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[36362] 【完結】サモンナイト3 ~不適格者~
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/12/22 13:20
 第一話 始まりは必然で





 少女は真っ白になっていた。
 華麗に舞う。
 彼女の動きに合わせて、その姿から彷彿させる流麗さとは裏腹に嵐が生まれる。
 ここは舞踏会などではない。
 戦場だった。




 あ、また一匹吹き飛んだ……。
 ずしゃぁ!っと粘り気のある身体が粉々になるのを遠い目で見送る。
 目の前のゼリーっぽい軟体召喚獣の数を盛大に減らしていく女の子を、俺はぼーっと見つめていた。
 ……この娘ナニモノ?
 おっかしーなぁ、俺ってば先生として呼ばれたと思ってたんだけど。
 一日も経たないうちに(体感時間)生徒のが強いと判明。想定外ですよ。マルティーニさん、マジ何考えてんですか?
 なんて考えるうちにもまた一匹お星様になった。ナムナム。
 さすがに召喚獣も学習したらしく散り散りになって逃げ出していく。
 あっという間に消え去り、周囲には俺と白少女、そしてピンク色の豚のような物体Xだけとなった。

 と、白少女が突然俺の知っている姿に戻った。
 そういえばいつの間にか彼女は剣握ってたけど、今は無手になっている。
 はて、あの剣や白髪化は特殊技能なのか召喚術なのか。でもあんなデタラメな召喚術聞いたことないし。憑依にしてもあそこまで反則的なパワーを生み出すものなんてあるものなのか?
 などと、適当なこと考えてると、元白少女が振り向いた。満面の笑みである。

「え……」

 あれー?
 俺の顔見た瞬間に困惑の色を浮かべていますよ元白少女アリーゼさんってば。
 これはちょっと傷つきますね。
 でもそんな考えおくびにも出しませんよ、男の子だからね。

 俺はアリーゼの元へ向かい、

「大丈夫かい、アリーゼ?」

 心配そうな、だが暖かい笑みを浮かべる。
 どうよ? これが大人の対応ってやつですよ。
 実は白少女化してたアリーゼにめっちゃびびってたけどさ。今も若干腰引けてるけどさ。いや、なにあの白髪鬼って思うよ普通。こんなジェノサイドっぷりを見てて平静を保つのは一苦労です。
 そんな俺の心労は知らず、アリーゼは困惑した表情で辺りを見回している。
 
「探しもの?」

「あ、はい……その、他にだれかいませんか……?」

 ……ああ、そういうことか。
 不安げな彼女の問いに、俺は答えてやることが出来なかった。



 工船都市パスティスへ船で向かう途中に遭遇した嵐。
 船の中から投げ出されたアリーゼを救うため、俺は荒れ狂う海へダイブした。もちろん溺れた。
 気がつくと、見知らぬ砂浜に漂着していたのだ。
 奇跡的に俺の身体に異常はなく、また、俺の記念すべき初生徒となったアリーゼも特に怪我もせずに、俺のすぐそばに倒れていた。恐ろしいくらいの不幸中の幸いだ。
 
 まずは自分のいる場所を把握しようとアリーゼを背負い周囲を散策すると、わらわらといるわいるわゼリー軍団。
 到底迎え撃てる数ではなく、俺は迷わず逃げようとしたが、背中のアリーゼが突然の白化覚醒。
 いつの間にいたのか、ゼリー軍団中央にいるピンク色の豚のような召喚獣Xへ向かってアリーゼはまっすぐ疾走し、ゼリー大量虐殺が開幕したのだった。



「そんなはずありません!」

 俺たち以外の人は見ていないと言うと、アリーゼは絶叫し一人駈け出した。
 あー、またゼリー大量発生してたらどうすんねん……って自力でなんとかできるのか彼女は。
 ふと、視線を感じ振り向くとそこにはピンクの豚。

「キュピ」
「………」

 視線を交わし、同時に頷く。
 俺たちはアリーゼの後を追って走りだした。

 自力でなんとかできようと、放っておくわけにはいかないでしょう。俺の記念すべき初生徒なんだし。
 先生よりも優秀っぽいけどさ。




 翌日。
 結局アリーゼはあれから方々走り回っていたが、突然糸が切れるようにぱたんと横たわってしまった。
 体力の限界だったのだろう。気を失っていた。
 幸運なことに野宿ができるレベルの気候だったので、なるべく柔らかそうな草場に移動し、アリーゼを隣に寝かせ俺は周囲を警戒しながら一夜を明かした。
 このときピンクの豚はアリーゼの隣ですやすや休んでいた。召喚獣というよりペットだよこの豚。

 日が昇ると同時に活動開始。
 まずは船から流れ着いた使えそうなものを回収。
 使う人いなさそうだしね。頂戴します。

「……ん」

 アリーゼが起床し、俺の顔を見て「あっ……」と気まずそうに目をそらす。

 なにこれ……俺どんだけ嫌われてんの?
 でもめげない。先生ですから!



「というわけで、腹ごしらえに魚を獲ります」

 アリーゼを連れ使えそうな枝を探して削って、流れ着いたものを解体したりして即席の釣竿(仮)を作る。
 ぱぁっとアリーゼの目が輝く。
 島へ来て、いや、出会ってから初めての好意的な視線だ。嬉しい。
 だが、お嬢様であるアリーゼが釣竿(仮)にこんな興味を持つとは意外だ。
 どうせなので彼女の分も作成。

「ありがとうございます」

 いえいえ、この程度なんてことないよ。
 と応える間もなく、アリーゼ、海岸の岩場へ向かい岩をひっくり返しています。
 手早くミミズを針に貫通させ海に向かって大上段からの素振り。セット完了。

 ……このやり慣れてる感はなんですか。

 釣り好きなお嬢様ってめずらしいよね、ていうか行動がワイルドだよね。
 などと思いながら隣に座ってセット。待機。
 静かな規則正しい波の音をバックに、俺はようやくひと心地つくことができた。



[36362] 第二話 悩める漂流者
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/01/04 16:33
 あー、なんでこうなるかな。

 魚で腹を満たして周辺を散策していたのだが。
 目の前にいるのは俺たちの乗っていた船を襲った海賊。
 金髪のいかにも脳筋タイプの野郎とヒョロい地味な男。

「へぇ……お前らも生きてやがったワケだ」

 脳筋による、威圧、とまではいかないが警戒バリバリの視線が痛い。
 こいつには船の上で仕掛けられて手下を倒されてしまっている手前、このまま何事もなくおしまい、なんてことはできないだろう。たとえ見知らぬ島に漂着した緊急事態であっても。
 海賊ってのはメンツに命かけてなんぼな連中なんだから仕方ない。

 脳筋が一歩前に出る。

「ガキは無事に助けられたのか。大した野郎だな」

「カイルさん、彼が……?」

「そう。ガキ助けるために荒れた海に飛び込んだ大馬鹿野郎だ」

「結局溺れて運良く二人共ここに流れ着いただけだけどな」

 正直に言う。嘘は好きじゃない。

「なんだよそりゃ。ははははは」

 ひとしきり快活に笑って、脳筋はさらに笑みを深くする。 

「さて、話もまとまったところで。
 あの時の続きと行こうか!?」

 まとまってねぇよ。
 文句を言う代わりに剣を構える。見知らぬ持ち主さん、あんたの剣有効活用させてもらうよ。
 相手との間合いを計りながら、後ろのアリーゼに声をかける。

「アリーゼ、下がってい……」 



 シャキーン!



 ん?
 振り返るとそこには白化したアリーゼさんが!
 お、おぉ。近くで見ると髪逆立ってて私めっちゃ怒ってますって全身で表してるみたいだな。

「碧の賢帝(シャルトス)!?」

 地味男が真っ先にアリーゼに反応する。

「ちょっと、待って下さい! あなたそれを……」

「みなさん仲良くして下さい!!!!」

 地味男の言葉をさえぎり、アリーゼ絶叫。
 大上段に構えた剣から溢れ出す荒れ狂う魔力。わぁお、プレッシャー半端ないっす。

「おいおいおい、なんだよあれは。……お前ら何者だ」

「ら、をつけるな。俺が知りたいくらいだ」

「そこ! コソコソなんですか! 反対なんですか!?」

『賛成です!』

 少女の一喝に、大の男二人が唱和する。
 アリーゼは「こういう時は力を合わせないといけません」だの、「すぐに暴力に訴えるのはよくありません」だの矢継ぎ早に言葉の速射砲を発射している。
 今のアリーゼって暴力に訴えてんじゃないの?とか口に出してはいけない。

「んぎゃっ!?」

 隣にいる脳筋のように丸焦げにされるから。

 ……ふっ、危機管理意識は常に持ってないとな。
 つか、生きてるかな、こいつ。魔法耐性低そうだし、真面目に死の心配があるぞ。思うだけで何も出来ないけどさ。今下手に動くと俺まで巻き添え食らいそうだし。

 ちなみに地味男は最初のプレッシャーに負けて気絶していた。




 金髪の脳筋野郎、カイルの提案で俺達を海賊の客分として迎えられることとなった。
 アリーゼの凶悪な強さに感動したらしい。Mなのだろうか。

 今はアリーゼも元に戻り、気絶したヤードを俺とカイルで持って海賊船へ向かっているところだ。
 船は故障していて動けはしないが食料、水等の蓄えがあるようで、雨風を凌ぐこともできる。
 いつまでも浮浪者生活はゴメンだ。俺は即座に賛成した。

「アリーゼはよかったのか? 海賊の仲間になって」

「いいんです。カイルさんもヤードさんも悪い人じゃないと思います」

「がはははは。海賊を前にして言う台詞じゃないな!
 ますます気に入ったぜ嬢ちゃん」

 気をよくするカイル。隣でニコニコ笑いながら歩くアリーゼ。
 その姿に俺は違和感を持つ。

 アリーゼって、こんなに積極的に人と打ち解けるタイプなのか?
 確か初めて出会ったときはもっと……。

「ああああああああ!?」

「をを!?」

 アリーゼ、突然の絶叫。
 隣にいたカイルが驚きヤードの頭を落とす。岩にぶち当たるヤードの頭部。南無。
 それにしても絶叫の多い娘さんだ。先生いろいろな意味で心配になってきたよ。

「えと!! えと! その、……あの!!」

 言いたいことがまとまらず勢いだけになってしまっているようだ。
 人間、気持ちだけが先行するとそういう風になることがある。

「アリーゼ。どうしたいんだ?」

 こういう時は、何を欲してるのかを端的に聞いてしまうのが手っ取り早い。
 慣れた相手なら考えを読むこともできるんだろうけど、まだまだその道は遠そうだ。

「その、早く、船に行かないと!」

 ふむ、何かしら急ぐ理由があるということか。
 ……む! ピンと来たぜ!

「カイル走るぞ! アリーゼが大変なことになる前に!」

 小声でカイルに俺の予想を伝えると、さすがのカイルも顔色を変えた。

「……!! お、おう! そいつは急がねぇといけねぇ! 間に合わなかったら大惨事だぜ!?」

 男二人でヤードを担ぎ直しダッシュ。
 ジト目でついてくるアリーゼ&豚。

「……トイレじゃないですよ」

 ぼそっと言うアリーゼの声は聞こえなかったフリをした。

 外れたかー。道は遠いな。




「あれだ! あれが俺達の船で……」

 ダッシュしながら説明するカイルの言葉が切れる。
 根城にしている周辺の様子が明らかにおかしい。

 あれは……サハギンとゼリー!? ファック! 一体どんだけここにはぐれ召喚獣がいやがるんだよ!
 数はやっぱり多い、ここは慎重に……って何突っ込んでんですかカイルさーん!?

「うおおおおおおおおお、ふざけんなこの野郎!!」
 
 速攻でゼリーを光にするカイルパンチ。

 なんだよ普通に強いじゃねーか。ガチで戦ってたら危なかったかもしれないねこれは。
 うん、でもね、ヤードさんを置いて行くのはやめようね。彼また頭打ってるから。深刻なダメージになりつつあるかもしれないよ。

「兄貴!? 待ってたよ!!」

「難儀なお留守番だったわ」

 男女がカイルに声をかける。

 女の方はカイルの妹なのか? 兄貴言ってるし同じ髪色だし。
 もうひとりはオカマか。
 見たところ二人共怪我はしているが軽傷で大したことなさそうだ。
 あの数を相手に大した連中だな。

 カイルを先頭に妹、オカマがそれぞれ斜め後ろに位置を取る。
 悪くない陣形だ。
 カイル頼みな部分がネックっぽいが。

「ねぇカイル、ヤードはどうしたの?」

「あそこだ!」

「……なんでジャイアントスイング発動前みたいな状態になってんのよ。だいたいあれ誰?」

 いけね、足持ったままだった。
 離す。自由落下。
 もちろん動かないヤード。どう見ても気を失ったままです。

「ちょっとちょっと! 回復なしでここ切り抜けろっていうの!?
 いくらなんでもそれは無茶ってもんよ」

「私がやります」

 カイルの後ろ。オカマと妹の間っこに陣取るアリーゼ&豚。
 すでに戦闘態勢に入り召喚石を構えるアリーゼに対して、え、だれこの娘?状態のオカマと妹。

「こまけぇことはあとで説明する! 今は切り抜けるぞ!!」

「う、うん」

「はいはい」

 はぐれ召喚獣滅殺パーティの開幕だった。




 さて。
 目の前にいるはぐれの大半はやっつけたわけだが、遠巻きに見ている連中はまだまだいるわけで。
 俺も参戦し、ヤードも叩き起こしてアリーゼと一緒にピコリット連打してもらっていたが、魔力も尽きてこれ以上の援護は望めない。皆の疲労も激しい。ダメージよりも体力的な限界が先に来ている。

「くそ、倒しても倒しても次から次へと出てきやがる!」

「アイテムも手持ちの分は尽きてるわ」

「ピンチだよね……」

「私が!」

 片膝をついていたアリーゼから淡い光が発される。
 すわ、アリーゼ白化か!? と思われたがそれ以上変わる気配はない。
 疲労困憊な状態で、できるものではないのだろうか。
 ちなみにヤードはピコリットを限界まで使用してぶっ倒れている。

 俺は周囲を確認する。
 やっぱりあれを使うしかないのか。
 気が進まないが、このままでは本当にやられてしまうだろう。
 覚悟決めますか。男の子ですから。

「キュピピ!!」

 俺が前に出て皆から離れると、豚が隣に並んだ。
 一人から一人と一匹へ。心強いぜ豚よ。

「かかってこいやああああああああ!!」

 俺の甲高い奇声に、はぐれ達が反応する。
 アリーゼ達も反応してるっぽいけど、それはどうでもいいことだ。
 はぐれ達に向かって右手の中指をおっ立てて、返す手で親指を下に向ける。

「ギギギギギ!!!」

 意味が伝わったわけでもないだろうが気分の問題だ。
 スキル、『挑発』。
 敵の注意を自分に引きつける技。下手すると総攻撃を食らうから使い所を気をつけないとマジ死にます。

「ギギギギッギギギギ」
「ギーーーーーーー」

 奇声を発し、それぞれが最短距離で俺に突っ込んでくる。
 俺はその攻撃を一つ一つに対し、剣で、腕で、時には豚が受け流しながら、どうにかある場所へと誘導していく。

 バシュゥッ!!

 ……痛ぅぅぅ!?
 くそ! ゼリーの野郎、遠距離攻撃やめやがれ。ガードしきれねぇだろうが!

 思わずゼリーに対して攻撃を仕掛けようとするが、前を行くサハギンが邪魔でどうにもならない。
 ち、やっぱりゴリ押しじゃ無理だ。

 冷静に相手の攻撃を受け流す動作にもう一度切り替え、ようやくはぐれを誘導することに成功した。
 俺はダッシュでその場を離れて振り返る。

 さて、それではお前ら、

「おさらばですよ」

 剣を思いっきり投擲する。
 剣は大量の火薬箱が固まってる地点に向かって放物線を描き、


 ゴヴゥゥゥゥゥン!!!!


 爆発、誘爆、大爆発。
 はい、一丁上がり。








 はぐれ召喚獣を追っ払った後、カイルから妹分(本当の妹ではないらしい)のソノラ、後見人のスカーレル(オカマではないらしい)の紹介を受けた。
 ソノラは俺とアリーゼ+豚が客分として迎えられることに肯定的ではなかったが、先の戦いを通して信用をしてくれたらしい。
 スカーレルに関しては二つ返事で歓迎された。話がわかるオカマで助かる。

 ひとまず今日は各自休息することとなった。
 死闘というほどではないが、とにかく疲れた。
 とっととベッドに入って意識が遠くなってきたあたりで、隣の部屋のドアの開閉音。

 夜も遅い、こんな時間になんの用だ?
 放っておくか、追いかけるべきか。
 そうそう迂闊な行動はしないと思うが昨日の行動を考えると……。
 念のため様子を見ておいた方がいいか。



 甲板。
 アリーゼは夜空を見上げていた。
 豚(キユピーと命名されていたが豚は豚だ)も一緒にいる。
 声をかけようとしたが、アリーゼの背中を見たら何も言えなくなってしまっていた。

 小さい。細い。

 俺があのくらいの年のころ、果たしてどの程度物事を考えられていたのか。
 あの娘は、この見知らぬ島へと流れ着いた状況をどのように考えているのか。
 ヤードから剣に関する説明を聞いて何を思ったのか。

 目まぐるしい事態の変化から一時でも開放された今、張り詰めた緊張の糸は切れてしまっていて当然だ。
 アリーゼの横顔は、工船都市パスティスに向かう船の中で見せた表情と同じだった。

 ホームシック。

 マルティーニの屋敷のことを想っているのだろう。
 夜空を見る彼女は、涙を流しているよりも、よっぽど泣いているように見えた。

「キュピピ」

 豚が俺に気づいたらしい。アリーゼから俺のところに飛んできた。
 アリーゼが振り返る。

「あ……」

「星、見てたのか?」

「はい」

 俺の問いにアリーゼが微笑む。

 ……何を想ったらそんな笑みができるんだよ。

 思わず顔が歪みそうになるのを必死で抑える。
 誤魔化すため視線をアリーゼから空に向ける。
 満天の星空だ。

「ここは、星が綺麗です」

「ああ」

「本当に……綺麗」

 それきり、アリーゼは黙して星空を見つめていた。

 ……ホント、道は遠そうだ。 



[36362] 第三話 はぐれ者たちの島
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/02/25 11:19
 翌朝。
 やはりベッドでの眠りはいい。久方ぶりの快眠だったぜ。
 お、あれは……

「なんだ先生、早いじゃねぇえかよ」

「カイルこそ朝から稽古とはな」

 感心する。あのストラナックルの威力も納得だ。

「もう習慣になっちまったるからな。やらねえと逆に調子が出ねえんだよ」

 羨ましい性分だ。
 俺が軍学校にいたころは……

「アニキー! せんせー! 朝飯できたよーっ!」

 ソノラからお呼びがかかった。
 俺はアリーゼを起こしてくるとカイルに伝えアリーゼの部屋へ向かった。




 部屋の前でノック。

「アリーゼ、起きてるか?」

「………」

 返事がない。
 再度呼びかけるが応答なし。

 さて困ったな。
 子供とはいえ女の子の部屋に無断で入るのは気が引けるが。

「まぁいいか」

 思考を2秒でまとめ、部屋の中に入る。
 当たり前だが中は生活感のない空間だった。

「……すぅ……すぅ」 

 完全に寝てますね。
 ゆったりとした規則正しい呼吸で安らかに眠っている。
 久方ぶりのベッドにやられたのだろう。恐るべし快眠パワー。

「……ちっと顔赤いか?」

 今はこのまま寝かせておこう。
 念のため後で病食でもないかソノラに確認しておくか。




 アリーゼ以外の連中で食事をとった後。
 俺達は今後のことについて話し合っていた。

 まず、剣について。
 昨日の夜に簡単な説明は受けていたが、どうにもきな臭い一品らしい。
 強大な魔力と知識が封じられた剣。

 確かに白化したアリーゼは信じられない程の戦闘能力を有していた……。
 素の状態でも年齢を考えれば十分な能力はあったけどな。
 
 剣はさらに他にもう一本あり、それに関しては現在どこにあるか不明ということだ。
 さらに剣は無色の派閥関係のものということで猛烈にイヤな予感が止まらないね。
 帝国軍も剣追ってるっていうし。なんて面倒な。

 ……そういえばあの船の中に帝国兵がいたな。
 彼女の声を聞いた気がしてたが、どうやら気のせいではなさそうだ。

「私は無色の派閥から抜けるつもりでいました。
 二本の剣は派閥にとって重要なものであるらしく、私はそれらをどこか誰も知らないところへ捨てに行こうと考えていたのです」

 ヤードに何があったかまでは話してもらえなかったが、おおよその事情は理解できた。
 客分であるヤードのため、カイル達も剣を追っていたということか。
 つまり……、

「俺は完全に巻き込まれただけってことか」

「返す言葉がねえよ」

 頭を下げるカイル。

 海賊やってる割には素直な奴だな。

「それはそれとしてだ。
 まずは島について知りたいんだが、カイル達は何か知ってるのか?」

 異常な数のはぐれ召喚獣。
 まだロクに歩いてないからなんとも言えんが、人の手が加えられてる形跡がない。
 無人島?
 いや、人が、召喚士がいなければ召喚獣は原則現れない。
 一体この島はなんなのか。わからないことだらけだ。 

「ん?」

 思案していると、カイル達はあきれた表情で俺を見ていた。

「なんだよ。まさか船にずっと引きこもってたのか?
 それとも俺と同じで島に着いたばかりなのか?」

「ふふっ。後者よ」

 スカーレルが笑って答える。

「センセって変わってるって言われるでしょ」 

「………」

 遠慮のない野郎だ。
 こちとら、過ぎたことをぐだぐだ言うのは好きじゃないだけなんだよ。

「わたしたちも来たばっかりでよくわかってないんだ。
 アニキ達が先生に会ったのも島の調査をしていたからだし」

「船の修理をしなきゃいけないからな。
 そうそう、本当はあの時明かりを調べに行ってたんだ。
 島に流れ着くときに、4つの光が見えてよ」

 4つの光ね。
 さて、何が出ることやら。








「……ん」

 扉がノックされた音でアリーゼは目を覚ました。
 横を向くとスカーレルが食事を持ってきていたのがわかった。

(……お昼すぎまで眠ってしまうなんて。こんなに寝坊するのはいつ以来かな)

 アリーゼはスカーレルから、レックスとカイル達が紫の明かりに向かって島の調査に出発したことを告げられる。
 スカーレルは留守番を任されていた。

 スカーレルは食器を机に置くと、アリーゼの額に手を当てる。
 特に抵抗もなくアリーゼはその行為を受け入れる。

(ひんやりしていて気持ちいい)

「センセの言った通りね……。
 アリーゼ、あんたちょっと熱あるわよ。
 それ食べたらゆっくり寝てなさい」

 スカーレルがアリーゼの布団を直すと、すぐに出ていった。

(……ん、いつもより身体が重い気がする。ちょっと頭も朦朧としてるような。
 剣を使ったからなのかな)

 アリーゼはほぅっと息を吐く。
 
(……少し休んだら私も行こう)








 島の調査のため、俺達は紫の明かりの元へ散策に行った。
 そこでファルゼンという全身甲冑野郎に会いわかったこと。

 ……この島も相当いわくありやがる。
 召喚獣の実験場とはたまげたよ。

 護人と呼ばれる四人の召喚獣を紹介され、船の修理については了解を得られた。
 資材も常識の範囲内であれば、採取し使用することの許可も得られた。
 目的は十分果たしたわけだが、人間と召喚獣との話し合いはそれはそれは冷めたものだった。

 ……当然か。
 俺だって問答無用で召喚された先が人体実験場だったらドン引きだ。
 そいつらと同じ種族の奴に好意的に接するなんて無理に決まってる。

 だからこれは仕方のないこと。
 この場にいるだれも悪くないのだから。

「くれぐれも、私達に干渉しようとしないでね。
 こちらも好き好んで争いたくはないから」

 アルディラという機界集落の護人の言葉を最後に解散した。





 夕方。
 船に戻ってから、俺はアリーゼの部屋を訪れてこの島のことについて説明をしておいた。
 するとアリーゼは目を丸くした。

「それで帰ってきてしまったんですか!?」

「ああ。あれ以上話してもギスギスするだけだろうし。
 向こうの言い分は真っ当で譲歩もしてもらったんだから十分だしなぁ」

 多少気まずい雰囲気はあるが、これからのことに支障が出るわけでもないし。
 その程度なら許容範囲だろう。

「そう……ですか」

 アリーゼは顔を伏せ部屋を出ていった。
 心なしか乱暴に戸が閉められたような。

 なんかマズったかねぇ……?




 本人不在の部屋にいつまでもいるのもアレなので、船長室へ来てみた次第。
 先客はスカーレルでお茶を飲んでいた。

「センセもいる?」

「おお。さんきゅ」

 スカーレルからカップを受け取り、ずずっと半分ほどいただく。

 いやー、落ち着くね。
 と、まったりとした気分になったところで、スカーレルが言った

「ねぇ、アリーゼってどういう娘なの?」

「どうって言われてもなぁ。俺も会ってまだ日が浅いからよくわかってないんだ」

「あらそうなの?
 ……でもそういうのじゃなくってね。なんて言ったらいいのかしら」

 スカーレルは思案して、

「不自然」

 一言で示した。

「不自然って、なにがだ?」

「お昼をすぎてから、一人で船出て島を歩いてたのよ。
 ちょっと後つけたら、ズンズン奥まで行くから慌てて連れ戻したんだから」

 なるほど、不自然だ。
 正直うさん臭い行動だ。

「複雑な年頃なのかねぇ」

「しっかり面倒見てあげてね、センセ」

 腐っても先生ですからね。
 ただ、そういう心の機微みたいなものはスカーレルのがよっぽど向いてそうなんだが。

「アタシは気がついても、きっと行動に移せないから」

 俺は気が付かなくて終わりそうだ。

「適当にがんばってみるよ」

 おざなりな言葉で締めて会話を撃ち切った。
 それを見計らったかのようなタイミングで、



 ドゴォォォォォォォォォン



 遠方からの爆発音が空気を震わせた。








 皆で爆発音のした場所に到着すると、すでに場は収まっていた。
 気を失っているアリーゼを抱えているファルゼンがいる。
 人間が突然はぐれ達に襲いかかってきたところを、アリーゼが白化して無双したらしい。

「ワレダケデハ、タイショデキナカッタ。
 レイヲイウ」

「俺は何もしてないぞ」 

 ファルゼンから受け取ったアリーゼを背負い直す。

 来た時には終わってたからなぁ。さすがアリーゼさんだぜ。

「オマエタチモカケツケタ。
 ソノムスメトカワリナイ」

「そうか? まぁいいか。どういたしまして」

「ダガ」

 ファルゼンはアリーゼを見て、

「ケンハツカワヌコトダ」

 そう意味ありげに言って去っていくファルゼン。

 知らぬ間にファルゼンの好感度上げてたみたいですねアリーゼさん。なんか心配されてますよ。








 アリーゼを背負って皆で船へと戻る途中。

「…………すぅ」

 背中越しに見るアリーゼは歳相応の安らかな寝顔だった。

 にしても、俺達以外の人間て。
 姿格好聞くからに、どう考えても帝国兵だよな。奴らもこの島に流れ着いてたのか。
 ……あれ、帝国軍って確か剣を追ってたんだよな? ヤバくね?
 それともこれで懲りてくれっかな。
 あのアリーゼさん相手にしたら、命がいくつあっても足りそうにないし。

 ……いや、もし彼女もいるのだとしたら、そりゃー無理な相談か。
 奴は、必ず目的を成し遂げようとする軍人の鏡みたいな性分だし。
 この流れだと近いうちにやり合うことになりそうだなぁ。
 うーむ、どうにか避ける方法考えないと厄介すぎることになるぞ。
 たとえアリーゼさんが無双状態に入っても、奴があっさりやられる姿は想像できんからなぁ。
  
「……ぅん…………すぅ……」

 ファルゼンの忠告もあるし。
 それなりに気を配る必要があるんかね。

 眠り姫と化したアリーゼ。
 凶悪な強さとは裏腹に、軽い。
 アンバランスな娘だ。
 スカーレルが言った不自然にはまったくもって同意だ。

「アリーゼは、何をしたいんだ?」

 聞いても答えてくれそうにはなかった。




[36362] 第四話 海から来た暴れん坊
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/02/25 11:20
 船を直すための木材を切り出すためカイルと森にやってきていたわけだが。

「あぅぅぅぅぅぅ??」

 やたらバインバインのねーちゃんが倒れていた。

「ちょっとちょっと、おねーさん。大丈夫ですかー?」 

 頬をペチペチやって、無難に声をかけてみる。
 横でカイルが焦って言う。

「なぁ、これ脱水症状じゃねえか?」

「ですよねー」

 島に流れ着いた人なのか? 運のいい?人である。
 脱水症状の気があるが、ほにゃっとした表情をしてるので深刻そうに見えない。

「じゃあ、水を」

 俺は持っていた水を飲ませようとして、

「!?」

 ものすごい勢いでぶん取られた。

「んっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっんっ!」

 いや飲み過ぎだろ。水飲み選手権王者かあんた。

「ぷ……はぁぁぁぁ。生き返ったわぁ~。
 でもぉ、お酒じゃなくって水かぁ。メイメイさんざんね~ん。にゃははははは」

「よかったな。身体だけは無事そうだ」

「メイメイさんねぇ、おいしいお酒いーっぱい飲むために、ちょーっと我慢し過ぎちゃったみたいなの」

 ふむ、発見時の見た目情報である程度予想はしていたが、やはり頭の方までは無事じゃなかったようだ。
 カイルは普通に引いていた。

「俺も酒好きではあるが、そこまで気合は入れられねえな」

「奇遇だな。俺もだよカイル」

「あらー、二人共根性ないのねー」

 そんな根性はいらない。

「でもー、助けてもらったんだからちゃーんとお礼はしないとね。
 ついてらっしゃいなー」




「はぁーい、メイメイさんのお店にようこそぉ」

 マジすか。
 森の中に突如人工物バリバリの赤い建物が。
 違和感にもほどがあるぞ。
 普通に武具やらアイテムやら売ってるし。どうなってんのこの島は。

「なんでこんな場所にこんなもんが……?」

「いーじゃないのぉ、細かいことは。
 それよりも、こーれ。」

 メイメイが渡してきたのは海賊旗と教科書。

「先生と海賊には欠かせないでしょう?」

「な!?」

「なんで、俺達のことを……」

「にゃははははははは。そぉんな細かいこといいじゃなぁい」

 なんというゴリ押しな誤魔化し方。まぁいいか。実際助かるし。

 ……あー、そういえば俺、アリーゼに一回も授業やったことねーや。
 つかマルティーニさん、娘に何を望んでたんだ? あんなに戦いに慣れてて召喚術も真っ当に使えて。
 そんな娘に家庭教師つけてまで育てる意味あんの? 軍属の家系でスペシャリストを育てたいならわからんでもないけど。
 なんにしろ、軍学校出てぷらぷらしてるような俺に何を求めてたのか謎すぎるな。おまけに今は最強の剣も所持してるスーパーガールだしね。
 ホント、コレ以上何を教えろと?
 あ、ひょっとして実践はOKだけど座学が壊滅的とか?
 ……印象からしてなさそー。
 まぁ一回やってみればいいか。
 つか、給金もらえないよねこの状況。いや金なんて今はメイメイさんとこくらいでしか意味ないけど。
 あれ、根本的な事態に今頃気づいたぞ。

 俺の隣で海賊旗に満足してるカイルを放置して一人呆然とする。

 ……俺、アリーゼの先生やる意味あんの?








 なんて悩んでても仕方ないので、まずはやってみよう。
 アリーゼの部屋にて。

「さーて楽しい楽しい授業するぞ授業。
 はいはい、アリーゼさん席についてくださーい」

「ついてます」

 俺の明るい声とは裏腹に、冷めきった声で返すアリーゼ。
 うん、アリーゼさん超機嫌悪いっすね。

「まずは戦闘の基礎について勉強してみようか。
 武器ごとの特色について……」

「それ知ってます」

 ピシャリと遮られる俺の言葉。
 ははは、先生その程度じゃくじけませんよー。

「じゃあ間接武器とは?」

「槍です。爪よりも遠くから攻撃できます」

 直接攻撃の例が爪ってところが渋いっすねー。

「正解ですねぇ。じゃあ高さや正面横背後の攻防についても理解してる?」

「はい」

 無表情で答えるアリーゼ。
 なるほど、この先の部分についての理解もまだ余裕がありそうだ。

 もしかしたらアホの子疑惑あっさり粉砕。
 座学問題なさそうっすよ、マルティーニさーん。
 だがしかし、最終兵器アリーゼさんの抜けてる部分も理解してるのですよ先生は。
 俺はピンクの豚に目を向け、

「護衛獣との誓約……」

「終わってます」

 サモナイト石を示される。
 ははは、先生ちょっとくじけそうだよー。




 記念にしたくない最初の授業を終了にすると、アリーゼは部屋を出ていった。
 本当は止めようとしたが、デンジャラスガールである彼女に危険も糞もないし。
 一応剣は使わないよう釘さしたが、俺の言葉にどれだけ効果があるか怪しいところだ。

 ファルゼンからの伝言って言ったんだけどなぁ。
 すんませんファルゼンさん。せっかくの忠告だけど無駄になりそうっす。

「ひゃぁぁああああっ!?」

 なんだ今の悲鳴。
 えらく悲壮感のない悲鳴だったが。
 様子を見に船の外を見ると、ちっさい妖精と豚が追いかけっこをしていた。

「キュピピピー」

「なんで、どうしてマルルゥを追っかけるですかー!?」

「キュピー」

「ひゃぁぁぁ!!!」

 あの豚何しとんねん。
 今はこの島の召喚獣とはデリケートな関係なんだぞ。

 俺は慌てて船の外へ出て豚を引っ掴む。

「おい豚、ふざけんのは外見だけにしとけよ」

「キュピー!?」

 涙目で去る豚。悪即斬ですよ。

「豚じゃありません。キユピーです」

「ははは。駄目だぞキユピー。相手が嫌がってるのにあんまりふざけちゃあ」

 アリーゼさん、いたんすね。失礼しました。

「あぅぅぅ。助かったですよー」

 妖精に向かってキユピーを抱えたアリーゼが言う。

「ごめんなさい。ほら、キユピー」

「キュピー……」

「いいのですよー。
 あ、はじめまして。マルルゥというです。
 ここに……ここに……あやや、名前を忘れてしまったのですよー!?」

 大丈夫かこの妖精。




 俺の部屋。

「つまり、俺達に島の案内をしてくれるってことか?」

「はいです。先生さんたちのことみなさんすごくすごーく気になってるです。
 だから遊びに来てくれれば、もっとなかよくなれるのですよー」

 お花畑な思考回路だが一理ある。
 現状、こちらは剣を狙うであろう帝国軍と事を構えなければならない。
 島の住民としては直接に関係はないだろうが、戦場となるのだから巻き添えの可能性は消せない。帝国軍が見掛けた召喚獣に対して無差別に攻撃することもあるだろうし。実益第一主義の帝国軍が島の事情を知ったところで行動を改める可能性は高くないしな。
 つまり、今みたいな不干渉状態ではなく協力関係を結ぶことは互いにメリットになるわけだ。
 そして相手を理解していることが信用の上乗せになる。協力には信用が不可欠なわけで。

「よし、連れてってくれるか、マルルゥ」

「よろこんでー」

 花の咲いたような笑顔だ。
 古来より妖精の微笑みは病も治すというが、あながち眉唾ではないのかも。風邪くらいすっ飛びそうだ。




「結局俺とアリーゼだけか」

 まさかカイルまで遠慮するとはなぁ。
 未知の領域ではあるだけに警戒する気持ちはわかるんだが。
 アリーゼは来るって言ったけど、それきり黙ってるし。
 警戒っていうより、俺がいることが原因っぽいけどさ。

「気にしないでください。マルルゥ達でも同じだったのですよー」

 なるほど、島側でも似たようなことがあったわけだ。
 集落を巡った後に集いの泉で護人達と話し合いをするとのことだが、はてさて、こんなので交流なんてできんのかね。








 霊界集落狭間の領域。

 前来た時も思ったが、なんとなーく暗いイメージの場所だ。ジメジメしてるわけでもないんだが。

「サプレスのみなさんは、おひさまよりも、おつきさまのほうが好きなのですよ」

 マナ的に考えればその通りだ。
 常にマナを消費して存在する身なのだから、マナが豊富な月の出る時間のが活動的になるのは必然。
 今は誰もいないんだろうなぁ。

「バアーッ!!!」

「おおおお!?」

「ギャアアアアアア!?」

 突然背後から抱きつかれた。
 俺は反射的に振りほどいて剣を一線。あ、剣はメイメイさんのとこで新調したクレスニールっす。

「ナニヲスルカー!?」

「悪い悪い。つい」

「ヌグググッ……コウナッタラ、ワシトモノマネデ勝負ジャ!」

 何がどうなったらモノマネ勝負になるのか謎だ。




「……ナカナカヤルナ」

「……マネマネ師匠こそ。その名前、伊達じゃないな」

 肩で息をする俺と師匠。
 思わず全力でダンシング・バトルをしてしまった。
 あ、みなさんおひねりサンキューです。

「先生さん、すごかったのですよー」

 わりと楽しいとこかもしれないな、狭間の領域。

 その後、フレイズというファルゼンの下僕っぽいのがいたので挨拶をした。
 ファルゼンは見当たらないし次行くか。








 幻獣界集落ユクレス村。

「マルルゥはここに住んでるんだろ」

「そうなのですよー。
 ここにはユクレスっていうおっきな木があって、お願い事を聞いてくれるんだってシマシマさんが言ってましたー」

 あのガラの悪いあんちゃんがシマシマて。
 マルルゥのあだ名のセンスすげぇな。俺、アリーゼの先生やっててよかったわ。

「先生さん、この村を気に入ってくれたですか?」

「ああ、俺の故郷に似てるんだ。ほっとする」

「よかったですよー。これからいっぱいあそびに来て下さいねー」

 癒される。子供は無邪気だなぁ。

「ヤッファさん、いますよ。挨拶しなくていいんですか?」

 了解ですアリーゼさん。
 うん、子供にもいろんな子がいますよね。




「おう、よく来たな」

 軽快に挨拶するヤッファ。

 気のせいかな。今『なまけ者の庵』とかひでぇこと書いてあるのが見えた気がしたんだけど。

「俺としては変に気張らず、気楽にやってこうぜって考えだ」

「同意だな」

「まぁ適当に見てってくれ。ここはお前らと感覚が近い連中も多いからな」

 そう言って庵に引っ込んでいくヤッファ。
 護人として俺達を監視するうんぬんとかないんだろうか。
 ないんだろうな。なまけものだし。




「おう、お前が母上の言ってたニンゲンだな!
 すげー強いって聞いたぞ!」

 ごめんなさい。それ俺じゃないっす。どう考えても隣にいる娘さんです。そう見えないけどそうなんです。
 
「へー!? お前ちっちゃいのにすげーんだなあ!」

「ふふ。スバル君の方が小さいでしょぅ」

 スバルの頭をなでるアリーゼ。

「なんだよ、やめろよー!!」

「ヤンチャさん、わんわんさんは一緒じゃないですか?」

「……あっち」

 そこには木に隠れてこちらの様子を伺う亜人の子が。
 ありゃバウナスかな? 犬系の種族だ。
 警戒しまくりである。

 それでもマルルゥに呼んでもらって来た後は割りと早めに打ち解けられた。
 やっぱり子どもは素直だよね。
 じゃ、次行くか。








 機界集落ラトリクス。

 やたらと大規模の建物があふれている。

「ここのみなさんは、工作がとーっても得意なのですよ」

 あちらこちらで今も工事が行われている。
 ただこれほど高い技術力を持ちながらも、交流という面では難しそうだなぁ。そこらにいる召喚獣は何いってんのかわからんし。話通じるのいるだろうか。

「あ、お人形さん。こっちですよー」

 マルルゥが一直線に飛んでいく。
 その先には、白衣の機械人形。

「ようこそ。当集落へ。歓迎致します」

「よろしくな」

「はい。怪我や身体の不調の際には当施設へいらしてください。それでは」

 去っていくお人形さん。
 やたらと無愛想だが敵意は感じない。歓迎してくれてるのは嘘じゃない……のか?








 鬼妖界集落風雷の里。

「ミスミじゃ。そなた達の名前は?」

「レックスです。こちらはアリーゼ」

「うむ、よい響きじゃ。これからよろしく頼むぞ。
 困ったことがあればいつでも訪ねてこい。わらわが力になろうぞ」

 めっちゃ良い姫じゃないですかミスミさま。
 思わず素でさま付けしてしまうですよ。

「息子のスバルとも仲良うしてくれ。
 あの子には多くの者と触れ合って欲しいのだ」

「はい……え?」

 息子?
 え?
 ……そういやスバルが母上の言ってたって言ってたような。
 え、子持ちっすか?

 いろんな意味ですごいぞミスミさま。








 集落をすべて回ったわけだが、思った以上に好意的だったな。
 一歩踏み込みさえすれば受け入れてくれる状態だったようだ。

 ……まぁ、その一歩がなかなかできないわけか。
 その点マルルゥは大したものだ。

「なんですか先生さん?」

「いや、マルルゥのおかげで皆と仲良くなれてよかったって話だよ」

 頭を撫でると、ふにゃっとした顔になって笑った。

「えへへ」

 うーん、和む。

 さて、そろそろ約束していた集いの泉に行くか。
 護人さん方との話し合いに行かないとねー。
 アリーゼさんは……あ、ついてくるみたいですね。
 なぜだろう、アリーゼが一番俺を監視してる気がします。








 翌日。
 俺はカイル達とアルディラ、ファルゼンを加えて野党調査に繰り出した。
 なんでも島では数日前から野菜が盗まれる事態が起こっているらしい。そのせいもあって余計に人間を警戒していたとか。
 ふむ、ファックな野郎だ。
 野党達の拠点に行くとカイルと知り合いの海賊らしく、船長であるジャキーニと話し合ってもらったんだが、なんかようわからん理屈で襲ってきたので叩きのめした。
 食った分返せってことで、ユクレス村の畑で強制労働の刑となった。めでたしめでたし。




 夜。
 さーて今日も疲れたし飯食って寝るぞーって思ってた矢先、俺とアリーゼはファルゼンに呼び出された。
 船から離れた砂浜にアリーゼと移動すると、突然発光するファルゼン。

「オマエタチニハ……ミセテオコウ……」

 次の瞬間、全身甲冑大男は消え、人のよさそうな娘さんがふわふわ宙に浮いていた。

「これが……本来の私の姿です。
 私の本当の名は、ファリエル。輪廻の輪から外れてさまよう、一人の娘の魂です」

「………」

「強い魔力の下でだけ、私はこの姿に戻れます。
 こうした、月の光の降り注ぐ夜や……って、あの、もしもし?」

 理解が……及ばんぞ……。 

「どうして」

 ん? アリーゼ?
 
「どうして、私達にその姿を見せてくれたんですか?」

 詰問、ではないが曖昧なはぐらかし方は望んでいない問い。
 ファリエルは笑って、

「ごめんなさい、昨日、こっそりあなた達の後をつけていたの」

 見かけによらず、いや今の姿なら見かけどおりか。
 フルアーマーの少女は、なかなかお茶目な性格のようだ。

「そうしたら、悪い人たちじゃないってわかったから。
 私も仲良くしたいなって思ったの」

「そうですか。
 私も仲良くしたいと思います。
 改めてよろしくお願いしますね。ファリエルさん」

 少女二人が笑い合い、あっという間に打ち解けお喋りに興じていた。
 うむ、こうなると居場所がないな。

「キュピー」

 キユピーさんに慰められました。
 ありがとう。お前いいやつだな。もう豚とか言わないぜ。 

 星空の下、月明かりに照らされた砂浜で、それぞれの新たな友情が生まれたのだった。



[36362] 第五話 自分の居場所
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/01/05 23:20

 負けられない戦いってあるよね。

「よっはっほ」

「やるじゃん、先生!」

「待ってー」

「スバルこそ! 俺について来られるとはな!」

「そろそろおいら本気出そうかな!」

「ふ、リミッターを外す時が来たようだな」

「待ってー」

「二人共早いのですよー」

 ゴール!
 スバルは……ち、着いてやがる。

『マルルゥ、どっちが早かった!?』

「同じだったのですよー。二人共がんばったのです」

 ふむ、いくら慣れた遊び場とはいえ、腐っても軍学校仕込みの俺の動きについて来られるとは。
 スバルは将来すげぇ戦士になるかもしれんね。

「先生やるじゃん!」

「スバルこそな!」

 ぐわしっと友情の握手。
 俺達は互いの健闘を讃え合った。

「待って……」

 その後、ミスミさまのところでみんなで菓子食ってたらパナシェに涙目でキレられました。




 パナシェをなだめて、お茶をもらってまったりする。

 御殿はいいとこだなー。景色は綺麗だし、お茶はうまいし、ミスミさまは綺麗だし。
 入り浸ってしまいそうだ。

「そうそう、そなたに頼みたいことがあるのじゃ」

「なんですかミスミさま」

「そなた、学校をやってみる気はないか?」

「学校……ですか?」

「そうじゃ。そなた先生なのであろう?」

 とは言ってもねぇ。
 大勢ではなく単独しか教えたことないし。
 ……あれ、あの授業って教えたウチに入るのか?
 あれれ、俺やっぱり先生じゃないんじゃ。

「どうしたのじゃ? 急に四つん這いになって」

「いえ……ちょっと足が痺れただけです」

「胡座をかきながら痺れるとは、そなたは器用じゃな」

 笑うミスミさまに引きつり笑いでしか返せない俺。

 まぁ、やるだけやってみますか。








 アリーゼの部屋。

「そんなわけで、学校やることになったんだ。
 生徒はスバルとパナシェとマルルゥだけだけどさ」

 俺はミスミさまのところでの話をアリーゼにしていた。
 俺が今現在アリーゼの先生かと言われると疑問符しか湧かないわけだが、一応話を通しておくのが筋ってもんだろう。
 黙々と机に向かっていたアリーゼがちらっとこちらを見る。

「授業は?」

「ん? スバル達にするのはこの世界のことだよ。
 ミスミさまは先を考えてるんだなぁ。いずれスバル達がこの島を背負って立つ時のために、この世界のことを学んでおいて、俺達みたいに島を訪れる人間と無駄な争いを起こさないように……」

「違います。私の授業です」

「は?」

「………」

 いやいやいや。
 アリーゼさん、この前俺の授業がボロクソに終わったの忘れたんすか?
 っていうか半分くらいはアリーゼのせいだったと記憶しているわけですが?

「もういいです。学校、やったらいいと思います」

 バタンと扉が閉まる。
 キユピーを連れて出ていってしまいましたよ。

 もうね、マジで理解できないよあの娘さん。








 大股で森の中を歩く。
 アリーゼは苛立っていた。

(相談もなしに勝手に決めて!)

 あの人には先生の自覚がない。
 もっと先生だったら。

 先生……だったら……。

 知らず涙が出てきてしまいそうになる。

「キュピピ」

「ありがとう、キユピー。大丈夫だから」

 献身的な護衛獣にアリーゼは感謝する。
 きっとこの世界に来たのが自分だけなら、心細くて潰れてしまっていただろう。
 自分があれだけ焦がれていた世界だというのに。

(でも、先生がいない世界なんて。
 そんなの意味ない……)

 会いたくて。会いたくて。
 必死に探したけれど見つからない。
 それでもあきらめられず今も探してしまっている。

 ……本当は無駄だって薄々気づいている。
 この世界で目を覚まして、あの人を見た時にわかってしまった。



 きっと、この世界に『先生』はいないって。



 それでも、そんなことを真実としたくなくてここを訪れることはできなかった。

「あらー、アリーゼじゃない。どしたの?
 メイメイさんとお酒でものみに来たのぉ? にゃははははは」

 だけど、この世界での私の立ち位置はとても微妙だ。
 まさか私が抜剣者になるなんて。

「お久しぶりです、メイメイさん」

 だから、いつまでも逃げてはいられない。








 青空教室。

 雨降った時どうすんだろう。休みになるんかな。
 なんてどうでもいいこと考えながらでも、授業は真っ当に進んだ。
 スバルとパナシェの言い合いが始まっても目を光らせて収めた

 スバルが悪ガキなのは気づいてたしなぁ。常に意識してればなんかやらかしてもわかるし。
 マルルゥは予想外に熱心だった。3人のウチで一番残念な子だけどな!
 ……努力は認めるよ先生。

「じゃあ、今日の授業は終わり。また明日な」

「よし行こうぜ、パナシェ、マルルゥ!」

「はいです。あ、先生さんも一緒に行きましょう」

 ん、今日の予定は特にないし。
 ……あーでもアリーゼのことはどうすっか……このままだと不味いんだが、打つ手も浮かばないんだよな。

「先生も遊ぼうよ!」

 キラキラと無垢な瞳を見てると断れなくなる。

 まぁ、そのうちいい考えも浮かぶか。








 アリーゼは森の中をさまよい歩く。

 わからない……。
 私、どうしていいかわからないよ。

 メイメイさんに告げられた真実。
 わかってたこと。覚悟してたこと。
 なのにどうして、こんなに苦しいんだろう。

「キュピー……キュピピピ!?」

 キユピー?

 アリーゼが顔を上げると、いつの間にか幾人もの帝国兵が囲んでいた。

(ギャレオさんと……)

「どうしますか、隊長?」

「武器を下ろしてやれ。子どもにそこまでする必要はあるまい」

(アズリアさん) 

 先生の、たぶん親友だった人……。

「私は帝国軍海戦隊所属第6部隊隊長、アズリア・レヴィノス。
 私達と共に来てもらうぞ」








 船にて。

 アリーゼがまだ帰ってきてない。
 おまけに帝国軍がウロチョロしてるのを見た、と。
 たっぷり子ども達とはしゃぎまくった後、帰ってきた俺に飛び込んできた情報がそれだった。
 念のため、俺達は全員で捜索に出ることとなった。

 さて厄介なことになりましたねー、ははは。

「レックス……レックス!」

 この声は、ファリエル?

「アリーゼのこと聞きました。今フレイズが上空から探しています。
 きっとすぐに見つかります! だから安心してください!」

 ありがたいねぇ。本当にいい娘さんだよファリエルさんは。

「レックス? ……どうしてそんなに落ち着いてるの?」

「いや、だってアリーゼさんだし。
 俺よりよっぽど強いんだぜ? 帝国兵がどうこうできる相手じゃないって」

 アズリアだけはその限りではないが、それでも逃げることくらいわけない。

「なに……言ってるの?」 

「だから、ぶっちゃけそんなに心配する必要はないんだよ。
 ファリエルも、今はその姿辛いだろ? でーんと構えてていいって」

 そう言う俺にファリエルは目を丸くして、

「……思わなかった」

 ん?

「そんな人だって、思わなかった!!!」

 ファリエルが俺をおもいっきり睨む。
 そんな顔もかわいいなぁと、うっかり和みそうになる。

「あの剣は、心を依り代とするんです!
 アリーゼの顔見てないんですか!?
 ずっと! ……ずっと、迷子みたいな目をしてるじゃないですか……。
 あんな状態で、まともに剣を使うことができるわけないんです」

「………」

「貴方は、アリーゼの先生じゃなかったの……?」

「………」

 それ以上ファリエルは何も言わず、あさっての方へ飛んでいった。

「なんだそれ」

 次から次へと、わけわかんないこと言わないでくれよ。
 ファックだぜ。








 竜骨の断層。

「いい加減にしやがれ、このクソガキが!!
 何を聞いてもだんまり決めやがって。
 痛い目見ねぇとわかんねぇか? あァ!?」

「やめろビジュ。相手は子どもだぞ」

「副隊長殿は、そうおっしゃいますがねェ……」

 ビジュはアリーゼを顎で示し喜悦し叫ぶ。

「喋らねェ以上は身体に聞くしかないでしょうが!?」

「いや、その必要はない」

(アズリア、さん)

「お前が戦ったのがこの娘であったとして、だ。
 今この娘からはお前の言っていたような力は感じられん。
 お前もそれを理解しているから、今も強硬な手段に出ていないのだろう」

「ちッ!」

「『剣』を持っている様子もない。
 ならば誇りある帝国兵として、節度ある態度を取れ」

「……わかりましたよ!!」

 ビジュはアリーゼから離れ警戒に当たることとした。
 アズリアはアリーゼを横目で見て、ギャレオに小声で指示を出す。

「警戒は怠るな。剣の力があったとはいえ、ビジュを圧倒した者だ。
 子どもと侮るなよ」

「はっ!」

 アズリアはゆっくりと歩き出す。

「貴様なら必ず娘を助けに来るだろう」

 偶然、あの船で見つけた姿。
 確かにこの娘を追って、海に飛び込んでいった……。

「早く来い……レックス」








「先生こっちだよ! この向こう側にいたんだ!」

「さんきゅーな、パナシェ。悪いがこのこと皆にも伝えてくれ」

「うん!」

 パナシェが走り去るのを確認し、俺は現状を見極める。

 竜骨の断層と呼ばれるこの場所。
 三段階の断層に分かれており、一番下の階層には剣士三人が周囲を警戒。
 中段には召喚士、弓兵。
 一番上に召喚士と銃兵が3名ずつ。加えて部隊を率いているであろう者が二人。そして、

 ……アリーゼ。

 どう見ても気力があるようには見えない。

 一体何があった? 剣を使ったのか? だがそれにしては帝国兵に動揺がまったくない。あのアリーゼさんに出くわして平然としてられるわけがない。

 ってことは。

「ファリエルの言い分が当たってんのか……」

 ふざけんなよ。
 だから言ったじゃねぇかよ。俺は心の機微に疎いってよぅ!

 誰にともなく胸中で全力で愚痴る。

 アリーゼにいつ危害が加えられるかわからない。
 一刻も早く飛び込むべきであった。
 だが、その決断を鈍らせる要因が残っている。

 ――アズリアが見当たらない。

 奴一人で戦況はいくらでもひっくり返される。
 その程度の実力をあいつは持ってる。
 前線に立つのか、指揮官に徹するのか、それとも身を隠しここぞという時に姿を表すのか。
 せめてそれだけでも見極めないといかんのだが。

 ……糞が。

「アズリアアアアアアアアアアアア!!!」

『!?』

 帝国兵が一斉に俺を見る。
 それを一切無視して俺は声を張り上げる。

「相変わらず男っ気があるのかないのかわからんな、お前は!?
 この中にお前の意中の人間はいるかあああああああ!?」

 俺の発言に、部隊内に一気に動揺が走る。

 ふっ、やはりな。あの顔にコロっといく馬鹿軍人くらいいると思ったぜ。
 お前がいくら規律規律言うたところで、男ってのはこんなもんだ。
 わかっていても本能に逆らうのは難儀なのだよ。

 帝国兵の間にはあっという間にピンク色の空間が生まれた。
 そして。

「貴様ああああああああああああああ!!!」

 ああ、懐かしい声だよアズリア。出てきてくれてありがとう。これで懸念がひとつ消えた。

 俺が最高の笑顔でアズリアを迎えると、奴はぐぬぬと顔を歪ませる。

「相変わらずのようだなぁレックス!」

 そりゃこっちの台詞だよ。どんだけ真っ直ぐなんだアンタは。

「く……まぁいい。貴様とは私が直接話そうと思っていたんだ。
 おとなしく投降して剣を渡せ。悪いようにはしない」

「魅力的な提案だなぁ」

 可能であれば是非そうしたいところだ。
 だが現実は、あの剣持ってるのは俺じゃない。
 アリーゼは剣の使用ができない状態っぽい。ゆえに渡したくても渡せない。
 そんなん正直に話したらアリーゼがどんな扱いを受けるやら。

「ならば……」

 だが今は少しでも時間を稼がなければ。
 じきに、パナシェが皆を呼んできてくれるはず。そうすりゃ、アズリアの立ち位置を確認できた今、いくらでもこの状況をひっくり返せる。

「ふざけんなよ」

 あ。

「人質取りながら交渉とは見下げ果てたぜアズリア」

 バッカだなー。

「そんなヤツの言うことを、俺が信用するとでも思ってんのか。おめでてーな」

 この状況で挑発してどうすんだよ……。

「てめぇら全員血祭りだ。棺桶の準備でもしとけ」

 でもしょうがねぇか。
 だってこいつら見てると苛ついて、ムカついて仕方ねぇんだもんよ。

「ぐっ……」

 アズリアが慌てて剣を構える。
 いつもの鬼気迫る感覚がない。
 人質うんぬんで動揺したんだろう。

 ……相変わらず精神的に不安定な部分は残ってんのか。
 そんな甘さは、いつか命取りになるぞ。

 俺は剣を構え詠唱を開始する。
 アズリアさえ倒せばあとは烏合の衆。どうにでもなる……はず……だと信じたい。

 とにかくサイは投げちまったんだ! やるしかねぇ!

 腰を落とし、一気に間合いを詰めようとしたところで警告される。

「おっとォ! こっちにゃてめぇの言った人質がいるってことを忘れてんじゃねェ!」

 声の主に視線を向けると、下卑た笑みを浮かべる軍人。

 ……ちっ、アズリアぁ、部下の教育がなってねぇぞ。

「せっかく捕まえたんだ。こういう時こそ利用しなくちゃねェ?」

「こ、子どもを離せ、ビジュ! 命令だ!!」

「ヒヒヒヒ! 残念ながらそれには従えませんねェ」

「貴様ァ!!」

 チンピラの傍にいた大男が切れる。
 よっしゃ! がんばれおっさん! そいつにその規格外の拳ぶちこんだれ!

「手を出せばガキを殺すぜ?」

 んな……。

 チンピラは静かに言った。それが返って本気であることが明確に伝わる。

「俺はこのガキに借りがあるんだよ。だがお優しい隊長様はこいつに手を出すなと言う。
 ならせめて、こいつに関係のある奴をぶちのめさなくちゃ気がすまねェだろ?
 ヒヒヒヒヒヒヒ!!」

 はいはい。

「ほら、これでいいんだろ」

 俺は剣を無造作に放り投げる。

「イヒヒヒヒ。素直じゃねぇかよッ!!!」

「ぐぅぅぅ!?」

 チンピラの召喚術が俺に炸裂する。

 ……この野郎、ただの屑かと思ったら基礎はできてんじゃねぇか。結構キクぞこれ。魔抗しててもきついな。

 チンピラを睨みつけようとして、その隣にいるアリーゼと目があった。
 アリーゼのくちびるが動く。

(どう……して……?)

 戸惑いの表情を浮かべるアリーゼ。

 ……ホント、どうしてなんだろうな。俺もわかんねぇよ。
 もっとスマートに助けるつもりだったのにな。

 思わず苦笑してしまう。
 それをチンピラに見咎められてしまう。

「てめぇ、余裕あるなァ。おい」

「そうでもねぇよ。ガチでやってお前を3人程度のしてやれるくらいのことしかできねぇって」

「ヒヒヒヒ。その減らず口、今すぐ塞いでやるよォ!!!!」

 チンピラの召喚術が再度俺を直撃する。

 ……やべぇな。さすがに連打で食らったらもたねぇぞ。

「そらそらそらァ!! さっきの余裕はどうしたんだよォ!?」

 さらにもう一発。

 まったく清々しいほどの糞野郎だぜ。そこに痺れも憧れもしないけどな。

 アリーゼが覇気のない目で俺を見る。

(に……げ……て…………)

 はぁ、と思わずため息を吐いてしまう。

 これでもまだ気が付かないとは、よっぽど鈍感なんだろうなぁ。
 いや、これまでの俺の行いのせいか?

 また苦笑してしまう。
 ホント笑えるぜ。

 あ、チンピラの眉がピクピクしてる。
 気にすんなよ。お前の召喚術はマジで効いてっからよ。

「死ねエェェェェェッ!!!」

 召喚術発動。命中。
 とうとう俺は膝をつく。

 やべぇな……意識保つのがやっと……。

 チンピラの詠唱は続いていた。








『アリーゼ、あなたは確かに跳躍してきた。それは保証する』

『でもね、まったく同じ世界に戻ったわけではないの。
 だってそうでしょう? 同じ環境で同じ人がいたところで、それでは同様の事態が繰り返されるだけ。
 望みは達成されない』

『だからこの世界はあの世界とは異なってしまった。
 その代表例がアリーゼ、あなたと先生。
 特に先生は『先生』とは明らかに違う個性を持ってるわ。性別だって変化してる』

『アティとレックスは別の存在なの。そしてアティはこの世界には存在しない』

『でもね、レックスはアティと同じ存在でもあるの。レックスはアティの可能性のひとつなんだから』

『結局はアリーゼ。あなたが自分にとっての答えを見つけなくてはいけないのよ』








(わからないです。メイメイさん)

 答えなんてわからない。
 あの人の笑顔が、全然違っているのに、『先生』と重なる。
 わからない。わからない。

 でもたったひとつだけ、今ははっきりしてる。

 あの人は私の、

「せ…………」

 私の、

「くだばれえェェェェェェェ!!!!」

 私の!

「先生ええええええええええええええええ!!!!!」

 発動。
 ビジュの目の前にキユピーが召喚され、ぶちかましを入れる。

「ひぎゃぁ!?」

 ふっとぶビジュ。
 同時にレックスが意識を失って倒れる。

「召喚術だと!?」

 驚愕するギャレオ。
 アズリアの言を疑ったわけではなかったが、完全に予想外だった。
 詠唱が速すぎる。

「先生……ごめんなさい……私のせいで」

「よくもッ!? よくもよくもよくもおおおお!!!」

 詠唱を開始するビジュ。

(うるさいです)

 それよりも先にアリーゼは抜剣、即座に召喚術を発動させる。

「タケシー」

「がァァァァァァ!?」

 ゲレレサンダー。
 召喚ランクが異なるとはいえ、ビジュが今まで召喚していたものと同じ召喚獣とは思えないほどの威力。
 しかし、その本領は相手に与える状態異常効果にある。
 マヒ。
 移動が最低レベルになり、攻撃、命中、回避が困難となり、そして

 ――召喚術封印。

 ビジュは詠唱を無効化され、スキだらけの身体をアリーゼの前に晒す。

「終わりです」

 袈裟斬りに斬られ、ビジュはその場に崩れ落ちた。




(なんなのだあの娘は!?)

 アズリアは背中に冷たい汗をかいていた。

 ビジュは不心得者とはいえ、その実力は私も認めている。
 それをこうもあっさりと……。

「ギャレオに忠告したのは私だというのにな」

 これまでの召喚術の発動で、この場所は他の者達にも気づかれていたのだろう。
 あちらの援軍が迫ってきている。
 このまま戦っても総崩れになるのは明白だ。

「総員、ビジュを救出! 退くぞ!!」

 命令と共にアズリアはアリーゼに突進し剣を振るう。

 一撃! 二撃!! 三撃!!!

 いずれもあっさりとガードされるが、あくまでこれは時間稼ぎ。

 ビジュが担がれたのを確認し、アズリアはアリーゼから間合いを取る。
 完全に相手の実力を見誤った。言い訳のしようがない圧倒的な敗北だった。

「だが、次はこうはいかんぞ。
 帝国軍人の威信にかけて、その剣は必ず取り返してみせる!」

 倒れ伏すレックスを一瞥し、アリーゼの行動を警戒しながらアズリアは撤退した。








「……うぅん」

 ゴンッ。

 痛ッ!?
 え? めっちゃ痛ッ!! なんだこれ!!

 突如俺を襲う謎の頭痛。後頭部がエマージェンシーだぞこの野郎。
 俺は即座に体制を整え、周囲を見回し……、

 見回したが、いるのはアリーゼのみ。

 ん?

 なんか知らんがアリーゼさん、正座しながら自分の頭をポカポカと叩いてますが。
 それは私の知らない儀式かなんかでしょうか。

「あー、その、アリーゼ大丈夫か?」

 主に頭の中身的な意味で。

「わ、私は大丈夫です!!
 そ、それより……先生はどうなんですか? 召喚術で回復はしましたけど、痛くはないですか?」

「後頭部以外は平気だな」

「ぅぅぅぅぅぅ、ごめんなさい……」

 なぜか謝るアリーゼ。

 俺寝返りでも打ったんかね。その拍子にあの岩とかにぶつかったとか。
 それでアリーゼはそれを防げなかったとかで勝手に落ち込んでるとか?
 うわ、ありそー。

「ちぇい!」

「痛っ」

 アリーゼのデコに軽くチョップをかます。

「なにするんですか!」

「だってアリーゼが謝るからさ」

「はい?」

「謝るのは俺だろ」

 アリーゼに向き直って頭を下げる。

「ごめんな。俺はずっと一緒にいたのに、アリーゼのこと全然わかってなかった。
 剣の力がアリーゼにあってさ、勝手に最強だって思ってた。一人でも大丈夫だって、思ってた」

 実際剣の力は凄まじい。きっと戦闘に関してはアリーゼ一人でも平気な部分は多々あるだろう。
 それでも。

「剣を使わなくてもアリーゼは強いしさ。俺なんかが、先生やってていいのかなって思ったんだ。
 そうしたらアリーゼがひどく遠く思えてさ。はは、ファリエルに超怒られたぜ」

 あれは効いたなぁ。
 チンピラの召喚術の100倍は痛かった。

「強くなんか……」

 アリーゼの声に俺は顔をあげる。

「私は、強くなんかありません!!!」

 アリーゼの真っ直ぐな気持ちを少しでも受け取れるように。

「ずっと、あなたを見ないで私は……八つ当たりばかりして」

 アリーゼの言葉を一言足りとも聞き逃さないように。

「怖かったの……だってあなたを認めてしまったら、本当に消えてしまうんじゃないかって。
 そんなこと関係ないってわかってたのに!!」

 理解できなくても俺は一言一言を噛み締める。

「ワガママだってわかってたのに。でも!!!
 でも会いたかったんです……うぅ……もう一度笑って欲しかったんです……ぅ……」

 泣きじゃくるアリーゼ。

 なるほどね。 

「それが、『先生』なわけだ」

「!?」

 アリーゼが目を見開く。

 いくら俺でも気づく。
 なにせ素直なアリーゼが、俺に対してだけは反抗的で、俺のことを決して先生とは呼ぼうとしなかったからな。

 アリーゼの卓越された召喚術。体術も並じゃない。
 それはそれは立派な先生だったんだろう。
 俺じゃあ逆立ちしても敵わないんだろうなぁ。

 でもさ。

「今はこんな先生で我慢してくれよ」

 俺はニッと笑ってアリーゼの頭を撫でる。
 これで少しでもアリーゼの寂しさが消えればいいと思いを込めて。

「う」

「?」

「うわあぁぁぁぁぁああん!! 先生!! せんせえぇぇぇぇぇっ!!!」

「おっと」

 全身でタックルしてくるアリーゼをどうにか支える。

 ……まさか俺がアリーゼに胸を貸すことになるとはなぁ。

「ははは」

 アリーゼには悪いが笑ってしまう。
 昨日の俺に見せてやりたいよ。んで叱ってやりたい。
 生徒をちゃんと見ろよってな。




「うう、恥ずかしいです……いっぱい泣いてしまいました」

 盛大に泣いてすっきりしたのか。
 そう言うアリーゼの顔は晴れ晴れとしていた。

 つか、夕日の中を手つないで歩くのは恥ずかしくないんだろうか。
 ちなみに俺は恥ずかしい。

「それでだな。授業のことなんだけど」

「あ、それは……」

「アリーゼに合った内容、ちゃんと考えてみるよ。やりたくないなら無理強いはしないけ……」

「やります!」

 食い気味だよこの娘。

「やります!」

「ほどほどに期待して待っててくれ」

 俺なんて授業なしなんて言われたら天国だったのになぁ。

「先生は」 

「うん?」

「やっぱり『先生』に似てる気がします。
 あ、ごめんなさい! 気を悪くしましたか……?」

「いや。むしろ光栄だね。
 それに俺もさ」

 俺も、アリーゼにあいつを見てる部分があったんだろうなぁ。

「俺もアリーゼと同じようなことしてたかも」

「私、だれかに似てますか?」

「似てるような似てないような?」

「なんですかそれ。でもわかります」

 二人で屈託なく笑う。
 繋いだ手の温もりと、そこから伝わる確かな絆。
 今はただ、それが素直に嬉しかった。




[36362] 第六話 招かざる来訪者
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/02/17 15:03

 青空教室。

「つまりだな、7個のナウバの実を3人で分けるってことなんだよ。
 1人がいくつもらえて、余るのはいくつだ?」

「えっとぉ……ひぃ、ふぅ、……み? み~~~~~~~~???」

「先生、ここの部分がわかりませーん」

「おいらも!」

 ぬ、久々の三人同時質問か。
 今マルルゥを放っておいたら最初からの繰り返しになりそうだし……、

「どこがわからないの?」

「うん、ここの……」

「あ、それおいらも同じところだ!」

「私が教えてもいいですよね、先生?」

「ああ、頼む」

 アリーゼがパナシェとスバルの疑問に答える。
 横目で確認するがなかなか様になっている。頼もしい限りだ。

 アリーゼが委員長として立候補してくれて本当に助かったぜ。




 授業が終了し、子どもたちは遊びに出かけていく。

「くぅ~~~~~~」

 俺は大きく伸びをする。
 モノを人に教えるというのは大変ではあるが、心地良い疲労だった。

「先生、お疲れ様です」

「アリーゼもな。いい教師っぷりだったぜ」

「えへへへ」

 照れて笑うアリーゼ。
 さて飴は与えた。

「じゃあ、アリーゼの授業を始めるか」




 俺がアリーゼに課したのは基礎体力の向上。
 やることは簡単。ひたすら走る。走る。走る。
 体力向上に近道なし!
 ある程度サマになってきたら、短距離、中距離のダッシュや武具を装備しての体裁きに切り替えられるが、今のアリーゼにはまずそれなりの距離を走り切ることが必要だ。
 はっきり言って楽しめる奴は希少の超地味で辛い訓練である。

「お疲れ様」

 限界ぎりぎりまで走ってよろよろとふらつくアリーゼ。

「は……はひ…………」

 返事もきつそうだ。まぁそのくらいまで追い詰めたのは俺なんだが。

 『剣』の扱いを考えると基礎体力は不可欠。
 ファリエルから使用は控えるよう言われてはいたが、いついざという時が来るかわからない。
 その時に体力がなくてガス欠です、とかではシャレにならない。
 アリーゼの魔力量と全属性に及ぶ召喚術には目をみはるものがあるが、身体的にはまだまだ課題が残っていた。

「アリーゼ、ゆっくりでいいから歩くんだ。
 んで、呼吸整える。その方が早く楽になるぞ」

「はぃぃ……」

 俺の言葉に素直に応じるアリーゼ。

 あの帝国軍との一件から、アリーゼは随分と変わった……いや、これが本来の姿だったんだろう。
 それを取り戻せて本当によかった。

 ……が、それはそれとして、ちとやりすぎかね。
 アリーゼは限界までやり切るタイプのようだし、こっちで早めにストップかけねぇといけねぇか。

 自分と同じように考えてはいけない。教え子の性分も理解していないと逆効果になりかねない。
 奥深いねぇ教師道ってやつは……。

「レックス、ちょっといいかしら?」

 良い感じに黄昏れている俺に声をかけてきたのはアルディラだった。






 喚起の門。

 アルディラに連れられるままにきてしまったわけだが。
 話を聞く限り俺はおまけで本命はアリーゼのようだ。

 島にいた召喚士達が残した遺跡の調査。
 うまくいけば島の結界を無効化して出られるかもしれない。
 アリーゼの剣についても、もっとわかることがあるかもしれない。
 護人に相談なしのアルディラによる独断だとわかっても、今の俺達には必要な情報であることに変わりはない。
 彼女について行かないわけにいかなかった。

 アリーゼは真剣な面持ちで門を見据えている。

 喚起の門は自動的に召喚と誓約を実行する装置。
 召喚獣を実験動物とするために大量の召喚獣を喚び出すための門。

 まったくもって業の深い連中だな。

「この門は今でも偶発的に作動して得体のしれない存在を喚び出しているわ。
 その脅威から島を護るのが護人の役目なの」

 アルディラがアリーゼに言う。

「でもね、貴女の力でそれも終わりに出来るの。
 その剣を使えばきっと遺跡の制御をすることができるわ。剣を使うたび、遺跡は呼応して活発化しているの。今その証拠を見せることもできるわ。
 アリーゼ、剣を抜いて……」

「無理ですよ」

 アルディラの言葉を遮って、アリーゼがはっきりと言う。

「シャルトスでは遺跡は正常化しません。アルディラさんは知っているはずです」

「な、なにを……」

「私は『剣』を使う者として感じることができます。この剣は唯一のものではありません。
 ただ一本で遺跡に正常に働きかけられるわけがないんです」

「………」

「話してくれませんか。アルディラさんの本当の願いを」

 真摯な問いに、しかしアルディラは何も答えない。

「アルディラさん、お願……ぃ…………ぁ……あぁぁぁ……」

 アリーゼ?

