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[8853] オリジナル転生物(題名は続きを上げてから変更予定)
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/05/18 04:26
ああ、死んだな。
42歳離婚暦アリ、中小企業の係長、趣味は雑学。生活に関するものから、普段の生活には関係の無い情報を知ることだけが趣味だったその男は、唐突に心臓発作により帰らぬ人になった。

それが人生の終わり。そのはずだった


なのに、なぜ生きているのだろうか?
目が覚めて思ったことはまずそのこと

次に満足に動かせない体と、自らのではない体温の温もり。
誰かに抱えられていると感覚で知ることはできたが、開いたはずの目から送られてくる情報は霞んだように肖像を捉えることができず、そして確か自分の身長は170cmも半ばであったはずであり、それを抱えることができる人物の大きさを想像して一瞬パニックになりかけて

これは夢だと寝なおした。


それが現実であることに気がつくのは、次に目が覚めた時
目の前に2人の人物が存在していることに気がついた
ただ、開かれた目から送られてくる映像は焦点が合っていないのか、その人物の詳細な容姿を確かめることはできなかった

目の前で交わされるその2人の人物が話す言葉が理解出来ないが、にこやかに話すその様子と、声の高さから、その2人が男女であり、友人・・・もしくは家族であろうということ

その彼らが目を開けた私に気がつき、何かを語りかけてきた
当然何を話しているか理解することもできず、ただにこやかに語りかけてくる様子から自らを害しようという意思は見受けられない事だけを理解して、起き上がろうとしたところ

頭が持ち上がらない。体をうつ伏せにして踏ん張ればどうにか起き上がれるか?と、思いうつ伏せに体を転がそうとしたが、動かない
仰向けに寝転んだ姿勢のまま、なぜこんなに体が衰えているのだろうと半ば絶望じみた心象になりつつ、手を持ち上げてじっと見る

そうして霞んだ眼で見る自らの手は、紅葉の葉のように小さく
それが理解できる気がするが、理解したくない彼は

そのまま思考を凍結しながら可愛らしくなってしまった自らの手のひらを見詰め

唐突にこんな言葉を思い出した

「戦わなきゃ!現実と!」












短い。と、言われるかもしれないがこれが導入部
続きは書いてあるが何度も校正改稿練り直しを繰り返している所です
短くて感想かけねえよ!という罵声を募集。ドMですから!



[8853] 2話
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/05/25 13:48
言語体系の全く違う言葉を、1から覚えなおすという作業はなかなか骨が折れるもので
例えば、リンゴが英語だとAppleであるということはリンゴという名称が何であるということを知る手段があるからこそできるものであり、りんごを指してappleであるという言葉の意味を知ることができなければ、何を話しているのか掴むことは容易ではない

This is an apple

これはりんごです という意味だが

This is a ○○

これの冒頭の部分を訳することができなければ、何を話しているかわからない
そういうことである

生まれてから約5年経った今、私は知能の成長の遅い子と思われているらしい
我が家には、絵本等の子供の知識を促す教育媒体が少ない
文字や絵から学ぶということができないのだ
元々、本を読んだりインターネットでwikiを辿って遊んだりしていた私は重度の活字中毒であり、物がなんであれ文章として読み方や言葉の羅列を紐解けば、暗号解読のように言葉の意味を理解することはできたかもしれないが

大人や近所の子供が話す言葉は、ほとんど意味を理解することはできず
ただ、コレがソレであるという名詞的な物を指す言葉だけはようやくわかりはじめてきた

いや、わかるのである。何を言っているか理解することはできるのだ
ただ、少し難しい言い回しをされると、理解するのに時間がかかるのである


言葉を組み立てるのに、元々使っていた言葉に組み立てなおす作業を無意識のうちに行なってしまっているということに気がついたのはこの頃だった。
主語 動詞 名詞 が大体わかれば、何を言っているのか、してほしいのかわかるのだ

「ノルエン~~~川~~水を~~甕に~~」

と、言われれば
水を汲んできて甕に入れてくれと言っているのだろうなと想像できるだろう?


幼少期というべきかどうか分からないが、言葉を覚えるという作業

これを作業といっていいものか不思議な気持ちではあったが、これを教えてくれたのはいつも家に居て何かしらの作業をしていた祖父と祖母である。

外に出て、といっても村の中しか移動範囲はないのだが
様子を見るに、なんというべきか紀元前?の村のような感じといえばいいのだろうか?

畑を耕し、生きるために必要ではないが楽しみとしての物を作り
時にそれを村の外に持ってゆき、何かと交換して戻ってくる村人


いや、村というほど小さくは無く、町というほど大きくもない
人口は、全てを見たわけではないが三百人といったところだろうか?

たまに、畑や家畜が何かに荒らされたような状況という情報を見ることもできるが

そういうものを寄せないための柵のようなものは、簡単な作りであったことから、住んでいる場所の規模や世間の常識、ルール等を知らない私は、住んでいる場所がディアリスと呼ばれる場所であることは知っていても、村なのか町なのか悩んだことがある

言葉の細かいところを理解できていないその頃の私は、それを見て何かを話している両親や、他の家族や子供の言っている事を知ることはできていなかった


紹介が遅れたが、ノルエン
ディアリスのノルエンという。
死んだはずだが、言葉にするならば転生という夢としか思えない現実に突き当たってしまった、元42歳。現在4歳の男の子だ









今回も、短い・・・かな?
別段この主人公は最強とか、有り得ないご都合主義とは無縁に
幸運らしい幸運もなく、とりあえず不可思議な人生を送ってもらおうと予定しています。
そしてプロットは適当
改稿も適当な気がするんだぜ!
推敲はしたけど、間違っててもごめんな!指摘してくれれば直すよ!YO!
ノリと勢いで、夢でみた変な感じの物語を寝ぼけつつ粗筋を考えたので、この先肉付けしたらどうなることか全く予想できないのがツライところ




[8853] 4歳の秋
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/10 17:15
4歳の秋


死んで生まれて47年。長い人生で一度くらいは人生をやり直したいと思ったことは無いとは言わないが、できることなら前の人生の生まれに戻りたかった・・・と思うことは贅沢なのだろうか?



何が言いたいかというと、電気もガスも水道も無い田舎暮らしが普通の事と認識できてきている現状に、元現代人の自分としては思うことが無いのだろうか?と、自らに対して疑問を覚える今日この頃なのである。

大体からして自分は現在4歳児であり、体を動かして何か仕事をするというのは体格的にもツライものがあり、数十メートル走っただけで息が切れるありさま。

そりゃあ生きている頃の死ぬ直前の体力は、日々デスクワークに励む事務仕事が多かっただけにお世辞にも体力があったとは言えない。

日々のストレス解消のために、家に帰って即一本という勢いで毎日数本消費していた缶ビールのおかげか、下腹部が肥えていたというのもある。

今はもう、お酒がどうこう言う前に幼児体型であるからして、気にしても仕方が無いのだが、それでもできないことが多いというものはストレスが溜まるのだ。

今、私に任されている仕事といえば、毎日家の甕を覗いて水が足りなければ川に汲みに行く程度のものであり、毎日3~4往復していれば問題なく事は済んでしまい、大概が午前中に終わってしまい暇になるといったもので、川までの1km程度の距離を、休憩を挟みながらえっちらおっちら運ぶといったものである。

同じ仕事を任されている近所の同年代の子供たちは、道中小動物を見つけては追いかけ、何も無いところで転んで泣き喚いたり、数人で固まってワイワイガヤガヤと楽しげに運んでいるのであるが、私は粛々と水桶を運び、さっさと仕事を済ませたあとの暇な時間を、祖父母の部屋で家の中のものをゴソゴソと弄りながら、祖父母が手慰みにしつらえている糸やら反物を珍しげに眺めたり、機織機も無いのだなぁと思いふけったり。

結局のところ、暇を潰す手段が無い。
というよりも、暇を潰す手段に対してできることが無いというのが正しいのだ。

物を作るといった簡単な作業をするにも、刃物等が無ければある程度形の整ったものはできないのであるが、いわゆる子供である私がそういったものを手に取ろうとすると、どこからともなく両親か祖父母が現れて『めっ』と叱られてしまうのである。

自分で言うのもなんだが、同年代の子供たちと遊ぶこともせず、しかし与えられた仕事はきちんと済ませている子供らしくない子供なのであるからして、何かしら与えて様子をみてみようといった選択肢は無いものか?と、両親や祖父母に対して思うところはあるのではあるが、産み育ててくれている両親であるし、もちろん恩も情もあるのであり、反論するほど言葉が達者でないことも加わって、見つかってしまったら反省するふりをしてお茶を濁すという行動を覚えてしまっているわけであるが。

可愛くない子供だと思う。外面的にはどう思われているのかは知らないけれど。


そんなこんなで、日々気楽に過ごしているのが現状で、この先どうしていくのか。また、どうしていきたいのか。良くわからないというのが現状で、とりあえず日常会話をしっかりとこなせるようになろうというのが、今の目標なのだろうか。



[8853] 7歳の夏
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/11 15:37
7歳の夏


やっとというべきだろうか、日常会話を無難にこなせるほど会話をすることができるようになっていた。

一度感覚をつかむと、あとは同じことの繰り返しであるとはよく言ったもので、質問をするということを覚えた私は、家族を辟易とさせるほどに質問を繰り返し、語彙を増やし、さらに質問を繰り返すといった行動を経て、気がつくと奇異な目で家族や村人から見られるというなんとも悲しいやら切ないやらの心境を味わっている。

7歳児にしては頭の回転が良すぎるとか、何を考えているのかわからないとか、落ち着きがありすぎるとか。

別にそれがどうしたと思わなくもないわけではあるが、ディアリスというコミュニティの中にあって異端ぎみに捉えられているというのは、ある意味で問題になるのではないかと最近になって自重することを考えざるをえないわけであるが

ぶっちゃけると、同年代や少し年上程度の子供たちから絶賛ハブられ中である。

特に思うところがあるわけでもないし、彼らと会話していても何が面白いというわけでもない。
家族や他の住人とすれ違えば、普通に挨拶もこなすのだが何がいけなかったのだろうと一人悩む日々である。

この地方においての風習なのかは良くわからないが、ディアリスにおいては14歳で成人として認められ、家を持つことや結婚をすることが認められるわけであるが、それまでは子供内でのコミュニティが子供たちにとっての世界といっても過言ではない。

子供たちは子供たちで集まり、その中で年齢準拠ではあるが上下関係や、生きるための知恵、協調性等を彼らは集まり遊びながら学び、そして成人したら成人した人たちのコミュニティに加わるといったステップアップをしていくのであるが、私ときたら彼らと遊ぶこともせず、村の中をウロウロと一人で巡り、あっちで作業を眺めては、こっちで川釣りをして、そっちで木の実を拾ったり、どこかで昼寝していたりと自由気ままに行動をしていたせいで、同年代の彼らの名前は知っているが、その程度である。

大体、3~5歳くらいで他の子たちと遊び始め、それを年上の子達が見守りつつ一緒に遊び、色々な遊びや彼らのコミュニティにおいての掟のようなものを教えたりといったことで、様々な事を覚えていくのが普通のようだということは分かるのだが、彼らの知ることのできる範囲での様々な話等は、すでに知っているので特に必要性を感じない今となっては、彼らのコミュニティに加わりにいくのも気恥ずかしいというかなんというか。

いっそ彼らの側から異端を排除する的な心持で喧嘩を売ってきてくれたりすれば、それなりに接点やらなんやら殴り愛やら生まれないものかと思わないこともないのであるが、実際のところそんな気配もない。

なにかそのうちフラグでもあるだろうと放置しつつ、一人遊びがお上手ね!といった具合で過ごしているわけである。











[8853] 7歳の秋
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/11 15:42

7歳の秋


秋の収穫が終わり、無事に作物を取り終えた事を神に感謝する祭りをディアリスで開催されている頃、私は村はずれの林でクルミに良く似た鬼カウイという木の実を拾っていた。

祭りに参加しないわけでもなく、先ほどまで家族と過ごしながら、年に何度も無いことであるが家畜として飼っている豚を解体し、肉料理を味わっていた所なのであるが、鬼カウイの実をすり潰して木の実和えを作ってみようと思い立っただけの事である。

鬼カウイの実は、クルミとは違い実の大きさは約10cmほどと大きいがその殻は脆く、乾燥しているものなら足で少し踏む程度でパキリという音とともに半分に割れる。

乾燥した実は、乾燥したためによる実と木の枝を繋ぐ蔕の劣化かなにかによって落ちるものであろうとは想像できるのではあるが、乾燥してはいるが落ちてはいない実を落とすために2m弱ほどの適当に拾った木の枝で叩き落したりもしていた。ついでに、ウニの実も落ちていたのでそれも拾う。ウニの実は、まんま栗である。ウニである、海栗ではないがウニなのだ。分かると思う。これを焼いたのもホクホクして好きなのだ。もちろん踏んで中身を露出させ、それを採取する。


鬼カウイの割れた実の中身を指でカリカリとほじってやると、クルミに似たあの形状の中身が手に入るというわけだが、クルミの中身のアレと比べて、それもまた10倍ほど大きい、味はクルミと遜色ない味わいであり、塩を振って炒ったらさぞかし美味しいことだろうと思うところではあるのだが、ディアリスにおいて塩は結構な貴重品である。

塩を手に入れる方法は、いくつか考えうるところではあるのだが、現状は物々交換で手に入れるくらいしか入手先は限られているようで、それも岩塩だった。
どうやらもっと山側の奥地に、塩湖が干上がった土地があるようで、その近辺に住む住民と作物と交換するようだった。

大体、手軽に手に入れる方法としては海水を煮詰めてうんぬんが一番簡単なのであろうとは思うわけだが、ディアリスは海に面した土地ではなく内地であり、海までの距離は歩いて1週間ほどかかるらしい。


わけもないことをつらつらと考えながら、鬼カウイの木のたもとにポツポツと落ちている木の実を踏んではほじり、叩き落しては踏んではほじりを繰り返した。


それを祖父母の作った布で適当に作った肩掛けカバンのような袋に詰めてさぁ帰ろうかといったところで、林の奥から子犬の声が聞こえてきた。

昔、といっても前世のことではあるが子供の頃に犬を飼っていたことはある。
そしてそれは、小さな犬が何か悪いことをして叱った後にすがりつくように許しを請うかのような甘えた鳴き声であり、どうしようもなく気になってしまった私は、様子を見に林の奥へと入り込んでいった。



鳴き声を頼りに草をかき分けて進み、そこで見たものはボロボロになり体中に血の滲んでいる、元は美しい毛並みだっただろうと見ただけで分かる白銀の毛を持つ狼らしきものと、その足元に縋りつくおそらくその狼らしきものの子供が2匹、そしてそれに対峙する3匹の灰色ハイエナと、すでに事切れている数匹の灰色ハイエナという状況だった。

ちょうど白銀の狼の後ろから私が現れた格好であり、ガサガサと草を掻き分けて現れた私をみた灰色ハイエナ達は、私を見て警戒心を顕にこちらを睨みつけていた。

その時の心境は、これは終わったかもしれない。といったネガティブなものである

来なけりゃよかったと思っても後の祭り、目の前には獲物を見つめて唸る灰色ハイエナと、それから目を離さずに唸り続ける白銀の狼。

どちらから見ても、私はエサになりうる獲物に映るのではあろうが、白銀の狼がいることで三つ巴となり、膠着状態に陥った状況とみていいのだろうかこれは?

白銀の狼はこちらをチラリと一瞬見て、すぐに灰色ハイエナに目線を移した。どうやら脅威とは思われていないようだ。
悲しくもあり、少なくとも白銀の狼から敵意を受けてはいないことに安堵した。

兎に角、生き残るために何をしたらよいかである。
もちろん踵を返して脱兎の如く逃げ帰るのが最良ではあると思うだが、それに反応してハイエナたちが獲物変更とばかりにこちらを追い始めたら確実に負けるのは自分であるのは確定事項で、分の悪い賭けにでるわけにもいかないし、手に持っているのは木の枝1本である。
何をしろというのだ・・・・

カバンの中身を考えてみても、持っているのは糸と釣り針と火付け石と鬼カウイとウニの実。木の枝があるから釣りができる!

・・・だからどうした。現実逃避はバッチリだった。

こちらに敵意を今現在は持っていないとはいえ、白銀の狼に近寄るわけにもいかず、ハイエナ達も敵意を持って睨み続ける白銀の狼を見つめて動くこともできず、7歳児の自分が何をするべきかなんてことも分からない。

ここは勇気をもって突貫するのが、どこやらの世界やディアリスでも語られる英雄じみた物語の主人公の有るべき姿ではあるのだろうなあと意味も無く思い浮かべたが、あえて言おう。

無理。とりあえず無理、そんな度胸無い。大体成長期ですらない小さい身長に、動きにくい林の中、木に登るという選択肢も無いではないが、登っている最中に襲われたら終わり。まず、登るのも遅いしね!どうしようもなくなった私が行なった選択は、逸れた思考を元に戻そうと行なった空気突っ込みであった。

待て!といった思考とともに右手を横に繰り出したその突っ込みは、右手にもった木の枝とともに空気を切り裂くような素晴らしい音とともに、近くにあったウニの木に直撃した。

思わず身がすくむような音が「ピシャーン」と鳴り響き、ハイエナや狼もこちらを見ていたが、一番びっくりしたのは自分である。思わず「ウヒャッホイ!?」と、飛び上がりそうになってしまったくらいだった。

ここからはダイジェストで起こったことを並べていこうと思う。

まず。私がびっくりした、自分でやった木を叩く音に。

そしてウニの実が落ちてきた。木に当たった枝の衝撃とかで落ちるわけも無いと思うのだが、実際落ちてきた。

そしてそれが私の頭を直撃。

刺さった。本気で痛かったから叫んだ。

「いてえええええええええええええええええええええええええ!」

刺さったそれを掃う私、声に驚いてこちらを見るハイエナ達。無視してハイエナを見ている白銀の狼。

ハイエナの思考がそれたのをチャンスと見たのか飛び掛る白銀の狼と、慌てて掃い落としたウニの実を踏んで滑って転ぶ私。

あっけにとられて注意を私に向けていた1匹のハイエナが、喉笛を噛み切られて死んだ。

転んだ拍子に、滑ったウニが背中に刺さってさらに叫ぶ私と、狼に意識を移したいが大音量で叫ぶ俺にも注意を向けざるをえないハイエナ

そしてもう一匹のハイエナが白銀の狼に飛び掛られ、首を折られたのかゴキリという音とともに崩れ落ちる飛び掛られたハイエナ

そして白銀の狼と1対1で対峙せざるをえなくなったハイエナは、逃走。

崩れ落ちるように体を横たえた白銀の狼とそれに走り寄るその子供2匹。

背中が痛くて悶える私。


以上、状況終了。幸運なのか不運なのか。
助かった分の幸運を、不運によって賄った気がしてならない。助かるのは良い、そして誰も見ていなくて良かった。そうして辺りを見わたした。

ボロボロの血だらけで奮闘した白銀の狼は、まさに命の火を燃やしつくさんとしていた。
子供達を生かすために戦ったのだろうか?どこか安堵したような目で子供達を見つめる倒れ臥した狼。いや、脅威的度合からしたら私もハイエナもどっこいどっこいのような気がするのは自分で言うのはおこがましいだろうか?確実に狼と比べて私は異種であるわけだし。と、思わないでもなかったが、狼は私を見ようともせず、ただただ子供達を見詰めて最後にポツリと「ゥォン」と泣いた。


私は善人ではない。

しかし悪人でもない。

理由も無く、今まさに息絶えた、家族を守りきったその元は美しかっただろう毛並みを持つ狼の子供を、殺そうとは思わない。いつか脅威になるからという理由をつければ、殺してしまうのも一つの選択肢であったことは認める。考えなかったわけではない。

しかし、しかしである。
生存競争という自然界のルールにおいてではあるが、家族を守りきったその狼の気持ちや、死ぬまでに戦い抜いたその姿は、私を少なからず感動させたことは確かだ。

ならばその死に報いなければならない。私もついでのように助けられた身ではあると思うのだから。

例え死した狼が私を守る気などカケラすら持ちえなかったとしても、助けられたという思いを私が思った時点で、それは私にとっての真実だった。

狼の亡骸から離れようとしないその子狼を見て、私の身長よりも遥かに大きく体重も重いその亡骸を、背負って村に戻った。

途中何度も転んだが、かの亡骸を引き摺って運ぼうとは少しも思わなかった。例えそれが楽な方法だと分かっていても、それはしない。何度も背負いなおし、もくもくと歩いた。

子狼達は、私が彼らの親を奪っていくと感じたのか、何度も私の足に噛み付いてきた。
生まれてそれほど経っていないと思うその子狼の繰り出すソレは痛かった。
だが、それを蹴り飛ばすわけにもいかず。ただ噛むに任せて歩いた、親が守った子を、同じく守られた私が傷つける道理はあるはずもなかった。








[8853] 7歳の秋 後編
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/13 00:56
7歳秋、後編



家に帰ると、もう夜にもなろうかといった時間だった。


夕日は沈みかけ、遥か彼方にも思える距離に見える山肌の稜線に日が沈んでいくのを横目に、狼の亡骸を背負ってとぼとぼと歩き、家に着くと玄関の木戸を叩く力も残っておらず、木戸にもたれかかるように倒れる。

私の足に幾度もかじりついてきた子狼達は、いつしか私を噛むことを止め、私の歩く後をついてきていた。

私の横に横たわった狼の亡骸に子狼は近寄り、その腹側の部分の匂いをスンスンと嗅いでいた。

さきほど噛まれていた感触からするに、そろそろ乳を飲むのを止める頃ではないかと、もたれていた木戸から体を離して座り込み、その様子を見ながらぼんやりする頭で考えていた

その時、唐突に木戸が勢いよく開けられた。

基本的に玄関というものは外開きである、内側にあける玄関というのはあまり見かけない。
その理由としては、客を迎える場所ということ。迎え入れるところだからというのがディアリスにおいて一般的な常識らしき回答である。

内開きだと、迎え入れる気分にならないらしい。よくわからないが

それもまたディアリスの民の感性であるからしてこの際関係ないのであるが、仮にその感性に何かしらの文句をつけるというならば、今は昔の前世と比べても致し方ないものだという事も含めた上でこう言おう。

『文化がちが~う』 by 某ヒス○リエのセリフより抜粋

さて、木戸から程近い場所に座り込んでいた私と、勢い良く開けられた木戸
ここから導き出される答えは一つしかありえない。まさに喜劇のようなそれは、いつだって降りかかる危険性を孕みながらも、自分に起こなければ笑える話であるが、どうやら今日の私はひどく運が無いらしい。

それはもう予定調和の如く、ウニが刺さって未だジクジクと痛む後ろ頭に激突した。

「うひゃぁ!何してるのそんなところで?」

ガツーンと快音響き渡り、後ろ頭を抑えてうんうん唸る私に呼びかけたのは姉のノエルだ。

「こんな時間までなにしてたのよ?ほんとにもう」

と、最近10歳の誕生日を向かえた姉は言うが、彼女との会話は私からしてみれば大人ぶりたい子供の背伸びのような話し方であり、ほほえましいと言っても過言ではない

状況が状況で無ければ。

このなんともいえない心の澱を、木戸を半分開けた状態で語りかけてくる少女に喚き散らすことで解消したい気持ちになりかけるが

落ち着け、be cool だ、ノルエン。相手は少女、10歳の少女だ。大人になるのだ自分、がんばれ!がんばれ!やればできるって!熱くなれよ!・・・・おっと熱くなってどうする。おちつけーおちつけーおちつけー・・・・ファイト!私!あたまがいたいぞー、うしろあたまがジクジクするぞー、でも彼女は悪気があってしたわけじゃないとおもえー、そうだ。おちつけ、いたくてもおちつけ、おとこのこだもんな!

落ち着こう落ち着こうとこちらはがんばっているのに、彼女はぐいぐいと木戸を押し、外にでてこようとしてくる。
出たいのはわかったから、ずりずりと尻で少し歩き彼女が出たところ

「わっ!なにこれ!?おっきい!あっ!かわいい!おいでおいでーほらほらこっちだよー」

と、狼の亡骸に驚き、子狼を見つけて手を伸ばそうとするが

「危ないから手を伸ばしちゃだめだよ」

と、彼女の行動を窘めた。

野生といっても過言ではない子狼達は、木戸に頭をぶつけた音で当初はビクッと飛び上がるが如く驚き、瞬間唖然とした雰囲気をしていたがそれでも亡骸から遠ざかろうとはせず、手を伸ばしてきた姉に向かって低く体勢を構えていた。

何度も噛み付かれていたのでわかるが、未だ彼らの噛み付きにそれほどの威力は無いと言える。
が、指などの先端を噛まれてしまえば下手すると噛み千切られる可能性も無いとは言い切れない。私は足を噛まれていたが、それでも太ももの辺りは真っ青に鬱血しているし、アキレス腱を噛まれた時は流石に叫んで膝をついたほどだ。
狼の唾液には多少の毒成分が含まれている話をどこかで聞いた覚えがある気がする。
うろ覚えだが。

それでも手を伸ばそうとする彼女に

「ちょっと父さんか爺ちゃん呼んで」

と、頼みごとをすると

「うん、わかったー」

子狼を見てその場から離れがたい気持ちがあったかに見えた姉は、私と子狼を交互に見て、そう言った後に家の中に入っていった。

「おとうさーん、ノルがなんかかわいいのとでっかいのもってきたー!」

「んー?なんだなんだ?お父さんはもうきもちよくなっちゃってるぞー!ノエルはいつでもかわいいなー」

「やだーもーおとうさん、ノエルがかわいいのはあたりまえでしょー?私の子なんだからー」

「俺の娘だしな!」

『わっはっはっは』


・・・随分お酒が進んでいるようだ。

今日明日は村全体の祭りの日でもあるので、日が沈むまで酒を飲み、明日は広場で酒を飲む。

どちらにせよ酒を飲むわけだ。大人は

子供も、祭りなどの特別な日に振舞われる肉やら珍しい食べ物やらを大いに食べて楽しめる。

座り込んで多少なりとも体力を回復させた私は、これで最後だともう一度狼の亡骸を背負い、木戸を開けて家に入った。


「おおーノル、どこにいってたんだ?おそかったな。おかえr・・・・なんだそれは?」

文章にして書くと普通に聞こえるかもしれないが、父のセリフの実際は

『おぉぅのりゅ、どこにいってたんわ?おしょかったにゃーおかえ・・・・なんにゃそれは?』

呂律が全くもって回っていなかった。ドンだけ飲んだんだよと突っ込みをいれるべきかいれずに放置するべきか迷う。こうなっては使えない親であると言わざるをえない。
まさにダメ親父であった。

「おーノルエン。こりゃまたでかい・・・なんじゃ?狼かの?この辺にそんな狼いたっけかな?婆さんや?」

祖父はまだ会話は普通にできることに、何かに感謝した。
私は転生?を体験していることもあり、オカルトは信じているが神は信じていない。神に感謝する祭りが開かれているにも関わらず冷めた子供である。

「おじいさん、私に聞かれてもわからないよ。猟師のギダーでも呼んできたほうがいいんじゃないかい?」

「ギダーは一昨年病気で死んだじゃろ、今は息子の・・・名前なんだったかな?アレだ、ギー・・・ギー・・・ギモルだったかの?」

「ギムリですよ。・・・あら?なにかしらこのかわいらしいのは?」

訂正、祖父も祖母もダメだったようだ。記憶力的な意味で
そして母、あなたは飲んでいなかったらしい。流石です

「それでその後ろのでっかいのは・・・この子達の親かねぇ?」

ブタの足。すなわち豚足をブラブラと子狼達の前にかざし、戦闘態勢らしき格好を構えている子狼を弄び・・・牽制?しながら尋ねてきた母。

どうでもいいけどもうちょっと警戒心とか色々わきませんか?母よ

「林で木の実拾っていたら、灰色ハイエナに襲われてた。僕もその場にでくわしちゃったんだけど、その子らの親が追い払ってくれたんだ。死んじゃってるけど」

「あらま、林に入っちゃいけませんって言ってなかったかな?」

えー・・・問題にすべきはそっちですか?

「いや、林の外周だよ!外周!鬼カウイとウニを拾ってたんだ!ほら!証拠!」

そういってカバンの中身を取り出してカバンの上に置いた

その時!子狼の1匹は、母の翳した豚足に噛み付いた!

そのまま唸りながら噛み付・・・噛み付いたは良いがおいしかったようだ。
母が手にもったそれを、子狼の1匹が首を振り奪い取ると、貪るように食べ始めた。

もう1匹の子狼も、ガツガツと食べている子狼に近づき、匂いを嗅ぐと同じように食べ始める。

それを祖父母は好々爺とした笑みを浮かべ眺め、姉も楽しそうに見詰め、父は酒を飲んでいた。

「んふふー悪いことした子にはお仕置きしないとね」

なんということだ、説得は通用しなかったらしい。
私の冒険はここで終わってしまった。

そうして母の平手が私の後ろ頭をスパーンと叩いた。

それはもう痛かった。本日3度目の後頭部への衝撃である。
何度頭が痛くなればいいのだ。今日に限って。精神的な意味でも暴力的な意味でも

「もう、だめよ?林に行きたいときは、私か誰かに頼みなさ・・・あれ?血?」

母の翳すその手には、少し血が滲んでいた。

まさかと思いながら右手で後頭部を撫でて、その右手を自分で見てみると
そこにも血がついていた。わぁ、私の頭の強度はあまり高くなかったらしい。

新事実発見!そんな事を思っていると、母がおもむろに私の頭を両手で掴み、上から覗き込もうとしていた。

「ちょ!痛い!いたいよ」

「ノル、じっとしてなさい!」

そういって母は、私の後頭部を眺める。そして

「ノエル、水汲んできて!ノード、薬草持ってきて!」

「んー?母さん。もう1杯お酒がほしいなぁ」

「あーもう使えない酔っ払いめー!」

酔っ払いが、何か益する行為をできると思っていることが間違っている。
ちなみにノードは父の名前である。

普段ならともかく、アレはもうダメ親父であるなぁ。と、手のひらについた血を見たことで現実逃避をする私。

動き出す姉と、「それじゃあ私がとってこようかね」と、動く祖母。

喧騒に包まれ始めた我が家と、豚足を貪る子狼。

その日の夜は、そんな具合に更けていった。



[8853] 7歳の秋 2前編
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/15 22:02
7歳の秋 2




狼の亡骸を背負って帰った夜、頭に薬草をすり込まれてしまい、微妙な臭気を発する頭に寝苦しさを覚えながら無理やり寝床に入ったのだが、青臭い薬草の葉やら蔦やらが異常繁殖して襲い掛かってくる夢を何度も見てその度に目が覚めてしまった。

ある意味、触手地獄である。エロイ展開なんぞはない。ただ、触手に胴体を掴まれてグイングイン回されるのだ。

たぶん、アルコールの匂いで酩酊しているのもあるかと思われる。
家の中の酒の臭気は異常だったから。

自己分析もとりあえず可能な程度に回復したらしいとは思った、寝床から起きてとりあえず窓を開け、朝の自然の香りを部屋の中に循環させることにした。

未だ酒の臭気は部屋の中に篭っていたからである。

ちなみに、ディアリスにおいて窓ガラスという高尚なものは無い。
石と泥で固めた石壁に、70cm程度の真四角の穴を開け、それを外開きの戸をつけて木の棒をつっかえにして固定する。

屋根は梁を通し、木の皮をまず縦に重ねておいていき、次に横に下から重ねてゆく。
その上に、藁に防水性のある虫の巣から取り出したロウのようなものを馴染ませたものを固定して完成。

ちょっとした嵐でも着たら飛んでしまいそうなものだが、海側以外は山に囲まれた平地であるのでそれほどひどい嵐は今のところ起きた記憶は無い。

由緒正しき手作りの家といった感じであるが、住み心地はそれなりに快適である。

布団はないがこれも藁の上に布を2重で重ねて寝床の代わりとしている。
窓を開けて寝床の上に座り、朝の露草の香りを感じながら、ボンヤリと昨日起こった事や・・・あー、子狼どうしたかな?とか考えていた。

ちなみに、この子供の体になってから、とんとアルコールには弱くなってしまっていた。

未だ子供だからアルコールの許容量が少ないのだろうと希望にすがっている身である。

生前、毎日缶ビールを飲んでいた程度にはアルコール大好きな人間であったのに、今では匂いを数分嗅いでいるだけで気持ちよくなってきてしまうのだ。

酒の醍醐味とは、飲んだ時に感じる喉越しやアルコールが喉を通過するときの灼熱感。
腹に溜まる満足感。色々と味わえるというのにも関わらず、私は匂いだけ。

ラッキーじゃないか!お得だね!等と言う無かれ。

酒飲みは酒を飲んだときにこそ至福を感じるのであるからして、匂いで気持ちよくなってしまうということは、女性の裸を見ただけで逝ってしまうサクランボ少年のようなものである。

異議は認めない。女性の体は味わってこそ深みを知ることができるものである。

・・・話がずれたようだ。酒こそは、味わってこそ深みを知ることができるのであるからして!


ちなみに、ディアリスで飲まれる酒はビールである。
昔飲んでいたビールとは味も匂いも全然違うわけであるが、アルコールは俄然高い。
何%とか深いところまでは知る由も無いが、それをガブガブと飲む親父や祖父らは恐ろしい。

なんという酒豪の家!とは思う無かれ。
ディアリスの大人達はおしなべて結構な量を飲んでも平然としている。

量を飲めば酔っ払いと化すのは普通である。

匂いが違うのは、恐らく生成方法や保存料として使うものが違うからだと思われる。
生成過程をじっくり見ていたわけでもないので絶対か?と問われれば答えに窮するわけだが、現代のビールで主に使う保存料はホップである。

ホップは、爽やかな香りと殺菌作用、泡を維持する役目等、現在のビールを構成する要素に少なからず関わりがあり、それがビールであると馴染んでしまっている現代人の感覚としては、ホップを使っていないビールはビールじゃないのではないか?と、勘違いを起こしそうな勢いであるが、ホップを使うという事を知らない古代に置いては、別の香味料を使用して作成されていたというのが一般論である。

ディアリスで飲まれるビールもそうで、私にはビールといった感覚は多少乏しいのではあるが、わかりやすく考えるためにビールとよんでいるが、ディアリスにおいてその酒はシアリィと呼ばれている。
ビールではなくシアリィなのだ!と、思うことで自分を納得させるのだ。

ディアリスにおいて住人が酒といえばシアリィのことであるのは普通のことである。

おっと熱く語ってしまった。別に酒が飲めないから、匂いだけで酔っ払ってしまう現状をうれいているわけではない。ほんとだよ!



十分に朝の空気を取り込み、寝ぼけていた精神を整えて居間に入ると、台所で朝食の準備をしている母と祖母の姿が見えた。

おはようと挨拶をして台所に行き、脇に置いてある水瓶を覗く。

今日は2往復くらいすれば水運びは大丈夫かな?と、考えたところで、子狼の事を思い出して辺りを見回した。

子狼達は、親狼の亡骸に寄り添うように眠っていた。

環境も違うし、母達が台所でゴソゴソ動いている音も決して小さくはないというのになんとも肝の太い子狼達である。

私が言うのもなんなのだが、むしろ豪胆な精神の母達にも言いたいことなのだが。

なんかこう・・・もっと・・・さぁ、警戒心とかそういうものは無いものだろうか?
何度も思うのだが

気にしても仕方が無いとか、そりゃあ理由付けは可能であるのは認めるが、野生はどうした!野生は!と、子狼の警戒心の無さに多少呆れたのは仕方が無いことだと思いたい。

「ノル、朝ごはん食べたらギムリさん呼んできてね」

朝食を居間に運びながらそう言う母に「はーい」と、返した

木製のテーブルの上に、乾燥させた蔓で編んだ浅底のバスケットが置かれ、そこにはいった小麦を薄焼きにしたパンが良い香りを発していた。

そこにヤギの乳と、それを材料としたチーズを持って祖母がテーブルに着いたところで、目をコシコシとこすりながら、まだ眠そうな顔で寝癖の跳ねたままの姉が居間に入ってきた。

「ノエルちゃん、お父さんとお爺さん起こしてきてくれるかな」

と、母が言うと

「わしはもう起きておるよ」と、爺さんがノエルの後ろからのっそりと現れた。

「ノードのやつはどうせ飲みすぎでうなっとるじゃろ、昼前には起きだして広場にまた飲みにいくじゃろうからほかっておけばいいさね」

祖父がそう言うと

「あらあら、そうですか」

と、苦笑しながら母は

「それじゃ、朝ごはんにしましょうか。ノエルは顔を洗っておいで、女の子なんだから寝癖も直していらっしゃい。後で髪を梳いてあげるわ」


そうして、朝食が始まった。

食事の決まり事というのは、厳しいルールがあるわけではない。
我が家においては、食べはじめだけは皆で集まってから(例外は含む)
食べ終わったら自由に席を立っても良い。その程度のものである


朝食を終えて玄関を出ると、うっすらと霧がかっていた。

ディアリスの北側に位置する森は、鬱蒼といえるほどのゴチャゴチャさ加減で木が茂り、樹海と言っても過言ではないという。

自らの成長のために、木は森の屋根から太陽光という栄養分を手に入れようと、必死に枝を伸ばす。

そうした樹木の生存競争を繰り返した結果、樹齢ってなに?と、言わんばかりに成長を遂げた木が鬱蒼と生い茂り、陽を遮り、いつしか夜の森と呼ばれている。

蒸発しきれないほどの湿気をも含むその森は、年間を通して毎日霧が発生する。
天気がよければ昼前には大概晴れるそうだが、その霧は、森のさらに北に広がるアルミナ山脈からの吹き降ろしの風によってディアリスまで運ばれる。といった具合である。

と、いってもディアリスにおいては日が射して1時間もすれば霧もおさまるのであるが。

アルミナ山脈からの吹き降ろしも季節限定であり、冬になる頃から春になる頃までとなっており、季節の変わり目を象徴する出来事であり、私としては冬が来そうな気配がわかりやすくていいよな。と、思っている次第である。


家を出て、およそ3分。猟師のギムリ宅に着いた。
家が密集して立っているわけではないディアリスは、家と家の感覚が想像以上に広い。

山奥の田舎を思い浮かべれば良い、見えているが決して近いわけではない。それでもお隣さんであり、コミュニティなのだ。

木戸をコンコンと叩いて、ガチャリと勝手に開ける。
ディアリスにおいては知っている家同士ならばこんなものである。プライバシーとか、そういったものは気にしない。

例え夜中に乳繰り合っている家庭があったとしても、用事があればお構い無しに開ける。

ヤッテいようとヤッテいまいと関係なし。おおらかといえば良いのかなんといえばよいのか。

勝手知ったる他人の家。という言葉を思い浮かべながら、寝室に赴くとギムリさん(41歳)は盛大に鼾をかきながら眠っておられた。

隣には、奥さんのムムルさんもギムリに寄り添うように寝ていらっしゃる。
様子から見るに、昨夜はいたしてらっしゃったらしい。体に掛けてある布の下は両者とも裸であろう事は推察できたし、なにより篭る匂いでわかる。

つまるところ事後の匂いというやつだ。判る自分がいやだったが
ちなみに、彼らに子供は未だ無い。


部屋に篭る匂いに顔を顰め、私は寝室の窓を開けることにした。

我が家の寝室と同じようなつくりの窓を開け、つっかえ棒を咬ましたあたりで、どちらかが起きだす雰囲気を感じて振り向いた

「ん・・・ん・・・んぅぅぅ・・・ふぅ。おや?誰だい?」

掛け布団に包まりながら、眠気を飛ばす為に体を伸ばしてから上半身を起こしたムムルさんが問いかけてくるのに

「ノルエンだよ、ギムリさんに用事があって呼びにきたー」

そう言って、彼女の方を見た。

ムムルはディアリスの元々の住人ではない。
ディアリス近辺に住む住人は、大概が栗色の髪をしているが、ムムルは淡いグリーン色をしている。

南方の海のさらに南の群島地域に住む人にこの髪色は多いのだ、と彼女自身から聞いた話である。ギムリとの出会い等は聞いていない。

「ふーん」と言いながら、隣で眠るギムリを起こそうと揺するムムルは、上半身裸のままでしているものだから、重力に引かれてその双房がブルンブルンと揺れる。

まさに眼福である。

ムムルは年としては40近いのではあるが、若さが衰えないというべきかなんというか。まさに熟女である。

ムッチリとしたその肉体は、前世の体であったなら確実に愚息もそそり立つであろうことは想像に難くないわけだが、今の私の体は精通さえ訪れていない。

所謂清い体であるし、そりゃ見れば興奮するのだが今のムスコはヒクリとも動かない。

悲しいものである。

・・・まぁ、人妻に手を出すほど飢えているわけでもなし。そもそも、そういう話は今のところの私には全く縁がないから飢えているとか言う前に、情熱が無いとも言える。

同年代に、恋とか愛とか、芽生えるわけが無い。ロリコンではないのだ、私は。

そうこうしているうちに、唐突にギムリはムクリと起き上がった。

ギムリはなんというか、まさに漢!と言うべき肉体を誇る。

むしろ野蛮人と言っても過言ではない。むくつけき男の肉体をもって迫られると、ちょっと気の弱いそこらの男なら何を言われても「ハイ」としか答えられないほどの威圧感を持つマッスル野郎である。しかも、髭が濃い。顎髭までモッサーと生えているので、威圧感は更に倍である。

しかし、見かけによらず子供好きのこの男は、自分に子供ができないことにもめげず、ディアリスで子供を見かけると、その髭を持ってジョリジョリしてくるのである。

はた迷惑なことこの上無し。私もいつも見つかるとジョリジョリされている。
『痛いのよ髭が』とか、うっすらと思い出せる某CMの如く無垢な笑顔で言ってやりたい気持ちにならなくもない。

焦点の合っていない目で「うぬぅ」と、呟くと

「なんだぁムムル、昨晩のでは足りなかったのかぁ?」

とか言いながらムムルさんに覆いかぶさっていくギムリ。
どうでもいいが、汚いケツを見せないでくれ、目が腐る。とか思いながら、ポーカーフェイスで眺める私。

「待ちなよ、待ちなって!ほら、ノルが見てるから!」

「ノルぅー?」と、こちらを振り向いたギムリは

「よう、おはよう!なんか用か?それとも見物していくか?」

見物していくか?と言った時点でムムルさんにバシーンと殴られていたが、全く効いていない様子で

「おお、いてぇ」と、棒読みで言った後

「んで、何か用か?」と、続けるギムリに

「うん、昨日・・・なんて説明したらいいのかな?狼拾ったんだけど、それでギムリさんなら何かわかるかもーって話になって、それで呼びにきた」

「おー?ここらにゃ狼は居ないと思ってたんだがなぁ、珍しいこともあったもんだ」

そう言ってもそもそと服を着始めるギムリとムムル。エチケット的な意味で(意味は無いが)寝室を出て、ギムリ邸居間の椅子に座り足をブラブラさせながら待っていると、先にムムルが居間に入ってきて、そのまま台所に行き朝食の準備に取り掛かった。

少し遅れてギムリも居間に入ってきて、こちらをちらりと見ると

「そんじゃぁ行こうか」と、言うのに

「朝ごはんはいいのー?」と、聞くと

「もう暫くかかるだろうしな、言って話し聞いて戻ってきたら丁度いいだろ。どうせ昼からは広場行くから食わなくても構わないしよ」

そういいながら、玄関から出て行くギムリの後ろをついて、私も家に戻る道を歩き始めた。






ここで切るのは、続きを書くと長くなりそうな気がしたので。
続きはそのうち。
ちなみに、主人公の口調が子供っぽいのは、意識してそう喋っているからです。
大人っぽく理屈をこねて論理的に話す子供は気持ち悪い。と、主人公が思っているから的な設定があったりなかったり。
題名どうしよう・・・というのも悩み所です



[8853] 7歳の秋 2後編
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/19 16:36
7歳の秋 2後編



ギムリの歩く早さは、私と比べて幾分早い。

小走りで彼の後ろをチョコチョコと歩く、ほとんど競歩並みの早さで歩いているが、それでもたまに少しジョギングするように移動しなくては、置いていかれてしまう。

究極的には一緒に戻らなくても構わないのではあろうが、気分の問題なので彼と一緒に家に戻っている途中である。

足裏から規則的に脳に響く振動に、若干気持ちが良くなってきたころ、我が家が見えてきた。

走って玄関先に先回りし、ギムリが来るのを待って玄関の木戸を開けて彼を迎え入れる。後は大人の話し合いだろうし、私は横で聞いていよう。

「おはよう!」と、ギムリの馬鹿でかい声が我が家の今に響き渡った。

姉のノエルは、母に髪を梳いてもらっていた。祖父は節くれだった手で子狼を撫でるようににして、威嚇してくる子狼で遊んでいた。


「おーうギムリ、久しぶりじゃな」

「爺さん、昨日広場で俺に酒を浴びせたじじいのセリフかよ」

「はて?モルソイの盆暗息子を蹴倒した記憶はあるが、そうじゃったかのう?」

「わははは」と笑う、祖父とギムリ 私は微妙な気持ちで見守るのみである。

開いている椅子にどっかりと座ったギムリは

「それで、こんな朝早くからどんな用事だ?」

「うむ、それなんじゃがな。まず、これを見てくれ」

話しながら子狼を平手でペシペシと苛めていた祖父が立ち上がると、ギムリはソレを見て首をかしげた

「うん?ホワイトウルフだな、北方の雪山あたりが生息区だったはずだがなんでまたここに?」

「うむ、昨日ノルが林で・・・(うんぬんかんぬん)」

「ほー、珍しいな。大方、群れのボス交代でもあったのだろうよ。その時妊娠している固体は群れから追い出されることもあるらしい。それが流れ流れてこの地までってところか?子狼らがここらまで移動してこれるはずがないから、こちらに来てから産んだんだろうな」

「ふむ。まあそれは置いておいて、この亡骸なんじゃがな。このままにしておいても腐るだけだし、毛皮だけでも取っておこうかという話になってのう」

いつのまにそんな話になっていたのだろうか?

