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[7573] 俺と鬼と賽の河原と。(ほのぼのラブコメ)
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/29 22:04
 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは母のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは母の――」




 それが、賽の河原。




「このマザコン野郎っ!!」



「いてぁっ!!」

 ああ、石の山が崩された。

 いや、マザコンじゃないぞ?






俺と鬼と賽の河原と。






 ここは所謂三途の川。

 英語風に言うと、


「スァンズ リヴァー」

「なにそれ」


 一応、地獄の三丁目、らしいよ?


「サンズって、英語じゃないなぁ」

「誰に言ってるの?」


 そして俺は如意ヶ嶽 薬師と言う。

 にょいがだけ、やくし。

 嗚呼、厳ついね。

 ああ、が嗚呼になってるのは、まあいいか。


「うん? 誰にって? さて、誰だと思う? 前さん」

「あたしに聞かれても困るよ」


 更に俺の前にいる、角つきで、赤いストライプをのトレーナーを着ているものの三倍じゃないのが――、

 前。

 まえ、ではなく、さき、と読む。

 お「まえ」さん、なんて呼んだら怒られた。

 気に入ってるんだけどな。


「なあ、おまえさん?」

「怒るよ?」


 ほら、怒られた。


「そういうの、怒ってるって言うと思うんだがね?」


 そう、そうそう。

 前さんは何を隠そう鬼だ。

 赤く長い腰までの髪とちょこんと出た角が可愛い、


「ろりっ子」


 って言ったら怒られる。


「なんか言った?」


 注意だ。


「いや」


 彼女は、今日はジーパンにトレーナー、らしい。


 普段は若草っぽい和服とかだけど。

 うん。

 まあ、これはこれでいいか。


「で、崩しに来たん?」

 俺が尋ねると、前さんは肯いた。


「うん。もう崩れてるけど」


 そう言って前さんが指さした地面を見る。

 そこには医師が散乱。

 じゃなくて石が散乱。


「おーけいおーけい。じゃ、積み直そうか」


 そう言って、俺は一から石を集め直す。

 何故こんなことになってるかっつーと、ここが賽の河原だから。


「ま、わかってるとは思うけど。説明する俺ってやっさしいね」


 賽の河原、ってのは親より先に死んだ奴が来るとこ。


「誰に? 何を? やさしい?」


 で、そいつらは、石で塔を完成させると供養になるってかんじで、塔を作る。


「うお、そんなこと聞かれた。俺は優しいよ? もう、ゆぅぅぁあすぁぁぁあすぅいいいいってくらい」


 まあ、規定では百八つ。

 なんかえらい人が決めたとか。

 で、百八つ積み上げると、なんかあれらしい、現世に帰れる。

 うん、俺が生前聞いてたのと違うのは、何故か現世に帰れるってのと後百八つの規定?

 あとは……、そう、ぶっちゃけ、親より後に死んだ奴とかもいるのと、メインが親への供養じゃなくて、地獄の霊達の供養ってとこか。

 うん、なんかね、地獄も霊で溢れ返っちゃってるらしいんだよね。

 それで、まあ、基本的に霊ってのは負の属性なせいで定期的に供養してやんなきゃいけないんだけど、人手が足らんわ今時は現世の供養は足らんわで、

 ここに賽の河原で働くアルバイターがいるのである。

 で、前さんは、バイターではなく正社員?の一人。

 積み上げる石を崩す役目。

 何すんの、って思うかもしれないけど、時間を掛けたら供養にならんらしい。

 だから、五分きっかりで崩しにくる。

 ご苦労さまだ。


「ご苦労さま」

「なにさ」

「いや?」


 で、まあよく徒労とか報われないとか言われる賽の河原だけど、実はそうでもない。

 五分で崩れるけど、

 積み上げの世界記録は四十八秒。

 そいつは清々しい笑顔で現世に戻ったとか。

 あとは、こう、積み上げにもいろいろあって、高得点な積み上げかたとかね。

 一列にくみ上げる登り龍とか。

 綺麗に山形に作る富士山とか。

 更に言うなら、


「そういや、給料出たから今日は帰り飲み屋で食ってこうと思うんだが、前さんもどうだい?」


 給金があったり。


「あたしゃ今日は無理だね。奢ってくれるなら明日にでも」


 鬼と仲良かったり。


「おっけ、じゃ、明日な。しゃーねぇ、今日は真っ直ぐ寮に帰るか」


 寮とかあったり。


「気が早いね、まだ、後三時間ぐらいあるよ」


 定時で帰れたり。


「へいへい、じゃ、また五分後?」


 五分ごとに鬼さんとだべれるから退屈しなかったり。


「うん、じゃ、また後で」

「おう、じゃ頑張って積みますか」





 そんなこんなで、住めば都、地獄の三丁目。


 俺は今日も楽しく石を積んでいます。










――――――


 はじめまして、あにふた、とか言います。
 とりあえず、ほのぼの賽の河原ラブコメ、のようです。
 ゆるゆるとやっていきます。


注意として。

この小説は仏教の地獄とか、その他もろもろを参考にしていますが――、拡大解釈とか、オリジナルな設定とか、がんがん入ってますので本気にすると恥かいちゃいますよ?
と言う、ちょ、おま、知ったかぶりもいいところだな、と言う言葉を回避するための逃げ腰。




[7573] 其の二 あたしと彼と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/21 21:30



俺と鬼と賽の河原と。







 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは父のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」




 それが、賽の河原。


「父親に何があったのさっ!!」






其の二 あたしと彼と賽の河原と。






「はい、時間。また崩すよー」

「へいへい」


 あたしは、その返事を聞いて、持ってた金棒で石の山を崩した。

 見たところ、三十個と少し、と言ったところかな。

 今日は、少し頑張ったみたいだ。

 私は、そのまま視線を少し上にずらす。

 そこには、いつも通りやる気なさげに私を見上げる男。

 如意ヶ嶽 薬師。

 初対面の時、厳つい、なんて言ったら。


「人を名前で判断せんでくれ」


 とおこられた。

 というのはともかく。

 その黒い髪を肩まで伸ばした男は、

 今のあたしが担当する、河原の労働者だ。


「おお、そう言えば今日は意外と頑張ったぞ?」


 そう言った薬師は、無邪気にあたしに微笑んで見せた。


「なに? 褒めてほしいの?」


 すると、薬師は少し面食らった顔をしていたが、すぐに笑みの形をにやりと変える。


「応! じゃあ、褒めてくれ、すごく」


 そしてこんなことを言ってきた。

 なので私は、


「すごいな、うん、すごい、なでてあげよう」


 言って、彼の頭を撫でてみる。

 本当は、現世に変えるにはあと二倍積まないといけないんだけど。

 すると、薬師は意外そうな表情を見せる。


「なにさ」


 憮然として私が聞くと、薬師は答えた。


「いや、素直になでられるとは思わなかった。できれば、困った顔の前さんを見たかったのに」


 まったく、こんな事ばかりだからこちらが慣れたのに。

 そんな彼は、今は黒い着流しを着ている。

 給金で買ったみたいだ。

 いつもは、私服やスーツにコート、後は死んだときにもらえる白い着物。

 と結構多彩に節操無く着るけれど、今回も違和感はない。

 そんな彼に、あたしは意趣返しをこめて、


「自業自得」


 と言ってみた。


「まあいいか」


 何がまあいいのか彼は胡坐をかいたまま、石を積み直す。

 既にカウントは始まっていた。

 あと、四分と少しであたしの時計が崩す時間を知らせるだろう。

 その時、ふとあたしは昨日の会話を思い出した。


「うん、そう言えば、昨日言ってたけど今日は? どうするんだい?」


 そう言えば、飲み屋に行く約束をしていた。

 すると、薬師は肯く。


「おお、そういえばそうだったか。俺はその予定、だが?」

「お、じゃ、あたしも行く」

「了解、じゃ、終わったらいつもんとこで」


 これでも、薬師と私は、飲み仲間だったりする。

 年齢より若く見えるけど、私はもう――、

 って女性の年齢の話はタブーだと思う。

 まあ、結局下戸なんだけど。

 で、最初は断ったんだけど、酒飲めなくても雰囲気に酔えば楽しい、と連れて行かれたのが始まりで。

 そこからは結構薬師となら飲みに行く。


「ん、わかった。あたしは、薬師が終わってから二十分くらいだと思う」

「おーけー」


 そう言って石を積み上げ続ける、彼の瞳は、やはり、やる気なさそうだった。



 そもそも、彼はここにおいて珍しいタイプの人間だと思う。

 実際、ここには現世に未練があるからやってくるのだ。

 だから、精力的に働くのは間違いないし、それを崩しにくる鬼を逆恨みすることもある。

 それに対し彼は――


「どした。俺を見ても楽しいことは……、顔芸でも習得するか」

「いや、いいから」


 やる気がないことこの上ない。

 ほら、また、


「手が止まってる」

「へいへい」


 あたしも長いこと鬼やってるけど。

 こんなのは初めて。


「薬師はほんとに変わってるね」

「そもそも基準設定から教えてくれないと変かどうかはわからんぞ?」

「そういうとことか」


 だが、あたしは彼を嫌ってない。

 良くも悪くもあっさりしてる。


「まったく、早く手を動かさないと出ていけないよ? ほらほら」

「むう、とっとと出て行けと?」

「いや、出て行きたくないの? 現世に未練があるからここにいるんじゃないの?」


 すると、あろうことか、薬師は顎に手をあてて、何事か悩み始めた。

 そして、


「―――いや、そうでもない」

「じゃ、なんでここにいる?」


 すると、彼は意地悪な笑みを浮かべて。


「前さんがここにいるからかね?」


 この男は、こんなことばかり言うから……。


「……。き、気持ち悪い」

「ひでぇな」


 例え冗談でも、

 これには慣れない、っていうのに。

 心波立つ私を余所に、彼は石を積む。



 ここは地獄の三丁目。


 今日も彼は、楽しく石を積んでいるようです。











―――

 其の二、です。
 ぶっちゃけると、ここまでがプロローグのようなもの、というか紹介編みたいな感じで、薬師と前について。
 こっからはそれらしい話の一つや二つ…、出ると思う。


 最後に、ニッコウ様、コメント一番乗り、ありがとうございます。
 返信は、基本的にここでしようと思っとりますので、コメに返信を。


 鬼っ娘は、人類の生み出した叡智の結晶。


 いや、うん、冷たい視線で見ないでください。



[7573] 其の三 俺と鬼と地獄の酒場と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/24 21:37
俺と鬼と賽の河原と。





「一つ積んでは父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは母のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは弟テメェあの野郎!!」





 それが、賽の河原。




「仲直りしろっ!!」







其の三 俺と鬼と地獄の酒場と。






「うん、だからね。あたしだって! こんな風にぃ……!」


 さてさて、突然ですが俺は、前さんと酒場にいた。


「わかるわかる」


 畳に座って、机を挟んだ向こうには、顔を真っ赤にした前さん。


「お酒だってぇ……、飲めるのに」


 鬼、と言うのに情けない姿である。


「わかるわかる」


 まあ、可愛いのだけど。


「なのに、上司も、同僚も、後輩もぉ……」


 そんな彼女は日本酒三杯目。


「わかるわかる」


 参考までに俺は一升瓶二つ開けた。


「みんなして、子供扱いぃ……!」


 開始から一時間、色々とまあ、対照的な俺達は。


「わかるわかる」


 結局いつも通りなのである。


「あたしもう、これでも十分大人だと思うのに……、みんなして頭撫でてくるぅっ!!」


 あー……、わかるわかる。


「わかるわかる」


 職場の人たちの気持ちが。

 と、今の今まで、前さんを酒の肴にしつつ適当に相槌をうっていたのだが、それの何が気に入らなかったのか。

 彼女が、むくれた。

 正直、


「むぅ……、ちゃんと聞いてる?」


 そんな顔されても。


「わかるわかる」


 可愛いだけだと思う。


「聞いてないなぁ……?」


 すると、前さんがガタリと音を立てて立ち上がった。

 そして、身を乗り出すと、俺の肩を掴んでがくがくと。


「お、がががががが、ち、から、つよ」


 流石に、鬼の力でがくがくと揺すられると、つらい。


「まあ、待て、落ち着いて、出る」

「ひゃあっ!!」


 可愛い悲鳴が出て、俺はいきなり手を離される。

 嘘なのに。

 後頭部を床にぶつけたせいで頭痛い。


「吐くならお手洗いで!」


「いや、吐かないぞ? 揺すらなければ」


 俺は、頭をさすりながら、前さんに返した。

 これでも、俺は酒に強い方だったりする。

 それはもう。

 生前はうわばみの薬師と呼ばれたものだったり?

