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[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は駄目になった(鋼殻のレギオス/ギャグ、他作品ネタ)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/04 22:29

 疾る、疾る、疾る。
 それは汚染された世界。
 それは人の立ち入ることを許されない瘴気に犯された世界。
 ――汚染物質に満たされた惑星の中において、人間の生存領域は限られている。
 レギオス。
 自律型移動都市/レギオス、それが僕らの住まう世界。
 その中でも世界で最初に造られたのが槍殻都市グレンダン。
 それが僕の故郷であり、戦乱の止まない狂った都市と言われる場所。
 そして、それを守るために、僕は防護服を身に纏い、土石流の如く迫ってくる汚染獣の幼生体たちに――拳を振り上げた。

「レストレーション」

 錬金鋼を復元する。
 右手から肩口まで覆う一筋の装甲。
 黒ずんだ黒鋼錬金鋼は硬く、剄の伝達力は悪いが頑丈で安価。
 周りを走るその他多数の武芸者達が、こちらを見て「あ、やべ」とかいう目で見ているが――既に慣れ切っている。
 あまりにも特徴的な錬金鋼の形状、それなりに有名になったのだと自覚している。
 腰に着けた本気用の鋼鉄錬金鋼を使わないことを祈りつつ、四肢に剄を流し込み、僕は吼えた。

「天馬流星拳!」

【外力剄衝剄の変化・天馬流星拳】

 咆哮と共に吐き出された剄――無数に拡散した衝剄に打ち抜かれて、錐揉みながら放物線を描き、背後へと舞い上がる幼生体たちが爆散。
 それに伴い、ひたすらに殴る、殴る、殴る。
 大気を叩き殴るような連撃と共にまるで流星が煌めくような衝撃波が撃ち出された。
 右の拳を振り抜いて、僕――レイフォン・アルセイフは金稼ぎと生存を賭けての闘争を繰り広げていた。





 駄剣のレイフォン こうして彼は駄目になった




 彼、レイフォン・アルセイフは駄目人間である。
 少なくとも外見上は、駄目というか眼が死んでいる。
 幼馴染のリーリンだけは、「レイフォンは優しい子だよ」と褒めてくれるが、他の孤児院たちの子からは「ねえねえ、レイフォンはなんで眼が濁ってるの~?」とか言われるような顔だった。
 とてもじゃないが、幼少時はとてもキラキラした将来はイケメンになるね、と言われていた顔ではない。
 積極的に汚染獣が出れば「今日は豪勢になるね!」といって飛び出して、自分で倒せるレベルの汚染獣を積極的に蹴散らし。
 毎日グレンダンの中でどこから手に入れたのか他都市からの新聞や情報誌などを手に入れて、「ん~、どれぐらいの実力があれば他の都市でも傭兵で稼げるんだろう?」と、首捻ってはバイトや労働に明け暮れている少年であり、それ以外は大体孤児院の中で寝て暮らしている人物である。
 如何な武芸者でも、過剰な労働は負担になり、消耗を解消するには休息しかない。
 汚染獣の討伐から帰ってきて、ふらふらと千鳥足でソファーに倒れて、すぐに眼を閉じて眠る。見慣れた光景である。
 おかげで孤児院の少年たちからは「寝てばっかりの駄目な奴~」とからかわれている始末であり、彼の働きを知っているリーリンとしては憤慨する気持ちがあるのだが。

「どれぐらいの貯蓄があれば僕がしばらくいなくても平気かなぁ」

 養父でもあるデルクにせっつき、ギリギリの経営状態などを共に相談するレイフォンの心が子供達のためであることに他ならず、リーリンを宥める彼の心を裏切るわけにもいかない。
 例え「あー、世界が綺麗だったら、僕寝て暮らしたいのに」とか時々本気の声音で呟いていても、だ。
 武芸の才があり、若干十一歳でありながら雌性体などの討伐にも乗り出し、撃退を成功させているほどだ。
 もしかしたら天剣にも成れたかもしれないな、といつかの養父デルクの言葉でもある。
 現在空席が一つ有る天剣、その十一の剣に並ぶレイフォン。
 それをリーリンは想像しようとして……

「……あれ?」

 リーリンは考えて、必死に考えて……まったく思いつかなかった。
 宮殿の一角に立ち並ぶいつか見た天剣たち、その横に立つ――激しく目が死んだレイフォン。

「……」

 何故だろうか、激しく違和感を感じた。
 なんていうか、いちゃいけないんじゃない? と想うような違和感がある光景。
 他の天剣がキラキラとした威容を放っていれば、レイフォンが放つのはどんよりとした佇まいと疲れた目である。
 違和感だらけだった。

「……レイフォンは、レイフォンよね!」

 軽く汗を流しながらも、リーリンは激しく頷いて結論する。
 大降りの胸を揺らし、必死に自分を納得させようとする彼女はどこか健気だった。






 何故彼が駄目な目をするようになったのか。
 それは早すぎる精神の成熟が原因だった。
 そう、彼が四歳の頃である。
 孤児院での生活、彼を育てる養父の愛情と幼馴染リーリンの存在だけが彼の支えだった。
 いつか強くなろう。
 乏しい物資、貧しい食事、いつも苦悩するデルクの顔、自分よりも幼い孤児たちの飢えた声。
 それが彼を金への執着という形で歪め始めた頃。

「?」

 彼は出会った。
 グレンダンでも少ない憩いの土地、人の立ち寄ることの少ない名も無き公園にて。

「やぁ」

 奇妙な格好をした人間を見かけた。
 不思議なことに真っ赤なコート、カウボーイハットを呼ばれる帽子に、紫色の染め上げた髪を揺らした女性がベンチに腰掛けていた。
 其処に確かにいるのに、誰も目線を向けない。
 ただ幼いレイフォンだけがそちらを見て、気が付いた。

「だれ、おばさん?」

 子供らしい愛らしい顔と舌ったらずな声で、愛くるしく疑問を発したのだが。
 ――次の瞬間、ゲシリっという音と共に地面にキスをしていた。

「おばさんじゃない、お姉さんだ」

「いたーぃ!!」

 頭ごと踏まれて、レイフォンが声を上げる。
 そして、じたばたしていると、その服の裾を掴まれて。

「で? 君は」

「れ、れいふぉん・あるせいふ!」

 名前を名乗り、胸を張った。
 行き届いた教育の結果だった。
 しかし、彼女は。

「そうか。ま、どうでもいいが」

 軽やかに流した。
 レイフォンが少しだけむっとしながらも、言葉を続ける。

「おねえさんは?」

「名前は……そうだな、ウィッチと呼べ」

 訊ねられて、適当に考えてたとばかりに女性は答える。

「ウィッチ?」

「この時代だと認識されてない言葉かな? まあ、此処で私を認識したのも何かの縁か。よろしく、といっておこう」

「よろしくおねがいします」

 挨拶に、挨拶を返した。
 そんなレイフォンに気を良くしたのか。

「じゃあ、これをやろう」

 女性がポケットから取り出した飴玉。
 それをレイフォンは受け取り、久しぶりの甘味に喜びの声を上げた。

「ありがとー」

「ははは、そうだな。なんか才能ありそうだ、これから来てくれれば飴をやろう」

「ほんとう?」

「もちろんだ、ついでにいいことも教えてやる」

「わーい」

 典型的な騙され方だった。
 デルクは教えてくれなかったのである。

 ――物をくれるからって、知らない人に付いていってはいけないよ。

 という当たり前の教訓を。
 それが彼女との出会いであり、レイフォンは数年後こう語る。


「……出会わないほうがいいって、こともありますよね」


 そう疲れた声で告げたのだ。






 時間は巻き進む。
 レイフォンとウィッチと名乗った女性は色んな話をした。
 レイフォンは告げる。
 孤児院が苦しいこと、デルクや他の仲間たちに楽をさせたいということ、お金が欲しいこと、あとリーリンがいい子だよ、という主張を。
 ウィッチは語る。
 ならばお金を稼げばいい。あとここはグレンダンだろう、強くなるのが一番だな。あと良い子なら嫁にすればいいじゃない♪ とアドバイスをした。(後日、幼少時レイフォンが、リーリンをお嫁にしてあげるーと告げて、真っ赤になったリーリンが頷いた)
 そして、ウィッチは教えた。

「一番手っ取り早いのは天剣になることだが、正直それ以外の方が効率がいいな」

「天剣? なんでー、えらいんでしょ?」

 毎日のように聞こえる天剣への武芸者達の言葉が、レイフォンには染み付いている。
 しかし、彼女は首を横に振った。

「地位と収入は直結しない、ということだ。それに偉くなれば、早々汚染獣への出撃もしにくくなるだろうしな」

 といって、どこかからか買ってきたのか、他の都市における傭兵とかの給料などの載った情報誌をレイフォンに見せながら説明をした。
 簡潔にいうと。
 グレンダンの傭兵=給料安いが、戦場沢山、ひゃっほぉ! 経験値稼ぎまくりだぜ! ただし死ねます。
 他の都市の傭兵=戦場が少ないが、大物を倒せばちやほやされるぜ! 戦闘少なくて欲求不満以外はお金ザクザク!

「ということだ」

「えーと、えーと」

「グレンダンで金策は諦めろ」

「ええー!」

 がびーんとレイフォンがショックを受けた。
 信じていた現実が打ち砕かれていた。

「あと強くなりすぎても、離してくれなさそうだしなぁ。そこそこ強くて、他のところで出稼ぎが一番賢いな」

「そこそこ?」

「まあ、そこそこだ。私もそこまでは知らんぞ」

 といって、ウィッチは話題を変えて色んなことをレイフォンに話した。
 ためになる話から、役に立たない話の方が八割ほどあったが、何故か話しているとレイフォンは気が楽になった。
 溜め込んでいた悩み事も、彼女の手に掛かれば簡単な方程式のように答えを教えてくれたし、時々騙されて人の悪さも学んだ。
 不思議なことに、数年経ち、数ヶ月に一度ぐらいしか立ち寄らないこともあったが、彼女はまるで変わらぬ様子で、いつものように本を読みながら挨拶をした。
 一度としてそこから離れた姿も見なかった。
 武芸者としての道を目指し、養父からの修行を受け始めた七歳頃の時期である。

「レイフォン、これをやろう」

「?」

 彼女から手渡された複数の本があった。
 文字は読めなかったが、彼女はこう言った。

「それはとある過去の武芸者たちの歴史書でな、絵と文字で読み物にしたものだ」

「え?」

「その主人公の最初の技、ペガサス流星拳を覚えてみろ。お前ならやれるはずだ」

「ぺ、ペガサス?」

「具体的にはこれだな」

 といって、①という文字だけ読める背表紙の本を開いて、なにやら打撃だけで相手を吹っ飛ばす全身に装甲を纏った少年の姿があった。

「剄と書いて、小宇宙。それを燃やせば行けるはずだ」

「こ、コスモ……?」

 初めて聞いた単語に、レイフォン七歳の顔が怪訝に歪む。
 少々性根がゆがみ、疑い深い歳になっていた。

「フッ。疑うならそれでもいい、まあちょっと読んでみろ。中の文字は横に私が翻訳したのと、あとメモだ」

 といって、一枚のメモ用紙でなにやら人の台詞みたいなのが書かれている。
 そして、一番端に『聖闘士聖矢』と書かれていた。
 本のタイトルだろうか?
 武芸者ではなく、闘士?

「ま、読み終わったらまた来い。エピソードGから、ロストキャンバスまで私は持っていたからな」

 といって、ごろりとベンチに寝転がった。
 しょうがなく、レイフォンはそれを持ち帰り。



 ハマった。




 瞬く間に単行本二十八巻に、エピソードGから、ロストキャンバス(同じ話のはずなのに絵柄が全然違った)三種の物語をレイフォンは読み終えた。
 娯楽の無い孤児院生活に加えて、ちょびっとカッコイイ物にあこがれる年頃である。
 染まらぬ理由などどこにもなく。

「燃えろ、僕の剄(コスモ)ォオ!!!」

 と、叫びながら道場で衝剄の変形技を練習するレイフォンが其処にいた。
 目指すはペガサス流星拳、そして黄金聖闘士への道だった。
 そうやって彼は聖闘士の技を(ファン心理で)修得してみせた。
 本来ならば他人の剄脈を読み取ることで、真似できる超絶的な才覚をレイフォンは修得していたが。
 漫画の中の情報しかない上に、ウィッチの「コスモを燃やし、天馬星座の13の星を描く軌道から秒間百発以上の音速の拳を繰り出すのだ」という曖昧なアドバイスしか得られない。
 しかし、それでもレイフォンは滾る若い情熱に任せて修練し、本来のサイハーデン流の剣技を納めつつも、化錬剄などの技術も修得し、擬似的に再現に成功。
 これが現在のレイフォンの武芸に対するスペックの始まりである。
 その時の頃のレイフォンに関してデルクはこう告げる。

「いささか変わった叫び声や剄技だったが、どこか吹っ切ったように熱中するレイフォンに私は少しだけ安心をした。例え、『ねえねえ、どう殴ったら前から殴って後ろに仰け反りながら吹っ飛ばせるようになるの?』という不思議な質問をしても、私の家族だった」

 その頃のレイフォンに関してリーリンはこう言った。

「レイフォンが明るくなって、とても嬉しかったの。でも、時々『リーリン! 僕はリーリンのためなら十二宮だって突破するよ!』 と言ってくれた時のレイフォンは真っ直ぐな目をしていて、とても嬉しかったなぁ。えへへ」

 その頃の自分に関して、レイフォンはのた打ち回りながらこう言った。



「やめてー! あの頃は馬鹿だったんだよ! 恥ずかしすぎるよ!!」


 一時の熱狂は、後に黒歴史となるものである。






*************************
駄目人間なレイフォンを書いてみたかった。
反省はしているが、後悔はしていない。
レイフォンのスペックなら「馬鹿だね。聖闘士に同じ技は二度と通じないっ」を普通に出来ると思う。
青銅聖闘士の技を使うレイフォンが見てみたかっただけですw


雷光電撃(ライトニングボルト)とか、使うサヴァリスが頭に浮かびましたが、あまりにも普通に出来そうで怖い。


多分続かない。



追記:養父の名前間違えてました。
記憶だけで書いたら駄目ですねww



[10720] 天剣のサヴァリス こうして彼は聖剣を使うようになった 前話
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/04 22:30

 汚染獣。
 その分類や大まかに分けて四つに分かれる。
 まず生まれたての幼生体。
 次に最初の脱皮を経て成長した雄性体。
 その次に幾度にも脱皮と成長を繰り返し、繁殖するための産卵を溜め込んだ雌性体と呼ばれるものになる。
 そして、最後に繁殖を放棄し、その中でも最強と呼ばれる老性体と呼ばれる形態になるものがいる。
 老性体の戦闘能力は侮れない。
 グレンダンが誇る天剣といえども、七日七晩戦い続けて仕留めきれるかどうかほどに強大なものもいる。
 武芸者は必要とあらば一ヶ月でも不眠不休で戦い続けられる。
 生物学的には常軌を逸した存在。
 その身に流れる剄が、身体能力を高め、耐久力を上げ、いつか人の身であることも忘れるほどに強大に、強力に、力を高めていく。
 全ては生贄。
 望むがままに汚染獣を探し回るグレンダンが引き寄せる獣は、その身に乗せる武芸者達の生贄なのかもしれない。
 戦い破り。
 喰らい尽くし。
 武芸者としての闘争本能を満たし続ける狂った修羅地獄。

 その中でもっとも力に狂った剣が一振り。

 汚染された存在するだけでも腐る世界の中を、四肢に装甲を纏った防護服姿の人影が疾走する。
 大地を踏み潰し、汚染された土砂を巻き上げて、時折空を滑空する――人知を超えた速度。
 ――サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。
 獣じみた気配を撒き散らしながら、雄雄しく輝く手甲と脚甲を震わせて、駆ける姿は音速の燕のようである。
 旋剄、ただの剄を篭めての脚力増加でさえも天剣とされる彼が使えば人知を超えた疾風となる。
 グレンダンに迫る巨大なる影。
 彼の飢えを満たす老性体、第一期汚染獣の姿。
 それに先駆けるように飛び込み、地鳴りの如く揺れる大地の衝撃にフィルターの奥で歯を噛み鳴らして嗤った。
 壮絶な笑みを。

「――試すよ」

 涼やかな声と共に大地を蹴り飛ばす。
 放射線状にクレーターが形成され、ロケットでも付いたかのように飛翔。
 他の天剣よりも誰よりも早く跳び出し、彼は天剣となる四肢から牙を発しながら拳を撃ち込んだ。
 激打。
 荒れ狂う汚染獣の外殻に飛びつき、あさましく拳をめり込ませる。
 乱打、一秒間に数十発以上の衝撃が撃ち込まれて、内部の血液を泡立たせるような連撃。
 悲鳴を上げて、汚染獣が動き回るよりも早くさらに爪先を硬いはずの外殻にめり込ませて、引っ掛けるように跳び出す。
 加速、加速、加速。
 汚染獣の巨体全てが道だと告げるように走り回りながら、無造作にその表面を削り取り、穿ち、痛みを与える。
 大気が爆ぜる音がする。
 サヴァリスから流し込まれる剄により、手足が太陽の如く燃え盛り、紫電を放っていた。
 触れるだけでも常人ならば炭化させる、電光に変えた剄――【化錬剄】
 ルッケンスが得意とする剄技だったが、今回放つ技はルッケンスの技ではなく。

「燃えろ、僕の剄(コスモ)! だったかな」

 笑いながら、汚染獣の顔面目掛けて。
 外殻を踏み込み、その足場からソニックブームをも超える衝撃波を撒き散らしながら、腰を捻る。
 全身に高めた剄を全て紫電に変えて、即席の荷電粒子砲に変換する。

「雷 光 電 撃(ライトニングボルト)」

【外力系衝剄の化錬変化 電光雷撃】

 咆哮一閃。
 迸る電撃が、空まで立ち昇り、汚染獣を焼いた。
 そして、さらに拳は止まらない。
 前に突き進みながら、次々と技を繰り出す。

 ――雷 光 放 電(ライトニングプラズマ)

 放射状に撃ち放たれた電撃が、汚染獣の露出した肉と血を焦がし、焼き潰す。

 ――雷 光 電 牙(ライトニングファング)

 それらを束ねて、一筋の電光迸る光線に変えたサヴァリスの一撃。
 汚染獣へと向かう武芸者達は見ただろう。
 まるで雷神の如く煌めき、神々しく紫電を巻き上げる天剣の姿を。
 そして、最後に。

「行くよ」

 最後に一踏み。
 音速の壁すらも超えそうな爆発的加速と共に赤熱した天剣の手甲が煌めく。
 汚染獣の頭蓋に向かって飛び込む、サヴァリスが楽しげに右手を突き出し、左手を添えた。
 手刀の形に、手を、指を伸ばす。
 そして、笑いながら剄を流し込む。
 活剄を使用し、右手と踏み込む足だけを爆発的に強化。
 さらに余剰剄を流し込み、右の手甲を覆うように収束する。
 膨張し、強化され、骨まで砕けそうな活剄の強化を押さえ込む鞘にして刀身の形成。
 過剰な剄の出力か、黄金色に燃え上がり、その右手は純金で覆われたかのような陽炎を生み出した。
 嗤う、嗤う、嗤う。
 いつになくただ夢中になり、馬鹿なことに命を費やし、燃え上がる己の熱狂に笑いながらサヴァリスは手を振るう。
 これが、後に語られる彼の斬撃。

「――聖 剣 抜 刀(エクスカリバー)」

【活剄衝剄混合変化・聖剣抜刀】

 溢れんばかりの剄による純粋無垢な斬撃が、老性体の分厚い首を刎ね飛ばした。
 大気を瞬断し、次元すらも引き裂くかと錯覚するような一撃。
 常識外れに、ただひたすらに、手刀だけに威力を乗せ。
 天剣だからこそ耐えられる剄の出力に乗せて。
 それだけを信じて、小細工無しのただの一撃だったからこその。

 ――聖剣である。


 なお、それを見届けたレイフォンは防護服越しに。

「か、かっこいい!」

 と、思わずガッツポーズを取ったらしい。





 天剣のサヴァリス こうして彼は聖剣を使うようになった  前話





 サヴァリスが彼、レイフォン・アルセイフと出会ったのは三ヶ月ほど前のことである。
 今日も明日も汚染獣を潰すぜーとばかりに天馬流星拳から鳳翼天翔などを繰り出しては幼生体を車田飛びにぶっ飛ばし、他の武芸者よりも先行する形で雌性体にレイフォンは戦いを挑んでいた。
 本日のお相手は雌性体二体。
 大量繁殖された幼生体を蹴散らし、雌性体を叩き潰すという他の都市から考えれば自殺行為のような戦場。
 その中へ防護服を纏い、雌性体が吐き出す幼生体を自分的感覚ではジャブにしか思ってない天馬流星拳で叩き散らし、中に進んでは腰に刷いた本気用の鋼鉄錬金鋼を解放し、斬りつける。

「僕の明日のために、死ねぇえええええええ!!!」

 と、本音を吐き散らしながら斬撃状の衝剄――閃断を撃ち放っていた。
 近頃は頼ることも少なくなったサイハーデン流の技を使うための刀であり、それを巧みに振り回し、剣閃に沿って不可視の斬撃が飛ぶ、飛ぶ、疾る。
 長年地道に鍛え続けた剄での収束と解放による一撃。
 この程度の雌性体なら一人でも倒せるぞ、と少しばかりハイになりながら、襲い来る触手などを回避し、汚染獣を切り刻んでいた。
 いつもなら死んでいるレイフォンの眼が「金!」とばかりの輝きを放ち、瞬間的に天剣にも匹敵する彼本来の剄が流し込まれていた。
 だからかもしれない。

『――警告。天剣サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスが出撃しました。退避を』

 という警告が意識にまで届かずに、いつまでも戦っていたのは。

「これが最後だ!」

 体液を撒き散らし、汚染物質を食いながら再生を繰り返す雌性体に見切りをつけて、レイフォンは手に持っていた刀剣を逆手に握り直した。
 次々と降り注ぐ触手の乱舞を、流れるような旋剄と右手に付けた黒鋼錬金鋼による金剛剄で「おらぁ!」と殴り弾いて、逆手に握った刀に剄を収束させる。
 轟剣、と呼ばれる外力系衝剄の変化技に、さらに閃断で培った放出技を乗せる。
 跳躍、空に舞い上がりながらレイフォンは体を捻り、爆発的な速度で逆手に握った刃を振り抜いた。

「アバンストラーシュッ!!」

 ただの閃断に加えて、轟剣分の衝剄を加えた一発限りの衝剄だったが。
 ちょびっとだけ叫んだら気持ちよかったのはナイショである。
 爆発的な閃光を放ち、舞い上がる土煙を切り裂いて、三日月型に飛翔した斬撃が雌性体の上半分を引き裂き、膨大な体液を吐き散らさせる。
 断末魔の絶叫を響かせるも、レイフォンは油断しない。
 この手で討たねば――賞金が減るのだ。

「周りはいない、こいつは僕のものだ!」

 何故か同じように討伐に出ていた武芸者達の姿が見えなかったが、深く考えずにレイフォンは右手の拳を握り締めた。
 ビクビクと弱まった汚染獣、その止めを刺すべく、エアフィルターの濁った空気を剄息で吸い込み、発す。
 爆発的な剄力を右手に流し込み、天馬流星拳の構えからさらに足を踏み出して、撃ち放つ。
 大気を叩き破る衝撃と反発と轟音を響かせながら、レイフォンは吼えた。

「天馬、彗・星・拳!!」

 秒間数十発を超える打撃から発する衝剄を、さらに一点に集中し、一つの強力な衝剄に変える。
 一撃目に繰り出された衝剄が、背後から繰り出された衝撃に押し出され、さらにその次が新しい衝剄に押し込まれる。
 それを繰り返し、音速の壁をも破壊する強力無比な衝撃波となって迸り――汚染獣の外殻をも引き裂き、内腑を抉る爆撃となった。
 爆音。
 衝撃波が迸り、並み居る人間が吹っ飛ばされそうな烈風と共に雌性体の巨体が砕け裂く。
 地鳴りの如き響きと共に絶命する姿を見て、レイフォンは思った。

「ふぅ、今日のオカズゲットだよ!」

 今日はこれでいいや~♪
 と、軽やかに念威操者のほうで記録は取れているだろう。と安心して、レイフォンは周りの生き残り幼生体に警戒しながら振り返った。


「――面白いね」


 そして、出会った。

「え?」

 彼と。
 四肢におぞましいほどの剄を放つ手甲、脚甲を嵌めた防護服の人物。
 それが殺剄を行い、レイフォンの背後に立っていた。
 チラッと視線を走らせ、その手足に着けた手甲を確認する。
 それには見覚えがありすぎた。

「て、天剣……クォルラフィン卿?」

「そうだよ?」

 レイフォンの呟きに、フィルター越しの人物――サヴァリスが流麗な声音で通信をしてきた。
 レイフォンの目の前が真っ暗になった。
 具体的に言うと、即座に武器を納めて、両手を上げたほどだ。

「何のつもりだい?」

 じわりと闘気が発せられて、レイフォンが即座に手を下げた。
 投降のモーションだったのだが、伝わらなかったらしい。

「い、いえ。それで何の御用でしょうか?」

 史上最大の危機にだらだらと汚染獣に対峙するよりも汗が流れ出ていた。
 ……ウィッチ曰く、天剣とは絶対に関わるな。
 そう告げられている。

 ――あいつらはスペシャルだ。多分これからの歴史を紡ぐ、そのメインキャスト。お前はそこで舞い踊る覚悟がなければ、モブに徹しろ。

 メキメキと実力を上げるレイフォンの才覚を見て、ウィッチが告げたアドバイスである。

 ――レイフォン。お前は才能ないが、素養だけは最高だ。最強に至れるほどの素養こそあるが、心が弱い。

 ウィッチの言葉が頭に鳴り響く。

 ――才能なくして辿り着けぬ領域があり、素養無くては辿り着けぬ次元、両方持ち合わせれば私が出る幕は無く、世界は捩れるように千切ることが出切るだろうさ。

 魔女のアドバイスは、どこまでも痛烈に心に刻まれていた。
 避けねばならない接触。
 だが、目の前にその一角が存在し、対話を求められている。
 だから。


「ちょっと、興味があってね。君の“技”に」


 気配が嗤った。
 周りに存在する生き残りの幼生体、それが飛び掛りながらも――邪魔だとばかりに振るった腕に粉砕される。
 文字通り爆散。
 砕け散る、ただの振り払いで。
 レイフォンは考える。どう見ても勝てない、と。

(武装の次元が違い過ぎる。剄の量なら差があるけど、絶望的じゃない――だけど、天剣が、勝てない差になる)

 レイフォンは人一倍臆病だ。
 ふざけた技――“見せるための技”を使いながらも、他者と己の差を測る必要性だけは養父と実戦から厳しく叩き込まれている。
 故に、戦ったときのことを考える。
 警戒を忘れず、まさかのことを想定する。
 しかし、サヴァリスは。

「ああ、怯えなくてもいい。ちょっと君の技に興味がある、少し見せてくれないかな?」

「え?」

「丁度いいことにまだ一体、玩具が残っているだろう? 何故か、僕が出ると他が避けてしまってね。たまには一緒に遊びたいんだ」

 ビリビリと響き渡る声。
 気配が全身を強かに打ち、拒否を許さない。
 本気だ。
 レイフォンが拒絶するのを許さないとばかりに威圧的な、いや、彼にとっては当たり前の意思表示。
 だから。

「わ、分かりました」

 ためらいながらも頷き。
 ああ、今日の晩御飯食べられないかも。


 と、それだけを悔いて、天剣とのある意味冥府への旅路を走り出した。







**********************
聖 剣 抜 刀 を使うサヴァリスとか電波が飛んできたので書いてしまいました。
サヴァリスなら光子破裂(フォトンバースト)とか使って、老性体を破裂させられると思います。
長く続けるつもりはないのですが、次回だけはしっかり書き上げます。

黄金聖闘士再現しようとしても、他の面子が武装が違い過ぎるw

聖闘士ネタはあくまでもおまけで、駄目人間レイフォンがメインですのでどうぞよろしくお願いします。



[10720] 天剣のサヴァリス こうして彼は聖剣を使うようになった 後話
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/07 12:40
 だだだ、という足音が響いていた。
 汚染獣の撃退報告が上がり、市民たちもまた一応の避難から各自の家に戻って来た頃。

「リーリーン~!!」

 孤児院にてレイフォンの帰りを少しだけ不安そうに待っていたリーリンが、聞こえてきた叫び声に顔を上げた。
 外の道から聞こえてくる声と共に、バタバタと足音が玄関前から聞こえて。

「うぉおお!」

 どがしゃんっと細心の注意と勢いを付けて、ドアを蹴り開けたレイフォンが飛び込み、ゴロゴロと転げながら玄関に向かっていたリーリンの前に辿り付く。
 わらわらとなんだ? なんだ? と駆け寄ってくる孤児たちが見ている前で。

「れ、レイフォンどうした――きゃっ!」

「し、死ぬかと思ったよ!」

 熱い抱擁(安堵のあまりの抱きつき)をして、レイフォンがふぅーと息を洩らす。
 汗に濡れた髪、湿った肌、走ってきたせいか熱い吐息。
 レイフォンの吐息と体温に、リーリンが真っ赤になりながらも、わたわたと手を動かして。

「ど、どうしたの?」

「あ、ああ、そうだった!」

 常に無く濁っていた目を動かし、違う意味で輝きながら、レイフォンがリーリンから手を離す。
 慌てた態度で、リーリンに告げた。

「お、お茶! お茶出して!」

「え? 飲み物ならすぐ出せるけど、喉渇いてるの?」

「い、いや、うちで最高級の奴! ああ、あと君たちは外に出て! 危ないから!!」

 バタバタとレイフォンが指示をして、騒ぎに気付いて駆け寄ってきていた孤児たちがえー? という顔をする。
 そして、その騒ぎを聞きつけたデルクが。

「なんだ、どうした?」

「のんびりしてる場合じゃない! 早くしないと――」


「失礼するよ」


 ざわりと玄関から声がした。
 いや、すぐ近くから聞こえた。
 レイフォンが、リーリンが、デルクが、ぎこちなく目を向けて。
 ……彼はそこに佇んでいた。
 老練のデルクでさえも気付かず、レイフォンは泣きそうな顔で気配に気付きながら、リーリンは目を丸くして。

「く、クォルラフィン卿?」

「やあ」

 流れるような銀髪を縛った髪型。
 涼しげな美貌に、一軒和やかな笑み。
 逞しく発達した四肢に、獣じみた気配。
 天剣、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスがそこに立っていた。
 にこやかな笑みと共に。




 天剣のサヴァリス こうして彼は聖剣を使うようになった  後話





 始まりは汚染獣の討伐に出ていたレイフォンとサヴァリスが共に残っていた雌性体を斃したことにある。
 じろじろとサヴァリスからの視線と興味が突き刺さっているのを感じながら、レイフォンは泣きそうな状態で刀を振るい、言われるがままに技を見せた。
 見せたのは天馬流星拳、天馬彗星拳、鳳翼天翔などの比較的早めに憶えた使い慣れた技である。
 乱撃の如く拳をめり込ませて、前方の幼生体を薙ぎ払い。
 さらに踏み込んだ足から、右手で薙ぎ払うように全身を回転、全方位に渡る衝剄を浴びせる鳳翼天翔。
 そして、遠距離からも十二分の破壊力を出せる活剄衝剄混合変化の天馬彗星拳。
 それらによって雌性体にダメージを与えたのだが。

「ふむ、面白いね。原理自体は十二分に理解出来るけど、ある意味無駄とも言える行使方法がユニークだ」

 後ろで見物しながら、幼生体を蹴り飛ばしていたサヴァリスの感想はそれだった。
 どれもやろうと思えば、多少の訓練で出来る――サヴァリスほどの実力があっての認識。
 しかし、その発想がユニークだと思う。
 何故、前方から殴ったはずなのに己の背後に、しかも上空に、仰け反りながら吹っ飛ぶのか。
 精妙な剄のコントロールなくしては出来ない芸当だろう。
 しかも、叫びながらやることにより、何を繰り出すのか宣言をしている――ある意味滑稽なやり方。馬鹿らしいとも思えるが、サヴァリスは判断する。

 ――“彼は手を抜いている”。

 わざわざ剄の通りが悪い黒鋼錬金鋼を使っての打撃。
 刀を使っての技の方が遥かに効率良いが、非効率な戦い方をやっている。
 まるでそれ自体が修行のようだ。
 精密な肉体技術を無駄に使っての実戦と修練。
 そう判断し、サヴァリスは嗤う。

「面白そうだ、ちょっと使ってみてもいいかい?」

「え?」

 幼生体を蹴散らし、雌性体に止めを刺そうとしていたレイフォンに告げる。
 その間にも襲い来る幼生体の襲撃を殴るか、躱すか、いずれも華麗に回避し、襲い来る触手の洪水の如き惨状の中で、会話が出来る二人は只者じゃない。
 サヴァリスが跳ねた。
 慌てて下がったレイフォンにまで叩きつけられるような土埃と衝撃波を上げて、飛翔。
 舞い上がる鷹のような勢いで、その右手に剄を高めた。