「おー、そういうことか。いいぜ、ちゃっちゃとやっちまおう」

そういってギムリは、親狼の亡骸に近寄ると、むんずと尻尾を掴んで外に歩いていく。

私と祖父はそれについていった。


ギムリは、どこからかナイフを取り出すと腹から首に掛けて浅く切れ目をいれた。

そこを取っ掛かりに、ビリッビリッと引き裂く音とともに皮を剥いでゆく。

それは熟練の腕のなせる業であったとも言える。私は、目の前でその工程をぼんやりと見ていた。

「ホワイトウルフは、北の民の間では冬の到来を知らせる神の僕といわれてるんだぜ」

「尻尾は幸運のお守りと言われている、持っておくといいことあるかもな」

そう言いながら、毛皮を剥ぐ手は衰えない。
語ってくる彼に相鎚の返事を返しながら見ていると、そのうち毛皮は剥ぎ終わった。

「こんなもんだな、とりあえず毛皮は洗って日干しにしておくといい。あとはこっちの肉の処理だな。爺さん、縄かなにかないか?」

「そうじゃな、ノル倉庫に麻縄があったじゃろ。もってきなさい」



縄を受け取ったギムリは剥ぎ終わった亡骸にそれを手早く巻きつけると、庭先に生えているノボセリの木に結わえた。

ノボセリの木は、年間を通して青々とした葉をつける不思議植物である。
花も実も見たことが無いが、その葉は柔らかく食用にもならなくもない。ただしあまりおいしくはない。

草食動物はこれを食べるのであるが、苗木なら兎も角大きく育ってしまうと、葉に背が届かず食べられなくなってしまう。小さな頃は葉を食べられるのでゆっくり育ち、ある程度成長が進むと勢い良く大樹に成長してゆく。

それを伐採して木材とするのだが、人里で管理されるノボセリの木は、葉を食べる敵がいないおかげで最初からガッツリ成長する。

今、亡骸が結わえられたノボセリの木は高さが約6mほどあるが、これは私がが生まれた頃に苗木を埋めたという話を聞いたことがある。


ギムリが枝にぶら下がった亡骸の胸に先ほど使ったナイフを突き立て、股間まで一気に引き裂くと、
亡骸の下に置いてあった桶に内臓が零れるように落ちた。

内臓から、特有の匂いがする。血で赤い臓物や、灰色ピンクな腸を見ているとなんともいえず込み上げるものがある。

髪を梳り終えた姉も私の横で見ていたが、内臓が見えると家の中に戻っていった。

然もあらん。なかなかに刺激的な光景である。

ギムリが亡骸の胸の奥に両手をつっこみ、プツリと何かを切るとそれまで垂れ下がっていた内臓の頂点は支えを失って桶の中におさまった。

「うし、終わりだ。内臓も洗えば食えるぞ」

そういうとギムリは私と祖父をみて、ニッカリと笑った。
顔に、汗を腕でぬぐったときの血がついて少々恐ろしい風貌になっていたので、微妙に怖かった。



「そんで、その子狼らはどうするんだ?」

腕や顔についた血糊をきれいに拭き終えたギムリが、居間の椅子に座りながら聞いてきた

「ふむ、どうしたらいいかの」

「そうだな、西の民族には狩りに狼を使うって所もあるから、そのように育ててもいいかもしれんが、どちらにせよ手探りになるだろうしなあ。俺も、流石に狼の育て方なんて聞いたこともないし。いっそ、今のうちに捨てるなり殺すなりしても構わないと思うけどよ」

と、物騒な会話をしている祖父とギムリの横で私は子狼の今後について考えていた。

せっかく拾った命なのだから殺すには偲びない。かといって子狼の使い道に思い当たるところも少ない。

うまく仕込めば、牧羊犬のように使えないこともないのか?とか、狩猟犬とかにも使えるのかな?とか、まあなんらかに使えるようにはなるだろうと、なんとか殺さない方向にもっていこうと口を開こうとしたところ、先に吼えたのはわが姉だった。

「もう!おじいちゃんもギムリさんもこんなに可愛い子狼さんを殺しちゃおうなんていっちゃだめ!」

私が、子狼の命を救うために考えていた論理的な思考からくる活用方法ではなく、ハートに響く一言である。

流石姉!日々理不尽な命令や独特の思考回路で私を翻弄するだけのことはあった

「しかしのう」とか「だがなあ」とか、ノエルに言い聞かせようとする祖父とギムリはタジタジだった。

10歳の少女がほんのり涙目で訴えかけるその光景は、どことなく罪悪感を刺激するのだ。

結局、すったもんだの末に子狼2匹は、我が家で飼うことになったのである。



・・・二日酔いでぐったりしている父の意見も聞かずに。




[8853] 7歳の冬
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/23 21:36

7歳 冬


子狼達は順調にスクスクと成長中である。

当初、ノエルと私で子狼の面倒を見るという話に落ち着いたのではあるが、とある原因のおかげか、2匹とも私が面倒を見ることになってしまっていた。

その原因というのは、今私が着ている毛皮である。

当初、毛皮をどうしようかという話になった際。その毛皮の大きさでは子供用を2着作れるかどうかという按配だったらしいのだが、毛皮を加工する際に母と祖母がこんな綺麗な毛皮を切るのも忍びないと言い出した。

そうして出来上がったのが、なんと着ぐるみである。

何故?と思ったが、まぁどうせ着るのは姉だろうと多寡を括っていたのではあるが、姉はその着ぐるみを試着して一言「獣くさい」と、言ってそれ以降着ようとはしなかった。

私も一度着てみたのだが、確かに獣臭がキツかった。私も着るのを敬遠しようとしたのではあるが、折角作ったのに着ないのは勿体無いと、私にそれを母が着せるのである。

半分以上諦めの境地でそれを身に着けていたのだが、子狼たちは着ぐるみを着た私にすごく懐いた。

一時すら離れるものか!といった執念をもって着ぐるみを着た私に纏わりついてきた子狼を見て、それなら私が着る!と、ノエルが言い出して着ぐるみを着た。

着ぐるみを着たノエルに近寄ることは近寄るのであるが、近寄ってフンフンと子狼が匂いを嗅ぐと、これは違うと感じたのか少し距離を置き、そこらじゅうの匂いを嗅ぎながら親を呼ぶかのごとくキューンキューンと鳴くのである。

そこで私が着ぐるみを受け取って着ると、またもや近づいてきて匂いを嗅ぐ。すると安心したかのごとく私の足に体をすりつけはじめたのである。

これを見て、ノエルは癇癪をおこしたわけであるが、そんなこんなで色々あって結局2匹の面倒を私が見ているというわけだ。・・・着ぐるみ常時着用で。

無論、春になったら脱ぐつもりである。

冬だからこそ、毛皮を着ていても暖かい程度で済むのではあるが、春~夏になったら暑い処の騒ぎではない。冬の今でも少し運動すると体温で蒸されたガワが、汗の蒸発と重なってなんとも言えない匂いを醸し出す。変な細菌とか沸いていないよな?と、心配になる。

獣臭は多少慣れたが、汗と混合された匂いはちょっとキツイのだ。



子狼達の名前は、姉がつけた。

2匹はオスとメスで分かれており、オスはウォルフ メスはウィフ。
ウォルフが暴風 ウィフは風の意味である。

いい名前ではあると思うのだが、名前負けしないよう成長してもらいたいものである。


当初、彼らのエサをどうするかという話になり、ギムルに聞きに行く等の事もあったのだが、彼らは雑食の類で結構なんでも食べるらしいという事を聞いたので、まずは何を食べさせるかということから始まった彼らのエサ問題であるが、歯がそれほど生え揃っていなかった当初は、肉を噛み切るのも一苦労といった有様だった彼らも今では生魚をガブガブ食べている。

狼なのだから肉が好きであろうとは思ったのであるが、本当に何でも食べるようだった

心情としてはお肉を与えてあげたいのは吝かではないのであるが、なんせ私は子供である。ギムリの様に狩りをすることもできないし、行なうための道具も与えてもらえない。

かといって、両親や知人に子狼を育てるために肉をくれと言ったとして、彼らの財産でもあるヤギや羊を屠殺していただくわけにもいかない。

苦肉の策というか、最終手段と云うべきか。最終手段しか選べない時点で色々と駄目な気がするが、生魚を与えてみるという手段を選んだわけである。

子狼達は当初ピチピチ跳ねる魚を見て、近寄ろうとしてはピチンと跳ねる魚に驚いたりして、見ている私は微笑ましいやらなんやらでほんわかとした気持ちになっていたのであるが、そのうち慣れてくると私が釣り上げて陸に魚が上がった瞬間に『ドスリ』という擬音が聞こえそうな勢いで前足で魚を押さえつけ、針を取るまえに魚のハラワタに食らいつくという、ふてぶてしさを発揮するようになってしまって悲しい。

ちなみに与えている魚はボーラタと呼ばれるマス系の魚である。

ボーラタは、成魚になると大きさ1m弱にもなるのであるが、大きさによって棲み分けをする珍しい魚である。

川の上流に行くほど大きくなっていくのであるが、春になると大人のボーラタは汽水域近くまで川を下り、そこで産卵して上流に戻っていくようだ。

好むエサは虫の類、朝や夕方頃に川面に川蚊が集まって交配しているようなシーンを良く見かけるが、その下ではボーラタがライズしているのも良く見る光景である。

ディアリスの近くを流れる川は、幅50mほどもある。割合広い川で、氾濫もたまに起こすのであるが、ディアリスは川の曲がった先の少し上に位置しているためか氾濫がディアリスの居住区を直撃した歴史はいまのところ無いらしい。

氾濫後の土壌は、作物が良く実るということで畑にするのであるが、たまに氾濫を起こすと流されてディアリスの民が涙目になるというのは、10年に1度くらいの頻度でよくあることとして流されているらしい。一昨年にそれが起こり、酒用に育てていた大麦が全て流れて父が泣いたのは思い出深い出来事であった。

ディアリス近辺のボーラタは、大きさ40cmほど。ほどよく釣りの手ごたえを感じることができる良いサイズである。

むしろ、大物がかかると私の筋力では松平健も真っ青のマグロバトルのようなデッドヒートを味わう事もよくある。大概が糸の耐久に耐えられなくて逃がしてしまい、針を取られて泣きそうになるなんてことも頻繁に起こるのだが。

ボーラタを狙っていたのに、体長2m弱ほどのオオサンショウウオのようなトカゲっぽいのを釣り上げてしまったときは、正直言って驚いたを超えて腰が抜けた。

俗に言う地球を釣ったような感覚を感じて、そういう時は糸を手繰って川の中に針を外しに向かうのであるが、どうも動かないわけではないということでそのまま釣り上げてみたら浮かんできたのがそれである。

開いた口が塞がらないとでもいうべきか。この川にそんな生き物が居た事に驚いたというべきか。

糸はそのでかいトカゲの口に繋がっていたのであるが、後で判明することだが釣り針にかかったボーラタを捕食した大トカゲという構図になっていた。

子狼達は、興味半分興奮半分でその大トカゲにちょっかいをかけようとその周りをウロウロしており、ある意味とても危険な遊びをしようとしていた。

釣り竿を立てることで糸を緊張状態にして、トカゲの行動を封じていたわけであるが、子狼達は恐れを知らないためかトカゲを前足でつついては逃げる行動を繰り返していた。

すると突然、糸を咥えたままフイと横を向いたトカゲはウォルフの尻尾をカプリと咥えたのである。

それはもう情けない声で「ヒャイーン」と鳴いたウォルフに、腰が抜けていた私は慌てて駆け寄りトカゲの横腹を蹴った、その拍子に咥えていた尻尾を離し、ついでに飲み込んでいたボーラタも飛び出し、私の後ろに隠れたウォルフとウィフを尻目にゆっくりと川に戻っていったトカゲ様。私の顔は恐らく青かったであろうと思う。血の気が引いたとはこのことだろう。

幸いなことに、トカゲに咥えられたウォルフの尻尾は特に異常はなかった。

微妙な粘液みたいなものはついていたが、洗えば問題は無い。

トカゲが飲み込んでいたボーラタも、粘液ダクダクの状態で息を引き取っておられたのであるが、さすがにソレを子狼達は食べる気にならなかったようで、私も持ち帰る気持ちには到底なれなかったから針をとって川に流させていただいた。

なんとなしに手を合わせてお見送りしたのは余談である。


問題はその後のことである、私は川に入るのが少し怖くなってしまったのである。

近辺の生態系を全て把握しているわけでもないので、珍しい動植物を見つけたときは喜びが大きいのであるが、今回ばかりは恐怖が先立ってしまった。

川に引っかかった針を外しにいくのが恐ろしくて堪らない。

いつもホイホイと入っていたのであるが、まさかあんな生物がいるとは思っていなかった。まさに知らぬが仏であると言わざるを得ない。

それでも、結局数十分悩んだりした末に川に入っていくのだが。

針の価値は私の足が齧られることに比べて重いのである という公式が夜寝入る前に浮かんでしまい、少し泣いた。

ちなみに、着ぐるみは数分程度なら防水も可能にする優れものである。
これのおかげで、冬の川に入り込めることに、毛皮の元の主に感謝している。











会話とかの練習もしたいのであるが、そこまで世界が広がっていないという。
大仰な話にするつもりはないのと、世界観等をある程度作らないとエピソードを作っていけない私の筆力の無さが悲しいですね



[8853] 7歳の冬 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/27 12:38


7歳の冬 2


収穫祭が終わり、川沿いの畑に蒔いた大麦や小麦の苗が生え揃った。
冬の中盤に差し掛かると、麦踏みの時期である。

この頃になると、子供達は総出で麦畑で遊ぶようになる。
ある程度決められた区画を、数人の子供とそれを見守る数人の大人で麦踏み競争なるゲームが開かれるのだ。

麦を踏んだほうが育ちが良いと気がついたのは誰なのだろうか?等と考えながらも、私も参加している。

私も前世で何度か祖母が麦踏みを行なっているのを見学していた記憶はあるが、これは意外と楽しいものである。

いくつかのグループに分かれて、歌ったりしながらリズムに合わせてギュムギュムと麦の苗を踏んでゆくのだ。

なんかこう、成長途中の小さい生き物を虐げているような背徳感ともいうか、込み上げるものが無くも無い気がする。
たまに小憎らしい子狼を虐げたい気持ちになる・・・なんてことはない。


大体子供は、5~13歳くらいで50人ほどいる。

年齢やなんかの兼ね合いもあるが、仲が良かったりする子供達が集まって5~7人くらいのグループに分かれて麦踏みを行なうのだ、子供のお祭りみたいなイメージを浮かべてもらえると判るかもしれない。

ちなみに、友人と呼べる子のいない私はノエルが所属する女の子グループに入れてもらった。
子狼達は、今日は留守番である。


麦踏みが終わると、麦の枯れ穂を持った巫女が祝詞のようなものを詠いながら畑を巡る。
カルトという名の少女で歳は12、白い長袖のワンピースのような服を着て歩く様は、冬の季節を鑑みるに私から見ると寒そうに見えてならない。
肩甲骨あたりまでかかる長い髪が冬風に揺れながら静々と歩くのをボンヤリと眺めた。

彼女はピエフの家系の娘である。

ピエフというのは所謂シャーマンのようなものと私は認識しているが、薬師も兼ねたり占い等も行なうらしい。

ピエフの家系の一番年若い娘が毎年畑で巫女をする。というのが、習慣になっているようである。

私は、彼女と面識はあるがあまり話をした記憶は無い。
むしろ、彼女の祖母であるコルミお婆さんと良く話をする。

様々な草木を煎じて薬の調合をするコルミお婆さんに、そういう知識を教えてもらったりしているからだ。

様々な祭事をピエフは行なうわけだが、年齢もあり彼女の娘。つまりカルトの母親にほとんどを任せているコルミお婆さんは、いつも集会所の軒先に座ってボンヤリと人々の行き交うそれを眺めたり、手持ち無沙汰に薬を調合したりして過ごしている。

私は薬になる草木の話を聞いたり色々な伝記のようなものを教えてもらったりしているのだ、歳を召されているだけあって彼女の話は為になるものも多いのである。

彼女は祝詞が終わると、畑の真ん中に枯れ穂を突き刺して私達がいる方に歩いてくる。

最後の遊びである、枯れ穂奪いのゲームがこれから始まるのだ。

ルールは簡単。ピエフである彼女が鐘を鳴らし、もう一度なるまでにその手に枯れ穂を持っていたものが勝利である。

枯れ穂を得た者の家族は1年間幸運が訪れるという言い伝えと、ヤギが番いで贈られる。
言い伝えは兎も角、ヤギを獲得するために子供達は奮闘するのだ。

獲得したヤギは、獲得した子の財産として扱われる。結婚したときの婿入り、嫁入り等にヤギの番は大いに助けになるので、大人たちは発破をかけてヤギとってこい!と、言うわけだ。

ちなみに私はやる気は全くゼロである。

お祭り感覚で楽しんでいる低年齢層の子供は兎も角、成人を控えた子供達は割合必死に奪い合う。財産は魅力の一つでもあるからである。

私は年齢も低いこともあるが圧倒的に体格が小柄であるので、目を血走しらせて奪い合う亡者の群れに飛び込む根性は無い。

いつか、取れそうな体格になったときに参加してみようかな?といった具合で傍観するのだ。


そうこうしているうちに、カルトが始まりの鐘を鳴らした。

『カーン』と響き渡る鐘の音と共に走り出す彼らを眺める。

やはり年長組の足が速く、ヤンチャ系男の子グループのリーダー格であるガトという少年が最初に穂を掴んだ。

だがしかし、ススッと走り寄った女の子がその手を払う。すると穂は宙に浮かび、追いついた男の子の手に渡るか!というところで、その男の子を別の女の子が薙ぎ払った。

混戦の模様を呈してきたそれを脳内実況しながら見ていると、ふと私に影が射したのでそちらを見ると、そこにはカルトがいた。

「あなたは行かないの?」

と、聞いてきたので

「どう考えても無理だよ、いくなら4年後くらいにしたいな」

「でも、もしかしたらっていうのはどんなときでもあるものよ。私があなたが穂を手にしたときに鐘を鳴らしてあげるかもしれないしね」

「それは素敵な提案だけれど、あっちでがんばっているあの子達が聞いたらなんていうかな」

そういって彼女と私は苦笑しあった。


しばらくして彼女が鐘を鳴らすと、穂を手にもっていたのはメリンという13歳の少女であった。

穂を片手に勝利を吼える彼女は、随分と勇ましかったとだけ言っておく。
むしろ成人しても婚期は遅そうだな・・・なんて思っても言ってはいけない。






[8853] 8歳の春
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/28 12:53



8歳の春

特筆するような出来事も無く私の誕生月を迎え、私は8歳にになった。

何か変わったことがあるわけではないのだが、1年前と比べて幾分背が伸びただけである。

寝室の壁に誕生月を迎えると身長を測る傷をつけるであるが、大体半ビット程身長が伸びていた。喜ばしい限りである。

1ビットは、大体大人の小指と人差し指を目イッパイ伸ばした時のその間くらいの長さだ。

手の大きさは兎も角、大体12cmくらいになる。半ビットというのは6cmくらい。1年でそれだけ伸びたのだ、子供の身長の伸びは何は無くとも喜ばしいことであり、それが私自身のことであるならばその喜びはなにをいわんやである。

ディアリスにおいて、長さの基準になるのは ビット キュビット ランビット等がある。

ビットは言わずもがな、キュビットはビットの10倍 ランビットはキュビットの10倍。

普段の生活で使う長さの単位は大体がキュビットまでであり、ランビットを使うことは少ない。

ちなみに、私の身長は1キュビット弱である。

仮に1ビットを12cmと仮定して、1キュビットは120cm。私の身長は1キュビットに足りていないので120cm弱。ディアリスに住む同じ年に生まれた子達と比べて私はいくらか背が低い。

背の高さは体力を測る目安にもなりえるので、背の高さは魅力のひとつにもなりえる。

背の低いチンチクリンは女の子にモテナイというのは、私の前世も今のディアリスにおいても変わらないのが面白い、と私は思う。

女の子にモテナイのが悲しいというわけではない。身長の高さは、見た目からして子供らしさを強調するのであり、大人として認められるためにはそれなりの体力があることも必要なのであるからして、何は無くとも身長が伸びることは私の悲願なのである。

ディアリスは体力嗜好主義であり、何は無くとも生活力は体力に比例すると思われている節があるから。

それでも1年前と比べて確かに成長していることは嬉しい事だった。


私の成長もさることながら、子狼達の成長も著しい。

最初は私の膝よりも低かった頭の高さが、膝を越えて腿に達するほど育っており、私が彼等に噛まれたらそれはもう死亡一直線であろうと推測している。

すくすくと育つ彼等の成長を喜ぶと共に、言うことを聞かなくなったらどうしようという心配もしている今日この頃である。


ウォルフとウィフ。彼等にも性格の違いのようなものがあり、ウォルフは活発で好奇心旺盛。何が危険であるとかお構い無しに突き進み、痛い目にあって危険なものを判断するという飼い主としてはドキドキしてしまう性格をしている。正直、もう少しおとなしくなってくれと心で祈る男の子だ。

ウィフはどちらかというとウォルフの後をついていき、ウォルフが興味を示したものに同じく興味を示すのだが、最初は近寄らずウォルフが行動を起こすのをじっと見ている。
ウォルフが近寄って、特に危険は無いと判断すると同じように近寄っていきフンフンと匂いを嗅いだりする。

ウォルフが何か痛い目にあったりすると、彼に構わず私のところにすっとんできて私の後ろに隠れたりするので、ウォルフに何かがあったと判断するのは簡単なのであるが、同じ種族というか兄弟なのだから助けてあげないのか?と、思わざるをえないそんな女の子だ。

狼の特性について私が覚えていることといえば、彼らにはリーダーというものが存在するということくらいであろうか。

雌はともかく、雄は群れのリーダーを掛けて争いをする。
リーダーに喧嘩を売り、負けたほうが群れを離れて1匹狼になるとかそんな話だった気がするが、もしかするとこの2匹にとっては私がリーダーなのかもしれない。

そうすると、ウォルフは必然的にいつか私に襲い掛かるのであろうか?と、夜も眠れぬ日が3日ほどあった。

が、いつも私の後をついて周り、キャッキャと兄弟で遊んでいる彼等を眺めるうちにとりあえず今は考えないことににしようと自己完結したことがある。

何か事があれば、何かが起きたときに考えればいいのだ!と、深く考えないことにして、問題になっていないことを問題にしようとしない事なかれ主義の私であった。


年をひとつとった私に、何か変わることがあったか?と言われれば特に何も変わることは無い。

いつものように水を汲みに行き、子狼の餌を釣りに行き、たまに家族の作業を手伝い、ディアリスをウロウロと散歩するといった具合である。

ふと気がついたことであるが、今のところ村とか町とかいった概念がないらしいという事に気がついた。

言葉に無いものは概念にはならないのは当然の事だし、ディアリス以外の民の集落の事をあまり知らないというのもあるが、集落にはそれぞれの名前があり、村や町とかでそれを区別することも無く固有名詞でそれを呼んでいるからである。

かといって、それぞれの集落の人口を知る由もないからして大きさがどうとか考えることもなく。そもそも村と町の違いを述べよと言われたとして答えに窮するだけのことであり、
気にするだけ無駄なことだと言わざるをえない。

そもそもディアリスは一言で言えば『The 農村!』といった雰囲気で、どこかに税を納めるとかいった事も無く、地域を治める王制のようなものも敷かれているように見えない。

文化的には、かなり昔といえばいいのだろうか?むしろどれくらいの昔なのかもわからない。

食うものに特に困らない程度に農業をしているし、文化的な何かを行なうといったものも見受けられない。

生活を楽にする道具の発達というものが伸びていないような気がするのである。

例えば、穀物の貯蔵といった概念である。

もちろん穀物貯蔵庫はあるのだが、麻で編んだ袋に穀物を詰めて穀物貯蔵庫に入れておくといった具合で、必要性を感じていないから陶器が発達していないといった感じだろうか?

食事するときに汁物を飲むとすれば深皿等があるのだが、陶器ではなく木製のカップだったりする。

水瓶から水を取るときも、木製の柄杓のようなものを使用するし、大概はその辺にあるもので代用できてしまうから発達しなかったのかな?と考えている。

ならば、何かやってみようと思い立ったわけである。


丁度春だし、何かやるにしても区切りが良い。そう考えた私は、前述にある陶器を開発してみようと思い立った。

思い立ったは良いものの、陶器に必要な物を考える。

陶器を作るには釜で焼く必要があったような気がする。

釜を作らなくてはならない。

釜を何で作るか。

土では脆すぎる、耐熱性があって頑丈でといった事を考えると、レンガがいいかもしれない。

レンガは粘土と水と型枠があれば作れる気がする。

粘土を捏ねるにしても水がなければ話にならないが、水は川に汲みに行く必要がある。

というわけで

水を汲みにいくのは問題ではないが、何事にも効率というものがあることは当たり前で、粘土を捏ねるにしても何にしてもそうそう何度も水を汲みにいくのは効率が悪い。

そこでまずは井戸を掘ってみるということから始めることにした。

井戸を掘る。と、簡単に言ってはみたものの、水脈があるかどうかが問題であるのだが、家の周りでもディアリスの居住区域にしてモッサリと生える植物や木等を見て、水脈はあるはずだと当たりをつけた私は、古来から水脈を探すために仕様したと云われるダウジングを試してみることにした。

振り子式ではなく、両手に枝を持って行なう方法を試してみることにする。

ディアリスにおいてダウジングの概念というものは存在しているのかどうかは知らない。コルミお婆さんや、カルト等に聞いてみれば占い方法のなかに似たものはあるかもしれないが、どちらにしてもオカルトである。

2別れした枝を持ち、今にも跳ね上がるように力をいれて、枝の先端が跳ね上がればそこに何かがあるのかな?みたいなニュアンスだったかと思う。

曖昧な記憶で曖昧な行為を行なったとして、それが正しいか?なんて全く思いもしないのだが、何もしないよりは何かすることがあったほうが生活に張りがでるというものはあるのだ。・・・ということにしておく。

そうして何度も枝が振りあがってはその地点に目印の枝を刺したり、調査を行なうこと3日間。

その辺に適当に掘るわけにもいかないので、家の周りの土地で探してみた結果。家の裏手の場所に掘ってみる事に決定した。


作業1日目

掘る。とりあえず掘る。鉄製のスコップ等あるわけもないので、先を尖らせた木で突き崩して集めた土を横に出す。

終わる頃には手に水ぶくれができていた。水に冷やして養生する。

家族には新しい遊びかなにかだと思われている模様。

何をしているのか?と、問われたので、土を掘っているとだけ答える。

深さ半キュビット弱



作業3日目

もくもくと掘っていると、ついに水ぶくれが潰れる。かなり痛かったので、コルミ婆さんに聞いた傷に良く効く草の葉を適当に傷に被せてその日の作業は終了。

深さ4分の3キュビット

家族に再度何をしているのかと聞かれる。

もちろん土を掘っているとだけ答える。



作業7日目

意外と簡単に掘れていた気がしたが、柔らかい土の層を抜けたようで作業効率が落ちる。

土に小石や石が混ざるようになった。

穴の深さは私の身長を超え、降りるのに木製の丸太を削った梯子を使用。

掘るのに微妙に邪魔なのがネックだ。イライラが募る。

この辺りから家族が私を見る目が微妙に可哀相な子を見る目に変わる。


深さ1と4分の1キュビット



作業10日目

手は傷だらけ、流石に手が痛いので布の包帯のようなものを巻いているが、血が滲んで痛々しい。それでも掘る。何かに憑かれているように掘る。

一旦、縦に掘るのは止めて穴の形を整えることにする。

長さ1キュビット半ほどの棒を用意し、その広さで正方形になるように穴を広げることにした。

意外と土は重いので、布袋に持てるだけ土を入れて穴の外に出す。

気軽に井戸を掘ろうと思いつくべきでは無かったと思った。

意外とキツイ。というか、8歳児のこなす作業ではない。ということに今更ながら気がつく。しかし後の祭りであった。



作業12日目

井戸掘りの穴の周りにこんもりと溜まった土を移動しないと危ないことに気がつく。

一日かけて、土を移動。アホの様な量であった。



作業15日目

穴の中は微妙に蒸し暑い。春先なのに、汗がダクダクと流れて連日私は真っ黒である。

しかし気にしない。家族の見る目がさらに可哀想な子を見る目に変化していることも知っているが気にしない。

子狼達は、穴の周りでクンクン泣いている。構ってほしいのだろうか?

指が微妙にゴツクなってきた気がする。
あと、家族どころかディアリスの住人からも可哀想な子を見る目で見られている事に気がついた。非常にやるせない気持ちになった。

深さ大体2キュビット



作業20日目

ついに父からお叱りを受ける。

いったい何をしているのかと問われたので、穴を掘っていると答えたら拳骨をくらった。

仕方無しに、穴を掘ると水が出るかもしれないと言う。

信じようとしない家族だったが、家の裏手で水が出た場合の利便性を語り、出たら楽じゃないかと話をした。

それでも止めろという父と喧嘩をする。

何を言っても、暴力言語を繰り出しても屈しない私についに父は折れた。

止めもしないが協力もしない。それが譲歩であると父は言い放った。

もとより協力を期待していたわけではなかったので、私はそれを承諾。
さらに掘ることにする。



作業30日目

小石が混ざる層を抜けた。硬いが土だけの層になった、少し作業効率があがる。

深さ3キュビット弱。穴から出るにも一苦労するほどになってきた。
あえていうが、子供のする作業ではない。



作業40日目

穴の崩落を避けるために、1ビットほどの太さの丸太を穴の4隅に配置し、それを起点にして斜めに半ビットほどの太さの丸太を入れてゆく。

土を外に出すのも苦労をするようになった。作業効率どころではない話である。
なぜ私が穴を掘るのか、それはそこに穴があるからだ。

もう、何も考えないことにした。

深さ3キュビット半



作業60日目


ついにこの時が来た。

家族に『もうだめだ、こいつなんとかしないと』みたいな目でみられること数十日。

自分でもなんでこんなムキになって掘っているのか疑問だったが、もはや井戸を掘るという目的ではなく、穴を掘ることが意地になってきた。

そして、近頃水分を含んだ土が出始めたと思っていた。

その時、突き崩した土を布袋に入れようと掬ったら、じわりと水が沸きだしているのを見たのである。

歓喜であった。思わず叫んでしまったほどに。

叫び声に何かあったのかと母が呼びかけてきたが、私は

「でたよ!でたんだ!やったぜ!はっはー!」

等とずっと叫んでいた気がする。

母に手伝ってもらい、土を穴から出す速さが少し加速した。

すでに水はでてきているが、なんにせよもう少し深さがないと汲み上げるのも不便である。

母は、水気をたっぷりと含んだ土を見て驚いていた。


深さ4キュビット強



作業61日目

父を駆り出し、土を出す作業を手伝わせる。

水は滾々と湧き出し、今は穴の底にいる私の膝上あたりまで沸いてきている。

水気を含んだ土は掘りやすいが、持ち上げるには私では力が足りない。水分を含んだ土を、水中で布袋に詰めて、あとは父任せで麻布のロープで引き上げてもらう。



そんな作業をすること5日、ついに井戸は完成した。

あとは水を汲み上げる容器とロープとバケツがあれば、いつでも水を汲むことができる。

汲みやすいように矢倉を立てるのも良いかもしれない

なんにせよ、私の苦節する2ヶ月もの日が終わったのだ。
まさに感無量である。しかし今更ながら言うが、子供のする作業ではない。確実に、むしろ作業を完遂しきった私の努力と根性と可哀想な子を見る目で見られ続けた忍耐をどうか分かって欲しい次第である。










子供に無茶をさせてみるシリーズその1

今回はいつもより長めの話なのに、会話全くなし!(笑)

自分でも書いててこの作業はどう考えても無理だよな。と、思わざるをえない

サブタイトル「子供が5m穴を掘る話」



[8853] 8歳の春 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/29 12:09


8歳春 2



地面を掘ったら水が出た。

という話は、井戸を作成して1週間もしないうちにディアリスの住民の間に広まったそうである。

どこを掘っても出るわけじゃないとは思うのだが、ダウジングして掘りましたなんていうのは微妙に眉唾くさく、ダウジングの方法を解説するのもどうやってすればよいのか分からない私は、「なぜそこを掘ろうと思ったのだ?」という父の質問に対してなんとなく掘ったという話にしてお茶を濁した。

わざわざ川に汲みにいく必要が無く、汲みたての水は澄んでいてさらに冷たい。
シアリィに使うのに丁度良いかもしれないという話になり、ディアリスの民は各々の家の近くで井戸を掘ることを試みているようだった。

でも私には関係ない。水がでなくても私の責任じゃないのだから!

井戸を掘るという行動の時点で(実際は穴を掘っているだけにしか見えない)アホの子扱いされていて、さらにダウジングの意味やら方法やら効果等をどうやって伝えたら良いのだと思わざるをえない。

ある意味占いに似た方法であるし、効果自体もたまたま成功しているが、私自身湿った土が出だすまでは半信半疑で掘っていたのだ。

半ば井戸を掘るのではなく、穴を掘ることを重視してしまっていたくらい辛い作業でもある。

どこやらの家庭が掘りました。水は出ませんでした。どうしてくれるんだ!と、言われても「知らんがな」で済ますつもりである。

『アホの子』扱いから、穴を掘ることで『かなりアホな子』扱いに変化して、最近は『よくわからない子』認定されているようだった。姉情報なので真偽のほどは不明である。

この場合、『アホの子』というのは頭の悪さではなく、行動的な意味である。私は基本的に大人受けが良いらしいというのを祖母から聞いた。

すれ違えばしっかりと挨拶をし、誰かに迷惑をかける行動も特に起こさず、年長者の話を良く聞いている。主に最後の行動が、ディアリス住民の高年者層の孫に構ってあげたい精神みたいなものを刺激しているとかなんとか。

私の知識欲を満たすための行動が、思わぬところで副産物を得ていたというわけだ。

爺さん婆さんにモテモテである。なんという不毛なイメージ。



井戸を掘り終えたことで燃え尽き症候群にかかっていた私は、井戸ができた日から2週間。子狼達と戯れて過ごした。

もう色々と酷い事になっていたのである。

マメの上にマメができてそれが何度も潰れることを繰り返した私の手は、そこらじゅうに傷跡が見える。

掘っている間は、痛くても掘っているうちに手の感覚がマヒし始めて痛みをそれほど感じることもなかったのだが、いざ穴掘りから開放されると途端に私の体は痛みを伝えてきたのだ。

筋肉痛すら超越して掘り続けていた私の背筋は、チリチリといつまでも痛みを訴え、二の腕の痛みなど何もしていなくても涙を誘うギリギリさ加減であった。何度も土を持ち上げた膝はプルプルと震え、腿の筋肉は立ち上がるのを拒否するが如く固まってしまっていた。

掘り終えて翌日、寝床から起き上がることができなかったほどである。まさに押して知るべし。もう一度言おう、子供のする作業じゃない。


仕方なく休養することにしたのであるが、その日の朝いつまでも起き上がってこない私を心配して寝床に見に来た母は私を見て

「ぎゃーノルが死んでるー!」

で、ある。

死んでないわ!と叫び返そうにも、体の痛みがひどい私は満足に声を出すことも叶わず、むしろ目開けてるだろう!と、言いたくても言えず。

私の胸に覆いかぶさるようにして泣く母の体重で、息も満足にできずに死に掛けているところを祖父の手で救われた。

九死に一生スペシャルである。なにがスペシャルなのかは知らない。語呂がいい




3日間寝床から起き上がれず、ノエルに子狼の面倒を任せた。が、子狼達は私の傍を離れようとせず、せめてエサの魚を釣ってきてと頼んだのであるが、ノエルは釣りが下手であった。

昼頃一度戻ってきて、「お魚さん釣れないよう」と祖父に泣きつき、祖父が魚を釣ってきてくれたほどである。

頼む相手を間違えたとは言うなかれ、「私が面倒見てあげる!」と、鼻息荒く宣言する彼女に、否と言えるはずもなかったのだ。


4日目、起き上がることはできた。歩くことも可能ではあった。しかし見た目は産まれたての小鹿の如くプルプルしていた。

それを祖父と祖母が慈しむ目で見つめていたのが、若干引いた。釣りに行くのは無理なので祖父にお願いしておいた。


7日目、動くことはそれほど苦痛ではなくなった。子供の体すごい。筋肉痛ひどい。

でも、川に行くほど体力が無い。


10日目、川に行ける程度には回復した。さっそく子狼達のために釣りに行く。万が一のために祖父も一緒だった。

私の釣りは、フライフィッシングのようなものである。釣り針に羊の毛と枯葉の薄皮を用いて川蚊のような形を作ったものを使用する。川蚊は一年中河原近辺に生息しているので、一年中それを捕食する魚の餌になる。つまり、川蚊の毛鉤はエサいらずで経済的で良く釣れる私だけの秘密である。・・・その日祖父に知られたが。

竿を良く振って川の中まで糸が伸びるように調節して投げるのであるが、それだけの行動がその時の私にとって苦痛であったことは言うまでも無い。

川面まで毛鉤が飛んだところまではいい、そこで私は一瞬気を抜いた。

結果、私は竿ごと川に引き込まれかけた。

いつも必死に釣り上げていたことをすっかりと忘れていた。踏ん張ることが不可能だった私の体は、釣り竿を握ったままつんのめるように川に寄っていくところを祖父が捕まえてくれなかったら、川の中に転倒して全身ビショ濡れになっていただろうということは確かである。

私の釣りを興味深げに眺めていた祖父に、竿を渡して釣り上げてもらった。

子狼達は、最近釣りあがった魚をジャンプして空中でキャッチする技術を会得しようとしている。


14日目

俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!俺復活!

そんな感じの2週間だった。





[8853] 8歳の春 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/29 19:22


八歳の春 3


体調が復活した春も終わりの頃、麦の収穫の時期になっていた。

今年の麦の出来映えは上々のようで、麦踏みをした成果も上がっているようで私としても喜ばしい限りである。

麦の収穫を終えると、春の収穫祭だ。ディアリスでは年に2回収穫祭があるのだ。


若い衆が麦を刈り取り、年長衆が刈り終わった畑に刈り取った麦穂を干すために丸太を組んで干し場をつくってゆく。

川沿いの麦畑はディアリス全体の有志によって刈り取りが行なわれるため、私も手伝いに参加した。

といっても木製の鎌でジョリジョリと茎を切り取っていく作業なので、鉄製の鎌の作業効率を前世の記憶としてとはいえ知っている私としては、なんとも切ない気持ちになる。

別段、鉄器による採取道具が無いというわけではない。現に私の周りで刈り取りを行なっている大人の中にもチラホラと鉄の刃のついた鎌で刈り取りを行なっている人もいる。

しかし、刃全体が鉄とかそういう作り方ではなく木製の鎌の刃の部分に鉄がついていて、それを研いだような形状だった。

鉄器の概念はあるが、使い方が洗練されていないとでも言えばいいのだろうか?そのうち鍛冶にも手を出してみたいものである。

ちなみに、子狼達は私が刈り取った穂を咥えて走り回っている。それを、ノエルや恐れを知らない幼子達がキャッキャと追い掛け回していた。

どうでもいいが、働けよ・・・姉。


刈り取りが終わると、収穫祭。それが終わる頃には程よく麦も乾いて脱穀しやすくなっていることだろう。

川沿いの畑から取れる麦は、大麦はシアリィの仕込み用。小麦はいざというときの為に穀物庫に保管される以外は各家庭に分配される。




父は麦が例年よりも豊作だったことにご満悦のようで、収穫祭前日から酔っ払い気味である。

ディアリスにおいては、飲み水の変わりにシアリィを飲むことも良くある。

真水を飲むよりは栄養があると言われているので、大人はもちろん時には子供ですら良く飲まれる飲料でもあるのだ。

酔っ払いの里である。

私自身今の体になってからというもの酒にはとんと弱い体質になってしまっているので、シアリィを味わったことは過去に1度しかない。コップ1杯で昏倒してから、母は私にシアリィを飲ませてくれないのである。

匂いでノックダウンしてしまうくらいなので、飲みたくてもそうそう気軽に飲むわけにはいかないのも事実ではあるのだが。

ワイワイガヤガヤと姦しい居間にて、壁に凭れて座っているとウィフが寄ってきて私の車に組んだ足に腹を上に向けて寝そべった。撫でてほしいときはそうやって私に甘えてくる。

ウィフのお腹をスリスリと撫でながら、さて次は何をするのだったかを考え始めた。



窯を作るためにレンガが必要で、レンガを作るために井戸を掘ったところまでだったな、と思い至ったときに、ふと違和感が頭をかすめた。

陶器を作るために、窯を作ろうとして、窯を作るためにレンガを作ろうとして、レンガを作るために井戸を掘った。

だがしかし、レンガを作る工程の中にも焼くという工程はなかっただろうか?という疑問である。

あれ?窯を作るためにレンガがいるのに、レンガを焼くにも窯がいる・・・だと・・!?

それ以前に、なぜ陶器という難しそうな方向から攻めようと思い至ったのかという疑問すら湧き出てきた。

まずは土器からで良かったのではないか?という疑問である。

土器なら、粘土と細かい砂があれば簡単に作ることが可能だった気がする。紐状にした粘土を重ねるようにして形状を作っていき、乾燥させて薪で焼くだけだ。

あれ・・・?



・・・考えすぎたようだ、初心貫徹初心貫徹。深く考えてはいけない、考えすぎは袋居士。どっかの偉い人がそんなことを言ってたはず。


ふと目線を足元に移すと、口を半開きにして舌をだらーんとさせたウィフが、体をピクピクとさせながら恍惚っぽい感じであった。どうやら考えながら撫でていたお腹が気持ちよかったようだ。










[8853] 春の収穫祭にて
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/21 16:38


春の収穫祭にて




春の収穫祭と秋の収穫祭は、少しだけ違うところがある。

秋の収穫祭はお肉が出るが、春の収穫祭はでない。それだけのことだが

実際は春に収穫した麦を穀物庫に入れる際に、前年入れた分を放出して食べるからである。

貯蔵するにしても時間が経てば穀物も劣化していくのは当たり前の事で、悪くなる前に食べてしまおう。ただそれだけの意義で始まったのが春の収穫祭というわけだ。

春の収穫祭も秋の収穫祭と同じく2日ほどかけて行なわれる。シアリィ工房のタルの蓋も緩み、いつも以上に飲んだくれが増える2日間でもある。

そして私はこの春の収穫祭は大好きだった。

小麦を使った料理が広場に設けられたテーブルにどかどかと盛られ、ディアリス中からパンの匂いが漂い、皆がシアリィを飲みながら歌い踊り、皆が陽気で笑顔に溢れている。

いつまでも続けばよいと思う日々が、ここにあるような気がするのだ。



我が家の家族が1つのテーブルを占拠するように座り、それぞれが訪れるそれぞれの友人達と雑談しつつ飲めや歌えで騒いでいるのをBGMにして、私は私でウォルフとウィフを相手にパンを千切っては投げ与え、それを空中でパクパクと食べるのを眺めて楽しんでいた。

ちなみに飲み物はシアリィではない。サーパというグレープフルーツに良く似た匂いと味の果物を搾った果汁に、シアリィを作る前段階でできる麦芽糖を混ぜた甘いジュースである。

ちなみに、シアリィに使われる保存料はサーパの皮を干したものが使われているので、味は兎も角匂いはシアリィに似ていなくも無い。

ウォルフとウィフにパンを投げ与え終えて、私の前にちょこんとお座りした2匹の頭をガシガシと撫ぜていると、パンを与えているのを遠めでじっと見ていた子供が2人、こちらに寄ってきた。

双子のトニとメル、双子の2卵生双生児の5歳児である。

トニもメルも良く似ているがトニは男の子だし、メルは女の子だ。二人とも好奇心で生きてます!といった様に目を爛々と輝かせながら

「おにいちゃん、触ってもいーい?」「い~い?」

と、とても可愛らしく聞いてくるので、ウォルフとウィフに伏せを命令して

「いいよ」と、笑顔を答えてあげた。

子狼達は、最初は私以外に対しては警戒心を抱いているようだったが、警戒しなくても良い相手には伏せをさせてまず触らせる。その後に、触っている相手の匂いを嗅ぐことで相手のことを覚えると、あまり警戒しなくなるという傾向にあった。現に家族はそうすることで警戒しなくなったのだ。

トニはウィフの背中を撫ぜ、メルはウォルフの背中を撫ぜながら『わぁ~』と、異口同音で感嘆の声を上げる。

なんとも微笑ましい光景である。

2人が満足するほど触ったのが目に取れたので、2人に

「じゃあ交代だ」と、告げてトニとメルをその場に座らせた。

そうすると、今度はウォルフとウィフが立ち上がり、トニとメルの匂いを嗅ぎ始める。

腕や足に鼻先を近づけてフンフンと匂いを嗅ぐ2匹、お尻の匂いを嗅いでいた時はなんともなしに笑えた。

双方の匂いを嗅いで満足したウォルフとウィフの2匹は、トニとメルの眼前に座り、彼らの鼻先をペロリと舐めた。

するとトニとメルはウォルフとウィフに抱きついて満面の笑みを浮かべていた。

私もきっと微笑んでいたはずだ。



そんなこんながあったりもしたが、子狼の相手をしながら祭りの雰囲気に浸っていると、ドルーミという男がシアリィの入った木製のジョッキを片手に現れた。通称、モルソイの盆暗息子である。

ドルーミの何を持って盆暗とするかというと、働かない・体力が無い・甲斐性が無い、の3点である。と、祖父が言っているのを聞いたことがあった。

この場合、働かないのと甲斐性が無いというのは同義である。働かないわけではないのだが、なんといえば良いのか・・・財産を得ようとしない態度?ちなみに彼は26歳だ。すでに嫁さんをもらったり婿入りしていてもおかしくは無い年である。

彼自身嫁さんは欲しいような態度を見せてはいるのであるが、長男はすでに結婚しているというのに未だに親元の家から巣立つこともなく、親の脛を齧っているあたりがダメダメだ。と、祖父が語っていた。

ついでにいうと、彼と同年代の女性はほぼ結婚を終えており、彼が結婚したいといえば必然的に年下から選ぶことになるのだが、ドルーミときたら成人前の女の子にすら色目を使っておこうとする始末である。

盆暗に次いで年下趣味のレッテルも貼られた彼に、春が来る気配は見えない・・・


今も、一昨年成人を迎えたカーネちゃん(16歳美少女)にコナを掛けて見事に振られていた。もう少し空気を読めと、思わざるをえない。

大体、会話もしたことが無いであろう程の年齢差の女の子に、酒に酔いながらナンパしてどうにかなると思っているのだろうか?

それを見るだけで彼がモテナイ理由が垣間見える。

カーネちゃんに振られて、チッと舌打ちした彼はこちらにフラフラと歩いてきて、私の足元で寝そべっていたウィフを見ると、唐突に足を振り上げた。

「あっ!」と、声をあげる間も無く蹴り上げられようとしていたウィフは、すっと立ち上がるとバックステップで華麗にそれを避ける。

そして、ドルーミの背中側からウォルフが飛び掛り、彼の衣服を咥えるとドルーミを強かに投げ飛ばした。

ビターンと投げ飛ばされたドルーミを見て、思わず「ぶふっ」と笑ってしまったのは仕方ないと思いたい。なんというか、哀れを誘うかのような無様な喜劇だったのだ。


顔を真っ赤に染めたドルーミは立ち上がり、私の襟元を掴んで腕を振り上げたが、私の視線は俄然冷たいままである。おまえ空気読めよと言いたい。でも言わない。

何が起こっていたかなんて、証人はそこらじゅうにいるだろうし、私の座っているテーブル周りは音も無くシンとしており、それぞれがドルーミに冷めた視線を送っていた。

26歳大人、8歳の子供に殴りかかる!

・・・なんという格好の悪さ。

ドルーミも辺りの様子に気がついたのか、腕をプルプルさせて私を見ていた。きっと事態の収拾方法を悩んでいるのだろう。

やがて、ドルーミが

「おまえがお・・・」

何かを言おうとしたところで、頭をグワシと何者かに掴まれて彼は投げ飛ばされた。

「いよーう!祭りなのに肉が無いのは寂しいから、とってきたぜ!」

と、朗らかに現れたのは猪を引き摺ったギムリである。

後方からギムリの猟師仲間数人も、それぞれの獲物を持ちながら歩いてきていた。

俄然広場の雰囲気は盛り上がり「薪だ!薪もってこい!」と叫ぶ誰かや、その場で解体をはじめて「キャー」と喚く幾人の声があがったり、私の座っていたテーブル近辺は喧騒につつまれてゆく。

ウォルフとウィフは、ギムリに猪の心臓の肉を貰ってグイグイと奪い合いをしていた。

「災難だったな、ノルよ」

と、言いながら髭でジョリジョリしてくるギムリの行動を、祭りであるからという広い心で受け止める私であった。











なんとなく構想が浮かんだので書いてみた春の収穫祭編







[8853] 8歳の初夏
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/30 20:01


8歳の初夏



春の収穫祭も終わり、様々な草木が萌え始め、夏の始まりを感じさせる。
グリーングラスの香りが風に乗って漂い、やがてむせ返るほどの草花の匂いが溢れるのを予感させる。

私は夏が大好きだ。





水を汲みにいく必要が無くなった私は新たに仕事を与えられた。

薪割りである。

ノボセリの木を父が切り出して納屋に放置してあるので、それを割って燃えやすい大きさに切り分けるだけの作業であるが、特筆すべきことは私に鉈が与えられたということだった。

刃渡り30cmほど、幅8cmもの大きさの鉈は私にとっては重い上にバランスが悪く扱い難いものであったが、なんにせよ刃物を扱えるようになった点は大きい。

工作作業をするには勿論不向きであることは否めないが、あるとないとでは天と地ほど違うのである。

どちらかというと、刃物を持っても良いと認められた事のほうが嬉しかったというのもあるが。


父は、その鉈を力任せに薪に叩きつけて割っていた。流石大人である

むしろ膂力的な意味でディアリスに住む大人の体力は凄まじい。老い始めたとはいえ50代の祖父でも父と同じ事をするのは可能だろうと思う。

ギムリほどではないが、脱いだらすごいのだ。

男の割れた腹筋や、血管の浮いた上腕二頭筋など見ても嬉しくもなんともないが、同じ男として素直に筋肉は羨ましいと思わなくも無い。

ちなみに祖母はそれほどでもないが、母の二の腕の太さも現代女性とは比べ物にならないほど太い。

肝っ玉かあちゃんである。


私の場合は父のやり方をマネできるわけもないので、軽めに薪に鉈を振り下ろして薪の頭に鉈を咬ませたら、薪ごと振り上げて切り株に叩きつける方法を使っている。

薪の場合毎日行なう必要が無くある程度作り置きすることも可能なので、全体的な意味では自由時間は増えないが、一日中やれば10日分くらいは普通に作り置きしておけるので楽なものだ。

そうして余った時間を、レンガ作りに励んだり散策する時間にあてたりしている。

ちなみに粘土に関してだが、村中のあちらこちらで井戸を掘るために穴掘りをしているので、掘り出した土から粘土層の部分を貰ってきて井戸の近くに積んである。

陶器に合った土とかそんな細かいことは判らないので、主にレンガ用の粘土だが。

細かい砂利やなんかも含まれているので、丁度良い骨材になることだろうと思われる。

大きさは1:2で、1の長さは1ビット。縦に4分の3ビットの型枠を用意し、水と適量の砂を混ぜて練ったものを型枠に詰めて取り出したものを陰干しし、最後に木材を挟みながら積んで釜戸状にして焚き火して完成 ということにした。

窯で焼くことは不可能なので、これで妥協である。

幸い、できあがったレンガはそれなりの強度を持っているようだったので、特に問題は無いはずだと思う。

たまにトニとメルが遊びに来るようになったので、新しい泥遊びということにして手伝ってもらったりしている。

彼らは粘土を触らせた時の感触が気に入ったようで、ほかって置けばずっと粘土を練って遊んでいるのだ。

特に足で踏んだときの『ムニュッ』とした感覚がお気に入りのようで、粘土を踏んではニュルニュル遊んでくれる。

水を足して柔らかくしながら踏んでいる様子は、なぜかウドンの足踏みを髣髴とさせた。そういえば小麦もあることだしウドン作れないかな・・・と考えたが、醤油も鰹節も無いので諦めた。



子狼達は今日も元気に走り回っている。

私の目の届かない範囲に行くことはまず無いので安心であるが、近頃狩りを覚えたようで、どこからか野鼠やイタチに似た生き物を捕まえてきては私の前に置くようになった。

私に食えとでも言うのか・・・

とりあえず褒めてあげてから彼らに食べてもらう。丁度良いオヤツ代わりになっている。















ふと感想を見たら結構な数のレスがありましたので、初めてのレス返し!

銀のスープ様>頭脳は大人!体は子供!でも、基本はヘタレな日本人っぽい感じを目指します。


ガトー様他、短いと仰せの皆様>私の筆力だとこんなものですorz


TZRspR様>基本的に適当な感じで決めました!でも、情報が0の状態から何かを覚えるというのは、肉体的にはどうあれ精神的に大人ではツライ・・・という設定ということにしておきましょう!


沙様>自分でも見返してみると、描写不足が目立つような気がします。今後多めにしてみたいと思います。


阿波踊り様>支配階級は基本的に存在していない、もしくは主人公は知らない。ということにしておいてください、プロット無いですから!まじで!
最終的にどうなるかとか全く決まっておりません、私の指しだいです。


エゾット様>私もよく掘りました。こんもり山を作って水を流したりして、掘った穴に泥水を貯めてニンマリしていた子供時代であります。


nono様>幻流記は私も読んだことがあります、あれほどの発展はしません。というか普通に無理です、マンパワー的にも私の筆力的にも。
主人公の覚えている記憶というのは、基本的に『私が覚えている範囲で』ということにしていますので、科学とか化学とかそれほど齧っていない私では色々と無理があります


田中様>擬人化はしませんw


503様>内政物や戦争物って、最初から恵まれた立場すぎますよね。貴族とか王族の子弟とか。


浅井様>鉄器はそれなりに。必要な物は発展する そんな感じの世界です(主人公の見える範囲の世界。つまりディアリスにおいては)
陶器が発展する前に布が発展してそれを代用するようになり、穀物を狙う害獣がディアリス付近にはそれほど存在しなかった。という設定にしておきます(ちょw
今後、別の集落の話等もそのうち書くことがあるかもしれません。その時はその時で無い知恵絞って設定を改ざんしますw


子狼ファンクラブの皆様方>子狼可愛いよね、でもそのうち彼らも成長してツンデレに・・・!?とかは、私の指次第です。


応援してくださる皆様方>嬉しくて私の指が踊ります。ありがたいことです



そういえば未だに題名が決まっておりません。こういうのって、題名決めるの難しいですよね





[8853] 8歳の初夏 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/07/31 15:59

8歳の初夏 2


私には、知りたいことがいくつもある。

その中でも一番知りたいことは、ここはどこなのだろうか?と、いうことだ。

死んだはずなのに生まれ変わって生きている私は、今住んでいるディアリス近辺の植生や生態系、文化を鑑みるに、確実に私が生きていた地球の時代とは違うことは判っていた。

私が生きていた地球において、手の入っていない地域というものはほとんど存在しないといっても等しいはずであり、それならば何かしらの文化の接触が成されていないとおかしいし、ディアリスの様な気候も良く土地も悪くないのに人が少ないということも結論づける理由の一つである。

私が生きていた地球の過去の可能性と、すべてが滅び去った後に生き永らえた人間が復興しようとしている可能性。そして、ここは地球ではなく別の場所である可能性。

考えても仕方が無いことではある。どちらにせよ私が生きている場所はディアリスであることは間違いなく、私が生きていた場所に戻ることは不可能だろうと達観もしている。

私が何故ここに前世の記憶を持ったまま生きているかという不思議も、いつか知ることができれば良いなとは思うが。

基本的にネガティブだった前世の記憶もあるが、私はどちらかというと楽観主義だ。起こったことは仕方が無い、それに私はここの生活を気に入っている。

空気も美味しく、住民は朗らかで、その日の糧を得ながら自由に悠々自適な生活は、いつしか前世の私という記憶を持つ私という少年の遠い思い出として消化され、今を生きる私の糧となっているだけなのだ。




最近、トニとメルの双子は私の家の裏庭に毎日のように遊びにくるようになった。

今日も遊びに来て、粘土と井戸を掘ったときに余った土を使って泥団子を作って遊んでいる。

懐かしい遊びである、私の前世の幼少の頃は、如何に美しい泥団子を作ることができるか競争したこともあった。

湿り気を帯びた土を丁寧に丸めて、細かい砂で磨きながらひたすら丸く美しく光沢がある団子を作れるか。という遊びは、子供の頃の私を魅了したものである。

今日も今日とてレンガ作りに精を出していた私は、キリが良いところでそれを止めると、彼らと一緒に泥団子を作る遊びに参加していた。

3人で泥団子作りに熱中していると

「トニー!メルー!」と、叫ぶ声が聞こえてきた。

そうすると双子は立ち上がり

『おねーちゃーん』と、声が聞こえてきた方向に両手をブンブン振って答える。

そうしてやってきたのは、健康的に日焼けしたメリスという少女だった。

髪を首元で縛った尻尾がこちらに駆けてくる時に揺れていた。

綿で作ったパンツを履いて、胸元を長い布で巻いている彼女は、一目で成人していないことが分かる。

確か歳はノエルのひとつ上だったはずだ

ちなみに、男の子はパンツと腰元に布を巻く。夏は上半身裸でいることが多い。

彼女は現れるなり

「んもう。探したわよ?こんなところで何してるの?」と、言った。

「こんなところとは失礼な」と、苦笑しながら返すと

「ん・・・そうね、ってここノエルちゃんの家じゃない」

「そうそう、僕は弟なんだよ。僕はノルエン、大体ノルって呼ばれるからそれでいいよ」

「ああ、変わり者の弟だって聞いてるよっノエルちゃんに。私はメリス、よろしく」

姉も私からみれば随分変わっていると思うので苦笑いだった。

ウォルフとウィフは、初めて会う人にトニとメルの匂いと似ていることに気がついたのか、彼女の足元に座って匂いを嗅いでいた。

「あら、ウォルフとウィフだっけ?触っても大丈夫?」

と、言いながら恐る恐る手を伸ばしていた

「大丈夫だよ。・・・たぶん」

そう言うと「たぶんってなによたぶんって」と、言いながならウォルフの背を撫でた。

彼らは問題ないと判断したらしい。


「毎日服を泥だらけにしてトニとメルが帰ってくるから、私が何して遊んでいるのか見てきてってお父さんとお母さんに頼まれちゃったの。それに、いつも楽しそうにしているからお父さんもお母さんもあんまり叱る気になれないみたいでさ」

「あー・・・確かにいつもドロドロになるくらい遊んでるね」

「うん、洗濯するのは私じゃないからいいんだけどね。それで、なにしてるの?」

「泥で団子つくって遊んでるね、今は」

「泥で団子?面白いの?」

そう言いながらトニが作っていた泥団子をヒョイッと手に取ると、団子を持った手をくるくると回しながらそれを観察していた。それをトニがジャンプしながら「かえしてー」と呼びかけていた。

その時、彼女は団子を手から滑らせて落としてしまった。

私と彼女は、その瞬間そろって「あ」と、呟いたが、無常にも泥団子は元の形状を保つことなくグシャリと潰れてしまった。

・・・沈黙である。

はっ!と気がついてトニを見ると、その目元にはこんもりと涙が貯まり始め

「おでぃじゃんがおどじだぁぁぁぁぁぁ」と叫びながらワンワンと泣き始めた。

メルもそれに釣られたように目元がウルウルしはじめている、ウォルフとウィフは泣き声に困惑したのか、トニとメルの周りをクルクルと回っていた。

「あー・・・」と呟きながら彼女をみると、若干引きつった顔で困惑していたが

「ご・・・ごめんね?お姉ちゃんが同じの作ってあげるから許して?」と、トニとメルをあやし始めた。

スンスンと泣きながらそれでも泣き止みはじめた双子の背を撫ぜながら

「それで・・・どうやって作るの?」と、聞いてくるので

「それじゃ、見てて」と、言いながら泥団子をはじめから作るところを彼女に見てもらうことにした。



その後、泥団子同士をぶつけて割ったほうが勝ちというルールの遊びを始め、彼女の作った泥団子を粉砕したところ、彼女がトニの為に作った泥団子で勝負を仕掛けてきたが見事に私の作った泥団子が崩し、またトニが涙目になるといった一幕があったり、逆上した彼女が何度も団子を作っては勝負を挑んできたりという事があったが、省略することにする。

最終的にトニとメル以上に泥だらけになった彼女が、帰ってから両親に怒られたかどうかは、私が知る由も無いことである。









[8853] 8歳の夏
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/01 22:11



8歳の夏 


コツコツとレンガを作り貯めてきたのだが、気がつくと約600個ほどの量が出来上がってしまっていた。

裏庭に作り貯めてあるそれを眺めるのは壮観である。高さ1キュビットを越えるレンガで造られた山が二つ。どどんと鎮座しているが、なぜこれほど作ったかというと・・・窯を作るのが面倒でレンガ作りに逃げていたというのが正しい。


窯を作ると簡単に言っても、もちろん薪を燃やす以上煙がでることは当たり前であり、家の近くにそれを作るのは憚れる。

様々な点を考慮して、窯を作る場所はもう決めてある。家の裏手を出ると、我が家で開墾した畑が広がっており、その畑を越えた先にムージ林の丘がある。その丘のなだらかな傾斜を利用して上り窯を作ろうと思っているのだが、窯を作るといっても整地する必要があるのは当たり前だというのは分かってもらえると思うが、それが面倒なのだ。

井戸を掘ることで、恐らく数年分は穴掘り力を消費したと思っている私は、穴を掘るという作業が億劫なのだ。

ちなみに、穴掘り力というのは畑を耕す事とは別である。畑を耕すことは生産力に直結するが、井戸を掘るにしても窯を作るために掘るにしても、結局のところは私の趣味の範疇を越えないのだから。

ムージの木は、杉に良く似た真直ぐに生える針葉樹である。高さ10mを越えるものも少なくはなく、屋根材として使う木の皮はこれから採取されたものだ。杉と違うところはその繁殖方法。種の入った殻が長くて重くて先が尖っていて、春頃になると落ちてきてその重さで土にぶっささり、そこから根を張るところである。

こういう植物はマングローブの種類に多く、泥炭土の比較的地面が柔らかい所に根付くもののはずなのだが、このムージの木の種はそのありえないほどの大きさによる重さで無理やり地面に刺さるのだ。危険極まりない。春のムージ林は野生動物すらそうそう近寄らない危険地域である。

危険といっても、ムージの木の下に行かない限りは当たることもないし、1つの木が1年で1つしか種をつけないので一度落ちてさえいればそれほど危険ではない。

1年に一つしか種を作らないとは非効率的な、と思うかもしれないが、実際この種は重さ30kgほどにはなる。長さ半キュビット、つまり60cmほどの種は、ほぼ確実に地面に刺さるのだ。そして刺さった種が根を伸ばしそのまま木に成長する。逞しい木である。


話を戻そう。窯を作ろうと決めたのはムージ林の一角。そこは前年に新たに家を建てるために伐採した跡地であり、ちらほらと切り株が残っている場所だった。

ムージの木は真直ぐなので梁を作るのに適している。相応の量が伐採された跡地は、開墾するのに適していたということだ。切りやすい場所を選んで伐採されていたために、そこはムージ林の端であり、その横は平地ではないがこれまでに伐採された後で何もなく、物資を集積する程度の広さもあって都合が良かった。

これからの作業を考える。

まず、邪魔な切り株を掘り出さなくてはならない。

窯を据えるために整地しなくてはならない。

とりあえずこんなものだろうか?窯を作るためのレンガは相当量確保していると思っているが、窯ができるまでどれほどの日数が必要なのか先が見えなさすぎて困る。

例えるならば、夏休みの宿題に似ている。

どちらも共通項は、やりはじめるのがツライということだ。

毎日少しずつコツコツとやる人はまずいないだろうと思う。そして最初に手につけるのが早かろうが遅かろうが、膨大な量のやらなくてはならない事に対して一歩目を踏み出すことのなんたる難しいことか。判る人も少なからずいるはずだ。

意味もなく目的を決めて窯を作ろうと思い立ったことを私は後悔していた。

とりあえず、切り株を掘り出すことからはじめることにしよう・・・。

そうして私は、窯作りのために第一歩を踏み出したのだ。



私が切り株を掘り出している間、ウォルフとウィフは林の中に入り込んで遊んでいる。ムージ林の近辺は、危険な動物は巣を作ることもないので割と放置気味である。

たまに何かを捕まえて私のところに持ってくることは変わらないが、大物も捕まえてくることもたまにあるようになってきた。そういうときは我が家の食卓にお肉が追加されるようになって嬉しい。

最近の彼らは、生肉も好きだが焼いた肉のほうが好きらしいことが分かった。

私のところに持ってきていたのは、焼いて欲しかったのだろうか?と、思い悩む日々である。








[8853] 8歳の夏 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/02 15:33



8歳の夏 2



井戸掘りの時から愛用していた木の棒がご臨終を迎えた。

硬さも重さも手回しの良さも私の身長と体力にベストフィットしていたその木の棒は、切り株を掘り返そうと梃子の原理を利用して体重を掛けていたときに、ボッキリを中ほどから折れしまったのだ。

今までありがとう、木の棒。


さて、問題は新しい掘削用の道具である。

その辺の木材を拾ってきてそれらしく加工するのは鉈を手に入れた今となってはそれほど難しいことではないが、今まで使ってきたその木の棒を扱いなれた今となっては同じ形状の別のものを用意するのも憚られるというかなんというか。

ぶっちゃけそれが折れたと同時に私のやる気も折れてしまっていた。

言うなれば、宿題をやってる途中で「宿題をやりなさいよ」と言われて、やる気が萎えるような水入りがはいったような感じである。

今は掘りたくないでござる!土を触りたくないでござる!



