そろそろ時~~~~間、だ~~~わねいっ!!」



 国王が二ヤリと笑みを浮かべ、部下達にのみ聞こえる声で言った。
 次の瞬間。港が騒がしくなり、誰かが大声で叫んだ。


「巨大船が港に突っ込むぞ!!」

 
 言葉通り、港を押し潰しながら巨大な商船が港に乗り上げた。







◆ ◆ ◆







「なんだあの船は!! 港に突っ込んだぞ!?」

「ヤバい、離れろ!! 巨大船が倒れる!!」


 港に乗り上げた巨大な商船から逃れようと人々が我先にと駆けだしていた。
 その姿はまるで河の氾濫のようで、勢いに何もかもがのまれるようだ。
 だが、その人ごみの中にぽっかりと空いた穴のような空間があった。


「最終作戦にしては骨の無い仕事だったわ」

「今まで一度も骨のある仕事があったか?」


 逃げ惑う人々の中を悠々と歩く二人組。
 人々は知らず知らずのうちにその二人を避けていた。
 一人は、鍛え抜かれた肉体に丸刈りで刃物のように鋭い容貌の男。
 もう一人は、大胆な黒のレザーを着た棘のように鋭い雰囲気の女。
 Mr.1とミス・ダブルフィンガー。バロックワークス随一の殺し屋ペアであった。


「町の外れでMr.2と落ち合わなきゃ。そして、仕上げはアルバーナ」

「フン……精々楽しみてェもんだ」






◆ ◆ ◆
 
 
 




「がーっはっはっはっは!! さぁ、火を放って退却よ!!」

「はっ!!」


 港に巨大船が突っ込み、混乱する人々に紛れ、国王である筈の男が楽しげに声を上げた。
 男の声に対して、国王軍である筈の男達がわざとらしい敬礼で答えた。


「ぷ───っ、やっぱこれが無いと落ち着かなーいわねい」


 そう言って、国王である筈の男は頭にバレイの衣装のような妙な飾りをつける。
 そして、部下達を引き連れ一目散に走り去った。
 混乱の隙に逃げた彼らの姿を最後まで追いきれた者はいなかった。町を襲った国王軍は忽然として姿を消す。


「ど~~うだったかしら? あちしの──────」


 そう言って、コブラらしき男は左ほほに触れた。
 すると、その顔だけでなく姿までもが別人のバッチリメイクのオカマに変化する。


「──────王(キング)っプリは!!」

「最高っす!! Mr.2・ボン・クレー様!!」


 もはや笑いが堪え切れないのか、部下の一人がいたずらを成功させた子供のように笑いだした。
 大柄のオカマ、ボンクレーも上機嫌だった。


「が~~~~~~っはっはっはっは!! “あやふや”ねい!! あちしの好きな言葉は“あやふや”!!
 男なんだか女なんだかわかんないあちしがオカマであるように!! タコパフェの生タコがフニャフニャである様に!!
 この国の王はもう王なのかどうなのかこれで“あやふや”!! 作戦成功ねいっ!! バンチは何処!?」

「はっ!! 町の西にMr.2ボンクレー様!!」

「よ~~~しっ!! いったるわよアルバーナ!!」


 ボンクレーと部下達は走り去った。
 人々は混乱の最中で彼らに気付く様子はなかった。
 だが、ただ一人国王に仕返しをしようと後を追った幼いカッパがその姿を目撃していた。


「……国王が、オカマになった」


 カッパはその意味に辿り着き、とんでもないことに気がついた。


「あの国王は偽物だったんだ……!!」


 脚が震える。だが、一刻も早くこの事をみんなに知らせなければならない。
 そう思い、走り出そうとして、ドンと何かにぶつかった。


「いけないボウヤね。いったい何を覗き見てしまったのかしら?」

「……あのオカマ野郎、くだらねェミスしやがって」

「だ、誰?」


 カッパは目の前の男女を怯えた表情で見上げた。
 二人の放つ空気は幼いカッパにも恐怖というものを十分に刻みつける。


「黙っていてくれなんて言っても、無駄だろうな」


 カッパの答えも聞かず、Mr.1は腕を振るい、路地裏に鮮血が飛び散った。






◆ ◆ ◆






「水だ!!」

「こっちもだ、水が足りない!!」 

「待ってくれ!! それはうちの商品だぞ!!」

「バカ野郎!! 町が燃えてるんだぞ!!」

「火を消せ!!」

「クソがっ………!! 国王め!!」

「だめだ火の手に追い付かない!!」

「逃げろ!! もう駄目だ!!」


 国王軍が放ったとされる火の手は勢いを増し、もはや止めることは出来なかった。
 人々は苦渋の思いで町の一部を取り壊し、火の手が最低限で済むように抑え、燃え盛る町から脱出する。
 収拾のつく見通しのない混乱の最中、反乱軍のメンバー達は血まみれで倒れ伏す少年を発見する。


「大丈夫かボウズ、しっかりしろ!!」

「酷い、まさかこれも国王軍が……!!」


 血まみれの少年は自身の血に溺れながらも、うわごとのように呟きを繰り返す。


「……チガ……ゴホっ、チガ……」

「血!? ああ、心配すんな直ぐに止めてやる。あんまり喋るな、直ぐに医者に見せてやるから」

「チガ……だ、チガ…う……だ!!」



──────違うんだ!! あの国王は偽物なんだ!!



 血まみれの少年の言葉の意味が届くことはなかった。
 必死に言葉を為そうとしても、喉が血で詰まって上手く動かない。


「おい、病院も燃えちまってる!!」

「なら医者を探せ!!」


 その時、人ごみの中から胸元を血で濡らした、コーザがが現れた。
 胸元の傷のせいか仲間に肩を借りて、重傷の少年の元まで歩み寄った。
 そして、そっと優しく苦しむ少年の額に手を置く。


「……この国を、終わらせよう」


 噛みしめるように声を発して、コーザは仲間達に言い聞かせた。


「全支部に通達……これを最後の戦いとする」


 若き反乱軍のリーダーは決起する。


「戦うのかコーザさん!? でも、まだ武器が……」

「いや待て、今港に突っ込んできた船は武器商船だ。武器なら腐るほどある」

「ホントか……!?」


 反乱軍の最大の問題は、膨れ上がった兵たち全員に行き渡る程の武器の貯蔵が無いことだった。
 その憂いが無くなった今、戦いの準備は完了したことになる。
 

「まるで……天の導きだな」


 皮肉げにコーザは呟き、サングラスの奥の瞳を燃やした。


「皆を集結させろ!!」






◆ ◆ ◆






───アルバーナ宮殿


「バカを言え!! コブラ様がそんな事を為されるものか!! 何かの間違いだ!!」


 チャカは部下からの冗談と呼ぶには質の悪すぎる報告を聞き、声を荒げた。


「ですが!! 国王様は現に王の間から消えていて、移動時間の計算も合います。もはや何の言い訳も立ちません!!」

「……!!」

「今やナノハナの一件はアラバスタ全土に広がり、各支部の反乱軍も王への怒声を上げています!! 
 それどころか、今まで王を信頼していた民達まで王を疑い武器を取り始めました!! 今までのような“鎮圧”では効かぬ数の暴動!! 国中が怒り、このアルバーナを目指しています!!」


 部下の兵士は悲鳴のように続けた。


「もう止まりません!!」


 それはつまり国王軍は国全てを敵に回したということであった。
 疑いは燎原の炎のように広がって全土を覆う。そして、怒り狂った反乱軍となってアルバーナに押し寄せる。


「チャカ様御判断を!! 我々は貴方様に従います!!」


 チャカは頭を抱えた。
 疑えば昨日の王の言葉さえ霞むような事態。チャカには王が不在の今、何をを導に判断を下せばいいのか分からなかった。
 だが、事態は彼に決断を強要する。こうしてチャカが手をこまねいている内にも、反乱軍はアルバーナに向かいつつあるのだ。
 もしこのまま無防備な国王軍が反乱軍と激突すればどうなるか。そこに待っているのは圧倒的な数の差で行われる一方的な虐殺だ。
 アラバスタを守るため、チャカが今為すべきことは何か。チャカは己の領分にのっとり最も優先させるべき事項を選択する。
 

「かくなれば、我らの本分を全うするまでだ。我らはアラバスタ王国護衛隊……!!」


 チャカは柱に拳を振り落とし一切の迷いを捨てた。


「兵たちを集めろ!!」







◆ ◆ ◆






──────ナノハナには怒りを胸に集まった反乱軍の兵士達。 
 途切れることなく続く人海。コーザは急ごしらえで積み上げた壇上で疼く傷を抑え込みながら声を張り上げた。


「聞け反乱軍……!! 現アラバスタはもう死んだ!! これが最期の戦いだ!! 国王を許すな!!」







──────宮殿には使命を胸に集まった国王軍の兵士達。
 埋め尽くす森林のような大軍。チャカは設置された演説台の上で剣を抜き全体に響くような大声で叫んだ。


「聞け国王軍……!! 国王不在にして滅びる国などあってはならぬ!! 目に見える真実を守れ!! この国を守れ!!」






「アルバーナに総攻撃をかける───!!」 

「───反乱軍を迎え撃つ!!」






「「───全面衝突だ!!」」







──────その瞬間アラバスタ全土で、何処までも遠く、国土全てを震わせるような鬨が一斉に上がった。






◆ ◆ ◆






「クッハッハッハッ……ハッハッハッ!! ……ハッハッハッハッハ!!」


 アラバスタ全土が怒声を上げると同時に、地下の冷たい空間でクロコダイルの高笑いが響いていた。


「何て作戦を……!!」

「……外道って言葉はコイツにぴったりだな」

「おいマジかよ!? 始まっちまったのか?」

「この野郎がァ!!」


 麦わらの一味は始まってしまった反乱に表情を険しくさせた。


「どうだ気に入ったかねミス・ウェンズデー? 
 君も中ほどに参加していた作戦がこうして花開いたんだ。耳を澄ませばアラバスタの唸り声が聞こえてきそうだな」


 クロコダイルはビビに一字一句を沁み渡らせるように語る。
 バロックワークス社、最終作戦『ユートピア』。集大成ともいえるこの作戦によって反乱はもうどうしようもないほどに加速する。


「皆、心にこう思ってるのさ。『おれ達がアラバスタを守るんだ』とな」


 クロコダイルはうすら笑いを浮かべ、


「アラバスタを守るんだ」


 絶望するビビに顔を近づけ、


「ア ラ バ ス タ を 守 る ん だ」


 あざ笑いながら何度も何度も言い聞かせる。


「やめて!! どうしてこんな非道いことを……!!」


 耐えきれなくなったビビが悲鳴を上げる。
 その声を聞き、クロコダイルは満足したように続ける。


「泣かせるじゃねぇか。国を思うその気持ちが、国を滅ぼすんだ」


 何処までも外道なクロコダイルのもの言いに、檻の中にいるルフィが息まくが、檻はルフィが手を出すことを許さない。


「思えばここへ漕ぎつけるまで数々の苦労をした。
 社員集めに始まり、"ダンスパウダー"製造に必要な"銀"を買うための資金集め、滅びかけた町を煽る破壊工作、社員を使った国王軍濫行の演技指導、じわじわと溜まりゆく国のフラストレーション、崩れゆく王への信頼……!!」


 クロコダイルは演説のように語り、突如ビビへと問いかける。


「何故おれがここまでしてこの国を手に入れたいか分かるか?」

「あんたの腐った頭の中なんて分かるものか!!」

「ハッ……口の悪ィ王女だな」


 クロコダイルはもう興味はないと話を打ち切った。そしてビビに背を向ける。
 その時、ビビが後ろ手を拘束され無理やり座らされていた椅子を倒した。そしてそのまま這いずるように出口を目指す。


「オイオイ、何をする気だミス・ウェンズデー?」


 呆れ果てたようにクロコダイルが言った。


「止めるのよ!! まだ間に合う……!! 
 これから東に真っ直ぐアルバーナへ向かって反乱軍よりも先にアルバーナへと回り込めばまだ反乱を止められる可能性はある!!」

「ほう……奇遇だな。
 オレ達もこれから丁度アルバーナへと向かうところさ。秘密裏に誘拐した、てめェの親父に一つだけ質問をしにな」

「一体父に何を!!」

「んん? 国民と親父どっちが大切なんだ? ミス・ウェンズデー」


 クロコダイルは胸元から見せつけるように鍵を取り出した。
 

「その鍵はまさか!?」

「クク……一緒に来たければ好きにすればいい」


 クロコダイルはルフィ達が捕らえられている檻の前まで歩く。


「鍵ィ!! その鍵この檻のだな!! よこせコノ野郎!!」


 そして鍵を欲しがるルフィ達の前で、わざとらしく床へと放り投げた。


「あッ!?」


 鍵は床に落ちる事無く、床に空いた落とし穴から更に下へと落ちて行った。
 落ちた先は全面をガラス張りにした水族館のような空間。獰猛なバナナワニが闊歩する処刑場だ。


「さァ……好きにすればいい、ミス・ウェンズデー」


 その時、縛られていたビビの腕が解かれた。
 それを為したのは能力者のロビンだ。腕を咲かせビビを縛っていた縄を解く。
 スモーカーはその様子を思うところがあるのか厳しい目で眺めていた。


「ああっ!? バナナワニが!!」

「どうしたビビ!?」

「鍵を…………飲み込んじゃった」

「何ィ~~~ッ!! 追いかけて吐かせてくれ、ビビ!!」

「無理よ私には!! だってバナナワニは海王類でも食物にする程獰猛な動物なの、近づけば一瞬で食べられちゃうわ!!」


 焦るビビを後目に、クロコダイルはわざとらしく肩をすくめた。


「ア~~コイツは悪かった。
 奴らココに落ちたものは何でも餌だと思いやがる。おまけにこれじゃどいつが鍵を飲み込んだかわかりゃしねぇな」

「フザけんなこの野郎!!」


 クロコダイルはビビ達を玩ぶかのように愚弄する。
 全てが計算ずくの罠。どう足掻こうが彼らに逃げ場などない。


「さて……じゃあおれ達は一足先に失礼しようとするか」


 クロコダイルのその言葉に応じ、ビビの正面の巨大な扉が開いた。


「──────なお、この部屋はこれから一時間をかけて自動的に消滅する。
 おれがバロックワークス社社長として使ってきたこの秘密地下はもう不要の部屋。じきに水が入り込み、レインベースの湖の底に沈む」


 クロコダイルはディーラ―のように両手を広げる。


「罪なき100万人の国民か、未来のねェたった四人の小物海賊団か……。
 救えて一つ、いずれも可能性は少ないがな。“賭け金(BET)”はお前の気持ちさ、ミス・ウェンズデー」


 ギャンブルは好きかね? そう問いかけてクロコダイルは見下すように哄笑した。
 その声は何処までも響きクロコダイルという男の強大さを刻みつける。
 そして、思い出したようにビビに言い放つ。


「この国は実にバカが多くて仕事がしやすかった。
 若い反乱軍のリーダーや、ユバの穴掘りジジイ然りだ」

「何だ!! カラカラのおっさんのことかっ!?」

「なんだ、知ってるのか」


 クロコダイルは面白いものを見つけたとばかりに笑みを浮かべた。


「もう死んじまってるオアシスを毎日黙々と掘り続けるジジイだ。
 ハッハッハッハッハ……、笑っちまうだろ? 度重なる砂嵐にも負けずせっせとな」

「何だとお前!!」


 ユバで世話になったトトをバカにされ、ルフィが激怒する。


「……聞くが麦わらのルフィ。"砂嵐"ってやつがそう何度も町を襲うと思ってるのか?」


 突如問いかけたクロコダイルに、ルフィ達は困惑する。
 航海士のナミは「まさか……」とその答えに辿り着いた。
 クロコダイルは口元を釣り上げ、右手をワイングラスでも傾けるかのように差しだした。



 ブオオオオオオ……!!



 クロコダイルの手の中から──────砂嵐が生まれた。


「お前がやったのか……!!」


 ルフィの怒りをクロコダイルは肯定するように嗤う。腹を抱え、どうしようもなく滑稽で可笑しいと。


「殺してやる……」


 ビビは初めて殺したいほどに他人を憎悪した。
 クロコダイルは何処までもアラバスタを愚弄し玩ぶ。ビビにとってそれは、とても許せるものでは無かった。
 ビビの視界が急速に色を失っていくように薄れていく。


「げっ!! 水が漏れて来たぞ!! このままじゃ部屋が水で埋まっちまう!!」


 ウソップが悲鳴を上げる。その言葉通り部屋の端々から水が溢れて来ていた。
 しかし、それすらもビビの目には入らない。



──────国か仲間かですって……!!


 ビビは涙を浮かべ、去りゆくクロコダイルとロビンを怨嗟の表情で睨めつけた。


──────どうせ何も返してくれる気なんて無いんでしょう?


 ビビの手が己の武器を握りしめる。


──────私の命だって……アルバ―ナへ着く前に奪う気なんでしょう?


 歯を食いしばり、腕を振り上げる。


──────分かってるんだ、お前を殺さなきゃ何も終わらないことぐらい……!!


 震える腕に意志を込め、拭いがたい憎しみと共に振り回す。


──────何も知らないくせに……!! 

──────この国の人たちの歴史も……生き方も、何も知らないくせに!!



 だが、それでもビビの腕が振るわれることはなかった。
 一歩、また一歩、どんどんとクロコダイルはビビの武器の射程から離れていく。
 ここでたとえビビがクロコダイルに武器を振るったとしても、クロコダイルは何も変わることなく歩みを続けるだろう。
 ビビにはクロコダイルを殺すだけの力が無かった。今更何をしても無駄だった。ビビの力は弱く一人では何も守ることは出来なかった。


「ううっ………」


 力なくビビの武器が硬質な床に落ち、乾いた音を奏でる。
 ビビは嗚咽のようなくぐもった苦悶の声を上げるしか出来なかった。圧倒的な力の差に、為す術もなく、絶望でビビの体から力が抜けた。

 
「─────ビビ!!」


 俯くビビにルフィが声を張り上げた。


「何とかしろっ!! おれ達をココから出せ!!」

「……ルフィさん」


 ルフィは打ち奮えるように叫ぶ。
 その声はクロコダイルにも届いた。


「クハハハハ……何だついに命乞いを始めたか麦わらのルフィ? そりゃそうだ、誰でも死ぬのは怖いもんさ……」


 ルフィはクロコダイルの嘲りの言葉には耳をかさず、ただ真っ直ぐにビビだけを見つめて、その怒りを代弁する。


「お前がココで死んだら……!! 誰があいつをブッ飛ばすんだ!!」


 ビビの目に光が灯り始めた。
 クロコダイルという魔物にのまれすっかりと失念していた。ビビは一人で戦ってる訳ではないのだ。
 だが、ルフィの言葉に反応したのはビビだけではなかった。
 強大な自我を持つ砂漠の魔物。クロコダイルもまた気に入らないとばかりにルフィの姿を怜悧な両眼に納めた。



「自惚れるなよ───小物が」

「───お前の方が、小物だろ!!」



 七武海のクロコダイルを小物と言い放つルーキー。
 虚勢では無い。輝き始めた新星は本気でクロコダイルに喧嘩を売っていた。


「…………!!」


 ビビは唇をかみしめ立ち上がる。
 まだ終わったわけじゃない。ビビは両足に力を込め立ち上がった。


「まぁ、好きにすればいい」


 クロコダイルは扉の向こうに空いた巨大な穴から、獰猛な唸り声を響かせるバナナワニを呼び出した。
 しかも一体だけでは無い。現れた後ろにはまた新たなバナナワニが順番待ちのように並びつつある。時が立てば新たなバナナワニが侵入してくるだろう。


「コイツ等を見捨てるなら今の内だ。……反乱を止めてェんだろ?」


 重い足音を響かせバナナワニがゆっくりとビビの前に歩み寄る。
 その姿が近づくにつれビビはその大きさに圧倒された。全長は軽く20メートル以上はあるだろう。牙だけでビビの半分くらいある。
 絶望的な状況であったが、ビビは武器を握りしめ懸命に立ち向かおうとした。


「……やる気らしいな。全部殺せばどいつかの腹の中に鍵がある」


 それは誰の目から見ても無謀な試みだっただろう。
 ただの人間と海王類をも捕食する巨大な海獣。戦うという前程が間違いだ。


「よし!! 勝てビビ……!!」

「無茶言うな、デカすぎるぜ!!」

「ビビ!! 取り合えず逃げ回りなさい!!」

「……チッ、この檻さえなければあんな爬虫類共」


 バナナワニがビビに標的を定めた。ビビは腕を交差させバナナワニを攻撃しようとして──────砲弾のように飛び込んできたバナナワニを、勢いよく横に飛んで避けた。
 その巨体からは想像も出来ないようなスピードだ。しかもビビを食いちぎるつもりで閉じた顎は石造りの階段を噛み砕いた。
 

「きゃあ!!」


 バナナワニの尻尾が巨大な鞭のようにビビに向けて振るわれる。
 直前で回避し僅かに掠っただけなのにビビの体が大きく吹き飛ばされた。
 膝をつくビビ、後ろには迫るバナナワニ。


「立てビビ!! 食われちまう!!」

「早く逃げろ、ビビ!!」


 のしのしとその巨体を移動させ、ギチギチと歯を鳴らし、ビビを食いちぎろうと歩みを進める。




──────プルルルルルル




 その時、室内に電伝虫の呼び出し音が響いた。
 幸運なことにバナナワニは突如鳴り響いた電伝虫に気を取られた。
 

「……連絡が」


 呼び出し音を鳴らしているのはロビンの持っていた子電伝虫だ。
 ボタンを押し、ロビンは呼び出しに応じた。


「なに?」

『もしもし? あ~~もしも~~し? 聞こえてますか?』

「ええ、聞こえてるわ。ビリオンズね」

『おい、これ通じてんのか? おれ電伝虫使ったことねェんだよ……もしもし?』

「なんなの?」

「おい、さっさと用件を言え。何があった?」

『ああその声……、聞いたことがあるぜ……』

「なに?」


 クロコダイルは訝しげに子電伝虫からの声に耳を傾けた。






『え~~~こちら、クソレストラン』 


 




 
 


あとがき
今回は長くなったので二本立てとなっています。
チェックが終わり次第投稿いたします。



[11290] 第十四話 「困惑」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:39
───────どうしようか?


 クレスは少し戸惑っていた。
 

───────コイツは、例の海賊の仲間でいいんだよな?


 クレスの目の前に大柄の男が走って来る。
 成り行きは分かる。
 目の前に立つ男がやろうとしている事も理解できた。
 ただ、巡り合わせが悪かったとしか思えない。


「お、おれの名はMr.プリンスっ!!」


 クレスはそう言って殴りかかって来る海賊の一人をどう対処しようか悩んだ。












第十四話 「困惑」












「クソレストラン……だと?」

『へぇ……覚えていてくれてるみてェだな、嬉しいねェ』


 クロコダイルは子電伝虫からの声に過去のやり取りを思いだしていた。
 過去に一度クロコダイルはMr.3と麦わらの一味の誰かとを間違えて連絡を取ってしまっている。
 それは秘密結社という性質上引き起こった事故なのだが、Mr.2からの報告にあった麦わらの一味は全員檻の中にいる筈だった。
 しかし、この電伝虫の向うに確実に誰かがいる。それが示すことは麦わらの一味はまだ他にいるということだ。
 

「おい聞いたか?」

「クソレストランって……」

「サン……、ボッ!!」

「待てルフィ!! もしかして、あいつは敵に知られてないんじゃねェのか?」


 ビビも電伝虫からの声に希望を見出した。
 どうやらバロックワークスには知られていないようだが、まだ捕まっていない仲間が二人もいるのだ。
 海賊達の様子にロビンがクスリと笑みを浮かべたのだが誰にも気づかれることはなかった。


「てめェ一体何者だ?」

『おれか? ……おれは…………"Mr.プリンス"』

「そうか、Mr.プリンス……今どこにいる?」

『……そりゃ言えねェな。言えばおめェおれを殺しに来るだろ?
 まぁ、お前におれが殺せるかどうかは別の話で、易々と情報をやる程おれはバカじゃねェ。お前と違ってな、Mr.0』


 Mr.プリンスと名乗る男の言葉に、クロコダイルの瞳から温度が消えた。


「プリンス~~~!! 助けてくれェ!!」

「捕まっちまってんだよ!! 時間がねェんだ!!」


 ルフィ達は希望をMr.プリンスに託そうと声を張り上げる。


『はは……傍にいるみてェだな、うちの船員(クル―)達は……。──────じゃあ、これからおれは……ッ!!』


 そこで、Mr.プリンスの言葉は途絶えた。
 換わりに聞こえたのは重々しい銃声。
 そして小さなうめき声と、何かが倒れる音。


『ハァ……ハァ……、手こずらせ、やがって……』


 そして再び電伝虫から声が響く。
 だが、さっきとは異なるのは声の主が違うということだ。


『もしもし!? ……捕らえました、この妙な……男を……ハァ……ハァ……どう、しましょう?』

「場所はどこだ? 言え」

『ええ……、レインベースの……レインディナーズとかい、う……カジノの正門前で……す。ハァハァ……』

「わかった。御苦労」


 そして通話は切れた。


「バカが!! 生きてんだろうな、あの野郎!?」

「サンジィ~~~!?」

「そんな……希望が」

「ギャ───ッ!! ギャア──ッ!!」


 通話が示す意味を受け、海賊達はうろたえた。


「クハハハハ……!! こりゃいい、行くぞ正門前だ」

「いいの? ミリオンズは誰が社長なのか知らないのよ?」

「なに、別に社長として行くわけじゃない。
 クロコダイルとして店の前で起こったゴタゴタを見物するだけだ」


 クロコダイルは大笑し、間抜けなMr.プリンスを見に行こうと出口に向けて歩を進める。
 だがその時、背後で轟音が響いた。


「ビビ!!」


 海賊達が叫ぶ。
 バナナワニが突然動き出したビビを仕留めようと噛みついたのだ。
 だが、ビビはバナナワニから逃げのび、噛み砕かれた階段の上へと登ることに成功していた。


「何する気だビビ!?」

「この部屋に水が溢れるまでまだ時間がある。外に助けを呼びに行ってくるわ!!」


 まだ途切れていない希望を掴むため、ビビは出口へと走り出そうとする。
 ビビの知るサンジという男はこの程度で倒れるほど軟な人物では無い。解放さえできればまだ十分に希望はあると考えた。
 だが、それを許すクロコダイルではなかった。


「ビビ危ねェ!!」

「!?」


 クロコダイルの左腕が砂となって発射され、鉤手がまるで蛇のように伸び、ビビの首を絡め捕る。
 そしてそのまま、強制的にビビの体を階段の下へとたたき落とした。
 

「くだらねェ真似するんじゃねェ!!」


 轟音と共にビビの体がバナナワニに砕かれた階段の残骸に叩きつけられる。
 ビビはその衝撃で気を失ってしまった。


「ビビ、目を覚ませ!! ワニが来るぞ!!」

 
 檻を鳴らし、海賊達が呼びかけるがビビが起きあがる気配はない。


「そんなに仲間が好きなら揃ってここで死にゃいいだろう。じきに水はワニの餌場を満たしてこの部屋を沈める」


 クロコダイルは一度だけ振り返り、海賊達に言葉を贈る。


「なんなら生意気なMr.プリンスもココに運んでやろう。……死体でよければな」


 扉が閉まりクロコダイルとロビンの姿が消える。
 残されたのは檻に囚われた海賊達と海兵、そしてバナナワニに狙いを定められた王女。


「くそオオオオオオ!!」
 

 悔しげな叫びが響いた。






◆ ◆ ◆







「……こりゃ、一体どういうことだ?」


 部下からの報告を受け、カジノの正面入り口へと向かったクロコダイル。
 『英雄』と持てはやされるクロコダイルの登場に沸き立つカジノの店内をつまらなさげに通り過ぎ、正面入り口へと続く桟橋を抜けた先にその光景はあった。


「さっき<隼のぺル>にやられた社員達と足して、これで全滅よ。この町にいたビリオンズは」


 ロビンが淡々と状況を報告する。
 クロコダイルとロビンの目の前に広がっているのは正面入り口で何者かに倒されたビリオンズ達だった。
 予想だにしなかったクロコダイルは、苛立ち交じりに入り口近くに立っていた男に質問をぶつける。


「何が起きた……オイ!! Mr.ジョーカー!!」

「何がって……まぁ、見たとおり何じゃねェのか?」


 クレス肩をすくめ、苛立つクロコダイルをかわす。
 だが、それがクロコダイルには気に入らなかったようで、音もなく左手の鉤手をクレスに振るう。


「フザけてんのか、ああ?」

「……いきなりそれはねェだろうよ、オイ」


 クレスはクロコダイルの鉤手を硬化させた右手で受け止め、低い声で言葉を紡ぐ。


「オレが来たのもついさっきだ。……オレにもこの状況は分からねェよ」

「てめェはずっと外にいた筈だ。わからねェとは言わせねェぞ。
 ……あんまり調子に乗るなよ? てめェの命なんざ、どうとでもなるんだからな」

「……しつこいぞ。これ以上聞かれてもオレには答えられねェよ」


 クレスがクロコダイルを睨み返し、渦巻く濁流のように重々しい空気が沈殿し始めた。
 クロコダイルは基本的にクレスの事は手駒として使用しても、一切の信用はしていない。クレスが嘘をついている可能性も十分にあり得ると考えていた。
 だが、クレスとて裏社会を生き抜いて来た一人だ。クロコダイルの脅しであっても口を割ることはないだろう。


「Mr.0、今はそんな場合ではないのでは?」


 ロビンが人が集まり始めた事を気にして、静止を提案する。
 クロコダイルは、舌打ちと共にクレスから手を離した。


「……何が起きた?」


 クロコダイルは倒れていたビリオンズの一人をつま先で小突き、問いかける。
 ビリオンズは前歯の欠けた顔で、何とか言葉を紡いだ。


「Mr.プリンス、と……名乗る男に」

「そいつは何処に行った?」

「あの男なら……、町の南へ……!!」


 半ば予想できた答えに、クロコダイルは苛立ちを飲み込んだ。
 Mr.プリンスと名乗る男はクロコダイルを謀り、逃走したのだ。


「!」


 その時、町の物陰からこちらを覗き込んでいた男が突然逃げ出した。
 男は町の人間とぶつかりながらも一目散にクロコダイルから走り去っていった。


「……アイツか」


 犯人を見つけ、クロコダイルが怒りの矛先を定める。
 乾いた風に溶けるようにクロコダイルの身体がサラサラと砂に変わって行く。


「雑魚が……このおれから逃げられると思うな」

「放っておけば?」


 ロビンが冷静にいうが、クロコダイルは応じない。


「黙れ、今まで全員殺してきたんだ。おれをコケにした奴ァな……!!」


 自身を謀った罪は、己の手で晴らさなければ気が済まない。
 クロコダイルはMr.プリンスを殺すため猛スピードで追い掛けた。


「おお、怖っ」

「……彼にとっては屈辱でしょうしね」


 クレスとロビンはそこからいくつか言葉を交わした。
 二人だけに聞こえる音量で交わされる会話は誰の耳にも届くことはなかった。
 語り終え、クレスが二ヤリとした笑みを見せた。



 その時、突然正面入り口が騒がしくなった。
 不審に思い二人が目を向ければ、大きな水しぶきが上がり、カジノへと続く桟橋が崩れ落ちてた。






◆ ◆ ◆






「……そんな、橋が落ちた!?」


 間一髪で意識を取り戻し、バナナワニから逃げのびたビビは、ルフィ達に必ず助けを呼ぶことを約束し、再びカジノの店内へと戻って来ていた。
 傷だらけの身体を庇いながら、フードで顔を隠し、サンジとチョッパーの待つ外に出ようとしたのだが、その時に地震かのような衝撃が走って入り口の桟橋が崩れ落ちたのだ。


「どうしよう……!! 外に出られないの?」

「──────出られねェんじゃねェよ。あいつらがここへ帰ってこれねェのさ」


 聞こえて来た声にビビは振り向いた。
 そこには変装の為かオシャレなメガネをかけた男がスロット台の前に座っていた。
 

「サンジさん!!」


 ビビの顔に安堵の表情が浮かぶ。
 Mr.プリンスと名乗ったサンジは、バロックワークスに撃たれて倒れた筈だった。
 だが、目の前に無傷でいる男は間違いなくビビのよく知るサンジという男だ。


「全部……作戦通りだ」


 サンジはそう言って、スロットのレバーを引く。
 スロットが回り始め、画面下のボタンに光が灯った。


「今、チョッパーが町中を逃げ回ってる」


 サンジは煙草をふかし、ゆったりとした手付きで、ボタンをリズムよく押していく。


「急がなきゃな。反乱も始まっちまった」


 連続でスロットのマークをそろえ、ラスト一つで大当たりとなる。
 サンジは笑みを浮かべ臆することなく、ボタンを押した。


「さて、場所を教えてくれるかい? 王女様(プリンセス)」


 プリンスはビビの肩に優しく手を置いて彼女を促した。
 二人が走り出した後ろでは大当たり(スリーセブン)のスロットが狂ったようにメダルを吐き出し続けていた。






◆ ◆ ◆






「ああああああああ!! 水がァ!!」

「死ぬ────っ!! 死ぬ────っ!! ぎゃあああああ!!」


 檻に囚われているルフィ達はかなり切羽詰まる状況に陥っていた。
 クロコダイルの宣言通り水が下層の空間を満たして、ルフィ達のいる秘密地下まで本格的に溢れて来たのだ。
 既にルフィ達の膝元まで水がやって来ている。檻が全て沈めば水死は免れない。洒落にならないぐらいピンチだった。


「コラーっ!! バカワニー!! かかってきなさい!!」

「ぬおっ!! どうしたナミ!?」

「あいつらを怒らせてこの檻を噛み砕かせるのよ!!」


 バナナワニの力は目の前で見ていた。
 獰猛なバナナワニはいとも簡単に石でできた階段を噛み砕いたのだ。


「なるほど名案だ!!」

「かかってこい!! バカバナナ!!」

「や、違うだろ。あいつらはほら基本はワニで頭にバナナがな……」

「ワニもバナナも食いモンだろ?」

「いや待て、例えばモンキーダンスってあるだろ? アレはモンキーだがダンスなんだ。わかるかつまり……」

「やっとる場合か!! って来た────っ!!」

「ぎゃああああああ~~~~~!!」


 挑発通りか、バナナワニ海楼石の檻に噛みついた。
 ボキボキと音が鳴り、何かが砕ける音がした。
 だが、檻は何も変わらない。換わりにバナナワニの歯がボロボロに砕けていた。


「ダメだ!!」

「なんちゅう檻だよこりゃ!!」

「ビビ急いでくれ~~~~っ!!」

「──────おい、お前ら」


 その時、ルフィ達の背後で静かに葉巻をふかしていたスモーカーが海賊達に問いかける。


「お前ら何処まで知ってるんだ? クロコダイルは一体何を狙っている……!!」

「?」


 クロコダイルの目的はアラバスタの乗っ取りだとルフィ達はビビから説明を受けていた。
 スモーカーもクロコダイルの口ぶりからそれを察していたのだが、スモーカーはもっと不吉な予感を感じていた。


「クロコダイルの傍らにいた女……、あの女と、姿は見てねェがもう一人」

「もしかして、Mr.ジョーカーとかいう奴!?」

「……そいつらは世界政府が20年間追い続けて賞金首だ。額は確か女が7900万、男が6200万だった」

「な……!! なんだよその賞金額は!? そ、それがどうかしたのか……!!」



 スモーカーは表情を険しくさせながら語る。


「男の姿は見ちゃいねェが、こつら手を組んだ時点でコイツはもうただの国盗りじゃねェ。
 放っておきゃ世界中を巻き込む大事件にさえ発展しかねねェってこった」

「世界中って……そんな」

「ちょっと、話がデカすぎるぜ!!」


 ナミとウソップがスモーカーの言葉に愕然となる。


「……なに言ってんだお前ら」


 ルフィは興味がないと吐き捨てる。


「アイツをブッ飛ばすのに、そんな理由なんていらねェよ!!」


 ルフィの言葉にスモーカーは鼻を鳴らした。


「……そうか。
 ──────で、どうやってココを抜けるんだ?」

 
 忘れていた現実に海賊達は再びうろたえた。


「太腿まで来てるぞ!!」

「いや~~~~っ!!」

「死ぬ――っ!! 死ぬ――っ!! ぎゃあああ!! ぎゃあああ!!」

「あ、おれなんか力抜けて来た」

「我慢しろ!! ビビがそう言っただろ!!」

「ビビ……!! 時間がないのにごめんね……!!」

「(クソ……!! おれにもっと剣の腕があればこんな檻……!!)」


 水はどんどん溢れ、辺りを侵食する。
 溜まりゆく水は確実に残された命のリミットを刻む。
 海賊たちはビビとの約束を信じ、ただ、待つしかなかった。



 その時、水面が僅かに揺らいだ。



「食事中は極力音を立てません様に……」



 小さな水音が鳴った。






「────反行儀(アンチマナー)キックコース!!」






 炸裂する轟音。
 突如、バナナワニの巨体が天井近くまで吹き飛んだ。
 そして、飲み込んだ石屑を吐き出しながら、腹を上にして水の中に倒れ、大きな波を起こした。
 その向うで、黒のスーツを着こなした男が煙草の煙を吐き出す。


「オッス、待ったか?」

「プリンス~~~~~~!!」


 待ち人来る。
 一味のピンチに颯爽と王子様(プリンス)は登場した。


「サンジくん……よかった」

「あっ!! ナミさ~~~~ん、ほ……ホレた?」

「はいはい……惚れたから早く鍵を探して」

「果てしなきバカだなあいつは」

 
 サンジの登場にルフィは砕かれた階段の上で息を切らして座り込むビビに親指を立てた。


「ビビ~~~~!! よくやったぞ!!」

「うんっ!!」


 ビビは満面の笑顔で答えた。
 サンジの登場を待っていたかのようにバナナワニが続々と現れる。
 野生の勘か、サンジの強さにバナナワニが警戒したのだろう。


「出てきやがったな、次々と……!!」

「行け―!! サンジ、全部ブッ飛ばしてくれェ!!」


 グルルル……とエンジンのような唸り声を上げて、バナナワニがサンジを取り囲む。
 サンジはゆらりと左足を上げた。


「何本でも房になって、かかってきやがれクソバナナ。
 レディに手を出すような行儀の悪ィ奴らには、片っ端からテーブルマナーを叩きこんでやるぜ」

「サンジ、とにかく時間がねェ!! 瞬殺で頼む!!」


 海賊達と運命を共にすることになったスモーカーがため息と共に口を開いた。


「今……三番目に入ってきた奴を仕留めろ」

「え?」

「てめェらの耳は飾りか? 鍵を食った奴と唸り声が同じだろ」

「うおっ!! スゲぇ!!」






◆ ◆ ◆






 カツカツと苛立たしげな足音が通路に響いていた。
 足音の主Mr.プリンスと名乗った大男を追跡していたクロコダイル。
 クロコダイルは大男の姿を見失い、捜索を断念し、レインディナーズまで戻って来ていた。


「橋を落として時間稼ぎとは考えたな。
 まだ、複数いやがるみてェだなあいつらの仲間は……!!」

「それが私たちの隙をついてあの部屋に?」

「おそらくな、……だが無駄だ。
 運よく鍵を食ったワニを当てようとも決してあの扉は開かねェ」


 クロコダイルは胸元から、宝石で装飾された鍵を取りだした。


「本物の鍵はココにある」

「悪い人ね」

「ところで、Mr.ジョーカーはどうした?」

「秘密地下に先行させました。彼は桟橋が沈んでも関係ないもの」

「なるほど、結構だ」


 クロコダイルはクレスを一切信用していない。だが、今更クレスが何か余計な事をできるとは考えていなかった。
 檻の鍵がクロコダイルの手元にある限り絶対に檻は開かない。
 また、バナナワニによって気を失っていたビビの処刑も完了している筈である。
 たとえMr.プリンスがやって来ていても何もできずに手をこまねいているに違いなかった。
 

「あの雑魚共……もう許さん。
 即刻、この手で皆殺しにしてくれる……!!」


 怒りを胸にクロコダイルは秘密地下の扉を開いた。
 秘密地下を水が満たすまではまだ時間がある。檻から引きずり出し、八つ裂きにするつもりで、部屋の中を見渡した。


「…………!!」


 そして、クロコダイルは呆然と立ち尽くした。


「よう……結構、早かったな」


 先行していたクレスから声がかかる。
 クレスは座り込み、どこか達観したような表情で部屋の中を見つめている。


「……何だと!?」


 驚愕するクロコダイルの視線の先にあったもの。

 沈むには早すぎる地下室。

 倒され力なく浮かんでいるバナナワニ達。 

 何故か開いている檻の扉。

 そして、誰もいない檻の中。

 

 そこにいる筈の王女と海賊共。────彼らの姿が無かった。



 クロコダイルの手の中から檻の鍵が滑り落ちた。
 滑り落ちた鍵は、クレスの近くで完全に意識を失っている、処刑した筈の人物。Mr.3の傍に落ちた。
 Mr.3の胸元には紙が張り付けてある。
 そこにはこう書いてあった。



『アバヨ、クソワニ、Mr.プリンス』



 
 

◆ ◆ ◆ 
 
  

 


 少し時間を遡る。
 


「おお、怖っ……」

「……彼にとっては屈辱の極みでしょうしね」


 殺気を振りまきながら去って行ったクロコダイルを見届ける。
 その姿が完全に消え去った時にクレスがロビンに小声で話しかけた。


「海賊達も頑張ってるみたいだな」

「あら、知らないんじゃなかったの?」

「いや、それがな……」


 クレスはため息を吐きながらロビンに語ることにした。



 クレスはぺルにやられた社員達の片づけを手短に終え、ロビンと合流する為にレインディナーズの正面口近くにやって来たのだが、そこで見たものはまたしても倒れ伏す社員達だった。
 近くにいる社員に聞こうにも綺麗に顔を蹴り飛ばされていて意識がない。
 警戒し、辺りを見渡せば、レンディナーズの正面口の陰で誰かがビリオンズ達を一方的に蹴り飛ばしている。
 しかも相当な強さで、まさに瞬殺というのが正しいほどバッタバッタと倒していた。
 クレスは海賊達全員が捕まっている訳ではないということを知っていたので、なるほどと納得し、取り合えず物陰から静観することにした。
 クレスがロビンから頼まれたのは『ぺルにやられた社員達の後片付け』である。クレスは別にバロックワークスに所属している訳では無いので問題はなかった。
 その後、海賊はもう一人の大男と合流し、二人は入り口の陰でボロボロの社員を使って電伝虫で何かをした後で二手に別れた。
 一人はカジノに向かい、もう一人は橋を渡り正面入り口前の橋までやって来ていた。
 
 その橋を渡った大男の方が少し問題だった。
 大男は倒された仲間を見て集まって来たビリオンズ達に「Mr.プリンス」と名乗りながら殴りかかった。
 なるほど陽動かと感心し、それはまだよかったのだが、陽動の大男が以外に小心者で堂々としていればいいものの、あろうことかクレスが身を寄せていた物陰に隠れようとしたのだ。


────オイオイなんでだよ、何でワザワザこっちに来るんだ。


 クレスは取り合えず逃げようと思ったのだが、目の前の相手が思ったよりもテンパっていて、クレスの気配を察して殴りかかって来たのだ。
 ……こうして、逃げるタイミングを逃し、クレス自身も少々困惑することになった。


────うわ、……どうしようか。


 クレスに振るわれる剛腕。
 先程、社員達を殴り飛ばしていた姿からその威力は折り紙つきだ。
 クレスは悩み取り合えず、いつものように受け止める事にした。


「鉄塊」


 ガチンと鉄をぶん殴った時特有の音が相手の拳から聞こえた。
 思った通り重い拳で、なかなかの威力があったのだが、クレスにとってはどうってことなかった。


「うおおおおおおお!! 硬い!!!」


 だが、大男に取っては大問題だったようで、痛む拳を涙目で堪えていた。


「あ、大丈夫か?」

「うおおおおお!! だ、大丈夫に決まってんだろうがァ!!」

「ああ……そう」


 思わず問いかけたクレスも結構ぬけていたが、答えた大男もどこかぬけている。


「ええっ……と、まぁ、お大事に」


 これ以上ココにいてもしょうがないと思い、クレスは"剃"を使い駆け抜ける。
 思えば初めからこうして逃げればよかったのかもしれない。


「えっ……消えた?」


 クレスの姿が突如消え困惑する大男。
 辺りを見渡し、鼻をひくつかせ、クレスが本当にいなくなった事を再確認すると、取り合えずクレスがいた物陰に身を隠した。
 ……なぜか隠れ方は逆であったが。






「と、まぁ、そんな感じで……全部見てた」


 クレスは平然と嘯いた。


「もう……嘘つき」

「ははっ……まぁ、いいだろ? 
 クロコダイルの奴は今それどころじゃねェみたいだし」


 悪戯を叱るように咎めるロビンにクレスは冗談交じりに答える。
 と、その時、背後が騒がしくなったと思ったら突然カジノへの桟橋が崩れ落ちた。


「……へぇ、海賊さん達も考えたわね」

「なるほど、これで暫くは時間稼ぎができるって訳だ」


 湖で囲まれたカジノへと続く入り口は桟橋からの一つしかない。
 故に、ここを落とせば能力者であるクロコダイルは暫くの間海賊達の元へと向かうことができなくなる。


「これからどうするの? やっぱり、行くの?」

「海賊達って檻の中に捕まってんだろ?」

「そうね。……しかも、鍵はバナナワニのお腹の中にあるわ」

「……なるほど。まぁ、行ってやるしかないか。海楼石の檻はそう壊れるもんじゃない」

「鍵の方は大丈夫なの?」


 ロビンの問いかけにクレスは二ヤリと笑った。


「オレがピッキング出来るの知ってるだろ?」

「そうだったわね」


 クレスは過去に何度も宝箱を鍵無しで壊さずに開けていた。


「まぁ、確実に開く確証はないけど頑張ってみるわ」

「じゃあ、ボスには私の方で話をつけておくわ」


 互いに頷き、クレスは人の少ない場所へと向かおうとする。


「クレス」


 ロビンに呼びとめられて、クレスは脚を止めた。


「……無理はしないで」

「そっちもな」


 安心させるように笑いかけクレスは走り出した。






 人気の無いところから"月歩"によって湖を飛び越し、レインディナ―ズへと降り立つ。 
 そして、不自然にならない程度に加速して走り、桟橋付近で混乱する人ごみの中を抜けた。
 

「……ずいぶんと派手な事をしでかしてくれたな」


 店内は混乱の坩堝ともいえた。カジノの客のほとんどが係員に詰め寄り彼らを問い詰めている。
 この様子では橋を落とした下手人を探し出すことまで手が回らないだろう。おそらく海賊は秘密地下までほぼ素通りだったに違いない。
 クレスは係の者に見つからないようにスピードを上げる。
 今後の事を考えるとクレスがカジノに入り込んだ時間をぼかす必要があった。
 クレスはピッキングは出来るがあくまで、"出来る"というレベルだ。当然時間がかかるだろうし、もしかしたら開かないかもしれない。
 その時は海賊達を見捨てる事になるだろうし、最悪、王女とMr.プリンスだけを逃がすことになるだろう。クレスができるのはそこまでだった。
 

「まったく……中途半端でイライラする」


 皮肉げに呟く。
 クレスが行ってきた行動は全て中途半端だった。
 言葉を変えれば"どっちつかず"なのだ。
 ロビンの夢の為にはクロコダイルの計画の成就が必須である。
 だが、アラバスタを完全に崩壊させることはロビンが苦しむので許せない。
 その両天秤において、ロビンと共に蝙蝠のように綱渡りを演じ切っていた。


「……偽善にも程がある。
 まぁ、やらないよりはマシだけどな」


 クレスは少しだけ悲しげに顔を歪めて、通路へと走った。






 通路の中は予想通り誰もいない。
 クロコダイルのVIPルームである秘密地下に向かおうとする者など普通はありえないだろう。
 クレスは構わず本気でスピード出した。


「剃!!」


 <六式>が一つ“剃”。
 爆発的な脚力で地面を蹴り、消えたと錯覚させる程の速度で移動する技だ。
 クレスの六式は少々特殊で、本家と性質が異なるが、今回はその性質が良い方向に働いた。
 直線はクレスの"剃"を最も生かす。秘密地下への道はほぼ直線の一本道だった。


「さて、どうなってるか?」


 息を切らすことなく、扉の前に高速で辿り着きクレスは静かに中の様子を窺った。
 窺ったと言うのは、扉の向こうから轟音が聞こえて来たからだ。
 クレスはサイドバッグからそっとピッキング用の針金を取り出して、扉の中を覗き込む。
 そして手に持った針金を取り落としそうになった。


「おい……マジ、か……?」






◆ ◆ ◆






 また轟音が響き、バナナワニが宙を舞った。


「ウラァ!! もういねェのか!!」

「雑魚が……クソ引っ込んでろ」

「たかがワニか……大したことねェな」


 築かれるバナナワニの山。
 弱肉強食とよく言われるが、目の前の光景は圧倒的過ぎた。


「私があれ一体を倒すのにどれほど……」

「いや、おかしいのはあいつらの強さだから気にすんな」


 そこには何故か外に出ている海賊達と王女がいた。
 檻は完全に開いていて、錆ついた音を虚しく鳴らしている。
 そして、少し離れた所に完全に沈黙したMr.3の姿があった。
 Mr.3は<ドルドルの実>の能力者で自由に蝋で形を作ることができた。一味は偶然バナナワニの腹から出て来たMr.3に檻の合鍵を作らせ脱出したのだ。


「あんた達!! 後はココから脱出するだけよ!!」


 ナミが一味をを促す。
 ルフィが元気よく反応し、あらかじめ決めておいたように秘密地下の壁を砕こうとした。正面から逃げてはクロコダイルとはち合わせる可能性があるのだ。
 その時だった。
 ずる賢く、しぶといモノは存在した。。
 一味が全てを倒したと思っていたバナナワニの内、死んだふりをしていた一匹が隙をついて襲いかかってきたのだ。


「えっ!?」

「マズイ!! 避けろビビ!!」


 バナナワニは一番傷ついていて、一番食べやすそうな、ビビに狙いを定めた。
 茫然と立ち尽くすビビ。ほんの一瞬の気の緩みだった。
 大きな口を開けたバナナワニはビビに喰らいつこうとして、
 





 ────新たに表れた人影に顎を砕かれ、地面に叩きつけられた。






◆ ◆ ◆






 叩きつけられたワニはその衝撃のまま沈黙する。その威力は凄まじく、ワニの頭が半分ほど厚い床にめり込んでいた。


「意地汚ェな……だから、ワニは嫌いなんだ」


 その言葉と共に、クレスはワニの上に立つ。
 そして少し、ばつの悪そうな顔で周囲を見渡した。


「Mr.ジョーカー………!?」


 困惑するようにビビが声を上げる。
 クレスがバナナワニを叩きのめしたタイミングはビビにとっては理解しがたいものだった。
 そのほかのメンバーもおおむね同意見で、当然のように、クレスに警戒の視線を向ける。


「待て、オレにやり合うつもりはない」


 クレスは両腕を上げて海賊達に示した。
 だが、それだけで納得するほど海賊達も甘くはない。


「もう追手がやって来たのか?」

「そう言えばコイツは……妙な技を使うんだったな」


 ゾロとサンジがクレスにじりじりと間合いを詰める。
 このままでは間違いなく戦闘になると感じ、クレスは勢いよく後ろに飛びのいた。
 突如消えたように移動したクレスに二人は驚くも、クレスの姿を二人は目で追ってきていた。


「話を聞けって言っても……無駄だろうな。
 まぁ、話は聞かなくてもいいから、取り合えずコッチに向かってくんな……今やり合っても互いに益は無い」

「待ちなさいあんた達!! その男の言う通りよ、今は一刻も早く脱出しなきゃ!!」

「待ったナミさん。何かの罠かもしれない……その可能性十分にある」

「どうせ敵なんだろ? ならココで倒しておいた方が手っ取り早い」


 予想できた展開にクレスは臍を噛む。
 このままでは、最悪の展開に近かった。
 そもそも、バナナワニにビビが襲われなければ姿を見せるつもりはなかったのだ。
 だが、イレギュラーは起こってしまった。即断で体を動かしたものの、やはり後悔はあった。
 

「益は無いとはどういうことだ……エル・クレス?」


 海兵のスモーカーが目を細める。


「<白猟のスモーカー>か……面倒な……!!」


 クレスは本名を呼ばれたことに苛立ち舌を打つ。


「クソ……まぁ、いい。
 益が無いってのは、オレの方としてもお前達には生きていてもらった方が都合が良いだからだよ」

「つまりはクロコダイルと別の目的で動いていると?」

「さぁ、どうだろうな。……そこまでは言えねェよ」

「フン……てめェを叩きのめせば済む話かもしれないぜ?」

「止めとけ、<能力者>。こんな弱点だらけのところで戦うつもりか? オレがここの壁でも砕いたら水が流れ込んでそれでお前は終わりだぞ」


 クレスとスモーカーの間で視線が交叉する。
 この際、本気で壁を砕くのも悪くないと思え始めた。元々海賊達はそのつもりだったようだし、水が流れ込んでくれば戦闘どころでは無い。
 

「お、おい!! 止めろって!! 時間がねェんだぞ、早く逃げた方がいいって!!」


 クレスの険しい雰囲気を察したのか、ウソップが声を上げる。
 だが、その声に答える者は居らず、虚しく響くだけだった。
 事態は一刻を争った。クロコダイルがこの場に舞い戻ってしまっては全てが遅いのだ。
 クレスの両足に力が籠り始めた、その時だった。



「────いいんじゃねェのか。そいつのこと信用して」



 今まで傍観していたルフィが声を上げた。


「なに言ってんだルフィ!! コイツは敵なんだぞ!?」

「ああ、そうだ。戦力がそろっている今が打ち取るチャンスかもしれない」

「なに言ってんだ、おめェら? だってそいつ──────」


 そしてルフィはある意味決定的な言葉を口にした。



「──────ビビを助けてくれたんだろ?」



 ルフィの言葉にゾロとサンジは黙り込んだ。
 その言葉は無意識に否定していた事実を引きずりだした。
 ルフィの言葉通り、クレスの行動はビビを助けるために行われたものだった。
 敵であるクレスがそれを為したことには不可解な点はあるものの、結果としてビビはバナナワニから守られたのだ。
 ビビを守ったクレスが、戦うつもりはないと言った。それはつまり本当に戦うつもりはなかったのだ。


「……もう一度言おう。ここでお前らと事を構えるつもりはない」

「ほら、こう言ってんじゃねェか」


 クレスは少なからず驚いていた。
 ルフィの言葉には妙な説得力があった。
 証拠にゾロとサンジは警戒こそ解いていないものの、戦意を引かせていた。
 もし、他の人間が同じことを言ったとしても、今と同じ結果は引き出すことは難しいだろう。
 

「Mr.ジョーカー、どうしてあなたは私を……?」


 ビビにとってクレスは敵以外の何物でもない筈だった。
 過去に行われた行動も全て自分達を玩ぶためのものだと思っていたし、何よりクレスはぺルを倒し、イガラムを殺した筈だった。
 故に助けるという行為がビビの中では理解できなかった。


「……今回はサービスだ」


 クレスは一瞬悩み、小さな声で紡ぎ出した。


「オレは一端部屋を出る。
 ……逃げるなら、とっとと行くんだな」

「おう!! いい奴じゃねぇかお前ェ!!」

「…………」


 ルフィの言葉にクレスは閉口するしか無い。
 このルフィという男がクレスには分からなかった。
 クレスは何か言い返そうと思ったものの、このままでは何か余計なことまで口にしそうなので無言で秘密地下から退出した。。






 扉が閉まる。
 通路にはクレスが一人きりだ。
 閉じた扉にもたれかかりながら、クレスは何故か無性にロビンの顔が見たくなった。


「………ハァ」


 吐き出したため息は、扉の向こうで起こった轟音に紛れてしまう。
 海賊達は脱出したようだった。
 





◆ ◆ ◆







「……いいだろう。今回の事は不問としてやる」

「寛大な処置をありがとよ」


 クレスからぼかされた説明を聞き、クロコダイルはまったく信用して無い様子で処断を下した。
 クロコダイルは現在、ロビンとクレスを連れ、アルバーナの東側へとやって来ていた。
 

「あの雑魚共はおれがこの手で殺さねェと気がすまん」


 冷たい殺気を振りまくクロコダイル。
 海賊達の目的は反乱の阻止だ。故に海賊達の目標は王都アルバーナの筈である。
 一刻も早くこの町から離れたいと思っている海賊達は必ず東側の砂漠を越えなければならなかった。
 故に、クロコダイルは自ら砂漠へと赴き、海賊達を待ち構えていた。
 そして、その予想通りに海賊達はやって来た。


(ヒッコシクラブだと? どんだけ運に恵まれてんだコイツ等は……!?)


 クレスは表情には出さずに驚いた。
 おそらく徒歩かそれに準ずる方法で移動すると思われた海賊達。
 しかし、海賊達はどういう訳か“幻の巨大蟹”と呼ばれ、殆ど姿を見せる事の無いヒッコシクラブに乗っていたのだ。
 

(だが、それでも……!!)


 類稀なる幸運を振り撒いて来た海賊達。
 だが、それでもクロコダイルという強大な魔物はこうして立ち塞がった。
 

「フン……!!」


 クロコダイルの左腕が砂に変換され発射される。
 伸びた腕は大蛇のようにうねり、そして牙を剥く。


「ビビ!!」


 クロコダイルの鉤手が王女を捕まえた。そして怪物が巣穴に引きずり込むように一気に引き寄せる。
 王女の体がヒッコシクラブから離れる。その時、ルフィがビビに向かって飛び込んだ。


「コノッ!!」


 ルフィはビビの体を鉤手から外すと、ヒッコシクラブの上にビビを投げ飛ばし、代わりに自分がクロコダイルの鉤手に掴まった。


「ルフィさん!!」

「このバカ野郎が……!!」

「お前らは先に行け!! おれ一人でいい!!」


 一人クロコダイルの元へとルフィは向かう。
 そこにはいつものような頼もしい笑みがあった。
 船長の決断を一味は信じた。
 海賊達は王女を連れ、首都アルバーナへと向かった。


「アルバーナで待ってるから!!」


 不安を押し殺した王女の言葉を残して、海賊達は姿を消した。
 残されたのは<麦わらのルフィ>ただ一人。
 そして待ちうけるのは<七武海>クロコダイル。
 
 砂漠の魔物が待ちうける戦場に若き海賊は飛び込んだ。












あとがき
今回は前半のほとんどが原作通りだったため、こういった形で出させていただきました。
クレスがルフィの器の大きさを知る回ですね。
次も頑張りたいです。





[11290] 第十五話 「決戦はアルバーナ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/10 17:29
 アルバーナに向けて疾走するヒッコシクラブの上で、ビビは厳しい顔で後方を見つめ続けた。


「ビビ、大丈夫よルフィなら。
 むしろ気の毒なのはあいつ等の方。今までルフィに狙われて無事だった奴らなんていないんだから……!!」

「そ、そうだ!! ビビ心配すんな!! こ、こここ、このおれがっ、ついてるぞ!!」


 不安を抑え込みナミとウソップがビビを気遣う。


「いいかビビ……。クロコダイルはルフィが押さえる。
 反乱軍が走り始めた瞬間に、この国の"制限時間(リミット)"は決まったんだ。国王軍と反乱軍がぶつかればこの国は消える」


 ゾロは振り返ることなく、ルフィの意志を代弁する。


「止める唯一の可能性がお前ならば、何が何でも生き延びろ。たとえこの先、おれ達の誰がどうなってもだ……!!」


 仲間達の覚悟にビビは息が詰まった。


「ビビちゃん、これは君が仕掛けた戦いだ。
 数年前に国を飛び出して、正体も知れねェこの組織に君が戦いを挑んだんだ」


 サンジは巻き上がる砂塵に目を細めた。


「ただし、一人で戦ってると思うな」


 サンジはビビに言い残し、ヒッコシクラブの綱を取るチョッパーの手伝いに向かった。
 チョッパーも心は同じだ。不安で仕方ないが、それを声に出すことはなかった。


「ルフィさん……」


 遠ざかるルフィを視界に納め、ビビは呟く。
 ルフィが向かった先に待つのは、クロコダイルにロビンとクレス。
 三人ともビビの想像を絶する強さを持つ者達だ。
 いくらルフィが強いとはいえ、どうなるかなど分かる筈もない。
 だが、仲間達は腹をくくり、覚悟を決めたのだ。
 ビビ一人が目をそむけることなど出来る筈もなかった。


「アルバーナで待ってるから!! ルフィさん!!」


 ルフィを信じ、ビビはありったけの声で叫んだ。
 とても見えるような距離では無かったが、いつもの頼もしい顔で、若き船長が笑った気がした。













第十五話 「決戦はアルバーナ」













 乾いた砂漠に足跡を残し、ヒッコシクラブは去って行った。
 消えていく仲間達の姿を見届け、灼熱の砂漠の中でルフィは立ち上がった。


「フフフ……、逃げられちゃったわね、王女様に」

「さすがに今からじゃ間に合わないだろうな」

「……どの道エージェント共はアルバーナに集結予定だ。直ぐに連絡を取れ」


 クロコダイルは感情の一切か消え去った双眸でルフィを見下す。


「少々、フザケが過ぎたな<麦わらのルフィ>」

「……そいつはな、弱ェくせに目に入るものみんなを助けようとするんだ」

「あ?」


 ルフィは、彼にしては珍しく静かな様子で口を開いた。


「何も見捨てられねェからいっつも苦しんでる。この反乱でも誰も死ななきゃいいって思ってる」

「誰も死なねェ? よくいるなそういう平和バカは。本当の戦いを知らねェからだ。てめェもそう思うだろ?」

「うん」


 それは非情な世の中の縮図だ。
 弱き者は必ず強き者の糧となる。誰かが争えば必ずそこに敗者が生まれ、そして死んでいく。
 人の持つ腕は小さい。全てを救えるほど人は万能ではない。
 ルフィとて海賊だ。そんな事は百も承知だった。


「……だけどな、あいつはお前がいる限り死ぬまでお前に向かっていくから、おれがここで仕留めるんだ」

「クハハハハ……!! くだらなすぎるぜ。救えねェバカはてめェだな。
 他人と慣れ合っちまったが為に死んでいく。おれはそういう奴らをごまんと見捨てて来たぜ」


 だが、それでもルフィは救うと言う。
 クロコダイルは愚かなルーキーを蔑んだ。
 そんなクロコダイルにルフィは拳を鳴らしながら言い放った。


「……じゃあ、お前がバカじゃねェか」


──救えねェバカはお前だ。
 ルフィの挑発にクロコダイルの表情が歪んだ。
 

「クックックック……!!」

「フフフフッ……」


 揚げ足を取り、見事にクロコダイルを黙らせたルフィ。
 そのやり取りに、クレスとロビンが忍び笑いを漏らした。


「何がおかしい!!」


 声を荒げ、クロコダイルは空気のように殺気を纏った。


「てめェ等も死ぬか? <オハラの悪魔達>」

「その気ならお好きに……」

「だが、その名でオレ達を呼んでくれるな。約束云々の前に……反吐が出る」


 クレスとロビンはクロコダイルの殺気をかわすように距離を取った。
 そしてそのまま、町の方向へと歩き続ける。


「何処へ行く?」

「アルバーナに先に行ってるわ」

「……つかめねェ奴らだぜ」


 クロコダイルはその姿を見送ることなく、ルフィに向き合うと、砂時計を放り投げた。
 砂時計は砂漠に突き刺さり、サラサラと中の砂を下の階層へと落としていく。


「三分やろう。それ以上はてめェの相手なんぞしてられねェ」


 海賊は時に己の海賊旗に砂時計を掲げる事がある。
 それは相手に対する"死の宣告"を示しているのだという。
 零れ落ちる砂は時を淡々と刻み、クロコダイルがルフィに与えた時間を示した。


「文句でも?」

「いや、いいぞ」


 軽く指を鳴らして気合を入れ、ルフィは準備を整えた。
 そして、強く一歩を踏み込み、クロコダイルに向けてゴムの拳を飛ばす。


「ゴムゴムの銃(ピストル)!!」


 <ゴムゴムの実>のゴム人間。
 ルフィはこの"力"で東の海一番の賞金首となった。
 ゴムの腕が勢いよく伸び、クロコダイルの頭部を襲う。
 だが、クロコダイルはルフィの拳を首を傾けるだけで避け、サラサラと砂となって溶けた。
 クロコダイルは全身を砂に変え、ルフィの伸びた腕の周りををまるで大蛇のようにうねりながら進む。
 そしてルフィとすれ違う瞬間。
 砂の塊から突然、黄金の鉤手が出現した。


「うおッ!!」


 後ろに身体を反らし、ルフィはクロコダイルの鉤手をかわす。


「ほう……」


 関心するクロコダイルをルフィは逆さになったまま蹴りつける。


「ゴムゴムのスタンプ!!」


 勢いよく伸びたルフィの脚は、クロコダイルの頭部を蹴り飛ばした。
 しかし、その感触にルフィはたじろいた。クロコダイルは“砂”そのものだ。蹴りつけた脚がそのまま突き抜け、まるで手ごたえがなかったのだ。


「一つだけ言っておくぞ、<麦わらのルフィ>。どう足掻こうと、お前じゃ絶対おれには……」

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」


 ルフィの連続パンチ。思うがままに拳を繰り出しま繰り、殴り、殴りまくる。
 ハチの巣のように穴だらけになるクロコダイル。
 しかし、悠然と立ち続け、顔にはうすら笑いが浮かんでいる。


「いいか、麦わらのルフィ……こんな蚊のような攻撃をいつまで続けようとも、決してお前はおれに……」

「ゴムゴムのバズーカ!!」


 ゴムの弾力を生かした両腕の掌底突き。
 クロコダイルの身体が攻撃を受けた胸元を中心に爆散するように砂に変わる。
 だが、それでもクロコダイルは余裕のまま立ち続ける。


「ゴムゴムの~~~~~戦斧(オノ)ォ!!」


 続けざまに、伸ばしたゴムの脚を収縮させ踏みつける。
 形を取り戻しつつあったクロコダイルの身体が、原型が無くなるほど飛び散った。
 クロコダイルの姿を見失い、ルフィは取り合えずクロコダイルらしき砂を踏みつける。


「この!! この!! 潰れたか砂ワニ!!」

「……無駄だと言っているんだ」


 クロコダイルの姿は砂漠に溶け込み、スラリと元の形を取り戻して、地団太を踏むルフィの背後に現れた。


「このヤロ……!!」

「貴様のようなゴム人間がどうあがこうととも、このおれには絶対に……」

「フンッ!!」

「勝ぺ、──ッ」


 ルフィがクロコダイルの口元を殴りつけた為に、クロコダイルの言葉が中断される。


「……"かぺ"? 
 おめェ、さっきから何が言いてェんだ?」

「……小僧ォ!!」


 大真面目な疑問をぶつけたルフィにクロコダイルがブチギレた。
 





 砂時計は確実に時を刻む。
 クロコダイルが示した時間は三分。砂時計が残すリミットは後半分であった。


「……もう遊びはこの辺でよかろう。麦わらのルフィ」


 風が変わる。
 ほぼ無風に近かった乾いた砂漠に、卓越風が吹きつける。
 風は砂漠の砂を舞いあげて、対峙する二人にふりかかった。


「……まいったな。あの野郎サラサラしやがって。全然殴れねェ」

「おれとお前では、海賊の格が違うんだ」


 クロコダイルの右腕が砂に変わって行く。


「砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!!」
 

 砂となった右腕が鋭い手刀となって振りかざされる。
 手刀はまるで高波のように波打ち、砂漠を伝う。


「いっ!!」


 呆気にとられたルフィがったが、感じた悪寒に従いそれを避けた。
 そしてその威力に戦慄を覚えた。


「砂漠が割れた……!!」


 クロコダイルの砂の手刀は砂漠を数十メートルも深く切り裂いていた。


「いい見極めだ。受けりゃ痛ェで済まなかったぜ」


 驚くルフィにクロコダイルは次なる一手を繰り出した。


「砂漠の向日葵(デザート・ジラソ―レ)!!」


 クロコダイルの掌が砂漠を叩く。
 するとボコリと砂漠がルフィを中心としてクレーターのように凹んだ。


「な、何だ!? 何だ!! 砂が流れるぞ!!」

「流砂を知らんのか? 墓標のいらねェ砂漠の便利な棺桶さ」


 流砂はルフィをアリ地獄のように飲み込んでいく。
 逃げ出そうと走っても、全然前に進まなかった。


「砂漠の戦闘でおれに敵う者はいない」


 クロコダイルは過信では無い自信を滲ませる。


「うえッぷ!! 砂に生き埋め何かにされてたまるかァ!!」


 ルフィは両腕を伸ばすと地面に叩きつけた。
 "ゴムゴムのバズーカ"で衝撃を利用して上に飛び上がり、流砂から脱出することに成功する。


「殴って効かねェならとっ捕まえてやる……ゴムゴムの網!!」


 ルフィが両指を絡ませ伸ばし即席の網を作り上げ、クロコダイルを捕まえようとする。
 だが、クロコダイルは砂と化した右腕でルフィの指を絡め取ってしまった。


「学習できんのかてめェは? 無駄なんだよ」

「ゴムゴムの鞭!!」


 両腕を押さえられたルフィは空中で脚を伸ばしクロコダイルに叩きつける。
 ルフィのゴムの脚はクロコダイルを縦に両断するも、また直ぐに元の形に戻って行く。


「まだ繰り返す気か?」

「わっ!!」


 うっとおしくなってきたクロコダイルは重力に囚われ落ちてくるルフィを強引に引きよせた。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 クロコダイルの腕が三日月刃となって振るわれ、落ちて来たルフィの腕を捕らえた。
 砂漠に叩きつけられたルフィは攻撃を受けた腕を見て、叫び声を上げた。


「うわあああああああ!! 腕がミイラになった!!」

「“砂”だからな。水分を吸収しちまうのさ。そうやって全身の水分を絞り出して干からびて死ぬのもよかろう」

「冗談じゃねェ……!! そうだ!!」


 ルフィは骨と皮だけになった腕を庇いながら一目散に自身の荷物のある場所まで走った。
 そして、荷物の中にあったストローが付いた小さな樽を見つけ、その中身をゴクリと飲み込む。するとルフィの腕が元に戻った。


「水か……くだらん」

「くだらんことねェ!! この水はユバのカラカラのおっさんが一晩かけて作った水なんだ!!」


 ルフィはユバから旅立つ際に、トトから僅かにしみ出て来た水を手渡された。
 度重なる日照りに砂嵐に見舞われても、ユバのオアシスは強く生き続けていたのだ。


「おっさんは言ってたぞ!! ユバは砂なんかには負けやしねェって!!」

「……まだなんかやるつもりか?」


 ルフィはクロコダイルに大口を開けて飛び付いた。
 クロコダイルはため息交じりにルフィを待ちうけ、


「ゴムゴムのバクバク!!」


 食われた。


「くだらねェ真似すんじゃねェ!!」


 ルフィの口の中からランプの魔人のようにクロコダイルは吐き出て来た。
 ゲホゲホと砂であるクロコダイルに喰らいついたルフィが口の中に残っている砂を吐き出す。
 何処までが本気か分からないルフィを見下して、クロコダイルは遊びが終わった事を宣言する。


「……死ね。
 この逞しいユバの大地と共によ……!!」


 砂時計の砂が最期の一粒を落とした。
 これからは、弱者をいたぶる残忍な海賊としての時間だ。


「砂嵐(サーブルス)」


 クロコダイルがワイングラスを傾けるように腕を差し出して、巨大な砂嵐を作りだした。
 砂嵐は辺りの砂を巻き上げてその威力をどんどんと増していく。
 近くにいたルフィがその威力に吹き飛ばされそうになった。


「……いい風の乾き具合だ」


 上質なワインを評価するようにクロコダイルが言った。
 砂嵐はみるみるうちに遠く離れた所からも観察できるまでに成長し、なおも成長し続ける。


「……いいか、麦わらのルフィ。ここらの卓越風は常に北から南へ吹いている。
 この砂嵐の子供がこいつに乗って成長しながら南へ下って行くと、デカくなった砂嵐は何処へぶつかると思う?」

「南って、…………ッ!!」


 答えに辿り着いたルフィが息を飲んだ。
 クロコダイルが邪悪な笑みと共に肯定する。


「ユバさ」


 ルフィが怒り狂ってクロコダイルに掴みかかった。


「お前ェ!! 何やってんだ止めろ!! カラカラのおっさんには関係ないだろ!!」

「見ろ、風に乗って少しずつ南下し始めた」


 ルフィは砂嵐へと走る。
 「止まれ」「止まれェ!!」と叫びながら砂嵐に立ち向かうも、相手にさえされる事無く吹き飛ばされ、砂の大地に転がせられた。
 クロコダイルはうすら笑いを浮かべながらその様子を観察する。


「クハハハ……もうお終いか? 
 悪いことは言わねェ、無駄だ止めとけ。あの砂嵐は風力を増し、やがておれにさえ止められねェ風速を得る」

「フザけんなお前!!」


 ルフィはクロコダイルに再び掴みかかった。
 

「止めろよ!! 今すぐ────」







──────ドスッ







 肉を抉る音。
 赤い水滴が、砂漠に落ちた。
 麦わら帽子が力なく落ちて砂にまみれる。
 ルフィから声が失われ、砂漠に静寂が訪れた。


「おれを誰だと思ってる」


 クロコダイルの左腕の黄金の鉤手。それがルフィの無防備な腹を突き破っていた。
 ルフィは串刺しにされ、力なく、人形のように、痛みを叫ぶ声もなく、宙づりにされた。


「……てめェのような口先だけのルーキーなんざいくらでもいるぜ? 
 ────この<偉大なる航路(グランドライン)>にゃよ……」


 辟易するように言い捨て、クロコダイルは哀れな弱者を蔑んだ。
 戦いになる事すらなく。
 いとも簡単に、決着はついた。


 これが、<偉大なる航路>のレベルだ。
 これが、<本物の海賊>のレベルだ。
 これが、<七武海>のレベルだ。


 海は何処までも目眩すら覚える程広く、その身は余りにも小さい。
 


────<麦わらのルフィ>はクロコダイルに敗北したのだ。






◆ ◆ ◆







「フンッ!! フンッ!!」


 ゾロの気合と共に、刀の上に乗ったラクダが上下する。
 このラクダは一味が砂漠で見つけたはぐれラクダで、取り合えずナミが『マツゲ』と名付けた女性に目がないエロラクダだ。
 その後ろでは、ウソップがチョッパーにいつもより早口で嘘っぽいウンチクを聞かせている。嘘丸出しなのだが、純粋なチョッパーは信じていた。


「フンッ!! フンッ!!」

「ゾロ、あんたそれ余計な体力使うだけじゃないの?」

「……うるせェ」

「放っときゃいいんだよナミさん。
 あいつらは何かしてねェと気がまぎれねェのさ」


 サンジが煙草を燻らせながら言う。
 だが、そう言うサンジも無言の内にいつもより多くの煙草を消費していた。


「器用じゃねェんだ。
 ……特にこの体力バカは<七武海>のレベルを一度モロに味わってる」

「オイ、てめェ……何が言いてェんだ。はっきり言ってみろ」

「……おめェはビビってんだよ。ルフィが負けちまうんじゃねェかってな」 


 サンジの言葉はこの場にいる皆の心を代弁していた。
 強大な敵に一人で挑んだルフィ。一味はルフィの強さを知っているが、同時に<七武海>のレベルも知っていた。


「おれがビビってるだァ? この素敵マユゲ!!」

「アッ、カァッチ~~~ン!! アッタマきたぜこの……まりもヘッド!!」

「んだとコラァ!!」

「やんのかオラァ!!」

「止めなさいよ、くだらない!!」


 一味にはピリピリとした空気が流れていた。
 船長が晒された過酷な戦いに、これから起こる大反乱。
 先程大きな砂嵐を確認した。それが誰が起こしたかなど想像に難くない。
 こんな状態では気が立って当たり前であった。


「平気よみんな!! ルフィさんは負けない!!」


 カラ元気とも取れるビビの声に一味は振り向いた。


「約束したじゃない!! 私たちはアルバーナで待ってるって!!」


 そう言うビビは、まるで重病人のように全身を汗で濡らし、指先は僅かに震えている。
 それでも何とか一味を和ませようとしていた。


「お前ェが一番心配そうじゃねェか!!」

「……あんたは反乱の心配だけしてればいいの」


 明らかな強がりを言うビビに一味は毒気を抜かれた。


「……悪かったよビビちゃん」

「お前にフォローされちゃおしまいだぜ」


 一味はヒッコシクラブに乗り、真っ直ぐにアルバーナを目指す。
 ……一人戦うルフィの無事を祈りながら。






◆ ◆ ◆
 



 

「見ろ……こんなに」


 元反乱軍拠点地『ユバ』。
 その中心に位置するオアシスでトトが感嘆する。
 

「見ろ……!! 水が湧き出てくる」


 死んだと思われていたユバのオアシス。
 しかし、今トトの目の前に映るのは、かつてのように旅人に水を与え、潤そうというオアシスの姿だ。
 それは、日照りにも砂嵐にも負けず、実に四年もの間、たった一人になってもオアシスの復興を続けたトトの努力の成果であり、オアシスが死んでいない証明だった。
 

「言っただろうルフィ君……強い土地なのさ」


 トトは頬笑み、不屈のオアシスを誇る。


「ユバはまだ生きとるよ」






◆ ◆ ◆







「ユバは死ぬ」


 鉤手に串刺しにしたルフィをぶら下げながら、クロコダイルは全てを見下すような態度で言い放つ。


「あの最後の砂嵐によってな……。
 反乱軍はまた更に怒りの炎を燃やすだろう。他人への陳腐な思いがこの国を殺すんだ」


 ルフィは何も言わない。
 生死も分からず、言葉を為すことができなかった。


「お前も同じだな<麦わらのルフィ>。つまらねェ情を捨てれば長生きできた」


 その時、クロコダイルは己の腕が濡れていることに気がついた。
 見れば鉤手に小さな木片が付いている。ルフィが受け取ったユバの水だった。


「こんな水に恩を感じる事もなかったろうな。……ん?」


 クロコダイルは僅かな違和感を覚えた。
 いつの間にかルフィの腕が、鉤手の付け根を握っている。
 その力がどんどん強くなっていくのだ。


「ぐあッ!!」


 骨が軋む音が鳴った。
 初めて、この砂漠の魔物の口から苦痛というものが漏れた。
 無意識のうちにクロコダイルを掴むルフィの腕が万力のようにクロコダイルを握りしめたのだ。


「このガキ……まさかまだ生きて……!!」


 クロコダイルはたまらず、ルフィを流砂の中に投げ飛ばした。
 ルフィはまだ意識があるのか、地面に落下した瞬間、血が飛び出て苦悶を漏らした。
 

「苦しそうだな……だが直に楽になれる」


 クロコダイルは朦朧としている意識の中で苦痛に耐えるルフィがだんだんと流砂にのまれる様子を眺めた。
 もがくように僅かに身体を動かし抵抗するも、ルフィの身体は確実に流砂にのまれ、やがてクロコダイルの視界から消えた。


「くだらねェ時間を過ごした」


 砂漠に立つのはクロコダイル一人、砂漠の魔物はつまらなさげに砂漠を後にする。
 やがて砂漠には誰もいなくなり、不気味な風の音だけが響いて、唯一残された麦わら帽子を揺らした。
 砂漠の風は砂を運び、ルフィとクロコダイルの戦闘痕まで消していく。もう、数十分もすれば足跡も消え、元の果てしなく続く砂漠に戻るだろう。


 そんな時だった。


 二人分の乾いた砂を踏む小さな音が聞こえてくる。
 足音はどんどん近くなって、流砂にのまれたルフィの傍でとまる。
 そして、地下へと運ばれる運命にあった若き海賊の傷だらけの身体が────突如咲いた腕に持ち上げられた。






◆ ◆ ◆






 ルフィの身体がロビンの能力によって流砂の上に持ち上がる。
 クレスはその瞬間砂を蹴って、その傍へと駆け寄って、優しくルフィの身体を抱きかかえた。
 そしてそのまま流砂から抜け出して、安全な砂の上にその体を横たえた。


「ア゛……ガッ……」


 ルフィの苦悶を聞きながら、クレスは腰元に下げたサイドバックから救急セットを取り出した。


「痛ェが我慢しろ」


 もがくように苦しむルフィに、そう前置きしてクレスは傷口に傷薬をぶっかけた。


「ぐああああああああああッ!!」


 傷薬が沁み、焼けつくような痛みがルフィを襲う。
 

「気絶してた方が楽だぞ。力を抜いて、意識を手放せ」


 傷口を強引に傷薬で洗い流し、クレスは応急措置を始める。
 クレスのそれはサバイバルの知識から派生する我流だったが、要領だけは間違ってはいない。
 苦しむルフィの苦悶を聞き流しながら、暴れる身体をロビンに手伝ってもらいながら押さえつけ、処置を終えた。


「ガッ……ハァ……ハァ……」

「じっとしてろ……後は包帯を巻くだけだ」

「…………ありガどウ……」


 荒い息でルフィは感謝の言葉を口にした。
 クレスは一瞬詰まって、言い訳のように答えた。


「気にするな……サービスだ。
 他に何か言いたいことはあるか?」

「……肉゛(にぐ)」

「……治ったら食え」

「クレス……容体は?」

「瀕死だったが、おそらく……大丈夫だろ」


 応急処置の完了したルフィは、初めの状態からは随分と楽になったようだ。
 驚異的な回復力であった。腹を串刺しにされたのも関わらず、もう、呼吸もだいぶ落ち着き、顔色もマシになっている。


「……何故、戦うの? 『D』の名を持つあなた達は……」


 ぽつりとロビンが呟いた。


「……?」

「何者なんでしょうね、あなた達は……」


 何を聞いているのか分からない様子のルフィを見て、ロビンは諦めたように視線を外した。


「ごめんなさい。無駄な質問のようね」


 ロビンは腕を咲かせ、近くに転がっていた麦わら帽子を拾い上げた。
 そして、まとわりついた砂をやさしい手付きで払い、そっとルフィの胸元に置いた。
 その時、新たな足音が砂漠に響く。


「見つけたぞ……!!」


 後方から聞こえた声に、クレスとロビンが振り向いた。
 

「思ったより早かったな……」

「でも、タイミング的には丁度いいわね」


 剣を杖のように突いて、ふらつく体を庇うようにして現れたのは、クレスに敗れたぺルだった。
 クレスは先の戦闘でぺルの背骨に衝撃を与えて昏倒させている。重症では無いものの、暫くはまともな行動は不可能となっていた。


「ビビ様をどうした……!!」

「そう力むな。まだまともには動けねェ筈だぞ」

「黙れ……今度は負けはしない。さっきのようにはいかんぞ」


 ぺルはふらつきながらも剣に指をかけ、闘志を滲ませた。
 今のぺルは気力だけでクレスに飛びかかりそうな勢いだった。


「ハァ……分かった。
 今回はオレの負けでいいから、大人しくしてろ」


 クレスはぺルの闘志をかわす。
 だが、たとえぺルが襲いかかって来ても倒す自信は十分にあった。
 ぺルもそれは十分に分かっていたが、それでも彼は引けなかった。


「その子を助けてあげて、アラバスタの戦士さん。
 あなた達の大切なお姫様をこの国まで送り届けてくれた勇敢なナイトですもの」


 ロビンとクレスはスタスタとぺルに背を向け、彼から離れていく。
 

「待て!! 貴様、あの紙切れはどういうことだ!!」


 ぺルがクレスを呼びとめる。
 

「そのままの意味だ、どう受け取ろうとお前の自由だよ」


 背を向けたままクレスは答えた。
 クレスとロビンは近くに停めてあった<F-ワニ>と呼ばれる乗用のワニに歩み寄る。
 

「王女様は無事よ。今はアルバーナに向かっているわ。
 ……事態が事態だから、これからどうなるかわからないけどね」

「多分もう会うことはないだろう。精々頑張れ、オレにはこれくらいしか言えない」


 二人はF-ワニに乗り込んだ。
 そして、ぺルの方を見る事もなく、発進させ、砂漠の向うに消えた。


「くっ……!!」


 クレスとロビンの姿が消え、ぺルは崩れるように膝をついた。
 そして荒い息のまま前方を睨み続ける。


(私が敵わねば、誰がビビ様をお守り出来るというのだ……!!)


 ぺルは不甲斐ない自身を恥じる。
 アラバスタ最強と呼ばれ、護衛騎士の中で随一の実力を持つぺル。
 これを裏返せば、王国にぺル以上にビビを守れる戦士がいないということである。故にぺルに敗北は許されず、王家の盾となって守り抜かなければならなかった。
 だが、ぺルはクレスに敗れた。
 その結果として、ビビを危険に晒してしまうこととなった。クレスとロビンは無事だと言ったが、それが何処まで信用できるか分からなかった。


「!」


 ふと見てみると、ぺルの服の裾を握りしめる少年の姿があった。
 大怪我をしているらしい少年は、歯を食いしばり、噛みつくように、必死な様子で言葉を紡ぐ。


「肉゛(にぐ)……ッ!!」


 残された希望は、鈍く何処までも強く、強く、輝く。






◆ ◆ ◆


 

 

 砂漠を走るF-ワニ。
 その背に設置された乗車席から、何処までも変わらない砂の波紋を眺める。
 遮られることの無い強い日差しは敷き詰められた砂をフライパンのように熱していく。
 雲が無い何処までも広がる空は、青というよりも、太陽が強すぎて白く見えるほどだ。
 だが、風に舞いあげられた砂はそんな世界を霧のように覆っていく。


「……始まったわね」

「ああ、いよいよだ」


 流れる景色を瞳に映してロビンは言う。
 クレスは静かに答えた。


「たくさんの人が死ぬんでしょうね」

「……ああ」

「みんな騙されて、時代のうねりに飲み込まれて戦うわ」

「そうだな」

「そして、それが偽りだと気付かずに、誰かのエゴとも知らないままに……」

「……だが、もう戦いは始まってる。止まることはないだろうな」


 クレスの答えにロビンは無理やりに息を吐き、淡く消えそうな笑みを作った。


「ごめんなさい」

「どうして、謝るんだ?」

「だって、私のわがままにクレスはずっと付き合ってくれたわ」


 わがまま。 
 ロビンの夢は何処までも純粋で、何処までもその道のりは険しかった。


「別に、いやいや付き合ってる訳じゃない。
 オレはオレの意志で、お前の夢を応援してんだ。それをお前に謝られる訳にはいかない」

「でも……何度も諦めようって思った事もあるの。
 いろいろあったわ。余りにも多すぎて数えきれないくらいに。クレスにも何度も迷惑をかけた」

「でもお前は夢を諦めなかった」

「……そうね。
 でも、それが正しいかなんて時々分からなくなるの」


 自らの罪を告白し、懺悔するように、ロビンは語る。
 消える事の無い罪を、許される訳でもなく滔々と。


「ロビン」


 クレスは咎めるように名前を呼んで、腕を引き、大切に、壊さないように、何処までもやさしく、ロビンを抱きしめた。


「……クレス」


 子供のように頭に手を置かれ、ロビンは戸惑うように、惹かれるように、クレスの首筋に顔を埋めた。
 コート越しに互いの肌が密着して、暖かな熱が生まれる。


「もう、始まっちまったんだ。オレ達も覚悟を決めないといけない」


 クレスはやさしく、あやすように、言い聞かせる。


「逃げ出すことも構わない。
 でも、そうすればきっとお前は自分を許せなくなっちまう。お前の夢はお前自身だ」


 クレスが言うのは自己に対する責任だ。
 夢を描いた夢。
 夢を追う覚悟。
 夢を叶える意思。
 それら全てを持ち続けて、今のロビンがいるのだ。


「だがら、そう悲しい事を言うな」


 そう言って、クレスはロビンを抱きしめる力を強めた。
 ロビンはクレスを受け入れ、その大きな背中に手をまわした。


「……ええ」


 ロビンは母のようにクレスを抱きしめ返した。







◆ ◆ ◆






 様々な場所で、人々は各々の思惑で動き出した。



────例えば、レインベース。
 その地では、一人の海軍曹長が上司から理不尽とも取れる命令を受けた。
 上司は、この国の行く末を見極め、そこで自分で何をするかを決めろと言う。
 若き曹長は、初心を元に決断を下す。海賊達を追跡すると。



────例えば、砂漠を行く大軍。
 若き反乱軍のリーダーは苦渋の決断を下し、国王の持つ首都へと攻勢をかける。
 国を守るため、これ以上王の好き勝手にはさせないと。



────例えば、要塞と化した宮殿。
 国王軍の司令官は国王不在という非常時において、反乱軍から王国を守ろうと奮闘する。
 王は誰よりも清く正しい。我々がこの国を守りきるのだと。



────例えば、首都近くの岸壁の上。
 秘密裏に誘拐され、捕らえられた国王は、これから起ころうという戦いを嘆く。
 国は人だと。国そのものである国王軍と反乱軍が潰しあっては意味がないと。



────例えば、砂漠を走るカメにひかれた車内。
 戦いを煽った者達は、次なる任務のために道を行く。
 各々の目的のもとに。組織の指令通り、この国を潰しきると。



────例えば、砂漠を走る巨大蟹。
 海賊達は前だけを見据え、仲間のために命をかける。
 希望を胸に、これから起きる戦いを何としても阻止するんだと。



────例えば、ユバのオアシス。
 枯れた町に一人残った男は、立ち塞がった砂嵐を睨めつける。
 男はオアシスを守るように立ち、砂嵐に叫んだ。
 何度でも、何度でも、来てみろと。ユバは決して砂嵐には負けやしないと。



────例えば、港町ナノハナ。
 閑散とした町に一人の男が立つ。懐かしさよりも先に、焦燥感が胸を突いた。
 男は遠くを見つめる、間に合えばいいのだがと。



────例えば、慌ただしくなった首都。
 逃げ惑う人々を後目に、靄のような男は静かに口元にカップを運んだ。
 無表情で、何を考えているか分からない。そして言葉を紡いだ。お前たちの歩みを見せて貰うぞと。




 戦いを嘆く者。

 戦う者。

 戦いを煽る者達。

 その真実を知り阻止する者。

 それぞれの思いは行き違い、


──────首都『アルバーナ』で衝突する。









 


あとがき
クライマックスに向けて盛り上がってきました。
原作で重要というより、好きなシーンがあり過ぎて省けません。
ですが、頑張りたいです。




[11290] 第十六話 「それぞれの戦い」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/14 20:12
 円台地の上に築かれた王都アルバーナには、東、南東、南、南西、西の五ヶ所に出入り口がある。
 その五ヶ所全てが下の平原と繋がっていて、いつもなら砂漠からやって来る商人たちでにぎわっているのだが、厳戒態勢が敷かれた今日ばかりは閑散としていた。
 住民たちは避難し終わり、国王軍の兵士たちも城壁の守りを固め、誰もいない筈の出入り口。
 数百段の長い階段を左右の塔門が守っているその先。
 
 西門。

 そこに、明らかにカタギの人々とは一線を画す者達の姿は有った。
 

「オイオイオイオイオイオイッ!! やれ大丈夫かい!! それ大丈夫かいッ!!
 王女と海賊共は本当に来るんだろうね!? これじゃ反乱軍が先に到着しちまうよ。止める気あんのかいまったくッ!!」


 下品な色に髪を染めたオバちゃんが口やかましく言う。
 ミス・メリークリスマス。バロックワークスのエージェントだ。


「まぁ~~~~~だぁ~~~~~~きぃ~~~~~~てぇ~~~~」

「だあああッ!! 苛つくんだよお前のノロさはMr.4!! このバッ(バカ)!! このバッ(バカ)!!」


 そのパートナーのMr.4が双眼鏡を覗きながらノロくさく返事を返す。
 Mr.4は寸胴体型の巨漢で、背中には巨大な銃を背負っていた。


「そうカッカする必要はないんじゃなくて?
 報告では彼らはレインベースで大幅に時間をロスしてるみたいですもの、“間に合わない”ってケースも十分に考えられてよ」


 ミス・ダブルフィンガーが煙管から煙を吐き出しながら言った。


「何? そうなのかい」

「じゃあ反乱が先に始まっちゃったらあちし達はドゥーすればいいのう?」


 ボンクレーがスワンダンスを踊りながら聞く。


「ドゥーしなくてもいいんじゃなくて? 戦争が始まってしまえばいくら王女といえども何もできないわ」

「……消せと言われた奴を、おれ達は消せばいい」

 
 Mr.1が静かに首肯する。



 Mr.1、ミス・ダブルフィンガー。
 Mr.2・ボン・クレー。
 Mr.4、ミス・メリークリスマス。
 この五人にはアルバーナにて、王女と海賊達の抹殺命令が下っていた。
 麦わらの船長はクロコダイルが討ち取ったが、まだ懸念事項である王女を始めとした不穏分子が残っていることは確かだ。
 バロックワークス社最精鋭の力を持ってその者達の抹殺を図る。これが、彼らに新たに下された任務であった。


「まったく、それくらいも判断出来ねェのかオカマ野郎」

「黙んなさい!! ヨッッッポド、オカマ拳法を喰らいたいらしいわねいッ!! オオッ!?」

「止めなさいったらあなた達」

「あッ!! 腰ッ!! 痛ッ!! Mr.4マッサージ!!」



 反乱軍の軍勢は目前だった。
 国王軍は既にその姿を補足して警戒を募らせているはずだ。
 あと数分でこの地は大混乱に陥り、砂の大地には多くの血が流れるだろう。
 そうなれば、ここに集ったエージェント達の任務も終わる。後は悠々と殺し合う民を眺めていればよかった。



「きぃ~~~~~てぇ~~~~~~るぅ~~~~~ぞぉ~~~~~~」



 その時、双眼鏡を覗いていたMr.4が間延びした声で言った。


「何ィ!? さっさと言わねェかい、このウスノロダルマ!!」


 ミス・メリークリスマスが飛び上がり、Mr.4から双眼鏡を奪い取った。
 そしてそれを覗きこみ、


「か、カルガモ……?」


 困惑するように言った。


「カルガモ? 何なのミス・メリークリスマス?」

「数か増えてねェかい!? 六人いる!!」


 彼らに伝えられたターゲットの数は、麦わらの一味と王女をを合わせて五人。
 船長はクロコダイルが消したため、数としては四人でないとおかしいのだ。


「違うわ、ミス・メリークリスマス。ボスの話をちゃんと聞いていて?
 Mr.プリンスって奴が複数いるって言ってたから二人増えても数は合うわ」

「何人増えようが標的は王女一人だ。何をうろたえている」

 
 不動の姿勢だったMr.1が標的の接近に殺しの準備を始める。


「Mr.1……王女一人消せばそれでいいって?」


 ミス・メリークリスマスが双眼鏡を外し、目視によって王女たちの姿を視認する。


「じゃあ、おめェ……どれが王女だか当ててみなよ」


 遠方より砂埃を巻き上げながら現れた六つの人影。
 彼らは全員がアラバスタ最速集団である超カルガモ部隊に乗り、その全員が同じマントで全身を覆っている。
 これではどの人影が王女なのかまったく判断が付かなかった。


「あやふやじゃないッ!!」


 おまけに彼らが乗る超カルガモとは豹をも凌ぐ脚力を持つとされ、逡巡の機会さえエージェントに与えない。


「やっちまいなMr.4!!」


 鋭く言い放つミスメリークリスマスにMr.4が反応する。
 Mr.4は背中に背負った巨大な銃をカルガモ達の中心へと打ち込んだ。
 打ち込まれた弾丸は、まるで砲弾のよう重く、丸く、そして大きな縫い目がある。
 それはまるで無理やりに砲丸投げの球を野球ボールに改造したような弾であった。


「近づくな!!」


 カルガモに乗った一人が鋭く叫ぶ。
 その者の予想は正しく、打ち込まれたボールは地面に転がると大きな爆発を起こした。


「避けた!! 早いわねい、あの鳥達!!」


 カルガモ達は猛スピードで直進し、そこからまるで散弾のように三手に別れた。
 別れた先にあるものは、南門、南西門、西門。
 陽動か、別れてアルバーナ市内に突入するつもりのようだ。
 

「南門は反乱軍の真正面……!! となりゃ、あのどっちかかがビビか……? 行くよMr.4!! あの二人はあたしらに任せな!!」


 南門に抜けた二人をMr.4のペアが追走する。


「必殺“火炎星”!!」


 カルガモに乗った一人から、Mr.1に向け、パチンコによって弾が発射された。
 高速で移動する最中においての正確で精密な射撃。弾は寸分狂うこと無くMr.1の顔へと迫る。


「コイツ等……!!」


 Mr.1は迫る火炎弾を掌で受け止めなぎ払った。
 だが、その隙をついて、二人、真っ直ぐと西門へと突入される。


「西門へ抜けた!! Mr.1、私たちは彼らを!!」


 西門に抜けた二人をMr.1のペアが追走する。


「あァン?」


 しばし呆然としていたボン・クレーに横合いから一匹のカルガモが強烈な頭突きを喰らわせる。


「ドゥッ!!」 


 無防備なボン・クレーは錐揉みして吹き飛んだ。


「さァ、私たちは南西門ね」


 南西門に抜けた二人をボンクレーが追走する。
 

「逃がしゃしないわよォ~~~~う!!」


 西門前にいたエージェント達は全て姿を消した。
 逃げた海賊達を追いこみ、エージェントの内の誰かがその中にいる王女を抹殺すればバロックワークスの勝利である。
 そうならば、反乱を止める術は完全に断たれ、アラバスタは問題なくクロコダイルの手に落ちる。

 そう、今追いかけた人影の中に、
 





 ビビがいたならだ。







 誰もいなくなった西口近くの岩陰で、一匹のカルガモが砂の大地を踏みしめる。
 気合を入れるように短く鳴いて、その姿を現した。
 乗り手はそんなパートナーのカルガモをやさしく撫でる。
 そして、意志の篭った目で反乱軍の迫る遠方を見つめた。


「行くわよ、カル―」


 それは祖国を救うと誓った、王女ビビの姿であった。







────同時に、三手に別れた、四人と二匹が一斉に声を上げた。







「「「「「──── 残念、ハズレ ────」」」」」













第十六話 「それぞれの戦い」












 ヒッコシクラブによってアルバーナに向かったビビ達だったが、真っ直ぐにアルバーナに向かうには大きな問題があった。
 レインベースからアルバーナへ向かうには広大なサンドラ河を渡らなければならなかったのだ。
 ヒッコシクラブは陸上のカニで、泳ぎは得意ではない。仕方なく泳ぐことになったのだが、約50㎞ほどあるサンドラ河を渡るには余りにも長すぎる。
 だが、それでも天は彼らに味方する。かつてルフィが打ちのめし“弟子”にしたクンフージュゴン達が助けにやって来たのだ。
 ビビ達は何とかサンドラ河を渡りきる。そして、渡りきった先で待ちうけていたのは、カル―率いるアラバスタ最速集団の<超カルガモ部隊>であった。

 アラバスタの動物達の力を借りビビ達は、アルバーナへと急行した。
 アルバーナを目前に、高速で移動するカルガモの上でゾロが待ち受けているであろうエージェントを惑わすための策を提案する。
 それはビビを残し、それ以外の一味と砂漠で拾ったラクダ『マツゲ』をカルガモの上に載せて誰がビビか分からないようにマントで覆って入り口に向け走り抜けるというものだった。
 そして、その策は見事に成功する。
 一味は危険なエージェント達を引きつけ、ビビは反乱軍を説得するチャンスを得たのだ。


「ありがとう、みんな」


 正面入り口の南門の先でビビは反乱軍を待ち受けた。
 遠方に大地を埋め尽くすほどの大軍を確認する。その余りの数の多さに大地が震えていた。


「いいのよ、カル―、あなたまで付き合わなくて」


 ビビは隣で歯を震わせながらも懸命に立つカル―に呼びかける。
 怒れる大軍。その迫力は災害にも似ている。軍勢はまるで津波のようにビビの立つ場所へと押し寄せていた。
 だが、カル―はその場を動こうとはしなかった。


「もう……踏みつけられても知らないんだから」


 ビビは一度だけ大きく息を吸い、覚悟を決めた。
 先陣を切ってやって来るであろう幼なじみのコーザを何としても説得しなくてはならない。
 仲間達が命がけで作り上げたチャンスだ。説得を成功させなければ、両軍が激突し、全てが無に帰すのだ。


「お願い……リーダー……話を聞いて……!!」


 ビビは両手を広げた。
 その両腕は目の前の大軍に比べて余りにも小さい。
 大津波を立った一杯のコップで受け止めるかのように、余りに無謀であった。
 だが、それでもビビが引くことはなかった。無茶や無謀は始めから承知だ。僅かでも可能性があるなら諦める訳にはいかない。



「全体散るな!! 南門、中央一点突破!!」



 鳴動する大地。
 立ちこめる砂ぼこりを引きつれて、反乱軍は大地をかけた。
 各々に武装し、ラクダや馬に乗って一丸となりアルバーナへと目指す。
 轡、嘶き、蹄、地鳴り、風切り、鍔鳴り、装弾、怒号、雄叫び。
 反乱軍の軍勢は無数に共振する憎しみの音を響かせる。
 対するビビはただ一人。この音の大軍に対し、一人分の叫びを浴びせかけ、聞き渡らせなければならない。
 だが、ビビはありったけの力で立ち向かう。



「止まりなさい!! 反乱軍!!」



 振り絞るように、必死で、死に物狂いで、声を張り上げた。
 ビビの叫びが反乱軍の軍勢が奏でる凶音と交差する。
 


「この戦いは仕組まれているの!!」



 反応を待つこともなく、更にもう一声、死力を振り絞る。
 
 
────いつか、おれがこの国を潤してやる。だからお前は立派な王女になれ。


 幼き日のビビがコーザと約束した言葉だ。
 枯れていく国を見て、渇きに苦しむ人たちを見て、コーザは決断したのだろう。
 コーザは約束を守りに来たのだ。たとえそれが、ビビを敵に回すことになろうとも。
 バロックワークスによって作られたすれ違いは、決定的な間違いを生んだ。



「私の話を聞いて!! 戦いを止めて!!」



 直ぐそこに、ビビは面影を残しながらも逞しく成長したコーザの姿を目にした。
 届いて!! 戦わないで!! 
 ビビの叫びはその姿と共に目前に迫ったコーザに届くかと思われたが、────不意に着弾した砲弾が二人を引き裂いた。
 砲撃によって巻き上がった砂煙はビビの姿をコーザから覆い隠していく。
 南の塔門からの国王軍の砲撃だった。
 これでは、ビビの声が届かない。


(何てバカな真似を国王軍……!!)


 しかし、無力なビビは知らない。
 バロックワークスの社員達は国王軍、反乱軍の両軍に潜んでたことを。
 忍びこんだ社員が両軍の対決を決定づける為に、司令官の命令を無視して砲撃を行った事を。


「怯むな、突っ込め!! ただの砂埃だ!!」

「ダメよ皆!! 止まって!!」

「我らが国の為!! 国王を許すな!!」

「お願い!! 行かないで!!」



 反乱軍は止まらない。
 膨れ上がった全軍を維持するだけの持久力もなかった。
 戦い、国王軍を倒す。
 彼らに与えられた道はただ一つだった。
 


「────リーダー!!」



 運命を決める二人はすれ違う。
 コーザは馬を駆り、ビビの傍を通り過ぎてしまった。
 手を伸ばしても届かない。必死で追い縋ろうとも、ビビの体は津波のように押し寄せる反乱軍の大軍にのまれてしまった。
 唯一の希望は潰え、反乱軍と国王軍の両軍は全面衝突を起こした。






◆ ◆ ◆






 戦いが始まった。

 国王軍が城壁から覗く砲門を次々に反乱軍に向かって撃ち放つ。
 数で圧倒する反乱軍は怯むことなく果敢に南門へと殺到する。
 門へと続く長い階段を駆け上り、待ちうける国王軍と切り結んだ。
 剣が、槍が、戦斧が、銃が、盾が、鉄槌が、
 両軍ともに握りしめた武器をぶつけ合い、鉄と肉が躍り、赤い血が大地を染めた。
 倒れるのは全てアラバスタの民。倒したのもまたアラバスタの民。

 戦う者全ての思いは一つ。


────アラバスタを守るんだ。


 真実を知る者には悪夢以外のなにものでもない戦いが幕を開けた。







◆ ◆ ◆






 鋭い痛みに、ビビの朦朧としていた意識が覚醒する。
 反乱軍の軍勢にのまれ、暫くの間意識を失っていたようだ。


「うッ……」


 体のあちこちがボロボロだった。だが、思ったよりは酷くない。
 ビビは自身を包む、乱れた羽毛の肌触りを感じた。


「カルー……あなた、私を庇って……」


 カル―は怪我だらけの身でありながらもビビを心配するように鳴いた。
 羽毛は血にまみれ、片翼は折れている。
 カル―は軍勢からビビを己の身を呈して守ったのだ。


「ごめんね……カルー」


 瀕死のカル―をそっと撫でて、ビビは戦いが始まったアルバーナ市内へと視線を向ける。
 

「……反乱は始まっちゃったのね」


 悔しさで声が震えた。
 始まってしまった戦いを思うと目の奥が熱くなった。
 だが、ビビはそれをぐっと我慢する。


「でも、止めるわ……船でちゃんと学んだのよ。諦めの悪さなら……!!」

「────ビビ!!」


 その時、聞きなれた声が聞こえ、見慣れた姿が見えた。


「こっちだ乗れ!!」

「ウソップさん!!」


 そこにいたのは、エージェント達の陽動を請け負ったウソップの姿であった。
 ウソップはどこかで馬を手に入れたのか、傷だらけのビビの傍にかけ寄り馬上から声をかけた。


「その鳥はもう駄目だ。早くしねェと反乱は酷くなる一方だぞ」

(その……鳥……?)


 その時ビビは確かな違和感を感じた。
 ウソップに取ってカル―は一緒に戦った事もある戦友でもある。
 そして、情に厚いウソップが傷だらけで倒れたカル―を“その鳥”呼ばわりなど、ビビには考えられなかった。
 ビビはわき上がる不安を抑えて問いかけた。


「証明してウソップさん」

「おいおい、おれを疑うのか?」


 ウソップはため息をつきながら、スッと包帯の巻かれた腕を差し出した。


(違う……!!)


 ビビが核心した瞬間、倒れ込んでいたカル―がビビを攫うように背に載せ走り出した。
 カル―は必死に傷だらけの身体でウソップの姿をした誰かから逃げ、アルバーナ市内へと向かう。


「全員が同じ印を巻いていたと0ちゃんから報告があったんだけど……ドゥーしてバレたのかしらねい?」


 不気味に独白し、ウソップだった男が、左頬に触れる。
 すると、その姿がオカマへと変わった。
 <マネマネの実>の能力者、Mr.2・ボン・クレーだ。


「でェ~~も~~ッ!! 逃~~~が~~~さ~~~ナイわよ~~~うッ!!」


 ボン・クレーは猛烈な勢いで王女を乗せたカルガモを追走する。
 アラバスタの命運をかけた命がけの追いかけっこが始まった。






◆ ◆ ◆






 一味の『印』には二重の仕掛けがあった。
 少しでも仲間が怪しいと感じたら、包帯を取ってその下に隠されたマーク『 × 』を見せあう。
 それができなければ、相手は敵が化けた偽物。
 それができて、左腕に『 × 』があれば、それが仲間の印だった。






◆ ◆ ◆







「カル―、無茶しないで!! あなたはもう走れるような体じゃ……!!」


 カル―は息を切らし、小刻みに体を震わせるも、それでもビビを乗せ走る。


「逃ィ~~~がさないっつってんのよ~~~う!!
 待ちなサイっテバァ~~~~!! 食ってやるわお前達ィ~~~~ッ!!」 


 その後ろには爆走するオカマ。
 傷ついているとはいえアラバスタ最速の超カルガモにぴったりとついてきている。やたら早い足だった。
 カル―はボンクレーから必死に逃げようと走る。
 だが、その道のりには終点が見え始めていた。
 アルバーナへと入るには今ビビの正面にある南門が近道なのだが、現在戦いの最中にあるその道を進むことはできない。
 だが、カル―は真っ直ぐに走りスピードを上げた。


「カルー、ダメよ!! このままじゃ階段で追い込まれるわ!! 下ろして!! 私、戦うから!!」


 カル―は止まらない。 
 全力で走り、そして咆哮する。


「え!? ちょっとそっちは壁ッ!!」


 驚くビビを背中に乗せたまま、カル―はそびえ立つアルバーナの天然の城壁を垂直に駆け上がった。
 重力に引かれ落ちる前に、一歩。
 痛む体が悲鳴を上げても、更に一歩。
 走るために特化した掻き爪で岩肌を掴み、更にもう一歩。
 それは命がけの奇跡か、はたまた隠れていた潜在能力の発揮か、とにかく超カルガモはアルバーナの岸壁を走り抜けていた。


「ナニあのカルガモ……このアルバーナの絶壁を」


 ポカンとオカマがカルガモを見上げた。
 だが、カル―は絶壁を走り抜き頂上が見えた瞬間、脚を踏み外してしまった。


「が────っはっはっはっは!! バカねい!! さァ、落ちてきてオカマ拳法の餌食に……」


 だが、カル―は諦めなかった。退化した翼を広げ、バサバサと羽ばたいた。
 ほんの僅かだが、カル―は空を飛んだ。
 そしてガシリと絶壁の頂上を掴んだ。


「何ソレェええええ!!?」

「カ、カル―!! すごいわ、あなた今空を……!! ここまでくればさすがにMr.2も追っては……」


 ビビは絶壁の下で地団太を踏んでいるであろうMr.2を見降ろすと、


「ナ~~~マイキなのようっ!! カルガモ!! 王女を渡しなさい!!」


 オカマが絶壁を走って来ていた。


「オカマに不可能はないのよう!! オカマ拳法"血と汗と涙のルルヴェ"!!」


 カル―は慌てて絶壁をよじ上って、その身を城壁の上へと乗り上げた。
 早く後ろに迫るボン・クレーから逃げなくてはならない。
 だが、そこで見た光景にカル―はビビと共に茫然と立ち尽くした。
 

 ドサリ……


 もう二度と立ち上がらないであろう人間が倒れた。
 ピタリとビビの頬に飛びっ散った血液が付着する。ビビの視界が真っ白になった。
 城壁の上は戦いの真っ只中であった。
 国王軍の誰かが数で勝る反乱軍に刺され倒れ、反乱軍の誰かが質で勝る国王軍の兵士に斬り飛ばされた。
 鈍い金属音と、肉を立つ不快な音が同時に聞こえる。
 銃声がそこら中から聞こえて、砲撃音は続いて、悲鳴が聞こえて、怒声は響いて……。


「カルー……この戦場を抜けられる? 
 まだ、反乱軍は町の中心には届いてない筈……!!」


 ビビは唇を噛みしめる。
 茫然と立ち尽くしている場合では無いのだ。
 この乱戦の中ではコーザを探すことは不可能に近い。


「チャカを探すのッ!! 宮殿に急いで!!」


 ビビの声と同時に、背後からボン・クレーが飛び出した。
 カル―は勇ましく、ビビを励ますように鳴いて、戦場を駆け抜ける。
 戦う人々の間を縫って、カル―はその身を前へと進める。
 その時、銃声が響き、踏み込んだカル―の脚がふらついた。


「流れ弾が!!」


 カル―は地面を踏みしめる。ヨロついた体を強引に前に進めた。
 そのまま歯を食いしばり、背中に乗るビビを町の中心へと運んでいく。
 走り抜け、戦闘地域を抜け、カル―の脚が重くなり、限界が訪れ、道の中心に倒れ込んだ。


「カル―!!」


 カル―は必死で立ち上がろうとするも、もうまともに動くことも出来なかった。
 

「やぁ~~~っっと、追い付いたわよ~~う!! が────っはっはっはっは!!」


 後ろには迫るボン・クレー。
 カル―は翼を必死に動かして、ビビに先に行けと伝える。


「うん……!! うん……!! わかってる……!!」


 ビビはこんな状態になってまでも自身を運んだカル―を思い涙ぐんだ。
 しかし、その間もボンクレーは確実に迫って来る。


「グエェ────ッ!!」

「────よくやったな。カル―隊長、男だぜ」


 今まさに飛びかかろうというボンクレーに、新たな影が飛び込んで強烈な蹴り叩きこむ。
 ボン・クレーは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。 


「クェ……」


 安心したように気を失ったカル―に<超カルガモ部隊>の隊員達が駆け寄った。


「サンジさん!!」

「反乱はまだ止まる。だろ? ビビちゃん」


 サンジはかけていたダテメガネを折り畳むと地面に放り投げた。
 

「そのオカマ、おれが引き受けた。行け」


 ビビは頷くと、カル―を超カルガモ部隊の隊員に任せた。
 そして、仲間を信じ宮殿を目指す。


「アンタァ!! ジョ~~ダンじゃな~~いわようっ!! 死になサ~~~イ!!」

「取り合えずてめェにはウチの狙撃手の大切なゴーグル……返してもらおうか」


 ボン・クレーのしなやかな蹴りにサンジの蹴りが交差する。
 サンジの蹴りの威力にボン・クレーの顔つきが変わった。


「さァ~~ては、お前が噂のMr.プリンスねい……」

「いや……」


 サンジは放り投げたダテメガネに視線を移して、ボン・クレーの言葉を否定した。


「おれの名前はサンジ。海の一流料理人だ」


 そのサンジの言葉にボン・クレーも敵愾心を燃やす。


「コック!? あちしだって一流のオカマよう!! コックが裏組織に楯突くんじゃな~~いわよう!!」

「裏稼業ならお互い様だ。おれはコックで海賊だからな」

「目には目をって訳?」

「そういうこった。この国に手ェ出すな」


 そして再び、互いの蹴りが交差した。







◆ ◆ ◆






────アルバーナ南東門。



 不運にもラクダと組む羽目になり、ボン・クレーに不覚を取ったウソップはサンジの要請によりチョッパーの加勢に駆けつけていた。
 ウソップとチョッパーが戦うこととなった相手は、Mr.4とミス・メリークリスマスのペア。
 能力により地面を自由に進むことのできる、潜入のエキスパート達である。その力は一流で彼らこそが国王を秘密裏に誘拐した張本人であった。


 イッキシ……!!


 風邪気味の<犬銃>がくしゃみと共に、その口から野球ボールが吐き出した。
 ボールはチョッパーの頭上近くをスライス回転をかけながら通り過ぎ、地面に空いた穴からひょっこりと現れたMr.4が"四tバット"でフルスイング。
 痛快な当たりで、地面にしゃがみこんだウソップの頭上へ迫り爆発する。
 試合(ゲーム)はMr.4のペアが支配していた。
 ミス・メリークリスマスは<モグモグの実>のモグラ人間。
 Mr.4は<イヌイヌの実 モデル"ダックスフンド">を食べた銃<犬銃ラッスー>を飼いならす、怪力の四番バッターだ。


「大丈夫かウソップ!!」

「ぐ、ぐへ……な、なんとか大丈夫だ」


 ウソップとチョッパーはMr.4ペアの縄張りに入り込んでいた。
 縄張りの名は『モグラ塚四番街』。
 地面には無数の穴が空いている。ミス・メリークリスマスが能力によって掘り抜いた地下通路だ。
 Mr.4のペアはこの中を自由に移動して攻撃を仕掛けて来ていた。


「とっとくたばっちまいな、海賊共。どうせおめェらこの縄張りから出られりゃしねェーんだ」


 モグラ人間のミス・メリークリスマスが地面から顔を出す。
 ウソップが反撃しようとパチンコを引き絞るが、ミス・メリークリスマスは直ぐに地面の中に隠れてしまった。
 その代わりに剛腕ピッチャーの<犬銃>が別の穴から現れ、爆弾ボールを吐き出した。
 時速200km近くで迫る鉄造りのボールを受け止める事は難しく、ウソップとチョッパーは迫るボールを何とか回避しようする。


「カーブ!?」


 カーブボールはウソップから僅かにそれ、後ろでバットを振りかぶったMr.4へと迫った。
 Mr.4はバットを勢いよく振りミート。その快音にウソップは身が竦み目を閉じてしまった。
 

「上だウソップ!! フライだ!!」


 チョッパーの声にウソップは空を見上げた。
 ボールははるか上空へと舞い上がり、緩やかに落下してきた。
 

「四番バッターも打率十割とはいかねェか!! これなら目をつぶっても避けられるぜ!!」

 
 安心するウソップ。
 だが、フライのボールは強烈なスピンがかけられていた。


「ただの四番じゃMr.4は名乗れねェよ」


 地面の中でミス・メリークリスマスは逃げるウソップへと迫ったボールにニヤリと笑う。
 爆弾ボールはウソップの後方で爆発を起こした。
 





◆ ◆ ◆
 
 




────北ブロック、メディ議事堂表通り。



 張りつめた空気の中に、鋭い金属音が交差する。
 アルバーナ市内に逃げ込んだゾロとナミのコンビはMr.1とミス・ダブルフィンガーの殺し屋ペアと対峙していた。
 だが、ゾロはナミと逸れてしまっていた。なぜならば、ナミを気にして戦える状況では無かったのだ。
 

「三刀流“牛針”!!」

「斬人(スパイダー)」


 三本の刀を駆り、Mr.1にゾロは猛攻を仕掛けた。
 対するMr.1は拳を合わせ、目を閉じ、静かに不動の構え。
 交錯は一瞬。
 ゾロが野牛のような突進と共に繰り出した刺突をMr.1は鋼の肉体で受け止める。
 

「チッ……」


 ゾロが舌を打つ。
 手ごたえは十分。だが、Mr.1はまったくの無傷だ。


「──つまりは、体も"刀"の硬度。鉄でも斬れなきゃお前は斬れないと……」

「そういうことだ。打撃斬撃はおれには効かん」


 <スパスパの実>の全身刃物人間。
 Mr.1は全身凶器の武道家だ。体中が鉄の硬度であるMr.1は剣士のゾロにとって手も足も出ない存在だった。


「成程まいった。鉄を斬れねェ今のおれじゃお前には勝てねェ」

「フン、ならばどうする。黙って殺されるか?」

「いや、おれはお前に同情するよ……」


 ゾロは刀を鞘に納め、羽織っていた外套を脱ぎ棄てた。
 そして、腕に巻かれたバンダナを頭にきつく巻き、気合を入れる。


「こう言う境地をおれは待っていた。そろそろもう一段階強くなりてェと思っていたところだ」


 ゾロは飢えた狼のような獰猛な目で、悠然と立つMr.1に向き合う。
 腰元から刀を二本抜いて、切っ先を揺らし、Mr.1を挑発する。


「おれがお前に勝った時……おれは鉄でも斬れる男になっているというわけだ」


 Mr.1を踏み台にすると宣言するゾロに、Mr.1は鼻を鳴らして返す。


「意気込みに水を差すようで悪いが、おれは今まで剣士と名乗る者に一度も傷をつけられたことはない」

「ああ、よくわかった。だが、そういう思い出話はアルバムにでもしまっときな。
 過去にどれだけの剣士と戦ってきたか知らねェが、おれとお前は今まで会ったことがねェんだからよ」

「口先だけは切れるようだな」

「そりゃどうも、タコ入道」


 飛び込んで来たMr.1の大剣のようなカカト落としを、ゾロは刀を交差させ受け止めた。
 

「何分持つかだ」

「お前がな」


 



◆ ◆ ◆ 

 

 


────北ブロック、メディ議事堂裏通り。



 ゾロと逸れ、裏路地に隠れたナミの肩口を鋭い棘が貫いた。
 鋭い痛み。ナミは咄嗟に前へと転がり、追撃をかわす。
 ナミの判断は正しく、先ほどまでナミが背を預けていた石壁をプスプスとまるで布に針を通すように、硬質の棘が貫いた。
 棘は石壁をくりぬいて、そこにドアのような穴を空け、その向うからミス・ダブルフィンガーが現れる。


「フフフ……逃げても無駄よ、お譲ちゃん」


 <トゲトゲの実>の棘人間。
 ミス・ダブルフィンガーは全身から石壁をも軽く貫通するような硬質の棘を出すことができた。


「くっ……」

「あら、まさか私と戦う気?」


 ナミは収納していた三節昆を取り出す。
 ミス・ダブルフィンガーはそんなナミを笑った。
 航海士としての腕は群を抜いて優れているものの、こと戦闘においてナミはただの小娘でしか無かった。
 ミス・ダブルフィンガーも先程から逃げ回るナミを見て、その事に気が付いていた。


「なめないでほしいわね。勝算だってある!!」


 ナミは組み立てた三節昆を構えた。
 <天候棒(クリマタクト)>ナミがウソップに頼み込み作らせた、新兵器だ。
 ウソップの言葉を信じるならば<天候棒>は“雲を呼び、雨を呼び、風を呼ぶ、天変地異の奇跡の棒”であるらしい。
 言葉通りならば、航海士のナミに取ってこれほど心強い武器は無かった。


「まずは“晴れ”ッ!!」


 突如、攻勢に出たナミにミス・ダブルフィンガーが身構えた。
 ナミの持った天候棒は変形し綺麗な正三角形を作る。


「ファイン=テンポ!!」



 ポン。
 鳩が出た。



「アホかァ!!」

「……あ、あなた大丈夫?」


 ナミが物凄い勢いで落ち込んだ。
 余りの落ち込みっぷりに思わず敵が声をかける程だった。
 だが、ナミは何とか気を取り直し、再び天候棒を変形させる。
 仲間は信じるものだ。ウソップは戦えるようになりたいというナミの強い要望に答えてくれる筈だ。
 ナミは説明書の中から使えそうな天候を選択する。今度は小銃のような形だ。


「クラウディ=テンポ!!」



 ポン。 
 花が出た。



「勝てるかァ!!」


 ナミは取り合えずこの戦いで死んだらウソップを呪うことを決めた。
 訳のわからない宴会用の小道具のような武器を手に、ナミは泣きそうなほどピンチであった。
 だが、そんなナミに付き合うほどミス・ダブルフィンガーは甘くはない。


「ダブルスティンガー」


 ミス・ダブルフィンガーは容赦なく棘と化した両腕でナミをハチの巣にしようと襲いかかる。
 ナミはそんなミス・ダブルフィンガーから逃げ回り、説明書を手にしながら打開策を考えるしかなかった。







◆ ◆ ◆







────南ブロック、ポルカ通り



「ムートンショット!!」

「白鳥アラベスク!!」


 サンジの黒足とボンクレーのトーシューズがぶつかり合う。
 役者は躍り、衝撃は舞台を揺らす。
 互いの渾身の一撃は両者の間で拮抗を生み、炸裂するように解放された。
 サンジとボンクレー双方の身体が吹き飛び、また、市街地を破壊していく。


「……この野郎……!!」

「何ちゅう蹴りを……あちしのオカマ拳法に張り合うなんて……!!」


 ボン・クレーを引き受ける事となったサンジは、オカマ拳法を扱うボン・クレーと壮絶な打ち合いを演じていた。
 サンジの目算では実力は拮抗。もしくは己が少し上。ボン・クレーもまたサンジと同じように考えていた。
 互いに傷だらけで、全身がボロボロ。
 サンジは<赫足のゼフ>から教わった、コックの魂である腕を封印した脚技。
 ボン・クレーはオカマ道を突き進み、レッスンで鍛え上げた爪先。
 意地と技。脚と爪先。
 両者の戦いは互いの生き様のぶつかり合いにも似ていた。


「もォ~~~分かったわよう!! こっからが本気!!」

「やってみろ」


 ボンクレーはニヤリと笑い、そっと自身の右頬に触れた。







◆ ◆ ◆







「ウェあ!!」


 隙をつき、路地裏に身をひそめていたコーザが国王軍の兵士に飛びかかり斬り倒した。
 勝利の余韻に浸る暇もなく、コーザは身を翻しまた物陰に身をひそめる。
 直後、そこを通り過ぎる弾丸。戦場においては一瞬の隙が命取りとなった。


「大丈夫か、コーザ」


 同じく反乱軍の兵士がコーザと同じように身をひそめる。
 兵士は銃撃が止んだ瞬間に国王軍へと向けて弾丸を撃ち込み、またその身を物陰に隠した。
 

「馬を何とか奪いたい」

「馬? お前何をするつもりだ」

「宮殿に向かい、コブラに降伏を要求する」

「バカ言え!! 宮殿にはぺルとチャカを含む国王軍の本隊があるんだぞ。
 おれ達だってまだ集結しきっていない。お前一人が突っ走る必要なんてないんだ!!」


 数において圧倒的に上回る反乱軍であったが国王軍の抵抗は思った以上に激しかった。
 国王軍は数では劣るものの、反乱軍に比べ、武器の質も、錬度もずっと高い。それ加え、彼らは街の地形を巧みに使い防御を固めていた。
 コーザ率いる反乱軍の第一軍だけではまだ拮抗状態を破りきれていない状況だった。


「……もう遅いくらいさ」


 皮肉げに笑い、コーザはその身を躍らせた。






◆ ◆ ◆






 戦場の狂乱が鳴動し、渦のように天まで昇り響き渡って行く。
 戦地となったアルバーナから離れた岸壁の傍に、誘拐された国王コブラの姿はあった。
 コブラは両手両足を縛りつけられ、声を出せないように口枷まで噛まされている。
 捕らえられた国王に民の怒りを鎮める力は無く、ただ無力を実感しながら座り込むしかなかった。


「気分はどうだ?」


 クレスは悔いるように固く目を閉じていたコブラに語りかけた。
 その傍にはロビンの姿もあった。
 コブラは現れた二人に言葉は無くとも厳しい視線を向けた。


「……聞かれるまでもねェか」


 クレスはコブラに近付くと噛まされていた口枷を外す。
 

「貴様らは……!!」

「久しぶりだな……Mr.コブラ。
 質問はしてもいいが特に答えるつもりはない」


 クレスは更にナイフを取り出し、コブラの脚を縛っていたロープを断ち切った。


「立て。これから宮殿へと向かう」

「宮殿だと?」


 クレスに続き、ロビンが無機質な声でコブラに告げる。


「クロコダイルがあなたに話があるわ。
 もしかしたら、あなたの大切な王女様も来ているかもね」


 コブラはうめき声にも似た声を上げる。
 だが、クレスとロビンはコブラを完全に黙殺した。


「反抗は認めない。今はただ黙って宮殿へ向かえ」


 二人は冷徹な仮面を被る。
 それは夢のためへの道筋ではあったが、余りにも険しく、何処までも残酷であった。


「御覧の通り、反乱は起こった」

「わかるでしょ? ……大人しく言うことを聞きなさい」


 クレスは強制的に立ち上がらせたコブラの腕をねじあげ、反攻の意志と、意味を奪い去る。


「……この国を救いたければ奇跡にでも祈るんだな」


 そんな事を呟いた。 












あとがき
今回も二本立てです。
開き直って原作を文章に起こしています。
こうなれば、どう削るかよりも、どう見せるかを考えて、皆さまが飽きないようにしていきたいです。




[11290] 第十七話 「男の意地と小さな友情」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/14 20:40
第十七話 「男の意地と小さな友情」













────アルバーナ南東門。 



 砂のグラウンドを削り爆弾ボールは回る。
 爆弾ボールは油断したウソップの背中に迫り、無防備な背後で爆発を引き起こした。


「ほう……<動物系>かい」


 だが、ウソップは間一髪で<獣型>に変形したチョッパーに助けられた。
 チョッパーはそのまま<犬銃>が更に追加した爆弾ボールを待ちうけるMr.4へと走った。
 途中で<人型>に変形し、顔を出したMr.4を殴りつけようとする。
 

「お前さえ吹き飛ばせば!!」

「待ちな、バッターがいなきゃ試合が盛り上がらねェだろ」


 チョッパーは新たな穴を掘り進んできたミス・メリークリスマスに足を掴まれ動きを止められる。
 動きの止まったチョッパーにMr.4が容赦なく爆弾ボールを打ち込んだ。


「うわあああああ!!」

 
 だが、チョッパーはとっさの判断で小型の<人獣型>へと変形し、攻撃を避けた。
 一安心し、足を掴むミス・メリークリスマスを殴りつける。だが、地面に引っ込んで当たらない。
 ならばと、<人型>に変形してMr.4を殴りつけるが、また地面に引っ込んで隠れられた。
 地下通路を自由に行き交う二人。この調子で攻撃を避けられ続ければ隠し玉の<ランブルボール>を使っても直ぐに三分しか無い効力が切れてしまうだろう。
 

「言っとくがな、この地下トンネル。移動できるのはお前らだけじゃないんだぜ!!」


 その時、姿を消していたウソップがその姿を見せた。
 ウソップが消えた事を不審に思い周囲を見渡していたMr.4の頭上に地下トンネルを利用して移動したのだ。


「ウソップ“粉砕(パウンド)”!!」


 ウソップは怪力のMr.4が振るう“4t”の更に上をいく、“5t”と書かれた鉄槌をMr.4の頭上に振り落としていた。
 不意打ちを食らったMr.4はその痛みに悶絶してか声を出さない。
 ウソップは5tハンマーを軽々と指先で回す。


「────沈めた船は数知れず。
 人はおれをこう呼ぶよ……<破壊の王>」

「て、てめェは一体ッ!!」


 ウソップにのまれ、ミス・メリークリスマスは驚愕の声を上げる。
 そんなミス・メリークリスマスにウソップは不敵な笑みと共に名乗りを上げた。


「────キャプテン・ウソップ」


 その雄姿にチョッパーが声援を送った。


「スゲェ!! ウソップ!! スゲェ~~~~」

「おお、センキューベイビーサインなら後にしろ」


 と、返したが、ウソップの内心はドキドキだった。
 実はこの“5tハンマー”はまったくの嘘っぱちで、いつものハッタリの一種なのだ。
 総重量二キロ。フライパンをつなぎ合わせた完全な張りぼてであっが、それでも全力で叩かれれば痛いことには間違いない。
 Mr.4に何処まで効いているのかは甚だ疑問であったが、もしかしたら予想以上に効いているのかもしれない。
 なんにせよ、これはチャンスだった。


「次はお前だモグラ!! 5tの鉄槌を喰らえェ!!」

「ぎゃあああああああ!!」
 

 ウソップはミス・メリークリスマスを叩きつぶそうと攻勢に出る。
 だが、ミス・メリークリスマスも5tの鉄槌を喰らうのは当然ゴメンだ。
 ハンマーを振り下ろすウソップを、地面に空いた穴を使い巧みに逃げていく。








 数分後。
 両者が息を切らして、モグラ叩きは一時休戦となった。


「くそ……ちょこまかと……」

「このバッ、当たらなきゃ……そんなもん……意味ねェんだ!!」

「フハハハハ……そうやって余裕をかましてるといいぜ。
 教えてやろうか? ここまで随分バロックワークスの社員達がおれ達に消されてきたと聞いている筈だが、実は全部おれの仕業だ!!」

「な、何ィ!?」


 5tものハンマーを軽々と振り回す男。
 この男なら、バロックワークスの刺客達を次々と倒してきたというのも頷ける。
 ミス・メリークリスマスの反応が気に入ったのか、ウソップはたたみかけるように続けた。


「しかもおれには8千人の部下がいる!!」

「えっ!! 本当!?」


 チョッパーが初めて知ったと尊敬の眼差しでウソップを見つめた。
 ウソップはチョッパーの食い付きっぷりに、ちょっと調子に乗った。


「いぃ~~~~たぁ~~~~~いぃ~~~~~~」


 その時、ウソップの5tハンマーを喰らったMr.4が頭をさすった。
 チョッパーが愕然とする。5tハンマーを喰らってもコブ一つない。ありえない。


「オイ……」

「ぎくっ」 


 ミス・メリークリスマスの冷めた声にウソップが及び腰になる。
 直後、<犬銃>のラッスーが爆弾でウソップの“5tハンマー”を吹き飛ばした。
 露呈するウソップの嘘。
 ミス・メリークリスマスがその顔を怒りで染めた。


「おめー、あたしを騙したね」

「うおっ!! やべェ……」


 ミス・メリークリスマスが地面に潜り、姿を消す。
 地中はモグラにとって自由なプールも同じ、魚のように掘り進み、腰を抜かしたウソップの後ろに飛び出した。


「土竜“平手撃ち”(モグラ・バナーナ)!!」


 固いシャベルのようなモグラの手による平手打ち。
 ウソップはたまらず吹き飛んだ。


「やるよ、Mr.4!! “四百本猛打ノック”!!」

「うぅ~~~~~~~~~~ん」


 Mr.4の意志に応じ<犬銃>が連続で火を噴いた。
 先程までの比では無い。地獄の“四百本ノック”は相手が倒れても止まらない。
 無数の爆弾ボールがばら撒かれ、Mr.4が次々と打ち返す。


「ランブル!!」


 チョッパーが隠し玉のランブルボールを噛み砕く。
 もはや躊躇っていられる状況では無い。この場を切り抜けなければ、立ち上がることすら出来なくなる。
 次々と迫りくる爆弾ボールを避けながら、チョッパーは打開策を考える。


「診断(スコープ)」


 爆弾ボールが次々とチョッパーへと迫り、地獄のグラウンドに爆発の華を咲かせた。


「チョッパー!!」

「おめ―は人の心配してる場合か?」


 地面から現れるモグラの手。
 ミス・メリークリスマスは地中を進み、逃げるウソップを追いかける。
 いつまでも続く爆弾ボールの嵐に、何処までも追いかけてくるモグラ。
 ウソップは陥ったピンチに必死で逃げた。


「土竜バナーナ!!」

「うおっ!!」


 追い付かれそうになり更にスピードを上げる。
 するとウソップに転機は訪れた。
 前方に遺跡の壁が見えた。遺跡は間違いなく砂の下まで埋まっていて、このままのスピードで進めば地中のミス・メリークリスマスは壁に激突する筈だ。


「頭カチ割りやがれ!!」


 ウソップは遺跡の上に飛び乗った。
 ミス・メリークリスマスがウソップの目算通り遅れて遺跡の壁に迫り、モグラの手の平手打ちが遺跡を捉えるように激突して、――――遺跡がその威力に耐えられず崩壊した。


「な……!?」


 その光景にウソップは言葉を失った。
 そして今になって相手の本当の実力に気付き、恐怖を覚えた。
 おそるおそる周囲を警戒し、ミス・メリークリスマスの姿を探す。
 しばしの静寂。
 崩壊した遺跡にのみ込まれたのだとウソップが思いこもうとした瞬間、


「捕まえたよ」


 がっしりとウソップの両足が掴まれた。


「モグラ塚ハイウェ~~~~イっ!!」

「は、離せ!! 止まれ!! スト~~~~ップ!!」


 ウソップを掴んだままミス・メリークリスマスは勢いよく地面を泳ぐ。
 前方には石壁。
 容赦なくミス・メリークリスマスはウソップを石壁にブチ当て突き破った。
 ミス・メリークリスマスが手を離し、ウソップは空中に投げだされる。


「ウソップ!! モグラから離れて!!」


 その時、チョッパーがウソップに指示を飛ばす。
 ウソップは痛む全身を押さえながら全力で逃げる。チョッパーの指示以前に震えた足が既に動いていた。
 チョッパーは<犬銃>の元まで走ると、その銃口を穴の中に向けて爆弾ボールを吐き出させ、自身も地面に空いた穴の傍から脱出する。


「フォ?」

「バウ?」

「ん?」


 疑問符を浮かべる三者。
 直後、彼らの縄張りに異変が起こった。
 一瞬穴の中が眩く光る。全ての穴から火山が噴火したかのような爆発の火柱が立ち上り、穴の中にいる三者を吹き飛ばした。


「モグラ塚の弱点は全部のトンネルがつながっていることなんだ」

「へぇ………そう……」


 ボロボロのウソップは倒れ込みながらチョッパーが見出した弱点を聞き、願いを込めながら前方を見た。


(もう立ち上がって来んなよ……頼むから!!)


 巻き上がる土煙。
 爆弾ボールの威力はウソップとチョッパーが身をもって体験積みだ。
 ウソップは今の一撃で敵が倒れてくれることを望んだ。
 体中が痛くて思うように動いてくれないし、何よりももう怖くて仕方がなかった。


「……生きてる」


 だが、その思いはチョッパーの言葉によって否定される。
 土煙が晴れる。そこにはいまだ健在である、ウソップの想像を超えた怪物達が立っていた。


「う……うぅっ……いやだ」


 ウソップの口から弱音が漏れ、続いて涙と鼻水も漏れた。
 傷だらけ体で必死の思いで立ち上がり、ウソップは怪物達に背を向ける。


「もうイヤだ!! 殺されちまう!! 勝ち目なんてある訳ねェよあんな化け物達!!」


 そして必死で逃げた。
 拭いきれない恐怖から、立ちはだかる強大な敵から。
 人はそれを臆病と蔑むだろう。だが全ての人間が立ちはだかる壁に臆せず立ち向かえる訳ではないのだ。
 自身の矮小さを知り、敵わないと感じた敵から逃げる事の何が悪いというのか。そしてそれが戦場ならば尚更だ。誰だって命は惜しい。


「ダメだよ!! コイツ等からは逃げられやしないんだ!!」

「その通りだよ。小癪な真似をしやがって……」


 逃げるウソップの足をミス・メリークリスマスがガッチリと掴んだ。
 ウソップは足を急に掴まれ、受け身も取れず地面に転がった。


「うわっ!! うわああああああああ……っ!!」


 ウソップは震えあがり、立ち上がって必死に逃げようとする。
 そんなウソップを蔑むように、ミス・メリークリスマスが口を開いた。


「船長も貧弱なら船員も腰ぬけって訳かい」


 ピクリとウソップが反応する。


「船長……!? ルフィが……何だって」


 ミス・メリークリスマスは報告を受けた事実を告げる。
 

「<麦わらのルフィ>なら、もうとっくに始末されちまったさ。ボスの手でな」

「ルフィが……死んだ?」


 茫然とチョッパーが呟きを洩らす。


「デタラメ言うんじゃねェよモグラババア!! 
 あいつが……!! ルフィが!! 死ぬわけなんかねェだろうが!! あんな砂ワニ野郎に負ける筈がねェ!!」


 ウソップがチョッパーがハッとする程の声で言い返す。
 ルフィは強い。誰よりも、想像がつかないほどに。
 ウソップにはルフィが死んだことなんて信じられる筈がなかった。


「あいつはいずれ<海賊王>になる男だ!! こんなところでくたばるわけねェだろうが!!」


 ウソップの言葉に、ミス・メリークリスマスは僅かな沈黙の後、大きな声で噴き出した。


「ア~~~~~~ッハハハハハ!! か、海賊王だ? 本気で言ってんのかい? ア~~~~ッハハハハハハ!!」

「フォ~~~~フォ~~~~フォ~~~~」
 

 耳障りな嘲弄。
 ミス・メリークリスマスだけでは無く、Mr.4までもが腹を抱え笑う。


「そんなクソみてェな話はこの<偉大なる航路>じゃ二度としねェこった。
 まったく死んでよかったよ。そんな身の程を知らねェバカ野郎はよ……!!」


 そしてまた夢を追うルフィを笑う。
 友に降りかかる嘲弄の声にウソップは、強く、強く、壊れそうなぐらい拳を握りしめた。
 ウソップは奮えた。怯えでは無い。怒りだ。
 そして息を吸い、立ちつくすチョッパーに声を張り上げた。


「いいかチョッパー男には!!」


 ミス・メリークリスマスはウソップを掴み再び地面を泳いだ。
 地中を滑るように掘り進み、猛スピードでMr.4へと向かった。


「た、たとえ……!! し、死ぬほどおっかねェ敵でもよ!!」

「くたばりなァ!!」


 前方には石壁。
 ミス・メリークリスマスは容赦なくウソップを壁にブチ当て、ブチ抜いて、なおも前進する。
 それでも、ウソップは叫びを止めない。震える喉で、声にならない意志を叫び続ける。


「たとえ……とうてい……!! 勝ち目のねェ相手でもよォ!!」

「構えなMr.4!!」


 直線。
 最終投球。
 ミス・メリークリスマスは4tバットを構えたMr.4へとウソップを運ぶ。
 絶好球のど真ん中。殺し屋集団の四番が狙うはウソップの頭蓋骨だった。
 

「モグラ塚四番交差点!!」


 唸りを上げるバット。
 骨を砕く快音と共に、ウソップが地上高く打ち上げられた。
 

「ウソップ!!」


 チョッパーが悲痛な声を上げる。Mr.4ペアは次なる標的をチョッパーへと定めた。
 ウソップが立ち上がれる筈がなかった。Mr.4ペアが感じた感触はホームラン級の手応えだった。


 だが、ウソップは立ち上がった。


 ウソップの額からは大量の血が流れ、脳みそが爆発でも起こしてるのではと錯覚する位の頭痛がし、視界は血霞みに沈む。
 だが、どうしてもこの思いだけは曲げられない。



「男には、どうしても戦いを避けちゃならねェ時がある。────仲間の夢を笑われた時だ……!!」 



 その意地に、夢を笑った者達は驚愕し、恐怖すら覚えた。
 ウソップは荒い息で、一瞬でも気を抜けば崩れそうな体で、魂から叫んだ。


「ルフィは死なねェ……あいつはいずれ<海賊王>にきっとなるから。────そいづだげは笑わせねェ!!」


 ミス・メリークリスマスがもう一度だとMr.4を促す。
 どれだけ吠えようとも、死にかけの雑魚だと。もう一撃喰らわせれば確実に沈黙すると。


「どれだけ意気込んでも所詮その体じゃ何もできめェ!!」

「そんなことさせるか!! 見せてやる。とっておきの変形点!!」


 チョッパーが大地を踏みしめる。
 変形点とはチョッパーが独自の研究によって見出した悪魔の実の可能性だ。
 チョッパーの<ランブルボール>は悪魔の実の波長を狂わせ、通常三段階の<動物系>の変形を七段階まで引き延ばした。
 

「角強化(ホーンポイント)」


 チョッパーの角が普通のトナカイではありえない程に伸び、固く、鋭く強化されていく。
 後脚は大地を蹴り出す蹄に、前脚は大地を掴む腕へと変わった。


「チョッパー!! おれの後ろにつけ!! 合図したら来い!!」

「わかった!!」


 ウソップはミス・メリークリスマスによって再びマウンドから打ち出される。
 再びの直線。
 またもの絶好球ど真ん中。
 振りかぶるバッターは怪力の四番。


「必殺“煙星”!!」


 ウソップがパチンコで煙幕をMr.4へと放つ。
 突然の目くらましに、バッターはたじろいた。


「頼んだチョッパー!!」


 そしてウソップは靴を脱ぎ捨て、ミス・メリークリスマスから逃れた。
 モグラの投手はボールが消えたことに気付き、顔を出す。


「あのガキ靴を脱いで……!! うわっ、何だ!?」


 顔を出したミス・メリークリスマスをウソップの後ろについていたチョッパーが掬いあげ、四番打者の元まで運ぶ。
 絶好球だった。


「モグラ塚四番交差点!!」


 ウソップが声を真似て打者に知らせる。
 Mr.4は打者の性か、煙の向うから現れた絶好球に4tバットを振り抜いてしまった。


「バッ!! 止め……ッ」


 快音と共にミス・メリークリスマスが吹き飛んだ。
 ボールはグラウンドを超えホームラン。外野席の遺跡の屋根へと突っ込んだ。


「フォ?」


 茫然とするMr.4。
 だが、彼には打球を見送る暇すら与えられなかった。


「おい、てめェこっち向け!!」


 いつの間にかウソップがチョッパーの角をカタパルトにしてMr.4へと狙いを定めていた。
 ゴムの限界まで引き絞られたのは、本物の鉄槌(ハンマー)。
 解放される瞬間を待ち望むかのように、ギリギリと音を立てている。


「必殺ウソチョ“ハンマー彗星”!!」


 狙撃手は弾丸を発射させる。
 解き放たれたゴムは勢いよくハンマーを弾きだした。
 唸りを上げ、風を切り裂きながら飛ぶハンマーは四番バッターへと迫り、致命的な死球(デットボール)となった。
 ハンマーはMr.4にめり込んで、その巨体を吹き飛ばし、後ろで暢気な声を上げた<犬銃>ごと遺跡の石柱に叩きつけた。
 叩きつけられたMr.4は力なく倒れ、その愛犬の<犬銃>が苦しげに爆弾ボールを吐き出した。



「ふう~(バタリ)」

「ウソップ? ウソップ!? しっかりしろ!! ウソップ~~!!」

「…………」

「誰か医者を」

「ん?」

「医者ァ~~!!」

「お前だろ(ビシッ)」

「あ」



 爆弾ボールは時を刻み、勝者を祝うかのように盛大に爆発した。






◆ ◆ ◆







────アルバーナ宮殿。
 


「正気ですかビビ様!? そんなことしたら……!!」


 困惑するようにチャカが問い返した。


「ええ、私は正気。
 だからもう一度言うわ。────この宮殿を爆破して」


 ビビはサンジに助けられた後、真っ直ぐに宮殿を目指した。
 その間にも戦火は広がり、徐々に集結しつつある反乱軍に押され、国王軍も戦線をどんどん後退させていった。
 振り帰れば必ず誰かが倒れていて、手を差し伸べても意味がない。ビビは傷だらけの体で歯を食いしばり必死に走った。
 そして宮殿に辿り着いたのがつい先ほどだ。ビビは失踪から二年ぶりの帰国を喜ぶ暇もなく、チャカに考え抜いた提案を持ちかけたのだ。


「そんなことしたらこの国は終わっちゃう? 違うでしょ。ここがアラバスタじゃない」


 ビビはチャカに言い聞かせる。


「アラバスタ王国は今傷つけ合っている人達よ。彼らがいて初めて“国”なのよ!!」

 
 チャカは反対しようとして言葉に詰まった。
 

「数秒間みんなの目を引くことができれば、私が何とかする……!!」 


 だが、当然兵士の間からは反対の声が上がった。
 アラバスタ宮殿は四千年もの価値を持つアラバスタ王家の象徴であり、世界に誇る大遺産だ。
 それを破壊するというのはその歴史に唾を吐くことと同義であった。
 反乱を止めるならば別の手段がある筈だ。ビビ様も考え直されよ。チャカ様も判断を誤りなさるな。
 だが、国王コブラの薫陶を受けた兵士たちはうすうすと感づいていた。
 過去の栄光を守り抜くことと、未来へと繁栄を繋げること。王家に与えられるべき宿命をビビは捨て、国民を守り抜くという、王家に与えられた最大の使命の足がかりにしたのだ。


「ビビ様……」


 チャカは見ないうちに成長し美しくなったビビの姿に、敬愛する国王コブラの姿が被った。
 ネフェルタリ家の尊い血脈は綿々とビビへと受け継がれていたのだ。


────国とは人なのだ。


 感銘を受けた王の言葉。おそらくコブラであっても今この瞬間においては同じ決断を下すのだろう。 
 チャカは理想的な姿勢でかしずいた。


「おっしゃる通りに」


 それは、王家と運命を共にすることを誓った家臣の姿であった。







◆ ◆ ◆


 

 

────南ブロック、ポルカ通り。



 トーシューズがぐりぐりと倒れたサンジを踏みにじる。
 屈辱的な光景であったが、踏みつけられているサンジは強く出られないでいた。


「コノ……オカマッ!! あんまり調子に乗るんじゃ……」


 相手の姿を見て、


「畜生!! 可愛い!!」


 サンジは泣いた。
 

「が────っはっはっはっは!! 口ほどにもないってのはまさにアンタねい!!」


 そこにいたのは、愛しのナミさん────の姿をしたボン・クレーであった。
 別に男衆なら誰に変わろうが容赦なく蹴り倒す自信はあったが、幼いころから女性にはやさしくしろと叩きこまれて育てられ、自他共に認める女好きのサンジにとって、この姿のオカマを攻撃することなど出来なかった。
 だが、事態はそれどころでもないのは十分承知だ。ビビの為に反乱を止めなければならない。
 サンジは心を鬼にし、ナミの姿をしたオカマを攻撃しようとして、


「それにしてもこの国は暑過ぎて、いっそ服を脱いじゃいたいくらいね」


 胸元をはだけさせたセクシーな姿に、愛の奴隷と化した。


「手伝う?」


 サンジの目がハートに変わり、


「オカマチョップ!!」

「目がァ!!」


 その隙をついたボン・クレーに目潰しを喰らいのたうち回った。
 ボン・クレーはあざ笑うかのように追撃する。


「蹴爪先(ケリ・ボアント)!!」


 バレリーナの繊細な感情を表現する爪先がサンジに突き刺さる。
 サンジは受け身もままならないままモロにその攻撃を受け、道中に転がされる。


「この野郎が……フザケやがって!!」

「マスカラブーメラン!!」


 元のオカマの姿に戻ったボン・クレーを蹴り飛ばそうとするが、攻撃が当たる瞬間にナミになり、停止を余儀なくされた。


「キャッチしマスカラ!!」

「ぐっ!!」


 ボンクレーが投げた鋭いマスカラにその身を傷つけられる。
 サンジが睨めつけるも、そこにいるのはナミの姿をしたボン・クレーだ。
 顔も、体も、声も、香り立つ甘いフェロモンまで全て同じナミの姿で、おちょくるようにボン・クレーはサンジを追い詰めていく。


「ア~~ンタと遊んでるのも面白イけど……王女を消すのが私たちの任務なのよねい。だから悪いけど……さっさと片付けさせてもらうわよ────う!!」


 屈辱的な言葉もナミの姿と声であれば、サンジは強く出れない。


「回る、回る!! あちしは回る!! このトーシューズが情熱で燃え尽きるその日まで!!」


 ボンクレーは高速で回転し、激しい感情を表現する。
 そう、それは真夏の、焼けつくようなあの夕暮れ時のように……


「オカマ拳法!! “あの夏の日の回顧録(メモワール)”!!」


 殺人ゴマのように迫るボンクレーをサンジは憎々しげに見て、ふと気付いた。
 サンジの身体が跳躍する。


「ほほ肉(ジュ―)シュート!!」


 反撃に転じると思っていなかったサンジの強烈な蹴りを頬に受け、ボンクレーが吹き飛び、白壁の民家に埋まった。
 サンジは小さく笑みを浮かべた。


「見切ったぜ、マネマネの実……!!」


 民家の扉が開き、ボンクレーが姿を見せ、聞き捨てならないと反論する。


「何を~~~~生意気なァ!! ア~~~~ンタごときがあちしの能力の何を見切ったてェ!?」

「お前、ナミさんの体のままじゃオカマ拳法が使えねェんだろ。
 確かにおれからは攻撃できないが……お前が仕掛けてくる瞬間に必ずお前はオカマに戻る。右手で自分の頬に触ってな」


 ボンクレーはわざとらしく笑い声を上げ、汗だくで目をキョロキョロさせる。


「え~~~~? ぜんぜん聞こえな――――い」

「図星じゃねェか」

「だから何だっツ────ノようっ!! 
 そうよ!! そうよ!! 日々レッスンを重ねたあちしのしなやかなバディーがなければオカマ拳法はあ────やつれなァ────いのようっ!!」


 オカマ拳法はボン・クレーの肉体でなければ発揮できない。
 マネマネの実はベンサムの姿を細胞から全て別人に造り変えてしまうのだ。鍛え抜いたしなやかな肉体を他人に望むことはできない。


「ならば見せてやるわよっ!! あちしのオカマ拳法、その“主役技(プリマ)”!!」


 逆切れしたボン・クレーは肩口の白鳥の飾りをアタッチメントのように爪先に装備する。
 サンジから見て、右がオスで左がメス。珍妙な外見とは裏腹に、とてつもない威力を秘めたボン・クレーの隠し玉だった。


「爆弾白鳥(ボンバルディエ)!!」


 撓る首に、鋼の嘴。
 サンジは己の勘に従い、転がるように避けた。
 そして、サンジの代わりにその威力を引き受ける事となった石壁の破壊痕を見て戦慄する。


「穴のまわりに傷一つ入ってねェ……!!」

「一点に凝縮された本物のパワーって奴は無駄な破壊をしないものよう」


 ボン・クレーの一撃はまさに大型ライフルのような一撃だ。まともに食らえば人体に風穴があく威力を秘めている。
 焦げ目がつく程のスピードと、無駄なく凝縮されたしなやかな破壊力。
 故に、至高。
 オカマ拳法のトップスターとなりえる主役技であった。


「アン!!」

「く!!」


 撓る首によって蹴りのリーチが段違いとなったボン・クレーにサンジは苦戦を強いられる。
 ボン・クレーはサンジの間合いの外から散弾銃のように蹴りを乱射する。


「オラァ!!」

「首肉(コリエ)!!」


 避けきれないと感じたサンジの蹴りが交差する。
 サンジは白鳥の首筋を狙い、ボン・クレーの蹴りを反らした。
 ボン・クレーがニヤリと笑らう。やはり、間合いを制したボン・クレーが優位に立っていた。


「無~~~駄よ────う!!」


 直撃し、サンジは大きく吹き飛ばされた。
 肩口に喰らった。ミシミシと骨が軋んでいるのがわかる。


「勝負あったわねいっ!!」


 ボン・クレーが太陽を背に飛ぶ。
 描くのは、あの、冷たくもどこか温かい雪解けの日差し……


「オカマ拳法“あの冬の空の回顧録(メモワール)”!!」


 緩やかに下降しながらも、ボン・クレーは猛禽のようにサンジに狙いを定める。
 サンジは鷹のように爪先を突き出したボン・クレーを背面跳びのように飛び上がり避けた。
 白鳥のアタッチメントによりリーチが伸びたボン・クレーは確かにサンジよりも間合いを制しやすい。だが、その分返りが遅く、一発目を凌げばチャンスはサンジに巡る。


「やるわねいっ!! でも残念!! これでドゥ―!!」


 ボンクレーは左頬に触れ、その姿をナミに変えた。
 これでもうサンジはボンクレーに手を出せない筈だった。


「おい、左頬になんかついてるぞ」

「え、本当ぅ? ……あ」


 思わず左頬に触れてしまい、その姿が元のオカマへと戻った。


「肩ロース(バース・コート)!!」


 ボン・クレーの肩にサンジの足が叩きこまれた。
 たまらず地面を転がるボン・クレー。
 その後ろに、ゆらりと、食材を逃がさぬ料理人の姿は有った。


「腰肉(ロンジュ)!!」

「後バラ肉(タンドロン)!!」


 腰肉は叩き、後バラ肉は突き刺して。
 次々と調理される食材のように、ボン・クレーはサンジの攻撃にさらされる。
 だが、サンジが一流の料理人ならば、ボン・クレーは一流のオカマ、言うなれば躍る舞台のトップスターだ。
 スポットライトを奪い取るかのように、ボン・クレーは反撃を開始する。


「腹肉(フランシュ)!!」

「アン!!」


 お互いの腹部に、それぞれの攻撃がめり込んだ。
 リーチで勝るボン・クレーにサンジは防御を捨てた。
 その分、前に踏み込んだその分だけ、サンジの蹴りは深く食い込み、ボン・クレーの爪先は深く突き刺さった。


「もも肉(キュイソ―)!!」

「ドゥ!!」

「すね肉(ジャレ)!!」

「クラァアア!!」


 軋みを上げる骨。断裂する筋肉。肌は裂け。血は全身から流れ出る。
 サンジは仕込みを終えた食材を最高に仕上げるように。
 ボン・クレーは舞台で迫真の演技で観客に迫るバレイスターのように。
 観客のいない舞台で二人は躍る。
 躍進、躍動。
 縺れ転がり、それでも前へ、舞台は最高潮に沸き上がり、終焉の時を待ち受ける。
 最高のファンタジスタ達は交差するその瞬間に己の全てをぶつけた。






「────仔牛肉ショット!!」
 
「爆弾白鳥アラベスク────!!」 


 



 会心の一撃。
 燃え尽きるように、白く変わる世界。
 最高の食材か、
 至高の姿勢か、
 観客が息をのんだように静まり返った戦場で、静かに着地の音だけが響いた。


「ガッ……」


 サンジの口から苦悶と共に血が漏れた。
 点滅する視界、砕けたように崩れ、サンジは膝をついた。


「あ、ああ……」


 同時にボン・クレーの腹部がバチバチと破裂寸前の爆弾のように軋みを上げる。
 滞留する衝撃。
 それは、今この瞬間に炸裂する。


「ぎゃああああああああああああああああァ!!」


 ボン・クレーの身体が乱回転しながら、石壁の滑らかな壁に突っ込んだ。
 舞台の白鳥は、壇上から弾き飛ばされたのだ。
 舞台の幕は下りる。
 勝者は一流料理人のサンジであった。


「呆れたぜ……まだ息があんのか」


 サンジが瓦礫の中から這出た後に、大の字で倒れたボン・クレーを見下ろした。


「んバ……バイったわ……あんたの勝ちよう……殺しなさい」


 敗北を認め、潔くボン・クレーは死を望んだ。


「……どうした? ナミさんに姿を変えれば、おれはお前に止めをさせねェ」

「フフン……笑止。
 あんたに敗れたあちしはどうせ組織に殺される運命なのよう」

「フン……お前の能力なら逃げる事も容易いだろうか」


 胸元からタバコを取り出したサンジに、ボン・クレーは悲しげな顔で語り出した。


「そうはいかないのよう。
 あちしは『Mr.2・ボン・クレー』あちしよりも強い奴はほとんどいないってワケ。……つまりはあちしを殺せる人間が限られるってこと」

「それが何だ?」

「……その、殺せる人間の方にあちしの友達(ダチ)がいるのよう」


 独白するボン・クレーにサンジは口から煙を吐き出した。


「つまりは……そいつに、手を汚させたくないと」

「……そういうことよう」


 ボン・クレー目を閉じると壊れかけた喉で叫び声を上げた。


「ダチを悲しませるぐれェならば!! あちしは死んだ方がましようッ!!」
 

 ボン・クレー何を考えているか分からなかったが、サンジにはその言葉に偽りは感じられなかった。
 冷めた目でサンジが問い返す。


「………つまりは、おれが代わりに手を汚せってんだな」

「敵であるあんたなら、別にあちしに躊躇する必要もないじゃナイ。あちしはこの国の崩壊に手を貸した張本人よう。気にすることは無いわ」

「てめェの事情はよくわかった………」


 サンジはボン・クレーの傍まで歩み寄る。
 咥えていたタバコを投げ捨てて、ボン・クレーの真横に立った。
 岩盤を易々と砕くサンジならば一撃でボン・クレーに止めを刺すことができるだろう。
 ボン・クレーは友を思い、目を閉じ、覚悟を決めた。


「ごめんねい……クレスちゃん、ロビンちゃん……!!」


 サンジの止めを待ちうけるボン・クレー。
 だが、覚悟していた衝撃はいつまでも感じられない。
 ボン・クレーは固くつぶっていた瞼を開けた。


「いい勝負だった……」


 光射すその先にいたのは、手を差し伸べるサンジ。
 差し出された手は友を称えるように、労りをもっていた。


「もうそれ以上言葉はいらねェ筈だぜ」


 手を差し伸べるサンジにボン・クレーは困惑する。


「何してるのよう!! あんたはあちしを……」

「オイオイ、お前はダチのおれに止めを刺させるつもりなのか?」

「!!」


 サンジは倒れたボンクレーに対し、気楽に話しかけた。


「てめェが何を考えてるかは知らねぇが。
 おれ達の目的はこの反乱を止める事と、てめェらバロックワークスをぶっ潰すことだ」

「あ、あんた……」


 それはボン・クレーが今の立場から脱する唯一の方法だった。


「それにな、勝負ってのはもとより勝者が全てだ。敗者のお前におれがとやかく言われる理由なんてねェんだよ」


 差しのべられた手。
 労りと、称賛を示したその掌。
 それは、まぎれもなく好敵手(ライバル)との友情の証であった。
 ボン・クレーは目を見開き、おそるおそるその手を取り、掴むと同時に涙を流した。


「ありがドゥ~~~!!」

「泣くなオカマ野郎。レディの涙以外は受け付けねェんだよ」


 サンジは熱い握手を交わした後、ボン・クレーからウソップの狙撃用のゴーグルを取り返し、止めを刺すことなく、その場を後にした。
 当然ボン・クレーが演技をしている可能性もあったが、演技であってもあそこまで感情を込められるとはサンジには思えなかった。


「ありがドゥ~~~~!! コックちゃん!! ありがドゥ~~~~!!」


 ボン・クレーも友からかけられた言葉に希望を賭けた。
 そして立ち去るサンジを、土下座で感謝の意を示しながら見送った。


「うるせェんだよあのオカマ……チッ、こりゃ何本かイッたな」


 南ブロック、ポルカ通り。
 サンジVSMr.2・ボン・クレー
 勝者サンジ。


 戦利品『小さな友情』


 
 








あとがき
このシーンのウソップ戦闘と、セリフが大好きです。
ウソップがたまに魅せる男気がたまりません。
それと、何故かボンちゃんが出ると展開が熱くなりますね。
私事で申し訳ないのですがこの春からかなり忙しくなりそうで、この更新の後はスピードが落ちてしまうかもしれません。
なんとか週一を心がけますが、遅れてしまう場合もあるかもしれません。
これからも頑張りたいです。よろしくお願いします。





[11290] 第十八話 「天候を操る女と鉄を斬る男」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/27 21:45
「しばしお待ちを、直ぐ準備が整います」


 チャカの指示により、現在宮殿の各所には大量の爆薬が運び込まれていた。
 4000年ものアラバスタの歴史の中で幾代のも王が権力の象徴として所有し、居を構え、維持してきたアルバーナ宮殿。
 荘厳な外観だけではなく、職人たちが丹誠を凝らして作り上げた彫像、壁に刻まれた鮮やかな紋様、宮殿内の数々の美術品や調度品など、それら全てが調和したアラバスタが誇る最大の大遺産。
 そのアルバーナ宮殿が今、たった一人の小娘の手によって破壊されようとしていた。
 後の歴史はこの決断を下したビビを愚かと蔑むのかもしれない。だが、ビビはそんな事はどうでもよかった。無意味な戦いを続ける国民達を救うこと、それが今のビビの全てだった。


「この事態をなんと申し上げればよいのか……」


 悔やむようにチャカが言う。
 己が不甲斐ないばかりに、ビビに対してこのような決断させてしまったのだと。


「わかってる……」


 ビビは戦火に包まれた市内を見下ろした。


「……あなた達は反乱軍を迎え撃つしかなかった。それよりもイガラムを欠いてよく二年以上の暴動を抑えてくれたわ」


 ビビはチャカの苦悩を察する。


「ごめんね……急に国を飛びだしたりして、でも……まだ終わりじゃないの。
 反乱を止める事出来ても、あいつがいる限り……この国に平和は訪れない……!!」


 ビビはぎゅっと拳を握りしめ、ここまで自分を導いた海賊達を思った。海賊達は自らの命を賭けてビビを宮殿まで送り届けてくれたのだ。
 そんな彼らにビビが報いる方法があるとすれば、どんな手を使ってでもこの反乱を止める事だった。


「ビビ様────」


 チャカは過去とは比べ物にならないくらいに美しく、強くなった王女に、素直な言葉を贈った。


「────二年見ないうちに、貴女はずいぶんいいお顔を為されるようになった」


 ただ純粋にやさしいだけでは無い。
 現実を知り、現実に打ちのめされながらも、理想のために前に進んだ者が浮かべる事の出来る、高潔で力強い姿。
 それは、乾いた砂漠に咲く一輪の花のように、どんな困難にも立ち向かえる強さを備えていた。
 王女を成長させたのは、ビビと苦楽を共にした海賊たちなのだろう。チャカはその海賊達に会ってみたくなった。


「この戦争が終結を見た折には、例の海賊達と大晩餐会でも開きたいものですね」

「チャカ……」


 チャカの言葉にビビの顔に小さな笑みが生まれた。
 誰一人欠ける事無く、海賊達とまた盛大な宴を開く。それがどれほど難しいことか、だが、ビビはその様子を想像し、そうなる事を心から望んだ。



「チャカ様……ッ!!」


 
 その時、宮殿広場への扉が慌ただしく開き、傷だらけ兵士が報告をおこなった。


「宮殿内に何者かが……!!」

「なに!?」


 チャカが傷だらけの兵士に駆けより詳細を聞きだそうとした時、鈍い音と共にその兵士が黄金の鉤手によって貫かれ、力なく崩れ落ちた。


「困るねェ」


 その瞬間、宮殿広場へと続く門扉がただ一つを残して勢いよく閉じられた。
 王女と司令官を残して閉ざされた門に兵士たちがざわめく中、血で濡らした鉤手の男が砂塵と共に我が物顔で宮殿の欄干に腰かけた。


「物騒なマネしてくれるじゃねェか、ミス・ウェンズデー。ここは直におれの家になるんだぜ」

 
 砂漠の魔物が冷徹な瞳にビビを納めた。


「いいもんだな宮殿ってのは────クソ共を見下すにはいい場所だ」

「クロコダイル!!」


 この反乱を仕組んだ黒幕。
 レインディナーズでルフィが食い止めると約束した男の登場と、それが示す意味に、ビビの全身が凍りついた。
 それと同時に、宮殿へと続く最期の扉がゆっくりと閉まってゆき、宮殿の中から白いコートを着た女とパサついた黒髪の男が現れた。
 

「ぐッ……!!」


 苦悶を上げたのは扉に打ち付けられた国王コブラだ。


「パパ!!」

「国王様!!」


 二人に緊張が走る広場に、無表情のまま悪魔の子達は歩を進めた。
 重い音が響き、最後の扉が閉まった。


「……さァ、始めようか」


 張りつけにされたコブラを背に、クレスは冷たい表情で言った。













第十八話 「天候を操る女と鉄を斬る男」













────北ブロック、メディ議事堂裏通り。



 ゾロと逸れ、一人きりでミス・ダブルフィンガーと戦うこととなったナミ。
 ウソップから託された訳の分からない武器<天候棒>の説明書を手に、ナミは焦りながら逃げ回っていた。


「────じゃあ、死んでもらうけど、よろしくて?」


 民家の中に逃げ込み、隠れながら説明書に目を通していた矢先、ナミは隠れていた壁の向こうからミス・ダブルフィンガーの声を聞いた。


「やばっ……見つかった!!」


 ナミは出口に向けて走り出す。
 ミス・ダブルフィンガーとの力には間には大きな隔たりがあり、立ち向かえば間違いなく殺される。取り合えず今は逃げのびて、<天候棒>を信じ少しでも時間を稼ぐのが先決だった。
 ナミが出口のドアに手を触れた瞬間、ミス・ダブルフィンガーが巨大なウニのような姿になって民家の壁を突き破って来た。
 

「逃がさないわよ、お譲ちゃん」


 ナミは咄嗟の判断で方向転換を果たし、ドアから飛びのいた。
 その瞬間、勢いよく転がって来たミス・ダブルフィンガーがドアをその能力でくし刺しにする。
 もし、ナミがそのまま逃げようとしたならば、ドアを開いた僅かな時間が仇となっていただろう。
 

「早く逃げなきゃ……!!」


 ナミは天候棒で窓硝子を叩き割ってそこから脱出する。
 だが、それをそのまま見逃すほどミス・ダブルフィンガーも甘くは無い。
 巨大なウニとなったミス・ダブルフィンガーが触れたもの全てを穴だらけにして、再びナミに迫る。


「くし刺しにおなりなさい」

「そんなむごい死に方……御断りよ!!」


 ナミは空中で羽織っていたローブを脱ぎ、ミス・ダブルフィンガーに投げつける。
 ミス・ダブルフィンガーは当然の如く、そのローブを穴だらけにしたが、その瞬間ナミが勢いよくそのローブを引っ張った。
 棘は貫通力に優れるが、ものを切り裂く力は無い。ミス・ダブルフィンガーの体は闘牛のようにナミから逸らされ、そのままの勢いで向かいの民家に突っ込んだ。


「へぇ……戦闘に関してまったくの素人ってわけでもなさそうね」


 ナミの身のこなしは素人が早々に真似できる者ではない。しっかりと状況を把握して適切な行動を選択している。
 ミス・ダブルフィンガーはナミに対する認識を改め、再び逃げたナミの背中に目を移した。






「うぅ……あの鼻の奴!! 私が死んだら呪ってやる!!」


 ナミは路地裏へと入り、物陰に身を潜め、そこで再び説明書に目を通した。


「もっとちゃんとした戦闘用の技は……」


 ウソップに天候棒を作ってもらったものの、何かと忙しくて、その扱いについて余り調べられなかったのが悔やまれた。
 ナミは飛ぶように説明書の文章を読み進み、無駄な機能が多い天候棒の性質を調べていく。
 そして、表面の最後の一文に不吉な文章を発見した。



『────なお、戦闘用の技に関しては裏面に記載する』



「んなアホなァ!!」


 乙女らしからぬセリフを吐き、ナミは訝しげに裏面を覗きこんだ。
 

「え……」


 そして、ただの小娘だったナミの“力”は一変する。






 煙管をふかして、悠々とミス・ダブルフィンガーがナミが逃げ込んだ路地裏へと歩み寄る。
 彼女にとって、多少の経験はあるものの戦う術が素人の域を出ないナミなど、逃げ回る子猫も同じだった。
 子猫を追い回すのに多少の苦労はするだろう。だが、子猫相手に命の危険を感じることなどありえないし、ミス・ダブルフィンガーは子猫を追い詰める術をもっていた。


「さて、今度は何処に隠れたのお譲ちゃん? いい加減鬼ごっこも終わりにしたくてよ」

「もう逃げも隠れもしないわよ!!」


 スカートに動きやすいように切れ目を入れ、邪魔になりそうなアクセサリーを投げ捨てて、戦う準備を済ませたナミが路地裏から勇ましく現れる。
 その手には力強く握られた天候棒。先程までの懐疑的な視線とは違い、頼もしい相棒に向けるような眼をその武器に向けていた。


「これでも8年間泥棒稼業をやってたのよ。どんな死線も一人で乗り越えて来た。その辺の小娘と一緒にされちゃたまんないのよね!!」

「そう、それは結構。どうしたの? 急に強気になっちゃって」


 ナミは三節昆の天候棒を三つに分解し、その空洞となっている先端をミス・ダブルフィンガーへと向けた。


「言っとくけどここからが本領よ!!」



────戦闘における『天候棒』組み立て、byウソップ。
 
 ナミは説明書の内容を思い出す。
 3本の“棒(タクト)”からなる天候棒(クリマ・タクト)にはそれぞれの棒に特性があり、それぞれにその特性に対応する"気泡"を飛ばすことができた。
 1本目は『熱気』の“熱気泡(ヒートボール)”
 2本目は『冷気』の“冷気泡(クールボール)”
 3本目は『電気』の“電気泡(サンダ―ボール)”


「面白い武器だとは思うけど、こんなオモチャじゃ私は殺せなくてよ」

「うっさいわね!! 分かってるわよ!!」


 ちなみに未完成なので威力は物凄く低い。
 だが、それでも天候を知りつくした航海士のナミにはこの気泡達が重要な要素となりえた。
 呆れ気味のミス・ダブルフィンガーを気にすることなく、ナミは天候棒によって三種の気泡を作り続ける。


「ごめんなさいね……もう付き合いきれないわ」


 ミス・ダブルフィンガーは足の裏から棘を伸ばし、凶悪なヒールを作り上げ、地面を突き刺しながらナミに向けて疾走する。
 ナミはその様子に、気泡を作り出すのを一時中断して逃げ回る。
 

「鬼ごっこはもう終わってよ」

「あ……」


 接近したミス・ダブルフィンガーから勢いよく突き出た棘が、ナミの足を突き刺した。
 がくりとナミの脚から力が抜け、地面にへたり込む。


「スティンガーステップ」


 直後、足の裏を能力で殺人スパイクにしたミス・ダブルフィンガーが、容赦なく踏みつけを行う。
 ナミは苦し紛れに、十字に交差させた天候棒を投げつける。
 天候は暴風。
 

「サイクロン=テンポ!!」


 ブーメランと化した天候棒はミス・ダブルフィンガーの顔に向けて迫るが、能力の棘で受け止められてしまう。
 だが、天候棒の回転が止まった瞬間、突如吹き付けた突風が渦巻いて彼女を吹き飛ばした。
 トリックはナミが作り出した“熱気泡”と“冷気泡”だ。温度差のある気泡同士が回転していたのを止めた為、そこに爆発的な突風が生まれたのだ。
 風に乗り、回転しながら手元に返ってきた天候棒を受け止め、ナミは違う天候を作り出す。
 天候は雨。


「レイン=テンポ!!」
 

 天候棒の各所から、ジョウロのように控えめな水があふれ出た。
 乾いた砂漠気候を利用し、そこに足りないものを補い出来る事。ぶっつけ本番ではあるが、十分に試す価値はあった。
 ナミは己の考えを信じて、必死に“要素”を作り出す。


「何をよそ見してるの? 殺し合いを甘く見てるのではなくて?」


 指先を鋭い棘に変えたミス・ダブルフィンガーが、必死で“熱気泡”を作り出しているナミに指先を突き刺した。
 鋭い棘はいともあっさりと、ナミに突き刺さり、その急所を貫いた。


「残念」

「何!?」


 それはたった今殺した筈のナミの声。驚き、ミス・ダブルフィンガーが視線を彷徨わせる。
 突き刺したナミの直ぐ傍に、もう一人のナミの姿があった。すると、突き刺した方のナミがぺロリと舌を出して、その姿をぼやけさせた。


「“冷気泡”で空気の密度を変えたのよ。著しい温度差による光の異常屈折────」

「────まさか、"蜃気楼"!!」

「そう。この武器は私にぴったりみたい」


 アスファルトや砂地などの暑い地面に面した空気が熱せられ下方の空気密度が低くなり、上方との著しい密度差によって引き起こる蜃気楼。
 ナミは"冷気泡"を使い、狂おしい程の温度差を大気に刻みつけたのだ。歪んだ空気の鏡にその姿を映し出し、ナミ自身はその向うに隠れた。ミス・ダブルフィンガーは見事にナミの策にはまっていた。 

「フフ……でもそれがどうしたの? 
 面白い武器を持っているようだけど実用的な攻撃力がなければ所詮それはお遊戯の道具じゃなくて?」


 ミス・ダブルフィンガーは笑う。



「目的がどうあれ、人を殺めることのできるモノを『武器』とそう呼ぶのよ」


 ミス・ダブルフィンガーは余裕を崩さない。
 ナミの天候棒が戦場の気候を自在に操れたとしても、ミス・ダブルフィンガーを打倒せなければ意味がないのだ。
 今の蜃気楼も、ミス・ダブルフィンガーから見れば“逃げの一手”。当然条件がそろってこそ出来た技だ。ミス・ダブルフィンガーの優位は動かない。


「あなたに私は殺せない」

「そんなこと、やってみなくちゃ分からないじゃない!!」


 ナミは再び“熱気泡”と“冷気泡”によって“要素”を作り出す。
 熱気は「水分」を含みつつ上昇し、下降してきた冷気とぶつかり凝結される。するとそこに出来るのは―――


「やる気みたいね。なら、私もお礼に面白いものを見せてあげてよ」


 ミス・ダブルフィンガーが針のように細く尖らせた棘を自身の腕に突き刺した。
 突き刺したのは筋肉が活性化するツボだ。そこを刺激したことにより、異常なほどにミス・ダブルフィンガーの腕が固く膨れ上がった。


「トゲトゲ針治療(ドーピング)!!」

「何よそれ!!」

「余所見はダメって言ったでしょ?」


 ミス・ダブルフィンガーの腕からサボテンのような荒い棘が生え、鬼が持つトゲトゲの棍棒のように姿を変えた。
 増強した筋肉でミス・ダブルフィンガーは容赦なくその腕を振り払った。


「スティンガーフレイル!!」


 ナミは咄嗟に頭を庇い、地面に伏せた。
 棘の剛腕はその真上を空気を押しのけて通り過ぎ、ナミの後ろにあった石柱を易々と砕いた。
 石柱が砕かれたことにより、柱として支えていた民家の一区画が崩壊。ナミは貫かれ鋭い痛みが走る脚を引きずるようにしてそこから脱出する。


「きゃああ!!」


 何とか崩落に巻き込まれずに済んだものの、地面を転がり体中に小さな傷が出来た。
 立ち上がろうとして、先程までと違う鈍い脚の痛みがナミを襲う。どうやら崩落の際に瓦礫で脚をやられたらしい。


「まったく、逃げの素早さだけは一級品ね」

「くっ……」


 ナミは願いを込めて辺りを見渡した。
 条件はクリアしている。要素も十分にばら撒いた。もう出来ていてもおかしくは無い。
 

「あった!! 小さいけど……出来てる」


 ナミの視線の先、そこにあったものは雨の降らないアラバスタの気候を無理やり捻じ曲げて作り上げた“雲”だった。
 希望が繋がっていることにナミは一安心し、歯を食いしばってその希望を手繰り寄せる。


「まだまだ……!! “熱気泡”!! “冷気泡”!!」

「……いい加減にしなさい」


 まったく殺傷力の無い攻撃を続けるナミに業を煮やしたミス・ダブルフィンガーが肉薄し、棘の棍棒と化した腕でナミを殴りつけた。


「スティンガーフレイル!!」

「あァっ!!」


 ナミは後ろに避けようとしたものの、ミス・ダブルフィンガーの踏み込みは深く、棘の剛腕でナミの柔肌を削り取った。
 そのまま吹き飛ばされ、ナミは地面を転がっていく。


「どう? 覚悟は決まった?」


 残酷な笑みをもってミス・ダブルフィンガーは最後の問いかけをおこなう。
 ナミは痛みを耐えながら、僅かに笑った。
 

「……あんたこそ」


 電気泡。
 ナミは最後の一手を打ち込んで、バッと身を伏せた。
 電気泡は静電気程度の電撃を纏った気泡。それ自体では当然威力など無いに等しい。だが、重要なのは均衡を崩すことだ。
 ミス・ダブルフィンガーが不穏な気配を感じ後ろを振り向いた。そこで見たモノは大きく成長した黒雲。
 熱気泡と冷気泡によって作られた氷の結晶達がぶつかり、擦れ、砕け、またぶつかりと蓄電された静電気の塊に、均衡を崩す、トリガ―たりえる一撃を打ち込めばどうなるか?