 そのようにして、我等の夜は更けていく。


「うー……」









「うーぅぅ、あー……、飲み過ぎたぁ…」

「俺はその三倍以上飲んでるんだけどな」

「大蛇に喩えられるような酒飲みと一緒にしないぃ……」


 俺と、前さんは、肩を組んで夜道を歩いて行く。

 俺はいつも通り、前さんはふらふらと。


「だいいち、やくしはやるきないし。こんなの、あたしはじめてだぁ……」


 よたよたと、頼りない動きで歩く彼女を支えながら、俺は返事した。


「へいへい」


 すると、座った眼で前さんは俺を見つめると、


「へんじはいっかい!」

「Sir yes sir!」

「なにそれ」

「いや、うん」


 そんな時だった。

 四人の男達が、俺達の前に立ったのは。


「ねぇ、嬢ちゃん、俺達といいことしない?」

「ねえお嬢ちゃん、可愛いね、何歳かな?」


 相手も赤ら顔で酔っているようである。

 だが、それよりも何よりも。

 言いたいことは。


「ロリコン……?」

「あぁ?」

「いや、何でもない」


 いきなりスキンヘッドな男にメンチきられたが、まあひらりとかわす。

 そんな中、前さんは据わった眼で男たちを見るだけ。

 そして、彼女の肩に手を乗せようとした男の腕を、

 俺は溜息一つ吐いて。

 掴んで止めることにした。


「なんだ、止めるのかぁ?」


 俺は、もう一つ溜息を吐く。


「まあ、なあ。あれだ、男ってのは、不便な生き物でね」


 あいてる手で、拳を作り。

 男の顎へ、

 振り抜く。


「女の前では、かっこつけねぇといけねぇってなっ!!」


 突き刺さる拳。

 男が一人、膝をついた。

 残り三人、

 さて、どう戦うか。

 男達が構えた。


「てめぇ、覚――」

「嬢ちゃん?」


 その時だった。

 地の底から響くような、声。

 主に俺の隣の見た目幼女から。


「ねえ? 誰がお嬢ちゃんで、誰がロリコンに狙われるような……、つるぺただって……?」


 その手には、金棒。

 正確にはその身長をゆうに超える金砕棒、だろうか。

 まあともかく、それが出現。


「いや、ほら俺は別にそんなこと思ってないぞ? いつもいつもこう、あれだ、大人の苦味が出てるなあ、と」

「どいて」


 はい。

 そして、


「人の気にしてることをぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!


 横一閃。


「ぬぽるたんっ!!」

 
 すべての、決着がついた。

 横薙ぎの金棒は、男達の意識を刈り取っていく。

 命まで刈り取ってないか心配だが。 

 ともあれ。

 かっこいいとこ、見せる前に全部おわた。


「ふぬうぅぅ、地面がぐにゃぐにゃする……」


 あ、倒れた。





「さて、前さん?」


 俺は、帰り道を前さんを背負いながら歩く。


「前さん? 寝てる?」


 先ほどから、彼女の返事はない。

 後ろからは、規則正しい吐息が。

 正直、首に当たって、こそばゆい。

 そして、しばらく歩いていると――


「えへへ……、薬師ぃ」


 突然声を掛けられた。

 そして、俺の背に、頬ずりする。


「うん?」


 正直、そこで喋られると驚くほどこそばゆいのだが、表には出さない。

 大人の男だから。

 華麗に無視。


「ありがとねぇ……」

「ん?」

「女の前では、かっこつけねぇといけねぇってな、って……」


 聞いていたのか。


「結局、前さんが全部終わらしたろうに」


 俺に礼を言うのはお門違いでは?

 だけど、俺の背で、表情の見えない前さんは、言葉を続けた。


「うん、だけど、守ってくれようとしたし。それに、子供じゃなくて女ってぇ……」


 俺の背で、前さんがもぞりと動く。

 正直、ざわっと来た。


「だからぁ……、ありがと」


 背筋をぴんと張った俺に対し、彼女はまた、規則的な吐息を取り戻し始め――。


「はあ……、今夜は冷えるな」


 俺は、ただ、背のぬくもりを印象的に感じていた。





 明日は休み。

 明後日からはまた石積み。

 そんなこんなで日は廻り。

 俺は明日も、

 楽しく石を積むのだろう。






―――

其の三、でございます。
ここまでが、ぶっちゃけると一話の流れかと。
次は、新キャラが出る。
多分。
多分、女。
多分ヒロインぽい、ひとり、だと思われ。
多分、突然男になったりはしない、はず。
まあ、うまく話が進めばですけど。

あと、余談だが、今朝とある小説を読んでいて、前さんの見た目が、某狂乱家族(ピー)の黄桜 乱(ピー)さんとほとんど同じ事に気がついた。
別にどうということはないですけど。


では、コメント返信。


妄想万歳様


そもそも、どんな逆境においても、そこにいる人たちが明るければそれはほのぼのとしているはず。まあ、状況のせいで心が荒むだろうのでどっちが先かはわかりませんが。
まあ、何が言いたいのかといえば、鬼っ娘は素晴らしい、いるだけで空気が浄化されるようだ、と。



ザクロ様


人の心に、何か変化を残せたのならば、物書きとしては最も光栄なことであります。
そう、例えば、鬼っ娘最高、とか。



ニッコウ様


前さんのことを、気に入ってくれたようで、嬉しいことこの上ないです。
前さんの絵に関してはもう、がんがん描いちゃってください。
ってか光栄でございます、それはもう、こちらからお願いしたいほどに。



さて、では最後にもう一度。
大きく胸を張って。


鬼っ娘はっ、人類が生み出した叡智の結晶っ!



[7573] 其の四 俺と彼女と昨日の人と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/24 13:26
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは父のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは祖母のため。四つ積んでは爺ちゃん、爺ちゃん!? じいちゃあああああああああああああああああん!!」