そして私は今、川にいる。


夏も真っ盛りで、暑い日には水浴びを心ゆくまで堪能するのも良い気分転換になると思ったからだ。

薪割りを終えて納屋から釣竿を取り出して裏庭に出ると、トニとメルが遊びにきていた。

最近彼らは我が家に遊びに来ることが多い。むしろ毎日来ているから暇を見つけては相手をしてあげている。

私が切り株を掘り返したりして労働している間に、ウォルフやウィフを相手に遊んでいることも多い。下手すると私も一緒になってなにかしら遊んでいることも多いので、窯を作る作業は一向に進まない。

特に急ぐ作業でも無いし、時間はいくらでもあるのだ。1年がかりでやったとしても、誰も文句は言わないし、言わせない。私が受け持っている仕事は、全部終わらせてから遊んでいるのだ!窯作りは遊びではなく作業だが、何をやっているか理解されていない以上一人で遊んでいるのと変わらないし。


私が裏庭に出ると、釣竿を持っているのをみつけて

『おにいちゃん川にいくのー?』と、トニとメルが聞いてきたので

「今日は暑いしね、釣りもするけど水浴びがしたい」

そう言うと

「ボク(アタシ)もいくー」と言って、彼らの家の方向に駆け出した。

それを追ってウォルフとウィフも駆け出したので、私もついていくことにする。川からは遠のくが、未だ昼前だったし時間はあったので問題はなかった。

日差しが強いので、いつも腰に巻いている布を頭に巻いて、簡易バンダナ代わりにして日差しを多少緩和させた。

畑の横のあぜ道をのんびりと歩いていると、やがて彼らの家が見えてきた。

言うまでも無いが、私はほとんど全ての家の位置は把握している。位置を把握しているだけで、誰が住んでいるとかはある程度しか知らないが、トニとメルの家は日が暮れるほど遊んだ日は送ってゆくので知っているのだ。

彼らの家に着くと、トニとメルはウォルフとウィフとじゃれていた。

どうしたものかと「いかないのかー?」と聞くと、家の玄関からメリスが出てきた。

「川いくんだってー?心配だから私もいくよー」と叫ぶと、家の中に引っ込んでいった。

まぁ人数が増えたところで問題も無いので、釣竿を置いて狼弄りに参加する。

最近教え込み始めた伏せと待てを練習させていると、玄関を開けてメリスでてきたのだが、その後ろに2人女の子がいた。

一人はカルトで、もう一人はレテルという娘だ。

その子は確か現在、ディアリス未成年層女の子グループのリーダー的な子だったかなと記憶している。

彼女らをぼんやりみていると

「彼女達も一緒に行くってさ」と、メリスが言った。

まぁ人数が増えたところで特に問題も無い。「それじゃあいこうか」と言って、川に向かって歩き始めたのだが

道すがら会った女の子達がどんどん参加を表明し、ついでにノエルも参加して、川につく頃には女の子12人という人数に膨れ上がっていた。

女の子リーダー恐るべし。である。ディアリスの未成年の女の子の半分近くが集まっている計算になる。


なんだこれ?と、思いながらまぁ集まったものは仕方ない。

比較的浅瀬の流れが緩い場所に着くと、彼女達は思い思いに寛ぎはじめたので、私はまずウォルフとウィフのごはんを確保するために川を少し上り、カバンから糸と毛針を出して取り付けると竿をしならせて投擲した。狼達は姉が面倒を見ているはずだ。


およそ半刻ほどで6匹のボーラタを釣り上げた私は、カバンから麻紐を取り出してボーラタの尻尾を縛って持ち運びしやすくして、お腹をすかせているだろう狼達や双子や女の子達がいる場所に戻ると、果たしてそこは桃源郷であった。男の子的な意味で。

下穿きは流石につけているが、それ以外は裸身になった女の子達が水場でパチャパチャ遊ぶ様子は、私は兎も角成人したてや直前くらいの男の子からしたら覗かずにはいられないだろうと思われるほどの空間であった。

だがしかし、私は年齢的な意味でも中の人的な意味でも彼女達はボークボールもいいところである。

可愛らしいとは思うが、性的興奮は全く起こらなかった。

まな板娘が沢山いるなぁ。と、思っただけである。


「ウォルフーウィフーごはんだぞー」と言うと、ノエルと数人の女の子に体を洗われていた狼2匹が飛び出してきた。

浅瀬から出て、私のいる丸い石がゴロゴロとしている足場につくと、フルフルと体を震わせて水気を飛ばし(私にも幾分かかった)後ろ足で立って『ごはん♪ごはん♪』と、喜ぶようにジャンプしている。

そのまま2匹が体重をかけてきたので、私は尻餅をついてしまった。下は丸いとはいえ石である。すんごく痛かった


麻紐からボーラタを外し彼らに与えてやると、ガツガツと食べ始めた。肉は焼いたのが好きだが、魚は生でも良いらしい。

女の子達はあまり裸であることを恥ずかしがろうとはしなかった。ここにいる男は、私とトニだけであり、トニはまだ5歳だし私も未だ8歳であることもあるのかもしれないが、私が興味を持った目で彼女達を凝視しようとしないというのもあるかもしれない。

私も水浴びをしたかったので、ウォルフとウィフが食べ終わるのを待ってからパンツを脱いで彼らと浅瀬に入っていった。もちろん下穿きは履いたままである。

トニとメルは他の女の子達が面倒を見ているので、私の腰程度まで川に漬かれる場所に座ると、ウォルフとウィフにもお座りをさせて水を掛けながらノミがいないか彼らの毛を梳いたりしていると、ふっと影がさした。そちらを見るとカルト嬢が微笑しながらこちらを見ていた。

「どうしたの?」と、彼女に聞くと

「私にも触らせて」と言うので、彼女にはウィフの方を任せてみることにした。

私の隣に座って、ウィフに水を掛けながらワシャワシャ洗っている彼女を横目に、私も同じことをしていると、唐突に彼女はこんなことを言い出した。

「あなたぐらいの年頃になると、男の子は女の子の体の事が気になってくるみたいだけど、あなたはちがうのかな?」

返答に困るセリフである。

私は、未成年の男の子のグループに属したことが無いので、彼らが普段何を思っているかは知らないし、私自身は彼女達の裸にあまり興味は無いのは確かであるので。

「興味はないかな」と、答えると

「ふぅん」と言って、ウィフを洗う作業を続けていた。

カルトは未だ発展途上中の少女なのだが、年齢的に見れば膨らみかけの胸はその他の女の子と比べれば育っているほうであるのは分かる。どちらにしても、ムムルのような豊満な女性を知っているので何かを思うところは無いが。

ウォルフもウィフも、じっと座って洗われている。とくにノミやなんかもいなかったので、ヨシ!というと、彼らは同時に立ち上がり体を震わせた。川の中なので意味は無いような気がするが、ブルブルピチャピチャを跳ねる水滴が、私とカルトの顔や上半身に襲い掛かり

「うわっ」「ひゃっ」と二人して声を上げ、顔を見合わせて笑った。

その声に別の場所で遊んでいた双子や女の子達も集まってきて、『どうしたのー?』と聞かれたので、私と彼女は顔を見合わせると『なんでもないよ』と言いながら水を掬って集まってきた彼女達に浴びせかけた。

途端にはじまった水掛け遊びは、彼女達の嬌声とウォルフとウィフの吼え声で盛り上がり、私は体力が尽きるほど遊んだ後、乾いた石の敷き詰まった河原で日光浴を楽しんで帰還した。

とてもよい気分転換になった夏のある日の出来事である。








構想が浮かんだのは川に行かせて見ようと思っただけだった。
3時間打ち続けていたら、いつのまにかキャラが動いていた。
私は何を主人公にさせたいのかわからなくなったw


以下、返答返し

浅井様>それなりの職人はいるという設定です。釣り針をどこから調達しているの?っていう謎はそこにあったり。そのうち登場することでしょう。むくつけきオッサンフラグが立ちました!(ピキーン


レゴ様>タイトルは色々踏まえて近日中に考えたいなあと思っています。文の長さは、その時の気分次第なので皆様方は私を罵倒したりするとMな私は喜んだり喜ばなかったり。落ち込んで書かなくなっても知らないよっ


龍の天麩羅様>感想を書かないのが真のどMだ・・と・・・?毛針のことは初出でやるべきだったかもしれませんね、毛皮に関しては、母や祖母がうまいことやった!とかいう設定ということにしておきましょうか!(ちょw

荒城乃月様>燻製や炭に関しては構想的には可能だろうと考えてはいたのですが、言われちゃうとやりたくなくなるのが私クオリティ。やるかもしれないけどやらないかもしれない。そんな感じで今後ともよろしく。

このよの様>その辺りのサジ加減が難しいかなぁと思っているところです。


灰原聖志様>この物語は戦争物ではありません。


他応援してくださる皆様方>適当にがんばったりします。



[8853] 8歳の夏 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/03 00:38


8歳の夏 3


切り株を掘り返し続けて早1ヶ月。粗方切り株を取り終えて、もう数日もすれば整地作業に移れるだろう。

そう感慨にふけっていると、トニとメルがムージの種を抱えて私のところに持ってきた。

ムージの種は、夏になるとオヤツ代わりにもなるのだ。

春先のムージ林は危険だし、春に種をもってきても美味しくいただくことはできないのだが、夏ごろの種は程よく中身が熟成しているというかなんというか。

濃厚な甘味のこってりとした果肉が味わえるのである。

ムージの種の殻は、かなり頑丈で下手な動物の牙でもそうそうこじ開けることは適わないのであるが、開け方を知っている人間にとってはそれほど困難なことでもない。

クルミの殻のような殻と殻をくっつけたような構造をしており、成長すると内側から殻をこじ開けて成長するムージの種は、継ぎ目に沿って刃筋を当て、薪を割るように何か硬いものに当ててやると割合簡単に半分に割れてしまうのだ。

春先はまだ甘味も何も感じないのだが、果肉のデンプン質が時間を掛けて糖に変換されるのだろうと推測している。

つまりこういうことだ、春に落とされたムージの種は、時間を掛けて中身のデンプン質を糖に変換し、それを使って種が成長。やがて殻の体積よりも成長した若木は、その圧力で殻を割って日の目を見る。

ノボセリの木が、その異常な成長速度で生存競争を勝ち取ったのとは別に、ムージの木は若木が確実に成長しやすいように、ある程度の成長が成されるまでは殻で身を守るようになった。そういうことなのだろうと思う。

どちらにせよ、人の手によって利用される点は似たようなものだが、まさか彼らの発展をある程度制御してしまえる人間という種族が現れるのは想定外だったに違いない。

もし、彼らが感情を持っていたとしたら。



彼らが抱えて持ってきた種に、鉈を当てて半分に割ると、スイカのような瑞々しい匂いが感じられた。

半分に割れると果肉がみえる。白っぽい概観をしたそれは、感触的にはドロッとした感じだ。

水に漬けた片栗粉のようなものを想像してみるといい、触感はそれにとても良く似ている。

指ですくっても零れ落ちることが無い程度に粘度も高いその果肉は、口に運ぶとサラリと溶けるのだが甘味は濃厚で、肉体労働の途中に栄養補給にするのに申し分は無く、私の疲れを癒してくれるようだった。


掘り出した切り株は、乾燥させれば薪にすることもできるので、掘り返した後に固めて放置してある。

雨が降ったら乾燥もなにもないので、本当なら雨の当たらない場所に放置するべきなのではあるが、切り株といっても掘り出したそれは結構な大きさと重さであり、私の力では少し引きずるくらいはできるのだが、持ち運ぶのは到底無理なのだ。

人間何事にも諦めと妥協が必要である。というのは、前世の父のセリフであった。

私もそれに習い、切り株を運ぶことを早々に諦めて、適当に放置しているのだ。


さて、問題は整地である。

窯を据えるとしても整地は必要であることは当たり前であるし、整地するなら地面をある程度硬く固めたいものだ。

そうすると今あるものでどうやるかを考えるに、必要な物は木槌くらいだろうか?

何か木の板でも地面に置いて、その上から木槌で叩けばある程度地面を締めることも可能だろうと踏んだ。

なんにせよ、遊びでやっていることである。きっちり寸法をとって作るほどのものでもないだろうと妥協した私は、トニやメルと共にムージの果肉を味わいながらボンヤリとそんなことを考えた。








えらい勢いで回るPVカウンターにドキドキ

ムージの種の補足と、窯作りの経過の話。

次で20話とキリがいいので、次投稿するときは投稿掲示板のほうに移そうかなと考えてます。





[8853] 8歳の夏 4
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/03 15:30


8歳の夏 4



最近釣針のストックが心細くなってきたと思っていたところに、鍛冶親方達が帰ってきたという話を聞いて、いつも釣針を作ってもらっている工房に顔を出すことにした。

朝食を終えて川に釣りに行き、狼達のエサを与えてそのまま鍛冶師達の仕事場である工房に向かう。

工房はディアリスの中心区から少し離れた場所に建っている。

纏わりつくように私の体にその体を摺り寄せてくる狼達をあやしながら歩いていると、やがて工房が見えてきた。

工房に隣接して繋がるように立てられた倉庫に、鉄鉱石を積んだ4輪の台車が2台置いてあった。

倉庫側から工房に入ろうと思い倉庫に入ると、幾人かの笑い声が聞こえてきた。おそらく酒盛りをしているに違いない。

ディアリスの鍛冶師達は、年の3分の1ほどはディアリスにいない。

川を渡って西に数日進むと、ディアリス近辺の気候とは一変して赤土の荒野と呼ばれる地域になる。文字どおり赤い土が広がるサバンナのような気候らしいということは聞いたが、そこに入ってまた数日進むと赤黒の岩山と呼ばれる場所がある。

そこで鉄鉱石を採取することができるそうなのだが、鉄鉱石を掘るために数人係りでそこまで行き、掘り出した鉱石を運ぶ。

つまり彼らは、鉄鉱石が無くなるたびに掘りにいかなくてはならず、鉄鉱石に含まれる鉄分の含有量も1割含まれていれば良いほうだというが、毎回何百kgという量を持ち帰ってくるのだ。

釣り針も様々な鉄製品を加工した後のくず鉄を分けてもらって作ってもらっているというのに、あれば便利だろうと思う道具を作るにしても、少ない鉄を私が思うような道具を作ってもらうために分けてもらうというのは心情的に憚られるので、彼らにそれを作ってくれと打ち明けにくいのだ。

工房に入ると

「おっノルエンじゃねーか!今日も釣り針作って欲しいのか?」

と、シアリィの入っていると思われる木のジョッキを掲げたモルドという男が声を掛けてきた。

彼は鍛冶師を纏める親方である。

荒野を歩いてきたためか、赤黒く日焼けした体は、ギムリにも負けないほどの筋肉が張っており、これで御年53歳という年齢が信じられないほどに漲る覇気が、凄まじい威圧感を感じさせるハッスルジジイである。

彼に続いて「おーす」やら「ワッハッハ」やら言っているのは、モルドと同じく鍛冶師のキープ(42)とダルセン(38)。彼らもモルドには劣るものの、その鍛えられた肉体はそこらの一山いくらの男達に負けぬほどの力強さを感じさせる。

ぶっちゃけ暑苦しい集団である。彼らに囲まれると、あまりの暑苦しさになぜか汗の匂いの幻臭が感じられるほどに。

彼らの後ろでヒョイッと片手を上げたのはテグサ(21)シアリィのジョッキを傾けたまま、片手で挨拶する彼は、鍛冶師の中では一番若い。

あと一人、ミケーネという人もいるのだが、彼は昨年結婚したばかりのうえ、鉄鉱石採掘に行っていた間に奥さんが出産しているので、恐らくそちらについているのだろうと思われる。

彼らに追加の釣り針の作成をお願いして、今回の鉄鉱石採掘の話を聞いてみることにした。

すると、荒野を横切る際に野牛を仕留めてそれを皆で食べたはいいが、テグサが内臓の処理が甘かったとかでハイエナの群れに囲まれて焦った。とか

グーシャナという馬鹿でかい生き物の群れが行進していて、半日その場で立ち往生したとかいう話を聞いて盛り上がった。

彼らの話は、ディアリスから遠出をしたことが無い私にとってはとても面白い。

彼らは私が来る前から酔っ払っており、呂律は怪しいしその話が真実かどうか分からない部分もあるが、それでも楽しめる話を聞けたことに満足しながら、ふと横目で鉄を精錬する炉を見て思いついたことがあった。

1回の採掘で、数百キロの鉄鉱石を運んでくる彼らであるが、300kgの鉄鉱石を運んだとしても30kgほどの鉄にしかならない。

もっと人数がいれば、持ち運べる量も増えるのだろうが、ディアリスの人口を考えるに恐らく数年以上先にならないと人の数は増えないだろうし、鍛冶師の人数も増えないだろうということが考えられる。

ならば、精錬を鉱山近くで行い、鉄だけを持ち帰ることは不可能なのか?ということである。

それとなく聞いてみると

岩山で鉄を抽出することができれば、そりゃ持ち帰ることは可能だが、炉を作るのに適した材料が取れない。ということだった。

荒野の辺りは、岩山から湧き水が出ているので飲み水に困ることは無いが、土がザラザラの荒い目のものらしく、草は生えているが木が少ないために燃料にも困るということらしい。

それを聞いて考えを纏めていた私は、思いつく事があった。

レンガである。耐火性に優れ、規格がある程度統一して作られているために炉を作るのに適しているのではないか?

問題は燃料だが、それこそ行くときに薪を大量に運べば、ある程度の作成も可能になるだろうと思う。

そこで私は

「モルド爺さん、ちょっとウチに来て?」

「なんだ?やぶからぼうに。あとジジイいうな」

と言うモルド爺を引っ張って我が家の裏庭に連れ帰った。

裏庭に積んで放置してあるレンガを一つとって、モルド爺さんに渡し

「これ、炉を作るとしたら使えないかな?」と、聞いてみると

酔っ払って赤ら顔だったモルド爺は、それをコツコツと叩いたりその辺りに落ちていた石を拾ってガンガンと叩いてみた後に、真剣な顔をして

「ちょっとこいつ借りていくぜ」といって、そのレンガを持ったまま引き換えしていった。



太陽が中天を超え、私が薪を割りながら過ごしていると、モルド爺さんが現れた。

日焼けで真っ赤なその顔は、酔っているのかいないのか傍目では分からないが、その目は真剣で

「こいつをどうやって作ったんだ?」と、積んであるレンガを指して聞いてきたので

粘土を練って型枠にいれ、それを陰干ししたあとに焼いたもの という説明をすると、腕を組みながらその製法を聞いていたモルドは

「もしかしたら作れるかもしれんな・・・」

と、呟いた。

「作るならこれ持っていっていいよ」と、積んであるレンガを指して言うと

「じゃあ貰う」と、答えたモルド爺さんに

「炉を作るにしても、一度こっちで作ってみるでしょ?作るところ見学していいかな」

と、聞くと

快く了承をもらえたので、近々炉を作るところを見学して、窯を作るときの参考になれば良いな。と、思い私も嬉しかった。



もしも炉を作ることができたのならば、ディアリスに回る鉄製品の量もきっと増えることだろうと思う。

しいては、私が欲しい道具を作る分くらいの鉄も確保できないものだろうか?と、幾分腹黒いことも考えている私であった。










布告通りにチラ裏からオリジナル板に場所移動しました。




[8853] 8歳の夏 5
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/04 10:57



8歳の夏 5



朝食も済み、朝から燦々と照る太陽光に今日も暑くなるだろうなぁと思いながら井戸から水を汲んで顔を洗っていると、台車を引いてモルドさん他鍛冶師達全員が来た。

「おーう!貰ってくぜー!」と、モルドさんは私に言うと、残りの皆にレンガを積み込むよう指示をすると私の方に近寄ってくる。

「おはよう坊主」と、言うと

井戸を見て変な顔をした。

「なあ坊主、おまえさんが最初にこれを掘ったと聞いたんだが、なんで掘ろうと思ったんだ?」と、聞いてきた

モルド爺さん達は、私が掘り終えた頃は鉱石採掘に赴いていたので、井戸が掘られるようになった経過等は知らなかったらしく、鉱石を掘り終えて久しくディアリスに戻ったら、水を汲みにいく必要が無くなる井戸を掘るための穴がチラホラと掘られていることにコレはなんだ?と疑問を覚え、そこで聞いて初めて井戸を掘るという話を聞き、さらに最初に掘ったのが私ということも聞いて、レンガを貰いに来るついでにその話を聞いてみようと思ったということらしい。


返答に困った。勿論、井戸を掘るために掘ったのだが、井戸を掘るという概念はディアリスには無かった。

かといって、掘れば水が出るなんていう発想は、誰から教えられたものでもなく前世の知識からのものであり『私は前世の記憶があるのです』なんて言っても、ディアリスより進んだ技術の話をしたところで、信じる信じない以前に再現が不可能なものばかりであることもあるし、何故ディアリスよりも進んだ知識があるのか?とか、進んだ時代のテクノロジーを、何故進んでいない技術の時代の私が知っているのか?といった疑問を抱かれたら、答えるすべを持たないので、それを言うのは脳内議員満場一致で却下である。

未来が前世という前代未聞の事態の上に、前世って何さ?という疑問にも答え難い話だ。どう考えても頭おかしいんじゃないか?と、思われるだけなのがオチになることは考えなくても分かる事態に陥るのは、馬鹿でも分かる理屈だろうと思う。

そこで私は

「水って、地面に染み込むから、掘れば水が溜まってる所があるはずだと思ったの」

と、子供らしい回答を述べてお茶を濁す。

未だ8歳児だからこそできる力業である。子供の発想は時としてすごいという話に持っていければ、変な子供だと思われる程度で済むだろうという魂胆だ。

例え技術革新が行なえる程度の知識を持っていたとしても、圧倒的に足りない人的資源という現状において、何か大業な事を為すのは不可能なことが多いと認識しているのもあるので、知識を伝えるという行為はできるだけしないことにしている。

もとより変な子として大多数に認識されていると認識している私は、さらに変な子という認識がつく程度ならもはやなんら痛痒に感じないのである。

・・・ちょっと心は寂しいが。


モルド爺と話をしていて分かったことは、工房の近くにも井戸が欲しいという事と、ディアリスでも12箇所ほど穴が掘られたが、今のところ井戸として使えるようになった穴は4つしかないということ。ついては、水が出る場所が私に分からないか?という話だった。

できれば協力してあげたいのは山々なのだが、その方法がダウジングである。

木の枝もって、適当に歩いて、ここを掘れ!

なんて言ったところで、私自身それが本当にでるかどうかも分からないという有様。

万が一水が出たとしても、ダウジングを指して何をしているか?と聞かれても、これまた返答に困ること請け合いなので「わからない」と、すっとぼけておいた。

どうせならコルミ婆ちゃんやカルトのようなピエフに占ってもらえばどうか?と、言っておく程度である。

勿論、ピエフだからといって水が出る場所を占うことが可能かどうかなんて私は知らない。まさしく丸投げである。できないといわれても私は知ったこっちゃないのだ。


後は、レンガを積んで整形していく際に、レンガの間に粘土を緩衝材兼接着剤として使ったらいいかもしれないという話を、それとなくモルド爺さんと話をしていると、レンガを積み終わった4人がモルド爺に終わった旨を呼びかける。

「なんにしても、井戸があると便利だよな」等とブツブツ呟きながら、彼らと引き返していくモルド爺を眺めた。



台車をえっちらおっちらと引いている4名を先導して帰っていく彼らが、目の届かなくなってきたので、顔を洗っていた最中の私は水の入った桶を移動させようとして持ったときに

「あ・・・」と、重大なことに気がついた。


すなわち、窯を作ろうと作成しておいたレンガが全て失われたという事である。

陰干ししていて、火を入れていない分はまだ残っているが、どちらにせよ雀の涙程度の量であるし、レンガを作るにしても、井戸掘りで余った土から奪ってきた粘土も、最初に集めたときから見れば半分以下の量に減っていた。

取り落とした水桶からバシャーと水がこぼれ、私の近くにいたウォルフとウィフの足が水に漬かって「ヒャウン」と鳴いた。

呆然としていた私は彼らの声に我に帰り、どちらにせよある分だけ作って、足りなければ後の事は後で考えようということにして、その日からレンガ作りにさらに精を出す日々が始まったのであった。






[8853] 8歳の秋
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/04 21:52



8歳の秋



鍛冶工房での炉作りを見れたことは僥倖だった・・・が

初めて使うだろうレンガを、うまいこと組み合わせて成形された炉は、それまで使っていた炉と比べて遜色なく使えるということでモルド爺他の鍛冶士たちにも好評で、これはこのまま使うから、鉱山で炉を作る分のレンガも作れや坊主 というありがたいお言葉をいただき、窯を作る分にとっておこうと思っていたレンガも彼らに譲ることになってしまい、涙目の私であった。

粘土が足りなくなるという懸念は、モルド爺さんが川を上ったところに土の露出している所が在り、そこにいけば私が使っていた粘土に似たものがいくらでも取れるので取ってきてやるというモルド爺の一声で、今後の粘土不足を嘆く心配は無くなったようだ。

恐らく、断層が露出している場所があるのだろうと思うが、私はそこに連れて行ってもらえないそうなので、大人しくモルド爺さんが粘土を持ってきてくれるのを待つしかない。


レンガを毎日作っていたら、いつのまにか秋になっていた。

夢中になると日が経つのも早いもので、空を見上げれば空が高く感じられる。夏の積乱雲が流れ行く様を眺めるのも良いが、秋の霞んだような雲を眺めるのも悪くない。

夕方になると、霞んだ雲に夕日の色が映えてとても美しいと感じる。

前世を生きていた頃、こうやって夕日を眺めるというゆったりとした時間はとれていただろうか?忙しい日々に流されるように生きていたあの頃とは違い、様々な自然をダイレクトに感じられる今は、とても幸せであると感じるのだ。



それは兎も角、粘土がもう無くなった。

爺さんが早く作って欲しいというので毎日せっせと作成して、気がつけば500個ほどのレンガが裏庭の隅に鎮座している。

せっせと作ったコレも、モルド爺さんに持っていかれてしまうので、私の窯作りはさらに遠のいた。

窯を作ろうと整地した場所も、レンガ作りのために放置したためか今では草が生えてきてえらい有様である。

どんどん理想から遠のく現状に、どことなく悲しみを感じないことも無いのだが、昔の偉い人曰く「回り道ほど近道である」という意味の分からない言葉でもって納得しておこう。・・・納得するんだ!俺!仕方ないじゃないか、必要な所に必要な物資を流すのは当然のことだ!たぶん・・・きっと

夕日をバックに背中が泣いていた。と、夕飯ができたので呼びに来た祖母にが、食事中に家族(私を含む)に語った。



次の日、粘土の催促に工房に向かうと、倉庫に粘土が積まれていた。

「こんにちはー」と挨拶をして工房に侵入すると

それぞれ皆から「おーう」やら「うーす」等、なにやら体育会系の挨拶が返ってきた。流石鍛冶師、体力仕事だけはある。と、意味不明な感想を抱いていると、入ってきた私の後ろからモルド爺さんが現れて私の頭に手を置くと、グリグリとこね回してきた。

毎日ハンマーを持って鉄を叩く爺さんの手は、幾重にも重ねられたマメが硬質化して、その掌には柔らかさを感じる要素がほとんど見受けられないわけだが、そんな手で頭をこねくりまわされると、頭を撫でられているという感覚ではなく、頭を擦られていると感じる。

軽石で頭を撫でられていると思えばいい、微妙に痛いのだ。

「よう坊主」と言ってくる爺さんに、粘土持っていって良いか?と聞くと

「もっていくのは構わんが、運べるのか?」と、聞いてきた

「え、運んでくれないの?」と、聞きかえすと

「ここで作ればいいじゃないか」という返答を頂く。

「こっちで井戸も掘れたし、水にも困らないだろ」と、続ける爺さんに

その発想は無かった、と思わず唸ってしまった。

というか、いつのまに井戸を掘ったのだろうか?と聞くと「ピエフに占ってもらった!」と、自信満々に答えた。

適当に頼んでみたら?と言ったのに、本当に水が出る所を占って見せたピエフ恐るべしである。今後、ピエフを見る目が少し変わりそうな話だ。

「レンガ作れる分は作って家に置いてあるけど、それを取りに行くついでに粘土も置いてこればいいんじゃないの?」と、言うと

「お!それじゃ貰いに行かないとな!」と言ったモルド爺さんは、台車を引いて日陰になっている倉庫の東側に台車を傾けるとドバーと粘土を空けてしまった。

私はそれを見ながら「あぁー」と心で嘆いた。これでここでレンガを作るのが確定である。別段家でレンガを作る理由はほとんど無いといってもいいが、善意でここで作れば良いといってくれているに違いないモルド爺さんの心意気に、反論する材料も無い。

あえて言えば、工房まで作りに来るのが面倒くさいといった程度である。あと、トニとメルに会う機会が少なくなるくらいか?

やっちゃったものは仕方ないので、私は諦めた。前世の父曰く「諦めこそが人生である」・・・あれ?なんか違ったかな?

工程がひと段落したら、皆でレンガを取りに行こうか という話になって、私はもう帰っても構わないかな?とは思ったのだが、暇つぶしを兼ねて彼らの作業を見物することにした。


鉄の塊を熱しては、ハンマーで叩くダルセンを眺めていたときに、その火元を見て疑問に思った。使われているのは炭だったのだ。

ディアリスでは、炭は作られていないはずである。

大概の場所を散歩と称して徘徊している私は、ディアリスのどこでどんなものが作られているかは大体把握しているし、炭焼きをしている人がいるのなら知っていなければおかしいのだ、炭焼き用の窯も見たことはなく、炭焼きが成されているのならいずこかで煙が昇ったりするはずなのでわからないはずもない。

おかしいな?と思ってそれを見ていると、モルド爺さんがそれについて教えてくれた。

ディアリスでは作っていないが、川を遡った所にある集落と交易して手に入れるという事らしい。

ディアリスでは作らないのか?という話もしてみたのだが、炭を作るのに適した原木がここら近辺では生えていないとの事。

なので、ディアリスで取れた作物、穀物、シアリィ等と交換して炭を手に入れるという話だった。

ディアリス以外の集落の話はあまり聞かないが、こうして聞く所によるとそれなりに交易らしきものは行なわれているようだ。

「ディアリスでも炭が作れたらいいのにね」という話をして、その日はそのまま釣りに行き、釣針を3本失うという事態に陥って涙目で鍛冶工房に戻るなんてことがあったりした秋に入った頃の出来事である。







話の後に感想に返事をするのもアレなので、以後は感想板のほうにレス返しを行なおうと思います






[8853] 8歳の秋 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/05 23:25



8歳の秋2



収穫祭が数日後に迫り、ディアリスの民が皆忙しそうに立ち回っているのを集会所の建物の軒先で、コルミお婆さんに秋のおいしい木の実について実物付きで教えてもらっていた。

鬼カウイやウニの実については前述したとおりのものなのだが、他にもホイホイと持ち出してくる様々な木の実。コルミお婆さんとそれをオヤツにしながら「収穫祭楽しみだねー」とか、「カルトは再来年には成人じゃのう」とか、取りとめの無い話をしながらゆっくりと流れるディアリスの風景を、ボンヤリと眺めていた。

いくつか教えてもらっていた木の実の何種類かを、炒って砕いて煎じると風邪薬になるとかいう話を聞きながら、実演で炒っていた木の実を炒った先からポリポリと食べていたら「こりゃ!」と、怒られてしまった。

仕方ないと思う。香ばしい匂いには勝てないのだ、なぜか秋はお腹が減る季節であるし。

薬を調合する分まで食べてしまっていたらしく、変わりに木の実を取ってきなさいといわれて、木の実がある場所を教えてもらった。

引退したとはいえ、コルミお婆さんも元ピエフである。今も薬の調合等は行なっており、薬になる草木の場所はほぼ把握しているといっても過言ではないだろうと思われる。

そんな彼女に、彼女の秘密の採取場所をこっそり教えてあげる。と、言われて私は少し嬉しくなった。交換条件として、木の実をいくらか持ってくるように。とも言われたが、お安い御用というものである。

現在64歳という彼女はディアリスの平均寿命からしたら結構な長生きの方なのだが、最近は移動するのも億劫になってしまったと、ボソリと零したのを私は以前聞いたことがある。

腰も曲がりはじめているのか、歩いている姿は常に猫背ではあるが、意識は矍鑠としているようで、昔ほど思うように動かない自らの体に、多少の寂しさを覚えているようだったのが印象的だった。

それでもその知識は健在であり、今ディアリスで使われている薬の凡そ半分は、彼女がいつもいる集会所の軒先でコツコツと作られているものだということを私は知っていた。


もちろん、現代医学のような人体の生理に基づいて作られているわけじゃなく、漢方薬のようなものなのだが、処方されたそれを飲んで元気になっている人も沢山いるわけで、私には本当に効いているのか、はたまた単なるプラシーボ効果的な効能なのかは良くわかっていないというのが本心であるが。

ピエフはディアリスの民にとっては絶大な信用を勝ち取っているという観点から見るに、プラシーボ効果で病気が治っても、それはそれで悪いことじゃないよな。と、自己完結している次第である。

人間信じたものの価値がすべてなのだ。

歌と踊りで病気を治すなんとやらという部族がいた。とかいう話も、昔聞いた覚えがすることであるし。





それはさておき、次の日の私はコルミお婆さんに聞いた木の実の場所を探していた。

木の実の他にも取ってきてほしいと言われた野草も探して林の中をウロウロと彷徨う。

去年は一人で鬼カウイの林に入って、狼達を拾うなんていうハプニングがあったわけだが、今回は狼2匹をお供につれて、のんびりと散策も兼ねて木の実拾いである。

ガサガサと茂みを掻き分けて野草や木の実を探し、カバンに詰め込みすぎて重く感じるようになった頃、ディアリスの民から長老の木と呼ばれる大きな木に到着した。

長老の木とは言っても俗称で、実際は馬鹿でかいドングリの木である。

高さ数十メートルを超えるその木は、実の大きさもハンパではない。

アーシャの木と呼ばれる種類のその木は、木の樹齢に比例するかのように大きな実をつけるようになる。

なぜそんな事になったのか推測もできないが、あるものはあるのだから仕方ないと納得するしかないというのが私の感想だ。

樹齢何年であるか創造もつかないその大木は、木の円周の長さだけでも大の大人30人手を伸ばして届くかどうかといった長さを誇り、それに比例するかのようにでかく育つそのドングリの大きさは、椰子の実の大きさを想像してもらうと分かりやすい。

アーシャの実は解熱作用のある薬をつくる材料になるとかで、これも採ってきてほしいと頼まれたのだが、若いアーシャの木のドングリをコツコツ拾うのもなんなので、長老の木のドングリを1個拾って帰ろうと思って最後にここに来ることにしたのだ。

家の外から見ても森の屋根から突き出すように生えているその大木は、目の前にすると遥かに雄大で、ディアリスの民が長老の木と呼ぶのに相応しい威容を誇る。

長老の木の周り50mには、他の木はなぜか生えていない。

あまりの大きさに他の木が近くで生えることに恐れを抱いているのだ。と、コルミお婆さんは言っていたが、実際に近くでその威容を見るとそんな話も信じられてしまうのが不思議なものだ。

そのあまりにも圧倒的な光景に、しばし絶句して巨大な長老の木を眺めていると、木の袂で静かに佇んでいる少女に気がついた。

私に背を向けて大木に向かって祈るように手を組んでいるように見える。ディアリスで女性が着ている衣服に身を包んでいるので、恐らく知っている人だろうとは思うのだが、後姿ではさすがに判別はできない。

誰だろう?と疑問が浮かぶと、私の視線に気がついたのか彼女は振り向いた。

果たして彼女は、カルト嬢だった。

「なにしてるの?」と、聞いてくる彼女に

「それはこっちのセリフだと思うけど、あえて言うならドングリを拾いにきた」と言うと

「ふーん、そう」

「それで、お姉ちゃんは何してるの?」

「長老の木にお祈りだよ」

「お祈り?」

「長老の木はね、この辺り一帯の神様みたいなものなの。今年も豊かな恵みをありがとうございますっていうお祈りだよ」

「そっか、じゃあ邪魔しちゃいけないね」と、踵を返そうとすると

「ううん、もう終わった所だよ。私ももう帰るし」と、言って長老の木の盛り上がった根の上にいた彼女はポンとジャンプして、私の隣に降り立った。

足元にあった一抱えほどもあるドングリを拾うと、「はいっ」と言って私に手渡し、それじゃ行こうか。そう言ってすたすたと歩き始めた。

なんとも強引というか自分勝手なお嬢さんである。見た目はとても可愛らしいのに、中身は下手すると男の子と変わらないのではないか?と、思うほどのその在り方はいっそすがすがしい。

私が言うのもなんなのだが森はそれなりに危険な生き物もいる、私は狼達の護衛があるし、彼らは危険な生き物の気配を察知したらすぐ教えてくれるので、私はそれに注意しながらその上で警戒して森や林の中を散策しているというのに、彼女はすたすたとただ歩くのみである。

ピエフの彼女には何かそういうものを寄せ付けない加護みたいのものがあるのかね?と思いながら、リスに似た小動物を見つけて嬉々として追い掛け回していたウォルフとウィフを呼ぶと、彼女の後を追って駆け出した。

そんな秋のある日のお話。






[8853] 秋の収穫祭にて
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/06 20:29


秋の収穫祭



取り立てて述べるほどのことでもないが、今日は秋の収穫祭である。

2日間かけて行なわれるこの祭りは、春の収穫祭と違う所といえば丸々と肥えた家畜を屠殺したお肉料理が並ぶ所と、今年の様々な出来高を計り、今年一番輝いていた(働いていた)男を発表したりするのである。

ちなみに、酒職人や鍛冶屋、木工職人とか交易をしている人なんかは、出来高がわかりにくいので除外である。彼らは彼らで、それなりの収入をディアリスから受け取ることで生活を賄っているし、有体な言い方をしてしまうとディアリスに飼われている。と、言っても通用してしまう暮らしなわけだが、彼らはその家族も含めてディアリスにその暮らし保障されているので文句はでていない。大概のものは時給も可能なので、欲しいものがあれば自分で作るか創れば良いのだ。

なぜこんな制度が設けられているかというと、なんというべきか女性にアピールをするための目安みたいなものである。

未婚の男性は、仕事をがんばればがんばっただけ財産を増やすことが可能である。例えば農家では、自らの家で消費する分以上の作物はディアリスが買い取るような形で穀物庫に送られる。変わりに、対価としてディアリスが所有する家畜を貸し出す。それを世話をして、乳を搾ろうがその毛を毟ろうがOKで、さらに子供を産めばそれはその家の財産として扱うのだ。

もちろん一番がんばった家には若く子供を産みやすい番いや、乳を良く出す雌家畜が貸し出されるというわけだ。

がんばればがんばっただけ見返りも大きいので、つまるところ収穫祭で一番輝いている男というのは、仕事ができる良い男というわけである。

モテたきゃ働け と、言われているのと大差がないわけだが、大多数の若い男共は必死で働いて輝いた男になろうとがんばるのだ。

・・・見ているだけで踊らされている彼らの滑稽さに私は涙を流さざるをえない。

そしてこの制度を始めた人が、女性だったことも聞いている私は倍率ドン!さらに倍で悲しくなってくるのである。踊らされる彼らに。

秋の収穫祭。それは未婚の男共が未婚の女性に自分の有能性をアピールする場でもあるのである。



今回も一つのテーブルを家族で占領している。家族と言っても親族や友人も含むので、結構な人数でそのテーブルに集まり、今年の出来や来年の展望について語り合ったりしていたが、シアリィが回り始めると半分以上が顔を赤くして陽気に笑っていた。

私の家族や親類の中には、未婚の男性はいないので輝き男ランキングにはあまり興味をしめしてはいなかった。未婚の女性は一人いるが、今年成人したばかりのフロルというお嬢さんで、母の妹の娘ということで従兄弟にあたる。彼女は未だ好きな男はいないというのを、さきほどこの場で明確に発言していた。

人口300人強ほどのディアリスにおいては家族数もそんなに多くないので、輝いている男ランキングで上位に上がってくるのはやはり未婚の男性を抱える家族が多いともいえる。

まぁ、若い男がいない家族でも輝いている男ランキングに食い込むことは可能なのだが、大概の家庭は空気を読んで若い男のいる家族に花を持たせてあげる的な工作は行なわれている。収穫祭後に作物を収めるだけであるが。

男のアピールの意味もあるけれど、女性が声を掛ける切欠にもなるのでこれによってカップルが誕生することも珍しくは無い。

ランキングを発表しているのはピエフのホラットさん。カルト嬢のお母さんで、ディアリスの大概の出来事の司会やなんかも勤める元気な女性である。

彼女に呼ばれるたびに、彼女の前に集まって静まり返っている若い男どもは一喜一憂して、叫んだり落ち込んだりして忙しそうだ。

それを微妙な顔で見ながら

「男って悲しい生き物だよな」と、呟いた

「なにが悲しいのかの?」

「ばあちゃん?んとさ、みんな必死になってがんばってるのに優劣つけられちゃって、そりゃがんばった証をたてれるのだから名誉みたいなもんかもしれないけれど、結局得してるのは女の子だよねっていう話?」

「ほう?なんで女の子が得なのかな?」

「まぁ結果を出す男の確認ができることとか、ランキング上位にいる男の家族は素直で真面目な家族なんだろうなと推測できそうなところとかかな?それが証拠のようにがんばった男の子は女の子に声掛けられたりしてモテモテだよね」

そういうと、テーブルに置いてあったウニの実をスッと掴んだ祖母は、私の口に蓋をするようにして私の口にウニの実を入れ込み、私の口を押さえたままで

「ノルエン、その話は若い娘の前ではしちゃいけないよ?」と、言った。

目で何故?と、聞くと

「その話は女の子の間だけで考えられた話でね、もちろんランキングも良い男を捜すための口実のようなもんじゃが、この話に気がついた男がその話を女性に語った場合、その子に求婚されることになるのさね」

私がハッと理解したような目で祖母を見ると

「二重の仕掛けなわけじゃな、頭の良い男はよく働く男と比べて結果をだすし苦労をしないと伝えられとるわけじゃ。女の間でな、わかったかい?」

そう言う祖母に口の中のウニの実をモゴモゴさせながら頷いた。


なんという罠だ、教えてもらって助かった。偉そうに語っていたら、下手するとえらいこっちゃの事態に陥っていた可能性もあるようだ。ありがとう婆ちゃん。私は沈黙は金也という言葉を思い出したよ




そんなお話をしながらも、収穫祭は酒の匂いに包まれつつドンドン熱気が加速してゆく、それを眺めながらアルコールの匂いで私もそこそこ酔っ払っていた。勿論飲んではいない、匂いだけである。

ウォルフとウィフが並んで座っているところにもたれかかるように体を預け、ウォルフの首筋に抱きついて首筋を撫でたり、ウィフの尾てい骨の辺りを撫でて微妙に腰が浮き上がるのを眺めて楽しんだりしていると、唐突に服の首筋を掴まれてヒョイっと持ち上げられた。

母が酔っ払った私を持ち上げて笑っている。彼女も随分酔っ払っているようだった。

そのまま椅子の上に立たされて、微妙にニヤケがとまらない私の顔を眺めると。母は私の頬にムチューとキスをした、顔を離すと笑いながらスパーンと背中を叩かれて「アハハハ」と笑いながら去っていく。結局何がしたかったのだろうか?と、思うこともなく、なんとなく頭が酔っ払って・・・・酔っ払って?酔ってなんかいないよ!

なんだか楽しくなってきた私は、さきほどランキングを発表していた台座の横に据えてあるブッフェという木の中身をくり抜いて作られた打楽器を見つけるとフラフラとその前に歩いていって座ると、適当なリズムで激しくそれを叩き始めた。酔ってなんかいないんだからね!

