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[9140] 俺と粘着な女の子 【終わり】
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/09/18 16:09
 俺はかなりの出不精だ。
 
 将来結婚したら家族サービスもロクにしない夫として離婚することになり、払いたくも無い慰謝料なんかを払わないといけないくらい。
 
 買った本や借りてきたDVDなどを観るなど、自分のために使う時間がありすぎる。
 
 学校とバイト、あとそこそこの友達付き合い以外は家を出たくない。
 
 一日が25……いやいっそ48時間くらいあれば考えもするんだけどなぁ。
 
 と希望を言っても1日は悲しいことに24時間だ。短いことこの上ないね。
 
 睡眠は少なくとも6時間は欲しいし、バイトのある日を除けば自分の時間には8時間欲しい。
 
 それに大学に行ってる時間や、トイレや食事などの生理的な時間を加えれば他に構う余裕なんて物は微塵もない。
 
 彼女なんてもってのほかだ。なんで彼女のために自分の時間を削らなければならんのか。出来る出来ないは別として。
 
 という極端かも知れない持論で俺は余計な物を目に入れずに日々を過ごすことにしている。
 
 この世の中、一体何がフラグに繋がっているか分かったものじゃない。
 
 
 去年に大学に入学を済まし、無事に2年に進級することが出来た春先。
 
 大学からの帰りで今日はバイトも無い。家に帰ってからすることを考えながら帰路に着くのが俺の楽しみの1つだ。
 
 天気予報通りの雨に対して持ち出した傘は効果抜群であり雨粒の被弾率を大幅に下げてくれる。
 
 左に曲がったり右に曲がったり直進したり飛び越えたりして進みなれた道を歩んでいると、ふといつも自分がゴミ出しをしている場所に何か変な物があるのが見えた。
 
 遠目からはこう……髪の毛っぽい物が雨でベシャッてなってる感じのが見える。
 
 まぁ通り道でもあるので気にしたついでに近づいてみると、女の子が居た。中学低学年ぐらいの。
 
 女の子は雨でビショビショになりながら体育座りで電柱に寄り添って俯いてる。
 
 この世界はけっこう赤とか青とか緑とかアリエナイ色の髪の毛の種類があるわけだけどこの子は白だ。ちなみに俺は黒だ。カラスの濡れ羽色。
 
 っと。目が合った。
 
 雨音に混じってきた俺の足音に気づいたのか、ゆっくりとした動作でゆらりと女の子は首を上げて、俺を見てきた。
 
 おお可愛い。そんじょそこらじゃ見ない整った顔の美人さんだ。瞳は赤だ。ウサギみたいで怖い。
 
 というわけで無視することにして、俺は首がまわる限界まで女の子と見つめ合いながら家へと帰った。
 
 
 家賃の安さとトイレ風呂別だけが取り得のボロアパートに帰宅する。ああ、愛しき我が家。
 
 足口のほうが濡れたジーパンを部屋干しして読書へと移る。
 
 座布団を折りたたんで枕にしながらライトノベルを読む。
 
 側頭部や顎が痛くなる度に姿勢を変えて、読了する頃にはすっかり部屋の中は暗くなっていた。
 
 掛けてあるデジタル時計を見れば時刻は6時になっていた。1時間半ぐらい読んでたらしい。
 
 
「そういえば……」
 
 
 第1回第1声にしてはなんの印象にも残らなさそうな言葉を呟く。
 
 あの女の子まだ居るのかな、となんとなく気になり部屋の電気を付けるついでに俺は窓へと寄った。
 
 雨が降っているのでへばりつく様にガラスに顔を寄せてゴミ捨て場のほうを覗く。
 
 結果から言えばまだ居た。しかも同じ体勢。尻の感覚麻痺してるんだろうと予想する。若いのに大変だ。
 
 また目が合った。
 
 遠くから前触れ無しに見たというのにエスパーかあの子。夢も希望も無いですと言いたげな目だったのですぐに逸らす。
 
 俺は飯の準備をするついでに携帯に110と番号を打ち込み、出てきた警察さんに外の女の子のことを報せといた。
 
 具無しラーメンが出来た。具なんかいらねー。付け合せに白ご飯。
 
 またちょっと気になったので、さっきと同じ動作でゴミ捨て場を覗く。
 
 まぁ言うまでも無く居た。元気に座るパントマイムをしてお捻りを稼いでいるのかもしれない。ここからなら応援ぐらいなら出来そう。しないけど。
 
 あ、警察来た。けど女の子慌てて隠れた。
 
 けどやっぱり尻痛かったみたい。立ち上がる時、内股気味にずっと尻さすってた。気持ちは分からんでもない。
 
 警察が笑えるほど無能すぎるので女の子は無事(?)隠れきる。
 
 そこの角からめっちゃ見てたのになんで気づかないんだよ。
 
 というかあの子何してんだろ。
 
 不満もそこそこに女の子を観察していると、またまた目があった。まさか本当にエスパーか。
 
 そろそろ見たいテレビの時間だ。女の子とのアイコンタクトを中止する。時刻は8時に指しかかろうとしています。
 
 気づくとラーメンが冷めてた。冷麺だと自分に言い聞かせて食べた。
 
 忘れた頃に同じ内容を繰り返す月曜日のテレビも見終わり、DVDでも見ようと部屋の隅にある棚に近づく。
 
 ついでに窓を見ると雨が止んでいた。
 
 さらにそのついでにゴミ捨て場を見る。そしてついでにまだ居た。いつもの姿勢で。
 
 あの子のお尻は確実に血流の悪さに悩まされている。もしかするとそれが気持ちいいドMなのかも知れない。
 
 そして目が合う。予定調和だ。
 
 見つめ合うと素直にお喋り出来ない人間なので携帯で警察にリコールする。
 
 いたずら電話はやめろと言われた。死ねばいいのに。
 
 DVDを見始めて20分くらいして家のチャイムがなる。
 
 まさかと思ったが、どっこい受信料の集金だった。言い訳を付けて追い返す。
 
 DVDを見終わると目もいい感じに疲れてきた。風呂沸かして入って寝ることにする。
 
 歯ブラシをしながら窓を覗く。
 
 そろそろ変化が欲しいとか思ったけどやっぱりあの体勢で居た。こちらの考えは届かないようだ。
 
 目が合ったのでウインクして置いた。
 
 警察に電話したけど、歯ブラシ加えたままのいたずら電話はやめろと言われた。すいません嫌がらせです。
 
 お口クチュクチュモンダミンしてベットにダイブする前に台所に向かう。
 
 今日炊いたばかりの白飯を「憤ッ!」とか「破ッ!」とかいいながら握る。
 
 無事に歪な形をした三角お握りが2つ完成した。具は無いです。具なんかいらねー。
 
 俺の貴重な睡眠時間を10分ほど削る覚悟をして外へ出る。例えるならライオンが火の輪に飛び込むぐらいの勇気を持って。
 
 鋼鉄のお尻の異名を持つ女の子の元へ赴き、小皿に移したお握りをお供えする。←ここでフラグが成立。
 
 2礼3拍して家に帰る。上へ上がる階段がギシギシ五月蝿い改装しろ。
 
 憧れの人物はのび太クンなので布団に入って3分で寝れる。
 
 ブースカブーと寝息を立てて寝ているといきなり部屋がノックされる。当然無視する。
 
 しかし睡眠中の尿意ぐらいにしつこい輩で何度も何度もノックしてくる。
 
 若干マジ切れしそうになりながら寝巻きのスウェット姿で玄関の扉を開ける。
 
 
「あっ……」


 困ったように声を上げる鋼鉄のお尻が居た。抱えるように俺の小皿を持ってモジモジしている。
 
 眠気と怒りで最高にローって奴になってるのでニュッと腕を伸ばして小皿を奪うように取った。
 
 
「ありがとうじゃあね」


 バタンと扉を閉めた。余計なことするんじゃなかったと自責の念に駆られる。お供えしなかったらちゃんと寝れたのに。
 
 ついでに来た尿意をトイレで収めて寝ようとする前に、お友達になりかけている携帯のリコールボタンを押す。
 
 玄関コンコン五月蝿いんだよ。覗いてみたらやっぱりだったよ鋼鉄のお尻。
 
 しかし警察に声を覚えられており被害を言う前に怒られた。説教で10分消費、その間ノック音が部屋に響く。
 
 電話越しに人を殺せたらいいのに。堪忍袋の尾がブチブチと音を立てて千切れかける。
 
 扉を乱暴に開ける。
 
 
「あっ……」

「なんですかどうしたんですかこんな夜中に」

「うっ……」


 ノックの主はサイレスでも掛けられたらしい。会話が成立しない。
 
 未だビショビショの女の子が家の前でこんな状態だと、なんとも誤解を受けそうな光景なのですぐに切り上げたい。
 
 見ると明らかに水とは違うなにかが目の端に溜まっていっていた。僅かに嗚咽も聞こえた。
 
 拙い。早くしないと睡眠時間&自分の時間が無くなる。
 
 
「用がないんならこれ、でッ!?」


 扉を閉めようとするが、いきなり女の子の靴が間に挟まる。靴はローファーだった。
 
 こんな女の子が立ちの悪い新聞契約の人みたいな真似をしたのに動揺を隠せず、思わず扉を開ける。
 
 それが運の尽きであり、開いた隙間は女の子が入るのには充分だった。
 
 しかし俺も男であり守るモノのためになら命だって張れる。体で女の子が侵入してくるのをガードしつつ扉を閉める。
 
 ガンッ! と音を立てて扉に女の子が挟まる。
 
 
「うーっ! うーっ!」


 扉に頬を圧迫されて言葉が出せないのか、はたまたそれが口癖なのかは知らないけどそう言いながら女の子は引き下がろうとはしない。
 
 
「なんだお前、帰れっ!」

「帰れない……!」

「じゃあ出て行けっ!」

「泊めてください……!」

「家主が追い出そうとしてるのに図々し過ぎるぞその発言!」


 擦った揉んだの騒ぎを起こしていると突然となりの方から扉が開く音が聞こえた。
 
 背中に嫌な汗が流れる。
 
 戦いを一旦中止して、となりのほうを覗くとめっちゃ目付きの悪くなっている女の人が居た。どうみてもお隣さんです。
 
 唇が僅かに蠢くのが見えた。
 
 「静かにしろド突き回すぞ」と読唇術を習ってもいないのに読み取れた。ついでに言うと眼がマジだった。
 
 しかしド突き回すってド突きながら回すのかな、シュールな光景じゃね。
 
 それはさて置き、これ以上の戦いは無益と判断して女の子を部屋へ招き入れる。玄関まで。
 
 
「お握りすごく美味しかったです」

「そりゃどうも」

「泊めてください」

「話の前後の繋がりを考えろ、繋がりを」


 ペコリと礼儀正しく頭を下げたかと思えばやっぱり図々しかった。多分尻だけでなく心も鋼鉄なんだろう。
 
 話が成立しないという境地に思い至ったので警察に電話する。ビクッと女の子が震えて、怯えるように俺を見てくる。
 
 だがしかしどれだけ事情を説明しても信じてはもらえなかった。
 
 早々に電話を切られる。確実に俺の電話番号はブラックリスト行き。
 
 
「わたしは料理が出来ない」


 女の子がいきなり欠点披露してきた。
 
 
「それで?」

「掃除も出来ない」

「ほぉほぉ」

「洗濯も出来ない」


 要するに無能というわけですね。見栄を張らないのは好感を持てる。
 
 
「この家に泊めて欲しいです」

「無能アピールをした相手にそう言われて『いいよ』と頷く奴は居ない」

「頑張って覚えます」

「覚えてから来てください」


 例え覚えてきたとしても泊めないけど。
 
 
「しかたありませんね」

「お前はなんでそんなちょっと偉そうなの?」

「わたしの体を存分に使っていいです」

「そんな覚悟あるのなら都心に言って如何わしいオジサンにでも話かけたらいいと思うよ」

「……ロリコン?」

「自分が大人と思ってるお前に驚いた」

「私はもう14歳」

「うんうん。この国の成人式は20歳に執り行われるからな」

「頭脳は大人」

「なら自分がどう言おうと泊めて貰えないのは分かるな? とりあえず出て行け」

「それは無理」

「だからなんで上から目線なの?」

「わたしは―――ヘックシっ」


 言葉半分で、女の子がクシャミをする。
 
 見ると頬がほんのり赤くなっていた。それに鼻を啜る音も聞こえる。あれ、これ風邪じゃね?
 
 
「あー……もう、とりあえず風呂入ってこい。風邪引いてそこらで野垂れ死なれても困るから。ご近所さんが」

「泊めてくれるの?」

「寝るだけだぞ。明日になったら出て行けよ」

「あ……りがとう」

「シャワー使ったら殺すからな」

「……」


 微妙な表情で女の子は案内した風呂に入っていった。
 
 押入れから毛布を一枚取り出してから置手紙を作成する。内容は『どこでも勝手に寝ろ』だ。
 
 正直俺の眠気がヤバい。眠気を殺気に変換したら軽く人を殺せる。
 
 準備万端。財布とか貴重品は枕の下に隠しておく。
 
 多分30分ぐらい寝てから、バタンと物が倒れる音で目が覚めた。風邪の件で気になって見に行くと、案の定女の子は脱衣所で倒れていた。全裸で。
 
 はぁはぁと荒く息をしていかにも風邪だ。
 
 
「迷惑掛けすぎて笑える」

 
 迷惑すぎるので朝一に警察に連れていこう。

 バスタオルで女の子の全身を拭ってから全裸のまま俺のベットに入れておいた。かなりセクハラ。
 
 しかたないのでとりあえず予備の布団しいて寝た。
 
 次の日の朝。
 
 目が覚めるとコゲくさい臭いがした。
 
 まさか火事かと思い台所にいってみると、エプロン姿で料理している女の子がいた。もちろんエプロンは俺の。
 
 
「……何勝手に料理してんの」


 料理出来ないって言ってなかったっけこの子?
 

「目玉焼き焦げた……」

「お、おっま! 最近卵高いんだぞ!」

「きゃん!」


 脳天にチョップを入れると女の子は変な悲鳴を上げた。

 ついでに言うと2つ卵使ってた。


△▽

会話と地の分の練習的なSSです。
キャラの名前とかは考えるのが面倒なので以前の作品から流用するかもしれません。



[9140] 2話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/29 01:46
 朝食の失敗で色々と時間を食うことになってしまい、結局大学には午後から出ることにした。
 
 干しもせず放置したまんまで生乾きなワンピースと薄手のカーディガンを着た女の子は、現在俺の目の前で正座中である。
 
 俺はベットに座って見下ろし目線。
 
 
「―――……朝ご飯を美味しく作ればまた泊めてくれるかも、あわよくば住ませてもらえるかも。とそう考えたんですね」


 涙目で頷かれる。別に良心は痛まない。
 
 女の子の風邪の症状が案外軽かったらしい。今も鼻を啜る程度だ。
 
 
「昨日俺なんて言ったっけ」

「幾らでも泊まって行っていいよ。もしよかったら住んだってかまわないよ」

「……言った言ってない以前に、そこまでお人よしに喋る俺を想像しただけで鳥肌が立ったわ」


 声色を真似るのが上手いのがわかったけどどうでもいい。
 
 朝用に買い置きしておいたメロンパンに齧り付くと、いかにも食べたそうにメロンパンを見つめる女の子。でもあげない。
 
 
「とりあえず出て行け、話はそれからだ」

「出て行ったら相手が居なくなるので話にならない」

「暗に交渉の余地は無いと言っています」

「頑固な男性は嫌われる」

「お前に嫌われるんなら本望だ」

「……まったくもぅ」


 はぁと溜息を漏らす女の子。漏らしたいのはこっちだよ。
 
 このまま会話を続ければ自分の時間が無くなる。そう判断した俺は真剣さもそこそこに、テレビを見ながら話すことに決めた。
 
 点ける朝の再放送である伊達にあの世は見ていないアニメがやっていた。


「なんで泊めてくれないんですか」


 なんで上から目線なのこの子。服装からしてどこかのお嬢様と予想をつけてみる。
 
 ということは思春期特有の家出か何かか。
 
 
「お前の長所を述べなさい」

「学校の成績がオール5だった」

「わぁすごい。でも俺には何の利益もありません。なので不採用」

「不採用を採用に変える方法を述べなさい」

「この家から出て行って今後二度と俺の目の前に現れないこと」

「それは答えになっていないので0点」


 思わずメロンパンを握りつぶしてしまう。ひっと女の子が細く悲鳴を上げる。
 
 とにかく面倒なことが嫌いなので穏便にかつ発展しないように追い出したいわけだけど、どうにも女の子は出て行く気配を見せない。
 
 警察に電話しようにも、相手は迷惑電話に思っててまともに取り合ってもくれない。
 
 しかも正座も崩れてるし。もはや既に寛いでるのかこの子。
 
 とりあえず正攻法の搦め手で攻めることにする。
 
 
「何で出ていかないわけ?」

「帰る家が無い」

「……」


 あれ、至って真剣な顔で宣言してきたぞ。そういえば昨日皿を返しに来たときもなんか泣きそうになってたな。
 
 裏事情が思ったよりも深そうで思わず焦る俺。ヤバいかもしれない。
 
 なにがヤバいかと言えば、話が発展すると面倒ごとに巻き込まれるかもしれない、という一点がヤバい。
 
 別段女の子の内心は関係ない。むしろ知りたくない。
 
 
「面倒くさい話は嫌なので俺を巻き込まない内に早く出て行ってください」


 女の子は小首を傾げ「あれ?」と小さく呟く。天井を顰めた眉で見上げ、思い出すような仕草をする。
 
 きっかり1分。俺にとっては貴重な1分を消費して脳内会議の結論が出たのか? ポンと手の平を叩いた。


「本の物語だとこの時点で家に泊めてくれる」

「……きっとそこからロマンスが始まるんですね。わかります」

「わたしとのロマンスがタダで手に入る。お得っ!」

「どんな悪徳商法だよ」

「今買えば便利な家政婦機能も付いてくるっ! 家政婦が気に入らなければメイドでも可っ!」

「料理焦がす家政婦もメイドも要らない」

「ならロマンスだけでもっ!」

「言い換えれば何もしないニート手に入れてどうするんだよ」


 興奮しているのか? 机に両手をついて押し売りのように自分の良さ(?)を売ってくる。
 
 きっと通販に憧れて色々買ってたんだなと想像して哀れんでみる。金いくら無駄に使ったんだろう。
 
 しかしどうこう言われた所で俺の意思は変わらない。
 
 まず人間1人養う金なんて俺には無い。親の仕送りとバイト代で日々の生活も危ういと言うのに。
 
 次にこんな怪しい子を引き取ると危ないフラグが立ってしまいそうで怖いから。それで1日分でも俺の時間が無くなれば、墓にまで持っていく後悔が出来そうだ。
 
 正直今もその後悔の念を量産し続けている。きっと成仏出来ない。
 
 
「……要らない?」

「要らない」

「ロマンス……」

「ロマンス要らない」

「ロマンス欲しい」

「なら警察行くといいよ」

「警察は臭い飯しかくれない」

「どこの刑務所だよっ! というか警察に対して失礼だろっ!」


 あかん。ちょっと考え読めてきたぞ。きっとこんな会話を続けてドサクサに紛れて泊まる気だ。
 
 俺が暴力に訴えない限り……いやもしかしたらそれをネタにして交渉してくるかもしれない。
 
 考え直すとかなり策士じゃねコイツ。
 
 ああ、しかも俺が話しに気を逸らしていたせいでホームワークが終わらないが流れてアニメ終わっちゃった。次は……キティちゃん? いらね!!
 
 とにもかくにも無駄なフラグを立てたくない俺。というかフラグ全般立てたくない。
 
 いつ面倒事フラグが立つかわかったもんじゃない俺は短絡的に「出て行け」と言うが効果は無く、話は平行線を辿るばかり。
 
 いつしか時計は11時になっており死んでも死に切れないレベルに達する。
 
 誰かバイツァダスト持って来い。早く時を巻き戻すんだ。出来ればお握りをお供えする所にまで戻ってくれ。
 
 
「わたしはお腹が空いた」


 唐突にそんなこと言われる。どことなくRPG風味な言い方。
 
 
「お握りを所望します」

「……お握り食べたら出て行きますか?」

「一宿一飯の恩として住み込みで恩返しします」

「ならその前に俺の平和な日常を返せ」


 と言いつつ台所でお握りを握りる俺。
 
 べ、べつに勘違いしないでよね。お昼も近いし俺のお腹が空いてるからついでに作ってあげるだけなんだからね。
 
 ……いやマジで。マジでついで。
 
 昨日炊いた白ご飯を全部使い切り計4個作りあげる。
 
 俺3つ女の子1つの割合。……俺が冷たいわけじゃない。むしろ1つでも分け与える分優しい。
 
 小皿に乗せて女の子に差し出すとポカンとして顔で見上げられる。
 
 
「いい、の……?」

「自分が言った癖に食わないのか。要らなかったら俺が食うけど」

「た、食べるっ!!」


 引き上げようとする腕にしがみついて奪うようにお握りを受け取る女の子。

 まさか本当に食べれるとは思っても見なかったんだろうな多分。
 
 さっきまでの会話で本気で俺がウザがっていることぐらいは理解しているようだ。
 
 そういや昨日のお握りはお供えはしたけど、食べる所は見てないな。
 
 壊れ物に触れるように慎重にお握りを両手で持ち上げる女の子。お握りって所がギャップで笑える。
 
 お握りの端に噛み付いてモグモグと咀嚼して、1口目を飲み込んだ所で変化が起きる。
 
 
「……っく、ぅぅ。ぅ……くぅぅ……くっ!」


 嗚咽を漏らしながらマジ泣きしている。
 
 目から大粒の涙を流しながらボタボタと自分の服に染み作る。何回も目を拭ってはいるものの、涙は止まることを知らないらしい。
 
 
 *選択肢。
 A、大丈夫かと聞く。
 B、無言で頭撫でる。
 C、どうでもいい。
 
 迷うことなく俺はCを選択する。声を殺して泣く女の子を隣にテレビを見つづけた。
 
 これでリバースやらブロークンやらになってくれたら御の字なんだけどなぁ。
 
 腹も膨れて大学の時間に迫ってきたので準備を進める。女の子はまだ泣いてた。
 
 準備を完了する頃には泣き止んではいたものの、頭を上下させて船を漕いでいる。
 
 今にも深い眠りに着きそうな女の子の肩を叩いて意識を戻す。
 
 女の子は寝惚けた様子で俺を見てきた。
 
 
「おとう、さん……?」


 内心苦笑いが絶えない。フラグが6割がた成立してそうなのは気のせいなのだろうか。早く叩き折らねば。
 
 女の子のつむじ目掛けてチョップを叩き下ろす。
 

「きゃん!」

「寝惚けんな。出掛けるから出るぞ」

「留守番出来る。いってらっしゃい」

「誰が家に居ていいといいやがりましたかこのバカちん。―――てか布団に潜り込もうとすんなっ!」

「じゃあ一緒に出掛ける。ずっと付いてく」

「迷惑すぎて笑える」


 いい口実が出来たので女の子の首根っこを掴んで家を出る。施錠も完璧に。
 
 ついでに言うとこの出て行くのにかなり時間が掛かった。岩に齧り付いてでもと言うけど、机に齧りつくとは予想外だった。マジキチ。
 
 で現在進行形で大学への道を歩んでいるわけですが。
 
 女の子はさっきの宣言通り、マジで付いてきている。俺の10歩後ろくらいを。
 
 正直気分が悪いことこの上ない。
 
 チラリと1回後ろを見た後、俺は振り切るためにダッシュする。そんなに足は速くないけれど、流石に男と女、大人と子供、すぐに見えなくなる。
 
 が、
 
 
「なっ……!」


 俺が通う大学を目と鼻の先にして衝撃が走った。
 
 確実にこの時の効果音はドドドドドドだ。
 
 なんと驚くべきことに目の前に女の子がジョジョ立ちで立っていたのだ。ジョジョ立ちは嘘だけど。
 
 女の子は無言の圧力で寄ってくる。
 
 
「わたしを舐めないほうがいい」


 な、なんという図々しい物言い。だけどそのあふれ出る圧力に閉口しざるお得ない。
 
 これが通信簿オール5の実力なのか。きっとその中に忍者の授業もあったに違いない。
 
 まぁタネ明かしすれば俺の行く大学を予想して先回りしたんだろう。多分。うん、エスパーじゃない限り。
 
 
「はぁ……分かったよ観念するよ。大学の学食のほうで待っとけ、終わったら迎えに来てやるから」


 やはり口で言い負かして追い出すしかないようだ。諦めて女の子の意思に従う。
 
 
「うんわかった。最初から素直にそうすればいい」


 満足気に頷く女の子を学食へと案内してから授業へと向かった。
 
 といっても受ける授業は午前に固まっていたので1つしか受けるものが無かった。
 
 軽く2時間ほど離ればなれになった寂しさは微塵もないけれど、一応女の子の元へ向かう。ある確信を胸に。
 
 
 そして俺の確信は現実へと変わる。
 
 目の前のテーブルで寝ているのは女の子だ。「くーくー」と寝息を立てているのが可愛らしい。
 
 軽くガッツポーズを決めていると恐らく先輩な男性が近づいてくる。
 
 
「この子、君の知り合い?」

「いえ違います」

「そっか。ごめん」

「いえいえ」


 社交辞令な愛想で会話を終えて、その場から早足で去る。
 
 大学の出入口にある警備員の窓口に顔を出しておく。
 
 
「学食のほうに身元が分からない子供が居るらしいです。家出かも知れないので一応警察のほうに電話したほうがいいかと」


 「ああこりゃどうも」と初老のオジサンが朗らかに挨拶を返してくれた。
 
 計画通り。
 
 これでフラグは全壊した。俺が身元引き受け人になんてなるわけが無いしな。
 
 もしあの子がなんらかの方法で俺に連絡をつけてきても知らぬ存ぜぬで通せるぜ。
 
 肩の重荷が下り、スキップ気味にバイトへと向かう。
 
 バイト先はスーパーの品出しである。たまにレジもする。客には笑顔が怖いともっぱらの評判だ。
 
 期限切れの商品を夕食として貰い意気揚々と家に帰ると、
 
 
 俺の家の扉に寄り掛かって体育座りをする女の子が居た。
 
 
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 
 
 悲鳴を上げそうになるのを堪え、足音を殺して近づく。女の子は俯いていて傍目には寝ているように見えた。
 
 いっそ窓から帰るか? 真剣にそう考える。
 
 が、しかしゴミ捨て場と窓から合図も無しに見つめあった間柄。
 
 ゆらり、と女の子の首が持ち上がった。
 
 目が合う。
 
 女の子の口が開く。
 
 
「わたしを舐めないほうがいい」


 ……え、なにこれホラー?


△▽

タイトルが定まらない。タイトルってどう決めるんだろうか。



[9140] 3話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/29 15:01


「わたしを舐めないほうがいい」

「こえーよ」

「わたしを舐めないほうがいい」

「微妙にマイブームになってじゃねーよ」

「わたしを舐めろ」

「命令!?」

「貴方を犯人です」

「誤植!?」


 家の扉前を占拠する女の子に対してラグナロク並み(俺基準)の攻防が繰り広げられる。
 
 夕食が入ったビニール袋をチラつかせその匂いに釣られた隙に室内に進入しようと画策するが、流石鋼鉄のオール5女の子。手強い。
 
 ドアノブに手を掛けたままビニール袋を奪おうとするので一向に隙が生まれない。
 
 
「てっめ服装と性格のギャップありすぎだろ。もっと清楚にしやがれっ!」

「清楚にしてもお腹は膨らまないっ!」

「怪しいオジサンにでも話かけたらお腹も膨らむだろっ!」

「セクハラっ!? セクハラだ今のっ!」

「バッカじゃねーの、ご飯食べさせてもらってお腹膨らむって言ってんだよ。マセすぎて笑える」

「―――っう!?」

「うはは図星だぜコイツはーずかしーっ!」

「う……うっー! うっー!」


 羞恥心のあまり我を忘れたのか、女の子の腕がドアノブから離れる。
 
 守るべきものを見捨て偽りの自由を掲げて襲い掛かってくる姿はいと哀れ。
 
 キタコレと内心で勝利を確信する。
 
 繰り出されるグルグルパンチをいなし、後ろに回り込んで背中を軽く押してやる。
 
 予想外の加速を得た女の子はそのまま鉄の柵に激突し、白い煙を上げながら沈黙した。
 
 かなり痛そうだ。
 
 しかし俺には関係ないね。
 
 俺の世界を守るため、平和な日常を守るため、ラブリーチャーミーな敵役で悪を貫くぜ。
 
 心に余裕も生まれたところで玄関の鍵を開ける。緊急時には逃げることしか出来ないゲームみたいな感じだ。
 
 誰も居ない我が家へと続く扉を開けて、中に入ろうとするがそこで緊急事態が発生する。
 
 体半分が家に入ったところで、ふいにビニールを持つ左腕が重くなった。
 
 悪い予感が絶えない中、ギリギリと後ろを振り向いた。
 
 
「わたしを舐めないほうがいい」


 怖すぎて昇天しかけたけどなんとか一命を取り留める俺。
 
 ビニール袋にしがみ付いているのは間違いなく女の子である。赤い目をギラギラさせて見つめられると狂気でも操られそうになる。
 
 さっきの沈黙はブラフだったのか。油断したぜ。
 
 額を真っ赤にさせて涙目になりながらも目標に向かって邁進する姿は心惹かれるものがあるぜ。
 
 だが俺はお前の入室を認めないィィ!
 
 
「もうお前マジでどっか行けよ。その根性があればなんでもできるよ。顔も可愛いしさ、性格は隠したらなんとか出来るから」

「わたしは、今わたしが出来ることを全力でやりたい」

「無駄にかっこよくねそのセリフ」


 さっきの力任せ言葉任せとは違い今回は人質(夕食)を掛けたラウンド2だ。
 
 負けることは許されない。主に俺の心の平穏のために。フラグ糞喰らえ。
 
 
「は、な、せぇぇぇ」
 
「は、な、さ、なぃぃぃ」
 
 
 ビニールが千切れない微妙な力加減で引っ張り合うこの戦いは熾烈を極める。
 
 あれだ。そこらの小説とかだととっくにロマンスが始まっていて今頃追っ手相手に四苦八苦して告白紛いなことをしてヒロインをドキドキさせてるんだろうな。
 
 だけど俺はこの子をヒロインとは認めない。俺の嫁は漫画小説DVDの3つだけで充分だ。
 
 むしろこの子が追っ手だし? 告白なんて「わたしを舐めないほうがいい」とか半分脅しなことしか言われて無いし? 違う意味で俺がドキドキしてるし?
 
 ……何この敵役。マジキチ。
 
 帰る家が無いからなんなんだよ。ホームレス経験して将来自伝書いて印税で儲けろよ。
 
 と、頭を廻らせていると、おもむろに女の子は張り詰めたビニールに爪を立てて切り裂こうとする。
 
 
「反則っ! それ反則っ! ルール違反っ!」

「無事に返して欲しかったらわたしをこの家に泊めて。むしろ住まわせて」


 図々しすぎねこの女の子。マジキチの上位の言葉を誰か教えてくれ。それをコイツに当てはめるから。


「それだけは絶対に許可出来ないっ!」

「迷惑掛けるからっ!」

「そこは『掛けないから』だろうが。お前どんだけ俺を苦しめたら気が済むんだよっ!」


 もう俺の心は限界だよ。死んだら確実に悪霊になっちゃうよ。
 
 そうこうしてる内にビニールが破かれ、中に隠れた肢体が露になる。
 
 飛び散る米粒。宙を舞うシャケ。昇天する俺の魂。
 
 
「うわぁぁぁっ! 俺のシャケ弁、俺のシャケ弁がぁぁぁっ!」

「……正直悪かったと思ってる。反省はしている。許して欲しい」

「許すかぁ!」


 少年犯罪者のような言い訳を吐く女の子に対して、怒りとも悲しみとも違う何かが再現なく溢れ出る。
 
 もう何なのこの子。なんで俺に執着するの。
 
 流石にやりすぎたと思っているのか玄関でポツンと立っているので、これ幸いにと素早く扉を閉める。
 
 鍵を掛け、あまりしないチェーンも付ける。
 
 扉に背をつけて座りこみ方針すること30分。やっと立ち直る。
 
 この戦いで得たものなんて何もない。失った物は多すぎる。だけど俺はこれを糧に成長するだろう。
 
 成長したいです。
 
 仕方なく冷蔵庫を漁り、あまり物で炒め物を作った。白ご飯は無いので侘しい。
 
 3部屋ある内の一室であり主な生活場所であるテレビのある部屋へと向かうと、
 
 
 正座する女の子が居た。
 
 
 はっきり言ってもはや驚かない。慣れって恐ろしい。僅か2回で慣れる自分も恐ろしい。
 
 誰か世にも奇妙な物語の音楽流してください。
 

「……どこから入ってきたのかすごく気になるから教えて頂戴」

「出るときに開けておいた」


 と女の子が指を指す先には風でなびくカーテンが見えた。明らかに開いている。
 
 というかこの部屋2階にあるんだけど。
 
 忍者過ぎねこの子。
 
 どれだけアグレッシブなお嬢様なんだよ。確実にサバイバルになっても生き残れるよ。
 
 
「お弁当の件は本当に悪かったと思ってる」

「うん。思ってるなら許してもらうために出て行け」

「思ってるから買ってきた」

「は?」


 女の子がガサリと音を立ててビニール袋を机に置く。
 
 取り出されたのはコンビにが原産ではあるものの、お弁当だった。
 
 
「金あるじゃん」


 ほぼ無意識にそう言ってしまう。泊まりにたかりになんやらしてくるから文無しと思ってたが違うようだ。
 
 しかし女の子はションボリとした様子で俯き、カーディガンのポケットを漁って中身を机にブチ撒けた。
 
 
「もうこれだけしかない」


 ジャラジャラと小銭が散らばる。目で数えてみると126円しかなかった。
 
 ふむ。大方後先考えずに色々買ってたんだろうな。金銭感覚が麻痺でもしていたんだろう。
 
 内心可哀想とは思うものの同時に「それで?」という気持ちもある。
 
 むしろ後者の気持ちのほうが強い。
 
 
「お家、破産してお父さん逃げた。お母さんもとっくの昔に死んで……」


 なんでこの子は自分の身の上を話してるわけ? フラグが出来上がっちゃうじゃないか。
 
 まぁBGMにはことかかないので勝手に語らせておく。
 
 それと、くれた物は頂くの主義なので有難く貰うことにする。ちっ海苔弁かよ。
 
 語るにつれて段々と女の子の声が霞み始める。泣くのを堪えているようだ。
 
 正直どうでもいい。むしろ出て行け。
 
 んで5割くらい聞いて話を理解。文章にするのも面倒なので要約すると、
 
 女の子のお家破産→お父さん消失→親戚に引き取られる→虐め→出て行け→出て行く→お金使い切る→俺と出会う
 
 
「―――だから。わたしをこの家に住ませてください。なんでもします」
 
 
 話を終えてすっかり可哀想な子に変身した女の子は、ウルウルとした瞳で上目遣いで男の庇護欲を掻き立てる言葉を吐いた。
 
 俺は親指で玄関を指差す。
 
 
「出て行け」


 女の子はポカンとした表情をする。そして不思議そうに首をかしげた。


「……なんで?」

「ヒント。俺は他人」

「ヒント。人類皆兄妹」

「なら俺はカンボジアの子供達を助ける」

「遠くのバラより近くのタンポポ」

「しかし俺はタンポポよりバラ派だった」

「バラは棘だらけ」

「お前のほうが棘だらけだよ。この棘タンポポ」

「そんな植物は存在しない」

「言葉の綾だよ。なんでいきなり理解力低下してんだよ」

「そろそろ飽きてきた。早くデレろ」

「俺をツンデレにしたてあげんなっ!? つか、それがお前の本性だよなっ!」


 いつの間にか正座から女の子座りに変化してるし化けの皮剥がれ過ぎだろ。
 
 弁当を食い終わり炒め物に取り掛かる。
 
 そのついでにテレビを見るのも忘れない。時間が勿体無いぜ。
 
 
「汗掻いてきもちわるい。お風呂を貸して欲しい」

「なんで貸さなきゃならんのか」

「覗いてもいいから」

「お前を俺の家から除きたい」


 その時。ティンと閃く。
 
 
「金やるから銭湯行って来たら?」

「帰る家が無くなるからやだ」


 無理でした。
 
 
「……もしかしてお風呂に入らないほうが興奮する?」

「お前は何を期待してるんだ」

「雄しべと雌しべ」

「例えが古すぎるっ!」

「コウノトリが赤ちゃんを運んでこないことぐらい知ってる」

「それ以上のことぐらい知ってるよな。扉前の会話からして、確実に」


 援助交際を誘っているようにしか見えないのは俺だけか?
 