 それが、賽の河原。




「じいちゃんに何が起きたのさ!?」








其の四 俺と彼女と昨日の人と。







「前さん? 前さんなら俺の隣で寝てるぜ?」


 どうもこんにちは、薬師です。

 ただいま、ベッドの上に寝る前さんの横。

 いわゆるベッド際に立っていたりする。

 前さんは隣で寝てるけど、俺は立ってるぜ!! という新展開。

 さて、その彼女の寝顔を拝見といってみようと思う。

 現在彼女は、布団を放りだし、斜め気味に、シーツを握るようにして寝ている。

 その服は俺が貸した白い浴衣。

 ただし、帯がほどけてどこかへ行ってしまっているが。

 そんな中、時折、「…うぅ…ん…」とか言って眠る顔は幸せそうで。

 以上、これ以上は脳内補完してほしい。

 さて、それでまあ、大変愛らしいと思う諸兄には同意するが、いい加減に、起こさねばならない。

 今日は、日曜であり、休日なのだが、彼女の予定は聞いちゃいないのだ。

 時刻は朝九時。

 という訳で、まずは声を掛けてみる。


「前さん、前さーん」


 残念、無反応。

 仕方がない、揺するか。


「前さん、朝だぞー」


 肩を掴んで揺らす。

 すると、わずかに反応が返ってきた。


「う、うぅ…ん?」


 少しだけ、腕や頭に動きが見えた。

 それを見て、俺は畳みかける。


「ほら、前さん、朝だ。早く起きないとベッドで俺も寝るぞ?」

「……うん…」


 ……。


「いや、それはそれで困る」

「うん……? やくし?」


 なぜか呼ばれた。


「ん、ああ。如意ヶ嶽 薬師本人だ」


 ので律義に答える。


「うぇ? 薬師?」

「ああ」


 すると、彼女の上半身が跳ねあがった。


「うぇえ!? 薬師!? 何で!?」

「!?が多いな。というのはともかく。昨日、前さんが寝てしまった後、送ろうと思ったのだけど。鍵持ってない、前さん起きない、俺の家に泊めるしかない、と相成った」

「う、そうなんだ。でも、あれ? あたしの服じゃないよね、これ」


 そう言って、前さんが、着ている白い浴衣を、つまんで見せる。

 それに俺はうなずく。


「それは、前さんを一回寝かしたら、途中で起きだしてきて――、『服寄こせ』って言ったから、ある程度サイズに幅が利く奴を渡した」

「じゃあ、自分で着替えたんだ」

「ああ、誓ってやましいことはしてないぞ?」


 すると、前さんが、俺の顔を覗き込んできた。

 鼻先すぐそこまで。


「ほんとに?」


 その表情を見るに、本気で疑ってる訳ではないようだった。

 証拠に口の端が吊り上っている。

 それに対し、俺はあえて目をそらしてみせた。


「実は……、頭くらいは撫でたかもな」

「そうなんだ、撫でたんだ……」


 俺の言葉に、前さんが複雑そうな表情を見せる。

 きっと、子供扱いということに関して考えているのだろう。


「さて、飯、残りもんは貰ってきてるから、食うといい」


 言うと、前さんはまだ眠そうな目をこすりながら肯いた。


「うん、食べる」

「おっけ、そこのちゃぶ台に乗っかってる」


 言いながら、俺は部屋の中心にあるちゃぶ台を指差した。

 実は、俺の数少ない家具の一つである。

 寮の数ある部屋の一つ、広くも、せまくも無い畳の部屋。

 そして部屋に不釣り合いななベッド。

 冷蔵庫と箪笥と、押し入れ。

 これで、おおむね終わり。

 ベッドより、布団の方が好きなのだが、何故か、ベッドが備え付けてあったのだ。

 はたして、畳は傷まないのか。

 そんな部屋で、前さんはちゃぶ台の前に座って、おにぎりを食べ始める。

 ちなみに、俺はもう食べ終わった。

 実は、この寮毎日三食でるのである。

 朝夜は食堂で、昼は俺の場合は前さんが届けてくれる。

 地獄の生き物は、ちゃんと食べないと、危険なことになるとか。

 そういうの含めて、ここは驚くほど好条件の職場だったりする。

 そしてぼんやりとおにぎりを頬張る前さんを眺めていると、食事が終わったらしい。

 それを見計らって、俺は前さんに声を掛ける。


「さてさて、お嬢さん。今日の予定は?」

「んー、特にないけど? あ、でも同僚に外出許可もらっとかないと」

「外出許可?」

「私達の寮、外出許可ないと、休日外に出れないんだ。でも、でも、出てるかどうかかいとくだけなんだけどね。ご飯の準備とかあるから」


 きっと、ホワイトボードでもあるのだろう、と勝手に想像してみる。


「だから、同僚に後で書いてもらえるように頼んどく」

「ほぉ。で、今日は暇なのか?」

「うん、でもあれだなぁ、いろいろ日用品買い足さなきゃいけないんだった」

「そうか」


 俺はついて行く、とは言わなかった。

 女性の日用品購入につきあうほど俺は猛者じゃない。


「だが、まあ、川までは送らせてもらおうか」

「いいよ、そんな。子供じゃないんだし」


 両手を振って断ろうとする前さんに、俺は食い下がった。


「いや、な。飲みに連れていったのは俺だから、最後まで面倒見させろ、と。ま、俺は散歩がてらだから気にするな」


 すると、前さんはしばらく悩んでいたようだが、やがて肯く。


「うん、じゃあお願い」

「了解。じゃ、俺は部屋の外に出てるから、着替えが終わったら来てくれ」

「ん」


 言ってから、廊下に出て、少し。

 ガチャリ、と音を立てて扉が開く。


「それじゃ、行くか」


 声を掛けると、そこにはいつもの若草色の和服姿の前さんが。


「うん」


 俺は、前さんを伴って、寮を後にした。






 寮から五分、俺達は賽の河原へと来ている。


「それじゃ」

「おう、またな」


 言って、前さんが今日も仕事の同僚へ走って行く。

 話していた、と思ったら鬼の女の人が急に微笑んで――、

 あ、撫でた。

 それに対し前さんは顔を真っ赤にしてるけど、無断外泊した手前、大きく出れないらしい。

 ぷるぷる震えながら耐えている。

 そしてそれを眺める俺の視力は2・0。

 と、それはともかく。


「きゃっ!」


 俺は、乱暴に石が崩される音と、悲鳴に、振り向いた。


「いい気味じゃねぇか……」


 そこには、地に座りうなだれる何かの制服を着た中学生か高校生くらいの少女と、そして――、


「昨日の人!?」

「あっ、てめぇは!!」


 昨日の人だった。


「詳しく言うなら、てめぇ、覚――、って言って金棒食らった人!」


 多分、てめぇ、覚悟しろよ、っていいたかったんだと俺は思っている。

 そんな彼は、昨日と同じような赤い髪でアクセサリーじゃらじゃらの気持ち悪さを醸し出していた。


「そ、そういうテメェは昨日の――、ってそうか、今はあの娘はいねぇのか」


 ま、それはいいか。

 それよりも、そこでくずおれてる少女、だと思う。


「昨日は、あの娘に負けたけどな、お前とタイマンなら負けねぇぞ?」


 ストレートの前さんとは打って変わって、ふわふわとした金髪に近い感じの色の薄い茶髪に、

 黒い大きなリボン。

 前髪で隠れてその眼はみえないが、多少いじめられそうな外見をしているものの、多分美少女。


「わかってるんだろうな、あんなことしてよぉ。ここであったが百年目ぇ」


 そんな彼女に、俺は手を伸ばす。


「ほれ、掴まれ」

「あ、は、い。ごめんなさい」


 彼女が俺の手を掴み立ち上がったのを確認すると、俺は男に視線をもどす。


「許して欲しかったら、土下座しな」


 俺は、そう言った男の目を、真っ直ぐに見詰める。


「な、なんだよ」


 そう、真っ直ぐ、真剣に見詰めて――、


「すまん、聞いてなかった」

「な」


 いや、その、あれだ。

 話してたのか?


「テメェ! 舐めて――」


 その言葉を、俺は遮る。


「まあ、待て、落ち着け」

「んだよ」


 そう、俺に名案がある。


「大丈夫、二度も説明させる二度手間はさせない。あれだ、だいたい雰囲気はわかった。だから、俺が予想で話の流れを言ってみよう。で、間違ったところをお前が直す、と」

「何言ってんだ?」

「多分あれだな。俺とお前は昨日会ってる、それで、まあ、言うまでもなく仲は険悪だ。それが、うっかり同じ職場で会ってしまった。そして、あ、お前は昨日の! となり、お前がその恨みを以って、ここで逢うたが百年目よぉ!! となり、そして――」


 言いながら、俺は拳を握る。


「あ、ああ」

「ふん、ならばここで決着をつけてやるぜ、行くぜっ! うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 俺の拳が唸った。


「はっぴねすっ!!」


 じゃらりとか、装飾品が擦れる音を立てながら男が倒れる。

 まったく、倒れる時すらじゃらじゃら言うとはけしからん奴め。

 で、それは置いておいて、今意識を向けるべきはこちらではない。


「問題ないか?」


 目の前の少女に、構うべきだろう。


「あ、はい。ありがとうございました」


 ぺこりと、少女がお辞儀した。


「で、そこな少女は、お名前なんというのかな?」


 少々茶化して、言ってみると、少女は、背筋をピンと張って答えた。


「はい、私は要 暁御って、いいます」


 そのようにして、俺は、カナメ アキミと知り合った。






 流れ流れて三途川。

 たまの出会いと少しの休み。

 俺は明日もどうせ石を積むのだろう。







―――


其の四、何とか新キャラ登場。
何があるってほどでもないけれど。
ただ、まあ、ここまで書いて思うことは、一人称って難しい。
普段三人称使いなので、とりあえずがんばって腕を磨きます。



では、コメント返信。



ザクロ様


哀れな人は、再登場を果たしました。
もしかすると、長い付き合いになるかも。



ふいご様


実は、ここの感想掲示板、ほとんど鬼っ娘に関するコメントが載っているという現実が横たわっていたり。
さあ、あなたもご一緒に、鬼っ娘最高。


ルシフル様


真っ向勝負じゃ勝てやしない。
ゆえに私はひっそりチラシ裏でほのぼのを書くのです。


では誰が勝って、誰が負けたのか。
   少なくとも、私は鬼っ娘に負けている。
                   兄二





さてでは最後に。
合言葉は、

鬼っ娘は、人類の生み出した叡智の結晶。


 



[7573] 其の五 俺とあの子と昨日の人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/24 13:50
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ積んでは父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは祖父のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは曾祖父のため。四つ積んでは曾曾祖父のため、五つ積んではそう曾々々祖父のため、……曾々々々々々々々祖父のため」







 それが、賽の河原。




「何代遡るのさ!!」







其の五 俺とあの子と昨日の人。







「そ、その。わたし、今日昼で上がりなんですけど……」


 俺は、河原で暁御と向き合っていた。


「お、そうか」


 目の前の彼女は、顔を俯けていて、その表情を見ることはかなわず。


「その、お昼ごはん、一緒に、どうですかっ……!?」


 その瞬間、前髪が揺れて、少しだけ、その眼を見ることができた。

 男が、上目使いで、お願いされて、退くわけにはいかねぇよな?


「俺は構わんが。外か?」

「はい! おいしいお店があるんです」

「おーけい。そこにしよう」


 俺は肯くと、彼女に背を向けた。


「じゃあ、俺は寮の204号室にいるからな」

「はい!」


 背中ごしに、暁御の声を聞いて、俺は寮へと歩き出した。










 こん、こん。

 俺は、控えめなノックの音で、暇つぶしの本から目を離した。


「誰だ?」


 呼びかけると、女性の声が返ってくる。


「暁御です。お迎えにあがりましたー」


 暁御だ。


「りょーかい」


 俺は、畳の上から立ち上がると、ドアへと向かい、開く。


「では、行きましょうか」

「ああ」


 言いながら、外へ出る。

 そして、廊下を渡り、階段を下りてロビーへ。

 そのようにして、俺と暁御は外へと向かって行った。


「しかし、俺と飯食うだなんて、どういう風の吹きまわしだ?」


 道中、俺は暁御に尋ねる。

 彼女とは、ほとんど初対面だ、もしかしたら擦れ違い位はしてるかも知れんが。

 そして、お世辞にも、社交的な方には見えやしない。


「え、あ、あの。今日は、助けてもらいましたから」


 そう言った彼女に、俺は苦笑いで返す。

 随分とお人好しな子だ。


「あれは、ほとんど偶然だと思うけどな。相手が俺を恨んでた、それを俺は回避するために、結果的にお前さんを助けた。それだけだ」


 だが、意外とこの少女は食い下がる。


「それでも、結果的には助けてくれたことになるんでしょう?」

「む」


 そう言われては返す言葉はない。


「まあ、そちらがそう言ってくれるならありがたく受け取るまでだが」

「はい。そうしてください」


 そう言って、暁御がほほ笑んだ。

 多分、綺麗な笑み、なんだと思うが。





 結局、俺達がやって来たのは、落ち着いた雰囲気の喫茶店のようなレストラン。

 まあ、俺には喫茶店とレストランなんて小洒落たものの見分けなど付かないのだが。

 そんな中、暁御は食事中に進んで言葉を発する方ではないらしく、無言の時が過ぎていた。

 多分、気を使ってるのだろうが、正直気まずくてしゃあねぇ。

 仕方ない。

 話しかけるか。


「あー。と、そうだ。お前さん、何であんなことになってたんだ? えーと、あの、じゃらじゃらした奴」


 と、必死でひねり出した話題だが、正直微妙。

 これを話題に出した場合、普通か、地雷。

 好感触はないよな、まず。

 だが、そんな俺にも、暁御はいや顔一つせずに答えた。


「わたしが来て、一週間くらいのことなんですけど……、その時、偶然自分の山を崩しちゃって…」

「それを見られて?」

「はい。とろくさいやつだ、ってわかっちゃったんだと思います」

「どんくらい続いてるんだ?」


 すると、彼女は口元に人差し指を当てて考え出す。


「えと、多分、三か月」

「長いな。よく我慢したもんだな」


 そう言って俺は苦笑する。

 やっぱり地雷だ。

 そして、これからもその虐めと言える行為は続くかもしれない。


「これで余計にひどくなったら俺のせいか……? …とすると対策の一つや二つ考えにゃならんのか…、面倒だな……」

「はい?」

「いや、なんでもない」


 俺の呟きは、聞こえなかったらしい。

 俺は何となくごまかして、目の前にある紅うどん、もといパスタを啜る。

 どれもこれも、昨日の人のせいだ。

 あの場にいた、ということはあの男も賽の河原のバイターなのだろう。

 そして、確かに、積み人になる前に、面接と思想調査もある。

 だが、それでもああいう人種はなくならない。

 まあ、わからなくもないが。


「石積みがうまくいかなくて焦って荒む、か」


 口の中だけで呟いてみる。

 例え、初めは真面目でも、そのうち、荒んでしまう者はどうしようもない。


「言ってもしゃあねぇか。まあいい、お前さん、またあんなことになったら誰でもいいから呼ぶといい」


 それが、言えるたった一つのアドバイス。

 正直、これからのことに何一つ責任などもてやしないのだ。

 それに、微笑みを作って対応してくる暁御。


「はい……! ありがとうございます!」


 少々、心が痛む。

 まあ、いいか。

 と、そうこうしている内に、俺の皿は空となっており、見ると暁御の皿の上にも何もない。


「よし、じゃー、いくか。今日は美味かった。ごっそさん」


 言って、ぞんざいに立ち上がる俺とは打って変わって、座ったまま両手を合わせる暁御。


「はい、ごちそうさまでした。その、今日これから、どこか行く用事がないのなら、寮まで、ご一緒していいですか?」
 その問いに、俺に断る理由はなく。

「俺は構わんけどな」

「じゃ、帰りましょう。お代は――」


 自分が持つ、と言いたいのだろうがそうはいかない。


「俺が払う」

「え? そんな、これはお礼ですから」


 だが、俺は食い下がった。


「別に、ここを教えてもらっただけで十分ってな。それよりも、俺としては男が後ろで、女が財布を開く方が気になる」


 ぶっちゃけると、見栄ぐらい張ったって、

 罰は当たるまい?