左から右にゆくほどに中空を多く掘られていくブッフェは、叩く場所が左から右にいくほどに音が高くなってゆく。

それをダンダンダダダダと独特のリズムで叩いていると、そのうち空いているブッフェにも幾人かの大人が座り、彼らは私のリズムに合わせるようにブッフェを叩き、さらにそれに合わせるように広場中央に据えられたキャンプファイヤーにも点火された。

気分の高揚しはじめた誰かが、テーブルにシアリィの入っていた木製のジョッキの底を叩きつけ、それが全体に広がっていくのにはそう時間はかからず、ディアリスの民全員でリズムに乗ってトランスし始めていた頃、キャンプファイヤーの前にホラットさんが現れた。

先ほど司会をしていた格好とは違い、全体的に幅が短く長い布を巻きつけるように着こなした彼女は、リズムに合わせるように踊り始めた。

結構激しいリズムで、例えるならフラメンコやサンバに通じるものがある速さであったのだが、見事にそれに合わせるように踊る彼女を見ながら、腕が痛くなっても気にせずにブッフェを叩き続けていた。

踊るうちに巻きついていた布が幾分解けるのだが、くるりと彼女が回転すると元に戻るように布は巻きついてゆく、微妙にエロチズムをも感じられるようなその踊りは、見ているだけで魅了されるような雰囲気を放ち、私もそれだけしか目に入らないような錯覚に陥りながらも、やがて彼女が少しずつゆっくりになってゆき、それに合わせるように私がブッフェを叩くのも終わった。

なにか知らないけど、がんばった!という気分になり息を吐くと、私の体は汗まみれで、腕はピリピリと痺れるような感触を伝えてきた。今日は物を持つのは無理かもしれない、と思って立ち上がろうとすると、私の目の前にホラットさんが居て

「早いわよ、少年」

と、極上の笑顔でデコピンされた。



なんだか恥ずかしくなった私が、ほとんど酔いの覚めた頭でテーブルに戻ろうとすると、両肩を掴まれてストンとその場に座らせられて、私の後ろに誰かが座る。

あれ?と思って顔を見ると、鍛冶師のミケーネだった。動けないように顎で私の頭を押さえ込み「ここは特等席だぜ?」と、言うと私がさっきまで叩いていた太目の木の棒を構え、すでに叩かれ始めていた他のブッフェの音に合わせて音が乱舞しはじめる。

結局、入れ替わり立ち代り踊る住民を、特等席と呼ばれるその場所で眺めていた。

時にはチラリズムを刺激する服装の娘が踊ったりして、立ち込めた酒の匂いで酔っ払い状態が復活した私は、それを見て鼻の下を伸ばしたりしながらも、たまにブッフェを叩いたり、ミケーネがお前酔ってるだろと聞いてくるのに、酔ってないよ!と真剣な顔で返答したりしていた・・・らしい。

記憶はあるが、細かい所までは何をしていたかわからない、そんな秋の収穫祭1日目の事





少し修正



[8853] 秋の収穫祭にて 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/07 17:54

秋の収穫祭 2日目 



収穫祭の2日目も1日目と変わらず、皆で寄り集まって飲んだくれるのは変わらない。

1年でどれだけの量のシアリィが消費されているのか私は知る由も無いわけであるが、縦3キュビット幅2キュビットほどもあるタルが、2つほど広場の片隅にデンっと置かれ、蓋のついた木の容器にザバザバと注がれたシアリィは各テーブルに配られているし、足りなくなったらそこに貰いにいけば良いのだ。

私の家族の座るテーブルのシアリィの容器が空になったので、私に取りに行ってきてくれと言われたので、容器をもってそこにいくと、タルの横に置かれたテーブルについて飲んでいた酒職人のアモットさんに「おっちゃん、シアリィくださいな」と、言った。

「おーう」と言ったアモットさんは、フラフラとした足取りでタルの横に据えられている梯子を上ると、タルの蓋をずらして馬鹿でかい柄杓のようなものを入れる。ザバっという音と共に取り出されたそれを、私が地面に置いた容器に注いだ。

それを2度ほど繰り返し、容器にイッパイになったので蓋を閉める。容器の口には布をロウジーという木から出る樹脂に染み込ませたものが付いていて、これは弾力があって柔らかく。蓋の淵にも同じものがついている。それを合わせて蓋についている金具でしっかりと締めれば、ゴムパッキンのように擬似密封状態になるのだ。シアリィに含まれるアルコールを逃がさないための知恵である。

その容器は完璧に密封状態を保てるわけではないのだが、その日飲む分に関しては十分な保存力を保っているのだ。

しっかりと金具を締めて、さあ持ち上げようとしたところ、私の筋力では持ち上げることができなかった。私の腕で一抱えほどもあるその容器は、中身を入れれば20kg弱ほどにはなる。8歳児の私に、それを持ち上げろというのも酷な試練であるのかもしれない。

ありゃ?と思いつつ、どうしたものかと考えていると、アモットさんは苦笑しながらそれを持ち上げ、私の家族のテーブルにそれを運んでくれた。

「ありがとー」と言って、戻っていくアモットさんに手を振り、家族に向き合うと

「ノルは貧弱だな!」とか「体力無しはモテんぞ」やら「肉を食べなさい、肉」等、酔っ払い達に煽られて、酒の匂いで常時酔っ払い状態の私は、膝を抱えて落ち込んだ。

大体子供に持たせる重さじゃないさ。とか、いいもん僕の友達はウォルフとウィフだけでいいもん。とか言いながら、ウィフの首筋に顔を押し付けるようにして抱きしめ、そのモフモフ感と獣の匂いに癒されていると、昨日と同じように首の後ろの服ををガツリと掴まれてグイッと引っ張られ、私は宙釣りになった。

また酔っ払った母かしら?と思ったのだが、母はテーブルに座って肉を手で裂いていたし、父も祖父もシアリィの入ったジョッキを片手に呂律の回っていない宇宙言語?で会話をしている。祖母はコックリコックリと船を漕ぎ、ノエルはウォルフに肉を翳し、椅子の上に立ってジャンプさせて遊んでいた。

どちらさん?と後ろを向こうにも、体勢が体勢なので振り向くこともできず、酔っ払った頭で困惑するのだが、考えが纏まらなくてまあいいや、と考えを放棄して、されるがままに任せた。


「そんじゃ、坊主は借りていくぜー」という声が発せられ、私は一度降ろされると、その人の脇に抱えられて運ばれる。どうやら、私を連れ去ろうとしているのはモルド爺さんのようだった。


「モルド爺さん何か用?」と聞くと

「おーう、ちっと付き合えや」と言うので、なんじゃらほいと思いながらもされるがままに運ばれる。


連れ去られた先は広場の一角。集会所の前に設営されたテーブルで、そこにはディアリスの長や各工房の長、昨日踊りを魅せてくれたピエフのホラットさん達が座っている。

まさしくディアリスを運営する者たちの席である。私としては場違いも甚だしい

微妙にホンワカしていた頭も途端に正気に返ったが、何故私をモルド爺さんが連れてくる必要があったのかわからずにどうしたらいいのか迷っていると、テーブルに据えられているベンチ型の椅子にモルド爺さんはドカリと座り、私は彼に抱え込まれてしまった。

左手で逃げられないようにガッチリと体をホールドされた私は、彼の軽石のようにゴツイ右手の平を頭に載せられ、撫ぜられることはなかったがそのゴリゴリとして硬い手のひらが、彼が身じろぎするたびに感じられるという色んな意味で地獄のような状況にほうり込まれたのである。

どんな地獄かと言うと。

まずモルド爺さんのむくつけき肉体の感触が背中と尻に感じられ、微妙に硬いその体を押し付けられても全く持って嬉しくない。できればホラットさんに抱きしめられたい。

その日のディアリス全体に言えることだが、シアリィの酒気が立ち込めるその場において尚酒臭いモルド爺さんに押さえつけられて、彼から発せられるアルコールの匂いで普段の私なら確実に酔うのにその場の状況が地獄すぎて酔うこともできない。

長や各工房長等の好奇の視線が微妙に痛い。

そしてモルド爺さんの右手の平がゴリゴリと痛い。といった状況である。

混乱が混乱を呼ぶ私にとって混沌と化したこの状況。逃げ出したくてもガッチリとホールドされた体は、身じろぎすると頭をゴリゴリされて微妙な痛みを与えてくる。

もはや涙目である。

色んな意味で可哀相な目で見られていた。


「それでモルドよ、なぜノル坊やをここに連れてきたのかね?」

と聞いたのは、ディアリスの長のゼン爺さんである。

簡単に言うと村長とか町長とかそんな役回りを思い浮かべてもらうと良い。ディアリスの様々なものを取り仕切る最終決定権を持っているのがゼン爺さんだ。

今年で58歳。ディアリスの平均寿命からみると、そろそろ逝ってしまってもおかしくない人である。健康でそんなそぶりは全くもって見えないが。

「うむ、関係ないといえば無いが、あるといえばあるかもしれんのでな」と、モルド爺さんが言うと

長は「そうか」と言って「それでは」と前置きを置くと

「今年も何事もなく収穫がうまくいった。来年もこうであると良いが、それはそれとして来年に向けての話し合いをはじめようかの」と、言い出した。

この場に居るのは、まずディアリスの長ゼン、鍛冶工房長モルド、木工工房長ヨイサ、製布工房長アエーシア、交易兼輸送グループの長イグルド、猟師頭ボーダ、酒工房長マル、そしてピエフのホラット。

一人一人は話をしたこともあるし、各工房を散歩ついでに見学に行ったこともあるので、ほとんど皆に私は顔を覚えられているとは思う、話をしたことが無いのはこの中ではイグルドさんくらいのものだ。

それにしてもこの状況はどうみてもディアリスの今後を決める会議であり、私は場違いも甚だしすぎる。

別段彼らに見出されるほどの何かをした覚えもないのだが、何を思ってモルド爺さんはこの場に私を連れてきたのか理解が及ばない。とりあえず逃げようと思うのだが、がっちりと掴まれた私の体は腕や足をバタバタさせるだけで精一杯である。


うっすらと私の瞳に涙が篭り始める。もちろん泣くわけではないのだが、理解不能の事態に頭が考えるのを止めて幼児退行を引き起こしそうな勢いだった。


そんな私に関係なく会議が始まり、長が今年収穫された作物の量を述べ、今年は大豊作とは言わないが、そこそこ豊かな実りを得られたとの事を言う。

「とりあえず従来どおりに余りそうな分の穀物や野菜は交易に回すとして、何か意見が有るものはおるか?」

それに意見を述べたのがモルド爺だった。

「今年は・・・来年もだが炭を交換してくる量を増やして欲しい」

と言った。

「炭か、従来の量では足りなくなる見通しでも立っているのか?」と、長が問うと

モルド爺は説明を始めた。

「まず、2倍から3倍の量は欲しい。何から説明すれば良いのかはわからんが、まずこれを見てくれ」

そう言ったモルド爺さんは、私の頭に乗せていた右手を腰元に伸ばし、そこに巻くように装備してあった皮でできたポーチからあるものを出すと、ゴツっという鈍重な音とともにそれをテーブルの上に置いた。

レンガである。

「これはこの坊主が作ってたものなんだが、まあとりあえず見てくれ」

そういうと、長が手を伸ばしてレンガを掴む。

「なんじゃこれは?」といいながらそれを両手で持って眺めたが、話が見えない長はそれを他の工房長らに回しながら、モルドにそう尋ねた。

「うむ、それは粘土を練って作られているものなのだが、固いわりに割りやすく、熱にも強い。

坊主がウチの工房に釣り針を貰いに来たときに、ちょっと話をしてこいつのことを知ったんだが、それを分けてもらい、それで炉を作ってみようということになってだな、それを使って炉を据えてみたのだが使い勝手が良くて重宝している。

その炉をだな、これを持っていけば鉱山のほうにも炉を据えられないか?という話になってな。

今までのように、鉱石を持ち帰って精錬する必要が無くなれば、持ち帰られる鉄の量も増えるというわけだ。

つまるところ、鉱山のほうにも炭を持ち込んで、あっちで精錬しようってことなのだが、それをしようと思うと従来の炭の量では全く量が足りない計算になる。

しかし、それができれば持ち帰ることができる鉄の量は10倍くらいに増えそうなんだよな」


それを一気に言い切ると、喉が乾いたのかシアリィを飲んだモルドは

「だから炭が欲しい」

そう言った後に

「それにこれは、炉以外にも使い道が色々あるような気がするしな」

と言って締めくくった。

目を閉じ、腕を組んで内容を吟味していたかにみえた長は、ゆっくり目を開くと

「ノルエン、これの作り方を教えよ」

と、やたら威厳の篭った声で私に問いかける。

私はほとんどパニック状態である。遊びで作っていたレンガが大事になりつつあるのだ。

「あー・・・」「えーと・・・」と、うまく口が回らず難儀していると、モルド爺さんの右手が私の頭に再び乗せられ、ゴリっという音が頭蓋骨を振動して私の耳に伝わった。その骨を伝わる音と痛みになんとか私の頭は回りだす。

「粘土を水で練って置いておくと、硬くなるの。だから、いろんな形を整えておいて置くとそのまま固まって面白かったから、そうやって遊んでたんだけど、乾燥して固まったあとに火に当ててやると、もっと硬くなるみたいで、これで何かできないかなーと思って・・・」

なんとか子供らしく聞こえそうな言い訳を、無理やり搾り出した。

若干回り始めた私の頭脳は、できるかぎり最適の回答を述べることに成功したかにみえた。

「して、何故この形で作ったのじゃ?」

なんという答え難い問題をだすのだ!何か作るのに規格を統一したほうが作りやすいからなんて答えられるはずも無い。

「な・・・なんとなく?」

「これまでに、いくつコレを作ったんじゃ?」

1000個以上作った。何を作るか決めていないとこの量は普通作らない。もはや遊びの量を超えていると私ですら思うのに、下手なことを言えない。

「えっと・・・た・・・たくさん?」


そう答えると、長は「ふー」と息を吐き出し

「お主は子供なんじゃが、どうも子供に見えん事があるのう。その顔、どこか嘘をついてすっとぼけているドグラのヤツにそっくりだわ」

そういわれて、私の顔は盛大に引きつった。もう自分で判るくらいに顔が強張っているはずである、無論無理やり笑顔を浮かべようとして失敗している顔とも言える。

ちなみにドグラは祖父の名前である。


「しかし炭か、炭なぁ・・・確か川上のエニシダの集落で作っているんだったかの?イグルド」

「そうさなあ、エニシダ以外でも作っているところはあるにはあるが、遠いからな。近いところならエニシダが一番効率が良いかもしれんな」

「ふむ、ディアリスで炭は作れんのか?」そう聞かれた木工工房長のヨイサは

「ディアリス付近には炭を作るのに適した木が少ないからなあ、あれは高冷地にしか生えないグスコー木が良いらしいが、ここらにゃ生えてない。寒い所の木は密度の高い良い木が生えるというがここらでだとなぁ、ウージやノボセリは水気が多すぎて炭にするには適さないと聞くし、他に生えてる木も似たようなもんだ」と、答える

「それではディアリスで炭を作るのは難しいか・・・」

そう言って長を含む全員が考えを纏めるためか黙考し始めた。

私には何が問題なのかわからなかった、だから

「川上で炭ができるなら、川上には炭にしやすい木があるんだし、伐採してイカダを組んで川を下ってこれば問題ないんじゃないの?」

と言った。

私の発言を受けて全員が顔を上げ

「「「「「「「その発想は無かった」」」」」」」と、異口同音で言われた。

あまりの迫力に目をつぶり「うひぃ」と悲鳴を零したが

「そうすると、木を切りにいく人物の選定をしないといかんな」

「その前に炭を作るやつも誰か選ばないと」

「そもそも炭の作り方知ってるやつがいるのか?」

喧々諤々と口論しはじめ、私は置いてきぼりである。

モルド爺さんはそれをみて私を拘束していた腕を緩めると、小声で「もういいぞ」と言ったので、さっさとその場を退散することにした。

モルド爺さんは結局、炭を手に入れるための口実として私を使いたかったのだろうと思うが、私としてはある意味迷惑な話であった。

多分この話の流れなら、炭を必要分確保することはいずれにせよ決まったようなものだろうと思う。それに気がついたから、モルド爺は私を解放したのだろう。

ただでさえ変な子みたいな目で見られていたのに、恐らく彼らの見る目が今後変わってくるのではないかという危機感を抱かざるを得ない。

私は知識はあるが、できることは限られてくるし、未だに少年の身の上だ。

保護者に保護されてなんぼの年齢の私に、過度な期待を寄せられるような事態はゴメンである。

一度死んだはずなのにもう一度生きているという事実だけでお腹イッパイの私は、有限だけどできることは無限なこの人生を、自由に適当に生きたいだけなのだ。






[8853] 8歳の冬
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/09 23:03


8歳の冬



季節も巡り、朝霧が立ち込めるようになった。冬の到来を知らせるそれは、日が照ればすぐにでも霧散してしまうほど儚いものであるが、朝早くから動き始める住民にとっては肌寒く感じるようで、皆一様に厚着をすることで寒さを凌いでいる。

私は冬の間だけは気ぐるみのような毛皮を着ているのでそれほど寒さも感じないが、1年経ってよく乾燥されたそれは、獣臭も薄れたことで着ることに違和感を感じることも無く、しかしその毛皮の大きさに私の身長が追いついていないためか腰周りで皮が余ってダブダブしていることを除けば、それなりに快適な生活を送ることが可能であった。

手首の所に手を出すための穴を開けてあり、手の部分の皮はミトンのような形をしているので細かい作業をするときはそれを外すしかない。頭回りも狼の頭の部分を流用して被ることができる造りになっているので耳周りも暖かく、下手すると冬の外でも寝られる保温性を保つので重宝している。

問題は、問題というほどのものでもないが、なぜか耳は残されたままなので被ると耳がペタンと垂れるような外見になる程度だろうか?

母と祖母はなぜ耳を残したのか謎である。






秋の収穫祭が終わってもう2ヶ月ほどの日数が過ぎたが、私の生活は特に変わるようなことも無く、ただ淡々と過ぎる日々に安堵している。

収穫祭が終わった後、長をはじめとする幾人かの人々から、暇なら工房に遊びに来いとは誘われたが、日々忙しく働いている所に私のような小僧が行ったとしても仕事の邪魔をするだけなので自重している。



あの収穫祭が終わった後、ディアリス全体で色々とあったのだ。

まず、イグルドさんは収穫祭が終わるとすぐにエニシダに向けて交易に出発した。恐らく炭を確保するために早々に動いたらしい。

木工工房は工房で働く全員がイグルドさんと共にエニシダ方面に向かい、炭用の木材を切り出しに行ったという。

炭を作る職人をどうするかという話は未だ保留のようで、エニシダに勉強にいかせる人物を選出するのか、それともディアリスで試行錯誤して作ってみるのか、それともそもそもエニシダの集落は炭を作る技術を教えてくれるのか?といった話になっているようで、どちらにせよイグルドさんが戻ってくるまで保留という事になっているらしいということを、集会所でコルミ婆ちゃんとゴリゴリと木の実や乾燥した野草を細かく砕いていたときに、ふらりと現れた長が語った。

正直そんな話を振られても困る。もはやプロジェクトXの世界に突入しているじゃないか。

モルド爺さんは鍛冶工房の全員を引き連れて、炉を造りにレンガすべてを持って赤土の荒野に向かい、同時に粘土もほとんどを持っていってしまったので、私はレンガを作ることもできず最近は手持ち無沙汰にコルミ婆ちゃん所望の木の実やら山草を採取する日々である。

そもそも、冬に粘土なんか捏ねてられないとも言えるが。

唯でさえ寒いのに、冬の気温で冷えた粘土に良く冷えた井戸水を加えて練るなんてどういう拷問だよ!という話である。


雪が降ることも稀な程度にはディアリスは暖かいが、それでも時には氷点下まで気温が落ち込む事も少なくない。私は無理して働くことは前世で懲りたのでのんべんだらりとできることしかしたくないのだ。働きたくないでござる。


イグロスさんが炭を手に入れてきたら、一度ディアリスによって炭以外の品を降ろし、すぐにモルド爺さん達を追って赤土の荒野に向かうそうだ。

なにぶん始めての試みなので、炭と食料と薪などの生活雑貨を持って応援にいくそうである。

そう言ってくる長の発言を、コルミ婆ちゃんの横に座ってゴリゴリと石に木の実をこすり付けていた私は「ふーん」とだけ言って流した。



ウォルフとウィフは私の足元で体を丸めるように蹲り、私の足を温めてくれている。体の熱を発散しない知恵なのであろうが、丸まった所に足を突っ込んでしばらくすると程よい暖かさを感じることができて気持ちよい。

たまにジャレるように私の足を甘噛みするが、毛皮のおかげか全く痛みも感じないのでチョイチョイと足で構ってあげている。

一度粉末状になった木の実に興味を示したのだが、フンフンと匂いを感じているうちに、息を吸ったときに吸い込んだのかクシュクシュとクシャミがとまらなくなり、それ以降私がそういう作業をしていても作業をしているテーブルの上に顔をだしてまで構って欲しいとアピールすることは無くなった。



コルミ婆ちゃんとの薬作りの作業も一段落し、何か暖かいものが飲みたいなと思ったときにふとお茶を作れないだろうか?と思い立った。

大麦があるのだから、大麦を焙煎してお湯を注げば麦茶のようなものができるかもしれないと思い立った私は、長と談笑していたコルミ婆ちゃんに大麦を貰えないか?と交渉し、量を聞かれたので片手に乗るくらいの量で良いと答えると「それくらいならもっとるよ」という婆ちゃんが皮でできたカバンから取り出した大麦が少し入っている袋を受け取ると、少し離れた林に向かい焚き木や枯葉を拾い集めた。

集めた焚き木を持って集会所まで引き返し、その辺に置いてあった石を組んで小さな竃を作り、カバンから火打石とグリモリ草の枯れたものを取り出すと焚き木に火をつける。

グリモリ草は油草で、乾燥させたものは着火するときに使用すると火がつきやすくディアリスの住民も重宝している。

秋になると萎れる夏草で、火の気を近づけると火がつきやすくこれがそこらに生えていたら山火事の原因にもなり兼ねないが、そもそもこの草はディアリスの地域で取れる草ではなく、イグロスの先代の交易班が苗ごと持込み、ディアリスでの植え付けに成功したものなので、グリモリ草は植えつけられた場所の近くにしか生えておらず、ディアリスの住人はグリモリ草を見つけるとさっさと刈り取って乾燥させて貯蔵してしまうので、山火事等起こったこともないし、今後も起こる確率は低いと思われる。

焚き木に火をつけると、大き目の平ぺったい石をその上に据えて、石が焼けるのを待つ傍ら、家に戻って水を汲んで戻ると丁度良く石が焼けていたのでその上に大麦を載せて木の枝でかき混ぜながら焙煎してみる。

よく乾燥していた大麦は、石を焼きすぎたのかその殻が少し焦げ付いたりしたが、なんにせよ始めてやることだから失敗しても仕方ないと諦め、火から降ろした石の上でジリジリと木の枝でかき混ぜていると、やがて大麦の中身が熱で膨れて殻がはじけたような形状になってきたので、やりすぎたかな?と思いつつ石の上から下ろして先ほど入っていた袋の中に戻す。

ちょっと熱かったので、焙煎した大麦はテーブルの上に置いて今度は素焼きの壷に水を入れて竃に据えると、お湯を造るために再度焚き木に火をつけた。

一段落!と思い竃の近くに胡坐をかいて座り込むと、ウィフが構って~と言うように私の膝の上に乗ってきた。正直体格的に大きくなってきた狼達が私に覆いかぶさろうとすると、体重的に重いのであるが、まだなんとか耐えられる程度なので、仰向けに私の膝の上に乗ったウィフのお腹を撫ぜながら、私の肩に後ろから顔を乗せるウォルフの首筋を撫でてあげる。

そのまま待つことしばし、やがてお湯が沸いてきたので先ほど焙煎した大麦を加えて壷の中で沸騰するお湯の中で大麦の粒がくるくると対流するのを眺めた。



そのまましばらく見詰めていたが見知っているような麦茶の色が付かず、失敗しただろうか?と思いつつ竃の火を消し、木製のカップにお湯を注いで飲んでみる。

色は付かなかったが、ほんのりと麦の味と香りがする。失敗ではないが成功でもないかな?と思いつつテーブルに座り、やや熱いそれを口に含んで一息ついたところで

「おぬしなにを作ったんじゃ?」

と、長に聞かれてびっくりした。

まだ居たの!?と思いつつ

「えっと・・・なんだろ?味つきお湯?」と言うと

「ほう・・・」と言って私が飲んでいたカップを奪い、長が口をつけた

「ふむ、味は薄いがなかなか・・・ほれ、コルミも飲んでみよ」

カップをコルミ婆ちゃんに回した長は

「お主はたまにわけわからんことをするのう」と言うと

「コルミ、カップかなんかは無いか?」と聞き、コルミ婆ちゃんが取り出した2つのカップに壷に入っていたお茶?を注ぐとテーブルにつき、まだ熱いそれを啜るように飲むと

「ふむ・・・体が温まるな」といって再び談笑を始めた。

「ノルエン、おいしいねぇこれ」と言ったコルミ婆ちゃんも長と話をはじめ


なにかどうでも良くなった私は熱いお茶?を啜りながら、早く春にならないものかと思いふけったのだった。

そんな冬のある日の午後の出来事





[8853] 8歳の冬 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/09 23:02



8歳の冬 2



ディアリスの主食は小麦粉である。

なぜこんなことを今更言うかというと、現在私は小麦粉を練っているからだ。

小麦粉を練ったものを焼いたパンのようなものが主食で、これに木の実の粉などを加えて焼き上げたもの等含めるといくつかの種類になるのであるが、全体的にふっくらしたパンではなく、小麦粉を練ったものを焼いただけなので、その見かけはピザの具の無いものを焼いたような感じに良く似ている。それに何かしらのスープのようなものか、具になるような食べ物をつけるのが一般的な食事の例である。


なぜこんなことをしているのかといわれれば、母の手伝いである。

冬の寒さのためか風邪をひいたようで、体調が思わしくない母を気遣い、家事を手伝おうと言い出したのは姉のノエルであった。


私はその日、薪割りをして、狼達のエサを釣りに行き、帰り際に風邪薬の材料になる野草を採取して、足りない分をコルミ婆ちゃんに採取してきた野草と交換で手に入れ、日が中天に昇る頃家に戻ると、何がしたらこうなるのかありえないほど汚れたテーブルと、やや半泣きの潤んだ目で私を見詰めるノエルという意味不明な状況であった。

台所で竃に火を入れてそれを見ている祖母はともかく、父も祖父も部屋の奥からその様子を覗いているだけで手を貸そうとはしていない。

小麦の粉と思われるもので真っ白になったテーブルの上には、なにやらベチャベチャのゲル状の物体が鎮座し、ノエルはそれに両手を突っ込みながらどうにか纏めようと四苦八苦しているのだが、あえて言おう。水いれすぎだろそれ。


収拾がつきそうもない事態が進んでいる状況を眺め、とりあえず見ていないことにした私は、台所に行くと祖母にお湯を作ってもらえるように頼み、集めてきた材料をすり潰したのちにそれをお湯に溶かしてかき混ぜると、姉を呼んで作った薬湯を母に飲ませる仕事を与えた。


小麦粉にまみれた手を洗わせた姉を母の元に隔離し、改めてテーブルの上を見ると、ゲル状の小麦粉Xというべきその物体は、無理やり纏めようとして失敗したような形のままテーブルの上に鎮座し、見ているとなんだか悲しくなってきた。

不器用だとは思っていたが、まさかこれほど不器用だとは思っていなかった。

姉のプロフィールに料理スキル壊滅的 と、頭の中で加えるとこの物体Xをどうやって食べられるものに戻すかを考える。

小麦粉を加えれば良いのだが、なんとなく面白くないので何か方法はないか?と考えていた所、思い当たるものがあったので自室(とはいっても姉との共同部屋)に行くと目当てのものを取り出して戻った。

目当てのものとは、ドングリの実である。

ドングリの渋皮を剥いて適当な大きさに切り、水に漬けてアクを抜く。

10日ほど経ったらそれを水から揚げて天日で乾燥させ、それを適当に砕いたものをアーシャの粉と言い、私は長老の木のドングリでそれを作ってオヤツ代わりに食べていたのだ。暇つぶしに作ったら大量にできてしまい、長老の木のドングリで作るものではないな、と後悔したこともいい思い出である。

それほどおいしいものではないが、独特の風味とカリカリとした食感が私好みなので小腹が空いた時によくつまんでいる。塩をかけて炒ったらもっとマシな味になるかもしれない。

ドングリは、滋養強壮の効果があることを知っていたので、病気の母に食べさせるのにパンに混ぜ込んだものはどうかと思わなくも無いが、それでも多少の効果を期待できなくもないだろうと思った。


袋に入ったアーシャの粉を、粉といっても実際はゴロゴロとしているので、袋に詰めたまま麺棒のような棒でガンガンと叩いて潰してさらに細かく砕き、それを物体Xに加えて練りこむ。

しばらくすると。どうにかパンの種のように纏まってきたので、さらにそれを練る。気分はウドン職人だ。

グイグイとそれを練っていると「飲ませてきたよー」とノエルが帰ってきたので、少し疲れていた私は姉にバトンタッチして壁際に座りこんだ。

さすがにそこまでお膳立てしてあるネタを、不思議物質に変えるほどの壊滅的な不器用では無かったのか、練ってあったそれを適当な大きさに分けたのちに祖母に渡すのを見て、安堵のため息をついた。

父と祖父は私に『よくやった!』と言うかのような視線をよこし、何の役にもたっていないように見えた彼らに役立たずを見る目で返礼した。

アーシャの粉を加えたパンは、祖母の手により焼き上がり、姉がおっかなびっくり切った野菜のスープ(形も大きさもバラバラに刻まれたもの)が出来上がった頃に、パンの香ばしい匂いに引かれたのか、母が起きだしてきた。

ドングリの外殻を加工して作られたお椀に入れられたスープと、食べ難いのかスープにパンを浸して柔らかくしたものをモクモクと食べる母を見て、この分なら明日か明後日には風邪も治るだろうと安堵して、私も自分の分のパンを食べる。

自分で作っておいてなんだが、小麦の甘味とドングリの風味が微妙にマッチングしたそれはなかなかおいしかった。

食事を終えて母が寝床に戻った後に、先日の残った焙煎大麦を使用して麦茶?を作り、母にそれを持っていってあげると

「暖かくておいしいわ」と言ってくれた。

水分だけはできるだけ取らせておいたほうが良いかと思った私は、お茶?を沸かした素焼きの壷を母の寝床の横に置き「喉が乾いたら飲んでね」と言うと、母の寝床を後にした。

早く良くなってくれることを祈るのみである。








翌日、目が覚めて起きだすとそこには元気になった母の姿が・・・!


そんな冬のある日の出来事







[8853] 8歳の冬 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/10 13:44



8歳の冬 3



その日は良く冷えた日だったので、霜柱ができていた。

霜が凍りつき畑土が盛り上がるように凍りついたそれをパキパキと踏んで遊んでいた朝のこと、私の前に一人の少年が立ちはだかった。


「その狼達をよこせ!」

と、長さ60cmほどの棒切れを私に突きつけるように構えながらへっぴり腰で脅してきたのは、ファーガス君(10歳)であった。もちろん名前しか知らない。ディアリスの民で多く見られる栗色の毛をし、ヒョロリとした痩せ型の印象を受ける少年だ。

私自体はケンカは好きではないし、無駄に傷を作るのも作るらせるのも望む所ではないので、静かに手を後ろに伸ばし、カバンの蓋に重石代わりに吊るしている鉈を皮で作った鞘から引き抜くと

「落ち着こう、まず落ち着こう。とりあえず木の棒は捨てよう。それを使われると僕もコレを使うのはちょっとイヤだけどどうしてもそれで殴りかかってくるのなら使わざるを得ない」

そう言って逆に鉈で彼を脅した。

途端に涙目になった彼がブルブルと震えながら木の棒を投げ捨てたので、私も鉈を元に戻す。

「まず、僕にあんまり敵意を向けないほうがいいよ。ウォルフとウィフがどういう行動に出るか予想もできないから。下手するとキミに襲い掛かりかねない。現に今体勢低くして身構えているし。ウォルフ、ウィフ。伏せ」

ウォルフとウィフは私の言葉に素直に伏せをする。それでも目線をファーガスから剥がさず、伏せた手の位置はいつでも動けるように土に爪を突き立てているように見えた。とりあえず最悪の事態にはならなさそうだとため息をつくとファーガスを見る。

何もできなくなったファーガス君は、ポロポロと涙を流しながら

「僕は嫌だったのに・・・・うわぁぁぁぁぁん」と、その場に座り込み泣き出した。

なんだろうこれ、私が悪いのか?と思いつつ彼に事の次第を問い詰める。

彼は年上の少年に私が飼っている狼を奪って来いと命令されたのだそうだ、命令したのは未成年男子の現在リーダー格のガト少年と、その取り巻きのドランとマイルという少年で、少し前からウォルフとウィフを欲しがっていたとの事。

グループに所属?している他の男の子達も乗り気だったようで、誰が私に「ウォルフとウィフをよこせ」と言いに行くかという話になり、気弱そうに見える彼に矛先が向いたということらしい。

ウォルフとウィフを男の子達で飼うのだ!と、取らぬ狸の皮算用で盛り上がった彼らは、何を言ってももう止まらない雰囲気で、嫌な役を押し付けられた彼はイヤイヤながらも私の元に現れてここに至るという話を、ベソをかきながらポツポツと語る彼の言葉を辛抱強く聞き遂げ、私は呆れて言葉を発するのも億劫になってただため息をついた。


奪って飼うという話は流石に許容できないが、触りたいだけならそう言えばいいじゃないか?と問うと、年下の私にお願いするのはちょっと・・・。という感じの無駄なプライドをガト少年他が持っているらしく、前日に辛抱たまらなくなったガト少年他がさっさと私に言いに行け!と焚きつけたとかで、仕方なく着たけれどどうにもならないしこんなことになったら男子グループに戻るのも気が引けるし等とメソメソ泣くファーガス少年に、問題があったら私に言いに来るか、もしくは私と遊べばいいじゃないかと適当に慰め帰らせた。


それにしても変な話である。要求があったら自分で言いにこればいいのに、なんていうか下っ端に任せて高みの見物とはいい身分ではないか、ガト少年。

呆れて怒りも感じないが、今後彼らから何らかの接触はあるのだろうな。と、心の片隅に置いて、ウォルフとウィフのゴハンを釣りに川にいった。その日は何事も無く過ぎた。




次の日、ウォルフとウィフを連れて川釣りをしていると、茂みをガサガサと掻き分けてファーガスが現れた。

何事か?と思いながら「何か用?」と聞くと、男の子達のグループから追い出されたと言う。彼は半泣きだった。

未成年の男の子達の高年層9~14歳くらいの少年達で構成されたガト少年達のグループは10
人くらいの人数で、これはその年代の全ての男の子が所属している形になる。

そこから弾かれたファーガスは、頼る相手が元々一人で過ごしている私くらいしか居なかったようだった。逆に言えば8歳以下の少年達はまだ話の内容に着いていけるほどではないだろうし、頼るにも頼りなさ過ぎるであろうことは考えなくてもわかる。そもそも年下の男の子に頼るのもなんだかおかしいし。

ぶっちゃけ私も年齢的には8歳だし、ファーガスが私に頼るというのも見た目からしたらそれもどうよと思わなくも無いのだが、昨日何かあったら言いにおいでと言質を貰ってしまったファーガス少年は、それを信じて私の元に来たという話だった。

「そーなのかー」と呟きながら釣りあげた魚を適当に投げる。最近ウォルフとウィフはムーンサルト半捻りキャッチという妙技を習得し、どんどん芸達者に育っている。教えても居ないのに。

うまいことキャッチしたボーラタを一度地面に置き、ピチピチと跳ねるそれを両足で抑えたウォルフは、その腹にガブリと食らいつく。その様を膝を抱えながら座ったファーガスはまじまじと眺めていた。

無言のまま釣りを続け、次に釣れたボーラタを「エサあげてみるか?」とファーガスに聞くと「うん」と頷いた彼にボーラタを渡し「適当に投げてやればいいよ」と言って、次の魚を釣るために釣竿を振った。

後ろから「わぁー」という歓声が聞こえたので、恐らくエサをうまく投げ与えることに成功したのだろうと思うと、釣る作業に集中する。

浮きも重りも無い毛鉤釣りは、何度も水面に投げなくてはいけないのだ。川の流れに沿うように何度も流してやるのがコツである。そのうち、フライフィッシング用の簡単なリールでも作りたいなぁと思いながら適度に集中しつつ釣りをして、その後ボーラタを釣るごとにファーガスに渡し、結果4匹釣り上げて本日の狼達のエサ終了となった。

その後、ファーガスを連れてウロウロと散策し、野草の類を探しながら彼と話をした。

彼はやや内向的で押しが弱いタイプのようだった。長男で弟と妹がいてよく面倒を見ているとか、今度兄弟も紹介するよとか話しをした。


しばらく野草を探したりしていると、ウィフが野兎を捕まえてきた。

ヘンネルと呼ばれるウサギに良く似た耳長のげっ歯類だが、全長半キュビットほどの大きさに成長するそれは、ディアリスの肉系蛋白源としてよく狩られる種である。普段は薄茶色っぽい色をしている毛皮だが、冬の間だけは白い毛色に変化する。

畑の作物を食べに来ることもあるので、ある意味害獣と呼べなくも無いのだが、ウサギの種類にしてはその動きは遅いほうなので、狩猟をする際に目標とされることが多いとか、ハイエナ達の主食になっている、という話をギムリに聞いたことがある。

毛皮をアエーシアさんの所に持ち込むと喜ばれるので、もしウォルフやウィフが捕まえたら毛皮を剥いで持ってきなさいと母と祖母に頼まれていた。



息絶えている兎の耳を掴んで肩に担ぐと河原に行き、鉈で切れ目を入れて毛皮を剥ぐ間に焚き木を拾ってきてくれとファーガスに頼んだ。河原には乾燥した潅木等も良く流れ着いているので、焚き木拾いには困らないだろうと思われる。

流石に皮を剥ぐのは力が要り、私の非力な腕力では毛皮をなかなか剥がすこともできなかったので、鉈の先を毛皮と肉の間に差し込んで少しでも剥ぎやすいように切込みを入れていくのだが、細かい作業をするには向かない鉈で、さらに私の体格に合っていない取り回しづらい鉈を使用しているのだから時間がかかる。

四苦八苦しながら毛皮を剥いでいると、半分も剥ぎ終わっていないうちにファーガスは焚き木を拾い終えたようで私の横でその様子を眺めていた。

そのまま見させておくだけなのもなんなので、2人居ると作業を分担できていいなぁと思いながら兎の毛皮をファーガスに引っ張ってもらい、私は鉈を当ててゆく。

しばらくすると兎は毛皮が剥げて丸裸になった。


腹を裂き頭を落とし、川で洗って内臓は心臓以外すべて川に流した。そのうち魚のエサになるだろう。

カバンから火打石とグリモリ草を出して焚き木に火をつけ、兎に木の棒をぶっ刺したそれを、火に当てないように焚き火の近くに据えて、遠赤外線でじっくり焼けるのを眺める。

途中、棒が焼けて焚き火に兎の生焼けが落ちて、その拍子に燃えている小枝がウォルフの毛皮に落ちて若干毛が焼ける等のハプニングもあった。ジリジリと焼けてゆく肉の匂いにウォルフとウィフが「フン!フン!」と鼻息荒く匂いを嗅ぎ興奮していたり、ヨダレをダラーンと垂れさせるウォルフに苦笑したりといった一幕もあったのだが、それら以外は特に何事もなくしばらくして兎の丸焼きは完成した。

鉈を焚き火に翳して消毒したことにし、少し熱いそれをヒラヒラと振って熱を逃がすと、
丸焼きの後ろ足のモモに切り込みを入れてそれを2本作り、片方をファーガスに渡してもう片方は自分の口に咥える。

ジュルジュルと肉汁溢れる残りの丸焼きを、ウォルフとウィフの前に置いて「よし!」と言うと、待ってました!とばかりに食いついた2匹は、肉の熱さにびっくりして肉から口を離した。

それを見て、ファーガスと二人で笑った。ひとしきり笑うと、モモ肉を食べながらファーガスがポツリと呟いた

「ノル君ってさ、なんというか・・・そう。逞しいよね」

「そうかな?もうちょっと身長も筋肉もほしいけどなあ」

「そういう意味じゃないよ」そう言って彼は苦笑した。



男の子の友達ができた、そんなある日の出来事。





[8853] 8歳の冬 4
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/11 17:33



8歳の冬 4



よく晴れたその日、今にも消えてしまいそうなほど薄い雲が青空にいつ溶け消えてしまってもおかしく無いように思えるそんな空に、薄い煙が立ち上る様を焚き火をしながら見詰める。

やがて煙は空に溶けるように消え、青空に何かを残すようなことも無い。

現代社会では環境問題とか二酸化炭素の増大によるなんらかの被害だとか様々な問題が取り立たされているが、私がいるこの世界。地球なのかそれとも地球ですらないのかわからないこの場所でも、いつかそういう問題を抱えるような事態になるのだろうか?と、今考えても埒もないことを思う。

数百年後になればそういうことを気にし始める者も現れるだろうが、その時私は生きていないだろう、確実に。

ああ、哲学ってこういうことなのかな?


そんなことを考えていたら隣から少女等の笑い声が聞こえてきた。


先日持ち帰ったヘンネルの毛皮を持って母と祖母はアエーシアさんの布工房に出かけた。家には無い道具が布工房にはあって、そこで加工して父と祖父に手袋を作るのだと意気込んで出かけていった。父と祖父はシアリィ工房にお手伝いに行っている。恐らく手伝いながら飲んでいることだろう。

従って家に居るのは私とノエルと狼達だけだった。

薪割りも終わり、狼達にもエサを与えて手持ち無沙汰だった私は、焚き木と割った薪を使用して焚き火をして暖をとっていた所、トニとメルが遊びに、それに付き添いのメリスが来たので、焚き火に当てていたお茶?を振舞い、丸太を適当な大きさに切った椅子に腰掛けながらゆったりしていると、ノエルも現れたのでメリスの相手を姉に任せて焚き火の面倒をみながら、埒も無い事を考えていたのである。

トニとメルはウォルフとウィフに抱きついてモフモフしている。

ウォルフとウィフは普段ならその毛皮は冬の外気にさらされてそこそこの冷たさなのだが、私と同じように焚き火にあたっていたのでほんのりと暖かく、トニとメルはその暖かさが気に入ったのか全身で抱きつくようにその毛皮に顔を埋めている。

気持ちはわかる。獣の匂いは確かに感じるのだが、マフっとした毛皮の感触を顔で感じたり、触ることで感じる生命の鼓動は、なぜか落ち着くものなのだ。


ノエルとメリスの会話は、○○のという女の子が○○を好きらしい等のゴシップのような話題に花が咲き、私にとってはどうでもよいような話が勝手に聞こえてくるのをBGMに、お茶?を啜りながら聞いていない振りをして焚き火に小枝をつっこんだ。

いつどこの場所、時代においても、この年代の少女達は男の子達に比べて幾分マセているものなんだなあと思いながら、嬉し恥ずかし恋話をキャイキャイと語る彼女らに生温い目で見守っていた時、彼らはやってきた。


遠目で見て3人。誰だろうかと眺めれば先頭にいたのはガトで、後ろに居るのはドランとマイルという少年だろうと、ファーガスに聞いた情報から憶測した。

彼らは焚き火をしているわたし達の近くに来ると、ヘラヘラした顔で私達。特に私を見ながら「ちょっとつきあえよ」とガトが言った。

「姉ちゃんメリス、狼達つれて家の中に、トニとメルも一緒にね」

そう言いながら焚き火に足で土を掛け、それで火は消えなかったが幾分弱めてからニヤつく彼らに対峙した。


姉やメリスは気になるようで迷っていたが、手で追い払うようにシッシッと振るうと何度か私を伺うように振り返りながらだが素直に家に向かった。もちろん狼達とトニとメルを連れて。

「それで、何か用?」と、3人の中で偉そうに真ん中に立っているガトに問いかける

「ああ、ファーガスに聞いているんじゃないのか?狼達をよこせ、あれは今後俺達が飼うからよ」

私と彼らの身長差は約30cm。見下すように、実際背が低いから見下されるのは仕方が無いが、語ってくるガトに苛立ちが高まった。

「聞いてるけど、あげるわけがないじゃないか。それともそんな言う事聞くと思ってるの?」

「そうか、それなら無理やり言う事聞かすだけだな」

そう言うとガトはズイっと前に出て私の顔をフック気味に殴った。

ガツっと私の頭と耳に衝撃が伝わり、たたらを踏むように体が泳ぐ。

身長差30cmの相手とのケンカはどう考えても私に勝ち目は無いが、殴られて一気に激高した私は、右手を振り切った体制でニヤけているガトの金的に前蹴りを返した。

やられたことがある人は判るかもしれないが、金的は鍛えようが無い急所である。男的な意味で。金的を蹴られると、よくわからない嘔吐感と激しい痛みに前屈姿勢をとらざるを得ない。

屈んで前のめりになったガトの顔が私の手の届く位置に下りてきたので、掌底を顎を狙ってフック気味に叩き込む。

顎を打った衝撃からか、そのままグラリと横倒しになったガトの服の襟元を左手で掴み、グイと仰向けにして胸に左足の膝を乗せ、残った右手で顔面を2度3度と殴った。

あっさりと倒されたガトの様子にあっけに取られていた後の2人だったが、ガトが倒れて殴られているのを見て、私に襲い掛かってきた。

ガトを殴ることに集中していた私は彼らに反応するのが遅れ、ガトの服を掴んでいた左手を剥ぎ取られて抑えられている隙にもう一人に顔面に蹴りを貰い倒れる。

鼻の奥にツーンとしたものを感じ、鼻血がドロッと出てくるのを感じたが、ぬぐって起き上がろうとしたところでガト以外の2人に蹴られ、後はもう何も言うこともないほど蹴られた。

起き上がってきたガトも参加し、しばらく蹴られた後に倒れこんでいる私の襟元を掴んで起き上がらせたガトは、顔を近づけて

「おい、こんな目にもう一度あいたくなかったら、明日狼を俺達の所に連れて来い」

と言ってきたので、その顔を右手で張り飛ばした

掴んでいた手を離したガトは、その後何度か私を蹴ると

「ドラン、マイル、行くぞ」

そういうと2人を引き連れて去っていった。



体を起こして体の様子を確かめる。体中に擦過傷、打撲等の症状は見られたが、幸いなことに骨が折れているような事態にはなっていなかった。

週に一度の毛皮のきぐるみ?を陰干しする日だったので今日は着ていなかったが、着ていれば少なくとも擦過傷は無かったかも知れないと思う。

手首を回して異常が無いかさらに細かく調べていると、木戸を開けてノエルとメリスが駆け出してきた。

座り込んだ私に真っ青な顔で「大丈夫?大丈夫?」とオロオロと繰り返す彼女達に

「ちょっと痛いけど大丈夫、気にしないで」と言うと

「姉ちゃん僕のカバン持ってきて」と言うと、彼女は家の中に駆けていった。

「あの・・・血が・・・」と言いながらプルプル震えているメリスに

「大丈夫だから」と言いながら立ち上がる。少しよろけたがその足で井戸に向かうと、水を汲んだままで置いてあったバケツから水を掬って顔を洗った。

少しスッキリして体を見下ろすと、鼻血が垂れたのか胸の部分が真っ赤に染まっていた。

メリスに「姉ちゃんに聞いて上着の換え貰ってきて」と頼むと、上着を脱いでそれをバケツに入れ、腰巻の布を外すとそれを水に漬けて固く絞り、露出している場所で見当たる擦過傷の部分に滲んだ血をぬぐった。


消えかかっている焚き火に乾燥した小枝を加えて少し息を吹きかけてやる、火が勢いを取り戻した頃、カバンと変えの上着を持ったノエルとメリスが戻ってきた。

トニとメルもその後ろについてきていたが、若干涙目である。安心するようにと笑いかけ、受け取ったカバンから傷に効くとされる葉を取り出し、手でよく揉みこんだそれを傷を負った場所に貼り付ける。

揉みこんだその葉は僅かに葉の汁が滲み、それが傷に沁みて痛かったが、数秒もすれば落ち着いて次の場所に同じように揉みこんだ葉を貼っていく。

痛みに耐えながら葉を貼っていく様子を見ていたトニとメルに

「この葉っぱはトロサ草の葉っぱで、傷に良く効くんだってさ。でも、貼るときに少し痛いのが欠点だよな」

そう笑いながら話しかけると、彼らの後ろでウォルフとウィフが、私が倒れていた付近の匂いをしきりに嗅ぎまわり、若干唸っていた。

「トニ、メル。今日はもうウォルフとウィフに構っちゃだめ、血の匂いのせいか判らないけど興奮してるっぽい。もちろん姉さんとメリスも近寄っちゃだめだよ?」

そう言いながら、カバンの中から包帯用の布を取り出して巻きつけようとしたところ、メリスがそれを手伝ってくれたので彼女に任せた。


どことなく空気が重くなってしまったので、メリス達も早めに帰途に着いた。

ノリスも家の中に戻っていったので、私は一人焚き火に当たりながら思う。

3人がかりで年下の子供をリンチして誇っているようなクソガキに、報復をしなければならない・・・と。

汝左の頬を張られたら、3倍で返すべし。である、前世の父はそう言っていた。

私自身は相手を殴る事や怪我を負わすことは好きではないが、それとこれは違う。やられて泣き寝入りするような男は男ではないのだ。相手が年上で身長も高くて腕力が私より強かろうが、ガトとの1対1だったらさきほどのケンカは私の勝ちだったはずだ。

蹴られた恨みは忘れない、近いうちに必ず同じ目に遭わせてやろう。明日にでもだ




その日の夜、擦り傷や青痣のついた顔を見て親達が何があったのか聞いてきたが「ケンカだよ」とだけ返した。ノエルは何が起こったか知っているだろうが、親達に何が起きていたのか語ることも無かった。

そして次の日私は、傷から熱が出て1日寝込んだ。







次回予告!「ノルエンの復讐」お楽しみに!(ちょw





[8853] 8歳の冬 5
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/12 17:52


8歳の冬 5



傷から熱が出て一日寝床で寝転んでいた。

体中の打ち身、切り傷が熱を持っているのは触るだけでも判るのだが、感覚としては熱いではなく痒かった。まさか傷口にガリガリを爪を立てるわけにも行かず、トロサの葉を揉みこんだ汁を刷り込む痛さで痒みを相殺する作業は、自傷趣味を持っているわけでもない私にはそれなりの苦痛をもたらし、ガト・ドラン・マイルの3名に対する苛立ちをさらに倍増させる。

トロサの葉は、俗に言うドクダミの葉に似ている。独特の臭気を持つ葉は揉みこむことで匂いをさらに発するようになり、それを刷り込むのだから私の体は青臭かった。

ノエルは私と同じ部屋で寝起きしているわけだが、下手するとひどい匂いで眠ることができなかったかもしれない。ウォルフとウィフも私から少し距離を置いていたのが微妙に傷ついた。

一日寝て過ごした次の日、朝起きるとそれなりに熱は引いていた。

解熱作用のあるといわれているウージの実を乾燥させて砕いた粉末を、お茶と混ぜて薬湯代わりにガブガブ飲んだのが良かったのかもしれない。

乾燥されたウージの実の粉末は、普通水に溶かして飲む粉薬だが味は特にしない。しかし、お茶に加えるとその熱によってなのかほんのりと甘味が感じられ、お茶に砂糖を加えたようなそれは糖分を加えた紅茶。俗に言うストレートティーのような味わいでいくらでも飲めた。

体から熱は引いたとはいえ、傷口に感じる痒みは未だ治まる気配をみせない。傷を治すために私の体はフル稼働で働いていたのだろうが、それにウージの実の糖分というエネルギーが加わったことで加速し、傷を治すその過程で生じるであろう痒みは仕方ないとして諦めるほかなかったが、殴り蹴られた痛みと一日寝床で寝ながら痒みと痛みに耐えた鬱憤を、あの3人に返さなければモヤモヤとした気持ちは晴れようも無い。

寝床から起き出す時に多少の痛みを感じたが、いつものようにウォルフとウィフの御飯を釣りに行き、食べさせ終える頃には痛みを気にしない程度に動けるようになった。

釣りの途中で合流したファーガスに、ガト達3人の行動を聞くと、3人とも昼ごろまでは家族の仕事を手伝い、昼からは河原近くの林にある彼らが秘密基地と呼んでいる場所に集まり、遊んだり話をしたりしているそうだ。

人数が集まっている所に飛び込むわけにもいかないので、彼ら3人の家の場所をファーガスから聞き出し、待ち伏せして一人ずつケンカを売って潰してやろうと心に決めた私は、ファーガスを連れて一度家に戻り、家畜の世話をしていたノエルにウォルフとウィフを預けると、ファーガスと二人で彼らの家の場所を確かめるために連れ立って移動した。

ファーガスは「いったいどうするつもりなの?」とか「傷大丈夫?」等と私を心配するような事を言ってきたが、私は笑って「大丈夫大丈夫」と何が大丈夫なのかは話さずに案内させる。

3名の家の場所を確かめた私は、秘密基地がある場所に行く道と彼らの家の位置関係からドランはマイルの家の前の道を通るだろうと予測し、マイルの家の前の道脇の茂みの後ろに寝転んで、どちらかが来るのを待った。





太陽が頂点に差し掛かる少し前、マイルが彼の家から出てきた。

そのまま道にでて、思い通りに河原の方向に歩き出すのを茂みからスッと出た私は、駆け寄りながら彼の尻に飛び蹴りを見舞った。ファーガスは茂みの中でお留守番。

たたらを踏んで彼の前方によろけたマイルは

「誰だ!」と言いながら振り返った


「やあ」

「お前!昨日はなんでこなかった!」

「お前らにボッコボコにされた傷から熱がでて動けなかったよ」

「お前・・・俺にこんなことして覚悟ができてるんだろうな?」

「3人がかりで年下リンチして勝ち誇ってたヤツに、覚悟もなにも必要ないだろ?」

団塊の世代で育った前世の父親を持つ私は、学生運動に参加していた彼が語る闘争?の極意を小さい頃から教え込まれたことがあった。

今ではもう遠い記憶の彼方の出来事だが、兎にも角にも先手必勝で相手を潰す、相手を怒らせて正確な判断ができない精神状態に追い込む、相手の土俵でケンカをしない、というのが一番効率が良いという言葉を胸に、前世の子供時代で行なったケンカはそう多くは無いが、全戦全勝していたという前世の過去を持っている。

ある程度精神が成熟した高校生ほどにもなるとケンカすることも無くなり、次第に穏やかな生活をするようになったが、一日中体の痛みや痒みに耐えていた私は闘争心に火がついたような精神状態で、イライラとしながらどうやって彼らに勝利するかを考えていた際に、前世の父の言葉を思い出していた。


先手必勝を胸に彼が何かを言おうとしているのを遮るように飛び出し、彼の腹にショートフック気味のボディブローを当てるが、彼らの身長は私より最低でも20cm以上高い。

単純計算で5歳以上年上の彼らは、成長期であることも重なって私よりも格段に体力は上だし腕力も強い。

私はボディブローを当ててから一度体を引いてマイルから離れたが、その一撃は多少は効いたかもしれないが、ゲホゲホ咽ているだけでそれほどのダメージを彼に与えたとは言えないものだった。

彼を怒らせるために「フッ」と鼻で笑ってやると、馬鹿にされていることが伝わったのか彼は激高して両手を広げて私に突進してきた。

掴まれたら私の負けは確定してしまうので、全力で突進してくる彼が私に掴みかかる直前で、しゃがみこんで横に飛び、そのついでに足を引っ掛けてマイルを転ばせた。

全力で走りこんできた彼は、転んだ際に受身もとれずに胸と肩で地面を滑るように数十センチ進み、服を着ていたとはいえ地面で擦ったその胸の部分を両手で押さえ「うぁー!」等と呻いていたが、全力で走ってきた彼の足に引っ掛けた私の右足の甲も、同じようにジクジクとした痛みを伝えていた。

痛いものは痛いがケンカ中にそんなこと気にしているのも馬鹿らしいので、未だ痛みに呻いている彼に近づくと、胸を押さえている彼のむき出しになった脇腹を抉るように蹴った。


痛い足を軸足にするのもなんだし、かといって右足の甲は痛いので踵を押し出すように前蹴りを叩き込んだ後、今度は腹を押さえてゲホゲホ呻いている彼の襟元を掴んで、先日のガトと同じように顔面を殴る。

ガシガシと殴っていると、マイルはやがて泣き始めた。

「ごめんなさいと言え、許してくださいと言ってみろ?」そう言いながら殴ってやると、彼は泣きながら謝りだしたので、そこで殴るのを止めて立ち上がる。

ヒックヒックと泣きながら、ノロノロと立ち上がろうとする彼の尻を蹴り上げてやるとピーピー泣きながら彼の家に戻っていった。いい気味だ




マイルに対する復讐は終わったので、ドランの家の方向に歩き始める。

しばらく進むと、彼と思わしき人影が見えたのでファーガスに声を掛けて隠れさせた。私のケンカに彼を巻き込むつもりも無かったし、後から彼がイジメられることになるかもしれない理由を彼らに与える必要もなかったからだ。

ファーガスが道脇の畑の脇にあった茂みに入っていくのを見ると、私は見送った場所から動かずにドランがこちらに気がつくのを待つ。同じ道をこちらに向かって歩いてきているので、数分と掛からずに対峙するだろう。


ドランは中肉中背のガトとマイルとは違い、その年にしては割りとガッシリした体型の男である。彼ら3人の中でも一番背も高く、肩幅もあり、一番戦い難いのも彼だろうと思っていた。

ドランともマイルとしたような問答をしたのだが、彼は私が飛び掛る前に攻撃してきた。
彼も私に掴みかかろうとするように両手を広げ、マイルとは違ってジリジリと間合いを詰めてきた。

彼らはそれなりにケンカ馴れしているかもしれないと思った。但し年下限定で

体格が小さいものに対しては、相手が達人レベルの投げ巧者とかでも無い限りは力任せで押さえ込まれたほうが最終的には負ける。

もちろん私は空手等の格闘技は習得していないし、高校生の頃に授業で柔道やったぐらいしか経験もないのでハンデのある相手に勝てる手段など持ち合わせていない。

如何に掴まれず、ノックアウトされるほどの打撃を受けず、相手を自分の土俵に引きずりこみ、攻撃され難い態勢を整えるか、それらをすべてクリアしなければ私の勝利は覚束ない。