「なっ、まさか!?」

「こうだったかな? ――天馬彗星拳ッ!」

【活剄衝剄混合変化・天馬彗星拳】

 サヴァリスの掲げた拳が大気を殴り飛ばした。
 剛拳乱打。
 爆音と共に秒間八十発を越える打撃が大気に叩き付けられて、押し飛ばされた大気圧と衝剄が駆け抜け――加速する。
 膨大な剄の勢いと瞬く暇も無い拳の乱打に摩擦熱が発し、煌めく衝剄が津波となって雌性体をものの見事に引き裂いた。
 振り抜いた拳に遅れて、鼓膜が破れんばかりの爆音が轟く。
 同時に余波で幼生体が吹き飛び、舞い上がりながら体液を撒き散らしているのが見えた。

「す、凄い……」

 あれを修得するのに三ヶ月(七歳時点で)掛かったレイフォンが呆気に取られた。
 しかし、遅れて着地したサヴァリスは摩擦熱で蒸気を発する手甲を握り締めながら、ぼやいた。

「思ったよりも難しいね。収束し切れなかったし、あの特徴的な飛ばし方が出来ない」

 前に飛ばして、錐揉みさせるのでは駄目なのだ。
 レイフォンは現に彗星拳でも背後に飛ばして、のけぞらせていた。
 中々に難易度が高い技に、ルッケンスの技を全て習得し、新技と既存技の改良しかすることのなかったサヴァリスが楽しげに犬歯を剥き出しに嗤った。

「教えてくれるかい?」

「え?」

 腰が引けて、帰ってもいいかな? と気配をうかがっていたレイフォンがびくりと肩を震わせる。

「さっきの技、どこの流派だい?」

 興味が湧いた。
 暇潰しに憶えるのもいいだろうと、嗤って。

「えっと、流派っていうか……聖闘士(セイント)の技です」

「セイント?」

「なんでも昔の武芸者たちの呼称だとか……それで僕も文献だけで憶えたんです」

 間違ってはいない。
 ただし、信頼性が薄い文献だとは今のレイフォン(十二歳)でも思っているが。

「昔の武芸者……?」

「え、ええ。なので僕のオリジナルってわけでもないんですけど……」

 おそるおそる警戒しながら説明をする。
 その間にも生き残りの幼生体が襲い掛かるが、サヴァリスは肘打ちだけで吹き飛ばし、レイフォンは泣きそうな気持ちで殴り飛ばして、蹴散らしていた。
 だ、誰か助けてください! というのがレイフォンの本音だった。

「文献――興味があるなぁ」

「うぇ」

「読ませてもらえないかい?」

 サヴァリスが嗤う。
 その気配に、レイフォンは……逆らえるわけもなかった。
 明日のお天道様を見るために。





「そ、粗茶ですけど……」

 孤児院の中で外来用に取っておいた紅茶の葉を使い、リーリンが恐る恐る粗末なテーブルに座るサヴァリスに差し出した。
 その対面に汗を掻いたデルクが腰掛け、丁寧な口調で会話をしている。

「ああ、ありがとう」

「で……クォルラフィン卿? この度は何のご用件で?」

 緊張しながらも、デルクは出来うる限りの威厳を持って対話を試みていた。
 天剣との相対。
 誉れ高いことだが、予想だにしない訪問はデルクに警戒を与えて、一種の覚悟を持たせていた。
 万が一、レイフォンが何らかの不快を買ってしまい、それを持って害を成そうとするのならば己が盾になるという覚悟すら持って。
 しかし、サヴァリスは紅茶を啜りながら、軽やかに。

「ああ、彼――レイフォンから、少し借りたい文献があってね」

「文献?」

「く、クォルラフィン卿! 持ってきました」

 バタバタと慌てた歩き方で、レイフォンが胸の前に大量の本を抱えてやってきた。
 大体軽く数えても五十冊以上はあるだろう、本である。
 慎重にサヴァリスに見えるように、テーブルの上に本を並べていく。

「聖闘士聖矢から、エピソードG、ロストキャンバスです」

「れ、レイフォン? これは」

 よくお前が読んでいた本ではないか、とデルクが目を見開くが、必死の形相のレイフォンの前に何も言えなくなる。
 リーリンは退室することも出来ずに、隅で経過を見ていた。

「沢山あるね?」

 思ったよりもとばかりにサヴァリスが眉を上げて、一冊のおそらくは外来語で【聖闘士聖矢エピソードG 一巻】と書かれた本を手に取る。
 パラパラと巡って、その詳細にして大胆な絵に、見慣れないものを見たとばかりに眉間に皺を寄せるが。

「あ、こちらが中の文字の翻訳です。書いている言語は今は伝わっていないらしいので」

「ありがとう」

 ――エピソードG・一巻用。
 と書かれたメモ用紙を掴みながら、サヴァリスがパラパラと読み始める。
 それを見守る三名は胃が痛くなるような緊張に襲われていた。
 一分、五分、十分、二十分と経ち、何度も何度もリーリンが紅茶を入れ直す。レイフォンも「手伝うよ、リーリン!」と言って、「あ、レイフォン!」 とばかりに見捨てられたデルクが悲しそうな顔をしていたが、レイフォンは逃げた。愛の逃避行だったかもしれない。
 その間にもサヴァリスはどこか眉間に皺を寄せて、中身を何度か読み直していた。
 そして、二巻、三巻とペラペラと読みながら、他の巻用のメモ用紙と照らし合わせて、読み。

「……レイフォン」

「は、なんでしょうか」

 ビクリと肩を震わせながら、駄目駄目口調でレイフォンが返事をした。
 サヴァリスは深く頷きながら。

「全部読むのにも時間がかかるようだから、これを借りてもいいかな?」

 全部、とあからさまに態度に付け加えて、サヴァリスが告げた。
 レイフォンは全力で頷いた。
 どうせ内容は頭に全部叩き込んでいるし、これで助かるなら安いものだと内心万歳していた。

「ど、どうぞ! あ、袋持ってきますね! 運ぶのは大変でしょうし」

「助かるよ」

 すくっと立ち上がり、サヴァリスが玄関に向かう。
 レイフォンは手提げ袋に単行本を詰めて、玄関まで歩いていった。
 そして、サヴァリスは聖闘士聖矢シリーズの単行本を全て借りていった。
 そのまま、帰っていったのでレイフォンは見えなくなったのを確認すると、リーリンと一緒にしばし踊っていた。
 チークダンスだった。



 しかし、レイフォンはその時想像もしていなかった。
 二週間後、ルッケンスの執事が孤児院に借りていた単行本を返しに来たことを。
 そして、サヴァリスが単行本を全部写本に変えて、手元に残したということを。
 その三日後、黄金聖闘士の【電 光 雷 撃】を汚染獣にぶっ放すサヴァリスと戦場で再会することに。
 エピソードGがお気に入りになるなんてことも。



 そして、彼は本当に考えもしなかったのだが。


 写本した聖闘士聖矢シリーズの漫画が、サヴァリス経由で女王の手に渡り、彼女の興味を引くなんて。


 神だって想像しなかったに違いない。





*******************
大体やりたい話が終わった記念に、本板に移動です。
多分つ、続けないよ!
原作レイフォンが原型も残っていないので。

好き勝手やってすいませんでしたー!

8/2 誤字修正しました。



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は静かに暮らせない
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/05 12:44
 一人の女性が本を読んでいた。
 だらしくなく足を組み、見惚れるほどの美しい脚線美を見せ付けるそれは常人ならばむしゃぶりつきたいほどに魅力的。
 厳選された絹のみを使った黒絹のように艶かしい黒髪を揺らし、悪魔にでも魂を売り渡したかのようなゾッとするほどの美貌が悩ましげに息を吐き出す。
 それが腰掛けるのは丁寧に手入れを施された庭園。
 目を楽しませる様々な花々が咲き誇り、濃密にして爽やかな香りが流れる庭。
 そんな中で女神の如く麗しく、悩ましいほどの豊満な肉付きと均整の取れた女性が存在する。
 美の調和とも言える光景。
 宗教画にも優る優美。
 そして、そこで女性はどこか楽しげに本を捲る――【聖闘士星矢】とタイトル付けされたそれを。

「面白いわね」

 ニタリと不気味に歪む唇。鮮やかな朱色のそれは不気味に歪んでもなお色香を髣髴とさせる妖艶。
 彼女は足を組み直し、左手に単行本を掴むと、不意に空を見上げた。

「ペガサス流星拳ッ!」

 ――風が砕け散った。
 轟音が吹き荒れ、虚空へと一直線に風が吹いた。
 上昇気流の如く渦巻いた風に引きずられて、花びらたちが一斉に螺旋を描きながら舞い上がる。
 誰が信じるか。
 右手以外を一切も揺らさず、秒間百発以上の打撃が虚空に放たれ、その衝撃波で音響が破砕し、暴風の如き風が生み出されたのだと。

「――青銅聖闘士よりも、私は強いわね」

 麗しき女性は足を僅かに上げて、振り下ろす。
 一流トップモデルにも出来ない鮮やかな動きと共に体を起こし、何故か着ていたメイド服の裾を揺らして、ばさりと単行本を左手の指で閉じた。
 クスクスと笑いながら、手の甲を唇に当てて微笑む。

「聖剣はサヴァリスがやっちゃってるし、私はティターンの技でもやってみようかしら」

 星断円斬(アステルコレイア)とか、カッコいいわよねー。
 でも、銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)とかもやりたいわー。
 などと不吉な言葉を紡ぎながら、楽しげにルンルン気分で練習台となる己の剣を探しに歩き出した。
 そんな彼女の名はアルシェイラ・アルモニス。

「燃えろ、私の剄(コスモ)~♪ なんちゃって☆」

 槍殻都市グレンダンの女王にして、グレンダン最強の武芸者である。







 駄剣のレイフォン こうして彼は静かに暮らせない







 駄目人間のレイフォン・アルセイフは目標とする生き方がある。
 それは植物のように平穏で、静かで、温かい生き方をすることだ。
 具体的には何一つせずに寝て暮らし、リーリンの美味しいご飯を食べて、時々本を嗜み、趣味になってきた紅茶の入れ方を研究し、優しく肩を揉んでくれるリーリンとかに恩返しをして暮らせればいい。
 何一つ難しくないはずだ。
 お金さえ溜まり、孤児院の経営が流れに乗れば、卒業していった子供たちの寄付金とかも目当てに出来るし、何らかの副業で稼ぐぐらいになるはず。
 義父のデルクでさえ、最近はリーリンに叱られながら経営学の本とかを読み始めているし、お金の大切さを分かりつつある。
 最近汚染獣を潰しに行っては帰ってくるたびに、「リーリ~ン! 義父さーん! い、生きて帰ったよー!!」 と、少し半泣きで汚染獣以外の脅威から生き延びたことを感動しているのが、原因かもしれないが。
 まあ、それはいい。
 それだけならばいい。レイフォンが頑張って、汚染獣を殴り飛ばし、切り刻み、防護服を着ているから裸身活殺拳という名の廬山昇龍覇が出来ないだろうがー! と時々叫びながら、車田飛びで雄性体の三期とかをぶっ飛ばせばいいだけの話である。
 それなのに、何故か最近。

「戦場でサヴァリスさんに絡まれるんですよ、ウィッチさん」

 汚染獣を撃退しにいくたびに、雌性体以上とか、大量の雄性体。
 或いは老性体が出る度に、サヴァリスとよく会うのだ。
 数ヶ月前に、聖闘士星矢を貸してからである。紫電迸る剄技を多用することから雷神サヴァリスだとか、銀髪獅子のサヴァリス(戦場で思わず、獅子座聖闘士だ! と叫んだレイフォンが原因)だとか、武芸者達の中で呼ばれるようになっている始末である。

「――諦めるしかないな、私のカンだと既に手遅れな気してならない」

 とくとくと嘆きながら事態を説明したレイフォンに、相変わらずベンチの上で本を読み、煙草を吸って胡坐を掻いていたウィッチがあっさりと一蹴した。

「そ、そんな! 僕の植物のように静かな暮らしはどこ!?」

「……どこの殺人鬼かね? ジョジョの第四部を読ませてから二年ぐらい経つが、いい感じに染まったな」

 いや、僕にやれといったのはウィッチさんでしょうが。
 と、レイフォンは濁った目で少し睨み付けた。
 ウィッチと名乗る女性。
 レイフォンが出会ってから八年ぐらい経っているのに、見かけも変わらないでいる不可思議な人。
 以前一度職業はなんですか? と訊ねたら、「ただの無能魔術師だ」とふざけた返答をされた。
 剄息をしている気配もなければ、感じる圧迫感も無いただの人間。
 武芸者ではないことだけは確かであり、レイフォンの恩人でもあるというのには何ら変わらない。

「もう波紋だって使えますよ」

 化錬剄の応用でそれっぽいのが出来るぐらいだが。
 ちなみに吸血鬼とは出会ったことが無いから効くのかもわからないし、太陽の息吹は剄息とどう違うのかも分からない。
 微細な振動周波数の調整で、激しく回転させた泡をいつまでも留められるようになったときは子供ながらに大はしゃぎしたけれど。
 スタンドはやろうとしたけど、作り方が一切分からなかった。
 時を止めようと思って必死に無駄無駄無駄オラオラオラ叫びながら、汚染獣の群と殴り合ってたけど、戦闘終了後に他の武芸者に「ストレス溜まってるなら、休んだほうがいいよ。ね?」と優しく言われた僕の気持ちが分かるか! と、レイフォンは叫びたかった。

「なんというデタラメ。今までの私の弟子でも、ここまで酷いのは中々いなかったぞ」

 顔に手を当てて、大げさに嘆いてみせる。
 少しイラッとした。やれといったのは目の前の人物であるのに(間違い、最初のペガサス流星拳以外はレイフォンが嵌って憶えたのだが、責任転嫁だった)

「知りませんよ。というか、どれも凄い努力したんですからね!」

 情報源は単行本しかなかったし、油の流れる塔なんてなかったし。ズームパンチにいたっては一度やったら、骨が外れて、痛みこそ無かったけれど脱臼騒ぎでデルクに慌てて嵌めてもらった記憶がある。
 金剛剄や風烈剄などといった、他人の技は他の天剣が戦っているのを遠目に見たり、サヴァリスが近くでやってくれたので剄脈を観察し、難易度も高くなかったこともあり修得は容易かった。
 だが、それが出来ない。真似られない技に至っては勉強と修練と工夫で編み出すしかなく、おかげでどれも馬鹿みたいに特訓し、無駄に微細な剄の調整技術ばかり身に付いた。
 そのお陰で剄の伝導率が最悪な黒鋼錬金鋼でも技が使えるぐらいになっているのだけど。
 紅玉錬金鋼を使ってなら、いや、他の錬金鋼を使っても使用には問題が無いほどだ。
 培った年月分に見返りがあるほどの技でもないし、技術でもないが――それの修得にかけた努力と技術力だけは確かにある。
 ある意味楽しんでやっていたから、苦でもなく、サイハーデン流刀争術という一番の取り得もまたレイフォンにはある。
 小細工は得意だが、やろうと思えば真面目に戦える。
 それがレイフォンの自分なりの評価だった。

「まあ、それならそれでいいじゃないか。努力は無駄にはならないぞ☆」

 キラッ☆とばかりに人差し指をウインクした目に当てるウィッチに、イラッ☆としたレイフォンだった。

「まったく! ウィッチさんは頼りにならないなぁ!」

「ハッハッハ、当たり前だ。私はひ弱だしなー」

「威張らないで下さい! あ、これ、リーリンからの手土産です」

 といって、レイフォンは怒りながらウィッチに小さな紙箱を渡す。
 リーリンお手製のカップケーキだ。
 朝だらだらしていたレイフォンが、匂いに釣られてつまみ食いをしようとしたらフライパンで叩かれ、でも気にせずに食べたぐらいに美味しいものだ。

「おお、ありがたいな。美味しく頂くよ」

「また明日取りに来ますから、食器とかはそのまま返してください」

「分かった」

 それでは。
 といって、レイフォンは公園から去っていった。
 ばいばいと、手を振るウィッチの気配を感じながら。


 そして、翌日彼女は居なくなっていた。

 ケーキの空箱だけを残して。

 放浪バスもない時期のことだった。







 数日が経った。
 一週間が経った。
 一ヶ月が経った。
 それでも彼女は居なかった。
 別れの挨拶すらもなく、彼女は其処から消えていた。
 魔女を名乗る女性は、何の借りも返さずに、何の恩も返すことも許さないままに。
 レイフォン・アルセイフは人生の師とも言える変人との別れを余儀なくされていた。
 そして、レイフォンは。

「うりゃー! 狼星咆旋(デットハウリング)!」

 別段何も変わらなかった。
 いつものように汚染獣を殴り飛ばし、お金を稼いでいた。
 三日ばかしは心配し、毎日公園に寄っては探したが、一週間後には様子を見るぐらいにしておいた。
 なんていうか、心配しても死にそうにない。
 そんな人物だったから、気にせずにレイフォンは相変わらず汚染獣を巻き上げるように仰け反らせ、華麗な拳技を決めていた。
 咆哮を上げながら拳を繰り出し、斬撃型の衝剄を打ち放ち、雄性体を切り刻む。
 その光景を同じように討伐に出ている武芸者達は遠巻きに見ていた。
 数年近く永遠と出撃の度に出ては、叫び声を上げながら奇妙な技で汚染獣をぶっ飛ばすレイフォンである。顔は防護服で見えないが、使う錬金鋼と技で大体見当がつく。
 最近は天剣に縁があると思われて、近寄られないことが多いが。

「唸れ、太陽の息吹! 銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)!」

 剄息を続け、酸素を貪りながら剄を練り上げる。
 と、吼えながら迫っていた雄性体に右手を打ち込んだ。

【外力系衝剄の変化・銀色の波紋疾走】

 限りなく浸透力を高めた衝剄を打撃と共に打ち込み、内部から破砕する。
 レイフォンからすればサイハーデンの蝕壊を応用した剄技だったが、実質的に言えばルッケンスの流滴と言われる衝剄の発展技とほぼ同質だった。
 なお、またサヴァリスとかの興味を引かないように、周りに居ないことを確認してからの一撃だった。
 ブルブルと痙攣し、中から爆発したかのように体液を撒き散らす雄性体。
 そこに「レストレーション」の声と共に瞬時に形状を復元した鋼鉄錬金鋼により、斬撃がめり込んだ。
 逆風に切り上げられ、汚染獣が引き裂かれた形状で絶叫し――絶命した。
 ぶんっと刀を振り、血払いしてから錬金鋼を元に戻し、腰に差した。
 報酬金、ゲットである。

「これで終わりかな」

「――相変わらず、いい腕をしているね」

 ぼやくレイフォンの言葉に、重ねるように声が聞こえた。
 ぞわりと背筋が震え立つが、もはや慣れた。

「サヴァリスさん、もうそっちは片付いたんですか?」

 他に雌性体や雄性体が複数匹いたはずなのだが、既に討伐したのだろうサヴァリスが殺剄を行い、背後に立っている。
 それをレイフォンは感知していた。
 驚かないレイフォンに、クスクスとどこか楽しげにサヴァリスは嗤い。

「その腕なら、天剣になれると思うよ」

 率直に告げた。
 レイフォンの剄量、実力、共に天剣候補者に選ばれるに相応しい。
 己の我欲も含めて、サヴァリスが囁くが。

「僕は、興味ありませんから」

 静かに光を宿さない瞳で、レイフォンは左右に首を振った。
 面倒はゴメンだ、とばかりに肩を傾げるが。


「――そう言っていられるかな?」


 サヴァリスが酷く珍しく、からかうように笑った。

「え?」

 どういう意味だ、と振り向いた。
 しかし、サヴァリスは既に其処には居なかった。
 どこにもいなかった。
 風のように消えていた。



 不吉な予感が胸に宿っていた。


 具体的には三日後辺りに遭遇する超弩級の不可思議女性との出会いを、感知して。











**************************
何故か続きました。
取り合えず過剰ネタだらけは避けますが、波紋だけは譲れない。
続けるとしたらあと五、六話以内にツェルニへと行くと思います。
剄息で、誰もが波紋の呼吸法を思い浮かべたと思うんだ。

次回辺り、女王様の襲撃です。
大惨事は次回から☆



追伸:今気付きましたが、原作レイフォンの追放原因となったガハルドさんですが、まったくかかわりも名前もお互い知らないのでピンピンしています。
空きのある天剣への地位を目指して頑張っているでしょう。
なお、この駄目レイフォンは闇試合は面倒だからパス、という理由で出ていません。

8/5 誤字修正 タイトル変更しました



[10720] 女王のアルシェイラ こうして彼女は襲来した
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/25 00:58
 だらだらだら。
 その日、レイフォン・アルセイフはさらなる堕落を求めて、ソファに思い思いのポーズでだらけていた。
 相変わらず死んだ魚のような目であり、息をしていなければ死体のようにすら見える光景。
 活剄まで使って疲労回復を計り、それを言い訳に色んなポーズでどうすればだらけられるのか研究に余念がない。
 一番よく寝れたのは、同じようにソファに腰掛けていたリーリンに腕をからませて、ぎゅーとふざけ半分で抱き枕にした時だったのだが。

「なっ、お前たち……そうか、そんな年頃か」

 というのは、しがみ付くレイフォンに、じたばたとリーリンが真っ赤になって手をばたばたさせている時に通りかかったデルクの言葉である。
 その後何故か目元にハンカチを当ててそそくさと廊下に避難するデルクに、リーリンが真っ赤になって「ち、違うのー!」と叫び、レイフォンが嘘泣きで「ああ、リーリン。君まで僕を見捨てるんだね!?」 と言ってしばし混乱を起こした。
 柔らかくて、気持ちよかったのになーと内心レイフォンはぼやきつつ、孤児院の経営が安定したら月収入三か月分でリーリンになんか買おう、とそんな考えを企んでいた。
 どうせ僕女性と縁が薄いし、リーリン可愛いし、好きだし、いい匂いするし、優しいし、温かいし、柔らかいし、いい子だし、結婚するのもいいかもーと、すら考えている駄目具合である。
 人生の墓場? なにそれ、永遠の昼寝場所じゃないの? とすら、多分聞かれたら答えそうなノリだった。
 孤児たちも最近は安定した食生活に外で遊んでいることも多いので、レイフォンが生活している孤児院も静かなものだった。
 養父のデルクも金策に外出し、卒業していく孤児たちの就職先などを探しに出かけている。
 誰もいないので、レイフォンはごろごろごろと回転し、暇潰しに足を上げ、くるりと足を組み、奇妙なポーズをしたり、腕枕をしたり、何故かブリッジをしたり。

「駄目だ。もっといいポーズないかな~」

 と、呟きながらソファにぐったりとしがみ付いて、ぐでんと燻られたスルメイカのようなポーズを取っていた。
 十分ほどその姿勢で頑張ったのだが、面倒くさくなったのでずるずるとずり落ちて、そのままごろりとソファから転げ落ちる。
 ばたんと床を打つ音が体から響いたけれど、心地よく冷たい感触にレイフォンは起き上がることすら放棄して、だらーとしていた。
 そんな時だった。
 玄関の方からパタパタと十数年以上感じ続けているリーリンの歩調と、もう一人知らない誰かの足音が響いてきた。
 一瞬、サヴァリスか!? と身構えかけたが、彼の場合足音すら殆ど響かせないでやってくることも多いし、それよりも軽い振動だったので違うと判断。
 故に。

「……ま、いいや」

 世間体など考えないレイフォンはそのままでいることを選んだ。
 僕はオブジェで、という言い訳を小言のように呟く。
 そして。

「レイフォ~ン。いるー?」

 聞きなれた声が響いた。
 リーリンの声だ。
 上級学校に進学してから、寮暮らしなのである。
 とはいえ、よく外出許可を取っては戻ってきて、レイフォンと一緒の時間を過ごすのであまり久しぶりという気はしない。

「失礼するぞー!」

「ん?」

 そして、一つ見知らぬ女性の声が響いて、居間の扉が開いた。
 ばたばたばたと数歩中に入り――彼女たちの視線が下に落ちる。

「ここだよ~」

「レイフォン、なにやってるの?」

 床に転げたままのレイフォンが、軽く手を上げる。
 ひらひらとした格好のリーリンが呆れた顔で見下ろし、横に立つ黒髪の妙に麗しい女性が興味深そうに視線を落とし。

「いや、ちょっと疲れているからだらけの研究を……あ」

 理由を説明しようとして、レイフォンは気づいた。
 具体的には倒れたままなので仰角八十五度ぐらいの視線で、眼が細まり。
 ――白か、とぼやいた。

「? あ、こら!」

 リーリンが視線に気付いて、真っ赤になりながら、スカートを押さえる。
 横に立つ女性が「その悪戯があったか!」 と、凄い美人にも関わらず似合う笑みでぽんっと手を打ち。

「で、そちらはどちらさま――」

 と、リーリン以外の下着を覗く気もなく、レイフォンが普通に起き上がろうとしながら黒髪女性を見上げて。

 ――悪戯な風が吹いた。

『あ』

 翻る裾。
 翻る艶かしい足。
 そして、同時にレイフォンの目に飛び込んできたのは――凄まじい勢いで迫る靴底だった。

「死ねぇ!」

「へ!?」

 爆音が轟き、孤児院が揺れた。
 レイフォン・アルセイフは大ダメージを受けた。




 女王のアルシェイラ こうして彼女は襲来した





「すいませんでしたー!」

 復活直後、壁に半ばめり込んでいたレイフォンが華麗に飛び上がり、膝を床にぶつけながらスライディング土下座を行なっていた。
 頭は床にへばりつくように、裾はぴしっと引きずられながらも整え、両足は畳んで体の下に置き、背中よりも頭は上に上げてはいけない。
 恥も外聞もない見事な土下座である。
 だらだらと何故か背筋から込み上げる冷や汗と、咄嗟に金剛剄を使っても威力を殺し切れずにぶっ飛んだ女性の蹴打。
 雌性体の幼生体数千と雄性体複数匹がわらわらと襲ってきた時よりも死を感じ取った。
 たった一撃で、レイフォンを殺しかけた女性への底知れぬ実力にへたれなレイフォンは凄まじい勢いで頭を下げ、漢を見せていた。

「れ、レイフォン……」

 おろおろと、リーリンが横に立つ女性とレイフォンを交互に見るが。
 黒髪の女性は薄く呆れると。

「面白い子ねー、リーリン。ていうか、変?」

「シノーラさん! レイフォンは変な子じゃありません、少し頑張りすぎてるだけです! 違う意味で!!」

 それって結局変ってことじゃないの?
 と、シノーラと呼ばれた女性は小首を傾げた。
 とりあえずもういいわよ、と言われるも、断固としてレイフォンは動かなかった。
 土下座――いや、DOGEZAは相手の譲歩があるまで決して顔を上げてはならず、是が非でも其処にしがみ付き、あらゆる苦難を耐え忍ぶ究極の交渉術の一つ。
 初歩のDOGEZAから、勢いと申し訳なさを見せ付けるスライディングDOGEZA、己の誠意を見せつけるアクセルスピンDOGEZA、さらには転がり込み畳み掛けるローリングDOGEZAまでレイフォンは身に付けていた。
 ウィッチから教わった時、その実用性に関しては半信半疑だったが、あまりにも情けなく、それでいて難易度の高い姿勢にレイフォンはかつて心打たれた。
 修得には武芸者でも血反吐を吐くほどの無酸素運動のトレーニングが必須であり、最終奥義である超高度自由落下スピントルネードDOGEZAはレイフォンでさえ修得してない恐ろしさである。
 一説によればルッケンスの秘奥を両方覚えるよりも難易度が高く、命を落としたものも多数らしい。

「――というわけでして、僕は動きません」

 つらつらと以上の内容を説明しながら、頭を伏せていたレイフォンだった。

「いや、もう怒ってないし。ほら」

「あ、それなら」

 よろよろとレイフォンが起き上がり、シノーラと対面した。
 しかし、美人だなーと思う。
 とはいえ、美人にときめくほど人間が出来ていないレイフォンは埃まみれの膝を払うと、リーリンに目を向けた。

「で、えーと。リーリン、彼女様はどちら様?」

「あのね、私が今通ってる上級学校の先輩なんだけど……」

「シノーラ・アレイスラよ。うちのリーリンが、貴方のことばっかり話すから、ちょっと見に来たの☆」

 ぱちっとウインクし、色鮮やかな唇を震わせて告げられた声は背筋がゾクゾクするほど美しかった。
 濁った目つきでレイフォンが、はぁっ戸惑ったように相槌を打つが、彼の背中はどこか冷や汗が止まらなかった。
 脳髄のどこかで警報が鳴っていた。
 とはいえ、表立って避けるわけにも行かずに。

「じゃ、えーと。紅茶でも出しますね」

 サヴァリスの一件以来、孤児院で紅茶を入れるのがレイフォンの担当になっていたりする。
 何度も入れては勉強し、中々の腕前になっている。
 どこか金持ちのパトロンでも見つけたら、執事になるのもいいかもなー。あ、でもリーリンと一緒に過ごせなくなるしー。どうしょ? という淡い人生計画を立てているぐらいだ。

「あら、ありがとう。ストレートでお願いね」

 さりげなく、注文を被せるシノーラ。

「はいはい、あ、リーリンも座ってて。お茶請けも僕が出すから」

「うん、レイフォンありがとう」

「いえいえ」

 そういってそそくさとレイフォンはお湯を沸かし、外客用の高級なポットを用意する。
 孤児院に金額的余裕はないとはいえ、デルクが伝えるサイハーデン流の刀争術などでも時折客人が来ることもある。
 外部都市では一番有名なサリンバン教導傭兵団の団長もサイハーデン流刀争術を使っているらしく(レイフォンは会った記憶がないが)、その武名は意外と広まっているのだ。
 それのための投資は必要経費だとレイフォンは思っているし、デルクも了承している。
 言うなれば外面的な見栄だが、それも意外と必要だったりもする。
 というわけで、出来うる限り失礼にならないようにテキパキと百度近い沸騰直後のお湯を温めておいたポットに注ぎ込み、3分ほど抽出してからカップに入れた。
 ストレーナーを使って、茶葉が入らないように気をつけ、ふんわりと香りが出てくるのを確認する。

「では、どうぞ」

 そうやって、そそくさと紅茶を三人分用意するレイフォンだった。

「あ、美味しい。上手になったね、レイフォン」

 リーリンが目を丸くし、シノーラは楽しげに微笑んで。

「いいわねー。ちゃんと家事も出来る男って、リーリンも安心かしら」

「えっ、あの、し、シノーラさん?」

「そして、いつかこのおっぱいが思う存分弄られちゃうのね」

 そういってぐわしとリーリンの胸が、シノーラの手によって握られた。

「!?」

 レイフォンすら見切れない速度で、ぐにょんぐにょんと握られる。

「あ、やめ! やめてぇ~!」

「エロイわね。将来的にはこの可愛い顔と胸が、すき放題にされるなんて……いやらしいわっ」

「い、いやらしいのはシノーラさんですー!」

 半泣きでリーリンが喚き、楽しげにシノーラが弄ぶ。
 それを紅茶を啜るレイフォンが「あー、平和だなぁ」とぼやく不思議な時間が流れた。






 それから。
 わらわらと帰ってきた孤児たちも交えて、騒がしく時間を過ごし、リーリンの学校での様子をシノーラの口から聞きながら、レイフォンはお礼に孤児院での日々を話す。
 リーリンが両サイドから弄られて、へニョへニョ顔で突っ伏すまで楽しく話をしていた。
 そして、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去って。
 リーリンたちが帰る時間になり、レイフォンは鋼鉄のダイト一本を腰に下げて、途中まで送ると同行した。
 幸いなことに今日は汚染獣も出ずに、ただ平和だったから。
 すっかりと会話友達になった三人でお喋りをしながら夜の中を歩く。

「じゃあ、ここまででいいから」

 不意にリーリンが告げた。
 少し寂しげにレイフォンに振り返り、大丈夫だと頷く。

「そう? じゃあ、気をつけてね。二人共」

「大丈夫、リーリンは私が護ってあげるから」

 シノーラが不敵に微笑むと、何故かレイフォンは素直に頷いていた。

「お願いします」

 結局、シノーラのことはリーリンの通う学校の先輩で、少し変わった人物だということしか分からなかった。
 孤児院での一撃を食らい、多分武芸者だとは判断するが。
 ――まったく勝てる気がしなかった。
 錬金鋼を持ってすらいないのに、レイフォンは敗北だけを意識する。
 疲れた目とだらけた姿勢の中で、少しだけ緊張を維持していたのはそのせい。
 だから。

「レイフォン」

「はい?」

 既に呼び捨てにされているレイフォンの名前を、シノーラが呟いた。
 それに、レイフォンは反応して。


「貴方が――天剣になったのなら、楽しかったわね」


 ポツリと、唇だけで、震えるだけの声で――レイフォンの聴覚にだけその言葉が届いた。
 瞬間、背筋が震え立ち、四肢に血液が流れて、指がビキリと伸ばされた。
 圧迫感。
 レイフォンの眼が少しだけ輝いて、息を荒くし、心臓の鼓動を聴いた。
 無意識に発動した活剄で、肉体が強化される。
 全神経が悲鳴を上げて、抗え、逃げろ、と囁いている。

「貴方は――誰だっ」

 リーリンには聞こえないほどの呟き。
 だけど、それでもシノーラと名乗った女性は嗤って。


「ただの女王よ」


 そう呟き、唇に指を当てて。

「リーリンには秘密ね♪」

 ウインクし、絶対者としての威厳と魔女の如き妖艶さでレイフォンに命じた。
 今は秘密にしろと。

 そして、それにレイフォン・アルセイフ。
 本来の歴史とは異なる。
 ただの変わった武芸者である彼に、逆らうだけの力も意思もなく。


 ――その命令に屈服した。





 彼の物語は巡り出す。
 彼の人生は狂い出す。
 いつか大切な誰かだけを護り、ふざけながらも拳と刀を振るい抜く物語が。
 始まる、始まる、始まる。

 そうして。


 その数ヵ月後。
 グレンダンは老成体一期の襲撃に遭ったのだが。

「燃えろ、おれの剄(コスモ)ぉといえばいいのかい? 華麗に死にな、極光処刑(オーロラエクスキューション)!