「サンダーボルト=テンポ!!」


 不気味な雷雲はバチバチと小刻みに大気を震えさせながら、近くの誘電体の避雷針たりえるミス・ダブルフィンガーの体に轟音と共に炸裂する。


「ア゛ああああああああああああァああ!!」


 雷雲から稲妻が放たれた。
 雷光が辺りを強烈に照らし、炎にも似た熱と毒にも似た強烈な痛みがミス・ダブルフィンガーに駆け巡る。
 一瞬の暗転の後、雷撃が止む。そこに立っていたミス・ダブルフィンガーの全身はボロボロで、感電し口から煙も漏れていた。


「許さない……!!」


 ギロリと瀕死のミス・ダブルフィンガーの瞳に殺気が灯り、棘のグローブと化した拳でナミを貫いた。
 ナミは悲鳴を上げたが既に遅い。ミス・ダブルフィンガーは口元に笑みを作ろうとして、その表情が固まった。


「本日の空は湿度、風共に安定し、大気圧を伴う晴れ晴れとした気候となるでしょう」


 くし刺しにしたナミの姿がユラリとぶれた。
 蜃気楼。
 先程ナミがミス・ダブルフィンガーにおこなったのと同じ方法だ。


「────しかし、一部地域のみ蜃気楼や旋風の心配が必要です」


 憎々しげなミス・ダブルフィンガーの視線を受けながらも、航海士は淡々と今日の天候を予測する。


「トルネードにご注意ください」


 ナミは“竜巻”の銃口をミス・ダブルフィンガーに向けた。 






────“トルネード=テンポ”


 天候棒に備えられた中で最大の威力をもつ"天候"。
 ウソップ曰く、一発限りの最終手段。喰らって立ち上がれる人間はいない。だが、ハズせば終わり。
 ナミの行動は全てこの一撃に繋げるためのものだった。“トルネード=テンポ”がどんな技なのかは分からないが、ナミはウソップを信じた。






 ナミの心臓がドクドクと危険を知らせるように打ち鳴らされる。
 最終手段の一撃。これを外せば間違いなくナミはミス・ダブルフィンガーに殺されるだろう。脚を痛め逃げる事は難しい。
 だが、当てるチャンスは十分にあった。小型とはいえ、ミス・ダブルフィンガーは雷の直撃を受けたのだ。そう動きまわれるものではない。


「大丈夫?」


 瀕死の筈のミス・ダブルフィンガーが立ち上がり、ナミは息をのんだ。


「さっきから傷め続けたその左足……実はもう立ってられないんじゃない?」

「まだ動くの!?」


 ミス・ダブルフィンガーの髪が逆立ち、巨大なウニのように変わる。
 一歩、一歩と雷を受けた後とは思えないほどの力強さで大地を蹴り、ミス・ダブルフィンガーはナミに向けて凶悪な頭突きを繰り出した。


「シ―・アーチン・スティンガー!!」


 石壁をも軽く貫通させる棘の頭突き。
 ナミは迫りくるミス・ダブルフィンガーに逃げきれない事を悟り、天候棒を構えたまま、左足を差し出した。


「うっ……あァ……ッ!!」


 棘がナミの左足を貫通し、根元近くまで突き刺さって傷口を広げる。
 駆け抜ける痛みを我慢して、ナミは必死で地面に踏みとどまった。


「痛くも……痒くも……ないわこんなの……!!」

「無理はよくなくてよ?」


 必死の様子のナミに、ミス・ダブルフィンガーは薄い笑みを浮かべてジリジリと圧していく。


「……あんたにあのコの痛みがわかる?」


 一人分だけでは無い。
 一味全員の痛みに、この反乱で傷ついた人々の痛みを一身に受けようとするその姿をナミは思った。
 きっと想像も出来ないくらい辛くて痛い筈だ。でも、それでも、ビビはその痛みに耐えて立ち向かっていくのだ。


「それに比べたら……!! 足の一本や二本や三本ッ!! へのカッパ!!」


 右足を支えに、突き刺さった左足を強く踏み込んで、ナミは僅かにミス・ダブルフィンガーを押し返した。
 ミス・ダブルフィンガーは僅かに後ろによろけた。
 その好機をナミは見逃さない。


「トルネード=テンポ!!」


 Tの字に組み換え、構えた天候棒の両端から何かが勢いよく打ち出された。
 そこから現れたかわいらしいバネ仕掛けのハト人形に、ナミが青ざめ、ミス・ダブルフィンガーは笑みを浮かべた。



「え?」

「え!?」



 その驚きは両者のものだ。
 役に立たない宴会用の技だと思っていたバネ仕掛けのハト人形が急に動き出し、ミス・ダブルフィンガーの体に絡みついたのだ。
 それに伴い、T字型の三節昆の両端が熱気と冷気の噴射を受け、勢いよく回転しだした。


「何? 何なの!!」

「あ、ああああっ!!」


 天候棒の回転は止まらない。
 ミス・ダブルフィンガーの身体ごと、まるで竜巻の中心のように回転し、その回転が最高潮になった瞬間、ロケットのように打ち出された。
 

「あああああああああああああああああああああああああッ!!」


 悲鳴を上げながらミス・ダブルフィンガーは民家の石壁を綺麗にくり抜きながら彼方へと消えていく。
 やがて、悲鳴が途絶え、辺りには静寂が舞い降りた。
 打ち出した拍子に後ろに飛ばされたナミは恐る恐る摩擦によって焦げ目がついた人型の穴の向うを見て、遥か向こうに力なく倒れ伏すハトの人形が絡みついたミス・ダブルフィンガーを見つけた。
 暫く見つめていたがどうやら起きあがる気配はなさそうだ。


「……勝っちゃった」


 ナミは呆然としたまま、辺りを見渡し、勝利に小さく拳を突き上げた。












◆ ◆ ◆












────北ブロック、メディ議事堂表通り。




 交差する刃。
 奏でるは金属音。
 刻まれる斬撃のリズム。
 ゾロとMr.1の対決は刃物同士をぶつけ合う激しい打ち合いとなった。
 徐々に激しさを増していくゾロの猛攻を、全身刃物のMr.1は汗一つかく事無く淡々と受け止めていく。
 今のところは両者は互角、もしくは若干ゾロが押しているように見えたが、ゾロの顔にはMr.1とは対照的に苛立ちが浮かんでいた。


「鬼斬り!!」


 裂帛の気合と共に、ゾロは交差させた三刀をなぎ払う。
 三刀は全てMr.1へと吸い込まれ、ゾロはその真横をすり抜けた。
 ゾロの力に負け、のけぞり宙に投げ出されたMr.1にゾロは追撃の一撃を叩きこむ。


「虎狩り!!」


 空中でMr.1を地面に叩きつけるように刀を振り下ろす。
 Mr.1はゾロの思惑通り地面に叩きつけられ、辺りに砂埃が舞った。


「言った筈だぞ。おれに打撃斬撃は通じない」


 ゾロの猛攻を完全にその身に受けたにも関わらず、両手を広げ余裕の表情でMr.1は立ち上がった。
 

「……アザ一つ残らねェってのはちょっとショックだな。
 これだけ手ごたえを感じて起き上がられるのも初めての経験だよ」

「そりゃそうだろう、今までおれとお前は会ったことがねェんだからな」

「……言ってくれるぜ」


 傷一つなく、まだまだ余裕を滲ませるMr.1にゾロの背中から冷たい汗が流れた。 
 Mr.1と切り結んで結構な時間が経ったが、今だゾロは切り傷どころか、かすり傷すらMr.1につけれていない。
 刀は確実にMr.1へと届いていたが、ゾロにはまだ“鉄”の硬度を誇るMr.1の肉体を斬る事が出来ないでいた。


「フン……」


 Mr.1が大地を蹴り、ゾロへと肉薄する。
 脚を勢いよく振り抜いての処刑鎌のような蹴り、ゾロは体を逸らして避け、続く踵落としを刀で受け止める。
 その時ゾロはある事に気が付いた。
 Mr.1は全身刃物人間。つまりはその太刀に表も裏もありはしないのだ。触れたモノ全てを例外なく切り裂く。その能力の恐ろしさに戦慄を抱いた。
 拳は槍の穂先、薙ぎ払えば刀。
 指を立てれば抉り取る鉤爪、立てれば五指全てが斬り裂くナイフ。
 蹴りは全てを刈り取る処刑鎌、振り落とせば大地を砕く大剣。
 千変万化する刃のバリエーション。Mr.1を相手にするということは考えうる全ての刃を相手取る事にも等しい。


「発泡雛菊斬(スパーリングデイジー)!!」
 

 両腕で放たれる掌底突き。
 ゾロは刀を交差させ受け止める。
 放たれ、広がりを見せる斬撃の衝撃は、ゾロが背にした石造りの建築をいとも簡単に斬り裂いた。


「吹き飛べ……」


 言葉通り、ゾロはMr.1放った技の威力に負け、崩壊を始めた背後の建物の中へと突っ込んだ。
 自身に向かい崩落を始めた建物の破片が殺到するのを目にしながら、ゾロの意識は過去へと向かった。






────世の中にはね、何も斬らないことができる剣士がいるんだ。



 幼き日のゾロが剣術を教わった師範から聞かされた言葉だ。
 師範は言う。なにも斬らない剣士。だが、その剣士は斬ろうと思えばたとえ鉄であろうと何でも斬ることが出来るのだと。
 穏やかで、子供相手に剣術を教えていた、約束をかわした幼なじみの父親。名刀と謳われた『和道一文字』をゾロに託した、決して強いとは思えなかった師範。彼の境地にゾロはまだ至っていない。
 何でも打ち倒す“豪剣”を目指して鍛錬を重ねたゾロには師範の言葉の意味が未だ理解できないでいた。
 師範は最後にこう締めくくった。



────“最強の剣”とは……守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力。触れるモノ全てを傷つけるモノは“剣”だとは思わない。






(何一つ斬らない剣は、鉄を斬る……さっぱりわからねェ)


 瓦礫に埋もれないがらゾロは師範の言葉を噛みしめる。
 鉄を斬ることしかMr.1に勝つ術は無い。ゾロは絶対に鉄を斬らなければならないのだ。


「生きているのは分かっている。さっさと出てこい。でなくば、おれに傷をつける事すら出来やしねェぞ」

「生憎だが、お前にはおれの鉄を斬る雄姿は見せられそうにねェ……」


 ゾロは瓦礫の下から立ち上がる。
 驚異的な怪力で自身の上に落下してきた何tあるか分からないほぼ原形を残した建物を持ち上げて。
 

「おれが鉄を斬るときは、てめェがくたばる時だからな……!!」

「……もっともだ」


 ゾロは持ち上げた巨大な建物をそのままMr.1に投げつけた。
 ガラガラと石材の破片を振り落としながら、その圧倒的な質量を持った物体は腕を組むMr.1の真上へと落下する。


「くだらねェ真似を」


 Mr.1の腕がうねりを上げる。
 微塵斬(アトミックスパ)。
 幾丈もの斬撃が等間隔で建物の上を走り、その全てを微塵に斬り裂いた。


「押して押すこと。これが“豪剣”の極意!!」


 ゾロの身体が弾けるように前に出た。
 Mr.1が微塵に斬り裂いた建物を吹き飛ばして、その中を駆け抜ける。
 前へ、前へ、前へ、
 腕を振るえば、刀はうねりを上げる。
 振るった刀が弾かれても前へ、受け止められても前へ、鉄の身体を斬り裂けずとも前へ、
 三刀全てがまるで別々の生き物のように巧みに蠢き、押して、押して、押し続ける。
 ゾロの猛攻にMr.1がうっとおしげにたたらを踏み、ゾロは迷うことなくその懐へ入り込む。


「ウェイ!!」

「………ッ!!」


 懐に入り込んだゾロに、Mr.1は大剣と化した脚での薙ぎ払いを放つ。
 ゾロはそれを腕に持った二本の刀で受け止めて、ガラ空きの顔に食い千切るように加えた刀を振り抜いた。
 刀はMr.1の額を捉えるも、鉄の肉体は斬り裂けない。Mr.1は後ろにのけぞった状態からバク転の要領で手をついて一端体制を整える為に後ろに飛びのいた。


「蟹(ガザミ)────」


 そこには冷やりとした二刀の殺気。
 まるで、獲物を切り断つ巨大な鋏のようにMr.1の首筋に狙いが定められる。


「────獲り!!」


 刀を交差させ、Mr.1の首を断ち切る思いで斬り裂いた。
 斬り裂かれ叩きつけられるも、首筋をさする様に撫でながら起きあがるMr.1。彼に傷を与える事は出来なかった。


「憎たらしい野郎だぜ……!!」

「お互い様だ」


 苛つくように歯を噛みしめて、Mr.1はゆらりと腕を持ち上げた。


「……言っておくがおれを剣士だなんて思うなよ。てめェの体を斬り裂く武器ならいくらでもある」


 持ち上げたMr.1の腕からいくつもの円刃が生まれる。


「螺旋抜刀(スパイラルホロウ)!!」


 Mr.1の意志に応じ、まるでチェーンソーのようにそれぞれの円刃が唸りを上げ高速回転を始めた。


「剣士じゃ無けりゃ『発掘屋』かよ?」

「────『殺し屋』だ」


 <殺し屋>
 Mr.1はかつて西の海でそう呼ばれ、恐れられた男だった。
 刀を振り下ろしたゾロとMr.1の“螺旋抜刀”が打ちあわされ、その瞬間ゾロの有する名刀から火花が迸った。
 拮抗は長くは続かない。ガリガリとゾロの刀が押し返され、弾かれた。


「おれに発掘作業は無理だ。何もかも抉り斬っちまうからな」

「しまっ………!!」


 無防備を晒したゾロの胴をMr.1は容赦なく抉り斬った。
 ズタズタに斬り裂かれ、ゾロの膝が崩れ落ちた。だが、それでも殺し屋の攻撃は終わらない。


「ぐあああああ……!!」


 無慈悲に膝をつくゾロに再びMr.1の腕が振るわれる。
 ゾロが三本全ての刀を取り落とし、苦しげに傷口を抑えた時、刃のような冷たい瞳で更に腕を振るう。


「一瞬の読み違いが招くのは────死だ」


 ゾロは血をまき散らしながら石柱に叩きつけられる。
 まだ息があるのかゾロは仰向けのまま指先を痙攣させた。
 朦朧とした意識の中で、ゾロは大地に拳を立て背は向けまいと振り向いた。背中の傷は剣士の恥だった。


「素手で何をもがくんだ?」


 その心意気ごとMr.1は切り捨てる。


「滅裂斬(スパーブレイク)!!」


 Mr.1はゾロが背にした石柱ごと全身凶器の肉体で微塵に斬り裂いた。
 支えを失ったアーチはガラガラと大量の石材を振り落としながら、血を流し動けないゾロの上に落下した。
 崩落は暫く続き、辺りには散乱した石材と砂埃に満たされる。そこにゾロの姿は無い。生きている筈がなかった。






「フン……」


 Mr.1はつまらなさげに鼻を鳴らして、背を向ける。
 砂漠の乾いた風が吹き込んで、彼をすり抜けた。
 すり抜けた風は背後の瓦礫の山に立ちこめた砂埃を徐々に晴らしてゆく。


「…………」


 Mr.1の足が止まる。
 唾をのみながら、今さっき自身が殺した筈の男が眠る背後を振りむく。
 そこにはありえない筈の男が立っていた。


「何で立っていられる……? あれだけ斬られて、あれほどの落石を避けたのか……!?」


 瓦礫の散乱するその中で、瓦礫同士が干渉しあって生んだような奇跡的なスペース。一切の瓦礫が落ちてこないその場所に場所に、血だらけの剣士は立っていた。
 浅い呼吸を繰り返し、剣士はおもむろに瓦礫の一部をどけ、偶然そこに埋まっていた刀を拾い上げた。少なくともMr.1にはそう感じられた。


「……なるほど」


 ゾロはMr.1には分からない呟きを漏らして納得する。
 辺りはやけに静かで、自身の鼓動の音だけがやけにうるさく感じれる世界。まさに“死の境地”とも取れる世界。
 そんな中で、無数の石が落ちて来た時、ゾロはまるで生き物みたいな気配を感じとっていた。

 石には石の、
 木には木の、
 土には土の、

 まるで生命の息吹のように息づく────呼吸。
 ゾロは確かに落石から、呼吸を感じた。
 握りしめた刀に意識を向ける。



 ドクン……



 やはり聞こえた。間違いではない。瓦礫の下にある時も確かに感じた。
 師範の言葉が甦る。


────世の中には何も斬らない剣士がいるんだ。


 何も斬らないってのは“呼吸”を知ること。
 それが鉄をも斬る力。


「……刀に意志が伝わる」


 ゾロは師範から託された“和道一文字”をおもむろに振るう。
 刃は近くの植物を鋭く斬りつけるも傷つけることは無い。だが、やさしく振り下ろした石材は真っ二つに斬り落とした。
 ゾロは静かに切っ先をMr.1に向け、Mr.1から放たれる“鉄の呼吸”を静かに感じ取った。
 確かに聞こえる鉄の呼吸。後はゾロに鉄を斬るだけの実力があるかどうかだ。


「貴様一体何をした!! あれだけの技を受けて、それだけの血を流して立っていられる筈がねェ!!」


 完全に殺したと核心する程の攻撃をおこなうも、なお立ち続けたゾロに、Mr.1が声を荒げた。
 ゾロは答えない。ただ静かに時を待った。


「……いいさ、次で完全に息の根を止めてやる」


 Mr.1の指先が鋭い鉤爪に変わり、刃となって冷たい光を灯した。
 対するゾロは目を閉じて刀を鞘に納め、静かに息を吐いた。


「一刀流居合────」

「微塵斬速力(アトミック・スパート)!!」


 Mr.1の足は氷上を滑走するスケート靴のように変わり、地面を斬り裂きながら高速でゾロに迫る。
 狙うは首筋。斬り裂けばいくらゾロとて生きてはいまい。Mr.1の鉤爪がゾロの首筋にかかる瞬間、



「────獅子歌歌!!」



 刹那は永遠に引き延ばされる。
 無限にも等しいその中でゾロの刃が煌めいた。
 鉄。呼吸。掌握。


────斬る。

 
 時が戻る。
 切り傷からあふれ出たのは敗者の証。
 振り抜いた刀から腕に伝わるのは勝者の証。
 鉄の肉体はゾロの前に悲鳴を上げ、崩れ落ちた。



「次は……ダイアでも……斬ろうってのか?」

「そりゃもったいないだろ」

「なるほど……」


 Mr.1は戦いの最中で成長し、鉄を斬り伏せ、自らを打倒した男に、呆れたように視線を向けた。


「……まいったぜ」


 Mr.1は称賛するように呟いて、意識を手放した。


「礼を言う」


────おれはまだまだ強くなれる。

 ゾロは皮肉では無く、心からの謝辞を口にした。












あとがき
ナミとゾロの戦いの決着です。
アラバスタ編は佳境ですね。原作で行くと後二巻と少し、もう少し時間がかかりそうです。




[11290] 第十九話 「希望」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/03/29 21:40
 翼は駆ける。

 砂塵舞う狂乱の戦場を、己の全てを賭けて、全速力で。
 反乱軍は既に市街地のほとんどを占拠し、最後の砦である宮殿へと向かいつつあった。
 もう間もなく、宮殿前の広場において反乱軍と国王軍の本隊とが最後の戦いを始めるだろう。
 既に、数えきれないほどの人々が倒れ、美しい王都を血で染めた。

 翼は駆ける。

 その大きな両翼に、祖国を救う希望を乗せて───













第十九話 「希望」













「怯むな!! 門をこじ開けろ!! ビビ様をお助けするんだ!!」


 宮殿への扉が全て閉ざされ、宮殿を守護していた兵士たちは王女と指揮官を残して全員外へと締め出される形となった。
 当然兵士たちは長い階段の先にある入口へと殺到する。だが、殺到した兵士たちは門をこじ開けようとして、突如現れた<能力者>であろう無数の腕に阻まれ振り落とされた。
 門から転げ落ち全身を打ちつけるも、兵士たちは諦めるわけにはいかない。宮殿の中には囚われる形となった王女と指揮官。閉じ込めたのは王国の乗っ取りを推し進めたクロコダイルだ。
 兵士たちに冷たい汗が流れる。クロコダイルが王女と指揮官を生かす理由は無い。一刻も早く助け出さなければ、命が危ぶまれる。
 故に、彼らは多少の犠牲は厭わず数にものをいわせて、門扉へと殺到した。



「残念だが、ココから先は通行止めだ」



 そんな彼らの前に、ストンと上空から軽やかに一人の男が舞い降りた。
 機械のような洗練された細身の、パサついた黒髪の男だ。
 男は無表情のまま、兵士たちの前に立ち塞がり、不意に真上へと跳び上がると、雷のような勢いで門扉へと続く巨大な階段を蹴り砕いた。
 直後、兵士達の全身にまるで地震のような衝撃が走る。
 男が蹴り砕いた箇所を中心として蜘蛛の巣のようなヒビが爆発的に広がって、階段が轟音と共に砕けていく。
 階段に殺到した兵士たちは悲鳴を上げ、それを眺めていた者達は現実感の無いその光景をただ見つめているしかなかった。
 王女と指揮官が囚われた宮殿へと続く巨大な階段はガラガラと崩れ落ちる。そこにあるものは崖のように削ぎ落とされた階段と砕け散った石材だけだ。
 兵士たちは宮殿へと向かう道を失い、為す術もなく立ちつくすしかなかった。







 宮殿へと続く巨大な階段の崩落音は当然宮殿内の者たちにも聞きとることが出来た。
 

「フフフ……何やら門の外が騒がしいわね」


 不気味に笑うロビンの隣に、クレスは着地する。
 

「だが、これで多少は静かになった」


 入り口を力ずくで封鎖して“月歩”によって再び宮殿へと戻ったクレスは、唇をかみしめるビビへと視線を向けた。
 宮殿を爆破し、反乱軍達の目を引きつけ、呆気にとられたその隙に説得をおこなう。
 ビビの策を称えるならば「惜しかった」と評価するべきか。始めから宮殿は占拠する手筈となっていた。大胆な奇策に出たものだが、クロコダイルの掌からは逃げだせない。


「国王様を離せ、クロコダイル!!」 


 チャカは噛みつくように要求するが、クロコダイルはうすら笑いを浮かべるだけだ。


「……すまん、ビビ。
 せっかくお前が命を賭して作ってくれた救国の機会を生かすことが出来なかった……」


 両腕を打ちつけられ、身動きの取れないコブラは悔やむように言う。


「クク……国王の言う通りだ。
 てめェはよくやったよ、ミス・ウェンズデー。ここまでたどり着けたことに例の海賊共にでも感謝するんだな」

「どうしてあんたがココにいるのよ!! ルフィさんは何処!?」


 ルフィが食い止めると約束しにも関わらず、この場所へと現れたクロコダイルをビビはウソだと否定する。


「奴なら死んだ」

「嘘よ!! ルフィさんがお前なんかに殺される筈ないわ!!」


 ビビがいくら言葉で否定しようとも、この場にクロコダイルがいる事実は変わらない。


「フン……そんな話はどうでもいい。
 最初に言っておこう。おれはお前たち親子を生かす気は無い。王国が滅ぶ時は王族も共に滅ぶのが自然の流れってもんだ」


 十二代に渡って続いたネフェルタリ家の尊き血脈は途絶え、砂の王国はクロコダイルを新たな皇帝として迎えるだろう。
 クロコダイルにアラバスタの民を導く気など毛頭もない。すなわちそれはアラバスタの終焉を意味していた。


「Mr.コブラ……玉座交代の前に一つ質問をしなければならん。それがおれの最大の狙いだからだ」


 そしてクロコダイルは問いかける。
 自身の野望の足掛かりを。


「───『プルトン』は何処にある?」


 クロコダイルの問いにコブラの顔が蒼白に変わり、絞り出すように言葉を為した。


「貴様……!! 何故……その名を……」


 コブラの反応にクロコダイルの顔から肉食獣のような笑みが浮かんだ。
 しらばっくれられる可能性もあったが、『プルトン』の名はその余裕さえコブラから奪い去った。


「『プルトン』……一発放てば島一つ跡形もなく消し飛ばすと聞く。神の名を持つ世界最悪の『古代兵器』」

「………!!」

「おれの目的は最初からソレさ。そいつがあればこの地に最高の“軍事国家”を築くことができる」


 クロコダイルの野望。それは自身が皇帝となる軍事国家を打ち立てる事だった。
 当然、その野望を世界政府は許しはしない。世界中の戦力をかき集めてでも阻止するだろう。
 <七武海>として世界の武力バランスの頂点に立つクロコダイルだが、自身の力を過信している訳ではない。世界政府の介入は彼にとってもかなりの面倒事だ。
 だが、世界最悪と謳われる圧倒的な殺戮兵器『プルトン』さえあれば、彼に楯突く愚かな勢力の全て黙らせることができる。
 クロコダイルが王となれば、そこいらの海賊達は挙ってその傘下に付くだろう。そうなればクロコダイルは盤石の体制のもとで強大な大帝国を作り上げるとこが出来るのだ。


「勢力を増し、いずれは政府をも凌ぐ力を得る理想郷!! まさに夢のような国だ……」

「一体どこでその名を聞いたか知らんが、その在処は私にもわからんし、この国にそんなモノが存在するかも確かではない」


 王としての鉄面皮を被り、コブラはクロコダイルの意気を削ぐように反論する。
 

「成程、その可能性もあると思っていたさ。───ところでミス・オールサンデー、今一体何時だ?」

「午後四時丁度ね」
 
「クハハハ……あと、三十分か」


 クロコダイルは不意にロビンに時間を聞き、コブラに向け凄惨な笑みを浮かべる。その様子にコブラは困惑した。


「教えて欲しいか? Mr.コブラ。
 実はな、今国王軍が群がっているそこの宮殿前広場。今日午後四時半───つまり後三十分で強力な砲弾を打ち込む手筈となっている」

「何だと!?」

「直径五キロを吹き飛ばす特別製だ。ここから見える景色も一変するだろうなァ……?」


 雄弁に語るクロコダイルの様子から、コブラを始め、ビビとチャカもそれが虚言では無いと悟った。


「三十分後に五キロ……!? そんなことをしたら……!!」

「嬉しいだろう? ミス・ウェンズデー、お前は散々反乱を止めたがっていたからな。
 おれの計算によるとあと二十分もすりゃ反乱軍は広場に殺到し、国王軍と戦いを始めるだろう。宮殿を破壊するなんて遠回しな事をするより、本人達を吹き飛ばしてやった方が手っ取り早い」

「どうしてそんな事が出来るのよ!! あの人たちがあなたに何をしたっていうの!?」


 詰め寄ろうとしてチャカに抑えられるビビを、クロコダイルは「くだらん」とうるさげに吐き捨てる。
 クレスとロビンはそんな王女たちを意識の片隅に追いやった。二人が興味があるのは、今からクロコダイルがコブラに交渉することによってもたらされるその答えだ。


「さて、Mr.コブラ。さっきとは質問を変えよう」


 そしてクロコダイルはその言葉を口にする。
 ロビンが探し求め、クレスが望んだその存在を。


「───『歴史の本文』を記した場所は何処にある?」


 コブラは目を閉じ、深い皺を刻む。
 つまりは全てが計算ずくの上での行動。万に一つもその計画から逃れる術は無かった。
 クレスとロビンがクロコダイルに従った最大の理由がこれだ。
 歴史の本文の存在を突き止めても、その場所までは分からなかった。
 その場所を知るのは、おそらく国王コブラただ一人。おそらく王位の継承と共に国家における最重要機密として受け継がれてきている筈だ。
 そうなればコブラが口を割らない限りその場所は分からない。コブラを誘拐し、尋問し、たとえ拷問しても、コブラがその場所を告げるのを拒めばそれで終わりなのだ。
 だが、クロコダイルならばその条件をクリアできる。如何なる非道な手を用いてもその場所を吐き出させる。それも万全を期し、確実で、安全に。
 如何なる名君であれど、砂漠の魔物からは逃れられはしない。


「私がその場所を教えれば……」


 コブラは条件をつけようとし、直ぐに無駄だと悟ったのか、口を噤んだ。


「いや……案内しよう」


 コブラは陥落する。


「クハハハハ……!! さすがは名君コブラ、利口な男だ!!」


 クロコダイルの高笑いが響き渡る。
 これで、アラバスタという国は完全にクロコダイルの手に落ちたのだ。


「……ビビ様」


 それまで沈黙を保っていたチャカが凄まじい怒気を発し、帯刀した剣の柄を砕きそうなほどに強く握りしめた。
 王国を飲み込もうとする魔物。ここで動けなければ全てが手遅れであった。


「私はもう、我慢なりません……!!」

「チャカ!!」

「よせ、チャカ!! お前まで死んではならん!!」


 チャカが大地を踏み砕くかのように蹴りつけ、瞬く間にクロコダイルへと向けて抜刀する。
 いつの間にかその姿は自身の<イヌイヌの実>の能力によって鋭い容貌の<黒犬>へと変わっていた。


「ほう……<動物系>」


 クロコダイルが感心したように呟きを漏らす。


「鳴り牙───!!」


 黒犬としての身体能力を如何なく発揮し、チャカは風斬り音さえ置き去りにして、余裕の表情で葉巻をふかすクロコダイルの真横をすり抜けた。
 直後、クロコダイルの身体が、巨大な牙に食い千切られたように消しとんだ。


「まったく……」


 呆れ声と共に、飛び散った砂粒がクロコダイルへと吸い寄せられ欠けた体を修復していった。
 目を見開くチャカ、クロコダイルは彼に向かってまるで虫でも払うかのように腕を振るった。


「てめェも他人の為に死ぬクチか」


 クロコダイルの渇きの魔手が砂の波となってチャカを襲う。
 砂漠の宝刀。砂漠をも両断する切れ味をもつ凶悪な刃だ。チャカは黒犬の脚力で飛び上がりそれを避けた。
 チャカもまたクロコダイルの<スナスナの実>の能力については知っていた。こうして闇雲に攻撃しても無駄なのは分かっていたが、それでも戦わなければ彼の君主を守れない。
 故に、死力を尽くし攻撃を重ね、命を賭して強大なその力に対抗する糸口を見つけ出さなければならなかった。
 だが、クロコダイルはチャカの意地を圧倒的な実力で踏みにじる。


「……っ!!」


 チャカが飛び上がり避けたその先に、体中を砂へと変化させたクロコダイルが待ち構えていた。
 咄嗟にチャカが刃を振るう。だが、振るった刃はクロコダイルの身体を斬り裂きすり抜けるも、傷口は直ぐに砂となって修復される。

 
「……フン」


 クロコダイルはつまらなさげに鉤手を振るい、チャカを貫いた。
 空中で宙づりにするようにチャカを持ち上げ、クロコダイルはゴミでも捨てるかのように振り払った。
 ドサリと、芝生の上にチャカは落ち、辺りを貫かれた傷からあふれ出た血で染めた。


「弱ェってのは……罪なもんだ」


 鉤手に着いた血を振り払う。
 その様子にコブラは奥歯を噛みしめ、ビビは悲痛な叫びを上げた。
 クレスは目を細めその結果だけを確認し、突如現れた新たな気配に、意識を向けた。
 
 運命というのは時に残酷な巡り合わせを引き起こす。



「───おれの目はどうかしちまったのか……?」



 新たに表れた人影にビビが驚きの声を上げた。


「コーザ!?」


 その人影は反乱軍の若きリーダー。
 おそらく正面からでは無く、抜け道のようなものから入って来たのだろう。激戦を潜り抜けて来たからか、砂や血で汚れた姿だった。
 彼の目に映るのは、壁に打ち付けられた国王、行方不明の王女、倒れ伏すチャカを始めとした兵士達、そして高慢な笑みを浮かべそれらを見下す国の英雄。


「国王軍を説得しに来た筈だが……国王が国の英雄に殺されかけている。……信じがたい光景だ」
 

 コーザは茫然と状況を口に出した。


「クハハハ……!! 面白ェ事になったな!! 
 今まさに反乱の最中だってのに、ココに反乱軍と国王軍のトップが顔を合わせちまうとは!! もはやこりゃ首をもがれたトカゲの殺し合いだ!!」


 クロコダイルが混沌と化した状況に哄笑し、立ちつくすコーザにクレスとロビンが助言する。


「困惑する必要はない。よく見てみろ、目の前に“敵”はいる」

「あなたがイメージできる『最悪のシナリオ』を思い浮かべればいいわ」


 二人の言葉を皮切りに、停止していたコーザの思考が点滅するように過去の情景を描き出していく。
 それはコーザが幼き日に見た国王コブラのやさしさであり、父親のトトの「疑うな」という言葉であり、幼なじみの王女と交わした約束であった。


「あのね……コーザ」


 ビビがコーザを傷付けないように説明しようとするが、コーザは率直な結論を求めた。


「ビビ……この国の雨を奪ったのは誰なんだ……!!」


「───おれさ、コーザ」


 その残酷な答えをクロコダイルは肯定する。


「お前達が国王の仕業だと思っていたこと全て、我が社が仕掛けた"罠"だ。
 お前たちはこの二年間面白いように躍ってくれた。王族や国王軍が必死でおれ達の事を嗅ぎまわってたってのにな。お前はこの事実を知らねェ方が幸せに死ねただろうに……!!」


 アラバスタの崩壊を目論んだ張本人からその事実を聞かされ、コーザの全身から血の気が引いて行く。
 今まで、アラバスタのために戦ってきたこと全てが、間違いだったのだ。


「聞くなコーザ!! お前には今やれることがある。一人でも多くの国民を救え。後半時もせず宮殿広場が吹き飛ばされるのだ!!」

「何だと!?」


 コブラの言葉に、コーザは泡を食ったように走り出す。
 絶望を叩きつけられ、コーザは自らの過ちを取り返そうと必死で駆けた。


「ダメよ!!」


 そんなコーザをビビは引きとめる。


「どけ、ビビ!! 何のつもりだ!! これから戦場になる広場が本当に破壊されたら……!!」

「戦場にはさせない!! あなたはまだ気が動転しているのよ!! 
 広場が爆破される事を今、国王軍が知ったら広場は大パニックになるわ!! そうしたらもう戦争は止まらない!! だれも助からない!!」


 コーザはハッとしたように動きを止めた。
 

「やるべきことは始めから決まってるの!! 
 この仕組まれた反乱を止める事、それはもうあなたにしか出来ないのよ!!」


 国王軍は完全にクロコダイルに抑え込まれた。
 反乱を止めるにはもう、直接攻め込んでくる反乱軍を止めるしか方法がない。そしてそれはコーザにしか出来ないことだ。


「それをおれが黙って見ているとでも思ったか?」


 ゆらりと全身を砂に変え、クロコダイルはビビの背後に忍び寄る。
 コーザが咄嗟に背負った剣を引き抜こうとするが、それよりも早く黒い影がその間に飛び込み、王女を守るように構えられた剣にクロコダイルの鉤手がぶつかった。


「我、アラバスタの守護神ジャッカル。王家の敵を打ち滅ぼすものなり……!!」


 <黒犬のチャカ>
 アラバスタの守護神たる彼は、湧き出る血を止めようともせず、立ちはだかる敵に牙をむく。


「命寸分でもある限り私は戦う!!」

「……そう言うのをバカってんだ」


 呆れたように目を細めて、クロコダイルは立ち塞がったチャカに腕を振るった。






◆ ◆ ◆






 チャカの稼いだ僅かな時間の間にビビとコーザは抜け道から宮殿を抜け、国王軍達に降伏を要求した。
 当然、怒り狂う相手に対してその行為は無意味に近い。だがココに反乱軍のリーダーのコーザがいれば話は別だ。
 コーザが先頭に立ち国王軍が降伏した事を宣言すれば、反乱軍は止まらざるをえない。これは現状で最も効果があり、そして取れるであろう最期の手段だった。
 
 だが、ビビとコーザは知らない。
 
 その瞬間において、二人を阻めた筈の二人組が一切手を出さなかった事を。それを砂漠の魔人が咎めることをしなかったことを。
 クロコダイルの計画はあまりに周到で、狡猾であり、如何なる手段を用いても既に手遅れだった。



「───戦いは終わった!! 全隊怒りを治め武器を捨てろ!! 国王軍にはもう戦意は無い!!」



 国王軍の先頭に立ち、白旗を振るコーザ。ビビはその様子を宮殿の欄干から見守る。
 宮殿前へ集結した反乱軍は、戸惑いつつも、コーザの言葉に従い武器を彷徨わせ───




───銃声が全てを遮った。





 一発では無い。
 コーザが背を向けた国王軍の各所から、白旗を投げ捨て踏みつけて、いくつもの弾丸が放たれた。
 無防備に背中を晒したコーザはその全てを体に受け、反乱軍の目の前で崩れ落ちる。
 ビビはそれを茫然と見つめ、息をのんだ。
 自分たちのリーダーが騙し打ちをされたことに、反乱軍は怒り狂う。
 その時、両軍がにらみ合う戦場に塵旋風が吹き荒れた。突如視界を塞がれた両軍は恐慌し、それと同時に国王軍から反乱軍に向けて発砲がおこなわれた。
 弾丸は確実に、反乱軍を傷つけ、今度は反乱軍から国王軍に向けて発砲がおこなわれる。
 バロックワークスのエージェント達は両軍に潜入していた。両軍の中に無数の火種がある状況では反乱は止めようにも止まらない。


 怒りと混乱が渦巻き、もうどうしようもない程に高まって行った。
 必死で叫ぶビビの声も届きはしない。


 そして、戦いの火ぶたが切って落とされる。
 両軍は致命的な、最終決戦に突入した。







「やめて……お願い」


 ビビの声はもう誰にも届かない。







◆ ◆ ◆
  






「お姫様はよく戦ったわ。だけどもう声なんて届かない」

「……残念だったな。この反乱はもう止まることは無いだろう」


 残酷な結果をクレスとロビンはコブラに告げる。
 コブラも、もはやこれ以上に打てる手がない事を理解し、歯を食いしばり、せめてもの思いで娘に叫んだ。


「逃げなさいビビ!! その男から逃げるんだ!!」

「……いやよ」


 ビビは握りしめた拳を更に握り締めて、全ての元凶に向き合った。


「まだ……!! 15分後の“砲撃”を止めれば犠牲者を減らせる!!」


 クロコダイルはそんなビビをあざ笑う。
 

「あ―すれば反乱は止まる。こ―すれば反乱は止まる。
 目ェ覚ませお姫様。見苦しくてかなわねェぜ、お前の理想論は」


 健気にもまだ反乱を止めようとするビビの喉元をクロコダイルはつかみ上げた。
 

「“理想”ってのはな、実力の伴う者のみが口に出来る“現実”だ」

「……見苦しくたって構わない!! 理想だって捨てない!! 
 お前なんかに分かるもんか!! 私はこの国の王女よ!! お前なんかに屈しない!!」

「可愛げのねェ女だ……」


 それがビビという人間だった。
 どんなに敵が強大であろうとも、どんなに絶望的な状況であっても、決して屈しない。
 砂漠に咲く一輪の花は何処までも強い。


「広場の砲撃まであと十五分。まだまだ反乱軍の援軍達はココに集まって来る。てめェらの運命も知らずにな」


 うんざりしたようにクロコダイルは吐き捨てる。
 

「さっき、国王軍に広場の爆破を知らせていれば、たとえパニックになろうとも何千人、何万人の命は救えたかもしれねェ」


 クロコダイルが示したのもまた事実だ。
 たとえ混乱に陥ろうとも、それによって救えた人間がいる事も確かだった。
 だが、それに関しても姦計を巡らせ対策を立ててあった事をクロコダイルは語らない。


「全てを救おうなんて甘っちょろい考えが、結局お前の大好きな国民共を皆殺しにする結果を招いた」


 ビビの絶望を楽しむように言葉を重ね、クロコダイルはビビを掴み上げ城壁の端まで移動する。
 高い城壁の下では塵旋風に覆われた中で国王軍と反乱軍が戦っている。ビビの足の下には何もない。ただ、奈落のような戦場が広がっていた。


「最初から最後までどいつもこいつも笑わせてくれたぜ、この国の人間は。
 我が社への二年間ものスパイ活動。ご苦労だったな。だが、結局お前達には何も止められなかった。
 反乱を止めるだの、王国を救うだの、お前のくだらない理想に振り回されて、無駄な犠牲者が増えただけだ」

 
 それは如何なる責め苦か、圧倒的に上の立場から見下され、殺される寸前に今までの積み重ねの全てを否定される。
 ビビの瞳には悔しさか涙がこみ上げていた。不屈の王女のその涙を渇きの魔物は愉悦と共に糧とする。


「教えてやろうか?」


 砂漠の魔物は告げる。



「───お前に国は救えない」



 その絶望と共に、ビビを掴んでいた腕が砂と変わり、ビビは奈落へと突き落とされる。
 コブラが叫び、クロコダイルが笑い、ロビンが目を閉じ僅かに顔を伏せた。
 ただ一人、クレスだけは空を見上げ、呟いた。



「やはり来たのか……何て奴だよ、お前は」
 


 翼は駆ける。
 王女の危機に、空を駆け、風よりも早く。
 ───そして、その背に希望を乗せて。







「クロコダイル~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」







 駆け抜けた翼は、希望をもたらした。
 驚愕に震えるクロコダイル。その両眼が映すのは殺した筈の新米海賊だ。

 
 麦わら帽子を被った少年───モンキー・D・ルフィ。












◆ ◆ ◆










「ふぅ、間に合った」


 間一髪でルフィとぺルは突き落とされたビビを抱きとめた。


「ルフィさん……!! ぺル……!!」


 クロコダイルとクレスの手にかかった筈の二人の姿にビビは安堵の表情を浮かべ、泣き崩れルフィの胸にしがみついた。
 塵旋風が吹き荒れる狂乱の戦場で、国王軍と反乱軍が最期の戦いを始めてしまった。
 ビビがいくら懸命に反乱を止めようと動いても、クロコダイルは笑いながらそれを踏み砕く。
 
 
「私の声はもう……誰にも届かない」


 クロコダイルの手により広場がもう直ぐに爆破されてしまう。
 反乱を止め、国民達を守りたいのにビビの声はあまりに無力だった。


「心配すんな」


 泣き崩れる王女にルフィはいつものような頼もしい笑みを見せる。


「お前の声なら、おれ達に聞こえてる」


 海賊達にはそれだけで十分だった。
 彼らは、仲間の為に戦うのだから。






 ぺルはルフィとビビを乗せ、広場へと舞い降りる。
 その背から降り、ビビの目に飛び込んできたのは、


「あああああああ!! ルフィが生きてるぞ~~!!」


 全身で喜びを表現するのは<船医>のチョッパー。


「だから言っただろ!! おれにはわがっでだっっ!!」


 声を震わせ涙を浮かべたのは<狙撃手>のウソップ。


「オイオイ、それがわかってた奴の顔かよ」


 呆れながら煙を吐き出したのは<コック>のサンジ。


「ウソップ!! アンタ後で死刑よ!!」


 いきなりウソップを殴りつけ、仁王立ちするのは<航海士>のナミ。


「てめェフザけんな!! 何が『けが人だし運んで』だ!! 全然元気じゃねェか!!」


 怒声を上げたのは<剣士>のゾロ。


「みんな……」


 駆けつけて来た仲間たちはみんな傷だらけでボロボロだ。
 彼らは皆、バロックワークスのエージェント達との激戦を潜り抜けてココまでやって来たのだ。
 ビビはこうしてまた元気な仲間たちの姿を見れたことに安堵する。


「終わりにするぞ、全部!!」


 ゴムの腕を伸ばし、宮殿のクロコダイルに狙いを定めた<船長>のルフィは仲間達に告げる。


「「「「「─── おォし!! ───」」」」」


 仲間たちは船長の言葉に勢いよく応じた。
 ビビは涙を拭った。まだビビには希望が残されている。何よりも強いその光が。
 その様子にぺルはやさしく微笑んだ。


「いくぞ!! クロコダイル~~~~~~ッ!!」


 ゴムの弾力でロケットのように飛び出して、ルフィは宮殿の上で待つクロコダイルへと拳を振り上げる。
 ルフィの拳は、余裕の笑みを浮かべたクロコダイルを、砂に溶け始めたその横っ面を───


 ───全力で殴り飛ばした。






◆ ◆ ◆






 その瞬間の衝撃は宮殿の人物全てに駆け巡った。
 殴り飛ばされ、宙を舞うクロコダイル。その姿を誰が予想出来ようか。


「やるな……麦わら」


 クレスは隣にいるロビンにだけ聞こえる大きさで呟いた。
 クロコダイルを殴り飛ばしたそのトリック、それはルフィを観察すればおのずと導ける。


「てめェ……“水”をッ!!」

「しっしっし!!」


 クロコダイルが憎々しげにルフィを睨めつけ、ルフィは晴れ晴れと笑った。
 ルフィの背には大きな水樽が背負われている。
 クロコダイルの<スナスナの実>の弱点。それは水に触れると砂が固まってしまい攻撃が受け流せない事だった。
 だからクロコダイルはアラバスタから雨を奪った。天の恵みは己の力を阻む何よりの天敵だったのだ。
 クレスはその弱点をこの短期間で見抜いたルフィを称賛する。
 クロコダイルは周到な男だ。自身の能力を晒すようなヘマはしない。クレスとロビンでさえ、その弱点を見出すのにかなりの時間がかかったのだ。


「これでお前をブッ飛ばせる。こっからがケンカだ!!」


 ルフィの腕から水が滴る。
 まるで虐げられたアラバスタの牙のように。


「……ロビン」

「ええ、分かってる」


 ロビンがクレスの言葉に頷き、腕を咲かせ、門扉にコブラを打ち付けられた太釘を引き抜いた。
 刺さっていた太釘をいきなり抜かれた痛みに、コブラが苦悶を漏らした。


「もう少し見ていたい気持ちもあるが、残念ながら時間が無い」


 クレスは膝をつくコブラの腕を捻り上げ、強制的に立たせた。


「さァ、行くぞ。オレ達を『歴史の本文』のある場所まで案内しろ」

「……あんなもの見て、何をしようと言うのだ」


 クレスはコブラを拘束する腕に力を込め、黙らせた。


「質問は無しだ」

「……私達を怒らせないで。あなたはただ案内をすればいい」

「くっ……!!」


 クレスはふと視線を逸らし、こちらを見つめていたルフィに忠告する。


「精々、気をつけろ。あの男はそう甘くない」

「頑張って、麦わらの船長さん。その類稀なる命運が尽きないように」


 ルフィの攻撃によって吹き飛ばされたクロコダイルが壮絶な笑みを浮かべながら起きあがり、二人を促す。


「さっさと行け、オハラの悪魔共。
 てめェらも干上がりたく無ければな……。おれァ相当キてるぜ……!!」


 クロコダイルの放った“忌み名”にコブラが目を剥いた。
 クレスとロビンは静かに了承し、宮殿から立ち去った。


「あまり調子に乗るなよ、麦わらァ……!!」


 背後でクロコダイルの不気味な声が反響し、砂塵が舞った。






◆ ◆ ◆






 宮殿を後にし、クレスとロビンはコブラを引き連れ、宮殿から西の方角にある『葬祭殿』へと向かった。
 今戦場は宮殿前広場に集中していて、葬祭殿へと続く道には人影が無い。だが、二人は肌にピリピリとした戦場の緊張感を感じ取っていた。
 耳を澄ませば遥か向こうに怒声や悲鳴が上がっているの分かる。距離は離れている筈なのに、何処までもついて来ているようだった。


「……もうすぐね」

「ああ」
 

 澱のようにくすぶる感情を隠すように二人は表情を仮面のように無表情で覆った。
 この戦いは二人が望んだものの筈であった。夢に手を伸ばすため、そのために必要だった戦い。この地で失われる命の上にその道が続いて行く。
 それは苛立ちか、自嘲か、あるいは後悔か。その感情の正体を二人はあえて探るつもりはなかった。今はただ何も考えずに前だけを見ていたかった。 
 クレスとロビンはコブラを引き連れ、閑散とした路地を僅かに早足で進む。
 誰もいない、その筈だった。
 だが、二人の前に立ち塞がる者達がいた。
 二人が大嫌いな、政府の人間だった。 


「道を開けなさい。急いでるの」

「出来ません!! 今このアルバーナで起こっていることは全て聞きました。その人を誰だと思っているのですか!!」

「さァ……誰でもいいわ。私たちは政府の人間が大嫌いなの」


 立ち塞がった海兵たちにロビンが苛立たしげに告げ、メガネをかけた女性海兵が厳しい視線を二人に投げかける。
 海兵達が道を開ける事はない。当然だ。二人は国王であるコブラを引き連れ歩いているのだ。


「待て海軍!! 私の事はいい!! 今反乱が起きている広場が、午後四時半に砲撃予告を受けている!! 何とかそっちを止めてくれ!!」


 女性海兵は腕時計で時刻を確認する。
 そして、その直ぐそこにまで迫りくるリミットに青ざめた。


「……ならば、あなたを助けて、砲撃も止めます!!」

「いいから早くそこをどけ。邪魔をするな」

「譲る気なんてもうとうありません!!」


 海兵達は各自背負っていた銃を構え始めた。
 それを見て、ロビンに殺気が灯る。


「だったら殺しかねないわよ……!!」


 フワリと甘い毒のような香りと共に、銃を構えようとした海兵全てに腕が咲き、その首の骨を極めた。
 それと同時にクレスが空中に舞い上がり、爆発的な速度で脚を振り抜いた。直後放たれる無数の斬撃、それらは剣を構える海兵たちに殺到し、切り崩した。
 突如おこなわれた襲撃に、海兵達は為す術もなく倒れ伏し、その戦力を半分以下まで削られた。


「た、たしぎ曹長!! 間違いありません!! この二人、<オハラの悪魔達>です!!」


 運よく攻撃を逃れた一人が、たしぎに向かってまくし立てる。


「スモーカー大佐に言われ手配書を探しておいたのですが、この二人は当時世界中で話題となった賞金首で、私も当時の記事はよく覚えています。
 この二人は、<バスターコール>によっておこなわれた制裁に対して、僅か8歳という年齢でその内6隻の軍艦を沈め逃げのびたというのです。
 政府はこの者達を第一級の危険因子と定め、子供ながらに破格の懸賞金かけてその姿を探していたのですが、そのままぱったりと姿を消してしまったと聞きました……!!」


 海兵は怯えた表情で続け、


「あの“悪魔の島”の生き残りが、この地にいるなんて……」


 その口をクレスに万力のような力で塞がれた。


「黙れ。今、結構いらついてんだよ。
 だからこれ以上オレをイライラさせんじゃねェ……!!」


 クレスは海兵を掴んだ指に力を込め、その顎を砕いていく。
 海兵は言葉にならない悲鳴を上げ、クレスの殺気に当てられ意識を飛ばした。
 クレスは意識を失った海兵から手を離し、崩れ落ちた所に強烈な蹴りを叩きこんだ。海兵は後ろにいた仲間を巻き込んで近くの壁に埋まった。 


「退け海兵共!! それとも全員殺されたいか!!」


 クレスは怒気で覆われた殺気を海兵たちに発散させる。
 海兵達はクレスの殺気と圧倒的な実力差に竦み上がった。


「軍曹さん、みんなを連れて広場へ向かい爆破を阻止してください!! この場は私が何とかします!!」


 その様子にたしぎは部下達に指示を飛ばす。
 軍曹はたしぎ一人を残すことに意義を申し立てるが、「急いで!!」とたしぎに促され、指示に従った。
 たしぎはその時間を稼ぐためか、愛刀の<時雨>を手に、クレスに向かって斬りかかった。


「…………チッ」


 クレスは小さく舌打ちを漏らすと、表情から怒気を消し去り、たしぎの放った横なぎの一閃を硬化させた腕で受け止めた。
 海兵達はその間に撤退を済ませ、広場へと消えて行く。


「さァ!! その人を離しなさい!!」


 たしぎが<時雨>を構えなおしながらクレスとロビンに宣告する。
 クレスは腕を降ろすと後ろに向けて飛んだ。
 一瞬疑問に思ったものの、たしぎはクレスを追い、踏み込み、刀を振り上げようとして───その刀を突如咲いた腕に奪い取られた。
 余りに突然の出来事だった。たしぎは唯一の武器を失いその武器を喉元に付きつけられている。
 たしぎはただ茫然とした。油断していた訳ではない。それ以上にロビンの力が巧みだった。
 剣というのはいつも強く握るわけではない。普通は斬りつける瞬間のみに強く握りこむものだ。ロビンはたしぎが刀を握る力が緩んだ瞬間に、その腕を払い刀を取り上げたのだ。
 

「邪魔しないで」


 氷のように冷たい瞳をしたロビンは、武装解除をさせたたしぎの膝の関節を容赦なく極めた。
 悲鳴を上げて、たしぎは倒れ込む。
 その隣をコブラを引き連れ、クレスとロビンは歩いた。


「待ちなさい……!! その人を……!!」


 引きずるように体を動かして、たしぎが抵抗を見せる。
 ロビンが地面に突き刺した剣を拾い上げ、二人を阻もうと動いた。
 クレスは振り返りたしぎを一瞥し、弱々しく剣を握るその指から、直接刃を掴んで刀を引き抜いた。


「……もう少しなんだ。邪魔をしないでくれ」


 クレスは刀を投げ捨て、ロビンに砕かれたたしぎの膝を蹴り飛ばした。
 あまり力を入れたわけでないが、それでもたしぎの膝を折らせるには十分だった。


「待て……!!」


 這うようにして進もうとするたしぎを置き去りにして、クレスはロビンの隣に並び、僅かに震えているその手をやさしく握った。
 ロビンはその手を子供のようにぎゅっと握り返した。







◆ ◆ ◆






「砲撃手を探すって!?」


 ビビは集結した一味にクロコダイルから告げられた砲撃予告を告げた。
 クロコダイルの宣告ならば砲撃時間まであと10分。もう一刻の猶予もない。
 おそらく、万全を期すために砲撃手は広場の近くにいる事が予測される。間違いなく砲撃手も巻き込まれる距離ではあるがクロコダイルならばそういう男だ。
 

「ビビ様……私に心当たりが」

「ぺル?」


 一味がしらみつぶしに手分けして探そうと考えていた時、ぺルが胸で燻っていた考えを口に出した。


「実は、Mr.ジョーカーと名乗る男にこれを」


 ぺルは意識を失っていた時にクレスに握らされたメモを取り出した。
 ビビと一味はそのメモを覗きこむ。そこには走り書きされた文字で『16:30、時計台の片隅、選択はお前次第だ』と書かれていた。


「……ふざけたメモだな」

「ところでビビちゃん。時計台って何処にあるんだ?」


 ビビはサンジの言葉に、時計台のある方向を指す。
 街の中央区に位置する最も高い時計台。ビビは知っていた。そこは昔よく隠れた遊んだ場所だ。あそこからなら広場一望できる。
 こうして指摘されるまで、浮かばないのが不思議なくらいだった。あそこは真っ先に思いつく筈の場所であった。


「なるほどな。確かにあそこなら広場に砲撃を打ち込むのにも申し分ねェ筈だ」


 狙撃手のウソップが納得する。


「でも、大丈夫なの? 
 それってあのMr.ジョーカーとかいう奴が渡してきたんでしょ?」

「“罠”って可能性も考えられるな」

「う~ん。チョッパー、アンタ匂いで何とかなんないの?」

「無理だよ。火薬の臭いは町中からするんだ。こんな状況じゃ嗅ぎ分けられない」


 時間は刻一刻と進んでいく。こうして議論を交わす時間さえもどかしい。


「ビビ様……あの男を信じるわけではありませんが、疑わしく、時間が無いのも確かです。一度誘いに乗るのも手だと思います」


 ぺルがビビに助言を呈す。
 ビビは僅かに迷い、頷いた。ぺルの言う通りだ。罠であったとしても逃げるわけにはいかなかった。


「結論は出たな。なら急げ」 

「じゃあ、ビビちゃん。悪いけど取り合えずその鳥男と一緒にそこに向かってくれるか?」


 ゾロとサンジは言い終わると同時に、ビビの背後に向けて蹴りと刀を見舞った。
 ゾロの刀は今まさに剣を振り下ろそうとしていた男の受け止め、サンジの黒足はその男の顔を蹴り砕いた。
 ぺルもビビを引き寄せ、剣を引き抜こうとして、ゾロとサンジの二人に制される。


「見つけたぜ王女様!! てめェを殺せば何処まで昇格出来る事やら!!」

「ヒャッハ!! 例の海賊共もいるじゃねェか!!」

「殺せ!! 殺せェ!!」


 辺りから、ばらばらと<ビリオンズ>とおもしき兵士達がやって来た。
 国王軍、または反乱軍の服装をした彼らは、戦場の狂気に取りつかれたのかどこか浮ついたような表情で王女と海賊達に狙いを定めた。


「10分引く何秒だ?」

「オイオイ、話している時間も持ったいねェぞ」


 二人は同時に、迫りくるビリオンズ達に向け言い放つ。


「「二秒だ」」


 一味はそれぞれに、砲台を探しに走り出す。
 ゾロとサンジがビリオンズ達を打ち倒す光景を背後に、ビビはぺルと共に駆け、ぺルに促されその背に飛び乗った。
 

 翼は駆ける。
 狂乱の戦場を高く、高く。 







◆ ◆ ◆







 葬祭殿。
 歴代の王族たちが祀られる巨大な墓。
 葬祭殿へと続く道は石畳で綺麗に舗装され、手入れが為された南国植物が並んでいる。
 その葬祭殿へと続く道を行き、入り口の巨大な門扉を正面に見ながら僅かに西にそれた片隅に、コブラの示した秘伝の場所はあった。
 

「この地下深くに『歴史の本文』はある」

「……隠し階段」

「成程、こりゃ見つからねェ筈だ」


 
 地下へと続く隠し階段。知らなければまず見つけられないものだ。
 階段はずっと下へと続いており、おそらくこの階段を抜ければ葬祭殿の地下へとたどり着くことになる。
 地上の豪奢な墓はその秘密を暴こうとする者の目を欺く目的もあるのだろう。荘厳な王家の墓に『地下層』があるなど思いはしない。


「行きましょう」

「ああ」


 クレスを先頭にして、コブラ、ロビンといった順で地下の階段を進んでいく。
 階段は相当長く、何処まで続いているのか分からなかった。


「……この地下深くに『歴史の本文』はあるのね」


 感慨深くロビンが呟いた。


「そういうものの存在すら普通は知らないものなのだが……」

「裏の世界は奥が深いの。世界政府加盟国の王といえど、あなた達が全て知っているとは限らない」

「……まさか、『歴史の本文』を読めるのか?」


 コブラの問いをロビンは淡々と肯定した。


「クロコダイルが私たちと手を組んだのはその為よ。だから彼は私たちを殺せない。
 あなたに罪はないわ。まさかあの文字を解読できる者がこの世にいるなんて知らなかったでしょうから」


 だから、ロビンは世界政府に第一級危険因子と定められ、僅か8歳にして7900万ベリーという破格の賞金をかけた。
 そしてクレスも唯一の共犯者でありロビンの手がかりを知るものとして6200万ベリーもの賞金をかけられた。
 『古代文字』の解読とはそれほどに世界政府にとっては危険なものなのだ。そのために過去の悲劇が二人を襲った。
 

「おそらく、ここの『歴史の本文』には『プルトン』の在処が記してある。違うかしら?」

「……分からん」


 それは偽りでは無く、本心からの言葉だ。


「アラバスタ王家は代々これを守ることが義務付けられている。私たちにとってはそれだけに過ぎない」

「“守る”? ……笑わせないで」


 ロビンは怒りすら滲ませて吐き捨てた。
 その意味が分からずコブラは沈黙するしかない。
 クレスはその様子を辺りに気を配りながら黙って聞いていた。
 階段は終わりに差し掛かり、やがて広々とした空間に出た。薄暗い空間だったが、人の気配を察すると自動的に明かりが灯った。
 明かりに照らされ、空間の全容が見える。石材に囲まれた空間で大小いくつもの柱が奥へと続いて行く。壁には鮮やかな紋様とこの地独特の象形文字が刻まれていた。
 

「見えたぞ」


 クレスは静かに到着を告げた。
 空間の奥にどこか人間を拒絶するかのような巨大な扉があった。


「……その奥だ。そこに目的の物はある筈だ」


 クレスはロビンに確認を取ってから、ゆっくりと開いた。
 扉がゆっくりと開いてゆき、4年もの歳月をかけ求め続けたその姿を徐々に覗かせる。
 一瞬、強い光が二人を包み込み、滑らかな正立方体で不朽なる石碑の『歴史の本文』が完全に姿を現した。


「クレス……」

「ああ、ゆっくりと調べたらいい」


 クレスの言葉に応じ、ロビンは惹かれるように『歴史の本文』へと向かう。
 その前に、どこか寂寞とした表情で立ち、直ぐに表情を真剣なものへと変化さる。
 ロビンの白い手は、そこに刻まれたクレスには理解不能の文字をなぞっていった。
 その姿はまるで、一枚の絵のように美しく。まるで、魔術の儀式のように背徳的だった。
 どれくらい時間が経ったのか分からない。時間にすればほんの数分間の出来ごとである筈なのに、クレスにはそれが永遠にも感じられた。
 やがて、ロビンが『歴史の本文』から手を離して、声帯を震わせて声を為した。


「他にはもう無いの……?」


 必死に隠していたが、クレスはそこから確かな悲しみを感じ取った。
 

「不満かね。私は約束を守ったぞ」

「……そうね……そうよね」


 ロビンは俯き、そしてその様子を見守っていたクレスに向き合った。
 今にも泣き出しそうなのを必死で取り作ったような表情だった。
 その表情でクレスは全てを悟った。
 クレスは小さく「……そうか」とかすれた声で呟いて、今にも折れそうなその細い体を抱きしめた。


「……ダメだったみたい」


 果たしてロビンは泣いているのだろうか。
 ロビンはどこか達観したように呟き、クレスに顔を見せないように俯いた。
 クレスはそんなロビンをただ強く抱きしめた。かつて故郷で母のシルファーがそうしたように。


「……分からないの。もう、どうすればいいのか分からない。
 直ぐそこに光があると思ったのに、つかんだ瞬間に消えてしまったわ。夢のためだなんて嘯いて、結局何もつかめなかった」


 クレスは何も言わなかった。
 今、慰めの言葉をかける事がロビンにとってどれだけ残酷か知っていた。

 
 
 次から次。コレが壊れたからアレを。見境もなく生きるために必死で駆け抜けた。
 そして、夢を求め希望を見つければ愚直なまでに突き進んだ。
 それが僅かな光であっても、必ずと言っていいほどにそこへと赴いた。
 二人で船を操り、波を乗り越え、島に上陸し、現地調査から始まり、最終的には遺跡に忍び込んだりもした。
 結果が出ない事の方が多かった。時には危険な目にも遭った。
 <真・歴史の本文>、その価値をクレスは知らない。
 正直な話、遺跡よりもお宝の方が興味があるし。考古学もそれなりに覚えたがそれでも素人の域を出ない。
 クレスが一人ならば興味すら持たなかっただろう。
 けど、それでも…………楽しかった。
 ロビンと二人、島々を飛び回り、手がかりに一喜一憂する。
 助け合い、励ましあい、力を合わせ、何かを成し遂げようとする。
 胸の奥が熱く焦がれるように燃え、身体を前へと突き動かす。
 クレスは自身の願いをロビンの夢に重ねていた。一緒に何かが出来る。ロビンとなら何でも楽しかった。

 だが、それもグランドラインの島々を探るうちに変化していく。
 手がかりが尽きていくのだ。探しても探しても見つからない。
 表にこそ出さなかったがロビンも焦っていたのだろう。
 クレスはそれを感じる事も出来たし、時折フォローもした。だが、結果が出なければどうにもならないのだ。
 だからこそロビンはクロコダイルの要請に応じ、バロックワークスに所属した。

 そんな二人にとってアラバスタは最後のチャンスだった。
 ロビンにとって、裏組織に所属し誰かを傷つけるよりも、許されるのならば、日のあたる中で遺跡を飛び回る方が良いに決まっている。
 止めるべきだったのかもしれない。そんな事は百も承知だ。
 だが、そんなクレスの勝手な都合だけでどうしてロビンの夢を妨げられようか。
 手がかりが潰え、希望すら残らなかったロビンにクレスはなんと声をかければいいのか……分からなかった。



 だが今この瞬間に、間違いだったのだと、その結果を叩きつけられた。
 余りにも呆気ないものだった。感情を消し去りながら積み上げた道は一瞬で崩れてしまった。こんなにも簡単に。
 簡単な話だ。苦難を乗り越えつかんだものは絶望だった。それだけの話だった。
 悔やむのはクレスもまた同じだ。過ちは大きく、過去には戻ることはできない。
 クレスはただ、ロビンを抱きしめる腕の力を強め、ロビンは小さく肩を震わせた。
 だが、そんな時間も長くは続かない。
 クレスとロビンにコツ、コツという硬質な足音が聞こえて来た。
 

「ロビン」

「ええ」


 打って変わり、表情を硬化させ、二人は足音の方へと視線を向ける。
 隠し階段の長い道を抜け、その先の厳かな空間を闇を纏いながら抜け、その姿を現した。


「さすがは国家機密だ……知らなきゃこりゃ見つからねェな」

「早かったのね……Mr.0」


 姿を見せたのは麦わらと激戦を繰り広げたのか、うんざりした様子のクロコダイルだ。
 口元には自身の血であろう汚れと打撲跡があり、服にも同等の汚れがあった。オールバックに撫でつけられた髪も気だるげに前へと垂れている。
 クロコダイルがこの場所に姿を見せたということは麦わらは敗北したのだろう。だがそれにしても弱点を見出しただけでココまでこの男に傷をつけたことには驚嘆すら覚えた。


「……御託はいい。解読は出来たのか?」

「ええ」

「さァ、読んで見せろ。『歴史の本文』とやらを……」


 ロビンは『歴史の本文』の前に立ち、静かに目を閉じた。


「カヒラによるアラバスタ征服、これが天歴239年。
 260年、テイマーのビテイン朝支配。
 306年、エルマルにタフ大聖堂完成。
 325年、オルテアの英雄マムディンが──────」


 朗々と、どこか神秘的な雰囲気すら漂わせロビンは“歴史”を語った。


「オイ、オイオイ、待て、待て!! 
 おれが知りてェのはそんな事じゃねェ!! 歴史なんざ知ったことか!! この地に眠る世界最強の“軍事力”の在処をさっさと教えろ!!」


 クロコダイルは焦らすようなロビンにまくしたてる。
 ロビンは淡々と、それが事実であるかのように言い放った。


「記されていないわ」

「何……?」

「ここには『歴史』しか記されていない。『プルトン』何て言葉一言も出てこなかった」


 急速にクロコダイルの瞳から熱が引いて行く。


「……そうか、残念だ」


 あっさりと引き下がり、



「てめェらは優秀な駒だったが、ココで殺すことにしよう」



 クレスとロビンをまるでゴミでも見るように見下して、殺意すらなくその宣告を下した。
 ロビンは息をのみ、クレスは目を細めた。


「まったく……くだらねェ話だ。
 4年前に結んだおれ達の協定はここで達成された。今、この瞬間にな。
 多少の反抗的な態度はあったものの、てめェらのバロックワークス社における働きは実に優秀だったと言っていい。それだけでも十分に利用価値はあった。
 だが、てめェらは最後に口約を破った。この国の『歴史の本文』は『プルトン』の在処さえ示さねェとなァ……!!」


 不意にクロコダイルがロビンに向けて、鈍く光る鉤手を振りかぶる。
 その瞬間、クロコダイルとロビンの間にクレスが飛び込んで、クロコダイルの鉤手を受け止めた。


「……随分と乱暴な理由だな」

「てめェらを殺すのにこれ以上の理由が必要か?」

「成程……」


 クレスは鉤手を受け止めたまま、バネの様に脚を振り上げた。
 脚は“嵐脚”を引き起こし、打撃と斬撃を同時にクロコダイルに与えるも、クロコダイルは砂となって四散し、再び元の姿に戻った。


「てめェらを見てると、うすうすそんな気はしていたさ。
 だが、やはりこうやって実際に手を下す段階になっても何も感じない。何故だかわかるか?」

「さァな、知らねェよ。
 だけど、こうなると予想していたのはお前だけじゃない」

「4年も手を組んでいたもの。あなたがこういった行動に出るのは分かっていたわ」


 ロビンがクレスの後ろで構え、クレスはゆったりとサイドバックへと手を伸ばした。


「まさかおれと殺り合うつもりか、臆病者のエル・クレス?」

「……責任くらいとらねェとな」


 クレスはサイドバックの中から、黒い手袋を取り出し、それを手にはめ、軽く引張って皺を伸ばした。
 黒手袋は鉄糸が織り込まれていて少し重いが、驚くほどにクレスに馴染んだ。 
 手袋は拳のプロテクトを目的としたもので、よく海兵たちに好まれる。
 この手袋はクレスが幼いころに師であるリベルから受け取った、父、元海軍本部大佐<亡霊>エル・タイラーの遺品だった。
 クレスは拳を"鉄塊"で自在に硬化出来るため、今まで使うことは無かったのだが、受け取った日から持ってると母が喜んだのでいつも捨てられずに持っていた。


「責任だァ? まさか、この国にか!?」


 今にでも吹き出しそうな声でクロコダイルがクレスに言う。
 散々アラバスタを壊してきたクレスが責任というのもおかしな話だ。
 クレスは苦笑し、クロコダイルの言葉を否定する。


「違ェよ……」


 指を鳴らして、準備を整え、軽く息を吸った。
 ロビンの選択に賛成した責任。その選択を選んだ責任。
 クレスが責任を果たすべきモノ、それは───



「───自分(てめェ)だよ」



 クレスの姿は一瞬にして掻き消え、クロコダイルに向け、硬化させた拳を振りかぶった。












あとがき

 まずはお詫びを申し上げます。
 前回の投稿の際は申し訳ございませんでした。
 原作模造しただけの劣化品しか書かれていない状況では皆さんの反応を考えてしかるべきでした。申し訳ございません。
 感想版でもあったように、省略するか、前々回までと同じように二話投稿にするべきでした。
 今後は今回の反省を胸に刻み、軽率な行動は慎んで、この作品を続けて行こうと思います。


 お詫びの後で申し訳ないですが、あとがきです。
 今回は山場の回ですね。次回はクレス、ロビンVSクロコダイルです。何とか上手く書きたいところですね。
 原作通りの場面も多々とありますが、今回はいくつか場面を削りました。ツメゲリ部隊が好きな方、ルフィVSクロコダイル第二ラウンドが好きな方は申し訳ございません。
 アラバスタ編ももう少しですね。反省すべき点も多いですが、何とかやっていきたいです。
 

 
 



[11290] 第二十話 「馬鹿」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/04/11 18:48
 
 反乱軍と国王軍が取りつかれたように激戦を繰り広げる宮殿前広場。
 塵旋風が戦場を吹き荒れて、戦う兵士たちの視界を覆い、敵どころか味方までも見失った兵士たちは恐慌しさらなる狂気に陥った。
 途絶える事無く響く銃声に砲撃の轟音。兵士達が上げる大気を震わせる怒号。砂の地面は血を吸い重く滲み、漂うのは強烈な硝煙の匂い。
 精神と共に五感全てを狂わせられるような、まさに地獄と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。


「何度見ても酷いもんだな」


 そんな戦場を一人の男が市街地の屋上から見下ろした。
 パサついた干し草のような髪に、夜のように深い目をした男だ。
 男の存在は、目の錯覚を疑うほど曖昧で、まるで男を構成する物質が足りないのではないかと感じいるほど、薄い。
 注意をしなければ背景の一部として認識してしまうほど完璧に、戦場というこの異常な空間においても、ただ立っているだけで溶け込んでいた。


「今回は観察のつもりだったが……やはり、部外者はきついな」


 男は疲れたようにため息を漏らすと、時計台の方角へ目を向けた。


「その願いは届くのか。
 いや、それを為せるだけの“力”があるのか」


 次に男は宮殿から西に向かった先にある葬祭殿を見つめた。


「その戦いは、償いか、それとも意地か。
 いずれにせよ、険しい道のりだな。……君たちはそうして戦いながら夢を追い続けたのか」


 男は緩やかに腕を掲げた。
 その瞬間、男の姿が掲げた腕を中心に、まるで世界に溶け込むように薄くなっていく。


「時は進む。誰にも止められる事無く、ただ悠然と。
 止められぬのならば、人に出来るのはその一瞬を作ることだ。誰にも止められぬほどのうねりをクロコダイルは作り出してしまった。
 ならば、それを変えるにはより強い瞬間を刻みつけるしかない。それを為すのは誰か。王女か、彼らか、それともあの麦わらの少年か」


 男の姿が霞み、いつの間にか消えた。まるで始めからそこにはいなかったかとでもいうように。
 そして、声だけが響いた。


「まぁ、あのオカマの言葉じゃないが、奇跡は諦めの悪い奴の前に現れる。
 諦めの悪い奴は嫌いじゃない。足掻き続ける事にも意味はある。────諦めるのはまだ早いということだ」


 もうそこには誰もいない。
 だが、その空間だけは砂塵が舞い込む事は無く澄んでいた。













第二十話 「馬鹿」












────葬祭殿。


 瞬く間にクロコダイルへと肉薄し、振るわれる渾身の一撃。
 六式が一つ。爆発的な脚力によって消えたと認識させるほどの速度で駆け抜ける“剃”。
 クレスの肉体はまるで機械のように的確に連動し、うすら笑いを浮かべたクロコダイルに“鉄塊”で硬化させた拳を叩きつける。


「無駄だァ……」


 圧倒的なクレスのスピードを前にしてもクロコダイルは動じない。
 クロコダイルは弱点である“水”を持たずに自身を殴りつけようとするクレスを蔑んだ。
 <自然系>の能力である<スナスナの実>はクロコダイルを自然変換し、一切の攻撃を無力化する。
 どんな攻撃を繰り出そうとも、指先から零れ落ちる砂のようにクロコダイルの身体をすり抜ける。水という媒介無しではクロコダイルは無敵といってよかった。
 クレスは“水”という能力の弱点に気づいているにも関わらず、取りだしたのは海兵達が好んで身につけるタイプの黒手袋。
 この二人ならば自身を警戒して水を携帯しているかと思ったが、どうやら見込み違いだったようだ。
 この攻撃もどうやら逃げるための目くらましだろうとあたりをつけた所で、予定道理手早く始末しようと体を砂に変え、


「……!!」


 海賊としての勘がクロコダイルを動かした。
 砂粒となってクロコダイルは身を翻し、その傍を唸りを上げたクレスの拳が通り抜ける。


「どうして避けたんだ?」


 余裕を見せるようにクレスは笑い、流れるように半回転。
 そしてクロコダイルを構成する砂の塊に向かって、強烈な裏拳を叩きつける。
 クレスの腕が砂粒をすり抜ける。だが、手にはめた黒手袋がその核を掴む。衝撃をもたらしながら、クレスの拳はクロコダイルへとめり込むように突き刺さり、吹き飛ばした。


「くっ……!!」


 全身を砂に変え、クロコダイルは空中で体制を整え、地面を削りながら着地する。
 だが、息つく暇はない。クロコダイルの目の前には高速で接近するクレス。
 閃光のように肉迫したクレスにクロコダイルは忌々しげに鉤手振るった。
 クレスが取ろうとしていた最短距離の最中に差し出された鉤手。クレスは前方に現れた鉤手に一瞬驚くも、更に地面を強く踏み込んだ。
 宙を舞うクレス。肌に触れるかというギリギリのラインでクロコダイルの鉤手を見切り、真上へと舞い上がり、“月歩”によって更に宙を蹴って、クロコダイルに向かって垂直に強襲を仕掛ける。


「我流“雷礼(ライライ)”」


 重力の加速を受け、稲妻のように加速したクレスは硬化させた腕をクロコダイルに付きだした。
 クロコダイルは上空から攻撃を仕掛けるクレスを避けようとして、────突如現れた腕にその脚を掴まれる。


「チッ……!!」


 クロコダイルは瞬間的に全身を砂に変える。
 砂粒は指の間を流れ、いとも簡単にその拘束から逃れるも、その一瞬の隙に砂と化した全身に向かってクレスの鋼鉄の拳が襲いかかる。
 轟音。ひび割れる地面。舞い上がる粉塵。
 その中で、肘近くまで埋もれた拳を地面から引き抜いたクレスが警戒しながら立ち上がる。


「何処いった……?」


 手ごたえは感じなかった。
 クレスの拳が届く寸前にクロコダイルは砂となって地面に広がり、消えた。
 <スナスナの実>の能力によって全身を砂に変えたクロコダイルを砂塵が舞う空間で見つけるのは困難を極めた。


「……うっとおしいんだよ」


 ゆらりと砂の魔人はクレスの背後にその姿を現すと同時に無防備な首筋に向けて鉤手を振るった。
 クレスが咄嗟に気付き全身に“鉄塊”をかける。クロコダイルの鉤手はクレスの“鉄塊”に弾かれ、突如咲き誇った腕に掴まれた。


「クレス、離れて!!」


 クレスは地面を蹴り、その場から離脱する。
 それと同時にクロコダイルの身体に更にロビンの腕が咲き、その背を無理やりに歪めて、サバ折りにする。


「クラッチ!!」


 クロコダイルの体が折られる。その腹から血のように大量の砂があふれ出て、その中にクロコダイルの身体が吸い込まれる砂に溶けていった。
 無形の砂の塊は、油断ない視線を向け続けるクレスの前でその姿を形作り、クロコダイルの温度の無い双眼がクレスとロビンを睥睨する。
 だらりと、クロコダイルの乱れたオールバックが垂れた。クロコダイルはそれを気にするでもなく、自身の血で汚れた口元を歪めた。 


「クハハハハ……。やってくれるぜ。
 まさか本気でこのおれに立ち向かってくるとはなァ。よほど殺されたいらしい」

「何言ってんだ。どうしようと殺す気満々だっただろうが」

「ああ、そのつもりだ。だが、楽に殺すことはやめよう。てめェらは散々苦しませて殺す」

「おお怖っ。精々気をつけないとな」


 クレスはクロコダイルの殺気をかわすように肩をすくめた。
 肩をすくめたクレスの手が彼の目に入る。それを見て、殺気が強まった。


「よっぽどこの手袋が気に入らないらしいな」


 クレスの手は黒く覆われていた。
 父の形見の黒手袋だ。
 

「なかなかいいだろコレ」


 クレスは自慢するようにわざとらしく手を掲げた。
 クロコダイルは小さく舌を打つ。


「……何処で手に入れたかは知らねェが、『海楼石』とはやってくれる」

「そう言うなって、オレも気付いたのは最近なんだからよ」


 『海楼石』
 今だその全容が解明されない、固形化した海とも言われる硬石。
 クレスが父の手袋に『海楼石』が仕込まれているのに気付いたのはほんの偶然だった。
 幼いころから今まで拳を自身で硬化させることが出来たので使い道が無かった黒手袋。クレスはある日鞄からそれを探り出し、なんとなくはめてみた。
 クレスと父のタイラーはどうやら同じ体型だったようで、驚くほどにその手袋は成長したクレスの手に馴染んだ。
 関心しながら手袋を戻そうとした時に、ロビンが黒手袋に興味を持ち、僅かな体の異変に気付きその仕込みに気が付いた。


「まったく、間抜けな話だ。20年たったつい最近に気付くなんてな」

「だが、随分と劣化品のようだな」

「……さすがに気付いたか」


 クロコダイルが言うのは黒手袋の『海楼石』としての効力の低さだ。
 海楼石というのはかなり加工がしづらい。研究は進められているが、それでもまだ未発達である。
 タイラーがこの黒手袋を使っていたのは30年以上前になる。技術が今以上に未熟だった為か、効果が十分に発揮させられていないのだ。


「確かに、出来て『触る』ぐらいだよ。『能力者の無力化』なんて夢のまた夢だな」


 これもまた、黒手袋に『海楼石』が仕込まれている事の発見が遅れた原因だ。
 どうやら黒手袋の鉄糸の中に含まれているらしいのだが、かなり効果が低い。
 現在の物────例えば、スモーカーの十手────程の効果があれば、直ぐに気付けただろう。
 確認したロビンは「いつもより体が重い程度」と言っていた。


「だが、お前を倒すにはそれで充分だろ?」

「……そういう戯言はおれを倒してから言うんだな」

「戯言結構。後悔させてやるよ」


 再び床を蹴りつけクレスは駆け抜ける。
 クレスの『剃』は相当な実力者であっても視認することは困難だ。傍目から見れば圧倒的なスピードによって完全に姿を見失う。
 だが、クロコダイルはそのクレスの姿を捉え、なおかつカウンターの要領で刃と化した腕をふるった。それは能力のみでは無い、クロコダイル自身の強さに裏図けされた実力だ。


「砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!!」

「嵐脚“断雷”!!」


 地面や障害物ごと両断しながら振るわれたクロコダイルの宝刀に、クレスは自身の持つ最大の切断力を誇る“嵐脚”で挑んだ。
 砂の刃と、風の刃は拮抗し、混ざり合って、花火のように弾け、旋風と砂礫を撒き散らした。
 散弾のように舞う礫の中、クレスは既に宙を駆けていた。圧倒的な脚力で空気を蹴りつけ、雷光のように肉迫する。
 

「指銃“剛砲”!!」


 クロコダイルはクレスの砲弾のような拳を砂の身体を自在に変化させ避ける。
 拳はクロコダイルの直ぐ傍の空間を烈風と共に通過するもクロコダイルに傷を負わせることは無い。


「フン……!!」


 クロコダイルの右腕がクレスを捉えようと蠢く。
 その掌は渇きの魔手。触れたモノ全ての水分を奪いつくす。
 刹那、クレスの右脚が跳ね上がった。クレスの右脚はクロコダイルの右肘のあたりを蹴り飛ばし、クロコダイルの腕が砂となって飛び散った。
 

「ラァッ!!」


 クレスは崩れた体制を捻じ曲げて、更に黒手袋の拳を振るう。
 間髪入れぬ連撃。クレスの拳はクロコダイルの顔へと迫り上半身を砂と変えたクロコダイルの頬を僅かに斬り裂き、血が飛び散った。
 直後、クロコダイルが凄惨な笑みを浮かべ、振り上げられた鉤手が無防備を晒したクレスに向けてギロチンのように振り下ろされる。
 だが、その鉤手がクレスを捉える事は無い。絶妙なタイミングで咲いたロビンの腕が宙に浮いたクレスを引いて回避させた。


「サンキュ、ロビン」

「どういたしまして」


 体制を立て直したクレスが着地する。
 クレスの基本スタイルは“嵐脚”による中距離攻撃と“剃”“月歩”を使っての高速移動に“鉄塊”によって硬化させた“指銃”を掛け合わせた一撃必殺だ。
 騎兵のの突撃(チャージ)に近いこの戦法は、高硬度の“鉄塊”を瞬間的に作り出せるにも関わらず持続時間が本家に劣るクレスが、如何に傷を作らずに相手を倒せるかを念頭に置いた戦法でもある。
 つまり、クレスは基本的に相手との間合いを制しての、相手に反撃をさせない戦い方をしているのだ。
 そのクレスが自身が無防備になるにも関わらず、無鉄砲なまでの攻撃を続けられるのはひとえにロビンとの連携があってこそであった。
 

「剃」


 舞い上がる粉塵を斬り裂いて、クレスが再び“剃”によってその身を躍らせる。
 だが、周到な砂の魔人はそれを読み切り、クレスと交差する直前に三日月刃と化した魔手を振るう。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 クレスに悪寒が走った。
 クロコダイルの掌は触れたもの全てに例外なく渇きを与える。
 振るわれた渇きの刃に少しでも触れれば触れた部分全ての水分が吸い取られてミイラと化す。それはもちろんクレスとて例外ではない。
 

「────ッ!!」


 クレスは直前に前方の空気を蹴りつけて軌道を捻じ曲げる。
 結果、クレスの体はクロコダイルの刃を逸れるも、着地に失敗した鳥のように地面を転がった。
 

「無様じゃねェか、エル・クレス」


 クレスは立ち上がり、服に着いた土埃を払う。
 『海楼石』によってクロコダイルに対する攻撃手段を得たが、それで優位に立てた訳ではなく、やっと同じ土俵に立っただけだ。むしろ戦いはこれからと言える。


「どうして避けたんだ?」

「……このヤロ」 


 クロコダイルの渇きの魔手は“鉄塊”で受ける事は出来ない。
 “鉄塊”は体を鉄の硬度まで高める技ではあるが、決して体が鉄になった訳ではない。硬化した肉体はクレス自身の肉体だ。クロコダイルの渇きの魔手を受ければ干からびる。
 クレスはクロコダイルの冷徹な戦術眼に舌を打った。強力な一撃を繰り出すクレスにサポートをおこなうロビン。驚異的なコンビネーションを誇る二人だが何事にも例外は存在する。
 クロコダイルは二人が戦ってきた中で最悪の部類に入る男だ。クロコダイルの魔手にクレスが受け止める術は無く。全身を砂へと変化させる体をロビンは捕まえられない。


「てめェもあの麦わらと同じだな。おれを殴れさえすればもう勝てるとも思ってやがる。
 まったく、バカバカしくて呆れてくるぜ。おれの能力を殺せば勝てるとでも? おれがその程度の男だとても思ってんのか?」

「…………」

「まぁ、それでもおれはてめェを評価してやるよ。
 てめェの<六式>も大したもんじゃねェか。────それでもおれには及ばねェ事には変わりねェがな」

「……別に、お前を甘く見てる訳じゃねェよ。
 手袋程度で戦況が変わるとも思っていもいねェし、対策も立てなかったわけじゃない。出来れば“コレ”は出したく無かったんだけどな。コノ武器はあまりに危険過ぎる」


 僅かに眉根を寄せたクロコダイルの前で、クレスはサイドバックからその武器を取り出した。


「お前の為に取り寄せて組み上げた特別品だ。……精々後悔するんだな」


 クレスは取り出したものを握り込み、黒く禍々しいペイントが為された先端をクロコダイルへと向ける。
 金属製の重々しい形状。狙いを定めた鷹のように鋭い筒状の部品。そして特徴的なトリガ―。
 

「銃だと?」


 クレスは指先を弾丸に変える“指銃”を体得してる。
 いわばクレス自身が凶悪な銃であるにも関わらず、銃を取り出したクレスにクロコダイルは僅かな困惑を見せた。

 
「ああ、その通り。だが、これはただの銃じゃ無い」


 クレスは取り出した銃をクロコダイルへと向け、軽く引き金を引いた。
 そして、クレスの持つ禍々しい銃の投身から、
 



────チョロリと水が出た。




「水鉄砲だ」


 余りの事態にクロコダイルは停止する。
 この時、クロコダイルが辺りを見渡せば忍び笑いをもらすロビンを見つけられただろう。


「な? 危険だろ」

「てめェ……ッ!!」


 オチョくるようなクレスの態度に、クロコダイルが怒りを爆発させる。
 確かに、クロコダイルの<スナスナの実>の弱点は“水”だ。何らかの対策は講じて当然である。
 だが、ここまでの屈辱は初めてだといってもいい。その対抗策がまさか、“ただの水鉄砲”だとは何の冗談だ。
 それに加えてクロコダイルは先程、水を飲み込んで水風船となったルフィと戦い、浅くは無い傷を負った。その事も彼に怒りのボルテージを上げさせていた。


「フザけが過ぎんだよ!! エル・クレス……!!」


 殺気を撒き散らしながら、全身を砂の大蛇と変えクロコダイルがクレスをミイラに変えようと動いた。
 気の弱いものならそれだけでショック死してもおかしくはない勢いだ。
 クレスはその殺気を受け流しながら、狩人のようにクロコダイルを捕捉し、水鉄砲の引き金に掛けた指を、


「────BANG(バン)」


 引いた。


「何ッ!!」


 クロコダイルが目を剥いた。
 ありえない速度で迫る水。
 クレスが構えた水鉄砲からまるで本物の弾丸のような勢いで水が発射され、着弾した石材を僅かに削った。
 

「……外したか」


 鋭い目でクレスは再び銃口をクロコダイルへと向ける。
 目を見張るクロコダイルに向けて、物理的な威力を伴った弱点の“水”が容赦なく放たれる。
 クロコダイルは屈辱に震えながらも砂に変えた全身をクレスの水鉄砲から逃げるように蠢かせ遮蔽物となるものを利用しながら巧みに避けていく。
 それは悪魔を征する聖水か。だが、それになぞらえても立ち塞がるもの全てを圧倒する砂の魔人が水鉄砲相手に逃げる姿というのはいささか滑稽でもあった。


「だから言っただろ? 危険だって」


 クレスは“剃”を使ってクロコダイルを追い、姿を見つけ次第、水鉄砲を発射する。
 クロコダイルはクレスから放たれる水を、砂と化した全身と渇きの魔手を用いて巧みに避ける。
 反撃に出ようと思うも、クレスはそれを許さない。片腕は水鉄砲で塞がっているがもう片方は『海楼石』の黒手袋だ。無理に接近すればクレスの思うがままだった。


「この水鉄砲は特別製でな。構造自体は結構簡単なんだが、面白い性質があったんだよ。なんでも、引き金を引いた強さに応じて水を遠くまで飛ばせるんだそうだ」


 クレスは“水”の残量を計算しながらクロコダイルに語りかける。


「まぁ、ただの遊び道具だったからそうたいしたことは無かったんだけどな。
 銃口を改造して小さくしたんだよ。そして、圧力で壊れないように硬度を上げて、んでもって全力で引いた」


 クレスは“月歩”で飛び上がり、上空からクロコダイルを狙撃する。
 水の弾丸は狙いは乱雑ではあるものの貫くような勢いでクロコダイルへと迫り、クロコダイルは舌打ちと共に地を這う大蛇のようにうねりながらかわす。


「するとビックリ。こんな感じでかなりの威力が出たわけだ。
 魚人の中にも水を武器にする奴がいるって聞いたことあるけど、案外何とかなるもんだな」

「それがどうした。苛立たしい武器だが、水が無くなればそれまでだ。随分と派手にぶっ放してるが、そろそろ残量が心配なんじゃねェのか?」


 クロコダイルの言う通りだ。
 弾丸となる水が無くなればクレスの持つ“水鉄砲”は役目を終える。
 クロコダイルが苛立たしげに攻撃を避け続けるのもそのためだ。


「確かにその通りだ。あんまり無駄弾は使いたくないんだが……」


 クレスは脚を止め、改めてクロコダイルに向けて水鉄砲を構えた。


「生憎と、一人で戦ってる訳じゃ無くてな」

「────ッ!!」


 飛来する試験管。
 クロコダイルが目を見開き背後から迫る試験管を避けようとするが遅い。
 クレスに注意を向けさせた隙にロビンが投げつけた試験官はクルクルと回転し、クロコダイルの右足に当たって割れ、中に入った水がクロコダイルの脚を濡らした。
 間髪いれず、クレスが水鉄砲の引き金を引いた。物理的な威力を持った水は、脚を濡らされ実態を得て動きが鈍ったクロコダイルへと直撃し、衝撃と共にその体を濡らしていく。
 水を吸った砂は固まるだけでは無く、吸った分だけ重くなる。つまり、その分だけクロコダイルの動きが鈍くなるのだ。クロコダイルはよろめきたたらを踏んだ。


「六式“我流”────」


 クレスの身体が僅かに沈み、地面を踏みつけて、動きの鈍ったクロコダイルに向けて全力で加速する。
 クロコダイルは鈍った体でありながらもクレスを迎撃しようと渇きの魔手を振るおうとしたが、“水”によって固まった体を咲いたロビンの腕が押さえつける。


「────閃甲破靡!!」


 クレスの“鉄塊”によって硬化された拳は、“剃”による加速を受け、“指銃”の速度で打ち出される。
 手甲のように硬化させた拳は閃光のように瞬き破壊を靡かせながらクロコダイルの鳩尾に突き刺さり、弾き飛ばされるように吹き飛ばし、石壁へと叩きつけ、粉塵が舞った。


「…………」


 クレスは拳に確かな感触を感じた。
 だが、その表情は晴れない。それはまたロビンもまた同じだ。
 クレスとロビンの知恵と力で引き寄せた渾身の一撃。だが、それでもまだ安心は出来なかった。
 敵は<王下七武海>の一角クロコダイル。油断など始めから無く、クロコダイルが倒れたその姿を見るまで安堵の息を吐ける筈が無かった。


「……クレス」

「ああ」


 ロビンの声にクレスは答えた。


「まだだ……!!」


 土煙の先。
 そこには瞳から熱を完全に消し去った砂の魔物が立っていた。
 静かに、先程までの怒りなど微塵にも感じさせる事無く、無表情。
 クレスは肌が粟立つような怖気を覚えた。クロコダイルの目は何処までも冷たく、呑まれそうなほどの殺気が刃となってクレスとロビンを貫いていた。


「認識を改めよう。<オハラの悪魔達>」 


 直後、クロコダイルの掌から強烈な砂嵐が生まれた。
 密閉された空間で、砂嵐は何処までも猛威を振るい、葬祭殿内で吹き荒れた砂嵐は様々な物を破壊してゆく。
 クレスは吹き飛ばされないように腕を交差させながら大地を踏みしめ、ロビンは能力によって咄嗟に身体を支えた。


「てめェらは確実におれが殺してやる」


 クロコダイルが自身の鉤手を掴みゆっくりとスライドさせていく。
 するとその下から、更に鋭い鉤爪が現れる。その鉤爪にはいくつもの穴が空いていて、そこから液体が染み出ている。<サソリの毒>と呼ばれる猛毒だ。


「死ね」


 クロコダイルが砂嵐が吹き荒れる中、クレスに向けて砂と化した全身をうごめかした。
 クレスは砂嵐によって視界を奪われながらも、迎撃しようとまた地面を蹴った。
 下から振るわれる毒針を紙一重で避け、クレスは拳を振るう。クレスの拳はクロコダイルへと突き刺さるも、それでもなおクロコダイルは引かない。
 衝撃を受けながらも、体を砂と化して忍び寄るように進み、渇きの魔手をクレスに向けて振るう。


「三日月型砂丘(バルハン)!!」


 防御不可能の渇きの三日月刃をクレスは転がるように避けた。
 

「ぐッ!!」


 だが、それでも完全には避けきれず、僅かに触れた左手が“水鉄砲”ごと朽ちてゆく。
 水分を吸い取られた腕は肉が削げ落ちたように骨と皮だけのミイラへと変わり、クレスの制御から切り離される。
 クレスは左腕を失った状況でなおも、脚を振り上げ更に腕を振るおうとするクロコダイルに向けて“嵐脚”を放ち、その姿を四散させた。
 砂粒となったクロコダイルは砂嵐に乗りながら集束し、クレスの傍を通り抜け、砂嵐のあおりを受けたロビンの前で毒針を振り上げた。


「待て!!」

「協定の際、言った筈だぞ。
 ────妙な真似をしたら、ニコ・ロビンの方から殺すと」


 無慈悲な一撃が振り下ろされる。
 その瞬間、クレスの中で時がコマ送りのように引き延ばされた。
 ロビンが現れたクロコダイルに目を見開き、何とか回避を試みる。
 砂嵐のあおりを受け体制の崩れたロビンにこの一撃を避ける事は不可能であり、水を持たぬ今、クロコダイルを掴む事も不可能であった。
 クレスは骨と皮と化した左腕に構うこともなく全力で走った。
 ロビンを守り抜くこと。それがクレスが自身に掲げた絶対の誓いだった。
 

「大丈夫か? ロビン」


 鮮血が舞い、まだ温かい血液がロビンの頬に付着した。


「クレス……?」


 茫然とした声でロビンが言葉を為した。
 クロコダイルの毒針。体内に入り込めば数分で死に至らしめるという猛毒。
 全力で駆け、ロビンを庇うことを優先し、“鉄塊”で防ぐ暇は無かった。
 クレスの口元から血が流れ出る。クロコダイルの毒針はクレスの腹に深々と突き刺さっていた。


「くだらねェなァ」


 吐き捨てるように言いながらクロコダイルが毒針をクレスから引き抜いた。
 クレスが糸が切れたマリオネットのように小さく震え、壊れたように一気に吐血した。


「まったく、くだらねェ。てめェらみたいな奴らをバカって言うんだ。
 "情"なんて不要な物を捨てられねェからこうして命を落とす。今までよく生き抜いてこれたもんだぜ」


 クロコダイルはクレスへの興味がかくなったのか一瞥すらくれずに、淡々とロビンに向けて再び毒針を振り上げた。


「あの世で仲良くでもしてろ、<オハラの悪魔共>」


 そしてクロコダイルの毒針が振り下ろされる。
 クロコダイルの毒針は鈍い音と共に肉を抉り、そして止まった。


「何だと!! まだ、生きて……!!」


 驚愕の表情を浮かべるクロコダイル。
 クロコダイルの毒針はクレスがロビンを守るように差し出した右腕に突き刺さっていた。


「ロビンに手ェ出すんじゃねェよ……!!」


 瀕死の筈のクレスの脚が唸りを上げる。
 水を持たぬ筈のクレスの脚は、クロコダイルを蹴りつけ骨の軋む音と共に吹き飛ばした。


「ぐッ……!!」


 クロコダイルが苦悶を上げた。
 クレスからあふれ出た大量の血液。それがクレスの全身を濡らしていた。
  

「六式“我流”────」


 クレスが小さく呟いた。
 視界がやけに点滅し、毒が回って来たのか体がバカになったみたいに震えた。突き刺された腹はやけに熱を持っていて、腕もまた感覚が死んできた。
 だが、それでもクレスは大地を踏み砕くように蹴りつけた。
 徐々に寒くなってきた体を無理やりに制御して、左腕がミイラなのにも構わずに走り抜ける。
 吹き飛ばされたクロコダイルはその姿を視界に納め、毒を食らい生きている筈の無いその男を抹殺しようと、砂の刃を作り出す。
 今のクレスは手負いの獣も同然だ。確実に止めを刺さなければやられるのは自分だと海賊としての本能が告げていた。


「────砂漠の(デザート)!!」


 血を流しながらクレスは瞬く間にクロコダイルへと迫り、震脚。クレスが踏み抜いた衝撃は葬祭殿全体を震わせる。
 クレスは右腕を手刀の形で硬化させ、全身を弓のようにしならせる。震脚によって受けたエネルギーを変換し、引き絞られた体勢でクロコダイルに狙いを定めた。



「金剛宝刀(ラスパーダ)────!!」

「────銀刃先!!」



 放たれた銀光のようにクレスの硬化された手刀が突き出される。対するクロコダイルは剛金の宝刀と化した魔手。
 リーチではクロコダイルが勝った。クレスの手刀がその身に届く直前にクロコダイルの刃がクレスを斬り裂く。
 それでもクレスは止まらない。通常ならばまず相手が両断されるクロコダイルの宝刀。だがクレスは“鉄塊”をかけその刃を阻んだ。
 だが、無事だという訳ではない。クロコダイルの刃は徐々にクレスを斬り裂いてゆく。
 クレスは全身から血が溢れだすのも構わずにただ愚直に前進する。
 その時、一瞬だけクレスに対する負荷が和らいだ。


「────!!」


 クロコダイルが瞠目する。
 自身の刃を逸らそうと咲いたロビンの腕。
 刃と化した腕を直接掴み上げ、腕が斬り裂かれる厭わずに逸らしていた。クレスをサポートすべくロビンは歯を食いしばる。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ────!!」



 クレスが咆哮する。
 力が緩んだ一瞬に、腕をクロコダイルに向けて突きたて、一気に押し込んだ。
 巻き上がる砂塵。崩れた石材が吹き飛び、鮮やかな葬祭殿を破壊してゆく。
 ただ一人の観客であるコブラは目の前で繰り広げられる激戦にただ息を飲むしか無かった。
 何故、<オハラの悪魔達>と呼ばれた二人がクロコダイルを裏切り、こうして戦っているのかコブラには分からない。
 コブラが葬祭殿にクロコダイル達を案内したのは葬祭殿にある特殊な作りの為だ。葬祭殿は綿密な計算のもと柱を一本抜くだけで崩壊するような作りとなっている。
 国王としての意地として、コブラはクロコダイル達と共に生き埋めになる覚悟だったのだが、繰り広げられた激戦により既に葬祭殿の崩壊は始まっていた。
 砂嵐が力を失い、徐々に小さくなってゆく。
 その向うに影が見える。
 三つあった。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 息を荒げているのは全身を血で濡らしたクレス。
 その身には深い傷が刻まれて血が溢れだしている。


「……ッ」


 斬り裂かれた腕を抑えるのはロビン。
 ロビンの能力によって咲いた腕は全て彼女のものだ。咲かせた腕がダメージを受ければその痛みは本人に還元される。
 

「ク、クハハハハハハ……」 


 不気味な笑い声を上げたのはクロコダイル。
 彼の胸元から肩口に抉られたような傷が続き、同じく流れ出た血が服を濡らしていた。


「……………」

「……………」

「……………」


 三者共に言葉な無い。
 クレスとロビンは生き残るために死力を尽くし、クロコダイルは立ち塞がる敵を切り捨てるのみだ。
 だが、状況はどう見てもクロコダイルに傾いていた。クロコダイルを打倒するにはクレス一人の力では足りず、ロビンだけでは不可能。二人がそろってやっと均衡が保てた、そういうレベルだ。
 現状はかなり厳しい。クレスはかなりの重症で、ロビンもまた腕を痛めては能力の行使に支障が出る。対するクロコダイルは傷は小さくはない筈なのに今だ不敵な笑みを浮かべている。
 硬直は息苦しい緊張を生みながら続き、クロコダイルが先じて均衡を破ろうとした瞬間────



「見つけたぞ……ワニ」



 第四の人物が現れる。
 クロコダイルが始末した筈の少年。モンキー・D・ルフィ。


「………!!」


 その瞬間のクレスの行動は迅速であった。クレスは速攻で地面を蹴り、クロコダイルに背を向け、ロビンを抱きかかえたまま戦闘から離脱した。
 

「チッ……!!」


 クロコダイルが舌を打ち二人を追おうとしたが、目の前に立ち塞がった少年がどうしても邪魔だった。
 

「何故、生きているんだ……!! 
 殺しても殺しても、何故おれに立ち向かってきやがる……!! えェ!? 麦わらァ!! 何度殺されれば気が済むんだァ!!」

「……まだ、返してもらって無いからな。お前が奪ったものを」

「おれが奪った? ハッ!! 金か? 名声か? 信頼か? 命か? それとも雨か?」


 クレスとロビンを仕留めきれなかった苛立ちをぶつけるように、クロコダイルは矢継ぎ早に言う。
 ルフィは王女の意志を代弁しぶつけた。


「国」













◆ ◆ ◆

 
 




 
 



「クレス、しっかりして!!」


 ルフィの乱入により戦線を脱出したクレスは、睨み会うクロコダイルとルフィから離れた壁際でロビンを下ろし、崩れるように倒れた。
 葬祭殿は崩壊を始めている。何らかの防衛システムが発動したのか、入り口は断たれ、おそらく後は生き埋めになるのを待つ状況なのだろう。
 理想的なのはこの場からの離脱であったが、それは叶いそうに無かった。


「心配すんな……まだ、死にはしない」


 ロビンはクレスから流れ出る血の量に青ざめるも、クレスのサイドバックから応急セットを取り出し、処置をおこなっていく。
 クレスは心配そうなロビンの髪を撫でようとして、自身の手が血で濡れていることに気づいて止めた。


「命拾いしたな……解毒剤を先に飲んどいてよかった」


 クレスとロビンはもしもの為にクロコダイルの毒針の解毒剤を用意していた。
 先程まで視界がふらついて、感覚がどんどんなく無くなっていったが、ようやく解毒剤が効き始めたのだろう。
 クロコダイルの毒針によって与えられた傷は深い。下手をすれば解毒が先に始まる前にクレスの命を刈り取っていた可能性も十分にあった。
 だが、今のクレスに戦う力はほとんど残されていない。ルフィの乱入が無く、戦いを続けたならば倒れていたのはクレスであった可能性は高い。


「惨めなもんだ。……勝つつもりで戦ったが、やはり奴の方が上手だったらしい」

「……バカね、クレスはいつもそう。私のことばっかりで自分の事を全然省みない」

「ならオレはバカで結構だ。……お前の為ならバカになっても構わない」


 クレスは視線を激しい戦いを始めたルフィとクロコダイルに向けた。
 水を持たぬルフィは自身の血によってクロコダイルに攻撃を仕掛けいるようだ。


「どうやら、オレ達の未来は<麦わら>が握っているみたいだな」

「この国の未来もかしら……」

「償いと言うには自己満足にも程があるが。やれることは全部したつもりだ。……後は、結果が出る事を信じるしかないみたいだな」

「……そうね」



 時は淡々と砂の王国においても刻まれる。
 それはまるで砂時計のように、幾多もの人々をふるい落としてゆく。
 最後に立っているのは、麦わらか、クロコダイルか。
 希望と絶望が交差し、砂の王国を震わせる。


────クロコダイルが示した広場砲撃までの時刻は後一分。


 誰もが戦い。
 激しいうねりの中に身を投げ出している。
 僅か一分後の未来を知る者はいない。













あとがき
アラバスタ編ももうそろそろ終了ですね。
クレス、ロビンVSクロコダイルは結構悩み為したがこういう感じになりました。
クレスの黒手袋は最初のころから考えていたのですが、出すか出さないかで最後まで悩みましたが、結局出すことになりました。
次も頑張りたいです。





[11290] 第二十一話 「奇跡」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/04/12 20:54
「おい、本当なんだろうな!?」

「ああ、間違いない!! おれだけじゃない。他に何人も見てた!!」

「クソ!! 逃がしてなるものかよ!!」

「ああ、何としても捕らえて皆の前に晒すんだ!!」


 援軍としてやってきた反乱軍の一団は戦場から逸れるようにアルバーナ市内を走っていた。
 武装し、戦場へと馳せ参じた彼らがこうして走っているのには意味がある。
 この中の何人もが戦場から逃げ出すその男の姿を見たというのだ。


「国王め……ッ!!」


 一人が憎々しげに吐き出した。
 彼らは偶然戦場から逃げ出す国王らしき男を見つけこうして追っていたのだ。
 戦争時に責任者が逃れる事はよくあることだ。だが、だからと言って許容できるものでは無い。
 君主としての責任を放りだして逃げ出す。しかもこの反乱を引き起こした張本人が。許せる筈が無かった。


「こっちだ!! この曲がり角の向うだ!!」


 目撃した一人が叫んだ。
 武装した一団は男の指示した角を曲がり、長い直線となった通りでその姿を発見する。


「いたぞ!!」


 一人が指をさした先に、確かにその姿はあった。
 威厳ある顔つき。背丈も声色も間違いなく国王の筈だ。


「あん? 見~~~~~つかっちゃったわねいっ!!」


 だが、その場にいる全員が首をかしげた。
 コブラの服装。何故かボロボロで血が滲んでいる変態チックなバレリーナスタイル。
 国王は周り困惑する兵士たちに取り囲まれようというのに、余裕の表情でバレイポーズを取ろうとして、


「んげッ!! ガッチガチじゃないのよう!! もう、なんて不便な身体なのよう!!」


 腰を痛めたようにさすった。


「が―っはっはっはっは!! ねぃ? もしかしてアンタ達が探していた国王ってもしかして────」


 国王が左頬に触れた。


「────あちしのことかしら」


 すると、国王の姿が反乱軍の兵士達の前で大柄のオカマに変わった。
 反乱軍達は声を失った。変装なんてレベルでは無い。目の前のオカマは、声も顔も体格もさっきの国王とは全くの別人だ。


「あちしが食ったのは<マネマネの実>!! 右手で触れた人物を完璧にをマネる能力よう!! ドゥ~~? ビビった? ビビった!? が──っはっはっはっは!!」


 反乱軍の目の前でオカマは得意げにくるくると回る。
 

「それにしても、ナノハナでのアンタ達の顔ったら最高だったわよう。み~~~んな!! あちし達の変装に騙てんの!!」


 オカマは呆然とする反乱軍達に背を向ける。


「それじゃぁねい!! が──っはっはっはっはっはっはっは!!」


 そして物凄いスピードで走り去っていった。
 立ちつくす反乱軍の兵士たちはその姿を唖然と見送るしか出来なかった。


「もしかしておれ達は……」


 自分達が躍らされていた可能性に気がついた反乱軍たちは青ざめながら呟いた。


「……誰かに騙されていたというのか?」













第二十一話 「奇跡」













「うおおおおおおおおおおおおおおおォ……!!」


 クロコダイルが自ら手を下し始末した筈のルフィは、今クロコダイルの最大の壁となって立ち塞がる。
 ルフィの拳が唸りを上げた。<ゴムゴムの実>により何処までも伸びるゴムパンチ。間合いを一切無視した攻撃がクロコダイルに向けて迫る。
 クロコダイルの弱点である水を持たぬルフィであったが、水を自らの血で代用し、自身の傷口が抉れることも厭わずに戦い続けた。


「小賢しい……!!」


 クロコダイルは体を砂へと変えてルフィの拳を避け、毒針を無防備に伸びきった腕に振り下ろす。
 振り下ろされる毒針の危険性を本能で察し、ルフィは伸びた自分の腕を引っ張り避けた。そして同時に地面を蹴り、クロコダイルに向けて渾身の蹴りを放つ。


「ぐッ!!」


 ルフィの蹴りはクロコダイルに炸裂し、その巨体を向う壁まで吹き飛ばした。
 クレスとロビンとの戦いで消耗したクロコダイル。決してその傷は浅くはない。先の戦いでつけられた傷は徐々にクロコダイルを蝕んでゆく。
 だが、それはルフィも同じだった。二度のクロコダイルとの戦いにおいて敗北し死地を彷徨ったルフィ。今こうして生きている方が不思議なくらいだ。


「クロコダイル~~~~ッ!!」

「チッ……!!」


 がむしゃらに、自らの命さえ省みない猛進を繰り返す。ルフィはただ一念にクロコダイルの打倒のみに動いていた。
 クロコダイルを追撃するためにルフィは駆け、更に拳を振り上げる。ルフィの拳は息を荒げ膝をついたクロコダイルの顔を強かに殴りつけ、葬祭殿の壁に叩きつけた。
 意識が飛んでもおかしくはない衝撃を受けてもなおクロコダイルは立ち上がる。
 

「……てめェはどうしてもおれをブチのめしたいらしい。
 ならばおれもてめェの執念に報いてやろう。────海賊としてだ」


 格下を嘲るモノでは無い、目障りな敵を殺す事を決めた凄惨な顔がそこにはあった。


「おめェのソレ、さっきまでと違うな」

「ああ、毒針さ」

「そうか」


 毒針と聞いてもルフィは気にした様子を見せない。
 クロコダイルは目の前の新米海賊(ルーキー)に対して鼻を鳴らした。


「一端の海賊ではあるようだな。海賊の決闘は常に生き残りをかけた戦いだ。卑怯なんて言葉は存在しねェ。
 地上で爆発が起きればココも一気に崩れ落ちるだろう。これが最後だ。三度目は無い。ケリをつけようじゃねェか」


 条件では五分と言える。
 だが、何処までもクロコダイルは計算高い。クロコダイルがの毒針は一撃を入れるだけでケリがつく。
 くし刺し、生き埋め、干上がり。これらの地獄を生き延びたルフィであっても、この毒を征することは出来ない。一撃でも喰らえば数分もせずに倒れる事となるだろう。


「ゴムゴムの~~~~ォ!!」


 ルフィがクロコダイルに向けて飛びかかりながら後ろに向けてゴムの腕を伸ばす。
 ゴムゴムの弾丸(ブレット)。ゴムの弾性をフルに生かした渾身の拳。
 ブチ当たれば自身を再び吹き飛ばすであろう攻撃を前に、クロコダイルはスッとルフィの拳に向けて渇きの魔手を差し出した。


「くっ!!」


 ルフィは咄嗟に放とうとした拳を自身の足の裏で受け止めた。
 もしそのままクロコダイルを殴りつけていたならば拳から全身にかけての水分が吸いつくされミイラと化していただろう。
 ルフィは空中で体を捻り、鋭い蹴りを繰り出す。ルフィの脚はクロコダイルの額を僅かに掠めるも、決定打には至らない。
 クロコダイルは隙だらけのルフィに毒針を振り下ろす。その瞬間ルフィのゴムの腕が伸び、葬祭殿の窪みを掴み間一髪で脱出する。毒針はルフィの変わりに落ちて来た石材を突き刺した。


「……!!」


 ルフィはクロコダイルへと視線を向け、その毒針の威力を知った。
 突き刺された石材は熱せられた鉄のようにどろどろと鼻を突く異臭と共に熔解していた。
 強大な砂の魔物は次の獲物を求るように、口元に残酷な笑みを浮かべる。


「……………」

「……………」


 睨み会いは僅かに続き、上から落ちて来た巨大な石材が二人の視線を遮った瞬間に同時に踏み込んだ。
 落下してきた石材は墜落と同時に砕け、辺りに小さな礫が水滴のように広がった。
 石材を中心として駆けた二人は一直線に敵に向かって接近し、互いの得物を振り上げた。
 ルフィは自身の血で濡らした脚。クロコダイルは毒を満たした凶爪。石粒を砕きながら振るわれた攻撃は獰猛な牙となって互いに喰らいつく。
 同時に鮮血が舞った。
 ルフィの脚はクロコダイルの頬骨を粉砕するような勢いで蹴り抜かれ、クロコダイルの毒針はルフィの肩の肉を抉り取った。
 毒の一撃を叩きこみ口角を釣り上げるクロコダイルにルフィは更に激しい攻撃を続ける。
 ルフィはクロコダイルの腕を掴み、鉄棒のように回転し、遠心力によって強化させた踵をクロコダイルの首元に叩きこんだ。
 強烈な一撃を叩きこまれたクロコダイルは地面に叩きつけられ、膝をついた。


「……ククク」


 ダメージは大きくも、膝をついた状況でクロコダイルは不気味に笑う。


「勝負アリだ」


 そして勝利を確信した。
 クロコダイルの毒針はルフィを深く傷つけた。毒は確実に体内を駆け廻り必ずルフィを殺す。


「お前は何もわかっちゃいねェ」


 砂の王国と同じく死の宣告のリミットを受けたルフィはクロコダイルを否定する。
 肩口を捉えた猛毒が粟立ちながらその肌を焼き、体内を犯しつつある状況で、ただ前を向いて、倒すべき敵を視界に納め、静かに、力強く。


「おれが……何を分かってねェって?」


 クロコダイルの勝利は不動だ。
 もはやクロコダイルがこれ以上手を下さずとも、ルフィは傷口から入り込んだ毒によって死ぬ。


「!!」 


 ルフィの拳が飛ぶ。
 クロコダイルは咄嗟に横に跳んだ。死にぞこないとは思えないほどに力強い拳はクロコダイルから逸れるも後ろの落石を砕く。
 粉塵を巻き上げながらルフィは疾走する。


「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」


 拳の乱打。血で濡れたそれはまるで血の弾幕だ。
 クロコダイルは次々に襲いかかる拳を全身を砂に変えて避け、後ろに引いた。
 もはやルフィに攻撃する意味すらなかった。
 ルフィも時間稼ぎを始めたクロコダイルに気づいているのか獣のような唸り声を上げ、毒が回り始めたにも関わらず追撃する。


「分からねェのか。お前はもう死ぬんだよ。その傷口から入り込んだ毒によってなァ……!!」

「がァ、ッ!?」

「ほら見ろ。そろそろ体がしびれて来たんじゃねェのか?」


 クロコダイルは死神のようにルフィの死期を宣告する。
 体がしびれ、膝が怯えたように震えたが、ルフィは地面を強く踏みしめそれらをねじ伏せる。
 その様子にクロコダイルは僅かに困惑する。ルフィは一切引くということを知らない。命の危機を感じていない訳ではない。やけになっているということでもなさそうだ。
 ならば何故、この男は戦うんだ。


「何故だ!! 何故おれに立ち向かってくる!! お前の目的はこの国にはねェ筈だ!! 違うか!?
 他人の目的の為に、そんなことで死んでどうする!! 仲間の一人や二人見捨てれば迷惑な火の子は降りかからねェ!! まったくバカだてめェらは!!」


 クロコダイルは自身の苛立ちの正体に気づいた。
 クレスとロビンを相手にしていた時も感じた衝動。クロコダイルには理解できない行動原理だ。
 その考えは間違いである筈なのに、何故コイツ等はここまで諦めずに立ち向かってこれるか。
 逃げ出せばいい。見捨てればいい。そうすれば、危険を冒す必要も意味も無くなる筈なのだ。


「……だから、お前は何も分かってねェって言ったんだ」


 息を荒げ、よろめきながらもルフィはクロコダイルを今だ強い光を持った目で睨みつける。


「ビビは……あいつは人に死ぬなって言うくせに、自分は一番に命を捨てて人を助けようとすんだ。……ほっといたら死ぬんだよ。お前らに殺されちまう」

「分からねェ奴だ。だからその厄介者を見捨てちまえばいいとおれは……」

「────死なせたくねェから、仲間だろうかァ!!」


 それが全ての答えだ。
 真っ直ぐに放たれた言葉にクロコダイルは僅かに気圧された。
 クロコダイルが示した言葉は最も効率の良い手段の筈であった。
 力の差は明確。弱き者は死んで当然。手を貸すこと自体が無意味。ならば初めから見捨てれば余計なリスクを背負わずに済むのだ。
 だが、クロコダイルよりも遥かに格下の筈のルーキーはその考えを一蹴する。クロコダイルにも勝るとも劣らない強靭な意志で。


「だから、おれ達は戦う。あいつが国を諦めねェ限り、おれ達も諦めねェ!!」

「……たとえ、てめェらが死んでもか?」

「死んだ時は、それはそれだ」


 ルフィは海賊だ。
 海に夢を求め、命を預けた。己の死は既に許容していた。
 そして再び、ルフィは拳を構える。────だが、毒に犯された体はそれを拒むように膝を地面に落とした。


「ウ゛、ウウ゛……!!」


 ルフィが苦しげな呻き声を上げる。
 クロコダイルの毒は確実にルフィを蝕み、喰らいつくしたのだ。


「ク、ククク……クハハハハ……!!」


 地面に這いつくばるルフィにクロコダイルがいつもの余裕を取り戻す。


「このおれに勝てるかどうかだ!!」


 そして自分の正しさを宣言する。
 

「お前がどれ程仲間を想おうと、お前がどれだけおれの計画を阻もうと立ち回ろうとも、ココでおれに勝てなければ、てめェらが今までやって来た全てが水の泡だ!!」


 ルフィの言葉は弱者の戯言だ。
 海のレベルを知らず、己の力を過信する。“夢”や“野望”を実現できるのはいつも強者。理想を描くことは勝者のみの特権だ。


「所詮、てめェのようなかけ出しの海賊が楯突いていい相手じゃなかったのさ。どうしようもねェ事なんざこの世に腐るほどある」


 高笑いを上げながらクロコダイルは自身の強さに酔いしれる。
 そして、空を仰ぐように両手を広げた。


「終わりだ。てめェも、この国も!!」


 上の戦場で起こる広場の砲撃を持って、アラバスタはクロコダイルの手に落ちる。
 崩壊のリミットまでは既に秒読みだった。






◆ ◆ ◆






 翼は戦場を駆ける。
 砲撃を阻止するためにビビとぺルは最速で時計台へと向かっていた。


「ビビ様見えました!!」


 王女を背に載せたぺルが目的地の接近を告げる。


「お願い、間に合って……!!」


 ビビはぺルの背中にしがみつきながら必死で祈った。
 現在は時刻は四時二十九分。クロコダイルが告げたリミットまで後僅か一分。
 ビビとぺルはその時刻をを目前の時計塔で確認する。すると、その時計塔の時計盤が擦れるような音と共に開き始めた。


「ゲ―ロゲロゲロゲロゲロ」

「オホホホホホホホホホホ」


 開いた時計盤の向うから笑い声と共に銃を持った二人が現れる。
 蛙をイメージした格好をした女と、似非貴族のような男だ。二人とも手には個性的な銃を持っていた。


「Mr.7!! ミス・ファザーズデ―!!」


 その見覚えのある顔にビビが確信する。
 砲撃はあそこからおこなわれる。それは正しく、Mr.7ペアの後ろには巨大な砲台があった。


「奴らは?」

「バロックワークス随一の狙撃手ペアよ。彼らがココにいるということは砲撃はあそこからで間違いないわ!!」

「ならば急ぎましょう!! しっかりと掴まっていてください!!」


 ぺルが両翼で風を掴んだ。
 巨大な隼はまるで放たれた矢のように一直線に時計台へと向かう。
 だが、狙撃手ペア達の鋭い眼は遠方から接近するその姿を補足した。


「ゲロゲロ!? Mr.7!! 何か巨大な鳥がコッチに向かってくるわ!!」

「オホホ!? もしや、背中の影はミス・ウェ~~~~ンズデイ!!」

「あたし知ってんの!! アイツ確か組織の裏切り者よ!!」


 狙撃手ペアは接近するぺルとビビに向かって手に持った得物を向けた。
 アジャスト。“黄色い銃”“ゲロゲロ銃”。空を飛ぶ鳥に照準を合わせ、同時に引き金を引き絞る。


「「スマッシュ!!」」


 放たれる弾丸。
 狙撃手ペアの弾丸は特別製だ。標的に着弾すると同時に破裂する。


「気付かれた!!」

「ッ!!」


 ぺルは咄嗟に旋回し弾丸を避けた。
 狙撃手ペアは避けられた事を驚きつつも装填された次弾で再び狙い撃つ。
 ぺルが逡巡する。今のぺルは背中にビビを乗せた状況だ。弾を避けようと無理やりに動けばビビは振り落とされてしまう。
 しかも、時計塔から狙撃を仕掛けてくる二人はかなりのやり手だ。ぺルの軌道を予測して正確に照準を定めてくる。このままではいずれ撃ち落とされてしまう。


「ぺル!! 私の事は気にしないで!!」

「しかし」

「今はそんなときじゃない!! 一刻も早く砲撃を止めるの!! 私を信じて飛んで!!」


 ぺルは王女の言葉に腹を括った。


「行きます!! 振り落とされないように!!」

「ええ!! 望むところよ!!」

 
 ぺルは飛来した弾丸を急上昇して避け、空気の層を破るような勢いで一気に空を駆けた。
 手加減は無し。祖国を救うことに全力を尽くす。王女はそれだけを望んでいた。


「ゲロ!! 何て速さ!!」

「オホ!! 撃つのです!! 砲弾の発射までは秒読みです。これさえ放てば我々の地位は安泰なのです!!」


 狙撃手ペアは最大の出世の機会を目の前に、自身をも殺す砲弾を守り続ける。
 次々と放たれる弾丸の中をぺルは駆け抜けた。
 一発も喰らうわけにはいかなかった。背中には守るべき王女。一撃を貰えば必ず体制が崩れる。そうなれば背に乗った王女は振り落とされてしまう。
 だが、狙撃手達の弾幕は厚い。たとえぺル一人であったとしても時計台というシェルターに守られた狙撃手達に近付くのは困難を極めただろう。


「ぺル、出来るだけ近づいて上昇を」
 

 鋭い声で背に乗った王女が指示を飛ばした。
 ぺルはその力強い声に反応する。ミサイルのような勢いで時計塔へと迫り、怯んだ狙撃手達の前で宙返りを果たし、視線を釘図けにする。


「逃げても無駄!!」

「逃がしませんよ!!」


 狙撃手達は太陽を遮るように宙返りを果たしたぺルに銃口を向け、そしてそこにいる筈の人物が消えていることに気がついた。
 

「孔雀一連(クジャッキーストリング)────」


 狙撃手ペアの正面に飛来するビビの姿があった。
 ビビはぺルが空へと舞い上がると同時にその背を蹴って、狙撃手達に肉薄したのだ。
 両手に武器を構え、ぺルに気を取られ隙を見せた狙撃手達に渾身の一撃を叩きつける。


「────スラッシャ―!!」


 鞭のような数珠つなぎの円刃が狙撃手達に襲いかかる。
 狙撃手達は咄嗟の判断で身を伏せ、間一髪回避を果たした。


「ゲロゲロ、残念!!」

「オホホ、外したな!!」


 狙撃手達はビビに向かい銃口を向け、引き金を引こうとして、


「逆流(ランバック)!!」


 逆流のようにに舞い戻ってきた円刃にその身を斬り裂かれた。
 ビビの一撃により狙撃手達は意識を失い、時計台の下へと落ちて行った。
 

「…………!!」


 ビビは倒した狙撃手達に目もくれずに時計台の中にある巨大な砲台へと走った。
 既に砲台へと続く導火線には点火されており、一刻も早く火を止めなければ砲弾が発射されてしまうのだ。
 ビビは<孔雀スラッシャ―>を振るう。ビビが振るった円刃は着々と進む崩壊の火を────直前で断ち切った。






◆ ◆ ◆



 


「オイ、ウソップ!! ビビちゃんは!?」

「分からねェ……時計台の中だ」


 戦場に紛れ込んだバロックワークスの社員達を駆逐したサンジは時計台から砲台が覗いたのを見て全力で駆けつけた。
 手当たり次第に辺りを探し続けたウソップ、ナミ、チョッパーの三人もまた時計台の前へとやって来ていた。
 四人の前方にはついさっき落下してきたバロックワークスの狙撃手であろう二人組が気を失って倒れている。


「サンジくん、ゾロは?」

「いや、知らねェ。走っている内にはぐれた」

「はぐれたって、迷子かよ!?」

「────お、何だてめェら早かったな」

「ゾロ!?」

「ちょっと、ゾロ何処行ってたのよ!?」

「西って言ってたから……左に」 
 
「奇跡だァ!!」

「……あんたよくそれで辿りつけたわね」

「うるせェ、何か知らねェが海軍が案内してくれた」

「何で海兵が?」

「知らねェよ。それよりも砲撃はどうなったんだ?」

「分かんないの。どうやら、Mr.ジョーカーの言う通りこの上にあったみたいなんだけど、肝心のビビがいつまでも顔を出さないの」


 一味は時計台を見上げた。タイミング的にはギリギリだったがおそらく間に合っていた筈だった。
 ビビが導火線を断ち切るのを目にし、一安心して新手がいないか時計塔の周りを哨戒していたぺルも、心配しビビのもとへ向かおうと翼を羽ばたかせた。


「ビビ様、どうか為されましたか?」


 翼をたたみ、時計台の中へと入り込んだぺルは砲台の前で茫然と立ち尽くすビビに声をかけた。


「ぺル……どうしたらいいの」


 混乱した様子のビビは、錯乱しながら声を張り上げた。


「砲弾が時限式なの!! このままだと爆発しちゃう!!」







◆ ◆ ◆






「なんと卑劣な……!!」

「せめて周到だと言って欲しいな、Mr.コブラ。作戦ってのはあらゆるアクシデントを想定し実行すべきだ。
 時間までに砲撃手のみに何かが起きたとしても『砲弾』は自動で爆発する。なァに、時差はほんの数分さ。広場のど真ん中に打ち込みてェとこだったが、まァ、あの場所でも支障はあるまい」


 何処までも狡猾なクロコダイルにコブラは悔しげに歯を噛みしめる。
 クロコダイルの計画の核は何処までも自分だ。打ち立てたバロックワークスという組織も、選りすぐりの部下達も、積み上げた計画も、全てがクロコダイルを中心として回っている。
 全ては掌の上の出来ごと。多少の歪みなど初めからものともしない。計画の部品が狂ったところで、その中心にクロコダイルが君臨し続ける限りものともしないのだ。
 他者を喰らい続ける砂の魔物は常に自身の野望の為に行動する。広場の砲撃はその事を実に雄弁に語っているといえよう。


「さァ、祝ってくれたまえ。新しい王の誕生を」






◆ ◆ ◆






 
 カチカチカチカチカチカチ……。
 機械的に秒針は確実に時を刻んでゆく。
 

「いったいどこまで人をあざ笑えば気が済むのよ!!」


 ビビは握りしめた拳を床に叩きつけた。
 時差は僅か数分。砲撃手を倒そうとも結局砲弾は爆発する。直径5キロを吹き飛ばすという爆弾ならば必然的に広場全体を破壊するだろう。
 絶望に沈むビビ。掴もうとしていた希望を砕かれたその姿はクロコダイルにとっては最高の愉悦となったであろう。
 ビビに国は救えない。巻き込んだ仲間たちを道ずれに、無駄な犠牲者を増やし、最後に全てを奪い取られる。
 閉ざした目の中にはあの耳障りな高笑いが響いていた。


「────懐かしい場所ですね。ココは」


 ぺルのやさしげな声はビビの中で残響する高笑いを覆い隠した。


「砂砂団秘密基地。幼いころのあなたにはよく手を焼かされました」


 幼き日、やんちゃだったビビは日ごろから近づくなと言い聞かせられた弾薬庫に忍び込んで、ぺルの為に花火を作ろうとした。
 だが、失敗し、爆発事故を起こしてしまった。幸い怪我は小さく大事には至らなかったものの、ぺルは言いつけを破ったビビを平手で打ち、強くしかりつけた。
 王家に手を上げたことに周りの家臣たちがざわめく中、ぺルは膝をつきビビに視線を合わせて、誰よりも心配そうに哀しくもやさしい顔でビビに言った。
 ────けがで済まなかったらどうするのです。
 その日、ぺルは落ち込んだ王女を慰めるために王女を背に載せて飛んだ。
 高く、何処までも高く。輝く太陽に手が届きそうな程高く。


「ビビ様……私は」


 ぺルはビビが幼いころから変わらない表情で、泣き崩れそうな王女に向けて微笑んだ。


「あなた方、ネフェルタリ家に仕えられた事を、心から誇らしく思います」


 その言葉に、ビビはこれからぺルがしようとした事に気がついた。
 ぺルはアラバスタを破壊する砲弾へと歩み寄る。ビビがぺルに向けて声にならない悲しみをぶつけようとした時、







 カチカチカチ、

 カチカチカチ、

 カチ、カッカッカッカカカカ……。

 ガ、ガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……






「!?」


 まるで歯車が狂ったかのような不気味な音が砲弾に取り付けられた時限装置から響いた。


「────!!」


 ぺルが目を見開いた。
 時限装置の針が時に逆らうように、無理やりに逆走し始めたのだ。
 それはまるで錆ついた歯車のように、装置自身が壊れてしまいそうな音を響かせ回っていった。
 あざ笑う悪魔のように進む針。逆走する針は今にも折れてしまいそうな気がした。


「ビビ様!!」


 ぺルはせめてものとの思いで、大きな両翼を広げビビを覆った。
 時計の針は臨界間際のように終わりを目指して、────そして。
 
 
 



◆ ◆ ◆






「……クックックック」


 陶酔するクロコダイルに冷や水を浴びせかけるようにくぐもった笑い声が響いた。
 その笑いはやがて大きさを増し、葬祭殿の中を覆った。


「何が可笑しい、エル・クレス。……心配しなくても、てめェらはちゃんと殺してやるよ」


 クロコダイルは突如笑いだしたクレスに視線を向けた。
 ロビンと共にルフィとクロコダイルから離れた場所で壁に背中を預けながら座っていたクレスは、口元を歪めながら言葉を為した。


「哀れなもんだな。空虚な高笑いってのは」

「何?」


 クレスは指先で上を指した。
 

「直ぐに分かる。いや、理解するハメになる」



 

 
◆ ◆ ◆






「え……?」


 ぺルの羽に包まれていたビビが茫然と声を漏らした。
 時限装置が作動し、もはや打つ手がなくなった。それをぺルが自身の身を呈して守ろうとしたのだが、装置が急に暴走した。
 全てが終わった筈だった。だが、ビビは今だ自身を包む羽の温かさを感じていた。


「ぺル……?」

 
 夢とも疑いぺルに声をかけた。


「ビビ様」


 声は返ってきた。
 ぺルも混乱している様子だ。


「どうなったの?」

「……分かりません」


 ぺルは羽をしまう。
 ビビは恐る恐る、砲弾の方へと歩み寄った。
 

「これは……」


 砲弾に取り付けられた時限装置。
 暴走し、逆走したそれは、0を示す直前で完全に停止していた。
 壊れてしまったのかは分からないが、どうやらもう動き出すことはなさそうだった。
 

「助かったの?」


 今だ信じられない様子だ。
 そんなビビにふと部屋の片隅に目を向けたぺルが声をかける。


「ビビ様」


 ぺルが部屋の片隅に置かれていたモノに気づきビビに声をかけた。
 それは偽装が為された箱で、ぺルも気付く筈がないものだったが、Mr.ジョーカーのメモの一文がふと頭によぎった。
 クロコダイルは間違いなくアラバスタの民を殺すつもりだった。砲弾は間違いなく爆発した筈だ。だが、それは阻まれた。
 阻まれたということは、阻んだ誰かがいる筈なのだ。
 ぺルはゆっくりと箱を開けた。
 そして、箱の裏に張り付けてあったメモが目に入った。



『砲弾は止まっている。箱の中身は使ってもいいし、使わなくてもいい。迷惑をかけた』



 見覚えのある筆跡でそう書かれていた。
 ぺルとビビは箱の中身に目を向けた。


「何……これ」


 そこにあったものはバロックワークスの社内情報だ。
 かなり秘密度が高く、資金繰りや取引先のリストまであった。
 もし、これを海軍にでも持ちこめば、バロックワークスは一気に瓦解するだろう。


「どういうことだ……」


 ぺルもまた茫然と呟いた。
 王国最大の危機を回避出来たのかもしれない。だが、Mr.ジョーカーの行動の意味も分からない。
 思えば彼らの行動は不自然な点が多過ぎた。握らされたメモにしても、ぺルの息の根を止めなかったことにしても。
 それはまたビビも同じだ。あざ笑うような行動をとっていた筈の二人。だが、その裏では致命的な情報をリークしたり、一度命も助けられた。
 その真意は分からなかったが、ただ一つ言える事は、彼らはクロコダイルとは別の思惑で動いていたということだけだ。



「────ビビ!!」



 しばし硬直していたビビは仲間からの声で我に返った。
 砲撃は止まった。ひとまず危機は去ったのかもしれない。だが、今だ広場では兵士達が狂気を振りまきながら戦い続けている。


「みんな!!」


 時計台から顔を出してビビは仲間たちに告げた。


「どうなったんだ、ビビ!! 砲撃はもう大丈夫なのか!?」

「……ええ。おそらくは大丈夫な筈。でも、戦いが終わったわけじゃない」


 そこで僅かに言い淀んだ。
 ビビは仲間たちに向けて助力を懇願しようとしたのだ。
 バロックワークスとの激戦を潜り抜けた仲間たちはもうボロボロだ。
 それを推して更に手を貸してほしいというのは、余りにも酷なことだ。


「分かったわ!! コイツ等に殴ってでも戦いをやめさせる!!」

「………!!」


 ビビは仲間達からの言葉にビビは一瞬涙ぐんだ。
 だが、それを堪えて言葉を紡ぐ。


「ありがとう!!」


 仲間たちはその様子に気づき、いつものように言葉を返した。


「……余計なこと考えないの。あんたはこの戦いを止める事だけ考えてればいいんだから」

「その通りだぜビビちゃん!!」

「……どうせ乗りかかった船だ」

「よーし!! 援護はおれに任せとけ!!」

「おれも頑張るんだ!!」


 そして再び戦場に向かう。
 仲間の為、命を賭けて、アラバスタを救うために。


「ぺル」

「はッ!!」


 ぺルは翼を広げる。


「我、アラバスタの守護神ファルコン。
 この両翼、この命、我が全霊をもってあなた様をお守りいたしましょう」


 ビビは頷き、その背に乗った。
 そして時計台を後にし、戦い続ける国民達のギリギリまで近づき、戦いを止めるために大声で叫んだ。
 
 ────戦いを止めて下さいと。






◆ ◆ ◆






「やってくれたな……!! オハラの悪魔共がァ!!」


 激昂するクロコダイルの叫びが崩れゆく葬祭殿の中で響いた。
 その身からは空間を歪めかねない程の殺気が迸しっていた。


「残念だったなワニ野郎。これでてめェの“理想郷”とやらも御破算だ」


 クロコダイルが兵士たちを殺すのには当然意味があった。
 人口が100万人を超える大国アラバスタ。一人一人の力は及ばずとも、集まればそれは十分な脅威だ。
 計画上、コブラを宮殿で晒しものにした瞬間からある程度は真実が露呈するのは仕方がない。広場での戦闘でも誰かが生き残るだろう。そのための砲弾だった。
 広場で爆発が起こり、その場にいる全ての者たちを亡き者に出来れば、証拠の隠滅と共にこの先脅威となる可能性がある者達をあらかじめ始末することが出来るのだ。
 そうすれば、クロコダイルが皇帝としてこの地に君臨し、海賊達を招いて巨大な軍事国家を築こうとも問題無くスムーズに事が進む筈だった。
 だが、爆発が起こらず、目的の古代兵器も手に入らず、真実を知る王女が確かな証拠と共に生き残れば、それはクロコダイルが懸念していた最悪のケースとなりえた。


「まったく、苦労したよ。お前の目を欺くのには。
 だが、時限爆弾ていう存在が仇となったな。爆弾って奴の取り扱いは難しい。そして爆発させてみないと成功かどうかはわからない」


 斬りつけるように鋭くクレスは言葉を紡いでいく。


「そして最大の原因は、お前自身の強烈なエゴだよ。
 そもそもが両軍に紛れ込んだ社員たちごとを爆破しようっていう砲撃だ。社員達に告げる情報もそれぞれに分断させて機密性の高い情報として流していた。
 まぁ、当然だな。作動すれば自分が殺されるようなものをホイホイと暢気に放つ訳が無い。知られれば当然疑念も生む。社員たちからお前に行き着いた情報では完璧だったんだろうよ。故に付け入る隙はあった」


 クレスは砲弾がアルバーナへと運ばれる際に船に入り込んだ。
 その際に爆弾に手を加えた。その事は社員達に目撃されている。
 社員達は報告書にはこう記した。


「任務は完了しました」


 バロックワークスは秘密結社。
 社訓は“謎”。社員にはただ任務を遂行することのみが求められる。
 故に、例えば急にクレスが事前の報告なしに任務に参加したとしても詮索することは許されず、社員達はいつものように報告をおこなうのみだった。
 しかも、ロビンはクロコダイルより大部分の指揮権を委ねられている。秘密を是とする組織の形態を逆手にとればこの程度の事は容易い。


「お前は他人を一切信用せず、駒のように扱っていたが故に付け込まれたんだ」


 クレスの言う通り爆発は起こっていない。それが何よりの証拠であった。
 地面を砕きかねない程に踏みつけながらクロコダイルがクレスとロビンに迫る。


「それがどうした!! てめェのそれはただの自己満足に変わりねェ。おれ自らに命を絶たれる未来を選択したまでだ。
 ハッ!! てめェらが小賢しくも動き回った結果もそうさ。おれはこうして勝ち残る!! おれさえいればこんなチンケな国なんぞどうにでもなる!!」

「別に、自己満足の為だけにお前にベラベラとこんなナリで話した訳じゃねェよ」


 息まくクロコダイル。
 だが、クレスとロビンの視線はクロコダイルには向いていない。
 クロコダイルの更に後ろ。クロコダイルが過去の存在として忘却しかけている者へと注がれていた。


「言ってみれば、ただの時間稼ぎだ。お前の相手はオレ達じゃない」

「なに?」


 クレスはクロコダイルの背後を指示した。


「まだ、あの男だ」






 クレスの言葉にクロコダイルは背後へと振り向いた。
 そこにその男はいた。
 クロコダイルの理解を越えた存在。
 三度に渡る致命傷を受けてもなお立ち上がる新米海賊(ルーキー)。
 <麦わら>モンキー・D・ルフィ。


「お前なんかじゃ……おれには勝てねェ……!!」


 今にも死にそうな様子だった。
 クロコダイルは再三にわたり立ち向かってくるルフィに驚愕しながらも、今にも倒れそうな姿にうすら笑いを浮かべた。


「ク、クハハハハハ……!! やっと絞り出した言葉がそれか。今にもくたばりそうな負け犬にはお似合いの根拠もねェ虚勢だ!!」


 果たしてそれは虚勢か。
 嘲るクロコダイルに対し、ルフィは己の中に打ち立てた決して砕けぬ夢を口に為す。
 それが今にも倒れそうなルフィをこうして立たせていた。
 その夢。海に夢を見た誰もが描いた夢。高く険し過ぎるが故に誰もが諦めて行く夢。



「おれは海賊王になる男だ……!!」



 誰よりも自由な海の王。
 ルフィは幼き時に命を助けられた恩人に誓ったのだ。


「いいか小僧、この海をより深く知る者程そういう軽はずみな発言はしねェもんさ。言った筈だぞ、てめェのようなルーキーなんざこの海にはいくらでもいると!!」


 クロコダイルは再び毒針を振るう。
 夢見がちな哀れなルーキーに先駆者として海の厳しさと、その身の矮小さを刻みつけるために。海のレベルを知れば知るほど、そんな夢は見れなくなるものだと。
 ルフィを突き破る勢いで振るわれた毒針。
 鋭いその一撃を今に倒れそうなルフィは何処までも強い光を目に灯して真正面から立ち向かう。
 カウンターのように振り上げられた血まみれの素足が鉤手を掴んだ。ルフィは全身の力を動員し、そのまま毒針を踏みつけ、根元から叩き折った。
 
 
「……おれはお前を越える男だ」


 その瞬間クロコダイルが抱いた感情は恐怖か、計り知れないルフィの執念に砂の魔物の全身が震えた。
 

「うあああああああ!!」


 絶叫。
 魂からの叫びと共にルフィの強烈な拳がクロコダイルに突き刺さる。
 貫かれるような衝撃にクロコダイルが身体をくの字に曲げる。


「オオォ!!」


 頭が下がったクロコダイルに強烈な蹴りが叩き込まれ、その体が宙を舞った。
 

「あああああ!!」


 地面に倒れる寸前。ルフィはゴムによって伸ばした拳を鉄槌のようにクロコダイルに叩きつける。その拳はクロコダイルごと床を砕いた。
 底知れぬルフィの力にクロコダイルは悶絶した。


「このガキの何処にまだこんな力が……。サソリの毒は間違いなく効いている筈……!!」


 何処からだ。
 何処から完璧だった筈の計画が狂ってしまったのか。
 クロコダイルは気付かない。他者を見下すその傲慢が彼の計画の狂いを招いたことに。
 その狂いはもはや致命的で、計画を打ち立てたクロコダイルであろうと制御不能であった。


「何処の馬の骨ともしれねェ小僧が……!!」


 クロコダイルの折れた鉤手から更に刃が現れた。
 周到な砂の魔物はそれらの考えを打ち消した。壊れたならばまた作ればいい。こうして自身が君臨し続ける限りまだ終わってはいない。
 

「このおれを誰だと思ってやがる!!」

「お前が何処の誰だろうと!!」


 突き出された刃を潜るようにルフィは避けた。
 

「おれはお前を越えて行く!!」


 打ち立てた夢の為。
 たとえ目の前に誰が立ち塞がろうが乗り越える。ルフィに取ってそれが誰であろうと関係ない。
 全力で戦い勝つまでだ。
 ルフィは勢いよく脚を振り上げる。クロコダイルの胸に衝撃が走った。
 振り上げた脚はクロコダイルを葬祭殿の天井近くまで打ち上げた。


「コノ聖殿と共にさっさと潰れちまうがいい!!」


 打ち上げられたクロコダイルはそれを勝機と見た。
 宙を舞う状況で幾重にも重ねた砂嵐を掌に生みだす。重みを持った砂嵐。叩きつければ葬祭殿ごと目障りな者達を押しつぶすだろう。


「砂嵐(サーブルス)!!」


 そしてクロコダイルは生みだした砂嵐を叩きつけようとして、


「!!」


 その掌を飛来したサバイバルナイフに突き刺された。
 掌は解放寸前だった砂嵐と共に四散する。クロコダイルはそれを為した男の名を叫んだ。


「エル・クレス……ッ!!」
 
「そろそろ退場だ、クロコダイル!!」


 そしてクロコダイルは自身に向かって猛烈に回転しながら肉迫するルフィを見た。


「ゴムゴムの……!!」

「砂漠の(デザート)!!」


 クロコダイルは自身の腕を砂の金剛の刃へと変化させる。それは大地を割るクロコダイルが持つ最強の宝刀だ。
 対するルフィは吹き荒れる暴風。ゴムのエネルギーを全て解き放ち、その身を荒れ狂う嵐と化した。



「金剛宝刀(ラスパーダ)────!!」

「────暴風雨(ストーム)!!」



 ルフィの血で濡らした拳と、クロコダイルの砂の刃がぶつかった。
 大地を割る砂の宝刀は握りしめられた拳に触れた瞬間砕け散った。
 クロコダイルの表情が驚愕で染まった。磨き上げた最強の刃も、拳と共に固く握りしめられた意志には届かない。
 一発。また一発と、拳の豪雨がクロコダイルを襲う。
 砂の魔物はその猛攻を前に、意識を飛ばした。


「ああああああああああああああああああ!!!」


 咆哮しながらルフィはクロコダイルを殴り続ける。
 砂の肉体は悲鳴を上げた。止まぬ拳の豪雨は上層へと続く岩壁をも打ち砕き、やがて地上へと突き抜けた。
 砂の魔物は拳と共に握りしめられた若き海賊のゆるぎない意志に敗北したのだ。






◆ ◆ ◆
 
 
 
 
 

「戦いを止めて下さい!! 戦いを止めて下さい!!」


 翼の生えた背に乗った王女の叫びが戦場に響く。
 だが、広場で戦う兵士たちにその言葉を届かせることは難しい。
 問題は吹き荒れる塵旋風だ。
 塵旋風が兵士たちの視界を覆い、狂気に陥れている。
 強行する兵士たちにはもはや目の前の敵しか映っていない。


「戦いを止めて下さい!! お願いです!! 戦いを止めて下さい!!」


 ビビの叫びをぺルは悲痛な思いと共に聞き続ける。
 広場は混乱の最中だ。たとえぺルが指揮官として国王軍に停戦を呼び掛けてもその指示がいきわたることはないだろう。
 ぺルはビビの声をいき渡らせるためになるべく低く滑空する。だが、それでも王女の言葉を届かせることは難しい。



 その時だった。



 ぺルが一瞬眉をひそめた。見間違いかと思ったからだ。
 だが、それは核心に変わった。
 塵旋風が吹き荒れる戦場に、ありえない筈の異物が混入していた。
 薄く、目を凝らさなければわからないほどに広がった靄。それが戦場に行き渡るように広がっていったのだ。
 霧。
 上空にいるぺルとビビだけが気付けた。今まさに戦場は薄い霧で覆われているのだ。


「いったいなぜ霧が……?」


 そしてそれは一瞬だった。
 広がった霧がまるで質量を持ったかのように重くなり、いきなり上昇し舞いあがったのだ。
 いきなり下から吹き付けた上々気流にぺルが煽られ、一瞬だけその羽を揺らした。ぺルは風を制御し体制を立て直す。
 そして辺りを見渡し言葉を失った。


「……塵旋風が消えた」


 今まで砂が吹き荒れていた戦場は既になく。辺りは澄んだ空気で満ちていた。
 クリアになった世界。兵士たちは徐々に視界と共に理性を取り戻す。それは奇跡か、通り過ぎた霧は塵旋風を清め払ったのだ。
 その時戦場の片隅で一人の男が誰にも気づかれる事無く微笑んでいた。


「そう、諦めるのはまだ早い。諦めない限り奇跡というものは輝き続けるもんだ」


 そして男は空を仰いだ。
 これから起こる砂の王国が生んだ奇跡を歓迎するように。

        
        
                      
         
          
 澄んだ遮られる事の無い視界の中で爆発のような地鳴りと共に街の一角が吹き飛んだ。
 巻き上がる砂煙と共に現れたのは、王国を喰らいつくそうとした砂の魔物。その体に力はなく、気を失い身体が巻き上がった衝撃に煽られていた。
 その姿を目撃した一味は一瞬言葉を失った。
 

「見たか?」

「……ああ」

「何であんなとこから飛び出してくるかは分からねェが……」

「そうさ、とにかく!!」


 ビビの為、兵士たちを鎮圧していた仲間たちは一斉に核心し、歓声を上げた。


「「「「「あいつが勝ったんだ!!」」」」」
                 
                                      
                                
                         


「ルフィさん……」


 ビビはぺルの背中で呟いた。
 ルフィは約束を果たしクロコダイルを打倒した。
 もう敵はいない。王国は救われた筈なのに今だ無意味な戦いは続いていた。
 空気が澄み渡って視界が確保されたことによって真実を知る国王軍から先にビビとぺルの姿を目撃し、耳を傾けていった。
 だが、それだけでは戦いは止まらない。目の前の敵は今まさに武器を振り上げ自身を殺そうとしているのだ。そんな中でいきなり戦いを止められる筈もない。
 反乱軍の援軍の集結は何故か遅れていて、今のところ国王軍と反乱軍の兵力は均衡している。だが、時が経てば経つほど、この無駄な戦いの犠牲者は増えてゆく。


「これ以上血を流さないで……!!」


 ビビは声を張り上げた。
 大空高く。何処までも響くよう祈りを込めて。



「────戦いを止めて下さい!!」



 その祈りは空高くに舞い上がる。
 そして、幾代にも語り継がれる奇跡の幕が上がる。
                                                                                                             



                                              
 その奇跡に真っ先に気がついたのはバロックワークの凶弾に倒れたコーザだった。
 手当てをする仲間を振り切り、重症にもかかわらずコーザは手袋を脱ぎ捨て、その奇跡を受け止めた。


────疑うなコーザ。

 
 砂の王国が生んだ奇跡は狂気に怯えた大地を洗い流す。


「……戦いが終わる」


 コーザは血で濡れた口で呟いた。
 そして父であり、誰よりも砂の王国を信じ続けたトトの言葉が呼びがえる。



────雨は降る。


  
 それは砂の王国が流した悲しみの涙のように。
 徐々に勢いを増した大地の恵みは狂気に包まれた戦場に降り注ぐ。
 兵士達が持つ武器に迷いが生まれた。刃は力なく彷徨い、火薬は濡れて用を為さない。
 誰もが待ち望んでいた雨。誰にも阻まれることの無いその雨は乾いた戦場を潤してゆく。



「もうこれ以上戦わないでください!!」



 響き渡った声に狂気が払われた民たちは空を見上げた。
 そしてそこに空を駆ける騎士に守られた王女の姿を見た。
 ビビの声は届いたのだ。不在だった王女の姿に民たちはざわめいた。


「今降っている雨は昔のようにまた降ります」


 声を震わせながらもビビはやっと届いた声を行き渡らせる。


「……悪夢はもう終わりましたから」







◆ ◆ ◆







「まさかとは思っていたが……勝っちまいやがったか」

「ほんと……嘘みたい」


 七武海の一角クロコダイルを一介海賊しかもルーキーが打ち倒したという事実にクレスとロビンは茫然と言葉をを漏らした。
 二人が麦わらの一味に目を付けたのは偶然だった。
 恩人と同じ『D』の文字をその名に刻む少年。このどこか引きつけられるような魅力を持った少年ならば何かしてくれるのではなか。そんなどこか気まぐれにも似た感情だった。
 二人の視線の先で力を絞りつくし空中に身体を投げ出したルフィが落下してくる。
 

「六輪咲き(セイスフルール)」


 ロビンが能力で腕を咲かせ、クロコダイルに打ち勝ったルフィを受け止め、そっとルフィを横たえた。
 地面に横たわるルフィに同じく茫然としていたコブラが駆け寄った。


「これを飲ませてあげなさい」


 咲かせた腕でロビンはコブラに小瓶を手渡した。


「毒消しよ。それでクロコダイルからの毒を中和出来る筈」

「嘘はない。オレ自身の身体で効力は実証済みだ」

「……分かった」


 コブラは意識を失ったルフィに毒消しを飲ませた。
 気力が尽き、小刻みに震えていたルフィの身体は徐々に落ち着きを取り戻した。どうやら中和は成功したようだ。
 

「何故、嘘をついた」


 コブラは組織を裏切り死闘を演じた二人に問うた。


「……イジワルね。知っていたの?」

「その石には国の歴史など刻まれていはいない。
 お前たちの欲しがる"兵器"の全てが記してあった筈だ。その在処も。クロコダイルにそれを教えていれば、その時点でこの国はあの男のものになっていた。違うか?」

「……私たちはもともとクロコダイルに兵器を渡すつもりも無かった。この国をどうこうするつもりも、興味もなかった」

「ならば何故、裏切り、戦ったのだ」


 分からないというコブラの問いにクレスが答えた。 


「クロコダイルとは違い、オレ達はオレ達の目的の為に動いた。ただ、そこに至るまでに全てを切り捨てる事が出来なかった。……そう言ったら信じるか?」

「……たとえ嘘でも、私は君たちが言った言葉を受け止めるしかない」

「そうか」


 人というのは残酷だ。
 例えば歴史的な悲劇が起きたとしても、それに自分が関係していなければただの傍観者にかわりない。
 感情を抱くことも無く、事実として機械的に受け止め、ただの情報としてやがて記憶の中に埋もれてゆく。
 それはクレスとロビンも同じだ。もし今回の事件に自分達が関わっていなければ、そう受け止めただろう。
 だが、こうして主体的に関わってしまった。間接的ではあったが自らの意志で手を下し、顔も知らない誰かを殺した。その事に少なからず抵抗はあった


「……あんたんとこの王女様に昔の自分達を見てしまったのかもしれないな」


 クレスはぼんやりと浮かんだもう一つの考えを口にした。
 外からやって来た敵は強大で全てを奪っていく。
 圧倒的な力に大切な者を蹂躙され、自らの力は小さ過ぎて何もできない。
 皮肉なことだ。夢の為と嘯いて、確かな意志を持って、二人は過去の自分とは真反対の絶望を与える側に回ってしまっていた。


「……わからんな。何故そこまでしてココに来たのだ」

「……予想と期待は違うものよ。私達が求めていたのは『真・歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)』。世界中に点在する『歴史の本文』の中で唯一“真の歴史”を語る石」

「真の歴史だと? どういうことだ」


 コブラは問いかけたが、ロビンは頭を振った。話しても仕方がないことだった。
 ロビンはゆっくりと目を閉じ、クレスの手を握った。


「……もう20年にもなるのね」


 ただ、歴史が知りたい。
 オハラの考古学者として、隠された歴史のその先を知りたい。
 その思いだけで世界中を巡って来た。
 クレスに助けられながら<歴史の本文>を探し求めた。
 でも、それは世界の法で禁じられていた。
 それは分かっていた。
 だから、大切な人たちが殺されたのだ。
 人はロビンを<悪魔>だという。ロビンとクレスを<悪魔の島の子供達>だという。
 『古代文字』を解読することは大犯罪だ。
 知っていた。
 世界中を敵に回してまで探し求める事は愚かなことだということは理解できた。
 考えるまでも無かった。
 でも、諦められなかった。
 勝ち負けでは無い。
 全てを知ったところでそれをどうするつもりもなかった。
 ただ、幼いころに夢みたものを現実にしたい。
 そう考えた。
 でも、一度は諦めかけた。
 世界中が敵だった。
 でも、クレスだけは夢を応援してくれた。
 初めて、夢を打ち明けた時、「いいじゃないか。絶対叶えろよ。オレも応援する」
 そう言い満面の笑みを向けてくれた。
 その時思った。
 クレスだけはどんな時でも味方でいてくれると。
 それでも夢を追いかけ続ける事は辛くて、時どき挫けそうになったけど、いつでもクレスが励ましてくれた。
 どんなに間違っている事をしていてもクレスは味方でいてくれる。
 誰からも批難されるだろう。
 それでもクレスだけは応援してくれる。
 でも、手がかりはこれで最後だった。
 これで終わり。もう、何も残っていない。


「………」


 ロビンの手がクレスをぎゅっと握った。
 俯いた瞳が大きく揺れた。悲しみの雫が頬へと伝った。
 涙だった。


「……私の夢には敵が多すぎる」

 
 はらはらと雪のようにロビンの目から涙がこぼれた。
 自覚した時にはもう遅かった。止まることなく次々と流れ落ちてゆく。
 クレスは声をかける事はなく、ただ静かに手を握り返した。


「……聞くが、もしや……!! 語られぬ歴史は紡ぐことが出来ると言うのか!? その記録が『歴史の本文』だと言うのか……!?」


 ロビンはコブラの言葉に何も返さなかった。
 世界政府加盟国の王であるコブラはその可能性に気がついたのだろう。故にその秘密を守り続けて来たのだと。
 もともと崩壊を始めていた葬祭殿はルフィが天井に風穴を開けたことによりその速度を更に増した。もう一分もこの場にいれば瓦礫に埋もれて死ぬだろう。


「帰ろうか、ロビン」


 クレスは立ち上がり言った。
 だが、その言葉は矛盾する。二人に帰る場所なんて無かった。


「クレス、私は……」

「ダメだ」


 ロビンが何かを言いかけたのをクレスは遮った。


「泣いてもいい。でも、諦めるのはダメだ。
 まぁ、今はそんな事言ってる場合じゃないな。早く逃げよう。言っとくけど、置いてけなんかいったら許さないからな」


 クレスは手を引きロビンを抱き寄せ抱え上げた。


「オレは夢を追うお前が好きだ。夢を楽しそうに語るお前が好きだ。だから、オレの為にもその夢を諦めないでくれ」

「……ワガママね」

「そうだな」


 迷子のようにしがみ付いたロビンにクレスは困ったように微笑んだ。
 そして、コブラの方へと向きあい、そこにいる人物に僅かに驚いて声をかけた。


「まだ動けるのか、麦わら?」

「うん、平気だ。また助けられちまった。ありがとな、おめェら」


 ルフィはあれだけの死闘を繰り広げた後にも関わらず立ち上がり、なおかつ力強くコブラを抱え上げていた。
 おそらくクレスと同じで崩れゆくこの場から脱出するつもりなのだろう。


「よし、登ろ」

「大丈夫か? 何なら手を貸してもいいぞ。お前には借りがある」

「いや、大丈夫だ」

「……そうか」


 クレスはルフィに視線を向けた。
 精悍ながらも今だあどけなさを残した少年だ。
 恩人と同じ『D』の名を刻むその少年はどこか大きく、引き寄せられるようなあたたかさを感じた。


「なれるといいな、海賊王。……まったく、お前ん所の船なら乗ってもいいと思えるのは何でだろうな」

「いいぞ」

「は……?」


 つい、浮かんだ言葉をそのまま口にした。
 ほんの冗談のつもりだった。
 

「おめェら、いいヤツだしな」


 にっこりと邪気の無い顔でルフィは笑った。
 クレスは毒気を抜かれたように苦笑した。ロビンもまた少し呆気に取られていた。


「そうか……」


 クレスはルフィと同じく天に空いた風穴を見上げた。
 風穴からはいくつもの雫が流れ落ちて来ていた。大地の恵み、雨だ。
 ルフィは腕を伸ばし、クレスは“月歩”で飛び上がる。


「また会おう、麦わら」


 何故かそんな言葉が口から洩れた。













あとがき
何とかココまでやってきましたね。
今回は最後までどうするか迷いました。いくつか原作のシーンしかも結構好きなシーンを変更することになりました。
特にぺルのシーンは最後の最後までどうしようかと悩みました。不満に思われた方もおられると思います。申し訳ございません。
アラバスタ編は次でラストです。最後まで頑張りたいです。
 


 
 
 




[11290] 最終話 「これから」 第三部 完結
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/14 21:18
 奇跡は渇いた大地に雨を呼んだ。
 雨は振り上げられた武器に迷いを呼んだ。
 そして、迷いは今……






 雨によって戦いは一時中断を見たが、それでもまだ国王軍と反乱軍の睨み合いは続いていた。
 真実を知らぬ反乱軍の根底にあるものは雨を奪った国王への怒りだ。彼らは国王の乱行をその目に焼き付けられている。
 反乱軍の兵士たちは行方不明となっていた王女の登場に戸惑いながらも、再び武器を取ろうとして、

 
「武器を捨てろ!! 国王軍!!」


 クロコダイルの凶刃に倒れたチャカの声が広場に響き渡った。
 チャカは睨み合う両軍に一石を投じる。指揮官として、アラバスタに住む民の一人として、意味の無くなった戦いを終わらせるために。
 

「おマ゛……ゴホン!! マ……マ~……お前たちもだ!! 武器を捨てろ!! 反乱軍!!」


 その直後、新たな声が広場に響き渡った。
 誰もがその声の主に驚きの表情を見せた。


「イガラム……!?」

「イガラムさん!! 生きておられたか!!」


 ビビと共にバロックワークスに潜入し、Mr.ジョーカーによって抹殺された事となっていたイガラム。だが、イガラムはこうして再びアラバスタへと舞い戻った。
 イガラムの腕の中には幼い少年の姿があった。ナノハナの事件で国王軍によって重傷を負ったカッパだ。


「お、おれ、見たんだ。……あの国王は偽物で……」


 カッパは声を詰まらせながらも自身が見た事実を語る。
 自分が襲われたのは国王軍では無かった。国王軍に変装したオカマ率いる偽物集団だったのだと。
 所詮それは子供の言葉だ。説得力はない。
 だが、それに協調する声は援軍に駆けつけた者たちから発せられた。


「その子供の言うことは本当だ。
 ……おれ達もついさっき国王に能力で変身するオカマを見た」


 そして、更に反乱軍の中心から発せられた声が真実を決定づける。


「そうだ……この戦いは仕組まれていたんだ。皆、武器を捨てろ。もう、戦う意味なんてない」


 悔やむように言葉を為したコーザに反乱軍は静まり返り、その中の誰かが武器を落とした。
 その音は広場に響き、一人また一人とその手から武器が滑り落ちていく。
 それははまるで雨のように響いた。


「……この国に起きた全てを私から説明しよう」


 イガラムは武器を捨てた民たちにゆっくりと真実を語った。






◆ ◆ ◆






「オイ、しっかり歩け、ウソップ」

「ああ……それが聞いてくれ、ゾロ。これ以上歩いたら死んでしまう病が……」

「じゃあ、そこにいろ」

「待てったら!!」

「……たっく」

「お、さすがゾ……ぐおおお!! 何で足を!!」

「うるせ―」


 雨に打たれながら一味は広場から離れるように歩いた。
 目指す方向は西。力を使い果たしている筈のルフィを迎えに行く為だった。


「それにしても、あの護衛隊長が生きていたなんて」

「……ウイスキーピークの変態オヤジか」


 ナミが問いかけ、ゾロが答えた。


「Mr.ジョーカーにミス・オールサンデー。……ねぇ、あいつらっていったい何がしたかったのかしら?」

「さァな」

「だって、変じゃない。Mr.ジョーカーはビビも助けてくれたでしょ。砲撃の場所も教えてくれたし」

「あいつらには、あいつらの考えがあったんだろうよ」

「もしかして、私達ってあの二人に踊らされていたのかしら?」

「……考え過ぎだろ」


 ゾロが興味なさげに言い、ナミもまた考えを打ち消した。


「あぁ!! ナミさんの言う通りならば、せめてあの麗しの美女の手の上であって欲しいぜ」

「アホかてめェ」

「おーい、ゾロ。お前は一刻も早くおれの足を持ったままだっていうことに気づいてくれ。じゃないと……がふっ」

「しっかりしろウソップ!!」

「それにしてもルフィは何処にいるのよ?」






「ん?」

「あ」


 ルフィが破壊した街の一角を暫くの間彷徨っていた一味は、目的のルフィを背負った男に出会った。
 雨の中、男は時折ずれ落ちそうになるルフィを抱え直しながら歩く。背負われたルフィは疲れ果てたように眠っていた。


「君たちは……?」

「あ~、あんたのその背中のやつ。運んでくれてありがとう。ウチのなんだ引き取るよ」


 サンジが男の背中で眠るルフィに呆れながら答えた。
 男は「なるほど」と納得したように一味を見回した。


「……では君たちかね。ビビをこの国まで連れて来てくれた海賊達とは」

「あ? おっさん……誰だ?」


 一味が疑問符を浮かべて目の前の男に問いかけた時、


「みんな!! パパ!!」


 何も言わず広場を後にした一味を追ってビビがやって来た。
 そして、ビビにパパと呼ばれた男にサンジが驚きの声を上げる。


「パ、パパ!? と言うことは、ビビちゃんのお父様!?」

「あんたが国王か」


 ゾロが冷静に言った。
 確かにそう言われてみれば、傷だらけではあるが、男にはどこか威厳が満ちていて品格もあった。
 王女のビビが父と言うなら、それは間違いなくこの国の王なのだろう。


「一度は死ぬ覚悟をしたが、彼に救われたのだ」


 国王はルフィを一味に引き渡し、礼を告げた。
 ボロボロで傷だらけのルフィ。その傷がクロコダイルとの激しい戦いを物語っていた。
 ビビは戦い疲れて眠るルフィにほっとし、安心したように息をついた。


「それよりも、ビビ、早く行けよ。広場に戻れ」


 ゾロが壁にもたれかかりながら顎で広場の方を指した。


「そりゃそうだ。……せっかく止まった国の反乱に、王や王女の言葉なしじゃシマらねェもんな」


 ウソップが腕を組む。


「ええ、だったらみんなも」

「……ビビちゃん、わかってんだろ? おれ達はフダツキだよ。国なんてモンに関わる気もねェ……」


 サンジが煙草に火を付けながら言った。
 ビビは仲間達が言いたいことに気がついた。
 命を賭け、傷だらけになりながらも、国の為に奮闘し、そして国を救った一味。
 一味は本来ならば国中から喝采を浴びるべき事を成し遂げた。だが、彼らは海賊だ。表舞台に姿を見せていい筈も無い。
 しかし、彼らはそれでよかった。彼らが戦ったのは国なんて大層なものでは無く、ただ一人の仲間の為だったのだから。


「おれは腹が減った」

「そういうことだから勝手に宮殿に行ってるわ。へとへとなの」


 チョッパーとナミがビビを促す。
 仲間たちの気遣いを感じ、ビビは頷いた。
 ビビはやさしい表情で見守っていたコブラと共に民達が待つ広場へと向かった。
 その姿は徐々に小さくなり、雨の向うに消える。
 その瞬間、海賊達はその場に崩れ落ちるように倒れ、激戦を乗り越えた疲れもあってか、その場で泥のように眠りについた。







◆ ◆ ◆







 ビビとコブラが広場に辿り着いた時、その場には沈痛な空気が漂っていた。
 武器を捨て、イガラムから真実を聞かされた反乱軍達は己の間違いに気がついた。
 国の為と立ち上がった事の全てが間違いで、今日までの戦いはただ人形のように躍らされていただけだったのである。
 それを決定づけるように、先程、海兵達が滔々と罪状を読み上げ、広場に倒れ伏すクロコダイルを拘束した。反乱軍は自分達が英雄と呼んだ男が拘束される様をただ茫然と見つめるしかなかった。
 悔やむなと言う方が無理があった。
 国王軍と反乱軍の両軍が激突し、多大な負傷者と死者が出た。
 反乱軍の援軍が謎のオカマによって遅れたため、数による一方的な虐殺が起こらなかったものの、それでも過ちは大き過ぎた。


「……おれ達はとりかえしのつかない事をしたんだ」


 コーザは力なく座り込んだまま呟いた。
 リーダーとして反乱軍を率い戦ってきたコーザは、誰よりもその後悔は深いだろう。


「……リーダー」

 
 ビビはコーザをはじめ俯き黙りこむ者達に何と声をかけていいか分からなかった。
 そんなビビの肩に大きな掌が載せられた。


「悔やむ事も当然。やり切れぬ思いも当然」


 父、コブラの掌だった。
 コブラはゆっくりと、国民一人一人に語りかけるように歩を進めていった。 


「失ったものは大きく。得たものはない」
 

 後悔の中を彷徨う民たちは降り掛けられた王の言葉に一人また一人と面を上げた。
 

「────だが、これは前進である!! 戦った相手がだれであろうとも、戦いは起こり、今終わったのだ!!」


 多大なる損害と禍根を残しながらも、今、戦いは終わった。
 広場の民たちはハッとしたようにコブラを見つめ、指揮官たる者達も暗闇に光を示すコブラの言葉に聞き入った。
 イガラム、チャカ、ぺル、コーザ、兵士たる彼らに出来るのは戦うことだ。戦い、国を救えても真に民を導くことは出来ない。
 傷ついた民たちを奮い立たせ、正しき道に導くのは王たる者の務めだ。
 広場にいる全員が注目する中、コブラは彷徨う彼らを奮い立たせるように強い声を上げた。


「過去を無きものになど誰にも出来やしない!! この戦争の上に立ち、生きてみせよ!!」


 そしてコブラは両手を広げ、美しきその名を称えた。



「────アラバスタ王国よ!!」



 民たちは王の言葉に奮え、涙を流した。
 間違いを正し、必ずこの戦いの上に立ってみせると、その胸に王の言葉を刻みつけた。






 雨は王国全土を覆うように降りしきる。
 戦いを嘆き見守っていた者達はその雨に戦いの集結を見た。
 子供から老人まで、三年ぶりに降り注いだ雨を歓喜と共に歓迎した。






「たった三年。……たった、これだけの事」


 枯れたオアシスで穴を掘り続けたトトは、天に向かってまるで昔年の友人のように語りかけ、にっこりと待ち望んだ雨を受け止めた。


「なァ……雨よ」







────後に歴史に刻まれる戦いと、決して語られることの無い戦いが集結した。
────もはや、強制されることの無い雨は留まることなく王国に降り注ぎ、しとしとと、悲しみをいやすようにやさしい音色を奏でた。
────雨は一晩中降り注ぎ、血に濡れた大地を悲しみと共に清める。
────それはまるで、安き眠りへと誘う、子守唄のように……。












最終話 「これから」











 しとしとと包み込むようなやさしい雨が降り注いでいる。
 上質なシルクのように薄く透明な雨雲が夜空を覆い、月の光は雲を淡く照らし、砂漠の夜を幻想的に彩った。
 降り注いだ雨は、雄大なサンドラ河の水面にいくつもの波紋を花のように咲かせた。
 その沿岸を沿うようにして、僅かな荷物だけをを手に持って歩く人影があった。


「……終わってしまったわね。いろいろと」


 傘を差すことも無く、降り注ぐ雨に艶やかな黒髪を濡らしたロビンが呟いた。


「……そうだな」


 同じく全身を濡らしながらクレスがぼんやりと答えた。
 葬祭殿からコブラを抱えたルフィと共に脱出した二人は、あらかじめ手配しておいた宿へと戻り、僅かな時間のみ身体を休めて、直ぐに荷物をまとめて宿を発った。
 クロコダイルの陥落によってバロックワークス社は瓦解し、海兵達が一斉に残党たちの検挙に踏み切った。
 政府の力は誰よりも知っている。街に止まり続ける事は危険であった。
 そして、日も十分に沈んだ後に二人は街を抜けだし、サンドラ河の沿岸へと向かった。


「……もう手がかりはないわ。今までは進む為の道しるべがあった。……でも、今はもう何もない。何処に何のために進めば良いのか……分からないの」

「……確かに、難しいな」


 永遠に彷徨い続ける運命にある迷子。
 今までは進み続ける事で、その事を紛らわせてきた。
 だが、道を見失った。閉ざされた世界に行くあてなど無い。世界に見捨てられれば暗闇の中を彷徨うしかなかった。
 二人には帰る場所も、行くあてもなかった。
 安息の地を求めようとも、世界はそれを許さず。夢を打ち砕かれ、進む目的さえ見失った。


「────“生きて”……か」


 ポツリとクレスが呟いた。
 かつて母に言われた言葉。あなた達が生き続ける事が希望。それだけが望み。
 生きる事。それのなんと難しいことか。
 ただ命をつなぐならば、このまま海兵達の目から逃れて、アラバスタから脱出すればいい。
 だが、その後はどうする。二人で当ての無い、ただ進むだけで危険な旅を続けるのか。それとも、また裏組織に所属して政府から隠れ忍ぶのか。
 どちらにしろ、碌な道ではないのかもしれない。


「…………」

「…………」


 二人は互いにかける言葉を見失う。当然生きる覚悟はあった。だが、その道筋が思い浮かばなかった。

 辺りには雨が降りしきる音だけが静かに響き、砂漠に隣接した沿岸は見渡す限り同じ景色が広がっていた。
 流れた風は砂の大地に新たな風紋を作るが、雨の降る今日は砂は濡れ、風に運ばれることはなかった。
 砂の王国が引き起こした奇跡。
 降りしきる雨は、大地に潤いを与え、新たな命を芽吹かせるだろう。国の復興は進み、やがて元通りの活気あるアラバスタに戻る日も近い筈だ。
 立場こそバロックワークスに所属していたものの、二人がクロコダイルの野望を阻むために行動した成果は大きい。海賊達を導いたのもまた二人がもたらした成果だ。
 だが、その胸に充足感を感じる事はない。感じたのは虚しさだけだった。
 元をただせばただの自己満足だ。誰かに礼を言われる資格がある筈もない。そして貰ったところで意味の無いことだ。
 また、分かっていたことだが、今回の一件により二人は世界政府に捕捉され、その立場を危ぶめていた。

 無言のまま二人は進んだ。
 もう少し進めば、偽装された小さな船小屋があってその中にサンドラ河を渡るための小さな船が隠されてある。
 二人が乗っていた船はナノハナの港に止めてあった。算段では小舟に乗ってサンドラ河からナノハナに向かい、海兵達の目を盗み、自分たちの船に乗り込むつもりだった。
 正直なところ上手くいかは微妙なところだ。逃亡防止の為おそらく海兵たちによって港は封鎖されている筈である。無理やりに突破すれば、間違いなく追ってくる。後は、臨機応変と言ったところだ。
 二人に残されている道はそれだけだった。状況だけで言えば、ギリギリではあるが、この程度ならば何度も乗り越えて来ていた。
 だが、夢を打ち砕かれたという境遇が、二人に深い影を落としていた。こればかりは一朝一夕に整理がつく問題では無い。
 道なき道は果てしなく続いて行く。
 代わり映えのない景色であったが、目的地の船小屋までは後もう少しで辿り着くだろうと感じていた。
 曖昧な行き先を見据え、雨に濡れた砂を踏み、足跡を深く刻みつけて進んでいた────その時だった。


「……アレは」


 ロビンが息を茫然と呟いた。
 クレスもまたその影を見つけ、どこか都合のいい夢を見ているような気分におちいった。


「……船」


 キャラベル船。
 羊の形をした船首に二本のマスト。
 掲げられているのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。
 激闘の果てにクロコダイルを打ち倒した<麦わらのルフィ>の海賊船だった。


「ハ、ハハハ……」


 クレスからため息にも似た笑いがこみあげた。
 何の偶然か、それとも必然か。
 二人が呆気にとられた、あのどこかあたたかい少年の姿が浮かんだ。
 恩人、サウロと同じ『D』の名を刻む少年。
 風が二人の間を駆け抜け、時が一瞬止まった。



────いつか必ず、お前達を守って導いてくれる仲間が現れる!! 



 泣きじゃくるロビンを抱え、クレス自身も涙をこらえながら逃げ出したオハラでサウロが最期に放った言葉。
 仲間を見つける事など出来る筈も無く、世界から逃げ続けた二人。
 固い絆で結ばれ、手を伸ばせばそこに温もりがあり、共に生き抜いて来た二人。
 それで充分だと思っていた。一人じゃないということは孤独ではない。二人ならば助け合える。
 だが、目の前に現れた光は、道を見失った二人に強烈な憧れを抱かせた。二人がそれ以上を望んでしまうほどに。


「……少し、急ぎ過ぎたのかもな」
 
「……そうね」


 クレスとロビンは足を止めた。
 たとえそれが幻想であっても、その光は二人を照らした。
 唯一、友達(ダチ)という言葉で二人を呼んだベンサムに対しても二人は完全に心を開いていた訳では無かった。
 ベンサムの事は兵士たちの会話を耳にして知っていた。自惚れかと疑いつつも、ベンサムはどうやら二人の為に動いてくれたらしいのだ。
 もう一度会えたならば感謝を伝えなけらばならない。おそらくは生きているだろうが、もしかしたらもう巡り合うことはないのかもしれない。


「仲間か……」


 裏切りが横行する裏社会で生き続けた二人には、仲間を信じるという一歩をどうしても踏み出すことが出来なかった。
 もし、その一歩を踏み出せれば。無駄だと思いつつも、その先に裏切りがあったとしても、その一歩をかけがえの無い誰かに踏み出せば、二人の世界は変わるのかもしれない。
 今だけは、そんな幻想に触れてみたくなっていた。


「回り道も悪くないのものね」

「ああ、たまには少し休むのも悪くない」


 いつまでも飛び続けられる鳥はいない。長い旅を続けるには翼を休める止まり木が必要だ。
 何も彼らに全てを委ねる訳ではない。再び羽ばたくその日まで、その光を浴びてみたいと感じただけだ。
 一つしかない選択肢は、二つに増えた。
 だが、憂いもあった。二人の<オハラの悪魔達>という名は破滅を呼ぶ。いずれ関わった者たちに悲劇が降りかかってしまうかもしれない。
 心の底に泥のように沈んだその思いを、クレスは押しつぶすように消していった。
 ほんの少しだけだ。菓子に手を伸ばす子供のように思った。
 政府の目には誰よりも敏感だ。いざとなれば迷惑をかける前に姿を消せばいい。
 それに、海兵達が港を取り囲んでいるならば、味方を増やした方が脱出しやすい。今だけでもいい。いざとなればロビンと二人でまた旅を続ければいい。
 言い訳のように考えが浮かんで、クレスは苦笑した。


「麦わらの言葉は有効かな?」

「さァ、どうかしらね。あの船長さんは気まぐれそうだから」


 クスクスと柔らかい微笑を浮かべ、ロビンが笑い、クレスもつられて笑みを浮かべた。どうやら考えは同じのようだ。
 絶大な壁となって立ち塞がったクロコダイル率いるバロックワークスを仲間の為に退けた麦わらの一味。
 彼らなら……そんな淡い幻想。たとえその幻想が自分達が背負った闇に砕かれようとも、今だけ幻想に浸っていたかった。
 そして二人は選択する。


「行ってみようか」

「ええ」


 二人は再び歩き出す。
 生きている限り道は有る。夢はまだ明確な終わりを見た訳では無く、歩き続ける事にも意味がある。答えはまだ遠いだけなのかもしれない。
 少しの間だけ、彼らに自分たちの命運を預けてみたくなった。
 クレスとロビンは和やかな生活感が漂う船に忍び込み、船の下部屋の見つかりにくいスペースで肩を寄せ合いながら眠りに着いた。
 堪えていたが、クレスの傷は深かった。ひとまずの危機は去り、張りつめていたものが無くなったことで、抑え込んでいたその疲れがどっと浮かび上がった。
 限界を迎えた肉体は貪欲に休息を要求する。クレスはロビンの傍で泥のように眠り続けた。
 





◆ ◆ ◆






 雨は一晩中アラバスタに降り注いだ。
 翌朝には小さな緑が一斉に芽吹いた。アラバスタは強い土地だ。民と同じく三年にも及ぶ干ばつを耐え抜いた緑たちも一斉に歓喜の叫びを上げた。
 反乱の終結から一夜。町は早くも活気を取り戻しつつあった。アラバスタのあちこちで既に復興作業が始まっている。昔の王国の姿を取り戻す日も近い。

 激戦を括り抜けた一味はビビの勧めによって王宮へと招かれる事となった。
 一味の怪我の回復は順調で、翌朝になれば元気に動き回っていた。
 クロコダイルと戦ったルフィだけは、怪我による発熱や蓄積した疲労によってなかなか目を覚まさず、チョッパーをやきもきさせたが、三日目の夕方、ようやく目を覚ました。


「いや────よく寝た~~~~っ!! あっ、帽子は!? それに腹減った!! メシと帽子は!?」


 大きな腹の音と共に目覚めたルフィは直ぐにいつもの調子を取り戻したようだ。
 一味は目覚めたルフィに一安心し、騒ぎ立てるルフィに呆れたように息を吐いた。


「起きて早々うるせェな、てめェは」

「帽子ならそこにあるぞ。宮殿の前で兵士がみつけといてくれたんだ」

「おお、よかった!!」


 回復したルフィにチョッパーと共にずっと看病をしていたビビがはにかんだ。


「よかった、ルフィさん。元気になって」

「ありがとな、ビビ。それにチョッパーも」





                              
 夜はゆっくりと更けていく。
 今夜は回復したルフィを加えての晩餐となった。
 一味は盛大に振る舞われた王国の酒と料理ををくらいにくらった。
 三日間で15食(本人計算)も食い損ねたルフィの胃袋は底なしの勢いで次々に料理に手を伸ばした。
 宮殿中の食料を食いつくすのではないかと言うルフィの勢いに、思わずチョッパーが料理を喉に詰まらせる。
 ウソップは狙っていた料理をルフィに奪い取られ、ささやかな仕返しとして、ルフィが手をつけようとした料理にタバスコを盛った。
 ゾロも今日ばかりははめをはずして、酒を飲みに飲んだ。
 ナミは慣れ切った様子で仲間たちと共に料理を楽しんだ。
 サンジはコックとしての好奇心を刺激され、気になった料理のレシピを聞いた。
 ビビもまた呆れながらも、一味に料理を勧めていく。
 それは、王家の晩餐と言うには余りにも騒々しい。晩餐を見守っていた兵士たちは過去に例を見ない食卓に眉をひそめた。
 だが、その表情はだんだんと一味の楽しげな様子に巻き込まれ、思わず崩れてしまう。一度笑ってしまえば取り繕えない。一味が作り出す宴の輪に兵士たちは巻き込まれた。
 コブラ、イガラム、チャカ、ぺル。彼らもまた笑いに笑った。晩餐は宮殿中を巻き込んだ海賊達の派手な宴へと変わってしまっていた。



 次に一味を待っていたのは大浴場での風呂だった。砂の国での風呂は最高のもてなしだ。
 女風呂を覗いたゾロ以外の男衆はナミにきっちり10万ベリーを絞り取らる事が確定したりしたが、王と共に裸の付き合いをして戦いの疲れを癒した。
 コブラは風呂の中で深々と一味に対して頭を下げた。権威とは衣と共に着るもの、裸の王はいないと、アラバスタに対する一人の民として向き合った。
 礼を言いたい。どうもありがとう。
 晴れやかな笑顔でコブラはそう言った。


 宴の夜は過ぎてゆく。静かにゆっくりと。






◆ ◆ ◆   






「────大変ですぞ!!」



 静寂の夜を破るように、慌てた様子のイガラムが一味の部屋に飛び込んだ。
 だが、賑やかな筈のその部屋に一味の姿はない。イガラムは部屋中を見回し、海賊達がいないことに困惑する。
 静かな空間。そこには膝を抱いたビビと寄り添うカル―の姿しかなかった。
 ビビはイガラムに目を向けた。その手には二枚の手配書が握られている。
 イガラムは焦った様子でその手配書をビビに示した。



『────<海賊狩りのゾロ> 懸賞金6千万ベリー』

『────<麦わらのルフィ> 懸賞金一億ベリー 』   



 クロコダイルを打倒したことによりルフィの懸賞金は三倍以上に跳ね上がった。
 ゾロもまた、<殺し屋>と呼ばれたMr.1を倒したことにより海軍により懸賞金をかけられた。
 いずれも高額の懸賞金だ。この額なら海軍本部の将官クラスが討伐に向けて動き出すだろう。      
 
 

「ビビ様、彼らは!?」

「……海よ。海賊だもん」


 ビビの言葉にイガラムは「遅かったか」と歯がみする。
 

「無駄よ、イガラム。彼らがそれを知っても喜ぶだけ。何も変わらない」

「しかし、これは一大事ですぞ」

「平気よ、彼らなら。それよりも明日は早いんでしょう? さァ、出て行って。私、もう眠るから」

「あ、……ああ、そうでした。明日は、国中に貴女の声を聞かせねば」

「わかってる」


 イガラムは納得がいかない様子だったが、ビビに背中を押され、渋々と部屋を出ていった。
 バタリとドアが閉まった。
 ビビはドアにもたれかかりながら、 


「ええ……わかってる」


 自分に言い聞かせるようにもう一度小さく繰り返した。
 


 数時間前。
 与えられた大部屋に戻った一味はビビに今夜に宮殿から立つことを告げた。
 ルフィが目覚めるまで三日。もう三日もたっていた。
 政府は加盟国の一つが海賊によって救われたという事実を認める筈がない。直ぐに海兵達を派遣して、海賊達を捕まえようと包囲を固めていることだろう。
 ビビは悩んだ。ビビにとって一味はかけがえの無い仲間だ。出来る事ならこのまま彼らと旅を続けていたかった。だが、ビビは王女だ。海賊達と共に行けば二度と祖国に戻れないかもしれない。
 一味は悩むビビに対して、一つ提案を持ちかける。
 明日の昼12時に東の港に一度だけ船を寄せる。もし、ビビが一緒に旅を続けたいならばその一瞬が船に乗り込む最期のチャンスとなる。
 猶予は今から約12時間。ゆっくりと考えて答えをだしてほしい一味の心遣いだった。
 ビビはその提案に感謝し、頷いた。
 一味はビビにそれぞれに言葉をかけて誰にも見つからないように窓から外に出て船へと向かった。
 ビビの選択次第ではそれが、彼らと顔を合わせる最後の瞬間であった。

 
 
 回想を終え、電気を消し、ビビはカル―を呼んで添い寝をし、ゆっくりと目を閉じた。
 そこにはもう誰もいない。
 冷蔵庫荒らしの船長と狙撃手と船医も、冷蔵庫を守るコックも、夜な夜な起きだしてトレーニングを始める剣士も、寝ぼけて枕を投げてくる航海士も、誰もいない。
 こんなに静かな夜は本当に久しぶりだった。


「自分が海賊になるなんてこと……考えた事もなかった」


 ビビはカル―の羽毛をそっと撫でた。
 カル―もまた一味の仲間だ。


「ねェ、カル― ……どうしたらいいと思う? あなたはどうしたい?」


 ひっそりと夜の闇が辺りを包み込む。
 王女の悩みを見守るように穏やかな満月が夜空には浮かんでいた。
 ビビはそんな中で、選択を下した。

                                




 翌朝。
 日は沈み、いつものようにまた昇る。
 今日はコブラのはからいにより、ビビが14歳の時におこなう筈だった立志式が昼からおこなわれ、そこでビビは国民に向けてスピーチをおこなうこととなっていた。
 王女の言葉は民たちの希望となるだろう。広場には成長した王女の姿を一目見ようと、大勢の人達が集まっていた。


「入るぞ、ビビ」

「ええ、どうぞ」


 コブラとイガラムは、式に臨むため着替え済ませたビビのもとへと足を運んだ。
 扉を開け、その先にあった美しい王女の姿に二人は感嘆の息を漏らした。
 

「なんと驚いた……」

「これは……往年の王妃様と見紛いましたぞ、ビビ様」


 王家のみが纏うことを許された清楚ながらも優美なドレスに身を包んだビビ。
 その姿は息をのむほど美しかった。
 いつもは後ろでまとめている水色の髪も侍女たちによって丁寧に梳かれ、艶やかに白いドレスの上を流れている。
 海賊達と共に旅をしていた時にはつけなかった装飾品と薄く施された化粧は共に彼女を彩り、見事に調和している。
 その姿はまさに、砂漠に咲いた一輪の花。民たちは美しく成長したビビを称え、喜びの声を上げるだろう。
 窓から差し込んだ朝日に照らされ、ビビは大人びた顔で微笑んだ。


「座って、パパ……いえ、お父様、イガラム」


 ビビは真剣な表情でコブラとイガラムに向き合った。


「大切な話があるの」


 それは決意の言葉だった。






◆ ◆ ◆






 東の港を目指して進む船。
 掲げられたのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。麦わらの一味の船『ゴーイングメリー号』だ。
 その傍にはもう一隻、白鳥の船首をした船があった。ボンクレーの『スワンダ号』である。
 一味が東の港に向かおうと船を勧めていた途中、同じくアラバスタからの脱出を目論んでいたボンクレー達とはち合わせた。 
 一時は友達となったボンクレーとルフィ達だがボンクレーはバロックワークスの一員だ。一瞬緊張が流れたものの、ボンクレーが一つ提案を持ちかけた。
 それはアラバスタを脱出するまで共闘をおこなうというものだ。一瞬悩んだ一味だったが、サンジの証言をもとにその条件に同意し、ルフィ達はボンクレーと再び友情を結び直した。
 両者は船に傷ついた第三者がいる事を知らない。それは悲しいすれ違いでもあった。
 順調に進んでいた両船だったが、途中で海軍の包囲に掴まってしまっていた。
 

「くっそ~~~!! 砲弾で来い!!」


 苛立たしげにルフィが歯がみした。
 メリー号とスワン号は8隻の戦艦に取り囲まれていた。
 サンディ諸島一帯を縄張りとする、海軍本部大佐<黒檻のヒナ>の艦隊だ。
 軍艦から放たれるのは砲弾では無く<黒ヤリ>。四方を固められ、船は思うように逃げられない。
 

「黒檻部隊名物<黒檻の陣>!!」

「てめェらごときに敗れるかァ!! アホ────!! ア~~~~ホ~~~~っ!!」


 黒檻部隊の南を固める軍艦二隻の上から勝ち誇る人物が二人。
 三等兵<寝返りのジャンゴ>、同じく<両鉄拳のフルボディ>。一味の記憶には薄いが、一味に因縁深い二人だ。
 二人は忌々しい一味をここで会ったが百年目と撃破しようと意気込んだ直後────突然、ジャンゴが乗っていた方の船が爆発した。 


「兄弟(ブラザー)!! って、ぎゃああああああ!!」


 爆発が起こった軍艦はそのまま隣のフルボディの乗る軍艦へと崩れかかり共倒れとなった。


「あーあー」

「ウソップ!! お前か、スゲェな!!」


 下手人はウソップだった。
 当たると思っていなかったのか、本人も驚いていた。


「ハナちゃんすごいわ!! やったわねい!! 南の陣営が崩れたわ!! あそこを一気に突破ようっ!!」

「ダメだ」

「は? 何言ってんのよ麦ちゃん!! 崩れた南の一点を抜ければ最小限の被害で逃げ出せるのよう!!」

「行きたきゃ、行けよ。おれ達はダメだ」

「ダメって何が!?」


 千載一遇のチャンスを掴もうとしない一味にボンクレーが困惑の声を上げた。
 ボンクレーの部下達は、急かすように逃げる事を提案し続けている。


「東の港に12時。約束があるのよ。回りこんでる時間はないわ。突っ切らなきゃ」


 ナミが理由を説明する。それは一味全員の総意だった。
 意見を曲げようとしない一味に、危機を脱する為に協力を提案したボンクレーは吐き捨てるように言う。 
 

「バカバカしい!! 命張るほど宝でも転がってるっての? そこまで言うなら勝手に死になサイ!!」


 そう、命を賭けるほどの宝だった。
 一味にとってそれは、世界中の財宝よりも大切な宝だ。


「仲間を迎えに行くんだ」


 迷いなく言い放ったルフィの言葉は、ボンクレーに雷のような衝撃をもたらした。


「仲間(ダチ)の為……!?」
 
「ああ、おれ達は約束したんだ」


 そして、迷うことも無くルフィは前を見据えた。
 ボンクレーは僅かの間立ちつくす。
 彼の頭に巡るのは己に打ち立てた矜持。思い浮かんだのは二人の友達(ダチ)。ルフィの言葉は彼を突き動かした。


「……ここで逃げるは、オカマに非ず」

「ボンクレー様……?」


 困惑する部下達に向けて、ボンクレーは背中のマントを広げた。


「命を賭けて友達(ダチ)を迎えに行く友達(ダチ)を見捨てて、おめェら明日食うメシが美味ェかよ!!」


 そこに書かれた入魂の『オカマ道』。その文字に部下達は息を飲んだ。
 ボンクレーの部下達はバロックワークス内においては珍しく心から上司のボンクレーに薫陶を受けていた。
 彼らが胸に抱くのはボンクレーと同じく『オカマ道』。友(ダチ)との友情に全てを捧げた険しくも尊い道だ。


「いいか野郎共及び麦ちゃんチーム。あちしの言うことをよォく聞きなさい」

 
 覚悟を決めたボンクレー。
 その眼に光るのは魂の輝きだった。






◆ ◆ ◆






「船を横につけたらあなた達は下がってなさい。足手まといになるから……ヒナ迷惑」


 潮風に長い髪と煙草の煙を靡かせながら、きりりとした女海兵が部下達に言い放った。
 海軍本部大佐<黒檻のヒナ>。サンディ諸島一帯を縄張りとする海軍屈指の女傑である。
 

「ヒナ嬢!! 奴ら二手に分かれた模様です。『あひる船』が南下!!」

「あひる船はどうせ囮でしょう?」

「いえそれが!! 麦わらの一味は全員あひる船の方に乗っています!! ヒナ嬢、囮は羊船の方です!!」


 ヒナは部下からの報告を受け、双眼鏡で猛スピードで逃げ去ろうとするあひる船を覗きこんだ。
 そこに映るのは記憶にある手配書通りの顔をした<麦わらのルフィ>だった。


「直ぐに、追いなさい!! もう一度陣を組むのよ!!」


 ヒナの指示に従い、海兵達は陣を立て直すために逃げ去ろうとするあひる船を追った。
 猛スピードで走るあひる船はどんどん羊船から離れていく。
 そして、逃走から三分が経った時、陣を組み直され観念したのかその進行が止まった。
 あひる船からは白兵戦を覚悟したのかぞろぞろと船員が集まって来る。だが、その表情に悲壮感は無い。むしろ笑みを浮かべていた。楽しそうな、まるで悪戯を成功させた子供の笑みだ。
 

「が────っはっはっはっはっは!! アンタ達のお探しの<麦わらのルフィ>ってあちし達のことかしら!!」


 麦わらがヒナ達の前に現れると同時に愉快な笑い声を上げた。
 それと同時に、船員たちも大笑し、追って来た海兵達を笑い飛ばした。


「な~~んてねいっ!!」


 麦わらと思しき男が左頬に触れた。
 その瞬間、その姿が大柄のオカマへと変わり、海兵達の目が見開かれる。


「ヒナ嬢!! 羊船が東へと抜けました!!」


 泡を食ったように海兵が叫びを上げた。
 その報告通り、羊船は誰にも阻まれる事無く東へと抜けていった。
 ボンクレーが率いる部下達は変装のエキスパートたちが集っていた。ボンクレーのように完璧では無いものの、僅かな時間さえあれば海兵達の目を欺く事はやたすい。
 作戦が上手く行ったことに満足しながらボンクレーが言葉をなした


「引っ掛かったわねい。あちし達は変装のエキスパート。────そして、麦ちゃん達の友達……!!」


 ボンクレーは釘づけのの視線の中、舞踊のように静かに腕を持ち上げ、歌舞伎の見得のように停止した。
 仰ぐは晴天。揺れるは水面。
 海風にはためくは穢れ無き純白のマント。そしてそこに掲げられた『オカマ道』。



   男の道をそれるとも
   女の道をそれるとも
   踏み外せぬは人の道

   散らば諸共
   真の空に
    
   咲かせて見せよう 
   オカマ道     
          Mr.二・盆暮 


 
「かかって来いや」

「ヒナ屈辱」


 それを合図に激しい戦闘が開始される。
 幾弾もの黒ヤリが放たれ、スワンダ号を破壊し、お返しとばかりにボンクレーの部下達が銃で応戦した。
 ボンクレー達は無理やりにスワンダ号を軍艦にぶつけ、船を捨て敵船へと乗り込んだ。海兵達もまた武器をとり、双方は白兵戦へと突入した。
 躍るように戦うボンクレー。その強さはまさにステージ舞う主役(プリマ)。ボンクレーは同じ舞台で躍る事を許さない。次々と海兵達を打倒して次の船へと跳びかかる。
 その様子に<黒檻のヒナ>が動いた。ヒナは能力によって次々とボンクレーの部下達を拘束してゆく。
 崩れゆく舞台で、ボンクレーとヒナは睨み合った。ボンクレーが口元に笑みを浮かべながらヒナに対して躍りかかろうとした時、



────ごめんなさい。ありがとう



 フワリと、花の匂いと共に友達(ダチ)の声が聞こえた気がした。
 その瞬間、ボンクレーは笑みを深めた。


「気にすんじゃないわよう!! また、会いましょうねい。仲良くやんなさい!!」 


 見返りを気にしない彼らしい言葉で答えた。
 体がどうしようもなく熱い。友達(ダチ)の声援に心が猛った。
 彼らがそこに至る経緯はわからなかったが、何も気にすることなど無いのだ。
 それを知っていたとしてもベンサムは友達(ダチ)の為に命を投げ出した筈だから。






◆ ◆ ◆




 

────始まりはあの日。

 
 遠くで大気が震える音を聞いた。
 ビビは目を閉じ、緊張をほぐすように一度大きく息を吸う。
 涼やかな風がビビの体を通り抜けた。
 思い出すのは過去の記憶。正体不明の秘密組織に戦いを挑んだその瞬間全ては始まった。
 意を決し、ビビは愛する祖国の光を受け入れ、一歩を踏み出した。



 アラバスタ王家の衣装をまとった者が赤絨毯を踏みしめた。
 一歩一歩と、赤絨毯に沿うように整列する兵士達の間を進んでいく。
 宮殿の上から望む空は青々と広がっていた。歩を進めればやがて立ち並んでいた兵士たちの列は途絶え、その最後にアラバスタの守護神の双璧をなすぺルとチャカが屹然と起立する。
 王家の衣装をまとった者がその前を通った瞬間、二人は同時に、理想的な姿勢で傅いた。
 宮殿正面の、広場一面を見渡せる壇上にはスピーチの為の拡声器が置かれ、国中の民がそこに一人の少女が現れる事を望んでいた。
 そして、その壇上に、王家の衣装を纏った者は立ち、広場を見渡した。
 広場には多くの人々が埋めつくように集っていた。正確な数は分からないが、おそらく十万人はいるだろう。
 王家の衣装を纏った者が壇上に上がった瞬間、その時を待ち望んでいた者たちは一斉に歓声を上げた。



 ビビは澄んだ心で言葉を紡いだ。 

 
『────少しだけ冒険をしました』 


 国中に設置されたスピーカーから涼やかな王女の声が響き渡った。
 その瞬間を待ち望んでいた民たちは一斉に静まりかえり、その声に耳を澄ませた。
 同じ時、ユバのオアシスにいるトトも、始まったビビのスピーチにソファの上で寛ぐ息子を急かすように告げた。


「コーザ!! こら、コーザ!! 来い、始まったぞ!!」

「拡声器の音量は最大なんだ、町中に聞こえてるよ」
 

 コーザは響き渡る幼なじみの声に耳を傾け、頭の後ろに手を組んだ。






『────それは暗い海を渡る“絶望”を探す旅でした。
     国を離れて見る海はとても大きく、そこにあるのは信じ難く力強い島々。
     見た事もない生物……夢とたがわぬ風景。
     波の奏でる音楽は時に静かに小さな悩みを包み込むようにやさしく流れ、時に激しく弱い気持ちを引き裂くように笑います。
     暗い暗い嵐の中で一隻の小さな船に会いました。船は私の背中を押して、こう言います。

     「お前にはあの光が見えないのか?」

     闇にあって決して進路を見失わない不思議な船は、躍るように大きな波を越えて行きます。
     海に逆らわず、しかし船首は真っ直ぐに……たとえ逆風だろうとも────そして指を差します。

     「見ろ光があった」

     歴史はやがてこれを幻と呼ぶけれど、私にはそれだけが真実────』






 それは人知れず戦った海軍の話。
 王女が重ねるのは、海に夢を見た海賊達の物語。
 そして自身が彼らと一緒に乗り越えた旅路。
 ────ビビの冒険。





 
◆ ◆ ◆






 東の港、タマリスク。
 スピーチは追ってくる海兵達を蹴散らして、約束通りに東の港で待つ海賊達にも届いた。


「聞こえただろ。今のスピーチ、間違いなくビビの声だ」

「ビビの声に似てただけだ」

「アルバーナの式典の放送だぞ、ビビちゃんは王女だ。もう来ねェと決めたのさ」

「ルフィ……もう行きましょう。十二時を回ったわ」

「来てねェワケねェだろ!! 降りて探そう!! いるから!!」


 ビビを待ちたいのは皆同じだ。だが、海賊達はわかっていた。
 ビビは王女だ。アラバスタにとってとても大切な立場にある。ビビは国と言うものを背負っているのだ。全てを投げ捨てて海賊になるということは普通は考えられるものではない。
 彼らにそれを強制することなど出来はしなかった。


「オイ!! マズいぞ、海軍がまた追って来た!!」


 慌てた様子のウソップが告げる。
 引き離したと思っていたのに、何処までも海軍達は追って来ていた。
 ビビがこないのならば、もうこれ以上この国に止まり続ける訳にもいかなかった。
 そんな時だった。

 





◆ ◆ ◆






 王女の放送が始まってから静まり返っていた広場であったが、今はざわめき立っていた。
 ヤジと共に様々なモノが壇上の人物に対して投げつけられる。
 民達がこうして騒ぎ出したのも無理はない。
 広場に立っていたのは王女では無く女装した護衛隊長のイガラムだったのだ。
 周りの兵士達も、さすがに苦笑し、騒ぎ立てる民たちを見守っていた。
 王は自室で微笑みながら、ビビの選択を尊重し、いつの間にか大きくなったその姿を思い描いた。






◆ ◆ ◆
 

 



「────みんなァ!!」

「ビビ!!」


 海兵達がやって来ているにもかかわらず、一味は一斉にメリー号の後ろ甲板に集まった。
 そして、カル―と共にやって来たビビに喜びの声を上げる。
 一味は急いで船を引き戻し、ビビを乗せようとしたが、


「お別れを言いに来たの!!」
 

 続くビビの言葉に停止を余儀なくされる。
 ビビはカル―に載せた拡声器を持ち、声を張り上げた。


『私……一緒には行けません!! 今まで本当にありがとう!!』


 国中にビビの別れの言葉が響き渡った。
 ビビは仲間たちに向けてありったけの感謝と、己の選択を告げた。


『冒険はまだしたいけど、やっぱり私はこの国を────』



『────愛しているから!!』



 ルフィ達が救ってくれた愛する祖国を、この国に住む人たちと守り抜いていきたい。
 それがビビの選択だった。


『私は────』


 言葉を続けようとして、ビビの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
 ぽろぽろと次から次に涙は溢れ続けた。
 ビビの選択は同時に仲間との別れを意味していた。
 王女として生きる事となればもう会うことが出来なくなってしまう。ビビの胸が痛いほどにしめつけられた。


『私は……ここに残るけど!!』


 ビビは波に運ばれ去りゆく仲間たちに精一杯の願いを叫んだ。


『いつかまた会えたら!! もう一度、仲間と呼んでくれますか!!?』


 さざ波の音が響いた。
 一味からの返事は無かった。
 ルフィはビビに何か言おうとしたが、ナミに止められた。
 一味の後ろには海軍がやって来ていた。ここで一味がビビに答えれば海賊との関わりを海軍に嗅ぎつけられ、ビビは罪人となってしまう。
 別れの言葉は送れない。ただ静かに、一味はかけがえのない仲間と別れるしかなかった。
 ゾロ、チョッパー、ウソップ、ルフィ、ナミ、サンジ。ビビのかけがえのない仲間たち。
 背を向けた一味は、一斉に左腕を突き出した。
 











  『──── × × × × × × ────』 












 決して消えない絆。
 それがそこにはあった。


────何があっても、左腕のこれが!!
 

 左腕を掲げた大切な仲間達の声なき言葉に、ビビとカル―もまた誇らしげに左腕を掲げた。

  
 
────仲間のしるしだ!!