ジリジリと近寄ってくるドランは、私にとって最悪の敵だった。

ある程度の間合いに入ると飛び掛ってくる彼を避け続け、双方息が上がり始めた頃、彼は掴もうとするのを諦めて蹴りで私を倒そうとすることに切り替えた。

体重の差が10kg以上あると思われる彼の蹴りは、格闘経験者の蹴りではないが私がそれに何度も耐え切れるほどの威力ではない。

待ちの状態に入った彼に勝つ方法は少なく、思い浮かんだ手はあるが、それを為すには奇跡のような状況の連続が必要だった。

それでも私はそれを選ぶしかない。体格的に上がった息を整えるのは私のほうが早いかもしれないが、このままでは千日手であるし体力的にはジリ貧であることは疑いようも無い。

仕方なく私はその方法がうまくいく事を祈って彼に向かって踏み出した


彼に向かって左側に踏み出し、殴りが当たらない距離からローキックを彼の左足に軽く入れる。

すぐに行動できるように軽く出した右足をすぐに戻し、彼の右側に移動するように体重移動をすると、彼は右足で回し蹴りを繰り出してきた。

それを痛みに耐えて誘ったわき腹で受けて、当たった右足を抱えるように左手で掴むと右手も添えて彼の右足を抱えた。

片足になってバランスを崩し、それでも両手で掴もうとしてくる彼の足を抱えたまま1歩踏み出すと、彼は片足で跳ねるように後ろに下がろうとする。

その残った左足を、私の右足は刈るように跳ね上げた。

大地を支える足を失って後ろに倒れこむ彼に合わせて、抱えた右足を持ち上げると彼は頭から地面に倒れこみ、頭を抑えながらジタバタと悶える彼にマイルと同じようにわき腹に一撃を与える。

ばたばたとしている彼に近寄って、同じように顔面を殴りつけてやろうとしたが、ドランは倒れこみながら道端に落ちていた石を掴んで私に向けて投げた。

顔を狙って投げられただろうそれは、私が間一髪顔をそらしたおかげで顔面に直撃することはなかったが、私の左のこめかみを擦れるように抜けていった。

まだ心が折れていなかった事を悟った私は、さらに踵を使って倒れこむドランに打撃を加え、体を抱えて痛みに耐えようとする体勢になったのを見て心が折れたのを確信すると、マイルと同じように顔面をさらけ出させて幾度と無く殴り、やがて涙と鼻水と鼻血を垂れ流しながらシクシクと泣く彼をその場に残して立ち去った。


ファーガスに合流しようと、彼の隠れていた茂みに近寄ると、茂みから飛び出るように出てきたファーガスに、顔を真っ青にしながら私の米神から血が流れていることを指摘された。

左手を米神に当ててみると、ベットリとした感触が感じられてそこからの出血量が結構なものだということを実感する。

彼に預けていたカバンからトロサの葉を取り出すと出血している箇所に貼り、腰巻きの布を外して頭に巻いて応急処置をすると「帰ろうか」とファーガスに声を掛けて帰途についた。




家に戻り、ファーガスにカバンを渡して先日の焚き火後に火をつけるようにお願いして、応急処置で巻いた腰巻を頭から外すと井戸水で頭と顔を洗う。

バシャバシャと顔と傷口を洗い流し、チロチロと燃え出した焚き火の前の切り株に座ると、同じように座っていたファーガスに傷口の様子を教えてくれるように頼んだ。

傷を見ながらビクビクとしているファーガスを見るに、結構ひどい裂傷になっているのかもしれないと考えた私は、ファーガスに傷の長さを尋ねる。

おどおどしながら「これくらい」とファーガスが指を広げた長さは、大体6cmほど。米神から髪の生え際まで傷は広がっているらしい。

未だアドレナリンの抜けきっていないと思われる私には、その傷はズキズキとはするもののひどい痛みを感じることは無かったが、とりあえず血が流れるのはある程度とまった様なので、先ほどと同じようにトロサの葉を傷の上から貼って腰巻を頭に巻いておいた。





焚き火でもはや定番となりつつある麦茶?を作りながら、ファーガスと話をした。彼曰く

「キミとは何があろうと絶対にケンカをしないでおこうと思ったよ・・・」

少し考えた後に

「普通にケンカしたら僕はファーガスにも負けると思うよ?」と返すと

「いやいや、無理だよ。僕はたぶんキミには勝てない気がする」

そこから「勝てるって」「無理だよ」という掛け合いをしながら話していると

道の向こうからマイルとドランが歩いてくるのが見えた。4人の大人を連れ立って。

私が彼らに復讐したあとの起こりえる可能性の中でも、悪い方の予想が当たったことを悟ると、ガトに直接的に復讐する機会が無くなったであろうことにも気がついてちょっと凹んだ。







次回予告!ノルエンの復讐後編、「後始末」 キミは彼らの涙を見る(ちょw




[8853] 8歳の冬 6
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/13 12:03



8歳の冬 6



現在我が家は重い空気に支配されていた。そのときまでは

マイルとドランと伴って来たのは、それぞれの男親とガトの父親、そして長。

今は家の中のテーブルに座っているが、ガトの父親とファーガスはガトを探しに行っている。

6人座れるテーブルの、片側に私と長と父が座り、もう片側にはマイルとドランが座り、もう一つの椅子は空いている。


「なあノル。父さんには話が全く見えないんだが、おまえらケンカしただけなんだよな?」と、空気を読まずに聞いてきた。

「まぁケンカしただけといえばそうだけども、子供のケンカで終わるといいなぁとは思ってたかな。でも、長が一緒に来てるってことは、このケンカの理由が広まるのはマズイってことなんじゃないかなぁ?」

「うむ、まあそうなんじゃが、ワシも詳細は知らぬのでな。マイルの父親に聞いた理由じゃと、口止めする必要があるかもしれぬとは思ったのう。どちらにせよ、ガトが来てからじゃな、ところでノルよ。米神の傷は大丈夫か?」

「うーん。ジクジクして痛いけど、我慢できないほどじゃないかな。父さん、まだ血でてる?」

「血は止まってるかもしれんが、腰巻布に血が広がって見ているだけでもちょっと痛いな。ノエル、ホラットさん呼んできて」

「はーい」

「・・・・長、この上でホラットさん呼ぶのはどうなんだろう?話の拡散を防ぐ的な意味で」

「ノーダ・・・お主もう少し物事を考えんか」

「(´・ω・`)ショボーン」

「ところで父さん、父親的に息子に怪我をさせた事について思うところは無いの?」

「そうだ!うちの息子を傷つけたやつは誰だ!」

私「遅いよ・・・」

祖父「遅いな・・・」

長「遅いのう・・・」

「(´・ω・`)ショボーン」


家族と長に総ツッコミを受けて、どことなく目が潤みだしている父を眺めてニヤニヤしていると、ガトのエリ裏を掴んで引き摺ってきたガトの父親が、ドアを開けて入ってきた。続いてファーガスも

「それでは、詳細を聞くことにしようかの。まずノル、何があったか教えて・・・」

「こんにちはー!ノル君怪我したんだって?大丈夫?とりあえず傷を見せてねー」ドアをバターンと開けてホラットさんが現れた。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・(汗)」

「・・・と、とりあえずホラットはノルの傷を見てやってくれ、ノルは治療を受けながらでいいから何があったか話すように」

「あー・・・うん、えーと・・・なんか気が抜けちゃったなぁ」

「いいから話せ!」

「はーい。えーとまず、ファーガスがその3人?に言われてウチの狼2匹を寄越せと言いに来た。
ファーガスとは特にケンカすることもなく、話をして帰らせた。
次に、ファーガスが彼らの集まってるグループから追い出されて私のところにきた」

「その辺は関係あるのかの?」
『とりあえず頭に巻いてるこれ取るわねー』

「あんまり無いかもしれない」

「核心部分をとっとと話さんか!」
『あっ自分でこれ治療したの?ノル君やるぅ!いい応急処置だね!』

「えーと2日前、家に居るときにガト・マイル・ドランの3人が家にきて、剣呑な雰囲気だったからその場に居た姉ちゃんとメリス、トニとメルに狼2匹も家の中に非難させた、その場に狼いたら下手すると3人とも噛み殺しかねないし」
『あらー、結構ザックリいっちゃってるわね』

「ふむふむ」

「で、ケンカになった。理由は狼を寄越せって言ってきた3人の言葉を拒否したこと」
『ふんふーん(ゴリゴリ)』

「それで最初はガトと僕だけでケンカしてたんだけど、ガトを押し倒して殴ってた時にマイルとドランが乱入してきて、それからは3人で殴られて蹴られた。ちょっとホラットさんその虫なに!?なんですり潰してるの!?」

『これはミエットの幼虫よー、これとートロサの葉を一緒にすり潰して傷口に塗るの』

「うわぁ・・・。で、最後に『痛い目に合いたくなかったら明日狼達を俺達の所に連れて来い』って言って3人は帰っていった」
『ふんふんふーん(ごりごりごりごり)』

「次の日は、傷から熱がでて僕は一日寝てた。そもそも俺達の所に持って来いって言われても、持っていく場所知らない上に、渡す気なんかさらさらなかったけどね」
『できたっ!ちょーっと痛いけど我慢しようねえ』

「それで今日、ファーガスに3人の家の場所を聞いて、マイルとドランをそれぞれ待ち伏せて1対1でケンカしたん・・・・うぁ!いたい!痛いよホラットさん!?なにそのネバネバしたうす緑色の物体は!?え、なんでまだ刷り込もうとしてるの!?ちょっと、まって?あ・・あああああああああああああああ!!?」
『うふふーぬーりぬーり』

「そ・・・それで、2人ともケンカして泣くまで殴って帰ってきて、ここに・・・」

「ノルよ、無理するなよ・・・」
『次は体かな?服脱がせるわよー』

「まってホラットさん!脱ぐ!自分で脱ぐから!」
『そう?』

「なんで残念そうなんだ!」
『だってーノル君の体が気になるじゃない?怪我とか大丈夫かなーって』

「うう・・・なんだかもうぐだぐだだよう」
『あらー結構体も擦過傷とかひどいわね』

「え・・?塗るの?それ。大丈夫、もう自分で処置したから」
『応急処置でしょー?傷のことなら私に任せて!』

「ちょ・・まって・・うぁ・・・あ・・・あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『コレ塗っておけば大丈夫よ!』

「・・・・ゴホン。3人とも、ノルの言ってたことはそれで合ってるのか?」

「・・・うん」「・・・うん」「・・・はい」

「ノルエンはなんかもう見てて可哀想になってくるから置いておくとして」

「シクシクシクシク」
『ほらー傷ついたら今度からちゃんと来るのよー?』

「年下を3人で殴る蹴るするのも気に入らんのは確かじゃが、今回の焦点は狼2匹を暴力で脅し奪おうとした点じゃな」

「こんなことになるかもしれないと思ったから、親には話さずに僕らだけでどうにか治めようと思ったのに・・・うぁ、痛みと匂いで涙でてきた」

「臭いのう、ノル、あっちにいっておれ」

「ひどくない?それ!?」
『それじゃあ向こうで包帯まいてあげるわねー』

「ウォルフとウィフは一応家畜扱いとなっておる、家畜を盗んだ場合の罰は追放じゃ。今回は未遂とはいえ、暴力で奪い取ろうとしたことがちょっとまずい。いまだ成人はしていないからという問題では済まぬ、かといって実際は盗んだわけでもないしのう」

「うぁぁぁぁぁぁぁ!なんでまだ塗るの?いじめか?これはいじめなのか!?」『塗り忘れと、薬余ってるからついでにいっぱい塗っておくわねー』

「まぁ厳重注意ってところじゃな、罰は・・・そうじゃのう。おぬしらそれぞれの家で、井戸を掘ること。家族が手伝っても構わん。ノルはこの家にある井戸を一人で掘ったらしいが、本当か?」

「シクシクシクシク・・・2ヶ月くらい掛けてほとんど一人でやった・・・よ」
『もーノル君があんなの作っちゃうから、掘る場所を占ってくれって皆に言われて私忙しかったのよ?くやしいから顔の傷にも薬塗ってあげちゃう』
「うぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うむ、まぁそんな感じで今回はよしとしよう、3人ともそれぞれ家で存分に怒られれば良い。ああ、ホラット。ついでにこの3人の傷もみてやってくれ」

「うははははあははは!僕の受けた痛みと苦しみの半分でもその身で受けるといいさ!」
『ノル君治療したら元気になったわね♪』

「なお、ここでした話を他に漏らすことは無いように。もし何か聞かれても、子供のケンカだったってことで口裏を合わせておくこと。まあそこの3人には、年下のノルに負けたという印象がつくわけじゃが、そこは甘んじて受けておけ。これも罰じゃよ」


なんかもう、ぐだぐだである。

この後、治療を受けた3人はマジ泣きした。

それぞれの家庭でこってりと叱られた後、家族で穴掘り作業がんばってくれといった辺りでこの1件は収束するかに見えたが、最初のケンカを見ていたメリスが彼女の友人達に『3人でノル君を苛めてたけど、ノル君一人一人とケンカして勝っちゃった』のような話を広めてしまい、彼ら3人の『年下に負けた男』という印象は、1週間もしないうちにディアリス中に広まった。

幸運だったのは、家の中に居たことで狼を寄越せと言っていた件を聞いていなかった事だが、ついでに私にも『怒らせたら怖い子』という印象が女の子達の間で広がっているとノエルに聞いた。

ファーガスは彼らと遊ぶことが少なくなり、大体私のところに来てはくだらない話をしたり、一緒に散策したりしている。


麦踏みの時期が差し迫った冬のある日の出来事






といった感じでこの話は終わりです。
一度フルボッコ編を書いたのですが、後に繋がっていく話とか考えると
主人公何者だよ?とか、やりすぎだよな!とかそういうイメージしか浮かばなく、後に話を繋げていくのが難しくなりそうだったので、全部修正して書き直し。
ホラットさんを呼んでみたら、えらいことになっちゃった今回のお話。
ほとんど会話というこの作品にしては異色の展開で進んでみました。





[8853] 8歳の冬 7
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/14 14:18


8歳の冬 7



麦踏み祭りも終わり、肌を刺すような冷たさを感じた風が幾分柔らかく感じてきた頃、私はファーガスを連れ立って毎日付近を散策していた。

冬になると冬眠する小動物も多いので林や森はいつもと比べて静かなもので、たまに小動物を主食とする中型の動物の糞や足跡等の痕跡が見受けられる程度だった。

ファーガスは毎日のように散策を繰り返していた私と違い、そういった林や山に入る場合の注意点のようなものを余り知ってはいなかったが、私について回ることで色々な知識を吸収しはじめ、一時は数時間もしないうちに青息吐息の有様だったが、最近は軽く息切れする程度でついてくる。

ファーガスはどちらかと言えば頭脳労働のほうが向いているようで、様々な知識を自分で噛み砕いて吸収していく様は見ていて面白い。
もちろん体力が無いというわけでもなく、単純な力比べなら私よりは強いし、田舎暮らしの少年のようなスタミナも持ち合わせている。ただしその年齢にしては、という注釈は付くが。

私のところに最初に現れた頃は、どこかびくびくして自分に自信がないような雰囲気を感じられたものだったが、最近の彼は何かに目覚めたかのように活き活きと日々を生きている。

長やコルミ婆さん等に昔話や生活の知恵の話を聞いている時も、疑問点を見出したらそれをすかさず質問しているし、私のように疑問に思っても「そういうものだ」と納得してしまう姿勢とはまた違った考え方を持つファーガスは、付き合っていても面白いのだ。

ウォルフやウィフが獲物を捕まえてくると、私は毛皮を剥いで彼は焚き木を拾いに行くという作業分担がいつの間にか決まり、二人と二匹で焼いて食べているという半野生生活にも順応しはじめ、成長期に差し掛かった彼はガツガツと肉を食べるし、下手すると足りないとか言ってウォルフやウィフが食べている獲物から少し肉を奪ってくる事もある。

奪ってくる際に、2匹に『がうっ』と怒られる事もあるが、彼は笑いながら2匹を宥めてそれでも肉はきっちり頂いてくるのを見て、狼から肉を奪う彼の姿に呆れることもあった。

このまま成長したら、きっとひとかどの人物になれることだろうと思われる。例えば長のような



今年の枯れ穂奪いは、来年成人のエラシアという女の子が勝利した。

下馬評では、ガト・マイル・ドラン達が取るだろうと言われていたが、毎日井戸掘りでへとへとの体の彼らは体力が回復していないのか、些か精彩を欠く結果になったようだ。

まぁ身から出た錆とでも思ってもらうしかない。

彼らはマイル以外は次男・三男にあたるために、井戸を掘ったとしてもやがて家を出て行く立場になる。掘って井戸ができたとしても、それが最終的には彼らの財産?にはならないのでドンマイといったところだ。

まあ、家を出た後でも実家に水を汲みに行けば済む話ではあるが、それはそれだ。



エニシダに交易に出ていたイグルドが帰還したが、炭以外の品を置くと3日とおかずにモルド爺さん達を追って西に向かって出立した。という話を長に聞いた。

エニシダに居る間に、炭作りのノウハウを教えてほしいとエニシダの長に頼んだが、返事は良くないものだったそうで、計画が一時頓挫して困っているという。

現時点ではどうにもならないことなので、エニシダの長と話し合ってその辺りの妥協点を探っていってもらいたいものである。

私がレンガを作って窯を作れば、いつか炭作りにも挑戦したいとは思っているが、先に作りたいのは陶器用の窯であるし、それは炭焼き用の窯とは違いこじんまりとした個人用の窯を作るつもりなので、できてもいないうちからそれを長に話す必要も無いし話すつもりもない。

炭を安定供給できるほどの大きい窯を作り、陶器を作るときだけレンガで敷居を作って小さい窯として使うという発想も浮かんだが、作るのは私である。

極力手間を掛けないで作りたかったので、それを長に話すことも無くとりあえず小さい窯を作ることを重点的に考えたかった。

炭作り用の木材は現在乾燥させるために木工工房の倉庫に積まれている。それらが活用の機会を与えられるのはいつになることだろうか?
先走りしすぎた結果と言えなくも無いが、木材を乾燥させるには大きいもので年単位の時間を必要とするものなので、あるに越したことは無いか・・・と思う。


ファーガスには窯を作るつもりであるという話はしてあるのだが、窯がどういう物なのかは分かっていない。

レンガを使って作るというところまでは話をしてあるが、そのレンガ作りも春になるまではお休みの予定であるし、粘土も無いのでどちらにせよ作ることはできないが。

なので私達は毎日林や森を駆け回り、春を待っている。



1年が過ぎてウォルフやウィフも随分成長した、私の膝下ほどの大きさだったのが、いまでは頭の高さが胸に届きそうなほど成長しており、ウォルフなんかは私を乗せて歩くことすら可能である。流石に走ることはできないようだが

オスとメスでは身体的特徴が微妙に異なり、オスは力が強くメスは素早さが強い種族なのかもしれない。

ウォルフはウィフと走ると若干遅れるが、ウィフはウォルフほどの力は無い。よくできたものである。

獲物を捕まえる頻度も、ウォルフよりウィフのほうが多く、しかし狩る様子を見ているとウォルフは獲物を狩るときの囮を務めているように見受けられる。

集団戦を得意とするといわれる狼の特徴を生かしたかのような狩りは、見ているだけでもなかなか面白い。

ただ、彼らの食事量も大きくなるにつれてどんどん多くなってきているので、魚を釣る時間が増えてきているのが少しネックである。

そこで、とってきた獲物を燻製にすることを試してみた。

午前中に採ってきて捌いたヘンネルを河原でよく水洗いし、後足だけを切り取って置く。

庭のノボセリの木に麻紐で結わえたヘンネルを吊るし、下で焚き火をするといった手法である。適度に生木を加えれば、煙がよくでることだろう。

火の番をしながら焚き火にあたり、ファーガスと話をしていると、ノエルが庭で何をやっているのか?と聞きにきたので「燻製を作っている」と言うと見学すると言ってきたので、3人で焚き火に当たりながらとりとめもないような話をした。

さきほど切り取った後足が、程よく焼けてきたのでそれをウォルフとウィフに投げ与える。

ムーンサルト半捻りキャッチを披露してくれた彼らだったが、肉の熱さに咥えた途端肉を離し、姿勢が崩れたまま地面に落ちて悶絶していた。
私を含め全員がそれを見ていて3人で大いに笑ったが、狼も悶絶するのだという事を学んだ。

ヘンネルを燻し続けて2時間。ノエルは「まだできないの?」と聞いてくるが、匂いをつけるだけの燻製ならばもう降ろしても良い。

私の言う燻製は保存のことも考えて作ろうと思っていたのだが、そのまま燻していたらメリスとトニ&メルが遊びに来てしまった。

煙を見て何をやっているか気になって遊びに来たという彼女達に、今日は燻製を作ることを諦めた私は、麻縄を外して薫蒸していた肉に木の棒を刺し、いつものように焼き始めた。

ほどよく表面が焦げるほどに焼かれた丸焼きが完成し、焦げるほどに焼かれた肉を家から取ってきたナイフで削るようにこそぎ落とし、肉片をノボセリの葉の上に置いていくと、全員が全員置いた端から食べて行き、私もこそげ落としながら食べてみたのだが燻製されたせいかいつも食べているものよりも味が幾分引き締まり、なかなか美味しかった。

ウォルフとウィフが私に縋りながら「ヨコセ!ヨコセ!」と言わんばかりにその毛並みを座っている私にこすり付けてきたので、鉈で胸から上の部分を叩き割り彼らに与えると、彼らも奪い合うようにそれをむさぼり食べていた、骨も残らないほどに。

トニとメルには「ここが一番おいしいんだよ」と言って骨の付いた肉を渡し、歯で削るように肉を食べている彼らに「食べ終わったら骨をウォルフとウィフ」にあげればいいよーと言っておく。

私もナイフで肉を削り終わった後に、骨に残っている肉を削るように食べて、ファーガスを見るとノエルとメリスに囲まれて3人で仲良く談笑していた。

両手に花でうらやましいことだ、と彼を見ていたら、会話の途中で私をふと見た彼が私を見て引きつった顔を見せてきて、会話の途切れた一瞬にすっと立ち上がると私の肩を掴んで「ちょっとトイレいってくるね」といってその場を後にする。

小用をしながら

「で、両手に花のファーガス先生。どっちが好みなん?」と聞くと

「どど、どっちってなに?それと両手にはははなってどういうことかな?」

「ファーガスは両方好きなのかー、将来女誑しになるかもな!」そう言いながらハッハッハと笑い、焚き火のほうに戻る私の後ろから

「どっちも好きだけど、女誑しってなんだよう!」と、小声でぼやきながら慌てて付いてくるファーガスに

「まあがんばれ?」と、意味の無い応援をしてあげて、焚き火に当たりながら朗らかに笑っている彼女達の元に歩き始めた。





そんな冬の日の出来事





さて、この話についてですが
伏線というほどのものではないが、今後に繋がる(主に春の話)お話として書きました
実際は、もう8歳の冬に書くべきことはほとんど無く、この話を書かずに9歳春に突入しても良かったのですが、ワンクッション置かないと次の話を書く際に行き成り説明くさい書き方をダラダラと続ける必要があるように感じられたので、書かれた話です
なので今回はそれほどのエピソードは特に無し。後半はきままに書いてみましたがw

前回の会話形式での文は、会話の練習も兼ねて会話主体の文はどのようなものになるか?という実験的な部分も含んだもので、会話に会話を重ねる手法としてホラットさんを出してみたという所です。
前回の話については肯定や批判の声がとても多く、中には作者が別の人ではないか?とおっしゃる方も居られましたが、中の人は同じ人でありますw

様々な意見に左右されて書き方を変える等の事は恐らく無いと思いますが、たまにああいった実験的な書き方も試してみたいとは思う次第ですので
今後書き方が微妙に違うな?というときも生暖かく見守るなり、激しく糾弾の意見を述べるなりおねがいします。

どちらにせよ私の作品を見てくださることはありがたいことですので、感想の言葉を胸に今後の展開を適当に捏造しながら書いていこうと思う次第です。





[8853] 9歳の春
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/15 03:47


9歳の春



冬が去り春が来て、いまだ風はやや肌寒いが、日差しは暖かなものに変わり始めている。

この時期になると、ウージの林ではドスンドスンとその実を落とし始め、ディアリスの民はこれを指して春の神様の足音と呼ぶ。

勿論、ウージの実が落ちる音がそれほど遠くまで聞こえるわけではないのだが、近くにいれば落ちる音は聞こえるし、夜皆が寝静まった頃に落ちるソレは、大地を振動が伝わり寝床で寝ていると落ちたのが判る事もあるのだ。

またひとつ年を重ね、一年前に身長を測った時よりも、3cmほど背が伸びていた。
しかし3cmである。成長期のはずなのに3cmしか伸びないというのはいったいどういうことなのだろうか?ただでさえ同年代と比べて身長が低いほうであるというのに、このままでは大人になっても小さいままになってしまうのではないか?と、無駄に心に重石をのせたような気持ちになる今日この頃である。

肉食べているのに・・・骨すら齧っているのに・・・・



春になる直前に赤土の荒野へモルド爺さんの応援に行っていたイグルドさんは帰還したのだが、今度は塩を交換に行くのだと言って休む間も無く出て行った。

長に聞いたところ、エニシダよりもさらに北東の寒風吹きすさぶ谷の中に、フェアウロウフォアという塩の泉が有るという。その谷の近くに集落があり、その名をフェアウロウフィーアと言うのだが、去年は凶作だったらしく交易で作物を主に持ってきて欲しいとの連絡があったそうで、それを聞いた長が帰ってきたばかりのイグルドさんに作物を持って早めに行ってきてくれとの要請を出し、彼は休む間も無く出て行ったのだ。交易隊は大変そうである。

ちなみに、フェアウロウフォアというのはウロウ神の涙という意味だ。

話を聞いた限りだと、風吹きの谷と呼ばれる地域のある場所に塩で出来た泉があり、その泉は海の神様であるウロウ神が涙を流してそれが乾いたから出来たのだ。と、信じられているらしい。

実際は、海が閉じ込められて出来た湖が、火山活動等によってそれを残したまま地盤ごと移動し、なんらかの原因で水分が飛んだ結果、塩が大量に残ってそれが泉に見える。といったところだろうと推測している。

風吹きの谷はその名のとおりいつも強風が吹いているような土地という。

谷の間は数百キュビット程度で、谷を形成する断崖の高さは80キュビットほど、谷の長さは4千ランビットほどと言われている。ちなみに4千ランビットは50km程度と解釈すればよい。

人が住むには厳しい土地だと思うのだが、ウロウ神を信仰する民が集落を形成しはじめてできたのがフェアウロウフィーアという所で、この意味はウロウ神の麓という意味を持つ。

ウロウ神を信仰する民は、どちらかというと海際の集落に多いという話のついでに聞き及んだのだが、フェアウロウフィーアの民はウロウ神の涙をもって日々の糧にするのだ。
という精神で、風吹きの谷の入り口近辺に集落を形成し、塩を採取しながらそれを交易しているらしい。もちろん作物も育てているのだが、それが不作だったのだろうとのこと。

ウロウ神の涙からできた塩を交易品にするあたりは、ウロウ神の信者?としてはいいのだろうか?という話も長に尋ねたのだが、かの集落の民はその塩をウロウ神からの贈り物だという認識だそうで、贈り物を交易に使うのは彼らの裁量である。ということになっているらしい。

ウロウ神の塩を売ろう と、前世の言葉を使ったダジャレが浮かんだが、誰にも語ることの無い、そして誰も理解できない私だけのベストヒットになったのは秘密である。



毎日ファーガスを伴って近くの林中を駆け巡っていたおかげか、コルミ婆さんに届けていた野草や木の実の類は半年分程の量があるらしく、薬草の倉庫に入りきらないからしばらくは持ってこなくて良いと言われてしまい、私は手持ち無沙汰だった。

もっぱらウォルフとウィフの狩りの腕を上げるために獲物を探してウロウロすることはあるが、林や畑に出没するのは大きくても猪くらいのもので、猪は強敵すぎて今のウォルフやウィフでは勝利が難しい。

なのでヘンネル等の小~中型の獲物を狙うことになるのだが、これらだと彼らは割合簡単に狩猟してしまうので狩りの腕が上がっているのかどうかの判別はつきにくい。

林に居た猪と遭遇したことはあるのだが、タイミングの悪いことにその猪は子持ちで、子供を守るためにその親猪が奮戦し、その分厚い皮下脂肪のせいでウォルフやウィフの牙や爪もほとんどの効果を得られぬままに逃走するほか無かった。

以来、猪を見るとウォルフやウィフは威嚇するだけで襲い掛かることは無くなった。

野生動物は健康が命綱なのである、怪我をして狩りができなくなれば、それは死ぬことと直結する。若干悔しそうに唸るウォルフとウィフを撫でて慰めた。



燻製も何度か挑戦してはいるのだが、薫蒸した肉を焼いて食べると美味いことを知った姉やメリスが、家で煙が立ち上っているとほぼ毎回現れるようになり、薫蒸中の肉と私を見詰めてキラキラとした期待する目を投げかけてくる。

毎回それに負けて、彼女達と肉を食べることになるのだが、結局燻製が完成するのがいつになるか私には検討もつかない。

どちらにせよ、私が目指しているのはビーフジャーキーのようなカリッカリに乾いたものなので、塩が貴重な現在ではおいそれと作れない。いつか交易で塩を大量輸入できるようになったら、挑戦してみたいものである。

ちなみに燻製肉の煙が上がっていると、メリスとトニ&メルが見つけた場合、双方に知らせずに現れる。人数が増える分食べられる量が減ると思っている彼女達は、双方が現れるか、メリスだけ、もしくはトニ&メル。下手するとトニとメルのどちらかが現れるといった事もあり、燻製を作っているときに誰が最初に現れるのか?そして今日は誰が来ないのか?といった賭けをファーガスとしているのが、近頃の楽しみである。
ちなみに姉は煙が上がると一番最初に現れて、誰かが来れば自分が食べれると思っているようだ、だから彼女は賭けの対象にならない。



そんなこんなをやっているうちに、モルド爺さんが帰還した。
台車に詰まれた鉄のインゴットは数百キロ程の量、今まで持って帰ってきていた鉄の量の凡そ10倍の量である。

レンガで造った炉は、何事も無く稼動したそうで、今後もこのように鉄を精錬して帰ってこれるならば、いつしか交易品に鉄製品を並べることも可能になるかもしれないなぁ、等と長と話して笑いあっていた。

モルド爺さんに粘土が無いので取ってきてほしいと言うと。
「任せておけ!」と言ってくれたので、そのうち取りに行ってきてくれるだろうと思われる。

そんな春の日々







次回から本腰をいれてレンガ作りに入る予定
しかし予定は未定



[8853] 9歳の春 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/15 17:17



9歳の春 2



モルド爺さんに粘土を頼んで数日。

モルド爺さんが粘土を掘りに行くのに私は連れて行かれた。

朝食を取っているときに、フラリと現れたモルド爺さんとミケーネ。

「ちょっと坊主借りてくぜ!」とモルド爺さんが言うと、朝食のパンを咥えていた私にミケーネはスルリと近寄り、屈んで何をするか?と思いきや私の腰に腕を回してそのまま持ち上げた。

拉致同然に小脇に抱えられて私が連れ去られるのを、家族は呆然とみていた。



そして私は台車の上である

舗装もされていない道なき道を進むために車輪はちょっとした段差に跳ね、衝撃吸収のスプリングのようなものも当たり前のようについているわけもなく、私の尻を突き上げるようにゴツゴツと響く振動は、長時間座っていたら下手すると痔になるのではないか?という危機感を覚えるほどのものであった。


ディアリスを出て、朝から歩いて約半日。太陽が中天に差し掛かる少し前に採掘現場に到着した。

川沿いにある粘土採掘場は、丘が削れたような形状で断層が顕になった面白い地形だった。

恐らく川が増水したときにこの丘にぶちあたり、元の流れに戻っていく過程で削れた丘が、古い地形を表面に出したような地形で、私はそれを見た時恐竜の化石もでるかもしれん!と、妙に興奮したものである。

丘が削れて出来たと思われる断層が、緩やかに曲がる川沿いに数キロ続いており、川が増水していないときは断層沿いに入っても川は採掘するところまでは来ないそうである。

5mほどの高さの断層の中腹に粘土層があり、それを削って持ち帰っていたという話をモルド爺さんと交わしながら、鍛冶職人4人衆が器用に断層を登って粘土層を削りだしているのを私は眺めていた。

粘土を台車に山盛りにして、全員でそれを押しながらの帰り道

「なあ坊主。わしらこれからしばらく忙しくなるから粘土が無くなってもそうそう取りにいってやることはできん。じゃから、今度からは自分で粘土を取りにいけ」と、無茶をいう爺さんに

「僕の体力で粘土持ち帰るのはちょっと無理じゃないかな?」と、台車の後方を押しながらそう言うと

「なに、量を減らせばなんとかなるじゃろ・・・・たぶん。台車もしばらくは使わんから好きに使えばいいしな」

「いや、いま運んでいる半分の量でも多分無理じゃないかな?」

「そうかのう・・?まあ代わりと言ってはなんじゃが、持ち帰った鉄は相当量あるから欲しいものがあったら作ってやらんでもない。それか、自分で鉄叩いてみるか?」

なんという魅力的な取引だろうか。

もちろん欲しいものなどいくらでもある。

ナイフ、斧、木材加工用の様々な道具、フライパン等の調理道具や、肉を焼くときに便利そうな鉄串等、まさに夢が広がる。

そして私は、後の事も考えずに提示された条件にほとんど躊躇いも無く肯いた。

粘土を積んだ台車とともにディアリスに戻ると、もはや日が暮れかけた頃だった。



次の日からファーガスを巻き込んでレンガ量産体制に入った。

持ち帰った粘土を使い、一日50個強のペースでレンガを作っていく。私は粘土に水と砂を加えて練り上げ、煉りあがった柔らかなそれをファーガスが型に入れて形を作り、日の当たらない場所に置いていく形で進められたそれは、2週間もたった頃粘土が枯渇してしまったほどのハイペースだった。

もちろんレンガの形を作ったとしてもすぐに使えるようになるわけでもなく、最初に作った頃のレンガが丁度良く乾燥されていたので今度はそれを火にかけて焼き締める工程に移る。

ウージの林を避けながら私とファーガスは焚き木拾いに駆け回り、レンガ作りを始めて30日ほどたったその日、出来上がったレンガの総数はなんと700個に達した。

そしてこれを使って窯作りに入ろうと、昨年整地したがほったらかしになっていた窯作りをしようと思っていた場所は、春の芽吹きを感じられるといえばいい言葉であるが、雑草が繁茂し、風雨に晒された切り株が湿ったまま転がり、昨年食べたウージの実の殻がいくらか落ちているという見ていると悲しくなるような光景であった。

いや、わかってはいたのである。狩りをしているときや散歩をしているときもこの場所の近くを通りかかることは良くあった。

いつか整理しないとまずいな、まずいな、と思いつつも、先が見えない窯作りの為におろそかにされていたその場所を、とりあえず片付けることから始めないといけないことは判りきっていて放置していたのだ。

何をするのか良くわかっていないファーガスと、場所の片付けを始めて3日。

最近体力がみるみるついてきたファーガスを伴い始めた場所の片付けは、私がひとりでやっていた頃よりも数倍の速さの効率で場所を整理することができた。

次の日、さぁレンガを運んで窯作りに入ろうじゃないか!と、意気揚々と鍛冶工房の隅に置いてあるレンガを運ぼうとしたら、作ったはずのレンガが半分以上喪失していたという現実に突き当たり、私は凹んだ。

「なぜだー!」と叫んでいると、私の声に気がついたのかモルド爺さんが工房から現れて

「レンガもらったぜ!」と、満面の笑顔で語る

原因はモルド爺さん他鍛冶工房の職人達である。

今までよりも持ち帰ることが出来た鉄の量が増え、鉄に十分な余裕ができた彼らは、それまではアシストを主な仕事としていたミケーネとテグサにも本格的に鉄を打たせることにし、それならば鉄を溶かす炉を新たに据えるか!という話になった所で、それもレンガで造ればいいや、と出来上がったばかりのレンガを使い、炉を作りましたとさ。

そして私の趣味の窯作りは、3歩進んだかに見えたが実際はその後に2歩下がるといった結果に至ったというわけである。

私が欲しいと思っている道具等は、練習も兼ねてミケーネとテグサが作るということになっているらしいので、全体的に見れば後退しているわけではないのだが、テンションは駄々下がりだ、思わず

「モルド爺ちゃんのあほおおおおおおおおおおおおおお」と叫びながら日の暮れ掛けたあぜ道を走った。

ファーガスをその場に残して。

何事も一朝一夕ではまま成らぬものであると判ってはいるのだが、いつになったら私は窯を据えることができるのだろう?と、窯を作るために整地した場所で膝を抱えながら思った。

ほんのり涙目の私を、ウォルフとウィフが必死に慰めようとして体を擦り付けたり顔を舐めたりしてくれてたのが、少しだけ心和ませるひと時であった



そんな春の出来事





[8853] 9歳の春 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/17 16:52


9歳の春 3



窯を整地することはしたものの、どれくらいの大きさの窯を作るかという事で悩んだ私は、大体3畳分の広さの窯でいいや、と適当に決定し現在残っているレンガの数とこれから作成しなければならないレンガの数を計算してみることにした。

レンガの大きさは、縦8cm 長辺20cm 短辺10cmの大きさで規格統一しているので、粘土を練ったときの水分含有量の差なのか数ミリ程度の誤差はあるが問題にならない程度には出来が良いものと私は思っている。 

それを使用して幅160cm 深さ240cm 高さ160cmほどで、熱効率を考えて高さ1mのあたりから半円状のアーチ型の窯を作成することにしようと決めた。

さしあたってレンガの必要量を計算すると、とりあえず1mの高さで4方の壁を作るだけで480個のレンガが必要。

そこから半円状のアーチを作る分を円周の長さを計算して、半円分のレンガの量と円周分のレンガの数と正面と奥の壁の半円の部分を埋めるレンガの数をアバウトに考えて、全体で大体800個強くらいは必要だということが分かった。

モルド爺さんと持ち帰った粘土の量では、微妙に足りなかった事が判明し、微妙に萎えた。


ウォルフとウィフが狩ったウサギを焚き火に当てながら、暇つぶしに地面に木の棒を使って計算をしているのを、横目に眺めていたファーガスは、私がいったい何をしているのかを聞いてきたので、窯を作るのにいったいいくつのレンガが必要なのか計算していたことを教えると、何がどうなってその数になったのかということが理解することが出来ないようで、得体の知れないものを見たような顔で私と地面を見詰めていた。

そもそもディアリスでは数の概念は非常にアバウトである。

穀物庫にどれくらいの作物が納入されたかによってその年の豊作、不作を判別しているし、数の数え方も万の単位までは一通り一応あるのだが、ある程度以上になると『いっぱい』という言葉で済ませられたりするのだ。

例えば、母が「今日は木イチゴのパンを食べたいからいっぱい取ってきてほしい」と言ったとする。

それに答えて100個以上の木イチゴを摘んでくると、「多すぎ」と窘められることもあるのだ。

個人の裁量でいっぱいの価値が微妙に異なってくるので、何を指していっぱいとするのかは難しいと言わざるを得ない。

筆記もそれほど発展しているわけでもないし、主に手紙として使用されているものは皮紙で、集落と集落の連絡手段として共通の文字も一応あるのだが、それを教える手段がほとんど無いといった現状で、ディアリスの民全員が文字を扱えるわけでもなく、ディアリスで文字を使えるのは長を含めた一部の大人達くらいのものである。それも数人くらいのものだ。

私は勿論使えるわけが無い、そして識字率すら低い集落に、計算という概念が浸透していないのも仕方が無いといえば仕方が無い。

有体に言えば、ほぼ自給自足の生活に計算などほとんど必要ないのである。

私が地面に描いていた数式は、ファーガスにとっては得体の知れない絵を描いている私にしか見えなかっただろう。

地面に描かれた数式を眺めながら、頭を傾げてそれを理解しようとしているファーガスに

「あんまり無理に考えすぎても仕方ないさ」と、煙に巻いて

考えても仕方ないから明日は粘土を取りに遠出しようかーということで話を纏めて、パチパチと音を立てて燃える焚き火の音に心を委ねる。

浮かんでくるのはこの先の事。

窯を作るのはいい、最初からそれに向けて井戸を掘ったりレンガを作ったりしてきたのだから、途中途中に横槍が入ったりはしたものの、窯を作った後のことを考えれば、モルド爺さんから鉄器の優先的供与等の副収入が得られるであろうことは喜ばしい限りである。

陶器を作るといっても、それに合った粘土や、陶器を作成する段階でロクロのようなものを用意するのか否か?といった問題も、そのうち解決していけば良い問題だ。

窯を作るといった知識があっても、陶器にあった粘土などの知識は私には無い。

恐らく何度も失敗しながら、試行錯誤の日々になるのだろう。と、考えていると

焚き火を見詰めながら、その実焚き火を全く見ていなかった私の意識を戻すように、ウォルフが私の背中に覆いかぶさるように体重を掛けてきた。

「ヘッヘッヘッヘ」と、私の顔の横で舌をだして「肉!肉まだ?」とでも言っているようにも見える彼は、私の頬をペロッと舐めると私の背から折り、切り株に座っている私の膝の上に顔を乗せて上目遣いで私の顔を見詰める。

そんな彼の頭をワシャワシャっと撫でて、火に当てていた獲物の様子を確かめると、丁度焼け頃のようだった。






次の日、私は朝からファーガスを伴って粘土掘りに出発した。

できるだけ急いで向かった為に、前に来たときよりは幾分早く断崖に到着し、前回来たときに断崖から落としたままで残っていた少量の粘土を台車に乗せるのをファーガスに任せると、採掘用に掘られている足場に足を掛け、粘土の断層まで上がるとそこから粘土をほじりだす。

粘土を台車に乗せながら、山盛りの粘土を運ぶことは無理なことは承知していたので、台車を動かせるか確かめながら積んでいくと、いつもモルド爺さん達が持ち帰る大体半分弱くらいの量ならば運べることを確かめた。

そして台車を引いて帰る道

「んぐぐぐぐぐ・・・!ノル君。これ遊びでやる作業・・・なのか・・なあ!」

「んぎぎぎぎ・・・・っくう!いや、もはや子供の作業ですら・・・・ないよね!っと」

「だよ・・・ねぇぇぇぇ!っふ」

「ふぁーがすー、僕と・・・一緒に・・・遊んでる時点・・・で・・・普通とかかんがえないほうが・・・・いいぞぉーう、そいやー!」

「「ウォルフ!ウィフ!台車にのるんじゃない!」」

等と話しながら、ディアリスに帰った。



身長は伸びないが、体力は付き始めた春の出来事






[8853] 9歳の春 4
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/17 16:51



9歳の春 4



何度か粘土を採掘に行ったが、なんとかレンガ作りも完了し、あとは陰干ししてある分に火を入れれば完成するかと思われる。

モルド爺さんにはレンガは使うから勝手に持っていかないで欲しいとの旨を述べ、レンガの価値はディアリスに広まってはいないので勝手に持っていく輩もいないと思われる。

火を入れる作業は、一気にやってしまおうと言う事をファーガスと話し、レンガを囲い状に陰干しが終了したレンガを使用して組み上げ、1週間もすれば残りの陰干しが完了していないものも組み上げることができるだろうとファーガスと話をしていたその日の午後、私は長とコルミ婆ちゃんに捕まってお茶を作らされていた。

試行錯誤を繰り返したおかげか麦茶を作る腕が向上し、味、香り、色等が麦茶であると言い切れるほどのものが出来るようになっていた。

大麦自体は、シアリィに使われたりパンを作ったり等で大量に栽培されているわけだが、麦茶を作るために何度も貰うわけにはいかない。麦茶は所謂嗜好品であり、そのために大麦を何度も親に無心するのは躊躇われた。そこでどこから大麦が出ているかと言えば、長とコルミ婆ちゃんから貰っているのである。

もちろんシアリィも嗜好品ではあるが、ディアリスの民が認めている上に酒好きの民全体で協力して作り上げているものだ。ぽっと出の一部の人が愛飲しているだけの麦茶とは、必要とされる価値が違うので仕方が無い。一部の人というのは、私、長、コルミ婆ちゃんくらいのものである。ファーガス他何人かも飲んでいるが、私に付き合っているから飲んでいるだけなので、わざわざ所望してくるわけではないので割愛とする。

集会所の脇にもはや当然のように置かれている石組みの竈に火をつけると、カバンからミケーネに作ってもらった小型のフライパンを取り出し、そこに長から受け取った大麦をザラザラと入れて焙煎にかかった。

この小型のフライパンは、ミケーネに作って欲しいと頼んだ一品である。
これの形を説明するのに、1時間ほどのディスカッションを行い、作っているミケーネの後ろからああだこうだと激を飛ばしながら完成させたものだ。鉄を熱しながら「底は平たく!」とか「取っ手は熱くなるから長めに!」等の注文をつけながら、必死で槌を振るうミケーネは、汗だくになりながらも私の注文に忠実に作ってくれていた。

取っ手に皮を巻いて熱が直接私の手に感じないように作られたそれは、丼物を作るときの小さいフライパンに似ている。
小型で扱いやすく、私でも扱いやすい重さで、カバンにいれて持ち運べる利便性。良いものである。

他にも木工細工用にノミを3種類、レンガ積み用の左官風レンガ鏝と壁面に柔らかい粘土を塗りつけるのに便利そうな塗り鏝も作ってもらい、その使用方法が分からずに首を傾げながら作ってくれたミケーネとテグサには感謝している。もちろん泥をならす為の木製の鏝のようなものは存在しているが、鉄製のそれは存在していなかった。

鍛冶職人になっても、10年近くは下積みで槌を振るえないだったはずだったから という理由で、逆に彼らにも感謝されているので、私と彼らの関係は特に問題もなく「欲しいものがあったら言ってくれ」と言ってくれる彼らには頭が下がる思いではあるが、等価交換のようなものだということで割り切って、これからも彼らの好意に縋ってしまおうという腹黒い思考ももちろんあるわけではあるが。

実際の所、使える鉄の量が増えたといっても、今まで作っていた鉄製品の必要量が増えたというわけでもない。

十分な鉄の量に比べて、鉄製品を作る早さは従来とそう変わるものではないし、逆に言えば小難しいものはモルド、キープ、ダルセンの3名で作成しているので、ミケーネとテグサは作るものが少ないという事もあるし、私が作成依頼するものは何をするために使うものであるといった方向性を提示して作ってもらうわけではないので、未知のものを作るという行為に挑むといった内容が、彼らの向上心を刺激して、新しいものを作り出すといった冒険心を加速するといいなあと思っている次第である。


長やコルミ婆さんは、フライパンを見たときに「それは何だ?」と聞いてきたのだが、焙煎用に作ってもらったと答えると目を丸くしていた。
恐らく、それなりに貴重な鉄を使って焙煎するだけの為に作られたそれに対してのコメントのし様が無かったのではないかと思われる。

物の価値というものは、個人が決めるものでは有るが、それとは別に大衆的な価値というものもある。

フライパンの価値は私だけが知っている、そしてその価値を広める意義はあるのか?できることならばその価値には彼らで気がついてほしい。と思うのは我侭であろうか?

フライパンが各家庭にあれば、炒め物という食べ物のジャンルが広がる。食べるという行為は、人の三大欲と言われる 食欲 性欲 睡眠欲 の中の一つであり、豊かな食生活は豊かな精神にも結びつくと私は思っている。

私がフライパンの存在をディアリスに広めるのは、割と簡単な事だろうと思っているが、前世の知識を持つ私だけが知る技術や知恵のようなものを、ディアリスの彼らに押し付けることにはならないだろうか?もちろんそれは利便性に富み、教えれば彼らの生活空間の向上といった結果を得られることになるだろう。

しかし、それが便利なものであるからという理由で、私の価値感を彼らに押し付けることはしたくないのである。

「人は考える葦である」と言ったのは誰だっただろうか?