 と、叫ぶ天剣授受者の一人が出てきた老性体を、大気中の分子振動を減速させたが故の氷河期の如き冷気で凍結させ。

「くそ面倒くせえ、くそ剄(コスモ)! 真紅光針(スカーレットニードル)!!

 流れるような十五発の貫通性の高い銃撃が撃ち放たれ、老性体を抉り。

「高まれ、ぼくのコスモォ! 弾き飛ばす、威風激穿(グレートホーン)!

 襲い繰る老性体の牙を、ただ一人の天剣がその四肢で殴り弾くように吹き飛ばし。

「攻撃だけに全てを振り絞る、それも真理よね! 廬山百龍覇(ろざんひゃくりゅうは)!!

 爆発的な多重衝剄が絨毯爆撃の如く降り注ぎ、老性体がひき潰されて。

「集団虐めはつまらないんだけど、女王の命令だ。消えろ――聖剣抜刀(エクスカリバー)!

 最後に、手刀を繰り出したサヴァリスの聖剣が老性体の頭蓋を両断した。


「なに、あれ?」


 出動待機命令を喰らい、都市外装備に身を包んでいたレイフォンがそれを目撃していた。
 あまりにも圧倒的で、理不尽で、蹂躙的な光景を。
 そして、レイフォン・アルセイフは知らない。
 己の所業によって、天剣の半数が女王命令で黄金聖闘士の技を習得するはめになったことを。
 そして、大体憶えたので物は試しと天剣に出動命令をかけて、老性体を実験台にしたなんて。


 彼が知るはずがない。




 なお、一時期天剣を弄り、黄金聖衣を作ろうとしたアルシェイラが必死の反対に受けて諦めたという事実も知るわけがない。








************************
やっちゃったZE☆
レイフォンの不幸が真っ盛りです。
グレンダンは聖域都市にクラスチェンジをした!

さて、次回からはどうするかなー。
いい加減ネタをやりすぎたので、ツェルニに逝く(逃亡)するかもしれません。

次回があるかはどうかは知りません!



追記:ルッケンスの名前間違えてましたw
憶えにくいんじゃー! はい、すいませんでした。



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は旅立つことにした(加筆修正しました)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/16 23:47
 レイフォン・アルセイフの朝は早い。
 長年習慣になっている朝の勁息つきジョギングから、養父デルクからの刀争術での稽古。
 それで汗を掻いた後は水で濡らしたタオルで体を拭き、乾布摩擦してから日課となる剄操作の練習をする。
 具体的には――壁を歩く。
 粘剄と名付けたレイフォンのオリジナル剄技――なお、波紋をヒントに考え付いたものである。
 勁を接着面となる体表部分から放出、化錬勁により生み出した粘り気のある剄の操作で、足元から壁に接着しながら散歩をする。
 操作を間違えると落下するが、最近は慣れたもので目を瞑ったままでも壁を歩けるし、やろうと思えば天井まで歩ける
 ジョジョ第一部から二部までを読んで、これを開発した時に見せたウィッチの反応は「チャクラ? いや、むしろ錆びた銃だな。四分の一ずつを探そうか」 という言葉だった。
 これを生み出したおかげで、都市内戦闘では足場が床から、壁、天井と実質的に三倍に増えたことになり、レイフォンの機動力が上がった。
 これを応用して汚染獣の外殻を足場に走り回ることだって出来るのだ。
 ご近所では屋根の上を歩く変人として囁かれているが、まあ気にしたら負けである。
 ともかく相変わらず死んだ濁った目で、眠そうにのろのろとレイフォンが歩く、歩く、時々跳ねる。
 軽やかに、素早く、或いはのろく、足音一つ立てずに進んで――辿り付いたのは一つの公園だった。
 誰もいない公園。
 朝早い時刻、静寂だけがただあって。

「――ウィッチさん。貴方がいなくなって三年近くが経ちましたよ」

 かつてのただの幼い少年から成長した顔つきで穏やかに告げた。
 レイフォン・アルセイフ、十五歳。
 低かった身長はそれなりに伸びて、死んだ目つきは相変わらず、ただ笑みだけは上手になり、皮肉げな顔つきだけを持っていた。
 彼の旅立ち、三日前の朝のことである。





 駄剣のレイフォン こうして彼は旅立つことにした






 あれから。
 色々有った。
 具体的には喰っちゃ寝しては、汚染獣を殴り飛ばし。
 喰っちゃ寝しては汚染獣を蹴り飛ばし。
 喰っちゃ寝しては汚染獣を斬り飛ばし。
 いちゃいちゃしては汚染獣を車田飛ばし。
 サヴァリスに御飯食べに来ないか~い? といわれてホイホイ付いていったら、「いいのかい? 僕は天剣じゃなくてもボコってしまうんだよ?」 といいながら襲われたり。
 それが十回ぐらいあったり、今度こそ平気だと信じてはまた襲われて凹んだり。
 たまに戦場で出会うときは「やあ、レイフォン。今度殺し会いをしないかい?」「じゃあ、報酬金を譲ってくれたら考える」「交渉成立だ」という会話の後、レイフォンが泣きながら戦う羽目になったりもした。
 あとシノーラさんとは時々聖闘士星矢(何故か翻訳されたものを持っていた、サヴァリスがコピーして、人を雇い翻訳したものを作っていたと初めて知った)の話題で盛り上がった。
 あとついでにダイの大冒険を貸した。
 喜んで読んでいました。
 何故かお付きのそっくりさんが、泣きながら顔を左右に振っていたけれどどうしたんだろう? とレイフォンは未だに不思議に思っている。
 グレンダンの女王ということでビクビク怯えてはいたけれど、所詮一般市民な武芸者だったので特に何かされるわけでもなく、この歳まで五体無事に過ごせた。
 天剣授受者に選ばれることもなく、レイフォンはデルクやリーリンの助けを借りながら孤児院の経営を安定させて、貯蓄を溜めた。
 そして、五年ぐらいはレイフォンがいなくても大丈夫な程度に貯蓄が溜まった頃、レイフォンは決めたのだ。

「そろそろ出稼ぎに行こうかな」

 もう僕が見てなくても、デルクがいる。リーリンもいる。
 だから、外でお金を稼ごう。
 そう決意をした。
 その決意を告げて、レイフォンは放浪バスのチケットを買い、傭兵として売り込める都市などの情報を探りながら旅立ちの時を過ごしていた。
 サヴァリスには旅立ちを告げた途端に。

「じゃあ、最後に決着を付けようか。一度君を殺してみたいと思ってたし」

 と、殺意満々で告げてきた。

「ふふふ、最後だからって色々と率直に告げてきたね? これで僕が奇跡的に倒したら、実力証明的に天剣に選ばれて、お金も入ってきちゃったりして、なおかつ名誉まで手に入るんだね?」

「そうだね」

 だからやろうと微笑むサヴァリス。
 しかし、レイフォンは。

「だが、断る! このレイフォン・アルセイフが一番大好きなことは自分が上だと思っている奴にNO! といってやることと、勝てない勝負は無理だ! とはっきりしごく簡潔に告げてやることだから!!」

 びしっと人差し指を突き出し、胸を張り、背中を向けて、駆け出した。
 というわけで逃げた。
 逃げて、逃げて、逃げて。グレンダンの中を疾走した。
 空中でアチョーと蹴りを交わしたりなどして、でも押し負けて吹っ飛びながらも、たまたまリーリンと一緒にアイスを食べていたシノーラを発見し、泣きついた。
 シノーラさんは華麗に左手を上に掲げて、右手を腰よりも下に突き出し、サヴァリスに「駄目よ♪」 と言ってくれた。
 何故かサヴァリスが止まるまでに打撃音が三回ほど響いて、サヴァリスが上に吹っ飛び、ついでにレイフォンまで地面にめり込んでいたのだが、なんとか無事に治まった。
 その後なんでこうなったか訊ねられ、レイフォンが床にめり込んだまま告げると、何故かレイフォンがげしげしと蹴られた。

「こんないい子を残して、外に出るとはいい度胸じゃないの!」

「し、シノーラさん! やめて~!」

「いたたた! 普通に痛い!! 泣きそうだからやめてー!」

 グリグリと頭が踏まれて、ハイヒールの踵にレイフォンの新しい領域の扉が開きかけていた。

「やめてー! レイフォンが壊れちゃうー! もっと駄目になっちゃう!」

 あふんっと甘い声が出てくる一歩前に、リーリンの制止が間に合い、レイフォンは救出された。





 その後、孤児たちからはわらわらと山のように群がられては「いくなよー!」 「リーリン姉ちゃんを未亡人にする気かー!」 「働けー!」 「馬鹿ー!」 とか言われ。
 デルクからは淡々と「気をつけろ。サイハーデンの技と、今までの自分を信じろ。孤児院は私でなんとかしよう」 と養父らしい素っ気無いが、温かい言葉を送られた。
 そんな感じに身辺整理をし、いずれ戻ってはくるつもりだけど邪魔なものは処分し、鞄一つにまで荷物を纏め上げたのは出立の前夜だった。
 放浪バスの切符は既に用意してある。
 学園都市などへの入学目的のバスは数ヶ月前に頻繁に出ていたが、レイフォンは学生にも興味はなく、傭兵になることを考えて、時期外れの安い切符を購入した。

 そして。

「静かだなー」

 汚染獣も来ない穏やかな夜。
 外泊許可を取ったリーリンとデルクと孤児たちと一緒にお別れの食事会を行い、既に明日に備えて寝るだけ。
 なのに、レイフォンはどこか寝付けず、窓から外を見上げていた。
 暗い夜。
 レギオスのエアフィルターに覆われた夜空を見上げて、息を吐き出す。
 曇った瞳が無機質に外を見て、僅かに光を帯びた。

「……不安、なのかな」

 実力には自信はある。
 けれど、グレンダンの外には未だに体験したことがない。
 都市外装備で戦いに出る外よりも遥か先の知らない土地。
 知らない都市。
 知らない人々。
 知らない文化がある、世界が広がる。
 それにレイフォンの胸が高鳴っていた。昂っていた。

「寝ないと」

 息を整えて、レイフォンがシーツを頭に掛けた。
 体を丸めて、目を閉じようとして――

 こんっと扉を叩く音がした。

「……レイフォン、起きてる?」

「リーリン?」

 明かりを付けようと、レイフォンが起き上がる。
 けれど、リーリンは静かに扉を開けて、中に滑り込んできた。

「少しだけ、話してもいい?」

「いいよ」

 静かに答える。
 そして、頷いた。
 薄暗がりの中でリーリンの髪がゆらゆらと靡いて、横に腰掛けた彼女の甘い芳香に少しだけレイフォンの胸が高鳴った。
 普段からじゃれあっている幼馴染なのに。

「……レイフォン、本当に行っちゃうんだね」

 どうしょうもなく“女性”を感じた。

「うん。決めていたから」

 レイフォンは目を伏せる。
 昔から決めていた。
 グレンダンだけで稼いでいたらどうしょうもないと。
 孤児院が安定するぐらいに大きなお金を稼がないと。
 レイフォンがいなくても孤児たちが笑って生きて行けるように外貨を稼ぐ。
 だから、外へ行く。
 昔からリーリンやデルクに行っていた決意。
 それが形になるだけ。
 けれど。

「……私、いやだ」

 リーリンがボソリと呟いた。
 え? とレイフォンが訊ね返した時、リーリンの手がレイフォンの手に絡まっていて。

「いやだよぉ、レイフォンが居ないなんて」

 掠れた声を洩らす。
 鳥が鳴くような声。
 寂しいと、彼女は呟いた。思いを吐き出した。

「孤児院は大切だよ? レイフォンの思いもわかるよ? それが一番いいと思う。けど」

 私は。
 其処まで告げて、唇を噛み締めて、目尻から一筋の涙が零れた。

「――我侭だと分かってる。けど、孤児院よりも、義父さんよりも、レイフォンだけが大切なの」

 彼女が縋りつく。
 優しい思いを吐き出して、悪い思いも吐き出して、レイフォンに抱きついていた。
 嗚咽が洩れていた。
 静寂を濡らすぐらいに小さな、けれど大切な声で。

「だから、いっちゃやだぁ……」

 きっと忘れちゃうから。
 きっとどうでもいいから。
 レイフォンは凄い人だから。

「分かるの。私なんかじゃ、レイフォンの人生を縛れないんだって」

 甘い香り。
 リーリンの掠れるような声と蕩けるような体温。
 それが柔らかく胸板に押し付けられた乳房から伝わって、互いの心臓が届いて。
 哀しく、悲しく泣き叫んでいる。

「大好きなのに」

 私は我侭を吐き出してしまう。

「大切なのに」

 困らせてしまう。

「ごめんね、こんな、こんなこといって……」

 レイフォンの肩を掴む。
 リーリンが必死に喘ぐ。
 忘れないでと囁くように、願うように。
 だから。

「私なんかじゃ――」

「そんなことないよ」

 リーリンの言葉に、レイフォンは答えた。
 彼女の思いに、彼が応えた。

「忘れないよ」

 二人の影が重なる。
 優しく抱きしめて、リーリンの香りを吸い込み、その熱を感じながらレイフォンは目を見開いて、真摯な瞳を浮かべた。
 少しだけ昔の目つきで、でもずっと優しく。

「忘れるわけないじゃない」

 顎に埋めたリーリンの髪を撫でながら、レイフォンは囁いた。
 でも! と、彼女は真っ赤になりながらも涙を流して。

「私は何も特別じゃないよ? だから」

「特別だから理由になるの?」

 違うよ、と微笑んで。
 レイフォンはリーリンの目元を優しく拭うと、その頬に指を当てて。

「約束するよ、帰ってくる」

「ここに?」

「違うよ」

 レイフォンは笑って。
 子供みたいに笑って――二人が重なった。
 湿った音がして、優しい味がした。

「……ふぇ?」

 目を瞬き、何が起こったのか分からないままに。
 リーリンの顔を見ながら、レイフォンは優しく抱きしめて。

「――君のところに帰ってくるから」

 だって。

「ずっと言っていたじゃない。君をお嫁さんにするって」

「でも、それは――」

「好きだから」

 レイフォンはリーリンを押し倒し、抱きしめた。
 二人の体温が重なって。
 子供みたいにばたばた暴れながら。

「僕みたいな変人を好きになるのは、リーリンぐらいでしょ?」

「そうだったね、レイフォン」

 二人で微笑み、夜を過ごした。








 そして。
 そうして。
 夜が明けて、朝になる。

「じゃあ、いってくる、ね」

 どこか疲れた顔で、目元に隈を浮かべて、レイフォンが手を振るう。
 手にバックを掴み、背にはリュック。
 何故か疲れたようによろよろとしていた。

「いってらっしゃい、レイフォン」

 リーリンが微笑む。艶々とした肌に、息を飲むほどの色香を放つ。
 姿は何も変わらないのに纏う雰囲気は異なり、その肌の艶が別物だった。
 誰もが見とれそうなほどに可憐で美しく、少女は咲き誇っていた。
 へろへろなレイフォンと元気一杯のリーリン。不思議に対称的だった。
 見送りに来たのは彼女だけ。
 ひっそりとした旅立ちだった。

「手紙、忘れないでね」

「うん。出来るだけ年に一回は帰ってくるよ、無理でも手紙は送るけど」

 連絡は取り合う。
 出来るだけ無事に帰ってくる。
 浮気はしない(ていうか、僕じゃ無理じゃね? というレイフォンの自覚)
 それが二人の間の約束だった。
 そして、時間が来る。
 出発時間が近づいて、レイフォンが歩き出し。

「それじゃあ、いってらっしゃい」

 リーリンがはにかみながら笑った。
 どこか嬉しげで、
 どこか寂しげで、
 でも、温かい笑みで笑って見送る。

「それじゃあ、いってきます」

 レイフォンが笑う。
 手を振って、
 足を動かし、
 背を向けて、笑顔で別れた。


 これからは未知の都市。

 どこで稼ぐか、とりあえず放浪バスの道通り。




 まあ、途中にある学園都市ツェルニに辿り着いたら、次の都市を考えるかな。

 そんなことを今の彼は考えていた。










****************************

次回からツェルニ編!
天剣ではなく、駄目人間レイフォンが向かいます。
なお、この駄目レイフォンはリーリン一択です。
というのとも、眼が死んでいて、雰囲気が悪いのでフラグが立ちにくいです。
出来ても羅武虎眼です。
フラグ失敗には定評のある作者ですので。

ジョジョネタが多くなりますが、どうぞお願いしますw


8/7 指摘された誤字脱字を修正。ちまちまとした誤字修正が多く、すいません ORZ

ついでに時間軸説明

ウィッチと出会い、レイフォン人生踏み外す 四歳
サヴァリスと出会い、グレンダン聖域都市への道を歩みだす 十二歳
女王と出会い、勝てないと知る 十二歳
レイフォン旅立ち、将来の死亡フラグを勝ち取る(リーリンの出生的な意味で) 十五歳
となっております。
空白の三年間はいずれまた回想なので。
ただし、大したイベントは無いと思いますw



[10720] 隊長のニーナ こうして彼女はツッコミ人生に選ばれた 前話(全面加筆修正済み)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/08 13:50

 その日、現れたのは一人の人影だった。

 学園都市ツェルニ。
 ただの都震かと思われた事象――自律型移動都市レギオス、それが地盤の緩い場所を踏み抜いて起こる。
 それだけならば稀に起きるだけの災害。
 だが、その踏み抜いた先が悪かった。
 雌性体、それも産卵を迎えて無数の汚染体を産出した母胎がいる場所を踏み抜いた。
 外隔部から這い上がり、ギチギチと音を鳴らす汚染獣の幼生体が千にも届く数を持って都市を襲った。
 悲鳴が上がる。
 悲鳴が上がる。
 惨劇の幕開け。
 入学してから一度として鳴り響くことの無かった汚染獣の襲来警報が鳴り響き、刃引きの解除された錬金鋼を持ち出し、学生武芸者たちが迎撃する。
 初めて戦う汚染獣。
 もっとも最弱である幼性体ですら苦戦し、その強靭な外殻を切り裂くことすらもままならなかった。
 防衛線が張られ、それでも押し込まれる。
 本来ならば幼性体を駆除しながら、他の汚染獣を呼ぶ声を上げるだろう母胎を潰しに行く。
 最善の方法すら選べず、じり下がる。
 己は弱いと噛み締める一人の少女がいた。
 二振りの鉄鞭を繰り出し、活剄で高めた身体能力のままに幼性体を薙ぎ払い、打ち払い、蹴り上げて柔らかい腹部を切り刻む。
 短く切り揃えた黄金の髪を揺らし、どこまでも精錬された勁を四肢に流し込み、純粋苛烈な願いと意思を篭めた瞳で吼える。
 負けられないと。
 終われないと。
 泣き叫ぶように無音の声が轟き、戦っていた。
 その時だったのだ。
 必死に構築していた防衛線が瓦解しかけ、積極的に交戦していた少女が突出するように置いていかれ、おぞましく群を成す幼性体に蹂躙されかけたのは。
 そして、突撃され、短い呻き声と共に圧倒的な頑強性と重さを誇る幼性体に押し倒され、その顔面から剥きだしの牙に噛み砕かれんとした時。

「――まてぇえいっ!」

 一陣の鉄風が吹いた。
 爆撃の如き轟音が鳴り響き、幼性体が頭上から飛来した銀閃によって薙ぎ払われた。
 少女の戦闘衣を破き、おぞましい形状と共に汚染物質を撒き散らしながら迫っていた幼性体が少女を傷つける事無く吹っ飛ばされる。

「え?」

 その刹那、死を覚悟し、決して流さぬだろう涙を一滴目端に浮かべた少女が見上げた。
 そして、少女の前に降り立つ一人の影があった。
 右腕を覆う黒鋼の腕装甲、腰から右手の先に垂れ下がる同じく漆黒の鎖を構えた人物。
 都市外装備に身を固め、機密性を保つヘルメットを被ったその顔はバイザーに隠れて見る事は出来ない。
 故に、誰かが叫んだ。

「誰だ!?」

 そして、人影は答えた。

「――僕の名はレイフォン・アルセイフ! ツェルニは狙われている!」

 シャキーンっとポーズを決めて。






 隊長のニーナ こうして彼女はツッコミ人生に選ばれた 前話






 この日、レイフォン・アルセイフは長い放浪バスの旅路の途中で学園都市ツェルニに降り立った。

「うわー、人が多いなぁ」

 見かける人、人、人。
 どれも学生服を身に付けた学生だらけで、どれも若い。
 旅路の途中だが、ここで少し泊まり、情報収集などをしながら傭兵が必要とされている都市を決めようとレイフォンは計画を立てていた。
 旅費に必要なお金はしっかりと持っている。
 放浪バスの切符代を除いても数ヶ月程度だったらレイフォンが普通の安宿で泊まっても問題は無い金額。
 放浪バスに乗っている間ずっとアイマスクをつけてだらだらと寝続けて凝り固まった首を廻しながら、レイフォンはとりあえず今日の宿と御飯を食べようと放浪バスの乗り場からだらだらとした足取りで歩き出した。
 纏う雰囲気はグレンダンからいささかも変わらない脱力し切ったものであり、目は相変わらず死んだ魚のように光がない。
 ごは~ん、と空腹にお腹の小人さんが咆剄殺を放っていた。
 身体能力の高い武芸者は、その運動量に見合うだけのカロリーを必須とする。
 なので、見知らぬ都市だがふらふらとその暗い雰囲気に学生たちを遠ざけながらも、歩き回り。
 飯を食い。
 飯を食い。
 デザートを食べ。
 飯を食い。
 お店の人に「もう勘弁してくれ!」「まだだよ、まだ僕はイケる!」「店が潰れちまうから勘弁してくれ~!!!」 と食事を諦めるための金一封を貰いながら、レイフォンは背中に背負ったバックと手に下げた鞄を手にふらついていた。
 途中でキラキラとした念威端子っぽい花びらにも似たものが空を舞っているのを目撃したが、別段どうでもよかったので気にしなかった。
 何故かこちらの方に少し下がったと思ったら、レイフォンの目を見て逃げるように飛んで行ったし。
 そして、安い外都市からの旅行者用のビジネスホテルにチェックインし、レイフォンはようやく人心地が付いた。
 ギシギシと安物らしいスプリングの音を立てるベッドに腰掛けて、少しの間ストレッチし、これからどうしょうか考えて。

「……寝よう」

 ま、明日でいいかとレイフォンは即決し、ベットに転がった。
 着替えもしないで、バックと鞄をそのままに、目を閉じた。
 放浪バスの間に考えて、最上級の怠けるポーズを取り、しばし安眠。

 ――だから、異変に気付いたのは本能だったのかもしれない。

 ベッドを揺らす都震。
 それにすぐさま手足も使わずに跳ね上がり、キョンシーじみた体勢を取りながら。

「金!? いや、違う。都震か?」

 常に腰には差してある鋼鉄錬金鋼に手をかけて、ほっと一息を吐き掛けて。
 ――騒がしい警報が聞こえた。
 汚染獣の襲来を知らせる警報。
 グレンダンでは阿呆になるぐらいに子供の時から聞きまくり、警報を聞きながら御飯が進むぐらいに慣れている。

「汚染獣、か。運が悪いなぁ」

 レイフォンは欠伸をしながら、伸びをして、自分の不運を嘆いた。
 他の都市ではグレンダンほど汚染獣の遭遇は無いという話だったのに、嘘ばかりだ。
 タイミングが悪いと思いながら、避難経路を知らせるアナウンスに、部外者である自分も避難したほうがいいのだろうか? と考えて。

「待てよ?」

 慌ててホテルの従業員が宿泊客たちに避難を知らせる声を聞きながら、レイフォンは思った。
 確か学生都市ではそれほど武芸者が成長していない。いや、聞きかじりの情報だけではなんとも言えないけれど。

「――謝礼金が出るかも」

 自分が出る→汚染獣を倒す→恩を売る→お金が貰える。
 幾らなんでもグレンダンでも滅多に出てこない老性体でもなければ、レイフォンは十二分に戦えるし、倒せるのだ。
 問題なさそうだったらそのまま帰ればいいし、必要だったら参戦して恩を売ろう。
 そして、お金を!

「と、なれば!」

 そそくさとグレンダンから持参した自前の都市外装備を装着するための服を脱ぐ。
 汚染遮断スーツを身に纏い、ヘルメットを被り、剣帯に三つの錬金鋼を差し込む。
 そして、窓を開けると、レイフォンは迷わずに外へと飛び出した。

「トォオオオオッ!」

 という声を、避難を伝えに来た従業員に残しながら。







 疾る、走る、駆ける。
 靴底から火花を散らしながらホテルから落下し、錐揉みしながら駆け下りる。

「イヤァアアアア!」

 靴底が摩擦熱で火花を散らす、身体が激突する空気抵抗に回転する、足を凄まじい速度で壁に叩きつけながら、レイフォンは声を上げていた。
 咆哮。
 己の勇気付ける叫び声を上げて、勁息を持って酸素を貪り、壁を蹴り飛ばして跳んだ。
 浮遊感。
 同時に着地し、再び走る、屋根の上を。
 建物の上を駆けながら、壁を歩道に変える――粘剄を行使し、レイフォンは一目散に高い場所へと目指して走っていた。
 ホテルから見たところ、学生武芸者たちの戦線は悲鳴と怒声だらけで、効率よく撃退は出来ていないようだ。
 全体的な把握までは高さと視点から見て無理だったが、見たところ幼性体だけだ。
 となればあとは母胎となる雌性体が何体かいる程度だろう。
 あの数ならば精々一体ぐらい。
 雄性体がいれば、既にエアフィルターの中に飛び込んでいるはずだから。

「レストレーション」

 そう呟いて、右手の愛用すべき手甲を復元する。
 ついでに途中で何個かの家屋から、洗濯物らしき毛布やシーツを奪い取る。
 掴んで、空中を駆けながら折り畳み、脇に抱える。
 しかし、悲鳴と怒声が耐えない。
 グレンダンだったのならば既に武芸者たちが幼性体を蹴散らし、我先に母胎へと襲い掛かっているぐらいの時間が経っているのに。
 上手く迎撃が出来ていないだろうか? と考えて、レイフォンは少しだけ思案した。
 どちらが異常なのだろうか。
 弱いツェルニか。
 強いグレンダンか。
 多分後者だろうと思う。あれほどの戦闘狂が自分よりも強いのが普通の都市があれば、都市を変えていないはずがないから。
 そんなことを考えながら、レイフォンは駆けて、見える範囲で一番立派な建物の壁に着地する。
 近くにあって一番の高さを持つ建物、それに足をかけて、一直線に跳ね上がった。
 赤く焼けた壁を蹴り飛ばし、風になったような気分で飛翔する。
 体重を殺し、勁息を乱さず、ただ駆け抜ける。
 打ち付ける爪先は壁に吸い付き、両手を振るって姿勢を保持し、重力に逆らうように駆け上がる。

「ト、トトトオトオオオオオ!」

 上がる、上がる、上がる。
 のだが――途中から何故か坂になった。

「ォォオオオ!?」

 ネズミ返しのような曲がり坂の壁を駆け上がり、上下がひっくり返りながらもレイフォンは頑張った。
 頑張りながら駆け上がり、少しだけ心臓を悪くしながら、途中のガラス窓を跳躍して跳び越え、レイフォンは先端となる塔へと登った。

「到着っ!」

 スタンッと両手を付けて、膝を折り畳み、爪先と両指を接着させて、体を固定する。
 高所恐怖症だったならば泡を吹くような高み、そこから周りを見渡す。
 見えたのは――人々がシェルターに避難する姿――抗う武芸者たちに、襲う汚染獣が見えた。
 活剄を持って視力を強化し、その方角を確認。
 どこから来ているのか索敵し、同時に脳裏に対処すべき方法を構築する。

(母胎優先で潰すにしても、援護したほうがいいね)

 予想以上に苦戦している姿に、レイフォンは頷き、両手を離す。
 そして、跳ねた。
 放物線を描くように飛び上がり、その肢体を宙に任せて、回転する。
 竹とんぼのように舞い上がりながら、重力に引かれて自由落下し、脇に抱えていたシーツを広げる。
 バッと広がったそれが空気を孕み、迸る燐光がそれを包んだ。

「――生命磁気への波紋疾走(オーバードライブ)!!」

 手から微量の勁を放出し、手に持っていたシーツを接着剤のようにくっつける。
 推進力は己の体重と脚力。
 勁を篭められ、なおかつ微量の磁力を帯びたそれは簡易的なグライダーとなってレイフォンの体を一直線に飛行させる。
 滑空、落下。
 得も知れぬ浮遊感に、グレンダンにいたとき建物の屋上から不意打ちでウィッチに蹴り落とされたことを思い出す。
 少しだけ涙が出た。
 ついでに一度これで逃げようとして、サヴァリスに純粋脚力で追いつかれて、蹴り飛ばされたことも思い出す。
 が、時速数十キロを越える速度で直進し、レイフォンは上空から前線へと迫り――窮地を見た。
 一人の少女――金髪の年上だろう学生武芸者が今にも汚染獣に喰われそうになっていて。

「レストレーション!」

 同時に再び二本目の錬金鋼を復元する。
 黒鋼錬金鋼で出来た鎖、全長十数メートル近いそれは勁の操作で伸縮する特別製。
 同時にレイフォンはシーツを掴んだ手を視点に、体を振り、勢いをつけたままに手を離す。
 それを上向きに構えて、レイフォンは下を見下ろした。
 目に飛び込む、幼性体の群れ。
 それに向かって、レイフォンは叫んだ。

「――まてぇえいっ!」

 鎖を繰り出す。
 両手を離し、飛び込むように回転しながら体を捻り、旋転。
 活剄まで掛けた右腕で振るったそれは音速の壁を超えて、飛来する。

「――星雲鎖(ネビュラチェーン)!」

【外力系衝勁・星雲鎖】

 鎖の先端が音の障壁を破砕したことによる、爆音とソニックブーム。
 轟音を響かせて、レイフォンの一閃が幼生体をぶっ飛ばした。金髪の少女を傷つけないように細心の注意を払って。
 微細な剄コントロールにより、醜悪な幼性体共が切り揉みながら仰け反り――後方へと跳ね上がった。車田飛びである。
 そして、着地。
 地面が割れ、火花を散らしながらも――十点! と思わずY字でポーズを決めながら、レイフォンは息を吐き出した。

「だ、誰だ!?」

 その声に、レイフォンはこう答えた。

「僕はレイフォン・アルセイフ! ツェルニは狙われている! ――主に汚染獣に!!」

 と、 決めポーズをしながら叫んだ。
 しかも左手を斜め上に挙げ、右手は胸の前に構え、両足を突き出す。
 シャキーンと心で擬音を発していた。

「そ、それは見れば分かる!」

 ビシッと少女のツッコミが轟き。

「ですよねー、というわけで星雲鎖!」

 空気を読まずに突撃してきた幼性体を、鎖で薙ぎ払う。
 どれもこれもゴミのように吹っ飛んだ。
 車田飛びに吹き飛び、血飛沫が背後で撒き散らされて、うひゃー! という悲鳴が聞こえた。少し申し訳なかった。
 一閃、ニ閃、三閃と振るいまくり、女王様(と書いてアルシェイラと読む)とお呼び! とか叫びたくなる気持ちが湧き上がったが。
 ――口に出したら何故か死ぬ気がしたので、やめておいた。
 とりあえず五十以上の幼性体をぶっ飛ばし、空に飛んでいた羽根付きもついでに叩き落し、周りの幼性体を排除したことを確認すると。

「で、大丈夫ですか?」

 周りの無事を確認しようと、レイフォンは振り返った。

「え、あ、ああ」

 目をパチパチしつつ、歳上らしき少女が少し剥き出しになった胸を押さえてレイフォンを見上げていた。
 意識してないのだろうが、少しだけ足を組み、しなだれたお姫様座りをしている。
 少し色っぽいと思ったが。

(リーリンの方が大きいなぁ)

 と、一部分を見ながら頷いて。

「念威操者はいる? 母胎の位置まで誘導して欲しいんだけど」

「え、あ、いや」

 一瞬金髪の少女が周りを見渡し、どこか失望したように目を伏せる。
 他に何名かが声を上げるが。

「でも、まだ母胎の位置は探れてません!」

 通信機越しに確認しているのだろう、絶望的な言葉。
 それにレイフォンは言葉を失い――つくづくグレンダンとは違うのだと痛感しながらも。

「しょうがない、プランBで行こう」

「プランB?」

「通信機を誰か貸してくれる?」

「え、あ、どうぞ!」

 学生武芸者の一人が差し出したそれを剣帯に差し込んだ。

「じゃあ、僕が母胎を潰しに行くから、戦線の建て直しをよろしく! 潰したら連絡入れるので」

 ジャキッと片手を上げて、そのまま背を向けるレイフォン。

「え?」

「それじゃあねー」

「いや、まて! お前は一体誰なんだ!?」

 少女――ニーナ・アントークは当たり前の疑問を発した。
 あまりにもいきなり。
 そして、何の脈絡も無く現れた都市外装備をつけたおそらくは少年に。
 レイフォンは少しだけ足を止めて。

「そうだね――通りすがりの傭兵さ」

 ぴんっと指を立てて、レイフォンは告げた。
 そうとしか説明しようがなかったから。

「傭、兵?」

「後で報酬金は請求するのでよろしく! じゃっ!!」

 と言い残し、レイフォンは駆け出す。
 ――幼性体の群へと。
 未だにエアフィルターを突き破り、襲い来る脅威の塊。
 それに、誰かが危ないっ! と悲鳴を上げて。

「邪魔だ、小銭共! ――天馬流星拳!