 刻まれた思いは共にあり、何よりも強い絆で繋がっている。
 渇いた島風がビビの頬を撫で、一味の追い風となって吹き付けた。
 

「出港ォ!!」


 ルフィの声が高らかに響き渡る。
 ビビは腕を掲げながら、麦わら帽子の海賊船を見送った。
 海賊船は島風に帆を膨らませ、次の冒険を目指し旅立っていく。
 友との別れ経て、新たな出会いを待ち望み、喜びと悲しみを抱えながら、夢の船は水平線の彼方へと消えて行った。












第三部 完結
























「────さて、続きを始めよう」











ネクストプロローグ 「電伝虫」













 アラバスタで引き起こされた歴史に刻まれる騒動から数日。
 偉大なる航路(グランドライン)を指針が示すとおりに進んでいた海軍船の上で、電伝虫が鳴り響いた。
 海軍船に取り付けられた電伝虫が鳴り響く時、それは大きく分けて二つ。通常の連絡か緊急の連絡だ。
 今回もの回線は通常のモノ。だが、連絡先は本部からだった。
 通信兵は小さくため息をついた。ここ数日こうして本部からの通信回線のなんと多いことか。
 その理由は全て上司のせいだ。上司は尊敬に値し、命を預ける事に異存はないのだが、その型破りな性格にはいつまでもなれなかった。
 現在、この船は絶賛独断行動中である。帰還命令が下っている状況なのだが、上司がそれを拒否した。
 また、お叱りの通信かと、少しブルーな気持ちで通信兵は電伝虫の受話器を取った。
 そして、受話器越しに得た情報に一瞬身体が硬直し、危うく受話器を落としかけた。
 


「スモーカー大佐ァ!!」


 軍曹が上司のスモーカーに慌てたように駆け寄った。
 その額にはうっすらと汗が流れていて、微妙に息も荒い。
 

「どうした?」


 いつものように葉巻をくわえたスモーカーが駆け込んできた軍曹に問いかける。


「本部からの通信です!!」

「……またか。面倒な奴らだ。本部に戻る気はない。引き続き<麦わら>の足取りを追う。そう伝えておけ」


 昨日までと同じ命令。
 本部からの命令に対して自身の意見を押し付ける。海兵としては無茶といってもよかったが、スモーカーは押し通すだけの実力を持っていた。

 
「で、ですが……」


 だが、軍曹の反応は鈍い。
 それはスモーカーをいさめると言うよりも、それ以上の何かに突き動かされているような感じだ。


「軍曹さん、どうかしたんですか?」


 今は休憩時間なのかスモーカーの傍で刀の手入れをしていた、たしぎが軍曹に問いかける。
 

「それが……今回ばかりはそうはいかないかと」


 冷や汗を流す軍曹に、スモーカーはため息と共に煙を吐いた。
 アラバスタの一件が解決したものの、政府は真実を隠蔽するつもりであった。
 世界政府加盟国のアラバスタを襲った七武海クロコダイル率いる犯罪組織から海賊が国を守った。彼らの掲げる正義にそんな事実はあってはならない。
 事実を捻じ曲げ、クロコダイルを打ち取ったのはスモーカーが率いる部隊だとし、偽りの手柄でスモーカーとたしぎの二人を昇格させようとしていた。
 スモーカーは知っている。国の行く末を見定めろと命令を出した部下のたしぎは、力が及ばずに目の前の光景を見ているしかなかった。その事に打ちひしがれ、悔しさで泣いた。
 そんな部下に、虚構の手柄で昇格しろとは侮辱以外のなにものでもなかった。故に本部に帰還し勲章の授与を受けろという命令を無視し続け、目的の<麦わら>を追い続けていた。


「わかった……ここに繋げ」


 スモーカーの命令は軍曹を不安にさせるに十分だった。
 軍曹がスモーカーの下に付いて短くはない。それゆえに彼がこれから取ろうとしている行動が予測できた。
 どうしようかと視線を彷徨わせるも、この空間にスモーカーを止められる人間など存在しない。それが出来ていればそもそもこの『偉大なる航路』までやって来てはいなかった。
 それはたしぎも同じだったのか、刀の手入れをしていた手を止め、心配そうにスモーカーへと視線を向けた。


「おれだ」


 スモーカーはいつものように媚びる事のない態度で口を開いた。


『おおっ!! その声は間違いなくスモーカー君だ。いや、懐かしい。息災かね?』

「なっ!?」


 そして、電伝虫から響いた声に表情を歪めた。
 たしぎと軍曹は虚を突かれたような表情を見せたスモーカーに驚いた。それは彼女たちが見る初めての表情だった。
 

「何で、てめェが……!!」


 スモーカーが苛立ちを隠そうともせずに電伝虫の向うの人物に吐き捨てる。


『これは……随分と嫌われたものだ。ヒナ君にかけた時とは大違いだよ。君の噂はかねがね。「クソ喰らえ」とは、なかなか痛快だったよ』


 電伝虫の向うからは愉快げな声が帰って来た。
 その声にみるみるうちにスモーカの表情が歪んでいく。


「チッ……言っておくが戻るつもりはない。上層部のジジイ共にはそう言っておけ」

『いやはや、そのあり方は素晴らしいとは思うが、君はもう少しうまく立ち回る方法を学んだ方がいい。何も服従をしろと言っている訳ではない。妥協点を見つけるのもまた力だよ』

「オイ、いつまで、おれの教官でいるつもりだ。てめェの指図は受けるつもりはねェ」

『悲しいことだ。あの頃の君は……』

「黙れ。それに、いつもまでも昇格するつもりのねェ、てめェには言われたくねェんだよ。用は済んだだろ、切るぞ」

『まぁ、待ちたまえ。今回の連絡はそれとは無関係だ』

「何?」


 スモーカーの声が険を帯びた。
 その普段とは違う上司の様子に、たしぎが小声で事情を知っている軍曹へと問いかける。


「……軍曹さん、スモーカーさんの通信の相手って誰なんですか? 私、スモーカーさんがこんなになるの初めて見たんですけど」

「それが、おそらく……」


 軍曹は畏敬を込めその名を呼んだ。


「え、えぇッ!!」


 その名が現す人物に思わずたしぎが声を上げたが、スモーカーに睨みつけられ慌てて口を閉じた。
 そして、声を限りなく小さくして軍曹に言う。


「……今のって、本当ですか?」

「ええ、間違いないと思います。……本部からの回線ですし。先程、本人もそう名乗っていました」

「……それじゃあ、“あの”……」

「はい────」


 軍曹が声色を憧れに染めて言葉を紡いだ。


「────大海賊時代の幕が開ける前。
 白ひげ、金獅子、そしてかの海賊王ゴールド・ロジャー。今や伝説と化した海賊達が跋扈していた海において、戦いぬいて来た猛将」


 それはまるで幼き頃見た冒険譚を語るかのように、


「その圧倒的な強さから、<武帝>と恐れられた人物。その名は……」

 
 軍曹がたしぎに語っていた時、スモーカーは電伝虫越しの人に再び問いかける。


「で、何の用でわざわざ連絡してきやがった?」

『いやなに、二つほど気になることがあったのでね。少々、私情を優先したまでだよ。聞けば、君たちはアラバスタにいたそうじゃないか』

「おかげで、面倒なことになってるがな」

『そういうな。苛立つ気持ちは十分にあるだろうが、政府の意向は覆らんよ。おっと、話がそれた。それで現場の状況を聞きたいのだ』

「状況なら報告書の通りだ。それはもう目を通してあるんじゃねェのか?」

『ああ。だが、どうしても現場の声を聞きたくなった』

「フン……いいだろう。好きにしろ」


 そしてスモーカーはかつての教官に嫌味を込めて言葉を紡いだ。


「海軍本部少将 <武帝> アウグスト・リベル」


 スモーカーの言葉に、武帝と呼ばれた男は電伝虫の向うで微笑えんだ。


『そう邪険に扱わんでくれたまえ。────では、一つ目の質問だ。君の部隊は戦場で巻き上がった“霧”を見たらしいね。……まずその状況を聞いてみたい』






◆ ◆ ◆






 同刻。
 電伝虫の秘密回線にて。


『おっ!! 旦那じゃねェか!! 久しぶりだな!! 悪ィ、もしかして待たせちまってたか?』


 向うから楽しげな男の声が聞こえて来た。
 電伝虫を用いての業務報告であったが、この回線が繋がらなければ放っておくつもりだったので、とりあえずは行幸だ。


「いや、気にするな。何も問題はないか?」

『あ~~、いや、特にはねェな。まぁ、暇すぎてその辺の海賊をブッ潰したぐれェで特には何もしてェよ』

「……あんまり、頭が痛くなるようなことはしてくれるなよ」

『わかってるって。問題はねェよ。こう見えても、引き際ってのは心得てるから安心してくれや。それよりもそっちはどうなったんだよ? まだ戦ってんのか? それなら超特急で行くからよ』


 得物に喰らいつくことを期待するかのように話を振って来た。
 その様子に、ため息をつく。


「……お前を連れて行かなくて本当に正解だったと思ってるよ。戦いは終息した。この国は我々が気安く手を出していいものではない」

『なんだ、終わっちまったのかよ。つまらねェ。────ま、終わっちまったならしゃあねェか。まァ、聞く限りじゃあんまり気の進む戦いでもなさそうだったしな』

「ともかく、オレの任務は終わった。こっちは帰還するつもりだが、お前はどうする?」

『ん~~じゃあ、暫くは自由にさせて貰おうかね。おもしれェもんも手に入ったし、少し遊びてェ気分だ』

「そうか。まぁ、いいだろう。用があればこちらから連絡を入れる」

『期待してんぜ、旦那』


 自身が部下としてスカウトした男。
 初めは、使い捨ての駒のつもりで誘いをかけたが、十分に役割をこなしていた。
 相手もバカではない。自分が使い捨てられる可能性をも踏んでいただろうが、それでも斡旋した任務を嬉々とこなした。
 向こうとしては、戦いの場を提供するこちらはいい取引相手でもあったのだろう。
 男は戦闘狂とも取れる異常な性質だが、しっかりと筋の通った人物でもあった。
 裏切りの可能性も考慮して初めのころは碌な情報は教えていなかったが、今では信頼を勝ち取り、幹部の一員となっていた。


『────ところでよ、旦那』


 興味ありげに相手が聞いてくる。
 なんとなく予測はついた。


『どうだったんだ? 見たんだろ? あいつらを』

「あの子達か……」


 それは己が過去に置き去って来た罪そのものでもある。
 あがらうために嘘をついて、それが罪を一層重くさせた。


「清くも正しくもなく捻くれていたが、どうやら信念を持って育ってくれたようだよ。彼女も綺麗になっていた。……やはり、よく似ていたよ」

『なんだ、その言い草だと、会った訳じゃねェのかよ。まったく、あのいけすかねェクソ野郎とは早ェとこケリをつけェんだけどな』

「…………」

『わーてるって。我慢だろ、我慢。まだ、その時期じゃねェんだろ。それよりも良かったのか?』

「……あの子達はあの子達の道を進んでいた。それを止める事は出来ない。……オレは遅すぎた」

『たっく、面倒なこった。まぁ、なんだかんだで上手くやってるだろうしな』

「……その話はココまでだ。他に何かあるか?」

『いや、特にはねェよ』

「そうか、ならば通信はココまでだ」

『了ー解。じゃあな────』


 そして相手はこちらの名前を呼んだ。


『────亡霊の旦那』

「ああ。ハリス、また連絡する」


 通信は切れた。











 To Be Continued……












あとがき
今回でアラバスタ編の第三部は終了です。
こうして振り返ってみると長いようで短いように思えました。
途中でかなり暴走して、皆様にご迷惑をおかけしたので申し訳ございませんでした。
少しでも、今回の経験を糧にして精進していきたいと思います。

色々考えましたが、二人は一味の船に潜り込むこととなりました。
オリジナルも考えましたが、やはり一味に入れてあげたいという思いがありました。
空島編は今構想を練っている段階でもう少し時間がかかるかもしれません。アラバスタ編は私も正直やり過ぎたと感じていたので、考えどころです。

ラストのネクストプロローグは微妙な伏線です。
裏話をすれば、実はハリスをアラバスタに登場させようかなぁと考えていたのですが、色々と無茶苦茶になりそうな気もしたので止めたという経緯があります。
……今にして思えば、ハリスはアラバスタで出さなくて正解だったとも思えますが。
オリキャラ陣はそのうち登場させるつもりです。原作の濃いメンバーたちに負けないように気合を入れて行きたいです。

また頑張ります。
ありがとうございました。
 


 


 



[11290] 第四部 プロローグ 「密航者二人」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/03 00:18



『世界は、……そうだ!!
 自由を求め、選ぶべき世界が目の前に広々と横たわっている。
 終わらぬ夢がお前たちの導き手ならば、───越えて行け。己が信念の旗の下に』

                                   <海賊王>ゴールド・ロジャー




 大海賊時代。
 <海賊王>ゴールド・ロジャーが残した、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を巡って幾多もの海賊達が鎬を削った時代。
 各々に抱いた誇りを胸に、海に夢を見た者たちは戦う。
 夢と力。ゆるぎない意志が進むべき道を決めた、そんな時代。












第四部 プロローグ 「密航者二人」













 偉大なる航路(グランドライン)のとある海域に二本のマストからなるキャラベル船があった。
 メインマストに描かれたのは麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。海賊<麦わらのルフィ>の船だ。
 緩やかな海風が船の帆を膨らませる。
 天候は快晴。風向きは北西。気温から予測するに季節は夏。
 波も小さく穏やかで澄んだ海上を流れゆく雲と共にゆったりと進んでいた。


「もう追ってこねェな……海軍の奴ら」


 後方を確認しながら、緑の髪をした剣士が問いかける。
 腰元に下げられた刀は三本。かつて『東の海』でその名を轟かせた賞金稼ぎであり、現在は麦わらの一味のメンバーの<海賊狩り>ロロノア・ゾロ。


「んー」


 問いかけたゾロに気の無い返事が帰った。
 覇気の欠片も感じられないぐずついた声だった。


「……突き放したんだな?」

「んー」

「おい、進路はこっちであってんのか?」

「んー」

「船の損傷具合はどうなんだよ?」

「んー」

「……あのな」


 ゾロがややイラついた様子で、


「何だよその気のねェ返事は」

「だって……」


 ゾロ以外の船員は全員船の欄干にふにゃりと突っ伏していた。皆一様にやる気が感じられない。
 

「「「「「さみしー……」」」」」


 ぐずつきながら拗ねるように声を合わせた。
 一味はアラバスタでかけがえのない仲間だったビビと別れた。
 海兵に追われ、悲しむ暇もなかったのだが、海兵達を突き放して一段落したときに忘れていた寂しさがよみがえった。
 「ビビ」と、名前を呼んでも返ることのない返事。その事が一味に現実感を与える。胸にぽっかりと空いてしまった悲しみに一味は沈み込んでいた。


「めそめそすんな!! そんなに別れたくなけりゃ力づくで連れてこればよかったんだ」


 ゾロはへこたれる一味に強引な物言いで喝を入れる。


「うわあ、野蛮人」 と、喋る青鼻トナカイ。船医のトニートニー・チョッパー。

「最低」 と、オレンジの髪の女。航海士のナミ。

「マリモ」 と、何故かクルリと丸まった眉毛の男。コックのサンジ。

「三刀流」 と、麦わら帽子を被った男。船長のモンキー・D・ルフィ。

「待てルフィ。三刀流は悪口じゃねェ」 と、長い鼻が特徴的な男。狙撃手のウソップ。
 

 野蛮なゾロのもの言いは一味の大ブーイングを呼んだ。
 いじけた一味は一様に武骨な剣士を白眼視する。


「わかったよ、好きなだけ泣いてろ」


 ため息をつきながらゾロはマストに手を突いた。
 ゾロとて寂しさを感じていない訳ではない。だが、それを他の一味と同じように外に出していないだけだ。
 この様子では一味が立ち直るまでもう少し時間がかかりそうだった。


「まったく……」

「……大変そうだな」

「ああ」

「無事に島からは出たのね。御苦労さま」

「ああ……あ?」


 感じた違和感。
 聞きなれない声。
 ゾロが視線を向け、他の一味もまた同じように声の主へと目を向け、絶句する。

 現れたのは、二人。
 干し草のようにパサついた髪で機械のような細身の男。
 艶やかな黒髪で、妖艶な色気を放つスラリとした長身の女。


「久しぶりだな」

「ふふふ……お邪魔してるわ」


 その男女は驚く一味を気にした様子も無く言葉を為した。
 時間が止まったかのように停止していた一味がそれぞれに反応する。


「組織の仇打ちか!? 相手になるぞ!!」 


 ゾロが素早く刀に手をかける。


「何であんた達がココに居んのよ!!」


 ナミは頭を抱えた。


「キレーなお姉様~~~~っ!!」


 サンジは男を視界から消して、現れた美女に熱烈な視線を送る。


「敵襲!! 敵襲~~~~~!!」


 ウソップは錯乱し、柱に隠れながら、取り出した拡声器で叫びまくった。


「ああああああっ!! ……誰? ってああああああああああああああああ!!」


 チョッパーは女を見て疑問符を浮かべたが、男を見て叫び声を上げた。


「あ!! ……なんだ、おめェらか」


 ルフィは思い出したようにポンと手を打った。
 一味の視線を釘づけにした二人は微笑し、直後、フワリと花の香りと共に武器を構えたゾロとナミに腕が咲いた。腕は素早くゾロとナミが構えた武器を叩き落とす。


「うわっ!! 手!?」

「───そういう物騒なモノ私たちに向けないでって、前にも言ったわよね」


 混乱する船内を二人は慣れた様子で進み、立てかけてあった折り畳み式の椅子をそれぞれに手にすると組み立てた。
 レディファーストなのか男が椅子を引き女に席を譲る。女は柔らかく微笑んだ。そして男も腰かける。


「あんた達いつからこの船に!? Mr.ジョーカー!! ミス・オールサンデー!!」

「ずっとよ。下の部屋で読書したり、シャワー浴びたり。これあなたの服でしょ? 借りてるわ」

「後、オレ達はもうバロックワークスの社員じゃないよ。だからそのコードネーム(呼び方)は止めてくれ。ちなみにオレの名前はクレスで、こっちはロビンだ」

「聞いてないわよ!! 何のつもりよ!!」


 ナミが叫び声を上げたが二人は気にすることなく船長へと向き合った。


「モンキー・D・ルフィ」


 澄んだ声でロビンが名前を呼び、


「さて、確認をしたいんだがいいか?」


 クレスが続けた。


「確認?」


 ルフィは首をひねった。


「忘れたとは言わせねェぞ」

「葬祭殿で私たちに言ったこと覚えてるかしら? ……あの時は少し驚いたわ」


 首をひねり続けるルフィに怒りの炎を燃やしたサンジが掴みかかった。


「おいルフィ!! パサ毛野郎はともかくあのキレーなお姉さまに何を言ったんだ!?」

「……酷い言い草だなオイ」


 ルフィは首をひねり続け、


「ああ!!」


 得心がいったのか大きな声を上げた。
 クレスは椅子の背もたれに寄りかかり、ロビンは足を組んだ。


「あの時の確認をしに来た。───オレ達には行くあても帰る場所ない」

「だから、この船に乗り込んだ。あなたのせいよ。……麦わらの船長さん」

「あ~そりゃしょうがねェな」


 ルフィはクルリと今だ混乱する一味に向き直り宣言する。


「コイツ等仲間にするから」


 一味はルフィが言っている意味がわからなかったのか一瞬停止し、


「「「「「何ィいいいいいいいいいいいいいいい!!?」」」」」


 困惑の叫びを上げた。







◆ ◆ ◆






 仲間として一味に加わることを取り合えず船長のルフィから了承を得たクレスとロビン。
 だが、いくらルフィの決定だといっても、他の面々が納得した訳ではない。
 現在、甲板にはデスクライトを乗せた四角いテーブルが置かれ、ウソップがクレスとロビンと対面するように座っている。
 テーブルの上には要点をまとめるためのレポート用紙。先程からウソップによる取り調べがおこなわれていた。


「八歳で考古学者……そしてクレスと二人で賞金首に」

「考古学者?」

「そういう家系なの」

「まぁ、家系で言えばオレも当てはまるんだろうが、コイツは特別だよ」

「その後20年、ずっと政府から姿を隠して生きてきたわ。いろんな"悪党"の庇護下に入ったり、無人島で暫くサバイバルしたり。後の方は遺跡の捜索も兼ねていたけれど」

「フンフン……なるほどな。……『意外と苦労人』と」


 カリカリと隠すつもりはないのか、二人の前でウソップが用紙に要点と本人の感想を書き込んでいく。
 クレスの見立てでは案外好感触のようだ。


「いろんな経験を積んできたから、裏で働くのは得意だよ。役に立つ筈だ」

「ほほう……自身満々だな。何が得意だ?」


 ペンを耳にはさんでウソップが見定めるように顎に手を置いた。
 ウソップの質問に、クレスとロビンは顔を見合わせ、同時に頬笑み、ウソップに向き合って、


「「暗殺」」


 少し洒落にならない特技を口にした。
 冗談なのだが、嘘では無いので質が悪い。


「ルフィ!! 取り調べの結果、危険過ぎると判明!!」


 案の定ウソップは涙目でのけぞった。
 その様子にロビンはクスクスと笑みを漏らして、クレスはやり過ぎたかもと苦笑した。
 そして、クレスは視線を甲板に座り込むルフィをチョッパーへと向けた。
 そこには甲板に咲いたロビンの腕を不思議そうに見つめる二人。ロビンはその様子に悪戯心が湧いたのか、二人の後ろにそっと腕を咲かせて、くすぐった。


「あはははははは!! くすぐった……はははは!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! 見ろよウソップおもしれェぞ!!」 

「聞いてんのかお前らァ!!」


 楽しげにロビンに遊ばれるルフィとチョッパーにウソップが叫ぶ。だが、まったく効果は無い。
 ロビンはやさしげな笑みを浮かべ、クレスはそれを嬉しそうに見ていた。


「───まったく、軽くあしらわれちゃって情けない。
 どうかしてるわ。今の今までそいつらは犯罪組織でクロコダイルの右腕として働いていたのよ。
 ルフィの目はごまかせても私は騙されない。……妙な真似したら叩きだすからね!!」


 船長の様子に、階段の上で脚と組んだナミが二人に忠告する。
 だが、それでもクレスとロビンを船員として迎え入れる事を前程として話をしているあたり、彼女もまたお人よしだ。


「ふふふ……ええ、肝に銘じておくわ」

「ああ、オレも心に刻もう」


 クレスもロビンもその事に気づいていて、穏やかに首肯した。


「ああ、そういえばロビン」

「何かしらクレス?」


 わざとらしくクレスが問いかけ、ロビンが答えた。


「クロコダイルから頂戴してきたアレって何処に置いたっけ?」


 その瞬間、ピクリとナミの耳が反応する。
 

「アレ? ふふ……宝石のこと? それならココに。売れば確実に100万ベリー以上になるわね」

「───いやん、大好きよお姉さまっ!!」


 風よりも早く一瞬で宝石を取り出したロビンにナミがすり寄った。今にもごまをすりそうな様子である。
 二人は船内に潜んでいた時、女部屋に慎重に保管された財宝類を見つけた。
 定期的に手入れをしていたようで相当品質が良いそれらから察するに、間違いなく金の亡者がいると確信する。
 結果、それは見事に的中した。
 今のナミは完全に宝石を持つ二人の味方だった。


「何て奴らだ。ナミがやられた……!!」

「悪の手口だ」


 ナミをも虜にしたその手際の良さに、ウソップとゾロが慄いた。


「ああ……恋よ。
 漂う恋よ。
 僕はただ漆黒に焦げた身体をその身に横たえる流木。
 雷というあなたの美貌に打たれ、激流へと崩れ落ちる僕は流木……」


 上機嫌な鼻歌と共に今にも躍り出しそうな様子でサンジがやって来る。
 そして、ほれぼれするような給仕としての鮮やかな動作をもってロビンの前にスッとティーセットを置いた。


「おやつです」

「まぁ、ありがとう」

「いえいえ、あなたの為に厳選した極上の紅茶です。スイーツは生チョコのケーキとなっております」


 サンジは極上の接客スマイルをロビンに送る。
 そして表情を一変させ、


「てめェは茶でも飲んでろ」 


 唾ででも吐き捨てそうな表情でクレスの前にぞんざいに湯呑を置いた。


「オイコラ、さすがに露骨すぎんだろ」

「うるせェ!! 聞けばてめェこの美女とずっと二人旅をしてただと? そんな羨ま……不審な奴を信用できるかァ!!」

「下心透いてんだよ。……てめェ、次、ロビンに色目使ったら海に沈めるぞ」

「ああ? 恋はハリケーンなんだよ。オロして叩きにすんぞ、パサ毛野郎」

 
 クレスは舌打ち交じりに湯呑を口に運ぶ。そして僅かに眉を動かした。
 粗茶といってもサンジが料理人として抜かりなく淹れたもので、ぞんざいに湯呑をテーブルに置いてはいたが余り水面は揺れていない。このあたりはサンジが一流たる所以だろう。


「まぁ……いい。
 オイ、クルマユ。頼みがある」

「あ? なんだ」


 何かムカムカするものがあるのか煙草をふかしていたサンジにクレスは、


「砂糖くれ」

「砂糖って何に使うんだ?」

「お茶に入れる以外何があんだよ」

「蟻かてめェはァ!! 入れたら彼方まで吹き飛ばすぞ!!」

「入れるだろ普通?」

「入れねェよ普通!!」


 軽く常識を砕かれ、キレるサンジ。


「……ダメよ、クレス。コックさんの言う通りよ」

「いや、だって、最近甘いもん食ってないし」

「それなら、ほら。少しケーキ上げるから」


 ケーキを一口サイズに分けてフォークに突き刺しクレスの方へと伸ばした。
 クレスは少し迷ってから口を開けて、


「フザケんなァ!!」

「うおッ!!」


 いまだかつてないほどに怒り狂ったサンジの蹴りが飛んできた。
 もう何もかも蹴り砕くんじゃないかという嫉妬の蹴りに、クレスは一瞬で“鉄塊”をかけ防御する。サンジの蹴りはかろうじて止められた。


「あぶねェだろコラ!! ケーキ食えなかっただろうが!!」

「誰がてめェに食わせるかァ!! むしろおれが食いた……じゃなくて、それはロビンちゃんのもんだ!!」


 睨み合い火花を飛ばす二人。
 その様子に、サンジがまったく役に立たないんじゃないかと思っていたウソップとゾロが唸る。以外にいい感じの警戒感(クレス限定)だ。
 

「ごめんなさい、コックさん。少しはしたなかったかしら」


 その時、ロビンが目を伏せた。
 サンジに物凄い罪悪感が駆け巡る。


「い、いや、全然そんなことは無いんだぜロビンちゃん」

「……そうかしら」

「いや、ほら、今のはこのパサ毛がむかついたというか羨ましいというか何というか……」

「そう? やさしいのね、コックさん」

「いやそんな……それほどでもないです」

 
 でれりとだらしない表情になるサンジ。
 

「それなら、もう一つデザートを頼んでもいいかしら? このままクレスにお預けをするのは可哀相だから」

「もちろんだぜ、ロビンちゃん!!」


 そして、ついさっきまで睨み合っていたクレスのケーキを取りにそそくさと厨房に戻るサンジ。完璧に骨抜きにされていた。
 傍観していたゾロとウソップは戦慄した。恐ろしいまでの人身掌握術だった。


「まったく、世話の焼ける一味だぜ」

「おれ達が砦ってわけだ」


 そう簡単には騙されないと、ゾロとウソップが鋭い視線でクレスとロビンを監視する。
 能天気な一味だからこそ、誰かがしっかりとしなければいけない。
 ゾロは腕を組み、ウソップは任せろとばかりに親指で自分を差した。


「おい、ウソップ───!!」

「あァ?」


 楽しげに呼びかけたルフィに、ウソップはギロリと視線を向ける。
 そこにいたのは、


「おれ、チョッパー」


 頭から腕を生やしてトナカイの角に見立てたルフィ。


「ぷぷ───っ!!!」


 ツボだった。ウソップもまた他と同じく籠絡される。
 そんな一味にゾロが青筋を浮かべた。
 

「……やっぱり、怪しいか?」

「あ?」


 腕を組むゾロに、ロビンに遊ばれる一味を見ながらクレスが話しかける。


「まぁ、当然だな。オレ達も直ぐに受け入れてもらえるなんて考えてはないさ。
 ……だが、この一味に害を与えようなんて考えてる訳じゃない事はわかってくれ」

「……フン」
 
「信用はそのうち勝ち取るさ」


 鼻をならしたゾロにクレスは言った。


 うららかな天気。
 穏やかな水面。
 だがその時、海が大きく揺れた。


「お、おい!! アレ!!」


 ウソップが指さす。その先に大きな水音と上げた巨大な姿があった。
 全長10メートル以上の巨体。その巨体には鱗と羽毛に包まれ、覗かせた顔には黄色い嘴と赤い鶏冠がある。
 海の王者。海王類の一種だ。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」


 餌を求めやってきたであろう海王類に叫び声が上がった。


「チッ、海王類か!?」

「ん? なんだ、チキンフィッシュじゃねェか」

「知ってんのか?」

「まぁな」


 ゾロの問いに、クレスが現れた海王類を見上げながら答える。
 怯えたウソップ、チョッパー、ナミは逃げ回り、それと同時にルフィがニッと笑い拳を握った。


「ゴムゴムの銃(ピストル)!!」


 唸りを上げ伸びるルフィの拳。
 ゴムの拳は海王類を捉え、船を襲おうと大口を開けたその横っ面を思いっきり吹き飛ばす。
 海王類は仰向けに海に倒れ、怯えたように海の中へと潜って行った。
 

「あ、逃げんな!! メシ!!」


 海の中に逃げ込まれれば、いくらルフィが強くても追いかけられない。
 

「あ~……麦わら。アレ、食いたいか?」

「食えんのか!?」

「そうか……」


 クレスは軽く肩をまわして上着を脱ぎ、靴を脱ぎ軽く屈伸する。
 そして、サイドバックから鉄線とサバイバルナイフを取り出した。
 

「わかった。獲って来てやるよ」


 一味が驚く中、クレスは一足飛びで海に向け理想的なフォームで飛び込んだ。
 クレスの姿は直ぐに青く透き通った海の中に消えて行った。


「うわああっ!! 飛び込んだぞアイツ!!」


 迷うことなく海の中に飛び込んだクレスに、チョッパーが驚愕した。
 

「おい!! 大丈夫なのか!?」


 ウソップが慌てたようにロビンに問いかける。
 

「ふふ……心配ないわ。クレスは強いから」

「いや、それは知ってるけどよ。海ん中だぜ? ルフィが殴ったとはいえ海王類相手じゃやべェだろ!?」

「大丈夫よ。クレスは海の中で魚人とでも戦える位強いから」

「は? 魚人……?」


 ウソップが茫然とした瞬間、背後で轟音と共に大きな水飛沫が上がった。
 打ち上げられたのは先程の海王類。そして、拳を突き上げたクレス。
 宙に舞った海王類はその巨体を水面に叩きつけられ、力無くその巨体を水の上に浮かべた。
 それと同時に“月歩”で空中を蹴ってクレスが船上へと帰ってきた。


「お疲れ様」

「道具を使うまでも無かったな。あ~……タオルあるか?」


 クレスは濡れた髪を水気を飛ばすようにかき上げる。
 水中というのは人間の動きを阻害する。息は続かず、水の抵抗に遭い身体は重くなる。
 だが、異常な体力と六式を扱う超人的な肉体を持つクレスにとってそれはあまり問題ではなく、後は海の様子を見定めれば、海中での狩りもそう難しいことでは無かった。
 クレスは唖然としている一味に対して、


「こう見えても結構サバイバルとかもやってきたから、狩りも出来る。
 完璧とは言わないが、海に潜って魚を獲る事も出来るし、無人島でも道を切り開いて食料を確保する自信もある。
 オレがいればこの先、食料の確保で困ることはない筈だ。それに、ロビンがいれば情報において困ることはない。どうだ? 仲間にして損はさせない」


 クレスの言葉に一味の間に衝撃が走る。
 食料。情報。特に食料。それは一味が喉から手が出るほど欲するものだった。


「「「「「「ま、マジでよろしくお願いします」」」」」」


 先程まで難色を示していたゾロを含めて、全員に土下座張りの勢いで頭を下げられた。


「お、おお……まかせとけ」


 その勢いにクレスは少し引いた。
 こうして、クレスとロビンは一味と打ち解ける事に成功し、仲間として船に迎え入れられる事となった。






◆ ◆ ◆



 


 海は相変わらず穏やかで、ポカポカとした穏やかな気候が続いている。
 船の上にはクレスが獲ったチキンフィッシュをサンジが調理した香ばしい残り香が漂っていた。
 巨大なチキンフィッシュを食べ、一味は大満足だった。


「航海士さん、ところで記録(ログ)は大丈夫?」

「西北西に真っ直ぐ。平気よロビンお姉さまっ!!」

「……お前絶対宝石貰っただろ」

「おい、サンジ!! さっきの魚まだあるか? アレかなり美味かったぞ!!」

「ちょっと待ってろ!!」

「まぁ、チキンフィッシュは高級魚だからな。その辺の魚よりも美味いだろうよ」

「へ~すごいんだな、クレス」

「フッ……チョッパー、おれだって本気出せばあれくらい余裕なんだぜ」

「ホントかウソップ!?」


 船は風に乗って進んでいく。
 静かな海に空。流れる雲は白く、空は広くて青い。

 その時、コツンと硬質な何かが船の上に落ちて来た。
 雹かと思いクレスは頭上を見上げた。グランドラインの気候は複雑怪奇だ。海は一瞬で表情を変える。
 一味もそれぞれに空を見上げる。
 そして、全員の顔が驚愕で染まる。
 落ちて来たものは想像を絶するものだった。





  
───人が空想出来る全ての出来事は、起こりうる現実である。
                        
                         物理学者 ウィリー=ガロン






 ふと昔読んだ本の格言がよみがえった。
 だが、それでも余りにもそれは衝撃的過ぎた。
 何も無い空から落ちて来たもの、それは巨大なガレオン船だった。


「うわあああああああああああああ!!」

「掴まれ!! 船にしがみつけ!!」

「舵取って!! 舵!!」

「きくかよこの波で!!」

「まだなんか降ってくんぞ!! 気をつけろ!!」

「チッ……船を守れ!! 風穴が空くぞ!! あと、ロビンは絶対守れ!! 命をかけろ!! オレはかけた!!」

「よしわかった……ってオイ!!」


 混乱に陥るも、一味は何とか危機を乗り越える。
 どういう訳かわからないが、降り注いだガレオン船とその木片は海を荒らし今は難破船としてかろうじて海に浮かんでいる。だが、相当古い船の様で沈むのも時間の問題だろう。


「ああッ!!」


 その時ナミが大きな声を上げた。
 一味は皆、方位指針(ログポース)を見つめうろたえるナミに目を向けた。


「方位指針(ログポース)が壊れちゃった……!! 上を向いて動かない!!」


 ナミの腕に付けられた方位指針はぴったりと何も無い空を差し続けていた。
 方位指針は偉大なる航路を進む唯一の光だ。それが正しい方位を示さないならば、船旅はたちまち暗礁に乗り上げる。


「……違うわ。より強い磁力をもつ島によって、新しい記録(ログ)に書き換えられたのよ。指針が上に向いたなら空に島がある」


 ロビンは航海士の狼狽を否定し、空を見上げ新しい可能性を示した。


「……“空島”に記録(ログ)を奪われたという事」


 その一言が全てを決めた。
 一味は皆、空を見上げ、クレスもまた空を見上げた。

 空の上に島。
 誰もが一度は夢見たようなそんな幻想。
 『空島』を追う冒険が今、始まった。












あとがき
第四部スタートです。始めは仲間入りからですね。クレスが少し暴走を始めました。
第四部からは基本的に視点を絞って話を勧めて行こうと思います。
アラバスタ編より内容を省略すると思います。難しいですが何とか工夫して進めて行きたいです。
これからもがんばりたいです。よろしくお願いいたします。
 

 



[11290] 第一話 「サルベージ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/10 23:34
「……ん、クレス、そんなとこ触っちゃダメ」

「いいだろ、少しくらいなら……ほらこっちも」

「ダメ……焦らないで」

「いや、別に焦ってる訳じゃないけどよ……ほら、そろそろだろ?」

「もう、強引なんだから。もっとやさしくして」

「わかってるって、やさしく……丁寧にだろ? ほら、そろそろ入るぞ」

「あっ!! ……ダメ」


 海の上。
 波に揺れる船。
 その甲板でクレスとロビンが向かい合っていた。
 繊細な指先で肌をなぞるようにやさしくそれを触っていく。
 時折漏れる声はさざ波の音に消えた。


「あんた達……何してるの?」


 見兼ねたナミが恐る恐る問いかける。
 戸惑いながら、互いに集中する二人に話しかけた。


「何って……」

「見ればわかんだろ?」
 

 クレスとロビンは首をかしげ、






「「頭蓋骨の復元」」

「怖いわッ!!」












第一話 「サルベージ」













 突如、空から落ちて来た巨大なガレオン船。
 それにより、記録(ログ)を空に奪われた一味は、空にあると思われる島『空島』を目指す事となった。
 記録が空を差しているとはいえ、船が空を飛べる訳ではない。途方に暮れる事となった一味はひとまず空島の情報を集める事にした。


「何かわかったのか?」

「ええ、少しは」


 棺桶を暴き、中に納められた人骨の前に座り込むロビンの周りに一味は集まった。
 ロビンは先程復元した頭蓋骨に手を触れる。


「ここに空いている穴は人為的なもの。
 頭蓋を薄く削るように丁寧に開けられた穴……“穿頭術”……そうでしょ? 船医さん」

「……うん。昔は脳腫瘍を抑える時、頭蓋骨に穴を開けたんだ。でもずっと昔の医術だぞ?」


 チョッパーは頭蓋骨に怯え、柱に隠れながら答えた。


「死者と美女ってのも乙なもんだな~~~~!!」

「……黙って聞いてろクルマユ」


 メロメロのサンジにクレスが苛立たしげに言った。
 ロビンは物言わぬ屍から過去の情報を次々と見出していく。


「“彼”が死んでから既に200年は経過しているわ。年は30代前半。航海中病に倒れ死亡。
 他の骨い比べて歯がしっかりしているのはタールが塗り込んであるせいね。この風習は"南の海"の一部の地域特有のものだから、歴史的な流れから考えてあの船は過去の探検隊の船」


 ロビンは古びた歴史書を取り出してパラパラとページをめくっていく。
 

「……あった。
 “南の海”の王国ブリスの船。『セントブリス号』……208年前に出港してる」


 ナミとゾロが歴史書のページを覗きこみ、


「さっきと落ちて来たのと同じだわ!!」

「……そういやこんなマークついてたな」

「少なくとも200年、この船は空をさまよってたのね」


 一味は感心したように目を見張った。
 一流の考古学者による解析。それは過去の予測を確実な現実にしてみせた。


「骨だけでそんなことまで割り出せるなんて……」

「遺体は話さないだけで情報は持っているのよ」

「なるほどね、空島か……本当にあるのかしら? もっと証拠が欲しいとこだけど、さっきの船ならもうほとんど沈んじゃったし」

「ああ……それなら」

「え?」


 クレスは船の片隅に置いてあった袋を広げ、その中にあった古びた本と用紙をナミに手渡した。
 そこにあったのは沈んだ船にあった海図や紀行文らしき文献だった。


「船が沈みきる前に測量室らしきとこに行って取って来ておいた。もう少し探せばまだ何か見つかったかもしれないが、こればっかりは水にぬれるとダメになるからな」

「あんた……ルフィ達と難破船で遊んでるのかと思ったら、そんなことしていたの!?」

「まぁ、オレは一応、ロビンの助手だしな」


 クレスは今にも沈みそうな船の上を探検するルフィをウソップに目を移す。
 海につかりながら「ルフィ!! しっかりしろ!! コッチに掴まれ!!」 「ぶわっぱっばぷぺべ!!」などとはしゃいでいる姿を見て、


「……というか、あいつ等と同レベルで見られてたのは少しショックだぞ」

「あんた達は何やってんのよ!!」


 ナミが溺れるルフィとそれを助けようとしているウソップに向けて叫ぶ。
 クレスは取り合えずルフィとウソップを意識から切り離して続けた。


「かなり古いし、損傷も酷いから、読み解くのは難しいと思うけど、これでだいぶ空島の手がかりが増えたと思うぞ。足りなかったら後はサルベージでもするしかないんだけどな」

「あんた達……うぅ……私初めてこんなに感動したかも。いっつも他の奴らは役に立たないもん」

「……苦労してるのね」


 感動したナミをロビンが労った。


「おい、みんな!! これを見ろ!!」


 沈んだ船から帰って来たルフィがナミが持った海図の一つを見て、上機嫌で歓声を上げた。
 その古びた地図にはその地名と大まかな形が記されている。
 

「『空島』の地図!! やっぱり空に島はあるんだよ!!」


 航海士のナミが古びた海図を見渡した。


「『スカイピア』……!! 本当に空に島があるっていうの!?」


 ルフィはご機嫌で声を張り上げる。


「よ~~~し!! 野郎共!! 上舵いっぱいだ!! 行くぞ空島!!」

「うおお!! 空島!! 夢の島だ!!」

「夢の島!? ホントかウソップ!!」


 騒ぐ三バカにナミがため息をつく。


「……騒ぎ過ぎよ。これはただの可能性に過ぎないわ。世の中には嘘の海図なんていっぱいあるんだから」


 騒いでいたところにナミに冷や水をぶっかけられ、ルフィ、ウソップ、チョッパーはどよーんと幽鬼のような表情になった。


「あ……ごめんごめん。あるあるある……きっとあるんだろうけど……」


 ナミは言葉を区切り、


「行き方がわかんないって話をしてんのよッ!!」

「航海士だろ、何とかしろ!! 飛ばせ、船!!」

「出来るかァ!!」


 ドスンとキレたナミがマストを殴りつける。
 ウソップが「あ、ナミ……船を大事にしてくれ……」と恐る恐る言うがナミに睨みつけられ尻すぼみになる。
 サンジは「怒ってるナミさんもカワイイなあ……」と意味も無くメロメロになっていた。


「……落ちつけ航海士。とりあえずは現状で出来る事を探すしか無い。記録(ログ)は相変わらず上を差してんだろ?」


 クレスがナミを促す。
 記録(ログ)が上を差している限り今は船を進めようがない。


「そうなんだけど……あんな大きい船が空に行ってんならこの船も空に行く方法は必ずある筈だし……」

「何よりも今重要なのは情報ね。取り合えずクレスが持ち帰って来たものを読み解くところから始めたら?」

「……そうね。確かに今はそれが確実か。後はあの沈んだ船から出来る限りの情報を引き出せればいいんだけど」


 ウソップがナミに殴られたマストの損傷具合を確かめながら、


「でもよ、情報ったって肝心の船は完全に沈んじまったぞ」


 ウソップの言う通り落ちて来たガレオン船は海の底に沈んでしまった。
 そうなれば探索は困難を極める。


「なんなら探して来てやろうか?」

「えっ!? 出来んのか!!」


 さらりと言ったクレスにウソップが驚く。


「ああ、どちらかと言うとオレの本職は遺跡とかの捜索だからな」

「クレスは30分くらいは潜ってられるから、頼りになるわよ」

「スゲェええええええええええ!!」


 一味からどよめきが起こる。
 

「よし。私とロビンは資料を読み解くから、邪魔になるあんた達は沈没船の捜索をお願い」

「まてまて、クレスは別としておれ達はムリだろ!?」

「なんとかしなさいっ!! 沈んだならサルベージよ!!」

「よっしゃああああ!!」

「出来るかァ!!」
 





◆ ◆ ◆






 取り合えず大まかな方針は決まった。
 ロビンとナミは船室のテーブルに資料を広げ、男衆は甲板に集合する。


「安心しろ。おれの設計に無理はない……たぶん」

「いや、それ大丈夫なのか?」

「大丈夫だ!! ……たぶん」


 泳ぎやすいように上着と靴を脱いで軽装となったクレスが樽を改造した即席の潜水服を差して言う。
 それを被るのはルフィ、ゾロ、サンジ。ルフィは能力者で泳げないため樽を二つ重ねることにするそうだ。止めとけばいいのにと思ったが、口にしてもあまり意味は無さそうだ。


「それよりもお前はそれで大丈夫なのかよ? 良かったらコレまだあるぞ」


 ウソップが素潜りをする予定のクレスを心配してか問いかける。


「いや、問題ない。おれの場合そういうのは邪魔になるだけだから。まぁ、問題は通話法が無い事だな」

「それなら心配すんな。おれがさっき作ったこのホースを使え。一応、空気も吸えるようになってる」


 ウソップが長いホースの先に受話器のようなものがついたものをクレスに渡した。
 

「ああ、わかった」


 クレスは多少訝しみながらもそれを受け取り、これから潜る予定の海を見渡した。
 海の様子は比較的穏やかで暫くは荒れる心配はなさそうだった。
 いつ天候が変わるか心配ではあったが、取り合えずは海に入るにはいい陽気だといっていいだろう。後は海の様子が変わらない事を祈るしかない。


「取り合えずオレは先に行くけど、さっきの船についてはあんまり財宝とかは期待すんな。沈む前に入ったけど内乱かなんかで相当荒らされてたからな」


 軽く準備運動をしながらクレスが一味に言う。

 
「あ~……まぁ、アドバイスとしては危ないと思ったら速攻で逃げる事だな。ヤバいと思ったら直ぐに船に戻れ」

「よしわかった。宝を探そう」

「取り合えず潜ればいいんだろ? 簡単だ」

「宝を持ち帰るのはおれだ!! 待ってってくれ、ナミさん、ロビンちゃん!!」

「話を聞け。そしてクルマユ、お前は沈め」


 不毛な会話を経て、クレスは船の側壁に立つ。
 一味は樽で作った潜水服の装着を始めた。


「んじゃ、行くわ」


 そして、クレスは先行して海の中に飛び込んだ。
 重力に身を任せ、海の中に矢のように一気に潜り込む。
 水温はそれほど低い訳ではないが、海上との温度差は心地よい刺激としてクレスを覆った。
 海の中は何処までも透き通る青。陽光が海中まで入り込み、光は風にそよぐカーテンのように揺れている。
 空気を蹴りつけ空を駆けるクレスの脚が爆発的な力強さで海水をかきだし、まるで魚のようにクレスの身体を前へと進める。
 悠々と一団となって泳ぐ小魚達の傍をすり抜け、更に下へ。
 海の底までの水深はおそらく500メートル以上。想像を絶する距離だが、強靭な肉体を持つクレスにとってはあまり問題では無い。
 深海に進めば進むほど海はその姿を変える。徐々に光は薄くなり、水が重くなる。だが、グランドラインの水質故か抵抗はそこまで感じなかった。
 全身を包む柔らかな海水をかき分け更に下へ。海は徐々に青みを増した。
 そして、クレスは目の前に見えた物陰に目を細め、ウソップから託された通信機を手に取った。


「……こちらクレス。海中に巨大ウツボを発見。来るなら十分に気をつけろ。下手したら食われる。まぁ、たぶん大丈夫だろ」

『おい!! 大丈夫じゃねェだろソレ!!』


 通信機の向うからの声を聞き流し、クレスはウツボに気づかれないようにそっと沈没船目指して進んだ。






◆ ◆ ◆






 換わって船室。
 テーブルの上に広げられたのはクレスが持ち帰った古めかしい海図と文献。
 それを手もとの資料と格闘するように見比べるのはロビンとナミ。


「やっぱり損傷が酷い。……保存状態が悪かったのね。風化していて断片的なものしか読み取れないわ」

「こっちもダメ。字も構図もボロボロで全然わかんない」 


 風化した海図を覗きこんでいたナミがうんざりした様子で背筋を伸ばした。


「唯一原型を留めてたのはルフィが広げた地図だけか……。ロビン、アンタ専門家なんでしょ? 何とかなんないの?」

「……こればかりは。いくつか情報は得られたけど、それが確実な情報だという証拠にはならないわ。……航海日誌らしき一文もあったんだけど」

「何て書いてあったの?」


 ナミの問いにロビンは紙片の一つを差して、


「文字が滲むように霞んで読めないから予測も入るけど、『遥か西の島から、世にも珍しき雲の河を越え、我々はついに辿り着いた。夢のようなこの地に。それはまるで天の国のように美しい空の島』」

「ホントに!?」

「でも、残念だけどこれが真実の記述だという証拠はないわ。
 あの船が空から落ちて来たのも確かだけど、もしかしたら、もともと沈んでいた昔の船が何らかの原因でたまたま打ち上げられただけかもしれないの。『空島』に行けたかどうかはわからないわ」

「……決定的な証拠にはならないのね。でも、あんたが言う通り記録(ログ)は上を差してんのよ?」

「ええ。でも、あの船が『空島』を求めて海に出たのは確か。空に島がある可能性が無くなった訳じゃないわ。
 他にも『空島』に関する文献があった。でも、私たちが今必要な“空に行く方法”については不鮮明なものばかりなの」

「結局は手詰まりか。はぁ、記録(ログ)が上を指してる限り身動きも取れないし……後は男共が船から情報を引張り出してくるのを待つしかないか」
 
「……そのようね」


 ロビンもまた資料から手を離し、椅子の背に身体を預けた。そして不審に思われない程度にナミに視線を向ける。
 クレスと二人船に忍び込み、とりあえずは一味に上手く溶け込めた。それは、“クレスとロビンが”というよりも一味の持つ雰囲気のせいというのもある。何とか上手くやれそうだった。
 ロビンがぼんやりとそんな事を考えていた時、部屋の外から騒がしい笛の音が聞こえて来た。後、サルベージがしたそうな歌も聞こえて来た。


「何かしら? 今、笛の音が」

「……なんかいやな感じの歌い声も聞こえるし」


 ロビンがゆっくりと目を閉じ<ハナハナの実>の能力を発動させる。
 船外に咲いたロビンの“目”は接近する船の姿を捉えた。


「……海賊船みたい。外に出てみましょう」

「またなんか来たの!! こんな時に……」


 ロビンがナミを促し、いやそうな顔でナミが続いた。






 船外ではメリー号に接舷するように一回りも大きな船がやって来ていた。
 何やらクレーンのような大きな装置の付いた、タンバリンを持った猿が船首の船。雰囲気から見れば探索船のような船だった。
 その船上から、ゴリラとチンパンジーを足して割ったような大男がこちらに向けて声を張り上げた。


「園長(ボス)!? つまりそいつァおれの事さ!! 
 引き上げ準備~~!! 沈んだ船はおれのもんだ!! てめェら手を出してねェだろうな? ココはおれの縄張りだ!!」


 その男は<サルベージ王>マシラ。懸賞金2300万ベリーの海賊だ。
 マシラが声を張り上げると彼の部下達から「ウッキッキィ~~~~!!」と勢いよく声が上がる。


「また妙なのが出て来たわ……なんなのあいつは?」

「わ、わかんねェ。……だが、サルベージをするみたいだ」


 ナミが甲板にいたウソップに問いかけ、ウソップがマシラにビビりながら答えた。


「船医さん、クレスや他の人たちは?」

「ルフィ達なら海に潜ったぞ」


 ロビンは能力で<人型>の大男に姿を変え、潜水装置の操作をしているチョッパーにこの場にいない者達の確認をおこなった。
 

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねェーっ!! おれ様の質問に答えやがれ!! ウキッ~~~っ!!」


 無視された形のマシラが怒声を上げる。


「すいません、質問していいですか?」

「お前がすんのか!?」


 ナミが交渉しようと逆にマシラに問いかけ、「いいだろう。聞いてみろ」とマシラは寛大な態度で頷いた。
 クレーンのような装置を指してナミが、


「これからサルベージをなさるんですか?」

「───な“サル”!?」


 マシラは妙なところに感激したように食いついた。
 何でもサルみたいなサル上がりのサルのような男前のマシラはサルに似たサルっぽいサル上がりであるらしい。どうでもいい。
 勝手におだてられたマシラと交渉はトントン拍子で進み、サルベージの見学をさせて貰う事となった。
 一味はこれで取り合えず様子を見て、事態の推移を見守ることにした。既に深海に潜って探索をおこなっている四人は折を見て回収するのが望ましいだろう。
 野生動物みたいに縄張りを荒らされるのが嫌いなそうなので、後は見つからない事を願い、荒事が起きない事を祈るだけだった。


(大丈夫かしら……クレス達)


 ロビンはクレス達の事を別の意味で心配した。
 海に潜る四人は海上の事など分からない。マシラ達も縄張り意識が強いようだから、おそらく先に誰かが沈没船に手を出せば攻撃を仕掛ける可能性は高い。
 そうなれば間違いなくクレスは反撃するし、ルフィ達も性格から考えると大人しくしている事は無さそうだ。最悪の時は目の前の海賊団と戦うハメになってしまうだろう。
 そんなロビンの懸念は的中する。


「ぼ、園長(ボス)!! 大変です!! 海底に“ゆりかご”を仕掛けに行った船員が!?」

「海王類か!?」

「いえ、それが何者かに殴られたような跡が!!」

「何ィ……誰か海底にいるってのか……!! じゃあ……!!」


 部下がやられたことに激怒したマシラが、鋭い目を一味に向けた。


「オイお前らァ!!」

「ひィ!?」


 ウソップが思わず小さな悲鳴を上げた。
 ナミが何とか言い訳を紡ごうとするが、それよりも早くマシラが、


「海底に誰かいるぞ気をつけろ!!」

「ハーイ(……バカでよかった)」


 ほっと二人は胸をなでおろした。
 とりあえずはこのままで良さそうだった。後は潜った四人が何もしない事を祈るばかりだった。






◆ ◆ ◆
 





 深海。
 一面の群青。
 海の生物たちの世界。


(何だったんだ、さっきの奴らは? 戻った方がいいか? ……どうするべきか)


 クレスは沈没船の中を他の三人と共に探索していた。
 さっきの奴らとは、突如現れた本格的な潜水服を着た者達だ。取り合えず隠れてやり過ごそうと思ったのだがルフィ達が見つかり、襲いかかられたので反撃していた。
 海上では間違いなく何かが起きているだろう。先程から連絡はなく、こちらの連絡にも応じない。問題が起こってこちらに状況を伝えられないのか、それとも経過を見守っているのか。
 ロビンならばあの程度ならば何も問題は無いだろうが、余裕のある状況ではなさそうだ。


(それにしても……酷いモンだな)


 ロビンの事を心配しつつも、クレスは沈没船の中を見回りながらそう思った。
 空から落ちてきて直ぐに入った時も感じたことだが、襲撃かそれとも内乱か、船内は酷い荒れようだった。
 金品の類はほとんど奪い取られて、船のあちこちに争った跡と、白骨化した死体が転がっている。
 空島に至る情報を探すにしても、余り状況は思わしくない。過去の経験からおそらく情報を得る事は出来ないだろうと思えた。


(……こりゃ、ロビンと航海士に期待するしか無いかもな)


 クレスは水圧で開くことが困難となった扉を蹴り破り、更に奥の部屋へと進んだ。
 そこで、何か乗り物のようなものを眺めているルフィを見つけた。
 近づいて、コンコンとルフィの樽を叩いた。
 ルフィは振り向いて乗り物らしきものを指し、クレスに向けて何かを言ったが、海中の為聞こえる事はなかった。
 取り合えずクレスは、乗り物を指してからルフィが持つ回収用の袋を指し、気になったなら持ちかえるように指示した。
 言いたいことは伝わったようで、ルフィはそれを袋に納めた。
 
 ルフィと合流したクレスは取り合えず共に前に進むことにした。
 進むうちにクレスとルフィは同じく合流していたゾロとサンジに出会った。
 全員が合流した部屋で、ルフィが宝箱を見つけた。喜びの表情を見せる三人だが、クレスは首を横に振った。
 宝箱の中身は空洞。入っていたのは白い羽一枚。三人はその事に落胆した。


(……これ以上は無駄か)


 クレスは身ぶりでこれ以上の探索の打ち切りを伝えた。
 先行し、空島への手がかりを探して目ぼしいところは全て回った。船の中にある備品も骨董品としては二流のものばかり。これ以上海の中にいる事は無意味だった。そして上の状況も気になる。
 クレスの意向は三人に伝わったようで、三人とも頷き、沈没船で拾った荷物をまとめ船に戻ろうとして、船が地震でも起こったかのように揺れた。


「!!」


 突如、船の壁を突き破って釣針のような“かえり”がついた鉄杭が現れる。
 四人は警戒を募らせる。クレスは舌を打ち、空気がその口元から洩れた。


『何かあったのか!? ロビンは無事か!!』


 ウソップから託された通信機に叫んだ。
 だが、返事は無かった。

 クレスはルフィ達に先に上に戻る事を告げ、海中を爆発的に蹴り放って、魚雷のような速度で海上へと戻る。
 沈没船から出れば、何やら巨大な装置が取り付けられ、その端から大量の空気が漏れており、見上げればメリー号の隣に大きな船が接舷しているのが見えた。
 その時、高速で海上へと向かうクレスの前に鉄製の潜水服を着た男が現れる。


(……邪魔だ)


 ルフィ達が撃退した奴らの一員だとあたりをつけ、驚いた様子のその男を、クレスは容赦なく殴り飛ばした。
 
 
 



◆ ◆ ◆






『ボ、園長(ボス)!! 何者かがこちらに猛スピードで近づいて……ガッ!!』

『こちら船内。園長!! 何者かが……ギャアああああああああああああ!!』

『船の中に何者かが!! ああァ~~~~ッ!!』

「どうした!? 何があった子分共!!」


 通信機から響く悲鳴。その悲鳴にマシラの船の船員はざわめいた。
 悲鳴は一つだけでは無い。"ゆりかご"を仕掛けに行った船員達の回線からも次々と響いた。


「えッ!? えッ!!」

「……お、オイ……今のって」

「間違いないわね」

「……これって物凄く不味くない?」


 それが何者の仕業かを知る一味はひたすらにばれない事を祈るだけだった。
 子分達の悲鳴にマシラが怒りを爆発させ、両腕に力を込める。


「おのれ、よくもおれの子分達を!! 何奴だァ!!」


 ぐおおお!! と意気込んで一時停止。
 一味に向けてチラリとカメラ目線。


「……いえ、別に撮影とかはしてないので」

「何!?」

(シャッターチャンスを作ったのか……)


 微妙な空気が流れた時に再び部下からの悲鳴が響く。
 その事にハッとしたマシラは今度こそ海に飛び込んだ。


「やべェ!! アイツ、海に入っちまったぞ!?」

「よし、ウソップ!!」

「何だ、ナミ!? 妙案か!!」

「安全が確認できるまでシラを切り通すわよ!!」

「よし……って、オイ!!」


 ナミが取り合えず現状維持する。ウソップが反射的に反応するも、荒事は起こしたくないので少し考えて賛成した。
 チョッパーはよくわからない様子で推移を見守った。


「…………」


 そんな中、ロビンは妙な胸騒ぎを感じ、遥か向こうから接近するその影に目を移した。
 雲では無いその徐々に大きくなっていく影を見つめ、


「確かに……不味いわね」


 そう呟いた。

 




◆ ◆ ◆






(何だ……?)


 浮上しようとしていたクレス。
 その視線の先に侵入者を打ちのめす為、猛スピードで沈没船目指して潜水するマシラが現れた。
 咄嗟にクレスは身を隠そうとする。クレスにとってはロビンの安全確認が一番だ。突如現れた男の相手をしている場合ではない。だが、遮るもののない海中で隠れることは不可能だった。
 その懸念通り、マシラはクレスの姿を見つける。そして、縄張りを荒らす侵入者だと確信し、怒りをあらわにして襲いかかった。


(……!!)

「──、───、────!!」
 
 
 怒声を上げ、言葉の変わりに口元から大きな空気の塊を吐き出しながら、マシラはその太い腕を腕を大きく回してクレスに振るう。

 ────猿殴り!!

 怪力をそのまま叩きつけた攻撃を、クレスは海水を的確に掴み、“月歩”の要領で前方を蹴って避けた。
 だがマシラの力は凄まじい。怪力で殴りつけた海水が衝撃波となってクレスに叩きつけられる。
 クレスは叩きつけられた海水を腕を交差させて防ぐも、海水に煽られクレスは一瞬動きが鈍った。マシラはその隙を見逃さない。
 バタ足をしながらクレスに接近。腕を回し、無防備に見えた腹部に向けてすくい上げるような拳を繰り出した。
 マシラの強烈な拳はクレスに直撃する。だが、目を見開いたのはマシラの方だ。
 攻撃を受ける瞬間、クレスは“鉄塊”によって全身を硬化し、マシラの攻撃を防いでいだ。


(邪魔だ……消えろ)


 隙の出来たマシラに、クレスは交差さてていた腕を振り上げ、指を組み、鉄槌のように振り落とす。
 クレスの両拳はマシラの頭部を捉え、マシラが水中で縦回転する。
 回る視界に混乱するマシラ。クレスは手を開き、回転し元の位置に戻ってきたマシラの顔を尋常ではない握力で掴んだ。
 そして大きく振りかぶり、適当なところに投げつけようとして、

 
(……オイオイ、マジか)


 視界に飛び込んできたその巨大な影に目を奪われた。
 マシラはクレスの力が緩んだその隙をついて、がむしゃらにそれこそゴリラのように暴れた。
 クレスはたまらず適当なところに投げつける。マシラはボールのように放たれた。


(しまった……そっちは!!)


 クレスに投げられたマシラは真っ直ぐに、浮上してきた沈没船に向けて飛んでいく。
 咄嗟の事で碌に確認をせず適当に投げたのが仇となった。沈没船の方向にはまだホースが伸びていて、中にルフィ達がいる事が確認できた。
 クレスは助けに行くか一瞬悩んだが、それでも浮上する事を選択する。
 ルフィ達ならば大丈夫だろうという思いもあったし、それ以上に悠々と海中を進んでくるその巨大な影が問題だった。
 その影が現れ、それまで海を占拠していた巨大ウツボ達が泡を食ったように逃げて行く。
 その影はあまりに大き過ぎた。


(今まで見た中で……一番でかい爬虫類だ)


 それは小島程の大きさの甲羅を持つひたすらに大きいカメだった。






「大丈夫か!?」

「お帰りなさい、クレス」

「ああ、ただいま。───ってそれも重要だが、それよりもカメは!?」


 海から上がったクレスは急いでメリー号の甲板へと戻った。
 そこには、余り動じた様子も無く普段通りのロビンと、戦慄くナミ、ウソップ、チョッパー。
 隣のサルベージ船の船員たちも皆震えながらその影へと目を向けていた。


「海の中に……なんかいる」

「……ああ、それはカメだ」

「カメ!?」

「ヤバいぞ、早く他の奴らに戻るように伝えろ。急がないと……」


 クレスがそこまで言った時に、ザッパンとまるで滝のような勢いで大量の水を振り落としながら問題の巨大カメが姿を見せた。
 膨大な質量が水上へと浮上したあおりを受けて、まるで時化にあった時のように船が揺れる。


「何よコレ!! これ何!? 大陸!?」

「知らねェ!! おれには何も見えねェ!! なんも見てねェ!! これは夢なんだ!!」

「夢? ホント!?」


 ナミ、ウソップ、チョッパーの三人は大波に揺られながら、


「「「あー夢でよかった」」」 

「おいコラ、現実逃避すんな!!」


 暫く時間が経過すれば、カメによって起こされた波も納まり、海は静けさを取り戻した。
 問題のカメは暢気に口元をもごもごと動かしている。どうやらゆっくりと食事をしているらしい。
 カメの口からぼとぼとと零れた木片が落ちて行く。


「お、おい……アレってまさか」

 
 ウソップがカメの口元を指差した。
 カメは沈没船を餌と間違えて歯んでいた。


「あら、あの子達全員───食べられちゃったの?」

「みなまで言うなァ~~~~ッ!!」
 

 ロビンは追い打ちをかけるように、


「給気ホースが口の中へ続いているから決定的ね」

「ぎゃあああああああああ!! や~~~~め~~~~ろ~~~~!!」


 ウソップがロビンの言葉を打ち消すように叫んだ。
 だが、現実は変わらない。カメの口の中には高い確率で三人がいると思われた。


「うわああああ!! ルフィ達はやっぱり食われたんだ!!」


 チョッパーが慌てふためき船内を走りまわる。
 その時、ガクンと大きく船がカメの方向へと無理やり引張られた。


「当然ね。カメとこの船は繋がってる。ホースを断ち切らない限り、船ごと深海に引きずりこまれるわ」

「いやああああああああああああ!!」

「おい!! クレス!! ロビン!! おめェら強いんだろ!? 何とかしてくれ!!」

「あれはムリよ……おっきいもの」

「オレも無理だ。倒せたとしても、あの巨体だ。時間がかかり過ぎる」


 慌てふためく一味とは対照的に、隣のマシラの船では園長(ボス)のピンチに部下達が奮い立っていた。
 ウソップはその姿に今やるべき事を見出した。


「そうだ……こんな時だからこそ団結力が試される」

「ウソップ!!」


 ナミからの声にウソップが勇み応じる。
 仲間の思いは一つの筈だ。 


「ホースを切り離し安全確保!!」

「悪魔かてめェは!!」

「悪魔だ~~~~!!」


 ウソップがずっこけ、チョッパーが逃げ回る。
 それと同時にプツン、プツンと張りつめた糸が切れるような音と共にホースが切断される。
 見ればクレスが迅速かつ的確にサバイバルナイフでホースを断ち切っていた。


「お前は何しとんじゃァ!!」

「航海士の言う通りだ。ココは(ロビンの)安全確保が最優先!!」

「あいつらはどうすんだよ!!」

「非常に残念だが、(ロビンの)安全には必要な処置だ。むしろ当然だ」


 三本ともホースを切って、クレスはナミにサムズアップ。ナミはよくやったと大きく頷いた。
 ウソップ非情な船員たちに涙目になった。チョッパーは相変わらず無駄に走りまわっている。
 そんな中、その変異はその場にいる全ての者たちを襲った。


「何が起きた……?」


 クレスが困惑の声を上げる。
 辺りは闇に包まれていた。いきなり光が遮られ、まるで夜のような暗闇が世界を覆った。


「夜になった!?」

「ウソよ……まだそんな時間じゃ」

「じゃあ何なんだ!! ルフィ~~~~!! ゾロ~~~~!! サンジ~~~!!」

「ロビン……“これ”わかるか?」

「ごめんなさい。私にもさっぱり」


 次々と襲いかかる変異に一味は混乱の極みにあった。
 隣のマシラの船では何か知っているのか、突然、夜になったことに恐怖していた。
 何かの言い伝えか、『怪物』という恐ろしげな単語まで聞こえて来ていた。


「フン!!」


 その時、気合と共にメリー号の上に海の中から大きな袋を背負った何者かが投げ込まれ、気絶しているのか力無く甲板の上に落ちた。
 

「ルフィ!!」


 気付いたナミが名前を呼び、頬を打ち強制的に意識を覚醒させる。
 それから、ゾロとサンジが自力で船の上に這い上がって来た。カメに食べられたと思っていたが上手く脱出出来たようだ。


「オイコラパサ毛野郎!! てめェよくも勝手に逃げやがったな!!」

「先に行くって言っただろうが」

「聞こえるかァ!!」


 サンジが背負った袋を船の上に置くと同時に先に海上へと向かったクレスに文句を垂れた。


「そんな事よりも早く船を出せ!! さっきの奴が追ってくるぞ!!」

「おめェらが無事でよかったぜ!! そうだな早くあのカメから逃げよう!!」

「カメ? いや、猿だ。
 船の中が空気でいっぱいになったと思った急に壁を突き破ってきやがって、何事かと思って眺めててら、目を覚ますと同時に殴りかかってきやがった」

「すまん……それたぶんオレのせいだ」

「てめェかァ!!」

「今は喧嘩してる場合じゃねだろ!? 早くココから逃げようぜ!! なんだかヤバいって!!」

「ヤバいって何が……ウオオ!? なんじゃあのカメはァ!?」

「……気付けよ」


 一味は取り合えず逃げる事で一致し、錨を上げ、帆を張り、船を動かす準備を始めた。
 

「ぷは───!! あり? 何で夜なんだ?」


 覚醒したルフィが麦わら帽子があるのを確かめながら辺り不思議そうに見渡した。


「ルフィ!! 起きたなら手伝え!! 船を出すぞ!!」


 ウソップが疑問符を浮かべるルフィに叫んだ。
 その時、ウソップの後からゴリラのような雄叫びが響いた。


「ん待てェ!! お前らァ!!」


 海の中から、海水を巻き上げ怒り心頭といった様子のマシラが飛び出してきた。
 マシラはドスンとボロボロで下手くそな修繕が為された船の側壁に着地する。


「お前ら……このマシラ様の縄張りで……財宝盗んで逃げきれると思うなよ!!」


 力のこもった腕を振り上げマシラが怒声を響かせた。
 今にも船上で暴れ出しそうなマシラに一味が警戒を募らせる。
 クレスもまた速攻で船の床を蹴りマシラに肉迫しようとした。だが、マシラの更に後ろに現れた影を見て───全身の筋肉が硬直した。
 

「お……おい……ウソ……だろ?」


 その場にいる全ての生物が茫然と息をのんだ。
 あるものは恐怖で震え、あるものはその場にへたり込み、またあるものは声を失った。
 夜は全てを覆い尽くしていた。ちっぽけな人も、人を乗せた船も、その近くでたむろう小島程ある巨大なカメも。
 その中に一際濃い闇があった。
 その影を見て確信した。みな平等に等しく、ちっぽけなものだったのだ。現れた“彼ら”に比べて、それ以外の生物は余りに小さい。


「……怪物」


 その声は誰のものか。
 だが、その言葉はこの場にいるもの全ての心情を現していた。

 それは巨大な人影。
 巨人族さえも石ころに思える程の、影に包まれた怪物達。 
 天をも貫くその人影には羽があり、手には何か槍のようなものを持っていた。
 その怪物の一人がゆったりと腕に持った槍を小魚でも取るかのように振り上げ……
 

『怪物だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ───ァッ!!!』


 誰もが逃げる事だけを考えた。
 クレスもその後の事はあまり覚えてはいなかった。






◆ ◆ ◆




 
 
 気がつけば夜を抜け、辺りは昼となっていた。
 周りを見渡しても異変は無く、青い海と空、そして白い雲が浮かんでいるだけだった。


「ありえねェ……」

「ああ、あのデカさはありえねェ……」

「確かに……もう会いたくはないな」


 一味は皆茫然と船の甲板に座り込んでいた。
 今日は何かがおかしい。
 空から船が降って来て、ログを奪われ、サルベージをして、サルが来て、カメが来て、夜が来て、そして影の怪物が来た。嵐のように次々と様々な事が一味を襲った。
 一味はいつの間にか馴染んでいたマシラを蹴り飛ばして退散させ、これからの事を考える事となった。
 だが、海底に潜って入手したものは空に関する情報はもってはおらず、クレスの持ち帰った文献からも思うように情報を引きだせなかったので、船の指針について再び頭を悩ませることになった。


「はい。───さっきのおサルさんの船から奪っておいたの」


 丁度憂さ晴らしに能天気なルフィを殴りつけたナミに、クレスの隣に座ったロビンが永久指針(エターナルポース)を差し出した。


「私の味方はあなた達だけ!!」

「……相当苦労してるのね」

「その……なんだ。がんばれ?」


 ナミは感激のままに永久指針を覗きこむ。
 砂時計のような形の永久指針には『ジャヤ』と書かれていた。


「ジャヤ?」

「きっと彼らの本拠地ね」


 永久指針を覗きこむナミに復活したルフィが、


「お!! そこ行くのか?」
 
「あんたが決めんのよ!!」


 機嫌が直ってないのかナミが叫ぶ。
 他に行くあてもないので、とりあえず一味はジャヤに向かうことにした。
 別の島に向かおうとすればログを書き換えられ、空島に行けなくなる可能性もあったのだが、書き換える前に島を出るという事で合意した。
 

「よォし!! 野郎共行くぞ!! ジャヤへ!!」


 一味は『空島』の手がかりを追い謎の島『ジャヤ』を目指す。













あとがき
今回は少し暴走しました。
一味と合流して思ったのですがやはりボケとツッコミって重要ですね。ひしひしと感じております。
何とか上手く、一味にクレスをなじませたいところです。
最近忙しくなってきて更新が遅れそうです。申し訳ないです。
次もがんばります。ありがとうございました。



[11290] 第二話 「嘲りの町」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/20 21:07
 
 『ジャヤ』という島の西。
 そこは夢を見ない無法者たちが集まる政府介さぬ無法地帯。
 人が傷つけ合い笑う、夢に破れた落伍者とリアリスト達の楽園。
 ───夢を語る事無かれ。そこは嘲りの町『モックタウン』  

                             ジュー=ウォールの航海日誌
                                                 











第二話 「嘲りの町」











 
 永久指針(エターナルポース)の示すとおりにメリー号を進め、一味は『ジャヤ』と呼ばれる島に辿り着いた。
 西側の港町へと入り、競い合うように立ち並ぶ船を横目に抜け、比較的人目につかない位置に停泊する。
 島の外からはリゾートのような雰囲気に見えた島であったが、町に近付くにつれその空気は消えた。
 一味を迎えたのは殺伐とした怒声。町中では誰かが殺し合っていた。だが、周りを見渡してもそれを咎める様子は無く、むしろ手を打ち囃し立てている。


「……や、ヤバそうな町だな」

「おれ、今日は船にいるんだ」

「そうね、賛成」


 無法者の町。
 ウソップ、チョッパー、ナミは速攻で町に入るのをためらった。
 

「何だかいろんな奴がいそうだなこの町は」

「楽しそうな町だ」


 逆にルフィとゾロは意気揚々と町へと歩を進める。その様子にナミ達は泡を食った。
 この町に寄ったのは空島への情報を得るためだ。だが、あの二人ならばこの無法者たちが集まるこの町で問題を起こさないわけがない。三人の中では限りなく不可能に近いと答えが出ている。そうなれば情報を得られず、空を指し続けるだけの方位指針に一味は立ち往生するしかないだろう。


「それじゃダメなのよ」

「あっ、ナミ」


 ナミが意を決したように立ち上がり、船から降りて先に行くルフィとゾロを追い掛ける。
 ウソップとチョッパーは心配ではあったが、ルフィとゾロがいるため大丈夫だろうとその後ろ姿を見送ることにした。


「何だよ、ナミさんが行くならおれも行くぞ」


 突然落ちて来たカモメを調理していたサンジがキッチンから顔を出した。
 ナミを追うように船を出ようとするサンジにウソップとチョッパーが全力でしがみ付く。


「お前は行くなァ!! お前まで行っちまったら……も、もし、この船が襲われたら……ど、どうすんだ!!」

「行かないでくれよォ!! サンジ~~~!!」

「……わ、分かったよ……離せ!!」


 涙目で迫って来た男二人をサンジが引きはがす。確かに二人が言っている事も的を射ている。サンジまで町に出れば船に残る戦力は激減するだろう。


「ん? そういや……」


 サンジは船の中を見渡した。そして、新たに仲間となった二人を探す。
 

「ロビンちゃんとパサ毛は?」

「ホントだ……いねェ」

「二人なら町に行くって、クレスが言ってた」

「何ィ~~!? 二人でだァ~~~ッ? フザケんなァ!! やっぱりおれも行くぜ!!」

「ぎゃあああああああああ!! 止めてくれェ!! 行くなァ!! 行くなァ!!」






◆ ◆ ◆






 モックタウン 町中。
 ガヤガヤと騒がしい町中をクレスとロビンは進んでいく。


「モックタウン……嘲りの町」

「碌でもない場所だ」


 クレスはため息交じりに町を眺めた。
 強烈な酒気の漂う、枯れた木板の敷かれた道路の退廃的な町だ。
 町には、酒におぼれ道中で平気でいびきをかく者、殴り合う者、女を巡ってのトラブルで殺し合う者、それを囃し立て賭けまで始める者、そんな碌でなし達がそこら中にいた。
 町を歩く二人の前に酔っ払いらしき男が現れる。
 クレスは正面から肩にぶつかるように歩いて来た男を避け、懐に伸ばされていた男の腕をとった。男の方を向く事も無く、腕を捻り上げ、男が苦悶の表情を作った瞬間にクレスの裏拳がその顔にめり込んだ。一瞬で意識を飛ばして男は倒れ込んだ。


「まったく……碌でもない」


 ロビンの方に手を伸ばしていたら今の百倍は痛い目を見ただろう。


「取り合えず服の調達をしたいんだけど」

「そうだな、オレも買っとくか。後は……まぁ、『空島』の話でも聞いてやろうか」

「空に浮かぶ島。……ふふふ、ロマンね」

「しかし、空島か……。与太話にしかならないレベルだけどな」

「ダメよ、そんな事言っちゃ。あの子達は本当に空に行くつもりなんだから」

「わかってるって、そういうのは無粋だしな。それにしても……あるのかねぇ、『空島』」

「もう、クレス嬉しそう」

「そうか?」

「そう」


 クレスは手ごろな店がないか辺りを見渡しながら歩いた。
 リゾート地として開発されたこの島は意外にも店は多い。集まる人間が海賊達でなければもっと違った街並みとなっただろう。
 暫く歩き、クレスが思い出すように口元をほころばせた。 


「まったく……面白い奴らだよな」

「あの子達の事?」

「ああ、普通はコンパスが上を指したら、指針を戻すように考える。空に島があったとしても、そこに行く手立てが未知数じゃ行きようがないからな」

「そうね。現にこうやってこの島についても空に行く事だけを考えてる。安全に前に進もうとするならこの島のログに変更したらいいのに、あの子達はそうはしない」

「あいつらみたいなのを世間では"バカ"って言うんだろうが……」


 クレスは隣を歩くロビンを見た。


「オレは嫌いじゃない」

「私もよ」


 ロビンはやさしく笑って同意した。



 二人は当初の予定通り、服を始めとした必要用品を買い込んだ。
 ロビンの服はナミの借りものだったため、買ったものに着替え、現在は白地のシャツと落ち着いた色のレザーのジャケットとパンツに同系色のテンガロンハットを被っている。
 クレスもまた痛んでいた上着を取り換え、ラフなジャケットを羽織った。

 その後、二人はこれからの事を考え情報収集のために目に着いた酒場に立ち寄った。
 店内はわりとマメに清掃されているのかそれなりに清潔なのだが、昼間だというのに酒を求める大勢の客でごった返していた。
 クレスとロビンが店内に入った時の反応も酔っている為か露骨で、ロビンを見て口笛などで囃し立てる者、隣のクレスを見て聞こえるように舌打ちする者もあらわれた。
 酒場などではそれなりによくある反応なのでロビンは淡く笑って受け流し、クレスはピンポイントで殺気を飛ばし黙らせた。
 二人はカウンター席に着き、適当に注文して時間を潰す。店主とそれなりに会話を交わして打ち解けた時に、ふとロビンが切り出した。


「この辺りで『空島』について何か知っている人っているかしら?」


 ロビンの問いに店主は眉根を寄せ、盛大にため息を吐いた。


「やめときな、ねぇちゃん。ここいらでそんな与太話持ちだすもんじゃねェよ。下手したら町中の笑いもんになるぞ」

「ふふ……そうね、気をつけるわ。でもね店主さん、そんな話でも少し興味があるの」

「興味……? もしかして『金塊』のことか?」

「どうかしら? でも、面白そうな話ね。よかったら話していただけるかしら?」


 店主の問いに、ロビンは意味ありげに笑った。
 情報を得る際は相手に想像させる事も重要だ。そうすれば相手はこちら側の立場を推測して自分たちが知らない情報を話してくれる。
 店主の言った事は初耳だったが、なかなか興味深い内容だった。


「飲みに来た客が何人か言ってたんがな、何でもこの一帯の深海で『金』が採れるらしいんだとよ。
 過去の文明がどうだかとか言ってたが、たまたま聞いた話しだからな詳しくは知らん。だけど、探すのは止めた方が良い。この辺は<大猿兄弟>の縄張りだからな」

「なるほどね、興味深いわ」


 ロビンが得た情報から憶測を立て、次に必要な情報を得ようと問いかけようとした時。


「その話ならオレが知ってるぜ」


 ドカリと客の一人が乱暴にロビンの隣の席に腰かけ、卑下た視線でロビンを舐めるように見回した。
 クレスは速攻で男を殴り飛ばしたくなる衝動を抑え、男の周り探った。
 テーブル席には仲間と思われる者達が座っており、同様に卑しい視線をロビンに向けている。海賊か何かなのか、店の半分以上をこの男のグループが占めていた。


「そう? よかったら話していただける?」


 特に気にした様子も無くロビンが男に問いかける。


「いいぜ。だが、タダってわけにはいかねェだろ?」


 ───あ~ヤベ、コイツ殺してぇ。 
 だが、クレスは何とか今は自制した。今は情報収集中だ。
 

「あら、おいくらかしら?」

「う~ん……そうだなぁ……そっちの兄ちゃんをほっといて、オレらに少し付き合ってくれたら考えてもいいぜ」


 男の仲間と思われる者達が数人立ち上がり、クレスをロビンから遮るように取り囲んだ。
 クレスのこめかみがヒクついた。青筋が浮かび上がる。
 ───よし、殺そう。
 だが、無理やりに無表情を張り付けて、クレスはロビンの判断を待った。


「そうね……なら、先に何か情報を頂ける?」

「いいぜ!! じゃあ、まず一つ。モンブラン・クリケットという男がいくつかの情報を持っている」

「その先は?」

「この先はねェちゃん次第だってことだな。ぎゃはははは!! よーく考えた方が良いぜ?」

「そう……どうやら少しは知っているようね」


 ロビンは薄い笑みを浮かべた。
 魔性とで言うべきか、その笑みは神秘的でありながらもどこか酷薄であった。
 その意味を男達は直ぐに理解することになる。


「クレスを置いてあなた達に少し付き合うんだったかしら?」

「そうだ!! なに、直ぐに終わるって。どうだ? どうするんだ?」


 ロビンは足を組み、告げた。


「いやよ。ありえないわ」

「は……?」


 男が疑問符を浮かべた瞬間、クレスを囲っていた者達が一斉に吹き飛んだ。
 その者達はそれぞれが的確に男の仲間と思しき者にブチ当たり、重なるように壁や床に叩きつけられた。
 クレスは呆然とする店内の中でゆっくりと立ち上がる。今のクレスは戒めのとれた狂犬だった。


「さて、何から始めようか。取り合えず喋れたらいいか?」


 言うなり、クレスは男に一瞬で詰め寄って男の足を払った。そして、男が宙に浮いたと同時に万力のような力で男の頭部を握りカウンターに叩きつけた。その威力にカウンターが陥没する。
 己を襲った事態が理解できず、男はただ訪れた壮絶な痛みに苦悶の声を上げるしかない。通常ならば意識を飛ばしてもおかしくは無い攻撃だったが、クレスの力加減は巧みで男は意識を残されていた。


「ダメよ、クレス、あんまり乱暴しちゃ。その人にはいろいろと聞きたいことがあるんだから」

「了ー解」 


 茫然としていた男の仲間たちだったが、目の前の事態に一斉に浮足立った。
 それぞれに武器を取り出し、クレスとロビンに襲いかかろうとしたした瞬間───その者達にいくつもの腕が咲いた。
 腕は的確に首の骨を極め、一瞬でその者達の意識を落とした。
 

「邪魔しないで」


 ロビンが倒れ伏した者達を一瞥し、冷たい目でクレスに拘束された男に問いかける。


「そのクリケットという男の居場所を教えなさい」

「早く吐いた方がいいぞ。引き延ばしたところで意味は無い」

 
 冷たい視線を向けるロビンとクレスに、男は口内がやたら渇いていくのを感じた。






 男から情報を絞り出して、クレスとロビンは店内を後にした。
 店主には後腐れがないようにある程度の金を握らせたが、どうやら店が壊されるのは日常茶飯事のようであまり気にはしていなかった。
 情報をもとに島の地図を購入し、対岸の東に印を付ける。そこにクリケットがいるらしい。
 二人は用事を済ませたので船に戻った。だが、少し中の様子がおかしい。ルフィとゾロがボロボロでナミが怒り狂っていた。


「ずいぶん荒れて、どうしたの?」

「何かあったのか?」


 帰って来たクレスとロビンに尻尾を踏まれた猛獣のように怒り狂っていたナミが矛先を向けた。


「ロビン!! クレス!! あんた達が『空島』がどうとか言いだすからこんなことになったのよ!! もし在りもしなかったら海の藻屑にしてやるわ!!」

「いや、理不尽すぎるだろ」

「あ……今はそっとしといてやってくれ、って言うより近づかねェ方がいいぞ」


 喧嘩かと思ったが、この島にいる海賊のレベルでルフィとゾロをココまで傷つけられる人間がいるとも思えなかった。
 ルフィとゾロは過去の事と割り切っているのか特に気にした様子もないが、居合わせたナミだけが傷ついた本人たち以上に激怒しているといった状況らしい。

 二人は取り合えず理由を聞いた。






◆ ◆ ◆






───数十分前。


 クレスとロビンと同じく町に出たルフィ達は海賊に喧嘩を吹っ掛けられた。
 彼らは『空島』を求めるルフィ達を笑い、嘲り、侮辱した。
 空島など夢物語だ。追いかけるなどくだらない。この世にある幻想の全てがバカらしい。海賊が夢を見る時代は終わったのだと。
 自身の夢を一方的に貶されたルフィはその喧嘩を───買わなかった。
 それは狂気の沙汰といってもいい。罵倒され、殴られ、酒をかけられ、唾を吐かれた。だが、ルフィとそれに付き合ったゾロは無防備に立ち続け何もすることは無かった。
 相手の気が済むまで殴られ続け、店中の嘲りの中を後にした。そんなルフィ達に声をかける者がいた。


「空島はあるぜ」


 黒い髪と黒いひげの巨漢。
 買い込んだチェリーパイにかぶりつく歯はいくつも欠け、服の間からのぞく無駄毛如が何にも無精ったらしい。
 一件浮浪者見えそうな男だが、野獣のような瞳が黒い炎のように鈍く燃えている。底知れない闇のように、どこか不吉な雰囲気の男だった。


「今の喧嘩はそいつらの勝ちだぜ。お前の啖呵も大したもんだったぞ、肝っ玉の座った女だ!! ゼハハハハハハ!!」


 男は体中を血と酒で汚し道端に倒れ込んだルフィとゾロを『勝者』として称賛する。
 ルフィとゾロが汚れを払いながら立ち上がる。ルフィは麦わら帽子をかぶり直し、ゾロは男に視線を投げかけた。
 男は酒瓶を傾けて酒をあおり、ルフィ達に向けて口角を釣り上げた。
 

「アイツ等の言う“新時代”ってのはクソだ」


 そして男は両腕を広げて語る。


「海賊が夢を見る時代は終わったって? えェ!? オイ!!」


 それは誰に対しての言葉か、男の言葉は意志を持ち、世界に対し宣戦するかのように高らかに響く。
 それは欲望の肯定だった。夢というのは誰もが一度は見る己が掴もうと願う野心。男はそれを歓喜し歓迎する。
 男は酒を呷り、また大笑。
 そして、島全体を振るわせるような勢いで手に持った酒瓶の底を地面に叩きつけた。












「─── 人の夢は終わらねェ!!! ───」












 男が叫んだ瞬間、世界は男とルフィ達を残して停止したかのように感じられた。


「そうだろ!!」


 ルフィとゾロは何も言わなかった。
 突然叫び出した男に一瞬唖然となった町中だったが、直ぐに元の喧騒を取り戻す。通行人はすれ違いざまに次々と男を嘲笑する。
 だが男はその嘲笑の中でなお語り続ける。


「人を凌ぐのも楽じゃねェ!! 
 笑われて行こうじゃねェか。"高み"を目指せば出す拳の見つからねェ喧嘩もあるもんだ!! ゼハハハハハハハ!!」


 正面から真っ直ぐに男はルフィ達を覗きこむ。男にとってはそうやって正面から語り合う資格があったのかもしれない。
 ゾロは「行くぞ」と二人を促し、ルフィは静かに男と視線を交差させる。


「オオ、邪魔したみてェだな。先急ぐのか?」


 座り込んでいた地面から男が立ち上がる。
 そしてルフィ達に背を向けた。


「行けるといいな、『空島』へよ」


 振り向きざまにそう言って男は喧騒の中に消えて行った。
 ルフィもまた男の行き先を追う事なく歩き出した。


「ねェ……あいつ『空島』について何か知っていたのかも……何者かしら?」

「さァ……それに"あいつ"じゃねェよ」

「あいつじゃない? じゃあ何?」


 ルフィの言葉の意味が分からず、ナミは問い返す。
 そんなナミに前を歩いていたゾロが額から流れる血を拭う事も無く答えた。


「“あいつら”だ。……たぶんな」


 それきりルフィとゾロはさっきの男に着いて口を閉ざした。
 次に会うときは敵同士。そんな気がしていた。






◆ ◆ ◆






「なるほどな……喧嘩を買わなかったのか。バカだなお前らも」

「フン……もう過去の事だ」

「やっぱり“バカ”だよ、お前ら」

「うるせェ」


 ゾロからある程度の事情を聴きだし、クレスは納得し笑みを作った。
 それは誇り高い喧嘩だったのだろう。相手の海賊とルフィ達では戦うべき理由がなかった。
 相手は自分たちの前に立ち塞がった訳でもなく、ただ横から笑っただけ。そんな相手を倒したところで仕方なかった。


「で? そのクリケットとか言う奴はそこにいるんだな?」

「ああ、夢を語り町を追われた男らしい。このまま進めばその内つくだろうよ」


 メリー号はクリケットという男に会いに行くために東の対岸へと進んでいる。
 モンブラン・クリケット。その人物の事をクレスはどこかで聞いた事がある気がしていた。
 当然、クレスはクリケットという男に会った記憶は無い。だが、頭のどこかでその名に似た人物の事が引っ掛かっていた。
 そんな時、双眼鏡を覗きこんでいたウソップが声を上げた。
 前方には船がやって来た。オラウータンの顔をした船首の中央に大きな樹が生えた船だ。


「何だァ? ありゃ?」

「そう言えばこの辺は<大猿兄弟>の縄張りだとかって言ってたな」


 クレスはめんどくさそうに息をついた。
 目をつけられたのかオラウータン顔の船はメリー号の前までやって来ていて、船の上からオラウータンに似たやたら髪の長い男が専用の椅子に腰かけながらこちらを観察している。
 ショウジョウ海賊団大船長<海底探索王ショウジョウ>。懸賞金3600万ベリーの賞金首だ。


「フン……まったく、何処の誰かと思ってハラハラしたぜ」

「思い切った顔してんなぁ……何類だ?」

「人類だバカヤロー」


 ルフィは気楽に、無意味にハラハラしていたショウジョウに話しかけている。


「何やってんだあいつ?」

「知るか、ほっとけ」


 その後、ルフィとショウジョウとの間で意味のない話がしばらく続き、ショウジョウがルフィに『ココはおれの縄張りだから通行料を払え』という事となった。
 縄張りという言葉に、ルフィがマシラを思い出し、ついでに蹴り飛ばした事を告げると、マシラの兄弟だったショウジョウは怒り狂った。


「マシラの敵だァ!! 音波!! 破壊の雄叫び(ハボック・ソナー)!!」


 ショウジョウはマイクを握り締め熱唱する。
 その声は破壊のノイズ。超音波のように物体に浸透し、破壊する。
 だが、その攻撃は近いものから順に効果を表すようで、ショウジョウは自身の船を盛大に壊していた。部下が止めるように懇願しても自身の声が大きすぎて聞いていない。
 一味は怒りを発散しきり元に戻ったナミの指示によりショウジョウの船から離れることにした。
 迅速にショウジョウの船から離れる一味。だが、声はやがてメリー号まで破壊をもたらし始めた。もともと険しい船旅で満身創痍に近いメリー号は修理個所から壊れて行く。


「ヤバいな……このままだと沈むぞこの船」

「オイ!! クレス、ぼさっとしてねェでそっちの帆を引っ張れ!!」

「ああ、わかった」


 “嵐脚”を飛ばしての妨害する案も浮かんだが、今は逃げる方が賢明だろう。
 一味はショウジョウの声から逃れるために一目散に逃げ出した。












あとがき
結構さらりと進めましたが、黒ひげの部分だけ書かせていただきました。
次の話でおそらく空島まで行きます。
次もがんばりたいです。




[11290] 第三話 「幻想」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/28 21:31
「あのオラウータンめっ!! 船を更に破壊してくれやがってよ」

「気がつきゃいつの間にかボロボロだなこの船も……かえ時か?」

「勝手な事いってんじゃねェ!!」


 ジャヤの東海岸。
 ショウジョウに破壊されたメリー号を修理しつつ、一味は目的の場所に辿り着いた。
 東海岸は町のある西海岸とは違い、岸沿いに深い森が広がる密林地帯となっている。
 そんな中にただ一つだけ、ポツリと波が打ち寄せる岸に建てられた“家”があった。


「ココが例の場所?」

「モンブラン・クリケット」

「夢を語り町を追われた男か……」


 クレスは船の正面に見えた“家”を見つめた。
 正面から見たそれは、絵本などで出てくるファンシーお城に見えた。
 ルフィ、ウソップ、チョッパーは嬉しそうに歓声を上げたが、それは正面から見た限りの話だ。


「バーカ、よく見てみろ」

「少なくとも、見栄っ張りではあるようだな」

「へ? 何が?」


 メリー号を岸に着けるとおのずとその家の姿が見て取れた。
 正面の“お城”はベニヤ板に描かれた張りぼてで、家に当たる部分はその後ろに岸に"切り断つように"建てられた、石造りの古めかしい家だった。
 夢を語り町を追われた男。いかにも胡散臭い様子の家であった。
 

「一体どんな夢を語って町を追われたの?」

「詳しくはわからないけど、このジャヤという町には莫大な黄金が眠っていると言っているらしいわ」

「黄金!!」

「どっかの海賊の埋蔵金かしら!?」

「さぁ……どうかしら」


 黄金という言葉につられ、一味は次々と島に降り立った。
 それぞれ思い思いに周辺を探索していた時に、ナミが切り株の上に置かれた一冊の絵本を見つけた。
 

「ずいぶん……年季の入った本ね」


 ナミはその絵本を手に取り、タイトルを読み上げた。


「『うそつきノーランド』」













第三話 「幻想」












「何やってんだあいつ等?」


 ロビンと共に船番を請け負ったクレスは、メリー号の上から島で見つけた絵本を囲む一味を見下ろした。
 

「どうしたのクレス?」

「どうやら航海士が絵本を見つけたみたいでな」

「絵本?」

「『うそつきノーランド』」


 普通は見えるような距離ではないが、クレスは絵本のタイトルを読み取った。
 

「あら、懐かしいわね」

「そうだな。……結構好きだった話だ」


 『うそつきノーランド』
 北の海に伝わる有名な童話だ。
 クレスとロビンの故郷は西の海なのだが、島に世界最大最古の図書館があったため、読めない本は無かった。
 

「うそつきのノーランドに騙された王様が黄金郷を探しに行くんだけど、やっぱり見つからなくて、王様を騙したノーランドはうそつきの罪で死刑になってしましました。
 過去の実話をもとにした“うそをついてはいけません”っていう教訓の話ね」

「オレも話の内容は今でも覚えてるよ。
 『うそつきのノーランドは死ぬまでウソをつくのをやめませんでした』って奴か」


 クレスは船の欄干にもたれかかる。
 そして、幼いころロビンと二人、シルファーに絵本を読んでもらったことを思い出し、小さく微笑んだ。だが、その表情はどこか寂しげでもあった。
 ロビンはそんなクレスの表情の変化に気づいていたが、何も言わなかった。 


「そう言えば、ノーランドの本名って確か……モンブラン・ノーランドだったけ」

「ええ、そうね」


 クレスは情報を引きだしてから、どこか引っ掛かるような気がしていたその訳に辿り着いた。
 ロビンもまた、その可能性に気がついた。
 この話のモンブラン・ノーランドという冒険家は400年前に実在した人物なのだ。


「モンブラン・クリケット……同じ名字」

「なるほどね……じゃあ、これから会おうと思っている人物は───」


 ロビンが言葉を紡ごうとしたその時、


「うわあああああああああ!!」


 クレスとロビンはルフィの悲鳴を聞き、直ぐに島へと視線を向けた。
 海から上がって来る気泡を眺めていたルフィは、突如現れた腕に掴まれ海に落とされ、それと同時に一人の男が海から飛び上がった。
 鍛え抜かれた肉体に、頭に栗のような何かを乗せた男だ。 


「誰だてめェら? 人の家に勝手に上がり込むとはいい度胸。ここらはおれの縄張りだ。狙いは金か? 死ぬがいい」


 <海賊「猿山連合軍」最終園長(ラストボス)>モンブラン・クリケット。
 クリケットは一味をジロリと見回すと、有無を言わさず一味に向けて殴りかかった。
 襲いかかるクリケットにサンジが応戦する。
 クリケットの攻撃は鋭く抉りこむようだった。潜水によって身体が衰弱している状況であろうにも関わらず、恐ろしいまでの身体能力を発揮する。
 鋭い攻撃を受け、さすがのサンジも本気にならざるをえない。


「やるな、あのくり頭のおっさん」

「彼がモンブラン・クリケットかしら?」

「そうみたいだな」

 
 クリケットはサンジに猛攻を浴びせかけるも、体術で相手をするのは面倒と感じたのか懐から銃を取り出して発砲した。
 間合いの違いに苦戦するサンジ。その様子を見ていたゾロは、参戦しようと刀を握り、獣のような速度でクリケットに抜刀しようと駆けだした。
 だがその時、何故かクリケットが苦しげに息を切らして倒れ込んだ。


「なるほど……当然か、潜った直後にあれだけ暴れれば倒れるわな」


 様子を見ていたクレスが倒れ込んだクリケットを眺めながら呟いた。
 クリケットが倒れたのはおそらく潜水病だろう。クレスもたまに潜水の直後にめまいや立眩みを覚えた経験がある。
 一味は取り合えず、クリケットを介抱することにした。一味はチョッパーの指示の下、クリケットを部屋の中に運び込んだ。






◆ ◆ ◆






 日も更けて夜となった。
 一味は事情を説明し、誤解も解け、『空島』に関する情報を聞き出し、紆余曲折あって一味はクリケット、ショウジョウ、マシラの協力を取りつけることに成功する。
 クリケット達も空島を目指す一味を気に入ったのか、家に招き宴を開くこととなった。
 

「───で、つまりはそういうことだ」

「なるほどな」


 船番をしていたクレスとロビンは宴の中で、ウソップからだいたいの話の流れを聞いた。
 クリケットは先祖であるノーランドが見たという黄金都市を探しているらしい。
 ショウジョウとマシラは絵本のファンで、勝手にクリケットの部下となってクリケットに協力しているそうだ。
 “勇敢なる海の戦士”を目指すウソップは、なにか心に響くところがあったのか、しきりに感動したように二人に語った。


「じゃあ、空島に行くには、その“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”に乗って、“積帝雲”を目指すのね」

「で、下手すれば死ぬと」

「お、おうよ!! た、だぶん、だ、ダイジョウブだ。おっさんたちを信じろ」

「……そこは怖いんだな。声震えてんぞ」


 海底爆発によって巻き起こる“災害”の中心に船を進める。
 命を捨てるに等しい行為だが、クレスは一味に入り込んだ以上、その事に口を出すつもりは無かった。
 最悪の場合でも“月歩”を使ってロビンを助け出せばいいと思っているせいでもあったのだが。


「いや、今日は何て酒がうめェ日だ!!」

「さァ、食え、食え!! まだまだ続くぞサンマのフルコースは!!」

「あっひゃひゃひゃひゃ!! おもしれェなサル!!」

「そんなホメんなって!! ウッキ―!!」

「いける口だなおめェー」

「まだ、量のうちじゃねェよ」


 一味はすっかりクリケット達と打ち解け、共に宴を楽しんでいる。
 好きなだけ、食べ、飲み、笑う。
 開かれた直後から宴は最高潮だった。



「それにしてもこの航海日誌は興味深いわね」


 騒ぐ一味を視界に入れながら、ロビンはノーランド本人の航海日誌を膝にのせ呟いた。


「なんかわかったのか?」

「そうね、空島がある確率が高くなったかしら」

「ははっ、そうか」


 ロビンが傷をつけないようにやさしくページをめくる。
 クレスはロビンが開いたページを覗きこんだ。それは最期のページのようで、滲んだ文字でこう書かれていた。
 

「『髑髏の右目に黄金を見た』」

「……顔が近ェよ、おっさん、殴るぞ?」


 いつの間にか真正面にいたクリケットが二人に顔を近づけその一文を読み上げる。
 酔いが回っているのか、迷惑そうな二人を特に気にした様子も無く、立ち上がり皆の視線を自分に集めた。
 そしてノーランドが残した謎を語る。


「涙で滲んだその文がノーランドの書いた最期の文章……その日ノーランドは処刑された。
 このジャヤに来てもその意味はまったくわからねェ。
 髑髏の右目だァ!? コイツが示すのはかつてあった都市の名か、それとも己への暗示か……。続く空白のページは何も語らねェ。
 だから、おれ達ァ潜るのさ!! 夢を見るのさ海底に!!」

「そうだぜ、ウキッキー!!」

「ウォーホ―!!」

「おれ達ァ飛ぶぞ───ッ!! 空へ飛ぶぞ!!」

「おお!!」


 心地よい酔いに任せ、クリケットは語る。
 ノーランドの残した謎を、無念を、寂寞を。
 そして、その幻想に立ち向かう自身の情熱を。
 同情されるつもりはない。ただ、共に夢を追う海賊達には語らずにはいられなかった。


「ジャヤ到着の日!! 1122年5月21日のノーランドの日記!!」


 酒をあおり、クリケットはおそらく暗唱するまで何度も読み返したであろうノーランドの日記を読み上げる。
 冒険家ノーランドの話に周りから歓声が上がった。


「───その島に着き、我々が耳にしたのは、森の中から聞こえる奇妙な鳥の鳴き声と、大きな、それは大きな、鐘の音だ。
 巨大な黄金からなる鐘の音はどこまでもどこまでも鳴り響き、あたかも過去の都市の繁栄を誇示する様でもあった。
 広い海の長い時間に咲く文明の儚きによせて、たかだか数十年生きて全てを知る風な我らにはそれはあまりにも重く言葉をつまらせる!! 我々はしばしその鐘の音に立ちつくした───!!」

「おっさん、何だよ、やっぱノーランド好きなんじゃねェかっ!!」

「あ───!! イカスぜノーランド!!」

「素敵、黄金の鐘だって」
 
 
 まるで散文詩のような一節に、皆酔いしれる。
 気分が乗って来たのかクリケットは隠し金庫から大きな袋を取り出した。


「これを見ろ」


 クリケットは包みの一つを広げた。


「うわっ!! “黄金の鐘”!!」

「へェ……こりゃ、大したもんだな」


 クレスはクリケットが取り出した黄金に感心し、目を見張った。
 許可をもらい、光に当てながら全体を見渡した。
 光沢、重さ、純度。どれをとっても一級品の金塊だった。


「でも、これのどこが巨大なんだ?」

「ちげェよ長鼻。……こりゃ“インゴット”だ」

「おっ、よく知ってんじゃねェか。
 別にコイツが鐘って訳じゃねェ、鐘の形をしたインゴットだ。これを三つ海底で見つけた」
 
「やるなァ、おっさん。このレベルはそうそう出るもんじゃねェぞ」

「ハハハ……!! 大したこたねェよこの程度」


 口ではそう言っても、クリケットは誇らしげだった。
 クレスはロビンと共に世界中の遺跡を見て回ったが、このレベルの財宝に巡り合うことはそうそう無かった。
 無理やりに、それこそ遺跡荒らしのように探せば話は別だったのかもしれないが、実行すればロビンに殺されていただろう。
 

「何だよ、あるじゃん、黄金都市」

「そーいう証拠にゃならねェだろ。この量なら何でもねェー遺跡から出てくる事もある」

「───だけど、この辺りに文明があった証拠にはなるわね。
 “インゴット”は金をグラム分けするために加工されたもの。それで取引がされていたことになるわ」


 ロビンが専門家としての意見を上げた。
 黄金のインゴットが作られたという事は相当栄えた文明だったのだろう。
 

「そう、それに前文にあった奇妙な鳥の鳴き声。おい、マシラ」

「オウ」


 マシラが新たな包みを広げる。


「うわっ!! まだあんのか?」

「こっちのはでけェな」

「綺麗……」


 包みから現れたのは、鐘を持った大きなくちばしと特徴的な鶏冠を持つユーモラスな鳥の黄金像だった。


「変な鳥だな……ペンギンか?」

「いや待て……どっかで見た事あるぞ、この鳥」


 特徴的な鳥の姿にクレスは眉根を寄せた。
 

「黄金の鐘に鳥……それが昔のジャヤの象徴だったのかねェ」

「わからんがこれは……何かの造形物の一部だと思うんだ」


 共にサンジとクリケットは煙草をふかす。
 過去に潜む謎と言うのは多くの人々を魅了してきた。


「コイツは“サウスバード”っていってちゃんと実在する鳥だ」

「鳴き声が変な鳥か?」

「ああ、日誌にある通りさ」


 サウスバード。
 クリケットの言葉にクレスは引っ掛かっていた鳥の事を思い出した。


「そうか、思い出した“サウスバード”か。
 そう言えばコイツは便利な鳥だって聞いたことがある」

「便利ってなんだ、クレス?」


 チョッパーの問いにクレスは答える。


「この鳥は面白い習性があってな、昔から船乗りの間じゃあ……」


 クレスが言葉を為そうとした時、






「「───しまったァ!!!」」






 同じような話をしていたマシラとショウジョウが、愕然としたように声を張り上げた。


「こりゃマズイ!! おい、お前ら森へ行け!! 南の森だ!!」


 クリケットもまた焦ったように一味に告げる。


「オイ……まさか、この島からどこかの方角を指した永久指針があるワケじゃないのか?」

「ああ。しまったぜ、おれとした事が……」

「は? クレス、おっさん、何言ってんだ?」


 意味がわからない一味は突如焦り出したクリケット達に困惑する。


「この像と同じ鳥を連れて来るんだ!! 今すぐに!!」

「この鳥がなんなんだ?」

「いいか、よく聞け。
 お前らが明日向かう“打ち上げる海流(ノックアップストリーム)”はこの島から真っ直ぐ南に位置している。そこへどうやって行く?」

「船で真っ直ぐ進めばいいだろ?」

「ココは“偉大なる航路”だぞ!? 一度海に出ちまえば方角なんてわかりゃしねェ!!」


 航海士のナミはクリケットの言いたいことに気がついた。


「そうか……目指す対象が“島”じゃなくて“海”だから頼る指針がないんだわ。じゃ……どうすれば真っ直ぐ南に進めるの?」

「その為に、鳥の習性を利用する。ある種の動物は体内に正確な磁石を持ちそれによって己の位置を知ると言うが、サウスバードはその最たるものだ」

「じゃあゾロは動物以下だな」

「てめェは人の事言えんのかよ!!」


 クレスが呆れたように口を開いた。


「サウスバードはどんなに広大な土地に放り出されても、その体に正確な方角を示し続ける。この習性から船乗りに方位磁石代わりに飼われて来たんだ」

「へ~そりゃすごいな」


 暢気なルフィにクリケットが声を張り上げる。


「感心してる場合か!! 
 とにかくこの鳥がいなけりゃ何も始まらねェ!! 空島どころかそこに向かうチャンスにすら立ち会う事も出来んぞ!!」

「え───っ!!」

「何で今頃そんなこと言うんだよ!!」

「もう真夜中だぞ!! 今から森に入れだって!?」

「夜の森は危険ね。獰猛な動物は夜行性が多いもの」

「特に密林は月の光も届かないから、危険を察知しにくいし、崖とかからも落ちる可能性もあるな」

「ぎゃあああああああああ!!」
 
「ガタガタ言うな、時間がねェんだ!! おれ達はこれからお前らの船の強化にあたる!! 考えてみりゃ宴会やってる場合じゃなかったぜ!!」

「だから今更言うなって!!」
 




◆ ◆ ◆






───南の森。


「うわっ……真っ暗」


 夜の密林は暗い。
 月の光は深く茂った緑に遮られ、影が折り重なり澱のように光無き闇が沈滞する。
 深い闇は人々に恐怖を呼び覚ます。風に揺らめく木々は疑心を抱かせ、葉音はそこに潜む何かを連想させる。
 

「何でいきなりこんな事になんの!?」

「うえっ……おれ、腹いっぱいで苦しい」

「さっさと捕まえて飲みなおそうぜ」
 
「まったくこう言う事は先に言えよなぁ……」


 口々に文句を垂れる一味。
 さっきまで宴を楽しんでいたのを打ち切って、こうやって来たくもない夜の森にやって来ているのだからそれも当然だ。


「おい、鳥は?」

「どこにいるか分かってたら全員で探しにこねェだろ」

「おい、クレス、お前なんか知ってんだろ?」

「いや、オレも実際に見たわけじゃないから何とも言えないな」

「チッ……使えない野郎だぜ」

「うるさいぞクルマユ、吊るすぞコラ」


 クレスはサンジにガンを飛ばした後に、一味にとりあえずの情報を伝えることにした。


「手がかりはクリケットが言って通りの鳴き声だけだ。姿は黄金像で見た通り」

「あんなフザケた形の鳥ホントにいんのか?」

「そこを疑っちまえば始まらねェだろ。心配すんな。姿はあの通りだ」

「それにしても……変な鳴き声って曖昧すぎんだろ」

「そういや、それも森に入ればわかるって言ってたぞ、あのおっさん」


 鳴き声でわかる。
 そう言われてもそれはあまりにも曖昧だ。
 鳴き声など動物によって様々で、聞きようによればどの動物も特徴的に聞こえるだろう。
 広く深いこの森で特定の動物を見つけるのは非常に困難に思われたが、



『ジョ~~~~~~』
 
「「「うわっ、変な鳴き声」」」


 案外、簡単に標的が絞れそうだった。


「……アホそうな鳥だな」

「楽そうでよかったぜ」


 間抜けな鳴き声に気の緩む一味。
 そんな一味にクレスはかつて図鑑や人に聞いた知識で警告する。


「いや、あんまり気を抜くな。 
 サウスバードってのは常に南を指し続ける便利な鳥だ。だが、余り広まってないのは何でだと思う?」

「なんだよいきなり……な、なんかあんのか?」

「数が少ねェとかか?」

「それもあるが、それ以上に言われてるのは“捕まえる事が難しい”ってことだ。
 幾人ものハンターが捕獲に向かったんだが、そのことごとくが返り討ちにされたと聞いた」

「は? どういう事だ?」

「詳しくは知らないが、サウスバードは“森の司令塔”って言われているらしい。捕まえるなら気をつけた方がいい」


 クレスが伝えた不穏な単語にウソップ、チョッパー、ナミが一気に不安になる。
 そんな中、ルフィがいつものように声を上げた。
 

「よし、……こうなったらとにかくやるしかねェ。
 じゃ、行くか!! 変な鳥を……ブッ飛ばすぞ!!」

「いや、捕獲だろっ!!」






 一味はサウスバードを探すために三手に分かれた。
 メンバー構成はロビンを巡りクレスとサンジの間で荒れに荒れたが、ナミの一喝によって納まった。
 現在クレスはゾロとロビンとの三人で密林の探索をおこなっている。
 

「まったく……無計画すぎるだろ」

「もう、ぼやかないの」


 夜の密林とはいえ、遺跡を巡り様々なところを旅してきたクレスとロビンの足取りは軽い。


「それにしても……」


 クレスがため息をついて後ろに振り返る。


「そっちじゃねェよ、ロロノア!! 何回目だ!!」

「おっ、なんだそっちか」

「何が起こったらこの距離で見失えるんだよ。魔法か」


 対照的に独特の方向センスを持つゾロは幾度も勝手に森を進もうとする。
 クレスも始めは酒にでも酔ってるためかと思ったが、どうやら素面でこの状態らしい。


「……首輪でもつければ治るかしら」

「待てロビン、その思考はいろいろとヤバいから」


 少しダークなロビンの思考。
 クレスは時々幼なじみの事がわからなくなる瞬間がある。ちなみに今のはゾロには聞こえていない。


「ん?」


 そんな時、遠くからガサガサと何かが移動する音が聞こえてきた。
 クレスは澄ませ、その音がこちらに向かってこようとしているのを感じ取った。


「右か」

「何だコイツ?」

「さァ……縄張りでも荒らされて怒ったのかもな」

「へェ……」


 ゾロもまたその気配を感じ取り刀に手をかけた。
 そして、茂みの中から音の主は姿を見せた。


「ムカデ?」

「やけにでかいな、まぁ、どうでもいい」


 そう言うとゾロはこちらの様子をうかがっていた巨大ムカデに向かい走り込み、抜刀。
 強烈な峰打ちによって、一撃で昏倒させた。
 クレスはゾロに討ち取られ倒れ伏したムカデを思案顔で見つめた。


「どうもおかしいなこの森は。さっきからやたらと虫が出てくる」

「そうね……さっき、悲鳴も聞こえたし」

「放っとけ。鳥を捕まえればいいんだろ? 先に進むぞ」


 不穏な空気を感じ取ったクレスとロビンを置いて、ゾロは先に進もうとする。


「待て、ロロノア」


 一人森の中を進んでいくゾロはクレスの声にうっとおしげに振り返る。


「おれに意見するな。
 だいたい……いいか。まだ、尻尾は出さねェ様だが、おれはお前たちを信用してんェんだ。それを忘れんな」


 そして、先に一人で進んでいく。
 クレスもロビンも一味に対し何かをしようという気は無かったが、少なくともゾロの中ではまだ不信感はぬぐえていないようだ。
 もともとは敵同士だった関係だ。それも仕方ないのであろう。信用はこれから勝ち取っていくしかない。


「……だけど」

「何だよ」


 二人を置いて先に進もうとするゾロにロビンが声をかけた。
 ゾロは今度は振り返らない。


「そっちは今来た道」


 ゾロの全身が硬直した。
 クレスはため息を吐き、半ばゾロを無視しながら辺りを探る。
 そしてサウスバードの独特な鳴き声を聞き取り、ゾロとは真反対の方向へと進んだ。


「こっちだな」
  
「剣士さん、そこのぬかるみには気をつけてね」

「はまんなよ、たぶん底なしだ」


 固まっていたゾロはしばし取り残されるが、暫くするとクレスとロビンの後を追った。
 

「オイ……待てって……うわっ!!」


 そして見事に指摘されたぬかるみにはまった。
 ぬかるみにはまったゾロの身体はズボボボ……とだんだん沈んでいく。
 クレスはぬかるみから抜け出そうとするゾロの手前までやって来て、めんどくさそうに頭をかいた。


「一応聞いてやろう。……助けてほしいか?」

「うるせェ!!」


 数分の格闘の後、ゾロは何とか意地で脱出した。
 





 その後、三人は鳴き声を頼りに森の中を進んで行った。
 いきなりこの鳥を探して来いと言われても、とりあえずは森を散策しなければ始まらない。過去の生活から狩りに精通したクレスもそれは同じだ。
 今回は鳴き声である程度の居場所がわかるので、本格的に動くのはある程度の居場所を掴んでからのつもりだった。
 暫く森の中を歩いていたその時、クレスは違和感に気がついた。
 

「……待て」

「どうした?」


 やけに自身の足音が大きく響いていた。
 口に出した言葉も、まるで洞窟内のように吸い込まれていく。


「───音が消えた」


 その瞬間、どこかでサウスバードの特徴的な鳴き声が上がった。
 静寂な夜の森に鳴り響いたそれは、まるで魔笛のようでもあった。



 ───この森を荒らす奴は、殺してやる。



 森が震える。
 クレス達は統制された軍靴のごとき足音を聞いた。


「なんだ?」

「近づいてくる」

「……多いな」


 暗闇の向うには、黒く硬質な目が光っていた。
 数も尋常ではない。
 そして大きさもまた相当デカイ。立ち上がった体長は一メートル以上ある。
 それらが隊列を為し森の暗闇からクレス達に立ち塞がるかのように姿を見せた。


「お、オケラ?」


 それは大量のオケラ軍団だった。
 二本脚で立ち上がりファイティングポーズを取ったオケラ達は警告するようにクレス達に向けて羽を震わせる。
 ジー……ジー……と初夏に聞く事もあるその羽音は、クレスとゾロを無性にイラつかせた。


「「何なんだこの森はァ!!」」
 

 他の二か所に分かれた一味と同じように叫びが上がった。
 それを合図にしてかオケラ達が襲いかかって来る。
 一斉に飛びかかって来る体長一メートル近くのオケラ達。虫嫌いの人間がいたら怖気を覚えそうな光景だった。
 クレスは飛びかかって来たオケラを"鉄塊"で固めた拳で容赦なく殴り飛ばす。
 ゾロもまた刀を走らせオケラ達を圧倒する。
 ロビンは今回は戦う気は無いのか、男二人がオケラ軍団をなぎ倒すのを眺めているだけだった。
 オケラ達は数が取り柄なのか個々の力はそう高くなかった。
 

「何なんだコイツ等……」

「ウザってェ……」


 早くもクレスとゾロはオケラを相手するのに辟易してきていた。
 オケラ軍団は二人の強さに怯え始めたのか、腰が引けている。だが、それでも立ち向かってくるのだ。しかも涙目で。
 クレスとしてはそういう諦めの悪い姿勢は嫌いではないのだが、別にそれをオケラには求めていない。
 

「キリがねェ!! 何でかかって来るんだよオケラ軍団!! 邪魔だぞ!!」


 ゾロが苛立ちの限界が来たのかオケラ達に向けて叫んだ。
 オケラ達はそれでも涙目でファイティングポーズを取っている。
 クレスもだんだんイライラしてきた。
 

『ジョ~~~~、ジョ~~~~~!!』

「……今鳥の声が」


 ロビンが鳴き声が聞こえて来た方向に目を向ける。


「なるほど……“森の司令塔”か」


 クレスはその意味を理解した。
 こうやって虫たちが集団で襲ってくる事はまず無い。先程から断続的におこなわれて来た虫たちの攻撃はおそらくサウスバードによるものだろう。
 サウスバードの声はどこか小馬鹿にしているようにクレスには聞こえた。
 クレスは自制ができるタイプの人間だったが、今回はその気は起きなかった。


「……ナメやがって、焼き鳥にしてやる」


 ギラついた目で森を睨めつけた。





 
◆ ◆ ◆ 






『ジョ~~ジョ~~~~』

『ジョ~~、ジョ~、ジョ~~~~』

『ジョ~~~、ジョ~~~』


 サウスバート達が南を向きながら楽しげに鳴いている。
 人間の言葉で表せば、「や~~い、ば~か、ば~~~か」「お前らなんかに捕まるかアホ~~」「マヌケ~~~」と言ったところだ。
 昔から行われて来た、虫たちを使っての侵入者退治は今日も順調だった。
 虫たちを統率し、侵入者を痛めつける。そして自分達は安全な位置からの見物。
 蜂、殺人カマキリ、巨大テントウムシ、オケラ軍団、ゴキブリ、ブタ(?)。森中の虫たちが自分たちの鳴き声一つで敵を追う。
 必死で逃げ回る侵入者たちを見ていると、たまらなくおもしろく、最近これが癖になっている。
 今日の侵入者たちもまた一段と面白い。
 目的はどうやら自分たちを捕まえに来たようだが、はっきり言って捕まる気がしない。
 二度と来ないように徹底的に痛めつけて、追い返してやるつもりだ。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』


 仲間たちに連絡。
 次はどの虫を使って追い込むか。蜘蛛なんかがいいかもしれない。
 長年住み慣れたこの森は自分たちのフィールドだ。どこにいようと手に取るようにわかる。
 だが、その時ふとした違和感に気がついた。
 

『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』

 
 最初の内は声が小さいだけだと思った。
 もしくは、向うが侵入者を追いまわすのに夢中で気づいていないだけ。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』


 だが、どれだけ鳴いても帰ってこない。


『ジョ~~ジョ~~ジョ~~~』

 
 帰ってこない。
 

『ジョ~~~ジョ~~~ジョ~~~!!』
 

 仲間たちの声が帰ってこない。
 

『ジョ~~~~~?』


 いつの間にか辺りは静寂に包まれていた。
 サウスバードに底知れない不安がよぎる。何故、返事が返ってこないのだ。
 侵入者を撃退するのに夢中になっているのか? だが、それにしても先程まで何羽かとは連絡が取れていたのだ。
 サウスバードはついつい南を向いていしまう顔を回して、辺りを探る。
 だが、誰もいない。余りに静かすぎる。
 そうだ、虫たちに聞こう。
 従順な配下の虫たちは森中にいる。直ぐに仲間たちの事もわかるだろう。
 そう思い、サウスバードが鳴き声を上げようとする。


『ジョ~~~』
 

 サウスバード達は気付けなかった。
 慢心していたと言っていい。
 彼らは森の支配者で絶対者だった。
 虫たちを統率し、狩りのように侵入者たちを追い払って来た。
 虫の大軍の力は強力だ。今まで負けた事など一度も無い。その成果として、リゾート地としてジャヤが開発された時も、虫たちを使って森を守り抜いた。
 故に、考えもしなかった。
 狩るものと、狩られるもの。


 その立場が、逆転する瞬間が来る事を。



『ジョ~~~~』




───音は無かった。



『ジョォォォォォォォォォッッッ!!』


 袋のようなものを被せられ、視界は闇に覆われ、声は外に届かない。
 必死に、羽をバタつかせるも、身体に強い衝撃が走った瞬間動けなくなった。
 身体の自由が利かなくなり、そしてだんだん眠くなった。






◆ ◆ ◆
 
 




「ダメだ……姿すら一羽も確認できなかった」

「おれ達は見たんだけど、虫だらけでそれどころじゃなかったぞ」

「走ってばっかだ」

「私、もうこれ以上走れない」

「ところでクレスはどうした?」

「知るか。『絶対守れ、傷一つつけるな、ついてたら殺す』とか訳わかんねェ事言ってこの女を押しつけて、どっか行きやがった」

「クレスならサウスバードを探しに行ったわ。狩りだったら一人の方がやりやすいと思うし」

「ハァ……じゃあ、クレスを待つしかねェか。
 まいったな、七人いてゼロだと? しっかりしろおめェら!!」

「てめェもだよ、ウソップ」


 スタート地点に再集合し一味は確保数の確認をおこなうが、現状の数はゼロだった。
 まだ帰って来ていないクレスに期待しようとも思うが、一味の惨状から考えるとそう期待も出来ない。
 このままだと空島に行くチャンスそのものを失ってしまいかねない。
 ため息と共に一味の肩が下がった。


『ジョ~~ジョ~~~』


 そんな時、一味の目の前の樹に目的のサウスバードが止まった。
 そして樹の上から見下し、心底バカにするような声で鳴いた。


「『お前らなんかに捕まるか、バ――カ』って……」

「何をォ!! わざわざそれを言いに来たのか!! 撃ち落としてやる!!」


 ウソップがサウスバードの挑発に乗り激怒する。
 森の中を逃げ回り、散々苦汁を飲まされた身からしてみれば当然だ。
 だが、サウスバードの行動はあまりに軽率だった。
 サウスバードからすればどんな事をされても逃げ出せると思っているのだろうが、そうではなかった。
 ロビンが微笑む。ロビンの<ハナハナの実>の能力は、如何なるところにでも身体の一部を咲かせることが出来るのだ。
 故に、目で見えてさえいれば、サウスバードを捕獲するのはそう難しくは無い。
 ロビンはサウスバードを捕まえるために腕を咲かせようとして、


「あら……」


 狩人は音も無く現れた。
 闇に紛れ、油断していたサウスバードの背後から腕が伸び、重力に任せ降下し、一味を見下すサウスバードに麻生袋を被せかかった。
 サウスバードからしてみれば何が起こったか分からなかっただろう。いきなり視界が闇に覆われ、無理やりに浮遊感を味わい、羽をバタつかせようにも何かが邪魔で動かない。


「!?」


 一味も突然降り立った男にさすがに仰天する。
 男は麻袋の入り口を縛り、暴れるサウスバードに手刀を叩きこむ、するとサウスバードは静かになった。
 その男は軽く息を吐くと、ロビンに向けて麻袋を掲げた。
 見れば背中に同じような麻袋を三つほど背負っている。


「すまん、遅くなった。待ったか?」

「お帰りなさい、クレス」


 呆然とする一味の下にクレスは戦利品と共に帰還した。






「いや、悪い。一羽だけでいいとわかってたんだが、コイツ等の声がイラついてな、ついつい乱獲してしまった」

「もう、ダメじゃない、クレス」


 一味は目的のサウスバードを捕まえ、クリケット達の家へと戻っていた。
 クレスが捕まえたサウスバードは4羽。だが、必要なのは一羽だけだったので始めに捕まえた三羽は逃がした。
 逃がしたと言っても、麻袋に詰め込まれ、気絶はしていたがクレスの高速移動に付き合わされたため、相当グロッキーな状況だったので“捨てた”に近い。
 始めは食用にでもしてやろうかと思っていたが、クレスも袋の中のあまりの惨状を見て、考えを取りやめた。


「あれだけ苦しめられたけど、私、あの鳥に同情するわ」


 ナミはサウスバード達の惨状に引きまくり、半死半生のサウスバード達の苦悶の声を聞いたチョッパーはクレスに怯えまくっている。
 

「よーし!! 後は、おっさんたちを待って空に出発だな!!」

「よっしゃァ!!」


 待ち遠しいのかルフィ、ウソップが早くも目を輝かせた。


「めくるめく、美女二人と行く天上の旅。あぁ!! 待ち遠しいぜ!!」

「アホかてめェ」

「んだとマリモ!!」

「同感だ、頭冷やして来い」

「んだとパサ毛!!」






 一味はそれぞれに空島に思いを馳せ、森を抜け、クリケットの家まで戻った。


「なっ!!」


 そして、目に飛び込んできた惨状に目を見開いた。
 クリケットの家は見るも無残に破壊されていた。壁は砕かれ、部屋中荒らされ、張りぼての板には大穴が空いている。
 

「ひし形のおっさん!!」

「マシラ!! ショウジョウ!!」


 クリケット、マシラは血を流しながら地面に横たわり、ショウジョウは海まで吹き飛ばされたのか力無く浮かんでいた。
 息はあるものの相当なダメージを負っている事が一目見てわかった。
 一味は急いで三人を介抱する。


「見ろ!! ゴーイングメリー号が!! なんてこった!! 誰だこんな事しやがったのは!! 畜生!!」


 破壊はメリー号にまで及んでいた。
 船の前方部が無理やりに叩き崩され、メインマストも修理個所を支点としてへし折られている。
 ウソップはその姿に怒りを通り越し蒼白となった。


「……すまん」

「あ!! おっさん気がついたか」


 ボロボロの身体でクリケットがルフィに対して口にしたのは謝罪であった。
 そして血を吐きながらうわごとのように言葉を並べる。 


「ほんとに……すまん……おれ達がついていながら情けねェ……。だがよ、ちゃんと……まだ朝まで時間はあんだ……ちゃんと船を強化してよ……」

「待てっておっさん!! 何があったか話せ!!」

「いや……いいんだ、気にするな……もう、何でもねェ。それよりも……よくサウスバードを捕まえて来れたな……それでいい」


 気にするなと、クリケットはその一点張りで一味に接する。
 そして動かない身体を無理やりに動かして、その場に座り込んだ。


「ルフィ!! 金塊が……取られてる!!」

「!!」


 もしやと思い、荒らされた部屋の中へと入ったナミが、そこにあるべきモノがない事に気づいた。
 

「金塊狙いか……」


 クレスが険しい顔で呟いた。
 奪い去った者はどこかで噂を聞き、始めからクリケット達から金塊を奪い取る事を目的にやってきたのだろう。


「……いいんだ、そんなのはよ……忘れろ、これは。それよりもお前ら……」

「“そんなのは”ってなんだよ!! おっさん、10年も体がイカれるまで海に潜り続けてやっと見つけたんだろ!?」

「黙れ。いいんだ……これァ、おれ達の問題だ。
 聞け。猿山連合軍総出でかかりゃ、あんな船の修繕・強化なんざわけはねェ……。朝までには間に合わせる。お前らの出航に支障は出さねェ。
 ……いいか、お前らは必ず!! おれ達が空に送ってやる!!」


 クリケットの覚悟は本物だった。
 同じ空想を追う同士として、一味達を今持つ最大の力で、命をかけて、空島まで送ろうとしていた。
 今まで彼が10年にも渡る年月において積み上げた成果さえ、捨ておいてだ。


「おい、ルフィ」

「?」


 ゾロが壊された家に塗りつけられたマークを指差した。
 円形に斜線の入った、どこか不気味な笑いを浮かべた髑髏マーク。
 ルフィ達が昼間喧嘩を吹っ掛けられた<ハイエナのベラミー>が掲げていたマーク。金塊は昼間に出会った不愉快な海賊達に奪われたのだ。


「手伝おうか?」

「いいよ、一人で」

「ダメよ、ルフィ!! バカなこと考えちゃ!! 出航までもう時間はないんだから!!」


 ナミが金塊を取り返しに行こうとするルフィを止める。
 ルフィを行かせてしまえば空島へと向かうチャンスを逃してしまうだろう。
 だが、ルフィは大人しくしているつもりはなかった。


「ロビン、海岸に沿ってたら、昼間の町に着くかな?」

「ええ、着くわよ」

「行くつもりか? 麦わら」

「ああ」

「そうか。……航海士の言う通り、時間は無い。
 空島に行こうと思うなら……」


 クレスは静かな怒りを燃やし始めたルフィに向けて告げる。


「瞬殺してこい」

「わかった」


 だが、金塊を奪い返そうとするルフィをクリケットは止めようとした。
 金塊を奪われたのは自分たちの責任だ。そんなつまらないことでルフィ達をチャンスを潰すわけにはいかなかった。
 しかも、相手はクリケットたち三人がかりでさえ無様にやられたほどの相手なのだ。ルフィが行って、無事に帰ってこれるかも心配だった。


「待て小僧!! 余計なマネすんじゃねェぞ!! 相手が誰がわかって……」

「止めたきゃ、これ使えよ」

「………!!」


 そんなクリケットにゾロが自らの刀を差し出した。
 そこまでされれば、クリケットは押し黙るしかない。


「朝までには戻る」


 麦わら帽子を深くかぶり直し、ルフィは拳を握りしめた。












あとがき
空島まで行かせるつもりでしたが、長くなったので切りの良いところで切らせていただきました。申し訳ございません。
クレス、サウスバードを狩るの回です。狩られたサウスバードには結構同情しますね。
次こそ空島へ行きます。頑張りたいです。








[11290] 第四話 「ロマン」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/05/31 18:03

「ハッハッハッハ!! 今日は最高だぜ!!」 

「あの時の大猿達にゃ笑ったよ!! あの図体で、『おやっさ~~~ん!!』だ!! ハハハハハハ!!」

「アハハハハハハ!! ダッサ~~イ!!」

「そう言ってやるなよ。相手がお前やベラミーじゃしょうがねェ。
 なんたってうちの船長は賞金額は5500万ベリーの大型ルーキーだ」


 嘲りの町、モックタウン。
 昼間に臆病者達をなぶりものにした酒場で<ベラミー海賊団>は戦果を祝い、祝杯をあげていた。
 食い散らかした料理と特上の酒が散乱するテーブルの中心には奪い取った戦利品が並べられている。
 夢追いのジジイ達が持っていた一級品の金塊。売りさばけば時価数千万以上の代物だ。
 酒の肴として頼んだありったけの店の料理も、この金塊に比べれば全てが圧倒的に劣る。この金塊を奪った時の武勇もまたしかりだ。
 今日は最高の一日だ。
 なぜならば、夢見がちのバカどもに圧倒的な実力差と現実を見せ付けてやったのだから。


「大変だァ!!」


 そんな時、息を切らしながら一人の男が手配書の束を握りしめながら店に駆けこんできた。


「昼間この店にいた奴らはすぐ逃げた方がいい!!」

 
 カウンター席で酒をあおっていたベラミーはその男に顔を向ける。
 男はベラミーの姿を見つけると、更に泡を食ったようにまくし立てた。


「ベラミー!! アンタまだここにいたのか!? すぐ逃げた方がいい、アンタ一番やべェ……殺されるぞ!!」

「何の話しだよ? おれが? 誰に殺されるって?」


 ベラミーがカウンターの椅子を回転させ、カウンターにもたれかかりながら男に向き直る。
 男は手配書の束を店中に見えるように広げた。
 近くにいた者が手配書を読み上げた。


「<海賊狩りのゾロ>懸賞金……六千万。
 <麦わらのルフィ>懸賞金……一億……い、一億!!?」


 誰もが声を失った。
 先程までの喧騒は一瞬で吹き飛んだ。
 重い沈黙の中で、誰かが滑り落としたグラスが割れ、甲高い音を響かせる。


「一億……?」

「……六千万」

「そうさ!! 昼間のあいつら二人とも、アンタより懸賞金が上なんだよ!! ベラミー!!」


 男のもたらした情報に店内は浮足立ち、ざわめき始めた。
 一億の賞金首など想像もつかないレベルだ。昼間の海賊達はとんでもない者達だったのだ。


「ハッハッハッ……ハッハッハッハ!!」


 そんな中で、渦中のベラミーの笑い声が響いた。
 その声に誰もが困惑する。
 ベラミーは小心者たちにバカらしげに告げた。


「馬鹿共が!! こんな紙切れに怯えやがって、てめェ等の目は節穴か? 昼間の張本人を見だろうが!!
 過去にこんな海賊がいたのを知ってるか? てめェの手配書をてめェで偽装して“ハッタリ”だけで名を上げた海賊。
 相手はその額に縮みあがり、何もせず、ただ降伏するわけさ。戦えば本来勝てるものをな。まさに、今のお前らだ!! 当人の弱さを目の当たりにしながらこのザマだ。情けねェ!!」


 ベラミーの言葉に店内は落ち着きを取り戻し始めた。
 考えればその通りだ。昼間の海賊達は喧嘩にも関わらず戦おうともしなかった腰ぬけどもだ。
 あんなひ弱そうな小僧どもに何を怯える必要があったのだ。第一“麦わら”などという名前も聞いたことがない。
 昼間の海賊達が何か凶悪な事件を起こしたというよりも、賞金額を自分で上げるトリックの方が幾分にも納得できる。


「何だ……脅かしやがって」

「ぎゃははははは!! 騙されてやんのば~か」

「うるせェ!! てめェもだろうが!!」

「何だ、心配して損したぜ」


 そして皆、再び酒を注ぎ飲み直す。
 ジョッキに注がれた酒を、先程の失態と共に飲み干そうとして、






「ベラミィ~~~~~!! どこだァアア~~!!!」






 昼間の海賊の怒声に、含んだ酒を噴き出した。


「ご指名とはな」


 再び重い沈黙が漂う店内で、一人、ベラミーが余裕の笑みと共に立ち上がり、外へと向かった。
 

「おい」


 欠けた月が空に浮かぶのを背に、その男は町中に声を響き渡らせるためか、背の高い円筒状の建物の屋上に立っていた。
 外は風があり、首にかけている麦わら帽子が揺れている。
 <麦わらのルフィ>手配書で見た通りの男だ。


「今、お前の噂をしてたトコさ。おれに用か?」

「そうだ。ひし形のおっさんの金塊を返せ」

「金塊? ああ、クリケットのジジイが持ってたやつか」


 ベラミーはルフィを見上げ、足に力を込めた。
 すると、ベラミーの足が渦巻くスプリングと変化し、収縮して、バネの持つ爆発的なエネルギーと共に解放される。
 <バネバネの実>これがベラミーの能力だ。
 収縮させたバネは圧倒的なパワーとスピードを生む。ベラミーは一足飛びで数十メートル上の麦わらの下まで飛び上がり、その正面に降り立った。


「返すも何も、アレはおれが海賊として奪ったんだ。海賊のお前にとやかく言われるつもりはねェ筈だ」

「あるさ」

「?」

「おっさん達は友達だ。だからおれが奪い返すんだ」


 昼間とは打って変わって、強気な様子の麦わらにベラミーは吹き出した。


「ハハハハハハ!! 聞くがお前、戦闘が出来るのか? パンチの打ち方を知ってんのか!? 
 てめェみたいな腰ぬけに何ができる!! 昼間みたいにつっ立ってても、おれからは何も奪えやしねェんだぜ、臆病者!!」

「昼間の事は話は別だ」

「そうか、一体何が違うんだ? じゃあ今度は……」


 ベラミーの脚がバネに変わる。


「もう二度とその生意気な口がきけねェようにしてやるッ!!」


 ベラミーは軽業師のように屋根を蹴って、バク転し後ろに跳んだ。
 収縮されたバネのエネルギーはいとも簡単に二人が立っていた屋根を崩した。
 ベラミーはそのまま近くの壁に張り付くように着地し、屋根と共に中に投げ出された麦わらに向けて拳を構える。


「スプリング狙撃(スナイプ)!!」


 バネの力を解き放ち、狙いすました一撃を麦わらに向けて繰り出した。
 麦わらは接近するベラミーの気配を察し、宙に舞う屋根の一部を蹴って、下に向けて飛んだ。
 間一髪で避け、その後ろでベラミーが屋根を粉々に粉砕する。麦わらはそのままの速度で地面に突っ込んだ。


「まさかそれで死なねェよな?」


 新たな壁に着地したベラミーの視線の先で麦わらは立ち上がった。
 ベラミーが口角を釣り上げる。


「スプリング跳人(ホッパー)!!」


 ベラミーが壁を蹴り放った瞬間、その姿が消えた。
 一瞬の後に、予想だにしなかった位置で爆発のようなモノが起こり、その位置が蹴り砕かれる。
 バネの力は跳び回る程に加速する。収縮と膨張を繰り返し、その身に宿る力を高めて行く。
 騒ぎに集まった者たちは一様にどよめいた。
 彼らから見えるのは次々と壊れゆく街並みと、その中心で背を向けて立つ麦わら。加速したベラミーの姿を捉えられたものは一人としていなかった。


「友達だって!? ハハッハハハハ!! そういや、あのジジイも大猿共もてめェらと同類だったな!! 400年前の先祖のホラを信じ続ける生粋のバカ一族だ!!」


 ベラミーは麦わらをせせら笑う。
 麦わらは爆撃のような破壊の中心で何もできずその嘲りを聞くしかない。


「何が“黄金郷”!! 何が“空島”!! 夢見る時代は終わったんだ、海賊の恥さらし共!!」


 気狂いのピエロのように、バネ足の男は跳び回る。
 最高潮まで高められた力は、どこまでも猛威を振るう。ベラミーが跳び回るテリトリーはまるで戦場跡のように崩れ去って行く。
 ベラミーはあざ笑う。
 時代は変わった。これからの時代を生き抜くのは、夢などという幻想にとらわれない、強い力を持つ者だけだ。
 夢におぼれる愚か者に生きる資格は無い。
 これは制裁だ。夢追いの愚か者に下す、今を生きる海賊としての制裁だ。
 さァ、挫けろ、どうしようもない力に挫け、現実に打ちのめされろ。
 夢は、幻想は! 絶対に叶わない!!


「パンチの打ち方を知ってるかって?」

「あばよ!! 麦わらァ!!」


 麦わらは静かに拳を握った。
 跳び回るベラミーに動じた様子も無い。
 無防備に立っているように見える麦わらに向け、不気味な音と共に、風を切り裂き、勝利を確信したベラミーが突っ込んでくる。
 誰もが、ベラミーの勝利を疑わなかった。同時に麦わらの敗北を疑わなかった。
 ルフィの身体が軽く沈んだ。脚が大地を力強く踏みしめる。
 そして、硬く握りしめられた拳は、ゆるぎない意志は、その胸に抱いた夢は、幻想は、全ての雑音と嘲りと障害を───
 

 
 

 
─── 一撃の下に、叩き潰した。












第四話 「ロマン」
 











「あんたは行かないでよかったの?」


 現在、ジャヤの東海岸では猿山連合総出によるメリー号の修繕・強化が行われている。
 一味と猿山連合が慌ただしく動き回る中で、ナミがゾロに問いかけた。


「あ? 何なんだおめェ……喧嘩すんなつったり、しろっつたり、行けっつたり、行くなつったり」

「違うわよ。あんただってやられたじゃない?」


 昼間の喧嘩の事だ。
 ゾロはルフィと同じく、相手に手を出すことなく殴られ続けた。


「やられた? ……別にあいつ等はおれ達の前に立ち塞がった訳じゃねェだろ。同情しか残らねェ喧嘩は、辛いだけだ」

「何ソレ? アンタばか?」


 ゾロとしてはしっかりとした理念があったのだが、その辺りの機微はナミには伝わらなかったらしい。


「うるせェ!! どっか行け!! 邪魔だ!!」

「コラコラコラ、マリモマン!! てめェ今ナミさんになんつった?」

「あァ?」

「おい、ニーチャン達こっちに板!!」

「ヘイ」

「お、気がきくな、タヌキ」

「トナカイだ!!」


 一味はルフィが一人でモックタウンに向かったにも関わらず、余り心配した様子を見せなかった。
 怪我の手当てを終え安静の為に座りこんでいたクリケットは近くにいたクレスに問いかける。


「おめェ等……あの小僧が心配じゃねェのか?」

「いや、少なくともオレは心配はしていない」

「理由を聞いてもいいか?」

「……理由か」


 クレスは船の補強に使う木材を抱え直しながら、軽く首を傾げる。


「特に浮かばないな」

「なに?」

「いや、言葉が悪いか……何ていうかな、あの男ならば大丈夫、そんな気がするだけだ」


 クレスの答えに、クリケットはくわえていた煙草をもみ潰した。


「大した理由だな」

「だろ? オレも不思議なんだよ。ただ……」

「ただ、何だ?」

「その理由がわからないからこそ、オレ達はあの男について行こうと思ったのかもしれない」

「そうか……邪魔したな」

「いや」


 クリケットは新たな煙草を取り出し火を灯した。
 夜の澄んだ空気をを吸い込み、煙と共に吐き出した。


「程々にしとけよ、おっさん。麦わらが帰って来るまでまだ時間はかかる」

「余計な御世話だ」

「そうかい」


 積み上がって行く煙草の吸殻に目を向け、クレスは作業を再開した。






 日は昇る。
 ベラミー達によって中破したメリー号だったが、一味と猿山連合の奮闘により無事、修繕と強化を終えた。
 メリー号は空島仕様に生まれ変わった。
 その名も、<ゴーイングメリー号 フライングモデル>
 基本は元のメリー号のままだが、鶏を模した両翼と尾羽が取りつけられ、船首にも赤い鶏冠がついている。


「私、これを見ると不安になるんだけど」

「鶏って飛べたっけ?」

「一瞬」

「それって落ちてねぇか?」

「まぁ……鶏よりは鳩の方がまだ飛べそうだな」

「それ以前の問題でしょうがァ!!」


 外見はともかく、修繕と強化は終わり、以前よりもメリー号は丈夫になった。
 計算では“打ち上げる海流”にも耐えられる仕様となっている。


「それにしても……何やってんのよ!! ルフィは!!
 約束の時間から46分オーバー。海流に乗れなくなっちゃうわよ!?
 だいたい、帰りは金塊持ってるんだから重くて遅くなるでしょ!? そういう計算出来てないのよあいつの頭では!!」

「いや……最初っから時間の計算なんてしてねェと思うぞ」

「ああ、100%な」 


 準備は完了し、後は空島に向かうだけなのだが、金塊を取り返しに行ったルフィがまだ帰って来ていなかった。
 海はデリケートだ。些細な違いが変化を生む。時間には余裕に持つべきなのだ。
 そろそろナミの苛立ちの限界が来ている。もう少しで爆発しそうだった。


「お───い!!」


 そんな時、岸沿いからうれしそうな声のルフィの声がきこた。
 

「あいつだ!! よかった、帰ってきた!!」

「ハラハラさせやがるぜ」


 マシラとショウジョウがルフィの帰還に安堵する。
 ルフィは嬉々とした笑顔で、腕を掲げながらこちらに向かって来ている。


「ルフィ、急げ!! 出航時間はとっくに過ぎたぞ!!」

「やったぞ~~~~~!! これ見てみろ!!」


 ルフィは本当に嬉しそうに掲げた手に持ったモノを突き上げた。


「ヘラクレス~~~~!!」

「「「何しとったんじゃ───!!」」」


 カブト虫の王者「ヘラクレス」
 ルフィのテンションはだだあがりだである。
 

「…………」


 この時、クレスがルフィの事を尊敬のまなざしで見つめていたのは誰も知らない。
 なんだかんだで、ヘラクレスは男の憧れだった。
 

「おっさんこれ」


 一味と猿山連合はルフィの帰還により急いで出航の準備を始める。
 その中で、ルフィはクリケットの前に奪い返した金塊が入った包みを置いた。
 クリケットは加えていた煙草をもみ潰し、灰皿の上で山のように積み上がった中に加える。
 

「さっさと船に乗れ、時間がねェ。空に行くチャンスを棒に振る気か、バカ野郎が」

「うん、ありがとう、船」

「礼ならあいつ等に言え」

「ありがとなおめェら!! ヘラクレスやるよ!!」

「いいのかよ!! メチャクチャいい奴じゃねェかお前!!」


 ルフィもまた出航準備の整った船に乗り込んだ。
 クリケットはその背中を見送りなりがら、ルフィが奪い返した金塊に目を移した。そして、その包みを握りしめる。
 この金塊はクリケット達が見た幻想を形にしたものだ。ルフィはクリケット達の幻想に共感し、金塊を奪われた事に怒り、そして奪い返した。この恩は大きい。


「猿山連合軍!!」


 クリケットは声を張り上げた。


「ヘマやらかすんじゃねェぞ!! たとえ何が起きようがコイツ等の為に全力を尽くせ!!」

「ウォ~~ホ~~~~!!」

「ウッキッキ―!!」

「小僧!! おれァココでお別れだ!!」


 クリケットは立ち上がり、空を目指す一味に向け、幻想を追い続ける同士として、たむけの言葉を贈る。


「一つだけ、これだけは間違いねェ事だ!! 
 “黄金郷”も“空島”も!! 過去誰一人、“無い”と証明できた奴はいねェ!! 
 バカげた理屈だと人は笑うだろうが、結構じゃねェか!!」
 
 
 あるわけがないものを探す。
 たとえ誰かに後ろ指を指されようとも、その存在を信じて、疑いながらも、迷いながらも、ただひたすらに愚直なまでに。
 夢を忘れた者に何がわかる。くだらない常識に負けた者に何がわかる。小賢しい理屈を吐くな。ありえない? そんな現実誰が決めた!!
 幻想を追う者は誇り、叫ぶ。



「それでこそ、ロマンだ!!」



 ルフィは船尾からクリケットに向け、にっこりと笑みを作る。


「ロマンか」

「そうだ!!」


 クリケットもまたルフィに向け笑みを作る。
 幻想に挑む男の笑みだ。


「金をありがとよ。おめェら空から落ちてくんじゃねェぞ」 

「ししし!! じゃあな、おっさん!!」


 風向きは良好。
 快晴の下、朝日に照らされながら船は南の海を目指し旅立った。
 




 空への入り口はジャヤから南の海流で発生する“打ち上げる海流”という災害だ。
 発生位置は毎回変わるため、それに乗るためにはそれ以前に付近に到着し、発生する正しい位置を読み取り為に“探索(サーチ)”しておく必要がある。
 その際に重要なのは、“打ち上げる海流”が立ち上る先に、"積帝雲"があるかどうかだ。
 この条件がそろわなければ、空島を見る事無く、一味は海の藻屑と成り果てるだろう。
 だが、この前提は“積帝雲”が空島だと仮定してのものである。もし、間違いであったならば、同じく海の藻屑だった。
 

「園長(ボス)不味いです!!」


 一味と猿山連合軍が海に出て三時間が経った。
 その時、双眼鏡を覗きこんでいたマシラの部下が焦り声を上げた。


「南西より“夜”が来ています!! "帝積雲"です!!」

「本当か!? 今何時だ?」

「10時です。予定よりずっと早い!!」

「マズイな、……ショウジョウ!! 行けるか!?」

「ウータンダイバーズ!! 直ぐに海に入れ!! 海流を探る!!」


 前方からは巨大な雲が接近していた。
 一味も一度遭遇した突如発生する“夜”の正体。
 雲の化石とも呼ばれる、辺り一面を飲み込むような、遠く離れた船からも雲の全容すらうかがわせない程の巨大で分厚い雲。


「アレが、“積帝雲”」

「……何て大きな雲だ」


 予想よりも早い展開に、徐々に船の上が慌ただしくなっていく。
 ショウジョウの探索音(ソナー)が響き渡り、次々とウータンダイバーズが情報を告げた。
 

「反射音確認!! 12時の方角に巨大海流を発見!!」

「9時の方角、巨大生物を探知!! 海王類と思われます!!」

「10時の方角に海流に逆らう波を確認!! 巨大な渦潮ではないかと思われます!!」


 その瞬間マシラが鋭く叫んだ。


「それだ!! 船を10時の方角に向けろ!! 爆発の兆候だ!! 渦潮を捉えろ、退くんじゃないぞ!!」


 海が変わった。
 今までは青空が広がり、波も比較的穏やかであったのだが、急激に波が高くなった。
 キャラベルのメリー号は翻る波の飛沫に煽られ、大量の海水が降り注いだ。


「航海士さん!! 記録指針はどう?」


 ロビンの言葉に波は空を指す記録指針を覗きこんだ。
 

「ずっとあの雲を指してる!! 風の向きもバッチリ!! “積帝雲”は渦潮の中心に向かってるわ!!」

「なるほど……“当たり”か」


 クレスは船の帆を引張りながらナミの言葉を聞いた。
 記録指針の先には島がある。
 どんなに不可解な現象があったとしても、“偉大なる航路”においてこれだけは絶対の真理。
 ならば、後は波に乗りその先の島を目指すのみだ。


「おい兄弟!! 今回は当たりのようだ!!」

「ああ!! 威力も申し分なさそうだ!!」

「行けるのか!?」

「ああ、行ける!!」


 マシラは部下達に指示を飛ばす。
 すると、マシラの船からメリー号に向けて二本のアームが伸び、メリー号を掴んだ。
 

「帆を畳め!! 渦の軌道に連れて行く!!」

「そしたらどうしたらいいの!?」

「流れに乗れ!! 逆らわず中心まで行きゃなるようになる!!」


 マシラの船に引き連れられ、メリー号は渦の中心へと向かう。
 荒れる波の向うに、目的地の大渦はあった。
 それはサイクロンのように恐ろしい程のうねりで回る大渦だった。
 メリー号が渦の流れに乗った瞬間、マシラの船は素早く離脱する。メリー号は一瞬で渦の流れにのみ込まれた。戻ろうとしても、もはや舵は効かないだろう。


「飲み込まれるなんて聞いてないわよォ!!」

「船、飛ぶのかな?」

「大丈夫だ!! ナミさんとロビンちゃんはおれが守る!!」

「こんな大渦初めて見たわ」

「覚悟を決めた方がよさそうだ」

「やめだァ!! やめやめ!! 引き返そう、帰らせてくれェ~~~!!」

「観念しろウソップ。手遅れだ」

「行くぞ~~~!! “空島”~~~~!!」


 渦に乗り、メリー号は海底に通じるであろうその中心へと進んでいく。
 一味の前方に大渦に飲み込まれた大型の海王類が現れるも、渦の力凄まじく、まともに身動きできずに悲鳴上げながら沈んで行った。


「じゃあなお前ら!! 後は自力でがんばれよ!!」

「ああ!! 送ってくれてありがとう!!」

「待てェ~~~っ!!」


 暢気に手を振るルフィにウソップが全力でつっこむ。
 メリー号は渦を回り回って、あっという間にマシラとショウジョウの船から離れて行った。
 ウソップ、ナミ、チョッパーは猛威を振るう大渦に本気でうろたえる。
 メリー号は順調に渦の中心へと向かい、辺りもいつの間にか“夜”になってる。


「引き返そう、ルフィ!! 今ならまだ間にあうかもしれねェ!!」

「そうよ、ルフィ!! やっぱり私も無理だと思うわ」

「空島なんて“夢のまた夢”だろ!?」


 渦を眺めていたルフィは、必死に説得しようとするナミとウソップに向き直る。
 

「“夢のまた夢の島”!! こんな大冒険、逃がしたら一生後悔すんぞ!!」


 物凄くいい笑顔で言い切った。


((た、楽しそ………………!!))


 もはや手遅れだと二人は悟った。


「ホラ……お前らが無駄な抵抗をしている間に」

「間に……なんだ?」

「大渦にのみ込まれる」


 メリー号の船体が浮いた。
 その先にあるのはどこまで続くのかわからない、海に空いた穴。
 落ちれば大渦にのまれ、もみくちゃにされながら海底に引きずり込まれるだろう。


「うわっ!! 落ちる!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!」


 響くウソップの悲鳴。
 船は大渦の中心に落ち、浮遊感が一味を襲うが、なぜか直ぐに消えた。
 メリー号は静かな水面に着地する。
 そこにあった筈のもの、大渦が消え、海が凪いでいた。


「え?」

「何!? 消えた、何で!?」

「あんなでっけェ大渦の穴が!? どういう事だ!」


 ナミは海の変化に海面を覗きこんだ。


「……違う。もう、始まってるのよ。渦は海底からかき消されただけ……!!」

「まさか……」


 海が不気味な音を立て始めた。
 静かに、だが確実に異変は起きている。
 そんな時だった。



「待ァてェ~~~!!」



 遠方から三つの髑髏を掲げたイカダのような海賊船がメリー号に向けて近づいて来た。
 

「おい、ゾロ」

「あ?」
 
「あれ」


 ルフィとゾロは海賊船へと目を向けた。
 海賊船の上には腕を組み仁王立ちする男がいる。二人がモックタウンで出会った無精ったらしい男だ。


「ゼハハハハハハハ!! 追い付いたぞ、麦わらのルフィ!! てめェの一億の首を貰いに来た!! 観念しろやァ!!」

「おれの首? “一億”ってなんだ!?」

「やはり知らねェのか……」


 男は二枚の手配書を広げた。
 一枚はルフィのもの。 
 もう一枚はゾロのものだ。


「本当だ!! 新しい手配書だ!! ゾロ!! 賞金首になってんぞ!!」


 ウソップが双眼鏡で覗き込み確認する。
 

「何ィ!? おい待て、おれは? おれのもあるだろ!?」

「ねェ」


 残念ながらサンジの分は無い。


「一億と六千万か、……まァ、妥当だな」

「そうね、あの子達なら当然」


 男が提示したルフィとゾロの賞金額にクレスとロビンは納得する。
 ルフィはアラバスタにおいて、あのクロコダイルを下し、ゾロはMr.1を倒したのだ。その金額は当然だ。
 ただ、表沙汰になっていないのは、世界政府の介入があったからだろう。
 だが、今はそれどころではない。クレスは一味に促す。


「お前ら、喜ぶのは後にしとけ!! 海の様子がヤバい!!」

「来る。……これが“打ち上げる海流”」


 一味は懸賞金が跳ね上がった事に浮かれていたが、海の異変に再び気を引き締め直した。
 まるでそこから巨大な何かが這い上がって来るかのように、突如、海面が隆起し始める。


「船にしがみつくか、船室へ!!」

「ぎゃあああああああ!! 海が吹き飛ぶぞ!!」


 海の一角がメリー号と一味を追って来た海賊船を悠々取り込んで盛り上がり、地響きと共に内包された圧倒的なエネルギーを噴出させる。
 巻き上がる巨大な水柱。それはまるで天を貫く閃光のように、“積帝雲”に向けて一直線に放たれた。
 
  

「うわあああああああああああああああああああ!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」



 大自然の猛威に二艘の船がのまれた。
 メリー号は位置が良かったのか水柱に乗ったまま上空まで舞い上がり、イカダ船は弾き飛ばされ大破した。






◆ ◆ ◆






 その水柱はどこまでも大きく、遠く離れたジャヤからも確認できた。
 クリケットは煙草をくわえ、無言のまま、天に昇る水柱を見つめ続ける。
 そして、一味を空へと送り出した大猿兄弟は大波に煽られながらその幸運を祈った。

「「行けよ、空島!!」」






◆ ◆ ◆






 巻き上がる水柱をメリー号は垂直に突き進む。
 重力によって位置関係が変わり、一味は皆マストや壁を床にして立っていた。
 

「うほ~~~~っ!! おもしれェ!! よーし!! これで空まで行けるぞ!! 行けェ!! メリ~~~!!」

「ちょっと待った……そうウマい話ではなさそうだぞ」

「どうした?」

「船体が浮き始めてる……!!」

「なんだって!?」


 辺りを見渡せば、“打ち上げる海流”にのみ込まれていたモノが次々と下へと落ちて行く。
 メリー号もこのまま海流から弾かれれば同じ運命をたどる事となるだろう。しかもそれは時間の問題かと思われた。


「やっぱただの“災害”なのか!? 
 爆発の勢いで登っちまってんだから、今更自力じゃ……!!」

「うわっ!! いろんなものが降って来るぞ!! “突き上げる海流”の犠牲者だ!!」

「あァ……おれ達ももうお終いだ。このまま落ちて全員……!! ッてそうだ!! クレス!! おめェ確か空を飛んで無かったか?」

「それがどうした?」

「うおおおおお!! 助けてくれ!!」

「アホか。オレは有事の時はロビン以外助けん。自力で何とかしろ」

「そこを何とか!!」

「知らん」

「ぎゃあああああああ!! 死ぬ~~~~!!」



「───帆を張って!! 今すぐ!!」



 混乱の最中、航海士のナミが強い口調で一味に指示する。


「これは“海”よ!! ただの水柱なんかじゃない、立ち上る“海流”なの!!
 そして下から吹く風は地熱と蒸気の爆発によって生まれた“上昇気流”!!」


 ナミは海流と風、そして肌に感じる空気から情報を推察し、そして活路を見出した。


「相手が風と海なら航海してみせる。この船の航海士は誰?」

 
 ナミは不敵にほほ笑んだ。
 この船の航海士は最高の人材がただ一人。
 一味はナミを信頼し一斉に動き出した。


「右舷から風を受けて、舵は取り舵!! 船体を海流に合わせて!!」

「野郎共!! ナミの言う通りに!!」

「オォ!!」

「急げェ!!」


 一味は速やかに帆を張り、二本のマストで船はめいいっぱいに上昇気流を受け止める。
 だが、船は徐々に水柱から離れて行く。
 

「うわっ!! ヤバいぞ、船から離れそうだ!!」

「落ちる───っ!! 落ちるぞナミ!! 何とかしてくれ!!」

「ううん、行ける!!」


 風と海流を掌握し、航海士は確信する。
 メリー号は水柱から完全に離れ、───空を飛んだ。


「えッ!? 飛んだァ~~~!!」


 メリー号は帆で風を受け、取りつけた両翼に風を絡ませながら飛翔する。
 まさに夢の船。誰が想像できようか、船は風と波を掴んで空を航海しているのだ。


「スゲェ!! 船が飛んだ!!」

「マジか!?」

「へェ……」

「やった」

「ナミさん素敵だ!! そして好きだァ!!」

「ウオオオオオ!!」

「ふふ……」

「これは、……なかなか」


 船は飛翔し真っ直ぐに“積帝雲”を目指す。
 立ち上る水柱は真っ直ぐに雲を貫いている。


「この風と海流さえつかめば、どこまでも昇って行けるわ!!」

「おいナミ!! もう着くのか“空島”!!」

「あるとすればあの雲の向こう側よ」

「雲の上か」


 一味は空の先に思いを馳せる。
 この先にはどんな世界が広がっているのか、見果てぬ冒険に心が躍る。
 空に広がるのは天国か、それとも地獄か。
 船が向かうのは“積帝雲”を抜けたその先。


 その答えは全てこの雲の先にある。

 










あとがき
次回から空島ですね。
今回は前回の話の差分にあたるのですが、どうしようかと思って、書いて消してを繰り返して、結局今回も蛇足的に書いてしまいました。申し訳ないです。
空島編は何パターンか考えているのですが、どれにしようか迷っています。
次も頑張りたいと思います。


 



[11290] 第五話 「雲の上」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/06/05 10:08
 波と風を手繰り、メリー号は“積帝雲”の中へと入り込んだ。
 雲とは一般的には水蒸気の塊だとされている。
 だが、“積帝雲”の雲はまるで海中のように身体が濡れ、当然のように息が出来なかった。
 必死に船にしがみつき、宣告もなしに突然襲った窒息感と戦う。
 気が遠のきそうになったその時、目の前に光が差し込んだ。
 空を飛んだ勢いと船の持つ浮力によってメリー号は雲を抜ける。そして、その上に浮かび上がった。


「くッ……ロビン!!」


 身体を包む倦怠感からほぼノータイムで立ち直ったクレスは、真っ先にロビンの下へと駆け寄った。
 クレスの勘が告げている。今抜けた雲は間違いなく“海”だった。
 ならば能力者のロビンにどんな影響を残すかは未知数だ。
 ロビンはぐったりと欄干にもたれかかりながら、他の一味と同じようにあらい息を吐いている。


「ハァ……ハァ……大丈夫よ……クレス」

「苦しいんだったら無理すんな。ゆっくり息を整えろ」

「フフ……もう、心配性ね」


 心配するクレスにロビンは無事を告げる。息は荒いがどうやら、大事は無かったようだ。
 一味もそれは同じようで(ウソップは何故か頭を打って気絶していたが)暫くすると、いつものように元気に立ち上がった。
 クレスは一安心し、辺りを見渡した。


「ここは……雲の上……か?」


 雲を抜けた先は一面の白だった。
 液体状の雲が、まるで海のように広がり、波打っている。
 前方には山のように盛り上がった雲の塊があり、その合間から滝のように雲が流れ落ちていた。


 空の世界は見渡す全てが雲で出来ていた。












第五話 「雲の上」












「何だココは!! 真っっっっ白!!」


 興奮したルフィが叫ぶ。
 一味は辺りを見渡し、果てしなく続く雲の世界に息をのんだ。


「雲!? 雲の上!? 何で乗ってんの!!」

「そりゃ乗るだろ、雲だもん」

「「「イヤ、乗れねェよ」」」

 
 クレスはメリー号が浮かんでいる雲に目を向ける。
 この雲を突っ切った時の感覚は、海水にしては軽いように感じたが、それでも"海"であった。
 僅かにのみ込んだ雲が塩の味がした事からもそう予測できる。
 原理などはさっぱりわからないが、さしずめ今浮かんでいる雲は、“空の海”なのだろう。
 

「そう言えば航海士、ログはどこを指してんだ?」

「ログ? ……ちょっと待って」


 ナミは方位指針を覗きこんだ。


「……まだ、上を指してる。これより上があるってこと?」

「どうやらココは“積帝雲”の中層みたいね」

「まだ上があんのか。……次はどうやって行くんだろうな」

「それは分からないわね」


 ナミ、ロビン、クレスはログの指す位置に頭を悩ませる。
 だが、現状では手段は未知数だ。結局のところはどこかに進んで見るしかないのだろう。


「第一のコ~~~ス!! キャプテン・ウソップ!! 泳ぎま~~~す!!」

「おう!! やれやれ!!」

「ウソップ、スゲェ!!」


 対照的にウソップ、ルフィ、チョッパーは浮かれまくっている。
 「やめとけ」とサンジが呆れながら言うが、ウソップは気にせず海に飛び込んだ。


「おいおい……よくも臆せず堂々と。危機感ゼロだな」

「……あいつ等ときたら」

「でも、とっても楽しそう」

「そりゃ、楽しいだろうよ。なんたって“空の海”だ」


 呆れ顔でクレスは立ち上がり、靴を脱ぎ、上着を脱ぎ捨て、サイドバックを外す。
 軽装となったクレスは軽く腕を回す。そして僅かに口元をほころばせた。


「って、あんたも行く気満々じゃない!!」

「ま、一応は得意分野だしな。どっちにしろ調べるなら実際に潜るのが一番だろ? ついでに長鼻の様子も見て来てやるから」

「ただ口実が欲しいだけに聞こえんだけど」

「偶然だろ」


 クレスはサイドバックからナイフと鉄線を取り出して腰元に下げた。
 

「お! クレスも行くのか!?」

「まぁな。なんか食料になりそうなものがあったらついでに取って来てやるよ」

「うひょ~~~! マジか!」

「パサ毛! 取って来るなら食えそうなのにしろ。とりあえずコイツ等に毒見させる」

「ああ、適当に準備して待ってろ」


 空の海。
 どんな場所かは潜れば分かるが、やはり心躍った。


「クレスも楽しそうね」

「そりゃそうだろ、なんたって空の海だ」


 クレスは側壁の上に立ち、軽く飛び上がって、身体を弓のように撓らせる。
 そして矢のように伸びあがり、一気に海に飛び込んだ。






 水を掴み、一気にかき出す。すると面白いほどに身体が前に進んだ。
 初めて泳いだのはいつだったが、“六式”の訓練によって幼いころから身体能力が高く、泳ぐ事も得意だった。
 浮き輪で浮かんだロビンを遠くへ連れて行こうと引張って、ロビンに怖がられたのも懐かしい。


(それにしても……やっぱり軽い水だな。抵抗を殆ど感じない)


 視界は雲だからか真っ白だ。
 だが、前方がまったく見えないと言う事は無く、慣れてくれば薄い靄のように感じられた。
 軽く、柔らかく、白い。不思議な感触だが、これが"空の海"を泳ぐと言う事なのだろう。
 ぼんやりとそんな事を考えながら泳いでいると、下方に先に潜ったウソップの姿が見えた。ウソップは下へ下へと進んでいく。
 その軽さ故か、空の海は潜る事にほとんど抵抗を感じない。
 ウソップも一通り泳いでそれを感じたのだろう。
 だが、潜る事に抵抗がないと言う事は、逆に浮力が小さいと言う事だ。
 沈みやすく、浮かびにくい。この事を失念していると痛い目を見る事になるだろう。
 クレスはその事の警告を伝えておこうと、とりあえずウソップに近づいていく。
 だが、クレスの目の前から突然ウソップの姿が消えた。


(……ちょっと待て、ドアホかあいつはッ!!)


 クレスは爆発的に海を蹴り放って、ウソップに向けて一気に加速する。
 抵抗のない白い海を進んで暫くすると、目の前の景色が一気に開けた。


「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁあああ!!」


 その先には真っ逆さまで絶叫と共に涙と鼻水を垂れ流しにしたウソップの姿。
 ウソップは空の海の底を抜け、何も無い“ただの空”で存分に自由落下を味わっていた。
 少し考えれば分かる事だ。メリー号は雲の底を突っ切って空までやって来た。空の海に行き着く“底”など無いのだ。


「長鼻ァ!!」

「クレス!? だ、だずげでぐれええぇええええぇぇぇぇえええええええ!!」


 ウソップはクレスの姿に全力で助けを求める。
 自業自得にも程があるのだが、見捨てるわけにもいかないので、クレスは“月歩”でウソップに駆け寄り、逆さに落ちるその脚を掴んだ。
 それと同時に雲から綺麗な二重の目を咲かせたゴムの腕が伸びて来た。ロビン達も心配して助けようとしたのだろう。
 クレスはロビンにウソップを掴んだ腕を上げて無事を告げる。ゴムの腕に咲いたロビンの目は安心したような笑みを作ると、スッと消えた。傍目から見るとホラーだが、クレスは特に気にしない。


「余計な心配させんな……コラ」


 ウソップは失神してしまっていた。
 クレスは片足の“月歩”で飛びながら、ウソップの頭をもう片方の足で軽く蹴った。


「……ん、ココは……ひゃあああああああ!!」

「うるさいぞ」

「ぐおッ!!」

「帰るぞ長鼻。大人しくしてろ。暴れたら餌にすんぞ」

「は、はーい」


 クレスは大人しくなったウソップを連れて再び、雲の中へと入った。







「おもっしれーなココの魚」


 ウソップを助け出してからクレスは何度か海に潜り、空の海に生物がいる事を突き止めた。
 空の魚に関してはノーランドの日誌にもある記述で、日誌内では“奇妙な魚”と表現されている。
 浮力が小さく底のない海で、生き残るために独自の進化を遂げた結果でろうと予測できる。


「しかもうめェ!!」

「ソテーにしてみた」


 現在、船ではクレスが取って来た魚の試食会という名の毒見が行われている。
 毒がないのはクレスとサンジが一応確認済みだが、それでも万が一という事もある。
 よって、とりあえず先に胃袋も丈夫そうな男共に振る舞う事にした。


「おお……なかなかうまいな。やっぱ料理人がいると違う」


 クレスも“空魚その1のソテー”を口に運んだ。
 口に入れた空魚は弾力があるのに柔らかく、口の中でとろけるように消えていく。新食感だ。つけ合せのソースも絶妙だった。
 クレスも調理は一通りこなせるのだが、なかなかサンジのようにはいかない。


「ロビンも食べるか?」

「ええ、頂くわ」

「ロビンちゅわァ~~~んッ! どう? おいしい?」

「ええ、とても」

「いや~~照れるなァ! 腕によりをかけました、レディ」

「……オレの取って来た魚だしな」

「あァ!? おれの料理にケチつけるつもりか」

「あ? 事実だろ」

「アホが二人」

「「てめェには言われたくねェよロロノア(マリモ)!!」」


 方位指針はまだ上を指しているものの、船をどう進めていいのか分からないため、一味は取り合えず前方の壁のように立ち上る雲の塊へと船を進めている。
 船の見張りはチョッパー。双眼鏡を覗きこみ、辺りを見渡していた。


「おーい! みんな!! 船と……人? えッ!?」

「どうしたチョッパー?」

「船があったのか?」

「いや……うん、いたんだけど、もういなくて!! そこから牛が四角く雲を走ってこっちに来るから、大変だァ~~~!!」

「わかんねェ、落ちつけ!」


 とりあえず何かがいたのだろうと、警戒のためにクレスはチョッパーが指を指して騒いでいる方向に目を向ける。
 

「何だ……人?」

「人だ!! 雲の上を走ってくんぞ!!」

「おい止まれ、何の用だ!!」


 角の生えた四角い仮面を被り、背中に天使のような羽を生やした男がコチラに向かって雲の上を滑走してくる。
 肩には物々しいバズーカ―砲を担ぎ、手には細長い盾を持っている。明らかな敵意を感じた。


「排除する」

 
 仮面の向うで男の双眸が鋭い光を放った。


「やる気らしい」

「上等だ」

「何だ? 何だ?」
 

 飛びかかって来る男にサンジ、ゾロ、ルフィが立ち向かう。
 仮面の男は足のスケート靴のような装置から烈風を噴射させ、加速した蹴りで3人を一瞬で吹き飛ばした。
 三人とも身体が思うように動いていなかった。だがそれも仕方がないだろう。今は空に昇って来たばかりだ。急激な気圧の変化にさすがの三人も着いていけなかったのだ。
 男は船の甲板を蹴って恐ろしい程の跳躍を見せながらメリー号から離脱し、肩に担いだバズーカ砲の照準を一味に向けて定めた。
 

「排除」


 男の引き金が引かれる瞬間、


「物騒なもん向けんじゃねェよ」


 “月歩”によって接近したクレスが砲身を踏みつけ、強制的に照準を下げた。気圧の変化もクレスは例外だった。
 メリー号を外れた砲弾は雲の海に大きな水柱を上げる。
 同時にクレスは砲身の上を駆け、男を蹴りつける。鎌のような半円を描いた鋭い蹴りに、男は足の装置から烈風を噴射させた。
 噴射を受け、男の体制がクレスの蹴りの軌道から僅かに逸れる。クレスの蹴りは男の顔面に直撃するも男の仮面を砕くだけにとどまった。


「チッ……」


 男の素顔が露わになる。
 何かの風習か、剃り込んだ長髪を後ろに束ね、顔の左側に毒々しい刺青を入れた男だ。
 男は舌打ちするクレスに向け、脚の装置の噴射によって身体を捻りながら、勢いに乗った回し蹴りを放った。
 クレスは咄嗟に“鉄塊”で硬めた腕で防御する。鋼鉄のような硬度持つクレスの腕を素足で蹴りつけたにも関わらず男は眉ひとつ動かさない。
 それどころか、クレスに受け止められた脚を噴射装置によって更に加速させ、中に浮いたクレスをなぎ払った。
 だが、男の脚は空を切る。クレスは“月歩”によって直前で後ろへと引き避けていた。
 一瞬にも満たない攻防の末、男は雲の上へと着地する。その着地の瞬間、空を駆けるクレスが男に向け指を突き出した。


「指銃ッ!!」

「……ッ!!」


 六式が一つ、指銃。
 高速で打ち出される鉄指の弾丸。
 クレスの指銃は男の胸の中心を射抜くように突き出されて、男が咄嗟に突き出した細長い盾を貫いた。
 だが、クレスの攻撃は男の身体を削り傷を与えるも、決定打には至らなかった。男は貫かれた盾の合間からクレスの懐に身体を滑り込ませるように密着する。
 そして掌をクレスの腹部に押し当てた。


「───衝撃(インパクト)!!」


 瞬間、クレスの身体に衝撃が駆け抜けた。
 咄嗟に鉄塊で防御したにも関わらず、男の掌から生まれた衝撃はクレスの“髄”を破壊する。
 だだの打撃では無い。いうならば打撃が生まれる過程を省いて、威力のみを直接叩きこまれたような衝撃だ。


「……ガッ!!」


 内臓を痛めたのかクレスの口元から血が漏れ、体制を崩し、雲の中へと投げ出される。
 男は後ろに飛びながら担いでいたバズーカ砲をクレスに向けた。
 速やかに引き金が引かれ、砲弾が発射される。砲弾は容赦なくクレスに迫った。


「嵐脚!!」


 クレスは雲に沈んだ状態で足を一線させ、斬撃を放つ。
 放たれた斬撃は砲弾と相殺し砲弾が炸裂する。爆音が轟き、男との間に黒煙が漂った。


「効いたぞ……今のは……」


 クレスは月歩で飛び上がりながら、黒煙の向うにいる男を睨めつける。
 口の中に溜まっていた不快な血を吐き出し、手の甲で口元を拭った。


「なめんな」

「……しぶとい野郎だ」


 クレスの両足に力がこもる。
 男もまた盾とバズーカ砲を構えなおした。



「そこまでだァ!!」



 その時、水玉模様の巨大な鳥に乗り、甲冑を身を包んだ老騎士が飛来する。
 老騎士はクレスと睨み合う男に向けて、手に持ったランスで体重の乗った鋭い突きを繰り出した。
 男は老騎士のランスを盾で受けるも、後ろへと弾き飛ばされる。
 弾き飛ばされた男はクレスと老騎士を見比べ、舌を打ち、背を向け退いた。


「去ったか」


 老騎士は鳥から飛び降り、メリー号へと降り立った。
 そして、しばし呆然としていた一味に向け、


「ウ~~~ム、我輩、空の騎……グべッ!!」


 老騎士の頭にクレスの踵が食い込んだ。


「誰だコイツ?」

「それを今聞いてんだよ!!」


 怒られた。






「ウ~~ム、いきなり踵落としとはヒドいのである」

「悪い、怪しいから敵だと思った」  

 
 クレスはチョッパーに処置を受けながら“空の騎士”と名乗った老騎士に頭を下げた。
 

「ウム……まぁ、それもしたがななかろう。それよりもビジネスの話をしようじゃないか。おぬしら青海人であろう?」

「ビジネス……? それに青海人って何?」


 ナミが空の騎士に問いかける。


「青海人とは雲下に住む者の総称だ。つまりは青い海から昇って来たのか? という事だ」

「うん、そうだぞ」


 先程の男にやられた状態で寝っ転がっていたルフィが答える。
 空気が薄いため、上がった息がなかなか整わない。
 どうやらまだ気圧の変化に戸惑っているようだ。それは座り込んだサンジとゾロも同じなのだろう。


「ならば今の状態も仕方あるまい。
 ここは“青海”より7000m上空の“白海”。更にこの上層の“白々海”に至っては一万mにも及んでいる。通常の青海人では身体が持つまい……」


 ルフィは空の騎士の言葉を聞きながら背中のバネで起きあがった。
 そしてドンと胸を叩く。
 座り込んでいたゾロとサンジも長い息を吐いた。


「おっし! だんだん慣れて来た!!」

「そうだな……だんだん慣れて来た」

「イヤイヤありえん」

「早いうちに全力を出せるようにしとけよ。オレも一撃貰っといて言えた義理じゃないが、動けるようにしといたほうがいい」

「いきなり動けるおぬしが一番ありえん」
 

 空の騎士は気を取り直し、話を進める。


「我輩フリーの傭兵である。
 ココは危険の多い海だ。空の戦いを知らぬ者なら、さっきのようなゲリラに追われ、空魚の餌になるのがオチであろう。
 そこでだ。───1ホイッスル、500万エクストルで助けてやろう」


 空の騎士の言葉に一味は首を捻り、


「何言ってんだおっさん?」


 素直な疑問を上げた。


「バカな! 格安であろううが!! これ以上は1エクストルもまからんぞ!! 我輩とて生活があるのだから」

「だからその“エクストル”だとか“ホイッスル”ってのがわかんねェんだよ」


 サンジの言葉に空の騎士は目を唖然と見開いた。


「ハイウエストの頂かがココに来たんじゃないのか? ならば島を一つ二つ通ったであろう?」

「ちょっと待って!! 他にもこの“空島”に来る方法があったの!? それに一つ二つって、空島っていくつもあるもんなの?」

「……何と!! おぬしらまさかあの“バケモノ海流”に乗ってココへ!? ……まだそんな度胸の持ち主がおったとは」

「……普通のルートじゃないんだ、やっぱり」


 ナミが自分たちが一か八かの勝負をした事に気づきおよおよと泣き崩れる。


「いーじゃん、着いたんだから」

「死ぬ思いだったじゃないのよ!! じっくり情報を集めていればもっと簡単にッ!!」


 ルフィの胸倉をナミが暴力的に揺さぶる。
 

「そう言えば……クレスが取って来た航海日誌にもそんな事書いてあったわね」

「なるほど……そっちが正規ルートだったか」

「納得してんじゃないわよッ!!」


 恐慌するナミ。
 だが、空の騎士は諭すように言葉を紡いだ。


「一人でも船員を欠いたか?」

「いや、全員で来た」

「他のルートではそうはいかん。100人で空を目指し、何人かが到達する。誰かが生き残る。そういう賭けだ。
 ───だが、“突き上げる海流”は全員死ぬか、全員到達するかだ。
 0か100の賭けが出来る者はそうはおらん。近年では特にな。度胸と実力を備えるなかなかの航海者達とみうけた」


 空の騎士は一味に向かい小さな笛を投げた。


「1ホイッスルとは一度この笛を吹き鳴らす事。さすれば我輩、天よりおぬしたちを助ける為に参上する。
 本来はそれで空の通貨500万エクストル頂戴するが、1ホイッスルおぬしらにプレゼントしよう。その笛でいつでも我輩を呼ぶがよい」

 
 空の騎士はそう言い、背を向け立ち去ろうとする。


「待って! 名前もまだ……」

「我輩は“空の騎士”ガン・フォール!!」

「ピエ───ッ!!」


 すると主の名乗りに応じ、控えていた水玉の鳥が大きく鳴いた。


「そして相棒、ピエール!!」


 空の騎士は名乗りを終え、颯爽と相棒のピエールに飛び乗った。


「言い忘れたが、我が相棒ピエール、鳥にして<ウマウマの実>の能力者!!」

「鳥が!?」


 巨大な鳥の姿が変化する。
 掻き爪は力強い蹄に、嘴は消え、口からはエンジンにも似たうねりを吐いた。
 鳥の肉体は悪魔の力により馬へと変化する。
 だが、唯一。背中にはためく翼だけはそのままだ。


「つまり!! 翼をもった馬になる!! 即ち……」

「うそ……!! 素敵!! ペガサス!!」


 ペガサス。神話のみに語られる伝説の天馬。
 老騎士を背に、荒ぶるように後脚で立つ。鋭い嘶きが響いた。


「そう、ペガサス!!」

「ピエ~~~~~ッ!!」


 ただ全身水玉模様だった。
 

(((いやァ、微妙……)))


 ブサイクな馬だった。


「勇者たちに幸運あれ!!」


 宣託を告げる神官のように空の騎士は一味に言葉を贈り、ブサイクな天馬で去って行った。


「……結局なにも教えてくれなかったわね」

「そうだな。……何だったんだあの爺さん」






 結局手がかりも無く、一味はひとまずは予定通りに、前方の滝のように流れ落ちる雲に向けて舵を取った。
 メリー号は雲の海を進み、やがてその前に大きな雲の塊が立ち塞がる。
 ためしにルフィが手を伸ばしてみると弾力を持って弾かれた。触ってみると干したての布団のように柔らかく温かい。
 今度は固形の雲。それはつまり、この雲の上を船は通れないと言う事だ。
 一味は固形の雲と雲の間に出来た迷路のような隙間を辿って、前に進む。空の騎士を呼ぶ案も上がったが、緊急事態用として残しておく事にした。
 苦労しながらも雲の迷路抜ける。
 すると前方に巨大な門が現れた。


「『HEAVEN'S GATE』……“天国の門”だとよ」

「縁起でもねェ。死にに行くみてじゃねェかよ!!」

「いーや、案外もうおれ達ァ死んでんじゃねェのか?」

「そうか、その方がこんなおかしな世界にも納得できるな」

「死んだのかおれ達!?」

「天国か~~~楽しみだァ!! こっから行けるんだ!!」


 門の向こうには一味が目標として目指した巨大な雲の滝がある。
 滝は更に上の天空へと繋がっていた。どうやらココが入り口で正解のようだ。後はあの滝をどうやって昇るかだった。


「見ろ!! あそこから誰か出てくる!!」
 

 ウソップが指を差す。
 門は短いトンネルのようになっていて、両側に歩行用の陸地スペースがある。
 そこに繋がる個人用の扉からカメラを持った老婆が出て来た。


「観光かい? それとも……戦争かい?」


 シャッターを切りながら老婆は一味に問いかける。


「どっちでも構わないけど、上層へ行くんなら入国料一人10億エクストルおいて行きなさい。それが法律」


 どうやら入国管理の人間らしい。
 特に珍しい事ではないが、どうやら空島にもそういう制度があるらしい。
 以外に発達した社会を形成している島なのかもしれない。


「天使だ……梅干し見てェな天使だ」

「10億エクストルってベリーでいくらなんだ?」
 
「……あの、もしお金がなかったら?」


 ナミの問いかけに老婆は無表情で、


「通っていいよ」

「いいのかよッ!!」

「───それに、“通らなくてもいい”。
 私は門番でも憲兵でもない。お前たちの意志を聞くだけ」


 老婆は不気味な笑みを浮かべた。
 

「ん! じゃあ、おれ達は空島に行くぞ!! 金はねェけどな」

「そうかい。8人でいいんだね」


 特に考える事も無くルフィは即答した。


「いいのか? 払っとけば面倒事に巻き込まれずに済むかもしれないぞ」

「いいんじゃねェのか? 払わなくていいって言ってんだし」

「そうね、タダで済むならそれに越したことはないわ」


 こういうケースは後で法外な“違反金”や“滞在料”や“出国料”をブンどられる事がある。払えなければ強制的に過酷な労働に回されるだろう。
 クレスはそれを指摘したがルフィは意見を変える事は無かった。
 ナミも頭を悩ませ、結局をお金を取った。


「でもよ、どうやって上に行くんだ?」


 そんな疑問が上がった時、メリー号に取り付けられ、空に昇る際に折れてしまった両翼を巨大なハサミが掴んだ。


「白海名物、“特急エビ”」


 驚く一味をよそに、メリー号を掴んだ巨大なエビは雲の滝に向けて進み始めた。
 ジョットコースターのように高速でメリー号は雲で出来た滝を昇っていく。滝はずっと上まで続いてる。
 歓声を上げる一味。この上に一味の目指す“白々海”の空島があるのだろう。


「……供物は8人」


 メリー号がその姿を消した時、老婆が口元を歪める。背中に生えた白い羽とは真逆の笑みだ。






 ───「天国の門」監視間アマゾンより、全能なる“神”及び神官各位。
 ───神の国「スカイピア」への不法入国者8名。







 ───“天の裁き”にかけられたし───












あとがき
空島編開始です。
今回はクレスVSワイパーですね。
ワイパーのインパクトダイアルに関してはオリ設定ですが、リジェクトダイアルを使っていた事から、普段はインパクトの方を使用しているのだと想像しました。
クレスがインパクトで一撃を貰う。以外にこれが重要だったりします。






[11290] 第六話 「神の国 スカイピア」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/06/15 17:29
  
 “特急エビ”に連れられ、一味は帯のように空中に敷かれた雲の河を抜けて最高層の“白々海”へ突き進んだ。
 胸を燻る期待と、僅かな不安。風を切りながら駆け昇るメリー号の一味の気持ちは一つだ。
 やがて長い雲のトンネルの向こうに光が差し、メリー号は光差す雲の向うへと抜けた。
 そしてそこにあった風景に一味は喜びの声を上げる。


「島だ! 島があった!! 空島だ~~~~ッ!!」


───神の国 スカイピア

 そこはまさに人々が描く“天国”のような島だった。
 太陽に恵まれた陽気な気候。
 雲で出来たビーチには緩やかなさざ波がうちよせる。
 その奥には南国風の植物が並び、中央には舗装された白石の階段が島の中心街に向かって続いていた。
 白石の階段は島中に敷かれ、雲による起伏の上には白で統一された家々が立ち並び、中には宙に浮かんでいる雲の上にも家が建てられている。
 島の北東には、絡み合う巨大な二対のツタの中心を帯状の雲の河がアーチを描くよう流れ、通る船は無かったがどこか別の場所へと繋がっていた。
 一味は意気揚々とメリー号をビーチに向けて進めた。


「うほー! この島、地面がフカフカだ!!」

「うおおお!! こりゃスゲェ!!」

「空島ぁ~~~~!!」


 ルフィ、ウソップ、チョッパーの三人は待ち切れずにビーチへと走っていく。


「おい、錨はどうすんだ? 底がないんじゃないのかこの海?」

「いいんじゃねェのか、降ろしたら。あいつ等を見てるとどうやら足がつくみたいだからな」

「なるほど。……しかし、たまげた光景だな、まるで夢のようだ」

「確かに……言えてるな」


 錨を降ろしながら会話を交わすゾロとクレスに、ズボンのすそを折っていたサンジが、


「全く、あいつ等のはしゃぎ様と言ったら……ひゃっほ~~~う!!」

「おめェもだよ」


 バク転しながら島へと降り立ったサンジ。


「痛い、痛いっ! ごめん、ごめんって!!」


 甲板ではナミが暴れるサウスバードを逃がしている。
 上の服を水着に替えたナミに、サウスバードがささやかな仕返しをしていた。


「……空島か」


 クレスは空島を見渡して、頬が緩むのを自覚した。
 雲に囲まれた島。子供にペンを持たせ、空に浮かぶ島を描かせたら同じような情景が浮かぶかもしれない。そんな夢のような島だ。
 

「ねぇ……スカイピアって」

「ええ、ルフィが持ってきた地図の中にあった名前よ。 
 空から落ちて来たガレオン船は本当に雲の上を200年も漂っていたのね。あの時は、正直こんな空の世界なんて想像できなかったけど……」


 ナミは笑み浮かべ、メリー号から空島に向かって飛び降りた。
 雲の地面に降り立ち、雲の水が緩やかに跳ねる。


「ほら!! 体感しちゃったもの!! 疑いようがないわ!!」


 ナミは晴れ晴れとした表情で、騒いでいるルフィ達の下へと向かって行った。


「そうね……昔は航海や上陸が冒険だったわね」


 その様子を眺めていたロビンが誰に言うでもなく呟く。


「何言ってんだ。そんなもん気持ちの持ち方一つで変わるもんだよ」

「……大人になると少しずつ薄れていくものなのかしら?」

「どうだろうな……今はどんな気分だ?」

「どうかしら?」

「そうか……なら……」


 クレスはロビンに向け手を差し出した。


「行けば分かるさ」

「そうね」


 腕を引き、クレスはロビンと共に空島に降り立った。
 雲の地面は柔らかく、雲の水は陽気な気候との対比で冷たく心地よい。
 クレスはロビンに問いかける。


「どうだ?」

「さぁ……どうかしら?」


 ロビンは穏やかに微笑んだ。


「ロロノア! お前は行かないのか?」

「お前……そりゃ行くけどな。ハァ……あーもういい、先行ってろ」


 ゾロはめんどくさそうに頭をかく。
 クレスは首をかしげながらもロビンを促した。


「そうか、じゃあ行くか」

「ええ」


 クレスはロビンと共に雲の感触を楽しみながらビーチへと向かう。
 向かう途中で、ロビンと手をつないでいるのを見つかりサンジとの乱闘が勃発したが、一味的には特に問題は無かった。
 空島はどうやら地上とは全く異なった世界を形成しているようだ。植物なども種子が風船状だったりと特殊であり、ナミとチョッパーは雲を加工して作った椅子を見つけた。


「クレス~!! これどうやって食うんだ?」

「ん、どうした?」


 カボチャのような果実を抱えたルフィが食べ方が分からないのかクレスに問いかけた。
 クレスはルフィからその果実を受け取り調べていく。ヤシのような木に生っていたもので、軽く振ってみると中で液体が揺れる音がした。
 ココナッツの様なものかとクレスは判断し、とりあえずナイフで比較的軟らかかった裏面に『コ』の字の切り込みを入れ、ふたを開けるように固い皮を開けた。
 そして中に入っていた透明な液体に指をつけ、舐めとった。


「お、甘くて美味い。
 ココナッツジュースみたいなもんか……特に問題もなさそうだし、これでいいだろ。クルマユにストローでも貰ってこい」

 
 クレスはルフィに果実を手渡した。


「んんんめェええええ!!」

「クレス! おれのも開けてくれ!!」

「いいぞ。……オレも後で取ってこよう。甘いし、かなり気に入った。シロップでも混ぜよっかな」

「……おれのには入れんなよ」


 そんな時、雲のビーチにハープの美しい旋律が響き渡った。
 一味は音の方向へと目を向ける。サンジがハープを持った人物を指差した。
 背中に天使のような白い羽のある女性だ。透き通るような金髪は後ろで編まれ、髪を触角のように二つ立たせてその先を丸くまとめていた。
 女性は一味に振り返り、くすりと微笑んだ。


「へそ」


 女性は一味に向けそう言った。












第六話 「神の国 スカイピア」












 にこやかな笑みを浮かべながら女性は一味へと歩み寄った。
 するとゾロが見つけた狐のような白い毛の小動物が彼女の下へと駆けよっていく。
 女性は白狐をやさしく抱きとめ、一味に向け口を開いた。


「青海からいらしたんですか?」

「うん、下から飛んできたんだ。お前ココに住んでんのか?」

「はい、住人です。ココはスカイピアの『エンジェルビーチ』。
 私の事はコニスとお呼び下さい。そしてこっちは雲ギツネのスーです」


 コニスと名乗った女性はルフィ達が持っている果実に目を向けた。


「コナッシュを飲まれているのですね。もしかしてココへは何度か来られた事が?」

「いや、初めて来た」

「そうでしたか。ココナッシュの飲み方を知っていらっしゃるからてっきり」

「いや、あんた達が言う"青海"ってとこにも、似たような果実があんだよ」

「そうでしたか。初めてでしたら、何かとお困りでしょう。よければ何か力にならせて下さい」

「あ……それじゃ、君の視線に心が火傷をおおおおおッ……ナミさん痛い」

「邪魔」


 耳を捻りサンジをどけるナミ。
 コニスの口ぶりからすると観光目的の人間も多いのだろう。


「助かったわ。知りたい事がたくさんあるのよ。とにかくここは私たちにとって不思議だらけで」

「はい、何でも聞いてください」


 ナミはいくつか気になった事コニスに問いかける。
 コニスはナミの質問に丁寧に答えて行った。


「おい、海からなんか来たぞ?」

「ナメクジか?」


 そんな時、海から猛スピードで乗り物に乗った男がやって向かって来た。


「あ、父です」

「コニスさん、へそ」

「ええ、へそ、父上!」

「いや、何言ってんだおめェら」


 男はコニスの父でパガヤといった。
 パガヤはコニス達に手を振りながら、バイクにも似た帆のない船を操っている。
 コニスの説明によると、"ウェイバー"という空島独自の乗り物らしい。


「はい、すいません。止まりますよ」


 そう言ったものの、操作を誤ったのか、バガヤは盛大にビーチに向けて突っ込んだ。
 近くの樹木に頭から激突し、よれよれの状態で、


「みなさんお怪我は無いですか……」

「おめェがどうだよッ!!」


 コニスから一味の事を聞き、取れたての空の幸をごちそうすると言って、パガヤは一味を家へと招待した。
 一味は喜んで了承し、ナミはウェイバーの事が気になったのかその仕組みをパガヤに問いかけた。
 

「まぁ……“ダイアル”をご存じないのですか?」

「何だそれ?」


 ダイアル。
 クレスとロビンは過去にそんな言葉を聞いた事を思い出した。


「なあ……もしかして“ダイアル”って貝みたいな何かか?」

「ええ、そうです。貝の死骸を使ったものですね」

「えっ!? クレス知ってんのか?」

「昔、ロビンとグランドラインからの品を横流ししている店に行った時に見つけたんだ。
 あの時は確か、スイッチみたいな殻長を押した時に風が吹いてびっくりしたんだが、もしかして同じ原理か?」

「その通りです。“風貝(ブレスダイアル)”といって、ウェイバーはコレを動力にしているんです」


 ルフィはウェイバーが気になったのか、早速乗ってみる事にした。
 だが、ウェイバーは風貝(ブレスダイアル)の動力を生かすために船体が軽く作られていて、僅かな波にも舵をとられる。
 動かすには、波を予測できるくらい海を知っている必要があり、なおかつ繊細な操作技術が求められる。
 ルフィには乗りこなせる乗りものでは無かった。波に弾かれ、海に投げ出され、沈んで行く。
 空の海でも能力者はカナヅチのままのようで、下に突き抜ける寸前でサンジとゾロに助けられた。
 対照的に海を知りつくしたナミは、ウェイバーを完璧に乗りこなしていた。ルフィが嫉妬して「沈め」と毒づいたが、サンジに殴られて舌を噛んでいた。
 ナミはもう少しウェイバーに乗って遊ぶらしく、一味はナミを置いてパガヤの家へと向かった。
 





「みなさんは空島は初めてなのですね」


 パガヤとコニスは家に着くまでの間に空島に関する説明をおこない、一味の質問に答えた。
 空の生活は『雲』と『貝(ダイアル)』を基盤とした文化だ。

 雲に関しては、普通の雲とは異なり、凝結核に海楼石に含まれる成分“パイロブロイン”と呼ばれるものが関係している。
 雲で出来た地面と海をパガヤは“島雲”と“海雲”と呼んだ。角質の粒子であるパイロブロインが水分を得た時、その密度の差によって二つの性質に分かれるらしい。
 また、雲はある程度人工的にも加工する事が可能で、一味も通った雲の道“ミルキーロード”や雲の椅子などはその一種であった。

 貝(ダイアル)に関しては、パガヤの家で実物を見せてもらい、説明を聞いた。
 空で取れる貝の死骸はそれぞれに特徴があって、光、火、風、音、映像など様々なのもを“蓄える”事が出来る。
 空の人間はその性質を“ダイアルエネルギー”として利用し、生活をおこなっていた。

 雲と貝(ダイアル)どちらも地上に比べて資源に乏しい空の生活には切り離せないものであった。


「さァ出来たぞ!! “空島特産フルーツ添えスカイシーフード満腹コース”だ!!」

「んまほ~~~~!!」
 

 パガヤの家で一味はサンジが腕をふるった空島料理を心から堪能する。


「おい、ナミさんはどこへ行ったんだ?」


 サンジは一人ウェイバーで遊んでいるナミを呼ぼうとしたのだが、エンジェルビーチにナミの姿は無かった。


「いるだろ、海に」

「いや、いねェ」

「じゃ、ちょっと遠出でもしてんだよ。ほっとけって」

 
 楽観的に構えるゾロ。
 だが、コニスとパガヤの顔には焦燥が生まれていた。


「父上……大丈夫でしょうか?」

「ええ、コニスさん。私も悪い予感が……」

「なんだ? どうした?」


 スカイロブスターを頬張りながら二人に問いかけるルフィ。
 コニスは目を伏せながら口を開いた。


「このスカイピアには何があっても絶対に足を踏み入れてはならない場所があるのです。
 その土地はこの島と隣接しているので、ウェイバーだと直ぐに行けてしまう場所で……」

「絶対に足を踏み入れちゃならない場所って何だ?」

「聖域です。───神が住む土地『アッパーヤード』」


 コニスの言葉に一味は皆箸を止めた。


「“神”がいるのか!? 絶対に足を踏み入れちゃいけない場所に?」 

「はい、ここは“神の国”ですから、全能の神<神(ゴッド)・エネル>によって治められているのです」

「へェ~」

「ちょっと待てルフィ!! お前今何を考えた!! 
 絶対に足を踏み入れちゃならない場所ってのは、絶対に入っちゃなんねェ場所って意味なんだぞ!!」

「そうか……絶対に入っちゃなんねェ場所かぁ……」

(((……絶対に入る気だ)))


 上機嫌なルフィ。
 ロビンのグラスにコナッシュのワインを注いでいたクレスが口を開く。


「それにしても……自称か名称か知らないが、“神”称号を持つとは、とんでもない野郎だな」

「あ、あの! くれぐれも神への冒涜はおやめ下さい。……神は全能なる力をお持ちなのです」

「ああ、すまん。別にアンタ達の神にケチをつけようってワケじゃないんだ」


 本気で焦った様子のコニスにクレスは発言を訂正する。
 だが、コニスの様子にクレスはただならぬ想いを感じていた。
 コニスとパガヤが言う“神”がどれだけの力を持つかは知らないが、碌な人間ではなさそうだ。
 口ぶりからすると“神”というのは統治者の称号に聞こえるが、コニス達がその者に抱いているのは尊敬などでは無く、間違いなく恐怖だ。
 

(……案外、まともな国じゃないのかもな)


 いろんな国を旅して回ったが、統治者の名前に恐怖を思い浮かべた国がまともな国だったためしがない。
 クレスは空島に潜んだきな臭さを感じ始めていた。






◆ ◆ ◆






───同時刻 アッパーヤード


 ウェイバーでの水上ドライブを楽しんでいたナミは巨大な植物が生え茂る密林の、雲では無く土で出来た島にやって来ていた。
 そびえ立つ樹木はどれも樹齢は1000年は超えているだろうと予測できるほど巨大で、地面にまで現れた根が小山のように盛り起っている。
 『リトルガーデン』の太古の密林にも入った事のあるナミだが、その景観にはしばし圧倒された。
 その時だった。


「な、なに!?」


 森の奥からミシミシと言った何かが軋む音と、悲鳴が聞こえてくる。
 その音はウェイバーに乗り島を眺めるナミのすぐ傍までやって来ていた。
 森では一人の男が追われていた。
 追手は三人。それは凄惨な狩りであった。
 一人は、サングラスにスキンヘッドの男。指笛を鳴らすと巨大な犬が追手に襲いかかった。
 二人目は、火を吹く怪鳥に乗ったヘルメットとゴーグルの男。怪鳥を駆り、獲物に食らいつこうとしていた犬を蹴り飛ばした。
 三人目は、玉のように丸い胴をした男。二人目が得物にランスを突きたてようとしたのを、ボールのように軽快に跳ねながら邪魔をする。
 

「え……っ」


 茫然と立ち尽くすナミ。
 その背後で不気味な装填音がした。
 バッと後ろを振り返る。そこには一味を襲ったゲリラがバズーカ砲を構えている。
 引き金が引かれ、轟音と共に三人の中心に破壊の花が咲いた。
 わけのわからない状況にうろたえるナミ。そんなナミの前に追われていた男が息も絶え絶えに這いつくばりながら助けを求めた。
 ナミが混乱した頭で何かを言おうとした時、急に空が輝き眩しいくらいに明るくなった。
 そして逃げる男に向けて、圧倒的な熱量と光が轟音と共に、大地を砕く鉄槌となって叩きつけられた。
 思わず目を覆うほどの閃光が消えた時、そこに男の姿は無かった。あるのは真っ二つに裂かれた大木と削り取られたれた大地。そして雲に空いた奈落のような穴であった。


(なにコイツ等……ヤバい……)


 咄嗟にナミは島の影に隠れた。
 肩で荒い息を制しながら、見つからないように息をひそめる。
 島では四人目の男が姿を現した。蜘蛛の足のような髪の奇妙な男だ。
 男は腕を組みながら何故か白目で他の三人に向けて口を開いた。ナミはそっと聞き耳を立てる。


「───次の"不法入国者"がすでにこの国に侵入している。青海人8人を乗せた船だとアマゾンのばあさんから連絡が入った」

(うそ……青海人8人って私たちの事?)


 一味は神の国において犯罪者となっていたのだ。






◆ ◆ ◆






 行方不明のナミを探すために一味は早めに食事を切り上げてメリー号へと戻っていた。
 ルフィだけはビーチで、エンジニアだったパガヤに沈没船で拾ったウェイバーを手渡している。パガヤの好意で修理を引き受けてくれるそうだ。
 そんな彼らにほふく前進で近付く白いベレー帽を被った集団があった。
 <ホワイトベレー部隊>隊長のマッキンリー率いるスカイピア警察の一団だ。彼らは機敏に立ち上がり、敬礼。そして一味に向けて毅然と声を張り上げた。


「あなた達ですね!! “青海”から来られた不法入国者8名というのは!!」


 こう言われて戸惑うのは一味の方だ。
 

「なんだよ不法入国って?」

「入国料10億エクストルだったかしら……確かに払ってないものね」

「でも、それでも『通っていい』って、あのバアさん!!」

「確かに言ってたが、……実際、通っちまったからな。この国で正しいのは向う側だ」


 なんとなくそんな気はしていたが、面倒な事になったものだ。


「言い訳はお止め下さいまし」


 マッキンリーは一味に向け、『天の裁き』の第11級犯罪にあたる不法入国の説明をおこない、罰として入国料の10倍の値段を支払う事を求めた。
 ベリーでの値段を聞いた所、一味全員で800万ベリー。とても払える額では無かった。
 ホワイトベレーは一味が沈没船で拾ったウェイバーにも難癖をつけ始めた。とても相手にする気になれず、一味は立ち去ろうとする。


「ちょっと待って!! その人たちに逆らっちゃダメよ!!」

「ああっ! ナミさん無事だったんだね!!」


 探しに行こうとしていたナミがウェイバーに乗って猛スピードで走って来る。







「逆らうなって、……じゃあ800万ベリーの不法入国料を払えんのか?」

「……よかった、罰金で済むのね。……800万ベリー」


 ナミはホッと息を吐いて、アクセルを全力で踏み込み、


「───高すぎるわよ!!」


 そのままウェイバーでマッキンリーを轢き飛ばした。
 マッキンリーは錐揉みしながら雲のビーチを転がって、後方の石壁に叩きつけられた。


「はっ! しまった、理不尽な多額請求につい……」

「オイ」


 ナミはウェイバーをパガヤに返し、手短に礼を言ってルフィの腕を引いてメリー号まで逃げる。
 マッキンリーは怒りに震え立ち上がる。ナミの行為は公務執行妨害の第5級犯罪。島流しの極刑に相当した。
 島流しとは、身動きのできない小さな雲の上で永遠と空を漂い続ける罰。つまるところ死刑だ。空から突如船が落ちて来たのもこれが原因だった。


「ひっ捕えろ!!」


 マッキンリーの号令の下、部下達が一斉に弓を構える。
 ルフィはナミを先にメリー号に行かせ、ゾロ、サンジ、クレスは甲板を蹴った。


「雲の矢(ミルキーアロー)!!」


 引き絞られた弓から一斉に矢が放たれる。
 だが、ただの矢では無い。矢の先端には“雲貝(ミルキーダイアル)”が取り付けれており、矢の通った軌道に雲の道を生んだ。
 ホワイトベレーの隊員達はその上をスケート靴型のウェイバーに乗って滑走。取り出したナイフでルフィに襲いかかった。
 だが、ルフィはゴムの腕を伸ばし易々と隊員達のナイフを避け、目を見開く隊員達を“ゴムゴムの花火”によって一斉に殴りつける。
 ルフィが打ち洩らした隊員達はゾロ、サンジ、クレスの三人が的確に片付けた。


「ところでナミ……ウチの船の経済状況は?」

「……残金8万ベリー。クレスが時々食料を調達してるから、マシにはなったんだっけど」

「8万? そんなにねェのか?」

「そうよ、もって二日三日」

「何でそんなに貧乏なんだ!! 船長として一言言わしてもらうけどな、もうちょっと金の使い方ってもんを……」

「お前の食費だよ」


 ホワイトベレーは全員倒され立ち上がる者はいない。
 倒れ伏したマッキンリーはくぐもった笑いを上げた。マッキンリーは一味に指を差し宣告する。


「バカどもが……大人しくしていればいいものの……。
 貴様等はこれで第2級犯罪者……!! 泣こうがわめこうが、“神の島”の神官たちによってお前達は裁かれるのだ!! へそ!!」


 呪いのように言い残し、マッキンリーは意識を飛ばした。
 

「これで立派な2級犯罪者だな」

「ハッ、中途半端なこった。いっその事、第1級になっちまうか」

「空でも追われる身か、それにしても“神の裁き”か……気になるな」


 追われる身になった一味はとりあえず身を隠すことにした。
 “雲の果て(クラウド・エンド)”と呼ばれる東の果てに青海へと戻る道はあるらしく、ナミはそこを目指すことを提案する。
 しかし、肝心のルフィが"神の島"に行こうとウズウズしていて、冒険する気満々だった。
 ナミはむくれたが、ルフィ、サンジ、ウソップの3人は準備のため一端パガヤの家によるらしい。残りのメンバーはメリー号の出発準備を進めた。

 一味が第2級犯罪者となって僅か数分。
 この時既に“裁き”は始まっていた。






「アイツ……!! もう、本気で行く気でいるわ」

「お前だって知ってるだろ、ああなりゃ止まらねェよ」

「ホントに怖いのよ!!」

「おれはどっちでもいい……おれに当たるな」

「チョッパー、アンタは私の味方よ……ね゛ェ?」

「え?」ビビるチョッパー。

「……脅すな」

「ロビン、……二人でルフィを倒さない?」

「何がしたいんだ航海士」


 船に乗り込み、クレス達は三人の帰りを待っていた。
 そんな時、メリー号が浮かぶ雲の海に黒い影が差す。不意にメリー号を激震が襲った。


「なに!?」

「船の下だ!!」


 現れたのは“白海”で見たのと同じ“特急エビ”。だが、その大きさは段違いだ。
 “白々海”名物“超特急エビ”。供物を運ぶ神の使いであった。
 メリー号はその巨体の上に持ち上げられる。そして後ろ向きに進み始めた。


「どこかへ連れて行く気だ!! おい、全員船から飛び降りろ!! まだ間に合う!!」

「だって船は!?」

「心配すんな、おれが残る」

「……いいえ、そんな事も出来ないようにしてあるみたい。大型の空魚達がほら……口を開けて追って来るわ」

「あの群れじゃ……戦うのは無理か」


 高速で進む超特急エビの後ろには大型の空魚達がついて来ていた。
 海に飛び込めば間違いなく襲いかかって来るだろう。
 ロビンとチョッパー、能力者を二人抱えた状況ではクレスも戦えない。ロビン達を“月歩”で運んだとしても、どちらにしろ何か手を打たれる可能性がある。


「エビをやっつけたらどうだ?」

「無駄だ。見たところ船の両端に大穴を空けられてる。……エビを倒せばこの船は沈む。たぶん何をしても手遅れだ」

「……おそらくもう始まってるのよ」
 
「『天の裁き』か、……追手を出すんじゃなく、おれ達を直接呼びよせようってわけだな。横着な野郎だ」

「じゃあ、またあの島へ!?」


 神の使いによって、メリー号は禁断の聖地『アッパーヤード』へと誘われる。
 彼らは“供物”。試練を受ける者達にとっての人質であった。











あとがき
神の裁きスタートですね。クレスは人質ルートです。
次もがんばります。ありがとうございました。



[11290] 第七話 「序曲(オーバーチュア)」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/06/24 20:49

───ノーランドの最期の言葉はこうです。

「そうだ! 山のような黄金は海に沈んだんだ!!」

 王様たちはあきれてしまいました。
 もう誰もノーランドをしんじたりはしません。
 ノーランドは死ぬときまでウソをつくことをやめなかったのです。

                         北界民話「うそつきノーランド」












第七話 「序曲(オーバーチュア)」












「ぐあッ!!」


 ゾロが水の中でカッと目を見開いた。
 前方には今まさにその鋭い牙を突きたてようとしている空サメ。ゾロは咄嗟の判断で三本の刀で大口を開けた空サメを受け止める。
 だが、もともと水中は魚たちの領域。踏ん張りの効かない状態では剛腕のゾロといえど空サメに押し負ける。
 ゾロは空サメに連れられ、一度だけ水中に飛び出て再び水の中へと引きずりこまれた。


「ゾロ!!」

「ゾロが空サメに負けてる!!」

「だから止めとけって言ったんだ、アホめ」

「あ、上がってこない……食べられちゃったのかな?」

「ぎゃああああ!! ゾロが食われた!!」

「……食べられたんなら雲が赤く染まるはず」

「なに怖い事言ってんのロビン!?」

「いや、あの大きさじゃ丸飲みかもしんねェぞ」

「やめんかァ!!」

「うわあああああああああああ!! ゾロ!!」


 静かな雲の水面。
 ゾロが引きずり込まれて、荒れる事も無い。
 空サメと戦いではさすがのゾロももしかして……と、そんな不安がナミとチョッパーを襲った時だった。


「あァ!! ウザってェ!!」


 空サメを殴り飛し、ゾロが顔を出した。
 ゾロは剣士の筈だったが、見事な一撃だった。






 獰猛な空サメが生息する水域の中心に、底面より上面にかけて滑らかな角度の付いた苔毟る四角柱の祭壇。その上に、両側に穴の開けられたメリー号の姿がある。 
 空島において一味は犯罪者となり、“神の裁き”にかけられ、その一環かクレス達は五人はメリー号と共にアッパーヤードの『生贄の祭壇』まで連れてこられていた。


「エライとこに連れて来てくれたもんだ」

「周りは空サメだらけか。こんなとこに連れてきて神とやらは何がしたいんだ?」
 
「ここで飢えさせる事が“神の裁き”なのかしら」

「そんな地味なことするもんなのか、神って?」

「さぁ……会った事ないもの」


 逃げ道を塞がれた状態で超特急エビによって連れられて来たものの、祭壇に供えられた後は何が起こる訳でもなかった。
 どういう訳かわからないが、おそらくはこの場で待つことがクレス達に課せられた“裁き”なのだろう。


「船底がこのあり様じゃ船も降ろせねェ。チョッパー! とにかくなんとか船を直しとけ」

「え、おれ? わかった」

「直しとけって……あんたなんかする気?」

「どうにかして森に入る。ここは拠点にした方がいいと思うんだ。きっとルフィ達がおれ達を探しにここに来る。言うだろ? 迷ったらそこを動くなって」

「あんたが一番動くな」

「いや、オレもロロノアに賛成だ」

「クレスも!?」


 暫くは大人しくしていたものの、クレスもまたこのままでは埒が明かないと考えた。


「どうせココにいるしかないんだ。
 別にわざわざ大人しくしている義理も無い。神とやらも別に『動くな』とは言ってないだろ?」


 そろっているのは状況だけだ。
 クレス達は別に命令を受けた訳ではない。へ理屈だがそれでも言い分は通っていた。


「この島には“神”がいるんだろ? ちょっと会って来る」


 軽いノリで言うゾロに、


「なかなか面白そうだな」


 クレスが同調する。

  
「やめなさいよあんた達ッ!! あんな恐ろしい奴にあってどうすんのよ!?」

「さァな……そいつの答え次第だ」

「いい機会じゃねェか。このまま何もしないよりはいいだろ。少なくとも何らかのアクションがある。それに、いずれは争う事になるんだろうしな」


 不敵に笑う二人。


「神官だってこの島にはいるのよ!! とにかく神は怒らせちゃいけないもんなの!! 世の中の常識でしょう!?」

「悪ィがおれは神に祈った事はねェ」

「右に同じ。そもそも神なんて奴がいたら真っ先にぶん殴ってやるよ」


 “神”と“神官”の恐ろしさをその眼でみたナミが必死に説得するが二人は耳を貸さない。
 ゾロとクレス。方向性は違えど二人とも己の力を信じて生き抜いて来た人間だ。
 油断も慢心もなく、そこにあるのは自己の力への自信。二人からしてみれば、まだ見ぬ相手に始めから恐れを抱く事の方こそが間違っている。


「ああ、神様、私はコイツ等とは何の関係もありません」


 ナミはもう諦めた。せめて自分は無関係で巻き込まれません様にと祈りながら手を合わせた。
 どこか通じるところがあるのかクレスとゾロは神に会った時の対応を検討し始める。
 「とりあえず脅すか?」「いや、一発殴るとこから始めよう」などと、聞きたくない不届きな言葉が聞こえてくるのでナミは耳を塞いだ。


「そう言えば、ロビンはどうすんだ? ロビンが行かないならオレも止めとくけど」

「私も行くつもりよ」

「ロビンもなの!?」

「足手まといになんなよ」


 何気ないゾロの一言にクレスがカチンとなる。


「お前今何つった……ロビンに向かって何て言い草だ、あァ? てめェの方がミジンコ並に足手まといだろうが」

「あ?」

「何でいきなり喧嘩してんの!! あんた達今まで意気投合してなかったっけ!?」


 何故かガンを飛ばし合う二人。 
 ちなみに言葉は悪かったがクレスの意見は的を得ている。
 探索に関してはロビンの方がゾロより何枚も上手だ。むしろ超絶的な方向音痴のゾロの方が足手まといであった。 
 睨み合うクレスとゾロの間にピリピリとした空気が流れる。
 しかし、二人の間に流れる険悪ムードを特に気にした様子も無くロビンはクレスを呼んだ。


「クレス、これ見て」

「ん、どうした?」


 クレスが発していた険悪な空気が消し飛んだ。一瞬でロビンの方を向くクレスにゾロが肩をすかしを喰らう。クレスの半分以上はロビンで出来ていた。
 ゾロの存在消し去ってクレスはロビンが差した祭壇に目を向けた。石で造られた祭壇には霊妙な紋様が刻まれている。


「この祭壇、作られてから軽く1000年を経過しているわ」

「1000年前ってじゃあ……」

「ふふ……こういう歴史のあるものって身体がうずくの」


 ロビンは探究心に好奇心という火を灯した。
 その炎は怜悧なロビンの胸の奥で熱く燃える。それはロビンの考古学者としての性なのだろう。
 

「宝石のかけらでも見つけてくればこの船の助けになるかしら?」

「私も行きます!!」


 それまで猛反対していたナミが勢いよく手を上げる。
 信じられないとチョッパーが、


「ええっ!? あんなに怖がってたのに……」

「歴史☆探索よっ!!」


 目がベリー。


「まぁいい……とりあえず決まりだな」


 方針が決定した。






「……ウン! アア……ウウン!!」


 ゾロは喉の調子を整える。
 太い樹の枝から垂れ下がる縄のように丈夫なツタを引いて、不備のない事を確認する。
 精神統一。薄く目を開け、息を吸い込み、解き放つ。


「ア―──アア──―~~……」

「それはなに言う決まりなの?」


 ゾロはターザンのようにツタを使って祭壇から離れたアッパーヤードの大地に降り立った。


「……………」

「クレスもやりたいの?」

「い、いや、そ、そんな事は、な、なないぞ。ホントだぞ」


 クレスは残念そうな顔で垂れ下がるツタから目を離し、気を取り直してロビンを抱えた。
 そして散歩にでも出かけるように地面のない空中に踏み出し、同時に空中を蹴りつける。
 六式が一つ“月歩”。クレスは子供の頃からロビンを抱えながら空中を移動する事もあったため、今となっては二人分の体重で空をかける事も手慣れたものだ。
 別に二人ともツタを使って移動することも出来たが、わざわざツタを使う必要も無かった。
 

「よっと」

「ありがと」


 軽やかに着地し、クレスとロビンも島へと降り立つ。
 

「……さすがに高いかも」


 祭壇の上では余りの高さにナミが尻込みしていた。
 

「50メートルくらいよ。失敗しないようにね」

「落ちたら死ぬな」

「怖い事言わないでッ!!」 


 高所というのは人間に根源的な恐怖を植え付ける。
 財宝が絡んでいるとはいえさすがのナミもなかなか一歩を踏み出せないでいた。


「く、クレス!! お願い、私も空飛んで運んで!!」

「ダメだ」

「う、うぅ……あんた達の事はなんとなく分かってるけど、お願いっ!!」

「おい、運んでやれよ。とっとと行こうぜ」


 ゾロが面倒くさそうにクレスを促す。
 クレスは専門家としての意見をナミに告げた。


「いや、ダメだ。ロビン以外運ぶつもりはないのもあるが……たぶん、ここを飛べないとついてこれないと思うぞ」

「え……どういう事?」

「周り見てみろ、どの植物も巨大過ぎる。地形もそれに伴って変化する。わかるな?」

「うん……まぁ」

「つまりは、尋常じゃないくらい進むのが難しいかもしれないってことだ。ある程度は覚悟できないと……あ~……なんだ……下手したら死ぬぞ?」

「うっ」

「別に無理して来る事も無いだろ。何ならロロノアでも置いとけ、たぶん邪魔だから」

「おいコラ、勝手に決めんな」


 確かにクレスの言う事にも一理ある。
 クレスの言葉にナミは、


「わかったわよっ!! 飛べばいいんでしょ! 飛べば!! その代わり失敗したらあんた達絶対に受け止めなさいよ!!」


 やけくそのようにツタに掴まり地面を蹴った。見事な逆切れだった。
 そして目をぎゅっと瞑り、必死にツタを握りしめて耐え忍ぶ。振り子の要領で位置エネルギーを変換しナミはどんどんスピードに乗った。


「わあああっ!! 速すぎ!! 止まれなぁ~~~いっ!!」


 目の前に現れる大木。
 このままだとぶつかる。ナミがそう思った時、フワリと花の匂いと共に幾本ものロビンの腕がナミを受け止めていた。


「度胸あるのね」

「ハァ……ハァ……ご迷惑おかけします」

「いいえ」

「……来ちまったならしょうがないな。それなりに安全な道を見つけてやるよ」


 クレスはサイドバックの道具を再確認する。
 クレスは六式を使い、ロビンは能力者のため道具など殆ど必要ない事が多いのだが、それでもある事に越したことは無い。
 今回の場合はゾロはともかくナミにはある程度のサポートが必要に思えた。


「じゃあチョッパー! 船番頼むぞ!!」

「よろしくね」

「直ぐ戻るから」

「がんばれよ、トナカイ」

「おう!! みんな気をつけて行けよ!! 無事に帰ってこいよ!!」


 チョッパーを一人船に残してクレス達はアッパーヤードへと入り込んだ。






 アッパーヤードの森はあまりに巨大だった。
 そびえ立つ樹木はどれも樹齢1000年は軽く超えるだろうと予測できるほど雄大で、絡みつくツタと苔と一体化している。
 樹の根と根が競うようにぶつかり、大地に向かい隆起する。進むにはいちいちこの根を乗り越える必要があり、それに加えて、空島独自の雲の河が島中をながれていて、行く道々を塞いでいた。
 想像を超えた自然に辟易しながら進む。
 暫くするとクレス、ロビン、ナミの三人は気になることができ、調査の為立ち止った。


「井戸がそんなにおかしいか?」


 ゾロが問いかける。
 巨大な樹木にのみ込まれた井戸の傍にしゃがみ、ロビンは井戸の様子を調べていた。


「ええ……樹の下敷きになるなんて考えられない。自然と文明のバランスがとれていないのよ」


 文明とはもともとある自然を下に作られるものだ。それがのみ込まれるとは通常考えられない。
 

「文明はこの樹の成長を予測できなかった。……こんなケース初めて見たわ」


 周りを見てみれば、うっすらではあるがかつての文明の名残が見て取れる。
 だが、どれもこの地に住んでいた人々の予測を越えた自然にのみ込まれたのだ。



「…………」

「さっきから黙り込んでるけど、何が見えたんだ航海士?」


 双眼鏡を覗きこみ茫然と固まったナミと島の植物を見てどこか引っ掛かりを覚えたクレス。
 二人は巨大な樹の枝の上から島を見渡していた。


「ねぇ……あんたこの島の植物に見覚えがあるって言ったわよね?」

「……ああ、大きさなんかは全然違うんだが、同じようなものをどこかで見た記憶がある」

「神の住む島……アッパーヤード……もしかして……いや、でも……」

「どうした? 何がわかった」


 ナミはその予測に息をのんだ。


「この島……まさか……!!」



 双眼鏡を覗きこみ何かを確信したナミは、クレス達を促し突き動かされるように島の海岸へと進んだ。


「おい、ナミ! ちゃんと話せ、何を見たんだ?」

「いいから黙ってついて来て!! 何とか海岸へ出るのよ。───ていうか、手を貸して!! どこが進みやすい道よ、クレス!!」

「比較的進みやすいと思うが?」

「誰があんたら基準で考えろって言ったのよっ!!」


 ナミだけでは森を進むのは難しく三人に比べ遅れを取っていた。
 四人は現在、太い枝の上を進んでいる。地上は隆起が激しく、おまけに雲の河があるためいちいち足を取られ進みづらい。多少は危険だがこちらの方が遥かに効率的だった。 
 しかし、余裕で立てる程太いとはいえ、樹の枝から枝に飛び移るのはなかなか出来るものではない。一応クレスがロープを使って補助をしているが怖い事には変わりない。


「海岸に行けばわかるのね?」

「……ええ、とにかく近くで確かめなきゃ。私だってまだ自分目を疑ってるのよ」


 四人はそのまま森を進み、やがて海岸まで辿り着く。
 そして、そこにあったものに愕然と言葉をつまらせた。
 目の前には見覚えのある建物がある。ナミはその苔むしり樹の根が張りついたその建物に手を触れた。


「これ見て……見覚えがあるでしょ?」

「こりゃ、何で地上にあったもんが何でここに……同じもんだろコレ?」

「なるほど……そういうことか。
 たまげたもんだ……道理で見たことのある種類の植物があったのか……」

「つまりはもともと地上にあった島。
 文明は空の環境について行けずに飲み込まれたのかしら? そもそもこの島は“島雲”で出来ていないことが不思議だった」

「……おかしな家だと思ったのよ。
 あの家には二階があるのに二階へと繋がる階段がなかったから。あんな絶壁に家を建てる理由も無い。あの海岸は“島の裂け目”だったんだ……!!」


 目の前にある綺麗に半分に裂けた石造りの家。
 それは一味が空島を目指す過程で立ち寄ったクリケットの家と全く同じもの。正確にはその片割れ。
 このアッパーヤードに生い茂る植物もそうだ。大きさは違えど島にあったものと同じ、空の環境ゆえに文明を飲み込むほどに急激に成長したもの。
 それは果たして奇跡なのか、確率の上での可能性を問うよりも、今目の前にある事こそが事実なのだろう。

 「うそつきノーランド」の舞台だったジャヤ。
 ノーランドが見たと言う黄金郷は泡沫のように消えた。彼は海底沈没を主張し、そこで出会った者達の存在を叫び続けたが虚しくも命を散らす。
 その子孫のクリケットは先祖の言葉を下に海底に黄金郷があると潜水を続けた。
 しかし、そうでは無かった。かつての消えた島の片割れは地上にある筈がないのだ。
 それは突然の事だったのだろう。“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”は突如襲いかかり、島ごと大地を空へと舞い上げた。 



「ここは引き裂かれた島の片割れ、この島は───ジャヤなのよ」



 かつて地上にありその存在を誇った黄金郷は海に沈んだのではない。
 400年もの間、ジャヤはずっと空を飛んでいたのだ。






◆ ◆ ◆






「うお~~~~っ!! ありがとう神様~~っ!!」


 ナミが歓声をを上げる。両手を天に掲げ今にも躍り出しそうだ。
 苦労の末行き着いた空島がかつての“黄金郷”だったのだ。
 もしかしたらまだ大量の黄金が残っている可能性も高い。一攫千金の大チャンス。掴んでで売りさばけば大金持ちだ。


「お前この島の“神”が怖かったんじゃないのかよ?」

「神? ……ああ、ナンボのもんよ? 金より値打ちあんの?」

「あなたさっき『ありがとう神様』って」

「……無神論者よりよっぽど不届き者だろコイツ」

「言ってる事ムチャクチャだな」


 重要な朗報を掴んだ四人は船へと戻ることにした。黄金郷がある事を知り、特にナミの足取りは軽い。
 ふと気になることがあったクレスが口を開いた。


「───ところで、船に残してきたトナカイは大丈夫なのか?」

「どういうことだ?」

「いや、船を出てから結構時間が立つからな……“神”とやらが何らかのアクションを起こしていても不思議じゃない。
 こっちに追手が来なかったから、狙われてるとしたら残こしてきた船だと思ってな。そうなると相手すんのはトナカイ一人だぞ」

「そうだ……船にはチョッパーだけだった」


 四人の間に沈黙が降りた。
 探索はちょっとだけの予定だったのだが、予想以上の手がかりに思わぬ時間をくってしまった。
 自分達は“生贄”なのだ。何をされても不思議ではない。


「急いだ方がよさそうだな」

「……そうね」







 四人は急いで船へと戻った。
 そして悪い予想は当たり、残してきたメリー号は無残に破壊されていた。
 船の中心にある筈のメインマストがない。そして船のあちこちが燃やされたように炭化していた。


「チョッパーどこ!? 何があったの!?」

「メインマストがねェ……どんな奇抜な改造を施したんだあいつ」

「んなわけあるかァ!!」

「八つ裂きにされたのかしら」

「毛皮になってるかも」

「コワイ想像やめてよ!!」

「おい、チョッパー!! いねェのか!? 何かあったのか!!」


 四人の間に嫌な予感が流れたが、船の上に小さな人影が出てきてこっそりとこちらを見つめている。
 人影は四人の正体を確認するとホッとしたように姿を見せた。


「べ……別に何もゴワイ事ながっだぞ」


 傷だらけで涙を堪えているチョッパー。
 四人はチョッパーの無事に一安心する。


「おォ! 見ろ!! ゴーイングメリー号だ!! あれが祭壇だ!!」


 すると雲の河の向うからカラスの船首をした小舟に乗ってルフィ達もやって来た。
 怪我をしているが騒いでいる様子を見ると問題は無いようだ。
 
 三手に分かれていた一味だったが無事に合流する事に成功したのだった。






◆ ◆ ◆






 合流した一味はそれぞれに置かれた状況の報告をおこなった。

 聞けば、ルフィ達は“神の裁き”において“試練”を受ける事となり、『沼』『玉』『紐』『鉄』の四つの試練うち、『玉の試練』を選択しそこで神官の一人のサトリという男と戦ったらしい。
 “心綱(マントラ)”と呼ばれる相手の先を予知する不思議な術と、“衝撃貝(インパクトダイアル)”、“玉雲”に苦戦するもからくも勝利を収めた。
 その後は白海で出会ったゲリラとまた遭遇し、立ち去るように警告を受けたものの、その後は何事も無くミルキーロードを辿ってここまで辿り着いたそうだ。
 推測するにゲリラは“神”と敵対関係にあるようだ。しかし、敵の敵は味方という訳でもなく、出会えば敵対行動を取られる事となるだろう。

 船に残ったチョッパーは『紐の試練』の神官シュラに襲われた。
 咄嗟に空の騎士に貰ったホイッスルを吹き鳴らし、空の騎士を呼んだ。
 必死に防戦するも敵わず、メインマスト燃やされ、燃え広がらないように処理するのが精一杯。
 空の騎士が助けに現れ善戦するも、シュラの謎の技によって敗北を喫し、相棒のピエールと共に海雲に落とされた。チョッパーは思わず海雲に飛び込んでしまった。
 だが、その後チョッパー達は助けられる。助けたのは巨大化したサウスバード。サウスバード達は空の騎士を“神”と呼んだ。
 空の騎士はチョッパーがケガの手当てをおこない、今は眠っている。
 空島の事情はどうやら想像以上に複雑らしい。空の騎士が目が覚めた時にはいろいろ聞かなければならないだろう。

 そして最も懸念すべきは、メリー号の状態だろう。
 長旅の疲労の蓄積に加え、幸い修理は可能なのだが、マストのない船では航海はままならない。今日中にエンジェルビーチに戻る事は不可能だ。

 その為、一味はもし襲われた際には船の上では危険だと判断し、島に上がり四本の大樹が緩衝して生んだ丁度いい窪地にキャンプを張る事にした。
 





「それにしても……どんだけ食う気だ麦わらは」

「ふふ……でも、ちゃんとたくさん取ってきてあげてるじゃない」


 キャンプを張る事となり、一味はその準備に追われた。
 火をくべ、テント(女性のみ)を張り、飲み水と食料を確保する。
 水と食料に関しては船にまだストックはあったものの、現地で調達出来るならそれにこしたことは無い。
 クレスとロビンは『生贄の祭壇』の周りの海雲に向かった。
 そこでクレスは一味の強い要望により魚を取る事となり、ロビンは興味が湧いたのか祭壇を調べ直した。
 二人はそれぞれに確保した食料を抱えている。
 クレスは海雲で取った空サメと魚介類。ロビンは塩の結晶だ。


「それにしても、慣れたもんだな8人分獲るのも」


 クレスは背負うと言うより引きずるに近い形で背に持った今日の得物に目を移す。
 今まではクレスとロビンの二人分さえ確保すればよかったのだが、それが一気に6人も増えた。しかもその内の一人は底なしの大食らいだ。
 クレスもロビンも人並み程度にしか食べないので、この量は過去と比べて激増と言ってもいいだろう。二人ならちゃんと保存処理をすれば一週間以上は余裕で持つ。
 

「でも悪い事ではなさそうね」

「……かもな。そっちはどうだ?」

「そうね、賑やかなのも悪くわないかしら」


 ロビンは自然な笑みを浮かべた。
 その笑みは沈みかけた太陽の中で穏やかな光を放つ。クレスはその笑みに思わず見とれた。
 

「どうしたの?」

「いや、何でも無い。ただ……」


 クレスが言葉を紡ごうとした時、


「ロビンちゅわ~ん!! ……あとその一。おかえりなさ~~い!!」

「ロビン、手に持ってるのなに!? 宝石?」

「おっしゃぁ!! 今日は大漁だァ!! サンキュ、クレス!!」


 いつの間にかキャンプまで戻っていて、一味の歓迎に思わず言葉を遮られた。
 クレスとしては別に思った事を口にしようとしただけなので、……まァいいかと気を取り直す。
 とりあえず、ムカつくコックに嫌がらせのような量の魚介類を押しつける事にした。



 キャンプの準備が完了し、一味はサンジが作ったシーフードシチューを囲って明日の行動方針を立てる事にした。
 焼き石でじっくりと長時間煮込んだシチューは、中に入った食材が互いを引きたてながら絡み合い、濃厚なうまみを引き出していた。
 おいしくて、栄養たっぷり。サバイバルにはもってこいの料理だ。
 シチューを頬張りながら、それぞれに今まで得た情報の再確認をおこない、黄金郷に関するピースをパズルのようにはめていく。
 すると一つの事が浮かび上がった。

「髑髏の右目に黄金を見た」

 クリケットの家で見たノーランドの航海日誌の最後に書いてあった一文だ。
 謎かけのようなこの言葉の意味は始めは分からなかったが、ジャヤの海図とアッパーヤードの合わせればおのずと意味が導ける。
 二つの地図を合わせたもともと地上にあったジャヤの地形は、まるで髑髏のようであったのだ。髑髏の右目とは場所を指していたのだ。
 その場所に莫大な黄金が眠っている。一味は海賊だ。これを狙わない手は無い。
 明日は海と陸、二手に分かれての黄金探しとなった。
 





 腹を満たし、明日の方針も決まった。
 後は明日に備えて眠るだけ、だが、一味にそんな常識は通じない。
 

「夜も更けたわ。用のない火は消さなくちゃ。敵に位置を知らせてしまうだけよ」


 ロビンはセオリー通りキャンプの鎮火を促した。
 今一味がいる場所は敵地のど真ん中なのだ。


「バカな事を……聞いたかウソップ? あんなこと言ってらァ……火を消すってよ」

「おいおいどうなってんだよ。……クレス、お前って奴がいるにも関わらずよ」


 わかっていないとルフィとウソップは頭を振り、クレスにどういう事だと視線を送る。


「……すまない。お前たちの言いたい事は分かる。
 昔はそうじゃなかったんだ。そんな時期もあった。でも、追われる立場じゃそうじゃなくなっちまったんだ」


 沈痛な面持ちのクレスにウソップが同情し、肩に手を置いた。


「そうか……仕方ねェさ、おめェらは闇に生きて来たんだもんな。辛かったんだろ……」

「わかってくれるか」

「立場は違うが、痛みは分かるってもんだ」


 変な方向に空気が流れ始めた。
 正しい事を言ったロビンとしては意味がわからない。
 一味の中でサバイバルに関しては一番の専門家である筈のクレスには何か別の考えがあるのだろうか?