 突如苦しみだしたアリーゼに俺は駆け寄り、



 ――――抜剣。



「アリーゼ!?」

「そうよ……それでいいの……」

 どういうことだ!?
 アリーゼは抜剣する意思はなかったはず。っつーことは何か? 無理矢理抜剣させられたのか?

 いよいよ呪いじみてきたな、この剣は!

 アルディラの眼は焦点定まってねぇし。ありゃ、正気じゃねぇ。
 アルディラは融機人(ベイガー)だ。強制介入(ハッキング)されているかもしれん。
 一体だれが!?

「……って、遺跡しかねぇよな」

 今それを確かめる術はない。
 そんなことよりも、アリーゼとアルディラをなんとか正気に戻さねぇと。

 今もアリーゼは苦悶の声をあげている。
 抜剣状態で暴走なんて目も当てられねぇ!

「アリーゼ! しっかりしろ!」

 肩を揺すって呼びかける。
 原始的だが他に方法も思いつかねぇ。

「せん、せぇ……」

「邪魔しないでもらえるかしら」

 近づいてくるアルディラに、俺は反射的に剣を構えようとして……。

 おいおい、仲間に何しようとしてんだよ俺は!

 慌てて柄から手を離す。
 だがアルディラは本気のようだった。

 ……詠唱!?

 まずい本格的にまずい、このタイミングじゃ防ぐのは不可能。

 俺はアルディラのきっつい一発を覚悟して……。

「ダメえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ギィィイィィィィン!!!

「ファルゼン!?」

 全身甲冑の戦士が間に入り、アルディラに向けて剣を振るった。
 それをかろうじて受け止め、間合いを取るアルディラ。

「ナゼ、ソイツラヲココニ、ツレテキタ!!」

「見ての通りよ。剣の力で遺跡を復活させるの」

「ワカッテイルノカ!?
 イッポマチガエレバ、ソレハアラタナ、ガイテキヲマネクノダゾ!?」

「全て承知の上よ」

「………」

 ファルゼンは無言で剣を構える。
 先ほどのような牽制の一撃ではない。本気の殺気が込められてるのは明白だ。

「わかりやすい反応ね。そういうのって……好きよ!」

「私は嫌いです」

「あ……」 

「ク……」

 アルディラとファルゼンが揺らぎ、眠りに落ちる。

 ドリームスモッグ。対象を眠らせるキユピーを行使しての召喚術。

「アリーゼ、正気に戻ったのか……?」

 いつの間にかアリーゼは元の姿に戻っている。
 俺の問いに頷くが警戒を解いていない。周囲を見回し戦闘態勢を維持したままだ。

「先生、来ますよ」

「Gyshaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」

 迫り来る見知らぬ召喚獣に俺は慌てて迎撃体制を取った。









 集いの泉。

 喚起の門でのキモい巨大蟻の召喚獣――ジルコーダの団体を殲滅した後。
 アルディラとファルゼンを起こし他の護人やカイル達を集め、かの召喚獣への対策を練っていた。
 森の方でジルコーダが木を食い荒らした後があったらしい。
 タイミング的に俺達が倒したジルコーダとは別物であり、巣は廃坑の方角。
 数的に考えて、そのすべてが召喚されたものではなく、爆発的に同胞を生み出す女王がいると、俺達の中でジルコーダの生態に一番詳しいヤッファが説明した。

 俺達は装備万端で廃坑に集合した。

「悪ぃ、ちょっと待っててくれ」

 ヤッファが皆に声を掛けて、

「出てこいマルルゥ!」

「……シマシマさぁん……」

「ったく、こんなところまで着いてきやがって。
 早く帰れ。俺達は大丈夫だからよ」

「うー」

 マルルゥは俺達を見て唸る。納得していないらしい。

「マルルゥ役に立つですよぉ」

 涙目で訴えてくる。正直頼りになるとは思えない。
 あの蟻の一撃で昇天してしまいそうだ。

 俺はマルルゥに視線を合わせて、

「マルルゥ、俺達はこれから結構大変な戦いをしてくるんだ」

「わかっていますよぉ。だからマルルゥも……」

「それよりも後方支援を頼みたい。
 いいか、俺達はまだメシ食ってないんだ。これから死ぬ気で戦ってくる。そしたら超腹減る。腹減ってんのにメシ食えないのはきついだろ?」

「……マルルゥ、ごちそうを用意しておけばいいですか?」

 よくできました。

 俺はマルルゥの頭を指で撫でてやる。

 マルルゥはまだ不満の表情を浮かべていたが、俺のサムズアップを見て飛び立っていった。

「悪いな。いつもはもうちっと聞き分けいいんだがよ」

 頭をかくヤッファ。
 ニート同然の護人だが、集落の者に対する責任感は本物だ。

「いいってことよ。
 それよりも、頼むぜヤッファ」

「任せとけ」

 俺達はそれぞれの配置についた。








 巣に居座る女王を叩く本隊。
 巣から他の蟻をおびき出す陽動部隊。

 本隊には、俺、アリーゼ、ヤッファ、キュウマ、海賊4人組。
 陽動部隊にファルゼンとアルディラ。

 陽動部隊の二人には門でのこともあって心配ではあったが、今現在見る限りではアルディラにおかしな気配はない。ファルゼンも普通だし。
 前線に立てるファルゼンとアルディラの後方からの召喚術は強力なタッグだ。数が避けない陽動には最適とも言えるから否を唱えることもできない。

 んー、でも一応ファリエルには声かけとくか。ファリエルは終始正気ではあったし。

「ファリエル」

「……レックス?」

 ファリエルの隣に行き、顔は向けないで小声で呼びかける。
 内緒話をする俺の意図に気づいて彼女も普通に話しかけてきた。

「アルディラのこと大丈夫か?」

「……はい。義姉さんは冷静に事態を分析できる女性です。
 今何をすべきかはよくわかっていると思うので、門でのようなことにはなりませんよ」

「そっか。安心し……義姉?」

「あ……」

 気になる発言ではあったが、それは後で突っ込ませてもらおう。
 そろそろ出撃のお時間だ。

「とにかく、気をつけて。俺もアリーゼに剣を使わなくてすむようにする」

 ファリエルが頷いて、俺達はそれぞれの待機場所に移動した。



 ファリエルとアルディラが蟻の群れに突っ込む。
 群れから若干離れている単独のジルコーダを選び各個撃破し、さらに多くの蟻をおびき出していく。
 ヒット&アウェイ。完璧な連携だった。

「ヒュー。やるわねあの二人」

 口笛を吹いて賞賛するスカーレル。

 互いの動きを深く理解してないとできない動きだ。
 出撃前のは余計な心配だったか。
 
 二人が見えなくなると、巣にいた蟻もごっそり数を減らしていた。
 10匹以上は残っているが、相手にできない数ではない。
 だが最優先の標的は女王。
 このラスボスを早期に潰すことが至上命題。

「俺達も行くぜ!」

 応ッ!

 ヤッファの号令で俺達も殲滅を開始した。




「おい、埒があかねーぞこいつ!」

「だから言ったじゃねぇか! バカみたいな再生能力があるって!」

 カイルの泣き言にヤッファが答える。

「でもこんなに外殻が硬いなんて……」

 ソノラがペネレイトを連撃するが、ことごとく弾かれる。

 蟻には効いてたんだけどねぇ。

「がはっ!?」

 女王に取り付いて近距離パンチしていたカイルが吹き飛ばされる。
 でかさに見合った恐ろしいパワーだった。

「カイル!?」

 カイルの身体を起こそうとして近づき、俺は足を止めた。

「ああぁぁあっぁああああ!!!」

 唐突なカイルの絶叫。

 って、魅了かよ!?
 なんだこの女王、厄介すぎんぞ!!

「ちっ!!」

 カイルの豪腕が顔面スレスレを通り過ぎる。どうにか紙一重で躱したが。

 こんなもん躱しながら敵の相手なんかしてられっかよ……。

「キユピー!」

 アリーゼがキユピーを召喚し、すぐさまカイルの体力&状態を回復させる。

 ナイスですアリーゼさん。

 しかし俺達からの攻撃が途絶え、即座に再生していく女王。

 ……なんすかあの回復力。反則だろ。
 ヤッファの言っていた通り一斉攻撃を仕掛ける以外に道はないんだが、完全に分断されて指揮が取れる状態じゃない。
 態勢を整えるために今撤退したら、タイミングの遅れた者が集中的にあの強酸を浴びてあっさりお陀仏しかねん。
 つまりは、出たとこ勝負するしかないってわけだ。

 近くにいるのはアリーゼ、カイル、ヤッファ。
 ……十分すぎる戦力だっての!

「アリーゼ! カイル! ヤッファ!
 タイミング合わせて一気に押し切るぞ!
 半端はなしだ! 一発でいい、全力込めろ!!!」

『応ッ』

 漢気溢れる返事に背中を押され、俺は前線に繰り出した。
 反対側でうずくまっているソノラの隣で、ヤードが詠唱を始めてるのが見える。

 回復の時間稼ぎくらいしねぇとな。

「そらっ!」

 強引な横切り。
 縦斬りで接近するとカイルのように反撃で魅了状態にされるので、苦肉の策。
 普段は縦斬り専門なのでダメージはほとんど入っていないが、注意だけは向けられた。

 女王からの強酸が乱射される。
 身を捻って躱すが無傷とはいかない。

「ぐっ……」

 顔面に迫る酸を左手で受ける。肌が灼ける嫌な音がした。

「……!!!」

「詠唱やめんなアリーゼ!!」

 振り返らず俺はアリーゼに叫ぶ。
 大丈夫だと、全然問題ないと、俺は右手の剣を掲げる。

 みんなの限界が近い。ここで仕留め損なったら本当に打つ手がなくなる。

 反対側に目を向けると……なんとまぁ頼もしい限り。準備万端の様子じゃないっすか。
 そんじゃぁまぁ……、



「行くぜええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」



 絶叫を合図に、

 ソノラが女王の顔面にペネトレイトをお見舞いする。
 正確無比な連射は女王の目の一点に命中し、反射的に女王は顔を逸らす。

 その隙をついて、キュウマとスカーレルが女王の両脇を走り去る。
 刹那、外殻の僅かな隙間から血しぶきが上がる。

「Gyeeeeeee!!!!」

 怒りの声を発して強酸を発射するが、すでに二人は離脱を終えている。
 その攻防の間に、詠唱を終えた召喚士達は術の及ぶ間合いへ入っていた。

「地味な役回りだぜ」

 召喚士の間にいるのはカイル。 

「おらあああああああ!!!」

「タケシー!!」

「ドリトル!!」

 ヤードとアリーゼの召喚に応え、異界より喚び出される召喚獣達。

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」

 カイルのサモンアシストにより威力が上昇したゲレゲレサンダーとドリルラッシュが同時に炸裂。
 ヤードのBランク召喚とアルディラのお株を奪うアリーゼの機界召喚。
 二連続の召喚術にはさすがの女王もたまったものではないだろう。

 よろめいた女王に間髪入れず、ヤッファが疾駆する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 雄叫びにより狂化されたヤッファの爪が女王に迫る。

「GyuuuYY!!!」

 外殻を硬め、防御の姿勢を取る女王。
 ヤッファの一撃を耐え、カウンターで屠るつもりなのだろう。
 狂化の効果によりヤッファの装甲は女王にとって紙くず同然。

「ああああああああああああァァァァァァァァァァァァあああああ!!!!!!」



 ――――――――――ドンッ。



 一瞬の重低音。
 ヤッファの拳は召喚術によって弱体化した女王の外殻を貫き、決定的なダメージを与えた。
 が。

「Gyuooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!」

 女王は意地とも言える動きで首を高速で動かし、ヤッファに噛み付きにかかる。
 拳が刺さったヤッファに逃げ場はない。
 絶対不可避の一撃を前にヤッファはニヤリと笑い、

「惜しかったな」

 ――――詠唱完了。召喚。

 俺の剣の先より光が生まれる。

「シャインセイバー!!!」

 打ち砕け光将の剣。

 狙い違わず幾本もの輝剣が女王の顔面を捉え吹き飛ばした。








「Gyeeeee……ッ!!」

 まだ生きてやがんのか、こいつは。あきれた生命力だぜ。

 俺は剣を構え、

「もう眠れ」

 振り下ろす。

 ギィン!

「待って下さい!」 

「アリーゼ? っておい!!」

 いつ抜剣したんだ!?

「アリーゼ! 俺達が何のために力あわせて戦ったと思って……!」

「ワガママでごめんなさい、先生。でも」

 白を基調としたアリーゼは目を閉じて、

「『先生』が望んだのにできなかったことを、この子にしてあげたいんです」

 空間が震える。

「AaaaAAaaaaa…………」

 ジルコーダの姿が消えていく……?

「これは……!?」

 キュウマが驚愕し、ヤッファが目を見開く。

「送還術……だと……?
 これも剣の力だってのか……」

 やがてジルコーダは完全に消え去り、廃坑は元の姿に戻った。
 アリーゼは抜剣を解き、

「よかった……」

 その目は遠くを見つめ、とても優しい色をしていた。









 廃坑を出て俺達を真っ先に迎えたのはマルルゥだった。
 マルルゥは俺が言ったことを忠実に実行したらしい。
 広場には大量のごちそうと酒。
 バカみたいな量が用意され、島のみんなが俺達を待っていた。

 護人達は呆れていたが、カイル達はおおいに喜んで宴へと特攻する。
 アリーゼが俺の手を引っ張り、俺もその波に引きずり込まれた。
 やがて、嘆息したヤッファが合流し、キュウマもミスミさまに連れられ食卓を囲んだ。
 ファルゼンは少し離れた場所に佇んでいる。

 ただ一人、アルディラだけが、そっとその場を離れていく。
 去っていく彼女の後ろ姿を、俺は見ていることしか出来なかった。




「ちょっと先生! 聞いてるのぉ??」

「あ、悪ぃ」

「もおぉぉぉぉぉおおお。
 ……でもぉ、そんな抜けてるとこもぉかわいいよねー」

 ぐへへへと笑って肩を組んでくるソノラ。

 なんだコイツ。いつの間にか超出来上がってるじゃねぇか。

「それでそれで!?
 女王はどうやって倒したんだよ!!!」

「すっごく強かったんでしょ?? 殻……がとっても硬いんだよね?」

 スバルとパナシェが目を輝かせている。

 えーっと確か最初は……。

「俺のストラナックルが火を噴いたのさ!!」

「ふえぇぇ、ゲンコツさん火を噴いたですかぁ!?」

 カイルの言葉にマルルゥも目を輝かす。

 いやいやカイル。お前のその一撃すぐ再生されちゃったから。
 おまえけにそのナックル俺に向かって放ってきたよな。あれ一歩間違ってたら首から上がすぽーんと飛んでたぞこの野郎。

「こうメリッっとな! メリッと!!
 あぁんな蟻の外殻なんて、俺の拳の前じゃ屁でもなかったぜ!!!」

「おおおおおおぉぉぉぉおお!!!!」

「うっそーウソウソウソーーーー。アニキは嘘をついてまーす。
 ホントの兄貴の役割はぁ……ぷぷぷぷ、立ってるだけでしたあああああああああ。アハハハハハハハハハハハハ!!!」

「ソノラ! てめぇなんてことバラしやがる!!」

「立ってるだけ?」

「そうなのそうなの!!
 こうね、ヤードとぉアリーゼの間に立ってぇ、意味もないのに「おらあああああああ!!!」って言うだけ。
 恥ずかしいいいいいいいいいいいい。キャハハハッハアハハハハッハハ!!!!」

「かっこわりーなー、カイル兄ちゃん」

「カイルさん。元気出して。次頑張ればいいと思うよ」

「おいこらてめぇら、ふざけんのも大概にしとけやああああああああ!!!!!」

「兄貴が怒ったああぁぁぁー。そーれみんな逃げるぞおおおおおおお。あははははははは!!!」

 カイルが暴走機関車と化して、ソノラはスバルとパナシェを無理矢理抱えて逃げまわる。マルルゥはその上でくるくる回って喜んでいる。
 そして、ぽつんと残される俺。

 ……あの兄妹テンション高ぇなぁ。




「センセ。こっちで飲みましょうよ」

 スカーレルに呼ばれて、ちょこっと移動。

「ホント、大変だったわね。今日は」

「ああ。スカーレルもお疲れ様」

 カンッと杯を合わせ傾ける。

 ……ふぅ、五臓六腑に染み渡るぜ。

「ありがとね。センセ」

「?」

「ソノラのこと、守ってくれたでしょ」

 はて、そんなことあったか?
 今日の戦いでは最初っからずーっとソノラとは別行動みたいなもんだったけど。

「あの子、ちょっと接近しすぎて女王の強酸を足に食らっちゃってね。
 で、慌ててヤードが召喚術で治そうとしたんだけど、隙がなくって大変だったのよ」

 ああ、あれか。
 どっちかって言うと、あれは一斉攻撃のための時間稼ぎだったわけだが。
 まぁスカーレルならそんなこと百も承知か。

「先生も、できればあの子のこと見ててあげてくれる? 危なっかしくって仕方ないのよ。
 アリーゼのついででいいからさ」

 器用すぎるウインクを送られる。
 それに曖昧に笑う。

 でもそうだな。ソノラには無鉄砲って言葉が似合ってしまっている。
 スカーレルやカイルがいても、フォローできないこともあるだろう。
 その時に俺が気づいてやれれば、どうにかしてやりたいと思う。

「この島の銃はぜえええええええええええええええええええええええんぶあたしのだあああああああああああああああああああ。
 キャハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 遠くで酔っぱらいの声が聞こえるが、あれはただの酔っ払いだ。気にしてはいけない。気にしたら今のこの気持ちが消し飛んでしまう。

「そういやヤードは?」

「あそこ」

 スカーレルが指した先にはヤードとヤッファ、ミスミがいた。キュウマは5メートルほど距離をとっている。

「珍しい組み合わせだな」

「行ってみたら? 楽しいわよきっと」

「スカーレルは?」

 スカーレルは杯をかかげる。
 もうちょっと静かに飲んでいたいらしい。

 そんじゃ行ってみますかね。




「そうかそうか、そなたも苦労しておるのじゃな」

「くぅぅぅぅ、なんとお優しい言葉。ありがとうございますミスミ様!」

「男なら小さい事気にすんなよ!」

 はて、何の話だろう。

「おお、先生ではないか。やっとわらわのところへ来たな。
 ささ。まずは駆けつけ三杯じゃ」

 ごめんなさいミスミさま、俺ずっと宴会参加してるんでそんなにいらないっす。

「なんだいらねぇのかレックス? なら俺が貰うぜ」

 ぐっぐっぐとあっという間に杯を空にするヤッファ。
 つえー。

「っかー。働いたあとの酒ってのは最高だな!!!
 そう思わねぇかレックス!!!」

 いつもニートしてるヤッファさんとは思えない発言だな。

「ところでヤードは一体どうしたんだ? なんか号泣してんだけど」

「あー、それはじゃな。ほれ、あれじゃ」

 ミスミさまが言葉を濁すとは珍しい。
 と、今まで漢泣きしていたヤードが勢い良く顔を上げ、

「私は!!!! 今まで回復ばかりの男でした!!!!!!」

「……はい?」

「まぁ聞いてやれよ。あいつもいろいろ鬱憤溜まってたみたいなんだ」

「はぁ」

「ピコリットピコリットピコリットピコリットピコリット、何かっちゃあピコリット!!!
 私は海賊弁当じゃないんですよ!!! 人間なんです!!!!」

 大丈夫だヤード。だれもお前食おうとは思わんから。

「そう!!!! 私は今日……とうとう人間として生まれ変わった!!!!!
 ああ、素晴らしいタケシー!!! 愛しのタケシー!!! あなたのおかげで私は召喚士として一歩前へ踏み出すことができました!!!!」

 ふと、スカーレルの方を見て問う。

(ひょっとして、海賊船に乗ってたときのヤードって……)

(回・復・役。純度100%)

 テンションMAXのヤードさん。

 よかったねぇ、人間になれて。

「やりますよ!!!! 私はやります!!!!! 今日を起点に私は、私の中で革命ほゴッ!?」

 吠えまくってたヤードの後頭部に槍が刺さる。
 そのままぶっ倒れるヤード。槍は刺さったままなのがとってもシュール。

「わらわも共に戦いたかった」

 なんかシリアスな顔してますけど、ミスミさま、今すごい勢いで槍投げつけたのあなたですよね。

「先生。そなた達には本当にすまなんだと思うておるのじゃ。
 島の厄介事に対して、そなた達は手を尽くしてくれておる。わらわよりもよほど……」

「それは違いますよミスミさま。
 ミスミさまがいるから、俺達は安心して集落を留守にできているんです。
 それはきっとミスミさまにしかできないことだと思いますよ」

「先生……」

「そうだぜ。俺達は護人でそれぞれの集落を見ているが、島全体を束ねる者としてはかなわねぇよ」

「むぅ。じゃがの、わらわは不安なのじゃ。戦の際、そなたらが無事に帰ってくるのかと。
 今日などは特にな。相手が強大であるとわかっておったから……」

「なら今後何かあった時はミスミさまも一緒に戦いますか?」

「よいのか!?」

 がばっと俺は両肩を掴まれる。

「だって心配でしょうがないんでしょう? それを解消するためには他に方法がないじゃないですか。
 このまま我慢できなくなって急に参戦されるよりはいいでしょう」

「おお、おお!!! 先生は話がわかるのう!!!
 ささ、飲むがよいぞ! あ、そうじゃ! 待っておれ、向こうにとっておきの秘蔵酒があってな。待っておれよ先生!!」

 スキップする勢いでミスミさまの姿が小さくなっていく。
 酒取りにどこまで行ってくるんだろう。

「おいおい、いいのかよ、あんなこと言っちまって。もうあの鬼姫さん止められねぇぞ」

「不味かったか? キュウマが黙ってるからいいのかと」

「馬っ鹿、あいつはとっくに酔いつぶれてんだよ。座ったまま寝てんだ」

 キュウマを見る。

 なるほど鼻ちょうちんできてるわ。

「俺は知らねぇぞ」

 俺も知らねぇことにしよう。
 というわけで、この空間から脱出。




 大分酒も回ってきた。
 そろそろ限界近いし休むかな……。

「レックス様」

 振り返るとそこにはクノン。
 クノンは両手に空いた食器をのせている。そういや食い散らかしたままだったっけ。

「俺も手伝うよ」

「結構です。私の仕事ですから」

「遠慮すんなよ」

 言いながら俺は杯を回収する。

「どこ持ってけばいいんだ?」

 クノンは俺をじっと見ていたが、やがてあきらめたのか無言で歩き出した。

 ついて来いってことだよな……?

 二人で黙々と歩いて、片付けて、それが一段落してからクノンは俺に話しかけてきた。

「時にレックスさま」

「ん?」

「貴方は今日の宴を楽しいと思いましたか?」

「ああ」

「そうですか」

 ………。

「え、それだけ?」

「はい。……いえ、重ねて質問をしてもよろしいでしょうか?」

 頷くと、クノンは観察するように俺を見て……、

「なぜ、楽しいと思ったのでしょうか?」

「哲学的だな。なぜって言われてもなぁ」

 楽しいになぜも糞もあるかい。

「では……どうしたら、楽しいと思えるのでしょうか」

 その方がまだ答えやすい。

「つか、クノンは? 今日のこの馬鹿騒ぎ、楽しくなかったのか?」

「私が……楽しい?」

「そうそう」

 クノンは僅かに小首をかしげる。思案しているんだろう。

「看護人形(フラーゼン)にそのように感じる機能はありません」

「そうか? じゃあクノンはどうしてこんな片付けしてるんだよ」

「ですから、それが私の仕事で……」

「じゃあ俺が全部やっておくよ」

 クノンは探るように俺を見る。俺の意図を汲もうとする。

「これでクノンがいる意味はなくなったぞ」

「はい」

「帰るか?」

「………」

「な?」

 俺はニっと笑う。
 クノンは疑問符を浮かべている。

 まだ伝わってないなこりゃ。

「クノンは今、帰りたくないって思わなかったか?」

「それは……」

「イコールこの場が楽しいにはならないかもしれないけどさ。
 義務感だけなら、用がなくなれば帰るだろ。
 ここに残っていたいと考えるなら、それなりの理由があるんだよ。心配だ、とかさ」

「………」

「んじゃな。おやすみクノン」

「おやすみなさいませ、レックスさま」

 心ここにあらずと言った返事をもらった。

 クノンにも、いろいろあるんかね。




 そういえばアリーゼ見てないな。
 何処行ったんだろう? もう船戻ったかね。

 周りを見渡すと、そこには超ニッコニコな笑顔で酒瓶を持ってダッシュしてくるミスミさまの姿が。

「さぁ先生。ぐいっと。ぐいっといくがよいぞ」

 完全に目が据わっている。

 そろそろリミット振り切れそうなんだけどなぁ。
 でも、せっかくだし一杯だけいただくか。

 俺は空いてる杯を失敬して、ミスミさまに注いでもらう。
 とりあえず一口。

「うまあああああああああああああああああああああああ!!!」

 なんだこれ!? 美味ッ!? え? アホみたいに美味ッ!!!

「どうじゃ? この味を知ってしまうと、他の酒が飲めなくなってしまいそうではないか?」

 それ冗談に聞こえないっす、ミスミさま。
 軍学校で遊びまわったときも、マルティーニの屋敷に招かれたときも、ここまで美味い酒には出会わなか








「ファルゼンさん」

 声を掛け、アリーゼはその隣に立つ。

「ドウシタ? ナニカ、ヨウカ?」

「はい。ファリエルさんをお誘いに来ました」

「………」

「行きましょう。みんなすごく楽しそうにしてます」

「私は、いいよ」

 ファリエルは答える。その身を甲冑に包んだまま。

「ここなら、皆の声が聞こえるから。だからいいの」

 何者をも圧倒する甲冑の戦士はしかし、今はひどく小さく見えた。

「よくありません。行きましょう」

「私はいいから。アリーゼは行きなよ。ね?」

 自分を想ってくれる優しい少女に、ファリエルは儚い笑みを浮かべて向き、

「え?」

 その光景を疑った。

「ちょ、ちょっとアリーゼ! なにしてるの!?」

「っ……ふぅ」

 カンっと無機質な音が響く。
 飲んだのだ。アリーゼは。飲み干してしまったのだ。

「アリーゼ? 大丈夫?」

 心底心配するファリエルに対して、アリーゼはにこーっと笑う。

「えいっ」

 かわいらしい声とは対照的に、アリーゼはその身に白を纏う。
 本日三回目の抜剣であった。

「ちょっ……」

 ファリエルは二の句が継げない。
 その間にアリーゼは大量の魔力をつぎ込み、ピカーっと放出した。

「さ、行きましょう行きましょう」

「ちょっとアリーゼ!」

 巨体の自分を軽々しく引っ張るとはさすがはシャルトスの抜剣者……って、ええ!?

「なんで!? どうして私元の姿に!?」

「鎧なんて宴には邪魔です。どっか行ってもらいましたー。あはははは」

「………」

 あまりのことにファリエルは何も言うことができない。
 アリーゼはファリエルの手を掴んでいるのだ。霊体であるファリエルの手を。
 月明かりの下、ファリエルが大量のマナを消費すれば実体化は可能であるが、アリーゼは剣を使用し引き出した魔力により力技でそれを成したのだ。
 予想外すぎる抜剣者の暴走にファリエルは半ばパニック状態だった。




「あら、アリーゼご機嫌ね。となりの娘はどなた?」

「ファリエルさんです!」

「は、はじめまして……」

 ファリエルはアリーゼの手を離そうとしたが、小さな手には信じられないほどの力が込められており脱出不可能だった。

「霊界集落の娘かしら。騒がしいのに疲れたらいらっしゃい。いつでも歓迎するわ」

「あ、ありがとうございます」

「では次行きましょー」




「アリーゼぇ、だぁれその娘???」

「ファリエルさんです!」

「は、はじめまして……」

 一分前と同じセリフを繰り返したが、周囲の状況は正反対であった。
 目が完全にグルグル状態になっているソノラ&カイルは徹頭徹尾、何処に出しても恥ずかしくない酔っ払いに変貌していた。

「ファリエルっていうんだぁぁああ。あたしソぉラね。よろしくー!!」

「俺はカイルだ!!! 海賊やってんだ!! 嬢ちゃんも船にあそびに来な!!!! 操縦させてやっからよぉガハハハハハハッハハ!!!!」

「そぉれよりも大砲よ大砲ぉぉ!!!! もぅバンッバンッ打たせてあげるからっ!!!」

「あははは。ありがとうございます……」

 歓迎されてるのは理解できるが、このテンションにはついていけないとファリエルは引いてしまう。
 ちなみにスバルとパナシェは完全にグロッキーと化していた。

「ささ次行きましょー」

 この時点で、ファリエルは流れに身を任せることにした。
 あきらめたとも言う。




「ファリエルじゃないか」

 眠るマルルゥを頭に乗せたレックスに遭遇した。

「ファリエルさんです!」

「うん、そうだね」

「あ、あのねレックス。アリーゼがね、お酒飲んじゃって、おかしくなっちゃってるの!」

「そうなの? 大丈夫かい、アリーゼ」

「平気です!」

「だってさ。アリーゼの心配をしてくれてありがとう、ファリエル」

「……ええ!? ちょっと待ってレックス! どう見ても様子がおかしいでしょ!?」

「そうなの? 大丈夫かい、アリーゼ」

「平気です!」

「いやあああああああ天丼いやあああああああああああああああ」

 流れに身を任す決意をした5分後に精神崩壊するファリエル。
 再びアリーゼに引きづられて行った。




 次なる場所はファリエルにとって避けなければならない人物たちであった。
 自分の過去を知る者たち、ヤッファとキュウマ、そしてミスミ。

「待ってアリーゼ。あそこは本当にダメなの。私ね、生前この島で」

「ファリエルさんです!」

「聞いてええええええええええええええ!!!」

 涙目になるファリエル。
 まさかこんな形で彼らと対面することになるとは夢にも思っていなかった。

「ファリエル……じゃと?」

「嬢ちゃん?」

「……すぴー」

「あああああ、あの、あの……」

 ファリエルはかいてないはずの汗がダラダラ流れる感覚になる。
 どうしよう、もうすべてゲロってしまおうかという気持ちにぐらつく。

「はははは。ヤッファよ、そんなことがあるわけなかろう」

「そ、そうだな。そんな夢みてえなこと……」

「ファリエルさんです!」

「アリーゼよ、この者はどうしたのじゃ? 郷の者ではないようじゃが」

「ウチのモンでもねぇな」

「霊界集落の人です!」

「なるほど。あそこはわらわ達では知らぬ領域もあるからのう。
 それにしてもよく似ておる」

「まったくだ。嬢ちゃんに生き写しだな」

「あ、あはははは。ソウナンデスカ?」

「すまぬな、他人と間違われて良い気分はせぬであろう」

「いえいえいえ、紛らわしい私が悪いんです!」

「ははは、元気な嬢ちゃんだな。なんだか、本当に嬢ちゃんと話してるみてぇだ」

「これヤッファよ」

「いいじゃねぇか。無礼講だろ。……ダメか?」

「いえいえいえ。いいですいいです。私全然気にしてませんから」

「ほれ、本人だってこう言ってんだ」

「強引じゃの。……じゃが、わらわもその好意に甘えようか」

 それから昔話に花が咲いた。
 ファリエルが生きていた頃を、ハイネルが生きていた頃を。
 ヤッファもミスミも気の済むまで語り続けた。
 時折相槌を打ちながら、ファリエルは黙っていつまでもそれを聞いていた。

 喋ることはできなかった。
 口を開けてしまったら、気持ちが溢れてしまいそうだったから……。








 夜明け前。

 気づくと、そこは屍の山と化していた。
 びっくりするほどアクロバティックな体勢で眠っているもの多数。
 こんだけ広い空間なのに、なぜ人は折り重なって眠るのだろうか。

 なぜも糞もないか。酔っぱらいに理由を求めちゃいけねぇ。

 周囲を見回すと、一人腰を下ろし海を眺めている者がいた。
 近づいて声を掛ける。

「ファリエル」

「レックス……」

 振り返ったファリエルの顔には涙の跡が残っていた。

「ファリエル……」

 呼びかける以外に、なんて声を掛けたらいいのかわからない。
 それでも沈黙を通すのは今は相応しくないと思い、俺は借り物の言葉を発した。

「貴女は今日の宴を楽しいと思いましたか?」

「え?」

「貴女は今日の宴を楽しいと思いましたか?」

 もう一度言って、ファリエルの反応を待つ。
 今日、ファリエルはどんな気持ちで輪から外れた場所にいたのか。
 一人帰らずに、傍に行く事もできずに、どちらも選択できないでいた彼女は。

「……く。ふ、ふふ。あははは」

 お、おおぅ?
 やばい、ファリエルさんがトチ狂った?

「ご、ごめんなさい。今日のこと思いだしちゃって……あはは」

「えーと……?」

 ひょっとして俺が意識失ってる間にものすんごい面白いことでもあったんだろうか。
 うわぁ損した気分だ。
 ミスミさまの酒は美味かったけどさ。
 また飲むかって言われたら飲んじゃうけどさ。

「アリーゼがね」

 ファリエルの視線を追うと、そこにはすやすや眠るアリーゼがいた。
 幸せそうな寝顔である。

「私を連れ出してくれたの。すごい無理矢理に。シャルトス使って強引に私を実体化させたの。信じられないよね」

 アリーゼさん……喚起の門で抜剣拒否した貴女はどこ行ったんだよ。

「もうみんな酔っ払っててどうしようもなかったんだから。
 あ、レックスもひどかったよ。全然私の言うこと聞いてくれなくて。私泣きそうになったもの」

「お、おお俺なんかしちまったのか……?」

 恐ろしい。酒恐ろしい。記憶がないの恐ろしいっす……。

「あははは。大丈夫。怒ってないから」

「そ、そうか。ならよかった」

 何があったのか知りたい気持ちもあるが、なんとなく封印したほうがよさそうなので聞かないことにする。

「とにかくね。とっても楽しかったの」

 そういうファリエルの顔は笑っているのに、影がさしていた。

「じゃあ、またやるか」

「………」

「俺も楽しかったし。たぶん、いやきっとみんなも楽しかったんだと思う。
 だからまたできるさ。島のみんな集めてさ、今度はファリエルも最初から混ざってさ」

「……できないよ」

「できるって。ミスミさまなんて大喜びで……」

「できない!!!」

 ファリエルに新しい涙の跡が生まれる。

「だって……私は許されない存在だから。本当のことを知ったらみんなからきっと……」

「臆病者」

 びくっと。
 小さな肩が大きく揺れた。

「ファリエルはビビリだな」

「な……!」

「ビビリにはそれなりの楽しいしか得られないぞ」

「……え」

「だから今は俺だけ。ファリエルのみんなには……」

 俺はアリーゼを見て、

「訂正。今は俺とアリーゼだけ。みみっちぃなぁ」

「レックス……」

「寂しかったら、がんばるしかない。前に踏み出すしかない。
 でもどうしてもビビって決心つかないなら、それまでは俺達がいるからさ。一人ぼっちよりかは幾分マシだろ?」

「……バカ」

「残念。これでも軍学校では主席でした」

「バカだよレックスは」

「主席だっての」

「生徒のアリーゼにまでバカが感染っちゃうんだもん。真性のバカだよ」

「……おいおいちょっと言い過ぎじゃないですかこの野郎」

「手」

 言ってファリエルは手を差し出してくる。顔はあさっての方向を向いたままで。

「一人ぼっちよりかは幾分マシにして」

「……へいへい」

 そっと、俺はその手を握る。
 冷たさも、暖かさも感じないその手を。

 月明かりが消えるまで、ずっと放さなかった。



[36362] 幕間 薬をさがして
Name: ステップ◆0359d535 ID:bb338046
Date: 2013/02/22 03:40
『そうやって、貴様はいつも煙に巻くことで全てを曖昧に終わらせようとする』

『だがな、私は絶対に認めたりしないぞ!』

『こんな形で……こんな理不尽な結末を認めるものか……っ』

『絶対に、認めない!!』

 


「………」

 夢。
 今更すぎる夢だった。









 宴会という名の屍祭りから翌々日。
 カイルやソノラは未だ完全に使い物にならない状態だった。

 あんだけ暴れりゃ当たり前だな。

 アリーゼも自室でぶっ倒れている。

 スカーレルは船の修理の部品の図面をもらいにラトリクスへ、ヤードはゲンジとかいう爺さんのところを訪れている。
 海賊連中はいつの間にか島の住民と交流するようになっていた。









 

「それじゃセンセ、私は帰るわね」

 クノンから図面を受け取ったスカーレルと別れる。
 一昨日の喚起の門でのアルディラが気になり、スカーレルと共にラトリクスへ来ていたのだが。

「……あてが外れたなぁ」

 アルディラはすでに休んでいるらしい。
 一昨日のことは気になるが、無理に聞こうとしてもクノンに止められるだろうし出直すことにした。

 しかし、こんなところまで来て無駄足になるのは悔しい。負けた気分になる。

「よし。ミスミさまのところにでも寄ってくか」

 決めて風雷の郷に足を向け、

「……クノン?」

 クノンが一人廃坑へ向かうのを見かけた。




「クノン」

 一直線に歩くクノンに呼びかける。
 無駄のない動きだからなのか、見た目の印象より歩く速度は速い。
 クノンが振り返る。

「レックスさま。どうされましたか」

「これからミスミさまのとこにでも行こうかなって思ってたところ。
 クノンこそどうしたんだ?」

「アルディラさまが摂取される薬の材料を採りに行くのです」

「薬……って、まさかアルディラどこか悪いのか?」

 一昨日の件は関係しているのか?

 俺はクノンに詳しく聞く。
 クノンが言うには、薬というのは融機人がこの世界で生きていくために必要な免疫体の強化ワクチンの材料であり、病気を予防するためのモノで、以前からアルディラは定期的に摂っているらしい。

 ……ってことは、恐らく無関係だろうなぁ。

「それでは失礼いたします」

 言ってクノンは歩き出す。

「………」

「………」

「レックスさま」

「ん?」

「なぜついて来ているのですか」

「んー、保険みたいなもの?」

 クノンの探す薬と、一昨日の正気を失ったアルディラとは関係ないとは思うが、可能性は0ではない。
 そうでなくても定期的に採りにくる必要のある薬なのだ。クノンが動けないときのために、俺が知っておくに越したことはない。

「私一人で何度も行なっています。無用な心配です」

「まぁまぁ。俺もやることなくてヒマなんだよ。散歩みたいなもんだ」

「ミスミさまのところへ行くのではないですか?」

「気が変わった」

 クノンが俺を見る。

 無表情で見つめられるのって、居心地悪いっすね。

「暗いので、足元には気を付けてください」

 許可はいただけたようだ。

 それきり、俺たちは黙して目的の場所へ歩き続けた。




「では、戻りましょうか」

 クノンと鉱石を抱えて来た道を戻る。

 ……薬っていうから、てっきり草かなんかかと思ってたけど、まさか鉱石だとは。
 目的地についたころはクノンと一緒に探そうとしたんだが……はっきり言って全然見分けつかなかったぜ。
 こりゃ俺が単独で来ても無駄だわ。

 結局、クノンが鉱石を集めるのを、俺はぼーっと突っ立って見ているだけだった。

 ……荷物持ちとしては意味あるんだから、無意味じゃないよね。うん。
 クノンに言ったら、機界の召喚獣に頼むのでいらない手伝いです、とか言われそうだけど。

「………」

「………」

 それにしても、ものすごい勢いで無言空間である。行きも同じだったのでいい加減慣れたが。

 横を歩くクノンは俺などいないかのように進む。
 凛として、迷いを感じさせない。
 ふと、その表情が別の人間に重なった。

 ……夢のせいか?

 あいつは、いつでも真っ直ぐに目標へ向かっていた。
 女であることを感じさせぬよう、だれよりも強くあろうとした。
 その結果が今の地位。そして今もなお走り続けているのだろう。

 俺には到底真似できねぇ。

 ……勝ち逃げなんて許さない、か。
 逃げてる時点でそいつは負けてるっての。

 知らず苦笑が漏れそうになり……俺は足を止めた。

「クノン」

「はい。前方に十数体の召喚獣」

 肉眼では確認できないが、クノンの眼は奴らをしっかりと捉えていた。

「Gyeeeeeee……」

「ジルコーダです」 

 生き残りがいやがりましたかー。





「クノン、傷は!?」

「損傷部位60%。問題ありません」

「いや、問題だらけだろそれ」

 一撃でやられないってだけじゃねーか。

「クノン、インジェクスで治すんだ」

「できません」

 この野郎、まだ一回は使える魔力残ってんのわかってんだぞ。
 元軍人なめんなコラ。

「この状況で魔力ケチってどうすんだよ!
 今すぐ回復、で一点突破で撤退! もう、これしかねぇんだよ!!」

 言ってる間に、ジルコーダは包囲を狭めてくる。
 俺の魔力はとっくに底をつき、今は寄って来た蟻の脳天をかち割るのみだった。

 ……最初に奴らの足を鈍らせるため召喚術を連発したのが仇になったか。
 でもやらなかったら間違いなく押し切られてたからなぁ。

「わかりました」

 ようやくクノンが詠唱を開始する。

 さて、出口への道まで蟻6匹。周囲8匹。なるほど、全然減ってないっすね。

 無論、蟻を倒してないわけじゃない。
 後から後から出てきやがったのだ。

 ……増援とかマジやめろ、完全に見誤っただろ糞が。

「インジェクス!」

 クノンの召喚に応え、ぶすっと回復の注射器が刺さる。

「おぉ!?」

 俺に。

「……なにしてんだこの野郎!!」

「召喚いたしました。レックスさまの言うとおりに」

「アホか!? クノン治さなくてどーすんだよ!!!」

 俺はまだ蟻の攻撃に何発かは耐えられたのに。
 そもそもクノンと俺では物理攻撃に対する耐性にかなり差がある。

「この場を切り抜けるためには、これが最善の方法です。
 では突破しましょう」

 何が最善だ。

 クノンの目。
 兵士がダメ元で特攻するのと同じ目じゃねぇか。

「レックスさま。遅れればそれだけ可能性がなくなるだけです」

「……わかりましたよ。行くぞ!」

 そっちがその気ならいいさ。
 俺は俺で勝手にやるからな。

 俺は使い慣れないスキルを使うため神経を集中させる。

 要はアレだろ? 敵をビビらせればいいんだろ?
 ならこの溜まった鬱憤と怒りをぶつけてやるよ。 

 俺は近寄ってきた蟻の攻撃を受け、

「おらッ!!」

 即座にカウンター。
 続けさまにもう一撃を入れ、

「クノン!!」

 蟻の攻撃の前に離脱した俺と入れ替わり、クノンが槍で止めを刺す。
 クノンの攻撃の隙をついて、別の蟻がクノンの側面から間合いを詰めようとする。

 俺はその蟻の斜め右前に立ちふさがる。蟻は方向転換して俺に正対して一撃を入れた。
 これに対しては防御。こいつは進路から外れている。倒す必要がない。

 目の前の蟻を置き去りにして、俺とクノンは出口を塞ぐ蟻たちの元へ突っ込んでいった。





 リペアセンターにて。

 結局。
 俺とクノンが生き残れたのは、仲間のおかげだった。
 満身創痍で出口には来れたが、そこにはまた新たなジルコーダさんが!

 さすがにあの時は心折れそうだったわ。冗談抜きで死を覚悟したね。

 俺とクノンが廃坑へ行く前に、子供たちが森でジルコーダの生き残りを見てヤッファのところへ駆け込んでいたらしい。
 ファルゼンやヤード、スカーレルやミスミさまがジルコーダが巣にしていた廃坑に様子を見に来たところへ運良く合流したというわけだ。

 いやぁミスミさまの鬼のような強者っぷりときたら。惚れ惚れするような戦いぶりでした。

 そして今はリペアセンターでベッドに座り、クノンから治療を受けていた。

「みんなが助けに来ることに確信があったのですか?」

 クノンは俺の腕に包帯を巻きながら聞いてくる。

「な……なんとな~く、ねぇ? ……ッッッ!? 痛い痛い痛い痛いだいいだいいだいいだい!?」

 意味もなくクノンが患部を圧迫する。

 なにしやがる!? 激痛で涙目になったぞ!!

「貴方の行動は無茶苦茶すぎます」

 その言葉そっくり返します。

「そういうのは、私はキライです」

「はいはい、悪かったですねー」

「……それでは注射を打ちますね。治療のためですから我慢してください」

「こらこら待ちなさい。明らかにそれは規格外。人間用ではありませんよ看護人形さん」

「看護人形をかばって攻撃される人には、この程度では足りないくらいです」

 ぶすっと容赦なく刺される。
 死ぬほど痛いが、たしかに効く。こうかはぜつだいだ!

 にしても、さすがにクノン、気づいてたか。

 ――闘気。
 ある程度の者には無効化されるので、微妙に使い道はなかったりするが、雑魚に対しては絶大。
 相手の行動を著しく制限し、使いようによってはこちらの優位となる位置で戦うことができる。
 相手が単純に仕掛けてくる者であれば、無理やり正対して戦わせることなど朝飯前。

 これにより、クノンを蟻の攻撃範囲に入らないよう位置取りをしてやり過ごすことができた。
 クノンが俺を回復させたことは結果オーライだったわけだ。

 だが、むかつくものはむかつく。

「クノン。昼間のアレはなんだよ、勝手に他人を回復させて勝手に死ぬ覚悟しやがって。もっと自分のこと大事にしろ」

「余計なお世話です。私が故障しても代わりの者を召喚すれば済むことです」

「アホ。どこの世界にこんだけ憎まれ口叩く看護人形がいるんだよ」

「な……!」

「よぉ~く覚えとけ」

 立ち上がり、

「今度また同じようなことしてみろ。今日なんて比じゃないくらい無茶苦茶やってやるからな! 俺が死んだらクノンのせいだぞこの野郎!!」

 言いたいことだけ言って部屋を出る。

 あーすっきりした。気分爽快。

「レックスさま!!!!!!」

 なんか後ろの方で聞き慣れない怒号がするけど気にするこたーない。
 クノンにこそ薬は必要なのだから。








 レックスがいなくなった部屋で、クノンは呆然とする。
 自分があんなに大声出すなんて思いもしなかった。

「おかしな人です……」

 看護人形である自分を本気でかばっていた。
 あんなにもボロボロになって。必死になって。

 彼一人であれば、きっともっとうまく切り抜けられたはずなのに。
 だからこそ、最後の最後で彼を治したのに。

「本当に、おかしな人」

 自分を大事にしろと言われた。
 そんなこと考えたこともなかった。

 どうすればいいのかわからない。
 わからないことが多過ぎる。

「いつか知ることができるでしょうか……」

 それがわかれば、自分はもっとアルディラさまの役に立てる?
 アルディラさまに笑ってもらえる……?

 ああ、それならば。
 彼の言うとおりにしてみてもいいのかもしれない。
 それに、彼が死んで私のせいにされるのは困る。

「無茶苦茶な理屈です」

 約束ではない、一方的な宣言。
 それでもクノンはその宣言を忘れぬよう記録した。



[36362] 第七話 すれ違う想い
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/02/28 20:13
 翌日。
 ようやく皆の二、三日酔いも抜けてきた頃。
 学校の授業終了後、俺はまたラトリクスへ来ていた。
 アルディラを訪ねるつもりだったのだが、ふらふら周辺を歩いていた。

 ……考えてみれば、あの場にいたファリエルにまず状況を確認する方が賢明なのかもしれない。
 あの妙な状態のアルディラに対してある意味真正面に対応していたわけだし。
 客観的な情報を得てからアルディラ本人に聴いてみたほうがいいのかもだ
 うん、そうするか。

 思い立ったが吉日、俺はすぐに反転し、

「もしもし……そこのお方……」

 ん?
 聞き慣れない声。

「ここです、ここ!
 このガレキの下にいるのであります……」

 見渡すと、微妙に盛り上がりのあるガレキがあった。
 ……どかすのはできそうだが、さて。

「お前はだれだ」

 アホみたいな問いだが何も分からないのだから仕方ない。
 人語を解するわけだし、いきなり襲いかかってくるような類のものでもないだろうが用心は必要だ。

「これは失礼いたしました。
 本機は機械兵士、型式番号名VR731LD強攻突撃射撃機体VAR-Xe-LD。
 ヴァルゼルド、と親しみをこめて呼んで欲しいのであります」

「お、おう」

 機械兵士?
 それってーと、破壊殺戮の限りを尽くしロレイラルの世界をエラいことにした連中じゃなかったか?
 姿を見ていないせいなのか知らんが、聞いた話と印象が違う気がするが……。
 とりあえず、出してみるか。





「で、お前ガレキの下で一体なにやってたんだ?」

「よい質問であります! 実は……」

 ガレキをどかして出てきた機械兵士に若干びびりながらも、俺は機械兵士――ヴァルゼルドの話を聞いた。

「……つまり、エネルギー切れってわけか」

 本来は光をエネルギー変換できるらしいが、ソーラーパネルが破損するわ、ガレキに埋まるわでどうにもならなかったそうな。

「でもこうして日も当たるようになったし、問題なくなったんだな」

「いいえ! 事態は急を要するのであります!!
 本機の消耗は限界寸前、このままでは、充電が終わる前に機能停止するであります!」

「マジか」

「そこで、僭越ながらお願いがありまして……」





 クノンにバッテリーを借りて戻る。
 クノンと二人でジルコーダに襲われたのが昨日のことなので妙な空気ではあったが、逆に詮索されずによかったと言うべきか。
 俺は、ヴァルゼルドと接してみた結果、ある程度信用してもいい相手だと思っているが、クノンやアルディラ達は自分たちの世界がボコボコになった要因のひとつとも言える機械兵士は警戒するだろうしなぁ。

「……どうだ?」

 ヴァルゼルドの下に戻り、バッテリーを接続する。

「ウマイであります!! 感激であります!!」

 ウマイのかよ。つかテンション高ぇな。
 こいつ本当に機械兵士なのか?
 それとも機械兵士ってのは実はこんな連中ばっかりなんだろうか。
 それはそれでウザい集団だな。

「ごちそうさまでした。ええと……」

「レックスだ。この島で学校の先生をやってる」

「先生……すると、貴方は教官殿でありますか?」

 教官て。

「まぁ、間違いではないけどよ」

 その後、ヴァルゼルドは少し話して休眠状態に入った。
 修復が終了次第稼働可能になるそうな。

 お礼は必ずさせていただきます! って張り切ってたけど……こいつは思わぬ拾いものをしたかもしれん。
 機械兵士なら戦力的に申し分ないし、俺の言うこと聞きそうだし。
 俺GJじゃないですかー? YESYESYES。









 同時刻、森にて。
 アリーゼはアズリアと対峙していた。
 アズリアはアリーゼを見て警戒を強める。

(『剣』を持つ者。できるなら、この場で終わらせてしまいたいところだが……)

 アリーゼの落ち着き払った様子が気に掛かる。
 アズリアとしては不意に遭遇した形だが、向こうは策を弄しているのかもしれない。

(だが私が戦場を把握するため、ここを探索することは一部の者にしか話していない)

 裏切りを考慮しないわけではないが、可能性としては低い。
 とすると。

「確か、アリーゼだったな」

「はい。この間はどうも、アズリアさん」

 偶然敵と合間見えたこの場は、アリーゼにとって危機的状況でもなんでもないということになる。

(……この私が、なめられたものだな)

 アズリアは、熱く、心が燃え滾ってくるのを感じる。
 たかだか子どもとは断じない。『剣』の力は無論だが、アリーゼ本人も並の兵士では及ばないことをアズリアは身にしみて理解していた。

「提案があります。私たちと戦うのをやめてください」

 アズリアは、なにを馬鹿な、と言いかけ……、

「なぜだ?」

 アリーゼの真剣な目を見て先を促す。
 どんな考えがあるのか不明だが、なにかしらの情報が得られるならば上出来である。

「言えません」

「話にならんな」

「それでも、私は貴女と戦いたくありません」

「ならば剣を渡せ。それとも今ここで奪ってみせようか」

 アズリアが腰を落とし、戦闘準備に入る。

「先生……レックスさんと戦ってもいいんですか?」

「奴に何を聞いたかは知らないが、こちらはなんの問題もない」

「嘘です」

 断言するアリーゼに、アズリアは僅かに動揺する。

「事実だ。まさかそれを言うためだけに私を待ち伏せしていたのか」

 動揺を悟られぬよう、罠の可能性を探る言葉を返す。
 すると、アリーゼはそれまでアズリアをまっすぐに捉えていた目線を下げた。

「……イスラ……さんは、どうしたんですか?」

「イスラ?」

 アズリアには聞いたことのない名前だった。

「アズリアさんには弟がいませんか?」

「何を言っている。レヴィノス家の後継者は私だけだ」

「……そうですか」

 アリーゼは背を向けて去っていく。

「待て、そう簡単に逃がすわけにはいかん」

 アズリアの言葉にアリーゼは足を止め振り返る。

「私は貴女と戦いたくありません。ですが、逃げるつもりもありません。
 この場で戦うというのなら周りの森からの不意打ちがあっても知りませんよ」

「……いいだろう」

 アズリアは舌を巻く。
 ハッタリの可能性が高いが、目の前の娘は油断ならない。初めて対面した時の頼りなさは一体なんだったのかと問いたくなる。

「今は見逃してやろう。改めて、決着をつけるときまではな……」

「………」

 互いに睨み合い、同時に背を向ける。

(奴に加え、あんな娘までいるとはな) 

 相手に不足はない。
 アズリアは戦いに考えを巡らせ、無意識に拳を握り締めた。








「………」

 船長室には俺、アリーゼ、海賊4人が集合していた。
 狭間の領域に向かう途中にアリーゼに会ったのだが、アズリアと遭遇していたらしい。

 ……奴が無目的に森を散策するわけがない。戦場となる場所の下見だろう。相変わらず糞真面目な奴だ。
 俺はため息をついて事実となるであろうことを告げる。

「近いうちに、下手したら今日明日のうちに、帝国軍と戦うことになるだろうなぁ」

 全員の緊張感がふくれあがる。
 いつかは来るとだれもがわかっていただろうが……。

 緊張と不安を吹き飛ばすようにカイルが言い放つ。

「こっちは望むところだぜ。俺たちはヤードと約束したんだ。二本の剣を取り返してみせるってな。
 帝国軍に奪われるなんて論外だ」

「剣の力は凄まじいです。軍事目的に利用されることは、絶対に避けるべきです」

 ヤードが乗るが、俺はそれに水をかける。

「ところが戦いを望まない人もいるんだよ」

 俺がアリーゼを見ると、海賊四人が困った顔をした。
 アリーゼが戦いに反対していることはすでに皆に伝えてある。
 後に帝国学校へ入ろうとする立場のアリーゼが、堂々と帝国軍と一戦交えるのはたしかに不味い。

 ……いや、すでに一戦やってるけどさ。
 しかし、あれはまだ身を護るため、正当防衛という名の下の不可抗力で終わる話だ。
 だが、今度は正面切って戦うことになる。これはさすがに不味いと思われるわけだが。

 スカーレルがアリーゼに顔を向ける。

「アリーゼの気持ちはよぉくわかるけどね、剣を渡すことは無理よ。だとしたら……向こうとの戦いも避けられないわけよ」

「………」

 これ以上ない正論に全員が沈黙する。

「とりあえず、今夜はもうお開きだ。この件については、また明日話をしよう」

 カイルの言葉で、俺たちは気まずい雰囲気のまま解散した。








 夜、甲板にて俺は月を眺めていた。

 ……戦場の下見をしていた、か。
 まったく、厄介な奴が本気になったもんだ。
 いや、あいつはいつだって本気か。

 物思いにふける俺の背後から扉が開く音。

「先生」

 振り返るとアリーゼ。真剣な表情だ。

「お聞きしたいことがあるんです。
 アズリアさんと、先生は、その……どういう関係なんでしょうか?」

 アズリアとの関係か。
 そういやアリーゼにはおろか、誰にも話してなかったな。

 ……気でも使ってもらってんのかね。
 確かに顔見知りだが、戦うのを躊躇うような相手じゃないから問題ないんだけどねぇ。

「アズリア・レヴィノス。軍学校での同期、つまり同級生だな。
 レヴィノス家は知ってるか?」

「はい。上級軍人を輩出してきた名家のひとつですよね」

「アズリアは本気で上級軍人を目指している。帝国の歴史上前例のない女性の上級軍人をな」

 だれもが認めるだけの優秀な軍人になる。そうならなくてはなんの意味もない。
 いつもアズリアが語っていた言葉だ。
 そして、あいつはその言葉を現実にしてきた。自身の才能と、それを支える途方もない努力をして。

「先生は、アズリアさんのこと、どう思っていたんですか?」

「うーん」

 一言では言い表せない。
 奴は常に強気で、向上心に貪欲で。
 俺に対してあれこれ言ってくることもあった。
 正直ウザいと思ったことも一度や二度じゃないが……。

「嫌いでは……なかったな」

「………」

「あいつはいつだって真剣で、尊敬できる人間だ。いろいろと話してみたかったこともある。
 結局その機会は来なかったけどな。
 俺は陸戦隊、アズリアは海戦隊に配属されてそれっきり。俺は配属されてからすぐにやらかして軍を辞めたからな」

「軍を辞めるときに……」

「ん?」

「会わなかったんですか?」

 不意に記憶が鮮明に蘇る。
 アズリアが俺を睨みつけて……、

「あいつに聞いたのか?」

 野郎、変なことアリーゼに言うんじゃねぇよ。
 俺はきまりが悪くて頭をかく。

「本部に辞表出した帰りに偶然出くわしたよ。ボロカスに怒鳴られたなぁ。
 『勝ち逃げなんて絶対に認めない!』ってさ。
 あいつは馬鹿だ。逃げる俺が何に勝ったって言うんだよな」

「先生……」

「それよりもだ、アリーゼはどうして帝国軍と戦いたくないんだ?」

「え……それは」

「軍学校に入る際に不利になるかもしれないってのはわかるけどよ」

 それだけが理由とは思えない。
 そも、アズリアと一対一で交渉できた時点で、軍学校は喜んでアリーゼを入校させるはずだ。
 あそこはなんだかんだで実力第一主義だからな。

「アズリアに対して随分興味を持ってるみたいだし。
 戦いたくない理由にも関係してるんじゃないのか」

「……先生は、戦ってもいいんですか?」

「いい悪いの問題じゃない。あいつはやると言ったらやる女だ。奴以上の有言実行者を俺は見たこと無いぞ」

「いいんですか?」

 ん? アリーゼ、なんか妙に頑固だな。

「そりゃあいつの実力は身にしみてるし。避けられるなら避けたいけどよ。現状ではどうにもならないって」

「私が聞いているのは、先生にとって大切な人かどうかという意味です」

「な……」

 一瞬冗談かと思うが、アリーゼさんはマジ顔である。

 奴が大切だ? そんなもん考えたことすらないぞ。

 思わず呆然とする俺にアリーゼは、

「だから、私は戦いたくないんです。
 私は納得できないままに流されて戦いたくはありません」

 そう言って、船内に戻っていった。
 アリーゼの後ろ姿を見送って、その言葉を反芻する。

 ……流されて戦いたくない、か。








 翌日早朝、船外にて。
 帝国軍の使者、アズリアの名代として、副隊長であるギャレオが宣戦布告にやってきた。
 軍人特有の、挑発と大差ない降伏勧告の後、戦闘場所を指定。悠々と去っていった。
 海賊連中はメンツを潰されたからと戦る気満々。
 今度はアリーゼも積極的に止めようとはしなかった。
 ようやく避けられない戦いであることを理解したのか、あるいは何か考えでもあるのか。
 どちらにしろ、俺もやりたいようにやるとしよう。

「戦う前にアズリアと話をさせてくれないか」

「え?」

 アリーゼが俺を見る。
 カイル達は顔をしかめる。

「先生よ、俺たちは海賊だぜ。それがここまでコケにされて……」

「黙ってられないのはわかる。だけどよ」

 俺はアリーゼを見て、

「あの布告はだれに対して行われたものだ?」

 む、と海賊たちが沈黙する。

 帝国軍は……アズリアは、アリーゼ宛てに戦いを申し込んできていた。
 常識で考えたら、ありえない行為だが、だからこそアズリアは油断ならない。
 あいつは正しく本質を捉えている。
 俺たちにとっての最重要人物は、間違いなくアリーゼだ。

「奴の性質はわかってるつもりだ。何を話しても恐らく戦いにもつれ込むだろう。
 だが、話をすることで不利になることはない」

「……わかったよ」

 カイルが両手を挙げる。
 無事承諾は得られたようだ。

「ってことだ。アリーゼも奴に言いたいこと言ってやれ」

「先生……」

 アリーゼがかすかに笑う。

 さて、方針は決まったし、風雷の郷に行っておくか。







 暁の丘にて。
 広大な平地が広がり、奥にはなだらかな丘のある場所だ。

「アルディラ、体は平気か?」

「ええ。クノンと一緒に薬を採ってきてくれたんでしょう。ありがとう」

「どういたしまして」

 アルディラの様子は至って平常どおり。
 崩した調子も戻っているようで、操られてるような素振りもない。
 頼もしいアルディラ姉御状態らしい。

「みんな悪いな。厄介ごとにつき合わせて」

「カマワヌ……コレガ、ワレラノツトメダ……」

 ファリエルが答える。
 集落のはぐれが狙われた時点で、護人として帝国軍は警戒すべき相手だろう。
 剣と島の関係は根深いようだし、帝国に剣を奪われることは放っておくことはできないだろうしな。

 俺たちは護人を連れ、帝国軍に相対する。
 ちなみにキュウマとヤッファは警戒のため集落に待機してもらっている。
 アズリアに限ってないとは思うが、あのビジュとかいう奴に裏をかかれて集落を襲われたらシャレにならんし。

「来たか」

 二十を超える兵士を従えたアズリアが言う。
 斧兵、槍兵、弓兵、召喚士、と相変わらずバランスのいい下っ端を伴い、自身は後方待機。横にはギャレオ。
 定番中の定番の陣形だった。
 やる気満々の当人たちを前に、俺は切り出す。

「アズリア、話をしないか」

「話すことなど何もあるまい。
 それとも、そこの娘と同様の話をするつもりか?」

 アズリアが鼻で笑う。
 貴様に限ってそんなことはありえないだろう、と。
 さすがアズリアさん、わかってるねぇ。

「その通りだ」

 だからこそ、俺は嬉しいよ。

「……なに?」

 お前の戸惑う顔が見れて。

「俺たちは戦いを望まない。
 アズリア、剣のことをお前はどれだけ知ってる? 剣は単純に力が得られるだけのシロモノじゃないぞ」

 む、とアズリアが一瞬沈黙する。

 ……この程度の言葉でアズリアが黙るとなると、帝国側は剣については、ほぼ何もわかっていないということか。

「よかろう。そこまで言うなら聞いてやろう」

 島が召還術の実験場であったこと。
 無色の派閥が剣を扱い切れずいたこと。
 島のはぐれ召還獣は、戦いを望んでいないこと。
 それらを説明する。

「なるほど」

 アズリアが俺の話を聞き終え、俺をにらみつける。

「しかし解せんな。その話のどこに貴様たちとの戦いを避ける要素がある?
 無色の派閥すら扱いあぐねた凄まじい力を宿す剣と、あらゆる世界に通ずる召還の門。
 帝国にとって、この島と剣は有益であることは間違いない。
 今の話のどこに戦いをやめる要素がある?」

 獰猛な、今にも襲い掛かってきそうな表情。
 貴様が無用に情報を提供するとは思えん。いったい何を考えている? とでも言いたそうだ。

「まさか、私に島の事実に対する哀れみやいたわりの感情でも期待していたのか?」

「まさか」

 俺は苦笑する。
 帝国魂一直線のアズリアを説得するには帝国の益を交渉材料にするしかない。
 言われるまでもなく理解してるよ。

「ならば……」

「こんな理由で、お前と戦いたいとは思わない」

「……は?」

「それだけだ」

 アズリアが呆けた顔で俺を見る。
 その顔が見れただけでも、この話は無駄じゃなかったかね。

「……ふざけるな」

 マジなんだけどなぁ。
 まぁ、アズリアの尺度ではふざけてるとしか思えんだろうが。

「言いたいことは終わりか?
 ならば、始めるぞ」

「アズリアさん」

 完全に戦る目をしているアズリアに対して平然とアリーゼが言う。

 ……前から思ってたんだが、アリーゼさんは度胸ありすぎじゃないっすか?
 普通、アズリアのあの空気感じたら、大の大人でもびびりそうなもんだが。事実、アズリア率いる兵隊の中には顔引きつってるのいるし。
 本当に、いったいどんな人生送ってきたんだろうねぇ。

「覚えておいてください。今はそれで十分です」

「黙れッ! 子供の戯言に付き合うのは終わりだ!
 総員、攻撃開始! 今より、この者たちを帝国の敵とみなす!!」

 アズリアの号令で、戦いの火蓋は切って落とされた。








 みんなには事前に作戦は伝えてある。
 前線にはカイル、ファルゼンが当たる。

 「ちぃっ!!」

 カイルが槍兵の攻撃をガードする。
 間合いが遠くてカイルの攻撃は届かない。
 敵の前衛のメインは槍兵。斧兵もいるが、中距離からの攻撃ができる槍兵は、こちらの前衛にとっては面倒な相手だ。
 強引に接近しようとしても、先に相手の一撃をもらう可能性が高く簡単に詰められるほど敵は鈍くない。単純に相性が悪い。
 だから、学習してもらおうか。

「ドリトル!」

「タケシー!」

「シャインセイバー!」

 カイルと中間距離をとっていた槍兵に向かって、アルディラ、アリーゼ、俺が召還術を乱打する。
 たまらず倒れる兵士A。
 そいつを見向きもせず、行軍する俺たち。目指すはアズリアの撃破のみ。軍人相手には指揮官さえ倒せば残兵は戦いようがなくなる。
 まぁ、その指揮官が武闘派すぎるという話なわけだが。

「アリーゼ!」 

 キンッ、と甲高い音を立てて、ファリエルの鎧に弓矢が当たる。
 遠距離からのアリーゼに対する弓攻撃をファリエルが庇う。

「ファルゼンさん!?」

 アリーゼの心配する声に対し、

「問題ナイ」

 敵を見据えたまま、タフガイのごとく平然と答えるファリエル。
 中身とは裏腹に、相変わらずのたくましいボディである。
 ほかにも何発か矢が飛んでくるが、物ともせず突き進む。
 決してすばやい動きとは言えないが、あの巨体が並みの動きをすればそれだけで脅威だ。

「ハァッ!!」

 間合いを詰められた弓兵がファリエルの剛撃で昏倒する。

「俺も負けてられねぇな!」

 カイルが斧兵に詰め寄り、接近戦を開始する。
 相手もそれなりにできるようだが、カイル相手では分が悪い。二、三発もらってあっさりと沈む。

「槍兵! あの二人の進撃を止めろ!!」

 アズリアが叱咤し二人を囲もうとするが、奴等の間合いの中距離になった瞬間を見計らい、

「ベズソウ!」

「シシコマ!」

「シャインセイバー!」

 瞬時に吹き飛ばす。
 ぶっ飛んだ味方を見て、残りの槍兵が後ずさる。
 さすがに気づいたのだろう。自分たちが狙われていることに。

 このまま押し込みたいところだが……、

「シャインセイバー!」

「アアアアア!?」

 帝国兵の召還術がファリエルに突き刺さる。 

 野郎! いずれ召喚兵で対処してくることはわかっていたが、想像以上に動かすのが早い!
 ……アズリアの指揮は、やはり伊達じゃねぇな。

 ファリエルの魔法抵抗力は正直紙同然。すでにレッドゾーンだ。
 続く詠唱に入る兵士達。
 ファリエルが引いても合わせて詰められたら間違いなくやられる。
 回復も間に合いそうにない。

 だがしかし。

 俺は地を思い切り踏みしめ、後衛の位置から一直線に召喚兵の目前に飛ぶ。

「なに!?」

 動揺する召喚兵に縦斬り。ファリエルをやってくれた分をしっかり返す。

 ……アリーゼを走らせてる間、俺も遊んでたわけじゃないんですよ。

 スキル、ダッシュ。
 直線上でここの地形のように段差が少なければ、それなりの距離を一瞬で詰められる。
 慌てて近くの召喚兵が俺に向かって召喚術を放つ。

「ノロイ!!」

「……甘い」

 その一撃を魔抗状態でしのぐ。
 ダメージは入るが、大したものじゃない。
 動揺せずに、俺じゃなくファリエルに放たれていたら本当に危なかった。

 さて、これで舞台は整った。
 後は頼んます。








(今動かねば、瓦解する)

 アズリアは戦況を把握していた。
 数の上で上回っていた戦力差が、ひとつ、またひとつと詰められていく。
 なによりも槍兵の動揺が激しく、部隊が正常に機能していないのが痛かった。
 彼らが陣形を正しく組んでいれば、いかにレックスがダッシュをしようとその眼前に立ちはだかることができただろう。

「まったくもって、嫌らしい戦いをしてくれるな、お前は」

 賞賛とあきれを込めつぶやく。
 これ以上、指揮に徹しても状況が好転することはないだろう。
 以後は自身の力を示して、兵を鼓舞するしかない。

「ギャレオ! 出るぞ!」

「はい!!」

(前線にいる二人は槍兵と召喚兵に当たらせ、後方の召喚士たちには斧兵と弓兵で圧倒する)

 そのためには、まずは召喚兵をなぎ倒していくレックスをアズリアが止めなくてはならない。

 だがしかし。

 ギィン!!

(速い!?)

 前線へ向かおうとするアズリアはその足を止められる。

「ほう、妾の槍をこうも簡単に受けるとは」 

 落ち着いた雰囲気の中に狂暴な闘争心が見え隠れする。

(不味い!? この者の相手をしている場合ではないというのに!!)

「相手にとって不足なし。
 白波風の鬼姫ミスミ、これより参戦仕る」

 構えた槍がアズリアの胸に向けられる。
 隙のない構え。初めて見た相手だが、間違いなく強敵だとアズリアは歯噛みした。








 俺は三人目の召喚兵を斬り伏せる。

 ミスミさまはうまくアズリアと戦りあっている。
 序盤は戦いに参加せず、アズリアに横撃をかけるためずーっと大回りしたところで伏せてもらっていた。
 混戦状態になったところで本格的に近づいたため、ほとんど補足されなかったようだ。
 いくらアズリアと言えど、ミスミさま相手では分が悪い。あの槍捌きで専守防衛されれば苦戦は必須。
 ギャレオに対してはスカーレルとソノラが連携してあたっている。
 指揮官を欠いた帝国軍はすでに烏合の衆と変わらない。

「勝負あったな」

 俺は最後の召喚兵を斬り伏せた。








 アズリアの動きが止まった。

「負けたのか……」

 槍兵が機能せず、自身が抑えられている間に、勝負は決着していた。

「なんじゃ、もうやめるのか?」

 ミスミはつまらなそうに槍をおさめる。
 通常であれば、アズリアは戦いの大勢が見えようと簡単にあきらめるような人間ではない。

(完全に上を行かれた……)

 敵は剣を温存したまま勝利した。
 どれだけ奮闘しようとも、もはや勝敗は動かない。
 そしてなにより、レックスが立てたであろう作戦に定石のみで当たった自分の指揮官としての能力差がアズリアの心を折っていた。

 レックスが悠々と近づいてくる。

(強敵をお前とアリーゼだけと思ったのが、間違いだったのか)

 個々の能力に圧倒された。
 そして信頼感に裏打ちされた連携力も備えている。

(無策で勝てるような相手ではなかったということか)

 今更のようにアズリアは悟った。
 何もかもが遅……

「……っ!?」

 レックスと自分、どちらが発した声だったのか、アズリアは反射的に横っ飛びをする。
 その前方でレックスも同様の行動を取った。
 刹那。

 ドゴォォォォォォォン!!

 大地に大穴があく。
 アズリアの背後からの砲撃だった。








 やってくれるぜ、まったくよぅ!