「え、でも、いいんですか?」

「恩人の言葉には従っとくもんだ。俺を恩人と思ってるなら、な」


 これで反論を封じてみる。


「では、その、お願いします」


 ついに折れて、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ん、じゃ。払ってくる。外で待っててくれ」


 言って、俺は、カウンターへと歩き出した。




「さて、腹も膨れたし、帰るか。ん? どした?」


 街を歩きながら、ふと、横を見ると、暁御が顔を赤くしていた。

 はて、具合でも悪いのか。

 それとも、俺と歩くのがあまりにも恥ずかしいのか?

 後者だったらへこむ。

 だが、そのどちらでもなかったらしい。


「あの、わたし、男の人と一緒に歩くの、初めてで」


 彼女は、俯き気味に答えた。

 うん、まあ、なんと言おうか。


「初々しいな」


 なんか口に出ていた。


「え、あの、すいません」

「いや、怒ってるわけじゃないけどな」


 言って、少し考える。

 今どき、珍しい子だ。

 年頃なのに、男と歩いたこともないとは。

 だが、まあ何にせよ、ここにいるということは年頃で死んだ証。

 そして河原にいたということは現世に帰る理由がある証。

 どちらも、地雷だなー……。

 と、その時だった。


「あれ? 薬師?」


 進行方向に、見慣れた少女がいる。

 あれはどう見ても、


「ん? 前さんじゃないか」


 彼女は、両手に買い物袋を引っ提げて、こちらへ歩いてきた。


「え?」


 戸惑う声を上げる暁御に俺は説明する。


「俺の担当」

「ああ、そうなんですか」


 それで納得したらしい。

 だが、納得しなかったのは前さんの方だった。


「その子、だれ?」


 なんとなく、言葉が刺々しい。

 あー……、なるほど?


「さっき河原で知り合った、同僚の要暁御」


 確かに、昨日一緒に酒飲んだ挙句に、部屋に連れ込んだ次にはすぐ別の女の子連れてたら、そりゃあ。

 まあ、気持ち悪い人だよな。


「へぇー、そうなんだ。薬師は朝知り合ったばかりの人に手を出すんだ」

「いや、人聞きが悪い。手は出してない」

「じゃあこれから?」

「いや、そんな気もねぇ」

「ほんとに?」

「ああ」

「なら、いいかな?」

「なにが」

「知らない」


 依然と、前さんの機嫌が悪い。

 さてどうしたことか。

 ふむ、前さんは俺が女たらしで信用ならん、というのなら、手を出さないという信用があればいいのか。


「そうだな、俺が暁御に手を出すことはありえない」


 とりあえず、この場をどうにかするために俺は言った。


「どうして?」

「ぶっちゃけ、俺ってば性欲らしいものがねーからな」

「っぶ!」


 なんか突然吹き出された。

 更には、暁御にも一歩引かれたし。

 なんか、悲しくなってきた。


「いや、これが意外と本気なんだな。いや、不可能とまではいかないが」


 まあ、色々とあって。


「ぶっちゃけ過ぎだから!!」


 金棒で殴られた。

 痛い。

 俺が頭を押さえていると、前さんは踵を返して歩きだした。

 肩が怒ってるのが見える。


「ともかく! その子に手を出したら怒るからね!!」


 そう言って、ただでさえ小さい人影は見えなくなってしまった。

 それを俺は茫然と見送る。


「どうしたんだ?」


 ただ、なんとなく俺の心臓部に、わだかまりが残るのを感じた。

 その時だった。


「おい、お前……」

「また昨日の人かよっ!!」


 本日二度目のじゃらじゃらした男。


「朝は不意打ちでやられたけどな――」


 それ以上は言わせる気も起きやしない。


「どんだけ奇遇なんですかクラッシュっ!!」

「ハバナイスデイっ!!」

 お休み妖怪じゃらじゃら男。




 たまには険悪になる。

 たまに馬鹿みたいに騒ぐ。

 それでも俺は石を積む。





―――

 今回はほとんどインターバルみたいなもの。
 次に、なんかあるらしい。




さて、今回もコメント返信。



妄想万歳様


前さんとしては、なんとなく、茶飲み友達を取られそうで不機嫌な模様。
ただ、私としてはなんとなく、暁御より、じゃらじゃらさんの方が目だっ――、げほんげほん。



ザクロ様


現状は三角関係ではない模様。
ただし、次の話では保証できないZE!とか言ってみる作者ですが、簡単にいえば次の話で暁御が薬師に惚れんじゃないかな、という話。



ニッコウ様


前さんはいい。
実にいい。その状況に耐えられるのは、きっと薬師が後天的に不の、げほっげほ。
なんていうか、まあ、ある程度枯れてないとできない芸当ですよねー、という話。
それと、絵の話、とても楽しみにしております。





では、最後に、

合言葉は、

鬼っ子は人類の叡智の結晶。
 



[7573] 其の六 俺とあの子と一昨日の人と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/01 21:22
俺と鬼と賽の河原と。









 ここは河原。



「一つ積んでは叔父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは叔父の嫁のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んでは叔父の嫁の妹の夫の同僚の友人の甥の母親の茶飲み友達の息子の友人の父親の――」




 それが、賽の河原。




「もう完全に他人だからっ!!」

「いや、それが茶飲み友達の息子の友人が俺の弟でその父親とは俺の父、ということに」

「知るか!!」






其の六 俺とあの子と一昨日の人と。





 ある晴れた日のこと。

「で、本当に昨日は何もなかった?」

「ああ、はいはい。なにもやってない」

 いつも通り俺は石を積んでいた。

「本当に?」

 いつもと違うのは――、前さん微妙に不機嫌。

 昨日から引き続いてなんとなく気が重い。

「いや、本当に。手を出すどころか手を繋ぎすらしなかった、という、男としては微妙な事実を公開しようか」

「……」

 あ、若干惹かれ気味?

 そんな驚いたっ、という顔をされても正直困る。

「だから言ったろうに、手ぇ出す気はないって。そもそもの問題、昨日が初対面だからな」

 と、そこで、前さんが両手を叩いた。

「そう、それだ! その、せ、性欲がないって、ほんと?」

 そう来たか。

「いや、ぶっちゃけると本気」

「なんで?」

「昔、ちょっと色々あったんだよ」

「どんな?」

 む、意外と食い下がる。

「いや、隠すことでもないんだろうけどな。愉快な話題でもねぇわけで。その内気分が乗ったらってことで」

 正直言って、これを言ったら俺の隠しごとが芋づる式に出放題だしな。

「むぅ……、まあいいや。おいそれと軽い気持ちで手を出してないならそれでいいかな」

 それを聞いて、俺は止まっていた手を再び動かす。

 すると、何の気無しに辺りを見渡していた様子の前さんが思い出したように声を上げた。

「そう言えば、暁御ちゃんってどうやって知り合ったの?」

 普通に説明するのはめんどくさいな。

 ここは高濃度の情報を圧縮した特殊言語を使うか。

「かくかくしかじかで」

「かくかくしかじかじゃわからない」

 ……。

 無理か。

「簡単に言うと、殴ったら知り合った」

「簡単すぎ。正直それだけ聞くと最悪な人に聞こえるけど?」

「じゃあ、事細かに説明すると――、それは、前さんを見送って、俺がぼんやりと辺りを眺めている時だった。きゃっ! 俺は、乱暴に石が崩される音と悲鳴に振り向いた。いい気味じゃねぇか……、そこには、地に座りうなだれる何かの制服を着た中学生か高校生くらいの少女と、そして――、昨日の人!? あっ、てめぇは!! 詳しく言うなら、てめぇ、覚――、って言って金棒食らった人! そ、そういうテメェは昨日の――」

「もっと簡単に」

「注文が多いな」

「あんたが悪い」

「まあいいや。とりあえず、もめてるとこを助けたら、飯食おうぜ、って言われて、断る理由もねぇさな、という訳だ」

「そうだったんだ……」

「そういうこった」

 前さんはやっと納得してくれたらしい。

 俺がほっと一息つくと、そこで一言。

「今日は薬師そろそろ上がりだよね」

 今日は、確か午後から現場の石の整理があったはず。

 一定期間ごとにやらないと、石が固まってなんか砂の部分が見えてきたり、景観に悪いとか。

 既にぞろぞろと石を積んでる時点で景観に悪い気もするが、地面を慣らしておかないと、でこぼこで危険にもなる、とのこと。

 で、その影響で俺は昼で終了。

「その予定だが?」

 言うと、前さんは一つ肯いた。

「よし、じゃあ、あたしと昼飯食べに行こう」

「はい?」

「あたしが奢ってあげるからさ!」

 と、まあ、ここまで言われれば断る理由もない以上肯くしかない意志の弱い俺。

「いや、それは構わないが……?」

「それじゃ、決まりってことで、寮に帰って準備しといで?」

「りょーかい」

 担当からの許しが出たので、俺は寮へと向かうことにした。











「あ、とは…、まあいいか、行くか」

 俺は基本的に寮と河原の往復なので置いていってる財布をスーツのポケットにねじこむと、扉を開いた。

 ちなみに、スーツは今着替えた。

 流石に砂だらけの作務衣で女性との待ち合わせに行く気は起らない。

 ので、とりあえず手近にあった一式適当に着替えてみたわけだ。

「おっと、上着を忘れてくとこだった……、っと、お?」

 俺は、ちゃぶ台の上の上着をを抱え、外に出ようとした瞬間、気づいた。

 何か、かわいらしいピンクの便箋が廊下に落ちている。

「俺の部屋の扉に挟まってた、のか?」

 それに気づかなかった俺も俺だが。

 とりあえず、拾って見た。

「差出人は――」

 書いてない。

「宛名は――、如意ヶ嶽薬師、やっぱ俺か」

 それを確認して、ハートのシールの封を切る。

 中には――、

 一枚の手紙と、数個の爪の丁度白い所。

「はぁ?」

 なぜに爪切った残骸のようなものが……?