「どういうこと……?」


 困惑するロビンにクレスは、


「なにも心配する事は無い。
 もうしばらくになるのか、……空島に来た今日ぐらいは許される筈だ。面倒があったら全力で退ける。だから……」


 やけに嬉しそうに言った。


「キャンプフャイヤーだ」

「……?」


 首をかしげるロビン。
 いまいちわかっていないようなロビンにルフィとウソップが業を煮やす。


「キャンプファイヤーするだろうがよ普通ッ!!」

「キャンプの夜はたとえこの命着き果てようともキャンプファイヤーだけはしたいのが人道ッ!!」

「バカはあんたらだ」


 この楽しみを理解できない人間がいる事に膝をつき悔しさで地面をバンバン叩く。
 ナミの鋭いダメ出しが入るが今回ばかりは二人は引かない。


「おい、ルフィ!」


 ゾロがルフィを呼び、珍しくサンジと共に作り上げた成果を見せた。


「───組み木はこんなもんか?」

「あんたらもやる気満々かッ!!」 


 組み木を見てクレスは、


「あ、待て待て、外郭はそれでいいが中の枝はもう少し少なくていい。それじゃ密度が高すぎる。湿ってるのは無いだろうな? あと、油を垂らしとけ、よく燃えるようになる」

「アドバイスしてんじゃないわよッ!! っていうかクレス! あんた専門家でしょうが、止めなさいよ!!」

「航海士……お前の言う事は分かる。 
 火の基本は大きすぎず、小さすぎず。必要な分だけ焚いて、不要なら消す。ロビンは正しい。だが、何事にも例外は存在する!!」

「バカかァ!!」

「まぁ、そう目くじら立てんなよ。
 どうせさっきからここで騒いでんだ。位置なんてとっくに割れてるに決まってる。船からも遠くないしな。見つかって襲われた時に明るい方が戦いやすいだろ?」

「それでも危険を冒す必要ないでしょうがァ!!」


 クレスとナミがもめている間にもゾロとサンジは組み木の準備進めていく。
 途中からクレスも参加し、規則付いた組み方に変える。明るく、炎は大きく、だが煙は少なく。キャンプファイヤーの基本だ。
 講釈を垂れながら組み木を組むクレスに男衆は感心する。チョッパーもキャンプファイヤーは初めてだったのだろうが周りの雰囲気に感化されていた。
 

「大丈夫さナミさん。猛獣とかは火を怖がるもんだって」


 火を灯した松明に手にサンジは言う。
 かなり凝った組み木が完成し、後は火を灯すだけだ。火付け役の栄誉は壮絶なじゃんけんによってサンジが勝ちとった。
 だが、その後ろに既にシチューの匂いにつられてやって来たのかギラリと光る無数の目があった。


「後ろ後ろ!! もう何かいるわよ!!」

「野郎共点火だァ!!」

「おお───ッ!!」

「聞けェ!!」






 夜は更ける。
 夕闇は月夜へと変わる。
 だが、燃え上がる炎は天高く昇り、夜空を明るく染めた。
 そして炎を囲み、歓声と共に宴の夜は始まった。


「ノッテ来い、ノッテ来い!! 黄金前夜祭だ~~~~!!」

「おウォウォウォウォウォ~~~~~!!」

「ウオウオ~~~~!!」

「アッハッハッハッハッハ!!」


 火を囲み騒ぎ、歌い、踊る。
 やって来た雲ウルフも手なずけた。
 反対していたナミもやけ飲みしている内に酔いが回り、楽しいのでどうでもよくなっていた。


「いいの? クレスは加わらなくて」

「祭りは見ている分にも楽しいもんだろ。ワインがまだあんだけど飲むか?」

「……いただくわ」


 夜の闇の中で赤みがかった幻想的な色で炎は燃える。
 とある神話では炎とは神から人への贈り物であるらしい。
 気ままに揺らめくその姿に、神や精霊の存在を感じ取った太古の人々の気持ちをクレスは理解できた。
 揺らめく炎を眺めながら、ロビンと杯を合わせる。語る言葉は今は必要なかった。


「……雲ウルフも手なずけたか。エネルの住む土地でこんなバカ騒ぎをするものは他におらんぞ」


 怪我のため眠っていた空の騎士が騒ぐ一味に目を覚ましたらしい。
 怪我が尾を引いているのか、ゆったりと歩くその後ろに、相棒のピエールが心配そうにつき従っている。


「あら、お目覚めね。動いてもいいの?」

「迷惑をかけた……。助けるつもりが……」

「気にすんな爺さん。充分だ、ありがとよ」


 空の騎士は地面の上に座り込む。


「シチューがまだあるみたい。いかが?」

「いやいや、せっかくだが……今は無理である」

「……トナカイからは刺し傷と火傷だって聞いたが、水かなんか飲むか?」

「うむ……では、そちらをもらおうか」


 クレスは水筒から水を注ぎ空の騎士へと手渡した。
 水を飲み、空の騎士は火を囲みながらはしゃくルフィ達を視界に納める。
 

「……さっきのおぬしらの話を聞いておった。
 この島の元の名をジャヤと言うそうだが、何ゆえ今、ここが“聖域”と呼ばれているか分かるか?」
 

 空の騎士は愛おしむように大地を撫で、集めてすくい上げた。


「おぬしらにとって、ここにある地面は当然のものだろうな……」

「まぁ……そうなるな。オレらにとっちゃ、島雲の方が珍しい」

「だが、空には……もともとこれは存在し得ぬものだ。島雲は植物を育てるが生む事は無い。緑も土も本来空にはないのだよ」


 空の騎士はすくい上げた土を見てにっこりと笑い、ゆっくりと地面に返していく。


「我々はこれを“大地(ヴァ―ス)”とそう呼ぶ。空に生きる者にとって永遠の憧れそのものだ」 


 だが、それゆえに過去の悲劇は引き起こされた。
 そしてそれは現在もなお続いている。
 空に生まれ大地に憧れる空の人間と、この地に住みこの地を守り続けた“シャンディア”との戦いが。

 空島の夜は深みを増していく。
 この時、空島の二か所で二つの勢力が明日の決戦に臨もうとしていた。
 二つの勢力は命と願いをかけてぶつかり、鎬を削るだろう。
 一味はまだ知らない。明日の戦いが生き残りをかけた壮絶なサバイバルゲームに発展する事を……。






◆ ◆ ◆






「見ろ、言った通りだろ!! 
 昨日ここに誰かがいたんだ!! やっぱり夢じゃなかったんだ!!」


 夜が明け、一味は昨夜“オバケ”を見たと言うウソップの証言にメリー号の下へと集まった。
 ウソップがメリー号を指して声を張り上げる。一味は破壊され修繕の済んでいない筈のメリー号を見て、唖然と言葉を漏らす。
 

「ゴーイング・メリー号が……修繕されてる」


 メリー号は昨日シュラの手によって破壊された筈であった。
 誰も手をつけていない筈なのに一晩経った今日はこのまま海に出せるほどに修繕されていた。
 しかし、修繕自体は相当下手くそで、直された姿は空島に来た時の“フライングモデル”では無く、元の姿だった。
 すると問題となるのは船を直した人物である。直した人物は空に来る前のメリー号の姿を知っている筈なのだ。
 

「なぁ、メリー。誰だったんだありゃあ……」


 ウソップはメリーに語りかえるが、当然のごとく返事が返る事は無かった。
 





 船を直す手間が省けた一味は、早速、昨日決めた予定通り二手に分かれての黄金探索をおこなう事にした。

 「探索組」のメンバーは、ルフィ、ゾロ、チョッパー、ロビン、クレス。
 「脱出組」のメンバーは、ナミ、ウソップ、サンジ。
 
 一味の作戦はこうだ。
 まず、探索組が黄金郷を探し出し、見つけた黄金を確保する。
 その後、メリー号に乗って海路を行く脱出組と近場の海岸で合流。そのままアッパーヤードを脱出する。
 神官にゲリラ。昨日の事を考えればどちらのルートも危険だが、成功すれば黄金を手に入れ大金持ちだ。

 雲の上だからか、今日は見事なまでの快晴だ。
 冒険には最適の気候。
 それぞれに準備を済ませ、一味は気合を入れる。


「そんじゃ行くかァ!!」


 ルフィの掛け声に一味は答え、神の島のサバイバルが始まった。













あとがき
今回は中継ぎの回ですね。次回からサバイバル開始です。

 



[11290] 第八話 「海賊クレスVS空の主」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/06/26 23:44
 一味が二手に分かれて、少しの時間が経った。


「この国の歴史を少し話そうか……」


 脱出組に同行した空の騎士は船に揺られながらポツリと口を開いた。
 雲の河の流れに船を乗せ、手ぶらとなったナミ、ウソップ、サンジは語り出した空の騎士に注目する。 


「……我輩6年前まで“神”であった」
 
「頭打ったかおっさん?」


 いきなり話の腰を折った無礼なウソップにピエールが馬になって噛みついた。
 空の騎士は気にせず続ける。


「……この“神の島(アッパーヤード)”がスカイピアに姿を見せたのは、おぬしらの知る通り400年も昔の話だと聞く」


 大地はもともと空には無い物だ。
 それまでの“スカイピア”ごく平和な空島だった。
 たまに“突き上げる海流”に乗ってやって来る青海の物資は資源に乏しい空の者に重宝された。
 空島にある大地は全てそうやってやって偶然来たもの。だから、“神の島”ほど巨大な“大地(ヴァ―ス)”が空にやって来る事は奇跡だった。
 空の者は当然それを、天の与えた“聖地”だと崇め、喜んだ。
 しかし、“大地”には先住民<シャンディア>がいて、空の者は私欲に走り、当然のように戦いが始まってしまった。
 幾重もの戦いを経て、空の者はシャンディアから"大地"を奪い取り、シャンディアは故郷を失った。
 以来、400年。戦いは止まない。


「じゃ、おめェらが悪いんじゃねェかよ」
 
「───そうだな。おぬしらの……言う通りだ」


 サンジとウソップの言葉に空の騎士は表情を変えることは無かった。
 空の騎士───先代の神、ガン・フォールは400年にも渡る戦いにおいて、唯一和平を試みた神であった。
 だが、それも果たせぬままに神の座を追われた。


「エネルは? 何なの<神・エネル>って?」

 
 ナミが質問する。


「……我輩が“神”であった時、どこぞの空島から突如兵を率いて現れ、我輩の率いた<神隊>と<シャンディア>に大打撃を与え、“神の島”に君臨した」


 君臨したエネルは、神隊を何らかの労働に強いた。何をしているのかは詳しくは分からない。
 シャンディアにとっては神が誰であれ、状況は何ら変わらない。ただ故郷を奪還するのみだった。


「聞いてりゃ、その<神・エネル>ってのはまるで恐怖の大魔王だな」

「恐怖か……いや、それより性質が悪い。
 エネルはお前達のように国外からやって来る者達を犯罪者に仕立て上げ、裁きに至るまでをスカイピアの住人達の手によって導かせる。
 これによって生まれるのは、国民達の“罪の意識”。己の行為に“罪”を感じた時、人は最も弱くなる。エネルはそれを知っているのだ。
 “迷える子羊”を生みだして支配する。まさに“神”の真似事というわけだ。……食えぬ男よ」


 一味が出会ったコニスとパガヤもそうだった。
 国民達は恐怖に怯え、罪の意識に頭を垂れる。
 <神・エネル>とはまさに、無慈悲な、神という絶望そのものであった。

















第八話「海賊クレスVS空の主」












「おいゾロ!! そっちは逆だ! 西はこっちだぞ!! まったく、お前の方向音痴にはホトホト呆れるなァ」

「おいルフィ。お前は何でそう人の話を聞いてねェんだ。
 “髑髏の右目”何だから右だろうが! あっちだ!! バカかてめェは!!」


 ルフィとゾロは互いに相手とは逆方向を指しながら口論していた。
 そんな二人に離れた場所にいるロビンとクレスはチョッパーに、 


「……私たちが向かっているのは“南”で方向はこっちだと伝えてくれる?」

「ついでに、どう考えても足手まといだから船に帰れと言ってこい」

「よしきた」


 クレス達は予定通り“神の島”を南に向けて進んでいた。
 深い森の中ではまともな方角が定まりにくい。そして空島もグランドラインなのでコンパスも使えない。
 方角を知るには、太陽の位置ぐらいからしか察しれない為、慣れた者でない限りかなり迷いやすくなっている。
 もっとも、ルフィとゾロはそうでなくとも迷う可能性があるのだが。
 探索組の五人の役割は黄金郷の発見と黄金の確保。黄金が眠っている可能性があるとあって、特にルフィはウキウキだった。


「何だ南か、早くそれを言えよ~。ん~~んん~~ん~~♪」

「ルフィ! その手に持ってるのいい感じの棒だな!!」

「なははは! だろ? やらねェぞ、チョッパー。自分で見つけろ」

「ああ……いいなぁ~~。棒どこだ? 棒……棒……」

「……棒がどうした」
 

 棒を見つけたチョッパーは、棒で遊びながら四人に語りかける。


「でもおれはこの森もっと怖いとこかと思ったけど、なーんだ大したことねえな~」


 チョッパーの周りにいるのは、ルフィ、ゾロ、ロビン、クレス。
 一味の中でも頼りになる実力者ぞろいだ。この四人が周りにいると相当心強い。


「へぇ、チョッパー、今日は強気なのか」

「そうなんだ。がはは」

「だが、確かに正直拍子抜けだよなァ。
 昨日おれ達が森へ入った時も別に何も出なかったぜ。神官の一人とも会わず終い。おめェの気持ちもわかるぜ、チョッパー」

「だ、だろ?」

「おかしな人たちね。そんなにアクシデントが起こって欲しいの?」

「まったくだ。まぁ、心配しなくてもアクシデントなんてもんは起こる時は呼んでも無いのに向うから……」


 クレスはピタリと動きを止めた。
 急に立ち止ったクレスにルフィ達が声をかけようとするが、クレスは「シッ」っと口元に指を立てる。
 

「動くな。……何か聞こえる」


 クレスの言葉に一味は耳を済ませた。
 静寂に包まれた森の中で、聞こえて来たのはパキパキと何かが引き潰される音と、ずるずると重く地面を引きずる音。


「……喜べお前ら。アクシデントだ」

「な、何の音なんだ?」


 震えた声でチョッパーが問う。
 クレスは珍しく引きつった笑みを浮かべた。


「ヘビだ。たぶん捕捉されてる」

「ヘビ? なんだそりゃ、ぶった斬ればいいじゃねェか」

「ただの蛇じゃない」


 クレスは厳しい視線を前方に向ける。


「たぶん全長は軽く100メートル以上はある、超巨大な大蛇(ウワバミ)だ……!!」


 ジュララララ……と舌をチラつかせながら、前方に巨大なウワバミは姿を現した。
 その冷たい目を向けられ、五人は一瞬言葉を失った。


「逃げろ~~!! 大蛇だァ!!」

「ギャアァ~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

「何て大きさ……これも空島の環境のせいかしら」

「やっぱり、食う気満々かよ」

「ナマズみてェな野郎だ。ぶった斬ってやる」


 一味が身構えた瞬間、ウワバミが咆哮する。
 そしてその巨体に似つかわしくない俊敏な動きで五人の中心に飛びかかり、メリー号でさえ余裕でまる飲みにできそうな口で噛みついた。
 五人は素早くウワバミを避け、それぞれに避難する。
 ウワバミは勢い余り、正面にあった空島の環境ゆえに巨大化した大樹に食らいつき鋭い牙を立てた。
 すると、ジュ……という、焼け付くような熔解音と共に、大樹が一瞬でごっそりと溶かされ、バランスを失い、自重に負けメキメキと倒れた。


「毒……!?」

「チッ、最悪の部類だな。クソ」

「こりゃ逃げた方が……よさそうだな」
 
「確かに」

「コエ~~~~!!」
 

 ウワバミは笑っているような顔で牙を剥き、五人に襲いかかろうとする。
 五人は撹乱の為、それぞれ別の方向へと散った。


「毒液に触れるな、即死だぞ!! のあっ! こっち見んな!!」

「おーい!! 毒大蛇(ウワバミ)!! 
 こっちだぞ~~!! ついて来いっ!! 餌が逃げるぞ~~~!! アッハッハッハッハ!!」


 危険を促すゾロと、ウワバミを挑発するルフィ。
 クレスはうろたえるチョッパーに思いついた考えを口にした。


「おい、トナカイ。オレにいい考えがある」

「な、なんだ!?」

「───エサになれ」

「フザんなァ!!」


 ウワバミがまず目を付けたのは、能力によって近くの大樹に飛び乗ったロビンだった。
 飛びかかってくるウワバミをロビンは大樹を蹴り、軽やかに避ける。そして能力によって腕を咲かせ、新たな枝へと飛び移った。
 獲物を見失い、辺りを見回すウワバミに、


「おいおいおいおい歯ァ食いしばれ、ウワバミ……ッ!!」


 クレスが“月歩”によって一瞬で接近。
 そして拳を固め、ウワバミの横っ面に強力な一撃を叩きこんだ。
 クレスの拳は超重量のウワバミを近くの大樹に叩きつけた。だが、その巨体故か反応は鈍い。
 ウワバミは軽く頭を振ると次は目に入ったチョッパーに狙いを定めた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 チョッパーは全力で走った。
 全力過ぎて、<獣形態>にもかかわらず四足歩行を忘れていた。


「こりゃまずいな……」


 ロビンの傍までやって来たクレスはウワバミを見て呟く。
 このウワバミを倒しきることは難しいだろう。先程は本気で殴りつけたにもかかわらず、ウワバミは堪えた様子も無い。
 ここで散り散りになって逃げたとしても、後で合流(出来るかどうかは、はなはだ疑問だが)した時に、また現れないとは限らない。


「どう考えても……足止めした方がいいよな」

「どうしたの、クレス?」


 クレスは当たりを見渡し、地形を確認。
 獲物との力量の彼我、そして腰元に下げた装備とを分析し、答えを出した。


「ロビン……悪いけど、先行っといていてくれるか?」

「クレスはどうするの?」

「あのヘビを───狩る」


 クレスは静かな視線をウワバミに投げかけた。


「そう、無茶しないでね」

「ああ、お前も無理すんなよ」


 ロビンと暫く別行動を取るのは心配だったが、今はあのウワバミをどうにかするのが一番に思えた。
 幸い、目的地は決まっている。いずれは誰か仲間と合流するだろう。
 敵が誰であってもロビンならば易々と敗れはしない。クレス自身も手短に済ませ、後を追えばいい話だ。
 クレスは基本的に勝てない戦いはしない。ロビンもそれを知っていたので、クレスに従うことにした。


「んじゃ、行くわ」

「ふふ……がんばって」


 タン、とクレスとロビンは真逆の方向に飛んだ。
 クレスは“月歩”によって空中を駆け、今はチョッパーを追いまわしているウワバミの顎にすくい上げるような一撃を繰り出した。
 大口を開けていたウワバミは強制的に顎を閉じられ、舌を噛み、痛がっていた。


「クレス!!」

「先行け、トナカイ。ここは任しとけ」

「うおおおおお!! クレス~~~ッ!! ありがとう!!」 


 チョッパーは感動し、脇目も振らずに森へと走り去って行った。
 クレスはウワバミを見上げ、手招きし挑発した。


「来いよ……ウワバミ。バカでけェ財布にしてやるよ」
 

 ジュラアアアアアア……!!
 ウワバミは怒り狂ったように咆哮を上げ、クレスに襲いかかった。






◆ ◆ ◆






───同時刻。神の島、海岸。


 神の島、アッパーヤードの先住民シャンディア。
 故郷を取り戻そうと400年もの間、神の一団に戦いを挑み続けた彼らは今日、最後の戦いに挑もうとしていた。


「……またチャンスが来ると思うな」


 大戦士カルガラの血を引き、誰よりも勇猛に戦う、<戦鬼>ワイパー。
 ワイパーの後ろには、戦いを潜り抜けてきたシャンディアの精鋭達が集結してる。
 彼等は地面に無残にぶちまけたバックいっぱいの“大地”に背を向け、目の前に広がる神の島を睨めつけた。
 鞄に納められていた“大地”は村にいるアイサという少女の宝だった。鞄をあずかっていたラキという女戦士がワイパーを非難したが、仲間の一人が制した。
 全てが終われば、この程度のちっぽけな“大地”に憧れる必要も無いのだ。
 大地への憧れも、望郷も、全てが解決する。
 

「覚悟のない物はここに残れ、責めやしない」

「おい、ワイパー、覚悟なんておれたちゃそんなもんいつだって……」

「途中で倒れた者を見捨てる覚悟があるか?」


 ワイパー仲間に背を向け、無言のままに覚悟を迫った。


「仲間を踏み越えて、前に進める奴だけついて来い。───今日おれはエネルの首を取る」


 かつて、大戦士カルガラは言った「シャンドラの火をともせ」
 シャンドラの戦士たちはそれに準ずる。
 彼らは今日、全てにケリをつけるつもりだった。
 





◆ ◆ ◆






 “神の島”の中心に位置する“巨大豆蔓(ジャイアントジャック)”。
 天空へと昇るその巨大な蔓の上層を覆う雲の上に、“神の社”はあった。


「ヤハハハハ!! 今日の“神の島”は、なかなか賑やかだな。そうだそうだ、祭りの参加者は多い方がいい」


 その中心に据えられた雲で作られた広々とした玉座に、一人の男が悠々と腰かけていた。
 鷹揚とした様子の男だ。頭にバンダナを巻き、異様に長い耳たぶと、眠たそうな目をしている。
 間の抜けた姿に見えるが、其の実、全てを見通してるような余裕が感じられた。
 この男こそが<神・エネル>。スカイピアに君臨する唯一神だ。


「さァて……こちらの戦力は、神官3に、神兵長ヤマ率いる神兵50。私を含めて54人。
 今、島に向かっているシャンディアは20人。
 青海人は森に入ったのが5人。脱出組が4人……いや、3人。ジジイはもう戦えまい」


 神の島にエネルへと報告する監視員はいない。
 だが、まるで全てを見通しているようにエネルは語る。そしてそれは全て事実だった。
 エネルは女官から受け取ったリンゴを玩びながら、悠然たる笑みを浮かべた。


「締めて82人! これで生き残り合戦というわけだ。ヤハハハ!! 今より3時間後、これが一体何人に減るか当てようじゃないか」


 神の戯れ。何人生き残るか予測する簡単なゲームだ。
 エネルは傍に控えていた男官を指した。
 男官は神の戯れに苦言を交えつつも、50人と答えた。
 神官、神兵、シャンディア、青海人。どれも相当な実力者だと彼は読んだ。三時間で30人ほど落ちる計算だ。


「ヤハハハハ!! なるほどな50人。
 だが、お前、それでは少し甘いな。空の戦いをナメているぞ」

「……では、“神”はどのようなお考えで?」

「よし、私がズバリ答えてやろう。3時間後、この島に立っていられるのは82人中───」


 エネルは神の予言を告げる。 


「───5人だ」


 そして、手に持っていたリンゴにかぶりつく。
 咀嚼しながら、両頬を歪めた。


「生き残った者だけが箱船に乗り“夢の世界”へと旅立てる。その資格を得るに相応しいのはのは誰だろうなぁ?」






◆ ◆ ◆






 ウワバミが大口を開けて飛び込んでくる。
 クレスは“剃”によって地面を駆け、その場から脱出し、ウワバミの噛みつきを逃れた。


「チッ……あの巨体でこのスピードか」


 わかっていた事だが、ウワバミの相手は骨が折れる。
 一味は全員逃げ出し、周りにはクレス一人。
 目的は足止め。もう十分時間が立っているので、それも十分に思えた。
 問題はこのウワバミをどうやって振り切るかだ。


「また来やがった」


 舌をチロつかせながら、ウワバミはクレスを見下ろす。
 クレスはぐっと脚に力を溜め、解き放つ。


「嵐脚“線”」


 一直線に伸びた斬撃は長いウワバミの胴に直撃する。
 だが、クレスの嵐脚はウワバミの強靭な鱗を浅く裂いただけだった。
 予想外の攻撃に怯むウワバミだが、長い身体をくねらせクレスに喰らいつく。瞬間、クレスは飛んだ。
 大地を削りながら、ウワバミの顎がバックンと広範囲にわたり飲み込むも、クレスは逃れた。
 クレスはそのまま、低空でウワバミの傍を駆け、その額に硬化させた拳を叩きこむ。
 ウワバミの巨体が地響きと共に大地に叩きつけられるも、一瞬の後、その巨体が空中のクレスに向け跳ねあがった。


「ッ!!」


 ウワバミの巨体故に回避は間に合わない。
 クレスは一瞬でそう判断し、全身に“鉄塊”をかける。鞭のようにうねる巨体にクレスは大きく吹き飛ばされた。
 凄まじい程の衝撃がクレスの全身に響いた。今の衝撃を受ければ海王類でさえ一瞬で絶命し、はるか上空まで吹き飛ばされた後に地面に叩きつけられるだろう。
 だが、クレスは耐えきった。“鉄塊”で全身を守りつつ、絶妙なタイミングで後ろに引いたのだ。
 一撃を凌いだが、うかうかしていられない。待ちきらないのか、ウワバミはヘビの独特の顎を限界まで開けて落ちてくるクレスを飲み込もうとしている。
 全長100メートルを越すウワバミがのび上がりクレスに食らいつく。
 クレスとの距離は一瞬で0に近づき、トラバサミのように顎が閉じられる。
 クレスは"月歩"を駆使し、閉じられる直前に逃げ切った。


「コイツはマジで……骨が折れるどころじゃないぞ。へたすりゃこっちがやられるな」


 クレスは枝の上に立ち、大地を占領するウワバミを眺める。背中には冷たい汗が流れていた。
 力技は無理だ。ウワバミの巨体故にこちらの攻撃は効果を上げていない。
 このままコッチに気づかずに通り過ぎてくれればいいのだが、鋭い嗅覚とピット器官をもつヘビ相手には通じないだろう。
 

「頭を使うしかないか」


 クレスは腰元のバックからナイフと対海王類用の鉄線を取り出した。






「こっちだウワバミ!!」


 クレスは隠れていた木の枝から飛び出し、ウワバミの注意を引いた。
 案の定、ウワバミはクレスの存在に気がつきその巨体をうねらせながら追いかけてくる。
 ウワバミを引きつれて走り、目を付けた大樹に向けてナイフを投げ込んだ。ナイフは大樹に巻き付き、固定される。
 クレスはウワバミから逃げながらそれを繰り返す。
 そして、全て設置し終わるとクレスは方向転換を果たした。ウワバミはただ前にいる獲物を追い続ける。
 クレスは目を付けた大樹の周りをぐるぐると回る。ウワバミは大樹に巻き付きながらその後を追う。ウワバミに巻きつかれた大樹はしめつけられ、ミシミシといやな音をたてた。
 

「よし……いいぞ、そのままついて来い」


 クレスはトン、と大樹を蹴って離れた。


「嵐脚“乱”」


 空中で回転しながら鋭く脚連続でを振り抜き“嵐脚”を放った。大樹の枝が何本も切断される。
 大樹に巻き付いたウワバミは空中のクレスに向けて襲いかかろうとする。
 だが、ガクン、とウワバミの動きが縫いつけられるように止まった。


「……捕まえた」


 ウワバミの身体には対海王類の鉄線が大樹ごと巻き付き、締め付けていた。
 クレスの仕掛けた罠は単純だ。一本のロープを結べば輪になるように、ウワバミの身体を何ヶ所も鉄線によって大樹に巻きつけ、固定したのだ。
 ウワバミは固定する鉄線は釣り糸と同じで、引けば引く程作られた輪が縮まる結び方をされている。つまりはウワバミがもがけばもがくほど締め付けられるのだ。
 もがくウワバミが咆哮する。
 その力に罠どころか、巻きついている大樹までメキメキと音を立てた。


「動くんじゃねェよ」


 クレスは硬化させた拳で思いっきりウワバミの下顎をを殴り上げた。
 ウワバミは顎を閉じられ、一瞬大人しくなったものの、それでも抵抗を続けた。
 

「……やっぱり、オレもまだまだか。
 リベルのおっさん位強ければ、このウワバミも小細工なしで粉砕出来んだろうがな」


 クレスはもがくウワバミに背を向けた。
 捕らえたはいいものの、今のクレスでは屈強な生命力を持つであろうこのウワバミを倒しきるよりも、ウワバミが罠を破る方が早いだろう。
 悔しいが倒しきるには力が及ばない。
 だが、目的を忘れるわけにはいかい。クレスは頭を切り替えた。
 ウワバミはもがきながら、自身を捉えたクレスを睨めつける。


「悪いがそこで大人しくしてろ。
 もう追ってくんなよ、オレはお前にはもう会いたくない」
 

 そしてクレスはウワバミを残してその場を去り、逸れたロビンの後を追うために、森の中を進んで行った。
 残されたウワバミは抵抗を続ける。
 ミシミシ、メキメキと大樹をへし折らんと締め上げながら。






◆ ◆ ◆
 
 




「結構時間が経ったな……ロビンはどの辺だ?」


 ウワバミを足止めし、クレスは目的地に向け進む。
 立ち並ぶ巨大な樹木と行く道を遮るように隆起する根。そして島中を巡る空の河。
 クレスはそれらをいちいち乗り越えるなどというまどろっこしい事はせずに、月歩によって高速で進んだ。
 

「それにしても……やたらと森が騒がしいな」


 断続的に響く爆発音や破壊音。
 クレスは知る由も無かったが、現在“神の島”では<神兵>と<シャンディア>による壮絶な戦いが繰り広げられていた。
 

「ん?」


 クレスが上へと視線を投げかける。
 すると、上空を流れる雲の河から、白い法衣のようなものを来た男が「メェ~~~!!」という奇声と共に襲いかかってきた。
 クレスは男が突き出した掌を空中を蹴り避ける。そしてすれ違いざまに男の腕を取って強引に下へと投げつけた。
 男は地面に叩きつけられるも、よろよろと立ち上がろうとする。だが、立ち上がる寸前に上空から飛来したクレスの踏みつけを受けた。


「しまった……尋問すりゃよかった」


 完全に意識を飛ばした男にクレスは軽く後悔した。
 おそらく昨日のミーティングより<神兵>と予測できるが、いくつか情報を引き出すべきだったかもしれない。
 まぁ、しょうがないかと、意識をロビンとの合流に切り替えたクレスに声がかけられた。


「コイツ……ワイパーが言ってた青海人か」

「そのようだな、カマキリ」


 クレスが見上げれば雲の河の上に、ゲリラらしき男が二人いる。
 男達はそれぞれに武器をクレスに向け構えた。


「おいおい待て待て、先を急いでんだ。やり合うつもりはない」

「フン……関係ねェな。ここはおれ達シャンディアの土地だ。大戦士カルガラに従い侵入者は排除する……!!」


 カマキリと呼ばれた、モヒカンに丸いサングラスをかけた男はクレスに槍の矛先を向ける。
 どうやら、こちらの都合などお構い無しのようだ。
 クレスは指先に力を込め、指を鳴らした。


「ったく……せっかく見逃してやるって言ってんのによ。
 さっきも言ったが、先を急いでんだ。後悔すんなよ、手加減はなしだ」

「ハン……言ってろ。先を急ぐのはお互い様だ」












あとがき
サバイバル本格始動です。
今回はクレスVSウワバミですね。今のクレスでは倒しきれませんでした。
ウワバミは考えればかなり強いと思います。
エネルは例外としておいておいて、ワイパーの燃焼砲でさえかき消しましたし、ルフィが中から攻撃しても無事でした。
そう考えると、一撃で首を落としたノーランドと、刺し殺したカルガラの強さはヤバいですね。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。





[11290] 第九話 「海賊クレスVS 戦士カマキリ」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/06/30 22:42












第九話 「海賊クレスVS戦士カマキリ」












 神の島(アッパーヤード)の深い森に金属と火薬の匂いが漂い始めた。
 島のあちこちで、神官と神兵、シャンディア、そして麦わらの一味が三つ巴の戦いを繰り広げている。
 それにもれることなく、クレスもまた立ち塞がるシャンディアとの戦いに臨もうとしていた。 


「二対一か……いいハンデだな。先手も譲ってやろうか?」


 敵は二人。
 カマキリと呼ばれたモヒカンにサングラスの男と、牛の角のようなものをつけた巨漢。
 軽口を叩きながらクレスは相手の武器を確認する。
 カマキリはボード型のウェイバーと原始的な槍。まるで手足の延長のように槍を自在に玩んでいるところを見ると、錬度は相当高い。
 巨漢の方はスケート型のウェイバーとショットガンに似た長い砲身の銃だ。ただ、空には“ダイアル”と呼ばれるものがあるため、ただの銃だと高を括るのは危険だろう。


「ハッ!! 言ってろ、青海人!!」


 カマキリがボード型のウェイバーを強く踏み込んだ。
 ボード型のウェイバーを足場にして大きく跳躍。クレスに向け、一気に飛び込んできた。
 それと同時にもう一人の巨漢がクレスに向け、長い銃口を向ける。
 クレスは軽く重心を落として、カマキリを待ちうける。


「ハァッ!!」


 気合と共にカマキリが手に持った槍を突き出した。
 重力を味方につけた一撃がクレスを襲う。
 迫るカマキリに対し、クレスは浅い息を吐いた。


「鉄塊“剛”」


 全身の硬化。
 鋼鉄のごとく強度を上げたクレスの身体に、容赦なく心臓目掛けてカマキリの槍が突き出される。
 金属同士がぶつかった様な音が響き、カマキリの顔が歪む。


「コイツ……!!」

「譲ってやったぞ、先手」


 不意にクレスの姿が掻き消える。
 “剃”による急加速。予想外の動きを見せるクレスにカマキリは一瞬虚を突かれた。
 だが、カマキリとて部族の末裔。シャンドラの戦士。
 研ぎ澄まされた戦闘感覚はクレスの動きを察知し、突き出した槍を急転換させ、自身の真後ろへと薙ぎ払う。
 クレス顔に驚きが浮かんだ。風を切り裂き、唸りを上げるカマキリの槍。
 だが、カマキリの槍は空を切った。
 クレスは既に後ろにはいなかった。


「上だカマキリ!!」


 仲間からの言葉に、ハッとカマキリは視線を上げる。
 そこにはウェイバーも無く自在に空を飛ぶ青海人の姿があった。
 クレスが空中を蹴りつける。爆発的な脚力は何もない空中ですらクレスを加速させる。
 反射的にクレスの接近を阻もうと突き出されるカマキリの槍にクレスは腕を振るった。
 突き出された槍はクレスに叩き落とされ、先端を地面に埋めた。
 クレスは音も無く地面に着地し、拳を鉄塊で硬化させる。


「指銃“剛砲”───!!」


 鋼鉄のクレスの拳が飛ぶ。
 クレスの拳は無防備を晒したカマキリ胴へと突き刺さった。
 カマキリの頭が下がり、くの字に身体を曲げ、地面を削りながら後ろに吹き飛ばされる。
 

「ぐッ……!!」

「もう一発」


 苦悶に顔を歪めながらも、カマキリは勢いに乗って後退し体勢を立て直そうとする。
 クレスは追撃を加えようと、大地を蹴った。


「そのまま下がれ、カマキリ!!」


 離れていた巨漢が叫ぶ。
 同時に巨漢が持っていた長い砲身が火を噴いた。
 吐き出されたのは直径10センチ程の火の玉。辺りの空気を加熱しながら、火の玉はクレスとカマキリの間に着弾し、爆炎を撒き散らす。
 咄嗟にクレスは反転し、後ろに跳んだ。
 巨漢はスケート型のウェイバーを噴射させ雲の河から飛び降り、空中でクレスに向けて牽制弾を放つ。
 広範囲にわたり破壊をもたらす火炎弾。肌に焼け付くような熱を感じつつ、剃を駆使し避け続けるも後退を余儀なくされる。


「……面倒なモノ持ってやがる」


 巨漢の銃は“炎貝(フレイムダイアル)”を用いた火炎砲。
 吐き出すのは、着弾すれば爆炎を撒き散らすグレーネード弾だ。
 妨害の為、カマキリを仕留めそこなった。クレスは離れた場所で様子をうかがう。


「大丈夫か、カマキリ」

「ああ、大丈夫だ。少し油断した」
 

 クレスに殴られた部位を抑えるカマキリに、クレスに銃口を向けながら巨漢が問いかける。
 カマキリは患部から手を離して、口元から血の混じった唾を吐き捨てると槍をくるくると玩んだ。


「ウェイバーも無く空を自在に飛びまわり、身体を鉄のように硬化させる。話では脚から斬撃も飛ばしたんだったな。
 なるほど……ワイパーに傷をつけただけの事はある。だが、あいつはまだ空の戦いを知らねェ。面倒な相手でも勝機などいくらでもでも作れる筈だ」


 カマキリは穂先をクレスに向けた。


「行くぞ!!」

「オウッ!!」


 カマキリは一直線にクレス向け走り込み、巨漢はクレスの後ろに回り込みながら、火炎砲の引き金を引く。
 始めにクレスに届いたのは、吐き出される火炎弾。
 クレスは体勢を低くしてそれを避けると、間髪おかずカマキリの鋭い突きが放たれた。


「ラァッ!!」


 気合と共に放たれるカマキリの突きをクレスは硬化させた拳で受け止める。
 同時に鋭く踏み込んだクレスを、カマキリは弾かれた槍を巧みに操り阻んだ。
 拳と槍が打ち合い、甲高い金属音を奏でる。


「ハァッ!!」

「んん゛!!」


 抉りこむような直線を描くクレスに、自由自在に槍を操るカマキリ。
 確かな威力を持って放たれるクレスの攻撃を、緩急を巧みに使い分けカマキリは捌いていく。
 突き出された拳を槍の穂先でいなし、槍を反転。石突を持ってクレスを打つ。
 クレスは跳ねあげた膝でそれをガード。その場で身体を捻り、切り裂くような蹴りをカマキリに向け放つ。
 カマキリはしゃがみこんでそれを避け、後ろに退いた。
 

「喰らえ青海人!!」


 カマキリが引きつけてたクレスに巨漢が引き金を引く。
 吐き出される火炎弾は真っ直ぐにクレスの下に迫った。
 火炎弾はクレスの傍の地面に着弾。同時に辺り一面に燃え盛る炎を撒き散らす。
 しかし、クレスは飛び上がってそれを避け、身体を捻り、巨漢に向けて脚を振り抜いた。


「お返しだ、コラ」


 クレスの脚から幾丈もの斬撃が放たれる。
 嵐脚“乱”。
 クレスが放った嵐脚は逃げ場無き弾幕だった。
 辺り一面を埋め尽くす斬撃にさしものシャンドラの戦士も狼狽する。
 

「ぐあああッ!!」


 巨漢は降り注ぐ斬撃に晒された。
 だが、瀕死に近い重傷を受けようとも膝を突くことは無かった。
 巨漢は一矢報いようとあがきを見せ、火炎砲をクレス目掛けて放とうとする。
 だが、その姿は既にそこには無かった。


「上だ!! 避けろッ!!」


 カマキリの叫びに巨漢はぼんやりと上空を見上げた。
 キラリと輝く太陽に、一瞬何かの影が差す。だが、彼がそれ以上の光景を拝む事は無かった。
 彼の視界はクレスの掌によって覆われていた。
 軋み悲鳴を上げる頭蓋。巨漢が悲鳴を上げるよりも早く、クレスは足を払い、宙に浮いた巨漢を無慈悲に地面に叩きつける。


「六式“我流”寝頭深」


 クレスの圧倒的な膂力を持って、巨漢は地面に叩きつけられ、その身を大地に埋めた。


「まずは一人」


 クレスは冷徹な視線を顔を歪ませるカマキリに向けた。






「次はお前だな」


 大地に埋もれ沈黙する巨漢の傍にクレスは立つ。
 クレスの言葉に表情を歪ませたカマキリはスッとその歪みを消し去った。


「やってくれる。……青海人め、覚悟しやがれ」

「大口叩くつもりなら止めとけ。
 言っただろ? 先を急いでんだ。さっさと片付けてやるよ」

「ハッ!! 言ってろ……!!」


 カマキリが槍の穂先に手を触れる。
 固定されていた刃を抜き取り、その関節部に巻かれていた布を剥ぎ取った。すると中から、槍の先端に固定された“貝(ダイアル)”が現れた。
 

「受けてみな青海人!!」


 カマキリがクレスに向け疾走する。
 未知の武器にクレスは身構える。
 空に育まれた文化は時にクレスの……いや、地に生きる青海人の想像を超える。
 技術とはどの文明においても武器へと流用されるものだ。その島の技術が文化が高いほど、生産される武器の性能は跳ね上がる。
 

「───燃焼剣(バーンブレイド)!!」


 カマキリが槍を振るう。
 だが、その位置は完璧なまでに間合いの外。彼我の距離は10メートルはある。当然クレスに届くわけがない。
 ───筈だった。


「ッ!!?」


 カマキリの持つ槍の穂先。
 設置されたダイアルのその先端から、灼熱の刃が現れた。
 噴き出す炎の刃は、余りの温度にまるで太陽のように青白く輝いている。
 刃に薙ぎ払われた大地は焼かれ、生い茂っていた密林の芝生は全て燃え尽きた。
 クレスは一瞬でその危険性を見出し、転がるように全力で避けた。


「何だその武器はッ!! フザけんなァ!!」


 バネ仕掛けのように一瞬で立ち上がり、クレスはカマキリに向けて疾走する。この手の武器は間合いを詰めないと話しにならないのだ。
 それを阻むようにクレスを焼きつくさんとするカマキリの燃焼剣が振るわれた。
 振るわれるカマキリの燃焼剣をクレスはただ避けるしかない。鉄塊の防御はこの武器に関しては無意味と言っていい。
 鋼鉄化したのはクレスの肉体。打撃、斬撃は弾けても、燃え盛る炎は防げない。
 クレスとカマキリの距離は10メートル。クレスが前に進もうとすればカマキリがそれを押し戻す。
 決して触れてはいけない刃にクレスは完全に攻めあぐねた。
 

「クソッ!! 軽々と振るいやがって!!」

「炎に重さがあるとでも思ったか?」

「だろうな!! コノヤロウが!!」


 燃焼剣には重さがないのだ。
 故に刃の長さなどものともせずにカマキリは軽々と振う。
 

「嵐脚“線”!!」


 燃焼剣を避けながらクレスは嵐脚を放つ。
 カマキリは自身に向かってくる斬撃に動揺する事も無く刃を振るい嵐脚を打ち消す。
 その一瞬に出来た僅かな時間にクレスは全力で地面を踏み砕いた。


「鉄塊“砕”!!」


 踏み砕かれた大地は礫となってカマキリを襲う。


「無駄だ!!」


 カマキリはその全てを燃焼剣で焼き尽くし、返す刃でクレスに向けて燃焼剣を振るおうとして、その姿が消えている事に舌を打った。


「……隠れやがったな」






 大樹の裏に隠れ、クレスはカマキリに見つからないように息をひそめた。
 燃焼剣(バーンブレイド)。
 まったくもって理不尽な武器だ。
 振るうカマキリの技量も相まって一切クレスを寄せ付けない。


(さて……どうするか)


 クレスは考えを巡らせる。
 燃焼剣を受け止める事は不可能。
 逃走も一瞬考えたが、カマキリ達が進んでいた方向を考えると、どうやら目的地は同じ方向だ。
 となればここで片付けなければ、後々面倒なことになる。 


(必要なのは、あのグラサンの武器に触れずに倒すこと)


 これは絶対条件と言っていいだろう。
 高温の炎そのものの刃など触れる気にすらならない。もし運悪く捕らえられれば……などとは考えたく無い。
 だが、その条件も正攻法で攻めるのは困難だろう。
 カマキリの技量は高い。そして燃焼剣の利点を十分に心得ている。
 燃焼剣の利点はその威力と、重さのない刃によって間合いを完全に制する事だ。
 近距離戦闘を得意とするクレスにとっては相性の悪い相手である。
 だが、やりようはあった。


(オレの取れる手段は二つ)


 カマキリに対してクレスが取れる有用な策は二つ。
 一つは密林に紛れて隙を突く方法。
 狩り用具を用いてカマキリを撹乱し、隙を見せた瞬間に一撃で仕留める事。
 だがこれには大きな穴があった。
 まず、手持ちの道具が少ないのだ。クレスの狩り道具はウワバミとの戦闘により大部分を消費してしまっている。
 果たして、少ない武装でカマキリを欺くことが出来るのか。失敗すれば窮地に追い込まれるのはクレスの方だ。
 

(もう一つは……正面突破)


 正面突破。
 一番難しい手段だが、可能性はゼロでは無い。
 クレスが扱う体技“六式”にその突破口は存在した。

 ───紙絵。

 風に揺られる紙のように相手の攻撃を避ける技だ。


(……紙絵はあんま使わねェから不安なんだよな)


 クレスはあまり紙絵を多用することは無かった。
 幼いころの経験とクレス自身の性格が、相手の攻撃に晒された際の対応として回避では無く防御を選択させた事もある。
 鉄塊によって相手の攻撃を防ぎ、カウンターの要領で相手の隙を突く。この戦闘スタイルがクレスの中では確立していて、基本的に戦闘で紙絵を使う事は無かったのだ。
 そのためか、僅かに苦手意識すらついている。
 
 だが、それでも鍛錬を怠っていた訳ではない。
 昔、まだクレスが西の海に居た頃にその弱点を突かれ窮地に陥った事もある。
 あれ以来、弱点の克服には当然取り組んだ。
 もともとクレスは“眼”はいいのだ。相手の攻撃を見切る事は可能だ。
 後は身体を連動させるだけ。
 必要なのは、柔軟性、瞬発力、反応速度。
 もともと紙絵とは、相手の攻撃に合わせ“自在に肉体を操る技術”なのだから。






「───そこにいるのは分かってんだ。とっとと出てきやがれ」


 カマキリの声が森の中に響いた。
 その声にクレスは一旦思考を中断し、ピタリと身を隠している大樹に張り付いてカマキリの様子をうかがう。


「いい事を教えてやろう青海人。
 この『燃焼剣(バーンブレイド)』は“風貝”にガスを貯める事によって発生させた炎の刃だ。
 察しの通り、斬れ味は抜群。炎だから重さは無い。おまけに“風量”を調節する事で刃のサイズを自在に変えられる」


 カマキリは槍を肩に担ぎながら辺りを見回していた。
 穂先からは相変わらず青白い灼熱の刃が噴き出している。だが、そのサイズはクレスと相対していた時に比べ格段に小さい。今は約50センチほど、元の原始的な槍と同じ大きさだ。
 カマキリの言う通り、貝の出力によってサイズを自在に調節できるのだろう。


「つまりは───」


 カマキリが燃焼剣を振りかぶる。
 だが、クレスが狩りで猛獣相手に鍛えた隠遁スキルは完璧だ。
 一切気配を発せず、周囲と同化し、来る瞬間まで待ち構える。しかも今は密林。そう簡単に見つけ出せるものではない。
 カマキリにはクレスの正確な場所はわかっていない筈だ。闇雲に刃を振るってもクレスには届かない。
 だが、彼の表情からは絶対的な自信がにじみ出ていた。
 クレスの中で強烈な悪寒が走る。やけに心臓が脈打っている。
 カマキリはさっき何と言った。

 ───刃のサイズを自在に変えられる。

 実際、先程までは10メートルもの長さの刃を扱っていた。
 無意識のうちに決めつけていたのではないか。初めて見る未知の武器にある種の固定概念を抱いていたのではないか。
 カマキリは“あの瞬間”のクレスとの戦いにおいて適切な間合いにしただけ。
 そもそも、風貝はウェイバーにも用いられているように、非常に強力な風を噴出させる。その力は海の上を人を乗せて進めるほどだ。
 もし、それを最大風速で開放すればどうなるか。


「───こういう事だ!!」 


 カマキリが燃焼剣を振るった。
 瞬間、取り付けられた風貝の出力が全力で解放され、青白い灼熱の刃が火山のように噴き出す。
 クレスはなりふり構わず飛んだ。
 燃焼剣に触れた大樹は豆腐のように易々と刃が埋まり、何事も無かったかのように通過した。
 いくつもの大樹を巻き込んだが、その全てが同様にいとも簡単に刃を許す。
 一薙ぎ。
 まさに一瞬だった。
 

「この風の吹きつける全てが刃。───かくれんぼは終いだ」


 燃焼剣を振り抜き、カマキリは勧告する。
 ズルリと何かが脆くずれる音が連鎖した。
 生い茂り、競う合うように成長した大樹達。そのことごとくが炭化した断面を中心に崩れ落ちる。
 轟音が森に響き、一斉に燃焼剣が通過した一切が崩れ落ちた。
 あれほど生い茂っていた密林は一瞬にして不自然に炭化した丸太が連立し、倒れた木々が立ち並ぶ開拓地へと変わってしまった。
 

「さァ……姿を見せやがれ」


 カマキリは燃焼剣を最大出力で走らせる。
 倒れた木々は更に細かく断ち切られ、クレスが身を隠すスペースを消失させた。
 必然的にクレスの選択肢が消える。
 クレスに逡巡は無かった。もはや時間の無駄だ。
 一瞬で腹をくくり、己の力を信じた。


「あァ!! 本気でムカつく武器だなクソが!!」


 原型を留めぬ大樹の中からクレスは猛スピードで飛び出した。


「ハッ!! 行くぜ、青海人ッ!!」

「やってやるよ、グラサン野郎!!」


 クレスとカマキリ、二人の距離は100メートル前後。
 ぶつかり合う気迫。
 一撃。
 互いに一撃で勝負が決まると悟った。
 叩き潰せばカマキリ。走り抜けばクレス。勝者は一人。
 それは命をかけたデッドレース。条件は五分。臆せば相手に飲み込まれる。


「んん゛ッ!!」

「おおおおおおおッ!!」


 カマキリが燃焼剣でクレスを薙ぎ払う。だが、一瞬のうちにクレスの姿は掻き消え、上空へ。
 カマキリは即座に軌道を切り替え、刃を跳ねあげた。重さのない刃はクレスを追い詰める。
 クレスは“月歩”を駆使し、縦横無尽に駆けた。燃焼剣に道を阻まれようとも、空中で身体を制御し巧みに避けた。
 一瞬の判断で空中の方が攻撃が避けやすいとクレスは読んだ。上下左右。空中ならば三次元的に動き回れる。
 だが、クレスの道はあまりに過酷だ。進めば進むほど燃焼剣を振るうカマキリの精密さ、操作性が増していく。


「ッ!!」


 灼熱の痛みがクレスを襲った。
 あまりの熱に一瞬動きが鈍った。常人ならばそれだけで意識を失いかねない程の痛みだ。クレスはそれに見事に耐えきったと言っていい。
 だが、その隙はあまりに致命的だ。
 カマキリは容赦なく、燃焼剣を振るった。
 灼熱の炎で燃焼剣は通り過ぎる全てを断ち切る。受ければクレスもまた炭化した大樹と同じ運命をたどるだろう。
 クレスは奥歯が割れそうなほど噛みしめ、残された退路へ弾丸のように飛んだ。
 カマキリの口角がつり上がる。クレスが選んだ退路は地上だったのだ。これによりクレスの進む道は更に過酷さを増す。
 クレスとてそれは十分承知だ。だが、選ばざるをえない状況へと追い込まれた。
 着地と同時にクレスは“剃”によって大地を駆けた。
 同時にカマキリの燃焼剣がクレスを追う。
 この時点での距離は20メートルを切っていた。
 クレスの“剃”は速い。20メートル程ならばほんの一瞬で駆け抜けるだろう。
 だが、それはカマキリも同じだ。一瞬あれば何度剣が振るえるか。

 あまりに短い。
 あまりに長い。 

 矛盾する法則が二人の間では成り立っていた。


「おおおおおおおおおおおッ!!」

「あああああああああああッ!!」


 互いに獣のように咆哮した。
 唸りを上げ、灼熱の刃が振るわれる。
 胴を薙ぎ払うかに見えたカマキリの刃を、クレスは大地に張り付いたかのように身を低くし避けた。
 そして獣のような姿勢のまま、峻烈なまでの歩を進める。
 カマキリの一振りがかわされ、クレスは一気に距離を詰めた。 


「ぬんッ!!」


 今、カマキリの神経は極限まで研ぎ澄まされていた。
 一瞬も無駄にできない。一つのミスが命取り。だが、一切の恐れは無かった。
 カマキリはシャンドラの戦士。勇猛な祖先たちの血がカマキリを駆け廻っていた。
 刻まれる一瞬が永遠にまで引き延ばされる。
 空に生まれ、シャンドラの戦士となった。それは誇りだった。酋長から聞いた誇り高き物語り。その無念のままに朽ちた想いを果たすために戦った。
 カマキリの半生は戦いの歴史。カマキリは己の戦士としての感覚に赴くままに従った。


「なッ!?」


 クレスが目を見開いた。
 カマキリはありえない選択をおこなった。
 クレスに距離を詰められれば終わりという状況に置いて、自ら一歩を踏み込んだのだ。
 強烈な踏み込みから振るわれる大上段。
 灼熱の刃は大地を割る魔剣と化した。
 音すら焼き尽くすかのように渾身の一撃が振り下ろされる。


「ハァアアアアア!!」


 クレスの四肢が躍動する。
 脳が全身に命令を与えるよりも速く、クレスの経験が全身を突き動かした。
 極限のバランスを持って横へと身体をスライドさせる。チリチリと肌が焼け付いた。その熱に服が炭化する。
 だが、クレスの身体はまるで滑り込むように薄皮一枚のところでカマキリの一撃を避けた。
 クレスの真横で止まる灼熱の刃。
 カマキリとの距離は10メートル以下。クレスにとってはゼロにも等しい。
 攻めあぐねた先程とは違う。カマキリは決定的なミスを犯した。
 カマキリが切り返すよりもクレスの一撃の方が速い。



 ───ゾクリ。
 
 

 その瞬間、クレスの背に氷塊を流しこまれたような寒気が走った。
 カマキリの目はまだ死んでいない。
 むしろ鉛のように鈍く獰猛な輝きを持って、クレスを圧していた。


「───かかったな」  
 

 クレスの真横で静止していた灼熱の刃。
 それが突如、クレスに対し抉りこんできたのだ。
 カマキリが極限状態で選択したのは、大上段の一撃をフェイントとした抉り取るような薙ぎ払い。
 カマキリの判断は考えうる限り最善で最高だった。
 駆け引きにおける一瞬を突く戦士の罠。一種の境地であるそれをカマキリは見事に成し遂げたのだ。
 灼熱の刃がクレスを襲う。
 その一撃は攻勢に転じたクレスに避けきることは不可能だ。
 





「── 紙絵 ──」






 そう、不可能な筈だった。
 しかし、クレスはそれを避けきった。 
 ひらりと、緩やかでありながら誰にも捉える事の出来ない、紙に描かれた絵の如く。

 六式が一つ、紙絵。
 クレスは六式の中で最も奥が深いのがこの“紙絵”だと考えた。
 紙絵とは攻撃を避けるだけの技術では無く、相手に応じて“自在に身体を操作する技術”なのだ。
 優れた能力者ならば、身体をスライムのように柔軟に変質する事もできるし、優れた瞬発力を用いて分身体をも作り出せる。
 どの体技よりも総合力が問われる分、比較的安易に習得した気になるが、極めるべき奥は深い。
 
 相手の攻撃を捕捉し命令を送る迅速な反応速度。
 全身を駆動させる揺ぎ無き瞬発力。
 そして命令を完璧にこなすしなやかな柔軟性。
 今のクレスはそれらが全て組み合わさり、完璧なまでの体技を体現していた。


「指銃───」


 カマキリに驚愕が刻まれる。
 勢いを殺すことなく、カマキリが全てをかけた一撃を回避せしめたクレス。
 極限状態において自身の最高のポテンシャルを引き出したその胆力は驚嘆に値する。


 ───なるほど、おれの負けか。


 クレスは既にカマキリの懐に潜り込み、“鉄塊”で硬化した五指を噛みつくように突き立てていた。
 この一撃は間違いなくカマキリをサバイバルから脱落させるだろう。


「───“咬牙”ッ!!」
 
 
 クレスとカマキリは交錯し、すれ違った。
 クレスが振り抜いた五指から赤い血が帯のように靡いた。
 カマキリの腕から燃焼剣が滑り落ち、灼熱の刃が消える。
 鮮血が舞い、カマキリの意識が薄れた。


「女を一人待たせてるんだ。急がせてもらう。……軽口言って悪かったな」


 全力を出し切った自身を打ち負かした男に、カマキリは何故か悪い感情は浮かばなかった。






◆ ◆ ◆






 カマキリとの戦いを終え、クレスはロビンとの合流を目指して森を進んだ。
 全身を軽い倦怠感が包んでいる。予想以上にカマキリとの戦いで身体を酷使してしまった。
 だが、クレスはその顔に僅かな笑みを浮かべた。


「さっきのは……なかなか良かったな」

 
 鍛錬は重ねていた。
 昔に比べればかなり強くなったと思うが、それでもまだ足りない。
 だが、さっきの戦いは僅かではあるが自身の可能性を見出すことが出来た。
 紙絵は一応は習得したものの、クレスが苦手としていたものだ。
 だが、先程の戦いでその意識は消えた。欠点を無くす訓練も意味を為しているという事だ。
 
 剃、指銃、嵐脚、鉄塊、月歩、紙絵。

 六式の体技は当然六つ。
 六つ全てを使いこなしてこそ、“六式使い”と呼ばれる。
 それには当然意味があるのだ。
 全ての体技を極めつくしたその先に、クレスが目指すべき姿がある。
 

「……今は止めよう。ロビンとの合流が先だ」


 入り組んだ迷路のような森の中を進み、ひたすらに予定していたコースへと進む。
 森は相変わらず騒がしい。
 どこかしこで誰かが戦っているのだろう。
 やはりロビンの事が心配だ。ロビンならばよほどの事がない限り切り抜ける事が出来ると思うが、クレスが対峙したカマキリのように予想外の相手がいる可能性は十分にあり得た。
 クレスが更にスピードを上げようとしたその時だった。
 


「シャンディアの主力を一人倒すとは……なかなか強いじゃないか、青海の戦士」



 振り掛けられた声にクレスは足を止めた。
 そして面倒くさそうに声の主に振り返る。


「誰だか知らねェが、急いでんだ。邪魔すんな」

「ヤハハハハハ……!! “誰”とは随分不躾じゃないか。礼儀を知らぬと命を落とすぞ、青海の戦士」

「あァ?」


 クレスは悠然と大樹に座り込む男を見た。
 鷹揚とした様子の男。頭にバンダナを巻き、異様に長い耳たぶと、眠たげな目をしている。
 間の抜けた姿に見えるが、其の実、全てを見通してるような余裕が感じられた。
 クレスはその男から底知れない強大な雰囲気を感じ取り、警戒しながら誰何する。


「てめェ、誰だ?」


 クレスの問いに、その男は絶対的な重圧を滲ませながら悠然と答えた。



「───“神”───」












あとがき
今回はクレスVSカマキリです。
カマキリって実はかなり強いと思うんですよね。
燃焼剣(バーンブレード)ってかなり反則的だと思うんです。たぶんあの武器が空島の武器の中で一番厄介な気がします。
クレスの厳しいサバイバルルート。
私が言うのもなんですが、がんばれクレス。




[11290] 第十話 「海賊クレスVS神エネル」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/07/06 05:51
「……ひどい事するわ」


 神兵長ヤマ倒し、ロビンはたなびく風に艶やかな黒髪を揺らした。
 身体が僅かに痛んだが、動くことに問題は無いだろう。
 クレス達と別れ、一人予定していたルートを進んでいる時に、ロビンは思わぬものを発見していた。
 慰霊碑。
 それも、過去に滅びた「シャンドラ」という古代都市のものだ。
 それによれば、海円暦402年、今から1100年以上も前に都市は栄え、800年前に滅んだ。 
 この年代はロビンが探し求めている世界中のどこにも残っていない“空白の100年”に当てはまる。
 ロビンの胸が高鳴った。
 この遺跡は、地上で途絶えた“語られぬ歴史”を知っているのかもしれないのだ。


「それにしても、クレスはどうしたのかしら? 
 もう来ても遅くは無い筈なのに……何かあったのかしら」


 ロビンは離れたクレスの事が気になった。
 早くクレスと再会しこの事を伝えたいのだが、クレスの到着が遅い。
 クレスがウワバミの足止めをおこなってから随分と時間が経った。
 クレスといえどあの大きさならば手こずるだろうとは思うが、それでも遅く感じる。
 森も騒がしい。もしかしたら、クレスも何者かに襲われているのかもしれない。一緒に来た3人も同じなのだろう。
 

「クレスなら問題ないと思うんだけど……」


 もしかして……という、悪い考えが浮かびそうになったが、ロビンはその考えを打ち消した。
 ロビンはクレスの強さを誰よりも知っている。
 幼いころから、足手まといだったであろう自身を抱えながらも戦い生き抜いて来たその強さは、たとえ誰が相手であろうと劣るものではない。
 特に、生き抜く術ならばクレスは誰にも負けはしないのだ。 


「やっぱりここにいるより、進んだ方がよさそうね。……目的地の方が道中よりも合流しやすいでしょうし」


 クレスの事を気にしながらもロビンは遺跡の中心部へと進んで行った。
 その胸に僅かによぎった予感を抱えながら。 
 











第十話 「海賊クレスVS神エネル」












「“神”……だと? お前がか?」

「如何にも、そうだ」


 ロビンとの合流を目指し進んでいたクレスは大樹の枝に悠然と腰かけた、“神”と名乗る男と対面していた。
 <神・エネル>。この島に君臨する唯一にして絶対神。その男がクレスの目の前にいた。
 クレスはエネルから感じ取った底知れない雰囲気に一瞬慄然となるも、臆す事無く対峙する。


「なるほど……それで? その神様がオレに一体何の用だ?」

「ヤハハハ……。そう睨むな。
 なに、青海の技も面白いと思ったのだ。雲も貝も使わず、自在に空を駆ける。そうマネ出来るものではあるまい」

「お褒めにあずかり光栄だな。別に嬉しくは無いがな。で? 別にそれをわざわざ言いに来たのか?」


 興味なさげにクレスは答えた。
 エネルは不気味な形に口元を歪める。 


「いいや。ゲームを主催したものの、いい加減暇だったのでね。誰か手ごろな者を探していたのだ」

「ゲームだと?」

「ほんの暇つぶしのゲームさ。今の生き残りを賭けたサバイバルを誰が勝ち残るのかというな」

「随分と稚気に飛んだ遊びだ事で。さすがは神を名乗るだけはあるな」

「気に入ったかね青海の戦士? 
 時間制限は3時間。その間に何人倒れ、何人生き残れるか。なかなか楽しかろう?」

「いかれた野郎だ……」


 クレスの指先に力がこもった。それに応じパキリと骨が鳴る。
 不敵に笑みを作り、神を名乗る男に問う。
 

「この鉄臭いバカ騒ぎの原因はお前だな」

「ヤハハハハハ!! 覚悟を決めた子羊共に死に場所を用意してやった、という意味では私なのであろう。
 いい機会だったのでな。“環幸”に向かうついでに、空の面倒なゴタゴタを片付けてやろうと思ったまで。最も、貴様らは予想外の珍客だったがね。途中参加も大いに結構」

「なるほどな……つまりは、お前を片付ければ丸く収まるわけだ」

「面白い事を言う男だ。だが、無礼な物言いはそのへんにしておけ。貴様の前にいるのは神であるのだからな」

「言ってろ。だいたい……神様ってのは嫌われるもんだろ?」

「その感情すらも押しつぶすのが神だ」


 クレスは爆発的な脚力で駆けた。
 その姿はまさに疾風。
 目にもとまらぬ圧倒的な速さで余裕のポーズで座り込んだエネルに肉迫し、異常なまでの肉体制御によって滑らかにエネルの背後を取った。
 そして一切の戸惑いも無く、硬化させた手刀を無防備な背に突き立てた。


「……やはり速いな青海の戦士。少し甘く見過ぎていたかな?」


 クレスの指先は背後から容赦なくエネルの身を打ち抜いていた。
 だが、エネルは特に気にした様子も無く、余裕の表情で笑みを浮かべた。


「だがそれは貴様も同じであろう、青海人?」

「てめェまさか……!!」 


 クレスの顔に驚愕が刻まれる。
 手刀は確実にエネルの背を貫いていた。
 だが、その腕からはまるで手ごたえを感じない。クレスが貫いたエネルの背には実体がなかったのだ。


「神の力を知れ」


 エネルがクレスに宣告する。
 瞬間、クレスの全身に衝撃が駆け廻った。


「がああああああああああああッ!!」
 

 全身が炙られたかのように焼け付き、煙がたなびく。
 筋肉が不自然に痙攣し、視界が一瞬暗転した。
 襲いかかる衝撃に身体を震わせながらもクレスは神経を総動員し、エネルの身から腕を抜き去り、飛びのいた。


「自然(ロギア)系能力者……!! てめェ“雷”か!?」

「如何にも。<ゴロゴロの実>」


 <ゴロゴロの実>の雷人間。
 エネルが手に入れた能力は、数ある<悪魔の実>の中でも“最強”との呼び声高い“雷”の力。
 雷とは時に"神鳴り"とも呼ばれた。人々は雷を神の御技とし、圧倒的な威力を誇るその暴威を恐れ信仰したのだ。
 エネルが手に入れた能力は、まさに神にふさわしき力と言えるだろう。


「理解したか? 人は古来より理解できぬ恐怖を全て“神”と置き換えてきた。もはや勝てぬと全人類が諦めた“天災”そのものが私なのだ」


 クレスは自身の迂闊さに歯を噛みしめた。
 余裕を持って構えていた男が何らかの力を持っていたとしてもおかしくは無かった。
 だが、それでも<ゴロゴロの実>というのは破格すぎる。能力だけならば海軍大将にも匹敵する力だ。
 エネルの力の前では、もはや、勝利における前程すら変わってしまう。
 如何に戦い勝つのではなく、如何に逃げのび生き残るかだ。
 

「さて、この神にふさわしき力の前に貴様はどう抗う?」

「チッ……!!」


 笑みすら浮かべてこちらをを見下すエネルにクレスは舌を打った。
 エネルにとっては自分以外の全ては格下のか弱き子羊なのだろう。
 クレスは素早く視線を飛ばし、辺りを見渡す。
 この男に戦いを挑むのは分が悪すぎる。言わば、嵐に生身で挑むようなものだ。今は逃げる事を考えるしかない。 


「嵐……」

「───その脚から放つ斬撃で目をくらまし、その隙に逃げるつもりか? 浅はかだな」

「ッ!?」


 まさにエネルが言った通りの事をおこなおうとしていたクレスは、突如目の前に現れたエネルに瞠目する。
 全身を自然変化し、エネルは雷そのものとなってクレスの目前まで迫ったのだ。
 雷光が瞬いてからはまさに一瞬だった。クレスですらその動きを追い切れない絶対的なスピード。余人と存在を異にする人外の技。
 まさに神の力。


「1000万ボルト───」


 エネルはクレスを指差した。
 エネルの全身が異常な電圧により瞬き、蓄電させた雷電を解き放つ。
 雷の神髄は瞬くような速度と、広範囲にわたる圧倒的な攻撃力。


「───放電(ヴァーリー)!!」


 辺り一面に無慈悲な雷撃が解放され、その威力を持って蹂躙する。
 轟音と熱量が全てを覆う。
 植物は燃え尽き、空気ですら異常な摩擦に悲鳴を上げた。


「ヤハハハ!! 面白い。今のを避けたか」


 ニヤリとエネルは何とか“月歩”によって雷撃を避けたクレスに視線を移す。
 クレスの額に冷たい汗が流れ落ちた。
 エネルの扱う能力はあまりに強力過ぎる。
 電撃。それも、雷という災害レベル。
 電気というものは流れるもの。つまり身体の一部でもエネルの雷に触れれば、圧倒的な電圧により全身が蹂躙されるのだ。
 

「ハァ……ハァ……マジかよ。マジでフザけんな。
 あの野郎オレの動きを読みやがった。雷だけで十分だってのに……」


 息切れが酷い。
 連戦続きで、この相手。クレスが如何に体力に自信があるとはいえ、限度というものがある。
 今のエネルの一撃を避けるだけで、多大な神経を費やした。


「いい顔だ。神にひれ伏す子羊そのものだな」

「うるせェ、黙ってろ。殺すぞ」

「まだ無駄口が叩けるようだな。逞しい事だ。
 このまま私が貴様を倒しても構わんが、それでは楽しみがなかろう。
 そうだな……5分だ。5分間私から逃げ続けれられれば、見逃してやろうじゃないか。ヤハハハハハ!!」


 哄笑するエネルをクレスは苦々しく睨みつける。
 クレスと対峙することですらエネルにとってはほんの暇つぶしに過ぎないのだろう。
 見逃すという言葉もどこまで信用できるかわからない。
 それに5分と言ったのもそれ以内に仕留める自信があるのだろう。クレスもそれは分かっていた。気を抜けば5分どころか5秒で倒される危険すらある。


「いい事を聞かせてやろう。……貴様を入れ、男3、女2」

「何の話だ?」

「今の貴様の仲間の生き残りさ。元"神"のジジイの所で二人程倒させて貰ったぞ」


 今まさに一味の事を見ているようにエネルは語る。


「……“心綱”って奴か」

「知っているじゃないか。
 私はこの“心綱”により国一つ網羅できる。雷の身体で電波を読み取り個人の特定もな。
 フム……なかなかやるじゃないか、貴様の仲間も。ほう……妙な小動物はゲダツを、黒髪の女はヤマを倒したか。大したものだ」


 黒髪の女。
 その言葉に一瞬クレスの目が細められたが、エネルは気付くことは無かった。


「つまりは……やろうと思えば、好きな相手の下に向かえると言うことか」

「察しがいいな。そういう事だ。少しはやる気になったか?」

「ああ……」


 クレスはエネルに向かい拳を構える。
 その拳はいつの間にか黒手袋で覆われていたが、エネルは気にする事は無かった。
 

「満々だ」

「では、始めようか。精々励めよ、青海の戦士」


 拳を構えたクレスに対し、エネルは手に持っていた黄金の昆を放り投げる。
 昆はクルクルと回転し空高く舞い上がる。
 その高度が最大に達した時、二人は動いた。


「神の裁き(エル・トール)!!」


 エネルの右腕が強烈な雷に変換され、一気に解き放たれる。
 クレスに向けて放たれる極太の極光。暴虐の雷は全てを滅却させた。
 クレスはエネルの放った雷の光に目を細めながらも、“月歩”によってその場を全力で離脱。
 間髪いれずに、エネルに向けて駆けた。


「ほう……愚かにも私の下へ向かってくるか」


 舞い落ちて来た黄金の昆をエネルは掴んだ。
 エネルは空を自在に駆けるクレスに嘆息するも、その愚行を嘲った。
 クレスは黒手袋を装着した拳を握りしめ、無謀にも雷であるエネルを殴りつけようとしているのだ。
 

「まだ理解が足りないようだな。神という存在の絶対的な力を」


 <ゴロゴロの実>
 エネルの能力は全身を自然変換する<自然系>。
 つまりは一切の物理攻撃が意味を為さないのだ。
 故に、クレスの拳がどれだけ速く、硬く、強く、鋭くとも、エネルにとってはまったくの関係がない。


「指銃───」

「ならば何度でもその身に刻むがいい。神という名の……」

「───剛砲!!」

「絶対的なちぐぽらッッッ!!」


 ─── 筈だった。
 理解不能な衝撃がエネルを襲う。
 クレスの砲弾のような拳に頬を打ち抜かれ、錐揉みしながら吹き飛んだ。
  

「知ってるか? 古今東西、いろんな神話があるが、人が神に抗うというものは意外と多い」


 クレスは“月歩”によって駆け、一瞬で吹き飛ばされたエネルの背後へ。
 エネルはその事に気づき何とか回避を試みるが、それより振り下ろされたクレスの拳の方が速い。
 鉄槌のように叩きこまれた拳は、エネルの脇腹を捉え、その身を悶絶させながら地上叩きつける。


「その際に必ずと言って登場するのは“神殺し”の武器だ」

「貴様……何をしたァ!!」

「『海楼石』って知ってるか?」


 海楼石。
 海が結晶化したと言われる鉱石。
 海に嫌われた能力者はこの鉱石に触れている間、海に浸かっているのと同じ状態になってしまう。
 クレスの黒手袋には僅かではあるがそれが仕込まれていた。


「てめェも“神”なら、一編喰らってみろや。そして死ね」


 大地にうずくまるエネルに向けてクレスは空中で逆さになり、拳を硬化させ鏃に見立て稲妻のように加速する。


「我流“雷礼(ライライ)”!!」


 硬化させたクレスの拳がエネルに襲いかかる。
 エネルはそれを見上げ、怒りを爆発させた。


「この不届き者がァあああああ!!」


 憤怒と共にエネルの肉体が爆ぜた。
 瞬く閃光と、空気を震わす膨張音。


「電光(カリ)!!」

「───ッ!!」


 全身から雷撃を発するエネルに、クレスは攻撃を中断させ大きく距離を取った。
 発せられたエネルギー量を鑑みれば、攻撃を中断せずにエネルに触れていたならばおそらく消し炭にされていただろう。
 エネルはクレスが距離を取ったその間にゆったりと立ち上がる。
 口元の血を拭い、悠然たる笑みを浮かべた。


「……なかなか効いたぞ青海の戦士。だが、そのちっぽけな“武器”がどうしたと言うのだ?
 神の力は絶対。それを倒そうなんて不可能なのさ。青海の戦士、貴様は知るべきだ。神に挑んだ者達の末路というものをな」


 バチリと空気を震わせ、エネルの姿が掻き消える。
 クレスは気配を察し、素早く後ろを振り返る。そこにはクレスに向けて雷撃を放とうとするエネルがいた。


「消え去れ、青海の戦士よ」


 エネルの腕からとぼしる極太の極光。
 神の裁き(エル・トール)。
 万物を砕く神の雷霆。
 一面に迫る雷にクレスは全力で大地を蹴り空中へと退避、そのギリギリをエネルの雷が通過する。
 海楼石の黒手袋。これによりクレスはエネルに対し攻撃を加える事ができる。
 だが、それだけだ。
 クレスが行おうとしているのは、猛威を振るう雷に拳のみで挑む事と同義。常識的に考えて、まず勝ち目など無いのだ。
 それを考えると、最後の一撃を察知され、外されたのは痛い。クレスは先程の一撃でエネルを倒す気だったのだ。
 手の内も知られた。これ以上は不意の一撃など絶対に入らない。


「くそ……本格的にマズい。どうするか考えないと……」

「やはり避けたか。だが、私からは逃れられんぞ」

「お前ッ!!」


 クレスが避けた先にエネルは既に待ちかまえていた。
 ───心綱。
 人は生きているだけで体から声を発するのだと言う。
 それを聞きとることにより、相手の動きすらも予知する事が可能になる。
 エネルはこの技を鍛え、極めた。


「これを避けられるかな? 青海の戦士」


 エネルは背にある太鼓を黄金の昆で打ち鳴らした。
 刻まれる打音。
 すると、エネルに叩かれた太鼓が雷に姿を変えた。


「3000万ボルト“雷鳥(ヒノ)”」


 エネルの雷は巨大な鳥となりクレスを襲う。
 完全に追いこまれた後のダメ押しの一撃。
 クレスはなおも避けようともがくが、巨大な雷鳥はクレスを捉えた。
 全身に許容しがたき衝撃が駆け廻り、痙攣する。


「ぐッッッがァああああああああああああああ!!」


 制御を失い、クレスは地に落ちた。
 雷の無慈悲な蹂躙に全身が黒く炭化し、視界が暗転する。


「神に近付く者全ては地に伏す定めよ。
 貴様は私に出会った瞬間に終わっていたのだ。神の加護がなかったな、青海人。ヤハハハハハハハハ!!」


 エネルの哄笑が辺りに響く。
 その前に伏し、クレスが立ち上がる事は無かった。
 





 経過時間2時間15分。
 神の島(アッパーヤード)での生き残りをかけたサバイバルは激しさを増し、脱落者に欄に新たな名前が刻まれていく。
 





◆ ◆ ◆
 



 

 森の中をズルズルと滑るように巨大なウワバミが進んでいた。
 全長100メートルを越す巨体。巨大化した生物たちが蠢く空島に置いても、間違いなくその生態系の頂点に立つだろう比類なき姿だ。
 400年も前から『神の島』全域を住みかとし、当然のごとく、空に住む者からは、<空の主>と呼ばれ恐れられた。
 永く生きてきた分、討伐されそうになった回数は忘れるほどあったが、その全てを跳ねのけて今日まで生きて来た。

 だが、人とは比べ物にならない人生においても、たった一人の男に大樹に縛り上げられたと言うのは初めての経験であった。
 縛りつけられた大樹を締め上げ、へし折り、脱出したはいいものの、身体に巻きついた鉄線は取れない。 
 身体をあちこちに擦りつけて鉄線を外そうとしたのだが徒労に終わってしまった。
 如何に硬い鱗に覆われた皮膚が身体に鉄線が食い込むのを防止したとはいえ、ウワバミの身体には腕がない。
 故に鉄線が朽ち、自然に外れるまで、この窮屈な思いに付き合わなければならないのだ。


───ジュラララララララァ!!


 低く唸り、苛立ち紛れにウワバミは騒がしい森を徘徊する。
 ウワバミは400年間、ずっとこの島を巡り続けた。
 理由を知る者はいない。空に住む者は縄張りを意識しているのだと言うが、その真相は誰も分かりはしない。
 堂々巡り。まるで失った何かを探し続けているかのように今も前に進み続ける。
 もう、何度も何度も通ったことのある道をだ。 

 そんな時だった。

 遥か前方に、見覚えのある鉄線とそれに繋がれたナイフが地面に突き刺さっているのが見える。
 それを辿れば一人の男に繋がった。
 何故か黒焦げで大地に伏しているが、それは間違いなくウワバミを大樹に縛り付けた男だ。
 笑うように表情を変え、ウワバミは速度を上げた。
 生い茂る木々の合間を巧みに抜け、男の正面まで至り、巨大な口を開き─── そして……。
 その衝撃に木々に止まっていた鳥たちが一斉に逃げだし、何処かへと羽ばたいて行った。
 











あとがき
エネルが扱いに困り過ぎますね。能力がエグすぎます。
やはりクレスではまだ勝てません。
今、空にいる人間で勝てるのはやはりルフィだけ。ゲームで出てくる負ける事が前提のボスみたいですね。





[11290] 第十一話 「不思議洞窟の冒険」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/07/08 21:18
「あ~ビックリした。何なんだよ、この“不思議洞窟”は!!
 地震ばっか起きるし、さっきは“海雲”まで流れ込んでくるしよ。溺れるとこだったよ」


 麦わら帽子をかぶり直しながら、ルフィはうんざりとため息を吐いた。
 ウワバミに襲われ、クレスが足止めをしている間に散り散りとなった五人。
 一人になったルフィは野生の勘の赴くままに真っ直ぐ南(実際は南西)に進み、その途中でワイパーと遭遇し、戦闘となった。
 ルフィはワイパーと互角の戦いを繰り広げるも、途中立っていた足場が崩落し、気がつけば洞窟のような場所に迷い込んでいた。


「出口はどこだァ!!」


 洞窟内にはツタや岩石、遺跡の残骸、果ては人骨まで様々なものが転がっている。
 一見、ゴミ捨て場とも取れるような惨状だったのだが、その中に存在を異にするものがあった。
 黄金。
 なんと一味が探す、黄金があったのだ。ルフィが見つけたのは王冠にネックレス。探せばまだ見つかるかもしれない。
 だが、そこまではと棚から牡丹餅とでも言ってよかったのだが、困ったことにいつまでたっても出口が見つからなかった。
 歩き回っても、一向に外に出られず、穴でも開けてみようと壁を殴りつければ、突如“地震”がルフィを襲った。
 八方ふさがりと言っていい状況。
 ルフィは苛立ち交じりに、こりもせずに“洞窟”を殴りつけることにした。


「ゴムゴムのバズーカ!!」


 ゴムの弾性を生かした渾身の掌底が“洞窟”の側壁に突きささる。
 だが、如何なることか、洞窟はルフィの一撃を受けてもびくともしない。
 しかし、不思議な事にぶるぶると引き付けを起こしたように痙攣している。
 壁を殴った時の感触は硬いものの、岩石とは異なる感触であったのだが、ルフィは気にはしなかった。
 ルフィがもう一発殴ろうとした時、


「うわあああああああああああ!!」


 洞窟がまた“地震”にあった。
 まるで大波にのみ込まれたように上下左右にうねり、平坦な道が絶壁になったり、時折地面が逆転する。
 数十メートルにも及ぶ急落下を味わい、上から様々なものが落下してきてルフィを襲い押しつぶす。
 だが、ルフィはゴム人間だ。その程度ではびくともしない。
 

「ふんッ!!」


 邪魔な瓦礫を粉砕し、ルフィはその中から這い出る。
 

「ぷは───っ! あ~ビックリした。また揺れやがったよコノヤロ」


 ルフィは落下物をなにとはなしに見渡した。
 そしてそこで思いがけないものを見つけて、声を上げる。
 人だった。


「ん? なんでアイツもここにいるんだ?」


 瓦礫の山を飛び越えて、ルフィはその者の傍に駆け寄った。
 

「おい、大丈夫か!?」
 

 横たわるその姿は所々が炭化し、一目で重傷だと分かった。
 だが、それでも胸を上下させて規則正しい寝息を立てているところ見ると、見た目以上には軽傷なのかもしれない。
 手元を見れば、意味は分からなかったが鉄線が握られていて、そこから伸びた鉄線は愛用していたサバイバルナイフに繋がっている。


「おい、起きろ!!」


 心配したルフィはとりあえず肩をゆすぶった。


「何があったんだ、クレス!!」












第十一話 「不思議洞窟の冒険」











 
 
 風は無く、妙になまくさい匂いが漂っている。


「……ッ……ぁあ……痛ェ」


 そんな空間で、規則正しい寝息を立てていたクレスは、ズキリと刺すような痛みで目を覚ました。
 鈍痛のする頭を無理やりに覚醒させ、自身の状態を確認する。
 身体が異常に重い。節々も痛んだ。だが、思ったよりは症状は軽いようだ。 


「クソ……あの野郎……今度会ったら殺す」


 “神”と名乗る男、エネルと対峙したクレスは、エネルが放った雷により敗北した。
 <ゴロゴロの実>による圧倒的な威力の雷撃であったが、クレスが負った傷はその規模からは考えらねないほど軽い。
 

「……咄嗟に投げてよかった」


 クレスの腕には鉄線とそれに連結したサバイバルナイフが握られている。
 雷撃を受ける瞬間、クレスはこれを大地に向かい投げつけ、アース電流の要領で被害を最小限に抑えた。
 だが、もともとの電圧がデタラメな数字だったため、衝撃はクレスを襲い意識を飛ばした。


「それにしても……どこだ、ここ?」


 首だけを動かし辺りを見回す。
 光源は感じられず、辺りは見渡す限りの暗闇だった。
 クレスは無理やりに夜目に変更し、徐々に広がる視界に目を細めた。


「おっ! 起きたか、クレス!! 
 いや~なかなか起きねェからどうしようと思ったぞ。よかった、よかった」

「麦わら……?」


 何故かそこにはルフィがいた。
 溶けたようにボロボロになった服を着て、手には桶のようなものを持ってる。
 クレスが目を覚ましたのを知ると、ルフィは嬉しそうに駆け寄ってきた。


「何でお前がここに……つーかここどこだ?」

「わかんね。迷ってたらお前が降ってきたんだ」

「降って来た……? なんだそりゃ、お前が運んでくれたとかじゃないのか」


 クレスは自身の置かれた状況に頭を悩ませる。
 見た所洞窟のような場所だが、エネルの雷撃を喰らった時、クレスは密林の中にいた筈だ。
 ならば何故この場所にいるのか。
 おそらくは気絶している間に何かが起こったのだろうが、今のところ知る術は無さそうだ。


「そういえば何持ってんだお前?」


 クレスはルフィが持っている桶のようなものを指した。


「ん? ああ、おめェがなかなか起きねェから水を汲んできたんだ」

「そうか……すまん。介抱しようとしてくれたのか。迷惑かけたな」

「おう! 揺すっても起きなかったときはどうしようかと思ったぞ。
 いや~この水、くせェはぬめるはで気持ち悪かったけど、治ったならいいや」

「……ちょっと待て。お前、その水でオレをどうするつもりだった?」

「ぶかける」

「殺すぞコラァ!!」


 感謝の気持ちなどというものは木端微塵に吹き飛んだ。
 むしろ怒りすら湧いてくる。


「まぁ……いい。こんな洞窟にいてもしょうがない。とりあえずここを出よう。出口がどっちか分かるか?」

「それなんだよ。おれも気付いたらこの中にいてよ。いろいろやってみたんだけど、抜けだせねェんだ」

「まぁ、そんなに心配する必要はないだろ。入れたってことは必ず出れる筈だ」

「あっ!! それよりもよ、クレス!! 聞いてくれ!!」


 ルフィは興奮を隠しきれない様子でクレスに言う。


「見つけたんだ!! 黄金っ!! この不思議洞窟の中で!!」

「……は? 本当か?」

「ホントだって!! 探せばまだ見つかるかもしれねェぞ!!」


 ルフィの事だ、ウソでは無いだろう。
 宝の現物を見ていないから分からないが、探す価値は十分にある。
 一瞬、宝を探すべきかと本能的に血が騒いだが、クレスは直ぐその考えを取り消した。


「……いや、それは後にした方がいいかもしれない」

「何でだよ!?」

「……この島はヤバい。オレは宝よりもロビンの方が心配だ」

「そうなのか?」


 ルフィは声のトーンを落とした。
 傷だらけでクレスが現れたことから、ルフィも仲間の事が心配になったのかもしれない。


「ああ、宝に関しては後で全員集まってから探しに行った方がいいと思う。場所はオレが覚えとくから」

「わかった。なら、早くここを抜けよう」







 クレスとルフィは洞窟から抜けだそうと前に進んだ。
 前か後ろ。進むか、退くか。
 道は一本なのだが、洞窟内は無風で変わり映えも無い。クレスも出口がどっちにあるのか分からなかった。
 なのでルフィの意見を元に、ルフィが出口だと思って進んでいた方向に二人は進むことにした。


「それにしても……何だここは?」


 洞窟の内壁を触り、そこから感じる感触にクレスは首をかしげる。


「どうしたんだ?」


 呟き、考え込むように黙り込んだクレスにルフィが問いかける。


「洞窟の壁のさわり心地がおかしい。
 硬いけど妙に弾力がある。……コレ絶対鉱物や岩石じゃないぞ」

「空だからじゃねェか? 雲みたいな感じで」

「……そう言われれば、納得するしかねェんだろうけどな。まぁ、今は関係無いか」


 洞窟は一本道だったためにクレスも割りと楽観的に考えていた。
 くねくねとした道や、急に坂になった道、滑り台のような下り坂。
 時折足元にほんの僅かな振動を感じならがら、瓦礫や何故か壁とは異なる成分の岩石の塊を越え、転がる骨を飛び越え、洞窟内に溜まった酸性の強い沼地を抜ける。
 共に身体能力は高い二人だ。特に障害となる障害も無く順調に二人は進んでいたが、やがて二人の歩みは止まった。
 行き止まりだった。


「……行き止まりだな」

「そうだな」


 どうやら進むべき方向は逆だったようだ。
 クレスはため息をつき、どうしようもないので引き返そうとしたが、ルフィは立ち塞がる壁が不満だったようで、


「コンニャロ、穴あけ!!」


 洞窟の壁をゴムキックで蹴り飛ばしていた。


「何してんだてめェ!!」


 おそらく考える事も無く壁を蹴り飛ばしたルフィにクレスがキレる。
 相当な威力の篭った蹴りだ。大岩であっても今の一撃を受ければ砕け散るだろう。
 だが、そんな事を洞窟内ですればどんな危険が降りかかるか未知数だ。下手をすれば崩落が起こり生き埋めになる。


「だってよ」

「だってよじゃねェよ!! 軽率なマネすんじゃねェ!! 下手したら生き埋めになって死ぬぞ!!」
 
「大丈夫だって。おめェが来る前から殴ったりしてたけどビクともしなかったし」

「……お前よく生きてたな」


 クレスは頭を抱えた。
 直感論で本能的。言ってみればルフィはロビンとは真逆に位置する存在だ。
 確かにそれが必要な場合もあるが、ルフィの場合何も考えていないので何をしでかすが分かったものではない。
 今になってロビンの素晴らしさを再確認するクレスだった。


「ん? ちょっと待て。この洞窟確かに行き止まりだが、上に繋がってるな」


 行き止まりの壁を見上げると、上に向かい周りと同じ大きさの穴が繋がっていた。
 

「うわ……もしかしたら、オレもお前も落とし穴みたいに空いた縦穴に落ちたのかもしれないぞ」

「なんだそれ?」


 分からないといった様子のルフィにクレスは簡単に説明する。


「洞窟の一種だよ。縦方向に空いた穴で落ちると少々厄介なことになる」


 だとすれば、脱出の難易度が大きく跳ね上がる可能性がある。
 光が届いていないところを見れば、植物か何かで覆われているのかもしれない。
 だがその時、クレスは引っ掛かりを感じた。
 今まで通って来た道は入り組んではいたが、全て同じ大きさの横穴だったのだ。
 自然に開いた穴ならばこんな事はありえない。という事はこの洞窟は、『ミルキーロード』のように何者かの手が入った穴か、もしくは別の何かとなる。
 

「ここを上に行ってみるか……それとも戻るべきか」


 クレスが考えこもうとしたその時、洞窟が大きく振動した。


「なッ!?」

「うわッ、まただ!!」

「またって何だ?」

「いや~さっき殴った時もその後で洞窟が地震にあったんだ」

「どアホかッ!! それを早く言えッ!! それを知りながら何で殴った!!」

「うーん、なんとなく」

「てめェもう何もすんなァ!!」


 洞窟内を襲った地震は激しさを増す。
 まるでのたうちまわるように洞窟内が蠢きまわり、上下が簡単に逆転。床も急に消える。まるでシェイカーの中に飛び込んだようだ。
 もはや地面には立っていられず、二人は暴れ回る洞窟内を成り行きに任せて、引きづり込まれるように後退させられた。
 振動のあおりを受けて、瓦礫類まで躍るように飛びまわりクレスとルフィを襲う。
 二人は飛来するそれを粉砕し、振動が納まるまで何とか耐えた。


「いや~ビックリした」


 何故か楽しそうなルフィ。
 振動は一段落し、洞窟内は何とか落ち着いたようだ。


「何ださっきの揺れは……尋常じゃねェにも程がある」


 対照的にクレスは頭を悩ませる。
 過去にもいくつか洞窟には入ったが、このような事は初めてだ。
 ルフィがいう“地震”は崩落の事だろう。空島に地震があるのかは疑問だが、殴った際にどこかが崩れたのかもしれない。
 だが、それにしても、さっきの揺れ方は尋常ではない。崩落で崩れたと言ってもあの揺れ方はありえない。
 先程の揺れは洞窟自体が蠢いて揺れていたのだ。


「あ~クソ、何だってんだ。さっさとロビンと合流したいってのに……」


 クレスは苛立たしげに吐き捨てる。
 ウワバミ、ゲリラ、そして神。空島のサバイバルはトラブル続きだ。
 神を信じた事は無かったが、今のクレスは神を探してでもで殴りに行きたい気分だった。


「あっ! クレス、そういえば、あのでけェウワバミはどうしたんだ?」

「どういう意味だ?」

「倒したのか? なら後でサンジに頼んでメシにしよう」

「いや、倒し切れなかったから木に縛り付けて来たんだ。
 暫くは動けない筈だが、食うのは諦めとけ。あのヘビはしつこすぎる」

「なんだ、まだ生きてんのか」


 ルフィは腕を頭の後ろで組んで、「あーあー腹減った」などと緊張感も無く呟いている。
 お前朝も大量に食ってただろと思ったが、言うだけ無駄であろう。
 この男の胃袋もウワバミだ。目の前にある食材を圧倒的なスピードで消していく。
 ……まるでまる飲みしているように。


「ちょっと待て」


 クレスは頭痛を抑えるように額に手を当てた。
 まさかという思いが脳裏によぎる。
 だが、恐ろしい事にありえない話ではないのだ。
 

「麦わら、ちょっと手を貸せ」

「ん? 何だ?」


 クレスはルフィに向け協力を要請する。


「この洞窟、もう一回ぶん殴るぞ」
 





 洞窟の内壁に向かい、クレスとルフィは拳を構えていた。


「でもよークレス、ホントにいいのか?」


 意外な提案をしたクレスに、ルフィが地震が心配なのか問いかける。


「問題無い。殴ってみてまた地震が起きれば、オレは納得する」

「そうか。なら、思いっきりやるぞ」

「ああ。この洞窟はおそらく崩れる事は無い。上手くいけば突き抜けるだけ。手加減は無用だ」


 硬くも何故か弾力のある内壁。
 それに向けてルフィとクレスは同時に動いた。


「ゴムゴムの───ッ!!」

「指銃───ッ」


 ルフィはゴムの弾性をフルに生かした拳。
 クレスは鉄塊によって硬化させた拳。
 二人はともに内壁に向け、強烈な一撃を繰り出した。


「───銃(ピストル)!!」

「───“剛砲”!!」


 渾身の一撃が共に内壁に突きささる。
 二人の拳は内壁に抉りこみ陥没させるも、突き破る事は叶わなかった。
 だが、変化は顕著に表れた。
 内壁は痙攣を起こしたように小刻みに振動。そしてその後、赤くはれ上がったのだ。
 そして、クレスが予感した“地震”が起こった。


「やっぱりそうか……なんてこった」


 予測通りの事態にクレスは苦く顔を歪める。
 前程が間違っていたのだ。
 この場所は、“洞窟”では無く、“洞窟のような場所”だった。
 クレスはこの正体を知っている。
 そもそもが、自身の置かれた状況としては考えにくい場所だ。
 この長く巨大な穴。
 のたうちまわるように暴れる内部。
 あちこちに転がる骨。酸性の強い沼地。
 まる飲みという事実。
 そこから連想されるのは───


「ここ……腹の中だ。あのウワバミの中の……!!」


 ルフィとクレスは知らぬ間に、クレスの拘束から逃げ出したウワバミに食べられたのだ。






◆ ◆ ◆






 神の島、アッパーヤードでの生き残りをかけたサバイバルも終盤へと差し掛かろうとしていた。
 神の軍団、シャンディア、麦わらの一味。
 この三者の戦いは多くの脱落者を出し、その数を確実に減らしていく。
 そして生き残った者は、巨大な豆蔓(ジャイアントジャック)へと集結し、三つ巴の乱戦を始めようとしていた。


「アァ……見るからに凶暴そうなのがいるな。黄金よこせ」


 刀を抜き、ゾロが言い放つ。


「やれやれ哀しいな。我が“鉄の試練”誰一人逃れられぬのに……!!」


 神官オームとそのペット、ホーリーは試練に訪れた咎人達を歪んだ哀しみで嘆く。


「てめェら全員、邪魔するなら排除するのみだ!!」


 神の打倒を目指すワイパーはバズーカ砲を装填する。


「エネルの居所、神隊の居所を教えて貰おうか!!」


 相棒のピエールと共に<空の騎士>にして“元神”の老騎士ガン・フォールはランスを構える。


「ジュララララララララ……!!」


 そして何故か迷い込んだウワバミが腹に入り込んだ異物に苛立ち咆哮する。
 四人と三匹。
 それに加え、この場に向かって次々と生き残った者たちが向かおうとしていた。



 乱戦は混乱を極め、誰かが倒れ、誰かが生き残る。
 それを嗤う男が一人。
 

「ヤハハハ……!! そうだ全員登れ。上層遺跡で消し合うがいい。───生き残りは五人。神の予言は絶対なのだ!!」


 選定の戦。
 神が定めた、生き残りの席を争う最後の戦いが今幕を開ける。













あとがき
思ったより前に進みませんでした。
クレスは空の主の腹の中です。
食べられたといってもルフィと同じように気付かないと思うんですよね。まぁ、食べられた事が無いので分かりませんが。
あと関係ありませんが、空の主の鳴き声の『ジュラララ』が『デ○ラララ』に見えて仕方ありません。なんとなく似てる気がします。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。





[11290] 第十二話 「神曲(ディビ―ナコメイディア)」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/07/17 22:02
 上層遺跡で三つ巴の乱戦が繰り広げらている時、ロビンは雲によって覆われたその下層へと進んでいた。
 下層には上層部分にある破片からは見当もつかないような規模の古代遺跡が眠っていて、ロビンは僅かなきっかけを掴み、その場所へと辿り着いてその全景を目にすることに成功する。
 座り込み、言葉も忘れ、ただその雄大さに酔いしれた。
 

「……これが黄金都市『シャンドラ』」


 悠然と佇む、かつて栄華を極めたであろう黄金都市。
 時を経て、異なる環境に置かれ、大自然にその身を晒されようとも、堂々とその存在を誇り続ける。
 かつて誰かがこの地で生き、時代の流れと共に姿を消した。


「クレス……今どうしてるのかしら。クレスにもこの遺跡を見せてあげたい」


 ロビンは寂しげに呟いた。
 クレスは今だに姿を見せなかった。
 何かの騒動に巻き込まれているのか、それともロビンを探し回り入れ違いになってしまったのか。
 一応、目印は置いて来たのだが、ロビンのようにここに入り込もうとするならば、かなり専門的な知識が必要となる。
 ロビンが方針を決め、クレスが切り開く。遺跡の探索時の役割分担では、もっぱら頭脳労働はロビンの領分だった。
 

「でも……目的の場所はここ。探しに行くより、ここにいた方が確実でしょうし……」


 ロビンは悩んだものの、とりあえずクレスを信じ、遺跡の探索に当たる事にした。
 遺跡を歩き、民家、聖堂、蔵、と一つ一つ注意深く見て回る。
 その結果、期待していた過去の情報を示す書物の類は一切無かった。
 半ば予測できた事だが落胆を隠せない。おそらくこの都市が滅んだ際、何者かにより全て燃やされてしまったのだろう。
 だが、ロビンは入り込んだ祭壇の中に“ソレ”を見つけ、思わず息をのんだ。


「……まさか、こんなに無造作に<歴史の本文>の“古代文字”が……!!」


 いまや扱える者は無く、解読するだけで極刑に値し、その罪によりロビンとクレスの故郷が滅ぼされた程の“禁忌”。
 世界によって隠された謎であり、歴史上にぽっかりと空いた“空白の百年”を示す唯一の鍵。
 それこそが<歴史の本文>に示された“古代文字”。
 その世界最大の“禁忌”があまりに無造作にロビンの目の前に現れた。
 周りの音は消え去った。自らの呼吸音と心音だけがやけに大きく響く。
 ロビンは半ば反射的にその文字の解読を進めた。






『─── 真意に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に ───』






 ロビンはこの一文に、ノーランドの日誌の一部を思い出す。
 ノーランドもまたこの地に巨大な黄金の鐘があると言っていた。
 黄金郷。空島。シャンドラ。ノーランド。歴史の本文。黄金の鐘。
 散りばめられたピースが次々と繋がっていく。
 ロビンの足は大鐘楼へと向いた。
 町の書物と共に都市の歴史は絶やされていた。
 間違いない。この都市には<歴史の本文>が運び込まれ、降りかかる“敵意”と戦った。
 ─── 黄金都市シャンドラは<歴史の本文>を守るために戦い滅んだのだ。


「ハァ……ハァ……」


 いつの間にか上がっていた息を気にする事も無くロビンは進む。
 大鐘楼は4つの祭壇の中心に位置するという。
 雲の大地を歩き、ロビンは目的の場所と思わしき所に到着。
 だが、そこには“巨大な豆蔓”があるだけで、求めていたものは無かった。
 黄金の鐘の大鐘楼に<歴史の本文>があるのだとすれば、ここでは望む事は出来ない。


「こんなにも栄華を極めた都市がなおも守り続けようとした歴史。過去、世界に何が起こったと言うの……?」


 その手がかりは潰えてしまった。
 ロビンは落胆と冷めた興奮が入り混じった複雑な息を吐く。そしてもう一度辺りを見渡した。


「……あれは?」


 ロビンは何かを運び出したような跡を見つけ、それを辿ることにした。


「トロッコ……それもまだ新しいわ」


 そこにあったのは明らかに都市のものではないトロッコのレールだった。
 レールはどこかへと続いていて、この場所から目的地は確認できない。
 ロビンがどうするべきか悩んだ時だった。


「ヤハハハハ!! 見事なものだろう? 
 空へと打ち上がろうとも、かくも雄大に存在する都市シャンドラ!!
 伝説の都も雲に覆われてはその姿の誇示もままならぬ。─── 私が見つけてやったのだ。先代のバカどもは気付きもしなかった」


 音も無く突如背後に現れた男にロビンは警戒の視線を向ける。


「あなたは?」


 男は憚ることなく自称した。


「─── 神」












第十二話 「神曲(ディビ―ナコメイディア)」












「やっぱりそうか。……間抜けかオレは。まさか意識が無いとはいえ、ウワバミに食われたとは……」


 ウワバミの腹の中。
 クレスは自身の置かれた状況を核心し、頭を抱えた。
 足止めしたと思っていた獲物に足元をすくわれるとは、今までの失態の中でも最大級のものだ。
 カッコ悪過ぎてとてもではないがロビンに言える気がしない。たぶんどんな反応をされても泣ける。
 軽く凹むクレスを能天気にルフィが笑う。


「へぇ~そりゃ大変だったな。おめェ食われたのか。あっはっはっはっは!!」

「笑ってる場合か。てめェも食われたんだよ」

「えっ!? じゃあここウワバミの腹の中なのか!? おれも食われたのか!?」

「……さっきからそう言ってんだろうが。服見て見ろ。溶けてんだろうが。あの酸の沼は胃液だったんだよ」

「うわっ! 本当だ!! おい、直ぐにコイツの尻の穴探そう!! プリッと出るぞ、プリッと!!」

「一人で行けや」


 ともあれ、状況の確認が済んだものの、クレスとルフィがやる事には変わりない。
 出口を探し、一刻も早く腹の中から脱出する。
 今はまだ大丈夫だが、あまり長居するとそれこそウワバミの養分となり、好ましくない方法で外に出る事となる。


「とにかく行くぞ。言っとくが口からだ」

「ああ、ゲロになんだな」

「てめェもう黙れや!!」


 ムカムカしながらルフィを引き連れ、出口を目指そうとするクレス。
 だが、突如ウワバミの腹が揺れ出した。
 

「なんだなんだァ! おれ何もしてねェぞ!?」

「たぶんウワバミ自体が暴れてやがるんだ。外で何かが起きてる」


 暴れ回る外でウワバミに応じ、クレスとルフィの足場も大きく変化する。
 消える地面。垂直となった腹の中。
 クレスは舌打ちし、咄嗟にルフィに向けて手を伸ばす。ルフィはその意に応じ、ゴムの手を伸ばし掴んだ。
 がっしりとロープワークのようにルフィを引っ張りながら、クレスは荒れる体内で二人分の体重を“月歩”持ち上げ、凌ぐ。
 ウワバミは何かを相手に暴れているのか、一端収まったと思えば不意に暴れるをくり返す。


「くそ……何が起きてやがる。ここじゃまったく分からない」


 荒れ狂う体内をクレスは進む。伸びきったルフィの腕を引きずり、無理やりに進む。背後でルフィが何やら声を上げているが無視。
 クレスは一刻も早くの脱出を試みようとした。
 だが、それは困難を極めた。
 不意に消える足場、上下左右がいとも簡単に逆転。体内は常に激しい揺れに晒され、大量の瓦礫があちこちを跳ねまわる。
 いくらクレスといえど、この中を進むのは容易ではない。
 だが、それでもクレスは徐々ではあるが確実に前に進み、やがて前方に光明が差した。


「よし……!! 大口を開けてやがる。出口が見えた」


 クレスはスピードを上げた。
 目の前には出口。ウワバミの口内の向うに見えるのは空か。
 やっとこのふざけた場所からもおさらば出来るのだ。クレスは安堵と共に、気を引き締め直し駆ける。
 だが、クレスの思いは突如飛び込んできた四つの影によって遮られた。


「なっ!!」


 四つの影はクレスの行き先を完全に塞ぎ、なおかつぶつかる様に飛び込んできた。
 クレスはその四つ影のうち三つに見覚えがある。
 

「うそっ! クレス!?」

「ぬう……お主は」 

「ピエ―ッ!! ピエ―ッ!!」

「いやああああああ!!」


 飛び込んできたのは、ナミ、空の主、変な鳥、それと、見知らぬ少女。
 何故ここにいるのかは知らないが、運が悪い事にこの四人はたった今ウワバミに飲み込まれたのだろう。
 クレスは瞬間的にそれを察し、気の毒にも思ったが、今はそれ以上に四人の位置取りが不味い。
 

「ッ! 邪魔だお前ら、退け!!」

「鬼かッ!! 助けなさいよアンタ!!」


 理不尽なクレスのもの言いにナミがキレる。
 だが、クレスとしては苦労の末もう少しで脱出できようかという時に現れた四人は、いわば新手の障害物だ。
 既にルフィを引張っている状況。それに加えこの四人を拾って飛ぶのはさすがのクレスも無理だ。
 脱出の機会などそうあるわけでもない。ウワバミが生きていれば尚更だ。ここを切り抜けられなければ四人を切り捨てるほかない。
 圧倒的な力を持つ<神>が支配する空島。クレスとしては一刻も早くロビンの無事を確認したかった。脱出のチャンスなどそう何度もあるものではない。
 選択を迫られ、クレスの顔が歪んだ時、見知らぬ少女が瓦礫に向かって落ちていくのが見えた。このままではぶつかってしまうだろう。


「いかん!! ピエール、彼女を!!」

「ピエ―ッ!!」


 空の騎士に指示に応じ、ピエールが鋭く鳴いた。
 そして翼をはためかせ、少女を救い出そうと滑空する。
 しかし、その距離は僅かに遠い。おそらくは少女が瓦礫に激突する方が早いだろう。
 そして無情にも少女は瓦礫に近付き、


「あ~もう、クソッ!!」
 

 間一髪のところでクレスに助けられた。
 基本的にロビン最優先のクレスだが、非情な人間では無い。むしろ他人に対しては甘い部分もある。
 この少女を見捨てれば脱出はおそらく可能だったであろうが、見捨てるのはあまりに忍びない。
 ウワバミの口が閉じた。クレスは脱出は諦め、後ろ衿を掴んでいた少女を抱え上げる。


「大丈夫か?」


 返事は無い。少女は目を回して気絶していた。
 クレスはため息を吐いて、少女を抱え直した。
 ちなみに掴んでいたルフィの腕は放されており、遠方のルフィ本体に向かって戻って行った。


「まぁいい……とりあえずあいつ等も何とかしとくか」 


 クレスは“月歩”によって駆け、ナミ達の下へと向かった。






「げげっ! 誰だお前、放せ!! 排除してやる!!」

「暴れんな。降ろしてやるから大人しくしてろ」


 クレスは、ひとまず落ち着いた地面に目が覚めた少女──アイサを降ろした。
 アイサは地面に足をつけると直ぐにナミの後ろに隠れ、クレスの様子をうかがった。
 気がつけば見知らぬ男に抱きかかえられていたのだから、アイサの反応は当然だろう。クレスも特に気にする事は無かった。 


「ぬう……飲まれてしまったな。それはそうと、お主、何故ここに?」

「知らん。オレも聞きたいぐらいだよ」


 空の騎士がウワバミの胃袋を触りながらクレスに問いかける。
 クレスはそれにぞんざいに答えた。食われた瞬間は気を失っていたため、まったく覚えていないのだ。
 

「それにしても……アンタがこの中にいるのは正直言って意外だわ」


 クレスがいて安心したのか、多少は落ち着いた声でナミが言う。

 
「あー待て待て、オレだけじゃない」

「まだ誰かいるの?」


 クレスは誰かを探すように穴の奥を見渡しながら、ナミにもう一人の存在を話そうとした時、


「クレス! おめェ、手放すなら、放すって言えよ!!」

「ルフィ!?」
 
「おっ! ナミ!! 変なおっさんも!? おめェら何でここにいんだ?」






 ルフィがやって来て、ウワバミに食べられた人間が全員そろった。
 その後、出口を目指しながら、手短に情報交換をおこなうことにした。
 クレスとしてはいい加減外の様子が知りたいところだ。
 ナミ達の説明を聞くと、どうやら外ではゾロ、ワイパー、神官、ウワバミによる大乱戦が繰り広げられているらしい。
 サバイバルも後半にさしかかり、かなりの脱落者が出たようだ。
 クレスが心配するロビンの行方は誰も知らなかった。大丈夫だと信じたいのだが、、やはりそれでも心配は募る。
 余談だが、ウワバミの中で何をしていたか察したナミが怒り狂った。どうやらかなりの迷惑を被ったようだ。


「ねぇ、クレス、……気になったんだけど、アンタのその怪我、誰にやられたの?」


 ウェイバーを引きながら、ナミは黒く焼けついたクレスの身体を指した。
 クレスは僅かに痛んだ傷を抑え、答える。


「<神>と名乗った男だよ」

「……やっぱり」

「知ってるようだな」

「ええ……船にアイツがやって来て、ウソップとサンジ君がやられたの。<神・エネル>だっけ、あいつって一体何なの?」


 <神・エネル>
 圧倒的な力を誇る、スカイピアに君臨する“神”。
 その力の前に幾人もの人間が一方的に倒された。
 クレスは自身の敗北も踏まえながら、エネルに対する評価を淡々と語る。 


「あの男ははっきり言ってヤバいな。
 おそらく今、空にいる人間が束になっても勝てる可能性は低い」

「そんなにヤバいの!?」

「ああ……自然系<ゴロゴロの実>。
 奴は"雷"だ。航海士……お前ならこのヤバさが分かるんじゃねェのか?」

「じゃあ、あの時の攻撃も……」


 大自然の猛威を誰よりも知るナミはその絶対性に気がついた。
 雷というものは、そもそも避ける対象であって、決して戦う相手では無い。


「雷の速度、攻撃力。それに加えて、“心綱”だとか言う先読みの技もある。
 まさに鬼に金棒だな。ふざけた話だが、逃げる事ですら難しい。出会った事自体が“詰み”になる」

「……弱点ってあると思う?」


 ナミの質問。
 戦うつもりは無いのだろうが、それでも逃げる対策ぐらいは立てておきたいのだろう。


「……無い事は無い。言ってしまえばアイツは超高電圧の塊。
 試して無いが絶縁体だろうな。電気を遮る事が出来ればアイツに攻撃できる。ただし不用意に触ればしびれるで済まないけどな」

「でもそれって無理がない? 戦ったところで勝てないんでしょ?」

「根本的な解決には至らないわな。
 はっきり言って、アイツの攻撃は避けれない。オレもやり合ったけど結局落とされた。
 勝とうと思ったら、雷より速くて、なおかつ先を読む相手を沈める一撃を繰り出せる人間だ。後は……まぁ、雷の効かない人間だな」

「でしょうね……そんな奴いるわけないか。
 絶縁体……全身がゴムでできてるならまだしも……」

「まったくだ。そんな奴いるわけ……」






「「いるじゃん」」






 クレスとナミは前方に視線を送る。
 二人の前を歩くのは空の騎士と馬になったピエール。その傍を不安げに歩くアイサ。
 そして麦わら帽子を被った少年。


「なぁ……航海士、あり得ると思うか?」

「で、でもさすがに雷は……」

「いや、悪魔の力ってのは呪いだっていう説もある。
 どちらにしろアイツはただのゴムじゃねェだろ? 迷信を信じるならばあるいは……」

「ん? どうしたんだおめェら?」
 

 二人の視線を感じ、ルフィは振り返り首をかしげた。
 クレスはルフィに歩み寄ると、そのよく伸びる耳を引っ張った。


「うわっ! 耳を引っ張るな、耳を。痛かねェけど」

「なぁ、麦わら、よーく聞け。話がある」


 クレスはルフィの耳を伸ばしながら、口元を釣り上げる。
 横ではナミが「……悪そうな顔」と呟いていた。






◆ ◆ ◆






「青海の考古学者と言ったところか? 
 我々ですらこの遺跡の発見には数カ月を費やしたと言うのに……遺跡の文字を読めるとこうもあっさりと見つかるものなのか」


 悠然と遺跡の上に座り込み、“神”と名乗った男はロビンに向けて語る。


「だが、残念だったな。もう目当ての黄金は無い」

「……そういえば見当たらないわね。運び出したのはアナタ?」

「よいものだ……あの輝く金属はこの私にこそふさわしい」


 ロビンはエネルの傍らに置かれた黄金で出来た昆に目を向けた。
 眩く輝く黄金。過去から現在において、黄金は万人が認める共通の貴金属であった。
 エネルの口ぶりでは黄金は空には無かったのだろう。それを見つけ、一目でその姿に惚れこんだと見える。


「じゃあここにあった“黄金の鐘”もそうかしら?」

「黄金の鐘?」
 
(知らない……!?)


 エネルは面白い事を聞いたと、薄い笑みを浮かべてロビンに問う。 


「興味深いな、貴様、文字を読み何を知った?」

「いいえ、残念だけどあなたがここに来た時に無かったのなら、それは空に来て無いのよ。
 シャンドラの誇る巨大な“黄金の鐘”と、それを納める“大鐘楼”。私は鐘楼に用があった」


 だが、もともとは地上にあった代物だ。
 突き上げられた衝撃で遥か遠くまで吹き飛ばされた可能性の方が高い。
 淡々と言ったが、ロビンの中には僅かな落胆がくすぶっている。だが、意外にも目の前の男によってそれは晴らされる。


「……いや待て、ある! あるぞそれは。空に来ている」


 エネルは思い出したように言った。


「400年前、この『神の島』の誕生と共に……つまりはこの島が吹き飛んで来たと同時に、大きな鐘の音が島中に響いたという。
 この国の年寄りはそれを“島の歌声”と呼ぶがな。なるほど、その鐘は黄金で出来ていたのか。素晴らしい!! 
 直にゲームも終わる頃。後8分だ。事のついでに国中を探してみようじゃないか!! ヤハハハハハ!!」


 高笑いするエネルを視界に納めたまま、ロビンは思考の中に沈んだ。
 400年前に鳴り響いた鐘の音。
 それが本当ならば、黄金の鐘は空に来ている事になる。ならば大鐘楼にある<歴史の本文>もある筈なのだ。


「ほう……決着がついたか」


 突如笑いを止め、エネルは雲に覆われた上方を仰ぎ見る。
 そしてその顔に酷薄な笑みを浮かべた。


「何を……?」


 ゾクリと、ロビンの背に悪寒が走った。
 エネルが見せた表情。それは酷く暴力的で残虐であった。


「ヤハハ……」


 エネルが腕を掲げる。
 瞬間、エネルの腕が爆ぜるように閃光を放つ。
 一瞬のうちに衝撃は駆け、轟音と共に熱を撒き散らし、駆けた。
 衝撃は上方を覆っていた雲を易々と突き向け、巨大な豆蔓を昇り、その上にあった上層遺跡で炸裂する。

 “稲妻(サンゴ)”!!

 激しい閃光が瞬いた。
 衝撃は雲を穿ち、上層遺跡にある全てを転落させる。


「自然系能力者……!!」

「ヤハハハハハ!! 招待してやろうじゃないか!! このシャンドラの大遺跡へ!!
 3時間!! 82人からなる壮絶なサバイバルを生き延びた者たちよ!! 
 喜べ! 貴様等には機会が与えられる!! さァ、終曲(フィナーレ)と行こうじゃないか!! ヤハハハハハハハ!!」






 エネルが放った雷は上層にある者全てを転落させた。
 戦いの生き残りである、ゾロ、ワイパー、ウワバミはいやようなしに巻き込まれる。
 そしてそのウワバミの中。


「ッ!?」


 突如浮遊感が襲いかかり、ウワバミの体内は様々なモノが荒れ狂った。
 立っていた地面が急斜面となり、皆地面に縋りつくように立った。
 だがその時、前方に大きく光が差した。ウワバミが大口を開けたのだ。
 脱出のチャンス。


「行くぞ、お前ら!!」


 クレスが鋭く叫んだ。
 とても歩けるような状況では無かったが、皆脱出のために必死に動く。
 クレスは"月歩"で飛び上がり、空の騎士は相棒のピエールへと跨り、ナミはウェイバーへと乗り込んだ。
 ルフィとルフィに手を引かれたアイサはナミのウェイバーに掴まる。
 ナミの操るウェイバーには通常の風貝では無く、絶滅種である“噴風貝(ジェットダイアル)”が埋め込まれている。
 噴風貝の出力は通常の風貝の数倍ともいわれ、たとえ三人分の体重であろうと運ぶ事が出来るだろう。


「我輩は飛んでいくぞ!!」

「オレも先に行く。麦わら、さっきの忘れんなよ」

「オウ、任せろ!!」 


 ピエールに乗った空の騎士が出口に向かい飛んで行き、その後ろをクレスが駆ける。
 

「行っっくわよ!!」


 ナミはウェイバーのエンジンを吹かし、噴出する烈風を解放する。
 正面に見えるのは久々の外。数時間ウワバミの中をさまよっていたルフィは、差し込んだ光にうれしそうな笑みを浮かべる。
 

「あっ、待って!! あんたが掴まってるとこ、噴射口……」


 アイサが焦ったように言ったが、ナミは既にアクセルを踏み込んでいた。
 ナミの操るウェイバーはロケットのように勢いよく前方へと飛んで行き、逆にルフィとアイサは後ろに吹き飛ばされた。


「ぎゃああああ!!」


 二人の悲鳴に、クレス、ナミ、空の騎士は振り向いて愕然となる。
 何故あの二人は真逆に吹き飛ばされているのだ。


「ふんぬ~~~~っ!!」


 後ろに吹き飛びながらもルフィは咄嗟にゴムの腕を伸ばす。
 そしてその腕は奇跡的に何かを掴んだ。



「……は?」



 クレスの足。


「クレス!! 助けてくれ!!」

「ふっっっざけんなァ!!」


 それに応じクレスの身体が後ろに引っ張られる。
 クレスの“月歩”の起点は足だ。
 せめて掴まれたのが腕や肩であったのならクレスも何とか出来たのだが、足、しかも不意打ちで、思いっきり引っ張る様に。
 クレスの身体はルフィに向かい何メートルも引きずられる。
 だが、クレスとて人知を超えた<六式使い>という超人。後ろへと引きずられる途中でもう片方の足で思いっきり空中を蹴りつける。
 さすがに片足で飛んだ事は無かったのだが、意外に何とかなった。


「やべェ、手が滑って落ちる!! 落ちる!!」


 爆発的な跳躍を見せるクレスに揺られ、ルフィとルフィにしがみついたアイサは振り落とされそうになっていた。
 

「麦わら!! もう片方の手を伸ばせ!!」


 恨み節をとりあえず飲み込んで、クレスがルフィに指示する。
 今のまま右足を掴まれているよりはいい筈だった。


「よしっ!!」


 そしてルフィは手を伸ばす。


「……おい」


 クレスの左足。


「クレス、掴んだぞ」

「放せやコラァ!! 落ちろ、死ね!!」


 両足を掴まれ、クレスは為す術も無く後ろ側へと引きずられた。
 脱出したナミと空の騎士が焦っているがもう遅い。
 無情にもウワバミは口を閉じ、出口は閉ざされた。






◆ ◆ ◆






 エネルの雷撃により雲の地盤を失い、上層遺跡にあった様々なモノが下層へと降り注ぐ。
 幸い崩落の位置からはずれていたため、ロビンは直接の被害を被ることは無かったが、それでも降り注いだ際に巻き起こった粉塵に煽られ顔をしかめる。
 視界を覆っていた粉塵が晴れ、ロビンの目の前に出来た瓦礫の山の中には、見知った顔があった。
  

「死ぬとこだった!!」


 巨大な岩壁に押しつぶされていたゾロがうっとおしげに岩壁をのける。
 普通なら圧死していてもおかしくは無いが、重傷を負ったチョッパーを抱えながらも何とか生きていた。 


「剣士さん」

「おう……おめェか。ここはどこだ?」


 見覚えの無い景色にゾロが疑問符を浮かべる。
 ロビンはかつての黄金郷だ言う事を手短に説明し、辺りを見回した。
 落ちて来たのは遺跡。
 上層で戦っていた者たちの生き残りであるゾロ。
 それと離れた所で遺跡を見上げ茫然と立ち尽くすシャンディア。

 そして、まるで歓喜の絶頂にいるかのように歌い踊るウワバミだった。

 ウワバミはここがどこかを確かめるよう徘徊し、やがてその両目から滂沱の涙を流した。
 何故泣いているのか、その理由を知る者は無い。だがそこには胸が詰まるような寂寞と哀愁を感じる。
 ウワバミにとってはこの場所はそれほどの価値があるものだったのかもしれない。
 何かを示すように、誰かに伝えるように、ウワバミは大きく啼いた。
 それは雄大なシャンドラの大遺跡にどこまでも轟く。



「───うっとおしい蛇め」



 空を見上げるウワバミの頭上に閃光が煌めいた。
 突如頭上にあらわれた光をウワバミは意味も分からず見上げ、解放された雷にその身を焼かれた。


「愚かなり」


 神は笑う。
 気の向くままにその想いを踏み潰す。
 雷に全身を焼かれたウワバミは力無くシャンドラの大遺跡に倒れ込んだ。


「しまった、ナミ!!」


 ウワバミにナミが飲み込まれたのを見たゾロは、崩れ落ちるウワバミに頭を抱える。
 腹の中とはいえあの衝撃だ。自然と最悪の考えが頭をよぎった。


「あれ? ゾロ、ロビン?」

「あら、航海士さん」

「そこかよ!! お前いつの間にいたんだ!?」


 何故か後ろにいたナミにゾロは思わず声を荒げた。
 

「……私はいいんだけど」


 ナミは雷に打たれ焼け焦げた姿で横たわるウワバミに視線を送る。


「あの中に……ルフィがいるの。それにクレスも」

「は!? 何であいつ等が!!? 
 ルフィはともかく、何でクレスの野郎までいんだよ!!」

「知らないわよ!! いたんだもの」


 わけのわからない状況にゾロはナミを問い詰めるが、ナミとしても答えようがなかった。


「クレスの野郎……やっぱりウワバミの足止めをしくじりやがったのか」

「いいえ、剣士さん。見て、あれ」


 ロビンは横たわるウワバミの身体を指した。
 ウワバミの身体には幾重にも鉄線が巻かれている。あの鉄線はクレスが愛用していたモノだ。


「クレスは勝てない戦いはしない。おそらく足止めには一端成功したのよ」

「じゃあ何で腹の中にいんだよ?」

「……予測できない不測の事態が重なった。航海士さん、クレスに会ったのなら何か聞いてる?」


 ロビンの質問にナミはハッとしたように言葉を為す。


「そうソレ!! クレスがアイツに負けて、気がついたらヘビの中にいたって言ってたのよ!!」


 ロビンはナミの言葉に驚きを隠せなかった。
 クレスより強い人間がいた事もそうだが、何よりもクレスが逃げられなかったことについてだ。
 そしてそれを為せるであろう人物にロビンは心当たりがあった。


「……“神”と名乗った男ね」


 ロビンの言葉。
 ナミがそれに答えようとするのと、燃焼砲の業火が吹き荒れたのは同時だった。
 ロビン達は視線を向ける。そこには殺気だった様子でバズーカ砲を構えるワイパーと、<神・エネル>の姿があった。


「ヤハハハハハハハ!! ひどい仕打ちじゃないかワイパー!! だが、少し待て。まだゲームは終わってはいない」

「ゲームだと?」
 

 余裕の笑みを浮かべるエネルにワイパーは歯を噛みしめる。
 エネルは“ダイアル”を取り出し“玉雲”を作り出すとその上に腰かけた。そしてこの場にいる者全てに声を行き渡らせる。


「そう、戯れだ。お前達がこの島に入って三時間が経過した時、82人中何人が生き残っていられるかというもの。もちろん私も含めてだ。
 私の予想は五人。あと10分程で丁度三時間がたつ。つまり今、この場に6人いて貰っては困ると言うわけだ。神が“予言”を外すわけにもいくまい?」


 エネルは生き残った者達を見回す。


「さて、誰が消えてくれる? そっちで消し合うのいいだろう。それとも私が手を下そうか?」


 エネルの品定めのような視線を受け、ゾロ、ロビン、ワイパー、空の騎士は憮然と口を閉ざす。


「お前はどうだ?」

「私はイヤよ」

「おれもだよ」


 軽口のようにゾロはロビンに問いかけ、ロビンは当然のように否定。ゾロも同意する。
 ワイパーと空の騎士も同じく、否定した。
 くるりと四人の視線が隠れていたナミの方に向き無言でナミに迫り、ナミも慌てて否定する。

 そもそもこんなくだらない事に付き合う必要などないのだ。
 戯れなどと称した趣味の悪いゲームなど一人でやばいい。
 だがそれでもなお、あえて誰かを選べと言うならば───

 

「お前が消えろ」



 エネルの前に立った四人は同時にそれぞれの武器で悠然と座り込んだ“神”を指す。
 神に逆らう子羊達に向け、エネルは背筋の凍るような表情を浮かべ、哄笑する。


「不届き。さすがはゲームの生き残りどもだな。この私に消えろと? 
 だがお前たち、誰にものを言っているのか分かっているのか? 貴様等はまだ“神”という存在の意味を理解していないようだ」

「エネル……!! 神隊の居場所は、お主の目的は何だッ!!」


 しわがれた顔に怒りを刻み、空の騎士はエネルに向かい問う。
 エネルは薄い笑みを浮かべて頬杖をついた。


「“環幸”だよガン・フォール」

「環幸だと……?」

「そうだ……環幸!! 私には帰るべき場所がある。私の生まれた空島では“神”はそこに存在するものとされている。
 “限りない大地”と人は呼ぶ……!! そこには見渡す限りの果てしない大地が広がっているのだ。
 それこそが私が求める夢の世界!! 私にこそふさわしい大地!! 『神の島』などこんなちっぽけな“大地”を何百年も奪いあうなどくだらぬ小事!!」


 熱に浮かされたように天を仰ぎ見、エネルは語った。
 そして、今の空島の現状を嘆くように言い聞かせる。


「お前たちの争いの原因はもっと深い根元にある。よく考えろ、雲でもないのに空に生まれ、鳥でもないのに空に生きる。
 空に根づくこの国そのものが土台不自然な存在なのだ!! 土には土の!! 人には人の!! 神には神の!! 還るべき場所がある!!」

 
 ゾクリと怖気に似た何かが空の騎士に駆け廻る。
 この傲慢な神を自称する男が、巡礼にも耐えられないような弱き民を導こうとするわけがない。
 思い描いたのは最悪のシナリオで、この男にはその力がある。 


「気付いたか? 随分と焦った顔をしているが、私は“神”として自然の摂理を守るだけの事。
 ─── そうだ!! 全ての人間をこの空から引きずり下ろしてやる……!!」

「国ごと消す気かッ!?」

「それが自然」


 何たる傲慢。
 だが、神というものはそういうものだ。
 気まぐれのような憤怒に人々は怯え、絶望し、ただ許しを請う。
 その気になれば許容し、気に入らなければ無慈悲な心で踏み砕く。力無き者に対する認識などその程度だ。


「思い上がるなエネル!! “神”などという名はこの国の長の称号に過ぎん!!」

「今まではな。───私は違う」


 かつて国を憂いた老騎士は激怒する。
 

「人の生きるこの世界に“神”などおらぬ!!」
 
「それは貴様の言い分だな、元“神”のガン・フォール。─── そう言えば貴様は神隊の心配をしていたな」

「!?」


 玉雲から飛び降り、エネルは空の騎士に遥か高みから見下ろす憐みを向ける。


「6年前、わが軍に敗れ私が預かっていたお前の部下650名。
 今朝丁度、私の頼んだ仕事を終えてくれたよ。この島の中でな。───そして私は言ったぞ、この島に立っているのは6人だけだと」

「お主……まさか」

「別に好きで手をかけたわけではない。私のこれからの目的を話してやったら血相を変えて挑んできたのだ。むろん一蹴してやったが」


 エネルは大口を開けて大笑する。
 対照的に空の騎士は枯れる寸前の花のようによろめき、力無くランスの穂先を地面に下ろした。


「……エンジェル島に家族のおる者達だぞ」

「そうだな、早く家族葬ってやらねば」

「貴様、悪魔かァ!!」


 激昂した空の騎士は渾身の力を持ってエネルに躍りかかった。
 エネルはそれを見てニヤリと顔を歪め、空の騎士が繰り出す渾身の突きを最初からわかっていたようにひらりとかわす。
 無防備な老骨に向けて、エネルは指を立てた両手を挟み込むように差し出した。
 1000万……2000万と内包する莫大な力を蓄電し、一気に解き放つ。


「2000万ボルト“放電(ヴァーリー)”!!」


 閃光が瞬きあたりを染めた。
 2000万ボルトにも及ぶ雷火の蹂躙。
 直撃を受け、空の騎士は為す術も無く崩れ落ちる。


「ガン・フォール、この世に神はいる」


 エネルは焼け焦げ全身から煙を上げた前任者を見下す。
 そこにあるのは絶対的な差。


「私だ」


 ……無念。

 ガン・フォール、先代の神はただ力尽きるしかなかった。






「さて、これで5人。時間はまだあるが、これで私の予言は成ったと言うわけだ。無論、貴様等が何もしなければだが」

 
 倒れ伏した空の騎士を見向きもせずに、生き残りの四人にエネルは向き直る。
 そして主の心配をして駆けよって来たピエールに向け、無言のままに雷撃を飛ばす。
 直撃を受けたピエールは断末魔を上げて、主の傍に倒れ込んだ。


「うるさい鳥だ。主の下に行くがいい」


 その力を目にし、その場にいる者達は警戒を募らせた。
 <ゴロゴロの実>。雷の力。それはあまりに圧倒的だった。


「……ッ!!」

「待ってゾロ!! まだ手を出しちゃダメ!!」


 飛びだしたゾロをナミが引きとめる。
 だが、ゾロは獣のように低い姿勢でエネルの下まで走り込み、鋭い斬撃を放った。
 甲高い金属音が響く。
 エネルは手に持った昆でゾロの一撃を知っていたかのように受け止めていた。 


「せっかちな男だ。私は言ったぞ? 『何もしなければと』」

「てめェに付き合う義理なんてねェんだよ!!」


 ゾロは強引にエネルの昆を跳ねあげ、がらあきになったエネルの胴に向けて刀を振り抜く。
 エネルは薄い笑みを浮かべ、避ける事も無くその一撃をその身に受けた。
 刀はエネルの身体を通過する。そこに人としてあるべき感触は無かった。


「身体に教えねばならんだろう“神の定義”」


 そこからの展開はあまりに一方的だった。
 ゾロの猛攻を涼しい顔で昆によって受け流し、時折ワザとその身を潜らせる。その度に雷光が瞬きゾロが苦悶を漏らす。
 エネルは攻撃をおこなわない。にもかかわらず一方的にゾロだけが傷ついていく。
 見兼ねたロビンが能力で止めるまで、ゾロは挑み続け、何も成果は得られなかった。
 

「ダメよ、剣士さん。残念だけど、いくら攻撃しても傷つくことはないわ」


 傷つきゾロは肩で息をしていた。
 相当の実力者であるゾロでさえ、エネルには傷一つつける事は出来ない。
 それは今の攻撃で身をもって知らされた。


「その女の言う通りだ、青海の剣士。
 まぁ、貴様等の仲間には私に触れる術を持つ者もいたがな。
 しかしそれまでだ。いくら抗う術を持ち合せようと、貴様ら程度では私には届かん」


 それが己以外の有象無象に対するエネルの感想。
 ロビンの瞳が一瞬スッと細まる。
 

「じゃあ、こういうのはどうだ?」


 一味に気を取られていた隙に、バズーカ砲を捨て去ったワイパーがエネルに飛びかかっていた。
 一瞬反応が遅れたエネルはガッチリとワイパーの脚によって身体を挟み込まれる。


「何のつもりだ?」

「…………」

「わざわざ殺され、……ん? 何だ、力が抜けて、……まさか貴様!?」


 ガクリとエネルの身体から力が消えていく。
 沈黙を保っていたワイパーはギラついた目で言葉を為した。


「海楼石ってやつだ」


 ワイパーのシューターには海楼石が仕組まれていた。
 それもクレスの黒手袋のような不完全な試作品では無く、能力者の完全に無力化する程のモノだ。
 海に囚われた能力者は如何なる能力の行使も不可能。
 力を奪われたエネルは満足に動くことすらままならない。


「……止めておけ。知っているのだ。“排撃”だろう? その体もタダではすまんぞ」 

「死んで本望。貴様を道ずれに出来るならばな」

「やめろ!! 何が不満だ!? お前も“大地”が欲しいんだろう!?」

「てめェ程度に……おれ達シャンディアが分かってたまるかァ!!」


 ワイパーはエネルの心臓目掛けて右手に装着した"排撃貝"を当て、微塵の戸惑いも無く、掌を押しこんだ。
 カチリと押される殻長。
 そして自身をも破壊する、諸刃の剣のごとき力が解放される。
 


───ドクン!!!


 まるで心音を凶悪なまでに増音したような音が辺りに響いた。
 衝撃はエネルを突きぬけ、遺跡の地面まで破壊が及ぶ。
 直接衝撃を受けたエネルは口元から血を吐き、白目を剥き、大の字になってシャンドラの遺跡に倒れ込む。
 その姿をワイパーはズタボロになった右手を庇いながら見下ろした。






─── 真意に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に ───


 かつて、彼らは<歴史の本文>と呼ばれる硬石を守る番人だった。
 戦い勝利するも、犠牲は大きく。生き残った者達は都市の残骸と<歴史の本文>をひっそりと見守り続けた。
 "神の島"は故郷であると同時に、時の闇に消えた重要な歴史を有している。たとえそれが空にあろうとも、誇り高き都市シャンドラの火は消してはならない。
 だから、彼らは叫ぶのだ。
 
 「シャンドラの火を灯せ」と。






「うそ……勝ったの?」


 倒れ伏したエネルを恐る恐る見ながら、ナミはロビンとゾロの下へと駆け寄った。
 ゾロとロビンは警戒を解く事無く、厳しい視線を送り続けている。
 倒したのか? 結末など案外呆気ないものだが、そんな疑問が脳裏を渦巻く。
 口を閉ざし続ける二人に、ナミが何か言おうとしたその時だった。








───バチッ……!!








 エネルの全身から雷光が瞬く。
 ドクン、ドクンと鼓動のリズムに乗せ強制的に覚醒を促す。
 心臓マッサージ。
 神とは人知を超えた存在。万能の術を持つ絶対者。


「だから言ったであろう? 『やめておけ』と」


 朝、目覚めるように起きあがるエネル。
 それに対し、命を賭したワイパーは膝をついた。


「人は神を恐れるのではない。恐怖こそが神なのだ」


 命をかけようとも、なお遠い。
 エネルは憐みを込めて、シャンドラの戦士に言葉を贈る。


「さっきのは効いたぞ。“排撃”など一撃で自殺行為。二発打っても立ち上がれるとはさすがだな。だが、相手が悪い。惜しかったな、ワイパー」

「黙れ!! おれの名を気安く呼ぶな!!」


 血を吐き、別の生き物のように小刻みに震える右腕を庇いながらワイパーは大地にうずくまる。
 

「……800年前、この都市の存亡をかけて戦った誇り高い戦士たち。その末裔がおれだ。
 ある日突然故郷を奪われた<大戦士カルガラ>の無念を継いで400年……先祖代々この地を目指した。……やっと辿り着いたんだ!!」


 そして戦鬼と呼ばれた戦士は立ち上がる。
 彼を、いや彼ら<シャンドラの戦士>と動かしていたのは、望郷と無念。
 彼らは戦い続けた。
 その火を、シャンドラの火を再び灯すために。


「お前が邪魔だ」


 瀕死の身体をおしてなおワイパーは立ち続ける。
 偉大な祖先がそうしたように。


「海楼石……貴様もくだらんマネをしてくれる」


 エネルは雷光の瞬きと共に一瞬で間合いに入り込み、ワイパーのシュータに向けて昆を振るう。
 昆はウェイバーごとシューターを打ち砕き、かろうじて立っていたワイパーを転ばせる。


「目障りな男だ。……“予言”は成立せぬが、私が崩したと思えばまぁいいだろう」


 エネルは背中の太鼓を叩く。
 刻まれる打音。
 すると太鼓が雷に変わる。


「3000万ボルト“雷鳥(ヒノ)”!!」


 雷鳥は立ち上がるワイパーを真っ直ぐに貫いた。
 雷による蹂躙を受け、為す術も無くワイパーは倒れ落ちる。
 次にエネルはワイパーの海楼石を手にして肉迫していたゾロへと視線を移す。 


「貴様も片づけてやろう」

「ッ!!?」


 エネルはまた打音を刻む。


「雷獣(キテン)!!」


 雷は巨大な獣へと姿を変えてゾロへと襲いかかる。
 雷獣は容赦なく喰らいつき、内包された雷撃が爆ぜるようにゾロを襲った。
 苦悶を上げ、ゾロもまた倒れ伏し、握っていた刀が地面に転がった。


「生き残りは女が二人か。……さて、貴様等はどうしたい? 仲間の後を追うと言うのであっても、私は一向に構わんが?」


 エネルの矛先がロビンとナミへと向く。
 その視線に怯え、ナミ思わず一歩後ずさった。


「……あなたの目的をもう一度聞かせてもらってもいいかしら?」


 閉じていた目をスッと開き、ロビンは臆することなくエネルに問いかける。
 エネルの顔がニヤリと歪んだ。


「ほぅ、何故だ?」

「あなたは言ったわ。生き残るのは五人。でも、あなたほどの力があれば敵勢力を叩くことなど容易い。もちろんその掃討も。
 だけどあなたはそれをしなかった。つまりは……このサバイバルは生き残りをつくる事が目的だった。違うかしら?」

「察しがいいな。賢い女は嫌いじゃない。
 そういえばまだ言っていなかったな。時間が来るまで黙っておこうと思ったが、いいだろう。
 そう、これは選定の戦いだったのだ。生き残った者達には褒美として、私が旅立つ夢の世界、“限りない大地”へと連れて行くつもりだった。
 私はそこに紛れない“神の国”を建国する。そしてそこに住めるのは選ばれた人間のみというわけさ」

「新しい世界があるから、この島はもう不要というわけね」

「その通り。縋る神無き国など、不憫であろう?」


 残虐なエネルの表情にナミは竦んだが、ロビンは表情一つ変えない。
 むしろ口元には小さい笑みすらあった。


「でも、この島を破壊してしまえばあなたの欲しがるものも、落としてしまうのでは?」

「“黄金の鐘”か? 心配には及ばん。
 既に目安はついている。お前の取った行動を思い返せば考える場所は一つだ」


 エネルはつまらなさげに表情を変えた。


「私は賢い女は嫌いじゃないが、打算的な女は嫌いでね。私を出し抜くつもりだったなら、浅はかだったな」


 エネルはロビンに向けて指先を向ける。
 ナミが悲痛な声でロビンの名を呼んだ。
 しかし、ロビンは涼しい顔で続けた。


「あなたは知りたくないの? ───シャンドラの戦士たちが何を守っていたかを」

「なに……?」

「高らかに響く黄金の鐘、確かに魅力的ね。
 でも、あなたはその程度のものが欲しかったのかしら?
 そこのシャンドラの戦士の話を思い出して。彼らが800年も前から、一族が滅ぶ事も厭わず戦い守護してきたもの。興味はないかしら?」


 畳みかけるように挑発にも似た声色でロビン言う。
 そしてその言葉は確実にエネルの興味を掴んだ。


「ヤハハハハハハ!! 面白いぞ貴様!!
 この国の伝説である、黄金の鐘を“その程度”と言い切るか!!
 よかろう、話してみろ。貴様が言うシャンディアが守護してきたものを!!」

「フフ……」


 ロビンはもったいぶる様に妖艶な笑みを浮かべる。
 

「でもその前に、私のお願いを聞いていただけるかしら?」

「願いだと?」

「ええ、そう。さっきの態度は気に障った様ね、謝るわ。
 だから今度は“お願い”という形で、条件を聞いてもらうことにするわ」

「ヤハハハハハ!! つくづく賢い女だ。
 よかろう。聞いてやろうじゃないか。だが、言っておくが、私をあまり怒らせるなよ」

「ええ、もちろん心得ているわ」

 
 ロビンは一度ナミの方を振り向いた。
 そして安心させるようにやさしく微笑みかける。
 ナミはロビンの事情はある程度知っていたので、ホッと一安心する。
 その交渉手段はさすがの一言に尽きた。
 自身が提示できる条件探し出し、相手の興味を引き、同時に自身の有用性を示す。
 おそらくこの後も、上手く条件を引き出す事が出来るだろう。
 だが、この後ロビンが放った一言はナミの度肝を抜いた。






「そうね、とりあえず───私の目の前から消えてもらえるかしら?」





 
 その場が一瞬停止した。
 ナミは完全に硬直し、エネルですら聞き間違いかと眉をひそめる。
 しかし、ロビンはありえないような言葉を紡ぎ、彼らの思いを否定する。


「夢の世界? 限りない大地? はっきり言って不愉快だわ。
 あなたの考えなんて知るつもりも無いけど、私たちを勝手に巻き込むのは止めてもらえるかしら?」

「ちょ、ロビン!!」

「あなたもそう思うでしょ、航海士さん?
 さっき上層にあった遺跡を無造作に落とした事も許せないし、何よりクレスを“あの程度”と言ったのも許せない」


 ロビンはエネルに向かい、不敵に笑った。


「どう? 聞いていただけるかしら、この“お願い”」


 エネルの顔からはそれまでに浮かんでいた笑みは消え失せていた。
 何の感情も窺わせず、細まった目でロビンの事を睥睨する。


「あら、怒らせてしまったわ」

「当り前よ!! せっかく何とかなると思っていたのに、何やってんのよアンタ!!」


 エネルはゆったりと腕を持ち上げ、ロビンを指差した。
 

「愚かさもここまで極まれば、哀憫すらも浮かばぬものか。
 よかろう、ならば望みを叶えよう。───ただし、消えるのは貴様らだ」

「ちょっと待って!! “ら”って、私も入ってるんですけど!?」


 エネルの身体が帯電を始めた。
 強烈な摩擦により、空気が悲鳴を上げるように響く。
 

「ロビン!! 怨むから、私死んだらあんたを怨むから!!」

「大丈夫よ、航海士さん。心配しないで」

「何を!?」

「死ぬときは一緒だから」

「いやあああああああああああ!!」

「冗談よ」


 ロビンはフッとやさしげな笑みを浮かべる。
 そして眩しいくらいの光を放つエネルに臆す事無く見据えた。
 エネルは今にも雷撃を放ちそうだ。受ければおそらくタダでは済まない。ルフィ達の話しでは雲にごっそりと穴を開けたらしい。
 だが、大丈夫だ。心配ない。
 
 なぜなら……






「訂正してもらおうか。コイツほどイイ女はいない」






 エネルが雷撃を放つ直前。
 そこには待ち望んだ姿があり、なおかつ音も無く無防備なエネルに肉迫していたのだから。
 唸る拳は、的確にエネルの横っ面を殴りつける。
 衝撃はエネルの頭蓋を揺らし、錐揉みさせながら吹き飛ばす。
 神を名乗る男はもんどりうって地面を転がり、石壁に叩きつけられた。


「ぬッぐッ……貴様……ッ!!」

「また会ったな、神様?」


 舞い込んだ風に、干し草のようなパサついた髪が揺れた。
 手にはめた黒手袋の裾を引っ張り、膝をついたエネルを見下す。


「おめェが神か? 何やってんだ、おれの仲間によ。覚悟できてんだろうな?」


 そしてその後ろで麦わら帽子を被った少年が拳を握った。
 その傍には怯えた様子のアイサが、恐る恐る様子をうかがっている。


「待たせたな……ロビン」

「遅刻は減点よ、クレス」

「わるい、……おかげでタイミングが計れた」


 分かっていたようにロビンはクレスと会話を交わす。
 そんなロビンにナミが、
 

「ねぇ、どういう事!? まさかロビンはコイツ等が出てくるの知ってたの?」

「ええ、知っていたわ」


 クレス達が外に出ようとしていた事をロビンは知っていた。
 ナミからクレス達がウワバミの中にいる事を聞いたロビンは、<能力>によってクレス達と連絡を取ることに成功していた。
 その後、巧みな話術によってエネルに隙を作り、クレス達に脱出と、不意打ちのタイミングを与える。
 “心綱”はウワバミの体内には及ばないらしく、ロビンの行動をエネルは読み切れなかったのも幸いした。


「ヤハハハハハハハハハハ……!! 
 これはいい。なるほど……どうやら私の“予言”は間違っていなかったようだな」


 むくりと身体を起こし、口元の血を拭って新たな来客者を見渡した。
 ルフィ、クレス、ロビン、ナミ、アイサ。
 この5人に、エネル自身を加えて6人。

 生き残るのは5人。
 時間もまだある。
 一人消えれば、エネルの予言は完全に成立する。


「さて、誰が消えてくれる?」


 エネルの言葉にクレスは口元を釣り上げる。
 そして、君臨する神に対して戸惑いも無く言い放つ。



「───お前が消えろ」













あとがき
今回は結構難産でした。思ったよりも時間がかかり申し訳ないです。
後伸ばしかと見せかけて、結局合流です。
何パターンかあったのですが、これを採用しました。

 



[11290] 第十三話 「二重奏(デュエット)」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/07/24 15:38
 照りつく太陽の中、乾いた風が『神の島』へと吹き込んだ。
 風は鉄と火薬の匂いが漂う密林の中を駆け抜け、中央部にそそり立つ"巨大な豆蔓"を中心として島雲に空いた穴の中へと進む。
 島雲の下層にあったのは、丹念に石材を積み上げてで造られた大遺跡。
 遥か古から現代にいたるまで、たとえそれが空にあろうとも悠然とその姿を誇示し続けたシャンドラの都だ。
 そして風は苔毟る石材の一つ一つをなぞる様に吹き抜け、そして遺跡の中において対峙する者たちを抜けた。


 睨み合うのは一人と五人。


 一人は殴り飛ばされた際に流れ出た血をそのままに、口元を歪め、自身に立ち向かう矮小な者達を見下す男。
 <神・エネル>
 空島に君臨する唯一神にして絶対者。
 自然系<ゴロゴロの実>の雷人間。
 その圧倒的な能力により幾人もの人間を屠って来た男だ。


 それに対し、エネルの正面となる位置にルフィとクレスが立ち、そこから離れるように、ロビン、ナミ、アイサの姿がある。
 クレスは対峙するエネルに油断なく視線を送りながらロビンに指示を出す。


「ロビン、そこの二人を連れて離れておいてくれ。コイツはオレと麦わらがやる」

「ええ、分かったわ」


 ロビンはクレスの言葉に頷き、心配げなナミとアイサを促した。
 攻撃には直接身体に触れる必要があるロビンはエネルの能力との相性は悪い。
 また、まともな抵抗手段の無いナミとアイサが戦うことは論外だし、この場にいれば間違いなく戦いに巻き込まれるだろう。
 残念だがロビン達がこの場で出来る事は少ない。逆に足手まといになる可能性もある。素直に避難した方が上策だ。


「ヤハハハハ!! 誰がこの場を離れる事を許可したと言うのだ?」


 バチバチとエネルの身体が帯電する。
 エネルは酷薄な視線を向け、避難しようとするロビン達を指差した。
 それを見て爆発的な勢いでクレスは地面を踏みこんだ。


「ちょっと遺跡が壊れるかもしんねェけど、勘弁しろよロビン」


 クレスはエネルに向けて“月歩”によって文字通り飛びかかり、一瞬のうちに脚を振り抜いて幾条もの斬撃を繰り出した。
 嵐脚“乱”。 
 斬撃の乱れ撃ち。


「無駄!! 分からん男だ、私には一切の攻撃は通用しない!!」

「知ってるよ」


 エネルの言う通り、身体を自然変換することのできるエネルには物理攻撃は通じない。
 故にクレスは“嵐脚”でエネルを狙わなかった。
 クレスが狙ったのはエネルの足場。降り注ぐ幾丈もの斬撃はエネルの立つ地面を切り裂き崩した。
 足場が崩されたことによりエネルの狙いがずれる。


「フン、まぁいい」


 エネルは当初の標的を諦めざるを得なくなり、狙いを変え、今度はクレスを指差した。
 その直後、轟音を轟かせながら紫電が空中を走る。
 雷撃は一瞬にしてクレスの下まで届いた。
 クレスは“月歩”によって空中を蹴りつけ、寸前のところで回避する。
 そしてそのまま目にも止まらぬ速さでエネルに向かう。


「ハァ!!」


 黒く覆われたクレスの拳はまるで鏃のようにエネルへと襲いかかる。
 疾風の如き速度で疾走するクレス。それに対しエネルは、スッと目を閉じた。
 “心綱”。
 人が無意識に発する“声”を聞き取り、相手の行動を予知する術。
 抉りこむように突き出されたクレスの拳。だが、エネルは軽く身を引くだけの最小の動きでかわして見せた。
 

「1000万ボルト……」


 エネルの身体が青白く発光。
 バチバチと空気を引き裂くような音を轟かせ、両の腕でクレスを挟み込んだ。
 そして蓄電した雷を解き放つ。


「放電(ヴァーリー)!!」


 雷光が瞬き辺りを明るく染め、轟音が空気を震わせた。
 しかし、そこにクレスの姿はない。
 クレスは疾風のようにエネルの攻撃を潜り抜けていた。


「外したか、……まぁいい。
 私の雷を受けて再び立ち上がるとは驚嘆に値するぞ、青海の戦士」

「そりゃどうも。こう見えてもしぶとさが売りなもんでね」

「ヤハハハハハ!! ここにこうして現れた貴様なら、私が創り上げる『神の国』に連れて行ってやってもよかったのだが、私に楯突くのはいただけないな」

「そんなもんこっちから願い下げだよ。一人で行ってこい。オレ達を巻き込むな」


 クレスはエネルの背後にある石壁の上に着地していた。
 それに対し、エネルは振り向こうともしない。
 もし今この瞬間にクレスが攻撃に出てもエネルは避ける事が出来るとふんでいるのだろう。
 “心綱”とは聞く力。それゆえに直接目で見る必要などないのだ。
 

「不届きな男だ。だが、まぁいいだろう。崇高な神の意志とは時に人には理解できないものだ」

「教えてやろうか? そういうの“バカ”って言うんだよ」

「愚か者めが。……まだ理解が足りん様だな」


 エネルが腕を天に掲げる。
 すると、エネルの腕が雷となってバチバチとスパーク。
 その手に宿すのは全てを砕く神の鉄槌。
 エネルは雷霆に変えた右腕を、クレスに叩きつけようとする。 


「うおおおおォ!!」


 だがその直前で、エネルは拳を握りしめ突進するルフィを視界に納めた。
 エネルがルフィに気を取られたその一瞬の隙にクレスは退避。
 雷撃を浴びせようとしても既にクレスは空中へとその身を躍らせている。自在に空を駆けるクレスならばエネルの一撃を回避しきる事も可能だ。
 エネルは鼻を鳴らし標的を変更した。
 

「よかろう。ならば貴様からだ、青海のサル」


 エネルは薄ら寒い視線をルフィへと向け、その身に宿る絶対的な力を解き放つ。
 “神の裁き(エルトール)”。
 エネルの腕から極太の極光がとぼしった。
 放たれた雷は遺跡を焼き衝撃で全てを吹き飛ばす。
 飛び込んできた雷に為す術も無くルフィは飲み込まれてしまった。


「うわあッ!?」
 

 ルフィの声と轟音に、逃げ出していたナミとアイサが後ろを振り返る。
 アイサは悲鳴を上げ、ナミも思わず声を上げそうになったが、クレスの言葉を思い出し何とか止めた。
 青白い光が通り過ぎ、雷によって蹂躙された無残な破壊痕が露わになる。
 ナミは叫びたい気持ちをぐっと堪えて、祈るような気持ちで飲み込まれたルフィの姿を見た。


「ん?」


 そこには何ともなさそうなルフィの姿。
 どういうわけか、雷の直撃を受けたにも関わらずびくともしていない。
 ルフィの無事を確認した瞬間、ナミは喜びのあまり「やった!!」と拳を握り、アイサははしたなく大口を開けて固まり、クレスの両頬が笑みを刻み、ロビンは微笑した。
 

「上手く避けたようだな」


 一味が見せた感情の意味を知らないエネルは、口元を不敵に歪め更にルフィに更なる雷を喰らわせようとする。
 黄金の昆を回転させ、背中の太鼓を叩く。
 刻まれる打音。
 叩かれた太鼓は雷に変わる。


「6000万ボルト……」

「ゴムゴムのォ───!!」


 ルフィの右腕が勢いよく後ろへと伸ばされた。
 それを見てエネルの口元が更につり上がる。
 おそらくは超人系能力者。
 話にならない。たとえそれがどんな能力であろうと自然系である自身を傷つけることは出来ない。


「雷龍(ジャムブウル)!!」


 圧倒的なエネルギーを内包する雷龍は情け容赦なくルフィを飲み込んだ。
 ルフィは眩しさに一瞬目を細め、目の前をもう片方の手で覆う。
 だが、それだけだった。
 ルフィは大地を踏みしめ、確実に前に進み、エネルとの距離を詰める。


「一億ボルト……」


 “上手く避け続ける”ルフィに業を煮やしたエネルは自ら前に出た。
 迅雷と化してルフィとの距離を縮め、その身に宿る超高電圧を解放し叩きつける。


「放電(ヴァーリー)!!」


 一億ボルト。もはや想像もできないようなレベルの電圧だ。
 人の身でそれを受ければ間違いなく死に至る。
 エネルの掌から生み出された雷はその力のあまり業火のように辺りに広がり破壊をもたらした。
 その中には当然の如くルフィの姿がある。
 会心の一撃だ。
 誰がどう見ても、エネルの攻撃は間違いなく直撃した。
 だがケロリと、雷光にも慣れたのか目を細める事すらなくルフィはそこにいた。
 それどころか、自ら間合いに飛び込んできたエネルにこれ幸いとばかりに後ろに伸ばした腕で殴りつけようとしている。
 残虐な笑みを浮かべていたエネルだが、だんだんとその表情が崩れていく。
 えっ、ちょっと待て、何かがおかしい。今のは直撃した筈だ。
 なんだ、何故だ。雷の直撃を受けて何故無事でいられる。常人なら今の十分の一の1000万ボルトですら致命傷だ。
 ならばどうしてこの男は無事なのだ。雷とは余人と存在を異にする絶対的な力。無傷でいられる人間などいる筈がないのだ。
 だが、目の前の男はまるでこたえていない。
 効いていない!?
 この神のごとき絶対的な力が効いていない!!? 

 驚愕。
 生まれてこのかた味わった事の無い程の驚愕がエネルを襲う。
 あまりの衝撃に頭の中に様々な疑念が生まれて消えて、真っ白になった。

 クレスが立てた予測は正しかった。
 エネルは<ゴロゴロの実>の雷人間。
 それに対し、ルフィは<ゴムゴムの実>のゴム人間。



───ゴムは電気を通さない。



 ルフィとエネルの能力は完全に上下関係にあった。
 エネルも雷が効かない相手など予想だにしなかっただろう。
 つまりは、ルフィはエネルにとって最悪の“天敵”であり、それはエネルの持つ絶対性が崩れた瞬間だった。

 
「───弾丸(ブレット)!!」


 絶望の淵に立たされたようなエネルにルフィの拳が唸った。
 エネルはひとまず落ち着く事を全力で心がける。
 自然系である自身には一切の物理攻撃は通用しない。
 だが、無情にもエネルの思いは裏切られる。
 ルフィのゴムの弾性をフルに生かした渾身の拳はエネルの胸元に突き刺さり、エネルを吹き飛ばした。
 膝をつき、エネルは呆然と痛む胸元を抑えた。


「残念だったな。おそらく今日はお前にとって、人生最悪の日だよ」


 クレスは口元に皮肉げな笑みを浮かべて、うずくまるエネルを見下ろしたのだった。













第十三話 「二重奏(デュエット)」












 無様に地べたを這いつくばる事となったエネルは、困惑を抱きながらも冷静にルフィから距離を取った。


「何だと言うのだ、貴様……!!」

「おれはルフィ! 海賊でゴム人間だ」

「ゴム?」 


 ゴムという言葉にエネルは眉根を寄せた。
 エネルの反応を見るとどうやら空島にゴムは存在しないようだ。


「雷なら効かねェ!!」


 ルフィは腕を振りかぶりながらエネルに向かって疾走する。
 ゴムの弾性を生かし、間合いを無視した拳がエネルを襲う。
 だが、ルフィの拳はエネルを捉える事はない。
 心綱による回避は特にルフィのような単純な攻撃に対して有効だ。
 ルフィが猛攻を仕掛けようとも、エネルはその全てをかわしていく。
 

「図に乗るな。痺れさせるだけが雷では無い。雷撃が効かんとなればそれなりの戦い方がある」


 バチリと閃光が瞬きエネルの姿が掻き消える。
 雷とは何も攻撃だけが能では無い。余人を寄せ付けぬ圧倒的なスピードもまたその力の一つだ。
 エネルが姿を見せたのはルフィの真後ろ。
 ルフィは天性の勘でそれに気がつくが、それよりも早くエネルが持った昆が振るわれる。


「───おいおい、お前の相手はコイツだけじゃねェぞ?」


 ガンと鉄同士をぶつけた音が響き、エネルの昆はルフィの後ろに飛び込んできたクレスに受け止められた。
 エネルの顔が歪む。ゴム人間という未知の相手に意識を割き過ぎてクレスへの対応を怠っていた。
 クレスもまたルフィ程ではないものの──海楼石という──エネルを傷つけることのできる術を持つ人間だ。決して油断していい相手では無い。


「ッ!!」


 エネルは咄嗟に、攻撃態勢を取ったクレスに雷撃をとぼしらせた。
 しかしクレスは上半身を襲った雷をエネルの動きから察し、“紙絵”による異常なまでの瞬発力と柔軟性によって回避する。
 それと同時に、クレスと位置が入れ替わる様にルフィが前に出た。。


「ゴムゴムのスタンプ!!」

「ッ!!」


 エネルは咄嗟に全身を雷に変えて、ルフィの攻撃を逃れる。


「どこいったッ!?」

「上だ、麦わら!!」


 クレスの言葉に弾かれるようにルフィは上空を見た。
 バチバチとエネルの腕が帯電し、暴虐の極光となって解き放たれようとしている。


「よかろう。ならば、貴様等一人ずつ片付けるまで!!」


 ルフィに雷は効かない。
 ならばエネルの狙いはクレスだ。
 クレスは瞬間的に回し蹴りの要領でルフィの腰元に脚を添えた。


「ちょっと飛んで来い……!!」


 ルフィの身体を脚に乗せ、投げると言うより、吹き飛ばすと言った勢いでエネルに向けて振り抜いた。


「我流“焔管(えんかん)”」

「うほ───っ!!」


 クレスによる急加速を受け、ルフィは今まさに空中から雷を放とうとしているエネルに向けて弾き飛ばされる。


「ぬうッ!?」

 
 目の前に迫る“天敵”にエネルはその進行を阻むように帯電させていた雷を放つ。
 大地を穿つ雷。だが、ルフィに気を取られたその攻撃は本来の目的のクレスを捉える事はない。
 また、エネルが放った雷はルフィを飲み込んだが、少しも堪えた様子も無くルフィは雷の中をエネルに向けて突っ込んで来た。


「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」


 拳の弾幕が攻撃中のエネルを襲う。
 心綱によってルフィの行動を察知していたエネルだったが、初動に遅れが生じている。
 再び迅雷に姿を変えるエネル。だが、エネルが逃げ切るよりルフィの拳の方が早かった。


「ぐッあ!?」


 エネルは襲いかかる激痛に悶絶し、動きを鈍らせ、そこに数多の拳が降りかかる。
 タコ殴りにされ一瞬無防備に身体を投げ出したエネル。
 その隙をクレスは見逃さない。


「落ちろ」

 
 “月歩”によってエネルに向かい一瞬で接近。そしてその身に拳を叩きつけた。
 エネルは為す術も無く鋼鉄の如きクレスの拳をその身に受け、地面へと吹き飛ばされ、シャンドラの大地に叩きつけられた。


「ぬ……ぐッ!! おのれ、青海の猿共がァ……!!」


 ふらつきながらもエネルは立ち上がる。


「頑丈な奴だな、おめェ」


 悪鬼ののような表情で睨めつけるエネルに、ルフィが感心したように言う。


「私は神なるぞ!! 全ては私の思うがままに!! 貴様ら程度に邪魔されてなるものかァ!!」


 エネルは手にした昆に“力”を込めた。
 “雷治金(グローム・パドリング)”
 エネルの持つ黄金の昆は雷の力により溶かさせ、新たな姿を形作る。
 錬成されたのは黄金の矛。エネルは素手相手には刃物の方が有利と見た。


「形ある雷と思え!!」


 エネルはまずルフィに対し、矛を突き出した。
 ルフィは地面を蹴り、大きく後ろに飛んでそれを回避する。


「ヤハハハ!! なんだ斬撃は弱点だったか、ゴムの男!!」

「ああ」

「……言うなよ」


 自ら弱点を肯定したルフィに思わずクレスが呟く。
 ルフィの弱点を知りえたエネルは、黄金の矛を持ってルフィに躍りかかる。
 だがその間にクレスが現れ、海楼石の黒手袋による拳をエネルに向けて突き出した。


「小賢しい!!」


 それは読んでいたのか、エネルは閃光と共に掻き消え、クレスの背後に現れる。
 黄金の矛がクレスを襲う。
 振り抜かれた矛をクレスは咄嗟に“鉄塊”ではなく“紙絵”で回避した。
 雷を操る男の武器がただの矛なわけがない。しかも『金』は電気誘導に優れる物質だ。
 案の定、クレスの懸念は正解だった。 
 通り過ぎた黄金の矛は流れる雷により高熱に熱しられていた。もし“鉄塊”で受けていたならば、全身に雷撃が駆け廻っただろう。


「器用に避けるものだ。だが、いつまで持つかな?」

「試してみるか?」


 唸りを上げながら連続でエネルの矛が振るわれる。
 雷の流れる黄金の矛に心綱での先読み。エネルが振るうのは一撃必殺の鋭さと正確さを持ち合せた斬撃だ。
 しかし、当たらない。
 クレスはまるで紙に描かれた絵の如く、ひらり、ひらりと相手を玩ぶように斬撃を避けていく。
 横一線に振るわれた矛をまるですり抜けるように身体を反らして回避。
 エネルはそれを心綱によって読み切り、途中で直角に切り替える。
 突如軌道を変え振り下ろされる斬撃に、クレスは滑らかな足さばきで半歩引いてまたも回避。
 

「ええぃッ!! ちょこまかと!!」


 エネルの矛捌きは激しさを増すも、クレスは涼しい顔で全てを受け流す。
 それどころか、時折決定的な一歩を踏み込んでエネルに反撃を仕掛けようとしている。
 いくら“心綱”の加護があろうとこの結果は当然だ。
 クレスは心綱の先読みによって得られる予測を上回る速度で動き回っているのだがら。


「おいおい、心綱ってやつを使ってもそんなもんか?」


 今まで能力による戦闘を主体にしていたエネルと、自身の肉体のみで戦いぬいて来たクレス。
 エネルの矛捌きは一流。だが、それ以上にクレスが完成させた“紙絵”は別格だった。
 矛と拳の肉弾戦においては完全にクレスの独壇場であった。


「うるさい蠅だ!! ならばこれはどうだ!!」


 エネルは全身を雷に変換し迅雷となって瞬く間に後方へと後退しようとした。
 エネルの行動は正しい。自身を傷つける術を持つ<六式使い>のクレスに接近戦を挑むなど愚の骨頂だ。
 クレスを倒すならば、距離を詰めさせる事無く、間合いの外から圧倒的な自身の能力を使って倒すのが手っ取り早い。実際、エネルはそうして一度クレスを打倒したのだから。
 

「待てよ、どこへ行くんだ?」


 エネルが全身を雷に変えようとしたその時だった。
 まるで蛇のようにクレスの腕が矛を握るエネルの腕の間に割り込んできて、黒手袋の手で掴んだ。
 瞠目するエネル。効力は低いとは言え、クレスのが身につけているのは海楼石。掴まれた腕は雷ではなくなり、元の肉体と変わり果てた。


「捕まえた……!!」


 クレスの怪力によりエネルの腕はまるで磔にされたように横一線に開かれる。
 エネルは掴まれた腕を振りほどこうとするが、クレスは万力のような力でエネルを掴み離れない。
 しかし、そこでエネルは気がついた。クレスが持つ攻撃手段は拳のみ。クレスは今それを自分自身で塞いでしまっている。つまりはこの状態が続くクレスはエネルを傷つけることはない。
 ニヤリと余裕を取り戻したようにエネルの口元が笑みを作った。


「ヤハハハ……、それでこれからどうするつもりなのだ? 拳以外では私に触れる事もできまい?」

「………」

「貴様の不運は、手に入れた海楼石が不良品だと言う事だな。運の無い男め」


 幸運なことに、クレスの海楼石によって拘束されているのは両腕のみ。ワイパーの時のように全身の力が抜けるということはない。
 両腕以外は以前のように能力を行使できた。



「じゃあ、お前の不運は相手が一人じゃ無いって事だな」



 ぐるりとまるで振り子のようにクレスの身体が掴んだ腕を支点にして回転した。
 エネルの視界を一瞬ふさぎ、両腕を塞いだまま逆立ちのようにエネルの上に立つ。


「今だ、麦わらァ!!」

「ゴムゴムのォ───!!」

 
 クレスが一瞬塞いだ視界の先に見えた光景にエネルは叫びそうになった。
 両腕を後ろに伸ばしてルフィはエネルに向かって駆ける。
 心綱を持ってエネルは見た。アレを受けては不味い。回避をせねばならない。
 だが、そのためには腕を掴んでいるクレスが邪魔だ。


「おのれ、放せェ!!」


 エネルは腕以外の全身から放電する。
 クレスの海楼石は不完全。故に能力の行使が可能。
 雷は真上にいるクレスを撃つ。だが、それでもクレスは手を放さない。それどころか苦しげながらも口元に笑みすら浮かべて見せた。
 クレスの全身には許容しがたいほどの雷撃が駆け廻っている筈。一瞬で意識をとばしてもおかしくはない。
 何故だ、エネルは頭上のクレスに視線を送り、そのカラクリに気がついた。
 クレスの腰元には鉄線が巻かれていて、その先が大地に突き刺さったナイフに繋がっている。アース電流だ。
 

「小癪なマネをッ!!」


 だがそんなモノ威力を上げてしまえば意味など無くなる。
 繋がった鉄線ごと消し炭に変えてやればいい。
 エネルはクレスに浴びせる雷の電圧を上げようとする。しかし、それよりもルフィの掌底の方が速かった。


「───バズーカ!!」 


 ゴムの弾性を生かした、ルフィ渾身の掌底がエネルの鳩尾に突き刺さる。
 ボコンと、ドラム缶でも凹ませたような打撃音が響き、エネルの身体がくの字に折れた。
 あまりの衝撃に、一瞬エネルの意識がとび、息が止まる。手からは矛が滑り落ち、痛みに悶絶しうずくまった。その姿はまるで許しを請う咎人のようでもあった。
 

「遅ェよ……このヤロ」


 エネルを抑え込んでいたクレスは全身を襲う意識を手放しそうな痛みを無理やり抑え込む。
 あと数秒遅ければ、おそらく完全に意識を失っていただろう。拷問のような痛みだったが、クレスは何とか耐えきった。


 野生の勘か、ルフィの動きは考えうる限り最善だった。
 圧倒的な力を持つエネルに挑むため、クレスがルフィに対して告げたのはこうだ。

 ───気にせず暴れろ。オレがお前に合わせる。

 ルフィ相手なので始めからクレスは細かな作戦など望んでいない。
 そもそも雷が効かないと仮定した場合、作戦など無意味。ゴムという利点を生かして、そのまま力でゴリ押しするだけでいい。
 ただ、エネルには“心綱”という技がある為、攻撃を当てる事は困難になる事が予想された。
 故にクレスは、ルフィを好きなように暴れさせて、エネルの雷以外の防御と撹乱、可能なら捕獲に専念することにしたのだ。


 そして先程、クレスは身を呈して最大のチャンスを作り上げ、ルフィは見事にそれを掴んだ。
 細胞の一つ一つが悲鳴を上げるように痛んだが、クレスもそれを手放すつもりなど一切ない。


「クレス!!」

「わかってるっての……人使いの荒い奴だ」


 ルフィの腕が後ろに捻じれながら伸ばされ、クレスは重心を僅かに落とす。
 エネルは二人が何をしようとしているのか“心綱”によって察したのか、動かない身体で回避を試みる。だが、全身に突き抜けた衝撃は指一本動かすことですら難しい。
 

「ゴムゴムの……!!」

「……指銃ッ!!」


 後ろに伸ばしたルフィの拳がゴムの弾力によって高速回転を始め、最高潮に達した瞬間、爆発的な勢いで突き出される。
 同時にクレスの姿が掻き消え、鋼鉄の如き拳をねじ込むように突き出した。



「「───交差回転弾(クロス・ライフル)!!」」



 恐怖の表情を浮かべたエネルに、凶悪な拳の十字砲火が突き刺さる。
 二方向からの強烈な迫撃に、エネルはまるでピンポン玉のように複雑な軌道をたどって弾き飛ばされ、水しぶきのように礫を吹き飛ばしながら最終的にはシャンドラの遺跡にその身を埋めた。
 エネルは力無く沈黙し、意識をとばす。そしてピクリとも動かなかった。


「ハァ……ハァ……」


 荒い息をクレスは肩で制す。
 だが、フラリと視界が霞んだ。


「ありがとよ、クレス」


 だが、倒れ込む寸前でルフィに支えられた。


「たっく……世話の焼ける船長だよ」


 サバイバルが開始して三時間の時間が経った。
 今この『神の島』に立つ人間は五人。
 生き残ったのはルフィ、クレス、ロビン、ナミ、アイサ。
 皮肉にもエネルが下した“予言”通りだった。






◆ ◆ ◆
 
 




 意識を失う寸前だったが、クレスはルフィと共にエネルに勝利する。
 その様子をアイサの“心綱”で知ったのか、安全な場所に避難していたロビン達は二人の下へと駆け寄ってきた。


「大丈夫、クレス?」

「まぁ、なんとかな」


 ルフィの肩を借りていたクレスだが、ロビンの姿を見るとルフィに礼を言い、ロビンの方へと歩み寄った。
 クレスの状態は誰が見ても、立っている事が不思議なくらいボロボロだった。
 案の定、クレス一人で歩く途中で足元がふらつき倒れかける。しかし、ロビンは倒れ込む寸前でしっかりと受け止めた。


「う……すまん」


 ろくに力が入らないため、クレスはロビンの身体にもたれかかってしまった。
 身体の状態を考えると、大人しくしている方がが良かったかもしれない。
 と、そこまで考えたが、クレスの思考は中断。換わりに心臓がバクバク跳ねた。
 何やらいい香りがして、折れそうなほど細いくせに、触れた身体はしっとりと柔らかい。
 ロビンは特に気にした様子も無いが、今の状態はクレスを抱きしめている格好だった。


「お疲れさま」

「あ、ああ……」

「どうしたの?」

「い、いや、何でも無い」


 クレスの声が上ずった。
 身体が調子を取り戻すにはもう少し時間がかかるだろう。
 だがしかしそれ以上に、押しつぶすような感じで形を変えた二つの塊のせいでクレスの心音がマジでヤバくなってきた。


「ところで、クレス」

「な、何だ?」

「遺跡……だいぶ壊れてるわね」


 ビクリとロビンに抱きしめられているクレスの肩が震えた。心臓が止まるかと思った。


「ど、どうしてだろうなぁ……」

「周りの状況なんて目に入らないくらい、激しい戦いだったの?」

「その通り! いや、アイツ強くてさ。はははは」


 焦った声でクレスが弁明するも、ロビンは圧力をかかけるように黙り込んだ。
 ヤバいヤバいヤバい……!! クレスにとってはエネルよりも本気で怒ったロビンの方が怖い。
 昔入った遺跡で、不用意に触った壁面が粉々に瓦解した時は思い出したくない。
 また、遺跡荒らしのトレジャーハンターと出くわしたときは血の雨が降ったような、降らないような。
 冷や汗を流すクレス。
 ロビンはクスリと微笑みながら息を吐いた。


「もう、クレスが無事だったからいいわ。でも、次からは気をつけてね」

「……了解っす」


 とは言ったものの、ロビンは別にクレスを責めるつもりはない。
 実は、クレスをからかって遊んでいるだけだったりする。


「ナミ……前が見えない」

「あんたにはまだ早い」


 離れた所では、なんとなく教育に悪そうなのでナミがアイサの目を塞いでいた。






「で? あんた達はアイツに勝ったのよね」


 腰に手を当てたナミがクレスとルフィに問う。
 二人は肯定した。
 ナミも確認こそしていないが、エネルが吹き飛んで行った方向を見れば、エネルが喰らった攻撃の威力は予測できた。


「よかった……。それを聞いて安心したわ。
 じゃあ、とりあえず船に戻りましょう。コニスに船番頼んでんの。ゾロとチョッパーと変な騎士も早く安全なところに連れて行った方がいいでしょうし」

「ナミ……」


 倒れ伏したワイパーの傍にしゃがみこんだアイサが不安げにナミを見上げた。


「分かったわよ。一応、そいつも連れてってあげるわ。
 でも、アンタが絶対に説得しなさい。また襲われたらたまらないもの」

「うん、わかった」

「じゃ、そういう事だから。ロビンお願い」

「ええ」


 ロビンは能力を発動させた。
 すると倒れ込んだ四人の背中からフワリと手と足が咲いた。
 手足はそれぞれが意志を持つように進んで行く。
 見た感じはかなり異様な光景で、アイサは叫ぶほど驚いていたが、それも無理ないので誰も気にしなかった。


「ところで、ルフィ? あんたアレは本当なんでしょうね?」


 ナミはルフィに問いかける。


「ん、何がだ?」

「黄金よ!! お・う・ご・ん!!」

「うおっ! そうだった!! 黄金だ、黄金!! ヘビの中にあったの忘れてた!!」


 危機が去り、ルフィとナミはヘビの中にあるという黄金の話にわきたった。
 そんな様子を見たロビンはクレスに、 


「黄金? 本当にあったの?」

「らしいな。船長が言うにはヘビの中で見つけたらしい。
 オレは見てないけど、あながちウソでも無いかもしれないな。ヘビの腹の中にはいろんなものが入っていたから」

「ふふ……よかったわね」

「ロビンの方はどうだったんだ? 何か見つけたか?」

「ええ、“黄金の鐘”の手がかりを」

「へぇ……そりゃすごいな」


 クレス達はとりあえずメリー号を目指して遺跡の上層へと昇ることにした。
 一味全員が、大小違いはあれどみんな傷を追っている。一端船で休んだ方がいいだろう。
 五人は暫く進み、遺跡の全体を見渡せる場所に差し掛かる。
 その時、後ろ髪を引かれるようにアイサがシャンドラの遺跡に振り返った。
 アイサ達<シャンディア>にとってこの地は400年もの間探し続けた悲願の場所だ。幼いアイサにとっても思い入れは相当なものだろう。
 これから発見されたこの地を巡りどういった事が起こるか分からないが、何とか上手くいってほしいものだとクレスは祈った。
 アイサは瞼の裏に焼きつけるように遠くまで見渡している。クレス達もそれを急かしたりしなかった。






「…………えっ?」






 アイサは足を止めたまま呆然と呟いた。
 そして、疑いながらも聞こえて来た“声”に耳を澄ませた。


「そんな……何で? さっきまで確かに聞こえなかったのに!?」


 アイサを待っていた四人は、その様子がおかしい事に気づきアイサに問いかけた。
 凍りついたような声でアイサは言う。



「アイツが……!! エネルがまだ生きてる!!」
 











あとがき
今回はどうしようかとかなり悩んだ回です。
エネルってかなり強いと思うんですけど、ルフィだけでも“逃げ”を選ばさざるを得ないのに、それをクレスを加えると私の中ではこう言った感じになりました。
クレスの海楼石の設定が少し無理やりな気がしますが、寛大な心で流していただければ幸いです。
始めはここで決着をつけようかと思っていましたが、やっぱり空島は鐘を鳴らさないと終れない気がしました。
ということで、もう少し続きます。申し訳ないですがお付き合いください。




[11290] 第十四話 「島の歌声(ラブソング)」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/08/07 19:39
 <シャンディア>には代々に渡り語り継がれる物語があった。
 それは、大戦士カルガラと彼の親友の物語。

 400年もの昔に起こった、鳴り響く鐘と、得がたき友情と、その後に襲った悲劇の物語。
 
 また来い。
 いつでもおれ達はここにいるから。
 だから───また会おう。


 去りゆく友にそう願いを込め鳴らし続けた導の灯は悲劇の中に消え去った。 


 伝えたい事が山ほどあった。
 導きの鐘を鳴らし、友との再会を待ち続けていたかった。
 しかし、願いは叶わず、全ては空の中に消えた。


 だがら、ただの一度でよかった。
 “シャンドラの灯”は必ずその響きで全てを伝えてくれると信じていたのだ。
 奪われた故郷を取り戻し、高らかに響く鐘に思いを乗せて鳴り響かせたかった。


 故に大戦士カルガラは叫び続けた。

 
「───シャンドラの灯をともせ───」












第十四話 「島の歌声(ラブソング)」












「ウソ……どういうことよ!! エネルがまだ生きてるって、何かの間違いじゃないの!?」

「ううん……違う。今まで聞こえなかった声が聞こえる」


 うろたえるナミにアイサが答える。
 アイサの言葉にクレスは苦々しく顔を歪めた。
 クレスはルフィと共にエネルと戦い、そして拳に確かな感触を持って勝利を確信した。それはいい加減な理屈では無く、クレスの経験に照らし合わせた答えた。
 遠目だったが呻き声一つ洩らさずに完全に沈黙したのも確認している。
 クレスだけでなくルフィも勝利したと思っていたし、心綱を使えるアイサもエネルの声が消えたのを確認していた。
 それでいてなお生き返る様に立ちあがったと言うならば、それはまさに理屈を超えた執念の類であろう。


「おい、アイツどこにいるんだ?」


 静かな声でルフィがアイサに問う。
 アイサは声が聞こえて来たという方向を指した。


「うっし!! あの耳たぶ、もっぺんブッ飛ばしてくる!!」 

「あっ、ルフィ!!」


 ナミの制止も聞かず、ルフィは猛スピードで駆けて行った。
 その姿を見てクレスもまた後を追おうとする。エネルが再び立ち上がったというならばクレスにも責任があった。
 だが、駆けだそうとした脚が縺れ、目の前が霞んだ。


「……ッ……ァ!!」


 ナイフで突き刺されたような鋭い痛みがクレスの全身を駆け廻った。
 咽るように咳を吐いた。そして手のひらに赤い染みが付着する。血であった。


「クレス!!」


 慌ててロビンが駆け寄ってくる。
 駆け巡る激痛にクレスは膝をついた。
 想像以上に身体の状態が悪い。だが、それもむりはない。二度に渡る拷問のような超高電圧を身に受け、なおかつ全力で動き回ったのだ。
 今の状態では、むしろ立って歩ける方が不思議なぐらいだった。


「クソ……後を追わないと」

「待って、クレス。その身体じゃ足手まといになるだけよ」


 ロビンの言葉は筋が通っていた。
 今のクレスはまともに動くことすらままならないだろう。そんな身体でどうして自身より強大な敵に立ち向かえると言うのか。


「ここは船長さんに任せて。
 相手も起きあがったのにこちらに攻撃してこなかったという事は相当深手の筈よ」


 だからお願い休んで。
 クレスを労るロビンの顔にはそう浮かんでいた。
 

「……航海士さん、とりあえず私たちは上に出ましょう。
 どちらにしろ出来る事は少ないわ。せめて怪我した人たちの手当てをしないと」

「……そうね」


 軽くパニックを起こしていたナミだったが、ロビンの言葉に落ち着きを取り戻した。
 エネルを追ったルフィを信じ、四人は上層へと向かった。






◆ ◆ ◆
  






 シャンディアの遺跡の隅にある洞窟。
 元からあった細長い洞窟を更に人工的に押し広げたトンネル。
 そのトンネルを抜けた先に、広々とした空間がある。そこに巨大な舟の姿があった。

 方舟マクシム。

 神話に登場するような神秘さを携えながらも同時に不気味さを拭いきれない船。
 船の前方には莫大な量の黄金により造られた仮面のような顔があり、その後ろに同じく黄金でできた煙突のような装置がある。
 船内を見れば、大小様々な歯車が船中を巡り、それら全てが一つの玉座に繋がっていた。
 世界中を探しても、これほど華美で精緻な船はないだろう。
 ただ、一つおかしな点がある。
 この船には風を受けるべき帆が無かった。
 換わりにあるものは船の下部に取り付けられたオールと、巨大なプロペラだった。


「……ハァ……ゲホッ……」


 その上に満身創痍のエネルがいた。
 息も絶え絶えで、見るからに重体。だが、その眼光だけはどこまでも鋭い。
 

「ヤハハ……度し難い者どもめ……。
 なに……そうだ、何も私が直接相手をする必要などなかったのだ。どうせ奴らはこの空島と共に滅ぶ運命にある」 


 エネルは身体を引きずる様に進め、たった一人の為だけに造られた玉座へと座り込む。
 座り込んだ玉座の感触を確かめるように見回し、傍に供えられた避雷針のような黄金でできた装置に手を触れた。


「さァ……還るんだ。神のあるべき場所に」


 そしてエネルは全力で能力を解放した。
 空気が鳴動し、閃光がとぼしる。
 それは2億ボルトにも及ぶ雷の瞬き。
 だが、本来なら辺り一帯を焼き尽すであろう雷火は余すところなく、巡らされた回路を流れていく。
 エネルによってもたらされた雷は船中を巡り、動力となって駆け廻った。


「見ろ、浮くぞ……!! 私を夢の世界へと導く舟が!!」


 感嘆するようにエネルは言葉を漏らす。
 すると、船に取り付けられた装置が稼働し始める。
 取り付けられたオールが鳥の羽ばたきのように上下し、プロペラは高速で旋回する。
 
 そして、ガコンと歯車の噛み合わさる音が連動し───舟が浮いた。


「ヤハハハハハハハ……!! 
 そうだ! マクシムよ、私を導け!! 私は還るのだ、“限りない大地”へと!!」


 まるで狂ったようにエネルは哄笑する。
 もちろん重体の身体でそんな事をすれば全身に激痛が駆け廻ってもおかしくはない。
 だが、エネルは笑い続ける。
 まるで、痛みなど感じていないように。

 人には肉体の限界を超える瞬間がある。
 類稀なる精神力の果て、強い意志や執念。それらが肉体という枷を外す時がある。
 精神が肉体を凌駕する瞬間。今のエネルはまさにそれだった。

 エネルがルフィとクレスから受けた攻撃は本来ならばエネルを打ち倒すだけの力があった。
 ワイパーの時とはわけが違う。実際、エネルは完全に敗北し、意識をとばしていた。
 しかし、意識を失おうとも、彼の中にある“限りない大地”への執念は肉体の静止を越えた。
 ルフィ、クレスとの戦いの後、混濁する意識の中で身体を揺り起こし、能力によって誰にも気づかれる事無くここまで撤退したのだ。


「さァ、終幕だ。空を覆う不快な島よ、消え去るがいい……!!」


 浮き上がった方舟はプロペラにより上昇を妨げる大地を削った。
 僅かな量ですら空島では価値のある“大地”。それが砕かれ、次々と落ちていく。
 エネルはその程度の事に一切頓着しない。彼がこれから向かう場所にはこの程度の量などとは比べ物にならない程の“大地”が広がっているのだ。


「………」


 その顔に狂気にも似た笑みを浮かべ、徐々に見え始める空を見上げていたエネルだったが、ふとその顔から表情を消し去った。


「……なるほど、もう気付いたのか。勘のいい奴め。しかし……なるほど、追って来たのは一人だけか」


 エネルの中に喜悦が広がる。
 やはりそれは当然なのだ。絶対的な力の前には、どれだけ激しく抵抗しようともいずれは朽ちるのが定めだ。
 それは大自然の定めとも言えるだろう。
 しかし、エネルにとっての唯一の例外だけは怒声を上げならがこちらへと向かってくる。


「不愉快!! 貴様はまだ私の邪魔をするか、ゴムの男……!!」


 浮遊する方舟の下に一人の少年──ルフィが立ちはだかる。
 ルフィは方舟の上に立つエネルを見上げ、拳を握った。


「しぶてェ奴だなおめェ。今終わらせてやっから降りてこい!!」

「降りる? 不届きな。貴様はそこで指をくわえて見届けるがいい。これから私がもたらす絶望の始まりを!!」


 両者は同時に動き、ルフィはゴムの腕を方舟に伸ばし、エネルはそれを阻むべく全身を帯電させた。






◆ ◆ ◆
 

 
 


「舟……?」
 
「何よあれ!?」


 無事上層へと昇った四人は地鳴りと共に突如浮上してきた巨大な方舟に目を奪われる。
 空飛ぶ方舟はぐんぐんと浮上してゆき、ある程度の高度を取ると取り付けられた煙突のような装置からもうもうと煙を吐き出し始めた。
 禍々しい、見ているだけで不吉な予感を感じさせる黒雲。それはみるみるうちに空島全土を覆い始めた。


「積乱雲……? まさか、雷雲!?」


 ナミは広がっていく雲を観測し蒼白となった。
 空飛ぶ箱舟から吐き出されたのは、分厚く巨大な雷雲だったのだ。
 そしてこの島、いや、この世界でこんな芸当が出来るのはただ一人。


「エネルか……」


 クレスがぎりっと奥歯を噛みしめる。
 どうやら仕留め損ねた代償は想像以上に大きいらしい。


「ねェ、雲が光ってるッ!!」


 アイサの声にクレスは雲を見上げた。
 雷雲はまるで内部で爆発が起こっているかのように何度か地鳴りのような音を響かせ、轟音と共に雷が地上へと放たれた。
 その余りの衝撃にナミとアイサが小さな悲鳴を上げた。


「イカレてやがる……あの野郎」


 方向的に見てエンジェルビーチだろう。
 雷に撃たれた乏しき場所から黒煙が上がり、クレスの位置からも確認できる。
 

「……全てを地上に返す。やはり空島を落とす気なのね。
 おそらくこの現象の起点はエネル。止めるならばエネル自身を何とかしないといけない」


 おそらくロビンの言う通りだろう。
 この現象を止めたければエネル自身を倒すしかない。
 しかし、肝心のエネルは空の上。この中で辿り着ける可能性があるのはクレスのみ。
 だが、そのクレスも満身創痍でまともに動くことのできない状態だ。もし、向かえたとしても落とされるのがオチだろう。
 クレスは薄く眼を閉じた。
 今この空でエネルに勝てる人間はもはやルフィだけだろう。
 空島の未来はルフィの肩に掛かっていると言っても過言ではなかった。
 エネルの下へと上手く辿り着き、上手く舟の中へ乗り込んでいる事を祈るのみだ。


 だが、クレスの願いは裏切られる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ!!」


 空飛ぶ方舟の真下の辺りから、雄叫びを上げながら猛スピードでこちらに向かってくる姿がある。
 見覚えのある姿だ。
 首元にトレードマークの麦わら帽子の紐をひっかけて左腕だけを振って走っている。
 右腕は後ろへと伸ばされていて、その先はガコンガコンと何かをぶつけたような音を響かせていた。
 よく見れば光り輝く黄金の大玉が取り付られていた。


「あっ! おめェら、この金玉取ってくれ」

「なにしてたんだてめェ!!」


 船長のルフィだった。







 ルフィから状況の説明を聞く。
 どうやらよっぽどエネルはルフィとは戦いたくなかったようだ。
 上昇する方舟の上から、自身の下へと向かってくるルフィを雷によって妨害。
 ルフィが腕を伸ばしどこかを掴もうとすれば、そこを破壊する。
 それでも何とかよじ登ったっと思えば、熔解した黄金と共に待ち構えていて、腕に重しとしてつけられ舟から落とされたらしい。


「なぁ、この金玉取れねェのか、クレス?」

「オレに聞くな。取ろうと思ったら取れるぞ?」

「おっ! どうするんだ!?」

「腕ごと切り落とせ」

「やめんか、怖いわっ!!」


 ナミのツッコミが入った。


「それにしても……」


 不味い事になった。
 クレスは口の中で出掛けた言葉を噛み砕く。
 肝心のルフィは地上。問題のエネルは空の上。唯一空を飛べる自身はまともに動けない。
 おそらくこの場所に居続ければエネルによって地上へと落とされるだろう。


「みんな、メリー号に戻りましょう!! 
 ここにいてもしょうがないわ。こうなったら、この空島が落ちる前に脱出しないと」


 ナミの提案。それは当然の選択だ。
 雷は空島全土に渡り降り注ぎ、人々を恐怖に陥れている。
 もはや打つ手がない。ならば逃げる事が最善だろう。
 

「ダメだ」


 だが、ルフィはその選択を否定する。


「おれはエネルをブッ飛ばす」

「ちょ、なに言ってるのよルフィ!? 
 もうここにいてもしょうがないわ!! あんたも分かるでしょ?」

「ロビン、この上には“黄金の鐘”があって、エネルはそれを狙って本当か?」


 ルフィの問をロビンは静かに肯定する。
 ロビンの予測ではこの“巨大な豆蔓”の最上層付近に黄金の鐘はある筈だった。


「おめェらも見ただろ、黄金郷は空にあったんじゃねぇか!!」


 先祖の残した“ウソ”を人生をかけて追い求めた男がいた。
 モンブラン・クリケット。彼は黄金郷にロマンを抱き、来る日も来る日も冷たい海に潜り続け、身体を壊してもなおそれを続けていた。
 

「下にいるおっさんたちに教えてやるんだ。黄金郷は空にあったぞって。
 鐘を鳴らせば聞こえるはずだ。でっけぇ鐘の音はどこまでも聞こえるから。だから、おれは鐘を鳴らす。エネルなんかに取られてたまるか!!」


 そしてナミの制止も聞かず、ルフィは“巨大な豆蔓”を駆け上がっていく。


「でも……ダメよっ!! 
 私、止めてくる!! あんた達は先にメリー号に行っておいて!!」


 ナミもルフィの言葉に思うところがあったのか、しばし逡巡したものの、ウェイバーでルフィを追って行った。
 クレスはそれを様々な感情の入り混じった表情で見送った。


「なぁ、ロビン……逃げ道があると思うか?」

「そうね、恐らくは……」

 
 クレスの問いかけはある意味残酷だった。
 島が無くなると思えば、人々はまず出口を目指す。
 空というのは監獄のように隔絶された空間だ。どういったものかは知らないが、出口を壊されれば外には出られない。
 そしてそれをエネルが見逃すだろうか。クレスはそうは思わなかった。


「ねぇ……お前ら……」


 厳しい顔の二人に涙目でアイサが問いかける。


「……空島……なくなるの……?」


 不安に押しつぶされそうになり涙を流すアイサを安心させるようにロビンはそっと頭を撫でた。


「大丈夫よ……きっと何とかなるわ。だから心配しないで」


 その瞬間、クレスの視界がノイズが走る様に反転する。
 母親のようにアイサを慰めるロビンの姿と巻き上がる黒煙の群れ。クレスはその姿に過去の光景を幻視した。
 だが、直ぐにその考えを打ち消した。
 無力だった過去の自身とは違う。過去とは比べようもないほどに力をつけた。
 あの燃える故郷で母と交わした約束を守るためにも、こんなところで終わるわけにはいかないのだ。
 クレスは全身に力を込める。
 節々が刻まれるように痛んだが、全て無視した。 


「……何とかしないと」


 問題解決の手っ取り早い方法はエネルを倒す事だ。
 だが、それにはいくつか問題がある。
 まずこの島に置いてエネルを倒せる人間はもはやルフィだけという事だ。そして問題のエネルは方舟に乗り空の上。
 勝つためにはもう一度ルフィをエネルの下まで送り届ける事が必要となる。
 やはり自身も上に向かう事が望ましい。だが、果たしてエネルの場所まで辿り着けるか。今の状態では空を飛ぶ事もですら危うい。エネルに感づかれればそれこそ虫のように払われる。
 何か策は……。クレスが考えを巡らせていたその時だった。


「お~~い!! ナミさ~~ん!! ロビンちゅわ~~ん!!」

「ば、バカ野郎!! 声がでかいって、神(ゴット)に見つかったらどうすんだよっ!!」


 森の向う側からサンジとウソップが現れた。
 二人は“巨大な豆蔓”の傍にいるクレス達を見つけると安心したように駆け寄ってきた。


「クルマユ、長鼻……おめェら船にいたんじゃねェのか?」

「それがよ、サンジの奴が居ても立っても居られないって……」

「当り前だろうが、あんなのが出てきてじっとしてられるか。
 あっ! ロビンちゃん、無事で何よりだぜ!! おれがいなくて怖くなかったかい?」


 包帯を巻いた姿のサンジとウソップ。 
 何でも、降り注ぐ雷と浮き上がった方舟に目を覚まし、じっとしていられずここまでやってきたらしい。
 船は当初の予定通りの場所に置いてあるので、真っ直ぐ南下してきたようだ。


「それよりも、クレス」

 
 サンジは神妙な顔でクレスに問う。


「ナミさんはTシャツを脱いでいたか?」

「それ関係ねェだろッ!!」
 
「……えらい元気だなお前ら」


 クレスは呆れながらも状況を説明する。
 説明が終わると合点がいったのかサンジは、
 

「何だと!? じゃあナミさんはルフィの後を追ってこの豆の木を昇って行ったのか? 
 うォおおおおおおおおおっ!! ナミさあああん!! 聞こえるかああああい!! おれはここにいるよォ!!」


 ウソップは、


「うおー……寝てて良かったぁ」


 サンジとウソップはエネルにやられたと聞いたが、どうやらあまり問題は無さそうだ。
 騒ぐ二人と雷音に触発されてか、倒れていたゾロ、空の騎士、ワイパーの三人が不快げにみじろいた。そしてパチリと目を覚ます。


「うるせぇな……ッ……」

「この轟音……とうとう始めよったか、エネル……!!」


 ゾロと空の騎士がゆっくりと痛むであろう身体を起こす。
 ワイパーは既に立ちあがっていて、ただ自分達の故郷である大地が破壊されていくのを見つめていた。
 心配したアイサがワイパーの名を呼ぶ。しかし、ワイパーはそれに答える事はなかった。


「お前になぜ全てを奪う権利があるんだ、エネル」


 拳を握りしめ、ワイパーは怒りの言葉を絞り出す。
 だが、怒りをぶつけるべき対象は全てを見下すかのように、遥か空の上にいた。






◆ ◆ ◆







「ヤハハハハハハハハ……!! 絶景ッ!!」


 遥か上空。
 方舟マクシムの上から、エネルは壊れゆく空島と逃げ惑う天使たちを見下し、笑いを漏らした。
 能力の雷による蹂躙は空島全土を覆うに至り、撃ち降ろす全てを容赦なく破壊する。
 ルフィという最大の難敵から逃れた今、何人にもエネルを妨げる事は出来なかった。


「ここは空。神の領域だ!!
 全てが目障り。人も木も土もあるべき場所へと帰れ!! 全て青海へと降る雨となるがいい!!」


 逃げ惑う天使たちには当然の如く逃げ道など無い。いの一番に破壊した。
 空という監獄に囚われ、やがてはエネルの言う通り全てが青海へと塵芥となって降り注ぐだろう。
 突如その身に降りそそいいだ絶望はどれだけ甘美だろうか。


 正しきモノを正しき場所に。
 存在自体が不自然な空島を地上へと還す。
 ちっぽけな大地を巡る争いが起こるならば、それを取り上げればいい。
 争いが続くならば、もう二度と戦えないようにすればいい。
 空に生き、身の程も知らず大地に憧れる愚かしき天使たち。
 空に誘われ、哀れにも大地を求めるシャンディア共。
 全て滅ぼせば、それで全ての問題が解決する。もう二度と大地を求める必要も無くなる。
 これが、エネルが神として行う救済だ。


 もはやエネルは空島には一切の未練はない。
 かつて率いた部下達も脆弱を晒したならば切り捨てるまでだ。
 だが、ただ一つだけ。
 エネルが求めるものが空にはあった。


「さて……黄金の大鐘楼はどこにある?」


 かつて栄華を誇った黄金都市シャンドラの象徴である黄金の鐘。
 予測では“巨大な豆蔓”の周辺の島雲にある筈だった。
 間もなくマクシムは"巨大な豆蔓"の頂上付近にさしかかる。そろそろその姿を見てもおかしくはない。


「それに、青海の考古学者が言っていた事もなかなか面白い。ヤハハハ……なに、大鐘楼を見つければ全て分かるさ」


 口元に笑みを浮かべて辺りを見回すエネルだったが、下から聞こえて来た“声”にジロリと冷たい視線を向けた。


「この期に及んで声が二つ。……またあの男か、あの重りをつけたままとは恐れ入る」
 
 




 “巨大な豆蔓”を猛スピードで駆けあがる二つの影があった。
 黄金の玉を枷としてつけられたルフィとウェイバーによってルフィを追うナミ。
 

「うがァ!!」


 ルフィは上方を覆っていた島雲を蹴り飛ばし、その上へと這い上がった。
 そこはもともと“神の社”があった場所であったが、今はエネルの手によって無残に破壊されていた。
 ルフィは見知らぬ廃墟には目もくれず、エネルが乗る方舟を探す。そして神の社より更に上に伸びる“巨大な豆蔓”頂上付近にその姿を見つけた。


「あッ! いたな、そこで待ってろ!! エネル!!」
 
「……くどい男だ」


 ルフィは方舟へと乗り込もうと"巨大な豆蔓"を駆け登る。
 しかし、エネルは雷を放ち、蔓を焼き折った。
 足場を亡くしたルフィは神の社の島雲まで落下する。
 

「どうここまで登ってこようと思うのだ?」


 空の上からエネルはルフィを見下した。
 そう簡単にエネルがルフィとの接触をおこなう筈が無い。
 ルフィは歯がみしエネルを睨めつける。


「ルフィ!!」


 その時、ルフィを追っていたナミがやっとの思いで追い付くことに成功する。
 ナミはルフィの姿を見つけると、直ぐにメリー号に戻る様に説得した。だが、ルフィは意見を曲げることはなかった。
 エネルを打ち倒し、鐘を鳴らし、クリケット達に黄金郷の存在を知らせる。
 脱出の機会を棒に振ってまでこの事に固執するのは、交わした約束の事もあるだろうが、もしかしたら本能的に退路が無い事を悟っていたのかもしれない。


「ヤハハハハハ!! そうだ貴様等、いいものを見せてやろう」


 手の届かぬ上空からエネルは残酷な笑みを浮かべ、その姿を雷と変えて空島全土を覆う黒雲の中へと潜り込んだ。
 すると黒雲が異常なまでに発光し、突如、エンジェル島上空の雷雲が形を変える。
 形造られたのはまるで黒い太陽のように不吉な黒い球体だった。これは悪夢か、とてもこの世の光景とは思えない。
 ナミはその危険性に蒼白となる。雷雲の中を駆け巡るのは異常なまでの幕放電と気流の渦。それはエネルが生み出した最悪の神罰の権化。


 その名を───雷迎。


「天は我がもの。思い知るがいい。
 マクシムと私の能力があればこれだけの神業を為せる!!」


 完成した“雷迎”はゆっくりとエンジェル島に向かって下降し始めた。
 黒い太陽は確実に全てを飲み込み、そして炸裂するように発光。遥か遠くまで閃光と轟音が響き渡る。
 誰もが声を失った。
 閃光と轟音が納まり、音が消え去ったような静寂の中で、人々は神の力を知る。
 そこにあった筈のもの。
 数多くの天使たちが居を構えた島、エンジェル島。


 その島が───跡形も無く消え去っていた。



「ヤハハハハハハハハッ!! どうだ! 驚愕し声も出まい!! 
 貴様等はそこで死期を待っていろ。この真下で蠢く“声”共と共に!! 私が黄金の鐘を手に入れたならば、今度はこのスカイピアを丸ごと消し去ってやる!!」


 方舟に乗りエネルはルフィ達の下から離れていく。
 ルフィは当然後を追おうとしたが、舟に乗り込むことは出来なかった。


「畜生……!! おれは、おっさん達に教えてやるんだ!! おれは鐘を鳴らすんだァ!!」


 ルフィは空を仰ぎ、悔しげに咆哮するも所詮それは負け犬の遠吠えにしかならない。


「……ルフィ」


 ナミは複雑な気持ちで叫び続けるルフィを見つめていた。






◆ ◆ ◆






 降り注ぐ雷が大地を震わせ、雲を穿つ。
 先程、巨大な“雷迎”が島を消し去ったの事も、クレス達からも確認できた。
 そんな中で一味から出た言葉に、思わずワイパーが問い返した。


「鐘を鳴らすだと……?」


 ロビンは問い返したワイパーに、推測に基づいた理論を述べ、その在処を示した。 
 黄金の鐘。それはワイパー達<シャンディア>が400年もの間探し続けて来たものだった。
 それを最近来たばかりの青海人が在処まで知っていると言うのは驚くべきことなのだろう。


「ルフィはやると言ったらやる奴だ。ナミが連れ戻そうとしても、あいつは戻りはしねェ……」


 一番ルフィとの付き合いの長いゾロが言う。
 ルフィが狙うものはエネルと同じ“黄金の鐘”だ。ならば絶対に退くことはないだろう。


「おい!! なんか落ちて来たぞ!?」


 その時、ウソップが空を指して言った。
 落ちて来たのは“巨大な豆蔓”の葉。そしてそこにはルフィとナミからのメッセージが書き込んであった。


「『この巨大な蔓を西に切り倒せ』」 

「西ってのは……エネルの舟がある方向か」


 呟きを洩らしクレスはルフィ達の意図を読み取った。
 だが、それは無茶苦茶な作戦だった。
 おそらくはウェイバーに乗り倒れゆく蔓を滑走路に見立て飛び立つつもりだろう。
 出来ない事はないかもしれないが、何より規模が大きすぎる。
 “巨大な豆蔓”は空島で最も巨大な植物だ。植物が巨大化する空島の気候に置いても更に異質。二本の蔓が絡み合ったその姿は天地をつなぐ鎖のようだ。
 これを切り倒す事は容易なことではない。


「おい見ろ……あれって」

 
 ウソップは空をふと空を見上げて固まった。
 その声に皆一同に空を見上げ絶句する。
 クレス達がいる“神の島”上空に巨大な“雷迎”が生成されつつあった。
 大きさはエンジェル島を襲った“雷迎”の数倍。空に浮かんだ黒い太陽はこの世の終わりを幻視させるには十分だった。


「ボサっとすんな!! 下がれッ!!」


 クレスが声を張り上げる。
 脅威は雷迎だけでは無い。先程から降り注ぐエネルの雷。それらが虫でも払うかのように、一味達に向け降り注いだ。おそらくはエネルからの牽制だろう。


「どうやら、時間はなさそうだ……ロビン、下がっててくれ」

「とにかくやるぞ!! 舟の方に蔓を切り倒したらいいんだな?」

「たっく、ルフィの野郎……ナミさんだけは絶対に守れよ!!」


 クレス、ゾロ、サンジの三人が一斉に駆けた。
 今この空島で“雷迎”が落とされる前にエネルの下まで辿り着けるのはルフィとナミしかいない。
 エネルに対する反撃の機会も、この“巨大な豆蔓”を切り倒さない事には始まらないのだ。


「ロロノア!! お前は手前のを、奥はオレがやる」

「ああ、分かった」

「しくじんじゃねェぞ、てめェら!!」


 三人は瞬間的に役割を分担した。
 ゾロが手前、クレスが奥の蔓を切り落とし、サンジが舟の方向へと蹴り倒す。
 三人のうち一人でもしくじればチャンスは失われるだろう。
 しかし降り注ぐ雷をよけながら、巨大な豆蔓を切り落とすのは生半可なことではない。
 

「───ッア!!」


 悲鳴を上げる身体を無視し、クレスは“剃”によって駆けた。
 無秩序に降り注ぐ雷の間を潜り抜け、天地をつなぐようにそびえ立つ“巨大な豆蔓”の裏手まで辿り着く。
 

「嵐脚……」


 クレスは“巨大な豆蔓”へと跳びかかり、空中で身体を制動。
 同時にゾロが刀に手をかけ、サンジが躍りかかった。


「やべェ!! お前ら避けろッ!!」


 ウソップの叫びと三人の頭上が瞬いたのはほぼ同時だった。
 轟音と共に雷が三人に向かい放たれる。おそらくはエネルの仕業だろう。エネルにしてみれば無秩序に降り注ぐ雷に標的を持たせることなど容易い筈だ。
 凶悪な威力を秘めた雷は一瞬にしてクレス、ゾロ、サンジの三人を飲み込んだ。
 もとより重体の三人だ。直撃を喰らって無事でいられる筈がない。
 命運は尽きた。そう思われた瞬間だった。







「「「───なめんなッ!!」」」






 薄れゆく視界、駆け巡る激痛の中でクレス、ゾロ、サンジは最期の意地を見せた。
 斬撃が走り、脚撃が蔓を揺らす。
 完全に切断する事は叶わなかったものの、クレスとゾロによって蔓に深い切りこみが入り、サンジがそれを蹴り飛ばす。
 不動に思われた“巨大な豆蔓”だったが、ぶらりとその姿が震えた。
 しかし───倒れない。
 天地を繋ぐかのような“巨大な豆蔓”は構成される繊維の一本一本が鋼のような強靭さを誇っていたのだ。
 僅かに傾いた“巨大な豆蔓”だったがそれ以上は動くことはなかった。三人の健闘もむなしく終わる。ただ、雷の妨害が入った事だけが悔やまれた。


「そんな……倒れない」

「何でだ、チクショォ~~~~ッ!!」 


 ロビンとウソップが声を漏らす。
 この場にいる人間で蔓を倒せる可能性があったのは、あの三人だけだったのだ。
 三人とも咄嗟に能力を発動させたロビンが受け止め、息がある事は確認したが、もうまともに動けないだろう。
 

 そんな時だった。
 不意に雲の下から何か巨大な物体が激突したかのような衝撃が駆け抜けた。
 それは夢うつつの間に在りし日の思い出を見たウワバミのおかげだったのだが、それを知るものはいない。
 衝撃はロビン達がいる島雲ごと“巨大な豆蔓”を揺らす。
 蔓は更に傾きを増した。しかし、倒れない。
 

 だが、希望は消えてはいなかった。
 蔓の傾きはもはや限界と見えた。
 あと一度、あと一度だけ強い衝撃があれば倒す事が出来る筈なのだ。
 だが、その一撃は絶望的に見えた。
 今一味の中で動けるのはロビンとウソップのみであり、二人の技では威力が小さすぎた。


「何故……てめェらはあの鐘を鳴らそうとするんだ?
 あの鐘はカルガラの意志を継ぐおれ達が鳴らしてこそ意味がある……!! あの麦わらに何の関係があるんだ!!」
 

 懸命に大鐘楼を目指す一味に、ワイパーは噛みつくように問いかける。
 黄金の鐘はワイパー達<シャンディア>の願いが込められた灯だ。部外者がそう易々と踏み入っていいものではない。


「…………」

「放っとけ、ロビン。構ってる暇なんてねェ、あの蔓を倒す事が先だ。
 三人と謎の衝撃で蔓も限界寸前だ!! 後はこのおれの様の“火薬星の舞い”を炸裂させることによりヤツは大きな悲鳴と共になぎ倒される!!」


 特製のパチンコを手にウソップは“巨大な豆蔓”へと駆けていく。
 ワイパーが引きとめるために声を張り上げようとしたが、ロビンの声がそれを遮った。


「400年前……青海である探検家が「黄金郷を見た」とウソをついた。
 世間は笑ったけど、彼の子孫たちは彼の言葉を信じ今でもずっと青海で“黄金郷”を探し続けている。
 “黄金の鐘”を鳴らせば“黄金郷”が空にあったと彼らに伝えられる。麦わらのコはそう考えてるわ。
 素敵な理由じゃない? ───ロマンがあって。普通なら脱出の事だけを考えるのに……どうかしてるわ」


 語るロビンと、耳を傾けていたワイパーの背後で大きな爆発が起こった。
 雷の直撃だ。降り注ぐ雷は森を焼き、爆風が辺りに駆け抜ける。
 前方ではウソップが懸命に奮闘しているが、蔓は揺るがなかった。


「……そいつの、……その子孫の名は……?」


 震えるような声でワイパーは問いかける。
 ロビンは答えた。


「モンブラン・クリケット」

「ならば……400年前の……!! ───先祖の名は、ノーランドか?」


 それは如何なる奇跡だったのだろうか。
 時を経ても、他人から後ろ指を指されようとも、彼の子孫はこの地を求め続けていたのだ。かつて共に過ごしたこの“大地”を。
 カルガラとノーランド。
 如何なる因果の下か、空を目指した青海の海賊の手によって400年間巡り続けた二人の意志はこの場で結ばれた。
 知らずワイパーの両頬に雫が伝っていた。


「礼を言う」 
 
「……えっ」


 ロビンに礼を言い。アイサの頭を乱暴に撫で、ワイパーは駆けた。 
 かつてこの地には無かった巨大な天の楔に。
 奮闘するウソップを追い抜き、降り注ぐ雷を潜り抜け、そして最後まで足掻き続ける“巨大な豆蔓”の下へと辿り着く。
 そしてその蔓に向けて、ボロボロの左手を突きたてた。
 心臓が爆発的に鼓動を放ち、やけに息が切れた。
 もしかしたら身体は予感していたのかもしれない。ワイパーがこれから行う荒行とその結末を。
 だが、知ったことかとワイパーはそれらを無視する。
 これは願いだった。
 シャンドラの戦士であり、大戦士カルガラの血を引く子孫であり、かつて彼らの物語に想いを込めた自分自身の。
 だから、引く気など欠片も無かった。
 左手に仕込んだ切り札の“ダイアル”。
 ワイパーは戸惑いも無く、その殻長を押した。



「排撃(リジェクト)!!」



 “衝撃貝”のゆうに十倍。
 その威力故に使用者までをも破壊する諸刃の剣。  
 そこに込められた圧倒的な衝撃が“巨大な豆蔓”に駆け抜けた。
 あまりの威力に蔓は“排撃”を起点としてはじけ飛んだ。


───折れろ……!!