 俺は前方、丘になった場所を見据える。

「イヒヒヒヒヒヒッ!」

 得意気に笑うチンピラ一名、他お供数名。

 ビジュの野郎、姿が見えないと思ったら……。

「やるようになったなアズリア」

 大砲の援護があれば、いくらでも戦況は変化する。
 もっとも、タイミングが遅すぎるが。

「ち、違……」

 アズリアは言いかけた言葉を飲み込む。

 ……なるほど、アズリアの作戦ではないようだ。
 てめぇら弱者だろと煽った宣戦布告をして大砲は使えねぇだろうな、アズリアの性格では。

「感謝してくださいよォ、隊長殿。
 俺のおかげで、あんたは今逃げることができるんだからよォ」

 大砲を連発しながら、ビジュがニヤニヤと笑う。

 ……感謝も糞も、てめぇ今俺とアズリアまとめて吹き飛ばそうとしたじゃねぇか。
 この組織力のなさが攻める隙ではあるが、そのせいで今の窮地を招いているとは皮肉なもんだ。 
 さて、どう対処しようか……って。

「ブラックラック」

「ギャァアアアアアアアアアアアアアア!?」

 紡がれた召喚術がビジュ、その他の兵を吹き飛ばす。
 やったのはアリーゼだった。
 いつの間に接近したのか、アリーゼは残りの大砲兵も召喚術で圧倒していった。








 夜、浜辺にて。
 俺は深夜の散歩とシャレこんでいた……って、単に寝付けないから暇つぶしをしてるだけです。

 結局、ビジュはやられはしたが、奴の大砲の援護により帝国軍は撤退戦を強いられることなく退却に成功していた。
 こちらとしては帝国軍を退かせられれば目的は達成されるのだが、アズリアがこれで終わるとも思えない。
 このまま戦いを続けても互いにジリ貧になるだけだ。

 ……どうにかして落としどころを探しておかないとな。

「レックス」

 思案していたら、ファリエルがふわふわと隣に浮いていた。

「おぅ、今日はありがとな。アリーゼを護ってくれて」

「いいえ、そんなの、たいしたことじゃないですよ。
 仲間を守るのは当然のことですって」

 ファリエルは笑って言うが、いかに強力な防御ができようと文字通り矢面に立つのは並みの人間にできることではない。

「それに、ほらっ?
 昼間の私って、頑丈なだけが取り柄でしょ?」

 なに言ってんだか。

「ファリエルだったから、あの作戦を実行できたんだ。それだけじゃなく、周囲を見て仲間を庇うなんてなかなかできることじゃねぇって」

「おっ、おだてたって、なんにもでませんよ。ホントですよっ!?」

 事実なんだがなぁ。これ以上言うと照れ隠しに怒られそうだが……。

「ぷくく」

「なな、なんで笑うんですか!?
 もぉ……」

 ファリエルの反応に自然と笑ってしまう。
 これだけ反応がいいと、ついつい構いたくなってしまう。
 嫌われたくはないんで、この辺で今日のところはやめておくけど。

「そういや、召喚術を受けた傷は平気なのか?」

 ファリエルは霊体の割りに、めちゃくちゃ魔法抵抗力ないからなぁ。
 物理特化の幽霊って今更ながらに謎な存在だ。

「はい。狭間の領域でゆっくり休みましたから」

「そっか」

「今日は、もっと激しい戦いになると思っていました。
 アリーゼが剣を使わなくてすむなんて思わなかったなぁ」

「……ああ。みんなががんばってくれたおかげだな」

 言いながら、俺は今日の戦いを振り返る。
 自然、表情が険しくなる。

「レックス?」

「……ファリエルはおかしいと思わなかったか?」

「え? なにが?」

「その……」

 最後にビジュその他を吹き飛ばしたアリーゼ。
 あのタイミングであれだけ接近するのは、不可能に近い。
 もし可能だとすれば、それは剣を使っての高速移動。あるいは……。

「アリーゼは、前もってビジュの大砲に備えていたんかね」

「そんな。いくらなんでもそれは読めないと思いますよ」

 苦笑するファリエル。
 そのとおりなんだが、もう一点、気になることがある。

 ……アリーゼは、召喚石ブラックラックをどうやって手に入れた?

「レックス?」

「なんでもない。そろそろ寝るわ」

「はい。おやすみなさい」

 ファリエルと別れ、俺は船に向かって歩き出す。
 遺跡のこと、剣のこと、アルディラのこと、それに加え新たな悩みが生まれそうだった。








[36362] 第八話 もつれあう真実
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/05/11 12:58

 声が、した。
 懐かしい声が聞こえた。
 











「宿題にした作文は明日集めるあらなー。忘れないで持ってくること。じゃあ解散」

 授業を終え、帰り支度をする俺にアリーゼが声をかける。

「将来の夢を書く作文、みんな、どうしようか困ってたみたいですね」

「考えたことを文章にする練習のつもりで出したんだけどなぁ。かえって難しかったか?」

「どうかな……私は、困ることなく書けましたけど」

 楽しそうに笑うアリーゼ。内容はばっちりのようだ。

「へぇ。どんなこと書いたんだ?」

 問うと、アリーゼは表情を一転させ慌てる。

「だだっ、ダメですっ? 恥ずかしいですから誰にも見せませんよ!」

 ……見せられんって。どうせ宿題だから俺見るんだけど。

 とは思うが口に出さない。
 黙ってれば、うっかり出すかもしれないしな。
 アリーゼさんってば、たまぁに抜けてるとこあるし。

「じゃ、今日の授業始めるか」

 俺たちは森に向かった。








 森にてアリーゼの訓練。
 リグドの実の生る木の下で、落下してくる実を避けることで遠距離攻撃に備える実践練習をした。
 ある程度避ける力はあるみたいだが、後衛で召喚術メインに戦うときは勿論、今後は前線に繰り出す場合もある。
 弓矢等のつまらない攻撃をいちいち食らっていては身が持たない。
 相当な確立で回避できる力が必要だった。

「あわわわわわ」

 この次は近接攻撃をかわす練習も組まなければ。
 スカーレルあたりにコツ聞いておくか。あの身のこなし、只者じゃねぇしなぁ。

「ひゃわわわわぁぁぁぁああああ!?」

 アリーゼは魔法抵抗力に関しては俺以上の才能があるし、物理さえどうにかできれば最強の召喚師に……って。
 なんか妙に切羽詰った悲鳴だ。アリーゼにしてはめずらしい。

「キ、キユピー!!!!」

 考え事をしながら適当にリグドの木を蹴って実を落としていたわけだが、キユピーさんがめっちゃやる気になって手伝っていた。
 ドォォォォンドォォォォンと渾身の体当たりをかましまくって、アホみたいな量の実がアリーゼを襲う。

「い、いい加減に……」

 涙目になりながら必死に避けまくるアリーゼ。そしてその状態から……。

 って、詠唱!? うそだろ!?

「しなさああああああああい!!!!!」

「キュピピピピーーーーーー!?」

 狙いたがわずキユピーを召喚術で吹き飛ばした。

 ……なんすか今の、単なる落下してくるリグドの実とはいえ、かわしながら召喚術のカウンターっておいおい。
 アリーゼさんが新たなる力を手に入れたようですよ。







「ねぇ先生。先生はどうして軍学校に入ったんですか?」

 船外にて。
 ふざけた罰として、アリーゼはキユピーを送還していた。

 ……キユピー、涙目になって震えてたな。
 俺もうっかり送還されないよう、ふざけるときは限度を見極めよう。

「なんとなく。うちは田舎だったし、都会にあこがれあったからさ。軍学校入れば嫌でも出てこれるだろ」

「あこがれ……ですか」

 都会に生まれたら、この感覚はわかんないだろうなぁ。
 まぁ、今は田舎のよさもわかってるんだけどさ。

「それだけ、ですか?」

「きっかけはな。入校してからはそれなりに楽しくやれたし。入ってよかったと思うよ」

 ……あのときは故郷にいるのが単純に辛かったってのもある。
 自分の無力さを嘆いて、悔しくて、いてもたってもいられなくて。
 何より、家にいると思い出しちまってどうにもならなかったんだよな。
 ぶっちゃけた話、なんでもいいから外に出たかったんだ。

「こうして、この島に流れ着いてもどうにかやってこれたわけだし。
 アリーゼの先生もやってられるしな」

「先生……」

 まぁ、アリーゼの先生にふさわしいかは今もって首を傾げざるを得ない状況だが。
 何より、俺は今アリーゼに懐疑的になってしまっている。

「私は、先生がここにいてくれて本当に良かったって思ってます」

 静かに微笑むアリーゼに、俺は形だけの笑みを浮かべる。

 いい娘なのは間違いないのに。
 どうしてこうなんだろうな、俺は。








 アリーゼの傍にいるのが居たたまれなくて、俺はスクラップ場まできてしまった。
 ヴァルゼルドならどう扱っても平気だから、俺の気も晴れるだろう、ふははは。

「おっすヴァルゼルドー。調子はどうだ?」

「………」

 返事がない。未だ修理中ってことか?
 
 試しに、ぺしぺし頭を叩いてみるが、やはり無反応。

 まさかエネルギーが途中で切れたとかないよな……。

「ヴァルゼルド! おい、返事しろ!!
 おいこらヴァルゼルド!!!」

「猫!?!?!?!
 猫は苦手でありますぅぅぅぅぅぅ!!?」

「は?」

「すみませんっ!! 寝てませんっ!?
 何ページからですか! 教官殿っ!!?」

「何寝ぼけてんだてめーは」

 げしっと頭に蹴りを入れる。

 ……まったくびびらせやがって。せっかくのタナボタ戦力がなくなったかと思っただろうが。
 つか、ロレイラルの住人が寝ぼけるってなんなんだよ。
 マジで俺の機械兵士像がガラガラ砕け散っていく。

「その様子なら修理は終わったのか?」

「ばっちりであります!」

 言って立ち上がるヴァルゼルド。

 ガシャァァァァン。

 そして盛大に転げるヴァルゼルド。

「たた……っ、立てないでありますぅ、教官殿ぉ……」

「気持ち悪いからその図体で涙目になるんじゃねぇ」

 げしっともう一発蹴りを入れる。

 機界兵士が涙目ってなんなんだ。オイルでも滲ませてんのか? 無駄に器用だな。

「結局直ってないってことなのか?」

「いえ、エネルギーは問題ないでありますし、各部パーツも……。
 ややや!? 立てない原因がわかったであります!」

 制御機能の一部に欠損があるらしく、電子頭脳をまるごと取り替えなければいけないらしい。

「恐縮でありますが、そこで、また教官殿にお願いが……」

 はいはい。わかったよ。








「貴方って人は……つくづく厄介ごとに巻き込まれやすいみたいね?」

 アルディラ姐さんにほめられましたっと。

「いいわ。すぐに持ってくるから」

 奥に引っ込んで数分。アルディラが電子頭脳を二つ持って戻ってくる。

「はい、どうぞ」

「さんきゅ。って、これどっち使うんだ?」

「機械兵士は耐久性を問われるわ。思考ユニットもメインとサブの二つに分けて搭載されているの」

「へぇ」

 片方がぶっ壊れても……っていう保険か。
 ヴァルゼルドの調子が悪いのは、どっちか一方がやられてるってことなのかね。

 電子頭脳を見ながらアルディラは遠い目をする。

「正直、機械兵士にはあまり、いい印象がないわ」

「アルディラ……」

「でも、機界の護人としては困っている同胞を見過ごすわけにもいかないしね」

 苦笑するアルディラ。
 過去と今を切り離して考えられる、か。

「いい女だな、アルディラは」

「あら、もう少し上手い言葉でないと私は口説かれないわよ」

 ニヤリと笑うアルディラに俺は肩をすくめる。

 ……ふむ、いつものアルディラだな。
 ならばついでというわけでもないが、聞けそうなことは確認しておくか。








 ヴァルゼルドの元に戻り、メインユニットを取り付ける。
 サブユニットは、メインユニット適合後に取り付ける予定だ。

「まさか両方必要だとはな。
 しかし、するとどうやってヴァルゼルドは俺と会話してるんだ?」

 俺の持ってきた思考ユニットとは別に第三のユニットでも存在してるんだろうか?

「それは……軍事機密であります」

 ふぅん。まぁ、それほど気にすることでもないか。

「それでは、また後ほど。教官殿!」

「じゃあな」

 ヴァルゼルドの目が緑から赤に変化する。
 適合中らしい。

 ……ヴァルゼルドのこと、アルディラは大丈夫だったけど、そのうちクノンにも説明しとかないとなぁ。
 ここまでやって、うっかり壊されでもしたらたまらんからね。








 レックスが去った部屋でアルディラはひとり佇む。

(貴方は、どうして変に甘いのかしらね)

 アルディラは、レックスに剣と遺跡について話した。
 この島を実験場としていたのが無色の派閥であり、自身が剣の誕生にも立ち会っていること。
 自分のマスターであったハイネルが、島の廃棄に反対し戦い、結果、剣によって封じられたこと。

(それっきりとはね。もっと深く突っ込んでくると思ったのに)

 レックスは、アルディラが話した内容に頷き、機械兵士のもとへ戻った。
 レックスがアルディラに対して警戒していたことは、ジルコーダと戦ったときも、帝国軍と戦ったときも、アルディラは気づいていた。
 今、自分がときどき意識を失って活動していることは自覚している。
 一体何をしているのか、わからない。
 わからないのに、それを突き止めることをよしとしない自分がいた。

(貴方の優しさが、仇にならなければよいのだけれど)

 アルディラは自嘲する。
 願っておきながら、それを行うのは自分であるかもしれないのに。

 コンコンと、ドアがノックされる。
 今日は千客万来らしい。

「失礼します」

「あら、いらっしゃい」

 アルディラは、微笑んでアリーゼを迎えた。








 遺跡にて。
 帝国軍とのいざこざ、アルディラの不自然な行動。

 これらをどうにかできる可能性は、ここにしかないのかもしれない。
 過去、ファリエルに近づかないよう警告されていたが、そうも言っていられ……、

 ギィィィィィィン!!

「!?」

 剣戟の音。
 誰かが近くで戦ってる!?

 二度、三度鳴らされる音を辿り、向かった先には、

「クウ……ッ!?」

『オオオォォォオォ……』

「ファリエル!?」

 俺の声に一瞬だけ視線を向けるファリエル。

 相手は、亡霊?
 敵は不明だがすぐさま加勢する。

「こんの……!!」

 ファリエルと斬り合う亡霊に対して、横撃をかまし吹き飛ばす。

『オオォォォォ……』

 自由になったファリエルが亡霊に語りかける。

「お願い……気を静めて……。
 もう、貴方たちの戦いは終わっているの」

「ォ、ォ……」

「還りなさい……二度と目を覚まさない、深い眠りの中へと」

 亡霊たちが、一人、また一人と消えていく。
 やがて全員が消え去ったころ、ファリエルが地に膝を着いた。

「ファリエル!?」

「どうして……近づいたらダメだと、あれほど、お願いしたじゃないですか!?」

「いや、それはだな……ってファリエル!?」

 言い訳をしようとする俺を前に、ファリエルは意識を失った。








 狭間の領域にて。

「かなり消耗は激しいですが、ここに戻った以上はもう安心です」

 フレイズのお墨付きを得て、俺はようやく安堵した。
 気を失ったファリエルを連れてくることもできずに、俺はただファリエルに声をかけることしかできなかった。
 まったくもって無力だった。

 ある程度回復したファリエルを連れて戻ったところ、フレイズはお説教タイムを敢行。
 鎮めの儀式がどーだの、亡霊の目覚めが早すぎるだの、不穏な話が飛び交っていたが、やがてファリエルはフレイズを誓約の名の下に下がらせた。
 一応フレイズは納得している様子だったが、こじれそうな内容だった。

「レックス、さっきの亡霊はね、この島で戦って死んでいった兵士達なの。私と同じ、ね」

 アルディラの話を聞いていたおかげで、予想はついていたが、次の話はさすがに耳を疑った。

「ここで死んだ生き物は、魂になっても決して転生はできません。
 島の中に囚われたまま、ああして彷徨い続けているのです」

 魂の輪廻から外れることは並大抵のことではない。
 それをあれだけの数に課すとはな。この島の異常性が伺える。

 続けてファリエルは、この島が魂を捕らえるのは結界のせいではなく、剣に封印されたもっと大きな力だと言った。
 剣によって引き出される力はその一部だと。

 ……あれだけの圧倒的な力で一部とかな。本気でシャレにならん。

 剣によって封印された力は、剣を抜くたびに解放され、完全に解放されれば島のすべての生物に異変をもたらすだろうと。
 やがては今いる亡霊たちのように、魂ごと囚われ死ぬこともできなくなる。

 説明を聞き終え、俺はようやく合点がいった。

「だから、ファリエルは剣を抜くなと忠告していたのか」

「ごめんなさい、本当はもっと早く言うべきだったのに。私、こわくて言えなかったの。
 真実を知った貴方たちが変わってしまうんじゃないかと思って……」

 ごめんなさい、ごめんなさいと涙を流し謝るファリエル。
 ひどく、ファリエルが小さく見えた。

 ……確かに、この事実は、重い。
 そしてファリエルはこの重さをずっと背負ってきたのだろう。

 俺はファリエルに近づき、その身体に触れようとする。

「あ……」

 素通りする手に、ファリエルが声を漏らす。

「悪いな。今はこれで我慢してくれ」

 抱きしめて、泣かせてやることすらできない。
 それでも傍にいてやることはできる。

「レックス……」 

 触れられない手で、俺はファリエルの頭をなでる。
 今までずっと心の内に重荷を持っていたファリエルをいたわる様に、できる限りやさしく。

「………」

 ファリエルが目を閉じる。
 涙は止まらなかったが、表情から悲愴さは消えていた。

 ……まったく。あんまり無理すんなよ、ファリエル。








 森にて。

 落ち着きを取り戻したファリエルと別れ……っていうかフレイズが様子見に戻ってきた際に、ファリエルの泣き顔を見て軽く修羅場だった。
 ……野郎、本気で俺がファリエルになんかしたと思いやがったからな。マジで一発入れておくべきだったかもしれん。

 とにもかくにも、俺は海賊たちを連れ遺跡へと向かっていた。
 ファリエルとアルディラの話を総合するに見えてきたものもあるが、結局は封印された力ってのが謎のままだった。
 ファリエルの話が事実ならば、解放するって選択はないわけだが……アルディラは何を狙っている?

 どちらにしろ、俺たちは剣や遺跡についてわからないことが多すぎる。
 帝国軍のこともあるし、不明のままで終わらせることはできない段階まで来ていた。

「ところで、もう片割れの剣はどうなったのかしら?」

 スカーレルの言葉に、全員が「あ」と漏らす。

「一体どこにあるのかしらね」

 スカーレルの問いに、だれも答えることはできなかった。








 遺跡の入り口に到着。
 カイルが見上げあきれたように言う。

「こりゃまた、随分とたいそうなモンだな」

 ボロボロになった外壁は、この島での戦争の激しさを語っていた。
 見れば草むらには人骨が野ざらしにされている。

 ……あまり長居するような場所じゃねぇな。

 ヤードが入り口を調べるが、開く気配はない。

「無理ですね。この先はどうするおつもりですか?」

「うーん」

 ……入れたら儲けモンだと思っていたんだがなぁ。
 方法はひとつくらいしか思いつかない。すなわち――、

「こうすればいいんですよ」

 あ、と声をかける暇もなく、俺たちの後ろから来たアリーゼは抜剣した。
 扉が剣に反応して開放される。

「おおお!?」

 ちょっとした仕掛けに感嘆の声を上げるソノラ。
 普段であれば俺も素直に驚けただろうが……、

「アリーゼ……」

「事情は聞きました。剣と、封印された力を確かめましょう」

 遺跡と反対側、動き出した亡霊に臨戦態勢を取るアリーゼ。
 それに習い、俺と海賊連中も各々獲物を構えた。








 亡霊を倒し、俺たちは遺跡内部へ足を踏み入れた。
 奥へ進み開けた場所へ出ると、ヤードが驚愕の表情を浮かべる。

「これは、サプレスの魔方陣とメイトルパの呪法紋、加えてシルターンの呪符の組み合わせ……異なる異界の力をロレイラルの技術で統合・制御しているというのか……」

 いやいや、こいつぁ驚いた。
 さすがはその名を轟かせる無色の派閥、無駄にやることがチャレンジスピリットに溢れてるぜ。

「これならあらゆる属性の魔力を引き出すことが可能でしょう」

 夢物語に近い。
 それではまるで……、

「誓約者、エルゴの王」

 アリーゼが呟く。

 だれも夢物語だと一笑に伏せない。
 俺たちは知っている。アリーゼが全属性の召喚獣を呼び出せることを。
 そして剣の力は遺跡の力が源であることを。

「ただし、現状ではすべて可能性の話です」

 ヤードの言うことはもっともだ。
 しかし、アルディラやファリエルが無意味な嘘をつくとも思えない。
 そして無色の派閥なら、このくらいのことやってのけようとする妄執があってもうなずける。

 みなが沈黙する中、アリーゼが階段を昇っていく。

「では」

 アリーゼが抜剣し台座の前に立つ。
 その瞬間、俺は強烈な違和感がよぎる。

 ……待て!

「いきます」

 アリーゼが剣を振り下ろす。
 俺の制止は声にならなかった。








 封印の剣は二本。
 いつか、アリーゼは言っていた。
 ただ一本で遺跡に正常に働きかけられるわけがない、と。
 ならば、一本の剣で遺跡に働きかけてようとする今の状況は……一体何が起こるのか。
 一瞬の後に、その結果はもたらされた。








「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああ」

 絶叫が木霊する。

「ああああああああアアアアアアアアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアあああああああ!!!」

 沈黙を切り裂いて、アリーゼの悲痛な悲鳴が響き渡った。

 俺はすぐさまアリーゼの元に駆けつけようとして、

「なッ!?」

 行く手を阻まれる。
 すぐさま仲間が追いかけてくるが、ある地点で足止めを食う。

「なんだよこれは!?」

 カイルが空間を殴りつける。
 いつの間にか不可視の障壁が存在していた。

「ああああああアアアアアアアあああああああああOFAODIFJAOァァIFJAOA238947AAAALDJSFllaァ!?」

 アリーゼの絶叫が獣めいたものに変化する。
 誰が見ても剣と遺跡が原因だとわかった。

「早く、剣を引き離さなくては!」

 ヤードが召喚術を、ソノラが銃を障壁に放とうとして……、

「ジオクエイク」

「な!?」

 突然の召喚術になすすべもなく直撃を受ける二人。

 ……アルディラ!? このタイミングで来るのか!!!

「書き換えの完了まで何人にも、邪魔をさせてはならない。
 それが、私の……最優先任務……」

 ゆらり、とアルディラが歩みを進める。

「適格者の精神を核に、新たなネットワークを構築することで遺跡の機能は回復する。
 不要な人格は削除し、システムに最適化させる。
 それが、継承」

 アルディラを睨み付けるカイル。

「お前、自分が言ってる意味わかってんのか!?」
 
「………」

 突然しゃべりだしたかと思うと、今度は完全な沈黙。

 ……アルディラの瞳、完全に光がねぇ。
 この状況でそりゃとっくに理解はしてたけどよ。
 いや、迷ってる暇はない!

 覚悟を決めるなら即断一択。

 俺は剣を抜いてアルディラに向かい疾駆する。

「レックス!?」

 ソノラの非難するような呼びかけには反応しなかった。
 時間がない。躊躇いは不要。一瞬で終わらせる。

「アああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああアアアアあああああああああOFAODIFJAOァ!?」

 アリーゼの絶叫。

「アクセス」  

 アルディラの詠うような声。

「アルディラあああああああああああああ!!!」

 俺は咆哮し、全速の一撃をアルディラに見舞おうとして……、

「ロック・オン。シュート」

 俺は光に包まれた。








「……ゼ」

 呼びかける声がする。

「……リーゼ」

 ひどく、懐かしい声。

「アリーゼ」

 声はぼやけているけれど、聞こえてくる。

「こっちだよ」

 アリーゼはすべての感覚を声に向ける。

「よく、来たね」

 視界が開けてくる。

「ずっと信じてたよ」

 やさしい香りがする。

「やっと会えたね」

 赤色の髪をした穏やかに微笑む女一人。

「せん……せぇ……」

 アリーゼにとって、もう会えないと思っていた人が佇んでいた。








 俺の目の前には、傷だらけになったフルアーマーの戦士が一人。

「ブジ、カ……」

「あ、あ、ああ……」

 ……ウソ、だろ。

「ファリエル!?」

「大丈夫ですよ。傷つけられたのはこの鎧だけ」

 元の姿に戻るファリエル。

「既に死んでいる私を、普通の方法で殺すことなんて不可能ですから」

 平然と言い放つファリエル。

「忘れちゃったんですか? レックス」

 微笑むファリエルに気負いはない。

「……すまねぇ」

 完全に我を忘れていた。
 馬鹿みたいに猪突猛進をして、狙い撃ちされるなんて、本当にどうしようもない失態だった。

「糞ッ!!!」

 俺は自分の頬を両手で激しく打つ。
 気合を入れなおす俺を置いて、ソノラがファリエルを見て目を見開く。

「え? え? ……どうして?」

「ごめんね、ソノラ。理由は後で説明するから」

 ファリエルは横にいたフレイズに指令を下す。

「フレイズ、貴方はみんなと協力してアリーゼを助けてあげてちょうだい」

 ファリエルはアルディラを見据えて、

「私は、今度こそ、この剣でアルディラ義姉さんを止めてみせます!」

「近接戦闘へと移行、帯電結界を展開……」

「させない!!!!」

 ファリエルがアルディラに肉薄する。
 その隙にフレイズは一気に階段を飛翔する。

「さあ、ぐずぐずしている暇はないですよ!
 光学防衛兵器は私が引き受けます。
 ですからなんとしてでも、彼女の手から剣を引き剥がし、継承を阻止するんです!!!」

「わかった!!!」

 カイルが答え、障壁を崩しに拳を振るう。
 再度ヤードは詠唱を開始し、ソノラは乱射し、スカーレルは獲物を一閃させる。
 戻ってきた俺もヤードにあわせて召喚術を発動させる。

 しかし……、

「なんなんなのよこれは!?」

「まったく!! 頑丈なつくりをしてるわね!?」

「くっ、一体どうすれば……」

「おおおおりゃああああああああああああああ!!!」

 海賊四人と合わせ全力で攻撃するも障壁はびくともしない。

『照合確認終了……
 継承行程……読み込みから書き込みへと移行中……』

「このっ、このっ、このおおおおおおお!!!!」

「とまれ、止まれよ!! 止まりやがれぇぇぇえええええ!!」

 糞、糞、くそっ!! 何か、何か方法はないのかよっ!?

「アリーゼぇぇぇぇぇっぇえええええええええええええ!!!!」









「……?」

 アリーゼはふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「どうしたの?」

 にっこりと微笑む彼女を見て、アリーゼは頭を振る。

「なんでもありません」

 アリーゼは自分がなんのために頑張ってきたのか、思い起こす。
 そうだ、自分は先生に会うために、この世界に来たのだ。
 そして、今日、やっと声が聞こえたのだ。
 自分を呼びかける声が。
 大好きな人の声が。

 だから、それに応えられるなら、他には何もいらナイ。
 だから、利用する。
 たとえ、その結果自分がどうなろうとも。

 ――――アルディラですら利用する。

(そして、先生とずっと……)

 アリーゼは瞳を閉じた。








「目を開けろ!!! アリーゼ!!!!」

『オートディフェンサ作動。
 魔障壁、展開』

 不可視の障壁に雷撃が走り、接近していた俺を襲う。

「があああああああああああああああああああああああああ!?」

「先生!?」

 雷撃を避けるため一旦距離を置く仲間と反対に、俺はその場にとどまり続けた。
 瞬時に気が遠くなる。全身の痛覚が悲鳴を上げる。
 飛びそうになる意識を意志の力だけでどうにか持ちこたえさせて、再度障壁に相対する。

「無茶です! 一旦体勢を立て直しましょう!」

 ヤードの叫びを無視し、俺は倒れそうになりながらも障壁の前に立つ。 

「誓ったんだよ……生徒をちゃんと見るってよぉ」

 残る力を振り絞り剣を振るう。

 わざわざこんな仕掛けを作動させたんだ。攻撃が効いてない訳じゃない、はずだ。

 すでに召喚術を使う力は残っていない。
 なら、ここから離れるわけにはいかない。

「馬鹿みてぇに聡いのに、先生と認めてくれたんだよぉ」 

 雷撃が全身を貫通する。手の感覚は、もうない。

「なのに、俺は」

 手から剣が滑り落ちる。

 ……俺はもう、大切な人を失いたくない。

「アリーゼ」

 お前が何者であっても、俺の生徒であることに変わりはないんだよな。
 そんな当たり前のこと、わかってたはずなのによ。
 これまでの日々で、俺は何を見てきたんだよな。
 バカだよ、俺は……。

 俺は障壁に手をあて、握りこむ。

 ごめんな。
 反省してる。
 謝る。
 だから。

 アリーゼ、戻って来い。
 お前の居場所は、ここだ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおオオオオオオ!!!!」

 気力を振り絞り、力任せに不可視の障壁をこじ開けた。








「先生」

 アリーゼは閉じた目を開けた。

「どうしたのアリーゼ。疲れたでしょう。眠っていいんですよ」

「先生。私ね」

「うん?」

「私、先生が大好きです」

「ふふ、ありがとう」

「大好き、なんです」

 たとえ、それが幻想であっても……。

「本当に」

 たとえ、自分が操られていたのだとしても……。
 ただ一目だけでも、会いたかった。
 そして。

「同じくらい大好きなんです」

 不器用なやさしさをもった先生も。

「アリーゼ……?」

 首をかしげる彼女をしっかりと視界に納め、

「先生」

 アリーゼは目を開けた。








 台座まで一直線に走り、俺はアリーゼを剣から引き離す。同時に剣が消え去る。

「……!!」

 呼びかける声が声にならない。
 ひどく静かだった。
 抱きかかえるアリーゼが幻のように思えた。

 いつの間にか、周囲には仲間がいた。
 カイルが、ソノラが、スカーレルが、ヤードが、フレイズが。
 ファリエルが、必死の形相で口を動かしていた。

 ほら、アリーゼ、起きろよ。
 みんなお前が起きるの待ってんだぞ。
 寝坊するなんて、お前らしくないぞ。

 アリーゼの乱れた前髪を整えると、くすぐったそうに身をよじり目を開ける。
 眠たそうに目をこすり、小さくつぶやいた。

「先生」 

 わっ、と、周囲から歓喜の声がわいた。

 ……うるせーよ。 

 そう思うと同時に、騒がしさが嬉しくてたまらなかった。









「私は……何をした……?」

 呆然とするアルディラにファリエルが近づく。

「義姉さ……」

「来ないでッ!!」

 心底から発される叫びに、思わずファリエルが静止する。

「覚えてるの……私が何をしたか。してしまったか」

 泣き笑いの表情を浮かべ、独り言のようにしゃべり続ける。

「マスターの声が……聞こえてたの……あの人の声が、ずっと近くで……
 だけど……そうじゃなかった!!!」

 フレイズがファリエルの隣を通り過ぎ、アルディラの前に立つ。

「融機人であることを利用されて、貴方は償えぬ過ちを犯してしまったのです」

「そうね……私は、そこまで壊れてしまったのね……」

「楽にしてあげます。私の手で……おごッ!?」

 フレイズが剣を振り上げた瞬間、俺は脇から蹴りを入れた。

「ごほっごほッ……いきなり何をするんですか貴方は!?」

 そりゃこっちの台詞だっつーの。

「お前こそ何するつもりだったんだ。
 もうアルディラは正気じゃねーか」

「今後二度と、彼女が支配されないという保証が貴方にできますか!?
 同じ間違いが繰り返されれば、今度こそ、この島は破滅するんですよ!
 あれだけの目に遭いながら、貴方の教え子が危険な目に遭ったというのに、それでも貴方はまだ彼女を信じるというのですか!?」

「それは……ッ」

「はい」

 躊躇した俺の横から、アリーゼがはっきりと返事する。

「そうならないために、私たちがアルディラさんを助けてあげればいいだけです。
 ね、先生」  

 アリーゼが俺を見て笑い、フレイズは絶句する。

 ……まったく、なんて奴だよお前は。

 しかし、アルディラはうなだれたままあきらめの表情を浮かべている。

「気休めはよして。自分のことは、自分が一番わかってるわ!。
 ダメなのよ……きっとまた、私は取り返しのつかないことをしてしまう……。
 だからその前に私を……!」

「うるせーよ」

 俺の振りおろした拳がアルディラの頭を直撃する。

「ひぐッ!?」

 アルディラは頭を押さえ、困惑の表情を浮かべ俺を見る。

「な、何を……」

「言ってもわかんない奴は拳骨だろ。先生の愛の鞭だ」

 まったく。世話の焼けることだ。

「アリーゼの言葉、聞いてなかったのか?
 取り返しのつかないことになんて、ならねーから大丈夫だよ」

「そ、そんな保証……」

「アリーゼが一度、俺がもう一度言ったぞ。これ以降は『こいつ』しかねーからな」

 俺は右拳を握り締めてアルディラを威圧する。

 もう、遠慮のかけらもいらねー。
 被害者本人の意思は、はっきりしてんだ。
 だったら……お前らの事情なんぞ……知った……こと……か。

「……を?」

 唐突に視界が揺れる。
 景色が黒に変わっていく。
 俺の意識は、そこで途切れた。



[36362] 第九話 昔日の残照
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/03/11 20:56

 翌日。
 船外でおいっちにーさんしー、と体操に勤しむ俺。

 昨日は盛大にぶっ倒れた後、船に運ばれ自室で寝込んだままだったらしい。
 昼ごろになって起きたところ、目覚めもよく体調は良好だった。

 身体を滅茶苦茶酷使した後にたっぷり休むと、やたらすっきりしてることがあるあれですかね。

 起きてからカイルにこれまでのことを聞いたところ、俺が電池切れした直後にビジュ率いる帝国軍が襲ってきたらしいが、所詮は三下。
 対した指揮力もなく、実力もアズリアには遠く及ばない。
 俺を除く全員でフルボッコにしてあっさり撤退させたらしい。さすがの島民パワーである。

 ……ただなぁ。
 ビジュに遺跡について知られてしまったのは後々面倒になりそうっすね。
 仮に守備良く遺跡を封印できたとしても、帝国軍に剣の在処がバレバレなわけで。
 そのままおとなしく封印を維持させてくれるとも思えない。
 まぁ、剣が一本しかない現状では遺跡の封印ができるのかも怪しいんですけどね。
 仮に封印が成功しても、延々ちょっかい出してくる帝国軍から封印を護り続けなければならないのだとしたら考え物だ。
 結局のところ、やっぱり奴らをどうにかせんといかんわけですが。

「……なんも思い浮かばねー」

 下手な考え休むに似たり。

 仕方ないので今できることをしますかね。
 すなわち。

「さて、どっちから行くかなぁ」

 独り言を漏らしながら俺は歩き出す。一瞬だけ迷った後、

 ……近いところからでいっか。








 船長室にて。

「最高にファックだよね」

「急にどうしたのよ先生」

 狭間の領域とラトリクス。
 双方の護人であるファリエルとアルディラの二人に俺は会うことができなかった。
 ファリエルにはフレイズ、アルディラにはクノンがマネージャーよろしく待ち構えており「今はお引取りください」の一点張り。
 埒が明かないのでそれこそ拉致ってやろうかとも思ったが、集落民全員を手なずけているのか、ことあるごとに召喚獣たちにまわりこまれまくってどうにもならない。
 仕方なく船に戻って管巻いていたところ、スカーレルが通りかかったので愚痴を敢行してみた次第である。

「……つーわけで、どうにかならんもんかと悩んでるとこなんだよ」

 ひとしきり愚痴ったところで、多少すっきりした気がする。

「二人の言うとおりに、待ってればいいんじゃない?
 そのうち自分から動き出すと思うわよ、あの二人なら」 

「うーん」

 スカーレルの言うことももっともなんだが、俺としてはこの居心地の悪い状態をさっさとなんとかしたいところだ。
 スカーレルはその辺、気にならないんだろうか。

「センセ、私だってこの空気は好きじゃないわよ」

 苦笑するスカーレル。

「人の心のうちを的確に読むんじゃねーよ」

「わかりやすすぎるのが悪いのよ。
 でもね、厄介なのよ。恋っていうものは……」

「……むぅ」

 その辺については、俺にはどうにもならない領域だった。

 俺もいい年だ。恋をしたことがないわけではない。
 ただ、スカーレルの言う恋とは重みがまったく違う。
 想い人がいなくなってからも、あれだけ激しく揺り動かされるような恋は正直言って想像できない。

「それが間違ったこととわかってても、理屈を無視して、感情だけで身体が動いてしまう。
 あの子を狂わせているのは外部からの命令じゃないわ。
 彼女自身の中にあるひたむきな想いよ。
 純粋で、強くて、だからこそ、もろくて危険すぎる……」

 あの、融機人であるアルディラが感情に支配される。
 その状態がいかに危ういかは誰にも明白だった。

「このまま放っておけば本当の意味で、彼女は壊れるかもしれない」
 
「……あぁ」

「でも、アタシにはそんな彼女を力ずくで引き戻すなんて真似できないわ。
 想いに殉じることを彼女が覚悟したのならなおさらね……」

 フレイズの断罪を受け入れようとしたアルディラの姿が思い浮かぶ。

「………」

 俺が止めなくても、だれかが止めたかもしれない。
 でも、もしもだれも止めていなかったら?

 剣はアルディラを断っていた……?

「スカーレル」

「なあに、センセ」

「話聞いてくれて、ありがとよ」

「どういたしまして」

 おかげで考えがまとまったぜ。

 俺は勢い良く立ち上がり、扉を開け放った。










「ありがとよ、ね」

 スカーレルは一人残った部屋の窓から、外を走り去るレックスの背を見て目を細める。

(本当、まぶしいわね)

 もしも、あのころに会っていたらどう思ったのだろうか。
 反発? 嫉妬? それとも、慕情?

(……どれもしっくりこないわね)

 どの道、自分はすでに過去の自分ではない。
 彼を見ても焼ききれるような感情は現れない。
 そんな自分が、過去を振り返ったところで答えがわかるはずもないのだろう。

「がんばりなさい」

 今はただ、気が向いたときだけ、こうして少しだけ背中を押すことが自分の役目だと考える。

(背中を押すなんて柄じゃない気もするけど)

 スカーレルはそんな自分が嫌いではなかった。








 森にてソノラを発見。
 その辺をうろうろと行ったり来たりしている。
 徹頭徹尾、不審者だった。

「なにをしとるかね君は」

「ひゃッ!? ……なんだよ先生、脅かさないでよ」

「ふつーに声かけただけなんだがな」

 しかしソノラはぶーぶーと不満気だ。

「どうしたんだよ、こんなところで?」

「……先生はさ。最初からファルゼンの秘密、知ってたの?」

「まぁな」

「そっか」

 ソノラは、そっか、ともう一度つぶやく。

「ファリエルってさ、どんな娘なの?」

「からかうと面白い」

「………」

「冗談だからいきなり黙るな」

 あとジト目はやめろ。

「俺だって、まだ大して話をしてきたわけじゃないからな。
 でもよ、ソノラとはすげー仲良くなりそうな感じだ」

「そ、そうなの!?」

 単純に気が合いそうに思える。

 同年代だろうしなぁ。
 ……いや、ファリエルがずっと上なのか? でもそんな感じしないし大丈夫だろ。

「気になってるなら、行ってこいよ。
 覚えてるんだろ、いつかの宴会でのこと」

「……うん。うっすらと、だけどね。
 とってもかわいい幽霊の女の子とお喋りしたんだ」

 ファリエルが皆の前で鎧を解いたときの反応で、もしやとは思っていたが。
 俺の記憶にはきれいさっぱり残っていないが、あの宴会ではアリーゼが暴走してファリエルを、そこら中連れまわしていたらしいからな。

「友達になりたいって……思ったんだ」

「よし、なってこい!
 つーわけで、そっちは任せた」

「……ぅえ!? せ、先生は!?」

「俺は別口。まだ殴り足りないかもしれんしな」

 拳を握りこんで、ニヤリと笑ってやる。

「……もう。わかったよ」

 ソノラも俺と同じようにニヤリと笑った。

「あのときみたいに、強引に行ってくる!」

「……ほどほどがいいと思うぞ」

 やる気に燃えたソノラを前にして、酔っ払いソノラが脳裏によぎり、ちょっとだけファリエルに同情した。








 扉の開閉音を聞いて、クノンは気持ちが落ち込むのを自覚した。

(また、来てしまったのでしょうか)

 今のアルディラは精神が非常に磨耗してしまっている。
 看護人形である自分から見てもそれは明らかだった。
 そんな状態のアルディラを人前に出したくなかった。

(アルディラさまがしてしまったことは、許されないのかもしれない)

 それでもクノンは、自分だけは彼女を無条件で許し、そばにいたいと心底願っていた。
 今の彼女が攻められれば、いつ壊れてしまうかもわからないと思ったから。

「レックスさま、何度こられてもアルディラさまには……あ」

「こんにちは」

 クノンが振り返ると、扉の前に立っていたのはアリーゼだった。

(……それでも誰が相手でも同じです)

「アルディラさまは体調がすぐれません。お引取りください」

「クノンさん。私が、アルディラさんと話がしたいって伝えてくれますか?」

「お断りします」

「伝えて、それで断られたらすぐに帰ります。
 だからお願いします」

 お断りします。

 クノンの返事は決まっていた。
 決まっていたはずなのに、なぜか言葉にはならなかった。
 アリーゼの瞳は、ひどく、自虐的で、

(どうしてでしょうか。アルディラさまに、似ている気がします)

「……わかりました」

 気づくと伝言のため部屋を後にしていた。
 自分の行動の良し悪しを判断する前に、実行に移してしまっている。

(これが感情、なのでしょうか)

 本当に厄介なものですね、とクノンは思った。








 喚起の門にて。
 護人、海賊、俺、アリーゼが集合していた。

 俺がアルディラの元を訪ねたときには、ある程度片が付いていた。
 アリーゼが一足先にアルディラと話をしていたようだ。

 過去、無色の派閥が遺跡を駆使して界の意思を作り出そうとした。
 それを制御できる核識になりえる召喚師は現れず、結局は島の破棄を決定。
 そして、派閥は核識になりえた唯一の例外であったハイネルを恐れ、彼が島の破棄に反対していたこともあり、すべてを抹消しようとした。
 当然ハイネルは島そのものを武器として全力で応戦し、結果、限界を超え命を落とす。
 島から派閥を撤退させることはできたが、遺跡は二本の剣、『碧の賢帝』と『紅の暴君』によって封印された、と。

 アルディラは、遺跡が復活させられれば、封じられたハイネルの意識が復活するかもしれないと思った。
 反対にファリエルは過去の戦いでの遺跡の暴走を恐れて反対した、と。

「で、どうすんの?」

 スカーレルが口火を切る。

「二人の願いを両立することは不可能だってわかったわけだけど?」

「決めるのは、私たちじゃないわ」

 アルディラはアリーゼを見る。
 ファリエルもアリーゼに視線を向ける。

「解放されつつある力を完全に解き放つのも、再び封印するのも、貴女にしかできません。
 だから、貴女が決めてください。
 私たちは、それに、従います」

 皆の視線がアリーゼに集中する。

 待て待て待て。
 アリーゼが最終的な決定権を持つのはわかる。
 結局は剣の使い手であるアリーゼ以外は遺跡をどうこうできないわけだし。

 だが、なんだこれは?
 まるで全責任をアリーゼが負わなきゃいけないみたいじゃねーか。

 俺は場を仕切りなおさせるため口を開こうとして、

「先生」

 言葉と。

 ……アリーゼ。

 握られた手により、静止させられていた。
 アリーゼはそれ以上俺には何も言わなかった。

 ……目は口ほどに、ってやつか。

 アリーゼの瞳は、大丈夫です、と語っていた。

「遺跡は、封印します」

 はっきりとアリーゼは言い切った。

「ごめんなさい、アルディラさん」

「そう……そうよね」

 うなだれるアルディラ。
 アリーゼはアルディラをまっすぐ見据えて、言葉を紡ぐ。

「アルディラさんの気持ち、私はわかります」

 アリーゼの手が震える。
 いつだったか、先生に会いたいと言っていたアリーゼ。

 ……やはり、今では会うことはできないってことか。

「でも、私にはもうできないです。みんなを危険に巻き込むことは。
 だから私は封印を……」

「封印なんて」 

 アリーゼの言葉をさえぎり、

「絶対にさせないわ!」

 アルディラは突如、激昂した。

「約束を破るつもりですか!?」

 非難するヤードを睨み付けるアルディラ。

「なんと言われたって、こればっかりは納得できないッ!!
 私が護人になったのは還ってくるあの人の居場所を守るため……。
 それが叶わないのなら、この島も私自身も存在する価値なんてありはしないわ!!!」

「義姉さん……貴女はそんなにも兄さんを……」

 近づくファリエルからアルディラは間合いを取る。

「どうしても封印を行うというのなら、私を倒しなさい」

 詠唱を開始するアルディラ。

「私を壊しなさい!!
 壊して、全部……全部終わらせてよぉッッ!!!」

 突然の行動以上に、その悲痛な叫びが全員をその場に止めていた。

 ……だから、きっと無意識だったんだろう。

「ひぐッ!?」

 振り下ろした拳がアルディラの頭を直撃する。

「いい加減にしろよ」

 吐き捨てるように俺は言う。
 一瞬、困惑の表情を浮かべた後、怨敵をにらみ殺す勢いで俺を見据えるアルディラ。

 ……てめぇ。

 反射的に剣を抜こうとするほどに怒りが全身を駆け抜ける。
 感情が行動を制御できない。
 全力で目の前の女を叩き潰したくなる衝動。

「待ってください!!」

 あさっての方向から静止の声。
 俺とアルディラの間に立ち、俺の方を向き両手を広げる。
 彼女は――クノンは、アルディラを庇っていた。

「クノン。大丈夫だ。ちょっとこのわからず屋にお仕置きするだけだ」

「どうして、ですか……」

「………」

「貴方がそこまで怒る理由は」

「それは……」

 考えればいろいろと理由は浮かぶ。
 しかし、あんな風に動けたのは、視界の端に物陰に隠れていたクノンが映ったからだ。

 ……きっと、心配で様子を見に来てたんだろうな。

「もしも、その一端に私が関係しているのであれば、私に任せてください」

「……はいよ」

 俺の返事と同時に、クノンは背を向けアルディラに向き合う。

「貴女は、忘れてしまったのですか?
 あの方が、最後に何を望んで眠られたのかを」

「……!?」

「生きて、幸せになってこの島を満たしてほしい……」

「……ぁ」

「みんなが笑っていてくれることが、自分にとって一番うれしいことだから、と。
 その意思を、貴女は踏みにじるというのですか!?」
 
「あ、あああぁぁ…………」

 膝をついて、アルディラはうな垂れる。

「お願いです……どうか、壊れることを望まないでください」

 アルディラの肩に両手をかけ、抱きしめるクノン。

「お願いです。どうか、私を」

 その力は弱々しく、振り払えば簡単に外れてしまうものだった。

「私を…………置いて……行かないでください……」

 それが限界だとでもいうように、それ以上、力は入らなかった。

「クノン……」

 そっと、アルディラが手を回す。

「クノ、ン…………ッ」

 堰を切って涙はあふれ、

「う、うわぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 アルディラは子供のように泣き続けた。








 剣による封印を行うため、アリーゼとファリエルとアルディラの三人は遺跡へと向かった。
 残るメンバーは留守番。
 ヤッファやキュウマにも事情を話し、集いの泉にて待機中である。

「……あいつらが心配か、レックス」

 隣にいるヤッファが遺跡の方角を見ながら尋ねる。

「大丈夫だろ、あの三人なら」

「ならその前後左右への動きをやめろ。鬱陶しいぞ」

「無茶言うな。あんな遺跡に三人だけで封印行ったんだぞ。落ち着いて待てるわけねーだろ」

「……お前なぁ」

 ヤッファがため息を吐く。
 少しはあいつらを信頼しろとでも言いたいんだろう。

 そりゃ、俺だって信頼はしている。
 でも心配なものはどうしようもないだろ。
 剣一本による成功するかどうかもわからない封印で、クノンの説教が効いたとはいえアルディラが完全復活したとは言える状態でもなく、ファリエルもアルディラとの戦いでの傷は完全に癒えてはいなくて。
 アリーゼなんて言うまでもない。前回の封印でどんな目にあったってんだよなぁ。

「これは島の問題でもあるが、あいつらがケリをつけるのが一番禍根を残さねぇ。
 そう全員が賛同したから、行かせたんだろう」

 特にアルディラはアルディラ自身がやらなければ意味がない。
 もしも躊躇って、だれかが力を貸してしまったら、それは自分の意思で封印したことにはならない。
 それではいつまでたっても遺跡を復活させようとした気持ちに区切りはつかないだろう。

「嬢ちゃんがついてるんだ。あの姉妹を信頼しないでだれを信頼するんだよ」

「……ヤッファは知ってたのか。ファリエルのこと」

 遺跡に三人が行く前、ファルゼンの姿ではなく、ファリエルの姿でヤッファとキュウマには事情を説明していた。
 戸惑いの表情を浮かべるキュウマに比べ、ヤッファは終始自然体だった。

「まあな」

「そうか」

 驚きは、あまりない。
 ソノラが気づいていた時点で、ヤッファが気づいていないわけがなかった。

「どうして黙っててくれたんだ」

「もともと嬢ちゃんがなにかしたってわけじゃねぇんだ。嬢ちゃんが負い目を感じる必要はない」

「………」

「ただ……ただよ…………。
 嬢ちゃんを見てると、どうしてもハイネルの野郎を思い出しちまうんだ。
 だから、こうして長い時間を置いて会えて、返ってよかったんだろうな。
 心の整理が出来てなかったら、どうして嬢ちゃんだけが存在していてハイネルはいないんだ。なんて口走っちまったかも知れねえ」

「ヤッファ……」

「お前らには感謝してる。
 こうして、もう会えないと思ってた嬢ちゃんに、また会うことができたんだ。
 俺たちだけじゃあ、そんな日はこなかっただろうからな」

「島の危機も来ちまったけどな」

「は。もらった幸運と比べれば微々たるもんだ」

「……違いねぇ」

 互いに笑う。
 ヤッファの話を聞いていたら、俺も落ち着くことが出来た。

 それからしばらくして、遺跡の方から歩いてくる三人を皆で迎えた。




[36362] 幕間 ガラクタ山の声
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/03/15 21:53


 遺跡の封印は一通りなされた。
 一本の剣でどれだけの効果があるかはわからないが、アルディラとファリエルが見る限りでは機能停止をしているらしい。
 念のため遺跡内部のそれっぽい機械をボコボコにしてきてもいるようだ。
 当面の間は様子見ということにして、今回は解散となった。








 森にて。

「レックス」

 げ。

 船に戻る途中、アズリアに出くわした。
 面倒なことに俺は単独行動中だった。

 ……しくじったな。今みんなが集まってればアズリアを捕らえることだって可能だったろうに。

 俺が一人なのは、ナウバの実が無性に食いたくなってジャキーニのおっさんをたずねていたせいだ。
 ちなみに、おっさんの手を入れたナウバの身は通常の3倍はうまい。ヤヴァイですよ、あれは。

「……お前一人か」

「そっちこそ、いつも連れてるでっかいお供はどうしたんだよ」

「ギャレオは待機中だ」

「そうかい。んで、何か用か?」

「遺跡を封印したのか?」

 耳が早いな。斥候でも放ってやがったのか。

「ああ。もう、剣はない。だから……」

「あきらめろ、とでも言うつもりか?
 馬鹿をいうな。それで任務を放棄しておめおめと帝国へ戻れるわけがない」

 まぁ、結局そういう結論になるよな。

「貴様らを叩き潰し、手に入れる方法を探し出す。剣も遺跡も」

「知らなかったらどうすんだよ」

「たらればを論議する気はない」

 ……ち、この野郎、話し合いをする気はまったくないな。

「明後日、われわれは貴様らに戦いを申し込む。
 それが最後だ」

 一方的に言い放ち、アズリアは去っていった。








 剣が一段落ついたと思ったら今度はまた帝国軍かぁ。

 ……アズリアの様子からじゃ、血なまぐさいことにもなりかねんな。
 最後だと覚悟を決めている。厄介だよ本当に。

 こちらとしてはアリーゼの剣が封印に使われてるわけだし、どうやってこの戦力ダウンを補うか頭が痛いところだ。

 ……ん? 
 そういえば、ヴァルゼルドってあれからどうなったんだ?
 あいつがいれば火力的には相当な援護が期待できる。アズリアを相手にこれは大きい。
 よし、ちょっくら様子見行くか。



 というわけで、俺はラトリクスのスクラップ場に来た。

「おーい、ヴァルゼルド」

「………」

 返事がないってことは、未だ修理中なのだろうか。
 それともまた寝過ごしてるとかいうオチか?

「ほーれ猫だぞ、ヴァルゼルド」

「………」

 ふむ、また明日改めて来るかな。時間はあるわけだし。

 踵を返したところ、背後でガラクタがぶつかり合う音がした。

「………」

 ヴァルゼルドが立ち上がっていた。

「おー、ようやく立てるようになったのか。
 ってことは修理は終わったのか?
 あー、でもまだサブユニットははめてなかっ……」

「照準誤差、修正……次弾装填」

「は……?」

「一斉掃射……開始!」

 ズガガガガガガガガガガ。

 ヴァルゼルドの両腕の銃から、高速の銃弾が連射される。

「うお!?」

 回避不能の銃弾はしかし、ガラクタに吸い込まれたのみ。
 俺は横から突き飛ばされ、どうにかやり過ごしていた。

「やはり、機械兵士は破壊兵器なのです。復活させるべきではなかった……」

「クノン!?」

「アルディラさまの言いつけで、監視をしていました。
 レックスさま、怪我は?」

「いや……おかげで助かった」

 にしても。

「おい、ヴァルゼルド。てめーどういう了見だこの野郎!」

 いきなり人に乱射しやがって!

「増援確認……支援システム……一斉起動!!」

 ヴァルゼルドの周囲に機界の召喚獣が集まってくる。

 ……なんだってんだ、これは。

「あれは、隊長機ですね。他の仲間を遠隔操作されるとは……」

 クノンが槍を構える。

「機体を破壊しましょう。さもなくば、被害は拡大するばかりです」

「……どういうことだ。これはヴァルゼルドがやってるのか!?」

「はい」

 返事が早いか、クノンはその身を走らせヴァルゼルド周辺にいる召喚獣に槍を突いた。

「GEEEEEEEEE!?」

 それきり、沈黙する召喚獣。
 
「次」

 その身を躍らせ次々と召喚獣を撃破するクノン。
 戦場でその姿は頼もしいが、クノンが破壊しているのは……。

「レックスさま」

「悪ぃ」

 ぼーっとしてたらやられる。

 俺は剣を抜き、クノンに加勢する。
 瞬く間に周囲の召喚獣は破壊されていく。

 暴走。
 それがヴァルゼルドに起こったのは間違いないのだろう。
 何が原因なのかは不明だが、今はこの状況をどうにかするのが先決だった。







 機械音が響く。
 甲高い電子音が鳴り止まない。

「す、みません……教官、殿……」

 ヴァルゼルドが操作していた召喚獣を倒し、ヴァルゼルド自身にもある程度のダメージを与えた。
 そして、ようやくヴァルゼルドが正気に戻った。

 正直クノンがいなかったら危うかったかもしれんね。

「不覚で……あります……適応に失敗して……暴走を……」

「やはりそうですか」

 クノンがヴァルゼルドに接近する。

「本当に……すみません……」

 謝罪するヴァルゼルドの目の前に槍が構えられ、

「クノン」

「レックスさま……?」

 俺はその槍を握り、構えをとかせた。

「教官殿……サブユニットを……つけて……ください……」

「それで、暴走は治まるのか?」

「こうして……貴方と会話している自分は……バグなのであります……」

「バグ?」

「破壊されたときに……偶然に生じた……ありえざる人格……なので、あり、ます……」

 ……そりゃ、そうか。
 おかしいよな、機械兵士に人格があるなんてのは。

「ですから……自分が消え去れば……本機は正常に……動作いたします……。
 サブの電子頭脳さえつければ……」

 ……なんだよそりゃ。

「てめぇ、最初からそのつもりだったのか」

 メインユニットとサブユニットの両方を持ってこさせた時点で、こうなることは想定してやがったのか。

「ご迷惑をかけてしまい……申し訳ありません……。
 ですが、本機を、役立てて欲しいであります! 
 自分は、お優しい教官殿を、お守りしたいのであります……!!」

 ヴァルゼルドの瞳が明滅する。

「そのために、戦いたいのであります!!!」

「ヴァルゼルド……」

「お願いします……教官殿……」

 ………。

 それきり、互いに黙す。

 どう、すればいいんだ。
 何か方法はないのか……。

「クノン……」

「アルディラさまには、すでに調べていただいております」

 まっすぐな視線が、俺を穿つ。

「サブユニットを交換するほかには、この機体が正常化することはありません」

「……手際がいいな」

 アルディラがお手上げでは、どうしようもない。
 彼女以上に機械兵士に詳しいものはいないだろう。

 ……いないからどうした?

「教官殿……早く……自己修復機能が……」

「レックスさま。機体の修復が完了すれば、また襲い掛かってきます」

「……わかってる」

 だから、今こうして考えてるんじゃねぇか。
 もうちっと待ってろよ。必ず思いつく。絶対にあるはずなんだ。そう思って探さないと見つかるもんも見つからねぇんだよ。

 だから少し待ってくれ。
 何かあるだろ! 何か方法が…………!?

「護衛獣……」

「はい?」

「ヴァルゼルド、お前護衛獣になれ!」

「教官殿……」

 誓約の枷があれば、暴走は止められるはずだ。

 俺はサモナイト石を取り出し……、




 どうやってせいやくするんだ?

 らとりくすのしょうかんじゅつをつかえるのか?




 ………。

 馬鹿か! 俺じゃなくてもいいだろ!

「アルディラ、アルディラなら!」

「許可できません」

 アルディラを呼びに行こうとする俺の腕をクノンが掴む。

「離せ! 理論上は可能のはずだ!」

「いけません。もしそれを行えば、この機体は暴走を無理矢理に誓約により押さえ込まれ、永久に苦しみ続けることになります。
 同胞として看過できません」

「………」

 なんだよ。

 じゃあ、どうすればいいんだよ。

「教官殿……お願いします……」

 うるせぇな。今考えてるから待ってろよ。

「レックスさま」

 うるせぇよ。気が散るから、今は喋らないでくれ。

「わかりました」

 クノンが傍らに置いてあったサブユニットを手に取る。

「私が行い……」

「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ………。

 しん、と周囲が静まりかえる。

「なんで……そんな簡単に決められるんだよ、クノン」

 お前、感情を知ったんじゃないのかよ。
 アルディラを想って、泣かせてやったんじゃないのかよ。
 だったら、俺の考えくらい汲んでくれよ。

「先延ばしにしても、変わりはありません。被害が広がるだけです」

「……わかってる」

「レックスさま。時間がありません」

 ヴァルゼルドからの異音が小さくなる。
 修理が終わるころなのだろう。

「レックスさま」 

 クノンの声にわずかな焦りが混じる。

「クノン……」

 今頃気づく。
 クノンは無表情だった。
 出会った頃とは違い、今ではさまざまな表情を見せるようになってきたクノン。
 それが今は無表情すぎた。

 ……そんなことにも気づかないなんてな。

 同胞を破壊して胸が痛まないわけがない。
 ましてや、人格を持ったものであれば、なおさら。
 いや、そもそも。

 クノンだって機械人形だ。
 感情を知った今、暴走の危険性が0だとは言えない。

 まさかクノン、もし自分が暴走したときも、そういう結論になるっていうのか?

 ……は、馬鹿馬鹿しい。
 ふざけるな。

 そんなの、絶対認めねぇぞ。

「教……官……」

 そう思っているのに。

「はや……く……」

 ヴァルゼルドの瞳が徐々に碧から紅に染まっていく。
 考えは浮かばない。

「レックスさま」

 クノンが俺にサブユニットを差し出す。
 バグを正常に、あるべき姿に戻すユニット。
 俺は差し出されたユニットをじっと見て、

「……………………ヴァルゼルド」

 それを受け取らずに、

「稽古してやる。教官直々にな。
 もしも俺を倒せたら、サブユニットをつけてやるよ」

 紅い瞳の機械兵士に対して、剣を構えた。








 不意打ち同様に俺はヴァルゼルドの胴部分に体重を乗せた蹴りを入れる。

「………」

 さすがに硬い。
 ヴァルゼルドはふっとぶだけでダメージはない。

「発射」

 ヴァルゼルドは離れた間合いから、雨あられといわんばかりに肩のパーツからミサイルを発射してくる。
 銃弾に比べれば速度はないが、威力は桁違いである。
 直撃を食らえば一撃で致命傷にもなりかねない。

 迫りくるミサイルを、俺は身を低くして近づくことで交わす。
 背後で爆発。
 爆風により、体勢が乱されながらも、その風に乗り利用することで迅速に加速する。

 ヴァルゼルドは右腕をドリルに変え、俺を迎え撃つ。
 俺はヴァルゼルドに一撃、牽制に近い上段攻撃を振り下ろす。

「ち」

 思わず舌打ちする。
 ヴァルゼルドは避けるどころか、自ら俺の一撃に向かってきた。
 剣とヴァルゼルドがぶつかり合う。
 直後、ドリルが俺の目の前に迫る。

 予想されたカウンターに俺は反応し身体をひねってかわすが、これで多少攻撃しづらくなった。
 ミサイルもそうだが、ドリルなんぞ食らったらひとたまりもない。
 かわせる可能性が高かろうと、すべてを回避できるとは限らない。
 そのプレッシャーは見えない疲労を蓄積させて、俺の動きを鈍くしていくだろう。
 スピードのアドバンテージを失えば、敗北は必至だ。

 俺は中間距離まで後退する。

 ……ヴァルゼルドのダメージはあまりなさそうだな。

「弾幕展開」

 俺が後退すると同時に、今度は銃弾の嵐。
 横へ転がって回避しつつ、ヴァルゼルドの隙をうかがう。

「装填」

 ……この、弾補充の瞬間が狙い目ではあるのだが。

「照準誤差、修正。発射」

 一瞬すぎて、狙い目としては不都合すぎる。

 やはり、覚悟を決めるしかないらしい。
 タイミングを身体で覚えるため、俺は再びヴァルゼルドに接近した。








 戦いは次第に激化していく。
 突然の開戦にクノンは反応することができなかったが、今も一人と一機は己のみで戦っていた。

 手を出すなと言われた。
 わからない。
 なぜ。
 わからない。

 自分が加勢すれば、すぐに決着はつくだろう。
 しかしクノンは動かなかった。動くことができなかった。
 忠実に、レックスの言葉を守った。
 守らなければいけないと思った。
 理由はわからない。

 目の前では、紅い瞳の機械兵士とレックスがぶつかり合い、なぎ払い、召喚術が行使され、銃弾やミサイルが炸裂していた。

 互いに傷は浅くない。
 レックスは自分の血で服を赤く染めあげ、ヴァルゼルドに至っては破壊された部位がいくつも地面に転がっている。
 どちらも、一切手加減のない本気の戦いだった。殺し合いだった。
 決着がついた際、双方が無事であるとは到底考えられなかった。

(どうして……)

 戸惑いながらも、クノンは決して一瞬たりとも目を離そうとはしなかった。








 ヒュッ。

 仕切りなおしの合図として、俺は一度剣を振るい空を斬る。
 ヴァルゼルドとは20歩ほどの間合いが離れていた。

「それじゃあ、今から卒業試験を開始する」

 自分でもわかってる。分の悪い賭けだ。

「今までは全力」

 それでも俺はそれに縋る。

「今度は」

 人格を消し、己自身が死んでしまっても、機械兵士として俺を守りたいと言ってくれたヴァルゼルド。
 その意志に反しても、俺はヴァルゼルドの意志を信じて、俺の我を通すことを望む。

「死ぬ気でこい」

 だからヴァルゼルド、お前もお前の我を通したいのならば……。

「俺を叩き潰してみせろ」

 言って、俺は次の攻撃に意識を集中させる。
 俺もヴァルゼルドも余力はあまりない。
 俺は目の前の機械兵士にありったけの力を叩き込むことだけを考える。
 相手がどう動こうと揺るがない。

「………」

 ヴァルゼルドが地を蹴る。
 その光景がやけにゆっくりと感じられる。

「行くぞ」

 ほぼ同時に俺も地を蹴る。
 互いの加速により、一瞬にして間合いはゼロになる。

「ヴァルゼルドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 知らず、俺は雄叫びをあげる。
 俺の剣をヴァルゼルドのドリルが受ける。ヴァルゼルドの突きを俺は剣で払いのける。

 一撃、二撃、三撃、四五六…………。

 剣を振るごとに激しい火花が散る。
 ヴァルゼルドの瞳が激しく明滅する。
 頭、肩、腕、足、胴。
 ありとあらゆる箇所に俺は剣を振るう。
 一撃たりとも力は緩めず、すべてを必殺とする。

「………」

 徐々に、ヴァルゼルドの傷が増えていく。
 防ぎきれなかった俺の剣が、ヴァルゼルドを破壊していく。

 小さな傷が増え、いつからか防戦一方となり、その動きが鈍くなっていく。
 そして――――。

 一瞬の隙。
 上段に構えた俺の剣を警戒してヴァルゼルドは反射的にガードをあげた。

「終わりだ」

 瞬間、俺は身を低くしてすれ違う。

「…………」

 俺の剣はヴァルゼルドの胴をとらえていた。
 今までにない手ごたえ。
 致命傷だった。








 倒れ伏している機械兵士。
 ガラクタ山に甲高い電子音が響く。
 自己修復機能を機動させているが、その身体は分断されており、この状態からの回復は外から手を加えなければ不可能だろう。

「ヴァルゼルド」

 一度だけその名を呼ぶ。
 薄すぎる望みを持って。
 起こるはずのない奇跡を信じて。

「目標……照準……修正」

 捻じれた腕で構えられる銃。
 希望は簡単に打ち砕かれた。
 目の前に存在しているのは、一切の言葉も届かない紅い瞳の機械兵士。

「………………………………………………………………………………………」

 剣を握りしめ、歯を食いしばる。
 身体は熱く焼けついて、対照的に頭はひどく冷めていた。

「発射」

 弾丸が頬をかすると同時、俺は全力で踏み込み渾身の一撃を機械兵士に打ち込む。

 すぐさま俺は間合いを取り、

 ドォォォォォォォン。

 次の瞬間、ヴァルゼルドは爆砕した。









「レックスさま!」

 クノンが駆け寄ってくる。

「怪我の治療を。今すぐリペアセンターに向かいましょう」

「いいって」

「馬鹿なことを言わないでください。さあ早く!」

「いいんだよ」

 事実、俺の傷は見た目ほどひどくはない。
 余裕があるわけではないが、この程度であれば召喚術で十分に治せる。

 それに。

「クノン、ありがとな」

「レックスさま……?」

「でも今は、このままでいさせてくれ」

 馬鹿な、ポンコツの機械兵士の、ちっぽけな証。

 たったそれだけが、ヴァルゼルドが存在した証だった。

「はは」

 乾いた笑いが漏れる。
 なぜかわからないが、無性に笑いたくなったのだ。

 ……そういや、俺、こいつのことほとんど知らなかったな。
 大して話も出来なかった。
 けど、妙に馬が合うというか、構いたくなるというか。

 ………。

 日が沈む。
 夕日がまぶしかった。
 おまけに痛いし。全力で動いたから傷だけじゃなくて節々が激痛だ。

「レックスさま……」

 あーあ、ちくしょう。
 ……いてーなぁ。



[36362] 第十話 先生の休日
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/03/20 23:44


 アズリアの宣戦布告をクノンに伝え、伝言を頼む。
 各集落には知れ渡り、明後日に備えて明日は各々体を休めることとした。




 夜。自室にて。

「休日か」

 そういや久々だな。
 この島に来てからはずっとバタバタしてたし、日がな一日休むってのはなかった気がする。

 せっかくの機会だし、ただぼーっと過ごすのももったいないよな。
 朝、だれかに相談してみるか。










 そして翌朝。

「……いねぇ」

 船内は見事にもぬけの殻と化していた。
 船長室に行ってみると、朝食の準備が一人分されており、置き手紙まで用意されていた。

 曰く。
 カイルはジャキーニのおっさんのところへ。
 ソノラはファリエルのところへ。
 スカーレルはヤッファのところへ。
 ヤードはゲンジの爺さんのところへ。
 アリーゼはユクレスの村で子供たちといる、とのことだった。

「……なんだろう。俺軽くハブにされてね?」

 いや、普通に気を遣ってくれたのかも知らんけどさ。
 そりゃ、昨晩は元気ない風味の雰囲気出してたかも知らんけどさ。
 でもでも、ちょっとくらい誘ってくれてもいいんじゃない?