 秒間七十発を越える鉄拳が轟いた。
 その時、学生武芸者たちは見た。
 淡く輝く衝勁の乱射が、流星の如く煌めき前方へ駆け抜けた光景を。
 暴力的な衝勁と打撃が飛び交い、ギャグみたいな速度で幼性体がトラックに撥ねられた様に吹っ飛んだ。
 ライダァアアキィイイーック! という咆哮まで轟き、レイフォンの姿はあっという間に見えなくなる。

「な、なんなんだ……あれは?」

 あまりにも理不尽というか、違う意味で凄まじいものを見たニーナは呆然と呟いた。

「さあ? とにかく頑張りましょうや、隊長!」

 隣に駆けつけた軽薄そうな顔つきに、整った造形を持った青年が声をかける。
 それにニーナは頷き。

「ああ!」

 とりあえず深く考えることをやめた。

 多分、自分の常識が壊れる気がしたから。







*****************************

ツェルニ編開始!
隊長はこれからツッコミに走ります。
フェリは馬鹿ばっか要員で、シャーニッドは古泉キャラになるでしょう。


8/8 少々内容に納得がいなかったので、全面的に改修しました。
度重なる内容変更に申し訳ございません。




[10720] 隊長のニーナ こうして彼女はツッコミ人生に選ばれた 後話
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/16 23:48
 エアフィルターを飛び出すときはいつも粘ついた空気を感じる。
 汚染された世界。
 人の侵入を拒む地獄。
 都市外装備に身を包んでも、全身をチリチリと焦がすような違和感は慣れたとはいえ不快。
 そこでレイフォンは。

「ライダァキィイクッ!!!」

 と、叫びながら蹴りを繰り出していた。
 外隔部からレイフォンはそのまま汚染獣が侵入してきたルートを逆に辿っていた。
 未だに這い上がる幼性体の頭部を蹴り潰しながら、ぴょんぴょんと跳ね上がり、落下していく。
 下へ、下へと、大地へと滑り落ちていく。
 小癪にも襲ってきた羽根付きの幼性体には柔らかい腹部から活剄で強化した靴底をめり込ませて、レイフォンは共に落下した。
 そして、その幼性体を足場に、レギオスの脚にへばり付く幼性体を文字通り轢き飛ばす。
 火花散る散る。
 回転し、旋回し、激突すれば常人ならば即死間違いない高速で滑り落ちながら、レイフォンは普段濁っている目を輝かせて、分泌されるアドレナリンのままに奇声を洩らした。
 右手に絡ませた鎖を振り回し、邪魔する幼性体を薙ぎ払いながら、急降下直進する。
 そして、数秒にも、一分にも、一時間にも感じられた急降下が終わり、レイフォンが大地に着地した。
 足場にした幼生体が激突の衝撃で粉砕し、体液を撒き散らしながらも、それがクッションとなってレイフォンはさしたるダメージも終わらないままに荒れ果てた地面へと降り立った。

「さて、と」

 レイフォンはヘルメットを掻きながらも、視線を巡らせ。
 落下する最中に見つけた地割れを睨んで、目を細めた。

「母胎はあっちからか」

 念威操者のサポートは受けられない。
 場所を探るにしても、レイフォンに念威の素養は無く、念威端子すらもない。
 それで母胎位置を探るのは正直無謀だったが。
 ――案内はある。
 母胎の胎を突き破り、地上へと這い上がる幼性体共。
 それのルートを逆に辿れば。

「行ける!!」

 亀裂の走った地割れの中へと飛び込む。
 ツェルニの自重が潰したそれは人だって余裕で入れる広さで。
 汚染獣だって這い上がれるものだから。
 レイフォンの身体が暗黒の地面に飲み込まれるのも、一瞬で。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――!!」

 殴る、進む。
 中に飛び込む空間、光を通さない暗黒の中。
 出てくる幼性体を殴り殺しながら、押し通る。

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄――!!!」

 大地が割れる。
 爆音が轟く。
 闇の中を手探りに進み、ついでに襲ってくる幼性体を蹴り飛ばし、地中へと押し返しながら突き進む。

「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ――ありー?」

 そして。

「どこだろう、ここ?」

 迷いました。






 隊長のニーナ こうして彼女はツッコミ人生に選ばれた 後話








 レイフォンは元気に地下で走り回っていた。

「邪魔だぁああああ!」

 時々襲ってくる汚染獣を殴り飛ばし、天井へとめり込ませ、走り回る。
 現在迷子である。
 しかも、派手に暴れた所為だろうか、ツェルニに這い上がる前に残っていた幼性体が一斉にレイフォンの存在を感知し、襲ってくる。
 それを殴り、蹴り、ぶっ飛ばし、薙ぎ払い、ジャイアントスイングを噛ましながら蹴散らしていたのだが。

「どうしょう? マジで方角が分からないなぁ」

 四方八方の巣穴から飛び出してくるものだから、どっちが母胎の位置か分からない。
 グルグルグルと幼性体の角を掴み、華麗に振り回しながらレイフォンはしばし悩んでいた。
 都市外装備のおかげで時間には余裕があるが、あまり余裕を持たせると幼性体が全滅し、雌性体が他の汚染獣を呼び寄せるかもしれない。
 如何に腕には多少の自信があるレイフォンでも、天剣のような化け物ではない。
 老性体と戦った経験など殆どないし、勝てる自信もない。
 とりあえず振り回していた幼性体を力を入れて投げ飛ばし、追い討ちで蹴りを叩き込んで、壁にめり込ませておく。
 何体生き残っていれば呼ばないのかは、グレンダンでもはっきりと分かっていない――というよりも、幼性体を殲滅するより、母胎が潰されるほうが圧倒的に早いから調べる機会がない。
 とりあえず、レイフォンが出来る限りは死にかけか、行動不能程度に抑えて、母胎を探すべきだろう。

「波紋探知は水がないから出来ないしなー」

 勁を持って感覚を強化し、レイフォンは地面に手を付けた。
 汚染物質遮断スーツ越しだが、ある程度の感覚は伝わってくる。
 しばし目を閉じて、震動を感知する。
 最大限にまで聴覚と触覚を高めて、母胎が発する声か、震動を探る。
 感知。
 索敵。
 無数の這い寄るような気配を感じて、特に一番激しいのが下の方からだと思った。

「やはり、もっと下か」

 となれば、下への道を探そうと。
 そう思い、レイフォンが立ち上がったときだった。

≪――馬鹿ですか、貴方?≫

「へ?」

 凛っとした涼やかな声と、真っ暗な空間には似合わない花弁が飛んでいた。
 ――念威端子。
 となれば、この声は念威操者の声だろうと思う。
 はて? どこかで見たことがあるような、とレイフォンが小首を傾げたが。

≪勇ましく飛び出したと思えば、敵の場所も判らずに迷う。しかも当てずっぽうにですか、無謀で馬鹿です≫

「……はぁ」

≪しかも、手当たり次第に汚染獣を叩き潰して。そんなに戦いたいのですか、武芸者というのは≫

 それはどこか責めるようで、どこか私怨すら混じった声音に思えた。
 けれど、レイフォンは表情一つ変えずに、当たり前に告げた。

「いや、そんなわけないでしょ。戦うのなんて、面倒だし」

≪は?≫

「痛いし、疲れるし、面倒だし、結構怖いし、面倒だし、眠いし」

 大事なことなので面倒だしを二回も言いました。
 けれど、と前置きをして。

「脅威は蹴散らさないと、昼寝出来ないんだよ」

 安眠は騒がしくないから寝られるのだ。
 美味しい御飯はお金があるから食べられる。
 幼馴染をからかえるのは、平和だから出来る事で。

「だから、僕は汚染獣を潰す」

 あと、お金も欲しいから。
 と、さらりと付け加えて、レイフォンは胸を張った。
 気高い誇りも、美しい信念も、万民が納得する正義すらもなく。
 けれど、それだけが今のレイフォン・アルセイフを動かす原理である。
 それ以外に理由は無い。
 それ以外は別段干渉する気もない。
 清々しいまでに駄目人間だった。

≪……そこまで堂々と最低の理由を吐ける人は始めてみました≫

「こう見えても、世間からは駄目人間と言われているので」

 孤児たちからも馬鹿にされる立場だった。
 けれど、誰も彼を本気で嫌ったりとかしなかったから、彼は今を生きている。

≪自覚ですか、最悪ですね≫

「そこまで言わなくても……」

 初対面の人に其処まで言われるか?
 と、少しばかしショックを受けるが。

≪母胎の位置は分かります。案内してあげましょうか?≫

「え?」

≪私もさっさと終わらせて、寝たいので≫

 そう告げる念威端子が、すぐさまにレイフォンに情報を送り込む。
 視覚的に映った位置情報に、頷いて。

「ありがとう。助かるよ」

≪気まぐれですから、次は当てにしないで下さい≫

「だろうね」

 そう答えながら、走り出そうとして――不意に足を止めた。

「ねえ、ここの下って空間空いてるかな?」

≪? 一応、広い空間がありますが≫

「じゃ、ショートカットで」

 といって、跳び上がる。
 上下逆に、天地逆さまに、レイフォンは床を跳躍した勢いのままに天井へと足を叩き付けて右手を振り上げた。

「高まれ、僕の剄(コスモ)オオ!」

≪ハ?≫

 勁息を行使し、剄脈に勁が駆け巡る。
 全身から迸る剄に、右手の黒鋼錬金鋼が軋みを上げた。
 しかし、その大半を全身の活剄に廻し、レイフォンの体が僅かに膨れ上がり、筋力を強化、骨格剛性を強化し、身体速度を跳ね上げる。

「天・馬・彗・星・拳!」

 振り落ちる打撃。
 加速、加速。
 爆撃の如き衝勁を一点に高めて、多段式にひしゃげた大気が悲鳴の如き轟音を響かせて貫かれて、一点集中の衝撃波が迸る。
 さながら宇宙の夜空を駆け巡る彗星の如き輝きで。
 穿孔。
 秒間八十発にも至る打撃に地盤が砕かれて、巨大な穴が開いた。

「トゥッ!」

 其処に飛び込む、レイフォン。
 その姿に。

≪……馬鹿ですね、間違いなく≫

 呆れたような口調で、念威端子から頭痛を堪えるような声が洩れ出た。
 後で頭痛薬を買ってきます、そんな声が空気に溶け込んだ。






 駆ける、跳ぶ、跳ねる。
 旋勁を使い、一直線に駆け抜けるレイフォン。

≪ここから真っ直ぐです≫

 念威端子からの少女の声。
 それにレイフォンは頷きながら、両手を振り、爆走していた。
 両足からは土煙が上がり、己の限界速度にまで挑む。
 気配を感じる。
 雌性体の息遣いを感じる。

「あれ、かっ!」

 先に見える、奥の闇。
 醜悪な母胎の姿を目に捉える。

≪出産直後で、もはや瀕死ですね≫

「了解っ!」

 念威端子からの声はあっさりと倒せると告げていたが。
 レイフォンは足を止めずに、ただ激突するような速度で走った。

「ライダァアアアア!」

 そして、跳んだ。
 直線を描くような軌道で、一直線に母胎に目掛けて。
 それは元は蛇落としと呼ばれる剄技。
 体を捻り、竜巻と化した衝勁で頭上から相手に叩きつける技だが。
 レイフォンは違った。
 体を回転させながら、竜巻と化した衝勁を生み出し、あえてそれの勢いに乗る。
 全身を旋回させながら、突き出した靴底に衝撃緩和と破壊力を乗せた衝勁を生み出して。

「ZX穿孔キック!」

 過剰なまでの威力を乗せて、母胎の頭蓋を蹴り砕いた。
 爆砕。
 一部の大地が揺れるほどの衝撃が奔った。
 衝勁に全身を切り刻まれて、血肉を飛び散らせる母胎からレイフォンは蹴り上がり、華麗に空中でポーズを決めながら。


「――アリーヴェデルチ!(さよならだ)」


 と決めた。

≪……あ、頭痛が≫

 念威端子の向こうからよろめく声が聞こえた。
 レイフォンは絶好調だった。


 その後、崩落しそうな洞窟内部からレイフォンは走って逃げた。






 雌性体の撃破。
 それが通信と共に伝えられ、学生武芸者たちに歓声を沸かせた。
 その中にはニーナ・アントークもいて、これから始まる日々も知らずに純粋に喜んでいた。

 そして。

「――汚染獣の撃退に成功したか」

 一人の青年が冷静な声で呟いていた。
 それは、つい先ほどレイフォンが駆け上がった建物。
 ――生徒会庁舎。
 その中でも一番の権力者にして、学園都市の運行を司る人物がいる。
 生徒会長、カリアン・ロス。
 美しい銀髪の髪を揺らめかし、流麗なその容姿は女性と見間違うほどに美しく、その表情に常に浮かべる笑顔は並大抵の人物にその心根を知らせない。

「ああ、なんとかな」

 彼の言葉に答えるのは、赤銅色の肌をした青年。
 太い眉といい、彫りの深い顔立ちは年齢以上の男としての迫力を生み出していた。
 ツェルニの武芸長であり、第一小隊の隊長でもあるヴァンゼ・ハルデイ。
 幼性体の迎撃を終え、討ち洩らしがないかどうかの確認指示を終えたあと、カリアンへと報告に来たのである。

 ――レイフォン・アルセイフと名乗る突然の救世主。

 その処遇と対応を訊ねるために。

「どうするつもりだ?」

 本人は傭兵だと名乗り、雌性体の撃破に伴う報酬を求めている。
 常例通りなら相場通りの報酬金に、ある程度の口止め料も含めての金を渡す――たった一人の傭兵に助けられた無様な学園都市の実体を広められないために。

「もちろん、お金は払うさ。醜聞は防がないといけないからね、しかし……」

 だが、カリアンはしばし沈黙を持った。
 入国した時のレイフォンからの情報を、書類にまとめてカリアンは読み上げる。
 彼が注目したのは“その年齢”だった。
 十五歳。
 それに彼の中で何らかの思案を生み出していた。


「――使えるな」


「なに?」

「彼さ」

 カリアンは策を構築し終えた顔で、ニコリと微笑んだ。
 付き合いの長いヴァンゼでさえ、背筋に怖気を感じるほどの凄絶な笑みを。


「レイフォン・アルセイフ。彼を少し“説得”しようと思う」


 その目は穏やかに、決意に輝いていた。



 しかし、彼は知らない。
 そのレイフォンの実力を。

 しかし、彼は知らない。
 そのレイフォンの本性を。


 そして、彼は後にこう語る。


「……彼がいなければツェルニは滅んだだろう。しかし、彼がいなければもっと穏やかな日々を過ごせたに違いない、主に胃が」


 と。






*****************************
ちょっと母胎潰しの流れがダイジェスト過ぎたのと、フェリが出したかったので書き直しました。
次回こそカリアンとのマネープリーズ合戦になるかと思います。
あと、レイフォンは漫画知識だけなのでアニメや特撮限定ネタは偶然以外にはちょっとやりません。


それと双演のレギオスや、金崎玄之丞の憂鬱などを書いていらっしゃるグラスノッパラ氏に読まれていたことに歓喜しております。
わほーい!



[10720] 会長のカリアン こうして彼は都市の平和を護ろうとする
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/05 12:43
「お金下さい」

 それが彼の第一声だった。
 浮かべた目には濁り、肩はだらしなく垂れ下がり、佇まいもやる気がないジャケット姿。
 ピンピンと無造作に乾かしたことが分かる髪形に、気だるさの混じった表情はなんというか激しく“駄目”という雰囲気を放っていた。
 全身から脱力した姿勢で、用意された豪華なソファに浅く腰掛ける姿。
 それはつい数時間前に、ただ一人でツェルニを襲った汚染獣を撃退した人物には見えない。
 ――レイフォン・アルセイフです。
 生徒会長室に入ってくるときにそう名乗った少年は、涼やかな美貌を浮かべた生徒会長カリアン・ロスにもまったくその姿勢を崩すことが無かった。
 ふかふかの仕立てのいい絨毯にも、壁一覧に押し込まれた資料の詰め込まれた棚にも、大きな執務机にもまったく反応を示さなかった。

「はじめまして、私はこのツェルニの生徒会長カリアン・ロスだ。この度の協力には、多大な感謝をしている」

「そうですか、どうも。それで報酬はいつもらえるんでしょうか?」

 単刀直入に、レイフォンは告げた。
 あからさまな金への固執に、カリアンは静かに目を歪ませて。

「もちろん用意はしている。君は傭兵だったね? 規定通りの汚染獣撃退の報酬と、それと心ばかりのお礼だが多少上乗せしておいた」

 これぐらいだが、問題ないだろうか?
 そういってカリアンは金額の記した紙を前に差し出し、レイフォンはそれを見て。

 ――少しだけ驚いたように目を丸くした。

「多いですね、通常の二倍近い金額だ」

 グレンダンでの通常ではなく、一応ここに来るまでの他都市における汚染獣の撃退報酬。
 都市部に住まう武芸者で、直接雌性体などを討ち取った際に支払われてきた金額などからの平均でそう判断した。
 事前調査の大切さは、骨身に染み付いている。
 これからお金を稼ぐというのに、それらの必要最低限の情報すらも得ずに動けば、ただ騙されるだけだと彼は知っていた。
 ここに来る途中で寄った交通都市ヨルテムなどで、幾つか情報は仕入れている。
 情報や知恵のないものは、汚染物質に満ちた外界に裸で飛び出すようなものだ。とウィッチから教えられている。
 ――美味い話には罠がある。
 ――リスクに釣り合うリターンが無ければ行なうな。
 ――無駄なフラグを立てれば寿命を削る。特に女関係は。
 などなど、三番目に関しては一生僕には意味がないんじゃない? と首を捻らないといけないような教訓がある。

(となると、これだけ支払う理由は……)

「口止め料ですか?」

「人聞きが悪いな。ただの善意だよ、ただし少しだけ気を配って欲しいが」

 涼やかな口調に、冷たい目線でレイフォンを見る。
 その銀色の瞳には鋭い刃物のような意思が篭っていた。
 威圧感からすれば、彼は武芸者ではないだろうとレイフォンは気付いている。
 けれど、腕っ節の強さは人間としての強さではないとも彼は知っていた。

(ウィッチさんに似ているなぁ)

 ただの戦闘力ではなくて、言葉と意思と振る舞いだけで道を切り開こうとする強さ。
 対話という名の交渉技術。
 それを見て取り、レイフォンは目を眠そうに半目にして。

「分かりました。まあ、どうせすぐに出て行きますし、何も言いません。お金さえ貰えれば文句もありませんし」

 意図が読めれば、それに反する行動理由がない限りどうでもいい。
 それ以前に、予定よりも多い金額にレイフォンは心の中で(イィイイイヤッホォオオオ!!) と踊っていた。脳内でミニサイズのレイフォンが天使リーリンと一緒に舞い踊っていた。ここにカリアンがいなければ跳ね上がるぐらいにテンションが上がっていた。
 そのため、少しだけつま先でタップを踏んでしまい。

「どうかしたかね?」

 と、値踏みをするようなカリアンの言葉に、少し疲労があるだけですとレイフォンは慌てて誤魔化した。

「いえ。それでは、そろそろ失礼してもいいでしょうか?」

 もう用件はないでしょう?
 そう思い、レイフォンは腰を上げかけて。

「いや、実はもう一つ。君に伝えたいことがある」

 ――静かな声がそれを押し留めた。

「……なんですか?」

 褪めたレイフォンの眼が、気だるげにカリアンを見る。
 嫌なことならば断る、というあからさまな態度を見せる少年に、彼は脳内プランを微修正しながら。


「レイフォン・アルセイフ君。もしよかったら――“学生”になるつもりはないかね?」









 会長のカリアン 彼はこうして都市の平和を護ろうとする









「――帰らせていただきます、実家に」

 カリアンの言葉と同時に席を立ったレイフォンは即座にそう告げた。
 あ、これ。事務とかに出せばもらえますよね? とその時だけ素敵な笑顔を浮かべて。
 厄介ごとの予感がしたので逃げる。スタタタッと腰を浮かべた姿勢で、横に流れて、後ろにムーンウォークし、ドアに手を掛けていた。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」

 あまりにも素早い逃げ足っぷりに、カリアンが想定外とばかりに腰を浮かせる。
 ゴンッと! と慌てたせいで膝をぶつけて、ぐっ! と少し苦痛の声を洩らしたが、なんとか制止の声だけは出せた。

「え~」

 凄く嫌そうな声を洩らすレイフォン。
 ろくなことにならないと本能が警告しているが、カリアンの叫びに少しだけ足を止めて。

「なんです? 僕、傭兵として旅立ちたいんですが」

 ジーと警戒した目つきを浮かべるレイフォン。

「まあ待ちたまえ。君にいい話がある」

 そういって冷静さを取り戻し、椅子に腰掛けながら見えない位置でカリアンは痛む膝をさすった。

「というと?」

 目を細めて、じーとした陰湿な目を向けるレイフォンに。
 カリアンは少し咳払いをすると、白金色の髪を掻き揚げて。

「単刀直入に告げるが、君の目的は金かね?」

「そうですよ?」

 真っ直ぐなカリアンの質問に、真っ直ぐに答えるレイフォン。
 むしろ恥じることは無いとばかりに意気揚々とした声音だった。
 金が欲しくて何が悪いの? と真面目に思っている声である。

「一つ言っておくが、レイフォン・アルセイフ君。私の見解だが、このまま他都市に移動しても、そうそう容易にはお金は稼げないだろう」

「……やってみないと分からないと思いますが」

 含むような言い回しに、レイフォンは少し不機嫌そうに言い返した。

「多少だが、君のことは調べさせてもらった。出身都市はかの槍殻都市グレンダンらしいね」

 涼やかな声音と共にレイフォンの情報を調べたと告げる。
 生徒会長――すなわち学生都市の支配者としての権限で、入都時に出した書類などから調べられたのだろう。

「グレンダンといえばサリンバン教導傭兵団で名が知られているが、君はその関係者ではないだろう?」

「そうですね」

 それは事実。

「そして、“天剣”とも違うだろう」

「――天剣授受者のことでしょうか?」

 グレンダンのおける最強の地位。
 十一の剣、未だに埋まらぬ十二の剣を残してなお、圧倒的な力を見せ付ける存在。
 グレンダンにおいてサリンバン教導傭兵団なんて名前は天剣の前ではただの傭兵でしかなく、その知名度は掛け離れている。
 “他都市ではその地位を逆転しているとしても”。

「そう、それだ。言っては失礼だが、君は彼らほどに腕が立つような武芸者なのかね?」

「……あんなリアル黄金聖闘士と比較されても困るんですけど」

 ぼそりと呟く。
 ゴールドセイント? と首を傾げるカリアンに、レイフォンはなんでもないと手を振って。

「もちろんですよ。僕はあそこまで強くはありません……まあ腕には一応自信がありますが」

「その事実を、他の都市にいってすぐに証明できるかね?」

 安く買い叩かれる可能性がある。
 そう暗にカリアンは忠告していた。
 実際、レイフォンだってその危険性は考えなかったわけでもない。実際傭兵なんて始めて一年も経っていないのだ。
 他の熟練の傭兵と違って、右も左も分かってないが。

「それは、んー、頑張って」

 なんとかしようかなー、としか言いようが無かった。
 頑張る、という言葉とは果てしなく掛け離れた性格と顔つきなレイフォンだが。

「しかし、私ならば君の腕を正当に評価し、雇うことが出来る」

「雇う?」

 先ほどの言葉と違う言い回し。
 思えば学生というのもなんだったのだろうか? と今更ながらにレイフォンは考えて。

「――学園都市対抗の武芸大会は知っているかね?」

「いや、知らないです」

 なにそれ? という感じの肩竦め。
 レイフォンの素直な反応に、カリアンは少しだけ饒舌になりながら説明をした。

「簡単に言えば学園都市における都市戦争……二年ごとに訪れるセルニウム鉱山の奪い合いだ。武芸大会なんていう名前が付いているがね、その実体は殆ど標準型都市で行なわれている戦争に他ならない。学生同士に相応しい健全な戦い、学園都市同盟が監督し、刀剣には刃引きを、射撃武器には麻痺弾仕様による非殺傷を心がけているが……失うものと得るもの差は変わらない」

 自律型移動都市レギオスには変わった習性がある。
 それを作った錬金術師の仕業か、それとも命ある都市の習性か。二年の周期で、他の都市の縄張り争いを始めるのだ。
 しかも、変わったことに同じ性質の、学園都市なら学園都市同士で争いを始める。ただし、戦争を行なうのはその上に住む人間たちだが。

「そして、それが今年だ」

 戦争期に入ったのだとカリアンは言った。重々しく。

「だから、僕を学生に?」

「話が早いね。その通りだ、君ほどの武芸者。それもグレンダンの出身とあれば期待させてもらおう」

 カリアンが手を組み、大仰な言い回しで告げる。
 その目は爛々と欲望にも似た願望の光に、研ぎ澄まされていた。
 けれど。

「三つ質問があります」

「なにかね?」

「第一に、武芸大会に傭兵の参加は認められるのですか?」

「通常の規定ならば無理だ。未熟な学生武芸者だけの武芸大会で、ベテランである傭兵の参加は本来許されざる行為だが……引き受けてくれるのならば、それらは問題なくなる」

 つまり書類改竄。
 経歴を変更し、レイフォンを元から都市に所属していた学生にするつもりなのだろう。
 幸い新学年になって、それほど経っていない時期だ。

「その場合、入学からしばらく休学していた新入生、ということになるが」

「なるほど。では次に」

 レイフォンは少しだけ目を見開く。
 真剣な眼差しで、カリアンを睨んだ。

「何故……そこまで“必死になるんですか?”」

 それがレイフォンには分からなかった。
 汚い手ともいえる俄仕立ての学生を作り上げる必要性がどこにある?

「――ツェルニに残ったセルニウム鉱山は残り一つだ」

「っ」

 それは崖っぷちという証明だった。
 都市の命、生きている都市の食料であるセルニウムがなければ都市は飢える、そして死ぬ。
 セルニウム自体はそこらの地面を掘り返せば出て来るが、レギオスを生かすほどの高純度で、大量のセルニウムを採掘出来る場所は限られている。
 その鉱山の所有権がたった一つだけ、失えば滅びは必然だった。
 残っているだろう備蓄では、二年もの時間を生かし続けられるわけがない。

「私が入学した時期には三つあった鉱山がね。そして、今年は何度戦うか、それは都市次第だが一回も戦わないなど決してありえない」

「だから僕をいれて、戦力を増やすと?」

「その通りだ」

 一応の理由は説明された。
 けれど、とレイフォンは疑問に思う。
 所詮ただの学園都市である。
 故郷では無いだろう、滅びれば残っていればの話だが自分の都市に帰ればいい。

(そこまで熱意やリスクを掛ける必要があるのかな?)

 そんな目線に気付いたのだろう、カリアンは少しだけ遠い目を浮かべて。

「……愚かだと嗤うかね?」

 静かに訊ねる。
 レイフォンは軽く首を横に振って。

「僕は他人を馬鹿にするほど、立派な人間じゃないですから。何も言いません」

「けれど、疑問には思っているだろう?」

「それは……まあ、少しだけ」

 正直なレイフォンに、カリアンは顔の表情を消していた。
 今までの微笑じみた営業用の顔から、冷徹な顔になって。

「私は、今年でここを卒業することになる。そうすればもはやここから立ち去るしかない、関係がなるともいえる……けれど、私はこの学園を愛している」

 淡々とカリアンは告げる。
 言い続けて、抑揚のない声は真剣な愛の告白にも優る思いを乗せているようだった。

「愛しているものを失うのは悲しい。それは自然な感情だ、理性では愚かだと分かっていても、感情がそれを許さない。愛を抱くものの運命と言えないかね?」

 狂っていると思うかね? とどこか迷うような呟きに。

「いえ、ありだと思いますよ」

 レイフォンは頷いた。
 理解出来ない感情では無いから。
 同じように、彼がデルクを、孤児たちを、そしてリーリンを失いかければ同じように狂うだろう。必死になるだろう。
 駄目な人間だと自覚はしている。
 けれど、駄目だからこそ生き汚い。護りたいものだけはどうやっても掴み続ける、離さない。
 そんな感情がレイフォンにはある。

 そして、最後に。

「――で、一番肝心なことなんですが。ボク自身のメリットは?」

「取りあえず君はAランク……つまり学費免除で、あとある程度の奨学金という名目の契約金を出そう」

「割のいい仕事先への紹介も、よ・ろ・し・く。あと武芸大会って、今年だけ乗り切ればいいですよね。全部で六年でしたっけ? そんなに通うのは嫌ですので、一年だけで……」

「それで構わん! で、一応ないとは思うが、今後の汚染獣とかへの対応とその場合の報酬は――」

「えーと、一応ノルマ形式で」

「少しまからないかね?」

「じゃあ、えーと、ボーナス式でこうやって」


 その後、三時間ほどあーだこーだとお金の口論をした。
 そして。

「ありがとうございましたー!」

 にこやか笑顔で、レイフォンはルンタッタと言わんばかりのホクホク顔で、契約書と小切手を握って出て行った。
 カリアンはその後姿を見ながら。

「……最初から金で釣ればすぐに終わった気がする」

 ようやく終わったレイフォンへの応接を終えて、ばたりと疲れたように机に倒れた。
 なんとか採算が取れるぐらいの割り当てで、レイフォンを雇うことに成功したことに満足しながら。




 しかし、彼は知らない。
 これから先。
 ツェルニに襲い来る数々の災厄と、それに伴う報酬金の支払いに、胃痛を抑える日々が来るだなんて。








*****************************

自重ナニソレ、美味しいの?
次回からレイフォンの入隊入りです。
清々しいまでの最低原理で動きます。

女の子にモテモテレイフォンは期待しないで下さい。
あと無駄に小賢しいですが、何処に出しても恥ずかしい駄目人間をモットーに頑張ります!