 だが俺は3次元に興味が薄いので別にこの子の裸を見たところでなんとも思わない。もう1回見てるしな。
 
 しかしそんな勇気と覚悟があるのなら俺以外の奴と援助交際して来いよ。
 
 まさかあのお供えのお握りで惚れちゃったとか無いよな。果てしなく迷惑なんだけど。
 
 女の子の要望を軽く無視して食器を洗う。
 
 その後はDVDでも見よう。
 
 女の子に構ってやる時間など俺には微塵も無いのだ。
 
 
「お風呂……」

「銭湯に行くなら金あげるぞ」

「借りは作らない」

「既に量産してるのを理解しろ」

「四つん這いになったらお風呂に入れてくれるんですね」

「お前は一体どこで言葉を覚えてくるのか―――マジですんなっ! 尻を向けるなっ!」

「えー」

「えーじゃねぇよ」


 この子の将来が心配になってくる。どうする気も無いけど。
 
 食器を洗い終わり、軽く台所周りを掃除する。キュキュと音が鳴ると気持ちいい。
 
 お風呂の要望を何度も言ってくるのを聞き流し、昨日見ていたDVDの続きを見る。
 
 時間が立つにつれ1分に1回だった要望が、5分に1回10分に1回となっていく。
 
 諦めたのかと思い後ろを振り返ると、女の子は床に寝そべって寝息を立てていた。
 
 憎たらしい性格だけど、顔は美人だし寝顔は無垢だ。
 
 
「どんだけ大人びても子供はやっぱり子供だな」


 苦笑する。
 
 俺は女の子の膝裏と首裏に手を入れて持ち上げる。所謂お姫様抱っこだ。
 
 そのままベットへと行くわけが無く、扉を開けて外へ。
 
 階段を降りて道路を渡り、あの運命の出会いをしたゴミ捨て場へと到着する。
 
 
「俺って超優しいよな……」


 近くにある電柱に立て掛けて、俺はその場を去った。
 
 よく眠れるといいね。
 
 窓や扉の施錠を確認して俺は寝た。
 
 
 翌日。玄関の扉を乱打する音で目が覚めた。
 
 なにごとかと寝惚けたまま無用心に扉を開けると、怒った女の子が居た。
 
 
「危うく警察に捕まりかけたっ!」

「……いいことじゃん」

「良くないっ!」


△▽

主人公は多分ツンツンツンツンツンツンデレ。



[9140] 4話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/30 02:15


 玄関出たら2秒で追跡。狂気の美少女ストーカーが俺の家に搭載されました。
 
 ……ヤフオクで転売出来ないかなぁ。
 
 
 警察が頑張らなかったので女の子は今も野に解き放たれています。
 
 朝の目覚めをKYな女の子に邪魔をされあまり気分は優れない。
 
 こういう時は外の自動販売機にでも行って大好物のデカビタでも飲みたい気分だ。
 
 けど残念なことに、外には危険な生物が俺を狙ってウロチョロしてるので買いに行かない。
 
 台所で今日の朝御飯(スクランブルエッグ)を調理していると、ふいに目の前にある窓が開く。
 
 言うまでもなく女の子である。
 
 白髪に赤い瞳をして、いつものワンピースとカーディガンを着た(多分)少女は背が足りないため、顔の上半分しか窓枠に入らない。
 

「お腹空いた」

「出て行け」

「この廊下は皆の物。だから今の言葉は誤用」

「……」


 正論すぎて反論出来ない。しかしこれはプライバシーの侵害ではなかろうか。
 
 でも最近「出て行け」が口癖になりつつあるな俺。自重自重。
 
 視線がウザいので窓を閉める。……閉めれなかった。
 
 
「……その指どけろ。ちょん切るぞ」

「やれるものな―――ちょ、ちょっとまっ!」


 窓を引いて加速をつけて窓を閉める。
 
 寸のところで指を引いて脱出される。っち。
 
 
「ほんとにやったっ! 信じられないっ!」


 焦った様子で反対側の窓から顔を出す女の子。格子が無かったらそのままニュルンと入って来そうな勢いだ。
 
 もはや交渉の余地は残されていないので反対の窓も同じように閉める。
 
 同じように逃げられる。
 
 今度は開けられないように鍵を閉める。
 
 安心してると上のちっちゃい小窓の部分が開いた。しかし窓越しの影から見る限り腕しか届いてない。
 
 精一杯背伸びしてると思うと可愛らしいなぁ。思うだけ。
 
 
「開けろー」

「誰が開けるかー」

「お前は完全に包囲されているー」

「ごっこ遊びなら公園でしてこいー。つか、いい加減諦めて養護施設にでも行けー」

「やだー。絶対にやだー。絶対にノー」


 3度言うな。


「その理由はー」

「臭い飯しかくれないー」

「お前いますぐソコで世話になってる子供達に土下座してこいー」


 話もそこそこに朝御飯も出来たので皿に移す。手を洗って料理を運ぼうとするが、その前に水道が出ない。
 
 ……おかしいな、今日配管工事だっけ。
 
 カレンダーを見ても何も書いてない。大家の連絡忘れかな。
 
 そう思いながら明らかにさっきまで水が出ていたことを覚えていたので、真相は別にあることを俺は知っている。
 
 とりあえず玄関の鍵とチェーンを解除。
 
 右見て左見て女の子が居たので入られないようにガードしながら外に出て鍵を閉める。
 
 
「くっ!」

「はいはいご苦労さん。―――やっぱな」


 外の水道のバルブを調べると閉められてた。確実に女の子の仕業、間違いない。
 
 とりあえず戒めを込めてチョップを旋毛目掛けて振り下ろす。
 
 
「ぉぉぉっ」


 頭を押さえて崩れ落ちる女の子。


「これだけされても通報しない俺超優しくね?」

「本当に優しい人は既にわたしを家に泊めてくれてる」

「もう1回泊めた」

「間違えた。住ませてくれてる」

「近くの公園紹介してやるからそこに住んだら」

「もっといい物件無いの」

「屋根なし壁なしガス電気なしだと色々ありますよ」

「なんでホームレス限定に話を進めるのか理解出来ない」

「実際ホームレスだろホームレス」

「……うー」


 返す言葉が無いのか呻き声しか上げない女の子。
 
 傍目から見たら虐めに見えるだろうが、はっきり言って俺の良心はこれっぽっちも痛んじゃいない。
 
 せいぜい人に見られたら拙いだろうなぁ~と思うぐらいだ。
 
 まぁそんなことを思ったのがフラグだったんだろうな。俺は大嫌いな面倒事を起こしてしまう。
 
 カンカンと木製サンダルで階段を上がってくる音。この音は、このアパートで生活している人間なら誰でも知っている。
 
 大家である。
 
 脳内でターミネーターの音楽が流れる。……いや、大家がターミネーターの様に怖いわけじゃないけど。
 
 廊下の角から姿を表す寸胴な体系。モジャモジャとしたパーマ。
 
 顔面は「リセットすんな言うたやろっーーーー!!」な感じだ。分からない人はおいでよ動物の森。
 
 一歩一歩に風圧を感じられるほどに、俺の内心は焦りに焦っていた。
 
 その理由は一重に傍らに居る女の子にある。この状況で何を言われるのかわかったもんじゃない。女の子に。
 
 大家は俺を見て次に女の子を見る。
 
 そして大家何か口にしようする前に女の子が動いた。
 
 
「もぉお兄ちゃんなんで部屋に入れてくれないのっ!」

「……はっ?」


 女の子の奇行に目を丸くする。
 
 俺が低下した思考を回復する前に女の子が畳み掛けてくる。
 
 
「妹が遠くから遥々やってきたのにヒドいよっ!」


 俺には妹が2人居るわけだけど。当然コイツは含まれない。
 
 お前は一体何を言っているんだ―――と言う前に、大局(大家)は女の子の方についてしまった。
 
 気づいた時にはもう遅い。女の子の口元には笑みが浮かんでいた。
 
 
「ダメじゃないかアンタ。家族は大切にしないと」

「い、いや家族じゃなくって赤の他人なんですけど」

「お~に~い~ちゃ~んっ!」


 黙れ。お前に言われても萌えねーんだよカス。
 
 調子に乗って腕を組もうとする女の子を振り払いながら大家に真実を知ってもらおうと向き直る。
 
 
「そんなことしてるといつかきっと後悔するよ」

「あの……」

「アタシみたいになっちまうよ……」


 大家は知りたくも無い過去を語ろうとしているようだ。
 
 このまま現状を続ければ俺の時間は大幅に失われるだろう。それは俺の生存理由の消失を意味する。
 
 最善の策を取るしかないと判断する。俺は女の子を腰を抱くと鍵を開けて扉を開放する。
 
 
「ごめんな妹、兄ちゃんが悪かったよ」

「あ、どこ掴んでるのお兄ちゃん。もぅ……強引だぞっ!」


 負荷が掛かりすぎて肉体に悲鳴が上がる。
 
 急いで家の中に引き入れるが、女の子の演技は止まらない。
 
 死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに。呪詛を奥万回唱えて精神の安定を図る。
 
 死角で大家から見えなくなった女の子の表情は明るい。まるで純粋無垢な赤ちゃんのようだ。
 
 きっとこう考えているだろう「この人を使えば家に簡単に入れる」と。
 
 思考もそこそこに安易な道を選択してしまった俺も悪いが。女の子のほうはもっと立ちが悪いぞ。
 
 
「すいません大家さん。お騒がせしました」

「あらそう? ……ちゃんと優しくしてあげるんだよ」

「ええそりゃもう。代わりの居ない肉親なんですから」


 バタンと扉をしめて大家を視界から消す。残ったのは笑顔の女の子だけだ。
 
 コイツを追い出すのは、大家が2階から降りて1階の自宅に帰ってからだ。対策は後で考える。

 
「お兄ちゃんっ!」

「し、ね、ば、い、い、の、に」


 抱きつこうとしてくる女の子を、鳥肌全開になりながらも両腕で押さえつける。
 
 一瞬にして妹の皮が剥がれて女の子の本性が露になる。
 
 
「もう諦めたらいい。わたしは攻略法を知ってしまった」

「要約するとお前はもう死んでいると言いたいんですね」

「北斗の拳知らない」

「安心しろ俺も知らない」

「家事頑張る。頑張って覚える」

「じゃあ今から逆立ちして町内一周してこい」

「それはおかしい」

「家事の基本は体力だぞ」

「ならここで腕立て伏せする」


 言葉の裏に「出て行け」と「出て行かない」を付属させながら会話を交わす。
 
 そこでチャイムが来客を知らせてくる。女の子を見ると礼儀正しく正座してた。
 
 そこはかとなくポイント稼ぎをしているようでムカついた。
 
 女の子ばかりに構っているわけにも行かず、ノックに切り替えてきた来客に対応するために扉を開ける。

 居たのはリセットさん、ではなく大家だった。
 
 
「言い忘れてたけどアタシ明日から3ヶ月くらい旅行行くから」


 挨拶を終えて今度は俺が笑顔のまま部屋に戻る。
 
 目の前にはorzな女の子が居た。
 
 形勢は逆転じゃないにしろ五分に戻った。そんな所でいつものことを言っておく。
 
 親指で玄関を指差し、
 
 
「出て行け」


 俺の言葉に放心していた意識を取り戻したのか、ハッと顔を上げて俺を見上げてきた。
 
 
「何がお望みですか」

「永久の平和を」

「それをわたしと一緒に作っていきませんか」

「いきません」

「今ならロマンスが生まれます」

「生まれなくてもいい」

「我侭な生徒は先生嫌いです」

「先生。ホームレスの追い出し方をおしえてください」

「ホームレスも人の子。優しくしてあげましょう」

「ところがどっこい世間はホームレスに厳しかった。―――とりあえず警察に通報するぞ」

「……さっきの経験上、通報しないのは予測出来る」


 図星というわけじゃないけど。女の子の言うとおり俺は通報する気がない。
 
 なぜなら事情聴取とかされそうだから。
 
 確実に俺の時間が無くなる。これ重要。

 とりあえず時間が勿体無いので作ったスクランブルエッグをテーブルへと運び食す。テレビも忘れずに付ける。思い出の爆弾的なアニメがやってた。
 
 羨ましそうに女の子が見てくる。
 
 
「わたしも食べたい」

「いいよ」

「どうやったら食べさせてくれ―――……いいの……?」

「作りすぎたからな」


 賞味期限切れかけの卵を全部ぶち込んだお陰で皿に大盛りに盛られてます。きっと食べきれない。


「……デレ来た?」

「お前はなんでそんな方向に話を結びたがるのか」

「きっとそんな星の元に生まれた」

「じゃあその星の名前はホームレス星だな。ついでに言うと俺はツンデレじゃない」


 言いいながら持ってきた小皿にスクランブルエッグを盛ってやり、床に置く。
 
 半目で睨まれる。少しも罪悪感は湧かない。
 
 誰が一緒にテーブルで食べるか。
 
 諦めたのか素直に小皿の前に座り込む女の子。
 
 
「お箸は?」

「立派な手があるじゃないか」

「スプーンは?」

「立派な手があるじゃないか」

「フォークは?」

「立派な手があるじゃないか」

「四つん這いになれば……」

「なってもあげない」

「……」


 試行錯誤の末、小皿を傾けて啜るように食べていた。


▽△

タイトルこのままでいいかもしれない。



[9140] 5話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/05/31 02:47

 座布団を枕にラノベを読む。俺の生活の中でも三指に入る至高の瞬間だ。
 
 休日で授業は無いしバイトも明日だ。つまり今日は何も無い。日々磨耗する俺の心身を回復させる貴重な時間。
 
 授業中やバイト中それに加えて友達付き合いは1時間が立つのが遅いというのに、休みの日には素早く過ぎ去ってしまう。
 
 いっそ逆だったらどれだけ良かったんだろうか。と、哲学ってみる。
 
 寝返りをうって逆向きになる。窓から差し込む朝日で視界が明るみ、曖昧だったページの影がより鮮明になる。
 
 こういう天気のいい日には本能的な部分から「外に出ないと勿体無い」と訴えかけられるから困る。
 
 出不精な俺だけど外に出ないと本やDVDは買えない。どうせ買いに行くなら天気のいい日が良い。といっても大抵はウィンドウショッピングで満足して帰ってしまうんだけど。
 
 時刻は午前11時。明日まで、まだまだ時間はあるけど12時を超えるとそれも一気に加速する。
 
 勿体無い。
 
 あと2・3ページ読んだらどっかに出掛けようと何と無く決める。この間にいつも出て行くか出て行かないかという不毛な葛藤が俺の中で繰り広げられる。
 
 ページを捲り話の核心に近づく。時折ページの厚みを確認してあとどの程度なのかを確認して一喜一憂する。
 
 この幸せな瞬間を長く続けたいから外出するわけでもある。
 
 そして邪魔な存在を排除したいから外出したいわけでもある。
 
 体勢を変えて顎で座布団を掴む。中心の本以外の背景が切り替わり壁になる。
 
 視線を本から外して端に寄せる。
 
 すると白髪赤目の女の子と目が合った。
 
 気まずかったのか目が合うとすぐに逸らされた。まるでずっとこっちを見ていたみたいだ。……そう考えるだけでも吐き気がするわけだが。
 
 女の子は「見ていませんよ」と言いたげに視線を泳がせて手団扇で自分を扇いでいる。
 
 暗くてよくわからんけど若干頬が赤くなっているのが見て取れた。まだ風邪が治ってないらしい。
 
 しばらくすると指を弄り始めた。
 
 
「……ねえ」


 何回も何回もチョロチョロと俺を見てきた挙句に話掛けて来た。この時点で俺の至福の時間は終わりを迎えた。
 
 追い出そうとしても出て行かない無駄な問答が続き、俺は生活スタイルがズタズタになっていたのに気付いて一旦休憩を取る事にしていた。
 
 そのためにちょっとの間だけ『置物』として認識してやったというのにこの娘は……。
 
 置物が喋るなよ。と、軽く心の中で愚痴る。
 
 
「……無視するな」


 無視無視。そいや知ってるかな。シカトの語源は花札の鹿がそっぽを向いてるところから来てるらしいよ。
 
 
「おーい」


 お・き・も・の・が動いた。かるく動く石像並に驚愕する。嘘だけど。
 
 女の子もとい置物……もう女の子でいいか。女の子は無視する俺に不満を覚えたのかハイハイして近寄ってくる。
 
 顔もいいしその手の人達の前でやったら大人気になれそうな動きである。ハイハイなのに。無論その手の人達というのはXXX的な人達である。
 
 
「おいったら。たらたら」
 
 
 近くに来た女の子は、軽く俺の背を叩いて反応を伺ってくる。
 
 構わずページを捲る。
 
 女の子は怒ったのか頬を膨らませている。テラキモス。
 
 ムキになってペシペシと叩いてくる女の子。不快感ゲージが着実に蓄積する俺。
 
 ペシンと頭を叩かれた。スイッチオン。
 
 
「ガーーーーーーーーーーー!!!」

「ギャーーーーーーーーーー!!?」


 突然大声を出した俺に女の子も驚いて絶叫する。五月蝿すぎ。
 
 尻餅をついてガクガクと震える女の子。無表情気味な顔に困惑が張り付く。
 
 
「何々? 唯一な話相手である俺に構ってもらえなくて寂しかったの?」


 女の子が赤ら顔になり俯いて数秒した後に「……うん」と答えた。
 
 そんな女の子の図星を突かれた羞恥心に内心、というか外面にも出てるけど笑いが止まらない。
 
 女の子の顔が不機嫌MAXになる。ちょっとでも俺の苦しみを味わえバカ野郎。
 
 
「今のお前の反応で激しく気分を害した。損害賠償としてお風呂を使わせるニダ」

「この家は外国人お断りでアル」

「家の主が外国人で本末転倒」

「えー! ニダとかアルとかで外国人になれると思ってるのー! キモーイ! そんな自由な発想が許されるのは小・学・生までだよねー!」

「会話もロクにこなせない人間は真っ直ぐに育たないって誰かが言ってた」

「きっとのお前のことですね。わかります」

「鏡を見てみると面白いから見るべき」

「イケメンが映ってました」

「認めよう」

「認めるんですか」

「多分」

「……多分は余計だろ」

「けど心が汚いのは明白」

「人の家に勝手に居座ろうとする人の心は汚れていないのかすごく気になる」

「後で劇的ビフォーアフターで驚きの白さに変貌する」

「変貌ってすごく悪的な響きですよね」

「変身」

「もう遅いので修正不可能です」

「わたしの辞書に修正不可能という文字は無い」

「えらく細かい辞書だな」

「なので泊めてください」

「脈絡、脈絡」

「ステイさせてください」

「言い換えろって言ったわけじゃねーよっ?」


 相変わらず転がり込む気満々であるこの女の子。その根性だけは買ってやってもいいかも知れん。
 
 ラノベも区切りがいい所終わっていたので栞を挟んで部屋の隅に置いておく。外は相変わらず良い天気である。
 
 寝巻きから外着に着替え、携帯財布家の鍵を確認する。
 
 
「出掛けるけどどっちがいい?」

「じゃあ留守番する」

「違うから。生きるか死ぬか聞いてるんだよ」

「前フリも無く生死に関わる質問をされたのは初めて」

「世の中サバイバルだぞ」

「身をもって経験中」


 そうだったね。
 
 
「訂正、世の中バトルロワイアルだぞ」

「もっと酷くなってる件について」

「きっとお前も体験する」

「既に体験してる相手が目の前に居て驚きを隠せない」


 そしてさり気なく部屋の柱にしがみ付く女の子。当然慈悲の心などは無く、両足を掴んで引きずり出す。
 
 
「そーれ取って来い」


 玄関に残された靴を明後日の方向に投げ飛ばすとマッハな勢いで女の子は走っていった。
 
 心に余裕を持って鍵を閉めれる、という不思議体験をして下に置いてある自転車へと乗り込む。
 
 軽快に走り出そうとするが、予想よりも早く戻ってきた女の子が進路を塞ぐ。っち。
 
 
「鬼」

「よく言われる」

「それは人としてどうかと思う」


 頭に肩にと青々とした木の葉を張り付かせている所から見るに、靴はどっかの木にでも引っかかっていたらしい。
 
 それを考慮すると恐るべき速さである。もうくのいちと呼んだほうがしっくりくる。
 
 進路を変えてペダルを漕ぐが、女の子を通り過ぎた所で急に自転車が重くなる。もしかしたらエコーズact3が居るのかもしれない。
 
 しかし現実は残酷であり荷台部分を渾身の力で引っ張っている女の子が居るだけだった。
 
 夢も希望もありゃしない。
 
 
「どこいくの」

「さっき出掛けるって言っただろ。低脳はこれだから困る」

「わたし今暇。ついていく」

「年中暇そうなのは気のせいなんだろうか」

「生きていくのに必死」

「じゃあ暇じゃないだろ常識的に考えて」

「常識で考えない。自分で考えるべき」
 
「同じ答えが出た件について」


 この会話中ずっと荷台を握る指を引っぺがす作業をしていました。
 
 誰がつれていくと言うのか。2人で出掛けて知り合いにでも見られたら俺の人生お終いだ。フラグ進行的な意味で。
 
 最終的に走り出すことには成功したわけだけど、加速をつけて荷台に座り込んできた女の子の行動力に恐怖が拭えず一緒に行くことになった。
 
 ヘタに抵抗すれば怪我をするのはこっちだ。背に腹は変えられない。
 
 ジャンピング土下座もビックリなダッシュ乗り込みである。
 
 流石に電気街にまで行く元気は(女の子のせいで)無いので、最寄の電気店と本屋が融合した店で我慢することにした。それでも遠いのだけれど。
 
 今回の目的は散歩みたいなものなので、DVDや本を見るのはオマケだ。なのでこの選択はベターだ。
 
 空調の効いた店内をうろついて色々見て周る。
 
 その間も女の子は俺の後ろをついてまわっていた。他人のフリをするので必死だったのであんまり商品を見れなかった。
 
 そして手ぶらで行って手ぶらで帰ることになる。
 
 自分の安全のために女の子を荷台に乗せて帰る途中、いきなり女の子が大きく腹の虫を鳴らしたので振り返ってみると鯛焼き屋があった。1個100円。
 
 鯛焼きか。食いたいな。
 
 女の子はヨダレを垂らしそうな勢いで鯛焼き屋を見ている。
 
 ……。
 
 財布から500円玉を取り出しグっと握る。
 
 
「お前鯛焼き買ってきてくんない?」

「パシりはヤダ」

「微妙にプライドもってくんじゃねーよ」

「買いに行ったら逃げられる」
 
「いかねーって」

「嘘」

「お前の分も買っていいからさ。ホラ」

「!」


 握った500円玉を女の子に渡す。
 
 両手で受け取った女の子はプルプルと震えて目を輝かす。
 
 
「いいのいいのいいのっ!?」

「ここで待っとくからな。俺アンコとカスタード。……言っとくけど1つだけぞ」

「う、うん!」


 荷台から飛び降りて鯛焼き屋へと駆け出す女の子。その後ろ姿にも歓喜の色が見て取れた。
 
 鯛焼き1つであの喜びようとは安い奴だ。
 
 ほんとうに、安い奴だなぁ。
 
 
「待ってるなんてうっそー。じゃーあねぇー」


 俺はそのまま自転車のペダルを漕いだ。後ろは振り向かない。女の子よ、永遠に。
 
 厄介払いも出来たのでルンルン気分で家路を辿る。
 
 しかし、いきなり、自転車が、重くなった。
 
 まるで、誰かに、後ろから引っ張られているような、そんな感覚。
 
 ギリギリと急に錆び付いた首を回転させて後ろを振り向くと、
 
 
 女の子が居た。
 
 
 泣いた。俺が。
 
 大粒の汗を流して、前髪を額に引っ付けた女の子は荒い息を吐きながら自転車の荷台を片腕で引っ張っていた。
 
 もう片方には鯛焼き屋のだと思われる紙袋が握られていた。
 
 
「わ、っわたしをっ舐めない、ほうがっいいっ!!」


 昨日か一昨日くらいに聞いたことのある言葉を吐かれる。

 声も息も絶え絶えに喋る。成績オール5のくのいちで疲れは知っているらしい。
 
 走りに向かないローファーでここまでやるとは。
 
 鋼鉄のような意志の硬さだ。
 
 
「……お釣り」


 荷台から手が離れ、さらに差し出される。恐怖で思考が低下している俺はそれを安易に受け取ってしまう。
 
 渡されたのは汗でヌルッとした100円玉が2枚。
 
 ……律儀な奴だな。
 
 次いで紙袋を漁って鯛焼きを2枚渡される。正直汗まみれの手で渡された鯛焼きなんて食う気がしない。
 
 女の子はキョロキョロと何かを辺りを見渡して何かを探す。
 
 すぐに視線は近くにあった公園へと向けられる。
 
 
「ちょっと、待ってて欲しい」

「……何しに行く気?」

「髪、洗う」

「水で?」

「水しか出ない」

「シャンプーは?」

「そんなの無い」

「ふぅ~ん」

「今度は待ってて欲しい」


 相当疲れているのか警戒もせずにフラフラと公園へと寄っていく女の子。
 
 両肩をダラりとさせている姿は、さっきの鯛焼きを買いに行った時のとは大違いである。
 
 俺は何故だか急いで鯛焼きを2枚纏めて食った。
 
 喉詰まって死ぬかと思った。
 
 どっちもカスタードだった。多分女の子のだと思う。
 
 チャリを急発進させて女の子の隣へと走らせる。
 
 
「お前臭い」

「……」


 女の子はブーたれた顔をして俺を無視した。
 
 
「汗乾いたらもっと臭いんだろうな」

「……そう」

「それだと超迷惑。臭いストーカーとか最悪すぎね?」


 女の子は泣きそうな顔をしている。
 
 *選択肢
 Aもっと罵る
 Bそっとしておく
 Cどうでもいい
 
 
「迷惑だから俺ん家の風呂使ったら?」

▽△

2・3部構成の短編集的に作りたいです。出来れば。



[9140] 6話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/01 04:14


 降り注ぐ日光が暖かかった朝方は何処へやら、夜になると天気は雨になった。
 
 家に帰る頃には時刻は4時半、風呂の水を捨ててお湯張りが出来た時には5時をまわっていた。
 
 俺はと言えば座布団を枕に朝のライトノベルの続きを読んでいる。雨音とシャワー音が雑音として耳を刺激してウザいことこの上ない。
 
 未読み部分の厚みを確認して溜息。
 
 物語は山場を通り越して次回への期待を高まらせるように主人公がヒロインとイチャイチャしていた。2次元限定で羨ましい。
 
 熟読すべき場所はもう無いので流し読みでペラペラとページを捲くり後書きに到着する。
 
 読書終了。表紙を閉じて本棚へとしまう。
 
 見計らったように風呂の扉開く音がした。エスパーか。
 
 次に聞こえたのは倒れる音。溜息を吐きながら起き上がって脱衣所に向かう。腰が重い。
 
 正直「またか」という予想でいっぱいだ。まぁ予想通り女の子が倒れてたわけだけど。今度は意識があるようで自力で起き上がってペタンと床に尻をついている。
 
 俺は置いておいたバスタオルを手に取り投げつける。
 
 
「早く拭け」


 丁度良くバスタオルが広がって頭に被さり、女の子はのっそりとした動作で髪を拭き始める。
 
 疲れているのかバスタオルを握る女の子の腕の動きは遅い。
 
 髪を拭いていると言うのに床にポタポタと水滴が何回も落ちる。
 
 ポタポタ、ポタポタ。……水分多い所から拭けよこの置物野郎。そのあまりに非効率すぎる拭き方にイライラする。
 
 まだ体もあるというのにこのペースだと日が暮れる。とっくに暮れてるけど。
 
 ガッ、とバスタオルを掴み主導権を女の子から奪う。背中まで届く長い髪を纏めてバスタオルで包む。
 
 それからゴシゴシと効率良く髪を拭き、あっと言う間に湿る程度になる。
 
 このままバスタオルを返してもトロいことは確定なので続いて体を拭いてやる。
 
 既に1回見ているわけだけど、相変わらずメリハリが無くて凹凸の少ない体系をしている。
 
 腕と手で局部を隠す女の子。
 
 邪魔なので力技で退ける。つか、もう1回見てるから。正直貧相すぎてなにもする気が起こらない。する気があったとしてもフラグ立つからやらないけど。
 
 
「……えっち」


 風邪が悪化したのか、惚けた顔で女の子が俺を見てくる。ウザウザウザ、ウザ!! 堪らず呪詛染みた言葉を心の中で大量発生させる。
 
 でも俺は優しいので? 口には出さない。顔には出てるけど。
 
 山も谷も無いので簡単に体を拭き終わり、そのまま女の子を抱えて来客用の布団へとブチ込む。
 
 熱を測ろうとしたけど作業後で手が暖かいので額を押し付ける。体温計なんて便利な道具はありません。
 
 案の定熱があった。8~9分ぐらい。
 
 額を離すと女の子がトマトと張り合えるぐらい赤くなっていた。
 
 また上がったのかと思い、再度額を近づけようとすると「ちょっ」と女の子が呟いて押し返された。
 
 親切を踏みにじる女の子の態度に怒りゲージを上げてしまう。MAXになると謙虚な俺から有頂天な俺になります。
 
 棚を漁って薬を探す。
 
 ……使用期限去年までだ。まぁいいか。
 
 戻ってきて見ると、女の子がキョロキョロと何かを探している。
 
 布団から出ようとしていたので足で女の子の頭を押さえて正位置へと戻す。
 
 
「何探してんの? 物次第なら燃やしてきてやるよ」

「……服。後、燃やされると困る」

「服? お前の?」

「うん」

「汗塗れで臭かったから洗濯機入れた」


 下着も含めて。胸ないのにブラとか不要じゃね? むしろ野に帰るためにパンツもいらなくね?


「なんてことをしてくれる」

「良いことしてやったのに怒られる。不思議!」

「あれしか服無い。わたしに裸で過ごせというのか」

「……実は今お前は服を着ているんだぜ」

「次にお前は裸の王様と言う」

「裸の王様と言う話があってだな……―――ハッ!?」

「その理屈で行くとオール5の私に見えないのはおかしい」

「馬鹿の成績もきっと5なんだよ」

「貴方の良心の成績はきっとマイナス5」

「そんなの付けられた日には投身自殺してるわ」

 
 お粥なんて気の利いた物を作る気なんてサラサラないので女の子の分の鯛焼きを食わす。
 
 中身がアンコであることに気付いた女の子に、カスタードは俺が食ったと言うと文句を言われた。
 
 しかし間違えたのはコイツだ。それに金を払ったのは俺だ。図々しいぞ。
 
 安全性が確認出来ない薬を飲ませて再度布団に叩き込む。
 
 女の子の相手も面倒になってきたのでテレビをつけて四季が来るのに成長しない一家なアニメを見る。作画ミスでタラちゃんの腕が超長かった時は衝撃だった。
 
 冷蔵庫の中身と米の量を考えながら見てたらすぐに楽しいハイキングなエンディングが流れた。
 
 俺を挟んでテレビの反対側に居た女の子もアニメに集中していたのか、終わってから行動を起こしてくる。
 
 服の裾をクイクイと引かれるの振り返ってやる。
 
 
「服貸して」


 口元まで布団を持ち上げながら言われる。唾つけたら殺す。
 
 腕だけでも見られるのが恥ずかしいのが直ぐに布団の中に引っ込む。
 
 後、誰が貸すか。
 
 
「なんで?」

「外出れない」

「外雨だぞ。濡れるから貸したくない」

「でもそうしないとわたし外出れない」


 全裸という選択肢は無いようだ。


「なんで外出たいの? いまの子供は風じゃなくて雨の子ですか。世の両親が泣いて面倒くさがるぞ」

「服着ないと、外で寝れない」

「ここで寝たらいいだろ」


 女の子が目を丸くする。次に何故か頬を引っ張り出す。
 
 意味不明なその動作を機械的に行った後、目をパチクリ。
 
 
「夢じゃない。これはおかしい」

「何がおかしいか述べよ。返答次第で俺の態度が変化します」

「貴方が優しい」


 簡潔に述べられてズッこける。……まぁ優しいと言うのかなコレは。
 
 俺は女の子が公園に髪を洗いに行くときに、こう思った。
 
 利用価値は充分にあるな。と。
 
 ちゃんと考えてみればメリットも確かに存在する。
 
 今は覚えていないにしても、家事を仕込んで出来るようにすれば一気に俺は家事から解放されるし、その分の時間を趣味に当てられる。
 
 掃除に洗濯に料理に買出し、それらを含めた時間は馬鹿にならない。
 
 あの様子からして対価は寝床と食事で充分だろう。……それ以上を求めたら叩き出す。
 
 こう見れば、教育時間を考えなければ良い条件だ。教育時間を考えなければ。
 
 だから別に俺は、優しいわけでもデレたわけでもなんでもない。つかツンデレじゃない。
 
 つまり、全ては俺のためであるわけだ。
 
 別に、女の子が可哀想に見えただとか、俺が罪悪感を覚えただとかは切欠に含まれない。
 
 含まれないと言ったら含まれない。ないったらないのだ。
 
 後邪魔になれば警察に通報すればいいしな。言い訳めんどそうだけど。
 
 
「泊めてくれるの?」

「勘違いすんな、泊めてやるんだよ」

「1日だけ?」

「別に、俺が出て行けって言うまで」

「……本当に?」

「その代わり家事全部お前がやれよ。それが条件だからな。俺一切やらないからな」

「うん。―――わかった」


 寝たまま俺を見て微笑んでくる。薬はまだ効いてないのか、女の子の頬は赤い。
 
 ……うん、顔は可愛いな。性格最悪だけど。
 
 
「ありがとう。……嬉しい」


 せ・い・か・く・さ・い・あ・く・だ・け・ど・な。
 
 
「何嬉しがってるわけ、別にお前のためじゃないんだけど。俺にとって得があるから泊めてやるんだよ。勘違いすんな」

「ツンデレ」

「ツンデレじゃねーから」

「ツンデレ」

「黙れよ」

「ツンデレ」

「黙って寝てろ。ゆっくり出来るの今日だけだからな。明日からやってもらうんだからな」

「……わかった。もう寝る」


 言って女の子が目を瞑る。

 俺はまだアニメがあるので寝ない。てか7時台に寝るとかありえない。どれだけ時間の無駄なんだよ。
 
 次の見たいアニメにまではまだ時間があるため食事を済ませておくことにする。
 
 冷蔵庫の中身を思い浮かべた結果、外で何か買ってくうことに決定。米を炊くのも面倒だしな。明日教えるし、その時に炊いたらいい。
 
 洗濯を終えた女の子の服を即席で作ったつっかえ棒に干しておく。
 
 財布に携帯に鍵、必需品を持って外へ。
 
 雨はさらに勢いを増していた。1本だけ常備してある俺専用の傘を差して雨中へ突撃する。
 
 最寄のコンビ二へと赴き俺の分の飯とビニール傘を1本買って帰る。
 
 
「雨ひっでー」


 足元がお留守ですよ、と言わんばかりに集中攻撃をされて足元はもう酷いことになっている。

 それに必殺2本傘で対抗する。

 傘をグルングルンして人の多い所でやったら袋叩きにされそうな遊びに興じる。
 
 余計濡れた。鬱だ死のう。
 
 傘を突撃形態に構えて歩いていると、目の前からライトを振りかざして向かってくる人を発見する。
 
 見ると警察の格好をした女の人、要するに婦警さんがこっちに向かって歩いてきていた。
 
 そういや俺の通報に対応していた人も女の人だったよなぁ、と僅かに思い出を振り返る。決していい思い出ではない。
 
 婦警さんは俺を視界に捕らえると進路を変更して俺のほうへとやってくる。
 
 ボブカットでメガネのいかにも新人さんっぽい童顔な顔をしている。体のほうは可哀想としかいい様がないので描写を控える。
 
 
「あの、すいません」

「はい? なんでしょうか」

「この辺りで最近不審な子を見掛けませんでしたか」


 無言で婦警さんを指差す。
 
 
「いや私じゃなくってですね」

「俺にとっては不審人物ですね。そんなコスプレをしていかにも不審人物じゃないですか」

「……失礼ですね貴方。私はいかにも警察ですよ」

「じゃあ証拠見せてください。笑ってあげますから」

「なんで笑うんですか!?」

「笑うのに理由が必要でしょうか?」

「必要ですよ!? ―――これが証拠で……あれ」


 婦警さんは内ポケットを漁った。しかし何も無かった。
 
 婦警さんは全身のポケットを漁った。しかし何も無かった。
 
 婦警さんは焦っている。
 
 さらに婦警さんは全身を調べた。しかし何も無かった。
 
 婦警さんは情けない顔になった。
 
 婦警さんは目を泳がせて明らかに同様している。
 
 
「……警察手帳。忘れてきちゃいました」

「いますぐ通報しますね。警察を偽った不審人物が目の前に居ますって」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ! ホラコレ、銃っ! 銃ならありますよっ!」

「まさかの銃刀法違反ですか」

「ちょ! そういう風に判断しますか!?」

「それと、アナタ年偽ってませんか? まだ成人してないようにも見えますけど」

「よく言われますけど26ですっ!」

「スリーサイズは?」

「言いませんっ!」

「なるほど、B129のW129のH129ですか」

「ドラえもんっ!?」

「まぁいいです。今日はMPが無いので見逃してあげましょう」

「MP関係ないと思うんですけどっ!? ―――……はぁ、いやもういいです。夜道には気をつけてくださいね」

「まさかの闇討ちですか」

「違いますからっ!」


 喚く婦警さんを後にする。……前に気になったので婦警さんを呼び止める。
 
 ショボンとした姿勢を正して国家公務員の鏡のようにでもなったつもりで対応してきた。
 
 
「さっき言ってた不審な子って……」

「あぁ、最近ここらで不審な女の子が居るって電話がありまして―――まぁ悪戯電話なんですけどね。ちょっと気になったんで見回りをしてるんですよ」


 ……もしかしてこの人って電話対応してた人かも。


「へぇどんな子なんですか?」

「白い髪に赤い目……ぐらいでしょうか。電話相手もそう詳しく話さなかったんで、これといった特徴はないんですよね」

「白い髪に赤い目……あぁその子ですか、心当たりありますよ」

「え、本当ですか?」

「はい」


 一息付く。
 
 
「俺の妹です。深夜徘徊が趣味らしいですけど、まぁ悪い子じゃないんで。こっちから注意するように言っておきます」


▽△

次からは同居編でしょうか。



[9140] 7話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/05 18:20

 青い空と紺碧の海がどこまでも続かない世界。
 
 大都会の中でポツポツとある低価格低待遇のアパートの1つで俺は豊かとまでは言わないが、平和な生活を営んでいた。
 
 ―――女の子が居候として住み着くまでは。
 
 
「お前もうマジ死ねっ! 死んで謝れっ! 米に謝れっ!」

「貴方はお米を洗ってみろと言った。だから洗ったまで」

「だからって洗剤で洗うか普通っ!?」

「予想は出来たはず」

「出来ねーよっ!」

「無能」

「お前がなっ!」


 目を離したのが運の尽き、目の前には元気に泡立つお米達の姿が。

 「米ぐらいなら洗えるだろう」と勝手に当たりを付けた俺も俺だけど、これは流石に酷い。
 
 しかもコイツ何合炊こうとしてたんだよ。
 
 釜の内側ギリギリまで米入ってるじゃねーか。案の定、米袋見たら空だよ畜生。


「きっとキュキュっと艶のあるご飯に仕上がる」


 物は言い様、とでも言いたげな女の子にプッツンしかける。
 
 コイツは絶対に物の値段を分かっていない。最近の米がどれだけ高いのか、全然理解していない。
 
 この米だって5キロ1860円もしたんだぞ。
 
 1860円だぞ1860円。軽く週刊少年誌が7冊買えるんだぞ軽くライトノベルを3冊買えるんだぞ。
 
 それを我慢して買った俺の心労と言えば半端じゃないぞ。


「ならそれお前食えよ? 食い切れよ? 食いきるまでオカズ無しだからな」

「貴方のために洗ったのにその扱いは酷すぎる。一緒に食すべき」

「それは『一緒に死のう』と言ってるのと同義だからな?」

「きっと美味しい……洗剤ご飯」

「若干自分が何したか理解してんじゃねーよ」

「男の世界へようこそ」

「6秒程度時間戻しても意味無いから」


 せめてバイツァにしてくれよ。
 
 名残惜しくも洗浄された米をゴミ箱へと投棄する。水を捨てた時に手に付いた水は女の子へと飛ばして再利用した。
 
 覆水、盆に返らず。やってしまった事は仕方ない。といっても女の子を許す気は、無い。
 
 罵倒の限りをくれてやり、気を鎮める。その分屁理屈捏ねられたので怒りは収まらないけれど。
 
 米は全弾撃ちつくされ残弾は0。
 
 しばらく持ちそうだった食料を失った絶望は予想通りに大きく、胸にポッカリ穴が開いたような虚しさに襲われる。
 
 冷蔵庫には調理出来そうな物がまだあるけど、白ご飯の無いオカズは納豆の直食い並に侘しいものなので諦める。
 
 白ご飯の無いオカズで思い出す。
 
 この前作った余り物の炒め物をそうだったよなぁ。
 
 そう言えばあれも女の子に邪魔された結果、生み出されたんだよな。……なにこの貧乏神。
 
 とりあえずお腹が減っていることはたしかなので、月に数回利用している蕎麦屋の出前を召喚することにする。
 
 
「もう面倒くさいから蕎麦の出前頼むけど何がいい? ちなみにうどんでも可」

「メニューわからない」

「……天ぷら・さぬき・肉。ちなみに俺は天ぷらソバ」

「じゃあ貴方と同じの」

「わかった。具無しうどんだな」
 
「!?」


 家事もロクに出来ない居候に決定権など、鼻からあるわけがないので一番安いのを勝手に選ぶ。
 
 届いた出前を前に半目で俺の天ぷらを見る視線がウザい。
 
 親しい間柄でもないので特に話す話題など無く(元から無いけど)、無言な食事風景が続く。
 
 俺は漫画片手にテレビを見ながらなので無言の空気もなんのそのだ。

 
「天ぷら半分欲しい」

「500円」

「法外な値段。タダにすべき」

「じゃあ明日の食事抜きで検討してやる」

「それは卑怯」

「じゃあそのうどん寄越せ」

「1本?」

「全部だよ」

「……どうすれば天ぷらくれますか」

「お前の頭の中に四つん這いという言葉が浮かんでいる時点であげる気が起こらない」


 先読みされて言葉を失う女の子。その後、黙々とうどんを啜っていた。
 
 女の子に食い終わった食器を玄関前に置かせに行く。これすらも出来なかったら人間失格もいい所だけど、残念なことに普通に置いて来た。
 
 腹も膨れた所でこれからの教育方針を考える。
 
 まず、食事関連の優先度は下げる。誤って食中毒とかになりそうで怖いから。
 
 この調子だと買い物もヤバいことになりそうだ。金渡すのは怖いし、それ以上に高い物を買ってきそうで恐ろしい。
 
 残っているのは掃除と洗濯。
 
 どっちも安全度は先に挙げた2つより格段に上だ。これに決定する。
 
 やることが無いのか指を弄くって遊んでいる女の子に向けて「掃除しろ」と一応言ってみる。
 
 「どうすればいい?」と予想通りの返答を貰った。どんだけだよ。
 
 隅に置いてある吸引力の変わる凡百の掃除機を持ってきてセッティング。スイッチオーン。
 
 
「顔ひょ吸うなぁー」


 ボボボッと女の子の顔を吸った後手渡す。
 
 
「これで部屋に落ちてるゴミを……俺はゴフぃじゃねー」

「違うのか……」

「なんで残念そうなの?」


 即効で間違った使い方をマスターする女の子。こいつ……出来る。
 
 脳天にチョップを食らわせてやり、蹲る女の子に向けて掃除機の正しい使い方をレクチャーしてやる。
 
 大体説明を終えて邪魔にならないようにベットに乗って様子見する。
 
 いちいち「これでいい?」とか「これはどうする」とか聞いてくるのを除けば、まぁ上出来だ。
 
 ついでに普段は面倒くさくてやらない拭き掃除もやらせる。
 
 どうせこれからコイツにやってもらうんだから最大限に使ってやる。手荒れ? 知るか。
 
 台所に置いてある雑巾を投げつける。
 
 真剣白羽取りのポーズを取りながらにして顔面で受け止める女の子。キャッチ能力の低い成績オール5、という称号が生まれる。
 
 
「ゴミの味がした」

「雑巾だからな」

「雑巾なら何を拭いても構わないというのか」

「なんでお前は雑巾に味方しようとしてるの?」

「きっと雑巾も汚れを拭くのを嫌がっている」

「それが雑巾の仕事だろうが」

「雑巾が可哀想」

「言っとくけど、どう言おうと拭き掃除は無くならないからな。雑巾が可哀想ならお前が自分の舌でこの部屋綺麗にしろよ」

「雑巾が失礼なことを言った。わたしが代わりに謝る」


 ひでぇよコイツ……。
 
 雑巾に全ての罪を着せる女の子の性根の悪さを垣間見る。これが人の性なんですね、これが人の性なんですね。
 
 肝心な拭き掃除はと言えば、中々効率が悪い。
 
 拭く場所を指示すればちゃんとやるんだけど、いかんせん汚いものを持つように抓んで拭いているので動きが遅い。
 
 まぁコイツに暇な時間なんて与える気はサラサラないのでこれぐらいで丁度いい。
 
 年末の大掃除並みに拭く場所を指定しておき、俺は座布団を枕にライトノベルを読む。
 
 至福の時間、俺タイムを過ごす。
 
 夕方のバイトまではまだまだ時間がある。ゆっくりと過ごせそうだ。
 
 
「背が届かない」

「伸ばせよ」

「台が欲しい」

「んなの無い。さっきの掃除機に乗ったら」

「休憩も欲しい」

「お前の休憩は寝る時だけです」

「よ」

「四つん這いになったお前に乗って俺が掃除してやろうか」


 足音と雑音その他が五月蝿いけど。
 
 ライトノベルに集中して俺の体感時間がメイドインヘヴンしたので気付いた頃にはバイト時間になっていた。
 
 振り向いて見るとまだ掃除していた。
 
 
「はぁ……っ! はぁ……っ!
 
 
 まるで強敵を相手にしているような迫力だ。アイツは何と戦っているのだろうか。
 
 まぁそんなことはどうでもいいので外出の準備をする。
 
 俺が帰ってくるまでには掃除を終わらせて置くように伝えてバイトへ行く。
 
 相変わらず笑顔が怖いとお客さんにからかい混じりに言われ、内心「死ねばいいのに」と連呼する。
 
 休憩時に鏡の前で笑顔になってみる。
 
 泣いた。
 
 なんだよ。他人よりちょっとだけ瞳が小さいだけじゃねーか。それだけだよ。
 
 上がり時に店長に今月ピンチだと泣きついてお米5キロを1380円にして売ってもらった。感謝。
 
 家に帰ると女の子は壁に背を付いて寝ていた。
 
 耳元で大声を出して起こす。
 
 腰が抜けて起き上がれなくなったらしい。いい気味なので観察してやった。
 
 まだ料理は任せられないと朝に判明しているので手伝いをさせて覚えさす。
 
 
「にんじんが真っ赤になった」

「そりゃ手血塗れならなるわな」


 料理を任せる日は遠いようだ。
 
 一夜にして手を絆創膏だらけにさせる女の子。見てて痛々しい。
 
 でも見てるだけ。
 
 
「絆創膏代分、お前のオカズ引いとくからな」


 微妙な目付きで睨まれた。しかし無視する。
 
 女の子の分だけ異常に量が少ない夕飯を平らげて腹を満たす。
 
 いい時間なので風呂を沸かすように言うと嬉しそうに頷いて向かっていった。
 
 まだ風邪は治っていないわけだけど、あれだけ楽しそうにしていると少し言い辛い。まぁ悪化しても所詮他人の体だし関係ないか。
 
 風呂から上がってくると、先に入っていた女の子が困ったように眉を寄せていた。
 
 
「服を貸してほしい」

「500ぺリカ」

「単位が分からない」

「服着てる相手に服貸してほしいと言われても貸す気が起こりません。理由を4文字で述べよ」

「……ブッころ」


 ……ろの次は何かすごく気になる。
 
 冗談は抜きにして訳を聞く。服を貸さないのはマジだけど。
 
 
「この服外で着る用。寝るのに向かない」

「脱いだらいいじゃん」

「脱いだら裸」

「いいじゃん」

「……何かがおかしいと思うのはわたしだけ?」


 ニッコリと笑ってあげる。


「お・ま・え・だ・け」


 服を貸す気なんて毛頭無いので完全に拒否する。
 
 当てが無くなり、結局この前と同じく裸で寝ることなった。
 
 3次元の女に興味が薄いからといって服を脱ぐ女の子をマジマジと見るのもアレなので一応後ろを向いておいた。

△▽

女の子のネタのストックがなくなると婦警さんネタが出るかもしれない。



[9140] 8話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/03 23:43


 待ちに待った月末がやってきた。言わずもがな、給料日である。
 

「はいお疲れさん。―――いやぁ助かったよ。いつもより多く入ってくれたから仕事も楽が出来た」


 バイト上がりに明細を受け取り、中に書かれた数字を見てつい頬が緩む。
  
 趣味は違うものの、俺と同じ性質の仲間としてけっこう気が合うのでよくして貰っている。主に廃棄品の横流しとか。


「いえ。こっちも物入りだったんで。……者入りとも読みますけど」

「? まぁいいや。これからも多めに入れて良いんだよね?」

「お願いします。出来れば週5ぐらいで」

「……しっかし、週3でも面倒くさい面倒くさいって愚痴こぼしてたのにねぇ。……彼女でも出来た?」

「あっはは。そんな面倒くさいもの出来るわけないじゃないですか。まぁ―――」


 今夜の夕食を持ち帰り明かりの点いた愛しき我が家に帰る。
 
 “なぜか”回っている換気扇とそこから来る不快な臭い。思わず顔を顰めてしまう。
 
 またか、内心で愚痴を零し家のドアを押し開ける。
 
 
「―――穀潰しなら出来たけどな」

「カレー焦げた……」


 オタマ片手に涙目になっている女の子へ向けて手刀を叩き落とす。

 確保した容疑者の供述により、作り置きして置いた2日分のカレーが半日分へと減ったことが明らかになる。
 
 俺と女の子、2人揃ってorzになる。
 
 居候になってかれこれ2週間。女の子の料理スキルはフィクション並みという事が分かって数日、台所に触るなと言っているのにコレだ。一体何をしたいのかわからない。
 
 カレーを別の器に移してから鍋がダメになる前にコゲを削る。
 
 いつもだったら今頃本読みながら食事中だって言うのに……なんでこんなことを。
 
 時間がけっこう経っているのか取れそうに無い。大人しく諦めることにする。

 
「べんしょうします! おおきくなったらべんしょうします!」

「なんでひらがな……まぁ別にいいよ、許さないから」

「……こういう時は許すのが基本」

「お前のその一瞬で素に戻る態度からして許してもらう気皆無だろ」

「罪悪感、は感じている」

「そのままスルーしてたら追い出してるところだよ」

「鍋に」

「俺に悪いと思えよ」


 とりあえず話を切り上げて夕食にする。カレーは明日に取って置いて、持ち帰った弁当をチンして食べる。
 
 元が0円なので女の子の分もちゃんと用意してある。
 
 既製品でも文句を言わずに食べてくれるのは楽でいい。
 
 
「服が欲しいです。安西先生」

「諦めて試合終了ですね」

「実も蓋も無さ過ぎて理解が及ばない」

「と言いたい所だけど。給料も入ったし明日買いに行こうとちょうど思ってた」


 女の子が目を見開く。この反応からして俺を普段どう思ってるのか一目で分かる。
 
 人が服1着で生活出来るわけが無い(その人の常識に寄る)ということぐらい俺でも理解している。
 
 前に欲しいと言われたけど、いきなり転がり込んでこれられても金が無いんじゃしょうがない。貸したくも無いしな。
 
 ましてや米3キロを無駄にされれば諦めざるお得ない。
 
 バイト代が出て懐にも余裕が出来たので、1・2着程度なら買ってやってもいいだろう。
 
 
「やっとわたしの想いが通じたのね。うれすぃーわ、抱いて頂戴」


 よよよ、と嬉し泣きをしながら寄ってきたのでチョップを喰らわす。
 
 絨毯の敷かれた床に頭から沈む女の子。だが何事も無かったようにすぐ起き上がる。
 
 
「言っとくけどお前のためじゃねーから」

「はいはいツンデレツンデレ」

「毎度毎度そこに繋げるのなお前。―――ゲームの世界じゃないんだから、毎回同じ服で居たら周囲の人の評判も気になるだろ」

「これもフィク」

「おっとそこまでだ」


 という理由で女の子のために何かを買ってやろうという気はまったく無い。あくまで自分のためである。
 
 例を挙げればいつも裸で寝る女の子だろうか。捜せば居そうだけど、普通はそんな寝方をするのは変態の類だしそれを強制してる人間は大変態だろう。
 
 もし万が一そのことが女の子の口から他人に漏れれば、俺は大変態確定だ。
 
 
「でも物を買ってもらうのは素直に嬉しい。理由が何であっても」

「キモいので素に戻ってください」

「わたしのような女の子はそうそう居ない。光栄に思え」

「キモいので猫被ってください」

「注文多すぎて壊れちゃう」

「もう全体的にキモい」


 夕食も終わり、風呂を沸かして来る様に伝える。女の子は嬉しそうに頷いて風呂場へと向かう。
 
 ただ単に風呂好きなだけなのか、はたまた風呂しか楽しみが無いからなのか、これだけは屁理屈を言わずに毎回やってくれる。
 
 ……それ以外は毎回屁理屈捏ねて共同でするように言ってくるんだけどな。
 
 あの時に言った条件、本当に分かってんのかな。
 
 今任せてあるのは掃除だけだ。それも毎日やってれば仕事量も減ってくるわけだけど。
 
 
 で。色々キングクリムゾンして翌日。
 
 服を買えるためかハイテンションな女の子に起こされる。俺はと言えば、寝不足で激しくローテンションである。
 
 時計を見れば予定していた午後2時よりも早い早朝7時。
 
 5時間しか寝てないんだけど。どんだけだよ。どんだけだよ。
 
 とっくに準備を済ませて待っている女の子がなぜだか憎たらしく見える。
 
 
「早起きは3文の得」

「現代の基準に直すと60円くらいだそうですが」

「60円は大きい。お金の価値が分かってない」

「手持ちの金考えなしに使い切ったお前に言われたくない」


 起きてしまった以上寝るのも勿体無い。大事なのは起きて何かする時間だ。
 
 とにかく目がシパシパするので顔を洗いにいく。
 
 
「明らかに1人殺った人の顔になってる件について」


 洗面所の鏡を見ると、後ろからヒョコヒョコと付いて来た女の子に言われる。
 
 寝不足のせいですほっといてください。
 
 ちゃっちゃと準備を終わらせて外へ出る。飯はあっちで食うつもりだ。
 
 自転車に跨りいざ出発。
 
 途中振り返ると、もの凄い勢い走ってきている女の子が見えたので以前のトラウマが蘇ったので止まることにした。
 
 再度荷台に女の子を乗せて走り出す。
 
 空は良く晴れていて春特有の過ごしやすい気温だ。いつもなら寝ている時間のためか、朝日がやたらと眩しく感じる。
 
 あの時の公園を通り過ぎて以前俺が向かった隣町への道のりを辿る。
 
 漕ぐペダルに重みの違いは感じられず、女の子の体重の軽さが伺える。ちなみに横乗りだ。
 
 途中コンビ二へと寄りATMで3万ほど金を下ろす。
 
 朝何も食べていないせいか、外で待っていた女の子は俺が手ぶらなのを見てガックリとしていた。
 
 
「朝食無しですか。1日2食ですか。戦時中ですか」

「畳み掛けて聞いてくるな鬱陶しい。あっちで食うんだよ」

「外食わーい」

「お前は具無しうどんな」

「!?」


 そうこう言ってる内に目的地である総合スーパーに到着する。残念なことにジュネスでは無い。
 
 路上自転車を増やす要因になりさがったロック式の自転車置き場に愛車を固定する。会計機の所には3時間無料と書かれている。
 
 早足な女の子を先行させて、ガラス張りの自動ドアを潜る。冷房が効いていて少し寒い。
 
 案内板を見て早速服売り場に行こうとする女の子の頭を押さえて、先に最上階にある食堂へと向かう。
 
 女の子は、エレベーターを上る途中に服売り場が見えてソワソワしていた。
 
 マクドナルドで朝マックを注文。2つで1000円を取られる。
 
 ……1人分だと500円で済むんだぜ。
 
 より取り見取りな席取りを任せておいた女の子は、もってきた朝マックを見て不思議そうに見上げてきた。
 
 
「うどんは?」


 どうやら途中で言った言葉を真に受けていたらしい。
 
 女の子の額を人差し指で突いてから、彼女の分のセットを前に置く。
 
 
「……今日は凄く凄く優しい。なんで?」

「はぁ?」

「出前のうどんも具無しだったし、オカズも少なかった。でも今日は貴方と同じものを食べさせてくれる」

「……お前なぁ。俺が好き好んで意地悪してると思ってんのか?」


 頷かれた。コイツ……。
 
 
「金が無かったんだからしょうがないだろうが。人1人転がり込んで来て、いつも通り対応出来るほどの余裕は俺には無いんだよ」

「それは、ごめん」

「米も洗剤ご飯になって先月めちゃくちゃ苦しかったんだぞ」

「……悪いことをした」

「まぁダメにした罰って部分もあるんだけどな」


 ションボリと肩を落としてポテトを齧る女の子。だがしかし俺の良心は痛まない。
 
 外に出てまで漫画や小説を持ってくる気は無いので、携帯で暇を潰しながら食事を済ませる。パケット定額美味しいです。
 
 口が小さいからか、食の進みが遅い女の子がコーラのストローに口を付けるが、
 
 中身を吸い上げた後すぐに「んっ……」と呻いて苦そうに眉を顰めた。
 
 
「炭酸飲めない」


 ……本当に居るんだそんな人。聞いてみると、シュワシュワがダメだそうだ。
 
 むしろそのシュワシュワが美味しいんだろと抗議の声を上げたいが、苦手なら仕方ない。
 
 俺は飲んでたコーヒーを差し出して、コーラを取り上げる。
 
 ストローを吸い上げて炭酸を味わう。
 
 うん美味い。
 
 炭酸が飲めない人は人生の7割を損してるよな。
 
 ハンバーガーもポテトも食い尽くしているので、一気にコーラを飲みつくす。
 
 女の子を見るとなんかボーっとしていた。
 
 
「……まさか、コーヒーも飲めないとか言うなよ」

「いやその……間接キス」


 ハッとした女の子は何かを言うが、消え入りそうに呟いていたので後半が聞こえなかった。
 
 
「よく聞こえなかったんだけど」

「だ、だから……―――もういい、なんでもない」


 何故かヤケクソ気味にコーヒーを一気に呷って咳き込む女の子。
 
 何がしたいのかよくわからん。

△▽

後半へ続きます。女の子の会話のタネが無くなって来たので婦警さん登場するかもしれない。
1部コメディ
2部ラブコメ ←いまここ
3部未定





[9140] 9話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/07 23:18
 開店とほぼ同時刻にジュネス……ではなくスーパーに入店したからか食堂スペースには数えるほどしか人が居ない。
 