「読みゃわかるか」

 と、ここで手紙の中身を特別に公開しようか。

『拝啓

  春色の和やかな季節、如意ヶ嶽薬師においては、ますますご清栄のことお喜び申し上げます。

  まず最初に、このような形で手紙を出すのは初めてなので、何か粗相があるかもしれないことをご了承ください。

  さて、先日は、よくも殴ってくれやがりましたね、それに、暁御という女もだ、です。

  なので俺は、この恨みを晴らすため、呼び出して、ぼこぼこにしてやることといたしました。

  夜、七時に、河原にきやがってください。

  尚、要暁御はあずかってやがりますので、来なかった場合、または人を呼んだ場合はどうなるかわかってるんだろうなぁ、でございます。

  という訳でもう一度、夜、七時に河原に一人できやがってください。

  守られなかった場合は要暁御はどうなるかわからねぇでございます。

  飯塚猛

 かしこ』

 怖気がした。

 突っ込みたいことは色々あった。

 かしこは女性しか使っちゃいけないとか。

 かしこの場所間違ってるとか。

 かしこじゃなくて敬具じゃねぇの、とか。

 敬語無理ならやめとけよ、とか。

 飯塚猛っていうんだ、とか。

 便箋可愛くね? とか。

 そもそも果たし状というかそういうものに丁寧さと形式を求めるなよ、とか。

 だが、何よりも突っ込みたいのは。

「爪送られても誰のかわからねえええええええええええぇぇっ!!」

 いや、だってさ、指とかそういうの遅れとは言わないし爪程度でよかったとも思うがね?

 せめて指輪とかアクセサリーの類とか。

 DNAでも鑑定しろってか。

 あ、でも肉体死んでるのにDNA鑑定利くのか?

 ともかく。

「飯でも食いながら対策考えるか――」

 そうして、俺は寮を後にした。




「じゃあ、俺は日替わり和定食で」

 和定食とは、味噌汁、焼き魚、白飯、漬け物を基本とし、日替わりでもう一品でてくるメニュー。

「すいませーん。えと、おむらいすと、日替わり和定食おねがいしまーす」

 前さんの言葉を聞いて、給仕が愛想よく返事した。

 ここは、行きつけの食事処。

 仕切られてはいないが、畳の上に座る、居酒屋のような感じの店だ。

 と、それはともかくとして。

 どう、動くかな。

 あの気持ち悪い手紙には一人でこいとあった。

 そして人質がいるとも。

 だが、多分、仲間とか色々つれてきてるんだろうなぁ……。

 無意識に溜息が洩れる。

 面倒なことになった。

 そんなことを考えていたら、不意に、前さんに話しかけられた。

「ねえ、薬師。あたしと一緒にいるの、つまんない?」

 その言葉に、はっと顔を上げるとそこには不安そうに俺を覗きこむ前さんの姿が。

 それを見て、俺は一つ息を吐くと、不器用ながらも笑って見せた。

「誰がつまらん相手と飲みに行くか」

 だが、信用できないのか前さんは眉間にしわを寄せてこちらを見てくる。

「でも、今すごくめんどくせぇって顔してる」

 顔に出てたのか?

 だが、まあ。

「しゃあねぇ。今くらい肩の力を抜くかぁ……」

 これが終われば、苦労することになるからな。

 今癒やされておかないと後はもう明日まで休まらないか。

「……何か、あったの?」

 不安そうに覗きこむ前さんに今度こそ笑ってみせる。

「ま、ちょっとな」

「あたしには言えないこと?」

「どう、だろうな。まあ、後で相談するやもしれんが」

「そう、じゃあ、あたしに協力できることがあるなら何でも言って」

 前さんが真面目な顔で言ってくる。

 それに俺は肯いて見せた。

「いまさら、一人で気張る気はさらさらねえさな。だから、安心しろ、助けが欲しい時は呼ぶし、これから考えることに必要なら間違いなく相談するさ」

 すると、前さんも肯く。

「うん」













 そして日も暮れて。









 前さんとの昼食から数時間後。

 俺は、賽の河原に立っていた。

「よく来たなぁ?」

「そうだな、一昨日の人」

「猛だよ!」

「そうだな、一昨日の人」

 前方十メートルほどに、じゃらじゃら男は居た。

「相変わらず、じゃらじゃらしゅうございますね」

「じゃらじゃらしゅうってなんだ」

「そうだな、一昨日の人」

 言いながら、俺は辺りを確認する。

 じゃらじゃらしゅうあられる男の横に暁御。

 彼女は、じゃら男の隣にいる男に支えられている。

 どうやら、寝ているらしい。

「なあ、彼女は危険なクロロホルム的なもので眠らせたのか?」

「いや、疲れたらしいから寝かしてやってる」

「優しいな」

 その周りにどっと仲間たち。

「てか、お前約束の五分前だぞ? 五分前行動、するのか?」

「遅れたら大変だろっ!? 帰っちまうかもしんねーし!」

 ああ、馬鹿だ。

 と、そこで気がついた。

 俺の視力が、暁御の手を、その爪を捉えた。

 確か、封筒に入っていた爪の数は六。

 どう考えても爪が不揃いなはず。

 だが……、どう考えても爪を切った後には見えない。

 短くはあるが、ちゃんと綺麗な爪がそこにあった。

 どういうことだ?

 思って、視線を横にずらす。

 そのじゃら男の手の爪は――、まるで今朝切ったような雰囲気で、不ぞろいだった。

「送って来たのお前の爪かよ!!」

「うるせぇ! こいつちゃんと爪切ってて切れなかったんだよ!」

「それDNA鑑定したら別人と断定されてなかったことにされるじゃねぇか!!」

「深爪したら痛いじゃねぇか!」

「一体お前は何なんだ!!」

 ワルじゃないのか。

 気まずい沈黙が辺りを包みこむ。

 そして、たっぷり十秒間を置いて、

「まあ、いい。とりあえず、一人で来たことは褒めてやるよ」

 その言葉に、俺は顔の近くで手を振って否定を示した。

 にこやかに。

「いや、褒められるようなことはしてないさ」

「あ?」

 思い切り男の近くにいる仲間がメンチをきる。

 それを、俺は流しながら、言う。

「それがな? 一人じゃないんだわ」

 ざっ、と砂のすれる音がした。

 そして、俺の背の影から現れる前さん。

「げぇっ、幼女っ!?」

 関羽じゃないのかそこは。

「幼女……? あたし今すごく機嫌悪いんだよね」

 ああ、幼女に前さんが反応した

 ともかく。

「お前ぇ、一人で来いっつったよなぁ?」

 今更悪役っぽくしてもどうしようもないが。

「ああ、一人じゃまあ、どうしようもないと思ったからな」

「だから、そこの幼女連れてきたってかぁ? 人質がどうなってもいいのかよ。今までは大切な人質だったけどなぁ、こうなった以上どうでもいいのよ」

 そう言って、その他の人々が下卑た笑みを見せる。

 俺は首を横に振って応えた。

「それもわかってる。だから交換条件をな?」

「んだよ」

 それに、俺は胸を張って宣言した。

「俺が払えるのは、お前らの無罪」

「はぁ?」

 馬鹿にしたような顔を覗かせるじゃら男。

「暁御を離して俺等を返してくれるなら、このことは問題にしない。そういうこった」

 だが、それをじゃら男は真っ赤になって否定した。

「てめぇ! 舐めんのもいい加減にしろよ!? ここには三十人いるんだぜ!! 二人で何ができるって!? お前らは大人しくぶっ殺されとけ!」

 その言葉に、俺は肯く。

「そうだな。二人じゃ何もできないな。だが――」

 俺は、右手をやる気なく、頭の横くらいまで上げて、宣言した。

「すまんね、これが、二人じゃないんだわ」

 ざっ、と砂のすれる音がした。

 そして――、闇の中から現れるは――。

「二人じゃ無理なので――、できるだけ大事にしてみた」

 じゃら男の顔が、一気に青ざめる。

「総勢百八十人の鬼がいるんだぜ? 三十人で何ができるって? お前らは大人しく捕まっとけ」

 俺は――、高らかに宣言して見せた。

 その瞬間、鬼の一人が動きを見せる。

 青い体表に剛健な巨躯。

 そして、虎のパンツに角に金棒。

 まさに鬼。

 本人は、暁御の担当だと言っていた。

 その鬼が、唖然としていた男の隙をついて、一瞬にして暁御を回収して見せた。

 彼は、俺に眼で合図した。

 もう大丈夫だ、好きにしろ。

 わかってる。

「さて、やるか。ここまで集めたんだ、派手にやらなきゃ損だろう」

 存分に、好きにさせてもらおうかっ!!

「行くぜ猛、……馬鹿騒ぎだッ!!」

 俺は駆ける。

 猛のところまであと三歩。

 二、

 一。

 猛が、反射的に拳を放つ。

 だが。

「あめぇっ!!」

 苦し紛れの一発など避けれないはずがない。

 体勢を低く。

 そして――、

 足払い。

 更に、ここでっ!!




 バランスを崩して前に倒れかかった猛の頬に、俺の拳が突き刺さる。





「メタルスライムッ!!」





 そして、じゃらりと金属のぶつかる音だけが響き渡った。




「あーあ、終わった終わった」

 あの後、じゃら男が倒れた時点で勝敗は決していた。

 そりゃあまあ、勝てないとわかった上に、号令係が倒れてしまえば、気力尽き果てたも同然。

 彼は、そのままこってり絞られることとなるだろう。

 さらに、彼らは鬼全体からにらまれることになったため、しばらくは何もしないはず。

 一番危険な報復だが、河原では常に他の鬼達が気を配るようになるし、ここまで広まれば関係者を襲った時点で真っ先に疑われるのは彼らとなる。

 それがわからないわけでもあるまい。

 要するに、これからの陰湿ないじめも回避するために、できるだけ大事にして見たわけだ。

 そして、俺は事情聴取のようなものを終わらせ、やっと帰って寝る運びとなった。

 ざりざりと、音を立てて、地を踏みしめながら夜闇を歩いて行く。

「帰るの?」

 河原を歩いていると、突然、後ろから声を掛けられた。

 前さんだ。

「ああ」

 声に足を止めたが、それからしばらく前さんは何も言わなかった。

 そして、いい加減歩き出そうか、と思った時――、

「ねぇ」

 前さんの声。ただ、機嫌が好さそうではない。

「ん?」

 昨日感じた、わだかまりのような何かがまた蘇ってきた。

 そんな中、彼女は言う。

「あたしが同じ目にあっても、こうやって助けに来る?」

 そう言えば、前さんは、助けに行く、と言ってから治りかけていた機嫌が急下降だった気がする。

 それとこれがどう関係してるか深くはわからんが、答えは一つ。

「愚問だ。解りきったこと聞いてどうするのやら」

「助けに、来てくれるの?」

 その言葉に、俺は応える。

 自分に聞かせるように。高らかに宣言するように。

「当然。俺の担当は前さんしかありえない、ってな」

 言ったん止めて、にやりと笑って、続ける。

「前さんがいなくなったら、俺の作業効率は半分以下だぞ?」

 なんとなく、背の向こうで、前さんが笑った気がした。

「そりゃ大変だ」

 ああ。

「そうだ。大変だ」

 そう言って俺は軽く手を上げると寮へと歩き出した。

「帰って寝る。今日はしんどい」

 胸につかえていたわだかまりは、とうに消え去っていた。






 すったもんだもありまして、休まる日とてありゃしねぇ。

 現世を離れて地獄に来ても、悩みなんぞ消えやしない。

 それでも俺は石を積む。

 ここは地獄の三丁目。

 俺は今日も楽しく石を積んでいます。











―――


其の六、やっとラブコメっぽい不良との戦闘が拝めました。
問題点は、薬師、あくどい。
まさに、盛大な他力本願。
次は、再び川原でほんのり日常。
ほどほどに新キャラを加えてまったり進行。
次は暁御が出てきます。



さて、お約束の返信タイム。



ザクロ様


多分、素直じゃないけど、ツンデレほどじゃない程度に落ち着くかもしれません。
ただ、薬師次第かと。
ちなみに、性欲ない薬師君ですが、あんまり気にしてない模様。
慣れれば正直問題ないらしい。




ニッコウ様


精神年齢は、己が姿に左右される。
よって、その姿と精神年齢が大きくかけ離れることはないのである!!
要は、前さんだって外見の年相応なことするのさっ!
あと、絵の方ですがゆっくりで問題ないかと。
拙作の絵を書いてくださるだけで膝が折れそうなのにこれ以上は望むべくもないでごぜぇます。
ちなみに、目に関しては私の中ではツリ目が想像されておりますが。




妄想万歳様


毎度どうもです。
薬師は、格好悪好いという矛盾したような人、と考えていたり。
カウボーイビバップのスパイクとか、銀魂の銀さんとか。
そして愛くるしいのが前さん。
かわいらしいのが暁御。
最後に奇声担当のじゃらじゃら、というラインナップ。
とても偏っています、本当にありがとうございました。
次はきれいな人を出そう。


ちなみに、じゃらじゃらは前さんが微妙にトラウマになった模様。
いま彼が好きな人は――!?