 反動により大きく後ろに弾き飛ばされたワイパーは強靭な意志により、その行く末を見つめる。
 

───折れろ!! “巨大な豆蔓(ジャイアントジャック)”!! 


 駆け抜けた衝撃は"巨大な豆蔓"を支えていた最期の均衡を破壊する。
 メリメリと繊維が断裂する音を断末魔のように響かせ、地響きと共に“巨大な豆蔓”はエネルが乗る方舟に向け倒れ始めた。






◆ ◆ ◆
 
 

 
 

「傾いて来た……! しっかり掴まってなさいよ。
 ───“憤風貝”の『最速』ってまだ出した事無いのよね。だって私でも制御しきれないもん……!!」


 ナミは張りつめた鼓動と共に“憤風貝”のエンジンを臨界寸前まで吹かした。
 始めは空島からの脱出を提案していたナミだったが、ルフィの意志と逃げられないという状況に腹を括った。
 これから行うのは“巨大な豆蔓”を台に見立ててのクレイジーな大ジャンプ。しかも目的地は方舟で待ち構えるエネルの下だ。
 ルフィに身の安全を保障させたものの、無事でいられる可能性は少ないのは当然分かっていた。
 ナミは恐怖に震えそうになるのを、口元に勝気な笑みを浮かべて必死にごまかす。
 大丈夫……仲間を信じようと。


「ルフィ!! 行くわよッ!!」

「思いっきり頼む!!」

「ОKッ!!」


 ナミは手加減無しで思いっきりアクセルを踏み込んだ。
 瞬間、後方のエンジンが暴風と共に、爆発的な推進力を生んだ。
 急加速するウェイバー。ナミとルフィに急激な重力が襲いかかり、思わず身体がのけぞった。不愉快な浮遊感が全身を駆け抜け、思わず叫びそうになる。
 だが、それらを必死に飲み込み、ナミはぎゅっとハンドルを握りしめ、暴れ回るウェイバーを制御する。
 徐々に傾いていく“巨大な豆蔓”。その上をナミとルフィを乗せたウェイバーは爆走する。
 タイミングは完璧だった。
 カタパルトの上を走る弾丸のように、二人は真っ直ぐに加速し続け、ピッタリとその狙いをエネルの乗る方舟に定める。
 そして前方に射出口である“巨大な豆蔓”の先端が見えた。 


「やれやれ、せっかちな者共だ。何故“雷迎”の完成を待てない。
 仕方ない。ここへ近づけぬよう少々“大地”を砕いておくか……」


 自身へと向かい来るルフィとナミを阻むため、エネルは空を覆う雷雲から一斉に雷を放電させた。
 ───“万雷(ママラガン)”。
 雨のように降り注ぐ雷が全て、"神の島"に集中する。
 エネルは蔓を根元から沈める気だった。蔓が地盤を失えば、もう二度とルフィ達がエネルの下へ近づくことは出来ない。
 降り注ぐ雷は雲を穿ち、シャンディアの遺跡を崩壊させた。森ではあちこちから火の手が上がり、動物たちが逃げ惑う。
 エネルは自身の力は全てを圧倒すると信じて疑わない。
 だがそんなエネルに、下方から“声”が聞こえて来た。


「ムダだ……エネル。お前には落とせやしない。
 シャンドラの地に生きた誇り高い戦士たちの歴史を……!! どこにあろうと力強く、生み出し育む、この雄大な力を!!
 お前がどれだけの森を燃やそうと……どれだけの遺跡を破壊しようとも……ッ!!」
 

 もう立てる筈の無い身体でワイパーは言う。
 誇り、知らしめたかった。
 その壮大さを。雄大さを。
 いつもそこにあり、力強くもやさしく全てを見守るその偉大さを。 
 だから、叫んだ。



「───大地は負けない!!」




「ヤハハ……。なんだ、下から戯言が聞こえるぞ」


 ワイパーの叫びをエネルは戯言と蔑んだ。
 いくら勇壮に吠えようとも、今に全てが砕け散る。降り注ぐ猛威に“大地”は悲鳴を上げる。


 ───だが、どこまでも大地は不動だった。


 如何なる猛威に晒されようとも、常にそこにあり続け生き付く全てを母なる大地は見守る。
 “大地”を巡り、戦いあった人々は一様に悟った。
 もとより大地は奪いあえるようなものでは無かったのだ。
 400もの歳月をかけてもなお、何故人々はその過ちに気づかなかったのか。今はただそれだけが悔やまれた。


「行け……麦わら」


 不動の大地に支えられた蔓はエネルの方舟に向けて倒れる。
 その先端から、空にいる者達の希望を一身に背負った姿が飛び出した。



「黄金の鐘を渡せェ!! エネル~~~ッ!!」



 ナミが操るウェイバーに乗り、ルフィは真っ直ぐにエネルの下を目指す。
 エネルはそれを見て、砕くことの叶わなかった大地に苛立ち。これ以上は付き合いきらないとうんざりした様子で空に浮かぶ生成途中の“雷迎”に指示を出す。


「国ごと消えろ!!」


 空に浮かぶ“雷迎”が“神の島”へと向けてゆったりと下降し始めた。
 空にいる者達は言葉も無くそれを見上げる。それはまさに神話における滅びの一幕だった。


「ナミ、ありがとう。絶対無駄にしないから」
 
「えっ!? ダメ!! その中は気流と雷の渦よ!! あんたでもどうなるか分からない!!」


 この場にいてルフィが向かったのは、エネルの下では無く“雷迎”であった。
 ルフィはナミを近くに浮かんでいた島雲の上に避難させ、目の前まで迫っていた“雷迎”の中へと臆することなく入り込んだ。
 

「うおォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 "雷迎"の中でルフィは異常な雷電に晒された。それだけでは無い。ナミの言う通り中は気流が渦巻き擦れ合いまるで天然のミキサーのようだ。
 だが、それでもルフィは“雷迎”の中心まで真っ直ぐに突き進んだ。


「ゴムゴムの花火“黄金牡丹”!!」


 ルフィは“雷迎”を中からがむしゃらに殴りつけた。
 腕に取り付けられた黄金があちこちを乱舞する。ゴムの腕によって描かれたのはまるで牡丹のように複雑な軌道。
 黄金は電気の誘導に優れた金属だ。それを雷雲の中で振り回せばどうなるか。
 ルフィの腕に取り付けられた黄金はあちこちで“雷迎”を形造る雷雲に不和を生じさせる。
 “雷迎”は悲鳴を上げるように異常な幕放電を繰り返し、そしてその表面にだんだんと亀裂が入り始めた。


「なに……中で放電しきる前に落とせばよい事!! 全て消し去れッ!!」


 エネルはルフィという不和を飲み込ませたまま“雷迎”を“神の島”まで落下させる。
 落ちゆく絶望は確実に人々の頭上へと迫っていた。

 雷迎が落ちるのが先か。
 ルフィが雷迎を消し去るのが先か。 

 この両者の力関係は危うい均衡を保っているようにも思えた。
 わずかな違いが、結果を違える。
 まさに、───神のみが知るという状況だった。

 

 人の力ではどうしようもない事態に、空に住まう天使たちは誰も彼もが自然と祈りをささげていた。
 絶望の淵に立たされた人々はどこまでも無力だった。この行為に意味などはないのかもしれない。
 だが、それでも何かが変わるのかもしれないから。この状況に救いの手が差し伸べられるかもしれないから。
 だから祈らずにいられなかった。


 ───どうか奇跡をと。




「晴れろ~~~~~~ォ!!」


 ルフィの咆哮が轟く。
 同時に、空を覆っていた“雷迎”が消し飛んだ。
 消えた“雷迎”により、遮られていた陽光が空島を照らす。その光に誰もが救いの光を見た。
 

「バカな……ッ!!」


 そしてエネルの顔に驚愕が浮かぶ。
 奇跡はルフィを選び、神を名乗る男には訪れなかったのだ。



「鳴らせェ、麦わら!! シャンドラの灯を!!」

「聞かせてくれ小僧……“島の歌声”を!!」



 ワイパーとガン・フォールは光の向うに黄金の輝きを見た。
 今こそが、鐘を鳴らす時だった。
 大戦士カルガラがたった一人の大親友への思いを込めた鐘の音。
 空に誘われ、多くの天使たちを魅了した島の歌声。
 その意味を。その存在を。天の彼方まで届くように、どこまでも遍く示すのは今なのだ。




「じゃあな!! お前ごと鳴らしてやるッ!!」


 ルフィは悔しげに歯を噛みしめるエネルに向けて、黄金の拳を構えた。
 ゴムの腕は後ろに伸ばされ、限界寸前まで捻じれている。
 ルフィ、エネル、そして方舟。その直線状に黄金の鐘はあった。


「おのれ“雷迎”を……青海のサルが……ッ!! 不届き者めがァ!!」


 エネルの全身が憤怒と共に雷となって爆ぜた。
 

「MAX2億ボルト!! “雷神(アマル)”!!」


 莫大な雷によって、エネルの姿が巨大化する。
 その姿は憤怒の雷神。ただそこにあるだけで、強烈なエネルギーが迸り大気が鳴動する。


「なんじゃありゃ!?」

「貴様が鳴らすだと? 黄金の鐘をか!!
 もう一度鳴った時に戦いの終焉を知らせるという、そんな言い伝えに縋ろうと言うのか!!
 我は神なり!! たかが<超人系>の一匹、この<自然系>の力によって叩き潰せんわけがない!!」
 

 巨大化したエネルの腕から雷が迸りルフィを飲み込んだ。
 だが、何度やっても同じ事だ。ルフィはエネルにとっての天敵。
 如何に最強種の<自然系>であっても、ルフィがエネルの力に屈する事はない。


「神だ、神だとうるせェな!! 何一つ救わねェ神がどこにいんだァ!!」


 ルフィは雷でできたエネルの腕の上を駆けた。そしてそのまま走り込み、エネルの頬を強烈に蹴りつける。
 頬を襲った衝撃にエネルの姿勢が大きくのけぞる。
 だが、ギロリとエネルの憤怒の視線がルフィを射抜いた。同時にルフィは苦悶を漏らす。


「ホウ……器用に支えたな。串刺しにならんとは……」


 ルフィの背にはエネルの電熱の矛が突き刺さっていた。
 しかも後ろに伸ばした腕のせいで、ルフィの身体はぐいぐいと後ろに引っ張られ、矛へと食い込んで行く。
 しかれど、矛から逃れたとしても空の上でルフィに待つのは転落だった。


「ここまでよくぞ登って来たな。
 だが、ここまでだ!! お前も、この国もな!! 私がいる限り“雷迎”はまた出来る!!」


 嗤うエネルをルフィは睨めつける。
 そして気合と共に、背中に突き刺さっていた矛を引き抜いた。
 

「転落を選んだか!!」


 法則に従いルフィはエネルの下から転落する。
 

「ルフィ!!」


 空に浮かぶ島雲からナミが叫んだ。 


「ナミ!! そこどいてろッ!!」


 ルフィの腕は力強くナミがいる島雲を掴んでいた。
 ゴムの腕が伸び、その弾性によって縮む。そして、ルフィの身体は再び上空へと舞い上がった。


「ゴムゴムのォ~~~~~ッ!!」


 そして再び振り出しに戻った。
 ルフィは黄金が取り付けられた腕で、エネルごとその向うにある鐘を狙い、エネルは両腕に構えた矛でルフィを串刺しにせんと待ち構える。


「また繰り返すのか。いつまで続ける気だ?」

「鐘が、鳴るまでッ!!」


 限界まで引き絞ったルフィの腕が今か今かと解放の時を待ち軋みを上げた。
 空中という不安定な空間で、ルフィは野性的な運動センスによって体勢を制御する。
 顎が砕けんばかりに奥歯を噛みしめ、噴き上がるような気合と共にエネルに向け腕を叩きつける。 



「───黄金回転弾(ライフル)!!」
  


 ルフィの腕から放たれた拳は、まさに黄金の暴風だった。
 高速回転する拳はうねりを上げ突き進み、辺りに烈風を撒き散らす。
 ルフィの拳を“心綱”により待ち構えていたエネルはその圧倒的なスピードに瞠目した。
 咄嗟に黄金の矛を交差させ、拳を受け止めようとするも何もかもが手遅れだった。
 拳に矛が触れた瞬間に許容しがたい衝撃が全身に駆け廻り、肉体はその狂的な精神ごと砕け散った。
 

「ウウウ───ッ!! あァアアアアアアアアアアアアア!! とどけェ~~~~~ッ!!」
  

 ルフィの拳は止まらない。
 エネルに拳を突きたてたまま方舟の上部を突き破り、その背後にある黄金の大鐘楼へと至り、そして───誰もが望んだその鐘を打ち付けた。
 

 鐘楼が大きく揺れる。
 中心に取り付けられた黄金の塊が振り上がり、誇らかに降り落ちた。
 黄金同士がぶつかり合う。その衝撃によって生まれた響きは、御椀形に作られた全体に沁み渡る様に伝わり、一気に解き放たれる。


 どんな鈴よりも軽やかに。
 どんな銅鑼よりも荘厳に。
 身体を震わせ、心を震わせ、霊魂までをも震わせる。
 
 鐘は400年もの沈黙を破り、やさしさを注ぎ満たすように、人々に歓喜と祝福を告げた。



───おっさん、サル達、聞こえるか? “黄金郷”はあったぞ。 



 どこまでも高らかに鳴り響く鐘の音を聞きながら、ルフィはジャヤで出会ったクリケット達の事を思った。
 鳴り響く鐘の音はきっと彼らに“黄金郷”の存在を知らせてくれる。
 彼らの追い求めたロマンは間違いなんかじゃなかった。ノーランドはウソつきでは無く、誇るべき男だったのだ。
 ルフィはありったけの感情を込め叫んだ。
 

───400年間ずっと“黄金郷”は空にあったんだ!!
 
 
 
 透き通る様に晴れ渡った空の中で、落下するルフィは大切な麦わら帽子を落とさないように押さえこんだ。その姿は陽光に照らされ、影をつくる。
 空から見ればどうということはない小さな影だ。だが、それは雲を抜け、青海を覆った霧に照らされた。
 その姿をルフィは知らない。だがそれは誰かの目にとまっていた。





 鐘の音は、去る都市の繁栄を誇る“シャンドラの灯”。
 戦いの終焉を告げる“島の歌声”。 
 400年の時を経て鳴る“約束の鐘”。

 浮寝の島の旅路は長くも、遠い旅路は忘れ難し。

 かつて人はその鐘の音に言葉を託した。
 遠い海まで届ける歌に誇り高い言葉を託した。



 「─── おれたちは、ここにいる ───」













あとがき
何とか書ききることができました。
強引に終わりまで持って行った感が否めませんが、とりあえずは集結です。
始めはクレスにはルフィのサポート役にでもしようかなと思っていましたが、それだと何だかアラバスタの二番煎じになりそうだったのでやめました。
最終は原作通りで終わりましたが、ご容赦ください。色々考えたのですが、無理でした。
次回から空島脱出~デイビーバックファイト編ですね。オリジナルになるかもしれません。
がんばりたいと思います。ありがとうございました。




[11290] 第十五話 「鐘を鳴らして」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/08/10 12:32
 空における戦いは終結する。


 “神”という恐怖が去り、人々は歓喜にわいた。
 戦士たちは訪れた平和に武器を置き、逃げ惑っていた人々は次々に帰還する。
 人という力は強い。無残に破壊された空島であったが、もう既に復興の未来を描き始めている者もいた。
 
 よい未来を。
 人々の願いは一つだ。だが、また問題が起こる可能性はある。
 エネルの手によって空の者たちの居住区であったエンジェル島は破壊されており、同じくシャンディアも“雲隠れの村”を壊された。
 暫くは共に“神の島”で暮らす事となるだろう。
 400年にも及ぶ諍いの亀裂は深い。また争いが起こるかもしれない。

 だが、きっと大丈夫。

 人々は“大地”の偉大さを知り、“島の歌声”をその耳で聞いた。
 そんな彼らならば、きっと手を取り合い生きていける筈だった。

 そして“大地”はそんな彼らを歓迎し、祝福するだろう。
 大地は誰も拒むことはない。ただ等しくそこにあるのだから。












第十五話 「鐘を鳴らして」












「……一件落着だな」


 チョッパーによる処置を受け、包帯を巻いた姿でクレスは呟く。
 
 時刻は宵。澄んだ夜空に見事な満月が浮かんでいる。
 “神の島”での死闘を終え、しばらくの時間が経った。
 ルフィの手によってエネルは倒され、神の軍団はシャンディア達の手により“雲流し”となった。
 シャンディアと天使達もひとまず休戦となり、今は負傷者の手当てに奔走している。
 一味は全員が眼を覚まし、現在夕食を楽しんでいる。基本的に気楽な連中だ。戦いの傷はまだ癒えないが、それでも変わらず騒がしく楽しげだ。


 クレスは軽く息を吐いて自身の状態をもう一度確認する。
 
 ウワバミとの戦いの際に受けた全身打撲。
 カマキリとの戦いの際の焼傷。
 そして三度にも渡るエネルからの雷撃。
 はっきり言って全身ボロボロだった。ほかの一味も皆少なからず怪我を負っていたが、クレスの状態が一番ひどい。

 だが、傷はやがて癒える。大切なのは生き残る事だ。
 生きている限り歩み続けられるのだから。






「ふ~~~食った食った」

「もうすっかり夜だな」


 夕食を終え、満腹のルフィとウソップが腹をさする。
 今晩は怪我人に配慮された胃にやさしいあっさりとしたメニューが中心だったが、基本的にサンジの料理は何でも美味しかった。


「どうする? 舟に戻る?」


 ナミの提案に、ルフィはため息をついた。


「ウソップ、あんなこと言ってるぞ」

「人間失格だな」

「なんなのよッ!!」


 失礼なもの言いのルフィとウソップ。ナミは当然憤慨する。
 だがそんなナミの後ろではゾロとサンジが立ちあがっており、何故か準備運動を始めてる。


「おい、クレス、チョッパー、いつまで座ってんだ」


 ゾロの言葉を受けクレスは、


「たっく……お前らもモノ好きだな。
 そんなんじゃいつまでもガキのままだぞ。大人になれっての。───さて、久々に本気出すか」

「なんでッ!?」

 
 意味不明だとナミの叫ぶ。
 対し、男衆は悠々と広場へと進んで行く。


「何なのよあいつ等!」

「ふふ……クレス、楽しそう」

「う~~ロビン、あんたは私の味方よね」

「男の子ってそういうものよ、航海士さん」






 “神の島”にあるシャンディアの遺跡に、芸術とも取れる巨大な組み木が築かれ、厳かな雰囲気で火が灯された。
 小さな火種は組まれた木々を伝い、一気に燃え上がる。
 その瞬間、大きな歓声が上がった。
 煌々と妖精が歌い踊る様に神秘的に揺らめく炎は、空に住む人々の目を引いた。
 楽しげに騒ぐ青海人に触発され、一人また一人と、その輪が広がる。
 
 青海人が、空の者が、シャンディアが、ウワバミが、雲ウルフが……。
 
 一切の垣根はなく。
 気がつけば誰もかれもがその輪に加わり、騒ぎ、歌い、躍る。
 


「宴だァ~~~~ッ!!」



 楽しげなルフィの声が大地に響く。
 笑い声が木霊し、燃え上がる炎を囲み、打楽器によるビートが人々と共に躍る。
 
 敵も味方も無く。
 くだらない諍いなども無く。だれも戦いを望まない。

 そこにいるのはただ、宴を楽しむ人々だけだ。

 ルフィは肉を両手に躍りまわり、
 ゾロはシャンディアの戦士と飲み比べ、
 しぶっていたナミは“天国の門”のアマゾンとさえ打ち解け、
 ウソップは得意の一発芸で場を沸かし、
 サンジは片っ端から女性を口説きまわり、
 チョッパーははしゃぎまわり、
 クレスは対峙したカマキリと杯をぶつけ合い、
 ロビンは柔らかい笑みを浮かべて楽しげに騒ぐ人々を見守った。


 空の宴はかつてないほどに盛り上がり、人々は疲れて眠るまで騒ぎ続けた。






◆ ◆ ◆






 夜は更け、宴の火は消えた。
 騒ぎ疲れ眠りこける人々の中、珍しく起き出したルフィは息をひそめてナミを揺り起こす。


「おい、ナミ、みんなを起こせ」

「…ん………なに?」


 眠たげに眼をこすりながらナミは身体を起こす。
 ルフィは静かにと口元に指を当て、悪戯小僧のような表情を浮かべる。 


「黄金奪って逃げるぞ……」
 
「えっ!? 黄金!?」

「ばかっ!! 声がでかいッ!!」

「あんたの方がでかいわよ!!」


 思わず声を張り上げたルフィとナミ。
 そんな二人の声にウソップが起きてしまう。


「うるせェな!! 眠れやしねェ!!」


 不快げに拳を降ろすウソップ。


「グヘ~~~ッ!! ウソップが殴ったァ!!」


 拳は運悪くチョッパーに直撃。すやすやと気持ちよく眠っていたのを叩き起こされ、鳩が豆鉄砲を喰らったように悲鳴と共に跳び起きる。


「お! ……もう朝か?」

「ナミさん、おはよー!! あれ!? 朝じゃねェ!!」


 ゾロとサンジも起き出し、まだ空が暗い事に首を捻る。


「なぁに?」

「……うるさいぞ、お前ら」


 そしてロビンとクレスも起きあがり、騒ぎ出した一味に眠たげな眼を向ける。
 一味はまた騒ぎ出し、そのせいで目を覚ました空島の人間に「青海人は宴好き」という認識を植え付けたのだった。







「───じゃ、そういうわけだ」

 
 一味は落ち着いた後、声をひそめて作戦会議をおこなった。
 ルフィはウワバミの腹の中で黄金を見つけた事を話し、それを“奪って”空から逃げることを提案する。
 ウワバミの中へと入るのは、ルフィ、ナミ、サンジ、チョッパー。
 ゾロは方向音痴の為留守番。ウソップは“ダイアル”を手に入れるそうだ。
 クレスは黄金探索に誘われたが、辞退した。
 一味の中では一番探索に長け、ウワバミの中にも入ったクレスだが、明日はロビンと共に遺跡を見て回るつもりであった。
 
 明日で空島は最期になる。
 めったに来る事の出来ない空島だ。思い残すことが無いようにと、一味は互いに頷き合った。






 朝日が登り空島に新たな一日を知らせた。
 人々は次々と起きあがり、精力的に動き始める。


「そういや……悪かったな昨日は。遺跡の探索に付き合えなくて」

「いいのよ、そんな事。クレスが無事でよかったわ」


 クレスとロビンの二人は朝早くから遺跡の調査をおこなっていた。
 海円暦402年。今から1100年以上も前に栄え、800年前に滅んだ都。シャンドラ。
 改めてその雄大さに圧倒される。
 石材を用いての建築術。町のインフラも整っており、当時にしては驚くべき水準の技術を誇っていた。
 栄枯盛衰とは言ったものだが、これほどの技術を持った都市が滅びたと言うのは俄かには信じがたいものだ。
 誇り高きシャンドラの戦士達は、この都市に眠る“歴史”の為に戦い続けたという。
 寂れた都市からはかつての名残を感じられるも、やはりどこか物悲しいものだ。


「……残念だったな、大鐘楼は」
 
「仕方ないわ。……なくなったのならそれで納得がいくわ。
 クレスこそよかったの? 黄金、興味あったんでしょ?」

「"ない"と言ったらウソになんだけどな、お前との約束の方が大事だよ」


 ロビンの言葉にクレスは答えた。
 

「まぁ、今回ばかりは初めから行くつもりはなかったけどな」

「……もしかして、あのウワバミが原因?」

「まぁ、否定はしない」


 憮然とクレスは肯定する。
 今は大人しくなったウワバミだが、まだクレスに対しては敵意を持っている可能性は高い。


「昔から苦手だったものね」

「……動物の方がな」


 昔から動物に好かれるロビンに対し、何故かクレスはとことん動物(特に小動物)に嫌われた。
 嫌われたと言うより、天敵のように恐れられている。
 クレスとしては別に嫌いじゃないのだが、まったくと言っていいほど動物がよってこないのだ。
 昔、ロビンが傷ついた野ウサギを見つけ、クレスが様子を見ようとしたところ、逃げるらともかく死んだふりをされた。
 地味に泣きそうになった。


「……可哀相だったわ、あのウサギさん」

「オレは丸焼きにしてやろうかと思ったぞ」


 ロビンは軽く首を捻り、


「返り血のせいかしら。それとも怨念?」
 
「…………」


 否定はできなかった。
 ちなみに、今は“ヒト”であるチョッパーも本能的にクレスの事を恐れている節があった。






◆ ◆ ◆






 遺跡を回り続け、クレスとロビンが短い休憩をはさんでいた時だった。
 慌てた様子のシャンドラの戦士が、彼らの酋長の下へと駆けこんで来くのが見えた。


「酋長!! 黄金の鐘が見つかったんだ!!」


 その知らせに、シャンディアの人々は大騒ぎとなった。
 黄金の鐘はシャンドラの誇りだ。ルフィとエネル戦闘で青海に落ちてしまったと思われるそれが見つかったと言う事は大変喜ばしい事だ。
 鐘は倒れた“巨大な豆蔓”に引っ掛かっていたようで、シャンドラは総員でその引き上げ作業に向かうらしい。


「鐘楼が……」


 その事を聞き、ロビンは複雑な思いで呟いた。
 求めなければ見つかる事の無い石“歴史の本文”。鐘楼にはそれがある可能性が高かった。
 期待はあった。だが、同時に不安があった。
 “歴史の本文”は今までにもいくつか見つけたが、その全てがロビンが欲するものでは無かったのだ。
 全てを投げ捨てるつもりで探し求めたアラバスタでの≪古代兵器プルトン≫も記憶に新しい。
 空島の“歴史の本文”に関しても同じ事が言えた。過剰な期待は後の絶望を大きくする。


「やっぱり不安か?」


 そんなロビンの心情を読み取ったのか、クレスが口を開いた。
 だが、それ以上は言葉を重ねる事はなかった。
 “歴史の本文”に関してはロビンの問題だ。どのような選択を選ぶかもロビンが決めなければならない。
 クレスはそれを見守り自身の力を持って答える。ロビンもそれは分かっていた。


「……行くわ。着いて来て、クレス」

「了解。なら、行こう」

 
 ロビンは決断を下し、二人は歩を進めた。






 “神の島”の西端。
 倒れ込んだ“巨大な豆蔓”において偶然にも発見された“黄金の鐘”。
 人々はこの引き上げ作業に奔走する。その重量故に難航するかに見えた作業であったが、シャンディアと空の者の協力により速やかに引き上げられた。
 
 
「見るからに誇らしい……」


 シャンディアと空の者は大鐘楼を見上げ、感嘆の息を吐く。
 転落の際に鐘楼の柱が一本が折れてしまったものの、眩く輝く黄金によって作られた巨大な鐘は圧倒的な存在感と共にそこに鎮座していた。
 そこからは豪奢というよりもむしろ神秘的な雰囲気を抱かせる。それはこの鐘に刻まれた“歴史”がそうさせるのかもしれない。
 人々は様々な思いの中、鐘楼を眺め、そしてそこに硬石に刻まれた精緻な文字を見つけた。
 

「これが“歴史の本文”……我らの先祖が都市の命をかけて守り抜いた石……!!」


 人々は刻まれた“古代文字”を眺め、言葉を失う。
 誰もこの文字が記す意味を知らない。だが、その厳粛な雰囲気は言葉なき重圧として人々を圧した。


「一体何が書かれているんです、酋長?」

「知らずともよい事だ。我々はただ───」






「『真意に口を閉ざせ、我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に』」






 
 朗々と女の声が響いた。
 人々は声の方向へと振り向くと、どこか魔的な雰囲気すら漂わせながら一組の男女が歩み寄って来ていた。
 

「お主たちか……」


 その場に居合わせていたガン・フォールが息を吐く。
 男女───クレスとロビンは空の人々が見守る中、"歴史の本文"の前まで辿り着いた。


「何故その言葉を……」

「シャンドラの遺跡にそう刻んであったわ。あなた達が代々これを守る“番人”ね」


 ロビンは静かに酋長に答えた。
 先程の言葉はシャンディアのみに代々伝わる一文だ。それを知っていると言う事は驚くべき事なのだろう。


「ロビン……」

「ええ」


 クレスの言葉にロビンは頷いた。
 そして浅い息を吐いて“歴史の本文”へと眼を向ける。


「まさか……読めるのか!? その文字が!!」


 酋長の言葉をロビンは無言のままに肯定する。
 辺りに何かの儀式のように張りつめた緊張感が漂った。誰もが注目するその中で、ロビンは刻まれた文字を読み上げた。






「───神の名を持つ≪“古代兵器”ポセイドン≫とその在処」






 ロビンの言葉に辺りに波紋のように動揺が広がった。
 読み上げたロビンは口を閉じ、クレスもまた黙り込んだ。
 “歴史の本文”に記された“古代兵器”。アラバスタの≪プルトン≫は記述によれば島一つを消し飛ばしたと言う。
 ここに記された≪ポセイドン≫もまた同じような凶悪な力を有していた。
 ロビンは震える手で拳を握りしめた。
 こんなことが知りたいわけじゃない。知りたいのは“真の歴史”。世界中を探しても何故見つからないのだ。


「……船に戻ろうか」


 クレスの大きな手がやさしくロビンの肩に置かれる。
 慰めの言葉はなかったが、不器用なやさしさが好きだった。
 ロビンは静かに頷き、踵を返した。
 

「おい、アンタ達ッ! その横に彫ってあるのは同じ文字じゃないのか?」


 男の言葉にクレスとロビンは脚を止める。
 ロビンは指差す方向を見て、そこに書かれた“古代文字”を読み、息をのんだ。









   『我ここに至り、この文を最果てへと導く。
                  ─── 海賊 ゴール・D・ロジャー』









「なッ……!? 海賊王だと!?」


 クレスが驚きのあまり絶句する。

 <海賊王>ゴールド・ロジャー。
 富、名声、力、この世のすべてを手に入れた男にして、“偉大なる航路”の最果て『ラフテル』に“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を残した、<大海賊時代>の創始者。
 
 その男がこの空島にやって来ていたことも驚きであるが、“古代文字”を操れると言うのは驚愕すらも通り越し異常ですらある。
 そもそも"古代文字"を解読できるのは今や世界でただ一人、ロビンだけ。読み解こうとするならばオハラの考古学者のように深い知識が必要となる。
 そんな文字を何故彼の海賊王が扱えるのか、疑問は次々と浮かんでいったが、全ては推測の域を出るものでは無かった。


「ぬぅ……ロジャーと書いてあるのか?」

「知ってるのか、ジーさん?」

 
 ガン・フォールはクレスの問いかけに頷いた。


「20年以上前になるが、この空にやって来た青海の海賊である。……なるほど、その名が刻んであるのか」

「……どうやってここへ辿り着いたかは不明だが、消えない証拠はここにあるか」


 そしてクレスは口を閉じ、その隣でロビンは思考を巡らせる。
 新たに生じた“謎”は如何なる“真実”を生むのか。“歴史の本文”を追い世界中を巡ったが、このようなケースは始めてだと言っていい。



「……クレス、“歴史の本文”には二種類の石があるって、話した事あったかしら?」

「ああ、“情報を持つ石”と“その在処を示す石”だろ?」

「ええ、そしてこの石は“情報を示す石”」


 ロビンは情報を整理するように呟きをくり返す。


「……我ここに至り、この文を最果てへと導く」


 謎めいた文章だ。
 短くも力を持った言葉。一言で世界を変えた男らしいとでも言うべきだろうか。
 <海賊王>がどうして“古代文字”を扱えるかどうかはひとまず置いておき、引っ掛かりを覚えたのは、何故ゴールド・ロジャーがここに“証”を残したのかだ。
 自己顕示というものではないだろう。“古代文字”を刻みこんだ時点で、解読できる人間はほんの少数だと分かりきっている。
 おそらく、彼の海賊王は正しくこの“歴史の本文”を読み取ったのだ。そしてここに文章を記した。
 
 “偉大なる航路”を制した海賊王は、最果ての地で何を見たのか。
 最果てへと至る過程において、何を見続けたのか。
 おそらく海賊王は“歴史の本文”の解読に成功している。もしかしたらロビンが求める“真の歴史の本文”に関しても知っているかもしれない。
 
 そしてそこに至る為に、かつて海賊王は───この“歴史の本文”に書かれた文を導いのだ。
 

「まさか、“真の歴史の本文”とは……!!」


 ロビンは雲が晴れるように眼を見開いた。
 自然と動悸が激しくなり、辿り着いた答えに心が震えた。


「ロビン……?」


 心配げに声をかけるクレスに、思考よりも先に身体が動いた。
 

「お、おいっ!!」


 気がつけばクレスに抱きついていた。
 突然のロビンの行動にクレスはあたふたと視線を彷徨わせ、周りの面々が眼を白黒させる。
 普段なら絶対に取らないような行動だが、今のロビンにはどうでもよかった。


「……無駄じゃなかった。私達の旅は無駄じゃなかったのよ」


 嬉しさに涙が出そうだった。
 辿り着いた答えはクレスと共に歩んだ道のりを肯定するものだったのだ。


「そうか……よかったな」


 よくわからないままもクレスはロビンに祝福の言葉を贈った。
 そしてそのまま抱きしめ合い辺りに微妙な雰囲気が漂い始めた時、ガン・フォールがわざとらしく咳払いをして二人を現実に戻した。


「……ごめんなさい、クレス。急に抱きついたりして……」

「あ~いや、気にすることはないぞ。……むしろよかった」


 最期にぼそりと呟かれたクレスの呟きはロビンには聞こえなかった。


「オホン! お主たち少しは場所を選ばんかい。そりゃ、我輩も若いころは……」


 ガン・フォールによる老人特有の自分語りが始まりそうになったが、ロビンは気にせず言葉を紡いだ。
 この文章を理解したロビンには、代々に渡り“歴史”を守り続けた“番人”達に贈るべき言葉があった。


「この“歴史の本文”は役目を果たしているわ」

「役目を……?」


 酋長はロビンに問い返した。
 彼らに課せられてきたのはこの“歴史の本文”を守ることで、それ以外は知る由が無かったのだ。


「世界中に点在する情報を持ついくつかの“歴史の本文”は、きっとそれを繋げて読むことではじめて“空白の歴史”を埋める一つの文章になる。
 繋げて完成する今だ存在しないテキスト。それが“真・歴史の本文”。<海賊王>ゴール・D・ロジャーは確かにこの文を目的地へと届けている───だからもう」

「では……我々はもう、戦わなくてよいのだな……?」


 酋長のは万感の思いで言葉を絞り出す。
 

「先祖の願いは……果たされたんだな……?」

「ええ……」

 
 ロビンはやさしげに酋長の言葉を肯定する。
 海賊王の手によって、“歴史”を守り戦い続けた、誇り高いシャンディアの願いは報われたのだ。


「つまりはロビン、お前も今までに読んだ“歴史の本文”を導く必要があるんだな?」


 説明を聞き、クレスは言葉を為した。
 ロビンは力強く頷いた。


「着いて来てくれる?」

「もちろん。───最果ての地『ラフテル』まで」


 ロビンとクレスは決意を新たにする。
 進むべき道のりはこの世で最も険しいだろう。存在のみが確認されるその島に辿り着いたのは、海賊王の一団のみとされている。
 だが、それでも臆することはなかった。
 

「……時にお前達。たしか、黄金を欲しがっていたんじゃないのか? 
 青海では“大地”よりも価値のあるものだと聞いたが、……この折れた鐘楼の柱をどうだ? 鐘の方はやれんが、せめてもの礼として受け取ってくれ」


 酋長の言葉に、周りから次々に賛成の言葉が上がる。
 それはロビンとクレスにも、一味にとっても思ってもみない提案だった。
 

「いいの? それはみんな喜ぶわ」

「ハハッ……そりゃ、豪気なことだな」


 ロビンは空の者達が贈ろうとしている黄金で出来た柱を見上げた。
 想像もつかないような量の黄金だ。大国の金保有量にも匹敵し、もしくは凌駕するだろう。もし売りさばいたとすれば、莫大な額となる。
 これを見た一味がはしゃぎまわるのが眼に浮かび、口元をほころばせた。


「お主らよ……あの麦わらの少年だが、かつてのロジャーと似た空気を感じてならぬ。我輩の気のせいか?」


 かつてロジャーと会った事もあるガン・フォールの言葉に、ロビンは笑みを作った。


「彼の名は、モンキー・D・ルフィ。私達も興味が尽きないわ」

「“D”……? 成程、名が一文字似ておるな!! ははははッ」

「そう……それがきっと歴史に関わる大問題なの」


 穏やかな表情で言葉を為した。
 ロビンの呟きは温かな風に流れていく。
 クレスと共に乗り込んだのは、どんな荒波も越えていく夢の船。
 そんな予感がしてならなかった。
 





◆ ◆ ◆
  






 クレスとロビンは空の住人の好意を受け取り、大量の黄金と共に集合場所へと向かった。
 黄金を運んでもらった為、多少約束の時間からは遅れてしまったが問題はないだろう。
 暫くするとクレスとロビンを待つ一味の姿が見えた。
 

「お~~~~い!! クレス!! ロビン!! 急げ、急げ!!」


 船長のルフィの楽しげな声が聞こえて来た。
 ルフィをはじめとして他の面々も背中に大きな袋を背負っていて、サンタの持つ袋のようにパンパンに膨らんでいる。
 眼を輝かせながらルフィが背中の荷物を二人に見せる。
 そこには袋いっぱいの黄金があった。


「ほら見ろ、大漁っ!! 金持ちになったぞ!! 船に乗れ!! 黄金奪ったから逃げるぞ~~!!」


 楽しげに声を張り上げ、背中の黄金を自慢するルフィ。どうやらウワバミの中での黄金探索は成功したようだ。
 帰り支度を澄ませた一味を見て、空の人間達が慌て出す。
 

「ん? おい、まさかあいつ等もうここを出る気じゃないだろうな!?」

「おい待て!! お前ら待ってくれ!!」


 騒ぎ出した空の人間に一味もまた慌て出す。
 

「ほら見ろバレた!! ルフィ、てめェのせいだぞ!!
 ロビンちゃ~~~ん!! 早く、早く!! クレス、てめェはそこで足止めでもしてろ!!」

 
 サンジが叫び、


「待て待てと呼ぶのがてめェらッ!! 
 命をかけて遥々来た空島の!! 世に伝説の“黄金郷”!! 誇り高き海賊様が、手ぶらでおちおち帰れるってんだァ!!」


 ウソップが見栄を張る。
 一味は荷物を担いだまま、早く早くとクレスとロビンを手招きする。


「はははっ!!」


 クレスはバカらしさで笑いがこみあげて来た。
 こんなに清々しい気分になったのは何時以来か。この一味に入ってから自分の中で何かが変わった。
 言葉にはできないけれど、それはとても重要な変化だ。
 失っていた何かを見つけたように、足りない何かが満たされたように、温かい充足感と共にそこにある。


「おい、あんた達っ!! このオーゴンを受け取ってくれるんじゃ!?」

「ふふっ、いらないみたい」


 クスリと笑みをこぼしロビンは答えた。
 クレスはロビンと目線を合わせる。どうやらロビンも同じ気持ちだったようだ。


「行くか」

「ええ」


 そして二人は同時に走りだした。
 それを見て一味も一目散に走り出した。後ろでは空の人間が戸惑いの声を上げているのが聞こえる。


「逃げろォ~~~~!!」

「ま、待ってくれ!!」

 
 心地よい風が頬を撫でた。
 逃げると言う事がこれほど楽しいと感じたのは始めてだった。
 心が躍る。今はとても楽しかった。






 嵐のように歓喜を撒き散らし、騒がしさと共に青海の海賊たちは去っていく。
 空に住む人々は、空島から去っていく彼らにせめてもの礼として、鐘の音を届けた。
 どこまでも響く鐘の音は、海賊達を祝福と共に見送った。


 ふと見上げると、目に映る空。
 夢か現か、空の上の神の国。
 遥か上空1万メートル。耳を澄ますと聞こえる鐘の音。
 今日も鳴る。
 明日も鳴る。
 空高だかに鳴る鐘の音が、さまよう大地を誇り歌う。












 第四部 空島編 完結













あとがき
空島編完結です。
最終的には強引に持って行きましたが、ちゃんと終われてよかったです。
最期にクレスがいい目を見ましたが、許してやってください。
実は今回は二本立てです。よければどうぞ。
 



[11290] 間話 「海兵たち」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/08/10 17:43
  
  
  歩き続けよう。
  流れ蠢く時の中で。
  走り続けよう。
  来るべき明日を祝しながら。
 
  後ろは見るな。
  止まってはいけない。
  置き去りにした過去はきっとあなたを掴むだろう。

  時の流れにその身を晒し。
  無常な日々は流れゆく。













間話 「海兵たち」













 “偉大なる航路”『海軍本部』。



「中将!! やはりおられませんッ!!」

「おられませんで済むか!! どこへ行ったんだ、あの人は!?」

「“自転車”がありませんでしたので……おそらく海へかと思われます」

「なっ!? 五老星にすぐに連絡を!!」


 海軍の本部の一室にて、海兵達の声が慌ただしく響いていた。
 事の発端は今朝の事だ。いつものように職務をこなそうと上官の部屋に報告に向かったところ、その姿が消えていた。
 海兵は「またか!!」と頭を悩ませ、どこにいるかとも付かない上官を探し回るはめになってしまったのだ。
 またいつものようにダラけて昼寝でもしているかと思ったが、そうではない。
 今日に限っては本部のどの部屋でも見つからず、こうして大騒ぎをする羽目になっていしまったのだ。


「まったく……あの人は。我々の苦労も考えて下さいよ……青雉殿」


 中将は重い頭を抱え一人ごちる。
 海軍最高戦力である三大将のうちの一人、大将青雉。
 圧倒的な実力とは裏腹に、そのモットーは“ダラけきった正義”と胡散臭い。
 こうして本部を抜けだしたのは何か原因があるのだろうが、いまいち心が読めないので、理由は不明のままだった。


「報告します!!」


 ため息をつきそうな中将の下に、新たな海兵が入って来て、敬礼と共に報告を始めた。


「リーナ諸島近海において、海賊<“泥土”グロップ>の船が現れたとの情報が入りました」


 中将は瞬間的に顔つきを厳しいものへと変化させた。
 <“泥土”グロップ>最近ますます力をつけ始めた海賊だ。この前も凶悪な事件を引き起こし、懸賞金が上げられたのを記憶している。額は確か一億を超えていた。


「現在の状況はどうなっている?」

「既に現場に軍艦が一隻向かわれたとの報告が」

「一隻? どこの部隊だ?」

 
 海兵はどこか憧憬を含んだ声で報告した。


「───アウグスト・リベル少将です」


 その報告に中将は目を見開き、口元に笑みを浮かべてこう言った。


「ならば問題はない」






◆ ◆ ◆






 周囲を威圧するかのような巨大な船。
 禍々しい装飾と、いくつもの砲台が頭を覗かせるその船は<“泥土”グロップ>の海賊船だった。
 そう“だった”のだ。
 目的地だった島は目前。だが、船は一切前に進もうとはしなかった。
 船はいたるところから黒煙が上げ、舵はおろかマストも破壊され、沈むのも時間の問題だった。


「……ぐァ……ッ……おのれェ……!!」


 その船の甲板に虫の息で倒れ込む巨漢の姿があった。
 この船の船長だった<“泥土”グロップ>その人だ。
 虫の息のグロックであったが、驚くほど外傷は無い。その周りに倒れ込む彼の部下も然りだった。
 それもその筈。船長のグロップをはじめ、誰もが襲撃者の一撃のみおいて倒されていたのだ。


「フム……まだ意識があるか。失礼、加減が過ぎたようだ」

 
 グロップの傍に一人の男が不動の大樹のように屹然と立っていた。
 丁寧に撫でつけた白髪交じりの灰色の髪。皺を刻むも溌剌とした顔の左側には巨大な裂傷の跡がある。
 海軍に支給される制服を着こなし、羽織るコートには“正義”の二文字が揺らめいていた。
 男は威厳すら感じさせる声で続けた。


「だが、面倒だね。迎えの船が来るまで大人しくしていてもらえないかね。これでも歳でね、無駄な運動はしたくないのだよ」

「黙れェ!! このオレがこんなところで終わってたまるかァ!!」


 快活に笑う男にグロップは激昂する。
 そして渾身の力を振り絞り、自身の<能力>を発動させた。
 

「いでよ、“泥巨人”!!」


 グロップの身体から突如大量の“泥”が吐き出される。
 そしてその泥は粘土細工のように形を持ち、熔解した鎧を着こんだような巨人の姿を持った。
 <ドロドロの実>の泥人間。グロップは自身が生み出した泥を自在に操る事が出来た。


「これはこれは……」


 現れた巨人に男は目を細めた。
 巨体というのはそれだけで脅威だ。小細工など無く、単純に叩き潰すだけで全てが終わる。


「潰れろッ!!」


 目の前に現れた泥の巨人も例にもれず、グロップの指示に従い男を叩き潰そうとする。
 男の頭上を泥の拳が覆った。
 それを見て、男は淡く微笑する。
 そして武芸の極致とも取れる惚れ惚れするような動きと共に脚を一線させる。



「嵐脚“断雷十字”」



 音はなかった。
 グロップの攻撃が怒涛だとすれば、男の動きは澄んだ水面だった。
 拳を振り下ろした泥の巨人に十字の線が入る。そして静かな時の中でその痕が爆発的に広がっていく。
 遅れて轟音が辺りを駆け廻る。
 グロップの泥人形は四散し辺りに飛び散り、大量の泥が船を汚し、黒ずんだ染みをつける。
 だが、攻撃をおこなった男、そして背中に掲げた“正義”の二文字に一切の曇りはない。


「ば……バカな……ッ」


 グロップはその様子を茫然と見送った。
 目の前の男は理不尽なまでに強かった。懸賞金は一億を超え、今まで“偉大なる航路”の荒波を越え続けたグロップでさえ足元に及ばない。
 隔絶たる差。
 男はグロップに圧倒的な“武”のみでそれを知らしめたのだ。
 そして、ようやくグロップは男の正体を思い出す。
 それは余りに遅く、絶望的だった。
 

「……てめェ、まさか……!?」


 そしてその異名を呼ぶ。



「海軍本部の<武帝>かッ!!」



 グロップは完全に挫けた。その名は海賊達にとって最悪の禁忌となりえていた。
 男はグロップの変化に気がついたのか、柔らかい笑みを浮かべ、慇懃な態度で一礼する。


「如何にも。我が名はアウグスト・リベル。海軍本部で少将を務めさせてもらっている。
 なに、大したことはないさ。ただの老いさらばえた一海兵。その程度に想ってくれても構わない。
 だが、そうだね。非常に残念なことに、もう会うことはないだろう。はじめまして───そして、さようならだ」


 リベルはグロップに向けて拳を構えた。
 先程の澄んだ水面の如き動きとは打って変わり、その動きは噴き上がる火山のように苛烈。
 鋼鉄よりもなおも硬い剛拳がグロップが自由な海で見た最期の光景となったのだった。



「さて、優先するべき私情は済んだが、やはり簡単には尻尾は掴ませてくれないな。
 はてさて、時というものは……やはり待ってはくれないものだ。
 そろそろ本部に戻らないといかん頃かな。クザン君の“感想”でも楽しみに待つとしようかね」


 <武帝>はそう言い、快活な笑みを浮かべたのだった。













 To Be Continued……












あとがき
この話はアラバスタの時のように一度の投稿に納めようと思っていましたが、こう言う形にさせていただきました。

次回もがんばります。ありがとうございました。





[11290] 第十六話 「ゲーム」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/08/26 05:17

 ───しばらく前の話。


 とある島の港において怒号と雄叫びが上がる。
 打ち鳴らされるのは鉄と鉄の打ち合う音。そして銃撃や砲撃の炸裂音。
 戦いの舞台は、狐の船首をした大きな海賊船の上。
 海賊の内乱。
 この時代においては世界中のどこでも日常茶飯事となりえる光景だ。


「てめェ<大鎌>!! <ゲーム>でおれに負けたてめェが、反乱起こすとはどういうつもりだ!!」


 狐の耳のようにセットした髪と鳥のくちばしのような鼻をした小柄な男が怒声を上げた。
 

「負けた? ああ、確かに負けはしたが、お前に従うかはオレが決める。
 速やかな忠誠? ククククク……んなもん知らねェよ。だってよ、オレは確かにお前の船に乗ったが、乗った後は何をしようと自由だよな?」


 そう言いながら、青白い顔の男が身の丈の倍はある巨大な鎌を狐頭の男に突きつけた。
 <大鎌のキュエ―ル>懸賞金は4200万。海軍の調査によれば性質は残忍にて姑息。彼の性質を考えれば反乱などは十八番の部類だろう。


「なァ……そうだろ? 海賊の真価ってのはあんな<お遊び>で決まるもんじゃねェ。
 命を賭けた殺し合い。それで勝ってこその本物だ。クククク……あんなインチキでしか勝てねェてめェにはわかんねェか?」

「ぐぬぬぬぬ……!! 言わせておけばてめィ!! 
 てめェこそ白昼堂々、しかもあらかたのクルーが町に出払ってるとこで反乱起こしやがって!! もう許さん!!」


 狐頭の男は指で狐の形を作るとそれをキュエ―ルへと突きつけた。
 すると合わせた親指、中指、薬指が淡い光を放つ。
 それを見てキュエ―ルは頬を釣り上げた。


「クククク……止めときな。初めは油断したが、もうその手には乗らんぜ」


 キュエ―ルは手に持った大鎌である方向を指した。
 狐頭の男は視線をそちらへと投げかけた。


「イヤン! 捕まっちゃったわ、オヤビン!!」

「ヌゲッ!! ポルチェ!!」 


 そこには部下の一人が拘束されていた。
 その後ろには剣や銃を抜いた<ゲーム>で勝ちとったキュエ―ルの配下だった男達。
 この船に残っていた狐頭の部下は多くはない。数で劣った部下達は劣勢に立たされつつあった。
 顔を歪める狐頭の男に、キュエ―ルが楽しげに笑いかける。


「分かってんな? もしそのビーム撃ったら、部下がどうなるか?」

「汚ェぞてめェ!!」

「汚ェ? なに言ってんだ? 海賊なんだ当然だろ」

 
 キュエ―ルはむしろ誇る様に言い放った。
 海賊とは無法者達の集まりだ。鉄の掟によって禁止された「反乱」もあえて破る者がいるのも頷ける。
 キュエ―ルはおそらく初めからそのつもりだったのだろう。上辺だけへつらって虎視眈々と機会を狙っていたのだ。
 勝つために手段を選ばない。海賊達の世界では「卑怯」という言葉は負け犬の遠吠えだ。戦いにおいては勝ち残る事が優先される。
 ただ、「人質」という手段はルール無用の海賊の世界においてもほめられた方法ではなかった。


「さァて……まずはその腕でも斬り落とすか……!!」

「オヤビンッ!!」


 巨大な鎌を振り上げるキュエ―ル。
 囚われた女が叫びを上げ、狐頭の男が茫然とそれを見ていた、その時だった。



「───!?」



 鎌を振り上げたキュエ―ルの足元に、弾丸の如く飛来した細長い鉄槍が突き刺さる。
 同時に背後でキュエ―ルの配下の者達が一斉に悲鳴を上げ倒れた。
 誰もが驚き動きを止める。そしてその武器に目を向けた。
 武骨な槍。
 細長い鉄塊の先端を尖らせただけという粗野な作りは、武器と呼ぶには余りに原始的過ぎる。
 それは槍というより、鉄作りの<串>とでも言った方が正しいだろう。
 

「ったくよ、人質取らねェと戦えないような雑魚がなに偉そうに能書き垂れてやがんだよ。あァ?」


 鉄串が飛来してきた方向に一人の男がいた。
 額にバンダナを巻きボサボサの髪を逆立て、狼のような野性味あふれる目が特徴的な男だ。背中には先程の鉄串が幾本も収納された鉄作りの筒が揺れていた。
 男は船の欄干から軽やかに跳躍し、その場にいる者全ての視線を集めながらキュエ―ルの前に降り立った。
  

「誰だてめェ……?」


 低い声で誰何するキュエ―ル。
 だが、現れた男はクルリとキュエ―ルに背を向けた。


「おい、この船の船長ってあんたか?」


 無視されたキュエ―ルが何か叫ぼうとしたが、男はキュエ―ルの存在を忘れたかのように狐頭の男へと問う。
 

「そうだが、こんな時におれに何の用だ!?」
 
「いや、お前んとこの奴らに酒を奢ってもらったんだがな、せっかくだし海に出る前に港にいる船長にも礼でも言おう思ったんだよ。
 そしたら、船でドンパチ始めてやがるし、そんでもってオレの船が煽り受けて粉々になってやがるしな。こりゃ、文句の一つぐらい許されるだろと思って来てみたんだがよ」


 男はうんざりした様子でありながらも嬉々として語る。


「そしたら案の定戦いが起こってやがるし、鉄と鉄がぶつかり合う楽しげな音が聞こえるしよ。
 こういう時、部外者ってのは辛いな。だってよ、この戦いはオレが手を出していいものじゃなかった。だって海賊の内乱だろ?
 ぶっちゃけた話、そういうもんは中でケジメをつけるってのが筋だ。ここ最近待機ばっかでつまんねェ思いもしてたが、まぁ自重しようと思ってたんだよ。
 だが、蓋を開けてみればこうして船長サイドが劣勢。まぁ、多勢に無勢だったな。人質まで取られてやがるし。でもこのままだと目的の礼ができねェからこうしてココにやって来たワケだよ」


 そして男は狐頭の男に対し、子供のような無邪気な笑みを浮かべて問う。


「初めは裏切りとか人質とかオレの矜持に反する許せねェ雑魚だとか思ってたが、まァ、もう正直理由なんてどうでもいいんだよ。
 なぁ、暴れていいか? なんなら契約してもいいぜ。用心棒なんてどうだ? その間っつっても……オレの都合が許すまでだけど。まァ、アンタを裏切りはしないと言っておこう」


 男の瞳に闘争という炎が炯炯と鬼火のように燃える。
 いきなりの提案に狐頭の男はポカンと口を開けていたが、男の口上に圧倒され頷いてしまった。
 その瞬間、男が嬉しくてたまらないと哄笑する。


「ハハッ! ハハハハハハハハハハハハッ!! 
 いいねェ!! そうこねぇとな、船長さん!! アンタわかってるよ!! 気に入ったァ!!」


 男は背中の筒から武骨な鉄串を取り出すと、口元を釣り上げる。
 そして散々無視していたキュエ―ルの方を振り返った。
 その瞬間、キュエ―ルは凄まじい程の悪寒に襲われた。
 男の目はまるで飢えた獣のように鈍く獰猛な光を発していた。
 殺気とはまた違う、感情として上げるならば<歓喜>だろうか。純粋、だがそれゆえにどこまでも凶悪だった。
 キュエ―ルが感じたのは巨大な肉食獣に喉元を喰らいつかれていると言うよりも、むしろ肉を食い千切られ貪られている感覚に近い。
 完全に居竦んだキュエ―ルに対し、男は口角を釣り上げて鋭い八重歯を覗かせた。
 

「頼むから、簡単にくたばってくれんなよ。
 最近暇だったオレの鬱憤と、壊された船の恨みもろもろ、全部ひっくるめてとりあえず晴らさせてくれや! なァおい!!」













第十六話 「ゲーム」












 <偉大なる航路(グランドライン)>の魔海にもしばしの平穏が訪れていた。
 世界は透き通るような蒼で覆われ、水平線の彼方では空と海とが混じり合う。
 二つを分けるのは流れゆく雲と、揺らめく波。
 青と白で出来た景色はまるでキャンパスに描かれたかのように単純だが、決して絵具では表現できない何かがそこにはあった。 

 そんな海を一隻のキャラベル船が進む。
 羊頭の船首。風を受け膨らんだ帆には麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。
 海賊<麦わらのルフィ>の船<ゴーイングメリー号>だ。


「なぁ、まだ釣れねェのか?」


 麦わら帽子を被った少年が船の側壁に座り込み力無く釣り糸を垂れていた。
 少年の名前はモンキー・D・ルフィ。この海を統べる海軍によって一億もの懸賞金をかけられた男だ。
 そのつまらなさげな視線の先にクレスはいた。
 

「そんなに簡単に釣れたら誰も苦労しねェよ」


 クレスの手にも釣竿が握られており、釣り糸をなだらかな海の中に垂らしている。
 だがその様子はルフィとは違い、まるで樹木のように不動だった。重く長い大物用の釣竿の先端はまったく揺れていない。
 時折、魚を誘うため餌を動かしているのでそこにいるのが分かるものの、そうでなければ驚くほどに存在感を感じなかった。
 自然との一体。狩人どころか武道の極地のような状態だ。
 そんなクレスの姿と釣竿の先に興味を持って、先程までルフィ、ウソップ、チョッパーの三人がやって来ていたものの、さすがにいつまでも見ていると飽きる。
 ウソップはクレスに倣い船の反対側で自作の釣竿を垂れ、チョッパーは舵とりを引き受けた。そしてルフィはなんとなく釣れそうだと、クレスの傍で釣り糸を垂れた。


「早く釣れねェかな、腹が減ったぞおれは」

「うるさい。誰のせいでオレがこうして釣りをする羽目になってると思ってんだ?」

「……さァ?」

「てめェだよ、はっ倒すぞッ!!」

「だってよ~、あんなに食いもんがあったじゃねェか。いいじゃんかよ、つまみ食いぐらい」

「三日分の食料が消える食い方を<つまみ食い>とは言わねェよ」


 唇を尖らせるルフィに、こめかみをヒクつかせたクレスが答える。
 つい昨晩の事だ。
 それはほんの気の緩みだったのかもしれない。
 いつものように夜寝て、朝起きれば手品のように食料が消えていた。
 消えた食料の中にはクレスが恥を忍んでサンジに頼み込んで作ってもらった甘味もあり、クレスにしては珍しく本気でキレた。
 幸い、防衛策としてサンジがいくつか食料を別の場所に移していたからいいものの、下手をすれば根こそぎ食料が無くなっていた可能性もある。
 下手人のルフィとウソップ、たぶらかされたチョッパーはサンジとナミ(クレスはロビンに慰められたので不参加)にタコ殴りにされ、罰として、メシ抜きが言い渡された。
 そうして消えた三日分の食料を補充すべく、クレスが釣り糸を垂れているのだった。


「いいじゃんかよ~ちょっとぐらい。なァ、またこの前の魚獲ってくれねェか? アレすんげェ美味かったぞ」

「ちょっとだァ~~~? 昨日てめェが食ったプリンをオレがどれだけ楽しみにしてたか知らねェだろ。次やったら魚の餌にしてやるからな。返せオレのプリン」


 一味の食料事情はかなりシビヤだった。
 クレスも自身が食料調達が出来る事を示した時一味が土下座張りの勢いで頭を下げた意味を直ぐに理解した。
 昨晩のような事態はほぼ毎日のように起こり、食料が消えるのだ。船の食料庫にめいいっぱい食料を積みこんでも、予測よりも圧倒的に早く底を突く。
 クレスが海の上でも定期的に食料を補充できると知ってからは更に拍車かかったように感じる。
 

「ハァ……言っとくけどな、食料ってのは食えば消える。補充しても当然無くなる。分かるな?」


 無駄だとは知りつつクレスがルフィに言い聞かせる。
 ルフィは当然だと胸を張り、


「それでもおれは腹が減るッ!!」

「黙れ!!」


 最近サンジと相談し、冷蔵庫の前に本気で罠を仕掛けようか検討している。
 黄金が換金出来たら是非とも鍵付き(とびきり頑丈な奴)冷蔵庫を買って欲しいものだ。
 クレスはため息をつき、釣り糸の先に集中することにした。


「どう? クレス、釣れそう?」


 後方から落ちついた声がかけられた。
 聴きなれた声だ。姿を見ずとも誰か分かる。
 クレスは振り向かず答えた。


「もう少しだな……なかなか餌に喰らいつかない。そっちは休憩か、ロビン?」

「ええ、潮風にでもあたろうと思って」

「そうか」
 

 そしてロビンは階段に座り込んで分厚い本を広げた。

 ほのぼのとした空気が流れる。
 緩やかな風が帆を膨らませ、静かな波の音が聞こえてくる。
 それに混じり聞こえるガチャガチャという金属音はトレーニングをしているゾロ。
 反対側で鼻歌を歌っているのはウソップ。
 舵棒の前では<記録>を覗きこんだナミの声と、指示に従うチョッパーの声が聞こえる。
 そして辺りに漂い始めたいい臭いはサンジの作る昼食だ。
 その臭いにルフィが思わず腹を鳴らし、その音に読書中のロビンが微かにほほ笑んだ。
 そんな時、クレスの釣竿のウキが大きく沈んだ。
 

「───来た」


 僅かに乾いていた唇を厳しく結び、クレスは手に持った釣竿に力を込めた。






◆ ◆ ◆




 
 
 空島での冒険を終え、空島から無事地上へと帰還した一味はすぐさま<記録(ログ)>に従い船を進めた。
 遥か上空1万メートルに位置する島。滅多に行けない空に浮かぶ島は未だに夢のように感じる場所だった。
 少しくらいの感傷も、そして休息も許されそうなものだが、<偉大なる航路>の海はそう甘くはない。 
 ナミの指示に従い、すぐさま荒れ狂う波を切り抜け進んだ。
 そして海の様子が落ちついた時に一味は空島で手に入れた<貝(ダイアル)>と<ウェイバー>を試し、苦労の末手に入れた黄金の山分けに入った。
 お待ちかねの黄金の山分け。手に入れた黄金を換金すれば少なくとも<億>は超える。
 どんなに少なくても一人頭一千万以上は確実に手に入る計算だ。
 クレスを含め、一味は夢を膨らませ、ナミの理不尽な分配方式に度肝を抜かれそうにもなったが、一味は一つの結論に落ち着いた。


「メリー号を修繕しよう」


 仲間は何も人間だけでは無い。
 船もまた共に波を乗り越えた大切な仲間の一員だ。
 本格的に造船ドックに入れて、今までの旅で生じた傷を補修、必要によっては船を強化してもらう。
 一味全員もそれが黄金の最善の使い道に思えた。
 それと同じくしてルフィが一つの提案を出す。


「<船大工>、仲間に入れよう!!」


 メリー号は一味の<家>であり<命>。
 今まではウソップが代用していたが、<船大工>は航海には必要な能力だ。
 一味は稀に出るルフィの核心を突いた言葉に感心し、賛成の声を上げたのだった。






◆ ◆ ◆
 





 メリー号は帆を膨らませながら海を進んで行く。
 航海は今のところ順調だ。
 先程はシーモンキーの悪戯のせいで無風状態で大波が襲ってきたが、何とか逃げる事ができた。
 湿度、気温共に安定してきており、そろそろ次の島の気候海域に入ったのかもしれない。
 

「それにしてもさっきのはなんだったんだ?」


 ウソップが先程大波に襲われた際にすれ違った船に対し疑問を募らせる。
 帆も無く旗も無く、そして異常なまでに船員がイジけている船。船員同士にもまとまりはなく烏合の衆と化しており、意見のまとまらないままに大波に飲み込まれた。
 通常ではありえない光景だ。あの船には、指示を出すべき<船長>すら存在しなかったのだ。
 海戦に負け、様々なモノが失われたと言う訳でもない。なぜなら船には傷痕一つなかった。
 船員の人相からおそらくは海賊だと推測できるが、船には海賊にとって<命>と呼ぶべきモノを何もかも無くしたような船だった。


「……悪い予感がするぜ」

「てめェはいつもそうだろ」


 ネガティブに考え込むウソップにサンジが気にするなと声をかける。
 ウソップが悪い予感を抱えている間にも船は前に進み続け、深い霧で覆われた向うに新たな島の姿が見えた。
 

「へェ……」


 島の姿を確認しクレスが息を漏らした。
 霧のカーテンの向こうに見えた島は見渡す限りの草原だった。木々は少なく、やけに細長い樹木がぽつぽつと散在するのみだ。
 見た限りでは民家も無く、もしかしたら無人の島なのかもしれない。
 だが、それでもこの地は<偉大なる航路>の土地だ。警戒は必要である。


「うお~~ッ!! 大草原だ!!」

 
 しかし、そのような考えなど一切なく、ルフィ、ウソップ、チョッパーは島に上陸し、広がる草原にはしゃぎまわった。
 ナミが注意するがいつものように効果はない。三人は島の奥へと向かって行った。


「どうするんだあいつ等、良かったら見て来てやろうか?」


 行ってしまった三人を指し、クレスは錨を降ろしていたゾロに問う。
 <探索>はクレスの得意分野だ。危険は無さそうだが、万が一という場合もある。 


「ほっとけ、何かあったところで死にはしねェだろ」

「まァ、それもそうか」


 ゾロの言葉にクレスは同意する。
 確かに何かあったところで特に問題はないだろう。
 さて、とクレスは考える。どうやら人気の無さそうな島のようだし、町などもないだろう。
 食料に関しても航海の途中で十分に補充済み。<記録>が溜まるまでどれだけ時間がかかるかは不明だが、しばらくはのんびりしてよさそうだ。
 クレスはとりあえず狩り用具の整備でもしようと考え、そういえばまだロビンの予定を聞いていないとロビンの下へと向かったのだった。 
  





◆ ◆ ◆






 島の探検に出たルフィ達三人はひょんなことから、トンジットという唯一と思える住人と知り合いになっていた。
 トンジットが言うにはこの島の名は<ロングリングロングランド>。見た通り何も無い島で、動植物が身体が長くなるくらいのびのびと暮らしている。
 本来ならばトンジットも円状になっているこの島を集落ごとに移住しながら暮らしている筈なのだが、世界一長い竹馬に乗っていたら気付かれず取り残されたらしい。
 それっきり時間が経ち10年もの間、怖くて降りられず竹馬の上で過ごした。
 何とも間抜けな話だが、孤独に10年もの間過ごしたのだからそれは相当なものだ。
 だが、彼にも救いがあった。シェリーという名の美しい長白馬がずっと待っていてくれたのだ。


「しっかし速ェな、あの馬」


 ルフィが感心したようにウソップ、チョッパーと共にトンジットを乗せ優雅に草原を走るシェリーを眺める。
 スラリとした体型の首の長い白馬は待ち続けた主人を乗せ、広々とした草原を駆けた。
 だが、突如響いた発砲音が白馬を襲った。
 突如襲った痛みはシェリーを混乱の渦に叩きこんだ。シェリーは主人を投げ出し、痛みに草原に転がりのたうつように暴れた。


「おい、大丈夫か!?」

「銃声だ!! 撃たれたのか!?」


 ウソップとチョッパーがシェリーを必死でなだめるトンジットの下へと駆けよる。
 その時、草原の茂みの中から笑い声と共に三つの影が飛び出した。


「フェッフェッフェッフェッ!! その馬はオレが仕留めたんだ!! おれのもんだッ!!」

「お前ら誰だァ!!」


 姿を見せた襲撃者にルフィが怒りのままに声を荒げた。
 

「このおれが誰だって? 知らねェとは言わせねェ!!」


 狐の耳のようにセットした髪と鳥のくちばしのような鼻をした小柄な男。
 フォクシー海賊団船長<銀ギツネのフォクシー>。懸賞金は2400万ベリーの海賊だ。
 その傍にいるのは戦闘員のポルチェとハンバーグ。


「お前なんか知るかァ!! ブッ飛ばしてやる!!」


 だが、ルフィは知らない。


「……おれを……知らない……」

「いやん! オヤビン、落ち込まないで!! ウソですよ、きっと知っててワザと知らないと……」

「ぷっ!! ぷぷぷぷぷぷっ!!」

「こら、笑うなハンバーグ!!」
 

 謎のやり取りを始める三人に怪訝な顔をするルフィ。
 落ち込んでいたフォクシーだったが、立ち直ると臨戦態勢のルフィに向けて三枚のコインを突きつけ言い放つ。


「我々<フォクシー海賊団>!! <麦わらの一味>に対し、オーソドックスルールによる<“スリーコイン”デービーバックファイト>を申し入れる!!」

「いやん! こりない男って素敵です、オヤビンッ!!」

「ぷっ! ぷぷぷぷぷぷぷっ!!」






◆ ◆ ◆






 その頃、沿岸にいるクレス達にも異変は起こっていた。
 狐の船首をした巨大な海賊船が威圧する様にメリー号の側面に向かい停泊し、陸地へと繋いだ巨大な鎖が退路を塞いでいる。
 おそらく相手がその気になれば、メリー号を沈める事は容易いだろう。


「何だお前ら……!!」

「やるんなら降りてこい!!」


 ゾロとサンジが敵船に剣呑な視線を向け、クレスは無言のまま拳を鳴らし戦闘準備を整える。
 だが、敵船の様子は少しおかしい。こうして退路を塞いだにも関わらず、こちらを見下ろすように甲板に立った船員たちは動くことが無かった。


「我々は<フォクシー海賊団>。早まるな、我々の目的は<決闘>だ」

「決闘……?」


 海賊らしからぬ言葉にナミが思わず問い返す。
 ナミの言葉を受け、敵の海賊達は口元に得意げな笑みを作り答える。


「そう、<デービーバックファイト>!!」
  

 初耳なのかナミが疑問符を浮かべた。そんなナミにロビンが説明をおこなう。
 クレスは面倒なことになったと、息を吐く。

 <デービーバックファイト>とは、海のどこかにあると言う<海賊島>でその昔生まれた海賊達のゲームだ。
 よりすぐれた船員を手に入れるため、海賊が海賊を奪い合ったというのが始まりらしい。
 <フォクシー海賊団>が挑んだのは<3コインゲーム>つまりは三本勝負の人取り合戦。なお、気に入るいる船員が居ない場合には海賊旗の印を剥奪できる。
 賭けるのは<仲間>と<誇り>。勝てば得るものがあるが、負けて失うものは大きい。
 航海の途中で見かけた不審な船もそれが原因だったのだろう。


「そんなッ!! 負けたら仲間を取られるの!?」

「ええ。でも勝てば、新しいクルーが手に入る」

「ダメよそんなの!! リスクが大きすぎるわ」


 ロビンの説明を受け、ナミは危険すぎるとゲームの受け入れを断ろうとする。
 だが、それは無駄な事だった。ゲームは船長同士の合意によって開戦する。ルフィが首を縦に振ればそれでゲームが受諾されるのだ。
 クレスは淡々とナミに言った。


「止めとけ、航海士。ゲームを申し込まれた時点でもう遅い。オレ達は戦って勝つしかない」


 これは海賊世界に置いては通常の戦闘とは話が異なる。
 ココで逃げ出せば、海賊を続けるには決定的な汚点の<恥>を背負うことになる。


「どう言う事よ? 今からルフィを止めに行けば……」

「いいや、クレスの言うとおりだ。
 ナミさん、海賊世界では暗黙のルールだ。逃げ出せば大恥をかくことになるぜ」

「いいじゃない、恥かくくらい!!」


 サンジに対しナミは反駁するが、他の人間は首を振らない。
 「恥をかくくらいなら死んだ方がましだ」とゾロ、「右に同じ」とサンジ。
 クレスは多少意見は違うが、ゲームを受ける事自体は反対はしない。戦って叩き潰せばいいだけだ。


「諦めなさい、男ってこういう生き物よ」

「そんな……」


 そしてナミの希望は虚しく、放たれた二発の銃弾によって否定された。
 二発の弾丸は船長同士の合意の合図。
 瞬間、<フォクシー海賊団>が一斉に歓声を上げた。
 この場にいる一味もまた、ナミ以外はそれぞれに闘志を燃やす。 


「さて、やるからには潰すだけだな」


 クレスが呟く。
 相手の海賊団に関しては詳しくは知らないが、おそらく向うはこちらの事をある程度知っている。
 <決闘>とは称されたものの、所詮は海賊のゲームだ。正々堂々なんて話はありえない。
 ルフィの懸賞金は一億。ゾロは6000万。ロビンは7900万。クレスは6200万。
 クレスとロビンの事は知らない可能性の方が高いが、それでも一億と6000万の賞金首相手に<ゲーム>を仕掛けたのだ。よっぽどの自信があるのだろう。
 だが、<ゲーム>が受諾されたと言うならば戦うしかない。相手が邪道ならば、それを上回る力で倒せばいいのだ。



「あァ~うるせェな。何だ、オレが昼寝してる間に何かあったのか?」



 その時、歓声の上がるフォクシーの船の中から新たな声が聞こえた。
 ひどく引っ掛かりを覚える声だ。
 声の主は眠たげにあくびをしながらバンダナを巻いたボサボサの頭をかき、道を開ける海賊達の間を通り甲板へと向う。背中には鉄作りの筒が揺れていた。 
 その姿を見た瞬間、クレスとロビンが目を見開いた。


「お前………ッ!!」


 クレスが発した驚きの声に男は目を向けた。
 その瞬間、つまらなさげな目から一転、目を爛々と輝かせ、天を突くような哄笑を上げた。


「ハハッ!! ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
 そうか……なるほど、そうだったかッ!! こりゃ、おもしれェ!! 最高じゃねェかッ!! ハハッ!! ハハハハハハハハハハハッ!!」


 男は哄笑を続けたまま、ごく自然な動きで背負っていた鉄筒に手を伸ばし、中に収納されていた細長い鉄の塊を掴んだ。
 そして警告を発する事も無く、クレスに目掛けてそれを投擲する。
 一味は一瞬で色めきたった。ゾロ、サンジがすぐにでも動けるように体勢を整える。
 弾丸のような速度で飛来する鉄の塊。見れば細長い鉄塊の先端だけが鋭く尖らせてある。
 武骨な槍。いや、それは槍というよりも<串>と言う方が正しい。
 瞬く間に鉄串はクレスに迫り、その薄肌一枚のところをすり抜けて、背後の地面に突き刺さった。


「眉ひとつ動かさねェとは、相変わらず冷静じゃねェか」

「そう言うお前は相変わらず無駄に好戦的だな。まさか……いや、お前の性格を考えると<偉大なる航路>にいるのは当然か」


 獣のように鈍く獰猛に燃える男の視線と、どこか機械めいた冷たさを感じさせるクレスの視線が交差する。
 知らぬうちにクレスの中で戦意が昂ぶっていた。こうして再会するのは実に10年ぶり。いや、よくぞ10年も巡り合わなかったと言うべきか。
 過去の記憶が一瞬でクレスの中を駆け抜け、そして今と重なり合う。
 疑問は余り浮かばなかった。出会うべくして出会った。そんな気がしたからだ。
 何故か不思議と納得を覚えた心でクレスは言葉を為した。


「……お前が海賊船にいるのはこの際どうでもいい。
 さて、まァ何だ? 10年前の決着でも着けるか───<“串刺し”ハリス>」


 クレスの言葉にハリスは口角を釣り上げ、まるで牙を剥く猛獣のような笑みを見せた。


「旦那には止められてたが、こりゃしゃーないわな。偶然も偶然。運が悪かったってこった。
 ハハハハハハハハッ!! いいねェ、10年越しの戦い。燃えるじゃねェかッ!! なァ、オイ! エル・クレス!!」












あとがき
……出してしましました、ハリス。
コイツを再登場させることは決めていたのですが、悩んだ末にこの場で登場です。
伏線もどきは一応張っていましたが強引感は否め無いような気がします。
とまあ、情けなく皆様に言い訳するのも申し訳ないですので、これからの展開に力を注ぎたいと思います。
ありがとうございました。次もがんばります。




[11290] 第十七話 「昂揚」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/08/29 07:53
 
 沿岸において睨み合う二人を中心として、重く荒々しい風が吹き抜けた。
 指先に力を込め指の骨を鳴らし、浮かび上がりそうな闘争心を抑え込みながら、クレスは機械めいた冷徹な視線で船の上に現れた男──ハリスを見上げる。
 対し、見下ろすハリスの視線は歓喜によって見開かれ、鬼火のように燃える双眸が純粋故に禍々しい殺気をとぼらせている。
 今にも襲いかかってきそうな殺気に反応し、ゾロ、サンジの二人もそれぞれに構えを取った。
 フォクシー海賊団もハリスの行動が予想外だったのか、殺気を撒き散らすハリスに焦り声を上げるが当のハリスはまったく聞いてはいなかった。 


「誰なの、あの見るからにヤバそうな奴は……!?」


 ナミが唯一冷静そうな顔をしているロビンに問う。
 ロビンは普段とは少し違った様子のクレスを視界に納めながら答えた。 


「<串刺し>ハリス。
 10年ほど前に、<西の海>で知り合ったわ」

「知り合い……? じゃあ、何でこんなことになってんの!?」

「知り合った理由が、私達の賞金を狙って来たからね。あの時は、クレスと戦って引き分けていたわ」

「うそッ!? クレスと引き分けって……て言うか、それ碌な知り合いじゃないでしょ!!」


 本来ならばナミの言う通り、クレスとハリスとは敵同士だ。
 だが、二人にとってはその意味も多少異なる。
 クレスにとってハリスは<倒すべき敵>では無く<倒さなくてはならない敵>なのだ。
 10年前に着け損ねた決着を果たすことに戸惑いはない。受け身や護衛では無く、クレスの取っては珍しく、自身から戦いを望む形だ。
 それはハリスにとっても同じで、生粋の戦闘狂である彼にとって<必ず戦いたい相手>にクレスは当てはまる。


「ロロノア、コック、悪いが手を出すな。これはオレの戦いだ」


 クレスの言葉に、ゾロとサンジは一瞬だけ視線を合わせ、


「……勝手にしろ」

「まったく、理由は知らねェが、負けんじゃねェぞ」


 そう言い、構えを解いた。
 普段は見せないようなクレスの表情に、何かを感じ取ったのしれない。
 クレスは二人に軽く礼を言うと、嬉しげな笑みを浮かべたハリスへと言葉を為した。

 
「10年か……考えてみれば、かなりの時間が経ってたのか。相変わらずのようだが、腕は落ちてないようだな」

「寝言は寝て言えや。お前こそ錆ついてやがったら、拍子抜けもいいとろだぞ」


 互いに睨み合う視線を強め、二人の間に今に破裂しそうな緊張が漂った。
 だが、意外なことにハリスは武器を納めると、クルリと背を向けた。


「……どういうつもりだ?」

「いや、なに……10年もたてばオレも立場が変化したってとこだ。
 てめェとここでやり合うことは万々歳なんだが、そうしちまうと後々困りそうなんでな。───そこでだ、てめェに一つ提案があんだがよ」

「なんだ?」

「せっかくだし、<ゲーム>でやり合わねェか? 話は付けといてやるからよ」












第十七話 「昂揚」












『───開会式を始めまーす!! 静かにしろ、野郎ども!!』


 <デービーバックファイト>の開催が決定し、辺り一帯はまるでお祭りのような様相を呈していた。
 次々と出店が立ち並び、騒がしさを増す会場に大音量のアナウンスが響く。
 フォックシー海賊団によって建てられた壇上には、それぞれの船の船長であるルフィとフォクシーが並び、ゲーム開始に応じて宣誓が行われる。


 一つ、デービーバックファイトによって奪われた仲間・印・全てのものは、デービーバックファイトによる奪回の他認められない。
 一つ、勝者に選ばれ引き渡された者は速やかに敵船の船長に忠誠を誓うものとする。
 一つ、奪われた印は二度と掲げる事を許されない。


『───以上、これを守れなかった者を海賊の恥とし、デービー・ジョーンズのロッカーに捧げる!! 両船長、守ると誓いますか?』


 壇上の上で、高らかにゲームの三ヶ条の確認がなされ、両船長に同意の意志を問う。
 フォクシーは余裕のポーズで、ルフィは出店の焼きそばを食べながら宣言する。


「誓う」

「誓う!!」


 歓声が上がり、誰もが見守るその中で、フォクシーによって三枚のコインが深海のデービー・ジョーンズへと捧げられる。
 悪魔に呪われたジョーンズは今もなお暗い深海に生きていると伝えられ、海底に沈んだ船や財宝は甲板長だった彼のロッカーにしまわれると言う。
 沈むもの全てを自分のものとしたデービーの名から、敵から欲しいものを奪う事を海賊達は<デービーバック>と呼んだのだ。
 これは海賊達にとっては神聖な儀式であり、宣言された三ヶ条を破るならば、速やかにデービー・ジョーンズからの呪いが下るだろう。


『オーソドックスルールによる<3コインゲーム>!! <デービーバックファイト>の開戦だァ!!』






◆ ◆ ◆






「それにしても<ゲーム>で決着をつけようって……何考えてんだアイツ」

「確かにらしく無いわね。彼の性格ならあの場で戦いに発展してもおかしくなかったもの」


 クレスとロビンは先程のハリスの行動に違和感を感じていた。
 海賊同士の人取り合戦にハリスが興味があるとは思えない。戦うならばもっと純粋な戦場を想定していただろう。
 10年という歳月でハリスも多少の変化があったと言うのだろうか。フォクシー海賊団の中には想像以上に溶け込んでいるが、それが理由ではない気がする。
 そのらしくないその行動は僅かに不気味さすら感じさせていた。


「結局理由は不明か……まァいい、勝てば何も問題ない」

「フフ……頑張ってね、クレス」



 開会式が閉幕し、エントリーシートの記入となった。
 <デービーバックファイト>の<3コインゲーム>は「レース」「球技」「決闘」の三種目により行われる。
 競技は数種類あるものの、基本的にその例を漏れる事はない。
 フォクシー海賊団が提示した三競技は、
 
 第一回戦「ドーナッツレース」
 第二回戦「ブラッティペイント」
 第三回戦「コンバット」
 
 出場人数は一回戦は三人、二回戦は四人、三回戦は一人。
 重複とメンバー変更が出来ないため、必然的に一味は全員参加となった。
 一味はそれぞれ悩んだものの、適材適所で決定した。
 
 「ドーナッツレース」はナミ、ウソップ、ロビン。
 「ブラッティペイント」はゾロ、サンジ、チョッパー、クレス。
 「コンバット」はルフィ。


 クレスは始め、ハリスは「コンバット」に出てくると踏んでいたのだが、どうやら違った。
 ハリスの出場種目は二回戦の「ブラッティペイント」。「コンバット」は伝統的に船長同士の争いらしく、妙なところで義理固いハリスはそれに従うようだ。
 始めて聞くゲームなので、クレスは手元のルールブックを読み内容を理解していく。


「………何とも、胡散臭いゲームだ」


 ルールブックを読み終えたクレスの感想はそれだった。
 





 「ブラッティペイント」

 これはいわゆる、的当てゲームだ。
 ただし、<的(ターゲット)>となるのは人間。
 両チーム選出された四名のうち一人はターゲットとしてリング内に立ち、残る三名が相手チームのターゲットを狙い、ペイントボールを投擲する。
 ターゲットとなった敵チームの人間に5つ、頭なら一つボールを当てればゲーム終了。勝利となる。
 また、ターゲットが気絶もしくは死亡した場合も勝利となる。
 なお、外野の武器使用は禁止。反則時は審判により警告もしくは退場が言い渡される。
 簡単に言えばこんなところだった。

 このルールから、始めはウソップが意気揚々と「おれの出番だ」と言って名乗り出たのだが、手渡されたボールを手にして愕然となった。
 相手が手渡してきたボールの重量は一つ約五キロ以上。残念ながらウソップは遠くまで投げられない。
 それならば作ればいいのではないかとの話になったのだが、何でも<マイボール>の使用は禁止ではないが好ましくないらしい。
 何でも、昔酔っぱらった海賊達が砲弾を投げ合った事が競技の始まりで、伝統的に例外なく手渡された<ブラッティボール>が使用されているそうだ。
 ちなみにブラッティなのは直撃して頭が割れたかららしい。
 「別にいいんじゃない?」とナミが言ったが、「鬼!!」「外道!!」と理不尽な勢いで相手側からのブーイングにあった。
 必然的に出場はゾロ、サンジ、チョッパー、クレスの怪力組となったのだった。






◆ ◆ ◆







『さァさァまずは、海岸づたいの島一周妨害ボートレース「ドーナッツレース」っ!!
 手作りボートの木材はオール二本、空ダル3個! それ以外の部品を使っちゃその場で失格。船大工の腕の見せ所だ!!
 なお、司会は私フォクシー海賊団宴会隊長イトミミズ、南の海の珍鳥<超スズメ>のチュチューンに乗って空から状況を報告するよ!!』


 巨大なスズメに乗ったア進行役の軽快なトークが拡張機型電伝虫から聞こえてくる。
 始まってしまった<デービーバックファイト>の第一回戦の競技は「レース」。
 一味からの出場はナミ、ウソップ、ロビンの三人だ。


「……長鼻、お前に言っておくことがある。肝では無く、魂に刻め」




 競技の始まる直前、クレスはウソップを逃がさぬように肩を掴み、一世一代の大仕事を託すような沈痛な顔で告げた。
 

「ロビンを守れ、何かあったらお前を殺す」

「いや、鬼かッ!!」
 
「いいか、たとえお前が鼻だけになっても守り切れ」

「ハッ倒すぞコラァ!!」


 理不尽な物言いだが、クレスとしては心配で仕方がないのだ。
 ロビンの力を信じてはいるが、問題はレースが海の上で行われるというとこだ。
 万が一でもタルボートが沈みでもすれば<能力者>のロビンがどうなるか、考えただけでクレスは海に八つ当たりしそうになる。
 状況が状況の為仕方がないが、念には念を入れたかった。



 ボートの制作が完了し、両チームとも完成したタルボートを海に浮かべ乗船する。
 <船大工>不在の一味はウソップがその場しのぎで作り上げた「タルタイガー号」。残念ながら今にも沈みそうだった。
 対し、相手のフォクシー海賊団のボートは本職の船大工達によって作られた「キューティワゴン号」。おまけにメンバーには魚人とサメがいる。
 はっきり言って一味は圧倒的に不利だ。勝てる可能性は低いかもしれない。


「いやん、沈めてあげる」

「やってみなさいよっ!!」


 スタート地点に並んだ二艘のタルボートの上で、ポルチェとナミが火花を散らす。
 観客達の声援も最高潮に達し、レース開始の合図を今か今かと待ちうける。
 実況役のアナウンサーが超スズメの上からレースについての最終のルール説明をおこない、最後に両チームに向けて迷子防止の<永久指針(エターナルポース)>が投げ渡された。
 そしてカウントダウンが行われ、戦いの火ぶたが切って落とされた。


『レディ~~~~ドーナッツ!!』


 銃声が鳴り響き、スタートの合図を知らせる。
 その瞬間、フォクシー海賊団の船員たちが隠し持っていた銃、バズーカ砲が一斉に火を噴いた。
 放たれた砲弾はウソップ達へと向かい、海に着弾。巨大な水しぶきが上がり、ウソップ達を阻害する。
 <海賊競技>のその意味を察し、ウソップが事前に岸からボートを離す事を提案していなければ直撃していただろう。
 

「な、何よコレ!! 部外者からの攻撃なんて反則よッ!!」


 ナミが叫ぶが、そんなルールはない。
 海賊の世界に「卑怯」という言葉は無く、それはこのレースも同様だ。
 妨害行為は海賊競技の常識であった。


「何か飛んでくるわ」

「えッ……ってオイ!! 岩ァ!!」


 ロビンの声にウソップが空を仰ぐと、巨大な岩が隕石のように頭上を覆っている。
 ウソップは反射的に叫んだ。 


「漕げェ!! 右だァ!!」

「待って、前に進みましょう」


 そんなウソップにロビンが言う。
 命の危機に置いて意見が対立する事は非常に危険だ。
 何を言い出すんだとウソップは泡を食うが、ロビンは冷静な声で言った。


「援護が許されているなら、条件は同じよ」


 その瞬間、空を覆っていた巨大な岩が無数の破片へと切り刻まれ、砕け散った。






『な……な、何だ今のはァ!? 麦わら海賊団、レンジャークレスの攻撃によって、お邪魔攻撃の大岩がいきなり砕け散った~~~ッ!!』

 
 沿岸のフォクシー海賊団達が予想外の事態に口を開けて固まる。
 彼らの固まった視線の先には、無数の斬撃を飛ばしロビン達を襲った大岩を粉砕したクレス。
 クレスはそんな彼らの視線を気にも留めず、大岩を投げた人物に向かって殺気だった視線を向けた。
 
 
「……ぶっ潰す」


 その視線の先にいた人物は事態が理解できていないのか、不思議そうに首をかしげる<魚巨人(ウォータン)>。
 クレスは自身の数十倍はある魚巨人に向けて"月歩"によって一気に加速した。


「あぁ…………………え?」

「鉄塊───」


 クレスは魚巨人の顔の部分まで飛び上がり、その眉間に向けて硬化させた拳を叩きこんだ。


「───“砕”!!」


 体格差は数十倍。
 しかし、クレスにとってはその程度のハンデはゼロに等しい。
 問題は身体の大きさでは無く、相手を打ち倒せる威力を持つ攻撃が出来るかだ。
 クレスが放った拳は、眉間に突き立てられたマグナムの一撃も同義。拳は確実に魚巨人の頭蓋を揺らし、昏倒させた。
 意識を失い、ふらつきゆっくりと倒れ込む魚巨人。崩れ落ちた瞬間、その巨体故に辺りが揺れ、土埃が舞った。
 言葉を失うフォクシー海賊団。


「さァて……次は誰だ?」


 そして土煙の向うから現れたクレスに震えあがった。
 一罰百戒。
 これはいわば抗争時の常套手段だ。
 相手が勢いづく寸前で、自身の力を見せつけその意気を刈り取る。
 一度停止してしまえばほとんどの人間は動く事が出来ない。


「とりあえず……相手のボートでも潰しておくか」


 海賊競技での妨害はお互い様だ。こちらがしてはいけないと言うルールはない。
 クレスは軽く飛び上がり爆発的な勢いで脚を一閃させようとした。
 だがその瞬間、一人の男が嬉々として飛び込んできた。


「おいおい、そうはさせねェよ!!」

「ハリスさん!!」


 フォクシー海賊団から上がる安堵の声。
 同時にハリスの背中から抜き去られた<鉄串>がクレスの心臓目掛けて突き出される。
 クレスはそれを“鉄塊”で固めた腕で逸らし、半身になった姿勢から一気に裏拳を叩きこんだ。
 鈍い音が響き、クレスの拳が止まる。
 拳は咄嗟に抜かれた二本目の<鉄串>に受け止められていた。


「何だ、<ゲーム>でやり合うんじゃなかったのか?」

「そのつもりだぜ? だけどな、そういきり立つなよ。興奮するじゃねェか」

「とんだ暴れ牛だな。剣でも突き刺して大人しくしてやろうか?」


 互いの力が拮抗し、クレスの拳とハリスの鉄串の間でギチギチと不協和音が発せられる。
 クレスは無理やり一歩踏み込み、不意に力を抜いた。


「おおっ!?」


 均衡が崩され、ハリスの体勢がぶれる。
 クレスは見事なまでの体捌きでハリスの背後を取り、一切の容赦なく手刀を叩きこんだ。
 だが、クレスの手刀は空を切る。
 ハリスは体勢が崩れた状態であるにもかかわらず、構わず前に飛び、野生めいた運動センスで身体を捻り、なおかつクレスに向けて抉り込むように鉄串を突き出した。
 

「チッ!」


 クレスはそれを身体を反らし回避。
 するとハリスは突き出した鉄串をそのままの勢いで投げ捨て、突き出されていたクレスの腕を掴んだ。


「ハァッ!!」


 そして猛然と目を見開き、クレスを強引に引き寄せ、もう片方の手に持った鉄串をクレスに向けて叩きこもうとする。
 だが、それとハリスの攻撃を察し、クレスが拳を握ったもう片方の手をハリスに向けて突き出すのは同時だった。
 クレスの拳は確実にハリスを打ち砕く。だが、同様にハリスの鉄串は"鉄塊"ごとクレスを突き破る。
 互いの攻撃はピタリと急所を捉える寸前で止まった。


「いいねェ、やっぱりてめェは最高だよ」

「お前は相変わらずの戦闘狂でうんざりするよ。邪魔だ退け」

「なんだ、そんなにあのネェちゃんが心配なのか?」

「お前には関係ない」

「ま、その通りか。だが、たまには信用してやってもいいんじゃねェか? 付きまとわれるとネェちゃんも迷惑だろ」

「…………」

「ハハッ、怒るなって。だがまァ、てめェがレースの妨害をするならオレも動かないわけにはいかねェな。これでも今はあの船の用心棒やってるんでね」


 その後しばらく沈黙が続いたが、同時に拳と鉄串を引き、二人は目線を合わせたままゆっくりと離れた。
 握っていた拳を解いたクレスが言う。
 

「持ち越しだな」


 鉄串を背中の筒へと収納しハリスが答えた。


「楽しみにしてるぜ」


 ハリスはそのままフォクシー海賊団の方へと歩いて行く。
 クレスは海の方へと視線を向けた。ロビン達の乗ったボートは既に視界の外にある。
 サンジを筆頭に、お邪魔攻撃を行おうとしたフォクシー海賊団の面々は全員強制的に黙らされたようだ。


「まァ……いい」


 クレスはそう呟き踵を返した。






◆ ◆ ◆






 一進一退の攻防を繰り広げた「ドーナッツレース」はいささか不可解な現象によって終結した。
 相手は遠距離攻撃に長けた戦闘員に加え魚人にサメと考えうる限り最悪のメンバーだったが、ナミ、ウソップ、ロビンは見事に奮闘する。
 そしてその末、最後の直線においてリードを勝ち取った。
 だが、後僅かでゴールという瞬間にそれは起こった。


「ノロノロビ───ム!!」


 と、四足ダッシュで疾走するハンバーグの上で、フォクシーの指先から光線が放たれる。
 為す術も無くその光線を浴びる麦わらチーム。その瞬間、身体が、船が、波が、───全てがノロくなった。 
 そして麦わらチームがノロくなったその隙に、相手チームに抜き去られ、そしてそのままレースが終了した。

 第一回戦は一味の敗北だった。






「第一回戦ドーナッツレース、おれ達の勝ちだ!!」


 得意げにフォクシーが一味に宣言する。
 <ノロノロの実>。
 フォクシーは今だ謎に包まれた未知の粒子<ノロマ光子>を自在に発せられる能力を持っていた。
 この<ノロマ光子>を浴びた物体はその他全てのエネルギーを残した状態で“ノロく”なるのだと言う。
 ありえないなどという言葉は通じない。
 理屈はともかく、現実としてそこにあるのだから。


『さァさァ、では待望の戦利品! 相手方の船員一人を指名ししてもらうよっ! オヤビン、どうぞ~~~っ!!』


 進行役が<ゲーム>の勝者に戦利品の指名を促す。
 <海賊ゲーム>の醍醐味。
 勝者は、敗者チームから好きな人物を一人、仲間として引き入れる事が出来るのだ。
 フォクシーがにんまりと一味を見渡す。
 
 船長、
 剣士、
 航海士、
 狙撃手、
 コック、
 船医、
 考古学者、
 レンジャー、

 一味は少数ながらも質の高い船員の集まりだ。フォクシーから見れば宝の山に見えるだろう。
 急かすようにフォクシーの音楽隊が小太鼓を鳴らし、一味の不安が高まった時、フォクシーは欲しい船員を指差した。



「船医トニートニー・チョッパー!!」



 指名されたチョッパーは速やかにフォクシー海賊団サイドへと連れて行かれる。
 チョッパーは助けを求めたが、一味が手を出すことは出来ない。チョッパーはこれからフォクシー海賊団に忠誠を誓わなければならないのだ。
 

「チョッパー!!」とルフィ。

「あの野郎狙いはチョッパーだったのか。……確かにアイツは珍獣の中の珍獣」とサンジ。

「かわいいモノマニア!?」とナミ。

「毛皮マニアじゃないかしら?」とロビン。

「いや、密売するんじゃねェのか? ……食ってもマズそうだし」とクレス。

「言っとる場合か!! 仲間取られたんだ、こりゃシャレにならねェんだぞ!!」とウソップ。


 心配する一味の目の前で、チョッパーは相手チームの熱烈な歓迎を受け、壇上の上の椅子へと座らされた。
 顔には忠誠の証しとしてマスクが着けられ、目じりに涙を浮かべ“元”仲間だった一味を見つめている。
 そしてついに堪え切れず、泣きごとを漏らしてしまう。


「ガタガタ抜かすなチョッパー! 見苦しいぞ!!」


 そんなチョッパーに一人酒を煽っていたゾロが喝を入れる。
 

「お前が海に出たのはお前の責任。どこでくたばろうとお前の責任。誰にも非はねェ。
 ゲームは受けちまってるんだ。ウソップ達は全力でやっただろ、海賊の世界でそんな涙に誰が同情するんだ」


 厳しい言葉だが、ゾロの言うことは正論だ。
 非情な海賊の世界に置いては、どのような結果になろうとも全ては己の責任となる。
 海に旗を掲げ、また掲げられた旗に集った時点で、全ての選択は自身が選ぶべきなのだから。
 

「男なら───フンドシ締めて、黙って勝負を見届けろ」


 ゾロの言葉にぐずついていたチョッパーは唇をかんだ。
 そして溢れそうな涙をこらえ、鼻水を拭き、ドンと男らしく堂々と座りなおした。


「よし!! ───さっさと始めろ、二回戦」


 それを見て頷き、ゾロは腰に下げた三本の刀を揺らしながら次の戦いへと歩を進める。
 威風堂々たるその姿に、敵方のフォクシー海賊団から声援が飛んだ。


「……もっともだ。まだ二戦ある。
 ウチの大切な非常食を取り戻してつりがくるぜ」


 口元から煙を吐き出し、サンジもまた歩み出た。
 ゲームは全部で三回、一度負けた所で問題はない。


「別にいい、勝つべき事には変わりない。それに、やられっぱなしってのは気に食わん」


 最後に闘志を浮かび上がらせてクレスが次のゲームへと進む。
 やるべき事は一つだった。
 


 第二回戦「ブラッティペイント」
 出場者はチョッパーがデービーバックされたため、ゾロ、サンジ、クレスの三人となる。
 四対三。戦闘においては一騎当千の三人もゲームでは話が異なる。
 この差は一味を不利な状況へと追い込むだろう。
 そして懸念されるのはもう一つ。
 

「はっ、三人だとよ。何ならてめェらも抜けていいぞ」


 と、ゾロ。


「いえいえ、てめェらが抜ろよクソ野郎共」


 と、サンジ。


「やる気が無いんだったら抜けてもいいぞ。オレ一人で十分だ」


 と、クレス。
 

 今は三竦みの状態となっていて喧嘩には発展していないが、どう考えてもチームワークは最悪だった。
 


『ここで一発「ブラッティペイント」のルールを説明するよ!!
 フィールドは一つ、ボールはいっぱい制限なし。相手チームのターゲットにボールを5つ、頭なら一つ叩きこめば勝利ッ!!
 そしてターゲット板きれじゃなくて、人間だ!! 両チームまずはこのターゲットとなる人間を決めてくれ!!』


「オレが行こう」


 麦わらチームでターゲットに立候補したのはクレスだった。
 ゾロとサンジは元からターゲットになるつもりは無かったのか、すんなりと承諾された。
 
 クレスの考えではこのゲームは<戦場>と言っても差し支えない事態になる。
 そして、自身の予測が正しければ、相手のターゲットは一人に絞られる。


『おおっと! ココで、我らがフォクシー海賊団の選手の入場だァ!!
 グロッキーリングと並び、無敵を誇る精鋭達に最強の助っ人を加えた最高の布陣!!』


 進行役のアナウンスが響き、フォクシーの海賊団の面々が左右へと割れた。
 その間を歩く人影が四つ。
 周りの歓声を受けながら、そこに乗る四人はゆっくりとフィールドへと歩みを進める。


『さァさァ、まずは皆さんご存じ! ブラッティペイントの申し子三人衆ッ!!
 <殺人ピッチャー>と名高い三つ子達。長男から、アリ―、イリ―、ウリ―!!』


 前方を遮る壁のように現れたのは、クレス達の倍はある巨漢達だ。
 異常に盛り上がった肉体に、やけにピッチリのユニホームと野球帽をかぶっている。
 三人とも鏡で映したようにそっくりで、クレスでは見分けがつかない。


『そして、我らの頼れる用心棒───』


 その時、クレスの周りで音が消え去った。
 目に入るのは歩み寄る一人の男。
 <鉄串>が収納された鉄筒を背負い、その口元に獰猛な笑みを浮かべている。
 視線が交差する。
 
 相手は肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべた。
 クレスも自身の口元が僅かに釣り上がったのを自覚した。


「さァ、死合おうや。エル・クレス」

「望むところだ、<串刺し>ハリス」
 











あとがき
デービーバックファイト編です。
始めハリスを出さずに、グロッキーモンスターズVSゾロ、サンジ、クレスとグロッキー涙目的な話にしようと思っていました。ですが余りにも圧倒的過ぎて止めました。
替わりと言ってはなんですがのハリス登場です。
クレスとハリスがいるので第二回戦をオリジナルにしました。ドッチボール的なものですね。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。





[11290] 第十八話 「偶然」
Name: くろくま◆31fad6cc ID:be9c7873
Date: 2010/09/06 12:51
 ロングリングロングランドの真っ平らの牧草地に白線で引かれた長方形のフィールド。
 中心線も何もない、ただ白い線で外と内が分けられる<枠>のみのそのフィールドの中心に、<ターゲット>であるクレスとハリスが睨み合っている。
 そして、フィールドの外野。
 特製の<ブラッティボール>が入った箱を傍にして、ゾロとサンジ、反対側にはフォクシー海賊団の三つ子達がいた。

 その様子を、心配げに一味は観客席から眺める。
 純粋な強さなら負けているとは思わないが、今回ばかりはそうもいかない。

 内野は枠線内を自由に行動出来る。
 外野は枠線内へと入る事は出来ず、外野同士で<戦闘>を行ってはいけない。
 フィールド使用における基本的なルールはこの程度だ。
 これは同時に、ラフプレイの肯定でもある。


「って、ちょっと待って! 相手の<ターゲット>、串刺しだっけ……あいつ武器持ってるじゃない!?」

「いいえ、この競技で禁止されているのは外野の武器使用よ。内野にまではルールは及んでいないわ」


 ハリスが背中に鉄串を背負ったままなのを見てナミが言うが、ロビンはルールを元に否定する。
 このゲームの特殊性の一つとして、内野の武器使用と戦闘が禁止されていない点だ。
 内野は敵と切り結び隙を作り、外野がペイントボールを投げ込む。
 また、自陣の近くで防御を固め、おびき寄せた敵に外野がペイントボールを投げ込むなども考えられる。

 このゲームで必要なのは、勝つための技術とチームワークだ。


「すまねェ、もうホント後がねェんだ。頼むぞ、チョッパーを取り返してくれ!!」 

「ゾロ──、サンジ──、クレス──!! 頼んだぞー!!」


 ウソップとルフィが三人に声援を送る。


「フェッフェッフェッフェ、どんなに応援してもム~~~ダだぜェ。ウチのチームは、史上最強だからな!!」


 そんな二人をあざ笑いながらフォクシーがポルチェを連れ現れた。
 「何か用か割れ頭」とルフィがフォクシーの心を抉る言葉をかけ、フォクシーが落ち込んだが、ポルチェに励まされしばらくすると持ち直した。


「なによ、アンタまた妨害しに来たの……?」

「いいや、まァこのゲームに関しちゃ、妨害する必要もなさそうなんでよ、おれも観戦に来たってワケよ。フェッフェッフェッフェ」


 ナミに対し、余裕たっぷりに笑うフォクシー。
 だが、実際のところは妨害しないでは無く、妨害出来ないのだ。
 理由はハリスにあった。
 ハリスはどう言う訳か、普段は見向きもしなかったゲームへの参加を希望し、その条件として自身の出る競技の妨害の禁止を打ち出したのだ。
 フォクシーもハリスの強さは知っている。おそらく海賊団全員でかかっても勝てない、そう思わせる程の実力だ。
 そのハリスが競技に出るならば、はっきり言って負ける気がしなかった。
 だが、同時に約束を破れば<鉄串>が己へと襲いかかるであろうことも予想出来た。

 それでもフォクシーは楽観していた。
 自身の誇る「グロッキーリング」のエキスパートである<魚巨人>のビックパンを瞬殺した相手のレンジャー。
 一回戦では度肝を抜かれたが、ハリスさえいれば二回戦は何も問題はない。


「だいたい何だおめェらのチーム、ありゃチームですらありゃしねェ」

「言ってなさい! アイツらだって、試合が始まればちゃんと……」


 フォクシーの言葉にナミが反応するが、チームの様子を見て尻すぼみになる。
 外野のゾロとサンジは何故か乱闘中。内野のクレスは相手の内野と睨み合い、それを無視。
 頭が痛い状況だ。


「あら、でもそちらチームも内野と外野の連係は取れないんじゃない?」


 ハリスの性格を知るロビンが言う。
 戦闘狂であるハリスと連携を取るのは困難だ。
 誰かのためには戦わない。
 たとえ発端が他人にあろうとも、全ては自分の為に戦う。ハリスはそういう男だ。


「はッ、そんなもん百も承知だ。だが、それでもおれたちのチームは完璧だぜ。
 うちの投手陣は負けなしの精鋭達だ。おめェらは精々内野の心配でもしてるんだな」


 フォクシーは自信たっぷりに答えた。
 そう、編成されたこのチームには相手がだれであろうとも勝てはしないのだ。



 









第十八話 「偶然」













『一回戦で奪われたトナカイを助け出せるのか、麦わらチーム!! 
 はたまた再び船員を奪うかフォクシーチーム!!
 激突寸前! 「ブラッティペイント」開始の笛が今鳴るよ!!』


 アナウンサーの声が響き、カウントダウンが為される。


 クレスは浅い息を吐いて、昂ぶる気持ちを落ち着かせた。
 身体は熱く、頭は冷たく。
 相手は<串刺し>ハリス。
 感情のまま戦っても勝てるほどやさしい相手ではない。


『さぁさぁ、皆さん一緒に!! 10! 9! 8!』


 クレスはカウントダウンに合わせて徐々に体勢を前に傾ける。
 ハリスを見れば、爛々と目をか輝かせながら右腕に<鉄串>を構えている。
 体勢は獣の如く低い。
 間違いない、考えは同じだった。


「ああ、そういや言って無かったな」


 カウントダウンの最中、不意にハリスが口を開いた。


「何の話だ?」

「いや、オレがこのゲームを提案したワケだよ。
 オレにしちゃメンドくせェ限りなんだが……まァ、聞きたいか?」

「お前の身の上なんか知るか」

「だろうな。確かにこうやってグチグチ話すんのも面倒なこった。
 まったく、説得なんて回りくどいのも性に合わねェし、話なんてのはてめェをぶっ倒した後でも遅くねェしな。
 んじゃまァ、簡潔に言うけどよ。オレがゲームに勝ったら───」


 ハリスは<鉄串>を揺らし、観客席の一点を指した。
 そこには一味と共に応援席に座るロビンの姿。


「あのネェちゃん貰うから」


 クレスは一瞬絶句した。
 そして暫くした後「……なるほど」と能面のような顔で呟く。


『ピ~~~~~~~ッ!! 試合開始~~~~~っ!!』


 一瞬の後、開始の笛が鳴り響いた。
 第二回戦「ブラッティペイント」の開始の合図だ。


「ぶっ潰す……!!」

 
 クレスの全身が弾丸のように加速する。
 スタートが為された瞬間、クレスは爆発的な速度で地面を駆ける。
 鋼の如く硬化させた拳。
 小細工など一切なく、それを初檄から全力を持って、ハリスに対し叩きこもうとする。
 それと同時にハリスも凄惨な笑みを浮かべフィールドを蹴った。
 

「六式我流───!!」

「───猛串ッ!!」


 一撃必殺。
 互いに一点集中された攻撃は、爆発的な威力を持って相手を襲う。 


「───閃甲破靡ッ!!」

「獅子闘ォオオオオオッ!!」


 拳と鉄串が交差した。
 互いの全力を叩きこみ、均衡。
 その衝撃に、フィールドがひび割れ、大気が歪む。
 

「ハッハァッ!! いいねェコレだよ、コレ!!」
 
「うるさい奴だ、口を閉じろ。今ぶん殴ってやるから」

「減らず口はお互い様だろうが!!」


 ハリスは背中から新たな<鉄串>を抜くと、横なぎに一閃。
 それをクレスは身体を反らし滑り込むようにして回避。そこから身体のバネを生かし思いっきりハリスを蹴りあげた。
 

「嵐脚“断雷”!!」


 クレスの脚が大気を切り裂く。
 引き起こされたのは、凶悪な切断力を持つカマイタチだ。
 

「ラァッ!!」

 
 ハリスは引き起こされた嵐脚と自身の間に強引に鉄串を差しこんだ。
 一瞬鈍い金属音が鳴り、ハリスの持っていた鉄串に嵐脚が食い込む。
 だが、引き起こされた僅かな衝撃を利用してハリスは後ろに飛んだ。


「逃がすかァ!」

 
 後ろに飛んだハリスをクレスが追撃する。
 ハリスもそれに気づき、新たに二本目の鉄串を抜いた。
 新たに拳と鉄串が交差する───そう思われた瞬間、クレスは後ろへと跳んだ。


「チッ」


 小さく舌打ち。
 クレスの眼前を通り過ぎたのは、砲弾を改良したペイント弾。
 投擲したのは相手チームの外野陣だ。今の乱戦でボールを投げてくるとはなかなかの腕だ。


「「「我ら、フォクシー海賊団のピッチャー三人衆。この完璧なシンクロ制球で貴様を逃しはしないッ!! ほおおおおおおおおおォ!!」」」


 なんか三人一緒に喋って来た。
 ピッチリのユニホームのムキムキ三つ子がシンクロすると相当ヒドイ。
 だが、外見は置いておいて相手チームの投球の腕は確かなようだ。


「あん?」


 ハリスも一瞬、動きを止めた。
 どうやらクレスが離れた間にゾロとサンジがペイントボールが投げ込んだようだ。


「てめェ、それはおれが投げようとしてた球だ!!」

「あァ? 妙な言い掛かりつけんじゃねェよ。てめェは球持たなくても頭にあるだろうが、このマリモヘッド!!」

「んだとてめェ、この素敵眉毛!!」


 だが、二発目の投擲には時間がかかりそうだ。
 クレスの外野も相当ヒドイ。
 味方はいない。クレスは最初からそう割り切っている。
 

「っと」


 クレスがハリスと距離を取ったことにより、相手チームの三つ子達は猛烈な勢いでボールを投げ込んで来た。
 重さは五キロ以上はある殺人ボールなのだが相手は軽々と放り投げる。
 その動きはまるでピッチングマシーンのように正確だ。
 そして三人が連携して投げつけてくるので隙も無い。
 自信を覗かせるだけあって、その実力は本物だ。


「いつまで喧嘩してんのよあんた達ッ!!」


 ナミの一喝が入り、ゾロとサンジもまたペイントボールを投擲し始めた。
 フィールドをペイントボールが飛び交う。
 その様子はまさに砲弾の飛び交う海戦だった。


「さすがに……うっとおしい」


 次々と投げられるペイントボールの群れを、クレスは最小限の動きのみで避けていく。
 おそらく、これがクレスでは無くゾロやサンジだったならば、かなりの確率で苦戦したかもしれない。
 だが、“紙絵”を使いこなすようになったクレスにとっては、このゲームは独壇場と言ってもいい。
 それにクレスが昔おこなった六式の修行でも、投げられる石を避けるといった訓練があった。しかもその時は脚に重しをつけられていたのだ。


「剃“葉歩”」
 

 クレスはまるで風に揺らめく木の葉のように、緩急自在に飛び交うボールの中を駆けた。
 剃“葉歩”。
 通常の“剃”とは異なり、全身の体重移動と特殊な脚運びによって瞬く間に“歩く”技。
 

『───<六式>の技は六つ。その全てが積み重さなる』


 かつて教えを受けたリベルの言葉だ。
 六つ全ての技が積み重なり<強さ>が生まれる。
 例えばこの<剃“葉歩”>は通常の“剃”に合わせ“紙絵”の肉体制御が要求される。
 六式の六つ全ての技を極める事は、六式使いにとっては絶対の宿命なのだ。


「ヒュー、やるねェ、確実に強くなってやがる。10年前とは大違いだ」


 飛び交うボールを掻い潜りこちらへと向かってくるクレスを見て、ハリスは素直に称賛の言葉を吐いた。
 ハリスは無造作に鉄串を振り払うと、自身目掛けて飛んで来くるペイントボールを薙ぎ払った。 
 ゾロの剛腕とサンジは脚から放たれるボールは鋭く速いのだが、いかんせん狙いが荒っぽい。
 ハリスの主戦場は敵味方の弾丸が無秩序に飛び交う乱戦だ。この程度なら、目をつぶっても避けられる。
 

「だが、それでいい! てめェが強けりゃ強いほど、それを倒すのをオレは楽しめるってもんだ!!」
 

 飛来するボールの隙をついて、ハリスは両腕に持っていた鉄串をクレスに向けて投擲する。
 放たれた串は大気を切り裂き一直線にクレスの眼前に突き刺さり、爆撃のように地面を吹き飛ばした。
 吹き飛ばされた大量の土砂が礫となってクレスを襲う。
 クレスは瞬間的に上空へと飛び上がった。
 だが、ハリスはそれを読んでいて既に上空で待ち構えていた。


「突き刺し、一昆……!!」


 渾身の力を持ってクレスに振り下ろされる鉄串。
 

「鉄塊“剛”!!」


 クレスはそれを全力の鉄塊を持って待ち構える。
 ハリスの狙いは心臓一突き。
 衝撃が鋭い痛みと共にクレスの全身に走る。
 胸に突き立てられた鉄串は今にもクレスの鉄塊を食い破り貫かん勢いだ。


「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ハリスが獣のように咆哮する。
 このまま地面に叩きつけるつもりだ。
 そうすればいくら頑強なクレスの鉄塊といえどタダでは済まない。
 瞬間的にクレスの腕が蠢いた。


「ハァッ!!」


 硬化されたクレスの拳がハリスの横腹を捉える。
 クレスを突き刺すことに全力を注いだハリスはその拳をまともに受けた。
 衝撃を殺し切れず、ハリスはそのまま横へととばされる。
 そしてクレスも、体勢を立て直すのが遅れ、地面に叩きつけられた。


「クソ……あの野郎やっぱり強くなってやがる」


 地面に投げ出されたクレスだが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
 クレスは全身のバネを使い一瞬で飛び上がった。
 その直後、クレスが居た場所に大量のペイント弾が着弾する。
 外見とは裏腹に相手の外野はなかなか抜け目がない。


『ピピーッ! 麦わらチーム<ターゲット>被弾ッ!!』

「はぁ!?」


 審判のコールに会場が湧きたった。
 クレスは思わず声を上げる。なぜならクレスは一発もボールに当たっていない。
 だが、審判の男はクレスの胸元を指した。
 そこはハリスの一撃によって血が滲んでいた。


「先程そこを球が掠りました」


 完全な言い掛かりであった。
 確かに胸元は赤くはなっているが、これはクレス自身の血だ。
 決してペイント弾のものではない。


「おい、審判、ちゃんと見ろ!!」


 さすがに我慢できなかったのか、サンジが抗議に行った。
 クレスがボールに当たっていないのは周知の事実だ。
 サンジに詰め寄られ焦る審判はしらじらく口笛を吹き始めた。
 激怒するサンジ。だが、審判は一向に取り合う様子は無かった。 
 


 サンジが審判に抗議しているが、試合は止まってる訳ではない。
 審判を殴りとばしたい気持ちもあったが、クレスは次々と投げられるボールを避け続けるしかない。
 ハリスの攻撃によって血が滲み被弾判定としてのいいがかかりの機会を与えてしまった。
 これは下手をすると後四発、頭なら一発、ハリスからの攻撃で出血すれば負けが確定する事になる。


「たっく……余計なマネしやがって。
 そういや妨害はするなとは言ったが、ルールを守れとは言って無かったしな」


 常に気を配っていたハリスの方向から殺気を感じ、予想通りハリスが鉄串を叩きつけて来た。
 クレスはハリスの鉄串を鉄塊で固めた右腕で逸らし防御する。
 ぼやきながらの攻撃だったが、攻撃事態に一切の手加減は無かった。


「別に構わねェよ、良いハンデだ」

「ハッ、そうかいッ!! 言ってくれるねェ。
 公平な戦場ってのは少ないが、もしかして逆境の方が燃えるタイプだったか?」

「さァな……」


 軽口をたたき合い、互いに余裕をアピールする。
 だが、その間にも両者の間で激しい攻防が繰り返される。
 クレスとハリスは多少の違いはあったが、似通った戦闘スタイルだった。
 共に、中~近距離戦闘を得意とし、小手先よりも一撃を好んだ。
 異なるところは、クレスは鉄塊を用いて防御を固めるのに対し、ハリスは負傷を恐れないところだろう。
 この辺りは、逃亡生活だったクレスと、戦暮らしを好んだハリスの差であった。
 

「オラァアアア!!」

「ハァッ!!」


 幾度となく激突し、息を突かせぬままに一撃を加える。
 余人の入いる隙など無い。
 攻撃に牽制など無いに等しい、互いに命を削るような攻防が繰り返される。


「蓮昆───!!」

「───指銃“剛砲”!!」


 流れるようなハリスの連撃。
 一切の牽制は無く、その全てに渾身が込められる。
 クレスはそれを鉄塊で固めた拳を打ち込み全て相殺させていく。


「ハッ!!」

「ラァッ!!」


 互いに無理やりに身体をねじ込み、渾身の一撃を繰り出した。
 クレスの拳がハリスの頬骨を打ち抜く。
 ハリスの鉄串がクレスの左肩を貫いた。


「……ッ!!」


 クレスは身体に走った鋭い痛みを無視して、身体を回転。ハリスの鉄串が弾かれ、抜ける。
 そのままクレスは遠心力を生かした裏拳を叩きつけた。
 だが、それと同時にハリスの鉄串が唸った。


「ぬおッ……!?」 

「ぐッ……!!」


 同時。
 クレスの裏拳はハリスを叩きつけ、ハリスの鉄串はクレスに突き刺さる。


「もう一発ッ!」 


 クレスはハリスに向けて再度鋭い蹴りを一閃させる。
 ハリスもまた攻撃を加えようとしたが、目を見開き、防御に転じる。
 串では間に合わない。そう感じたハリスは身体を捻り、背負っていた鉄製の筒で直接受けとめた。


「……あぶねェじゃねェか」

「勘の良い奴だ」


 鈍い金属音が響いた。
 ハリスの選択は正しかった。身体で受けていれば嵐脚によって切り刻まれていたところだ。
 だが、クレスの勢いは止まらない。
 ハリスに受け止められた脚をそのままに思いっきり振り抜き、ハリスを吹き飛ばした。
 そして追撃を加えようとした瞬間、


「クソ、邪魔すんなッ!!」


 相手チームから放たれたボールがクレスの行き先を覆った。
 続けて幾多ものボールがクレスを阻害し、クレスをその場に留めてしまう。


『麦わらチーム<ターゲット>2発被弾!! 残り2回!!』


 すかさず審判から理不尽か判定が入る。
 クレスは忌々しい思いをかろうじて抑え、叫んだ。


「ロロノア!! コック!! せめて、一発ぐらい当てやがれ!!」
 

 ハリスが吹き飛ばされた方向は丁度サンジとゾロの正面だった。
 

「おれに指図すんな!!」

「てめェに言われなくても分かってるっての!!」


 腕と脚。
 ゾロとサンジからボールが放たれる。
 放たれた二つのボールは奇跡的に真っ直ぐにハリスへと向かった。
 クレスもこれをチャンスと見て、サイドバックから海王類用の網を取り出し、投擲する。


「へっ……こりゃ、危ねェなァ」


 迫る三つの脅威に対し、ハリスは両手に持っていた鉄串を地面へと突き刺した。
 勢いを強制的に殺したことにより、ハリスの身体が静止する。
 ハリスはそこからまるで軽業師のように突き刺さった二本の鉄串を使い飛んだ。
 空を切る二発のボール。
 ゾロとサンジのボールはハリスを捉えられない。
 そしてハリスは空中で新たな鉄串を抜き、クレスが投げた網へと投擲。
 円盤のように回転した鉄串は網に直撃。狙いは完全に逸らされた。


「……やっぱり無理だったか」


 次々に投げられる邪魔なボールを避け続けながらクレスが呟く。
 外野に許されたのは基本的にボールを投げる事だけだ。
 例外的に敵チームの妨害も行えるのだが、それを行ったとすれば間違いなく審判の手によって警告が言い渡される。
 ゾロとサンジの強さにはクレスも一目置いているが、今回に限っては相性が悪すぎる。
 ゾロとサンジではハリスにボールを当てることはできない。クレスがサポートに徹したとしても限界がある。
 この戦いにおいての麦わらチームの勝利条件は、クレスがハリスを倒すことのみだった。
  

「オラオラァ!! 次行くぜ!!」


 飢えた狼のように口元に笑みを浮かべてハリスが疾走する。
 クレスが叩きこんだダメージをものともせずに、まるで何も感じていないかのように向かってくる。
 

「しつこいぞ……戦闘狂が!!」


 クレスは飛んでくるボールを掻い潜り“剃”によって一直線に駆けた。
 右手を開き、それを牙のように立てる。
 対しハリスは両手に持った鉄串を三角を描くように合わせる。


「指銃“咬牙”!!」
 
「角串ッ!!」


 二つの影は一瞬で交錯し、すれ違った。
 クレスの五指からそれぞれに赤い線がたなびき、ハリスの鉄串が赤く染まる。
 ハリスの脇腹、クレスの右肩。抉られた肉体から同時に血が噴き出した。
 しばしの静寂の後、直ぐにボールが飛来。クレスは肩口を抑えながらその場を引いた。
 


『麦わらチーム<ターゲット>被弾!! 残り1回!!』



 審判のコール。
 四度の被弾判定。
 もはや後は無かった。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 観客席からフォクシー海賊団の歓声が上がる。
 一味が必死で声援を送るが、それは余りに無力だった。


「後が無くなっちまったな、なァおい」

「うるさい、黙ってろ」


 ハリスの言葉に対し苛立ちのまま返した。
 クレスとハリスの実力は完璧に拮抗している。 
 このままでは不味いと思いつつも、効果的な一手が打てないでいた。
 残りはもう無い。もう一発も攻撃を受ける事が出来ない。
 状況は最悪だった。


「……ッ!!」


 休む暇も無くクレスは身体を躍らせた。
 フォクシーチームの三つ子達は隙あらば絶え間なくクレスへとボールを投げ込んでくる。
 その表情は固く結ばれているものの、後一発で勝利ということで隠しきらない喜悦が浮かんでいる。
 どうやら勝利自体に喜びを覚えるタイプのようだ。
 

「危険は承知でも、先に潰しておくべきだったか……!!」

 
 ルールには内野が外野に攻撃してはいけないというものはない。
 クレスならば飛び交うボールを潜りながら攻撃する事が可能だ。
 しかし、そうすればハリスに対し決定的な隙を晒すことになる。それゆえに攻撃が取れずにいたのだ。
 だが、もはやそうも言っていられる状況では無くなった。
 外野がいる限り、ハリスの攻撃による被弾判定が入れられてしまうのだ。
 ハリスに無防備な背を向ける事を承知で、腹をくくりクレスが攻撃機転じようとしたその瞬間、



「あ、手が滑った」


 
 そんなわざとらしい声と共に、ゾロの腕から剛速球が放たれた。
 ゾロの剛腕で放たれた重さ5キロの殺人ボールは、真っ直ぐに相手チームの三つ子の真ん中に向かい、直撃した。


「ほあああああああああ!!?」

「「イリ―!?」」


 殺人ボールはクレスを狙っていた事で完全に無防備だったイリ―の鳩尾にクリーンヒット。
 ムキムキマッチョのイリ―だが、余り防御力は無かったようで泡を突いて倒れてしまった。


「……偶然だな」


 慌てて審判が笛を吹く。そしてゾロに対しイエローカードが突き出された。
 偶然を装っての外野攻撃は黙認される事もあるのだが、審判は完全にフォクシーサイドなのでそうはいかなかった。
 三つ子達も始めはその事も考えていたのだが、クレスに手こづりすっかりと失念していたのだ。


「あ~、狙いが逸れた」


 間髪いれず、今度はサンジの脚から放たれた剛速球も真っ直ぐに三つ子の一人に直撃した。
 今度は頭だ。三つ子の二人目は一瞬で気を失ってしまった。


「おぉ悪い。偶然当たっちまった」


 悪びれる様子も無くサンジが言う。
 サンジにもイエローカードが言い渡され、二人とももう一枚で退場となってしまう。


「後一枚で退場だとよ」

「まったく、節穴ぞろいの連中だな。
 クソ剣士はともかく、おれのどこが故意だってんだ」

「バカ言え、おれのどこが故意だ」


 ゾロがボールを掴み上げ、サンジは足元に置いた。
 相手チームの外野は二人が倒れ、最後の一人が焦った様子で仲間を揺り起こそうとしていた。


「おいコック、おれがこれを投げて相手に当たっても偶然だよな」


 ゾロが首の骨を鳴らしながら言った。


「なら、おれが蹴り飛ばしたボールが相手に当たっても、偶然だな」


 煙草を吹かしながらサンジが答える。
 二人は鋭い視線で残る一人を睨み、ゾロとサンジは同時に腕と脚を振りかぶった。


「「偶然だ」」


 同時にボールが放たれた。
 ゾロのボールは相手チームの外野へ、サンジのボールは理不尽な判定をくり返す審判へ。
 余り気が長い訳では無い二人にとっては苛立ちは限界だった。
 放たれた二発のボールは吸い込まれる様に二人に突き刺さった。
 その威力に、直撃した二人は観客席まで吹き飛ばされ、その身を埋め、沈黙した。


『ま、ま、まさかの連続反則!! 
 麦わらチーム審判にまで攻撃!! これは一発退場モノの所業だァ!!』


 上空のアナウンサーが驚愕しながらマイクに向けて叫んだ。
 妙に静まった会場で、それは虚しく響いていた。


「ったく、足手まといになるぐらなら、死んだ方がマシだ」

「奇遇だな、同感だよ」


 完全に沈黙した審判のジャッチを聞く事も無く、二人はフィールドに背を向けた。
 すたすたと、二人とも不機嫌な様子で観客席にいる仲間の下まで戻っていく。
 そしてドスンと腕を組みながら座り込んだ。


「フン……」

「おい、クレス! 負けんじゃねェぞ!! 
 てめェ負けたらオロして叩きにしてやるからな!!」


 クレスに向けて、ゾロが鼻を鳴らし、サンジが罵声にも似た応援を送る。
 二人は勝負をクレスの手に託したのだ。
 それはつまりクレスを信じたと言う事だ。しかし、認めたくないのか二人ともへそを曲げている。
 その様子に一味は思わず吹き出し、ルフィが一際大きな声で叫んだ。


「よっしゃァ!! クレス───!! 勝てぇえええええええ!!」






「……あいつら」


 クレスは少し驚いた様子で言葉を漏らした。
 そしてその口元に笑みを作った。


「いい仲間じゃねェか」

「そうだろ」


 ハリスの言葉をクレスは否定しなかった。
 その言葉を聞き、ハリスは肩を震わせて笑った。


「いや、こりゃまいったな。なるほど……旦那の言う通り、確かに無粋だったな」


 四対三で始まったゲームは今異様な状態へと変わっていた。
 外野に立つ者は無く、内野には共に負傷した二人。審判すらいない。
 赤く染まったフィールド。
 その中でクレスとハリスは静かに睨み合う。


「だが、やる事には変わりねェ」


 ハリスは背負っていた鉄筒を外すとそれを天高く蹴りあげた。
 舞い上がった鉄筒は上空でそこに納められた鉄串を全て吐き出し、吐き出された鉄串は次々と自重のみでフィールド内に突き刺さった。
 幾多もの武骨な鉄串が突き刺さる光景は、まるで戦場跡のようであった。


「───串刺の墓(グレイブ・オブ・スキューワ)」
 

 ハリスにしては珍しい低く静かな声。
 すると最期に、中に入っていた鉄串を全て吐き出した鉄筒が落ちてくる。
 重力に引かれ落下する鉄筒は地面に触れた瞬間、落雷のような轟音を立てその場に深々と突き刺さった。


「嵐脚を撃った時感じたが……やっぱりそれも重かったのか」

「気付いてやがったか。
 オレの武器は全部特注品だ。鉄を極限まで圧縮して作ってある。
 重い串を納めるために、その中でも鉄筒は特に厚く作ってあったってワケだ」


 軽い調子でハリスは言い、クレスの視線の先で近くに突き刺さっていた一本の鉄串を抜いた。


「コイツは最近手に入れたとっておきでよ……」


 ハリスが手に持った鉄串は、漆のように黒く艶やかな黒金だった。
 武骨な鉄色ばかりのハリスの武器で唯一異彩を放っている。


「最近は雑魚ばっかで、全力で戦う機会が無かったからな……オレも、コイツも退屈してたとこだ」


 ハリスは黒串を右手に持つと、近くにあった鉄串を抜き、左手に構えた。
 鋭い串の切っ先はクレスの首元。
 獰猛にハリスは笑った。


「お前がどうであれ、オレはお前に勝つ。それだけだ。負けるつもりはない」


 クレスはゆっくりと拳を持ち上げ、半身に構える。
 機械のように冷たい視線には僅かに炎が灯った。

 それを見てハリスが楽しげに口を開いた。


「そういや、このゲームは相手を赤く染めた方の勝ちだったな」

「確かにそうだな。赤いペイントを相手にブチまければ勝ち。
 まァ、アイツ等のおかげで、喰らっても無いペイントで赤くなる事も無いがな」

「ったく、相手を赤く染めんならペイントなんかいらねェだろ」

「野蛮な奴め。だが、その意見には賛成だな」


 そして二人は口を閉じた。
 重い澱のような重圧が辺りを覆った。
 ハリスの目が見開かれ、クレスの目が細まる。


「10年……待ち望んだぜ」

「オレは別にどうでもよかったがな」

「そう言うなって、今この瞬間を楽しもうや」

「……それもそうか」


 周りの音は消えた。
 その重圧に誰もが押し黙り、その沈黙に耐えかねた誰かが手に持っていたものを滑り落とす。
 その瞬間、二人は同時に駆け、叫んだ。



「「───てめェの血は何色だァ!!」」












あとがき
ぶっちゃけてしまうと、この話は最期のセリフが元で作られたと言っても過言ではありません。
偉大すぎます、世紀末。汚物は消毒です。ヒャッハァ!!
……すいません、変なテンションになりました。

今回の話はわりと悩みました。
クレスとハリスを一対一にさせつつ、ゾロとサンジの出番も欲しい。
少し背伸びし過ぎたかもしれません。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。



[11290] 第十九話 「奥義」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/09/14 21:18
 
「おめでとう、誇りたまえ。
 君は今この瞬間に、六つ全ての体技を習得し<六式使い>となったのだ」


 もう20年以上も前の話だ。
 今は無き考古学の聖地『オハラ』。
 子供の頃のクレスは六式の基礎を全てを習得したその日に、師事を受けたリベルからこう言葉を贈られた。
 

「そりゃ、あんだけ死ぬ思いしたんだから……いつかは身につくもんだろ」

「はっはっは、イヤイヤ、まさか私もこんなに早く全ての技を習得しきるとは思いもしなかったよ。
 身体能力の伸び具合に関しては私の予想通りだったが、こんなにも技のコツを掴むのが速いとは思わなかった」

「……ああ、オレも驚いた」


 それはクレス自身も驚いている事だ。
 リベルの言う基礎課程が終了し、本格的な技の訓練に入ってから僅か3日。
 クレスはたった3日で六式の技をものにし、自在に扱えるようになったのだ。
 

「かかった時間は三日だったが、今にして思えば、一日で十分だったかもしれないな。
 恐るべきことだ。一を言われ、十を理解する。俗な言い方をさせてもうと君は───天才だよ」

「やめろって、むずがゆい。
 だいたいアンタ、才能だとかって、戦いの場では何の意味も無いとか言っていなかったか?」

「それでもだよ。私は君に敬意を表し、こう呼ばざるを得ないのだ。
 私も色々な者達を指導してきた。だが、君のそれは今までで一番際立っている。まるでそれは……」


 リベルはそこで言葉をとざした。
 ゆっくりと首を振り、いつものように威厳を感じさせる笑みを浮かべた。


「とにかく、おめでとうだ。
 君はこれで<六式使い>となり、更なる強さを手に入れた。
 分かっているとは思うが、鍛錬を怠ってはいけない。君はまだスタート地点に立っただけなのだから」


 リベルはクレスの頭に大きく逞しい手を置くと、少し乱暴に撫でまわした。
 クレスはと「……やめろ」と言いながらも、為されるがままだった。
 

「……そうだね。では君に<六式>という武技の極めるべき姿を見せておこうと思う。
 当然、これが終着では無い。武道という道においては、誰もが道中にいる。それは私も同様だ」


 リベルはゆったりと重心の安定した歩みで、クレスの前方にある雑木林へと歩いて行った。
 人ごみのように乱立する雑木林に目を向けながら、リベルはクレスに語りかける。


「───六式の技は六つ。その全てが積み重なる」


 リベルは一直線に雑木林の中を駆けた。
 恐るべきスピードだ。眼前にそびえ立つ木々があるのを知らない訳ではない。
 なのにも関わらず、リベルは真っ直ぐに避けるそぶりも見せる事も無く、そびえ立つ木々へと向かって行った。
 轟音が響いた。
 猛スピードで走り抜けたリベルはそのまま木々に接触。
 その瞬間、まるで鋼鉄の機関車のように樹木を跳ね飛ばした。
 リベルは止まらない。自身の進路上にある全ての障害物を上空へと吹き飛ばしながら進み、クレスから五十メートルほど離れた所で惚れ惚れするような体捌きで反転した。


「<剃"剛歩">。……今の技は“剃”と同時に“鉄塊”の技術が要求される技だ」


 息を飲むクレスの前でリベルは脚を一閃させた。
 嵐脚“乱”。
 幾多もの斬撃が舞い上げられた木々を切り刻み、無数の断片へと変えた。


「そして更に……」 


 リベルは再び歩を進めた。
 雨のように降り注ぐ木々の断片の間を、阻まれる様子も無く真っ直ぐに。
 緩急自在の体捌きで雨のように降り注ぐ木片の中を“剃”の速度で進む。
 その姿はクレスの目には異質なモノに映る。
 リベルは落下してくる木片を、風に舞う木の葉のようにすり抜けていた。


「そして今のが、<剃“葉歩”>。“剃”と“紙絵”の組み合わせだ」


 リベルの後方で木片が全て大地へと落ちた。
 落ちた全ての木片は規則正しく積み上がっており、クレスの前に小山のように鎮座している。


「六式における上位の技は他の技の技術が必要となるものもある。
 基礎を絶対に怠らぬ事だ。六つの体技は結びつき、必ず君を強くする」


 リベルは唖然としているクレスに向けそう言うと、少しだけ口元を緩め、積み上がった木片の前へと立った。


「それでは最後に、六つ全ての技を極めつくした者だけに許される技を見せよう。
 俗に言う“奥義”というものだ。
 想像してみたまえ。
 剃、月歩、紙絵、鉄塊、指銃、嵐脚。
 この超人的な六つの体技を操る肉体によって、この六つ全てをぶつけるような攻撃を放てばどうなるかを……」


 リベルは両拳の内側を合わせるように身体の前に突き出した。
 それはまるで身体の中心に据えられた砲台だ。
 リベルは突き出した両拳を積み上がった木片へと突き立てる。


「よく見ておきなさい。そして刻み付けるのだ。心に、いや……君の魂とでも言うものに」


 リベルの身体が蠢いた。
 圧倒的な重圧がその場を支配し、クレスが思わず唾を飲み込む。
 その瞬間全てが爆ぜた。


「……すげェ」


 その光景は今もなお鮮烈にクレスの記憶に刻まれている。












第十九話 「奥義」
 












 デービーバックファイト、第二回戦「ブラッティペイント」。

 本来ならば4対4で競われる筈の競技は、異様と言ってもいい程の変質を遂げていた。
 赤く染まったフィールド。
 そこに突き刺さる幾本もの鉄串。
 外野はなく、審判もない。
 その舞台で争うのは二名の<ターゲット>のみ。
 
 観客達は敵味方関係なく一様に息を飲んでいた。
 

「……なんだよ、コレ」


 誰かが思わずつぶやいた。
 彼らの視線の先は、命を削り合う決戦の舞台と化していた。






「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 獣のような咆哮が響き渡る。
 殺気だった目に相手の姿を納め、己の全力を持って相手へと攻撃を仕掛ける。
 そこに手加減や小細工といったものは一切ない。
 全てが一撃必殺。
 眼前の相手を打倒するという目的のみで戦い続けていた。


「──指銃ッ!!」


 クレスの鋼鉄の如き指先がハリスを襲う。
 ハリスはそれを暴風のような荒々しさを持って跳躍し、避けた。
 その速度は先程までと比べ物にならないほど速い。

 鉄串という重りを外したハリスの動きは劇的に変化した。
 考えれば当然だ。
 ハリスの持つ鉄串は一本一本が相当な重量を誇る。
 鉄串は矛であるのと同時に、枷でもあったのだ。
 その鉄串を全て投げ捨てれば、今まで押しとどめられていたハリス本来のスピードが発揮される。
 その速度はクレスが思わず舌を巻く程であった。


「行くぜェ!!」


 ハリスは重力を味方につけて、猛禽のように強襲を仕掛けた。
 クレスはそれに反応し、嵐脚を飛ばす。嵐脚は空中にいる無防備なハリスに直撃。
 しかし、ハリスはその事に一切頓着する事は無い。
 それどころか、純粋故に禍々しい殺気を振りまきながら、嬉々としてクレスに一撃を加えた。


「獲串ッ!!」


 心臓目掛けて突き出される鉄串をクレスは身体を捻り回避。
 それと同時に、二発目の拳を叩きこむ。
 鋼鉄の拳はハリスの顔面に直撃。だが、ハリスは怯む事すらなかった。
 相変わらずの好戦的な笑みを浮かべ、右手に持った黒金の鉄串をクレスへと叩きこむ。


「──ッ!!」


 黒金の串はまるで、獣のようなしなやかさを持っていた。
 薙ぎ払われた一撃は鞭のようにクレスに絡みつき、深くその一撃を刻みつける。
 黒串はクレスを鉄塊ごと吹き飛ばした。


「まだまだァ!!」


 休む暇などない。
 ハリスは右手に持っていた黒串をその場に突き刺すと、吹き飛ばされたクレスとの間合いを速攻で詰め、両腕で振り上げた鉄串を振り下ろす。
 クレスもそれを黙って見ているつもりはなかった。
 悲鳴を上げる肉体を無視しながら脚を横薙ぎに振り払う。
 直撃は同時だった。クレスはハリスを吹き飛ばすことに成功するも、肩口には鉄串が深々と突き刺さっていた。


「痛ってェな……クソ」


 クレスは肩口に突き刺さった鉄串を無理やりに引き抜いた。
 抜いた瞬間、泉のように血が湧き出て来たが、クレスにそれを気にする余裕はなかった。
 眼前には受け身を取り、即座に立ち上がったハリス。
 ハリスは地面に突き刺さった幾多もの鉄串の合間を縫うように移動し、目についた鉄串を片っ端から抜き去った。


「鉄砲串“飛沫連投”!!」


 鉄串の群れが弾幕となって飛来する。
 辺り一面を埋め尽くす鋼の群れ。その一つ一つに爆発的な力が込められている。



「嵐脚“乱”!!」
 

 クレスはそれら全てを嵐脚によって迎撃する。
 鋼鉄の矛と真空の刃が打ち合わされ、二人の中心で火花が散る。
 弾かれた鉄串は再び大地に突き刺さり、斬撃は大地を深く削った。
 だが、その行方を当事者達は見ることはない。
 二人は同時に地面を蹴り、中心において拳と鉄串を叩きつけていた。


「……そろそろ倒れたらどうだ?」

「バカ言うなって、これからが楽しいんだろうが」


 右手同士。
 両者引かぬ拮抗状態が生まれた。


「やっぱいいねェ、コレだよコレ。
 血みどろで泥臭い、血肉躍る争い。やっぱ戦いはこうでないとなァ」


 傷だらけの身体でハリスが言う。
 クレスはそれに皮肉をこめた言葉を贈る。


「……さすがは戦闘狂だな」 


 ハリスの戦闘は凄まじいの一言に尽きた。
 縦横無尽に駆け回り、地面に突き刺した鉄串を用いて次々に攻撃を繰り出す。
 小技も作戦も無い。ただ戦闘本能の赴くままに、烈火のような攻撃を浴びせ続ける。
 恐るべきことに、ハリスには防御という観念を完全に捨てていた。
 その為、力の全てを相手を打倒することのみに注ぎ込んでいる。
 当然、クレスからの反撃は免れない。だが、ハリスが傷つくその程に、動きは激しさを増した。


「まったく、呆れた頑丈さだ」

「それはお互い様だろ?」


 称賛するようにハリスはクレスの身体を指す。
 クレスの防御は、鉄塊に加え、紙絵を習得したことによりその精度をさらに上げていた。
 紙絵で回避し、鉄塊で受けきり、両方を用いて逸らす。
 だが、ハリスの戦闘スタイルは、クレスに鉄塊を用いての防御を許さない。
 10年の歳月を経て、変化したのはハリスもまた同じだ。捨て身での全力攻撃はクレスの鉄塊を打ち破った。


「さァ、もっと楽しませろや」

「……オレはもううんざりだよ」
 

 二人は同時にもう片方の手で相手を打ち付けた。
 衝撃が弾けた。
 またも、拮抗。その威力に二人の立つフィールドの方が耐えきれずに僅かに沈む。


「ハァアアッ!!」


 ハリスは目を見開き、力任せにクレスを押し切ろうとした。
 だが、ハリスがクレスを押し切るより速く、まるで蛇の如く腕の合間をクレスの脚がすり抜けた。
 クレスの脚はハリスの顎を強かに蹴り上げ、打ち上げる。
 さすがのハリスも、予想外の攻撃によろめいた。


「鉄塊“鎚”」


 クレスは振り上げた脚を勢いよく振り下ろして、踏み込んだ。
 まるで振り子のように、クレスの身体が回転。遠心力を味方につけ、ハリスに向けて強烈な踵落としを叩きこむ。
 鈍器と化したクレスの踵は叩き潰すようにハリスに直撃。踵はハリスの後頭部を蹴り砕く。
 更にクレスはそこから強烈な飛び膝蹴りを繰り出し、ハリスの顔面に叩きこんだ。
 掴み取った連撃のチャンス。
 当然、クレスは逃すつもりはなかった。


「指銃“閃輪”!!」


 クレスの指先が唸り、幾多もの突きが放たれた。
 その軌道は一瞬のうちに輪を描き、最後にその中心を渾身の突きが貫く。


「嵐脚“菊先”!!」


 止めとばかりに、襲脚がハリスに直撃し、斬撃がその身体を走る。
 連撃に次ぐ、連撃。
 会場の誰もが息をのんだ。



「痛っっってェなこの野郎がァ!!」



 だが、ハリスは倒れる事無くうっとおしげに鉄串を振り払った。
 クレスは剃によって後ろに退き回避。ハリスは後退したクレスを視界に入れながら、気だるげに首の骨を鳴らす。
 そしてハリスは再び突き刺さっていた鉄串を抜こうとする。
 だが、その途中で不快げに眉をひそめた。
 

「あ~あ、べっとりじゃねェか」


 そう言うと、自身の血まみれの上着に手をかけ、引き千切るように脱ぎ去り、それをゴミのように放る。
 ベチャリと、派手な水音を立てながら上着は地面に落ちた。
 ハリスはそれを気にする事も無く、ごく自然な動作で鉄串を抜いた。
 余りの光景にクレスの口からため息が漏れた。 

 
「……おいおい、どんだけ鈍感なんだよ。限度ってもんがあるだろ」


 ハリスは鼻を鳴らす。


「鈍感だと? 何言ってやがんだ、痛みならちゃんと感じてるぜ。
 傷つけ、傷つけられ、殺って、殺られるのが戦場だ。それなのに痛みを感じねェのはもったいないじゃねェか。
 だが、今のはさすがに倒れるかと思ったわ。いい感じの傷だったな。だが、まだまだ足りねェなぁ……」


 ハリスのあっけからんとした答えにクレスは絶句する。


「ガキの喧嘩から戦争まで、戦いってのは例外なく傷つくもんだろ。
 痛みに戸惑う事が馬鹿げてる。だってそうだろ? オレはまだ戦える。まだまだ戦える。
 ならそんなことどうでもいい。四の五の考えずに戦えばいい。
 綺麗に勝つ必要なんてねェ、どれだけ傷つこうとも泥にまみれても、最後に立っていれば勝ちだ」


 ハリスは再びクレスの喉元に鉄串の切っ先を向けた。


「まだまだ付き合ってもらうぜ。
 せっかくおあつらえむきの戦場になったんだ。トコトンやろうや。
 オレはてめェを倒したい。てめェもそうだろ? ならおしゃべりはこの辺にして、とっとと殺ろうぜッ!!」

「……呆れた男だ。だが、お前に付き合う義理は無いな」


 クレスの身体が静止状態から急激に加速する。
 その急激な変化は対峙するものを惑わせる。
 爆発的な脚力を持ってクレスは駆け、直進していたハリスの頭蓋を握り潰すつもりで掴み上げた。
 それとほぼ同時のタイミングで脚を払い、ハリスの体勢を崩れた瞬間に地面へと思いっきり叩きつけようとする。
 だが、流れるようなクレスの動きにハリスが無理やりに入り込んだ。
 ハリスはクレスの動きに即応し、手に持った鉄串を突き刺そうとしてきたのだ。
 鉄串はクレスの横腹を突き刺す。
 激痛が走った。
 しかし構わず、クレスは掴み上げたハリスを頭を中心にして大地に叩きつけた。
 

「───我流“寝頭深”!!」


 衝撃にフィールドが揺れる。
 ハリスは顔を中心に半ば地面に埋もれるように倒れ込んでいた。

 我流“寝頭深”。
 この技はおそらくハリスにとって最も効果のある技に思われた。
 叩きつけ。
 これはクレスが今まで行った、打撃、斬撃、刺突、どの技とも性質が異なる。
 固い地面に叩きつけられれば人間の体などひとたまりも無く、なおかつ地面に伏したと言う事実が相手を苛む。
 人体は起きあがるのには意外なほどに力を使う。傷を負った人間ならなおさらだ。
 もしハリスに意識があったとしても、全身の傷が彼を大地に縫い付けているだろう。
 
 だが、そんな常識的なクレスの予測はいとも簡単に打ち砕かれた。
 

「痛かったぜ」


 いとも容易く。
 傷だらけの身体を躍動させ、身体のバネのみでハリスは起きあがった。
 そしてそのままの勢いでクレスに向けて鉄串を突き刺した。


「……ッ……アァ!!」


 鉄串は驚愕により僅かに硬直したクレスを貫いた。
 そしてクレスが反応するより速く、ハリスはクレスに強烈な蹴りを叩きこみ、鉄串の突き刺さった身体を吹き飛ばした。


「オラオラどうした? 
 油断してんじゃねェよ、動きが鈍ってんぞ」


 顔を歪めながらクレスは身体に突き刺さった鉄串を抜いた。


「何て奴だ……!!」


 走る激痛を必死で押さえこみながら、クレスは憎々しげに言葉を為す。
 クレスの中に手ごたえはあった。
 先程の一撃で倒せていても不思議ではない。
 だが、ハリスは倒れない。
 その姿は傷だらけで、立つどころか死んでいてもおかしくは無いほどなのに、一向に倒れる気がしなかった。
 果たして、この男を倒す事が出来るのか。そんな疑問さえ浮かびそうだった。


「なに不思議がってんだ。
 簡単な話だろ。オレを倒すにはまだまだ不足だった、それだけのことだろうが。そんな攻撃じゃ、オレは倒れる気がしないね」

 
 ハリスにはもう一つ、まことしやかに囁かれる異名があった。
 <不倒の怪物(アンデット)>
 それが<串刺し>ハリスのもう一つの姿だった。
 自身の血、相手の血で身体を赤く染め、闘争本能のままに戦う。
 決して退かず、倒れない、闘争の化身。
 己が満足するその瞬間まで、戦いを快楽とし戦い続ける。


「さて、続けようや。
 オレをもっと楽しませろ、エル・クレスッ!!」


 再度、ハリスはクレスに向けて戦いを仕掛けた。


「分かった……いいだろう。
 とことんやってやるよ。覚悟しろコノ野郎ッ!!」

 
 そして拳と鉄串が打ちあわされ、無数の火花が無秩序に散った。
 手負いの獣よりもなお凶悪に猛攻をくり返す。
 クレスはハリスの攻撃を六式の妙技を用いて精確無比に対処する。
 だが、いくらクレスが的確に反撃しようとも、ハリスが止まる様子はない。
 ハリスはクレスの鉄塊を打ち砕き、反撃に出ても直撃を受けた上で、全力で攻撃してくる。


「ハハッ!! ハハハハハハハハハハッ!! 
 いいぜいいぜいいぜッ!! 楽しくなってきやがった!!」

「うるさい口だ。後何発入れたら黙るんだお前はッ!!」

「さァねェ!! やれるだけやってみろや!!」


 もう何度か分からぬほどの激突を経て、二人はフィールドの両端へと吹き飛ばされる。
 傷はさらに増え満身創痍。
 だが、依然として両者の瞳は鋭い光を放っている。


「仕留めたい敵と、疼く痛み……!!
 やっぱお前は最高だわ。礼と言っちゃなんだが、特別にいいものを見せてやるよ」


 ハリスは地面に突き刺さっていた黒金の鉄串を抜いた。
 それはハリスの持つ武器の中で最も優れた名槍だ。
 一流の戦士が使えば、強力な武器の性能は何倍にも跳ね上がる。
 ハリスは節操無く鉄串を片っ端から使い潰すが、やはりこの黒串だけは別のようだ。


「注意しなッ! コイツはちょっとばかし強烈だぜ!!」


 一瞬で距離を詰め、唸りを上げ横薙ぎに払われる黒串。
 クレスはそれを渾身の鉄塊で受けとめた。
 肉を抉り取られるような強烈な一撃。その攻撃は鉄塊の上からもクレスを痛めつけた。
 だが、歯を食いしばりクレスはそれに耐える。
 既に身体は限界に近い。だが、それでも倒れるわけにはいかなかった。
 かろうじての均衡を持ってハリスの鉄串は食い止められる。
 クレスが反撃に転じようとしたその時、



「───食い千切れ、“ザグール”!!」



 ──ゾワリ。
 鑢で背中を削られたような悪寒。
 クレスが反応するよりも早く、鋭い痛みがクレスの横腹を襲った。
 何故。
 クレスの脳裏を疑問が襲う。
 黒串は確かに腕で受け止めた。
 ならばこの横腹に感じる、痛みの正体は───


「───鳥!?」


 クレスの横腹には、鋭い容貌の黒鳥が喰らいついていた。
 見ればその首はハリスの持つ黒串の先端から伸びている。
 

「ッ!!」


 鳥葬などでも知られるように、猛禽が肉を啄む力は凄まじい。
 クレスは咄嗟に食らいついて来た黒串へと拳を振るう。
 だが、それはハリスから見れば決定的な隙だった。


「貰ったァ!!」


 ハリスの鉄串がクレスへと突き立てられた。
 直撃を受けクレスは吹き飛ばされる。
 鉄塊の防御は奇跡的に間に合ったものの、その上からでもなお強烈なダメージだ。
 一瞬、視界が霞み倒れそうになる。
 だが、クレスは気合と共に何とかそれを持ち直した。
 

「悪ィ、不意打ちになっちまったな」


 宙を舞う黒串。
 黒串はそのまま重力に引かれ地面に突き刺さる──そう思われたその瞬間、黒串から巨大な翼が飛び出した。
 続いて鋭い鉤爪が生まれ、黒串そのものが鋭い流線形の肉体へと変態を遂げる。ついには、巨大な大鴉へと変化した。

 
「トリトリの実、モデル“大鴉(レイヴン)”」


 ザグールと呼ばれた黒串は翼を羽ばたかせ、主人であるハリスの下へと戻った。
 見れば全長は1メートルは裕に超えている。翼を広げたその姿は3メートルはあった。


「悪魔の実……武器に食わせたのか」

「まァな。こっちに来てから海賊とやり合って手に入れた。
 能力者になる気なんてサラサラ無かったから、ものは試しと武器に食わせてみた訳だ。コイツがなかなか話の分かる奴でな、オレに似て戦好きだぜ」


 ハリスが前方に腕を差し出す。
 すると傍に控えていたザグールは元の黒串となってハリスの手に納まった。
 ハリスはその切っ先をクレスへと向ける。
 その瞬間、けたたましい鳴き声と共に、黒串から巨大な翼が生え、先端が鋭い嘴へと変わった。


「んじゃ、紹介終わりってことで、さっさと続きを始めようぜ」

「いいだろう、まとめて叩き潰してやるよ」


 クレスはフィールドを駆けた。
 瞬く間に肉迫するクレスに対し、ハリスは手に持っていた黒串を投げつける。


「鉄砲串“鴉舞”」


 ハリスの手によって爆発的な加速を受けたザグールは自身の羽をもって更にスピードを増した。


「剃“剛歩”ッ!!」


 それに対しクレスは無理やりに正面突破を試みた。
 鉄塊で硬化された肉体での剃。
 今のクレスに触れれば、その瞬間に弾き飛ばされるだろう。
 野生の勘か、それを察したザグールは上昇し、クレスとの接触を回避する。
 その代わりに真正面から鉄串と共にハリスが突っ込んで来た。
 

「オラァアア!!」

 
 真っ直ぐに突き出される鉄串。
 だが、それがクレスとぶつかる事は無かった。
 クレスはぶつかるその瞬間、踏み込んだ左足を軸に身を伏せるようにして回転。
 ハリスの攻撃を避けると共に、強烈な足払いを仕掛けたのだ。
 その妙技にハリスは翻弄され、体勢を崩される。


「“落葉”ッ!!」


 そのハリスに対し、クレスは追撃を仕掛けた。
 だがその瞬間、眼前が黒く覆われる。
 ザグールがクレスの視界を隠すように飛来し、羽を広げたのだ。
 

「コイツ……!!」


 鴉の知能は高い。
 その場の環境に応じ、人間顔負け知恵をつける。
 そしてザグールはこと戦場においても、それを発揮した。
 

「ぐッ!!」


 鋭い焼け付くような痛み。
 広げられた羽の向うから、リーチで勝るハリスの鉄串が突きたてられる。
 クレスはそのまま攻撃を敢行するも、ハリスは既にその身を躍らせていた後だった。


「残念だったな」


 聞こえたのはクレスの背後から。
 同時に横薙ぎの一閃がクレスに襲いかかった。
 防御も間に合わずクレスは弾き飛ばされ、フィールドの中を転がった。


「……ッ……ぐァ……」


 クレスの肉体は限界だった。
 幾多もの傷を受け、なおかつ全力で動き続けた。
 その蓄積は当然のごとく人体を苛む。ハリスのように動けるのが異常なのだ。


「おいおい、もうバテたのか? もっと楽しもうぜ」


 負傷度で言えばハリスが上なのに関わらず、まるでそれを感じさせることは無い。
 全身を血で汚しながらも、狂気にも似た禍々しさを全身から発散させ続ける。


「……言って…くれる」


 引きずる様にクレスは身体を持ち上げた。
 そしてうっすらと悟ってしまった。

 ───このままでは、ハリスを倒し切ることは出来ないと。

 甘く見ていた訳ではない。
 手を抜いた訳ではない。
 
 単純な話だ。
 ハリスの異常性はクレスの想像を大きく上回っていたのだ。
 それに加え、ザグールの能力がクレスの不利に拍車をかけた。
 

「……だが、負けるわけにはいかない」


 息が自然と荒くなった。
 やけに心臓の音が大きく聞こえる。
 クレスは負けられない。負けるわけにはいかない。
 実戦ならば逃走も許されるが、今回はゲームだ。引き分けなど存在しない。
 ハリスを倒すには、ハリス自身に敗北という事実を突きつけるしかない。

 クレスはゆっくりと両拳の内側を合わせるように身体の前へと持ち上げた。


「悪いがもうお開きだ。付き合いきれん」

「ハッ、そうかい、つれないねェ。
 まァいいだろ、次の一撃で引導を渡してやるよ」


 ハリスが腕を上に伸ばす。ザグールがその腕に止まり、黒串へと姿を変えた。
 ハリスはそれをクレスの心臓目掛けて突き出した。
 すると、ザグールが翼を広げた。
 

「楽しかったぜ。
 後々面倒だから、くたばってだけはくれんなよ?」

「…………」


 ハリスの軽口にクレスは答えなかった。
 ただひたすらに、己の限界に挑むかのように集中している。
 それを見てハリスの両頬が肉食獣のようにつり上がった。
 間違いない。相手は次の一撃で決める気だと。


「見せてみな、てめェの力を!! このオレを倒して見せろよ!!」


 獣の如く低い姿勢から、爆発的な勢いを持ってハリスが大地を駆ける。
 そんなハリスをザグールが翼をはためかせ補助し、更に加速させる。


「猛串“獅子闘翼迅”!!」


 心臓目掛けて突き出された鉄串。
 突進と共に突き出されたのは、ハリスの持つ最強の刺突。
 クレスは鉄塊で防御。しかし凄まじい威力に鉄塊は一瞬で打ち砕かれた。


「……六式───」


 致命的なまでの窮地の場においても、クレスの心は静謐な水面のように澄んでいた。

 クレスが放とうとするのは、幼き日に見た最強の体技。
 試した事は無かった。
 まだ自身は、極めるべきその姿に達していない。
 だが、不思議と核心があった。
 
 ───必ずできると。
 

「これで最後だ、このまま貫いてやるよッ!!」

 
 不倒の怪物が吼える。
 ハリスを動かすのは異常なまでの闘争本能だ。  
 どれだけ傷つこうとも、本人が負けを認めるその瞬間まで、ハリスは決して倒れはしない。

 回避、防御はもはや意味を為さない。
 必要なのは攻撃。
 だが、半端な攻撃ではハリスは決して引かない。
 必要なのは絶対的な一打。
 猛り狂う怪物を打ち付け、敗北を知らしめる、王者の破撃──!!



「───奥義ッ!!」



 腕は両拳の内側を合わせるように前へ。
 肉体は緊張を保ちながらも、程良く弛緩。
 
 それは巨大な銃口だ。
 己の持つ<六式>という最強の体技を打ち出すための、凶悪な銃口。 

 ハリスの鉄串は筋肉を打ち破り、骨を削り、内臓へと達しつつある。
 貫かれるのももはや時間の問題だ。

 ──だが、関係ない。

 今なすべき事は、己の持つ<最強>を叩きつけること。
 クレスは意を決し、引き金を引くように全身を連動させた。

 撃鉄が降りる。
 頭から爪先まで、肉体を構成する細胞の一つ一つが爆薬のように炸裂し、中心に添えられた銃口へと集結する。 
 剃、月歩、鉄塊、紙絵、指銃、嵐脚。
 エル・クレスという<六式使い>が持つ全てのポテンシャル。
 それらは絶対的な衝撃となり、突き出された拳から今、放たれる。






「─── 六王銃ッ!! ───」






 衝撃が駆け巡り、大気を震わせた。
 心音を凶悪なまでに増強したような音。
 静寂が支配する戦場で、その音は終わりを知らせる鐘のように響いた。


「…………」


 鉄串を突き立てていたハリスの動きが不意に止まった。
 口元から大量の血が吐きだされ、同様に受け続けた傷口から血が溢れだす。
 零れ落ちるようにクレスの胸元から黒串が抜け、突き刺ささることなく転がった。


「……まさかこんな隠し玉持ってやがったとは」


 苦しげながらも、どこか清々しさを感じさせる声だった。
 瞳からは狂気にも似た闘争心は消えていた。


「……たっく、おかげで指一本動かねェ。
 今までいろんなとこ巡って来たが、久しぶりだったぜ、こんなに楽しかったのはな。こういうのも嫌いじゃねェが、やっぱり……悔しいねェ」


 そしてポツリと、


「……だが、悪くねェ」


 そして満足げにハリスは倒れ込んだ。
 クレスの一撃は彼に敗北を認めさせたのだ。

 もはや原型を留めていないフィールドに立つのは一人のみ。
 ゲームの終結を知らせる審判は無くも、勝負は決した。

 <ターゲット>の沈黙により、
 第二回戦「ブラッティペイント」──勝者、麦わらチーム。












あとがき
クレスVSハリス終結です。
そしてとうとう出してしまいました、六王銃。
今回は少し詰め込みすぎたかもしれません。
第四部はそろそろ終わりです。
次もがんばります。ありがとうございました。



[11290] 最終話 「過去の足音」 第四部 完結
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/09/21 20:00
 

「まァ、オレの勝ちだったな」
 

 ハリスに勝利し、役目を果たしたクレスは強がりを言いながら観客席の一味の元へと帰った。
 外から見れば相当心臓に悪い戦いだったらしく、大怪我人にも関わらすクレスは手荒い歓迎を受けた。


「お疲れ様」


 ロビンからの言葉にクレスは余裕ぶって小さく笑って見せた。


「心配したか?」

「……ええ」

「そうか、……悪かったな」


 しばらく見つめ合ったその時、不意にクレスの視界が霞んだ。
 表面上はどれだけ取りつくってもクレスの身体はボロボロだった。
 勝利し、仲間のところに帰ったことにより気が緩んだのだ。


「あ」


 クレスはそのまま前方に倒れ込んでしまった。
 そして前に居たロビンがクレスを受け止め、丁度抱きつくような格好になってしまった。
 周りが「おぉ……」と微妙に沸き立ち、


「死ねコラァアアアアアア!!」


 鬼と化したサンジが飛んで来た。
 サンジ渾身の蹴りがクレスを襲い、クレスは咄嗟に紙絵で回避。怪我人だが一切容赦がない。


「てめェは今罪を犯したッ!! 
 よくも貴様このオレの前で今すぐおれに代われ羨ま死ねェええええっ!!」

「無茶苦茶かお前っ!」


 全力で挑みかかってくるサンジ。
 クレスは本気で応戦する羽目になるも、全身に渡る怪我のせいでヤバい感じになっていた。
 こんなところでトドメを刺されてはたまらないと、助けを求めるも周りは何故か楽しげに囃し立てている。
 ナミが一喝してサンジの暴走が止まるまで、クレスは応戦し続けたのだった。



 第二回戦の勝利により、一味は「デービバック」のチャンスを得た。
 これにより、フォクシー海賊団から好きな船員、もしくは海賊旗を剥奪することが出来る。

 決着の付き方は<ゲーム>として見れば異様そのものだったが、一味の勝利には変わりない。
 難癖をつけようと思えばいくらでもつけられるだろうが、クレスとハリスの激闘を目にしてそれを言う事は海賊以前に男として憚れた。
 フォクシー海賊団としても、引きさがらざるをえない状況であった。

 早速、奪われたチョッパーを指名しようとするルフィだったが、ナミが待ったをかけた。


「三回戦は一対一の決闘よね。出場選手はルフィとオヤビンだけ。
 じゃあ今オヤビンを取っちゃえば、三回戦は不戦勝になって、これ以上戦う事も無くチョッパーを取り返せるんじゃない?」

『ピ、ピーナッツ戦法だァ~~~~~~~~っ!!』
 

 ナミの提案は海賊の美学に反するらしく、物凄い勢いでブーイングを浴びた。
 しかし、ルール上は問題ないので賢い方法ではあった。
 だが、一つだけ問題点があり、ロビンが指摘する。


「ねぇ、航海士さん。あなたの提案、確かにここで決着がつけられるけど、同時にオヤビンが仲間になっちゃうわよ?」

「……え」

「「「「「あれはいらねェ」」」」」


 満場一致で却下された。
 オヤビンは半泣きだった。


「チョッパー、帰ってこいっ!!」


 結局ルフィはチョッパーを指名し、無事にチョッパーが一味に戻ったのであった。

 ゲームは振り出しに戻る。
 決着は最終戦「コンバット」に持ち越された。












 最終話 「過去の足音」












「ありがとうな、クレス。カッコよかったぞー! おかげで、おれ戻って来る事ができた」

「ああ、まァ気にすんな」

 
 クレスに治療をしながらチョッパーは嬉しそうにクレスに言う。
 多少ぶっきらぼうにな答えだが、余計にチョッパーからカッコイイ……と尊敬の視線を受けていた。
 実のところクレスは、ハリスに「勝てばロビンを指名する」と言われた瞬間からチョッパーの事はすっかりと忘れていたりする。


「ったく、ひやひやさせやがって。負けちまうかと思ったぞ」

「まったくだ。こんなことならおれが中に入ればよかったぜ」


 出来る事が少なかったので不完全燃焼気味のサンジとゾロがクレスに話しかける。
 クレスはそんな二人を一瞥し、


「なんだ、役立たず共」

「「ぶっ殺すぞてめェ!!」」


 沸点の低い二人は一瞬でキレた。
 クレスはそんな二人を邪魔だから向う行ってろと、犬でも追い払うように手をヒラヒラさせる。
 別にバカにしているだわけでは無く、この二人には下手な励ましは屈辱に感じると感じたクレスなりのフォローだったりする。
 一言お礼を言ってもいいのだろうが、クレス的には憚れた。
 だが、そのためにゾロとサンジは余計に頭に血を昇らせた。


「……なんでアイツ等は大人しく出来ないのよ」
 
「いいんじゃないかしら、楽しそうだもの」


 騒ぎ始めたクレス達を見てロビンは優しげな笑顔を浮かべた。
 ロビンの記憶にあるクレスはどこか張りつめていて、それを悟られまいと必死で隠すような表情が多い。
 長い長い逃亡生活の中で、こうやって自然な顔が浮かべられる瞬間は少なかった。


「変わったのね……」

「えっ? ロビン何か言った?」

「ふふ……何でもないわ」


 疑問符を浮かべたナミにロビンは笑みを見せる。
 二人は変わった。
 いや、変えられた。
 どこまでも、太陽のように明るく騒がしい海賊達によって。
 ロビンにはその変化が悪いものには思えなかった。






◆ ◆ ◆






 第三回戦「コンバット」。
 船長同士で行われることになった<決闘>は、回転させた大砲により“偶然”セクシーフォクシー号の上で行われる事となった。
 雌雄を決する最終決戦ともなり、会場はこれまで以上の盛り上がりを見せていた。
 クレス達も設置された観客席に移動し、手に汗握る戦いを見守った。
 
 
「おれの仲間は誰一人……死んでもやらんッ!!」


 決闘は最終局面を迎えていた。
 フォクシーの<ノロノロの実>の能力に苦戦するも、不屈の闘志で立ち上がったアフロルフィ。
 幾度痛めつけられようともファイティングポーズを取り、苛立たしげに歯がみするフォクシーへと立ち向かう。
 戦いは拳と拳がぶつかり合う激しい打撃戦となり、闘志を燃え上がらせたルフィがフォクシーを押した。


「これで終わりだッ!! ノロノロビ……ッ!!」


 フォクシーが放った一発逆転のノロノロビーム。
 だが、それを受け、先に動いたのはルフィだった。
 フォクシーのノロノロビームは鏡で反射する。ルフィはアフロに引っ掛かっていた鏡の破片を使いビームを跳ね返したのだ。


「ゴムゴムの……ッ!!」


 ビームを受け、ノロくなったフォクシーにルフィのフィニッシュブローが突き刺さる。


「連接鎚矛(フレイル)ッ!!」


 直撃を受けたフォクシーがゆっくりとスロー映像のように歪んで行き、30秒のカウントの後、衝撃と共に吹き飛ばされた。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 雄叫びを上げるルフィ。
 フォクシーはノックダウンと共にリングアウト。
 第三回戦は不屈のブラザーソウルを見せつけたルフィの勝利だった。





 三回戦が終わり、全ての<ゲーム>が終了した。
 ルフィはそのまま気を失ってしまったが、しばらくすると元気に目を覚ました。
 二勝1敗。一味はゲームに勝利し、ホッと一安心する。
 一味は誰もがルフィと出会い、船に乗った。
 この船でなければ海賊をやる意味が無いのだ。


「───おお、いたいた、探したぜ」


 そんな時、一味に近づいてくる姿があった。
 見るからに重体で全身を包帯で巻いた男、ある意味この場の中で一番の危険人物であるハリスだった。
 その姿を見てナミがロビンの後ろに隠れ、ウソップ、チョッパーが叫び声を上げ、ゾロとサンジが警戒の視線を送る。ルフィの表情は変わらなかった。


「ハリス、あなたもういいの?」

「もう立つのかお前は……」


 クレスとロビンは多少は身構えつつも自然な様子で言葉をかけた。
 ハリスは軽い様子で答える。どうやら交戦の意志は無いようだ。


「いやいや、さすがに死ぬとこだったぜ。
 こんなに大怪我負ったのホントに久しぶりだぜ、旦那以来か?
 治療してくれた船医の奴が、何で生きてんだって言ってたしな、ハハハッ」

「……死んどけよお前」

「そう言うなって、死んじまったら楽しくねェだろうが。
 それにしても……いいねェてめェの仲間も、最後の戦いを見てたらまた昂ぶってきやがったよ。
 一億と六千万、それに骨のありそうな奴らがゴロゴロと……もったいねェ事したよ。てめェらとはもっと別の出会い方がしたかった」


 もったいなさそうに一味に視線を向け、ハリスは一度後ろ頭をかくと、めんどくさそうに切り出した。
 

「ハァ……まァ、いいか。
 エル・クレスとニコ・ロビン。てめェら二人に話があるんだが、聞く気あるか?」

「話だと……どういうことだ?」


 クレスが眉をひそめる。


「どうもこうもねェよ。聞く気があったら着いて来い、今は聞くな」


 そう言い残し、ハリスは早々に去っていった。
 ここで話さない事はそれなりに機密性が高いのだろうか。
 そして、聞くか聞かないかを選択させた事も気になった。 


「……クレス」

「ああ、オレも少し興味がある」


 どうであれ、話を聞かなければ始まりはしない。
 クレスとロビンは心配げな視線を向ける一味に、心配するなと伝え、ハリスの後を追った。
  





 ハリスは会場の裏手にある誰もいない物置場まで移動した。
 適当な木箱を見つけ、ハリスはそこに気だるげに腰を降ろす。
 背負った鉄筒を外し地面に転がしたのは戦う意志が無い事を示すためだろう。 


「……来やがったか」

「あんな言い方をされれば、気になるに決まってるだろうが」

「それもそうか」


 クレスとロビンは座る事無く、立ったままの状態でハリスと向き合う。
 ハリスは脚を組み、頬杖をついた。


「さて、何から話すかね……やっぱこういのは面倒だわ。
 オレとしちゃ、てめェをブッ倒して、ネェちゃんを貰ってから適当に話そうと思ってたからよ。
 ネェちゃんがこっちに来れば、てめェもどうせついてくんだろ?」

「それは残念だったな。
 聞かなかったことにしてやるから、とっとと話せ。ぶん殴るぞ」

 
 ハリスは軽くため息をつくと、クレスとロビンの姿を鋭いその眼に納めた。


「<革命軍>って聞いた事あるか?」

「なに……?」


 ハリスの言葉にクレスとロビンは共に眉をひそめた。
 
 革命軍。
 <世界最悪の犯罪者>と呼ばれる革命家ドラゴンが率いる、世界政府を直接倒そうと画策する巨大組織だ。
 今、全世界で行われる政府への抵抗運動の裏にはこの革命軍の暗躍があるとも言われている。
 世界政府は当然この組織を危険視するも、今だ全容をつかめていない。


「オレはそこのメンバーだ。
 面倒なこった。旦那について行きゃ存分に戦えると思って気楽にやってりゃ、いつの間にか幹部になってやがったしよ。
 まァ、オレの身の上はどうでもいいか。とにかくオレは革命軍の一員として、てめェら<オハラの悪魔達>に話があるんだよ」


 オハラの悪魔達。
 その忌名に二人は反応した。
 ロビンが怜悧な視線をハリスに向けた。


「それはどう言うことかしら?」

「さァ、組織の詳しい意向は知らねェよ。
 戦いがあって、そこに行けと命じられる。オレにとっちゃそれが全てだ。
 オレは幹部つっても戦闘員だしな。詳しい事は聞いてねェし、どうでもいい。
 だが、一つだけ。これだけはオレだけじゃなく、末端のメンバーにも伝えられている。───ニコ・ロビン、エル・クレスを見つければ早急に“保護”しろとな」

「そうは見えなかったが?」

「何言ってんだ、オレが勝ってもトドメを刺すのは勘弁してやってたぜ。
 十年前も帰ったらかなり詰め寄られたしな。旦那には殺されるかと思ったぜ」


 肩をすくめるハリス。
 様子から見てもどうやら嘘ではないらしい。


「つまりは、私達を革命軍に引き入れようってこと?」

「言っただろ? オレは知らねェって。
 だが、まァ……ネェちゃんの言う通りなんじゃねェのか?」


 ハリスは一端言葉を切ると、静かな様子で言葉を為した。
 

「で? どうするよ。
 来るか、来ないか。オレとしちゃお前らを保護しねェといけねェんだが、お前らの自由にすりゃいい。
 場合によっちゃ、今日オレはお前達に会わなかった事にしてもいいしよ」


 そしてハリスは、後はお前らの問題だと口を閉ざした。
 行くか、行かないか。
 全ては推測にすぎないが、革命軍にはクレスとロビンを受け入れるメリットがあるのだろう。
 組織の規模も申し分ない。
 昔の二人ならば、悩んだ末に接触を試みたかもしれない。
 だが、今は……。


「やめておくわ」

「オレもそれに賛成だ」

「……そうかい、分かった」


 ハリスはあっさりと立ち上がると地面に転がしていた鉄筒を背負い直した。
 そしてそのまま、二人に背を向け歩きだした。


「ああ、一つだけ言っとく」


 ハリスはふと立ち止まると二人へと振り返った。


「お前らがこの海を進み続けるなら、<赤い土の大陸(レッドライン)>を越えて、その向うにある<新世界>へと到達する。
 そうなれば、てめェらはオレ達と再び出会う事もあるだろう。その時は、オレの名前を出しな。ある程度は融通が効く。
 そしててめェらは知るべき事がある。今はまだ言えねェが、それは悪い話では無い筈だ。
 んじゃ、そう言う事で、また会おうぜ。次は負けねェからよ」


 ハリスは再び歩き出し、フォクシー海賊団の中へと消えていく。
 その途中で、ハリスは口元を愉快げに歪めるとくつくつと笑いだした。


「……アイツ等はもう自分達の道を進んでいる、か。旦那の言うとおりだったな。
 やっぱりそっくりだねェ、誰かの為に身を捧げるところなんかが特に。さァて、いつになるんだろうな───アイツ等が再会すんのは」


 その呟きは誰にも届くことは無かった。






◆ ◆ ◆






 クレスとロビンが一味の元に戻ると、デービーバックファイト全ての決着がついていた。
 全ての<ゲーム>が終了し、残るは一味によるデービバックを残すのみ。
 そして勝者であるルフィが選んだのは、相手の船員ではなく、海賊旗だった。
 船大工が必要な一味だったが、それを選んでしまえば決闘を受けた意味が無くなる。ルフィはそう言った。
 航海に必要な帆を奪う事はせずに、海賊旗のマークだけを上塗りすると言う寛大な処置だが、上塗りした印が下手くそなルフィの絵の為、フォクシー海賊団は一様に絶望した。
 
 そうしてフォクシー海賊団は捨て台詞と共に去っていった。
 ハリスは一度だけ甲板に顔を出し、黒串を掲げた。
 10年ぶりの再会は嵐のように吹き荒れ、あっけなく去ったのだった。



「いや~~最後までアイツ等面白かったな」

「何が面白かっただ、ボロボロじゃねェかてめェ」


 楽しげに笑うルフィにゾロが釘をさす。
 戦いを終え、一味はトンジットの下へと向かっていた。
 どうやらルフィが決闘を受けた理由はトンジットの為だったらしい。


「そう言えば、何の話だったんだ?」

「何がだ?」

「とぼけんなって、あのヤバい男とだよ」


 ウソップがクレスに問う。
 それは疑わしいと言うよりも、単純な興味のようだ。
 その他の一味もまた同じように聞き耳を立てていた。やはり気になるのだろう。
 クレスはロビンと一瞬だけ視線をかわし、フッと口元に笑みを作った。


「まぁ、アレだ。感謝しろよ」

「ふふっ」

「……いや、訳わかんねェって」


 冗談めかしたクレスの態度にロビンが笑い、ウソップが怪訝な視線を向ける。
 大したことじゃ無いとクレスは話を打ち切り、ウソップがロビンへと問いかけるも、ロビンもまた微笑むだけだった。


「いいじゃねェか、クレスとロビンはおれ達の仲間だ。そうだろ?」


 ルフィがいつもの調子で笑う。
 何も知らない筈なのに、どこか核心を突くような言葉だった。
 その言葉は一味全員に伝わり、不思議と胸に落ちた。


「それよりも腹減った、サンジ、メシにしよう」

「……たっく、てめェは」


 再び能天気に笑うルフィに、サンジだけでなく一味全員が笑みを作った。


 クレスとロビンにとって、それはまるで夢のような日々だった。
 刺激的な毎日と、信頼できる仲間。
 長くはない日々だが、それはまたたく間に過ぎ去り、今へと続く。
 欠けた心を満たすように日々は連なり、そして光を見出した。
 永遠などない。
 そんな事は分かっていたが、それでもそんな日々がずっと続くものだと思っていた。

  





「……えっ」






 それはクレスとロビンどちらの呟きか。
 一味が向かったトンジットという老人の家の前に、立木のようにひょろ長い男が居た。
 白のスーツの上着を抱え、目元にアイマスクをつけて立ったまま眠りこけている。
 男は人の気配を察したのか、いびきをかくのを止めるとアイマスクを額へと押し上げる。
 一瞬だけ、凍てつくような瞳が覗いた。


「……どうして……!?」


 立っていられなくなったロビンが崩れ落ちるように地面に座り込む。
 一味が驚き駆け寄ろうとした瞬間、その隣から濃密な呪詛の如き殺気が漏れ出した。


「てめェ、何でここにいんだよ……」

 
 微かに震えたその声はクレスのものだった。
 傷だらけの身体にも関わらず歪を上げそうなほど全身に力を込める。
 その圧力に彼の立つ地面が軋んだ。


「クザァアアアンッッ!!」

 
 クレスの怨嗟の声が響き渡る。
 その言葉にクザンと呼ばれた男は僅かに頬を緩めた。


「あらららら。
 こりゃ、随分と嫌われたもんじゃないの。
 <オハラの悪魔達>エル・クレス、ニコ・ロビン」

 
 海軍本部<大将>青雉。
 かつて、クレスとロビンの故郷において決して消えない記憶を刻んだ男。
 そして日々は終わりを迎える。
 置き去りにした過去。
 それは破滅を知らせる足音のように忍び寄り、そして辿り着いた。













 第四部 完結 













あとがき
いよいよここまで来ました。
長いようで短いように感じます。
第五部は予想通りウォーターセブン~エニエスロビー編です。
ここはずっと書きたかった所なので気合を入れたいです。
ありがとうございました。次も頑張りたいです。



[11290] 第五部 プロローグ 「罪と罰」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/09/30 18:16

  歩き続けた。
  流れ蠢く時の中で。
  走り続けた。
  過ぎ去った日々を呪うように。
 
  振り返らず。
  立ち止まらず。
  置き去りにした過去から逃れるために。

  起こり得る必然に対し、人はどこまでも無力だ。
  手のひらから水が零れ落ちるように、運命とは時に残酷な巡り合わせを起こす。  


  無常な日々は流れさった。───そして新たな時が刻まれる。












第五部 プロローグ 「罪と罰」












 それは余りに突然だった。
 人にとっての寿命がそうであるように、全てのものには始まりがあり、終わりがある。

 これからも続いていくと思われた、輝くような日々は終わりを告げた。
 クレスにその覚悟が無かったわけではない。
 いつかはきっと、そうなる瞬間が来る。薄々とそうは感じていた。
 だが、ロビンと共に<麦わらの一味>として過ごした日々は余りに楽しく、夢のように得難いもので、その覚悟を鈍らせていたのだ。
 そして訪れた現実は想像以上にクレスを打ちのめした。


「あらららら、そう殺気立つなよ。
 別に指令を受けた訳じゃねェんだ。天気が良かったからちょっと散歩がてらにな」


 クレスの前に立つ男は、飄々とした態度で一味から放たれる殺気を受け流す。
 海軍本部<大将>青雉。
 <大将>の肩書を持つ人間は海軍の中でも僅か三人しか存在しない。その上には元帥であるセンゴクが君臨するのみ。
 世界政府の<最高戦力>と呼ばれる三人の内の一人だ。
 

「……それを信じると思ってんのか?」


 煮えたぎるような感情を沈め、低い声で問うクレス。


「信じるもなにも、おれは散歩をしに来ただけだつってんじゃないの。そうカッカすんな」


 青雉はめんどくさそうに頭をかきながら答えた。
 そして気だるげな目で一味を見まわし、何を思ったかおもむろに横になった。


「あァ、失礼。立ってんの疲れた。
 だいたいお前らアレだよ、ホラ。……ああ、忘れたもういいや」

「話の内容グダグダかッ!」


 あんまりな態度に思わずウソップとサンジが叫ぶ。


「何なんだよ、コイツ。おい、ロビン、クレス! 
 人違いじゃねェのか? こんな奴が大将な訳がねェ!」  

「オイオイ、長鼻のにーちゃん、そうやって人を見かけで判断するな。
 ──おれの海兵としてのモットーは『ダラけきった正義』だ」

「見かけどおりだよッ!」


 余りにイメージとかけ離れてい過ぎるのか、一味はいまだにこの男を大将だとは信じてはいないようだ。


「そんでまあ、早ェ話、お前らをとっ捕まえる気はないから安心しろ。
 アラバスタ事後消えたニコ・ロビンとエル・クレスの消息を確認しに来ただけだ。予想通り、お前達と一緒にいた。
 一応、本部には報告ぐらいしようと思う。賞金首が二人加わったから、総合賞金額(トータルバウンティ)が変わって来るもんな。
 一億と、六千万と、7900万と、6200万を足して、……わからねェが、ま、ボチボチだな……」


 青雉はふてぶてしい態度のまま続ける。
 そんな様子に業を煮やしたのか、ルフィが、


「おい、お前! かかってこいッ! ブッ飛ばしてやる!」

「ってオイ、ルフィ! こっちから吹っ掛けてどうすんだよッ!?」

「それがなんだ! だったら、クレスとロビンを黙って渡すのかッ!」


 青雉に殴りかかろうとしたルフィをウソップが止める。
 それを見て青雉が、 

 
「いや、だから……何もしないって、言ってるじゃねェか。おれはここには散歩に来ただけで……」

「なんだ散歩か。じゃあこんなとこ通るなお前、出て行け!」

「めちゃくちゃじゃないすか……」


 なんとなくルフィが押していた。
 どうやら言葉通り、青雉は何もする気はなさそうであった。
 だが、クレスの表情は晴れる事はなかった。
 視線を盗むように、ロビンの方へと目を向ける。やはりと言うべきか、ロビンは小さく震えていた。
 クレスとロビンにとってこの男は、過去に見た悪夢の一つである。刻まれた記憶はそうそう克服できるものではない。


「ああ……そう言えば、あんた」


 青雉は思い出したように、茫然と立っていたトンジットを指した。
 突如指差されたトンジットは首を捻る。青雉は寝たままの状態で言う。


「おれは眠りが浅いから、さっき話はだいたい頭に入っている。今すぐ移住の準備をしなさい。
 要するに、留守中に移住しちまった村を追い掛けて三つ先の島に行きたいが、馬は脚に怪我を負っちまって、引き潮でも移動できないんだろ?」

「それが分かってんなら、今は移住なんて出来ねェの分かるだろ」

「大丈夫だ」


 ウソップの問いに青雉は即答するも、寝たままの状態なので全然説得力が無かった。
 だが、肯定の言葉はロビンから発せられた。


「確かに、その男なら……それができるわ」

「……忌々しい事にな」
 

 消え入りそうなロビンの言葉に、クレスは憎々しげに続けた。






 トンジットは青雉の言う通りに移住の準備を進めた。
 住居のゲルをはじめとし、生活に必要なモノを全て荷馬車へと積み込む。
 10年というブランクがあるものの、遊牧民である事もあって、やはり手慣れており、一味の協力もあり準備は比較的早く済んだ。 


「で? これから、どうすんだ? 
 このままおめェが馬も家も引っ張って泳ぐのか?」


 年に一度引き潮になる海岸へと到着し、ルフィが青雉に問う。
 当然の如く今は潮が満ちていて、とても渡れる状態では無い。


「んじゃまあ、危ないんで少し離れてろ」


 青雉は岸辺まで向かい、しゃがみこみ、海の中へと手を浸した。
 一味は不審がりながらその様子を見守るも、その瞬間、海の中から巨大な影が飛び出した。
 

「いかんッ! この辺りの海の主だ!」


 海王類の登場に、トンジットが青ざめ、一味が慌てた。
 岸辺にしゃがみこむ青雉に向け、海王類は鋭い牙を剥き襲いかかる。
 だが、青雉は現れた海王類に目を向ける事すらなく、凍てつくような声で<能力>を発動させた。



「氷河時代(アイス・エイジ)」 



 その瞬間、世界は変わった。
 襲いかかろうとしていた海王類も、波打つ海すらも、見渡す限りの全ては氷結し動きを止めた。 
 恐ろしいまでの冷気が青雉を中心として吹き荒れる。
 <ヒエヒエの実>の氷結人間。
 万物全てを凍らせる。それが、海軍本部<大将>青雉の能力だ。
 一味は突如現れた氷の大地に度肝を抜かれ、クレスは20年ぶりに見る圧倒的な力に戦慄を覚えた。


「一週間は持つだろ。のんびり歩いて村に合流するといい。少々冷えるんで、温かくして行きなさいや」


 青雉は夢とも疑う光景に立ちつくすトンジットに向けそう言い、離れた場所で再び横になった。
 トンジットは再び村と合流できる事に感激し、涙を浮かべながら礼を言う。
 そして、トンジットは一味に手厚く見送られながら村へと合流するために去っていった。






「は~~よかった」

 
 氷結した海に息を白くさせながら、ルフィが安堵の息を吐く。
 割と温暖な気候だったロングリングロングランドだが、青雉の力により、海辺は冬島のような気温へと変化していた。
 一味は青雉に対し警戒を解いたのか、物珍しそうに氷の大地を眺め、肌を刺すような寒さを面白がっていた。
 そんな中で、クレスはなるべくロビンの傍から離れないように心掛けた。
 クレス達は海賊であり、青雉は海兵だ。たとえ何が起ころうともその関係が変わるかけでは無い。
 

「………」


 青雉は横になった状態から身体を起こし、草地に座り込んでいた。
 無言のまま観察するようにルフィの姿を見て、そして重い沈黙を破るように呟いた。


「何というか……じいさんそっくりだな、モンキー・D・ルフィ。奔放というか、掴みどころがねェというか……」

「じ、じいちゃんッ!?」


 青雉の言葉にルフィは珍しくうろたえた。
 家族の話は聞いた事が無かったが、何かあるのだろうか。


「お前のじいさんにゃあ……おれも昔世話になってね。
 おれがここに来たのはニコ・ロビン、エル・クレスに加えて、お前さんを一目見る為だ」
 
 
 青雉はルフィに構わずに続けた。
 そして口を閉ざし、一味全員をその瞳に納める。
 その瞳は先程までとは異なり、酷く冷たかった。


「──やっぱお前ら、今死んどくか?」


 海軍大将から放たれる言葉の重圧に一味は皆息をのんだ。


「政府はまだまだお前たちを軽視しているが、細かく素性を辿れば骨のある一味だ。
 少数とはいえ、これだけの曲者が顔を揃えてくると後々面倒なことになるだろう。
 初頭の手配に至る経緯。これまでにお前達のやって来た所業の数々。その成長速度。
 長く無法者共を相手にしてきたが──末恐ろしく思う。今日は観察のつもりだったが、止めだ。お前達を放置するのは危険すぎる」


 青雉はゆっくりと立ち上がる。
 人並み外れた長身により、高い位置から睥睨されているかのようだ。


「特に危険視されるのはお前らだよ、ニコ・ロビン、エル・クレス」


 青雉の矛先がクレスとロビンに向いた。
 クレスはロビンを庇うように前に立ち、刃のように鋭い目で青雉をにらみ返す。


「懸賞金の額は、何もそいつの強さだけを表すものじゃない。政府に及ぼす"危険度"の数値でもある。
 だからこそ、ニコ・ロビン、お前は僅か8歳という幼さで賞金首になり、唯一の共犯者であり、手がかりであるエル・クレスもまた懸賞金をかけられた。
 まぁ、エル・クレス……お前さんに関しちゃ、ニコ・オルビアと協同しCP9三人を相手取り勝利するという将来性も考慮されたがな。
 幼い子供が二人……よく生き延びてきたもんだ。裏切っては逃げ延びて、取入っては利用して、……そうして、お前達が次に選んだのがこの一味という訳か?」

「おい、随分とカンに障りやがる言い方するじゃねェか……! ロビンちゃんとクレスに何の恨みがあるってんだッ!」

「別に恨みはねェさ……恨まれる事はあってもな」


 頭に血が上ったサンジに、青雉が含むような声で返す。
 

「だが、お前達にもその内分かる。
 厄介な奴らを抱えこんじまったと後悔する日もそう遠くはねェさ。
 それが証拠に、今日までこの二人が関わった組織は全て壊滅している。その二人を除いてだ。何故かねェ?」

「黙れよ……てめェに何が分かる」


 握り過ぎて白くなった拳でクレスが言う。
 クレスの言葉を青雉は肩をすくめてかわした。


「さてね、何も分からんさ。
 だが、お前さんの事はそれなりに分かっているつもりさ、エル・クレス。なんせ、父親そっくりだもんな」

 
 そして僅かに細めた目で、クレスを見た。
 それはクレスを通して別の誰かを見ているかのようだった。
 写真でしか顔を見た事が無い父親の名前が青雉の口から出てきた事にクレスは鼻白んだ。


「海軍本部大佐<亡霊>エル・タイラー。
 奴はおれの後輩さ。奴とはそれなりに付き合いがあってね、よくリベルの旦那のとこで世話になったもんだ。
 今日再び、お前さんを見て確信したよ。やはりお前はあの男の息子なんだってな」


 凍てついた青雉の瞳に僅かに感情の色が灯る。
 しかし、クレスにはそれが何を示すかは分からなかった。


「奴はまさしく“男”だったよ。
 何かを守るために己の全てを捧げられる奴だった。
 そして、そのためにはどれだけ迷おうとも、取捨選択を誤らない奴だった。
 お前さんには分かる筈だ。何かを守るってことは、それ以外を敵に回すって事だ。それは尊くも、それ以上に残酷だってな」


 青雉の言葉にクレスは口を閉ざした。
 否定することは出来なかった。


「あの島を離れてからお前はどうやってその女を守ってきた?
 世界中から敵意に晒され、行きつくあても無く彷徨って、そして何を捨てた? その女の為にお前は何をし続けてきた? 幾人犠牲にした?」


 青雉の言葉はクレスを罰するようであった。
 クレスは僅かに俯いた。
 後ろを振り返り、ロビンの表情を見る余裕は無かった。
 

「そうせざるを得なかった。それもまァ、分かる。
 なんせ、助かりたきゃ、その女を見捨てるだけでよかった所を、守る事を選んじまったんだからな。
 お前さんは良くやった。こうして今まで二人とも生き残っているって事は、それが正しかっただろう。
 だが、──余りに良くやり過ぎた。
 20年前のあの時、手配書が出回った時からなんとなくそうなると思っていた。
 そうならない事を願っていた。だが、道筋は考えうる限り最悪だったな」
 

 クレスの顔から表情が消える。
 感情を制御するために行う、クレスの癖のようなものだ。

 力とは、振るうべき時に振るうもの。
 後悔はする。しかし、躊躇いは無い。たとえそれが誰に対してであっても。

 背負うべき罪は多すぎた。
 クレスが犯してきた罪の数々、それらが全て<ロビンを守るため>という免罪符の下で行われた。
 当然、許される事ではないと知っていた。
 余りに残酷な人の悪意の中で、幼く純真なロビンを守り抜くには必要なことだった。
  

「お前はどんなに苦悩しようとも、必ず最後にはその女を取る。
 この一味とも上手くやっているようだが、お前は必ずその女の為に切り捨てるだろう」


 考えたくはなかったが、その時が来れば、クレスはするのかもしれない。
 今までが、そうであったように。
 青雉の全身から冷気が放たれ、周囲の空気が氷結してく。


「今までも、そしてこれからも、そうして切り捨てるつもりか?
 その女の為に心を偽り。
 その女の為にその身を削って。
 最後は己の命すらも捧げるつもりか?
 正直、お前さんの生き方は不器用すぎて見るに堪えんよ」


 青雉は更に言葉を紡ごうとしたが、それ以上続けることは無かった。


「……さすがに言いすぎたな」


 青雉の首筋に傷痕が刻まれていた。
 だが、直ぐにその部分が氷結し元に戻る。
 青雉の視線が後ろへと向く。そこには瞬く間に青雉へと一撃を叩き込んだクレスの姿があった。


「それ以上喋るな、クザン……!」


 漏れ出した感情は抑えきれず、憎悪となった。
 青雉にそれ以上喋らせる訳にはいかなかった。
 それは、エル・クレスという人間の否定であり、クレスが守ると決めた者へと否定と繋がる。
 クレスはサイドバックから黒手袋を取り出し、装着する。
 青雉はそれを見て小さく鼻を鳴らした。


「フン……奴の黒手袋か。
 その不完全品じゃおれは倒せんよ。無駄なことは止めとけ」

「…………」

「だんまりか。……なるほど、相当頭にきてるようだな」


 青雉は大気を氷結させ、氷の剣を作り出した。
 絶対零度の冷気で氷結した刃はどんな名剣にも劣らない。
 

「覚悟しろ、命貰うぞ」


 青雉は拳を構えるクレスに向け、氷の剣を振りかぶった。
 だが、その刃はクレスに届く寸前で別の刃に受けとめられた。


「一人突っ走ってんじゃねェよ」


 氷の剣を受け止めながらゾロが言う。
 青雉の目線がゾロへと向く。だがその瞬間、飛び込んで来たサンジが氷の剣を蹴り飛ばした。


「まったくだ。
 過去がどうだったかは知らねェが、今は頭冷やしやがれ」


 氷の剣は青雉の手を離れ、くるくると上空を舞う。
 それを好機と見て、ルフィが腕を伸ばしながら肉迫する。


「ゴムゴムのォ!!」


 迫るルフィに対し、青雉は慌てた様子も無く冷めた様子でゾロとサンジを掴んだ。
 それを見て、クレスが叫ぶ。


「不味いッ! 離れろお前らァ!!」


 既に遅く、ルフィの拳は青雉へと突き刺さっていた。ルフィの拳を受けても青雉は全く揺るがない。
 そして、クレスが恐れていた事態が起こった。
 ルフィ、ゾロ、サンジの三人が苦悶を上げる。青雉の身体から強烈な冷気が発せられ、触れるもの全てを凍りつかせた。