 清掃のおじさんおばさんも目立ち、まだ準備時間と言った所だろうか。
 
 食事も終わり、小休止も兼ねてコインゲームなどがある隣の娯楽スペースへ向かう。
 
 コインゲームには一時期嵌っていて、ここのコイン預かり所には約1000枚預けられている。期限とかがあったのならもう無くなっていると思うけど。
 
 女の子は空いている店内が珍しいのか、早歩きで隅から隅へと移動しては「ほ~」と感嘆の声を漏らしてコクコクと頷いている。
 
 何が面白いのかは定かではないけど邪魔する気も起こらないので勝手にさせておく。
 
 歩き回っていると金に余裕があるせいか、目に入った大きな貯金箱であるクレーンゲームの魔力に逆らえず100円玉を投下してしまう。
 
 まぁ1回で取れたのでそのまま連続投下という大惨事には至らなくてよかった。
 
 しかし問題なのは、スーパーにある台だと言うのに中身を確認せずにやってしまった所だろうか。
 
 今俺の手にはガッチャマンのコスプレをしたガチャピン……ガッチャピンなる人形が握られている。
 
 クレーンゲームは取る過程を楽しむ物なので景品はオマケだ。そして俺は別にこんな人形を欲しくは無い。要するに100円を無駄にしてしまった。
 
 捨ててしまおうかと考えるが、これが100円の犠牲の元に手に入ったものだと思うと感慨深いものがある。
 

「満足」

「お、ちょうどいい所に来たな。これやる」

「……ムック?」

「カチャピンだから。あんな赤いモンジャラと一緒にしてやるな」

「よし。今日からお前の名前は『ムクたん』ですぞ~」

「人の話を聞けであります」

 
 そこにちょうど良く女の子が来たため捨てるよりはマシという判断に至り、そのまま女の子の手に移乗されることになる。
 
 ガッチャピン改めムクたんは後に我が家の一角に飾られ第2の同居人になる。
 
 大分腹もこなれてきたので、そろそろ本来の目的へと戻ることする。
 
 食堂エリアである4階から服飾スペースのある3階へと降りる。
 
 仕事熱心だけど1人では着替えれなくて加えて言うと無口で無表情……ここまで言うと萌えキャラのような印象を受けるけれど要するにマネキンが俺達を出迎える。
 
 余談だけど、要素だけを抜き出せば萌えキャラのように錯覚する奴はいっぱい居る。
 
 例えば、ウェーブのかかったサラサラな銀髪・紫色のレオタード・ご主人様が大好きでご主人様のためなら死ねるという忠誠心
 
 という萌え要素を持っていても、その正体がヴァニラ・アイスと言われれば嘔吐物である。分からないと人はおいでよ暗黒空間。
 
 話を本筋へと戻し、大人女性用のコーナーを通り抜けて年頃の女の子用のコーナーへ向かう。
 
 とりあえず買う物は下着一式と寝巻きを一着だ。予算は2万5千で、余裕があれば外着も買おうと思う。
 
 買う物を告げて選んでくるように促すと、女の子はキョロキョロと2・3度クビを振った後、目的の品の場所を見つけたのか早足で向かっていく。
 
 向かった先は下着売り場だ。
 
 ……同じ条件なら俺はまず洋服売り場を見に行くんだけどな。
 
 外面に出る洋服をまず選ぶのでは無く、隠れて見えない下着を先に選ぶのは性別の違いか。
 
 そういや、女の子は下着を沢山持っているのをアニメや漫画でよく見るなぁ。
 
 予算も言っているので高い物は買わないはず、と不安に駆られた心で見守る。店員さんに白い目で見られないように遠くで、だ。
 
 やがて買うものが決定したのか手を振って呼ばれる。
 
 
「これ、これをまず買う」


 若干鼻息を荒くして頭上に掲げられたのは黒色のブラジャーとショーツだ。
 
 ちらりと横を見るとジュニアブラジャー・ジュニアショーツと書かれて色々取り取りの下着が掛けられている。
 
 
「……こっちの白いのにしとけ。なんか黒はビッチぽいからヤダ」

「黒は優雅さや気高さを表すわたしにピッタリな色。個人の見解で物を言うのは間違っている」

「今までの行動を振り返ってお前のどこに優雅さや気高さがあったかと小一時間。というか、ショーツはいいとしてブラジャーはいらないだろ」


 2度生で直接見てるわけで大きさがどのくらいな物かを知っている俺からしたらブラジャーを着けるのはブラジャーに失礼だ。
 
 確認の意味を込めて女の子の胸を観察する。
 
 やっぱりワンピースにもカーディガンにも、胸の膨らみによる影は見当たらない。ここは経費削減のためにもブラジャーは外すべきだ。
 
 俺にとってはどうでもいい裸を見られたことを思い出したのか胸を腕で隠して女の子が赤くなる。
 
 
「今、失礼なこと考えてた」

「え? お前人の心読めんの?」

「読むまでも無い。視線で分かる」

「そこはかとなく超人臭がするセリフですね」

「貴方は成長期の子供の発育を舐めている」

「あーたしかにな。俺の親もすぐ大きくなるって言って制服やたらブカブカなの選んでたっけ」

「なのでブラジャーも買うべき」

「だが断る」

「わたしも女の子。他の女の子と同じ成長期の女の子。きっと成長する」

「でもなんとなくお前はそのままのような気がする」

「なんでそう決め付けるのか」

「顔付きからしてまずダメだな。胸が育ちそうに無い」

「誰が決めた。そんな理不尽なこと、誰が決めた」

「それは天の意思だ」

「天の意思っ? 神がそんなことを宣うものかっ! 神の前では何人たりとも平等なはずっ!」

「貧乳に神はいないっ!!」

「!!!!」


 ガクン、と女の子は膝をついた。事実上勝敗は決して、勝者たる俺はブラジャーを元の場所に戻そうと女の子から取り上げる。
 
 が、予想以上に強く握られており、取ることが出来ない。
 
 そこで発育の絶望から復帰してきた女の子が俺の行動に気付き、俺に奪われないようにブラジャーを胸に抱える。
 
 「シャー」と猫のように声を上げて俺を威嚇する女の子。
 
 そろそろ周りの目も痛くなってきたのに気付き、俺のほうから身を引くことにした。
 
 その代わりとしてもう1着下着を選ぶ時に黒はやめるように提案。その結果選ばれたのは水色の線が入った縞パンだった。
 
 靴下も選んで、会計を済ませる時のレジの生暖かい視線は俺の心に深く刻み込まれた。
 
 5000円を消費。セット価格美味しいです。
 
 後は寝巻きだ。寝巻きが出来れば家着と兼用できるものがいい。
 
 俺の意思を伝えるとまたキョロキョロとした後走り出し、店内の別店舗へと入っていく。
 
 いい加減周りの視線にも慣れてきたので俺も後ろからついていく。
 
 等身大の鏡に向けて合わせてみたり、値札を見てガッカリしたりと見てて飽きない行動を繰り返す女の子。
 
 やがて品物が決まったのか、腕に服を抱えて戻ってくる。
 
 
「これ、これを買う」


 持ってきた服を広げられる。
 
 柄入りの薄ピンクのTシャツと黒の八部袖、ジャージをオシャレにしたようなズボン(残念ながら名前知らない)だ。
 
 
「無難すぎる件について」

「ガイアが俺にもっと輝けと言っている並にオサレな服買っていいの?」

「あれ合計何円するんだろうな」

「家買える」

「いやいやいや、それは無いだろっ!?」
 
 
 見るからに無難すぎて突っ込みどころも思いつかず、そのままレジへ。
 
 店内に入るときに「ロリコンいらっしゃーせー」と冗談交じりに店員に言われる。
 
 思いっきり睨みつけたら、中途半端な笑みが完全に消え去りなんとも言えない表情になった。

 設置されてたアンケート台の場所を思い出して後で苦情を書きにいこうと心に決める。
 
 1万円を消費。ズボン高いです……。
 
 予算1万が残り、取っておこうと思ったが、計算のうちだったのか外着を買う気満々の女の子が見えたので諦めることにする。
 
 既に買う場所は決めているのか首振りはなく、代わりに俺の手を取って走り出す。
 
 ひんやりとした感触が広がり、振り払おうかと考えたがやめることにした。
 
 着いた場所はいかにも女の子しか来なさそうな少女チックな服屋だ。
 
 狭い店内に所狭しと服が並べられ、重なるように壁に服がかけられている。装飾も凝っていて、ジャラジャラとそこらにアクセサリが飾られている。
 
 金の都合からしてワンピース的なものぐらいしか買えないが、それを承知してるのか女の子はワンピースのコーナーを真剣に眺めている。
 
 さっきにも増して時間が掛かり、ワンピースを手にとっては鏡で合わせるの繰り返し。
 
 時間にして30分は立っただろうか、そろそろ待つのにも飽きてきた俺は服選びを手伝おうかと思いワンピースを眺める。
 
 女の子の髪の色から考えると、色は何でも合うように思える。
 
 何が似合うのかといくら考えてもキリが無い。さきの考えを捨てて、俺の好みで選ぶことにする。
 
 というわけで俺の好きな色である青色を基準に品定めをする。
 
 最終的には淡い青になったわけだけど、自分的に良い物を見つけられたので手に取ってみる。値段も8000円と予算内だ。
 
 
「これとか似合うんじゃないか?」

「お客様。こちらなどはいかがでしょうか」


 鏡の前で集中していた女の子に2つの声が掛かる。1つは俺で、もう1つはこの店の女性店員だ。
 
 女の子が振り返ってから俺と店員が目を合わせる。店員はニッコリと微笑む。
 
 店員がその手に持っているのもワンピースであり、どことなくセンスを感じさせる作りをしていた。
 
 チラリと見えた値札の値段も8000円で俺のと変わらない。
 
 予想外の出来事に呆気に取られていた女の子が復帰する。俺の意見的にもあっちのほうがいいと思ったので、青のワンピースを素直に棚に戻す。
 
 だが、女の子は店員のワンピースを取らずに俺が戻したほうを手に取る。
 
 
「これください」


 少し困った顔を見せたが流石店員といった動作ですぐに青のワンピースを包む。


「……あっちのほうがいいと思うんだけど」

「こっちのほうがセンスが良い」

「そうか?」

「センス○」

「パワプロっ!?」


 一応確認を取ってみるが、意思は変わらないようだ。
 
 俺としてもそれで良いのなら文句は無い。1万円を払う。
 
 
「ちょっと待ってて」


 お釣りを貰い、店を後にしようとする前に女の子に呼び止められる。
 
 どうしたのかと訪ねる前に女の子はさっきの店に戻り、何やら店員と話した後店の奥に消えていく。
 
 まぁ何事も無く、5分もしない内に女の子は戻ってきた。
 
 
「似合う?」

「さぁな。俺の趣味で選んだだけだからよくわからんね」


 服装は違っていたけど。
 
 その後、ダメになった鍋を買い直し1階に降りる。
 
 この頃には人入りはピークを迎えており、人口3分の1になっても問題なくね? と思うぐらいにごった返していた。
 
 1階には迷子センターや食品売り場や屋台などがある。
 
 食品は後日バイト先で買うので得に用は無い。代わりと言うのかは定かじゃないけど、俺は屋台の一角に鯛焼き屋を見つける。
 
 
「鯛焼き買って来てくんない?」


 鯛焼き屋を指差しながら女の子に言う。
 
 女の子は半目で俺を睨んできた。明らかに以前の置き去り事件を思い出している。
 
 
「お前の分も買ってきていいからさ」
 
「パシりはヤダ」

「2個買って良いぞ」

「……仕方ないから買って来てあげる」

「安いなぁ……」



 400円を渡して女の子を見送った時に気付く。中身の種類を指定していないことに。
 
 心なしか駆け足になり気味に戻ってきた女の子に聞くと全部カスタードにしたそうだ。
 
 
「今度はちゃんと居た」

「ん。なんか言ったか?」

「別に」


 流れように手を取られ、そのまま自転車置き場まで手を繋いだ。


△▽

天=作者



[9140] 10話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/08 00:28
 充電が切れ掛かっています。充電を開始します。なお、これを怠った場合脳がクラッシュする恐れがあります。
 
 行動には結果が付随する。
 
 運動をすれば疲れるように甘い物を食べれば太るように、女の子の相手をし続けていれば俺の精神は限界を迎えて崩壊する。
 
 唯でさえ短い俺固有の時間が減ったのだ。それも致命傷なまでに。
 
 今こうして人間の生活を遅れているのも奇跡といって過言じゃない。
 
 それを防ぐ……いいや、これ以上のダメージを受けないように押し止めるためにも充電する必要がある。
 
 小学校低学年時代の俺が見たら「何これショボッ!!」と言いそうな筆箱を漁って黒のマジックを取り出す。
 
 次に大学用鞄から一枚の画用紙を取り出し、マジックでデカデカとそれに文字を書いていく。
 
 キュッキュとマジックが滑る音が鳴り、特有のインクの臭いが鼻を刺激する。
 
 書き終わり、達筆に出来たそれをテープで背中に貼り付ける。
 
 それから座布団を枕にして新刊のライトノベルを読む。
 
 それからほどなくして何処かへ出掛けていた女の子が家に入ってくる。
 
 俺は背中の向きを調節して、女の子が注目するように傾ける。
 
 
「『充電中。話しかけてくるな。これは命令である。もし話かけてきた場合、指のささくれを容赦なく剥がす刑に処す』……?」


 不思議そうに読み上げる女の子。だが内容の意味は理解できたらしく大人しく距離を置いて隣に座る。
 
 無言の空間が広がり、俺に優しい世界が出来上がる。
 
 あぁ愛しきこの瞬間。正直ラノベとDVDと漫画と水があれば何もいらない。人間関係も。
 
 快晴が広がる窓から取り入れられた光を浴びて、ラノベを読み漁る。
 
 30分ぐらい経過しただろうか、女の子がテレビの電源を入れた。すぐに手元のリモコンを操作して消す。
 
 
「……」


 なんとも言えない視線を感じるが無視する。多分半目で睨んできてるんだろう。ウザいウザい。
 
 再度テレビが点く。が、消す。5回くらい繰り返した末テレビは点かなくなった。
 
 次にガタゴトと物音が鳴ったかと思うと、掃除機の音が響き渡った。
 
 なぜか俺の周りを念入りに掃除してくる。
 
 真面目に家事をやっているのには感心するけど、うるさいのでコンセントを抜く。
 
 掃除機の頭が飛んでくる。背中に当たる。痛い。
 
 無言で立ち上がり、女の子に近づく。抗議でもするような視線を送られるが、交渉の余地は無いので頭目掛けてチョップする。
 
 多分今まで一番威力のあるチョップだと思う。
 
 「おおぉっ!?」と女の子は頭を押さえて崩れ落ちた。
 
 元の位置に戻り元の体勢に戻り元の読書に戻る。
 
 女の子が何故かハイハイ歩きで近づいてくる。とりあえず害が無いので無視する。
 
 しかし一瞬の隙が命取りだった。
 
 バッ、と女の子の手が目の前を過ぎ去ったかと思うと、手元の本が無くなっていた。
 
 振り返ると超いい笑顔の女の子が居た。
 
 飛び掛って捕まえる。
 
 
「……っ!」

「わ……わっ!」
 
 
 無言の攻防の末女の子から漫画的な湯気が吹き上がり、顔を見てみると真っ赤になっていた。
 
 硬直しているようなのでこれ好機と抱きかかえてベットへ直行、無造作に落とした後布団に包んでビニール紐で縛る。
 
 3重ぐらい縛り付けて逃げられないようにして床に転がす。ぷげら。
 
 ラノベを拾い上げて読むのを再開する。
 
 中々面白くつい時を忘れて熱中してしまう。外は既に暗くなりあとがきも見終わる。
 
 次の巻も買おうと決意し、あくびをしながら起き上がる。首を間接を鳴らし、目に涙を溜めながら時計を見ようと顔を上げた瞬間だった。
 

「うぉぉっ!? え、何っ? 怖っ!!」


 思わず声を上げてしまうほどビビる。
 
 目の前には、2本の足を生やした布団が仁王立ちしていた。妖怪布団お化け、誕生の瞬間である。
 
 暗がりの中、こんな不気味な生物が突っ立ってたら誰だって驚く。俺だって驚く。
 
 思わずさっき読んでいたラノベを思い出す。そのラノベには布団を巻きつけた女の子がヒロインとして出演しているのだ。
 
 
「……エリオさん?」

「ほぉふぁう」


 呼びかけるが首を……というか布団全体を横に揺らして否定される。
 
 まぁ正体は分かっているので足払いをかけてコかす。前が見えているわけもない油断だらけの格好なので、簡単にスッ転ぶ。
 
 ドタッと布団に衝撃を吸収されながら床へと転がると、足をバタつかせて俺へと反撃しようとしてくる。
 
 面白いので放置することする。
 
 改めて時刻を見ると既に8時になっていた。時間も時間なので腹も減ってきたので料理をしに台所へと向かう。
 
 料理をする前に背中の画用紙を剥がしてゴミ箱へポイしとく。
 
 白ご飯の余りを卵でコーティングしながら炒めてをチャーハンへと変身させる。
 
 
「こ、こんな格好をさせて、わたしに一体何をさせるつもりなのっ!?」


 後ろから声がしたので振り返ると、芋虫の様に床を這ってくる布団女の子が居た。


「誤解するようなセリフを吐くな布団星人」

「わたしのほかにも枕星人・抱き枕星人・足枕星人が居る。1匹1点。しかしスーツを無効化する」

「うわーHガンでぶっ潰してぇ」

「そんなことよりわたしをこの布団から解放するべき」

「俺の時間を邪魔した罰なのでムリ」

「わたしの時間はわたしの物、貴方の時間もわたしの物」

「なんというジャイアニズム。人のアイデンティティすら奪うとか本物でもしないぞ」

「ジャイアンは甘い。もっと残虐になるべき」

「小学5年生に一体何を求めてるんだお前は……」

「実際は44歳。きっとみんな厚化粧で年を誤魔化している」

「それ言ったらダメだろ」

「この作品に登場する人物は全員18歳以上です」

「魔法の言葉過ぎる」

「そんなことより早くわたしを布団から開放するべき」

「だが断る」


 2人前のチャーハンが出来上がり、テーブルまで持っていく。
 
 俺の対面に座る女の子は、割と本気で抜け出せないらしく顔だけを布団から出しているというシュールな姿になっていた。
 
 テレビを点けて場を明るくしてからチャーハンを食べる。
 
 女の子はスプーンを咥えて上下へと揺らしている。半目で睨んでくる視線がウザい。
 
 無言の視線に絶えかねた俺は「はぁ」と溜息を漏らして女の子の分のチャーハンを掬って口元へと運ぶ。
 
 
「あーんしてやるよ」

「……あ、あ~ん」


 まるで雛鳥にエサをやる親鳥の気分だ。
 
 1つ違うのは俺が女の子に対する愛情を持っていないという点だろうか。

 食べられる瞬間にスプーンを引いて、顎を空振りさせる。
 
 『白けたのび太とドラえもん』というアスキーアートそのまんまな顔になる女の子。
 
 
「これが世に言う放置プレイ……」

「間違ってるぞ。何がとは言わないけど間違ってるぞそれは」

「きっとこれが快感になるように調教されてしまう」

「お前は一体どこでそんな言葉達を覚えてくるのだろうか」

「前の家にはパソコンがあった」

「世も末すぎる」

「YOUはSHOCK!!」

「それは世紀末。愛で空が落ちて来るだろ」

「わたしの熱い心を鎖で繋いでも無駄」

「体は布団で動けないけどな」


 女の子の不思議が1つ解かれる。
 
 パソコンは良い使い方と悪い使い方があるけど、コイツは間違いなく後者だろう。一体どこを覗いてたのやら。
 
 パソコンと言えば、俺の家にはパソコンが無い。実家のほうにはあるんだけどな。
 
 パソコンを持ってない理由は唯1つ。
 
 時間の進みが速すぎるからだ。
 
 だから持たない。多くは語らなくてもわかると思う。
 
 未だスプーンの上に載るチャーハンは俺が食い。再度掬って女の子の口元へ運ぶ。
 
 が、警戒してるのか口を開かない。
 
 
「いや……その、間接キス……」


 いつまで立っても口を開けない女の子に、いぶかしむように眉を寄せていると、突然そんなことを言われた。
 
 女の子の顔がほんのりと赤くなっている。


「どれだけピュアなんだよ。スプーンに間接キスとかあるわけないだろ」

「……ロマンスは大事」

「お前ロマンス大好きだな。もうそれ口癖というか語尾として活用したらいいんじゃね?」

「あーんも本当だったらわたしがするべき」

「俺とお前だからいいんじゃね?」


 飯が冷めてきたので、何か言おうと口が開いているのを狙ってスプーンを押し込む。
 
 モグモグと咀嚼して飲み込み、また喋ろうとするところにまたスプーンを入れる。
 
 5分ほどで女の子のチャーハンが無くなる。
 
 ペースが速かったのか若干息が荒い。もしかしたら暑いのかもしれないけど、布団は外さない。
 
 コップにお茶を注いで飲ませて一息つく。

 「けぷっ」とゲップを抑えて吐き出す女の子。

 食わせるのに熱中しすぎて自分の分が疎かになっていたので、遅れを取り戻す様に早めに食べる。

 先に食い終わって暇なのかボーっと宙を眺めていた女の子は、急になにか閃いたような顔したあと口を開いた。


「……ついでに言うと口マンも―――顔が怖くなってる顔が怖くなってる。笑顔が怖い」

「はいはい。18禁&キチガイ発言する子は閉まっちゃおうね~」


 上手いこと言ったつもりだろうが、声が聞こえる俺からしたら明らかにピュアじゃない発言だったので軽く蹴って横倒しにする。
 
 そのまま足で押して女の子の後ろにあるベットの下へと閉まいこむ。
 

「そこまで怒るとは思わなかった。ムクたんに代わって謝る」

「ガッチャピンはお前のスケープゴートじゃねーよ」

「科学忍法でなんとか」

「5人揃ってないから使えない」


 ベットの下から顔だけひょっこりと出す女の子。
 
 チャーハンを食い終わり女の子の分と一緒に皿を洗う。ジョイくんを使ってるのでチョチョいのチョイで終わる。
 
 
「風呂沸かしてきてくれ」

「この状態で?」

「外すと思ってんのか」

「でも外さないと沸かせない。外すべき」

「やってみないとわからないだろ。さっさと行って来い」

「……結果は見えているような気がする」
 

 呆れた顔でトボトボと布団妖怪女の子が風呂場へと歩いていった。
 
 数分後。
 
 目を丸くして女の子は帰ってきた。
 
 
「……出来た」

「マジでっ!?」


△▽

これは大都市の一角の安アパートで繰り広げられる主人公と女の子の戦いの物語である。

追記
題名の10話”目”が抜けてたので修正しました。



[9140] 11話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/10 03:09


 始まりがあるから終わりがある。どんな物語にも、必ず始まりと終わりは存在する。
 
 本であればページを開くことで物語が始まり、読み進めることで終わりへと向かっていく。
 
 本を閉じて物語を止めることは出来る。ゆっくりと読んで遅くすることも、読み返して巻き戻すことも出来る。
 
 けど、それでも終わりは確実にやってくる。絶対に回避することは出来ない。
 
 終わり、しか終着点が無いのだから。
 
 その物語が完結か打ち切りかは、別の話だけど。
 
 ……うん。ただ意味深でカッコいいことを言ってみたかっただけなんだ。
 
 
 
 バイトを終え、帰宅すると2日に1度の割合で換気扇から焦げ臭い臭いが漂ってくる。
 
 料理禁止令を出して1ヶ月ほどが経過しているが、いくら注意しても女の子は辞める気配を見せない。
 
 しかし、流石に数を重ねれば慣れてくると言うもの。
 
 我が家へと続く木製の扉を開けると、速攻で臭いを作りだした元凶たる女の子がやってくる。
 
 
「……今度は何を焦がしたんだよ」

「卵焼き」

「そぉいっ!」

「ぐぉ」


 腕を垂直に落下させてチョップを繰り出し、女の子を床に沈める。
 
 歳故に抜けてる所はあるものの掃除も洗濯もまともに出来るようになったというのに、料理だけは一向に上手くならない。
 
 そもそも部屋狭いからすぐに片付くし、洗う服もそんなに沢山出るわけでもないので洗濯も3日に1回やれば充分だ。
 
 つまり、女の子はかなり暇なはずなのだ。
 
 料理の1つでも覚えてもらわないと割に合わない。
 
 けど、一向に上手くはならないしその分食材が無駄になる。
 
 だから諦め半分に料理禁止令を出したわけだけど、どうにも負けた気分だ。……ジレンマって言葉はこういう時に使うんだなぁ。
 
 いくら考えてもお腹は膨らまない。
 
 考えを一時保留にして、冷蔵庫の中身を見て食料の残量を確認する。
 
 溜息を吐きたくなった。
 
 空白のほうが多い冷蔵庫は厚みの無い財布並みに悲しいものがあるな。……女の子はほぼ卵しか使わないから、これは買出しサボった俺のほうに非がある。
 
 明日は日曜で学校もバイトも無いし、買出しに行こう。
 
 そろそろ買出しを覚えさせても良い頃合だし、女の子も連れて行こう。
 
 金さえキッチリすれば良いんだ。面倒な家事をまた1つ任せられる準備だったと思えばいい。
 
 
「というわけで」

「冷蔵庫と見詰め合った末に『というわけで』とはどういうわけなのか」

「明日は買出しに行こうと思います。お前連れて」

「あ、無視」

「そろそろ買出し覚えてもいい頃合だしな」

「オヤツ買っていい?」

「200円までな」

「バナナはオヤツにっ……!」

「―――入りません」
 
 
 顔を一瞬輝かせたが、すぐさまガックリと項垂れた女の子。……バナナ食いたかったのか?
 
 明日の予定もそこそこに決まったので、女の子が焦がした卵焼きを食べられるように調理し直す。ちょっと焦げ臭いかも知れないけど、そこは仕方ない。
 
 冷蔵庫の余り物を全て詰め込み、再生怪人ならぬ再生チャーハンを作り上げる。
 
 チャーハンを食べた女の子が眉間に皺を寄せて苦そうにしていたのが印象的だった。……正直、俺も苦いと思った。
 
 その後風呂に入って、女の子が先に就寝。
 
 言っとくけど裸じゃない。以前買った買った家着でちゃんと寝ている。この前、裸で寝るのが癖になったとか冗談を言われた時は笑ってしまった。
 
 そしていつも通り2時に寝て翌日(本日)。
 
 予定時間を決めてなかったのが仇となり、いつかのデパートの時のように起こされてしまう。
 
 こっちは激しく眠いと言うのに、揺さぶって起こしてくる女の子の頬を緩みきっていてムカつく。超ムカつく。
 
 出発時間を告げて再度寝ようと試みるが、女の子が妨害してくるので眠ることは出来なかった。
 
 上がらない瞼を擦る俺を洗面所まで引っ張って運んだ後、アパート下で待つと言いそのまま家を出て行った。
 
 邪魔者も居なくなったので寝ようと思ったけど、窓から眺めた空が余りにも晴れ渡っていたので自前の勿体無い病が発症して諦めた。
 
 スカッとするように洗顔料を使って顔を洗い、着替えと最低限の準備をして俺も追いかけるように家から出る。
 
 2階から見下ろすと女の子は俺から背を向けた状態で自転車前で待っていた。
 
 以前俺が選んだ青のワンピースを着て、地面に転がっていた石ころを蹴って遊んでいる。
 
 
「今来た所」

「は?」

「言いたかっただけ」


 1階に降りる自転車の所まで行くと女の子が意味不明の発言をしてきた。
 
 今来たも何も、10分くらい前から居ただろうが。あまりにも意味不明過ぎたのでスルーする。残念ながら華麗にではない。
 
 せっかく朝早くに起きたんだ。遠出するのもいいな、とプラス思考に物事を考えて行き先を決める。
 
 結果、前行ったデパートに決定。
 
 自転車に跨り、ムチを打ちいざ出発。
 
 高い運転技術が求められそうな狭い道路を抜けて、走ってきた女の子を荷台に乗せて、大通りへと出る。
 
 後は通り沿いに進めば勝手につく。実に簡単だ。
 
 
「サラマンダーより……はやーいっ!」

「うわぁぁぁトラウマ思い出させんなぁぁぁぁぁ」

「……」


 子供の頃好きだった女の子の名前を付けて敵に寝取られたヒロインのゲームを思い出して軽く錯乱しかける。
 
 急いでエンディングで寝取った奴が死んだことを思い出して精神を落ち着ける。
 
 ……ふぅ。あれはマジでトラウマだ。主人公はヨヨなんか忘れてフレデリカと薬屋を開くべき。
 
 それ以外に道中問題は、横乗りしてた女の子が電柱に脛をぶつけてマジ泣きしそうになったぐらいしか無く、平和にジュネスじゃないスーパーに到着する。
 
 今回の目的は食料調達なので2階以上には上がらない。
 
 1階の食品売り場に直行して女の子に籠を持たせる。
 
 籠を受け取った女の子はすぐにカートを引っ張り出してきて籠とドッキングさせる。……いちいち楽する方法考えるなぁコイツ。
 
 持つ係から押す係になった女の子を連れて、買い物を開始する。
 
 どれが安いか、とか高いものは買うな、とかオヤツは200円じゃなくて100円までとか、色々説明しながら商品を籠に入れていく。
 
 
「お客様、カートには乗らないようお願いします」

「……すいません」

「うわだっせぇ、ガキかお前」

「わ、笑うな」


 途中、カートに乗って遊んでいた所を店員に発見されて注意を受ける女の子。ざまぁ。
 
 バイト先のスーパーより値が安いことになぜか悲しみを覚えつつ、女の子に買い物の基本をレクチャーする。
 
 といっても一朝一夕で失敗しない買い物を覚えられるとは思ってはいない。何回かついていく必要があるだろうなぁ。出費を抑えるためにも。
 
 大体見て回ったので、会計を済ませるためにレジへと並ぶ。
 
 朝早いというのに買い物客が多いに賑わっており、レジには人だかりが出来ている。
 
 人がレジに消費されて自分に順番が回ってくるまでの間、レジ前にある本のコーナーで読書に興じる。
 
 今週発売の新連載&打ち切り連発の新陳代謝の良い週間少年誌を読んでいると、女の子に服の裾をクイクイと引かれる。
 
 引かれた方向に首を向けると、女の子が一冊の本を額に掲げていた。
 
 
「これ、これ欲しいっ」


 興奮気味に見せ付けられた本には『初心者のための100のレシピ』などと書かれている。所謂料理本だ。
 
 
「それ買ってどうするんだよ。殺人シェフ」

「これ見て練習する」

「お前は世界の意思的に料理ヘタだからダメ。というか金の無駄」

「……はっきり言って、貴方の料理のバリエーション、少ない」

「う……わ、悪かったな」

「貴方のためにも買うべき」


 あえて気にしてなかった事実を抉られる。そのまま言葉巧みに言い包められ料理本は籠の中に納まり会計された。
 
 思いのほか高くて今月買う予定だったDVDを1枚諦めることになった。
 
 商品を詰める台に設置されているビニール袋は色々と使えるので、女の子が羞恥心を覚えて止めにくるまで取りまくった。
 
 俺は顔を赤くして他人のフリをしながら付いてくる女の子にワザとフランクに接して、更に赤面させて遊んだ。
 
 自転車置き場まで着くと女の子は、俺が0円を請求してくる機械に清算を済ましている間に、俺の自転車の所までダッシュした。
 
 目に見えて警戒されてて今度は置き去りに出来なかった。
 
 
「……今度からわたし1人で買い物行って来る」

「なんでさ?」

「ビニール袋、恥ずかしい」

「お前もちゃんとやるんだぞ」

「ヤダ」


 帰り道、俺の背中に手を乗せてしがみ付く女の子が恥ずかしそうに呻いていた。
 
 来た道を戻るという迷う要素ゼロな単純極まりない自転車テクニックで帰路に着き、何事も無く帰宅する。
 
 空はまだまだ明るい。ということはまだまだ時間がある。危なくなる前に充電するのもいいかもしれない。
 
 DVDを見るかラノベを見るかを考えながら前カゴに入れた荷物を取りだす。
 
 思いのほか買いすぎたため、予想より重みがあるビニール袋を手に抱える。
 
 
 ―――……そんな何気無い動作をしている時のことだった。
 
 
 突然女の子が俺の手を掴み、痛いほどに握りこんできた。
 
 女の子の手の平からジワジワと汗が滲み出してきているのがすぐに分かった。
 
 一体どうしたのか? 今までに無い―――一種異常とも言える女の子の行動に不思議を覚え、俺は咄嗟に振り向いた。
 
 視線の先には、胸に手を当てて不規則に呼吸を繰り返す“素”の女の子の姿があった。
 
 目に見えるほどに大粒の汗を額に溜め、釘付けにされたように女の子の目線は一点に注がれていた。
 
 誰が見てもおかしいと感じる挙動に違和感を感じずには居られない。
 
 俺は女の子と同じ方向を向いた。
 
 視線の先。俺と女の子の視界に居たのは、1人の女の人だった。
 
 体格はウチのリセットさんもとい管理人には届かないけど寸胴で、 歳は40~50台前半ぐらいだろうか。
 
 旬も過ぎ去り熟れ過ぎた上に腐り落ちて土に還ったかのような、パーマを掛けた茶髪を肩先でそろえた感じの悪いオバサンだ。
 
 俺が誰だと疑問を感じる前に、女の人はその手に持っていた大きめなカバンをこっちへと放り投げた。
 
 カバンは大きく弧を描いて宙を舞い、地面へと落ちてその中身をブチまけた。
 
 よく見ればどこかの校章が入った学生カバンのようなものの中からは、教科書と思われる本や学生服と思われる服が飛び出す。
 
 中身を見た瞬間、女の子が「ああっ!」と叫んですぐにカバンへと駆け寄り荷物を腕一杯に抱え込む。
 
 オバサンは俺を一瞥した後、地面に座り込む女の子のほうを睨んだ。
 
 
「ったくもぅ―――……出て行くなら自分の荷物も持って行きなさいよね。邪魔で邪魔でしょうがなかったんだから」

「あ、う」

「出て行けとは言ったけど、荷物を置いて出て行けとは一言も言った無かったはずだけどっ? あんたちゃんと人の話聞いてたわけっ?」

「……う」

「しかも、本当に良い度胸してるわよねアンタ。出て行ってすぐに誰とも知らない男の所で暮らしてるなんて。それとも前から当てがあったのかしら、それなら最初からワタシの家に来ないでくれる?」


 ……大体場の状況は理解出来た。この人は女の子を引き取って虐めていた親戚だと思う。
 
 それにしても絵に描いたようにヒステリックで印象の悪いオバサンだ。こんな人が実在するとは思わなかった。
 
 現代の神秘と言っても過言じゃないだろう。
 
 きっと珍獣コレクターに高く売れるに違いない。
 
 強気に喋るオバサンとは真逆に、女の子は呻き声を出すだけで肩を狭めてジッと絶えている。
 
 というかオバサンが俺のほうを見る度に舌打ちしてくる。
 
 ヤバい、激しくウザい。
 
 
「どう、して」

「あん? ……どうして場所が分かったって聞きたいのかい?」

「……はい」

「人の噂を舐めんじゃないよッ! 一月もすれば聞きたく無くても勝手に聞こえるんだよ。どこどこで誰々ちゃんを見たってさッ!」


 いつしか問答は罵声に変わり、近所迷惑確実な公開罵倒ショーに変貌する。観客は俺だけ。
 
 ああ……長くなりそうだ。

△▽

エンディングへ。出来れば3話完結式できたい。



[9140] 12話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/11 03:50


 所は変わらず話は続く。
 
 次々とオバサンの口から発せられるは全て必殺の一撃。女の子の心を抉り、俺の心を無に返す。
 
 こういう場面を見ると、俺の家がどれだけ普通で波風立たない幸せな家庭かを理解させてくれる。
 
 あまりの五月蝿さに、今なら無想転生や明鏡止水も極めれそうだ。
 
 5分くらい経過したところで、女の子の我慢が限界を迎えたのか「うー……! うー……!」と声を堪えて泣き出した。
 
 溢れた涙は頬を伝って顎から零れ落ち、コンクリの地面に小さな染みをいくつも作り出す。
 
 なんとも痛々しい限りだが、オバサン……もババァでいいや、ババァはそれをネタにしてさらに女の子を罵倒する。
 
 そんないかにも割って入って助けてやるべき状況でも、俺は何もしない。
 
 俺は他人だ。
 
 例え悪い意味であっても、この女の子とババァは親戚という言葉がある限り俺よりも遥かに知り合いだ。
 
 その仲に割り込むほどに俺は女の子を知らない。他人だから。
 
 そんな他人が他人の身内ゲンカを止める言葉なんて「落ち着いて」や「やめろ」の変形や応用ぐらいしかないだろう。
 
 そしてそれを言えば見た目からしてヒステリックなババァ(略してヒスバァ)をより一層燃え上がらせるだけだ。
 
 この俺にとっては退屈の極みである時間を早く終わらせる行動は1つだけだろう。
 
 俺が行える唯一でベストな行動、それは“なにもしない”だ。
 
 何をしても火に油どころかガソリンを注ぐだけだ。
 
 悪化させないために、俺は荷物を抱えて棒立ちのままオバサンの舌打ちをやり過ごす。
 
 
「わかったッ!? 2度とワタシの目の前に現れないでよッ!!」

「……っ」

「返事はッ!?」

「はい……っ!!」


 話は実に30分ほど続いた。よくもまぁそこまで言葉が続くものだ。感動すら覚える。
 
 女の子を忌々しげに見下ろした後、ババァはペンギンが凶暴になったかのような歩きかたでノッソノッソと道路の角へと消えて行った。
 
 俺はその背に向けて、万感の想いを籠めて中指を立てて見送った。
 
 その場に残ったのある意味関係者であり部外者である俺と、カバンを抱きしめて泣いている女の子だけだ。
 
 
「帰るぞ」


 肩を引っ張ってみるが、女の子は応じようとしない。
 
 
「……先、帰っとくぞ」

 
 僅かに、首が縦に揺れた。
 
 俺はそれを肯定として受け取り、宣言通り家へと帰った。
 
 買ってきた荷物を冷蔵庫へと仕舞い込み、女の子が畳んで置いていた俺の家着に着替えて座布団を枕にラノベを読む。
 
 10ページほど捲ったところで家の戸が開き、意気消沈した女の子が家の中に入ってくる。
 
 女の子の目元は泣きすぎで赤く腫れ上がり、加えて今でも涙を流し続けている。
 
 鼻からも水のような鼻水が垂れていて整った顔が台無しになっている。
 
 抱えた学生カバンを玄関近くにソッと置いた後、女の子は俺から少し離れた場所に座った。
 
 ペタンと座り込んだ後、足を体育座りに組みなおして顔を伏せる。
 
 ……最初はヒャックリのような、小さな声だった。
 
 だが、次第に声は大きくなり、やがて絶叫と言って差し支えが無いほどに女の子は泣き声を上げて泣き始めた。
 
 よっぽどあのババァが怖かったのか嫌いだったんだろう。それぐらいはわかる。
 
 ご近所さんには迷惑だろうが、あの出来事の後だ。苦情くらいなら処理してやってもいい。
 
 五月蝿いけど読書が邪魔されるほどでは無いし、今は泣かせてやろうと心の中で譲歩する。
 
 声に集中力を削がれながら俺は読書に勤しんだ。
  
  
 時刻は午後2時を回り、今日一番の日差しが窓を透過して部屋へとやってくる。
 
 女の子を泣き声はピークを過ぎ去り少しづつそのボリュームを下げていく。
 
 泣きすぎたせいで喉はガラガラになっているようで、声はノイズが交じったようになっている。
 
 頃合を見て俺は冷蔵庫からお茶を取り出してコップへと注ぎ、女の子の前へと置く。
 
 置いたらまたラノベだ。
 
 ページも半分まで進み、このラノベが地雷だと判断出来る所まできたので流し読みにシフトする。
 
 女の子は出されたお茶をチビチビと飲んだ後、ポツポツと枯れた声で喋り始める。
 
 内容はいつかに聞いた、お父さん破産→失踪→親戚引取り、の話だ。追加シナリオなどは無くコピーペーストのような話が続く。
 
 言葉の羅列程度にしか俺は耳を貸さない。
 
 無駄だからだ。
 
 相槌程度なら打つけど、話の内面を聞こうとはしない。無駄だからだ。
 
 冷たくしているようなら、そうなのかもしれない。でも、もしかしたら、“俺が恐れていること”になるかもしれないと思うと迂闊には答えられない。
 
 
「この学生服、お父さんに、買ってもらった」

「……」

「貴方も前に言ってた『すぐ大きくなる』って言って、サイズ大きいの買ってもらった」

「……」


 俺は答えない。ただ「そうか」と言って話を流す。
  
 明らかに俺が興味を示してないと分かっていながら、なおも女の子は話を続ける。
 
 
「このノートもギッチリ書いて、先生がチェックした時の評価は、いつも高かった」

「……」

「……体操服はブルマじゃなくて短パン」

「……」

「……っ水着はっ普通のスクール水着だったっ!」

「……そうか」

「―――ッ!!」


 俺が寝返りを打って女の子から背を向けようとした瞬間、女の子が飛びついてきた。
 
 突然の強襲に対応出来るわけも無く、強引に馬乗りにされる。
 
 女の子は乱暴な動作で俺が読んでいたラノベを弾き飛ばす。宙を舞ったラノベは、一時滞空の後に床へと落ちた。
 
 悲しみと怒りを綯い交ぜにした顔で女の子は俺を見下げる。
 
 俺は無抵抗に女の子を見上げる。
 
 女の子は歯を食いしばって、俺を見つめたまま再度涙を流しはじめた。涙腺に限界はないらしい。
 
 そんな女の子の表情を見て、俺は、
 
 
 これはもうダメだな。
 
 
 そう思った。
 
 待っても俺が何も言わないのに痺れを切らしたのか、女の子は俺の両肩に両腕を押し付けて顔面を近づける。
 
 次に発される言葉は半分予測が付いている。
 
 
「言っ……てよ……ッ! 言ってよッ! ―――『大丈夫か?』って『どうしたんだ?』って、言ってよッ!! 聞いてよッ!! 心配してよッ!!」


 あらゆる感情がゴチャゴチャになった言葉を投げかけられる。
 
 唾が飛んでくるほどの絶叫。
 
 女の子の白い髪が顔に掛かる。
 
 肩に女の子の爪が食い込む。
 
 
「話を聞いてよッ!! 共有してよッ!! 無視しないでよッ!! わたしをッ!! わたしを、わたしを、わたしをわたしをわたしを……」

「……」


 言葉尻に声が小さくなっていく。
 
 
 
「たすけてよぉ……」



 初めて女の子の中身が歳相応になった瞬間だった。
 
 悲哀に満ちた表情から零れ出したその言葉は、女の子が今最も求めていたことだった。
 
 女の子の言動は大人びていた。
 
 女の子の思考は大人びていた。
 
 一度話してみれば、女の子がどれだけ背伸びをした存在かを理解できた。
 
 その背伸びは、彼女の“素”だ。無理にやっているものじゃない。
 
 でも、それは“素”であって“本音”じゃない。
 
 今目の前で泣きはらしている女の子が彼女の本音。
 
 弱い自分だ。
 
 その生涯取り繕って隠していくべき所を、俺に見せてまでも、女の子は助けを求めた。
 
 限界だったんだろう。
 
 これ以上耐えれなかったんだろう。
 
 思いを吐き出さないと心が決壊してしまうと悟ってしまったんだろう。
 
 だから俺を拠り所にしようとした。

 他人である。俺をだ。
 
 予想は確信へと変わり、俺は相応の対応を取らなければいけなくなる。
 
 
 
「俺は他人だ」



 女の子と俺、2人の立場を確認させる。簡単に言えば拒絶だ。
 
 こんな面倒事なんて真っ平ごめんだ。どれだけ時間を無駄にしてしまうかわかったものじゃない。
 
 たしかに俺は彼女に同居を許した。
 
 でもただそれだけだ。色恋で決めたものではなく、一時の気まぐれで決まったものだ。
 
 彼女の内面を俺はこれまで一切見ようとしてこなかった。
 
 外面の付き合いだけしかしてこなかった。
 
 
「家に泊まっていいとは言った。けど、お前の面倒を見るなんて一切言っていない」

「……っ」

「助けろだって? お門違いも甚だしい。なんでそんな面倒くさいことをしないといけないんだ」

「……っ!」

「赤の他人に『助けてください』と言って返って来る言葉の9割がどんなものか、お前なら分かるだろ」


 一瞬。食い込む爪の力が強くなった後、女の子は立ち上がった。
 
 表情は髪に隠れて見えない。
 
 
「お風呂入って、寝る」

「そうか」

「変なこと言って、ごめん」

「別にいい」


 女の子がお風呂へと消えて行き、そのままシャワーの音が聞こえ始めた。
 
 俺はその間に早めの夕飯を作って出てきた女の子に振舞った。
 
 言葉通り女の子は布団を敷いて潜り込み、寝息を立て始める。
 
 その間会話は無かった。
 
 不思議なことに空気は重くなかった。
 
 
 そして翌朝。
 
 俺の平和な日常が返ってきた。
 
 飾られたガッチャピンが消え、着替えが消え、学生カバンが消え、女の子が消えた。
 
 
「『今までありがとうございました。迷惑を掛けてすいませんでした』」


 代わりに机の上に、一枚の紙切れがあった。
 
 偉く達筆な文字だった。

△▽

次回へ続く。



[9140] 13話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/14 16:16


 “面倒臭がり”は、合理的に物事を考えると言われている。
 
 それは何時如何なる状況に置いても、勤めて冷静に最も自分が楽を出来る方法を導き出すことを示している。
 
 相手のことを考えないから? いいや違う。そうじゃあない。
 
 面倒臭がりだってちゃんと疲れてる。相手の苦労を知ってても考えないだけだ。
 
 しかし、家政婦兼メイド兼穀潰し兼居候兼言葉遊び相手に出て行かれたとあっては……。
 
 俺は“面倒臭がり”だ。
 
 進学して身分は大学生だ。夢はホームページの収入で暮らすニート(“将来の”は付かない)だ。
 
 当然、現状に対する合理的判断は下せる。
 
 邪魔者が居なくなって清々する俺。―――最善の行動は、コレだ。
 
 
「ラノベ読もっと」


 朝の歯磨きを終わらせた後、女の子の書置きを丸めてゴミ箱に投げ込む。っし、ゴール。
 
 小さな欠伸を1つして、本棚の未読みラノベ棚から目に付いた一冊をチョイスする。
 
 俺の拘りとして、ラノベのシリーズ物は纏め買いをしないようにしている。次の巻を読むまでのインターバルとして展開を想像する楽しみは異常。
 
 完全な無音だと逆に集中力が無くなるのでテレビも点けて、いざ座布団2つ折り。
 
 絨毯の床に寝っ転がってペラッペラとページを捲っていく。うん、地雷だ。
 
 開始数行で読む気をゴッソリ本に吸収されてしまう。まるで闇の書の蒐集のようだ。
 
 ヴォルケンリッターが出て来なさそうなライトノベルという闇の書を閉じて机の上へ置く。
 
 「ヴぁー」と意味不明な言葉を漏らしながら点けていたテレビに目をやる。
 
 テレビ画面では、これから社会の厳しさを身をもって知っていきそうな瑞々しいお天気お姉さんが懇切丁寧に天気予報をしてくれていた。
 
 内容の方はお姉さんが数回噛んだだけで問題は無く、明日から1日2日雨が続く可能性があるとのことだった。梅雨でも無いのに働き者ですな。
 
 
「アイツちゃんと傘持ってったかな……」


 玄関を出て傘置きを見るが、2本ともちゃんとあった。
 
 つまり女の子は傘を持っていってないということだ。ついでに言うと天気予報も見ていないな。
 
 まぁ、去るもの追わずの精神を生まれた頃から身に着けている俺には関係ないので、とっとと朝食の準備に取り掛かることにした。
 
 トーストを2枚焼いて食った。余談だけど、ピーナッツバターをパンに塗る奴ってなんなの? バカなの? 死ぬの?
 