次回に続く。



さて、最後に。

合言葉は、


鬼っ娘は人類が生み出した叡智の結晶。

そして、

薬師! 代わってくれ!!





[7573] 其の七 俺とお前とあいつとじゃらじゃら。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/24 13:55
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ積んでは父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは母のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んで――、眠くなってきたか」







 それが、賽の河原。




「羊じゃない!!」









其の七 俺とお前とあいつとじゃらじゃら。






 相変わらずの河原。

 いつも通りの空気。

 だけどいつもと違うもの。


「いやー、昨日はすまなかったね」


 それは――。


「僕も気をつけて見てはいたんだけど――、こんなことになっているとは思いもしなかった」


 目の前の青い人のせいである、

 青くて、二本角で筋骨隆々なトラ柄パンツ。

 これを青鬼と呼ばずに何と呼ぶ。


「これは完全な僕のミスだ。それで、君にも迷惑をかけたと思う。殴ってくれてもいい」


 などと言ってくるので俺は――、


「じゃあ、お言葉に甘えてみようと思う」

「ぶふぃー」


 殴ってみたがやはり硬い。

 手の指が微妙に痛い。


「これで許してくれるのかな?」

「いや、許す許さない以前に、俺よりも暁御に謝っとけ。俺の方はもとより因果応報、自業自得だ」

「ふふ、君のような若者は珍しいな」

「そんな若くないけどな」

「ともかく、暁御にはもう謝ったよ。ただ、暁御が私より薬師さんっていうからなぁ。両方にそう言われると僕はどうしようもない」

「そうかい。まあ暁御らしいが。だったら、もういいんじゃねぇの?」

「そうか。ありがとう」


 ちなみに、この場に前さんはいない。

 五分経てばやってくるのだろうが。


「だけど、君は本当に珍しいな。普通はこう、もっと距離を置かれるタイプなんだがね」


 それは、その姿のことだろう。

 基本的に見える鬼が、人に角を生やしたようなのに対し、彼はまさに鬼。

 まき毛じゃなくて禿だけど。

 俺は、そんな彼をつま先から頭まで眺めて、言う。


「その辺は、まあ、あんた、多分古参で生粋の鬼なんだろ?」

「君は随分、詳しいみたいだが?」

「てか半分は推論だがな。ぶっちゃけた話、今いるほとんどの鬼は人間が変化した類だろう?」

「どうしてそう思う?」

「酒呑童子は鬼の面が抜けなくなって生まれたとか、初期は美少年だったが怨念で鬼になったとか、人から鬼になるケースがあるだろう? だから、何らかの方法で鬼になることができる、と。それが、現在主流の鬼。ま、何より怪しいと思ったのは鬼の割にどこか人間臭すぎることがあったり、昔は人間だったような発言があったりな」


 前さんもそうだ。

 たまに話していて、まるで人間だったかのようなことを言うことがある。

 ~が重くて昔は大変だったとか。

 生まれた時から鬼であれば膂力には不自由しないはず。

 故に、前さんは人間だったころがあるのではないか?

 そう思うのだ。

 ま、半分確信に近いが。


「で、それより少々少ないのが鬼と人、もしくは鬼から人になったものと鬼のハーフ。ただでさえ、人間変化が多数を占めているんだからな。自然な流れだろう。生粋同士だと子供が生まれにくいとかもあるのかも知れんが」


 あと、生粋の鬼の女性が少ない。


「で、最後に。一番少ないのがあんたたち、最古参から続く完全に生粋の鬼、と」

「僕の祖父が、地獄創設時のメンバーでね。しかし、それで何故僕を恐れない理由に?」


 そんなの簡単だ。


「ここまでの理屈が正解ならば、あんたは得体のしれない化け物じゃなくて、ただの鬼じゃないか」


 すると、鬼さんの口がぽかんと開く。

 正直恐ろしいのでやめた方がいいと思う。

 牙とか剥き出しとか。

 だが、絶句して、ゆっくり数秒経ってから彼は口を閉じた。

 そして、気を取り直して――、


「やはり珍しい人種だな、君は」

「それよりも俺の仮説はどこまで正しいのかね?」


 聞くと、何の気負いもなしに鬼さんは答えてくれた。


「ほとんど正解だよ」

「ほぉ」

「どうしてここまでわかったか聞きたいくらいには、ね」

「俺はこういうのに詳しくてな。昔ちょっといろいろあったんだよ」


 適当言ってみるが、鬼さんはこれ以上追及してこなかった。

 が、別のことを追及してきた。


「では、鬼のなり方は?」

「そいつは知らん。あんたも教える気はないだろう?」

「そうだな。禁止されているからね」


 鬼のなり方が、もしも広まったら。

 鬼というのは膂力が強い。

 それを犯罪に転用したなら、手がつけられなくなることだろう。

 俺は、だが、と付け足す。


「予想はある。多分、当然のようにやっていて徹底されていることが鍵だと思うがね。



例えば、飯を食わないようにするとか」




 だが、答えは曖昧。


「さて、どうだろうな」


 否定しない以上解りきったようなものだが。

 嘘がつけない性分なのだろうか。

 ただ、俺もここで話を終わらせてしまえばよかったのだが、彼も只者ではなく。


「色々あった、ってことは、君の親しい人が現世で鬼にでもなったのかい?」


 むう、鋭い。

 俺は、鬼さんと同じセリフを返した。


「さて、どうだろうな」







「さて、じゃあ僕は持ち場に戻ろう」

「そうかい。そう言えば名前は?」

「青野 鬼兵衛」

「きへえ、ね。俺の名前は、知ってるだろうが、如意ヶ嶽、薬師だ」


 すると、鬼兵衛が手を差し出してきたので、俺は握り返す。


「今度、飲みに行こう。君と話をしたら楽しそうだ」

「そんときゃ、前さんも誘ってな」

「ああ、それじゃ」


 鬼兵衛が去っていくのを見送りながら、俺は石を積んでいた。

 そして、しばらく。


「やーくしっ。時間だよ」


 前さんがやって来た。


「おお、前さんか」


 と、待った。

 拙い、全然積んでない。


「あー、前さんよ。残念なことに――」


 前さんが、積んでいない石に気づく。


「って何これ。全然つんでないじゃん」


 話に夢中ですっかり忘れてたんだよ。

 怒られるかなーと、思っていたが、そんなことはなかった。

 すこし、うれしそうに、呆れた顔で彼女は言う。


「でも、ま、仕方ないか。薬師だしね」


 仕方ないのか?

 ただ、何故か最近の前さんは上機嫌。

 悪いことではないので特に気にしてはいないが。


「でも、あんまり酷いと残業になるから覚悟しておくよーに」

「へいへい」


 言いながら、石を積んでいく。

 だが、視線だけは、前さんの顔を見ている。

 鬼兵衛との話のせいで、意識してしまっているかもしれない。


「どうしたの?」


 気づかれていたようだ。

 怪訝そうに聞いてきた。


「いや、特になにも」


 言ってから、前さんの顔が眩しかったのさとか思いついたが、すぐ出てこないのがジゴロと一般人の差なのだろう。


「?、変な薬師」


 言って、不思議そうに前さんが俺のことを覗き込んできた。

 よし、話題を変えよう。

 これ以上はボロが出そうだ。


「それよりも、さっき鬼兵衛と話してたんだが、今度一緒に飲みに行こう、だそうだ」

「そんなこと話してたの?」

「おお。きっと奴の奢りだ」

「そうなんだ」

「おおよ。言って来たのは奴だからな」

「楽しみにしてる」

「そうけ」


 よし、軌道修正完了。

 と、そこで、俺に影がかかったのを感じて、俺は後ろを見た。


「その、おはようございます」


 そこには、暁御の姿が。


「おお、暁御じゃないか。昨日は大丈夫だったか?」

「暁御ちゃん? もう大丈夫なの?」


 俺と前さんが尋ねると、恐縮しながら暁御が肯いた。


「は、はい。おかげさまで。それで、そのことなんですが――」

「ん?」

「お二人とも、き、昨日は本当にありがとうございました!」

「あー…、頑張ったのはあたしじゃないよ。走りまわったのは薬師」

「思い切り手伝ってくれた前さんが言える台詞じゃないと思うが? 俺はただ、自分がぼこぼこにされないように動いただけだしな」

「そういう薬師こそ、暁御ちゃんの安全確保のために何度も作戦確認してたよね」

「はい! ですから、本当にありがとうございました! その、お礼に何かできることがあればいいんですけど――」


 と、その言葉に、俺と前さんは同時に首を振った。


「そんなの要らないよ」

「でも……」


 食い下がる暁御に、俺は言う。


「俺達はお礼されたくてやったわけじゃないからな。お礼をするってことは俺達の善意を冒涜することにもなり得るってな。ぶっちゃけると、まあ、そういうものとして受けっととけ」


 それで、納得してくれたらしい。

 少し消沈しつつも肯いてくれた。


「……はい」

「でもまあ、あれだ。この際だし、また昼飯でも食いに行こうぜ。先日の件に関する礼は受け取らないけどな、普段礼儀を通す分には問題あるめぇよ。要は、昨日のことは水に流して、気負わないで普通に行こうか、と」