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼はなんちゃって学生になった
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/16 17:11
 お元気ですか? 僕は一応元気です。
 こうしてグレンダンから出てまだ二回しか手紙を書いていないのですが、どうしょうもなく面倒くさくてペンを投げ捨てたくなる日々が続いています。
 ここまで文字を書くのに、五回ほど休憩しました。
 目の前にリーリンがいれば、すぐにでも話しかけられるのですが、手紙というのは言葉を吐き出すのにも字が必要で、少し面倒くさいよ。
 君に教わって、お金の数え方や識字の勉強もしていた時も思ったけど、僕はつくづくこういう作業には向かないと思う。
 今はまだ忙しくて、園にいた時みたいに昼寝も出来ないし、君の御飯も食べることも出来ないし、父さんからの教えを受けることも出来ないし、皆と遊ぶことも出来ない。
 覚悟はしていたつもりだけど、とても寂しいと思う。
 郷愁感っていうのかな。見知らぬ場所だと、寝心地悪くてたまらないし、リーリン成分が足りない。
 あと愛用枕忘れたので、凄く寝つきが悪いです。持ってくればよかったと後悔している真っ最中だよ。
 と、愚痴だらけでごめんね。
 今、僕はツェルニに居ます。確か園にいた時言ったよね? 他の都市、特に汚染獣との遭遇率が高かったり、武芸者の数が少ない都市にいって傭兵業やるから、その途中で立ち寄る都市だって。
 僕はそこでちょっと稼ぐことにしました。
 信じられる? 僕学生やることになったんだよ。
 え? 傭兵じゃないの? とか思ってるよね?
 まあちょっと理由があってね、丁度いい当てが見つかって、ここで一年ぐらいお金を稼ぐことにしました。グレンダンの時よりも汚染獣がいないけど、定期収入があるから貯金します。
 前回の手紙にも書いたと思うけど、一年に一回帰るのは無理だったね。ハッハッハ、多分リーリンだから気付いてて、僕の馬鹿さを笑ったよね? いいよ、笑って。優しい君は思いやりで黙ってくれてたんだよね? 帰ったら白状させるから。
 まあ一杯お金稼いだら、ノコノコ帰ってくるから楽しみにしていて。
 ツェルニにはそれなりに嗜好品とかあるから、グレンダンに帰ってくるときはお土産を用意しておくよ。

 あ、そうだ。
 取りあえずしばらく住所はここに固定になると思うから、手紙の返事はここに送って。
 あとそういえば凄い今更だけど、僕リーリンの寮の住所知らないんだよね。前の手紙と一緒に、園の父さんが受け取ってくれていると思うから、返事に住所を書いてくれると嬉しいよ。
 自慢じゃないけど、孤児院以外の住所、僕覚えてないから。
 そんなこと書いたら、君は怒るかな? 僕勉強出来ないしね、今学生をやっているんだけど、勉強に付いていけなくて、今それなりに必死に勉強やっているよ。
 ああもう、頭が悪くても生きていけるグレンダンが懐かしいね。
 シノーラさんにもよろしく言っておいて。あとサヴァリスさんともし遭遇したら、僕のことは居なかった存在として一生忘れていても構いませんと告げておいて。
 帰ってくるタイミングとか、リーリンには教えるけど、バラしちゃ駄目だよ。僕が襲われるから。
 それじゃ、また手紙を書くよ。

 父さんや皆が元気で暮らせることを、グレンダンが永遠に平和なことを祈って。


 親愛なるリーリン・マーフェスへ


                                                                 レイフォン・アルセイフより





 ……この手紙を読んだあと「……レイフォンが学生、無理ね」 と半ば確信し、リーリンは重々しく頷いた。
 彼の学力を彼女は誰よりも知っていたから。






 駄剣のレイフォン こうして彼はなんちゃって学生になった






 着慣れない格好。
 レイフォンは朝の爽やかな雰囲気に似合わない、気だるさを纏って教室の机の上に突っ伏していた。
 それはブレザーの制服。
 武芸科の鋭角的なデザインは、それを纏うものを凛々しく見せるはずだが。
 だらしなく適当に締められたネクタイ、寝癖だらけの髪型、濁った目つき、ふらついた足取り、明らかにパリパリの制服は標準よりも僅かに長い右腕のことを指摘するのも忘れていたので手首の部分が少しだけ露出している。
 あの夜からたった一夜で、レイフォンは学生になっていた。
 入学はしていたものの、とある事情で休学していた武芸科の新入生。
 それがレイフォン・アルセイフということになる。
 すぐさまに制服を用意したことや、それらの経歴を偽造する舌を巻くような手回しの早さは、カリアンの凄さを証明している。
 が、レイフォンは特に気にしない。
 敵対しているわけでもない、対極的にはレイフォンを雇い主であるカリアンの凄さはむしろ安心出来るものだからだ。
 彼と交わした契約書は何度もチェックしているし、あまりにも不利益なことをされればレイフォンは払えるレベルの違約金を払って、さっさとツェルニから逃げるだけだ。
 放浪バスの手配などをされたとしても、高々一武芸者のためにそこまで金を回すメリットは少ないし、いざとなれば力で訴える。
 警察機関もあるし、裁判所もある。訴えられても、勝つ! 無理なら逃げる! それがレイフォンの考え方。
 甘く楽観的だと自覚はしているが、悲観的に動き続けるよりはマシだ。
 問題は起こらなければ、考える必要も、動く必要すらもなくなるのだから。
 ただ一つ問題があるとすれば……

「……チーン」

 死に掛けの状態で、常にも増したどんよりとした空気を放つレイフォンが前のめりに突っ伏していた。
 休学明け、という偽りの経歴から教えられた教室に出席し、前面に纏った気だるさとやる気の無さと死んだ魚のような目で同じクラスメイトから壮絶に引かれつつも、レイフォンは本日午前授業を終えて――真っ白な灰になっていた。
 背中が煤けていた。
 幼性体数千匹を殴り飛ばした時より死に掛けた雰囲気。
 グレンダン時代、壮絶な笑みを浮かべるサヴァリスに千人衝からの聖剣乱舞でぶっ飛ばされ、逃走用に磨きに磨きを掛けた殺剄と秘奥義ダンボールステルスを用いてこそこそと生き延びた時にも匹敵する状態だった。

「……だ、大丈夫?」

 その傍らに死神が見えそうなレイフォンに、掛けられる声があった。
 あまりにも哀れ、というかやばそうな雰囲気に同情的な態度。
 しかし、反応は――ない。

「メイっち、駄目。下手に触ると、喰われちゃうわよ」

 腰を超えた長い髪の持ち主、大人しそうな態度の少女が、聖母にも匹敵する博愛さで心配していると、もう一人傍らにいた左右にくくった栗色の髪を弾ませる少女が声を荒げた。
 あまりにも怪しい目つきと気だるげな真っ当ではない雰囲気を持つレイフォンに、彼女は少しばかり警戒を持っていたから。

「……いや、でも、心配だし……」

「しかし、どうみても燃え尽きているな。大丈夫か?」

 メイシェンと呼ばれた少女がおろおろとした態度を見せると、もう一人の少女が声を上げた。
 三人組の最後の一人、紅い髪をした長身の少女は武芸科の制服を着て、未だに反応しないレイフォンに目を向けていた。

「……」

 しかし、レイフォンは反応しない。

「? 君、大丈夫か?」

 不審げに思って、赤い髪の少女がその肩を叩く。
 だが、レイフォンは――「……嗚呼、なんか変な角が見えるー、振り返ってもいーい?」 とかブツブツと呟きながら明後日の方向を見ていた。
 口から魂が出ていた。
 死相が浮かんでいた。

「お、おぃいいい!?」

 悲鳴が轟いた。




 しばらくお待ち下さい。




「あー、助かった。危なく決して振り返ったらいけない小道で振り返るところだった……まさかのデッドマン生活……星空が見えないから死兆星も見えない」

 往復ビンタを喰らって、両頬を赤くしたレイフォンが重々しく頷く。
 相変わらず死んだ目だが、その焦点はちゃんと前を向いていた。

「あたしもビックリしたよ、まさか勉強しただけで死にかけてたなんて誰が想像するんだよ」

 それを的確に叩き込んだ少女は汗だらけの額を拭って、ため息を付いた。
 それにレイフォンは真面目な顔で指を横に振ると。

「――知恵熱で、人は死ぬんだよ?」

 当たり前の常識のように告げた。

「死なないよ!?」「死ぬか!」「……ない、よね?」

 三人がかりのツッコミだった。
 ええー? って顔をレイフォンは浮かべた。三人娘はガクッと肩を落とした。
 なんだろう、顔は少し良いけど、変人だなっとその瞬間確信した。

「で、えーと。そういえば君たち、誰?」

 その時だった。
 レイフォンが今更のように気が付き、小首を傾げる。

「……クラスメイトなんだけど」

 ジト目で睨む栗色の髪の少女。
 サッとレイフォンは顔を明後日に向けて。

「まだ初日なので」

「言い訳は見苦しい!」

 ビシッと指を突き出し、括った髪を揺らした少女がツッコんだ。
 元気がいいなぁ、とレイフォンは少しだけ感心した。

「ま、でもいいや。思ったよりも愉快な人だと分かったし」

「そう、かなぁ?」

「自覚無いの? って、あ、そうだ。自己紹介忘れてたね、私ミィフィ・ロッテン、クラスメイトだから名前を覚えるように! ちなみに一般教養科ね」

「あたしはナルキ・ゲルニ。武芸科だ。で、こっちの君を心配していたのがメイシェン・トリンデム」

 ナルキやミィフィの後ろで隠れた少女が、ペコリと頭を下げる。

「……こんにちは」

「あ、こんにちは。僕はレイフォン・アルセイフ、一応武芸科だね」

 本人的には爽やかな笑みのつもりで自己紹介した(ちなみに、眼が死んでいるのでむしろ怪しかったが)

「しかし、意外だな」

「?」

 なにが? とナツキの発言に、レイフォンが首を傾げると。

「この時期まで休学していた、というから身体が病弱かと思っていたんだが。元気そうだな」

「んー、まあね。昔暑い時に、一日中水風呂で浸かったまま寝てたけど、風邪引かなかったし」

 子供用簡易プールで、孤児たちと一緒に遊びながら寝ていたのだが。
 ――夜になっても誰も気付かず、昼寝していたレイフォンが翌日の朝に眼が覚めた。ということがあった。

「……馬鹿?」

 ミィフィが率直に告げる、レイフォンが軽く笑って。

「よく言われるね」

 自覚済み!? と、ドンドン三人の中での評価株が暴落していくが、レイフォンはまったく気にしない。
 と、その時だった。
 時計を見て、おもむろに起き上がる。

「あ、そうだ。ちょっと聞いていい?」

「なんだ?」


「――安いランチメニューがある喫茶店、知ってる?」






 レイフォンはとても癒されていた。
 一緒に食べる? と三人のクラスメイト達から誘われていたが、ちょっと用事があるから今日はごめんとレイフォンは断っていた。
 故に一人、静かに、ランチセットを食べる。
 食事というのは誰にも邪魔されず、孤独で、静かで、気を使わずに食べる行為だ。
 というフレーズが脳内に浮かびつつも、レイフォンはホクホク顔でランチセットに舌鼓していた。
 学生都市ということだから、どんなレベルだろうか。と心配になっていたが、この店の管理している上級生徒はかなりいい腕をしている。
 さすがにリーリンの家庭料理よりは満足出来ないが、立派に美味しい。
 喉を潤すちょっとだけしょっぱいスープ、噛み締めれば肉汁が出てきて、その後味と共に口に運ぶパンはお腹を膨らませて、歯ごたえを与えてくれる。
 午前授業で猛烈に脳内糖分を消耗したレイフォンは二人前のランチセットと、デザードのアイスに至福を感じていた。
 明日からはまあ地力でお弁当を作るなりする必要はあるだろうが、今日ぐらいは贅沢しても構わないだろう。
 スプーンをゆっくりとフルーツの盛られたパフェに突き刺し、ゆっくりとパフェの生クリームを削り、口に運ぶ。
 とても甘美な味がした。

「ぅめー」

 と、ぼそりと感想を洩らす。
 にやにやしながらパフェを食べるハイライトの消えた瞳持ちの少年、その姿に周りの客たちが若干引いた目を向けているが。
 ――その程度、故郷で既に慣れている。
 大物汚染獣を倒して、リーリンと二人でこっそりと甘味を食べている時に、周囲から迸る殺意にも似た目線よりはまるで感じない。
 あー、そういえばリーリン今どうしてるんだろう? と、パフェについていたプリンを頬張りながらふと思い出した時だった。

「ちょっと、いいですか?」

 数分前から気付いていた視線と気配の一人が、背後から声を掛けてきた。

「ん?」

 レイフォンはスプーンを咥えたまま、振り返る。
 そこには一人の少女がいた。
 テーブルのそばに立つ人形のような少女。長い白銀の髪を艶やかに伸ばし、喫茶店内の光源に当たって光を撒き散らしているようだった。
 色素の抜けた白い肌は陶磁器のように滑らかで、触ればきめ細かいことが分かるだろう。尖るような顎先、襟から見える細い首筋と白い胸元からは妖しいまでの色香を放ち、どこか禁忌的な魅力に溢れている。
 銀色の瞳にして、芸術家が作り上げたかのような極上の美貌と、計算され続けた肢体の持ち主。
 武芸科の制服に、胸ポケットに銀色のバッチを付けた彼女は胡乱げな目つきで、レイフォンを睨んでいた。

「どちらさまでしょうか?」

 “まったく驚きもせず、気だるげな目を向け続ける”レイフォンに、少女が答える。

「レイフォン・アルセイフは貴方ですね?」

「そうですけど」

 バクバクとパフェを食いながら答えるレイフォン。
 手に持ったパフェのカップは半分ぐらいまで消耗されていた。
 マイペースな彼に、少しだけ目を細めて、頭痛を堪えるようにこめかみに彼女は指を当てると。

「……用がありますので、ちょっと来てもらってもいいでしょうか?」

「今すぐですか?」

「出来れば」

 食べながら答えるレイフォン、それに即答する少女。

「パフェ食ってるんですけど」

「……それくらい待ちますので」

 見えます? とレイフォンは手に持ったパフェのカップを見せると、当たり前ですとばかりに頷く銀髪少女。
 しばし、レイフォンは言われた通りにスプーンを動かしたのだが。

「?」

 少女が向けるまるで親の敵でも見るようなキツイ視線に、レイフォンは少しだけ小首を傾げて。
 ハッ!? と大きく何かに気付いたように目を見開いた。

「……あ、あのあげませんからね!」

 これが僕のだ! と主張するレイフォン、かなり必死だった。
 それと同時にズデンと少女がコケた。

「――いりません!!」

 慌てて起き上がり、勘違いされては困ると少女が叫ぶ。
 先ほどまでの冷静な仮面っぷりはどっか遠くにぶっ飛んで、怒りと抗議に眼が濡れていた。

「えー、美味しいのに」

 と、レイフォンは不思議そうにぼやきながらも口にアイスを運んで。

「もうどうでもいいですから、さっさと食べ「――食べ終わりました」 ええっ!?」

 その瞬間、残り五分の一だったパフェが一瞬で口の中に消えていた。
 クリームだらけだった口元を、レイフォンはテーブルに置かれたナプキンで拭き取り、お冷の水を豪快に飲み干した。
 氷ごとである。

「じゃ、行きましょうか」

 よいしょっと立ち上がり、マイペースに財布を取り出しながら会計に向かうレイフォン。
 その横を通り過ぎる様子を見ながら、少女――フェリ・ロスは果てしない後悔を抱いていた。


「やっぱり、関わるのは最悪ですね」


 彼を招き入れる原因になった兄――カリアン・ロスを果てしなく怨みながら、彼女は鈍痛にも似た頭痛の発生に、長い睫毛を揺らした。
 少女は知っている。
 レイフォンの性格を。
 何故ならば。


 ――あの夜、ただ一人で汚染獣を斃しに駆け抜けた彼を案内した念威操者。


 それが彼女なのだから。






*****************************
落第学生レイフォン、はじまるよー。
サイレントトーク、少し前の時期からの入学です。

次回から皆さんお待ちかねの熱血隊長ニーナさん、本格登場です。


8/16誤字修正しました。



[10720] 隊長のニーナ こうして彼女は舞い上がった
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/25 23:15


 この日、ニーナ・アントークは苛立ちの極みだった。

「……遅い」

 第十七小隊のバッジをつけた金髪の少女、ニーナはグルグルと腕を組みながら部屋の中を歩いていた。
 広さにして教室二個分はあるだろうか。
 一面に無数の武器が並べられ、頑強な床材で敷き詰められたそこは小隊に割り当てられた訓練場の一つだった。
 落ち着きも無く、歩き回るその姿に部屋の隅で寝転がっていた軽薄そうな男が声を上げた。

「落ち着けよ、隊長ー。慌てても何も始まらないぜー」

「そうだよ、ニーナ。ゆっくり待ってなよ」

 寝転がる男の横で機械油と触媒液に汚れた作業服を着た少年が同意するように頷いた。

「しかしだな」

 とはいえ、少女は足を止めない。
 不機嫌そうに腕を組んだまま、思いを馳せる。
 来るべき人物。
 フェリ・ロスに頼んで、連れて来させる人物。

 その名を――【レイフォン・アルセイフ】という。

 忘れもしないつい先頃の、汚染獣の襲撃でニーナたちの目の前で幼生体の群を蹴散らし、単独で母胎まで撃破して見せた傭兵の名前。
 目の前で名乗られたのだ、忘れるほうがどうにかしている。
 そんな彼が、朝呼び出された生徒会長カリアンから直々に十七小隊に加える様に指示してきたのだ。
 傭兵だと名乗っていたはずなのに、今年入学してきた新入生だという扱いで。
 納得出来ないものがあって当然だった。
 ニーナたちでさえも苦戦する汚染獣を蹴散らした実力は確かに得がたいものだが。

(本当に学生だったのか?)

 傭兵だった人物を何らかの方法で学生に仕立て上げた。
 そうとしかニーナには思えなかった。
 もしもそうだとすれば唾棄すべき方法である。
 確かにセルニウム鉱山が残り一つの追い詰められた状態なのは全校生徒が知る事実だが、それでも不法な方法が許されるというわけではなかった。
 清廉潔白を好むニーナとしては不快を憶えざる事実だが。

(いずれにせよ、聞きだす必要があるな)

 そう考えて、緊張した面持ちで待ち受けていた。
 そんな時、ドアを開ける音が響いた。

「し、失礼します」

「フェリか? おそかった――な?」

 振り向く、苛立ったニーナの顔がその瞬間唖然とした。
 は? という顔になる。

「あ?」

「へ?」

 他の二人もそちらに目を向けた。
 銀髪の美少女が其処に立つ、それはいい。
 だがしかし、それに“手で連れられて、後ろに仰け反ったまま立っている少年の存在はなんだ”。

「レイフォン・アルセイフを連れてきました……」

 そう告げるフェリは疲れた顔で、はぁーとため息を吐き出している。
 後ろにレイフォンは仰け反った体勢のまま、ぶらぶらしていた。

「いや、それはいいんだが……後ろのは?」

「ああ、これは――」

 ぽいっとフェリが手を離す。
 瞬間、ゴロリと後ろに倒れて、レイフォンは仰向けになったまま。


「……どうもー」


 ボソリとそう呟いて、欠伸をした。

「途中から歩くのがだるいと言い出しまして、引きずってきました」

 そうじゃないと全く歩きたがらないので。

「睡眠時間が足りないんです」

 と、ものぐさにもほどがある態度で転がると。
 よろよろと起き上がり、濁った目つきとここに来るまでに何度か転んだのか埃だらけの制服姿で手を上げて。

「どうも、レイフォン・アルセイフです」

 こんにちは、と気だるげな表情で彼は、皆に挨拶をした。




 隊長のニーナ こうして彼女は舞い上がった




 小隊所属者。
 学園都市内で設立された概念であり、主に武芸科内での幹部候補者のことを指し示す。
 武芸大会では中心となる核部隊の構成員であり、所属するものはすべからずスキルマスターであることが要求される。
 すなわち武芸科生徒の中でも突出した技能保持者であることを求められて、その実力を磨き続けることが義務付けられている。
 十数個に分かれた小隊内での序列もあり、それらの技能と成績を証明するために学内対抗戦という序列争いが行われる。
 互いにライバルとして意識し、技術を高めあうために戦う。
 来るべき武芸大会に備えるために。

「というわけなのだが、理解してくれただろうか?」

 という説明を、レイフォンはどこかで見たような金髪少女から受けていた。
 正座で床の上に座りながら。
 ジューと紙パックのジュースを啜りつつ。

「ヘえー、凄いんですねぇ」

「……いや、お前さん分かってるのか?」

 やる気なさそうに床に座るレイフォンに、寝転がっていた体勢から起き上がった長身の男がぼやいた。

「まあ、大体話の流れは。あ、ところでどちらさまでしょうか?」

「俺はシャーニッド・エリプトン。四年で、ここでは狙撃手を担当している」

「ほうほう」

 なるほどなるほど、とレイフォンが頷いた。
 まあ大体話の流れは読めている。
 念威操者が一人、白兵戦タイプの武芸者が一人、狙撃手の武芸者が一人に、多分ダイトメカニックらしき人物が一人となると。

「僕に小隊に入れってことですかね?」

「話が早いな、まあその通りなんだが――」

 シャーニッドが頷いて、言葉を続けようとしたときだった。

「シャーニッド先輩。そこからは私が話そう」

 ニーナと名乗った少女が口を挟んだ。

「へいへい、ニーナ。しっかり話せよ」

 うむ、と深々と頷き、ニーナが咳払いをしながら正座するレイフォンを高さ的に見下ろしながら告げる。
 背筋を伸ばし、高らかに声を上げた。

「レイフォン・アルセイフ。私は貴様を第十七小隊の隊員に任命する。拒否は許されん。これは既に生徒会長の承認を得た、正式な申し出だからだ。なにより、武芸科に在籍するものが、所小隊在籍の栄誉を拒否するなどという軟弱な行為を許すはずがないからだ」

 それは断言だった。
 強く強く意思を篭めた決定事項を並べている。
 ニーナ・アントークという人物が、何らかの納得出来ない感情を秘めつつも確かに得られるチャンスを放棄せず、レイフォンという戦力を手に入れると決めた。
 その証明だったが。

「別にいいですよ~」

 ジューと果汁ジュースを啜りながら、レイフォンはあっさりと受けた。
 即決だった。
 気だるい雰囲気そのままに、ニーナの意気込みとかがあまりにも無駄なぐらいに軽い返事だった。

「っ」

 ニーナの目が厳しくなる。
 軽い返答に、興が削がれたように表情が歪んだが。

「おいおい、すげえ簡単だな。普通少しは戸惑うぜ?」

 シャーニッドが軽い口調の中に疑問を含み、レイフォンに訊ねた。

「別に僕が断る理由ないですし」

 そういってレイフォンは立ち上がると、濁っていた目をぐるりとニーナに向けて。
 目線が合う。

「それで」

 レイフォンが口を開いた。

「二つ聞きたいんですが」

「なんだ?」

 厳しい目線。
 ニーナの敵意すらも感じられる強い目線に、レイフォンは内心首をかしげながらも。

「小隊に入って、なにをすればいいんですか?」

 気だるげな、間延びした声で訊ねる。
 レイフォンは知らない。
 小隊というものを。
 ただひたすらにグレンダンという地獄の中で、襲いくる汚染獣に立ち向かう武芸者達の中で戦い抜いて来ただけの少年はそのシステムを知らない。
 それ故に、僅かばかり戸惑うような目がレイフォンの眼光に映っていた。

「――それを見極めるのが私だ。レイフォン・アルセイフ、我が隊のどのポジションに相応しいのか試験をさせてもらう」

 それを読み取り、ニーナは武器の並べられた壁に目を向けた。

「好きな武器を選べ、私はこれで相手をする」

 そう告げると腰に差していた二本の黒い錬金鋼をニーナは抜き放ち、レイフォンに向けた。
 物騒な構えだったが、レイフォンは特に何も感じない。
 敵意にも似た意気込みは感じるが、殺意は無い。

(強引な人だなぁ)

 という感想は感じても、別段むかつくほどの感情は湧き上がらない。
 この程度でむかついていたら、レイフォンは神経質に他人を気にする性格になっていた。
 他の三名を観察する。
 シャーニッドと名乗った長身の男はニヤニヤと笑って見に入っている。
 作業服姿の男は困ったようにこめかみに手をあてているけれど、止める気配はない。
 ここまで連れてきてくれた念威操者の銀髪美少女は、冷めた眼差しでこちらを見ているだけ。

(やるしかないんだろうけど、どうしょうかな?)

 手に持つ黒い錬金鋼と金髪に、レイフォンはすっかりと彼女の事を思い出していた。
 何処で見たと思えば、つい先日に汚染獣に追い詰められていたところを助けたばかりである。
 いいおっぱいだけど、リーリンには負けるね! と思ったばかりで、忘れるわけがない。

「それでもう一つは?」

 ニーナの問いにうっかりとばかりに、レイフォンが頷いた。

「あ、そうです」

 激しく真剣な顔つきを浮かべる。
 その目が一瞬だけまともな光を帯びる。
 そして、レイフォンは手に持った空パックのジュースを振りながら。

「ゴミ箱何処です?」

 そういった。
 ニーナとフェリがこけた。




 結局、空になったジュースパックはニーナが奪い取った挙句に、シャーニッドに捨ててきてくださいと渡し、彼がめんどうくさそうにゴミ箱にジュースパックを捨てた。

「じゃあ、ちょっと待ってくださいね」

 レイフォンは首を廻しながら、スタスタと壁の武器たちに向かって歩き出した。
 さて、どれを選ぶべきかと考える。
 一番強いのは間違いなく刀だけれども、さすがにそれを使ったら奥の手が使えない。
 鎖は却下、使い慣れない奴だと自分どころか相手まで怪我しかねない。
 となれば、最後の選択肢。

「これ、使わせてもらいますね」

 壁に掛けられた手甲、それを掴み取る。
 指先から手首まで覆うタイプだったけれど、まあ普通に使う分なら問題は無い。

「いいのかい? それだとニーナの鉄鞭相手には不利だと思うけど」

 作業服を着た人が、アドバイスをしてくれたけれど。
 レイフォンは軽く首を横に振って。

「まあ、大丈夫です――間合いは結構誤魔化せるので」

「は?」

 レイフォンはブレザーの上に手を掛けると、ニーナを見つめて。

「アントーク先輩、戦闘衣に着替えなくていいんですか?」

「いや、いい。軽い手合わせだからな、そこまでしなくてもいいだろう」

 といって着替えを拒否する。
 まあ昼休みにも時間限界がある。
 なので、レイフォンはブレザーを脱ぎ捨てた。

「じゃあ、僕はちょっと乱暴になるので脱ぎますね」

 暗く沈んだ目を少しだけ輝かせて、ネクタイを外す。
 部屋の隅に投げ捨てた上着とネクタイがぱさりと音を立てた。
 そして、そのまま両手に模擬専用の手甲を嵌めた。

「ほう?」

 ニーナが目を開く。
 レイフォンが勁息を――ずっと続けていた勁息から活剄に入り、肉体を強化。
 アドレナリンを廻し、軽くジャブをしてから、ファイティングポーズを取ったからだ。

「結構軽いですね」

 愛用の手甲とは違う感覚に、少しだけ違和感。
 まあ動きには支障は無いけれど。

「身体は温まったようだな――レストーション」

 ニーナが錬金鋼を復元する。
 音声コードと共に復元された形状は長く伸びた棒。
 鉄鞭と呼ばれる打撃武器。
 彼女の体躯には不似合いなほどに巨大なそれが二振り、両手に握られる。

「黒鋼ですか、愛用品ですか?」

「当たり前だ」

「……僕、愛用のじゃないんですが?」

 使い慣れてないんですけどー、とジト目で睨む。
 その目線にニーナは少し困った顔を浮かべて、しかし睨み返した。

「ぐだぐだいうな、男だろう! いくぞ!」

 瞬間、少女が踏み出した。
 華麗に踏み踊るように、二振りの凶器がレイフォンに襲い掛かった。

「僕、男女平等主義者なんですけどー!?」

「知るかー!」

 そんな叫び声と共に金属音が鳴り響いた。




 二人の少年少女が激突する。
 アクロバティックな打撃、打撃、打撃の乱舞。

「はは、ニーナの初撃を凌ぐなんてな。やるなあ、アイツ」

 シャーニッドがレイフォンの健闘に、感心したように苦笑する。
 横に立つ作業服の少年――ハーレイ・サットンが頷いた。

「本当に、素人目の僕から見てもいい動きしてると思うよ」

 ニーナが吼える。
 活剄を行使し、身体能力と反射速度を増強。
 左右の鉄鞭を小刻みにタイミングを変えながら、打ち込み、薙ぎ払い、打ち払い、刺し込む。
 それにレイフォンは両手の手甲を繰り出し、火花と金属音とともに鉄鞭を凌ぎ、もっとも威力があるだろう打ち下ろしに膝を曲げ、床へと衝撃を逃がしながら、対決する。
 いい勝負をしていると思えた。
 レイフォン・アルセイフという名称。
 シャーニッドも憶える昨夜の汚染獣の蹴散らしっぷりに、ニーナがあっさりと倒されてしまうのではないかと内心冷や冷やしていたが。

(対人戦と汚染獣は別物ってことか?)

 と、首を捻る。

「おぉお!」

 ニーナが鉄鞭を叩きつける。
 同時に不可視の圧力――衝剄が迸り、レイフォンの体を揺らした。
 一瞬身体が浮き、そこに流れるようにニーナが足を跳ね上げて、ガードしたレイフォンの腕ごと回し蹴りを叩き込んだ。
 活剄に高まった脚力での蹴り、レイフォンが数メートル後ろに吹き飛ばされて、錐揉みしながら着地する。

「おっ!」

 ニーナが動きを連動させる。
 流れるように前に突き進み、レイフォンの着地の隙を突こうと飛び出して。

「――無理ですね」

 フェリがボソリと呟いた。

「は?」

「無理、です」

 呆れと確信を含ませた声と共に、フェリが目を上げた。
 その次の瞬間だった。



「高まれ、僕の剄(コスモ)ォォオオ!!」


『は?』

 レイフォンがシャキーンと口で擬音を発し、左手を差し出す構えを取った。
 レイフォンの目が輝く、怨念すら感じられる光と共に。
 青白い剄の波動が迸り、攻め込むニーナの脚が一瞬止まり、すかさず防御に回るが。


「手加減しますけど、ぶっ飛べ! 鳳 翼 天 翔!」


 轟音。
 レイフォンの右手が霞み、巻き上げるように衝撃破が室内を蹂躙した。
 シャーニッドが顔を押さえた、ハーレイが帽子を押さえた、フェリはスカートを押さえた。
 そして、ニーナは。

「アーッ!?」

 レイフォンの後ろ側に何故か仰け反りながら舞い上がっていた。
 景気良く飛んでいた。
 車田飛びだった。

「た、隊長ー!!」

 クルクルと錐揉みしながら舞い上がり――ガンッと天井から嫌な音がした。

『あ』

 誰もが息を飲んだ。
 そのまま落下し、べちゃりとニーナが床に墜落した。
 プクーと頭にタンコブ作って、完全に気絶していた。
 繰り出したレイフォンでさえも、後ろを見て……あ、という顔になった。


「やっちゃったぜ☆」


 試験役の隊長を吹き飛ばし、レイフォンが告げたのはそんな言葉と妙にむかつく謎のポーズだった。





 なお、このあと救護室に運ばれたニーナは不思議なことに、最後の車田飛びは全く憶えていなかった。


 レイフォンは小隊に入れたものの、飛距離に気をつけることにした。










*************************
多分至上最もよく分からない小隊入りだと思います。
ツェルニ、車田飛びの初犠牲者はニーナでした。
ですが、今後は彼女はいい意味で活躍してもらうので、ファンの方はご安心下さい。

次回からは多分日常話をぼちぼちやりながら、サイレントトークの時間軸に入っていきます。



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は誤解を振りまいた
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/08/26 17:31


「しかし、変わってるね」

 そう訊ねられた言葉に、面倒くさそうに明後日の方向に目を向けていた少年――レイフォンは、ん? と首を傾げた。

「なにがですか?」

 刺激臭のする室内。
 雑多なものだらけで、片付けられていない研究室。
 その中で青みのかかった半透明の物体に、機材をセットする作業服の少年が不思議そうに呟いた。

「武芸者らしくないね。いや、僕もニーナたち以外とそんなに付き合いがあるわけじゃないけどさぁ」

 ハーレイと先日名乗った少年が、レイフォンを見て思う。
 無気力に、やる気のない目つき。
 凄みがあるわけでもなく、得た能力の所為かプライドの高い傾向にある武芸者にしては驚くほど腰が低い。
 状況に流されている、とも思えるけれど、返事自体はしっかりするし、文句すらも吐き出す。
 意思があるのか、それともないのか。
 判断が難しい、いい意味では軽く、悪い意味では適当な人格だと思っていた。

「んー、まあよく言われますね」

 レイフォンはハーレイの言葉に頷いた。
 ガシガシと頭を描いて、気だるげな態度で。

「故郷ではよく駄目人間って言われてましたし」

 武芸者っていう扱いよりも働けーってよく子供達に苛められました。
 とぼやくレイフォン。

「それってどうなのかな? 自慢できるものじゃないと思うけど……」

 内容としては自虐に近かったが、その声音に陰としたものはなかったので、ハーレイは苦笑して流す。
 そして、引っ張り出したキーボードを叩いて、幾つかの設定を調整すると。

「よし、レイフォン。悪いけど、それを握ってくれないかな? 握力から確認したいんだ」

 一応持ち込みの錬金鋼もあるということだったが、これから調整などを担当するハーレイとしてはデータが欲しい。
 そのためにレイフォンはやってきていたのだ。

「えーと、これを握ればいいんですか?」

 青い半透明のそれを手に取り、軽く握ってみる。
 見かけからは柔らかそうだったが、結構力を入れても潰れたりせずに、硬い手ごたえがあった。

「まず力いっぱい握ってみて、拳を作るみたいに」

 言われて殴るときのように思いっきり握り締めてみる。
 想像以上に頑強なそれは全然潰れずに、手の中で丸くなるだけだった。

「うん、結構握力あるね。見かけによらないなー、じゃ次は鎖を掴んでいる時みたいに」

 鎖を掴む時のように柔らかく握る。
 あまり力いっぱい握ると、手首を返しにくい。

「なるほどなるほど、やっぱり鉄鞭や銃と違って力の配分が違うね。じゃあ、次は刀を握る時のように」

「こうですか?」

 レイフォンは指の位置を変えて、絡めるように、そして柔らかく握り締めた。
 絞るような握り締め方。

「了解、了解。三種共別々の調整が必要だね、時間がかかりそうだ」

 ハーレイがキーボードを叩き、モニターの中に握り部分の映像が映し出される。
 三つに分割された画像それぞれに、ハーレイは数値を叩き込んでいくと、その形状が変わっていく。