葦というものは風に弱く、すぐに曲がったり倒れたりしてしまう。木のように風に立ち向かうことも出来ない。だが、強い風が何度も吹けば木でも折れたり倒されたりしてしまうだろう。しかし葦は、風に曲げられても倒れても、風が止めば徐々に元の状態に戻っていく。逆境の中にあっても、何度でも立ち上がる様を人に例えたものとして、考えることが出来る。

その中で「考える」つまり知恵や精神性を指すものであろうと推測したものとして、その知恵を学ぶのは誰かに教えてもらう物ではなく、自ら身に着けるべき物として私は認識しているのだ。

教えてもらうというのも、自ら知恵を身に着ける手段の一つではあるのだから、話は矛盾しない。
ただ、私が教えるということは無いようにしたいのだ。

彼らがフライパンが便利なものであると認識することを私が広めるのではなく、基点としてあるだけにしておき、それの価値を私が決めるのではなく彼らが決めた上で必要であると認識して、初めてフライパンというモノに価値が付く。その後に、彼ら自身が鍛冶職人に依頼する等して手に入れれば良い。

私は好きなように生きようと思っているが、それに付随して出来上がったものを価値があるものとして広めたりはしていない。

レンガだけでも、様々な活用法はすぐにでも浮かぶ。

家の建材、竈、窯を作る材料にもなるし、巨大な建築物を作るのにも使えるかもしれない。

しかしディアリスの民は、レンガにどれほどの価値をつけることができるのだろうか?
今、レンガの価値を知っているものは私と鍛冶職人達くらいのものだろう。しかし鍛冶職人の彼らでさえ、レンガを使った何かを作るという発想が、生活観の向上という発想に至っていない。

私がレンガを使えばこういうことができるよ。と、教えるのは簡単だ。口頭で何が出来るか適当に話して見ればよい。

しかしそれはしたくないのだ。



裏事情的には、それを教えたとして「それを何故知っているのか?」といった質問をできるだけ回避したいという私の考えと、説明するの面倒くさいという思いが8割以上占めている。先に示したものはそれに対するイイワケである。勿論、示したイイワケの部分に私の本音が含まれているのも本当だが。

実際前世の記憶についてどう説明したらいいのか私には検討もつかない。

今の技術レベルとは比較にならない程進んだ未来の知識を、なぜ過去であるはずの今の私が前世として記憶を持ちえているのか?因果が逆転しているにも程がある。

未来の技術を過去に持ってくるなんていう荒唐無稽な話を、誰にどう説明したら理解してくれるのか誰か教えて欲しいものである。私ですら、これは夢なのではないかと今ですら思うことがあるというのに、だ。
現実とは小説よりも奇也どころの話ではない。



できあがった麦茶をすすりながらそんな事を考えていると

「ノルは時折難しい顔をして考え込むことがあるのう、若いうちからそんな顔をしておると将来眉間に皺が寄るぞ?」

「長の眉間を見てみなさい、何も考えていないからきれいなもんじゃろ」

と、私に話しかけてきた。

「若いうちは何も考えずに駆け回っておればよいわ、難しいことを考えるのはワシを含めて大人でなんとかするしのう」

「ゼンよ、あんたはもう少し色々考えること多いじゃろ、ノル坊やのように眉間に皺をよせてもっと考えんか?」

「なあに、ワシも後10年生きてるかどうかも怪しいしな、後のことは若いもんに考えさせればよい、じゃからワシはこうして子供を可愛がっておけば、それはディアリスの為になるんじゃよ」

「それは詭弁というんじゃよ、そういえば若いものといえば、次の長はどうするんじゃ?そろそろ誰か送っておかなくてはまずいんじゃないかの」

「しかしなあ、誰を据えるかといわれてもあんまり年とっておると、すぐにまた交代してしまうわけじゃが・・・・」

「うーん、最近の若いのに賢いのはおらんしのう」

「イグルドなら送らなくてもいいから、そのまま据えても問題ない・・・のか?」

「ふむ、今度の収穫祭で長の選考の議題でもあげてみたらどうじゃ?」

「うむ、そろそろやっておくべきじゃな。ところでノル、お茶が無くなった」

「ああ、私にもくれんかね?」

いそいそと彼らにお茶を汲みながら、話題変更にも程がある上に子供に聞かせる話ではないだろうというツッコミを入れるべきか止めとくべきか悩む。

私が口を挟む余韻すらない話っぷりに、長もコルミ婆ちゃんもあと10年どころか20年は生きるのではないか?と、思った




そんな春の日の午後







なんかうまくいえないけど、主人公の内面的な思いを文章化してみようと思ったので書いてみた。
一日でまとめきれなかったw

むしろもっと書いていたのだが、ダラダラと延ばすよりはということで結構な量を消したわけだが、これで皆様が理解してくれるのかドキドキw

モノの価値のお話

レンガを作っているノルだが、そのレンガの価値をディアリスの民が分かっていないというお話。

これは実際は陶器を作った後にやろうと思ったのだが、主人公の相対的な価値を高めないという作者のドS的な愛を表現したお話と見ても間違いではない。

もちろんディアリスの民も、その価値を考えることが出来る人はいるので、そのうち主人公は色々大変な事になっていくであろう。という意味での牽制の文であることも加味した上で、今後の展開を見守って欲しい次第です。







[8853] 9歳の春 収穫祭
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/19 16:13



9歳の春 収穫祭



今年の収穫祭は去年と比べるとあきらかに違う部分がある。

何が違うかと言われれば、まず出回っている小麦食品の量が少ない。

春の収穫祭は、前年に収穫されて貯蔵されていた穀物を放出して行なわれるものであったが、今年は交易の輸出品として小麦を大量に消費したので、貯蔵量は例年より少なかったようである。

今年の収穫量は去年と比べると些か少なかったようだが、住民の顔色を見る限りは問題ない程度の収穫だったようだった。

そして小麦が足らない代わりに、肉が多かった。

きっと猟師達が奮闘したのだろうと思われるほどの肉の量である。広場の中心には、全長2キュビット強ほどの大猪が焚き火に当たっている。

ある種の獣臭を広場全体に広げながらも、その肉から落ちる油が焚き火に落ちてジュウジュウと音がする様を眺めているだけでも、涎を啜りたくなるような光景であった。

猪の丸焼きが行なわれている焚き火の横には、比較的小さな獲物を焼いている焚き火もあり、鳥、兎、鹿等が焼かれている。

住民達はそれぞれ好きな肉を選んで食べることが出来る。

家族が座っているテーブルの脇で、ウォルフとウィフは焼ける肉の匂いに興奮しているのか、私を見詰めながら俗に言う「金ちゃん走り」のような行動をしていた。

「フッフッフッフッ」と鼻息も荒く、いつ 辛抱たまらん!とばかりに、焼いている焚き火に特攻するかも分からないほどである。ここに来る前に、魚を2匹ずつ与えてきたというのに、お肉は別腹なのだろうか?と、思いつつ、私は私でそんな彼らを見ながらお肉が焼けるのが待ちきれなく、腹の虫がキューキュー泣くのを我慢していた。

そろそろ焼けそうだった鹿の丸焼きの前で、座った私を挟んでウォルフとウィフがお座りし、体育座りをしながらじっと見詰めていると、私のお腹の虫がラストスパートを掛けるが如くグルグルキュキューと音を出す。それに合わせるかのようにウォルフとウィフがクーンクーンと鼻で泣き、グルグルキューキュークーンクーンと合唱を始めてしまった。

それを見て苦笑した肉が焼ける様を見ていたおじさんが、鹿のモモ肉を切り分けてくれたので、それを受け取ろうと手を伸ばした隙に横からウォルフが掻っ攫っていった。

ウィフも加わり2匹で引っ張り合いをしているのをあっけにとられて見ているおじさんを尻目に、腰から私のナイフを取り出してもう片方のモモ肉を、後ろ足ごと奪取してさっさと退散する。

賢い男は欲しいものを取るときは躊躇しないのである。

焼けたモモ肉の足首の部分を掴んですたこらさっさと逃げる私に後ろから「こらー!」と怒声が聞こえてきたが、肉を咥えたウォルフとウィフを従えて「うはははははは!」と笑いながら逃走する私であった。



そして現在。私が奪取してきたお肉は、私の口に入る前に姉とメリスとファーガスと、ついでにトニ&メル、そしてファーガスの弟と妹のエギスとディアにその大半を奪われ、ナイフで肉を切り分けた後にトニに

「骨の周りが一番美味しいんだよね?おにいちゃんにあげるよ!」と笑顔で言われてしまい、骨についた肉をガリガリ削って食べている私と、切り分けられた肉を食べながら談笑する彼らを見詰める涙目の私という状況になっていた。

ファーガスの兄弟のエギスは6歳で、トニとメルの同い年であるためか比較的早く打ち解けたようだったが、ディアは最初の頃のファーガスに似て大人しい引っ込み思案な少女である。歳は私の1つ下の8歳だ。

最初出合った時は、この頃富に明るくなったファーガスの服を掴みながら、恐る恐る顔を覗かせるようにファーガスの後ろに隠れてしまっていたような子で大変可愛らしかった。

姉とメリスが面倒を見てあげているようで、いつかその二人のようにずうずうしくがさつな子に育ってしまわないことを信じても居ない神に祈るような気持ちである。

ウォルフとウィフに興味があるようで、近寄ろうとしては2匹が身じろぎすると驚いて身を引き、また近寄ろうとして身を引き を繰り返し、傍目にはなんかの儀式にすら見えるそれを毎回行なうために私の中では面白い子である。



お腹が膨れたのか、テーブルの近くに生えていたノボセリの木陰で体を横たえたウォルフに、体を預けてもたれかかりながら、広場の様子を眺める。

それぞれが思い思いにシアリィを飲んだり肉を食べたりしながら騒いでいる。

別の木の木陰に座って話し込んでいるカップルのような2人組みもチラホラいるのも見えた。

収穫祭はある意味そういうカップルが誕生しやすい行事でもあるのだ。普段は野良仕事等が忙しく面識があっても頻繁に会うことは少ない集落の中で、収穫祭の酒の勢いとか雰囲気とかでカップルが出来上がる例は少なくない。

春の陽気とシアリィの匂いで半分酔っ払った頭で、彼らに幸がありますようにとぼんやりと考えながら、ウォルフの毛皮の柔らかさに溺れ、眠りに付いた。


ふと、何か違和感を感じて目を覚ますと、ノエルが私の顔の前に手をかざしていた。

「なにしてるの?」と聞くと

「本当に寝てるのかな?と思って確かめてたの」

「ふうん。何か用事?」そう聞きながら辺りを見回すと、先ほど肉を奪っていった面子に加えてなぜかカルトが増えていた。

「別に用事は無いけど、気持ちよさそうに横たわっていたからなんとなく?」

「そっか」

寝起きでぼんやりしながら、私のお腹に頭を乗せて目を閉じているウィフの背中を撫でると、薄目を開けて私が撫でているのを確認したウィフは、再び目を閉じてされるがままに寝そべっている。

「んで、カルトさんはなぜここに?」

寝そべっている私の横に腰を降ろしている彼女に聞く

「ここが一番安全だと思ったからよ、ほら私は今年成人したじゃない?だから・・・」

「ああ、そういうことか。大変だねえ」

彼女はピエフの娘である。そしてありきたりな言い方をすれば美少女であり、未だ成長途中とはいえ将来性を感じさせる体つきなのだ。つまり、様々な独身男性からモーションをかけられて当然であろう。

私を含めて未成年の少年と少女が集まっているここにいれば、そういった話をしたい独身男性も近寄りにくいだろうというわけだ。

「そういえば、ガトもカルトさんが好きみたいだったなぁ」と、ファーガスが言うと

「私は興味ないわ」

バッサリである。ガトが聞いたらどんな顔をするだろうか?

独身男性の中には彼女を嫁にしたい人は多いらしく、他の女性に声を掛けずに彼女が成人になるのを待っていた者も居るという噂話も聞いていたが「興味が無い」等と言われてしまったらどうすることもできないのではなかろうか?

ノエルとメリスはそれを聞いて堪えきれないとばかりに笑った。

「ガトも可哀想に・・・」と呟くと

「でも本当に興味ないもの、ほとんど話しをしたこともないし、共通のなにかがあるわけでもないわ、しいて言えば年が一緒なだけよ」

「ふうん、じゃあ逆に興味のある子はいないの?」

「いないわね、ああでも、別の意味であなたには興味があるわ」

「ほほう、それは恋愛的な意味で?」

「いいえ、でもあなたが何をしているのかは気になるわ。端から見れば遊んでいるように見えて、その実はなにか目的があってやっているように見える事があるし」

「ふむ、目的かぁ・・・」

「私も姉ながらノルが何がしたいのかいつも不思議に思ってたけど、もってきてくれるお肉はおいしいから特に問題はないわ!」

「姉ちゃんは僕から肉を奪いすぎて太ればいいよ」

「あっ私最近胸が少し大きくなったよ!」とメリスが会話に加わり

「お肉を食べると胸が大きくなるの?私は大きくなってるのかな」と姉が返す

「あなたたちそんなにお肉食べてるの?」と聞いてくるカルトに

「2~3日に1回はウォルフとウィフが何か捕まえるから、毎回ファーガスと丸焼きにして食べようとするんだけど、なぜか皆集まってくるんだよね。河原でやってても来るから、最近は諦めて家の庭で獲物を丸焼きにしてる」

「私もお肉食べれば大きくなるのかな?」

「「カルトさんは今でも十分大きいから大丈夫」」とノエルとメリスが同じ発言をした

何を想像したのか、顔が赤くなっているファーガスをからかい、ウォルフにもたれながら女の子4人集まってキャイキャイと話しているのをBGMに

「目的かー」と呟きながら、自分が何をしたいのか考える

「ファーガスは僕といつもいるけど、楽しいか?」と、私の近くに座り込んで頭を抱えていた彼に聞くと

きょとんとした顔で私を見て

「楽しいよ。ガト達といた頃より全然楽しい。ノル君と遊んでいると、面白いことばかりだよ、なにより肉が食べられるしね」

そう言って片目を閉じたファーガスに

「そっか」といって笑顔を交わした。





そんな春の収穫祭







[8853] 9歳の夏 
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/21 16:38


9歳の夏



草木の匂いが咽るほど香る季節になった。
グリモリ草が青々と茂るその場所で、私は絶賛草刈中である。

グリモリ草は夏になるとヌルヌルとした油のような分泌液をその葉孔から出すようになる。恐らく秋から冬に掛けて葉を守り乾燥を防ぐ役割になるのだろうと思われるのだが、その分泌液は火に当てると燃えやすい性質を持っていて、それは葉が乾燥しても変わらない。

グリモリ草は結構な大きさに生長し、その茎は太く向日葵の茎を想像してみると良い。茎から枝分かれした葉は、もっさりと生えるのだが、どことなく紫蘇の葉の生え方に似ている。

乾燥した葉は、紙に油を染み込ませて乾燥させたような感触を持ち、着火材として使うのに便利であることから、夏になると生えているグリモリ草はほとんどが刈られるわけなのだが、なぜ私がこの草を刈っているのかというと、新しく作ってもらった鎌の試運転を兼ねて遊んでいるといった具合である。

死神の鎌のような馬鹿でかい鎌を、遠心力を利用してザッザッと刈るのはとても楽しい。

最初この鎌をモルド爺さんに注文してみたときは、必要な鉄の量に若干渋い顔をされたのだが

「使えなかったら溶かせばいいじゃない」

の一言で、割と問題なく作ってもらえたこの一品。刃渡り半キュビット強ほどの大きさを誇るそれは、刃を薄めに作ったがそれでも10kg弱程度の重さはあるだろう。

余りにも巨大な鎌はちょっとしたミスで大怪我の元になるという理由で、今鎌を振るっている私の後ろには、鍛冶工房の職人全員とついでに長も見守っているという状況であった。

私が単純に持つには少し重い鎌の柄を、肩と首で挟んで左手を添えて固定して、柄の中間辺りを右手で握って固定し、体を使って鎌を振る。

私の前面を一気に薙ぎ倒すそれは、ある種の快感である。

振り切った後はその重さで多少ふらつくが、首と肩それと柄を握ることで固定しているので、鎌の刃で私が怪我をすることは無い。

傍目もっさりと生えていたグリモリ草の半分を短時間で刈り終えて、長達が見守っている所に鎌を慎重に扱いながら戻ると、私の手の中にある鎌をしげしげと見ながら

「これは・・・なかなかいいな」「沢山作るべきか?」「そんなに作ったら鉄が足りなくなるわ」「ちょっと俺にもやらせてくれ」「いや、俺がやる」

などと騒ぎ出した。

使ってみたいというミケーネに鎌を渡し

「力で振るんじゃなくて、重さで振る感じで。力込めてると下手すると自分の足切っちゃうよ。あと、柄はしっかりと持ってね」

とアドバイスする。

喧々諤々と意見交換をしている長と鍛冶工房メンバー

結局作ってもらった鎌は鍛冶工房預かりとなり、それを目安にしていくつか造ることになった。私が使いたい場合は工房まで取りに来いということになった。

なぜ私がこれを作ろうとしたかといえば、理由は勿論ある。

窯を作るために整地した場所は、整地したがために雑草が生い茂る魔窟と化してしまったのだ。

ウージの木が伐採された斜面を掘り、ある程度水平になるように整地したのだが、切り株などを排除しながら掘削したその場所は、土もふかふかな上に林の近くというわけで水分も多く、伐採されて日がよく当たるようになって、その上で掘り返したときにそこら中に雑草の根等がほどよく散らばって。のような因果関係が複雑に絡み合い、春にチョコチョコ雑草生えているなぁと思っていたその場所は、夏になって日差しが強くなると一斉に隆盛するが如く繁殖し、普段人が歩くことも無いその場所は気がつくと背丈を越えるほどの雑草が生い茂る場所と化していた。

いつかやろう、今度やろうと先延ばし先延ばしにしていた結果がこれである。

まるで夏休みの宿題の如く積み重なったそれは、ある種の絶望感を感じさせるほどの威圧感を放ち、小さい鎌でちまちまやっていたらどれだけ時間がかかるのか?と自問してみるも、刈った傍から成長されても割に合わないことから、鎌の発注に至ったというわけである。



作ってもらった鎌を利用し、整地だけはしていた窯をつくるために開いた土地を、一斉に刈りつくした。

雑草とはいっても、中には薬に使える草等もあったので、適当に分けながら土地の脇に積んでいく。

刈った草を運んでいるのはファーガスである。

トニ&メルそれに最近2人と一緒につるんでいるファーガスの弟のエギスが、3人で積んである雑草の上に乗り、簡易ベットとして寝転んでいる。

その上にファーガスがにやにやと笑いながら草を積んだりして遊んであげていた。



雑草を刈った後は、刈った後の茎を引っ張って出来る限り根をほじりだす。

根についてきた土を払いながら作業をすること半日、終わった頃には私は泥だらけの有様であった。

夏なので上半身裸になりたいという欲求もあったのだが、雑草が生い茂る場所を舐めてはいけない。

藪蚊や下手するとヒルのような生き物も存在しているし、ヘビが出てくる可能性も無いとは言えない。

ヘビくらいは畑でもたまに見かける事はあるが、雑草の中から突然現れたりしたら当然びっくりするし、噛まれたら痛い。この辺りに生息しているヘビは、毒を持っていないという話なのでそれほど危険ではないが、警戒するに越したことは無いし噛まれれば痛いのは当然の事なので、余り意味は無いと知りつつも、私は薄手の長袖の服を着ていたのだが、それが汗と土埃で混ざり合ってベタベタと上半身に張り付き、微妙な不快感をもたらしてくれていた。

額に掛かる汗も土の付いた手でぬぐっていたので、顔も土がついてひどいことになっているだろう。現に同じ作業をしていたファーガスも、私と似たり寄ったりのドロドロの姿であり、顔にも土がついて半分乾いていたからである。


盛り草で昼寝をしていた3人がウージの実を持ってきたので、半分に割ってその片方を3人に渡し、もう片方をファーガスと二人で分けて食べた。

土が付いた手を、適当にぬぐった後に手をつけて食べたのだが、指で掬って食べると若干土のジャリっとした感触と味を感じた。

ウージの実もまだ甘味がそれほど強くなく、ねっとりとした食感も薄かったが、労働の後に食べるそれは、少なくとも気力を回復させる効果はあった。

一口食べた後、掬ったそれをウォルフとウィフに差し出すと、指ごと咥えてニュルニュル舐められるのに微妙な快感を覚えた。



「あー・・・疲れたなあ」

「そうだねえ、家の手伝いよりも疲れたよ」

「まあこんな日もあるさ」

「いや、いいんだけどね。それで、明日からその窯っていうのを作るの?」

「そうだなあ、明日はとりあえず下地だな」

「そうかー、今日よりも大変?」

「どうだろ?どっちみちレンガも運んでこなければいかんし、まだまだ大変だろうなあ」

「うへぇー」

「がんばろう?」

「僕には先が見えないからなあ、どれくらいの日数かかるんだろ?」

「えーと・・・下地作ってレンガ積んで・・・えーと・・・わからん」

「ひぃ、なんかすごく大変そうなのがわかってちょっと絶望的だよ、僕は」

「ファーガス、いつもありがとう。キミが居てくれるとすごく助かるよ」

「なんていい笑顔・・・むしろなんで僕の腕を掴むの?なにその逃がさないぞ!っていう感じの笑顔!?怖いよ!?」

「ファーガス、いつも助かるよ。何も言わなくても手伝ってくれるもんな」

「ちょっと!腕はなして!?怖い!怖いから!わかったよ、逃げないから!」



最近ファーガスと心通じ合えるようになった気がした、そんな初夏の出来事






[8853] 9歳の夏 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/23 00:05



9歳の夏 2



咽るほどの緑の香りが立ち込める夏。
深呼吸するのさえ億劫になりそうなほどに香るそれは、前世では考えられないほどのものであり、生命の息吹をこれでもかというほどに主張する草花は、最盛期を迎えている夏の日差しを浴びてよりいっそう育つ。

呼吸をするのが辛いというわけではないが、どこにいようが関係なしに侵食するかのような緑の香りに、多少なりとも辟易するというのは贅沢な悩みなのだろうか?

先日ファーガスと掘削してきた粘土と、砕石を大量に含んだ土砂を台車に乗せて二人で引いて歩いていると、前方からムムルが道なりに歩いてくるのが見えた。

相手も気がついたようで、目が合ったので右手をあげて挨拶をする。

ディアリスの成人した女性は、麻で作ったシャツとパンツを着ている子供の格好の上から長い布を纏う。

その格好はインドのサリーの様な格好といえばいいのか、様々な着付けをするのでわからないのであるが、長い布を器用に巻きつけて着ているのだ。それぞれが自由に着ているために、作法があるのかもしれないが私は知る由も無い。

成人を迎えそうな女の子がいる家はこの長い布を作り、成人したあとに成人した女性は自らの手で刺繍を縫いこんでゆく。

つまり成人したての娘はこの布に刺繍が少なく、結婚していくらかが過ぎた女性は刺繍が多くより華やかに見えるというわけだ。

1枚の布だけというわけではなく、成人した後は何枚でもその布を繕うことは構わないのであるが、当人のセンス等が如実に現れる上に、その女性が器用であるか不器用であるかという部分も見て取れるというわけで、結婚前の女性はこれをいかに上手く作り上げるかという部分が、男性が注目する部分でもあるという点も面白い。

刺繍を上手く魅せるための着方のようなものもきっとあるのだと思うのだが、いかんせん私は男である上に、服装を評価するような選定眼も持っていないので、見た目が美しいかどうかで判断する部分があるということを自覚した上で、ムムルの纏う布の刺繍も着こなしも美しいと評価できる。

ムムルは私が生まれる少し前に結婚したという話を聞いたことがあるので、ギムリと結婚して凡そ10年経つということになる。彼女の纏う布の刺繍は独特で、ディアリスの女性はどちらかというと何かの木や花をあしらった刺繍を施すことが多いのであるが

ムムルの刺繍は魚と太陽をあしらった刺繍であり、南の群島出身であるということがわかるような模様である。

薄青く染められたそれは、肩口に光沢のある黄色の糸で刺繍した太陽があり、それを目標に跳ねる濃い青で刺繍された魚。魚の目はワンポイントのように白く、足元に垂れた布の下部に波模様を描いたような白い刺繍が施してあり、魚が勢い良く跳ねているような躍動感も感じることが出来る服装であった。



「こんにちはームムルさん」と挨拶すると

「こんにちは、ノル。今日も暑いのになにやら土を運んでまた・・・今度は何をするんだい?」

「ないしょだよ、出来たら教えてあげる」

「そうかい。えーっと・・・そっちの子は?」

「ファーガス。友達だよ」

「そうかい、ファーガス。ノルは変な子だけどよろしくね」

「変な子って・・・どこが・・・」

「自分で判ってない辺りがもう十分に変な子だよ、あんたは」

「そうだよノル君。最近僕も変な子と遊ぶ変な人扱いされ始めてるんだから気をつけてよね」

「ファーガス!?」

「あっはっは。それじゃあね、ノル」

そう言って腕をフリフリ別れようとするムムルさんが

「うぷっ」と道脇にへたり込み、何事か!?と心配になった私は彼女の様子を確かめるべく彼女に近寄る

吐き気を感じているようで、顔を下に向けて顔を真っ青にしているムムルは、先ほど話をしていたときのような雰囲気ではなく

「うっうっうっうぅぅぅぅぅ」と唸るムムルの背を、スリスリとさする。

一瞬、緊急事態にも思えるこの時であるのに、背中の肉感的な触感とへたり込む女性のうなじに凄まじい色気を感じたりしてしまったが、気を取り直すと

「ムムルさん、大丈夫?ホラットさんを呼んだほうがいい?」とさすりながら聞く

なおも「うーうー」と唸るムムルに、こりゃいかんと思い

「ファーガス!急いでホラットさん呼んできて!」と頼むと、ファーガスは集落の中心に向かって駆けてゆく。

台車に乗せてあったカバンから、噛むと清涼感を感じる薬草を取り出すと尚も唸るムムルに咥えさせて

「強く噛んで。それから息を吸って。その薬草の匂いを吸うと若干落ち着くと思う」

しばらくして若干落ち着いてきたのを見計らって彼女の正面にかがみこみ

「話せる?」と聞くと、口元を手で押さえながらフルフルと頭を動かしたので

「簡単な質問をするから、肯定なら縦に、否定なら横に頭を動かしてね。今まで今みたいにいきなり気持ち悪くなるようなことはあった?」

横にフルフルと頭を動かす

「今朝か昨日、いつもと違うものを食べたり飲んだりした?」

横にフルフル

「ヘビに噛まれたとか、変な虫に刺されたとかそういうことはない?」

横にフルフル

他に思い当たることは・・・と考えていたときに、ふと思い出したことがあった。
女性が急に嘔吐感を感じることの一つに、あれがあったはずである。
しかしそれを彼女に問うのはいささか気恥ずかしいものもあるのだが

「ムムルさん、最近、月のものはきてる?」

幾分落ち着いてきたのと唐突な質問に、顔を上げて私を見た彼女は、呆然としながら顔を横に振った。

少し時間を置いた後に

「もしかすると、絶対とは言えないけれど、可能性として、妊娠してるかも・・・?

口元を押さえながら私を呆然と見ていた彼女の両目から、ふつふつと涙が溢れてきて、顔から涙が零れ落ちたかと思ったら、唐突に両手を広げた彼女に、ガバリと抱きしめられてしまった。

「うーうー」と言葉じゃない何かを唸りながら、私を抱きしめて唸る彼女からは歓喜の感情を感じた。

私のうなじや背中には、彼女がこぼしただろう涙が伝うような感触を感じ、私の胸で潰される彼女の双房の感触に妙に興奮したりもしてしまったが

「僕はピエフじゃないから、体調を見て正確な診断をすることもできないし、絶対に妊娠してるとは言い切れないけれど、多分・・・いや、絶対妊娠してるんだと思う。よかったね、ムムルさん」

そう言って背中をポフポフと叩いてあげると、首をブンブン振りながらギュウギュウと私を抱きしめてきた

若干苦しいとさえ思うほど抱きしめられていたが、男の子なので我慢である。決して胸の感触を感じていたいとかそういったやましい事を考えていたわけではない、ちょっと気持ちいいとか、ムムルさんはなんかいい匂いがするなあなんてことはほんの少ししか考えていない。

言葉になら無いのか「うーうー」唸りながら尚も背中に感じる涙の感触等をボンヤリと感じていると、前方からホラットを連れたファーガスが急ぐ様子で駆けてくるのが見えた。

手を上げて呼ぼうとするも、抱きしめられたときに私の肩を巻き込んでいるために上げることもできず、来るのを待とうとしたその時

「うっうっうー!」

背中に感じるこの感触は・・・

「ひーあぁぁぁうぁあああああああああ」

背中に思い切り吐かれてしまった・・・



その後、私の悲鳴に何事かと駆けつけてきた近所の男性に、ホラットに様子を見られていたムムルをギムリの家まで運んでもらい、その間に一度家に戻って水浴びをしてパンツを変えてギムリの家に行くと、吐いたために若干体力を消耗しているように見えたムムルにホラットが私がしたような質問をしていた。

いくらかの質問の後に、一呼吸おいたホラットは

「おめでたね、おめでとう」と笑顔で言った

両手で顔を押さえて、またも泣き出してしまったムムルを見ながら、私はさっき言った言葉が嘘にならなかった事に安堵していた。

これで違いましたなんて言われたら、私の面目丸つぶれである。勿論立っているような面目があるのかどうかは知らないが。

その後、ドアの前に佇んでいたら、誰かに聞いたのか大急ぎで飛び込んできたギムリに轢かれ、テーブルの角に頭をぶつけて全治3日のたんこぶができ、ムムルの心配をしながら何事かとホラットに聞いているギムリに、そこはかとなく呪詛じみた呪いの言葉を吐きたくなったりもしたのだが

事のあらましを聞いて、ムムルを両手だけで持ち上げているギムリの恐るべき怪力を見て、思いとどまったりした。

長い間子供が出来なかったムムルに待望の子供が出来たのがよほど嬉しかったのか、ムムルを抱き上げながら吼えるギムリを見て、よかったなあと思った。



一緒に居たファーガスと別れて家に戻り、家族に「ムムルが妊娠したみたいだ」等と話しながら夕飯を食べていたときに

引いていた台車をそのままに帰ってきてしまった事に気がついた。




そんな夏のある日の出来事






[8853] 9歳の夏 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/27 20:18



9歳の夏



何事も一番肝心なものは基礎である。

料理でも下ごしらえが大事であることは当たり前のことであるし、窯を作るにしても土台がしっかりしていなければ作ってすぐに崩れ落ちてしまうであろうことは言うまでも無い。

先日、道端に置きっぱなしにしてしまった台車に乗せてあった土砂は基礎の為に運んだものである。

運んだ土砂と粘土を窯を作る場所の横に置いて、次は台車で河原に行き、川底を転がることで丸く形成された河原特有の石を積んで戻る。

窯の土台部分にまず河原石を置いてゆき、その上から砕石を含んだ土砂を被せる。

砕石とはいっても砕いた石という意味ではなく、砕けたような石である。人差し指と親指で作った輪ほどの大きさの1辺が尖ったような形状の石で、これが河原の石を並べたときに出来る隙間に入り込み、基礎部分を強固にしてくれないかな?という目論みであった。

次に土砂の上から適度に水を撒き、土の部分が石と砕石の隙間に入り込むようにする。

乾いたらその上から木製の横槌で叩き、土を締める。

ここまで作業開始から5日。



次に粘土に砂を多めに加え、乾いた土砂に水を撒きながら均すように粘土を置いてゆき、平らな板で平均を取りながら金鏝で均してゆく。

レンガを積む部分は枝で引っかいた。レンガを積むときの粘土の滑り止めとして機能してくれれば良いなぁといった具合だ。

金鏝で押さえたために比較的ツルリとした表面部分に、見学していたトニ&メルが指先でつついたり、ウォルフとウィフがある程度乾いた所で乗ってしまったために、つついた跡や肉球の跡が残ってしまったが、気持ちはわからなくも無いのでそのまま残した。

均した粘土は相当量なので、芯まで乾くまでそこそこの時間が必要だと思われる。いくら夏だとはいえ、万全を喫して5日ほど放置した。

土台や基礎を作るといえば、セメントやコンクリートがあれば言うことは無いのだが、そもそもセメント自体が作るのに労力というべきか。

石灰質の岩や粘土等を高温加熱し、それを細かく砕いたものが一般的にセメントと呼ばれているものである。

そもそも窯が無ければ焼却処理できないので、作れるはずもないのであるが。それに、私には石灰質の岩や粘土を見分ける事ができないので、いつかは作ってみたいとしても実験に実験を重ねていくしかないのであるし。

もし作ることが出来たとしても、それが私の前世でセメントと呼ばれていたものであるかどうかなど私にはわかりえる事でもないので、取らぬ狸の皮算用をする前に窯を作り上げなくてはならない。


天日に乾かされて5日。

つるりとした表面をしていた基礎部分の粘土は、急激な乾燥によるものなのかわからないがひび割れていた。

しかしひびが入っていたのは表面部分だけのようで、ひびの部分に柔らかくした粘土を詰めて補修すると、ようやくレンガを積む段階である。

比較的細かい石や砂利が少ない部分の粘土を採掘して水を加えて柔らかくしたものを接着剤代わりに使用し、レンガを積んでいく。

トニとメルを応援を呼び粘土遊びをしてもらい、キャッキャと遊んでいる彼らからほどよくこなれた粘土を奪ってゆく私。傍目から見たら極悪人である

運んできた粘土の量もそれなりに多いので、彼らの遊び道具である粘土がなくなることは無いが、遊ぶための粘土に馴染ませる水を運んだのも私なので持ちつ持たれつといったところなのだろうか?

粘土を奪うたびに微妙に悲しそうな顔をする彼らに、私の心は罪悪感にとらわれ・・・たりはしなかった。そもそもそのために彼らを呼んで遊ばせているのだから!

ちなみにウォルフとウィフは、夏の日差しに負けて木陰で休んでいる。
穴を掘って冷やりとした地盤を露出させ、そこに寝そべりながら舌をだして寝ていた。

一日にレンガを積みすぎると、崩れる可能性が高くなるのでレンガを積むのは一日に2~3段までだ。

ただしレンガ積みの経験が無いに等しい私がいくらがんばったところで、一日に積める量などは高が知れている。

3:4:5の大きさで切り分けた板を利用して直角を割り出し、糸を使って1辺の長さと基点になる部分を割り出して1段積むだけで1日が終わった。

夏の気温と日差しは粘土から水分を奪い、すぐに乾いてしまうためにレンガを積むのは困難であった。

レンガ自体も水を吸うので、基礎に粘土をおいてその上にレンガを置くと、数分もしないうちに硬くなってしまう。これをどうにかするために、レンガを水に漬けてから使うと、丁度良く積めるようにはなったのだが、水を吸ったレンガはその分重く、粘土の上にレンガを乗せるとその重みで粘土が潰れてしまうといった事もあり、レンガ積みの難しさをかみ締めたものである。

モルド爺さん達は問題なくレンガで炉を作っていたようだが、見るのとやるのとでは全然違うということを考えていなかった私のミスである。


互い違いにレンガを積んでいくので、正面の部分は横壁の圧力が分散される部分だけを積んでいる。

鉄で作った針金と糸を利用して、起点となる部分に積んだレンガから真直ぐの糸を張り、それに合わせてレンガを積んでいくのであるが、水平を出す道具などは無いのでほとんどは勘である。

糸と錘を利用して下げ振りを作り、それで積んだレンガが均等に積まれているか等は図るが、そもそもレンガ自体が水分の蒸発等で微妙に凹んだり反ったりしているものもあるので、正しく均等に詰まれているかどうかは判らない。

それでも、せめて横壁だけは崩れることが無いように慎重に慎重を重ねて作るのだ。



一日に2段ずつ積んで、一日積んだら1日休ませることを繰り返して10日。

10段積んでようやく1mほどの高さまで積むことができた。

基礎部分は斜面を掘って作られたものなので、レンガと斜面の間に少しずつ掘り返した土砂を埋め戻す。

土の圧力で横壁が崩れたら目も当てられないので、埋め戻す部分の壁には木材で補強をし、埋め戻した部分には乗らないようにしてその日の作業は終了。

数日の期間を置き、埋め戻した土が馴染むのを待つ。

全景が見え始めたので、ようやく一息というところか。

むしろここからが一番大変なアーチ状に積む所であるので、全体の半分にようやく到達した所といったところだろう。



木の板を火に当てながら少しずつ曲げてゆく。

均等にアーチ状に曲げるのは難しいので、ある程度曲げたら横壁の上に据えてみて長さを見る。横壁のレンガの上に糸を張り、曲げ板の長さと頂点の位置を見た後に、丁度いい長さで板を切り、同じ長さの板を用意してこれも同じように火に当てながら板を曲げてゆく。

それを、補強した横壁の内側にうまく嵌るように調節し、それを木材で補強したら奥壁からアーチ上に板に合わせてレンガを積んでゆく。

適当に積むと長さが合わないので、粘土で調節しながらうまくアーチ状につめたら、先に奥壁のあいている隙間を積み上げる。

煙突を作る隙間に適当な木材で作った枠をはめておき、それに合わせて奥壁は完成。

アーチに合わせるように積んだ奥壁は、アーチを支える役目も少しは果たしてくれると嬉しい。

奥壁が完成したら、アーチの残り部分にレンガを積む。

これも互い違いに積んでいき、3列ほど積み終わったらその上から粘土を乗せて金鏝で力を入れないように平らに伸ばす。

元は同じ粘土なので馴染まないだろうか?という思惑もあるのだが、実際はレンガの上に粘土を伸ばすことで、全体を一枚の壁として機能させて補強し、アーチ状の不安定な圧力を分散させることはできないか?という試みである。

目地に入り込んだ粘土と、かぶせた粘土がしっかりと固着することで、窯の屋根を形作るには重量が増えるというデメリットがあるが、屋根全体が1枚の壁になることでアーチの強度を上げる事を選んだ。

3日ほどそのまま乾燥させ、補強の板を外してみると、効果はあったのか崩れ落ちることは無かった。

下から見える目地にもしっかりと粘土が詰まっていたので、恐らく強度は保てていると思われた。

次に積むアーチ部分の端の板は外さずに、外した板を次に積む部分に当ててさらにアーチを伸ばしてゆく。

力学や重力からかかる圧力の問題等、計算することは不可能であるが、やってみれば結構できるものである。

積んでは休ませ、板を付け替えてまた積むといった工程を繰り返すこと約20日。正面の壁もアーチに合わせて積み上げ、入り口に縦1m横60cm程の型枠を嵌めて、外観のほとんどは完成した。

感無量である。

日々ドロドロになりながらも苦節約2ヶ月。

途中雨に降られて天板に乗せた粘土が少し流れるというアクシデントもあったが、金鏝でつるりとした表面にして乾燥させた後に、油草の刈りたてを石で叩いてすり潰し、油が乾燥する前のドロドロになった青汁に油を加えたようなそれを、つるりとした天板に刷り込むことで雨避けに使用してみる。

天井が青臭く緑色に染まったが、乾くにつれて焦げ茶色に変化してゆき、その色の変わり行く様が見ていて楽しかった。

水を振り掛けてみた結果、ある程度は水も吸収してしまうが、大部分は弾いてくれたので、よしとする。

問題があれば後から屋根を作ればいいのだ。



そうして・・・夏もほぼ終わりかけであり、ウージの実がほどよく甘くなってきた頃に、ようやく外観だけは完成したのだ。


奥壁から伸ばす煙突は、奥壁に沿うように横に傾斜をつけて伸ばし、横壁の途切れる所で上を向くように設置した。傾斜をつけたのは雨が入り込まないようにする配慮である。

上に伸ばす部分の下に、雨水を逃がす穴を少しだけ開けておき、上に伸ばしたこの煙突は、ファーガスが積んだものだ。

アーチを積んで乾燥させる間の暇な時に、奥壁に基礎と同じように石や土砂を入れて、板等で補強しながら積んでいるのを後ろから手伝いながら見ていた。

窯のほとんどを私が積んでしまったが、ファーガスも粘土を渡してくれたりレンガを手渡してくれたりと色々お手伝いはしてくれていたし、レンガを積むという作業をやりたそうな目で見ていたというのもあって、煙突部分は彼が積むというのは窯を作りながら彼と約束していたのである。

私がしていた作業を見ていたためか、ファーガスは器用にレンガを積んでいき、アーチ天井が完成する前に煙突を作り上げたのだ。意外とこういった作業に向いているのかもしれないと思ったものである。



外観がほとんど出来上がったとはいっても、次は中に粘土を塗る作業である。

横壁の外側はともかく、内側の壁と天井に薄く粘土を塗りつける。これは熱の対流を促す効果が多少とはいえ増えるだろうという配慮だ。

もちろん窯を使ったときに、ボロボロと剥がれ落ちる可能性も高いのであるが、あるのとないのとどっちが良いだろうか?といった部分と、最初くらいは綺麗に作り上げておきたいという、最近芽生え始めた職人魂の疼きであった。主に後者がほとんどの理由である。


内壁に塗りつけた粘土の乾燥を待って、ようやく窯が外観と内面も完成した頃、私の9歳の夏は終わりかけるかといったところであった。


日中は暑いが、日が暮れると多少の肌寒さを感じないことも無いそんな季節

もうすぐ秋が訪れようとしていた








このところ更新していなかったのは、粘土を使ってレンガを積んでみたり、アーチ状に組んでみて問題は無いかを確かめてみたりしていたからです。

終わった後に使ったレンガは、崩して庭に焼肉パーティー用に組み上げてましたw

夜は夜でシド星に舞い降りたりもしていましたけどね!

最近仕事の兼ね合い等も重なってモチベーションが上がらず、今までのような毎日更新は出来ないかもしれませんが、今後ともよろしくです






[8853] 9歳の秋
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/09/05 07:16
9歳の秋



秋といって連想するものはなんだろうか?

元が日本人である私が連想するものといえば、紅葉や夕日が映える空、夏と比べて高く感じる雲の高さ、様々なものがあるが、忘れてはならないものは食欲の秋 である。

ウォルフやウィフもそれは当てはまるようで、夏の暑さに負けてダラダラと過ごしていた彼らは、秋に近づくにつれて活発になってゆき、夏の暑さによって若干減量していた彼らの体重は、狩りをするのに適した身軽さを手に入れたかの如く毎日何かしらの獲物を狩って来るようになった。

それに加えて、彼らの成長はとどまる所を知らぬが如くすくすくと育っているのだ、そりゃあお腹も空くってものだろう。

春頃には私の胸ほどの高さだった彼らの頭の高さが、最近は私の頭に届かんばかりである。

若干ウィフのほうが背が低い。誤差の範囲程度であるが

問題はウォルフである。

我が家に来た当初、ウォルフとウィフはコロコロとして可愛さ溢れんばかりの子犬の如しであったわけだが、ウォルフはその時から若干固太りであった。

簡単に説明すると、腕や足の大きさがウィフと比べて大きかったのである。

虎の赤ちゃんを連想してみるといい、虎の赤ん坊は同じネコ科の幼生体と比べてガタイが良い。つまり、初期の段階で体が固太りしている幼生体の生き物は、成体になった時に大きくなりやすいという傾向がある。

ホワイトウルフの生態を知る由も無い私であるが、ウォルフは大きくなるだろうとは思っていた。

ウィフはウォルフと比べてすらっとした体躯をしており、ある意味狼としての完成形に近い体格をもはや獲得しており、ウォルフはウィフに速さで勝つことができないほどであるが、問題はウォルフの体格である。

いまだに、なんというかその・・・固太り状態なのである。

お前は本当に狼か?と問いたくなるほどのその手の大きさ。熊の如し

もっさりとした体躯。少しは首等も伸びてきてはいるが、子犬をそのまま大きくしたような感じ

もう2年ほどの付き合いになるわけだが、未だに子供であるはずはないと思うのだが、成長しきっていないとでもいうのだろうか?

そしてこれからさらに成長するというのならば、将来どの程度の大きさまで成長するのか計り知れない恐ろしさ。

加速度的に増えそうな摂取食料に、若干頭が痛くなりそうであった。



なんだかんだと、彼らは協力して獲物を狩って来るので今は特に問題はないのであるが、将来的に近場の獲物を狩りつくしてしまわないだろうか?と、わけもなく未来を思うわけである。

秋になると、なんとなくメランコリーな気持ちになるというが、これもそれの一種なのだろうか?



その日、久しぶりにノエルが狼達を連れて遊びにいっていたのであるが、いつもの如く薪割りをしながらファーガスと談笑していると、ウォルフが獲物を咥えて戻ってきた。なぜか数人の猟師を引き連れて。笑顔のノエルも一緒に

今回彼らが狩って来たのは、プレイムファローと言う。

プレイムファローは牛の一種で、ディアリスの南に広がる平原辺りに生息している。

たまに麦畑辺りに出没し、麦を食もうとするので一種の害獣と呼べるかもしれない。

見かけは水牛に長い毛をつけたようなもので、成体の雄は長い角を持ち、それが正面を向いている。雌は角が短く、申し訳程度にちょこんと生えている程度である。

体長は3mを越すものもザラに存在し、気が荒いので家畜には向かない。
この場合、雌であるならば家畜として飼うことは可能なのであるが、雄が気が荒いのである。

雄を家畜化できないので、交配が不可能で家畜に向かないというわけだ。

群れで生息しているために、狩りの獲物にも向かないのであるが、たまにはぐれたものが猟師に狩られることがある程度である。

怒らせると集団で突撃してくる事もあるので、滅多なことでは食卓にのぼることもない・・・のであるが、何をどうやったのかプレイムファローの子牛ほどの大きさのそれを、ウォルフが咥えて引き摺ってきたのである。

獲物を見て正直この狼達のポテンシャルの底の知れなさに絶句したほどであった。

その日は、女の子達のグループで狼達と遊びたいという声があがっていたらしく、ノエルがウォルフ達を連れて遊びにいっていたのであるが、何をどうやったらプレイムファローを狩る事になるのか不思議すぎてノエルに聞いてみた所



本日はすでに刈り終えた麦畑で集まるということだった。

集まった女の子達でウォルフ達を撫で回し、愛でていたそうなのであるが、しばらくすると猟師の人が駆けてきて集落のほうに戻れと言われたそうな。

何があったのか聞くと、プレイムファローの群れが麦畑の近くにいるのを見つけたとのことで、その猟師は追い払うために集落に猟師を集めに行く途中だったらしい。

そうして戻ろうとしたところ、何かに気がついたようにウォルフとウィフが立ち上がり、猟師が駆けてきた方向に猛然と走り出してしまった。

集まっていた女の子達は、猟師の言うことに従って集落に移動したのであるが、どこかにいってしまったウォルフとウィフが心配でノエルはその場で帰ってくるのを待っていたらしい。

しばらくして警告してくれた猟師を含めた何人かの猟師が戻ってきて、早く集落に戻れと怒られたそうなのであるが、ウォルフとウィフが駆けていってしまった事を告げると、猟師達はそれを聞いてプレイムファローを発見した方向に急いで行ってしまったとのこと。

ウォルフとウィフが心配で見に行きたいのであるが、プレイムファローは危険な生き物であると教えられているノエルは行くこともできず、かといってほっておいて帰ることもできず立ち尽くしていたのだが

しばらくして遠目に猟師達が笑いながら帰ってくるのが見えたとか。

そして、猟師達と一緒にウォルフとウィフがプレイムファローの子牛を咥えてずるずると引き摺ってきたという。

猟師達にノエルが話を聞くと、ウォルフとウィフはプレイムファローの群れを牽制しながら大立ち回りを演じていたのだそうだ。

群れに分け入っては群れを分断し、大きい群れを追いやりながらも小さな群れの方は逃がさないように釘付けにする。といった行動を繰り返し、猟師達が見たのは最後のほうだったそうだが、追いやった群れが遠くに見えるが、分断を繰り返した結果2匹のプレイムファローを追い詰めていたところだったとか。

追い詰めたのはいいものの、微妙に決定力が足りなかったようで、成体と子牛の2匹のうち子牛の方にウォルフやウィフが手を出そうとしては、成体がたちふさがって千日手のような様相だったらしい。

集まってきた猟師達がそれぞれの獲物を使って成体を仕留めようと弓矢を放ち、成体が致命傷を受けたあたりで子牛にウォルフとウィフが襲い掛かって仕留め、プレイムファローの群れが離れていくのを確認した後、猟師達は成体のプレイムファローを運ぶ台車を取りに、一人をその場に残して戻ってきたという。

家までノエルを送り届けてくれた猟師な方々に、ノエルは「ありがとー」と言いながらブンブン手を振り、振り返って私を見た顔は

にこやかな顔で期待に満ちていた。



苦笑いである。プレイムファローの子牛とはいうものの、下手するとウィフと体格が変わらないほど大きい。

もちろん体格の話であって、ずんぐりとした子牛の体は確実にウィフよりも重いだろう。

ウォルフはさらに重いのであるが、この場合そうでもなければここまで引きずってくる事も不可能だったに違いない。

「ファーガス・・・焚き木集め頼む・・・いつもの5倍くらい」

横で獲物を見て呆然としていたファーガスに焚き木を頼むと、ノエルの期待に応えるように動き始めた。



たまたま家にいた父と祖父を駆り出し、脇の下と頭を縄で固定した子牛をノボセリの木に3人がかりで吊るす。

ナイフで切れ目を入れた皮を、父と祖父に剥いでもらっている間に、私はナイフを使って肛門から胸にかけて斬り、内臓を摘出した。

桶に出した内臓を、母とノエルに川で洗ってきて欲しいと頼み、私は庭で丸焼きの準備である。

肝臓は生のままウォルフとウィフの間食代わりのオヤツとして差し出す。

薪割り用の丸太を適当な長さに切り、鉈で先を尖らせるように削り、それを4本用意したら木槌を使って地面に刺す。

本当は片側3本使ったほうが安定感は高いのであるが、あらかた薪は割り終えていたので木材自体が足らなかった。

2本使って交差させて立てた木材を、交差した部分に縄を巻いて固定してそれを二つ用意する。

皮をはぎ終えた子牛を木から下ろし、頭を切り取る。

切り取った頭は祖先にお供えする。もちろん皮はついたままである。明日には食べるが

降ろした牛の足に縄をかけて吊るすための棒に結わえ、交差した棒に引っ掛ける。

後は焼くだけである。



せっせと焚き木を集めてきたファーガスにお礼を言い、どう見ても量が多すぎると感じたので、父に話してファーガスの家族も呼んでいいかと尋ねると、了承されたのでそれをファーガスに伝え、ファーガスがウキウキと家路に着くのを見ながら、焚き木に火をつけた。


普段の獲物であれば、1時間もしないうちに丸焼きが完成するのであるが、今回は獲物が獲物である。

火が通るのに下手すると数時間どころか下手すると半日とか掛かるかもしれないので、ちょっとした小細工を使う。

ミケーネに作ってもらった鉄串である。

これを獲物に刺して焼くと、鉄串に熱が伝わって中身にも熱が伝わりやすくなる。

背中から腕にかけて4本と、首周りから2本貫通するように刺した。

祖父が何をやってるのか聞いてきたので、こうすると火の通りがよくなる・・・はず と言っておいた。



火の加減を調節しながら、立ち上る煙を見詰める。

天高く、牛肥ゆる秋・・・と、なんとはなしに思いついた。



私が必死に火加減を調整しているというのに、父と祖父は家からテーブルを持ち出してきて椅子をを並べると、テーブルに座ってシアリィを飲み始めた。

おい大人。手伝えよ!


煙に引かれてトニ&メル。ついでにメリスも現れて、ファーガスを合わせて5人の家族も到着。それでも余りそうな肉の量に、メリス達の家族も呼ぶことになり、それぞれの家族が持ち寄ったシアリィやら食べ物やらがどんどこ増えて、いつのまにやら大パーティの様相になってきていた。

子供達は焚き火周りに集まっていた。

ファーガスとメリスはたまに薪をくべるのを手伝ってくれていたが、ノエルが大量にくべた薪の炎が牛の足を結わえてある縄に飛び火して、慌てて濡れた布で鎮火するといった事態があったりしたので、ノエルはもう何もしなくて良いとばかりに放置気味である。子供達満場一致による採決で決められた。

大人達は大人達で、テーブルにゆったりと座って馬鹿騒ぎであった。

最近交易に出ていたイグルドさんが帰ってきて、集落には大量の塩の入荷があった。

各家庭に結構な量が回るほどで、今度から定期的に塩の交易を結ぶ話をつけてきたとのことである。

将来的に、塩が使用しやすくなりそうで嬉しい限りだった。

火の番をファーガスに任せ、庭の隅に置いてあったカバンから先日採取してきた鬼クルミを取り出す。

平らな石に取り出した実を置き、すり潰す。

実からでた油分でねっとりとしてきたそれを、ノボセリの葉に写し、次に乾燥したサーパの皮をナイフで削るように細く切り、それも石ですり潰したら、前述のそれと混ぜる。

家に置いてあった握りこぶしほどの塩の結晶を、ナイフで削ってそれに降りかけた後、ナイフを火にかけて乾燥させたのちに布でぬぐってナイフの温度を下げてから、ナイフを使ってすり潰したものを混ぜていく。

ピーナツバターのような状態のそれからは、クルミの良い香りと、乾燥してあったサーパの皮が水分を吸って爽やかな柑橘系の匂いを醸し、思わずジュルリと唾を飲み込んだ。クルミソースの完成である。

これを肉にまぶして食べるのだ。

鬼カウイの実をすり潰して調味料として使ったことはある。

香ばしくておいしかったのだが、全体的に塩分が足りないのと若干の肉の臭さが気になった。

今回は、塩と肉の臭みを打ち消すためにサーパの皮を使用してみたというわけだ。

牛の背中は若干焦げ付くくらい焼け始めていたので、もう少し中まで火が通れば食べ時であろう。

程よく火が通っていそうな尻部分の肉を、焚き火の暑さと格闘しながらナイフで削り、適当な棒に巻いてその上から薄くクルミソースを塗り、数秒火にかけて味見をしてみる。


ほどよく火が通った肉に、軽くあぶったクルミソースは芳醇な香りと後味の鮮烈感を感じさせてくれる素晴らしい味であった。

口に含んでかみ締めると、まず鼻腔を通り抜けるクルミの匂いが食欲を刺激し、かみ締めるほどに塩分と交じり合った肉汁を、早く飲み込ませてくれとばかりに舌で喉元に送る。

幸せを感じながら飲み込むと、サーパの爽やかな香味が口の中に広がり、さらに食べたくなる。

おもわず

「幸せだ・・・」と、呟いてしまった



ほどよく焼けたので、大人たちに呼びかけ、子牛の丸焼きをテーブルの上に移すと、母達が切り分けてゆく。

ほどよく肉のついた後ろ足を、ウォルフとウィフに差出したあと、私の分の肉を受け取りそれをクルミソースにつけて火にあぶりながらガツガツと食べていた。



私の後ろからのっそりと顔を出したノエルに、私がクルミソースをつけて炙り焼きしていた肉を奪われると、それを食べたノエルに

「なんでこんなにおいしいものを独り占めしているの!」と、怒られてしまった。

あれよあれよと私秘蔵のクルミソースは奪われ、テーブルに乗ったそれを一口食べた女親達に作り方を問われ、説明をしている間に私が作ったクルミソースはすべてたいらげられてしまっていた。

採取してきた鬼クルミの量が少なかったから、こっそりと一人で食べていたというのに、世は無常である。

テーブルに着く彼らは、幸せそうに笑っていた その横で、若干涙目な私



そんな秋の日の出来事






[8853] 9歳の秋 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/09/05 07:16



9歳の秋 2



近頃ムムルさんのつわりがひどいらしいという話を、母と祖母が話しているのを聞いた。

だからなんだというわけではないが、お見舞いにギムリ宅を訪れてみようと思ったのである。

ウォルフとウィフに朝ごはんを与え、ついでに釣った魚をおみやげにギムリ宅を訪れると、迎えてくれたのはやや頬がこけたように見えるムムルであった。

「ご飯食べてる?」と聞くと

「最近あまり食べたくないの。食べても吐いちゃうし」と言うので

何か食べたくなるものを作ってみよう。ということになった

基本的にディアリスでよく食べられるものは小麦である。

これを粉にして焼き上げたものが主食なのだが、前世の言う所の中が白くフワフワに焼きあがったパンではなく、ただ小麦に水を混ぜたものを適当に焼き上げた物であり、全体的にグルテンのモッタリ感と微妙な歯ごたえが特徴だ。

小麦だけのパン というものは、基本的にそれほどおいしくはない。

小麦の粉に何を加えて焼き上げるのか?といったことが、小麦食品の味を決めるのである。

勿論、イースト等を加えたものは別として。

さて、つわりの奥さんに何を食べさせるか が問題だ。

最近、食事が億劫で仕方が無いというムムルさんは、食事のほとんどを果物で採っているという話だった。

ギムリ邸にある食べ物といえば、サーパとムフィルという無花果に似た果物。それと小麦の粉と、先ほど持ってきた魚。先日ギムリが狩猟してきたヘンネルが玄関入り口に吊るしてあった。カブに似た根菜のロギと、ムジカという芋。

ムジカは芋と呼んでいいのか謎であるが、あえて言うなら毒の無いキャッサバと言えばいいのだろうか?そんな芋である。

調味料は、先日各家庭に回るほど大量に輸入された塩の塊くらいしかない。

難問である。

そもそもつわりの女性に食べさせる食事のレシピなんていうものは知る由も無い。

子育ての経験はあるが、前世の元妻のつわりはそれほどひどくも無かったので、その期間の私は働いていた記憶しかない。

一生懸命働いて、妻と生まれる子供の為に汗水垂らしていたのだが、結局別れることに・・・おっと思考が逸れた。

女性が喜ぶものである。

喜ぶもの・・・喜ぶもの・・・と考えていた所で、ひとつ思いついたものがあった。

所謂甘いものである。

なぜか女性は甘いものが好きだった、それは元妻も変わることが無く、仕事から帰るとどこぞのケーキ屋の箱がゴミ箱に捨てられているのを見て、私の分は無いのか?と、微妙に物悲しくなったのを覚えているほどには、よく見られた光景であった。

甘いものは別腹だとか、食べても食べてもまだ食べたいとか、様々な謂れがあるものであるが、女性は甘いものなら食べるだろう。というのは、あながち偏見ではあるまい。

さて、問題はどうやって甘いものを調達するかである。

ウージの種ならば、今でもそれなりの甘さを残しているであろうが、夏の間にそのほとんどは狩りつくされ、むしろ私達も狩りつくすほどの勢いでウージの種を毎日食べていたので残っているかどうか疑わしい。

花の蜜を集める・・・無理、ハイビスカスでもその辺に生えていればその花を摘み取ってチューチュー吸えば事足りるが、生えてない上に時期が違う。

ハチミツを採取することも考えてみるが、私はハチの巣がどこにあるか知らない。

あれこれと悩んだ挙句、とりあえずムジカを摩り下ろしてデンプン質を取り出してみることにした。

糖分というものは、基本的にデンプンから作られる。麦芽糖も大麦のデンプン質を変質させて出来上がるものなのだから、ムジカ芋に含まれるデンプンを取り出してみてから考えようという行き当たりばったりの策である。

石にこすり付けて摩り下ろしたムジカを麻布に纏め、底の浅めになったボール場の壷に水を張ってその中に沈める。

水に漬けた麻布の中のムジカをグニグニと揉み解し、何度か上澄みを捨てるのを繰り返すと、壷の底に溜まり始めるものがある。それがデンプンだ。

気分はジャガイモのデンプン沈殿実験である。なかなかに楽しい

上澄み液が、濁らなくなったら完成である。

ジャガイモ繋がりで、前世の祖母がジャガイモのデンプンと大根の汁を使って水あめを作ってくれたことがあったことを思い出した。

ムジカから取り出したデンプンで、水あめを作ることは出来るのだろうか?といった懸念も浮かんだが、なんでもやってみることだろう。失敗したらその時はその時で、別のものを考えれば良いのだ。

私がいそいそと作業をしているのをムムルが見詰めていたが、失敗したらごめんなさいである。



デンプンの入った壷に、適当に水を入れて火にかける。

多少水が多かろうが、蒸発させれば良いことなので本当に適当だ。

火にかけながら、木の棒で適当にかき混ぜていると、熱が伝わってきたのか白濁としていた壷の中の水が透明な色に変わった。そのまま暫く火にかけて、液体が糊状にドロドロとしてくるまで煮詰める。

ロギをでかいドングリの器の中で摩り下ろし、それを絞って液体にする。

大根やカブに含まれるアミラーゼとかジアスターデとかそんな感じの成分が、デンプンを糖分に変換するとかそんな感じの理由であったと思うが、ぶっちゃけそんな知識うろ覚えである。

前世の祖母は大根やカブなら出来るとか言ってた覚えがあるので、きっとロギでも出来るに違いない。と、思いたい。

煮詰めてトロトロとしてきたデンプン液の入った壷を火から降ろし、先ほど絞った大根の汁を別の壷に入れて火にかける。

人肌程度に温まったらロギ液の入った壷を降ろし、デンプン汁が程よく冷めたのを確かめてからロギ液を加えてかき混ぜる。

デンプンを糖分に変換させるのは、温度がある程度高いほうが望ましいのであるが、ディアリスに保温機などという高尚なものは無いので、火の消えた竈に壷を置いておけば余熱で温まることだろう。たぶん

勿論醸されては困るので、適当に蓋をしておいて。

淀みなく作業を一旦終了させた私にムムルが「何を作ってるの?」と聞いてきたが

私にも謎である。いや、水あめらしきものを作ってみようという試みなのであるが

答えに窮しながら腕を組んで首をひねる私に、ムムルの顔は若干引きつっていた。



さて、ムジカのデンプンはしばらくそのままで置いておくとして、ムムルに何かツマミでも作るべきだろう。

何か無いかな?とゴソゴソとギムリ宅の台所や倉庫を探していると、珍しいものを見つけた。いや、この場合珍しいというのだろうか?