 学校の後にはバイトもあるぜ。欝だぜ。
 
 地雷トノベルを地雷棚に移し、次は気分的に既読棚から選ぶ。既読棚=個人的良作棚。
 
 外に居るときは感覚的に息を止めてるようなものなので、出来る限りの充電に励む。女の子のせいで貯蓄も含めてかなり消費してしまっている。
 
 シリーズ物をゴッソリと抜き出して盛り上がるシーンを選んで目を通していく。
 
 満足、とまで言わないものの大学の時間までには大分充電出来た。
 
 大学に行くための準備を済まし外へ出ると、既に空は曇り模様だった。……今日から降るのだろうか。
 
 念のため傘を持って行くことにする。
 
 今日は抗議も詰め込まれて入っているので死ねる。その後にバイトとか、俺を殺す気としか思えない。
 
 行き道、あのゴミ捨て場を横切ったが女の子は居なかった。
 
 ……どこへ行ったんだろうか。まぁどうでもいいや。
 
 徒歩で大学に到着。近いって本当に便利。
 
 内容の濃い授業を受けきり疲労困憊になる頃には小雨が降り始めていた。
 
 余談だけど男子と女子の間だと傘を差す基準が違うよね。俺はこれくらいなら傘を差すまでもないのに、女子達は差していた。
 
 家に帰る。
 
 ついでに見たゴミ捨て場には誰も居なかった。
 
 女の子が居なくなって開放感が増した室内に大の字で寝そべる。目の前には電気の点けてない電灯と暗い天井がある。
 

「……ははっ」


 どうにも心臓が変な感じだ。鼓動が妙に早い。外に居たから疲れているのかも知れない。
  
 少々の自宅休憩を挟んだ後バイトへと赴く。この時には傘を差さないといけなくなっていた。
 
 店長に指示された場所に明日の特売の品を積み、余らせた時間を定番商品の品だしと倉庫整理に当たる。
 
 
「君、なんかあったの? ボッーとしちゃってさ」

「……あ、そうですか? 別になんも無いですけど」

「そうかい? いや、なんだかさっきからよく手が止まって見えたからさ。何にも無かったらいいんだよ」


 仕事中、店長に心配された。知らぬ間にサボり癖を見つけていたのかも知れない。自重しろ俺。
 
 バイトが終わり帰宅する。なぜか帰り道とは反対方向にあるゴミ捨て場に足を向けてしまう。
 
 女の子は居なかった。
 
 既に雨は本降りになっている。明日からじゃなかったのかよお天気お姉さん。枕営業ですか。
 
 勝手に足が動くので散歩気分でゴミ捨て場付近を歩く。登場人物は俺だけのようで、他に人影は見つからなかった。
 
 自宅に帰ると胸の奥が息苦しくなっていることに気付く。
 
 風邪にでも掛かったのかも知れない。食事をする気力も湧かず、お茶をペットボトルのままがぶ飲みして布団へと入った。
 
 布団に入ると想像力にブーストが掛かってしまうのはいつものことだ。
 
 だけど、なぜだか女の子とバカらしい会話をする所を思い浮かべてしまった。頭の中にまで出てくるなよな。
 
 夢でも女の子と会話する夢を見ることになった。死ねばいいのに。
 
 起きると汗だくになっていた自分に気付く。着替え終わる頃には眠気もすっかり覚めていた。
 
 胸の苦しさは引いていた。なんだったんだ?
 
 一応確認として部屋を探索する。
 
 女の子は居なかった。……当然か、鍵渡してるわけ無いしな。
 
 窓を開けて今日の天気を伺う。何か悲しいことでもあったようで、昨日に続き空は泣き続けていた。
 
 今日は大学はあるがバイトは無い。
 
 大学終わりに何をしようか期待を膨らませて出掛ける。
 
 大学に到着。そして終了。
 
 傘を差して帰宅する。……ゴミ捨て場には、誰も居なかった。
 
 当然だろうに、普通ゴミ捨て場には誰も居ない。俺は一体何を期待しているんだ。
 
 帰宅する頃には、胸の苦しさが再発していた。
 
 訳が分からず、とりあえずラノベの時間を捨てて寝ることにする。
 


『今までありがとうございました。迷惑を掛けてすいませんでした』

「……っ」



 布団に入ってしばらくすると同時に、あの置手紙の内容が女の子の声で脳内で再生される。
 
 かき消すようにラノベの内容を思い出すが、力負けしているのか女の子の声が何度も何度も再生され続ける。
 
 気付いた頃には寝ていた。夢は見ていない。
 
 でも、朝と同じく汗だくになっていた。
 
 外は雨が続いている。窓を開けて腕を伸ばして雨の強さを測る。
 
 
「―――……ちゃんと雨宿りしてんだろうなアイツ」


 なにを言ってるのか自分でもよくわからなかった。
 
 だけど胸の苦しさは増していた。もう、痛いぐらいにだ。
 
 作った夕食も喉を通らず、しかたなく眠気が再発するまでDVDを見続けた。
 
 気付いた頃にはDVDの内容なんか全然脳内に残ってなかった。ずっとボッーとしていたようだ。
 
 辛うじて眠気は精製出来ていたようで眠りにつくことが出来た。
 
 起きる→大学→バイト→店長に心配される→帰宅。
 
 ゴミ捨て場には人影なんて無く。ただゴミ袋が詰まれているだけだった。
 
 窓から覗いても同様の結果が得られた。
 
 俺は家に帰っても何故か外着のままで居た。降り続いている雨の影響で靴下はグッショリとしている。
 
 玄関で立ち尽くし、必死で自分でもわからない衝動に耐える。
 
 
「……無理だって」


 既に心臓の痛みはスタープラチナに掴まれているような錯覚を覚えるほどに強くなっている。
 
 
「……何迷ってるんだよ」


 意味不明な言葉が吐き出される。
 
 
「……居なくなって清々してるんだろ?」


 自分が自分じゃないような感覚。立っている感覚もどこかおぼろげだ。
 
 
「一期一会って言葉あるだろ? この世界が、この日本が、この県が、この街が、どれだけ広いと思ってるんだよ? ……無駄なことするなよ」


 自分で自分に言い聞かせる。心と体が別々の思考を持っているようだ。
 
 
「“面倒臭がり”だろ俺は? そんなことに時間を割いてどうするんだよ。そんなことより家で大人しくしてろよ」


 本当は気付いているこの胸の苦しみが、この気持ちが、どんなものなのか。
 
 分かりたく無いだけだ。分かればフラグは完成する。多くの英霊(時間)達が無駄になる。
 
 それを望んでいるのか? 答えは否だ。断じて否だ。誰がなんと言おうと、断じて否だ。
 
 俺は唯平和で暮らせればそれでいいんだ。
 
 大学に行って、バイトに行って、ラノベを読んで、DVDを観て、そして寝れればそれで満足なはずなんだ。
 
 今までだってそうだっただろ? 今までずっとそうしてきただろ? ずっとそれで満足してきただろ?
 
 どこに不満があるんだよ。
 
 どこに問題があるんだよ。
 
 どこに欠陥があるんだよ。
 
 なんで“俺”が“俺自身”を説得しなけりゃいけないんだよ。俺は1人だ。意思は1つだ。望みは1つだ。
 
 だから、どこにも何にも問題は、無い。
 
 
 
「―――……だから、アイツが心配だなんて、そんなこと俺が思ってるはず、無いんだ」



 両手で頭皮を掻き毟る。
 
 胸が張り裂けそうになる。いつからだ。いつから俺は、変わってしまった。
 
 他人だったアイツが、何時何処で、俺の内側に入り込んだ。
 
 そんなこと分かるはずが無い。分かっていたのなら、俺は今苦しんでいない。
 
 言葉を引き金に、心と体の意思が合致する。
 
 足が動き、手が扉を開ける、目が雨を確認して、腕が傘に伸びる。
 
 雨の中危険だというのに自転車を引っ張り出して当ても無く走り出す。
 
 この広い都市の中で見つかるはずが無いと解っていながら、俺は自転車を漕ぎ続ける。
 
 途中でコケた。肘を擦り剥いた。滅茶苦茶痛い。
 
 全速力で走り続け、視界を忙しなく右往左往させる。
 
 昔の俺が見たらバカなことをしてると思うだろう。今の俺だって思ってる。
 
 思えば奇跡だったと思う。
 
 女の子を見つけることが出来たのは。
 
 一瞬、視界の隅で見覚えのある髪の色が見えた。白く白く白い、純白の色だ。
 
 場所は俺のアパートから遠く離れた都心の一角、いつかに一緒に行ったあの総合スーパーの近くだった。
 
 自転車を乗り捨てて人に迷惑を掛けながら見えた場所へと走る。
 
 靴が地面を捉えきれず、水によってコケる。……本当になにやってんだろう俺。
 
 家で大人しくしとけばよかったと今になって思う。
 
 でももう見つけてしまった。
 
 後戻りなんか出来るはずが無かった。
 
 路地を曲がり細い通りを進む、女の子の髪は目立つ。だからすぐに見つかった。
 
 女の子は最初に会ったときと同じ服装をして、辛うじてある屋根で雨を凌げる路地で蹲っていた。
 
 体育座りで顔面を伏せて、生きているのか死んでいるのか分からないほどに動かない。
 
 だけど、俺と女の子は窓とゴミ捨て場から合図も無しに見つめあった間柄だ。
 
 ゆっくりとして動作で女の子は首を上げた。
 
 
「……っぁ」


 女の子が呻くように声を漏らした。

 女の子の目に光がなかった。夢も希望もありませんと言いたげな濁った赤い眼で、女の子は俺を見た。
 
 いざ目の前にして俺は言葉を失った。
 
 どう声をかけようかなんて考えていなかった。
 

「なんで……」


 何かを聞かれた。今だ女の子の声には若干のノイズが走っていた。


「なんでだってっ? 家事係のお前が勝手に出て行って迷惑だから探しに来てやっただけだ」

「……違う」

「な、にが違うんだよ」


 女の子が立ち上がり、俺の目元に手をやって一つの雨粒を指に取った。



「―――なんで泣いてるの?」



 目頭が熱くなってることに気付く。僅かな嗚咽も起こっていた。
 
 途端に恥ずかしくなり、俺は女の子の体を抱きしめた。
 

「痛い……よ」

「お前が俺を心配させたからだろうが。馬鹿野郎」


 細くて弱弱しい、華奢な体を力の限り抱きしめた。

△▽

恋する乙女、主人公。
(2部の)エンディングへ。(この話は)出来れば3話完結式でいきたいです。
第3部イチャ××編へ



[9140] 14話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/22 04:23


 重い沈黙が辺りに充満する。
 
 さっきから女の子は抱きしめられた体勢から動こうとせず、寧ろ身を寄せてくるだけで口を開こうとはしない。
 
 正直、抱きしめたのはその場の流れというかテンションでやってしまったようなものなので、内心次はどうしようか焦っている。いやマジで。
 
 離れるのかこのままなのか、なし崩し的に陥った現状を気まずい雰囲気で維持し続ける。
 
 雨がさっきより一段と強くなったことを、僅かにある屋根がザーザーと音を立てて伝えてくる。
 
 そろそろ真面目にどうしようか考える。
 
 ……とりあえず、思いつくことを言ってみようと思う。……とりあえずだぞ。現状打開のために仕方なくだ。
 
 
「あー……その、なんだ。あのオバサンの件に関しては俺の立場的にどうにも言えないけどさ。その……お前の話くらいなら真面目に―――」


 腹の虫が鳴って割り込んできた。俺じゃなくて、女の子のほうな。
 
 人がせっかく痛くて恥ずかしい言葉を口にしてやっていると言うのになんてKYなんだコイツ。
 
 途端に女の子が「あ……」と恥ずかしそうな声を上げて離れる。胸の辺りにあった温もりが湿った空気が一掃される。
 
 女の子は1歩2歩と、後ろに下がった後に急にバランスを崩して尻餅をついた。
 
 また腹の虫が鳴った。
 
 
「うー……」

「お前、この3日間何食ってたんだよ」

「……霞」

「仙人ですか」


 女の子の知識の広さに感服する。空の上で霞を食って生きる仙人とか、俺と同年代でも知ってる奴すくないだろ。

 まぁ要するに何も食べていないということだ。
 
 といっても人が3日間何も食べないのは生死に関わることだ。多分だけど、ゴミ漁りか拾い食いとかしてたんじゃないんだろうか。
 
 食物を寄越せと腹の虫がまた音を立てて外部に知らせてくる。
 
 腹の虫の主たる女の子は紅潮した顔でお腹を隠す。そんなもので音が隠せるわけも無い、ただ恥ずかしいからやっているだけだろう。
 
 俺はどうしたものかと頬を掻く。
 
 
「……とりあえずサッサと帰ってなんか食うか」

「わたし、出て行った」

「俺は出て行けって言ってないぞ。だから迎えに来てやったんだ」

「迷惑、掛けたくない」

「初めて会った時から迷惑掛けてるっつーのに、なにを今更」

「……わたしは」

「御託はいいから帰るぞ」


 俺がもしギップルなら即死してるだろうと予測。恥ずかしすぎて細胞が壊死しそうだ。
 
 俺には一生似合わないセリフをして女の子を直視出来ず、首を背ける。
 
 頬を掻いたり頭を掻いたりして女の子が行動を起こすの待つ。しかし、なぜか一向に動く気配は無い。
 
 チラと盗み見るように視線を向けると、ブリッジとセクシーポーズを足してお湯で割った様な珍妙な姿勢の女の子が居た。
 
 1度視線を戻し再度見てもその姿は変わらない。
 
 真剣に観察してみれば立ち上がろうと踏ん張っているように見えなくも無い。場面も佳境に入っているためか凄い体勢だ。


「何やってんの?」


 いちおう聞いてみる。
 
 
「……立てない。腰に力、入らない」

「え、何? 腰抜けてんの?」

「た、多分そうだと、思う」

「腹減りすぎて? ……ありえねぇ~」

「霞食べてたっ。お腹減ってないっ」

「建前はそこまでにして本当は?」

「……霞食べてたっ!」


 強い語調で宣言される。なぜそこまで強がるのか。アホか。
 
 女の子の顔の赤みもそろそろ限界突破しそうなので言及はそこらへんにしておく。
 
 女の子の間抜けな醜態に笑いを堪えながら腕を差し伸べると、ややあったものの掴まってきた。
 
 そのまま腕を引っ張って一本背負いのように背中へと運ぶ。
 
 「ちょっ」と慌てたような声を上げる女の子だったが、意図を理解したのか素直に肩を掴んでくる。
 
 それを了承(もとより拒否権は無いが)として受け取り、俺は腕を女の子の膝裏へと腕を回す。
 
 要するにオンブだ。
 
 存外に軽い女の子を背中に抱え、置いてあった女の子の学校カバンを拾う。うわ重っ、カバンの方が重いかもしれん。
 
 無駄極まりないオプション群を装備したことにより多少よろけたが踏ん張ればなんてことは無い。
 
 歩いて衆人観衆の前まで出てコケていた俺の自転車から傘を拾い、広げて女の子へ渡す。
 
 流石俺専用の傘だぜ、オンブしても全体をカバー出来るぜ。
 
 そのまま信号待ちをする人達に紛れ込む。周りから視線を感じるが無視だ。
 
 
「自転車」

「あん?」

「あれ、貴方の自転車だよ」

「そうだけど、それが何?」

「拾わないと」

「こんな雨の中で腰抜けたお前後ろに乗せてまともに走れる自身ありません」

「でも拾わないと自転車、持って行かれる」

「そんなんより今はお前のほうが大切だよ」

「……」


 首に回された腕の力が強くなる。
 
 正直苦しい。俺が何をした。
 
 
「鍵は掛けたし、明日取りに来たらいいんだよ」

「でも、」

「……まぁ2人乗りで事故った時に死ぬ確立高いのは後ろの方だし? お前がそれでいいなら自転車乗るけど」

「わたしは……このままでいい。むしろ、こっちの方がいい」

「それなら最初から文句垂れるなよ」

「うん……」


 信号が変わる。人波が移動し始め、俺もそれに合わせて動く。
 
 自転車なら30分ほどで帰れるんだけどなぁ、歩きだとどれくらいだろう。単純に考えて1時間くらいだろうか。
 
 いつもの俺の歩行音がテケテケだとすれば今ズシンズシンだろうか。
 
 学校カバンを手で持ち続けるのは流石に無理があったので首にかけると、女の子が支えるようにカバンを手を掛けて変なオンブの体勢になった。
 
 行きの時は高速で過ぎ去っていた景色をゆっくり眺めながら家への帰路を辿る。
 
 しかし、大学に入ってから運動なんか全然してなかったからすっかり体も鈍ってしまったようだ。中学高校と続けていた陸上部の頃が懐かしく感じる。
 
 ズリ落ちてきた女の子を抱えなおしてラストスパートをかける。
 
 なぜか懐かしく感じる我が家が見えてくる頃には、辺りは既に暗くなっていた。
 
 最後の難所である階段を登り切り、家の鍵を取り出すために女の子を下ろす。
 
 
「……立てるならさっさと言えよな。こちとら疲労困ぱいだよチクショウ」


 隣には平然と2足歩行する女の子の姿が。


「あえて言わなかった」

「その理由を2文字で」

「こい」

「……い、の次は?」

「無い」

「はぁ? 意味わからん」


 コイツぶっ殺す、とでも言いたかったんだろうか。

 会話的には不毛なので話は打ち切って扉を開ける。我が家特有の落ち着く匂いを肺いっぱいに取り込む。
 
 俺が入った後、多少戸惑っていたが女の子もちゃんと入ってきた。
 
 女の子を居間へとやり、俺は台所に向かう。
 
 まさかとは思うが本当に3日間何も食べてないという可能性もある。胃が弱っているかもしれないので消化にいい料理を考える。
 
 順当にお粥が来たが、作るのが面倒なので雑炊に決定する。
 
 というかお粥も雑炊もおじやも調理方法が若干違うだけで内容はほぼ同じだよな。誰だよ種類分けした奴。
 
 作り終えて居間まで行くと女の子が座りながら船を漕いでいた。
 
 当然作り損なんて認めないので足で軽く押して倒す。
 
 
「ほわぁっ!?」

「お前はルルーシュか」


 体勢が崩れて意識が覚めたのか、体が床につく前にが跳ね起きた。
 
 目を擦って眠気を振り払う女の子の前に雑炊を置く。
 
 テレビを点けてから俺も女の子の向かいに座る。つまり俺の定位置だ。
 
 眠いのかいつまで経っても女の子が食おうとしないので、俺は蓮華で雑炊を掬って女の子の口元へと運ぶ。
 
 女の子は目を丸くして僅かに固まっていたが、すぐに口を開けて間抜け面を見せてくる。
 
 開いた口に蓮華を突っ込んでそのまま手を離すと、女の子は「ごふっ」と咳き込んだ。
 
 
「……あーん、はもっと優しくするもの」

「誰があーんをすると言ったんだよ」

「さっきの動作はまさしくそれだった」

「はいはい、勘違いお疲れ」


 意識も回復してきたのか女の子は緩慢な動作で雑炊を口に運び、時間を掛けて平らげる。
 
 器は自分で台所に運ばせる。動けるようになれば俺がやってやる必要性は何処にも無い。
 
 その次いでに風呂を沸かしてくるように言う。
 
 3日も風呂に入ってないためか、素早い動作で女の子は風呂場へと向かって帰ってきた。

 女の子が戻ってくると、俺はいつもの本読み体勢に入ってラノベに視線を落とす。
 
 別にイベントがあったからその日1日が丸々特別になるわけじゃない。既にもういつもと同じだ。女の子も黙ってテレビに視線を向けている。
 
 だが今回は少し沈黙が苦しい。
 
 女の子の話を聞くと明言した以上、今まであえて聞かなかった少し突っ込んだ質問をしてみることにした。
 
 
「……お前さ。学校ってどうなってるんだよ」

「ずっと前から登校拒否。家が破産してから居心地悪くなったから」

「ニートかよ。ホームレスの上にニートかよ」

「併せてニートレス」

「キングダムハーツの敵キャラとして出てきそうだな」

「それはハートレス」

「心なんて無い癖に」

「それはノーバディ」

「家なんて無い癖に」

「それはホームレス」


 今はこれぐらいが俺の限界だろう。突っ込んだ話はまた今度だ。
 
 沸いた風呂には先に俺が入る。
 
 流石に今日は疲れた。勿体無いけど、今日はもう寝ようと思う。
 
 擦り剥いた肘に染みる石鹸の痛さでまた中学高校時代の部活を思い出す。あまり語ることはないと言うのに。
 
 風呂から上がった後は髪を乾かすのも億劫だったので、さっさ布団に入って寝た。
 
 尊敬するのび太もビックリな高速就寝だった。
 
 
 
 
 
 
 
「……―――貴方が迎えに来てくれて、嬉しかった。ありがとう」

 
 夢の中、頬に何かが当たったような気がした。


△▽

第3部、イチャコメ編始まります。
ちなみに主人公と女の子は別姓同名。



[9140] 15話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/26 16:14

 朝。カーテンを透過してくる日光を瞼に受けて意識が覚醒する。
 
 昨日早めに寝たせいか頭は起きる準備万端であり、いつものように2度寝を要求しようとして来ない。
 
 俺の意思的には習慣的に2度寝に走りたいのだけれど、意思の上位存在な本能さんが起きろというのなら仕方ない。
 
 鼻で思いっきり息を吸い込み肺で欠伸に精製して口から吐き出す。
 
 さてと起きる―――前に、この目の前で眠っている女の子は何なんだろうか。
 
 
「むにゃむにゃ」

「……」


 白い髪と同じ色をした睫を揺らして女の子は実に幸せそうな表情で寝ている。
 
 漫画的な寝言を吐いては猫のように背を丸め、俺の首に巻きつけるように乗せている右腕の角度を変える。
 
 気付けば腹の上に重みがあり、視線だけをそっちに寄越してみれば案の定女の子の右足が乗っていた。
 
 思わず口端が引き攣る。呆れで。
 
 顎を寄せれば口付け出来そうなくらいに顔を寄せてくる女の子はまったく無防備で、警戒心を微塵も感じさせない。まぁ寝ているから当然か。
 
 改めて見てみると、整った顔立ちが嫌でも目に入ってくる。
 
 どこがどう、とまでは詳しく表現する語彙が乏しいので説明できないが、強いて言えば2次元染みているという感じか。
 
 ……難しい言い回しなんて考えなければ『美しい』とか『可愛い』とかで済むんだけどな。
 
 とまぁそんな感想を漏らす暇は無い、あるけど無い(モノローグ中はDIO様の時止め並みに時間の進みが遅いのだ。あんだけ走ってたのに2秒しか経ってないのはおかしいですよDIO様)。
 
 端的言えば体の一部がピンチだ。
 
 当然、下半身的な意味ではなく上半身的な意味でつまりは腕だ。
 
 何故だか女の子が枕にしているのは俺の右腕だ。そして右肩から先の感覚が、無い。
 
 後は分かるな。
 
 試しに右腕を挙手させてみると見事に真っ青だった。いつから寝てたんだよコイツ。
 
 というか枕にすんな。
 
 
「ムニャム―――」

「ドスコーイッ!!」


 俺は怒りに身を任せ左手でツッパリを繰り出して、ベッドという土俵から女の子を突き落とした。
 
 天使な寝顔な女の子がベットの影に消えたすぐ後に落下音が耳に届いた。ついでに「ほわぁっ!?」て叫び声も聞こえた。だからルルーシュかお前は。
 
 長らく血流を悪くしていた影響か、女の子の頭が離れた途端に鋭い痛みが右腕全体を駆けた。
 
 血が巡っている証拠だから仕方ないと割り切り、腕の機能回復に向けて手の平をグッパと開閉する。
 
 右腕全体から痺れが消え去った所らへんでベットの端に2つ手が掛かった。無論女の子のだ。
 
 ダースベイダーのテーマでも聞こえてきそうな感じでゆっくりと女の子の頭がベットの影から上がってくる。
 
 そして顔半分、鼻筋の部分が見えた所で女の子の浮上は止まった。
 
 女の子は半目で俺を睨んでくる。俺も半分嘲笑を込めて睨みかえした。
 
 
「お尻打った」

「さいですか」

「お嫁いけない」

「お前どんだけひ弱なんだよ」

「責任取って婿に貰らわれてもらう」

「俺が貰われるとか斬新すぎます」

「結婚はいつでもフレッシュ」

「だったらバツ2とかバツ3とかのフレッシュ具合はヤバいな。軽くキまってるんじゃね?」

「恋は新鮮」

「その先の愛は陳腐だけどな」

「過程は大事」

「行き着く結果は全て同じじゃん」

「結果には過程が残る」

「そんなのフラガラックでアンサラーしてあげます」

「ゲイボルグで迎撃します」


 会話の間にベットから起き上がって洗顔を済ます。歯磨きは朝食の後だ。
 
 いつかに買った料理本を手にとってパラパラと捲り、今の冷蔵庫の中身を思い浮かべる。
 
 冷蔵庫君と相談を終えて目に付いたページにドッグイヤーを施す。
 
 野菜入れから半分に切ってラップで包んであるキャベツを取り出し、とりあえず千切りにする。
 
 
「なになに、なに作る気」

「サンドイッチ風サンドイッチのサンドイッチ和えのサンドイッチ添え」

「まるでサンドイッチのバーゲンセール」

「ミキサーにかけるのがポイントです」

「最後に飲み物になるんですね。わかります」

「そろそろお前も包丁ぐらい覚えたほうがいいと思うので、ここのキャベツ君を切らせてあげます」

「作画崩壊ですね。わかります」


 包丁を反転させて差し出すと女の子は素直に受け取った。
 
 しかし受け取ったはいいが持ち方が……なんつーか鷲掴みなんだよな、以前やらせた時はこの時点で恐怖を覚えてやめさせた。
 
 見よう見まねな猫手をして女の子が右手でキャベツを押さえる。
 
 そして明らかに大降りに包丁を持ち上げ、振り下ろした。
 
 ザンッ! て音がした。マジでザンッ! て音がした。日本刀で人を斬ったような錯覚すら覚える聞きなれない音だ。ちなみに『斬』っていう神漫画がありましたが打ち切られました。
 
 見ると包丁は見事にキャベツの半分らへんで刺さって止まっていました。
 
 これは……女の子大丈夫か?
 
 少し心配になって腰を曲げて女の子の顔を覗き見た。いつも通りな無表情な女の子だった。
 
 
「か~な~しみの~向こ~う~へ~と~」


 女の子がいきなり歌い出した。ダメだったらしい。額に大粒な汗が浮かび始めるのが見て取れた。

 
「あ~はいはい分かった分かった。分かったからその包丁下ろせ」
 
 
 ぷるぷると震えながら女の子が包丁を両手に構えてこっちを向いてきたので多少焦る。
 
 左手の人差し指から赤い血が溢れてきているのが分かる。相当痛いらしい。気を紛らわすためかはわからないけどまだ欝ソングを歌っている。
 
 そりゃあ人参切るときに使った皮むきでも、ああなるんだからなぁ。
 
 俺は薬を纏めて入れている棚から絆創膏と消毒液を取り出して女の子の腕を取る。
 
 戻ってくる頃には床に数滴血が垂れていた。噴出している指は既に血塗れだ。
 
 消毒するにも絆創膏貼るにも一度血を落とさないとダメだ。台所の蛇口を捻って水を吐き出させる。
 
 
「痛いぞ」

「うん。貴方がしてくれるなら耐えられる」

「なんという愛の告白。これが本番なら間違いなく惚れている」

「惚れて」

「好きだ……と見せかけてドーンッ!」

「ギャーッ!」


 手を引っ張って流れる水にその指をつっこむ。ビクンと腕が跳ねた。
 
 顔を見るとめっちゃ涙目だった。紛らわすためなのか、女の子は二の腕をグイグイと抓っていた。
 
 水から指を離れさせてみる。
 
 幸いなことに傷は浅い。だけど出血のほうが中々だ。これじゃ絆創膏つけてもすぐ剥がれる。
 
 
「出血収まるまで吸っとけ」

「吸って」

「アホか」

「痛い。傷口突っつくな」

「もうお前邪魔だからテレビでも見とけ」


 女の子に治療道具を渡して今へと追いやる。しばらくしてテレビの雑音が聞こえてきた。
 
 俺が楽をするためにも順を追って教えないとダメっぽいな、今度は切り方からちゃんと教えてやることにしよう。
 
 女の子の血が付いた部分のキャベツを捨てて千切りにする。半分ほど残してまたラップで包んで冷蔵庫へと戻す。
 
 しっかしなぁ、こんな切って挟むだけの料理なんて料理本に書かなくていいと思うんだよね。
 
 教えてもらわなくてもできるっちゅーねん。
 
 本が指示すると通りにパン半分にしてキャベツとその他切った食材詰めてマヨネーズ塗って切って、はいお終い。
 
 レパートリーが1つ増えたけど、正直増えてもあんまり嬉しくないなサンドイッチ。
 
 居間にサンドイッチを持って行くと、女の子はシュンとした表情で指を咥えて仮面ライダーを見ていた。もう今の仮面ライダーどんなのかわからんわ。龍騎までは覚えてるんだけどな。
 
 サンドイッチを乗せた皿をテーブルの中心へと置き、定位置へと座る。
 
 少々不恰好なそれを手にとってしばらく眺めた後に食べる。うん、普通に美味い。普通に。
 
 モシャモシャと2口で完成。
 
 2つ目に取り掛かるが女の子は視線を向けただけで手に取ろうとはしない。
 
 
「食わないのか?」

「わたし料理上手にならない」

「……そりゃまぁ得手不得手はあるわな。俺も教えてないし、あむあむ」

「傷つくってばっかり」

「ゴクンっと。人って拍手するだけで手の平の毛細血管千切れるんだぜ。知ってた?」

「悔しい」

「悔しいと思えるんなら上手くなるんじゃね。出来ないからもうしないってより全然マシだわな」

「今すぐ上手くなりたい」

「……何? さっき俺が邪魔って言ったの真に受けてんの?」
 
「……10分1くらい」

「せめて2分の1にしろよ。どんだけなんだよお前」

「ドジっ子と料理出来る子どっちがいい?」

「ドジっ子はリアルに居るとムカつくってこなたが言ってた」


 サンドイッチを1つ取って女の子の口元へと運んでやる。
 
 女の子は1口齧った後、自分で手に持って咀嚼し始める。「美味しい」と言われた。


「というわけでこれから料理出来る子目指します」

「ぜひ食べた人が口からビームを吐き出せるようになるまで頑張るんだぞ」

「わたしは美味しんぼ派」

「どうせ海原雄山がツンデレってことぐらいしか知らないんだろ?」

「なぜわかるのか」

「俺もそれぐらいしか知らないから」

「わかった。貴方もツンデレだからだ」

「俺はツンデレじゃないから」


 なぜかヴェルダースオリジナルのおじさんが脳裏をよぎったがすぐさま振り払った。
 
 完食して食器を台所へと運ぶ。
 
 うん。複雑な工程を挟まないから食器洗う手間省けるな、サンドイッチ楽でいいかもしれん。
 
 まぁ洗うのは女の子だけどな。
 
 
「今日は大学あるの?」

「日曜だから無いな」

「バイトは」

「今日は休みだな」

「じゃあ1日ゆっくり出来る」

「そだな」

「1日一緒に居られる」

「そだな」

「嬉しい」

「そだな……って、は?」

「暇つぶしが出来る」


△▽

書いてる自分がイチャついてる2人にイラついてるってどういうことなの。

2人の背丈的な物
http://up2.viploader.net/pic/src/viploader1064366.jpg

ちょっと修正上げ。右手の人差し指→左手の人差し指



[9140] 16話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/06/30 13:48


「ひつまぶし?」

「ひまつぶし。貴方、ワザと間違えてる」

「どうせロクなことじゃないしな」

「酷い」


 女の子は俺から顔を逸らすように俯けると、いかにもワザとらしく「クスンクスン」と啜り泣きをし始めた。
 
 しばらく放置する。具体的にはスペシウム光線撃てない人がスペシウム光線撃てる人になって、さらにまた撃てない人になるくらいの間。
 
 女の子がチラリと視線を寄越してくる。見つめ返すとすぐに逸らされた。
 
 
「泣くぞ。すぐ泣くぞ。絶対泣くぞ。ほ~ら、泣くぞ」
 
「……」
 
 
 また泣きの真似をしようとする女の子に被せるように言う。
 
 女の子の動きがピタッた止まった。
 
 硬直はすぐに解けたが、代わりに開き直るような態度でこっちを向き直ってきた。「それで?」とでも言いたげだ。
 
 ペタンと尻を突いて四肢をだらけさせる姿にイライラが募る。何様ですか。
 
 待っても何も言ってこないのでテレビに目を向けようとするが、女の子は途端に大きく鼻から息を吐いて注意を引きつけて来た。
 
 向き直るとさらにジト目成分が追加されてた。
 
 
「……何なの? 俺鈍感だから口に出してくれないとわかんない」

「わたしの話真面目に聞いてくれるって言った」

「なに寝言言ってんの?」

「いふぁいいふぁい。頬をふぃっぱるな」

「夢か確かめさせてるんだよ。とか言うお前もふぃっぱるな」

「しょうぶでふゅね。わひゃります」

「根競べでふゅか」


 力の関係で女の子がギブアップ。

 コホンと咳払いを1つして女の子がさっきの体勢+ジト目に戻り、何事も無かったように話を続けてきた。


「わたしのこと責任持って扱ってくれるって言った」

「それは言ってない」

「それは……?」

「……耳聡い奴だなお前」


 話は一瞬で終了した。

 この前の、女の子を抱きしめた時を思い出す。

 
『あー……その、なんだ。あのオバサンの件に関しては俺の立場的にどうにも言えないけどさ。その……お前の話くらいなら真面目に―――』


 ……まぁたしかに言ってるんだよね。あのあとの腹の音で、まさか聞いてるとは思わなかったけど。
 
 聞きたかった言葉を聞いて満足したのか、女の子は意地悪そうな笑みで近づいてきた。
 
 ハイハイ歩きで見上げるように胸元に顔を寄せてくる。が、ウザいので掌で押し返す。
 
 
「ウググ……でも、負けない」

「お前は一体何のために戦っているんだ」
 
 
 何がしたいのか、拒否の意思を見せても女の子は顔を押し付けてくる。
 
 奇妙な攻防を繰り広げられる。この戦いに明日はあるだろうか。……無いな。絶対。
 
 つっても女の子の力なんて高が知れている。文字通り余所見をしながら女の子の顔を抑える手にほどほどに力を入れて、押し続ける。
 
 やがて諦めたのか、元の場所に女の子は元の女の子座りに戻って方を竦めて「はぁ……」と溜息を漏らした。
 
 
「雰囲気も何もあったものじゃない……」

「あれが雰囲気作りだったのかと小一時間」

「誰がどう見たって雰囲気作り」

「少なくとも俺はそう見えなかったわけですが」

「……もうっ!」


 我慢弱いのかロケットのように跳ねてまた襲い掛かってきた。

 俺は腕を構えて、頭を捕らえた。
 
 
「だから近寄るなって」

「わたしの話真面目に聞いてくれるって言ったっ!」

「それとこれにどーゆう関係が」

「雰囲気作りっ!」

「断固拒否」

「酷いっ!?」

「話は、聞いてやるよ。でもこれは違うだろうに」

「わたしとしては必要」

「俺としてはっ―――ぐぉっつっ!?」


 突如女の子の両腕が俺の脇腹へと伸びる。その時の女の子の体勢は、押される頭を支えにして無理すぎるものでかなり笑えるものだった。
 
 油断していた俺は脇腹をくすぐられる刺激に耐え切れず腕の力を弱めてしまう。
 
 それを好機と見たか、女の子は頭をずらして拘束から逃げ出すと同時に俺の胸へと飛び込んできた。
 
 
「やっと出来た。えへ」


 女の子は数度頭を胸に擦りつけた後、顔を上げて俺のことを見つめてきた。
 
 その時の表情は……まぁ何故だかは解らないけど、幸せに満ちた晴れやかな表情だった。
 
 好き合ったわけでもない相手に対して、なんでこんな表情が出来るのかはほとほと理解しかねる。
 
 ……まぁ、すごく可愛かったんだけどさ。
 
 俺が脳内モノローグを語っている間に女の子は腕を背中に回して簡単に離れれないようにしてきた。
 
 
「これが雰囲気作りですか」

「うん。……嫌?」

「……別に。性格はアレだけど、仮にも顔は可愛いしな」


 回された腕にギュッと力が入れられた。
 

「貴方は素直で大変よろしいですなっ!」

「歯に衣を着せないタイプです。ヨロシク」

「あ……硬くなってきた?」

「お前がな。ってか、戯言言わずにさっさと用件すませろよ」


 俺が催促すると女の子は軽く目を伏せた後、力を抜いてしな垂れかかって来た。
 
 
「真面目に聞いて」

「出来るだけな」

「約束」

「はいはい」
 
 
 女の子の体は触れなくても分かるほどに、触れているから充分に分かるほどに震えている。
 
 いくら女の子の思考回路がショート寸前でも、何の意図も無しにこんなことをしてくるとは思っていない。
 
 
「始めは仕事が忙しいから帰ってこないんだと思ってた。電話が通じないのはいつものことだから、あんまり心配はしなかった―――」
 
 
 多分だけど、怖いんだろう。
 
 あのババアの件で女の子がどれだけ臆病なのかはわかったつもりだ。
 
 あの家出(か?)の件で女の子が、実際は歳相応な精神をした女の子だとわかったつもりだ。
 
 俺が話を真面目に聞くと言ったから、女の子も今度は包み隠さず過去を吐き出そうとしているんだろう。
 
 これは一種信頼されていると言っていいのかもしれない。
 
 といっても女の子の話はカットさせて頂く。面倒くさいからじゃなく、聞くに堪えないからだ。
 
 思い返すようにして状況描写を濃く、父のこと破産のこと引き取られたことババアのこと虐められたこと登校拒否になった経緯などを語ってきた。
 
 女の子の声が微かに震え始め、顔を寄せられた胸元のシャツが涙で濡れる。
 
 話終わるころには、女の子はバイブレーション機能をMAXにしてブルブルと擬音が聞こえそうなほどに震えていた。
 
 流石に俺も根まで非情じゃない。流れに任せて女の子の背中を撫でるように摩り続ける。
 
 
「ひっ、これでぜ、んぶ。ひっひぃっ……」

「あーはいはい。怖かったな苦しかったな、心細かったな寂しかったな」

「ひぃっひいぃっ……!」

「毎日は勘弁だけど。まぁ今日くらいは我慢しなくてもいいだろ」


 既に1回この前の件で謝りに行ってるしな。
 
 
「ひっひいぃ~~~っ! ひ~~~~ぃっ!!」

 
 嗚咽混じりに甲高い声を上げながら、女の子は顔を胸元に押し付けてきた。
 
 なぜに女の子に泣き付かれないといけないのかほとほと疑問だけど、まぁこんなことがあったとさ。
 
 20分後くらいには元通りの女の子に戻っていたし、さほど問題でもないだろう。
 
 
「―――でさ。いつまでこうしてるつもりだよ」

「もう少し」

「用件すんだろ」

「わたしこうしとくからライトノベルでも読んでるといい」

「集中できません」

「じゃあ我慢して」


 時計を見やると結構な時間が経っていた。
 
 なるほど、たしかに女の子の暇つぶしになってるな。俺からしたら時間の浪費でしかないんだけどさ。



△▽

今回25行前後少ないです。でも書き足せませんでした。



[9140] 17話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/07/14 03:24
「あっづっ……」


 バイト先から出た途端にムワッとした熱気に襲われて思わず顔を顰めてしまう。
 
 独特の湿気の多い暑さが、もう夏だということを実感させてくる。
 
 そういえばもう、女の子が居候するようになってから3ヶ月とちょっとか。時間の流れが速すぎて切なくなってくるな。
 
 速く家に帰ってラノベでも読もうと早足で帰宅する。
 

「っうぉかうぇりぃーッ!!」


 愛しき我が家に帰ろうと扉を開けた直後、飛び掛ってきた女の子に羽交い絞めにされた。
 
 見計らったようなタイミングからして階段を上がる音で気付いたんだろう。女の子の奇行はこれが初めてなんてことがあるわけが無いので、別に驚かない。
 
 踏ん張りを利かせて押し出そうとしてくる女の子のパワーなんて高が知れている。
 
 逆に押し返して家へと入る。
 
 家の中はクーラーが利いているようでかなり涼しい。家賃諸々は親持ちだ。
 

「バナナを買ってきました」

「っエロく食えと申すか」

「お前変態マジ変態」

「ぐへへ」

「外見に見合わない笑い声を出すな。もっと清楚に『うふふ』と笑えよ」

「つまりわたしを自分好みの女の子にしようと」

「それなんて光源氏計画?」

「みんなLCL化。パシャッ」

「それは人類補完計画」

「四季が無くなって夏だけになってもう9年が経ちましたね」

「いつセカンドインパクト起こったよ。おい」


 数分の格闘の末に女の子を払い除けて台所へと向かう。
 
 調理器具を入れる棚からバナナハンガーを取り出して買ってきたバナナを掛ける。なんで掛けるかは知らないけど、まぁ掛けないよりは長持ちするんだろう。

 昨日の余り物と貰ってきた廃棄の弁当をチンして居間へと持っていく。
 
 
「そっちの袋は、何?」


 先にテーブルについていた女の子が俺の左手に提げたビニール袋を指差してくる。
 
 手櫛で何度も髪の毛を掻いている辺りさっきまで寝ていたんだろう。
 
 しかも多分……というか確実に俺のベットで寝てるな。なんだあれ、どうやったらあんな布団が乱れるの? 寝相悪すぎだろ、誰が直すと思ってんの? 死ねばいいのに。
 
 まぁこんな性格でも恥ずかしいとは思えるようで羞恥心で若干頬が赤くなっているのが見て取れた。
 
 
「缶コーヒー、ちなみに種類はブラックとマックスコーヒー。飲んでもいいけどマックスコーヒーは全部俺のな」

「実質ブラックだけですか」


 ちなみに内訳はブラック15のマックスコーヒー15の合計30本だ。縦割りオニギリと並んでときおり無性に飲みたくなるのが困る。

 ガラガラと音が鳴るビニール袋を下手で緩く放り投げると、難なく女の子はキャッチして中身を改めた。
 
 
「なんという一方通行」

「一方通行? ……あー、禁書か。2巻の途中で切ったからあんまわからん」


 禁書と言ったらそげぶ(そのふざけた幻想をブチ殺す)位しか知らない。でも姫神可愛いよ姫神、姫神超好み。
 
 飯を机に置き、女の子からビニール袋を返してもらってベランダの一角に放置する。コーヒーはヌルいのが一番美味い。
 
 干された俺と女の子の服を見て洗濯を真面目にやっていることを確認してから部屋へと戻る。
 
 戻ってみると、角度が変わったせいか乱れたベッドが余計に目に入る。
 
 とりあえずグチャグチャになった掛け布団だけでも元に戻そうと思い、布団を持ち上げる。ホコリ? 知るか。
 
 壁とベットの隙間に落ちていた俺のシャツを引っ張り上げ、広げやすいように畳んで置くと、あるベットのある一点に目がいった。
 
 その場所を摩ってみるとタメ息が口を突いて出た。
 
 無言で視線を向けてみれば、涼しいはずの室内で不自然に額に汗を溜めて食事をしている女の子がいた。
 
 
「お前さ」

「……う、うい?」

「もうこの際俺のベッドで寝るなとは言わないからさ、ヨダレとかマジやめてくれ」

「……バカでよかった」

「あ?」

「なんでもない。あはは」


 ベッドのシーツの濡れている所を指さして言うと、珍しく女の子は動揺した様子を見せた。
 
 指摘されて恥ずかしいのか顔を真っ赤にして女の子は俯いたまま頷いた。
 
 ヨダレとかガキですか。……いやまぁ、俺も講義中に寝てノートをヨダレでダラダラにしたことはあるけどさ。
 
 しわくちゃになっていたシャツを洗濯機へと投下して女の子の対面へと座って俺も食事をする。
 
 見れば女の子はまだ頬を朱に染めていた。
 
 
「俺の居ない間なんかあった?」

「宅配便を装った変態さんに襲われました。わたしも欲求不満でつい……」

「どこの人妻エロ漫画だよ」

「未成年に加えて女の子に正面向かってエロ漫画とか言わないでください。汚らわしい」

「その話題を知ってるお前のほうが汚らわしいよ」

「知識は人を豊かにするとよく言われている」

「お前の頭のお花畑が豊かすぎる件について」

「そろそろ出荷出来る頃ですね」

「そのまま焼却炉に直行だよ」

「数日後、そこには植物の楽園となった焼却場の姿が」

「蔦壁とか見てて鳥肌立つからやめてくれ」

「でも宅配便来たのは本当」

「ふーん」

「そこに置いてある」


 女の子が指差した部屋の隅を見てみると、たしかに宅配の紙が張られたダンボール箱が置いてあった。
 
 親からの仕送りは金で銀行振り込みだし……誰だ? 別に通販もしてないし。
 
 夕飯を終えて女の子と洗い物をも済ませ、女の子に風呂の準備をするように伝えた後にさっきダンボール箱を調べる。
 

「伯母さんからか」


 宅配の紙の送り主の名前を見た瞬間にピンと来る。
 
 ダンボールを開けてみれば。中身は米や調味料などの食料品だった。それと隅のほうに封筒が入っていた。
 
 封を切って見れば伯母なのに俺の母さんより母親然とした俺のことを心配した内容の手紙が入っていた。それと金、10万。
 
 内容は体は大丈夫かとかたまには顔見せに来いとか金はお小遣いだとか、要約すればどこの母親だよお前な感じな文面だった。
 
 とてもじゃないがあの外見からは想像出来ない言動だ。
 
 だって娘と姉妹に間違えられるほどだぞ、しかも伯母さんが妹。あの子もまだですよですよ言ってんのかな。
 
 早速携帯で伯母さんに仕送り(?)についてお礼を言う。金の件は「私は金持ちだからな」と言われて済まされた。本当に金持ちだし、正直ありがたい。
 
 切る間際に娘の声も聞こえたけど、まだですよですよ言ってた。
 
 
「お風呂沸いた。―――宅配誰からだったの?」

「ん、親から」
 
「そう。お風呂、先入る?」

「いやお前入れよ。その後に残り湯でお茶漬けするから」

「変態過ぎる。流石のわたしでも引いた」

「お前が引くとかどんだけ」


 いつも通り女の子が先に入る流れになり、女の子は脱衣所に消えていった。
 
 親戚からとか言ったら気分悪くしそうだよなコイツ。
 
 まぁ臨時収入も入ったことだし、今度の休みにまた女の子の服でも買いに行くかな。奮発して2万ぐらい。
 
 ベランダからブラックコーヒーを持ってきてちびちびと飲む。この苦味が美味しい。
 
 そのまま布団を敷きなおして寝転がりながらラノベを読む。
 
 過去話を聞いて以降、少しづつ遠慮(していたかは微妙だが)が無くなってき始め女の子の風呂は長くなっている。
 
 今では1時間ぐらい浸かっているのが基本だ。
 
 しかし1時間も風呂に入るなんて男の俺からしたら甚だ疑問だ。のぼせないんだろうか。
 
 
「別に、のぼせない」


 風呂から出た女の子に、実際に聞いてみると実に簡潔に答えてくれた。
 
 バスタオルをフードのように頭に掛けた女の子はそのまま台所へと赴き、なぜか炊飯ジャーを開けて茶碗にご飯を盛って机の上に置いた。
 
 さっき夕飯を済ませたのにまだ食うのか? と疑問の眼差しを向けると、女の子は小首を傾げた。
 
 
「……お茶漬けしないの?」


 ……。
 
 
「お風呂のお湯でか?」

「さっきそう言った」

「バカなの?」

「死ぬの?」

「たまにお前がアホなのかバカなのかわからなくなるな」

「どっちも同じ意味。カービィ64のラスボス戦」

「そんな無駄知識仕入れる前にもっと学ぶべきことがあるだろ」

「きっとわたしの良いダシが取れている」

「どこの釜茹で地獄だよ。とりあえずそのご飯直して来い」

「えー」

「えーじゃねえよ」


 女の子は指示通りご飯を直して、お茶漬けの元を持って戻ってきた。
 
 
「……どういうことですか?」

「いや、そのままお風呂に入れて啜るのかと」

「お茶漬け云々が冗談だと言うことに気づけ」

「!!」

「そんな驚く所かっ!?」

「……わたしを騙したのね」

「冗談真に受けすぎだろ」

「これも愛の形の一つかと思った」

「まず愛自体無い」

「……デレはいつですか?」

「ツン100%です」

「でも1%でも可能性があるのなら」

「ツン100%つってるだろっ!」

「戸愚呂120%というものがあってですね」

「これだからゆとりは……戸愚呂の最高は100%中の100%だよ。得た知識はちゃんと裏取ってから使え」


 家の3部屋ある内の台所・居間と続く最後の1つ、ラノベや漫画やDVDを保管した倉庫と化した部屋から幽☆遊☆白書のDVDボックスを持って来て該当する部分を流す。
 
 画面に映る戸愚呂が死ぬ間際まで120%と言うことは無かった。


「無知なわたしを許してください」

「許しません♪」

「でもゆとりって貴方の世代も含まれてるよね」

「!!」


△▽

話の日にちはけっこう飛んでたりする。
誤字修正しました。



[9140] 18話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/07/19 04:15
「くあぁっ……」