「面倒ですか?」

「まあね」

 レイフォンの質問に、ハーレイは率直に答える。
 レイフォンが持ち込んだ三種類の錬金鋼。
 黒鋼錬金鋼の手甲に、黒鋼錬金鋼の鎖、そして鋼鉄錬金鋼の刀剣。
 レイフォンは今までずっと自分の手で調整していたらしく、専門のトレーナー――いや、錬金鋼の調整をするダイトメカニックには殆ど預けたことがないらしい。
 昔こそダイトメカニックに預けていたらしいが、調整に掛かる費用も馬鹿にならないという理由で応急処置レベル程度知識だったけれど、自分で憶えたのだとか。
 そして、そのために壊れにくく頑強な黒鋼錬金鋼で手甲と鎖を使っていた。唯一鋼鉄錬金硬の刀だけは、継承した流派の技を使うためにちゃんとした調整はしていたけれど、それ以外は自分でやっていた。
 そう言われた時、ハーレイは唖然としたものだ。
 幾ら優れた武芸者でも、調整不完全な錬金鋼で実力を発揮できるわけがない。
 それがハーレイ、いや、錬金鋼に関わるものの常識であり、理念である。
 武芸者たちの力をどれだけ引き出し、高められるか。
 そのための錬金科があるといっても過言ではない。
 故に、レイフォンの状態に、対抗心にも似た熱意が湧いてきたのだ。

「でも、やり応えがあるよ」

 難しい仕事であればあるほど、対抗心が出てくる。
 握りの握力データを計測し、大体の理想値を入力した後、ハーレイは椅子から立ち上がり。

「?」

「とりあえず刀の方は握り部分を調整するけど、他の二つは材質から考えてみようか」

 そういいながらハーレイは倉庫の奥に向かうと、その奥からゴソゴソと大きなダンボールを引きずり出す。
 よろよろと出てくるその巨大な圧迫感に、レイフォンは僅かに汗が流れるのを感じた。

「あれ? もしかして」

「勁の伝導率なら白金錬金鋼、速度なら青石錬金鋼、頑強性なら黒鋼錬金鋼、勁の変化を促進させるなら紅玉錬金鋼、収束率なら碧宝錬金鋼だけど、それぐらい知ってるよね?」

 にこやかなハーレイの笑み。
 ズシンッと重量を感じさせるダンボール箱の重み。

「最適な組み合わせをちょっと決めようか。手甲と、鎖、黒鋼錬金鋼一択だと面白くないし」

「……時間かかります?」

「取りあえず全部やってみようか」

 時間など知らぬ、とばかりの微笑み。
 その言葉が死神の誘いに感じられた。
 レイフォン・アルセイフ。
 その放課後の一時が完全に消し飛ぶことが確定した瞬間だった。






 駄剣のレイフォン こうして彼は誤解を振りまいた







「いっそ殺せぇえええ!!」

 その日、響いたのは悲痛な叫びだった。
 魂の叫びだった。
 全力で突っ伏し、涙と共に零れる断末魔だった。

「ああ、またレイとんが狂った」

「いつものことだな」

「……あぅあぅ」

 最近付けた渾名で、呟くのはミィフィだった。
 それに同意するのはナルキであり、同情たっぷりにおろおろするのはメイシェンである。
 その様子に、三人の少女はいつものようにぼやいた。
 レイフォンが勉強の苦手だということは、彼が登校し始めて一日で分かった。
 机に向かうだけでも親の敵を見るような険しい顔をし、授業中は苦悶の顔でノートに向かい端末を叩いているし、休憩時間には死んだように突っ伏し、また授業になれば蘇り、地獄の刑に処せられた罪人のように頑張り――
 終わった後は屍になっていた。
 どう見ても頭が悪いとしか思えない。
 泣きながら昼休みにナルキたちに、初歩的な公式などの解き方を訊ねに来ることさえもあった。
 休学復帰から二日目にして、何故か小隊バッチを着けていることから武芸者としてかなりの実力はあるのだろうが。

「脳筋だったんだな、レイフォンは」

 紙パックからずぞぞとジュースを啜りながら、ナルキが呆れたように呟く。

「……休んでいた分……差が出来てるだけだよ、きっと」

「どちらにしても頭悪いわね、休んでいる分の復習ぐらいすればよかったのに」

 メイシェンの慰め言葉を、ミィフィはあっさりと切り払った。
 ビクリと突っ伏していたレイフォンの体が震える。
 さめざめと机の上から謎の水分が滝のように流れ落ちた。

「あ、泣いた」

「いいんだ……グレンダンだったら、頭悪くても生きていけるもーん」

「もーんじゃないだろ、もーんじゃ。可愛くないし」

 もーん、と無駄に上向きに上げた発音がむかついた。
 当然三名ともレイフォンがグレンダンからやってきたということは、自己紹介で知っている。
 グレンダンだといえば武芸の本場だという噂があったのだが、レイフォンは見かけからして強そうには見えないし、見ての通りひたすらに駄目な人間である。
 故にミィフィが疑問に思っても仕方ないだろう。

「頭悪くても生きていけるって、つまりレイフォンみたいな人間でもグレンダンだったら大丈夫ってこと?」

「……うーん、否定出来ないのが辛いね」

『マジか!?』

 その瞬間、教室に残っていた他の学生も同時に突っ込んだ。
 全員の脳裏に浮かんだのは、見知らぬ都市の中でひたすらだらだらしていて、頭いたいよぉ~、勉強嫌い~、とかいっているレイフォンみたいな人間が町中を埋め尽くす光景だった。
 都市中を覆い尽くす気だるげなオーラ。
 想像するだけで力が抜けていく。

「まあ、さすがに僕ほどやる気ない人は……いや、強ければ全然大丈夫なのかな」

 周りの反応にレイフォンは一応停止しようとして、ふと思い出したことに、頭を振った。

「へ?」

「グレンダンだと僕とは比べ物にならないぐらい強い武芸者の集団がいるんだけど……二名ぐらい年中寝たきりとか、仕事しないでだらだらしてるらしいし」

 強い武芸者。
 その言葉に、ナルキたちの脳裏に浮かんだのは【脳筋都市グレンダン】というキャッチフレーズだった。
 死んだ魚のような目で、なおかつ体がムキムキで、自堕落に生きている都市住人たち。
 あわわわわと想像力豊かなメイシェンが怯えていた。
 そして、レイフォンは脳裏に浮かぶ、爽やかな笑みで殺しに掛かる銀髪悪魔の事を思い出しながら呟いた。

「真面目な話、強ければ人格面問われないぽいし」

「えっ」

 そして、最後にキシャーキシャー叫びながら暴れ狂うマッスル駄目人間の群れ。
 そんな光景が、鮮明にナルキたちの脳裏に浮かんだ。
 なにそれこわい。
 グレンダンマジ怖い、という認識が教室内の生徒たちに刻まれた瞬間だった。

「ま、僕は普通の武芸者だったから関係ないけどね~」

 といって再び突っ伏し、だらりと干物のように垂れた。
 だれレイフォンだった。
 そんなレイフォンの様子に、恐慌起こして泣きそうなメイシェンを慰めるミィフィの横でナルキは腕を組んで首を傾げた。

(しかし、彼を小隊所属者にして本当に大丈夫なのか?)

 違う意味でナルキが心配になってもしょうがなかった。
 これまで見たことがあるレイフォンの姿は、初日の真っ白な灰モードに、睡眠不足でガクガク状態に、今のいっそ殺せ状態である。
 幸いというべきか、不運というべきか、まだ武芸科の訓練などの割り当てがまだ来ていない。
 その動きを把握するには、小隊での訓練などを見るしかないのだが。

(第17小隊はまだ対抗試合に出たことがないしな)

 軽く調べたのだが、レイフォンが加わるまで最低人数の四人すら満たせずに、試合に出れなかったらしい。
 レイフォンの初陣、すなわち第17小隊の初陣ということだ。
 隊長のニーナ・アントークは元第14小隊の隊員で、脱退した後独自に小隊を結成したらしい。
 狙撃手のシャーニッド・エリプトンは元第10小隊の隊員で、昨年脱退した後ニーナの第17小隊に加わった。
 残り二人、二年生のフェリ・ロスとレイフォンは対抗試合未経験。
 誰がどう見ても不安しか孕んでないが、どうなることやら。
 と、ナルキが思っていると。

「うぅー」

 レイフォンが立ち上がり、ふらふらと鞄を持って教室の外へと歩き出した。

「レイとん、大丈夫~?」

「全然大丈夫じゃないけど、いってくる~」

 あはは~と、壊れた状態で踊るようにレイフォンは飛び出していった。
 小隊訓練が待っているのだ。
 駄目だこりゃ、と二人の少女が肩を竦めて、一人の少女は優しく手を振っていた。


 なお、その慈愛はボロボロの子犬に向けるような優しさであり、恋愛感情など一切含めていないと二人は気付いていた。






「レイとんのこと? いい人だけど……うーん、友達かなぁ……作った御飯とか美味しく食べてくれるし、一生懸命感想教えてくれるから……ずっと友達だね」

 と、メイシェンは後に語っている。
 そして、それを聞いたナツキとミィフィは。

「あれはなぁ」

「あれはねぇ」

 と、納得したそうである。
 死んだ魚のような目をした駄目人間に恋するとしたら、駄目人間に弱い女性だろう。

 そんな結論を、青春を送る少女たち二人は確信していた。










********************
今回はちょっとギャグ薄めです。
グレンダンの印象が少しずつ変換されてきました。

次回か次々回辺りに対抗試合の予定です。

あとニーナとリーリンは駄目な人間に弱いタイプだと思っています。
異論は認めます。



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は跳躍した
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/04 07:42

 そんなこんなで日が過ぎて。
 レイフォンが奇声を上げながらも、教室で勉強して。
 武芸科の授業になったら何故か立ったまま寝ていて、組み手をしていたナルキの蹴りに起きないまま錐揉みしながら空を飛び。
 放課後小隊訓練場に向かう途中で倒れているレイフォンを拾い、台車に乗せて運ぶニーナ或いはシャーニッドの姿などが目撃されるようになった頃。

 第十七小隊の対抗試合の機会が巡ってきた。

「なーんか、レイとん眠気マックスでだらだらしてたけど平気なのかなぁ~?」

「眠そうなのは、いつものことだと思うが?」

「……レイとん、勝つといいね」

 そして、その観戦にミィフィ、ナルキ、メイシェンのレイフォンのクラスメイト三人娘はやってきていた。
 そこ彼処に樹木を植えつけられたデコボコな野戦グラウンド。
 両端には柵や塹壕で囲われた陣と呼ばれる位置があり、その様子を観客席から三人は目で見てとれたし、他にも運営委員の設置した巨大モニター画面に撮影テストだと思しき画像がちらほらとグラウンドのあちこちを映し出している。
 画像を映しているのは運営委員の念威操者による念威端子によるものだ。
 この野戦グラウンドでの試合観戦するのは数度目になるが、やはり普段は娯楽の少ない学生たちである。
 もっぱら娯楽として、観客席に座る学生たちは手にスナックを持っていたり、ジュースを啜りながら見物する。
 ナルキたちもその口である。
 口慰めに買っておいた塩味のスナックを口に運び、ナルキは時計を見ながら呟いた。

「そろそろ試合開始時間だが、レイフォンたちの試合はいつだった?」

「えーと、今日は二試合するから……確か第二試合だね、今まで人員足りなかった小隊だし、会場温めないと駄目だったのかもね」

 ナルキの問いに、ミィフィは少しだけ辛辣な言葉を添えて答える。

「しかも、相手はベテランの第十四小隊。実力未知数の第十七小隊がどこまで頑張れるか、みんなの興味はそこみたいだね。勝算なんて薄いし、賭けも大穴中の大穴だよ」

「……まあ、だろうな。出たばかりでベテランの小隊に勝てるとは誰も思わない、か。とはいえ、賭けの倍率までは知りたくなかったが」

 剣帯から吊り下げた都市警のマークが入った錬金鋼に触れながら、ナルキが少しだけ苦い顔で呟く。
 対抗試合での賭博は許可されていない。
 それが常識であったが、逆に言えばそれは公認されていないだけで黙認されている状態、だということもまた常識であった。
 武芸者特有の潔癖な性質を、ナルキは持ち合わせている。
 少々アクの強い上司に少しずつ染められてはいるものの、彼女個人の正義は未だに揺るがない。
 ナルキは頭が固いよね~、とミィフィは軽く肩を竦めた。

「……でも、頑張ってたよね」

 メイシェンがポツリと呟いた。
 果汁の混じったミルクを吸い上げながら、ふくよかな体つきを丸めるように前のめりに、心配と期待を織り交ぜたような声音で。

「怪我……しないほうがいいけど……いい結果出せたらいいよね」

 彼女たちは知っている。
 まだその実力こそ目にしてはいないものの、教室で頭が悪いなりにノートを取ったり、頭を下げて質問してくるレイフォンを。
 怠けやすいし、言うことが一々信用がおけなかったり、食い意地が汚かったりするけれど。
 不思議と嫌うようなことはしていないのだ。

「そう、だな」

 ナルキが穏やかに笑いながら、メイシェンの頭をなんとなく撫でて。

「ま、勝ってくれたらいい記事になりそうだしねー」

 ミィフィがケラケラと楽しげに、言外にクラスメイトの奮闘を応援していた。


 そんな彼女たちが、呆気に取られるまであと三十分。





 駄剣のレイフォン  こうして彼は跳躍した





 控え室にいる間、ニーナの打ち合わせが終わることはなかった。
 レイフォンが小隊に入ってからまだ一月と経たない時期である。
 部隊連携は噛み合うどころか歪な音を奏でて、騒音を奏でるのが精々。
 原因は三つ。
 ――隊長のニーナの指揮力不足。
 まだ本格的な小隊としての人員が揃い始めたばかりであり、隊員としての経験は積んでいても部隊指揮の練度が劣るのは当然だった。
 もっといい指示くださーい、ダンダンダンと時々机を叩くレイフォン(さらにシャーニッドまで)に急かされて、ニーナは指揮官としての教本を読んでいる。結果は今後に期待するしかない。
 ――新隊員のレイフォンの連携不足。
 なお、連携不足といっても一応本人としては頑張っている。
 時々ニーナに踏まれたり、ツッコミを入られたり、こめかみ押さえたシャーニッドに注意されながらも、頑張ってはいた。
 少なくとも誤まって射線に飛び込み、後ろからシャーニッドに撃たれてばたりと倒れたりすることはなくなった。
 ――圧倒的な情報不足。
 小隊唯一の念威操者であるフェリからの情報伝達が圧倒的に遅い。
 最近は数秒遅れで敵の位置把握ぐらいはやってくれるようになったが、これ以上の努力は本人のやる気次第としか言いようがない。
 チーム結成、そして初試合から既にガタガタで、自然分解しないのが不思議なほどだった。

(私は、勝てるのか?)

 時間が来て、徒労に終えたと思える打ち合わせから廊下に出ながら、ニーナの悩みは止まることがない。
 その後ろからは狙撃銃を肩に担いだ軽薄そうな顔を浮かべていたシャーニッドが、復元した杖を持った退屈そうな顔つきをしたフェリが歩いている。
 そして、ニーナの横には、腰に巻きつけた碧に輝く碧宝錬金鋼の鎖と手に嵌めた蒼く煌めく青石錬金鋼の手甲を着けたレイフォンが居た。
 相変わらず濁った目つきで、やる気も無く足取りこそ頼りないが。
 ――彼が強いことは、ニーナ自身が一番知っていた。
 あの時汚染獣を蹴散らした強さを、小隊テストをしたときに己の連撃を捌き続けた技量(何故か最後辺りの記憶がないが、シャーニッドからは頭を打って記憶が飛んだらしい)を、そして何度か小隊に入ってから手合わせをしたのだが、彼は強い。
 しかも、彼本人が一番使えるらしい刀での戦闘技術もあるらしい……
 らしい。というのは彼が抜いたところを未だに見た事がないからだ。
 刀での戦闘が得意だとレイフォン自身から聞かされていたが、同時にそれはあまり使う気がないと言われていた。
 何故? と訊ねたが。

 ――刀は切り札です、汚染獣相手や勝たないといけない戦いでもなければ抜きたくないんです。

 それは戦いにおける心得だと本人は言っていた。
 一番自信のある技術は、人前に晒してはいけない。
 技術を盗まれるかもしれない、対抗策を考えられるかもしれない、そうやって価値が失われていく。
 と、言い訳をしていたし、ニーナ自身も刀の使用を強要するつもりはなかった。
 “彼の役割は刀での戦闘方法ではなかったから”

(私はレイフォンを使いきれるのか?)

 隊長として、そしてこれからの戦友としてニーナは悩む。
 彼女自身の責任感故に。
 それは多大な圧力になっていた、はずだったが。

「たいちょー」

 隣に歩くレイフォンが、首を廻しながら言った。
 眉を潜めて、ニーナが目を向ける。

「なんだ、レイフォン?」

「別に負けても、御飯食べられなくなるわけじゃないですし、気楽に行きましょうよ」

 軽く、そういった。
 本当に気楽そうに、シャーニッドの軽さとは別の本当にただそれだけだと信じ切っている声音で。

「勝ったら肉食べて、負けたら不貞寝して、んでまあ疲れない程度にやりましょうか」

「っ、そんな気構えで」

「だな。じゃあ、功労賞者には一品奢りにしようぜ」

 ニーナが少し声を荒げようとしたが、シャーニッドが言葉を乗せた。
 彼女が目を向けると、長身の彼は見上げる目線のニーナにウインクして、その肩を叩く。

「気楽にいこうぜ、隊長。相手はベテランで、俺たちはヒヨコだ」

「餌ねだりたいなー、あー、御飯食べたい。うぅ、実家に帰りたい、枕まだ慣れないし」

「……さっさと終わるならそれでいいですね、あとデザード奢りでお願いします。いい甘味どころ見つけたので」

 レイフォンが少しだけホームシックになりつつも、シャーニッドとフェリが言葉を紡ぐ。
 緊張が馬鹿らしくなる雰囲気だった。

「まったく……お前らは」

 ニーナがため息を吐きながら、廊下の最後に辿り着く。
 グラウンドの手前で、彼女は振り返り、言った。

「分かった! この試合、勝ったら私のなけなしの金で飯を奢ってやる! それでいいな!!」

 士気高揚のためだと、頭の中のお財布と相談しながらニーナが告げた。
 厳しい目つき、けれど険が取れた態度で。

『おー!』

 三人が手を上げる。
 しかし、自分のやったことに気付いたフェリは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。




 野戦グラウンドに出ると、そこは別世界だった。
 グラウンドを取り囲む観客席は学生たちで埋まり、上空は撮影機が飛びまわっている。

「いいねぇ、この雰囲気。懐かしいなぁ」

 シャーニッドが感慨深げに呟きながら、傍を通る撮影機に手を振った。
 観客席の一部から黄色い声が上がり、彼は機嫌よく顔を緩める。

「テンション上がってくるぜ、今日はやれそうだ」

「そう願うがな、しっかり頼むぞ」

 シャーニッドの言葉に、ニーナが少し鬱陶しそうな声音を洩らした。
 そして、レイフォンは同じように傍を通った撮影機に目を向けて。

「ん」

 ジロリと好奇心で見てみたら、観客席の一部から悲鳴が上がった。
 レイフォンのテンションが微妙に下がった。

「……帰って不貞寝してもいいですか?」

「却下する、働け」

 ひどいや、とぼやくレイフォンがおいっちにぃ、と屈伸運動をする。
 司会役の運営委員の声が高らかに響き渡る、調子のいい弾みのある声。
 会場が湧く、熱気が立ち込める。
 その中で、ニーナは素早く声を響かせた。

「事前に説明したと思うが、今回は私たちが攻め手だ。相手のフラッグを破壊するか、敵小隊を全て打倒すれば私たちの勝ちになる」

「逆にこっちの指揮官、つまりニーナ隊長がやられたり、フラッグが破壊されたら負け、ですよね」

 レイフォンが復唱するように呟く。
 誰でも覚えられるような内容だったが、対抗試合に慣れてない新人だと頭からすっぽ抜けることがあるのだ。
 故に事前に復唱し、憶えなおすことが必須になる。

「で、一応守り手側だと罠の設置や、ある程度の地形への仕掛けも許可されているが……」

 ここから見える陣地に変化は無い。
 さほど、レベルだが多少塹壕が高くなっているぐらいで、後は見えない罠が多くあるだろう。
 相手は第十四小隊、ベテラン揃いだ。
 新人といえども、手を抜いてくれるわけがない。
 人数も相手の七人と比べて、こちらは四名。手数も足りない。
 普通に考えれば、厳しい状態だが。

「――シャーニッド、射線確保を優先しろ。フラッグ破壊で、勝利を狙う。地味な作戦だが、それ以上の要求は正直今の私たちには高望みだ」

 それ以外の作戦は大体レイフォンが失敗したり、息が合わなかったり、情報が掴めなくて成功が覚束ないというのが事実である。
 無茶は上等だが、無理は知っているニーナだった。

「了解。じゃあ、障害物の排除はレイフォン任せたぜ」

「りょーかい、薙ぎ払うことだけなら得意だから、前進んでもいいですよね?」

「ああ、私はシャーニッドへの接近阻止と、敵を釣りだす。フェリ、罠の感知と敵の位置の把握は同時に出来るか?」

「――罠が後回しで、敵位置の把握ぐらいでしたら」

 コクリと頷くフェリ。
 多少はやる気を出したか? とニーナは考えるものの、開始のサイレンが響き始めた。

『GO!!』

 ニーナとレイフォンが同時に跳び出した。
 旋勁を用いた疾走、真っ直ぐに藪の中に飛び込み、相手陣地に攻め込んでいく。
 罠を注意しながらも、レイフォンは軽やかに木の幹を蹴り飛ばし、罠の張りにくい低空を駆けて行く。
 呆れるほどに速く、軽やかな移動速度。

(これで連携が取れればいいんだが)

 ニーナは視界の隅に納めつつ、落とし穴の罠を飛び越えて、念威操作の移動地雷に警戒する。
 罠の発見や回避はニーナの得意でもあった。
 第三小隊の隊員としてアタッカーを務め、白兵の対抗試合を繰り広げていた彼女である。
 戦いでもっとも恐ろしいのは相手の手管ではなく、数の暴力でもなく、回避出来ない不測事体である。
 例え草の結んであるだけの簡易罠だったとしても、急襲する時や、敵と戦っている最中に引っかかったりすれば、それがどれほど致命的か分かるだろう。
 しかも、ニーナが使う鉄鞭は巨大であり、重量のある得物である。
 足場をしっかりとし、体勢を乱さず、振るい続けなければならない。
 足場こそが命であり、他の軽量武器と違って無理が利くわけではない。
 だからこそ彼女は目ざとい、罠を避けるための、例えかかっても切り抜けるための努力と鍛錬は重ね続けている。
 故に、彼女は通常走る速さよりも少し遅い程度の速度で、突っ走っていった。






 レイフォンは軽やかに跳ねていた。

(足場は悪くない、うん、いいペースだね)

 樹の幹を蹴り飛ばし、次に飛び移る樹を空中で選別しながら、駆ける、駆ける、駆ける。

「こちらレイフォン、まだ敵との遭遇なし、シャーニッドさんは?」

 通信機を作動させて、喋る。
 すぐさまにシャーニッドの軽い口調、ただし声を潜めた声音が響いた。

『こちらシャーニッド。位置には到達するが、フラッグを狙い打つには配置されている障害物が邪魔だ、三発入れても当てるのが厳しい。場所を変えるか?』

 その言葉に、ニーナの声が割り込んだ。

『了解、シャーニッドは待機していろ。フェリ、敵の位置は?』

『――陣内に三名、陣前に一名……残り三名が、そちらに向かっています』

 排除しに来た、ということだろうか。
 アタッカー二名ならば、三名で抑えられるという計算か。

『わかった、位置的に割り当ては?』

『隊長に一名、レイフォンに――二名です!』

 声が響いた瞬間、じわりと肌が震えた。
 活剄を用いて、視覚を強化し、視線を走らせる。
 ――誰かが近づいている。
 レイフォンはため息を吐き出しながら、樹の幹から飛び降りた。
 広い足場、藪のない位置、罠はない。

『――レイフォン、頼んだぞ』

 ニーナの声が聞こえた。
 同時に向こうでも気配を感じたのだろう、緊迫した声が響いていた。

「了解。まあ、頑張りますかぁ」

 ――フェリからの情報支援、罠の配置や“障害物の位置”。
 それが届いたのと同時に、レイフォンはしっかりと構えた。

 気配はすぐ其処まで、烈風のように迫っていた。





 二人の第十四小隊員は決して油断などしなかった。
 ニーナ・アントーク。
 シャーニッド・エリプトン。
 共に前年度の対抗試合などで名の知られた二人だった。
 それらが入った小隊は、それなりに歯ごたえがあるだろうと考えて、旋勁を用いて飛び込みながらも反撃を覚悟していた。
 内力系活剄での五感強化に、相手の位置を察知する。
 二人同時に、別々の覚悟から飛び出し、一気呵成に叩きのめそうとして。

 ――藪を抜けた先に居た、正座したレイフォンと直面した。

「あ?」

「は?」

 混乱が一瞬駆け抜けた。
 何故戦闘の最中に、態々足を折り曲げて、背筋を伸ばし、立派な座り方をしているのだろうか?
 と、思いながらも、馬鹿が! と内心吼えながら、手に持つ両手剣と、槍から繰り出す衝剄が大気を引き裂きながら繰り出されて。

「……震えるぞハート」

 その瞬間、二人は信じられないものをみた。
 降り注ぐ衝剄を躱すレイフォン、その姿が“上空へと移動する様を”

「――燃え尽きるほどヒート!」

 レイフォンが跳んだ。
 “座った姿勢のままで、グイーンと跳んだのだ。”

「なっ!? 座ったままの姿勢で――!!」

「膝だけの姿勢であんな跳躍を!?」

 見上げるほどの高さに跳んだレイフォンに、げげぇーと二人は困惑から衝撃へと表情を変えていた。
 ありえない、動き。
 ありえない、現象。

 そして――

「刻め、剄(波紋)のビートぉおおおおお!!」


 二人の小隊員が足元から吹っ飛ばされたのはほぼ同時だった。


 戦いが始まった。











*******************

そろそろジョジョタイム、始まるよー。
嘘です、ごめんなさい。

レイフォン、張っちゃけタイムスタートです。
次回バトルします。


9/4 誤字修正しました。キャラ名ミスすいません Orz



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は自重しない
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/05 12:49
 その瞬間、レイフォンは冷徹に手を下していた。
 鍛えこまれた脚の筋肉、内力系活剄を用いての身体能力の上昇を持って、正座状態で五メートル以上も上へと跳ね上がった。
 驚き、目を開く二人の隊員武芸者相手が見えた。
 視線が集中するのが分かる、意識をこっちに引きつけて。

 ――刹那、二人の隊員武芸者は足裏から吹き飛ばされた。

 レイフォンが背中から垂らしていた鎖――地面に伏せておいたその一打を、発動させた。
 ある程度剄での干渉で鎖は自由に動かすことが出来るが、加速度の付いていない大した威力にはならない。

『どわぁっ!?』

 ただし、それは完全なる意識外からの一撃だった。
 ――ミスディレクション。
 大仰なパフォーマンスで意識を引き寄せ、本命は全く別の角度から叩き込む。技ではなく、術。戦いを有利に進めるための手管。
 剣の師であるデルクからではなく、人生の師であるウィッチから教わった戦術の心得だった。
 ズテンと受身も取れずに背中から二人が倒れこんで、レイフォンはコォオオという剄息と共に空中を蹴り飛ばした。
 固定した鎖を踏み台にしたのだ。
 収束率の高い翠宝錬金鋼による鎖は剄を流し込めば強度を上げる、手から離せば数秒と持たずに固定も解けるだろうが。

「仙道波蹴(せんどうウェーブキック)!!」

 それよりも早く、レイフォンの舞い落ちる蹴打が両手剣の隊員を踏み落とした。
 鳩尾部分からめり込んだ靴底が、相手の腹筋と咄嗟に行使した活剄による防護で防がれるが。

「メメタァ!」

 ――それにも負けず、爪先から踵へと叩き落した二段重ねの衝撃にメメタァという轟音(と擬音)が鳴り響いた。
 唾と酸素を吐き散らして、両手剣使いの前衛が悶絶する。

「このぉ!!」

 跳ね上がる槍使いの刺突が、衝剄を纏って跳び込む。
 しなやかに腕を伸ばし、膝立ちからの姿勢で跳ね上げるような突撃。
 それにレイフォンは濁った目つきを加速させ、振り返りながら青い手甲を伸ばし。

「甘いっ!」

 金属音と共にその手の平が、繰り出された槍の穂先を掴んで――衝撃に後ずさりしながらもレイフォンは嗤って、吼えた。
 バチリッと青石錬金鋼の手甲が煌めき、鈍色の紫電が迸る。

「な、なんだとぉー!?」

 槍が震えていた。
 咄嗟に手を離そうとしても、何故か離れない
 小刻みな震動に手が揺れて、槍使いの隊員は目を見開き――次の瞬間、弾き飛ばされた。

「銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)!」

 圧倒的までに練りこまれ、浸透力を強めたレイフォンの剄が流し込まれる。
 それは持ち手にまで逆流し、その身体を電極の刺された蛙のように痺れさせた。
 槍を握る両腕が弾かれたように万歳のポーズをとる、己の肉体が数秒単位で麻痺していて、その体が無防備になる。

 ――その瞬間、レイフォンの目が輝いた。

「キュピーン」

 超接近距離での旋剄。
 残像すらも残さない瞬着を持って、レイフォンの顔が目と鼻の先にまで迫る。
 だから、彼はこれから起こることをただ受けるしかない。

「ホアタァアアアアア!!」

 殴られた。
 殴られた。
 殴られた。
 アタタタタと打撃がめり込み、何故か十字に打撃を叩き込まれた状態で錐揉みながら舞い上がり――

「北斗――十字斬!」

 えびぞりになりながら、両手を広げて、顔面から地面に落下するという不可思議な落下方法と共に彼は落ちた。
 そして、怪しげなポーズを取りながらレイフォンは告げた。

「お前は既に……倒れている!」

『見れば分かるわ!!!』

 レイフォンの言葉に、司会役と観客席の生徒全員が一斉に突っ込んだ。








 駄剣のレイフォン こうして彼は自重しない








『と、それはともかく! 瞬殺! 一年生小隊隊員が、初試合でベテラン小隊員を二名撃破しました!』

 司会役の声が、アナウンスが鳴り響く。
 観客が沸いた。
 だが、レイフォンは気にせずに駆け出す。
 足を止めている暇は無いのだ。
 数歩走り出し、再び樹の上に登ろうとして――その手が不意に閃いた。

「っ!?」

 金属音と火花が散った。
 狙撃である。
 レイフォンの握った手甲の表面からは弾痕があった。

「狙撃か!?」

 気付いた、ということをアピールしながら足に剄を溜めて、加速。
 旋剄を用いて、ジグザグに走り抜けながらも、もはや位置がばれても問題は無いと判断したのか、銃撃が数度襲い掛かった。
 音よりも速い弾丸、さすがのレイフォンでも視認してから躱すのは至難の業。
 だが、方角とタイミングが読めれば大体避けられる。
 足を止めず、流麗なステップを踏むように、不規則に体捌きを散らしながら、右手に剄を流し込んだ。
 伝導率の高い青石錬金鋼が煌めく宝石のように光を迸らせ、純度の高い剄の輝きが力を集める。

「シャーニッドさん、九秒後に障害物を破壊します! 準備を!」

 早口で通信機を作動させ、怒鳴るように告げた。
 弾丸が飛来する、狙撃手が二人いるのか、間断がない連射がやってくる。
 ニーナは持つのか、彼女が倒れれば試合が終わる。敗北で。

『了解!』

 シャーニッドからの声が聞こえた。
 そして、蹴る、蹴る、蹴る。
 木々を蹴り、幹を軋ませ、旋回しながら狙撃の照準から逃れながら、レイフォンは七つ目となる樹の幹を蹴り飛ばし、葉を散らしながら宙返りをした。
 グルグルと回転しながら、彼は両手を掲げて。
 ――通信開始から三秒経過。

「刻むぞ、血液のビート!!」

 地面に着地しながら、火花を散らすような輝きを伴った剄を発した。
 風が吹き荒れた。
 地面の表層が揺れ動き、砂塵が噴き上がる。

「生命磁気への波紋疾走(オーバードライブ)!」

【外力系衝剄の変化・生命磁気への波紋疾走】

 地中を奔らせた剄が舞い上がり、蹴り飛ばして叩き落した木々の葉を持って簡易壁に変える。
 そして、追撃の狙撃弾は壁に阻まれ、僅かに位置を変えたレイフォンへと命中することは無い。
 所詮木の葉で作った壁――否、カーテンだった。
 ただのめくらましであり、それ以上の役目を果たさない。
 だけど、それで十分だった。
 ――ここまで六秒秒経過。

「コォオオ」

 息を吸い上げて、右手の手甲が閃光を纏った。
 いつもの黒鋼錬金鋼とは比べ物にならない伝導率、手加減を忘れたらどこまで行くのかも分からない。
 それを注意しながらも、レイフォンは右手から肩に、足に、全身の筋力を活剄で高めながら、壊れない程度の剄を注ぎ込む。