「───ッ!!」


 瞬間的にクレスが大地を蹴った。
 黒く覆われた拳を固め、青雉の顔へと叩きこむ。しかし、クレスが殴りつけたのは氷の塊だった。
 青雉は既にその場から引いていた。


「危ねえなぁ、そいつで殴られれば痛いんだよ。
 それにしても、いい仲間に出会ったな。……それだけに残念だ」
 

 青雉は焼け付くような痛みを堪える三人を見て、再びクレスに視線を戻す。
 ルフィ達はそれぞれに身体の一部を凍らされていて、戦力は半減した。無理に戦えば、患部が砕け散るだろう。
 凍傷の危険性を知るチョッパーが逃げるように叫ぶも、敵は待ってはくれない。
 クレスは震えそうになる身体を抑え込んで、青雉に向かい肉迫する。


「……ォオオ!!」


 口元から雄叫びが漏れる。
 それは、窮地に立たされた獣のような声だった。
 クレスは自身の中で不安と絶望感が広がっていくのを感じとっていた。
 20年の歳月の中でクレスは比べ物にもならないほどに成長し強くなった。それでも、最高戦力と持て囃されるこの男との実力差は開いたままだった。
 一度刻まれた敗北の記憶は、圧倒的な実力差と共にクレスを苛む。
 だが、同時に今まで生き伸び続けたクレスの肉体は、的確な行動を起こした。
 やれるか、やれないでは無い。
 やらなければならない。
 今ここでこの男を倒さなければ、何かが終わってしまう。そんな気がしていた。


「アイスブロック"両棘刃"」


 青雉から氷塊の矛が放たれる。
 クレスは“紙絵”を用いて滑り込むようにして回避。
 スピードを殺す事無く青雉に肉薄し、握りしめた拳を叩きこむ。
 クレスの拳は青雉へと吸い込まれるように進むも、その身を打つ事無くすり抜けた。
 拳が触れる部分をタイミングよく自然変換する事によって、青雉は逆にクレスを招き入れたのだ。
 青雉は抱き込むようにクレスを覆い、肌を削るよう凶悪な冷気がクレスの肌を撫でた。



「───アイスタイム」



 それはかつてクレスも受けた、絶対凍結。  
 まず、青雉に最も近いクレスの右腕から凍りつき、冷気はみるみるうちにクレスを侵食していく。
 その這い上がるような恐怖と、奥底から燃え上がった生存本能によりクレスは瞬間的にもう片方の拳を振るった。
 拳は青雉の頬を捉え、そこからクレスは渾身の力で振り抜く。衝撃に負け、その顔に僅かな驚きを浮かべ青雉が数歩後退した。
 しかし、同時に青雉に触れた為にクレスの腕も凍りついていた。


「あららら。
 さすがに油断したな。まさか、殺り損ねるとは」


 口の中を切ったのか、口元から血を流す青雉。 
 この男に血を流させる事だけでも驚異的なことなのだが、その代償としてクレスはほぼ全身を氷結させられていた。


「───ぁ、あ───ッぁ」
 
 
 クレスの口からかすれた音のみが漏れた。
 凍結が不完全に終わり、今のクレスは身体の大部分が凍りついたという状況だ。
 それが逆にクレスを苦しめていた。
 血は凍り、脈動は消え、心臓の鼓動は無く、息は出来ない。なのに僅かながらも意識がある。


「クレス───ッ!!」


 ロビンから悲鳴が上がる。
 青雉はとどめを刺すべくクレスに近づく。


「中途半端な状態で止めちまったな。───今楽にしてやる」


 青雉を阻もうと一味は動くが、青雉の方が圧倒的に速かった。
 もう間に合わない、そう思われたその瞬間だった。


「ォォォオオオオオオオッ!!」


 クレスの口から轟くような雄叫びがあがった。
 それは青雉にとっても不可解なことだった。クレスは虫の息であり、ほぼ全身が凍りついている。そのクレスから、白い煙がたなびきだした。
 死を待つだけのその状況において、クレスが行った事はある意味驚異的なことだった。
 クレスは自身の体温を無理やりに上昇させる事により、青雉に受けた氷結を融解させ始めたのだ。
 それは<六式>とはまた別に伝えられる、己の身体を自在に制御する<生命帰還>と呼ばれる技であった。
 だが、クレスはその事を知らない。師事を受けたリベルにも生命帰還に関しては教わっていなかった。
 驚異的なことだ。命の危機という淵において、クレスは自ら活路を見出したのである。
 

「あららら。
 こりゃ、驚いた。まさか息を吹き返すとは」


 青雉の目の前で、クレスは荒い息を吐くまでに回復していた。
 クレスは一味に向け絞り出すように声を為した。


「……お前ら、逃げろ……!! コイツはおれが何とかする」


 身体が動くようにはなったものの、それは僅かに過ぎない。
 今だクレスの全身のほとんどは凍りついており、クレスが危機的状況にあるのは変わらない。
 戦えば必ず敗北する。
 クレスとて命を捨てる気は無い。しかし、これが最善の方法だった。
 この中で青雉を相手にまともに戦えるのはクレスしかいないのだ。
 逃げ場など無い。青雉が本気になれば誰が相手であろうとも逃げる事は困難を極める。
 ましてやここは無人の孤島。メリー号で海に出ようとも、青雉はその海すらも凍らせる。
 クレスは融けだした拳を握り直す。戦うしか道は無かった。


「クレス……!! ダメ……ッ」


 後ろから聞こえた、今にも泣き出しそうなその声に、クレスは首を横に振った。
 今のクレスに可能なのは時間を稼ぐ事だけ。
 クレスは安心させるように言葉を紡いだ。 


「……アイツ等を連れて先に逃げろ、ロビン。心配すんな、また後で会えるから」


 クレスは凍りついた両腕を無理やりに身体の前に突き出した。
 凍っていた腕を無理やりに動かしたために、クレスの腕に亀裂が走り、嫌な音が連続して響いた。


「かかってこいよ……クザン」

「フン、生意気な口を聞くじゃないの。
 もう足掻くな。お前さんは見ていて哀れだよ。いっそ、殺してやった方がいいとさえ思うほどにな」


 凍りついた全身を無理やりに動かして、一歩一歩クザンへと向かって行く。
 生命帰還の影響か、視界が妙に赤くなってゆき、吐く息は今にも血が混じりそうだった。
 奇しくもそれは20年前のオハラと同じ状況だった。
 その背に守るべきモノを背負い、己の身一つのみで強大な敵に立ち向かう。
 勝利条件は時間稼ぎ。付け加えるならばその後に離脱すること。


───五分、いや……十分は持たせる。


 クレスの視界にはもはや青雉の姿しか映ってはいない。
 だから、気がつかなかった。クレスへと歩み寄るもう一つの影を。
 

「……クレス」


 クレスの耳に届いたのは感情を伺わせない声だ。
 それは、麦わら帽子の船長のもの。
 クレスがそちらに僅かに意識を向けた瞬間、ようやく融解を果たした腹部に───強烈な一撃が突き刺さった。


「───なっ!?」


 予想外の一撃にクレスは意識が混濁し膝をついた。
 そして無理やりに胸倉を掴まれ、後方へと投げ飛ばされる。
 投げ飛ばされたクレスはロビンによって抱きとめられた。


「どいてろ、邪魔だ」


 先程までクレスが立っていた位置でルフィは拳を鳴らした。


「おめェら、クレスとロビンを連れて先に船に行け。一騎打ちでやりてェ」


 突然の発言に一味は困惑する。
 そんな中で、ゾロが苦々しい顔で刀を納め、一味を促した。


「ボサッとすんな、船長命令だ!!」

「待て、ゾロ!! それはいくらなんでもそりゃねェだろ!!」

「黙れ、ウソップ!! いいから、船に行くんだよ!!」


 薄情とも取れるゾロの言動にウソップが激昂するも、サンジに掴みかかられる。
 今は一味の瀬戸際だ。その中での船長の意志は重い。
 海賊として、それがどんなに受けれられないものでも、受け入れるしかないのだ。


「……クレス、しっかりして……!!」


 ルフィによって緊張の糸が切られたために、本来ならば歩くことすら困難なクレスは完全に意識を失っていた。
 その顔に生気は無く、ロビンが必死な様子でクレスを運ぶ。
 それを見て、チョッパーは<人型>へと変形した。


「ロビン、おれが運ぶよ」


 駆け寄ったチョッパーがクレスを受け取るも、クレスに触れた瞬間、その体温に驚いた。
 クレスの身体は青雉から受けた凍結を融解させようと、異常なまでに体温を上げている。
 肌の一部は氷のように冷たく、一部は火傷しそうなほど熱い。
 凍結と加熱。相反する二つの熱がクレスの身体を覆っていた。
 

「みんな急いで!! クレスの症状が思ったより酷い。裂傷と凍傷、それに異常な発熱……早く治療しないと大変なことになる!!」


 チョッパーが重体のクレスを見てウソップ達に呼びかける。


「……船医さん、クレスが……」

「ロビン、しっかりして。クレスは大丈夫だから」


 うろたえるロビンをナミが毅然と励ます。


「……お前さんたちもモノ好きな奴らだな。
 やめとけ、そいつも、その女も……助けな方が世の為だ」

「お言葉ですけど、そういうのの集まりよ、海賊って」


 呆れ交じりに吐いた青雉の言葉にナミが強気に反論する。
 青雉は、口元を軽く緩め、「……よくわかってんじゃねぇの」と呟く。
 そんな青雉にルフィの拳が飛んだ。


「おい、お前の相手はおれだッ!!」

「……変わった奴だ。
 分かった。その心意気を買ってやろう。
 ただし、連行する船がねェんで───殺していくぞ」

「オウッ! 望むところだ!!」
 





◆ ◆ ◆






 ルフィが青雉を引き付けた隙に、一味は重体のクレスを連れ、大急ぎでメリー号へと戻った。
 チョッパーの指示を受け、ゾロとサンジは青雉に付けられた凍傷を処置し、その間にチョッパーはクレスの手当てを行う。
 クレスはかなり危険な状況だった。青雉に受けた凍傷もさることながら、それを融かそうと限界以上に体温を上昇させた事によって体中にガタが来ていた。
 おそらく、あの時点でルフィが止めなければ死に至る危険性すらあった。


「おい、クレスは大丈夫なのか、ナミ!?」

「……大丈夫だとは言えないみたい。中でチョッパーがまだ処置を続けてる」


 ナミの声は苦しげだ。
 チョッパーが船医として全力を尽くしても、限界はあった。
 

「……ロビンは?」


 そう聞いたウソップに、ナミが重い様子で答えた。


「クレスの傍に居るわ。チョッパーを手伝ってる。本当なら休ませたいんだけど、今は……」

「そうか……」


 今は多少は落ちついているものの、 いつもの冷静な顔はなく、見るからにロビンは動揺している。
 クレスが倒された時も、青雉への怒りよりもクレスへの心配が勝っていた。
 やはりそれだけ、ロビンにとってクレスという存在は大きかったのだろう。
 

「クレスの奴、無茶しやがって……」


 悔しそうに呟き、ウソップ甲板の方へと視線を向けた。
 そこにはゾロとサンジが沈黙と共に座り込み、手を出す事の出来ないこの状況に苛立っている。
 一人残ったルフィも、決着がついていてもおかしくはない。
 運命がどう傾こうとも、それに答えるだけの腹を括る必要があった。






◆ ◆ ◆





 
「まいったな。ハメられた」


 氷結した大地。
 その中心に座り込んだ青雉は、頭をかきながら、ルフィに向けてそういった。
 その言葉にルフィは答える事はない。
 青雉とルフィの勝負は既に決していた。
 ルフィの拳は青雉には届かず、変わりに青雉の冷気がルフィを襲い敗北。ルフィは全身を凍らされていた。


「“一騎打ち”を受けちまったからには、この勝負おれの勝ちでそれまで。そういう事か?
 これ以上他の奴らに手を出せば、ヤボはおれだわな。なァ……船長(キャプテン)」


 言い訳のように一味に手を出さない理由を並べ、そしてフッと小さな笑みを浮かべた。


「それとも───本気でおれに勝つきでいたのか?」


 凍りついたルフィはその問いには答えない。
 青雉は立ちあがると、宣告するように言い放つ。


「お前達はこの先、必ずあの二人を持て余す。
 ニコ・ロビンという女の生まれついた星の凶暴性。それを守護するエル・クレスという狂犬。
 この二人は必ず破滅をもたらす。お前達はいずれそれを背負いきれなくなる。あの二人を船に乗せるってことは、そういう事なんだ。モンキー・D・ルフィ!」


 青雉は持ち上げた脚を前に突き出す。
 踵は氷塊を捉え、砕いた。
 だが、それはルフィでは無かった。


「このままお前を砕いちまって命を断つことは造作もねェが、借りがある。
 これでクロコダイル討伐の一件、チャラにして貰おうじゃないの。アイツ等も……まァいい、この件は無しだ」


 じゃあなと、青雉はルフィに背を向け歩きだす。
 投げ捨てていたコートを羽織ると、近くに止めてあった<自転車>へと跨った。


「ここの記録(ログ)を辿ると、アイツ等の次の進路は……」


 青雉はコートのポケットから地図を取り出すとそれを広げた。
 

「『ウォーターセブン』“水の都”か。
 ……あらら、だいぶ本部に近付いてんじゃないの」 


 そうして、海軍大将は海上の上に氷の道を引き、自転車に乗って去っていった。

 
 
 




[11290] 第一話 「理由」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/10/06 19:55
 
 始まりは何時だっただろうか。
 
 思えば、生まれたその日から歪な人間だった。
 訳の分からない自我があって、自分は自分だと認識し、それを疑う事もなかった。
 何故だかわからない。成長というものはなく、既に完成していた。
 変わるのではない。戻るのだ。
 既に出来上がった器に中身が注がれるように。

 始めは異常さゆえに排斥されると思いこみ、周囲に溶け込もうと必死にそれを隠した。
 そしてそれがばれた時には、今までの日々に終わりが訪れたのだと思いこんだ。
 だが、世界は涙が出そうなほど自分に優しかった。
 自分はそういうものだと、その時初めて受け入れられた気がする。
 それ故に、諦める訳でもなくどこか達観した気持ちで、自分を取り巻く世界で生きた。
 見るもの、聞くもの、触れるもの。
 その全てが初めてである筈なのにどこか違和感があった。
 だが、それを不自由だとは感じることはなく、それならそれでいいと割り切っていた。

 だからこそ、その日常に終わりが訪れた時、どうしようもなくても抗おうとした。
 しかし、世界はこれっぽっちも優しくはなく、むしろ残酷だった。
 必ず返そうと思っていた恩義も、続くと思っていた日々も、炎の中に消え去った。

 だが、全てが消えた訳ではない。
 赤く燃えた日に交わした約束は導きであり、自身の願いでもあった。
 与えられた義務だとか責任だとか言うつもりはない。
 とにかく、余りに小さいその姿を自分が絶対に守り抜かなければならないと思った。
 その為なら、二人分の泥を被ってもいい。
 そのために余計に傷つき、余計に汚れようとも構わなかった。
 なぜなら己は欠ける事はなく、汚れすら飲み干せる強さがある筈なのだから。

 誤算があったとすれば、既にあったそれが弱かった事だろう。
 余りに甘っちょろく、冷徹になるのにも心の奥底で苦悩を続けている。
 だが幸いに、その時が来れば迷わずに手を下せるだけの歪さだけは持っていた。
 その姿が、心が、安らかになれるその時まで。ひっそりと寄り添う影のように傍に居れればそれでよかった。
 

 そうして今まで生きて来た。
 これからもそうやって生きて行くのだろう。

 
 だが、何故だ。
 見返りを求めるつもりはない。
 自分の幸福ならば捨ててもよかった。
 なのに何故。
 ……わからない。

 そう決めた筈のそれはひび割れるように悲鳴を上げていた。












 第一話 「理由」












───嫌な夢を見た気がした。


 泥のような眠りの果てに、クレスは視界に飛び込んで来た淡い光を見た。
 やけに重い瞼を開け、辺りを見回した。


「……ここは……」


 目に入ったのは、長旅で痛んだ天井だった。
 少し視線を下げると丸い窓から柔らかい光が差し込んでいる。どうやら今は早朝らしい。
 紫がかった夜明けの光は、継ぎ接ぎ痕のある壁とフローリング、そしてそこで眠る一味の姿を浮かび上がらせている。
 耳に届いたのは、安らかな寝息、朝の静寂。
 ぼんやりとした頭の中で、クレスはメリー号のラウンジに居る事を理解した。
 クレスは身を起こそうと身じろきする。


「……ん?」


 するとその指先がサラサラとしたものに触れた。
 柔らかい光を放っていたのは艶やかな黒髪。ロビンのものだった。
 ロビンはクレスが眠るベットに顔を伏して、疲れたように眠っている。
 クレスは優しげな表情を作り、ロビンを起こさないようにその髪を撫で、鉛のように重い自身の身体を持ち上げた。 


「……かなり……鈍ってんな」


 自分が使っていた毛布をロビンにそっとかけてやり、クレスは外へと向かう。
 外気にさらされ冷たくなった金属のドアノブを握り、もう一度部屋の中を見回した。
 一味は誰一人欠けてはいない。それの事に安堵した。


「……すまん」


 浮かんだのは謝罪の言葉だった。
 
 




 クレスは部屋を出ると前甲板へと出た。
 寝たきりだった為、思った以上に身体を動かすのに苦労したものの、キャラベル船のメリー号はそう大きな船では無い。
 少し歩き、階段を登ると羊顔の船首が見えた。
 そう言えばここの上は船長の特等席だったな、とぼんやりと思い、クレスは甲板に座り込み側壁にもたれかかった。
 海を背にしたクレスからは島の様子が確認できた。船はまだ出航してはおらず、ロングリングロングランドの岸辺に停泊しているようだ。
 
 
「オレは麦わらに……」


 ぼんやりと島の様子を眺めながら、クレスは青雉との邂逅から自身が意識を失うまでを思い返していた。
 自身が生死の狭間において命を削り、ルフィにそれを止められた。いや、助けられたのだろう。
 アレからどれだけ時間が経ったのだろうか。
 結果だけを言えば無事に乗り越えられたのだろう。一味は誰一人欠けてはいない。
 だが、一味が青雉に勝ったとは思っていない。
 おそらく自分達は見逃されたのだ。


「……弱いな……オレは」


 クレスはどこか達観したようにそう呟いた。
 己の強さは誰よりも理解していた。彼我の戦力差は歴然だった。勝てる筈が無かったのだ。
 今だ自分は弱く、襲いかかる理不尽を跳ね除ける事が出来ない。
 それがクレスにはどうしても我慢ならない。
 今回の件もそうだ。
 全ては弱いからいけないのだ。


「……まァ、今に始まった事じゃないか」


 風がクレスの頬を撫で、身体が打ち寄せる波によって揺られた。
 温暖な気候のロングリングロングランドだったが、早朝はわりと冷えた。
 それはむしろ心地よいぐらいなのだが、何故か今のクレスの肌にはただ冷たく感じられる。


「……クレス」


 そんな時、名前を呼ばれた。
 クレスがそちらへと視線を向ける。
 そこには安心したように顔を綻ばせた幼なじみの女性が居た。


「ロビンか……」


 クレスは少々ばつの悪そうにその名を呼んだ。
 ロビンはクレスへと歩み寄ると、その隣に腰を降ろした。


「もういいの?」

「ああ、迷惑かけたな。ありがとう」

「気にしないで、クレスが目を覚ましてよかったわ」


 ロビンは少し疲れがうかがえる顔で答えた。
 クレスは心の中でもう一度ロビンに感謝の言葉を贈り、気になっていた事を聞く事にした。 


「あれから、どうなったんだ?」

「……船長さんが“一騎打ち”で青雉を引きつけてくれたわ」

「なるほど……大した奴だ」


 一味の危機は、ルフィの決断が生み出した青雉の気まぐれによって救われた。
 こうしてクレスがロビンと言葉を交わせるのも、ルフィのおかげなのだろう。
 ルフィは本能で何をすべきかを感じ取っているように思えた。それは海賊として、船長として、得難く稀な能力であった。


「麦わらの様子は?」

「船長さんは昨日の夕方頃目が覚めたわ。体調も安定してるみたい」

「……今は何日目だ?」

「クレスが倒れてから三日目」

「そうか」


 クレスは一旦黙りこみ、重い口を開くように続ける。
 気が滅入る、一番したくない問いかけだった。 


「一味の様子はどうだ?」


 ロビンは予想がついていたのか、静かな様子で口を開く。
 浮かんだ感情は、困惑。


「何も事情を聞かずに、みんな……クレスと私を心配してくれていたわ」

「……そうか」


 クレスはそれ以上は何も言わなかった。
 今回の件は、自分達が招いた災厄だ。一味もその事をうすうすとは気が付いているだろう。
 それでいて、なにも問わなかった。
 

「………」


 ロビンもまた黙り込み、二人の間を沈黙が支配した。
 行き先は見えずに、ただ暗闇が広がっている。
 幾度も味わって来た終わりの足跡だ。


「……潮時か、思ったより早かったな」
 

 おそらくこのまま何も言わずにいても、一味は誰も咎めることはないだろう。
 だが、その信頼もいつかは必ず崩れ去る。
 海軍に捕捉された以上、必ず一味は標的となる。それは一味をどこまでも追い詰めるだろう。
 そうなれば、必ずその原因を重荷に思う。
 幾度となく辿って来た道のりだが、この陽気な一味にだけは何故かそう思われたくなかった。


「……クレスは、……どうして私を守ってくれるの?」


 どこか思いつめたように、ロビンはそう呟いた。
 初めてぶつけられた問いかけに、クレスは僅かに間を置いて答えた。


「どうして、そう思ったんだ?」

「クレスだって分かってるでしょう? 政府が狙っているのは私だけだって。
 本当ならクレスは関係が無い。貴方に掛けられた賞金も、本来の目的はそれを通して私を捕まえるものだって。
 昔からそうだったわ。クレスは自分も悪いように言うけど、そんなことはない。今回も元をただせば私に責任がある」

「そんなことはない……オレも、お前も、オハラの人間だ。それだけで政府にとっては十分な脅威だ」

「いいえ、それはただの建前よ。
 彼らにとって絶対に捕まえたいのは私。アナタじゃない」


 クレスがそう言うと、ロビンは自分の膝元へと目線を向けた。
 それはずっとロビンの中に燻っていた問題だったのだろう。
 幼いまま世界の悪意の中に投げ込まれて、その中で生きて行く事を強要された。
 息も出来ないような濃い闇の中で、本来ならばロビンは自分に懸けられた罪を自分で背負わなければならなかった。
 だが、ロビンは守られる側の人間だった。
 襲いかかる悪意を換わりに受け止める盾があった。


「子供の頃の私は……クレスの後ろに隠れて、ただ震えていたわ。
 クレスはそんな私を何も文句を言わずに守ってくれた。一番辛かったあの頃から、私はクレスにとっての重荷だった」

「……たとえそうだったとしても、今は違う筈だ。
 お前は自分で戦う術を手に入れ、生き延びる術を学んだ」

「ええ、私もそう思っていた。守られる立場じゃなくなって、クレスの隣に立ててるって。
 でも青雉が来て、そうじゃなかったって気付かされた。
 今もまだ私は後ろで震えてるだけで、クレスに守ってもらってた。そして私の存在が未だにクレスを傷つけているんだって」

「……それが理由か?」


 ロビンは小さく頷いた。
 だから、クレスに自身を守って来た理由を聞きたくなったのだろう。
 クレスはその意志をくみ取り、絡んだ糸を解くようにゆっくりと語る。


「……母さんとの約束もあったけど、オレは……そういうもんだと思っていた。
 お前も気が付いてたと思うけど、オレは……“普通”じゃ、無かった。
 それを煩わしく思ったことはないけど、その分、やれることはやらないとって思ってた。
 そして何より、お前は幼なじみで、家族も同然だ。見捨てるって言う選択肢がそもそもなかった」

 
 それは偽ることの無いクレスの気持ち。
 ロビンを守る事が、クレスの願いであり希望でもあった。
 ある意味では、クレスはロビンに依存していたのかもしれない。
 逃げ出したくなるような世界で、ロビンの存在は希望であり、守るという行為は救いでもあった。
 

「……優しいのね」


 クレスの言葉を聞き、ロビンはそう表現した。

 ───違う。

 クレスはロビンの言葉を肯定できずにいる自分を自覚した。
 この感情は、もっと利己的で、自分勝手なものの筈なのだ。
 だが、クレスは何故かその事を言葉に表す事が出来なかった。
 口を閉ざしたクレスの前で、ロビンは膝の上で重ねてた自身の手を強く握る。
 暫くの時間を置いて、伏せられていた視線が意を決したようにクレスと交差した。


「でも、私はその優しさに甘えたくはない」


 正面から覗いた決意。
 その意志にクレスは揺らいだ。


「もう、私のせいで傷つくあなたを見たくない。だからお願い……もう、私を守らないで」


 そう言い、ロビンは立ち上がる。
 その姿にクレスの中にどうしようもない焦りがこみ上げた。


「ロビン……!!」


 感情より先に身体が動いた。
 背を向けたロビンの肩を掴み、真っ直ぐに視線を合わせる。
 何かを言おうとしたわけではない。だが、こうやって引き留めずにはいられなかった。


「クレス……痛い……」

「……ッ……すまん」


 自分が思っている以上に力の篭った手を離す。
 ロビンは自分の肩を抱き、クレスから視線を逸らした。


「ごめんなさい、こんな話をして。……少し、一人にしてほしいの」


 離れて行くロビンにクレスは何か言おうとして、それが言葉となる事はなかった。
 引き留めようと持ち上げた腕が無性に情けなくて、無理やりに拳を握った。






◆ ◆ ◆



 


 青雉との邂逅から5日。
 海も穏やかなその日に、クレスもルフィも無事回復を果たす事ができ、一味は次の島へと向けて出港した。
 一味は二人の体調を気にしてはいたが、元より異常なまでに丈夫な二人だ。負傷した事が嘘のように自由に動き回っていた。

 一味を乗せ、メリー号は青い海を突き進む。
 現在は出航より三日目の朝。
 空は快晴。気候は春ときどき夏。南風が頬を撫でた。
 

「う~~ん、いい天気」


 温かな陽光を浴びながら、甲板に椅子を広げたナミが気持ちよさそうに伸びをする。
 今は波も穏やかで、一味は思い思いの時を過ごしていた。


「なぁ~、クレス、まだ釣れねェのか?」

「……」

 
 ナミの視線の先には、側壁に座り込み釣り糸を垂れているクレスと、釣れた魚を期待するルフィがいた。
 もはや恒例ともなりつつある光景だ。
 素人のナミから見ても、クレスは面白いほどに魚を釣り上げる。おかげで一味の食卓事情はかなり潤っていた。
 以前のように餓死寸前(サンジのおかげでナミは無関係)になりかけていたのが嘘のようだ。
 だが、今日はいつもと違い不調のようで、クレスの釣竿には魚が全く食いついていなかった。


「なんだよ、調子悪いのか?」

「悪いな……こういう日もある。
 腹が減ったなら、キッチンに行って来い。コックがなんか作ってたぞ」

「お、そうか! 分かった」


 ルフィはキッチンへと向かって行く。
 クレスはそれを見送ると、ぼんやりとした様子で海へと視線を戻した。
 そこには普段釣りをする時感じる独特の緊張感はなく、言ってしまえば、ただ闇雲に釣り糸を海の中に垂らしているようにも見えた。
 その事が少し気になり、ナミはクレスに話しかけた。 


「全然釣れてないみたいね、クレス」

「航海士か。……なんだ、お前も腹でも減ったのか?」

「違うわよ。ほら、アンタいつもはもっとバンバン釣り上げてるじゃない。
 ルフィと一緒で忘れかけてたけど、アンタも一応怪我人だったんだし、調子でも悪いのかと思って」
 
「体の方は問題ない。
 今すぐ海に飛び込んで、海王類を殴りつけても平気なぐらいだ」

「……そこまで求めてないわよ。ならいいんだけど。
 なんかいつもと違うのよね、もしかしてロビンと喧嘩でもした?」

「………」

「……もしかして図星?」


 黙りこんでしまったクレスにナミは呆れたようにため息をついた。
 そう言えば思い当たる節があった。二人は普段通りに見えるのだが、ふとした時にその違和感を感じるのだ。
 それはたとえば今も。
 いつもの光景を思い返してみれば、天気がいい日に釣り糸を垂れるクレスの傍には、必ず本を開くロビンの姿があった。


「ちゃんとお礼とか言ったんでしょうね?
 アンタが寝込んでいる間、ロビンがほとんど寝ないで看病してたんだから」

「……言ったよ、ちゃんとな」

「じゃあ、アンタの余りの甘党っぷりに付き合いきれなくなったとか?
 アンタ何にでもとりあえず砂糖かシロップ入れるじゃない。サンジ君の作ったカレーに入れた時はさすがにおかしくなったのかと思ったけど」

「あれはコックが悪い。オレは辛いのと苦いのが何よりも嫌いなんだよ」


 クレスは手に持っていた釣竿の糸を一端回収し、小さく舌打ち。
 エサが無くなっている釣り針に新しいエサを取りつけ再び海に放った。


「まぁ、理由はなんとなくわかってる」

「なら早めに謝っときなさいよ」

「……ああ、分かってる」

 
 クレスは口を閉じ、釣竿へと視線を戻した。
 どうやら余りこの問題には触れて欲しくはないようだ。
 こういうのは本人同士のペースがあるだろうと、ナミは納得し、そしてふと思った疑問をクレスに投げかけてみた。


「今思ったんだけど、アンタとロビンの関係って何なの?
 はじめはそういうものだと思ってたけど、何だか違うみたいだし……」

 
 ナミの問いかけに対しクレスは暫く黙りこんだままだった。
 しばらくすると、その沈黙に耐えかねるように、ポツリと独り言のように呟いた。


「オレとアイツは……幼なじみだ」

「……アンタはそれで───」


 ナミは言葉を紡ごうとしたが、そこで行き詰まってしまう。
 僅かな逡巡の後、言葉を続けようとして、


「ナミさ~~ん、おやつ持って来たぁ! ジャガイモのパイユだよ~~~!
 っておい、クレス! てめェ、ナミさんに近いんだよ、離れろ、すり潰すぞコラァ!!」

「サンジ君……ハァ……」

「アレ? どうしたのナミさん、もしかしておれの熱い視線によろめいちゃったとか? 照れるなァ~~」


 突然のサンジの登場にナミは毒気を抜かれてしまった。
 クレスもうるさいのが来たとあからさまなため息を吐いて、犬を追い払うように手を振っていた。
 ナミはこの話は終わりだと明るい声でクレスに言う。


「まぁ、いいわ。個人的には気になるけど、私がとやかく言う事でもないし」

「……そうか」

「それよりもその釣竿引いてるみたいだけどいいの?」

「ん? ああ、そうだな」


 クレスは撓り始めた釣竿のリールをゆっくりと巻いて行く。撓り具合から見ると結構な大物だろう。
 いつもに比べると精彩を欠いていたクレスの動きだったが、それでも順調に魚は船へと向かって近づき、そして水の中から飛び出した。


「へェ……結構大きいじゃない」


 魚は八十センチ程で、色鮮やかな赤い鱗を持っていた。
 薔薇にも似た美しい鱗にナミが面白がって触ろうとしたが、クレスの鋭い声が飛んだ。


「待て、触んな!」

「えっ……なんで?」


 ナミは驚いて動きを止める。
 そんなナミをサンジが庇うように魚から引き離す。


「クレスの言う通りだ、ナミさん。コイツは猛毒で有名な魚だ」

「……げ」


 サンジの言葉にナミは顔を青くする。
 そんなナミにクレスが魚の生態を話した。


「アカバラウオ……<海の毒薔薇>とも言われる猛毒魚だ。
 海王類でもコイツの毒を受けると、数分で死に至る。
 しかも、毒抜きがめんどくさい上に、調理しても不味い。観賞用にするにも世話が難しいし、扱いづらい魚だな」

「美しい薔薇には毒の棘があるってことさ、ナミさん」

「ちなみに、コイツは毒をとばして攻撃する」

「怖いわッ! もう分かったから何とかして!!」

「まぁ……不注意だったな。悪かった」


 クレスは黒手袋を装着すると慎重に針を外し、毒魚を海へと返した。
 そしておもむろに釣り用具を片付け始めた。さすがに釣りを続ける気分では無くなったのだろう。


「……生きるためには毒が必要。それを自らで望んだ、か」

「ん? クレス、何か言った?」

「いいや、何でもない。
 そういやコック、その手に持ってるやつオレにもくれ」 
 
「てめェのはキッチンにある、自分で取ってこい」

「あいよ」


 クレスは真っ直ぐにキッチンへと向かって行く。
 ナミはその後ろ姿をしばらく見ていたが、甲板に広げた椅子へと戻るとそこに座り直し、サンジにドリンクを頼む。
 その時、クレスの背から小さな呟きが洩れた。


「……オレはそうなって欲しくなかった」


 だが、その呟きは風にさらわれ誰の耳にも届くことはなかった。


 

 



[11290] 第二話 「水の都 ウォーターセブン」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/10/11 19:42


「……んん? 何だありゃ?」


 まず気がついたのはゾロだった。
 ロングリングロングランドを出航し、順調に海を進んでいたメリー号の遠方に何かが見えた。
 

「か、カエル……?」

 
 続いてその姿を見たのはルフィ。
 食べかけのパイユをぽとりと取り落とし、ルフィは呆然とその様子を眺め続ける。
 視線の先に居たのは、傷だらけの巨大カエルだった。目算で普通の人間の倍はある。
 ただの巨大カエルならば珍しい訳でもないのだが、今回は訳が違った。
 そのカエルは猛烈なクロールで海を渡っていたのだ。


「オイ、ウソップっ! 見てみろよ、巨大ガエルがクロールで海を渡ってるッ!!」

「ルフィ、馬鹿も休み休み言え。カエルがクロールなんか……───しとるー!?」

「ナミッ、進路変更っ! 追うぞ野郎共、オール出せッ!!」


 追うしかない、との答えに達したルフィは船の針路を変え、カエルを追跡することにした。
 興味を持ったチョッパーとゾロを引張り出し、オールで海を漕ぎまくる。


「こら、アンタ達! なに勝手に進路変えてんのよ!」


 突然の進路変更に、ナミが文句を言いに来た。
 そんなナミに必死にオールを漕ぎながらルフィが、


「体中ケガをしたでっけェをカエルを見つけたんだ。おれ達は是非それを丸焼きにして食いてェんだよ!!」

「食うのかよっ!?」
 

 そんなつもりはなかったゾロ達が叫ぶ。
 一味は必死にカエルに追い付こうとするも、カエルは思った以上に速く、だんだんと突き放されていく。
 距離がかなり開いた時、ナミが前方に何かを見つけた。
 それは灯台だった。
 だが、それは余りにも不自然だ。
 辺りを見渡しても島などはなく、とても灯台を作る意味があるとは思えない。


「どうした、島が見えたのか?」

「ううん、灯台があっただけ」

「カエルは? カエルの方向示してくれよ!」

「イヤ」


 カエルを追う意味が分からないナミは当然のように拒否。
 だがそんなナミの前に、銛とロープを担いだクレスが現れる。


「おい、カエルはどこだ?」


 狩る気満々だった。


「アンタもか!?」


 続いてラウンジからロビンとサンジが顔を出した。
 海を泳ぐカエルを見て、


「カエルも灯台を目指しているみたいね」
 
「カエルは白ワインでぬめりを消し、小麦粉をまぶしカラッとフリート。おい、あんまり食材に傷をつけんなよ」 

「ちょっと、ロビン、サンジ君!?」

「うるせ、分かってるっての。へぇ……なかなか身が締まってて美味そうなカエルだな」

「やめんかァ!!」

 
 食卓にカエル肉が並ぶ事が現実味を帯び、焦るナミ。
 何故かナミ以外の心は一つだった。


「おっしゃ、全速前進ッ!!」

「お───!!」

「その団結力は何なのよ!?」


 カエルを追い一味はしばらく船を進め灯台付近へと近づいた時、突如カエルが大きくジャンプした。
 灯台は二つの長方形が向かい合うように出来ていて、カエルはその間へと入り込んだ。
 よく見れば灯台はブイのように海の上に浮いており、人が立ち寄りそうにもないのに清潔な印象を受ける。
 一味はこれをチャンスと見て更にスピードを上げるも、ふと妙な音が聞こえてきた。


「待って、皆ストップっ! 変な音がする!」


 カンカンカン……と規則正しくも警戒心をかきたてるような音。
 その音にナミが静止を呼び掛ける。
 オールを握るルフィ達もさすがに危険だと思いブレーキを掛けるも、突如船体が何かに乗り上げた。
 焦る一味に、なお鳴り続ける警戒音。
 その時、横方から蒸気が吹き上がる大音量と、接近を知らせる“汽笛”が鳴り響いた。


「バックバックッ!! 180度旋回~~ッ!!」


 瞬間、巨大な鉄の塊がメリー号の傍を駆け抜けた。
 もうもうと煙を吐きながら進む、巨大なヘビのように細長い"車体"を持つ巨大な鉄の塊。
 帆は無く、蒸気の力によって車輪が高速で回転し、それのみを動力として海の上を進んでいるものの、船としてはありえない形をしていた。
 一味はその姿に度肝を抜かれるも、何とか衝突を避ける事に成功する。衝突したならばメリー号ならば粉々になっていただろう。
 だが、駆け抜けた鉄の塊により、風が吹き抜けるとともに波が荒れ、しばらく船が揺られた。


「おい、あのカエル何やってんだ!? 逃げろ、轢かれるぞ!!」


 メリー号の向こうには、疾走する鉄の塊に対して逃げることなく真正面から立ち向かうカエルの姿があった。


「ゲロォ!!」


 カエルは気合と共に四肢を踏ん張り、勢いよく鉄の塊へと張り手を繰り出す。
 勝負を挑んだカエルだったが、超重量を持つ鉄の塊には敵わず、大きく弾き飛ばされ、海の中へと落ちた。
 死んだかとも思ったが、カエルは水上に顔を出すと悔しそうに一鳴きして、どこかへと去っていく。
 鉄の塊は迷惑そうに汽笛を鳴らし、蒸気を吐きながら海の向こうへと去っていったのだった。












 第二話 「水の都 ウォーターセブン」












「蒸気船……にしては、初めて見る船だったな」


 鉄の塊が去った方向を眺めながらクレスは呟いた。
 蒸気機関を持つ船は珍しい。技術自体は確立されているが、現在も主流は帆船だ。
 ただでさえ珍しい蒸気船に加え、独特の形を持っていた先程の“船”は世界にそう何艘もあるものではないだろう。


「ロビン、何か知ってるか?」


 クレスはロビンへと質問を投げかける。


「……おそらく、<海列車>じゃないかしら?」


 ロビンは自然な様子で答えた。
 先日の会話以降、少し溝のようなものが出来てしまったものの、徐々に歩み寄りは続いていた。
 このまま時間が経てば、おそらく何事もなかったように関係は修復されるのかもしれない。
 そもそも二人ともが露骨な態度を見せるほど子供では無く、何より長い時間を共に過ごした仲だ。
 気にしなければ分からないようなしこりは残っていはいたが、それでも普段の関係が失われることは無かった。


「なるほど、聞いた事がある」


 クレスはロビンの推測に成程と納得する。<海列車>という言葉には聞き覚えがあった。
 聞いた話では、海上を蒸気機関によって“走る”乗り物。
 海の中を見てみると、先程の鉄の塊が走っていたところにレールが敷かれている。
 メリー号が先程乗り上げてしまったのは線路への侵入防ぐための"仕切い"だろう。
 知識とでしか知らなかったが、どうやら<海列車>で間違いないようだ。


「あ、大変だ! ばーちゃん、ばーちゃん、海賊だ!!」

「本当かいチムニー! よーひ、ちょっと待ってりゃ」


 そんな時、灯台の中に人影がメリー号の姿を見て騒ぎ始めた。
 ばーちゃんと呼ばれた、怪獣のような顔をした小太りの老婆が電々虫を取り出し、海軍へと通報する。
 一味としては海兵を呼ばれると面倒なのだが、


「あー……もひもひ、え~~と、なんらっけ? 忘れましたウィ~~~~ッ!」


 幸運なことに老婆は酔っ払いだった。
 べろんべろんの頭と舌では情報が正しく伝わることはなく、海軍を呼ばれることはなかった。
 一味はホッと胸をなでおろし、情報収集と老婆たちの警戒を解く為にルフィ、ナミ、ウソップが灯台へと向かう事にした。 





「うわ~~おーいーしー」

「パイユ? ふんふん、酒の肴にいいねー。
 なんだい、おめェら列車強盗じゃね~~のか、んがががががが」


 差し出したパイユは好評だったようで、老婆と猫っぽいウサギを連れた少女はルフィ達に対し気軽に話すようになった。
 老婆の名はココロ。この<シフト駅(ターミナル)>の駅長をしていた。
 三つ編みの少女はココロの孫で、チムニー。猫っぽいウサギは、ゴンベと言った。


「ねぇ、チムニー。さっきのあれって蒸気船? 私達の仲間は海列車って言ってたんだけど?」


 先程の海列車が気になったナミがチムニーへ問う。
 チムニーは嬉しそうな様子で答えた。


 海列車<パッフィング・トム>。
 “煙吹きトム”の名を持つ、海を走る列車。それが先程の鉄の塊の正体だ。
 蒸気機関で外輪を回して海に敷かれた線路を走り、島から島へと毎日同じところを走りながらお客、荷物、郵便などを運んでいる。
 この駅から行けるのは、<“春の女王の町”セント・ポプラ>、<“美食の町”プッチ>、<“カーニバルの町”サン・ファルド>などの島々。政府関係者ならばもう一本線路があるらしい。
 

「んじゃあよ、さっきのカエルは何なんだ?」

「あいつはヨコヅナ、このシフト駅の悩みの種なのよ。
 力比べが大好きでいつも海列車に勝とうとすんの。あいつのせいでこっちは大迷惑よ!」

「へぇ~だから逃げなかったのか、根性あんなぁ。
 よーし、おれはあいつ食わねェ。あ、でもどうしよう? クレスは食ったらうまいって言ってたし……」

「迷うな」


 チムニーの説明にカエルに対する認識を改めるも、食欲との間に揺れるルフィ。
 そんなルフィをナミが叱咤し、そう言えば、と方位指針を一度見てココロに尋ねた。


「ここから北にある島って?」

「んがががが、そうかそりゃ、<ウォーターセブン>だね。
 “水の都”っつーくらいでいい場所だわ。何より造船業でのし上がった都市で、その技術は世界一ら!!」

「へーそりゃすげぇな! ってことはすげぇ船大工もいるな!」

「いるなんてもんじゃないよ! 世界最高の船大工達の溜まり場ら!」

「うほぉーっ! 聞いたかウソップ!」

「ああ!」 


 次なる島<ウォータセブン>。
 そこではメリー号の修繕と船大工の勧誘、そのどちらもがおこえる。
 決めた、と決意を新たにルフィは麦わら帽子を被り直す。


「そこ行って、必ず<船大工>を仲間にするぞ!!」






◆ ◆ ◆




 

 麦わらの一味が駅長のココロから市長あての紹介状を貰い、ターミナル駅から出航して暫くの時間が経った頃。
 目的地であるウォーターセブンではちょっとした騒ぎが起こっていた。



───ウォーターセブン、造船所一番ドック。




「よーく考えたんだ。よーく考えたんだぜ?
 そりゃまー船は修理してもらったものの、どう考えても値段が高ェと思ったんだ」


 造船ドックの周りに人だかりができ、騒然とした空気が漂い始める。
 黙々と作業する職人たちの元に、兜を被った強面の男がやって来ていた。
 <大兜海賊団>船長、ミカヅキ。懸賞金3600万の賞金首だ。
 ミカヅキの後ろにはニタニタとした笑みを浮かべた大勢の部下達がいる。その誰もが周囲を威圧するように武器を担いでいた。
 つまるところ、脅迫である。
 

「作業の邪魔です」


 職人の一人が木材に鉋をかけながら告げる。遮光ゴーグルを額にかけ、葉巻をくわえた男だった。
 ミカヅキは腰元に刺した長い太刀を抜くと、その職人の首筋にピタリと押し当てた。


「そ・こ・で! 1ベリーも払わない事にしたんだ。ウハハハハハ!!」 

「ギャハハハ! 完璧な修理ありがとよ!!」
 

 世界屈指の造船業を誇るウォーターセブンでは、様々な顧客からの仕事を受注する。
 無法者の海賊達からでもそれは例外ではない。修繕や造船を求めるならば等しく応じる。
 海賊であるミカヅキもその顧客の一人だった。
 本来ならば、海賊である彼らの船の修理を引き受ける企業は少ないのだが、ウォーターセブンの職人たちはその例外と言える。
 彼らにとっては、“誰の船”なのかなど二の次だ。目の前にある傷ついた船、または図面に描かれた船。それらを相手取る事こそが彼らの仕事なのだ。


「ンマー! カリファ、あれァ何だ?」

「はい、アイスバーグさん。
 一番ドックのお客で、今になって金は払えないと───セクハラですね」

「ンマー! セクハラだな」


 海賊達から離れた人ごみの中から呆れ声が上がる。
 青い髪を撫でつけ胸元に入ったネズミを可愛がる男と、髪を結い上げ眼鏡をかけた秘書然とした女だった。
 周りに集まった野次馬達の中でその二人を見つけたものは目を輝かせている。
 よく見てみると、集まって来た人々に浮かぶ表情には海賊に対する怯えというものは感じられない。それどころか、海賊達にはほとんど目をくれていない。


「お客さん……あんまり職人をからかうもんじゃありませんよ」


 遮光ゴーグルの職人がミカヅキに対し、再度“警告”する。
 冗談ならばここまでにしておけ、おれ達は忙しいんだ、そんな苛立ちにも似た言い草だった。
 ミカヅキは表情を怪訝に歪めた。
 彼は知らなければならなかった。先程の言葉は、職人たちから客ではなくなった海賊へ向けての最後通牒であったことを。


「あぁ?」
 

 凄みを利かせて再度脅しを行うミカヅキ。
 そんな彼の傍を削り出したばかりの太く長い丸太を担いだ職人が通り過ぎる。
 その職人が持っていた丸太が、ふと障害物を避けながら鮮やかな曲線を描き、ミカヅキの後頭部に叩きつけられた。


「ぐああぁ!?」

「あァ、失礼」


 遠心力の篭った“不慮”の一撃により、被っていた兜ごと頭を砕かれミカヅキは倒れ伏す。
 突然の暴挙にミカヅキの部下達が慌て、その中の一人が職人へと持っていた銃を向けようとして、


「あァ、失礼」


 と、手が滑ったとでも言うように、長く四角い鼻にキャップを被った男に鋸で切り捨てられた。


「て、てめェら! おれ達を誰だと思ったやがるんだッ!?」


 我慢ならないと海賊達が職人たちに襲いかかろうとする。
 それに対して職人たちから「あァ、失礼」と鑿が、錐が、釘抜きが、レンチが、鋸が、次々と投げつけられ海賊達を倒していく。
 中には海賊達の中に直接切り込み、彼らを軽くあしらう者までいる始末だ。
 海賊達は職人たちの余りの強さに泡を食った。
 彼らは知らない。この場に居るのはただの職人たちではなく、この程度の光景など日常茶飯事だと言う事を。


「畜生ォオオ!! 何なんだてめェらァ!!」


 そんな海賊の声も、トドメとばかりに試し打ちされたガレオン砲の轟音にかき消された。
 立ち込めた煙塵が消え、そこに立ち上がる海賊達はいない。
 遮光ゴーグルをかけた職人がため息交じりに呟く。


「職人の縄張りで、海賊の道理がまかり通るわきゃァねェでしょう」


 全世界に名を轟かす、世界最高峰の職人たちの職場。
 それまで在った7つの造船会社を統合し、5年前に新たに発足した造船会社。
 “世界政府御用達”造船会社、<ガレーラカンパニー>。
 “水の都”ウォーターセブンが誇る、最高最強の職人集団である。






◆ ◆ ◆







 シフト駅を出航し、一味は次の目的地である<ウォーターセブン>へと船を進めた。
 次の島の気候区に入ったのだろう。気候が安定し始め、波も穏やかになりつつある。
 もう少し進めば、マスト上の見張り台で双眼鏡を覗きこんでいるクレスからも島の影が確認できるだろう。
 

「まだ島の姿はなし……か」
 

 クレスは一端双眼鏡を覗き込むのを止め、たらいのような作りである見張り台の縁に座り込んだ。
 なんとなく視線を下へと向けると、ルフィ達が仲間に引き入れる予定の<船大工>について語り合っている。
 もうすぐ次の島に着くとあって、期待で胸を膨らませているようだ。


「次の島、ね」


 クレスも海を旅してきた人間だ。
 新たな島へと辿り着くことは心が躍るものだ。
 だが、今日にいたってはその限りでは無かった。

 
───これからどうする。


 そんな思いがクレスの中にある。
 潮風に吹かれながら、よく働こうとしない頭で考えるも漠然とした答えしか出ない。
 燻る苛立ち。己の立ち位置。身の振り方。
 それらがクレスの思考を拘束するように縫いとめている。
 先日の一件以来、その話をロビンと話すことはなかった。
 一味の目を盗んで時間を取るも、どちらも言葉として発せられない。
 どんな道を選ぼうとも、それは重く、辛い選択になるのだろう。
 だが、それ以上にクレスにはロビンの言葉が深く突き刺さっていた。


 『─── もう、私を守らないで ───』


 どんな気持ちでロビンがその言葉を発したかをクレスは察しているつもりだ。
 それでも正直その言葉は堪えた。
 ロビンが見せた意志に対し、自分はどう答えればいいのか。どうすればいいのか。


「……」


 辛うじて、ため息を吐くのは止められた。
 代償として、口元までやって来た不快な感覚を無理やりに飲み込むはめになった。


「おい、クレス! 島は見えたか?」
 
 
 楽しげなルフィからの言葉に、クレスは鬱憤を晴らすように軽く反動をつけて立ち上がる。
 双眼鏡に手を伸ばし、前方を眺め見ようとして、
 


───バキャ



 妙に嫌な音がした。


「……は?」


 心なしか強めに踏んでしまった足元から聞こえてきた不穏な音に、クレスはそっと視線を向けた。
 ……なんとなく傾いているような気がした。


「うぉい! 今何か変な音したぞ!!」

「何言ってんだ長鼻、聞き間違いだろ?」

「何が聞き間違いだ! クレス、てめェ今絶対何かやっただろ!!」

「何もやってねェよ、馬鹿!」

「あら、何だか傾いてない? メインマスト」
 
「いや、見間違いだって、ロビン。たとえ傾いていてもオレのせいではないからな。……あ、お前ら喜べ! 島が見えたぞ」

「喜べるかァ!!」


 僅かに傾いた(ように見えると、クレスは主張)マストを突貫工事で何とか補強し、姿が見え始めた島へと向かい船を進めた。
 強めの風を受ける度にギチギチと不穏な音が鳴るのは気にしてはいけない。
 メリー号は順調に波を乗り切り、島全体を見渡せる場所まで進む。


「へぇ……」


 船から覗いた新たな島の景色に、クレスを始め一味全員は感嘆の声を上げた。
 “水の都”と評されるウォーターセブンは、その言葉に劣らぬ壮観な姿だった。 
 まず目に留まったのは、島の中央部にそびえる三段構造の巨大な噴水。
 汲み上げられた大量の海水は上層部で一端受けとめられ、器からあふれ出た水が下の階層へと落ちて、島中の水路を巡り、最後に島の端から海へと還される。
 島は所狭しと建物が立ち並び、数多くの橋が建物同士を繋いでいる。産業都市ともあってか、建築技術の高さも窺えた。
 

「おーい、君たち。海賊が堂々と正面にいちゃマズイぞ。向うの裏町に回りなさい」

「わかった、ありがとう!」


 相当治安が良いのか、この町の住人は妙に海賊慣れしていた。
 メインマストに掲げられた海賊旗を見ても臆するどころか、気軽に話しかけてくる。
 一味は小舟に乗った親切な釣り人の助言に従い、裏町へと向かう。すると町の様子が良く見て取れた。
 覗いた街並みはまさに水上都市だった。海沿いに民家が並び、玄関先には船が浮かんでいる。
 建築物の下を見てみれば、水中へと沈んだ礎が見える。この町は水没した地盤に立てられ、独自の発展を遂げたのだ。
 技術力の高さも、元をたどればこの土地に住まう人々が編み出した生き抜く為の術なのだろう。


「うほー! 早く船着けろ!」


 特等席である船首に座り込んだルフィが待ち切れず歓声を上げる。
 一味は裏町の先に海賊が停泊するには丁度いい岬がある事を聞き、教えられた人目につかない岬に船を停泊させることにした。
 

「よーし、帆を畳め!」


 船長の指示に、ゾロがいつものようにロープを引いた。
 
 
───ボキ


 だがその瞬間、ゾロの馬鹿力に耐えきれず、メインマストが完全にへし折れた。
 

「うぁああ───っ! 何やってんだゾロ!!」

「違っ、おれはただロープを引いただけで……!!」


 さすがにマストがへし折れたのは洒落にならなので焦るゾロ。


「そういう事もあるさ、ロロノア」

「黙れやてめェ!!」


 妙にやさしげにゾロの肩に手を置いたクレスの手をゾロが強引に振り払う。 
 全てお前が悪いと、言外にほのめかしているのに気がついたのだろう。


「それにしても、ここまで酷かったとはな」


 クレスはは改めてメリー号の損傷の酷さを思い知った。
 甲板の軋みや、船底の浸水などの問題は前からあった。
 この島で修繕してもらわないと、この先の航海は難しいどころか、不可能に近い。
 錨を降ろして、折れたマストを何とか真っ直ぐに戻し、これからの事についての方針をナミが話す。
 

「まずは、ココロさんに貰った紹介状を頼りに、アイスバーグって言う人を探さなきゃ。
 その人に船の修理の手配を頼んで、あと黄金を換金するところを見つけないと。ルフィ、ウソップ、アンタ達は私について来て」

「このブリキの継ぎ接ぎも綺麗に直っちまうのかぁ……何か感慨深くもあるぜ」


 一味の中で一番メリー号に思い入れのあるウソップが、ブリキの継ぎ接ぎに触れる。
 刻まれた傷は戦いと冒険の日々の思い出だ。それが無くなると思うと寂しくもあるのだろう。
 

「よし! んじゃまぁ行こう、水の都!!」


 目的はメリー号の修繕と、船大工の勧誘。
 ルフィ達は意気揚々と上陸を果たし、水の都の中心街へと向かったのだった。


 





[11290] 第三話 「憂さ晴らし」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/10/26 20:51
 
 ウォーターセブンは“水の都”と呼ばれるだけあって、人々の生活には“水”が非常に密接していた。
 町中に張り巡らされた水路はその最たるものだろう。
 ウォーターセブンの水路の比率は、驚くべき事に陸路よりも多い。
 水路は常に、水上バス、運搬船、商売船など、様々な目的の船が絶え間なく行き交い、にぎわいを呈している。
 その中でも目を引くのが<ブル>と呼ばれる乗り物だ。
 “ヤガラ”と呼ばれる、水上を行く馬にも似た魚類。このヤガラの上に人が乗る為の小舟のような鞍を取り付けたもの、それが<ヤガラブル>だ。
 ヤガラはサイズ別に大きくなれば、“ラプカ”“キング”と呼ばれ、逆流や重荷などもものともしない優れた馬力を持ち、昔からこの地の人間の生活には欠かせない生物であった。



───ウォーターセブン表町商店街。


 ウォーターセブンへと上陸したルフィ、ウソップ、ナミの三人は、島の入り口にあった<貸しブル屋>でブルを借り、空島で手に入れた黄金を持って、まずは換金所に向かう事にした。
 ブルによって快適に水路を進み、やがて水路を中心に作られた商店街へと出る。
 世にも珍しい、水の都の商店街に目を奪われる中、ルフィ達は奇妙な集団を見つけていた。
 白く表情を伺わせない仮面を被り、豪奢な衣装を身にまとった集団だ。
 見れば、町中にも同じような人々を見る事が出来る。
 どこか神秘的な雰囲気すら漂わせる姿だったが、このウォータ-セブンの町中に溶け込んでいるようにも思えた。


「……さて、いよいよ“造船島”へ入るわよ。こっちね、“水門エレベーター”を使うみたい」


 町の地図を広げたナミが水路の正面を指した。
 そこには巨大な塔があり、エレベーターガールが水門の前で案内を呼び掛けている。
 ルフィ達も門の中へと入り込み、しばらくすると門の入り口が閉じた。
 この“水門エレベーター”は塔の中を水で満たす事により、水位を上げ、船を上の階層へと進めるといったものだ。 


「おお~! おもしれェな、ウォーターセブン」


 ルフィが声を上げ感心する。
 やがてエレベーターの水位も上がりきり、ルフィ達はブルを前へと進める。
 そのすぐ先に、ウォーターセブンの中心街はあった。


「着いた。ここが世界一の造船所、ウォーターセブンの中心街!」

「うぉ! こりゃでけェ!」

「スゲェ!!」


 ウォーターセブン中心街。
 遠目からも見えたが、近くで見ると改めてその大きさに圧倒された。
 中心にはそびえ立つ巨大な噴水。
 造船島の名にふさわしく、修理中、建造中の船や、それを吊り下げる巨大なクレーンも見える。
 

「なんだあそこ? 人だかりが見えるぞ」


 ルフィが指したのは、造船所の前に出来た人だかりだった。
 興味を持ったルフィ、ウソップが真っ先に向かって行き、ナミがその後を追った。
 ブルを止め、陸地へと上がる。中心街は造船所が中心とあって、陸地の方が多い。
 集まった人々はどうやら造船所で働く職人たちを見ているようだ。
 

「なぁ、おっさん、何かあったのか?」

「ん? ああ、この一番ドックでまた海賊達が暴れたらしくてな。まァ、結果は職人たちにノされて終わりよ」
 

 ルフィが話しかけた男は造船所の職人たちに目を向け答える。
 職人が海賊を倒したと言うのは、ルフィ達からしてみれば驚くべきことだった。


「<ガレーラカンパニー>の船大工達は住人皆の憧れの的さ。
 強くて、腕があって。……彼らはウォーターセブンの“誇り”なんだ」


 男は誇らしげにそう言った。












 第三話 「憂さ晴らし」













───岩場の岬、ゴーイングメリー号。



 ルフィ達が街へと向かい、メリー号にはクレス達5人残った。
 いつもなら島に到着した時点でロビンを散策にでも誘うクレスなのだが、今は船の側壁に座り込んで、茫洋とした海を眺めている。
 クレスは未だ迷っていた。この先どうするのかを、どうすべきかを。
 普段と変わりないように過ごしているものの、根本的な部分でクレスとロビンの間にある亀裂が埋まるに至ってはいない。
 
 クレスはロビンをこれまでのように守る事を望み、ロビンはそれを拒絶した。

 これは二人の問題だ。
 ロビンと二人きりになれば、その問題をいやようなく突きつけられる。それはロビンもまた同じだ。
 そして、これからの身の振り方に対する選択もそういえる。
 クレス自身明確な答えが出ていないのに、解決に至る訳がなかった。
 

「ロ~ビンちゃん! どうだい、おれと二人っきりでデートしない?」


 クレスが重い問題で悩んでいた時、飛んでいけばいいと思うほど軽い声が聞こえてきた。
 サンジである。
 一瞬、クレスの額に青筋が浮かんだが、必死でクールダウンし、今日に限っては行動を起こすことはなかった。
 誰かがロビンを口説けばムカつくし、殴りたくなる。
 だが、それも何故自分はそう思ったのか。それを考えると妙に胸の内が騒がしくなる。
 ただ、苛立ちだけは隠し切れず、漏れ出た殺気が空間を歪め、近くを通りかかっったチョッパーがビクついた。


「コックさん、町に行くつもりなの?」


 熱心に口説くサンジにロビンがそう返す。
 サンジがうんうんと頷き、クレスが憮然と表情を変えた。


「私でよければ、一緒に行かせてもらおうかしら」

 
 ロビンの言葉が発せられて2秒。 


「ひゃぁああっっほぉおおうぅううっっ!!」
 
「ちょ、ちょっと待てェ!!」
 

 天国と地獄のように、真逆の反応が現れた。
 クレスとしては、ロビンは断るものだと無意識のうちに期待していたので、予想外の展開に思わず声が出た。
 その勢いで、クレスはロビンに理由を問う。
 ロビンは曖昧な笑みを浮かべて、言葉を為した。
 

「少し、コックさんと町を見てくるわ」


 はしゃぎ回っているサンジを深海まで叩き落としかねないクレスだったが、なんとなくロビンの考えに気が付いた。


「わかった。……楽しんで来い」


 つまりは、互いに離れて考える時間が必要ということ。確かにその時間は必要だ。
 有事の際も、サンジがいればある程度は安心である。最悪でも盾になればいい。
 もしかしたら、サンジも気を遣ってくれたのかもしれない。下心が上回った可能性も高いが。


「……ただ、二人っきりはダメだ。トナカイ! お前も行け」

「おれ? うん、わかった」
 

 サンジと二人っきりだけは許せないクレスだった。






「それじゃあ、行ってくるわ、クレス」

「ささ、ロビンちゃん、お手をこちらに」

「おれ、本屋に寄っていいか? 
 あ、サンジ、ロビンに近付いたらだめだ。クレスが言ってた」


 サンジを近づけさせないように充分に説得(調教)したチョッパーに期待しながら、クレスはロビン達を送り出す。
 その姿が、町の中へと消えた時、小さく息を吐いた。
 答えというものは悩んだ末に出るものではない。
 今の自分がどう思っているか、それを整理するのはそう簡単なことではないだろう。
 しかし、選択だけは避ける訳にはいかないのだ。たとえ後悔がつきものだったとしても。
 

「オイ」


 背後からかけられた声に、クレスは振り向く。
 するとその眼に、飛来する物体があった。クレスはそれを受け取る。
 酒瓶だった。


「付き合え、寝飽きた」


 声の主は仏頂面のゾロ。
 それはゾロなりの気遣いだった。
 




◆ ◆ ◆






───ウォーターセブン、中心街。



「さ、3億ベリー! 夢じゃねェのか……!?」

「空島の冒険が実を結んだわ! 大金持ちよ私!」

「私“達”だろっ!」


 ウォーターセブン、中心街。
 ルフィ、ウソップ、ナミの3人は一旦造船所を後にし、空島で手に入れた黄金を換金しようと、換金所へと向かった。
 始めは足元を見られたが、ナミの脅しが効き、評定よりも多めの額を手に入れる事に成功する。
 その額、3億ベリー。これだけあれば、メリー号を修理し、お釣りが出る額だ。
 途中1億を水の中に落としかけたルフィを半殺しにしつつも、3人は換金したその足でシフト駅で貰った紹介状を頼りに、造船所へと向かった。


「おじゃましまーす!」


 造船所に到着し、アイスバーグという男を探すため、ルフィが柵を乗り越え造船ドックへと入り込む。
 造船ドックは職人たちが忙しく働いており、もちろん立ち入り禁止である。
 ナミとウソップがため息をつき、ルフィを止めようとした時、


「おっと、待つんじゃ。余所者じゃな?」


 ヒュッと、風のようなスピードで男が現れ、ルフィの前に手のひらを突き出し、工場内への侵入を止めた。
 男は外に出るよう促すと、客であるルフィ達の話を聞く為に、自身も柵の外へと出た。
 

「あ~~どっこいしょ。このドックになにか用かの?」


 アイスバーグという男を探している。
 そう言おうとしたルフィ達だったが、男の顔を見て絶句した。
 白きキャップ、丸い目、長めのマツゲ、そして長い鼻。


「ああ、ウソップか」

「おれはここにいるぞ、ルフィッ!」

「そうよ、この人四角いわ」
 

 軽く混乱する3人に男は怪訝な顔をしたものの、自身の名を名乗った。
 男の名前は、カク。ガレーラカンパニーの大工職だ。


「そうだ、アイスバーグさんに会わせて欲しいの」


 混乱から立ち直ったナミが、ココロに貰った紹介状をカクへと渡す。
 

「ほう、シフト駅のココロばーさんの紹介状じゃな」

「知ってるの? アイスバーグって人」

「知っとるも何も、アイスバーグさんはこのウォータ-セブンの市長じゃ。
 更に、ワシ<ガレーラカンパニー>の社長でもあり、<海列車>の管理もしておる」

「最強かそいつっ!?」

「まぁ、ウォーターセブンで彼を知らぬ者はおらんわい。
 じゃか、あの人も忙しい人じゃしのぅ。お前達の話は要するに船の修理じゃろう?」

 
 カクは確認を取ると、腰元に付けていた鑿を外し、その場でストレッチを始めた。


「船を止めた場所は?」

「岩場の岬」

「よし、じゃあワシがひとっ走り船の様子を見てこよう。
 その方が、アイスバーグさんに会った時、話が早い。金額の話も出来るじゃろ」


 メリー号の場所を聞き、様子を見てくると言うカク。
 だが、入り組んだウォータセブンの道は、近道を使ったとしてもかなりの時間がかかる。 
 疑問に思ったウソップが<ヤガラブル>を使うのかと問うも、カクは笑った。
 

「ワハハハ、そんなことしとったら、お前達待ちくたびれてしまうじゃろ。まァ、10分程待っとれ」


 カクはその場にしゃがみ込むと、クラウチングスタートの姿勢を取る。
 そこから、地面が爆発したのかと錯覚させるほどのスピードで駆け抜けた。
 瞬く間にルフィ達を置き去りにして、直進。
 

「ちょっと待って、そっちにあるのは絶壁!」


 ルフィ達が今居る造船ドックは、ウォータセブン上層に位置する。
 この階層を行き交うには専用の水上エレベーターを使うのが一般的だ。
 ナミが停止を呼びかけたが、カクは既にその身を躍らせていた。


「ンマー、心配するな。奴は町を自由に飛びまわる」

「え、誰っ!?」


 背後に現れたのは、青い髪と無精ひげの男と、髪を結い上げた秘書然とした女。
 男は胸元のネズミの頭を撫でながら、心配するなと、軽い様子でルフィ達に言う。


「人は“山風”と呼ぶ」


 風を掴む鳥のように、カクは手を広げた。
 やがて重力に囚われ、近くの屋根に落ちるも、柔らかなバネで衝撃を吸収、そしてまた跳躍。
 途中で、自身に向かって手を振る子供に手を振り返す余裕すらある。
 ガレーラカンパニー、一番ドック、大工職職長、カク。
 一際高いウォータセブン上層から吹き下ろす山風の如く、カクはまたたく間に町を駆け抜け、やがて視界から消えた。






◆ ◆ ◆






───メリー号、甲板。



「だから言ってるだろ? アイツはアレで意外と抜けてるとこがあるんだって。
 遺跡とか本とか見だすとさ、それ以外視界に入らなくなるし、いつもの冷静さを失ったりすんだよ。そこがワリと可愛いとも思うんだけどな」

「いや、聞いたよ。分かったからもうしゃべんな」

「あァ? 酒に誘ったのはそっちだろうが、話ぐらい聞け」

「うるせェよ酔っ払い!」

「うぉッ、叫ぶな……頭に響く」

「コイツメンドクセェ」

 
 愚痴にも似た話しながら、持っていた酒瓶を飲みつくし、クレスは次の酒瓶へと口をつける。
 甲板には大量の酒瓶が散乱している。
 酒豪のゾロとしては大した量ではないのだが、クレスにとっては適量を越えていた。
 始めのうちは両者とも黙々と静かに飲んでいたのだが、酒瓶が三本目を越えた途端、クレスが酔っぱらい始めた。
 いつもは自制して飲んでいるクレスだったが、今日はここ最近の鬱憤もあって、ハメを外してしまっていた。 
 質より量を重視した安酒を胃に流し終わり、クレスはふと静かな口調で言葉を為した。


「前に言った事があったよな。……信用はその内勝ち取るって」

 
 聞くつもりはなかったが、ふと言葉が浮かび、酒の力かそれを舌に乗せた。
 ゾロは変わらず酒瓶を傾けている。
 クレスは続けた。


「オレ達は信用を勝ち取ったか?」

「……さァな」


 ゾロはそっけなく答え、また酒をあおった。
 それで中身が無くなってしまったのか、数回酒瓶を振って床へと置いた。


「だだ、これだけは言える。
 てめェらが、この前の事で悩んでんなら筋違いだ。
 おれ達は海賊だ。海軍には追われて当然。てめェが覚悟決めて海に出た以上、どこでどう朽ち果てようとも、てめェの責任だ。それがどんな事であろうともな」


 余計な御世話だ。
 クレスはそう言われている気がした。
 ロロノア・ゾロ。この男は強い。力だけではなく、そのあり方も。
 それは他の面々にも言える事だろう。


「……そうか、成程な」


 クレスは表情を隠すように顔に手を当て、その後、何事も無かったかのように腰を浮かした。
 ゾロも何か思うところがあったのか、胡坐をかいた状態から立ち上がる。
 一瞬の沈黙。
 次の瞬間、二人は同時に、クレスは腕を、ゾロは刀を突き出した。
 甲高い音が響いた。


「……何のつもりだ?」

 
 ゾロが鋭い目で問う。
 

「どうもこうもねェだろ、見たまんまだ」


 クレスがめんどくさそうに答えた。
 その顔からは先程までの酒気は完全に抜けている。<生命帰還>の応用により無理やりにアルコールを飛ばしたのだ。
 二人の視線は合わない。
 互いに背を向け、突如現れた目の前の人物達に目を向ける。



「酒席で油断しているように見えたが、そうじゃなかったな……」



 ゾロに斬りかかった男が野卑な笑みを浮かべる。鉄鋼のアーマーを着込み、ゴーグルをかけた男だ。
 クレスに襲いかかった男も同じような姿をしている。
 辺りを見れば仲間と思しき人間が、目算で30人程。
 ゾロは相手の刀を弾き、相手は慎重に距離を取った。


「誰だてめェら、名乗れ」

「名乗れって? <海賊狩りのゾロ>。
 おれ達ァ、賞金稼ぎ。泣く子黙る<フランキー一家>だ!
 てめェの6000万の首を頂いて、船内に待ち伏せ! そして一味全員一網打尽! ウハハハ、ぼろ儲けだ、ラッキー!!」


 男は誇示するように刀を掲げ、それに合わせて周りの面々が喊声を上げた。
 賞金稼ぎ<フランキー一家>の面々は、武器を構えじりじりと距離を詰める。高額賞金首とはいえ、大人数で囲めば問題ないと思ったのだろう。
 クレスは目の前の賞金稼ぎの刀を受け止めながらゾロに問いかける。
 

「どうする?」

「てめェは休んでろよ。おれ一人で十分だ」

「いや……久々に暴れたい気分だ。等分でどうだ?」

「何人いんだよ。数えんのが面倒だな」

「じゃあ、簡単に早い者勝ちってのは?」

「悪くねェ提案だ」

「───おいおい、今の状況が分かってんのか?」


 余裕すら感じさせるクレスとゾロの会話に、賞金稼ぎ達が苛立ちを見せ始める。
 状況は誰が見てもクレス達の不利に見えるだろう。数の差というのはそれだけに絶対だ。
 クレスに刀を突き立てている男が嘲るように言う。


「ハッタリなら止めとけよ、兄ちゃん。
 アンタは賞金首みたいじゃないから、見逃してやってもいいんだぜ?」

「ご忠告どうも。だが、その言葉に従うほど、オレは優しくはない」

「なにィ……?」


 クレスに刀を突き立てている男はある事に気がついた。
 突き立てている刀は、袖の中に仕込まれた手甲などでは無く、直接肌に触れている。
 にもかかわらず、全く肌を切り裂いていない。
 男が一瞬困惑したその瞬間。
 蛇のようにクレスの腕が蠢き、刃を直接手で握り上げた。
 

「まさかアニキと同じ……!!」


 慌てて男が剣を引こうとするも、まるで空中に固定されたようにピクリとも動かない。
 クレスは男の刃を掴むでは無く、握っている。
 刃とは滑らせる事で切れ味を発揮する。通常、刃を直接握る状況で相手に刃を引かれれば、指を落としかねない。
 しかし、男の刃は動く事すら敵わなかった。  


「勘違いしてるだろ? 
 状況が分かってないのはお前達の方だ。
 悪いな。いつもなら逃げてやる事もあるんだが、今日は別だ」


 バキリと、まるで小枝でも折れたような音と共に、男の握っていた刀が折れた。
 目の前の光景に呆然とし、男はただ折れた刃を見つめ続けるも、そこにある現実は変わりはしない。
 

「油断大敵だ」


 そんな男に向けて、クレスは鋼鉄よりもなお硬い拳を叩きつけた。
 男は錐揉みしながら、仲間を数人巻き込んで船の向うへと消えて行く。
 それが合図となった。 


「ぬおっ! 怯むな、やっちまえ!!」


 フランキー一家が一斉に襲いかかる。
 ゾロが素早く敵の中心へと踏み込んだ。刀を二本抜き、角に見せかけ構える。


「犀(サイ)」


 突如目の前に現れるゾロ。
 フランキー一家は慌てて手に持つ武器を叩きつけようとするも、既にゾロは身体を旋回させ、幾多もの斬撃を生んでいた。


「───回(クル)!!」


 圧倒的な剣速にフランキ-一家は吹き飛ばされる。
 一瞬にして数の差が縮まった。


「オイ、やり過ぎだ。オレの分も残しとけよ」

「早い者勝ちだろ?」

「なるほど」
 

 言葉を為した瞬間、クレスは風のようにフランキー一家の間を駆け抜けた。
 余りの速度と身のこなしに、誰一人その姿を捉えることはない。
 烈風に身体を吹き飛ばされ、賞金稼ぎ達は胸元に一瞬だけ痛みを感じて意識を飛ばした。
 

「やっぱ止めねェか? 数が少なすぎる」


 クレスは腕を払って血振りしながら、ゆっくりとフランキー一家へと振り向いた。
 数はもう半分も残ってはいない。
 

「な、何なんだコイツ等っ!?」


 二人の強さに慄き、背を向けて幾人かが逃走を試みる。
 だが、そんな者達の前に、さっきまで後ろに居た筈のクレスが現れる。


「言っただろ? 今日のオレは優しくはないって」

「ひィ!?」


 短い悲鳴を上げた男の顔にクレスの拳がめり込んだ。
 クレスはそこから素早い身のこなしで地面を蹴り、二人目に裏拳を叩きつける。


「……やっぱ、最近溜まってたみたいだわ。すまんが解消させてくれ」


 ポツリとつぶやき、クレスは拳を振るう。
 その拳は機械じみたいつもとは違い、どこか乱雑。しかし、その分“血が通っている”。
 クレスが移動した事により、フランキー一家はクレスとゾロの間に挟まれる事になった。
 彼らにとっての退路は消える。どちらを取っても鬼門。
 フランキー一家が返り討ちにされるのに、そう時間は掛からなかった。






◆ ◆ ◆






───ウォーターセブン、裏町商店街。


 表町とは異なり、どこか静かな雰囲気のある裏町通りをロビン達は歩いていた。
 広く長い水路を横手に、街路を沿うように店々が立ち並んでいる。活気があるのに静かな印象を受けるのは、この清らかな水路のおかげだろう。
 聞こえてくる水音は染み渡る様に、心を落ちつかせた。
 ただでさえ珍しい造りの街並みだが、それ以上に際立っているのは、町中を行く仮面を被った人々だろう。
 表情の無い仮面は水の都と相まって、別の世界に誘われたような独特の雰囲気を醸し出していた。



「綺麗な街並みだね、ロビンちゃん! でもそんな街並みも君の美しさには敵わない。
 あぁ、恋よ! 激しく悶える炎のように、僕の心を焼いて止まぬ恋よ! どうかその白魚のような手で僕に涼やかな安寧を」

「あ! サンジ、ダメだぞ、ロビンに近付いちゃ。クレスが言ってた」

「ってオイ、チョッパー! 邪魔すんじゃねェ!」


 息を吐くようにロビンを口説きながら近づくサンジをチョッパーが遮る。
 クレスに何をされたかは分からないが、番犬の如き忠誠心だった。
 出鼻をくじかれまくったサンジは、ケッ、っとこの場に居ないクレスに唾を吐く。


「わっ! ロビン、何だアレ顔だらけだ!?」


 街並みが珍しいのか、あちこちを見回していたチョッパーが水路上の露店を指した。
 

「仮面屋さんね。海列車で渡る島<サン・ファルド>で連日カーニバルをしてるらしいわ」

「あれ、何でそんなこと知ってんだ?」

「道行く人達が話しているのを聞いたの」

「そんなのよく聞こえるなー!」

「へェ、そうやって情報を集めるのかい?」 

 
 チョッパーと共に、サンジもまたロビンの言葉に感心する。
 ロビンは少し困ったようにように表情を変えた。


「……クレスがそう教えてくれたの」

「ケッ!」


 唾を吐くサンジ。
 対しチョッパーは純粋に感心していた。


「へぇ~、クレスもすごいんだなー!」

「そうね……クレスは何でも私に教えてくれた」
 

 それは身を守る為の術だった。
 クレスは自身が感じた事や、知っておくべきことは全てロビンへと伝えた。
 裏の世界の汚い姿を見せまいとするクレスからすれば、矛盾する姿だったが、今ならロビンは分かる。
 それは、クレスが居なくなった後でもロビンが生きていけるようにする為だったのだ。


「トナカイさん、あそこに見えるのは本屋さんじゃないかしら?」

「あ、ホントだ! なぁ、寄っていいか?」

「ええ、行きましょう」 


 待ちきれないのか、チョッパーは全力で本屋に向けて駆けていった。
 その姿を見つめ、ロビンはポツリとつぶやいた。


「ありがとう、コックさん」

「ん? 何の話しだい、ロビンちゃん?」

「今日の事。気を使ってくれたんでしょう?」

「まさか。おれは単純にロビンちゃんとデートがしたかっただけで、クレスの奴は関係ないさ。
 ああ、後でチョッパーと一緒に買い出しに付き合ってくれるかい? 今日はロビンちゃんの好きなモノを作るからさ」

「ええ、分かったわ」


 この一味はどんな場所よりも居心地が良い。
 あの小さな船の上に、居場所があって、信頼できる仲間がいる。
 それはロビンだけでは無く、クレスも感じている事だろう。
 だからこそ。
 この場所を守りたい。そして出来るならばこの場所に……。


「おーい! ロビン! サンジ! 早く早く!」

「たっく……チョッパーの奴、はしゃぎやがって」

「フフ……行きましょう」


 手招きするチョッパーへとロビンは急ぐ事にした。 
 自然と口元がほころんでいるのが分かる。
 少しだけ早足で本屋へと向かうロビンは、前方から現れた仮面を被った人物とすれ違う。
 全身を仮装で覆い、年齢はおろか性別すら窺う事ができない人物だった。












「─── CP9です ───」












 その時だった。
 風に乗り、ロビンへと言葉が囁かれる。
 特殊な発声法を用いたのか、傍にいるサンジには届いていない。
 一瞬時が止まったかのような感覚に襲われ、ロビンはやけに肌寒い背後へと振り向いた。
 

「………」


 そこにはただ、先程と変わらぬ街並みがあった。
 人ごみに紛れたのか、それとも幻だったのか、仮面の人物の姿は無かった。


「どうかしたのかい、ロビンちゃん?」


 立ち止り背後を振り向いたロビンに、サンジが問いかける。
 

「いいえ、……何でもないわ」


 ロビンはただそう答えた。 
 



 
 
◆ ◆ ◆






「悪くないな……憂さ晴らしも」


 フランキー一家を一掃し、とりあえずの後始末を終えたクレスが酒瓶を傾ける。
 悪くない酔い方だった。


「オイ、クレス、まだ酒ってあったか? 
 つーかてめェ、素面に戻れんなら直ぐに戻れや!」

「そう言うのは無粋って奴だろうが、アホ。
 買い置きはまだあったぞ。ラウンジに行くなら、ついでに冷蔵庫を見てきてくれ、肴が欲しくなってきた」

「てめェが行け、と言いたいところだが、肴が欲しいのは賛成だ」


 ラウンジへと向かって行くゾロを見送りながら、クレスは再び酒瓶を傾ける。
 少しではあるが、何かが吹っ切れた気がした。
 もしかしたら、簡単な話だったのかもしれない。
 変わる事を恐れ、心の奥底で怯えていただけ。
 時は流れ、全ては過ぎ去る。
 変わるものもあり、変わらないものもある。
 始めから選択は見えていたのだ。
 ただ、それを選び取るだけの、覚悟が足りなかっただけ。


「だから───」


 クレスは選択を下した。
 失うものは大きいだろう。だが、これで構わないとも思う。
 ロビンが帰ってきたらそう話そうと決めた。
 今なら、真っ直ぐにロビンと向き合える、そんな気がした。
 
 
「……空になったな」


 クレスは空に立った酒瓶を甲板に置き、立ち上がる。
 そのままゆっくりとした歩調でラウンジへと向かう。無くなった酒と、欲しかった肴の調達だ。
 サンジほどではないが、クレスもある程度は調理ができる。
 後で間違いなく文句を言われるだろうが、甘んじて受けてやるつもりだった。
 


「随分派手に暴れるもんじゃのう」



 そんなクレスの背後に、ストンという軽やかな着地音が響いた。
 背後に感じた気配に、クレスが振り向き、ゾロがラウンジから顔を出す。
 現れたのは、白いキャップを被った鼻の長い男だ。


「「なんだ、ウソップか」」


 二人ともラウンジへと向かった。
 だが、暫くして記憶にある仲間と微妙に違う事に気がついた。
 鼻が四角い。
 

「ちょっと待て、誰だてめェ!?」

「おお、すまん。
 ワシの名前はカク。ガレーラカンパニーの船大工じゃ」


 そう言うカクの目が、一瞬だけクレスと交差した。








[11290] 第四話 「異変」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/10/26 20:57
 

───ウォーターセブン、造船所一番ドック。



「いや~~、すげぇ奴らだな、コイツら!」

「ンマー、ウチの職人たちを甘く見てくれるな。
 より速く、より頑丈な船を作り上げるには、並の身体能力では間に合わねェ。
 特にこの二人とさっきのカクは、一つのドックに5人しかいない<職長>を務めるほどの優れた技術者だ」


 感心するルフィに、アイスバーグは当然だと告げる。
 この場にいる人間は、更に2人増えて7人となっていた。 
 一人は、遮光ゴーグルに葉巻をくわえた男、パウリー。
 もう一人は、シルクハットにハトを連れた男、ロブ・ルッチ。
 共に一番ドックの<職長>だった。
 

「いや、ホントに助かったぜ。危うく金を奪われるところだった」

「『気にするなポッポー。この辺りで騒ぎを起こされて困るのはおれ達も同じだ』」


 礼を言うウソップに、ルッチの肩に乗ったハト、ハットリが答える。
 このルッチという男は、何故か腹話術で会話をするらしい。
 そんなルッチをパウリーが笑う。


「コイツは、人とまともに口が利けねェ変人なんだ。気にしてくれんな。
 ってオイ! てめェ、この海賊女! 足を隠せ、足を! ここは男の職場だぞハレンチな!」


 パウリーがナミのミニスカートを見て騒ぎ出す。この男、極度のウブである。
 どちらも、かなりの変人であるが、その力は確かなモノがあった。

 数分前の事である。
 運よくアイスバーグとの邂逅を果たし、メリー号の修理を要請したルフィ達だったが、持って来ていた金をフランキー一家に奪われてしまった。
 そこに現れたのが、借金取りに追われていたパウリーで、彼はフランキー一家からルフィ達の金を奪い返し、そのまま持ち逃げしそうになったところを、新たにやって来たルッチに捕まえられた。
 この二人、折り合いが悪いのか、その時の口論から喧嘩へと発展してしまう。
 パウリーはロープを自在に操ってルッチを地面へと叩きつけ、ルッチはその衝撃を片腕、しかも指を地面へとめり込ませるといった荒業で受けとめた。
 それは異常としか言いようがない光景だったが、アイスバーグの話によると、このやり取りはほぼ毎日行われているらしい。


「ホントすごい人ばっかなのね。変人だけど」

「ンマー、ここは職人の腕一本の世界。性格は妙でも気にするな」

 
 呆れ交じりのナミにアイスバーグは気にしないように言い、ルフィ達を一番ドックへと案内した。
 ルフィ達が見たのは、世界一の造船ドックと、そこで働く職人たちからアイスバーグへと向けられる尊敬の視線だった。

 <ガレーラカンパニー>社長、アイスバーグ。
 彼の造船に対する熱意と腕はずっと変わらず、職人たちは彼への尊敬を忘れない。
 職人たちはその腕に誇りがあるから、海賊にも権力にも屈しない。
 秘書のカリファーはそう語った。


「───ところで、お前達の船には、“ニコ・ロビン”と“エル・クレス”という男女がいるらしいが?」


 造船所を一通り案内し終わり、手ごろな角材置き場で査定待ちをしていた時。
 アイスバーグがふとした様子でルフィへと問いかけた。


「ああ、コイツ等がすげぇ奴でよ! 
 クレスは強くて狩りがうめェし、ロビンはメチャクチャ頭がいいんだ!」


 嬉しそうにルフィは仲間の事を自慢する。
 アイスバーグは、そうかと、どこか淡白様子で呟いた。


「そろそろカクも帰って来るだろう。
 この辺で適当に時間を潰してくれ。カリファー、何か飲みものでも」

「手配済みです、アイスバーグさん」

「ンマー! さすがだなカリファー」

「恐れ入ります」


 常に先を行くカリファー。かなりの敏腕秘書である。
 ルフィとナミは腰を降ろし、カリファーの手配したお茶菓子とドリンクを手に取る。
 そこで二人はウソップの姿が無い事に気がついた。


「あれ? ウソップは?」

「分かんない。どこか見学してるんじゃない? お金はここに置いてあるし、大丈夫よ」


 ナミはお金の入ったスーツケースがあるのを確認し、ひらひらと手を振る。
 工場内は船に必要な装飾や武器など、様々なモノが制作されている。
 ウソップの興味が引かれそうなものも多く、おそらくそれらを見に行ったのだろう。
 ルフィとナミの二人は、その内帰って来るだろうと気にすることなく、メリー号の修繕プランを相談しながら時間を潰すのだった。
 


 

  

 




 第四話 「異変」













───岩場の岬、ゴーイングメリー号。


 岬に停泊するメリー号にやっていたカクは、<ガレーラカンパニー>の船大工である事を告げ、査定許可をクレスとゾロへと求めた。
 クレスとゾロは、突如やって来たカクに多少訝しむところはあったものの、それを承諾する。
 許可を受けたカクは、手際良く船の損傷具合を見て回った。
 その真剣な様子を見るに、どうやら船大工というのはウソではないらしい。
 テキパキと査定を続けるカクを細めた眼で眺めながら、クレスは口を開いた。


「ガレーラカンパニーの船大工……ね」

「どうかしたか?」

「いや、よかったなと思ってな。これで船が直るだろ?」

「たしかにな。これで船底の水漏れ修理からもおさらば出来るぜ」

「ホント実際、よく沈まなかったもんだよ」

「まったくだ」


 軽く談笑しながら待っていると、やがて査定を終えたカクは甲板上にやって来て、査定の結果を話し始めた。


「お前達の船は戦いの傷が深すぎるな。
 この傷でよくもここまで辿りつけたもんだと、感心するほどじゃ」

「その自覚はあるよ。まともな船旅じゃなかった気もするからな」


 カクの言葉に同意するクレス。
 一味が通って来た旅路は、航海者として稀に見るような悪路だった。
 ロビンと共に“一般的な”航路を進んだクレスにはそれが身にしみている。


「やっぱり、修理には時間がかかりそうか?」
 

 そう聞くクレスに、カクはしばし黙りこみ、淡々とした声で言った。


「結果を言えば、お主らの船は、ワシらの力でももう直せん」

「なに? どういう事だそれは」


 突然の宣告にクレスは眉をひそめた。
 船の傷が深いのは、自覚していた。
 厳しい船旅の中で、様々な損傷を重ねつつも、何とかここまで旅してきたのだ。
 いきなりそう言われても納得できるものではない。


「随分と豪快な旅を重ねて来たんじゃろ。
 受けた傷の蓄積もそうじゃし、何より“竜骨”の損傷が酷い。あの損傷具合じゃ、ワシらでももう手出しは出来ん」

「……竜骨がやられてたのか。修復は本当に無理なのか?」

「ああ、こればかりは代用も利かんしの。換わりの船を買うしかなかろう」


 竜骨というのは、船において最も重要な木材だ。
 船造りは、まずは竜骨を据えることから始まる。言わば、船の全骨格、船の“命”だった。
 

「残念じゃとは思うが、お前達の船はもう動かん。いずれは必ず沈むじゃろう」

「それは本当なのか?」

「ああ、ワシは船大工じゃ。嘘は言わん」

 
 信じがたいのか、傍で聞いていたゾロが問い返すも、カクの言葉は無情であった。
 船大工として、船の寿命を伝えるのも仕事の一つだ。
 彼らはプロであり、現実主義者である。仕事に関して下手な希望や期待を挟むことはない。
 特に<ガレーラカンパニー>の船大工達はその仕事に誇りを持っている。打算や嘘が入り込むこともありえない。
 メリー号はもう海を走ることは出来ないのだ。  


「ワシはこれで失礼する。この結果をお主らの船長に伝えんとならん」

「そうか、わざわざご苦労だったな」

「礼には及ばん、これが仕事じゃ」


 カクは本社へと戻る為に踵を返す。
 軽やかに飛び立とうとするその背に、クレスは今までと同じ調子で問いかけた。



「ガレーラカンパニーの船大工ってのは、戦闘もこなすのか?」


 
 カクのピタリと動きが止まった。
 そして静かな様子でクレスへと振り向いた。


「なぜそう思ったのじゃ?」

「いや、単なる勘だよ。
 海賊船にこうしてやって来て物怖じしないのも一つだし、身のこなしも無駄がない。実際大したもんだと思ってな」

「フム……まァ、あながち間違いでもなかろう。
 造船所や町で海賊共に暴れられてはワシらも困るんでな。おっと、気を悪くせんくれ。暴れる輩もいると言うだけじゃ」


 分かってるさと、カクに対しクレスはにこやかに笑みを作った。
 ただ、その眼だけは鋭い光を放っている。


「何か、秘訣でもあんのか? 例えば、何か“特殊な武術”をやっていたとか。
 アンタの姿にオレはどうしようもなく既知感を抱いたんだが、何故だろうな?」

「ワシに聞かれても困るのう。
 だが、ワシも含めて、この島の船大工は厳しい仕事に耐えるために並の身体能力で無い者が多い。別にワシだけが特別という訳ではない。
 もうよいか? これでも忙しい身なんじゃ、この後もお主らの船長との交渉もある」

「ああ、悪かったな」

 
 去りゆくカクの背を、クレスは厳しい視線を送り続ける。
 カクは地面を蹴り、風のように駆け造船所へと戻って行った。
 

「オイ、あの男がどうかしたのか?」


 クレスの様子が気になったのか、ゾロが訝しげに問いかける。
 確かにカクは船大工にしては強いと感じたが、そういった人間が居ない訳ではないだろう。


「どうかしたと言う訳じゃない。ただ、妙な胸騒ぎを感じただけだ」

「胸騒ぎだ?」

「自分でもわからん。
 何かボロが出るかと思ったが、上手くかわされたしな」

「気にしすぎじゃねェのか?
 ……それよりも、船の事だ。こうなるとは正直思っていなかった」

「確かに……そうだな」


 本職の船大工に廃船だと言い渡されたのだ。
 メリー号で航海をすることは、もう二度と無いのかも知れない。
 海賊にとっては、船は家であり仲間も同然だ。それを失うと言うのは、寂しさを感じざるを得ない。
 クレスにとっても、メリー号は思い入れのある船となっていた。


「最終的には、造船所に向かったルフィ達がどう判断を下すかだ」

「……重い選択だな」


 クレスはそのまま口を閉じた。
 冷めた風が吹き、マスト上に掲げられた旗を揺らす。
 ゾロが継ぎ接ぎ痕のある欄干に手を触れた。


「メリー、お前……もう本当に走れねェのか?」


 傷だらけの船は何も語る事はなかった。












 それからいくばくかの時が流れた。
 酒を飲みかわす気分でも無くなり、僅かにに沈んだ心で適当に時間を潰していた時だった。
 町に出た筈のチョッパーが慌てた様子で船へと戻ってきて、クレスとゾロに告げた。

 

───ロビンが突然姿を消したと。



 クレスはその瞬間、呼びとめるゾロ達の声も聞かずに船から飛び出した。






◆ ◆ ◆






 空を駆る猛禽のように、クレスはウォーターセブンの屋根の上を駆け抜けた。
 月歩によって直接空を駆けてもよかったのだが、それは余りに目立ち過ぎる。
 町中に目を凝らしてロビンの姿を探し続けるも、余りに広く複雑な町中からはその姿を見つけることは無かった。


「……クソッ!」


 クレスは苛立ちを抑える事も無く、悪態と共に吐き出す。
 何故だ。
 そんな思いもあったが、同時に妙な予感もあった。
 何も無ければいい、などと甘い見通しをする気分にはなれない。
 幾多もの偶然の重なった結果か、はたまた必然か。
 ロビンは何を思って姿を消したのかは分からなかったが、いずれにしろ、ロビンの行動にこの前の事件に端を発した感情が起因していることは間違いでない気がした。
 クレスはそれらの思考を一端心の隅に追いやり、ロビンの捜索を続行する。
 目ぼしいところを見ては地上へと降り、聴きこみを行うも、碌な成果は得られない。
 クレスにとってもこの町は初めてだ。町の構造すら定かでは無いのに、成果が上がる筈はなかった。
 そんな時、クレスは町中で話しあう仲間達の姿を発見する。
 肩で息をするサンジと、焦った様子でヤガラに乗るナミだった。


「オイ、お前ら!」


 クレスは屋根の上からサンジとナミの傍へと跳び下りる。
 突然の登場に二人は驚いたようであったが、ナミは焦った様子で状況の説明を始めた。
 それは、クレスがチョッパーから聞いたロビンの事に加えて、ウソップの身に起こった事態であった。


「長鼻の奴がか……?」

「ええ、それにロビンの事も」


 ナミが不安な様子で言う。
 ロビンは姿を消し、ウソップは大金と共に誘拐された。
 ウソップの事に関しては今知ったのだが、予断を許す状況ではないだろう。
 二人は丁度先程ここで出会ったようで、ナミはウソップを、サンジはロビンを探していたらしい。
 ウソップの事も気になったが、クレスは一番の懸念事項であるロビンの事をサンジへと問いかける。


「コック、確認するが、ロビンは町中で突然消えたんだな?」

「ああ、おれとチョッパーが目を離した一瞬の隙に、姿が消えていた。
 そこら中を探したが、怪しい奴は見かけなかったし、聞きこみをしても同じだった」

「……だろうな。自分の意志で姿を消した線が濃厚だろう。
 アイツが連れ去られるなんて考えられないし、衆人環視の中ならなおさらだ」


 クレスは静かな声でそう言うと、暫くの間考え込むように目を閉じた。
 そしてサンジに告げる。


「コック、悪いがお前じゃ、いくら探してもアイツを見つけることは出来ないと思う。
 ウソップの事もある、金を取り返すなら人手もいるだろう。ロビンの事はオレに任せろ」

「……わかった」 


 薄々とサンジも感じていたのだろう。
 ロビンは自らの意志で姿を消した。ロビンが本気で身を隠せば、見つけられる者はいないとも言っていい。
 ウソップの窮地に関われない事を詫び、クレスは直ぐにロビンを探そうと町中へと向かおうとする。
 その背にナミが問いかけた。


「アンタは……アンタ達は帰って来るわよね?
 ロビンの行動って、青雉の言っていた事と関係あるんでしょ……?」


 ナミはクレスの背中から目を離さなかった。
 思いはサンジも同じだったのだろう。なにも言わず、真っ直ぐにクレスの背を見つめ続ける。
 驚き、逡巡、打算。クレスは僅かに間を置いて答えた。


「まァ、あんまり心配してくれるな。
 オレは……オレ達は、お前達の船に心地よさを感じていた。
 色々思うところもあったと思うが、受け入れてくれた事にも感謝している。直ぐ戻るさ」


 クレスは背を向けたままで、顔色はうかがえない。
 

「クレス、ロビンちゃんを見つけてとっとと帰ってこいよ。
 今日はロビンちゃんの好きなモノを愛をこめて作るつもりなんだからな。だから絶対帰ってこい」

「なら、お前らは長鼻と奪われた金の事を何とかしとけ。デザートはつくんだろうな?」


 クレスは振り向かないままサンジに言い、溶けるように町中に消えて行った。


「ナミさん、急ごう。
 ロビンちゃんの事はひとまずアイツに任せた方が良い」

 
 クレスの姿を追うナミを、サンジが促す。
 ナミは頷き、サンジを乗せ、ヤガラを飛ばしてウソップを探すのだった。






◆ ◆ ◆






 時の流れは過ぎ去り、一味にとっての転機が訪れる。

 フランキー一家へと殴り込みをかけ、仲間に手を出したことへの片を付けたのだが、問題は残った。
 もう走る事の出来ないメリーを前に、ルフィは決断を下す。だが、それは船を愛するウソップとの衝突を意味していた。
 メリー号を懸け、誰も望まぬ決闘が行われる。
 そこでルフィは、船長としての背負うべき"重さ"を知った。
 
 楽しかった日々はウソのように消え去り、一味は誰もが不安に駆られた。
  
 決別の果てに去った、ウソップ。
 姿を消したままの、ロビン。
 夜が更けても帰る気配の無い、クレス。
 寂しげに佇む、ゴーイングメリー号。

 
 島の気候も、異変に見舞われる。
 丸い月の下を、南の風(カロック)に流された雲が通り過ぎた。
 強い南風は、波を引き、そして寄せ返す。
 そしてその中で、余りに巨大な闇が蠢きだした。








 そんな風の強い夜。
 ウォーターセブン上層にあるガレーラカンパニーの近くに、クレスはいた。
 獲物を待つ狩人のように物陰に身を隠し、風に吹かれながら、明かりのついた造船ドックへ視線を向け続ける。
 クレスは心の中で、一味に対し一度だけ詫びた。


───すまない。どうやら戻れそうにない。
 

 そして時が経ち、目的の男が入り口から顔を出した。
 昼間、メリー号に査定へとやって来た、カクという男だ。
 この時間までで造船ドックにいる遠い事は、おそらく夜にまで及ぶ作業があったのだろう。
 カクは入り口で仕事仲間と思しき職人たちと別れを交わし、そして帰宅する。
 クレスはその後を追い、夜に溶け込むような黒い服装の中から、白く表情の無い仮面を取りだした。ロビンを探す中で、必要になりそうだったので購入した仮面だ。
 それを被り、クレスはふと昔ロビンと劇場で見たミュージカルの一つを思い出す。
 仮面を被ったその怪人は、身勝手で、そして残酷であった。
 成程と、妙に得心のいった思いで、クレスは音も無く躍り出た。


 無音の夜に、影が躍る。

  舞う動きは優雅さとは程遠く、どこまでも機械的で、効率的に。

 飛び立った影は、光を映さない、淀んだ仄暗い眼をしていた。

  心無く、もしくは奪われた、狂信的な精神で。

 そして、前を歩く標的に対し、人を殺して余りある───凶悪な拳を突き出した。




















[11290] 第五話 「背後」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/11/06 09:48










 第五話 「背後」












 カクにとってその日は、何事もなく過ぎる筈であった。
 普段通りに出社し、業務をこなして、残しておいた作業を夜遅くまで行う。
 作業が夜まで及べばこの町の職人たちは進んでに手を貸すだろう。そうして0時過ぎまで作業を続け、帰宅する。
 そんな普段通りの一日を過ごし、今日も一日が終わった。


「それじゃ、ワシはこれで」

「お、カク! どうだ、これから酒でも?」


 気の良い同僚のパウリーが飲みに誘って来たが、カクは苦笑しながら断る。
 誘いに乗っても良かったが、明日の事を考えると今日のところは止めておきたかった。
 

「『カクの言う通り明日もあるんだ。もう遅い、お前も今日は帰れポッポー』」

「固ぇ事言うなってルッチ、お前も来いよ」


 共に作業をしていたルッチに促されるも、いいじゃねぇかとパウリーは続ける。
 いつもの無表情でルッチはカクに目配せし、カクはその隙に苦笑しながら帰宅する事にした。



 室内作業場の入り口を出ると強い南風が吹きつけていた。
 毎年島へと押し寄せる高潮、≪アクア・ラグナ≫の前兆だ。
 水の都として発展を遂げたウォーターセブンであるが、それを裏返せば水害を招きやすいと言う欠点になる。この日ばかりは島も閉ざされ、町の人間も避難する。
 明日は“色々と”忙しくなるだろう。
 ウォーターセブンの水路と陸路の入り組んだ道を行くのは面倒だが、幸いに陸路だけで自宅までは辿りつける。
 時間にしておよそ10分。
 こうして帰宅し、翌朝、何食わぬ顔で出勤する。
 そういう計画だった。


「そろそろじゃのう」


 カクは意図もなく呟いた。
 そろそろだ。もう間もなく、もしくは既に。
 南風は闇を連れ、町を覆う。
 全ては明日。町はかつてない混乱に陥るだろう。
 足音を立てることなくカクは静かに人気の無い路地を行く。
 この辺りはガレーラカンパニーの倉庫が立ち並んでおり、民家はこの一帯から離れた場所に位置している。
 そこは自宅より、10分の距離。
 外れた予定。新たな計画。
 そして───カクは背後に強烈な悪寒を感じ、自らの勘のままに飛びのいた。
 直後、カクが先程までいたであろう場所に、人を殺して余りある鋼鉄の拳が突きたてられていた。


「……成程、避けたか。あれだけ警戒されてれば、当然か」


 飛びのき、空中で反転したカクの前に現れたのは仮面を被った人物だった。
 声色からおそらく男と断定できる。
 男はカクが地面に着地したその瞬間、爆発的な速度で地面を駆け、薙ぎ払うような蹴りを繰り出した。


「───ッ!」


 カクは避けきれず、腕を交差させて受けとめる。
 鈍い音が響いた。
 男は脚を振り抜き、カクを後方へと吹き飛ばす。カクはその力に逆らう事無く大きく距離を取った。


「闇夜に紛れて攻撃してくるとは、お主一体何者じゃ?」


 警戒するカクに、男は鼻を鳴らす。


「猿芝居は止めとけ、確信したよ。
 お前、ただの船大工じゃないな。むしろ船大工じゃないだろ?」


 男は核心を突くように言った。


「何を言っておるのじゃ、お主?」

「鉄塊」


 問い返したカクに返されたのは、鋭く紡がれた単語。
 カクの顔が僅かに歪んだ。


「さて、話してもらおうか。六式使い?」

「……何故そう思ったのじゃ?」

「強いて言うなら“勘”だろうな。
 例えば剣客同士が出会えば相手の事が分かる様に、オレも同じ事を感じた」

「その“勘”だけで、ここまでしたと?」

「相方の姿が見えなくてね。この町で一番怪しいのはお前だったからな」


 男は力を込め指の骨を鳴らし、切っ先を刃のようにカクの首筋に向ける。
 チリチリと冷気にも似た殺気をカクは首筋に感じた。


「20年ぶりか、自分以外の六式使いを見るのは。
 この武技を扱えるのは、特殊な訓練を積んだ奴だけだ。そいつがたまたま船大工をやっているなんて考えにくい」


 男の言葉にカクは黙りこむ。
 交差した攻防。その瞬間に響いたのは重い、鉄同士を打ちつけたような金属音だった。
 思いもよらぬ高い技能に咄嗟に身体が動いた結果だ。
 カクは嘆息するように息を吐いた。
 もはや、隠し通すことに意味はないと感じた。例え間違いだったとしてもこの男は容赦はしない。


「その妄信的な行動力には恐れ入るわい。
 まるで狂犬のようじゃな───エル・クレス」

「褒めてもらって光栄だよ、久しぶりだな<CP9>」


 あっさりとカクの正体を看過し、男───エル・クレスは、仮面を外した。
 その顔に浮かぶのは、押し殺した無表情と、ギラつくような殺気。
 禍々しい。カクはそう感じた。


「そこまで感じたとは……何故、ワシがそうじゃと?」

「簡単な話だ。<六式>を使うのは基本的に政府関係者だけ。オレみたいな例外はほんの少数だ。
 おまけに、町中で誰にも気づかれずにアイツに接触できる人間なんて、音に聞く<CP9>以外には浮かばない」


 サイファーポールNO.9。
 世界に8つの拠点を持つ世界政府直轄諜報機関<CP(サイファーポール)>、その在しない筈の、9番目。
 与えられた特権故にに明るみには出ず、まことしやかにその存在を囁かれる、“闇の正義”である。


「成程、確かに迂闊じゃったわい、色々と計算違いがあったようじゃな。
 一つ聞くが、間違いだったらどうするつもりじゃった?」

「さァな、殴った後で謝罪したかもな」


 言葉を発すると同時、クレスは爆発的な脚力で飛び上がった。
 瞬く間にカクの真上に迫り、硬化させた踵を打ちつける。
 カクは咄嗟に後ろに引いて回避。クレスの踵は舗装された路地裏を踏み砕いた。
 礫が飛び、いくつかがカクを襲う。カクにそれらを気にする余裕はなく、上空へと身を躍らせる。
 クレスはそれを追撃。鏃のように指先を突きだすクレスに対し、カクは脚を振り下ろした。


「嵐脚“白雷”」


 放たれたのは撃ち降ろす雷のような斬撃。
 迫り来る嵐脚に対し、クレスは空中で身体を制御。交差させるように蹴撃を繰り出し、斬撃を生みだして相殺させた。
 カクは小さく舌を打つ。迫りくるクレスの力は本物だった。
 情報では僅か8歳という年齢で、罪人ニコ・オルビアと協同し当時のCP9三人を相手取り勝利したとされている。
 それより20年、裏社会を生き抜き、現在に至る。弱い訳がないのだ。


「嵐脚“乱”」


 カクは迫りくるクレスを阻むように無数の斬撃を繰り出した。
 斬撃は雨のようにクレスへ迫るも、クレスは“月歩”によってその身を躍らせ、倉庫の石壁に張り付くように停止した。
 斬撃はクレスに掠る事は無く、街路の一角を破壊した。


「面倒なもんじゃな。ワシと同じ<六式>を使う敵と出会うとは思わんかったわい」

「だったら止めてもいいぞ。オレは止めないがな」

「バカを言うな。非暴力主義というのは、話の通じる相手にするもんじゃ」

「はは、その通りだよ」


 クレスは石壁にめり込ませていた指を離し、垂直に壁を駆け降りカクへと迫った。
 六式が一つ<剃>。
 爆発的な脚力で地面を駆け、消えたかのように移動する技だ。
 無論、カクも会得している技であったが、クレスのそれは放たれた弾丸の如き速度である。
 カクは同じ六式使いとして、クレスの動きについてある事に気がついていた。
 迫りくる<剃>も、カクよりも早く鋭い。
 だが、それは身体の制御という観点を殆ど度外視しているように思えた。
 猪突猛進とでも言えばいいのか、速度にこそ瞠目するも、対処は容易い。
 瞬く間に肉迫したクレスに対し、カクは交差させるように回し蹴りを放った。
 それはクレスにとって絶妙なタイミングで指し込まれた壁も同然だ。加速し過ぎた身体でこれを避けるのは容易い事では無い。このまま振り抜き吹き飛ばすつもりだった。
 カクの思惑通り、切り裂くように鋭く振るわれた蹴撃はクレス吸い込まれるように向かう。
 

「なッ!?」


 だが、カクの思惑は裏切られた。
 振るわれたカクの蹴りに対し、クレスはありえない反応をした。
 実体の無い幻影の如く、クレスはカクの蹴りをすり抜けるように通過したのだ。
 それは精密機械の如き肉体制御。蹴りの軌道を見切り、上半身だけを僅かに逸らすことでスピードを殺すことなく薄皮一枚のところで回避するという神がかり的な技であった。
 カクの認識はある意味では正しかった。
 クレスは剃などの技を使う際、速度を求めるために確かに肉体制御を犠牲にしていた。
 だが、カクにとって誤算であったのは、クレスは求めていた速度に肉体制御を無理やりに追い付かせ、更には追い越させた事であった。
 つまりは、クレスにとって自身の振るう力は、例え限界を越えようとも制御が可能なのだ。
 驚きに支配され一瞬だけ硬直したカクに、クレスの拳が突き刺さる。
 腹部を襲った凶悪なまでの衝撃にカクは吹き飛ばされ、受け身もままならぬまま背後の壁に叩きつけられた。
 

「嵐脚“線”」


 叩きつけられ、間髪容れず一直線上の斬撃がカクの目に飛び込んで来た。
 慌てて身を屈めて回避するも、クレスは既にカクへと肉薄している。
 牽制から接近へと至る速度が速過ぎる。その速度は、同じ<六式>を扱うカクにとっても瞠目すべきものだ。
 振るわれるのは鋼鉄に固められたクレスの脚。
 間に合わない。瞬間的にそう感じ取ったカクは、全身を鉄塊で固めた。
 

「鉄塊“打出大槌”」


 振り抜かれたクレスの脚に、カクは鉄塊の上からにも関わらず全身がバラバラになったかのような錯覚を受けた。
 威力を殺す事も出来ずに吹き飛ばされ、路地上を転がっていく。
 途中で手を突き立ち上がったものの、ダメージは予想以上に深い。


「……まいったのう。手加減どころのレベルじゃないわい。このままじゃと、ワシの方がやられる」

「だったら降参して、ロビンの事について話せ」

「それは無理な相談じゃな」


 カクは自身よりもクレスが<六式使い>として格上だと完全に感じ取っていた。
 そしてその差が、そう埋まるものでもない事を。だが、カクにはやるべき事があった。
 

「嵐脚手裏剣!」


 カクは身を翻すと同時に、両手両足から幾多もの斬撃を生んだ。
 確かな切れ味を持った斬撃が様々な軌道を描きクレスへと襲いかかる。
 クレスがこれを避けるには、剃か月歩でその場を引かなければならないだろう。
 仕留められるとは思っていないが、時間稼ぎ程度にはなる筈だ。


「剃“剛歩”」


 だが、カクの予測は外される。
 乱れ飛ぶ斬撃の最中を真っ直ぐに最短距離をクレスは駆け抜けてきた。


「斬撃の中を厭わずに……!」

 
 カクの放った嵐脚手裏剣はクレスの身を切り裂くも、鉄塊によって守られ浅く、致命傷には至らない。
 目を見開くカクの胴を目掛け、クレスは脚による薙ぎ払いを仕掛ける。
 カクは紙絵で回避し、低い姿勢から弾丸と化した指先を叩き込むも、クレスもまたカウンターの要領で拳を突き出してきた。
 鈍い衝撃。指先と拳は交差し、互いの体へと吸い込まれる。
 だが、理不尽なことに傷を受けたのはカクだけであった。
 カクの指先は部分的に鉄塊をかけたクレスに届かない。換わりにクレスの拳はカクの胸元に深くめり込み、一瞬気が遠くなる。


「終わりだ」


 クレスは猛禽のように鋭くカクの胸倉を掴んだ。
 強引にカクを引きよせ、再び胸元に強烈な拳を叩きこむ。
 鈍い音と共に、カクが小さな呻きを上げた。
 クレスはゴミでも放るように無造作にカクを投げ捨てる。
 カクは崩れ落ちるように路地に座り込み、立ち上がることはなかった。

 




「口が利ける内に喋れ」


 コツコツと恐怖を煽る様に足音を立てカクへと近づき、クレスは凍てつくような眼で見下ろした。
 対して、カクは座り込んだ状態でクレスを見上げ、口元に薄い笑みを浮かべる。


「さて、何の話じゃろうか?」

「とぼけんな、殺すぞ。
 てめェらのせいで、姿を見せないロビンの話に決まってんだろうが」


 クレスの踵がカクの真横を踏み砕く。
 

「次は当てる」


 まるで機械のように淡々と言い、カクを促す。
 通常ならば、これだけで知っている全ての情報を話すだろう。
 だが、カクはその例外だ。クレスの脅しに眉ひとつ動かしていない。


「貴様等も運の悪い奴らじゃ。
 よりにもよって、今日この町に来んでもよかろうに」

 
 身動きが取れないであろう状態にも関わらず、カクは堪えた様子もなく口を開く。
 興味を引くように言葉の罠を仕掛けてきた。クレスは苛立つ内面を抑え、抑揚の無い声で答える。
 

「それはてめェらの事情だろ。何のためかは知らないが、オレには関係ない話だ」

「ワハハハ、それもそうじゃな。“お主には”関係ない。
 だが、お主はこれからどうするつもりじゃ? 今のワシの立場はこの島の船大工じゃぞ?」

「話を反らすな。オレが聞きたいことはそれじゃない」

「まぁ、聞け。こうしてワシに手を出した時点でお主は島中に指名手配されるじゃろう」

「それがどうした? もとよりこっちは札付きだっての」

「ほう、それは貴様の仲間にも言えるのか? 
 この町の船大工は手強いぞ。無論、それ以外にも脅威はあろう?」

「………」


 クレスは無言のまま、カクの鳩尾に爪先を叩き込んだ。
 カクの表情は揺るがない。鉄塊をかけたのか感触は鈍く、対して効果は無いようだ。拷問等にも耐性があるのだろう。
 だてに政府の闇、存在しない筈の“9番目の正義”を司っている訳ではなさそうだ。


「口が過ぎたようじゃのう、すまんかった。次からは気をつけよう、うっかり殺されそうじゃ」

「わかってるなら、さっさと言え。こう見えてもかなり苛立ってる」

「見ればわかる」


 カクはそこから笑みを浮かべたまま口を噤んだ。
 クレスの方が優位に立っているにも関わらず、まるでそれを感じさせない様子だった。
 そしてそのまま数分が過ぎ、クレスが業を煮やしたその瞬間に、


「お主が聞きたいニコ・ロビンの事じゃが、確かに接触した」


 出鼻を挫くように言い放った。


「つい最近の事じゃ、政府の方より連絡があって、お主達の事を一任された。
 ワシとしては別の任務を抱えて追ったから、お主らとこうしてまみえるとは思ってもおらんかったぞ」


 政府からの連絡というのは青雉の事で間違いないだろう。
 一味の船に乗り込み、決定的なまでに捕捉されたのはあの男しかいない。
 やはり始まりはあの日だった。


「アイツとどんな契約を結んだ?」


 そう問いかけるクレスに、カクは少し驚いたように表情を変えた。


「何故そう思う? 隙をついて捕縛したとは思わんのか?」

「アホ抜かせ、ロビンはそこまで甘くはない。アイツなら逃げ出す事も可能だろう」

「随分と信頼しとるんじゃの」

「御託はいい。詳細を話せ」


 クレスは底冷えするような声でカクを促す。
 ロビンが何も言わず姿を消し、未だに姿を見せない理由。おそらくこれが根幹に関わる問題だ。
 カクの反応から契約またはそれに類する何かを結んだのは確実だ。
 <CP9>は一体、ロビンに対し何を持ちかけたのか。そして何故ロビンはそれに応じたのか。
 ロビンにとっても政府関係者は敵である。そんな相手から持ちかけられた話を承諾させるために、何を持ち出したのだ。


「エル・クレス、鋭い男じゃ。政府から20年も逃れ続けてきたことはある。
 じゃが、いずれは訪れる幕切れの理由も、案外どこにでも転がっている呆気ないものなんじゃろうな」


 突如、憐れむような口調で語り出したカクに、クレスは怪訝と表情を変える。


「何が言いたい?」

「ワハハ、なに、どうやら───話はこれで終わりという事じゃ」

 
 カクが言葉を為すのと、クレスが背後から衝撃を受けたのは同時であった。
 この瞬間、クレスは無意識のうちにカクに対して意識の大半を割いていたと言っていい。だが、理由はそれだけでは無いだろう。
 気配に関しては誰よりも敏感なクレスに対し、奇襲を仕掛けると言うのは困難を極める。
 それだけカクの話術が巧みであり、そして背後からの襲撃者が優秀だったという事だ。
 反射的に鉄塊で身を守ったものの、今まで受けた中でも最大級の“迫撃”に堪え切れず、吹き飛ばされ倉庫の壁を突き破った。


「油断したようだな、カク」

「ああ、すまん。じゃが、こやつ相当な腕じゃぞ。道力もお主とそう変わらん筈じゃ」

「成程、久々に骨のある男という訳か」


 新たに表れた男の肩に白いハトが止まる。
 シルクハットを被ったその男は、理性を持つ獣のように冷徹で獰猛な印象を受けた。
 カクはこの男の事を、ルッチと呼んだ。


「……どうやら、オレはおびき寄せられたと言う訳だな。
 どおりでそっちの長鼻もどきに思ったよりも手応えが無かった訳だ」 


 風穴の空いた倉庫から響いた声に、ルッチとカクは改めて意識を向ける。
 すると倉庫に新たな風穴が空けられ、淡々した歩みでクレスが現れた。


「じゃが、ワシもギリギリじゃったぞ? お主とまともにやり合っても勝てそうに無かったのでな。
 お主の過去の素性を鑑みれば、近日中には襲ってくると思っとった。だが、今日というのは拙速だったかもしれんの」

「単独では無いとは思って注意していたが、見事にしてやられたみたいだな。
 だが、まァいい。お前ら二人をブッ倒せばそれで終いだ。もしかして、まだ何人か誘ってんのか?」

「安心しろ。他の連中は来ない、今は重要な任務中だ。貴様の相手はおれがしてやろう」


 感情の無い声で問うクレスに、口元を僅かに歪めたルッチが答える。
 そこ表情に浮かぶのは、獰猛な歓喜か。暗い喜悦か。
 エル・クレスという久しく見ぬ強敵に、こみ上げる感情があったのかもしれない。


「ルッチ……CP9の“ロブ・ルッチ”か?」

「如何にも、それが何だ?」

「いや、噂程度には聞いていたって奴だよ」


 13歳にして<CP9>の諜報部員を務め、“闇の正義”を天職とし、<CP9>の歴史上最も強く、冷酷な殺人兵器と呼ばれた男。
 それが目の前にいる、ロブ・ルッチという男だ。


「おれも貴様の事は知っている。僅か8歳にして我らCP9を三人打倒した男だとな」  

「昔の話だ、どうでもいい」


 揶揄するようなルッチにクレスは興味なさげに鼻を鳴らす。
 そして、クレスは拳を握り、持ち上げた。


「とりあえずはお前からだな、ロブ・ルッチ」

「それが貴様に出来ればの話だ、エル・クレス」



 
 







あとがき
祝・100万PV突破です。
この話をお読み下さり誠にありがとうございます。
継続は力なりとは言いますが、これからも精進を重ねたいと思います。
最近忙しくて更新が遅れがちですがこれからも頑張っていきたいです。






[11290] 第六話 「エル・クレスVSロブ・ルッチ」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/11/14 11:36


 ウォーターセブン中心街にある、ガレーラカンパニーが所有する倉庫近くの路地。
 本来ならばこの場所は人影もなく、町中に出来た空白地帯のように静寂の似合う場所であるのだが、現在は息苦しいまでの緊張に包まれていた。
 その空間を作り出すのは二人。
 静かに、だが恐ろしいまでに研ぎ澄まされた殺気を滲ませながら睨み合う二人。
 六式使い。
 エル・クレスとロブ・ルッチ。


「こうして血が騒ぐのは久方ぶりだな。
 任務とは言え、貴様とやり合える事におれは喜びのようなものを感じている」

「へェ、そうかい。こっちとしては、どうでもいいがな。
 “冷酷な殺人兵器”だと聞いていたが、案外獣じみたところもあるんだな」


 語りこそ淡々としているが、その裏に確かな昂ぶりを感じさせるルッチに、拳を構えたまま飄々とクレスが答えた。
 言葉を交わす間も、クレスはルッチの姿を捉え続けている。
 ───強い。
 ルッチの姿を見て、クレスはまずそう感じた。
 CP9のロブ・ルッチと言えば、その冷酷さと無慈悲さ、そして過剰なまでの正義から様々な噂が飛び交い恐れられている。
 噂というのは何かに付けて尾びれが付くものだが、クレスは確信した。
 囁かれる噂は間違ってなどいない。この男ならその噂を全て実現してみせると。
 確証こそなかったが、経験により培われた"眼"はそう告げている。
 戦うのは危険だろう。まともにやり合えば、ただでは済まない。
 だが、今のクレスにとってそんなことはほんの些細なことでしか無かった。


「始める前に聞いといてやろう。ロビンは今どこにいる?」
 
「それをおれが言うとでも思っているのか?」

「いや、聞いただけだ」


 期待などしていなかったので、クレスは軽く肩をすくめるだけであった。
 始めから簡単に答えてもらえるとは思ってはいない。
 僅かでも情報を漏らし確証に至れば、クレスは今すぐにでもこの場を立ち去り、ロビンを追い町中を駆けまわるつもりであったが、ルッチもその辺りは察していたようだ。
 

「だが、その様子からすると知ってはいるようだな」

「だとすればどうする」


 鋭さを込め言い放つ言葉に、ルッチは動じない。冷酷な笑みを張り付けたままだ。
 そこに浮かぶのは、己の力に対する自信か。
 クレスの中で最後の方針が定まる。
 この男がCP9の“核”で間違いないだろう。
 この男さえ打倒すれば、その他を屈服させる事が出来る。
 ロビンに関する情報をを聞き出せる。
 ゆったりと、ルッチにすら悟られぬような巧みな重心移動によって、クレスは撃鉄を待つ弾丸のように身体を前へと傾ける。
  

「吐きたくなるまでぶん殴ってやるよ。覚悟はいいか、ロブ・ルッチ」


 ドゴッ!! 瞬間、地面が爆ぜクレスの姿が掻き消えた。
 目指す標的まで小細工無しの一直線。
 地面を削り取るような速度でクレスは瞬きの如くルッチへと肉薄し、渾身の一撃を叩き込む。
 

「覚悟を問われるのは貴様の方だ、エル・クレス。闇の正義の下、貴様を打ち砕いてやろう」


 それを見て、後ろに手を組み不動の姿勢を貫いていたルッチが動いた。
 幾多もの返り血を浴びたであろう拳を引き、そしてクレスの拳に合わせるように突き出す。
 大気を裂くように鋭く、重厚な唸りを持って、拳は交錯。
 打ち合わされた拳は爆発的な衝撃を作り出し、余波のみで町の一角が震えた。


「……!!」


 拳を交わしたその瞬間、クレスはロブ・ルッチという男の強さを的確に感じ取っていた。
 無慈悲、冷酷、そして沸き立つ血潮の如く獰猛。
 決して表に出る事の無い凄惨な戦場を、政府の闇となり戦いぬいたその力と意志は端倪すべからざるものである。
 だが、それがどうした。
 さりとて、クレスには一切引く気は無かった。
 身体を躍らせ、暴れ出しそうになる肉体を押さえつけるように制御し、クレスは己の目的の為に拳を振るう。
 勝利条件はロブ・ルッチの撃破。この際に生死はどうでもいい。
 肝心の情報は、離れた位置で傍観しているカクという男から聞き出せばいいだろう。
 その為には、まず前提条件として、クレスはルッチに対して勝利しなくてはならない。
 例え、自分がどうなってもだ。
 

「喰らえッ!」


 無駄を限界まで削ぎ落としたような、機械的な拳がルッチを襲う。
 だが、ロブ・ルッチという男はそう甘くは無かった。
 クレスの放つ拳打の尽くを、ルッチは捌ききり、お返しとばかりに一打受けるだけでも致命的であろう攻撃を打ち込んでくる。
 突き出されるのは弾丸と化した指先だ。
 感覚としては、クレスが幼少時に出会った巨大な海王類の爪や牙に似ている。
 巨大な体躯に、圧倒的な力。放つ攻撃は果たして効果はあるのか分からず、相手からの猛攻を凌ぎきるだけ。
 あの時は、ギリギリの攻防の末、何とか相手を退けたが、今回は軽くその上を行く。
 無防備に受け止めれば、最悪命はないだろう。
 しかし、クレスとて未熟であった昔に比べ、めまぐるしい成長を遂げている。
 強大な存在に立ち向かうだけの力も技も手に入れた。自分が優れているとは思わないが、劣っていると卑屈になるつもりもない。


「勝たせてもらうぞ、負けるつもりは更々ないからな」


 クレスはルッチが放つ烈火のような攻撃を、捌き、避け、受けとめる。
 そして隙を見れば、空かさず反撃を仕掛けた。


「この男───」


 拳を交えたその瞬間、評価を改めたのはルッチもまた同じであった。
 ルッチの放つ攻撃に対し、クレスは見事なまでに対応して見せている。
 僅かな隙を見て放たれる攻撃は精確無比に急所を狙って来ていた。
 まさに、一撃必殺。
 ルッチ自身も優れた暗殺者であったが、クレスもまた同じような素養を持っていた。
 そして何より驚くべきは、クレスの<六式使い>としての能力の高さだ。
 ルッチの情報によれば、クレスは<六式使い>としては不完全であろうと予測されていた。
 それもその筈、クレスは<六式>の訓練を受けたものの、それは幼少の頃、五歳から八歳の僅か三年。
 通常ならば、この年齢時は基礎の基礎である、六式を扱う為に必要な“土台”作りの時期である筈なのだ。CP9史上最強と呼ばれるルッチですらそれは同じである。
 幼少時にたった三年だけ納めた“武技”にどれだけの意味があろうか。
 その経験が強さとしての基盤となったとはしても、決して<六式使い>として大成することはありえない。
 しかし、目の前の男はその常識を覆していた。
 ルッチも始めクレスについて聴かされたときは己の耳を疑ったものだが、今ならそのれに納得できる。


「成程な、確かに貴様は───天才だ」


 僅か八歳において<六式>の基礎全てを納め、格上である<六式使い>を相手取り勝利したその才気。
 そして逃亡生活中でありながら、独学で学び、研鑽し、己の力のみで<六式>を完成まで至らしめた男。
 <六式>の体技のレベルを数値化した“道力”で見れば、カクの言う通り、ルッチとクレスはそう遜色がなかった。
 滅多に感情を表に出さぬルッチであったが、同じ武技を扱う者としてクレスに対し称賛のような感情が浮かんでいた。


「さりとて、任務の障害となる貴様は、始末するのみだ」


 浮かんだ称賛を冷徹な思考の下に消し去り、ルッチは獰猛な笑みを浮べる。
 私情などは任務にとって障害にしかならない。
 重要なのは、目的達成への意識、そして“成功”という現実のみであった。













 第六話 「エル・クレスVSロブ・ルッチ」













 幾度となく、肉体という人知を超えた武器が交差する。
 指先は石壁をも穿ち、襲脚は斬撃を生む。
 懸ける速さは眼ではおいきれず、その脚力は空すら掴んだ。
 相手の攻撃に対する反応もそうである。
 攻撃を受ける肉体は鋼よりもなお硬く、なおかつ尋常ではない速度で回避をもおこなう。
 これが果たして人間と言えようか。


「全く、派手に暴れよる」


 ただ一人の傍観者である、カクが目の前の光景にひとりごちる。
 もの静かな筈の路地裏に、爆発のような衝撃音が連続して響いていた。
 高速で移動しながら、クレスとルッチがもはや兵器と化した肉体を打ち合せているのである。
 傍目から見ればそれは異様な光景と言えよう。
 みるみるうちに街路が削られ、水路が荒波のように煽られ、響いた衝撃の余波で倉庫のガラスが割れ、壁に亀裂が入る。
 時折、拳や脚をぶつけ合う人間を見る事が出来るものの、それは現実かと疑うほど曖昧でもあった。
 これが人界を越えた体技、六式を納め極めた超人同士の戦い。
 視認できる人間がこの町に何人いるか。適当に一人連れて来て感想を聞けばこう言うだろう、町がひとりでに朽ちていたと。
 カクから見てもそれは同じだ。
 カクもまた<六式>を扱う人界を越えた超人の一人であったが、目の前で戦いを繰り広げる二人は次元が違った。


「手出し無用じゃな。ワシはワシのやるべき事をやろうかの」


 本来ならばルッチと協同し二対一の状況でクレスと戦ってもよかったのだが、実力差故に下手に手を出すと足手まといになりかねないのだ。
 視認こそ出来るものの、付いてはいけない。クレスに与えられた傷を差し引いてもだ。
 カクの役目はクレスをこの場所へと誘き寄せること。役目を終え、カクは新たな行動に移ることにした。






「随分と派手に暴れたな。
 いいのか、コリャ間違いなく誰か来るぞ?」


 幾度となく打ち合わせた攻防を経て、一端月歩で空中に引いたクレスが言う。
 その口元には血の痕があるが、気にした様子もなく口元に挑発的な笑みを浮かべていた。


「心配には及ばん。この場所には来させんさ」


 クレスの言葉に、同じく傷を負ったルッチが答える。
 被っていたシルクハットは無く、長めの黒髪が風に揺れている。
 クレスの姿を視界に納めながら、ルッチは隙の無い動きで背後に足を一閃させた。
 六式が一つ、嵐脚。
 爆発的な脚力は大気を切り裂き斬撃を生む。
 ルッチが放った斬撃は後方にあった建物を悉く切り裂き倒壊させた。


「道は塞いだ。暫くは誰も通れまい」

「おいおい、“もの”は大切にって教えられなかったか?」

「貴様が気にする事でもなかろう。貴様とて色々と経験済みの筈だ」


 嘲るルッチの口調にクレスは眼を細めた。
 その通りである。目を欺く為、人目を集める為、逃げる為。理由は様々であるがルッチの言う通り経験は大いにある。火を放った事もあった。
 

「フン、確かにそうだな。
 だが、そんなオレと同列に語るとは<正義>の名が聞いて呆れるぞ」

「なに、課せられた条件下で最適の行動を行う。これも<正義>の為ならば容認されてしかるべきだ」

「胸糞悪くなる答えをありがとよ」


 政府の所有する最も過激な先兵の言葉に、クレスは嫌悪感を露わにそう吐き捨てる。
 権力に追従する力ほど恐ろしいものは無い。
 振るわれる力は全て肯定され、都合の悪いことは全て隠匿される。
 そうしてまた一つ政府に対する脅威は消えたと安堵するのだろう。
 例え、地図の上から島が消えてもだ。


「ロブ・ルッチ、一つ言いたいことがある」

「なんだ?」

「お前に言っても仕方がない事だとは分かっている。
 だが、これだけは仕方がないとも思ってる。
 だから単純な話、───ムカついたからマジ殴らせろ」


 言葉と同時にクレスは地面を蹴った。
 その踏み込みのあまりの力強さに、石畳の路地がひび割れ砕けた。
 驚異的な加速を行うクレスはまさに弾丸そのものの速度でルッチへと肉薄し、引き絞られた肉体に拳という矢を番える。


「やれるものならやってみろ」


 対するルッチの構えは不動。
 浅い息を吐き、クレスの拳を待ち構える。
 クレスはその姿から、鉄塊での防御、そしてその後の反撃を予測した。
 真正面から、呆れるような一直線を描き拳を突き出そうとするクレス、そしてその拳を振るうその瞬間。
 ルッチの目の前からクレスは掻き消えた。 
 

「───ッ!?」


 クレスが現れたのは真横。
 氷の上を滑るかのような足捌きで直前に方向転換を果たしたのだ。 
 直後、意表を突かれたルッチの頬骨を強烈な衝撃が襲う。衝撃はルッチの身体を水路で隔てられた反対側の路地まで吹き飛ばすのに十分なものであった。
 しかし、クレスが感じた手応えは浅い。おそらくルッチは僅かに後ろに引いて衝撃を殺したのだろう。

 
「嵐脚“乱”!」


 クレスは迷わずに、ルッチに対して脚から幾丈もの斬撃が放ち、追い打ちを仕掛けた。
 斬撃は一瞬のうちにルッチの目の前を覆った。言わば、斬撃の弾幕だ。
 飛来する斬撃はまるで雨のように濃密でありながらも、その一つ一つが名刀にも劣らぬ切れ味を秘めている。


「大した数だ、だが───」


 そんな弾幕の中を、ルッチは月歩により臆す事無く突き進んだ。
 巧みな肉体制御によって僅かな隙間を見つけては空を駆け、嵐脚を回避しながら高速でクレスへと肉迫。外された嵐脚は街路に深い爪後を残す。
 だが、クレスは迫りくるルッチの軌道を読み切り、逆に自身から距離を詰めて鋼鉄の拳を振るった。


「指銃“剛砲”!!」


 砲撃にも勝るクレスの拳は、唸りを上げ、貫くような直線を辿りルッチへと向かう。
 鉄塊で硬化させた拳を指銃の速度で打ち出すこの技は、クレスが多用する技の一つだ。
 直撃すれば、ルッチといえどタダでは済まない。
 だがクレスの拳は空を切った。直撃の瞬間、ルッチの姿がぶれたのだ。


「くっ!」


 残像を残し、ルッチは拳を振るったクレスの死角へと身を滑らせる。
 先程の意趣返しだ。その程度おれにも出来ると挑発されているようでもある。
 そして、


「指銃“黄蓮”!!」


 一瞬において幾多もの指銃がクレスを襲った。
 ルッチが放ったのは指銃の連撃。だが、そこに秘められた威力たるは全て人体を砕いて余りある。
 衝撃は全て直撃し、クレスは後方へと吹き飛ばされる。だが、ルッチの表情は微塵も変わらない。吹き飛ばしたクレスに対して鋭い視線を向け続けた。


「逃がさん」
 

 ルッチの姿が掻き消える。
 爆発的な脚力により目でとらえる事すら困難を極める速度で駆け抜け、クレスを追走した。
 仕留めてなどいない、クレスは瞬時に鉄塊をかけ、全ての衝撃を受け止めていたのだ。
 吹き飛ばされた事により体勢が崩れたクレスに振るわれるのは、弾丸と化した指先。まともに受ければ間違いなく致命傷である。
 だが、ルッチの指は身体を旋回させたクレスに弾かれた。


「お返しだ」


 換わりに飛び込んで来たのは鋼鉄の如く硬化したクレスの襲脚。
 巧みに姿勢を制御し、ルッチの攻撃を弾くと同時に叩きこんだのだ。
 クレスの蹴りはルッチに直撃。ルッチを再び後方へと吹き飛ばす事に成功する。
 

「まったく、面倒極まりない」


 ストンと軽やかに地面に降り立ち、クレスは呟いた。
 身体が僅かに悲鳴を上げる。ルッチの攻撃を鉄塊で受けとめたものの全ての衝撃を殺し切れなかったためだ。


「早くしろ、こっちは急いでんだ。せめて駆け足で来い」


 言葉を投げかけた向うから、ゆっくりとした歩調でルッチがやって来る。
 クレスと同じく身体からは血が滲んでいたが、表情からは余裕と殺意が感じられる。


「焦る必要もないだろう。貴様はどうせ何も得られはしない」


 顔に見透かすような笑みを張りつけルッチは言った。
 先程のクレスの攻撃は直撃したものの、手応えは感じていない。やはり相手も鉄塊で防御していたのだ。


「随分な言い草だな。勝利宣言にしてはまだ早すぎるんじゃないのか?」


 クレスが感じたところ、大まか実力は互角と言ったところであった。
 さすがに純粋な六式使いとしては相手の方が上であったが、何も勝負の優越はそれだけで決まるわけではない。


「戦う以前の話だ。無論、貴様はおれが始末する事には変わりないがな」


 ルッチは何食わぬ顔で、クレスの言葉を否定する。
 そしてそのまま続けた。


「どれだけ貴様が足掻こうとも、それは全て無駄なことだ。
 分かっている筈だ。あの女は自らの意志で我々へと下ったのだとな」


 クレスに対しては抉り込むような言葉であったが、クレスの反応は冷ややかなものであった。


「下っただ? そう仕向けたのは、お前らだろうが」


 分かっていた。
 ロビンは自らの意志で政府へと下った。おそらくはそう仕向けられた。
 それがどういう事か分からぬほど、ロビンは馬鹿ではない。
 海賊相手に嘘をつくなど常道の世界だ。それでも、政府はロビンが従わざるを得ない“何か”を提示したのだ。
 
 
「フフフ、確かにそうだが、選んだのはあの女だ。この意味が分からぬ貴様でもあるまい?」

「それがどうした。選択は始めから一つ。連れ戻す、それだけだ」

「相手がそれを望まなくともか?」

「当り前だ」


 そうクレスが言った瞬間、くつくつと口元を歪めてルッチは嗤った。
 嘲弄であった。


「愚かしい男だな、エル・クレス。
 貴様のような男が傍に居ながら、20年もあの女を追いまわすこととなるとは、政府も随分とぬるい仕事をする。
 あの女はもう逃れはせん。貴様がどう動こうとも、状況は変わらない。最後には必ずあの女は自らの意志で我々の手に落ちる。貴様が例え連れ戻せたとしてもだ」


 その瞬間、ざわめく様にルッチの姿が震え、変貌を遂げ始めた。
 鍛え抜かれた身体は倍以上に膨れ上がり、更にしなやかで強大な肉体へと進化する。
 その肌を覆うのは滑らかな毛並みと、黒で描かれた斑紋様。
 指先には肉を貫く黒い鉤爪が光り、臀部からは細長い尻尾が覗いている。
 異様なまでの威圧感、そして凶暴性を纏い、変化を遂げたルッチはクレスを見下ろした。


「所詮それも、無駄な仮定であろうがな」  


 鋭い牙の覗く口で、ルッチはそう言った。


「てめェ……能力者だったのか」


 目の前で行われたルッチの変化にクレスは息をのんだ。
 完全に見上げるまでに巨大化したルッチの姿は、まごうことなき<動物系>。


「<ネコネコの実 モデル“豹(レオパルド)”>」

「ヒョウ人間……!」


 瞬間、クレスの背筋を氷塊を流し込まれたような悪寒が襲う。
 その防衛本能に従いクレスは全力の鉄塊で全身を固めた。


「ッ!?」


 次の瞬間、余りに強い衝撃がクレスの身体を打ちのめす。
 能力によって生まれた黒い鉤爪がクレスへと突きたてられていたのだ。
 踏ん張った足が衝撃を受け止めきれず街路を砕く。赤い雫が、廃墟と化した路地に落ちた。



「遊びは終わりだ。ひと思いに終わらせてやろう、そのくだらん戯言と共にな。貴様に敗北を刻みこんでやる」


 指先についた赤い雫を舐めとり、音も無くルッチの姿が掻き消える。
 巨大化したにも関わらず、全くそれを感じさせない、しなやかな脚運びだ。
 止まっていては捉えられる。
 本能的にそう感じたクレスは、地面を蹴った。
 直後、破壊の権化と化したルッチが襲いかかる。


「くそ、さすがにそれは反則だろうがッ!」 


 この瞬間、均衡していた筈のクレスとルッチのバランスは一気に傾いた。
 <動物系>、特にその中でも肉食動物の能力者は草食動物に比べその凶暴性をも増すと言う。 
 だが、違いはそれだけではない。
 生態系の頂点に立つ、肉食獣。その肉体構造はまさに戦う為に生まれたと言っても過言ではない。
 厳しい生存競争の中で淘汰され洗練された、その王者たる存在。
 人は鍛えなければ強くならない。だが、猛獣たちは生まれながらに強いのだ。言わば生まれながら勝者なのである。
 六式を扱う上で、最も重要なのは己の肉体だ。
 その肉体に獣の力を取入れればどうなるか、しかもその獣は理性をもち鍛錬を重ねるという。
 これほど脅威的なものは無い。


「いつまで持つか、見物だな」


 能力を際限なく発揮し、ルッチは瞬く間にクレスを追い詰めて行く。
 振るわれる一撃の重さ、力、スピード。その全てが、ただでさえ人外じみていた人間状態のルッチを上回り、凌駕する。
 撹乱するようにクレスが剃と月歩によって辺りを駆けまわり、必死で攻撃を逃れながら相手の様子を窺うも、その様相はまさに狩る者と狩られる者であった。


「剃刀!!」


 空間を切り裂くように駆け、ルッチはクレスを追走する。
 剃と月歩、この両方の属性を持つこの技は、滑らかでありそして何よりも速い。
 今のルッチならば、空に描いたデタラメな軌道さえも容易く駆け抜けるだろう。


「指銃“撥”!!」


 クレスの真横に付くように追走し、鋭い指先から放たれるのは、空気を切り裂き飛ぶ指銃。
 放たれる弾丸は、実弾よりも鋭く速い。
 クレスは一瞬の判断で身を反転、崩壊しかけている近くの建物へとと跳び込んだ。
 数発身体を打ち抜かれたものの、姿を見失った為か、一時的なものであろうがルッチの攻勢は止んだ。


「……本格的に不味いな」


 傷を抑えながら憎々しげに言葉を漏らすクレス。
 どう考えても、悪魔の実の上乗せ分ルッチが優位だ。
 互角であった身体能力も尽くが相手が上、正直なところ絶体絶命である。
 どうやら自分は己より強大な相手に対し戦い挑み、勝利を掴まなければならないらしい。


「まぁ……いいか」

 
 自重げにそう嘯いて、光が引くようにクレスの目が細まった。
 計画、方法、手順。
 正直なところ曖昧な可能性しか浮かばないが、ある程度の強さは把握した。
 もういいだろう。
 戦う、勝つ。
 答えは至ってシンプルだ。
 目的さえあれば、やり遂げる可能性はある。
 悲観する必要などない、何も格上相手の戦いは初めてではないのだから。


「殺るか」


 反撃の狼煙を上げろ。
 軽く息を吐いて、クレスは身を躍らせる。
 その直後、巨大な怪鳥をかたどった形の斬撃が建物を切り刻んだ。
 凶悪な切断力を誇るその攻撃により主要な柱なども全て切り取られてしまったのだろう。隠れていた建物が音を立てて崩壊し始める。
 

「嵐脚」


 斬撃を飛ばしてクレスは建物の一部を切り飛ばし、そこから脱出を図った。
 倒壊する建物を背後に剃によって脱出路から飛び出すも、やはりと言うべきかその前にはルッチが待ち構えていた。


「姿を見せたな鼠め。これで終わりだ。覚悟は出来たか?」

「ああ、出来た」


 空間を自在に切り裂きながら肉迫するルッチに、クレスは告げる。


「かかってこいよ、ブッ殺してやる」


 そして、逆にルッチに対して躍りかかった。
 ルッチの指先からは先程の“飛ぶ指銃”が次々と放たれる。
 クレスはプログラムのような的確な動きで回避を試みるも、数発避けきれず肉を削り取られた。
 

「指銃“斑”!!」


 痛みを飲み込んで、峻烈なまでの歩を進めたその先にあるのは、ルッチの放った指銃の弾幕。
 正面は不味い。そう感じたクレスは襲いかかる魔弾の連打を紙絵で避け、弾幕の数に押される前に、削り取るような勢いで地面を蹴った。


「嵐脚“豹尾”」


 だが、それを逃すルッチでは無い。
 豹の尾のように螺旋を描く嵐脚をクレスへと放ち、追撃。
 クレスは地面に手を突いてアクロバットな動きで回避するも、僅かに身体が切り裂かれた。
 路地を血で濡らしながら距離を取るクレスに対し、剃と月歩をハイレベルで併用させた技、“剃刀”により一気に肉迫。クレスにとっては未知の技。
 そして射程内に入ったクレスに向け、ルッチは獲物を抑え込む猛獣のように獰猛な五指を突きつけた。


「剃刀」


 だが、次の瞬間ルッチの爪からスルリとクレスがすり抜ける。


「な、に……?」


 同時にルッチを襲ったのは驚愕。
 クレスが使った技は今まさにルッチが使っていた技。
 始めから使えた、そんなわけは無い。
 使えるのならば、ルッチがこの技を使用してクレスを追い詰めた時に使えばよかったのだ。
 隠すことに意味など無い。
 ならば、何故今扱えるのだ。


「へェ……なかなか便利な技だなコレ」


 空間を鋭い刃物で切り裂くように、自由闊達にクレスは駆けまわる。
 その姿はまるで幾度もの鍛錬を重ねたかのように安定。
 そんなわけはない。
 目を見開くルッチに、更なる驚愕が襲いかかる。


「指銃“撥”」


 空気を切り裂き、ルッチへと直撃したのはルッチが使用した“飛ぶ指銃”。
 指先から放たれる弾丸は、確かな威力を持ってルッチの肉を削った。
 

「貴様まさか……!!」


 驚愕に対する答えは、巨大な怪鳥をかたどった嵐脚。
 嵐脚“凱鳥”。
 翼を広げた怪鳥を象った、凶悪な切断力を誇る斬撃だ。


「コレ、何て名前の技だ?」

 
 クレスは皮肉げに口元を釣り上げる。  


「おれの技を模倣したと言うのかッ!?」

「そうだが? ああ、ちなみにさっきの“豹尾”とか言うのは個人的に嫌いだからやらないがな」


 余裕を見せつけるようにクレスは肩をすくめる。


「別に驚く事は無いだろ。僅かにお前の方が上だが、<六式使い>としてはほぼ同格なんだ。
 なら、お前が使える技ならオレも使える。それだけのことだろ?」

「……言ってくれる」


 軽く言うクレスだが、それがどれだけ異常な事か。
 “出来る”と“使いこなす”ではレベルが異なるのだ。
 ルッチとてクレスの扱う技ならば、模倣することが可能であろう。
 だが、それを今すぐにものにするのは不可能と言っていい。


「……確かに認めざるを得んな、その異端とも言うべき才気を。
 だが、忘れたわけではあるまい。おれと貴様の間にある決定的なまでの力量の差を」


 だが、それがどうしたと。
 ルッチは覆る事の無い自身の優位性を確信する。
 それほどまでに、ルッチの持つ<ネコネコの実>の能力によるアドバンテージは大きい。
 実際、クレスは今の今まで増強されたルッチの力に翻弄され、為す術もなく逃げ回っていたのだ。


「確かにそうだが、お前の強さは把握した。なら後はオレが喰らいつくだけだ」

「戯言を……! ならばやって見せろッ!!」


 ルッチは剃刀によって、クレスに対し一瞬で肉迫。
 クレスに比べ、重さ、スピード、力。その全てを上回る一撃を繰り出し、クレスの命を刈り取ろうとする。
 

「ロブ・ルッチ、言わせてもらうが───慢心するつもりなら止めとけよ」


 振るわれたルッチの一撃を、クレスは紙一重のところで避け、同時に一歩踏み込んだ。
 それはルッチにとって予想外の攻勢。巨大化した故にできたほんの僅かな隙間に身体を滑らせ、ルッチの一撃を回避せしめたのだ。
 決定的な隙を晒したルッチへと振るわれるのは、すれ違いざまに突き立てる渾身の一撃。


「指銃“咬牙”ァ!!」


 無防備に晒したルッチの脇腹に、クレスの五指が喰らいつく。
 突き刺さった五指は牙のように、ルッチの身体を引き裂いた。


「ぬッ……ぐァ……!!」

「鼠なめんな。窮鼠猫を咬み殺すぞ」


 続いて繰り出されたのは、鉄塊によって硬化された襲脚。
 ルッチは鉄塊で防御するも、何故か一切の力を感じない。
 それもその筈、一撃目は囮。
 クレスは次の一撃をルッチが鉄塊で防御すると読み切り、次の一撃の為の“支点”としたのだ。
 蹴りを放った筈のクレスは身体を制御し、今まさに渾身の蹴りを繰り出した。


「鉄塊“杭”」


 クレスが叩き込むのは硬化させた爪先。それは地面に突き立てられるアンカーのように、的確にルッチに身体を打ちつける。
 直撃したのは先程一撃をくらった横腹。傷口を抉る様に、クレスの攻撃は突き刺さった。
 激痛がルッチを襲う。
 鉄塊はあくまで自身の身体を硬化させる技である。クレスは的確にその弱点を突いた。


「もう一発ッ!」

「剃刀ッ!!」


 更なる一撃を喰らわせようとするクレスから、ルッチは退避する。
 体の芯が歪むような痛みがルッチを襲うも、気にする暇などは無い。
 ルッチの後を追うように、クレスもまた剃刀によって駆け、先程ルッチから模倣した指銃“撥”を放って来ていた。
 それらを全て避けきり、ルッチは滑らかに身体を反転させた。
 

「いいだろう。生き急ぐならば、今すぐ地獄に送ってやる」


 真正面にクレスの姿を納め、猛スピードで駆ける。
 もはや、地面などあっても無くても同じであった。
 そして凶悪な一撃をクレスへと繰り出す。


「ッ!」


 振るわれたルッチの一撃をクレスは硬化させた片腕で受けとめた。
 ルッチの攻撃は続く。剃刀によって瞬く間に背後へと回り、もう一撃。その速度はやはりクレスを上回っている。だがそれもクレスは捌ききる。
 クレスはルッチの一撃に対し見事なまでに対応して見せていた。時折攻撃がクレスの身体を捉えるものの、それらは全て浅く致命傷には至らない。
 それだけでは無い。ルッチが見せるほんの僅かな隙をついて反撃まで行い、ルッチに対し傷まで負わせてきた。


「何故だ……何故、付いてこられる」
 
 
 その変化はルッチから見ても顕著であった。
 傾いていた筈の戦力バランスは、再び均衡へと押し戻されていたのだ。
 悪魔の実の力、そして僅かとは言え六式使いとしてもルッチは上回っている。
 その差を埋めるものはなんだ。
 バランスが引き戻されたのは、建物へと逃げ込んだあの瞬間から。
 それまでは、ただ逃げ回るだけだったクレスが、あの瞬間より、急にルッチの攻撃に対し追従するようになったのだ。
 あの短時間で何かが出来るとは思わない。
 そんなルッチに、クレスの放った言葉が甦る。
 クレスは言った───お前の強さは把握したと。


「まさかこの男───」


 ルッチはその可能性に至った。
 建物に逃げ込むあの瞬間まで、クレスは観察に徹していたのだ。
 そして、あの短時間で変えたもの、それはクレスの戦闘リズム。見定め、把握したルッチに対する戦闘法。
 傾いていた筈の戦力バランスを一気に引き戻したもの、それはクレスの持つ、全てを見極める類稀なる<戦術眼>であったのだ。
 ルッチの持つ情報にも記されていた。
 クレスは明らかに格上の相手に対して、その動きを見定め喰らいつき、あまつさえ勝利さえ掴んでいる。
 それより20年間、裏社会を生き抜いてきた。
 そこで出会う敵とはどのようなものであれ、幼い子供より格下ばかりという事はありえない。
 クレスにとって自身より強い相手と戦うのは、特段珍しい事では無かったのだ。
 ならば、明らかに戦力が上回るルッチに付いていけるのも頷ける。
 だが、それは余りにも危険な綱渡りでもある。相手が格上ならば、一瞬の過ちが敗北そして死に至る。
 しかし、クレスはその全てを成功させてきたのだ。


「思えば、おれの技を模倣したのも、おれに対して隙を作り出す為の布石だったのか。
 そして、能力によって生まれた力の差、間合いの差を把握し、おれに反撃を仕掛ける事にまで至った」


 驚嘆し、ルッチは純粋にエル・クレスと言う男に脅威と“闇の正義”としての使命を抱いた。


「この男をあの女の“番犬”としておくのは危険すぎる」


 幾度かの衝突を経て、クレスとルッチは両端へと離れた。
 全身に傷を作りながらも、クレスは依然として鋭い瞳でルッチを見つめ続けている。
 そんなクレスを油断なく視界に納めながら、ルッチは浅く息を吐いた。
 

「生命帰還“紙絵武身”」
  

 能力によって巨大化したルッチの身体が元の人間サイズへと戻っていく。
 だが、その姿は未だ<人獣型>のままである。
 生命帰還を用いてのバイオフィードバックだ。細胞を自在に操る事により、身体のサイズを切り替えたのだ。
 これでルッチは人間状態と同じ感覚で、能力を用いた最大限の力を振るう事が出来る。
 

「成程、そんな使い方もあるのか」


 感心するようにクレスは呟く。
 そんなクレスにルッチは鼻を鳴らした。


「貴様に対する考えを改めよう。
 我らに楯突く歯牙を砕くだけでは物足りん。貴様はおれの手で葬り去ってやる」

「やってみな、出来るならな。
 オレはお前を倒して、ロビンを連れ戻す。それだけだ」


 合図は無かった。
 だが、二人は全く同じタイミングで踏み込みをかけ、渾身の力を持って相手へと肉迫する。
 この瞬間、ルッチは完全にクレスの事を抹殺すべき敵と見定めていた。
 そこに自身の力に対する油断や、奢りが入り込む余地など一切ない。冷たき鉄の心。目的はただ一つ、エル・クレスの抹殺である。
 
 
「闇の正義の名の下に……消えろッ!」

   
 抉り込むような角度をもってルッチの指先が唸る。
 捉える事すら叶わぬほどの速度で振るわれるのは、凶悪な威力を秘めた指先の魔弾。
 指銃。
 ルッチの一撃は、幾多もの人間を屠ってきたと瞬時に思わせる凶悪さを秘めた、暗殺者のそれだ。


「ハァアア!!」


 対するクレスの一撃も指銃。
 ルッチの一撃に対抗するのではなく、ルッチの力さえ利用して制する。
 放たれた互いの指先は交錯。そして互いの身体を打ち抜いた。
 だが、二人は止まらない。
 次の瞬間には、幾打もの技が交差し、二人の間に衝撃の火花が散る。


「剃刀!!」

 
 生命帰還によって更に身軽になったルッチは、高速で辺りを駆けまわりクレスを翻弄する。
 驚異的な運動量を誇るルッチに対して、クレスもまた同じく、先程会得した“剃刀”によってルッチを迎え撃つ。
 だが、やはり身体能力という観点ではルッチはクレスの追随を許さなかった。
 ルッチの攻撃はクレスを捉え、小さくは無い傷を刻んでいく。しかし、クレスは追い詰めようとするルッチを何度も振り切り、いつまでも喰らい付いた。
 その積み重ねは実を結び、ルッチも浅くは無い傷を負わされた。
 

「指銃ッ!」


 戦いの場は地上などには止まらない。水路によって隔てられた路地上空で二人は、鎬を削る。
 もう幾度目になるのか。返り血を浴び、赤く染まった指先をルッチは振るった。
 迫るルッチの指先に対して、クレスが選択したのは回避であった。
 こうして、ルッチの一撃を回避または防御する事によってじっと反撃の機会をうかがい、そして急所を狙う確実な一撃を狙う。
 この選択もまた、クレスからすればセオリー通りの行動だ。
 明確な脅威を抱かせる相手に対し、回避に回るのはそうおかしなことではない。
 この場で紙絵を選択した事にはそう疑問を抱く事もないだろう。
 だが、今回のクレスの行動は明らかに違っていた。


「ッアア!!」


 クレスは直撃すれば己を貫くであろう一撃に対して、前に回避行動をおこなったのだ。
 異常なまでの瞬発力によって身体をルッチの攻撃から逸らしつつ、同時に目の前の敵に対して一歩踏み込む。
 捨て身覚悟の、だがこの上ないカウンター攻撃。
 クレスは勝負を急いだのだ。
 考えれば当然であろう。このままいけば間違いなくジリ貧。地力ではルッチが上回っているのだ。時間をかけるほどクレスは不利になる。
 ここで勝負をかける事には、何ら不思議はない。
 だが、それを実現させるほどルッチも甘くは無かった。
 クレスの行動に一瞬目を剥いたものの、冷徹な思考の下瞬時に突き出す腕の軌道を変えた。
 それは長年政府の闇として生きてきた者の本能か、舞い込んだ敗北と紙一重のチャンスをルッチは逃しはしなかったのだ。
 鮮血が舞う。
 ルッチの口角が釣り上がった。


「結末は呆気ないものだったな」


 悪魔の実によって姿を変えたルッチの指先は、深々とクレスへと突き刺さっていた。
 致命傷だ。


「おれの勝ちだな、エル・クレス」


 クレスの目論見は外された。
 焦り故か、負傷を厭わぬその行動には驚かされたものの、ルッチには対応できるだけの実力があった。
 それでもルッチはクレスに対して、称賛のような感情を抱いていた。
 荒削りではあるものの、荒削りのまま、完全な“武技”への完成へと至った男。
 能力抜きの純粋な実力ならば、間違いなく拮抗していただろう。
 悪魔の実の力を手にしたそこに、差が生まれた。
 だが、これが現実でもある。
 深すぎる一撃を受けたクレスは人形のように力無く沈黙している。
 まだ息はあるようだが、それもどんどんと弱まっていた。
 ルッチは幾度となく味わった味気ない勝利に浸る事も無く、無感動に腕を引く。
 だが、その表情は次の瞬間凍りついた。






「“捕まえた”」 
 





 ギラつくような眼でクレスは笑った。
 その瞳に灯るのは狂信の光か。
 クレスの肉を貫いている指先が異常なまでに締め付けられる。ルッチが腕を引き抜こうともピクリとも動かない。
 次の瞬間、追い打ちをかけるようにルッチの腕に、クレス手が肉食獣の牙のように喰らいついた。


「貴様、何のつもりだ……!!」

「何のつもりもねぇだろうが、<能力者>! 
 確かに能力でお前の有利になったがな、大事な事を一つ忘れてんだろ?」


 どこにそんな力が残っていたのだと思うほど、クレスは力強く、獰猛に空中を蹴った。
 行き先は<水の都>ウォーターセブンの代名詞。町中に張り巡らされた水路。
 能力者達にとっての共通の弱点。
 海。


「まさか、貴様!?」

「さァ、楽しい水中遊泳と行こうや、水嫌いのネコ男。
 <悪魔の実>によって差ができたっていうなら、そのリスクは覚悟の上だよな。
 悪いが、水中でもオレに勝てると思うなよ。手加減は一切しないからな」


 能力者であるルッチは海に入れば一切の力を失う。
 ルッチが能力者であると知った瞬間より、クレスはこの瞬間を狙い続けていたのだ。
 ルッチにとっては悪夢のような状況であろう。
 もともとの実力は伯仲、能力を行使してもクレスはルッチへと喰らいついて来た。
 一歩間違えば自身がやられてもおかしくは無い激戦である。
 ルッチはクレスを打倒するためには幾つもの攻撃を放つ必要があった。悪魔の実というアドバンテージを経てもそう易々と戦況が覆る訳でもなかったのだ。
 だがそれに対し、クレスはルッチを海に落とすだけで事足りた。
 海に入らなければいいと、能力者としてのリスクを比較的軽視していたルッチであったが、この瞬間のみは自身に課せられた“業”を呪いたかった。
 
 
「おのれ、させるかァ!」


 両腕を塞いだ状況であるクレスに対し、ルッチは自由に動かせる左腕で抵抗を試みる。
 唸る指先は鋭い弾丸へと換わり、一瞬のうちに幾打もの衝撃がクレスを襲う。
 だが、クレスの力は一切緩まない。
 ルッチの放った攻撃全てを鉄塊で受けとめ、同時に水面へと加速するように更に月歩で空中を蹴りつけた。
 水面までは僅か数メートル。
 ルッチも崩れた体勢で抵抗を試み続けるも、もう遅い。
 抜けおちそうな意識を何とか保ちながら、クレスは勝利を確信した。



「───えっ」



 だが、クレスが感じたのは冷たい水の感触では無く、何か別の力に引き寄せられる感覚だった。
 続いて届いたのは、花の香り。
 クレスの心に一瞬の空白が生まれる。
 その隙をルッチは見逃さなかった。


「危ないところだった。だが、時はおれの味方だったな」


 ルッチはクレスの拘束から抜け出すとともに、強烈な一撃を叩き込む。
 重く深い一撃はクレスを打ちのめし、水路の中へと叩き込んだ。
 赤い染みが暗い水の上に広がる。
 クレスが水面へと上がって来る様子は無い。
 死んだか? ルッチはその考えを否定する。


「フン、さすがに今一度立ち向かってくる意味が分からぬほど、盲目ではないか。
 賢しいな。イヤ、単純に驚愕したとでも言うべきか。どちらにせよ、一度幕引きか」


 ルッチは苛立たしげに、一度だけ悪態をついた。
 

「今回はしてやられた。……計画も修正が必要だな」


 ルッチは戦場跡のように見るも無残に荒れ果てた路地へと戻り、落ちていたシルクハットをかぶり直す。
 すると、離れていたハトが肩へと止まった。
 能力もとき、顔にはいつもと同じ無表情を張りつけ直し、新たに表れた人物へと問いかける。


「さて、話を聞かせてもらおう」


 路地の人影が淡々と歩を進める。
 深い闇を背負ったその人物は、感情を表す事を拒絶するかのように冷たい容貌をしていた。
 ルッチはその名を呼ぶ。


「ニコ・ロビン」














[11290] 第七話 「隠された真実」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/11/29 03:09
 

 ───水の都に激震!!───

 市長アイスバーグ氏に暗殺の魔の手。一番ドック職長カク氏に襲撃も。

  昨日未明、ウォータセブン市長のアイスバーグ氏が自宅で倒れているのを発見された。
 アイスバーグ氏は直ぐに医師の処置を受け一命を取り留めたものの、未だ昏睡状態が続いている。
 犯行時刻は深夜と見られ、犯人は就寝中であったアイスバーグ氏の自宅に押し入り重傷を負わせた。手術の際摘出された弾丸から凶器は銃だと言う事が判明している。
 部屋は荒らされた形跡はあるものの金品などが盗まれた様子はなく、捜査当局はアイスバーグ氏に恨みを抱いた何者かによる犯行ではないかと見て捜査を進めている。 

 犯人は海賊<麦わらの一味>との疑いも。

  また同刻。ガレーラカンパニーが所有する倉庫裏の路地にて、帰宅途中であった一番ドック大工職職長カク氏が襲撃を受ける事件が起こった。
 犯人はカク氏の証言より、海賊<麦わらの一味>のエル・クレス(懸賞金6200万ベリー)と判明。
 カク氏は異変を感じ駆けつけた同僚のロブ・ルッチ氏と共に町の一角が全壊する程の激闘を制し、見事犯人の撃退に成功。犯人は重傷を負い水路にて逃走を図り、現在も逃走中である。
 動機などは不明であるが、海賊<麦わらの一味>は先日ガレーラカンパニーとの間に契約上のトラブルがあり、その逆恨みではないかとの懸念も持たれている。
 この同時期に起こった二つの事件は関連性が強いとの見方がされており、捜査当局は更なる捜査を進めると共に、近隣住民に警戒と情報提供を呼び掛けている。

 

                                                             ───ウォーターセブンタイムズ号外より。 












 第七話 「隠された真実」












 風の強い夜が明けた。
 それが義務だとでも言うように、今日もまた定められたように日は昇る。
 照りつける光は、引き潮のように覆っていた闇を連れ去ってゆく。
 表れたのは、僅かばかりの真実の断片。
 ウォーターセブンに住まう人々にとって昨日の事件はまさに晴天の霹靂とでも言うべき事態だ。
 人々は事件から一夜明けた今日。その話題で持ち切りであった。



「そっちに逃げた筈だぞ、追え!」

「襲撃犯の仲間を逃がすな!」


 人々の怒号と騒がしい足音が町中に響く。
 声を荒げる人々の手には今朝発行された号外が握られている。
 そこには町を騒がせている二つの事件の詳細と犯人と思われる海賊団の手配書写真が掲載されていた。


「……もう大丈夫、行ったみたい」


 走り去って行った人々を屋根の上より見下ろし、息をひそめていたナミがやれやれといった様子で口を開く。
 ナミの言葉にゾロが頷き、ナミに口元を押さえられ息が止まっていたルフィが、


「ぷはッ! 死ぬところだったぞ、ナミ!」

「うるさい! 追われてるんだから静かにしなさい!」

「……てめェもだよ」


 ゾロの言葉を黙殺し、ナミは先程手に入れた号外を広げた。
 そして困惑にも似たどこか納得できない感情を持って、ルフィとゾロに記事へと目を通すように促す。
 メリー号を賭けたルフィとウソップとの決闘を経て一夜。眠れぬ夜を過ごした一味が突如町中から追われる身となった原因がそこには書かれていた。


「……市長の暗殺に、昨日の船大工の闇打ちか。しかも犯人はクレスの野郎と来たか」

「こんなのいくらなんでもメチャクチャよ! クレスがいきなり指名手配されて、私達が共犯なんて!」

「仕方ねぇだろ。おれ達は海賊なんだ。何かがあったら真っ先に疑われても文句は言えねェ」


 理不尽な新聞の記事に怒りを見せるナミに、ゾロが冷静に言う。
 ゾロの言葉はもっともだ。
 <生死問わず(デッドオアアライブ)>。
 世界の法は海賊を守らない。どう取り繕うとも一味は海賊。無法者である以上、身に覚えがない事件であっても真っ先に疑われるのは当然なのだ。
 不幸中の幸いと言うべきは、顔が割れているのは手配書のある四人だけである事だろう。
 ロビンとクレスを探しに行くと別れたサンジとチョッパー、そしてメリー号に残ったウソップは追われることはない筈だ。


「この記事の事どう思う? まさか記事の通りクレスやったって訳ないわよね」


 不安を押し殺したナミの問いかけに、ゾロは僅かに時間を置いた。


「別に記事を鵜呑みにするつもりはないが、全てが嘘だとは思っていない」

「……どういう事よ」

「少なくとも、船大工の襲撃はクレスがやった可能性が高い。
 昨日の船大工が犯人はクレスだと断定している以上、否定しがたいのも確かだ。顔も割れてるしな。
 それにアイツにはそれができる力がある。この記事の現場写真を見ろ。町をここまで壊せるのはアイツ以外にそういるもんじゃねェ」

「でも、それがクレスだなんて!」


 納得がいかないのか、ナミは思わず声を荒げた。


「昨日、クレスがこの船大工を見て胸騒ぎがするって言ってやがった。
 今更だが、あの時はいつもと様子が違ったようにも思える。……過ぎた事だがな」

「そんな……!」


 だが、ナミも全てを否定できずにいた。
 ナミも昨日ロビンを探し回るクレスと遭遇している。
 あの時のクレスは見た目こそ冷静であったが、普段ではありえないほどの焦燥に駆られているようにも思えた。


「だが、問題はそこじゃねェ。
 襲われた船大工には悪いが、おれ達にとって重要なのは、クレスとロビンが未だに帰らない事とその原因だ」

 
 ロビンの失踪。後を追うように消えたクレス。そして昨夜の事件。
 これらを偶然と言うにはタイミングが出来過ぎている。


「もしも……もしもの話よ。
 クレスがこの事件を起こしたとすれば、その理由ってやっぱりロビンの事よね」


 あくまでクレスの無罪を信じるナミにゾロは何も言わず、問いかけに答える。


「だろうな。アイツの行動原理にはだいたいあの女が絡んでいる。
 それに昨日のことを考えると、手がかりを追っての行動かもしれないな」

「……いなくなったロビンと船大工になにかあるってこと?」

「もしくは、既に合流を果たした後の示し合わせた行動かもな」

「ちょっと、ゾロ!」
 
「あくまで可能性の話だ。
 いずれにしろ理由を知ることが解決の道だろうな」


 ゾロは口を閉ざした。これ以上話しても推測の域を出ないと思ったのだろう。
 別にゾロもクレスが悪いと考えている訳では無い。今持つ情報より推測される事態を読み解いただけである。
 大切なのは物事の善悪では無く、真実なのだ。見定めなければ動くに動けない。
 そんな時、黙り込んでいたルフィが立ち上がった。


「造船所に行って話を聞いてくる」

「ちょっと待ってルフィ! 気持ちは分かるけど、今動くのは危険よ! それにこっちの話を聞いてくれるかすらわからないわ!」

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「話聞けッ!」


 ナミは止めたが、ルフィは能力によって腕を伸ばし造船ドックへと向かってしまった。
 この後の事を考えるとナミは頭が痛かったが、打つ手がないのは確かなのだ。ルフィのとった行動以外に一味が出来ることは少ない。
 後出来るとすればクレスかロビンを見つけ、直接事情を聴く事であるが、この案は町の状況と世界政府からも逃げ抜いている二人の事を考えるとあまり現実的では無かった。


「今はまだ成り行きを見るしかないか」


 ルフィの姿を見送りながら、ゾロは呟いた。
 真実を見定めるにしても何にもまして情報が少なすぎた。
 





 しかし、これより僅か数分後。事態は新たな局面を迎える。
 昏睡状態であったアイスバーグが目を覚まし、襲撃犯についての証言を為したのだ。
 アイスバーグの証言よると犯人は二人。
 一人は仮面を被った正体不明の大男。
 そしてもう一人は───ニコ・ロビンであった。






◆ ◆ ◆






 ガレーラカンパニー本社。

 つい先程、昏睡状態にあったアイスバーグが目を覚まし喜びに沸いたものつかの間、辺りには未だに騒然とした空気が漂っていた。
 入り口付近には情報を欲する報道陣ら野次馬達が殺到し、武器を手にした職人達が険しい顔で辺りの警戒を行っている。
 水の都で起こった事件は未だ終息の糸口すら見せる事なく、アクア・ラグナの到来とともに、混乱は更に拡大する事が予測された。
  

「まだ見つからぬようじゃの」

「だろうな、ここで見つかるようなマヌケではあるまい」


 その本社にカクとルッチの姿はあった。
 アイスバーグが意識を取り戻したという知らせを受け、外に出ていた職長達は一度本社へと呼びもどされた為だ。
 職人達は総出で各所の警備に回っており、二人が歩く廊下には人影はない。
 二人は対象のみに声が届くという特殊な発声法を用いて会話を交わす。


「少し面倒なことになったの。
 計画の範囲内とはいえ、障害は無い事にこしたことはないんじゃが」


 強さこそ計算外だったものの、クレスが何らかの動きを取ることはある程度予測されていた。
 その上で行動を狭める為、CP9はあえて手がかりを与え、罠を張った。数少ない手がかりの中ではそれが罠と分かっていても飛びこむしかない。
 その結果、作戦は見事成功したと言っていい。表向きは。


「問題はエル・クレスの状態。このまま引っこんでいれば楽なのじゃがな」

「あの男を甘く見るな。
 可能性は低いが、足を掬われては話にならん」

「ワシには致命傷を与えたように見えたがの。あの傷で海に落ちれば、生きている方が疑わしい」

「確かに当分は動けない程の傷は与えたが、それで引き下がるわけでもないだろう」


 フム、とカクは一度だけ自身の顎を撫でた。
 ルッチにしては珍しく相手の事を買っているが、それだけの男という事だろう。


「まァ、今更あの男に何が出来るとも思わんがの」
 

 楽観とも取れるカクの言葉であったが、それは実に的を得ていた。
 一筋の希望を辿りついた先にあったのは手痛い敗北。それも最も信頼していた人間からの裏切りという形によって。
 クレスは間違いなく肉体と精神に深いダメージを負った。これを癒すには長い時間が必要だ。
 それに加え、この地に潜入し二人が5年もの歳月をかけ勝ち取った信頼は完璧である。
 実際、昨日の襲撃の際もこの島の住人は二人の言葉を鵜呑みにし、その情報を大々的に報道した。
 歪曲され脚色された情報は町中を巡り、CP9の望む今の状況へと導かれている。
 だがそれ以前に、世界の法はCP9の味方なのだ。いかなる禁忌を犯そうとも、ルッチ達が裁かれることは無い。
 例えクレスが何かを引き起こせたとしても、所詮"やりづらくなる"程度の話なのである。
 衆人環視の中で戦ったとしても、隠蔽は可能だ。極端な話、邪魔になりそうならば目撃者を全員消せばいいのだから。


「じゃが、今夜ばかりは邪魔される訳にはいかん」


 CP9側として、もっとも恐れるのは直接的な危害を与えられる事である。
 彼らは今夜アクア・ラグナの混乱に乗じ、最終手段としての計画を実行するつもりであった。この際に邪魔が入れば、計画に確実な支障をきたす。
 
 
「それも織り込み済みだ。問題は無いさ。飼い犬の始末は飼い主に付けさせる」

「上手くいくかの? 正直なところワシは半信半疑なのじゃが」


 カクの懸念にルッチは表情を変えず答えた。
 カクとしては不安の残るものであったが、ルッチはそうは思っていないらしい。


「任務の成功には、障害は何を持ってしても排除しなければならない。
 昨夜の一件で、我々は奴に対してその脅威を抱いた。あの女はそれを理解している。必ず動くさ」

「成程の……敵ながらに同情するわい。じゃが、動かなければどうするつもりじゃ?」


 問いかけたカクに対し、ルッチは獰猛な笑みを見せた。
 能力を発動していないにも関わらず、鋭い牙を幻視させる笑みを。


「その時は、今度こそおれが始末するだけの話だ。必要ならば二人ともな」


 カクはそれ以上なにも言う事は無かった。
 懸念される状況はあるものの、結局のところ任務に対し最善を尽くすのが全てである。
 そんな時、廊下の向こうから職人の一人が慌てた様子で駆けつけてきた。同時に辺りの喧騒が大きさを増した。


「ルッチさん! カクさん! 大変です!」

「『どうした、なにがあったポッポー?』」

 
 ルッチは船大工としての顔で問いかける。
 カクもまた一瞬において仮面を被った。 


「それが……! 麦わらのルフィが一番ドックに侵入し、解体屋のフランキーと共に暴れています!!」

「何じゃと!?」


 予測される一つの事態にカクは驚愕してみせた。
 所詮は計画のうちだ。海賊達が真相を知ることなどありえない事であった。






◆ ◆ ◆
 





 ウォーターセブン裏町には広範囲にわたり倉庫地帯が広がっている。
 造船業が盛んなウォーターセブンであったが、島の造形が材料の生産には向いておらず、必要となる物資はもっぱら他の島からの輸入に頼っているからだ。
 連日、この場所には海列車や商業船によって大量の物資が運ばれ、物資は水路によって街の隅々まで行き渡る。言わば物流の源泉でもあった。
 だが、そんな交易の源泉も≪アクア・ラグナ≫の到来は例外だ。海列車も運行中止となり、商業事態が滞るので閑散とした空気に包まれる。
 しかし現在、辺りは緊張とざわめきに包まれていた。
 その原因は昨夜の事件だ。
 町の一角が全壊すると言う異常な戦闘が繰り広げられた事件現場では、現在も職人達が鑑識と共に捜査を進め、少しでも情報を得ようと詰めかけた報道陣と野次馬達がその外へと追いやられている。
 その現場は凄まじいの一言であり、犯人の凶悪さを肌で感じた人々の奥底には得体の知れない不穏さが漂いつつあった。


「すごい数だ……」

「こりゃ大変な騒ぎになってやがるな」


 そんな中に、ロビンとクレスを探しに向かったサンジとチョッパーの姿はあった。
 二人は船に一人残ったウソップに≪アクア・ラグナ≫の事を大声で"噂し"、その後に手がかりを求めて現場へとやって来ていたのだが、この様子では有効な手がかりを掴むことは難しいだろう。


「チョッパー、お前ニオイとかで分からねェのか?」

「ダメだよ。時間も経ってるし、いろんな匂いが混じり過ぎて判別がつかない」

「そうか」


 望みを賭けたサンジであったが、チョッパーの嗅覚による捜索も手詰まりの状態だ。
 気を落とすチョッパーに気にするなと声をかけ、サンジは先程手に入れた新聞記事へと再び目を移した。
 そこには市長暗殺事件の新情報、犯人と断定されたロビンの名があった。当然、一味の事も大々的に掲載されている。特にクレスの事は酷い書かれようだ。
 記事により、二人の一応の無事こそ確認できたものの、街の人間は更に一味に対し敵意を抱いた事だろう。


「ルフィ達は無事かな?」

「ルフィはいいよ……心配なのはナミさんだ」


 行方知らずの二人を除けば、顔が割れているのは手配書のあるルフィとゾロであるので、サンジは余り心配はしていない。
 ただ、ナミの事は一緒に居る二人が二人なだけに心配であった。
 先程ルフィが造船ドック暴れていると言う話を聞いたため、その想いは更に強くなった。しかし、こっちはこっちでやるべき事がある。
 

「さて、次に行くか」 

「ロビンもクレスも……どこ行っちゃたんだよぉ」

「泣きごと言うなチョッパー、それを今から探すんだよ」

 
 サンジはくわえていた煙草を靴の踵ですり潰すと、事件現場に背を向けて歩きだす。その後を獣形態のチョッパーが追った。



 ウォーターセブンは島全体で一つの巨大な産業都市だ。
 ただでさえ広いウォーターセブンであるが、町中に張り巡らされた水路と陸路が組み合わさり迷路のように入り組んでいる。その為、人を探すとあれば困難を極めた。
 サンジとチョッパーは行方知らずの二人を探して出来るだけ町中を見て回り、時折町人に聞きこみも行ったが、大した情報は得られないままであり、時間だけが闇雲に経過していた。 


「海列車は運行中か。……昼の便と、夜にもう一本出るのか」


 現在、サンジとチョッパーは海列車駅である<ブルーステーション>へとやって来ていた。
 立てかけられた時刻表を見れば、今日の昼の便で一般の運航は終了となっている。アクアラグナの影響だ。
 夜は臨時便で、政府関係者専用の<エニエスロビー行き>であった。
 

「……もしかして海列車に乗っちゃったのかな?」

「乗っていたら厄介さは最悪のレベルだな。
 このウォーターセブンだけでも広すぎて手に追えねェってのに……」

「どこ行ったんだろうな……おれ何か怒らせるような事したかな。クレスのオヤツ食べちゃったからかな?」

「バカ、んなわけねェだろ。
 それにしても、だいぶ人影が減って来たな」

「風も強くなってきたよ。皆避難を始めてるんだ」
 
 
 ここでも手がかりを得られず、二人は当てもなく再び町へと向かう。
 住民たちが避難を始めた為、ウォーターセブンは時が経つ度に静まり返っていった。
 街を行き交う人影も徐々に減り続け、建物と言う建物の入り口は閉じられ、鉄戸による補強が為されている。
 今、町に居る人影のほとんどは一味を探し回る職人達であった。
 そんな中を歩きまわるのは、巨大なジオラマの中に入り込んだような奇妙な錯覚を覚えた。


「おーい! ロビンちゃ~~ん! ついでにクレス」


 サンジが声を出してロビンとクレスを呼ぶが、返事はない。
 声は人影の無い町に寂しく響くだけであった。
 クレスとロビンならば今の町の状況であっても一味と合流する事も可能の筈である。姿を見せない事には何らかの意図があるのか。
 ならばその意図とは、一味との対話を拒絶しているとも考えられた。
 記事の内容から察すれば、二人は共犯である可能性が高い。
 もし昨日の事件が合流後に示し合わせた行動ならば、最悪の場合、このまま顔を見る事すらなく姿を暗ましてしまう可能性すら浮かび上がってしまう。
 故に、サンジとチョッパーは一縷の望みをかけ二人を探す。
 難しい話では無い。無事な姿を見て、仲間の下へと連れ帰れば全てが解決するのだ。
 そんな時、チョッパーがクンクンと鼻を鳴らした。覚えのあるニオイに鋭い嗅覚が反応したのだ。
 

「あッ!!」

「どうしたチョッパー?」


 サンジが問いかけるのと、チョッパーが喜びの声を上げるのは同時であった。


「───ロビン!!」


 チョッパーの声に、サンジも弾かれるように視線を向ける。
 そして探し回っていたその姿を見つける。
 水路で隔てられた向う側の通路に、南風に艶やかな黒髪を揺らすその姿が見えた。


「ロビンちゃん!! どこにいたんだよ? 探したんだぜ、みんな心配してる!」


 サンジは大きく手を振り、自身の姿をロビンへと知らせる。
 安堵と喜びが混じったサンジの声に対し、ロビンは鋭い瞳に冷たさを湛えたままであった。


「一緒に宿へ帰ろう! いやァ、こっちはこっちで色々あってよ! 
 ゆっくり説明するけど……って、ああ、距離が遠いか。待ってなよ、今そっちに回るから!」

「いいえ。いいのよ、あなた達はそこにいて」
 

 ロビンは冷たい声で拒絶する。
 間に流れる水路が、決してまみえる事の無い隔たりだとでも言うような鋭さで。
 

「私はもうあなた達のところへは戻らないわ。ここでお別れよ」


 ロビンは刺すような、硬質な声で言い放った。
 その言葉にサンジとチョッパーは困惑する。


「何言い出すんだよロビンちゃん! あァ! そうか、この新聞記事の事だろ?
 あんなの気にする事ねェよ! おれ達ァ誰一人信じちゃいねェし、事件の濡れ衣なんて海賊にはよくある事さ」

「そうね、あなた達には謂われのない罪を被せて悪かったわ。
 だけど、私にとっては偽りのない記事よ。昨夜、市長の屋敷に侵入したのは確かに私」

「えっ……」


 告げられた真実にサンジとチョッパーは息を飲む。
 ロビンは二人の疑問を肯定するように、淡々と続けた。


「私はあなた達に罪を被せて逃げるつもりでいる。事態はもっと悪化するわ」

「何でそんな事……!?」

「その理由も、あなた達が知る必要はないわ」


 もはや歩み寄る余地はないとロビンは決定的な意思を見せた。
 

「待ってくれ! じゃあ、クレスはどうなんだ!? アイツもロビンちゃんと一緒にいるのか!?」

「いいえ、彼はもういないわ」

 
 機械的な様子でロビンは答えた。
 どこか空寒くなるような声色だった。


「彼にもう用はないの。だから切り捨てたわ」

「それってどういう……」

「簡単な事よ。昨日の事件はもう知ってるわよね?
 あれから姿を見せて無いのは、私が弱っている彼に止めを刺したからよ。運がよければ生きてるんじゃないかしら?
 馬鹿な人……在りもしない手がかりを追って、無茶な事をして。でもおかげで助かったわ」


 それが当然だとでも言うように、ロビンは表情一つ変えることはなかった。
 ロビンの紡いだ言葉はクレスが姿を見せない事実と共に、重い響きとなってロビンを信じる二人を打ちのめす。
 まるで別人のようなロビンの姿に耐えきれず、チョッパーが叫んだ。


「どうしちゃったんだよ、ロビン! 
 何でそんな事言うんだよ。あんなにクレスと仲良がかったじゃないか!!」

「あなたがどう捉えようとそれは自由よ。
 彼と私は違う。彼は純粋に私を守り続けた。でも、私は彼に付き入り利用しただけ。
 私が彼と共にいたのは彼にその価値があったから。でも、その価値は無くなったの。だから私は切り捨てた。フフ……あなた達と同じよ」

「そんな……嘘だ。おれは信じないぞ!」

「嘘じゃないわ。もう直ぐに分かるわ。
 私にはあなた達の知らない"闇"がある。その闇はいつか必ずあなた達を滅ぼすわ。
 運が良かったわね。短い付き合いだったけど、今日限りでもう二度とあなた達と会う事はない」

 
 サンジとチョッパーは言葉に打ちのめされ、茫然と立ち尽くす。
 ロビンは小さな笑みを作った。
 その笑みは変わらない。船にいた時と同じものだ。
 だが、紡がれたのは別れの言葉であった。


「みんなにもよろしく伝えて。
 こんな私に今までよくしてくれてありがとう。クレスの事よろしくね」


 そして届かない位置にいるロビンはその言葉を最後に、二人に背を向け事もなく去ってゆく。
 闇に溶け込むように消えていくその背中を二人は必死に追おうとしたが、立ちはだかる水路に阻まれ碌に進む事が出来ない。
 サンジが水の中に飛び込み、チョッパーが迂回してロビンのいた場所に辿りつくも、もうそこにロビンの姿はなかった。





「……見失っちまったか」

「うん……」


 びしょ濡れのシャツを絞るサンジの問いかけに、力無くチョッパーが答えた。
 二人はあれからロビンを追い、辺りを探し回ったものの、その姿を見ることはなかった。
 先程の邂逅は、短くも決定的にロビンが意思を示したと言っていい。
 ロビンは一味を捨て、市長暗殺を目論む何者かの下へとその身を転じたのだ。長年連れ添ったクレスさえも捨てて。
 それは真実か、それとも嘘か。
 いずれにしろロビンは行動を起こした。この流れはもはや止める事が出来ないだろう。


「チョッパー、お前……ルフィ達と合流して、今あった事全部話して来い。一言一句漏らさずな」

「クレスの事は? もっと探した方がいいんじゃないのかな」

「……これは勘だがアイツは多分生きている気がする。探すよりは出てくるのを待った方が確実だろう」


 続けてサンジはチョッパーに告げる。


「おれは少し別行動を取る。まァ心配すんな、無茶はしねェから。とにかくお前はルフィ達と合流しろ」


 これから何か起こるであろう予感を感じながら、サンジは水にぬれた煙草をくわえた。
 湿気ってしまってそれは、火を灯すことはなかった。






◆ ◆ ◆






 おれの名を聞いてみな。


 そそり立つリーゼント。鋭いサングラス。鉄の鼻。羽織ったアロハ。海パン一丁。
 かくも見事なファンキースタイルで男がそう問いかければ、ある者は怯え、ある者は罵声を浴びせる。
 島一番のチンピラであり、はみ出し者。男に貼られたレッテルはその扱いを受けるに充分だ。
 だが、ある者はこう言う。『ウォーターセブンの裏の顔』。
 または『アニキ』と。
 ウォータセブンに住む者にとってその名は良くも悪くも有名であった。
 光があれば影がある。表があれば裏がある。
 表から溢れ、影に生きる荒れくれ者達をまとめる悪のカリスマ。ウォーターセブンで最もスーパーな男にして改造人間(サイボーグ)。
 賞金稼ぎにして解体屋<フランキー一家>棟梁。その名は───

 

「フランキー、さっきから随分と荒れてんじゃらいかい」


 すっかりと酔っ払ったシフト駅の駅長ココロが、隣に座るフランキーへと話しかける。
 造船島、ブルーノの酒場。
 そこに昼間造船ドックでルフィを相手に大暴れを繰り広げていたフランキーの姿があった。
 

「うるせーよ、ココロのババー。
 ハァ、今週のおれダメだ。景気はいいのに、気分は最悪だぜ。
 アジトは壊滅、おまけに子分共を痛めつけてくれた<麦わらのルフィ>をとっちめようと思ったら、ガレーラの職長共の邪魔が入りやがっるしよゥ!!」


 フランキーは異様に太い腕を伸ばし、カウンター席の上に置かれたコーラを飲みほした。
 空になったジョッキを打ち付け、店主であるブルーノにもう一杯と促す。
 店に入りからつい先程までは、落ち着いた様子でコーラを飲んでいたものの、夜が更け始めた途端何故かフランキーは苛立ち始めていた。
 彼にしては珍しく、何かを貯め込んでいる様子でもあった。


「アゥッ! どーなんってんだよ、チクショウ! あの麦わら、次見つけたらタダじゃ済まさねェ!」

「そんなにアイスバーグのとこに忍び込んだ奴らが気にらるのかい? んがが、落ち着いたらどうらいフランキー」

「これが落ち着いてられるかァ!!」


 そこでフランキーが貯め込んだ怒りに限界が訪れる。


「アァッ!! ムシャクシャしてきたッ! もうひと暴れ始めるかァ!!」


 怒りのままに振り下ろした腕が、カウンター席を粉々に破壊する。
 店内は一瞬で静まり返り、その中で一人フランキーが立ち上がる。
 フランキー一家のスクウェアシスターズ、キウィとモズが慌てて声をかけたが、それを無視して肩をいからせたままフランキー店の外へと出てしまった。


「どうしたんだ、ココロばあさん? フランキーは急に……」

「んがががががが! さァねぇ、わかららいねぇ。バカの考えてる事らんて」


 ブルーノの問いかけに、フランキーに視線を向けながらココロは答えたのだった。




「麦わらァ! どこだァああ、出てこい!!」


 フランキーは風の強い町をルフィの名を叫びながら、練り歩く。
 怒りのボルテージを上げたフランキーはまるで時限爆弾のように、怒りを刻んで行く。
 アクアラグナの到来ともあって、町に人影は無く、誰も姿を見せる様子は無い。
 そんな時、アニキィ! とフランキーを呼ぶ声が聞こえた。見れば、子分たちであった。


「アニキ! アイツ等ブチのめしてくれましたか!?」

「いや、まだだ。とんでもねェ邪魔が入ってよ、逃げられた」

「えェ!? 怒り状態のアニキから逃げたなんて、何て運の良い奴等だ!
 しかし、おれ達ぁあの昼間に来た弱っちい長っ鼻野郎が一人で船を修理していたから、他の奴はみんなアニキがやっちまったのかと」

「あン? いるのか一人」
 

 子分の言葉にフランキーはサングラスを額へと跳ねあげ、凶悪な笑みを浮かべた。
 丁度いい。今はどんな手を使っても、<麦わら>をブチのめしたい気分だったのだと。






◆ ◆ ◆






 そして、ウォーターセブンに再び夜が訪れた。

 アクア・ラグナの影響により、天候は悪化への一途をたどり続ける。
 吹きつける強烈な南風は石造りの建物さえ軋ませるように吹きすさび、波は時を待ちわびるようにざわめき始めた。
 そんな胸の内がかきたてられる夜に、人々の思惑は交差する。

 
 ガレーラカンパニー本社では、暗殺犯に対抗し職人達が鼠一匹通る事も出来ないような万全の警備態勢を敷いている。その中には当然、何食わぬ顔のルッチとカクの姿もあった。
 そんな時、職人達に守られるアイスバーグは、自室にて秘書のカリファーと会話を交わしていた。
 カリファーは壁を指し尋ねた。品の良い家具で統一された部屋の中に、何故明らかな異物である手配書を置いているのかと。
 その手配書は20年前に作られた古びたものだ。そこには凶悪犯には見えない幼い子供が二人映っている。
 <オハラの悪魔達>ニコ・ロビンとエル・クレス。
 この幼子二人の事を、アイスバーグは手配書通りに<悪魔>と呼び、関わらない方が良いと口を閉ざした。


 また、本社より少し離れた場所に位置する街路樹の上に人影が四つ。
 それは真相を確かめに来たルフィ、ゾロ、ナミ、チョッパーのものだ。
 直接ガレーラカンパ二ーへと真実を聞き出しに行ったルフィであったが、返って来たのは報道通りの答えだった。
 その為、一味は真実を確かめるべく、ロビンの言葉より今夜再び大きな事件が起こると、この場にやって来たのだ。
 果たしてロビンは敵か、味方か。そして結局姿を見せることは無かったクレスの安否は。
 これは一味にとっても運命の分かれ目であった。

 

 秒針は確実に時を刻む。
 夜の闇に、一際暗い影が二つ。
 

「準備はいいか? ニコ・ロビン」

「ええ」


 クマの覆面を被った大男の問いかけに、ロビンが短く答える。
 その瞳に映る感情を知る者はいない。


 そして、新たな混乱の幕が開く。




 











あとがき
今回はかなり遅れてしまって申し訳ないです。
なるべく早く上げられるように努力したいです。次も頑張ります。ありがとうございました。




[11290] 第八話 「対峙する二人」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/12/20 22:29
 
 町は完全な静寂に包まれていた。
 人影は見当たらず、町の光も消えたウォーターセブンはまさにゴーストタウンと化している。
 そんな不気味な静けさの中を、風の唸りと共に歩みを進める男がいた。
 足取りはどこか重く、顔は青白い。服の合間から見える肌には幾重にも包帯が巻かれ、滲み出た血によって赤錆びのような色へと変色している。
 だがその視線だけは、鉛にも似た鈍く狂的な光を灯していた。
 ただ黙々と、目的のみを遂行する機械のように、男は歩みを進める。それだけしか、考えられないとでも言うように。
 錆びた鉄と狂的な思考回路によって構成された機械人形。
 そんな例えが浮かぶほど、男の姿は禍々しく、どこか痛々しい。


 
 男の名を、エル・クレスといった。
 













 第八話 「対峙する二人」












 ガレーラカンパニーの警護はこの上ないほど厳重であった。
 職人達は威信をかけ、総力を挙げてアイスバーグの自室を中心として警備網を敷いていた。
 屋敷に侵入しうる入り口や窓はもちろんの如く、部屋へと至る全ての通路、更には屋根の上までも職人達が陣取り、暗殺犯を待ち構えている。
 もし、何者かが侵入したとしても必ず誰かと鉢合わせる。そうなれば後は袋の鼠だ。
 暗殺犯がどれだけ凶悪な力を持っていようとも、腕に覚えのある職人達が束となって戦えば勝てない道理は無い。
 そして万が一、暗殺犯がアイスバーグが眠る部屋へと辿りつこうとも、その扉の前には、社内最強の五人の職長達が絶対的な盾となって立ち塞がる。
 これは考えうる最高の警備体制であり、いかに職人達がアイスバーグを慕ってるかの証明でもある。
 だが、そんな思いを打ち破る様に、暗殺犯は再来した。



 始まりの合図は、派手なものであった。


 突如、厳戒態勢にあったアイスバーグの屋敷に爆音が響き渡った。


「なんだッ!? 砲撃か!!」

「違う、中からだ!! あらかじめ仕掛けてあったんだ!!」


 事前に設置していた時限爆弾は、外からの攻撃を警戒していた職人達にはこの上ない奇襲となった。
 騒然とする職人達。規模こそは大きなものでは無かったものの、職人達の注意は巻き上がる炎を黒煙に向けられる。
 その隙を付くように、仮装によって姿を隠した暗殺犯は現れた。
 
  
「行くぞ、屋敷の図面は頭に入れたな? ニコ・ロビン」

「ええ」


 騒然とする屋敷を真っ直ぐに駆け抜ける影が二つ。
 一つはクマの被りものを被った大男。
 もう一つは、目元を覆うようなマスクと長いローブによって仮装した女性───ロビンであった。


「こっちからも誰か来たぞ!」

「二人組だ!」

 
 作戦自体は簡単なものだ。
 爆発の混乱に乗じ侵入し、陽動の一人が職人達を引きつけ、その間にロビン達が屋敷へと侵入する。それと同時にあらかじめ潜入していた二人も動き出す。
 今頃、ロビン達の反対側では職人達をかき回すように陽動が暴れている筈だ。これにより職人達は二分されるだろう。
 爆発の混乱の中、ロビンはクマの仮面の男と共に屋敷に向け真っ直ぐに駆け抜ける。
 気付いた職人達が立ちはだかろうとするが、二人は相手にする事なく最低限の相手のみあしらい、あらかじめ定められたルートを進んだ。
 

「逃がすな、囲め!」


 職人達の数は想定通りであったが、それでも多い。
 作戦通りだとは言ったものの、目的地である“壁”に辿り着いた時は、壁を背にして幾重にも職人達に取り囲まれてしまっていた。
 誰が考えてもロビン達の状況は絶対絶命だろう。背にした壁は厚く高い。逃げるならば空でも飛ぶしかない。
 それは職人達も同じで、追い詰めたと確信したロビンとクマの仮面の男に一斉に銃を突きつけた。


「追い詰めたぞ海賊共ッ!」

「よくもこの厳重な警備の中、顔を見せられたもんだ!」

「さァ、素顔を見せやがれ……!!」


 事情を知らない職人達の怒号に、ロビンは表情を変えることは無かった。
 思惑通り、現在襲撃を行っているのは<麦わらの一味>という事になっている。今日起こる罪は全て彼らへと被せられる手筈となっていた。
 その事に加担したとはいえ、相変わらずの非道なやり方に思うところが無いわけではない。
 だが、そんな感情の一切を表すことなく、ロビンはクマの仮面の男が姿を覆い隠すように広げた仮装のマントの陰へと入り込んだ。


「何かする気だ、撃てッ!!」


 不穏な空気を察した一人の合図により、突きつけられた銃口から一斉に弾丸が吐き出される。
 弾丸は広げられたマントに無数の穴を開けたが、それだけであった。
 職人達は目を疑った。ボロ切れとなったマントの向こうにある筈の、囲み込んだと確信した二人の姿が消えていたのだ。
 そこにあるのは弾丸が食い込んだレンガ造りの壁のみであった。






 暗殺者の襲撃により揺れる屋敷内に、先程まで屋外にいた筈のロビンとクマの仮面の男の姿はあった。
 周囲の喧騒をまるで他人事のように感じながら二人は進む。
 その過程で二人が職人達と鉢合わせることは無かった。
 なぜならば二人は、まさに壁をすり抜けて進んでいるからだ。

 <ドアドアの実>
 触れた部分を例外なく“ドア”にする能力。この力の前には、如何なる堅牢な壁も意味を為さない。
 クマの仮面の男はこの実の<能力者>であった。
 
 職人達の警備は厳重だが、それはあくまでセオリー通りのものだ。
 このように通路を無視して、壁から壁へと音もなく通過する方法など思いもよらなかっただろう。


「この壁の向こうよ」

「……よし」 
 

 ロビンは事前に記憶した屋敷の設計図より、壁の一点を指した。
 男は頷くと、ロビンの指した壁にピタリと張り付いた。するとその壁に変化が現れる。
 密着した男の体に沿い厚く固い筈の壁に切れ込みが入り、静かな音と共に開かれた。
 その先にあるのは広く明るい部屋。
 ターゲットであるアイスバーグの自室であった。
 

「……!」


 未だベットの上で静養中のアイスバーグは、突如壁に出来た“ドア”より部屋の中へと入り込んだ二人に言葉を失った。
 見れば、開かれた“ドア”は閉じるとまた先程のような“タダの壁”へと戻っている。
 昨夜も同じ手口で侵入したのだ。故に侵入した形跡が見つかる筈もなかった


「……驚いた。いずれ来るとは思っていたが、まさかこんな手段だとは」


 茫然と、アイスバーグは呟きを漏らす。
 クマの仮面の男は鼻を鳴らし、ごく自然な動作で懐より銃を抜き、引き金を引いた。
 銃声が響いた。
 

「ぐァ……ッ!!」


 弾丸はアイスバーグの左肩を貫いた。
 アイスバーグは崩れ落ち、ベットの上から転落する。
 ただでさえ重体の身であるアイスバーグにはその一撃は重く、昨晩受けた傷まで開き始めていた。


「何を……?」


 ロビンが眉をひそめる。
 いずれは始末する予定であったが、今死なれては困る筈だ。
 ロビンの問いに、男は冷淡に答える。


「喋る余裕がある者を、弱ってるとは言わないな。
 名コックが下準備を怠らないように、約束の合図まで余計な行動を取らせなよう手を抜かず動きを止めておくのが“プロ”の仕事だ」


 まな板の上で暴れられては困る。
 当たり前の事のように男は言う。


「それが……CP9のやり方か……!!」


 痛みにもがきながら、アイスバーグは言い放った。


「読みが良いな。その通りだ」


 称賛するように男は肯定した。


「……悪ィ事したな、麦わらには。
 やはり、アイツ等は関わっていなかったか……。そうだな……ニコ・ロビン」


 もはや隠す意味もなくなり、ロビンは目元を覆っていたマスクを脱ぎ捨てる。
 正体を現したロビンに、アイスバーグは鋭い視線を向ける。ロビンは慣れた様子で受け流した。


「気にする事も無いでしょう? あなたは昨夜私を見たという事実を言っただけ」

「それも、……作戦の内か。
 とすると、外で暴れているのは、エル・クレスか」


 手のひらで踊らされていた事を実感し、悔やむようにアイスバーグは歯を噛みしめる。
 口の端からは血が流れ出ていた。
 アイスバーグの勘違いは当然だろう。彼の持ちうる情報ではそう考えるしかない。
 ロビンは否定の言葉を口にしようとしたものの、それを遮る様にクマの仮面の男が口を開く。


「お前を生かし、海賊共に罪を被せるには必要なことだ。
 突然お前を殺してしまっても、おれ達の目的である“とある船の設計図”の在処がわからなくなってしまうからな。
 アレは船大工から船大工へとひっそりと受け継がれて来た代物。お前が命の危機を感じれば、必ず誰かに託そうとする。
 そして選んだ男が、一番ドック職長パウリーだった。今、彼の下に我々の同胞が一人向かっているところだ」

「全てはお前達の思惑通りという訳か」


 クマの仮面の男は瀕死のアイスバーグに背を向けると、正面の入口へと向けて歩き出す。


「最後まで不備の無いように、おれは外の船大工の相手をしてこよう。
 パウリーから設計図を奪ったら連絡が入る。その時点で、アイスバーグの命を取れ。
 あとは事の真相を知ったパウリーを消して、任務完了だ。その後の罪は全て、麦わらの一味が背負ってくれる」

 
 ロビンは無言のまま、了承の意志を示した。






◆ ◆ ◆
  





 暗殺犯の襲撃に揺れるガレーラカンパ二―本社。
 その近くの路地に、息を切らせながら走る三つの人影がある。
 今まさにガレーラカンパニーを襲っている暗殺犯だと思われている海賊<麦わらの一味>のゾロ、ナミ、チョッパー、三人であった。


「まったくもー! 何でアイツはこう、助言という奴を聞けないの!?」

「何を今更……」

 
 ここにいないルフィへと向け怒りをぶつけるナミに、ゾロが慣れたように答える。
 爆発と共に行われたガレーラカンパニーへの襲撃を街路樹の上より眺めていた時、気が付けばルフィの姿が消えていたのだ。
 行き先など考えずにもわかる。騒ぎの渦中へと向かったのだ。
 もともと四人ともそのつもりだったのだが、唐突なルフィの行動にはいつも頭を悩ませられた。


「でも、今の騒ぎの中にロビンとクレスがいるかもしれないんだよな。 
 おれ達正面入り口に向かってるけど、慎重に行かないとダメなんだろ?」

「そうね。チョッパー、慎重に行かないとダメなのは確かだけど。
 これって考えようによってはラッキーなのよね。ルフィが敵陣に乗り込む場合、器用に裏に回ったりすると思う?」

「「そりゃねェ」」


 ナミの問いかけにゾロとチョッパーは即答した。


「きっと今頃、走るか飛ぶかで真正面から入り込んだはいいものの、どこへ行っていいか分からないで、船大工達に追われている頃だと思わない?」

「あァ、思う」

「思う思う」


 ナミの予測をゾロとチョッパーは確実な事実として頭に思い浮かべた。
 十中八九、ナミの言葉通りの展開になっている筈であった。


「船大工達から見れば、ルフィは“犯行一味”の主犯だもの。メインイベントが飛び込めば、みんなそっちに意志気が向くに決まってる。
 つまり、真正面のガードはかなり手薄になっていると考えて間違いないわ。私達はその騒ぎの隙をついて、船大工達の中に混ざっちゃえばいいのよ!」

「成程、ルフィのおかげで絶好のチャンスってわけか」

 
 ゾロはナミが正面に向かおうと言った理由に納得する。
 上手くいけば、屋敷への侵入もかなり楽になるだろう。


「お前ら、覚悟はいいな」


 屋敷にも近づき、ゾロはナミとチョッパーの二人にもう一度"覚悟"を問う。
 ロビンとクレスを捕まえ、事件の真相を問いただす。それが、一味の下した選択であった。
 このチャンスを失えば、もう二度と真実へと辿り着く機会が失われるだろう。ここで躊躇しては全ては闇の中だ。
 だが真実を知ると言う事は、痛みを伴う事かもしれない。
 もし、ロビンがサンジとチョッパーに伝えた事が本当ならば、ロビンが一味対しての<敵>となるのだ。
 二人もその事を分かっているのか、ゾロに対し頷いた。


「クレスは……どうかな?」

「来る筈だ。真実はどうであれ、生きているならな」


 前を向きながらゾロはチョッパーに答える。
 サンジは生きている可能性が高いと断じたが、それはゾロも同じであった。
 錯綜する情報の中で、クレスに関して考えられる可能性は二つ。
 一つはロビンと分かれ傷を負った可能性。もう一つは未だ一緒にいる可能性だ。
 正直なところ、クレスの状態に関する推測は立てづらい。
 ロビンが嘘を言っている可能性も十分に考えられる。それほどに、クレスとロビンの別離というのは信じられないものだった。
 だが確実なのは、生きているならば必ず今夜ロビンの下へと現れる。エル・クレスとはそういう男だ。
 ナミとチョッパーには言わなかったが、最悪の場合としてゾロはクレスと刃を交えることすら覚悟していた。


「とにかく、行きましょう。
 見て、あそこの塀! そこから入れるわ!」

「よし、乗り込むぞ! ルフィに続け!」


 三人は一端思考を打ち切った。
 真相がどうであれ、渦中にいるロビンへと辿り着かなければ何も掴み取れないのだ。
 ゾロ達はナミが指した塀を勢いよく飛び越え、ガレーラカンパニー本社の敷地内へと入り込む。


「「「…………」」」


 そこには何故かズラリと整列する船大工達。
 予測とは異なり、ルフィによってかき回された様子は無い。むしろ無傷だ。
 船大工達は真正面から入り込んだ三人組を見て、一斉に武器を抜いた。


「「「どこが手薄だァアアアアアア!!」」」


 いの一番に飛び出したルフィは着地に失敗し、今もなお建物の間に挟まり悪戦苦闘しているのを三人が知る由は無い。






◆ ◆ ◆
 
 

 


「……ンマー、驚いた。
 正直……ここでお前に会う事になるとは思ってもみなかった」


 外からの喧騒が壁越しに響く、アイスバーグの自室。
 広い部屋の中にはロビンとアイスバーグの姿のみがある。
 床に座り込み、傷口を抑えながら、アイスバーグは冷たい瞳で自身を見下ろすロビンに対し口を開いた。


「どこかでお会いしたかしら?」
  
 
 その妙な言い回しに、ロビンが問い返す。


「いや、昨夜が初めてだ。
 だが、おれはずっとお前に会いたかった」


 静かに、決意を固めるようにアイスバーグは呟くと、ゆっくりとした動作で懐に手を伸ばした。


「───!」


 アイスバーグの不振な動作に、ロビンは素早く反応した。
 次の瞬間、二人は互いに隠し持っていた銃を突きつけ合っていた。
 ほぼ同じタイミングで突きつけ合った銃は、二人の間に硬直を生む。


「私を殺す為?」

「そうだ」

 
 アイスバーグは強い視線でロビンを睨めつけた。
 能力を用いたロビンの銃口は四つ。対しアイスバーグは握力さえ弱まった指での一つだけ。
 打ち合いになればアイスバーグが圧倒的に不利であるが、その意志からは刺し違える覚悟さえうかがえる。


「お前が世界を滅ぼす前に」


 アイスバーグの言葉にロビンは僅かに鼻白んだ。


「<歴史の本文>を求め、研究・解読することは世界的な“大罪”だと大昔から政府が定めている。それぐらい承知の筈だ」

「……なぜアナタが<歴史の本文>の存在を?」

「存在を知る程度なら罪にならん。
 だが、世界中でその文字を解読できるのはお前一人だけだ。
 だからこそ世界政府は、当時8歳という幼い少女だったお前の首と、共犯者であるエル・クレスの首に高額の賞金を懸けた。お前が唯一、<古代兵器>を復活できる存在だからだ」


 それはロビンに懸けられた重く、理不尽な罪であった。
 そしてロビンがクレスと共有した罪であった。


「<CP9>は実在の組織だったか……だとすればお前は既に<麦わらの一味>を離れ、<政府側>に加担している事になるな。
 政府に追われ続けている奴らの行動にしては、いささか奇怪ではあるが、おれには関係ねェ話だ。
 <歴史の本文>の解読によって<兵器>が復活すれば、それが持つ者が正義であれ悪であれ、結果は同じだ。世界は滅ぶ。過去の遺物なんて呼び起こすもんじゃねェんだ」

「そうね、そう思うわ。でも、大きなお世話。
 私達が……いいえ、私がどういう形で<歴史>を探求しようとも、見知らぬあなたに口を出される筋合いはない」

 
 自身の行動が生む潜在的な危険性。そんなことは分かっているのだ。
 ロビンはアイスバーグの言葉を吐き捨てる。


「そうでもねェさ……おれもある意味お前と同じ立場だからな」


 アイスバーグは驚きの事実を口にした。



「───おれァ、古代兵器<プルトン>の設計図を持っている」

「ッ!?」



 古代兵器プルトン。
 一撃で島一つを消したと言われる悪魔の兵器。
 その存在は記憶に新しい。
 砂の王国における<歴史の本文>に記され、七武海サ―・クロコダイルがその存在を求めロビン達を招き入れた。
 その設計図を持っているという事実は、ロビンを驚愕させるには十分であった。


「プルトンとは遠い昔この島で作られた<戦艦>の名だ。
 余りに強大な力を生みだしてしまったかつての造船技師は、万が一その力が暴走を始めた時、"抵抗勢力"が必要だと考え、その設計図を代々後世に引き継がせた。
 政府はそいつを狙って……ついにこんな行動に出やがったのさ。その様子じゃ知らなかったみたいだな。知らずに協力していたとは、呆れたもんだ」


 ロビンの中に流れた僅かな動揺をアイスバーグは悟る。
 

「おれに設計図を託したトムという男は、20年前"オハラ"の事件から逃げ出した幼子二人……特にお前の事をずっと気かけていた。
 幼い姿はしていても、“オハラ”の思想を持った危険な子だとな。……だから、製造者の意志を汲んだおれにはお前を止める責任がある。
 設計図の存在を政府に勘づかれた今となっては、本来ならもう燃やしちまった方がいいようなもんだが、それができねェのは───」


 悲鳴を上げる身体を無視し、アイスバーグは引き金の先に力を込める。


「───お前が生きて、兵器復活の可能性が消えねェからだ!!」


 だが、撃鉄が降りることは無かった。
 引き金を引く寸前においてロビンの腕が咲いて、撃鉄を抑え弾丸が発射される事を防ぎ、身体を完全に取り押さえたのだ。
 僅かな動揺は在ったものの、このような状況は圧倒的にロビンの方が慣れている。一般市民であるアイスバーグの考えを読むなど容易い。
 アイスバーグは床の上に大の字で拘束され、その額にロビンの持つ銃口が突きつけられた。


「死ぬ前に言っておきたいことはそれでいい? 
 私を殺すのは結構。でも言葉を返すようだけど、私を殺して止めたとしても、あなたが今“設計図”を奪われてしまっては結果は同じよね」

「……じゃあ、もう一つだけ言わせてくれ」


 アイスバーグは目を閉じ、静かな様子で告げる。
 

「作戦にハマったのは、お前らの方だ」


 その直後、ロビンの下に電伝虫からの通信が入った。
 内容は二つ。
 一つ目の伝言は、アイスバーグが張り巡らせた予防策による障害。
 そしてもう一つを聞いた時、ロビンの目が一瞬寂しげに揺らいだ。


「……来てしまったのね、クレス」





◆ ◆ ◆





 数分前。

 大混乱の屋敷へと向かい猛スピードで駆け抜ける男がいた。
 服の合間からは赤錆びのように変色した包帯が見え、正体を隠すために装着した白い仮面は不自然に欠けている。
 仮装を模したとすれば劇場の怪物であろうが、薄汚れたその姿からはその面影を感じない。
 しかし、内包された禍々しさだけは本物であった。


「ッ!! 撃てェ!!」


 その姿を見た職人達は即座に発砲した。
 襲撃者が現れたと言うよりも、原始的な恐怖に耐えきれなかったからだ。
 弾丸は仮面の男へと命中するも、その肌に触れた瞬間弾かれた。


「なっ! バカな!?」

「装甲か何かを着こんでるんだ! 露出した部位を狙え!!」


 一人が冷静に指示するも、男の速度は凄まじく速かった。
 一瞬のうちに銃を構えた職人達の傍を通り過ぎて置き去りにし、武器を抜いた大勢の中へと真っ直ぐに飛び込んだ。


「死にたくなければ道を開けろ」


 仮面の男より発せられた言葉はとても容認できるものではない。
 職人達は男の突進を阻むように立ちはだかる。
 男はスピードを落とすことなく、むしろ一層力強く踏み込んだ。


「鉄塊“剛歩”」


 その状況をなんと表現すればいいのか職人達には分からなかった。
 立ちはだかった者のうち、男に触れた者全員が次の瞬間空を舞っていた。
 その様子は例えるならば海列車に轢き飛ばされたかのようであった。 
 壁に風穴をあけるように、男は進む。
 誰もその進行を止められない。職人達がそう感じた時であった。
 男の前に割りこむように巨大な姿が入り込んだ。


「……そうはさせん」

 
 入り込んだのは動物系能力者と思われる人物。その人物は目でとらえる事の出来ないほどの速度で腕を振るった。
 仮面の男は驚異的な反射神経で身体を反らし、その一撃を回避する。だが、振るわれた腕の方が僅かに早く、男の仮面を砕ききた。
 仮面が砕け、その姿が露わになる。
 パサついた髪に、暗い目をした男だ。


「また会ったなネコ男」

「やはり来たか。遊撃に徹していたのは正解だったな」


 その身に禍々しさを宿すのは、エル・クレス。
 抑えきれない凶暴性を纏うのは、ロブ・ルッチ。
 クレスは舌を打ち、自身の肉体を加速させる。ルッチは振るわれた拳に獰猛に反応した。
 それは両者にとってそれは二度目の邂逅だった。






◆ ◆ ◆






「待て! 貴様、その意味が分かっているのか!?」


 CP9からの通信が入り暫くの後、静かにロビンは立ち上がった。
 そんなロビンをアイスバーグが怒声を上げ引き留めようとする。だが、ロビンは聞く耳を持たなかった。
 これはロビン自身が選び取った選択だ。ここまで来て今更止められる筈もない。


「今の私にとってはそれは全てよ。その為ならその他がどうなっても構わない」

「バカなマネは止めろ!」


 背を向け、部屋の窓へと向かうロビンに向けアイスバーグは銃口を向けた。
 しかし、ロビンは振り返ろうともしない。
 ロビンならばアイスバーグから銃を取り上げる事も容易かったが、それすらしない。
 別に良かったのだ。ロビンはもはや自身の命にそれほどの価値を見出していなかった。
 もし、アイスバーグがこの場で引き金を引き、放たれた弾丸が心臓を貫こうとも、それならそれでよかった。 
 しかし引き金が引かれることは無かった。
 ロビンは窓の外へと跳び下り、アイスバーグの視界から消えた。


「………ッ!!」


 自身でも理解できないほどの苛立ちがアイスバーグを襲う。
 だが、その苛立ちをぶつける暇もなく、正面の扉よりクマの被りものの男が現れた。
 当然だ。今の状態でアイスバーグを一人にする筈がない。
 男は開け放たれた窓を見て無感動に呟いた。


「愚かな女だ」






◆ ◆ ◆

 


 

 誘導されている。
 能力を用いて“ヒョウ人間”となったルッチと戦いを繰り広げながらクレスはそう感じていた。
 気が付けばというほど唐突でも無く、自身に背を向けるほどに露骨では無く、しかし確実にルッチはクレスをどこかへと誘おうとしている。
 かといって、それが分かっていたとしても防げるほどルッチは優しい相手では無い。


「何のつもりだ」


 ルッチの振るった魔弾と化した指先を避けながら、クレスは問う。
 戦いは昨夜の続き。
 命を削る戦いであり、殺し合い。
 身体能力で上回るルッチに、クレスが全力で食らいつくと言ったもの。
 だが、ハンデは昨夜以上だ。クレスの身体には完治しきれない幾多もの傷痕があった。
 我ながらよく持たせている。そんな綱渡りにも似たギリギリの戦いであった。
 

「直ぐに分かる」


 ルッチは獰猛な笑みを浮かべ、そう答えた。
 この時、クレスは奥底に漂う不気味さを拭いきれないでいた。
 誘導する理由ならば分かる。おそらく、CP9のターゲットであるアイスバーグの近辺から遠ざける為だ。
 だが、その方角が不可解だった。ルッチが向かう先にはアイスバーグの自室のある筈なのである。


「貴様の目的がこの先にある事がな」


 見え透いた挑発の言葉だ。
 ルッチもクレスが目指すとすればアイスバーグの自室だと言う事は分かっていたのだろう。
 今から強引にアイスバーグの部屋に向かう事も可能だ。
 ロビンがこの作戦に参加しているならば、その姿はアイスバーグの部屋にあるだろうとクレスは考えていた。
 だが、心によぎった妙な予感を拭いきる事は叶わなかった。


「剃刀」


 クレスはあえてその挑発に乗った。
 空間を切り取る様に滑空するルッチの後を、昨夜会得した技で追走する。
 職人達が時折敵意を向けてくるが、クレスもルッチも気に留めすらしない。腕が立つとは言っても所詮は“職人としては”だ。<六式>を扱う二人からしてみれば、生きてきた環境が違う。
 クレスはウォーターセブンでのルッチの立場を知っていたが、今更何もしようとは思わなかった。
 真実を知った一般市民程度が何をしようとも無駄なのだ。CP9はそれら全てを力づくでもねじ伏せられる。
 極論すれば、このような作戦自体が市民に対しての“配慮”なのだ。


「どこまで行く気だ」


 クレスの問いかけにルッチは答えない。
 ルッチが誘うのは、並び立つ屋敷の一角だ。
 そこは二人が戦うにしては、少々狭い。
 何が待つ。知らず、クレスの警戒心が上がり、そこに現れた姿に目を見開いた。



「───ロビンッ!!」



 そこにいたのは、見間違う筈のはい幼なじみの姿。
 深緑のローブを風に揺らし、感情を拒絶するような冷たい目でクレスの姿を視界に入れた。
 だが、直ぐに視線を外し近く建物の中へと入り込んだ。


「さぁ、どうする。あの女を追うか? それとも再びおれと戦うか?」


 ルッチは非情にも問いただす。
 しかし、クレスはその声を聞く事すらなかった。
 

「やはり追ったか。さて、見物だな」


 不意打ちのように姿を見せたロビンを追ったクレスを、何もする事なくルッチは見送った。
 その顔につまらなさげな表情を浮かべて。


 



 ロビンを追い建物の中に入り込んだクレスの先にあったのは、地下へと向かい続く階段だった。
 他に行き先など無く、例え罠だとしても強引に壊し切る自信があった為、一瞬の逡巡の後にクレスは階段を飛ぶような速度で駆け降りた。
 妙に長く感じた階段の先にあったのは、地下倉庫と思しき広い空間だった。
 

「……やっぱり来たのね、クレス」


 その中心にロビンの姿はあった。
 次の瞬間、不意を突くように真後ろの床からロビンの腕が咲き、クレスの脚を掴んだ。
 

「ッ!?」

 
 硬直したクレスに飛び込んできたのは、銃声であった。
 弾丸は逸れることなく真っ直ぐにクレスへと向かい、鉄塊をかけた身体に弾かれた。


「これが目的よ、クレス」


 ロビンは確認するように言葉を紡いだ。
 クレスは声を出せない。その可能性も考えていなかった訳では無かったが、それでも何を言えばいいか分からなかった。
 冷たい、無慈悲な。
 そんな“敵”に向けるような声色で、ロビンは言い放つ。


「アナタは今日ここで死ぬの。───私が殺すわ」
 
 
 











[11290] 第九話 「甘い毒」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2010/12/20 23:03
 










 
 第九話 「甘い毒」












───私が殺す。


 届いた声は、どうしようもなく本物だった。
 目の前にある姿は揺るぐ事なく、確かな意思によって発せられた事が理解できた。
 

「……そうか」


 クレスは目の前で銃口を突きつけるロビンに、ただそう呟いた。
 呟かざるを得なかった。
 ロビンの言葉はクレスにとって受けとめるには重すぎた。
 だが、それを嘘だと否定する事だけはしなかった。


「分かってもらえたかしら? 私はもうアナタとはいられない」

「どうしてだ? どうしてその答えに至った?」

「アナタにはもう関係ない事よ。
 でもこれだけは言えるわ。この選択は私が選んだ。いくつもの選択の中で私が決めた」


 クレスに対する答えは、冷たくも芯の通ったものだった。
 理由は分からない。だが、ロビンは既に決めてしまったのだ。
 昔からそうだった。冷静に見えても、自身の選択には頑固で、選び取った道を貫こうと頑なになった。


「今の状況、……政府に従う、その意味も分かっているんだな?」

「ええ、分かっているわ。私はそれでも構わないと思った」

「おれが何も分かって無いとでも思ってるのか、バカ野郎! それは命を捨てるって事だぞ!!」

「知ってるわ」


 声を荒げたクレスにもロビンは淡々と答えた。
 伝わっって来た言葉に憂いは無く、全て覚悟の上だと言う事が理解出来てしまった。


「じゃあ、これだけは教えてくれ。お前は政府となんの契約を交わしたんだ?」

「簡単な事よ。私の意志に沿うものだった、それだけよ」


 クレスの問いにロビンは曖昧な答えを返した。
 教える事が出来ない。それも契約のうちなのかもしれない。
 だが、予測することは出来る。
 政府が持ちかけ、ロビンが呑まざるを得ない内容ならばそれは完全に“弱み”を握られたと言う事だ。


「アイツ等の事か? それとも青雉のことか?」

「さァ、どうかしら」


 ロビンは答えない。
 仮面のような表情からはクレスですら変化を読み取れない。
 世界の闇で生きるうちに身に付けた力はそう敗れるものでは無かった。


「おしゃべりはこの辺りにしましょう、クレス」


 ロビンは能力を用い深緑のローブから二つの銃口を覗かせた。
 それは明らかな戦う意志。宣告通りの行動。
 クレスは、「わかった」と目を閉じ、湧き上がる苛立ちを抑え込んだ。
  

「言葉で伝わらないなら、無理やりにでも連れていくぞ」

「承知の上よ、クレス。それでも私はアナタと戦うわ」
 

 無表情を作り上げたクレスに、ロビンは薄い笑みを浮かべた。
 嫣然とした笑み。だが、クレスには今にも散ってしまいそうに見えた。
 それを見てクレスの中に燻る苛立ちが増す。
 苛立っているのはロビンの行動では無い。ロビンに行動させてしまった己の弱さであった。


「もう一度言うわ。アナタはここで死ぬの」

 
 ロビンは引き金を引いた。
 銃口より弾丸が発射され、一直線にクレスへと向かって進む。
 それを見てクレスは剃によってその身を躍らせ弾丸を回避。ロビンに向け一気に距離を詰めた。
 だが、肉迫する寸前で突如咲き誇った腕がクレスの全身に絡みつき、クレスの動きを阻害する。
 同時に人体構造を知り尽くした腕が関節を砕きにかかった。
 咲く場所を厭わぬロビンの力は、攻撃に転じれば敵対者に対し絶対的なアドバンテージを得る。
 それでいてロビンが狙うのは関節。従来、関節技(サブミッション)は腕力や体力に勝る相手に対し考案された技だ。
 どれだけ鍛えようとも、生物には構造的な限界がある。関節はその最たるものだ。
 類稀なる頭脳によって得た人体構造の知識と<ハナハナの実>の能力が組み合わさったロビンの力は驚異的なものがあった。
 

「六輪咲き“クラッチ”!」

「鉄塊ッ!」


 だが、そんなロビンの力にも例外はある。
 いくらロビンといえど、鉄の硬度と化したクレスの関節を極めるには非力すぎた。
 能力によって咲いた身体は全てロビンの一部なのである。これは<ハナハナの実>の長所であり、弱点でもあった。
 当然ロビンもその事を熟知している。力不足を数で補い、強引に押し切ろうとするも、その前にクレスは強引にロビンの腕を振り払った。
 腕が散るように消える。拘束が緩み自由になった瞬間、クレスは再び地面を蹴った。 
 

「許せよ……!」

 
 クレスはロビンとの最短距離を駆け抜ける。
 僅かによぎった戸惑いを拳と共に握りつぶし、一瞬においてロビンに肉迫。
 しかし、拳を振るう直前にロビンによって視界を塞がれた。
 クレスは構わず己の感覚のままに拳を振るうも、振るった拳は空を切った。


「───ハング!」


 塞がれた視界の中で、クレスは振子のように揺さぶられるのを感じた。
 不味い。瞬間的にそう感じ、受け身を取ろうと身体を動かそうとしたが、ロビンはそれすらも許さない。
 クレスの身体は抑え込まれ、無防備な状態で目前に迫っていた地下倉庫の厚い壁へと叩きつけられた。
 倉庫全体を揺らすほどの衝撃が響く。それはクレスの剃の速度すら利用した攻撃の凄まじさを物語っていた。
 だが、


「……やられた」


 クレスは事も無さげに立ち上がった。鉄塊による防御だ。
 しかし、クレスの身体はルッチとの戦いによって蝕まれ、常人なら立っているのすらままならない程の傷を負っている。
 いくら鋼鉄のように硬化した身体とはいえ、その状態で壁に叩きつけられれば一溜まりもない。しかし、クレスはそれを微塵にも感じさせなかった。
 ロビンもクレスの体の状態には気づいているようだが、それでも驚いた様子は無かった。


「やはり立つのね」

「当然だ。お前相手だ、手を抜くつもりはない」

「私もそのつもりよ」


 これは互いに手の内が知れた戦いであった。
 クレスは誰よりもロビンの力を知っているし、ロビンは誰よりもクレスの強さを知っている。
 それは信頼に基づく認識であり、背中を預ける安心感と共にある筈であった。
 だが、皮肉なことに現在はその認識を元に互いに敵対していた。


「遊びは終わりだ。帰るぞ、ロビン……!!」

「もう私は帰るつもりはないわ」


 言葉は結びつく事なく、平行線を辿るだけ。
 もはやロビンは自身の選択を変えるつもりはないのだろう。
 そもそも簡単に揺らぐ程度の選択ならばロビンは下さない。今回の事も悩み抜いた上にロビンが下した判断なのだ。
 説得は無意味。今まで様々なことがあったが、今回ばかりはクレスにとって受け入れられるものではない。
 ならば、やるべき事は力づくでも止めさせることだ。
 

「百花繚乱(シエンフルール)!」


 ロビンはクレスが歩み寄るのを拒むように能力を用いた。
 無数に咲く手はクレスを掴み捉えようとする。だが、その手から木の葉のようにクレスはすり抜け消えた。


「紙絵“葉歩”」

 
 クレスは巧みな肉体制御によって行き先を阻もうとする腕を避け続ける。
 瞬く間に再びロビンへと近づいたクレスであったが、ロビンの腕から完全に逃れることは出来なかった。
 ロビンは如何なるところからも腕を咲かせる事が出来る。それは動き続けるクレスの身体も例外ではない。
 直接クレスの身体に咲いた腕は機械のように蠢く手脚を拘束し、続けて関節を極めようとする。
 だがクレスもむざむざやられるつもりはなかった。


「ハァッ!!」

 
 クレスは急激に床を踏み込んだ。
 急加速を受けた身体は横に逸れ、地下倉庫の一角に納められた物資の山へと向かう。
 ロビンはクレスの意図に気が付いたのか、クレスの関節を極めるのを止め、クレスの動きを止めに掛かった。
 だが、ロビンの拘束よりもクレスが物資の山を蹴り砕き粉砕する方が早かった。


「……ッ!」


 クレスの一撃を受けた物資の山は爆破されたかのようにあちこちへと飛び散った。
 まるで炸裂団のような破片の煽りを受け、ロビンの腕が消えた。
 その一瞬を逃さず、飛び散る破片に混じりクレスは駆ける。
 今この瞬間のみはロビンは能力を使えない。飛び散った破片が重力に引かれ落ちるまでのほんの僅かな時間であったが、クレスには十分すぎた。
 真っ直ぐに、強く唇を結んだロビンに向け進む。
 一瞬で距離はゼロに近づいた。
 二人は縺れるように倒れ込み、クレスがロビンを抑え込む。
 その直後、飛び散った破片が床に落ち、けたたましい音を奏でた。


「アナタなら真っ直ぐに私を捕まえに来ると思ったわ」


 僅かな沈黙の後、先に口を開いたのはロビンだった。
 二人の距離は心音が届く程近い。
 ロビンは両手をクレスに掴まれ、地下の冷たい床に押し付けられている。クレスが本気で抑え込めば、能力を用いてもロビンではどうする事も出来ない。


「手を抜くつもりはないって言ってたけど、あなたが私相手じゃ本気を出せない事も知ってた」


 独り言のように、ロビンはクレスへと囁く。
 事実、ロビンの言う通りであった。
 クレスはロビンを倒すのではなく、止めようとした。傷つけようとする選択を選びきれなかったのだ。
 ロビンが防御しきれない“嵐脚”を使えば、クレスにとってこの争いはもっと楽に終わらせる事が出来たであろう。
 だが、20年も寄り添うように生きてきた幼なじみ相手に、容赦なく戦えるほどクレスは器用でもなかった。
 それは優しさに融けた、甘さ。
 クレスが捨てきれなかったもの。


「軽蔑してくれてもいいわ。私はアナタの優しさを利用した」

 
 クレスの口から赤い雫が垂れ落ち、ロビンの頬を濡らした。
 クレスの腹部。ルッチとの戦いを経て、赤く錆びたような包帯が巻かれた傷痕。
 そこに、ロビンが突き出したナイフが突き刺さっていた。
 深緑のローブの中に忍ばせていたものを能力によって使用したのだ。


「……オレは、オレはそれでも構わない」


 ナイフが突き刺さっているにもかかわらず、クレスは正面よりロビンの瞳を覗きこむ。
 ロビンはゆっくりと首を振った。
 

「ダメよ。……私がダメなの。
 もう、私のせいでクレスが傷つくのが耐えられない」


 その声はどこか壊れそうで、クレスは幼い頃一人で膝を抱えている姿を幻視した。


「クレスは否定してくれるけど、現実はそうじゃない。
 政府は私を追い続けていて、クレスが私を庇い続ける。20年間もずっと……。ねぇ、聞いていい? つらいと思ったことは無い?」

「無いさ。それはこれからも変わらない、今までがそうだったように」


 迷うことなくクレスは答えた。
 いつだってクレスにとっての一番はロビンであった。


「……そう。クレスならそう言ってくれると思ってたわ。
 でも、その“今まで”が危ない綱渡りの上にあった事にあった事は分かってる。その分クレスが傷ついて来たことも。
 私も無意識のうちにこの“今まで”が続いて行くんだと思ってたわ。でも、青雉が来て気が付かされた。私は現実から目を反らしていただけだって」

 
 青雉が現れクレスが敗れたその時、ロビンの目に映ったのは絶望そのものであった。
 故郷でロビンを守ったサウロのように、己の代わりに生死を彷徨ったクレスに、ロビンは日々の終わりを見たのだ。


「それでもだ。それでも変わらない」

「いいえ、変わるわ。もう、ダメなの」


 ロビンの声は淡々としていたが、クレスはその中にある諦めを読み取った。


「CP9は<麦わらの一味>とアナタに対して、一度だけ“バスターコール”の発動を許可されていたわ」

「……ッ!!」


 バスターコール。
 海軍本部の中将五人と軍艦10隻を一点に召集する“国家戦争クラス”の武力行使。
 かつて二人の故郷はバスターコールの発動により炎の中に滅んだ。
 あの時の光景は未だに脳裏に焼き付いて離れない。ロビンにとっては絶対に見逃す事の出来ない条件だった。


「CP9が私に求めたのは、作戦への協力と、その後政府に身を預け従う事。
 条件を飲まなければ、バスターコールがかかる。……青雉の名前が出た時点で私は観念したわ。
 逃れるにはあの子達を裏切って盾にするしかないけど、もう私にはそれが出来ない。
 あの子達は私には眩し過ぎる。あの船には私たちが欲しかった安らぎがあった。描いた夢すらも叶えられそうな気がしてた。
 でも、きっとアナタは選んでしまう。私のせいで、心を殺してまで選び取ってしまう。せっかく巡り合えたあの子達を切り捨ててしまうわ」


 クレスは何も答える事が出来なかった。
 事実、その通りだったからだ。
 クレスの優しさは残酷だ。守るべきものに優先順位があり、いざとなれば必ず下位のものを切り捨てる。
 巡り合った海賊達は、どこまでも安らかで心地いい。それが仲間だと言う事なのだろう。
 だがそれでもクレスは切り捨ててしまえた。
 

「クレスはずっと悔やみ続ける。自分が弱いからだって。
 誰よりも優しいくせに、機械みたいに冷徹になろうとして苦しんでしまう。
 それなのに私はずっとアナタに甘えてた。子供の頃からずっと同じように。私はそんな自分が許せない。だから……」


 ───止めろ!