 ……構ってチャン思考になっとるな。
 今日は自室で引きこもってた方がいいんだろうか。

「いや、これは俺への挑戦だな」

 元祖島民交流民として、ここで退いては漢が廃る。

 ………。

「適当に歩いて、いた奴と過ごすか」

 残念ながら、廃るほどの漢度が俺にはなかった。








 狭間の領域。
 ソノラとファリエルが水晶体に腰掛け談笑していた。
 俺も適当に座り、輪に入ってみたわけだが……。

「でねでね……!」

「そんなこと……! わぁ!!」

 ………。

 なんだろう。この疎外感。
 ソノラとファリエルが楽しそうに会話しているのに。
 話の内容がわからないわけではないのに。

 ……なんとなく、すげぇ溶け込みづらいっす。
 入り込めないというか、テンションがわからないというか。

 謎の居心地の悪さに、そそくさと立ち去る俺。

「レックス、もう行っちゃうんですか?」

 ファリエルの言葉に曖昧に頷く俺。

「そうですか」

「先生、まったねー」
 
 二人に見送られ、俺は次なる場所に放浪することとした。

 どうでもいいことだが、立ち去る際、フレイズが生暖かい視線を送ってきたので俺も同じように返しておいた。

 苦労してんのな、お前も。








 メイメイのお店。

「あらまあ、先生。いらっしゃ~い」

 いつものテンションでメイメイさんが俺を迎える。

 さて、武器は何か入荷してるかな……っと。
 いやいやいや、今日は休日なんだし今だけは考えないようにしとくか。

「どしたの先生? 百面相なんかしちゃって。きゃははははは」

 けらけら笑うメイメイさん。
 人の顔見て笑うとか失礼極まりないが、メイメイさん相手だと怒る気も失せる。
 常時ステータスが酔っ払いだからねぇ。

 つか、ここに来ても別にやることないよな。
 メイメイさんとはあまり話したことないし、ここで一日過ごすのも新鮮かもしれんが……。

「……ヒック」

 真昼間っから酒飲んで酔っ払うハメになりそうだ。
 うん、それはダメだな。教師として、人として、ひどくダメ人間だ。

「じゃあ、まぁそういうことで」

「またね~」

 何しにきたんだよ俺は、と心中で突っ込みをして、酔っ払い店主を置いて立ち去る。
 次は鬼の御殿でも行ってみるかね。








 メイメイの見る限り、レックスに異常は見当たらない。

(ということは、私は思い違いをしていたわけね)

 観測者である立場から逸脱していたと言っても過言ではない。
 しかし、貸した力は微々たるものである。
 温情と言えば、それで終わる話であった。

(どうもおかしいとは思っていたんだけど、ね)

 ここ最近、兆しが非常に見えにくい。
 世界に寄り添って生きていくことを目的としているのだから、別段困ることもないのだが。

(……わくわく、するじゃない)

 喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも。
 予想されたものばかりを享受してきた。
 何が起こるか、視えない。
 それだけで、メイメイの世界は一変していた。

 世界の見方を修正して観測すれば、視えてくるものも増えるだろうが、メイメイは流れるままに任せた。

(いったい、どんな道筋を辿るのかしらね、この島は)
 
 願わくば、愉快な彼らに幸あらんことを。








 風雷の郷。
 
 ゲンジの爺さんとヤードが鬼の御殿の縁側で茶を飲んでる。

「レックスさんも、一杯どうですか」

 どうでもいいが、ヤードの溶け込み具合が半端ねぇ。
 老成しすぎだろお前の雰囲気。

「スバルたちは?」

 俺は縁側に腰掛ける。
 用意されていた湯呑みに茶を入れるヤード。

 まさか俺が来ることを予想しているわけでもないだろうし、ミスミさまがもうすぐ帰ってくるのだろうか。

「置手紙に書いたとおりですよ」

「ひょっとして、ミスミさまやキュウマもついてったのか?」

「ええ」

 へぇ、めずらしいこともあるんだな。

「今日は休日なのだろう? 最近はいっしょにいられても、あまり大っぴらに遊べなかったからのう」

 確かに帝国軍やらジルコーダやら遺跡やらでバタバタしていた。
 今も、アズリアの宣言がなければ、大手を振ってこんな日を過ごすことはできなかっただろう。

 ずずずず、と茶を呑む。

 ……ん、こんな風にのんびりするのも悪くないなぁ。
 面子は爺むさいが、この顔ぶれだからこその雰囲気なんだろうし。
 ん。悪くない。

 しばしまったりしていると、ふと、ヤードが顔をあげた。

「そういえばゲンジさん、この島で面白い場所があると聞いたのですが」

「イスアドラの温海のことか?
 ワシも詳しいことは知らんぞ」
 
「温海? って海底温泉のことか?」

「ええ。以前ミスミさまが話しているのを聞きまして」

「わらわが、なんじゃ?」

 を、ミスミさま帰ってきたのか。

「お邪魔してます」

 ぺこりと家主に一礼。

「以前私がミスミさまに教えていただいた場所について、話していたところですよ」

「イスアドラの温海か。あそこはよいぞ。
 ……そうじゃ、なぜ失念しておったのじゃろう。
 のう、先生。今から行ってみぬか? ちと遠出になるが、景色もよいのじゃぞ」

「ミスミさまのお墨付きとあれば、行かないわけにはいかないなぁ」

「それでこそ、じゃ。
 ちと用意をしてくるゆえ、待っててくれぬか」

 そそくさと奥へ行くミスミさま。

 用意ねぇ……ふむ。
 景色がいいなら、いいのかもしれない。

「二人はどうする?」

「ワシに遠出は無理じゃな」

「私も、今日はこちらでご厄介になります。
 念のための警戒もかねて」

「そっか」

 ……ほう。するとミスミさまと二人で過ごすことになるのか。
 うむ、悪くない。悪くないねぇ。

「若造、鼻の下が伸びておるぞ」

 おっと。あくまで紳士的にですね、俺は楽しみにしてるわけですよ。
 ええやましい気持ちなんてちっともありゃしませんて。









 イスアドラの温海にて。
 拠点にした場所で俺は荷物番よろしく体育座りをしていた。

「すげぇな! 本当に海から湯気が立ってやがるぞ!」

「ちょっと来てよファリエル! この海水あったかいよ!」

「あははっ、温海ですからね」

「こっちにはすごーくたっくさんのお花が咲いているですよ」

「行ってみようよ、スバル」

「おう! 母上も早く早く!」

 ………。

 いや、まぁこうして大所帯で来るのもいいんですけどね。
 戦いのときくらいしかみんなで集まるのってないし。
 でもさ、こう、なんていうの? 漢としてのドキドキ感っていうの? そういうの返してよって言いたくなるんだよね。無性に。

 一人心中で漢泣きをしていると、アリーゼが俺の方に歩いてきた。

「……どうしたんですか、先生?」

「いや、召喚術の理について少し考察を」

「もう、何を言ってるんですか。今日ゆっくり羽根を伸ばさないでいつ伸ばすんですか!」

 アリーゼが俺の腕をとる。

「せっかく遊びに来たのに、そんな顔してたらダメです。ほら、行きましょう」

 そのまま強引に連れて行かれた。








 そんなわけでやってきました温海へ。
 拠点にしていたところから少し離れた場所で、岩にぐるっと囲まれた海は、水というより湯の温度になっていた。

「確かこのあたりに……あ、ここだ」 

 アリーゼが軽快に岩場を進み、海水が岩の間近にある場所で座り込む。

「ふぅ……」

 いつの間にか、アリーゼは素足になっていた。

 なるほど、足湯か。

 俺も靴を脱いで、アリーゼの隣に座る。
 海水に足をつけると程よい熱さで、身体が楽になるのを感じた。

「いいところ知ってるなぁ、アリーゼ」

「気に入ってくれましたか?」

「ああ」

「……えへへ。よかったです。
 ここって、私のとっておきの場所なんですよ」

「そっか。教えてくれて、さんきゅな」  

 礼を言うとアリーゼが満足そうに頷いた。

 できれば身体全体を浸からせたいところだが、そこはアリーゼもいることだし自重する。
 吹く風は穏やかで、頬を撫でる感覚が心地いい。

 これで酒でもあれば完璧だなぁ。
 今度ヤッファやスカーレルでも連れてくるか。
 あー、でもアリーゼにとってのとっておきの場所だから、あんまり人に知られるのはよくないのかもしれんね。
 ……でも、ここで一杯やるのって気持ちよさそうなんだよなぁ。
 う~ん、どうにかうまいことできないものかねぇ……。

「……先生、ありがとうございます」

「んー、何がだー?」

「最初に遺跡に行ったときのことです。
 先生がいなかったら、私は遺跡に取り込まれていたかもしれません」

 アリーゼが湯に浸かった足を動かし、小さな波が生まれる。

「いいじゃねぇか。助かったんだから。結果オーライだよ」

「でも……」

「それによ。俺だって謝らなきゃいけないんだ。
 つまんないこと気にして、つまんないこと考えてさ。
 大事なこと、見失いそうになった」

 もしも、遺跡の調査に行くのがもっと後だったら、ひょっとしたら俺は動けていなかったかもしれない。
 つまらない推測が邪魔をして。

「アリーゼのこと疑ってたんだ」

「………」

 俺を見るアリーゼの目が徐々に見開いていく。

 ……うーん、言うべきじゃなかったのかも。すんごい心外そうだし。
 でも言わずにいるのも、なんか違うだろうし。
 悪いなアリーゼ、勝手な奴で。

「別にアリーゼが何か企んでるって思ってたわけじゃないんだが。
 ちょっとしたことを気にしちまうようになってさ。
 それが積もり積もっていって……ようやく馬鹿なこと考えてたって気づいたのが、アリーゼが遺跡に取り込まれそうになったときだ」

 疑念が晴れる事柄があったわけじゃない。
 それでも、もうアリーゼに疑念を持つことはない。
 くだらないことを考えて、もしもの結果を招くなんて馬鹿でしかない。

 あんな糞つまらないことは……もうたくさんだ。

「先生……」

「うん?」

「……ちょっと離れた場所に花畑もあるんです」

 行ってみましょう、とアリーゼは俺の手を引いた。








 花の匂いにつつまれて、アリーゼとレックスは横になる。
 レックスが大きくあくびをすると、アリーゼは、お昼寝しますか? と提案する。
 そうする。とレックスは答えて一分もしないうちに寝息をたてはじめた。
 あまりの寝つきのよさにアリーゼは呆れを通り越して感心した。
 規則正しい呼吸を繰り返すレックスを、アリーゼは見続ける。

(こうしてると、本当に子供みたいです)

 安らかな寝顔は無防備で、無性に愛おしくなる。

 レックスは自分を疑っていたと言っていた。
 もしかしたら、すべてを正直に話しても、レックスは受け入れてくれるかもしれない。
 突拍子もない事実を信じて助けてくれるかもしれない。

(ううん……やっぱりダメ)

 気づくのが、遅かった。
 レックスが自分を疑っていることに気づくのが遅かった。
 今の自分の状況を話せるほどの勇気をアリーゼは持つことができなかった。


 ――ヴァルゼルド。


 陽気で面白い方でした。
 そう言って寡黙な機械兵士を見ながら寂しそうに微笑んでいたのを、アリーゼは覚えている。
 しかし、経緯を知っていても、アリーゼにはどうすれば機械兵士を救うことが出来るのか、わからなかった。
 知っていたことを、自分には変えることができないとあきらめていた。
 もしかしたら、先生は機械兵士を見つけないかもしれないと。それならば悲しい思いをすることもないと。
 都合のいいように考えて、忘れようとした。

 昨日のレックスの顔を見て、アリーゼはすぐに気がついた。
 スクラップ場に行き、クノンに聞き、自分の推測が間違っていなかったことを知った。
 落ち込んだレックスを見ていられなかった。 
 だからこそ、今日は早朝に出掛けて、顔を合わせることを避けた。
 だからこそ、一人座っているレックスを放っておけなかった。
 
(……ヴァルゼルドさんのこと、前向きに考えていれば、先生に助けてもらえば、違ったのかな)

 いつだって後悔するときにはすべてが終わっている。

 すべてをレックスに打ち明け、受け入れて欲しかった。
 しかし万が一、レックスがすべてを信じてくれたとしても、それにはヴァルゼルドを見捨ててしまった事実が付き纏う。

 穏やかな寝顔は、先生と重なる。

(嫌われたく……ない……)

 先生とは違う先生。

 少し前、自分は現実を嘆き、心が折れそうになった。
 ほんの少し前、自分は幸せな幻想に誘われ、自分を見失いそうになった。

 それでも、今自分がここにいることができるのは、みんながそばにいてくれたから。

(……先生が、私を呼んでくれたから)

 結果、受け入れられたいという願望と、拒絶されることの絶望で葛藤し、アリーゼは現状を取った。

 アリーゼは自分の右手を見つめる。
 今の自分を形作っているものの中に、剣の存在は決して小さくない。

(……まだ、できることはあります)

 明日の帝国軍との戦い。
 きっと苛烈なものとなる。
 そして……。

 アリーゼは眠るレックスの手を両手で握る。
 瞼を閉じ、

「守ってみせます……必ず」

 自らに誓った。








 起きると、間もなく夕日が見えるだろうという時間だった。
 俺が目を覚ますと同時に、アリーゼは先に子供たちを送っていくと言って帰っていった。
 いつもなら一緒に帰っていたが、今はやっておきたいことがあった。

 ……このあたりでいいかな。

 花畑からそう遠くない場所に、このあたりを一望できる丘があった。
 俺は懐に持っていたカケラを取り出し、心中で語りかける。

 どうよ? なかなかいい眺めだろ。
 一部で悪いけどよ。さすがに全部持ってくるのは骨だからなぁ。

 俺はもうひとつのカケラに触れる。
 加工して、首からさげたサブユニットの一部。
 服の中に入っているそれは、意識しないでいると、あることを忘れてしまうほど馴染んでいた。

 地面に小さな穴を作り、俺は懐に持っていたカケラを入れて埋める。

 ………。

 さて、俺も帰りますか。








 ちなみに。
 帰った早々俺の耳に入ったのは、アリーゼ他数名がジャキーニのおっさんの反乱……?に灸を据えたことだった。

 ……オウキーニを人質にするって何考えてんすか、おっさん。

 小さな少女が腰に手を当て、正座する海賊達に説教する姿は大変にシュールでした。






[36362] 第十一話 黄昏、来たりて
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/04/20 15:01



 青空学校の授業、

「先生さよーならー。だから本当に見えたんだってば!」

「じゃあなー先生ー。おーし、それなら今から確かめに行こうぜ」

「マルルゥも行くですー」

 は終了して、今は林でアリーゼとの授業中。
 俺vsアリーゼ&キユピーで、相手を捕まえることを目的としたゲームをしていた。

「ほらほら、どうした?
 二人がかりでも俺を捕まえることができないのか?」

「………」

 俺の挑発をアリーゼは冷静に受け流し、キユピーに目で合図を送る。

「キュピー!」

 キユピーが答え、アリーゼと正対する俺の背後に回りこむ。

「お、挟み撃ちか」

 単純だが、2対1の常道手段だ。
 悪くない手だが……、

「てい」

 二人が間合いを詰める前に、俺はすばやく振り返りキユピーへと迫る。
 2対1の状況を作るには二人の呼吸もさることながら、敵との間合いも重要だ。
 それを俺はいち早く壊しにかかる。

 ――――って、キユピーがいない?

「出てきて」

 アリーゼの声に応えて、背後で召喚術が発動する気配。
 反射的に振り返ると……、

「キュピー」

 ……あら?

 俺の目の前に、というか身体にキユピーがすりついていた。
 胸にはキユピーの体温。若干人肌よりも低いそれは、気温高めのこの島ではいつまでも触っていたくならんでもない。

「捕まえました」

 いつの間にかアリーゼが俺の袖をつかんで、にっこり笑っている。
 キユピーが俺に接触した瞬間に勝負は決していたようなものだが、アリーゼに関してはほとんど気配を感じなかった。

「うーん、さすがに難易度が低すぎたか」

「そんなことありませんよ。きっと同じ手は二度と先生には通用しないでしょうし」

 今起こったことは、前後で俺を挟んだ際、俺が背後のキユピーを狙うと踏んで、振り返るタイミングに合わせてキユピーをアリーゼが送還。
 すぐさま、俺の背後にキユピーを召喚し直したということなのだが。

「戦いでは、だいたいその一度の手があれば十分だ。
 頭と技能が揃ったいい作戦だった。完敗だよ」

 そもそもアリーゼの行ったことは言うほど簡単ではない。
 アホのような召喚スピードと、相手の行動を読む力、それを実行する洞察力と冷静さ。
 どれもずば抜けたものでなければ実行できるもんじゃない。
 そして、なによりも……、

「アリーゼって、比較的だれとでも息が合ってるけど、キユピーとの連携はぴかいちだなぁ」

「えへへ」

「キュピー」

 照れるアリーゼと当然だと胸を張るキユピー。
 なるほど、いいコンビだった。








 帝国軍との決戦まで、まだ余裕があった。
 というわけで、船外にてオウキーニが新作料理を調理しているとカイルに聞いてやってきたわけだが。

「おぉう……」

「……うぅ」

「とれたてピチピチのタコを、鮮度を生かし調理した一品……、
 『タコ刺し』や!!」

 ドヤ顔のオウキーニと、ドン引きの俺とアリーゼ。
 目の前には生100%の状態で切り刻まれたタコ一匹。
 ビクンビクンッ、と動いています。

「あわわわわわわわわ!?」

 涙目になるアリーゼ。
 完全におびえ、俺の背後に隠れる。
 ちなみに、俺もタコとは若干距離をとっていた。

 あんなスプラッタでシュールな光景、直視できるかい。

「おおー!?」

 なぜかノリノリのカイル。
 さすが海賊である。恐ろしい胆力だった。
 
「どれどれ……」

 な……!?

「食った……だと……!?」

 驚愕する俺を無視して、カイルの顔がほころぶ。

「おっ、こりゃなかなかイケるなぁ。
 塩加減の中に微妙な甘みが……」

「タコ本来の味や」

「待て待て待てい!
 だからって生のまんまで食う必要ねーだろ!?」

「ゆでダコは固くて食べづらかったんですわ。しかし、これはいけるやろ」

 にっこにこの笑みを浮かべたオウキーニが、タコ刺しを持ったまま俺とアリーゼをロックオンする。
 俺の背後に隠れたアリーゼはタコにおびえ俺の服を掴み、決してタコを見るまいとぎゅっと目を瞑っていた。

「さ、先生らもおひとつ……」

「ば、てめぇ! そんなもん持って近づくんじゃねぇ!?」

「そんな遠慮せんでも……」

「おま、おま!! 本気で嫌がってるの気づけや!?」

「うめぇのになぁ」

 マイペースにタコをつまんで食い続けるカイル。
 やはり海の男は一味違うのだろうか。

「先生、好き嫌いはよくねぇぞ」 

「そんな次元の話じゃねぇ!
 動いてるの食うとか。つかそれ以前に見た目が怖すぎるわ!!」

「ダメでっか……?
 これでも、高級料理のひとつなんやけどなあ」

 高級料理が必ずしもすばらしいものではない、という好例だな!
 高いってのは結局、供給側の問題であることが多いし。

「ぴくぴく動く様子が新鮮な証拠で、食欲をそそると思うたんですけどなあ」

「それが一番の問題だろ!!」

 ダメだ……、オウキーニの感覚が理解できん……。

 脱力する俺にひっつくアリーゼ。
 もぐもぐとタコ刺しを食い続けるカイル。
 そして、

「負けまへんで……」 

「は?」

「こうなったら意地や!
 一料理人として、誇りと使命をかけて」

 ぎゅっと拳を握り締めるオウキーニ。

「誰もが喜んで食べる究極のタコ料理を作って見せますわ!!!」

 きっぱりと宣言するオウキーニ。料理人としての熱い魂が感じられる。
 背景に、ざっぱーんッと波がぶつかり合う大荒れの海が見えた。

「目が、燃えてる……」

 アリーゼは頬をひくひくさせて、謎の生き物を見る目で呟く。
 無駄にレアな表情だった。

「やりまっせえ~!!」

 覇道を驀進するがごとく、オウキーニのいらん情熱が爆発していた。








 ユクレス村の畑にて。
 怯えるアリーゼは宥めて船で休ませ、気分転換にユクレスまで来たわけだが。

「わはははははっ!
 どうじゃ、どうじゃ? この見事に育った野菜の数々は!?」

「……うん、うまい」

 もぐもぐと手近のトマトをもぎって食う俺。
 相変わらず、ジャキーニのおっさんの手をかけた野菜は最高だった。

「わははははっ、そうじゃろそうじゃろ!」

「もう海賊やめて農家にでもなっちゃえよ」

「う……」

 ぴたりと、硬直するおっさん。

「イヤじゃぁああぁあ!? ワシは、ワシは海に帰りたいんじゃ~~!!」

『せ、船長!?』

 いつものジャキーニの錯乱に、部下の海賊達が動揺する。

 別にそこまでイヤがらんでもねぇ。
 実にもったいねぇ。この味は帝国を、いや、世界をうならせる味だろうに……。

 いつものアホなやり取りを見て、笑いが漏れる。
 いい感じに肩の力が抜けてきた。
 そろそろ行くか、と思っていたところで声をかけられる。

「おう、受け取れ」

 ジャキーニのおっさんが持っていたナウバの実をいくつか手渡される。

「あんた、好物じゃろ。小さい嬢ちゃんにも、渡してくれ」

「ああ。ありがとな」

「圧勝してくるんじゃぞ!」

「任せろ」

 互いに、にぃっと笑う。

 さて、そろそろ準備しますかね。








 夕闇の墓標。
 はるか昔には神殿でも建てられていたのか、今は朽ち果てた荒野となっている。
 ところどころに残るひび割れた巨大な石が廃墟としての存在を示す唯一の証拠だった。
 陽が沈むには今しばらくの時が必要だった。

 高所に帝国軍が陣取っている。
 対する俺達も、それぞれの配置につく。
 その中で、俺とアリーゼが前に出る。
 それに応えるように帝国兵達の中央から、一人の女が割って前に出てきた。 

 帝国軍海戦隊第6部隊隊長、アズリア・レヴィノス。
 奴に与えられた任務は、剣の奪還。
 だが、その剣はすでに遺跡の封印に使用されていた。

「よぉ、アズリア」

「………」

「いよいよどん詰まりのところまで来ちまったな」

 斥候を放って、俺達のことを監視していたのであれば、遺跡を、島を簡単に手に入れられるような代物でないことは十分想像がつくだろう。
 おそらく、帝国の手に余るものである、ということも。

「お前も面倒な立場になっちまったもんだな」

「戯言以外に言うことはないのか」

「さてな。お前の顔を見たら、言うことなんかなくなっちまったよ」

 こいつは、すべてをわかった上で、あえてそれを兵士達に話していない。
 任務が成功しようとも、その成功が困難を伴うものであるにもかかわらず、帝国に利するものである可能性は低い。
 そんな指揮をどん底にまで叩き落すようなこと、アズリアの立場では言えないだろう。

「そうか。ならば、もうよいだろう」

 アズリアが下がろうとして、
 
「アズリアさん」

 アリーゼが言う。

「私は、勝ちます。必ず」

「……こちらの台詞だ」

 目を合わせ、火花を散らせる。
 互いの陣へと戻り、そして。

「総員、戦闘開始!」

 ギャレオの号令で、戦いの火蓋は切って落とされた。








 限られた空間で所狭しと立ち回る。
 幅が二人分しかない場所で、白兵戦をしかけるのはファリエルとカイル。
 二人にはいつもどおり、最前線で突破口を開く役を頼んだわけだが。

「ちっ」

 敵のメインの戦力である槍兵に対して苦戦を強いられている。
 その理由は単なる武器の相性差だけではない。

「……っこのぉ!!」

 ファリエルの剛剣をまともに食らい吹き飛ぶ帝国兵。
 通常であれば戦力外通告確実の一撃だがしかし、攻撃を受けた兵士はむくりと立ち上がり、すかさずファリエルに対し槍による刺突を仕掛けてくる。

「そんな!? どうして!?」

 どうにか防御し応戦するも、兵士に阻まれ進撃することができない。
 その間にも、槍兵の後ろに控える弓兵や、高所に位置する弓兵たちの矢にアルディラやヤードたち召喚師たちが晒される。

「くっ」

「エンジェルミスト!」

 アルディラが矢を受けたところで、アリーゼがキユピーによる召喚術を発動させ回復する。
 今のところこそ直撃はもらっていないのでどうにか支えられているが、それも時間の問題だ。
 帝国の弓兵はある程度バラバラに打ち込んでいるため今は凌げても、一人を集中的に狙われたらいつ倒されてもおかしくない。
 それをしない理由は、帝国側の犠牲を出させないため。
 弓隊を一直線に並べるには危険が伴う。
 万一前衛が突破されたときに矢面に立つのが一人では左右から襲われてしまい、あっという間にお陀仏だ。
 かと言って兵をギリギリまで詰めれば、

「第三陣、前へ! 第二陣、退け! 一陣は部隊の穴を埋めろ!」

 アズリアの指揮により動くことが困難になる。
 だからこその膠着状態。
 ソノラも負けじと撃ち返すが、決定打には程遠い。

 土台を召喚して直接高所にいる弓兵に襲撃をしかけることは可能だが、別ルートを構築され挟み撃ちとなるようなことは確実に防ぎたいはず。アズリアならば、槍兵や斧兵を潜ませてる可能性がないとはいえない。
 もしも土台を使って登る最中に狙われたら、高所の不利をもろに受けて一撃死すら考えられる。
 リスクを考えたら、今はまだ実行に移すべき時ではない。

 結局はアズリアがいつ兵を仕掛けてくるのか。
 その瞬間を見極め対処する後手の方策が、現状考えうる最善だった。

 ……くそっ。

 俺は後方から乗り出し、最前線へと繰り出そうとして、

「馬鹿野郎!」
 
「ぐぇっ」

 ヤッファに首根っこを掴まれ静止を余儀なくする。

「お前の出番はまだ先だろうが。今は無駄な体力使うんじゃねぇ」

「そうは言うけどよ……」

 侮っていたつもりはなかったが、正直、正面からやり合ってここまで苦戦するとも思っていなかった。
 今頃になってようやく気づく。
 奴らが、帝国側が本当に本気であるのだということに。
 奴らが、死力を尽くしてきているのだといういことに。

 アズリアの指揮も的確だ。
 一進一退の部隊は、カイルやファリエル達に攻撃を仕掛けつつ、アルディラ達の召喚術の範囲には入らないよう常に移動し続けている。
 アルディラ達が無理に距離を詰めようとすれば、逆に接近されカイル達を抜けて槍兵の餌食になりかねない。
 そしてなにより、

「往け! 帝国兵の誇りを見せろ!! 勝利を収めるのは我々だ!!」

 おおおおおおおお、と応える帝国兵一同。

 アズリアの檄で、こいつら冗談抜きに強くなってる。というか、これは……。

「応援、が帝国兵全員にかかってやがるな……」

「あの女の力か? どれだけ天井知らずのサポートなんだよ」

 俺の呟きにヤッファがあきれたように言う。

「さてね。アズリア自身、兵士をサポートしていることに無自覚っぽいのがな」

「ガス欠は期待できないってことか」

「無限に可能なわけではないだろうが、向こうの気力は充分。
 このまま言ったらジリ貧でこっちがやられる」

「なるほどな」

 ヤッファが俺の肩を叩く。

「いつまでも前を嬢ちゃん達に任せるわけにも行かねぇか」

「……頼む」

「おうよ。
 キュウマ! いっちょ派手に暴れてくるか!」

「承知」

 二人の護人が疾る。

 ……見送るだけってのは、性に合わないんだがな。

 今はヤッファの言うとおり、出るべきときではない。
 アズリアは未だ指揮のみに集中しているが、奴が動きだしたときに対処できる戦力は不可欠。

 なんてことは、わかっちゃいるんだがな。

 剣戟音が増す最前線を睨みつけ、俺は機をうかがい続ける。








(やはり、そう簡単にはいかんか)

 指揮を執りながら、アズリアは頭の片隅で判断する。
 敵は高所からの攻撃も、ものともせず応戦している。
 かろうじて均衡を保てている状態だが、奴らが犠牲を省みずに突撃を敢行してきた場合は、こちらも相応の覚悟をしなければならない。

「おおォォォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」

「かまいたち!」

 カイルとファリエルが下がり、雄叫びにより凶暴化されたヤッファと、ミスミの召喚術による憑依効果により攻撃力が増したキュウマが槍兵に襲いかかる。
 敵からの圧力が増す。
 このままでは遠からず瓦解するのは間違いない。

「全隊、下がれ!!」

 指示を飛ばすと同時、アズリアは地を蹴る。
 ごくり、と唾を飲み込み、逸る気持ちをどうにか抑える。

(一気に押し切る!)

 アズリアは走りながら剣を抜いた。








 ヤッファとキュウマのおかげで帝国兵は後退を余儀なくされた。
 しかし、こちらの被害も無視できるものではない。

「悪いな」

「後は頼みます」

 目を見張るような突破力を見せた二人だが、集中的に反撃を受け今は戦えるような状態ではない。

「任せろ!」

「ボコボコにしてきます!」

 カイルとファリエルが応え、天然の石の階段となった狭い足場を駆け上がる。
 階段の先は開けており、総力戦にはもってこいの場所だった。
 カイルとファリエルの後を他の仲間も追いかける。
 戦況が大きく動いた。

 ……来やがった!

 アズリアが高所より舞い降りてくるのが視界に入る。
 その姿を見失わないよう、奴の動きに合わせて俺も移動を開始するが……、

「………」

「……?」

 アズリアと目が合った瞬間、奴は嗤った。
 奴は視線を動かし、最前線、カイルとファリエルを捉える。

 瞬間、猛烈に嫌な予感が背を駆け抜けた。

「カイル! ファリエル! 戻れ!!」

 反射的に叫ぶが、二人は反応できていない。

「弓兵!!!」

 アズリアの指示に、後退していた弓兵が反転し、一斉射撃を開始する。
 出鱈目に放たれた矢だが、雨のように降り注ぐ矢にカイルとファリエルが足を止める。

 間をおかず、死角より数名の帝国兵が姿を現し、

「撃て!!!」

 アズリアの短い号令に、詠唱を完了させていた召喚師達が応える。

『シャインセイバー』

 打ち砕け光将の剣。

 帝国兵にとって馴染み深すぎる召喚術を唱和し、輝剣は雨となってカイルとファリエルに降り注ぐ。
 目を見開くカイル。硬直するファリエル。
 二人を倒すには十二分すぎる召喚術が襲い掛かる。

 やられる。

 誰もがそう思いながらも、僅かの間ではどうしようもなく。
 そして――――




 キユピーがファリエルに体当たりを敢行し共に範囲外へと逃れ、

「ビットガンマー」





 アリーゼが召喚術を発動させる。
 同時、帝国兵の召喚術がカイルを貫いた。

「おおおおおおおおおおおお!! ……お?」

 視界を埋め尽くすような幾本もの輝剣がカイルを貫いたが、それだけだった。
 ――ガンマバリア。
 ビットガンマーによる召喚術のひとつで、その効果は一度だけ召喚ダメージ又は遠距離攻撃を無効化する。

 ……アズリアの完璧な部隊練度が仇になったのか。

 通常、一度のみの召喚術無効化だが、正確すぎる一斉射撃によりそのすべてを無効化されたのだろう。

 なぜ自分達の召喚術が通じなかったのか混乱する帝国兵。
 対するこちらも、事態がわからず一瞬の空白が生まれるが、

「っせい! やぁ!!」

 アリーゼが召喚師に剣による接近戦を仕掛け、次々と倒していく。

「……なんだかよくわからねぇが、今がチャンスか!!」

 カイルが追い、ファリエルたちも次々と帝国兵に戦いを仕掛けた。
 その脇を俺は抜ける。
 後ろを確認すると浮き足立っていた帝国兵も、ギャレオの号令の下、即座に立ち直り応戦を開始した。








「アズリア……」

「………」

 俺とアズリアが対峙する。
 アズリアが剣を構え、

 ギィィィィン。

「……何のつもりだ」

「ふ。前回の続きといこうではないか」

 ミスミさまがアズリアの横から攻撃を加え、不敵な笑みを浮かべる。
 一度間合いを取り、再び槍を突く。

「なに!?」

 しかし、ミスミさまの槍は虚空を突くのみ。
 アズリアは紙一重で槍をかわし、距離を詰め反撃を試みる。

「くっ……風刃!!」

 詰められた距離に動揺しながらも、ミスミさまは周囲に風の刃を発生させ、アズリアを切り刻む。

「温い」

 気合一閃。
 アズリアは風の檻を抜けて剣を構え、ミスミさまの胸を貫かんと迫る。

 させるかっ!

 俺はミスミさまの前に割って入り、その剣を正面から左へと弾く。

「……やはり、私の相手は貴様だな」

 アズリアが獰猛に笑う。
 俺が受けることを予想していたのだろう。
 つばぜり合いに移行し、力押しをして互いに後ろへと飛ぶ。

「先生……」

「ミスミさま、離れていてください」

「しかし!」

 専守防衛ではいざ知らず、ミスミさまが倒すつもりでの攻撃を仕掛ければ、アズリア相手では分が悪い。
 今のようにカウンターを取られるか、下手をすれば先を制されやられかねない。
 風刃による援護は、アズリアの速さを考えると厳しい。
 俺もアズリアも接近戦を得手とするので、下手をすれば巻き込まれかねない。
 ミスミさまならそのくらいのこと重々承知だろうが、やられっぱなしでは腹の虫が収まらないのだろう。
 だが、今はそんなわがままを聞いてられる余裕はない。

「終わったら、一杯やりましょう」

「……むぅ。約束じゃぞ」

 不満を残しつつも引き下がるミスミさま。

 言いくるめた俺が言うのもなんだが、ミスミさま、あっさり乗りすぎです。どんだけ酒好きなんですか。

「……私を目の前にして、余裕だな」

 アズリアの殺気が妙にギラついて感じる。

 正直に言うと、あんまり正面からはやりたくないが仕方ない。
 剣を構え、精一杯不敵に笑ってやる。

「こいよアズリア。叩き潰してやる」

「ほざけ!」

 アズリアの爆発に似た踏み込みにより、互いの距離が零になる。
 突きを防ぎ、頭上からの一撃を防がれる。
 剣と剣がぶつかり合い、幾度も火花が散る。

「あの召喚術をやり過ごされるとはな。さすがに舌を巻いたぞ!」

 帝国の召喚師達によるシャインセイバーを言っているのだろう。

 俺だってびっくりしたわ。

「だったらもっと動揺しやがれ! 即座に立て直しやがって!」

「絶対、という言葉はない。万が一防がれることも念頭には置いていた。
 しかし、まさか無傷とはな。さすがに兵の動きの乱れは止められなかった」

「その隙に完全に乱戦になった。高所というアドバンテージは存在しないぞ。いい加減あきらめやがれ」

「互角になっただけだ。貴様を倒し、私が戦況は覆してみせる!」

 アズリアが退き、わずかに間合いを取る。
 刹那、チリチリとアズリアの周囲が燃え上がる錯覚を引き起こす。
 俺はぐっと下腹に力を込め、負けじと気を高める。

 ――――来やがれ。

「奥義、紫電絶華!!!」

 アズリアの姿が消える。冗談のようなスピードで俺に迫る。
 凶悪なまでの連続突きが襲い掛かってくる。
 俺の技量でこの技をすべてかわすのは不可能。
 最小の動きで、高速の突きを払い、かわす。

「ちぃッ!」

 腕に、脇に、足に、アズリアの剣がかすり続ける。
 どこまで集中して急所を避けるか。
 この技への対処は、ただそれだけ。
 アズリアの体力の限界を超えた嵐のような連続突きが終わるのを待つだけだ。
 そして、技が終わる一瞬の隙をついてカウンターを叩き込む。
 無論言うほど簡単ではない。
 紫電絶華は一撃がすべて必殺。わずかなミスが命取りになる。
 数秒とも数刻とも言える体感時間が過ぎ、

 ……そろそろか。

 アズリアの瞳を冷静に見据え、紫電絶華の終わりを悟る。
 この程度の負傷であれば、返す剣でアズリアに致命傷を負わせられ……

「はぁぁあああああああああ!!!」

 わずかに、突きの力が弱まったのを打ち消すかのように、アズリアは雄たけびを上げる。

 ……この野郎! 連続だと!?

 すでに限界であったはずの連続突きに、さらなる力が付与される。
 正確無比であった突きが荒々しいものに変わり、俺の防御を打ち砕かんと襲い掛かる。

 ――貴様を必ず倒す。

 アズリアの声なき声が聞こえた。
 突きを払う腕に僅かに痺れが生じてくる。

 ……受身じゃやられる!

「おらぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 即座に突く剣の軌跡を予測して、半ばあてずっぽうに全力を込め払う。
 果たして、アズリアの剣はその手から離れた。
 剣は空を舞う。
 長いような短いような時間が過ぎ、やがて地に突き刺さった。

「………」

「………」

 互いに見合う。
 アズリアは驚愕し、何が起こったのか理解できていなかったようだ。
 それでも徐々に現状を把握し、自分の剣を見て、すべてを悟り笑みを浮かべた。

「完敗だ」

「……アズリア」

「紫電絶華を破られたのだ。さすが、としか言えん」

「こっちだってギリギリだった」

「貴様はいつだってそう言って勝利していた」

 マジだってのに。

「だが、悔いはない。
 我らは……私は、最後まで軍人として戦えたのだから」

 カイル達の方を確認すると、おおよそ決着がついていた。
 アズリアは大きく息を吸い、吐く。

「レックス。勝者の役目を、全うしてくれ」

 アズリアが俺の剣を見つめる。
 俺はそれに応えて、剣を上段に構えた。







 レックスが剣を構えた。

(……終わるのか)

 アズリアは己を断ち切る剣を見つめる。

 今までの自分は立ち止まることなく走り続けてきてきた。
 前だけを見つめ、家を継ぐことだけを考え、誰のためでもなく自分のためにすべてをかけてきた。

 周囲に反対するものは数多くいた。
 他人だけでなく、親戚すらも、女だから、というただそれだけで、自分を評価してきた。
 それらをすべて跳ね除ける、力が、強さが欲しかった。

(……貴様の剣で終わるのならば……悪くない)

 そして、レックスに出会った。
 ライバルと言ってもいい相手は初めてだった。
 姑息な手をつかったと思ったら、真っ向勝負で叩き潰されたこともあった。
 強かった。
 そのくせ、戦いが終わると、馬鹿みたいに無防備な表情で話しかけてきたりした。
 理解できなかった。
 無神経だと思った。
 でも。

(嫌では、なかった……)

 レックスの剣が動く。
 アズリアは瞳を閉じた。








「聖母プラーマ」

 剣を下げた俺の周囲に召喚術が展開される。
 刺傷だらけの身体を癒していく。
 目を開け、馬鹿みたいにぽけーっと俺を見るアズリアの傷も癒していく。
 そして、役目を負えた召喚獣は送還された。

「……なんのつもりだ」

 ぎりっ、と歯を食いしばり俺をにらみつけるアズリア。

 相変わらず、おっかねぇ女だ。

「俺は俺の傷を癒しただけだ。
 たまたまお前がその範囲にいただけだよ」

「ふざけるな。私に生き恥を晒せと言うのか!」

「お前が勝手にそう思ってるだけだろ。とにかく俺は知らん」

 言い切って、俺はそっぽを向く。
 自分でも言ってて苦しすぎる言い訳だ。

「レックス……頼む」

「……?」

 一瞬、だれだ? と思ってしまった。
 俺にとってのアズリアはまさしく軍人の鏡だった。
 弱気な態度は見たことがなかった。
 それをすべて打ち消す程に、アズリアの発した声は弱々しかった。

「兵の疲労は限界まで来ているのだ。
 慣れぬ孤島の暮らしと、任務と、戦いの重圧。
 だからこそ、最後の望みをかけて死力を尽くしたのだ。
 それが潰えたのならば、せめて軍人らしく戦いに死なせてくれ……」

 アズリアが懇願している姿を見るのは初めてだった。

 ……ったく、馬鹿野郎が。

「断る」

「レックス!」

「生き恥すら晒せずに消えちまった野郎がいるんだよ」

 胸にある、機械兵士のかけらを握り締める。

「そいつを殺したのは、俺だ」

「……レックス」

「だから、俺はお前を殺さない。
 死にたいなら、一人で勝手に死ね」

 言って俺は剣を納める。
 アズリアの視線から逃れるように、俺は横を向く。

「でも、まぁ。どうせなら生きてる方がいいだろ、って思うんだが」

「……私は……」

「迷うくらいなら生きておけ。死ぬのはいつでも出来るんだからよ。
 それに、島を出るくらいは協力してやるから」

「………」

「だから、生きろよ。アズリア」

 それきり、互いに何も発さない。
 吹く風とそよぐ草木の音だけが響く。

 ふと、あさっての方向を見つめるアリーゼに気づく。
 事態の推移を見守ることもなく、警戒しているような雰囲気だった。
 
 警戒?
 一体何に対して……?

 脳裏に浮かんだ疑問は、小さな笑い声にかき消される。

「……ふ」

 いつの間にか、アズリアが表情を和らげていた。

「なんとも強引な論理だな。
 軽薄な貴様にはめずらしい」

「悪いかよ」

「ふ」

 鼻を鳴らし、アズリアは立ち上がる。
 その顔には先程までの陰りはなかった。
 アズリアは離れて事の推移を見守っていたギャレオの正面に立つ。

「すまん、ギャレオ」

「隊長……」

「私は部下たちに、軍人としての死よりも生を与えたいらしい。
 身勝手を笑ってくれ」

「いいえ! 自分は、けして……けして……!」

 二人のやりとりを見て、俺は大きく息を吐いた。

 ……どうにか、無事に切り抜けられたか。

 肩の荷が下りて、ついでに腰も下ろそうかと思ったときだった。

「ヒャハハハハハハハハハハ」

 チンピラの笑い声が響いた。






[36362] 第十二話 断罪の剣
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/05/11 13:17


 ビジュが悠然とこちらへ向かって歩いてくる。

「嘆かわしいですねェ。
 隊長殿は帝国軍人の魂を忘れてしまったんですかァ?
 ク……ヒャハハハハハハハハハハ」

 仲間割れ、にしては不自然すぎるタイミングだ。
 一体何があるっていうんだ?
 つーか、こいつ、そもそも戦いに碌に参加してなかったよな。

 アズリアの隣にいたギャレオは、ビジュの態度に真っ先に反応した。

「口を慎め、ビジュ!」

「ハッ! ……役目も果たせない番犬が喚くんじゃねェよ!!」

「なっ!?」

「はっきり言わねぇとわからねえのか?
 手前ェらの指揮に従うのはうんざりだってよォ!!」

 ビジュが目を見開く。
 完全に瞳孔が開いていた。

「ここからはなァ、言葉なんか必要ねェ。
 力だけで、ねじ伏せて決着をつけるだけだ。
 単純明快だろう?
 く、クククククヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 ……なんだこいつ。おかしな奴だってのはわかってたが、狂っているような人間だったか?

「馬鹿を言うな、ビジュ」

 アズリアが前に出てビジュの狂気に対抗する。

「貴様だってわかっているはずだ。我が軍の戦力はすべてこの一戦に費やした。
 これ以上、戦いを続けていくことは不可能だと!」

「それは、隊長殿の部隊の話でしょう?」

 ……おいおい、まさか。

「こっちの戦力は傷ひとつ負っちゃいねェよ……ついさっき到着したばかりだからなァ」

 ちっ。

 その場にいる全員の動揺が明確に伝わってくる。
 帝国軍には急な事実による戸惑いと援軍が来たという歓喜、対してこちら側は死力を尽くした戦いからの連戦をするかもしれないという焦燥。

 確定的なことはまだ不明だが、なんにしろ、この空気はまずい。
 心身共に疲労しているのに、弱気なままで戦闘に入ったら勝ち目どころか撤退すら危うい。

 俺は、あえて余裕の表情でビジュに向き合う。

「到着って、島の外から来たとでも言うのか?」

「その通り。貴様らはもう終わりだよヒャハハハハ!!」

「島の周りには結界があるじゃねぇか。
 あの嵐を泳いで渡ってきたってのか?」

「ハッ! あんなものとっくに消えてなくなってんだよ!」

 ……消えただと? いつの間に消えたっつーんだよ……。そもそもなんでビジュがそんなことわかってんだ?
 いや、今考えるのはそこじゃない。
 ビジュが妄想を広げてるのでなければ、確実にこの島についてわかっている者が来てるってことだ。
 そいつらは偶然たどり着いた俺たちとは違う。
 明確な意思を持って、この島を訪れる者。
 帝国軍の増援であればアズリアが知らないはずがない。
 考えれば考えるほど、そんな奴らは、そんな組織はひとつしかありえねぇ……。

 猛烈に嫌な予感が渦巻く俺をよそに、アズリアが叫ぶ。

「ならば……、ならば今の死闘にはなんの意味もなかったというのか!?」

「隊長殿ォ。負け戦に意味なんてあるわけないじゃないですか」

 ビジュはきっぱりと言い切る。
 その後方から、黄昏の空の下、黒い影がいくつも、整然とこちらへ向かって進行していた。
 帝国軍がざわめき、黒い影に向かいよろよろと歩いていく。
 援軍が来たと、もう一度戦えると。
 一度は屈したと折れていた心をよみがえらせていく。

「まずいぞ……あれだけの新手、今のわらわたちには抑えきれぬ」

 ミスミさまが言うのも無理はない。
 が、抑え切れませんでした、という話で終わらせるわけにはいかない。

「希望としては、うまく撤退したいところですけどね……」

 そういうわけにも、いかないだろう。
 もし戦闘になり撤退戦をした場合、より最悪な結果を招きかねない。
 奴らの目的に予想はつく。
 向こうを退かせない限り、島の連中に対して何をするかわかったもんじゃない。
 アズリアのような手段を選ぶ指揮官は、はっきり言って異端なんだ。
 ましてや、奴らがそんな甘い連中だとは思えねぇ。

 思考を巡らせている間に、黒い影はその姿をはっきりと視認できるまでに近づいてきていた。

 ……やっぱり、どうみても帝国の兵じゃねぇ。

 周囲を視線だけで確認する。
 黒い影――黒ずくめの連中に最も近いのはビジュ。
 次いで帝国兵達が位置し、そこから少し離れた場所にアズリアやギャレオや俺、ミスミさま。そして仲間たちが低所にいる。

「アズリア」

「違うぞ……」

 俺の呼びかけと、ほぼ同時にアズリアが言う。

「そいつらは、帝国の兵士じゃないっ!!」

 え、と帝国兵たちの動きが止まる。

「用意」

 黒ずくめの連中の中で、ただ一人紅い服を着た黒いマフラーの女が静かに言う。
 周囲にいた黒ずくめの人間が一糸乱れずに構えた。

「いけ」

「シャアアアアアアアアア」

 女の合図を皮切りに、黒ずくめ達が一斉に吼え、疾った。








 事態を読み込めていない帝国兵に黒ずくめ達が襲い掛かる。
 アズリアが叫んだ瞬間から俺は全力で走っていたが、到底間に合うタイミングではない。

 この状況で帝国兵が襲われればパニックは必至。 
 すでに気力体力の尽きた兵達を葬るのは、容易だろう。

 ……全員が助かるのは無理だな。

 思考は当然の結果に帰結する。
 考えうる最善は、何人かの帝国兵を犠牲にし、できるだけこちらの態勢を整え、戦える者だけで対処する。
 奴らを指揮するものを倒せば、おそらくは退いてくれると思うんだが……。

 俺は拳を握り締め、弱気に陥りつつある思考に叱咤する。

 可能な限り最善を尽くす努力をする。
 まずい状況のときこそ、一秒でも早く動かなければ、振り返ったときに後悔が雪だるま式になって積み重なる。

 乱れ遺された石を飛び越えながら、俺は周囲を見渡す。
 紅い女は後方に位置したまま戦況を見守るつもりのようだった。

 とすると、ある程度の数の黒ずくめを倒しながら突破してたどり着かなくてはならない。
 死闘を繰り広げた帝国兵がそれをできるはずもなく、さりとてこちら側もそこまでの気力があるとは思えない。

 それでも可能性を求めるならば、帝国兵との共闘のみ。
 アズリアが、帝国兵達が、文字通り決死の覚悟で立ち上がれば、望みは繋げられる。

 ……アズリア、お前が立ち上がるには何人必要なんだ?

 数秒後には死んでいくであろう帝国兵の数まで、試算する気にはなれなかった。

「シャアアアアアアアア」

「な……?」

 手近にいた帝国兵に向かい疾走する黒ずくめ。
 その手に握り締められた短剣は、間もなく帝国兵の身体に突き立てられるだろう。
 帝国兵は、まさか自分が狙われるとは思っていなかったようだ。
 困惑と驚愕の表情を混合させ、迫り来る死の刃に備えることはできなかった。

「避けろ!!!」

 アズリアの叫びは、露と消える。件の帝国兵に動きはない。
 しかし、それに応えるように、少女の声が響いた。

「ホーンテッド船長」

 轟。
 突如、虚空より巨大な船が召喚される。
 船には海賊旗がかかげられており、その船体を引きずって高速で進行する。
 土やら木やら石やらを轟音とともに蹴散らしながら爆走する船。進行方向には黒ずくめ達。
 避けることも身構えることすらできず、問答無用に迫る船になす術もないまま轢かれた。
 轢いた船は、役目は終わったと言わんばかりに余韻も糞もなく虚空へと消える。
 残されたのは豪快に抉られた大地と、倒れ伏す多数の黒ずくめ。

 ……えーっと?

 あまりの出来事に、素で走っていた足が止まってしまう。
 目の前で起こったことを理解しようと脳がフル回転している間にも、少女――アリーゼの召喚術は続く。第二の船が出現し、再度黒ずくめ達を蹂躙していった。
 叫び声ひとつ上げることすらできず、半数以上の黒ずくめたちが地に伏す。
 残った黒ずくめたちの脳裏には?マークが乱舞していることだろう。
 俺だってそうだ。意味がわからん。

「ホーンテッド船長」 

 ダメ押しの三発目。

「……!!!」

 本能のみの行動だろう。船の走行線上にいた黒ずくめ達は必死の形相で逃れようとしたが、船は無慈悲に通過する。さりげなくビジュも轢かれていた。
 そして、激走した船が送還された場所には見覚えのありすぎる男達がいた。

「ギャーッハッハッハ!! 見たか!! これがワシらの力よ!!!」 

『へい、船長!!!!』

 得意になって腕を組む髭のおっさん。
 どう見てもジャキーニのおっさんだった。

「あんさん、わいらはまだサポートしただけでっせ」

「ふん。ワシらが協力したからこそ、あれが喚べたのだろう。だったらそれはワシらの力と同じじゃ。
 だいたい……」

 おっさんが剣を抜き、構える。

「すぐにワシら自身の力も見せ付けてやるんじゃから、変わらんじゃろ」

「あ、あんさん……!」

「全員突撃じゃあああああああああ!!! ギャーッハッハッハッハッハッハ!!!!」

『船長おおおおおおおおおおおお!!!』

 一丸となって動き出す海賊たち。
 黒ずくめたちが慌てて応戦するが、多勢に無勢。
 一人の攻撃をかわしている間に、もう一人からあっさりぶん殴られ、別の者から蹴られ、やがては数人でボコボコにされる。
 一人、また一人と倒れ、あっという間に立っている者は海賊のみになった。

「どうじゃ、これがワシらの力よ!!!!!」

『へい、船長!!!!!!!!』

「あんさん……! 輝いてまっせ……!!」

 好き放題やらかして、テンションMAXの海賊達。
 周辺にはボロカスにのされ、ズタボロになった黒ずくめのみなさん。
 激しすぎる状況変化に、俺の脳がようやく追いついてきた。

 ……動きを見た感じ、あの黒ずくめ達って結構な手練だと思ったんすけど……なんとなく、気の毒だ。

 どうでもいいことを考えながらジャキーニのおっさんのところへ走る。

「おう、見たか! ワシらの活躍を!!」

「見たっつーかなんつーか。とりあえず物凄い光景だったわ」

「嬢ちゃんもどうじゃ!?」

 アリーゼがこちらに向かって歩いて来ていた。
 その後方からカイル達も追いついてくる。

「大活躍でしたね。
 全部ジャキーニさんたちのおかげです」

「そうじゃろ、そうじゃろ!!」

 笑い合うアリーゼとおっさん。
 なぜだかその顔を見て、俺はアリーゼが別次元の大人の階段を上ってしまっているように思えた。

 アリーゼさん、人を使うの上手くなっちゃったなぁ……。
 
 教え子の成長を喜ぶより先に、随分タフな娘になってしまったことにホロリと涙が流れそうになってしまいました。








(なによ……あれは…………!!)

 ヘイゼルは動揺を抑えきれず、無意識に後ずさりをする。

 墓標のように立っていた石柱は消え、荒野と化した大地で自分の部下達が横たわっている。
 油断をするつもりはなかったが、大した任務ではないと片隅に考えていた。
 死力を尽くし戦う力もロクに残っていない帝国兵を掃除する。
 数分もあれば大地に紅蓮の華が咲いているはずだった。

 ヘイゼルは拳を握り締め歯軋りをする。

(どうする……まだ後方に兵は残っている……召喚師達と連携すれば…………)
 
 しかし、召喚師達は自分の兵ではない。
 果たして自分達の失態の尻拭いをするための協力をするだろうか。

「な、なんということ……」

 隣にいる白衣の女――ツェリーヌがよろめく。
 今は驚愕に心が占められているだけだが、いつ自分達の無能さを呪うものに変わるかわからない。

(やはり、私達だけでどうにかするべきね……)

 ここで手を借りれば、自らの立場を危うくするだけ。
 雇われの身である自分達は自らの価値を行動のみで示さなければならない。
 役に立たぬものは切り捨てられるだけだ。

 決死の覚悟を決め、殺気を放つヘイゼルに壮年の侍が言う。

「これ以上犠牲を出すつもりか」

「ウィゼルさま……」

「奇襲をかけるつもりが、逆をやられた。
 すでに奴らの心に乱れはない。闇雲に行ったところで返り討ちに遭うのが関の山だ」

「ですが!」

「お前達は使い捨ての駒だ。だが奴とて、使い捨てる前に犬死させるのはよしとせんだろう」

 ウィゼルが静かに前に出る。
 荒野に倒れ伏す部下を目線で示し、

「残る者のみ回収して下がれ。
 ……ツェリーヌ」

「は!? ……な、なんです!?」

「駒を増やせ」

 言い捨ててウィゼルは音もなく歩き続ける。
 視線の先には、雇われの暗殺者達を苦もなく片付けた召喚師の姿があった。








 侍の風貌をした壮年の男とマフラー女、加えて白衣の女がこちらに向かってくる。

「……刻まれし痛苦と共に汝の名すべき誓約の意味を悟るべし。
 霊界の下僕よ……愚者共を傀儡しその忠誠を盟主へと示しなさい!!」」

 白衣の女の詠唱から召喚術が発動する。
 
「これは……!?」

 誰の声か、ひょっとしたら俺自身の声か。
 眼前に転がっていた黒ずくめ達がゆらり、ゆらりとその半数ほどが無造作に立ち上がる。
 その動きはひどく不安定で、いつ倒れてしまってもおかしくないように思えた。

「回復した……だと……あの一瞬で……!?」

「いや、それにしちゃ様子がおかしい。ありゃどっちかというと呪術に近いものだろう」

 キュウマが漏らした言葉に、ヤッファが忌々しそうに顔をゆがめる。

「悪魔を死者の身体に巣くわせて、その肉体を操るって術はあるんだがな……おそらくそれを強引に生者に対して執行するよう術式を変えていやがる」

 立ち上がった黒ずくめ達の目は幽鬼のように色がない。その目が何を見ているかまるでわからない。

「通常は悪魔を召喚した代償にその死体を喰われて送還される。
 だが奴らは肉体よりも魂をより好む。
 これの場合では魂か、その双方を代償とするだろうな……」
 
「そんな……あの人たちって自分の仲間じゃないの!?」

 ソノラが怯えと困惑をあらわにする。

「違うわよ」

 スカーレルが一歩踏み出す。その目は覚悟を持って外道の召喚術により動く黒ずくめ達を捉える。

「仲間、なんかじゃないわ。あれは単なる駒のひとつ。動かなくなるまで使って、終われば野ざらしにされるだけ。
 こいつらにとっては当たり前のことよ」

「スカーレル……?」

 冷徹な言葉に、ソノラの動揺が膨れ上がる。

「標的を殺すためなら手段を選ばない。命さえ武器にする。
 それが、紅き手袋の暗殺者よ」

「お前、なんでそんなこと知ってんだよ……?」

「……ふふ」

 ソノラとカイルの視線を受けてスカーレルは苦笑する。
 スカーレルのとなりにいるヤードは沈痛な面持ちで俯いていた。

「アアアアあああァァアあぁぁぁあああああ」

 地の底から響いてくるような唸り声をあげ、黒ずくめたちが襲いかかってくる。

「このッ!!!」

 爪を装備していた黒ずくめの一撃を慌てて迎撃し、後退して間合いを取る。

 ……まずいな、思った以上に敵の動きが速い。
 今のコンディションじゃ苦戦程度で済むかわからんぞ。

「シャインセイバー!!」

 輝剣で黒ずくめを怯ませ、動きが止まった隙を見逃さず即座に接近し斬り伏せる。 
 目の前の敵を倒したことを確認し周囲を伺うと、あちこちで剣戟音が響いていた。
 アリーゼとアズリアが共に戦っているのが目に入る。

「アズリアさん、兵を下げてください」

「あ、ああ……全軍撤退! 動ける者は負傷者に手を貸せ!!」 

 アズリアの指示に呆然としていた帝国兵が動き出す。
 前方の三人は、まだこちらに仕掛ける素振りはない。
 黒ずくめの連中は今のところ、どうにか抑えられている。帝国兵は気力のみで動いておりその移動は見る影もないが、撤退は問題なく終わりそうだ。

「ジャキーニさんたちも」

「む、むぅ……」

 アリーゼに言われ、ジャキーニも納得こそしないが、海賊たちを引き連れて下がり始める。
 さきほどは不意打ちと数の暴力で黒ずくめたちを圧倒したが、もともと地力が違いすぎる。この状況では、足手まといになりかねない。

「そらよっ!!!」

 カイルの拳が黒ずくめの顔面を打ち抜く。もんどり打って動かなくなる黒ずくめ。
 カイルが次の標的を探し突進していく。その顔には疲労の色が濃い。
 他の仲間も似たような状態だ。

 くそ、劣勢になる前に術者である女をどうにかしたいところだが……。

「………」

 なんすかあの侍ジジイは……。ただ突っ立ってるだけなのにプレッシャーが半端ねぇんですけど。
 結構な距離があるっつーのに、一足一刀の間合いにいるように思えるぞ……。

「おい、レックス。なんだよあれは……この威圧感……普通じゃねぇぞ……」 

「……同感だ」

 ヤッファの言葉に、俺は背中に嫌な汗をかきながら答えることしかできなかった。








(どういう、ことだ……)

 西日を一身に受け、オルドレイク・セルボルトは目の前の光景に疑問符しか浮かばない。

 あたり一面には帝国兵の屍と恐怖に怯える島の召喚獣ども。そして、新たなる世界を創造する無色の派閥の当主たる自分を出迎える同士達。
 そうして高らかに宣言するのだ、始祖の残した遺産である門と剣を継ぐためこの地へと来たことを。

「……それが、どうしたというのだ、この有様は……」

 オルドレイクの自問に、周囲に控える精鋭たる召喚師たちは答えることができない。この状況に至る経緯を想像することができなかった。
 あたり一面に倒れているのは紅き手袋の暗殺者たちのみであり、それを首領であるヘイゼルや他の暗殺者が回収している。
 場にいる帝国兵はわずかに二名。それもビジュの報告から、部隊を率いる隊長と副隊長に合致する。残る者は島の召喚獣たち。
 立っている暗殺者たちの動きを見るに、ツェリーヌの禁呪により使役していることにオルドレイクは気づく。
 当主たる自分を迎える舞台が整っている様子は、まるでない。

(…………む?)

 視線を感じる。
 島の召喚獣たちの中に一人、オルドレイクを真っ直ぐに見る者がいた。
 明らかに子供である娘に、オルドレイクは怪訝な表情になるが、

(……なるほど、あの者か)

 すぐに思い至り深い笑みを浮かべる。
 のどの奥底でくつくつと嗤い、オルドレイクはゆっくりと歩を進めた。








 ……うん?

 気づくと、戦闘の気配が消えていた。
 黒ずくめたちは周囲に陣取り、夕陽の向こう側、自分達がやってきた方角を見て直立している。

「馬鹿な……直々に現れるなんて……」

 ほどなく、召喚師たちを引き連れた男がこちらに向かってくるのを見て、ヤードは顔色を失った。

「なるほど、あいつがそうなのね」

 ヤードの様子を見てスカーレルが平坦な声で呟く。

「控えなさい! 下等なるケダモノどもよ!
 この御方こそ、お前達召喚獣の主、この島を継ぐために起こしになられた無色の派閥の大幹部、セルボルト家のオルドレイク様です!!」

 白衣の女が男を讃え俺達に一喝する。

「無色の……派閥……」

 呆然と呟くアルディラ。

「どうして……なぜ、今頃になってこの島に……」

 ファリエルが絶望と困惑をない交ぜにする。
 男はそれを特に気に留めず、醜悪に歪んだ笑みを浮かべ尊大に言い放つ。

「我は、オルドレイク。無色の派閥の大幹部にしてセルボルト家の当主なり……。
 始祖の残した遺産、門と剣を受け取りにこの地へとまかりこした」

 無色の派閥。
 召喚師を頂点とする世界を作るため、暗躍する破壊者たち。
 かつて……この島を作り上げた召喚師たち。

 ……予想通りだが、まさか派閥の頭が来るとはな。
 連中が本気っていうのはぞっとしねぇぜ。
 数は大したものではないが、その分精鋭が揃っていると思って間違いない。

「ウィゼルよ、貴様がいながらこの失態はなんだ」

 オルドレイクが侍ジジイに問うと、ジジイはにべもなく返す。

「お前にそのようなことを言われる筋はない」

「ウィゼル! 当主に向かって不遜な……!!」

 白衣の女がジジイに食ってかかるが、オルドレイクがそれを手で制する。

「貴方……?」

「くくく。よもや貴様ですら手を焼くとはな。それでこそ、このような辺境まで来た甲斐があるというもの」

「……気を抜かぬことだな」

「忠告痛み入る。くくくくく」

 オルドレイクが俺達に向き直る。

「さて、まずは剣のほうから受け取ることとしようか」

「………」

 オルドレイクの視線が真っ直ぐにアリーゼを捉えている。
 アリーゼはそれを無言で受け止める。

 ……ウィゼルとかいうジジイも半端なかったが、このロンゲのおっさんも普通じゃねぇな。
 さすがは無色の派閥の大幹部ってとこか。名ばかりの野郎じゃねぇ。
 なによりもその圧倒的な魔力量。傍目で見るだけでも単なる召喚師のそれとは比較にならないと嫌でもわかる。

「お前が、そうだな……」

 オルドレイクがアリーゼに向かって一歩踏み出した。
 アリーゼは向かうことも下がることもせず、視線を外すこともなくその場に留まり続けている。

 いくらアリーゼさんと言えども、こんな奴相手に剣なしでやり合うのは自殺行為だ。

 俺は二人の間に割って入ろうとして……、

「……ずっと、待っていました」

 呟いたアリーゼの手が虚空に手を伸ばす。

 ……って、まさか…………!?

「このときを」

 アリーゼは虚空から出現したシャルトスを掴み、オルドレイクに肉薄してその身を彼方に吹き飛ばした。
 







「貴方!?」

 愛する妻、ツェリーヌの悲痛な叫びによりオルドレイクは意識を取り戻した。

(……くくくく……これほどとは、な)

 気を失ったのは一瞬だったのだろう。
 その身は宙を舞っている最中であり、全身に渡る痛みにより瞬時に意識が覚醒する。

(あのような小娘ですら、この力とは…………計り知れぬな、始祖の遺した剣の力は!)

 オルドレイクは身を翻し着地する。
 ツェリーヌは安堵の息を漏らし、ウィゼルは片目を瞑ったまま鼻を鳴らす。

「………」

 蒼白とも言えるまでに変化した抜剣者は、無言のままオルドレイクに向き直り即座に向かって来た。

「く……くくくく」

「………」

 抜剣者の一撃を剣により防ぐ。
 ただの一撃を受けるだけで、これほどまでに押された経験など、オルドレイクの記憶にはない。

(ウィゼルのような技巧はないが、すべてを圧倒する力……これこそ我が求める物よ!)

 連撃を見舞われる中、オルドレイクはそのすべてを受け流す。

「……!!!」

 無表情だった抜剣者に焦りが生まれる。
 より力を込めようと大振りになった瞬間に、オルドレイクがカウンターを叩き込む。

「!?」

 抜剣者はシャルトスにより受け止めたものの、威力に押され後ろに下がる。

「どうした? それで、終わりか?」

 安い挑発に抜剣者は憎悪を滲ませ、絶叫を上げた。









「ああああああアアアアアアアアあああああああァァァアぁぁぁぁァァァああああああああああああああ!!!!」

 アリーゼの全身を乗せた一撃にオルドレイクが再度吹き飛ばされるが、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。

 ……なんなんだあのおっさんは。
 傍目に見てもアリーゼが押してるのに、どうしてあんなに、愉しむように戦ってやがるんだ。
 表情だけ見ると、必死の形相をしているアリーゼの方がよっぽどピンチに見えるぞ。
 見た目や肩書きに似合わず、意外と戦闘狂なのか? とてもそうは思えねぇけどよ。
 なんにしろ、できることならこのまま押し切って倒しておくにこしたことはない。
 頭目がやられれば向こうも引かざるを得まい。

 俺はアリーゼに加勢しようとするが、

「………」

 ウィゼルが進行方向に姿を現し、俺は反射的に足を止める。
 右ではマフラー女がカイルに仕掛け、左ではミスミさまと白衣の女が睨み合いをしている。
 他のみんなは黒ずくめや召喚師に行く手を邪魔されていた。
 アリーゼは召喚術も駆使し容赦なくオルドレイクを攻撃している。
 このまま行けば一人で決着をつけられそうだ。

「爺さん、こんなところで俺と睨めっこしてていいのか?
 あんたんとこの大幹部さまがやられちまうぜ?」

「ならば、お前が焦る必要はあるまい」

 平然と正論を言い放たれる。

 ……くそ、ダメだ。何故ダメなのかはわからんが、このままは不味い。直感を超えて確信的に不味いことがわかる。
 無色の連中は誰一人としてオルドレイクの加勢に行く素振りを見せていない。
 俺達を奴に近づかせないように、その露払いをしているだけだ。
 つまり無色の連中にとっては、オルドレイクに対して助けは必要ないってことになる。

「いいから……どけよ!!!」

 剣を構え、踏み込み、ウィゼルに全力の一撃を叩きこむ。

「………」

 軽々と受け止められ、返す刀で右手首を狙われる。
 剣が通過する寸前にどうにか腕を引っ込め、俺は全力でバックステップを踏む。

 ……怖っ!! 一合だけでやられるところだったぞ!?

 背中に嫌な汗がどっと流れる。

 技量がまるで違う。正面から行って倒せるような相手じゃねぇぞこいつ。
 どうする。どうすりゃいい。
 俺の召喚術じゃ、こんな化け物相手には目くらましくらいにしかならねぇし。

「剣の力、存分に理解した」

 オルドレイクの声が俺の思考を中断させる。
 その全身は傷だらけで、まともに立ってるのが奇跡に見える。
 対するアリーゼは、肩で息をして額に汗をにじませているが負傷している様子はない。

「いかな小娘といえども、生身で立ち向かうには少々骨が折れるようだ」

「……はぁはぁ…………」

「くくくく」

 嗤うオルドレイクに、アリーゼは剣を握り直し召喚術を発動させる。

「ブラックラック!!」

「ぬぅ……!?」

 ブラックラックによる一撃、召喚術封じを内包する「黄泉の瞬き」をまともに受ける。
 これで奴は召喚術を使えなくなるはず……。



 ――――――――――――――――――――――――ドクン。



 突如、世界が鳴動する音がした。
 同時に視界が白光で包まれる。眩しさに眼前の敵の存在を忘れ、反射的に目を閉じてしまう。

「くくくくくははははははははははははははは」

 白光は一瞬でおさまり、男の哄笑を合図に目を開ける。
 男は白く染まっていた。
 その手に持つのは剣。
 アリーゼとの攻防で使用していた剣とは異なる。
 
 ……まさか、あれは。

 心臓が激しく動き始める。
 剣を持つ手に必要以上の力が入る。加減が出来ない。

「紅の暴君(キルスレス)!?」

 ヤードが驚愕の声を上げる。

「馬鹿な……どうして…………」

 絶望を滲ませ嘆くヤード。

「おい、ヤード!! なんだよあの剣は!!! あれじゃまるで……」

「アリーゼの剣……シャルトスと同質のものってことかしら……」

「う、嘘でしょ!? 嘘だよね、ヤード!!!」

 海賊達の問いにヤードはうなだれたまま答えることが出来ずにいる。
 オルドレイクは圧倒的な魔力を放ちながら、アリーゼに向かい悠然と歩き出す。

「娘よ。剣の力、その身をもって味わうがいい」

「くっ……!!」 

 アリーゼは剣を構え再びオルドレイクに突進する。

「ふん」

「!?」

 アリーゼの渾身の一撃を、オルドレイクは苦もなく平然と受けきる。
 動揺し硬直するアリーゼに対し、オルドレイクの剣が無造作に振るわれる。
 アリーゼはその剣を受けるが、威力を殺しきれず後方に吹き飛ばされる。

「……ッ!!」

 墓標のように遺された石に背中からぶち当たる。
 倒れることこそなかったものの、抜剣は解かれ、シャルトスは虚空に消える。
 膝はがくがくと震え、その瞳に当初の力はない。

「ほう、今の一撃を耐えるとは。単なる剣の器というわけでもないということか」

 オルドレイクは愉悦し、アリーゼに向かった。








(すばらしいな)

 オルドレイクは心躍らせていた。
 キルスレスを解き放ったことで負傷はすべて消え去り、身体は想像以上の動作を可能にさせる。
 目で追うことすら困難だったアリーゼの動きが、手に取るようにわかった。

(この力を持ってすれば、我の望みも……む?)

 アリーゼの前に赤い髪の青年が現れる。剣を構えこちらを静かに見据えている。

(こやつ……ウィゼルと相対していたはずだが…………?)