群島出身ということで、海の近くで育ったであろうと思われるムムルさんならではなのかどうか知らないが、乾燥昆布を発見した。

勿論であるが、普段昆布と言っているようなものではなく、カジメのような形状をした昆布の仲間の種類だろうと思われる物体である。

カラカラに乾燥しているはたきのような形をした昆布である。養殖に向かないので、作られることは少ない。

乾燥したソレを適当な量に分けた後、手で裂いて小さくしてゆき、薬調合のときに使う石の器と手作りの擂粉木で細かく潰していく。

その様子を見ていたムムルさんは「あー・・・うーあー」とか言いながら、細かくなっていく乾燥昆布を見詰めていた。

大切にとっておいたものなのかもしれない。ごめんなさいである



粉末状になった昆布を用意しておいて、ナイフでロギを適当に薄く切る。

塩の塊を削ってそれも擂粉木で潰してこまかくし、薄くきったロギに塩と昆布粉を刷り込んでムムルに出しておいた。

簡易カブの浅漬けだ。カブではなくロギだが、もうどっちでも構わない。

ちょっと塩がきついかもしれないが、あっさりと食べられると思う。


残ったロギは薄く切ってドングリの器に入れ、塩と昆布粉を入れてひたひたになる程度の水を入れた後小さな蓋を上に置き、その上から少し重めの石を載せる。

漬物を作ってみるのだ。

人様の家で勝手に材料を使って作るとは何事であろうか?と、やり終えた後に今更ながら思ったのではあるが、思いついてしまったのだから仕方が無い。

パリパリと先ほど出したロギの浅漬けを食べて、微妙に塩辛いとムムルが言うので、粉末昆布で昆布茶を作って出してみた。

塩の香りは兎も角、磯の香りは楽しめる一品である。塩辛さが残る舌を、昆布茶で流すのだ。

塩味が残っていれば、昆布茶の味も引き立つ・・・はずである。

とりあえず暫くはやることが無いので、ムムルと二人でロギの漬物をポリポリと食べながら昆布茶を飲む。

感想を聞くと、昆布茶の磯の香りは故郷を思い出すとか。

「落ち着くわぁ」と言いながら昆布茶をすするムムルさんは、故郷を思い出しているのか若干伏し目がちであった。



ウォルフとウィフは、私が作業をしている間は構ってほしいと来ることは少ないのであるが、何もして無いと見ると寄ってきて私の着ている服を咥えてクイクイと引っ張ることはよくある。

最近力が強くなってきたので、彼らがクイっと引っ張っただけで体ごともっていかれてしまうことは良くあるのだが、今回は状況がまずかった。

秋とはいえ、いまだ日差しはそれなりに暖かいその日、私は上半身裸であった。

夏の間に日焼けした私の肌は真っ黒である。

さて、上半身裸の私の服で引っ張る部分といえば?しかも私は丸椅子に座っている状況で。

答えは腰巻布。

背もたれも無い丸椅子に座った私の腰巻布をグイーと引っ張られたらどうなるだろうか?

そう。椅子からずり落ちる。

そして私は尾てい骨を強打した。

ムムルさんと話すことに意識が集中していた上に、唐突に引っ張られて土間床に尾てい骨を打ちつけた私は、逆エビ反りになりながら「ホワァァァァァ!?」と、叫んだ

経験した人にしか判らない痛さというものがあるのならば、男の金的の次に小指をタンスに打ち付けるのが来る。そして次はきっと尾てい骨の強打であろうと私は思う。

女性の出産の痛みとかは、私は男であるので除外だ。

尻を両手で押さえながらウーウーと唸り転がっている私を見て、ムムルさんが爆笑していた。

いや、元気が出たならいいんですけど、助けてくれつっても助けようが無いのも分かるのでいいのですが、一応でもなんでも「大丈夫?」とか言って手を差し伸べてくれはしないのですかムムルさああああああああああああああん

打ち付けた尾てい骨の痛さに混乱した思考で、そんなことを考えた。



じくじくと痛みは継続しているが、我慢できなくは無い程度に収まったので、何事も無かったの如く椅子に座りなおしたのち、引っ張ってくれたウォルフの顔を掴んでグニグニと弄る。

分かっているのかいないのか、それでも構うのを嬉しそうに尻尾をふるウォルフに、ささやかな恨みも浮かんだものだが、ケンカしたら勝てないのはどう考えても明らかであるので、目の上の毛を逆立てて眉毛のように見える罰とも言えない罰を与えておいた。

そして、私が転がっているのを困惑するようにウロウロとしながら見詰めていたウィフは、手で毛を梳いてやる。

秋になって肉付きが良くなってきた2匹の狼は、毛艶もよろしいので梳いてやると綺麗に見えるのだ。私の見立てではだが。

ムムルはウォルフを触っており「足がでかい」とか「胸が逞しい」等とご満悦であった。



日が暮れかける頃になってギムリが帰ってくると、私を見たギムリは嬉しそうに笑いそのヒゲをジョリジョリとこすり付けてきた。

私はいいから生まれる子供にやってあげて欲しいものである。半年以上先のことだと思うが

一度家に帰って夕食を済ませ、先日ウォルフとウィフが狩りをしたヘンネルを担いでギムリ宅に戻る。

そろそろデンプンが糖に変換されているはずであった。



ギムリ宅に着くとまだ夕食の途中だったようだが、お構い無しに上がって未だ火が燻っている竈に火を焚きなおし、ムジカのデンプンの入った壷を火にかける。

ついでにもってきたヘンネルも、すでに毛皮を剥いだりの処理は済ませているので竈の火に当てて適当に焼く。これはウォルフとウィフのおやつだ。

デンプン汁をトロトロになるまで煮詰めると、かき混ぜている棒にまとわりつくようになってきたので、火の勢いを弱くなるように調節し、トロ火で焦げないようにかき混ぜる。

棒でかき混ぜにくくなったのを見て、火から降ろす。


これがジャガイモ式水あめ作成法である。勿論デンプンをムジカから用意した上に、使った食材もロギで本当に出来上がるのかどうか半信半疑ではあったのだが、煮詰めながら粘性を帯びてきた時は思わず「おぉぉぉ」と唸ってしまった。

むしろムジカからのデンプンで出来るのか?とかロギの汁にアミラーゼとか含まれているのか?とか微妙な疑問は持っていたわけなのであるが、出来たものは出来たので仕方が無い。

出来上がったことを喜ぶべきだろう。この場合

土間の上に壷を降ろし、竈の火を強くしてヘンネルの肉をあぶってウォルフ達に与えた後、触れる程度に冷えた壷を抱えてギムリとムムルが座るテーブルに向かった。

粘性が高いために熱の発散量は少なく、火から降ろしたといっても結構熱いのであるが、やはり食欲は薄いのか余り食べていないムムルに、サーパの皮を剥いた上に水あめをかけた物を出した。

若干焦げたというべきか、黄金色に輝くどろりとした透明な液体がかけられたそれを見て、出されたムムルは勿論ギムリは不思議なものを見るような目で見つめていたが、煮詰めていたときから漂う甘い香りのソレがたっぷりとかかったそれを、彼らの前で一掴みして口の中に入れる。

若干ロギの汁の味わいも感じる水あめだが、糖分が凝縮されたそれは口の中でトロリと残り、続いてサーパの酸味がロギの風味をなぎ倒すような鮮烈な香りが口の中に広がる。

サーパをかみ締めると、口の中の水あめと合わさって甘いジュースのようになり、喉に感じる清涼感が気持ちよい。

サーパの酸味で唾が出るので、飲み込むのも問題は無い。あえていうなれば、若干水あめが焦げた匂いを感じなくも無いといった所であるが、私は味王様ではないので十分な及第点である。


私が飲み込んだのを見て手を出したムムルは、ソレを口に含むと「あら?おいし」と言って、水あめのかかったサーパを次々と食べていった。

私としては大満足な結果である。

結局ギムリ宅に残っていた4つのサーパを、ムムルさんはすべて平らげた。

私とギムリも少しは食べたが、精々私とギムリで1個分のサーパを食べたくらいなので、ムムルは3つのサーパを食べたことになる。

これで安心。とは言い切れないが、食欲が戻ってきたなら大丈夫だろう。

しっかりと食べていたムムルを見て、何かに感激したギムリに抱擁された。

ギリギリと私の体を包むギムリの体臭と力に、若干サバ折り気味であった体制も合わさって、私は気絶した。

次の日起きたら、ギムリとムムルに挟まれて眠っていたのである。

そんな秋の日の一日








あとがき

ムジカのデンプンとロギの汁からのアミラーゼで水あめができるのか?とかいうツッコミは勘弁してくださいw

ジャガイモとか便利アイテムを唐突に登場させるのもなんだかなぁ?とかそういう苦肉の策?で誕生した話です

でもそれをいったらムジカとかロギとかも十分唐突な登場じゃねーかwww






[8853] 9歳の秋 収穫祭
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/10/13 16:35


9歳の秋 収穫祭



今年も収穫祭の季節が来た。

いつものことであるが、広場中にひろがるシアリィの匂いに私は酩酊気味である。

祭りというものは、いつの時代でもなんというか燃え上がるものがある、普段より格段にテンションの高い住人達を見てもわかる。

普段様々な作業に追われて日々の仕事をしているだろう彼らも、収穫祭になると皆が皆飲めや歌えやの喧騒に包まれ、それぞれが楽しそうに過ごす様を眺めるのも私の小さな喜びでもあるのだ。

それに、秋の収穫祭のメインは肉である。

先日猟師達が捕まえたプレイムファローの成体が広場の中央で炙られ、肉の焼ける香りが食欲を刺激する。

他にも野山羊やヘンネル、猪等もそこら中で焚き火に当てられており、住人は自由にその肉を切り取って食べることが出来る。

大量に入荷した塩のおかげでディアリスの食生活は多少良くなった、各家庭で作られる塩を利用した料理は、既婚女性達のおしゃべりの格好の題材となり、様々な料理が生まれ始めている。

最近のことだが、小麦や大麦をオートミールのような粥状にして食べるという形態が新たに生まれた。

元々小麦や大麦を水やミルク等で煮込めば粥状態になることは知られていたようだが、ミルクで煮たものならともかく水で煮たものは味が微妙でまずかった。

塩を加えることで味を調えることが可能になった今は、主食のひとつとしてパンの変わりに食卓に上がることも多くなったのである。

粥状に煮込むことで食べやすくなり、熱を加えることで栄養分を吸収しやすくなったそれは、十分な主食となりえる。塩を加えて整えられたオートミールは、胃に優しく食物繊維も豊富だろうと思われる。ウンコが出やすくなるだろう

塩で味をつける。前世の知識で様々な食の形態を知っている私としては、塩だけでは微妙に物足りないものを感じなくもない。

欲を言えば香辛料もほしいし、先日つくった水あめを利用して北京ダックのような照りのある皮の食べ方というものも作ってみたいものだ。



家族や親族が座るテーブルから少し離れた木立の下で、収穫祭の喧騒をBGMにして私はゴリゴリとソース作りの最中であった。

先日作った鬼カウイを使ったクルミソースは家族達に大好評であり、テーブルについて肉が焼けるのをワクワクと待っていた私に、母がクルミソースを作ってくれと依頼してきたのだ。

肉が焼けるのを待ちながら、椅子に座って土に付かない足をブンブンと振りながら待っていた私は、暇であったことも含めてソース作りを快諾し、現在木立の日陰でゴリゴリとクルミを砕いているというわけである。

一度家に戻って鬼カウイを大量に持ってきて、パキパキと中身を出してすり潰す。

私の寝ている寝床の周りは木の実が山となって積まれている。

部屋は姉と私の共同部屋であるので、勿論姉の居住する空間には木の実が詰め込まれた麻袋等は積まれていないのであるが、部屋の隅にある私の寝床に進む道が多少開いているだけで、寝床の周りは木の実だらけであった。

木の実のほかにも、薬になる木の根や木から採取した樹液を乾燥させて粉末化させたものなどが所狭しと積まれているので、どこになにがあるのか把握しているのは私くらいのものである。

たまにノエルが木の実をつまみ食いしようとした際に詰まれた袋が別の場所に移動していたりもするが、その程度は些事であるといえるだろう。



すり潰した鬼カウイの実に、塩と乾燥したサーパの皮をすり潰したものを加えて少し味見をしてみる。

程よく乾燥した鬼カウイの実はすり潰したことで香気が強く感じられ、ねっとりとした油分が塩と合わさって程よい甘味も感じられた。サーパの皮の清涼感のある香りが、飲み込んだ後に鼻から抜けるように感じられる。

結構な量作られたそれの自分の分をノボセリの葉に包んで確保しておき、木の枝をナイフで削って作ったヘラをクルミソースを混ぜたドングリの器に添えてテーブルに持っていった。

肉が焼けるのはもう少し時間がかかると思われるので、その間に私は次のソースの実験である。


家に帰ったついでにもってきた山葡萄の実で、ソースを作ってみるのだ。

山葡萄は秋になると実をつける蔓草形の植物で、自生する他の木に巻きつくように成長して秋も深まった頃に実をつける。

野生動物も食べるので様々な場所で糞と一緒に排泄された実が、様々な場所で芽を出す。そんな植物である

酸味が強いが糖質が高いものもあり、程よく熟成したそれを摘んだ後にしばらく放置すると酸味よりも甘味が増す。

栄養価も高く、強壮や増血等の薬にもなるので結構な量を山積みにして置いてある。だから家の中はふんわりと甘い香りが漂っていたりするのであるが

本当ならば実だけを取り出して桶のようなものに漬け込み、暫く放置して出てきた汁を煮込むといった作業が効率的であろうと思うのだが、それほどの量があるとは言えず、またの機会にということになった。

やろうと思えば、山葡萄のワインのようなものを作ることも可能かもしれないが、私はワインの作り方等トンと知らない、ブドウジュースに酵母を足して糖質のアルコール化を促すといった方法だったと思うが、そもそも酵母の作り方がわからないのだ。

酵母は酵母菌というくらいなので菌類に属するのかも知れないが、よく考えてみよう。菌が繁殖するということは、毒性のある菌が繁殖している可能性もあるのである。

もちろん、菌にも体に良いものがあることは認める。認めるのでは有るが、どうやって判別しろというのだ。あの白やら青やら緑やら、紫やらオレンジ等の微妙に毒っぽい雰囲気を感じられる菌の繁殖したものを見るからに、それを食べるといった概念は微妙に発生しにくいものだろうと言わざるを得ない。そもそも菌の繁茂した食材を食べて腹痛を訴えるものが多いので、ディアリスの住民の間でも菌が繁茂している食材は食べないというのが普通なのである。ビール酵母は別だが

ビール酵母でワインが作れるのか?といった疑問は、実験してみないことにはなんともいえないし、ワインの為に山葡萄を集めるというのも私自体がアルコールに弱い現在に置いては、いまいちやる気が起きないだけだったりする。


さて、話を戻そう

フライパンに果肉を集めて何をするかといわれれば、煮詰めるだけである。

勿論乾燥が進んだ果肉を煮詰めると焦げてしまいかねないので、ここで注ぐのがシアリィである。

煮込むほどに微量の炭酸やアルコールが飛び、クツクツと煮込まれたソースは紅色の葡萄の匂いが香る。

それに塩と刻んだ香草の茎を加え、ジャム状態になる一歩手前辺りで火から降ろして冷やす。

地面にフライパンごと置いてやれば、地面が熱を吸収して冷めやすくなるし、煮込まれたソースからも水分は蒸発するのでジャムのようなドロリとしたものが出来る。

未だ熱いそれをかき混ぜていた木の棒のヘラでひと掬い

甘い香りの漂うソースを、少しだけ味わってみる。

甘味が濃厚なソースで、酸味を少し感じるが甘味が強いのでそれほど気にならず、シアリィの微量の苦味が良いアクセントになっている。

加えた香草はレモングラスのようなもので、かみ締めるとレモンのような香気が口の中に広がって清涼感を与えてくれる気がするものだ、見た目雑草と変わらないのであるが、発汗や消化を促す薬の一種として採取している。

また、爽やかな匂いのこの香草が私は好きで、枕元で栽培していたりもする。主に観賞用で



ふと顔を上げると、ファーガスが居た。

「どうかした?」と聞くと

「さっきから何度も呼んでるのに気がつかなかったのはノル君のほうじゃないか」

「あー・・・ごめん、気がつかなかった」

「それはそれとして、ウォルフとウィフが可哀想なことになってるけど、いいの?」

そう言われて私の近くに佇んでいた二匹を見ると、伏せの体勢で私を下から見上げながら「クーンキューン」とか細く鳴いていた。

お腹が空いたのなら、近くに家族が座っているテーブルがあるのだからそっちで何か貰えばいいのに、と思わなくもなかったが、私も小腹は空いていたので本日の獲物を奪取しにいこうと思う。

ソースを木陰の裏に隠し、ファーガスと狼たちに番を任せると、私は意気揚々と獲物を狩りにでた。

本日の狙いは、フェイダル鳥の丸焼きである。

フェイダル鳥は川岸の水の流れが弱い辺りで小魚を取っているのを良く見かける水鳥で、全体的に白いのが特徴の鳥だ。それ以外には特徴といえる特長も無く、嘴の黒いアヒルと言えば分かりやすいかもしれない。

肉質は鴨に近く、微妙に癖があるが肉の味が濃い肉をしており、焼いて食べると非常に美味しい。そもそもアヒルは鴨類を家畜化して生まれたものなので、フェイダル鳥がアヒルのような形状で鴨に似た味をしていてもおかしくは無いのかもしれない。家畜化されているわけではないので、自由に大空を飛び回るアヒルの図を思い浮かべてみればよい。それがフェイダル鳥である。

プレイムファローが焼かれている焚き火の程近く、大き目の焚き火の周りを囲むように木の枝に串刺しにされたフェイダル鳥は焼かれていた。

いくつかの焚き火と焼加減を管理しているおじさんに声をかけ、程よく焼けているフェイダル鳥の丸焼きに目をつけると、ナイフ片手に何が欲しい?と声をかけてくるおじさんに

「そっちの肉、焦げかけてない?」と声をかけた

おじさんが意識をそちらに移したのを見計らって、フェイダル鳥の丸焼きの刺さった木の枝を2本引き抜くと、おじさんからは死角になっているプレイムファローの裏側にダッシュで身を隠す。

突然消えた私を探すかのようにキョロキョロしていたおじさんが、ほかに現れた肉を欲しがる人の相手をしている隙に、2匹の丸焼きを抱えて逃走した。

テーブルとテーブルの隙間に入り込んでしまえば、肉や焚き火を管理している人が数人いようとも追ってくることはないだろう。

そもそも追われるような事でもないが、丸焼き2匹分は頼むのも微妙に多すぎる量でもある。

奪った丸焼きを抱えながら木立に戻ると、待ってましたとばかりにウォルフとウィフが駆けてきた。

私の周りでピョンピョンと飛び跳ねる彼らに、木立に置いてあったカバンから鉈を出すと半分に切り開き、ウォルフとウィフに投げ与える。

空中でうまいことキャッチした彼らは、ゴリゴリと骨を噛み砕きながら食べ始めた。

座って待っていたファーガスに

「もう何か食べてきた?」と聞くと

「家族のテーブルで少しね、ノル君は?」

「今から、でも一人で丸焼き1匹はつらいからちょっと手伝ってくれ。まあ残ったら残った出ウォルフとウィフに分ければいいしね」

そう言うと、ナイフで肉を切り取り始める。

内臓を取り出して丸焼きにされているので、骨以外のほとんどすべてを食べることが出来る。

腿肉を骨ごと切り取り、胸肉を胸骨ごときり出して、胸骨に合わせて切り出して骨付き肉のような感じに切り取る。背骨に合わせてナイフを入れて皮を切り離し、頭を切り落として首の部分を取る。

それぞれの肉を、ブドウソースをたっぷりつけて食べるのだ。

山葡萄の量が量だけにそれほどの量を作ることが出来なかったので、家族には出さない。

表面は多少焼け焦げた感があったフェイダル鳥は、焼けた表面はともかく筋肉質でしっかりとした噛み応えがあり、やや固く感じる肉をかみ締めると、肉汁が少し溢れてくる。

しかし肉の旨味は濃厚で、ブドウソースというある意味味が濃いソースに対しても、素材が全く負けていないのが素晴らしい。

一口食べてファーガスを見ると、丁度目が合った。胸骨の骨をお互い咥えながらニヤリと笑うと、二人してガツガツと肉をむさぼり始める。

2人で1匹のフェイダル鳥をほとんど平らげて、骨に多少ついた肉を齧りながらウォルフとウィフに残りの骨を与えた。


「ああ・・・お腹一杯幸せイッパイ」

「ノル君、おいしいものをいつもありがとう。僕も幸せだよ」

「ああ、でも皆。特にノエルには内緒な?うるさいし」

「あー・・・そうかもねえ」

「まあ作れっていっても材料も無いし無理だからいいけどなー」

「そうかー、僕はこの幸せな満腹感を感じながら一眠りしたいよ」

「あーそうだなあ。ちょっと昼寝でもするかー」



そうして、木陰の下には狼たちを枕に昼寝する男の子が2人。

そんな収穫祭のヒトコマ










男の子と書いたつもりが、見返していたときに男の娘に見えた私はきっと色々末期






[8853] 9歳の秋 収穫祭 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/10/13 16:36


9歳の秋 収穫祭2




日が傾いて風が若干寒く感じて目が覚めた。

『くぁっ』と欠伸をして目を擦りながら上半身を起こすと、私が枕代わりにしていたウィフも立ち上がる。

ふと横を見れば、ウォルフに跨り全身でもって抱きついているファーガスがいた。

猿の親子か?と言いたくなる体勢で寝ているファーガスは、時折ピスピスと鼻を鳴らしながらウォルフの毛皮をしっかりと握っている。

むしろそんな体勢で寝られるファーガスを私は純粋にすごいと思った。

何がすごいというか、決して平らとは言えないウォルフの背でバランスをとりつつも寝ているということにである。

ウォルフは伏せをしながら前足に顔を埋めて目を閉じており、動いてないにしても寝かたというものがあるだろうと思わなくもないのだが、それを見ているうちにちょっとイタズラ心がむくりと沸いてきたので、実行してみることにしよう。



実はウォルフには弱点がある。

この場合弱点というよりもトラウマなのであるが、小さい頃にオオサンショウウオのようなものに尻尾をハミハミされた事が相当嫌だったらしく、意識していないときに尻尾を触ると飛び起きるのだ。

もちろん起きているときに、誰かが触るという程度ならそれほど動じなくなってきてはいるのだが、それでも尻尾を握るとビクッと全身を震わせ、なぜか両足をピーンと伸ばしてビシッとしたポーズで仁王立ちである。

私から見ると可愛らしいのであるが、見る人が見ると威圧感たっぷりに睨まれているような心持ちになるらしく、小さい子が見ると泣き出すかもしれないとそれを見ていたメリスに指摘されてしまったので、出来るだけ衆人環視の場では触らないことにしている。



伏せの状態のウォルフの後ろに回ってみると、尻尾を格納するがの如くお尻の下に隠していたウォルフだったが、尻尾の少し上の辺りをコシコシと撫でてやるとイヤイヤと腰を振る。

それで尻尾がでてきて、乾燥している地面を掃くようにたっぷりとした毛の尻尾が右に左に振られるのを、狙い定めるように素早く手を出して軽く握ると

飛び上がって起き上がったウォルフは握った何かから逃れるように前方に飛び出す。

ウォルフが体を起こした反動で伸び上がるように上半身が起き上がったファーガスは、ウォルフの毛を両手で握っていたために起き上がった時に振り落とされることはなかったが、ウォルフが飛び出して急制動をかけて立ち止ったのには抗うことは出来なかったのだが、うまい具合にウォルフの上で体をくるりと回り、体操選手のキメポーズの様なY字立ちを見事に決めた。

思わず『ぶふぅっ』と噴出してしまった。鼻水も出たのは余談である。

いや、よく考えれば下手すると大惨事を招きかねないかもしれなかった行動であるのだが、そんな事はとりあえず置いておいて、笑いの神が降臨したかのごとく綺麗に伸び上がったポーズで夕日をバックに手を広げるファーガスを見た瞬間に、もろにツボにはまった私が息をするのも苦しいほどに笑い転げていると、その声に反応したのかファーガスが気がついたのか、振り返ってこちらを見た。

夕日で翳ってよく見えないファーガスが

「なになに?なにがそんなに面白いの?」と言いながら、私のほうにに寄ってくるにしたがって顔が見えてくる。

その表情がにこやかな笑顔だったのがさらにツボにはまり、酸欠になったうえに横隔膜が痙攣しているような苦しさを味わい、思わず「殺す気か!」と叫びそうになった。

この場合、自業自得なので誰を責めようもないのであるが、人生で死ぬかと思った場面TOP5に入賞する出来事だったのは言うまでも無い。勿論嫌な死に方では一番だ、前世の記憶でも笑い死ぬ危機という体験は得ていなかったのであるが

まぁ前世の記憶も最後は笑いながら死ぬことが出来なかったので、今を生きるこの人生は出来ることなら笑いながら死ぬことができたら嬉しいとは思っているが。笑いながら死ぬという意味が微妙に違うこの死に方は、正直勘弁してもらいたいものだ。

まさか笑うことが苦しいなんて・・・、と笑いが治まってきた所で冷静になりつつある頭で考えてしまい、苦しいときになんでそんな微妙にクサいフレーズの上に微妙に哲学的なセリフが思い浮かぶのかとさらにツボにはまってしまい、悪夢のスパイラル状態に陥った。

笑いながら酸欠で悶えている私を、必死に介抱しようとするファーガスがさらにツボにはまったり、オロオロウロウロするウォルフとウィフが前方不注意でぶつかったりしているのをみて、もはや何を見ても笑いの種にしか見えなくなってしまった私は、地面に顔を押し付けて何も見ないようにしつつうずくまりながら必死で呼吸を整えようと試みるのであるが、箸が転げてもおかしいという状態になってしまっていて、微妙に半泣きの声で心配そうに私を揺するファーガスのおかげで次第に落ち着きを取り戻した。

酸素が足りなくて苦しい状態からなんとか復帰して顔をあげると、なぜか辺りがシンと静まり返り、酒を飲みながらワイワイと騒がしかったテーブルに座っていた大人達も、酒を飲む手を止めてなぜか私を見詰めていた。

遠くでガヤガヤと騒ぐ声は聞こえてきてはいたが、私の近くにいる大人たちは黙って私を見詰めている。

数十人という規模で見詰められる威圧感は凄まじい。

えっ何?なんか悪いことしたのか?という気持ちになってしまいそうな雰囲気であった。

私の近くにいたファーガスも衆人監視の威圧感が堪えているのか、私の肩に置いていた手がブルブルと震えていた



気まずい時間というものは長く感じられ、数分も経っていないはずなのに私の主観ではもう1時間も経っているのではないか?と思わずにはいられないと、微妙に思考逃避を試みていると、静まり返った大人たちの間をぬうように動く影が見えた。

その影はノエルに手を引かれたホラットさんで、ノエルに指を指されて私を見ると、引かれていた手をするりと振りほどいてこちらに歩み寄る。

私に近寄ってくるホラットさんは、もう少し後で行なわれる踊りの服装をしており、長い布を巻きつけたような姿であった。

巻いている布の切れ目から覗く肌は白く、露出している下腹部に見えるヘソは見るものによっては扇情的にも映るかも知れない。カルトを産んだとは思えないほどその体は引き締まっており、場合が違えばそれは目の保養になるだろうと思われる。が

近寄ってくるにつれて普段は目が細く薄目がちで朗らかに笑顔を浮かべているホラットの顔が、目を見開き顔は強張り口を引き結んでいた。

私の心中を言葉に表すとすれば『なんだこれ?』である

ウォルフとウィフもただ事ではない雰囲気を感じたのか、私の目の前に陣取り近寄ってくるホラットを威嚇しようとしたが、その耳は伏せられたうえに尻尾を丸めており、威嚇する前からどう見ても負けていた。

私の精神をどうにか奮い立たせているものは、私の肩に置かれたファーガスの掌の熱であった。雰囲気が重過ぎて強張っているのか、肩に置かれた手は意識的か無意識にかは分からないが強く掴み、痛みを感じるほどである。

訳が分からないまま状況は進み、ホラットが近寄ってくるとウォルフとウィフは威嚇の唸り声を上げてはいるがジリジリと後ずさり、彼女が歩く道筋を妨げる事も出来ない。

私の目の前にホラットが来ると、肩から自然と離れるファーガスの手。精神を奮い立たせ、或いは拘束していたその手が離れると無意識に「あ・・・」と呟いた。

ウォルフとウィフはいつでも飛びかかれるような体勢で、咄嗟にまずいと感じた私は

「伏せ!」と叫んだ

私の命令を聞いたウォルフとウィフは、その命令を瞬時に実行に移し、その場にペタリと蹲る。

そして私の目の前に佇むホラットの顔を見上げる。

いつになく真剣な表情で私を見下ろす彼女を見て、咄嗟に浮かんだ言葉は

『魔王からは逃げられない』であった

彼女が魔王ならば、コルミ婆ちゃんは大魔王でカルトは中ボスであろうか?と、現実逃避気味に浮かんだそのイメージが、先ほど続いていた笑いの発作と合わさってしまい、彼女から顔を背けながら口元に手をやって笑いを噛み殺そうとするも、漏れる吐息は留めることも出来ずに吐き出す。

状況が状況だけに必死で抑えようとするのだが、堪えようとすればするほど止まらないことはあるものだ、私もその例に漏れず笑いの発作が再び持ち上がろうとしていた。

先ほどから笑い続けた反動なのか、私の肺なのか横隔膜なのかはわからないが痛みを感じるほどである。

右手で口を塞ぎ、左手は胸を押さえ、目の前にはなにやら怒っているような雰囲気のホラット。

両手が塞がり逃げることも出来ない状況で、笑いの発作を堪えながら私の頭は酸欠になりつつも何が起こっているのか冷静に思考しようとするも、必死で口元を押さえる手の制御やら痛みを訴える胸やらの余計な情報が多すぎて冷静に思考をするという行動が可能なはずもなかった。

ふと口元を押さえていた右手がホラットに掴まれた。

私の右手を掴むホラットを見上げようとすると、次の瞬間目に映ったのは右手を振り上げるホラットの姿。

『ベチッ』と快音響く私の左頬。静まり返った周りのためかそれはとても良く響いた。

打たれた反動で微妙に右を傾いだ体を立て直し、意味が分からず彼女を見上げようとすると、私の顔をグワシと掴まれて押し倒される。

仰向けに転がった私に跨るような体勢で、なにやら呟きながら私の平らな胸をペチペチと平手で叩くホラットに、私は混乱した。

森の恵みやら大地に宿るなんたら等聞こえたが、なんのことやらである。

それよりも眼前にたわわに実る彼女の二つの果実やら、ムニムニとした感触の彼女の尻が私の股間部分にジャストフィットしていることのほうが重大で、笑いの発作はいつの間にやら収まり、むしろ私の股間がエレクトしてしまわないかのほうが心配であった。

未だ精通は訪れていないとはいえ、立つ時は立つ。意識的に立つことは皆無といっても良いし朝立ちすることもまだ無いが、ふとした瞬間になぜか硬くなっていることはあるのだ。

勿論ふんどしのような下着と、モノ自体がそれほど大きく成長しているわけでもないので傍目からはそうと見破られるものではないが、密着していれば別である。

彼女もいい大人なので、股間に固いものとくれば何であるか想像するのは簡単であろう。

何か気を紛らわすものは無いか!?と思考を回転させる。眼前で揺れる彼女の胸を見ながら

そうして、カルト嬢の体の発育状態は遺伝であろうとかコルミ婆ちゃんは昔どんな体型だったのだろうか?とか、ノエルの賓乳と意外といい体をしている母の体型の遺伝がなされそうも無い因果関係について思考を展開していると、ペチペチと胸を叩いていた平手が唐突に止まった。

終わったのかな?と、意識を戻して彼女の揺れる果実を見詰めながらそれを胸であると意識を逸らしていた視線を彼女の顔に戻す。

そして目に入ったのは、先ほどのように天高く振り上げられた彼女の右手。

『バチーン』と私の胸を叩く音は鳴り響いた。





そこから先は、良くわからないままに彼女に抱えられて広場に連れて行かれた。

蓑火が焚かれた広場の中央に座らせられ、ホラットと彼女と同じ格好のカルト嬢がブッフェという打楽器の奏でるリズムに合わせるように私の周りを舞う。

傍目には分からなかったが、彼女達が着ている長い布の先端は微妙に重りのようなものが入っているらしく、遠心力によってかその布を伸ばしたり巻き取ったりしながら踊っているのであるが、その布が座らせられている私の顔やら体にバシバシと何度も当たって痛かった。

彼女達の素肌を特等席で眺めることが出来るのであるが、幅広い布が当たるその場所は果たして特等席なのであろうか?

基本的に視線の外から放たれる布の攻撃は、体に当たるものは兎も角、顔に当たるものは予測不能である。

巻き込むように当たるそれは恐怖だ、顔にかぶさるように布がまとわり付くと、一瞬であるが呼吸も止まるし唐突なので回避のしようもない。

一度立ち上がってその場から逃れようとしたが、ホラットにその場を動いてはいけないと釘を刺されてしまい、逃げることも出来ない。

この状況に何か思い当たるものがあって、何であるか思い浮かべるとアレと良く似ているということに気がついた。

テレビでめ〇ゃイケという番組があった。その中のStamp8というコーナーで、サイコロで選ばれた人物がハリセンで叩かれる微妙に意味不明なものである。

芸人のテレビ番組は得てして誰得?と問いたくなるようなものが多い、しかし妙に惹かれるものがあり理不尽に叩かれている人物をなんとなく眺めていたものであるが、その状況に近い

私がベチベチと布で叩かれているのは、誰が得をするのであろうか?

くるくると私の周りを舞い踊る彼女達の間に、ウォルフとウィフも加わってピョンピョン跳ねながらぐるぐる回る。

それを眺めながら襲い来る理不尽な痛みに耐えた。彼女達の踊りが終わるまで











次回、叩かれた真相・・・(仮)

私事が忙しくなってきたので更新は不定期になります




[8853] 9歳の秋 収穫祭 3
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/10/13 16:07

9歳の秋 収穫祭 3



いまだ太陽光を浴びていればやや暑いと感じる秋であるが、夜になれば太陽で温められた熱をやさしく奪う涼やかな風が吹き、やや肌寒い

そしてそれとは別の意味で私の心象は肌寒いものとなっていた。



広場の中央でベチベチと布ではたかれるのが終わって現在。私が居る場所はピエフ宅である

夜になっても終わらない、むしろ夜になってからがヒートアップしてゆく収穫祭の喧騒が、家の中にいても遠くに聞こえる楽しい時間のはずなのに、私は今3人の女性に囲まれて地面に座っている。

普段テーブル等が置かれて彼女達の団欒の場となっていると思われるその部屋は、現在ほとんどの物が隅に寄せられ、部屋の中央の土間に軽く掘られた土間があり、そこで燃やされる焚き火の灯りのみが私が部屋を見渡すことが出来る光源であった。

私の目の前に焚き火があり、それを挟んで向こう側にホラットがいる。右後方にコルミ婆ちゃんがいて、左後方にカルト嬢がいて、ホラットの夫であるリブシンさんは、他の部屋の中からこちらの様子を眺めている。

リブシンさんは、おしの人である。産まれつき話すことが出来ないが、話を聞くことは可能で、彼と話をすると様々な話に合わせて肯定や否定を体を使って表現するのを見るのが面白い。

喋ることができないのでとても物静かな人なのであるが、何かを伝えようとするときに見せるジェスチャーを使った会話方法が、時に熱く激しく感じられることもあるので、決して大人しいという印象を受けない不思議な人物である。ちなみにホラットさんとは目で会話するらしい。

普段は優しげな感情を目に湛えた彼なのであるが、今の彼の表情は一言でいうなれば『緊張』であった。

何が起こっているのか全く分からない状況で、彼女達に拉致されて家の中に連れ込まれ、目の前には火が焚かれた上に彼女達が私を囲むように立ち、そしてその部屋には決して入らないようにしながらリブシンさんが見詰めている。

ここまで状況証拠があれば、何が行なわれようとしているのか大体の所を察することが可能かもしれないが、否定しようにも材料が無い。

ずばり悪魔祓いである。除霊と置き換えても良いかもしれない

収穫祭の広場に立ち込めるアルコール臭で酔っ払っていた私も、さすがにドン引きで酔いは醒めてしまっていた。



私が外見的には幼いせいか、何も説明らしい説明も無く儀式のようなものがはじまった。

焚き火の向こう側に座ったホラットが、先ほど私を叩きながら言っていた言葉をつむぎ始める。それはある意味祝詞のようなものなのだとは思うが、ブツブツと呟く彼女の声は小さく、その全貌を窺い知ることは出来ない。それよりも気になるのは、私の後方に控えていたカルト嬢とコルミ婆ちゃんが、何らかの液体を私の首筋から背中に書いていることのほうが気にかかる。

塗るというより書いているというのは、私の首筋の頚動脈辺りから始まり、肩甲骨あたりまでヌルリとした指先で塗りつけられている何かの感触を感じるからである。

緊張と興奮で神経過敏になりつつある肌から、塗りつけられたそれが揮発する際に奪われた熱量の違いによって、私の背中に描かれていく記号のようなものを感じ取ることが出来た。

背中に書かれた円のような記号に首元から伸びた線が繋がっているような感じである。

その円からカニの足のように線が延び、私の正面側にも線が延びる。まるで蜘蛛が私の背中に張り付いているような感覚といえば良いのだろうか?

胸の中央にも小さく円が書かれ、それが蜘蛛の前足と感じられる二本の線が繋がれる。

それを描いているカルト嬢とコルミ婆ちゃんの目は真剣で、くすぐったい等の文句を言える雰囲気ではない。むしろくすぐったい所か、妙な記号らしきものを描かれる得体も知れない奇妙な雰囲気やら感覚やらに文句を言いたいわけだが。

妙な状況に軽口を飛ばす気持ちにもなれず神妙に事の経緯を窺っていると、俯きながらブツブツと何かを呟いていたホラットが顔を上げた。

「・・・さて、ノル君。説明をするからそのまま聞いてね、簡単に言うとあなたには現在精霊が憑いているの。本来は何か悪いことをする精霊とかではなく、この辺りの土地に古くから居て様々なものを見ているだけの存在なのだけど、時たま何かに憑いたりする。それは悪いことではないのだけれど、今回憑いた精霊はなんというか・・・とても強いの。その精霊は、場合によってはそこにずっと憑いたままということもあれば、気に入らなければすぐに出て行くこともある。だけど、人間に憑いた場合は違う。その精霊はいつしか貴方の心を侵食する。ここまではわかる?」

「えーと・・・、つまり良くも悪くも無い精霊さんが僕に憑いちゃった。このまま放置しておくと僕は死んでしまう。そんな感じ?」

「そう、そうなのだけど、それ以前にあなたはその精霊が憑く前に別の精霊に憑かれていた。あなたに以前から憑いている精霊は、新たに産まれた精霊で、あなたに悪さをしようとしているわけではなく守ってくれていたので放置していたのだけれども、今回あなたに憑いた精霊と以前からの精霊が争っているの」

・・・超常現象の世界である。今も昔も霊感のようなものは無い私は、幽霊を見たことも無ければ感じたこともないわけだが、ホラットの真剣な表情で語る様に頭ごなしに否定するのも躊躇われる。

勿論、前世の世界観においても科学的に幽霊は存在すると完全に証明されているわけではないのではあるが、否定するにしても材料は無く、私の小さな世界観において精霊が存在するかどうかを判定するような何かを私が持っているわけでもない。

私は神を信じてはいないが、言外に居ないと言い切ることも出来ない。精霊信仰を否定するつもりもないし、なにかを信じることが悪いことだとも思わない。それに、得体の知れない何かが存在するということを否定するということは、なんというべきか『夢が無い』と思う。

いいじゃないか、幽霊が存在したって。私には見えないけど

前世の世界の古い話には、神と会話をしたとかドラゴンを討伐したとか様々な不思議な話が山盛りである。

それが本当のことなのか空想の話であるかを、ありえないと断じることは簡単であるが、もしもそれが本当のことであったのならば、世界は不思議に満ちていると思うことが出来る。それを証明することは不可能であるが、無いと言い切れない世界というものは、ある意味で素晴らしいと思うのだ。世界は不思議(ファンタジー)に溢れている。素晴らしい


まぁ自分に渦が降りかからなければの話であるが


「えーと・・・それで、前から憑いているという精霊が僕を守ってくれていたとして、後から憑いてしまった精霊が居ると僕を殺してしまう・・・と、それで精霊が喧嘩中ということでいいのかな?」

「そう、これからすることは、あなたに憑いている精霊を2つともあなたから切り離すこと。そこから先は、状況に寄る。前からあなたに憑いていた精霊が勝てば何も問題は無い、そのままあなたにまた憑いて貰えば、なにかと色々守ってくれると思う。後から憑いた精霊が勝ってしまえば、あなたには憑かないようにあなたの体に精霊が寄り付けないようにする」

「あと誤解しないで欲しいのだけど後から憑いた精霊は、本来土地を見守ってきた精霊だから悪い精霊ではないの。豊作とかを祈願したりする精霊なのだけれど、聞いてくれることもあれば聞いてくれない事もある。私たちはお願いをする立場だから、伝えることは出来るけど返事を聞くことはなかなか出来ないけどね。私たちピエフは、その精霊を自分に降ろして願いや感謝を伝えるのだけど、すぐに出てもらうからそれほど問題は無いの。だけど今回は、精霊が争っているから話を聞いて貰えない。1つの精霊だけなら、語りかけて出てもらうことが出来たかもしれないけど、そのままだと危ないから2つとも強制的にあなたの体から追い出すしか方法が無い。わかった?」

「状況はなんとなく判ったけど・・・、なんでこんなことになったんだろ」

呆然と呟くと、ホラットはクスクスと笑いながら

「元々あなたは精霊に好かれているのよ。あなた自身には憑いていないけれど、あなたの周りには精霊やそれに準じたものがいつも楽しそうに付き従っているわよ?今は精霊の喧嘩を恐れて近くには見えないけれどね」

「そうなんだ・・・ちなみにどんなのがいるの?」

「まず地の精霊、あなたの足の周りでピョンピョン跳ねていたりするわね。次に水の幼精、精霊というほど強くは無いけれど、産まれたばかりみたいなのが常に1つ居たわ。これがいると水には困らないようなご利益があると思う。灯火の幼精はいつもあなたが火を起こすのを近くで待っている。水と火の幼精はあなたが切欠で産まれたものよ、2つとも普通はそれに準じた場所に宿ることが多いのだけれど、あなたに付いて回っているっていうことはよっぽどそういうものに愛されているのね、羨ましいわ」

「うーん・・・羨ましいといわれても困るよ」

「すごいのよ?何もいわなくてもいつもあなたを助けようとしているわね。最後は風と大地の精霊ね、これがあなたに憑いていたもの。これはあの子達のお母さんね、ウィフちゃんと姿かたちが似ているわ。多分死んでしまった後にあの子達の面倒を見てくれているあなたを助けようとして、そのまま精霊になったものだと思うわ。あなたがカバンにつけている白い尻尾のアクセサリーあるでしょ?あれがその精霊の住処よ」

「そうなのか・・・まぁ見えないし問題も無いならいいけども。・・・いや、まさにいま問題が起こっているしなんともいえないのか?」

そう言うと困ったように顔を傾げたホラットは

「まぁ、そういうこともある・・・かな?どちらにしても、争っている精霊は悪いものじゃないっていうことを覚えておいてほしいわ。ただ、後から憑いてしまった精霊は、人が長い時間降ろすには強すぎるのよ。むしろそんな精霊を2つも抱え込んでいる状態で、今も冷静なノル君のほうが不思議よ?さっきすごい笑っていたみたいだけど、あれは精霊が憑いた影響でなってしまったものだと思うし、あのまま死んでしまうこともあったかもしれないのだから」

「怖いこと言わないでほしいな、さっきもあれはあれで笑い死ぬかと思ったし」そう苦笑しながら言うと

「まあなんにせよ、本当にどうにもならん状況じゃったら婆がなんとでもしてやるわ」と、コルミ婆ちゃんが言った後でカカと笑った






「それじゃあ始めるけれど、ノル君はそこから動かないでね。何があってもそこからは動いちゃ駄目。恐らく何か目に見えると思うけど、それでも動いちゃ駄目よ?」

ホラットがそう言うと、コルミ婆ちゃんが立ち上がり私の背中に手をつける。ふと後ろを振り向くと、カルトは部屋の隅で座り込みこちらの様子を窺っていた。

焚き火を挟んで正面に見えるホラットは、手を組んでブツブツと何かを呟き始めた。

背中に当たるコルミの手は、長年を生きてきた証というべきかしわがれ、カサついた掌であると感じるのであるが、それを差し置いたとしてもすごく熱かった。

人が発する熱量ではないと思うほどである。

簡単に説明するならば、お灸の熱さである。熱いけれど我慢できないほどではないそんな熱さを背中に感じながら事の推移を眺める。

やがてコルミもホラットと同じように何かを呟き始め、その声は聞き取れるような声量ではないにも関わらず、意味を汲み取れない言葉の羅列がなぜか頭に響くような不思議な事が起きていた。

長くも短くも無いその言葉が、繰り返すごとに頭の中を駆け巡り、いつしか意味不明な言葉の羅列をひとつの小節として頭の中で組み立てられてゆく。

呟く何かの全容を、意味はわからずとも頭の中で理解したと思ったときに、突然コルミ婆ちゃんが私の背中から掌を離し、その数瞬後唐突に背中に叩きつけられた。

『バシーン』と叩かれた背中はとても大きく響いたが、痛みを感じることは無かった。

そんなことよりも、今まさに私の胸辺りから何かが飛び出したモノ。それが目の前に現れたことのほうが衝撃であった。

ホラットはコルミ婆ちゃんが手を叩きつけるとスクっと立ち上がり、正面の壁際まで後ずさりするとそのまま座りながら今まさに私から出てきたものを見詰めている。

コルミ婆ちゃんは、背中を叩いた後に気配が後方に下がっていくのを感じた。

見ていないのに感じる。そんな不思議な感覚。

目の前に現れたのは白銀の狼と私の身長ほどの大きさの真っ黒な鶴のような鳥。2匹は焚き火を挟んでにらみ合うように立っている。

それを目にしているのに、なぜか周りの状況が頭に入り込むように分かる。

後方壁際で緊張しているのか強張った顔でこちらを見詰めているカルト。その横に座っているコルミ婆ちゃん。正面壁際で座って様子を眺めているホラットと、繋がっている部屋の向こうで恐れ多いものを見ないように目を閉じているリブシンさん。

彼女達の感情すらなぜか感じることが出来る状況に混乱しながらも、私は目の前に唐突に現れた2匹を見詰めている。

ふと、黒い鳥が翼を広げてバサリと振った。物質としては存在していないと感じることが出来るのに、振られた翼からは風が起こったかのように焚き火の炎が煽られる。

振った拍子にその翼から1本の羽根が抜け落ち、それが風に煽られるように私の座っている所に漂ってきたが、それが私の体に当たると思った瞬間に闇に溶けるように消える。

一瞬気がそちらに逸れた瞬間に、鳥が私を見たのを感じた。

それは一瞬のことだったが、鳥と何かが繋がった様な奇妙な感覚。その途端に、唐突に私の体に描かれた記号が燃え上がった。

熱くは無い。それは一瞬だった、マグネシウムを燃やすような瞬間的な炎。

私の胸からはじける様に燃え上がったそれは、一瞬ですべての描かれた記号の部分を燃やしつくし、まるで刺青を入れたかのように黒く炭化するかのように私の体に描かれる。

ホラット達が呻くように声を上げるのを聞きながら、鳥は満足したかのように闇に溶けて消え去った。

何が起こったのか理解できなかったが、ふと気がつくと白銀の狼は私の目の前でお座りをしていた。

確かにウィフに似ているが、貫禄が違う。

美しく輝くような白銀の毛に手を伸ばす、するとそこには無いはずなのに手触りを感じることが出来るような不思議な感覚。

『ガウ』と、口を開けてもいないのに彼女の声が聞こえた気がした。

そのまま彼女は鼻頭を私の胸によせて匂いを嗅ぎ、胸に描かれている円に触れたと思った瞬間に、風に溶けるように、そしてそれが私の中に入り込んでくるように消えた。












疲れたので後日談は次回!(ちょw

時間が無いわけではない、モチベーションがあがらなかったのだ!w






[8853] 9歳の秋 収穫祭 4
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/10/19 00:50



9歳の収穫祭 4



目が覚めると、そこは慣れ親しんだ寝床ではなかった。

自分の寝床と良く似た乾燥した草木の匂いだったが、匂いからイメージする居場所の雰囲気が、ここは自分の寝床ではないと感覚的に告げていた。

上半身を起こして、寝起きでボンヤリとする思考でなぜここにいるかを思考する。

数秒して昨夜何が行なわれたのかを思い出すと、起こしていた上半身を見た。

あの瞬間、体に焼きついたような感覚を覚えたはずの体に描かれていた紋様は見る影も無く消えていた。





おかしいな?と思いつつも胸の辺りを撫でていると、コルミ婆ちゃんが部屋に入ってきて「おはよう」と言われる。

彼女に朝の挨拶を返すと、朝餉が出来ているので来なさいとのことなので彼女に着いてゆくと、昨夜は部屋の隅に寄せられていたテーブルが部屋の中央に戻されており、椅子に座ったホラット達がテーブルに着いて座っていた。

彼女達にも朝の挨拶をし、促された椅子に座って朝御飯をごちそうになる。

そうして朝御飯を食べたわけなのだが、彼女達の雰囲気が普段に見られるものではなかった。

ホラットやコルミ婆ちゃんリブシンさんは、モソモソと朝御飯を食べてはいるが暗い表情だ。

カルト嬢は、彼女達の様子が気になるのかチラチラと両親達の様子を盗み見しながら、こちらもモソモソと食事をしていた。

私としても彼女達の様子からみるに、嫌な予感を感じさせずにはいられない。

例えば『忌み子』として殺される可能性等も考慮にいれてはみたが、それならば拘束するなりして行動の自由を奪われているはずである。

いや、太らせてから食べる気なのか?とか、イタリアンマフィアは殺す前に贈り物をする等の拉致も無い思考をしながら朝御飯を食べた。



食事を終えると、先に食事を終えて屈伸運動等をして体を伸ばしていた私に、ホラットから今から帰ってもいいが彼女もついてくるという話しをされた。

本日はまだ収穫祭2日目である。

本来ならば陽気に過ごすべき日は、表情が暗いホラットを見るに、家族達にあまり良い報告が成されるとは思えなかった。


朝露を含んだ風が気持ち寒いなか家に帰ると、玄関を開けたところで中から飛び出したウォルフとウィフに押し倒された。

全身で喜びを表すかのごとく、倒れた私に圧し掛かりながら顔をとはいわずベロベロと親愛の情を示すように舐めまわすウォルフとウィフを撫でて落ち着かせ、家に入ると両親や祖父母は安堵のため息をついた。

平手でペシペシと私の頭や上半身を撫でるように叩く両親に辟易しながら、とりあえず体に特に異常はない等を告げる。

ちなみに体を叩くのは一種の祓いである。体についた悪いものを叩き(祓い)落とす等の意味を持ち、家に帰ってきたらとりあえず行なわれるものだ。それが迷信か否かは置いておいて、実際に埃を払ったり土汚れなどを落とすことを考えると、そういったものを媒介とする病気等を抑制する程度の効果はあるのかもしれない。

それはさておき、安堵した表情をしていた両親や祖父母は、私の後から間を置いて入ってきたホラットを見て、その表情を硬く強張らせた。

玄関をくぐって入ってきたホラットの表情は神妙なものであり、これから告げる何かをとても言いにくそうにしているのは見るだけでもわかる。

私にも聞かされていないその何かは、確実に私の生活になんらかの影響を及ぼすものだろうと思われる。さて、いったいどんなことになるのだろうか?苦笑いをしつつ成り行きに任せることしかできないことを不甲斐無く思う。



普段和やかに食事や会話が行なわれているその部屋は、空気がとても重く感じられるほどに静かだった。

それぞれテーブルについた家族達と同じように私も座ろうとしたのであるが、ウォルフとウィフに下穿きのズボンを咥えられて身動きすることもできず、仕方がないので部屋の隅でウォルフに蹲らせてそれを背もたれにして座り込む。ノエルは部屋の中から心配そうに覗いていたので、大丈夫だと手を振った。

脇の下から頭を覗かせたウォルフの頭を腕で抱えるようにして顎下を撫でてやると、満足したように『フンッ』と鼻息を立てた。

ウィフは胡坐をかいた私の足の上に頭を乗せて横になり、私の顔を下から睨め上げながらその尻尾をゆらゆらと揺らめかせていた。目の中央から額辺りを親指でグリグリと頭に向けて撫で上げてやると、目を閉じてされるがままに任せているウィフの尻尾がパタパタと音を立てて振られているのを見て、嬉しいのか?と思いながら、彼女の両耳の間の頭の肉をグニグニと掌で揉むように撫でる。

そうこうしているうちに、家族とホラットの会話は始まった

「・・・ノル君に印がつきました」

彼女がそう言うと、テーブルについていたそれぞれの椅子が軋むような音とともに視線が私に集中するのを感じた。

「ホラットさん、印って何?」注がれる視線と、印というものがなんであるか知らないので聞き返す

「・・・印というのはね、精霊があなたにつけたもののこと。
印をつけられた者、あるいは物は、精霊に愛される。
ただ、愛されることが幸せであるか?と言われると私にもそうだと言い切ることができないの。
私もあなたについたそれを見るのは初めてのこと、でも伝承で聞く限り精霊に印をつけられた人間は、数多の精霊を引き寄せ、その身に精霊を取り込み、狂うと言われている。
印をつけられた人間は、そのほとんどが1年もしないうちに死んでしまう」

あまりの状況に、盛大に頬が引きつるのを自覚した

「ひきつけた精霊は、愛した者が死した後もその土地に残り、土地の繁栄を支えてくれるようになる・・・」

「つまりうちの子に生贄となれとでも言うつもりか!」

椅子を蹴倒して立ち上がった父が怒声をあげた

『ひぅっ』と部屋の中からノエルの息を飲む音が聞こえ、怒声に反応したのかウォルフとウィフの耳が立ち上がり、緊張状態に入ったことがわかる。

「いえ、そんなことは!」と、ホラットは立ち上がって反論しようとするのだが

「でも、私たちピエフでもわからないのです・・・」

そう言いながら、力なく椅子に腰を下ろした

「ノル君には印こそついてはいませんでしたが、2年ほど前から精霊が憑いていました」

俯きながらホラットがそう告白すると、家族達の目が再び私に集中する

「私たちピエフは、ノル君が精霊に憑かれているのは知っていましたが、その精霊が生まれたててそれほど強いものではないのと、ノル君に何かをしようという意図は感じなかったので見守っていました。
他にも、精霊になるほどではない力の弱い幼精も、ノル君の周りにはいつしか居つくようになり、精霊に愛されやすい子なのだろうと思っていたのですが、昨日ノル君に憑こうとした精霊は別格で、ディアリスを含む土地一帯を守護している精霊でした」

「私が昨日の夕方、ノル君を見たときにはすでにその精霊に憑かれていました。
すぐにその精霊にノル君から離れてもらえば、大丈夫だろうと思っていたのですが、ノル君に最初に憑いていた精霊とその精霊は争っていました。争っている精霊と話をすることが出来ません。それもノル君の体の中でそれが行なわれていたのです。
緊急事態ですので、ノル君の体に精霊の出入り口になる印を書き込み、ノル君の体から強制的に2柱の精霊をはじき出す事にしました。
そうしてノル君の体からでた土地の精霊は、最初から憑いていた精霊とにらみ合った後に、ノル君に印をつけて去っていきました・・・」

「精霊自体は、良いものとも悪いものとも言い切ることが出来ません。
現に、2年ほど前からノル君に憑いていた精霊の所為でノル君になんらかの害を起こしたなんていうことはありません。
ただ、今回印がつけられてしまった。
印は何をとは言わず様々な精霊を引き寄せます。
私たちピエフは、印を擬似的に描くことで精霊を招きよせ、体に入ってもらい願いを祈願するのですが、それが済めば速やかに出てもらい印を消します。
引き寄せられた精霊がノル君になんらかの害を及ぼさないとは、私たちでも分からないのです。ましてや、土地を守護するほど力の強い精霊がノル君に憑いたとき、ノル君がどうなってしまうのか想像することも出来ないのです・・・」

なんという超展開であろうか?ある意味時限爆弾を抱えているようなものなのだろう。

見えないものに恐れを抱くというものは人間の普遍的な考えだろうとは思うのだが、我が身に降りかかるとなるとどうしたらよいのだろうか?