 すると、暁御は元気良く肯いた。


「はい!」


 そう返事して、笑顔を作る。

 それに対し、俺も前さんも笑顔を返すと、不意に、風が吹いた。

 それが、彼女の長い前髪をふわりと巻きあげて――。


 なんだ、やはり美人じゃないか。






 それからしばらく、前さんも暁御も行ってしまってから。

 俺の手元に影が差す。

 目の前に視線を移すと――、そこには。


「はぐれメタルっ!!」


 勝手に拳が唸っていた。


「てめぇ、何しやがる!」

「おお、三日前の人じゃないか」

「猛だよ」

「もう出てこれたのか? じゃら男」

「もういい。ここ、座っていいか?」

「かまやしないが、なんか用か?」


 言うと、ドサリ、とぞんざいにじゃら男が俺の前に座る。

 そして、石を積み始めて――、


「なあ、お前――」


 言いかけて、途中でやめる。


「なんだ? 気になるんだが?」

「うるせぇ、言ったら絶対笑う」

「笑わん。だから話せ」

「本当か?」

「ああ」

「本気で?」

「ああ」

「じゃあ、行くぞ? お前、恋したことあるか?」

「ああ。って、へ?」


 いきなり恋ってなんだ。


「もしかして、お前――、恋したのか?」

「悪いかよっ!!」

「いや、悪くないが――、でも、そうだな。俺は、したことないんだけどな」

「マジかよ?」

「俺は、性欲がなくてな。深く踏み込みたいと思わないっていうかな」

「マジで!? それってどんな感じなんだよ?」

「ああ、と、ある程度どきりとしたり、そういうことは感じるんだが、それ行為に及びたいと思わんのだ。もしくは思えんというべきか」

「それ、つらくね?」

「いや、そんなに」


 と、それよりも。


「肝心なのはお前さんの恋だろう? なあ、誰だ?」

「な」

「言ってみるといい。俺の知る人なら応援できるやもしれんぞ?」

「う……」

「一人じゃ限界を感じたからここに来たんじゃないのか?」


 すると、じゃら男は少しばつが悪そうに言った。


「うう、なあ、お前。怒ってねぇのかよ」

「ん? 俺を目の敵にしてたこと負い目に思ってんのか?」


 でも、相談できそうなのは俺しかいない、と。

 俺はじゃら男に向かって笑って見せた。


「そのことに関しては気にするな。暁御になんかあったら地の果てまで追いかけて生きていたことを後悔させてやるが。俺も暁御も何ともないからな」


 地味に、頬を赤くするじゃら男。

 気持ち悪いのでやめろ。


「そ、そうか」

「ああ、だから、お前が水に流すなら俺とお前は友人に成り得るわけだ。だから、言ってみるといい。お前の好きな人を」

「そ、そ、そうか、じゃあ言うぞ? 笑うなよ?」


 ちょろいもんさな。

 ついに、じゃら男が口を割った。


「暁御ちゃんだよ!!」


 一瞬、時が止まった。


「は?」


 本気で?


「本気で?」

「本気で!」

「何故? 何で惚れた? どのように? 何が起きた」


 俺が質問すると、じゃら男は真っ赤になりながら答えた。


「昨日の夜、な? 鬼に言われて虐めてたこととか秋御ちゃんに謝りに行ったんだよ」

「ふむ」

「それで、謝って、あれだよ、俺だって怒鳴られたりさ、叩かれるくらいは覚悟してたんだけどさ」


 それはないな、暁御の場合。

 それで、どうなったというのか。


「そいつがな? 怒るどころか――、

『誰だって、何かが上手くいかないことがあったら人に当たっちゃうこともありますから。気にしないでください。それよりも謝りに来てくれて嬉しいです』

って!! あんなことした俺に!」


 ああ、暁御らしいな。

 そりゃ惚れもする。

 だけど、どうしたらいいのか分からずにここに来たのか。


「それで、現世に帰れるっていっても、生きてた頃に戻れるわけじゃなくて、俺も暁御ちゃんも戸籍を新しく作って独り再スタートじゃねぇか。でもさ、暁御ちゃんと一緒に帰ったらさ、一緒に頑張れるじゃないかって」


 熱く語るじゃら男を余所に俺は考える。

 俺はどうするか。

 じゃら男の恋をひっかき回して楽しんでみるとか。

 無視するとかあるはずだ。

 だが。

 ここは男として、

 漢として――。


「お前を応援しよう!」

「本当か!?」

「ああ! 友として誓おう。きっと、実る。男を見せろ」

「お前、意外といい奴だったんだな!?」

「大したことじゃないさ。ただ、まあ、お前さんもただの悪い奴じゃなさそうだしな。暁御を幸せにできるなら、それはいいことだろう?」

「あ、ああ」


 いいことじゃないか、じゃら男が更生して、暁御が幸せに。


「まあ、だけど最後は暁御次第だぞ? だから、お前は男を磨いとけ」

「ああ、ああ!!」


 こうして、じゃら男の恋が始まった。





 ここは地獄の三丁目。

 新しい恋を感じつつ。

 俺は今日も楽しく石を積んでいます。






―――


じゃら男の恋、始まる。
そしてそれを応援することに決めた薬師。
いろいろと間違ったまま、突き進む地獄の三丁目は今日も平和なようです。

今回ちょっと書き方を変えてみた。
どうでしょうか。



では返信を。


妄想万歳様


どうやら、じゃらじゃらさんは暁御に惚れてしまったようです。
小学生から高校生まで――、ストライクゾーンが広いようで狭い。
それが妖怪じゃらじゃら。
薬師の数の暴力に負けて、彼は一皮むけたのでしょうか。



性欲あるよ様


作風として、まったりと軽い感じで、を標榜しておりますので、そう言ってくれると嬉しいです。
それと、確かに、薬師は沖田っぽいかもしれない。



ニッコウ様


どうやら、鬼と人間の結婚も可能な模様。
一応魂魄の状態ですが、一つの界として独立してるので、子作りもセーフです。
というか、一部少子化の影響があったりして、上手いこと転生が回らないので、地獄への定住は結構歓迎されていたりします。



さて、では今回は趣向を変えて。



打ち明けられたじゃら男の恋。
応援すると決めた薬師の戦い。
それを見守る前さんの心。
そして暁御の思いは――!?
次回、俺と鬼と賽の河原、其の八! 俺とあの子と彼女とじゃらじゃら。
鬼っ娘は人類の叡智の結晶っ!


最後のつながりが書きたかっただけです。はい。



[7573] 其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/04 21:04
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ積んでは父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは母のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んで――、ふと思うんだが、これってあれだよな。本来は父のため母のためのループ。飽きてこねぇの?」







 それが、賽の河原。




「真面目にやれ!!」









其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。









「なあ、女の子を振り向かせるって言ったら――、なんだ?」

「さて、なあ。一般論から言えば贈り物、じゃないか?」


 俺と、じゃら男は向かい合って石を積んでいた。

 妙な会話を繰り広げながら。


「贈り物? 贈り物って言ったら、なんだ?」

「それこそ、さてな、って話だが。やはり一般論からすれば――、花束、装飾品の類だろうな」


 そもそも、俺はぶっちゃけてしまうと門外漢なんだが――。


「花束にアクセサリ、か。よし!!」

「まあ待て」


 急に立ち上がろうとするじゃら男を、俺はやんわりと制する。


「んだよ……」


 水を差され、不満そうに座り直すじゃら男に俺は告げた。


「問題は、そのどちらも今渡すには難がある。確かに、男にとって女とは、永遠に理解できない命題だが――、それでも同じ人間である以上、我々と全く正反対の反応を返す、ということはさほどないはず」

「難がある?」

「ああ。例えば、鬼兵衛は知ってるな? あの、青くてでっかい」


 あの人は、結構有名だから、名前を知らずとも外見はわかるはずだ。

 予想どおり、じゃら男は首を縦に振る。


「ああ、あのおっかねぇのか」


 そして鬼兵衛を思い浮かべたところで一発。


「ああ。お前、もしもあれに突然花束か装飾品を貰ったらどう思う?」


 不意に、じゃら男の顔が蒼くなる。


「……気色ワリィな……」

「だろう? 親しくないもののプレゼントは恐怖心を煽る。特にお前さんと暁御だと、さらにな」


 こないだまで、じゃら男は暁御を虐めていたのだ。

 それが手のひら返したように贈り物をしても――、呪詛か何かかと思う。


「そもそも、お前さんは初期位置が最悪すぎる。まずは友人に慣れるよう努力すべきだな」

「友人からか……」

「そういうのは一日にしてならず、ってな。一夜城だって時間を掛けて造ってから、木を切り倒したからすぐできたように見えただけで、どれもこれも水面下じゃバタ足なんだよ」

「…そんなもんか……」

「ってかな。本来暁御と友人になれそうな時点で僥倖ってやつだ。俺だったら、一昨日きやがれ、って言ってるな」


 秋御は、人とは思えないほどにお人好しだからな。


「で、だが。今回は、友人と呼べる程度の贈り物を送るべきだ」

「友人レベルってなんだよ」

「小物、だが、最も望ましいのは――、形として残らない、食事だろうな」

「食事ぃ? そんなんでどうにかなるのかよ」


 俺は肯く。


「ああ。小動物の警戒を解くためのセオリーと言えば、餌付けから始める。後は、同じ飯を食うことが肝心だ」

「そうなのか?」


 身を乗り出して聞くじゃら男にもう一度俺は肯いて見せた。


「ああ。同じ飯を食う事で、なんとなく連帯感を出すことで、気がついたら――、友人にって寸法だ」

「なるほど!!」


 そう言って立ち上がるじゃら男。

 だが、その彼は今度は俺が何かするまでもなく苦々しい顔で戻ってきた。


「どうした?」


 聞いた俺に対し、じゃら男は頭を抱えて言う。


「だけど、俺が今更どの面下げて飯に誘うんだよ……?」


 その情けない言葉に、俺は指をさし、言ってやった。


「そこだ」

「は?」

「おまえは、そこを利用できるんだよ」

「ど、どういうことだよ?」


 期待に胸を膨らませるじゃら男に、説明する。


「こう言えばいい。今までの詫びに、飯、奢ってやるよ。ってな」

「お前、天才!?」


 目を輝かせるじゃら男に、俺は石を積み続けながらも、笑いかける。


「暁御のことだから、多分断らない。断られたら――、諦めろ」


 優しいあの子だから断らないと思うが。


「で、飯食って終わりじゃいかん」

「そ、そうなのか?」


 飯食って終わったら――、それっきり確定だな。

 こいつの場合。


「さりげなく、また奢ってやるよ、とか言って次の機会の突破口を作れ」

「……なるほど」

「で、そのまま行けば自然に会話くらいはできるだろう」


 確かに、初期位置は最悪だが、接点が零よりかはましであろう。

 そう言った状況だと、往々にして呼び出して一か八かの告白という分の悪い賭けに身を投じることになるのである。


「しかし、お前は恋なんてしたことねぇ、っつってたからよぉ、頼りにならねぇ、と思ったけど、中々イケるじゃねえか」

「ああ。俺は、ついぞ恋をしたことはなかったが。他人の恋なら何個も見て、その幾らかは応援もしてきた」


 不意に、懐かしい思い出がよみがえる。

 だが、それを表情に出すことはない。


「その、センセイが手伝った恋は上手くいったのかよ」


 表情に出すことなく、笑みを崩さないまま告げる。


「上手くいった者もいれば、上手くいかなかった者もいる」


 ただ、そのどれもが必死で。


「死んでしまった者もいれば――、幸せに生きた奴もいる」


 俺にはそれが眩しかった。


「お前は、どっちだろうな」


 だから、俺は何となく応援してしまうんだよ。


「センセイ――」

「ま、最後は本人しだいだな。ってか先生ってなんだ気持ち悪ぃ」

「いや、だって、センセイは先生じゃねぇか」


 俺は、一つ溜息を吐く。


「……そうけ。まあいいか。それより、遅くならない内に誘いに行っとけ。できるだけ石積んでるうちにな」

「なんで?」

「いや、婦女子の準備って奴を考慮してやれ。俺たちゃぶっちゃけそのまま行けるが。女の子はそうもいかねぇ。それにお前も身だしなみくらいは気を使え」


 そのじゃらじゃらを外すとか。

 と、その時、話していた俺達の元に影が掛かった。


「何を男二人で内緒話してるんだい?」


 前さんだ。


「おお、前さんか。ま、ちょっとな」


 流石に、おいそれと他人の恋を語っちゃいかんよな。

 ちなみに、じゃら男は前さんとは気まずいのか喋ろうとはしない。


「ふうん?」


 話しながら、積んだ石を崩す前さん。

 その時、ふと思いついた。


「なあ、前さん。さりげなく、暁御から趣味とか欲しいものとか聞いてくれないか?」


 違和感を残さないで好みが聞ければ――、それは大きな一歩だ。

 そう思って聞いてみたのだが、

 逆に、前さんが怪訝そうに聞いてきた。


「何か送るの? 薬師が?」


 微妙に不機嫌そうな声。

 何か言ったか、と思いつつも首をぶんぶんと横に振る。


「いんや、俺じゃない」


 確かに、迷惑かけた詫びくらいは、送るべきだろうが。

 今はそれを話しているわけじゃない。


「じゃあ誰さ」

「あー……っと」


 俺は言い淀みながらじゃら男に視線を送る。

 下手に隠すよか、言っちまって協力を仰いだ方がいいだろ?