 果たして、そちらに目を向けるとウィゼルの太刀が召喚獣ポワソを両断していた。

「ち……手を抜きおったな。ウィゼルよ」

 ウィゼルはオルドレイクの部下というわけではない。
 あくまで剣客という立場であり、互いに利用する間柄である。
 それゆえ、その実力はオルドレイクすら認めるものであるが、同時に過度な働きを期待することもなかった。

(大方、召喚獣をけしかけその隙にこちらへ来たのだろうが)

 並みの召喚獣であれば、ウィゼルは即殺し青年の行く手を阻んでいただろう。
 少なくともウィゼルの一撃に耐え切る召喚獣を呼び出し、攻防の隙を見てこちらに移動したことになる。
 無論、ウィゼルが本気になれば青年を止めることなど造作もないだろうが、もともとウィゼルは積極的に戦いをする性分ではなかった。

(さて、この者も我の力は見ておるはず……単なる愚者か、あるいは……)

 青年に向かい神速の剣を振るう。
 青年が反応している気配はない。間違いなく剣は青年を真っ二つに両断する軌跡であった。

「ぬ?」

 しかし、それは実現することなく露と消える。
 何者かによる剣の突きを受け、キルスレスの辿る軌跡はずらされていた。

「……ぐっ!?」

 隙だらけの身体に一撃を受け、オルドレイクは後退を余儀なくされる。
 油断していたとはいえ、抜剣していない状態で受けたら致命傷になりえたかもしれない。

「あれで無傷たぁ……おい、アズリア、どうすんだよこれ」

「ふん、詮無きことを言うな。叩き潰すのみだ」

「……漢らしいこって」

 軽口を戦い合う男女。女は確か帝国軍の隊長であった。

「貴様ら……」

 剣を持った自分であればたやすい相手。
 しかし、帝国の犬や単なる召喚師に一瞬でも遅れを取った事実は消えない。
 オルドレイクは集中し魔力を解き放つ。

「失せろ!!!」

 悲鳴を上げることすらできずに、レックスとアズリアが吹き飛ばされる。

「先生!? アズリアさん!!」

 アリーゼの悲鳴に、二人はボロボロになりながらも起き上がり応える。

「……大丈夫大丈夫…………心配すんなって」

「まだ、だ……」

 互いに目は輝きを失っていない。
 オルドレイクはそれを興味深く思った。

「手習い程度に学んだ貴様らの召喚術では、我らには遠く及ばぬ。
 あがくだけに苦しむだけだと、なぜ理解しない?」

「生徒がやられるのを黙って見てられるわけねぇ……だろ!!」

 レックスが疾走し、その脇にはアズリアも追従する。

「……愚者であったか」

 オルドレイクは呟き、剣を構えた。








 ……糞が。

「やはり、こんなものであったか」

 俺は地に伏しオルドレイクに見下ろされていた。
 アズリアもやはり俺と同じように倒れている。
 オルドレイクの召喚術を正面からまともに食らったのだ。死なないだけでも、よくやったと言えるだろう。

 ……あの馬鹿、男を庇って攻撃される女がいるかよ……。

 オルドレイクの足がアリーゼに向く。
 多少の時間を稼ぐ間に、アリーゼの体力も少しは回復している。今なら再度抜剣することも可能かもしれない。
 しかし地力の差が埋まるわけではない。二人の実力差は火を見るより明らかだ。
 何の対策もなく戦っては、先の二の舞にしかならない。

「待てよ……おっさん……」

 だから俺は立ち上がる。
 敵うことのない相手とわかっていても、素通りさせることなんてできねぇ。

「先生……」

 涙を浮かべ、アリーゼがか細い声で呼びかけてくる。
 聡いだけに俺とオルドレイクじゃ勝負にならないことくらいわかっているんだろう。
 それだけじゃなく、その後に控えるアリーゼ自身とオルドレイクとの勝負も。

「おとなしく、地べたにはいつくばっていればよいものを」

 冗談じゃねぇ。
 ……だが、実際打つ手がないのは確かだ。
 こんな凶悪な野郎、仲間が全員束になってもどうにかできるかわからん。
 まともにやりあって勝負になるはずがない。
 どんな姑息な手でもいい。奴を倒すのは、この際あきらめる。
 どうにか退かせることさえできれば……けど、どうすりゃいいってんだ。

 オルドレイクが眼前にせまってくる。
 その手に持つ剣は死神の鎌となんら変わりない。

「……あれば」

「ぬ?」

「私に……もっと…………力が……あれば…………」


 ――――――抜剣。


「あなたを、倒す、力が……力が…………力がちからがチカラガアアアァアアアァァァあぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああァァァァアアアアアあああああああああ」

 アリーゼから暴走する魔力がほとばしる。
 かつてないほどの力が渦巻くのを感じた。

 ……なんつう魔力……これが、剣の力なのか。

 悪魔のように顔を歪ませるアリーゼ。
 呆然と、俺は立ち尽くすことしかできない。

「……すばらしい。解き放たれた魔力が心地よく吹きつけてきおるわ」

 オルドレイクは臆することなく、笑みを浮かべる。

「その力、われにもっと見せてみよ!!」

 平然と接近するオルドレイク。
 アリーゼは一直線にオルドレイクに向かう。

「あああああああああああ!!!」

「ぐはっ……!!」

 アリーゼの一撃に、オルドレイクは後方に吹き飛ばされ、片膝をつく。

「……ふ、ふふはははははははははは!!!」

 不敵に笑って立ち上がり、なおも近づいてきた。

「ウバワセナイ………………ナニモ……」

「やってみせよ……」

 暴走するアリーゼに相対するオルドレイクを、壮年の侍が制する。 

「ウィゼル?」

「退け、オルドレイク。これ以上の挑発は剣そのものを破壊しかねんぞ」

「む……」

 逡巡し、オルドレイクが剣を下げる。

「いいだろう。楽しみは後日までとっておくとしよう」

 悠然と立ち去っていくオルドレイク。無色の派閥に連なる者達がその後を追う。

「マ……テ…………」

 あっさりと背を向けたオルドレイクを、アリーゼが追撃しようとして、

「ダメです!」

「……ふぁ……………り……える………………」

「これ以上は……ダメです……お願いアリーゼ……」

 ファリエルは霊体のまま、アリーゼの行く手を遮る。
 霊体であるファリエルであれば、アリーゼがその気になればいくらでも突破できてしまう。

 ……もしものときは俺も身体張ってでも止めねぇとな。

 激しく気の進まない覚悟をしたところで、アリーゼは抜剣を解いた。

「賢明な判断だ」

 最後まで残っていたウィゼルが背を向ける。

「ふははははははははは…………あっはははははははははははははははははははは!!!」

 黄昏の中、いつまでも抜剣者の哄笑が響いていた。








 夜、甲板にて。
 アリーゼは夜空を見上げていた。
 となりにはキユピーがいる。
 声をかけようとしたが、アリーゼの背中を見て一瞬言葉が出てこなくなった。

 小さい。細い。

 この島に来てすぐの、いつかの夜を思い出してしまう。
 とてもじゃないが、無色の派閥の大幹部を相手に立ち回っていた者と同一人物には見えない。

「キュピピ」

 キユピーが俺に気づいて、浮遊したまま向かってくる。
 アリーゼは振り返らなかった。
 俺はキユピーを肩に乗せて、アリーゼの隣に並ぶ。

「星、見てたのか?」

「はい」

「綺麗だけど、今日は冷えるぞ」

 上着を脱ぎ、アリーゼの肩にかける。

「……ありがとうございます」

 アリーゼが小さな声で礼を言い俯く。

「あの剣……」

「………」

「オルドレイクが持っていたなんてな。厄介なことこの上ねぇ」

「……はい」

「わかってたつもりだったんだけどな、剣が凄まじい力を持ってるのは」

 間近で、アリーゼが使う剣を何度も見てきた。
 しかしそれはあくまで味方として使われてきたもの。
 悪意ある力として向けられて、ようやくその本当の恐ろしさを実感した。

「でもよ、あのおっさんくらいどうにかしてみせるからさ。アズリア率いる帝国軍ですらなんとかなったんだからよ。
 無色のひとつやふたつ……」

「大丈夫ですよ、先生」

 俺の気休めをさえぎり、アリーゼがこちらを向いて微笑む。

「私が止めます。全部終わらせます。
 悲しいことも、怖いことも、全部」

「アリーゼ……」

「それが、この剣を持った私の役目だと思います」

 役目だ? そんなもん関係ねぇだろ。たまたま剣に捕捉されちまっただけだろうが。

「……ッ」

 反射的に口から出そうになった言葉を飲み込む。
 アリーゼに必要なのはもっと違う言葉だ。
 しかし俺の頭は空回りするばかりで、何も浮かんでこない。

「早く……休めよ。身体冷やして風邪ひくなよ」

 結局、俺はそんなことしか言えなかった。








(あ……)

 レックスはアリーゼの頭を軽く撫でて、船内に戻った。

「………」

 しばらくして、アリーゼは自分の頭に手を置く。
 触れた指先には、かすかだが確かな温もりがあった。

「守れた……のかな……」

 自然に言葉が漏れる。
 勝利とも敗北とも言えない結果。
 予断を許さない現状。
 それでも、島のみんなも、アズリアも、ギャレオも、帝国の兵も、

(先生も……)

 皆、平穏無事とは言えないが、生きている。
 最悪のシナリオだけは避けることができたはず。
 しかし、アリーゼの胸にはほとんど達成感がない。
 戦いは何も終わっていない。

(みんなが、ずっと笑顔でいられるように。
 そうですよね。先生……)

 満点の星空を見上げる。
 ずっと見続けていたくなるような穏やかな光だとアリーゼは思った。



[36362] 第十三話 砕けゆくもの 上
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/09/23 14:54

 明朝、青空教室にて。
 ゲンジの爺さんやミスミさまと相談し、学校を休校にすることを正式に決定した。
 無色の連中のことを考えれば当然の措置だ。
 奴らがいつ襲ってくるとも限らないこの状況で、のんきに授業をやっているわけにもいかない。
 そも、安全を考えるならば、外出すら必要最低限のレベルで済ませなければならないだろう。
 海賊船に戻り、アリーゼにも話を済ませる。
 学校だけでなく、アリーゼの授業についても事態が好転するまではできないことを告げる。

「……そう、ですか」

 アリーゼは困ったように笑う。

「仕方がないですよね」

「まぁ、な。
 けどいつまでもこんなんじゃ息が詰まってしょうがねぇ。
 早いとこなんとかしねぇとな」

「はい。私がんばりますね」

 頼もしい返事だ。
 ……俺もがんばりますかね。








 船長室にて。

「だからさあ、絶対やってみる価値はあるって!?」

「けどよお……」

 廊下を歩いていると、ソノラの勢いに任せた声とカイルの渋る声が聞こえてくる。
 顔を出すとソノラと目が合った。

「先生! 先生も言ってやってよ! 絶対いい作戦なんだから!!」

「……何の話だ?」

「無色の船を見つけて、あたしの大砲で沈めるの!」

「……むぅ」

「なにその反応! 無理だと思ってるの!? 私ならわけないんだから、絶対!」

「いや、ソノラの腕を疑ってるわけじゃなくてだな……」

 奴らが船での戦いに慣れていない可能性は充分に考えられる。
 本職である海賊が本気になれば、船を沈めることは可能かもしれない。
 島を取り巻く結界は消えているようだし、船の修理もほぼ完了している。
 やってやれないことはないんだろうが……。

「私は……反対です」

「ヤード!? どうしてよ!?」

「船を沈めて、それで終わりにはならないでしょうから……。
 彼らを船ごと一掃できるのならば別ですが、不利と悟った場所で無理な交戦をしてくるとは思えません」

「そういうこった。
 帰る足を失えば、奴らは死に物狂いで島を制圧してくる。
 今でもシャレになっちゃいねえけどよ。更に上、文字通りの殺し合いになるだろ」
 
「あ、あたしはそんなの怖くもなんともな……」

「馬鹿野郎」

 こつん、とカイルがソノラの頭に拳を当てる。

「痛っ! なにすんのアニキ!?」

「戦えない連中はどうすんだよ」

「あ……」

 カイルの言葉にソノラは視線を落とす。

「こっちから仕掛けていくことはできない、のかな……」

「相手のアジトが正確にわからねぇ限りは難しいな。
 たとえわかったとしても、その襲撃は一度きりでケリをつけなきゃならねぇ。
 それも今の理由と同じだ」

「アニキ……」

 無差別に殺すような愚は犯さなくとも、奴らが不利を感じた時点でロクに戦えない島の住民を人質にするくらいは十分考えられる。
 仮にそうなった場合、守るべきものが多すぎて、事実上対応は不可能だ。
 そもそも、オルドレイクに対する有効な手立てもないから、こっちから仕掛けるとかないわーって感じなんだがな。
 昨日のアレを見ても、怯まず交戦を図ろうとするソノラって大物だわ。

 ………。

 一瞬の沈黙が生まれる。
 状況も手伝って、それがひどく静かに思えた。

 ……そういや、スカーレルがいねぇな。
 こんなときにどこかほっつき歩いてるとも思えねぇけど。
 カイルも同じことを疑問に思ったのだろう。

「なぁヤード。スカーレルはどこにいるんだ?」

「彼は……偵察に出てくると言っていましたよ」

 なるほど、スカーレルなら適任か。
 あいつの身のこなしなら、万一無色に見つかっても撒いて逃げることも出来るだろうしな。








 ラトリクス、治療室にて。
 クノンに通され、俺はアズリアの待機する部屋を訪れた。

「よう」

「レックス……」

 顔色を見る限り、体調はまずまずといったところだ。

「ちょうどいいところに来たな。お前に話したいことがあったのだ」

「へぇ」

「これまでの帝国軍の行い、隊長として自分がすべての責を負う。どのような償いもするつもりだ。
 だがしかし、その前に私に剣を振るうことを許して欲しい。
 共に戦わせて欲しい」

「………」

「頼む」

 頭を下げるアズリア。

 あのプライドの高いアズリアがなぁ。
 っていうか、初めてみたかもしれん。

「お前以外の帝国兵はどうするんだ?」

「お前達と連携が取れるとも思えん。下手に部隊が膨れ上がるよりは完全に別動隊としたほうがいいだろう」

「つまり、アズリアだけが俺たちと戦うってことか?」

「私だけでは、不服か?」

 ギラついた眼を向けるアズリア。

 なんなんだよ、怖ぇっての。

「いや、こっちとしても助かる。
 連携うんぬんは同感だしな。ギャレオって言ったか? 帝国兵については、あいつにまとめて面倒見させとけば特に問題ないだろ」

「ふん、そのつもりだ」

「じゃ適当にそのへんの方針を相談して、終わったら集いの泉に来てくれ」

「わかった」

「ああ、それと。アズリア、お前、俺たちと対立していたころ、斥候出してたよな?」

「そうだが……」

「なら話は早ぇ。そいつら使って今度は奴らの動向を探ってくれ。ただし決して接敵しないこと。絶対に気づかれないことを最優先にしてくれ」

「……いいだろう」

「頼むぜ」

 さて、用件も終わったし行くとしますかね。

「……レックス」

 ドアに手をかけたところで、アズリアに呼びかけられる。

「なんだ?」

「……いや、いい。私もすぐに行く」

「ああ」












 集いの泉にて。

「どうだった?」

 俺が聞くと、ファリエルとアルディラは頼もしい笑顔で答えた。

「調べた限り、異常は見つかりませんでした。
 遺跡の意志も沈黙したままです」

「こちらから接触しても反応はなかったわ。
 封印は問題なく機能している」

 二人の言葉に集合していた全員が安堵する。

 封印の剣は二本。
 剣一本からの不完全な封印で、さらにはシャルトスを抜き放ったことで、遺跡の封印がどうなってしまったのか。
 それを確認するため、ファリエルとアルディラには様子を確認してもらうよう頼んでいた。

「安心して。用心して外部接続に利用できそうな設備は二人で潰してきたから」

「以前よりも輪をかけてボコボコにしましたし、しばらくは絶対に回復できませんよ。うん、うん」

「……頼もしいっすね」

 ファリエルらしい?表現に思わず苦笑する。

「今の状態では、私たち護人であっても遺跡に干渉することはできないわ。
 アリーゼのように剣の力で直接に働きかけでもしない限りはね」

「………」

 剣による直接の干渉。
 碧の賢帝と同種の剣、紅の暴君。

 オルドレイクがその気になれば、遺跡の干渉も可能かもしれない、ということか……。
 一本の剣といえど、オルドレイクであれば遺跡の制圧すらもやってのけてしまうかもしれねぇな。元は無色の派閥が遺したものだし、オルドレイクの地位であれば、末端では知り得ない制御方法を得ていても不思議はない。

 放っておくと顔が強ばって仕方ない。
 周囲では同様の考えに至ったのか、雰囲気が自然暗くなる。
 っと、まずは先のことよりも切羽詰った今か。

「とりあえず遺跡のことは置いておこう。
 遺跡には交代で見張りを立て、奴らが接近した場合はすぐに向かえるようにしておくこと」

 守りの戦いになるがわがままは言ってられねぇ。

 アズリアが手を挙げる。

「見張りについては私の部隊がつこう。
 奴らの足止めくらいは可能なはずだ」

 全員が一応は同意の態度を取る。
 昨日の敵は今日の友。と、お気楽に信用するなんざできるわけないが、ここは納得してもらうほかない。

 それと本題に入る前に外堀を埋めておくか。

「島の護りに関しては、クノン、フレイズ、マルルゥを中心に戦える者が応戦して、必ず応援を頼む準備をしておいてくれ」

 俺に名前を呼ばれた三人が頷く。

「マルルゥ、がんばるのですよ~」

 マルルゥは腕を突き上げ、精一杯真剣な表情をしているつもりなのだろうが。

 ……うーん、どうしようもなく和みますね。

「たった3人で集落すべてを護るのは無理がないかしら?」

 アルディラの言に、皆一様に悩み出す。
 俺も実際そのとおりだとは思う。

「実のところ、集落を戦場にするつもりは毛頭ない。奴らにはこちらから仕掛ける」

「……あら、随分な積極策を考えていたのね。驚いたわ」

 ふふふ、と貴婦人チックな底知れぬ笑みを浮かべるアルディラ。
 アルディラであれば、こちらから仕掛ける意味は理解しているだろう。

「ちょっと先生!? さっきそれアニキがダメだって言ってなかった!?」

 ソノラがすかさず抗議してくる。
 そちらに目を向けると、カイルやヤードも訝しげな表情で俺を見ていた。

「ああ。だからダメにならないように、奴らに仕掛ける場所は選ぶ」

「……なるほど。やはりそういうことか」

 アズリアが得心し、俺の言を繋ぐ。

「まず斥候を放ち無色の派閥の動向を探る。無色の派閥に動きがあれば、偶然を装って奴らのアジトから離れた場所で私たちが接触し戦う。
 仮に奴らが少数の集団を形成して動く場合は、こちらも分散し、撃ち漏らした者については集落の防衛を図る3名が対処する。
 これならば無色の派閥本隊と戦い、これを完全に撃破できずとも、奴らには撤退する場所が確保されていることから暴挙に出る可能性は下がる」

 無論、無色の連中がこちらの意図に気づく可能性はあるが、それならそれでこちらの意思表示が伝わるだけでも意味はある。
 よほどアホでもない限り、素直に撤退を選ぶはずだ、

 ……選ぶはずなんだけど、あの抜剣者のおっさん、ちょっとやそっとで諦めるタイプじゃなさそうなのがなぁ。

「方針は理解したわ。
 けれど肝心の、奴らとの戦いをする上での作戦はどうするつもり?」

 アルディラの問いに各々周囲を見渡す。
 考えのある者、やる気だけはある者、思い悩む者。
 十人十色の反応だが、率先して意見を言うものはいない。

 俺も考えがないわけじゃないが……仕方ねぇか。

 俺は向き直り、ただ告げる。

「アリーゼ」

「なんですか」

「1対1でオルドレイクと戦うんだ」

 がっ、と胸倉を掴まれる。

 ……痛ぅ……さすがの馬鹿力だぜ。
 つか、無駄にダッシュ使うんじゃねぇよ。本気でびっくりしただろうが。

「なんだよ……カイル」

「……本気で言ってんのか?」

 底冷えのする声を発してくる。そこに、普段のさっぱりした快活さは微塵もない。

「このシリアスな空気で、冗談言う度胸はねぇよ」

「ああ!? 昨日の今日でもう忘れたのかてめぇは!!」

「ぐっ……」

 激昂したカイルに、左手で胸倉を掴まれた状態で持ち上げられる。

「あの野郎がどんだけ強ぇかは、俺よりも直接戦ったてめぇの方がよくわかってんだろうが! アリーゼだってそうだ!
 最後の偶然が! 暴走が! あいつらを退かせただけだ!
 二人の実力の差くらいわかってんだろ! アリーゼにすべてを押し付けてやられてこいって言うのか!?」

「……俺達が束になっても、それこそやられるだけだ。現状、アリーゼ以外にオルドレイクを相手にできる者はいねぇ。違うか?」

「てめぇがそれを言うのか……!」

「現実的な話をしているだけだ。なんなら意見を言ってくれ。代案があれば喜んでしたがばっ!?」

 突然の衝撃に俺は盛大に吹き飛ばされる。
 地面を何回転か転がり、仰向けになって止まった。

 ……いってぇ……マジ痛ぇぞこの野郎。今一瞬、意識が飛んだじゃねぇか。

「………」

 俺の顔面をぶん殴ったカイルは、ゆっくりと俺の近くまで歩いてきて、鬼気迫る眼で見下ろしてきた。

 ……えーっと、こりゃもう一発くらいじゃ済まないっすかねぇ。
 しばらくモノが噛めなくなるのはごめんだなぁ。

「……畜生がッ!!!」

 カイルの怒声に思わずびくっと反応してしまったが、幸いというかカイルは身を翻し露骨に足音を立てて歩いていった。

「……ちょっと待ってよ、アニキ!?」

 呆然としていたソノラが慌ててカイルの背を追う。
 後に取り残された者たちは困惑の表情で、俺と小さくなっていくカイルを見る。
 俺はずっと転がったまま。
 やがてキュウマが近づき、手を差し伸べてきた。

「……レックス殿、平気ですか?」

「ああ。ちっとふらついて立てそうにないだけだ」

「脳震盪起こしてるじゃない……」

 呆れ顔でアルディラが呟く。

「アナタなら、もっとうまい言い方もできたと思うけど」

「……さてな」

 どんな説明をするにしても、アリーゼがオルドレイクの相手をするのは変わらない。
 圧倒的な力を有する魔剣。
 そいつに対抗できるのは、結局、対の魔剣でしかありえない。
 だれもが、カイル自身もそれは十分わかっているはずだ。

 ……わかっているからこそ許せなかったんかね。
 それにみんな、殴られた俺の心配はしても、カイルを責める空気はない。
 みんな、俺を殴るまではいかなくとも似た感情ではあるんだろうなぁ。

「馬鹿ね、アナタ」

「承知してるよ」

 嘆息してアリーゼに顔だけ向ける。

「……アリーゼ、いいか?」

「大丈夫ですよ。任せてください」

 了承ついでに、アリーゼはキユピーを召喚して俺の傷を癒していく。

 ……即断即決とかアリーゼさんマジ漢前っすね。

「ありがとな」

 立ち上がってほこりを払う。

 派手に転がったせいで随分汚れちまったな。
 
「それで、カイルにも伝えておいて欲しいんだけどよ」








 レックスが去った後も、皆その場にとどまっていた。
 レックスの背には、近づくことを躊躇う何かがあった。

「軍を辞めても、変わらなかったのだな、あいつは」

 ぽつりと呟いたアズリアの言葉に、アリーゼが顔をあげる。
 
「どういういことですか?」

「……なるほど。やはり、あいつはお前達に昔の話はしてなかったようだな」

 アズリアは苦笑して、レックスを想う。
 心中であきれたやつだと語りかけ、話し始める。

「本当は、あいつ自身が語るべきことだとは思うが……この士気では戦いに影響が出てしまうかもしれん。私が知る限りのことを、お前達に話そう」

 アズリアは過去に想いを馳せ瞳を閉じる。

「あいつが、軍を辞める決心をした理由はな、発見した旧王国の諜報員に命乞いをされ、その言葉を信じて見逃してやった結果、召喚鉄道を奪われて、乗り合わせた帝国の重要人物たちを人質にとられてしまったからだ。
 自分の甘さが、事件の引き金となったことに対し、責任を感じてのことだ」

「え……」

 アリーゼは初めて聞くレックスの過去に衝撃を受ける。
 自分の父が乗り合わせていた召喚鉄道。
 人質達を救い、犯人を捕らえた軍人。
 最重要犯罪を阻止した英雄であるはずの人物が、なぜ軍を辞めたのか。
 その答えにアリーゼはたどり着く。

「事の顛末について、あいつは自分から上層部に報告している。
 軍学校の主席で、なおかつ事件解決に多大な貢献をした人物に対して、わざわざ泥をかぶせるような真似をして、いったい誰が得をする?」

 アルディラがあざ笑い、アズリアの言わんとする答えを告げる。

「……むしろ、英雄に祭り上げて事件の悪印象を消すために利用する」

「それを嫌ったあいつは、逃げるように軍を辞めたのさ。
 あいつは、自分が道化だと笑っていたよ。まったくもって同感だ」

「先生……」

「このことは、あいつが除隊する日に待ち伏せて、強引に白状させたんだがな。
 ……そのときの、あいつの目は忘れられん。
 笑っているくせに、ひどく、冷めた目をしていた。皮肉なことだが、今までよりもよっぽど軍人らしい雰囲気をまとっていた。
 必要があれば、他人に対して容赦を厭わない、どんな非道なことも躊躇しない目だと思ったよ」

「………」

 沈黙が支配する中、召喚獣の声がそれを破る。

「キュピー」

「キユピー……」
 
「キュピピピー」

 キユピーがレックスの去った方角へ飛んでいく。

「……ッ!」

 僅かな間をおいて、アリーゼがその後を追った。








 はじまりの浜辺にて。

「ここに、いたんですね。先生」

 振り返るとそこにはアリーゼ。

「よく、わかったな」

「なんとなく、ここにいるんじゃないかなって思って」

「そっか」

 なんとなくここに来て、なんとなく海を見てたらゆっくり眺めたくなって。
 そうしてぼーっとしっただけなんだが。
 なんとなくで来られると、妙に照れくさくなるな。

「隣、座ってもいいですか?」

「ああ」

「平気、ですか?」

「傷か? アリーゼのおかげでな」

「……その、カイルさんのこと……」

 それきり、アリーゼは何も言わない。

 ……少なくともカイルは悪くねぇからなぁ。
 アリーゼの頭ん中、だいぶこんがらがってそうだ。

「気にしてねぇよ。ってのはウソだけどさ。
 でもよ、むしろ俺は安心した、というか嬉しかったな。あいつがアリーゼのことを、ちゃんと考えてくれてるのがわかったからさ」

「え……?」

「どうでもいい奴のために、あんなに切れたりしねぇだろ。
 カイルは特に海賊の船長やってるしな。仲間意識が人一倍高ぇんだろうし。
 だから殴られた瞬間、気が抜けちまった。
 俺自身情けなすぎて、だれかに殴ってもらいたい部分もあったしな。ははは」

「先生……」

「……アリーゼには負担かけちまうな」

 ホント、俺の頭は飾りかっていうくらい、奴らに対する手段が思い浮かばねぇ。
 結局はアリーゼ任せにしかできないってのはな……。

「ねぇ、先生……アズリアさんから聞かせてもらいました。
 先生がどうして軍人を辞めたのか」

「………」

 あの野郎、何勝手に人の恥部をチクってやがんだよ……。

 俺は罰が悪くて頭をかく。

「ちゃんと話してなくて、悪かったな。
 うまくやってりゃマルティーニさんだって危険な目には遭わずにすんだのに」

 あれは完全に俺の判断ミスだった。

 まったく、いらぬ情けはかけるもんじゃねぇな。
 いや、情けでもないのか。あんなもん、単に俺が理由をつけて自分の手を汚すのを躊躇っただけの結果であって……

「私も、きっとその場にいたら同じことをしたと思います」

「……アリーゼ?」 

 めずらしく強い口調で言うアリーゼ。
 
「結果こそ、残念なことになりましたけど、先生のしたこと、私はわかるつもりです。
 ですから自分を責めないでください」

「……おぅ」

 アリーゼの真っ直ぐな目に、なすがまま射抜かれる。

「………」

「………」

 ……まずいな、変な気分だ。
 
 無駄に口が軽くなってくる。
 自分がよくわからなくなってくる。
 思考が追いつかない。

 気づくと俺は、ぽつりと、頭に浮かんでくる断片を口にしていた。

「俺の両親……さ。
 聞かれたら事故で死んだって言ってるんだけどよ。
 本当は、殺されてるんだ。俺の目の前で」

「え……?」

「戦争に負けた旧王国の敗残兵に襲われてな。
 父さんも母さんも俺をかばって死んじまった。
 それ見てガキだった俺は、なんだかよくわかんなくなっちまってさ。そこからの記憶がひどく曖昧でな。
 気づいたらベッドの上だった」

「………」

「それからしばらく何もする気が起きなくなっちまってなぁ。ぼけーっと一日を過ごしてたよ。
 でも、そんな俺に対して村のみんなが声かけてくれてさ、とりわけ一人変わったのがいて、そいつがよく構ってきてなぁ……」

 ふと、その光景が甦り郷愁で満たされる。

「そんなこんなで、時間も流れてどうにか俺はまともに戻ってさ。
 さて、これからどうするかなって考えてな。弱い自分に嫌気がさしてたから、じゃあ軍人になるかってなノリで軍学校入って。
 あとはアズリアに聞いたとおり」

「そんなことが、あったなんて……」

「軍人になって力を得て、んで痛い目遭って、今度は間違えねぇぞって思ってたら、また力不足ってなぁ。
 馬鹿みたいだな」

「そんなことありません!!」

「ふぉ!?」

 ……びっくりした。
 突然どうしたんですかアリーゼさん?

「だって、先生はがんばってます」

 ……いやいや、がんばってようがサボろうが結果を出さにゃ意味ないんですよ。

 と、言える雰囲気でもないので黙っておく。

「その、さっき、なんですけど」

「さっき?」

「先生が、カイルさんに殴られたとき、です」

「あ、ああ」

 えーと、急になんの話だ? 脈絡もなく前の話に戻るのか?

「どうして……先生はそんなこと言うんだろうって、私、思っちゃったんです。
 ……あ、もちろん意味はわかるんです! オルドレイクの相手は碧の賢帝を持った私にしかできないってことも……」

 アリーゼの言葉は、ゆっくりになったり早くなったり、リズムがバラバラだった。

「カイルさんが言ったことに胸を突かれたんです。
 本当に、どうして? なんで? って。なんで、よりによって先生が、オルドレイクと戦えって言うんだろうって。
 そう思ったら、私、先生が殴られたのに、倒れてしまっているのに……すぐには動けなかったんです」

「………」

 そうか。そりゃそうだよな。
 曲がりなりにも俺は先生だ。
 そして、アリーゼはどれだけ頼もしくても生徒なんだ。
 前振りもなく、ボスキャラと単独で戦えとか普通言われるとは思わんわな。

 ……切羽詰ってると、ロクなことしねぇな俺は。

 アリーゼは崩して座っている自分の足に、朧気な視線を向ける。

「私、ずっと――――捜していて……。
 それで今度はみんなを守ろうと思ったんです。決めたんです。だから先生に戦えって言われて、あんなに真っ白になるなんて思わなかった。
 ……私はずっとわかっていなかったんですね。
 私が……どれだけ…………先生に守られていたか……」

「アリーゼ……」

 俺は……感謝されるようなことはできてねぇよ。
 現に今、アリーゼを矢面に立たせようとしている。
 そのことについて、俺は仕方ねぇで済む程度にしか捉えていなかった。
 そりゃあ他の方法があるなら俺だってそれに飛びついたんだろうが、結局は見つからなくて。
 今だって、アリーゼが思っていることがわかった後でも、方針を変えようとは思ってねぇんだ……。

「それで先生の話を聞いて、気づいたんです。
 ……先生って、馬鹿なんだなぁって」

「は?」

 思わず間の抜けた声が漏れ出る。
 アリーゼはクスクスと笑っている。

 ……おいおい、この娘さん、ちょいと前に自嘲した俺を否定したことを今度は自分でひっくり返しやがりましたよ?
 ちょっとだれかー! 彼女をクノンさんの元に連れて行ってくださーい!?
 って誰もいないし、俺が連れて行くしかないっすか?

 脳内注意報がうーうー鳴ってると、アリーゼが続ける。

「殴られて安心する人なんていません」

 なんかそれだけ聞くと俺がマゾみたいだな。

「先生はいつだって先生なんだなぁって思いました。いつも先生らしく……あなたらしく行動している。
 そんな先生だから、私もがんばれるんです」

「………」

「ふふっ」

「……あー。そっか」

「はい」

「ん…………じゃあ、どうにかがんばってなんとかするか」

「うん」

 頷くアリーゼを見て俺は胸中で盛大にため息をつく。

 ……生徒に励まされる先生ってなんなんだよなぁ。
 メインで戦うのは生徒だってのに。
 本当に、なんなんだよなぁ、ホントによぉ。








 集いの泉にて。


「やはり、あの娘、か」

 アリーゼの背を見送るアズリアは嬉しそうな、寂しそうな目をしていた。
 ファリエルはそれに気づく。

「アズリアさん……もしかして、貴女、わざと……?」

「私は私の主観と事実を言っただけだ。
 あいつは甘さを捨てたと思っていたよ」

「思って『いた』、か」

 言葉尻を捕らえるヤッファに、アズリアは笑う。

「あいつに破れ、剣を構えられたとき、私は本当に殺されると思っていたよ。
 躊躇うことなく、慈悲もなく、斬られ死ぬ覚悟をした。
 それがどういうことか、私の傷を癒し、生きろと言うではないか。
 かつて、あんな冷たい目をしていたあいつが、敵に情けをかけた結果を身をもって知っていたあいつが、一体どういう心境の変化なのかと思っていたよ」

「謎は解けた?」

 問うアルディラに、アズリアは頷いた。




[36362] 第十三話 砕けゆくもの 下
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/09/23 21:39


 前方に広がるのは広大な大地。
 帝国兵の斥候が無色の連中の動きを補足し、俺たちはその前に立つ。

「こちらから探す手間が省けたな」

 オルドレイクがにやりと笑い、真っ直ぐにアリーゼへと悠然と向かってくる。
 完全に他の者は眼中にない。

「アリーゼ……」

「大丈夫です。任せてください」

 言うやいなや、アリーゼはオルドレイクの右に回り込み、即座に抜剣する。

「……ほぅ、昨日とはまた剣の輝きが異なっているな……くくく、実に興味深い」

 オルドレイクも抜剣し、両者が純白に染まる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 裂帛の気合と共に踏み込み跳躍、碧の賢帝と紅の暴君が激突する。
 大地を揺らすほどの轟音と衝撃。大型召喚獣顔負けの力と力のぶつかり合い。
 それを合図に、俺たちは散開した。

「レックス」

 うん?

 駆けながら視線だけ向けると、いつの間にかカイルが隣にいた。
 視線の先はまっすぐに敵を見据えている。

 おいおい、カイルは重要な殲滅役だろ。こんなところで油売ってる場合じゃ……

「この作戦、俺は納得しちゃいねぇ」

「……そうかい」

「アリーゼが万能じゃねぇのはてめぇが一番わかってるはずだ」

「そうかもな」

「これが終わったら、絶対にてめぇをぶん殴るからな」

「こちとら一発やられてんだ。もう黙ってやられてはやらねぇぞ」

 カイルが俺に視線を飛ばし、

「上等だ」

 無表情で告げると、方向転換をして無色の派閥兵の陣へと突っ込んでいった。









 ファリエルが敵陣に突っ込む。
 できれば召喚師連中を叩き潰して欲しいところだが、その前に立ちふさがる黒ずくめ達。
 巨体のフルアーマーが黒ずくめ達を薙ぎ払うかのような袈裟斬りの豪撃を放つ。

「……がッ!?」

 黒ずくめの一人が巻き込まれ盛大に吹き飛ぶ。

「次っ!!」

 ファリエルが再度大剣を振るうと、狙われた黒ずくめはかろうじて躱し慌てて距離を取る。
 人の見地からは完全に逸脱した規格外の一撃を見て、黒ずくめ達の動きが一瞬鈍る。
 しかしその動揺をかき消すように即座に立て直し、数人でファリエルを囲む。
 召喚師たちも魔力を集中させファリエルを照準する。

「御免」 

 前触れもなく、鬼界の忍者が召喚師の背後に出現し、音もなく刃を振るった。

「ぐ……ぁ…………」

 わずかな断末魔をあげ、召喚師が倒れる。
 ファリエルに集まった注意の外にいたとはいえ、まるで気配を感じさせることもなくキュウマは召喚師の背後に出現し倒してしまった。

 スキル、隠密。
 発動中、移動するだけの間は相手には決して気づかれることのない、問答無用の不意打ち技だ。
 無論、決して無敵というわけでもない。勘のいい奴なら結局気配は読まれるし。
 それでも並の相手には極悪な技に変貌する。
 さらに乱戦による集中の阻害もあって、よほどの手練でなければ隠密状態のキュウマを察知することなど不可能に近い。

 再度、隠密により気配を断つキュウマ。

 焦る黒ずくめ達と召喚師。
 その隙を逃すことなく、ファリエルは手近にいた黒ずくめに一撃をかまして沈め、再度キュウマが召喚師の背後から斬撃を見舞う。
 目の前のファリエルというわかりやすい恐怖と、気配の感じられない敵と化したキュウマ。
 この脅威に、無色の有象無象が冷静に対処しろという方が間違っている。

 そして、さらに、

「おらああああああああああああああああああああ」

「どんどんいくよーーーー」

 カイルとソノラが場をかき乱す。
 乱戦の中で一人、また一人と無色の派閥兵は倒れていった。








「大恩ある我らに逆らうというのですか、ヤード・グレナーゼ!」

「……真実を知らなければその言葉に惑わされ続けていたのでしょうね」

 ヤードが杖を構え、目の前の白衣の女、ツェリーヌに明確な殺気を放つ。
 それは、普段冷静なヤードからは及びもつかないもの。

「無念の極地で死んでいった村人たちの仇、今ここで晴らします!」

 ヤードは魔力を集中させ、召喚を果たす。

「我が呼びかけに応えよ!」

 氷魔コバルディア。
 氷の力を操る悪魔族の魔法戦士が出現する。

「魔氷葬刃!!」

 悪魔族の戦士は巨大の氷の刃をその手に出現させ、振りかぶり投げ放つ。補足した獲物の頭上より一直線に襲い掛かる氷の刃。
 絶対不可避の召喚術はしかし、ツェリーヌにいともたやすくはじかれる。
 ツェリーヌが何か特別なことをしたわけではない。単純に召喚術に対する耐性が圧倒的なだけだ。

「セルボルトの血に連なる私に勝てるとでも思っているのですか。身の程を知りなさい!」

 ツェリーヌが魔氷葬刃を召喚する。
 コバルディアの手にする氷の刃は、ヤードの召喚したものよりも更に巨大で禍々しい冷気を発している。

「消えなさい!」

 放たれた氷の刃に貫かれ氷は爆散し、激しい冷気にヤードの身は削られる。
 理不尽なまでの魔力量の相違。絶対的な力の差。

「………」

 しかし、ヤードの殺気は露ほども衰えることはない。
 むしろ怨敵を見据えるヤードは、更にその気を膨れ上がらせる。
 ツェリーヌは一瞬驚きに目を見張るが、即座に杖を構えなおす。

「いいでしょう……セルボルト秘伝の召喚術により、冥土の地へと送りましょう」

「あら、寝ぼけるには少し時間が早いわね」

「な!?」

 突如頭上より飛来するドリル。
 ツェリーヌは無防備なその身に召喚術ドリトルの直撃を受ける。
 轟音と共に凄まじいまでの圧力がツェリーヌを襲う。

「気合だけはそのままに、冷静さを忘れないでね、ヤード」

 アルディラは肩にかかった長い髪を右手で振り払い、後ろへと戻す。

「……助かりました。アルディラさん」

「ふふ、本当に助けるのはこれからよ。
 ……来なさい、まさかこの程度で終わるほど脆くはないでしょう」

 ツェリーヌに対して優雅に笑うアルディラ。
 
「……おのれ、たかだか召喚獣ごときがこの私に……」

「こちらの台詞よ」
  
 憎悪の感情を膨れ上がらせるツェリーヌにアルディラが決然と言い放つ。

「無色の派閥ごときに、この島を好きにはさせないわ」







 静かに見つめ合う一人と一人。

「元気そうね、ヘイゼル」

「………」

 スカーレルの呼びかけに、ヘイゼルは沈黙で応える。
 互いに無機物を見るかのような、冷めた視線だった。

「まだ囚われているの? それとも、それが貴女の生き方なのかしら」

「………」

「なんて、どうでもいいことね」

 スカーレルが短剣を構えると、同様にヘイゼルも短剣を構えた。

「遊んであげる」

 スカーレルの姿が掻き消える。ゼロからの加速。静止状態から身を低くしての高速移動に、並みの者であれば一瞬消えたと誤信させられるだろう。
 刹那、ギィン、と軽い、しかし鋭い金属音が鳴り響く。

「………」

 スカーレルの横切りを、ヘイゼルはこともなげに防ぎ間合いを取る。
 ヘイゼルの余裕の対応に、スカーレルが大したものだと感心しかける。が、

「……あれから、アタシと別れてからもずっとそうしていたのなら当然かしらね」

「貴方は、弱くなった」

 ヘイゼルの呟きに、スカーレルはやれやれと言いたげに嘆息する。

「……ッ!!!」

 ヘイゼルは顔を歪め、一直線にスカーレルに向かって跳んだ。








「………」

 俺はごくり、と唾を飲み込む。
 前方にはウィゼル。相変わらず隙のない構え。

 なんつーか次元が違うよな、このおっさんは。
 ある意味オルドレイクよりも強いんじゃなかろうか。
 ただ、こうして対峙していてもこちらから仕掛けない限り向こうも反撃してこないから助かるねぇ。

「……名はなんという?」

「あ?」

「お前の名だ」

「………」

 名前くらい教えてもいいんだが、このおっさんに覚えられるってあんまりぞっとしねぇな。
 まぁいいか。

「レックスだ」

「……レックス、お前は何者だ」

「あぁ?」

 なんだこいつ。哲学論議でもするつもりか?

「……いいだろう、俺自身が確かめよう」

 ウィゼルが無造作に刀を抜く。構えはなく右手に把持して刀身は斜めに下がったままだ。

「ちっ」

 俺は舌打ちして目の前のおっさんに対して警戒度を高める。
 中段に構えた剣先を僅かに修正する。

 そりゃ戦いもせずに済むとは思っちゃいなかったけどよ、いざやるとなるとやっぱり気が進まねぇな。

 汗で湿った柄を握り直して、気持ち低めに構える。

 格上との戦いではついクセで剣先が上方へ行きがちだからなぁ。

「――――」

 無音の踏み込みで俺の間合いに侵入するウィゼル。
 無造作に放たれたようにしか見えない斜線の斬撃は、的確に俺の左手首を捉えんと迫る。

「っとぉ!!」

 皮一枚で避け、続く胸元への突きを左へ捌きかわす。

「うらぁ!!!」

 渾身の力を込めてウィゼルの右わき腹へ向けて蹴りを入れる。
 しかしその場にはすでにウィゼルの姿はなく、俺の背後から胴を真っ二つにせんと斬撃が迫る。

 ……は。はははは。
 だめだこりゃ。本当に次元が違ぇ。

 迫り来る斬撃に、俺は振り返ようともせず剣を脇に構え防ごうとする。

「………」

 僅かにウィゼルの逡巡する気配。そして、

「ふん」

 突如ウィゼルは刀の軌道を変化させ、自身の斜め後ろへと疾らせる。

 ギィン!!!

「っぐ!?」

 見た目以上に重い一撃に受け止めた者が一瞬怯むが、すぐさまその場からバックステップを踏む。

「新手か」

 動揺することなくウィゼルが後方へ視線を向ける。

 ……そりゃこんな単純な手で仕留められるとは思わなかったけどさ、もうちょっとびっくりしてもいいんでないかい? ウィゼルのおっさんや。

「作戦は失敗だな、レックス」

 ウィゼルを俺と挟む位置に佇むアズリアが目を細める。

「アズリアが本気の一撃放てば少しはいい線いっただろうに」

「一人を複数で攻撃するのは、気が進まん。
 が、そういった考慮をする必要はなさそうだな」

 俺とアズリアに前後を挟まれるウィゼル。
 隙なく立つ姿にアズリアは小さく息を吐く。

「行くぞ」

 はいよ。
 アズリアに答える代わりに、俺は詠唱を開始した。








「俺だけ楽させてもらったみたいで複雑な心境だ」

 目の前で倒れている帝国兵、ビジュを一瞥しヤッファは頭をかく。

「加勢に行ってもいいんだが……」

 さりげなく周囲の様子を伺う。

(旗色が良くないのは……スカーレルとレックス達、か)

 単独で紅き手袋の暗殺者と凌ぎを削るスカーレル。
 一方、タッグとはいえ、まさしく刀の達人とも言えるウィゼルに挑むレックスとアズリア。
 どちらも戦力が少しでも欲しいところではあるだろう。
 ヤッファはどうするべきか一瞬迷うが、結局は気配を消し備えることとした。

「……決して楽させてもらってるわけじゃないんだがな」

 隣に佇む者に対して言うでもなく、言い訳のように一人ごちた。








 互いの斬撃を打ち砕かんとぶつかり合う。

「ちぃッ!!」

「はぁ!!!!」

 つばぜり合いの状況から互いに自身の魔剣を押し込み、結果両者共に押され弾けるように後方へ跳ぶ。
 アリーゼは肩で何度か息をするも、徐々に状態をフラットにしていく。

(昨日とは別人のようだな……)

 オルドレイクは心中で密かに舌を巻く。
 前回の戦いでは、剣に頼った力任せな部分が多く、比較的行動の先を読むことが容易だった。
 しかし、今対峙しているアリーゼの身のこなしは全体的に流れるような動きへと変貌している。
 逆にこちらの動きが先読みされていると考えられる状況もあった。

(技巧自体が向上したわけではないが……一体何があったというのだ)

 身体能力、技術、魔力。
 どれを取っても自分に優位性があることに疑う余地はない。
 しかし、目の前の抜剣者に対する油断は不要なものだと認識する。

「出てきてください!!」

 虚空より現出した召喚獣、ペンタ君。ひとつ、ふたつ、みっつと集まりよっつ目が舞い降りた瞬間、周囲に尋常ならざる爆砕を引き起こした。
 反射的に防御の構えを取るが、もともと抜剣している身であるためほとんど危険はない。

(ダメージはそれほどでもないが……)

 今のアリーゼが、単純に大した効果のない単発の召喚術を行使するとは考えられない。
 オルドレイクは一瞬、自分も召喚術で反撃するか、再度接近戦を挑むかで逡巡する。
 結果的に、その迷いがひとつの結果を導いた。

「風刃!!!」

「ッ!?」

 突如、オルドレイクの周囲に風の刃が生み出され、その身を無数に切り刻んだ。










 ペンタ君の爆発音を聞いた瞬間、俺は即座に叫ぶ。  

「アズリア!」

 俺の呼びかけに頷き、アズリアがウィゼルに接近する。

「紫電絶華!!!」

 ウィゼルに対し高速の連続突きを見舞うアズリア。

「タケシー!!!」

 追い討ちでゲレグレサンダーをウィゼルにぶちかます。
 ウィゼルの顔がわずかに歪む。
 紫電絶華を受け流しながらの電撃は、いくらウィゼルでも辛いはず。

「出て来い!!」

 さらに召喚獣ペコを召喚し、俺はウィゼルの脇を抜ける。
 ペコがウィゼルに体当たりをする間に、アズリアが連続突きを中断させ俺と共に駆ける。

「………」

 無言でウィゼルがペコに対し刀を振るう姿を後に、俺たちは全力で走り去る。
 前回同様で芸はないが、それほど戦術のストックがあるわけでもないし通じりゃなんでもいい。
 周囲を確認すると、アルディラやヤードはツェリーヌを、スカーレルはヘイゼルとの戦闘を一方的に中断し、相手を完全に置き去りにしてオルドレイクへと迫っていた。

『な……?』

 ツェリーヌやヘイゼルは、相手が突然反転をし、自分から離れていくことに対してロクに反応できずにいる。
 てっきり自分との戦いに集中しているものだと思い込んでいたのだろう。

 ……三人とも、たっぷり挑発してうまく立ち回ったみたいだな。

 俺は心中で、グッジョブ! と叫びながら、アズリアと共にオルドレイクへと迫る。
 当のオルドレイクは、左方遠距離からソノラによる乱れ打ちをモロに浴びてバランスを崩し、

「虎乱凶襲爪!!!」

「ごぁッ!?」

 背後からのヤッファの強烈な爪攻撃、目にも留まらぬ三連撃をまともに受け吹き飛ばされる。
 体勢を立て直し、せめて防御だけでもしようとするが、

「はぁぁぁあああああああああああああああああああ!!!!」

 ミスミさまが風刃を発動し続け、オルドレイクの自由を奪い続ける。
 ミスミさまの額に、玉の汗が次々と浮かんでいく。限界まで集中し魔力を溜め、それを一気に放出しているのだ。
 気を抜けば意識を失いかねないほどの無茶だった。

 ……けど、そのおかげでオルドレイクの混乱は極まっている。
 奴を倒すチャンスは今しかねぇ!

「フレイムナイト!!」

 アルディラのジップフレイムが炸裂し、火焔に包まれれば、

「パラ・ダリオ!!」

 ヤードの召喚した大悪魔の躯が強烈な瘴気を放ち、悠久の地獄へと叩き落す。

「疾ッ」 

 正面からキュウマが居合切りをぶちかまし、

「オオオオオオオオオオオオオ!!!」

 右方からのファリエルの剛剣、必殺のファントムソードによる一撃がオルドレイクを地にめり込ませた。
 オルドレイクはサンドバッグよろしく皆の攻撃をもらいまくる。
 ファリエルの攻撃と同時に風刃は消え、ミスミさまはひざをつき荒く呼吸を繰り返す。

 ……これならいけるか?
 いや、いけるかどうかじゃねぇ、こうなったらもういくしかねぇんだ!
 全員攻撃なんていう安い手、野良召喚獣ならともかく人間相手には二度と通じねぇ!
 ここで一気に押し切るっきゃねぇんだ!!

「死になさい」

 気づけば、オルドレイクの背後にスカーレル。
 振るわれた短剣は寸分の狂いなく、オルドレイクの首を切り裂きにかかる。獰猛な殺気に隠された尋常ではない技のキレ。確実に相手を死に至らしめる刃の軌跡。

「ぐ……ぐぬぅッ」

 しかし、スカーレルのバックアタックをもってしてもオルドレイクを倒すには届かない。
 短剣はオルドレイクの首を捉えたが、魔剣の力で強化された身体を切り裂くには至らなかった。

「………」

 スカーレルは冷めた目でそれを見届け、素早くその場から離れる。

「おらああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 直後、カイルが拳にストラを纏わせ渾身の力でオルドレイクの顔面を正面からぶん殴った。
 悲鳴を上げることもできずにぶっ飛ぶオルドレイク。
 抜剣したアリーゼと戦っていたときでさえ余裕の笑みを浮かべていたオルドレイクが、今は焦燥と苦悶の表情に染まっている。

 吹き飛ばされた先にいるのは、俺とアズリア。

 カイル、ナイスパス!

 胸中で喝采する。
 あとは、俺とアズリアがオルドレイクに攻撃を加え、止めをアリーゼに任せる。
 アリーゼはペンタ君を召喚してから、即座に魔力の集中を開始していた。
 碧の賢帝をフルに利用した、溜めに溜めた一撃でオルドレイクを完膚なきまでに粉砕する。
 その状況が一瞬幻視され、俺の口端が引き上げられる。

 中途半端な警戒と、紅の暴君を持った驕りが仇になったな、オルドレイク!
 
 俺はぶっ飛ばされてきたオルドレイクに備えて歩を整え……
 








 ――――――――――斬。








「ッ!?」

 恐ろしく密度の濃い殺気が背後から唐突に生まれる。
 俺は一瞬、前方のオルドレイクの存在を完全に忘却して反射的に身体を捻り背中越しに後ろを確認した。



    ウィゼル。



 ペコはやられたのだろう、周囲には何もいない。
 腰を落とし納刀した柄に右手、鞘に左手を添えている。

 俺は、ばくばくとやけに大きく鳴る自分の心臓の鼓動を無視し、高速で思考する。

 あれは居合い斬か?
 確か鞘走りを利用した神速とも言える抜刀で近距離の敵を問答無用でぶった斬る技だ。
 キュウマが得意としていたが、何歩も離れているこの場所で、なぜ俺はこれほどの脅威を感じているんだ?

 同時に俺の脳裏には、ウィゼルと初対峙したときの、距離のある状況での、えも言われぬプレッシャーがよぎった。
 あのときは一足一刀と感じていた威圧が、今は喉下に刀を突きつけられているようで――。

「………」

 ウィゼルの視線。
 その先を追う必要はなかった。
 見るまでもなく、確認するまでもなく、そこに誰がいるかは把握していた。


 ウィゼルの腕に力が込められる。


 瞬間、俺は考えるより先に動く。
 さっきから心臓がうるさい。嫌な予感が止まらない。

 






「……え?」
 
 アリーゼは自分の左右の空間を、切断する何かが通り過ぎていったことを認識した。
 その威力を悟りアリーゼは肝を冷やすが、どうにかパニックに陥る前に冷静さを取り戻し、集中し魔力を溜めている状態を維持し続ける。

 今のをまともに受ければ、抜剣しているこの身体でも真っ二つにされていたかもしれない。
 さすがにそうなれば、たとえ抜剣した状態であっても生きていられる保証はない。

 アリーゼは現状を確認するため、すばやく周囲に視線を配る。
 今のは一体なんだったのか。
 オルドレイクに仕掛けるまでの僅かな時間で、先の脅威に備え必要があれば対処しなければならない。

 そして、足元に水溜りができていることに気づく。

(……左右の空間、だけ?)

 たまたま、偶然、運良く、自分のいた場所だけは切断する何かが通ることはなく、その左右は通過した。
 そんなことがありえるのか?
 ならば自分に向かうはずの、それはどうなったのか。
 足元の水溜りはなんなのか。

「……え?」

 両手を広げた状態のまま、赤髪の男が数歩先でうつ伏せに倒れているのはなぜなのか。
 見たままの状況をアリーゼは理解することができないでいる。理解することを拒否している。

「くッ…………ウィゼル! 剣を破壊する気か!?」

 体勢を立て直し、ウィゼルを非難するオルドレイク。
 怒涛の総攻撃を受けて傷を負ったが、致命傷には遠い。
 とはいえ、自身の回復より先に魔剣の心配をするのは、常人の思考ではなかった。
 
「そのような失態はせん。庇われるとは思わなかったがな」

「ふん。……まあよい。剣が無事であることに変わりはないか」

 二人の声はアリーゼにも届いている。
 しかし、声が聞こえてもその意味を理解することができない。
 目の前の光景と同様に、手の中に舞い落ちた雪のように頭で認識する前に溶けて消えていってしまう。

(庇う…………私を……庇って…………?)

 アリーゼは僅かに言葉を拾う。
 目の前のレックスはぴくりとも動かない。
 その脇にアズリアが駆け寄り、抱きかかえ大声で何度も呼びかけていた。




「おおおおおぉぉぉぉっぁあっぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

 地が弾け、カイルが一直線に跳ぶ。その先に在る者はウィゼル。

「ふざけんじゃねぇぞてめええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 怒号と共に堅く握り込んだ拳がウィゼルの顔面に迫る。
 オルドレイクを殴り飛ばしたものと同様、必殺の一撃を、しかしウィゼルは刀を盾に正面から受け止めた。

「な!?」

 まさか受け止められるとは思っていなかったのか、カイルが驚愕し目を見開く。

「……感情だけが先走り過ぎている。それで俺は倒せん」

 ウィゼルは素早く僅かに下がりながら間合いを調整し、横斬りによるカウンターを放とうとするが、

「疾ッ!!」

「くたばれ!!!」

「はああああああああああああああああああ!!!」

 キュウマ、ヤッファ、ファリエルの連続攻撃を避けるため、後方へ大きく跳躍する。
 着地と同時にアルディラの召喚術が発動。

「エレキメデス!!」

 ポルツテンペスト。
 旧型の機体より生まれる広範囲に及ぶ電撃が放たれる。
 旧型と言えど、その威力は強力で範囲対象に対して麻痺効果も生み出す召喚術だ。
 荒れ狂う電撃がウィゼルを襲うが、

「くだらん」

 オルドレイクが手をかざし、発生させた魔力結界にすべて阻まれた。 








 スカーレルは正面を見据え、短剣を片手に立っている。
 背後にはアリーゼ、そしてレックス、アズリア、ソノラ、ヤードがいた。

「シャアアアアアアアアアアアア!!!」

 黒ずくめの一人が、スカーレルに接近する。
 迫り来る爪にスカーレルはつまらないモノを見るように一瞥だけし、その場から消えるような踏み込みをして黒ずくめに接近、右脇に刃を通過させる。
 その一撃で黒ずくめは倒れるが、後方に隠れていたもう一人の黒ずくめが、スカーレルに対して必殺の爪を振り下ろす。
 爪はスカーレルの瞳を寸分違わず狙いすまし、

「爆炎陣符」

 しかし爪はスカーレルへ届くことなく横からの炎流にのまれ、黒ずくめはその身を焼かれる。
 召喚獣、狐火の巫女による炎術。
 うめき声をあげ倒れる黒ずくめに視線を向けることなく、ミスミはたった今放った召喚術を再度前方の無色の派閥兵へと展開する。
 焼かれていく派閥兵と大地を、二人は朧気に見つめる。






 

 レックスの脇にアズリアが駆け寄り、抱きかかえ大声で何度も呼びかけている。
 しかし何の反応もない。
 まるで精巧な人形のようで、流れ出る血だけが人間の証だった。
 傍にはレックスの剣が折れて転がっている。ウィゼルの放った技、居合斬・絶を受ける際に半ばから折られていた。

 瞬間、アリーゼは過去を幻視する。
 似た光景を見たことがあった。死に逝く者の様子を何も出来ずに見ていたことが。

(アズリアさんのように……先生が……?)

 事態の一端を認識すると同時に、身体中の血液が沸騰していく。
 心臓が、頭が、熱い……。

(私は……守れなかった……? 力を手にしたはずなのに…………?)

 アズリアに抱きかかえられているレックスは、ぐったりとしていて身じろぎすらすることなく呼吸の気配がない。

「聖母プラーマ!!!」

 傍らでヤードが祝福の聖光を繰り返す。

「しっかりしてよ!! 先生!!!」

 ソノラはレックスの右手を握り、アズリアと共に何度も呼びかける。
 しかし、レックスの身体から急速に生命の灯が消失しつつあるのは目に見えて明らかだった。
 いや、もはやすでにその命は失われて……

「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 絶叫と共に、アリーゼは全力で魔力を放出させた。








 ああ、死んだな。
 ウィゼルの居合いを正面から受けた感想は、ただそれだけだった。
 痛みはない。
 全身が動かない。指の一本すらまったく反応しない。
 痛みすら感じる暇もなく、綺麗さっぱりぶった斬られたんだろう。
 その事実を、俺はひどく自然に納得できた。

 …………お?

 ふいに、声が聞こえた。

 これは、アリーゼの声か。
 なにかの召喚術を発動するのか?
 また莫大な魔力が溢れ帰ってるんだろうなぁ。

 …………?

 唐突に強烈な違和感を抱く。
 どうしてか、俺はアリーゼと出会ったころの、船着場でのことを思い出していた。

 アリーゼの世話役……確かサローネとかいう婆さんで……アリーゼはその影に隠れてて……、つーかそんなの今どうでもいいだろう……。
 
 思いつつも、そのときの出来事がやけにくっきり脳裏によぎっていく。

 あの時は、自己紹介すら満足に出来なくて……、この先どうやって接すりゃいいんだ、なんてちょっと悩んだんだよな。
 厄介な女の子の世話押し付けられたなぁ、でもマルティーニさんの娘だしなぁ、とか思ってて……。
 それから船の中で不安になって泣いてるアリーゼを見て……、

 ………………あ?

 自分の記憶に齟齬が生じている。

 いや、正確には『齟齬としか思えない出来事』が起こっている。

 世話役のサローネは言っていた。
 今まで満足に家庭教師を勤めた先生はいなかったと。
 当然アリーゼの信頼を勝ち得た先生がいたとは考えにくい。

 ……じゃあ一体、アリーゼの言う『先生』って何者なんだ?
 『先生』とは、いつ出会ったんだ?

 他にも。

 出会ったころのアリーゼは、事情が事情だから俺に対して困惑する態度を見せるのは当然といえば当然だった。
 だが、それを差し引いても、初めて会ったときのアリーゼは誰に対してもあまり積極的に接するタイプの性格には見えなかった。
 それが、どうして海賊ですらあったカイル達にはあれほど早く馴染んだ?
 なぜ、島の召喚獣たちに対して偏見もなく最初から自然に接していた?

 島に来る直前の記憶。
 晴天だった空が、突如嵐になった海の上でのカイルたちとの戦いの際、ただ不安で怯えていたアリーゼ。

 それから島に漂着した直後の記憶。
 魔剣を意のままに操り、圧倒的な力で襲い掛かる召喚獣たちを蹴散らしたアリーゼ。
 いつの間にか手にしていた召喚石、ブラックラックやビットガンマー。
 大型の船を召喚するという、見知らぬ召喚術を苦もなく行使するアリーゼ。

 なんだよ。
 なんなんだよ……。

 今になって、違和感だけが残る記憶。
 まるで……島に入る前と、入った後の記憶が雑に合わさっているような……。

 違う。

 まるで、なんかじゃねぇ……。

 島に入る前と入った後で、記憶の中でのアリーゼの立ち居振る舞いが異なる他に、圧倒的な魔力量の差がある。

 ……なんでこんなことに今更気づくんだよ……つーか、こんなの最初に気づいてても……、いや最初ってなんだよ?
 なんだよ、何が基点なんだ? はじまりはどこだ?

 思考する先に一人の存在が現出する。
 赤毛の女。
 微笑む姿は、見る者を安心させる力があった。




 ――――――――――――アティ。

 


 その存在に至ると同時、世界が白く染まった。









「キュピー!!」

 キユピーの姿が本来の天使に移り変わる。
 天をも貫かんばかりに魔力の奔流がうねりをあげ、キユピーが本当の意味でこの世界に現出する。

「おお……」

 オルドレイクが感嘆のため息を漏らし、ウィゼルは無言で成り行きを伺う。
 いや、ウィゼルだけではない。
 だれもが戦いを中断し、その溢れ出る魔力にあてられ呆然として事の成り行きを見ていた。

「キユピー、お願い」

 アリーゼがレックスの元まで歩み、遠くを見つめるような目でレックスを示すと、キユピーは祈るように両手を組みあふれ出る魔力が光の粒子となり白光する。
 キユピーの召喚術、ホーリィスペルが発動する。レックスの傷に光の粒が触れ、瞬く間に回復させていった。

「うそ……」

「ばかな……」

「奇跡、です……」

 レックスの傍にいたソノラ、アズリア、ヤードが知らず呟く。
 絶対の致命傷と思われたレックスの傷は塞がれ、完全とは言わないまでも顔には生気が生まれていた。

「なんという魔力だ……ようやく本来の力に目覚めたということか……。
 素晴らしい……実に素晴らしいぞ!! それでこそ出向いた価値がある!!!」

「………」

 興奮し愉悦するオルドレイクに、アリーゼは静かに目を向ける。

 ぴし。

 キユピーが再び発光し、天使の姿から元の身体へと戻る。

 ぴしぴしぴしぴし。

 アリーゼが剣を構える。

 がぎィッ!!!!

 砕ける音が鳴り響き、碧の賢帝は半ばから折れた。
 折れた刀身が地に落下すると、バラバラに砕け散った。

「………」

 アリーゼの身体がふらりと揺れると、力が抜けたように膝をつき、剣を離し横向きに倒れた。
 アリーゼは白の姿から元へと戻り、倒れたまま呼吸のみを繰り返す。

「キュピー!!」

 キユピーがアリーゼの傍まで移動して声をかけるが、反応はない。
 皆が呆然とする中、沈黙を破ったのはオルドレイクだった。

「……くだらん」

 オルドレイクがアリーゼを見据えて魔力を集中させる。

「力を手にしても、使うものが未熟であれば、その器が欠けたものであれば、こうなることは必然なのか……」

「まずい!?」

 オルドレイクが召喚術を放とうとしていることに気づき、ヤッファが声をあげる。
 他の護人も気づくが、距離が遠い。防ぐことも庇うことも間に合うタイミングではない。

「アリーゼ!?」

 ミスミとスカーレルも同様に距離がある。

「消え失せろ」

 オルドレイクの召喚術が完成する。
 砂棺の王。怨王の錫杖より出でる、王の存在を現出させる召喚術。
 霊王の裁きと呼ばれるそれは、一切の慈悲なく、対象を冥界へと葬り去る。

「させません!!!!」

 ヤードがアリーゼの前に立ちはだかり、召喚術の直撃を受ける。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「……不肖の弟子ごときに、我の召喚術は止められん」

「ああああああ……ぐ……ぐぅぅぅ……」

 ヤードは、すべてを投げて意識を手放しそうになる気持ちを無理矢理に抑えて、霊王の裁きに耐え続ける。

(私が……倒れるわけには……)

 すぐ後ろには、アリーゼが、レックスとアズリアが、そして自分を客人として受け入れてくれたソノラがいる。
 自分の都合で巻き込んでしまった者たちに、今以上に顔向けできなくなるようなことをヤードはするまいと覇気を放つ。

「あがくな」

「ぐぅぅぅぅぅううううううぅぅぅぅううううああああああぁぁっぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」

 霊王からの圧力が増す。オルドレイクが魔力をさらに込め、召喚術の威力を上げていく。
 もはやヤードに考える力は残っていない。
 自身をひとつの盾として、決して破られない結界として、自身の身体と魔力を十全に使いオルドレイクの召喚術に立ちはだかった。

「ふん……」

「………」

 やがて、霊王はその役目を終え送還された。
 オルドレイクは、立ったまま気を失ったヤードに対して何かが浮かぶが、明確な言葉として言い表すことができないでいる。

「……所詮、一時を永らえただけか」

 もう一度オルドレイクが召喚術を行使しようと、魔力を集中させる。

「あ……」

 だれかの漏らした声。あるいはその場の全員か。
 オルドレイクは構うことなく集中を続け、召喚術を解き放とうとして、

「ぶっとべ」

 真正面からの突撃を、オルドレイクは反射行動のみで紅の暴君により受け止めた。








 気を失っていたのはどれだけの時間だったのか。
 目覚めて真っ先に視界に映ったのはアズリア。
 アズリアは前を睨みつけたままで、目が合うことはなかった。

 というか、なんでこいつに抱かれているんですかね俺は。わけわからんわ。

 前方のオルドレイクからシャレにならない密度の魔力が練られている。
 あんなもんぶっ放されたら、魂まですっ飛びかねない。
 右腕に力を込めると、意志に従い拳が固められる。
 俺はすぐさま起き上がり、脇に落ちていた折れた剣を拾い上げる。

 身体は動く。頭も働いている。やれる。

 一直線にオルドレイクへと突っ込み剣を振るう。

「ぶっとべ」

 俺の縦斬りがあわや直撃かと思われたが、オルドレイクはかろうじて魔剣により受け止めた。

 ち、悪運の強い奴め。
 まぁ、今のが当たったところで俺の攻撃じゃタカが知れてるんだろうけど……て、おおおお?

「ぐがぁ……!?」

 オルドレイクの剣と俺の持つ剣が激突した瞬間、大地が揺れ空には雷撃が走る。
 天変地異としか言いようのない現象に、オルドレイクも動揺を隠せずにいる。
 オルドレイクは目を限界まで開き、周囲の状況に慄いている。

「あ……あ…………ぁぁ……」

 ……うん?
 オルドレイクの野郎の様子、おかしくねぇか?
 変なうめき声出すわ、妙に汗かいてるわ、目の焦点は合ってないわ。

「……っとぉ!?」 

 俺の足元の大地が隆起し俺は慌ててその場を離れる。
 同時に揺れは収まり、荒れ狂っていた天気も元に戻る。

 ……一体、なんなんだよ今の珍現象は。
 オルドレイクの剣が暴走でもしてんのか?
 ……にしても、さっきの一撃、やけに力が入ったような気がしたな。
 折れた剣でぶちかました分、威力なんて期待できるようなもんじゃなかったはずなん……だ……が。

「え?」

 自分の持っている剣を凝視する。
 半ばから折れた剣は淡い碧色の輝きを放っている。魔剣、碧の賢帝。

 なんで、こんなもんを俺が持って……、しかも折れて……? 一体何があったんだ?
 あれ……? つか、なんかやけに心臓の鼓動が早くなってきたような……。 
 いや、それよりも……アリーゼは? ……アリーゼは…………どうしたんだ? 

「退け、オルドレイク」

「ウィ……ゼ…………ル……」

 オルドレイクは額に玉の汗を浮かべ、やっとのことで声を搾り出す。
 その身はふらりふらりと揺れ、まともに立つこともできないでいる。
 オルドレイクの魔剣、紅の暴君には僅かではあるが破壊された痕跡として亀裂が生まれていた。

「ツェリーヌ」

 ウィゼルに呼ばれ、ツェリーヌがはっと我に返り、オルドレイクに駆け寄る。

「あなた!?」

「……ぬぅぅ…………!!」

 苦悶の声をあげ顔を顰めるオルドレイク。
 ツェリーヌは瞬時に集中し魔力を練り上げ召喚する。

「聖母プラーマ!!」

 オルドレイクの受けた傷は回復するが、その様子に変化はなく苦し気に荒い呼吸を繰り返す。

「あなた!? あなた……!?」

「オルドレイクを連れて船へ戻れ。今、どんな状態なのかはわからんが、相当な負担が掛かっているのは間違いない。この場で回復できるものではないだろう」

 ツェリーヌはウィゼルの言葉に従い、オルドレイクに肩を貸し後方へ下がっていく。

「待ちなさい!」

 護人たちが逃がすまいとその後を追うが、

「……通さない」

 ヘイゼル以下黒ずくめ達と無色の派閥兵、そしてウィゼルがその道を塞ぐ。
 双方、臨戦態勢に入る。
 互いに獲物を構え、目の前の敵を排除しよう殺気を放つ。

 ……まずい、俺も、加勢しないと……いや、でもアリーゼはどこに…………あそこか?
 なんで、あんなところに倒れてるんだよ……? 平気なのか? くそ、ここからじゃよくわかんねぇ……。

 俺はアリーゼの方へと歩き出そうとするが、一歩が出ない。

 身体が自由に動かない。頭がうまく働かない。
 身体だけでなく思考まで大地についつけられたように、その場から移動することすら困難だった。

「レックス!? おいレックス!!!」

 カイルがいつの間にか俺の正面に立っていて、肩をゆすって呼びかけていた。

 ……そういや、俺お前にまた殴られんのか……、ちょっと後にしてくんねぇ? 今結構キツいみたいだからよぉ……。

 間抜けな思考を最後に、俺は意識を手放した。








 翌朝。というか、太陽の位置からして昼近く。
 目が覚めたら船の自室だった。
 廊下に出るとソノラがいたので、昨日のことについて簡単に聞いた。

 あの後、皆は無色に仕掛けるタイミングを逸し、奴らも様子を見ながら撤退をしていったとのことだった。
 奴らに撤退をさせたことは僥倖だが、できればあの場で決着をつけてしまいたかった。
 今後、どうするかしっかり考えねぇとなぁ……。

 が、しかし。なにはともあれ、まずは腹ごしらえだ!

「にしても、碧の賢帝が折れるとはなぁ……」

 折れた魔剣はカイルが回収し、今は俺の部屋の壁に立て掛けられている。
 切断面は荒く、無理矢理に砕かれたかのように亀裂が走っていた。
 砕けた刀身の破片については俺の机の上にまとめられている。

「精神の剣、か」

 いつかのファリエルの言葉を思い出す。
 碧の賢帝を手にした今なら、本当の意味でそれを理解することができる。
 折れた剣からの心身、特に心への負担は生半可なものではなかった。

 と、そういやアリーゼはもう起きたのかね?
 ちと様子見てくるか。








 ノックをすると「どうぞ」の声。
 部屋に入ると、アリーゼはベッドに座っていた。

 うん、顔色もちょっと赤い程度だし、調子は悪くなさそうだな。
 碧の賢帝が折れたとはいっても、手にさえしてなければそれほど影響はないのかもしれない。
 
「おう、アリーゼはもう飯食ったのか?」

「……いえ」

「そっか。俺もまだなんだ。一緒に行くか?」

「あの……先ほどソノラさんが来て、これから持ってきてくれるそうです」

「ふぅん。じゃあどうすっかな。俺もこっち持ってきて食うかなぁ」

「………」

「………」

「………」

「……?」

 アリーゼが僅かに小首を傾げて俺を見続けている。

 はて、なんか顔についてるかな? あ、そういや顔も洗わずに来ちまったっけ。

「あの」

「あぁ」

 アリーゼが、一瞬間を空けて言った。
















「……あなたは、誰ですか?」



















[36362] 第十四話 ひとつの答え 上
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/10/01 18:24
「……あなたは、誰ですか」

「は?」

「私を知っているんですか? この島の方ですか? カイルさん達のお客さんですか?」

「ええと……」

 なんだ、こりゃ。
 記憶喪失? だが、その割にはこの島のことやカイル達のことは覚えてるみたいだし。

「あー、その、一応客、みたいなもの、なんかな?
 つか、アリーゼ、その一応確認なんだが、ふざけてるわけじゃないよな?」

 悪い冗談にしては脈絡ねーし、何よりアリーゼの表情が純度100%でマジだ。
 マジの初対面の人に対しているような警戒感と微妙な距離感。
 とても演技とは思えん。

 ……原因としたら、あれか。碧の賢帝か。あれが折れたせいなのか?

「ふざけるって何をですか?」

「いや、すまなかった」

 コホンとひとつ咳払いをする。

「俺はレックス。この島で先生をやっている。さらに言うと、アリーゼ、君の家庭教師でもある」

「……?」

 何言ってるのこの人? 的な目を向けられる。

 ふと、俺はある可能性に思い当たる。
 昨日の、俺が意識を失っていたときに幻視したもの、思考したこと。
 何を馬鹿な、とも思ったことだが、アリーゼの様子と合わせるとその馬鹿な状況に合致してしまいそうになる。

「なぁ……」

「この島の先生は、私の先生は、アティ先生ですよ」

 俺が尋ねる前に、アリーゼはきょとんとした顔で言った。








 ぱたん、と後ろ手に扉を閉める。
 ソノラがアリーゼの食事を持ってきたため、代わりに俺は部屋を出た。

「………」

 すぐに俺は歩き出すが、頭がうまく回らないでいる。
 無性に笑いたいような、叫びたいような、とにかく気持ちが落ち着かない。

 ソノラが入ってきたとき、アリーゼの対応は自然だった。
 親しい人に対する態度。純粋な好意と和らぐ表情。
 互いが時間をかけて育まれた厚い信頼によるものだった。
 おそらく、カイルやスカーレル、ヤード、いや島の住民に対してもアリーゼの態度は変わらないだろう。
 変わるのはきっと、俺だけだ。

 なぜか、俺はそうなることを自然と理解することができた。

 別人のようなアリーゼ。
 俺のことを知らず、みんなことだけは知っているアリーゼ。
 なによりも、ああも自然にアティの名前を出すアリーゼ。

「なんでか、俺はそいつを知ってるしな……」 

 ウィゼルの攻撃に倒れたときに見た夢のようなもの。
 あの赤髪の女が、なぜかアティだと俺は知っていた。
 いつ知ったのか、どこで見たのかということはまるでわからないのに。

 わからない……本当に?
 俺が忘れてしまっているだけなんじゃないか?
 今の、アリーゼのように。

「アティ先生、か」

 その名を口にすると、頭の隅にわずかな痛みが走る。

 やはり、俺は何かを忘れてしまっているのか?