 全ての罪を背負いこむように語るロビンにクレスはそう叫ぼうとした。それは同時に決別を意味するように聞こえたからだ。
 だが、言葉が発する事が出来なかった。
 急激に身体の感覚が消えて行き、舌すらまともに動かなくなっていた。
 クレスの異変を察したのか、ロビンはゆっくりと突き刺していたナイフを引き抜いた。


「毒よ。ナイフに塗ったの。
 安心して、致死性のものではないわ。でも神経系に作用して数時間は動けなくなる筈よ」


 ロビンの言葉通り、クレスの身体は毒に蝕まれていた。
 交わした会話も、毒が回りきるまでの時間を稼ぐ意味合いもあったのだろう。今のクレスは意識を保つだけで精一杯だった。


「今日、アナタはここで死んだ事になる。
 懸賞金も解除される手筈になっているわ。それも契約のうちだったから。
 これだけは覚えておいて。私はアナタと会えて幸せだった。過ごした20年は辛い事もあったけど、それでも楽しかったわ」


 力の弱まった腕より抜けだし、ロビンは愛おしげにクレスの頬を撫でた。
 クレスは必死で何かを叫ぼうとした。
 それは、死に向かおうとするロビンに対してか、それも不甲斐ない自分を呪う声か。
 だが、何も出来ない事に変わりは無かった。
 

「あなたが私を守ってくれたように、私もあなたを守りたい。
 ごめんなさい。私にはこの方法しか考えられなかった。
 あなたは生きて。長い航海の果てに巡り合えた、仲間を守ってあげて」


 霞みゆく感覚の中で、ロビンの唇が自分に触れたのが分かった。
 唇からは何も感じず、ただ震えだけが伝わった。


「大好きだったわ。───さようなら、クレス」


 声を発する事も出来ず、クレスの意識が闇へと落ちる。
 ただ、足音が遠ざかって行く事だけは分かっていた。
 













[11290] 第十話 「記憶の中」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/01/03 02:35


 暗い地下倉庫に硬質な足音が響く。
 足音の主はロビン。その後ろでは毒に蝕まれたクレスが倒れ込んでいる。
 二人の道はここで分かたれ、もう戻ることは無い。
 置き去りにしたクレスに後ろ髪を引かれながらも、ロビンは振り返る事は無かった。
 後悔が無かったかと言えばウソだ。
 だが、選択はロビンにとって、<罰>であり<償い>である。
 本来背負うべきだった<重さ>を受け取った、それだけなのだ。
 そして、選び取った道は最善だと分かっていた。
 そう、この選択が正しかったのだ。
 ロビンは己を律するように心の中で後悔の気持を押し潰し、全ての迷いを飲み込んでいく。
 胸の中が妙にざわつき、感情として表れそうになったものの、零れ落ちる寸前で目を閉じ食い止めた。
 強く閉じた瞼を開いた時、もうそこに感情の色は無かった。
 代わりに浮かんでいたのは、闇に生きた人間としての冷たく硬質な仮面だった。
 

「───首尾はどうだ」


 振り返る事なく歩みを重ね、階段に差し掛かろうとしたロビンの正面にルッチの姿が現れた。
 計画通り手を下したか見定めに来たのだと、ロビンは推測した。


「終わったわ」


 ロビンは感情を見せる事なく呟いた。
 ルッチは返り血を浴びたロビンを一瞥し、その後方に倒れ伏したクレスの姿を見て、


「成程、確かに終わったようだな」


 つまらなさげに鼻を鳴らした。
 もしかしたら、クレスという強敵を自らの手で仕留めたい欲求があったのかもしれない。
 ロビンは立ち止り、ルッチの前へと立ちはだかる。
 もしルッチがこの場で契約を破り、クレスに襲いかかれば刺し違える覚悟さえあった。
 しかしルッチはプロだ。目的の為に課せられた自身の役割を弁えていた。


「まァ、いいさ。これにより障害は取り除かれた。
 よくやったとでも言っておこうか。契約通りエル・クレスには手を出さないでやろう。
 引き続き任務を続行する。アイスバーグの自室に戻るぞ」


 深緑のローブが風に翻る。
 ロビンは静かにルッチの指示に従い、その背を追った。












 第十話 「記憶の中」 












 
 アイスバーグの自室に戻ったロビンを迎えたのは、姿を隠すための仮面を捨て去ったCP9の面々と、憎々しげに顔を歪めたアイスバーグだった。
 この場に居る四人は全員この町で潜入任務を行っていたらしく、アイスバーグに与えた動揺は計り知れなかっただろう。
 そんな精神状態で尋問されれば、いくらアイスバーグでも全てを隠しきることは不可能である。しかも、CP9の中では既に仮説は出来上がっており、後は核心を得るだけだったのだ。
 ルッチとカクの会話を聞き取ったところ、ロビンはCP9が<設計図>の在処に辿りついた事を知った。
 ならばもうこの屋敷には用は無い。
 アイスバーグの口を封じ、炎によって証拠の隠滅を図り退却する。そうすれば“海賊に罪をなすりつける”というロビンの役目も終わる。
 後は政府へと下り、身を委ねるだけであった。
 だが、ロビンにとってのイレギュラーはこの場所にルフィを始めとした<麦わらの一味>がやってきてしまった事だ。
 微かな予感はあった。クレスに続き姿を見てしまうと、胸の奥が痛んだ。


「何故来たの? 別れの言葉は言った筈よ」


 混乱を極める状況の中で、一味に対しロビンは冷淡に言い放った。
 表情、声色、態度、そのどれもが完璧だった。
 しかし、拒絶を叩きつけようとも、クレス同様ルフィ達も引く様子は無かった。
 邪魔するもの全てを打ち砕いても、ロビンを捕まえる。その気概すら窺えた。


「理由は昨日伝えた通りよ。
 私には如何なる犠牲を払ってでも叶えたい願いがある。だからあなた達とはもういられない」

「それで平気で仲間を暗殺犯に仕立て上げたのか? その願いってのはなんだ?」

「答える必要は無いわ」

 
 ゾロの問いかけに、ロビンは取り合う事は無い。
 無用な情報を与えるつもりは無かった。
 

「ならクレスはどうした! 
 見た所アイツと同じ技を使う奴らとつるんでる様だが、肝心のアイツの姿が見えねェのは何故だ!?」

「私は言ったわよね。理由は昨日伝えた通りだって」


 冷や水を浴びせるように、ロビンはローブの中から血のこべり付いたナイフを放り投げた。
 ナイフは放物線を描き、ロビンと一味の間に突き刺さる。


「そこに付いた血はクレスのものよ。
 これだけ言えば分かってもらえるかしら? 邪魔をするならあなた達にも容赦しないわ」


 放たれた言葉と突きつけられた証拠に、一味が息をのむのが分かった。


「その女の言葉は真実だ。エル・クレスはニコ・ロビンが始末した」


 ロビンの証言を後押しするように、ルッチが言葉を為し、より真実味を帯びる。
 ナミはウソだと否定したが、嗅覚に鋭いチョッパーはナイフに付いたニオイよりクレスの存在を嗅ぎ取り、顔を蒼白にしていた。


「ロビン、本当か?」


 いつもより声の固いルフィの声。
 その真意は懐疑か、確認か。
 若き船長の心をロビンは突き放す。
 

「これ以外に証拠が必要かしら? 
 疑うなら見てくればいいわ。この屋敷の地下倉庫の中よ」


 押し黙った一味に、ロビンは唇を釣り上げ嫣然と微笑んで見せた。
 海賊の掟では<仲間殺し>は絶対的な禁忌だ。
 道は途絶えた。もう、決してロビンが船に戻ることは出来ない。
 ロビンはどんなに自分自身が汚れ、罵られても構わなかった。
 自分自身がどうなろうとも、願いを託した彼らさえ無事ならばそれでいい。
 クレスは悲しんでくれるだろうが、その悲しみも彼らが癒してくれる。いずれは自分のことを忘れて、光の中で生きてくれる。
 ロビンはそう願い、信じていた。


「……もう行くわ。私の役目は終わった筈よ」

「いいだろう、ご苦労ったな」

 
 ルッチはあっさりと役目を果たしたロビンが去るのを認めた。
 クレスを手にかけた事により完全に首輪が付いたと確信したのだろう。


「待てロビン! 話は終わってねェぞ!!」


 背を向け去りゆくロビンをルフィ達が追おうとするも、CP9の面々が立ちはだかる。
 CP9は<麦わらの一味>には用がない。言ってしまえば路傍の石と同じだ。
 それに契約の事もある。屋敷に火が回るまでの二分間を適当にあしらうつもりだろう。
 突きつけられた事実に動揺もあったのか、クレスと同じ<六式>を扱うCP9の面々にルフィとゾロは翻弄され、ロビンに辿りつく事は無かった。
 

「さようなら」


 ロビンは一度だけ呟き、窓の外に消えた。
 短くも、これが今生の別れだと知っていた。






◆ ◆ ◆
 
 




 CP9の作戦は計画通り遂行された。
 海賊達を契約通り“殺さぬ程度”に一蹴し、彼らは証拠隠滅の為に屋敷に火を放った。
 不意に燃え上がった炎は屋敷全体へと広がり、消える事なく燃え盛る。
 だが、唯一炎の届かない空間があった。
 ロビンがクレスを誘導した地下倉庫である。ロビンの配慮は完全であり、倒れ伏したクレスを刺客が狙いに来る事も無い。
 この場所は安全だ。
 だが、そこは暗く孤独な空間だった。 


 何も見えなくなり、呼びとめる為の声も潰えた。
 駆け廻った甘い毒はクレスの意志を無視してどこまでも体を蝕み、抵抗する術の全てを消した。
 何も出来ず、呻き声すら上げず、ただ無力を噛みしめ、そして意識は深いまどろみの中に落ちた。

 そこでクレスは妙な感覚に陥っていた。
 凍てつくような、どこまでも堕ちていく深淵。
 抜け出す術など無いほどに思えるほど、深く深く、それでいて妙にまとわりつくのに触れられない空間の中で、何故か懐かしい気分に晒されたのだ。
 理由は分からない。
 だが、確かに感じたのだ。

 己であり、己でないものを。

 そして気付いた。
 この場所はいずれは巡り合う定めであり、それを拒む事を選択したが故の空間だと言う事を。

 絡みつくような空間は、見えず触れられないが故に、ただ茫洋と闇として漂っている。
 これは矛盾だ。
 今へと続く筈のものである筈なのに、その発端が消失している。もう、見つける事が出来ない。
 確証もなく、クレスはただそう感じた。



「──────」



 そんな時、不意に声が聞こえた気がした。
 耳では無く、不思議と心に飛び込んでくる声。沁み渡る様に届くも、決して伝わらない。
 この感覚は二度目だ。
 不可解な声は果たして“声”なのか。
 言語により意思を伝えるほど高尚なものでもなく、動物のように原始的なものですらない。
 波風のように一瞬だけ心の中が震え、自身が“声”だと認識しただけ。それだけのことだ。
 クレスは確かめる為に問いかける。



 なんなんだお前は?


「──────」 



 何が言いたい?


「──────」


 何を伝えたい?


「──────」



 波打つ声は荒立つ事もなく、一定のリズムのみを刻む。
 クレスに対し何かを訴えたいらしいのだが、何を言いたいかはサッパリ分からない。
 もともとそういうものなのだろう。
 クレスが選んだが故に、二度と巡り合う事が無くなってしまったのだから。
 深淵はどこまでもクレスを誘う。底など在りはしないのだろう、指一本動かせないクレスは重力に引かれるように下へ下へと落ちてゆく。
 その先に何があるのか、知る筈もない。
 それなのに、不思議と予感だけはあった。



 


「──────」 






 ほら来た。
 成程、そういう事か。
 響いた声に、クレスは自身の認識が間違いでない事を確信した。
 突如現れた回りの闇とは異なる何かに触れ、意味こそ分からないが、少しだけ本質が理解できた。
 この闇は表へと出たかったのだ。
 自らに溶け込み、器の中へと納まりたかったのだ。その為に周りを漂い常にきっかけを探していた。
 だが、それもいずれ来る覚醒と共に忘れてしまうだろう。
 これは己が異端であるが故の証明であり、ありえる筈の無い奇跡であるのだから。
 ならばせめて、今だけは覚えておこう。
 
 エル・クレスという人間であって、そうでなかったもの。
 選び取ったが故に辿りつく事もなく、得体の知れない闇として漂うしかなかった、数多の<時>よ。
 その残滓に触れ、自然と言葉が浮かんだ。



「おかえり」


 
 その言葉に、残滓の一つが輝きを放った。




◆ ◆ ◆

 




 ウォーターセブンのブルー駅には、政府専用の海列車<エニエスロビー行き>が煙を吹かし待ち構えていた。
 予定ではもう間もなく、CP9が任務より戻り次第、出発となっている。
 その海列車の中で、ロビンは座席に座り、ぼんやりと何を見るでは無く窓の外に見える海を眺めていた。
 死に向かいつつあると言うのに、妙に心が澄んでいる。激動とも言える人生の終幕を悟ったからかもしれない。
 甦るのは、今まで過ごしてきた思い出だ。
 辛い事の方が多い筈なのに、楽しい事ばかりが思い出せた。それだけが救いだった。
 そんな自分を自嘲し、ロビンは小さく笑った。
 もう列車が出る。夢が終わりを告げる時が来たのだ。






 だが、ロビンの命運途切れない。






 ブルー駅の物陰。
 口にくわえた煙草には熱が灯り、吐き出される煙が強風の中をたなびく。
 続々と役人達が海列車へと乗り込んで行くのを視界に入れながら、サンジは紫煙を燻らせた。
 女の嘘は、許すのが男。
 続々と役人達が海列車に乗り込むのを観察しながら、サンジはチョッパーに告げた言葉を改めて確信する。
 仲間の動きは分からないが、今は己が取るべき行動を取るだけであった。







 それと同刻。
 伝わる筈の無かった真実は類稀なる運命により、海賊達へと届けられる。
 燃え盛るガレーラカンパニー本社で九死に一生を得たナミは、同じく生き残ったアイスバーグより真相を聞かされた。
 湧きあがるのは、喜び、嬉しさ、怒り。
 ロビンは仲間を守り、最愛の男を守り、命を捨てようとしている。
 迷いは消えた。ナミは奮起し、強く笑った。
 時は一刻を争う。
 まずはチョッパーを叩き起こし、クレスを探すように告げると、自身は吹き飛ばされたゾロとルフィを探しに走った。






 そして、暗い地下倉庫の中。
 毒に蝕まれたクレスは、血だまりの中に沈んでいた。
 傷口より流れ出続ける赤い血が異常なまでに広がって行く。
 その中でクレスは一瞬だけ身じろき、───尋常ならざる力で拳を握りしめた。












あとがき

お読みいただきありがとうございます。
今回は奮起の回ですね。原作通りのところがほとんどだったので、大幅に削らせていただきました。
クレスの設定をどうしようか最近まで悩んでましたが、吹っ切れました。
初期設定で行きます。

あと、私事で申し訳ないですが、おそらく今後の更新が遅くなるかもしれません。
出来るだけ早く上げられるように努力したいです。

次も頑張ります。
ありがとうございました。





 



[11290] 第十一話 「嵐の中で」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/02/13 14:47


 ウォーターセブンを襲う<アクア・ラグナ>の被害は過去最悪の様相を呈していた。
 風はうねりを上げ吹きすさび、満ち引きを繰り返す波は目に見える形で確実に強大になっていく。
 海は既に嵐に見舞われ、如何なる船も渡れる状態になかった。
 そんな大荒れの海を、もうもうと煙を上げながら海列車が進んで行く。
 柳のように波に逆らわない線路が海を切り開き、その上を蒸気機関によって車輪が回る。
 伝説の船大工によって作られた船は決して揺るがず、沈まない。
 いつだってそうだ。


 こちらから、海を渡り、向こうまで。


 海に浮かぶ船は必ずその約束を守り通した。
 繋がれ回る外輪と共に、如何なる理不尽をも跳ね除けるように、残酷なまでに約束を守った。
 
 船は進む。
 そして戻らない。

 船は頑なまでに、約束を守る。
 それが最高の船の証だから。 
 











 第十一話 「嵐の中で」













 歯車がかみ合い、時が刻まれるように。
 亡羊とした闇を払い、朝日が昇るように。
 静かに、だが確実に。
 カチリと、どん底のような闇から男は覚醒した。
 

「…………」


 無言のままに、体を起こした。
 直後に襲うのは、無数の手で拘束されるかのような倦怠感。
 筋肉は硬直して鉛のように重く、指先に感覚は無い。肌に張り付いたのはべた付いた血の感覚だ。
 体は明確な危険信号を発していた。しかし、その一切を無視して男は立ち上がった。
 暗転していた視界が、徐々に光を取り戻してゆく。
 取り戻した視界には、予想通りではあるものの、自分でも呆れそうな光景が広がっていた。


 ……少し、血を流しすぎたな。


 自嘲気味に男は鼻を鳴らした。
 先ほどまで男が横たわっていた床には、大量の、致死量一歩手前の血液が溜まっている。
 だが男はそれ以上に頓着することなく、ゆっくりと体の感覚を確かめるように各所を動かす。
 重度の貧血で一瞬目の前が眩み、倒れそうになったが、男は何事もなかったかのようにそのまま歩き始めた。
 コツコツと規則的な足音を地下室に響かせ、おもむろに血によってベタつき重くなった上着を脱ぎ捨てる。
 ぐちゃりと、水分を吸った上着は地面に落ちた。ボロキレ同然のそれはもはや不快なだけで意味をなさない。


「次は無いな」


 呟やかれた声に生気は無く、空寒く響くものの、その声には不屈の意志が灯っていた。
 鈍く燃える熾火のように、男の中に燻る想いは消えはしない。
 歩みを進め、地上へと出る階段を踏みしめた時に男は異変に気が付いた。
 男がいる地下倉庫の上が燃えている。CP9が証拠隠滅を図ったためだろう。
 見上げた階段の先からは、モノが焼ける臭いが嗅ぎとれた。


「ここに誘い込んだのは、そういうことか」


 男はこの地へと自身を誘い込まれた意味を悟った。
 この場所ならば、炎の脅威に晒されることもなく、なおかつ炎が壁となって外敵から身を守る。
 よく考えられた場所だ。


「まぁ、もういい。
 叱るのも、許すのも、全部後だ」


 もう止まるつもりなどなかった。
 目的は見えた。ならば走り続けるだけ。
 迷うことなく男は火の手の上がった上層へと登ってゆく。
 アクア・ラグナの影響により雨が降っているためか、炎の影響は小さくなっているが、その分煙が多い。ほとんど前が見えないぐらいだ。
 火事の際に危険なのは、炎よりも煙の方である。充満する煙は有毒であり、吸い続ければ死に至る。 
 巻き上がる黒煙はまさに煙幕となり、男を阻む壁となって立ちはだかっていた。
 また、この様子では瓦礫なども積みあがっている可能性もある。
 出口はない。
 しかし、男は眉ひとつ動かすこともなく前に進んだ。
 黒煙が覆いかぶさるように男に襲いかかろうとした瞬間、



「───さて、オレの幼なじみはどこへ行ったんだ?」


 
 時は止まり、男───エル・クレスの脚がうねりを上げた。






◆ ◆ ◆


 


 数刻前。


 アクア・ラグナの猛威は、とうとうウォーターセブンの街中にも甚大な被害を与え始めていた。
 上がり続けた水位はとうとう裏町を完全に飲み込むに至り、絶対安全だと思われていた造船ドック近くにまで打ち寄せている。
 今年のアクア・ラグナは異常だ。
 誰もが口を揃えたかのようにそう言う。
 迫りくる大自然の猛威に、小さき存在にすぎない人はどこまでも無力であった。
 そんな嵐の真っ只中のような街を、全速力でチョッパーは走っていた。


「どうしよう……見つからないよ」


 チョッパーの中には焦りがくすぶり始めていた。
 ナミに頼まれていたクレスの捜索がほとんど前進していなかったのだ。
 地価倉庫を探そうにも、船大工たちの話を聞けば、敷地内には数十もの地下室があった。
 おまけに屋敷には火が放たれ、雨によって炎が消えた後も煙が巻き上がり、瓦礫が積みあがっている。
 こんな状態では、地下へと向かいクレスを見つけ出すことは困難を極めていた。
 そんな時、ふと裏町へと目を移したチョッパーはあるものを見つけた。


「……イソギンチャク?」


 なぜかあれほど高かった水位が引き、普段は隠れている島の基盤ですら露呈した裏町。
 その裏町の中にある民家の煙突に、不自然な"足"が生け花のように生え、傍には三本の鞘が同じように突き刺さっている。
 眺めていると、バタバタと抜け出そうともがいているのが見えた。
 なんだろうと、しばし呆然とその様子を眺めていたチョッパーだったが、直後にその正体に気が付いた。


「ゾロォ!!」


 あんな刺さり方をする人間をチョッパーはゾロしか知らない。
 大慌てで裏町へと飛び移り、頭から突き刺さっているゾロのもとへと向かう。
 船大工たちが後ろで「危ないから戻れ!」と叫んでいたが、チョッパーは聞く耳を持たなかった。
 





◆ ◆ ◆






 それと同刻。


 ルフィとゾロを探し回っていたナミもまた、なぜか建物と建物の隙間に挟まりこんでいるルフィの姿を見つけ、裏町へと飛び込んでいた。
 船大工達の静止を振り切り、危険だと分かっている裏町をナミは走る。
 雨にぬれ、滑りやすくなった屋根の上をナミは駆け、ギリギリまでルフィのもとへと近づいた。
 

「ルフィ───ッ!!」


 そして叫んだ。
 こんな時に、呑気に壁に挟まっている船長に。
 ナミは伝えた。
 ロビンは自分たちを裏切ったわけではなかったのだ。
 仲間を助けるために、長年連れ添ったクレスを傷つけてまで止め、一人犠牲になることを選んだ。
 ロビンは仲間の為に死ぬつもりなのだ。
 伝えるうちに、ナミは涙を浮かべた。
 クレスを傷つけた刃は、それ以上にロビンの心を突き刺したはずだ。そしてこの先ロビンには過酷な運命しか待ち構えていない。


「やっぱり、ロビンはウソついてたのか?」


 ルフィはナミに問い返す。
 

「う゛ん!」


 力強くうなずいたナミに、ルフィは呟く。


「安心しろ……ロビンは死なせねェ……!!」

 
 だがその時、ルフィたちの後ろにはアクア・ラグナの脅威が襲いかかろうとしていた。
 数十メートルにまで巻き上がった大波が足元に広がる街をすべてを破壊し、地響きとともにウォーターセブンを飲み込んでいく。
 一刻も早く高い場所へと避難しなければ、飲み込まれていく裏町同様、命はない。
 海賊たちの様子を眺めていた船大工たちが、彼らの命を諦めた、その瞬間。
 

「うおおおおおォオオ!!」


 咆哮とともに、ルフィの全身に力が灯る。
 その瞬間、ルフィが挟まっていた二つの建物がメキメキと悲鳴を上げ、やがてルフィの力に負け、地盤ごと無理やりに傾かされた。
 ルフィは倒壊した建物より飛び出し、ナミを掴み、安全地帯であろう大橋に向けて腕を伸ばした。

 




◆ ◆ ◆





「うわぁあ! どうしようゾロ、もうそこまで波が来てる!!」

「イデデデ! 無理やり引っ張るなチョッパー!」


 ゾロとチョッパーもまた、迫りくるアクア・ラグナの脅威に晒されていた。
 いったいどういった刺さり方をしたのか、いくらチョッパーが引っ張ってもゾロは抜け出すことが出来ない。
 それに加え、すぐ背後に迫りくる高波にチョッパーは完全にパニックに陥っていた。 


「待て、チョッパーお前、もしかして<鬼徹>を持ってるんじゃないのか?」

「えっ? この刀のこと? でもどうして?」


 疑問符を浮かべるチョッパー。
 ゾロは頭から煙突に突き刺さっていて、刀は見えないはずだった。


「そいつだけは妖刀だから分かるんだ。それを貸してくれ」


 運よく煙突より出ていた腕にチョッパーは刀を渡す。
 ゾロは力強く刀を握ると、チョッパーに向けて告げた。


「離れてろ、チョッパー」


 ゾロの指示に従い、煙突よりチョッパーが離れた瞬間、ゾロが妖刀<三代鬼徹>を一閃させる。


 ───三十六煩悩砲!!


 鋭い斬撃が空を駆ける。
 煙突全体に衝撃が走り、次の瞬間には、煙突は唐竹のように真っ二つになっていた。

 しかしゾロを待ち構えていたのは、大自然の猛威。
 ゾロは波の絶壁と化したアクア・ラグナに声を失う。
 

「ゾロ!」


 そんなゾロをチョッパーが掴む。
 ランブルボールによって本来ありえるはずのない変形を遂げたチョッパーは、<飛力強化(ジャンピングポイント)>によって高く舞い上がり、大橋へと向かった。






◆ ◆ ◆

 
 

  
 
 迫りくるアクア・ラグナの中、ルフィとナミ、そしてゾロとチョッパーの四人が同時に大橋に着地した。
 さすがのアクア・ラグナもこの場所までは届かないだろう。
 四人の様子を息をのみ見守っていた職人たちからも、歓声が上がった。
 命からがら、危機を乗り越えたルフィたちも喜びを分かち合おうとして、しかし、自分たちが巨大な影に覆われているのに気が付いた。
 アクア・ラグナの大波はすべての人間の予想を超えていたのだ。
 為す術もなく、四人は大波にのまれてしまった。
 だが、それでもまだ命運が途切れたわけではなかった。
 荒れ狂う波に向かい、四本のロープが伸びていた。


「パウリーさん!!」

 
 その四本のロープを握るのはパウリー。
 海賊たちを助けるために、パウリーは自らの危険をも顧みず大橋へと飛び降りたのだ。
 パウリーはロープの先に確かな手ごたえを感じ、渾身の力で引いた。


「うわぁっ!」


 ロープの先に繋がっていたのは、波に呑まれたルフィたち。
 パウリーによって文字通り、命を繋ぎとめられ、再び四人は大橋の上へと打ち上げられた。
 九死に一生を経たルフィが後ろを振り向こうとしたが、いやようなしに飛び込んできた轟音に倒れこんだナミを担ぎ上げ駆けだした。
 そんなルフィに、同じくチョッパーを担ぎ上げたゾロが続く。


「造船島まで走れ! また飲み込まれるぞ!」


 ルフィたちを助けるために危険を冒し大橋まで下りたパウリーもまた、身の危険を感じ造船島へと走り出す。
 波はあっという間にルフィたちの目前まで迫っていた。
 この波に呑まれれはどう考えても命はない。


「走れ! 走れ! 走れ!」


 自分を、仲間を、奮起させるようにルフィが叫ぶ。
 すぐそばに迫りくるアクア・ラグナはもはや破壊の権化と化している。
 あれほど巨大な大橋ですらアクア・ラグナの前に崩れ去っていく。
 必死で走るルフィたちだったが、無常なことに僅かにアクア・ラグナの方が早い。
 逃げる五人と波の間は徐々にだが確実に狭まっていた。
 その様子を遠方より見守っていた船大工たちは、波の進行速度が五人の速度より早いことを感じ、飲み込まれてしまう姿を幻視してしまう。
 そんな時だった。






「─── 嵐脚“断雷十字” ───」






 未だ残り火と煙が燻る屋敷より、突如、風が舞い込んだ。
 その風は轟音が響く空間において、妙な静寂をもたらした。
 何人かが、その異常な風を感じ背後の屋敷へと振り向く。そして振り向かなかった人間同様驚愕した。
 瞬間、爆発的な衝撃が駆け抜けた。
 まるで静寂をもたらした風を追いかけるように、積みあがっていた瓦礫が天空に向け吹き上がったのだ。


「な、なんだ!」

「爆発ッ!? 何が起こった!!」


 視認した者はいれば、屋敷には十字状の斬撃痕が残されていることに気が付いただろう。
 そして、刻まれた斬撃痕より、赤く錆びた影が彗星のように飛び出した。
 その様子は造船島へと向け走るルフィたちからも確認できた。
 ルフィ、ゾロ、ナミ、チョッパー。その姿を見た四人の海賊たちは、その顔に安堵と喜びを浮かべる。
 


「そのまま走れ。何とかしてやる」



 上空への影は、ルフィたちの状況を一瞬で把握したのか、身を反転させ強靭な脚を振りぬいた。
 直後、無数の斬撃が雨のようにルフィたちを飲み込もうとするアクアラグナに降り注いだ。
 斬撃が波を切り刻む。
 波はまるで巨大な壁に遮られたかのように、ルフィたちに触れる寸前で次々と堰止められた。
 やがて、ルフィ達は安全地帯である造船島へとたどり着いた。押し寄せる大波を斬撃の弾幕が阻みきったのだ。


「ハァ……ハァ……」


 安全な場所に辿り着き、息を切らすルフィたちの前に、影が舞い降りる。
 ルフィはその名前を呼んだ。


「クレスッ!!」


 舞い降りた影───クレスは不気味なほど自然に微笑んで見せた。






◆ ◆ ◆





「酷い傷だ。……クレス、本当に大丈夫なのか?
 その……ロビンのナイフを調べたんだ。そしたら≪アカバラウオ≫の毒が塗ってあったんだけど」


 命からがらアクアラグナより逃げ切り、暫くした時。
 クレスの状態を見て、治療を申し出たチョッパーがためらいがちにクレスに問いかけた。


「ああ。軽く死にそうだが、問題ない」

「問題あるだろそれ!? 本当に大丈夫なのか?
 効力は薄められてるけど、数時間はまともに動けなくなる筈んだぞ?」

「毒なら血と一緒に出した。
 死ぬ寸前まで出し続けてやったから、もうほとんど残ってないだろ。出血の方は心配すんな、もう血は“止めてある”」

「えっ? それってどういう……」

 
 クレスの言葉にチョッパーしばし呆然としていたが、やがてある可能性に至った。
 クレスには一つ青雉との戦いでの、前科がある。
 <生命帰還>。身体を細胞単位で自在に操る技だ。


「もしかして……血液循環を操ったのか?」

「ああ、いつの間にか出来るようになってた。
 血液循環、体温調節みたいな内面的な事だけじゃなくて、今ならほら―――」


 クレスがチョッパーの前に腕を伸ばす。
 その様子に、チョッパーだけでなくルフィ達も注目する。
 するとその瞬間、クレスの人差し指の爪が、バネ仕掛けのナイフのように鋭く伸びた。


「うおおおお! かっけェ!」

「スゲェ! なんじゃそりゃ!」


 チョッパー、ルフィと、一味より歓声が上がった。


「とまァ、外面的なもんも出来るようになった訳だ」


 どうでもいい事のようにクレスは爪を元に戻し、一味全体に視線を向けた。
  

「さて、落ち着いたようだから……何から話そうか」


 クレスはゆっくり口を開いた。
 一味も流石にクレスの纏う空気が変わった事に気が付いた。
 話さなければならないことが多くあり、知らなければならないことも多くあった。


「まず聞くが、どのあたりまで知っている?」


 各々に地面に座る一味にクレスは問いかけた。
 そんなクレスに、ナミがアイスバーグより聴いた≪真実≫を告げる。
 

「……成程、驚いた。なら、事情の説明は不要だな」


 如何なる偶然か、生き残ったアイスバーグより一味は真実を知るに至っていたのだ。
 しかも既にサンジが行動を起こしており、ロビン救出のために動き出していると言う。
 手間が省けたと、クレスは息を吐く。


「で? だいたい想像はつくが、お前はここ数日何をやっていたんだ?」


 ゾロの問いに、クレスは姿を暗ましてからの自身の行動を話した。
 四人は多少は驚いていたものの、クレスの行動原理は理解していたので、すんなりと受けとめていた。
 

「ロビンが絡むと、相変わらず無茶すんのね」

「無茶はお互い様だ、航海士。
 お前らこそ、よく屋敷に来る気になったな」

「私たちだって、あんな別れ方されれば、多少の無茶を起こす気にもなるわよ」


 当然のようにナミは言う。周りの三人も同じようだ。
 クレスは一瞬だけ表情を崩した。だが、誰にも悟られる事なくいつもの表情に戻した。


「聞くが、お前達はこれからどうするつもりだ?」

「決まってるじゃねェか。ロビンを奪い返しに行くんだ」


 クレスの問いに、ルフィは即答した。

 
「……そうか」


 クレスはそれだけ呟くとゆっくりと立ち上がった。
 

「オレも同じ考えだった」
 
「なら、追い掛けるには船が必要だな」


 拳を鳴らしルフィは闘志を燃やした。
 だが、ここでも問題が立ちはだかった。
 今の海は如何なる船も運航不可能なほどに荒れているのだ。
 この波を唯一越えられるとすれば、伝説の船大工が作った<海列車>だけ。だが、その海列車もロビンを乗せエニエスロビーへと向かってしまった。 
 だが、助け船は意外なところより現れた。


「ウィ~~ヒック! そろいもそろって、命知らずのバカたれ共だね。全く、おめぇらは死ににいくようなもんさ」


 船を奪ってでも海に出ようとする一味の前に、酒瓶を傾けながらココロが歩み寄る。
 楽しげなでありながら、妙に理性を灯した目で、ココロは一味に告げた。


「出してやるよ、海列車」






◆ ◆ ◆






 そこはウォーターセブンのごみ処理場近くに作られた、煤汚れた秘密基地のような倉庫であった。
 海列車を出してやると言ったココロは、ロビン奪還に燃える一味をこの地へと案内した。
 そして、この場所にはココロの言葉通りのモノがあった。


 暴走海列車<ロケットマン>。

 試作品として作られた、サメのヘッドの海列車だ。
 開発段階において、どうしても速度を抑えきれずに「暴走」してしまうためにこうしてお蔵入りとなった逸品だと言う。
 もう12年も動かさないままであったが、この船がアクア・ラグナを超える事の出来る唯一の希望であった。


「速やそ~~~!!」


 デザインが気に入ったのか、ルフィとチョッパーは早速目を輝かせている。
 その後ろを海列車を眺めながらクレスが歩く。
 海列車は今の今まで運航していたかのように、熱を持っており、古びていながらも確かな力強さを感じた。


「良かったわね、クレス。これでロビンを追いかけられる」

「……ああ、そうだな」 


 嬉しそうなナミの声に、クレスは短く答えた。
 妙に淡白なクレスにナミが問い返す。


「どうしたの、そんな浮かない顔して? やっぱりロビンが心配なの?」

「まぁ、そんなとこだ」


 どこか考え込むようなクレスの前で、海列車の機関室の扉が開く。
 そこから工具箱を手に持ったアイスバーグが顔を出した。


「アイスのおっさん!」

「よく無事ったな、麦わら。
 海賊娘の言った通りだ。ここへはココロさんが連れて来たのか」

「命はあったようらね、アイスバーグ。おめェなにしてたんらい?」


 酒瓶を片手にココロがアイスバーグに近付く。
 アイスバーグはココロへと視線を向け、


「アンタと同じさ。───バカはほっとけねェもんだ」

「んががががが!」


 アイスバーグの言葉にココロは陽気に笑った。


「使え」

 
 アイスバーグは海列車を指し、ルフィに向け言った。


「整備はもう済んでる。水も石炭も積んで、今は蒸気を溜めているところだ。すぐにでも出発できるだろう」


 アイスバーグは重そうな工具箱を降ろすと、倉庫の木箱に座りこんだ。
 その顔は疲れが見えるものの、どこか誇らしげだ。
 職人の意地か、重体である筈なのに、完璧に整備をしきったのだろう。


「だが、喜ぶのは生きられてからにしろ。
 この<ロケットマン>は<パッフィング・トム>以前の失敗作だ。振り落とされるなよ」

「それでもいいよ。ありがとう、アイスのおっさん!」


 ルフィは嬉しそうに心よりの礼を述べた。
 

「一つ聞くがいいか?」


 そんな時、クレスが口を開いた。
 アイスバーグはクレスへと視線を向け、何かを言いかけたが、結局「いいぞ」と短く返した。
 おそらく、ロビンと行動を共にしてきたクレスに何かを聞こうとしたが、今はその時ではないと思ったのだろう。


「この列車はどのくらいの速度が出せる?」

「さァな、取りつけた速度メーターを振り切っちまう事もしばしばだから、正確にどこまで出せるのかは分からねェ。ンマー、追いかける立場としては申し分ねェだろう」

「前を行く政府専用便に追いつくことは?」

「さすがにそれは無理だろう。スタート地点が違う」

「……そうか」


 つまり、ロビンを取り戻すための戦場は世界政府の中枢<エニエスロビー>となると言う事だ。
 僅かにクレスの表情が曇った。
 

「他に聞きたいことはあるか、エル・クレス?」

「いや、無い」


 そしてクレスは考え込むように口を閉ざした。
 先程よりどこか様子がおかしいクレスを不審に思い、ナミが再び何かを問いかけようとしたが、


「待ってくれ! 麦わら!!」


 その寸前で正面入り口にフランキー一家の姿が現れた。
 フランキー一家とはウソップを巡った、因縁がある。
 面倒になったと、一味が身構え、邪魔をするなら吹き飛ばすつもりでいると、意外なことにリーダー格の男が膝をついて頭を下げた。


「頼む! おれ達も連れて行ってくれ!
 エニエスロビーに行くってガレーラの奴らに聞いた! 
 俺達もアニキが連行されちまってるんだ! 追いかけてェけど、アクア・ラグナを越えられねェ! 
 頼む、バカな事言ってるって自分でもわかってる! だけどお願いだ! アニキを助けてェ! おれ達も乗せてくれッ!!」


 フランキー一家は、全員頭を下げた。
 理由は言葉通り、アニキ───フランキーの為だろう。おそらく全員が何かしらの恩を感じているのかもしれない。
 だが、フランキー一家と一味との間にどうしようもない確執がある。
 しかし、ルフィは、


「いいぞ、乗れ!」


 力強く告げ、決断を下した。
 フランキー一家は床にこすりつけるように再び頭を下げた。
 

「すまねェ! 恩に着る!!」


 そして涙で濡れた顔のまま、立ち上がり、走りだした。
 フランキー一家はキングブルで海に飛び出し、無理やりに海列車の後ろに掴まるらしく、一味に礼を述べながら準備の為に倉庫を出ていった。






◆ ◆ ◆






 そうして、全ての準備はそろった。
 気力は充実、食料も積み込み終わり、戦闘準備は万全だ。
 後は、エニエスロビーにて仲間を取り戻すため大暴れすればいいだけだ。


「それじゃ、行くか」


 一味はルフィを先頭に海列車へと乗り込もうとする。
 海列車の車両の扉へと手をかけるルフィ。
 だが、その瞬間、飛来したサバイバルナイフが扉に突き刺さった。
 

「なっ!?」


 驚き、ルフィはナイフの飛来した方向へと振り返る。
 そして目を疑った。
 だが、間違いは無かった。


「何のつもりだ、クレス!!」

 
 ナイフを投擲した腕をゆっくりと、クレスは下ろす。
 その視線は底冷えするように冷たい。何かを押し留めるようでありながらも、どこまでも残酷なものだ。


「悪いが、お前らを乗せるわけにはいかない」

「てめェ何をトチ狂ってやがる!」

「意味もなくやっている訳じゃないさ、ロロノア。
 お前らの気持ちも嬉しく思うし、嘘や偽りが無い事も分かる」


 剣呑な空気を察し、ゾロは刀に手をかけた。
 気にせずクレスは続ける。


「だからこそだ。
 お前らの存在は、メリットより、デメリットの方が大きいんだよ」


 クレスは凍りつかせたような無表情のまま、一味全員に告げた。
 





「お前らだけは、<エニエスロビー>に行かせる訳にはいかない」












あとがき
お久しぶりです。申し訳ないです。
リアルが忙しすぎてなかなか書き進める事ができませんでした。
なるべく時間を見つけ、書き続けたいと思います。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。



[11290] 第十二話 「仲間」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/03/20 21:48












第十二話 「仲間」












「さて、そうだな。……まずは列車から離れてもらおうか」


 淡々と、クレスは海列車に乗り込もうとしていた一味を促した。
 予想だにしなかったクレスの行動に、一味は困惑する。


「ちょっと、なに言ってんのよクレス! アンタ、ロビンを助けたくないの!?」

「ああ、助けるさ。
 だが、同時にお前達を行かせる訳にもいかない」


 戸惑いをぶつけるナミの問いに、クレスは機械的に答えた。
 

「じゃあ何でよ! 助けるにしたって、人手は多い方が……!」

「そうだな、"囮"は多い方がいい」

「囮って……」


 冷徹に言い放ったクレスに、ナミが絶句する。
 クレスの表情に一切の変化は無い。如何なる感情の下か、クレスは本気でそう思っている事が窺えた。


「なら、おれ達を行かせたくねェのは何でだ?
 てめェの言う、囮とやらは多い方がいいんだろうが」


 刀に手をかけながら、ゾロが低い声で問う。
 クレスはゾロの姿を一瞥すると、鼻を鳴らし、薄く眼を細めた。


「簡単な話だ。ロビンがお前達を守ったからだ。
 命を捨ててでも、守りたいと思わせたからだ。そして―――」


 不意に、クレスの脚が唸りを上げた。
 極限まで抑えられた殺気をゾロが感じ取り、踏み込みと共に、二本の刀を走らせる。
 鉄同士を打ち付けたかのような、甲高い音が響いた。
 一瞬遅れて、薄汚れた倉庫の壁が鋭く切り裂かれた。
 

「お前らがアイツにとっての、何よりもの"重み"になったからだ」

「クレス、てめェ……!!」


 無言のままに、クレスの姿が掻き消えた。
 <剃>によって音もなく駆け、硬化させた拳を叩き込もうとする。
 その間に、憎々しげに顔を歪めたゾロが割って入った。
 衝撃が空気を震わせる。
 ゾロが受け止めた拳には、一切の手加減はなかった。 


「よく反応したな」

「……狙いは海列車か」

「ああ。アレが唯一の足のようだからな。
 壊してもいいが、奪わせてもらうぞ。さすがに海を渡るのは骨が折れるからな。悪いが、お前達の席は無い」

「勝手な野郎だな、てめェって奴は……!!」

「そうだな、否定はしない。
 だが、これがオレの選択だ。
 そこを退け、ロロノア。巻き込まれたくなかったらな」

「言ってろッ!」


 ギチギチと力と力がせめぎ合う。
 ゾロが均衡状態のクレスを押し切ろうとするも、驚異的な身体能力を誇るクレスは一歩も引く事は無い。 
 クレスとゾロ、互いの鋭い視線が交錯する。
 瞬間、幾打もの打撃がクレスより放たれた。
 海列車を奪い取る為の障害となったゾロを、クレスが排除しようと攻撃したのだ。
 だが、ゾロとて繰り出された攻撃を無防備に受け止めるつもりはない。
 拳が唸りに合わせ、刃が瞬いた。
 衝突した互いの武器は、一瞬において幾多もの衝撃を生みだした。


「やめてくれよ、クレス! こんなことしてる場合じゃないだろ!?」


 チョッパーが静止を呼び掛けるが、クレスは止まる様子を見せない。
 苛烈を極めるクレスの攻撃に、ゾロもまた防ぐだけでは持ちこたえられないレベルまで達してきていた。


「ルフィ! お願い、二人を止めて! このままじゃ……」


 ナミの助けにも、何故かルフィは動き出そうとはしなかった。
 ナミやチョッパー、この場に居合わせたアイスバーグやココロがいくら呼びかけても、ルフィは動かず攻防を繰り返す二人をじっと見つめているだけである。
 その瞳に映るのは何か。その表情からは何も伺うことはできない。
 そんなルフィ前で、幾多もの攻防を繰り返したクレスとゾロが互いに弾かれ距離を開けた。


「悪いことは言わない。黙って見過ごし、このまま航海を続けろ。
 前を行ったコックのことも何とかしといてやる。だから今回のことは止めておけ」


 ゾロだけではなく、一味全体に向けクレスは言う。


「どういうつもりかは知らねェが、退く訳がねェだろうが。これはもうてめェだけの問題じゃねェんだよ」

「……そうだな。ならば、だからこそだ。
 オレはオレの意志を押し通す。もう一度言うぞ。───退け、ロロノア」


 瞬間、クレスの姿が禍々しく歪む。感情を灯さない顔はながら仮面のようだ。
 拒絶を決めたクレスに、ゾロもまた説得を諦めた。
 バンダナを頭に締め、三本全ての刀をクレスに向ける。魔獣のような鬼気が辺りを威圧した。
 クレスの拳が鈍く、ゾロの刃が鋭く、妖しい光を灯す。
 激突の間近、血流の寸前。
 ルフィが口を開いたのはそんな時だった。






「クレス、おめェ何を怖がってんだ?」






 静寂に響いた声に、クレスは一瞬胸を抉られたかの表情を見せた。

「怖がるだと? オレがか」

「ああ」

 短く、ルフィは肯定する。
 その言葉は確信に溢れていた。

「おれ達がロビンを助けに行く事が、そんなに怖ェか?」

「…………」


 クレスの答えは沈黙。
 それは肯定をも同じだった。
 一瞬ではあったものの、クレスの表情がひび割れるように崩れた。
 辛うじて崩壊こそしなかったものの、僅かに覗いた表情があった。


「おめェらに昔何があったかは知らねェ。
 だがよォ、おれ達は絶対にロビンを助け出す。
 これはおれ達に吹っ掛けられた喧嘩だ。仲間を傷つけられて、黙っている訳にはいかねェ」


 ルフィは真っ直ぐにクレスの瞳を覗きこみ、麦わら帽子を被り直す。
 見透かすような、本質を浮かび上がらせるかのような言葉に、クレスは反射的に反駁する。


「そんなもん、世迷い事だ。
 世界政府の中心で暴れて、無事で済むと本気で思ってんのか?
 勢いだけでどうこうなるもんじゃない。今までとはワケが違う、世界政府の中心<エニエスロビー>がどんな場所かはもう聞いただろうが」

「ああ、聞いた」


 苛立ちの滲んだクレスの問いにも、ルフィは淀みなく答えた。
 世界政府の中心、司法の島<エニエスロビー>。
 不夜島とも呼ばれるこの地は、その名の通り夜の闇が訪れる事がなく、正義の門とタライ海流によって<インぺルダウン><海軍本部>の二大機関と繋がれている。
 常駐する警備の数は一万ともされ、有事の際には、海軍本部より海兵達が駆けつける。
 過去の如何なる海賊もこの地に乗り込もうとはしない。
 なぜならば、それは余りに無謀なことだと分かりきっているからだ。
 だが、ルフィは、


「それがどうした? 相手が誰なんて関係ねェだろ」

「関係あるに決まってんだろうが。
 能天気に構えんのもいい加減にしろ! 行けば誰かが必ず死ぬ、今から向かうのはそういうところだ」

 
 ギリリとクレスの表情が苛立ちで歪んでいく。
 いつものクレスからは想像もできないような、激しい感情であった。


「お前たちが悪いとは言わない。
 ロビンを助けようとする気持ちはありがたいし、嬉しくも思う。だが、ダメなんだよ。
 麦わら、お前はさっき"相手が誰でも関係ない"と言ったが、それはロビンの敵を知らないだけだ」


 苦々しく、絞り出すようにクレスは言葉を成した。
 それは決して語ろうとはしなかったことであった。


「ロビンの敵? おめェらじゃなくてか」

「ああ、そうだ。お前の言う通りだったならどれだけよかったか。
 ロビンとオレは同じ境遇だが、真の意味で狙われているのはロビンだけだ」


 そしてクレスは語った。
 世界の闇という、あまりに強大な敵を。
 炎に包まれ地図より消えた故郷。
 執拗なまでに追い詰め、破滅を導く正義という名の追撃。
 生きることが"罪"だと断ぜられた理不尽。
 クレスがロビンと歩んだ道のりは、想像を絶するほど残酷であった。


「この際だから言っておくが、オレはこの島でお前たちと別れるつもりだった」

 
 吐き捨てるようにクレスは言う。
 

「だが遅すぎた。全ては甘い判断だったのかもしれないな。
 お前たちに魅かれ、船に乗り、居心地の良さを感じた。それがダメだったとは思わない。だが、間違いだった」


 クザンに見つかり、政府にまで捕捉された。
 そして揚句の果て、ロビンは政府の元へと身を投げ出した。クレスにとってはこの上ない失態であった。


「変わることは悪くない。だが、変わらない方がよかったと思えることもあるんだ」


 クレスの心中では複雑な感情が溶け合い、自壊するかのように攻め立てていた。
 責めたいわけじゃない。
 一味が悪いとは思いはしない。
 嬉しくない訳で無い。
 この感情が独りよがりな勝手な想いだと言う事も分かっている。
 それでも、この場に集まりロビンを助けに行こうとする一味をクレスは危険に晒すわけにはいかなかった。



「ロビンはお前たちを命を捨ててでも守った。お前たちの為に命を投げ捨てたんだ」



 それが事実。
 だからこそ、クレスは一味をどうしても<エニエスロビー>に行かせる訳にはいかなかった。
 あの場所には、どうしようもなく明確な敵がいて、なおかつ一味の崩壊という未来が透いて見えた。
 クレスは命を賭けたロビンの思いを、踏みにじるわけにはいかなかったのだ。


「もう一度言う。お前達は残れ。
 先行したコックのことは何とかしてやるから、このまま旅を続けろ」

「おめェだけじゃ、死ぬぞ」

「お前達を連れて行っても、可能性は同じだ。
 邪魔なんだよ、お前達は。もしこの中の誰かが捕まりでもすれば、ロビンの足は止まる。誰かが死ねばアイツは悔やむ。
 おまけに、政府は<バスターコール>の権限まで握っている。何よりもロビン自身が助けを拒むだろう」


 既に賽は投げられた。
 ロビンは既に覚悟を決めているだろう。
 <バスターコール>の権限まで握られているならば、ロビンはどうあっても差しのべた手を拒むはずだ。
 今はまだ救出に燃える一味も、実際に目の前で拒絶されれば、その意思も潰えるに違いなかった。
 人は、助けを拒む人間を助けようとは思わない。


「お前たちが危機にさらされ、その原因をロビンへと向ける。
 政府に刃向ったお前たちを、<バスターコール>が跡形もなく滅ぼす。そのことが、オレは怖い」


 朽ち果てそうな機械のように言葉を紡ぐと、クレスは再び拳を握りしめる。
 だから、行くな。
 壊れそうにもう一度言葉を紡いだ。
 誰よりも何よりも、クレスは"世界の闇"という今まで自身たちを脅かして来た敵の強さを身に染みて感じていた。
 同時に、どうしようもない自身の無力さも知っていた。
 だからこその、絞り出すかのような言葉であり、意志であった。


「だから、一人で戦うのか?」

「ああ。可能性は未知数だが、あいつを助ける手段はある筈だからな」

「おめェも……死ぬつもりなのか」

「まさか、そんなつもりはないさ」


 クレスは薄い笑みを浮かべる。
 その笑みは無貌の仮面が笑ったかのような不気味さがあった。
 ルフィの言葉は的を得ているものの、正解ではなかった。


「オレが死ぬのは、ロビンを守れなかった時だけだ」


 当然の事のようにクレスは言いきった。
 クレスは別に<エニエスロビー>に無謀な特攻をするつもりなどなかった。
 あらゆる手を使い、最善を尽くし、ロビンを奪還する。そのつもりであった。
 だが万が一。ロビンが命を落とすことがあれば、クレスはその場で自害する気でいた。
 クレスは文字通り命を懸けていたのだ。

 その想いは、20年前から変わることは無い。

 エル・クレスは歪な人間だ。
 歪な存在として生まれ、クレスは自分自身の存在に対してそれほどの価値を見出していなかった。
 自身の事などどうでも良く、クレスにとってはオハラで過ごしていた日常こそが全てであったのだ。
 だからこそ、故郷であるオハラが炎に包まれ消えた時、クレスはこの上ない絶望を味わった。
 それこそ、自ら命を絶ってもおかしくはない程に。
 それを救ったのは、母の言葉であり、ロビンの存在であった。
 暗い絶望の闇の中で、ロビンの存在は何よりもの希望であったのだ。


 エル・クレスという人間ははあの瞬間死に、生まれ変わった。
 いや、もともと内包されていたものが表に浮かび上がったのかもしれない。
 
 
 クレスはどうしようもなく弱い人間だった。
 誰かの為にしか生きられず、誰かに依存しなければ生きられない。
 クレスはそれを理解していた。
 だが、どうしようもなく自身の根幹に根付いているものを変えることは出来ないでいた。

 クレスは正確には生きてはいない。
 ただ、死なないでいるだけだ。


 なぜならば、
 クレスにとっての"生きる"とは───ロビンの為に死ぬことなのだから。



「……おめェバカじゃねェのか」

「かもな。でもな、オレはこうやって生きて続けてきた。今更変えられないさ」


 ルフィの言葉にクレスは鼻を鳴らす。


「じゃあ、バカだよ。クレス、お前さっきから何言ってんだ」


 ルフィは呆れたように言う。


「だってよォ、おれ達は誰一人も、ロビンにもお前にも、助けてほしかったなんて思ってねェぞ」 

 
 ルフィの放った言葉はクレスの頭を空白にする。
 頭に血が上った。
 感謝しろとは思わない。だが、この男からロビンを否定する言葉を聞きたくはなかった。
 気が付けば、ルフィの胸ぐらを掴み上げ、海列車の車両へと叩きつけていた。


「もういっぺん言ってみろッ! 殺すぞ麦わらァ!!」

「そうだろうが! お前たちの敵はわかった。でも、そんなのどうでもいい!!」


 殺気交じりの怒声を上げるクレスを前にしても、揺るぎない瞳は変わらない。


「勝手に命を投げ出して、それで別れるなんて納得できるか!」

「出来なくても、理解しろ! お前らに死なれちゃ困るんだよ。ロビンも、……オレも!」

「じゃあお前もロビンと同じだ、クレスッ!!」


 逆にルフィがクレスの胸ぐらを掴み上げる。
 その顔に静かな怒りが浮かんだ。


「何かあったら、おれ達を頼れ!
 悩みがあったら、おれ達と悩め!
 敵がいたらなら、おれ達と戦え!
 どう思おうと、何を背負おうと関係ねェ!」



「───おれたちは仲間だろうが!!!」


 
 ルフィとクレスの視線が交差する。
 クレスが覗き込んだルフィの瞳は力強く、太陽のような眩しさを感じた。


「おれ達はお前を一人で行かせねェ。
 アイツ等はおれ達の仲間に手を出した。これはおれ達に売られた喧嘩だ。だからよォ、クレス!」


 ルフィはクレスに向け、真っ直ぐに言葉を成す。
 海賊として、船長として、仲間として。






「グダグダ言ってねェで、黙っておれについてこい! お前の船長はおれだァ!!」






 敵の力よりも、おれ達の強さを信じろ。
 告げるルフィの言葉はどうしようもなくクレスを心を揺すぶった。
 知らず、胸ぐらを掴むクレスの力が緩んだ。
 ルフィは変わらず、クレスを強い瞳で見つめ続ける。
 その瞳は今までクレスが積み上げた歪さを正し、同時に全てを受け止めるかのようでもあった。


「だから行くぞ、"おれ達が"。
 いつまでもくだらねぇこと言ってんじゃねェよ。早く海列車に乗れ、置いていくぞ」


 いくつもの言葉がクレスの口内へと這い上がり消えていく。
 妙にざわつく心。
 奥に熱いものが込み上げ、耐切れそうにない。
 もう腕に力は入ってはいなかった。


「……お前はそれでいいのか。
 この先、どんな危険が降りかかるかわからない。全滅することだってあり得るんだぞ」

「死なねェよ。
 おれ達も、ロビンも、お前も。おれが死なせねェ」

「どうしてそう言い切れる」


 クレスの言葉に海列車に乗り込もうとしていたルフィは振り返り、にこやかな笑みを見せた。
 


「おれは海賊王になる男だ」



 どこまでも無邪気にルフィは夢を語った。
 全ての海を制す海賊王の器は、計り知れないほど大きいのだろう。クレス程度の歪みなど十分に包み込めるほどに。
 その時、つられる様にクレスの頬に笑みが作られ、同時に熱い雫が頬に伝った。
 その流れをついにクレスには止められなかった。
 立ち尽くすクレスの前で、次々と仲間たちが乗り込んでいく。
 やれやれといった様子のゾロ。
 安心した様子のナミに、嬉しそうなチョッパー。
 そして、入り口でルフィが手を差し伸べる。


「さァ、行くぞ! クレス」

「……ああ。わかったよ、ルフィ」


 クレスは差しのべられた手を握った。
 その顔はどこか憑き物が落ちたように安らかであり、新たな決意が灯っていた。
 それは本当の意味でクレスが仲間を得た証でもあり、クレスに芽生えかけていたた“生きる意思”が花開いた瞬間でもあった。






◆ ◆ ◆






 海列車は汽笛を鳴らす。
 もうもうとした煙を吐きながら、力強く、車輪は回る。
 定まり、束ねられた強い思いを乗せて、海列車<ロケットマン>は嵐の中を走り始めた。
 
 

 目的は喧嘩。
 目標は世界政府。挑むは海賊。



 ウォーターセブン発、エニエスロビー行き
 "暴走海列車"<ロケットマン>



―――出航。













あとがき
お久しぶりです。最近忙しい為、更新が遅くて申し訳ないです。
今回の話は、ずっとやろうと思っていましたが、なかなか形が定まらない話でもありました。
ここでウォーターセブン編は一区切りです。次からはやっとエニエスロビー編ですね。
頑張って行きたいです。ありがとうございました。




[11290] 第十三話 「生ける伝説」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/05/04 00:27


 瞬く間に、時は進んだ。
 刻まれた時が戻ることなどありえず、ただ滔々と流れてゆく。
 うつろい続ける"今"に終わりなどない。
 如何なる流れも、摂理を破り繰り返すことはできない。
 時は無常だ。
 砂の上に描いた絵を波が打ち消すように。
 ただ無慈悲に、ただ当然のシステムとしてそこにある。
 

 だが、それでも人は願ってやまない。


 時が戻り、全てがやり直せたならばと。













 第十三話 「生ける伝説」













 嵐の中を猛スピードでサメのヘッドの海列車が走り抜けて行く。
 動力部で生み出された蒸気によって、うねりを上げる車輪は、海に敷かれた線路を削り取るかのような勢いで回る。
 速度メーターの針は既に振り切られており、意味を為していない。
 車掌のココロに操られ、海を切り裂き進む、暴走海列車<ロケットマン>。
 その客車内に、<麦わらの一味>、<ガレーラ>、<フランキー一家>の姿はあった。
 海賊と職人と賞金稼ぎ。
 何もかもが違う三者だったが、今は一つの目的の為に団結していた。 


「……なるほど。ロビンちゃんが何やら過去の"根っこ"を掴まれていると思ったが、……そういう事情だったか」


 胸元のポケットから煙草を取り出し、サンジが静かに火をつける。
 その後ろでは、何やら奇妙な仮面をつけたウソップ……もとい、<狙撃の王>そげキングが神妙な様子でうなずいていた。


 ロビンを追い、一味が海列車によって嵐の中を突き進み暫くの時間が経過していた。
 一味は立ちはだかる様々な障害を力づくで乗り越え、今は政府専用海列車に侵入していたサンジとウソップとの合流を果たすことに成功する。
 二人は政府専用海列車の中でロビンを奪還しようと、対立していたフランキーと共に力を尽くしたが、CP9とロビン自身の拒絶によって失敗に終わっていた。
 頑なに一味へと戻る事を拒絶するロビンを見た二人は、ロビンに潜む<闇>の深さを垣間見る。
 その闇はあまりに深く、決してロビンを逃しはしない。
 クレスはサンジとウソップに対し、今は事情の説明を行っていた。


「迷惑をかけたな」


 説明を終え、クレスは最後にそう締めくくった。


「ロビンちゃんの為だ。てめェが気にすることじゃねェ」


 煙を吐き出しながら、サンジは言い、


「まったくだ、これで私もロビン君の救出に全力を注げる。……援護は任せたまえ」


 力強く、ウソップが弱腰に言った。
 以前のクレスなら決して語らなかった過去の話も、今ならば信頼して話すことができる。
 この心境の変化にクレスは戸惑いもあったが、それよりも今は安心感が勝っていた。
 案の定、サンジとウソップもロビンの過去を聞いても、憶するどころが、ほかのメンバー同様更なる闘志を燃やしていた。
 

「ナミ、エニエスロビーまでは後どれぐらいだ?」

「気候もだいぶ安定してきたけど、もう少し時間がかかると思う」

「……なら、ちょうどいいか」


 クレスは島へと近づき戦闘態勢に入り始めた仲間達を見渡した。


「お前らに、<六式>について話しておこうか」


 クレスの言葉に一味だけではなく、ガレーラ、フランキー一家も反応する。
 圧倒的な力を持つ<CP9>に関することならばそれも当然だ。
 戦う上で情報ほど価値のあるものはない。


「六式……クレスと同じようにCP9が使った技ね」


 ナミの言葉にクレスは頷いて肯定の意を示す。
 

「お前もある程度は知っていると思うが、おれやCP9が使う<六式>ってのは万能ともいえる技だ」


 クレス自身も扱う<六式>は対峙すれば相当に手恐い相手となりえた。
 その力は実際にCP9の実力を見た一味にはよく身に染みている。

 圧倒的な速度で接近する<剃>。
 空中すらも自在に駆け回る<月歩>。
 比類なき一撃を打ち出す<指銃>。
 斬撃すら自在に操る<嵐脚>。
 鉄にも勝る硬度による防御の<鉄塊>。
 迅速な動きで相手を翻弄する<紙絵>。

 この人界を超えた体技を扱う姿はまさに、超人。
 その力は余人の追従を許さない。
 六式が<最強の体技>とされる所以だ。


「厄介な体技だとは思っていたが、聞けば聞くほど、ふざけた技だな。
 クレスの言葉通りならば、弱点なんてもんもねェんじゃねェのか?」

「ああ。実際、そうなることを目的として磨き上げられ続けた技だ」


 クレスは自身の経験を踏まえてサンジの言葉に答えてみせる。
 

「だが、弱点を上げるならば、六式を扱う奴らも人間だということだな」

「……いや、それ弱点ってわけじゃないでしょ」

「まァ、それもそうだな」


 否定するわけでもなく、クレスはナミの言葉に頷いた。
 ナミの言うことも正しいが、クレスの言うことはあながち間違いでもない。
 人間は想像以上に脆く弱い。<最強の体技>と言われていても、それを扱うのは不完全な存在である人間なのだ。
 

「よし! よくわかんねェけどアイツ等をブッ飛ばすぞ!!」

「話聞けよてめェ! クレスがせっかく話してくれてんのに」


 気合十分に雄たけびを上げるルフィに、ウソップからの突込みが入る。
 その様子にクレスは笑みを浮かべて相互を崩した。


「いや、別にどうでもいいさ。
 戦い方は人それぞれ。ルフィの言うとおり、要は勝てばいいんだ」


 相手が鉄よりも硬いならば、その鉄を打ち砕けばいい。
 相手が攻撃を避け続けるならば、それ以上の連打を叩き込めばいい。
 相手がいかなる攻撃を繰り出しても、折れずに立ちづづければそれでいい。
 

「ほら、クレスもこう言ってるじゃねェか」


 にっこりとルフィは笑みを浮かべる。
 その様子に、仲間からは安心と共にため息が漏れた。
 本人は全く自覚していないだろうが、対決を間近にしても緊張に押し潰されないのは、能天気なルフィの功績が大きい。 


「それにしても、……てめェが使う<六式>っていう妙な技。
 扱える奴なんてお前一人だけだと思っていたが、そうじゃないみたいだな」

「ああ、<六式>は扱える奴こそ少ないが、今もなお海軍に伝わる<武技>だからな」


 ゾロの言うことは理解できる。
 クレスの扱う超人的な技全てが、海軍で伝えられているとは思いもしないだろう。
 レベルの高い海兵ならば、幾つかを自在に使いこなしている事も珍しくは無い。 


「あれ? でもそうなるとクレスはどうなんだ? クレスは海兵じゃないぞ」


 素朴な疑問に気付いたチョッパーがクレスに問いかける。
 <六式>というのは、恐ろしく難易度の高い技だ。
 触りだけではなく、当然、六つ全てを収めるには、長い歳月と努力を有する。
 それに加え、指導者となるべき人間は全て、政府側の人間だ。
 おそらくは今の世界で六式を扱える"海賊"はクレスが唯一といってもいいだろが、クレスが一人で習得できるわけではない。


「そういえば言ってなかったな。
 おれは親父が海兵だったんだよ。その関係で、ガキの頃に訓練を受けたんだ」

「じゃあ、クレスが訓練を受けた人もその<六式>を使えたのね」

「まァ、……そんなとこだ」
 
 ナミの言葉に、クレスは僅かに言葉を濁し、思考は僅かに過去へと飛んだ。

 誰よりも鮮烈で圧倒的だったその背中。
 ただ強さを求め自分を鍛え続けた、辛くも充実した日々。
 その中で未熟な自身を、強く、強く、決して折れぬ刃のように鍛え上げた、今もなおクレスが思い描く<最強>。
 己はまだ弱く、その遠すぎる背に未だ近づいてはいない。
 自嘲げに息を吐きクレスは過去の記憶を打ち消した。
 今はただ前のみを見つめる時だ。

 懐かしき日々も、得難き今も。
 全てを勝ち取らなければ、明日は得られない。


≪―――んがが! さァ、おめぇらいつまでも騒いでんじゃねェらよ。
 窓の外をよーくご覧、そろそろ見えてくるよ! <正義の門>が!!≫


 そんな時響いた通信越しのココロの声に、クレスは窓の外へと目を移した。
 ロビンを奪い返す為、そして自身の過去にケリを付けるための戦いの場がそこにあった。



 世界のほぼ中心に位置する、夜が訪れることのない常昼の海。
 雲を突き抜けるほど天高くそびえ立つ<正義の門>の威容を背に、その島は浮かぶ。
 世界政府が掲げる、絶対的正義の玄関口。
 如何なる罪人も等しく裁かれる、世界最大の司法機関。
 この地で裁かれた罪人は、その後政府の指示により、<海軍本部>または<インぺルダウン>へと連行される。
 いたる場所に掲げられるのは、170国以上もの国々の結束を示す世界政府の紋章。

 
 <司法の島>エニエス・ロビー。


 全世界を束ねる<法>の総本山。
 咎人達にとっては決して引き返すことを許されない、地獄へと続く玄関口である。






◆ ◆ ◆






 もうもうと煙を吐きながら、海の上を浮かぶ線路を辿り政府専用車がエニエス・ロビーに停泊していた。
 侵入を果たしていた海賊たちによるトラブルに見舞われ、五つの車両を失うも、時刻に寸分の狂いはない。
 世界で最も優れた船は、今日もまた約束を守り通した。
 未だ熱を持つ動力部が息を整えるようにゆっくりと蒸気を吐き出す。
 その後方に繋がれた客車の扉が開いた。
 その瞬間、車両の前で待ち構えていた役人たちが一斉に整列し、姿勢を整える。そして現れた人物たちを前に一斉に敬礼を行った。


「長期任務お疲れ様です! CP9に敬礼!!」


 役人たちの畏怖と尊敬に満ちた眼差しを受けながら、それらを一切意に反さずに、ルッチを初めとしたCP9の四人は五年ぶりとなるエニエスロビーの地に降り立った。
 それと同時に、護送室となっている車両より二人の罪人が連れ出される。
 一人は政府が20年ににも渡り追い続けた女、ニコ・ロビン。
 もう一人は、<古代兵器>の設計図を持つとされる男、カティ・フラムことフランキー。
 

「アウッ! そーっ扱えバカ野郎! おれを誰だと思ってやがる!!」


 敵意むき出しのフランキーが鋼鉄の鎖で拘束されながらも、近づいてくる役人たちを威嚇する。
 猛獣のようなフランキーの後ろより、海楼石の錠によって繋がれたロビンが自らの意志で姿を見せた。
 その瞬間、役人たちが息をのんだ。
 闇の中を生き続けてきた者だけが持つ、冷たく差すような妖艶さがロビンにはあった。
 手に架せられた錠はいっそ背徳的ですらあり、運命を受け入れたその美しさは、散る寸前の花のような刹那的なものでもあった。


「………」


 ロビンは一度だけ、正面ゲートの背後にその威容をのぞかせる<正義の門>の姿を視界に収め、興味を失ったように視線を戻した。
 役人たちが厳しい視線を送り続ける中、逃亡防止のためか、CP9に挟まれながら司法の島の中心へと向かって行く。
 厚く高い正面ゲートを潜ると、塀で囲まれた島の全景が見て取れた。


 奈落へと向かうかのように、海の中心にぽっかりと空いた穴。
 大量の海水がその中へと滝のように落ちて行き、その深すぎる底に届くことなく霧となって消えて行く。
 その穴の中心には、ひときわ硬い鉱石の支えのみによって突き出された円形の大地が浮かんでいる。
 奈落へと続く穴の上に浮かぶ島は、外敵を戸惑わせるには十分だろう。
 島へと続く唯一の道を進めば、政府の機関を初めとした町が築かれている。
 街並みを抜け、島の最後尾には、世界一の裁判所。
 そして裁判所より奈落へと向かう穴を挟み、司法の塔、そして<躊躇いの橋>と続き、最後に正義の門と到着する。
 幾多もの凶悪な犯罪者たちがこの道のりを辿り、例外なく正義のもとに消えていった。

 
 おそらくは、いや……希望など垣間見ることもなく、ロビンもまた同じ運命を辿るのだろう。
 空虚な心で、ロビンはただ淡々と体を前へと進め続けた。
 だがそんな時、不意に後ろから名前を呼ばれた気がした。

 聞こえる筈の無い、聞こえてはいけない声。
 優しく包み込むように、支え、築き、共に歩んだ、誰よりも幸せになって欲しかったその姿。


「立ち止まるな。歩け、ニコ・ロビン」


 いつの間にか止まっていた足。
 ルッチからの声に、ロビン何も答えることなくただ黙々と進むことにした。
 本島を抜け、裁判所を素通りし、跳ね橋を渡り、司法の塔へ。

 もう引き返せない。

 既に覚悟は決めたつもりだった。
 今更、待ち受ける死に怖気づいたわけではない。
 だが、どうしようもなく胸の奥が掻き立てられている。
 後悔。
 無いと言えば嘘だ。


 あのコ達がいれば、クレスは笑っていられる。
 自分がいれば、クレスは苦しみ続ける。 

 これが最善だと気付いただけ。
 ただ、それだけであった。






◆ ◆ ◆




 

 エニエスロビーを眼前に、一味達は戦力を二つに分けようとしていた。
 正義の砦とも取れる、この要塞に、バカ正直に突っ込んでも勝てる可能性は薄い。
 捕らえられたロビンとフランキーはおそらく最深部の司法の塔に幽閉されており、二人が正義の門を潜ればもう二度と手を出せなくなってしまう。
 それ故にこれは時間との戦いでもあった。
 一刻も早く、決着を付け、二人を解放しなくてはならない。
 その為には、下手な戦力分散をせず、中央まで最速で辿り着く必要があった。

 そこでガレーラとフランキー一家は、一つの作戦を提示した。
 ガレーラとフランキー一家が正門と本島前門をこじ開け、一味を乗せたロケットマンによって司法の塔まで一気に突破する。
 猶予は五分。
 誰が倒れようと迷わず進めと、協力関係にある両者は覚悟を決めていた。
 これはアクアラグナを乗り越え、様々な障害を打ち破った一味の力を認め、信じたからでもあった。 

 
 作戦を聞いた一味も異論を挟む事は無かった。
 全員で突入するより余程マシであるだろうし、現状ではおそらくこの策が最善の筈である。
 だが一人だけ、「分かった」と提案を受け入れ、真逆の行動を取った男がいた。
 船長のルフィである。
 よくよく考えれば、ルフィに対し五分待てなど無理な話であった。


「さて……」

 
 そしてここにも、また一人。
 "あえて"話を聞かない男がいた。


「じゃあ、おれも行ってくるわ」


 まるで散歩にでも行くような気軽さで、クレスは海列車の窓枠に脚をかけた。
 

「うおいッ! お前もかァ!!」


 当然、作戦を立案したガレーラとフランキー一家がクレスを止めようとする。
 だが、クレスはそれらを気にせず、一味の方へと顔を向ける。
 そこに浮かぶのは、いつもの押し殺した無表情では無く、感情を露わにした凶悪な笑み。


「おれがこれ以上待てると思うか?」

「バカが───」

 ナミやウソップが何か言おうとしたが、どっしりと座り込んだゾロがクレスを促した。


「行って来い、アホが」

「悪いな」


 それに続き、落ち着いた様子のサンジが問いかける。


「囚われのレディを助けるのはおれの役目だと言いたいところだが……分かってんだろうな?」


 サンジがクレスに問いただすのは、戦いの意義。
 これはクレス自身の戦いであり、そうではない。
 これから行う、全世界へと知れ渡るであろう大喧嘩の主催者は、あくまで海賊達である。
 戦いの地に向かう仲間達の想いは同じなのだ。


「心配すんな。なに、あの気楽な船長が道に迷わない様に最速で案内するだけだ。
 だが、降りかかる火の粉を蹴散らすのは、当然だよな?」


 口元に色の違う優しげな笑みを浮かべ、クレスは軽やかに窓の外へとその身を躍らせる。
 その次の瞬間、その姿は掻き消え、空を駆けていた。
 騒がしさを増し始めた正門前を飛び越え、本島へ。
 そして殺気だった海兵達が集まるその中心にルフィの姿を見つけ、戸惑いもなくその隣に舞い降りた。


「なんだクレス、おめェも来たのか」

「まったく気の早い奴だよ、てめェは。……おかげで先を越された」


 周りを取り囲むのは数えるのも面倒な程の海兵達の群れ。
 空より現れたクレスに瞠目するも、数の優位を確信しているのか、未だ余裕の笑みを浮かべている。


「ハハ……聞くが麦わらのルフィ。
 他の仲間はどこにいるんだ? エニエス・ロビーの兵力は1万だぞ!!」

「おれ達は二人だ」


 麦わら帽子を押さえながら、ルフィは言い、


「逆に聞くが、その程度でいいのか?」


 指の骨を鳴らしながらクレスが凶悪な笑みを作った。






◆ ◆ ◆






 エニエスロビーの最後部、司法の塔。
 その最上階に作られた、政府高官の為の一室。
 その一室に、顔半分を矯正用の仮面で覆った男がいた。
 <CP9長官>スパンダム。政府公認の殺し屋集団を束ねるポストに席を置く男だ。
 スパンダムは扉の向こうより姿を見せた四人に上機嫌な笑みで、激励の言葉を贈る。


「よく帰った! ルッチ、カク、ブルーノ、カリファ!」

「セクハラです」

「名前呼んだだけで!?」


 姿を見せたのは、長期任務を見事にこなし先程帰還した、ルッチ、カク、ブルーノ、カリファ、の4名。


「懐かしいなァ、ルッチ。ふてぶてしさは一段と増した様だ」

「チャパパパ!」

「よよいっ! 五年ぶりのォ~再会じゃぁねェえかァ。仲良くしなァ~~ッ!」


 その4人に加え、別の任務についていた3人。
 荒々しい容貌の男、ジャブラ。
 丸々とした体型と口がチャックになっている大男、フクロウ。
 歌舞伎役者のような格好をした大男、クマドリ。
 この三人も当然のように、驚異的な力を持つ<六式使い>であった。


「8年前のウォーターセブンで起きた、政府役人への暴行事件により、罪人"カティ・フラム"。
 そして、<西の海>オハラで起きた、海軍戦艦襲撃事件により、罪人"ニコ・ロビン"。以上二名、滞りなく連行完了しました。現在この扉の向こうに」

「そうか、よくやった!」


 形だけの任務報告を行い、ルッチを始めとする4人は自らの席についた。
 そこに、スパンダムに対する敬意というものは無い。
 それも当然か、現在のCP9においてスパンダムのみが<六式使い>ではない。それどころか、戦闘力に関しては並以下だと言える。
 指揮官としても、視野狭窄となる傾向が強く、決して有能とは言えない。ルッチに至っては"器ではない"と切り捨てている。
 だがそれでも、スパンダムには現在の<CP9長官>という立場を得るに値したものがあった。


「じゃあ、早速会わせてくれ。全世界の"希望"に!!」


 ニヤリと、スパンダムの顔がドス黒く歪む。
 指示を受けた衛兵たちが、罪人二人を部屋の中へと入れた時には、スパンダムの笑みは最高潮に達し、高笑いすら上げていた。


「最高の気分だッ!! よくぞまァ、今まで生きててくれたもんだ! 
 そしてよくおれの為に捕まってくれた! カティ・フラムに、ニコ・ロビン!!
 てめェらを連れ帰れば、今後おれ達CP9に与えられる地位はどれほどになるのか、想像しただけでゾクゾクするぜ!!」


 スパンダムが、この地位まで上り詰めた理由。
 それは、矮小な身に似合わぬ、人並み外れた野心にあった。
 そして、その野心は現在、巨大な目的を前に大きく膨れ上がっていた。


「世間の人間達は今日の日の我々の働きが、どれほど尊く偉大な仕事であったかを知らん。
 そして、それが知れ渡るのは事実上まだ数年先になるだろうな。だが、それもまァ、仕方ねェ。
 おれに言わせりゃ、今の政府のジジイ共の正義は生ぬるい!! 犠牲を出さねば目的は果たせねェ、こちとら全人類の為に働いてやってんだぜ?
 そのおれ達の邪魔をする愚か者どもは、大きな平和への犠牲として殺してよし! おれ達が寄こせと言う物すら寄こせねェ魚人も正義へと謀叛者として殺されて当然だァ!!」


 過去に因縁のあるフランキーへの当てつけもあったのだろう。
 陶酔するスパンダムに、大恩人である師匠をバカにされたフランキーは、聞き捨てならないと反応する。
 フランキーは鎖で身体を縛られた状況にあるにも関わらず、怒りのままに猛牛のようにスパンダムに向け突進し、その頭に喰らいついた。
 この行動は予想外だったのだろう。
 噛みつかれたスパンダムは為す術もなく、興味なさげな視線を向ける部下達に悲鳴を上げながら助けを求めた。
 その助けに応じたのは、クマドリ。
 やけに役者がかった動きで、<生命帰還>により"髪"を操ると、みるみるうちにフランキーを抑え込んだ。


「チクショーッ! やってくれやがったなこの野郎が!!」

「グッ!」


 形勢が逆転し、石畳の上に這いつくばるフランキーをスパンダムが荒い息で蹴りつける。
 圧倒的を優位を再確認したところで、落ち着きを取り戻したスパンダムは再び語り始めた。 


「あの時から気性は変わってねェ様だな、カティ・フラム。
 もっと早くに、お前が生きて設計図を持っていると分かってりゃ、こうも苦労をする事ァなかったよ。お前なら過去の罪でしょっぴく事も容易いからな」


 ガンと、スパンダムは倒れ込むフランキーの頭を踏みつけた。
 そして苦労話を聴かせるように、声を落とす。


「それに引きかえ、お前の兄弟子アイスバーグは厄介な男だったよ。
 トムの死後、ウォーターセブンの造船所を腕一本でまとめ上げ、大会社を組織した後、恨みさえある筈の世界政府に自ら近づき、"世界政府御用達"の地位まで確立した。
 造船会社ガレーラカンパニー社長にして、ウォーターセブン市長。誰もが支持し、政府にとっても必要不可欠な存在になることで、下手に我々も手出しできなくなった訳だ。
 実に頭の良い男だったよアイツは───だが、風はおれの方に吹いていた!」


 そこでスパンダムはロビンの方へと目を移す。
 より一層にスパンダムの笑みが濃くなった。


「丁度シビレを切らし強硬策に出ようとした時だ。
 <大将青雉>より吉報が届いた。かの<オハラの悪魔達>"ニコ・ロビン"が海賊船に乗って、ウォーターセブンに向かっているとな」


 その時点からのスパンダムの動きは巧妙で迅速だった。
 青雉より寄せられた"吉報"を下に、<バスターコール>を含む全ての条件を任務に組み込んだ。
 スパンダムにとっては自画自賛して余りるほどの最高の頭の冴えだった。これ以上ないほどに悪辣な作戦を組み立て、見事に成功させたのだ。


「わかるか? 今世界中の風はおれに向かって吹いているんだ。
 古代兵器復活の引き金がおれの手中にある。望めばどんな大国をも支配できる"力"をおれは手にしたんだッ!!」


 その圧倒的なまでの力に魅入られたスパンダムは、狂気すら浮かべ高笑いを上げ続ける。
 それも無理は無いだろう。最悪の古代兵器を手に入れたものは、世界をも手にする事が可能なのだから。
 

「───青雉は何故、アナタに<バスターコール>の権限を……?」


 スパンダムを狂喜から呼び戻す様に、ロビンが質問を投げかける。
 闇の正義のCP9ならば、バスターコールの権限を与えられても不思議ではない。
 だが、あの青雉が理由もなく、この権力に魅入られただけの男にバスターコールの権限を渡すとは思えなかった。


「あぁ?」
 

 その瞬間、スパンダムに浮かんだのは虫けらを見下すような表情だった。
 問いかけに答える事なく、錠につながれ碌に動く事の出来ないロビンを黙らせるように殴りつけた。
 鈍い痛みが頬に広がり、受け身すら取れず、ロビンは冷たい床を転がった。


「おれに質問するなァ、無礼者がァ!!」


 ロビンの問いかけに激昂したスパンダムは、うずくまるその背を蹴りつける。
 スパンダムにとって、ロビンは成り上がる為の踏み台にすぎない。
 たったそれだけの価値しかない女が対等どころか嘲りにも似た“質問”する事がスパンダムには許せなかった。
 海楼石の錠が架けられたロビンは、ただ執拗なまでの暴力に耐えるしか無かった。
 

「この忌まわしきオハラの血族がァ! 
 てめェの存在価値なんておれが見出してやらなければ"無"に等しかったんだ。おれに充分に感謝するんだな!!
 この後お前は、死んだ方がマシだと言うほどの苦しみを味わう事になるが、覚悟しておけ。痛めつけて、利用して、最後は海に捨ててやる! お前の存在はそれほど罪深い!!」


 それは余りに理不尽な仕打ちでった。
 一方的な悪意によって打ちのめされ、ただ耐えるしかない。
 だが、それでもロビンはよかった。
 この痛みこそが、無意識にクレスに甘え預けていたもの。
 本来ならば、この痛みも悔しさも一人で受け入れなければならないものであったのだ。
 その事を思えば、自嘲の笑みすら浮かび上がった。
 

「何がおかしいんだよてめェ! 気持ち悪い女だぜ!!」


 髪を掴まれ、無理やりに頭を持ち上げられる。
 いくらいたぶっても表情を変えないロビンに、スパンダムの苛立ちは増した様だ。


「フフ……別に何も」
 

 口の中を切り血が流れていたが、ロビンは構わず笑みを作って見せた。
 スパンダムの返事は意味を為さない罵声と、暴力であった。
 ロビンは再び倒れ込み、冷たい石畳の感触を味わった。 
 再び激情のままにスパンダムがロビンを蹴りつけようとするが、"ある事"を思い出し、その顔を嗜虐的なものへと歪ませる。


「……そういえば、さっき連絡があったんだが、そんなくだらねェお前を取り返しに来たバカがいたなァ」


 嘲るような言葉に、一瞬ロビンの中の時が止まった。


「"エル・クレス"と麦わらの一味だよ。
 もう今頃捕まってんじゃねェのか? このエニエスロビーの1万の兵力の前にはゴミ同然だったようだからなァ!!」

「……嘘よ」

「そう思うのも無理はねェ。なんなら会わせてやろうか?
 丁度監獄行きの船を出すつもりだったんだ、手土産には丁度いいだろうよ」


 ロビンの中で、永遠に思えるほどの空白の後、心臓が嫌な音を奏でる。
 そして、湧きあがる感情の渦が雫のように弾けた。


「待って、約束が違うじゃない!!
 私があなた達に協力する条件はクレスの罪の清算と彼らを無事に逃がすことだった筈よ!!」


 声を荒げるロビンに対するスパンダムの反応は冷ややかなものであった。


「何を必死にいきり立ちやがって、面倒くせェ
 ルッチ、我々が出した条件を正しく言ってみろ」

 
 ルッチはロビンとスパンダムのやり取りには興味を示さず、淡々と上司からの指示に従った。


「『ニコ・ロビンを除く麦わらの一味7名が無事ウォーターセブンを脱出する事。なお、エル・クレスに関しては任務終了後に懸賞金を解除する』」

「ああ、その通りだ」
 

 ルッチの答えを聞き、スパンダムは座り込むロビンを見下した。


「───あいつ等は"ウォーターセブンを無事出航して"、"未だ任務中である"おれ達の下に来たんじゃねェのか?」

「ッ!? 何ですって、そんなこじつけで協定を破るつもりじゃ……!?」


 悪辣な回答にロビンの顔から血の気が引いた。
 政府は始めから約束を守るつもりなど無かったのだ。


「どうしようもないクソだなコイツ等。仁義のかけらも持っちゃいねェ……!」


 フランキーもまた不快感を露わに吐き捨てる。
 政府のやり口は、どこぞの悪党と変わりはしない。
 いや、約束を破るリスクが無い分、悪党以上にタチが悪い。


「黙れ、このクズ共が。調子に乗んじゃねェ!!
 そもそもてめェら罪人との約束なんざ、おれ達が守る必要すらねェんだよ! 騙して、とっ捕まえることぐらい、海軍でも公然とやっていることだ!」


 ロビンとフランキーの態度が癇に障ったのか、スパンダムは再び二人を蹴りつける。
 再び暴力に晒されたロビンは、歯がゆさで唇を噛みしめた。
 政府が約束を守るつもりが無いことぐらい、始めから承知していた。
 だからこそ、ロビンはクレス達が絶対に自分を助けに来ない様に動き回ったのだ。
 ロビンの身柄さえ手に入れば、政府にとってはその他の人間などどうでも良いと読んだからだ。
 だが、ロビンは失敗した。
 毒まで用いて足止めをしたはずなのに、クレスはこの地へとやってきていて、ルフィ達もまた自分を助けに来ようとしている。 
 

「……卑怯者ッ」


 今のロビンには、憎しみを政府にぶつける事が精一杯であった。
 ロビンの口から紡がれた言葉に、スパンダムは不機嫌に眉をひそめ、蹲るロビンを踏みつける。


「人を裏切り続けた女が、今更理想的な死を選べると思うな。
 エル・クレスに関してもそうだ。オハラの血族は全員生きる価値の無いゴミ。 
 ゴミはゴミ同士、仲良く死ねばいい。巨大な正義の前では何もかもが無力なんだよ!!」

「黙りなさい……!!」

「あぁ? なんだって?」

「あなた如きが、クレスをバカにするのは許さないって言ったのよ!!」

「何だと……ッ、口には気をつけろって言ってんだろうがァ!!」

 
 スパンダムの踵がロビンの背を踏みつける。
 それでも、ロビンは鋭い眼光をスパンダムへと向け続けた。
 それが酷く気に入らなかったのか、スパンダムの暴力は激しさを増した。
 

「必死に抵抗しやがって、なんだ、方割れの事がそんなに大切なのか?
 こりゃいい。なら折角だ! エル・クレスだけは対面させてやってもいいぜ。死体でよければなァ!!
 それとも何だァ? てめェの目の前でブチ殺してやろうか? そうすればてめェももっと素直になれるだろうよォ!!」
 
 
 ドス黒い高笑いを上げ続けながら、スパンダムはロビンを責め続ける。
 余計なことを言わなければ、スパンダムをこうも狂乱させる事も無かっただろう。
 自分がバカなことをしたという事は分かっている。だが、ロビンは感情のままに動こうとした身体を止めようとは思わなかった。
 呵責なき責めは、おそらくスパンダムの気が済むまで続くのだろう。
 CP9の面々は興味を失っており、フランキーもまた拘束され動く事は出来ない。
 スパンダムの凶行を止めるものは誰もいない。
 

(クレス……)


 思い浮かんだのは、クレスの姿。そして、心優しき海賊達。
 ダメだ。未だに誰かに助けを求めようとする、弱い心をロビンは拒絶する。
 自分がいては、周りに不幸を振りまいてしまう。
 過去の思い出だけを抱いて、このまま冷たい<死>を迎えたかった。



 しかし、このまま続くかと思われた痛みは不意に消えた。

 










「─── その辺りにしておきたまえ ───」












 朗々とした声が響いた次の瞬間、深海の底に叩きこまれたかのような、余りに重厚な圧迫感が部屋を覆った。
 その瞬間、不動を貫いていたCP9全員が戦闘態勢を取った。
 闇の正義のCP9をもってしても、突如現れた人物を看過することは出来なかったのだ。
 

「後ろ手を縛られた婦女を、大の男が一方的に攻撃する。
 尋問の為ならいざ知らず、己の自尊心を満たす為のみに。
 実に恥ずべきことだ。……おっと、そう言えば男もいたのかね? まァ、とにかく許されるべきではない」


 コツコツと高らかに足音を響かせその男は現れた。
 丁寧に撫でつけた白髪交じりの灰色の髪。
 皺を刻むも溌剌とした顔の左側には巨大な裂傷の跡がある。 
 一部の隙もない肉体は、永い年月を生きた大樹のように不動。
 海軍に支給される制服を着こなし、羽織るコートには"正義"の二文字が揺らめいていた。


「そうは思わないかね? CP9長官のスパンダム君」

 
 問いかけられたスパンダムは答えない。
 答える事が出来なかった。
 なぜならば、泡を吹いて失神していたからだ。


「おやおや残念だ、寝てしまったのかね」


 男はフッと快活な笑みを作った。
 その瞬間、尋常ではない程の圧力が消え、部屋の空気が元に戻る。
 僅か数秒で在ったにも関わらず、幾年もの時が過ぎたかのような濃密な時間であった。
 

「今日あなたが来るとは聞いていませんでしたが?」


 敬意を表すような言葉と共に、構えを解かず疼く体を抑え込むようにルッチが男に問いかける。
 ルッチの問いかけに、男はおどけるように答えた。


「はっはっは、なに、気が向いたのでね。"散歩"がてらにここまで来たのだよ」

「本部に連絡は?」

「疑うのかね? ちゃんと筋は通してあるよ。
 それにしてもルッチ君、また強くなったようだね。他の面々もまた然りのようだ。
 皆、肌が焼け付くような素晴らしい殺気だったよ。だが悪いね、今日は別の要件がある。腕試しはまた今度の機会でどうだね?」

「構いませんよ。───CP9特別外部講師殿」


 ルッチより放たれる闘気を受け流すと、男は蹲るロビンの傍まで歩み寄った。
 そして優しげにロビンに手を差し伸べ、身体を起すのを手助けする。


「どうして……あなたがここに」

 
 戸惑いのままに、ロビンは問いかけた。
 重い身体を持ち上げ、ロビンが見たのは信じがたい姿であった。


「なに、少々私情を優先しただけだよ。
 久しぶりだね、ロビン君。母に似て美しくなったものだ」


 それは20年前と変わらぬ、快活な笑み。
 その再会は、ロビンにとっては余りに予想外で突然すぎた。
 


「……リベルおじさん。
 いいえ、───<武帝>アウグスト・リベル」





 
────大海賊時代の幕が開ける前。

 白ひげ、金獅子、そして彼の海賊王ゴールド・ロジャー。
 今や伝説と化した海賊達が跋扈していた海において、戦いぬいて来た猛将。
 圧倒的な強さとカリスマで恐れられ、同時に<偉大なる航路>のとある島において、実際に“帝位”を持つ男。
 海軍本部少将にして、CP9特別外部講師。

 <武帝>アウグスト・リベル。 

 今もなお畏怖と共に語られる。海軍が誇る"生ける伝説"である。


 










あとがき
お読み下さりありがとうございます。
最近時間がなかなかとれず、投稿が遅れて申し訳ないです。

やっと、ここまで来たような気がします。 
リベルに関しては始めからここで出そうと考えていました。
わりと、と言うよりかなり無茶苦茶なキャラですが、何とかうまくまとめて行きたいです。

これから、より一層気合を入れて頑張っていきたいです。
ありがとうございました。




[11290] 第十四話 「READY」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/07/16 13:25

「―――アウグスト・リベル。
 言わずと知れた<武帝>の名を持つ海兵。
 <仏のセンゴク>、<英雄ガープ>に並び立ち、今や伝説と化した古の海賊たちと渡り合ってきた男」


 司法の塔にあるロブ・ルッチの私室。 
 5年ぶりにもなる自身の部屋で、クラッシクなソファーに座り、招き入れたカクとカリファの前でルッチは琥珀色の液体の入ったグラスを傾けた。


「まったく、来るのならば事前に言っておいてほしいものじゃ。
 侵入者かと思うて身構えてしもうたわ。おかげで久々に寿命が縮むかと思ったわい。長官に至っては見事に気絶しおったがの」

 
 淡々とした様子でカクが言う。
 長官たるスパンダムがリベルの放った強烈な“気迫”によって突如気絶したため、なし崩し的に解散となったCP9の面々は、現在各自自由な時間を過ごしていた。
 その際に長官の元へと駆け寄り揺り起こそうとしたものはいない。
 もとより、CP9のメンバーのスパンダムへと忠誠心はゼロに等しい。
 地位も名誉も名声にも、CP9たる彼らには興味がない。
 彼らを動かすのは、流れうごめく獰猛な“血”のみである。
 彼らがスパンダムに従うのは政府が彼を<CP9長官>という地位を与えている事実。ただそれだけの理由だった。


「それにしても、幼少時のニコ・ロビンとエル・クレスと知り合いだったていうのは本当のようね。
 エル・クレスに<六式>を教えたのが彼だとするならば、ルッチと渡り合ったっていう強さにも納得できる。
 さすがは、あの<武帝>直々に教導を受け、“天才”とまで言わしめた男という所かしら」

「フン……」


 カリファの言葉にルッチは鼻を鳴らす。
 <暗殺>の予定こそなかったものの、ルッチは己の全力を持ってクレスと対峙した。
 そしてその結果、敗北寸前まで追い込まれている。
 純粋な“力”だけならばルッチが上であっただろう。
 しかし、クレスの強さはそれ以外のところにもある。その差が結果を生んだ。


「もうどうでもいいさ。
 何れにせよ、もはや奴との再戦は叶わぬだろうからな」


 苛立ちを通り越し、呆れすら滲ませてルッチはグラスを煽った。
 リベルがこの地をと赴いた理由など、<オハラの悪魔達>との関係性を考えればバカでも思いつく。
 <武帝>とまで謳われる男が自らの弟子にどのような処断を下すかは分からないが、他の人間に付け入る隙などある筈もなかった。


「それで、問題の武帝殿は今何をしておるんじゃ?」


 カクは腕を組み、カリファに問いかける。


「報告の限りでは、罪人達を一緒にいるようよ」

「中の様子は?」

「少将が見張りの兵たちに扉から離れるように言ったそうだから、近づこうとする衛兵なんていないでしょうね」

「……物好きな人じゃ」

 
 カリファからの情報を聞き、カクは呆れたように呟いた。ルッチもまた表情を変えない。
 そんな二人の様子に、僅かに眉を寄せたカリファが問いかける。


「さっきから思っていたんだけど、信用してもいいのかしら?」


 それは他ならぬリベルのことだった。
 ニコ・ロビン並びにエル・クレスとの関係は否定しがたいものがあるのは確実である。 
 今は海兵という立場であるものの、情に流されないとは考えられない。かつての海兵中将のように。


「その心配はないじゃろ。
 あの人を誰だと思っておる。如何なる関係があろうと、今の奴らは海賊じゃ」

「カクの言うとおりだ。
 あの男は様々な“貌”の中から、<海兵>であることを選び取り、生きてきた。そしてその意思が決して揺らぐことなどない。
 カリファ、お前も知っているはずだ。あの男にその気が合ったならば、―――オハラのでの顛末は別の形で迎えていたかもしれないということを」


 カクとルッチの言葉を受け、カリファは素直に引き下がった。


「……そうね、確かに何も問題はなかったわ」 













 第十四話 「READY」












 世界政府の中心であり、世界の法の象徴ともいわれる島、エニエスロビー。
 駐在する兵力は1万とも言われ、その独自の地形も相まって、難攻不落と称される裁判所。
 誰もが知る政府の三大機関の一つでもあり、平穏という常識によって縛られた諍い無き土地。
 だが、現在。
 そのエニエスロビーは前代未聞の混乱の中にあった。


「ゴムゴムの“銃乱打”!!」


 ゴムの拳が唸りを上げ、まさしく弾幕となって放たれる。
 易々と岩を砕き鉄板すら歪ませる拳の乱打は、次々と立ちはだかる番人たちを吹き飛ばした。


「嵐脚“乱”!!」


 続いて降り注いだのは、目も眩むほど広範囲に放たれた斬撃の雨。
 逃げ惑う兵たちの悲鳴すらも飲み込むかのように、まさしく嵐となって無慈悲にその身を打ち付ける。
 拳と斬撃が止んだその場所に、立ち上がれる兵士は一人としていなかった。
 

「しっかし、キリがねェな」

「当たり前だ、アホ。ここをどこだと思ってやがるんだ」


 打倒された兵士達の向こうに、この混乱を引き起こした張本人達の姿があった。
 フランキー一家が提案した作戦を待ちきれずに、一足早くにエニエスロビーへと潜入を果たしたルフィとクレスである。
 二人はロビンを救出する為に、立ちふさがる兵士たちを薙ぎ払いながら進んでいる最中であった。
 包囲する兵士の数は無数とも取れたが、二人は特に気にした様子はなかった。


「怯むな! 的を絞って一斉射撃!!」


 階級章より中佐とみられる指揮官の怒号に答え、隊列を成して構えられた銃口から幾つもの弾丸が発射される。
 数とは絶対的な力だ。
 銃声は幾多にも重なり、まるで雷のように轟々と響く。
 弾丸は濃密な弾幕となってクレスを襲った。


「紙絵」


 一斉に放たれた弾丸を前に、クレスがその身を躍らせる。
 迫る弾幕の厚さなど一切気に留めない。
 その動きはまさしく舞い散る木の葉。
 クレスに狙いを付けられた弾丸の悉くがクレスの動きに翻弄され空を切った。
 だが、そのうちの一部が、流れ弾となってルフィを襲った。
 

「ふん!」


 だが、ルフィは驚異のゴム人間。
 恐るべきゴムの弾力の前には一切の銃火器が通用しない。
 ルフィに直撃した弾丸はすべて放った人間へと弾き返された。
 兵士たちは慌てて、第二射を行おうとするが、引き金を引く前に、恐るべき速度で接近したクレスに打倒される。
 しかし、兵士達にも意地があった。
 ほかの仲間が攻撃を受けている隙に、無防備に見えたクレスへと近くにいた数十人が一斉に武器を振り下ろす。


(殺った……!!) 


 兵士たちの顔に喜悦が広がろうとした直後。
 鉄同士を打ち合わせたような甲高い音が、彼の表情を凍らせた。
 六式が一つ“鉄塊”。
 クレスの体は鋼鉄をも同じ。兵士たちでは掠り傷一つ負わせることは出来なかった。


「悪いな」


 クレスは呟くと同時にその身を屈めた。
 刹那、身を屈めたクレスの真上をルフィの脚が鞭となって薙ぎ払った。
 クレスへと武器を突き立てていた兵士たちはまともに直撃を受け、彼方へと吹き飛ばされる。
 

「指銃―――」


 二人の猛攻は終わらない。
 クレスは低い姿勢から獣のように駆けると、一瞬において幾人もの兵士たちの合間を駆け抜けた。
 その圧倒的な速さの前に、兵士たちは目で捉えることすら叶わない。
 舞い込んだ風は弄ぶように吹き抜け、数多の衝撃をもたらした。


「撃風(うちかぜ)」


 走り抜けた先で、クレスが指先についていた血を刀のように腕を払って飛ばす。
 その背後で、何が起きたのかさえ気づくことなく胸元を打ち抜かれた兵士たちが倒れこんだ。


「……チッ」


 進行速度は順調だった。
 後から来る仲間たちのことを考え、立ち塞がる海兵たちの相手をしながら進んでいるものの、時間の遅れにすれば微々たるものだ。
 客観的に、エニエスロビーの番人たちから見ればなおさら、その進行速度は被害状況と照らし合わせても驚異的だと言えた。
 希望的観測なのかもしれないが、ロビンが捉えられて直ぐに正義の門を潜らされると言う事は無い筈である。時間的に間に合う可能性は充分に見いだせる。
 しかし、苦々しくクレスは舌を打った。
 もちろん、ロビンの現状を考えれば一秒でも辿り着きたいという焦燥があった。
 だが、今のクレスを襲う鉛のように重い凶悪な悪寒の正体は、もっと根源的なところにあった。


「……クソ」


 悪態は数度目だった。
 苛立ちをごまかすように、クレスは立ち向かってきた兵士を殴りつけて昏倒させる。
 そしてそのまま、れこもうとする兵士の胸ぐらを掴み上げると、雄叫びを上げながら切りかかってくる集団に向かって投げ飛ばした。
 もはやこの程度の敵がいくら束になろうとも、クレスとルフィの間には乗り越えられない隔たりがあった。
 おまけに役人たちはクレスとルフィの強さに怯え、<統率された集団>という唯一の長所まで投げ出し始めている。
 このまま行けば、ロビンが幽閉された“司法の塔”までは問題なく進むことができるだろう。






 退け。






 だがそれでも、クレスの本能は矛盾するかのように警鐘を鳴らし続けていた。


 これ以上進んではいけない。
 これ以上戦ってはいけない。
 この先には何かがある。
 この先には誰かがいる。


 それは逃亡生活の中で幾度となく味わった、本能が告げる<命の危機>。
 胸を抉られるかのような嫌な予感というのは、クレスの経験上どんな形であれ必中したと言える。
 二十年にも及ぶ逃亡生活の中で培われ、研ぎ澄まされたその感覚の発露が何たるかを、クレスは正確に理解していた。
 恐怖だった。



 己ではこの先にいる男には決して―――


 
 だが、クレスはその予感を理性によって無理やりに押さえつけた。
 もはや今となっては、何もかもが遅い。
 クレスは信じ、全てを賭けたのだ。
 
 
 己の意志を。仲間の力を。


 だから信じるしかなかった。
 故に何が立ちはだかろうと、仲間と共に乗り越えると。
 逃げること無く、打ち砕くと。 


「気づいてるか、ルフィ?」
 

 自身の中に渦巻く感情を誤魔化すかのように、クレスはルフィに問いかける。
 エニエス・ロビーに降り立ち真正面より敵を退け続け突き進んだ二人。
 決して減ることなく、1万もの兵力でもって押しつぶそうとした敵兵達に僅かな変化があった。
 クレスの問いかけに対し、ああ、とルフィは真面目な顔で答えた。


「肉ならやらねぇ」

「何の話だッ!」

「ん? おめぇも腹減ったんじゃねェのか?」

「違う!」  

 
 全然分かってはいなかった。
 クレスは頭を押さえ、後方を差した。
 無自覚なのは確かだろうが、この能天気な船長といると、どうも調子が狂わされた。
 

「敵の数が減って来ている。
 もう5分は過ぎてる。アイツ等が来たんだろう。敵はおそらく戦力を二つに分けたんだ」

「ああ、道理で楽になってきたと思ったわけだ」


 納得したようにルフィが頷いた。
 本当にわかっているのか少し不安になりつつも、クレスは前方に見えつつある裁判所の巨大な石扉へと目を向けた。
 

「つまるところ、これはチャンスだ。
 目指す場所は、正面に見える裁判所のその向こう。
 もういちいち相手をしてやる必要もないだろう。ロビンの元まで寄り道なしだ、一気に行くぞ」

「オウッ!!」


 ジリジリと距離を詰めようとする衛兵に向け、クレスとルフィが拳を構える。
 二人の圧倒的な強さを見せつけられ続けた敵たちはその姿に竦みあがった。


「怯むな! 敵はたった二人だぞ、早く打ち取ってしまえ!!」

 
 指揮官である中佐がルフィとクレスのあまり強さに震える兵士たちに激を飛ばす。


「ですが中佐、あいつら強すぎます。もう怖いです!!」

「そんな言い訳通るか、さっさと行けェ!
 数の利がこちらにあることを忘れるな。冷静に対処すればなんとでもなる! ええい! 長官にはまだ連絡が取れんのかァ!!」

「それが未だ通信不可です! ……おそらくまた受話器を落としているのかと」


 そんな問答を繰り広げているうちに、クレスとルフィの二人は道をふさぐ兵たちを軒並み吹き飛ばして、指揮官である中佐の元へと迫りつつあった。
 中佐は歯噛みし、自ら剣を取って突き進む二人の前へと躍り出た。
 恐怖に挫けつつある部下たちを立て直すには、言葉だけでは足りない。
 目の前は敵はたった二人だ。
 どちらか一人に傷を負わせるだけでも、士気は盛りかえり、形成は逆転するはずだ。


「来い、海賊ども! 
 ここは世界を束ねる“法の砦”。これ以上貴様らを進ませる訳にはいかんのだ!!」


 己の正義を掲げ躍り出た中佐に真っ先に反応したのは、兵士たちを嵐脚で切り飛ばしていたクレスであった。
 

「成程、この集団の頭はアイツか。先行ってろ、ルフィ」

「おめェはどうすんだ、クレス?」

「3秒もあれば追いつく」

「そうか」


 クレスはルフィと別れ、迫りくる中佐の元へと駆けた。
 集団を相手に戦う時は、敵の指揮官を倒すのが最も効率的だ。
 統率者無き集団など、如何なる屈強な人間がそろっていようと所詮烏合の衆となりえるのだから。


「ぬうッ!」


 人の波を風のようにすり抜けて迫るクレスに中佐が瞠目する。
 待ち構える時間さえクレスは与えなかった。
 中佐が反応するまもなく懐に入り込み、抱いた致命的な驚愕ごと鋼鉄よりもなお固い拳で打ち抜いた。


「指銃“剛砲”!!」


 衝撃は中佐を貫通し辺りに突き抜けた。
 クレスの拳を受けた中佐は一瞬で意識を飛ばし、その場へと崩れ落ちる。
 その効果は決定的だった。
 指揮官である中佐の敗北は、辛うじて二人に立ち向かっていった兵士たちから、その勇気さえ消し去っていった。


「さて、退いてもらろうか。
 お前らの口上なんか知ったこっちゃねェ。
 こちとら時間がねェんだよ。邪魔するとブチ殺すぞ」


 クレスの凶相を前に、勇み続けられる兵士は余りに少なかった。






◆ ◆ ◆





 寒々しい部屋だとロビンは思った。
 外の喧騒が僅かに聞き取れる司法の塔の一室だ。
 最小限の明かりによって照らされ、広々としながらも硬い石畳が敷かれた床からは重りのような冷たさが伝わって来る。
 入り口の厚く硬い鋼鉄でできた扉や、鉄の柵で強化されたはめ込み式の防弾ガラスなどはその様相をいっそうに助長させた。
 だがそれも無理はないだろう。 
 この部屋は裁判所において裁かれる罪人たちを拘留する場であるのだから。
 事実、咎人であるロビンは同じ境遇となったフランキーと共に錠でつながれ、この部屋に留置されていた。


「なにやら外は幾分と騒がしい。
 威勢のいいことだ。恐れを知らぬとは正にこのことだな」


 そんな部屋にまったく似つかわしくない快活な声が響いた。
 どこか楽しむようでもあり、それでありながら深く見定めるようなその姿を、ロビンは困惑のままに眺めるしか無かった。
 アウグスト・リベル。
 云わずと知れた、武帝の異名を持つ伝説の海兵。そして、幼く純真だった頃のロビンを知る男。


「さて、いつまでその懐疑的な視線を向け続けたままなのかな?
 さすがの私も少しは傷つくのだよ。そう畏まらなくてもいいだろう。楽にしたまえ」
 

 リベルの軽口に対し、ロビンは何も答える事ができない。
 ただ重い沈黙が流れた。


「オウオウオウ! そりゃ無理だって話だろうが。
 てめェとニコ・ロビンがどんな関係かはしらねェが、海賊が海兵相手にそう口を開くもんじゃだろうがよ」


 重い沈黙に耐えかねたのか、同じ部屋に拘留されているフランキーが噛みつくように口を開いた。
 挑発とも取れる言葉だったが、リベルは特に気にした様子もなく、それもそうかと小さく息を吐いた。 


「ならばこれでどうだね?」


 リベルはおもむろにロビンとフランキーの傍へと近づくと、鎖で繋がれた咎人と同じように冷たい床に座り込んだ。
 この行動には、ロビンもフランキーも目を見開いた。
 海兵が、それも武帝とも呼ばれるほどの男が海賊たちと同じ視線で言葉を交わす。
 そうあり得る光景ではなかった。


「これで少しは近づけたかな? 
 別にこうして錠に繋がれた君に何かをするつもりはないのだよ。
 ただ、オハラが残した残り火である君の様子を見たいと思っただけなのだ。どうだね、少しだけでもいい取り合ってはもらえないか」
 
 
 同じ高さとなった視線の先で、ロビンは僅かに困惑を残しながらもリベルの言葉をを受け止めた。
 ロビンは別にリベルに対し不信感を抱いているわけではなかった。
 ただ困惑が大きすぎたのだ。
 故郷を失い、クレスを残し知り合いと呼べる人間は炎の中に消えた。その唯一の例外がリベルだ。
 だがリベルは海兵だ。賞金首となって以来、ロビンとリベルの間には決して相容れることのない溝ができた。
 会いたくないわけではなかった。だが決して出会っていい相手ではなかった。
 だからこそ20年ぶりに再会を果たしたリベルにロビンはどのような感情を抱いてよいか分からずにいた。


「成長したのだね。やはり子は親に似るものだ。
 よく似ている、オルビア殿にそしてシルファー殿に」


 二人の名を聞いたロビンが顔を上げる。
 そこには昔と一切変わることのない、幼きロビンに向けた笑みを浮かべたリベルの姿があった。


「そうでしょうか」

「そうだとも」


 念を押すようにリベルは笑みを深くする。
 20年もの歳月が経とうとも、やはりリベルの気質は何も変わってはいなかった。
 快活、明朗、そして鮮烈。
 少し昔を思い出し、ロビンは笑みを作った。


「信用を取り戻せたようで嬉しいよ。
 少し話を聞かせてはくれまいかね? 君とクレス君がどんな道を辿ったのかを」

「……はい」


 頷き、ロビンは少しずつ語り始めた。
 それは他愛無い話であった。
 故郷での事。故郷を追われてからの事。船に乗って海賊となった事。
 ぽつぽつと、たいして意味のある訳ではない言葉をロビンは綴った。
 リベルはロビンの話す言葉に耳を傾けていた。


「外の様子を聞いてもいいですか?」


 話が一区切りした時、ロビンはリベルに問いかける。 
 スパンダムは海賊達が島に乗り込んで来たと言った。ロビンはどうしてもその事が気にかかっていた。 


「いいだろう。君は私の要求を聴いてくれた。ならば私も答えるしかあるまい。
 クレス君のことならば安心したまえ、彼は未だ健在だよ。詳しくは言えんが、乗り込んできた海賊たちも元気なことだ」

「そう、ですか」


 喜び、悲しみ、後悔、期待、不安。そのどれとも取れ、どれでもない。
 そんな複雑な感情を持ってロビンはクレス達の無事を告げたリベルの言葉に答えた。


「どうやら、なかなか複雑な様子だね。
 嬉しくないようだ。それに純粋に喜べないようでもある。広がるのは不安ばかりといったところかな?」

「ええ、……私は彼らに来てほしくなかった。
 来ないように精一杯努力して、クレスや彼らから離れようと努力した。
 覚悟も決めていました。こうして捕えられるのは覚悟の上でした。ですが……」

「自身の目論見が破綻し、こうしてクレス君たちが君を取り返しに来たのが不満だということかな?」

「……はい」


 今ロビンが抱える感情はロビン自身ではどうしようもないものだった。
 精一杯嫌われるように、追いかけて来ないように不用意に傷つけて、結局失敗した。
 昔読んだことのある物語の中にこんな話があった。
 ある国にわがままなお姫様は自分自身に向けられる愛を試すために、わざと悪い魔法使いの元へと向かい、王子に助けてもらおうとするのだ。
 無様。
 ロビンは今の自分自身を自嘲するしかなかった。


「君の境遇は十分承知の上だ。
 政府からすれば、<古代文字>を解読できる君の潜在的危険度は計り知れるものではない。
 だがそれでも、私自身が海兵という厚かましさを承知であえて問おう。……抗おうとは思わなかったのかね?」

「抗えると思っていました」


 破れた夢を語るようにロビンは言った。
 淡い笑みさえ浮かべ、愚かな自分を笑うかのように。


「クレスと二人なら何でもできる。
 彼らと彼らの船ならどこまでも行ける。そう思い続けていました。
 でも、そんな筈はなかった。私は破滅を呼んでしまう。今までの希望は仮初で、現実を必死に覆い隠していた結果でしかなかった

「原因はクザン君かな?」

「切欠にすぎません。
 いづれは何らかの形で終わりが見えていたのだと思います」


 それはロビンがふとした瞬間に思う事でもあった。
 望めば望むほど、ロビンが願うものの尽くが儚く消えてしまう可能性を秘めていた。
 自分の運命は既に尽きていて、か細い糸が切れるように呆気なく全てが終わる。そう思えてならなかった。


「だから、自ら死を選ぶのかね。
 クレス君や巡り合った仲間を守るために」


 リベルの言葉にロビンは首を横に振った。
 

「いいえ、違います。
 私の運命が彼らを殺さないためです」


 ロビンが抱いていたのはどうしようもない諦めであった。
 自身の持つ<闇>は余りに大きくて、決して抱えきれるものではなかった。
 だからロビンは死を選ぼうとした。
 自分のせいで大切な人たちが傷つくならば、生きる価値なんてない。死んでしまった方がマシだった。


「別にもういいんですよ、リベルおじさん。
 幸せを掴むには私は余りに闇に引かれすぎた。迷いはありません。だからどうか―――」


 真っ直ぐにロビンはリベルを覗き込む。
 ぞっとするほど美しく暗い目だった。






「私を殺してください」






 ロビンの言葉にリベルは目を見開き、真っ直ぐにロビンに視線を合わせた。
 その視線に今までの穏やかさはなく、研ぎ澄まされた刃のように鋭いものであった。
 

「バカなこと言ってんじゃねェよ、ニコ・ロビン!
 お前の事情はわかったが、仲間が助けに来てんのに死にたがる奴がいるかァ!!」


 死を望むロビンにフランキーが声を荒げた。
 当然だ。ロビンが望んだ行為は、命を懸けてこの地にやってきた仲間たちの思いを踏みにじるものだった。


「よかろう。君がそれを望むならば私は構わない」


 ロビンの言葉を否定せず、リベルは静かに立ち上がると鎖で繋がれたロビンの前まで移動し、その細い首に手をかけようとした。
 リベルにとって、ロビンの命を散らすことなど花を手折るほど容易い。
 命を刈り取るのに一秒としてかからないだろう。


「オイ、てめェ止めやがれッ!
 おめェが命を諦めればアイツ等はお前を救いたくても救えねェんだぞ。どうしてそう死にたがる!」


 無抵抗のままロビンが殺されるのを防ごうと、繋がれた鎖を引きちぎらん勢いで暴れ出そうとしたフランキー。
 フランキーの怪力を抑えきれず鎖が悲鳴を上げかけたその瞬間、リベルがフランキージロリと睨めつけた。
 

「“少し黙りたまえ”カティ・フラム君」

「……ッ!」


 リベルから放たれた尋常ではないほどの威圧感にフランキーは強制的に黙らされた。
 放たれた威圧感は物理的な拘束力を持つほど強烈で、凶悪な海賊相手でも負けなしを誇るフランキーですらも一瞬縫いとめられた。
 海軍本部少将<武帝>アウグスト・リベル。
 フランキーは“生ける伝説”とまで持て囃される男の実力の片麟を再認識させられる。


「これも運命なのだろう。私も時たま思う事もある。
 苦しみ生かされ続ける“生”ほど残酷なものはないとね。
 自らで降ろそうとする幕だ。君がそう望むならば、私はそれでも構わないとも思う。
 君はオハラの残した鬼子だ。存在自体が脅威となり同時に罪と断じられている。それが耐えられぬのも仕方がなかろう」

「ふざけんじゃねェぞ! 
 たとえそれがどんなものであったとしてもな、存在することは罪にはならねェ!!」


 気炎を上げたフランキーの声が部屋の中に残響する。
 ロビンはフランキーに何も言わない。ただ静かに、言葉を残すようにリベルに言う。


「最後に私の願いを聞いてくれますか?」

「よかろう、言ってみなさい」

「どうかクレス達に手を出さないで下さい。
 彼らの目的は私ならば、私が死ねば彼らは目的を失う」

「……了承した」


 そうしてロビンは目を閉じ、覚悟を決めてしまった。
 リベルの手にかかれば、痛みなど感じることなく永遠の闇がロビンを迎え入れるだろう。
 それで構わない。それこそが望みだ。
 今、ロビンが死ねば、クレス達はこの地へとやってきた理由を無くすこととなる。
 リベルはきっと約束を守ってくれる。
 何も心配はない。
 やさしい彼らのことだ。悲しんでくれるだろうが、やがては前へ進めるはずだ。
 
 
 そっとロビンは未来を想像した。
 楽しげに騒ぎ、力を合わせいくつもの障害を乗り越えていく仲間たち。
 その中で、大人びているのにまるで子供のように無邪気に笑うクレス。
 荒れ狂う波、様々な進化を遂げた島々を夢の船で渡り行く。
 幾つもの苦難もあるだろう。だがきっとその全てを乗り越えて、最後には満開の笑顔で笑いあうのだ。
 そんな姿が続いていく筈だ。
 ロビンの姿など忘れて。 



「……気が変わったよ」

「えっ」



 リベルはロビンの首にかけようとしていた腕をそのまま、ロビンの頭にやさしく置いた。
 まるで子供をあやすかのように撫でると、ロビンから数歩離れ、再び床に座り込んだ。


「どうしてですか……?」

「気づいていないならばいい。
 だが無常なことに時は待ってはくれない。もう一度よく考えなさい。
 君自身がどうしたいのかを。高くそびえ立つ苦難に立ち向かうのか。全てを投げ出し死を選ぶのかを」 

「リベルおじさん、私は……」

「気が変わったと言った筈だよ、ロビン君」


 ロビンは自身に起こった変化に気が付いていなかった。
 リベルと同じくロビンの身に起こった変化を見たフランキーは複雑な様子で口を閉ざしていた。
 長い溜息をつくように息を吐くと、リベルは戸惑うロビンに向け口を開いた。


「一つ話をさせてくれ。
 これはロビン君にとってはもう一人の“母”とも呼べるシルファー殿の話だ」


 エル・シルファー。
 クレスの実の母親で、幼いロビンを引き取った心優しき女性。
 

「クレス君の父親であるタイラーのことは知っているね。
 誰かの為に己のすべてをかけられる、勇敢な男。誰もが彼をそう評価した。
 だが、私に言わせてもらえばあの男はどうしようもなく弱い男だったよ。
 人間としての在り方がひどく歪で脆かった。そうだね、おそらく今のクレス君は奴にそっくりなのだろう。
 端的に言えば、あの男は“誰かのためにしか生きられない男だった”。自分自身では生きる意味を見いだせなかったんだ」


 懐かしむように、リベルは滔々と語った。


「だが、そんな奴には大きな救いがあった。それが妻であるシルファー殿の存在だよ」


 シルファーは歪だったタイラーを導いた。
 どこまでも正しく、強く、真っ直ぐに。
 生きる意味を与え、生きる理由を与え、喜びを与えた。
 

「彼女は正にタイラーにとっての希望そのものだった。
 同時に彼女にとってもタイラーは無くてはならないものだったのだろう。
 例えるならば、船と帆だ。帆が無くては船は波に彷徨う。船が無ければ帆は意味を為さない。
 二つがそろわなければ意味が無い。だが二つ揃えばどんな波でも乗り越えられる。あの関係には私も少し妬けたよ」


 リベルはロビンを正面に見据え語る。


「傲慢とは時に罪ではない。
 全てを望むことが悪など誰が決めた。
 己の夢を貫くために、偽りなく生きる。それが出来たならばどれだけ清々しいか。そのような者など普通はいないだろう。
 だが、それができた者は、例え死に向かう瞬間だとしても不敵に一切の後悔などなく、己の生を誇り笑うのだろう。―――悔いはないとね」


 リベルが語ったのは誰のことか。
 そして窓から差し込む光を背に、リベルはロビンに問いかける。
 果たしてロビンは本当に死に臨む覚悟があったのか。リベルの話のように不敵に笑って死ねたのか。


「決断したまえ。彼らは既にそこまで来ている。
 これは前代未聞の大事件だ。彼らの悪名その結果の如何に関わらず全世界に轟くだろう」


 音も無く、リベルの背後にある壁が切り刻まれ砕け散った。
 リベルが足を一閃させたのだ。
 その動きは余りに流麗で、攻撃が放たれた後でしかその事を認識できなかった。   


「私は彷徨い続けた“君たち”の結末をを見るために来た。選ぶのは君だ」


 四方を囲んでいた壁の一つがいきなり消え去ったことにより、風が部屋の中に舞い込んできた。
 風はロビンの髪を揺らし、頬を冷たく流れていく。
 気が付けば、ロビン、フランキー共に背後の鎖が切断されていた。
 未だ腕には海楼石の錠がつけられているが、これでロビンは自由に動き回れる。
 立ち上がった足は自然と前へと向いた。
 そして声が聞こえた。




「―――そこにいたか」




 細身だが、機械のように一切の無駄のない引き締まった体。
 日に当てれば乾草のように柔らかく透いて見える、パサついた黒髪。
 どこか仄暗くも、ロビンにとっては安心感を抱かせる瞳。
 聞き違えるはずのない声。
 瞼を閉じても浮かび上がるその姿。


「おーい! そこにいたのか、ロビン!!」


 隣にいるのは麦わら帽子を被った船長。
 自身の姿を見て安心したのか、嬉しげに手を振っている。
 

「……どう、して……」


 声は風に乗り、届く。
 長年連れ添った幼なじみは、いつものように言った。


「お前がそんなとこにいるからだ」


 ただ戸惑うロビンに向け、クレスはまるで幼子を叱るかのように、強く優しくそういった。


 
「帰るぞ、ロビン」
























[11290] 第十五話 「BRAND NEW WORLD」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/08/15 18:04


 強い潮風が吹き抜けるバルコニーより裁判所の屋上に立つその人影は見て取れた。
 まるで夢でも見ているかのような不確かな感覚の中でも、一目見ただけでロビンはそれが誰かを理解した。
 もう二度と会わない決めた筈だった。
 その為に幾重にも策をめぐらせ、万全の手を打った。
 だが、その悉くを乗り越え、それが当然であるかのようにロビンの前に姿を見せた。 
 その行為が無謀であることなど百も承知だろう。
 それでも揺るぎない意志と力を持って、仲間と共にロビンの元へとやってきた。
 なぜそこまで。
 こんな自分の為に。
 自分でも理解できないほどの大きな感情が所狭しと渦を巻いているのがわかる。
 ひどく胸が苦しかった。


「ひとまず無事なようだな。少し安心した」


 ロビンの困惑を気にした様子もなく、クレスは語りかけた。
 何気なくかけられた言葉にロビンはたじろく。
 どうして平気でいられるのだ。
 ロビンはクレスを傷つけ、その思いすら踏みにじった。
 なのになぜ、さも当然のように自身を迎えに来るのだ。


「クレス、どうして」

「待ってろ、今行く」

 
 クレスは空を駆けロビンの下へと向かおうとする。
 司法の塔から裁判所までは結構な距離があったが、クレスならば一瞬で駆け抜けロビンの下まで辿りつくだろう。
 その瞬間、ロビンは叫んでいた。


「待って!」


 浮かび上がったのは拒絶の言葉だった。
 思いのほか強い言葉に、クレスは僅かに眉を寄せ動きを止めた。


「お願い、もう帰って。
 私はもうあなた達の下へは帰れない」


 絞り出すように言葉を成した。
 自身を助けに来た仲間たちが、どんな障害を乗り越えてやってきたかはロビンも分かっていた。
 耳を澄まさずとも、戦闘音が飛び込んでくる。
 バルコニーから眺めた景色より察する限り、襲檄を受けたエニエス・ロビーは未だ混乱から立ち直る様子は無く、むしろその被害は増すばかりであった。
 襲撃を行った海賊達は迂回することなく真正面より戦いを挑み、真っ直ぐに司法の塔へと向けて攻め込んだのだろう。 
 本島前門より裁判所へと続く一本道の被害状況は凄まじいの一言に尽きた。
 そして裁判所の屋上にも激闘の痕が刻まれ、その中心でCP9の一人、ブルーノが倒れ伏していた。
 海賊たちの持つ力もそうであるが、並大抵の覚悟では立ち向かえない困難だっただろう。
 だが、それでもロビンは拒絶の言葉を投げつけるしか無かった。


「お別れなら言った筈よ。その理由も。
 助けに来てほしくなかった。……私はもう死にたいの。余計なことをしないで。
 分かるでしょうクレス? 私がいる限り、あなた達には常に危険が付きまとうの」

 
 その行為は間違いだと。
 自身を助けようとする仲間たちの想いを否定するように、ロビンは言葉を紡いだ。
 それはロビンの目の前に立ちふさがる現実と言う名の闇であった。


「そうか、分かった」


 クレスは僅かに目を閉じて、ロビンに告げた。


「その程度の理由で引くとでも思ってんのか?」


 ロビンの困惑など知った事かと、真っ直ぐにロビンの下へと駆けた。
 強引な春風のようにクレスは一瞬でロビンの事をさらいに来ようとする。
 来ないでと、揺らめくように呟かれたロビンの言葉は意味を為すのか。少なくとも意志のこもらない言葉をクレスは聞きはしないだろう。
 だが、クレスはロビンとの距離を半分ほど詰めた所で目を見開き、急激な速度で身を引いた。


「そう易々と手に入るものではないことは分かっているのであろう?」


 ゆったりとした速度で部屋の中よりリベルが顔を見せた。
 舌を打ち、再びルフィの隣に立ったクレスは鋭い目でリベルを見上げた。


「やっぱりお前だったか、リベル」

「如何にも。久しぶりだね、クレス君」

「ああ、だが会いたくは無かったな」


 リベルは歩みを進めると、バルコニーの端に立つロビンの隣へと並び立った。
 ただそれだけのことではあったが、これでロビンへと辿りつく為の道のりは閉ざされたも同義であった。
 

「大人しくせんか」 

 
 その背後で苛立たしげなカクの声が響いた。
 同時に、鈍い音と共に吹き飛ばされたフランキーがバルコニーの欄干へと叩きつけられた。
 叩きつけられたフランキーはうめき声を上げ、ずれ落ちるようにその場に座り込む。
 ダメージは浅くは無いようで、憎々しげにカクを睨みつけるも立ち上がることはなかった。


「ぎゃははは! おいカクよ、そりゃ“変な実”食った腹いせか?」


 そのカクの後ろより意気揚々とジャブラが顔を見せた。
 

「何が“変な実”じゃ、ワシは気に入っとるわい!」


 小馬鹿にするようなジャブラの態度にカクが声を荒げる。
 そしてリベルへと視線を移した。


「まったく、あなたも勝手なことをなさるもんじゃ。
 窓を壁ごと砕くだけではなく、罪人の鎖まで断ち切られるとはの」

「おや? 何のことかな」


 白々しくもとぼけるリベルに対しカクはそれ以上は何も言わなかった。 
 おそらく何かを言っても無駄だと悟ったのだろう。
 カクは無言のまま裁判所の屋上に立つ海賊たちを見下ろし、感嘆と共に言葉を為した。


「よく辿り着いたもんじゃ。じゃが、それまでじゃ」


 カクが呟くと同時、下階の窓より四条の黒い影が飛び出した。
 四つの影は思うがままに空を駆け抜け、一斉に欄干の上に現れる。
 カリファ、クマドリ、ジャブラ、ルッチ、カク、フクロウ。
 CP9。世界政府によって"殺し"を許された、闇の正義。
 彼らは裁判所の屋上で倒れ伏したブルーノを一瞥し、ルフィとクレスに対し興味深げな視線を送った。
 

「バカが。ブルーノの奴め、エル・クレスに対し単独で挑むなと言っただろうが。
 暢気な酒場の店主を5年も演じて、腕だけでなく勘まで鈍ったか」


 ルッチは敗北を喫したブルーノを見下ろした。
 クレスの危険性に関しては実際に戦闘を行ったルッチが最も理解している。
 クレスの強さは異常だ。CP9の中であっても、勝利できるのはルッチだけであろう。ルッチ以外ならば束になっても一蹴される可能性がある。
 ルッチはそれほどまでにクレスの事を評価していた。


「それは違うよ、ルッチ君。
 ブルーノ君を打ち倒したのはクレス君では無く、隣の麦わら帽子の少年だ」


 リベルからの言葉に、ルッチはクレスの隣に立つルフィへと目を向けた。
 ブルーノと戦闘を繰り広げたにもかかわらず、その身に大した傷は無い。
 新たな獲物を見つけた獣のように、ルッチ目が細まった。


「あの少年はなかなかの器だと身受けるよ」

「それはまるで私にあの男で我慢しろとでも言っているように聞こえますが?」

「はっはっは! どう取ろうとも君の自由だよ。
 だが、拳を交えるならば決して奢らぬことだ。
 若き力というのは私のような老骨の常識など飛び越えると言う事だよ」

 
 眉をひそめるルッチの隣で、快活にリベルは笑った。
 そんな彼らに遅れ、ドタドタと足音を鳴らしながら長官であるスパンダムが現れた。
 外で起こった異変を知り大慌てで状況を見に来たのだろう。
 スパンダムは裁判所の屋上で倒れ伏すブルーノと海賊たちの姿を見てギョッとし、集結したCP9の姿を見て余裕を取り戻した。
 そして海賊たちに罵声を浴びせようとしたが、リベルの姿があることを思い出し慌てて口を閉じた。
 不吉な予感を抱かせる、CP9の面々。その恐怖は誰に対しても平等だ。
 だが、それにも勝るとも劣らぬ強烈な存在感を与えているのは、武帝と呼ばれる男、リベルであった。
 ただそこにいるだけで、誰もが彼らから目を離せなくなる。
 哀れにも立ちはだかるものは知るだろう。その圧倒的な強さを。
 辺りを漂う空気は重く粘りつくように裁判所へと向かう。
 永きに渡りエニエス・ロビーの不落神話を守り抜いてきたCP9。そして武帝と謳われる海兵アウグスト・リベル。
 一堂に集結した彼らの姿を見れば、誰もが挫け希望を手放すだろう。
 

「クレス……分かって、お願い。
 私はもう死にたいの。今ならまだ間に合うわ。船長さんたちを連れて帰って」


 状況は一変したと言っていい。
 ロビンとクレスとの間の溝は深まり、立ちはだかる壁は高くなった。
 皮肉なことにそのことがロビンの感情を薄れさせクレスと相対す落ち着きを与えていた。


「……ロビン」


 頑なに態度を変えようとしないロビンをクレスは少し遠い目で眺めた。
 以前までのクレスだったならば、既に説得をを諦め、強硬策に打って出でいた筈であった。
 クレスにとって第一なのはロビンの身の安全だ。死力を尽くし、例えそれが絶望的であっても、怯まず命尽きる瞬間まで戦っただろう。
 だが、今は何故だかそんな気は起きなかった。
 ふう、とクレスは浅く息を吐いた。


「お前はバカだ」

「えっ」


 突如投げかけられたクレスの言葉にロビンは鼻白んだ。


「まったく……おれと同じだ」


 クレスは少しバツが悪そうに頭をかくと、ロビンに向き直った。


「こいつらを連れ帰るだと? 
 無駄だよ。こいつらおれの言葉なんざ、聞く耳持ちやしねェ。
 世界中探してもいねェぞ、こんなアホ共。なァロビン、お前は何もわかってない」 


 楽しげにクレスはロビンへと語った。
 

「おれ達はとんでもない奴らに目を付けられたんだ。
 世界政府なんて目じゃない。どこまでも強引におれ達を捕まえに来る。
 一つ勘違いを正そうか、ロビン。おれはこいつらを連れてきたんじゃない。
 連れてこられたんだ。この船長に、仲間たちに、―――自らの意志で!」


 どこか清々しささえ携えて、クレスはロビンへと告げた。
 その隣でいまいちよく分かっていなさそうな顔で、ルフィがたじろくロビンに向け叫んだ。


「よくわかんねェけどよロビン、おれ達もうここまで来ちまったかから!」


 次の瞬間、クレスとルフィの背後で強烈な烈風が巻き起こった。
 それは斬撃の竜巻。巻き起こった烈風は裁判所の屋上をいとも簡単に切り崩し、巨大な風穴を空ける。
 その穴の中より吹き飛ばされた瓦礫に混じって、悲鳴と共に二つの人影が飛び出してきた。
 毛むくじゃらの船医が背中から痛そうに、オレンジの髪の航海士はひざを折り曲げうまく着地する。
 それからわずかに遅れ、緑の髪の剣士が穴より這い出て来た。


「ふう……始めからこうやって登ればよかった。全くややこしくてまいるぜ」

「やっぱりアンタか、ゾロ! 
 余波だったからよかったものを、直撃受けてたら死ぬところだったじゃない私達!」

「あ? どうしたお前ら」

 
 危うく味方に殺されるところだったナミが張本人であるゾロへと詰め寄った。
 その後ろでチョッパーが頭を押さえながら身を起こしている。


「うおおッ! 猛進、猪鍋シュートッ!」


 続けて裁判所の屋上が蹴り飛ばされ、破片と共に金髪のコックが颯爽と登場した。


「間違いなく一番乗り。
 さァ、ロビンちゃんお待ちかねおれが助けに―――藻っ!?」


 華麗に着地したサンジが己より先に到着していたゾロを見てありえない物を見たと愕然となった。
 

「ああ、お前遅かったな。迷ったのか?」

「オ……オイオイオイ、どこでそんな言葉覚えたんだてめェッ」
 

 超絶的な方向音痴のゾロにそう言われ、サンジのこめかみがヒクついた。


「し、死ぬうううううっ! 頼む君達受けとめてくれたまえ!」


 今度は上空より本人の意思とは無関係そうに、仮面をつけた長鼻の男が飛んできて救援要請も虚しく墜落した。


「大丈夫かそげキング!?」

「あ、ああ気にしないでくれたまえ、チョッパー君。……私は大丈夫だ、たぶん」


 痛そうだったが、ウソップはよろめきながらも立ち上がった。 
 緊張感などまるでなく、最前線であっても好き勝手に海賊達はは騒ぎ始めていた。
 そうして、ロビンの元へと辿り着いた仲間たちは迷うことなく歩を進め、ルフィとクレスの隣へと並び立った。
 

「とにかく助けるからよ、ロビン!
 死ぬとかなんとか言っても構わねェから、そういうことはおれ達のそばで言え!!」


 ルフィの声が響く。その言葉は仲間たちの言葉全てを代弁していた。
 ナミ、ゾロ、ルフィ、クレス、ウソップ、サンジ、チョッパー。
 誰もが己の揺るぎなき意志を持って、この場所に立つ。その姿に一切の戸惑いは感じられなかった。


「こういうことだ、ロビン」


 海賊達の中に立ち、クレスはロビンに微笑みかけた。
 角の取れた温かく自然な笑みだ。それは偽りの笑顔ではなく、クレスの本心だと言う事は明らかであった。
 ウォーターセブンで別れを告げてから、クレスと海賊達の間に何があったかは分からない。
 だが、クレスは今まで以上に海賊達を信用し、気を許していた。
 今のクレスに打算や策略などは何も無い。ただ純粋に仲間と共にロビンの事を助けに来たのだ。
 それが嬉しくない訳なんて無かった。熱い何かが瞳を濡らし零れそうになった。
 海賊達はじっとロビンの言葉を待った。彼らは手を差し伸べた。掴むのはロビンの意志であった。
 だが、ロビンには決して逃れられない闇があった。
 その闇は楔のようにロビンを縫いとめ、海賊達へと歩み寄る勇気を縫いとめている。
 司法の塔と裁判所、海へと続く巨大な溝によって隔てられた両者の間には膠着状態が出来きていた。


「し、CP9ッ! 抹殺命令を出す、司法の塔で海賊達を迎え撃て!
 どうせ跳ね橋が無けりゃ海賊達はコッチに来られねェんだ! おれの安全を守る事を考えろ!」


 海賊達の登場に焦りを見せたスパンダムがCP9へと命令を下す。
 そうして身の安全の保証を得た所で、ポケットの中にある自分だけに許された重みを思い出し、少しづつ余裕を取り戻した。
 海賊達はロビンを取り返す為に前進しているものの、未だ状況は絶望的だ。
 まず第一に海賊達は司法の塔へと進める可能性そのものが少ない。
 裁判所から司法の塔へと渡る為には裁判所に設置された二つの装置を起動させる必要がある。当然警備は厳重で鼠一匹すら通れはしない。
 ガレーラとフランキー一家が跳ね橋を降ろそうと奮闘していたが、どこまで持つかは時間の問題だろう。
 第二にCP9とリベルの存在だ。彼らと直接戦い勝利するなど不可能である。ブルーノが倒されたのは誤算であったが、CP9は未だ健在なのだ。 
 そして最後がポケットの中身、バスターコールの存在だった。


「おい、タコ海賊団! お前らがいくら粋がろうが結局何も変わらねェと思い知れ!
 このCP9の強さ然り、人の力じゃ開かねェ正義の門の重み然り。
 何よりおれには大将青雉より授かったゴールデン電伝虫によるバスターコールの権限がある!!
 覚悟しやがれ。オハラの悪魔共の故郷を消し去った様に、おれの力で、てめェらも消し去ってやるよ!!」


 バスターコールの言葉に、ロビンの肩が震えた。
 かつて故郷を燃やしつくした力。当時の記事によると島は完全な廃墟と化し、翌年の地図より"オハラ"の名は消去された。
 その力がやっと巡り合えたかけがえのない仲間達に向けられた。その事がロビンには抗いがたいほど恐ろしかった。


「目を逸らすな、ロビン」


 強く、共に闇から逃げ続けたロビンをクレスは見つめた。
 

「おれはもう決めたよ。逃げずに戦うってな。
 何度も自分の無力さに泣いたし、無様に逃げ回った。
 20年、おれ達の旅路は希望を抱くにはどうやら永過ぎたらしい。
 でもそれでも、何とかやってきたじゃねェか。幸いなことに辛い事だらけでも無かった。そしてコイツ等に出会った。もう何も怖くない」


 クレスの瞳は揺るがない。
 ただ真っ直ぐにロビンを射抜く。
 

「ワハハハハッ! 本気で言っているのか? エル・クレス!
 この女がどれだけ重みになるかを知らない訳じゃねェだろ! こんな女を抱えて邪魔だと思わねェ奴なんかいねェ!」


 臆す事なく立ち向かおうとするクレスと海賊達をスパンダムが嘲る。
 巨大な正義の前には何もかもが無力。
 スパンダムは頭上に手を掲げ、司法の塔の頂上で揺らめく御旗を指し示した。


「見ろ! あのマークは四つの海と"偉大なる航路"にある170国以上の結束を示すもの。これが世界だ。
 楯突くにはお前らがどれほどちっぽけな存在か分かったかァ! この女がどれほど巨大な組織に追われ続けたか分かったかァ!」


 ロビンが背負う闇。それは世界そのものの闇だ。
 闇は遍く手を伸ばし、決してロビンを逃がしはしない。破滅などそこら中に転がっていて、踏み外せば全てが消えてしまう。
 何度も追い詰められ、逃げ出した。だが、憎みはしても決して立ち向かおうとは思わなかった。
 しかし今のクレスは何も恐れることは無い。
 クレスの隣で同じように揺らめく旗を見上げていたルフィが、ウソップに船長としての命令を下した。


「そげキング―――あの旗撃ちぬけ」

「了解」


 微塵の迷いも見せずにウソップは頷き、巨大パチンコ"カブト"を引いた。
 放たれた弾丸は炎を纏い、火の鳥を形どり、吹きつける強風の中を駆け、揺らめく世界政府の旗のど真ん中をブチ抜いた。
 旗には大きな風穴が空き赤々とした炎に染められた。
 世界中の結束を示す御旗が燃えている。
 それは明らかな叛意。
 海賊達が世界政府に宣戦布告という事実。


「き、貴様等正気かァ!? 全世界を敵に回して生きていられると思うなよォ!!」


 目を疑う行動を為した海賊達にスパンダムがヒステリックに叫ぶ。
 その言葉にルフィが咆哮する。



「―――望むところだァアアアアッ!!!!」


 
 海賊達は何処までも立ち向かう。
 仲間の為に。相手が誰であろうとも。
 彼らは決して背負った重みから逃げはしない。重みすらも飲み込んで海を進む。ロビンはその事実を叩きつけられた。
 燃え落ちる旗は灰となって海風に消えて行く。
 その風に吹かれながら、クレスは告げた。


「諦めるのにはまだ早いんじゃないのか?
 ロビン、お前はまだ戦ってもいない。戦う以前に勝利を諦めたんだ。……おれと同じだ。
 おれは怖かった。こんなちっぽけなおれが生きるには世界は広すぎる。お前がいなければ、おれは自分すら見失いそうだったんだ。
 だからおれは、おれ自身の為にお前の為に死にたかった。死ぬまで戦おうって、故郷から逃げ出した日に決めた。母さんからの言葉を都合の良い様に歪めた。
 でもそれは逃げてただけだったんだよ。結果的に上手くはいっていたものの、直ぐに壊れてもおかしくは無かった。そしてとうとう壊れてお前に無茶をさせた」


 隠すことなく、クレスは自身の想いをロビンへと告げる。
 20年もの逃亡生活の中でそれは初めてのことだった。
 いつものクレスは弱さを見えぬように覆い隠し、ロビンを安心させるために仮面を被っていた。


「覚えているだろう。
 母さんとオルビアさんはあの時、『生きろ』と言った。それは死なないってことじゃない。
 母さん達は諦めずに前に進んで欲しかったんだと思う。生きることは戦いだ。逃げ出せば後悔しかない。だから、戦って勝ち取る。どんなに苦しくてもな。
 ロビン、お前は今まで懸命に戦って来ていたじゃないか。どんなに辛くても、絶望的でも、お前は夢だけは諦めなかった。
 おれはお前が眩しかった。だからお前の輝きを消さないために、必死にもなれた。
 お前が見せ続けたんだぞ、希望を。輝きはあの羊船に乗ってから更に輝いた。その輝きをおれはずっと見ていたい。お前じゃないとダメなんだ」
 

 言葉を紡ぐクレスをロビンは見下ろした。
 変わった。20年もの間寄り添い続けた幼なじみの変化をロビンは確信した。
 初めて見たのかもしれない。あんな穏やかな顔をしたクレスを。
 ロビンは理解した。クレスは不確かだった境界線に踏み込もうとしているのだ。


「どうして……? 私達は幼なじみ、それだけだった筈」

「お前が言うか、ロビン。
 いや、これに関しては悪いのはおれだな。
 お前の事だ、分かってんだろ。だってしょうがねェだろうが―――」


 小さく自嘲し、ロビンの姿を夜のようなその瞳に映し、揺るぎない意志でクレスは気持ちを伝えた。






「―――お前の事が好きだから」







 その言の葉の響きに、ロビンの中でこみ上げた想いが溢れた。
 固く結んでいた口から小さな嗚咽が漏れた。ひどく胸が熱く我慢できなかった。
 涙に揺れる視界で前を見れば、クレスが少し恥ずかしそうにしているのが見えた。
 そんなクレスにサンジが蹴りかかり、ナミによって叩きのめされてた。
 ゾロは呆れたような視線を向け、ウソップは呆然としており、チョッパーは意味が分からないようで首を傾げている。
 そしてルフィはどこまでも明るく太陽のように笑っていた。 
 

「さァ、手を伸ばせ。選ぶのはお前だ。
 お前はどうしたい。逃げ出して死ぬのか、生きる為に戦うのか!」


 ずるいと、ロビンは思った。
 果てしなく広がる海には輝きが満ちていて、それはすぐ目の前にある。
 広がる光はロビンの持つ闇を吹き飛ばすほど強く、どうしようもなく恋焦がれてしまうのだ。
 クレスも仲間も夢も、何もかも、欲しいものは全部そこにある。
 答えなんか始めから決まっている。



―――生きたい!!



 振り絞った声は涙で擦れ、無様なものとなった。
 だが、深くこみ上げた感情の発露を誰も笑えはしない。
 ロビンはリベルが何故自身の命を散らす事を止めたのか、気が付いた。
 あの時ロビンは泣いていたのだ。いくら理屈で理性を縛っても、光り輝く希望を捨てきれなかったのだ。
 クレスや仲間たちが自分を忘れてしまう事も怖かった。一人になるのが怖かった。
 あの光の中へ自分も行きたい。ロビンは心からそう思った。


「リベルおじさん、一つ訂正させて下さい」

「なにかね?」

「さっき言った言葉を取り消して下さい」

「いいのかね? 彼らが攻めれば私は容赦はしないよ」


 問い返すリベルにロビンは強く答えた。


「構いません。私も戦います」

「よろしい。ならば足掻きたまえ」

「ええ」


 揺らめく旗は燃え尽き、何も残ってはいない。
 その時ロビンの瞳に涙は無く、生きると言う強い意志が灯っていた。










 
 
 海賊達は走り出す。
 空高くに、自らの誇りである旗を掲げ。
 夢を指す羅針盤を導に新しい世界を目指し続ける。


 だから彼らは臆す事無く戦えるのだ。
 隣には共に夢を見る仲間がいるのだから。 


 




 




 第十五話 「BRAND NEW WORLD」












あとがき
この作品をお読み下さりありがとうございます。
最近更新が遅れがちになって申し訳ないです。
やっと、ここまで来ました。
私がこの話を書こうと思って、真っ先に思い浮かんだのがこのシーンでした。
原作にあるシーンを変え、批判のある方もおられると思います。
色んなパターンを考えましたが、私の中ではこのような形に落ち着きました。
これからも精進を続け、成長していきたいと思います。
次も頑張ります。ありがとうございました。


・感想版でご指摘のあった、歌詞の掲載に関しては、問題がありそうだったので修正いたしました。
 ありがとうございました。
 





[11290] 第十六話 「開戦」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/08/20 11:28


 それは空前絶後などと言う言葉でも表し切れないほどの状況だった。
 世界の中心に厳然とそびえ立つ裁判所において、世界政府の旗が燃え落ち、世界に対し宣戦布告がなされた。
 それを為したのは十人にも届かぬ少数海賊団。
 騒がしい戦闘音は宴のように鳴り響き、世界を侵食していく。
 海賊達は止まる事を知らない。
 いや、止まる気などハナからないのだ。
 なぜならば己を突き動かす衝動が消えるのは"死"意外にありえないと知っているから。
 全世界が敵だとか、歴史的大犯罪だとか、実のところそんなややこしい話はどうでもいいのだ。
 単純な話。
 彼らの行動理念はただ一つ、奪われた仲間を取り返す。
 ただそれだけだったのだから。












 第十六話 「開戦」












「さて、ここは礼の一つでも言ってもいい場面なんだろうな」


 世界政府と海賊。
 裁く者と裁かれる者。
 相反する両者は、エニエスロビーの最深部にて海を挟んで睨み合っていた。
 ガレーラとフランキー一家の奮闘もあり裁判所と司法の塔を繋ぐ"跳ね橋"が徐々に架かり始め、戦端が開くのも時間の問題となった時。
 強い風が吹きつける中、クレスは並び立った一味に向け口を開いた。


「なに殊勝な事言ってやがる」


 サンジの言葉に、それもそうかとクレスは呟く。


「だが、そんな殊勝な言葉も浮かんでくるさ。
 おれ達はずっと逃げ回って来た。それがこうして立ち向かえる日が来るなんて思っても見なかったからな」


 クレスの言葉に仲間達は何も言わない。
 それは小さな告白であり、後悔ともまた違った回顧だった。
 クレスはロビンの隣に立つ男へと視線を映した。


「ロビンの隣に立ってる海兵がいるだろ?
 アウグスト・リベル。おれの師匠だ。
 正直な話、アイツだけは規格外だ。まともにやり合って勝てる可能性は分からん。
 勝てるか、それとも負けるか。どこまで食い下がれるすらも、何もかも分からねェ」


 リベルの強さはまさに規格外の一言に尽きた。
 語り継がれる伝説はどれも本物で、例え嘘だとしてもリベルならば現実に為し得るだろう。
 今この瞬間においてもクレスの中で思い描かれる最強の男、それがリベルであった。
 言ってしまえばクレスが修め鍛え上げて来た六式もこの男の模倣から始まり、常に目指し続けた姿でもあった。


「冷静に考えれば馬鹿なことやってんだとも思ってるが、そんな馬鹿なことに今は意味があるんだろうな。
 だから言っとく、───アイツは、おれが倒す」


 その言葉に仲間達はクレスを鼓舞するように肯定の意を示した。
 そしてクレスの言葉を聞き取ったのか、司法の塔でリベルが昂然と笑みを浮かべたのが見えた。


「だからまだ礼は言わん。
 それはロビンと二人帰ってきて初めてお前ら全員に言えるものだからな」


 クレスの視線とロビンの視線が交差した。
 ロビンは強い意志の篭った瞳でクレスを見つめ、クレスは必ず助けると頷いた。
 もう言葉は必要はない。後は行動に移すのみだった。


「さて、じゃあ悪いが先に行かせてもらうぞ」


 静かにクレスは船長に対し一番槍の許可を問う。
 ルフィは力強く告げた。


「行け、クレス!」

「───アイ、キャプテン」


 その時、一瞬だけクレスの瞳が紅く瞬いた。






◆ ◆ ◆






 海賊達が司法の塔へと乗り込んでくるのを待ちわびているのはCP9の面々も同じであった。
 永きに渡り暗い戦いの中に身を置いて来た彼らは確実に戦いの始まりを感じ取り、その心を昂ぶらせて行く。
 血に飢えた獣のように、戦いの瞬間を待ち続けていた。


「構えろ。来るぞ、エル・クレスが」


 そんな時、裁判所の屋上に立つクレスの姿を捉え続けていたルッチが警告を発した。
 クレスの強さを知るカクが戦闘態勢を取り、他の面々が訝しげにクレスに注目した瞬間だった。
 何の前触れもなく裁判所の屋上よりクレスの姿が消失した。 



「さて、おれの女を返してもらおうか?」
 


『─── !!? ───』


 声を紡いだのはクレス。それは声がはっきりと聞き取れるほど近い。
 CP9の面々は突如目の前に現れた男に瞠目する。
 現れた位置は錠で繋がれたロビンに手を伸ばせば届く程の距離だったのだ。
 先程ロビンの下へと駆けた時と明らかに違う。
 速い、などと言う悠長なレベルではない。
 尋常ならざる速度。いや、速度で表す事自体が正しいとも思えない。
 速度と言う観点ではCP9の誰もが"剃"と呼ばれる移動術を習得しているが、そんな彼らから見てもクレスの動きは異常にとれた。
 その動きは正しく"消失"であり、"出現"であった。
 なぜならば誰一人してクレスが動いた形跡を見てとれなかったのだから。


「クレス……!」


 目の前に現れたクレスにロビンが手を伸ばそうとする。
 だが、その両腕は錠につながれ上手く動く事が出来ないでいた。
 代わりにクレスがロビンへと手を伸ばし、その身をさらおうとする。
 だがその腕は万力のような手によって固定された。


「素晴らしい身のこなしだ。
 幻のようでありながら、圧倒的に早い。
 神的……いや"魔的"とでも言うのが正しいのかな?」
 

 快活にだが凄惨に、リベルはクレスに語りかける。


「だが、そう易々とこの子を奪われては我々の面子が立たないな」


 クレスを掴む腕は尋常ではない程の力がこめられ、そう簡単に振りほどけない。


「オイオイその手を離せよ、おっさん。
 ロビンがそこにいんだよ、人の恋路を邪魔すると碌なこと無いぞ」

「おやおや私とした事が。とんだ失敬を犯していたようだ。
 だが、嫌だと言えばどうするかね?」

「蹴り飛ばす」


 答えを発すると同時に、クレスの肉体が躍動する。
 リベルに腕を掴まれた状態より無理やりに身体を捻り、切り裂くような襲脚を繰り出した。
 クレスが狙うはリベルの胴。間合いの差より如何にリベルといえどもクレスの腕を掴んだままではまともに攻撃に晒される。


「賢しいね」


 案の定リベルはクレスの腕を離し、その身を躍らせた。
 クレスは改めてロビンを奪いにかかろうとするも、クレスの狙いを察していたリベルにより庇われ迂闊に手を伸ばすことすらできない。
 やはりリベルを相手にしながらロビンを奪う事は困難を極めた。
 息を短く吐き、再びロビンの下へと向かおうとして、クレスは急速にその身を躍らせた。


「貴様、さっきの動きはなんだ……!」


 背後より指銃を放って来たのは能力によって巨大化したルッチ。
 その顔に浮かぶのは激し苛立ちだった。


「さて何の事だ?」
 
「とぼけるな、エル・クレス。
 まさかおれと殺り合った時は手を抜いていたとでも言うのか?」

「まさか、アホな事言うな。
 ついさっき、正確にはお前等がウォーターセブンを出たその後に"出来るようになった"んだよ」

「戯言をッ!」


 クレスに向け再度ルッチが魔弾と化した凶爪を振るう。
 だが、放たれた指先はクレスを貫くその寸前で標的を見失う。
 ルッチの目が再び見開かれる。
 

「指銃───ッ」


 自らの懐、ルッチはそこに今まさに拳を引き絞ったクレスを見つけた。
 ルッチを始めとしたCP9の面々が当然のように扱う"剃"とは異なる技。
 まるで幻術にでも掛けられたかのような異質な移動術。
 ルッチはクレスの見せた動きに完全に虚を突かれた。


「───"剛砲"!!」


 渾身の力を込めて放たれた一撃は無防備なルッチに直撃する。
 鉄塊を掛けようとも間に合わず、重すぎる一撃が炸裂しルッチを後方まで吹き飛ばした。
 だがルッチとて一撃のもとに沈むつもりも無い。


「まァいいだろう、その方がおれも楽しめる」


 疼くダメージを無視して吹き飛ばされた状況から無理やりに反転。
 それと同時に剃と月歩をハイレベルで複合させた技"剃刀"でクレスに肉迫する。


「血の気の多い奴だ」


 間合いは一瞬でゼロに。
 その瞬間、クレスとルッチ、互いに突き出された拳が交錯する。
 互いに放たれた一撃は拮抗。生まれた衝撃は圧力となって周囲に拡散する。
 間髪入れずルッチが新たな拳を振るった。
 振るわれた一撃に対し、クレスは大きく距離を取ることで回避する。
 クレスが先行して攻撃を仕掛けた目的はロビンの身柄の奪取。
 このままルッチとまともに殺り合い続ければ、クレスも消耗するだけと踏んだのだろう。
 

「「嵐脚」」


 だがそんなクレスの都合などCP9の立場から見れば知った事ではない。
 後ろに引いたクレスに対しカクとジャブラが追撃する。
 放たれた斬撃はバルコニーの一部をいとも容易く切り裂くも、標的であるクレスには触れることは無い。
 誰にも動きを悟らせる事なく、クレスはその場から掻き消え、別の場所に現れた。


「オイオイてめェ等、エル・クレスばっかに気を取られてんじゃねェよ」

 
 クレスの動きに戸惑うCP9に向け、嘲るような声が掛けられる。
 CP9が注意を向ける。そこに立っていたのは無力化したと思っていたフランキーだった。
 

「呆れた男じゃ、まだ立つ力があるとわの」

「あいにくと頑丈に造ってあんのよ」


 カクが再び鎮静化させようと動くも、フランキーはギャングのような笑みを浮かべ、左腕を突きつけた。
 すると手首がスライドしそこから凶悪な銃口が覗く。
 フランキーは自らに改造を施した人造人間(サイボーグ)。その身体には幾多もの兵器が内蔵されていた。


「ウェポンズレフトッ!!」


 覗いた銃口より轟音と共に幾多もの弾丸が放たれた。
 一部悲鳴と共に身を伏せたスパンダムを掠ったが、弾丸は尽くが空を切る。


「懲りん男じゃ!」


 弾幕を全てかわしたカクがフランキーへと肉迫する。
 そしてそこから再起不能になる程の攻撃を仕掛けようとするも、唐突に目の前にクレスが現れた。
 咄嗟に指銃を繰り出すカク。対しクレスはカクの指銃を鉄塊で受けとめた。


「お前さんがニコ・ロビン以外を守るとは意外じゃな」

「残念だが、こいつには"借り"があんだよ」


 カクの一撃防いだクレスは流れるような動作でカクに鋭い襲脚を繰り出す。
 クレスの蹴りは斬撃を纏いながらカクを襲うも、カクは寸前のところで紙絵で回避。そのまま無理に戦うことはせずに距離を取った。


「邪魔してくれんじゃねェよ、エル・クレス。
 おれは守られるほど弱かはねェんだよ。……だが、てめェには感謝するべきなんだろうな」

 
 クレスの背後でフランキーが振り上げていた鋼鉄の拳を降ろす。
 そして、何かを決心したような表情で口を開いた。


「ニコ・ロビン、エル・クレス。
 てめェ等が世間の噂通り兵器を悪用する悪魔じゃねェと分かった。
 それどころか、互いを思いあうスーパーなカップルだと知った」


 おもむろにフランキーは自らの腹部を開き、中から古びた用紙の束を取り出した。
 それはフランキーが師から託されたもの。
 ウォーターセブンの船大工が代々に渡り秘密裏に守り抜いてきたもの。


「カク、ルッチ、おめェらこれが何か分かるんじゃねェのか?」

 
 フランキーはルッチとカクに向け、徐に用紙の数枚を捲る。
 5年もの間、その存在の為に船大工となって任務につき続けた二人は即座にそれが何なのかを理解した。
 それはその昔ウォーターセブンで生まれたと言う、世界最悪の兵器。


「≪古代兵器プルトン≫の設計図だ」


 ニヤリとフランキーは笑う。
 その事実を知ったスパンダムがどす黒い目で、よこせと声を張り上げる。
 だが、フランキーはスパンダムに目をくれる事なく言葉を続けた。
 

「ウォーターセブンの船大工が代々受け継いできたのは"兵器の作り方"なんかじゃねェんだ。
 トムさんやアイスバーグが命がけで守ってきたものは、古代兵器がスパンダみてェな馬鹿に渡り暴れ出しちまった時、その暴走を阻止して欲しいと言う"設計者の願い"だ」


 生み出された兵器には世界を滅ぼすことも可能なほどの凶悪な力があった。
 だからプルトンを設計した人間はその兵器が再び暴れ出した時、抵抗勢力となるように設計図を残す事を決めた。
 兵器を止める為に、兵器を生みだす術を残す。この選択には矛盾があった。
 しかし、この設計図を託した者は幾代にも渡り設計図を継いでいく船大工達の"善意"を信じたのだ。


「ニコ・ロビンを利用すれば確かに兵器を呼び起こす事が出来る。危険な女だ。
 だが、20年もの間この女を守り続けた男がいる! そしてこの女を守ろうとする仲間がいる!
 ……だから、おれは賭けをする。おれが今この状況で"設計者"の想いをくんでやれるとすりゃただ一つだ!」


 フランキーはプルトンの設計図を高く掲げると、口から吐き出した炎によって火を放った。
 古びた用紙は一瞬で炎に包まれ、灰となって燃え落ちる。
 そこから情報を引き出すことは誰も出来やしない。
 スパンダムは燃え落ちた設計図を何とかかき集めようとしていたが、触れたそばから塵となって消えて行った。
 5年もの歳月をかけた任務を台無しにされたCP9はその様子を茫然と眺めるしか無かった。


「本来こんなもんは人知れずあるもので、明るみに出た時点で消さなきゃならねェんだ。
 これで兵器に対抗する力は無くなった。ニコ・ロビンがこのままお前達の手に落ちれば絶望だ。
 だが、麦わら達が勝てば、お前らに残るものは何一つねェ! おれはアイツ等の勝利に賭けた!!」


 高らかとフランキーは言いきった。
 そして鋼鉄の拳を鳴らすと、臆す事なくクレスの隣に並び立った。


「そう言う事だ。てめェ等の事は気に入った。
 子分共が世話になったようだからな、今度は棟梁のフランキー様がスーパーな戦力になってやるよ」

「なるほど、それは心強そうだ。
 まァ、実際アンタのことはどうでも良かったが」

「オイ!」

「だが、アンタの子分とは協力体制にあるからな」


 クレスは裁判所を指した。
 フランキーが目を向けるとそこにはフランキー一家の面々がエールを送っていた。


「まったく子分共め。誰が助けに来いなんて……。
 ……ごいなんで、頼んダンダヨォ~~~~ッ!!」

「泣くな気持ち悪い」


 男泣きするフランキーに呆れつつも、クレスは油断なく周囲を見渡していた。
 CP9の面々は血に飢えた獣のように闘争心を昂ぶらせており、隙を見せれば直ぐにでも襲いかかってくるだろう。
 対し、ロビンをクレスから遠ざけるように立つリベルは今はまだ動く気は無いようで、静観の姿勢を見せ続けている。


「CP9ッ! 早くそいつ等を殺しちまえ!
 よくもおれの設計図を台無しにしてくれやがって! 絶対に許さねェぞチクショー!!」


 スパンダムが恐慌状態で叫び散らす。
 だが、CP9の面々は誰一人として動けないでいた。
 その原因はクレスが見せた異質な移動術だ。クレスが行った移動術をルッチを含め、誰一人として看破できないでいたのだ。
 故に闇雲に飛び込む事が出来ない。
 もとよりルッチ以外のメンバーよりクレスは道力でも上回っている。飛び込めば倒れるのは己だと本能で察していた。
 戦局は完全に膠着状態となっていた。


「し、CP9ッ! どうした早くしろ!! おれの命令が聞けないのかァ!?」


 そんな状況を感じ取ることのできないスパンダムがヒステリックに叫び続ける。 
 だが、CP9とて永遠とこの状況を続ける訳にはいかないことぐらい理解していた。
 跳ね橋の起動こそ遅れているものの、海賊達がこの場所まで攻め込んでくるのも時間の問題だろう。
 海賊達に負けるつもりはなかったが、そうなれば罪人であるニコ・ロビンとカティ・フラムを正義の門まで連れ出す事に遅れが出る。
 思えばこの状況こそがエル・クレスの狙いだったのだろう。
 まるで未来まで見通すような戦術眼は見事としか言いようがなかった。


「CP9の諸君。ここは私が預かろうと思うが、如何かな?」


 静観に徹していたリベルの声が響いたのはそんな時だった。
 悠然と、膠着した状況などまるで気にせずにリベルはクレスに向かって歩を進める。
 それだけで戦いの場に奇妙な静寂が生まれた。
 クレスは小さく舌を打ち、最大限の注意をリベルに向ける。


「それは困りますな、リベル少将」


 だが、下策と分かっていてもルッチだけはリベルの行動に異を唱えた。
 闇の戦いに生きるルッチにとって己が倒すと決めた獲物を奪われることは誰であっても許せるものではない。
 それに今ここでリベルに手を出されれば、闇の正義を遂行し続けたCP9の名に傷が付く。
 しかしそんなルッチをどこ吹く風と柳のようにリベルはかわす。 


「私が聞いている君たちの任務は、罪人二人の捕縛と護送であった筈だが?
 今の状況は、任務遂行に著しい障害が立ち塞がっている状況だと思うがね」

「何を持って障害とするかですな。
 海賊達がこの地を落とすことなどありえず。エル・クレスもまた私が始末する」

「それはどうかね?
 君たちでも今のクレス君の相手は荷が重かろう。
 彼が身に付けた技は、初見殺しとしてもこの上ないものだからね」


 含むようなリベルの言葉にルッチが反応する。


「まるで先程の技が何か知っているかのようですね」

「ああ、知っているとも。
 なにせあの技は私が教えたのだから」


 リベルの答えにルッチの目が見開かれる。


「とは言っても、彼の前で一度だけ"似たようなもの"を見せただけなのだが。そうだね、クレス君」


 問いかけられたクレスは、肯定の意を示す。
 リベルはかつての弟子の成長に楽しげにに笑った。


「<剃"幻歩">それが先程の技の名だ。
 彼の父親エル・タイラーが編み出した固有技法だよ。
 この技は私であっても完全に扱い切る事は出来ない。出来るのは出来そこないの模倣だけだ。
 正確に言えば先程のクレス君の技もオリジナルとはまた別のものだ。彼が自らの為に改良し、完成させたものと言えよう」

「……成程、それをこの短期間で身に付けたとは異常なまでの才覚だ。
 だが、それでもこの男を始末するのは私だ。ふらりとこの地に来られたアナタに抹殺対象(ターゲット)を奪われる訳にはいかない」

「おやおや、それを言われてしまえば私は弱いね」


 困ったようにリベルは肩をすくめる。
 

「ではこうさせてもらうよ」


 その瞬間、リベルを中心として尋常ではない程の圧力が放たれる。
 轟々と烈風が渦巻き、威圧が周囲を当然のように蹂躙する。
 それは王者のみが許された風格。
 それを当然のように纏いリベルは言を放った。


「スパンダム君! ニコ・ロビンを移送したまえ。
 エル・クレスは私が相手をする。海賊達の始末は君に任せよう。よきにはからいたまえ」


 リベルはルッチに向かい笑みを作った。
 ルッチはその意味を悟る。
 

「し、CP9! 今すぐニコ・ロビンを移送する。エル・クレスはリベル殿に任せろ!!」


 リベルの威圧に当てられ、半ば強制されたようにスパンダムが指示を出した。
 ルッチは小さく無能な上官に舌打ちする。そして憎々しげにリベルを見た。


「やってくれましたな」

「何を言うかね? 私は何もしていない。
 そう悲観することは無いだろう。宴はまだ始まったばかりだ、楽しみたまえ」


 老獪にリベルは笑った。
 リベルの思惑通り、スパンダムはCP9に海賊達の抹殺、更に自身の護衛としてルッチを指名した。
 こうなればスパンダムが上官である限り、その指示に従わなければならない。
 スパンダムは無理やりにロビンの腕を掴むと強引に正義の門まで連行しようとする。
 膠着状態は崩れた。
 リベルの参戦により、状況は一気にCP9側に傾いていた。


「不味いな」


 クレスは連行されるロビンの下に駆け寄れないもどかしさに苦しみながら、状況の悪さに舌を打つ。
 リベルとクレスが戦闘になれば、どう考えても周りの事を気にする余裕など無い。
 そうなれば一味がまだこちらに来れない状況では、一対一ならともかく多勢に無勢でフランキーが倒される可能性が出て来る。
 今の状況では戦力は一人でも多い方が良いに決まっている。それをみすみす失う訳にはいかなかった。
 クレスが先行した目的は、ロビンの救出、または一味がこちらに攻め込むまでの時間稼ぎだ。
 見ればまだ跳ね橋が完全に降り切るには時間がかかりそうで、ここでCP9に動かれるのは不味い。しかし、もう打つ手は無い。
 だがそんな時、高らかに汽笛の音が鳴り響いた。
 続いて蒸気機関の力強い駆動音が聞こえてくる。
 法の番人を関するエニエスロビーの役人たちの意地により降下途中で止まっていた跳ね橋の向うから、汽車はやって来た。



『海賊共、海へ飛びな。向う岸まで送り届けてやるよ!』



 車掌のココロの声が電伝虫から響いた。

 こちらから、海を渡り、向うまで。

 伝説の船大工が作った船は必ず約束を果たす。
 そこに線路は無くともロケットマンは一直線に突き進んだ。
 ココロの意図を察したルフィは腕を伸ばし、仲間たちを無理やりに連れ奈落へと続く海へと跳び込んだ。
 その直後、暴走列車と化したロケットマンが轟音と共に裁判所を突き破り、半分ほど降りた跳ね橋をジャンプ台に駆け抜け、飛んだ。
 ルフィに連れられた一味は飛び込んで来たロケットマンに着地。


「すまん、許せ!」


 それを見たクレスは、隣に立つフランキーの腰元に脚を添える。
 フランキーが疑問符を浮かべた。だが、構う事なくクレスはその足を海列車に向け振り抜いた。
 

「"焔管(えんかん)"!」

「は? どわあああああああッッ!?」
 

 クレスによって吹き飛ばされたフランキーは無理やりに海列車の上に着地させられる。
 始末しようとしていた標的の一つを予想外の方法で逃され、CP9も流石に動く事が出来ないでいた。
 強引な方法だったが、CP9の包囲からフランキーを抜けさせるには唯一と言ってもいい方法でもあった。
 おまけに一味と合流させられれば、何かと作戦も立てやすい筈だ。 
 海賊達を乗せた海列車は勢いのままに前方の司法の塔へと向け豪快に突き進んだ。
 いつだってそうだ、いつも無茶苦茶な方法で困難に立ち向かった。


「───ロビン!」


 油断なくリベルに視線を向けながらも、クレスはロビンの名を読んだ。
 ロビンと再び視線が交わる。クレスは安心させるように笑みを作った。


「少しだけ我慢してくれ。必ず迎えに行く」

「ええ、待ってるわ」


 力強くロビンは頷いた。
 海賊達がやって来たというショックから立ち直ったスパンダムによってロビンは連行されていく。
 スパンダムの守りはルッチが固め、その他の面々は海賊達との交戦に入るように命令された。
 ロビンを奪い返すのは一筋縄ではいかないだろう。
 だが、クレスは共に闘う仲間達の力を信じた。


「さて、どうやら舞台は整った様だね」


 クレスが集中すべき相手はただ一人、<武帝>アウグスト・リベル。
 己が思い描き続けた最強の男相手にどこまでやれるかは未知数だ。
 だが、この男を倒さなければロビンと仲間たちと笑いあう未来は無い。


「死ぬ気でかかってきなさい。彼女達と共に生きる未来を掴み取りたければね」

「当然だ。あれだけ大見得切ったんだ、ここでお前に勝てなきゃ嘘になる」


 息を吐きクレスは気持ちを落ち着かせる。
 戦い、勝つ。
 答えはいつだってシンプルなものだ。 


「かかってこいよ、リベル。
 年寄だからって、手加減はしてやらねェからな」

「よかろう。ならばまずは小手調べだな、小童」














[11290] 第十七話 「師弟」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/09/24 15:53

 秩序だった配置が為されていたはずのエニエスロビー司法の塔の入り口は、散々ともいえる有様だった。
 架け橋がかかるのを待たず、入り口の門扉が開くのを待たずに強行突入した海列車は、ものの見事に辺りを破壊しつくした。


「エル・クレスの野郎いきなり蹴り飛ばしやがって、……おかげで助かったが。
 それにしても、ロケットマンなんて危なっかしいものよく持ち出してきやがったな。オイ! ココロのババア! 生きてんだろうな!!」


 役目を果たし誇らしげに横たわる海列車を横目に、瓦礫の中からフランキーが立ち上がった。
 安全運転からは程遠い、豪快すぎる運航のおかげでボコボコになった海列車。
 立ちはだかる壁を力づくでぶち破った代償は大きい。
 船大工であるフランキーにはおそらくはもう二度と日の目を見ないと分かった。
 車体はひしゃげ基本骨子にも歪みが出ている。蒸気機関が火を吹き爆発炎上しなかったのが奇跡のようだ。
 そんな車内にいる人間が無事でいられるはずがない。


「あ……鼻血でた」

「鼻血で済むのはおかしいだろうがよ!」


 一気に建付けの悪くなった扉より姿を見せたココロとその孫の姿に思わず叫ぶフランキー。
 その背後で、


「よっしゃーッ! 着いたァ!!」


 瓦礫を吹き飛ばし、やる気満々のルフィが雄たけびを上げる。
 大量のがれきに埋もれようともゴム人間であるルフィには関係のないことだった。
 ルフィは約束通り送り届けてくれたココロに礼を言うと、瓦礫に山に向かって急かすように叫んだ。
 

「おいお前らさっさと立ち上がれ、こんぐらい平気だろうが!」


 無茶苦茶言ってやがるとフランキーが呆れる中、瓦礫の中より声が聞こえた。


「ゴムのお前と一緒にするんじゃねェ。
 ……生身の人間がこんな突入させられて無事なわけが―――あるかァ!!」

 
 瓦礫を吹き飛ばし船長に怒りの声を上げる船員(クルー)達。
 すこぶる元気だった。


「よし! 全員無事だ」

「お前らもたいがいオカシイからな」


 頑丈すぎる海賊たちに思わずフランキーは口に出していた。
 

「あそこに階段がある。早くロビンを助けに行くぞ!」


 ルフィが指差した先には上へと続く大きな階段がある。
 ロビンの救出の為に一味はすぐさま動き出した。
 この戦いは時間との勝負でもある。
 ロビンが正義の門を潜ってしまえば、もう二度と手が届かなくなるのだ。


「待て」


 だが、そんな一味に対し不意に声がかけられた。


「さっきの部屋に行ってもニコ・ロビンはいないぞ、チャパパパ!」


 見上げれば、CP9の一人フクロウが壁の片隅に張り付くようにして一味を見下ろしている。
 フクロウはおもむろに一つの鍵を取り出すと、一味に告げた。


「これはニコ・ロビンを捕えている海楼石の手錠のカギだ。
 お前たちが万が一ニコ・ロビンを助け出せても、海楼石はダイヤよりも硬いから手錠は永遠に外れることはない。
 それでも良ければ、ニコ・ロビンを助けに行け!」

「じゃあ、よこせ!」


 ルフィのゴムの腕が唸る。
 間合いと言うものを一切無視した拳が弾丸のように放たれるも、フクロウは一瞬にしてその場を離脱する。
 六式が一つ、剃。
 クレスも使用するこの技は、味方にすれば頼もしいが敵に回ると厄介極まりない。


「チャパパパ! 慌てるな、まだこの鍵が本物だとは言ってないぞ。
 この塔の中にCP9はおれを含めて五人いるが、全員が同じものを持ってお前たちを待っている。欲しければ、取りに来るんだな」


 そう伝えると、フクロウは音もなく姿を消した。
 彼の言葉通りならば、塔のどこかに潜伏して一味を待つつもりなのだろう。


「やってくれるぜ、こりゃ厄介なことになった」

「どうして? まずはロビンの身柄が最優先よ。鍵はその後に奪い返せばいいじゃない」


 悪態をつくサンジにナミが問い返す。
 

「いやナミさん、そうすれば奴らが鍵を……たとえば海に捨てちまうかもしれない」


 海楼石はインぺルダウンの檻にも使われるほど頑丈で、鍵がなければ決して解錠できないことで知られている。
 もし鍵が失われた場合、ロビンを繋ぐ海楼石の手錠が外れることはない。
 それに脱出する時のことも考えれば、ロビンを開放した方がいいのは分かりきっている。


「でも、あいつらが持ってる鍵が全部本物だとも限らないじゃない」

「いや、どれかは本物だ。
 ありゃ自分が負ける姿なんて想像もしてないタイプの奴らだ。それにどのみちアイツ等とやり合うことは避けられねェ」


 剣士としての本能か、ゾロが一つの可能性を切って捨てる。
 CP9の狙いはロビンを奪還しようとする一味を分断させ、なおかつ自分たちの元へと誘うことだ。
 悪辣とも取れる策だが、この策は"CP9が勝利する"という傲慢とも取れる条件を元に成り立っていた。でなければこんな策を考え付く筈もない。
 一味の判断は早かった。
 そもそも今は迷う時間すら惜しい。


「ルフィを除いて、おれ達は5人いるらしいCP9から5本の鍵を手に入れルフィを追う」


 サンジが全員に確認を取り、


「ロビン君が門を潜れば全てが終わる。時間との勝負だな」


 そげキングが頷く。


「敗北は時間のロス。全員死んでも勝て!」 

「オウッ!!」


 ゾロの喝に力強く答え、一味は分かれて走り出す。
 そこに迷いはない。
 ある意味で一味もCP9と同じだ。
 己の力、仲間の力。その二つを信じ、勝つ可能性だけを見ていた。












 第十七話 「師弟」













「逞しくなったものだ。
 生意気なくせに、妙に大人びていたあの頃からすれば見違えるようだよ。
 だが、私にはそれが必然でもあるように感じる。あの頃の君があり、当然の如く今に至ることはね」


 CP9も姿を消し、先ほどまでも喧騒が嘘のように空々しいバルコニー。
 吹き荒れる海風に<正義>の二文字を背負ったコートをはためかせながら、リベルはクレスの姿を正面に見据え変わらぬ様子で口を開いた。


「そりゃどうも、素直にほめ言葉として受け取っとくよ。
 そういうアンタは何も変わらないな。二十年もの歳月が経ったとはとても信じがたいよ」


 一切の油断などなく、いかなる攻撃にさらされようとも直ぐに対処できる体制で、クレスは言葉を返す。
 目の前にいる相手は<武帝>の異名を持つ伝説の海兵。
 クレスが思い描き続けた最強の具現。
 