 眠気覚ましのブラックコーヒーを一気に呷り、顎が外れんじゃないかと危惧するぐらいに大口を開けて欠伸を吐き出す。
 
 反射的に口元に寄せた手に滲んで来た涙を拭き取らせ、再び視線を目の前の鍋に戻す。
 
 鍋の中では水がグツグツと忙しなく泡を立てて湯立ち、ついさっき投入された素麺を柔らかく解そうと頑張っている。
 
 換気扇を全開に回し溢れ出る湯気を外へと逃がすが、当然逃がしきれるわけも無く水分が顔にひり付く。
 
 クーラーを点けているため締め切っている擦りガラスの窓から、日の光が絶えず部屋の中へと入ってきている。
 
 そしてこの眠気。つまるところ朝だ。
 
 いつもなら寝てる時間だが、今日はそうも言ってられない。
 
 今日は大学の課題の調べ物のために少し離れた所にある大型の図書館へと行くつもりだからだ。
 
 俺は面倒臭がりの出不精だが、面倒事を後回しにするようなことはしない。だって、その後さらに面倒臭くなるから。
 
 「今日逃げたら明日はもっと大きな勇気が必要になるぞ」と、誰か言っていたけど名言だと思う。速くやって速く終わらすのが賢い面倒臭がりだ。
 
 俺の心の平穏のためにも、夏休みを目前に控えて面倒事を残すのは御免だ。
 
 茹でた素麺を居間へと運び、朝また俺と同衾していた罪により布団巻きにされていた女の子を開放する。
 
 
「ぷぁ、暑かったにゃ」

「次やったら今度はその状態で外に放置するからな」

「熱中症で死ねと申すか」

「申す申す」


 箸など諸々も一緒に用意して朝食に入る。のりスタ面白いよのりスタ、子供の頃ドンファン滅茶苦茶好きだったよドンファン。
 
 のりスタが見終わったのでチャンネルをグルグルと回して適当にCMがやっているのに止める。
 
 いきなり恥ずかしいCMが流れた。
 
 
「こんなの流されたら気まずくなるだろ。常識的に考えて」
 
「貴方と……合体したい」

「合体事故発生」

「オレサマ、オマエ、マルカジリ」


 あのCM作った奴は家族でテレビを見ることを考えてないな。というか、よく規制に引っかからなかったよな。
 
 サイレンのCMとは違った危険性があるぞ。
 
 食い終わった食器の洗い物は家事係の女の子に任せて俺は大学用のカバンからレポートと筆記用具を取り出し、別の小型のカバンに収める。
 
 ふいに外が気になり居間の窓を開けて顔を出す。
 
 一瞬で閉めた。
 
 見上げた窓から見える空は青々としており、昨日の雨が嘘のように晴れていた。詰まる所、蒸し暑い。
 
 夏の季節で一番厄介なことと言えば梅雨だ。ただでさえ湿気の高い日本の夏に、さらなるブーストを掛けてくれる雨は邪魔者以外の何者でもない。
 
 雨上がりの天気など考えたくも無い。肌にひり付く水分、流れ出る汗を吸収してベタつくシャツ、これだけで日本人は理解してくれるだろう。
 
 聞くところに寄れば、アメリカなどは湿気が少なくて日陰に入るとけっこう涼しいとか。
 
 一気に出掛ける意欲が無くなり、家でダラダラするという思考がチラつく。
 
 だがこうして居て事態が好転することなんて人生で一度も経験したことが無いと理解しているので、甘い考えを振り払い出掛ける準備を再開する。
 
 
「どこどこ。どこ行くの?」


 着替えを済ましてカバンを持ち上げていざ出掛けようと自分を励ましていると、洗い物を済ませた女の子が俺のエプロンで手を拭きながら寄ってくる。
 
 今日は何も無いことを伝えているので出掛けようとする俺を不思議に思ったんだろう。


「図書館。大学の課題で調べもんがあるんだよ」

「わたしも行きたい。……いい?」

「ヒント。家事しとけ居候」

「それはもうヒントじゃない。―――この家狭い。毎日掃除洗濯しても効率悪い。1日ぐらいしなくてもいい」

「……それは、一理あるな」


 女の子の言葉に促される形で見渡すと、以前とは見違えるように整理整頓された部屋が目に入った。
 
 試しにガッチャピンことムクたんが置かれている棚に指を滑らせて見てもホコリは指に付かない。さっき使っていた換気扇も、よく見ればピカピカに磨かれていた。
 
 気付かなかったが、女の子の掃除スキルは俺をとっくに超えていたらしい。
 

「綺麗だな」
 
「もっと褒めるべき」

「頭を撫でてやろう」

「わーい」

「よしよし」

「にゃーん」


 素直に感嘆の声を上げる。褒められて嬉しいのか女の子ニマニマとして笑みを俺に向けている。
 
 宣言通りに女の子の頭に手を乗せてワシャワシャと頭を撫でると、女の子は諸手を挙げて喜んでいた。
 
 
「心残りは貴方のエログッズを見つけられなかったこと」

「……無いぞ?」

「ベッドの下。布団の裏。押入れの奥。ラノベ漫画DVD部屋の中のどこにも無かった。貴方、隠すの上手」

「まずそんなの一度も買った覚えない」

「嘘だッ!!」
 
 
 猛然と否定されるが持ってないものは持ってない。あんな無駄の塊のような物に金を払う意味が解らない。

 身振り手振り口振りで俺がそういう類の物を一切所持してないのを順を追って確認させていく。最終的に屋根裏まで調べさせられたのは予想外だったけど。
 
 途中で自分が何をやっているのか気付いた女の子が羞恥で顔がほんのりと赤くなっていたのが面白かった。
 
 終わる頃には出発予定時間を少し回ってしまっていた。
 
 まぁその話は置いとくとして。―――たしかに今日ぐらい掃除しなくても良さそうなので、女の子に同行に許可出す。
 
 女の子の準備が終わる間に俺はベランダから缶コーヒーのブラックを持って来てチビチビと飲む。
 
 すぐさま女の子は着替えを済まして戻ってくる。以前俺が選んだ青いワンピースだ。
 
 
「―――案外、出来るもんだな」

「でもお尻少し痛い」

「大丈夫。慣れたら快感に変わってくる」

「や、やっぱり抜いて」

「嫌だね」

「そんな。鬼、悪魔」

「そんなこと言っていいと思ってんの? 決定権は俺にあるんだぞ。もっと深く押し込んでもいいんだぞ」

「あぁっ……そんなグイグイしないで、壊れちゃう」

「まぁ冗談もこれくらいにしてそろそろ行くか。あっちーし」

「そだね。あっちーし」


 自転車の前カゴに女の子を乗せたままの自転車で出発した。試せば出来るもんだ。
 
 途中予想通りと言うかなんというか、警察に見つかって怒られた。
 
 自転車を漕いで30分弱、都内某所の大型の図書館に到着する。ズラァーと並べられた自転車の端に俺のも並べて図書館へと入る。
 
 よく利いた冷房が気持ちいい。夏のいいところは冷風が気持ちいいことだな。
 
 
「大きいですね。広いですね。こういうのワクワクしますね」

「俺は何回か来てるからそんなワクワクしない。……ってか手離せ、地味に暑い」

「貴方が迷子になったら心配」

「年齢を考えろよデコすけ野郎」

「カップヌードルのCM?」

「惜しい」
 
 
 中にある自販機でつめたーい飲み物を飲んで掻いた汗が乾いたのを確認した後に女の子と別行動を取る。
 
 女の子はフラフラと長門のように歩いてどこかへ消え、俺は目的の本達がどこにあるのか備え付けの端末で調べる。調べ物のために、さらに調べるとはこれいかに。
 
 しかし図書館の本って寄付なのか知らないけど、たまに変な物も置かれてたりするんだよな。
 
 目を向けてみれば当時ブームだったエヴァンゲリオンの本が棚を埋め尽くしてたりする。
 
 目的の物を見つけ、該当する箇所を読んではレポートに書き込んでいく。
 
 こういう時パソコンがあれば楽なんだけど、以前パソコンの文章をソックリそのまま書いた奴が注意を受けていたことがあったのでやらない。
 
 冷房のお陰もあり驚くほどレポートに集中出来る。
 
 気付けば対面のテーブルに女の子が居た。エヴァの本を読んでいた。流石に退屈だっただろうか。
 
 最後の文字を書き終えた頃には2時間ほど経過しており、お腹も大分空いていた。
 
 目の前で腕を枕にして眠る女の子を起こして帰宅する。今度はちゃんと(?)後ろに乗せて帰った。
 
 
「よく寝た」

「寝るなら最初から家で寝とけよ。ヨダレ垂らさない限り文句言わないから」

「ヨダレ……」

「ってか手握るな暑い。ついでに2人乗りの時も肩に手を置くな、暑いから」

「どこに手を置けと」

「自分で考えなさい」

「……」


 結果、腰に腕を巻きつけてきた。接触面がより大きくなったのは嫌がらせか。
 
 家に帰ると即行でクーラーの冷房をONにする。……出掛けてる時は窓開けとかないとヤバいな。
 
 大分汗を掻いたので簡単にシャワーを浴びることにして、先に女の子に行かせる。
 
 その間に俺は昼飯の準備だ。レシピ本で余らせた素麺を加工する方法を探す。結構便利、レシピ本。
 
 持って来たブラックコーヒーを飲みつつページを捲る。
 
 結局この本には素麺の話がそんなに載っていなかったため、味付けが変わっただけのシンプルな物になった。
 
 どうして夏はこうも素麺の在庫は増えるんだろうか。伯母さんの仕送りにも入ってたし。
 
 冷麺なので暖めなおす心配も無く、風呂から出てきた女の子に待てをして俺もシャワーを浴びる。
 
 下着類を変えるとどれだけ服が肌に張り付いていたか実感させられる。後、風呂上りのクーラーの気持ちよさは異常。
 
 その後ちゃんと待てていた女の子と一緒に素麺を食って、後は各々の自由時間だ。
 
 俺はマックスコーヒー飲みながらラノベを読み、女の子は俺に許可を取って適当なDVDを観ている。
 
 流石に3ヶ月も一緒に過ごせば互いの沈黙も苦にはならない。
 
 
「ねぇ……」

「ん」

「エロい物ないって、やっぱり本当?」

「あんだけ探させといてまだ怪しむか」

「男の人、そういうの持ってるって聞いたから。お父さんも持ってた」

「……無いものは無いな。まずそんな後ろめたいもんがあったら、お前に掃除させない」

「ベクタートラップでなんとか。はいだらー!」

「アヌビスなんて誰がわかるんだよ。ちなみにADAは俺の嫁」

「セルヴィス可哀想です」

「空気だからしょうがない」


 時間は10時になり、女の子はいつも通りに布団を敷いて寝た。
 
 
「その前に布団を敷こう。な?」

「黙れ」


 女の子が寝たのを確認して、俺はテレビにイヤホンを繋ぎ深夜アニメとDVDを交代で観る。それとマックスコーヒー2本目も欠かさない。
 
 その間も漫画やラノベは手から離さない。充電タイムだ。いくら一緒に過ごそうと、精神が消耗するのは変わらない。
 
 そんな1人の楽しい時間を過ごしていれば時間の流れも速くなり、すぐに時計は夜中の2時を示していた。
 
 これ以上は流石に生命活動にも支障が出そうなので、いつも素直に寝ることにしている。病気になったら元も子もない。
 
 歯ブラシと洗顔を済ませてベッドにつく。延長された電気の紐を引っ張って消灯して横になる。
 
 とまぁいつもならここで寝れるはずなんだけど……流石にコーヒーを飲みすぎたか眠くない。
 
 体感時間的にちょっとヤバいと思えるぐらいに時間が経つ。必死に目を瞑って眠気を誘発させようとするがうまくいかない。
 
 焦りは禁物、いつの間にか寝れるはずと自分を落ち着かせる。
 
 
 その時だった。
 
 
 モゾモゾと布が擦れる音がした。俺は薄目を開けて音のしたほうを見た。
 
 闇になれた目は、暗い視界の中でもすぐにその姿を捉えることが出来た。
 
 群青色に感じる視界内でその赤い目だけが浮いていた。
 
 敷かれた布団の上に立ち尽くす女の子の意図は読めず、トイレか何かだと当たりをつけていたが、それは違っていた。
 
 まるで引かれる様に、音を立てないようにすり足で女の子は俺の方へと近づいてきた。
 
 俺を見下ろす位置までやってきた女の子は腰を屈め、寝ている俺と同じ高さに目線を持って来る。
 
 反射的に俺は瞼を閉じてしまい、外部の情報が一切わからなくなってしまう。
 
 胸の鼓動は変わらないが、微妙に恐怖の気持ちが滲み出てくるのを感じる。
 
 ふいに、唇に何かが触れた。
 
 
「っん……」


 吸われた。すぐに何かは離れ、自分の唇に濡れた感触が残った。
 
 濡れた部分が冷房で冷やされて乾く前に、再度何かがまた触れた。
 
 
「……っん、ちゅ」


 女の子の喘ぎを押し殺したような声。そこで既に理解した。これが女の子の唇だと。


「ちゅ……ちゅ、ちゅぅ。んっちゅ……はむっ……」


 啄ばむ様に何度も何度も女の子は俺に口付けてくる。
 
 女の子の髪のような物が頬に当たるが、すぐにその感触は無くなる。
 
 その後すぐに女の子は俺の頬に手を当てて若干角度を変えてくる。そしてまた唇を吸われた。
 
 
「んっ、はぁ……―――わたしだけ、なのかな。わたしがおかしいのかな。欲しくなるのは、わたしだけなのかな」


 一際大きく口を吸われた後、女の子は誰に言うわけでもなく1人呟いていた。

 今日が初めてじゃないらしい。
 
 
「こういうことしてるってバレたら嫌われる、かな。……でも、我慢出来ない。ちゅぅっ……」


 存分に口を吸った後、女の子は俺の隣に体を滑らせて俺の腕を抱いた。
 
 女の子の息が首筋に掛かってくすぐったい。
 
 
「気付いてください。わたしの気持ちに気付いてください。でも、気付かないでください」


 それっきり女の子は口を開けなかった。寝たのだろう。
 
 俺は思った。
 
 
 どうでもいいや。
 
 
 と。


△▽

一物抱えてるのは女の子だけじゃないのかも。あと作者はXXX的なものを書いた経験がありません。



[9140] 19話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/07/19 04:14

 雰囲気が大分違います。ご注意ください。








 俺は面倒臭がりだ。何度も今までに言ってきたことだと思う。
 
 それは俺の性格であり、この先永遠と変わることが無いであろう本質だ。
 
 変えようとは思わない。悪いことだと思わないから。
 
 俺は変化を望まない。変わる、ということは何かが起こるということだ。
 
 自分の変化、環境の変化、人間関係の変化。多々ある。
 
 どういう風に変わるかはその時次第で判らないが、1つだけ共通することがある。
 
 共通して言えること、それは総じて面倒臭いということ。
 
 変化は一部例外を除いて殆どが自分を中心に起こる。その規模に応じて、心身に掛かる疲労は加速度的に増して行く。
 
 その先に何が待っていようと、面倒臭いという時点で俺にとってはマイナスでしかない。
 
 だから俺はいつも平和を願っている。誰よりも。
 
 平和とは一定して揺らがない日常のことだ。
 
 出来事に起伏は無く、問題も起こらず、今を安心して過ごすことが出来る全人類が望んでいるであろう、壮大な願いだ。

 逆に言えば、進むことを止めて停滞し続ける堕落した時間とも言えるが、それの何が悪い。
 
 一寸先は常に闇であり、進めば前より悪い結果が待ち構えているかも知れない。
 
 それなら今現在を甘んじて受け入れて過ごすほうが、よっぽどストレスが掛からない。
 
 そんなギャンブル的な要素がふんだんに詰まった行動なんて、とてもとても出来ることではない。
 
 けど、そのまま変化しないで過ごしていける人生なんて、ありえないことを俺は知っている。
 
 生きていれば常に状況は動く。
 
 周りが放っておいてくれないから、挙動1つ言葉1つにもそれは過敏に反応する。
 
 どれだけその時の平和が続こうといつかは必ず崩れる。時間を掛ければ掛けるほど、取り返しのつかないことになりながら。
 
 今に固執し続けるが故に選択を誤り、用意された未来が腐り果てた結末へと変わることになる。
 
 限界まで縋り付いてきた平和から放り出された人は、見るも無残なそれを見て必ず否定するだろう。
 
 こんなはずじゃなかった、本当はこうだったんだと、自分の自業自得を棚に上げて喚き散らし必死にあるはずも無い最良の未来を模索する。
 
 そうして選択して得た答えは、面倒臭いでは済まされない最悪な結果だ。
 
 永遠不変の平和なんてありえない。
 
 大事なのは変化の予兆を見逃さないこと、そしてそれに対する心構えを持つことだ。
 
 賢い面倒臭がりは、起こる変化を少しでも自分の希望に沿うように受け流そうと努力する。素早く堕落した平和に戻れるように。
 
 
 で、なんで開始早々いきなりこんな話をするかと言えば、俺の過去の話をするためだ。
 
 昔の俺はその力が足りてなかった。
 
 
(……?)
 
 
 ……あーいや、違うな。“足りてなかった”だと「努力はしている!」と言ってるみたいだ。どこの獅子戦争の裏の英雄なんだか。
 
 言い換える。
 
 昔の俺は、目の前の出来事に対して何もしようとしない無知で無力なクソガキだった。
 
 この方が正しいな。うんうん。
 
 言っておくけど、昔の俺であって今の俺じゃない。多分に自分でも成長していると実感はしている。
 
 俺がそういう風に成長したのも変化があったからであり、ぶっちゃけ言えば選択を誤る所か時間切れによる最悪最低の結末を体験しているからだ。
 
 事勿れ主義、とでも言うんだろうか。
 
 昔の俺は大して深くも考えず、自分の望む通りにしか物事を受け取らなかった。
 
 綺麗な表面部分にだけ固執して、重要な裏も含めた全体を見ようともしなかった。
 
 そしてもしそれが元で事が起きたとしても、無知を盾に知らぬ存ぜぬで通し全てを他所に押し付ける無力で他者から見ればイラつくことこの上ない考え方をしていた。
 
 正直、もし過去に行けるんだとしたら昔の俺をボッコボコにしに行くだろう。
 
 所謂、黒歴史だ。今思い出すだけでも死にたくなる。
 
 といっても世界は思っている以上に上手く出来ているらしく、責任者が責任を取らなくても時間と被害は掛かるもののその考え方で大方収まってしまう。

 それがまた昔の俺の身勝手に拍車をかけていたんだろう。
 
 そうして自分の間違いに気付かない(“気付けない”では無い)から、そういう事件が起こってしまった。
 
 元より穴だらけのその考え方の最大の穴である“他所に押し付けることが出来ない事態”を突く形で。
 
 
 けっこう前に、俺の家が波風の立たない幸せな家庭だったとか発言していたが……すまんありゃ嘘だ。
 
 正確には、波風が1度立った幸せな家庭、だ。
 
 曲がりなりにも俺は家族を愛しているから幸せって部分は外さない。例え今がどんな状況だったとしても。
 
 話は逸れるが、俺は性欲が薄い。……んーここ最近、朝以外勃っていることが無いからもしかしたら既にもう枯れているのかも知れない。
 
 それは美人な女の子が、いつでも手が出せるほどに近くにいながら1度も欲情している場面がない事からも分かってもらえるだろう。裸も2度見ても、どうでもいいと思ってるしな。
 
 一言で纏めれば不能って訳なんだけど、それにはちゃんとした理由がある。
 
 ―――ちゃんと、と言うか何と言うか……原因と言った方がしっくり来るな。使わないけどさ。
 
 不能だとか自分を卑下にするようなことを多数言ってるが、それは生まれついての物じゃあない。
 
 後天的に身についてしまっただけだ。もちろん望んで得たわけでもない。
 
 不能になる前は、嵐のような(歳相応)性欲もちゃんとあったし、経験したこともある。
 
 簡単に言えば童貞じゃない。
 
 「行き成り何自慢話にシフトしてんのコイツ?」と思われてると思うが、話には起承転結ってものがあるから我慢して聞いて欲しい。
 
 話を戻す。
 
 なんで否童貞不能云々かを語ったかと言えば、その理由が今から話すことに含まれているから。
 
 
 俺の家は母方の祖父母を含めた7人家族だ。内訳は、祖父ちゃん祖母ちゃん、母さん父さん、俺、二卵性双生児の妹1号妹2号。
 
 そこらを探せば3つ4つは見つかりそうな極々普通な家族構成だ。
 
 今思えばけっこう個性豊かな面子だったけど、家族同士嫌い合うことは無く、円満な家庭だった。
 
 家族という繋がりは堅い。
 
 その言葉1つでお互いを思いやれるようになる。例え嫌っていたしても、それは慕い方の1つにだってなりえる。
 
 家族という要素は、平和を長続きさせるのに有効に働く。
 
 そういう視点からも俺は家族が好きだった。大好きだった。今も好きだ。
 
 重要なのは“硬い”じゃなく“堅い”と言う事。
 
 家族の繋がりはたしかに強い。並大抵のことじゃビクともしない。反面、もし揺るぐようなことがあればそれは致命的な崩壊を意味することになる。
 
 一度崩れれば修復は困難であり、もしかすれば一生直らないかも知れない。
 
 お互いを深く理解しているからこそ、お互いを許すことが出来なくなる。最も気を許せていた相手だから。
 
 前置きはここまでにして置くことにする。
 
 後、記憶を掘り返して場面を描写することも出来るけど、それをすると俺の心が持たないので端的に文章だけで伝える。
 
 
 俺はその時高1であり高校に入学し立てってこともあってかなり浮かれていた。友達も沢山出来たし、好きな人だって出来た。ちなみに初恋だった。
 
 毎日が楽しかった。1週間が過ぎるのなんてあっと言う間だった。補習が面倒臭いのは知っていたので勉強も熱心にしていた。
 
 その時が一番俺の人生が充実していた。今の俺なんて比べ物にもならないほどに。
 
 好きな人のメールアドレスを手に入れようと必死な所なんて、思い返してみれば我が事ながら微笑ましかった。
 
 始めて話をした時なんて夜も眠れなかったのを覚えている。向こうがどう思っていたかは別として幸せだった。……今思えば、自分から変化を求める時点でどうかしてるけどな。
 
 そうしてそんな平和がいつまでも続くと思っていたが、そうはいかなかった。
 
 予想外も予想外だった。
 
 妹2号から告白をされるとは、夢にも思わなかった。
 
 ちなみ垂れ目で髪が短くてバカなのが妹1号、釣り目で髪が長くてバカじゃないのが妹2号だ。
 
 まさかの肉親。まさかのダークホース。というか、あんな俺をなんで好きになったのか今も甚だ疑問でならない。
 
 冗談かと思い笑ってみれば、至って真剣な表情で涙を浮かべられた。
 
 焦ったね。大いに焦ったね。毒舌気味な妹2号が初めて見せるそんな姿に、正常な判断力などすぐに奪われた。
 
 とにかく泣かすなと、兄である俺が告げて俺は宥めた。
 
 聞いてみれば思春期に入る頃から俺のことが気になっていたらしい。妹は1つ下のその時は15だった。今は19だ。
 
 恥ずかしすぎて詳細はカットするが、俺の好きな所を並べ立てられた時には卒倒しかけたね。
 
 で、散々語った上で泣き腫らした顔でもう一度確認を取られた時に、
 
 
 俺は選択を誤った。
 
 
 妹2号を受け入れた後を考えるより先に、俺は断った後のことを考えてしまった。
 
 関係の悪化を予想してしまった。家庭の崩壊を予測してしまった。その先にある自分の評価の墜落を気にしてしまった。
 
 気付けば妹2号のご機嫌を取る言葉をポンポンと口が量産していた。
 
 場の雰囲気に流されて抱きしめて、自分も好きだと心にも無い事を言った。
 
 妹2号は喜んでいた。心から。

 あの無垢な笑みを思い出すと胸が痛む。優柔不断だった自分に腹が立つ。
 
 その日から俺は崩壊へ向かうだけの仮初の平和をただ延命させるだけに躍起になっていった。
 
 妹2号が望めば何度だって愛を囁いたし、いくらだって抱きしめた。
 
 その時には、自分でも気が付いていた。良くないことをしていることを。
 
 そうこうしている内に妹2号の欲望はエスカレートしていき、ついにはキスを求められることになる。
 
 頬を染めて目を閉じて俺を待つ妹2号に口付けをした時の気持ちは一生忘れることはないだろう。
 
 一言で言い表そう。
 
 
 おぞましかった。
 
 
 家族として肉親としての、超えてはいけない一線を越えてしまった不快感は飛び切りの物だった。
 
 体全体に痒いほどに鳥肌で立つのが分かる。
 
 唇を離した後の妹の発情した表情を見た瞬間には吐き気すら湧き上がった。
 
 家族はどこまで行っても家族であり、それ以上にもそれ以下にも変わることは無い。
 
 恋の対象になど、異性になどなりえるはずがなかった。俺の中でいつの間にか決め付けられたその倫理観は、絶対のものになっていた。
 
 ましてや性の対象になど、ありえない。
 
 だが、それでも俺は崩壊しかけた平和にしがみ付いた。もはやただ延命だってことにも気付いていたよ。
 
 だけど、その時の俺には何かを失う勇気なんてなかった。
 
 自分の否定の言葉1つで変わってしまう状況が怖くて仕方なかった。
 
 道がこれしかなかった。
 
 以前まで輝いてすらいた人生の山場から急降下で転がり落ちた俺には、幸せそうな連中が妬ましく仕方なかった。
 
 何も変わらない日常が、妹2号の逢瀬の言葉1つですぐに非日常へと変化する。
 
 毎日飽きもせず体を寄せ合い、唇重ね合い、知らない内に舌すら絡ませあっていた。
 
 注ぎ込まれた妹2号の唾液を飲み込む度に、喉が痺れるような不快感に悲鳴を上げていたのを覚えている。
 
 そんな俺の理性とは裏腹にも体は正直だった。
 
 不快感はあった。半端無いぐらいにあった。でも、欲情していることもたしかだった。
 
 最終的には妹2号から懇願ではあったけど、俺はそれに応じて妹2号の初めてを奪った。
 
 俺も初めてだったのはいうまでも無い。
 
 付き合っても居ない初恋の人に対して、途方も無い罪悪感を感じた。今となってはどうでもいいことだけどな。
 
 そうして結果何度も体を重ねた。理性的な不快感もあったけど、肉体的な快感もあったから。
 
 妹は俺に溺れ、俺は妹2号の体に溺れた。お互い様だった。
 
 内心、妹の体しか求めない自分自身への罪悪感は既にこの時点で限界まで来ていた。
 
 そうして1年近くが経過して、関係も爛熟して腐り落ちる頃合がやってきた。
 
 妹に対しての色々な罪悪感に押し潰された俺は、ついに変化を求めた。
 
 長い月日を掛けて蓄えて勇気を振り絞って、俺は妹2号に俺の胸の内の全てを吐き出した。
 
 本当は好きじゃなかったこと、家族としてしか見れなかったこと、体しか求めてなかったこと、コーラよりコーラゼロの方が好きだったということ。
 
 結果は、まぁ刺された。
 
 ヒステリックを起こして自殺しようとした妹を庇って、腹に深ぶかと包丁がのめり込んだ。
 
 自業自得ここに極まれりだったよ。ちょうど死にたいとも思っていたしな。出口無さ過ぎて。
 
 結果は、こうやって物語を語っている俺が居るわけだから生きているわけだけどさ。
 
 気付いたら病院に居て、起きて少しして両親と妹1号がやってきて泣かれた。妹2号はこなかった。
 
 そうして、読心術でも覚えていそうなナースのお姉さんに介護してもらって日々を過ごしていたある日に、妹2号がやってきた。
 
 話せば長くなるけど、まぁ一応和解した。
 
 昔のように妹としてでいいから家族として居させて欲しいと言われて、刺されたことを根に持って断るほどに俺は冷たくなんて出来なかった。元を正せば俺が悪いのにな。
 
 で不能云々の話だけど、その時には既に不能になっていた。
 
 お見舞いに来た友人が持って来たエロ本を見ても何も思わなかったし、外的刺激に反応しなかった。
 
 読心術ナースさんによれば心因的な物らしい。何も聞いてないのにズバリと言われて驚いた。
 
 心辺りは在り過ぎるのですぐに納得は出来たけど。
 
 退院した頃に聞いたが、その時には初恋の人は別の人と付き合っていた。相応にショックは受けた。
 
 
「―――……ん」


 いつのまにか寝てれたらしい。時間を見ればまだ6時だったけど、目は異様に冴えていた。
 
 目の前には静かに寝ている女の子が居た。体を丸めて俺の腕を抱いて、穏やかな寝息を立てていた。
 
 
「しっかしなぁ……」


 昨日のことを思い出す。
 
 こんな背格好でも欲情はするんだなぁ。しかも好きでもない奴にキスするぐらいに淫乱。
 
 気付いてくださいってなんだよ。
 
 あれか? わたしの性欲に気付いてくださいってか?
 
 俺が性欲無いって言ったらどうなんだろコイツ。


△▽

平和な話ばかり書いてるとたまに重くてグログロとした話も書きたくなる不思議。逆もまた然り。



[9140] 20話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/07/21 09:36

「じー……」

「……」

「じ~……」


 卵焼きを口に運ぼうとすると、女の子は途端に箸を止めて見詰めてきた。
 
 テレビに目を向けていた俺も流石に口に出して注目されると気にもなる。目にオーラを集めて凝でもしてそうな集中っぷりだ。
 
 中空で卵焼きを抓む箸を止めて半目で視線を送るが、女の子は気にもせず目の前にある卵焼きを凝視し続ける。
 
 しょうがなく諦めて口を開けると女の子も釣られて多分無意識に口を開ける。「じー」が「びゃー」になる。
 
 卵焼きを口に収めてモグモグと食してゴクンと飲み込む。
 
 
「……美味いよ」

「―――!」


 俺が感想を述べると同時に女の子の顔が喜色満面になる。
 
 ここまでくれば分かると思うけど、今食べた卵焼きは女の子が最初から最後まで1人で作った料理だ。
 
 簡単なレシピでも世界の意思が働いているのか上手く出来ない女の子が初めて1人で成功させた料理だからか、物凄く気になるらしい。
 
 焦げてもいないし生でもない、形は多少不恰好だが味はまったく問題ない。
 
 白米がセットで付いて来るのに、味が甘いのはどうかと思うがそれは人の嗜好しだいだろう。
 
 普通に成功してる料理だ。
 
 嘘じゃない事を証明するために2口目を口に放り込むと、女の子は祈りを捧げるような腕組みを開放して、ホッと胸を撫で下ろした。
 
 
「そこまで喜ぶことか?」

「わたしだって女の子。美味しいと言って貰えれば嬉しい」

「それにしたって涙まで出すこと無いだろうにさ」

「貴方限定」

「ジャンプでやってた河下水希の漫画?」

「……それは初恋限定」


 新連載おめでとう。
 
 黙々と料理とスーパーの廃棄を食して食器を片付ける。しかしなぜか食器洗いは俺の仕事になってるな……まぁ食器割られても困るし、いいか。
 
 食器を洗い終えると居間に女の子の姿は無くなっており、代わりに脱衣所の明かりが点いていた。
 
 既に女の子は湯船の中らしい。今更だが好き勝手に使うようになったなぁ。
 
 女の子のお風呂好きは以前から知っているのでDVDを見ながら適当に寝転がる。
 
 ブラックコーヒーを飲みながらボッーと画面を見続け、女の子が上がってくるのを待つ。
 
 今日は暑かったから汗掻いて気持ち悪いし速く入りたい。バイト先の倉庫、夏になるとサウナになるから辛いわ。換気扇ぐらい付けてくれ。
 
 頬に触れるとペタペタとベタつくので洗顔ペーパーを風呂まで中継ぎに当てる。
 
 顔を拭き終えると首や鎖骨に腕が伸びる。最終的に脇まで拭いた。
 
 ちょっと気になったので首を曲げて脇に目をやる。毛1つ無いまっさらな素肌が広がっていた。
 
 何で生えないんだろうか。聞いた話だと大人になると生えるらしいが……流石に俺ももう大人なんだと思うだけどなぁ。
 
 小さく溜息を吐いて目線を戻すと、途中で女の子が見えた。
 
 お湯で上気した湿った肌をバスタオルで覆い、更にもう1枚頭に巻いて女の子は俺を見下げていた。
 
 ポタポタと股から水滴が落ちてる所を見ると急いで出てきたようだ。てかタオル無駄遣いしすぎ、1回1枚が基本だろ。
 
 
「おー偉く大胆な格好だなお前。ライダーのコスプレか? 出来ればアヴェンジャー希望なんだけど」

「暗に全裸になれと」

「腰に布巻いてるから半裸だよ」

「そんなことはどうでもいい」

「じゃあ話に乗るなよ……」

「お風呂のシャンプーが切れてる」

「シャン……あぁ切れてたな、たしか。……てか呼べよ。その状態で来たら床が濡れるだろ」

「さっきから呼んでた。何回も」

「……全然聞こえなかったわ」

「替えはどこ」


 たしかシャンプー切れてたんだっけな。昨日俺が使った時に無くなったことを思い出す。
 
 
「死にたくなかったら速く教えるべき。あと10数える間だけ待ってあげる」


 女の子は指を拳銃の形にして俺に向けると何故か脅してきた。
 
 前から思うけどなんでこういう時コイツは上から目線なのか。
 
 
「10……9……8……7……ヒャアッ! 我慢出来ねぇ0だっ!!」

「きさま! それでも人間かっ!」


 デコをツンツンされた。

 フロントミッションガンハザード懐かしすぎる。


「……遊びが済んだ所で速く教えて」


 やっと羞恥心が来たのか、仕切りにバスタオルを気にしながら女の子が再度問いかけてくる。

 正直言えばツンツンする時にしゃがんだ拍子に見えたんだけどさ。

 言うと五月蝿くなりそうなのですぐに脳から破棄する。


「無い」

「こやつめ、ははは」

「ははは」

「……まじで? まじんがーで?」

「うん」


 10分後。


「うぅ……ベタベタする」


 現在女の子を連れて外出中である。理由は言わずもがなシャンプーの買出しだ。
 
 カラスの行水程度で出てきたせいか、女の子の肩はションボリと項垂れている。
 
 バイト先のスーパーは閉まっているが、少し離れた所だとまだ開いているので希望を捨てず熱帯夜を歩く。
 
 女の子がなぜ居るのかと言えば、俺が女の子の召使いでもなんでもないから。
 
 シャンプー切れたから買ってきてと居候に言われて素直に買いに行くほど俺はお人良しじゃない。
 
 さらに言えば女の子が着てからシャンプーの使用量が大幅に増えたから。
 
 視線を女の子に向けると、月の光で女の子の髪の長い髪が銀色に輝いて靡いている。
 
 最初に会った時より更に長くなっており、今は腰ぐらいにまで伸びている。前髪は自分で切っているが後ろは無理らしい。
 
 今度美容院に行かせるか。流石に床屋だと嫌がるだろうし。
 
 
「水浴びだけだと余計臭くなるのに……」


 ……。

 しかし、俺が連れてきたわけだけど、女の子の独り言が若干ウザい。
 
 アヒル口でブツブツと文句を垂れながら後ろを付いて来る女の子は、聞いてくれと言わんばかりに掴んだ袖をクイクイと引っ張って興味を引いてこようとする。
 
 
「速くお風呂入りた―――ひゃっつっ!?」


 今日確実に女の子より汗を掻いているだろう俺としても気になったので、立ち止まって女の子の髪を一房持ち上げる。
 
 首を曲げて鼻を近づけてにおって見るが、別に臭くもなんとも無い。
 
 
「な、なに、あっうぁっ!? あっ首、やめ……っ!」
 
 
 ビクンと跳ねて何故か固まっている女の子の首元を嗅いで見るが、これもまた別に臭わない。
 
 
「気にしすぎだろお前。あと、道路に座り込むと汚いぞ」

「……貴方が変なことするから腰の力抜けた。このザ・変態」

「じゃあもっと嫌がれよ」

「……そんなに嫌じゃないもん」

「なんだよ、元から臭くない自信あるのかよ」

「っう。……そんなことよりおぶるべき」


 「んっ」と両腕を広げておんぶを促される。
 
 なんでこんなクソ暑い中肌合わせなきゃならんのかと思ったが、腰を抜かした負い目もあるので嫌々ながらおぶってスーパーまで行った。
 
 シャンプー買うついでにアイスも買って帰った。
 
 抹茶アイス美味しいです。ついでに言うと女の子はチョコチップミントだ。
 
 
「お風呂上りのアイス楽しみですね! ワクワクしますね!」


 根はやっぱり子供なのか夏に食うアイスが嬉しいらしく、帰り道は女の子はテンション高くスキップして帰っていた。
 
 さっきまでの機嫌の悪さが嘘のようだった。
 
 家に帰ると付けっぱなしのクーラーの涼しさが身に染みる。クーラーはいいねぇ、クーラーは人類が生み出した文化の極みだよ。
 
 女の子はすぐに脱衣所に駆け込んでババッと服を脱いでお風呂へ直行した。
 
 ……カーテン閉めろよ。
 
 風呂待ちついでにベランダからマックスコーヒーを取り出すと、ほんのり暖かかった。
 
 
「……地球温暖化もバカに出来なくなって来たな」


 その後原因がクーラーの室外機の熱風に寄る物だと判明して置き場所を変えた。
 
 アイス効果でいつもより早めに女の子は風呂から出てきた。髪拭きもソコソコといった状態で、冷凍庫からアイスを取り出す。
 
 
「……なんでそんな食い方してんの」

「両儀式流」

「そういうと何かの流派みたいだな」


 見ていたDVDを当該する場所まで巻き戻す。
 
 画面には、アイスを太ももに挟んで片腕で不便に食べている女性が映っていた。
 
 4月1日に過去視の出来る人限定で未来福音の映画やってたらしい。見たかった。

△▽

不幸の上に成り立つ幸福が大好物です。
誤字脱字修正、一部ずっと勘違いしてるやつあり



[9140] 21話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/08/03 16:16


「うっ……また噛まれた。蚊、鬱陶しい……」

「蚊を可愛い女の子に擬人化すると鬱陶しくないぞ」

「血を吸いに来るメスは全部交尾産卵済み。血を吸うのは卵の栄養を得るため」

「一瞬にして蚊が悪女に変換された」


 夏休みに入った。
 
 冷めたように言っているが内心「イヤッホオォォ!!」な状態であり常時ヘヴン状態である。
 
 ついでに、聞くと女の子はそのゲームをやったことがあるらしい。激しく将来が心配になった。
 
 さて、去年は高校時代より長く設定された夏休みに惑わされてレポートが終わらず悲惨な目に合ったが今年は違う。
 
 兼ねてからサボらずにやってきたモチベーションを維持し、夏休みの宿題のレポートに突撃する。
 
 夏休みに入ってから毎日図書館に通い詰め、レポートを文字で埋め尽くしていく。家に居たら間違いなく出来ない。
 
 女の子のほうも溢れる暇を持て余してついて来ては机に突っ伏して寝ている。
 
 今では着いて10分もしない内に即行で寝に入る。何しに来てるんだお前は。
 
 
「毎日遅くまで飽きもせずよく宿題を出来る。わたしなら計画立ててゆっくりする」


 女の子は足をブラブラさせて、腕をクッションに顎を下ろして詰まらなそうに俺のレポートを覗く。
 

「最終日まで宿題の恐怖に怯えるなんて嫌だろ。何をしてても宿題のことが頭の隅にあるんだぞ、軽く欝になれる」

「前から思っていたけど、貴方の思考回路は少しおかしい」

「物凄くお前が言うなと叫びたい」

「図書館の中心で?」

「ここは端だよ」

「愛なら喜んで受け取る」

「レンタル制。1分50ぺリカ」

「延滞し続ければお金を払わなくていいと閃いたわたしは天才?」

「変態です」

「男はみんなエッチだと聞いた」

「じゃないと人類滅亡してるだろ。繁殖的な意味で」

「こんな身近に滅亡の種がっ!」

「14にして子作りを身近とか言っちゃうお前マジ変態」

「昔はわたしぐらいの歳で嫁いでた」

「ロリコンが許容される素晴らしい時代ですね。側室とかいう公然浮気制度も完備」

「なんという理想郷。よーしみんな、タイムマシンに乗り込めー」

「わぁい」


 航時機でも可。
 
 喋っているとどうしても手の動きが遅くなってしまうので、会話もそこそこに黙る。
 
 女の子も慣れたことなので幾度か俺の宿題を邪魔した後、いつも通りに机に突っ伏して寝始めた。
 
 女の子の小さな寝息と僅かな雑音、それとボールペンを走らせる音だけが俺の周りを支配した。
 
 割ったらウン十万はしそうなデカい窓ガラスから漏れてくる光が、オレンジ色に変わり始めたのを確認して席を立つ。
 
 レポートをカバンに突っ込んでから女の子の肩を叩いて起こす。
 
 気だるそうに目を擦る女の子を連れて家へと帰る。帰ればすぐに食事の用意だ。
 
 女の子が買ってきた食材を俺が料理本を見ながら調理して、それを女の子が後ろから観察するというのが最近の日課だ。
 
 たまに包丁を握らせたりもする。
 
 いくらか戸惑ったが、ロールキャベツという食欲が低下しがちな夏だと糞食いづらい料理が完成した。
 
 正直言うと調理する間に食う気力がゴッソリ失われている。今年の夏もまた体重減るな。
 
 白ご飯は無しにして、ロールキャベツだけを食うことにする。ちなみに女の子は白ご飯も食っている。
 
 
「……うん美味しい。貴方も随分と料理が上手になった」

「なんでちょっと上から目線なのお前?」
 
 
 女の子がロールキャベツを咀嚼して飲み込むのを確認する。
 
 失敗はしてないようだ。俺も後に続くようにロールキャベツを口に運ぶ。
 
 2・3個食った時点で限界を感じ、冷房を最大にして横になる。
 
 これは……完全に夏バテだ。ウナギでも買うかな、金はあるし。
 
 少し眠ろうかと目を瞑るが、すぐに女の子に肩を揺すられて起きる。
 
 
「何?」

「わたしがまだ食べてる。対面に座るべき」

「……簡潔に理由を述べなさい。くだらない理由の場合、布団巻きで外に放置の刑に処す」

「独りで食べても美味しくない」

「? ……意味がわからん。さっき上手いって言ったじゃん」

「せっかく2人居る。1人で食べるのは勿体無い」


 女の子の発言が意味不明を極めているので少し頭を働かせて意味を考える。


「あ~……簡単に言えば俺の顔を見ながら食いたい。と?」

「そういうこと」

「趣味悪すぎて笑える」

「そこで笑う貴方最低」

「というわけでおやすみ」


 ゴロリと寝っ転がる。俺が納得出来なかったので女の子の提案は却下された。
 
 携帯の目覚ましを手早くセットして目を瞑る。
 
 ちょっとして、瞼を透過してきていた蛍光灯の光が消えうせる。
 
 気になって目を開けると、モクモクと白米を食べる女の子が目の前に居た。
 
 一瞬背筋に寒いものが走る。
 
 無表情に赤い目で見据えられれば、流石の俺でも怖気が走る。
 
 
「……気持ち悪い」

「寝てていい。勝手にやってるから」

「この状態で寝るとか無理に決まってるだろ」

「心頭滅却という言葉があります」

「訓練してないと出来るわけないからな」

「じゃあこれが訓練」

「いきなりハードルが高すぎる」

「ハードルは高いほど潜りやすい」

「跳べよ」

「旋風脚でハードル破壊」

「くにお君かよ。ゴージャスパンチすんぞ」

「か弱い女の子にそんな最強技しないでください」


 話してる最中もずっと女の子は白米とロールキャベツを口に運んでいる。
 
 辞める気配が無い辺り、こっちが折れたほうが早そうだと判断して起き上がる。
 
 ベランダからコーヒーを取り出して女の子の対面に座って、頬肘を突きながらテレビを見る。
 
 
「これでいいのか」

「うん」


 表情を伺うとさっきの無表情とは打って変わって終始ニコニコしていた。理解出来ん。
 
 眠気も覚めてしまったので、食後の時間もレポートに回す。
 
 レポートを纏めた束の厚さに絶望感を覚える。しかし千里の道も一歩から。
 
 趣味の時間を取りたくなるが、グッと堪えてペンを走らせる。
 
 その間に女の子は風呂を済ませ、既に隣で布団に包まって寝ている。
 
 最近シャツとショーツ一丁で寝るようになったが、
 
 無防備すぎるだろと思うが、まぁどうでもいい。俺だし。
 
 そうこうしている内に時刻は12時を回り深夜帯に入る。見たいアニメもあるのでレポートはここらで切り上げる。
 
 飲み残した缶コーヒーを飲みながらエンドレスエイトが終わらないことに絶望する。
 
 余談だが、バイト先のスーパーでやっていた短冊に『エンドレスエイトが終わりますように』と書いたが、願いは叶わなかったようだ。
 
 いつまでこの悪夢は終わらないんだろうか。
 
 そういえばそろそろエヴァ破も見に行かなければ。夏休みはやることが多くて困る。
 
 時刻が2時になる。
 
 本当なら4時まで起きて居たいが、そうすると夏休み明けの社会復帰が困難になるので自重する。
 
 寝ながら起きてる女の子も大変だろうしな。
 
 風呂や歯磨きをして寝る準備を済ませ、電気を消してからベットに潜り込む。
 
 部屋が一気に静寂となり、まるで部屋全体が寝静まったようになる。
 
 溢れる眠気に任せてすぐに就寝したいところだが、まだイベントが残っているのでまだ寝ない。
 
 俺が嘘の寝息を立てて数分、モゾモゾとした音と共に隣の布団で寝ていた女の子が起きた。
 
 やっぱり今日もか、と関心する。俺が初めて女の子の行動に気付いてから毎日である。
 
 どうでもいいとは言ったが、やはり寝ている間に何かされると思うと寝るに寝れないのが人間だ。
 
 俺は女の子の立ち姿を薄目で確認する。
 
 毎日飽きもせずよくやれる。俺なら絶対寝ている。
 
 最近では起きたときに女の子の股の間に腕がある時もしばしばだ。
 
 ペタペタと床を素足で歩く音が近づき、数歩で俺のすぐ隣へと到着する。
 
 冷たい手が、起きてるのを確認するように頬を数度撫でる。ひんやりしていて気持ちいい。
 
 もう一度薄く目を開けて、女の子の姿を確認する。
 
 窓から差し込む僅かな光に肌を照らされ、頬を上気させた女の子が切なそうな目で俺を見ていた。
 
 ここまで来ると何をされるか確定しているようなものなので、眠ることにする。
 
 瞼をカッチリと閉じて意識を深く沈める。時期に朝になっているだろう。
 
 
「……ん……ん……ん……」
 
 
 女の子の唇が重ねられる。
 
 事前に濡らされていたのか、女の子の唾液が唇から頬を伝って流れ落ちる。
 
 それを手で拭うと、続けて2度3度と唇を押し当ててくる。
 
 次第に行動はエスカレートし始め、唇を吸われる。
 
 最終的には舌を差し込まれて口内を貪られた。
 
 女の子の唾液口の中に入るが、すぐに女の子が俺の唾液と一緒にすすり上げて飲み込む。
 
 理性が外れているのか、確実に相手が起きると思われるほどの行動でさえ最近は躊躇わずやってくる。
 
 舌を入れてきたのは一週間ぐらい前だったと思う。
 
 10分ほどが経過し、経験からそろそろ終わるだろうと予測する。
 
 
「はぁ……はぁっ……。や……っぱり……やっぱり、そうだ」


 何がやっぱりかは知らないが、こういう意味不明の発言は今日が初めてではないので気にしない。
 
 そうして予想通り女の子の口付けタイムは終わる。
 
 正された姿勢をさり気なく崩して眠気に誘われるがままに寝る。今日も最後まで寝れなかった。
 
 ペタペタと女の子の足音が離れていく。
 
 トイレかと思ったが、違ったようだ。
 
 カチッカチッと蛍光灯を点ける音が鳴り、部屋全体が明るくなる。
 
 瞼では防ぎきれないほどに光が、瞳孔が開いた瞳に差し込んでくる。
 
 痛いさえ感じる光の暴力に思わず「う」とうめき声が漏れる。
 
 
「―――なんで無視するの?」


 女の子の独り言……
 
 
「……」
 
「……起きてるんでしょ? 寝たふりしたってダメ。舌動いてたのわかってる」


 と思ったが違ったようだ。


△▽

けいだんを小説家の真似事のようにプロット組んだり設定の練り直しなどしてますが、上手くいかず欝です。小説家はやっぱりすごい。
とりあえず、けいだん一本に絞れるようにこのSSを完結させようと思います。