これは恐ろしい。考察が出来るからこそ恐ろしい。しかし逆に言えば怖くない。それが訪れていないので怖くない。

精霊が私を殺すイメージが浮かばないので怖くはないのだが、見えないものがいつのまにか私を殺すかもしれないのが恐ろしい。

例えば、私の精神の数値が1とした場合、精霊の精神の数値がそこに加えられる。
そして精神に負荷がかかり、耐え切れなくなって私という人格が死ぬ。とした場合

しかし精神に負荷がかかるというのが分からない。内面的な私という人格を構成する部分に、精霊がどう働きかけたら私が死ぬのだろうか?

思考は脳で行なわれる。しかしそれは様々な経験の蓄えと、ニューロンを介した電気信号で行なわれる。という考えもある

では精霊が干渉するのは私の脳の電気信号のやり取りを阻害するとでもいうのだろうか?物理的な意味で

しかし精霊が私を守ってくれるように、物質的な恩恵。つまり脳を持たない彼らが、私を守ろうと思考するという矛盾。ならば精霊は脳を介さずに思考するということであり、つまり脳が無くても思考は出来る。という答えが出る。しかし、科学的に考えた場合これはおかしい。

よくわからないので世界は不思議が一杯であると思うことにする。そう考えた所で、その不思議が私を殺すかもしれないのではないか!?と頭を抱えた

思考の螺旋地獄に陥っていると、母が

「それで・・・これからノルはこれからどうしたらいいの?」と、ホラットに問いかけた

ホラットはそれを聞くと、眉をひそめ言いにくそうに言った

「ノル君は、この家から出てもらわなくてはいけません」

思わずギョっとしてホラットを見る。

両親や祖父母は、何を言われたのかを吟味した上でホラットに口を開こうとしたとき、叫び声をあげたのはノエルだった

「なんで!?なんでノルがうちを出ないといけないのっ!」

部屋から飛び出してきたノエルは、声を荒げてホラットに掴みかかろうとする。それを父が押さえ込み、ホラットに掴みかかることができなかったノエルは、父が両手で抱え込んで拘束し、持ち上げて玄関から出て行った。

外でノエルに何かを言い含めようとする父の声と、ぐずるノエルの声が聞こえてきたが

「誰にもどうにもならないことだってあるんだ!」と、叫んだ父の声の後に『ゴツッ』という音が聞こえると、外は静かになった。もちろん部屋の中も静寂に包まれている

ウォルフとウィフに半ば拘束されているので見に行くことは出来ないが、ゆっくりと戸を開けて入ってきた父の額は赤く腫れ上がっていた。

どうにもならない感情を、その表情に浮かばせながらも父は座っていた椅子を置きなおし、そこに座る。

むしろ父の、父親らしい側面を見たことのほうが私としては驚きであった。あの酔っ払いで陽気な父が!である

「それで、どうしてノルがこの家を出なくてはならない」

父が妙にドスの効いた声でホラットに問いかけた

「精霊が、あなたたちに目をつけないようにです。
精霊が誰の何を好むのか?ということはあまりよくわかっていない事ですが、私たちピエフのように血筋的に精霊と関わりあう家からは、精霊に愛される者が産まれる可能性がとても高いと聞いています。
そしてノル君の血縁であるあなたたちも、精霊に目をつけられて印を刻まれてしまう可能性が無いとは言い切れません。それに、土地の精霊の力はとても強い。
今後ノル君の元に訪れようとする精霊を、家族の誰かが目撃する可能性が高くなる。
そして、精霊を見ることが出来るということは、意図的であれ無意識であれ精霊との間で道ができるということに繋がります。
道が出来た者は、それだけ精霊に目をつけられる可能性が高くなるのです」

なんとなく言いたいことはわかる。理解は出来る。つまり私は、時限爆弾を抱えた上に病気を媒介するかもしれない存在になってしまっているらしい。

その病気は絶対に移るとは言わないが、移らないとも言い切れない。そして、可能性があるならば隔離する必要がある。そういうことなのだろう

なるほど。と、納得したところで、正面に影が差したので見上げると、その両目からフツフツと涙をこぼす母がいた。

ゆっくりと体を屈めた母が、何も言わずに私を抱きすくめる。
流れる涙が肩口を濡らし、嗚咽しながら泣き続ける母の背をゆっくりと平手で叩いてあやす。

祖父はなんとも言いがたい表情で私の頭を撫ぜると、どうにもならない感情をどうしたらよいか分からずに混乱しているように見える父を連れて玄関から出て行った。

祖母はテーブルに座ったまま両手を組んで俯き、ハラハラと落ちる涙が衣服を濡らすのも構わず、座っている場所とテーブルの高さの角度からか俯いているホラットの表情は見ることができなかったが、しかし下から見える彼女の固く結ばれた両の手が、力みすぎなのかフルフルと震えているのが見えた。

なんともはや、私の自立が成人前に決まってしまった。と、前向きに考えればよいのだろうか?

下手すると1年生きられるかどうかわからないとのことではあるが








話は唐突に別方向に!?いえいえ簡単に主人公は死にませんよ?主人公だし(ちょw




[8853] 9歳の秋 収穫祭 5
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/10/22 17:59



9歳の秋 収穫祭 5




その日、私の家族の親族が集まるテーブルは静かだった。

向けられる視線は忌避であったり恐れであったり、あるいは同情や哀れみ、少数であるが安堵らしきものも含まれていたように感じた。

私は彼らに向けられる視線に対して有体にいうなれば諦観していた。

精霊信仰に対する人の有り方。それは自然災害に対抗する人間という図式を当てはめてみると分かりやすい。

人はいつ起こるとも知れぬ災厄に対して無力である。

そしてそれを精霊の仕業であるということにして、精霊に静まってくださいと祈りを捧げたり、その土地における繁栄や豊作などを祈願する。

今回印がつけられたという私は、ある意味で生贄に近いものがある。

印をつけられた者は、寿命が短くなるとホラットに宣告された。印をつけられるものに見られる条件とはなんだろうか?

印がつけられたものは早死にするらしいが、それはいったいどんな死亡なのだろう?

私は考える。それは孤独と強迫観念によるものも大きいと

コルミ婆ちゃんと会話していた時に精霊について聞いたことがある。精霊は強いものもいるが、生きるものの意志に負けるものも多い。と

私ではない印を受けたものが居たとしよう。その者は今の私のように忌避や恐れを含んだ瞳で見られることとなる。

あるいは彼らに禍が及ばぬように近づくことすらしなくなったとしたら、印をされたものに待つのは孤独である。

人は一人では生きられぬものだ。集団で過ごす人間は、役割を分担することで生きる。

集団から弾かれ、唐突に一人で生きることを余儀なくされた印を受けた者が、外から受ける哀れみや恐れを含んだ視線と、夜の闇を一人で過ごす孤独に耐えうる者は少ないと思われる。

そうして次第に積もるストレスや、それを起因とする心の病。もしくはそれに順ずる何かが印を受けたものの寿命を削り取っていくとしてもおかしくは無い。

精霊が本当に印を受けたものを殺すのであれば、印をつけられたものはすぐに死ぬはずなのだ。

精霊が死にゆくものを眺めるのが好きだとかいう倒錯的な嗜好を持っている場合は別だが。





父と祖父は朝の出来事が終わるとすぐに動き始めた。

収穫祭で私達家族の親族が集まっていたテーブルにおいて、私が精霊に印を受けたことを説明し、そして私が住まう家を作るために手を貸すことを要請した。

当初、精霊に目をかけられるのが嫌だと渋った者もいたが、私がその家を作るのを手伝わない限りは大丈夫であろうという言質をその場に着いてきていたホラットから貰うと、祖父はすぐにヨイサに会いに行くといってテーブルを離れる。

私は父とホラットに連れられて、長のゼン爺さんに会いに行った。

ゼン爺さんは当初にこやかに挨拶をしてきたが、やってきた私達がその理由を話すにつれてその柔和な顔が次第に真剣になってゆく。

簡単に言うと、一人で生活しなくてはならなくなった私に家を持たせることについての許可を取りにきたという話だった。

家を建てる許可は問題なく受けることができたが、どこに建てるのかという話になったので窯を作った場所の横に空いている空き地に作って欲しいと父に頼んだ。

家が出来るまでの期間をどこに住むのかという話になり、その間はホラットさんが預かろうという話になりかけたが、私は辞退した。

ウォルフとウィフが私についてくるだろうということはほぼ確定事項であり、外で寝ても狼の毛皮があれば寒くないであろうということ、野生動物などが来たとしてもウォルフとウィフが追い払うだろうということ、幸いにしてこの時期は雨がほとんど降らないので特に問題は無いだろうということを力説したのだ。

私は私の問題に、これ以上ホラット達を巻き込むことを由とはしたくなかった。

その代わりと言ってはなんだが、とりあえず1年の間はディアリスから配給という形で穀物等の食べるものを配給してくれるということになった。

一人で暮らさなくてはならないとはいえ、9歳児の私では生活が出来ないだろうというゼン爺さんからの提案である。

私ひとりならば木の実やなんかを集めればどうとでもなると達観してはいたが、配給が受けることができるのであれば貰っておくに越した事は無いので、その提案はありがたく受け入れた。



帰り際にゼン爺さんに止められ、なんじゃらほい?と足をとめて話を聞くと、先日作った大きい鎌を此度の小麦の収穫に使ってみたところ、大変効率が良いのでいくつか量産してみることにしたという報告を受けた。

正直に言うと、それどころではない心境だったので「そうなのかー」と思っただけだったが。



昼まで広場で過ごし、たらふく食い物を食べる。

途中、私が家を出なければならない事にたいして文句を言いながらボロボロと泣いていたノエルを宥めたり、親族たちが私に向ける眼差しに唐突にキレて言葉にできないけど気に入らないと叫んだノエルを宥めたり、テーブルをガンガン叩いて喚き散らすノエルの言葉になんとも言えない罪悪感を感じたのかシュンとする親族達を宥めたりした。

「仕方ないさ」と何度も繰り返した、言葉で、心で

どうにもならないことなんていうものは、世の中いくらでもある。

例えば、誰かが野生動物に襲われて死んでしまったとしても、襲った野生動物を退治することは出来ても死んでしまった人は生き返ることがないように

自然の脅威のおおよそは、人がどうすることができないように

今回のこれも、あるいはどうにもならないことだろう。

ただ、ノエルの葛藤や怒りも理解できるのだ。

だからこそとは言わないが、この印を受けた人間が必ずしも死ぬわけではないと、抗ってやろうと思うこの気持ちは、きっとノエルが爆発した、いやしてくれたおかげで持ちえたものかもしれない。



家に戻り、いつも使っているバックに必要な物を詰め込んだ。

ナイフや火打ち石、自分用の大工道具、着替えと細々とした道具類。

皮の水筒や釣竿、鉈等の家族共有の物については、家に居た祖母に確認をとって貰えるものは貰うことにする。

部屋に積んである木の実等は、暇を見て持ち出せば良いだろう。

寝床の藁に被せたシーツ代わりの布を剥ぎ取り、藁を手作業で窯まで運び込む。

家族はそれを手伝おうとしてくれたが、精霊がうんたらと面倒なので一人でやったほうがいいだろうと説得した。

細かくなった藁を背負い籠に入れて運ぶこと数時間。日が暮れようとしている頃にその作業は終わった。

家が完成するまでの短い期間は、とりあえず窯が風雨を凌げる家代わりである。

窯の奥に纏めた藁に、布を被せて寝床の完成だ。

一息ついて窯から出ると、夕日に照らされて赤く染まった丘の稜線が次第に消え行く所だった。

ふと家の方向を見ると、夕日に照らされた家の前に家族がそろって立っているのが見えた。

次第に闇に包まれてゆく

家族の姿が見えなくなると、ホロリと涙が一滴こぼれた

ウォルフとウィフが『帰らないの?』と聞くかのように「ワフン?」と鳴いた



窯の外で、いつか使おうと窯の中に少しだけ置いてあった薪に、藁を火口にして火をつける

かばんの中から、収穫祭の広場から奪ってきたプレイムファローの肉の塊を取り出して、炙りなおす。

それをウォルフやウィフと分け合って食べて腹がくちくなった所で、焚き火を見ながら今後どうしようか、どうなっていくのだろうか?等と埒も無いことを思索していた。

ふと、焚き火の向こうに何かが居る気配を感じで顔をあげる

そこには、あの黒い鳥がいつのまにか佇んでいた。

私はソレを睨みつけた









さて、別にどってことのない次回!何の話にしようかね?w
若干変な話になっちゃったなーって気がするけど簡便な!





[8853] 9歳の冬
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2010/01/03 00:14


     9歳の冬




親族の尽力により建てられた私の住まいは、窯で生活を始めて1週間もしないうちに出来上がった。

その間に私がしていたことといえば、全力で食料集めである。

私の財産は、鍛冶工房で作ってもらった幾らかの道具類と、木の実の詰まった袋くらいのもので、生活は可能であるが豊かな生活というものは望めないのだ。

家畜は家族たちの物であり、ヤギからとれる乳等を今後摂取することが出来ない以上なんらかの形でその栄養を補う必要がある。

というのは建前で、配給される穀類等だけで生活するのは味気ないのだ。

冬が近づいてきているとはいえ、まだ林に入れば幾らかの秋の恵みを拾い集めることも可能であるし、ウォルフやウィフの散歩兼餌狩りも出来るという一石二鳥なのだからして。

やるべきことが多いのは確かなのであるが、私はどうも気になり始めると止まらない性格をしているらしく、かつての井戸掘りの時のように一日中そればかりをしているような行動を取り始めるとなかなか止まらない。

何をやるにしても最低限の食料を貯蔵してからじゃないと、生産的な思考ができない。余裕のある生活があってこそ、文化的なナニカは生まれ出るものであるというのは間違いではない。日々の生活に困窮する切羽詰った人間が、生活をする以外の思考ができないように。

そして一人暮らしをする以上遊んでいても食事がでてくるような生活が送れるわけも無く、林に分け入って木の実や食べられるキノコ等を探して回っているというわけである。

ちなみに、木の実探し等にもそれは発揮されて、窯に暮らし始めて1週間が経過するころには寝る場所しかスペースが無いほどに窯の中に木の実の山が積み上げられた。止まらない性格といっても一長一短である



出来上がった家は、従来の住居となんら変わらぬ泥壁萱屋根であった。

玄関に木戸は無く、入り口用に切り取られた穴から家の中に入ると、10畳くらいの広さの1ルームである。

何も無い。・・・いや空間だけがある

生活を彷彿とさせるものが何も無く、部屋の中央に屋根を支える柱が据えられており、微妙に邪魔に見えなくも無い。

泥壁はまだ乾ききってはいないようで、土臭さが香るこの家が、今後の私の住居になるのだな。と、妙に感慨深く思った。



それから1ヶ月は瞬く間に過ぎた。

林に分け入って焚き木を拾い集め、薪を作るのによさそうな木々を伐採して、ウォルフに手伝ってもらいながら家に持ち帰り、家の中で調理するために竈を作るために粘土を取りに行ってレンガを作り、竈を作って、ついでに冬を過ごすために暖炉を作ったところで


風邪をひいた。


考えてみれば当たり前の事である。

一ヶ月休むことなく働きつめ、林を駆け、村を駆け、誰も止める者がいないとくれば、いつかはガス欠を起こすに決まっている。




ケホケホと咳をしながら、暖炉の前に座り込んで火を眺める。

暖炉に薪をくべながら、パチパチと爆ぜる薪の音をBGMにウトウトしていると、今日もそれは現れた。

黒い鳥である

もはやこの奇怪なナニカが現れることに対して、なんの感慨も浮かばなくなって久しい。

分かっていることは、夜になると現れる。光が無くても姿かたちを認識できる。特に何かをすることもない。

という3点だった。

最初の頃は、ソレに対して理不尽な気持ちをぶつけようと石を投げてみたり土を投げてみたりしていたのだが、ソレは実体を持たないかのごとく投げつけたそれらを尽くスルーしてくれるうえに、こちらが行なう拒絶の反応に対してなんら行動を起こさなかったがために、もはや達観の領域に達した私は逆にスルーをしかえしてあげるという行動を取ることにした。

第三者が見ていたら、癇癪をおこしている子供にしかみえないことに気がついて恥ずかしくなったというのもあるが。



ただ、昼間は現れることもない。

それがそこにいるという感覚は視覚で感じることができるし、目を閉じて眠っている時も家の中にいるのは感じる。

そしてこれは重要なことだと思うのだが、夜になると現れるのであって、常に私の近くにいるわけではないということだ。

何がしたいのか意味不明すぎて困る。

現れ方もいくつかバリエーションがあり、壁から黒い影が染み出すように現れることもあれば、普通に玄関の木戸から染み出すように現れることもあり、時には屋根の上から降りてきたと感じるように上から現れることもある。

そして、決まったことのように屋根を支える柱の袂に落ち着いて、私を眺めている雰囲気だけが伝わってくるのである。

どうしろというのかこれ

ウォルフもウィフもそれを感じることはない、見えているのも感じているのも私だけのようで、たまにソレに重なるように彼らが眠っている時などをみると微妙な気持ちになったりもする。



身体がだるくてしかたがないうえにすることもないので、麦茶?を啜りながら今日もソレを観察するのであるが、今日のソレは何かがいつもと様子が違うようだった。

暖炉の前をキープして温まっているウォルフを背もたれにして、寝転びながら様子をみていたのであるが、柱の袂に落ち着いて私のほうを一瞬眺めた後に、翼を広げたと思った直後に急速上昇して飛び去っていった。

むしろアレは形が鳥なだけに飛ぶのか、それとも実体を持っていないはずなので、見たことは無いが幽霊のように浮くのであるか?といった疑問が氷解した瞬間である。

翼を広げて羽ばたきながら飛んでいったという見解が正しいと思われる。

ただし、物質的な質量を持っていないので羽ばたいた反動で風が起こることは無かった。

だとすると、飛ぶのに羽を広げるが、実際は浮いているのであって、飛ぶのに羽を広げる必要は無いはずである。鳥が羽ばたくのは飛ぶためであって、浮くことができるのならその必要は無いはずだ。

ぼんやりする頭で思考ループに陥りながら、伸ばした足の上に乗ってきたウィフの背中を撫ぜていた。

片手に麦茶の入ったカップを揺らしながら、暖炉の火が放射する遠赤外線効果で暖まっているウィフの背中を撫ぜながら、これでウィフが猫だったらどこぞの悪役貴族に見えないことも無いだろうなと考えていた。








[8853] 9歳の冬 2
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2010/01/26 16:25




     9歳の冬 2


 風邪を引いたが、誰も見舞いに来てくれない悲しさを感じながら寝込み続けること三日間。風邪の熱が作用したと思われる筋肉痛のような間接痛のような症状を感じながら、のそのそと起きだして朝食の準備をはじめる。

寝込んでいる間に、ウォルフ達が狩って来たヘンネルを、捌いて煮込んでダシをとったスープに香草と塩で味付けしたスープは、滋養強壮になるといいなぁという気持ちで血も入れてあるので真っ赤なスープである。

煮込んだヘンネルは、塩を刷り込んだ後に肉の塊ごと鉄串に刺して暖炉で炙っている途中である。

煮込んで火は通してあるのでそのまま食べても問題は無いのだが、一手間かけるだけでおいしくなるのならばやるべきだというのが私の性分であるので、お腹を空かしたウォルフやウィフはクンクンキュンキュンと鳴きながら、鼻をピスピスさせて暖炉の前でお座りの真最中であった。

木材を削って作ったお玉でスープをかき混ぜたあとに味を確かめると、暖炉で炙っていた肉を一度スープに漬ける。

ウォルフやウィフに与えるのに、あまり熱すぎると舌を火傷してしまう可能性があるので、多少なりとも冷やすのにスープに漬けるのである。

炙った肉からは、冬の寒さに耐えるためにそれなりに脂肪分も含まれているので、炙って溶け出した肉汁をスープに落とすことも可能で二度美味しい。・・・・かもしれない

表面がスープで濡れた肉塊を、鉄串を持ってウォルフとウィフの真上でふらふらと右に左に動かす。

気化冷却させて少しでも冷やそうという親心である。

水分を含んだ物体は、蒸発するときに熱も一緒に飛ばしてくれる。
新聞紙に水分を含ませて、ビール瓶なんかを包んだ後に風が当たる所に放置しておくだけで随分冷たくなる。急ぐなら車を走らせて窓から手を出してビール瓶を風に当ててみると、よくわかるかもしれない(ただしそれで事故を起こしても作者は関知しない)

首を伸ばせば届きそうだけど、跳躍するほどでもないという距離感を持ってウォルフとウィフの鼻面あたりをフリフリと肉塊を振っているところに

「おはよう、ノルちょっといいかー?」と言いつつ玄関に張ってある布を捲り上げてずかずかと家に入り込んできたギムリにあっけにとられた隙に、止まった獲物に飛びついたウィフに肉の塊を奪われてしまった。

少し肉を削ってスープに入れようと思っていたのに・・・



我が家には家具という高尚なものは存在していないので、毛皮を繋ぎ合わせたものを藁に被せてソファー代わりにしているそれにギムリを座らせると、対面になる位置に適当に座ってギムリの話を聞くことにした。

「んで、何か用事?」

「あー・・・んとなー・・・ウチのカミさんがちょっとな」

そう言いつつ、両手を前で組んでピコピコと指を動かすギムリ

正直私の親と言われてもおかしく無い年齢の彼がそんな行動をしても、ちっとも可愛らしくないのでやめて欲しい。

「ムムルさんがどうかしたの?」

「ああ、なんか最近なんていうかその・・・変なんだよな。ちょっとしたことで怒り出したり、怒ったと思ったら際限なく落ち込んだりとかな・・・。もしかしたら変な病気か何かなんじゃないかとか心配になっちまってよぅ」

「ほー、大変だねえ」

「下手したら、あー・・・気を悪くしないで聞いてくれよ?お前みたいに何かに憑かれちまったんじゃねえかってな、思っちまってよう」

「精霊がどうとかって?其れは無いと思うけどなあ。僕が憑かれてるかどうかってのは僕自身は良くわかってないけど、それだと思うものは僕自身いるかどうかってのは分かるけども、多分それならそうで本人は判ると思うしね」

「わかるのか?今いるのかここに!?」

「今は居ないよ、大体夜になると現れるけども、何をするわけでもなく居るだけだしね。」

「そ・・・そうか」

「で、ムムルさんだけど、多分あれだよ」

「あれって?」

「初めての出産で動揺してるんじゃないのかなあと思う。それは多分ギムリさんもそうだと思うけどさ」

「動揺・・・ふむ」

「まぁお互い初めてなことだと思うからさ、そういうときはギムリさんがどっしり構えてムムルさんを不安な気持ちにさせないようにするとか、そういう気持ちであたってみたらどうかな?と思うんだけど」

「不安・・・かぁ、なるほどなぁ」

「っていうかさ、僕みたいな子供に諭されてどうするんだよ」そういって笑いかけると

「それもそうだな」そう言ってギムリは苦笑した




「まあナニカに憑かれてるとかどうとかって話は、まず大丈夫だと思っていいと思う。そんなに心配ならホラットさんあたりに聞いてみればいいんじゃない?」

「それはそうなんだが・・・その、もしもそうだったらムムルもお前みたいにその・・・な」

「あー・・・僕みたいに家族と別れて暮らすようにされちゃうかもってこと?」

「ああ、それにムムルはなんていうかこの村の出じゃないだろう?下手すると村から追い出されるなんて事になるかもしれないと思うとなぁ。いや、それならそれで俺も一緒に出て行くとは思うんだが、身重のアイツを連れて別の集落に移動するにしても、色々と問題があるかもしれんしな」

「ギムリさん体格に似合わず心配性すぎるよ、大丈夫だってそんなことにならないから。そんなに心配なら見に行こうか?」

「体格に似合わずってなんだよぅ。俺はあいつがほんとにほんとに好きでなぁ」

「あーもうわかったから、大丈夫だって。そんなんだと、どっしり構えることもできないでしょう?あんまり後ろ向きに考えずに、生まれる子供の名前でも考えて陽気に過ごすことを考えたほうがいいよ。男の子か女の子か産まれるまで分からないけどさ、両方の名前を二人で考えたりしたらいいよ」

「むう・・・そうれもそうかもしれんな。すまん、世話になったな」

「いや、気にしなくてもいいよ。どうせ暇だし、誰か尋ねてくることもほとんど無いしね。いい気分転換になるし」



「ところで、さっきからいい匂いしているが何だ?」

「ああ、スープ煮込んでたんだった。ギムリさんも飲む?」

「ああ、もらおうかな」

木のマグカップにスープを注いでギムリに渡し、自分の分を器に盛ると木製のレンゲを使ってようやく朝食にありつくことが出来た。ギムリと私で器が違うのは仕方が無い。そもそも我が家は一人暮らしなのだから。ペットはいるけど

「お、これはなかなか美味いな」

「それならよかった」





「ところでノル」

「なに?」

「最近食が細りがちのムムルにこの美味いスープを飲ませてやりたいんだが、少し貰ってもいいか?」

「うん、いいよ」

「おお!ノルはいい子だなあ!何か力になれることがあったら手伝うから、何でも言ってくれよ!じゃあ、その器を貸してくれ」

そう言って、飲み干し終わった私の器を手に取ると、スープを煮込んでいた幅広の土器から器にスープを注ぎ

「じゃあまたな!」と言いつつ土器を両手で掴む

「ちょっと!」と言い切る頃には、玄関の布をまくってギムリ出て行くところだった。

1日食べられるくらいの量を作っていたので慌てて追いかけようと玄関の布をまくると、スタコラサッサとばかりに駆けてゆくギムリの後姿が見えて

「それは少しじゃない!ほとんど全部っていうんだああああああああああ!」

と言う私の声が、早朝の澄んだディアリスの空気に木霊した











[8853] 設定集
Name: 凛◆8705ab0d ID:8b0a96ee
Date: 2009/08/31 23:09
人物、名称、適当設定集 




主人公 ノルエン

いわずと知れた主人公、フラグを立てない。少女には基本興味が無い。モテているわけではない(現時点)という色々な主人公的な特色を全く持って備えていない男

転生したという設定を持って、内政チート、戦争チート、武力チート、その他のご都合主義の人生を送らない(送らせない)彼は自らの行動により自らを追い込むタイプの主人公だが、その辺は適当に作者がフォロー☆ミ
体力的に秀でてるわけでもなく普通の人である。いつかストレスで倒れないことを祈る

ヒロインもいないという特殊な世界観をもって、むくつけき男共や爺婆には人気がある。
こいつ主人公じゃねえよwww

人生目的は、のんびりとした生活 



ウォルフ&ウィフ ホワイトウルフ

なんかマスコット欲しいな、と思って描かれたキャラ
名前すら適当に決められたという過去を持つ(作者外道)

種族性格的には、ハスキー犬を賢くした感じ
明るく陽気で人懐っこいが、狼なのでそれなりに最初に会う人には警戒心は強い。

ウォルフは元気で腕白特攻野朗

ウィフは臆病で神経質で怖がり。

双方共に主人公大好き。むしろ親だと思っているので主人公が考えていたリーダーを争う戦いには発展しない。


家族構成

ノエル

姉。主人公的には手のかかる妹的認識。別にヒロインではない。肉親だし
ウォルフとウィフの名付け親。だが、主人公ほど懐かれてはいない。癇癪もち、年を経ればきっと落ち着くはず。



ノーダ

父。シアリィ大好き飲んだくれ親父。飲んでないときは真面目に働いているという設定。
性格に癖が無いので、登場し難いキャラその1
主人公の父なのに、登場しにくいとか可愛そうなキャラである。
実は入り婿という設定





名前が未だ決まっていないという父以上に悲しい運命を背負っている。
そのうち命名してあげようと思う。
酒は父より強い。正気を保てなくなるまでに消費する量が多いという意味で。
結局飲めば正気を失うのだから同じことである。しかし、正気をなくすほど飲むのは稀で、収穫祭とかの祭りや出来事の時くらいなので実害は少ない。
キス魔という設定がある。



ドグラ

祖父。母の父親。

母が酒に強いのはこの人の遺伝である。飲むと陽気なファンキー爺に変身する。
酔ってドルーミを蹴り飛ばした理由は、後述にでてくる親戚筋のフロルという女の子を口説こうとして近寄ってきたが、ドルーミが親族に加わるのが嫌だった。という設定。
設定はできていたが、全くそれが文に生かされていないために、癖が強い性格の割りに影は薄い。そのうちいっぱいだしてあげようとおもう。



祖母

名前がついていない家族その2
いつもドグラの後ろに控え、良妻賢母を地でいく優しいお婆ちゃんなのだが、癖が無く登場させにくいという理由で、彼女が出てくることも少ない。
悲しい家族達である。





ディアリスの住民



ゼン爺さん

長(オサと読む)
わかりやすく村長みたいなもんだと思っておけば良い。
開拓者としてディアリスに移住した人で、一番若かったという経歴があったりするのだが、その設定を本文に反映されるかどうかは謎である。
それなりに波乱に満ちた人生を送ってきているので懐は深い・・・はず





各工房 人の名前が出るたびに、きっと名簿も増えてゆく




鍛冶工房長モルド

いわずと知れたモルド爺さん。年齢は55歳 
今後鉄の道具を作るみたいな描写が増えるだろうから、今後の活躍が期待される爺である。
筋肉にくにくにくじゅうはち
作者は何故筋肉男を登場させるのか、それは永遠の謎である。



キープ

鍛冶職人。42歳
筋肉である。そりゃ、毎日槌を振るったり、炎天下の中何百キロも鉱石を詰め込んだ台車を引くだけある肉体をしている。
むくつけき男グループに登録しました。



ダルセン

鍛冶職人。38歳
キープと似た理由により、むきむき男である。
実はキープの弟、家族の仕事は家族が引き継ぐような風習は特にあるわけではないが、彼らの父も鍛冶職人だった。



ミケーネ

鍛冶職人 22歳
鉱石採掘旅行の際に、奥さんが子供を産んだ新婚ホヤホヤバカップルの片割れという設定があるが、その設定が生かされる日が来るかは謎である。
筋肉育成中。ムキムキではないが、それなりにパワーはある。若さ的に



テグサ

鍛冶職人 21歳
一人はどこかに必ず居るであろう無口な男。
筋肉育成中、特に設定は無い。




木工工房長 ヨイサ

必要な木材の切り出し、加工、その他を一手に引き受ける結構重要な工房の長
シアリィのタルを作るのもここなので、がんばってつくってます。
この人も酒好きなので、手間は惜しまず徹夜してまでがんばる人 という設定にしておく



製布工房長 アエーシア

女性、おばちゃん。ディアリスの交易品の輸出は布製品も多いので、ある意味重要な役割の人なのだが、主人公被服分野に興味なし!(いまのところ)
実は麻布やら毛糸やら様々な糸製品を作る工房は、ディアリスの女性に大人気!様々な加工品を生み出した素晴らしい女性なのだが、その設定が生きる日はいつになるか作者にはとんと読めない。
蚕を飼っている設定は無いので、絹は無い。毛皮の加工もここでやっている。結構何でも屋



交易兼輸送グループ長 イグルド

様々な品物を交易にでて交換してくるディアリスにとっては居なくてはならない人である。
年の半分以上はディアリスにいない。だから主人公も話したことは少ない。
外に出ている分、他の集落の様々な文化についてよく知っているので、長の良き相談役なのであるが、ディアリスにあまりいないので役に立っているのか立っていないのかは不明。
いつか主人公に旅の出来事を語るみたいな描写も、書いてみたい人



猟師頭 ボーダ

ギムリの上司。
ディアリスの猟師は、実は自警団的な役割も担っている。
しかし、蛮族とか盗賊とか出さない作者のせいで、その辺の設定はバッサリきられて描写されていない。犯罪者がディアリスからでれば、それが逃げた場合捕まえにいくのは彼らの仕事。しかし犯罪の起こらない(いまのところ)ディアリスにおいては有名無実の仕事である。
実際の彼らの仕事は狩りをして獲物を取り、毛皮等を納品することで糧を得ることと、森や林の管理人的な感じ



酒工房長 マル

みんな大好きシアリィ工房の長。
実は酒職人は人数的には少ないのだが、ボランティアでディアリスの酒好き男共が頼まなくても手伝いに来るので、必要な量のシアリィはいつでも確保できているという。
だから長の仕事は品質管理くらいのものである。



酒職人 アモット

秋の収穫祭2日目にチョイ役ででてきた彼、彼の今後の活躍は期待できますん



ピエフ ホラット なんと28歳

子持ちなのに二十代。さっさと結婚してさっさと子作りしちゃった人。ピエフの家系を絶やさないためという理由があるので、そういう設定にした。
肌はしっとり肉もぴっちりムチムチ美人という設定。
主人公はシャーマンみたいなものだと言っているが、実際そんなものである。
占いやったり薬つくったり祈祷したり。お祭りで行なわれる様々な行事の司会なんかも勤める。将来カルトにこの仕事は受け継がれるので、熱心に教えようとしているのだが、肝心のカルト嬢が天才肌であんまり教えることが無くなってしまって困っている。
彼女達に魔法を与えるかどうかで3日間悩んだ。出してしまうと世界観の構築が難しくなるのではないか?と作者は悩み、結局答えは出せていないという裏設定がある(ちょw

8歳の事件においてかなり明るい人物として描かれた彼女
だって28歳だし、多少こどもっぽいっていう設定でもよくね?と、皆さんに聞いてみたいキャラでもある。





ディアリスの住人



ギムリ

猟師。初めて本作に登場したマッスル野朗。その肉体は、野獣の如し。
汚いケツの男、目が腐るので今後彼の尻は出てこない・・・はず。
陽気な男で祭りの際に狩りをして肉を増量するといった気も利く良い男である。



ムムル

ギムリの妻。
どうしてあんなマッスル男と夫婦になったか謎な女性。でも、彼はイイオトコなので生暖かく見守ろう。そう思っているのは作者だけであろうか?
川を南に下った先にあるとある集落でギムリと出会った。という設定。
実際はその村より遥か南方の群島の出身。髪の毛は薄翠
ムチムチ熟女。ノルエンの息子もビコーン!と逝きそうになったが、精通前なのでピクリともせず。でも、興奮はしたようだ。



コルミお婆ちゃん

元ピエフ。ホラットのお母さん、カルトが孫。わかるよね?jk
ピエフの仕事は早々とホラットに譲った。実はなかなか子供が生まれなくて、ホラットが生まれるのが遅かったので、ホラットはさっさと結婚させたという裏話があったりする。
現在64歳 いつ逝ってもおかしくはない。
野草や木の実に関する知識は絶大で、いまでもそれらを駆使して薬を調合している。
ボケ防止に役立っているのではないか?と、主人公は失礼なことを思った。
実際彼女の意識は矍鑠としており、体以外は元気なおばあちゃんである。
主人公の野草知識は彼女からの伝授。中には毒となる危険な配合も教えているので、なにしてるのお婆ちゃんという方である。
カルトと違って教えがいがあると思っているので、結構ピエフ伝来の知識を主人公に与えてしまっている。
最終的に、カルトと結婚させれば知識の分散も抑えられるだろう。とか腹黒いことも考えているのだが、誰にもそんな考えを漏らしていないので主人公の生活には特に影響を与えてはいない。
しかし、カルトが主人公を気になるように仕向けた発端は彼女であるということはいうまでも無い。




トニ&メル

双子の彼らは好奇心の赴くままに生きている。主人公は彼らの面倒を見るのは嫌いではない。むしろレンガを作っているときにレンガを作るのを止めてでも遊びに加わった描写からも判ると思う。
ウォルフとウィフでモフモフしていることが多い。



メリス

双子の姉。双子に振り回されながらも、彼らの面倒を見る優しいお姉さん。
ノルに好意を抱いているわけではない。だからヒロインでもなんでもない。
でも、明るくて使いやすい少女であるが、トニとメルとセットで今後活躍の場があると思われる。たぶん・・・きっと



レテル

未成年女子グループのリーダー格
川に行くときに女の子が沢山着いてきたのは彼女がいたからである。
ノルエンはモテてはいないのだ。変な子って思われてるし。
ちなみに女の子のノルエンに対する評価は、行動は変だけど意外としっかりしている子 である。



カルト

ピエフの娘、物静かな物腰と意外と育ちの良い肉体で若い男の子に人気のあるお嬢さんである。
実は話をしたいと思う男の子が居ないので話さないだけなので、女の子とは良く話す。別にレズではない。
ノルエンについては、変わった男の子という認識。別に恋とか愛とか抱いてるわけでは無いのであしからず。でも、話をしようと思う程度には気になる子 そんな感じ
この話の構成を見るに、ヒロイン候補筆頭だよな、とは作者も思うところ。
今後どうなっていくかとかは、急がず焦らず主人公が成人した頃になるまでそういう話は発展しないと思う。



ドルーミ

人呼んでモルソイの盆暗息子。ちなみに次男
モルソイさん自体は誠実で真面目なお方。
長男は嫁を貰い、三男も少し前に結婚して家をでているのになぜ次男だけはこうも駄目に育ったのかわからないというのがモルソイ談
実家暮らし、親の脛をかじっているわけではない程度に仕事をしているが、ある程度成人した男は普通は勝手に自立して自ら家を建てたりするので、いい年して結婚している長男家族もいる実家に住んでいる事自体が盆暗ぶりを回りにアピールしていることを本人だけが良くわかっていない。だから嫁が来ないのだ。
性格はあまり良くない。友達も少ない。男社会から駄目男の烙印を押されかけているので、女性も声を掛けない。悪循環のスパイラルに陥っている可哀想なお方。



ガト・マイル・ドラン

ある意味中ボス的なキャラ。現れてすぐに負けた悲しいキャラ達
彼らが再び日の目を見る日はいつかくるのだろうか?
主人公が8歳の段階で、ガト・マイルは14歳になっている。ドランは13歳。ただしもっとも成長著しいのはドランで、彼ら3人の中では一番背が高いしガタイも良い
年下の主人公に負けたという汚名は、それすらも罰にせよという長のお達しのせいで主人公に再びケンカを売ることもできず、人の噂もなんとやらでいつか沈静化を待つしかないだろう。ただし、普段は忘れられても誰かが思い出したようにそれを彼らに語れば、酒の肴にされてしまうだろうことは逃れられぬ運命である。南無ー
ちなみに彼らの父親達は描写すらされなかった上に会話すら参加させてもらえなかったという居たのに空気として扱われた最も可哀想な人たちである。
名前すら与えられなかった彼らに、書いた後に不憫な人達だと作者ですら感じたが、これ以上人増えても仕方ないやね!と、開き直った。主に作者が


ファーガス

8歳の冬においての一連の事件の始まりに現れた少年。10歳
ガト達の少年グループに参加していたが、一連の騒動においてグループから追い出され、主人公と遊び始める。
体力よりは頭脳派、それでも田舎の少年並の体力は持ち合わせている。
主人公が連れまわしてそこらを駆け回りながら色々な事を吸収。そのうちその才能を開花させ、ひとかどの人物になる・・・かもしれない
ただでさえ普通の思考をしていない主人公にツッコミをいれたりさせたいキャラとして登場させたのだが、主人公ってどっちかって言うと寡黙なほうなので、ボケ無い事に気がついて作者は呆然とした。3分だけ



フロル

一応主人公の親戚に当たる。
母の姉の娘。すでに成人済み、まだ独身。
彼女にドルーミが言い寄ったが、すごい嫌な顔をしているところを見かねたドグラが蹴り倒す。ドルーミが親戚筋になる可能性は無いw



===
名称・地域


ディアリス

川が丁度曲がった所の上にあるので、洪水被害は特に無し。むしろ氾濫源を耕地にして結構な収穫を得る逞しい民の住まう集落。主人公の故郷
自然豊かで食べるものも多い、主人公が成長していくと共に、そろそろ人口爆発するんじゃね?っていうかんじの設定。
川上と河口には集落がある。大事な交易先なのでそのうち名前もつくでしょう。



エニシダ

川上の集落
炭を輸出している
ディアリスで炭を作るようになったら、かの集落の輸出する品が少なくなり、集落の発展が妨げられたりしないだろうか?と、作者は心配している。作者補正でなんとかしてあげたい!



フェアウロウフィーア

ウロウ神に信心深いものたちが住まう集落・・・という事になってるが、ウロウ神には感謝しているが、信者というほど深いものなのかは謎
フェアウロウフォアという塩湖に程近い場所にある集落。
主な交易品は塩



フェアウロウフォア

ウロウ神の涙という意味。実際は地殻変動で陸地が盛り上がり、海の水を残したままだったがそれが乾燥して塩の湖になった場所。
高地になると乾燥しやすいよね、小川でも流れ込まなければ塩湖になるんじゃね?そんな感じで生まれた場所
作者がいちいち主人公を海に送って塩作りさせるのが面倒だったので生まれた場所(ちょw



赤土の荒野

川を渡って西に進むと見えてくる地面が赤い荒野。
乾燥していて、気候的には乾季のサバンナのような地形。
草も少なく、木も少ない。鉄鉱山があり、鉱山がある岩山には湧き水がでるポイントがある。
もちろん野生動物のオアシスなので、水を汲むのも危険である。



ウージの木

名前はいつもの如く適当。
ザクッと刺さる不思議種を生む木。夏にその実を割ってたべると甘くて美味しい。
杉に良く似た針葉樹だが、葉っぱの形は違うしそもそも増え方が微妙。



ノボセリの木

でたらめな成長速度を誇る木。でかい葉っぱは料理の皿代わりに使われることもよくあるという設定。一家の庭にはほぼ1本以上これが生えている。
野生では、その柔らかい葉を食べる草食動物が多数。生えてくる芽を片っ端から食べられて成長速度が阻害されることもよくあるが、草食動物が食べられないほどの高さを得ると、爆発的に成長し始める。
ただし、木材として人間には切られる。ある意味哀れな植物。
人さえいなければ、この星を席巻していた木になったかもしれない。

実際は種ではなく、根が分離して若木を延ばすという設定。だから作中には実の設定がでてこなかった。



グリモリ草

春から夏にかけて成長する夏草。
原産地は不明。持ち込まれた苗が栽培に成功したが、収穫量が少ないので放置しておいたら結構生えるようになってしまい、ディアリスの特定地域に適当に生えている。
乾燥させると着火しやすい性質なので、火を焚くときに便利。
だから、夏になると根を残すようにもぎられる。



アーシャの木

ドングリの木。長老の木もこの種類。樹齢を重ねて木が大きく成長するとともに、付ける実の大きさも比例するように大きくなってゆく。樹齢がもはや知る由も無いほどに成長した長老の木のドングリは、子供が一抱えして持ち運ばなくてはならないほどの大きさを誇る。
問題は、ドングリを食べる生き物も当然いるので、大きくなるほどにそれを狙った生き物に見つかりやすく食べられやすいといった点か?進化に失敗しているような気がしなくもない。
もちろん長老の木から落ちるドングリは、森の生き物の恵みである。もちろんディアリスの民も拾っていってしまうので、長老の木は子孫を残すことがほぼ不可能であると言わざるを得ない。
そもそもドングリを鼠等の類が土の中に埋め、忘れ去られて発芽するといった奇妙なプロセスを経て若芽を出すが、長老の木のドングリを埋めるとか普通の動物では無理である。



サーパ

柑橘類。ミカン系ではなく、グレープフルーツ系
爽やかな香味、糖分はあるのだが酸味が強い。皮を干したものがシアリィの風味付けに使われる、ついでに保存料も兼ねる。



トロサ草

主に夏に繁茂する大きい葉と長い弦が特徴の草
見た目も匂いもドクダミ草にそっくりである。
ドクダミ草は、作者の実家の庭にアホほど生えていた記憶がある
私の祖母がこれを乾燥させてお茶にしてくれていた、とっても独特の味でした。
いつか文の中にも登場させたいな



ボーラタ

マス科の魚。淡水魚
川が上流に行くに従ってその大きさも比例するように大きくなる。
ただし渓流域までは行かない。
産卵に適した大きさになると、ある時期に川を下って汽水域近くで産卵。そのまま息を引き取る固体もあるが、がんばって生き残るようなボーラタはそのうちヌシと呼ばれるでかさに!
そのうち2m級ボーラタ大暴れ☆ミとかやってみたいな。



ハイエナ

実際はハイエナという名前ではなく、リンガバというイヌ科の生物の一種。でも見た目はハイエナなのでノルエンは普通にハイエナと認識している。
ディアリス近辺に生息しているのは灰色ハイエナ。毛皮が灰色なのでそうよばれている。雑食性だが肉食寄りで、主な主食はヘンネルという兎っぽい種
たまに人の子が襲われたりして命を落とすことがあるので、子供達には生息域である林や森には近寄らないように、と言われている。もちろん主人公は気にしない。ウォルフやウィフという護衛がいるからである。



ヘンネル(兎)

成長すると60cmほどにまででかくなる兎系の雑食動物。小さな鼠とかなら普通に襲って食べるらしいが、大きくなりすぎて動きが遅くなり、あまり鼠のようなすばしっこいものを捕らえることはできない。進化に失敗しているような気がしなくも無い。
普段は薄茶色の毛をしているが、冬になると冬毛なのか真白な毛色になる。
毛皮は加工され、手袋やブーツのような加工品を作るのに使われるが、耐久性がそれほど高くはないので、1シーズン使うと破れたりする。
布工房のアエーシアさんに持っていってあげるととても喜ぶので、何か欲しいときは持ち込むといいかもしれない。しかし、彼女の高感度もあがってしまう!(おいw)彼女は人妻なので、できるだけ高感度は上げないようにしよう(ちょw



オオサンショウウオ 

オオサンショウウオのようなもの。である
その口には歯がなく、獲物は丸呑み 舌は結構伸びる。
ウォルフの足に噛み付き、だがしかし歯が無いために致命傷にはいたらず(そもそも怪我すらしていない)しかしその口の中の粘液をべったりとつけられてトラウマを与えた。主人公も若干トラウマ気味
基本的に穏やかな生物である。そしてあまり見かけない
ちなみに作者は昔、愛知県木曽川に置いて釣りをしているときにオオサンショウオを釣ったことがある。余りの重さに地球を釣ったかと思った等の感想は実地体験に基づく



プレイムファロー

牛の一種
雄は角が大きく体の正面に突き出るように伸びる 雌の角は申し訳程度。短角種みたいな感じ
体長は3m以上の大きさのものがザラに存在する。無駄にでかい
群れで生活するために、狩りにも向かない そして畑の作物も食べに来ようとすることもあるので、ディアリスでは害獣指定されていたりする。
ちなみに名前は平原を意味するPlainと猛牛のバッファローを足したものである。
裏話もいいところである。




文化レベルについて



ディアリスの家

石を積んで泥で固めたものが壁になり木組みの傘を被せた様な形を想像していただければ良い。
ディアリス辺りの気候は、それほど嵐もこない上に年間降雨量も少なく、もし雨で土壁が崩れてもすぐに補修が可能である。
構造としては、玄関入ってすぐに居間。居間から部屋に直通の穴が開いていて、部屋を仕切るドア等は無し。玄関には木戸をつける。台所は居間のすぐ横に据えられており、台所は台所で専用の入り口が据えられていることが多い。こちらにも木戸はつく。床は基本的に土のまま。冬はちょっと寒いが、台所で火を焚くと暖かい空気が家中に流れるので、どうにもならないほど寒いというわけではない。

寝床には藁を敷き、麻や綿でできた布を被せて寝床とする。冬は藁と藁の間に包まってねる。なかなか暖かい。
ノルエンはそれにウォルフやウィフという天然カイロがもぐりこんでくるのでさらに暖かい。


その他設定他増えたら適当に更新予定


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