 ………。

 
 ………………。


 ………………………………。


 ………………………………………………………………………………ふ。



「なるほど。まるで思い出せん」

 だいたい今はそんな悠長によくわからん記憶を掘り起こしてられる状況じゃねぇんだ。
 無色の派閥っつー生き死にの瀬戸際を演じなきゃいけねぇ相手がいるときに、のんきに記憶探しやってる場合じゃねぇ。
 もちろん、わかるに越したことはないが、優先順位としては最上位じゃない。それなら後でゆっくり取り組めばいい。
 まずは目下の問題に取り組むべきだ。

 俺は強引に自分を納得させ、目的地へと歩を進めた。








「あら、いらっしゃい先生~」 

 扉を開けるとそこには赤ら顔をした妙齢の女性。
 あいも変わらず昼間っから酒かっ食らって、いい感じに酔っ払っているメイメイさんだった。
 もちろん杯はしっかり装備中である。

「なぁメイメイさん、前に話してたあれって今でも有効なのか? 無限廊下だっけ?」

「廊下を無限にしてどうすんのよ~。無限回廊~~。なになに、入る気になっちゃった?」

 メイメイさんが目を輝かせて身体を乗り出してくる。

 結構前、メイメイさんの店に来たときに、強くなりたいなら無限回廊! って焚きつけられたのを俺は華麗にスルーしていた。
 だってなんか、安さ一番! みたいなノリで信用できんかったし。だいたい胡散臭さ大爆発だったしな、この店の存在自体が。いや、それは今もだけどさ。もう慣れただけなんだけどさ

「なっちゃったわけですよ。
 今すぐってわけじゃないんだが、今日明日には使わせてもらいたいんだができそう?」

「あら~~、こっちはいつでもオールオッケーよ~~~ん。
 私に言ってくれれば、ばひゅーんと連れてってあげるから。んっんっん、ぷはー。にゃはははははははははは」

 上機嫌で酒を煽って一息してから爆笑。メイメイさんワールド全開だ。

 にしても……酒臭ッ!
 きりっとしてりゃ、なんとも言えぬ色気漂う格好も相舞って世の男を手玉に取るなんて楽勝だろうに。
 ホント、もったいない人だよねこの人。

 あんまり目の保養にもならんので、俺は並べられた武具防具の確認をする。

 少しでも戦力の足しになるなら、この際金に糸目はつけんで強化せねば。
 ……むぅ、ジェネラスニールか。多少召喚術の効果は下がるが、俺には大したデメリットはないし。ガンガン物理上げて行くか。

「ねぇ、先生」

「んー」

「剣、見てるの?」

「あぁ。……メイメイさん、これ頼むわ」

「いいけど。それ先生に必要なの?」

 何言ってんだよメイメイさん。

 そう、返事をしようとして、俺は言葉を飲み込む。
 メイメイさんは目を細くして、無機物の宝石でも品定めするように俺の目を捉えていた。
 つい今しがたの泥酔状態など幻だったのではないか、誤認識していたのではないかと自分を疑いそうになる。

「あなたには、もっと相応しいものがあるんじゃないの?」

「……なんだよ、それは」

 俺の言葉には応えず、メイメイさんは脇に置いてあった酒瓶を傾け手酌する。
 杯に入れられた酒をゆらゆらと揺らしながら、その瞳は杯を越えて遥か遠方に向けられていた。

「今はあなたしか、いないのよ」

「………」

 俺は無言のまま立ち尽くす。
 メイメイさんの言葉に、なんと答えればいいのか、思考に激しいノイズが走ったように考えが上手くまとまらない。

「………」

「………」

 無言の空間は数秒だったのか数分だったのか。
 自分ではよくわからないまま、気づくとメイメイさんはジェネラスニールを手に取って俺に差し出していた。

「持っていきなさい。お代は結構よ」

 その声は、冷酷さと優しさが混在した、不可思議なものに聞こえた。







 ひとり、どこへともなく歩く。
 腰の剣がひどく重く感じる。
 まるで、この剣を振るうに相応しくないのだと訴えられているかのようだった。

 ……ちっ。
 わかってるさ。わかってるとも。
 奴らに、オルドレイクに対抗するためには、こんな剣じゃ役者が不足してることくらい。
 アリーゼはあの状態じゃ、戦うのは難しいだろう。
 よしんば戦えたとしてもな……。

 先刻のアリーゼの様子を思い出す。
 あの時はアリーゼの言動に衝撃を受けていて、そこまで頭が回らなかったが、思い返せば以前のアリーゼと比べて今のアリーゼの力は大きく減退してしまっていた。
 魔力はもとより、戦いに対する覚悟の質がまったく違う。アリーゼからの圧力というか、覇気がほとんど感じられなかった。
 無論力を使いすぎて衰弱しているから、と言えるのかもしれないが、それを差し引いてもあまりに微弱なものだった。
 はっきり言って、ちょっと勇敢な魔力が高い歳相応の少女だと言える。剣を使わずとも敵を圧倒する強さを誇ったアリーゼとは似ても似つかない。
 そういった意味でも、今のアリーゼと俺の知っているアリーゼはまったく異なっていた。

「アリーゼがダメなら……俺しかいない、のか」

 そもそもなぜ、俺は剣が振るえたのか。
 あの剣の主はアリーゼじゃなかったのか。
 主以外にも扱える剣なのか? そんなはずはない。
 もしも誰もが使用可能であれば、以前のアルディラが使わない理由がない。
 確か前にヤードから聞いた話では、適格者以外が剣を使おうとすると力が暴走し暴風雨が発生して制御できるものではないということだったはずだ。

 だったら、俺は適格者なのか?
 しかし、それならなぜ剣を手にした俺の身体には何の変化も生じなかったんだ?
 通常、かどうかは知らないが、アリーゼやオルドレイクが抜剣したときのように、身体全体が白く包まれ圧倒的な力を発揮するものじゃないんだろうか。
 剣による攻撃自体は強力だったかもしれないが、剣を手にしたときに俺の魔力や身体能力に大きな変化があったとは感じられなかった。

「……ふぅ」

 一体何を考えてるんだろうな、俺は。
 この先に行き着く結論は変わらないだろうに。
 俺は、どうしてこんなにも剣の使用を躊躇っているんだ。
 どうしてこんなにも、剣を使うことへの理由を探してしまっているんだ……。

「どうした、若造」

 いつの間にかゲンジのじーさんの庵まで来ていたらしい。
 どんだけぼーっとしてたんだろう。

「ん、これから、どうするかなって。
 無色の連中は追っ払えたけど、一時的なもんだし。
 頼みの綱の剣は砕けちまって……」

「それで、お前はそんな辛気臭い面をしているわけか」

「……へへ」

 ゲンジの爺さんはデフォルトの仏頂面で遠慮無用だった。それが妙に心地いい。

「学校は休校にして正解だったようじゃな。その面を見せられる子供はたまったものではない」

 おっしゃる通りで。

「アリーゼのことは聞いた。様子はどうじゃ?」

「とりあえず、元気だよ」

 俺の返事に嘆息する爺さん。

「とりあえず、ときたか」

 仕方ねぇだろ。ほかに言い方がないんだからよ。

「お前は、それであの子の教師を名乗る資格があるつもりか」

「………」

 資格、か。
 俺が彼女の教師を名乗ること。そんなもん、最初からあったのかすら怪しい。
 アリーゼが以前の先生とやらに絶大な信頼を置いていたことはわかっていたが、本当の部分では理解していなかった。
 はっきりとアティ先生という形で認識した今、俺がアリーゼの教師を名乗る資格が、意味があるのか。

「即答せんか馬鹿者。
 お前が自信をなくせば、あの子はまた道を見失うぞ」

 本当にそうか?
 今のアリーゼに、俺は必要なのか? とてもそうは思えねぇよ。
 彼女の教師は、俺じゃなくて……、

「レックス。人は、ただひとりに教わるものではない」

「……?」

 いきなり何の話だと思ったが、爺さんの言葉に俺は無意識に顔をあげた。

「人との関わりで、だれもが多くの人に教わり、教えていく。
 その関係に大小はあるが、常に変化をし続けている」
 
「………」

「そして、それを他人と比較し囚われることほど馬鹿なことはない。
 同一の関係などなく、その関係自体が捉え方次第で幾重にも異なっていくのだからな」

 ……爺さん。
 あんたひょっとして、ずっと前から……。

「ワシの目は節穴ではないぞ」

「……そうっすね」

 脱帽だ。
 あんたは、ちゃんと気づいてたんだな。
 アリーゼが、どこを見ていたのか。

「レックス。お前はあの子のただひとりの教師ではないが、あの子にとってお前はただひとりなのだ」

 そんなもん、当たり前じゃねぇか。

「……ッ」

 当たり前の言葉なのに、俺の中には万の気力が溢れてくる。

 ……俺は、一体なにやってたんだ。何をびびってたんだ。馬鹿馬鹿しい。ああちくしょう糞ったれ!

「ありがとな、校長!」

 俺は手を挙げて礼を言い、踵を返して走り出す。

 歩いてなんていられねぇ。無駄にした時間を取りもどさねぇとな!







「やれやれ」

 ゲンジはレックスの去っていく後ろ姿を見て、ため息を吐いた。

 本当は、レックスの辛気臭い顔を見た瞬間から怒鳴り散らして発奮させるつもりだった。
 しかし不思議と、ゲンジはそうすることに強い躊躇いを覚えて実行できなかったのだ。

「ワシも老成したものだ。
 ……まるで生徒に諭すようにしてしまうとはな」

 ゲンジはもう一度ため息を吐く。
 居間に置いたままにしている茶はすっかりと冷めてしまっているだろう。
 入れ直すため、ゲンジは庵へと戻っていった。








 俺は足を止めずに各集落を駆け回った。
 集落の住人を見つけたら、護人に、戦うみんなに、集いの泉へ集まってくれるよう伝言を頼んだ。
 その後は船へ戻り、海賊連中にも集まるよう伝える。

 そして俺は自室にいた。
 砕けた魔剣、碧の賢帝を手に取る。
 途端、俺の頭に鈍い痛みが生まれるが、決して耐えられないものではなかった。
 むしろその痛みを通じて、曇っていた頭の片隅が澄み渡っていくように感じられる。


 ……忘れられた記憶、か。


 剣を手にしていると、それが確かに存在していたことを強く感じた。
 なぜ、俺は忘れているのか。
 どうして、アリーゼの不自然な言動や状況を強く追求しようとしなかったのか。

 ……無意識に、俺自身が思い出すことを拒否していたってことなんかな。

 剣を手にしているだけで、俺は動悸が激しくなってきて汗が浮かんでくる。剣を持つ手が震えるのを抑えられない。
 それは剣によるものではない。俺が、なくした記憶に触れるきっかけとなる魔剣に怯えているだけだ。

 ……まるで、あのときと同じだな。

 父さんと母さんが殺されて、すべてのことに怯えて自分の殻に閉じこもっていたあの頃。
 村のみんなのおかげで、長い時間をかけてようやく自分を取り戻すことができた。

「俺は、ちっとも変わってねぇな」

 苦笑し目を閉じて、そいつの顔を思い出す。
 殻にこもった俺の傍にいてくれたあいつ。
 呆れるくらい自然体で、同情も気負いもなく、俺が立ち上がるのを辛抱強く待っていてくれた。
 何年も前のことで、もはや俺の想像している通りの顔だったのか、声だったのかを確信することはできない。
 それでも、俺は脳裏に生まれたそいつに向かって心中で語りかける。

 ……あの時みたいに、俺に力を貸してくれ。お前の勇気を俺に分けてくれ。

 俺の痛い妄想だとはわかっているが、それでもそいつは笑って頷いた。
 相変わらず無防備で無邪気で、涙が出そうになるくらい安心する笑顔だった。

「ありがとな、アスリ」 

 故人となった親友に礼を言って、俺は目を開ける。
 震えは、止まっていた。

「ふぅ」

 俺は一息吐いて、魔力を集中させる。
 剣の内部に神経を繋ぐように感覚を鋭敏にし、剣の構造を把握することに没入していく。
 俺が剣に対して念じると、剣は碧の輝きを僅かに強め呼応するようにひび割れた部分が修復していく。

 ………………修復されたひびは、目を凝らしてようやくわかる僅かなものだった。

「っぷはぁ!!!」

 俺は剣を手放して何度も肩で息をする。
 直るよう念じた瞬間、魔剣は俺から大量の魔力を強制的に吸い上げていった。

 ……なんだってんだよ、このとてつもない疲労感は。
 やっぱ無茶か?
 精神の剣なんだから、その気になりゃ元に戻るんじゃねって思ったわけなんだが。

 剣を見ると本当に僅かだが、亀裂が減ってるように見える。

 ……減ってるよな? 俺の気のせいじゃないよな?

「いやいや、弱気になってる場合じゃねぇだろ」

 俺は首を振って、再度剣を手に取り念じる。
 瞬時にとてつもない疲労感に襲われるが、今度は覚悟ができていた。

「……ッ!!」

 飛びそうになる意識をどうにか気力だけで保つ。
 体内から魔力が急激に流れ出ていき、反対に頭の中に覚えのない光景が送り込まれてくる。
 剣は僅かに輝きを強め、ひび割れた部分が消えていくのを確信してから俺は剣を手放した。

「…………でぁぁぁぁぁぁ」

 消耗した身体から自然とうめき声が出る。
 まるで徹夜明け状態だ。超だるい。横のベッドにダイブしたい衝動に駆られまくる。

 ……でもみんな集まってるだろうしなぁ。
 これからの話のためにも、剣を修復できる可能性を確認するため試みたわけだが、まさかこんなことになるとは。
 なんて愚痴っても仕方ねぇか。

「……うしっ」
 
 俺は両手で頬を張って、部屋を出た。








 集いの泉にて。
 すでに皆は集まっていた。
 カイル、ソノラ、スカーレル、ヤードの海賊一家。
 アルディラ、キュウマ、ファリエル、ヤッファの護人たち。
 クノン、ミスミさま、フレイズ、マルルゥの島の者たち。
 そして、

「遅いぞ、レックス」

「悪い悪い」

 腕を組んでキッと厳しい視線を送ってくるアズリア。

 いやぁ、それにしても随分集まったもんだな。こうしてみるとなかなか壮観ですよ。

「詳しい事情を把握していないのだけれど、これだけの人数を集めた理由を聞かせてもらえる?」

「そりゃもちろん、無色の連中をぶっつぶすためだよ」

 俺はアルディラを始め、みんなをぐるりと見回した。

「そのために、頼みがある」




[36362] 第十四話 ひとつの答え 中
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/10/05 16:46

 夜。
 コンコン、と軽くノックをする。

「どうぞ」

 部屋の主からの許可を待って、俺は食事を載せた盆を落とさぬよう注意しながらドアを開ける。

「よっす。夕飯持ってきたんだが、腹減ってるか?」

「あ……はい。ありがとうございます」

 ベッドで体を起こした状態のアリーゼは、ほとんど知らない相手が入室してきたことに対する警戒感を瞬時に隠した。
 その反応は初めてアリーゼに港で会ったころとも、島に流れ着いたころとも違う。
 相手に対する気遣いと、まだ臆病な自分が多分に残る奇妙なバランスの上に成り立った、心優しい普通の娘の反応だった。

「オウキーニの奴からも差し入れあったんだぜ。
 このスープはジャキーニのおっさんの育てた野菜使ってるから、味の保証は折り紙つきだってよ」

 ベッドの脇にある台に食器を並べて、俺は傍らの勉強机のいすに腰掛ける。

「起き上がるのは辛いか?」

「はい……」

 朝と比べると若干熱っぽい感じがするな。回復した体力が底をついたってところか?
 それでも夜寝れば明日には治りそうな感じだし、心配するほどではないだろう。

「じゃあほれ、どれから食べる? それとも食べさせた方がいいか?」

「え……え、えええ!?」 

 さらっとふざけたことを言うと、アリーゼは本気で受け取ったのか目を白黒させる。
 あまりに素直な反応に、俺は思わず噴出しそうになるのをなんとか我慢した。

「冗談だって。特になけりゃスープから飲んで身体暖めな」

「えと……はい、じゃあそれでお願いします」

 スープの入った食器とスプーンを渡すと、アリーゼはしっかりとした動作で受け取り行儀よく音も立てずに食事を始める。

 ……いまさらだけど、やっぱりアリーゼって良家のお嬢様だったんだなぁ。
 なんかこう、ベッドで食事を採る姿が妙に病弱チックに見える面もあり、絵になるというかなんというか。

 さすがに他人の食事風景をじぃっと見続けるのもアレなので、俺は椅子に背中から寄りかかって自分用に持ってきた焼き海老をつまむ。
 小海老なので頭から尻尾の先まで丸ごとバリバリいける。この歯ごたえがお気に入りなんですよー。

 俺が3匹目の海老を食べようとしたとき、アリーゼが食事の手を止めた。

「あの、いいですか?」

「ん?」

「あなたは……私の、その、先生だって言いましたよね?」

「あー。言ったねぇ」

「ソノラさんやスカーレルさんに聞いたら、二人ともその通りだって言っていました。
 先生のこと……アティ先生のことを聞いても、誰? って言われて。冗談なんかじゃなくて本気で……何度確認しても困惑していくだけで……」

 あちゃあ。

 今のアリーゼって、つまりは一度目の島にいると思ってるんだよなぁ。
 そこには俺じゃなくてアティが先生としていたわけで。
 でもって、突然降って沸いた男が憧れの先生の立場を騙ってる状態になっていて。
 さらに周りの皆はアティのことなんて露知らず、アリーゼだけが妙なことを言ってることになるわけかい。

 ……どうフォローすんべ、これ。

 俺は冷や汗を垂らすくらいに脳ミソをフル回転させる。

「じ…………」

「じ?」

「実はアティは突然田舎に帰ることになって島を出たんだが、あ、俺はアティの元同僚でアティを迎えにくるために船に乗ってこの島にやってきてその船でアティは帰ったんだが、それからすぐにメイメイさんが変なアイテムばら撒いて島のみんなの記憶が変な風に改変されちまっていつの間にか俺が先生っていうことで定着しちまって、その間偶然アリーゼは熱出して倒れてたってわけなんです」

 思いつくままに適当すぎる言い訳を一息で発した。
 
「………」

「………」

 残るは無常なる無言地獄。
 出した言葉は二度と引っ込められない、という事実を今ほど強く思い知らされたことはないデス……。

 しばらくしてからアリーゼは、ぱちぱちと何度か瞬きをして、

「あ~」

 と微妙すぎる顔をした。
 なにやら目を閉じて、うんうん頷いている。

 ……あれ。ひょっとしてこの娘、今の戯言に納得してやしませんかね?

「それは、大変でしたね」

「え……あ、はい。そうですね……」

 思いっきり気遣ってくるアリーゼに、思わず敬語になる俺。
 
「メイメイさんには困っちゃいますね。そういう危ないアイテムはきちんと管理してくれないと」

「う、うんうん。困っちゃいますよね」

「それで、そのアイテムの効果ってどれくらい続くんですか?」

「あ~っと、え~~……確か数日って話だったと思うぞ? アティが帰ってくるまでには元に戻ってるんじゃない? と思うよ?」

 しどろもどろに言う俺に、アリーゼは僅かに首を傾げてにっこり笑う。

「そんなに慌てないでください。私、あなたには怒ったりしませんから」

「………」

 あなたには、て。
 気のせいかな。アリーゼのバックが若干揺らいでる気がする。
 真夏でもないのに蜃気楼でも発生しちゃいましたかねははは。

 ………。

 メイメイさん、すまんす。今度清酒・龍殺し持ってくんで許してね。

「……ク…………ん……」

 つか、アリーゼさん、俺のほざいた寝言よく信じたね。
 あんまりにも純粋すぎて逆に怖くなってくるぜ。
 ……ひょっとして家庭教師の差だったりしてな。アティの性格なんかはよくわからんが、見た感じ天然っぽい雰囲気だったしなぁ。アリーゼに天然がうつったんじゃなかろうか。

「……レッ…………く…! ………ク…………ん……!」

「ん?」

 思わず遠い目をしてしまっていた俺は、アリーゼの声で現実に戻った。

「もう! 聞いてませんでしたね」

「あ、ああ。悪い。なんだ?」

「う……」

 用件を聞くと、途端に言葉が詰まるアリーゼ。
 なんだ?

 アリーゼは躊躇を振り払って、途切れ途切れに言う。

「その、それ、私も……欲しいな……って」

 視線の先には俺の食っていた海老。

「はぁ。どうぞ」 

 皿を手に取りアリーゼの前に出すと、アリーゼは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、ひとつ取って口に入れた。

 ぼり、ぼり、ぼり。

 ……スープを上品に飲んでも、こういう音は消せないもんなんだなぁ。

 などとどうでもいいことを思いながら、俺も同じようにぼりぼり音を鳴らしながら海老食いを再開した。








 アリーゼの食事が終わって、食器を片付け自室に戻る。
 立て掛けていた碧の賢帝を手に取り、精神を集中させ魔力を流し込む。


 ……ぐぐぐ。


 ……………………んぐぐぐぐぐぐ。


 …………………………………………………………………………ムリ。


「ッぶはぁ!!」

 俺はどうにか剣を落とさず壁に立て掛けて、そのまま反転し自分も壁に背を預け、そのままずるずると床に座り込む。

 時間にして数十秒程度だが、凄まじいまでに魔力の消費が激しい。
 荒くなった息を深呼吸で沈め、俺は袖で汗を拭く。

 ……これ、間に合うんか?
 いや、間に合わせるっきゃねぇよな。

 剣を横目で確認すると半分になった刀身については、ほぼ修復ができている。
 あとは机上に放置されているバラバラに砕け散りまくったカケラを、今ある刀身にくっつければ完了だ。

「………」

 うわぁ。あきらめて終了したくなりますね。
 よくもまぁみんなの前で、できるって言い切ったもんだ。勢いってこえぇー。

「……はぁ…………んしょっと!」

 はい。愚痴終了。
 僅かでもある可能性。
 そいつを広げるために、できることはやっておかなきゃな。
 無色の派閥、そしてオルドレイクの野郎に対抗するために碧の賢帝は必須武器だ。

 俺はベッドにまで這いずって移動し横になる。
 とにかく今は身体を休めて、回復したら魔剣に魔力注入。ひたすらとことんそれを続けるんだ。
 というわけで、今日はもうさっさと寝る。おやすみなさい。








 翌朝。
 起床一発目の魔剣修復をやってから、船長室でぐったりする。

「センセ、どうぞ」

「さんきゅー」

 机に突っ伏していた俺に、スカーレルからの紅茶が届く。

 うーん、よき香りかな。
 帝国の茶とは違って最初は首をひねったけど、若干の苦味と渋みに慣れると悪くないわぁ。

「剣の方はどう?」

「ぼちぼちでんなぁ」

「ぼちぼち?」

「たぶん大丈夫ってことで」

「あら、あんなに自信満々に啖呵を切ったセンセはどこ行っちゃったのかしらね」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるスカーレル。
 
「そりゃあーた、本音と建前ってやつですよ」

「センセにそんなものがあったなんて意外すぎるわね」

 ……なんだそりゃ。俺はそこまで糞ガキじゃねぇぞ。

「でも、確かにあのとき少しでも躊躇えば、こうしてセンセにみんながついてくることもなかったかもね」

「……そうだな」

 昨日の集いの泉でした話。
 俺の頼みごととは、アリーゼを戦線から外すことだった。
 現実的なモノの考え方をするアルディラをはじめ何人かは難色を示し、心底賛成するって奴はほとんどいなかった。
 当然と言えば当然だ。
 先の戦いでオルドレイクに対して不意打ちにも似た全員攻撃では、結局のところ致命傷には届かなかった。
 奴を撤退させるに至ったのは二度とも同種の魔剣の力。それを自由に行使できるアリーゼを戦線から外すのは、相応の理由がなければ到底納得できるものではない。
 アリーゼの不調を説明した後にこそ首を横に振るものはいなかったが、それでも現状を打破できる有効な手段がないことがアリーゼの戦闘不参加を全面的に肯定することを拒んだのだろう。
 簡単に特攻を覚悟できる奴はいない。ましてや、島全体の問題となっているのだ。 自分だけの感情で容易に決断することは憚られる。
 それを強引にまとめたのは、俺が剣を修復しオルドレイクに対抗すると宣言したからだ。

 いや、あれは宣言っていうかなんていうか。
 無理矢理押し通しただけだよね……。








「アリーゼの代わりに、俺に碧の賢帝を使わせてくれ。俺がオルドレイクを倒す」

 しん……と、皆が静まり返る。
 集いの泉にいる誰もが言葉を発さず、僅かに聞こえるのは呼吸音のみ。
 示し合わせたように静寂が訪れ、やがて小さなさざなみがあちらこちらで生まれていく。
 その中で、口火を切ったのはアルディラだった。

「あなた、剣は使えるの?」

「実際に使って見せただろう。紅の暴君にひび入れさせてやったじゃねぇか」

「……そうね」

 めずらしく口ごもるアルディラ。
 代わってキュウマが口を開く。

「ひとつ聞きたいことがありました。
 レックス殿……あなたは適格者なのですか?」

「わからん」

「え?」

「見てただろ? 俺は剣を持って振るうことはできたが、アリーゼやオルドレイクのような身体的変化はなかった。碧の賢帝を暴走させることなく単に武器として使っただけだ。
 それが適格者ということになるのかならんのか。その辺の判断基準が俺にはわからん」

「む……」

「ただ、俺が魔剣を武器として使えるのは間違いない。
 魔剣は精神の剣だ。俺は自室で自分の魔力を媒介に碧の賢帝の修復を試して、それが実際に可能なこともわかった。
 なら話は単純だ。剣を直してオルドレイクをぶっ倒す。
 皆には他の幹部連中や派閥兵、暗殺者の掃討を頼みたい。オルドレイクに幹部連中が加勢したら俺に勝ち目はないからな。
 メイメイさんのとこに無限回廊っていう修行場みたいなとこがあるんだが、そこで少しでも強くなって欲しい」

 ………。

 畳み掛ける俺に、皆が沈黙する。
 どうにか、一本の希望と言う名の糸を垂らすことは出来た。
 これをいかに太く強くするか、それは俺だけの力では不可能だ。皆の、集団としての力を収束させて初めて可能になる。
 そのためには一秒でも早く決断してもらわなきゃなんねぇ。
 残された時間、すなわち無色が行動に移るタイミングを推し量ることはできても、そいつは不確定だ。
 できれば今すぐにでも無限回廊に行って少しでも強くなっておいて欲しいんだが。
 果たして決断を迫れるまでに俺は皆を説得できたんだろうか……。

「で、その無限回廊っていうのはどこに行けば入れるのかしら?」

 沈黙を破ったのはスカーレルだった。
 平素の飄々とした態度で、今日の散歩はどこにするの? 程度の感覚で聞いてきた。

「スカーレル……」

「乗ってあげるわ。センセの船に」

 スカーレルの瞳に迷いはない。掛け値なしの本気の眼だった。
 俺は思わず口角が上がるのを自覚した。

「しっかり漕いでくれよ」

「アタシは櫂じゃなくて舵を持ちたいわ。力仕事は向いてないし」

「だったら風よんで帆でも張っといてくれ」

「あ、それならできそう。センセも手伝ってね」

「へーへー」

 軽口を叩き合う俺たちに皆はぽかーんとしていたが、小さく「ぷっ」と噴出す声が上がると、それはすぐに広がっていった。

「私は海図を読ませてもらおうかしら」

「皆様の体調管理はお任せください」

「風が欲しければわらわが呼ぼうぞ」

「俺はマストの上で天候の確認でもしてるよ」

「あー、シマシマさん! そうやってサボるつもりですね! マルルゥわかってるですよ~」

「私は帆を張るお手伝いかな。力なら自信あるし」

「全力を尽くしてお供します、ファリエルさま」

「自分は非常食の準備でもいたしましょうか」

「ふん、帝国軍仕込みの航海術を見せてやろう」

 賑やかな船員たちに、本業の海賊達は苦笑するしかない。

「こんな泥舟、放っておいたら一日で沈んじまうよ。
 優秀な船長がいればどうにかなりそうだがな」

「大砲だって扱えないとね!」

「わ、私は何をいたしましょう……?」

 素でおろおろするヤードに皆は思わず笑った。
 次第にヤードも一緒になって笑う。
 久々に、俺たちは心の底から笑い合った。
 







 紅茶のカップを戻すと、甲高い金属音が小さく鳴った。

「そういやスカーレルはなんで真っ先に俺に賛成してくれたんだ」

 あの援護がなければ、その場で即断即決という流れにはきっとならなかっただろう。

「大した理由なんてないわ」

「じゃあ教えてくれてもいいだろ」

 スカーレルは、ふふ、と微笑を浮かべてあさっての方向を見る。

「私はね、あの場につく前から賭けてたのよ。アリーゼとセンセに」

「うん?」

「アタシの目的はね、オルドレイクの抹殺よ」

 ……は?

「あいつは、無色の派閥は、くだらない儀式のためにアタシの故郷を一夜にして吹き飛ばしたの。
 そうとも知らずに、アタシは奴らに暗殺組織、紅き手袋の一員として協力したりしていたわ。笑っちゃうわよね」

 ……そういやスカーレルの奴、最初に無色の連中と戦ったとき、妙に黒ずくめ連中について詳しかったな。
 あのヘイゼルとかいう姉ちゃんとも因縁あったっぽいし。

「この島で奴らに会えたのは偶然だけど僥倖だったわ。まさかオルドレイクまで出てくるなんてね。
 前の戦いでアタシはオルドレイクに対して会心と言える一撃を放ったわ。けど、結果はあの通り。
 アタシの力じゃ届かなかった。だからセンセたちにお願いしようと思ってね」

「スカーレル……」

「なんてね。大した理由じゃなかったでしょ」

 スカーレルは右手をひらひら振った。

 ……馬鹿が。
 何でもないんだったらその左手に入った力を抜いて喋りやがれ。

「いいよ。奴は俺が殺してやる」

「センセ……」

「無色の派閥の親玉なんざ、今までもゲスいこと繰り返してきたんだろうしな。死んで当然だろう。
 ……けどよ、それが第一目的でいいか?」

「え?」

「何もかも捨てて、オルドレイクを殺すことだけに専念する。
 それには仲間の犠牲を強いることになるかもしれねぇ。それでもいいかって言ってんだよ」

「………」

「奴を殺すにはそれくらいの覚悟をしてもらえねぇとな」

「……詭弁ね」

「だが、まるっきりこじつけってわけでもない」

「………」

 スカーレルは目を伏せ、沈黙する。

 碧の賢帝が直ったとしても、オルドレイクを倒せるかは未知数だ。
 ましてや殺すことができるかどうかなんてわかるわけがねぇ。
 おまけに、通常頭がやられれば部隊は撤退するものだが、稀に死に物狂いになって特攻してくるパターンがある。
 オルドレイクがそこまでのカリスマを備えているかは不明だが、少なくともあのツェリーヌとやらは手段を選ばず殺しに来そうだ。
 そんな奴が何人もいたとき、果たして俺たちの誰もがやられずに済むものか?
 単に無色の派閥を撤退させるよりも、リスクが上がるのは当然のことだ。

「ずるいわね、センセってば」

「そういう性分だからな」

「はぁ」

 スカーレルはわざとらしく大きくため息をついた。

「はいはい、参った参った。わかったわよ。最優先事項はみんなの無事ね」

「よくできました」

 けけけと意地悪く笑って、俺は紅茶に口をつける。
 冷めた紅茶は、それはそれで味わい深かった。

「おはようございます。何か楽しいことでもあったんですか?」

 アリーゼがドア付近に立っている。
 顔色は平常どおりで、完全に体調は回復した感じだった。

「センセに弄ばれちゃったのよ。アリーゼも気をつけてね」

「え?」

「おいこら、誤解するようなこと言ってんじゃ……」

「あはははは。それじゃアタシは用事あるから」

 アリーゼと入れ替わりにスカーレルが去っていく。
 ちょっとマテやと言いたいところだが、用事というのは無限回廊のことだろうから無闇に引き止めるわけにも行かない。

 無限回廊には最大で半数の戦力を割くことにしている。
 おそらく今日までは、無色の連中が島に対して害することはないと俺は踏んでいる。
 あの戦いで傷ついたオルドレイクを癒すのに一日、様子見で一日と万全な状態にしてから来るはずだ。
 時間が長くなることはあっても、短くなることはないと睨んでいる。
 無論その予想が外れる可能性もあるわけで、最低半数は残って無色の様子を伺う帝国兵から連絡を受け次第即座に臨戦態勢が取れるようにはしていた。

「……弄んだんですか?」

「ないから」

 アリーゼの質問を俺は即座に否定した。








 どちらからともなく二人で船外へ出て歩き出す。
 俺としては剣の修復をしたいところだが、まだ魔力がロクに戻っていない状態でやっても疲れるだけだ。
 アリーゼは散歩をするだけだと言っていたが、今の島では危険がないと言えず、結局ついていくこととなった。

「目的地はあるのか?」

「ううん。気ままに歩きます。レックスくんはどこか行く予定がありますか?」

「特には……ねー…………け……ど…………?」

 強烈な違和感に思わず足が止まる。
 首だけを不自然に回して、俺は左斜め前を歩くアリーゼを見る。

 なんか今、聞きれなれない呼称が聞こえた気がするんですけど……。

「どうしました? レックスくん?」 

「い、いや……聞き間違いぢゃぁなかったんだなって……」

「?」

 突っ込むべきか突っ込まざるべきか。

 

 ………。

 
 ………………。


 ………………………………。


 ………………………………………………………………………………。

「なん、でも、ない」

「あはは、変なレックスくん」

 ころころと笑うアリーゼに苦しい笑いしかできない俺。

 なぜだ。
 なぜ、よりにもよって『レックスくん』呼びなのだろう。
 大抵呼び捨てか、せいぜいさん呼びで……つーか普通、さんじゃねぇの? それともこれが、良家のお嬢様パワーだというのか……恐ろしいまでに精神力をガリガリ削ってくれるぜ……!!

「……どうでもいいけど、俺はスバル、パナシェレベルってことなのだろうか?」

「何か言いましたか?」

「いや、つまらん独り言が漏れただけっすよ」

 コホンとひとつ咳払い。

「まずはユクレス村から行ってみるか」 

 俺の提案にアリーゼは、はいと満足げに頷いた。








「だれもいませんねぇ」

「だれもいないなぁ」

 ユクレス村や風雷の郷、ラトリクスを回ってみたが、外を出歩いているものはいなかった。

 ……偶然なんだろうけど、タイミング合いすぎやしないか?

 たまたま俺たちが訪れたときが護人不在の時間帯だったらしく、それゆえなのか島のものたちは外に出ている様子はなかった。
 さすがに家の中にいないということはないだろうが、暇そうにしてるの捕まえて相手してもらおうくらいの軽い気持ちだったので、結局放浪だけして誰にも会わず仕舞いという結果になってしまったのだ。
 そうして今は霊界集落の前にいた。

「残ったのは狭間の領域かぁ。久々にマネマネ師匠のとこにでも行ってみるかなぁ」

「ものまねダンスバトル! ですか?」

「そうそう。しばらく前に行ったきりになっててさぁ。アレ結構楽しかったんだ」

「ふふ。マネマネ師匠とレックスくんの対決、見てみたいです」

「よし、それじゃ……」

 行くかと言いかけたところで、森の奥からこちらに向かってくる幽霊一人。

「こんにちは、二人とも」

 霊界の護人さんは駐在していらっしゃったようだ。

「二人でお散歩ですか? いいですね。私もついていっていいですか?」

 ハイパーのんびりモードのファリエルさんですが、結構魔力を消耗しているように見える。
 俺はファリエルに近づき小声で話す。

「なぁファリエル。無限回廊行ってきたんだろう? 疲弊してるみたいだし無理しないでここで休んだほうがいいんじゃないか?」

 よかれと思って言う俺に、なぜかファリエルはむぅっと口を曲げて半眼で俺を見る。

「……二人だけの方がいいんですか、レックス?」

 妙に刺々しい声色に、俺は謎のあせりを感じる。

「ンなこと一言も言ってねぇっスよ……」

「だったらいいじゃないですか。それに私、いい場所思いついたんです」

 両手を胸の前で合わせるファリエル。

「イスアドラの温海へ行ったのなら、蒼氷の滝も見ないとウソですよ!」

 ……こんな南の島っぽい場所に、そんな寒そうなとこあんの?








「あったよ……」

 実際のところ、急激に気温が低いわけではないが、ここら一帯は明らかに涼しく感じる。
 山から下る蒼く透き通る多量の水が雄大な滝を作り上げている。
 山の頂上には万年雪が降り積もり、溶けては凍りを繰り返し長い時間をかけて溶け出てきているらしい。
 周囲の温度が低めなのもあって、余計水が澄んで蒼く見える。

「綺麗……空の色がそのまま溶けたみたい……」

「ああ……」

 もはやため息しか出ない。
 傍らの蒼氷樹というガラス細工でできたような樹も、幻想的な雰囲気に一役買っている。
 樹に近づいてみると、周囲は更に気温が下がっているのがわかる。

「涼しいでしょ? 蒼氷樹はマナを冷気として放出する特性を持っているんですよ」

 鎧をまとわず、霊体でふわふわと浮遊しているファリエル。

 確かにここら一帯、マナがかなり豊富だ。狭間の領域か、それ以上ってところだ。
 ……うん? あれ? おお?

「素敵な場所ですね」

「気に入ってくれて嬉しいです。私もここが好きだから。辛いことがあっても、ここでこうして風を感じていると不思議と元気が出てくるんです。
 ねぇ、レックスは気に入ってくれた?
 ……あれ? レックス?」

「俺、いったん船に戻るわ! すぐ戻ってくるから二人はのんびりしててくれ!! なんなら俺のことは気にせず帰ってていいから!!」

「え? レックスくん!?」

 ?マークを乱舞させるファリエルとアリーゼを置いて、俺は来た道をダッシュで走った。








「………」 

 戻ってくると二人は仲のいい姉妹よろしく蒼氷樹の幹に背中を預け、寄り添って眠っていた。
 霊体であるファリエルにアリーゼが触れることはできないが、そんなことは些細なことだ。

「まったく、風邪引くぞ」

 アリーゼに上着をかけ、俺は蒼氷樹の根元に腰掛ける。
 時折風に乗って鈴の音が聞こえてくる。
 音の発生地を見ると、それは鈴の音ではなく蒼氷樹が風でざわめく音だった。

「いい場所だな、ホント」

 俺は精神を集中させ、自室から持ってきた碧の賢帝を握り復元するイメージを強くする。
 折れた碧の賢帝が淡く輝き、その先に置いた魔剣の刀身の破片が、徐々に碧の賢帝本体へと接着していく。

「……ぐっ………………ッ!!」

 修復する分だけ俺の魔力は魔剣に吸われていく。
 しかし、自室で魔剣の修復をしていたころよりもずっと長い間、俺は作業をすることができた。

「ふぃ~~~~~~~~~~~~~~~」

 一度魔剣を置き、長い一息をつく。
 浮かんだ汗も、ここら一帯の低温のおかげで不快感はない。

 ……やはり、周辺のマナが濃いおかげで魔力の消費がかなり抑えられてる。
 魔力の回復も多少は早まるだろうし、何度かこれを実行すれば今日中に碧の賢帝を元に戻せそうだな。

「レックスって、本当に適格者じゃないの? どうして碧の賢帝を直せるんだろう。不思議」

 いつの間にかファリエルが俺の横でふわふわ浮遊している。
 集中してて全然気づかなかったな。
 
「こればっかりは俺もまったくわからん」

 俺はお手上げのポーズをする。

「なんにしろ魔剣自体は使えるわけだし、理由についてはおいおい分かれば十分だろ」

「うん……そうだね」

 ファリエルが心細そうな声音で答える。
 宙を浮遊している状態から地に足をつけるように降下して座り、俺と目線を合わせる。

「ねぇレックス。無理してない?」

「無理ってほどのことはしてないなぁ」

 これからするかもしれんけどな。
 無色の連中が動き出す可能性は明日からだ。
 であれば、なんとしても今日中に碧の賢帝の修復を完了させておきたい。

「碧の賢帝を直すには、まだ魔力が必要?」

 ……驚いた。
 俺は魔剣の修復について詳細はだれにも話していない。
 今の様子だけで、よく気づいたもんだ。

「まだまだ必要だな。俺の魔力じゃ絶対量が足りてないんだ
 でもファリエルがこの場所を教えてくれたおかげで、どうにかなりそうだ」

「……うん。なら、よかった」

 ファリエルは再び浮遊し、蒼氷樹の幹に触れる。

「この樹はね、サプレスではエシャリオって呼ばれてるの。
 エシャリオの実はマナを多量に含んでるから、食べればちょっとは魔力も回復すると思う」

「マジか!?」

 おいおい、それならこの実取りまくって行けばドーピングしたい放題じゃねぇか!

「念のため言っておくけど、食べ過ぎたら毒だからね。魔力の回復だってちょっとなんだから」

 残念。ナイスアイテムに出会えたと思ったのになぁ。
 まぁ、そんな便利なもんだったらもっと早く誰かが使ってるか。

「それじゃあ私は行くね」

「おお、がんばれよ」

 ファリエルは背を向けて帰ろうとして、すぐに静止する。

「……ねぇ、レックス」

「どした?」

「あなたは、どうして戦うの?」

「は?」

 ファリエルが振り返る。
 その瞳は僅かに涙に濡れ、それでも溢れさせまいと懸命にこらえていた。

「無色の派閥に立ち向かう必要なんてないでしょう。
 島にはすでに結界はなく、船は修理されているんだから。
 島から出ていってもだれもあなたたちを悪くなんて思わない。ううん、出ていって当然だって思う。
 アリーゼだってあんなことになって……だから! ……だから……ッ!!」

 ファリエル次第に激情を抑えきれずに嗚咽する。

「もう、無理なんてしなくていいの!
 だれもあなたたちを責めたりしないから!
 私は……私はあなたに生きていて欲しいの……」

「勝手に殺そうとすんなよ」

「冗談なんかじゃありません!!!」

 軽い口調で返答すると、ファリエルが叫び返す。

 おお、怖。

「私は本気で……」

「アホか。なお悪いわ」

「な!?」

「見損なうんじゃねぇぞ。俺はなぁ、てめぇの意思でここに残ってるんだよ。カイルたちだって同じだ。
 それを出て行けだのなんだの。それとも何か、ファリエルは俺たちを邪魔者扱いする気か? あぁん?」

「そんなこと……」

「そりゃ俺だっててめぇの命が大事だよ。逃げられるなら逃げてるよ。
 でもよ……そんなんじゃねぇんだよ。
 長い間ここにいたファリエルが聞いたら笑うかもしれんがな、俺にとってこの島はもう大事な場所なんだよ。この島の連中を護りたいんだよ」

「レックス……」

「俺が欲しいのはそんな巫山戯た言葉じゃねぇ。
 なぁ、ファリエル。お前の本当の望みはなんなんだよ。たぶんそれは、俺の望みとも重なるぞ」

 ファリエルは、もう涙を隠そうともせずに、ポロポロと瞳からこぼし続ける。
 しゃくりを上げて、不安そうに俺を見る。

「……っ……くっ…………」

「………」

「……みんな……今のままで……ッ……いられるよね?
 アリーゼは元に戻って……だれも欠けることなく…………今のままで……」

 僅かに震え、消え入りそうな声でファリエルは呟く。
 俺はなるたけ自身満々な声で答える。

「当たり前だろ」

「レックス……」

 泣きじゃくるファリエルがほんの少し表情を和らげる。
 透き通るような瞳。蒼氷の滝の水のように澄んだ色だった。

「不安なら、また頭撫でてやるぞ」

 俺が意地の悪い笑みを浮かべて手を伸ばすと、ファリエルは羞恥で頬を染めて後ろに下がり、くるりと背を向けた。

「け、結構です!」 

「そっか? 遠慮せずに必要なときは声かけろよ~」

「知りません!」

 霊体のまま浮遊移動し、蒼氷樹のマナが薄くなったあたりでファルゼンの鎧を纏う。

 ……あの姿の方がマナの消費を抑えられるって頭じゃわかってるんだが、あれで山を上り下りするってシュールすぎる光景だな。

 視界から見えなくなるまでファリエルを見送って、俺は蒼氷樹の実を取って食い一休みをした。
 ちなみに、蒼氷樹の実は甘くて冷たかったです。美味いけど、腹下しそうだしいくつも食えるタイプのものじゃなかったです。








 夜。

 アリーゼを背負って蒼氷の滝から船に戻ると、海賊達が全員戻っていた。
 アリーゼに気づかれぬよう、こっそり無限回廊でのことを聞くと成果はあったようでカイルに肩をバンバンぶっ叩かれた。
 土産として摘んできた蒼氷樹の実を夕食に追加し、俺たちは小さな楽しい宴を開いた。

 そうして、今は自室にいる。
 部屋の中心で腰に下げた柄から碧の賢帝を抜く。

「……ッ!!」

 精神集中。
 自分の身体から急激に魔力が抜けていくが、次第にそれは減少していき、やがては直れと念じても魔力が失われていくことはなくなった。

「………」

 見た目では完全に元通りとなっており、欠けた部分もひび割れた部分も今はわからない。
 魔剣を所持していても、俺の身体に変化はない。
 初めて碧の賢帝を握った時のように、突然身体が動かなくなったり眩暈に襲われることはなく、剣を修復していたときのように強烈に魔力を吸われることもなかった。

「……よし」

 碧の賢帝を鞘に収め、俺はその場に大の字になって倒れる。

「終わった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 心からの安堵。

 いやぁ、蒼氷樹さんの力がなかったら今日中に直すとか絶対無理だったわ。
 ファリエルには感謝だなぁ。

「って、明日は早いんだったか」

 しっかり寝て体調を整えておかねぇと。
 おそらく無色が動き出すであろう明日は、戦いは避けられないだろう。
 奴らが直接遺跡を狙うか、まずはこちらを潰そうとしてくるかはわからんが、先の戦いでオルドレイクに負傷があったことから下手な油断はないと思っておいた方がいい。
 今までで一番キツい戦いになるのは間違いない。

「っしょっと」

 俺はベッドに倒れこみ、目を瞑る。
 闇の先には赤毛の女が見えた気がした。

 ……安心しろ。全部終わらせるさ。

 心中で女に語りかけ、俺は深い眠りへと落ちていった。




[36362] 第十四話 ひとつの答え 下
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/10/13 17:38









         ……リ…………助けて…………
















 翌、明け方。
 薄明かりが島全体に降り注いでいる。

 俺は碧の賢帝とジェネラスニールを納めた二本の鞘を腰にさげ、部屋を出た。
 さすがにこの時間に起きている人はいないのか、船の廊下は物音ひとつせず静謐な雰囲気に包まれていた。

「ん?」

 ふと、ある部屋のドアがわずかに開いていることに気づく。
 俺は何の気なしに、その隙間から部屋の様子を伺う。

「……すぅ…………すぅ…………」

 部屋の主が穏やかな寝息を立てて眠っていた。
 熟睡しているのか、俺が部屋の前に立っていても気づく気配はない。

 俺はそっとドアを開け、中に入る。
 数える程度にしか入ったことのない部屋だが、不思議と俺にとっては落ち着く空間だった。
 整頓された机、掃除の行き届いている床、わずかに埃の積もった窓枠。

「これは……?」

 机の引き出しからはみ出している紙片。
 確か以前、作文の宿題を出したときに俺がみんなに渡した提出用の紙だったはずだ。

 そういえば、アリーゼは新しい紙が欲しいって言ってきてたっけ。もらっていた紙は破けたとか言ってような。

 その後、スバルやパナシェ、マルルゥと一緒に俺に作文を提出していた。
 内容は確か、軍学校に入って立派な婿を見つけて父を安心させたい。そんな感じだったはずだ。良家の娘ってのも楽じゃねぇなと思ったもんだ。
 
「………」

 アリーゼは未だ寝息を繰り返すのみで来訪者に気づいた様子はまるでない。

 ……うむ。ならば仕方あるまい!

 何が仕方ないのか自分でも謎だが、俺は音を立てぬように引き出しを開け紙を取り出した。
 アリーゼは、以前作文について恥ずかしいから誰にも見せないと言っていた。
 だがしかし! 俺は先生なのでそういったものでも泣く泣く監督せねばならぬ責任があるのだ!

「さって~、なに書いたんかな?」

 ふんふんと鼻歌でも鳴らしたくなるくらいの満面の笑みで俺は作文に目を通す。

 あのアリーゼさんが慌てて隠すってのがどんなものなのか興味はありまくりだ。

 ………。

 俺は最初から最後まで読み終え、もう一度最初から読み始める。
 内容はたわいもない、それこそスバルたちと変わらない子供らしいものだった。
 初めはマルティーニの屋敷でのこと、そしてこの島での出来事が書かれ、それだけだった。
 最後に、その後のこととして将来の夢が書かれているが、それはひどく簡潔で、しかし何度も書き直した跡があり、だからこそ強く願っていることが俺には伝わってきた。


『できることなら、この島でみんなと暮らしていきたい。みんなで協力して仲良く暮らしていきたい。
 カイルさんやジャキーニさん達は船に乗って島を離れてしまうでしょう。
 アズリアさん達も軍に戻ってしまうでしょう。
 でもきっと、ときどきは島に戻ってきて、みんな揃って宴を開いたりできると思います。そのとき、私は島のみんなと一緒にお出迎えをします。とても楽しい時間になると思います。
 そうして、私はいつまでもこの島で暮らしていきたいです。
 大好きな先生と先生と一緒に。』


 二度、三度と読み返す。
 マルティーニの屋敷のことはもちろん、この島の出来事でも俺の知らないことがいくつも書かれていた。
 最初は影でそんなことがあったのかー、なんて思っていたがそれは勘違いだった。
 アリーゼはアティがいたころの島と俺がいるころの島のこと、両方を書いていた。
 先生と喧嘩したことも、宴会で騒いだことも、イスアドラの温海に行ったことも、アティの時も経験したことだったのか、律儀に両方でのことが書かれている。
 アティに物語の創作について褒められたこと、俺との戦闘訓練で大変だったことなど、どれもたわいもないことだった。

「はは……」

 弱々しい笑いが漏れる。

 ずっと、アリーゼの本当の先生はアティだけだと思っていた。
 なれてもせいぜい二番目。それは当然で、仕方がないとすら思っていなかった。
 アリーゼの言動から俺とは別の先生の存在に気づいた時から、あきらめていた。
 アリーゼが俺を先生と呼んで認めてくれるなら、それで十分だと思っていた。
 アティについて知り、ゲンジのじーさんの話を聞いてからは更に顕著になっていたはずだった。

「現金な野郎だぜ、俺は……」

 袖で顔を拭う。
 俺は傍らに置かれていたペンを取り、作文の書かれた紙に一筆し引き出しに戻した。
 変わらずに寝息を立てているアリーゼ。
 俺は一度だけアリーゼの髪をそっと撫でた。

「……ん……ぅ…………すぅ………………」

 アリーゼは僅かに身じろぎをして、再び寝入った。
 すやすやと眠るアリーゼを見ていると、胸が熱くなる。
 この熱が強く強く訴える。守りたい、と。
 それと同時に脳裏には別の言葉が浮かぶ。守りたいという感覚。それは、俺の本心なのか、それとも――。

 俺は首を振り、はっと笑い飛ばして部屋を出る。

 なんでもいい。やることは変わらねぇし、決意も固まった。

「行ってくるぜ」
 
 返答のない挨拶をして、俺はドアを閉めた。








 船長室で時間を潰していると、カイルが入ってきた。

「よぅ」

「おぅ」

 短い挨拶。
 カイルは俺の正面に座り、他の面々がくるのを二人で待つ。

「碧の賢帝は直ったのか?」

「おかげさまでな。無限回廊の方はどうだった?」

「すげぇところだったぜ。最初は雑魚ばかりだと思ってたら、進めば進むほど強くなっていってあっという間に正面突破ができなくなった。短い時間だったが鍛えられたはずだ」

「そいつぁ期待するぜ」

「任せろ。
 ……なぁレックス。お前はどうしてアリーゼを戦いから外したんだ?」

「あ? ロクに戦える状態じゃねぇってのは説明しただろ」

 アリーゼがこの世界とよく似た世界から召喚されてきたのか、それともこの世界自体の時間を巻き戻ってきたのか。
 そのどちらかだろうと俺は見当をつけているが、説明するのも面倒そうなので皆には記憶が混乱して本来の力を出せなくなっていると説明していた。

「それならアリーゼを治すなりして戦えるようにすればいいだろ。
 けど、お前は様子見だけでアリーゼの状態を改善させることはなかった。
 それはどうしてだ?」

「どうしてって……」

「以前のお前なら、碧の賢帝をアリーゼに持たせて使えるかどうかくらいは確認したはずだ。
 それは試したのか?」

 ……そういやアリーゼが碧の賢帝を使えるかは試してなかったな。
 今のアリーゼの記憶では抜剣者はアティってことになってるはずだし、欠損した状態の魔剣を握らせる気にはなれなかったし。

「お前は無茶をする奴だ。
 だが、それができると思えば他人にも無茶を要求する。
 それが今回のアリーゼに関しては、ひどく過保護だと思ってな」

「過保護て」

「惚れたか?」

「ぶほッ!? ……ッ!? げほっ、ごほっ……ッぉぉぁぉぉぉ……」

 思わず噴出して喉が詰まり咳き込む。仕舞いに同様して変な声が出た。

「ちょっと先生!? それホントなの!?」

「……驚きました。少し年が離れすぎていると思うのですが」

「アタシとしては愛に年は関係ないと思ってるわよ。心さえこもっているなら変な色眼鏡で見たりしないわぁ。うふふふふ」

「てめぇら何決め付けてやがるんだ、っつーかどこからわいて出てきやがったぁ!?」 

 いつの間にか集合していた三人が、船長室の開けっ放しになっているドアを指差す。律儀な方々ですね!

「大きな声出すとアリーゼが起きるぞ」

 ニヤニヤするカイルに俺は慌ててドアを閉める。

 ぐぬぬぬぬ、この俺がからかわれるとは。

「……そういえばファリエルから、昨日は先生とアリーゼがずーっと一緒にいたって聞いたよ」

「あらあらあらあらあら」

 若干引き気味のソノラに、ますます調子に乗るスカーレル。
 スカーレルに無意味にぽんぽん肩を叩かれまくる。

 うわぁ、超鬱陶しいっす。

 その様子を見ていたソノラが、俺を汚物でも見るかのように遠巻きに見る。

「そのときはなぜか、アリーゼに『レックスお兄ちゃん』って言わせてたらしいよ」

「言わせてねーし!! 『レックスくん』だし!!!」

 何わけのわからん属性を俺に付与させようとしてんだこのアマ! マジでぶっ飛ばしますよ!?

「いやいや、先生よぉ。ちょいと待ってくれ。
 レックスくんも大概おかしくねぇか? お前らは同い年の子どもか?」

「うぐっ!?」

 そ、そりゃあ俺だっておかしいと思ってたんだよ?
 でもさぁ、微妙な精神状態のアリーゼにはどう接したらいいか俺だってよくわからなかったんだよ!
 変に機嫌損ねてアティのこと突っ込まれても答えらんないでしょ? ってカイル達にアティのこと言ってないから説明できないし、しても今の状況じゃわけわからん苦しい言い訳にしか聞こえないぃぃぃぃ!?
 うわあああああああ、だれか俺の心労わかってよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?

「くそ! こんなことになるなら最初からレックスお兄ちゃんって呼ばせておけばよかった!!」

「……マジで引くよ先生……遠い世界の住人になっちゃったんだね……」

「スカーレルぅぅぅぅうううう!!! てめぇ人の背後取って何わけのわからん声真似してやがんだあああああああ!!!
 言っていい冗談と悪い冗談があるぞてめええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「ねぇ、アニキは大丈夫? 実は先生みたいな趣味があったりしない?」

「そう怯えるなよソノラ。大丈夫、俺はノーマルだ。俺『は』な」

「よかったぁ」

 心底安堵した表情を浮かべるソノラに、よしよしと乱暴に頭をなでるカイル。美しい兄妹愛である。これが俺を犠牲にした上に成り立っていなければ拍手くらいしてやったよこの野郎!

 そして、沈黙していたヤードが申し訳なさそうに手を挙げて爆弾を落とした。

「実は私、先ほどレックスさんがアリーゼの部屋から出てきたのを見て……」

「すんません勘弁してくださいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ」

 この後、集いの泉で皆が集まった際、再度からかわれたわけだが……もういいよ。勝手にしてくれ……。








 遺跡深部、識幹の間。

「最深部へ向けての探索準備、すべて完了いたしました」

「ご苦労でした。追って指示を待ちなさい」

 ヘイゼルの報告にツェリーヌは頷く。

「さすがは始祖たちの築き上げた施設だけのことはあるな。
 構造が複雑で、中枢を掌握するのにも苦労させられるわ……」

 油断ない表情でオルドレイクが歩を進める。

「あなた……傷のほうは大丈夫ですか?」

「問題ない」

 オルドレイクは変わらぬ調子で進軍するが、その胸中は穏やかではない。

(……魔剣を利用して遺跡の掌握をすることは今は危険だ。不確定要素をこれ以上増やすわけにはいかん。
 私が直接この手を下すしかあるまい。奴らよりも先に、な)

 オルドレイクの手にしている魔剣、紅の暴君に今は傷跡はない。ウィゼルの鍛冶師としての腕とオルドレイク自身の魔力で修復は完了している。
 しかし、魔剣が破壊されることでのダメージは決して無視できるものではない。
 碧の賢帝は砕け、二本の封印の剣が揃わぬものとなった今、遺跡の掌握には慎重を期し臨むべきだとオルドレイクは考えていた。

 焦る必要はない。だが、悠長にことを構えているわけにも行かない。
 先の戦いでの傷は癒えたが、オルドレイクの心には今も刻まれている。
 島のはぐれ召喚獣たちの連携攻撃、アリーゼの魔剣の力すべてを解放したかのような圧倒的な召喚術、弟子であった者の底力。そして――、

(あの男。レックスという男。折れた魔剣で、この私に刃向かい紅の暴君に傷をつけた……)

 歯軋りをし、オルドレイクは痛みの伴わない痛みを感じた。

「先に進むぞ……。無駄な時間をかけるのは最小限にしたいものだからな」

「そう言うなって」

 その声に、オルドレイクは素早く首を向ける。

「おっさん、もう少しゆっくりしていけや」








「おっさん、もう少しゆっくりしていけや」

「貴様ら……!」

 赤マフラーの女、ヘイゼルが後方から現れた俺達を警戒し、素早く黒ずくめ達が陣形を形作る。
 即座に一触即発の空気が生まれる中、ぼそりと呟くカイルの声が風に乗った。

「俺の台詞取られちまったよ。……ロリコン先生に」

「ぶはっ!」

 背後で噴出す音がした。
 必死に笑うまいと堪える努力と、それが叶わず無理矢理笑い声をかみ殺してダダ漏れる奇怪な声があちらこちらで上がる。
 あっという間に場は、ぷっくくく、だの、いーっひっひっひ、だの悪魔顔負けの忍び笑いで満たされた。

「ひ~……ふ、ふふっふっふ…………やはり……遺跡の、確保を……べひっ……優先したわけね……く、くっ」

 意外と笑い上戸だったのか、アルディラが緩む口元を必死に制御する。
 融機人さんとは思えない感情の乱れっぷりだった。少し前のシリアスな空気は完全に吹き飛んでいた。
 カイルは自分で言っておいて頬をひくひくさせまくり、その隣にいるソノラはやっぱり俺を汚物を見る目でドン引きしている。
 ヤッファは腹をかかえて膝をついてうずくまっている。
 ヤードとスカーレルは顔を背け口に手を当て、その隙間から何度も、ぶふふぅと息を漏らしている。
 ミスミさまとアズリアは悪びれずに離れた場所で普通にあはははははははははと涙流しながら俺を指さして爆笑している。
 マルルゥやクノンはこの状況がよくわかっていないのか、?マークを乱舞させていた。

 つか、アズリアさん、あんたそんなキャラでしたっけ。
 いやもうどうでもいいんですけどね……。

「ここが、貴様らの……ぶふぅッ…………は……ひゃかば……ぷくくぅ……ッ…………墓場……ダ……ヒ~ッ!」

 もはや我慢の臨界点を超え涙目になりつつある鬼の忍。
 忍ぶ気ないなら忍者なんてやめろやキュウマ。

「ここから先にはいかせません」

 周囲が笑いの混沌の只中に落ちているのを完全に無視し真顔で言うファリエルと、気合と鋼の意思できりっとした表情をキープするフレイズ。
 ファリエルは俺を馬鹿にしないでくれるんだなぁと感動する。
 だがしかし、先ほど集いの泉で集まってから開催されたレックス先生大イジリ大会から、ずっと真顔のままなのはなんとかなりませぬか?
 はっきり言って怖ぇ。正直びびる。なんか妙な迫力があるんですよ今のファリエルさんには。

「………」

 俺は無言で振り向き、カイルに顔を向ける。
 カイルは俺と目が合う前に素早く顔をそらし、頭の後ろで手を組み口笛を吹く。
 激しくベタな誤魔化し方だった。ていうか誤魔化すつもりねぇだろてめぇ……。

「恐怖のあまり、精神に異常でもきたしましたか?」

 ツェリーヌに思いっきり憐憫の表情を向けられる島の者達ご一行。

「ほっといてください……」

 コホン、とひとつ咳払いし強引に話を戻す。

「にしても、遺跡の確保を優先するとはな。俺はてっきり、まずは邪魔な俺達を潰しに来ると思ってたんだがなぁ。オルドレイクのおっさんよぉ」

 強引に話を戻して軽く挑発してやると、オルドレイクは眉間に皺をつくり前へと出てくる。
 ちなみに周囲のかみ殺した笑い声は止んでいる。若干聞こえる気もするが、面倒なので俺は聞こえないことにした。

 最終決戦とも言える戦いの前になんという緊張感のなさ、といった突っ込みをする奴はいねぇのか? いねぇのか。
 ……いいやもう、とっとと話を進めっぞ!

「遺跡さえ手にしちまえば、敵はいないだろうなぁ。
 ってーことはなにか? あんたら無色の派閥さん方は、俺達が怖いのかな? 正面から戦うのを恐れちまうくらいによ」

「弱い犬ほど、よく吼える」

「さっすが。無敵の魔剣、紅の暴君の使い手は言うことが違うねぇ。
 んで、ご大層な口をきいて、尻尾を巻いて逃げちゃいますか? やっぱり遺跡の確保に走りますか?
 ……だったらしょうがねぇ。追っかけて、追っかけて追っかけて追っかけて。逃げる獲物を残らず狩ってやるよ」
 
 俺は獰猛に笑う。
 瞬間、周囲から何かが切れる音がした。

「なんという口をきくのですか!?
 無色の派閥の大幹部、オルドレイク・セルボルトに対する数々の侮辱、到底看過することなど出来ません!!」

『ッ!!!』

 ツェリーヌを初め、周囲の無色の下っ端連中がこめかみに青筋浮かべまくって俺を射殺さんと眼つけてくる。
 オルドレイクは憎悪に顔をゆがめ、紅の暴君に手を掛ける。

「己の矮小さを理解しておらぬようだな」

「ほぅ、ならぜひご教授いただきたいねぇ」

「よかろう。矯正してやる!」

 オルドレイクが魔剣を抜き放ち白く染まる。同時に沸き起こる圧倒的な魔力の奔流。
 
 ……ちっ、紅の暴君はきっちり修復されてやがるか。
 ヒビ入ったままならラッキーくらいに思ってたんだがな。

「やれるもんならやってみろよ、おっさん!!」

 俺も碧の賢帝を抜き構える。
 淡い碧を放つ刀身は、つい先日に半ばから折れて粉々になっていたとは思えない輝きを放っている。

「ほぅ……」

 ウィゼルが碧の賢帝を見て感嘆の息を漏らす。

「魔剣を修復するとは……」

「お互い様ってねぇ。条件は同じだぜ」

「ふ。面白いことを言う。
 お前は魔剣の力を十分に引き出せるというのか?」

 俺が碧の賢帝を手にしても何の変化もしないことを指しているのだろう。
 それを聞いた瞬間、俺はウィゼルへの恐怖が和らいだ。

 ……くくく。とんでもねぇ剣豪爺だと思ってたけどよ。
 案外かわいいとこもあるじゃねぇか。

「そんなん知るかよ。戦うのは俺だ。魔剣は振るわれるだけさ」

「………」

「オルドレイクをぶっ倒したら、次はてめぇだ。慌てず待ってろよ」

 ウィゼルに言い捨てて、俺はオルドレイクへと正眼の構えを取る。
 思いっきり息を吸い込み、下っ腹に力を入れ叫ぶ。

「やるぞてめぇらああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

「応ッ!!!!!」

 裂帛と共に俺達は散開し、正面から無色の派閥へと戦いを挑んだ。








 俺は中段に構えたままのオルドレイクに対して、一気に接近する。
 オルドレイクが大振りの一撃を放つが、そんなものが当たるわけがない。
 俺はさらに踏み込み、近づくことでそれをかわす。それこそ、剣の間合いを超えて近接する。
 オルドレイクの動揺する気配。
 腕を伸ばしたら届く程度の間合い、これでは互いにロクに剣を振るうことはできない。

「おらァァァ!!」

 俺は右手を碧の賢帝から放し、こぶしを握り渾身の一撃をオルドレイクの顔面へと繰り出す。
 オルドレイクはかろうじて後退し顔をひねることで回避するが、俺はさらに前蹴りを放ちオルドレイクの鳩尾をとらえる。

「ぐぉッ!?」

 単なる蹴りだが、急所を的確に捉えた一撃。
 痛みに一瞬動きが止まるオルドレイクへ、すかさず突きを放つ。

「ちぃッ!!」

 オルドレイクは俺の突きを横移動で躱し、大きく後ろへ跳び間合いを取った。
 数度の呼吸でオルドレイクは息を整える。

 ……くそ、あんだけ思くそ蹴ってやったけど、やっぱりダメージはほとんどねぇか。
 おっさんが剣を気にしまくるのを逆手に取ってみたわけだが、攻防を制してもこれじゃあ埒があかねぇ。
 連続で打撃を入れまくれば多少は効くだろうが、やはり最後には剣による一撃がどうしても必要になるか。

 オルドレイクも俺の意図に気づいたのだろう。
 余裕の表情で不遜な態度を取り戻す。

「……この私を倒す、だと。魔剣を使いこなせぬ貴様にそれが可能だと思うか?
 否、今の攻防がその答えだ。それでも虚勢と意地だけで戦うつもりか?」

「………」

「くくく。絶望のあまり声も出せんか」

「アホかてめーは」

「なに?」

「意地以外の何で戦うっつーんだよ」

 俺は上段に構え、限界まで気を高める。
 一撃だ。防がれようともすべてを叩き潰す一撃で終わらせる。
 碧の賢帝が俺の意志に呼応して、その輝きを増す。
 魔力とも違う、得体の知れない力が魔剣から発される。

「な……!?」

 オルドレイクがその力にたじろぎ、僅かに後ずさる。

「意地以外に命を張る理由なんてねぇよ」

 極限まで溜めた気合を武器に、俺はオルドレイクめがけて疾った。











 起床すると、船内にはだれもいなかった。
 この島に来てこんなに静かな船内は初めてだった。
 カイルをはじめ海賊達はいつも騒がしいし、だれかを訪ねて島の人やジャキーニたちが来ればそれは倍増する。
 いつしかアリーゼは、そんな騒がしい船を自分の帰る場所と自然に思うようになっていた。

「みんな、どこへ行ったんだろう……」

 口に出して、アリーゼは改めておかしなことだと認識する。

 違う。
 この世界はきっと違う。
 自分が安穏と暮らし、大変さや苦しさはあっても、必ずなんとかなると何の保証もなく無自覚に信じられた世界ではない。

(昨日の島の様子、とても静かだった。何かに怯えるように誰も外に出ていなかった)

 集落からは隠し切れない緊張感があふれ出し、共に歩いていたレックスからも表面上はのんびりとしていても時折焦燥感がにじみ出ていた。
 きっとただ事ではない。
 そう結論付けると、アリーゼはすぐに船を出て、あてもなく歩き出す。

「そういえば……」
 
 世界が違うと言えば、一人だけ自分の記憶にはない人物がいる。

「レックスくんは、どういう人なんだろう」

 思えば最初から変な人だった。
 当然のように自分に話しかけ、当然のようにカイルたちと接する。
 最初は海賊の仲間かと思っていたが、そういうわけではなさそうで、ヤードのように客人という扱いが一番近いのだろうか。
 島のみんなとではファリエルと話していたのしか見ていないが、とても親しそうだった。二人で島を回ったときには、迷いもせず的確に地理を把握していた。ある程度の期間、この島で生活していることは間違いなかった。
 レックスと二人で歩いていて話しが途切れても気まずい雰囲気にもならない。
 年が離れているはずなのに、不思議と仲の良い友人のようにアリーゼには思えた。

(なんだか……先生みたいに親しみやすくて……)

 脳裏に浮かぶ言葉を引っ込める。
 どうしてか、それを言うのは憚られる。
 無意識の内に無理矢理納得していたアティの不在。
 漠然とした不安は、意識をした瞬間に明確な形をとる。 

(不在……?)

 その言葉に強烈な違和感を抱くと同時に、アリーゼは、はっと息を呑む。

「出てきて!」

 すぐさま魔力を集中させ、召喚する。

「キューピピー」

「キユピー!」

 呼びかけに応え、召喚された護衛獣を抱きしめる。 
 この島に来てから、ずっと共にいた友達。こんなに長い間一緒にいなかったことなどなかった。

「ごめんね、キユピー」

「キュピ、キュピピピピ!」

 腕の中にいるキユピーが暴れる。
 忘れてしまっていたことについて怒っているのかとアリーゼは思い、もう一度ごめんねと謝るが、それでもキユピーはおさまらずにアリーゼの腕を抜ける。

「きゃ!?」

「キュピー、キュピピー! キュピピピピピ!!」

 キユピーは今まで聞いたことのない声を発して、あさっての方へ飛んでいく。

「キユピー!?」

 あっという間に姿が小さくなっていく護衛獣をアリーゼは慌てて追いかけた。







「うるぁぁぁっぁあああああああああああああ!!!」

 俺は碧の賢帝を叩きつけるようにオルドレイクの頭上へと振り下ろす。

「!?」

 オルドレイクは俺の渾身の一撃を、身をひねってかわす。
 碧の賢帝は勢い余って床を叩き亀裂を走らせる。
 俺はすぐさま引っこ抜き、強引に横切りをする。
 しかしオルドレイクは勢いのない一撃を完全に見切り僅かに身をそらせてやり過ごし、

「ナックルボルト!!」

 機界の召喚獣、ナックルボルトを召喚した。
 巨大な体躯の両手から高速のミサイルが、超々短距離から発射される。

 げぇっ!?

 思ったときには爆発、俺の身体は大きく吹き飛ばされた。
 地を転がり何回転もしてようやく仰向けになって止まる。

「くくく、ははははははは!! どうした、剣を手にしたところで貴様はやはりその程度なのだ。器が伴わなければ、いかに強大な武器を手にしようと宝の持ち腐れだ!!」 

 オルドレイクが哄笑し、倒れている俺を見下す。
 膨大な魔力と召喚術の中でも高威力を誇るナックルボルトのダブルインパクト。
 召喚術に覚えがある者が受けても、その身は粉々にされるだろう。

「いってーなてめぇ……」

「貴様……!?」

 俺が身を起こすと、オルドレイクは目を見開く。

「なんだその反応は。まさか今ので俺をやれるとでも思ったのか? どんだけおめでてーんだよてめぇは」

「馬鹿な……立ち上がることなど……馬鹿な…………」

 俺は服の埃を払って、余裕の表情で剣を構える。

「くぅ……!!」

 慌てて構えるオルドレイク。

 ……動揺しまくってんなおっさん。

 俺はニヤリと不敵な笑みを無理矢理浮かべる。
 無論、オルドレイクの召喚術が効いてないわけがない。っつか、めっちゃくちゃ痛ぇ。ぶっちゃけもう2、3発食らったら昇天してもおかしくないレベル。
 ダブルインパクトが直撃する直前、咄嗟に碧の賢帝を盾にして術の威力を軽減させたからこそ、どうにか立っていられる。
 それを勝手にオルドレイクが自分の召喚術が効いていないと勘違いをしているだけだ。

 ……まぁ、そう仕向けてはいるんだけどさ。

 俺は今になってようやく魔剣の特性というものに気づいた。
 碧の賢帝も紅の暴君も、おそらく使い手の魔力以上にその精神に反応する。
 つまり、ハッタリがそのまま力になる。
 ただ、厄介なことに俺の意志では剣の威力を上げることはできても、自身の能力自体を上げることはできない。
 おそらくオルドレイクや以前のアリーゼであれば身体能力を上げることは可能だろう。

 気づかれてはならない。
 今ですら、オルドレイクと俺の力の差は歴然としている。
 それでも一方的に蹂躙されずに戦いになっているのは、オルドレイクが直接剣を合わせるのを避けているせいだ。
 一度破壊された魔剣がトラウマになっているんだろう。元はあれだって、皆がよってたかってオルドレイクをボコボコにして消耗させ、たまたま俺の一撃が紅の暴君の臨界を突破させただけだ。
 魔剣が圧倒的な力を有するのは事実だが、それだけだ。
 あまりにも強大すぎる力のせいで、オルドレイクはそれを絶対の力と勘違いしている。
 そして、その力を受けて表面上は平気な顔してる俺は、さしずめ化け物か何かに見えていることだろう。

「どうしたおっさん、そろそろ準備運動は十分だろ?
 いい加減本気の戦いをしようや」

 俺は再び上段に構え、隙なく近づいていく。

「今度は外さねぇぞ」

「……!!」
 
 オルドレイクには迷いが残っている。
 俺の碧の賢帝での攻撃を魔剣で受けるか、あくまでかわし続けて打撃や召喚術で戦うか。
 俺とて、弱体化しているオルドレイクからの攻撃であっても何度も受けるわけにはいかない。
 なにより俺の魔剣による攻撃を受けたオルドレイクに致命傷が与えられなければ、奴は勝手に自信を回復し俺はなぶり殺しにされるだろう。
 やるなら何者を砕く一撃で。あるいは連撃で一気に押し切るしかない。
 
 ……こちらも覚悟を決めるべきか。
 俺自身の力のみで立ち向かうか、それとも――――いや、ダメだ。
 自分に嘘はつけない。失敗した時点で俺は秘めてきた希望を打ち砕かれて、戦う気力が鈍ってしまうだろう。
 その先は単なる自滅だ。今は賭けに出る状況ではない。

 なるだけ奴を恐怖させ、動揺させ、最高威力の攻撃をぶつける。
 それだけを意識して俺は気を練っていく。

 近づく俺に対し、オルドレイクが詠唱を開始した。







 キユピーが真っ直ぐ飛行する。
 風雷の郷を抜け、ラトリクスを抜けていく。

(まさか……遺跡の方へ……?)