[9140] 22話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/08/12 04:17


 継続して、蛍光灯から発せられる光が瞼をすり抜けて痛いほどに闇に慣れた目を刺激してくる。
 
 どうやら寝たフリは出来ないようだ。
 
 右手を眉間に当てて解すようにグニグニと揉む。ついでに目頭を擦って僅かにあった目ヤニを削り取る。
 
 ゆっくりと大きく鼻から息を吸い込み、肺の中の空気を全て出すように口からCO2を多分に含んだ息を吐き出す。
 
 僅かに漏れ出た涙を拭いながら瞼を開けると、部屋の明るさが分かり、思わず目を細めてしまう。
 
 のっそりとした様子で体を起こし、顎に垂れた俺のか女の子のか判らない唾液を拭い、傍に置いておいた充電中の携帯を拾い上げる。
 
 2時30分。背面ディスプレイの時計にはそう表示されている。
 
 良い子はとっくに寝ている時間だ。
 
 ……まぁ俺も女の子も、良い子、と言えるかは微妙なので大丈夫だが。
 
 首を逸らして目を右に向ける。
 
 視線の先、テーブルを挟んだ向こう側に仁王立ちをした女の子が居た。
 
 怒っている様にも、泣きそうになっている様にも見える表情。
 
 ただ冷房が効き過ぎているのかもしれないが、肩が僅かに震えているのが見て取れた。
 
 眉を寄せて眉間に僅かな溝を作る女の子の瞳には、思わず目を逸らしてしまいたくなるほどの真剣さが宿っている。
 
 今まで見てきたどれにも当てはまらない女の子の状態。
 
 言いようの無い、意味不明な焦りが心臓のすぐ傍に根付く。冷房の冷気を感じないほどに、場の空気が重くなるのを感じた。
 
 しかし……、どんな表情になっても美人は美人のままなんだな、と一種場違いな感想が脳裏を駆けた。
 
 改めて女の子の整った顔立ちを思い知る。
 
 でもまぁ、今のこの表情はどうかと思うし、毎回見たいとも考えない。あんまり女の子にはこういう表情をして欲しくは無い。
 
 女の子の事情を片足半分突っ込んでるだけと言っても知っているわけだし、受け入れている。
 
 出来れば笑ってて欲しいものだ。
 
 俺の家にはそういう清涼剤も欠けるしな。
 
 
「眠いからさ。用があるなら明日にしないか?」


 やっとやってきた眠気を欠伸でアピールする。
 
 ここで寝ていいよと言われれば、詮索せず構わず寝るんだが……女の子の放つ雰囲気がそれを許してくれないのを物語っている。
 
 
「嘘。眠くない癖に」

「本当だから」

「本当だったとしても、寝るのは許さない……」


 家主は俺でヒエラルキーでも完全に俺のほうが上のはずなんだが……今の女の子には有無を言わせない迫力が何故かある。
 
 もはや威圧感とも呼ぶべきか。

 体勢と位置は変わらず、女の子は少し離れた場所で仁王立ちしてベットに座る俺見下げてくる。


「……いつに無く真剣な声色だな、お前。なんかあったのか?」

「貴方が無視をするから……」

「何をさ?」

「さっきのキスの時、起きてたのに無視してた、こと」

「うん……―――あぁ。舌動いてたとか、言ってたな。それで判断するのもどうかと思うけど」

「う、うるさい」


 ハッとした様子で、女の子があわてる様に顎を拭う。黙っていたが、さっきまで口端から顎までかなりテラテラしていた。
 
 確かめるように顎を拭う女の子を尻目に俺はテーブルに置いておいたリモコンを取ってテレビの電源をオンにする。
 
 この意味不明な場の空気を緩くするための必死の努力であったが、これまたハッとした様子の女の子が即座にテレビに近づき電源をオフにされた。
 
 垂れ流されていた雑音がプツンッという音ともに全て消える。
 
 ……集中力を乱す行為は許されていないようだ。
 
 自分の家なのに居心地が悪いってどうよ。まるで退院直後の実家の時のようだ。居た堪れない。
 
 ふいに宇多田ヒカルの『光』という曲の一節が脳内で再生されるが、状況はまったく似ていない。
 
 
「で、さ。無視したから、何? 俺に何を言わせたいんだよ。いい加減眠くて、言葉も刺々しくなりそうなんだけど」

「……その、」


 指摘するように質問すると女の子は指を寄り合わせて黙り込む。
 
 まるで初めて出会った時のような反応だ。非常に初心でよろしい、実に面倒臭い。
 

「貴方は何で、無視したの?」


 やっとの質問だが、さっきから情報がまったく増えていない。
 
 質問の意図が読めない。まるでイタチごっこだ。

 
「別に嫌じゃなかったしな。それに、ああやって人目を忍んでやるくらいなんだから、知られて欲しくも無かったんだろ? だから無視した。それだけ」
 
 
 性欲の処理なら勝手にすればいい。知って得することでも無し、更に言えば知られて厄介なことだ。
 
 寝てる人を使ってやってますなんて言われたらドン引きもいいとこである。
 
 女の子が何かを言う前に俺が言葉を続ける。
 

「お前はどうなんだ? こうやって無視してることを指摘してどうなる。俺とお前の関係が悪化するだけだ」


 ジクリと脳の端が痛んだ。
 
 
「どっちもそれは望んでないはずなんだけどな。少なくとも、俺は望んでない」


 ズキンッと脳の端が痛みを訴えた。
 
 望んだ答えが返ってこないのに不満なのか、女の子の眉間の皺が深まる。
 
 最良の答えも最善の答えもを持ち合わせていないので当然の結果だ。
 
 しばらく無言でそうしていると、フッと女の子が息を吐き出して呆れるように眉根を緩ませる。
 
 
「……そう」

「だから今日のことは無し。俺もお前も寝ていた。それで良いだろ、お互い忘れれば無かったことになるしさ。それでダメなら後日話をすればいい」

「っそれは、ダメ」

「……何が?」


 話を纏めようとした矢先に女の子が拒否する。
 
 一瞬言葉に怒気が混じる。優柔不断も良いが、決める時に決めなければ後がグダグダになると言うのに。
 
 いい加減、眠気で怒りの沸点おかしくなってきている。
 
 頭皮をガリガリと、怒りを掻き出すように爪で掻く。
 
 自分で制御しきれる内に終わらせてしまいたい。不機嫌ならまだしも、キレる所は女の子には見せたくない。大人気ないったらありゃしない。
 
 
「違う。違う。知って欲しかった」

「知って欲しかった? ―――あー……その、なんだ。自分が好きでも無い男とキスしちゃうぐらいの、そういう……まぁ言っちゃえば淫乱だってことを?」


 視線を彷徨わせて言葉を探しているような様子だった女の子が、突然俺を見てポカンとした表情をする。
 
 
「い、淫乱ってわたしの、こと?」

「ほかに誰が、」


 駆け寄られると同時にビンタされた。すごく痛い。
 
 
「痛いです」

「貴方、最低」

「なんという褒め言葉。ドカポンやってる時に言われるとゾクゾクする。その後リアルファイトだけど」

「冗談はいらない」

「さいですか」

「わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

「いや、全然。でもまぁ夜這い同然なことされれば誰だってそう思うだろう、にっ!?」


 驚愕するような表情でまたビンタをされた。
 
 右の頬をブたれたのなら、左の頬もブたれなさい。という神託のようなものを受け取ったが即座に破棄する。


「貴方は、おかしいっ!!」


 人差し指を突きつけられて宣言される。
 
 ここまで堂々と言われてしまうと、流石にショックな感がある。
 
 どこがどうおかしいかは甚だ疑問だが。そこまでされるぐらいなんだから、女の子基準で俺はおかしんだろう。
 
 直すかどうかは、詳細を聞いてからだけど。


「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」


 デジャヴュを感じざるを得ない質問に同じ答えを返そうとすると、同じ様にビンタが飛んできた。
 
 
「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」


 昔のRPGの無意味な「はい」「いいえ」の選択肢を思い出すような光景である。
 
 ただし女の子の質問に「はい」「いいえ」は通用しない。試しに言ってみたが、当然のように右と左に一発ずつ貰った。
 
 同じ質問に同じ答えを返すと頬が痛くなるので真面目に返答を考え始める。
 
 
「貴方は本当に、わたしが好きでも無いような人とキスする人間だって思ってたの……?」

「思ってないけど」

「……本当?」

「ほんとホント」

「じゃあどう思ってるの?」

「知り合いの男でしか欲情できなっ!」


 グーパンチが胸に直撃した。
 
 まぁ、平手と違って純粋な力が作用するパンチはそんなに痛くなかった。
 
 
「鈍感っ!!」


 とりあえず貶された。人の心の機敏にはけっこう敏いと思っていたんだけどな……。
 
 女の子は肩を怒らせてさっきとは打って変わって怒りと羞恥が交じり合った表情を向けてくる。
 
 これもまた初めて見る。今日は豊作だ。意味は無いけど。
 
 しかし今更言うのもなんだけど、寝巻きのシャツが俺のお古なだけあって長い。下がショーツなのも相まって穿いてない様に見える。
 
 
「貴方は本当に、鈍感っ!!」


 ベットに乗り上げて脳天をポカポカと何度も殴ってくる。実際の擬音がゴンゴンだが。


「そうね俺鈍感ね」

「意味を判って言ってないっ!」

「感じ方がにぶいこと。気がきかないこと。また、そのさま」

「そういうことじゃないっ!」

「じゃあどういうことだよ……」

「何で気付かないのっ! こういうのって、わたしのほうから言うことじゃないっ!!」

「だからお前が淫乱なのはよく、」

「そうじゃないっ!! なんで、なんで……っ!!」

「なんでと言われましても、俺鈍感らしいし」

「こ、の……朴念仁っ! 鈍感とか朴念仁が許されるのは、フィクションの、中だけっ!!」

「キモーイガールズですか。しかしいい加減頭痛いから止めますね」


 頭部目掛けて振り下ろされる女の子の腕を掴み取り、ガッシリと固定する。
 
 男と女、大人と子供、差は歴然としている。ひっぺがそうとグイグイ腕を引っ張られるが、離すと痛いので離さない。
 
 受けていた打撃の影響で下を向いていた首を持ち上げ、よっこらせの勢いで顔を上に向ける。
 
 膝立ちをしている女の子の表情を伺う。
 
 蛍光灯の逆光でよく見えなかったが、目端から液体が零れているのが見えたので、泣いているようだった。
 
 ……。
 
 ……?
 
 ……。
 
 ……?
 
 
「は?」


 なんで、泣いてるんだ?
 
 
 気が付くと同時に、ポタポタと腕に水滴が落ちてきた。無論、雨漏りではなく女の子の涙だ。
 
 無意識に腕の力が緩んで女の子の腕が逃げていく。
 
 逃げた腕は女の子の顔に近づくと涙を拭取り始め、最終的にグシグシと涙を肌に塗りこむように何回も顔を往復する。
 
 眠気など一気に吹き飛び思考が錯乱する。
 
 俺が一体何をした。俺と女の子しか部屋には居ない。さっきまでの状況からして泣かしたのは俺だろう。
 
 
「うー……」

「あ、いや、その……すまん」

「うぅぅー……」

「ごめん。俺が悪かった。だから泣くな」

「意味、解って言ってない」

「……よくわかったな」

「鈍感」

「返す言葉も無いわ」

「最低野郎」

「それはちょっと言いすぎだろ」

「……」

「あーはいはい。俺って気が利かない最低野郎だよな」

「朴念仁」

「外面は良い方だし、けっこう思考は柔軟なほうだと自負……してるわけないじゃん」


 女の子は再度溢れて垂れ始める涙を拭おうともせず、俺に向かって簡潔な言葉で罵ってくる。
 
 俺はその言葉の真意の10割を理解せずに答えている。
 
 なぜ宥めようとしてるかは俺にもわからん。しかし女の子が目の前で泣いていた放っておくわけにもいかないだろう。
 
 俺が泣かせたのならばなおさらだ。
 
 流石に大人びてると言っても14歳、ナイーブな所もあるんだろう。既に過ぎ去った過去なわけだけど、俺にもこういう時代があったのかもしれない。
 
 
「これでも、貴方は気付かない……?」

「すまんがわからん」

「夜のキスも、本当はわたしの気持ちに気付いてほしかっただけ」

「なんでも夜とつければエロくなるよね」

「貴方のほうから言ってほしかった。そしたらわたしは、わたしはそれだけで……」

「ああもうギャグは無しですか」


 わからないものはわからない。これはテストに出る。
 

「なんで初恋がこんな人なんだろう……わたしって、バカなのかな……」

「あ? ……声小っさくてお前がバカしか聞き取れなかったんだけど。それはもう知ってるから、もう1回言ってぶッ!」


 グーで頬が痛い。

 その後も連続で胸に拳を打ち付けられ、衝撃に耐え切れず腕の支えが折れて背中からベットに倒れこむ。
 
 これほど暴力的だっただろうかと今までの女の子を振り返るが、暴力を振るわれた記憶など無い。
 
 どういうことだと人間の心理を詮索をしていたが、すぐに女の子の渾身の一撃で意識が脳内から引きずり出された。
 
 倒れた俺に圧し掛かるような姿勢で、女の子が顔を伏せる。
 
 前髪で赤い目が隠れ、白髪が重力に従って肩から滑り落ちてくる。
 
 
「わたしは、このままで居たくない。こんな関係のまま、ズルズルと過ごしたくない。

 家族みたいな、友達みたいな、中途半端な関係で貴方との繋がりを終わらせたくない。

 少し前まで『このままでもいいかも』なんて思ってた。

 でも、我慢出来なくなった。

 貴方が優しいから、我慢出来なくなった。

 わたしがどんなに纏わりついても、貴方は嫌な顔をいっぱいしながら構ってくれる。

 無視したらいいのに、追い払ったらいいのに、通報すればいいのに、貴方はそれをしなかった。

 何をしても、面倒臭そうな態度だけど接してくれる。

 お父さんが居なくなって、今までの全部が無くなって、怖い人と辛い人生が出来て、無駄な知識しか残されてないわたしにはそれが嬉しかった。

 それが、堪らなく嬉しかった。

 寂しくないのが、楽しくなるのが、嬉しかった。

 伯母さんが来たときは、流石にもうダメだと思った。貴方に拒絶されて、死にたくなるほどに胸が苦しくなった。

 貴方に嫌われるのが怖くて怖くて堪らなかったから、わたしは逃げた。

 でも、

 でも、貴方は来てくれた。

 行き先も何も言ってないのに、雨も降っていたのに、逃げたわたしを探し出して、抱きしめてくれた。

 自分の物よりもわたしの方が大切だって言ってくれた時の気持ちは今だって忘れない。
 
 これが恋なんだって、初めてのわたしでも簡単に理解できた。
 
 好きで、好きで、大好きで、好き過ぎて堪らなくて、抑えることなんて出来ないぐらいに貴方のことが好きになった。
 
 貴方のことが頭の中でいっぱいになった。ずっと貴方のことを考えるようになった。
 
 毎日貴方が夢に出るようになった。夢の中で、何度も何度も貴方とキスをした。
 
 その度に起きて夢だったとわかって辛くなった。貴方の寝ている姿を見て、胸が苦しくなった。
 
 いつの間にか本当にキスがしたくなって、夜にこっそりした。
 
 夢や妄想なんかが目じゃないくらいに、すごく気持ちよかった。言葉じゃ言い表せないほどに胸が高鳴った。
 
 癖になりそうで、本当に癖になって、1回にする回数がどんどん増えていった。
 
 その内我慢出来なくなって、もっともっと欲しくなって、昔見た本でやっていたディープキスをやってみて気持ち良過すぎて溶けてしまうかと思った。
 
 味なんて無いはずなのに、貴方の唾が美味しくていっぱい啜り上げて飲んだ。
 
 激しく音を立てるほどに興奮した。
 
 起きないかな? 大丈夫かな? ちゃんと寝てるかな?
 
 そう思う反面で、起きてくれないかなって、気付いてくれないかなって願うようになっていた。
 
 ここまでやってもわたしは満足出来なかった。
 
 その時初めて恋が片思いじゃ満たされないってことに気付いた。どれほど片思いが切なくって苦しいものかを理解できた。
 
 でも、わたしから告白するのは怖くって、玉砕するのが恐ろしくて。
 
 それよりも何よりも、貴方から『好き』って言って貰いたくって。
 
 でも貴方は鈍感で最低野郎で朴念仁で、どうやってもわたしの気持ちに気付いてくれなくって。
 
 弄ばれてるような錯覚すら感じても、それでもやっぱりわたしは貴方のことが好きで。
 
 待っててもダメって判って、今日ここまでやったのに貴方はそれでも気付かなくって。
 
 でも嫌いになんてなれる訳が無くて、好きで好きで好きで大好きで。
 
 だからもう貴方から『好き』だって言ってもらうまで我慢なんて出来ないっ!!
 
 好きなのっ!
 
 大好きなのっ!!
 
 わたしをっ! わたしを、貴方の彼女にしてくださいっ!! お願いしますっ!!」


△▽

女の子!女の子!女の子!女の子ぉぉうううわぁああああああ
ああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!
女の子女の子女の子ぅううぁわぁああああ!!!
あぁ!クンカクンカ!
スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
んはぁっ!女の子の白髪サラサラの長髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!
間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!
告白してきた時の女の子かわいいよおぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!
あぁ!女の子!あぁあああああ!かわいい!女の子!かわいい!あっああぁああ!
うぁぁぁぁぁ!!!いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!
そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!女の子ぁああああ!!
俺も大好きっ!!!!大好きだよぉぉぉぉぉ!!!!!!
ううっうぅうう!!俺の想いよ女の子へ届け!!目の前の女の子へ届け!




というぐらいに主人公が積極的だったら話も簡単に進むのになぁ。



[9140] 23話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/08/20 18:46


「―――これで、わたしが言いたいことは全部……です」


 そう言って女の子は顔を再度伏せた。

 思考が一瞬フリーズする。『頭が真っ白になる』というのはこの事かと、後に心底理解した。
 
 成程、たしかにこれは何も考えられない。
 
 女の子の搾り出すような声量で紡がれる言葉は、纏まりが大きく欠けるが、俺への思慕を募った告白だと言う事は理解出来ないほうが無理がある。
 
 ありのままで加工されて無いためか、より一層にそれは俺の耳にを通して脳に染み渡る。
 
 嵐の後の静けさとでも言うべきか、女の子が喋り終わると辺りがシーンと静まり返る。……深夜だと言うのもあるが。
 
 俺も女の子も終始無言。
 
 状況から言えば俺が何かを答えるべきなのだけど、行き成りな出来事で言葉が思いつかない。
 
 それになぜか、クーラーが点いているにも関わらず、背中からはジットリと汗が滲み出ている。
 
 自分で自分の精神状態がどうなっているのか、よくわからず焦る。
 
 普段は聞こえない女の子の息遣いが聞こえる。多少荒れているようにも聞こえるのは酸素を多く使ったからだろう。
 
 女の子が身じろぎ、絡み合うように重なっていた脚の接触面が増える。
 
 それと同時にブルッ、と寒気を感じそうな震えが胸を走った。
 
 震えは伝播するように体を支える腕に伝わり、肘の疲労感を増させる。
 
 雰囲気的に体勢を変えるわけにも行かず、少し位置をズラそうと腕に力を入れてから気付く。
 
 体がガチガチに固まっていることに。
 
 解すように少しづつ指先から力を入れると、ギギギ、と音がしそうなほどに強張っていた。
 
 思っている以上に、俺は緊張しているのかもしれない。
 

「っ……」
 
 
 前髪の間から、覗く様にチラリと見て来た女の子の赤い瞳と目を合わせて確信する。
 
 恐怖していると言ってもいい。
 
 多分、昔のことを体のほうが先に思い出したんだろう。
 
 たしか、あの時も部屋で2人きりの時に言われたっけな。
 
 こんな強引じゃなかったけど、有無を言わせぬ迫力はあった。俺が弱かっただけなのだけれど。
 
 分からなかった自分の精神状態に気付くと、心臓がざわめき立つように早鐘を打ち始める。手も震えているのが分かった。
 
 女の子の変化の予兆に気付くことが出来なかった。
 
 だから心構えを持つこと出来なかった。本当に俺は鈍感だったらしい。
 
 はっきり言おう。
 
 怖い。
 
 とても、すごく、有り得ないほどに。
 
 変化するのが怖い。怖い。怖い。怖い。
 
 でも、またあの時のようになるのはもっと怖い。
 
 自分の意思を跳ね除けて、安易に場に流されて腐り落ちるのは嫌だ。
 
 だから、確認する。
 
 
「なぁ」


 呼びかけると、すぐに女の子は顔を上げた。
 
 涙を拭取るために擦っていたためか、目元が薄っすらと赤く腫れ上がっていた。
 
 女の子は僅かに鼻をすすり上げる音と共に「ん」と声を漏らす。
 
 表情は覚悟を決めたように硬くなっている。
 
 
「変なこと聞くけど」

「……うん?」

「これって、初恋って奴か?」


 数瞬黙った後、赤みを増させた顔でコクンと頷いた。
 
 
「よく考えたか?」

「え?」

「ちゃんと俺のことが好きだって、理解したのか?」

「何、言って……」

「置かれている環境が環境なんだ。こんな特殊な環境、滅多にあるもんじゃない」


 女の子が凍ったような表情をしているが続ける。
 
 
「詰まる所酔っているだけだろ、この状況に。

  拾った……というのは変だけど、相手がたまたま俺なだけで、それを運命だって感じただけなんじゃないか。
 
  こういうのは発作的なもんだ。すぐに収まる。
 
  俺のことが好きだってのもただの早とちりの勘違いで、目が眩んでるだけだ。
 
  近くに居る異性が俺だけだったから。それだけだ。お前は、俺のことを好きでも何でもないんだよ」
 
「……本気で言ってる?」

「冗談で言うかよ。本気って分かった言葉に冗談で返すか」

「そうっ」

「第一こんな俺のどこが良いんだよ」

「優しいところ」

「ほらな、そんな抽象的な部分しか挙げられないだろ。中学高校で良くある別れやすいカップルの言いそうなことじゃねーか。

  俺が面倒くさいから安易に対応して、お前がそういう風に受け取ってるだけだよ」

「……だって、本当に優しいんだもん」

「だからそれはお前の勘違いだから。お前14だろ、恋に恋する年頃真っ盛りだよ。すぐに冷めるぞ、そんなの。もっかい考え―――」


「うるさーーーーーいッ!!!」


 女の子が吠えた。
 
 大口を開けて大音量で発するその言葉に、迫りくる風圧の錯覚を受ける。
 
 吐き出していた言葉を飲み込みざるを得なくなり、グッと喉を鳴らして奥へと仕舞い込む。
 
 女の子はついていたベットのシーツを握りこみワナワナと震えだす。
 
 表情が険しくなるのが見て取れ、僅かに眉間に皺も寄せていた。
 
 女の子の怒っている表情は初めてじゃなかろうか、今にも噛み付いてきそうな威圧感を感じさせる。
 
 
「わたしがこれ以上無い位の一世一代な告白をしたのにっ! どんな答えが返ってきても受け止めようって覚悟でっ、貴方の答えを待っていたのにっ!」

「だから」

「黙れッ!」

「……あぁはい」

「それなのに帰ってきた答えが何っ? わたしの気持ちが勘違い? 早とちり? 恋に恋? ……貴方はバカすぎるっ!
  
  恋心なんて形の無いものをどうやって偽者だって判断するの? ましてやわたしの気持ちを貴方がどうやって判断するのっ!?
 
  わたしの気持ちはわたしの物なのっ、それをわたしが本物だって思えば本物なの。貴方に指図されるものじゃないっ!
 
  すぐ冷めるから……何? じゃあ恋をしたらいけないの? 冷めるから、傷つくから、諦めろ?
 
  貴方のそれは親切じゃないっ。ただのお節介っ。ありがた迷惑なのっ!
 
  今大事なのはそんなことじゃないっ!!
 
  わたしは貴方のことが好きです。大好きです。告白をしたっ!
 
  それに対してっ!
 
  貴方はわたしのことをどう思っているのか、それをハッキリ答えるのが今大事なことっ!」
 
「だ」

「好きっ! 嫌いっ! どっちっ!?」


 告白の時とは違うベクトルで勢いのある言葉に気圧されてしまい、俺は言葉を失う。
 
 
「答えて」


 催促を食らうが、どう答えていいものか迷う。中間とかは無いのだろうか。
 
 ―――というか、女の子の言うとおり俺は女の子のことをどう思っているのだろう。
 
 ……考えたことも無かったな。
 
 出会いはアレだったし、人間性も鬱陶しいことこの上なかったけど。
  
 ……今じゃ居るのが当たり前だって思ってるし、居てくれないと困る。
 
 紆余曲折はあったけど、女の子の事情を知ろうと思ったのは俺だし。
 
 俺が敷く他人と知人との境界線の内側に居るのもたしかだ。
 
 女の子が出て行った件なんかが顕著だ。消えた女の子のことが心配で堪らなかったしな。
 
 行く当ても無く探しに行って、見つけれたのはほぼ奇跡だろう。
 
 見つかった時は本当に滅茶苦茶安心した。
 
 だからまぁ、大切な存在ではあるんだろうな。不本意だけど。
 
 でも大切と好きがイコールで繋がるって言うと、どうなんだろうか。
 
 そりゃどっちかと言えば、好きだ。でもそれは異性に対するものじゃないだろ。
 
 それってもう、女の子が一番望んでいる答えを俺は持ち合わせてないってことにならないだろうか。
 
 第一、女の子に俺は似合わない。歳の面もあるけど、性格面が問題だ。
 
 俺は面倒臭がりだし、それを直すつもりは無い。直すという表現自体おかしいくらいに、それが俺の性分だ。
 
 だから俺以外の奴でいい奴を見つけてくれたほうがいい。その方が女の子も幸せだろう。
 
 女の子を見るとまだ怒った顔をしていたが、目は不安そうにずっと潤んでいる。
 
 ……そんな顔するなよ。
 
 しかし、今は答えが2つしか用意されていない。
 
 誤解は後から解けばいい。
 
 
「……好き、だな」


 充分に下の上で言葉を転がした後に答えを吐き出す。
 
 一瞬、女の子の顔に喜色が混じるがすぐに消え去りまた答えを待っている時と同じ表情になる。
 
 
「なんも言わないのか?」

「だって、貴方まだ何か言いたそう」

「顔に出てたか?」

「うん。貴方は顔に出やすい」

「そうかい」

「優しいところだけじゃない。わたしは貴方のそういうところも好き」


 胸に痛いセリフだ。
 
 女の子から追加発言の許可も貰ったことだし、言わせて貰うことにしよう。
 
 
「お前のことは、好きか嫌いのどっちかと言えば好きだ。嫌いなんてことは嘘でだって言わない。

 でもその好きは異性に対するソレじゃない。友達に対する、とかそういうニュアンスのほうが近い。
 
 だから俺なんかより、もっと良い奴を見つけてソイツと幸せになってもらったほうがいい。
 
 それだったら俺も応援するしな」


 自分なりに考えて、誤解を与えないように短く纏めて言う。

 正直胸がかなり痛いな。女の子が泣くような表情に変化しないか、心配でならない。
 
 
「俺なんかより?」


 女の子は言葉の一文を抜き出し、首を傾げた。
 
 
「まぁな。さっきも言ったけど、俺に良いとこなんか無いぞ。無関心だし無神経だし、それはお前が一番わかってるところだろ」

「……そうかな」

「そうだよ。だから、」

「『だから俺なんかより、もっと良い奴を見つけてソイツと幸せになってもらったほうがいい』今さっきそう言った。無関心で無神経な人は言わない」


 ……。
 
 
「面倒臭がりだし」

「にしては料理してくれる」

「お前が出来ないからだろ」

「廃棄を持って帰ってくれば良い。賞味期限は美味しく食べれる期間」

「廃棄ばっかじゃ飽きるだろお前」

「面倒臭がりがそんな心配をするの?」


 ……。
 
 
「貴方は何でそんなに自分を卑下するの?」

「お前は俺の良い所しか見てないからそう言えるんだよ」

「良い所あるって自分で今言った。人間良い所しかなかったら気持ち悪いと思う」

「……」

「それに貴方が本当に酷い人だったら、わたしはこの家には居ない」

「そうか」

「そんな貴方を優しいって言って何がおかしい?」

「……」

「そんな貴方だからわたしは貴方のことが好きになった」

「そうか」

「言いたいことはそれだけ?」


 いつの間にか、女の子は微笑んでいた。
 
 子供を相手にするような諭す態度で言葉を返してくる。
 
 それが俺にはどうにも眩しくて、自然と顔を逸らしてしまう。
 
 
「俺は……お前のことを」

「わたしのことを?」

「ちゃんとした女の子として好きかわからないんだよ」

「……」

「そんなんで付き合えるわけないだろ。中途半端すぎる」

「ふふ」


 クスクスと笑い始めた女の子が。
 
 両手で俺の両頬を挟んで正面を向かせる。


「貴方は本当にバカ」

「なにが」

「アニメの見すぎ」

「それがなんだよ」

「両思いから恋人になるのが全部じゃない。自由恋愛が全てじゃない、お見合いで初見同士で恋人になることだってある。だからそんな心配しなくていい」

「……」

「ってテレビで言ってた」

「お前もテレビの見すぎじゃねーか」

「あはは……ん、だからその―――貴方との時間をわたしにください。そうしたらきっと、貴方はわたしのことを好きになる」

「……」

「わたしは貴方のことをもっと好きになる」

「大した自信だな」


 覗きこむ様に女の子の顔が近づいてくる。
 
 体に女の子の体が覆いかぶさってくる。
 
 視界が女の子の白い髪と、赤い瞳に占領される。
 
 ちゅ、と水音と一緒に唇に柔らかい感触が当たった。
 
 嫌では無かった。
 
 10秒もしない内に頬から女の子の手が離れ、顔が離れた。
 
 起き上がった女の子は真っ赤な顔で「にへへ」と笑って、


「わたしを舐めないほうがいい」


 そう言った。
 
 不思議と納得しそうな俺が居た。
 
 というか、もうこの時点で俺も女の子に惚れてるんだろうな。
 
 そんな確信があった。
 
 だから、俺は体を起こして女の子の腕の引いて顔を近づけた。
 
 
「貴方からキスされるのは初めて」

「そうか」

「ファーストキッス」

「それは無いわ」

「……これは、そういう風に受け取ってもいいの?」

「勝手にしてくれ」

「うん。そうする」

「……というかもう滅茶苦茶眠いんだが」

「わたしも」


 時計を見れば時刻は既に4時を指していた。
 
 延長された蛍光灯の紐を引っ張り、暗闇になった所で2人して俺のベットに倒れこんだ。


△▽

イチャイチャ編2回と、元気があれば俺と婦警さん編1回と俺とイケメン編1回して完結でしょうか。

白い話ばっかり書いてると無性に黒い話を書きたくなる。



[9140] 24話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/08/29 04:56

 グンっ、と背筋を伸ばして息を吸い込む。震える気道に新鮮な空気が取り込まれるが、夏のせいで酷く温く感じる。
 
 自然と上げていた腕をダラリと下げて吐き出す息も熱を含んでいて温い。
 
 暑い。夏だ。
 
 今現在居るバイト先の倉庫のせいで、より一層暑く感じる。手に嵌めた軍手なんか臭いたくも無い、絶対臭いから。
 
 クーラーでも付けて欲しいという考えは無理に決まってるから置いといて、閉店作業も済んであとは倉庫に品を片付ければ上がりだ。
 
 台車に乗せた米袋を規定の場所に置いて倉庫の電気を消す。
 
 倉庫のある1階から事務所のある2階へと階段を伝って上がり、機械に棚から取り出したタイムカードを時刻を刻んでもらいバイト終了。
 
 残された仕事はあと1つ。書き物をしている店長を、速く帰りたいと言う本音を抑え愛想を建前に待つことだ。
 
 どうたらこうたらして店長の仕事も終わり、軽口を言い合いながら店長の後ろに続き、店裏にあるシャッターから外に出る。
 
 が、階段から降りて目の前のシャッターから出ようとした所で店長の動きが一瞬止まり、目の前を指差しながら振り向いてきた。
 
 
「知り合いかい?」


 素っ頓狂な顔で聞かれたがこっちからは半分降りたシャッターが死角になっており見えず、仕方なく店長の隣を横切り階段を降り切る。
 
 注視するように視線を店の外に送りながら降りていたので、足が見えて胴体が見えた時には相手が誰だか理解出来ていた。
 
 特徴的な白く長い髪と赤い目をした女の子が外に立っていた。
 
 女の子は俺の姿を確認すると、僅かに顔に綻ばせて控えに胸前で手を振りながら小走りで駆け寄ってくる。
 
 バイト先に女の子が来る事自体が初めてだったため、一瞬固まってしまったがすぐに俺からも歩いて見下げて見上げられる距離まで近づく。
 
 
「お疲れっ」

「『お疲れっ』じゃねえよ、何出待ちしてんの。俺はアイドルか」

「心配だから迎えに来た」

「子供扱いとか舐めてるな。……というかなぁお前、どんくらい待ってたんだよ。汗だくだぞ」

「20分くらい」

「待ち過ぎだろ。暑かっただろ」

「かなり」


 女の子の頬を伝っている汗を掌で拭い取る。グシッと拭った勢いで触れた女の子の頬は僅かにヒンヤリしている。
 
 拭う弊害で「うぎゅ」と鳴き声らしき物を漏らした女の子は、ポケットからハンカチを取り出して自分の汗を拭いた後に、俺に手渡してきたので俺の汗も拭く。
 
 ハンカチなんて持たない人間なので多分このハンカチは女の子のだ。ババァから貰った学校カバンにでも入ってたのか知れない。
 
 
「ったく、大人しく家でクーラー点けて待ってろよ。大事な体なんだからさ」

「といつつ嬉しいんでしょ?」

「まあな。でもそれ以前に家帰ったら暑いのが欝だよ」

「家狭いからすぐ涼しくなる。狭くてよかった」

「うるさいわ」


 ハンカチごと女の子の頭に掌を乗せて髪をグシャグシャにしてやる。
 
 後ろから店長の声が掛かり「妹さん?」と聞かれ、咄嗟に後ろを振り向く。
 

「いや、違いますね。彼女です」
 
 
 後ろから女の子が手を握ってきた。
 
 手の間の温度が急激に高まりジワリと汗が漏れ出すが、さらに女の子はギュゥと力を加えてくる。

 頬を掻きながらそう言うと、店長の頬が少しだけ引き攣りいきなり無言が近づいてきた。
 
 そして肩をバンバンと叩かれ、目を合わせないまま、
 
 
「ロリコン」


 と、そう言われた。反論しようとしたがすぐに店長はその場から立ち去り、目の前にある駐車場の車に乗り込んでそのまま道路の彼方に消えていった。
 
 何か途方も無い敗北感と虚しさだけがその場に残される。
 
 なんでだろう。今から、今度店長の顔合わせるのが辛くなってきた。
 
 しかし考えてみたら6歳差なのか、俺と女の子って。今まで全然気にしてなかったな。
 
 『ロリコンは病気です』と並行世界でラジオ放送し続ける某少年のように言いたかったけど、これじゃ無理っぽい。
 
 
「……帰るか」

「うん」


 どう考えても図星だったので仕方なく考えを打ち切り、自転車の荷台に女の子を乗せて家路に着く。
 
 腰に回された腕は暑苦しいことこの上無いが悪くは無かった。矛盾しているがそういうことだ。自分の心境の変化に驚く。
 
 ボロいアパートの階段下に自転車を停める。
 
 その間に女の子は先に階段を登っており、家の鍵を開ける音と扉を閉める音が聞こえていた。
 
 待ってろよコラ、とか思うがクーラーを点けてくれてると思うとマンザラでも無い。むしろ嬉しい。
 
 しかし期待や予想は常に裏切られる物らしく、開けた扉の先には暗い部屋とアッツイ空気しかなかった。
 
 とりあえず玄関兼台所の電気を付けようとした所で、暗闇から飛び出して来た女の子が胸に飛び付いてきた。
 
 衝撃で数歩後ろに下がってしまったがすぐにふんばりが利く。
 
 背中に回された手の力を少しづつ強めながら、女の子は額を何回も胸に擦り付けて来る。
 
 急で訳が判らないが、俺も女の子の頭に手を乗せて髪を梳くように撫でる。
 
 
「嬉しかった」

「何が」

「わたしのこと、彼女って……」

「そんなことかよ」

「そんなことじゃない。初めて貴方の口からそう言ってくれた」

「……あーそうだな。たしかに、言ってなかったな」

「うにゅひゅひゅっ」

「っと!?」


 女の子の足が絡まるように足に引っかかり、下半身のバランスが悪くなった所を抱きつかれた上半身を押されて後ろに転んでしまう。
 
 ワザとされたのは判るが女の子に怪我させるわけにも行かず頭を抱えるように抱いて尻餅をつく。
 
 尻ポケットに入れていた財布がケツにモロに食い込んで、悶絶するほど痛かった。小銭一杯入れとくんじゃなかった。
 
 俺が痛みに歯を食いしばってる間に女の子の体がズリ上がって来る。
 
 暗がりでもお互いの顔がくっきりと見える距離にまで女の子が近づく。
 
 
「んっ」


 頭を掴まれて奪うようにキスをされる。
 
 離れた女の子の顔は白い肌が嘘の様に真っ赤に紅潮していた。
 
 
「んっ……んっー……んっー……」

 
 女の子の小さい膨らみが胸に押し付けられる。

 3度目からは女の子の求めに俺からも唇を重ねる。
 

「わたし、彼女……んぅっ」


 女の子の唇は瑞々しく潤んでいて柔らかい。
 

「んぁ……貴方、彼氏。わたしの、彼氏……」


 回数を重ねるごとに女の子の目がトロンと惚けていく。

 それでも何度もキスをせがん来るが、断る理由などあるわけも無くその度に顔を寄せて応える。
 
 
「なはっ」


 十数回とキスをしたところで顔が遠く離れ、女の子が嬉しそうに笑う。
 
 その口元は女の子のヨダレでだらしなく濡れていた。
 
 しかし暑い。体密着させてたから余計暑い。
 
 すぐに窓を閉め切ってクーラーをONにする。
 
 さっき女の子が言っていた通り、すぐに部屋は涼しくなった。
 
 家が狭いのは解っていたが何故だか悲しくなった。
 
 背中から抱きついて来た女の子をおんぶするように持ち上げながら、持ち帰ってきた惣菜の廃棄品をレンジでチンする。なぜだか妹1号を思い出す。
 
 向かい合って飯食ってる時も洗い物してる時も女の子は終始笑顔だ。
 
 正直可愛い。
 
 が、口に出して言うと恥ずかしさで死ぬるので言わない。
 
 女の子も俺のことをカッコイイと言わないのでお相子だろう。カッコ良くないだけかも知れんが。

 
「お風呂沸かした」

「そうですか」

「先入る?」

「面倒臭いから後でいい」

「……一緒に入る?」

「イデオンのBメカの左シートに座るかヤマトの第三艦橋に配属されるかどっちが良い?」

「どっちも死んじゃう」

「アホな言ってないで早く入ってこい」

「けっこうマジで言ったのに」

「はいはい」

「うぅ冷たい。昨日は激しくて熱かったのに」

「まるで致しちゃったみたいに言うな。まだ何にもしてないだろうが」

「……『まだ』ってことはする気?」

「古典的な所拾うよなお前」

「歴史は繰り返される」


 いきなり壮大な話になりかけたので、いい加減風呂敷も畳みきれ無さそうなので女の子背中を蹴って風呂に入れた。
 
 女の子が上がってくるまでラノベでも読むことにする。
 
 女の子と付き合って関係は変わったが、俺の本質は変わってない。
 
 つまる所面倒臭がりだ。
 
 今頃言った所で、何がどうだというわけではないが再確認だ。
 
 ふあぁと欠伸をしてラノベに視線を落とす。
 

「……」


 女の子の夏服も買ってやらないとな。

 ついでになんか、指輪とか買ってやったほうがいいかな。

 いや流石に重過ぎるか? うーん。悩む。


△▽

なに書いてんだろう自分。死ねよバカップル。
平均より25行ほど少ないです。でもこれが限界なんです。すいません。
あーそれにしても……めちゃくちゃ狩り時ですよね。誰かけいだんのミズキ呼んできてください。
感想板でちょっと話に上がってましたが、妹編はやるならこれのアフターかアナザーでXXX板でやると思います。多分黒くて赤くなります。





[9140] 25話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/09/18 16:13
 光陰矢の如し、とはよく言ったもので気付けば、夏休みに入ってから早3週間が過ぎようとしていた。
 