「私もほめ言葉として受け取らせてもらうよ。
 二十年か、思い返せば少なくとも私にとっては永くも短いような日々だった。
 ロビン君から聞かせてもらったよ。過酷な道のりだったようだね。だが、それを乗り越え続けた」


 張りつめていく空気を感じながらも、クレスは飄々と言葉を返す。
 

「ああ、だからアンタにも負けるわけにはいかない。
 ロビンと約束しちまった以上、破るわけにいかないからな」

「……そうか。実に良き漢ぶりだ。
 君に六式を教えた身としては、非常に好ましく思うよ。
 それ故に残念だ。こうして君と戦うこととなってしまった、我が境遇を」


 自然体でありながらも、尋常ではない重圧をリベルが放ち始めたのを感じ、クレスは更に心を研ぎ澄ませていく。
 浅い息を吐き、心に火をくべる。
 灯された熱は血潮と共に体を巡り、迷いすらも燃やし、己の能力を十全に発揮する。
 かつて目の前の男に教えを受けた通りに。
 

「別におれはそこまで悲観してはいないよ」

「ほう、何故だね」


 僅かに驚いたようにリベルは問い返す。


「おれは海賊で、アンタは海兵だ」

「成程、確かにそうだね。
 ―――ならば覚悟はできているな、エル・クレス」

「ああ、負けるわけにはいかないな、アウグスト・リベル」


 秩序を尊ぶ者。
 自由を望む者。
 両極端に位置する両者が相容れることはない。
 

「剃」


 先に動いたのはクレスだった。
 静止していた肉体は一歩目で最高速を叩き出す。
 余りの速度に残像すらの残さずクレスの姿が消えた。
 リベルとの距離は一瞬でゼロに近づく。
 自然体でクレスを待ち構えるリベルが動く気配はない。だが、その眼は確実に自身を捉えている。
 リベル相手に小細工は無意味、むしろ余計な策は自身に隙を生む。
 ただ真っ直ぐに、愚直なまでに。
 自身が持つ最高速を追い風に、肉体を制御。
 全身を駆動させ、硬く握りしめた拳に力を連動させる。
 放たれるは、威力を集約させた渾身の一撃。
 大気の壁を打ち破りながら、必殺の威力を込められた拳がリベルの体に突き刺さる。
 衝撃が辺りに爆ぜる。
 あまりに強すぎる一撃に周りの物質が耐え切れず、悲鳴を上げた。 


「良き、一撃だった」


 感慨深げにリベルが呟く。
 我流"閃甲破靡"。
 幼き頃にクレスが自身の長所のみを繋ぎ合せて編み出した技。
 一点に集約された一撃は的確に相手を打ち砕く。
 その威力たるは幼い身でありながらも、CP9の一人を打ち倒すほどだ。
 それを今、心身ともに成長し六式の"奥義"たる六王銃を放てるまでに成長したクレスが放てば、それは正しく必殺となりえる。
 だが―――


「だが、この程度かね?」


 涼しげな顔で、リベルはクレスの一撃を片手で受け止めていた。
 クレスが突き出した拳から感じた感触は、不動の大樹を殴りつけたかのように重い。
 瞬間、リベルの体が躍動する。
 気が付けばクレスは宙に舞っていた。
 その動きは余りに流麗。
 リベルの動きは余りに鮮やかすぎて、攻撃を受けた後にしか理解できなかった。
 クレスが受けたのはほんの単純な事、ただ圧倒的なまでの体捌きで吹き飛ばされたのだ。


「ッ!」


 息をする間もなく、クレスは空中を蹴りつけその場を離脱する。
 間髪入れずクレスが先程までいた場所を神速の斬撃が通り過ぎる。尋常ならざる速度で放たれたのは真空の刃"嵐脚"。
 乱れた体勢を無理やりに制御させ、バルコニーで嵐脚を放ったリベルへと目を向ける。
 しかし、そこにリベルの姿は無かった。


「さて、君はこの一撃受けきれるかな?」


 声が聞こえたのは背後。
 在り得ない、と言う驚愕すらこの男の前には意味を為さない。
 嵐脚を放ってからの接近。この程度ならば六式を扱う者ならばだれでもこなせる。むしろ戦術の基本とさえいえるだろう。
 だが、これを同時に行うとすればどうだろう。
 嵐脚を放つと同時に剃、月歩で敵の背後を取る。更に言えば、嵐脚を放った瞬間には敵の背後を取っている。
 余りにも矛盾する行為。しかしそれを当然のようにリベルは現実にする。


「指銃」 
 

 打ち出されたのは、万物を例外なく打ち抜く魔弾。
 思わず目を奪われる程の鮮やかな動きは、世界を置き去りにした。
 背後という、人間にとって絶対の死角より放たれた一撃は必然のように無防備なクレスに吸い込まれた。 


「……ほう」


 だが、リベルの拳は空を切る。
 リベルの拳が自身を打ち砕く直後、驚異的な瞬発力と柔軟性によってクレスがリベルの一撃を回避せしめたのだ。
 予想が外れたのか、楽しげにリベルは息を漏らす。
 その感嘆を裏切る事なく、反転し体勢を立て直したクレスは引き絞られた矢のように硬化させた拳を打ち出した。


「指銃"剛砲"ッ!!」


 渾身の力が込められたクレスの拳に対し、リベルもまた同じように拳を突き出した。
 

「指銃"剛砲"」 
 

 両者の拳はエニエスロビーの空でぶつかり合った。
 一瞬にして衝撃が大気を震わせる。
 まるで嵐の中に飛び込んだかのような重圧に押されながらも、クレスは全力でリベルの拳に立ち向かった。
 だが、その均衡も一瞬のうちに消え失せる。
 拳の先に感じていた重圧が侵食するようにクレスの懐に飛び込んで来たのだ。
 そこに居たのは、既に拳を放っていたリベル。 


「耐えてみせなさい」


 遅れて来た衝撃はクレスを駆け巡り吹き飛ばした。
 まるで激流に弄ばれる木片のように司法の塔の窓を突き破り、硬い石壁に叩きつけられる。
 吹き飛びそうだった意識を繋ぎとめ、クレスは顔を上げた。
 

「素晴らしい。よくぞ我が一撃を受けとめた」


 クレスの視線の先では、まるで赤絨毯の敷かれた階段を下りるかのように優雅にリベルが空を歩きながらバルコニーの上に立った。
 重い身体を何とか起こし、クレスは再びリベルに向け構えを取る。


「相変わらず、……エゲツねェ」


 リベルの一撃の寸前、クレスは全身に鉄塊をかける事によりその一撃を受けとめていた。
 もしあの瞬間に鉄塊が間に合わなければ、こうしてクレスが立ち上がれた可能性は低かっただろう。
 最悪、あの瞬間に呆気なくも勝負が決していた可能性すらある。
 

「いつ見てもアンタの武技は怖気がするほど、鮮烈だ」

「なに、日々の弛まぬ鍛錬の賜物だよ」

「アホ言え、異質すぎんだよ」


 武帝。
 リベルの持つこの二つ名は伊達ではない。
 如何なる武技をも極めつくしたと言われる男。それがリベルだ。
 両足で大地を掴み、腰を落として重心を安定させ、拳を握り、全身を躍動させ、拳を突き出す。
 集約され、極限まで研ぎ澄まされたその御技。
 鉄の塊である筈の刃物が、存在を昇華させ、名刀として万人がその存在を湛えたのならば、拳を突き出す動きもまた同じ。
 リベルの武技を例えるならば、芸術だった。
 それも凶悪な、誰もが目を引かれずにはいられない程の。
 その鮮烈さたるは、余人の追及を許さない。
 世界すらも驚嘆せしめ、置き去りにするほどの極技。
 無双。
 正しく、その武技に並ぶ者などいなかった。
 

「それが君と私との差だ」


 涼しげにリベルは言う。
 世界は想像を絶するほど広く険しい。
 頂きに立つリベルとクレスとの間にある距離は、遠い。


「……そうだな」
 
 
 その事実を知りながらも、クレスは臆す事なくリベルの正面から立ち向かう。
 彼我の戦力差など既に承知の上だ。
 しかし、それがどうした。
 目の前の男がいかに強大で在ったとしても、打ち勝たねば明日は無い。


「ロビンを迎えに行く。
 それがアイツと交わした約束だ。その為にアンタは邪魔だ」

「単純だね、好ましいよ。
 ならばその想い、一分でも近づけてみるがいい」


 そして気が付けば、リベルが目の前で腕をふるっていた。
 遅れてクレスがその形跡を確認する。
 武技を極めつくしたこの男は、物事における因果すらも凌駕する。
 リベルの前ではまず拳が打ち出されたと言う結果が在り、その結果に研ぎ澄まされた所作が追随する。


「ッアアア!!」


 辛うじてリベルの振るった拳を察知したクレスは、咄嗟に硬化させた腕で受けとめる。
 だが、リベルの一撃はその程度の防御など紙の如く散らす。
 故にクレスは渾身の力を込め、リベルの一撃を逸らせた。
 僅かに軌道を変えたリベルの拳は拳圧のみで、室内をグチャグチャにかき回す。
 

「嵐脚“菊先”」


 その僅かな隙を縫うように、跳ねあがったクレスの蹴脚がリベルを襲う。
 菊の花のように斬撃が走った。
 予想外の攻勢だったのか、リベルはその斬撃に身を晒されたかのように見えた。
 だがそれは幻影。
 研ぎ澄まされたリベルの体捌きは相対する者を幻惑する。
 間髪入れず、クレスの鳩尾を衝撃が駆けあがり上空へと吹き飛ばされる。
 その一撃も何とか凌ぎきり、再び来るであろうリベルの姿を追おうとして、クレスは目を見開いた。


「剃"幻歩・千遍華"」

 
 目の前に広がるのは、幾多ものリベルの姿だった。
 クレスが模倣しルッチすらも手玉に取った、クレスの父、エル・タイラーのみに許されたオリジナル。
 剃“幻歩”。
 他者のものである筈の技も、リベルは別の終着点へと導いていた。


「……何でもありだな、アンタ」

「それは君の中の常識の話しかね?」
 
 
 クレスを取り囲むように幾重にも分身したリベル。
 その全員より一斉に斬撃が放たれた。


「嵐脚“円陣檻”」


 上下左右、四方八方。
 クレスに放たれた斬撃は逃げ場無き檻。
 為す術も無く、クレスは迫りくる怒涛の如き斬撃に飲み込まれる。
 瞬間、紅い光が瞬いた。





◆ ◆ ◆






 司法の塔地下、海底通路。
 自身の放つ足音のみが淡々と響き続ける、司法の塔と正義を門を繋げる海底に作られた通路。
 人の手では破れぬような分厚い鉄の扉より入り、正義の門まで最短距離を辿るこの場所は、司法の塔の構造を把握する者しか知らぬ秘密の通り道だ。
 その通路を早足でスパンダムは進み、ルッチを引き連れながら正義の門へとロビンを連行していた。
 

「今、ものスゲェ音がしたが、気のせいか? 気のせいだよな?」


 海賊達がそこまで迫って来る可能性が浮かんだのか、疑心暗鬼に陥ったスパンダムはルッチへと問いかける。
 

「上で武帝殿が暴れている音か、それとも海賊の誰かが扉を破壊した音では?」


 スパンダムの問いかけに、ルッチはぞんざいに答えた。

 
「あァ!? そんなバカな事があるかァ! 
 あの分厚い鉄の扉だぞ! 第一奴らが扉を見つけられる筈がねェ。
 きっとリベル殿がエル・クレスに止めを刺した音だ。そうに違いねェ! 
 ……なァ、てめェもそう思うだろ、ニコ・ロビン」


 海楼石で後ろ手を繋がれたロビンをいたぶる様にスパンダムは問いかける。
 だが、ロビンは沈黙を保ち何も答えなかった。
 そんなロビンの姿に溜飲を下げたのか、スパンダムが僅かばかりの虚勢を取り戻す。
 しかし、その虚勢はルッチが発した言葉に打ち砕かれる。


「いえ、子どもとペットが我々を付けていましたので可能性があります」

「えぇぇぇっ! な、何故お前それを知ってて消さなかった!?」


 驚愕するスパンダムに、悪びれることなくルッチは答える。


「指令が出ませんでしたので」


 スパンダムが恐慌しルッチを罵るも、ルッチは涼しい顔で聞き流す。
 その口元は血の匂いを嗅ぎ取った肉食獣のように歪んでいた。
 自分達を追う海賊達に、獰猛な血が反応したのだろう。
 

(なんとして……この場を脱出しないと)
 

 スパンダムとルッチに正義の門へと連行される間、ロビンは常に逃げ出す機会をうかがい続けて来た。
 だが、海楼石の錠で繋がれた状態ではそれも難しい。
 能力の無いロビンはただの女でしか無い。力ではルッチにはもちろんの事スパンダムにすら劣る。
 このままではロビンは何も出来きずに、正義の門へと連行されてしまう。それだけは何としても避けたかった。
 苦境に居るのはロビンだけではないのだ。
 助けに来た仲間達は皆命をかけている。ならば、ロビンもそれに答えなければ嘘だ。
 ロビンを包み込んだ希望の光。その輝きは決して途絶えることは無い。
 クレスと同じく、ロビンもまた仲間たちを信じた。
 仲間達は必ず立ちはだかるCP9を倒して、ロビンを助けに来ようとしている。だからロビンも何とかして足掻こうとした。
 そして、それはクレスも同じだ。
 

(……クレスはきっと勝つ)


 今司法の塔で最も絶望的な戦いに身を投じているのはクレスだ。
 世界中の誰もがクレスの敗北を疑わないだろう。
 だが、それでも絶対にクレスは諦めない。
 昔からそうだ。クレスはロビンと交わした約束だけは必ず守り通した。
 クレスは負けない。
 ロビンはそう固く信じ、己もまた諦めず立ち向かい続ける事を決めていた。






◆ ◆ ◆






 リベルとクレスが戦闘を繰り広げた司法の塔の一室のあり様は散々たるものだった。
 広々とした室内は見事に破壊しつくされ、あちこちに人の手で為されたとは思えないほどの破壊痕が残っている。
 窓という窓は割れ、壁という壁は抉れている。
 崩れかかったその場所は、廃墟と呼ぶのが相応しい。


「時に世の中には生まれながらに様々なモノを秘めた者が現れる。
 例えばそれは力であったり、知能であったりする。幼少より天賦を開花させたものを、人々は神童、または鬼子と呼ぶ。
 それは総じて異常な事だ。なぜならば人々が幾多もの時を重ね習得するものを、短期間で学び身に付けるのだから。しかし、それも在りえない事ではない」


 玉座に座るが如く積み上がった瓦礫の上に腰掛けながら、リベルは言を紡ぐ。
 

「真に異常たるは、学ぶこと無きに知る者。
 一を教わり瞬間に十に至るのではなく、既に十の姿を知り得ている。そこに至る為の順当な努力すらも内包して。
 これはもはや異常という言葉ですら測れない。異常を通り越し、排斥される異端とでも言うべきものだ」


 ゆっくりと誰もが跪かずにはいられないほどの重圧を振りまきながら、リベルは立ち上がった。
 そして、僅かに目を細め目の前に立つ男に問いかけた。


「そうは思わないかね? クレス君」


 リベルの前に立つクレス。
 逃げ場無き斬撃に囲まれ為す術も無く倒れる運命にある筈だった。
 だが、その身に一切の傷痕は無い。


「さァな、知らねェよ。
 それにおれにとってはもうどうでもいい話だ」

「だろうね。では聞こうか、―――何をしたのかな?」


 快活な笑みを浮かべるリベルの視線の先でクレスも同じように笑みを作った。


「見れば分かるだろう? アンタの攻撃を避けきったんだよ」

「それにしては劇的過ぎたね。
 あの刹那とも取れない時の中で、的確に、針の先を通すような僅かな隙間を見つけ脱出する事など君には不可能に近い」


 思案するようににリベルは腕を組むも、クレスは皮肉げに笑みを浮かべるだけだ。
 

「まァ良いとしようか。
 その疑問を解くのは君と拳を交えながらとしよう」

「存分に相手になってやるよ、リベル。
 アンタのおかげでやっと安定して使えそうだからな」


 するとクレスは仮面を被り直すかのように貌に手を当て、目を閉じた。
 それは己のみに許された力。
 常にそこにあり、見つけられなかった能力。
 クレスがクレスであったが故に発現した、悪魔の残り火。
 異端の証明。
 開かれたクレスの瞳がまるで血に飢えた魔犬のように鈍く、煌めいた。






―――欺くは己。



「―――“時幻虚己(クロノ・クロック)”―――」











あとがき
お久しぶりで申し訳ないです。作者のくろくまです。
とうとうどうしようかずっと悩み続けたクレスの能力を出してしまいました。
やってしまったかなと後悔事半分、やりきってやろうと気合半分です。
なんとか上手くやって行きたいものです。
次も頑張ります。ありがとうございました。



[11290] 第十八話 「時幻虚己(クロノ・クロック)」
Name: くろくま◆e1a6eab8 ID:255fd99a
Date: 2011/11/13 16:20

―――無数の歯車が絡み合い、刻々と刻まれる。


  
 自分は何なのだ。
 何故、自分は自分であり、確固たる自我を持ち生まれたのか。
 何故、生まれながらにして断片的に知識を得ていたのか。
 何故、見るもの聞くものその全て既知感を感じ、あまつさえ懐かしいとさえ感じてしまったのか。

 それはクレスが生まれてからずっと考え続けていた命題であった。
 クレス自身が誰よりも分かっていた。
 明らかに異質。そして異端。 
 己の存在は余人には到底許容できるものではない。
 そしてその答えを得ることは永遠に失われたままなのだろう。
 だが、今はその理由が少しだけ分かったような気がした。


「"Time waits for no one."……か、なるどな」


 紅い光が収束し、クレスの瞳に鬼火のように灯る。
 その瞬間、ギチリと、時が悲鳴を上げたかのような歯車同士の不協和音が響いた気がした。
 異質に、そして魔的に世界を歪め、クレスは笑った。






「だが、例外はあるか」












 第十八話 「時幻虚己(クロノ・クロック)」













 紅い光をその眼に灯し、己が歪めた世界をクレスは認識した。
 それは事なる空間。
 己のみに見え、感じる世界だった。


「君の身に何が起こったかは、当然教えてはくれないのだろう?」


 軽く息を吐き、クレスは楽しげな笑みを浮かべるリベルに目を向けた。


「当り前だろ。誰が教えてやるか」

「そう年寄を苛めないで欲しいものだが、まァよいだろう。それもまた面白い」

 
 無数の軍靴が大地を蹂躙するかのようにリベルは歩を進めた。
 穏やかでありながらも、それ以上の苛烈さを感じさせる瞳がクレスの姿を睥睨する。
 それだけで喉元に刃を突きつけられたよな感覚に襲われるも、クレスは動じなかった。


「私を失望させてくれるなよ」


 そしてリベルの姿が消えた。
 余りに流麗な脚運びは大気にすらその姿を溶け込ませ、まさしく風となってリベルを運ぶ。
 気が付けばリベルはクレスの懐に入り込み、万物をも砕く一撃を放っていた。
 放たれた拳は必然のようにクレスに吸い込まれる。
 遅れてリベルの動きに耐えきれなかった世界が震えた。
 

「心配するな、そんなことはねェよ」


 その瞬間、新たな衝撃が辺りを駆け廻った。


「ほう……ッ!」


 リベルが漏らした声は驚きか。
 リベルの顔に深い笑みが刻まれる。その表情に影が被った。それは己の眼前に差し出した掌の影。
 突き出されたクレスの拳を受けとめた自身の影。
 驚愕すべき光景だった。
 クレスは武芸の極致に立つとされるリベルの一撃を捌ききり、なおかつ一撃を加えようとしたのだ。


「剃"幻歩"ッ!!」


 瞬間、クレスの姿が気配すら感じさせず掻き消えた。 
 一度目とは明らかに違う。
 リベルが流麗ならばクレスは夢幻。
 その動きはさしものリベルですら驚嘆させた。
 間髪すら入れず、正面に居た筈のクレスはまるで瞬間移動でもしたかのように、突如背後に現れ拳を振るっていた。
 クレスの動きを察知したリベルは流れるような動きで拳を交わし、同時に暴風のような蹴りを放つ。
 しかし蹴脚がクレスに触れる寸前、またその姿が消えた。


「嵐脚―――」


 次にクレスが現れたのは上空。
 速い。余りにも速過ぎる。
 その速度は圧倒的であり、あろうことかリベルですらその姿を見失いかけた。


「―――研爪ッ!!」


 撃ち降ろされたクレスの脚より、三爪の鋭い斬撃が放たれる。
 クレスの放った斬撃はリベルを切り裂く。だがそれは残像だった。


「なんという速さだ。
 だが、速さのみで私を捉えられると思うのは甘いよ」


 リベルが脚が瞬く。
 

「嵐脚"獄林槍"」


 一瞬のうちに生み出されたのは、無数もの刺突。
 それらは同時に穂先並べ敵を蹂躙する槍衾。


「受けてみたまえ」


 リベルの号令と共に無数の刺突がクレスに襲いかかった。
 速さとは利点だけではない。
 速度は思考を蝕み、視界を狭め、猶予すらも消す。
 リベルの前では速さすらも諸刃の剣だった。
 喊声すら聞こえてきそうなその勢いにクレスの姿が飲み込まれたかに見えた。
 だがその全てをデタラメな軌道を辿ることでかわし切り、クレスは再びリベルに肉迫していた。


「アレを捌き切るか。だが、これはどうかな?」


 しかし、そこには逆に距離を詰め、既に拳を放っていたリベルの姿があった。
 クレスの眼が見開かれる。
 因果をも凌駕する神速の一撃が真っ直ぐにクレスに叩きこまれた。
 だが、クレスはありえない反応を見せた。
 突き出されたリベルの拳に対し、その軌道をなぞるかのように身体を逸らしたのだ。
 颶風を纏ったリベルの拳はクレスの頬を切り裂くも、紙一重で空を切り、外れた。
 吹き荒れる風圧の中、一瞬、リベルとクレスの紅い瞳が交差する。
 その時、リベルの顔に初めて純粋な驚きが浮かんだ。


「オオオオオオオオオッ!!」


 咆哮と共に、クレスの渾身の一撃がリベルに放たれる。
 踏み込まれた両脚が地面を砕く。
 凶悪なまでに引き絞られた拳が絞り込まれた弓から放たれる矢の如く突き出された。
 拳はリベルの中心に直撃。余りの一撃にリベルが床を削りながら後退する。
 

「……なんと、まさかこれほどとは」


 目を見開いたリベルが感心するようにリベルが呟く。
 クレスの拳は的確にリベルを捉えた。クレス自身手ごたえも感じた。
 だが、クレスの一撃はリベルの差し出した掌に止められていた。


「何と魔的な。
 どうやらその技、ただ単純に速度が増すだけではないようだな」

「何を言ってんだ、おれは何も変わらない」


 炯々と光を灯す瞳で、クレスは言う。


「遅くなったのは、アンタの方だ」

「成程。それが虚実かどうか、見極めて見せよう」


 快活に笑うリベルの前で再びクレスが消える。
 その動きは夢幻。初動を完全に消し去り、尋常ではない速度で世界を駆ける。
 リベルはその姿を捉え、遮るかのように幾多もの攻撃を加えるも、クレスはその尽くを回避した。
 それはまるで世の理から外れたかのように魔的。
 しかし、その速度に振り回される事なく完全に制御しきり、なおかつ相手の動きを的確に捕捉する。 


「これはどうやら、私も遊んではいられんようだな」


 リベルが呟きを漏らした瞬間、硬化されたクレスの踵が襲いかかる。
 しかし、クレスの一撃が肌に触れる寸前でリベルの姿が消え、同時にクレスの背後で鋭い手刀を繰り出していた。
 突き出された手刀は必然のようにクレスを貫くものと思われた。
 だが、あっさりとリベルの腕は空を切った。


「嵐脚―――」


 クレスが現れたのはリベルの真下。
 獣のように低く伏せた姿勢より後方に回転すると、振り上げた脚により巨大な斬撃を生みだした。
 それはクレスの持つ最高の切断力を持つ技。


「―――断雷ッ!!」


 巨大な三日月状の刃がリベルを襲う。
 完全に不意を突いた攻撃を前にリベルの表情が消えた。
 斬撃はリベルに直撃。
 凝縮された一撃に周囲から音が消え、静寂が辺りを包む。


「ヌンッ!!」


 だがその静寂は、リベルが発した気合により打ち破られた。
 直後、リベルを中心に斬撃が二つに分かたれ、それぞれが後方に飛び、石壁を切り裂いて後方に消えた。
 その背後で、


「指銃"咬牙"ァッ!!」


 空を駆け抜け知覚すら困難な程に加速したクレスが、硬化させた指先を突き出していた。
 クレスの動きを察知しリベルは身体を反転。
 同時に振り上げた手刀によってクレスが突き出した腕を叩き落とそうとした。
 だがクレスは止まらない。
 今までの幻惑するような姿から一転、愚直なまでに真っ直ぐに突き進む。
 クレスとリベルの姿は、瞬く間に交差。
 完全に腕を振り抜いたクレスに対し、空中に立つリベルがゆっくりと振り向いた。


「見事だ。よもや是非も無い。
 君の能力は私にも届き得る牙となりえた」


 リベルの脇腹より紅い血が流れ、荒廃した石床に落ちた。
 完全に不意を突いたクレスの渾身の一撃は、如何にリベルといえど完全に捌ききれるものでは無かった。
 だが、そのような事など瑣末な事のようにいつもと変わらぬ様子でリベルは続けた。


「だが、理解したよ。
 君だからこそ、得られたその能力を」


 リベルは地上に着地すると回顧するように目を閉じた。


「昔から疑問に思っていたのだ。
 君の存在は余りにも異端過ぎた。君に六式を教えた際にも、それは顕著に感じた。
 身体の基礎ができた直後、僅か一日……いや、もしくは一瞬で君は六式の基礎全てを完璧に習得した。
 あの時、私は感じたよ。この子はまるで"思いだすかのように"技を習得すると。
 そしてそれを裏付けるように、切欠さえあれば君は様々な技を習得した。その理由がようやくわかったよ」


 快活に、だが先ほどとは明らかに色合いの違う笑みを浮かべたリベルと、振り返ったクレスの瞳が交差する。
 リベルの視線の先で、クレスは好戦的な笑みを作った。






「―――"時"だね。君が持ち得た能力は」



 


 考えようによっては他の可能性もあっただろう。だが、リベルは確信を持ってクレスの能力を断言した。


「時間操作とは、恐ろしい力を目覚めさせたものだ」


 時間操作。
 それは人知を超える、絶大なる力。
 故に尋常ではない程の速度で動き回り、なおかつ超越したリベルの姿を捉え続けられた。
 この二つの現象は矛盾する。
 だがそれは、時が有限という概念に基づいたものだ。
 相反する二つの事象も、“時”事態を操ったならば可能となる。
 

「そんな大層なもんじゃねェよ」


 確信を突くリベルの言葉にクレスは嘯く。 
 

「おれにできるのは自分を欺く事だけだ」


 時幻嘘己(クロノ・クロック)。 
 そう、今のクレスは時を操るなど大仰な能力は持ち得ていない。
 クレスが行ったのは己を欺く事。
 自身を欺き、時を操れると誤認させる。
 人は誰しも他人とは異なる瞬間を生きる事がある。
 それは例えば生命の危機であり、全神経が過敏に反応した結果、物事の速度が異常なまでに遅く見せるのだ。
 クレスはその状態を"生命帰還"によって作り出し、維持させた。


「だが、それでも君は特別だ。
 普通の人間……いや、君以外の人間にその感覚は耐えきれるものではない。
 異なる時の中で生きると言う事は、別の理で生きるも同じ。通常ならば脳の処理が追い付かず、発狂するだろう。
 ところが君はどうだ? 君はその感覚を当然のように認識している。違うかね?」

「流石だな。その通りだよ」

 
 クレスは静かにリベルの言葉を肯定する。
 今、クレスを包む世界は酷く緩慢だった。秒針が一つ刻まれるだけでも息が詰まるほど遅い。
 リベルとかわす会話すらひたすらに鈍く感じ、自身から流れ落ちる血潮すらも狂おしいほどにもどかしい。
 だが、クレスは特に不快に感じはしない。
 それどころかこの異常な空間の中で一人平然と普段通りに動き回れた。
 当然だ。
 これはクレスが己を欺き作り上げた世界なのだから。
 


「なんとなく予感はあったんだよ。
 何かが出来る気がするって。だが、思いだせなかった。
 未だに何故こんなことが出来るのか、予測は立てられるけど、所詮予測でしか無い」


 クレスは徐に腰元に下げたサイドバックから、黒手袋を取りだした。
 それはリベルがオハラを去る際に手渡した、父親の遺品。
 クレスはそれを両手に取り付けた。


「だが、おれが母さんの息子である事だけは確信している」

「"悪魔の実"ではないのだね」


 黒手袋には僅かではあるが海楼石が仕込んである。
 それを知っていたリベルは、クレスの力の異質さを再確認する。


「当然だ。泳げなくなるならこんな力なんかいらねェよ。
 泳げないとロビンを助けられないし、何よりあの船だと狩りが出来なくなって死活問題だ」

「はっはっはっは! そうかね、面白い!」


 快活に笑い、リベルの身体が僅かに沈む。
 圧倒的な重圧が辺りを駆け廻り、世界を歪ませる。


「小手調べは終わりにしようか。
 君の力を認めよう。君は私の対等たりえる」


 その中でリベルはゆったりと拳を持ち上げ、クレスの喉元へと向けた。
 リベルが初めてクレスに対し構えを見せたのだ。
 その瞬間、世界を覆う重圧全てがクレスに襲いかかった。
 構えとは己が力の矛先を向ける事。
 リベルの放つ世界歪ませる程の重圧の全てに指向性を持たせたのだ。


「……やっぱりまだ本気じゃ無かったんだな」
 
「当然であろう。これでも私は君の師なのだ。
 師としての威光を見せる為にも、始めから本気を出す訳にもいかんだろう」

「そうかよ、上等だ」


 ヘタをすれば空間に潰されるのではないかと言うほどの重圧の中で、クレスもまた同じように構えを取った。
 臆することは何も無い。
 戦い、勝つ。
 始めから為すべきことは変わらないのだから。
 両者の気迫がぶつかり合い、辺りに静寂が生まれた。
 それに伴い、周りの喧騒と振動が伝わってきた。
 今、司法の塔で戦いを繰り広げているのはクレスだけではない。
 ルフィ、ゾロ、ナミ、ウソップ、サンジ、チョッパー、フランキー、そしてロビン。
 仲間たちが皆、それぞれの戦いに挑んでいる。


「行くぞ、アウグスト・リベル」

「その意気や良し。
 ならば、見せてやろう。我が六式の真髄を」






◆ ◆ ◆





 
 海賊達と世界政府の戦いは苛烈を極めていく。
 そんな中で、一つの"災厄"が引き起ころうとしていた。
 ロビンを連行するスパンダム。
 あろうことか彼は迫りくる海賊達に動転し、"ゴールデン電伝虫"のボタンを押してしまったのだ。
 それは全てを壊滅させる"正義の鉄槌"。



 <バスターコール>の発動要請だった。








[11290] 第十九話 「狭間」
Name: くろくま◆d43a7594 ID:f2c7a7fc
Date: 2011/12/25 06:18



 バスターコール。

 それは海軍本部中将5名と巨大軍艦10隻を一点に召集する緊急命令。
 海軍本部大将、元帥のみがその権利を有し、発動の際には如何なる犠牲を問わず正義を遂行する、国家戦争クラスの武力行使。
 政府の掲げる"絶対的正義"を脅かす全てが許されるものではない。
 故に滅ぼす。
 人であろうと、組織であろうと、国であろうと、島であろうと。
 打ち出される鉄火は、標的をどこまでも無慈悲に徹底的に破壊する。
 そこに人としての感情が入り込む余地など無い。
 過去の歴史を紐解いても、バスターコールの対象になったモノは例外なく滅んだ。
 
 
 一度放たれた命令は覆らない。
 標的は、ニコ・ロビンを除く海賊<麦わらのルフィ>並びにその一味。
 命令は下され、絶対なる正義の鉄槌が振り下ろされる。












 第十九話 「狭間」













 バスターコールが発動された。
 島中に設置されたスピーカーよりもたらされた情報はリベルと死闘繰り広げるクレスの耳にも届いていた。


「……バスターコールだと」


 引き起こされた現実に、クレスの中に一瞬の空白が生まれた。
 脳裏に浮かんだのは、深く刻まれ決して消えない記憶。
 無力だった己。自分を送り出した母の姿。氷漬けのサウロ。炎に包まれる故郷。涙を流すロビン。 
 クレスにとって、バスターコールとは何もかもを破壊し尽くした悪夢そのものだ。
 知らず血が滲むほど拳を握りしめていた。


「ほう、バスターコールとはまた大層なものを発動させたものだ」


 スピーカーよりもたらされる情報にリベルもまた耳を傾けていた。
 悪夢の再来に動揺を見せたクレスを攻撃すれば確実に勝利を掴めただろうが、リベルは動く事は無い。
 むしろ過去の悪夢に直面したクレスの姿を見定めるように眺めていた。
 そしておもむろに息を吐くと、リベルは拳を握りしめるクレスに語りかけた。


「異例ともいえるだろうね。
 国家戦争クラスの武力が、君たちのような少数の海賊団に向けられることは。
 振るわれた賽は決して戻らぬ。アレは正しく"鉄槌"だ。標的となったモノを必ず破壊する、そう言うものだ。
 それだけ今の政府にとって、ロビン君の存在はが疎ましく脅威的だという事だろう」


 リベルの前でクレスが血が滲むほど握りしめていた拳を緩め、自然体に戻した。
 その姿にフッとリベルが笑みを浮かべた。


「状況は絶望的だ。一片の希望すらない。
 さて、君はどうするね。この島と共に撃ち滅ぼされてみるかね?」

「……それはごめんだな」


 煽るようなリベルの言葉に、静かにクレスは返した。
 そこには既に先程までの動揺は欠片も無い。
 逆に浮かび上がったのは底冷えする様な闘気。


「おれがやることは変わらない」

「だがこうして私と戦う合間にも、ロビン君は刻一刻と正義の門へと近づきつつある。
 あの子も<能力>さえなければ、ただの女と変わりはしない。逃げ出そうにも一人では不可能だ。もう幾許も猶予などないよ」

「それでも変わらない。もうおれ達は一人じゃ無い」


 絶望的な状況で足掻くのはクレスだけでは無い。
 仲間を信じ、この男を留め、倒す。
 ルフィに命を預けたその瞬間より、その意志は決して揺るがない。


「ならばよろしい。
 余り私に隙を見せてくれるな。命がいくつあっても足りんぞ」

「見逃してくれてありがとよ。
 ついでにそのまま手加減でもしてくれや」

「はっはっは、残念だがそれは不可能だよ。
 調子を取り戻し、気力は互いに万全。さァ、存分に───死合おうじゃないかね」


 瞬間、リベルから尋常ではない程の重圧が放たれ世界を歪めた。
 易々と世界をも平伏させる力はまさしく<武帝>。
 気が付けばリベルの姿は消え、クレスの目の前で拳を打ち出していた。
 手を抜いていた。
 あれだけの力を見せつけておいきながらも、リベルの言葉は虚実は全くない。
 放たれた一撃は心技体その全てにおいて先程のリベルを上回る。
 ただ拳を突き出す。
 それだけである筈の行為が、どうしようもなく凶悪。
 神速の拳は暴風でも纏ったかのように、破壊を導きながらクレスへと突き刺さろうとした。


「時幻虚己(クロノ・クロック)ッ!!」


 直撃の直前、クレスの瞳が一際妖しく瞬いた。
 時は幾重にも刻まれ、圧縮され集束する。
 欺き作り上げた世界により、因果をも凌駕する神速の一撃を迎え撃つ。
 状況は正しく紙一重。直撃が必然付けられた攻撃を前に、クレスは奇跡とも取れるあがきをみせた。
 迫り、自身に敗北を刻もうとする覇者の拳を前に、クレスは自身の腕を渾身の鉄塊で固め、その軌道上に置いた。
 リベルの拳とクレスの腕が接触する。
 クレスはそこから神憑り的な精密さでリベルの拳を逸らしにかかった。
 

「この一撃を逸らすか」


 中心を外されたリベルの拳は拳圧のみで周囲を薙ぎ払った。
 その余波を受けクレスの腕より鮮血が飛び散る。完全に逸らし切ってこの威力。やはり次元が違いすぎる。
 だが、その程度の事で怯むクレスでは無かった。
 攻撃を放ち無防備な姿勢であろうリベルに対し、渾身の拳を放つ。
 だがその一撃を前に、リベルはありえない反応を見せた。
 クレスの放った拳を前に、あえて一歩踏み込み宙へ身体を躍らせたのだ。
 弄ぶかのようにクレスの攻撃を避けきるその姿は演舞の如く芸術的。はためく純白のコートが思わず翼に見えた。
 誰もが目を奪われずをいられない御技を見せつけ、なんなくリベルはクレスの死角を取った。


「指銃"白耀"」


 上空へと舞い上がったリベルは、優美で在りながら圧倒的な速度でクレスと交差。
 そして交差の瞬間、羽ばたの際に舞い落ちる羽毛の如く幾多もの連撃振り落とす。
 リベルが優美に地面へと着地。その直後、遅れて衝撃が瞬いた。圧倒的な攻撃の密度にクレスが為す術もなく飲み込まれる。
 見る者全てを圧倒するリベルの技。
 その技は絶対的な力となって敵対者を打ち滅ぼす。


「おおおおおおォッ!!」


 直後、雄叫びと共に衝撃の坩堝よりクレスが飛び出してきた。
 リベルが振り落とした幾多もの衝撃を前に、クレスが行ったのは至極単純。
 衝撃が弾ける刹那、<時幻虚己(クロノ・クロック)>によって時間を極限まで圧縮し、全力でその場を離脱したのだ。
 だが、クレスの体は無事とは言い難い。
 空間そのものを蹂躙したリベルの一撃はそもそもが防御、回避、共に不可能。
 如何に世界を欺こうとも、リベルはクレスを逃しきることはなかった。
 だが、それでもクレスの心が折れることはない。


「やはり君は素晴らしい」


 歓喜の笑みを浮かべたその瞬間、リベルは首を逸らし突き出された手刀を避けた。
 リベルの双眸が懐に入り込んでいたクレスを見下す。
 鬼火の如き紅光が瞬いたと思えば、僅かに身を引いたリベルの傍を振るわれた拳が通り過ぎた。
 間髪入れず、低空より薙ぎ払うような脚払い。背後より貫手。そして上空より斬撃の撃ち下し。


「紙絵“柳麗舞(りゅうれいぶ)”」


 しかしその尽くをリベルは舞でも踊るかのように鮮やかに避けた。
 加速し続けるクレスの猛攻を意に留めることなく、逆に己の拳舞に巻き込むかのように誘い込み支配する。
 緩慢な時の中でクレスは舌を打った。
 今のリベルのはいかなる攻撃をも意味を成さない。
 なぜならば、放たれる攻撃全てがクレスの意志を離れ、リベルによって支配されつつあるのだから。
 そして終劇に来るは、屈伏する己。
 分が悪いと感じ、クレスは一瞬でその場を飛びのいた。
 だが、リベルが易々とそれを逃すわけがなかった。



「嵐脚“八咫烏”」


 澄み渡る空気の中、巨大な神鳥がクレスへと襲い掛かる。
 

「嵐脚“呑蛇”ッ!!」


 対し、クレスもまた脚を振りぬいた。
 放たれたのは、牙をむく大蛇。
 時は止まり、ただ斬撃のみが静寂を駆け抜ける。
 翼を広げ三つ脚で襲い掛かる神鳥、獲物へと飛び掛り巨大な咢を開く大蛇。
 互いに放たれた一撃はまるで意志を持ったかのように絡み合い、そして弾け飛ぶ。
 生み出された衝撃は部屋などと言う狭い箱には収まりきらず、外へと突き抜けと飛び散った。






◆ ◆ ◆





 司法の塔内部。
 苛烈を極めた麦わらの一味とCP9達との激闘も終息へと向かいつつあった。


「一つ、ガレーラの若頭から伝言だ。───てめェ等クビだそうだ」


 バンダナを解き、ゾロは再び腕に巻きつける
 司法の塔内で行われたゾロとカクの戦い。
 壮絶な剣劇戦となった死闘を制したのは、苦難の中に活路を見出した阿修羅、ゾロであった。


「パウリーか、それはまいったのう。
 ……殺し屋と言う仕事は潰しがきかんと言うのに」

「動物園があるじゃねェか」

「わは、は……ゆうてくれる」 


 苦しげに、だが清々しそうに笑いながらカクは胸元よりカギを取りだした。
 それはロビンを拘束する海楼石の錠のカギ。
 

「悪ィな」


 気を失ったカクにゾロが短く礼を言う。
 ゾロはカギを拾うと、ロビンの下へと向かおうとした。
 そんなゾロの下に、同じくジャブラとの闘いを制したサンジが走り込んで来た。


「おいマリモ! カギはどうした!?」

「今貰ったとこだ」


 ゾロの持つカギを見てサンジが一安心する。
 フランキーはフクロウを、チョッパーはクマドリを、ナミはカリファを倒し、それぞれに鍵を手に入れた。
 サンジの持つジャブラの鍵にゾロの持つカクの鍵を加えれば、ロビンを開放する為に必要な鍵が全て手に入ったこととなる。


「しかし、またズレたな。大丈夫かよこの塔」


 サンジはゾロとカクの激闘の凄まじさを物語っている室内を見渡した。
 見れば天上の合間より青空が広がっている。
 これはもともと吹き抜け構造になっていた訳ではなく、ゾロとカクの戦いの合間に塔全体が断ち切られ、横にずれたからだ。
 そして現在、今ゾロ達がいる場所より上層でクレスとリベルが未だ激闘を続けている。
 その衝撃は凄まじく時折塔全体が震えている。今はまだ原型を留めているが、この塔自体が崩れ去るのも時間の問題に思われた。


「どうでもいいだろそんな事。
 とにかくこれでカギは全部集まった。ロビンのとこへ急ぐぞ」


 上層では未だクレスが死闘を続けていたが、二人は迷わずロビンの下へ向かおうとした。
 一見無情にも見える判断ではあるが、それは二人がクレスの力を信じているからでもあった。
 仲間達の誰もがロビンを助ける為に命を駆けている。
 今何よりも優先させるべき事はロビンの救出だ。
 クレスは決して今は助力を必要とはしない。それはゾロとサンジがクレスの立場に居ても同じだった。




 

◆ ◆ ◆ 






 躊躇いの橋内部。
 ロビンを取り戻そうとする海賊達とCP9の戦いはこの場所でも繰り広げられていた。


「おおォッ!!」


 握りしめられたルフィの拳が高速で打ち出され、標的を貫くかのように突き進む。
 だが、影のようにルッチはその一撃を回避しきり、一瞬でルフィの懐に入り込むと幾打もの連撃を浴びせた。
 しかしルフィは脅威のゴム人間。その攻撃の全てを吸収し、更に一撃を加えようとする。
 

「……フン」


 だが、ロブ・ルッチと言う男は甘くは無い。
 ルフィが反撃よりするより速く強烈な蹴り叩き込まれる。その一撃にルフィは吹き飛ばされ、積み上げられた木箱の山に突っ込んだ。
 息すら乱さず、容赦なくルッチがルフィを追撃する。


「うおおおおッ!」


 ルッチがルフィに気を取られている隙に、フランキーが躊躇いの橋上層へと続く扉へと駆けた。
 先ほどよりルッチが守り続けるこの扉の向こうには、スパンダムに連行されるロビンの姿がある筈だった。
 だが、フクロウを倒しこの部屋までやって来たフランキーは、ルフィと共闘してなお先へと進めないでいた。


「ムダだ」


 一瞬のうちに、ルッチがフランキーの前に立ちはだかる。
 人界を超えた体技“六式”の前には、距離すらも無意味。
 圧倒的な力を見せつけるルッチにフランキーは覚悟を決め、鋼鉄の拳を放った。


「ストロング・ハンマーッ!!」

「鉄塊」


 だが、ルッチの鉄塊はフランキーの一撃など意に反さなかった。
 燃料(コーラ)を補給し、フルパワーで放った一撃だったがそれでもルッチは眉ひとつ動かさない。
 ルッチは僅かに怯んだフランキーに向け掬い上げるような一撃を繰り出した。
 その拳を受け、銃弾をも通さぬ鋼鉄そのものであるフランキーの身体が浮いた。
 衝撃が全身を駆け抜け、口元より血が漏れた。
 やっぱりこいつはケタ違いだ。フランキーはルッチの強さを感じとる。


「死ね」

 
 冷徹にフランキーを見下ろしルッチが完全にその息の音を止めようとする。
 だがその時、エンジンのような獰猛な音が響いた。
 

「ゴムゴムのッ!」


 危険性を感じ取ったのか、弾かれたようにルッチが視線を向ける。
 そこにはあったのは、全身から蒸気を吹きだしたルフィの姿。
 ルフィは離れた場所に居るルッチに向け拳を構える。 



「───JET銃(ピストル)ッッ!!」



 その瞬間、ルッチをしても一瞬ルフィが何をしたか分からなかった。
 強烈な一撃が叩き込まれ、吹き飛ばされた。
 結果を言えばそうだが、問題はその一撃が速過ぎた事だ。


「ギア“2(セカンド)”」


 ルッチ、フランキー共に拳を地面に付けたルフィを見た。
 そこから吹き上がるのは、灼熱の如き蒸気。
 両足をポンプとし血流を限界まで加速。熱き血潮は圧力と共に全身を巡り、ルフィの身体能力を飛躍的に上昇させる。
 これにより放たれる拳は容易く音速を超えた。


「あんまり長ェ時間持たねェけど。
 あいつを止めるから先に行けフランキー、ロビンが待ってる!」

「よし! なんだか知らねェがそれであいつをタタんじまえ!」


 これを好機と見たフランキーが再び扉を目指す。
 

「そうはさせんと……言った筈だ」


 
 だが、二人の前に能力を発現させたルッチが姿を見せる。
 <ネコネコの実 モデル“豹(レオパルド)”>により凶暴性を増したルッチは、更なる圧力でもって二人の前に立ちふさがる。
 音も無く、俊敏な豹の能力を持ってルッチはまずはフランキーを仕留めにかかった。
 だが、その凶爪がフランキーを貫くことはなかった。
 六式が一つ“剃”を使いこなすまで強化されたルフィがルッチとフランキーの間に割って入る。
 そして鋭い蹴りを放った。


「JET“鞭(ウィップ)”ッ!!」


 鞭のように唸る蹴りがルッチを吹き飛ばす。
 有無を言わさぬ超高速の一撃に吹き飛ばされたルッチは牙を噛みしめ、身体を反転。ルフィの心臓目掛け“指銃”を打ち出した。
 だがその指先は空を切る。
 その直後、無防備なルッチの懐に両腕をめいいっぱい後ろに伸ばしたルフィが入り込んだ。


「ゴムゴムの“JETバズーカ”ッ!!」

「鉄塊ッ!」


 渾身の両掌底が鋼鉄と化したルッチに突き刺さる。
 爆発的なルフィの一撃に、不動である筈のルッチが揺れた。
 

「行け、フランキー! ロビンを頼む!」

「スーパー任せとけッ!!」


 ルフィの言葉を受け、フランキーが走り出す。
 自身と対等に渡り合うほどの力を見せたルフィを前に、ルッチにはフランキーを追うことを断念せざるを得なかった。


「迂闊だった……まさかこれ程の力を持っていたとは」


 言葉とは裏腹にその瞳は凶暴な光を放つ。
 それは強者との戦いを待ち望む暴力的な歓喜か。血を求める猛獣のようにルッチは笑みを浮かべた。


「ずいぶん息が上がっているようだが、その蒸気のせいじゃないのか?」


 ルッチの言うとおり、ルフィの息は荒い。
 ルフィの編み出した“ギア2(セカンド)”は飛躍的に身体能力を向上させるも、肉体に相応の代償を強いた。


「例え何が起ころうとも貴様らの状況は変わず、ニコ・ロビンの救出は叶わない。
 バスターコールが発動された今、貴様らは正義の名のもとに滅ぼされる。
 ……そしてエル・クレスも<武帝>の前に敗れ去る。
 アウグスト・リベル、あの男の力は絶対だ。武を志す者その全ての頂点にいると言っても過言ではない程に、あの男は武を極めつくした」

「ゴチャゴチャうるせェよ」


 吹き上がる蒸気に身を包んだルフィの力強い視線がルッチと交差する。


「ロビンのことはアイツ等やフランキーに任せた。クレスも絶対に負けねェ。それに───」


 船長として、ルフィは倒すべき相手を見定める。
 

「お前の相手はおれだ」

「成程、手強いな」 





◆ ◆ ◆






 躊躇いの橋。 
 司法の塔で判決を受けた罪人たちが通る、正義の門へと続く最終地点。
 この場所に立てばいやようなしに己に科せられた罪を知り、待ち受ける運命に絶望する。橋を潜り抜ければ、もはや自由などない。
 その橋上にスパンダムに連行されるロビンの姿があった。


「ワハハハ! とうとう開通だ、笑いが止まらねェ!」


 スパンダムがそびえ立つ正義の門を前に高笑いを上げた。
 遮られることのない海風が吹き抜ける。 
 躊躇いの橋は本来罪人を渡らせる為のみに作られたものであり、余計な装飾などは何もない。ただ石畳の道が続いている。
 だが、橋の果てに世界政府の象徴をあしらった小さな門があった。
 スパンダムはその門を指して、天国と地獄の境界線だと笑う。
 この小さな門こそが、実際の入り口だった。門の向こうに停泊する護送船より正義の門を潜るのだ。


「ッ!」

「おっとっと! 今更どこへ逃げようってんだよ」


 スパンダムがロビンの髪を掴み逃げ出そうとするのを阻んだ。
 この場所へと連れて来られるまでにロビンは幾度も隙を見て逃亡を試みたが、その全てが阻まれ、その度痛めつけられた。

 
「お前には同情ぐらいしてやってるんだぜ? 
 だが、しょうがねェだろ。お前には生きてる価値がねェんだ」


 幾度となく紡がれる嘲りの言葉。
 だが、ロビンはスパンダムの言葉に耳を貸すことなく、最後の力を振り絞り、その場から駆けだした。
 無理やり前に進んだことにより、スパンダムに掴まれた髪がちぎれた。
 鋭い痛みが身体を駆け抜ける。
 だが、ロビンは必死で走った。


「何度言ァ分かるんだッ! てめェに希望なんざねェんだよ!!」


 千切れた髪を不快そうに投げ捨て、背後からスパンダムが追いかけて来る。
 もうチャンスはない。
 傷だらけの身体で祈るような気持ちでロビンは前に進んだが、無情にもスパンダムとの距離はみるみるうちに縮まった。
 当然だ。後ろ手を縛られた状態ではまともに走ることも難しい。


「待てって言ってんだよ、このアマァッ!」


 スパンダムが伸ばした手がロビンを掴み、前へと押し込んだ。
 バランスを崩されたロビンは立て直すこともできず、そのまま地面に叩きつけられた。
 再び立ち上がり走り出そうとしたが、スパンダムに押さえつけられてしまった。


「手こずらせやがって。
 さァ、行こうじゃねェか。おれが歴史に名を刻む第一歩を踏む出すためになァ」


 スパンダムは倒れこんだロビンの髪を掴み、立ち上がらせようとする。
 だが、ロビンは動こうとしない。不審に思い、スパンダムがロビンを覗き込む。
 そこには、石畳の僅かな突起に必死で食らいつき、離れまいとするロビンの姿があった。
 

「何てみっともねェ、生への執着だ!
 哀れで、卑しい、罪人のくせに! 最後の最後までなんだこの見すぼらしい姿は!!」


 どこまでも生にしがみつくロビンにスパンダムが歯噛した。
 その苛立ちは暴力となって、無防備なロビンへと振るわれる。だが、どれだけ痛めつけようとロビンはその場を離れようとしなかった。



───“死”がこんなにも怖い。



 絶え間なく晒される痛みの中でロビンの中に浮かんだのは、クレスや仲間たちのことだった。
 このまま死んでしまうことで、胸に灯った生きる意志が絶えてしまうことが怖い。
 助けに来てくれた、仲間たちと会えないのが怖い。
 クレスと会えないのが怖い。
 生きていたい。
 生きたい。
 どんなに見ともなくても、どんな痛みや、嘲りを受けようとも。
 だが、そんな思いも虚しく、スパンダムによってロビンはその場から引き剥がされてしまう。


「忌々しい女だぜ。
 もういい、立つつもりがないなら引き擦って行くまでだ!」


 立つことを拒み続けるロビンに業を煮やしたスパンダムは、ロビンを縄で括り付け無理やりに引き擦った。   
 護送船の停泊港に確実にロビンは近づいていく。
 どうしようもなく、今のロビンは無力だった。
 戦うことすらできず、逃げ出すことすらできず、ただ無様に生にしがみ付くだけ。
 だが、それでもロビンは決めていた。


「……門は、くぐらない」

「あァ?」

「助けると……言ってくれた、から」


 誰もが命を懸けて戦っている。
 こんな自分を助ける為に。
 だから、絶対にロビンは諦めるわけにはいかなかった。


「誰も来やしねェよ、バカ女!
 どいつもこいつもバスターコールの業火に焼かれて死ぬんだよ、オハラのようになァ!!」


 未だ希望に縋り続けるロビンに、スパンダムは現実を突きつける。
 

「おれが何も知らねェとでも思ってんだろ? だが、おれは全部知っている。
 元海軍中将サウロの乱行。貴様の母オルビアとエル・クレスの抵抗。あの時オハラで何が起きたのかをおれは全部知っている!
 聞かされたからさ。オハラと言う、悪魔たちの住む土地に踏み込み、その大罪を暴き<バスターコール>の合図を出したのは、当時CP9の長官だったおれの親父“スパンダイン”だからだ!!」


 ロビンはその男を知っていた。忘れるはずがなかった。
 二十年前、バスターコールを発動させ、オハラを地獄に変えた男。
 野望によってドス黒く歪んだスパンダムの顔が二十年前のスパンダインの顔に重なった。


「あの時、オハラの学者は全員死に絶えた。
 だが、政府はたった一人の生き残りを見逃していた。それがお前だニコ・ロビン。
 どうだった? どんな20年だった?
 8歳のガキが、何度大金目当ての大人たちに殺されかけたことか。
 寄って来る人間全てが信用できない。安心して眠る場所も、食うものもねェ。そんなクソみてェな二十年をおれは想像もしたくねェ」


 そしてスパンダムは、ロビンの前髪を掴みその顔を上げさせた。


「一番哀れなのは、エル・クレスの奴さ。
 てめェと逃げ出した為に、多額の賞金を懸けられ、同じ身分だ。
 その後も、涙ぐましいことに価値のねェ女をバカみてェに守り続けた訳だ。
 お前だって知らねェ訳じゃねェだろ。ガキの頃からエル・クレスがどれだけ凶悪な事をやらかしたかってのをな。
 モノを盗み、金を奪い、人を殺した。狂ったみてェに、てめェを守るためだけに何度も繰り返して。そうしてお前の居場所を作り続けた。
 その場所でお前は何食わぬ顔で“安全”を手に入れ続けたんだ。知らねェとは言わせねェ。あるいは狡猾に騙し続けてたんだろ? 知らなかったフリをして」


 スパンダムの言葉に、顔を上げさせられたロビンの瞳から涙がこぼれ出た。
 唇をかみしめても止まらず、次々と流れていった。
 違う、と言い返したかった。
 でもその言葉が口に出せず、どうしようもなくもどかしくて、悔しかった。
 歩んできた道のりはどうしようもなく辛くて、苦しかった。
 でも、クレスはそれ以上の苦しさを抱えていたのかもしれない。
 ロビンは幼いなりにもクレスが何をしているのか分かっていた。でもロビンは止められなかった。そうするしか生きられなかったのだ。
 でも、心のどこかで常に思い続けていた。
 クレスが自分を守り続けて、自分が守られ続ける。
 そのことが、どうしようもなく“悪”だったのだ。


「なんだ、図星か? だったら、いい事を教えてやるよ。
 二十年前お前たちの首に懸賞金をかけたのはおれの親父だ。世界平和の為にな。
 そして二十年たった今、おれが学者の最後の生き残りを狩り、終わらせる。
 主を失った気狂いの番犬は、武帝殿が始末をつけてくれる。これでオハラの戦いは終わりだ。オハラは負けたんだよ」



───この島の歴史はいつかお前たちが語り継げ! オハラは世界と戦ったんだでよッ!!


 ロビンの胸にサウロの言葉がよぎった。
 あの島に生きた人間として、戦い続けなければならない。


───あなた達の生きる未来を私たちが諦めるわけにはいかない。


 二人の母の言葉が胸によぎった。
 まだ終わってはいない。オハラの地で炎に消えた学者たちの意志は。
 


「私たちがまだ生きてる!!」

「そのてめェ等がもうすぐ死ぬんだよ!!」


 スパンダムは鼻を鳴らすと、ロビンを再び引き擦り始めた。
 もうすぐそこに門が見えていた。
 門の向こうでは既に出航体制が整えられていて、後はスパンダムとロビンの到着を待つのみとなっている。
 スパンダムは英雄たる自分を敬礼で出迎える海兵たちに満足し、凱旋のような気分で速度を上げた。



「……クレス……みんな……ッ」


 ロビンは悔しさで涙が止まらなかった。
 どうしても渇望してやまなかった希望の光、それがこうして終わろうとしている。
 みんなが必死で戦ってくれたのに、その全てを無駄にしてしまう。
 希望を見て、明日に生きたいと思った。
 仲間たちと海を渡り、夢を追い、掴みたかった。
 そしてクレスと共にずっと歩んでいきたかった。
 だが、それもすべて終わり。
 一度見た希望の光も、世界という巨大な現実の前に黒く塗りつぶされる。



「よく見ておけ! これが歴史に刻まれる英雄の第一───」


 スパンダムが門を跨ごうとする。
 それば希望と絶望の狭間。
 ロビンは唇を噛みしめ涙にぬれた顔で、為す術もなくその瞬間を迎えようとした。






 その時だった。






「───ぽがァッッ!?」 


 栄光への第一歩を踏み出そうとしたスパンダムの身体が突如燃え上がり吹き飛ばされた。
 門を潜る直前で、ロビンの身体が止まる。
 吹き飛んで行くスパンダムの悲鳴を、ロビンは幻ではなく確かに聞いた。


「長官殿!?」

「いったい何が起こった?」


 突如吹き飛ばされたスパンダムに海兵たちが慌てふためき襲撃者を探すも、見つからない。
 周囲には政府関係者しかおらず、躊躇いの橋にも人影はない。


「えッ?」


 海兵の一人が飛来する何かを感じ取り呆然と声を漏らす。
 次の瞬間、その海兵は爆発と共に吹き飛ばされた。
 それを皮切りに、次から次へと海兵たちが吹き飛ばされていく。
 この時点になっても海兵たちは気が付かない。襲撃者の影すら掴むことなく次々と倒れていく。


「おのれェェエッ! てめェ等揃いも揃って、何をやってんだッ!!」


 全身黒焦げとなったスパンダムが怒りと共に立ち上がる。
 だが、立ち上がったその顔に再び爆発の花が咲き吹き飛ばされた。
 混乱の最中にいる海兵たちが立ち直る気配はない。
 そんな時、双眼鏡で辺りを探っていた一人が信じられないと声を上げた。


「いましたッ!?」

「どこだ!? とっ捕まえて始末しろォ!」


 海兵の言葉に激痛と屈辱に身を伏せながらスパンダムが叫ぶ。


「いえ、それが……」


 ロビンもまた自身を守った攻撃が誰の仕業であるか気が付いていた。
 この場にいる海兵達を寸分違わず流星のような攻撃で“狙い撃てる”男など一人しかいない。
 ロビンの流す涙の意味が変わった。
 

「敵影は場所遠方、司法の塔の頂上ッ!」

「バカなッ!? あんな遠い場所から何ができるッ!?」

「狙撃です! 吹きすさぶ風をものともせずに、こちらを寸分たがわず狙っています。もの凄い腕です!」

「分かってんなら撃ち返せ!」

「無理です! 銃弾なんて届きませんし、ましてや当てるなんて……!」

「そんな馬鹿な話があるかァッ!!」


 スパンダムは飛び起きて海兵から双眼鏡を奪うと、司法の塔の頂上を覗き込む。
 そこにその男はいた。
 吹きすさぶ海風にマントが揺らめく。
 仮装に使われる仮面をかぶったその男は巨大なパチンコを手に持ち、天を指した。
 瞬間、太陽がひときわ強い輝きを放ち男を照らす。
 それはヒーロー。
 海賊たちが世界に対し宣戦布告した時、世界政府の旗を打ち抜いた男。
 <狙撃の王>そげキング。


「なんだアイツはッ!?」

「長鼻君!」


 ロビンの中に希望の光が灯った。
 力を振り絞り立ち上がる。そしてウソップが作り出した希望の道を駆けだした。


「ニコ・ロビンが逃げますッ!」

「馬鹿者ッ! 逃がすな、殺さない程度に……打ち殺せ!!」

「ええッ!?」


 スパンダムの命令を受けて、無謀にもウソップを狙っていた海兵たちが一斉にロビンへと狙いを定めた。
 ロビンもその動きに気が付いた。
 だが、立ち止まるつもりはなかった。たとえ弾丸が自信を貫こうとも走り抜けるつもりだった。
 海兵達が一斉に引金を引いた。
 いくつもの銃声が重なり、轟く。
 しかし、次の瞬間響いたのは甲高い、銃弾が鋼鉄に弾かれる音だった。


「生きてるな、ニコ・ロビン」

「……あなた」

「大丈夫なのよ“鉄”だから」


 駆けつけ、銃弾からロビンを守ったのは、フランキー。
 銃弾をものともしない鋼鉄の男に海兵たちは驚愕の声を上げた。


『フランキー君、フランキー君。こちら、そげキング』


 その時、電伝虫を通しての声が響き渡った。
 フランキーは懐より子電伝虫を取り出すとスパンダム達を睨めつけながら呼びかけに応じた。


「オウ、どうした」

『付近に“赤い包み”が落ちてはいないかね?』


 ウソップの指示に従い辺りを見渡すと、確かに赤い布包みが落ちていた。


「ああ、あるぞ。見つけた」


 フランキーはロビンを庇いつつ、赤い布を拾う。


『その中に鍵が二本入っている。
 君が持つものと合わせて全ての鍵が揃う筈だ』


 フランキーは包みを広げた。
 そしてウソップの言う通り二本の鍵を確認し、ニヤリと笑みを浮かべた。
 それはロビンをつなぐ海楼石の錠の鍵。
 鍵はルッチ以外のCP9が一本ずつ持っている筈だった。
 それがこうして全て揃ったということは、一味は全員勝利したということだ。
 

『確かに届けたぞ』  


 力強いウソップの声が響いた。












あとがき

更新がかなり遅れて申し訳ないです。
最近なかなか時間が取れなくて、思うように書き進めることができませんでした。
今後はなるべく時間が取れるように気を付けたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
ありがとうございました。



[11290] 第二十話 「六王銃」
Name: くろくま◆d43a7594 ID:3930c0a3
Date: 2012/01/30 02:47



 今より50年前。
 グランドラインのとある国において世界中の人々を驚愕させる事件が起こった。
 周辺諸国を実効支配する程の大国であり、なおかつ世界会議(レヴェリー)においても一定の発言力を持つ屈強な軍事大国。その王が倒れた。
 それも暗殺などと言った謀殺の類ではない。
 下手人は、真正面より挑戦状を叩きつけ、そびえ立つ城砦を破壊し、高らかに名乗りを上げ、立ち塞がる兵士の尽くを打倒し、悠然と王城へと乗り込み、国王を打ち取った。
 この間は僅か半日にも満たなかったという。
 あまりにも劇的な顛末であり、当初はその場にいた者でさえ夢でも見ているかのようであったという。
 だが何より人々を驚かせたのは、これほどの偉業がたった一人の海兵の手で行われたと言う事実だった。












第二十話 「六王銃」












 舞踏は続いた。
 どこまでも激しく、天井知らずに、何人たりとも入り込む余地などなく、峻烈に。
 理を欺く弟子に、理を跪かせる師。
 クレスとリベル、二人の戦いは取り巻く世界を置き去りにしながら疾走した。
 二人の前に平伏すものは廃墟と成り果てた空間。
 完全なモノなど何もない。尽くが朽ち果て、崩れている。
 だが、両者にとっての舞台の状況など、些末なものでしかない。
 例え司法の塔が崩れ落ちようとも変わらず戦い続るだろう。
 だが、拮抗と見せかけられた戦いは、覆しきれない力の差が徐々にだが確実に広がっていた。


「フッ!!」


 尋常ならざる圧力を振りまきながら迫り来るリベルに対し、クレスは僅かに顔を歪める。
 誰よりも対峙しているクレスが感じていた。
 力量は拮抗などとは程遠い。
 それ故のクレスの奥の手である<時幻虚己(クロノ・クロック)>。
 しかし、時を欺くという異質な技をもってしても、リベルの姿はなお遠い。
 当初は先手を取れた動きも、徐々に見破られ、圧倒されつつあった。


「指銃“佩撃”」


 息をつく間もなく、リベルより神速の一撃が放たれる。
 指先はまるで刃のような鋭さを帯び、なぞる軌道の全てを切断する。


「チッ!」


 舌を打ち、クレスは弾かれるように“剃刀”によって後ろに引いた。
 神刃と化したリベルの指先自体は辛うじて避けられた。
 だが甘い。
 クレスの胸元に鋭い痛みが走る。 
 リベルの指先は触れたもののみならず、前方の空間ごと全てを切り裂いていた。


「―――隙アリだ」


 クレスが見せた僅かな隙を、リベルが見逃すはずがなかった。
 リベルの蹴撃が強かにクレスを打ち付ける。
 為す術もなく、轟音と共にクレスは瓦礫の中へと叩きつけられた。 


「どうした? もう終わりかね」

「……うる、せ」


 幾多もの攻撃を受け満身創痍であったが、それでもクレスは瓦礫の中より這い上がろうとする。
 だが、その姿には僅かな陰りが見えた。
 強い光を放っていたクレスの瞳。そこより鬼火の如き紅い光が消えていた。
 直後、クレスの脳を震源として尋常ではないほどの痛みが全身に走った。


「―――ッ!」


 視界が赤く濁る。脳みそがマグマのように熱い。
 ドロリとした嫌な感覚が背筋を堕ちて行き、内部から全身を溶かしていくような痛みを与えた。。
 気を抜けば全てを奪い去りそうな痛みであったが、クレスは表情を変えることなく平静を装う。
 だが、全ては抑えきれず、罅割れた仮面が毀れるようにクレスの瞳より赤い雫が流れ落ちた。


「……やはりそうか。
 それだけ異質な技だ、肉体への負担は生半可ではあるまい。
 いや、そもそも今のような使い方を想定すべきではないと言ったところかな?」
 
 
 得心がいったようにリベルが呟いた。
 リベルはクレスの様子から全てを看過したのだろう。
 時をも欺くクレスの<時幻虚己(クロノ・クロック)>は当然ながらクレスの肉体にそれ相応の負担を強いた。
 だが、それは本来ならば、クレスならば気に留めることもなく戦闘を続けられる程の微々たるものだ。
 この負担は通常の人間では考えられないほどの低リスクなのだが、それは低時間の使用のみに限られた。


「その技は常時発動にはリスクが高すぎるようだね。
 本来ならばその運用は通常状態との緩急を意識し、使用するべきものなのだろう」


 自身の能力を見誤っていたわけではない。
 クレスは本能的に誰よりも自身の能力を理解していた。
 命がリスクで、対価が時間。
 この技はギャンブルに似ている。
 低時間の使用ならば何も問題はない。
 しかし、引き際を弁えずに時を欺き続ければ、時間に応じてリスクが跳ね上がるのだ。
 そして、抱えきれない負債は痛みとなってクレスに襲いかかった。


「まァ、だからと言って私が相手ではそれも止む無しだったのだろう」


 クレスには一瞬たりとも<時幻虚己(クロノ・クロック>を解除するという選択指は与えられなかった。
 人知を超えたリベルの動きはもはや、通常状態で追いきれるものではない。
 解除すれば、敗北の瞬間すら刻むことなくクレスが地に付していたのは明白だった。


「時間制限(タイムリミット)か。
 皮肉なものだ。“時”を欺く君の技が“時”による枷を受けるとは」


 欺かれた“世界”はその事実を知った時、欺いた者に逆襲する。
 時はクレスにとって敵でもあった。


「意志はあれど、肉体は動かすにはさぞ辛かろう」


 リベルは事実を告げるように、抑揚の無い声で言う。
 事実、クレスは瓦礫の中でもがくも、立ち上がれないままでいた。


「そして、この地ももう終わりか」


 リベルが静かに呟くと同時、エニエスロビー全体に渡り轟音が響き渡った。
 音は遠くまで残響して尾を引き、不気味な静寂をもたらした。


「まさか……!」


 瓦礫の中でクレスが息をのんだ。
 風穴が空いた壁より、クレスは見た。
 正義の門を潜り、戦列を為して迫りくる、破壊の権化を。
 

「そう、始まるのだよ。バスターコールが」


 辺りを包んでいた静寂が破られる。
 轟音と共に戦艦に積み込まれた砲門が火を噴いたのだ。


「まったく、困ったものだ」


 表情を変えることなくリベルが背後に向けて無造作に腕を振り払った。
 振るわれ腕より鋭い刺突が飛び、崩れ落ちそうな石壁を突き抜ける。
 直後、司法の塔の傍で巨大な破壊の花が広がった。


「……いの一番でこの場所を狙うとは、容赦の無い事だ。
 もっとも、振るわれる力に容赦など在るべきではないのだがね」

 
 リベルの背後を爆風が駆け抜け、“正義”の掲げられたコートを揺らした。


「では、幕を引こうか。
 覚悟はいいかね、クレス君?」

「いいわけねェだろうが、……バカ野郎ッ!!」


 クレスの瞳に再び鬼火が灯った。
 直後クレスが咆哮する。
 

「ッッッツああああああああああああァ!!」
 

 意志は肉体を巡り熱を灯す。
 血が煮沸し、全身が軋みを上げる音を聞いた。
 もはや動くことですら驚異的である筈なのに、瓦礫よりクレスが這い上がる。
 立ち上がり、強く踏みしめた両足が地面を砕いた。
 

「終わりになんてさせるか」


 <時幻虚巳(クロノ・クロック)>再始動。
 世界はは歪み、欺かれる。
 これ以上の使用は最早自殺行為に近い。だが、それがどうした。
 重心を落とし、クレスは即座に戦闘態勢に入る。
 間もなくこの地は地獄に変わる。
 何もかもが破壊され、炎によって塵と化す。故郷のように。


「“命賭け”というわけかね」

「ここで動けないでいるほど、腑抜けじゃねェ」

「ならばその気概ごと打ち砕こう」
 

 ゆったりとした動作でリベルが第一歩を踏み込んだ。
 その瞬間、致命的なまでにリベルによって間合いが侵食される。
 気が付けば当然の如くそこに立ち、絶対的な力を振りかざす。
 クレスはすぐさま後ろに跳んだ。
 轟音が響く。
 寸前までクレスがいた場所に破壊の暴風が通り過ぎた。
 直撃は避けたものの、リベルの一撃は余波のみでもクレスの身を削った。
 

「ハァッ!!」


 異名に違わず、リベルは武力によって全てを平伏させる。
 傷ついた肉体でどこまで持つのか。
 クレスの命など蝋燭の火のように気まぐれによっても消え去るだろう。
 ならば、その火を限界まで燃やし尽くすまで。


「おおおおォオオッ!!」


 世界が白く染まる。
 欺かれた時は鈍化し、音すらも掻き消える。
 自身を苛み続ける痛みすら消し飛ばし、今やっと、心拍の響きを聞いた。
 何もかもが狂おしい程に緩慢。
 迷いを燃やしつくし、クレスは硬化させた拳を硬く握りしめる。


「ラァアアッ!!」


 眼前に迫るリベルの拳にクレスは全力で反攻する。
 互いに放った一撃は中心において交錯する。
 衝撃が音を置き去りにして駆け抜けた。
 余りの圧力に一瞬クレスの気が遠くなる。だが、それでも前に一歩踏み出した。
 再び衝撃が弾ける。
 後先など考えるな。今は自身の全霊を持って目の前の男を打倒すること。
 それのみに専心する。


「―――六式、」 


 迫りくるのは流星の如き猛攻。
 圧縮された時の中で、その全てを迎え撃ち続ける。
 その中で、諦めを知らない狂犬のように喉元に食らいつく瞬間を探り当てる。


「奥義ッ!!」


 一瞬、両者の視線が交差する。
 やって見せろ。
 深遠なリベルの瞳が挑発する。
 一瞬だけ、クレスは獰猛な表情を見せた。
 直後、振るわれたリベルの一撃は何も捉えることなく空を切った。
 

「ほぅ……!」


 リベルが感嘆の声を上げる。
 クレスはまるで幻術のようにリベルの眼前より消え失せた。
 しかし、立ちはだかるのは全世界の“武”の頂点に立つ男。
 そう易々と欺かれはしない。
 突き出されたリベルの腕が鋭い軌道を描く。
 その軌道上にいたのは、正面にいたはずのクレス。
 突き出されたリベルの拳を潜り抜けるように避け、滑りこむようにして側面に移動。
 回避と同時に攻勢。
 時を欺く力と、驚異的な肉体制御の技術があってこそ為しえた、クレスのみに許された動きであった。
 

「ッ!?」


 クレスの顔が僅かに歪む。
 必殺の一撃を繰り出そうとしたクレスの両腕は解放される瞬間を待つ弓のように引かれている。
 対して、リベルの拳は眼前。
 間に合わないのは明白だった。
 コマ送りのような圧縮された時の中で、颶風を上げた拳がクレスの米神に触れる。
 凶悪な一撃はクレスを殺めて余りあった。
 刹那にも満たない時の中で、敗北が刻まれる。
 覇者の勝利は揺るぎはしない。













「歪み刻め、―――<時幻虚巳(クロノ・クロック)>」












 歪んだ時の中で紅い鬼火が眩い閃光を放つ。
 音は消え、血は凍り、鼓動は刻むことすら許されない。
 世界は淡色に染まり、万象は遍く掌握され、時は刹那において静止する。
 必然の元に導かれるべき現象は歪み、欺かれた。


「喰らえ」
 
 
 時は再び動き出す。 
 背後から聞こえた声にリベルは目を見開いた。
 寸前まで抱いていた、クレスの頭蓋を打ち抜く確信は消え失せた。
 背後より響いた声に、リベルは振り向こうとした。
 だが、クレスによって突き出された両拳は既にリベルに添えられている。 
 もう遅い。



「―――六王銃ッ!!」



 剃、月歩、鉄塊、紙絵、指銃、嵐脚。
 超人的な六つの体技を自在に操る自身の持つポテンシャル。
 自身の細胞を炸薬とし、全てを集中させ、突き出した両腕より衝撃として撃ち放つ。
 もう二度とチャンスなどない。
 この機を逃せば敗北は必至。
 持ちうる全てを出し尽くすかのように、クレスは全力を振り絞る。
 衝撃は駆け抜け、大気が悲鳴を上げる。
 倒れろ。
 渇望と共に放たれた衝撃は、リベルを打ち付け吹き飛ばした。


「ぐッ……ァ……!」


 直後、クレスの視界が反転する。
 全身を抉られるような痛みが駆け巡り、思わず膝を付く。
 限界を超越した能力の使用はこの上ない程にクレスを苛んだ。


「ッ…ァア……ハァ……ハァ……」


 やけに寒々しい静寂の中で己の荒い息だけが残響する。
 今は何も考えられない。
 何もかもが白く塗りつぶされ、消え去ろうとする。
 その中でクレスは驚異的な精神力で、立ち上がった。


「リベルは……?」


 疲労が深く刻まれた顔でクレスは前方を確認した。
 クレスが放った“六王銃”の直撃を受けたリベルが吹き飛んだ方向は瓦礫の山があった。
 恐らく吹き飛ばした衝撃によって出来たのだろう。
 もともと廃墟じみていた部屋であったが、クレスの一撃によって天井すら破壊されていた。
 リベルは恐らくあの中にいる。姿こそは見えていないがクレスはそう思った。
 先ほどまでクレスを圧していた重圧は消えていて、起き上がる気配はない。
 確信こそ持てなかったが、状況はクレスが勝利したことを知らせていた。


「ロビンのところに、行か、ないと」


 やけに鈍った頭で、クレスはそれだけを考えた。
 知りたいことは山ほどあったが、今のクレスにはロビンのことしか考えられなかった。
 まるで水を求めて彷徨う旅人のように、不確かな足取りでクレスは進んでいく。
 全身はズタボロだが何とかなるだろう。
 崩れ落ちた壁より、躊躇いの橋を見据え月歩により飛び立とうとした。





「どこへ行くのかね?」





 静かな。
 無人の帝宮に立たされたかのような荘厳な静寂。
 その中で、有無を言わさぬ絶対的な帝声が響く。


「邪魔な石屑だ」


 次の瞬間、何もかもが衝撃によってかき消された。
 音も、光も、影も、世界すらも。
 ただ圧倒的な武力によってねじ伏せられ、平伏されられる。
 刹那の後、不夜島の眩むような陽光が差し込んだ。
 差し込んだ陽光遮るものは何もない。
 俄かには信じられないが、衝撃は瓦礫ごと、司法の塔の上階全てを吹き飛ばしていた。
 

「……リベル」

 
 災害のような威力の攻撃の発現。
 顕現する威圧感。
 それらを具現できる人間など一人しかいない。
 クレスが振り返る。
 そこには当然のように屹然としたリベルの姿があった。


「至極の一撃であったよ。
 よくぞここまで昇りつめた。
 君の師であったことを心底誇らしく思う」


 クレスの背後で吹き飛ばされた司法の塔が無数の破片となって谷底へと消えた。
 

「褒美である。
 我が至極の拳を誉として逝け」


 不意にリベルが腰だめに拳を構えた。
 瞬間的にクレスは悟り、駆けた。
 あの拳を放たせてはならない。
 なぜならばあの一撃に勝てるものなど存在しないのだから。
 だが、彼我の距離は絶望的なまでに遠かった。






「―――六王銃“覇撃”」






 その時、クレスは世界が壊れる音を聞いた。






 何が起こったかすら分からない。
 余りの衝撃に意識が霞む。
 指一本動かせない。
 息があるのが奇跡だった。
 コツコツ。
 硬質な音がする。
 リベルがゆったりとした歩みで近づいてくる音だった。


「武術とは突き詰めてしまえば、対象を傷つける術だ。
 効率的に、効果的に、絶対的に。
 それらを極めんとするが為に古より人々は研究し、研鑽した。
 あらゆる武技、あらゆる武器は結果を引き起こすために存在し、当然ながら結果には過程が存在する。
 拳を引き突き出す。それゆえに衝撃が生じる。こんな風にね。
 だが、六王銃は“衝撃”という結果のみを叩きつける。
 対象の材質、状態、硬度。それらを尽く無視して、純粋な衝撃のみを打ち出せる。
 その本質があるが故に、六王銃は“最強の体技”と呼ばれるのだ」


 足音が止んだ。
 倒れ伏すクレスをリベルは見下ろしていた。


「幕切れは呆気ないものだったね。
 さて、私は先に失礼するよ。
 私はこれよりあの子を殺さなければならない。
 覚悟があるならば追ってきなさい。まァ、命が続いていたならばの話だがね」


 足音が遠ざかっていく。
 立ち上がらなければならないのに、身体が動かない。
 刻まれた敗北はクレスを縛り付ける。
 何も見えない。感じない。
 やがて音すらも消え、全ては白に包まれた。














[11290] 第二十一話 「約束」
Name: くろくま◆d43a7594 ID:2bce7814
Date: 2012/02/22 02:37
 必ず助ける。
 その約束だけは、何があっても破るわけにはいかなかった。













 第二十一話 「約束」













『1号艦、北西正門前より報告。
 エニエス・ロビーの海兵・役人達の収容完了』

『次いで報告。本島より逃亡中の巨人を含む海賊達約50名を正門に確認』

『後、一斉砲火による完全抹消完了。全員死亡。
 現状、本島での生存は不可能と思われ、―――』

『―――エニエス・ロビー本島における生存者“0”。1号艦艦報告終了』

『こちら2号艦より報告。
 島の南東、裁判所及び司法の塔、そして橋へ通じる地下通路、全ての破壊を確認。
 残る攻撃対象は躊躇いの橋のみです』


 電伝虫より海兵たちの無機質な声が響く。
 ただ淡々と、強大な力によって全てを破壊した成果を伝えている。
 全回線に向けて行われた報告を、躊躇いの橋の上より麦わらの一味の船員(クルー)達は聞いていた。


「こんなに簡単に……人って、死んでいいの?」


 炎と黒煙に包まれるエニエス・ロビーを見つめながら呆然とナミが呟く。
 苦闘と幸運の末、ルフィ、クレスを除く麦わらの一味はロビンを拘束より解放し、躊躇いの橋の上に集結することに成功していた。
 ロビンの無事な姿に喜びを分かち合うも、一味は躊躇いの橋より見える光景に次第に口を閉じるしかなかった。
 司法の塔で戦っているときは気が回らなかったが、距離を置いて見る島の現状は絶望そのものだ。
 先ほどまでの喧騒が嘘のように空々しい。
 赤い炎と黒い煙が立ち昇る光景は、レプリカが燃えているようで現実感がない。
 だが、あの場所は間違いなく先ほどまでいた場所であり、人が生きていた場所であった。


「地図の上から人は見えない。
 彼らはただ、感情もなく世界地図から小さな島を消すだけよ。
 それが……バスターコール」


 膝をついたロビンが目を伏せる。
 拳を必死で握ることで自身の無力を攻めた。
 今はまだその隣に誰よりも信頼できる姿はない。


「単純に考えても、おれ達の頭数と軍艦の数が同じくらいか。
 いくら出航できても、ここを抜けるのは至難の業だな。
 まァ、こうしてみればここにいるだけでも奇跡みたいなもんかもしれねェがな」


 タバコの煙を吐き出しながら考えを巡らせるようにサンジが呟く。
 状況は何処までも一味に不利だ。
 破壊された島。
 逃げ場のない海。
 そして、未だ戦いの中にいる二人の仲間。
 

「おれ、思うんだ。
 ルフィもクレスも、自分が戦わなきゃならない相手を分かってたのかなって」


 悪魔の実の暴走により立つことすらできないチョッパーが呟く。
 こうして一味が全員そろったのも、ルフィとクレスが的確に戦うべき相手を見定めたからでもあった。
 

「……ルッチは強ェ。
 <武帝>に関しちゃ強いなんてもんじゃねェ、完全に別次元だ」


 実際にどちらの強さも体験したフランキーが言う。
 CP9史上最強と呼ばれるルッチ。
 そのルッチすら上回る力を持つリベル。
 どちらも最悪の相手だった。

 
「……あいつら、死なねェよな」

「バカか」


 ウソップの呟きをゾロが切って捨てる。
 世界を敵に回すことがどういうことかなど分かっていた筈だ。
 だがそれでも、一味は海賊として世界に喧嘩を売った。
 ならば、最後まで走り抜けるだけ。
 それに、どんな絶望でも仲間と共に乗り越えられると信じたから、皆ルフィに魅かれ船に乗ったのだ。
 今更それを疑うことなどない。


「なにをォ!」


 ウソップもそのことに気が付いたのか、強気にゾロに言い返した。
 しかし、刻一刻と状況は一味の不利に傾いていく。
 いや、もう既に状況は極まったと言っていい。
 海軍にとって今の一味は陸に上がった魚も同然だ。
 策など必要なく、力で押しつぶせる。
 その時、本島の破壊を完了したことにより、僅かに途絶えていた砲撃音が再び響いた。
 近い。
 着弾したのは躊躇いの橋。
 第一主柱より第二主柱にかかるアーチ部分が吹き飛んだ。


「橋を半分壊しやがったッ!」

「逃げ場を無くす気か……!」
 

 一味は身構えた。
 本島での殲滅任務を終えた海軍が続々と躊躇いの橋周辺に集結してくる。
 完全に孤立した橋上を逃げ場なく取り囲む威容はまさしく黒鋼の檻だった。


『全艦、躊躇いの橋周辺に布陣。
 第一主柱にロブ・ルッチ氏と麦わらのルフィを確認。
 続いて、躊躇いの橋に海賊狩りのゾロ、ニコ・ロビンを含む海賊達を確認。
 司法の塔にて、CP9を破った一味の主力と思われます』


 電伝虫の報告は海兵たちに僅かなどよめきを投げかけた。
 状況としては理解できていたが、報告として改めて聞けば驚異的なことだった。
 エニエス・ロビーの不落神話は代々CP9が君臨していたからこそ成立したのだ。
 その不落神話を崩した新米海賊(ルーキー)達。ここで取り逃がせば強大な悪となりえることは分かりきっていた。しかし、その快進撃もここに終わる。


「オイ! あそこを見ろ!!」


 だが、この絶望的な状況でも一味の希望は消えない。
 ウソップが第一主柱を指した。海軍の砲撃により外壁が崩れ、中の様子が確認できる。
 そこには、ルッチと激闘を繰り広げるルフィの姿があった。


「ルフィ! ここだァ!!」

「ロビンちゃんは助け出した!!」
 
「後はお前とクレスだけだ!」

「勝てッ! 皆で帰るぞォ!!」


 一味が次々に声援を送る。
 ルフィは仲間達の姿に力強く笑い、頷いた。


「貴様が言った通り、全員生きていたか。
 武帝殿の姿がない所を見ると、エル・クレスは未だ足止めに成功しているということか。大したものだ」


 ルフィと対峙するルッチが声援を送る一味を見て嘆息し、すぐさまその表情を獰猛なものに変えた。


「しかし、数分後に同じ顔をしているか見ものだな。“悪”はこの世に栄えない」


 そう、絶対的な強者のみが正義を名乗ることを許される。
 正義とは強さであり、強さとは正しさなのだ。
 

「後はこっちの耐久力勝負だ。
 ルフィとクレスが来るまで、持ちこたえられりゃおれ達の勝ちだ」


 戦いを続けるルフィに背を向け、ゾロはそびえ立つ軍艦を睨みつけた。
 軍艦は自らの巨大さを見せつけるように、躊躇いの橋ギリギリまで接近している。
 どうやら砲撃してくる様子はない。
 しかし、事態は更に深刻となりそうだった。
 周囲を取り囲む軍艦よりいくつもの人影が現れ、一味を見下ろした。
 それも並大抵の視線ではない。どれもが強靭で、強い意志を伺わせる。
 まるで無数の銃線に晒されたようだ。


『少佐以下、出陣不要!
 大佐及び中佐のみ、精鋭200名により速やかに始末せよ』
 
 
 並び立つのは、海軍屈指の戦士たち。
 海軍は精鋭による白兵戦にて一味を制圧するつもりだった。


「オウオウオウ! 大勢で取り囲んでくれやがって」


 並び立つ海兵たちを前に、フランキーが拳を鳴らす。


「本部大佐って言ったら、あの“ケムリ野郎”と同じクラスじゃねェか!」

「おれ達にビビってる証拠だ。腹括れ」


 高まる緊張に弱気なウソップをゾロが奮い立たせる。
 ウソップは歯を食いしばり、仲間たちの姿を見た。
 皆、怯むことなく海兵たちを睨み返している。そこでウソップはサンジの姿がないことに気が付いた。


「え? あれ!? サンジは? さっきまでそこに」


 ウソップの言葉にゾロが周りを見渡す。
 やはりサンジの姿はない。


「どこ行きやがったこんな大事な時に、あのバカコック!」


 サンジの事だ、敵前逃亡などありえない。
 何かの意図をもって姿を消したのだろうが、今の状況でサンジの不在はかなりの痛手だ。
 

「船から離れて! 傷つけられたら脱出できないわ!」


 今にも飛び掛ってきそうな海兵たちを前に、ナミが指示を出す。
 一味は脱出の為に護送船を一隻奪い取っていた。
 今は四方を海に囲まれている。船を壊されれば、逃げ出す術すら無くなってしまう。


「もう二度と捕まったりしないわ」


 一味と共にロビンが構えを取る。
 海兵たちの狙いはロビンの確保だ。
 もう一度クレスに会う為、生きてこの場を脱出する為、誰が立ち塞がろうと絶対に挫けるつもりはなかった。


「うぅッ! おれ、動けねェよッ!!」


 一人護送船の上でチョッパーは己の無力を噛みしめていた。
 立ち上がろうとしても、体に力が入らない。
 ただ、黙って仲間たちが戦うのを見ているしかなかった。
 


『―――全体構えッッ!!』



 回線より、精悍な号令が響く。
 その瞬間、海兵達から放たれる重圧が膨れ上がった。
 一味も互いに背を預け集結し、重圧を跳ね除ける。
 戦雲は渦を巻き、轟雷のように放たれた命令によって弾けた。



『―――かかれェエエッッ!! ニコ・ロビンを奪還せよッ!!』






◆ ◆ ◆






 ひたひたと、穏やかな海に花弁が開くように足跡が広がっていく。
 悠然と、誰にも阻まれることなく、<武帝>の異名を持つ海兵は歩を進めていた。
 変わらぬ表情からは、何も読み取ることは出来ない。
 いや、何も読み取らせるつもりはなかった。
 ふと口元を柔和に歪めた。
 そして、自嘲気味に鼻を鳴らした。



 ―――久方ぶりであろうか。
 このような諦観に浸る自己への韜晦は。



 戦陣に立ち、海を駆け、敵を討つ。
 海兵たる己が身にはそれが全てだ。そこに容赦や呵責などがあってはならない。
 将の揺らぎは兵士の死に直結する。
 海兵であることを選んだあの瞬間より、この身は暴力の化身であり正義だ。
 故に敗北を刻むことはない。
 生涯において一度たりとも。

 しかし、未だ懊悩するのだ。
 ―――これでよかったのかと。
 もはや晩秋となりえた人生においても、その疑問は尽きはしない。


 常に思い浮かび、瞼に張り付き離れない光景。
 五十年前、あの時、あの瞬間。
 艶やかで、鮮烈な、決して色褪せぬ過去。
 果たして、あの選択は正しかったのか。
 いや、答えなど既に出ている。
 どうしようもなく正しかったのだ。故に過ちであった。



―――少将さん。



 明朗で透き通るような声。
 意地の悪い女だった。だがどうしようもなく気高く美しかった。
 未だこの胸に灯り続ける感情は薄れども決して消えはしない。
 今にして思えば、これは呪いの類だったのだろう。
 彼女はその命を懸けて呪いをかけた。
 無双と呼び声高き我が身に、深く突き刺さる、世界を愛し憎んだ彼女の願いをかなえる為の呪いを。
 そして空虚な“玉座”と意味のない“帝位”を手に入れた。


 そうして、揺るぐことなく日々を過ごし続け、巡り合った一つの悲劇。
 二十年前、炎に包まれたオハラの地。
 結末を予期しながら、結局何もせず終えた。
 あの子たちはどう思っているのだろうか。
 恨むのだろうか。
 それとも、許すのだろうか。
 生き延びる術を与え、中途半端な希望を授けた。そうして、無情に突き放した。
 見捨てたと言い換えてもいい。
 それが正しさだと断じた。それが限界だった。
 そんな彼らが如何様に二十年を過ごし命を散らすのか、それが知りたかった。
 故にこの地に赴き、彷徨い続けたあの子たちの結末を見届けたかった。
 そして海兵であるが故に、芽吹こうとした意志を刈り取ろうとしている。
 立ちはだかった己が身は何処までも峻嶮な壁であったのだろう。
 清々しい海賊たちに支えられた不屈の意志を、その覚悟を知りながらも砕いた。
 それは正しいのか。それとも過ちか。
 だた、言えることは正義の為だということだけだ。


 この身は海兵。
 海軍本部少将、アウグスト・リベル。
 そうであろう、そうであり続けた。故に―――


「―――幕を引こうか。覚悟したまえ、海賊共」






◆ ◆ ◆






 海兵たちの誰一人として、この状況を予期していたわけではなかっただろう。
 エニエス・ロビーへの海賊たちの進攻。
 世界政府に対する宣戦布告。
 CP9の敗北。
 バスターコールによる救援要請。
 何もかもが常識外れ。だが、許しがたき事実であった。
 しかし、その海賊たちの悪行もここで終わる。
 躊躇いの橋に追い詰めた海賊たちを、海軍本部大佐・中佐で構成された精鋭200名で包囲制圧する。
 海賊たちの戦力は僅か5名。
 200対5。
 あまりにも絶対的な格差だ。戦いは一瞬で終わる。そう誰もが思っていた。
 だが、現状はそうではなかった。


「オオォッ!!」


 気合いと共に振るわれたゾロの刃が、相対す海兵を切り飛ばす。
 獰猛な獣のように刃は次なる獲物を追い求めるも、鉄の噛み合う音と共に別の海兵の刃に止められた。
 海軍本部の佐官クラス。この称号は伊達ではない。
 巨大な海軍組織においてもこの称号得られるのはほんの一握りの強者のみだ。
 触れるだけで吹き飛ばされるようなゾロの斬撃を正面より受け止め、お返しとばかりに一撃を加えようとしてくる。
 ゾロは海兵の動きを察すると、刀に更なる力を籠め強引に押し切り、弾き飛ばした。
 しかし、敵は一人ではない。
 間髪入れず三方向より海兵たちがゾロへと躍りかかった。


「火の鳥星(ファイヤーバードスター)ッ!!」


 しかし海兵達は飛来した巨大な火の鳥によって、火達磨となって吹き飛ばされた。


「よっしゃァ!」
 

 自身の援護が上手くいったことに、ウソップが拳を握る。
 しかし、そのウソップの背後には巨大な鉄の棍棒を振りかぶる海兵があった。
 ウソップが背後の気配に気が付き、悲鳴を上げそうになったが、それよりも早く駆け抜けた雷撃が海兵を打ち抜いた。


「よそ見しないの!」


 帯電状態の<天候棒>を持ち、ナミがウソップに注意を促す。
 そんなナミも余裕があるわけではない。数の差は圧倒的だった。


「ウェポンズ左(レフト)ッ!!」
 
 
 ナミの背後ではフランキーが内蔵された兵器を掃射していた。
 無数の弾丸がバラ撒かれ、海兵たちを薙ぎ倒すも、中には弾丸の中を走り抜けフランキーに肉薄する者もいた。


「ストロング右(ライト)ッ!!」


 だが、フランキーは逆に海兵に向けて飛び込むと鋼鉄の右拳で殴りつける。
 海兵も合わせるように短剣を振るったが、フランキーの体は鉄。無情に弾かれた。
 代わりにフランキーの拳は海兵の体をこの上なく打ち付けた。
 その傍で花が舞う。


「三十輪咲き“ストラングル”」


 海兵たちに突如腕が咲き誇り、容赦なく首の関節を極める。
 倒れ伏す海兵たちの視線の先には、強い意志を宿したロビンの姿があった。
 襲い掛かる海兵たちに決して引くことなく戦う一味の中で、最も猛威を振るっていたのはロビンだった。
 ロビンの<ハナハナの実>は身体の一部を自在に咲かせる事ができる能力だ。
 咲かせる場所を厭わないロビンの体は、完全な不意を打つことが可能となる。
 外部から一定の力を加えることによって人の体は簡単に動きを変える。人体の構造を知り尽くしたロビンならばなおさらそれが容易い。
 襲い掛かる海兵たちにとってロビンは厄介極まりなかった。
 構えた銃口は悉くが逸らされ、味方を打つ始末。
 接近戦を挑めば、足元を掴まれ重心を崩され、味方の動きを阻害する。
 かと言え、二の足を踏めば容赦なく関節を極められた。



―――ルフィとクレスが来るまで、絶対に持ちこたえる。



 苦難に立ち向かう一味の気持ちは一つ。
 互いに助け合い、決して折れぬ心で戦い続ける。
 海賊たちの姿に海兵たちは僅かに圧倒されつつあった。
 佐官クラス200名と互角、いやそれ以上の乱闘を繰り広げる海賊達。
 その船長はCP9史上最強と呼ばれるロブ・ルッチと真正面より張り合っており、配下の一人エル・クレスは彼の<武帝>と戦い、持ちこたえているという。
 麦わらの一味はただの新米海賊(ルーキー)ではないのか。
 負けるとは思わない。だが、未だ勝利できない。
 大多数の海兵が僅か数名それも今にも倒れそうな海賊たちに圧倒されるという光景がそこにはあった。
 実際に戦う佐官クラスの人間はもちろんのこと、知らず、見守る下士官たちの手のひらには汗が滲み、指揮官たる中将たちも僅かな苛立ちを感じ始める。
 大群において、焦りと言うのは恐怖と同質だ。
 僅か数名から端を発したそれは、一瞬のうちに燃え広がり全体を覆う。






 その時、不意に音が消えた。






 それはありえない光景だった。
 騒乱に包まれていた戦場に突如広がった静寂。
 武器を振り上げた海兵の動きが止まり、隙をつこうとした海賊の動きも止まる。
 

 コツリ、と硬質な足音が響いた。


 そしてその場に居合わせた全員が圧倒的な存在感に視線を向けた。
 丁寧に撫でつけた白髪交じりの灰色の髪。
 皺を刻むも溌剌とした顔の左側には巨大な裂傷の跡がある。 
 一部の隙もない肉体は、永い年月を生きた大樹のように不動。



「何を恐れる、勇壮なる海兵達よ」



 厳かに言を為し、男は羽織るコートを威風堂々と靡かせる。






「―――今こそ、“正義”を示せ」






 今もなお語り継がれる、生ける伝説。
 海軍本部少将<武帝>アウグスト・リベル。
 次の瞬間、躊躇いの橋において万雷の如き喚声が沸き起こった。
 海兵たちは皆声高に称える。己が正義を。そして<武帝>と名高き海兵を。
 何を恐れることがあったのか。正義は我らにあり。我らには無双の武帝がいる。
 一声において戦場を変える。それは、まるで英雄譚の一幕のようだった。
 激励を受けた海兵たちは神風にでも吹かれたような勢いで海賊達に躍りかかかった。 


「ウソ!? 海兵たちが一瞬で!」

「クレスはこんな怪物とやり合ってたのかよ……!?」


 ナミとウソップが目の前の光景に戦慄する。
 たった一人で国を落したと言われる伝説の海兵。その力は二人の予想を大きく超えていた。
 

「エル・クレスの野郎……!!」


 今まで以上の手強さを見せる海兵達と戦いながら、フランキーがリベルの姿を見て歯噛みする。
 こうしてリベルが現れたということは、クレスが敗北したということだ。
 そのことが一味に投げかける影響は大きい筈だ。特にロビンにとっては。
 激しさを増す戦場の中を気にも掛けずに、真っ直ぐにリベルは進んでいく。
 如何なる理屈か、彼の進む先は人が割れ自然と道が出来た。
 
 
「マズいッ! アイツの狙いはロビンだ!!」


 いち早くリベルの狙いに気が付いたゾロが叫ぶ。
 ロビンの元に駆けつけようと走るも、目の前に海兵が現れ阻まれてしまう。


「邪魔をッ……!」


 咄嗟に海兵を切り払うも、海兵達は数にモノを言わせてゾロを押しとどめた。
 ほかの船員(クルー)達もロビンの元へと急ごうとしたが、海兵たちの猛攻の前に阻まれてしまっていた。
 もとより拮抗していることだけでも驚異的なのだ。
 ましてやこの状況。直ぐ傍にいる筈のロビンまでの道が果てしなく遠い。


「覚悟はいいかね、ロビン君」


 一味の思いも虚しく、リベルはロビンの元へと辿り着いていた。
 リベルとロビンを中心に戦場に空白ができる。リベルの放つ重圧が他者の介入を完全に拒んでいた。


「覚悟なら決めています」

「ならば、無駄な抵抗は止めたまえ。痛み無く君を送ろう」

「それは出来ません」

「ほう、何故かな?」


 尋常ならざるリベルの姿を正面に据え、ロビンは凛とした様子で告げた。



「私が決めたのは、生きる覚悟だから」



 ロビンが腕を交差させる。
 甘い香りと共にロビンの<能力>が発現した。
 リベルの肉体に無数の腕が咲き、動きを束縛するとともに関節を極めにかかった。
 

「ならば、その決意ごと私は打ち砕こう」


 直後、リベルに咲いたロビンの腕の悉くが散り去った。
 リベルの驚異的な体捌きにより消し飛ばされたのだ。


「……ッ!!」


 腕に走った痛みに耐え、ロビンは更に能力を行使する。
 一歩踏み出したリベルの脚を掴む。

 
―――動きを止められたのは一瞬だけだった。

 
 躍動する肉体を縫いとめようとする。


―――力強さに負け、腕が散った。


 構造的に絶対に動けない方向へ身体を曲げようとする。


―――リベルの肉体はほぼ不動であり、動かすことですら絶望的だった。


「二輪咲き!」


 ならばと、ロビンはリベルの視界を防いだ。
 リベルの動きが僅かに鈍る。


「百花繚乱……!!」


 間髪入れず、海兵から武器を奪い取り、四方より投げつける。
 同時に束ねて力を増した腕で全力で関節を極めにかかった。
 飛来する刃にうごめく腕。
 いくら伝説の海兵と言えど、視界を防がれた状況では対処しきれるものではない。



「鉄塊」



 だが、いとも容易くリベルはロビンの企みを打ち破った。
 鋼鉄の肉体の前では、刃も束ねた腕も無力だった。
 咲き誇った腕の悉くがリベルに触れた一瞬の後に散っていく。
 リベルの歩みは止められず、無情にもロビンの直ぐ傍に立った。


「はッ!」


 それでもロビンは諦めなかった。
 背後より咲かせた腕でリベルの腕を取ろうと足掻く。


「無駄だよ」


 だがそれも、リベルが腕を振るうだけで消え失せた。


「幕を閉じようか、ロビン君。
 クレス君と共に逝きなさい。この世に無い安息もあの世にはあるかのかもしれない」

「……私は何も諦めない」


 冷徹に見下ろすリベルをロビンは未だ強い意志を持っていた。
 刹那のうちに消え果てもおかしくはない命。しかし、その光は何処までも強い。


「どこに希望を抱く余地がある。
 賢い君のことだ。分からぬ訳でもあるまい。
 海賊たちは気勢を取り戻した海兵たちに敗れ去るだろう。
 ルッチ君と戦う麦わら帽子の船長は息も絶え絶えだ。
 バスターコールの包囲はネズミ一匹逃しはしない。
 ―――なにより、クレス君は私に敗北した」

「“全て”です」


 戸惑うことなく、ロビンは言う。


「まだ、誰も負けていない。
 仲間たちも、船長さんも、私も、クレスも! まだ、生きてる!」

「何を根拠に……」


 眉をひそめるリベルにロビンは告げる。
 決して枯れぬ花のように。


「私は仲間を、クレスを信じてる。
 “必ず助ける”そう言ってくれたから……!!」


 ロビンの言葉は一笑に伏すべきものの筈だ。
 しかし、リベルにはそんな感情は湧かなかった。
 ただ、眩しかった。


「揺るぎない強き意志。
 そうか、……良き仲間を持ったのだね。
 しかし是非もない。その淡い希望を抱いたまま逝きなさい」


 リベルが腕を振るう。
 その瞬間がロビンにはやけに鮮明に見えた。
 間違いなくリベルの指先は自身の胸を貫き殺すのだろう。
 海兵たちの包囲を潜り抜けた仲間たちが必死な顔でこちらに駆けよって来るのが分かる。
 周りの喧騒が嘘のように静かで、遠くに見える空がとても綺麗。
 だから、分かる。
 自分は正しかったのだと。
 リベルの指先が胸を貫く寸前、ロビンは笑みを浮かべた。













「……ほら、来てくれた」













 神速を纏い、黒い影が飛び込んでくる。
 影はまるで春風のようにそっとロビンを抱き寄せると刹那の内にその場を引いた。
 僅かに遅れリベルの腕がロビンがいた場所を通過する。
 リベルの目が見開かれた。
 海兵たちが驚愕の表情を浮かべ、仲間たちが一瞬の後歓喜を爆発させる。



「“時幻虚己(クロノ・クロック)”、解除」



 歪み、無限に圧縮された時が戻る。
 気が付けばロビンは腕の中にいた。
 誰よりも暖かく、誰よりも安らげる腕の中だった。
 干草のような髪が揺れた。


「助けに来たぞ、ロビン」


 全身ズタボロでひどい怪我なのだろう。
 でも何でもなさそうに強がりながら言う愛しい姿に、ロビンは涙をこらえて微笑んだ。


「ええ、待っていたわ。クレス」
















[11290] 第二十二話 「オハラの悪魔達」
Name: くろくま◆d43a7594 ID:1cc6be40
Date: 2012/04/08 17:34












第二十二話 「オハラの悪魔達」













 戦場に舞い降りた風は全ての者を釘付けにしていた。
 兵士たちの雄叫び。
 鳴り響く剣劇。
 打ち出される銃火。
 混戦を極める戦闘の渦巻く幾多もの感情。
 まるで時が止まったかのように、その全ての喧騒が消え失せた。
 ただ、さざ波の音が大きく響いていた。


「よかった……間に合ったんだな」


 今にも泣きだしそうな声でクレスは言った。
 <時幻虚己(クロノ・クロック)>による無茶を重ねた代償か、視界が点滅するように瞬いていた。 
 霞む視界は夢のように儚くて、消え入りそうなほど不確かだ。
 アテにならない視界を補うように、クレスはただ腕に抱いた温もりを確かめた。


「ええ、ありがとう。
 助けてくれて。……信じてたわ」


 まるで子供をあやすようにロビンはクレスの背に腕を回す。
 鼓動の音が重なるように鳴り響き、目の前の存在が夢でないこと告げる。
 不安定な視界に頼らずとも、一つの現実として手の届くここにあることが分かった。
 そのことにたまらなく安堵した。


「クレス―――ッ! おまえ、コノヤローが!」

「バカが、心配させやがって!」

「何てスーパーな野郎だよ!! エル・クレス!」

「もう、無事なら早く来なさいよねっ!」


 静寂を破ったのは、歓声だった。
 驚愕に固まる海兵たちを薙ぎ払い、仲間たちが駆け寄って来る。
 クレスはロビンを抱きしめていた腕をほどくと、無事な様子の仲間たちへと向き合った。


「……海軍の通信はおれにも聞こえてた。
 安心したぞ、お前らも全員無事だったんだな」

「言われるまでもねェよ。
 てめェこそ、よく生きてやがったな。死んだかと思ったぜ」

「うるせェよ」

 
 ゾロの憎まれ口にクレスは小さく笑う。
 皆命を賭して戦い、敵に打ち勝った。
 一人ではロビンを助けることは不可能だっただろう。
 こいつらのおかげだ。言葉にはしなかったが、素直に感謝した。


「こう言っちゃなんだけど、サンジ君がいなくてよかったわね、クレス」

「それもそうだな。サンジの奴……ごほん! 
 サンジ君が今の君たちを見たら間違いなく蹴りかかってきてるぞ」


 にやにやとナミが笑い、ウソップが思い出したように“そげキング”としての仮面をかぶりなおす。
 今もなお死闘の最中だと言うのに、まるでそんな様子など一切感じさせない。
 この一味にいる限り、緊張感と言うものとは無縁なのかもしれない。


「クレス――――ッ!!」


 仲間たちに囲まれるクレスの元に、太陽のようなルフィの声が届いた。
 ルフィはルッチとにらみ合いながらも、嬉しそうに叫んだ。


「よくやったァッ! 皆で帰るぞッ!!」

「当然だ、ルフィ」

 
 力強くクレスは答えた。
 如何なる荒波も困難も、笑顔と共に乗り越える。
 この船長の下についてよかった。
 クレスは心からそう思った。


「まさか、立ち上がるとはね。
 予想だにもしなかった。素直に驚嘆したよ、クレス君」


 眩しいものを見たように目を細めて、リベルが言う。
 その声色は思いのほか楽しげだった。


「当然だ。立つに決まってんだろ。
 如何なる手を使ってでもな。それが出来なきゃ、男じゃねェ」


 クレスは一度敗北したリベルに対し、臆す事無く向き合った。
 倒れ伏したクレスを突き動かしたもの、それは決して折れぬ不屈の心だった。
 クレスのみが持ち得た異常性を突き詰めた<時幻虚己(クロノ・クロック)>。
 時を自在に欺く諸刃の極技。その一端。
 意志あるとこに命は灯り、力ある限り戦い続ける。
 欺くは、己。
 倒れ、敗北するというその瞬間。
 刻まれるべき時は歪み、朽ちることを否定する。
 身体は朽ちども、心は死せず。
 守る人がいる限り。戦う意味がある限り。
 痛みも、疲れも、絶望も。尽くを凌駕する。
 不屈の心が折れるその瞬間まで、クレスの意志が途絶えることはない。


「成程、想いが肉体を凌駕したか。
 どうやら君の言葉に嘘はなかったようだね、ロビン君」

「ええ、だって、……私が選んだ人だから」


 ロビンはクレスの腕を握り、誇らしげに肯定する。
 その言葉にクレスが恥ずかしげにそっぽを向き、リベルは堰を切ったように笑い出した。


「は、ははっ、はっはっはっはっはっはっはッ!!
 よかろう。よいとも、そうでなくてはね。
 だが、――――この場より逃れられるかは別の話だ。青くも猛き海賊達よッ!!」


 まるで戦場全体を薙ぎ払うかのように、リベルは両腕を広げ正義の二文字刻まれたコートをはためかせた。
 それに呼応してリベルを中心として尋常ではないほどの重圧が駆け抜け、押し潰す。
 張り詰めるような静寂に覆われた戦場。
 その中でリベルが喝破する。
 

「勇壮なる海兵達よッ! 立てッ!!
 己が正義を胸に抱き、敵を打ち払いて、我らの勝旗を掲げるのだッ!!」



 静寂の後にあったのは、耳を覆うほどの感情の爆発。



――――ウォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!! 



 リベルの言葉に海兵達は喚声を上げた。
 クレスの登場により硬直してた戦場は、武帝の一声により再び動き出す。
 依然として勢威を失わぬ海軍の精鋭達。
 背後に控えた5人の中将達が指揮する黒鋼の戦艦。
 そして、生ける伝説の一人、<武帝>アウグスト・リベル。
 状況は依然として絶望的だった。
 だが、海賊達は誰一人としてそうは思っていなかった。


「ロビン、やれるか?」


 クレスは傍らのロビンに問う。


「ええ、当然。クレスは?」

「問題ない。
 だが、まさかリベルのおっさんを相手にすることになるとはな」

「心配?」

「いや、お前のことを信じてる」

「あら、いつもなら私に下がってろっていうのに」

「まぁ……そう言って、カッコつけたいのも山々なんだが。
 おれ一人じゃ、どう足掻いたところで勝てる気がしないからな。
 その、なんだ。カッコ悪くて申し訳ないんだが、……助けてくれ」

「ふふっ。ええ、喜んで。
 ……安心したわ。もし一人で戦うって言ったら怒っていたもの」

「それはよかった。お前を怒らせると怖いからな」

「あら、酷い言い草ね」

「悪かったって」


 クレスは指先に力を込めた。
 瞳が鬼火ように燃え、自身たちを取り囲む敵を視界に収める。
 その隣でロビンが腕を交差させ、いつでも能力を発現させられるように身構えた。
 仲間たちもまたそれぞれの武器を構え、戦闘準備を整える。


「クレス、……私はあなたに守られてばかりいるのが悲しかった。
 私の為に、あなただけが傷ついて、苦しむことが、どうしようもなく嫌だった」

「……そっか。おれはお前が苦しむくらいなら、自分が苦しむ方がいいと思ってる。
 今もなおな。きっとこの気持ちは変わらない。そして変えるつもりもない」

「そうね、分かってる。それがクレスだもの。
 だから、私が変わるわ。強くなって貴方を守ってあげる」

「じゃあ、おれはお前に守られないように強くならねェとな」

「意地悪ね」

「アホ、当然だ。男としてそれだけは譲れねェだろ」


 クレス達を取り囲む海兵達はジリジリと前進し、少しずつ距離を詰めにかかってきた。
 始めの乱戦で海賊たちの強さを思い知ったのだろう。
 戦に猛る肉体を制御し統制を取る姿は、流石の一言に尽きる。
 いや、それ以上にリベルと言う絶対的な将の影響が大きいのだろう。
 この場に揃った海兵たちは皆、強者ぞろいだ。
 いくら海兵と言え、力を持ち、己が強者だと自覚すればどうしても自己が出てしまう。
 それらを遍く律しさせ、個々に全の一であることを自覚させる。
 それでいて、その個性を殺すことなく十全の力を発揮させる。
 もしこれが乱戦でなければ状況は更に厳しかったであろう。
 リベル自身の強さに埋もれがちだが、リベルの強さは個人技だけではない。
 自らが将となり指揮した戦いにおいても無双を誇っていた。


「……どう考えても勝機なんて無い筈なんだがな」


 クレスは自嘲気味に呟くと、周囲へと視線を移す。
 どっしりと刀を構え、鋭い眼光で敵を射抜くゾロ。
 <完全版・天候棒(パーフェクト・クリマ・タクト)>を帯電させたナミ。
 巨大パチンコ<カブト>を引き絞ったウソップ。
 左腕のギミックを海兵たちに向けたフランキー。
 離れた場所では、最後の力を振り絞りながらルフィがルッチと睨み合っている。
 この場にはいないが、サンジもチョッパーもそれぞれの戦いに身を置いているのだろう。
 それを思うと、胸の内が熱くなり更なる力が生まれてきた。


「まったく、なんでなんだろうな」


 戦場に緊張は最高潮に達しようとしている。
 海兵たちの包囲は狭まり、あと一歩でも踏み入れれば海賊たちの領域に入る。
 張り詰めた糸のような緊張。
 この糸が途切れた瞬間こそが雌雄を決する時だ。
 
 
「負ける気がしねェ」
 
「私もよ、クレス」


 すぐ傍でロビンが微笑んだ。
 その瞬間、海兵たちが一斉に海賊たちの領域へと足を踏み入れた。
 張り詰めた糸は途切れた。
 怒号を上げながら海兵たちは武器を振り上げ、続く一歩を踏み出し、駆ける。
 対し、海賊たちも地面を蹴った。
 今、雌雄を決する最後の戦いが始まったのだ。


「行くぞ、てめェ等ッ! ここが正念場だ! 気合入れろッ!!」

「恐れるな! 相手は少数、落ち着いてかかれッ!!」


 ゾロと海兵の怒声が重なる。
 海賊たちは不屈の意志で立ち向かい、海兵たちは数の優位による制圧を仕掛ける。。
 激突の瞬間より、海兵たちの方が圧倒的に優位にあった。
 数は減れども、海兵たちは未だ大群。
 個々を孤立させ、確実に個人を撃破する。
 そうすれば勝利は確実だ。
 しかし、海賊たちは迫りくる海兵たちをものともせずに戦っていた。


「おのれ、海賊風情がッ!」

「怯むな! 依然として我らが優位!!」


 海兵たちを切り伏せるゾロ。
 天候を自在に操り翻弄するナミ。
 的確な援護射撃で敵を打つ、ウソップ。
 全身に仕込んだ兵器で敵を薙ぎ払うフランキー。
 その動きは疲れがある筈なのに、先ほどよりも鋭い。
 ここを孤立させようとする海兵たちの試みは届かない。
 バラバラに戦っているように見える海賊達は、一番深いところで強く繋がっている。
 その絆は決して断ち切れるものではなかった。
 そして、特にその中でも海兵達の目を釘付けにしたのは、クレスとロビンの二人だった。


「なんだ、この二人ッ!?」

「バカな……強い、強すぎる!」

「誰でもいい、あの二人を止めろォッ!!」


 魔風が駆け抜け、妖花が舞い踊る。
 圧倒的な速さと強さでクレスは止まる事無く駆け抜け、海兵たちを打倒する。
 その疾走を阻む者はいない。
 なぜならば、クレスの進行を阻もうとした海兵達の悉くがロビンの能力により阻害または排除されているからだ。
 ならばその原因を取り除こうと、隙を狙った海兵がロビンを襲うも、いつの間にかクレスが現れその背を守り、怯んだ所を咲き誇った腕により関節を砕かれる。
 誰も触れることができない。
 驚異的なコンビネーション。
 いや、コンビネーションと言う言葉で表していいのか。
 二人はまるで一つの生き物のように、蠢き、守り合い、敵を討った。
 余りにも強い。
 強すぎた。


「懲りない人たちね」

「全くだ。全員吹き飛ばしてやろうか?」


 互いに背中を預け、クレスとロビンは笑う。
 周りを囲む屈強な敵兵達を全く意に反した様子もない二人の姿に、海兵達は戦慄を隠せないでいた。
 ――――オハラより悪魔の血を引く二人の鬼子が逃げ出した。
 その二人は人々を惑わせ、破滅を呼び寄せるのだと言う。
 所詮は噂と、自身の掲げる正義の強大さを信じて疑わなかった海兵たちは思い知る。
 悪魔の血脈を受け継いだ魔性の女、ニコ・ロビン。
 それを守護する気狂いの番犬、エル・クレス。
 

「オハラの、……悪魔達ッ!!」


 呆然と一人の海兵が呟く。
 次の瞬間、その海兵は全身に咲き誇った魔性の腕に拘束され、鬼火を灯した番犬に吹き飛ばされた。
 

「……やはり、私が出るしかないようだね。
 二人揃ったところで、更に手が付けられなくなっているようだ」


 海賊と海兵の乱戦を後方より静観していたリベルが動く。
 状況はあり得ないことに海賊たちが優勢だった。
 海賊達個々の戦闘力もそうだが、何よりもクレスとロビンの力が凄まじい。
 200名からなった海軍屈指の精鋭達がいいように弄ばれていた。


「実に面白い。
 ならば試すしかあるまい。
 あの子らは我が武技に比肩しうるのかを」


 圧倒的な重圧を持って、リベルが一歩を踏み出す。
 その瞬間、誰もがその存在を刻みつけられた。
 割れる人波。開く道。
 入り乱れる乱戦の最中を気に止めることもなく、リベルは悠然と歩を進めた。
 

「ロビン、行くぞ」

「ええ、分かってる」


 悠然と歩を進めるリベルの姿をクレスとロビンは感じ取る。
 生ける伝説。
 無双の海兵。
 <武帝>アウグスト・リベル。
 余りに強大すぎる力でクレスを打ちのめした男。
 クレスだけならば命を賭しても決して届かない。
 だが、二人なら必ず届く。


「<時幻虚己(クロノ・クロック)>」


 クレスの瞳が紅く瞬き、その光が収縮していく。
 時は幾重にも歪み刻まれ、圧縮される。
 緩慢すぎる時の中で、クレスはロビンに呟いた。


「任せた」


 クレスの肉体が僅かに沈む。
 細胞の一つ一つが熱を持ち炸薬のように爆発した。
 直後、クレスの体は余りの速度に掻き消えた。


「来るか、クレス君」


 爆発的な速度を叩き出したクレスに対しリベルが構えを取る。
 再度対峙する二人。
 だが、その結果は火を見るより明らかだ。
 例え、命を賭そうともクレスではリベルには敵わない。
 それほどまでに両者の実力は隔絶されていた。
 しかし、クレスはそんなこと百も承知だ。


「うおおおおおおおおおッ!!」


 両者の間合いは一秒も待たずにゼロとなった。
 突き出されるクレスの拳。狙いは胸元。
 絶望的だが、それでも勝機はゼロではない。
 六王銃を受けたこの部位ならば、突き崩す可能性がある。
 しかし、それがどれだけ厳しい道のりか知らぬクレスではない。
 だが、今ならば必ず届く。
 その核心をもって、拳に力を込めた。
 迫りくるクレスに対し、悠然と、刹那の時の中でリベルがクレスに合わせるように神速の拳を突き出す。
 その一撃は全てを飲み込む豪風。
 後から突き出されたはずの拳は、世界の理すら平伏させ、クレスへと迫った。
 打ち合えば、自身は敗北する。
 分かりきったことだ。
 刹那にも満たないその瞬間、クレスが笑みを作った。


「ぬッ!?」


 その瞬間リベルは目を見開いた。
 異変は同時に起こっていた。
 一つはクレスの姿。
 何の異変もなかった。
 リベルは既にクレスの動きの全てを見切っていた。
 “武”の頂点に立つリベルに同じ技は通じない。
 リベルに一撃を与えた<時幻虚己(クロノ・クロック)>をもってしても、一度見た以上は、十分に対応できる。
 故に、如何に時を欺こうとも、クレスの動きをリベルが見逃すことはない。
 だが、クレスの動きはリベルの予想をまたも上回った。
 美しい花弁が舞い踊る。
 直進していたクレスは急激な方向転換によって、幻影のように霞み消えた。
 その姿は瞬く間にリベルの側面にあった。
 心臓を直接狙えるその位置は、クレスにとってはこの上ない好機だった。
 

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」


 クレスから雄叫びが迸る。
 まるでそうなることを分かっていたかのように、渾身の拳を突き立てる。
 だが、恐るべきことにこれでもなおリベルには対応が可能だった。
 リベルの間合いはある意味、聖域だ。
 何人も侵すことを敵わず、手を出すことすら拒まれる。
 しかし、リベルは動くことが出来なかった。
 不動の大樹のようなリベルの肉体。
 その全身を無数の腕が拘束していたのだ。


「……ッ!!」


 直後、突き刺さるクレスの拳。
 心臓めがけて放たれた渾身の拳は見事リベルに突き立てられた。
 リベルの肉体が衝撃によって浮き上がり、地面を削りながら後退する。
 そして僅かに顔を歪める。
 美しい花弁が辺りに舞っていた。


「……よもや、再び傷を負うとはね」


 称えるようにリベルは言葉を成す。
 その眼前には不敵に笑うクレスとロビンの姿があった。


「……ロビン君の能力で方向を変えたか」

「さっきまでと同じだと思うなよ、リベル。
 おれはロビンがいるだけで軽く百倍は強くなる」


 挑発とも取れるクレスの言葉。
 だが、そこに偽りは一つもなかった。
 今の一撃の身においても、クレスとロビンの驚異的な動きを見せた。
 目視することすら不可能なほどに加速したクレス。
 それをロビンは、絶妙なタイミングで方向転換させ、リベルの死角へと移動させた。
 恐らくロビンにクレスの姿は見えていなかっただろう。
 しかし、自らの感じたまま、クレスが望むタイミングでクレスが望む場所に導いた。
 導かれたクレスは何一つ疑うことなく、分かっていたかのように、渾身の拳を突出し、リベルに一撃を加えた。
 見事なまでの信頼関係。
 何処までも強固に結びついた二人を阻むものなどこの世には存在しない。
 その力は己が“武技”にも匹敵しうる。
 リベルはそこまで悟り、それでも快活に笑った。


「それもまたよい。
 だが私に勝てるとは奢らぬことだ」

「じゃあ、見せてやるよ。おれ達の“強さ”を」 


 瞬間、世界を置き去りにするようにクレスとリベルは動き出した。
 打ち合わされる拳。切り裂く襲脚。舞い散る花弁。
 霞むほど速く。
 瞬くほど苛烈。
 そして、震えるほど勇壮。


「ハァアアアアアッ――――!!」

「オォオオオオオッ――――!!」


 拳と拳がぶつかり合う。
 力と意志が炸裂する。その度、無数の花弁が舞った。
 満身創痍の筈のクレスはロビンのサポートを受けて、幾度もリベルに襲い掛かった。
 その全てをリベルは捌ききり、クレスを打倒すために拳を振るった。
 リベルにとってもはやクレスは勝利したも同然の相手だ。
 体、技、策。
 その悉くをリベルは掌握し、下した。
 しかし、何処までもクレスは食い下がってくる。
 目に見えぬ翼によって、頂に立つリベルの元まで駆けあがるように。


「「嵐脚」」


 弾かれるように離れ、同時に真空の斬撃を見舞う。
 師と弟子。
 かつて磨き磨かれた関係の二人は、まったく同じ動きを取った。


「「断雷十字ッ!!」」


 静寂を駆け抜ける神速の十字刃。
 対極より放たれた二人の斬撃は、中心に置いて響きあう。
 だが、均衡は一瞬。
 純粋な技ではクレスは敵わず、リベルの前に敗北する。
 迫りくる斬撃を掻い潜り接近しようとするも、僅かにだが、リベルの嵐脚が早い。
 体制を崩せば避けられないことはないが、そうすれば肉薄してきたリベルに倒される。
 絶体絶命だ。この状態で勝利など夢のまた夢。
 だが、クレスにとってそれは些細なことでしかなかった。


「六輪咲き(セイスフルール)」


 クレスの背中から、まるで翼のように腕が咲き誇った。
 咲き誇った腕はクレスの意志をくみ取るかのように、避難させ、同時に体制を整えた。
 絶体絶命から一転、万全の状態でリベルと対峙したクレスは渾身の力で拳を振るった。
 狙いはまたも左胸。
 ただ一点に落ちた雨水が積り重なり石を穿つように、ただ一念を込め攻撃を放つ。
 だがそんなもの、リベルから見ればこの上ない愚行だ。
 武の頂点に立つリベルに、同じ箇所を何度も攻撃する。
 これがどれだけ不可能に近いものか。
 

「ッ!!」


 しかし、クレスの攻撃はリベルに届いた。
 絡み付く薔薇のように、一瞬であるがロビンの腕はリベルの動きを封じることができる。
 その一瞬の隙をクレスが生かした。


「なんと……眩しいことか」


 戦いの最中、リベルは相対すクレスとロビンの姿に見とれていた。
 単独では決して自らに勝利し得ない二人。
 その二人が協力することで、自らに匹敵しうる力を得ているのだ。
 海は何処までも広い。
 在る者は一撃のもとに天をも切り裂き、在る者は一撃において大地を震わす。
 純粋な“力”や“能力”ならば、リベルよりも優れている者は数多くいる。
 そんな強者が跋扈する“偉大なる航路”でリベルが無双の誉を受けたのは、一瞬を制する力が突出していたからだった。
 間合いを制し。心を制し。先の先を取る。
 この“武人”としての強さがリベルを無双足らしめる最大の要因だった。


「人は、想いとは、斯くも強くなれるのか」


 クレスではリベルに対し一瞬を制し得ない。
 ロビンでは一瞬を奪えても、後に繋げることができない。
 しかし、この二人が完全に組み合わされればどうだ。  
 ロビンはリベルの一瞬を奪い、クレスはリベルの一瞬を制す。
 そこに一部の隙も綻びもない。
 互いに互いを感じ取り、相手の望む行動を行う。
 目ではない。
 耳でない。
 肌でない。
 想い合う“心”でそう感じ取る。
 同調(シンクロ)。
 完全なる一致。
 今、クレスとロビンは二人で一つの存在として完成している。
 それほどまでに、心が強く響きあっている。


「ならば……ッ!!」


 再び迫りくるクレスを前に、リベルは尋常ではない力強さで地面を踏み込んだ。
 その瞬間、リベルを中心として波紋のように衝撃が広がり吹き上がる。
 己を中心として描かれる“武”と言う真理。
 絶大なる武を中心に巡る、世界の理。
 六王銃“曼荼羅”。
 絶対なる武の真理は、曼荼羅に乗る全てを破壊した。


「見事、私を超えて見せよッ! オハラの子よッ!!」


 半壊した橋上でリベルは喝破する。
 その峻烈な視線の先に、クレスとロビンの姿があった。
 満身創痍ながら立つ姿を見れば、リベルの攻撃より辛うじて逃れたのだろう。


「行くぞ。これが最後だ」


 クレスとロビンの姿を満足げに一瞥し、リベルは腰だめに拳を構えた。
 六王銃“覇撃”。
 クレスを敗北を刻んだ、絶対なる覇者の一撃だ。


「勝つぞ、ロビン」

「ええ、クレス」


 その拳を前にしても、クレスとロビンは怯むことはなかった。
 静かなる闘志を燃やし、一致した想いでリベルと相対す。
 

「六式奥義」


 浅い息を吐きながら、クレスが両腕を持ち上げる。
 鋭い意志と共に、体の中心で巨大な銃口として腕を構えた。


「百花繚乱」


 同時にロビンが腕を交差させ、能力を発動させる。
 直後、クレスの背後より無数の腕が咲き誇った。
 

「ずっと気になっていたことがあるんだが、教えてくれるか?」


 クレスは必殺の一撃を放とうとする師に問いかけた。
 それは幼少よりクレスが疑問に思い続けていたことだった。


「アンタ、なんでいつまでも“少将”でいるんだ?」

 
 若き時よりその将来を嘱望され、“大将”どころか“元帥”候補とまで称された男。
 その男がなぜ、少将と言う位置に長年甘んじているのか。
 クレスは何故か、その理由が知りたかった。


「単純な話だよ。
 それが私にとって何よりも大切だったからだ。
 地位でも名誉でもない。仲間でも友でもない。
 私にとっては、“少将”と呼ばれる。それだけが、何よりも重要なのだ」


 リベルは僅かに口元を緩ませると、懐かしむように笑った。
 その表情にクレスとロビンが見たことのないものだった。


「それは……」

「これ以上聞きたければ、私に勝利して見せなさい」


 手厳しいな、とクレスは苦笑した。


「それでは終わらせようか。
 私と君たちとの闘争を。覚悟はいいかね?」

「おれ達は勝つ」

「そして、明日を生き続ける」

「ならば、良し」


 まるで日常の一部のように、三人は会話を終えた。
 不夜島の陽光が瞬き、三人を照らす。
 周囲の喧騒が他人事のように響いていた。
 リベルが宣言したように、この一瞬で全てが終わる。
 背景は色を失い、音がか細く消えていく。
 何もかもが消失したような白けた世界で、クレスとロビンはただ互いの心を感じていた。
 


「――――――――」


 
 不意にリベルが動いた。
 いや、正確には動いていたというのが正しいのだろう。
 世界をも平伏させるリベルの絶技は、世界の理すら凌駕する。
 刹那をも刻まず、絶対なる帝王の拳は振るわれた。


「六王銃“覇撃”」


 それは武を極めた覇者の拳。
 絶対なる帝拳。
 衝撃が瞬く間にクレスを襲い覆い尽くした。


「六王銃“楯為(たてなし)”」


 クレスの両腕より衝撃が放たれる。
 放たれた衝撃は、両拳を中心として、クレスの前面を覆った。
 その類稀なる戦術眼でクレスはリベルの一撃を見抜いていた。
 その比類なき一撃は余りに速く、驚嘆するほど豪壮。
 故に、如何なる防御も回避も不可能となる。
 ならば、その一撃を防ぐには同等の技をもって拮抗する他はない。
 六式奥義≪六王銃≫。その真髄とは“衝撃の発揮”。
 ならば、全てを薙ぎ払う一撃は、全てを阻む楯となりうる。
 攻撃とは最大の防御。
 クレスとリベル、両者の一撃は拮抗し膠着を生んだ。


「ぐッ……ッあっ……ッ!!」


 しかし、リベルの強さは計り知れるものではない。
 如何なる対抗策をも易々と打ち砕く。
 クレスが繰り出した衝撃の楯も、リベルの一撃に触れ徐々に霞んでいく。
 暴虐にさらされ、傾く体。
 剥がれ落ちる楯。
 すぐそこにある敗北。


「クレスッ!」


 しかし、クレスは一人ではない。
 直後、クレスの背後に咲いた無数の腕が、翼のようにクレスの体を包み込んだ。
 衝撃に触れ、散っていく腕。
 無数の花びらが辺りを覆い、衝撃によって舞い踊る。
 

「おおおおおァああああああああああああああああああああああああッ!!」


 クレスの口より、雄叫びが迸る。
 大地を踏みしめ、姿勢を前へ。
 幾度も限界を超え、更なる強さを手に掴む。
 やがてクレスを守護した翼は消え失せた。
 留められた衝撃が再びクレスを襲う。
 迫りくる衝撃に、クレスは再び両拳を打ち立てた。
 炸裂する細胞。
 全身より衝撃は駆け抜け、突き立てられた腕より解き放たれる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 再度、衝撃がぶつかり合う。
 打ち出された両者の一撃は歪となって絡み合い、やがて硝子のように砕け散った。
 直後、クレスは強く大地を蹴り飛ばした。


「百花繚乱(シエンフルール)」


 駆けだしたクレスの背中にロビンの腕が咲き誇こる。
 同調した意志で、ロビンは驚異的なまでにクレスを加速させた。


「六王銃――――――――ッ!!」


 クレスの肉体が躍る。
 舞い踊る無数の花弁を纏い、立ち塞がる師の元へと肉薄する。
 引き絞られた拳は、固い土を押しのけ高みを目指す花のように、深く深く突き出された。


「なんと……見事な」


 リベルは自身に肉薄するクレスとその背後にいるロビンの姿を目に捉え、呟いた。
 あのころからは考えもつかないほどに成長したその姿。
 勝機など微塵にもなかったはず。
 如何なる時も、逆境であり、向かい風だった。
 しかし、硬く結ばれた意志の光を二人が絶やすことはなかった。


「成程、―――海賊か」
 
 
 その光を導に、自由な海を渡り旅する。
 例え、闇が彼らを覆おうと光が太陽を呼び寄せ、希望に向かう。
 もはや、彼らを脅かすものなど何もない。


「全く、真に自由な者共よ」


 クレスとリベルは刹那の内に交差した。
 咄嗟に繰り出されたリベルの一撃はクレスに触れることはなかった。
 対し、己が持つ全ての力を込めて突き出されたクレスの拳はリベルの胸を穿ち、衝撃の種を植え付ける。
 種は固い土壌で育ち、芽吹き、蕾となった。






「――― 咲華(さきばな )―――」
 





 そして、衝撃が―――花開く。
 自身を駆け巡った一撃にリベルはゆっくりと目を閉じた。
 世界を圧するほどのは重圧は消えていた。


「さっきの続き、教えてくれるか?」


 拳を振りぬいたクレスが背中越しにリベルに問う。
 リベルは、苦笑し振り返る事無く答えた。


「なに、単純な話だよ。
 その昔、もう五十年も前のことだ。
 一人の女を愛した。意地の悪い女でね、私を“少将”の位でしか呼んでくれなかった」

「海賊か?」

「ああ、だが私は彼女ほど気高い女を知らない。
 馬鹿げた話だが、恋い焦がれ、その気持ちが五十年たっても変わらぬのだよ」

「なんとなく、分かる気がする」

「……そうか。
 君は君の信じる道を往き、信じる者を守りなさい。
 今、心に灯った心を絶やさぬことだ。
 そうしてロビン君と二人、彼らと共に歩んでいきなさい。
 ―――それが、師として君に伝える最後の言葉だ」

「ああ、分かった」


 
 背中越しのクレスに見せることなく、リベルは笑みを作った。
 晴れ晴れとした、清々しい笑みだった。


「天晴なり、オハラの海賊達よ」


 呟き、無双を誇った武帝は膝を付き、倒れこんだ。
 されども、彼の背中に刻まれた“正義”文字は力強く揺らめいていた。















[11290] 最終話 「幼なじみは悪魔の子」 第五部 完結
Name: くろくま◆d43a7594 ID:af0a1177
Date: 2012/08/13 19:07


 突き出した腕をクレスは下ろした。
 固めた拳の先にある感触は確かな勝利を伝えていたが、それでも未だその現実を夢のように感じていた。
 限界を超え続けた肉体は重く、己を欺き続けた精神は擦りつぶれて霞みつつある。
 余りにも濃密すぎる時間だった。
 幾重にも刻まれた刹那。
 絶えず躍動する衝突は、息をすることすら許さない。
 力と意志が命をもって瞬き競い、その中で決して消えぬ温もりを感じていた。
 クレスは体内に籠った灼熱のように燃えた名残を吐き出すように息を吐く。
 そして後ろを振り返った。


「おれ達の勝ちだ」

 
 <武帝>の名を持つ海兵は、倒れ伏してもなお威風堂々たる様だった。
 余りに峻嶮な壁となって立ちはだかったかつての師。
 紙一重どころか、奇跡ともえいる勝利だった。
 世界中の誰一人としてこの結果を予測した者はいないだろう。
 おそらくはリベル自身も、クレスですら心のどこかでそう思っていた。
 戦う以前に決していた勝敗。
 己の武力がどのような結果をもたらすなど、リベルは百も承知だった筈だ。
 如何なる心情、信念をもって戦っていたのかは分からない 
 それでもクレスはリベルに対し、悪い感情を抱くことはなかった。
 熱を持った肉体に風が舞い込んだ。涼やかに肌を撫でたそれは心地よく感じられた。



───ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?
  それは、決して君の手に負えない最悪の事態だ。さぁ、君ならどうする。



 思い返せば、もう二十年も前になる。
 最後の稽古だと、容赦なくクレスを叩きのめしたリベルは海軍本部へと出立する直前に問いかけた。
 異常性を色濃く残しながらも未だ幼さを持っていたクレスは、迷わずに立ち向かうと答えた。
 しかし、それは一度炎に包まれたオハラで完膚なきまでに砕かれた。
 圧倒的な力を前にして、自身は余りに小さく弱かった。
 震えるロビンを抱きしめることが精一杯で、何も救えず変えられない。
 思えば、今回の事もそうだったのだろう。
 数多の海兵、並び立つCP9、バスターコール、そしてリベル。
 だが、決定的に違った。
 立ち向かったのは一人ではなかった。
 クレスには仲間がいた。
 一つ一つは小さな光でも、それらが集まることで煌めくように輝く。
 暗闇の中に浮かぶ星々のように、船に希望の導を与え、約束された明日を迎えさせる。
 強さとは力だけじゃないのだと、今更ながらにクレスは知った。


「立ち向かうさ。どんな相手でも必ず倒す。
 例え不可能でも諦めない。おれはもう一人じゃないからな」


 クレスは倒れ伏すリベルに誓約を掲げた。
 倒れ伏した師は何も語らずも、貫いて見せよと笑った気がした。
 自嘲気味に笑いクレスはゆっくりと歩みを進めた。
 リベルの傍を通り過ぎ、ただっ広い橋を歩く。
 漂白の時間が消え去り、世界が歩調を合わせるようにクレスに周りの状況を知らせる。
 橋の上の状況は相変わらず最悪だった。
 簡素ながらも歴史ある重厚な橋には容赦のない破壊痕がそこらじゅうに刻まれ、今もなお海兵との戦闘が続いている。
 しかし、戦場には異なる二つの感情、戸惑いと歓喜が浮かんでいる。
 歓喜の声を上げたのは海賊。対照的なのは海軍だ。
 クレスは第二支柱へと目を向けた。
 元は規則正しい円筒だった外観は崩れ、外壁が砕け散った結果露呈した内部。
 そこには肩で息をするルフィの姿と、瓦礫の中に崩れ落ちたロブ・ルッチの姿があった。
 アイツも勝ったんだなとクレスは安堵を覚えた。



「クレス」


 未だ粉塵が燻る戦場で、声が聞こえた。
 涼やかで、優しくて、ミステリアスで、思ったよりも一途で頑固。
 光を纏い艶めく黒髪。怜悧に輝く黒い瞳。
 すっきりとした鼻筋。鮮花のように瑞々しい唇。
 きっと永遠に忘れることはない。
 心どころか魂までにも刻まれたその存在。


「ロビン」


 クレスは名前を呼んだ。
 安心したようにロビンが口元をほころばせる。
 手を伸ばせば、その頬に触れられた。
 暫く感覚を忘れていた硬い指先に確かな熱が伝わってくる。
 光を受けロビンの唇が艶めいて見えた。
 それは甘い蜜を持った花弁のようで、吸い寄せられるようにクレスは自身の唇を重ねた。
 溶けてしまいそうなほど柔らかい。
 しかし確かな温もりがそこにはあった。
 五秒と満たない時間だったが、永遠にも感じられた瞬間を彼方にクレスは唇を離す。
 

「……バカね」

「何がだ?」

「自分の事。こんなにも傍にいたのに、今まで踏み出せなかった」


 ロビンは揺れた瞳を閉じる。
 一筋の涙が瞳より零れ落ちた。
 相手を信じ自身を託す。たったこれだけの事だった。
 始めから分かっていた筈なのに、なぜ今まで気が付こうとしなかったのか。


「踏み出さなかったのは、おれも同じだ。
 ……だが、それも終わりだ。もう一度言う。お前が好きだ、ロビン」

「私もよ、クレス」


 互いに手を取り合い、クレスとロビンは自分たちを呼ぶ仲間の元へと歩き出した。
 エニエス・ロビーに君臨した首魁であるCP9とリベルを倒したものの、未だ状況は変わらない。
 いささか狼狽が垣間見えるとはいえ、広場には未だ数多くの海兵達が殺気を滾らせ、周囲を取り囲む戦艦はその威容を見せつける。
 先手を取られ、脱出用に確保していた護送船も壊されていた。
 絶体絶命だ。
 しかしそれでも、二人に不安はない。
 なぜか今だけは確信をもって感じられた。類稀なる奇跡の輝きを。



───帰ろう、みんな。また冒険の海へ。



 心の内に響いた“声”が海賊たちを導く。
 渦巻く波も、吹きすさぶ風も、全てを耐え抜き追い風に変えた夢の船が。
 立ち並ぶ戦艦をすり抜けるように現れたその姿を見たウソップが叫んだ。
 その叫びを聞き、仲間たちが歓声と共に皆一声に海へと飛び込んだ。
 クレスとロビンも迷わず海へと飛んだ。



───迎えに来たよ。



 慣れ親んだ羊頭の船首が荒波をすり抜ける。
 マストにめいいっぱいの風を受け、恐れを知らぬかのように前へ前へと進む。
 乗り込んだ仲間たちの夢を乗せ、水平線の彼方までも導いていく。
 ゴーイングメリー号。
 皆が愛した船の名前だった。












 最終話 「幼なじみは悪魔の子」











 未だ黒煙が立ち上るエニエス・ロビー。
 バスターコールによる惨禍に見舞われ、原型を無くすほど破壊しつくされた街並みを背に、虚しく響く海兵たちの喧騒を海軍本部<大将>青雉───クザンは聞いていた。
 所在なく浮かぶ戦艦の甲板の上で鋼鉄で作られた船側に背を預けたクザンは“正義の門”を見上げる。
 雲を貫く程にそびえ立つ巨大な門は、今は海兵たちを阻むかのように固く閉ざされていた。


「敵ながら、見事なもんだ」


 呆れたようにクザンは呟く。
 趨勢は既に決していた。
 CP9並びにアウグスト・リベルに勝利した海賊たちは突如舞い込んだ船に乗り、正義の門の向こうへと消えた。
 耳を疑うものだが、これはクザン自身も見届けた結末であった。


「完敗だな」


 先ほど部下たちに向け出した言葉をもう一度口に出した。
 無理にでも追おうとも、海賊たちの手により閉じられた門の開閉には時間がかかる。
 再び開いた頃には海賊たちは海の彼方へと消えているだろう。
 今は意味のない消耗を重ねるより、負傷者の救助を優先するべき。
 それが大将としてクザンが下した判断であった。
 こりゃ間違いなく後で大騒ぎになるなと、メンドくさそうに頭を掻き、クザンは近づいてきた足音へと視線を向けた。


「失礼。大将たる君にとっていい態度ではないが、傷身故に許したまえ」


 胡乱げな視線を向けるクザンの隣に快活に言い放った男が直接甲板に腰かけた。
 治療を受けて直ぐにこちらにやってきたのか、肌蹴たシャツの合間から治療の跡が覗いている。


「まぁ、構わんでください。
 おれとしちゃアンタに頭下げられるとむず痒いんですよ。
 それはそうと、……大丈夫なんですかい、リベルさん」

「はっはっは、こうして座り込んで話をするくらいには大丈夫だよ」


 普段と変わらぬ様子でリベルは答えた。
 その様子からは、負傷していることすら疑わしい程の生気を感じられたが、クザンの知る限りリベルは死に瀕する直前においても昂然と笑みを浮かべるような男だ。この様子もある意味当然である。
 そもそも、敗北という二文字がリベルからは程遠い。
 しかし、現実としてリベルは膝をつき、敗北を喫した。
 手加減ということはまずないだろう。
 力とは振るわれるべき時に振るわれるもの。
 リベルが自らに定めた信条は絶対であり、昔馴染みであろうが手心を加えるなどありはしない。
 故にリベルは実力で敗北したと言うことになる。
 さればこそ“あり得ない”と誰もが狼狽する。


「全く、見事なまでに負けたよ。
 よもや、今になって敗北を知るとは思いもしなかった」


 しかしリベルは周囲の評価など気にする様子もなく笑った。
 <最高戦力>と称されるクザンですら、リベルと戦うならば覚悟を決める必要がある。
 自身の敗北がどれほどの意味を持つか知らないわけでもないだろうが、見ているクザンが呆れるほどの気兼ねのない笑みだった。


「これから大変ですよ。おれは知りませんからね」

「私は常に為すべきことを成してきただけだよ。
 その結果のみで周囲が私を評価するならば、買い被りすぎと言うものだ」

「ご謙遜を」

「いいや、今にして思えば私の敗北は必定だった。
 気合、気配、気迫。その全てをあの子らは自らのものとした。
 如何なる力でも“あれ”には勝りはしない。
 想いが響き形を成した。故に何よりも強い。
 私が彼らに勝利する道理など、どこにもありはしなかったのだ」


 クザンは胡坐をかいたリベルの姿に、晴れ渡るような清々しさがあるのを感じた。
 その原因にはあらかた予想が付いた。
 やはりこの人は敗北したのだと納得すると同時に「とんでもない奴らだ」とクザンはぼんやりと青い空を見上げ呟いた。


「そんなに、“二人”は強かったんですか?」

「ああ、断言しよう。
 彼らはあの瞬間、間違いなく世界で一番強かった」


 確固たる口調で言い放つリベルには僅かに羨望が滲んでいるようにも思えた。
 強く結びついた二人が見せた強さの芯。リベルにとってのそれは自らが壊したものに他ならない。


「まァ、アンタに勝ったんだ。……それも言い過ぎとは言えませんね」

「なんだ、疑るのかな?」

「いや、それなりに分かってるつもりですよ」


 こっぱずかしくて口に出すは憚れますが、と嘆息しながらクザンは続けた。
 どこか穏やかな様子の二人を置き去りに、戦艦の中では海兵たちが慌ただしく動いていく。時折クザンとリベルの姿を見かけた海兵たちが慌てたように敬礼をしたが、二人は気にするなと軽く返すだけだった。
 バスターコールによって集結した戦艦は“正義の門”が再び開門し次第本部へと帰投する予定となっている。
 戦果を上げられず、消耗を重ね、いたずらに破壊のみを振りまいた鉄槌はただ虚しいだけだった。


「エニエス・ロビーへの進攻。世界政府への宣戦布告。
 CP9の撃破。アナタの敗北。バスターコールからの逃亡。
 どれ一つとして、見過ごせるものはない。あの一味の悪名は世界に轟く」

「それもまた、運命(さだめ)だよ。不変のものなどない」


 リベルは懐かしむように目を細めた。
 その瞳ははるか遠くを映し出す。
 老いた者は朽ち行き、若き者がその後を継いで行く。
 確信めいた想いがリベルの中にはあった。
 

「今はもう彼らの時代なのだから」


 リベルの祝福はさざ波と共に青い空の中へと消えていった。






◆ ◆ ◆






 舞い込んだ奇跡を掴み取った一味は、見事海軍の領海より逃すことに成功した。
 サンジの機転により“正義の門”を閉じたとこがチャンスを広げ、ナミの確かな航海術、ウソップ、フランキーの的確な援護がチャンスをものにした。
 追手の姿は無く、優しく照らす太陽と穏やかな波の凪いだ海が広がっている。
 先ほど受けた電伝虫からの通信によれば、共に島に攻め込んだガレーラとフランキー一家もなんとか全員無事らしい。
 メリー号の上には誰一人として欠けることのない一味の姿があり、ボロボロだが全員が曇りない穏やかな表情をしていた。
 そんな一味の姿を視界に入れ、クレスはロビンと目配せを交わした。


「礼を言う」

「みんな、ありがとう」

 
 無事に帰ったら必ず二人で礼を言う。
 事前に決めていたクレスとロビンからの言葉に一味が表情を綻ばせる。


「ししし! 気にすんな」
 

 満面の笑みを浮かべたルフィが言う。
 その言葉は船員(クルー)達の思いを表していた。
 闘いの規模など関係ない。
 彼らにとってこの戦いは、“奪われた仲間を取り返す”事こそが目的だったのだ。


「それにしてもよく生き残れたもんだぜ、実際。
 まさか、あの<武帝>を倒ししまうとわな。
 正直おれァ、あいつだけはどうやって逃げ出すかって話だと思ってたぜ」


 フランキーが大金星を挙げたクレスとロビンを称える。
 正直な話、クレス自身ですら始めは同じように考えていた。
 だが、ロビンと共に戦ってい、感覚が無限に拡張され、今までに無い力を発揮できた。


「じゃあほら、あれじゃない?
 勝てたのって、クレスとロビン二人のあ───」

「違ァあああああああああああああああああうッ!!」


 意地の悪い笑みを浮かべたナミの言葉が、突如サンジの発した大絶叫によってかき消された。
 弛緩した空気が突然、かつてない程の怒りを身に宿したサンジによって破られる。
 血が滲みそうなほど唇を噛み、黒々とした気を立ち昇らせ、世界よ燃え尽きろと言わんばかりに周囲を灼熱の渦を振りまいている。


「おいパサ毛、てめェにおれの気持ちが分かるか。
 正面突破だけじゃ海軍から逃げられねェと思って正義の門を閉じに走った時」

「そう言えばお前居なかったな。ビビッて逃げたかと思ったぜ」

「ブッ飛ばすぞマリモッ!
 とにかく! 急いで橋に戻ってきたときにおれが見たのは、おれが見たのはァッ!!」


 なんとなくわかった。
 急いで帰って来たサンジが見たのは、リベルに勝利した後のクレスとロビンの姿。
 間違いなくサンジの目には絶望に映っただろう。


「おれの目の前でロビンちゃんの唇を奪うとはどういう了見だァッ!
 羨ましすぎるぞなんでおれじゃねェ今すぐ変わ……叩き砕いてミンチにした後すり潰して火にかけてやろうかコラァ死ねェエエッ!!」

「やめんかッ!」


 嫉妬魔人と化したサンジがノータイムでクレスに蹴りかかり、ナミによって叩きのめされた。
 危ないところであった。
 先ほどのサンジ相手は満身創痍の状態では少々分が悪い。下手をすればやられてた。それほどの危機感を感じさせるレベルだった。
 途中で本音がダダ漏れだったサンジを地に伏せたナミは軽く咳払いをしつつ、クレスに視線を向けた。


「……で?」

「は? なんだ」

「とぼけんじゃないわよ。色々話すことがあるでしょ?」


 いいから話せと、野次馬根性を露わにしたナミが促す。
 うっ、と言葉に詰まりクレスは周りの人間に視線を向けた。
 よく分かってないが楽しんでいるルフィとチョッパー。
 どうでもよさそうなゾロ。憤怒に燃えるサンジ。
 ニヤニヤと成り行きを見守っているウソップとフランキー。
 これはマズイ。是が非でも話させそうといった雰囲気だ。
 クレスは視線を彷徨わせた後、他人事のように傍観しているロビンへと助けを求めた。
 しかし帰ってきたのは、頑張ってとでも言いたげな小悪魔然とした笑み。
 完全にクレスの反応を楽しんでいた。
 オイコラと、幼なじみに恨めし気な視線を送るも完全にかわされる。
 観念したように息を吐き、クレスは沈黙の後に頬を掻いて言葉を放った。


「……エニエス・ロビーから出る前に聞こえた声はなんだったんだろうな?」
 
「「「オイッ!」」」

 
 誤魔化しにかかったクレスに鋭い言葉が突き刺さる。
 クレスは努めてその言葉を無視した。
 話題をさらされたナミたちは、当然話を本流へと戻したいところだったが、クレスが言った疑問も無視できるものではなかった。
 先ほどメリー号を一通り見て回ったが、誰も人影はなかった。
 一味全員に確かに聞こえた呼びかけの声。
 状況的に考えられるとすれば一つだけ。
 だがそれはそもそも可能性にすらなっていない。


「だから言ってんだろ! あれはメリーの声だったんだよ。
 な! メリーしゃべってみろ」

「バカ、船がしゃべるわけねェだろうが」


 頑なにメリーの声だと信じるルフィを現実的にゾロが諭す。
 一味の意見も概ね同じだった。
 あの声はメリーの声かもしれない。だが、船が話す訳がない。
 幻想と常識、その板ばさみで揺れる現実。
 クレスもまだ結論を出せないままでいた。
 一味が考えふけっていたその時、前方より船影が近づいてくるのが見えた。
 追手かと身構えたが、マストに描かれた紋章を見て一味は安堵する。
 

「ガレーラの船、あそこにいるのはアイスバーグか」


 近づいてくるガレーラの巨大商船にアイスバーグの姿を見つけたフランキーが呟く。
 同じく、商船よりフランキー、そしてロビンの姿を確認したアイスバーグは、とんでもねェ奴らだと誇らしく言葉を噛みしめた。


「世界政府を相手に、本当に何もかも奪い返してきやがった」


 ガレーラの船は徐々に船速を落とし、メリー号の隣に停船した。
 クレスはメリー号に比べ何倍も大きい巨大な商船を見上げ、不意に足元から聞こえてきた押し殺すような音に耳をそむけた。
 小さな歪のように押しとどめられていたその響きは、安心したように一気に弾けメリー号を襲った。
 いや、既に限界だったのだろう。
 力尽き首を垂れるようにメリー号は船頭部分より前に傾いた。
 竜骨にできた致命傷を起点として前頭部を瓦解させた姿は、もう船としての寿命が尽きたことを知らせていた。






◆ ◆ ◆






 それはモノとして造られた船に宿った奇跡だった。
 人を運ぶためだけに作られた組木。
 そこに意志が宿ったかのごとく、限界を超えてもなお背に乗せた人々を運んだ。
 作られた時からそうであった訳ではないだろう。
 共に苦難を乗り越え、喜びを分かち合ったからこそ船は人に答えようと思ったのかもしれない。
 

「おれは今奇跡を見ている。もう、限界などとうに超えている船の奇跡を。
 長年船大工をやってきているが、こんなすごい船は見たことがない」


 見事な生き様だった。
 一人の船大工として、アイスバーグがメリー号に敬意を表す。
 そしてルフィ達は悟ってしまった。
 いくらメリー号を直そうとしても、これ以上は自分たちの自己満足にすぎない。
 メリー号はその誇らしい人生を全うした。
 これ以上は、無事に送り届けたいという、メリー号の願いすら踏みにじってしまうことになってしまう。
 メリー号との別れの時が来たのだ。
 船長として、一人の仲間として、ルフィが一味に告げる。
 メリー号を見送ろうと。
 一味はそれに従った。


「海底は暗くて淋しいからな。おれ達が見届ける」


 メリー号との別離にあたって、一味が選択したのは火葬だった。
 この場に残したままではメリー号は海底へと沈むだろう。
 海の底は暗く寂しい。
 ならばせめて暖かな炎の中で眠ってほしいという一味の願いだった。
 船長のルフィが傷ついたメリーの船体に火を灯す。
 潮に揉まれ乾き傷ついた船板はよく燃えた。
 灯された炎は二つに崩れた傷跡を中心に燃え広がり、やがて全体へと広がっていく。
 立ち昇る炎はメリー号のメインマスト頂上に位置する海賊旗へも及び、炎の中で揺らめいた。


「決別の時は来る。男の別れだ。
 そこに涙の一つもあってはならない」


 全身を炎で包まれたメリー号を眺め、噛みしめるようにウソップが言う。
 以前にメリーの“声”を聞いてしまった彼は、メリーの処遇を巡ってルフィと対峙した。
 だが、ウソップも分かっていた。別離の時は来るのだと。
 何よりもメリー自身がそれを望むならば、黙って見送るのが筋であった。


「ながい間おれ達を乗せてくれてありがとう」


 炎の中に形を溶かしていくメリー号にルフィが呟く。
 舞い上がった炎は煙と共に天高く立ち昇る。
 不意に肌に雫のような冷たさを感じ、空を見上げた。
 はらりはらりと無数の粒子が舞い踊るように、雪が降っていた。
 無言でメリーを見送る一味を代弁するかのように淡雪は降り続く。
 その時、舞い散る雪の中にメリーとの思い出が瞬いた。


 
 ウソップの故郷で譲り受けた船。
 始めは操船に四苦八苦し、傷つけることも多かった。
 共に“偉大なる航路(グランドライン)”を目指し、山を越えた。
 賞金稼ぎの島“ウィスキーピーク”。
 太古の島“リトルガーデン”。
 桜の咲いた雪国“ドラム王国”。
 砂漠の王国“アラバスタ王国”。
 嘲りの町“モックタウン”。
 神の住まう島“スカイピア”。
 誇りを賭け戦った“ロングリングロングランド”。
 そして、造船の島“ウォーターセブン”。
 旅路は並大抵のものではなく、全てが困難なものだった。
 幾多もの出会いと別れを繰り返し、喜びも悲しみも噛みしめ、常に共に旅をした船。
 海賊にとっては、大切な家族であり家。それが今消えようとしている。



───ごめんね。


 
 そんな時、声が聞こえた。
 共に旅した仲間に向けて、最後に伝える別れの言葉だった。
 それを聞いた仲間たちの思いが弾けた。
 慣れ親しんだ船板。風を受けて広がるマスト。
 颯爽と船首が波を切り、小回りの利く舵が何処へでも自由に導く。
 何度も補修を繰り返し使い続けた。
 傷の一つ一つが戦いをくりぬけた一味の勲章でもあった。
 でも、もっと大切に使ってあげればよかった。
 そんな後悔ともつかない思いが溢れ、いくつも浮かんでは消えていく。
 メリーはそんな一味の思いを受け止め、最後の想いを伝えた。



───もっとみんなを遠くまで運んであげたかった。   


───ごめんね。ずっと一緒に冒険したかった。


───だけどぼくは、幸せだった。


───今まで大切にしてくれて、どうもありがとう。


───ぼくは、本当に幸せだった。



 皆に愛された夢の船が炎の中に消えていく。
 その姿が虚空に消えるまで、一味はずっと見守り続けた。





◆ ◆ ◆






 アクア・ラグナ明けのウォーターセブンは気持ちがいいくらいの快晴だった。
 天候に呼応するように各所では人々の活気ある声が上がり、街を賑やかに彩っている。
 今年のアクア・ラグナは例年にない規模で傷跡を残し、あらゆるものを流し去っていったが、ウォーターセブンの人々はどこ吹く風と復興作業を進めていた。
 元よりガレーラカンパニーが取り仕切る職人たちの島だ。
 壊れたのならば修繕し作り直せばいいと、奮起した職人たちによる復興作業は鮮やかなもので、元通りの街並みが戻るのも時間の問題だった。
 そんなウォーターセブンの中心街。
 火が放たれたことにより焼失したガレーラカンパニー本社に代わる仮設本社の一室に、戦いを終えた一味は招かれていた。
 エニエス・ロビーを脱出してから既に数日が経過している。
 激闘を制した一味たちは疲れ切った体を休めるために眠り続け、起き出した者から好き好きに動き回っていた。
 三日目には、海兵の英雄<ゲンコツのガープ>がルフィとゾロの旧知を連れてやってくると言ったハプニングがあったが、概ね穏やかな日々が続いている。
 だが、そんな中で未だクレスだけが眠り続けていた。


「ロビン、よかったら代わるわよ。ずっと看病続きみたいだし」


 窓から柔らかな木漏れ日が差し込む午後。
 眠り続けるクレスの隣で本を広げていたロビンは、振りかけられたナミの言葉に視線を上げた。


「ありがとう。でもいいの、なんだかもう少しで起きそうな気がして」


 メリー号の最後を見届け、ガレーラの船に乗り込んだクレスは突如糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
 幾度も限界を超えた体は、生きていること自体が奇跡に近く、チョッパーによる懸命な治療を受け、何とか一命を取り留めた。
 チョッパーの話によると、クレスの肉体操作の技術は凄まじく、今回の怪我のレベルで動けることはまずありえず、動いていたのは精神力だけでクレスが無理やりに肉体を動していたからだったと言う。
 その結果全身の状態はより深刻になり、しかしそれも精神力のみで押しとどめ、肉体はおろか命までも制御し切っていた。
 つまるところ、クレス以外ならば死んでいた。そんなレベルの負傷だった。
 だがその代償として、今回の戦いでクレスは間違いなく寿命を十年は縮めた。
 医師として思う所があるのか、深刻そうな顔でチョッパーはロビンに告げた。


「それに起きた時に私がいないと、泣いちゃいそうだもの」

「……確かに」

「でしょ?」


 冗談めかしてロビンは笑い、クレスの頬を撫でた。
 一時は人形のように冷たかったが、今はちゃんと血の通った暖かさがあった。
 無茶をして、無理をして。それでも強がって。
 そんなクレスが何よりもロビンには愛おしかった。
 だから、守ってあげたい。
 今回はクレスが命を懸けた。だから、いずれクレスの危機にははロビンも命を懸ける。
 その思いは変わることはないのだろう。


「早く起きないとね、クレス。
 ルフィたちは宴をやりたくてうずうずしてるんだから」


 ロビンは未だ眠り続けるクレスに微笑む。
 クレスは元々眠りが深く朝が苦手なのだ。
 眠りが浅く覚醒が早いのは気を張っている時だけ。
 こうしてゆっくり眠り続けていられるのは、ここが安心できる場所だと感じているからなのだろう。
 木漏れ日は柔らかで温かい。
 クレスの寝顔を見ていたロビンは瞼が少し重くなるのを感じ、暖かな欲求に逆らわずに瞳を閉じた。






◆ ◆ ◆






 クレスが目を覚ましたのは、木漏れ日が夕日に変わりつつあった時だった。
 目覚めを待ち望んでいた一味は安堵と喜びの声を上げた。
 絶対安静を告げるチョッパーを尻目に、一味はクレスを取り囲んで騒ぎ続け、なし崩し的に宴へと移行した。
 クレスの目覚めをずっと待っていた為に延期されていた陽気な宴は、瞬く間に島全体に広がった。
 海賊たちの宴は、島中の人間を巻き込んでの大宴会へとなっていた。
 どこもかしこも、飲めや歌えやの大騒ぎ。
 これでもかと大盛りの料理がふるまわれ、島中の酒樽が底を付く。
 誰も彼もが相手を称え、自らを誇り酒を交わす。
 海賊の器は宴の派手さで決まると嘯く者がいた。
 それなら麦わらの一味は海賊王並だと声が上がる。
 所詮は酒席の笑い話。
 大笑いと共に、だがしかしあの海賊達ならあり得るなと、また杯が干された。


「まったく、病み上がりの前でこれだけ騒ぎやがって」


 宴会の主会場であるガレーラの仮設本社前広場に築かれた巨大な焚火を眺めながらクレスが呟く。
 宴を楽しむ海賊達は騒がしく、仮設本社の外門近くに腰かけたクレスからも十分声が聞き取れる。常に笑いの中心に彼らはいた。


「そんなこと言って、クレスも十分楽しんでるじゃない」


 座り込むクレスの傍で外壁に背を預けたロビンがチクリと言う。
 ロビンの言うとおり、クレスの傍にはサンジが作り上げた水水肉入りのシチューを始めとした各種料理と酒瓶、そしてあろうことか山盛りのデザートがあり、傍目から見れば宴を楽しんでいることが丸わかりであった。


「う、……まァ、栄養補給だ。
 何日も寝てたからな、さすがに腹が減った」

「もう、食べ過ぎは毒よ? 普段はそんなに食べるわけじゃないのに」

「分かった、食べ過ぎには気を付ける」

「言ってる傍からケーキに手を伸ばさないの。
 もう、チョッパーから安静にするように言われてたの忘れたの?」

「さっきそのチョッパーが綿飴置いていったぞ」

 
 ロビンの視線に観念したのか、クレスはケーキへと伸びていた手を引込め、代わりにスプーンを取ってシチューを食べようとした。
 しかし、さすがに病み上がりで動きは僅かにぎこちない。
 真新しい包帯が巻かれた腕を見て、ロビンはクレスからスプーンを取り上げる。
 首をかしげるクレスの代わりにシチューを掬うと、クレスの口元に差し出した。
 クレスは詰まったように動きを止めたが、観念したようにスプーンへと口を開いた。


「体はもう大丈夫なの?」

「ああ、迷惑かけたみたいだが、大体大丈夫だ」


 寝たきりだったクレスだが体の調子はかなり回復していた。
 睡眠時も常に生命帰還によっての修復を続けた結果である。
 まさに常識はずれの肉体操作だった。
 

「でかい恩をもらったな」

「そうね」

「ああ、ちょっとやそっとじゃ返せそうにない」


 クレスは広場で騒ぐ仲間たちをみて息をつく。
 嬉しいような、気恥ずかしいような曖昧な嘆息だった。


「始めはさ、全てが気まぐれだった。
 アイツに目を付けたのも、船に乗ったことも。でもそれが、いつしか変わった」


 クレスは息をつくと、正面からロビンの顔を見た。
 
 
「おれには夢がない。
 見れるとは思ってなかったし、見る必要もないと思ってた」


 いつかクレスは言った。
 夢を追うロビンが救いだと。
 クレスにとってそれは、夢でなく即物的な望みだった。


「相変わらず根幹の精神は歪んだままだし、自分でも捻くれてるとは思う」


 だが。
 クレスは今心に宿ったロビン想いを告げた。


「おれは見たいよ。
 お前が、あいつらが、夢を叶える瞬間を。
 その為になら戦える。あいつらも、当然お前も、守ってやりたい。
 今までと変わらないかもしれないが、それがおれの“夢”だ」


 望みそのものに変わりはないのだろう。
 だが、クレスは根幹的な部分で変化した。
 過去に縛られ<現在>のみに向けていた目を、未来へと向けた。
 未来とは、未知であり不確定だ。
 故に人々は大小様々な夢を持つ。それを導に不確かな今を戦いながら進むのだ。


「素敵な夢だと思うわ。
 叶えましょう、その夢。クレスならきっと大丈夫」

「ああ、がんばる」


 揺らめく炎を受けながら、クレスは自らに誓いを立てた。
 ロビンとこの一味となら、きっと叶えられる。叶えてみせる。
 誓いを新たにクレスは空を見上げた。
 星々の煌めく夜空には綺麗な満月が浮かんでいて、楽しげに騒ぐ人々を見守っている。
 クレスはその光景を記憶に焼き付けるように目を閉じると、振り返る事無く告げた。


「で、お前は何をしに来たんだ───クザン」


 クレスの言葉にロビンが息をのんだ。
 そんなロビンを察して、クレスがロビンの手に自身の手を重ねる。
 傍にクレスがいることに安心したのか、ロビンの動揺が収まった。
 

「まさか気づかれるとは思わんかった」


 背を向けた外壁ごしにクザンの声が聞こえた。
 称賛するような、素直な口調だった。
 その様子からクレスはクザンが戦いに来たのではないと確信する。
 クザン以外に海兵の気配は感じない。恐らくは独断で“あたり”を付けたこの地までやってきたのだろう。


「お前らのことは、リベルさんから直接聞いた。
 なんというか、まァとんでもない事をやってくれたわけだ」

「リベルのおっさんの様子は?」

「ピンピンしてるよ。相変わらず凄い人だ。
 今は政府のお偉いさん方の呼び出しをくらってる最中だがな」


 やはりと言うべきか、リベルの現状は予想通りだった。
 勝利したクレスより軽傷というのはいささか割に合わないが、それも当然だろう。
 聞いた話によれば、リベルは政府の上層部と折り合いが悪いらしい。
 だが、あの男ならば如何なる事も柳のように受け流す筈だ。


「二十年前、オハラの為に戦った巨人、ハグワール・D・サウロとおれは親友だった」


 淡々とクザンは語りだした。
 サウロ。下手くそな笑い方をする巨人。
 命を懸けてクレスとロビンを守ってくれた恩人だ。


「サウロの意志をくみ、お前たちを逃がしたおれにはその人生を見届ける義務がある。
 だが、二十年もの間彷徨い続けたお前たちは大きな闇を抱えすぎていた。
 いつか必ずお前たちは多くの人々を破滅へと導く。例えお前たちが望まなくともな。
 だから、追われては飛び回る危険な爆弾をこれ以上は放置できないとふんだ。
 おれは今回の一件でお前たちに関する問題に決着(ケリ)を付けようと思った」


 そこでクザンは言葉を切り、僅かに和らいだ声で呟く。
 

「だが結果は、我々の敗北。
 CP9にリベルさんを加えた布陣で敗退など予想だにもしなかった」


 クレスとロビンそしてクザン。
 互いに壁を背にした二人と一人は向かい合うことはない。
 クザンが口を閉ざした為に、辺りの喧騒が聞こえてくる。
 その楽しそうな声に暫く耳を澄ましていると、観念したようにクザンが告げた。


「やっと、宿り木が見つかったのか?」

「ああ」

「ええ」


 クザンの問いかけに、クレスとロビンは力強く答えた。
 もう二度と見失いはしない。
 唯一で無二の居場所だ。


「サウロがお前たちを生かしたことは、正しかったのか、間違いだったのか。
 その答えをお前たちは見せてくれるのか?」

「そのつもりだ」

「ならば、しっかりと生きることだな。
 エル・クレス、お前を見てると親父のタイラーを思い出す。
 なんというかまァ、大した奴だよアイツは。なんとなく予感はあったがな」


 背を預けていた壁を蹴り、クザンはこの場から立ち去ろうする。
 話は終わったのだろう。
 クザンもまたこの夜をもってオハラに関する決着をつけたのだ。
 徐々に遠ざかるクザンの気配。
 だが、不意に立ち止まると、クザンは背を向けたままクレスとロビンに告げた。


「オハラはまだ滅んじゃいねェ。
 一人、命を懸けた大バカ野郎がいたからな。
 全くやってくれたもんだわ。……お前達もこの海を進めば分かる筈だ」


 不意にそう言い残し、完全に気配を消した。
 聞き捨てならない言葉に、クレスとロビンがクザンを問い詰めようとしたが、クザンの姿は完全に消えていた。
 

「おッ! クレス、ロビン!
 そんなとこにいたのか。こっち来いよ!」


 狐に包まれたような気分のクレスとロビンを陽気に笑うルフィが誘う。
 後ろにはほかの仲間たちの姿もあり、無邪気に二人の参加を待っていた。
 

「……たっく」


 バカらしくなってクレスは息を吐いた。
 この一味の中にいると碌に思い悩む事もできないらしい。
 隣を見ればロビンも同じ様子で、二人は早く来いと手を振る一味の元へと向かった。






◆ ◆ ◆






 騒ぎに騒いだ宴の夜が明けた。
 夜とは打って変わって巡ってきた朝は静かなものだった。
 気持ちよく眠る人々は立ち上った太陽の光を受け、それぞれに動き出す。
 そんないつもと少し違う朝に、いつものように“ニュース・クー”により新聞が届けられる。。
 今日の朝刊の一面は、先日政府の三大機関の一つであるエニエス・ロビーで起こった大事件だった。
 紙面はその話題で持ちきりで、何ページにもわたって詳しい詳細が書かれた記事が掲載されていた。
 

「なるほど、これは酷いな」


 テーブルに広げられた新聞の記事を読んだクレスが呟く。
 配達された新聞は一味の元にも届いていた。
、情報統制の為か暫く沈黙を続けていた政府の公式見解ともいえる記事は、今回の事件にかかわった人々の命運を分けるものとなりえた。


「全部“おれ達”のせいじゃねェか」


 記事の内容は真実を知る者からすれば酷いものだった。
 大まかに要約すれば、政府に一切の非はなく全てが海賊たちが引き起こした事となっている。
 だが、不思議なことにエニエス・ロビーに進攻した海賊たちは<麦わらのルフィ>を始めとした“9人”の少数海賊団となっていた。
 記事には何処にも共に戦ったガレーラとフランキー一家の名前は出てこなかった。
 いささか不自然な状況だが、おそらくはリベルかクザンが手を回した結果だろう。


「大変だ、麦わらさん達ッ!!」


 そんな時、玄関口の扉が勢いよく開き、ザンバイを始めとしたフランキー一家達が飛び込んできた。
 問いかけるより先に、いいから見てくれと、ザンバイは腕に抱えた真新しい羊用紙の束を広げる。
 それは一味全員を示した手配書の束だった。



『───<麦わらのルフィ>懸賞金3億ベリー』
   
『───<海賊狩りのゾロ>懸賞金1億2000万ベリー』

『───<“泥棒猫”ナミ>懸賞金1600万ベリー』
   
『───<“狙撃の王様”そげキング>懸賞金3000万ベリー』

『───<黒脚のサンジ(写真入手失敗)>懸賞金7700万ベリー』

『───<わたあめ大好きチョッパー(ペット)>50ベリー』



 広げられた手配書に一味はそれぞれの反応を見せた。
 エニエス・ロビーの件で政府は一味の評価を改め、金額を吊り上げた。
 少数とはいえ、一味全員が賞金首になるのは異例と言ってもいいだろう。
 世界中にバラ撒かれたであろう手配書の中には、当然クレスとロビンの分もあった。
 今までは<オハラの悪魔達>の異名であったそれは、二人の成長した姿を映し、別々の異名を与えていた。



『───<“悪魔の子”ニコ・ロビン>懸賞金8000万ベリー』

『───<“悪魔の番犬”エル・クレス>懸賞金2億4000万ベリー』



 クレスは自身を移した新たな手配書を手に取り、不敵に笑った。
 いつの間に撮られたのかは分からないが、背中合わせにロビンを守る姿がそこにある。
 金額に関しては妥当だろう。以前のクレスからすれば比べものにならない数字だが、あのリベルを倒したのだ。これぐらいは当然だ。
 そして何より変わったのが、名前の上に書かれた“DEAD OR ALIVE”の文字。
 この文字がある以上、クレスもロビンも仲間たちと同じ、一端の海賊であった。
 

「心中お察しするというか、色々言いてェ事はあると思うが、これを見てくれ!」


 個々様々な感情を見せる一味に対し、ザンバイは新たな手配書を広げた。
 それは一味と共に戦ったフランキーのものであった。



『───<“鉄人”フランキー>懸賞金4400万ベリー』



 賞金首となってしまった自分たちのアニキであるフランキーを想い、ザンバイ達は一味に向かい頭を床に擦り付けるように頼んだ。
 どうかアニキを一緒に連れて行ってくれと。






◆ ◆ ◆






 ウソップを除く一味は荷物をまとめ、廃材置き場近くの港へと足を運んでいた。
 フランキーが設計した“最高の船”を受け取って、この島から出航するためだ。
 突然ともいえる出航だが、正式に新聞記事で事件の事が出回ってしまった以上、この島に居続けるのはリスクが大きい。近くに海軍の船があると聞けば尚更だ。
 名残惜しいがこれでお別れだった。
 瓦礫や廃材が散乱する道を進み、一味は保護布に包まれた船の姿を見た。
 船の前ではアイスバーグが一味の到着を待っていて、やってきた一味を歓迎した。
 この船はすごいぞと、アイスバーグは職人らしい無邪気な顔で言う。
 世界の果ても夢じゃない。
 世界最高峰の船大工の言葉に一味の期待が上がる。
 

「フランキーからの伝言だ。
 『お前はいつか<海賊王>になるんなら、この<百獣の王>の船に乗れ』」


 この場にいないフランキーからの伝言を伝え、アイスバーグが保護布をはがす。
 すると、獅子の船首をしたスループ船が姿を見せた。
 世界最強の木材<宝樹アダム>によって実現した、最高の船。
 その名を<サウザンドサニー号>。
 千の海を超える太陽。
 フランキーとウォーターセブンの職人たちが魂を込めて造ったそれは、必ずメリーの遺志を継ぎ一味を運ぶ<夢の船>となるだろう。


「麦わら、お前フランキーの奴を<船大工>として迎え入れるつもりか?」

「お、よく分かったな! おれ決めたんだ! あいつを仲間にするって」


 ルフィは無邪気にアイスバーグに答えた。
 どうやらこの船長はフランキーの事が気に入ってしまったらしい。
 本職はもちろんの事、戦闘員としても腕は確か。
 エニエス・ロビーでの“借り”もある。
 クレスもフランキーが仲間になるというのは悪い話ではないように思えた。


「そうか、どうやらアイツもお前達の事を気に入っているらしい。
 なら一つ頼まれてくれないか。ンマー、アイツも本心は海に出たいようだからな」


 一味はアイスバーグからフランキーについての話を聞いた。
 フランキーはこの島に居続けるように自分自身に義務を課しているのだという。
 その呪縛から解き放ってやってほしい。
 フランキー自身の夢の為にも。
 だから、無理やりにでも仲間にして海へと連れて行ってほしい。
 兄弟弟子を思い、アイスバーグはそう言った。


「よし、分かった!」


 ルフィは力強く答え、フランキーの元へと向かうこととなった。






 結論から言えば、フランキーの勧誘は過去に類を見ないほど最低であった。
 ルフィ達がフランキーの元へと向かった時には、何故か海水パンツを握りしめた子分たちと、全裸にアロハを羽織っただけで走り抜けるフランキーの姿があった。
 事情を聴けば、子分たちがフランキーを想い、サニー号までの誘導を試みたらしい。 
 パンツを使って。
 事情を聞いた一味は子分たちの案に乗り、フランキーを無理やりに(パンツを使って)船まで誘導し、そこでルフィが直接フランキーを勧誘を行った。
 フランキーは男泣きした後に子分達に別れを告げ、一味の仲間になることを選んだ。
 パンツをはかないままで。
 余談だが、勧誘が終わった後で船に戻ったクレスは、何故か何人からも同情の視線を送られた。
 何があったかクレスは聞いたが、誰も教えてくれなかった。
 ロビンだけが嫣然と微笑んでいた。






◆ ◆ ◆






 フランキーが船に乗り込み、一味は出航準備を整え終えた。
 だが、まだ一人この場にいない人間がいた。
 喧嘩別れしたウソップである。
 エニエスロビーの件で仲違いは解消したものの、海賊である以上、一味から抜けることがそう軽いものであってはならない。
 ましてや船長であるルフィにに対して決闘まで吹っ掛けたのだ。
 通すべき仁義を通さなければ、それはただの遊びだ。
 故にゾロはルフィ達に告げた。
 ウソップが“ケジメ”を付けなければ一味に再び迎え入れることは許さない。
 自分たちの前に現れた時の第一声が“詫び”でなければ、この島において行くと。
 乱暴な物言いだが、海賊として全面的にゾロの言い分が正しかった。


「出航ッ!」


 どこか虚しいルフィの声と共にマストが張られ、サニー号が波を切り進みだす。
 結局ウソップはルフィたちの元へと現れなかった。
 

「いいのか、まだ待たなくて」


 サニー号の甲板に備え付けられたベンチに腰を下ろすルフィにクレスが問いかける。
 ルフィは乾いた声で、いいんだと告げる。
 そこにいつもの太陽のような無邪気さはなく、無理をしていることは丸わかりだった。
 そんなルフィを察してか、サニー号の舵を取るナミはなるべく低速で船を進める。
 しかし、一味の感傷など気にせずに、背後から海軍の軍艦がやって来ていた。
 骨を咥えた犬と特徴的な船首の船は、<ゲンコツのガープ>の船だ。


『おい、ルフィ! 聞こえとるか?
 こちらじいちゃん、こちらじいちゃん!
 すまんが、いろいろあってな。やっぱりお前らここで海の藻屑となれ』


 そんなガープの声が聞こえたかと思うと、恐ろしい速度で砲弾が飛んできた。
 弾速は大砲で打つより圧倒的に速く正確だ。
 信じられないことに今の一撃はガープが砲弾を直接投げたモノだった。
 噂に聞く、ガープの“拳骨隕石(ゲンコツメテオ)”だ。


「船は全速前進! おれ達は砲弾を潰す!」


 ルフィの指示に一味は一斉に動き出した。
 ウソップの事もあったが、このままでは船が沈められてしまう。
 逃げ出そうとする一味に向け、ガープの船から次々と砲弾が投擲される。
 たった一人が放つ砲弾に、一味は数人がかりで対処するのがやっとだった。


「あッ! 来た、ウソップが来たァッ!!」


 その時、海岸にウソップの姿を見つけたチョッパーが喜びの声を上げる。
 ウソップは瓦礫の山に脚を取られながら必死に船まで走っていた。
 大声で一味の事を呼んでいる。
 今ならばルフィが手を伸ばせば間に合う距離だ。


「ルフィ! ウソップが呼んでるよ!」

「聞こえねェ」


 しかし、ルフィは歯を食いしばりながらチョッパーに答える。
 第一声が“詫び”でなければ、ウソップとはここで別れる。
 ウソップは確かに来て、叫んでいる。
 それは自己弁明の言葉であり、海賊として筋の通らない嘘事だった。
 ルフィたちが待ち望んだ言葉じゃない。
 そんな言葉は、降り注ぐ砲弾に紛れて何も聞こえはしない。
 砲弾の弾幕に追われ、無言のままに立ち去ろうとする一味から何かを感じ取ったのか、ウソップは海岸線で立ち尽くした。
 ウソップも分かっていた。
 海賊としての仁義も筋も。
 ただ、ちっぽけな虚栄心が邪魔をして受け入れられなかっただけだ。
 唇が振るえる。こんなつまらないことで切れていい絆ではなかった。



「ごめェ───んッ!! 意地張っで、おれが悪がっだァアア!!」



 ウソップの叫びは砲弾の音すらかき消すように響いた。


「今更みっともねェげど、おれ一味をやめるって言ったけど!!
 あれ取り消すわけにはいがねェがなァ! 
 頼むがら、頼むがらァ! おれをもう一度仲間に入れでぐれェええッ!!」


 情けなくも溢れる気持ちを隠せず、祈るように泣きながらウソップは叫んだ。
 それは何よりも一味が待ち望んだ言葉だった。
 ウソップの前にルフィの腕が伸ばされる。皆この腕を取り始まった。


「バガ野郎、早ぐ掴まれェエエッ!!」


 ウソップにも負けないぐらいに涙を流したルフィが叫ぶ。
 バカはお前もだとゾロが笑う。
 カッコ悪いわねアンタ達とナミが涙を浮かべた。
 ガッチリと手を繋ぎ、ルフィが勢いよくウソップを船へと引き上げた。
 

「やっと全員揃ったッ!! 
 こんな砲撃抜けて、冒険に行くぞ野郎どもッ!!」


 一味が全員揃い晴れ晴れとルフィが叫ぶ。
 船員(クルー)達は船長の意志に呼応して、士気を上げた。
 こうなればこの一味は無敵だ。
 如何なる波も、風も、敵も乗り越えられる。
 サニー号の秘密兵器を見せてやると言ったフランキーの言葉を信じ、追撃を行う海兵たちの前で、一味を乗せたサニー号はあろうことか帆を畳んだ。
 降参かと海兵たちは訝しんだが、一味はそんなつもりは毛頭もなかった。
 

「みんな色々とありがとう! おれ達は行くからなァ!!」


 島で見送る人々にルフィが声を張り上げる。
 海賊ってのは船出も静かにできないようだと、ウォーターセブンの人々は清々しい海賊たちを見守った。


「ワシを舐めると怪我するぞ、ルフィ!」


 生意気な態度をとり続ける孫に業を煮やしたガープが、軍艦に搭載されていた巨大な鉄球を手に取った。
 巨人族ですら扱うのに苦労しそうな鉄球を難なく上空に放り投げると、鉄球に繋がった鎖を操り、サニー号の真上から叩きつけようとする。
 迫る天を覆うほどの巨大な鉄球を眼前に、サニー号の船尾に取り付けられた装置から暴風とまがうほどの風が吹き荒れる。
 直後、巨大な鉄球が海を打ち付け爆発のような水しぶきが上がった。


「やりおる」


 ガープは空中を見て呟いた。
 この場にいる者は皆、空を見上げ目を疑った。
 そこには巻き上がった水滴の中に煌めく、海賊船の姿があった。
 サウザンドサニー号。
 千の海を超える太陽は、風を切り空すらも自由に駆け抜けた。


「すげェもんだな」

「正に夢の船ね。
 ふふ、どこまでいけるのかしら?」


 空を進む船の上で、クレスとロビンは言葉を交わした。
 フランキーの説明によれば、この“風来砲(クードバースト)”によりサニー号は1キロ近くを飛行できるのだという。
 振り向けば、水の都がどんどん小さくなるのが見えた。
 僅かに浮かんだ感傷は吹き抜ける風と、一味の歓声に溶けていった。
 次はどんな困難が待つのかは分からない。
 だが、どんな壁だろうが乗り越えられる。
 信じあえるこの一味とならば。
 そう思い、クレスはロビンに向け笑みを浮かべた。
 太陽に照らされた、無邪気な笑顔だった。



「何処までもいけるさ、一緒なら」



 風は優しく流れ、青空の中に雲は浮かぶ。
 波は比較的穏やかだが油断は禁物。ここは強者の海。
 季節は春。天候は快晴。風向きは追い風。
 絶好の航海日和。
 帆にめいいっぱいの風を受け、夢の船は進む。

 
 まだ見ぬ世界を目指して。














 第五部 完結













 あとがき

 この話をお読みくださり、ありがとうございます。
 作者のくろくまです。
 ご覧のとおり、第五部エニエスロビー編完結です。
 同時に、この「幼なじみは悪魔の子」も幕引きとなります。
 最初に書いている時から、完結させるならば、ここだろうなと思い書いていました。
 いつかは来ると思っていましたが、まさか本当に来てしまうとは思っていませんでした。
 実は私がこの話を書こうと思いまず初めに浮かんだのが、このエニエスロビー編です。
 オハラ編、オリジナル編、アラバスタ編、空島編を経て、ここに至るまでの道のりは長くも短い不思議なものでした。
 完結させたいという気合はありましたが、自分でもここまで書ききれるとは思ってもいませんでした。
 これも皆さんのおかげだと思います。
 感想版では声援からご指摘まで数多くの声を聴かせていただいてありがとうございます。
 いただいた感想はひとつ残らず私の中で糧となったと感じています。
 総PVが100万を超えたときはうれしすぎて、踊りました。
 正直な話、私も素人ですし、昔に比べればだいぶマシになったとは言え、文章構成も表現方法も知識も、その他もろもろも、まだまだです。
 話の展開に関しても、二次創作だと、あくまでも個人の趣味だと開き直り私が思い描いた通りに好きなように書きました。
 感想版でもありましたが、原作通りというのは私もよく感じています。
 ワンピースのコミックを何度も読み返し、その話に触れるたびに、これ以上の話を書くのは無理だと半ば開き直っていた節がありました。
 ですがご指摘通りに、それでは駄目でもあります。
 こういった多数の目に触れる場を提供してもらっている限りは、目を汚さないものを作らないといけない。何よりも原作通りでは、漫画を読んだほうが何倍も有意義ですし、意味がありません。
 ですので、クレスというキャラクターを通して壮大な物語を原作キャラクターと共に歩みたい。半ば矛盾した思いで話を書き続けていきました。
 今は、完結させられたことで、ほっとしたような、さみしいような気持ちです。
 この作品を通して、私自身も少しは成長できたと思います。……まぁ何年かして読み返してから黒歴史となるかもしれませんが。
 長々と書いてしまい申し訳ありません。
 とにかくありがとうございました。
 最後までお付き合いいただいた皆様の程よい暇つぶしになれたことを祈ります。













[11290] オリキャラ紹介 
Name: くろくま◆31fad6cc ID:4d8eb88c
Date: 2012/05/21 00:53
名前 エル・クレス

性別 男

年齢 二十三歳(第二部) ⇒ 二十八歳(第三部)

誕生日 九月四日

身長 189センチ

体重 77キロ

異名 オハラの悪魔達  Mr.ジョーカー(バロックワークス)
   悪魔の番犬(第五部)

懸賞金 6200万ベリー ⇒ 2億4000万ベリー

出身 西の海 オハラ

ナンバー 00

イメージー 素早い亀

ニオイ 草のにおい

カラー 若草色

好きなもの 甘いコーヒー(ミルクは50%以上)
      甘いケーキ

嫌いなもの 苦いコーヒー 
      甘くないケーキ
      甘さ控えめと名のつくもの全て


性格 大人に成りきれない大人 
   理性的な挑戦者

作者イメージ 矛盾






・オリキャラ紹介



 エル・シルファー

 クレスの母親でオハラの考古学者。
 クレスの異常性を知るも変わらぬ愛で接し、クレスとロビンを共に育てた。
 第一部では炎に包まれる世界樹に最後までとどまり、本を守り続けた。



 エル・タイラー

 クレスの父親。
 元・海軍本部大佐。<亡霊>の異名を持つ。
 クレスが生まれる前、革命軍との戦闘で命を落としたとされている。
 クレスが持つ海楼石の手袋は彼が過去に使用していたものである。


 
 ハリス

 通称<串刺しのハリス>、西の海の賞金稼ぎ。
 背中に背負った筒の中に幾本もの“鉄串”隠し持ち、それを自在に操り戦う。
 情に厚いが戦闘狂なのが玉に傷である。
 第二部でクレスと出会い、“とある理由”によって戦いを挑んだ。
 現在は革命軍に所属している。



 アウグスト・リベル

 海軍本部少将。<武帝>の異名を持つ。
 “ロジャー”“白ひげ”“金獅子”などの大海賊との戦闘経験を持ち、今もなお多くの海賊達に恐れられる海軍きっての老戦士。
 幼少時のクレスに『六式』を叩きこんだ男でもある。教導の腕は凄まじく、幾人もの優秀な海兵を育て上げた。
 クレスが思い描く“最強”とは彼の事である。
 

 




[11290] 番外編 「クリスマスな話」
Name: くろくま◆036b4b79 ID:be9c7873
Date: 2009/12/24 12:02
 むかし、むかし、のお話。
 

 それはまだ、二人が“オハラの悪魔達”という忌名で呼ばれる前のお話。
 それはまだ、地図の上に “オハラ” と呼ばれる島があった時のお話。
 それはまだ、穏やかで当たり前の温かい日常を過ごしていた頃のお話。


 ……それは、たわいないクリスマスのお話。













番外編 「クリスマスな話」













 その日は珍しく、考古学の聖地と呼ばれる土地オハラは息が白く染まるほどに冷え込んでいた。
 ちょっとした用事で外に出るのもためらわれるような冷え込み。
 外出にはマフラーなどの防寒具が手放せない冬の一幕。 


「サンタさんっているのかな?」


 海軍本部の少将であるリベルによって行われる “六式” の訓練を終え、一休みをしていたクレスに幼なじみのロビンが不安そうな表情で問いかけた。
 そんなロビンの問いかけにクレスは即答した。

 
「いるに決まってる。当たり前だろ?」


 きっぱりと、自信満々にクレスは言い切った。
 むしろ、疑問を持つ方がおかしいとでも言いたげな物言いだ。


「そうなのかな?」

「じゃあ、どうしていないって思うんだ?」


 クレスがそう言うとロビンは俯き僅かに迷うように答えた。


「……町の子達が『いない』って言ってた」


 ロビンの答えにクレスはため息をついた。
 

「……ったく、あのクソガキ共。一度シメたぐらいじゃ効かないらしいな」

 
 そうロビンには聞こえないように呟いて、そっとロビンの頭に手を置いた。


「人の意見なんか気にすんな。自分が正しいと思ったものだけ信じたらいい」

「……でも」


 不安そうなロビンを諭すようにクレスは言葉を重ねた。


「いいか、サンタってのは何もプレゼントを持ってくるだけのじーさんじゃ無い。
 クリスマスっていう特別な日に “幸せ” を運ぶ為にプレゼントを配る、そういうじーさんだ」

「…………」

「つまりだ………クリスマスに幸せになるのはサンタさんのおかげなんだ。
 姿は見えなくても、ロビンにサンタさんは絶対にやってくる。それはオレが保証する」


 ロビンはコクリと頷いた。
 そんなロビンをクレスは優しく撫でる。
 

「さ、帰るぞ。母さんが待ってる」






 クレスと共にシルファーの待つ家へと帰る。
 帰り道はクリスマス前ということもあって、色鮮やかに輝いている。
 道行く人々は皆笑いとても楽しそうだ。
 
 歩くうちに日も沈み、冷え込みが増した。
 今のロビンの服装は冬着に子供用のコートに手袋。
 今日はマフラーを持っていくのを忘れてしまった。これは小さくも大きな失敗だ。
 はぁ……とロビンの小さな口から漏れる息が白い。
 そして、冷たい風が吹き込みロビンが身体を震わせた。


 その時、ふわりと首元に温かな毛糸の感触を感じた。
 少し乱暴に巻かれた見覚えのあるマフラー。
 これはクレスのものだ。
 

「風邪引くぞ」


 クレスが同じく白い息を吐きながらそう言った。


「でも……これ、クレスの」

「気にすんな」

「クレスが風邪ひいちゃう」

「大丈夫。訓練で動いた後だから少し暑いくらいだ」

「……ほんと?」

「ホント、ホント」


 クレスはそう言うが、クレスが訓練をおこなってからだいぶ時間が経っていた。
 ならば今は汗が引きちょうど身体が冷える頃あいの筈だ。
 クレスの表情は変わらないがひょっとしたら我慢しているのかもしれない。

 ロビンは首元に巻かれたクレスのマフラーに顔を埋める。


(……温かい)


 通常ならクレスにマフラーを返すところだろう。
 自分だけがこの温かさを感じるのは不公平だ。
 でも、マフラーから感じるクレスの温もりは手放したくない。
 これがいじわるな事だと言う自覚はあった。いけない事だ。でも、このわがままは通したかった。

 だから、こんな考えが浮かんだ。

 ロビンは少し考えて、クレスに自分が付けていた手袋を差し出した。


「……交換。付けて、クレス」


 クレスはロビンから手袋を受け取ると、ロビンの考えを吹き飛ばすほどに嬉しそうに笑った。


「ありがとう。手だけは寒かったんだ」


 そして、クレスはロビンの手を取った。
 手袋越しにクレスの温もりを感じた。
 クレスはロビンの手を引き歩きだす。
 そのスピードはロビンの歩幅に合わせゆっくりだ。
 
 
 小さな二人は煌めく街角を抜け家路を急ぐ。












◆ ◆ ◆











「二人ともお帰りなさい」


 ドアを開け、暖かな部屋へと入る。
 家にはシルファーが図書館から帰って来ていて、冷えた身体のクレスとロビンを出迎えた。


「ただいま」

「ただいま帰りました」

「ふふふ……二人とも温かそうね」


 シルファーがクレスとロビンの姿を見て穏やかに笑った。
 

「さぁ、外は冷えたでしょう? お風呂に先に入っちゃいなさい。もちろん風邪をひかないように“二人で”よ。……逃げないでねクレス」


 シルファーが僅かに後退していたクレスを牽制する。
 クレスの肩が僅かに震えた。


「か、母さん……実は、オレ今からランニングにでも行こうと思ってたんだよ」

「あらそう。なら予定変更ね」

「いや、だから……」

「行きなさい」

「だから、ラン……」

「行きなさい」

「……はい」


 良い笑顔のシルファーに肩を落とすクレス。
 
 ロビンにはどういう訳か分からなかったが、クレスはどうやらシルファーと一緒にお風呂に入るのが苦手のようだ。
 逆にシルファーは “家族みんな” でお風呂に入る事が好きだった。


 (みんなで入った方が楽しいのに……どうしてだろう?)


 クレスの心内をロビンは知らない。 






 その後、肩を落とすクレスと一緒にお風呂に入り、いつものようにシルファーがやって来て、クレスが固まった。
 そして、夕食を皆で取って、シルファーに考古学について少し教えて貰って、ロビンはベットに入った。


「じゃあ、明かりを消すわね」

「はい。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 ロビンの寝室はクレスとシルファーと同じ部屋だ。
 八畳程の部屋にはダブルサイズのベットとシングルサイズのベットがぴったりとひっつくように並べられていた。
 その上に、シルファー、ロビン、クレスの順で並び同じ寝床に入る。
 三人の寝室となっているこの部屋はもともとはシルファーと夫のタイラーの寝室だった。
 部屋の大半をベットが占めるこの部屋はシルファーの希望によってベットがもう一つ運び込まれた結果だ。

 それは、ロビンを預かる事となったシルファーが初めに行った事だ。
 シルファーは部屋に置かれたベットを奥へと押し込み、もう一つベットを置いた。
 そして、困惑するロビンを寝室へと招き入れた。


「今日から私達は家族。だから寝る時も一緒よ」


 シルファーは温かくロビンを迎え入れる。
 その日、母が遠くへいってしまい、寂しくて泣くロビンをシルファーは何も言わず、泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けていた。


「二人とも……おやすみなさい」


 明かりが消え、月明かりだけが照らす優しい空間にシルファーの声が響いた。












◆ ◆ ◆











「ロビンちゃん、そう言えばまだ言って無かったわね」


 日が昇り翌朝となった。
 ロビンはいつものように、起床し、歯を磨き、冷たい水で顔を洗い目を覚まして、クレスと一緒にシルファーが作った朝食を食べていた。
 

「なんですか?」

「今日、図書館でクリスマスパーティをすることになったのよ」

「えっ?」

「ふふふ……ほら、今日はクリスマスじゃない。
 だから、図書館がそれに連動してイベントをおこなうことになったの」

「そうなんですか? でも、去年まではそんな事無かったのに……」

「今年はやることになったの。
 それでね、図書館をお休みにして皆でクリスマスを祝うの」

「へぇ~」

「そこでね、今日はその準備を手伝ってほしいの。いいかしら?」

「はい!!」


 頼むシルファーにロビンは嬉しそうに即答した。

 朝食が終わり、コーヒーに砂糖を大量投下しようとしていたクレスから砂糖を没収し、シルファーは後片付けを始めた。
 そしてそれをクレスとロビンが手伝う。
 初めはシルファーがしていたのだが、仕事に向かうシルファーを気遣い、今では三人の仕事となっていた。

 洗い場にシルファーとクレスとロビンの三人が並ぶ。
 三人で手分けして、片づけをおこなう。
 シルファーが食器を洗い、クレスが水気をタオルで拭き取り、ロビンが能力を使い棚に納める。
 三人でおこなえば直ぐに終わった。


 図書館までの道のりを三人で歩く。
 ロビンを真ん中にクレスとシルファーが手をつなぎ歩いた。
 二人から伝わる熱が温かい。
 ロビンは満面の笑みで肌寒い道を歩く。
 
 そんな時、クレスが聞き覚えのある曲を口ずさむ。
 おなじみのクリスマスソングだった。


「楽しそうねクレス」

「ん、あ、いや、これは……」

「なに、恥ずかしがってるのよ」


 どうやら、クレスとしては知らず知らずのうちに口づさんでいたらしい。
 シルファーに言われ、恥ずかしそうに誤魔化した。
 
 クレスは案外ロマンチストだった。なので、クリスマスなどのイベントは嬉しいのだろう。
 
 ロビンはクレスの口ずさんだ歌を声に出して歌った。
 すると、ロビンのかわいらしい声にシルファーの声が重なった。
 そうしたら、クレスも声を出して歌った。


 



 考古学の聖地で知られるオハラの図書館には、 “世界樹” と呼ばれる巨大な樹木があった。
 見る者を圧倒するその姿は、クリスマスということもあってか、少し形を変えていた。
 巨大な樹木を覆うように色とりどりの飾り付けが為されている。
 

「おお!! シルファー殿にクレス君にロビン君。三人一緒で何よりだ。楽しそうだね」


 そう声をかけたのは、クレスの “六式” の師であるリベルだ。
 リベルは、自身の倍はある巨大な飾りを軽々といくつも持ち上げながら、空中に “立って” いた。


「おはようございます。リベルさん」

「おはようございます!!」

「おはよう。……というか、あんたは朝から当然のように超然としてるな」


 ロビンにはおぼろげにしか分からなかったが、クレスが呆れているのはリベルの状態だろう。
 海軍に伝わる “六式” と呼ばれる体技。リベルはこれを極限まで極めた達人だった。
 リベルの状態はクレスから見れば異常に映る。
 リベルがおこっているのは “月歩” と呼ばれる空中を蹴り跳び上がる技だ。
 この技で空中に対空しようと思えば技の性質上、空中で何度もせわしなく跳ねなければならないのだが、リベルのそれは鮮やか過ぎて空中に立っているように見える。


「はっはっはっは!! それにしても、世界樹をクリスマス用にコーディネイトするとは、なかなか面白い事を考える」

「そういえば、おっさん、アンタ仕事は? 『明日は仕事なのだ嘆かわしい』っていってなかったか?」

「なに、少しばかり私情を優先したまでの事だ。市民に協力して作業する、これも仕事の内だよ」

「つまりはサボりか……」


 挨拶もそこそこに、リベルは世界樹を飾り付ける作業に戻った。
 そのスピードは異常に早い。リベル姿が速過ぎて時々消えては、気がつけば一区画の飾り付けが終わっていた。

 
 三人は図書館の中に入った。
 想像もつかない程の本が納められる図書館内にはいつもと違う光景が広がっていた。


「すごい……」


 ロビンが感嘆の声を上げる。
 それは、大きなクリスマスツリーだった。
 町中にあるものより一際大きい。
 ロビンが今までに見た中で一番大きなツリーだ。


「おぉ!!! ロビンにシルファー!!! ……ついでにクレス」

「おい。誰がついでだじーさん」

「貴様なんぞついでで十分じゃ」


 巨大なツリーの飾り付けをしていたクローバーがやって来た。
 クローバーは三人の前に立つと、ツリーを誇るように両手を広げた。


「どうじゃ!! この見事までのクリスマスツリー!!! 職員総出で確保した選りすぐりの逸品じゃ!!」

「すごいです博士!!」

「そうじゃろ。そうじゃろ」


 ロビンの反応に、クローバーは嬉しそうに笑った。
 

「今日は手伝いに来てくれたんじゃな。それなら、ツリーの飾り付けを手伝ってくれ。高いとこは、わしらがやるからの、手の届く範囲で頼む」

「はい!!」


 ロビンはクレスと共にツリーの飾り付けを楽しんだ。
 青々と茂るもみの木が時間がたつごとに色煌びやかに輝いていく。
 宝石のように輝く、色とりどりの飾り。
 可愛いサンタやトナカイの飾り。
 靴下や、おなじみの赤い長靴。
 ドキドキワクワクしながら、完成までの瞬間を時を忘れて楽しんだ。
 外を見れば雪。幻想的に世界を染める。
 
 ロビンは楽しげに、行き先で歌ったクリスマスソングを歌う。

 歌声は暖かな図書館内に響き、一人、また一人、とその歌声を口ずさむ。

 ロビン一人だけのかわいらしい歌は。徐々に歌い手が増え、最終的には図書館内の人間全員の大合唱となった。
 
 









 


走れそりよ 風のように
雪の中を 軽く早く
笑い声を 雪にまけば
明るいひかりの 花になるよ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
森に林に 響きながら



走れそりよ 丘の上は
雪も白く 風も白く
歌う声は 飛んで行くよ
輝きはじめた 星の空へ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う













 そして……



「「「「「メリークリスマス!!!」」」」」



 皆の楽しそうな声が調和する中で聖夜の幕が上がった。

 

 


 


 

 














「なぁ、ロビン」

「なに、クレス?」

「サンタっていると思うか?」


 昨日ロビンがクレスに問いかけた質問。

 ロビンは周りを見渡した。

 
 パティーを楽しむ図書館の職員達。
 サンタの格好でプレゼントをくれたクローバー。
 ウワバミのように酒を飲んでいたところを、同僚の海兵に見つかり快活に笑うリベル。
 クレスとロビンのそばで、優しく二人を見守るシルファー。
 そして、隣で笑う幼なじみのクレス。

 皆、幸せそうに笑っていた。
 ロビンはそれがたまらなく嬉しかった。
 

 クレスの問いにロビンは満面の笑みで答えた。
 


「うん!! きっといる!! サンタさんは幸せを届けてくれるもの!!」












あとがき
クリスマスということで、無性にテンションの上がった状態で書いてしまいました。
本編はもう少し時間を下さい。
著作権云々で不味いところがあれば知らせてくれればありがたいです。
直ぐに修正いたします。
番外編なんていらねーと言う方には申し訳ないです。
今回はオハラでの幸せなひと時ですね。
もしかしたら、こんな感じでぽつぽつと番外編が出るかもしれません。



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