「燃え上がれ」

 僕の剄。
 ぼそりと呟き、彼は足を踏み出した。
 いつものように、常のように、ただ覚えぬいた技を再現する。
 暗く沈んでいた瞳が輝く、燃えるように。

「天馬――」

 レイフォンの右半身が消失した。それほどまでの速度で全てを繰り出す。
 拳が大気を砕く。
 鋼鉄の手甲が、空間すら軋ませるようだった。
 秒間八十発を超える打撃が唸りを上げる。
 音速を超える打撃が、先端から迸る衝剄にも負けぬ勢いで飛び出し、音響の壁を破砕する。

「彗・星・拳!!」

 木の葉のカーテンを突き破り、爆撃の如き一点集中の衝撃波が藪を引き裂きながら駆け抜ける。
 観客たちは見た。
 何故か空を駆け抜ける彗星の如き、剄の一撃を。

 その飛距離は減衰しながらも、数十メートルを超える破壊の蹂躙となった。

 藪が引き裂かれた。
 土砂が巻き上げられた。
 哀れな木々が根っこを砕かれた。
 そして、射線を封じていた障害物が根こそぎぶっ飛んだ。

 ――誰もが驚愕に目を見開いた瞬間、銃声が鳴り響く。

『ヒット』

 シャーニッドの声が聞こえ、同時にサイレンが鳴り響く。

『お、お、お!? これはぁー!!』

 一瞬遅れてアナウンスの声が響いた。
 驚愕を含んだ声音で、叫び散らす。

『第十四小隊のフラッグが破壊!! なんと、第十七小隊、デビューから華々しく勝利だ~!!!』

「勝ったの?」

『……勝ちましたね』

 レイフォンの独り言に、呆れたようなフェリの声が割り込んだ。
 雑音が含まれているが、その口調は少しだけ明るい。

『ハッハー! 見たか、俺のショット! イェーイ!!』

 シャーニッドが笑う。
 通信機の向こうでガッツポーズをとる彼の姿が目に浮かぶようだった。

『勝ったな。よくやった、レイフォン、シャーニッド、フェリ』

 そして、最後にニーナの声が響いた。
 弾んだ、或いは緊張したような声で。

『些か強引だったが、勝ちは勝ちだ。ありがたく喜ぼうか』

「よくやったな、レイフォン」

「え?」

 通信機からの声と続いて、現実の声が聞こえた。
 目を向ければ、汚れた頬とボロボロの泥だらけになりながらも鉄鞭を下したニーナが藪の中から現われた。
 散々向こうのアタッカーと激戦を広げていたのだろう、疲れた態度。
 けれど、嬉しそうだった。

「初勝利だ」

「ですね」

 レイフォンは軽く息を吐き、頭を掻きながら口を開いて。

「でも、なんていうか実感が薄いですね」

「勝利とはそういうものさ。後から実感が湧く」

 汗に濡れた黄金色の髪を揺らし、ニーナは軽くレイフォンの肩を叩いた。
 見上げる目線は観客たちの音の津波。
 興奮に笑うもの、何故か紙切れを罵声と共に投げ捨てるもの、ひゃはーと踊り狂うものなどがいたが、それは懐かしい光景だった。
 ニーナ・アントークの努力が少しだけ実ったのだろうか。
 それを実感し、そしてその決定打となった少年に笑いかける。

「お前のお陰だな、レイフォン」

「……ま、皆のおかげですよ。僕は、戦っただけですから」

 少しだけ照れくさそうに、レイフォンは微笑んだ。
 いつものシニカルな笑みではなく、子供のような笑み。
 ニーナは少しだけ驚いた顔を浮かべて、しかしその後に優しい笑みで頷き。

「そうだな。じゃあ、今後共頑張ってもらうか」

 と、会話をしながら控え室に戻るために歩き出した。
 そんな時だった。

「あ、でもその前にやることありますよね」

 歩きながらふと呟かれたレイフォンの言葉に、ニーナは首を傾げて。
 次の瞬間、気が付いた。

「あ、まさか」

「御飯下さい。セットメニュー、三人前でいいですから」

 レイフォンがそういった。

「俺も俺もー! ステーキでいいぜ!」

 いつの間にか追いついていたシャーニッドが飛び込みながら、そう叫んだ。
 スライディング入りだった。

「私はデザートで。まだ食べてないパフェがありましたから」

 そして、何故か気配を感じさせずにいたフェリがぼそりと呟いた。

「え、あ、そ、そうだよな」

 既にニーナは囲まれていたが、少しだけ泣きそうな顔を浮かべていた。
 彼女は苦学生である。
 だから、お金に余裕は無い。
 それはきっと彼らも知っているだろう。

「えーと、明日のランチでは駄目か?」

 だから、そんな彼らの優しさに期待して言ってみるが。

『駄目です』

「――っぅ、あ、そうだ! そういえば今日は私は手持ちが少ないから、また明日にでも……」

「確か給料日とかいってましたよね、昨日」

「ですねー」

「じゃあ、財布確認しようぜ。あとでたっぷりとさぁ」

 逃がす気ゼロだった。
 血も涙もない悪魔共だった。

「き、貴様らぁあああああ!」

 ニーナは大変哀れな悲鳴を上げた。ジュースを上げたくらいでは、泣き止みそうになかった。



 その後、ニーナは寒くなった財布にクスンクスンと泣きながら家に帰る姿を目撃されたという。







 試合は終わった。
 ざわざわと新人ばかりの小隊の勝利に、観客席も賑わっていた。

「凄かったねー、レイとん」

「ああ、予想以上の動きだ。さすが小隊入りしただけはあるなぁ」

「……勝ててよかった」

 三人の少女たちがレイフォンの活躍に安堵していると。


「――さすがだな」


 ボソリと誰かが呟いた声が聞こえた。
 え? とメイシェンが目を向けると、其処には腕を組んだ肉厚の男が睨み付ける様にグラウンドを見ていた。
 何故か肩に赤毛の少女を乗せていたが。

「ねえねえ、あれって」

 ミィフィがメイシェンの視線に気付き、その男を見た。
 さっと背を向けて、会場から去るべく後姿に、ナルキも目を細めて。

「あれは確か……」

 とナルキが呟いた瞬間だった。

「うわ、つめてぇ!」

 誰かが叫んだ。
 その声に、三人が目を向けると。



 ――其処には“凍て付いた柵格子があった”。






*******************

対抗試合終了です。
次回はそろそろ都市警でのお仕事になります。

ちなみに、波紋ネタは こうして彼は静かに暮らせない にて、既にやっておりますw



9/5 誤字修正とタイトルミスを修正しました。



[10720] 学生のナルキ こうして彼女は後悔した
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2009/09/25 00:56


 それは一つの悪事だった。


 学生都市ツェルニ。
 その外周部にある宿泊施設、都市外から訪れるキャラバンや旅人たちが寝泊りするビル。
 そこに宿泊する流通企業ヴィネスレイフ社に属するキャラバンの一団がいた。
 滞在期間は二週間、取り決められた商業データの取引、都市を潤すための外貨の流入。
 だが、そこでの取引は正当に終わらなかった。
 世の中には悪い人がいて、不当に儲けようとする人間は絶えることが無い。
 ――不法な手段によるデータの強奪、今だ未発表の新作作物の遺伝子配列表の窃盗。連盟法に違反する犯罪行為。
 監視システムの沈黙や、僅かな痕跡のみでのアクセスだったが、思わぬドジを踏んでいた。
 目撃者による証拠、言い逃れの出来るはずが無い状態。
 そして、彼らの元に都市警――治安維持のための交渉人が訪れ、盗んだデータの返却及び全所持品の没収を告げる。
 決められた手順、本来ならば逃げ場無き自律移動都市の中故に抵抗なく従うはずだったが。

「邪魔だぁ!」

 部屋の前に訪れ、一応は油断なく身構えていた二人の交渉人を吹き飛ばしたのは勁による返信。
 奪ったデータを詰め込んだトランクを持った男に、加えて四人のキャラバンの男たちが錬金鋼を復元した。
 護身用の警棒などを取り出す暇もなく、施設内の壁に叩きつけられ、悶絶する交渉人たちを置いてキャラバンの男たちが施設の玄関脇にあるガラス窓を突き破り、飛び出す。

「足を止めるな! 停留所へ走れ!!」

 彼らが抵抗する理由――最高のタイミングで訪れていた放浪バス。唯一外部へと逃げ出すための手段。
 万が一のことを考え、荒れ事に慣れた五人のキャラバンたちは全て手馴れた武芸者だった。
 突き破ったガラス窓の騒音と、踏み締める硬質のものが割れる音。

「?」

 一瞬、トランクを持つ男がその眉をひそめた。
 飛び出した瞬間、すぐにでも殺到してくるであろう都市警の姿が無い。
 既に包囲されているものだと予測していたのだが、学生都市というのはこの程度なのか? 拍子抜けし、代わりに嘲笑の笑みを張り付けながら今のうちに停留所へと向かおう。
 そう考え、彼らが足を止める事無く放浪バスの停留所へと足を向けた瞬間だった。

 ――ジャンジャンジャンジャージャジャ、ジャンジャジャジャーン♪

「?」

 前方からメロディが響いてくる。そして、それと同時に走ってくる影が見えた。
 停留所方角の向こうの角から飛び出し、一目散に駆け出してくる人影。既に武装しているのか、その肩には大型の影。
 都市警か!? と、キャラバンの数人が迎え撃つべく走り出し、トランクを持つ男はその握る手を強めながら、その正体を見定めようと目を細める。全身の剄を巡らせ、活剄で身体機能を上昇させながら、彼は決して油断しない。
 迫ってくる影は武芸者にしか出せないだろう脚力をもって、来る、来る。
 それが迎撃に出たキャラバン二人と接触する数秒前。
 見えた。

「突撃ぃ!!」

 響き渡るような咆哮と打撃音。

「あ?」

 それはキャラバン二人が、流れるような動きで“張り倒される“光景。
 鈍器の如く打ち込んできた物体――長方形の板に、細長い持ち手、白い全体、赤い文字で描かれた。


 突撃、となりの晩御飯。


 と書かれた【看板】で、少年と思しき学生武芸者がキャラバン二人を殴り飛ばしていた。
 フルスイングだった。

「な、なんだとぉ!?」

 目に飛び込むありえない情報。
 突拍子も無い武装。
 そんなのにやられる仲間二人への不審と、何故真正面から殴られたはずなのに“斜め上に錐揉みながら吹き飛ばされていくのか”。
 四連打による不可思議光景に、応える言葉があった。

「と、とっとと都市警だ! かかか観念しろ!!」

 どもりながらもはっきりと耳に届いてくる声。

「っ!」

 警戒していた単語に、聞こえた方角へ咄嗟に男たちは目線を向ける。
 そこには――

「?」

 何故か腰に右手を当てて、人差し指と中指を伸ばした手を額に当て、短く切り揃えたスカートから晒し出した右太腿を見せ付けるかのごとく曲げて、モデルの如く背筋を伸ばした制服姿の赤い髪をした少女がいた。
 具体的に言えば高い所でポーズを決めた少女。しかも、真っ赤な顔で。

「おまえらを――逮捕すにゅ!!」

 噛んだ。






 学生のナルキ こうして彼女は後悔した






 時を遡ること半日ぐらい前。

 初めての試合を勝ち抜いたレイフォン。
 さぞかし、次の日から多少は変化があるかなと思っていたのだが。

「ぐがー」

 昼休み、机に突っ伏しながらレイフォンは寝ていた。
 いつもの光景である。
 そして、ボサボサに伸びたくせ毛をつまみながら、ミィフィは呆れた顔で。

「まったく変わらないわね……」

「ああ、やはり駄目な奴だな」

 ナルキの同意。
 レイフォンは全く変わらなかった。
 相変わらずの駄目な人間であり、朝登校した時に教室のドアの前で前のめりに倒れ、何名かの生徒に踏まれたのだろう足跡だらけの背中のまま寝ていたぐらいに駄目だった。
 むしろ試合の疲れがあったのか酷くなっている。
 授業中も半眼に目を開けたまま、微動だにせずに寝ていたほどだった。

「レイとん……お昼だよ~」

「……」

 そんな寝ている彼をゆさゆさと揺さぶるメイシェンだったが、まったくレイフォンは反応しない。
 じわりとメイシェンが泣きそうな顔になる。
 どうしょう? と、メイシェンが見上げると、ナルキが深刻そうな表情を浮かべた。

「メイシェン、ここまで寝ていると、方法は一つだ」

 ナルキがじわりと覚悟を決めたような顔つきで頷いた。
 ミィフィがごそごそと教室の隅に置いてあった紙袋を取り出し、その中から一本の金具を取り出した。
 ながーい棒に、先っちょにはカチカチと音を鳴らす上下に分かれたわっか――いわゆるマジックハンドだった。

「おーい、誰か余った菓子持ってないか?」

「あ、おれクッキー持ってるぞ」

 一人の養殖科男子生徒が、親切にも余っていたクッキーを差し出した。
 ナルキが礼を言いながら受け取り、その間にミィフィがため息を吐きながらノートを一枚破った。
 テキパキと折り畳み、細長い紙片となったその上にクッキーを乗せる。

「よし、完成。誰か度胸試しにやりたい奴は?」

『結構です!』

 教室のクラスメイトたちが一斉に首を横に振った。
 しょうがあるまい、とナルキが髪をかき上げて、マジックハンドを手に取る。
 そして、クッキーを挟んだ紙片をマジックハンドの先端で摘まんだ。

「な、ナッキ、気をつけてね! 喰われないでよ!!」

「……が、頑張って!」

「あ、ああ」

 親友二人の応援に、ナルキは覚悟を決めながらそろそろとマジックハンドの先を寝ているレイフォンの前に差し出した。
 折り畳んだ紙片の先にあるクッキーが、レイフォンの顔を擽るように差し迫り――
 次の瞬間、レイフォンの首が跳ね上がった。

「めしぃ!」

 飢えたサメの如き勢いで、紙片ごとクッキーを噛み千切られた。
 猛獣のような光景。
 ひぃぃ、と誰かが悲鳴を上げるほどだった。
 凄まじい速度、その奪われた瞬間は武芸者でなければ見えないほどの高速。
 ノートごともしゃもしゃと食べて、ごくりと飲み込んだ後、暗く沈んだ目が開かれた。

「モグモグ……まず、ウマ。ん? あ、おはよう。皆」

 目が覚めたレイフォンが爽やかに挨拶をする、口の端から紙切れの破片を残したまま。

「もう昼だぞ、レイフォン」

 マジックハンドを握り締めたナルキは肩を落とし、脱力しながらそういうしかなかった。








「あ、そういえばレイフォン。ちょっといいか?」

 飢えたワンコに、餌を上げるような光景と化している教室の一角。
 朝頑張って起きて、適当に作った自作弁当と余り物でもらったオカズなどを食べているレイフォンが、ん? とナルキの言葉に首を傾げた。

「なに?」

「いや、ウチの上司がな。お前に用事があるって言っていたんだが……憶えはあるか?」

「上司って、都市警?」

 ナルキの発言に、可愛らしいお弁当を摘んでいたミィフィが首を傾げた。
 メイシェイがレイフォンに目を向けて。

「……レイとん。捕まっても……面会にいくから」

 泣きそうな顔だったが、ナチュラルに信頼性が薄いことが証明された。
 レイフォンは慌てて手を振って。

「ちょっとまって。僕まだ犯罪犯してないんだけど!?」

『まだ?』

 レイフォンの言葉に首を傾げる一同。
 げほごほと、レイフォンはあさっての方角を見ながら咳払いし……

「んー、別に憶えは無いけど……」

 暗く沈んだ目を揺らしながら、腕を組んで。

(もしかしてあれかな?)

 カリアンのことである。
 確か割のいい仕事を紹介してくれと言っておいたのだが、それの件だろうか?
 超絶的に面倒くさいが、お金稼げるとならばほいほい行かざるを得ない。

「まあちょっと顔出してみるかなぁ」







 というわけで顔を出してみた。

「お金くださ――じゃなかった、仕事くれるんですか?」

「……即物的だな、おい」

 案内された研究室――ナルキの上司さんは養殖科の人間だったらしい。

「まあいい、五年のフォーメッド・ガレンだ。用件は、伝えているか?」

 小柄だが、がっしりとした渋味のある体格のフォーメッドが、ほぼ同目線ぐらいのナルキに目を向けた。
 彼女は困った顔で。

「いえ、まさか――出動ですか?」

 ナツキの言葉に、鍛冶師か武芸科のようなごつい手で持っていた試験管を慎重に彼は置き、横に立つレイフォンに目を向けた。

「ああ。すまんが、今夜時間空いているか?」

 レイフォンの濁った目を見つつ、フォーメッドが告げる。
 全身から気だるげなオーラを放つ彼に、少しばかり戸惑ったような顔を浮かべるフォーメッド。
 そんな彼の表情をナツキは初めてみた。
 大胆不敵、というよりも傲岸不遜な上司の態度に困らされることが多々ある彼女である。さすがに顔に出すほど迂闊ではないが、内心驚いた。
 が。

「んー、時給ですか?」

 その次のレイフォンの発言に、ナルキはもっと驚き。

「いや、今回は初めてだからな。固定金額で」

 フォーメッドは目をぎらつかせて、レイフォンに答える。
 刃物じみた目つきだった。

「勉強させて欲しいなんていいませんよ? ちょっと金額は、えーと、これぐらいで」

 レイフォンがいつもは濁っている瞳を輝かせ、粘ついた炎のような熱と共にどこからか取り出した電卓を叩く。
 パチパチと叩いたそれに、フォーメッドが覗き込み。

「いや、これぐらいで」

 パチパチと数字を打ち込んで、引いたのがなんとかナルキには見えた。

「話にならないですね。せめて、危険手当でこれぐらいは追加で。或いは時給で、これぐらいで」

 パチパチ。

「馬鹿を言うな。時給計算にしたら張り込みだけで経費が嵩む、幾ら小隊員でも――」

 パチパチパチパチ。

「一生懸命働きますからぁ――多分」

 パチパチパチパチパチパチ。

「ほほう、それは期待してもいいんだろうなぁ――」

 パチパチパチパチパチパチパチパチ!
 物影に移動し、熾烈な罵りあいすら交えて、金の話が飛び交っていた。
 そこにはいつものレイフォンはなく、舌先一丁で物事を進める上司の本気があり。

「あー、準備をしなくてもいいのだろうか?」

 ずずーんと、頭痛じみた重みを感じる額を押さえながらナルキがそうぼやいた。







 そんなこんなで。
 なんとか妥協点を見つけた両者が憎悪を篭めた手つきで握手し、「さあ働け、金が欲しければ」とフォーメッドが告げれば、「働きますよ、労働分の金が貰えれば」とレイフォンがにたりと目以外の笑みを浮かべる。
 ナルキが見た初めてのレイフォンのやる気モードが、他人への恨みだったというのはどういうことだろうか。
 と、嘆きつつ、ナルキとレイフォン、他の都市隊員は宿泊施設を取り囲むような配置で、影に隠れていた。
 レイフォンの腰に差した三本の待機状態の錬金鋼、そして何故か彼の手にはフォーメッドから貰った廃材で組み合わせた看板【突撃 隣の晩御飯】を持っていた。

「なあ、レイフォン……本当にそれでいくのか?」

 配置前の打ち合わせ。
 対人戦に最も慣れているレイフォンが、戦闘時に飛び込み、撹乱するという風に決められた。
 ナルキは最初危険すぎる役割に反対したのだが、レイフォンの「じゃあ、お金アップですね♪ 危険手当、三割増しで」 という素敵な笑顔と、素敵な笑顔を浮かべたフォーメッドのガシ、ビシという物騒なハンドサインによるメッセージの受け答えに、反論することも馬鹿らしくなった。
 さらにはレイフォンが色々と今までの都市警での包囲のやり方、今回のキャラバンのデータ、それぞれの隊員の評価などを尋ねて。

「じゃあ、二段構えでかく乱しましょうか」

「は?」

「僕の先生のやりかたなんですが、普通に戦うのと相手の足を掬うのだと攻略難易度が格段に変わります。今回、僕は皆さんのやり方も知らないし、連携が出来る自信も正直言ってありません」

 一応の丁寧語。
 他の紹介された隊員へと告げるレイフォンの持論。

「僕は小隊員ですが、正直最強じゃありません。フォローが出来る自信もないですし、新人が出しゃばるほどいやなことも無いでしょう」

 それは真実。
 レイフォンは己の強さを信じていない。サヴァリスに一度として勝てなかった、その事実を知っている。女王の恐怖を理解している。
 他人に偉そうに弱いとかほざくのは、侮蔑していい敵だけだ。人間関係は円滑に、でも頑張りすぎるほどやる気は無い。

「ですから――一度だけ騙されたと思って、作戦をさせてください」

 そして、ナルキに目を向けて、凶悪な笑みを浮かべる。


 ――先生譲りの卑怯さを見せますから。







 そして。
 その後、ナルキがレイフォン指導の下、フォーメッドによる直々の命令を受け、心の中で泣きながら目立つ場所で決められた【セーラー服戦士】とやらのポーズを決めていた。

(ああ、私は仕事を間違えたかもしれない)

 喘ぎたくなるほどに恥ずかしい。
 顔から火が出そうな勢いで、くいっと一度もやったことが無い色っぽい仕草と共に両腕をクロスさせて、手首を捻った構えで。

「おまえらを――逮捕すにゅ!!」

 噛んだ。

「         」

 ナルキが死んだ。
 精神的に。

「    」

 キャラバンたちも目が点だった。
 あ? と言う顔だった。
 理解不能な現象の前に、誰もが時間を止めていた。


「――そして、時は動き出す」


 そこに迫り来る一陣の風があった。
 ――トランクを奪う一陣の風。

「なっ!? きさ――」

 キランッと剄の輝きを発し、左手にトランクを、右手に看板を構えたレイフォンが霞んだ。
 看板構えた、非殺生用の鈍器を振り被り、大振りにキャラバンの男たちを横薙ぎに殴り飛ばした。
 べしべしべし!! と小気味いい音が響き、さらに縦に構えた看板でトランクを持っていたリーダー格の顔面を叩いて。

「かくほぉおお!」

『警告する、とまれぇええ! と言う前に拿捕だ!!』

 物影から距離を詰めていた都市警の機動隊たちが、一斉に襲い掛かった。
 集団フルボッコだった。
 こうして、交渉人以外の被害なく、彼らは逮捕された。



「くすんくすん……もうやらないから」


 屋根の上でうずくまる、一人の少女の心を除いて。










***************************
ナツキ弄り初回終了。
わくわく、レイフォンの仕事初体験でした。

次回から、多分真面目です。
無双ですいません



[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は墜落した
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:ee732ead
Date: 2010/08/13 22:59

 レイフォン・アルセイフの朝は遅い。
 借り受けた学生用の安アパート、そこから出てくるのはいつもギリギリだ。
 脳筋都市と最近友人から認定されているグレンダンの時とは異なり、不必要に体を鍛える必要もないレイフォンは堕落していた。
 無造作に持ち込んできた荷物を広げ、さらに愛読している書物――主にイラスト付きの漫画と呼ばれる部類が散乱した薄暗い部屋の中心には、安物のベットがギシギシと軋んでいた。
 まず最近ようやく慣れ親しんできた低反発抱き枕を抱えて、遮光カーテンを引いた室内で、故郷から持ち込んだ羊模様のアイマスクを着用し、ボタンも留めずに着たパジャマと心地よい毛布に包まれて眠りこけるからだ。
 呼吸音はほぼ皆無、むしろ寝ながらでも剄息を続ける武芸者としての習慣。
 ただしおおっぴらに開いた口からは涎が垂れ、時々むにゃむにゃと幸せそうに鼻提灯を膨らませて、不自然に手指をわきわきとさせていた。
 具体的には何か丸いものを掴んだり、揉んだり、或いは抱きつくような動作。

「むにゃむちゃ……りーりん~、ごはん~」

 寝返りを打ち、がしがしと毛布を噛み始めるレイフォン。
 極一名の彼の幼馴染を除けば、百年の恋も冷めるような有様。
 赤毛の髪は寝癖でぼさぼさであり、眼を開けばどんよりと死んだような目つきをする彼の本来を考えればまだ微笑ましかった。
 不意に外から音が鳴り響いた。
 どたどたと地響きのように響き渡る音、安普請だからこそ響いてくる震動。
 これが不自然に小さな足音か殺気があればグレンダンに居た時であれば即座に飛び起き、甲高く鳴り響く生存本能と共にガラス窓を丁寧に開いて、外に逃げ出していただろう。
 だがそれとは異なり、殺気もないので彼は眠り続ける。
 ガチャ、ガキンッという慣れた手際で住居の鍵を開き、扉を蹴り開けた少女の乱入にも気づかず。

「レイフォーン!!」

 飛び込んできたのは金髪の美しい少女だった。
 ただしその目つきが激しく釣りあがり、眉毛が逆八の字に刻まれていなければだったが。
 彼女の名はニーナ・アントーク。
 レイフォンの所属する第十七小隊の隊長であり、最近彼の扱いに不本意ながら慣れてきた少女である。

「起きんか!!」

 ずんずんと歩み寄り、レイフォンの被っている毛布を剥ぎ取る――が。
 ごろごろと毛布を凄まじい力で掴んだまま、レイフォン自体がベッドから転がり落ちる。毛布は決して放さない、ついでに枕も放さない。

「……」

 一応べしべしと優しめにレイフォンの頭を叩くが、起きない。
 むかついたので靴底で頬を軽く踏んでみたが、うへへと夢の中で楽しんでいるのか笑みを浮かべたままだった。

「チッ」

 すこぶる柄の悪くニーナは舌打ちを発し――数週間前の彼女からは考えられない態度の悪さで顔を歪めると、室内を見渡した。
 まずは彼の所持する錬金鋼を発見し、ついでに一応最低限クリーニングはしているっぽい制服の上下を拾い上げて。
 慣れた手際で遮光カーテンを開き、ガラリと窓を開いた。最大限に、上へと大きく開いて固定し――

「シャーニッド!」

 窓を開いた真下。
 そこに見える位置に待機している年上であり、小隊員であるシャーニッドに声をかける。

「おーう、レイフォンの奴起きたか?」

「説明するまでもないだろう?」

 上を見上げて声をかけてくる彼に軽く首を横に振ると、ニーナは手に持っていた制服と錬金鋼を放り投げて、窓下のシャーニッドが受け取る。
 さらに最近意識して続けている剄息によって身体強化を施し、彼女はレイフォンを“持ち上げて”。

「いくぞー」


 ――ぽいっと窓から放り投げた。


 ゴミでも窓から投棄するように無造作に投げて、落下したレイフォンがぐえっと悲鳴を上げて、設置しておいたリアカーの上に墜落する。
 そして、がらがらと慣れた仕草でシャーニッドはリアカーを引き始めた。

「やれやれ、手間をかけさせる」

 パンパンと手を叩き、ニーナは慣れた態度でレイフォンの部屋から出て、鍵を閉め、ポストにそれを放り込んでから学園に向かった。
 重要な朝錬でも中々来ないレイフォンへの対処策。

 第十七小隊は彼の扱いに少しずつ慣れ始めていた。





 駄剣のレイフォン こうして彼は墜落した






 静寂とそれを支える圧迫した空気。
 生徒会長室――学園都市ツェルニの最高責任者であり、実質的な支配者とも言えるカリアン・ロスが居る一室。
 其処に一人の少年と、一人の少女が招かれていた。

「よく来てくれた、フェリに……レイフォンくん?」

 何度か深呼吸を行い、いささか頭痛を覚えやすい少年への対処として心を落ち着けていたカリアン。
 ガチャリと扉を開かれ、現れた少女の姿には一切表情を歪めることはなかった。
 だが、その後に続いてガラガラという車輪が回るような音に僅かに眉をひそめ、そしてその正体を見てさらに眉が歪んだ。

「兄さん……連れてきました」

 冷ややかな顔つきを浮かべ、人形のように整った造詣の銀髪少女――フェリ・ロス。
 無表情な顔は常のことだったが、カリアンの眼から見てその顔は少しだけ呆れと疲れが見て取れた。

「……いや……それはわかるのだが」

 それもそのはず。

「その足元のレイフォン君は、なんだね?」

 ガラガラという音を響かせる板状のもの――具体的にはスケボーとか呼ばれるものに乗せられ、それに乗り切れなかった足やら手やら頭などが埃くずだらけになったレイフォンがそこに居た。
 唯一引っ張る牽引道具として掴まれていたらしいレイフォンの右手だけはフェリの手に握られて無事だが、イメージ的には犬とか旅行用かばんを引っ張る姿にしか見えない。
 ――フェリと手を掴むだと!? という常ならば感情を波立たせる光景だったが、明らかに物というか恋愛感情の一片も感じられない状態にカリアンは呆れしか浮かべられない。

「……本人が歩くのをめんどくさがったので」

 はぁと深々とため息を吐くフェリ。

「で、引っ張ってきたと」

「そうです」

 こくりと無造作に頷くフェリ。
 もはや慣れましたという乾いた瞳の色に、カリアンは少しだけ悪いことをしたかなと考える。

(……こんな彼に頼るべきなのだろうか?)

 一分前まで脳内を埋め尽くしていたこの都市の未来のかかる危機。
 それを何とかするための対処策として選んだ選択だったが、激しく後悔と不安がカリアンの胃にキリキリと痛みを与えた。






「これ、ですか?」

 燃料補給という理由で口に大型栄養ドリンクを咥えていたレイフォンは、カリアンから提出された写真数枚を眺めて呟く。
 手に持った写真からは不鮮明ながらも大型の山にも見える物体が写っていた。

「ああ。ツェルニの進行方向500キルメルほど先の光景だ」

 常備してある水差しから水を汲み、手に持った胃薬の錠剤を水と共に飲み込みながらカリアンが答える。
 先立っての汚染獣の襲撃。
 それに反省して、極一部を除いて高レベルの念威操者を保有していないツェルニが警戒網として出したのは機械式の観測機だった。
 無線式の観測機が、汚染物質に妨害されながらも送信してきたのがこの写真画像である。

「何だと思う?」

 カリアンが値踏みするように視線をめぐらせ、レイフォンに尋ねた。
 そんな視線にいつものように濁った瞳を写真に向けながら、軽く応える。

「あ~……多分汚染獣ですね、これ」

 果てしなく嫌そうな顔と共に呟く。
 グレンダン時代に何度となく「僕の金ぇえええ!!!」 と叫んで殴り飛ばし、ぶった切った相手である。
 いささか不鮮明だが、形状やカンでそれぐらいは判断出来た。

「でも、これ……かなり大きいですね。雄性体の三期どころじゃないな、四期か五期か?」

 レイフォンの戦闘経験でも中々数が少ないサイズである。
 年月を重ねるごとに大きくなり、強くなるのが汚染獣の特性だ。

「――倒せるかね?」

 カリアンが眼鏡のつるに指を当て、直しながら尋ねる。
 ――レイフォンならばこれを打倒出来るか。そんな意図を込めた言葉だったが。

「雄性体だったら単独でもなんとか倒せますよ。時間はかかりますけど」

 こう見えても雄性体や雌性体を何度か単独でぶち倒し、その賞金で喜び踊っていた経歴の持ち主である。
 たとえ五期の雄性体でも刀を使い、本気で戦えば倒しきることは可能だ。

(とはいえ、このサイズだとまさか)

「ただし……これが老生体じゃなければですが」

 ポツリと僅かに真剣みを帯びて、レイフォンが告げる。

「? 老生体かね?」

 カリアンが一瞬眼を細め、記憶を探るように視線をめぐらせる。
 そして、彼が答えを出すよりも速く、横でお茶を啜っていたフェリが呟いた。

「繁殖を放棄した最強の汚染獣……でしたか?」

 フェリの答えに、レイフォンは深々と頷くと。

「うん。童貞人生30年過ぎて魔法使いになったみたいな反則な奴だよ」

 そんな例えを吐き出した。

『ハ?』

 ロス兄妹が一斉に首を傾げる。レイフォンの首をかしげた。

(あれ? このネタ通じないのか?)