 言い換えれば21日が経過したのだ。
 
 21日、だ。一ヶ月の3分の2ほどが既に過去になっているのだ。
 
 どうしてこうも時間の流れは早いのか。毎日休まず動いているんだ、偶には止まったって罰は当たらないはずだろうに。
 
 何がそこまで彼を突き動かすのか是非知りたいところだ。
 
 というかだな、そもそもまず1日の時間が24時間だと言う事自体おかしい、もっとあってもいいはずだろ。
 
 48時間とか72時間とかさ。
 
 ……やめよう。不毛すぎる。この疑問、人生で何度目になるだろうか。
 
 閑話休題。
 
 生温い風が頬を撫でるように通り過ぎる。冷え切られた室内に漂ったソレが、怖気が走るように気持ち悪くて目が覚める。
 
 反射的に開いた瞼は尋常じゃないほど重く、睡眠不足だと言う事が目に見えて分かる。瞼だけに。
 
 何が起きているのか考える気力も無く、寝返りを打って2度寝の準備に入る。
 
 しかし、意識が落ちる前にテレビが点いた時独特の耳の奥で響く超音波ような音がヤケに煩く聞こえ、軽く薄目を開けて部屋を見渡す。
 
 苦も無く、白くボヤけた視界が人影を捕らえる。
 
 流石に俺が面倒臭がりだと言っても部屋の施錠を怠るわけがなく、当然ここに居るのは合鍵を持つ女の子だけだ。
 
 俺と違い日付を越える前に寝る女の子が朝早くに起きていることはなんら不思議なことじゃない。寧ろ普通だ。
 
 体が鈍るからと近所のラジオ体操に参加しているらしいが、さっきの生温い風からして多分それの帰りだろうか。なんとも健康志向な奴だ。
 
 女の子を見てると俺の生活スタイルがつくづく不健康な物だと思わされるが、直すなんて当面無いので改心はしない。
 
 感情の読み取れない表情でテレビを見詰める女の子の髪型は、いつもと違いポニーテールだ。
 
 動きやすいように纏めているのだろうか。ラジオ体操帰り説が濃厚になる。
 
 ふと、女の子がこっちを向いた。見詰める俺の視線に気付いたのか、はたまたエスパーなのか気紛れなのか知らないが、女の子の表情が喜色満面になる。
 
 
「起きた?」


 4足歩行で女の子が俺の寝るベットに近づき圧し掛かって来る。
 
 すぐに女の子と俺との距離が縮み、女の子が顔を近づく。視界いっぱいに白い肌と白い髪と赤い目が広がり、軽く触れるように女の子の唇が俺のに当たる。
 
 離れた女の子は「にひゃ」と頬を緩ませて笑っている。元が良いので物凄く可愛く見える。
 
 が、女の子の纏う空気は僅かにしっとりとしており、頬に乗せられている手はペタリと張り付くようだ。
 
 見れば女の子のシャツ(俺の)の胸元は汗で染みが出来ている。てかブラ付けろ。
 
 つまるところ、
 
 
「汗臭い」


 女の子の匂いに混じって乾きかけの汗のツンっとくる臭い。
 
 僅かながらの刺激臭に対処するべく、鼻呼吸から口呼吸へ切り替える。
 
 俺が言った言葉に女の子はシャツの襟を持ち上げて鼻に当てたり、腕を脇を臭ったりして反応を返してくる。
 
 1分もしない内にパシンと肩を叩かれた。
 
 女の子はアヒル口にハの字眉で不機嫌をアピールしてくる。
 
 俺を前にしている時は本当に感情的だ。普段もそんくらい笑ってりゃいいのに。
 
 
「……なんだよ」

「もっと優しく言うべき。遠回しに」

「手短に言ったほうがお互い苦労しないだろ」

「急がば回れという言葉がですね」

「俺がいつ急いだ」

「急がば3回回ってワンと言えという言葉がですね」

「なんの嫌がらせだよ」

「助けて欲しかったらブタの真似をしろと言う言葉がですね」

「ブーブー」

「ブタは死ねっ!!」

「どこのルカ様」

「CV浅川悠」

「それは巡音ルカ」

「パッショーネの組員」

「それは涙目のルカ」

「貴方に汗臭いと言われてわたし涙目」

「もっと泣け」

「なんというS」

「可愛いから」

「なんという変態……!」

「そんなこと言いながらニヤけ面晒すお前のほうが変態」

「きっとM」

「自分で言うな」

「貴方に調教された」

「何もしとらんわ」

「ツンとデレと言う飴と鞭で」

「俺はツンデレじゃない」

「ツンデレはツンデレと指摘されると否定する」

「天然の人にも通用しそうな言葉だな」

「天然と聞かれてイエスと答える人は天然じゃない。ツンデレも同様」

「俺ってツンデレだよな、マジで」

「やっと認めた」

「さっきの理論は何処へ行ったのか」

「時代は変わる」

「さっきの一瞬で変わるとかどれだけ薄っぺらい時代」

「ティッシュを2枚に分けたぐらいに」

「身近にあるもので表現可能なんて認めません」

「一冊500円とかで売られる同人誌並に」

「自費出版の作家に土下座して謝って来い」

「ムクたんが失礼なことを言った」

「ガチャピンはお前のスケープゴートじゃないと何度言ったら分かるのか」

「これがこの子の仕事」

「哀れすぎて泣けてくるわ」


 話もソコソコなところで「くあぁ」と欠伸が口を突いて出る。
 
 実の所さっきの話の後半らへんから目を瞑っている。当然、眠いからだ。
 
 
「寝るの?」

「バイトも無いしな」

「じゃあおやすみのチュウ。んー」

「ん」

「なは、お休み」

「お前もシャワー浴びろよ」

「うん」


 そこで意識が落ちる。
 
 再度目が覚めると部屋のデジタル時計は12時を示していた。正直まだ眠いがこれ以上寝ると時間が勿体無いので起きる。
 
 ついでに隣でスースーと寝息を立てて丸まって寝ている女の子も起こす。
 
 起こす時に撫でた髪は僅かに濡れていて石鹸の匂いがしていた。寝ている間に風呂に入ったんだろう。
 
 根元から毛先まで手櫛を入れる。
 
 引っかかることは無くスッと指が通り抜けるが、やっぱりかなり長い。前髪も目の下まで伸びている。
 
 
「髪切りに行くか」


 昼飯のトーストを齧りながら女の子にそう提案すると「いいの?」と聞かれた。
 
 遠慮すんなと返して出かける準備を始める。といっても歯磨きして服着替えるだけだが。
 
 以前伯母さんから貰った金を封筒ごと財布に入れて準備完了である。
 
 女の子の髪型は朝と同じでポニーテールだ。もしかしたら自分でも邪魔と思ったから纏めているのかも知れない。
 
 ついでに女の子の服も買うということで以前から行っているデパート方面へと自転車を漕ぐ。
 
 出掛けて数分。
 
 
「腰に手をまわすな。暑くて死ぬ」

「わたしはそんなに暑くない」

「……その髪の色良いよな。一種の日傘だろ」
 
 
 青い空に白い入道雲という絶好のお出掛け日和だが、焼き殺すかの如き陽射しに体力ゲージがガンガンと減っていく。
 
 涼しい室内にいたから尚更暑く感じる。
 
 これがクーラーで暑さから逃れていた代償か。
 
 
「……カット代で6000円とかフザけ過ぎて笑えるんだが」


 見つけた美容院の前に設置されていた料金表を確認すると、思わず声が漏れた。
 
 俺の行ってるとこだと3000円だぞ。この差は何だ。
 
 
「別に床屋でも構わない」

「一応お前も年頃だろ。変に切られるのも嫌だろ」

「短くしてもらうだけだから大丈夫」

「そう言う奴が一番危ないんだよ。切られた後に絶対怒って愚痴漏らすぞ」

「髪を切るだけにキレるんですねわかります」

「上手いこと言ってるつもりかよ」

「担当はビノールト希望」

「切り裂き美容師とか誰がわかるんだよ」

「そういう念能力者がですね」

「この世界に念能力者は居ない」

「異能者なら」

「作品が違うからな」

「でも本当に安い所でいい」

「いいから入れよ。ジャジャンケン食らわすぞ」

「なんという即死技」


 どうたらこうたら言って遠慮する女の子を美容院に押し込んで店員に預けると、諦めたのか素直に席へと案内される。
 
 俺はと言えば勢いで入ったのはいいものの、普段入ったことも無い美容院の店内に飲まれてしまっている。
 
 待合席に置かれた雑誌も漫画的な物は一切無く髪に関わる物ばかりで思わずタメ息が漏れる。
 
 ワックスなどの整髪料は一応持ってはいるが、ほとんど使わないので興味は無い。
 
 仕方なく携帯を取り出してエストポリス伝説のモバイル版を起動させる。いにしえの洞窟面白いです。
 
 青い宝箱に騙されてミミックに食い殺されること数回。
 
 女の子のほう席が少し騒がしくなったので目を向けるといつの間にか散髪が終わっていた。
 
 やっぱりゲームはダメだな。時間が一気に過ぎ去る。
 
 フルフルと数回頭振った小走りで女の子が俺の元までやってきて見上げてくる。
 
 女の子の腰ほどにまであった髪は、バッサリと肩ほどまでに切られていて以前と見違えるほどに短くなっていた。
 
 大人びた印象だった長髪とは打って変わって今の髪型は少し幼く見える。
 
 長髪な女の子も名残惜しいものがあったこの髪型も充分に可愛い。カチューシャと半霊を付けたらみょんになれるかもれしれない。
 
 ロリコン、という言葉が脳内で再生されたが無視する。
 
 
「……どう?」


 若干不安げな雰囲気で女の子が問いかけてくる。
 
 面と向かって聞かれると答えづらいものがあるので視線を逸らして「可愛い」とだけ答える。
 
 手を握られた。


△▽

24話で最終回予告してなかったのでなんだか最終回にしづらかったので1回延長。
改めて、次回最終回です。
別に壮大な終わりはありません。普通に終わります。







[9140] 26話目                   終わり。
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/11/10 03:09
 所は変わらず以前から続き、都心の大通りから一本逸れた所にあった喫茶店で俺と女の子は少し遅めの昼食を取っていた。
 
 この店、チェーン店のような量産的な感じでは無く、ナウさ(死語)が漂うオシャレなデザインで雰囲気が落ち着いていて良い感じだ。
 
 ここでレポートをするのもいいかもしれない。
 
 こういう所のメニューは良く分からないので女の子に頼んで選んでもらったスパゲティも美味くて高評価。生パスタと聞いたが、普通のパスタと何が違うのだろうか。
 
 
「……わたし、変?」

「んぁ?」

「さっきから貴方ずっと見てる。髪どこかおかしい……?」
 
 
 見慣れたロングヘアから一点したセミロング姿の女の子が、おずおずと伺ってくる。
 
 しきりに髪を撫でて形を整えている女の子の表情は不安げで、僅かに怯えているようにも見えた。
 
 やっぱり女の子も立派に女の子しているんだな、と感嘆する。
 
 自分で言ってて恥ずかしいが、好きな……その、人ってか付き合っている男性つまり俺だが、に好かれる格好で居たいんだろうな。
 
 誰だって好きな人に嫌われたくはないだろう。好きな人に好いてもらいたいんだろう。
 
 髪を切ったことでのイメージの変化。
 
 俺からしたら若干幼く見えるようなったと思う程度だが、女の子からしたら前のほうがよかったと思われてると考えているのかも知れない。
 
 正直言って前の髪型のほうが好みと言ったら好みだ。
 
 けど、それはずっとロングヘアの女の子と過ごしていた日々が影響しているだけで、ただ単に見慣れてないだけだ。
 
 だから前のほうが良いとは思わない。どっちも可愛い、と言うのが結論。
 
 ハガレンのマスタングの声優が大川から三木に変わって違和感があっても3週間ほど経てば慣れてくる。そんな感じだ。
 
 
「いや全然。良く似合ってると思うぞ」


 だから世辞でも何でもない、ただの真実を口にする。


「そう?」
 
「嘘言っても仕方ないだろうに」

「うん、まぁ」

「見てたのだって新鮮味があってつい目が行っただけだよ。特に理由なんて無い」

「うん。……ちょっと不安だったかも。前の方がよかったって言われたらどうしようかと思った」

「ビビりすぎだろ」

「でも、貴方に嫌われるのは怖いから、不安にもなる」

「……んー」
 
 
 けっこう引きずるな。
 
 どうしてコイツ今日に限ってこんなに弱気なんだろうか。もっと自分の容姿に自信持てばいいのに。
 
 持ち上げていたコーヒーを一気に呷って一息ついた後、腕を伸ばして女の子の髪を触る。
 
 美容院のシャンプーで艶が増した白髪は容易に手櫛を受け入れて、スッと指を通り抜けさせる。
 
 「あ」とか「え?」とか変な声が聞こえた。
 
 数回繰り返していると、女の子が控えめに見上げてくる。
 
 頬が染まっていて恥ずかしがっているのが見て分かった。
 
 いくらか整えた後、背もたれに背中を預けて女の子を視界の真ん中に捕らえる。
 
 幼さを残した整った顔立ちに赤い目。肩に掛かる程度に切り揃えられたセミロングの白髪。
 
 抱きしめた時にも分かる華奢な体。薄い胸。
 
 どこを取ってもおかしくは無い。最後の1つも欠点では無く長所だ。うん、多分絶対。長所長所。
 
 腕を下げる。
 
 
「お前今日アレか、あの日か」

「は?」

「気持ちが不安定になったりとかするらしいしな」

「……何の話?」

「初めてくると赤飯を炊く日のこと」


 自分なりに考えた結果を口に出す、流石に単語を直接言うのは憚られるので遠まわしに。
 
 女の子は数秒固まった後に蔑むようなジト目で睨んできた。
 
 ……?
 
 
「死ね」

「言葉の棘隠さなすぎだろ」

「面と向かって聞いてくるとか貴方どうかしてる」

「いやだってお前弱気過ぎて気持ち悪いからさ、なんかあったのかと思って」

「思って考えたらそれに行き着いたの?」


 首を縦に振る。
 
 
「死ね」

「言葉の棘隠さなすぎだろ」

「面と向かって聞いてくるとか貴方どうかしてる」

「会話ループしてね?」

「今さっき世界が一巡した」

「いつの間にプッチ神父メイドインヘヴン発動させたんだよ」

「冗談は置いといて」

「お前が振ってきたんだろ」

「気にしないで、気にしたら負け」


 たしかにループしてたら話が進まないので素直に従う。
 
 口直しに水を含んで飲み込む。美味いけど多分水道水なんだろうなぁ。
 
 飲み終わった空のグラスを持って立ち上がる。水のおかわりはセルフサービスなので自分で取りに行く。
 
 
「……その。多分、本当のわたしはこんな感じだから」


 取ってきて早々に女の子が口を開く。


「え、何が?」

「……弱気過ぎるって話」

「あぁー。なんかいきなりだったから理解出来なかった」

「だからこの話はこれが結論。うん―――それに、ぶっちゃけたら、……あの日も、まだだし」

「え? なんて?」


 叩かれた。
 
 小声で聞こえなかったんだから仕方ないだろ。暴力振るわなくても。
 
 
「要するにっ貴方に嫌われたくないってこと」


 女の子が話の要点を強引に締めくくる。
 
 聞こえなかった部分を含めてまだ聞きたいこともあったけど、教えてくれなさそうなので諦める。
 
 
 
「あんだけ勝手してきたお前と今付き合ってるのにさ。逆に今更どうやって嫌いになるのか答えて欲しいわ」

「……いやまぁ……うん。たしかに」

「だろ」

「もっと大人しくしてたらと後悔」

「大人しかったら追い返してたな。お前が強引じゃなかったらこうやって一緒に飯食ってることも無かっはずなんだけど」

「じゃああれでよかった?」

「当時の俺からしたら迷惑以外の何者でもなかったけどな」

「ごめん」

「今謝っても意味がねぇー」

「ん。たしかに。昔の自分を誇りたい」

「誇るのはどうかと思うわ」

「どうしろと」


 感謝したらいいと言っておいた。
 
 お互いにリゾットとスパゲティを交換しあったりして昼食を済ませる。あーんはしていない、公共の場だし。
 
 余談だけど、食後の休憩でコーラを飲みながらゆっくりしていたら何かイベントがあったみたいだ。
 
 創業1000組目のカップルの来店を祝うとかどうたらこうたらな奴で、来店したミントが主成分な感じなイケメンフェイスの男と銀髪赤目の美少女がその1000組目のカップルらしい。
 
 ということは俺らは999組目だったということで何と無く残念な気分になった。
 
 離れていてよくは分からなかったけど、イケメンが抱きしめた美少女が奇声あげて猛烈なビンタをかましていた。滅茶苦茶痛そうだった。漫画のような音鳴ってたし。
 
 その後何も無かったように席に着いた2人だけど、その美少女がまた大食らいなのかメニューに指を走らせて「ここからここまで全部ください」とか言っていた。
 
 その様子に、一緒に見ていた女の子共々飲み物を吹きかけたが堪えて店を後にした。
 
 もちろんのことで金は俺が払った。値段もけっこう親切でよかった。
 
 
「……凄かったね」

「まぁ歳は離れてそうだったけど美男美女だったな」

「んう、違う。あの銀髪の子の性格が」

「あぁー……」


 当の本人達に聞こえない所でそれをネタに話をしてしまうのは人の性だろう。
 
 まぁそこまで長引く話題でも無いのですぐにその話は途切れ、その記憶も脳の片隅で眠ることになった。
 
 腹ごしらえも済んだ所で、いつもお世話になっているあのデパートへと自転車を漕いで赴く。当然のことでジュネスではない。幼女も歌わない。
 
 置く場所が無い事を良いことに無理矢理止めさせて、3時間過ぎたら金を取る駐輪場に自転車を置いて店内へ。
 
 女の子が絡みつくように腕を取ってきたが別に何も言わない。
 
 こういう時に胸があると良いんだなとか思ったが、無いものねだりなので口には出さない。
 
 幸せそうな顔した女の子を見たら「貧乳は希少価値で巨乳は資産価値だよな」とか言えない。
 
 この前と同じように大人の女性用コーナーを華麗かつ爽やかにスルーして思春期の女の子用コーナーへと向かう。
 
 マネキン達も夏用の薄着に着替えて真っ白い肌を露出させて俺達を出迎えてくれる。
 
 流石の俺でも女の子と腕を組んでここまで来ると羞恥心を覚えてくる。
 
 周りの視線が気になって一度見回して見ると、案の定というか何というかだけど店員の1人から目を逸らされた。
 
 きっとロリコンだと思われた。
 
 店長のロリコン発言が再生される。この所隙あらば脳内でロリコンと言われ続けている。なんだよロリコンのどこが悪いんだよ。
 
 
「だから黒は嫌だと」

「黒は高貴な」

「お前のどこが」


 といった具合に服の購入を済ませる。
 
 色々買って5万ぐらい使ったが、予期せぬ臨時収入から出ているので別に勿体無いとは思わない。
 
 クレーンゲームの名を借りた貯金箱からガッチャピンを吊り上げて我が家に新たに3匹を迎えた後にデパートを後にする。
 
 長居しすぎて、店を出た時には空が暗くなり始めていた。
 
 家路に着く頃にはもう完全に夜で、人通りも目に見えて少なくなり始めていた。流石駐輪場に金を取られただけのことはある。
 
 
「バイトしていい?」


 後ろで腰に腕を回していた女の子が唐突に聞いてくる。
 
 自転車を漕ぐ足は止めずに「なんの?」と聞き返す。といっても女の子の歳で出来る仕事なんて限られているので返答は予測できた。
 
 実際大当たりで「新聞配達」と女の子も答える。
 
 
「当ては?」

「一応」
 
「欲しいもんでもあるのか」

「違う。わたしも何かしたいから」

「家の仕事あるだろ」

「すぐ終わる。それに、やるの朝だけだから家事のほうも問題ないと思う」

「金入れる口座とかどうするんだよ」

「判子とか通帳とか全部、伯母さんがカバンに詰めてた」

「そうか」

「稼いだお金も全部貴方に渡す」

「食費貰えたら他は別にいらねーや」

「やっていい?」

「断る理由も無いしな。家事が疎かになるようだったら流石にあれだけど」

「うん。頑張る」

「……」


 確かに、断る理由も無いし支出が減るのは嬉しいけど、どこか寂しく感じてしまった。
 
 何故か? なんて言うまでも無く、女の子と過ごす時間が減ってしまうのではないかと考えてしまったからだろう。
 
 俺も大概女の子のことが好きなんだと実感してしまう。
 
 ……というか、付き合ってから俺一言も女の子に言ってないんだよな。
 
 見慣れた屋根が見えてすぐに家に到着する。
 
 率先して女の子が荷物を抱えて先に自転車から降りる。俺も自転車を置いて女の子の所へ行く。
 
 
「ミズキ」


 女の子の名前を呼ぶ。この名前、自分と同じだから呼ぶと変な感じなんだよな。
 
 桃谷と今宮で苗字は違うんだけどさ。
 
 結婚したら同姓同名だぞ。この場合改名とかするんだろうか。
 
 両手に重そうに袋を提げた女の子が振り向く。
 
 
「好きだ」


 言ったことが無いから、というロマンの欠片も感じない理由だけど、気付いたからには言っておきたい。
 
 反応は上々で、女の子は鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を見開く。
 
 だけどすぐにその瞳は閉じて代わりに見上げるように、顎を突き出してきた。
 
 鈍感だ朴念仁だと女の子に散々言われた俺でも判るほどに簡単な意思表示だった。
 
 肩に手を置いて女の子の顔に、首を近づける。
 
 唇を重ね合わせる。
 
 「んっ」と女の子が声を漏らす。
 
 中腰の姿勢は少し辛かったけど、それ以上に心地よかった。外だということも忘れるほどに。
 
 顔を離した時には女の子の顔は真っ赤だった。
 
 多分俺も真っ赤だった思う。頬滅茶苦茶熱かったしな。
 
 
「わたしも、大好き」


 そう言ってはにかんで微笑む女の子は特別に可愛かった。


△▽
 
 ―――可愛くて、愛しいほどに可愛くて、我慢出来なかった。肩に置く手が震えて浮かび、そっと女の子の首に添えられる。

 苦しませずに、一息にその命を吹き消そう。そう心に誓う。




という感じで終わったら面白そうだなぁ、と考えてしまう。
最終話、幸せな2人をぶっ壊す妄想しか出てこないので、キャラが動かなくて苦労しました。
ツンデレババァな話とか婦警さんの話とか書きたかったんですけど、これ以上進むと間違いなく黒くなるのでここでこの話は終わります。

また自分のソウル傾向が白くなったら婦警さん編の外伝とか、また女の子とのイチャイチャとか書くと思います。

次は多分、けいだんのリメイク(?)を新しく書くと思います。
低い確率でXXX板で妹編でしょうか。

後、誤字脱字を修正で1回上げると思います。


それでわ。





 



[9140] 27話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2009/11/10 03:12
「昔この大陸は竜が支配していた。魔法という力を思いのままに操る竜に、人々は敵うはずも無かった。しかし、そんな暗黒の時代に―――」

「どんな会話の導入だよ。いきなり設定公開とか返答に困るわ」

「次でボケて」

「仮にも真面目な話をしてる所にボケを挟むってハードル高いってレベルじゃねーよKYだよ。普通ツっこむ所だよ」

「ツっこむとか仮にもまだ乙女のわたしに言わないでください変態っ!」

「お前が乙女だったら世の女性みんな女神だよ」

「―――そんな暗黒の時代に1人の女神が現れ、こう予言しま……」

「続けんのか。とっつき辛過ぎる」

「とっつきなんて卑猥です変態っ!」

「なんでお前は会話をそっち方面に持っていきたがるんだ」

「貴方のとっつき兵器はドミナントでしたね」

「どこのキサラギ社製だよ」

「キサラギ社製とか発想が古い。時代はネクスト」

「アルゼブラか」

「GAです」

「ドーザーはとっつきとは呼べねーよ!」

「やっぱりかあぁぁぁ!」

「キルドーザーは帰れよ。事件自体は悲しい出来事だったよ」

「大丈夫、貴方のは月光」

「もう下ネタやめろよ。お前に対する評価が物凄い勢いで落ちていってるよ」

「? 男の人はそういうの好きだって聞いた」

「……間違っては無いな」

「貴方男。わたし男の人の好きな話題に合わせる。どこが不都合?」

「ある意味ピュアなお前が俺には眩しいわ」

「褒めてる?」

「神々しいまでのアホだって事だよ」

「神聖視とか照れる」

「誰かコイツに常識を教えてやってくれ」

「性教育ですか」

「ちょっと黙れよ脳味噌ピンク少女」

「……流石のわたしでもその言葉は不快に感じた」

「どこがアウトだったのか……―――あーいや、すまん。言いすぎたな」

「……」

「う……」

「ショッキングピンクにすべき」

「!?」


 脳味噌ショッキングピンク少女が誕生した所で会話を一旦切り上げる。
 
 話過ぎたせいか喉が乾いたので俺にもたれ掛かっていた女の子を引っぺがしてコタツから抜け出す。
 
 コタツの温もりから一瞬でも離れる寂しさを、纏わり付いている熱気ごと振り払い、買い置きしてある缶コーヒーを取りにベランダへと続く扉へと向かう。
 
 ガラスから透けて見える太陽はまだ高く空は明るい。時計を見ても11時ちょっとだ。
 
 そして、いざ開けようと扉に手を掛けると、その鉄製の器具の冷たさに嫌な予感を覚える。
 
 ここで引き返すことも出来るがそうやって逃げて残るのは喉の渇きだけだ。何だか背後に居る女の子も手招きしているような気がするが気にしない。
 

「今日寒いよ」


 今日一度も外に出ていない俺に女の子が語りかけてくる。恐らく朝の新聞配達で知ったのだろう。
 
 だがしかし俺は喉が渇いたのだ。冷蔵庫にあるの飲めばいいじゃないか、と思わなくも無いが、俺は缶コーヒーが飲みたいんだ。マックスコーヒー。
 
 逃げちゃだめだ。と何度もシンジ君のように心で呟きながら扉を開ける。
 
 前髪を逆立てるほどの冷風っ!!
 
 コタツの熱を纏った俺に風っ!!
 
 さらに第一波で致命傷(コタツの熱バリアが吹き飛んだ的な意味で)をっ!!
 
 起こる風の1つ1つが、なんて威力っ!!
 
 あぁ俺の夏休みどこに行ったんだ。つい1話前まで夏だったろうが。
 
 振り返ると女の子の姿が無かった。コタツの中に潜り込んだと思われる。なぜだろう、俺の自業自得なのに女の子に怒りを覚えてしまう。
 
 こうなれば早く目的の品を手に入れて戻るだけだ。
 
 冬にさしかかった秋の寒さに凍えながら缶コーヒーを回収して早足で室内へと戻る。
 
 ドアを閉める→ビニール袋から缶コーヒーを取り出す→手間取る→ドアを開ける→飛び込む
 
 このプロセスだけで薄着だった俺にはいっぱいいっぱいだ。寒すぎる。
 
 ドアを閉めてそのまま立ち尽くす道理など無いので、さっさと元の場所へと戻りコタツに足を突っ込む。
 
 途端に女の子がコタツから飛び出してきた。
 
 首に腕をまわして、頬を寄せて、耳を甘噛みしてくる。
 
 コタツの熱で暖められた人肌の温もりは、さっきまで凍えていた俺にとってとても心地が良い。
 
 
「どう? あったかい?」


 返答する代わりに、俺も女の子に腕をまわして熱を奪うように抱く。相変わらず女の子の肩は細くて背中は狭い。
 
 耳たぶを嘗め回されて、首筋を強く吸われるが、悪い気分はしないので放置する。
 
 しばらくそうやった後に机の上に置いておいた缶コーヒーを手に取り、女の子の首筋に当てる。
 
 
「ひやゃ!?」


 反応は上々だった。身をよじらせて逃げようとする女の子を抱きしめて更に冷えた缶コーヒーを当て続ける。
 
 しばらくそうやって女の子を虐めた。楽しい。缶コーヒーは2本持って来ているので、1本は女の子にあげる。ちなみにマックスコーヒー。
 
 
「恩を仇で返すとはこのことか」

「最後らへん楽しそうに笑ってたお前が愚痴を漏らすのは何かおかしい」

「どっちかって言うとMだから」

「何で人はそうSとかMとか、両極端にしか決められないのだろうか」

「優柔不断は良くないから」

「真理を突かれたような気がしてならない」

「せめて痛みを知らず安らかに死ぬがよい」

「秘孔を突くな」

「でもゆうじゅうふだんの『ゆう』は『優しい』と書きます」

「どこのいちご100%だよ。なんで東城フったんだよ真中」

「人気投票の結果です」


 ちくしょうだからジャンプは嫌いなんだ。嘘だけど。
 
 そうこうしてると外に出た時の冷風で吹き飛んでいた眠気が、コタツの温もりで再燃しはじめる。カフェインが効いて来るのは摂取してから30分ほどかかるとか。
 
 バイトも大学も無い貴重な1日を寝て過ごすのはとても勿体無いような気がするが、特にすることもない。
 
 逆らう理由も無いので、眠気に誘われるままにコタツの中に体を深く入れて横になる。
 
 座布団を枕にして寝ようとすると、隣に居た女の子もモゾモゾと動いた後、背中から腕を回して体を密着させて来る。
 
 
「わたしも寝る」

「掃除とか洗濯とか……あぁもうやったな」

「わたしは手際が良い」

「俺も手伝ってやったしな」

「きっといい嫁になる」

「一昔前の考えだなぁ」

「……こっち向いて」


 言われた通りに女の子の方を向いて女の子を抱く。
 
 ひとしきりコタツの中で足を絡ませて互いに落ち着く体位を探す。
 
 
「腕枕して」

「注文多いな」

「恋人だもん。このくらいの我侭言ったっていいはず」

「誰も嫌なんて言ってないだろ」

「……うん」

「もう眠い。俺もう寝る」

「寝る前にすること、まだしてない」


 主語を出されずともほぼ日常と化してることなので素直に女の子の唇に口付けをする。
 
 柔らかくて潤った女の子の唇から唇を離し、軽く女の子を抱いて意識を落とす。
 
 さて、近頃悩みなのが夢だ。
 
 5回に1回くらいだろうか。忘れたのを含めるともっと多くなるかも知れないが、夢の中、俺は何度も言われる。
 
 
「ロリコン」


 と、きっとあの時の店長の発言のせいだろう。如何わしいことは何1つ(キスも含めるならしてるが)してないのだが。
 
 この夢を見た後に、女の子の寝姿や先に起きていて挨拶をしてくる女の子を見ると、どうにも罪悪感のようなものが湧いてしまう。
 
 女の子に好きだと抜かした時点で自分がロリコンと認め始めているが、まだどこか後ろめたさのようなものがあるのだろう。
 
 手を出さないのがいけないのか。
 
 というか、出すにしても若すぎるだろ。アイマスの覚醒美希のランクAエンドじゃあるまいし。
 
 14だぞ。この前15になったけど。自重しろよ20歳。
 
 まぁ出す出さない以前の問題なんだけどさ。性的興奮なんざあの日以来1回も覚えが無い。
 
 隣に居てくれるだけで幸せだよ。ほんと。
 
 女の子もそう思っててくれればいいんだけどな。最近、枕の裏しきりに調べたりしてるけど。
 
 そうこうしてる内に目が覚めて、昼を少し過ぎていた。
 
 少し遅い昼飯にチンジャオロースを自作して女の子と食う。
 
 ふと思ったが、店でチンジャオロースをピーマン抜きで頼むことはできるのだろうか。
 
 チーズバーガーの肉抜きを注文した勇者は居たらしいけど。
 

「ばんざーい」


 壁に背中を預けコタツに足を入れてラノベを呼んでいると、洗い物を終えた女の子がいきなり目の前で両腕をあげる。
 
 どう反応したものかと眉を顰めると女の子は腕を下げた後に、
 
 
「ばんざーい」


 また同じように両腕を上げる。何度も繰り返す女の子を放置していると、女の子はムッと不満そうな表情をする。

 
「どうしろと?」
 
 
 流石にこれ以上の放置は危険だと察し、当たり障りの無い言葉を発してみる。
 
 
「ばんざいして、ばんざい」

「こうか?」


 ラノベを持ったまま両腕を持ち上げて上に腕を伸ばす。伸びも兼ねてしてみると、肺に溜まった温い空気が口から押し出される。
 
 視線を向けて次の行動を女の子に促すと、女の子は俺に背を向けた後、胡坐を掻いた俺の脚に腰を乗せてきた。
 
 
「お邪魔しまーす」

「……こうしたいなら最初っからそう言えよ」

「貴方はロマンがわかってない」

「お前ほんとロマン好きだな」

「本片方持ってあげる」

「……断っても無駄なんだろうな」

「当然」


 ラノベを片方ずつ持った後、余った手同士指を絡めあって2人して読書をした。


△▽

ソウル傾向が白くなってアンバサしたのに、俺なんでリア充の話書いてるんだろう。
けいだんのプロットも原案も全然進まないのでとりあえず更新。



[9140] 28話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2010/01/07 15:22

 眠い。激しく眠い。落ちてくる瞼の重さが半端じゃない。
 
 視界の半分が常に瞼の陰で覆われて気付かない内に眠ってしまっていそうだ。
 
 起きたばっかりだと言うのにコタツに脚を入れているせいも多いにあるが、寒いんだから仕方ない。不可抗力だ。
 
 大体バイト明けの新年早々、朝8時に起きるなんてことが無理難題過ぎる。
 
 中学高校時代の俺じゃあるまいし、そんな元気は大人になった俺には無いに決まっている。
 
 夜更かしする俺も悪いんだけどな。
 
 しかし起きていないと女の子がガックリする。
 
 俺も時間が無駄になってガッカリする。
 
 どっちにも得が無いことをするわけにもいかず、一時の欲望に身を流してしまっては後に響く。出来ちゃった結婚とかが良い例だろう。
 
 ただダラダラと一緒に過ごすだけでは同居となんら変わらない。
 
 デートぐらいしなければ恋人だなんて呼べないんではないだろうか。
 
 わざわざ女の子から持ちかけてきデートなのだから、応えてやるのが彼氏ってもんだろう。
 
 まぁ年明けだし、バイトも大学も無いし、暇だし。
 
 一瞬落ちてしまった意識を持ち直して眠気覚ましの冷たいコーヒーを呷る。カフェイン効果よ、早くやって来い。
 
 スチール缶2本を空にしたところでくぐもった金属音がドアの方で鳴る。
 
 それに気付いて目を向けるのと同時に、ガチャっと鍵の開く音が響き玄関の扉が開く。
 
 外の冷たい風が流れ込んでくる先には赤茶色のコートを着た女の子が突っ立っており、何故か目を丸くしている。
 
 
「お……起きてるっ!」


 その驚きの声は分からなくも無いが、どこか釈然としないのはなんでだろう。
 
 しかも何だその大げさな驚きのポーズは。漫画か。
 
 
「デートだろ。というか寒いから早くドア閉めてくれ」

「ぁ、うん」


 白い息を吐く女の子を見る限り今日も相変わらず冷え込んでいるようだ。
 
 促されて部屋に入ってきた女の子は靴を雑に脱ぎ捨ててコートの前を開くと早足で俺のほうへと向かってくる。
 
 
「寒い~」
 
 
 冬の朝にする新聞配達なんて俺の想像を絶する。
 
 しかし年明けの休みも無いなんて中々にハードな仕事だ新聞配達。
 
 労いの言葉でもかけてやろうとするが、口を開く前に近づいてきた女の子が俺の頭を胸元に抱いてきた。
 
 
「あったかい~」


 首筋に当てられた手は生気を感じさせないほどに冷えている。

 しかし頬に当たるセーターの感触越しには、トクトクと早い心臓の音が聞こえて生きていることを伝えてくる。
 
 「ふぅ~」と震えた息を吐いて俺から熱を奪い続ける女の子を放置すること数秒。
 
 いきなり両頬を掴まれて上を向かされたと思うと間近に女の子の顔があった。
 
 
「んむ……」


 手同様冷えた唇を押し当てられる。
 
 焦点の定まった目の前にはギュッと目を閉じて唇を吸ってくる女の子の顔があった。
 
 そしてまた数秒、酸欠に陥んじゃないかという心配をする頃に女の子が離れる。
 
 はぁっと息を吐く所を見ると、やっぱり相当苦しかったようだ。
 
 
「あったかかった~」
 
 
 それでも顔は嬉しそうだったのは語るに値しないが。
 
 さておき女の子が帰ってきた。後は女の子の準備が整い次第出掛けるだけなのだが、そこは女の子(一般的な意味で)。
 
 顔を洗うと言って洗面所に行った数秒後に汗臭いからと言いシャワーに変更して浴室へ。
 
 40分ほどが経過する。
 
 遅い。髪と体洗うだけでどれだけ時間が掛かるのか。
 
 男の女の違いなのか。それとも、俺が特別に風呂が早いのか。
 
 烏の行水ってわけじゃないが、恐らくは前者だろう。うちの妹2人もそうだったし。
 
 
「なんで女の子はみんな風呂に入る時間が長いんですか」


 風呂上りで薄着になっている女の子に問う。
 
 先日買った姿見を目の前にドライヤーで髪を乾かす女の子は鏡越しに俺に視線を向けてくる。
 
 
「女の子だからです」

「その言葉の意味を大きく逸脱しています。ちゃんとした理由で答えて下さい」

「それ以上追求するのは地球がなんで回っているのか聞くぐらいに愚問」

「女の子と宇宙が同義とかおかしいから」

「どこもおかしくは無い」

「その根拠がどこからくるのか知りたいわ」

「女の子だから」

「汎用的過ぎるでしょう?」

「……」

「いやいや不思議な物を見る目で見るな、俺を」

「後ろの髪乾かして欲しい」

「……」


 差し出されたドライヤーを受け取って女の子の後ろに回り込む。
 
 手櫛を入れながら熱風を吐き出すドライヤーを白い髪に当てる。妹1号によくやってやっていたから髪を乾かすのは得意だ。

 相変わらず女の子の髪は同じシャンプーを使っているとは思えないほどに柔らかい。
 
 乾かしている最中に会話が途切れるが、気まずい空気は流れない。
 
 別にどうでもいい会話だったしな。
 
 一緒に暮らしていればネタ切れになることだってしょっちゅうだ。
 
 女の子の髪は大分伸びたが切る以前と比べればまだまだ短い。5分もしない内に女の子の髪が乾く。
 
 最後に撫でるように髪を梳いて形を整える。


「出来たぞ」
 
「うん。すぐに仕度する」

「40秒で」

「どこの空族」

「ボーン一家」

「ラピュタは何処へ」

「龍の巣」

「そういう意味合いで言ったわけじゃない……」


 女の子は一瞬ジト目でこっちを見てきたが、部屋に掛けてある時計を見ると慌てて準備の方に戻った。
 
 ただいま10時40分。
 
 女の子は、姿見を活用しまくってバリエーションの増えてきた服を合わせては元の場所に戻す作業を繰り返す。
 
 しかし、人の目の前で下着姿を晒しながら着替えるのはどうかと思う。
 
 そんな醜態をボーっと眺めていると、ハッと気付いた様子で女の子が合わせていた服を顔面に投げ付けて来た。
 
 
「見るなっ」

「事故含めて今日までに十数回見てるんだけど、裸」

「変態」

「もうちょっとお前も用心しろよ」

「明らかに貴方の注意不足が原因」

「今この場でお前に過失がある状態でその言葉を言うか」

「普通後ろ向いたりする」

「言ってくれよ」

「言われなくてもすると思う」

「だが断る」

「使いどころ間違えすぎてる」

「第一俺に裸見られて何か減るのかお前」

「大事な何かが減る」

「その大事な何かってもう失ってないか? 見た回数的に」

「貴方のが」

「俺のか」

「というか既にもう失われてる」

「なにそれ」

「せい……」

「せい?」


 聖さん? 聖☆お兄さん?


「なんでもない」

「ちゃんと言えよ」

「死ね」

「?」

「まずこれだけ私のを見て冷静なのが証拠」

「……私のって、何?」

「っ裸……!」

「あぁはいはい」

「もうちょっと慌てたりするのが正常なはず」

「じゃあ今度からそうするわ」

「貴方ちゃんと意味分かって応えてない」

「お前エスパーか」

「適当に返事返す時点で誰でも気付く」

「だってお前遠回しに言ってくるし、意味不明だし」
 
「わたしにだって羞恥心はあるっ!」

「俺だけ無いみたいに言うなよ」

「具体例」

「外でお前にねだられてキスした時とか恥ずかしい」

「ぁっ、ぁ……ぅ」

「外でお前に「あーん」された時とか」

「も、もういい」

「で、俺の失われたものって?」

「……宿題」

「……期限は?」

「貴方が気付くまで」


 もうそれ提出しなくてよくないか。という言葉は飲み込む。
 
 それっきり女の子は黙り込む。被された服で前が見えないので表情は読めない。
 
 シュルシュルスルスルと衣擦れの音が聞こえる所からすると着替えに勤しんでいるようだ。
 
 点けたテレビを音声だけで楽しむこと数十分。
 
 突然、視界を塞いでいた女の子の服が取っ払われる。
 
 開けた視界の先には着替えを終えてコートを着込む女の子が居た。
 
 
「仕度出来た」

「可愛いな」

「……っ」
 
 
 不機嫌そうに構えていた女の子の表情が一瞬緩んだ。



△▽


次の更新はいつになるかわかりませんが続きます。

けいだん。を書きたくても書けないのでこの2人をブッ殺して主人公交代でも良いかもしれない。



[9140] 29話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2010/04/24 04:40

 場所は変わって駅のホーム。
 
 なんだか年明けからもう4ヶ月程度の日数が経っているような気がするが、今日はまだ新年を迎えたばかりの1月1日。元旦だ。
 
 当然の如く季節は冬で、当たり前のように寒い。
 
 雪こそ降ってはいないものの、吐き出す息は白みを帯びていて、その寒さを見える様に表現している。
 
 天気そのものも雲1つ無い快晴でホームに差し込んでくる朝日は眩しくすらあるが、温かみはまったく感じない。
 
 防寒対策に厚手のコートを羽織ってはいるが、いかんせん下のほうはジーパン一着。
 
 ジーパン越しに吹き当たってくる風の冷たさといったらもう、凶器の領域といっても差し支えないだろう。
 
 軽く人を殺せる。
 
 数十分前までコタツで暖を取っていたせいもあってか尚更に、いつにも増して寒いような気がする。
 
 デートに誘ってきた女の子の予定ではこれから県内某所、県名と市名が同一の場所にある神社に初詣に行くらしいが、既にもう俺の中では面倒臭い精神が渦を巻いている。
 
 もしも「帰っていいよ」なんて甘言を言われれば、俺は遠慮や思慮など無くすぐに家に帰る事だろう。
 
 それぐらいに寒い。
 
 
「超寒い」


 口に出して言うほどに寒い。
 
 そうやってガタガタと身体を震わせていると、隣に居た女の子にいきなり腕に抱きつかれた。
 
 
「あったかい?」


 女の子が強引に指を絡めながら問い掛けてくる。
 
 正直言って女の子の手のほうが冷たい上に、寒い部分は主に脚なんだけど、流石に脚に抱きついてくれとは言えない。
 
 更に言えば周りの視線がとっても痛い。
 
 疑心暗鬼も含まれているんだろうが、俺と女の子の年齢差から来る疑惑の眼差しが痛い。
 
 新年だからかこんなベットタウンのホームにも人が多いので尚更だ。
 
 そんな俺の複雑な気持ちを他所に、女の子はなんとも言いがたい喜色で俺を見上げてくる。
 
 ……周りが気にならない女の子が羨ましい。
 
 
「寒くて(二重の意味で)辛いからお家に帰りたいです」

「大丈夫。今わたしが暖めてあげてるから」

「そう言ってるお前も震えてるんですけど」

「心の方を温めています」

「身体のほうを温めてください」

「それは……ここじゃあ恥ずかしいかも」

「いや何で赤くなる、顔伏せる。そういう意味で言ったわけじゃないからなっ?」

「なんだ、残念っ」


 ガクリと頭を下げる女の子。いや、そんな目に見えてガッカリされても困るんだが。
 
 最近妙にこの手の話題に食い付き(……食い付き、か?)が良いような気がするが、どうしたんだろうか。
 
 いやまぁ、普通に考えればとっくに手を出しててもおかしくないはずなんだけど、ね。
 
 顔は可愛いしガキなりにスタイルも良いし、外見だけで言えば美人なのは間違い無い。
 
 欠点と言えば性格と、相手が俺だったというぐらいだろうし。
 
 いや寧ろ俺だから良かったのかも。
 
 なにしろ穢れずに居られるしな。最初から性格は穢れていたけど。
 
 あぁ空が青いなぁ。
 
 繋いだお互いの手をグニグニし合って熱を生産していると、しばらくしてスピーカーからナレーションが流れてくる。
 
 予告された到着時刻通りに電車が強風を伴なってやってくる。
 
 ホームの先頭に立てていたこともあって何とか席には座れた。
 
 繋いだままの手は、周りから見たら目の毒この上ない産物なのだが、解こうにも女の子が離さないのであきらめた。
 
 
「あ~足あったけぇ」


 椅子の下から吹き出す温風が冷え切った足に当たって心地良い。
 
 
「……気持ち悪い」


 反面女の子は俺の脚を盾にして風を避けている。


「そりゃニーソックス越しには気持ち悪いだろ」

「ニーソじゃなくてタイツ」

「絶対領域が無かったらニーソもタイツも変わらないって誰かが言ってた」

「それに貴方が言ってるニーソはニーソじゃない。膝上まであるのがニーソックス、太股真ん中まであるのはサイハイソックス。ニーソならわたしのスカートからでも太股見えてる」