 アリーゼは息を切らせながら走る。全力でなければキユピーの姿を見失ってしまう。
 やがて、喚起の門を抜けると帝国兵が散っていることに気づいた。

「おまえは!?」

 ひときわ大きな体格をした男、アズリアから兵の指揮を任されたギャレオがアリーゼを見て声を上げる。

「どうしてこの場に……待て! 隊長からお前を通すなと言われぐおおおぉぉぉぉ!?」

 問答無用でキユピーがギャレオの股間に体当たりをぶちかます。
 南無。
 ギャレオは泡を吹いて気絶した。

「ひィッ!?」

 ギャレオの傍に控えていた帝国兵が思わず恐怖に身をすくませた。
 本能的に自分の股間に手を当て、急所を死守する。

「あ、あわわわ……」

 倒れるギャレオにアリーゼは慌てるが、キユピーは無視して遺跡の方へと飛んでいた。

「キユピー待って!
 ……ギャレオさん、ごめんなさい!!」

 アリーゼは謝ることしかできず、キユピーの背中を追った。
 後ろから「副隊長ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」だの「氷嚢を!!! 氷嚢を持ってこぉぉぉぉぉい!!!」だの怒号が聞こえてきたが、アリーゼは振り切るように全力で走った。








 馬鹿が!!

 俺は上段の構えのまま一気に気を練り上げる。
 オルドレイクは熱に浮かされたように、冷静さを失った状態で詠唱を続ける。

 おっさん、そいつぁ悪手だろ!

 気を練り上げると、今度は魔力を碧の賢帝に込めていく。

 オルドレイクが召喚術を放つ直前にダッシュで間合いを詰めて、すべてを叩き込む。
 どんな達人でも召喚をする直前に生じる隙はなくしようがない。
 一対一で、来るとわかっている召喚術なんぞ、狙ってくださいって言ってるようなもんだぜ!!

 意思をすべて破壊に回す。
 叩き潰す。ぶち壊す。ぶっとばす。

 呼応するように碧の賢帝が輝きを増していく。
 オルドレイクが詠唱を完成させ、召喚の言葉と共に魔力を放出させる。

「消えろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「くたばれええええええええええええええええええええ!!!」

 俺は地を爆発させオルドレイクへと飛び込み、あらん限りの力で頭上から振り下ろした碧の賢帝で一撃を与えて吹き飛ばす。
 同時に身体を襲う連続の斬撃。
 召喚獣、鬼神将ゴウセツによる真・鬼神斬。
 無防備な身体に受けた召喚術による斬撃に、俺はなす術もなくその場に崩れ落ちる。

 ……まさかゴウセツが来るとはな。
 野郎に迷いがなければ肉塊にされてたかもしれんな。

 単独で召喚する中では最強の威力を発揮する真・鬼神斬。
 加えてオルドレイクの魔力を考えればその力は押して知るべしだ。

 俺は剣を杖変わりにしてどうにか立ち上がって、オルドレイクの姿を探す。
 確かに碧の賢帝でオルドレイクを捕らえたはずだ。手ごたえは十分に感じられた。
 感じられたのだが……。

「………」

 オルドレイクはうつ伏せに倒れていた。
 紅の暴君はその手から離れ傍らにある。
 よく見るとオルドレイクの肩が僅かに揺れていた。

「………」

 ゆっくりと、オルドレイクは立ち上がる。
 その瞳は狂気の色に輝き、何物をも見ていないように思えた。

「くくくくくくくく……ふははははははははははははははははははははは!!!!!」

 とうとうトチ狂いやがったか、というわけじゃないですかね。

 オルドレイクは紅の暴君を手に取り、悠然とした歩調で向かってくる。
 その姿は一見して隙だらけ。
 裏表の意味なしに徹頭徹尾隙だらけだった。
 召喚術を行使する僅かな硬直時を狙う必要などなく、今なら何発でも攻撃を入れられるだろう。
 だが、それにどんな意味があるというのか。

 ……糞が。
 
 俺は、賭けに負けた。
 俺の意志では奴の意志を折ることは出来なかった。

 オルドレイクからは何者をも圧倒する純然たる力が溢れている。
 紅の暴君からはまさしく魔剣と呼ぶに相応しい、禍々しくも燃え滾る狂気が発せられている。
 もやはこいつにどんな攻撃をしようと、ただ跳ね返されて徒労に終わるだろう。

 ……だからどうした?

「負けねぇよ……負けられねぇ」

 碧の賢帝が淡く輝く。

「聖母プラーマ」

 召喚に応じて、ゴウセツにやられた俺の傷を癒していく。
 俺は碧の賢帝を正眼に構え、オルドレイクに対峙する。

「ふん……解せんな」

 俺の行動を見てオルドレイクの瞳から狂気の色が薄れ、代わりに興の色が濃くなる。

「そこまでして、お前はなぜ刃向かおうとする?
 馬鹿正直に痛みと向き合わなくとも、形だけでも恭順の意を示せば生きながらえることは可能であろうに?」

 何言ってやがんだこのタコは。

「何にもねぇんだよ……」

「なに?」

「俺には何にもねぇんだよ。何もかもなくなったんだ。
 この島で触れられたんだよ、色んなもんをよ。
 てめぇの意思、てめぇの意地、そいつを捨てたらまた何にもなくなっちまうだろうが」

「………」

「大事な奴らがいる。護りたいと思う場所がある。この程度の戦いなんてチャラにしてくれるくらいのな。
 だったらやるしかねぇだろ!」

 ……なぁ、アティ。

 アリーゼは俺達とは違ったんだな。
 お前は剣の暴走で思うままに力を振るって目の前の憎い敵すべてを虐殺した。
 きっと俺も同じ状況になれば同じことをしたんだろう。

「オルドレイク。てめぇもアリーゼを見ただろ?
 あいつは、てめぇらなんぞを殺すことよりも護ることを優先したんだよ。すげーだろ? 傷つけることよりも、憎むことよりも、いざとなったら真っ先に救うことしか考えてなかったんだ。魔剣が砕けるほどに無理をしてまでな。
 筋金入りの馬鹿野郎だよ。ホント、馬鹿だよ」

 魔剣は精神の剣。その通りだ。
 アリーゼの感情の断片が、この剣には秘められている。

「あいつにとってこの島のことがどれだけ大事か、俺には剣を通して直に伝わってくるんだ。
 いや、剣なんて通さなくてもわかるに決まってる。
 その心は剣が砕けて一緒に砕けちまったけどよ……それでもアリーゼは護りたかったんだろうよ」

「………」

「まったくもって損な生き方だ。苦労ばっかり背負い込んじまう馬鹿野郎だ。呆れちまうよ。俺には絶対真似できねぇよ。
 ……そんな大馬鹿野郎を放っておけるかよ! これ以上、あの笑顔を壊させるかよ!!」

 碧の賢帝が輝く。同時にぴしりと頭の中で音が響く。

「てめぇらごときに!! 踏みにじらせてたまるかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 覇気と共に、俺はオルドレイクに突っ込み連撃を放つ。
 上から、左右から、下から、斜線上にあらゆる角度から剣を振るい、オルドレイクはそのすべてに対応してみせた。
 魔剣同士がぶつかり合い、遺跡が鳴動をする。
 俺の全力の斬撃にオルドレイクは狂気を再燃させ哄笑する。

「くくくくくく、はーっはっはっはっは!! なるほど。つまりはくだらぬ感傷というわけか!!!」

「ぐぁ!?」

 一瞬の隙をつき、オルドレイクの振るう刃が俺の防御を崩し、完全に身体が泳いでしまう。

 しまっ……!?

「終わりだ!!」

 紅の暴君が目の前に迫る。避けられない。召喚術を発動する間もない。

「終わるかよ!!」

 俺は必死で碧の賢帝をかざす。
 同時に紅の暴君からの圧力が碧の賢帝にかかり、全身が吹き飛びそうになる。

「感傷に流されたまま永遠の眠りにつくがいい!!!」
 
 狂乱の笑みを浮かべるオルドレイク。
 圧力がさらに増し、碧の賢帝を持つ俺の手が勝手に震える。
 ぴしりぴしりと頭の奥で連続で音が発され、俺は徐々にオルドレイクに圧され……、

「キュピピピー!!!」

「ごぁああ!?」

 突如オルドレイクが横合いから来た光る何かに吹き飛ばされ地面と平行移動をし、壁に激突した。

「……え?」

 俺は何が起こったのかわからずにいると、光る何かはオルドレイクを吹き飛ばした勢いのまま、周囲の無色の兵達の元へと突っ込み次々と無差別に吹き飛ばしまくっていく。
 無色たちは「ぎゃああああ!?」だの「ぐぇ……」だの断末魔を発して強制退場していく。

 うおぉぉ、すげぇ無双状態。
 つか、あの体当たりしてるのってキユピーじゃねぇか!?

「うをっ!?」

「なにごとじゃ!?」

「キユピー!?」

 カイルやミスミさま、アルディラたち島の皆が、高速で体当たりをぶちかましまくるキユピーを見送る。
 何人もの無色兵が宙を舞っていくのを、俺たちは呆然と見つめていた。

 ……なんつー無茶苦茶な。

 いきなり乱入したキユピーに思わず滝汗でもたらしそうになっていると、背後で恐怖に染まった声が聞こえた。

「う……あぁ…………ッ!」
 
「な!?」

 階下でアリーゼが3人の紅き手袋の暗殺者に囲まれていた。
 アリーゼは懸命に戦おうとしているが、実力差を肌で感じているのかロクに戦闘態勢も取れずにいる。
 好機と悟ったのか、暗殺者たちはアリーゼとの間合いを詰めていく。

 くそ! 間に合え!!

 俺は即座にアリーゼの元へ向かってダッシュを発動させる。
 段差部分をそのまま通過し俺の身体は宙を舞う。
 不安定な体勢のまま俺は魔力を集中させ召喚術を放つ。

「シャインセイバー!!」

 打ち砕け光将の剣。
 暗殺者たちの頭上に生まれた輝剣は狙い違わずその身を貫いた。

「んがっ!?」

 着地こそ足からしたものの、俺は勢いを殺しきれず満足に受身もとれずに地を転がる。

 ……ちっ!

 すぐさま立ち上がり暗殺者たちの姿を確認する。
 暗殺者たちはシャインセイバーで倒れはしないものの、こちらに警戒して間合いを取っていた。

「レックスくん……!?」

「ブラックラック!!」

 アリーゼの呼びかけには答えず、俺は再度召喚術を発動させる。
 3人のうちの2人に直撃させて倒すと、残る暗殺者には接近して蹴りを入れ昏倒させた。
 
 っぶねーな、まったく……焦ったぜ。

 周囲に敵がいないことを確認すると、俺はアリーゼに向き合う。

「なんでこんなところに来るんだよ!? 戻れ!!」

「でも……」

「でもじゃねぇよ! 奴らの力がわかるだろ! 今のアリーゼじゃ歯がたたねぇんだよ! 足手まといにしかならねぇ!!」

「だってキユピーが……キユピー!?」

 アリーゼがふらふらと浮遊して戻ってきたキユピーを抱きとめる。
 何人もの敵にぶちかましを入れたキユピーの身体はボロボロだった。

「聖母プラーマ!」

 俺はすぐさま召喚術によりその傷を癒すが、徐々にキユピーの身体が透けていく。
 キユピーがアリーゼの腕からすり抜けると、目の前でアリーゼくらいの背の天使へと変化した。

「キユピー……!?」

 驚きの声を上げるアリーゼに、キユピーがゆっくりと目を開けて、微笑んだ。

「アリーゼ……」

「キユピー……なの?」

 アリーゼの呼びかけに頷くキユピー。

「おもいは……きえない……」

「え……?」

「こころ……くだけてなんか……いないよ……」

 半透明だったキユピーの姿が、さらにその存在を希薄にしていく。
 
「あなたのこころはくだけていない。だから、あなたがたいせつにしているもの……おもいだして……」

 キユピーはアリーゼの身体を抱きしめその姿を重ねると、次の瞬間キユピーはまったく見えなくなった。
 アリーゼは数秒間呆然として、はっと意識を取り戻して俺の腕をぎゅっと強く掴んだ。

「先生、キユピーが!! キユピーが消えて!? どうして……!?」

「落ち着けアリーゼ! 力を消耗しすぎて、この世界でその身を保てなくなっただけだ」

「本当に!? キユピーは無事なんですか!?」

「護衛獣ならその存在が感じられるだろう。召喚石を通じて意識を集中させてみろ」

 アリーゼは慌ててキユピーの召喚石を取り出して両手で包む。
 アリーゼの魔力に反応するように、召喚石からぽぅっと淡い光が灯った。

「あ……」

「キユピーはサプレスの住人だからな。
 ……にしても姿を保てなくなるほど力を使うなんてな。無茶しすぎだぜ」

「よかった……」

 アリーゼが安堵して召喚石を胸に抱く。

 っていうか、キユピーの正体が天使だったことに驚愕だ。タケシーみたいな分類だとばっかり思ってたし。しかも女だったんかい。
 それ知ってたらちっとは扱い考えたのになぁ。

「先生」

「なんだ?」

 あれ、……先生?

「思い出したのか、アリーゼ!?」

 俺ははじかれたようにアリーゼの目を見る。

 ……って、え、なにその顔。なんでそんな不機嫌なのアリーゼさん? なんか睨まれてるように見えるんですけど、気のせいですかね?

「碧の賢帝を貸してください」

「え、いや。でもよ……」

「いいから貸してください!」

 アリーゼは俺から無理矢理に碧の賢帝をぶん取り、例のごとく白を纏う。

 ……げ。

「う~~~……」

 碧の賢帝を握ると、なぜかアリーゼは表情を険しくして目に涙を浮かべ、俺に向かって威嚇の声でも上げるようにうなり始めた。

「ちょ、アリーゼ……?」

「なんでこんなことしてたんですか。どうして先生がオルドレイクと戦ってたんですか!」 

「いやだって……なんか俺、碧の賢帝使えたから……」

「碧の賢帝は砕けてしまったじゃないですか!」

「直したんだよ。直れってやってたら直った……んです……」

「それでまた壊してどうするんですか! 剣が砕けたらどういうことになるか、私を見てわかっているんでしょう!」

「いや、今はそれ壊れてないし……」

「表面上も中身もボロボロです! どれだけの無茶をしたらこんな風になってしまうのか想像できませんよ!」

 え、と思って碧の賢帝を見ると刀身にはいくつものヒビが入っている。

 おぉう、一体いつの間に……オルドレイクと打ち合ってるときかね。
 でも俺はアリーゼみたいに剣砕いたりはしてないよ……。

「だいたい先生はいつもいつも私に心配をかけるんです! 私の前でどれだけ気を失っているか数えたことはありますか!? あ、その顔はぜんぜんわかっていない顔ですね。いいでしょう、教えてあげます。私が帝国軍に捕まったとき、私が碧の賢帝を通して遺跡に囚われたとき、それに私を庇ったときなんて死にかけましたよね!? 私のせいで先生が死んだりしたら私どうしたらいいんですか! どうしてそんな心配ばかりかけさせるんですか! たまには私の立場になってみてください! 先生も心配する立場になればいいんです! そうです今度は私が無茶しましょうか? ああ、いいですねそうしましょう、もっとも私は先生みたいに強くはないですから簡単に死んだりするかもしれませんね。そのときはちゃんと責任取ってくださいね。できないなんて言わせませんよ。私はいつもいつもいつも先生が倒れるたびに傷つくたびにたくさん心配してきたんですから!!」

 ぜーはーと大きく息をするアリーゼ。
 言いたいことを言いまくってすっきりするかと思いきや、まだまだ言い足りないのか俺を真っ直ぐに睨み続けている。

 とりあえず、訂正だけはしておくか。

「悪いがアリーゼ。ひとつ言っておくことがある」

「なんですか……」

「ウィゼルの攻撃を庇って、アリーゼが俺を回復してくれた後もまた気絶したぞ」

「馬鹿ですか貴方は!!!」

 アリーゼのバックに雷鳴が轟く。比喩ではなく、怒りすぎて溢れた魔力でタケシーでも召喚したのだろう。
 こちらの様子を伺っていた暗殺者や無色の召喚師たちが、その高威力具合にビビりまくっていた。

「いやぁ、でもどれも不可抗力なもんだし、しょうがねぇだろ?」

「ああもう!!! どうして!!!! なんで平気な顔してそんなことさらっと言うんですか……ッ!!」

 今度はペンタ君を召喚してズガンズガンとそこら中で大爆発を引き起こしている。
 最終兵器と化したアリーゼさんから間合いを取りまくる無色たちがちょっぴりうらやましい。
 
「……はぁ。もういいです」

 やがてアリーゼは周囲に当り散らしまくってすっきりしたのか、怒りを収めてくれた。

 ふぃ~、あまりの無差別攻撃具合にちょっぴり死を覚悟したぜ……。

「先生はみなさんを助けてください。私はオルドレイクを倒します」

 アリーゼの見据える先には、吹き飛ばされて壁に突っ込んだ後に這い出てきたのか、オルドレイクが階上より俺達を見下ろしている。

 ……あー、やっぱりダメージはなさそうか。化けモンだなありゃぁ。

「おいおい、勝算はあんのかよ。剣だってそんな状態で……」

「負けるわけがないです。私は一人で戦うんじゃありません。碧の賢帝を通して、みんなの、先生の想いを束ねて戦うんです。だから負けるわけありません」

「え、なにその感情論……」

「先生がそれを言いますか」

 半眼で俺を見るアリーゼ。
 ふぅ、とため息をついて、アリーゼは碧の賢帝を構える。

「……こんなに暖かい想いが護ってくれているのに、負けるわけないです」

 アリーゼが小声で何かを言って、目を閉じる。
 碧の賢帝がその輝きを増し真っ白になると同時、甲高い何かが割れる音がして、次の瞬間には光は収まり剣は元に戻っていた。

 ……ぉぉぅ、俺があんだけ苦労した修復を一瞬でかますとか。もはや笑うしかねぇ。
 アリーゼの意志、アリーゼの魔力はもうわけわらかんくらいのシロモノだ。
 確かに今の狂気に染まっているオルドレイクでも撃破できそうだな、こりゃ……うん?

 よく見ると、魔剣は淡く輝いているが、その色は今までのように碧ではなく蒼に変化している。
 気のせいか、今までの抜剣状態にあった冷たい張り詰めたような気配は薄れ、暖かな熱が感じられた。

「みんなの力になってください、先生。私は平気です」

 アリーゼは目を開き、自信に満ち溢れた表情できっぱりと言い切る。

「だって、今の私は片手で龍も倒せますから!」

 頬を染めて笑いながら冗談を言うアリーゼ。その身を躍らせ、オルドレイクへと突っ込んでいく。
 俺はアリーゼの後ろ姿を見送りながら、「うん、倒せるだろうね」と素で思った。




[36362] 第十五話 楽園の果てで 上
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/12/22 18:04
「あはははははははっははは」

 スカーレルは目の前の敵を気にしてギリギリまで我慢していたが、とうとう噴出した。
 突然笑い出したスカーレルに、ヘイゼルは怪訝な表情を浮かべる。

「……なにがおかしい」

「ふ、ふふふ。ごめんないさいね。ちょっとこっちの話」

 スカーレルは目に涙を浮かべるくらいに爆笑する。
 涙とともに流れる頬からの血が混ざり合う。
 いくつも短剣で刻まれた傷が、なぜだか心地よく感じた。

(……やっぱりいいわね。あの二人。最高だわ)

 ふぅ、と大きく息を吐いて、スカーレルは右手の短剣を投具に持ち変える。

「きっと、もうあんたたちはおしまいよ。どう、ヘイゼル。あんなしょうもないオジさんなんて見限って、こちらに来ない? 海賊やったり島で暮らしたり楽しいわよ」

「ふざけるな!」

 ヘイゼルは怒気を膨らませ叫ぶ。

「組織を逃げた貴様に、安息の地は決して存在しない。裏切り者はすべて抹殺する! 貴様は……珊瑚の毒蛇は、私が殺す!」

 ヘイゼルが短剣を構え、いつでも飛び出せるよう腰を落とす。

「そこまで言われたらしょうがないわね」

 前動作もなくスカーレルがヘイゼルへ投具を投げつける。
 ヘイゼルは即座に反応し短剣で投具を払いのけた。

「アタシはあの子たちみたいに優しくはなれないわよ」

 隙なくスカーレルは懐から投具を再度右手に収め、ヘイゼルとの間合いを詰める。

「貴様の動きは見切っている!」

 無造作に間合いを詰めたスカーレルに、ヘイゼルはすかさず短剣を振るう。
 短剣はスカーレルの投具を叩き落し、次の瞬間にはスカーレルの左目へと迫る。

「はぁッ!!」

 スカーレルは、迫り来る短剣を持つ手を左手で払いのけ、右手の掌底でヘイゼルの顎を狙う。
 ヘイゼルは掌底を紙一重で身を沈めて躱し、膝のばねを極限まで使い身体を跳ね上げスカーレルの鳩尾に膝蹴りを打ち込む。

「くはっ!?」

 崩れ落ち膝をつくスカーレル。
 ヘイゼルは短剣を握り直して、首筋に短剣をつきたてようと振り下ろした。

「……ふふ」

 かすかな笑い声が耳朶に触れるが、ヘイゼルはかまわず振り下ろし――無理矢理に身をひねった。
 刹那、ヘイゼルは右腕に何かがかするのを感じる。
 素早く周囲を見回すと、ソノラがヘイゼルへ消炎を発している銃口を向けているのに気づいた。

「銃弾……!?」

「正解」

 ヘイゼルの意識から外れたスカーレルが一瞬で背後を取り囁く。

「ご褒美よ」

 構えた短剣をスカーレルが振りぬく。
 暗殺剣・毒蛇。
 技に秤を傾けがちなスカーレルが、力と掛け合わせて振るう必殺の攻撃。
 よける暇もなく、スカーレルの短剣はヘイゼルの背を削った。

「ぐっ!!」

 ヘイゼルは振り向きざまに短剣を振るうが、すでにその場にスカーレルはいない。

「やめておきなさい」

 横合いから聞こえてきた冷めた声に振り向く。

「勝負は決したわ。アタシの短剣がどういうものか、知らない茨の君じゃないでしょう?」

「珊瑚の毒蛇……!」

 ヘイゼルは苦々しげに吐き捨てる。

「毒を使い、他人を利用して私を殺したところで……楽をしたところで……いつか、命取りになるわ……。それは貴方の力ではないのだから……」

「これが、今のアタシの力よ。納得しないまでも理解はしないと、いつまで経ってもアタシには勝てないでしょうね」

「戯言を……」

 ふと、ヘイゼルはスカーレルの短剣を持つ手が目に入る。

(……左手?)

 そういえば、珊瑚の毒蛇は左利きだった。
 なぜ、自分との戦いで主に右手を使っていたのか。

(手加減していたとでも言うの……?)

 理由はわからない。わからないがヘイゼルの意志とは無関係に自然と瞼が閉じる。
 力が入らない。

(……もういいわ。私は死ぬのだから)

 過去、毒蛇に救われて今、毒蛇に殺される。
 その事実に何の感慨もわかず、ヘイゼルは地に伏した。











「いくですよ~」

 かわいらしい声とは裏腹に、マルルゥからは膨大な魔力が発される。

「出てきてくださ~い!」

 虚空から翼竜が召喚され、周囲は吐き出した火焔で灼熱の地獄へと変える。
 召喚術ワイヴァーンによるガトリングフレア。
 無色の派閥の兵は魔抗により身を固めるが、その隙を縫って獣人が駆ける。

「オラオラオラ!」

 動きの止まった兵たちの防御を縫って、ヤッファが一人また一人と打ち倒していく。

「やるなぁあの二人。俺達も負けてられねぇぞ!」

 カイルが、接近してきた暗殺者の顎にアッパーを入れ気絶させる。
 ソノラは目に留まる敵に向かい速射砲のように銃を駆使する。
 ヤードは皆の様子に気を配りがダメージがあれば即座に回復させ、囲まれている者がいれば召喚術により援護をした。

「アリーゼも来たんだ、とっとと雑魚どもにはご退場願うぜ!!」

 ストラを纏わせカイルが無色の召喚師が密集している場所へダッシュをする。
 数秒後には何人もの召喚師が宙を舞った。

(何者……だ……こいつらは……!?)

 吹き飛ばされた召喚師のうちの一人が思考するが、その答えにいたる前に意識を手放した。








「ちぃッ!!」

 紫電絶華の終わり際に刀を重ねられ、アズリアは斬られた脇腹を押さえて後退する。

(ウィゼルという男、やはりただものではない……! 今まで出会ったどんな相手も足元に及ばぬ技量だ……!!)

 アズリアが間合いを取ると同時に、キュウマが距離を詰める。

「必殺必中、はぁッ!!!」

 キュウマの居合斬が炸裂するが、

「……力が分散しすぎているな」

「ぐああああ!?」

 ウィゼルがまるで鏡写しのように居合斬を発動して、キュウマが吹き飛ばされた。

「せいッ! はぁッ! やぁッ!!」

 斜め後ろからミスミが槍に魔力により生み出された風を乗せた三連撃、鬼神豪嵐槍を見舞う。

『ベズソウ!!』

 ミスミの攻撃と同時、アルディラとクノンが同時に召喚術を仕掛ける。
 ウィゼルはミスミの攻撃をすべて紙一重で躱し、召喚術には無防備だった。

「その程度の術で!」

 ツェリーヌがウィゼルの前に魔力結界を張り、ベズソウによるギヤ・メタルは結界に阻まれる。
 物理攻撃はウィゼルに、召喚術による攻撃はツェリーヌに防がれ、アズリアたちは攻めきることが出来ない。
 ツェリーヌを剣で狙おうとしても、ウィゼルに無防備な状態を狙われるのは自殺行為なため、現状の膠着状態が続いていた。

「…………刻まれし痛苦と共に汝の名すべき誓約の意味を悟るべし。
 霊界の下僕よ……愚者共を傀儡し、その忠誠を盟主へと示しなさい!!」

 ツェリーヌの召喚に応え、サプレスの悪魔達が離れた場所で倒れていた暗殺者たちの身体に巣食う。
 頼りないふらふらとした足取りであるが、数名の男達がこちらへとせまってくる。

(まずいな……)

 アズリアは痛む脇腹を意識から切り離して剣を構え直した。
 数的優位のもとに成立していた均衡状態、その前提が崩れてしまった。
 悪魔に傀儡された男達を倒すのは難しくないだろうが、これを相手にしながらウィゼルやツェリーヌに対処するのは不可能に近い。

 知らず、アズリアは周囲を見回し援軍を求めようとして、

「下がって傷治しとけ」

 一度、ぽんっと頭に手を乗せられた。








 アズリアを下がらせてから俺は鞘から剣を抜く。

「レックス!? お前、オルドレイクは……!?」

「奴の相手は本物の抜剣者に強制交代」

 アズリアに答えながら油断なく周囲をうかがう。

 悪魔もどきに囲まれて、ウィゼルとツェリーヌのタッグ、ね。
 この状況で武器がジェネラスニールじゃ、ちょいと頼りねぇけど……。

「お前か」

「よぅおっさん、ぶっ倒しに来てやったぜ」

「ふん……」

 見定めるように俺を見るウィゼル。
 魔剣を持たない俺が自分の敵となりうるか考えているのだろうか。

「残念だが魔剣は持ち主の下へ戻ったよ。
 あんたんとこの大将じゃ、アリーゼは止められねぇよ。今のうちに逃げる準備でもしといた方が得策だぜ?」

「派閥自体に興味はない。どうなろうと俺の知るところではない」

「ウィゼル!」

 身もふたもない言いようにツェリーヌが厳しい目線を送るが、意に返さずウィゼルは続ける。

「そこをどけ。俺の目的は武器と使い手の意志を重ねる究極の武器を作り上げることだ。
 未熟なお前よりも、今はオルドレイクの趨勢が優先される。
 お前の言う魔剣の持ち主とやらが、どれだけ俺の理想を体現出来ているのか……」

「くくく。あんたやっぱり変わり者だな。
 けどよ、はいそうですか、どうぞどうぞ。とは言えねぇんだよこっちも」

 俺は剣を構える。

 ウィゼルは強い。力や身のこなしを始めとする身体能力もそうだが、やはりウィゼルの力を表す言葉は『技』の一点だ。
 変幻自在、見た目の速さ以上に鋭い斬撃と受け流しに翻弄され倒されてしまう。
 なればこそ、こいつには搦め手を使わなければ勝つことなどできない。

「………」

 俺の構えを見て、ウィゼルからは怪訝な気配が流れる。

 脇構え。
 文字通り、剣を脇に構えるものだ。
 刀身は自らの身体を壁として相手には視認できないようにする構えである。

 並みの相手であれば、獲物が隠されることから正確な間合いを読むことが困難ともなろうが、ウィゼルに限ってそれはない。
 脇構えからの突きであれ、斬撃であれ、俺の初太刀を躱すことなど造作もないだろう。

「自ら死を選ぶというのであれば、止めはせん」

 ウィゼルは無造作に刀を手にしたまま、身体を俺に正対させる。
 同時に悪魔に操られた暗殺者達も俺に襲いかかれる体勢をつくった。

「そりゃ、俺の台詞だよ」

 ぐっと腰を落として、俺は地を踏みしめる。

「行くぞ!」

 真っ直ぐにウィゼルへと突っ込む。
 即座に暗殺者たちが動き出すが、それは一歩遅い。
 脇構えの状態から俺はウィゼルに対して真っ直ぐに剣を振り上げる。
 ウィゼルはそれを見て、僅かに眉をひそめる。
 脇構えからの攻撃であれば、相手に獲物を視認させてしまうことは極力避けなければならない。刀身を隠しての間合い不明の攻撃の利点がなくなってしまうからだ。
 しかし、俺の狙いはまったく別のところにある。

 悪いなウィゼル。俺はあんたと剣戟勝負なんてする気はさらさらねぇ! 勝てばいいんだよ!!

「天使ロティエル!!」

 召喚に応じたサプレスの天使が俺の身体に憑依をして召喚術に対する障壁を張り巡らせた。
 同時に後方へ魔力が吸い取られる感覚。
 直後、
 
「――――――――」

 認識できないほどの轟音が周囲を埋め尽くす。
 破壊の波が周囲を一瞬にして蹂躙した。








 時間を稼いでくる。
 合図をしたら、最大の範囲召喚術を頼む――。

 自分の隣に突然現れたかと思うと小声でそう呟いたきり、レックスは目を合わせることもなく進みアズリアの隣へと歩いた。
 アルディラはすぐさまレックスが戦っていたあたりを確認すると、そこでは抜剣者が二人にらみ合っていた。

(アリーゼ!?)

 一瞬のことだったがアルディラは、キユピーが暗殺者たちに対して体当たりをしたのは確かに見た。
 悪魔達が操る暗殺者たちは、もとはツェリーヌの指示で自分達を倒すために呼んだ援軍だったのだ。

 アリーゼの様子を伺うと、堂々とした構えでオルドレイクの前に対峙している。
 離れていてわかりにくいが、気負いや焦りなどは感じられなかった。

(……あのレックスが任せたってことだものね)

 知らず苦笑してしまう。
 アリーゼを戦場に連れてくるのを断固として拒否したレックスを、あの娘はどんな言葉で説得したのだろう。
 あとで戻ったら聞いてみよう。いろいろな意味で今後の参考にしたい。

「アルディラさま」

 後方からクノンに声をかけられ、アルディラは緩んでいた表情を引き締める。

「やるわよ、クノン。奴らに私達の力をみせてあげましょう」

「了解しました」

 アルディラが詠唱を開始すると、クノンはその脇で自らを魔力供給の種としてアルディラの召喚術に助力した。








「機神ゼルガノン!」

 戦場にアルディラの透き通るような声による力ある言葉が通過する。
 神剣イクセリオン。
 莫大な魔力の供給により召喚されるそれは、問答無用にして広大な範囲を目標とするS級召喚術だ。
 神と名乗るに相応しい剣が虚空より生み出され、目標に向かい投下される。
 アルディラはクノンと、そして俺からの魔力による助力を駆使し、己の魔力とも合わせこの大召喚術を完璧に制御していた。

「…………!?」

 俺を中心にして直撃した神剣イクセリオンにより、敵は悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされる。
 暗殺者を依り代としていた悪魔達は言うに及ばず。ウィゼルやツェリーヌすらも、その強大な召喚術に対抗する術を持たなかった。
 俺に関しては、直前に張ったロティエルによる対召喚術の障壁により無傷である。

 ……っつうかアルディラさん、予告なしに俺まで強引に召喚術のアシスト要員にするのやめてください。いきなり魔力引っ張られてマジびびりましたよ。

 肩越しにアルディラに視線を向けると、額に汗を滴らせながらもニヤリと笑みを浮かべる貴婦人一名。
 ったく、いい性格してやがるぜ。

 俺は苦笑してウィゼル達に目を向ける。
 ツェリーヌは、腕を前に突き出して魔力障壁を張っていたのだろう。ボロボロになりながらもツェリーヌは神剣イクセリオンに耐え、隣にいるウィゼルも同様だった。

 極大召喚術と言えど一撃でやられるほど甘くはないか。
 仕方ねぇ。

 俺は次弾として放たれる召喚術に備えて魔抗の体勢をとった。
 直後、

「忍法・不動陣!」

 マシラ衆による召喚術。
 神剣イクセリオンには及ばぬものの、二人掛かりにより生み出される圧倒的な召喚術には変わりない。
 ミスミさまとそれを補佐するキュウマは、アルディラたちと同様にその強大な魔力からの召喚術を完璧に制御していた。
 異界より喚び出されたマシラ衆が苦無を投げ放ち陣が形成する。陣の中にいるウィゼルとツェリーヌ、討ち漏らした悪魔達に対し、シルターンの術式を発動した。

「……ぐぅ!!」

 ロティエルによる魔法障壁は神剣イクセリオンを防ぐのに使われてしまっている。
 連続の大召喚術から身を護る術はなく、俺はウィゼル達とまとめてマシラ衆の召喚術にさらされた。
 まさか味方がいる中に強力な範囲召喚術を連発するとは思っていなかったのだろう。
 周囲にいた無色の連中は、突っ込んできた俺に無警戒にむらがり、結果として周囲には倒れた無色の徒の山を築いた。
 そしてそれはウィゼルやツェリーヌも例外ではない。

 ツェリーヌは全魔力を対召喚術の結界に当てたのだろう。気力すらも使い果たした様子で倒れている。
 そして、

「………」 

 ウィゼルは立っていた。
 無論その姿は満身創痍で、立っているのが奇跡といえる。

「お前の自信の源は……これか」

「まぁな。ついでに言うと、この後もだな」

「なに……?」

 ウィゼルの視線が彼女を捕らえ、その瞳が大きく見開かれる。

「シャインセイバー!!」

 放たれる輝剣。
 白き剣がウィゼルを貫く。後方のアズリアからの召喚術によるものだった。
 ダメ押しとも言える召喚術をまともに食らい、さしものウィゼルもゆらりとその身体を揺らすが、

「……おおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 裂帛と共にウィゼルが走る。
 並みの人間から見れば恐るべき速さだが、その正体が達人ウィゼルとあれば見る影もない。

「あんたは、強かったよ」

 俺は再度脇構えを取る。
 迫るウィゼルに対し、俺は極力刀身を見せぬようにして素早く真っ直ぐに剣を突いた。
 間合いの計れぬ一撃に、しかしウィゼルは冷静に俺の動きを把握し辛うじて左へ躱す。
 躱す動きに合わせて、ウィゼルの刀が俺の身体を斬り裂かんと迫る。

 だが、遅い。

「奥義――――紫電絶華」

 俺の繰り出した連続の突きが無慈悲にウィゼルを襲う。
 僅かにウィゼルの目が見開かれる。
 俺の初太刀を躱した後は、すべての突きをその身に受け続けるウィゼル。
 刀を落とし、なすすべもなく俺の剣に貫かれた。

「―――――――――――ッ」

 長いような短いような時間が過ぎ、やがて俺の紫電絶華は終幕を迎えた。

「………」

 ウィゼルは、最強の侍は、一度だけ俺に目を合わせ、何も語らず静かにその身を横たえた。








 アリーゼとオルドレイクが魔剣を構えたままにらみ合う。

「ふん、今頃のこのこと負け犬が現れたところで何ができる」

 オルドレイクが忌々しそうにアリーゼに剣を向ける。
 アリーゼの持つ魔剣から、オルドレイクは敏感に自分の持つ紅の暴君とは別種の力を感じ取っていた。 
 
「立ち去るがいい。我らが歩みを止めること、余人にはできはせぬ」

「………」

 オルドレイクの言葉をアリーゼは黙して受ける。
 アリーゼ瞳は一片の曇りもなく、滾ることも、冷たくもなく、ただ静かにオルドレイクを捉えていた。
 その目にオルドレイクが既視感を覚える。
 僅かな逡巡の後、オルドレイクは自分の中で答えに至った。

「そうか…………く。くくくくくく」

 突然肩を振るわせ始めたオルドレイクにアリーゼは視線を厳しくして警戒を強める。
 オルドレイクはその光景を、ただ純粋に滑稽だと感じた。

(このような小娘とウィゼルを重ねるとはな……)

 ある種の達人、壁を越えた先にいる者にしか見ることの出来ぬ画があるのだとオルドレイクは信じていた。まさかそれを目の前の小娘ができるとは思っていなかったが。
 オルドレイクは紅の暴君を構え、精神を集中させる。
 
「よかろう。あくまでも邪魔立てするというならば……」

 かっと目を見開き、オルドレイクは魔力を含めた己の力を爆発させた。








 狂うオルドレイクを前に、アリーゼはただ静かに己を保っていた。
 オルドレイクから発される圧倒的な魔力。それに付随する身体能力は確実に自分を上回るもので、すべてを破壊してしまうのではないかと思えた。

(でも、どうしてだろう)

 アリーゼはその力を前にしても、パニックになることも怯えることなく冷静にどうすればいいかを模索していた。

(不思議な気持ち。心は落ち着いてるのに、胸の奥が暖かい)

 オルドレイクが地を蹴る。
 一瞬でアリーゼの元に到達し剣を振りかぶるオルドレイク。目で追うのも困難なオルドレイクの動き。しかしアリーゼは、その視線から、身体の動きから、一早くその意図を正確に読み込み、オルドレイクよりも一手先に剣を振るった。

「……ッ!!」

 斬撃が走り交差する。
 オルドレイクか、アリーゼか。あるいは双方か。発した気迫は衝撃となって空間を駆け抜け、露と消えた。

 ………。

 沈黙の後、一方がゆっくりと膝を折り、一方はゆっくりと振り返った。

「まだ、戦いますか?」
 
 アリーゼはその手に魔剣を輝かせて、静かに問う。
 オルドレイクは背を向けており、その表情はアリーゼにはわからない。

 ぴしり。

「……?」

 アリーゼの耳に、甲高い何かが割れる始めるような音が届く。
 同時にオルドレイクが立ち上がる。

「くくくく。くっく、はーっはっはっはっはははははっははははっは!!!」

 声に反応するように、空間にはいくつも視認できるはずのない亀裂が生まれ砕ける音がした。
 音のした方角、自分の真上付近を確認しようと顔を上げようとしたが、アリーゼはその動きを止めた。

「……え?」

 アリーゼが息を漏らす。
 背を向けたオルドレイクの奥。
 光の届かない真っ暗な空間から、女が歩いてくる。
 女は規則正しい速度で足音を響かせ、その音をオルドレイクの目前で止める。

「はははっはははははははっははっはははははははははっははははっはははははは」

「………」

 女が紅の暴君の刀身を無造作に握り力を込めると、紅の暴君は砕けた。

「はっはっはははっは……は…………は……ひゃ…………ひ……ッ!?」

 声が萎み、不規則に呼吸を繰り返し、オルドレイクは俯きに倒れる。
 かすかに痙攣するように身体が動くが、意識は飛んでいた。
 女はそれ以上オルドレイクに視線を向けることなく、アリーゼを見据える。

 赤毛の女は能面のように表情を消している。
 アリーゼは近づくことも遠ざかることもできずに、ぽつりとこぼした。

「…………せん…………せぇ……?」

 赤毛の女が虚空から生まれた剣を握る。剣はうっすら紅く輝いており、紅の暴君に酷似していた。
 赤毛の女が地を蹴る。一直線に向かう先はアリーゼ。
 アリーゼはその光景を夢でも見ているかのように思いながら、自分に向かって剣を振り下ろされるのを呆然と見つめていた。
 瞬間、見慣れた背中が目の前に現れる。
 赤毛の男が赤毛の女の剣を受け止めた。

「………」

 表情を消したまま身体ごと剣を押し込んでくる赤毛の女に、赤毛の男は負けじと押し返しながら不敵な笑みを浮かべた。







「ようやく出てきやがったな……アティ」











[36362] 第十五話 楽園の果てで 中
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/12/22 18:04
「ねぇ、レックス。私のお願い聞いてくれますか?」

「なんだ」

「私、先生をしていたんです」

「ふぅん」

「それでね、私が教えていた生徒――アリーゼを守って欲しいんです」

「わかった」

「約束ですよ。アリーゼを助けてあげて……。お願いね、レックス……」

 わかった。約束だ。














「おらぁッ!!」

 俺は鍔迫り合いの状態で力任せに押し込んで、アティを後退させる。

「………」

 アティは能面のように表情を固定させ、ピクリとも動かさない。

 ……ちぃ、予想してたとおりだが、正気は保ってねぇか。
 だったらやるしかねぇ!

 俺は詠唱を開始する。

「先生……?」

 アリーゼの弱々しい声が背後から聞こえた。
 それは俺に対するものなのか、アティに対する呼びかけなのかはわからない。

「パラ・ダリオ!」

 俺はアティに対し、召喚術、悠遠の獄縛を展開する。衝撃で埃が舞い、アティの姿が見えなくなった。
 俺が振り返ると、アリーゼは呆然と前だけを見つめていた。

「アリーゼ」

「……あの人は、先生…………なんですか?」 

 淡く蒼色に輝く剣を携えたまま問いかけてくる。

「どうして、先生が……剣を向けてくるなんて…………私、ずっと探しててて……もう会えないんだって……」

「アリーゼ。お前達がアティと別れたときに、あいつがどんな状態だったか覚えているか?」

 アリーゼは瞳を揺らがせながら僅かに頷く。

「それからずっと、あいつの意識は遺跡に囚われている。今のあいつは、自分の意志とは無関係に目の前の存在そのものを破壊しようとするだけの人形だ」

「……先生」

「俺があいつを止める。だから、ちっとばかしまたそいつを借りるぜ」

 俺はアリーゼの手から魔剣を取る。
 ほとんど抵抗なく、アリーゼは魔剣を離し元の姿へど戻る。

「先生を、どうするんですか……。殺してしまうんですか……だったら、私は……!!」

「んなこたしねぇよ」

 俺はにっと笑ってアリーゼの頭に手をのせる。

「がつんとやって、目を覚まさせてやるのさ。だから安心して下がって……!?」

 強烈な寒気と悪寒。
 周囲に目を向けると同時に、遥か地獄の底から響いているような怨嗟の声が何重にも生まれた。

「なんなんだこりゃあ!?」

 カイルを始め全員が周囲を見回す。
 と、うっすらとその存在が浮き上がり、間もなく明らかになっていく。

 周囲に何体もの亡霊が生まれる。
 フレイズは焦燥し、傍らにいたファリエルに向き直る。

「ファリエル様! 亡霊が復活を!?」

「ええ。わかっているわ、フレイズ」

 動揺するフレイズに、ファリエルが冷静に告げて俺に向けて呼びかける。

「レックス! 亡霊の相手は私達に任せて!
 あなたはその人を……アティを止めて!!」

 ファリエル……お前、アティのことを……!?
 いや、この場でそんな思考は不要だ。切り替えろ!

「任せておけ!!」

 応えてアティのいた場所を見ると、すでに粉塵は消えてアティはダメージなどないように平然と立っていた。
 俺は魔剣を強く握り締める。
 瞬間、身体の内側から今までに無い活力が巡ってくる。
 眠っていた力が目覚めたかのように、俺は溢れ出る想像以上の魔力を暴走させないように無理やりに押さえる。
 
 ……これが、魔剣の力なのか。

 戦いでの傷などなかったものとなり、疲れ切っていたはずの手足は休養を取った直後のようで身体は羽のように軽い。

「……先生…………その姿……」

 アリーゼが呆然と俺を見る。
 自分の姿をすべて見ることなどできないが、おそらく、俺はアリーゼやオルドレイクのような魔剣を所持したときの変化を遂げているのだろう。剣と身体が一体化して、唸りをあげているようだった。
 亡霊をぶっ飛ばしたカイルと目が合う。

「レックス、お前、一体……それにあの女は……」

「説明は後だ。……みんな! その辺の亡霊を一掃したら遺跡の外に向かってくれ!!
 おそらく遺跡の中だけじゃなくて島中に亡霊が溢れてるぞ!!」

「なんですって!?」
 
 アルディラが即座に反応して、傍らのクノンと目を合わせて逸早く遺跡の外へと走る。

「た、大変なのです!! こうなったらマルルゥ、全力で行くですよ~~!! いっぱいいっぱい出てきてくださ~~~い!!!」

 マルルゥがペンタ君を連発して、うち漏らした亡霊にヤッファが即座に接近して切り裂いていく。
 他の仲間たちも同時に動き出し、遺跡内の亡霊は瞬く間にその数を減らしていった。








 世界が壊れる音を聞いた。
 世界が壊れる、と言っても別に世界が闇に包まれて消滅したり、悪魔の王が降臨して崩壊したりするわけではない。
 この島を中心に不自然に構築されていた世界が破壊されただけだ。
 世界、というのも語弊があるかもしれない。
 壊れたのは、世界に対する一定の認識力。人が、意識あるものが世界に触れて感じるものだ。
 また、認識が阻害されることに準じて封じられていたアティがいたころの記憶も、次第に皆が思い出していくだろう。
 そして魔剣を通じて、俺はようやく俺という存在がどういうものだったのかを確信できた。

 そうだ、俺は約束したんだ。
 約束は守らなきゃならねぇ。
 それに、これは、この島で俺自身が課したことでもあるんだ。

「先生……」

 次々と仲間たちが遺跡を後にしていく中、アリーゼは未だ動こうとしなかった。

「行け、アリーゼ。島のみんなを守ってくれ」

 自分でも驚くくらい優しい声が出た。
 アリーゼが一度まばたきをして、一歩、二歩と後ずさり、ゆっくりと下がり始めるが、すぐにその足は止まる。

「わ、私も……戦います。私も、先生を止め……」

「迷いのある意志で今のアティの相手はできねぇよ。それに亡霊がどれだけ生まれるかわからねぇんだ。だから行け。行ってみんなを守れ」

「……先生……私は…………私は……」

「こっちは俺に任せておけ。先生を信じろ。んで全部ケリつけたらまた宴会やろうぜ」

「………」

 数秒の間が空いて、走り去る。
 
 ……行ってくれたみたいだな。

「さて、アティ」

「………」

 呼びかけるが、アティはまったく表情を変えない。
 すでに意志が遺跡に上書きされているのか、あるいはアティの意志が表に出ていないだけなのかはアティの様子からは判別がつかない。

 ……いや、アティは抵抗し続けている。
 でなけりゃ、とっくに島にいるすべての者たちの意識は、遺跡の傀儡となったアティのように共界線を通じて遺跡にのっとられているはずだ。
 
「一応聞いておいてやる。てめぇの目的はなんだ?」

「我が名はディエルゴ。怒りと悲しみに猛り狂う島の意志なり」

 淡々と話し始めるアティの瞳に暗い輝きが灯る。

「忌まわしき封印は砕け散った。我を縛るものは、もう存在しない。我はすべてを破壊し、殺して殺して殺し尽くしてくれる。手始めにこの島の……」

「ああ、はいはい。わかった、十分。もういいわ」

 表情をまったく変えずに喋り続けるアティに、俺は魔剣を正眼に構える。

「お前をぶっ倒して、すべてを終わらせてやるよ」








「総員、3名で連携して各個撃破に当たれ! バラバラに行動するな!!」 

 遺跡のすぐ外でギャレオが部下に檄を飛ばす。
 自身も鍛えた鋼の肉体から生まれる剛力の拳で亡霊を吹き飛ばし続けている。

「糞、なんて数だ……」

 亡霊一体一体の強さはもとより、もっとも恐ろしいのはその数だった。
 虚空より次々と新手が生まれ、倒しても倒してもキリがない。
 撤退をしようにも、周囲を囲まれて敵陣を突破をすることは自殺行為に等しかった。

「ぐぉおお!?」

 ギャレオは背後から亡霊の振るう刃を受け、膝をつく。
 すぐさま反転し反撃するが拳は宙を凪ぎ、亡霊が剣を振り上げるのをギャレオはなす術もなく見た。
 と、唐突に亡霊の右脇腹から左にかけて剣が生える。

「なにをしている馬鹿者!! しっかりしろ!!」

 アズリアは即座に亡霊から剣を引き抜き、ギャレオに一喝する。
 ギャレオが呆然としている間に、アズリアは詠唱を終え聖母プラーマを召喚しギャレオの傷を癒した。

「隊長……!」

 アズリアを始め、守人や海賊達が次々を生まれ出る亡霊相手に奮闘する。
 ファリエルやカイルが突破口を切り開き、空いた空間をキュウマやスカーレルが駆け抜け召喚獣たちの住まう集落へと走る。

「あ、あいつら、いつの間に……!?」

 ソノラが声を上げ、指を差す先には無色の派閥が撤退していく姿があった。
 オルドレイクはウィゼルに支えられ、素早くその場を後にしていく。

「逃がすもんか!!!」

「放っておけソノラ!! 今は亡霊を倒すことだけに専念しろ!!」

「でも兄貴……!!」

 食い下がろうとするが、仲間たちは皆無色の派閥の者たちには目もくれずに亡霊を倒し続ける。

「……ああ、もう!!!」

 ソノラはかぶりを振りながら、空になった銃の玉を素早く装填させた。








 肩を上下させ俺は呼吸を整える。

 ……この野郎、さすがにやるじゃねぇか。

 抜剣した俺の力は、おそらくアリーゼやオルドレイクにもひけを取らないだろう。
 にも関わらず、アティ……ディエルゴに対して俺は有効な一撃を与えられずにいた。

「ちぃッ!!」

 無造作に飛び込んでくるディエルゴに、俺はバックステップを踏んでから方向転換をしてディエルゴに対し右からしかける。
 ディエルゴは動揺することなく刃を振るい俺の手にする魔剣とぶつかり合い火花が散った。
 押し込んでくるディエルゴに対して俺が反射的に踏ん張ると、

「ブラックラック」

 ディエルゴの小さい、しかし恐ろしいまでによく通る声がサプレスの召喚獣を現出させる。
 鍔迫り合いの状態で俺は防御体勢を魔抗状態に切り替えることもできず、もろに召喚術の直撃を受けた。
 直後、ディエルゴからの圧力に耐え切れず俺は吹き飛ばされる。
 転がりながらもディエルゴを視界に入れ、追撃を狙い接近してくるディエルゴの足先を薙ぎ払う。
 跳躍して俺を飛び越えるディエルゴ。その間に俺は体制を立て直し、素早く間合いを取った。

 ったく、どういう召喚センスしてやがんだこいつは……。

 通常、召喚術と武器等による物理攻撃は完全に切り離して行われる。
 俺のように連携して行う者はいるが、先のディエルゴのようにほとんど同時進行で実行できる者など聞いたことがない。
 召喚術というのは万人が想像する以上に集中力を要する。
 卓越した召喚師といえど、常識で考えれば不可能なのだが。

 ……これもディエルゴの力か。
 まぁ、過去はハイネルって奴を取り込んで島自体を武器にしたっていうしな。常識の尺度で測れるもんじゃねぇんだろう。
 にしてもまだ致命傷には遠いが、このまま攻撃受け続けるわけにはいかねぇよな。
 さて、どうすっか……っと?

 退いた右足に何かが当たる。ちょうどオルドレイクが倒れていたあたりだ。
 視線を向けると、俺はそれを見て思わず息を呑んだ。

 こいつぁ……またけったいなもんを遺して行ってくれたもんだな。
 しっかしいい悪いは置いといて大したもんだ、無色の派閥の奴らは。こんなもんまで持っていやがったとはな。
 
 ちなみに無色の連中はは亡霊やディエルゴとの戦いのどさくさに紛れて撤退をしている。
 ウィゼルがオルドレイクを担いでいるのを見たときは、思わず二度見しそうになったものだ。

 あれだけの攻撃を受けておいて短時間でまともに動けるようになるとか、もう二度とウィゼルの顔は見たくねぇぜ。

 脳裏に撤退するウィゼルの姿がよぎり、俺は引きつった笑みが浮かべながら屈み、オルドレイクが遺していったそれを左手に取る。 
 ディエルゴは様子見でもしているのか、すぐに俺に仕掛けてくる気配は感じられない。

 罠か、それとも……いや、罠だろうがそれすらブチ破る一発をかましてやるぜ。今の俺なら、こいつを扱うことは決して不可能じゃないはず。

 俺は大きく後退してディエルゴとの間合いをさらにあけてから、目を閉じて極限まで精神を集中させる。
 ディエルゴが僅かに怪訝な表情を浮かべる。抜剣してから今まで魔剣による物理攻撃一辺倒だった俺が、初めて召喚術の詠唱に入ったことに意表をつかれたのだろう。

 その隙に俺は詠唱を完成させる。
 身体全体を暴れまわる魔力。手足が引きちぎれるような感覚。催してくる吐き気を強引に飲み下し、俺は術を制御する。

「………」

 ディエルゴが接近をしてくるが、もう遅い。
 俺は左手に持った錫杖――霊姫の錫杖を頭上にかかげる。

「誓約の儀式により我が召喚に応えよ……聖鎧竜スヴェルグ!」

 刹那、ディエルゴのいた空間が捻じ曲がる。

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 初めて反応らしい反応を見せたディエルゴ。
 苦悶の声を上げ、巨大なスヴェルグの手で覆うように包まれる空間は捻じ曲がり圧縮されていく。その中でディエルゴがスヴェルグの力に屈していく。

 ――聖鎧竜スヴェルグ。
 強大な悪魔と戦う為に、7人の大天使が己の魂を聖鎧に封じひとつとなった存在。
 断罪の無限牢と呼ばれるスヴェルグによる術は、スヴェルグに捕捉された空間ごと支配し対象を屈服させる。
 通常、幾人もの手練の召喚師が互いを補い合いやっと召喚を可能とする、霊属性S級ランク、最高難度の召喚術。

「……げほっ、がはッ…………ッ!?」

 俺は咳き込み血反吐を吐く。

 やばい、想像以上に負担がでけぇ!
 単独でのSランク召喚術の行使は無理があったか……!?

 反射的に口を押さえそうになるが、俺は歯を食いしばり召喚術に集中し続ける。
 今少しでも制御を失えば、スヴェルグは暴走し俺にも牙を向いてくるだろう。

「くたばれええええええええええええええええええ!!!!」

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 気迫と共に俺は魔剣を通じてありったけの魔力を振り絞り解き放った。





 キュウマとヤッファはいち早く各集落へと走り、はぐれ召喚獣たちを海賊船へと避難させる。
 途中せまりくる亡霊は他の守人やアズリアが露払いをした。
 乗船した召喚獣たちを尻目に、ソノラがカイルに小声で言う。

「アニキ。出港準備できたよ」

「ありがとな、ソノラ」

「でも、これからどうするの? 島のみんなにっとてこの島はもう故郷みたいなものでしょ。
 この船に避難するのも乗り気じゃなかったのを、アルディラたちが説得して乗ったんだし」 

「ああ。だから船で逃げるのは、本当に最後の手段だ。
 それにあの馬鹿は最後まで戦うだろうからな」

「……うん」

 頷いて、ソノラは遺跡の方角を見る。
 今も一人遺跡に残るレックス。そして、あのときはいろいろなことが起こって意識していなかったが、妙に見覚えのある女性。
 レックスと対峙していたあの女性は、ソノラにとってひどく懐かしい感覚があった。

「アニキ、あの人ってさ、いったい……ひゃっ!?」

 言いかけた言葉をさえぎるように、カイルがソノラの頭に手をのせる。

「アニキ?」

「あいつが誰なのかは俺もよくわからん。だから、今は考えるな」

「でも……」

 納得できないソノラにカイルは、にぃっと笑う。

「信じてやれよ、レックスを」

 言ってカイルは、船外へと躍り出て咆哮を上げて亡霊をなぎ払いに走る。
 触れる端から亡霊を吹き飛ばしていくカイルを見て、ソノラは苦笑する。

「まったく……アニキは単純でうらやましいよ」

 弾を装填した銃を構え直し、ソノラはカイルの背を追った。








 護人と海賊達が船長室に集合していた。
 亡霊に対して護人や海賊達は攻防を繰り返し、やっとのことで海賊船を中心とした安全圏を確保していた。
 しかし、それも僅かな時間だと誰もが理解していた。
 際限なく生まれ出でる亡霊に対して有効な手段は取れていない。元を断たねばこの戦いに終止符は打たれない。
 腕を組んだアルディラが口を開く。

「共界線へ直接魔力を送り込んで遺跡を内部から完全に破壊させる。それしか亡霊を止める手段はないわ。できるなら封印の剣を遺跡中枢部へ突き刺して、直接剣の力でケリをつけたいわね。今の魔剣なら碧の賢帝のときのように遺跡からの干渉も受けずに済むでしょうし」

「でも姉さん、私達なら」

「ええ。私達護人が共界線へと魔力を送り込めば完全、とはいえなくてもある程度は破壊することは可能だと思うわ」

「なるほどな。だったら簡単だ」

 ぐっと拳をつくり、カイルは集まった面々を見回す。

「この船にいる全員を海賊カイル一家が守る。絶対に指一本触れさせねぇ。
 だからお前さん方はウチの客人を頼むぜ」

「おまえ……」

 ヤッファは、てっきりカイルも行くと言い出すと考えていた。
 血の気が多く突っ走るタイプのリーダーだと思っていたカイルを、ヤッファは心中で再評価をした。

「カイル殿……。わかりました、必ずや役目を果たしましょう!」

 キュウマが言葉を合図に、皆が船長室を出て船外へと走る。
 そして、部屋には二人だけが残った。

「あなたは行かないの?」

「………」

 問いかけるスカーレルに、アリーゼは沈黙する。
 アリーゼは亡霊との戦いの間もどこか上の空で、その動きは精細を欠いていた。
 何を気にしているかはスカーレルでなくとも理解していた。

「アリーゼなら、いの一番に行くと思っていたけどね」

「先生は……」

「うん?」

「先生は……任せろって……みんなを守れって…………だから、私はここで……」

 途切れ途切れに言うアリーゼに、スカーレルはふぅっとため息をつく。
 
「そんなの、ただの強がりじゃない。本気にしてどうするの」

「え」

 顔を上げるアリーゼに、スカーレルは含むように言う。

「昔の貴女と一緒よ。助けが欲しいくせに、無理して突っ走って。ね?」

「………」

「アタシはもう、後悔したくないわ。だから必要とあればデリカシーのかけらも持ち合わせない」

 スカーレルは、ふふっと意地の悪い笑みを浮かべてアリーゼの背中を叩く。

「片手で龍を倒せるんでしょう?」

「!? す、スカーレルさん!? それ聞いて……」

「あーんな大声で宣言されちゃね。聞いてる方が赤面しちゃいそうだったわぁ」

「あ……ぅぅ」

 ぼんっと火が出そうなくらい赤くなるアリーゼ。
 スカーレルはその微笑ましい様子を十分に堪能してから、再度アリーゼの背中を叩いた。
 
「行きなさい。ここはアタシ達に任せて。
 アリーゼが本当に守りたいものを守ってきなさい」

「本当に……守りたいもの……」

 アリーゼが俯く。
 自分が本当に守りたいものとはなんだったのか。

「うっすらとだけど、アタシも思い出してきたわ。この島であったこと。暴走したセンセのこと。死んでしまった彼女たちのことをね」

「スカーレルさん……」

「それがどうしてまた私達は島に来て、こうなってるかはわからないけど。まるであの時のことか、それとも今この時が夢みたいな話だけど。
 それでも今のあなたにはできることがあるんでしょう」

 アリーゼはスカーレルに振り返り、じっと見つめていたが、

「……はい!」

 決意を込めて、アリーゼは頷いた。
 それ見てスカーレルは満足そうに笑う。

「ねぇアリーゼ。アタシの教えた魔法の呪文……覚えてる?」

 はっとして、頬を染めてアリーゼが笑う。

「……乙女は度胸、愛があれば無敵、です」

「よくできました。そんじゃ……かましてきなさい!」

「はいっ!」

 元気良く返事をしてアリーゼは踵を返す。
 部屋を出て行くアリーゼを見届け、スカーレルは思う。

(アタシには、あんな風にまっすぐ走ることなんてできないけど……)

 ふと、顔を向ける。その先の室内には、遺跡を脱出する際に抱えてきた者が眠っていた。








 俺は錫杖を手放す。

「はぁはぁ……ッ!?」

 疲労困憊状態で肩で呼吸をしていたところ、急激に肺のあたりから何かがこみ上げてきた。抵抗できずに咳き込んで撒き散らす。
 血。
 身体の気の済むまで俺は咳き込み吐き出し、足元を赤く染めてようやく落ち着いてきた。

 ……ふぅ。S級召喚術の単独召喚がここまで負担がかかるとは思わなかったな。まぁ、確かに通常では考えもしないような無茶だけどよ。仮に実行しても失敗するのが関の山だろうし。その辺、この魔剣の力っつーのは際限がないように錯覚しそうになるな。
 ともあれ、無理しただけのことはあったか。

 俺の放った召喚術によりディエルゴのいた空間はガレキの山と化していた。
 未だ粉塵は舞っており、ディエルゴの姿を確認することはできずにいる。

 これで終わればいいんだけどな……なんて楽観的な思考に流れたくなるけど、そこまでは甘くねぇか。
 それでもダメージがないってこともないはずだ。
 ダメージさえあれば、今までの攻撃でも結果は違ってくる。軽く受け流された攻撃も弱った身体には有効になりえる。
 ……まぁ、それはこっちも言えることなんだけどよ。

「……ッし!」 

 気を吐き、魔剣を構えたところで、前方に非常識とも言える強大な魔力が膨れ上がった。

「聖鎧竜スヴェルグ」

 な……!?

 声を出す暇もなく、周囲の空間が捻じ曲がり圧縮される。
 圧倒的な別次元としか思えない力による干渉を受け、俺はほぼ無抵抗に蹂躙されていく。
 
 ……く…………ぁ……………が……。

 思考することができず、意味のなさないうめきが脳裏によぎったのをかすかに認識できた。



 それから数秒か、数分のことだったのか。
 我に返ったとき、俺は立っていた。倒れなかったのは奇跡ともいえそうだ。
 目の前には粉塵が舞い、視界はほとんど塞がっている。

「っと……ッ!?」

 ふらつく頭を自覚した瞬間、身体中に激痛が走る。

 っ痛ぇ!? 超痛ぇぞおい!? っつーかやべぇ! マジでシャレになってねぇぞこれ!?

 痛いとしか言いようのない感覚が全身を支配している。
 気合という名の我慢でどうにか思考することはできそうだが、激しく集中が阻害されているのには変わりない。

 本当にまずいな……まさかディエルゴがスヴェルグを使ってくるとは。
 いや、そもそも俺にできて奴にできないはずがないか。 
 ちくしょう、剣がなかったら本気で死ぬところだった……って!?

 前方に魔力が集中していくのを感じる。

 ……連発!?
 ざけんな、さすがにもう耐えられねぇぞ!
 
 俺は即座にその場から離れようとする。
 ディエルゴは俺の姿が見えていないはず。当てずっぽうの召喚術なら躱すことは不可能じゃない。
 しかし、思うように身体が動かない。
 前方に集中していた魔力は荒れ狂うものから方向性を示すように整然とした流れになっていく。

 終わる。

 それだけが頭に浮かぶ。
 背に滴る冷たい汗も、心臓がひゅっと小さくなるような感覚も、頭の中がやけに冷たく感じるのも。
 すべて一瞬のことで、そして、

「ッんが!?」

 横から突き飛ばされて地を転がるのも一瞬のことだった。

「聖鎧竜スヴェルグ」

 ディエルゴが召喚術を放つ。
 今、俺のいた場所にいるのはだれなのか。捻じ曲がる空間の中に人影だけがうっすらと確認できる。

 小柄だ。
 それだけを知った時に、すべてを理解した。
 俺はアリーゼに突き飛ばされて、アリーゼが俺と入れ替わるようにディエルゴの召喚術をその身に受けているのだと。

「アリーゼ!?」

 反射的に叫ぶが、意味をなさない。
 俺にできることはなく、そして数秒後にはスヴェルグは送還された。

「くそ!」

 俺は言うことの聞かない身体をどうにか動かし、粉塵の舞う中に踏み込もうとする。
 と、粉塵の中からアリーゼが平然と歩いてきて顔を出した。

「先生、助けに来ましたよ」

 は?
 え、いやいやいや、え? なんで平気なの?

「お、おいアリーゼ。お前大丈夫なのか!?」

「はい」

 マジすか。え、マジすか!?
 確かに見た感じ目立った外傷はないし、無理をしている感じもないけど。
 だがいくら召喚術に対する耐性があろうと、スヴェルグによる力の前にはそんなもん鼻糞みたいなもんで簡単に吹き飛ばすはずなんだが……ん?

 アリーゼからは微々たる魔力しか感じられない。
 魔剣を手にしていないとはいえ、アリーゼの魔力は俺達の中でも一、二を争うほどのもののはずだが。
 そこで俺はようやく気づいた。

「……幻実防御」

「はい。なので次はありません」

 幻実防御は召喚術により受けるダメージを自身の魔力により相殺するものだ。
 当然、自分の魔力が空になれば次に受けた召喚術は直撃する。

「先生、剣を貸してください」

 魔力のないアリーゼは、戦力として大きな期待は出来ない。
 剣の筋は悪くないが、生身の身体能力だけでは到底ディエルゴに太刀打ちはできないだろう。
 魔剣により身体能力を高め、魔力を回復させて挑まなければ勝負にはならない。

「アリーゼ……戦えるのかよ、アティと」

 迷いのある気持ちでは魔剣の力を発揮することは出来ない。
 アリーゼの意志を確認する意味でした俺の質問に、アリーゼはまっすぐに返答した。

「私は、先生たちを……レックス先生を助けて、アティ先生を救います」 

 そして、アリーゼはふっと表情を緩めた。

「それが今の私の本当に守りたいものだから」





[36362] 第十五話 楽園の果てで 下
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/12/22 18:04
 アリーゼとディエルゴが剣を、召喚術を駆使して激しくぶつかり合う。
 見たところ分はディエルゴにあると言わざるを得ない。
 アリーゼも魔剣をフル活用して善戦しているが、地力の差が大きすぎる。
 魔剣による直接攻撃は技巧の差がありすぎてディエルゴに食らわすことが困難であり、召喚術にあっても大技以外は耐性がありすぎて有効なダメージを与えることができずにいた。

 それでも。
 アリーゼはディエルゴに対して一歩も退かず、戦い続けている。






 アリーゼの決意は固かった。
 迷いのない意思が嫌というほど感じ取れたことで、俺はアリーゼに剣を託した。
 アリーゼは抜剣し俺の傷を召喚術で癒すと、ディエルゴに向かっていった。

 ……救うために戦う、か。
 今の魔剣ならできるかもな。

 アリーゼの意思を乗せた剣であれば、アティの精神を乗っ取りその身を傀儡するディエルゴという名の妄執を断ち切ることは不可能ではないかもしれない。
 アリーゼとディエルゴの技量の差は、戦ってるアリーゼ自身が一番わかっているはずだが、アリーゼにあきらめの気配はまるでない。
 自らを叱咤し活路を見出そうとする強い瞳は揺らがない。
 
「……はは」

 無意識に笑いがこぼれる。
 憧憬と自嘲。
 アリーゼの吹っ切れた心の強さと、未だ自分が躊躇してびびっていたこと。

「でもそれも仕舞いだ」

 腰に差した剣、ジェネラスニールを抜く。
 この武器でディエルゴに対抗できる、と思えるほど俺は楽天的にも熱血思考にもなれない。
 それでも、やらなきゃいけねぇ時がある。
 
「下手な考えしねぇで、思うままにやればよかったのかもな」

 もともと、俺はそう考えて『あの時』剣を振るった。
 そして、魔剣を手にした。
 記憶が戻って、自分が本当の意味で魔剣を使うことができると知り、事実抜剣をした。
 パズルのピースは揃っている。
 残りのカケラは、俺の意思だけだ。

「生徒があんだけやってんのに、先生がのうのうとはできねぇよな」

 戦うアリーゼを見て、俺はようやく決意した。

 ……なぁ、おい。
 随分と待たせちまったな。
 だからって寝ぼけてるんじゃねぇぞ、しっかりと俺の声を聞け。俺の声に応えろ。

 俺は『それ』を左手にとり、強く念じる。
 目を閉じて、イメージを強固にする。
 喚び出す者について目の前にいると錯覚するほど強く思い描き、同時に魔力を集中させていく。
 スヴェルグを召喚するとき以上に、俺の心は乱れて落ち着かない。

 ――もしも、失敗したら。
 そんな考えが一瞬鎌首をもたげるが、それを持った左手を強く握り締め弱気を振り払う。

 失敗したら、なんだってんだ。
 びびってんじゃねぇ。元は俺が賭けたんじゃねぇか。だったらやってやろうじゃねぇか! 俺の力も心もすべて賭けてやるぜ!!

 砕けるほどにそれを握り締め、俺は魔力を練り上げる。

「誓約の名の下に」

 来い。

「我が呼びかけに応えよ」

 来い。

「………」

 俺は息を吸い、力を集中させる。左手を掲げて、意思と魔力をつぎ込む。
 首にかけていた壊れたサブユニットのかけら。

 ――お前がバグだというのなら、バグらしく捻じ曲げた事実を生み出してやろうじゃねぇかッ!

「来やがれええええ! ヴァルゼルドおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 機界のサモナイト石が輝き、誓約の儀式が発動する。
 と同時、虚空より光が生まれ俺の目の前にそいつが現出した。
 黒のボディを浮遊させ、音もなく降り立つ。
 亡霊となった機械兵士。碧色の瞳が煌々と輝いている。

「教官殿」

 は……はは。
 なんだよ、やっぱりあるじゃねぇかよ、何がバグだ。
 俺はしっかり感じたぞ、てめぇの意志を形にした魂ってやつをよ。

「……よぉ。待たせたな」

「はい。教官殿が自分を喚ぶのを今か今かと待ち望んでいました」

「そうか」

「ずっと、待っていました」

「……悪かったな。遅くなっちまって」

「教官殿……」

「……本当に、悪かった」

 あの時、俺は暴走したヴァルゼルドにサブユニットを付けることを拒否して破壊した。
 いつだったかファリエルは語っていた。この島で死んだ者は、魂になっても決して転生することなく、島の中に魂を囚われたまま彷徨い続けていると。
 俺はその呪い染みた現象を逆手にとり、ヴァルゼルドの意志を、魂を、暴走する機体を破壊することで島に留めて、誓約により召喚できたらと考えていた。
 ……まぁ、結局のところ、ヴァルゼルドに本当に魂があるのかどうかを心底から信じることができないでいたため、こんな土壇場になってしまったわけだが。

「詫びに」

 俺は思いっきり口角を上げて、剣を構えた。

「派手に暴れようぜ!」

「了解であります!」

 ヴァルゼルドが応えて、俺の身体に憑依する。
 瞬間、身体の底から暴れだしたくなるほどに力が溢れていくのを感じた。

 っかあああああ、みなぎってきた!!

「いくぜえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 高らかに吼えて、ディエルゴへと跳ぶ。
 ヴァルゼルドを憑依させた効果により、俺の身体能力は飛躍的に上昇していた。

「え?」

「!?」

 唐突に突っ込んできた俺に対して、剣を合わせていたアリーゼとディエルゴは一瞬反応が遅れる。
 間髪入れずに、俺はディエルゴの左半身に全力の一撃を叩き込む。

「アァ!?」

 隙だらけのディエルゴを吹き飛ばし、即座に追いすがる。

「オオオオ!!」

 俺の剣が届く前に、ディエルゴは不安定な体勢のまま俺に向けて魔力弾を飛ばす。
 遠距離攻撃・暗黒。
 躱す間もなく俺は直撃を受け吹き飛ぶ。
 地を転がる俺に対して、ディエルゴさらに遠距離攻撃・暗黒を連弾してくるが、俺は転がった勢いのまま立ち上がって走り回避する。

「ぐ……」

「教官殿!」

「大した傷じゃねぇ。心配すんな!」

 と強がりを言うものの、ディエルゴの野郎、やはり魔力の強さが桁違いだ。
 単なる魔力弾とも言える遠距離攻撃・暗黒でこれほどまでの威力になるとはな。
 加えて、ヴァルゼルドを憑依させている特性上、今の俺は召喚術等への耐性が極端に下がってしまっている。もう2、3発くらえばお陀仏だろう。

「自分が、教官殿に憑依をしていなければ……」
 
「アホ。お前がいなけりゃそもそもディエルゴとは勝負になんねぇよ」

 ヴァルゼルドは憑依している者に対して、物理的な身体能力を上昇させ、魔法防御力を極端に減少させるようだ。
 機界兵士という性質上のものなのだろうが、俺にとってそのメリットはデメリットを上回る。

 俺とディエルゴの間合いを確認すると、ざっと20歩ほどだった。

「行くぞヴァルゼルド、ディエルゴの野郎を叩き潰すぞ!」

「了解であります!」

 俺が地を蹴ると同時、ディエルゴもほぼ同時に向かってくる。
 互いの加速により、一瞬にして間合いはゼロになった。
 ディエルゴより速く、俺は剣を撃ちつける。
 俺の斬撃をディエルゴが受けた。その瞬間、俺は渾身の技を発動させる。 

「連斬剣・閃転突破!!」

 斬撃を、刺突を、頭、肩、腕、足、胴、あらゆる箇所へ身体の限界を超えて連撃でディエルゴに叩き込む。一撃たりとも力は緩めず、すべてを必殺とする剣撃。
 これはヴァルゼルドとの死闘で得た、俺の連続攻撃。俺の最大最高の全力攻撃。
 しかし、ディエルゴはそのすべてを受け止め、受け流し、あるいは身を躱し続ける。

「おらああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
 
 上段へ構え、天からの一撃が如くディエルゴに振り下ろすと、ディエルゴが真っ向から受け止めた。
 そのままわずかな間鍔迫り合いを演じて、

「………」

 ディエルゴが目を細めると同時、遠距離攻撃・暗黒を発動させる。
 俺が躱せないタイミングを狙っていたのだろう。ゼロ距離からの魔力弾に俺は直撃を受け、なすすべもなく吹き飛ばされた。
 吹き飛ばされながらも俺はディエルゴを視界におさめて口を歪めた。

 ……かかったな!

「パライズアタック!!」

「がぁ!?」

 ディエルゴの背後からの一撃。
 アリーゼの魔剣による横一文字の斬撃を受け、ディエルゴは苦悶の声をあげる。

 ……アリーゼに魔剣を渡した際、俺が参戦したら隙をつけと言っておいたが、さすがはアリーゼさんだぜ。ドンピシャのタイミングでやってくれたな!

 ディエルゴは焦り振り返ろうとするが、その動きは鈍い。
 
「き、さま……!!」

 アリーゼの魔剣が一際蒼く輝いている。
 先の一撃には、アリーゼ自身の魔力を乗せ相手の動きを封じる効果があったのだろう。

「先生を、返してもらいます」

 アリーゼが魔剣を上段に構える。
 アリーゼはさらに魔剣に魔力を乗せ、魔剣が一層と輝き、

「キサマアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 渾身の力で振り下ろし、魔剣はディエルゴの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。








 魔剣に斬られディエルゴが倒れる。
 俺は召喚術で自身を回復させ、ディエルゴに歩み寄った。

「ばかな……我がニンゲンごときに……」

「残念だったな。まぁ随分長生きした方じゃねぇか? この辺で終わっとけや」

「終わる……我は……我が消えるのか……」

「そうだよ。いい加減、あるべき姿に戻れ」

 ディエルゴの……アティの身体が輝き、白く光る何かが抜けていく。
 同時に遺跡が鳴動し、地震が起こり俺達は激しく揺さぶられる。

「っとぉ!?」

「きゃっ!?」

 俺とアリーゼは揺れる大地に膝をつく。
 立ってはいられるが、かなりの揺れだ。

「ディエルゴの野郎、自分がやられたからって自爆でもする気か? いい根性してるじゃねぇか!」

「愚かな」

 俺の言葉に、アティの身体から抜けた白い光が答える。

「……我はディエルゴ、遺跡の意志……この島の共界線を束ね支配する存在…………我が消えれば共界線は秩序を失い、この島が崩壊することは必然なり」

「そんな!?」

「ふ、ふはははははははは……ミナゴロシにしてくれるわ……このような世界……削除されて当然なのだ…………界の意志から見放されてしまった時点でな……」

 界の意志から見放された、だと?

「てめぇ、一体何を知ってやがる!?」

「消え行く運命にある者に語ったところで意味はあるまい……そう、今更このような島がひとつ消えようと、ささいな違いでしかない……く、くははははははは……はははははははははははは」

 笑うディエルゴに対して、アリーゼが立ち上がる。

「もう、十分です!!」

「はは……グギャアアアアアアアアアアアア」

 ディエルゴに対して魔剣を振るい両断する。
 断末魔の声を上げて、今度こそディエルゴは消えていく。 

「……キエ……ウセロ……」

 最後まで呪うようにそんな言葉を遺して、ディエルゴは消滅した。

「………」

 アリーゼが、ディエルゴのあった空間を見つめる。
 俺はアリーゼにかける言葉を思案していたところ、さらに大きな揺れが起こった。

「うお!?」

 一層揺れが激しくなり、立っているのすら困難になる。

 ちぃ、こりゃ時間勝負になるぞ!

「アリーゼ! 剣を貸せ!」

 言うと同時に俺はアリーゼから剣をひったくる。
 同時に、アリーゼの抜剣による覚醒状態が解除される。

「先生!?」

「アティを連れて船まで走れ! 島が崩壊するまでは多少の猶予はあるはずだ! カイルに言って全員で島から離れろ!!」

「先生は……先生はどうするんですか!?」

「遺跡の中枢部から直接魔剣で共界線に魔力を送り込んで、共界線を繋ぎとめる!」

 ディエルゴの真似事だ。おそらく魔剣であればそれは可能なはず。
 分の悪い賭けではあるかもしれんが。

「だったら私が行きます! 先生より私のほうが魔力もあるし、術の制御もうまくできます!!」

「アホか!! 成功の確率がどんだけのもんかもわからねぇのに任せられるか!!」

「そんなの先生だって同じじゃないですか!!」

「いいんだよ俺は! だいたいアティはどうする気だ!! おそらく最初に崩壊するのはこの遺跡だ! ここに置いていって見殺しにする気か!?」

「そんなことするわけない!!!!!」

 ビリビリと周囲が震えるほどの怒声を上げるアリーゼ。
 あまりの声に俺は思わず息をんでしまう。

「……もう二度と、見ているだけなのは嫌なんです。大切な人を守るため、私はここにいるんです。だから……だから……」

「アリーゼ……」

「あなたが行くなら、私も行きます。あなたは皆を守るために行くんでしょう? だったらあなたは私が守ります。そう決めたんです。
 何もできずに後悔するのは、もう嫌なの……」

 アリーゼはアティに視線を向ける。

「先生達は、自分のことなんてすぐに忘れちゃうから……私が守るんです。絶対に」

「……俺は、アティと違ってそんなんじゃねぇけどな」

「だったら、私も連れていってください。きっと二人でやれば成功します」

「アリーゼ……」

 固い決意を秘めた目で俺を見るアリーゼ。

 ……こりゃ撤回するのは無理そうだな。

「わかったよ。……来い、ペコ!」

 俺はペコを召喚してアティを乗せる。
 ちと、不安定だが船まで運ぶくらいはわけないだろう。
 ペコにアティの搬送を頼み、俺は魔剣をアリーゼに渡す。

「先生……」

「急ぐぞ、いつまで持つかわからんからな」

「はい!」








 遺跡の最奥部へ辿りつくと、そこには先客がいた。
 この島を護る者たち、各界の護人たちだ。

「どうしてここに……」

「私達でも、共界線へと繋がることはできるから。不完全なものでまともに制御をすることは難しいけど……!」

 ファリエルが額に汗して、遺跡の中枢部を通して共界線へと魔力を放出する。
 アルディラもキュウマもヤッファも、同様に両手を掲げて島の崩壊を抑え続けている。

「先生」

「ああ」

 俺はアリーゼの右側に位置して、魔剣を手にするアリーゼの手を包み込むようにして持つ。

「準備はいいか?」

「はい、先生」

 俺とアリーゼの意思に反応して魔剣が淡く輝き、俺達を光が包み込む。



 ――――抜剣。



「オオオオオオオオオオオォォォォォオオ!!!」

「やあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 溢れ狂う魔力を俺達は共界線へと叩きつけた。





[36362] 最終話
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/12/22 18:03
 俺やアリーゼ、護人たちによって共界線の制御を取り戻すことができ、島の崩壊は免れた。
 すべてが終わり、皆の元へ戻るとそれぞれが無事を喜び互いの健闘を讃えた。



 そして、夜。

「かんぱ~い!!!」

 高らかに手に持った杯を掲げて唱和する。
 近くにいる者同士が互いに打ち付け、あっという間に飲み干していく。

「っか~~~~~~~~~!! うめぇ!!!」

 俺も一気に煽って空にすると、傍にいたクノンがすかさず注いでくる。

「おお、ありがとなクノン」
 
「どういたしまして」

 ふっと笑ってクノンが返答する。
 この島を覆っていた問題が解決して、クノンも安心したのだろう。かなり表情が柔らかくなっていた。

「そういや、ヴァルゼルドの件、助かったぜ。機界のことでマシンときたら、俺にはさっぱりだからよ」

 ヴァルゼルドは現在霊体であり、いろいろと不便な部分もあったため、代わりとなるボディを用意、整備してもらっていた。
 とはいえ、元のサイズを動かすことはヴァルゼルドには困難であり、キユピー並みのミニチュアサイズとなっているわけだが。

「私は大したことはしていません。ほとんどはアルディラさまがなされたことですから」

「あら、私をその気にさせたのはクノンだけれどね。あんまり熱心にお願いされるから、疲れた身体に鞭打ってがんばったのだけれど?」

「あ、アルディラさま!?」

 アルディラがほんのり頬を染めてクノンにせまる。

「同胞のため、果てはディエルゴを倒すために力を貸した仲間のため、だったかしら?」

「はい。レックスさまの話を聞くに、彼がいなければディエルゴを倒すことはできなかったのでしょうから」

「そうね。……だ・け・ど」

 アルディラがニマニマと笑いながらクノンの耳に顔を寄せる。

「クノンは誰の頼みだから熱心に聞いたのかしらねぇ」

「……私は、客観的に判断したまでです」

「ふふ。じゃあそういうことにしておこうかしらね」

「アルディラさま、含みのある言い方はおやめください」

 周囲の喧騒と二人が小声で喋っているため、何を言っているのかは聞こえないが、とりあえずクノンがいじられているのは伝わってきた。
 アルディラとクノンの関係も俺が来た当初のころとは、大分変わったようだ。

「そういえばそのヴァルゼルドはどこに行ったの?」

「あそこ」

 俺が指差す方向には、子供達に囲まれちょっかいを出されて右往左往するヴァルゼルドの姿があった。

「あら、人気者ね」

「子供はみんな人型兵器にあこがれるもんさ」

「貴方にもそんな頃があった?」

「レックスさまの場合、今でもそのような感じがします」

「おぉぅ……」

 クノンに真顔で突っ込まれて、思わず感嘆の声をあげてしまった。
 と、離れた集団から飲み物がなくなったと声が聞こえてきた。
 クノンはすぐに準備をしてそちらへと向かう。
 わぁっと集団から歓声が上がり、そのままクノンは集団に飲み込まれた。

「ふふ」

「嬉しそうだな、アルディラ」

「ええ」

 クノンに対して、誰もが屈託なく話しかける。
 クノンの返答はおおよそ無表情なものだが、律儀に返答するので酔っ払いにとってはすばらしい聞き役となっていることだろう。
 その様子を見てアルディラは穏やかな笑みを浮かべている。
 たぶん、俺も似たような顔をしているんだろう。








「レックス殿! レックス殿!」

 杯を手にうろうろしているところでキュウマに声をかけられた。

「おお、鍋か。って随分すげぇ色してるな」

 キュウマの他、ミスミさまやヤッファ、ゲンジの爺さん達が囲んでいる鍋は、なかなかにドギツイ赤色をしている。
 本能的に、これ食っても大丈夫なの? と問いたくなる。

「ほら先生も食べてみるのじゃ」

 ミスミさまがお椀によそって俺に差し出してくる。

 うーむ、若干不安は残るがここで食わないわけにも行くまいよ。でええい!

「……むぐむぐ……って、辛ッ!! 辛ぇ!! ……あれ、でも結構いけるか? うん、うめぇなこれ。だれが作ったんだ?」

「ワシじゃよ」

 ゲンジの爺さんが俺のお椀を手にしてさらに盛り付ける。

「最近は夜になると肌寒くなることもあったからのう。身体が芯から温まるように、香辛料を加えて一味足してみたのじゃ」

 得意げになる爺さん。げに生き生きとしていらっさる。意外と料理とか好きなのかもしれない。そういや茶もうまく煎れられるしな。

「……裏切り者」

 唐突にミスミさまが恨めしげに俺を睨む。
 妙齢の美人の拗ねた表情はなかなかにクるものがあった。

「裏切り者て。一体どうしたんですか?」

「ああ、姫さんは辛いものが苦手なようでな。この鍋はぜんぜん食えないんだとよ。それで仲間を探していたのさ」

 ヤッファはせっせと鍋の具を取ってバクバグ食している。

「このようなもの、食べられる方がおかしいのじゃ……」

 ふんっとそっぽ向いて箸を動かすミスミさま。

 あれ、ミスミさまも普通に食ってねぇか? いや、お椀の中が赤くない……?

「ミスミさまには別の鍋を用意しているのです」

「ははぁ」

「キュウマ! お代わりじゃ!」

 キュウマはミスミさまのお椀を受け取り、苦笑して離れた場所に置かれた鍋に歩いていく。

「ミスミさま、杯が空になってますよ。どうぞ」

「む……ならばこちらも」

 ミスミさまの杯に酒を注ぐと返杯を受けた。
 二人して口をつけて、一息つく。

「のう、先生よ。そなたはこれからどうするつもりなのじゃ? この島に残るのか……それとも、やはり元いた場所へと帰るのか?」

「これから、か。うん、実はさっぱり考えてなかったんだよなぁ」

 頭をかいて答えると、ヤッファが身を乗り出してくる。

「ははは、そんなこったろうと思ったぜ。なんなら俺達の集落に来いよ。お前の故郷に似てるんだろう? ジャキーニ達からはあまり不満も聞いていないし、人間には住みやすいところだと思うぜ」

 ユクレスの村かぁ。
 確かにこの島で住むとしたら、真っ先に第一候補として上がる場所だ。
 どっかに小屋でも建てて、ジャキーニのおっさん達みたいに農業やってもいいかもしれない。
 ……ん、そういやおっさん達って船乗って戻るんかな?
 
「これこれ、何を勝手に言っておる。だいたい島に残るのであれば、わらわの御殿を使えば家を作る手間もないではないか」

「ミ、ミスミさま! いくらレックス殿と言えど、それは……」

 お椀を片手に戻ってきたキュウマが慌ててミスミさまをたしなめる。

「何か問題があるのかキュウマ? この島の恩人である先生へ住居を提供することに」

「い、いえ、そうではありませんが……」

 しどろもどろになるキュウマ。
 そして、キュウマの後をついてきたスバルたちが混ざり、場は騒がしさを増していく。

「なになに、先生ウチに来るの!? ホントに!? やったぁ!!」

「先生さん、マルルゥたちのところには来ないのですか?」

「ユクレスの村なら、僕達みんな先生を歓迎するよ!」

 さらにいつの間にか海賊たちも混ざって場はカオスと化す。

「先生は私たちの船に乗るんだよ。それで世界中を旅してお宝を探すんだ!」

「客人として同じ立場の人がいるのは心強いですね」 

「腕は立つし、船長としては是非迎えたいところだが、どうよ? なんならアリーゼも一緒に……」

「あら素敵。ねぇセンセ、一緒に大海原へ繰り出しましょうよ」

 なんてまぁ、しっちゃかめっちゃか喧々囂々となっていった。

 もはや収拾つかんね、これは。

 俺は苦笑してこっそりその場をあとにした。








 海賊船の中。
 ノックをすると、どうぞの声。
 部屋に入ると、ベッドに寝かされているアティと、傍らにアリーゼが腰掛けていた。

「先生」

「よぉ、食い物持って来たぜ」

 鍋の具と、杯に入った果実のジュースを机に置く。

「ありがとうございます」

「アティの具合はどうだ?」
 
「ずっと眠ったまま、です」

 アリーゼは不安そうにアティを見る。
 規則正しく寝息を立てているアティ。傍目にはただ眠っているだけに見える。
 実際、クノンがアティを単なる疲労回復のために眠っていると判断したからこそ、ラトリクスのリペアセンターではなくこの船にいるわけだが。

「なぁに、明日になりゃけろっと起きてくるだろうよ」

「……そう、ですね」

 浮かない顔のアリーゼを見て俺は苦笑する。

「先生?」
 
 本当は宴会に誘いに来たんだけどな……この様子じゃ、来てもアティが気になって楽しめやしないだろう。
 アリーゼのことだ。ずっとアティのことを想っていたのだろうから、心配ないと言われても実際に起きてくるまでは気にしてしまうのだろう。
 みんなだってアリーゼ同様アティのことは心配しているが、島の住民たちに戦いは終わったことを明確に伝えるためにも馬鹿騒ぎをする必要はあるからな。
 ちなみに皆には、この世界の時間が巻き戻っていていることは伝えてある。言葉では信じられない部分があっても、自身の感覚と記憶で理解できているようだった。

「なんでもねぇ。俺は戻るわ。今夜は冷えるんだから、風邪ひくなよ」

 言って、俺は部屋を出た。








 宴会をやっている広場へすぐに戻る気にもなれず、俺は宵闇の島を気ままに散歩していた。

「レックス」

 呼ばれて振り返ると、アズリアとギャレオがいた。

「……おぅ」

「お前も抜け出してきたのか」

「そう言うアズリアもか。まぁ、あのテンションにはついていけないか」

「ふん」

 一息で笑った後、アズリアが俺の目を見る。

「レックス、お前は弟の……イスラの行方を知っているか?」

「……わからん」

 時間の巻き戻ったこの世界で、イスラの行方は未だに不明だ。
 あいつが望んで姿を現さないのか、それともあいつ自身の存在が消えてしまっているのか。
 俺に知る術はない。

「そうか……」

 アズリアが僅かに肩を落とす。

「だがまぁ、どっかで元気にやってるんじゃねぇか? お前の弟ならそう簡単にどうにかなるタマじゃねぇだろ」

「どういう意味だ」

「言葉通りさ」

 俺が笑うと、むっとしていたアズリアも相好を崩す。
 互いに笑ってから、アズリアが表情を引き締める。

「ところでレックス。お前、帝国軍へ来ないか?」

「……は?」

 いきなり何言い出してるんだこいつは?

「今後のことだ。お前の実力ならば私から上官へ推薦するには十分だ」

「……あのなぁ」

 俺は頭をがしがしとかく。

 何かと思えば、本当に突飛な考えする奴だなこいつは。
 記憶の中の引っ張られる出来事ことが多かったことに、俺は妙に納得してしまう。

「お前の素性については、私が保証しよう」

「……へぇ。随分高く買ってくれてるじゃねぇか」

「お前のことは、アティと同等に見ているからな。だが、あいつが軍に戻ることはありえんだろう」

「まぁな。もともとアティは軍に向いてる性格でもなかったし、例の件がなくても遅かれ早かれ去ることになっていただろうよ。
 にしても、そこまで言うってことは、おおよそのこと思い出したわけか」

 俺の問いにアズリアが頷く。

 アズリアめ……素性の知れない俺を軍にスカウトするとは。こいつも相当いい性格してやがる。

「……とりあえず考えさせてくれ」

 言って、俺は背を向けた。
 







 小さくなる背中を身ながら、ギャレオが口を開く。

「隊長」

「なんだ?」

「来るでしょうか、奴は」

「わからん……。結局のところ、あいつはアティに似ているようだからな」

 踵を返し、レックスとは別の方向へと歩き出す。

「さて、戻るぞギャレオ。酔い潰れてしまった者を介抱してやらねばな」








 アズリア達と別れた後、俺はメイメイさんの店を訪れていた。

「あんらぁ、せーんせぇ。いらーっしゃ~い」

「………」

 店に入ると、メイメイさんが思う存分くつろいでいた。
 傍らには仏頂面というか無表情で無色の派閥の暗殺者、茨の君と呼ばれていたヘイゼルが座っている。
 カウンターには今日の宴会で出されていた料理の残骸がずらりと並んでいた。

「メーメーさん、お腹いっぱいだわ~。おしゃけもおいひいし、もサイコ~~」

 赤ら顔で呂律も危うい。今日は一段とへべれけに酔っ払っている。

「……ふぅ」

 ヘイゼルは眉間に皺を寄せてため息をつく。
 時折杯に入った酒に口をつけているのは、世話になっている主に対する義理のようなものだろうか。

「このごちそう持ってきたのはクノンか?」

 適当な椅子を引っ張り出して座ると、ヘイゼルがぶっきらぼうに答える。

「名前なんて知らないわよ。機械人形だったわ」

「ふぅん。その後はずっとメイメイさんと二人きりってところか」

「そーぉとーり~~~」

 意味もなくきゃっきゃ笑うメイメイさん。
 僅かに顔をしかめて小さくため息を吐くヘイゼル。

 うん、こりゃ相手すんの苦労したろうな。

「それで、あなたは何しに来たの」

「うん? 騒ぎに当てられてちょっと席を外したんだよ。散歩の途中であんたのこと思い出して寄ってみたわけだ」

 ディエルゴが亡霊を復活させ皆が船に撤退した際、スカーレルはちゃっかりヘイゼルを連れていたらしい。
 戦いが終わってから身柄をどうするかという話になったわけだが、偶然通りかかったメイメイさんが引き取ると言い出した。
 暗殺者の長ということで扱いに困っていた皆は、悩んだ末メイメイさんに任せることとした。

「オルドレイクたちは島を出たのでしょう。あなたたちにとって、もはや私に利用価値はないわ」

 うん?

「さっさと殺せばいいでしょう。それとも拷問でもする? 無色の情報なんて持っていないし徒労に終わるでしょうけど、それでもよければどうぞ」

「はぁ」

「さもなければ、私に興味があるの? いいわよ、好きになさい」

「じゃあ、そうするか」

 俺はカウンターに置いてあった清酒・龍殺しを手にして注いでくる。
 何も言わずちびちび飲んでいると、ヘイゼルが訝しんで俺を見る。

「……何してるの?」

「好きにしてる」

 答えて魚のフライに手を出す。んー美味。

「……なんなの、あなた」

「さぁて、なんなんだろうなぁ」

 適当に答えて、ぐびっと一気に酒を煽る。
 結構酔っ払ってきているかもしれない。

「ねーせんせー」

 メイメイさんに呼びかけられてそちらを向く。

「別の場所に行くつもり、ない?」

 メイメイさんの瞳が怪しげに揺らぐ。

「あたしが本気を出せば、この島を離れることなんて一瞬でできちゃうのよん」

「へぇ」

「なーんて、やっぱり信じられない? にゃはははは……」

「いんや。できるんだろうよメイメイさんなら」

 この人は直接的ではないにしろ、おそらく間接的に今回の時間の巻き戻しの件にからんでいる。というか、今回の件についてひょっとしたら一番詳しい人物なのかもしれない。
 それなら、瞬間移動くらいできても不思議はない……わけではないが、納得は出来る。

「だからさ、あんたは連れてってもらいなよ」

「……私?」

 いきなり話を振られたヘイゼルが瞬きをする。

「そう。どうせ無色はあの騒ぎであんたのこと死んだとでも思ってるだろうし。あんたも敵対していた島のみんなと一緒にいるのは気まずいだろう?」

「勝手に決めないで。私は別にそんなこと望んでいない……」

 ヘイゼルが目を背ける。
 心なしか言葉に力がない。

「スカーレルに聞いたぜ。あんたたちはずっと組織に縛られてきたって。そうしなければ生きていけなかったって」

「え……」

 戦いの後、スカーレルが俺に語ったこと。
 スカーレルとヘイゼルは幼少のころより組織に属して、暗殺者として育て上げられた。
 任務を失敗した先にあるのは死。裏切り、組織から抜けようとすれば死。暗殺の標的からもたらされる死。
 いつだって、死は隣りあわせだったと。
 
「珊瑚の毒蛇……余計なことを……!」

「おいおい。スカーレルがあんたを殺さなかった理由、考えなかったのかよ」

「そんなこと知らない……」

「まぁ俺も知らないけどよ」

「……ッ!! なんなのお前は!! 何が言いたいの!!!」

 いきなりヘイゼルが切れる。

 むぅ、いくらなんでもやっつけな会話すぎたか。だがこちとら酔っ払っているんで多少は勘弁して欲しい。

「スカーレルにとって、あんたはもう一人のスカーレルなんだろうよ。
 組織を抜けられずに、ずるずると居続けてとうとう下っ端を束ねる立場になっちまう。
 組織内部でその名は知れ渡りすぎて、逃げることなんてできやしない。八方塞がりの状態だ」

「……そうよ」

「だからスカーレルはあんたをきっかり倒して傍目に死んだことにした。おまけに偶然とはいえあの騒ぎだ。
 あんたがヘイゼルの名を捨てれば、生きていける場所はいくらでもあるだろう」

 名前を変えたくらいで暗殺組織の目をくらますことができるとも思えんが、それこそ目くらましにはなるだろう。
 それに部隊に結構な打撃を受けた今、死んだと思っている人間を生き残っていると仮定して、わざわざ探そうとするほど酔狂な組織ではないだろう。偶然出くわす可能性を低く出来れば、それで十分なはずだ。

「望んで組織にいたわけじゃないんだろう。だったらこれを期に好きに生きればいい。あんたを縛るものはもうない」

「………」

 ヘイゼルの瞳が揺らぐ。

「無責任なこと……言わないで。急に外に出されたって、私にはどうすれば生きていけるかなんてわからないわ」

「どうすればじゃねぇよ。どうしたいか、だ。
 なんだっていいじゃねぇか。やりたいことがないなら、目に付くものを片っ端からやってみろよ。案外ケーキ屋のウエイトレスとか似合うんじゃねぇか? ……っくくく」

 ふと、言ってる途中でヘイゼルのウエイトレス姿を想像してしまい笑いが漏れる。

「貴様……」

「待て待て切れるなって!!」

 懐に手を入れるヘイゼルを慌ててとめる。
 ヘイゼルは殺気を撒き散らして俺を睨んでいたが、どうにか思いとどまってくれたようだ。

「今のは俺が悪かった。
 だがな、結局のところ、あんたは自由になったんだからよ。スカーレルみたく面白おかしくやりゃいいじゃねぇか」

「あんなふざけた生き方、私には無理」

 ばっさりいくなぁ。まぁ俺にも無理だ。

「じゃあ話もまとまったところで、メイメイさん、後は頼んだぜ」

「ちょっと何もまとまってなんて……」

「おっけ~~じゃあ、一発かますわよ~~」

『え?』
 
 メイメイさんの不穏な発言に、俺とヘイゼルの声が重なる。

「そーれぇえええええええい」

「ちょちょちょ、メイメイさん待ってくれよ!?」

 俺の言葉を完全に無視し、魔力がメイメイさんに集中して、一気に放射される。
 ぺかーっと光が生まれて、建物全体を白い光が包んだ。

 え? え? え? なにこれ、マジで別のとこ来ちゃったの? 嘘でしょ!?

「なーーんてねーーーーーーん。うっそーーーん。てへり」

「………」

 てめぇ……ッ!

 恨みがましそうにメイメイさんを見ると、俺にウインクをひとつ。
 どういう意味なのかわからなかったが、メイメイさんの視線はヘイゼルに向いていて……。

 あ、なるほど。試しただけか。
 ヘイゼルの奴、呆気にとられてはいたが別段拒否しているわけではなかったな。
 にしても糞焦ったぜ、心臓に悪すぎるよメイメイさんや。

「もー冗談きっついぜー」

「きゃっははははは、ごめーんなさーーいねぇ」

「まーったくよー」

 なんて言いながら俺は席を立つ。

「んじゃ、メイメイさん。俺は行くわ」

「はいはーい」

「ヘイゼルも、じゃあな」

「……ふん」

 話す気はないと言わんばかりにあさっての方を向くヘイゼル。
 俺は気にすることなく、鼻歌交じりにメイメイさんの店を出た。








 思った以上にメイメイさんのところにいた時間は長かったらしい。
 宴会上に戻ると、そこには屍の山が。
 折り重なって倒れていたり、木に引っかかっていたり、果ては鍋の中で丸くなっていたり、一体どんな奇行をすればそんな状態になるのだろうか。謎だ。

「きょう、かん……殿……」

 っていうか鍋の中にいるのヴァルゼルドじゃねぇか……寝たり挙句に寝言とか、突っ込みどころ満載な機械兵士だなお前は。

 思わずヴァルゼルドにチョップをかます。
 軽くだったからか、ヴァルゼルドに起きる気はないはない。
 いたずら心がわいてきて、俺はヴァルゼルドを両手で持ち上げる。

 ふっふっふ、目が覚めたら上空ってのも面白いだろう。
 レッツ手放し高い高い……、

「レックスさん」

「おぅ!?」

 びっくりした……。
 だれも起きていないと思っていたんだが。

 ヴァルゼルドを持ったまま振り返ると、そこにはフレイズがいた。

「よぉ、おつかれ。すげぇ状態になってんな」

「ははは。みなさん、ここ最近は様々なことをずっと我慢していましたからね。今までの鬱憤を晴らすようでしたよ」

 若干冷え込んできているが、死ぬような温度じゃないし。少しは灸をすえる意味で放置推奨ってところか。
 なによりこの人数全員を介抱するの無理だしな。

 俺が改めて酔い倒れ人たちを見ていると、フレイズが再度呼びかけてきた。

「なんだよ?」

「あちらでファリエル様がお待ちしております。ご足労願えますか」

 穏やかな口調だが、まさか断りませんよねぇってな威圧が見え隠れする。

「……なんでそんな脅すような雰囲気なんだよ」

「いえ、決してそのようなことはありませんが」

「はぁ。別にいいけどよ」

 素直に従い、砂浜へと移動する。
 ファリエルは一人、月を見上げていた。
 俺の足音を聞いて気づいたのか、ファリエルが俺に向き直る。
 
「来てくれて、ありがと」

「礼を言われるようなことでもねぇだろ」

 そうだね、とファリエルは笑って、俺が片手に抱いたヴァルゼルドに気づく。

「疲れて眠っちゃった?」

「そうなんじゃねぇの。っていうか、霊体でも眠ることってあるんだな」

「私も消耗すれば休眠したりするよ」

「ふぅん」

 ヴァルゼルドはすぅすぅと気持ちよさげに眠っている。

 ……いきなり喚び出して、短時間とはいえ慣れない方法でフルパワーで暴れたからなぁ。
 表には出してなかったけど、無理させちまったかな。

 しんみりしていると、ファリエルがまた月を見上げる。

「……綺麗だね」

「そうだな。心なしか、この島から見える月は帝都で見るよりも大きく見える」

「そうなの?」

「ああ。帝都は深夜になっても灯りが消えない店が多いからな」

「にぎやかなところなんだね」

「行ってみたいか?」

「興味はあるかな。連れてってくれる?」

「機会があればな」

 ファリエルが顔をこちらに向けて微笑んで、うん、と呟く。

「約束、ね」

 言って、胸元に小指を出す。

「指きりか?」

「うん。言質はしっかりとっておかないと」

 いたずらっぽく笑うファリエルに、俺は苦笑する。

「俺、信用ねぇなぁ」

「うん」

 ………。

 え?

「えと、ファリエル?」

「ないよ。あるわけない」

 笑顔で断言される。

 ……なにこれ、俺ファリエルにそんな悪いことしたか!?

「私ね、幽霊になって魂の輝きが、ちょっとだけわかるようになったんだ」

「へぇ」

「本当に感覚的なものでしかないんだけどね。うまく言葉には出来ない。でもそれは、その存在を示すものだって感じられるんだ。
 魂の輝きはそれぞれ固有のもので、似た輝きですら稀なんだよ」

「……よくわからんが、霊的な顔みたいなもんか」

「あはは。その通りかも」

 適当に言った俺の言葉にファリエルが笑う。
 対称的に俺の心は冷え切っていった。心臓がばくばくとうるさい。

「それでね、顔色とかでその人の体調とかってわかったりするでしょ? それと一緒で、私もその人に何かが起こっていたとき、魂を見ればわかったりするんだ」

「そりゃ便利だな。ならいっそのことクノンと一緒に看護でもしてみたらどうだ? ああ、そうだヴァルゼルドの調子って……」

「レックス」

 ファリエルが微笑んで、穏やかな口調だが俺の言葉をとめるように呼びかける。
 それきり、ファリエルは黙して語らず、俺も何も言うことはしなかった。
 特に示し合わせたわけでもないが、二人して月を見上げる。
 ふと、横目でファリエルを見る。月明かりに照らされた幽霊。黙っている姿はひどく儚げで、目を閉じればその間に消えてしまいそうだった。
 俺の視線に気づいたのか、ファリエルがこちらに視線をやり、わずかに口を動かした。

「……来たよ」

 誰が、と問う前にファリエルは浮遊して俺から離れていく。
 ファリエルの視線の先を追うと、そこには見慣れた小さな少女が歩いてくるのが見えた。
 慌てて振り返ってファリエルを見ると、すでに森の中にでも入ったのかその姿を捉えることはできなかった。








「何か、先生からお話があるって聞いたんですけど……」

「あぁ。うん……アティは見てなくていいのか?」

「代わりにフレイズさんがいてくれているので」

 アリーゼはフレイズを伝言役に俺が呼んだものと思っているらしかった。

 あの天使、どんだけパシらされてるんだよ。

 心中であきれていると、アリーゼがヴァルゼルドに顔を向けた。

「ヴァルゼルドさん、ボディ用意してもらえたんですね」

「ああ、なんかアルディラが突貫工事でな。
 何日かは調整やらなんやらで手間がかかるみたいだが、それさえ終われば後は他の機界の召喚獣と同じでほとんど手はかからないってよ」

「……よかった」

 アリーゼが安堵のため息を吐く。
 もともとの島の時間では、ヴァルゼルドは破壊されることなく新しいサブユニットをつけた機界兵士として存在していた。
 それが、今回のことでは完全無欠に破壊されていた。

「ヴァルゼルドのこと、気にかけてくれてたんだな」

 アリーゼが首を振って否定する。

「私は、結局なにもできませんでした。ヴァルゼルドさんのこと、ちゃんと知っていたのに……」

「何言ってんだよ。アリーゼがいたから、俺はヴァルゼルドを召喚できたんだぜ」

「え? 私なにもしていませんけど……」

 首をかしげるアリーゼに、俺は誤魔化すように笑ってヴァルゼルドを渡す。
 アリーゼが両手で抱いて、あれっと不思議そうにする。

「軽い……」

「ロレイラルの技術で軽くて丈夫な金属にしてるんだってよ。
 戦闘ならいざ知らず、日常生活で重量級にしても動くのが大変なだけだからな」

「きょう、かんどの…………ネコは……ネコは苦手で……あり、ます……」

『………』

 ヴァルゼルドの寝言に、俺とアリーゼは顔を見合わせて笑いあう。

「変な奴だろ、こいつ」

「ふふ、そうですね」

「平気で寝るし、寝言は言うしい、さっきなんか鍋の中で丸まってたんだぜ。
 おまけに機械兵士のくせに、霊体になってまで俺の喚びかけに応える馬鹿野郎なんだ」

「先生の、護衛獣なんですね」

「……そうだな」

 こいつは、俺にとっての唯一無二の馬鹿野郎だ。

「あ、ひょっとして、お話っていうのはヴァルゼルドさんのことだったんですか?」

「え? いや、違…………あー……」

 しまった、何も考えてなかった。
 否定せずにヴァルゼルドのことにしちまえばよかったな。

 俺は脳みそをフル回転させ、話題をさがした。 

「……いやなに、アティが目覚めたらアリーゼは帝都へ戻るだろう?
 いつごろここを出立するのかと思ってな」

「しばらくの間島にいましたから、なるべく早めに出ないといけませんね。軍学校の試験に間に合わなくなってしまいますから。
 本当は……ずっとここにいたい気持ちもありますけど」

「それでもいいんじゃないか。アリーゼがそう決めたのなら」

「……先生」

 アリーゼの瞳が揺らぐ。
 だがそれも一瞬のことで、アリーゼは頭を振って精一杯に微笑む。

「私、もっといろいろなことを知って、先生達みたいになりたいんです。
 だからたくさんのこと、勉強してきます」

「そっか」

「はい」

 歯切れ良く答えるアリーゼの表情は、心底晴れ晴れとしているわけではなかったが、さりとて無理ばかりでもない。
 自分を成長させるために見知らぬ世界への一歩を踏み出そうとする、不安と期待の混じった眩しいものだった。

「そ、それで。先生はどうするんですか」

「あいつは行くだろ。アティは律儀な奴だからな。一度した約束は守るさ」

 アリーゼの家庭教師を引き受けた時点で、アティがそれを途中で放り出すとは考えられなかった。

「……はい。きっと先生は一緒に来てくれると思います」

 アリーゼは心底嬉しそうに笑う。

 ……なんだか久しぶりにアリーゼの年相応の表情を見た気がするなぁ。
 凛々しかったり、決意に燃えてたり、慈愛に満ちてたりする顔もいいけどな。

 なんてしみじみ感じ入っていたら、アリーゼが激しく首を振った。

「じゃなくって! 先生は、レックス先生は……来て、くれないんですか?」

 俺は……。

「まぁ、行くことになるんだろうな」

「本当ですか!? その、島に残らなくてもいいんですか?」

「そんな提案もされたけど最終的には、な」

「そう、なんですか。……あはは、よかったぁ。じゃあ三人で一緒に戻れるんですね!」

 アリーゼの横顔が陽に照らされる。
 いつの間にか、朝陽が上り始めて明るい光が降り注いでいた。

 ……最初のうちは、皆がいないから静かに感じるかもな。

「私、がんばりますね。あ、でもヴァルゼルドさんのこと、間に合うのかなぁ……。私、アルディラさんにお願いしてみますね。
 って、そういえば最近入学の試験についてはぜんぜん勉強してなかった! ……うぅ、少し不安になってきました。合格できるかなぁ」

 大丈夫だろ。アリーゼさんが入れないでだれが入れるんだ状態だから。

「なんて、そんな弱気じゃだめですよね。
 うん、軍学校に入ったらいっぱい勉強して、それから卒業して、そうしたら……」

 アズリアみたいにエリート街道まっしぐらだな。
 って、アリーゼは島に戻ってきちまいそうだな。ははは。たぶんマルディーニさんはびっくりするんだろうなぁ。賛成するか反対するかはアリーゼの成長次第ってところかね。
 
「……先生?」

 まぁ、どんな生き方を選んでも、アリーゼなら大丈夫だろうよ。
 それに何かあってもきっとアティが助けになるだろうしな。なんならヴァルゼルドもつけるさ。

「先生?」
 
 だから、何の杞憂もない。俺は何も心配することはない。
 ただ、この島での生活が楽しかったことを満足すればいい。

「ねぇ、先生。どうしたんですか? ぼぅっとして……」

 アリーゼの手が俺の上着の裾を引こうとしてすり抜けた。

「……え?」

 アリーゼは何が起こったのかわからずに自分の手を見つめる。
 それから、はっとしたように俺の手を掴もうとして、またすり抜ける。

「どうして? え? なんで?」

 何度も、何度もアリーゼは俺の手を掴もうとして、俺に触れようとして、そのすべてが徒労に終わる。

「どうして……どうして、どうして!? 先生!?
 どういうことなんですか先生!? なんなんですかこれは!?」

 アリーゼが焦燥と不安に染められていく。

 あ~あ、まったく。こうなると思ったんだよなぁ……。
 恨むぞ、ファリエル。
 ……なんて、結局切り出せなかった俺にそんな資格はないか。

「何か新しい召喚術なんですよね? そうなんですよね? ……なんとか言ってください先生!?」

 悪いなアリーゼ。
 どうもタイムリミットらしくてな。
 もう、言い訳することも出来そうにないわ。

「お願いだから、悪い冗談はやめてください……」 

 瞳を潤ませて、アリーゼが懇願する。

 ……これ見たら、大抵の願いは叶えてやりたいと思ってしまうな。 
 
 単純すぎる己の思考を笑って、俺は目を閉じて念じた。



 ――誓約は、果たされた。我が魂をあるべき場所へ。我が主のもとへ。



「せん、せぇ……」

 護るべき者がアリーゼで、俺は幸運だったよ。
 どうか、達者でな。








 そうして俺は……召喚獣レックスはその存在を消し去り、すべてはあるべき世界へと戻った。
















    最終話 彼が願ったこと






[36362] エピローグ
Name: ステップ◆0359d535 ID:613dbfd6
Date: 2013/12/22 18:03
「おはようアリーゼ」

「おはようございます、アルディラさん」

 島を巡回するアリーゼに、アルディラが声をかける。

「異常はない?」

「はい。……平和そのものです」

 そうして二人は互いに笑い、手を挙げてそれぞれの方向へ歩き出す。
 いつものやり取りで、ここまでが二人の一種の挨拶のようなものだった。








 無色の派閥を撃退し、暴走した遺跡の意志ディエルゴを打倒して数年。
 アリーゼは抜剣者として島を外敵から護る守護者となっていた。

(とは言うものの、時折訪れるはぐれ召喚獣の密猟者を捕まえるくらいしかしていませんが)

 無論それはそれで、戦うことを苦手とする島の召喚獣にとっては脅威であることは間違いない。
 だが、その程度の相手であれば元々の島の護人、アルディラ、ヤッファ、キュウマ、ファリエルがいれば事足りる。
 時折、自分はこの島いるべきなのだろうかと思ってしまうことがある。

(なんて、変に物思いにふけってしまっても仕方がないですね)

 気を取り直して、今日の授業の反省でもしよう。
 自分は軍学校を卒業して、先生となるために島に戻ってきたのだ。
 そして今日は先生として、単独で授業を行った記念すべき日なのだ。
 そう……記念…………。

「う……ぅぅぅああああ~~~」

 突如、アリーゼが頭を抱えて唸りだす。
 それもそのはず、アリーゼの行った授業はほとんど途中で打ち切りのようなものだったのだ。
 少し目を離した隙に、子供達が喧嘩をしだしてそれを諌めると、その後は別の子供がぐずりだし、それは別の子供に連鎖して結局時間になったためあえなく授業を終わりにしたというものだった。

「本当に…………さんざんな授業でした……」

 思わずため息を吐いてしまう。
 信じて授業を任せてくれたアティに申し訳が立たなかった。
 アリーゼはアティに授業の様子を報告するのに、かなりの勇気を要した。

(でも……先生…………笑っていました)

 アティはアリーゼの話をすべて聞き終えてから意見し、解決策を共に考えた。
 そして最後に、次がんばりましょう! と笑顔で肩を叩いた。 

(まだまだ、私は先生に教わってばかりですね)

 先生みたいになりたい。
 頭の中では、それはあまり意味のない目標だというのは理解している。自分は決して他人にはなれないのだ。
 それでもアリーゼの心中では、アティのようになりたいという憧れは消えなかった。








 ふと、アリーゼは足を止める。
 ぼぅっと考え事をしていたせいもあるが、また、という気持ちもあった。

(今日も、結局来てしまいましたね……)

 この場所で目を瞑ると、自然とあの日のことが思い出される。

(お別れの言葉も言えませんでした)

 出会いと、そして別れの場所。始まりと終わりが交差した、何の変哲もない砂浜。
 あの日レックスが消えて、それ以降アリーゼは……誰もがレックスの姿を見ていない。
 まるで、レックスなどいなかったかのように思えてしまう。

「………」

 空を見上げる。
 雲ひとつなく、澄み切った青空に太陽が輝いている。
 眩しさに目を細めて、アリーゼは過去を幻視する。




 過去。




 過去……。








 ――――嫌ッ!













「!?」

 アリーゼが目を見開く。
 いつの間にか見慣れていた天井。
 アリーゼは荒い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた。

「………」

 船内の部屋の窓から光が差し込む。日は間もなく上りきろうとしていた。








 レックスが消えた翌日。

「アリーゼ!」

「……先生」

 船の廊下をぼぅっと歩いていたところ、アティが走ってきて抱きつかれる。
 いきなり抱きつかれたことに驚くが、アティはお構いなしだった。

「アリーゼ……」

「先生……やっと会えましたね」

「はい。助けてくれてありがとう、アリーゼ」

「いいんです。……先生がそうやって笑っていてくれれば、私は……それで……それだけで…………」

 理解していたことではあるが、アティの温かさを感じてアリーゼはようやく自分たちがアティを取り戻したことを実感していった。
 アティは仲間や島を守るため抜剣を繰り返し、最後にはオルドレイクたちを皆殺しにして、ついには剣に自分の意思が飲み込まれてしまっていた。破壊衝動ですべてを壊す前に、アティはわずかに残った自我で遺跡の最奥へと進み自らを封印する。たった一人ですべてを背負い込み、自分を犠牲とすることで皆を救っていた。

「もう、いなくならないで下さいね。先生。何があっても……私、絶対に嫌ですから……」
 
 アリーゼがそう言うと、アティはアリーゼの身体を強く強く抱きしめた。








 アリーゼは一人島を歩く。
 アティは未だ目覚めたばかりで体調が安定していないため、大事を取って船内で休んでいた。

(島を回ってみましたが……)

 レックスが消えたことはすでに知れ渡っており、事実レックスの姿をだれも見ていない。
 自分一人だけであれば、幻ではなかったのかと思えるが、もう一人消えゆくレックスを見た者がおり、それを確認するためアリーゼは霊界集落を訪れた。

「アリーゼ……」

 霊界集落の護人。さまよえる幽霊の少女、ファリエル。

「ファリエルさんも、先生がいなくなるのを……消えていくのを見たんですよね」 

 アリーゼの問いに頷くファリエル。

「レックスは、もともといない存在だった。それはアリーゼが一番よくわかってるでしょう」

「……はい」

 巻き戻った世界には、アティがいなくてその代わりとなるようにレックスがいた。
 どうしてそんなことになっていたのか、アリーゼはアティのことで頭がいっぱいでレックスが存在する理由にまで考えが及ばず、そしてレックス個人を認めたら今度はレックスが存在する理由を気にすることもなかった。他の仲間と同じように、そこにいるのが当たり前だと思っていた。

「あの人は、アティの魂を分化して喚び出した存在だったんだと思う。二人の魂の根底に流れる輝きは同じものだったから。
 そして、召喚の誓約が果たされれば元通りになる。アティがいて、レックスのいない、元の通りに」

「………」

 とつとつと語るファリエルに、アリーゼは地を見る。
 いくつもの戦いを経てようやく手に入れたと思っていた島の平穏。
 何も犠牲にすることなく乗り越えられるのだとアリーゼは信じていたのだ。

「始めから決まっていたってことなんですか。先生がいなくなることは……」

「たぶん最初はレックスも知らなかったんだよ。自分がこの先どうなるかなんて。
 だけどきっと、魔剣を手にしてオルドレイクと戦ったときには、おおよそは理解していたと思う。……そのころのあの人の魂は、普通の人と違っていて、少し不安定な状態だったから。でも私はそれを気のせいだと思って……碧の賢帝を自力で修復しているせいだと思い込もうとして……あの人の強がりを信じ込もうとしていたの。アティの欠けた魂を見るまでは」

「ファリエルさん……」

「魂が分たれたままで入れば、二人とも存在を保てずにいずれ消えてしまうわ。どうすればよかったかなんて今考えてもわからないけど、仕方のないことかもしれないけど……それでも話して欲しかったよね。
 勝手に一人で考えて一人で決めて、一人でいなくなって。残された人のことなんて、きっと考えてないんだよレックスは。馬鹿だよ。ホント、馬鹿だよ……馬鹿…………レックスの……馬鹿ぁ……」

 ファリエルの瞳から涙がこぼれる。アリーゼに話すでもなく、ファリエルは言葉を紡ぎ続けた。











 ファリエルと別れた後、アリーゼはメイメイの店へ向かった。
 しかし、店があったはずの場所は空き地となっており、赤い独特の雰囲気のする建物は影も形もなかった。
 その様子に、アリーゼは驚くでもなく妙に納得できてしまった。

(メイメイさんは、きっとこの島からいなくなったんだ……)

 元の時間の島、そして巻き戻ったあとの島でもメイメイはいつの間にか現れたと聞いていた。
 いつの間にか現れたのなら、いつの間にか消えていてもおかしくない。
 
(そんな不思議な人だから、もしかしたらって思ったんだけどな) 

 剥き出しの地面を見ていると、アリーゼは感情が薄くなっていくように感じた。








 アリーゼは自分の部屋に戻り、無意識に思考を巡らせる。

 ファリエルの語っていたことが事実であれば、レックスはアティが召喚している。
 アティなら、レックスを召喚できる。
 代償は、術者の魂。

(そんな召喚術、聞いたこともありませんが……)

 抜剣者となった自分であれば、可能かもしれない。
 魔剣を通して共界線へと接続し、無限とも言える理を紐解けばいずれ答えは見つかるだろう。
 しかし、もしも自分がアティと同じことを実行しても、その結果召喚される者はレックスではない別の誰かだ。代償となる魂が異なるのだから当然のことだろう。
 
 つまり、これは二者択一。
 アティとレックス、どちらかの者しか存在できないということ。
 考えれば考えるほど、どうしようもない、仕方のないことのように思えてくる。

「キュピー…………」

「……教官殿……ぐぅ……」

 机の上で眠る、キユピーとヴァルゼルド。
 未だ消耗の激しいキユピーと、慣れない身体に疲労しているヴァルゼルドには休息が必要だった。
 寄り添う両者はまるで仲のいい兄弟のようだ。

(……ヴァルゼルドさん)
 
 機械兵士であるにも関わらず魂が存在しており、なおかつ強い願いを抱いていたからこそレックスの召喚に応じることができた者。
 それほど想う召喚主がいなくなれば、果たして喚び出された者はどうなるのだろうか。

(そんなの……そんなの……ッ…………?)

 ふと、机の引き出しが少しだけ開いていることに気がつく。

(キユピーかヴァルゼルドさんが動かしたのでしょうか?)

 アリーゼは何の気なしに引き出しを閉めようとすると、一枚の紙が目に入った。
 いつか、レックスから出された課題の作文の用紙。何度も何度も書き直し続けている、自分の望んだもの。
 アリーゼは用紙を手に取り見返す。
 記された内容は、この島で過ごしたこと。アティとレックスと過ごした出来事。
 そして未来の望みとして、先生達と共にこの島で暮らすこと。
 ちっぽけな、しかしもう二度と手に入らないものだった。

(…………ぁ)

 アリーゼは作文を最後まで読み返し、その横に一筆自分とは異なる字が記載されていることに気づく。

 たった一言。なんでもないことのように、一言だけ。
 しかし、その一言にアリーゼはいても立ってもいられなくなる。

「……ッ!」

 アリーゼは用紙を手にしたまま部屋を飛び出した。








 砂浜にて。

「はぁはぁ……はぁはぁ…………」

 アリーゼは全速力で走ってきたため、呼吸が乱れたままだった。

(本当に……)

 肩で息をしながら、アリーゼは右手に掴んだ紙を強く握り締める。

(本当に、先生が先生に召喚されているのなら……)

 サモナイト石を左手に取る。

(あの人が、この言葉を書いたのであれば……) 

 アリーゼは顔をあげ呼吸を落ち着かせる。

(これが……きっと、あの人をこの世界に繋いでくれる!)

 アリーゼは目を閉じる。
 自分の身体に巡る魔力を感じ取りながら、徐々に集中させていく。
 誓約の儀式。
 アリーゼは紫色のサモナイト石を手に、一気に魔力を放出させた。

「召喚!」



 ――――ぽんっ、と。
 小石がアリーゼの頭に当たった。



「………ッ」

 歯を食いしばって、アリーゼは黒色のサモナイト石を手に取る。

「召喚!」 

 小石が頭に当たる。
 赤色のサモナイト石を手に取り、

「召喚!」

 小石が頭に当たる。
 緑色のサモナイト石を手にして、

「召喚!!」

 小石が頭に当たった。

「………」

 紫、黒、赤、緑。
 リィンバウムを取り巻く四世界、霊界サプレス、機界ロレイラル、鬼妖界シルターン、幻獣界メイトルパ。それらに通じるすべてのサモナイト石を使用した誓約の儀式に効果はなかった。

 そうして、アリーゼは白色のサモナイト石を手に取る。
 白色のサモナイト石は、どこにあるともわからないとされている、名もなき世界からの召喚を可能とするものだった。
 他の世界と異なり、名もなき世界については召喚士の間でも詳しいことはほとんど判明していない。ただ、召喚に応じるものがあるということだけがわかっていた。

(だからこそ、あの人を召喚するなら、一番可能性は高いはず……)

 自然、アリーゼは息が荒くなっていく。
 鼓動が早まる。いつの間にか手が湿り、頬に汗が流れる。
 アリーゼは右手に持っていた紙をサモナイト石を持つ左手に持ち替えた。

(誓約の儀式に、魔力量の大きさは関係ないはずですが……)

 頭では理解しているが、アリーゼは全力で儀式を執行することにした。なんのことはない、単なる気の持ちようだった。

 アリーゼは真上にに右手を伸ばし、

 ――――抜剣。
 
 虚空より生まれた魔剣を手に取る。
 瞬間、身体中に活力が溢れ圧倒的な魔力が体内を駆け巡るのを感じる。

「先生」
 
 目を閉じ、左手を掲げ、莫大な魔力をサモナイト石に集中させていく。

(……先生、か)

 知らずこぼした呟きに、アリーゼは小さく笑った。
 レックスと最初に出会ったとき、どれだけ困惑して落胆して絶望して邪険にしていたのか。
 それがいつの間にか、アリーゼの中でアティと同じくらいに大切な存在となっていった。
 アティと異なり、似ていて、別の者で、同じ輝きの魂を持つ者。

(必ず、成功させてみせます……)

 白色のサモナイト石がアリーゼの魔力に反応して激しく輝く。
 通常ではありえないほどの魔力を集中させ、アリーゼは誓約の儀式を執行した。

「召喚!!!」
















 ――――――――ぽんっ、と。

 小石が頭に当たった。


















 ……どういうつもりだよ。

「う~ん? どういうつもりって?」

 俺をこんな場所に連れてきて、こんなものを見せて。それで一体あんたはどうしたいっていうんだよ。

「さて、どうしたいっていうのはないかなぁ。私は決める側じゃなくて、提示する側だから。
 私は何も選ばないわ~、にゃはははははは」

 ちっ。

 俺は想像のみで舌打ちする。
 魂の残りかす、精神の残骸でしかない俺はかろうじて意識のみを維持していた。

 自分のいる空間がどこなのか判然としない。見覚えがない。どころか、リィンバウムですらないかもしれない。いつの間にか俺は薄暗い何もない場所にいた。
 俺の前には、アリーゼが誓約の儀式を行う様が映し出されており、その傍らにいるのは不思議の押し売り的存在なメイメイさん。
 そして、

「私は、選んだよ」

 微笑を浮かべる赤毛の女。
 俺を喚び出した召喚師であり、アリーゼの家庭教師。

「あとはレックス次第だよ」

 俺だってとっくに選んでる。
 現状維持。それが非の打ち所のない正解だ。

「そうかな。私はそう思えないよ」

 そりゃあんたが馬鹿だからだ。
 馬鹿でも分かる。あんたは更に輪をかけて馬鹿ってことになるな。

「馬鹿って言うほうが馬鹿なんですよ」

 じゃあ今馬鹿って言ったあんたはやっぱり馬鹿ってことになるな。

「つまり、二人ともお馬鹿さんってことよね~にゃはははははは」

 ……おい。
 酔っ払いに馬鹿呼ばわりされるとか……屈辱を通り越して憤死しそうになるな。
 俺に身体があれば怒りでぶるぶる震えているところだろう。

 だいたい、今のアティには魔剣がない。アリーゼが所持していることもそうだが、未だ消耗の激しいアティに魔剣が扱えるとも思えない。
 魔剣がなければ、そもそも魂を糧とする召喚術が使えるはずがないんだ。
 ただの人間に、元々なかったものを召喚するなんていうデタラメなことができるわけがない。
 
「確かに今の私に魔剣を扱う力はありません。
 でも、今はできるできないの話はしていません。やるか、やらないかです」

 ふん、仮定の話に興味はない。

「そうやって、自分の気持ちから目を逸らし続けるんですか?」

 ……この野郎。

「道理に合わないからって、すべてのことに納得できるわけはありません。
 少なくとも、私には無理でした……」

 アティが苦々しい表情で笑う。
 魔剣の力を最大限引き出して世界の時間を遡行させた者だからこその言葉だった。

「あの娘が、あんなに悲しそうな顔で暮らしているのを放ってなんておけませんでした。もしもそれが正しいのだとしたら、私は間違った答えを選びます。そしてそれは、今度だって同じです。
 ……その結果あなたが、あなたでなくなるのだとしても」

 な……!?

「あなたの懸念していること、それは私があなたを召喚することで再び私の存在が希薄になること。私が今までのように状態になることを善しとしない……レックスは、そう考えているんですよね」 

 アティは自らの魂を分化させて俺を召喚したことで、精神を大きく消耗しその結果ディエルゴの支配を完全に受けることとなった。
 すでにディエルゴが消滅しているので今度は意識を乗っ取られるなんてことはないが、アティが精神を消耗することに変わりはない。おそらくは再び意識を失い続け目覚めることはないだろう。

「でも、それだけじゃない。
 私があなたを召喚したときにした約束……『アリーゼを守ること』。それが誓約であったのか否か、その如何によって、あなたはあなたでなくなってしまうかもしれない」

 ………。
 図星を指されると、無性にため息をつきたくなるな。

 アリーゼを守ること。
 それを俺は誓約に従っていただけなのか、それとも俺の心に基づいて行っていたのか。一体どちらだったのか俺にはわからなかった。
 もしもアティの課した約束が誓約となっていた場合、再度同様の誓約を行わなければ、それはもはや今までのレックスとは異なる存在だろう。そして逆の場合も同様だ。自らの意思で行っていたことが、誓約に縛られ続けることとなる。
 たかがそれだけ、と言えるほど、このことは俺にとって軽いものではなくなってしまっていた。

「正直に言って、私はあなたに誓約を課したのかどうか、わからないの。あの時、私は剣に意識を完全に奪われないようにすることで精一杯だったから……ごめんなさい」

 ……はっ。
 そこまでわかってるなら、もういいだろ。

 そうだよ。
 俺は怖ぇんだよ。
 俺が俺でなくなるかもしれないこと。
 俺でなくなった俺を見て……あいつがどう思うのか。そう考えると、無性に怖くてしょうがねぇんだよ! 不安で仕方ねぇんだよ!
 あんたの心配をしているように見えて、結局のところ俺は俺のことがかわいいだけだ!! そんな奴のために、あんたが無茶することはねぇだろ!! だからあいつの傍にいてやれよ!! あんた先生なんだろ!!!
 
「………」

 ………。

「やっと、本当のこと、教えてくれたね」

 ……こんな糞みてぇなこと、吐き出させるんじゃねぇよ。鬼か、てめぇは。

「だって、とても大事なことだったから。
 でも私ね、これからするレックスの召喚に誓約を課すつもりは最初からなかったんだよ」

 は?
 ……あんた、一体何言って、

「私はあなたが来てからこの島であったこと、ずっと見てきたから。
 だから大丈夫」

 アティがぐっと両手を握り俺を見る。
 なんの根拠もない言葉なのに、無性に心が揺り動かされる。

「もしも……たとえ、誓約から始まったことだとしても」

 無性に、信じてみたくなる。

「レックスはレックスだよ」

 アティが魔力を集中させる。
 合わせて、なにか心を揺さぶるようなものが巡っているのが感じられた。
 それでも、あきらかに魔力の絶対量が足りない。
 本来あるはずのないものを喚び出した、最初に俺を喚び出した時の膨大な魔力には到底及ばない。

 ……アティ、もういい。あんたの気持ちはよくわかったからよ。
 やっぱりあんたは、最高の先生だよ。
 
「お礼を言うのはまだ早いですよ」

 馬鹿野郎、俺はあんたを犠牲にしてまで喚び出されるようなご立派な奴じゃねぇよ。
 だいたい召喚する上で絶対的に魔力が足りていないだろう。
 ここまでやってくれたなら、本当に十分だよ。だからこれ以上無理すんな。

「……ぷ……くっ。あははは」

 何笑ってんだ……無茶しすぎて頭のネジ飛んだか?
 
「なんだかレックスを見ているとおかしくて我慢できなくなってしまいました」

 ……お前それ失礼すぎねぇか。

「人のふり見て我がふり直せ、ですね。
 ……だから、私は救ってみせます。あなたも、アリーゼも、そしてもちろん、私自身も。
 私はもう、自分の大切なすべてをあきらめたりなんてしません!」

 アティが祈るように両手を合わせ、目を閉じた。
 瞬間、周囲に爆発的に魔力が荒れ狂う。

 ……馬鹿な? ……こんな膨大な魔力、魔剣を抜剣でもしていない限り在るわけが……!

 呆然とする俺に、アティが額に汗を垂らしながら魔力を制御し続ける。
 と、目を開けて俺にウインクをしてから視線を外す。
 反射的に視線を追うと、俺は映し出されていることに気づく。
 抜剣した少女が、誓約の儀式を執行しようとしているのを。
 サモナイト石を持たずに、最大限まで魔力を放出させているのを。

「…………ません」

 映し出されたアリーゼが、アティと同じように額に汗を垂らしながら言う。

「あきらめ……ません」

 ……アリーゼ…………。
 
「私と一緒に行くって言ってくれました……」

 握り締められた作文の紙片。
 制御しきれずに溢れ出た魔力が少しずつ紙をバラバラにしていく。

「私はあなたを……うそつきになんて……させてあげません……!」

 際限なく溢れかえるような魔力を発し続ける。

「絶対に私の望みを、わがままを…………叶えます!!!」

 握り締められていた紙はすべて消えていく。俺もだ、と書いた紙が消えていく。
 瞬間、焼けるような熱さを感じた。身体がないはずなのに、頭の奥が、胸の奥が、焼けるように熱い。

「レックス」

 アティが俺に向かって手を伸ばす。

 ……この手をとったら、俺は……アティは……、

「レックス」 

 ……アリーゼは…………。

「レックス」

 俺は……。

「クソったれ!!!」

 叫んで、俺はアティの手を握る。
 そうして、二人の声が重なった。



『――――――召喚』
















    エピローグ 楽園の在処




 夜、まるで昨日をやり直すように広場には仲間達が集まっていた。
 皆には今までの諸々の事情を説明すると、説教されたり、ぶんなぐられたり、爆笑されたりした。
 なかなかにひどい扱いだが、結局のところ俺は歓迎されているらしい……と思うけど微妙に自信なくなってくるな。いくらなんでも笑いすぎだろ、こいつら。

 そして、毎度恒例の宴会が始まり、今は宴もたけなわ、最高潮の盛り上がりで騒ぎまくっていた。
 俺は喧騒から離れた場所で足を投げ出して座っていると、目の前に杯が差し出された。果実のジュースが入っている。
 
「おお、ありがとな」

 俺が受け取ると、アリーゼは、どういたしまして、と言って俺の左隣に座った。

「みんな、すごかったですね」
 
「すごかったっていうか……すごかったな」

 俺がげんなりして言うと、アリーゼが笑った。

「仕方ないですよ。私もびっくりしましたし」

「そりゃそう思うのは無理ねぇかもしれねぇけどよぉ……」

 結局のところ。
 俺はアティとアリーゼによって召喚された。
 されたのだが……元のままというわけにはいかなかった。
 俺をそのまま召喚すれば、アティに負担がかかりすぎて、また意識を失ったままになってしまうからだ。
 そんなわけで、喚び出された俺は…………、

「最初はだれかと思っちゃいました。まさか、召喚に失敗してしまったのかなって」

「いや……まぁね…………」

 アリーゼが勘違いするのも無理はない。
 召喚された俺の身体は当初より随分サイズダウンしていた。端的に言えば子どもになっていた。見た目の年のころではアリーゼと同じくらいだろうか。


「ちび!! ちびレックスだ!!! あははははははははは!!!」

「ぷぷぷーーーーあはははあははははは。先生かわいすぎ!! すっごい生意気そう!!」

「あら、センセ。うらやましいわぁ。若さを取り戻せるなんて……あはははははははははははははは!!」


 おかげで、カイルやソノラ、スカーレルに事情を説明したときは、いきなり指さされて爆笑されまくった。
 他の連中も我慢しきれずに噴き出したり、無意味に微笑ましいものでも見るようにされて、大変居た堪れない気持ちになったもんだぜ。
 
「にしたって、あんなに笑うこたねぇよな……」

 思わずため息を吐いてしまう。
 宴会が始まってからは、俺に酒を持ってきては、さんざんおちょくりまくってジュースを渡してくる奴多すぎワロタ状態。いい加減にしやがれと俺が切れるのも無理ないってもんだぜ。
 そんなわけで、ちょっと喧騒から離れた場所でまったりしていた次第。
 
「ふふふ」

「うわ、アリーゼもかよ。もう勘弁してくれ」

「キュピピー」

 キユピーがアリーゼの肩から飛んで、俺の頭に乗る。

 ……慰めているつもりなのか、おちょくっとんのか判断に困るな。

「そういやキユピーは無事回復したんだな」

「はい。だれかさんとは違って、素直に私の召喚に応じてくれました」

「………」

「勝手にいなくなって、どうなってしまったのか、二度と会えないんじゃないかって心配するようなこともありませんでしたしね」

 思わず顔が引きつる。

 ……アリーゼさん。気のせいか、なんか今日は毒吐いてないっすか。
 ニコニコ笑ってるのに、怒ってるっていうか、微妙に不機嫌なような。
 今日はアティ(とちびレックス)の帰還を祝う日だよ? めでたいんよ?

 思わず俺は右隣に座るミニマム機械兵士に視線を送る。

 俺、ピンチ。お前、タスケロ。

 視線の意味を悟ったのか、ヴァルゼルドはこくりと頷き、

「アリーゼ殿、教官殿を責めるのはその辺りに……」

「そんなことしてません」

 ヴァルゼルドの言葉を遮って、普通の調子で言う。

「これは、じゃれているだけです」

「それ典型的ないじめっ子理論じゃねぇか……」

 思わず小声で抗議してしまう。

 ダメだ、なんか知らんがアリーゼさんはご立腹らしいですよ?
 おっかしいなぁ……召喚されたときはアティ共々抱きつかれて嬉しそうにしていたんだが。
 まぁ、今日くらいはしょうがねぇか。甘んじていじめられ役を受け入れるとするさ。

 気を取り直すように小さくため息を吐いて、俺はアリーゼに聞いた。

「ところで、いつなんだ」

「いつ?」

「島を出るのが、だよ」

「……あ、えっと……カイルさんたちが二、三日後には船で出発するらしいので、それに乗せて貰うことになっているんです」

「そっか」
 
 そうしたら、しばらくはこの島ともお別れだな。
 ……ただ、俺やアティは当然文無しなわけで。
 マルティーニさんにとっては、娘が沈没した船に戻ってて生死不明状態なわけだから、アリーゼの無事を知らせるため、一度マルティーニ邸を訪れないとあかんわけです。
 そして、俺達も軍学校の試験を受けるまでの滞在費の工面的な意味でマルティーニさんに会わなければならない。文無しは辛いぜ。まぁ、どうせ交渉するのはアティだからいっか。

「教官殿、自分は……」
 
「お前はその機体の整備があるだろ。俺が戻るまでにしっかり適応しておけよ」

「……了解しました」

 若干不満そうではあるが、ヴァルゼルドは渋々納得したようだ。
 そのうちヴァルゼルドが今の機体に慣れてくれば、島を出ることも可能になるだろう。そのときは、こいつを連れて旅をするのも悪くない。

「軍学校」

 ぽつりと、アリーゼが呟いた。

「学校がどうした?」

「一緒に……行きませんか?」

「え、やだよ」

「………………」

「ひィッ!?」

「キュピピピー!?」

 思わず即答したら超すごい形相で睨まれた。キユピーなんてめっちゃびびって飛び立って行きましたよ。

「いや、だって俺話しただろ? 俺にはアティの知識が多少はあるから、今更軍学校なんか行ったってしょうがねぇんだって!」

「でも、身体能力は落ちたって言ってましたよね。だったら身体を鍛え直すためにも……」

「いやぁ……それ目的だけで軍学校行くのもどうかなぁ……」

 内心冷や汗を流しながら俺はアリーゼの誘いを断る方便を探す。
 俺がすべての記憶を取り戻す前、アティの記憶を改竄して自分の記憶と混同していた時のことを思い出す。

 冗談じゃねぇ、あんな規律やら上下関係の厳しいとこ、俺に耐えられるわけがねぇよ。

 朝起きてから夜寝るまで。
 ほぼ一日のスケジュールが完全に決められており、自由時間は名ばかりで出された課題を必死に取り組まなくては授業にはついて行けず、体術・教養の双方が伴わなければ即放校行き。休日もあるにはあるが、試験が近づいていればそれに追われるハメになる。一応学生とはいえ軍人扱いとなるため、普通に働く人より若干少ない額の給料は支給されるが、そんな程度じゃ俺には割に合わなすぎる。
 いくら知識面で多少猶予があるとはいえ、あんなガチガチに束縛されるとこなんて好んで行きたいわけがねぇ。
 アリーゼなら、富裕層の集まる幹部候補クラスに配属されるだろうから、そこまで理の伴わないひどいもんでもねぇだろうけど。ちなみに、幹部候補クラスに行く者は出自を問われることから、俺は絶対に行くことができない。

「それに俺は、こいつの護衛獣みたいなもんだし」

 俺は眠るアティの頭を軽く叩く。
 アティは、足を投げ出して座っている俺の右腿を枕に絶賛爆睡中だった。
 時折、もう食べられませんよ~、などというベタすぎる寝言が聞こえたりしていた。

 食うだけ食って、ちょっと酒飲んだらあっさり寝込みやがりましたよ、この召喚師さまは。
 アティって俺よりよっぽどガキだ……。

「仮にも自分の召喚主、マスターを長期間放置するわけにもいかんだろ」

「それは……そうですけど…………むー」

 アリーゼは納得しきれないのか、半眼で俺を睨む。

 ……別に、本気で俺を入校させようとしているわけではないだろうに。一体なにがそんなご不満なんだ、この娘さんは。
 
「……もういいです。知りません!」
 
 言って、アリーゼが杯をぐいっと一気に煽る。
 まるでヤケ酒でもしているようだ……って本当に酒臭くねぇ? っていうか酒だろそれ!?

「馬鹿」

 杯を置いて、アリーゼが立ち上がって喧騒の中心へと走っていく。
 若干ふらふらしていて、足どりは微妙に頼りない。

「おお、アリーゼも来いよ!」

 近くに来たアリーゼに、カイルが手招きする。
 いつの間にか、何人が火を囲んで思い思いに踊っていた。
 カイルのタコが如き踊り。
 対称的に華麗に舞うスカーレル。
 シルターン独特のミスミの踊りに、ぎこちなく合わせるキュウマ。
 ファリエルとマルルゥ、キユピーが空を舞い、スバルを始め子供達がめちゃくちゃにぐるぐる回る。さりげなくクノンも回っている。
 踊る者も、見る者も、みな一様にして楽しげだ。

 アリーゼは踊る者の輪に入り、魔剣を抜剣した。
 白く染まったアリーゼは華麗に剣舞をしてみせ、めずらしく興が乗ったのかアズリアが合わせていた。
 二人の動きに皆が無責任に騒ぎ立てる。口笛吹いたり咆哮上げたり、もう盛り上がればなんでもあり状態だ。

「………」

 踊るアリーゼを見て、一瞬記憶が蘇る。
 俺にとっての、この島での一番最初の記憶。
 華麗に戦い舞う、真っ白な少女。

 ひょっとしたら、俺はあの時から……。

 ぼぅっと見ながら思い出に浸っていたら、いつの間にか当の本人が目の前にいた。

「……レックスくん」

 真っ白な少女は、僅かに頬を赤く染めて、にっこり笑って言った。



 ――――おかえりなさい。










 ~ END ~


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