 ウィッチから教わった「知っているか、レイフォン? 童貞を30年も続けると、その溜まりきった剄力で魔法と呼ばれる異能を使える魔法使いに男はなってしまうんだぞ?」というホラ話である。
 当時のレイフォンは魔法使いになりたくない一心で「僕は童貞をやめるぞ、リーリィイイーン!」 とリーリンに密かに相談していたものである。
 真実を知った後は悶えて、頭を壁にガンガンぶつけて後悔したものだ。

(あの頃は若かった……魔法使いにはもうなれないけど)

 ふふっとどこか遠くを見てレイフォンは勝ち誇るが、横に居るフェリは冷たい目線で。

「……童貞だか、魔法使いだが知りませんが、どうするんですか?」

 ふぇ、フェリ!? そんな言葉を使っちゃいけない!! と、カリアンが無言でムンクの悲鳴を上げていたが、レイフォンは華麗にスルー。
 軽く腕組みをして。

「とりあえず避けて通りましょう、危ない橋は発破して壊しておけっていいますし」

「壊してどうする。まあ、私も避けるべきだと思うのだが……」

 カリアンが目線を逸らし、窓の外を見た。

「――このツェルニの進路を決めるのは私ではなく、ツェルニの意思だ。“彼女”が回避しようと思わなければどうしょうもない」

 窓の外に広がるエアフィルター。
 その外に広がるのは冒され尽くした汚染物質の世界。
 自律型移動都市レギオス、これの上に生存圏を持つ人類が意思在る都市の制御を奪うことは出来ない。
 たとえ脅威があると分かりきっていても……

「? なんで回避しないんですか、ツェルニ」

(グレンダンみたいに突撃したがってるわけじゃないだろうけど)

 レイフォンの問いに、カリアンは妹と同じ白銀の髪を揺らして答えた。

「汚染獣の脱皮のせいだろう。おそらくこれで気づいていないか、死んでいると判断してるのではないか?」

 だからツェルニはそのまま進んでいる。
 どうしょうもないと彼はため息を吐き出し。


「……単純に気づいてなかったら、普通に都市精霊に伝えればいいんじゃないかな?」


 ぼそりとレイフォンが呟いた。

(隊長が機関清掃でよく逃げたり、触れたりしてるっていってるしなぁ)

 その瞬間、空気が凍ったような気がした。
 あれ? とレイフォンが首をかしげた瞬間、カリアンは肩を落として。

「……それは試したんだ」

「…………で、結果は?」

「ふふ……まったく通じなかったよ。最後には紙芝居で説得してみたが、駄目だった……」

 ちくしょう、あのロリっこ精霊めと。どこかカリアンが危険な眼の光と苛立った表情で愚痴る。
 ああ、それじゃあ駄目か。

(DOGEZAも、ここだと広まってないだろうしなぁ)

 レイフォンは頷くと。

「それならしょうがない、じゃあとりあえず僕が迎撃に出ますよ」

 倒しにいくと彼は告げた。
 え? と見上げたフェリの目線には、光の宿ったレイフォンの強い瞳があった。
 背筋を伸ばし、真剣みを帯びた端正な顔立ち。
 普段にはない戦士としての意思。
 それにフェリは息を呑んで……



「だから約束通り、特別報酬ください!!!」


 一直線にDOGEZAをかました彼を、一瞬でフェリは侮蔑した。

 駄目だ、こいつと。







 ――そして。
 出来うる限りの準備、装備、人員を揃えてレイフォンは汚染獣への迎撃に出て行った。
 二日かけての踏破、いつになく真剣みを帯び、一般生徒の誰にも知られないように出発した彼。
 それを念威でサポートし、カリアンや他の責任者と共にモニター室で彼の戦いを見続けたフェリは聞いた。

『いやぁああああああ!!! お家帰るぅぅううう!!!!』

 というレイフォンの泣き声混じりの悲鳴と叫び声を。
 それと共に見た。
 脱皮から開放され大きく膨れ上がったその巨体に、彼女は絶望を見た。






 ――老生体第一期、ツェルニ侵攻開始――










*********************
第十七小隊は原作よりも人間的に逞しくなってきました。
サイレントトーク、山場開始です。
次回は出発前のだらだら話から、老生体との戦闘。

とりあえず原作よりも老生体と戦ってないので、真面目に引け腰ですが地獄見てもらいます。








[10720] 駄剣のレイフォン こうして彼は逃げ出した
Name: 箱庭廻◆f5b4938b ID:aafb582a
Date: 2011/08/31 21:34



 レイフォン・アルセイフは誰がどうみても駄目人間である。
 それは周囲の誰もが認識する常識であり、自他共に認める事実であった。
 そして、それ故に汚染獣への調査と討伐に前準備として。

「おいっちにー。おいにっちにー。ああ、ダルおも……」

「ん? レイフォン、なにやってんだ?」

 訓練場でどでかい大剣型の錬金鋼を振り回していたレイフォンに、たまたま通りかかったシャーニッドが声をかける。
 明らかに普段は使ってない巨大な錬金鋼だった。
 横でファイルに書き込みを続けているハーレイも相まって珍しい光景といえたが。

「ああ、シャーニッド? ちょっとね、試験運用ってやつだよ」

「試験?」

「うん、ちょっとレイフォンにね。今新しく実験中の複合錬金鋼を試してもらってるんだよ」

 超絶的にダルそうな目つきと共に錬金鋼を振るうレイフォン、それにやや慌てながらハーレイが補足する。

「聞いてよ、シャーニッド。これ凄い重いんだよ?」

「重い?」

「複数の錬金鋼を組み合わせて、それぞれの長所を発揮出来るようにしてるんだけど……その分、合計重量が嵩むんだ。代わりに耐久力もずっと上がってるけど」

 レイフォンが錬金鋼を掴み、持ち上げる。
 それはぎぎぎと言いそうなぐらい緩やかな動作、だがしかし無駄のない――流麗な腰の入った動作と共に振り下ろす。
 最小限の剄を込めての斬撃一刀。
 重量感のある剣風が吹いて、次の瞬間にはぐだっとレイフォンが沈んだ、へこたれた。

「あいちちち、腰が、腰に、響くんだけどぉ」

「ええい、若いんだから文句を言わない!!」

「年齢は関係ないよ! 重いんだよぉ!」

 愚痴たれるレイフォン、イラッとしたハーレイ。
 その二人の様子に、がしがしと髪をかき上げながらシャーニッドが尋ねた。

「んな大物持ち出して、なんか退治にでもいくのか?」

「えっ」

 普通の声音、なんら平常と変わらない表情――しかし、僅かに真摯な目つきで問うシャーニッドの言葉。
 それにハーレイは僅かに声を震わせてしまい、レイフォンは……

「ん? ああ、そうだよー?」

 普通に答えた。喋った。
 シャーニッドが目を見開き、ハーレイがあわわと慌てるが、レイフォンは気にせず告げた。

「今使ってるの、闇討ち用だし」

「えっ」

「えっ」

「えっ?」

 ハーレイとシャーニッドの返答に、レイフォンが首を傾げる。

「……どういうことだ?」

「んー、調査してたら進路方角にでかめの雄性体がいてね。一応念のために倒すことしたんだけど、脱皮中っぽいから動けないうちに止め刺すように用意してるんだよ」

 にっこりと笑顔で告げるレイフォン。
 彼の目は全力で言っていた。

「これだけあれば、まともにやりあわなくても一撃でいける。ぶっ殺せる、やったね!」

 ――まともにやりあうつもりなどない、と。

「……ええと、あれだ。っていうことは、どういうことだ?」

「ぶっちゃけ行って帰ってくるだけの討伐任務かなー。正直雄生体ぐらいだったら苦戦もしないだろうし、これだけの立派な得物を使えば楽勝だよ!」

 ぶんぶんと振り回し、今までの安物ばっかり使っていた生活からは考えられないリッチ武器に笑みを浮かべるレイフォン。
 それにシャーニッドは理解した。

(……てっきり隠し事で、大事でもあるのかと思ったが――この様子だと大したことねえな)

 うんうんと頷き、「んじゃ頑張れよー。無理すんな……っていうか無理しねえか、お前だと」 と言って、シャーニッドは歩いていった。
 誰もが認める駄目人間レイフォン。
 彼の性格と、彼の人間性からして、シャーニッドは本当に心配しなかった。


 本当に危険だったら確実に能天気な顔をしてないで、助けを求めるだろう。


 その彼の判断は正しかった。
 だから第十七小隊がこの度の事態に、出撃することはなかった。

 だからレイフォンが泣きを見た。




 駄剣のレイフォン

          こうして彼は逃げ出した






 出撃の予定時刻。
 レイフォンはグレンダンから持参していた愛用の都市外防護服に身を包み、その上から装着していた剣帯に刀、鎖、手甲の錬金鋼をはめ込み、さらに腰部に付けた新たな剣帯に複合錬金鋼用のカートリッジを差し込む。
 幾つかの緊急用の酸素ボンベに、応急修理用の薬剤に、携帯食料その他もろもろを念入りに点検する。
 幾ら自堕落で、駄目人間で、やる気のないことに定評のある彼だったが、一つ手を抜けば命に関わる事柄に関しては一切の妥協をしない。
 後に怠けるために、全力を尽くす。それが彼だった。

「念入りに手入れをするんだな」

 点検を終えたレイフォン、その背後から声がかかった。
 大柄の防護服を着た男――ゴルネオと作戦前に名前を聞かされた小隊所属の武芸者。
 苗字は聞かされていないが、同じグレンダン出身らしく汚染獣への討伐にも出たことのある経験者と言うことで同行してもらうことになった。
 他にも運転用の工作員に、援護射撃用の武芸者などが数名。

「そりゃあね、死にたくはないし」

「――だろうな。そろそろ出発するぞ、急げ」

 そう言って会話が切れ、ゴルネオは背を向けて移動用のランドローラーに乗り込む。
 口数は少なく、無駄話をするほど仲が良いわけでもない。
 ただどこかで、レイフォンは――どこか自分と似た感覚を得ていた。

(……駄目人間ってわけじゃないよね? でも、んー……なんだろう?)

 悩みを感じながらも、レイフォンも移動用の単騎ランドローラーに乗り込んだ。
 一応他の三名の乗るランドローラーにもレイフォンの乗るスペースはあるが、彼の役目を考えれば単独でも動ける足があったほうがいい。

「ま、いいか。さっさと済ませよう」

 そう考えて、ランドローラーのアクセルを回し、同時に走り出したランドローラーと共にエアフィルターから汚染された世界に飛び出した。
 一昼夜にも続く長距離移動。
 長々と走る道無き道への移動、それに文句も言わず――「めんどい、めんどい、めんどい」愚痴を垂れ流しながらも、レイフォンは既に真っ当な通信網も通じない視界の中、唯一の道標である念威からの情報に従い、移動する。
 ツェルニとレイフォンたちを繋ぐ唯一の綱、それを制御するのはフェリだった。
 ツェルニに存在する念威操者、その中で最高の能力を持っているのが彼女だけであり、そしてそのスペックは一昼夜にも及ぶ時間を経てもなおレイフォンたちに情報を送り届けている。
 考えてみればわかることだが、周囲の空気、大地、生物全てがおぞましい毒性を放つ汚染物質に覆われた世界であり、その中で不慣れな人間が道標もなく走り続けられるわけがない。
 情報がない、声がない、会話をする相手もなければ、助けを求めることも出来ない。
 それは汚染領域外で戦ったことのない武芸者たちがほぼ必ず直面する試練である。
 毒々しい、色のない荒廃の世界、そこで過ごす、息を吸う、それだけでも精神的過負荷がかかり、肉体の自律神経は狂い、平時と比べれば圧倒的に消耗する。
 丸一日でも平気な顔で戦える武芸者が、たったの子一時間で汗だくの疲労困憊で帰還して来ることも珍しくない。
 そのためのストレスを解消する、それが念威能力者の必要とされる理由でもある。
 故に、フェリの念威はレイフォンたちの精神的安定を繋ぎとめる鎖でもあった。

「フェリ先輩、そろそろ目標が見えてきませんか?」

 ランドローラーを走らせて丸一日と数時間、テントによる休憩と仮眠を含んでも、なお長距離を踏破したレイフォンが防護服に接続した給水器を吸い上げながら、尋ねる。
 が。

≪…………≫

「? フェリ先輩?」

 返答がない。
 どういうことだ? と、ランドローラーの面々も首を傾げる。
 そして。

≪…………………………………………………………………………ぐぅー≫

 寝息が聞こえましたよ?

「おい?!」

「ちょっ!!」

「頑張れ、頑張れ、フェリ先輩! 終わったら栄養ドリンク上げるから、頑張って!」

≪っ!? ね、寝てませんよ?≫

 と、否定するもその声は焦っていた。 フェリー!! 気合を入れるんだぁー! というカリアン会長の声も、念威に混じって聞こえたような気がした。

「いや、今寝てたでしょ!! そっち寝てたでしょ!」

 レイフォンの叫びに、併走していたランドローラーの面々も全力で頷いた。

≪し、知りませんね、ほら、そろそろ目標が見えてきますよ≫

「ご、誤魔化された――ん、あれか?」

 視界の奥、幾つもの岩山の連なる場所の片隅に明らかに岩とは違う、山とも違う巨大な物体が見える。
 大きさにして小山ほどはあるだろう、ぴくりとも身動きのしない第五期か第六期近くの……汚染獣。
 それを確認し、レイフォンはランドローラーを止めると、同じように静止したランドローラーの面々に目を向ける。

「対象を確認。僕がいきます」

「――プランは?」

「Aで。一応問題はないとおもいますが、Cの準備も」

 プランA、事前に決めていた幾つかのミッションプランの一つ。
 ――それの実行に、レイフォンが動いた。
 距離にして二キロ近く、それだけの間合いから殺剄を駆使し、出来うる限り気配を殺しながらシュタタタとレイフォンが駆け出した。
 音もなく、全力疾走。
 矛盾を膨らんだ移動行動だが、過去グレンダンにおいて聖剣サヴァリスから逃亡を続け、生き延びたレイフォンの経験は伊達ではない。
 こと逃げ足と持久走における体力には自信があり、高々二キロの距離など疲労にすらならない。助走距離に等しい。
 移動速度などから考えれば普段愛用する鎖を使い、それでの高速移動などをすればいいのだろうが――どこぞの天剣じゃあるまいし、鋼糸などという使ったら自分もろとも惨殺確定錬金鋼の修練はレイフォンは受けていない。
 そのため地を走り、錬金鋼を抜き、全力で駆け出す。

「レストレーション」

 カートリッジを引き抜き、複合錬金鋼のそれに装填。
 蒸気を噴出しながら、変形と復元を続行する大剣、それを担ぎ上げて走る、走る、走る。
 息を吸い上げる、剄息を行使し、活剄を以って身体を強化。
 汚染獣の巨体を見上げながら、付近に立つ岩肌を蹴り上げ、高度を確保。
 高く、高く飛び上がりながら、ギリギリまで抑えていた剄を錬金鋼に流し込み――電光を放つ刃を形成。轟剣と名づけられた刀身を覆う剄の刃を生み出す技、それに化錬剄による電流を纏わせた一撃。
 撃ち込んだ生物の肉を焼き、その内部を焼き尽くす破壊力を込めた一刀。

(いくぞ!!

 目が光る、レイフォンの脳裏に雷雲が轟いた。
 岩肌の頂点、そこから足を叩きつけ、自由落下を超える脚力を込めて汚染獣に向かって跳ねた。

「ギガァアアアアアアアアアア!!!」)

 落下、翳し、振り下ろす。
 複合錬金鋼の利点とも言える高い耐久力、それに任せてもう「こんにちは給料泥棒!」 という気持ちを込めて叩き込む。

【活剄衝剄混合変化・ギガブレイク】

「――ブレイク!!」

 サヴァリスの閃光雷撃などや、愛読するある漫画を参考にした剄技。
 脱皮前の汚染獣の殻、それが固いことなど先刻承知。だがしかし、過去レイフォンにとって最大の威力を発揮出来る複合錬金鋼の存在、そして入念な準備時間と助走距離。
 それを確保した斬撃一刀は音速を超え、振り落ちる剛剣の斬打より遅れて音が鳴り響き、破片が飛び散った。
 舞い上がる汚染獣の血しぶき、そして――


≪やった!?≫


 フェリの念威が響き渡り、レイフォンが叫んだ。

「それやってないフラグ!!」

≪えっ≫

 深々と複合錬金鋼、それを汚染獣の肉体にめり込ませていたレイフォン。その手の先で、振動――否、地響きが轟いた。

「!!」

 気づく。
 砕けた破片、それは汚染獣の殻であり……錬金鋼の刃片。

「お、おれたぁああ!?」

 ボキッと見事に折れていた、差し込んでいたカートリッジのそれが数本ともに砕け散り、残ったのはたった一本。
 即座に再生復元するが、その形成を待つ余裕もなくレイフォンが跳ねた。

<GIAXAAAAAAAAAAAA!!!!>

 咆哮、山ほどにもあるそれが身じろぎ――脱皮の殻を無理やり突き破り、解き放たれる。
 それは巨体であり、それは足を無くした退化の姿であり、その威圧感とおぞましさはレイフォンの脳裏に激しく警報を鳴らす。
 彼の知っている雄生体、それとは一線を隔した姿と凶暴性。
 それの存在を、彼は知識として知っていた。

「なん……だと?! 雄性体じゃない?! まさか、こいつ――」

≪どういうことですか?!≫

 跳ぶ、跳ねる、無理やりに殻を突き破り、荒々しく大地を蹂躙する生ける災害を見て叫ぶ。

「ろ、ろ、老性体だぁああああ!!」

 絶叫した、マジ泣きしそうだった。
 彼が戦ったことのない未知の汚染獣、天剣でしかろくに対抗の出来ない汚染獣の中の汚染獣。

「誰か天剣呼んでこい!! なにこれ、ありえない! レア中のレアって、のぉおおおお!!!」

 叫んでいる最中、そのレイフォンに向かって老生体の巨体が飛び込んだ。
 質量にして数万トンを超える質量の一撃、それに地響きと粉塵が吹き上がる。大地が飢えた牙に噛み砕かれ、文字通りの地響きを起こしながら老生体がうごめき、吼えた。
 圧倒的な汚染獣の王、その始まりである第一期。
 その特徴は――繁殖を放棄し、生物の営みを捨て去ったことによる半ば別種への進化、それの代償による多大な消耗と飢え。
 飢えたる獣、その圧倒的な食欲と理性無き凶暴性である。

<GI,XAAAAAAAAAAA!!!>

 狂える飢えた王。
 その咆哮が、汚染された荒野に響き渡った。








 大地を噛み砕き、それを飲み込み、暴れ狂う老生体。
 それはまさしく災害だった。

「――やばいやばい、おうち帰りたい」

 その咆哮、汚染獣から死角となる岩山の影にレイフォンは隠れていた。
 あの飛び込みからとっさに旋剄と鎖を駆使して脱出し、舞い上がる土煙と盛り上がった汚染物質の山に防護服を擦り付けて、臭いと色を迷彩し、殺剄を用いて気配を殺す。
 温度感知などによる感覚器官を持っていたらアウトだったが、どうやらそうではないらしい。

≪アルセイフさん、無事ですか?!≫

「なんとかね。というか、これから無事でいられるかはわからないね……」

 しっかりと傍についていたフェリの念威端末、そこから伝わる声にレイフォンは囁き声で返す。

≪あれは一体……≫

「老生体だよ。間違いない、遠目で何度か見たことがあるけど対峙するのは初めてだ」

≪!? あれが……≫

 フェリが息を飲む気配、それにレイフォンは無理もないなと首を軽く振って。

「老生体。並の都市なら人口の半分を費やしてなんとか撃退出来るかどうかっていう化け物だよ。軽くて半壊、力のない武芸者だけだったら全滅しても珍しくない脅威だよ。正直ツェルニが壊滅してもおかしくない」

 真摯に告げる。
 その声音にレイフォンの普段あるおふざけや、堕落しきった態度など微塵も存在しなかった。
 何故ならば――

「ごめん、僕でも勝てるかどうかは分からない」

 “彼は老生体と戦ったことはない”。
 老生体というこの星の生物の頂点、それと戦うのはグレンダンにおける天剣の役目。
 多少強いといっても一般的な武芸者の一人でしかないレイフォンに戦闘経験はない。精々がそれを討伐する天剣の姿を遠目に見たぐらい。
 未知数の相手、命を賭けてもなお勝てるかどうか。
 それすらも分からないのだ。
 故に。

「……はぁ、逃げたい」

≪っ!≫

 ぼそりと呟いた言葉、それにフェリはどう反応していいのかわからず。
 彼の言葉を聞いた。

「まあ勝ち逃げするしかないんだろうけどさ」

≪えっ≫

 足を踏み出す、レイフォン。
 それに彼女は念威端末を通して、見た。

「――ここで逃げたら、給料を払ってくれるところがなくなっちゃうからね」

 複合錬金鋼、それを腰の剣帯に収め、もう一本鋼色のそれを抜き放つ。
 フェリの見たことのない錬金鋼、それが彼の掛け声と共に復元し、一振りの刀となった。
 銀色の刃、全てを断つ為の一刀。
 彼の本気。


「逃げるのは、逃亡先を作ってからだ」


 告げる、最低にかっこよくない台詞。
 だがしかし、防護服越しの瞳は真剣そのもので、彼は抜き身の一振りとなっていた。

≪アルセイフさん……≫

 フェリの言葉が響き、レイフォンは軽く苦笑しようとして――

<GAAAAAAAA!!!>

 上から轟いた咆哮に、差し込んだ影。
 即座に見上げた先に見える老生体の頭、そして開いた大きな顎に――


「すいませんでしたぁああ!!」


 即座に謝りながら、レイフォンは全力で逃げた。迷いない行動だった。
 その後ろを老生体が追いかけ出し、大地が揺れた。
 荒野の世界に、矮小な人間と巨大なる汚染獣の戦いが始まった。







「ツェルニの進路が変更!! 汚染獣の脱皮に気づいたようです!」

「遅過ぎる! くそ、ツェルニが滅んだらあのロリ幼女のまたぐらにこけし叩き込んでやる!!」

 ツェルニの進路などをモニターしていた学生の言葉に、カリアンの怒声が響き渡る。
 なんというかもう駄目じゃないかなーという悲壮感が漂っていた。

「……遺書でも書いておくべきですかね」

 念威でモニターしながらも、フェリは若干諦めた目を浮かべていた。






**************
次回は駄目レイフォンVS老生体第一期です。
原作のレイフォンと違って、老生体などとの戦闘経験はないので相対的にはかなり弱い&びびっています。

原作のハイパー天剣のレイフォンさんなら軽く勝てても、こちらだと苦戦することがままあるのでご了承ください。
しかし、ツェルニ本当に天剣呼んで来い(トラブル多すぎる意味で



[10720] リハビリ :天剣のサヴァリス こうして彼は聖闘士を目指した
Name: 箱庭廻◆f5b4938b ID:aafb582a
Date: 2011/08/28 02:14
 注意事項:これはゴルネオがツェルニにくる前の話です。






 ――最近兄がおかしい。



 そう気づいたのはいつもの兄の鍛錬風景からだった。
 普段は剄を練りながら、相手も出来る人間もいないので一人で型の鍛錬をしているか、複数人の組み手という名の実験台を吹き飛ばしている兄――サヴァリス。
 あまりにも強く、あまりにも異常で、敬意と共に恐れを抱く天剣である兄。
 そのサヴァリスが、何故か普段は使わない打ち込み用の木偶人形を抱えて鍛錬場の端に立たせると、おもむろに殴り飛ばしては、その吹っ飛ぶ姿を見つめ、そしてまた拾い上げて殴り飛ばす。
 そんな行為を繰り返していたのだ。

(……? なにをしてるんだ?)

 轟音を響かせて、流れるようなしぐさで常のそれと比べればゆっくりとサヴァリスが拳を打ち込む。
 陥没音とその衝撃で真上へと木偶人形が吹き飛ぶ――高く作られているはずの天井で衝突し、まるで死体のように自由落下と共に落下し、鈍い音を響かせる。
 当然の結果。
 サヴァリスの腕力、そして技量からしてあまりにも当然過ぎる光景。
 しかし、それに。

「……」

 微かに、見慣れてなければ分からないほどに兄が目つきを渋くした。
 くい、くいと手首を軽くひねりながら、何度か動きの確認をしたかと思うと。

「――」

 無言で木偶人形を立たせ、間合いを広げると――明らかに分かるほどに剄を行き渡らせ、兄が拳を打ち放った。
 自分の目程度では追い切れない、振り抜いたあとに響いた打撃音でようやく理解するほどの速さ。
 そして、それにぼろぼろだった人形が破砕し――上下に真っ二つになり、木屑を散らした。
 ぱらぱらと散る木屑、それに同じ鍛錬場にいた誰もが言葉を飲み込んで。
 俺は見た。

「…………意外に難しいね」

 拳を突き出したまま、愉快そうに唇を歪めた兄の姿を。



 そして、その日から兄の奇行が始まった。






 天剣のサヴァリス

   こうして彼は聖闘士(セイント)を目指した




 ――サヴァリスは考える。
 再現し切れない、己が技量を以ってしても容易ならざる技巧の再現方法を。

(……ふむ、面白いな)

 ペラペラと片手で開き、このグレンダンで――いや、今までの人生で読んだあらゆる書物の中でも見たことのない精巧な絵と特徴的なタッチで描かれた、【聖闘士星矢】と書かれた本に目を通しながらサヴァリスは思う。
 車田飛び。
 そう形容される現象がある。
 具体的に言えば如何なる方角からダメージを与えようとも、己が背後に吹き飛び、きりもみをしながら仰け反って吹き飛ぶ光景のことだ。
 真正面からの一撃であろうとも、その衝撃と反するように後ろに、それも上への軌道を描いていく。不可思議な光景。
 だが、それを受ければ相手はどう足掻こうとも体勢を立て直すことも、受身を取ることもできずに脳天から落下する。
 例え熟練の武芸者であろうとも、受身も態勢を立て直すことも出来なければ死に至ること十分にありえる。そう考えれば、極めて有効な技術と言えるだろう。

(しかし、これは容易くはない)

 武芸者を多く要する槍殻都市グレンダン、その中で頂点に立つ天剣であるサヴァリスにとっても初見では再現し切れない。
 それほどの難易度を誇る技術、それが車田飛びだった。
 冷静に考えればただのフィクション、その過剰な演出であり、実現など出来るわけがない文字通りの絵空物であったが――

(彼はやっていたな)

 ――レイフォン。
 レイフォン・アルセイフ。
 つい数日前、名前どころか存在すらも知らなかった武芸者の少年。
 彼が秘めた剄の量、そして隙だらけに見える、武芸者としてありえないほどだらけきった姿勢を持った少年。
 彼から借り受けた文献、その中の技を彼は体得し、再現していた。
 真正面から汚染獣を殴り飛ばし、背後へ錐揉みさせながら吹き飛ばす――車田飛びを。
 その時点で実現は可能だと証明はされている。
 ならば、やってみせる。
 そう考え、サヴァリスはもはや無用の長物だと思っていた打ち込み用の木偶人形――それも古くなって捨てるだけだったそれをを引っ張り出した。
 無論、彼は再利用だとか、ものの有効活用などという意識ではなく……純粋に新品のそれを使えば、瞬く間に尽きるだということを理解していたからだった。
 周囲の視線も気にせず、拳を、蹴りを、技を叩き込んでいった。
 舞う、舞う、舞う、吹き飛ぶ、砕け散る。
 あまりにも脆い、あまりにも弱い、あまりにも容易い。
 それは手加減した一撃であってもひしゃげ、本気を出せば消し飛んでしまう。故にじれったい、自分の強さのあまりに難しい。
 正確に言えば、これだけの強さがあれば並大抵の、それも自分と同格である天剣並みでなければこんな技術を身につける必要はない。そもそも吹き飛ばすなどという運動エネルギーのロスなど押さえ、そのまま自らの手で破壊したほうがよほど効率的だろう。
 だがしかし。
 けれども――サヴァリスは嗤っていた。

(無駄だ、無駄だと分かっている――だが、己が出来ぬこと、それがまだあったことが嬉しい)

 じれったいほどに手に入らないもの、それを久しぶりに見つけた喜びは、習得出来ぬ苛立ちを遥かに凌駕する歓喜だった。
 剄を漲らせ、軽く大気の壁を押し込み――外力剄衝剄の変化・天馬流星拳を放つ。
 やろうと思えば秒間八十発を超える拳速で打ち込んだ一撃、それに木偶人形が破砕しながらも舞い上がり――錐揉みしながら落下した。
 ……後方ではなく、サヴァリスの眼前で。

(着弾の角度ではなく、回転……それも相手の軌道を変化させるだけの衝剄が必要か)

 学習。
 ルッケンスにおいて初代を超えるとも言われる天才にして、狂人。
 サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスはこと戦闘においては貪欲なまでに学習し、体得し、己が力に変えていく。
 たった十数体の木偶を破壊する頃には錐揉みを起こし、さらに数体進むごとにその吹き飛ぶ角度は変化し、そしてやがて木偶人形は錐揉みを起こしながら、サヴァリスの背後に脳天から落下し、破砕するようになった。
 朝から夜まで、常のサヴァリスを知るものならば目を疑うような熱心さでの習得。

 そして、サヴァリスは漫画片手に三日と経たず車田飛びを習得した。






 車田飛びを習得したサヴァリス。
 次に彼が目指したのはもちろん技だった。

(蠍座の形に突き、15発目で殺すスカーレッドニードル……15発も殴る前に急所を撃った方が手っ取り早いな。グレートホーン……両手を組んで、これはただ殴るだけか? いや、この構えから剄を満たし、迎撃で打ち払う技か? リヴァースの金剛剄に近いが……)

 日課の食事、紅茶を啜りながらも片手で聖矢に読み耽るサヴァリス。
 その行動に彼の父も、さりげなくだが弟のゴルネオも咎めたが、サヴァリスは一切気にせず読書を続け、その姿にやがて彼も諦めた。
 何をやっているのかは分からないが、どうせすぐにサヴァリスはそれを極めてしまい、やがて飽きてしまうだろうと。
 しかし、サヴァリスは飽きなかった。
 基本的な青銅聖闘士の技を軽く体現してみせると、「……この程度じゃあつまらない、もっと違うのを覚えよう」といいながらエピソードGを取り出し、それを片手に剄息を行い、剄を練り上げる。
 幾つかの技を試してみたが、彼の一番肌にあったのは――

「……電光か、これはいい」

 夜闇の中、誰にも見られぬ高き場所で、一人サヴァリスは手を掲げ、その指先から紫電の迸りを生み出した。
 外力剄衝剄の化錬剄変化、纏った剄を自身の生体電流を真似て、なおかつそれを数十、数百、数千倍にまで増幅させた電流。
 闇の中で新たなる街光が生まれたのかと錯覚するほどの電光。
 エピソードGでは神をも殺す技として描かれたそれに、サヴァリスは興味を覚え、再現してみせた。
 今はまだ模倣程度であり、威力もまたオリジナルのそれとは比べ物にならないほど脆弱であるが――

「ああ、このような敵が本当にいればいいのに」

 ゾクゾクと愉悦を覚えながら、片手に開いたそれを見つめる。
 ティターン神族、かつてこの星(星という意味はよくわからなかったが)にいたとされる敵。
 その強さはサヴァリスの常識を超えて、喜びの入り混じった戦慄を与えるほどだった。
 雷より早く動く? 大地が蒸発するほどの熱風? 異界より異形を生み出し、使役する?
 なんと恐ろしく、どれも自らの知る天剣のそれに匹敵するほどの異常性。精巧に描かれたそれはその強さを、容易にサヴァリスに想像させる。
 レイフォンは言っていた。

 ――これは昔の武芸者の文献だと。

 それが事実であるという証拠はない、だがしかし。
 現実に、今の世に、いたのならば戦ってみたい。そう喚起するほどの強者共。
 そして、思う。
 過去にいたのならば、今の己が追いつけぬ理由はないと。
 参考程度の情報があればいい、ならば追いつき、凌駕して見せよう。
 溢れ出る意思、それに比例し生み出される莫大な剄、そこより変化した電光が周囲の空気を焼き、焦がし、その手に握られた拳をより熱く焼いた。
 熱く、熱く、狂気を奏でるように。
 足を踏み出し――剄を込めた脚部・旋剄を以って、夜の街を飛び渡った。









 そして、一週間後。
 汚染獣への出撃要請もなく、聖矢を読みながら食事を取り、聖矢を読みながら鍛錬を続け、星矢を読みながら組み手を行い、星矢を読みながら王宮に出向いたら女王に瞬く間に奪い取られたなどという出来事がありながらも、サヴァリスは幾つかの技をそれなりに問題ない程度に習得していた。
 ある日のことである。

「――……ゴルネオ、ちょっといいかい」

「? なんだ?」

 鍛錬場で黙々と兄の奇行に慣れてきたゴルネオが修練をしていたので、片手で軽く呼び寄せる。
 ? と首をかしげながらもやってきた弟に、彼は言った。

「少し実験をしたいんだけどいいかい?」

「えっ」

「剄の質を上げる方法なんだが、まだ効果がよくわからないんだ。だからゴルネオも試してくれないか?」

「剄の質を、上げる? ……まあ危なくないなら」

 一応興味があったので頷くゴルネオ。
 それにサヴァリスは珍しく笑みを浮かべて、告げた。

「よし、それならまず錬金鋼を外すんだ」

「?」

 サヴァリスがまず手足に天剣を外し、ゴルネオも外した。
 そして、お互いにただの生身になったのを確認し――サヴァリスが上着を脱いだ。

「――えっ」

 上着を脱いだ。
 具体的には上半身裸になり、構えた。

「ゴルネオ、剄を全身に巡らせるんだ」

「いやまて!!! なんでそもそもそっちが上を脱いでいる?!」

「ゴルネオは、廬山百龍覇を使えないだろう? なら意味がないからね」

 意味がわからない。
 ゴルネオの全身があわ立ち、兄を見た。
 そして、迸る紫電に、血相を変えて――

「生死の極限で、無防備になれば剄(コスモ)がより燃える――らしい」

「?! こ、コスモってなんだよ!!」


 踏み込む、紫電を迸らせ――ゴルネオに見える程度の動きで、吼えた。







「燃えろ!!! 僕の剄(コスモ)!!!」




 そして、ゴルネオは吹っ飛んだ。
 サヴァリスの後方に、錐揉みしながら、仰け反っていた。
 車田飛びだった。






 ――この数日後、汚染獣相手にサヴァリスが電光を発しながら蹴散らし、レイフォンと再会することになるとはこの時誰も知らなかった。





****************
久しぶりに書いてみたリハビリ作です。
続きは書く気ありますのでどうかよろしくお願いします。





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