「……勉強になるなぁ」

「ちなみサイハイの方は殆ど売られてない」

「……勉強になるなぁ」

「ただサイハイは出回らない分知名度も低いからオーバーニーで大体通じる」


 言いたい事を言い終えたのか女の子はふぅと胸を撫でて話を〆た。
 
 ぶっちゃけこのまま話され続けていたらついていけなかった。


「それにしても、こんな寒い日にスカートとか冬舐めてるよな」

「タイツ穿いてるから意外と暖かかったりする」

「具体的には?」

「スピキュール並」

「うおーそりゃあ暖かい通り越して熱っちーな」

「そんな貴方にバブルローション」

「ラスボスでも即死出来るアイテム禁止な。後バニッシュデスも」

「貴方もジーパンの下に何か穿いて来ればよかったのに」

「ぱっちとかか」

「ジャージとか」

「中学生か高校生の時に言ってくれ」


 もう大学生だよ俺。
 
 そんなこんなで目的地近くの駅に到着。ここから歩いて20分ほどらしい。誰かキックボード貸してくれ。
 
 大体の人がこの駅で降りたのを見て薄々思ってはいたが外に出てみると、やっぱりと言うかなんと言うか、新年なんだから寝とけよと思うぐらい人が居た。

 この様子を見る限り3分の1程度人類が減っても大丈夫だよな。嘘だけど。
 
 皆目指す場所は俺達と一緒らしい。人波の赴くままに行けば勝手に着くだろう。
 
 というわけでグダグダと行軍を開始。
 
 そろそろ繋いでる手も汗ばんできた。
 
 
「……帰りたい」


 目的地である神社の行列の中で俺は空を仰ぎながらボソリと、心の叫びを口にした。
 
 歩いて数分で目に見えて人の量が増してきた所で嫌な予感。
 
 神社の屋根や鳥居が見えた所で予感は確信に。
 
 賽銭箱にまで続く道にぎっしりと詰まっている人だかりを見て確信は絶望へと変わった。
 
 
「所でこの人だかりを見てくれ。こいつをどう思う?」


 仕込んだネタには返答せず、問い掛けにのみ反応を示した女の子は背伸びをする。
 
 
「……見えない」


 つま先をプルプルさせて頭を右往左往するが、どこを見ても背の高い大人ばかりで女の子の視線からは全容が見えそうに無い。
 
 精一杯の背伸びで俺の肩程度までしか頭が届かないので仕方ないか。
 
 他にどうやってこの絶望感を女の子に伝えてやろうかと俺も周りを見渡す。
 
 道端に並ぶ屋台は置いとくとして、子供を肩車している父親の影がチラホラと散見する。
 
 視線を隣に移して女の子を見る。
 
 ……いけるな。
 
 俺は徐にしゃがみ込んでから、女の子に俺の上に乗れと指示する。
 
 指示した途端に何を勘違いしたのか「うぇい!?」と素っ頓狂な声を上げた女の子に、誤解を招かないように肩車をすることを説明する。
 
 多少女の子が戸惑ったようだが、その後問題なく肩車の準備が出来た。
 
 両肩から伸びてくる女の子の足を掴んで、倒れないように注意しながら一息に立ち上がる。
 
 
「おぉーう」


 俺の頭を支えにした女の子が感嘆したような声を上げる。
 
 しかしやっぱり軽いな。ちゃんと飯食ってるのかなコイツ。
 
 
「なぁこれ何時間待ちだよ。なぁこれ何時間待ちだよ」

「大切なことなので2回言われました」

「2回言いたくもなるわ。この人の量」

「有名な所だからその分御利益もある。並ぶ価値はある」


 諦めようとしない女の子の根性に眩暈を覚える。
 
 
「そこまでして叶えたい願いとかないんですけど」

「わたしはある」

「へぇ~」

「……聞かないの?」

「聞いたら叶わなくなるだろ」

「建前はそこまでにして本音は?」

「どうでもいい」

「逆肩車してもいい?」

「俺が公然わいせつ罪で逮捕されてもいいのなら」

「じゃあ聞くべき」

「……お前のお願いって何?」

「ひ・み・つ」

「……やりたかっただけ?」

「うん」

「この行列にお前投げ込んで良い?」

「わたしがセクハラされてもいいのなら」

「……やめとくか」


 女の子のことは大事だしな。
 
 
「でも大丈夫。貴方も関わってることだから、お願い事」

「まさか俺とずっと居れます様に、とかじゃないだろうな」


 頭を股で圧迫された。
 
 いや、別に苦しくはないんだけどさ。
 
 ただノリで肩車をやってたせいで今気付いた。
 
 周りの視線が痛い。疑心暗鬼含めて。
 
 しかしやめようにも、もうこの人だかりに肩車をやめるスペースが無い。
 
 ……諦めよう。
 
 
「まさかの図星で驚いた」

「そんな古風なお願いごとに俺のほうが驚いたわ」

「サトラレ?」

「古いなおい」

「サイコメトラーEIJI?」

「懐かしいなおい。というかよく知ってるな」


 といっても、そんな古風な願いごとを言われて悪い気はしない訳で。
 
 なんというか自分でもわからない変な気持ちだ。女の子からはもう何も言って来ないし、追求するのも面倒臭いしまぁいいか。
 
 それからそのまま30分ほど経ったぐらいで賽銭箱についた。
 
 考えてみれば賽銭放って手を合わせてるぐらいだから、何時間とは掛からないのか。
 
 それでも立ちっ放し肩車しっぱなしの30分間は辛いものがあったが。
 
 ちなみに賽銭は「御縁があるように」という建前で俺が5円、何を思ったのか女の子は1000円も入れていた。
 
 手を合わせて目を瞑っている時にチラリと横目で女の子の表情伺ったら、割かし真剣に願っていた。
 
 その願いがさっきのだと思うまた変な気持ちになった。
 
 
「―――貴方は何をお願いしたの?」


 神社の鳥居を潜って出て行こうとした所らへんで、握られた手を引っ張って女の子が問い掛けてきた。
 
 
「お前と同じだよ。お前とずっと一緒に居られますようにってな」

「……ウソ?」

「よくわかるなお前」

「貴方すぐに顔に出る」


 言われて頬に変な力が入っているのに気付く。
 
 よく観察してるなこいつ。ストーカーか。
 
 いや恋人か。
 
 
「本当は何てお願いしたの?」

「言うと御利益が無くなる……」

「わたしはさっきと同じ『貴方とずっと居れますように』ってお願いした」

「……無難に、人生楽に過ごせますようにってお願いしたよ」


 ケチって賽銭を5円で済ました俺が、女の子と一緒の願い事をしても叶えてもらえるとは思えなかったしな。
 
 無宗教だが一応神は信じているつもりだ。
 
 
「でもまぁそんなこと願わなくても、俺はお前とずっと一緒に居るつもりだよ」


 抱きつかれた。
 
 
「抱きしめていいですか」

「抱きつかれてから言われても困る」

「問答無用」

「問答無用で抱きつかれたよ」

「で、次はどこ行くんだ」

「んーと次は、ご飯食べに行ってー貴方の服を買ってーその後朝までカラオケ」

「……帰りたい」

「帰る?」

「いや嘘だよ」

「ぎゅうぅ」

「苦し、くは無いな」

「大好き」

「……あぁー、うん。俺もお前のこと大好きだよ」





△▽

リア充爆散しないかな。
正直女の子の主人公逆レイプが一番濃厚な気がする。主人公何もしないし、女の子(性的な意味で)そろそろ我慢の限界だし。

途中で黒くなったら白いの書けない。
妹編ってこの作品で別枠で上げるか新しく作るのかどっちがいいんだろうか。



[9140] 30話目
Name: 歩(ホ)◆a5560092 ID:ddc19d26
Date: 2010/10/25 15:42
 
 人の記憶ってものは、強く印象に残ったものほど頭の中で何度も再生される。
 
 良し悪しは関係ない。楽しかったこと辛かったこと、どっちも印象深いものだろう。
 
 行動力があって感受性豊かな子供の頃ほど印象に残る出来事は起こりやすく、そのために思い出は子供時代に多く蓄積される。
 
 大人になれば働くことにより自由が減り行動が定型化しやすくなって、印象的なことも起こりづらくなってしまう。
 
 特に覚えることが無ければ脳も一々と覚えようとはしない。脳は意外と面倒臭がりで、自分が意識していない所で常に楽をしようとしている。
 
 昨日の夕飯が思い出せない、気付けば一週間が経っていたってことも多々あるだろう。
 
 言ってしまえば代わり映えの無い物に脳は興味を示さない。
 
 その結果、スカスカな日常はほとんど覚えられず、虫食いのような記憶が残る。
 
 再生される傾向としてA型の人間は辛く苦しいことを思い出しやすいらしい。他は知らないし、風の噂で聞いた眉唾な話だけれど。
 
 そういう印象的だったものに覚えたい物を関連付かせて覚えるという記憶術があるけれど、それはまた別の話だ。
 
 まぁ何を言いたいのかと言うと、俺はそんな中身の無い人生が悪くないと思っている。
 
 生きるっていうのはそれだけで苦行だ。喜怒哀楽の感情を積み重ね日々を過ごして、そういう経験をした上で思い出ってものが形成される。
 
 でも、言い換えればそれら全ては“面倒臭かったこと”なんじゃないだろうか。
 
 苦労を“わざわざ”してまで俺は得たいものとは思わない。苦か楽かと問われたら、俺は楽を選びたい。
 
 先人の教えを汚すわけじゃあない。そういう人間も居るっていうだけの話だ。
 
 肌の色とか目の色とか、そういう特徴以前に、概念的な部分で、人種は分かれているんだろう。
 
 さっきも言ったけれど生きるって言うのは本当に苦行だ。生きるだけで善行は積めないけれど、苦労は積める。
 

「37.8度。風邪だな」

「あーうー……」


 けれど、最近はどうだろうか。
 
 “面倒臭いこと”が、“覚えてしまうこと”が次から次へとやってくる。
 
 それが、コイツのせいだっていうことは言うまでもないはずだ。
 
 俺は、元凶であるコイツを拒むことが出来たはずだ。
 
 なのにしなかった。面倒の元凶が目の前にあるっていうのに。
 
 憎くも鬱陶しくも思えないのが不思議だ。
 
 自分のことを一番知っているのは自分なはずなのに、コイツに好きだと言われてから、わからなくなってきてしまった。
 

「まぁ今日は大人しくしてろ」


 体温計を一瞥してから布団から顔を出す女の子の頬に手の甲を当てる。
 
 カイロを握ったかのようなじんわりとした温かみが触れた肌から伝わってくる。
 
 いつもならヒンヤリとしているというのにギャップの酷い奴だ。
 
 何か食うかと聞いたが「いらない」と返される。食べかけのビニールで包まれたパンを見る限り、胃には物を入れているみたいだし大丈夫か。
 
 時刻は午前5時。
 
 物音がしたと目を覚ませば御覧の有様だ。
 
 ちなみに深夜か早朝か、夜更かしを恒常的にやってる人達にとっては判断に難しい時間帯だろう。無論、俺は深夜だ。
 
 女の子のバイト先である新聞屋に女の子の病状を伝え、2日間の休みを貰える様に頼んでおく。
 
 このまま起きてようかと迷ったが、夜更かしのせいもあって流石に眠い。熱心に看病してやるほど俺は出来た人間じゃあないから寝ることを選択する。
 
 女の子をベットの奥に押しやって、電気を消してから俺も布団に入る。
 
 
「寝るの? 一緒に?」


 ぼのぼののシマリス君を彷彿させるような口調で女の子が惚けた目で聞いてくる。
 
 
「年明ける前から同衾してるだろうが」

「風邪うつる」

「お前はバカか。こんな狭い部屋で一緒だったら既にもう、うつってるからな?」

「……気持ちの問題」

「なら気の持ちようで俺は風邪ひかないな」

「わたしの、気持ちの問題だから。だから布団敷いて欲しい」

「眠いから拒否」

「……じゃあ、わたしが敷く」


 重いものでも持ち上げようとしているかのような息遣いで女の子からベットか身を起こす。
 
 ソフトラリアットでベットに沈める。
 
 
「……なにをする」

「大人しく寝ろ」

「……やだ。風邪うつしたくない」

「今更そんなことやっても遅いって言ってるだろうが。バカか?」

「やらないよりマシ」

「っはあぁぁ~~……頑固な奴だなお前」

「大人しくわたしを別の所で寝かせなさい」

「なんでお前ちょっと偉そうなんだよ」

「彼女だもん。彼氏の身体、心配するの当たり前」

「その理論で言ったら、彼氏である俺が、彼女であるお前の身体を案ずるのも当たり前だろ」

「屁理屈言うな」

「お前が言うな」

「……う~」

「あ~、はいはい。わかったわかった」

「はじめからそうっ……」


 女の子の顔を引き寄せて口付ける。
 

「これで俺も風邪ひいただろ」

「すれば……いいと、思った」

「これで足りなかったらお前の望み通りに家出て、風邪が治るまで実家に居てやるよ」

「……」

「お前は俺にどうして欲しい?」

「それは、卑怯」

「何が」

「実家に帰ったら、一緒に居れない」

「風邪うつしたくないんだろ」

「……」

「どうしてほしいんだよ?」

「……一緒に寝て」

「はじめからそう言えバカ」

「バカいうな」


 腕を回されてギュッと力を籠められたので、俺も女の子の背を抱いて限界だった意識を一気に落とした。
 
 といっても夢なんか見る余裕もなかったのか、すぐに目を覚ました。時計を見たら8時だったから体感的な問題なんだけどさ。
 
 素晴らしく重い瞼を強引に持ち上げて起きる。
 
 女の子は未だ寝ていて、前髪が汗で額に張り付いている。
 
 タオルで女の子の顔を軽く拭ってから財布と携帯を持って家を出る。
 
 あいも変わらず外は寒い。
 
 元旦から一ヶ月が経った2月、季節は廻り廻らずまだまだ冬なのだから仕方ない。
 
 スーパーがギリギリ開いていない時間なので、素直にコンビニへとチャリンコで行く。
 
 働き先のスーパーのせいで値段が高く見えてしまう198円のポカリスエットを買ってから帰宅すると、玄関扉を開閉したその音で女の子が目を覚ます。
 
 身を起こした女の子にポカリを飲ませると、相当に喉が渇いていたのかペットボトルから半分ほどなくなった。
 
 ちょうど良いので昨日テーブルに置きっぱなしにした体温計を脇に挟ませる。
 

「汗だくの身体で熱を測るなんて頭がフットーしそうだよぉっ」

「黙れ」

「というわけでお風呂入りたいです」

「死亡フラグかそれ?」


 受け取った体温計には38.5度とか意味不明な数字が表示されていた。
 
 
「熱が出たりもしたけれど、わたしは元気です」

「魔女の宅急便帰れ」


 額を軽く小突くとグラリと揺れるように女の子はベットに倒れこんだ。
 
 完全に弱ってる。モンスターボールで余裕で捕まえられるレベル。あれだ。ガキの頃はミニスカートとかにモンスターボール投げたかった。
 
 
「なんか食いたいもんとかあるか?」

「なにも要らない。これほんと」

「食えよ」

「多分吐く」

「吐いてもいいから食えよ。薬飲めないだろうが」

「薬よりも汗をですね」

「浴槽の中で冷たくなってそうなので却下」

「その後は好きにして良いよ」

「そんな趣味は俺にはねえよ。話進まないから雑炊で良いか?作るの簡単だし」
 
「……うーわかった。でも絶対髪だけは、洗う」


 汗の臭いを気にする女の子をなんとか説得して食事をさせることに成功する。
 
 しかし汗とかそんなに気にするのか女って生き物は。ここまで頑ななのは流石に予想外だ。
 
 本当に食欲が無いはずだから塩味が少し強く出るように調理する。これで少しは食も進むだろう。
 
 作り終えて居間に行くと女の子はベットから身を起こしてテレビで朝の子供劇場をボッーと見ていた。
 
 とある科学の超電磁砲1巻で御坂美琴が買おうとしていたパジャマに似たソレを女の子は着ている。
 
 しかしあの漫画では子供っぽいと言っていたけれど、中学生も充分子供に見えるし着てもいいと思う。
 
 実際に目の前の女の子が着ている服は似合っているし。
 
 そんな子供と付き合っている俺も俺なんだけどさ。ロリコンって言われたらまず反論できない。
 
 
「幽々白書再放送したら印税でまた富樫しなくなるから、そろそろやめて欲しいんだけどなぁ」

「もう一生遊んで暮らせるお金あるからどっちでも一緒」

「あんだけ売れたらそうか」

「それより、グルメの能力ちょっと欲しい」
 
「……」

「……うそ」


 華麗に場をスルーして雑炊の入った土鍋をテーブルに置く。ちゃんと敷物(ジャンプ)をした上に置いているのでテーブルは大丈夫だ。
 
 病院ののように机を設置できるベットでないので、女の子に降りてきてもらう。
 
 羽織るものを要求してきたので上着掛けから女の子のカーディガンを取り出して、女の子にかける。
 
 
「味大丈夫か?」


 蓮華を手に鈍い動作で女の子は雑炊を口に運ぶ。
 

「……よくわかんない。舌バカになってる」
 
「あー鼻詰まってんのか。まぁいいや」

「……胃に暖かいもの入るの気持ち悪いから、もういい」


 3・4回蓮華で掬った雑炊を飲み込んだ後、女の子は気分が悪そうに口を押さえて蓮華を置く。
 
 用意しておいた錠剤タイプの風邪薬を渡して飲ませる。当然ながら使用期限が切れている奴ではなくて、以前に買っておいた新しいものだ。
 
 土鍋の中にはまだまだ雑炊が余っているので、朝食代わりにと俺が食う。
 
 当然のように「うつるから食べるな」とありがたい警告を貰ったが、当然のように無視した。
 
 女の子は言うことを聞かない俺が歯がゆいのか、風邪で赤く惚けた顔で不満そうに見詰めてくる。
 
 
「お前さ、心配してくれるのに悪い気はしないんだけど、今心配される側はお前なんだよ。わかるか?」

「わたし元から身体弱いから大丈夫」

「どこが大丈夫か一切わからん」

「こんなの日常茶飯事」

「自慢出来ることじゃないからな?」


 とまぁ無駄で不毛で実りの無い会話を交わした後、女の子が髪を洗いたいと要求してきたので髪だけならと了承して風呂に入るのを許可する。
 
 俺は脱衣所前でラノベ片手に女の子が出てくるのを待つ。
 
 パラパラとページを捲りながら待つこと十数分、いつも風呂が長いので髪が何時洗い終わるかわからない。
 
 とりあえず確認しようと脱衣所のカーテンを開くと、風呂場のすりガラス越しに蹲る女の子を発見する。
 
 無許可で女子の風呂を空けるという変態行為をしてしまうが、場合が場合なので許して欲しい。というか何度も女の子の裸は見ているので許せ。
 
 案の定泡立った垢すり片手に荒く息づいて行動を停止している女の子が居た。
 
 俺は大きく溜息を吐いてから、女の子を抱きかかえて風呂場を出た。
 
 何かもにょもにょと言っているが何言ってるのかわからないし、聞く気も無い。
 
 脱衣所のバスタオルを盛大に使って女の子の身体を拭く。髪だけはしっかり洗っていたようで、艶があった。
 
 パンツとか穿かせるの面倒臭そうなのでとりあえず素肌の上にパジャマを着せてベットに放り込む。
 
 体温計で熱を測るが熱はさっきと同じだ。熱湯で弱っただけだと思いたい。
 
 何故だか知らんが奥歯がギリギリと軋む。爪を立てて後頭部を掻いた後、ベットに腰掛けて女の子の頬に手を当てる。
 
 ピントが合ってなさそうな、潤んだ瞳で女の子が俺を見上げてくる。
 
 
「お前は馬鹿か」

「バカいうな」

「じゃあ阿呆か」

「アホでもない」


 頬を引っ張る。
 
 
「いふぁい」

「お前もういい加減にしろ。病人なんだから言うこと聞けよ」

「……」

「元から病弱だから気にするなって言われて出来るわけないだろうが」

「……なんで」

「彼女の身体の心配するのに理由必要か? 好きだからじゃ足りないか? 他になんか必要か?」

「……ううん」

「じゃあ俺の言うこと聞け、大人しく寝てろ」

「ぅん」

「なんかして欲しいことあるか。病人は甘えても良いんだぞ」

「……んと、じゃあ、キスして。してくれたら、大人しく寝るから」

「本当だな」

「うん。約束」


 そういうと女の子は目を閉じて顎を突き出してきた。
 
 拒む理由は無い俺は、ベッドに手を突いて、女の子に覆い被さるようにして女の子に口付けた。
 
 少しだけ長めに押し付けた後、離れようとしたところで女の子の腕が両サイドから伸びて、頭を抱え込むように押さえつけてきた。
 
 僅かに動揺して顎が開いたところを狙ったかのように女の子の舌が入り込んでくる。
 
 歯の内側に舌が入り込んでしまい閉じることも出来ず、下で押し返そうとするが、それを待っていたのか反対に絡め取られる。
 
 1分ほどそんな攻防的なものが繰り広げられた後、頭を力ずくで離すという方法を取ってキスを終わらせた。
 
 よほど激しかったのか、離れた時に女の子と俺の口の間で透明な橋が出来て切れた。
 
 
「ぁは、貴方顔あかい」

「……無理矢理されたら恥ずかしくもなるわ」

「絶対風邪うつしてあげる。で、わたしが看病してあげる」

「アホか」

「んふふ」

「……もう寝ろ。約束だぞ。起きたら病院つれてくからな」

「うん。おやすみ」




△▽


お久しぶりです。
そろそろ女の子の我慢の限界編へ。
けいだん。のほうは……気長にまってください。
書いてはいますが筆が余り進まなくて……、ベン・トーを読むとバカな話が書きたくなってくるので困る。
ではまた。





[9140] 31話目
Name: 歩(ホ)◆f5ded427 ID:07fffcdd
Date: 2011/03/22 06:25

「どおーっ! ぉうおうおうっ!!」


 寝たままテレビを見ていると、ベットに上半身だけを乗せて女の子が猛烈な勢いで俺の頭を抱きかかえてくる。
 
 視界が女の子の胴体で遮られて真っ暗になり、耳元では女の子が鼻息が荒く匂いを嗅いでくるので、さっきまで見ていたテレビの音も聞こえなくる。
 
 僅かに伝わってくる震動は、犬の尻尾が如く振られている女の子の両足から来ているのだろう。
 
 そうして「ぐふふっ」と百歩譲っても上品とは言えない笑い漏らしながら女の子は俺の頭に絡めつけている腕の力を強めた。
 
 さっきからもうずっとこんな感じだ。
 
 15分程度のインターバルを挟んでは、何回も何回もこうやって抱きついてくる。
 
 こんな良いようにされて気分が良いわけがないけれど、俺の身体はいま病に蝕まれているために、腕一本動かすのも億劫で抵抗しようにも出来ない。
 
 つまるところ、しんどくて面倒臭い。
 
 
「貴方今、風邪なんですよ。風邪なんですよ。わたしの風邪が移ってるんですよ。とってもしんどいんですよねっ!」
 
「悔しい、でも感じない」
 
 
 どうしてこうなっているのかと言えば、今女の子が説明した通りだ。
 
 いつかの接吻が効いたのかは知らないが、きちんと風邪薬の摂取もしたと言うのに、今こうやって風邪をひいているのはこの女の子のせいだろう。
 
 
「きゅんきゅんきゅんっ!」

「意味不明」

「心境を言葉で表していますっ!」

「帰りなさい」

「わたしに」

「……生まれる前に帰りたい」

「魂のルフランっ!」

 
 ぎゅうっと頭を強く抱き寄せられて女の子の胸元に無理矢理頬擦りをさせられる。
 
 本当にささやかな膨らみが鼻を擦るが、まったくもって嬉しくもなんともない。
 
 もう意識を保っていること自体が面倒臭い。
 
 しかしもう四度寝ぐらいをした目は爽快感ばっちりで、今まで貯めに貯めていた眠気が全て発散されたかのように脳は起床を促してくる。
 
 何の地獄なんだこれ。
 
 その上、女の子が離れると僅かばかりの寂寥感が胸に漂うというのがね、もうね。なんというかね。死にたいね。そうだね。
 
 ほんともう何の地獄なんですかねこれ。
 
 拘束を解いた女の子は、ほんのりと赤らめた顔でずずっと鼻水をすする。
 
 こうやって風邪を俺に移した訳なのだけれど、この通り女の子は今だ風邪である。多少症状は和らいではいるが。
 
 表情の方が喜色満面なのは語るまでもないだろう。
 
 
「……鼻は啜んな。態々鼻水にして追い出した風邪の菌がまた体に入るだろうが」

「無限ループ?」

「かめよ。ティッシュあるんだから」


 こういうことは何故か素直に聞く女の子は、すぐさまティッシュを持って来て静かに鼻をかみ始める。音を立てない所に、少しは女としての恥じらいがあると安心する。
 
 遠くにあったティッシュが近くに来たのでついでに自分もかんだ。
 
 しんどい。面倒臭い。
 
 かみ終わってティッシュをゴミ箱へインすると、逸れていた意識が女の子に戻る。

 目が合う。
 
 
「目がトロンとしてて可愛いのら」


 可愛いと言われた瞬間に腕にゾッと鳥肌が立つ。言われ慣れなさ過ぎる言葉だ。
 
 明らかにおかしいフィルターを通して俺を見てるだろコイツ。魔法陣グルグルのククリ並のフィルターだ。


「千葉トロン……」

「それはメガトロン」

「俺は……千葉トロンは認めない……」

「なんて懐古厨。ビーストウォーズ自体楽しかったからそれでいいよ」

「OVAもか」

「……コンボイがお爺ちゃんみたいになった所で見るのやめちゃった」

「ッフ」

「なんで勝ち誇ったのっ!?」


 貴重な女の子のツッコミシーンを見た後、女の子が再度抱きついてくる。
 
 >時計には“半径1m以下”と
  表示されている。
  
 満喫したのか飽きたのか、その後数回に渡って強行してきた抱きつきをやめた女の子は「買い物いってくる」と言って上着を着て出て行った。
 
 その際、いや上着を着た際にか、その時に気持ちが切り替わったのか、女の子の顔から一切の表情が消え去る。
 
 外行き用というか何というか、女の子の処世術なのだろうけれど勿体無い。
 
 あの外見だ。もっと愛想を振りまけばいいのに、とつくづく思う。
 
 
「……」
 
 
 いや、もしかしてもしかすると女の子の世界はいま、俺を中心に廻っているんじゃないか。
 
 そう考える時がたまにある。
 
 それに何か不都合があるのかと聞かれれば、何もないんだけれど。
 
 ただやっぱりそうだったとしたら、俺はもう少し女の子の想いに応えて、肌に触れてやるべきなのかもしれない。

 そうしたらそうしたでバイト先の店長にまたロリコンと言われそうで怖い。
 
 あぁ、なんで女の子に休みを入れる電話させてしまったんだろうか。
 
 案の定、本人確認要求されてしまうし、店長に「楽しめよ」って言われるし。
 

「休み明けのバイト行きたくない……」
 
 
 そうやって1人沈んでいると、扉が開く音とビニール袋が擦れる音が聞こえた。
 
 言わずもがな女の子だ。表情はというとニヤニヤを噛み殺しきれないといったところだ。アホ丸出しな顔だ。
 
 声を出さず反射的に開いた目で女の子を見ていると、何を思ったのか靴を放り捨てるように脱いで、軽快なステップで駆け寄ってくる。
 
 距離を測り間違えたようなスピードでやってきた女の子は、ベットの数歩前で跳ねて、ベッドの上に居る俺の胸目掛けれて飛び掛ってきた。
 
  
「ぐへっ」


 女の子の体重いくら軽いと言っても、加速と落下が加われば流石に重い。ついでに言えば俺は病人だ。
 
 ギシリとベットを軋ませた女の子は、まるでナメクジみたいに腕を這わせて上半身を這い上がって俺の後頭部を捕らえる。
 
 
「うへへ、ただいま」

「もっと上品に笑えよ上品に」

「ちょっと今日は無理、うへへへへ~」

「お前が上品に笑ったところ見たことないんですが」

「笑えよベジータ」
 
「なにいってんのコイツ」

「さぁ貴方! このわたしがたっぷりと昼ごはんを料理してやるぜ!」

「ここからが本当の地獄だ……!」


 そうして数分後にお粥が出てきた。
 
 
「普通だな」

「わたしにかかればこんなの2分でちょちょいのちょいやで」

「そうだなヴィーンって鳴ってチンって鳴ったな」

「わたしの相棒の声ですね」

「レンジって名前だろそれ」

「レンジが2分でやってくれました」
 
「そんな頼りになるとお前の腕が成長しなくなるから今すぐ縁を切れ」

「切ったら切れてしまう。電源が。そんな関係」

「あまりうまくないぞ」

「インスタントだし」

「ちょっとうまいぞ」

「インスタントなのに?」

「まだ食ってないんですけどね」

「スプーン渡してないし」

「寄越せよ」

「貴方が欲しいのはこの金のスプーンですか? それともこの銀のスプーンですか?」

「俺の家には鉄製のスプーンしかありません」

「正直者の貴方にはこのプラスチックのレンゲを上げましょう」

「金と銀のスプーンも寄越せよ」

「では鉄製のジャイアンを差し上げましょう」

「綺麗なジャイアンと同じぐらい処理に困る代物だな」

「今のはウソ」

「いやウソじゃないほうが困るだろ」

「いくらで買いますか?」

「押し売りってレベルじゃない」

「お粥を」

「ああこれタダじゃないんだ」

「わたしが掬って食べさせてあげると100%オフになります」

「いくらだ?」

「オプションで口移しも付きますよ」

「いくらだ?」

「……あーん」


 強行手段に走られたために仕方なく俺は口を開けた。
 
 これってされて分かるのだけれど、とても食べづらい。そしてとても熱い。
 
 更に言うと味がしない。鼻が詰まって分からないと言うべきだろうか。
 
 ただただ薬を飲むために作業的に行われる食事は、少し虚しくもあった。やはり食べるのも人間の娯楽の一種なのだろう。
 
 二人仲良く薬を飲んで、飯を食うために起こしていた体を倒す。
 
 飯を食えば眠くなると言う至高の名言があるが、流石だ。眠い上にもう夢を見ているなんて。
 
 なんか女の子が馬乗りで俺に乗っかってくるし、ちょっと今日はおかしい。
 
 これは幻で、今頃俺は健康な身体でラノベを読んでる傍ら居眠りをしているだけだっていう希望を持ちたい。
 
 
「睡眠欲も食欲も満たされましたね」

「そうだな2大欲求満たされたな」

「目病み女と風邪ひき男って言いますね」

「なにそれ」


 リアルで知らん。
 
 
「男女の色っぽく見える時」

「……ふーん」

「貴方は今その条件満たしてる」

「目は病んでいないのですが」

「貴方いつ女の子になったの?」

「……さあ?」

「……うん」


 右腕を両手で持ち上げられる。何をされるのかと思えば、その腕は導かれるように女の子の左胸に押し当てられた。
 
 薄い胸越しに早鐘を打つ何かを感じる。ついでに言えば女の子はノーブラだ。
 
 俺の手に両手を重ねて、風邪が再燃したのか惚けた瞳で女の子が見詰めてくる。
 
 
「動いてるの、わかる? 速いの、わかる?」

「まぁな」

「すごくドキドキしてる」

「……」

「なんでかわかる?」

「俺が触ってるからか」

「貴方のことが好きだから」

「俺も好きだ」

「なら、直に触って、もっともっと速くなる」

「……」


 ちょいと言葉に詰まる。
 
 
「……でも今は、今日はいい。貴方疲れてるもんね」

「そうか」

「でもわたしがこんな気持ちになってるってことは覚えてて、そろそろ我慢出来なくなっちゃうから」

「……」

「わたしも眠いし、一緒に寝ていい?」

「はぁ、そうだな」




△▽△


なんだこのヘタレ。



[9140] 番外話。消すかも。
Name: 歩(ホ)◆f5ded427 ID:07fffcdd
Date: 2011/08/07 05:21
「男の子ってどうやったら出来るんだろうな」

「知らんがな」


 冷えた麦茶を求めてリビングに入ったら、父さんが遠い目をしながらそんなことを聞いてきた。
 
 ちょっと落ち着けよ。一応思春期ですよ私。
 
 いやまぁ、今日は母さんが検査の日だってことは知ってるから、お腹の赤ちゃんの性別が判ったんだなぁと予想は付くんだけどね。
 
 携帯電話片手に悟りでも開いたかのような表情で外を眺める父さんを見てると、なんだか哀れに思えてくる。
 
 気持ちは分からないでもない。
 
 一家は現在4人姉妹な訳で、女5人に男1人な家庭な訳で、私はその長女な訳で、親戚もほぼ女な訳で。
 
 父さん激しく息が詰まってるんだろうなぁ。
 
 私じゃ、どうしようも出来ないんだけどさ。
 
 冷蔵庫からパックの麦茶を取り出してガラスのコップに注ぐ。
 
 麦茶の透明感のある茶色は、夏の暑い日だとすげぇ美味そうに見える不思議。
 
 麦茶で満たしたコップ片手に、座布団に胡坐を掻く父さんへと近寄る。
 
 
「おらっ、腕っ、邪魔っ」


 ゲシッと座るのに邪魔な腕を蹴り掃って、父さんの膝に腰掛ける。
 
 いくらかお尻をズラしてベストポジションを見つけてから、父さんに背中を預ける。
 
 やっぱり落ち着くなぁ。
 
 
「で、女の子だったの?」

「まぁ……うん。……嬉しいけど、複雑な気持ちだ」


 なじるためにあえて聞くと力ない返事が返ってくる。
 
 そりゃあ父さんだって親なんだから、男の子な我が子とキャッチボールなんて夢もあるんだろう。
 
 真相がどうであれ14歳の私には到底理解出来ない気持ちなのは確かだ。
 
 それでも溜息は吐かないあたり、女の子が生まれるっていう覚悟はしていたんだろう。諦めとも言えそう。
 
 まぁ私としても、妹達にしても、今頃男の子が生まれられても困るんだけどね。
 
 だって男の子が生まれたら、父さん絶対息子を贔屓するだろうしさ。
 
 ただでさえ父さん母さんにベッタリなのに、そうなったら私達の立場が無くなっちゃう。
 
 
「いいじゃんハーレムじゃん羨ましがられるじゃん」

「母さん以外全員と血繋がってるんだけど。それってハーレムって呼ばないだろ」

「でもご近所じゃ美人一家として評判だよ」

「父親として誇らしいだけだから、誰も嫁にやる気ないから」

「うわ実の娘に独占欲とかキモイ」

「親心って言えよ!」

「でも実は誰とも繋がってない、とかそんな話あるかも知れないじゃん?」

「それは父さんにショック死しろって言ってるのか」

「流石にそれは困るなぁ」

「だろ」

「お小遣い貰えなくなるし」

「泣きたくなるな」

「嘘うそ、お父さん大好き」

「気持ちが篭ってなくても嬉しくなってしまう親心は複雑だなぁ」


 お腹に手をまわされてギュウってされる。ぐへ。
 
 いや本当に大好きですよ? 面と向かって訂正するのは恥ずかしいから言わないけど。
 
 ゴールデンウィークには車借りて遠出してくれるし、夏休みには宿題手伝ってくれるし、クリスマスには毎年くっそバレバレなサンタの格好で夜中にプレゼント届けてくれるしエトセトラエトセトラ。
 
 良い父さん持ったなぁって思うよ本当。
 
 毎回イベントの後、すごいダラけるけどさ。私もダラけるんだけどね。
 
 臭いこと言ったせいか「お父さん大好きー」とか「お父さんと結婚するー」とか言ってた過去が頭に浮かんでくる。
 
 すぐさま膝に顔を埋めて必死に恥ずかしい過去が過ぎ去るのを待つ。
 
 ああそんな過去もありましたね私。
 
 あの頃は純粋無垢でしたね私。
 
 ちょっと落ち着けよ私。
 
 
「……気分悪いのか?」


 背中から父さんが声をかけてくる。
 
 そっと背中を摩ってくるのやめてくれませんかね。恥ずかしい過去がモリモリ浮かんでくるので。
 
 
「そういえばさ、父さんって母さんとどうやって知り合ったの?」


 気持ちを切り替えようと父さんと母さんの馴れ初めを聞く。
 
 かなり思いつきだったけど、ちょっと良い質問したなと思ったり思わなかったり。
 
 なにしろ母さん10台で私を生んだって話だ。そりゃあ何か運命の出会い的なものがあったんだろう。
 
 若気の至りとか言われたら聞かなかったフリするけど。

 
「ん? なんか、おにぎりお供えしたら家に押しかけてきた」

「……」


 なんか、あからさまな嘘を吐かれた。
 
 後を向いて父さんの顔を見ると、平然とした顔でとぼけている。
 
 
「私、彼氏出来たんだ」

「えっ!?!?」


 ちょっと頭にきたので私も嘘を吐き返すと、玄関の扉が開く音が聞こえる。

 「ただいまー」とお母さんの声が聞こえ、続けて妹達が「ただいまー!!」と声を重ねて家中に響かせてくる。
 
 母さん達を迎えに行くついでに後を振り返ると、父さんはヤムチャみたいな格好で床に倒れこんでた。
 
 なら嘘なんか吐くなと思いました。まる。
 
 一応思春期ですよ私。心無い嘘には傷ついたりもします。
 
 
「母さんおかえり」

「ただいま~」

「お姉ちゃんただいまー!」

「ただいまー!」

「いまー!」
 
 
 玄関へ行くと母さんは妹達の靴を脱がせてる最中だった。
 
 私も母さんを手伝って妹達3人の靴を脱がしてやると、3人ともすぐさまワイワイとはしゃぎながら2階に上がっていく。
 
 いつも通り、おままごとでもしに行ったんだろう。
 
 私と妹達はちょっと歳が離れているからか、遊びの種類が噛み合わないのが最近の悩みだ。
 
 流石に14にもなっておままごとは、ねぇ? 漫画とかアニメとか、そういうのを勧める訳にも行かないし、うーん。
 
 妹達との関係に頭を悩ませていると「留守番ありがとね~」とお母さんがほっぺにキスをしてくる。
 
 暑いのが嫌だから留守番なんか平気なんだけど、褒められると嬉しいので黙っておく。
 
 
「お父さんは? 起きてる?」

「父さんならリビングで寝込んでるよ」

「え? 寝込んでるの?」

「母さんとの馴れ初め聞いたら「おにぎりをお供えしたら、家に押しかけてきた」とか嘘吐いてきたからさ、彼氏が出来たって私も嘘ついてやったらそうなった」

「……あー、んー……まぁいっか、お父さんだしね」

「だよねー」


 2人であはははと笑いあう。
 
 お母さんはなんかちょっと無理してるっぽかったけど、お腹に赤ちゃん居るし仕方ないか。
 
 けどもう3回目になるけど、お母さんの大きなお腹を見てると生命の神秘とか、そんなものを感じる。
 
 私もここから生まれたんだなぁ。とか思ったり。
 
 ちなみに三女と四女は双子だ。
 
 ポンポンとお母さんのハリのあるお腹を撫でてから抱きついて、お腹に耳を当ててみる。
 
 トクントクンと何かが鼓動する音が聞こえてくる。
 
 
「また妹が出来るんだ」

「……お母さんがんばって元気な赤ちゃん産むから、お姉ちゃんもがんばってね」

「うん」


 家族が増えると思うと嬉しくなってくる。
 
 でも母さんからの愛情も父さんからの愛情も、また少し減っちゃうと思うと悲しくなる。
 
 そんな私は一応思春期です。


△▽

MVPは女の子。
多分逆レイプ。その後も多分かなり献身的だったと思われる。
娘は、髪は黒の目は赤、目付き主人公の容姿女の子。
家族でオセロが出来そうな感じ。






[9140] 32話目
Name: 歩(ホ)◆f5ded427 ID:07fffcdd
Date: 2012/01/06 06:46


「甘えてきてください」


 バイト帰りの気だるげな夜の一時に女の子がいきなり訳の解らない言葉を発してきた。
 
 読んでいたラノベを下ろし、細めた目で理解出来ない様子を全面に押し出して女の子を見やる。
 
 拒否すら含んだ俺の態度に、女の子は照れた様に俯いて業とらしく咳払いをした後、崩していた脚を正座に直し膝の上をパッパッと払う。
 

「……どうぞっ!」


 準備が済んだのか、女の子は両腕を全開に引き伸ばして満面の笑みで自身の膝元へと誘ってくる。
 
 何をしたらいいのか判らず、いや、判っているが、いきなりこんな真似されてもテンションの温度差が激しすぎてする気が起きない。
 
 もはやクレバスすら錯視してしまいそうになる俺と女の子の間を、俺から行こうという気持ちは全く無い。
 
 いつかに雰囲気は大事とかどうとか行ってなかったっけ? もうちょい作ってくれよ雰囲気。雰囲気/zeroだよ。多分乗らないけど。
 
 え、何? 今から「ルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!」みたいなテンションで突っ込まないといけないの?
 
 流石に難易度が高すぎるんだが。
 
 逆ならまだしも、俺からそれはハードルが高すぎる。もはや棒高跳びの領域に入っている。
 
 しばらく様子見を兼ねて観察していると女の子の肩がブルブルと震え始める。
 
 
「寒いので早くしてください」


 笑顔のまま催促される。
 
 まぁ稀に朝起きたら白い息が出るときあるしな、この家。
 
 
「寒いならコタツに脚入れろよ。すぐ隣にあるぞ」

「コタツに入ったら、貴方のことギュって出来ない」

「しなくていいです」

「ベットに座った方がやりやすい?」

「妥協案を求めている訳ではない」

「してくれないとコタツに入りません」

「なにそのガンジープレイ」


 俺が動く必要性が全く感じられないのだが。


「早くしないとまたわたし風邪引いちゃうかも」

「……」

「『彼女の身体の心配するのに理由必要か? 好きだからじゃ足りないか?』ってまた言わせちゃうかも」

「お前……」


 この前、風邪引いた時のセリフ名に持ち出してんのコイツ。
 
 思いっきり黒歴史なんだけど。思い返すと恥ずかしいんだけど。なにこれ、弱味って奴?
 
 羞恥を感じて逸らしていた目を再度女の子に向けると、意地悪そうな笑みで自分の膝をポンポンと叩いてくる。
 
 
「……人の親切を逆手に取るのは人としてやったらいけないだろ」

「でも悪いことには使ってないからグレー」

「俺的にブラック」

「わたし的にはホワイト」

「……混ぜ合わせたらグレーって言うつもりだろ」

「そうですね」

「性格悪いなお前」

「貴方が好きなだけ」

「本当に……性格悪いなお前」


 そう言われたら無碍にしようにも出来ないだろうが。
 
 反論の余地を奪う殺し文句が決まり、言葉を失う俺とまるで幸せそうな笑顔を見せる女の子。
 
 仰ぐように天井を窺い、肺一杯に空気を取り込む。
 
 薄く開いた口から新鮮で冷たい空気入り込む。たしかに、この冷たさは女の子には毒だろう。
 
 けどクーラーの暖房も点けたくない。なんか気持ち悪く感じるから。
 
 ハロゲンヒーターだっけ? 今度あれ買ってくるか。
 
 コタツあったら他には暖房器具いらないと思ったけど、それは俺だけで女の子には足りないってことなのだろう。男と女だし、歳も違うし、条件からして別だ。
 
 そんなこんな考えても結局は女の子の言う通りにしなければいけないんですがね。
 
 取り込んだ空気を吐き出す。
 
 
「ベット座れ」


 とりあえず、そのまま女の子の言う通りにしてやるのも嫌なので注文を付ける。
 
 スタコラサッサと女の子はベットに腰掛けた。準備万端の様で、とても感心する。はい。
 
 その、なんだ。俺も、甘えるために? 女の子の前へと移動する。おいこれ俺のキャラじゃねーだろ、恥ずかしさで死ぬぞ。
 
 俺は床、女の子はベット。
 
 準備完了。
 
 
「……」

「おいで~」

「……」


 なんで俺ベットに座らせたんだ。
 
 女の子が床に座ってる状態だったら膝枕で済んだだろ。この状態だったらお前、真正面から女の子の太股ないし腹に顔を突っ込まないといけないだろ。
 
 え、どうすんの? すんの? しなきゃいけないの? というかなんでこんな罰ゲームみたいなことになってるんだ? 
 
 身体を半ば傾けた状態で思案に暮れる。
 
 たしかに女の子の想いに応えて肌に触れるうんぬんとは言ったけど、これは適用外だろ。
 
 どうする。今更断るってのは出来ないし、床に座ってもらうか? でも俺からベットに座れって言っときながら、それは流石に苦しいだろ。
 
 男に二言は無いという訳じゃないけど、流石にもう言葉を曲げるのは人として出来そうにない。
 
 進むことも戻ることも出来ず悶々としていると、突然後頭部に衝撃が走る。
 
 頭を両手で抱えられたというのが判った直後、顔面が柔らかい物に包まれる。
 
 
「ああっ! もうっ! 貴方かわいいっ!」


 女の子の搾り出すような声が、頭をもみくちゃにされながらも耳に届く。
 
 俺はどうしたらいいのかわからず両腕をとりあえずだらけさせて事態を見守る。
 
 傍から見たらさぞや奇怪な光景だろう。誰も見てないんだろうが。
 
 しかし、これって甘えるってことに分類されるのだろうか。
 
 仮にも長男に生まれて妹が居る身の俺からしたら、甘えるなんて縁の無い代物だったから良く解らないが、これは違う気がする。
 
 まぁ女の子が満足ならそれでいいか。
 
 というかさっきからめっちゃ「かわいい」って連呼されてるんだけど。すごい鳥肌なんだけど。
 
 
「……これで満足でしょうか」
 
 
 力一杯頭を抱きしめられた後、力が緩んだ所で顔を横に向け酸素を取り込みがてら女の子に声をかける。
 
 
「まだまだ」


 やっと終わるかと思ったらまだまだ続くらしい。

 震えた声で女の子はそう応えると、また腕に力を込め俺の頭を抱える。

 終わった頃にはツヤツヤな顔をした女の子が居た。


△▽


俺と粘着な女の子は楽に筆が進む。
でもそれだけではいけない。色々書きたいのに書けない。
そろそろチラシの裏で当ても無く変なの沢山書き始める、かも。
スカイリム楽しい。



[9140] 33話目
Name: 歩(ホ)◆1fa299eb ID:2e59f295
Date: 2015/03/14 02:44

 季節が冬から春に移り変わろうとしている頃の話である。

 1限目に授業があるという、大学生にとってはクソほどダルい時間割りをこなすために夜更かしで寝不足な頭を目覚ましで叩き起こし、寝ぼけながらコートを羽織りマフラーを巻き、女の子が何事か喋っていたけど無視してバッグを背負っていざ出発。

 ……して自転車の鍵を開けたところで外の暑さでハゲ上がりそうになった。

 神速で家の中へと舞い戻り、バッグを投げ捨てコートとマフラー脱いで床に叩きつける。

「ぁ暑っいわぁっ!!」

 さっそく額に滲み出していた汗を拭いながら俺は叫んだ。叫ばなければやっていられなかった。

 正直、地球温暖化とか「ふーん」って思ってました。今日実感しました。

「いや……だから「今日暑いよ」って言ったじゃん……今さっき……」

 目の前で立っていた女の子がまるでバカを見るような目で言ってくる。

「ヤバい地球ヤバい地球温暖化で地球がヤバい人類滅ぼさなきゃヤバいアクシズ落とさなきゃ」

「そうだね。わたしがもうちょっと大きな声で言うべきだったね。だからとりあえず落ち着こうね。核の冬が来ちゃうからね」

 俺の額に女の子がペタリと手の平を当ててくる。

 女の子の手はヒンヤリとしていて気持ちが良い。そのまま女の子に手を引かれ、部屋の中に戻ってリビングの床に腰を落ち着ける。

 となりにある卓袱台は未だコタツのままで、外の異常な猛暑を経験した俺からしたら見ているだけで暑苦しい。

「はい、水」

 女の子はその卓袱台の上にあったペットボトルの水を手に取ると渡してくる。

 受け取ってみれば中身が減っていて明らかに飲みかけである。当然、俺が飲んだわけではない。

「……これ、お前のだろ」

「そうだけど」

「なんか、回し飲みは嫌とか言ってなかったっけ、お前」

「え、いや……言ったことない、と思うよ?」

「間接キスがどうたらって言ってただろ。だいぶ前だけど、コーラとコーヒー交換した時だったか」

「……あぁ~。あれは貴方と間接キスになるから、恥ずかしいから、言ったの。今は、恥ずかしくない。本物のキスだって、毎日何回もしてる」

「……そうだね」

 こいつ無自覚で言ってんのかな。言われたこっちが恥ずかしいわ。

 これ以上言及しても俺が微妙な気持ちなりそうなだけなのでとりあえず渡された水を飲んで気を落ち着ける。

「落ち着いた?」

「少しな」

「それ、わたしの唾液入り」

「……お前ほんと性格悪いよな。さっきのも分かってて言ってただろ。まあ、別に気にしないから飲むけど」

「気にしろや」

「追加、口も悪い」

「そこは「いい度胸だ。壁に手を付けな」って言うべき」

「朝からプレイ内容が濃厚過ぎる」

「俗に言う壁ドン」

「流れから察するにお前が壁ドンしてるんですがそれは……」

 話が泥沼になりそうなので机の上にあるリモコンを引き寄せてテレビを点けることで無理矢理切り上げる。

 チャンネルを変えてみるがめぼしい番組は何も無い。まあこの時間帯に期待する時点で無謀だろう。

 画面右上に表示されている時計を見れば、大学の授業までには多少時間の余裕がある。……のだが、なんだかもう気力が萎えてしまった。

 元々、大学の1限目に出席する気力など空元気を振り絞るようなもので、こうして気を落ち着けてしまえば面倒臭がりな俺が顔を出す。

 というか、必修でもない科目に今日まで毎度毎度律儀に出席してきた自分を賞賛したい。頑張ってきた自分にはご褒美が必要だろう。なので今日はもう休もう。そうしよう。

 そんなこと考えていると、玄関から俺のコートやらカバンからを回収してきた女の子が問い掛けてくる。

「そういえば、貴方、学校は大丈夫なの?」

「子供の将来に不安を感じてるお母さんみたいな物言いはやめてくれますかね」

「意味合いが違う。朝から学校があるから、さっき出掛けたんでしょ」

「あぁ、今日はもう休む。面倒臭くなった」

「それでいいのか大学生」

「生憎、俺は真面目な大学生なので1日くらい休んでも大丈夫なのですよ」

「面倒臭いという理由で学校を休む時点で、真面目な大学生ではない。論破」

「その言葉、斬らせてもらう!」

「不毛すぎる反論ショーダウンが始まりそうで戦慄を禁じ得ない」

 そう言っている割には女の子は特に強制しようとしてくるわけでもなく、俺の目の前をテクテクと通り過ぎてハンガーに俺のコートとマフラーを掛けている。

 見るからに「どうでもいいや」と言った態度だ。

「えらく淡白な感じだな」

 別にとやかく言われたいわけではないが。

「……心配して欲しいの?」

「別に」

「素直じゃない」

「ツンデレなんでね。お前曰く」

「……別に、心配するほどのことじゃないと思うから。大学とか、よく分からないけど、面倒臭がりの貴方が「大丈夫」って言うんだから大丈夫なんでしょ。それくらいは分かる」

 返す言葉が無くて鼻をかく。

 なんだっけ、俺ってこんなに口論に弱かったかな。まぁいいや。

 まぁ、取得単位数自体は、俺が後々楽をするために1年の時から科目を詰め込んできたおかげで充分に余裕がある。このまま行けば大した苦もなく卒業できるだろう。

 夏休み最終日まで宿題を残して焦る学生の心境のような、心に余裕のない生活など真っ平御免である。伊達に自他共に面倒臭がりを認めてはいない。

「学校休むなら、ちょうどいいし、一緒に春物の服買いに行きたい。デート!」

 そうして戻って来た女の子は俺の対面の卓袱台に座ると、身を机の上に乗り出して買い物デートの提案をしてきた。

「え……面倒臭い……」

「殺すぞ」

「寝たい」

「学校行かずに寝るとか流石に不真面目。起訴」

「クマとネコを姉に持つ……」

「それ木曽」

「寝たい」

「いい度胸だ。壁に手を付きな」

「壁に手を付けたら隣の部屋に貫通した」

「ここレオパレスじゃない」

「グランベロス帝国の将軍……」

「それパルパレオス。分かりづらい。そんなのどうでもいいから出掛ける準備しろ」

「……はい」


△▽

ガラケーからアイフォンに変えて文字打つのにも慣れてきたので文字打ち練習に更新してみる。
いつもはパソコン更新なんですが、アイフォン更新なのでいつもの文体と少し違うかもしれません。変だなって思った部分があったら指摘ください。
本当は指輪を買うまでの話を書きたかったけど、とりあえずここまで。その話の更新は未定です。

いつもはエロパロ板に居ます。
名前とか文体とか違うので探しても見つからない、かも。


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