 じゃら男が、肯く。


「おーけい。じゃあ、一気に説明するから覚悟して聞いてくれ」

「うん」

「あと、驚いて大声上げるのもなしな。内密に事を進めたい」

「う、うん」


 前さんは、事に緊張している模様。

 そして俺は彼女に告げた。


「じゃら男が暁御に恋をした」

「え? ぇええ――っ!!」


 そのまま、声を上げそうになった前さんが、自らの口を自分で抑えた。


「つーこって協力を求める」


 言うと、前さんは戸惑いながらも了承してくれたようで、首を縦に振ってくれる。


「うん。わかったけど……」

「おお、助かるぜ。この場での女性の意見は貴重だ」


 すると、突然じゃら男が立ち上がり、前さんに頭を下げる。

 立ったり座ったり忙しいやつだ。


「よろしくお願いするぜ、姐さん!!」

「え、あ、姐さん? いや、まあいいけど。よろしく、じゃら男、だっけ?」

「……」


 消沈するじゃら男は置いておいて、


「うんで、あれだ。結構暁御と仲いいだろ? それとなくそれっぽいこと聞いたら教えてくれ」


 大体、二、三日前くらいから暁御と前さんが喋ってるのを俺は見ていた。


「うん」


 俺は、前さんが肯いたのを確認してから、じゃら男に視線を向ける。

 そして――。


「丁度いい、か。お前さん、今から夕飯誘ってこい」

「え」

「丁度、石が崩れたところみたいだ。今が好機、行ってこい」

「え、あ、マジ?」

「とっとと行け」


 立ち上がったままのじゃら男をの背を、蹴り飛ばして強引に歩かせる。

 じゃら男は、少し躊躇していたようだが――、すぐに覚悟を決めたか、暁御のもとへ小走りで向かって行った。

 それを見送って、前さんが俺に聞いてきた。


「ねぇ。上手くいくと思う?」


 俺は、前さんの質問に正直に答える。


「じゃら男次第だろ。無理ならしゃあない、人の心は自由にゃならねぇ」

「そうだね」


 二人並んで、――俺は座りながら、前さんは立ったまま、じゃら男の方を見る。

 上手く、行っているのだろうか。

 そしてしばらく。


「あ」

「戻ってきたな。おーい、どうだった?」


 こちらに走り寄るじゃら男は、確かにこう告げた。


「俺と、センセイで、どっか店に行くことになった!!」


 ……。


「何故に」






 めくるめく恋模様。

 恋に患うものならば、病はすでに末期まで。

 そんな恋を眺めつつ、俺は今日も河原で石を積んでいます。





―――


其の八、完成。
じゃら男の恋、迷走中。
ちらりと見え隠れする薬師の過去。
だけどやはりまったり進行。



では返信。





ザクロ様


誤字報告どうもです。
気を付けているつもりなんですが、言ってしまえば気がつかないから誤字になってしまっているわけで。
故に誤字報告はとてもありがたいです。
ちなみに、一夫多妻制度ですが、基本的には無し、と。
ただ、扶養家族制度に関してはかなり甘い(遺伝子的な家族が基本的に存在しないため)という事実があるため、姉でも母でも妻でも弟でもなく家族になることは可能。
ちらほらと、家族とは名ばかりのハーレムを作って楽しんでいる者もいるとか。



ニッコウ様


前さんの生前は、話の中でいずれ明らかになる、気がする……。
実は、生前こんなつながりがあったとかいう話もできていたり。
ちなみに、現世より地獄に来た場合は年を取らないそうな。
まあ、ともあれ今はじゃら男の事を応援してみましょう。
……がんばれ、じゃら男……。



山椒魚様。


見ていただけたようで嬉しいです。
そして、まさか山中名人に突っ込みが来るとは。
彼に関しては、まだ、五分五分と言ったところでしょうか。
登場させても面白そうだし、ちらちらと彼の伝説の軌跡を追うのも楽しいかもしれませんしね。
現状の気分では、ひょこっと出てきそうですが。



妄想万歳様


薬師の生前は、ネタばれまくりなので詳しくは沈黙しますが鬼ではないです。
ほとんどわかったようなものなんですけどね。
ちなみに、じゃら男さんはもとより小学生から中学生くらいまでがストライクゾーンだった模様。
それが、中学生から高校生くらいの曖昧な暁御により、こじ開けられたと。
そんな彼の淡い恋は恋敵に応援されつつも進んでいく模様。



さて、では。


突然告げられた真実。
夕飯、俺とお前と暁御で行くことになった。
なぜだ、俺は関係ないはず。
苦悩する薬師にじゃら男は言った。
俺、本当はじゃら男って名前じゃないんだよ。
な、なんだってー!?

次回 俺と鬼と賽の河原と。
其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。
薬師、代わってくれっ!!





[7573] 其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/05 22:12
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「な、なあ」

「へ、あ、なんでしょうか!?」





そこで、人は石を積む。





「いや、その、あれだ。今までの詫びによぉ、その、なんだ。飯、奢ってやるよ」





 それが供養と言われつつ。





「え? あ、あの、二人でですか?」

「い、い、いいいいいや、ち、ちげーよ。WAWAWA、詫びっつったろ? だから、センセ――、薬師も一緒だよ?」

「え? そうなんですか……。だったら行きます」




 それが、賽の河原。



「ってわけだ」

「よーし。歯を食いしばれぇー」




「バンコクキッ!!」





其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。





 何が万国旗だというのかこの男は。

 確かに、暁御としては気まずいだろうが、だからこそじゃら男が頑張ることで好感度が上がるのだ。

 元が最低なだけに、上がる時はウナギ登り。

 のはずが。


「何時の間に俺が一緒に行くことになったのかな?」

「つい先ほどです」


 ちなみに、じゃら男は河原に正座。


「いい加減にしろこのヘタレヤロウっ!!」

「ハクランカイっ!!」

「歯ぁ食いしばれ!!」

「いや、薬師もう殴ってるから」


 前さんからの鋭い突っ込みはスルーさせてもらう。

 半分は、勢いで殴ってるわけだけど。

 と、そこで、前さんが俺の肩を叩いた。


「ん?」

「それよりさ、薬師は行くの?」

「ん、あー……。そうだな……」


 思えば、俺が何か理由をつけて待機すれば二人きりにさせることは可能だな。

 だが――、


「俺も――、行くか」


 なんてーか。

 じゃら男が心配。


「センセイも来るのかよ……」

「薬師は行く必要ないと思うんだけどな」


 二人とも不満そうだが、

 俺が行く必要ないならば――、


「なあ、じゃら男。お前夕飯に何着て行く?」

「え? このままじゃ駄目なのか?」


 こんなことは言わない。


「冗談はいい加減にしないと、じゃら男からヘタレ男に降格するぞ」

「これは、仕方ないかな……」


 前さんも納得した。

 なんか眉間に手をあててこりゃだめだ、と。


「うん。確かにじゃら男が心配。行っといで」

「おう、了承した」

「いや、ちょっと待ってくれよ。何先生と姐さんで話進めてんだよ」


 そうのたまうじゃら男を俺はびしりと指差す。


「お前その格好で待ち合わせ場所に着たら――、俺だったら他人のフリするわ!!」


 じゃらじゃらとアクセサリー、穴空いたぶかぶかのズボンを腰パン。

 悪趣味Tシャツ。


「まずはなぁ、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとかなあ、
他にも、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとかあるだろう!?」

「どこまでもじゃらじゃらにこだわるんだね。まあ、あたしもいい気はしないけどさ」

「うん」

「うん、って」

「で、ともかく。お前、そのほかの服もってるよな?」


 すると、決まり悪げにじゃら男が肯いた。


「あ、ああ。他にも同じ奴が何着か」

「疾く去ね」

「なんかひでぇ事言われた!!」

「うるせぇ。とりあえず終わったらうち来いや」

「いや、わかったけどよ」


 じゃら男が肯いたのを見て俺は座りなおすと、石積みを再開した。

 そのようにして仕事は終わり――、











「ほら、とっとと着替えろ」


 俺は自室でじゃら男にスーツを押しつけていた。


「いや、俺スーツなんて着たことねぇし」

「知るか。和服着るよかましだろうに」


 そういう俺の衣服こそ和服。

 灰色の着物である。

 現状このような格好であるのは、俺があまり気合い入れるより、じゃら男が頑張って俺が引き立てに回った方がいいであろうということである


「別にタイまできっちり閉めろとは言わんよ。だからとっとと着て、行くぞ? 待ち合わせに遅れたら最悪だろう」


 いいながら、俺はドアノブに手を掛けた。


「俺は先に外で待ってるからな。ちゃぶ台の上に鍵が乗ってるから終わったら閉めて出てこい」


 ちゃぶ台を指差し、そして廊下に出る。

 そのまま止まらずに寮の外へ。

 そして、


「来たか」

「あ、ああ。変じゃねぇかな」


 出て来たのは、ワイシャツの襟もとを開けて、裾を出した姿のじゃら男。

 随分な着崩しだが、ま、しゃあないか。


「まあまあ。見た感じ、三番手四番手のホストには見えるから安心しろ」


 言うと、三番手の所に反応して微妙に肩を落とすじゃら男。

 だが、彼は不意に顔を上げ、言葉を発した。


「そう言えば、ずっと疑問に思ってたんだけどよ」

「ん?」


 じゃら男は聞く。


「なんで、こんなに協力してくれるんだ?」


 俺は肩をすくめて見せた。


「まあ、俺もおせっかいだとは思ってるがね。迷惑か?」

「いや、迷惑じゃないっていうかありがてぇけどさ。なんでかなーと」


 珍しく、殊勝な態度をとるじゃら男に、俺はおどけて笑って見せる。


「大したことじゃねぇよ。ただまあ、お前の本当の腹底から出たものでなければ、人を心から動かすことは断じて出来ない。少なくともお前は俺を動かした。そういう事だ」


 誰も本気の恋心を、否定なんてしねえさ。


「そんなもんなのか?」


 俺は釈然としないじゃら男に首を縦に振って応えた。


「そんなもんだ。それとな、今お前さんが求めているもんは――、老いた時を豊かにする。だから、まあそれなりに頑張ってほしいわけだ」

「?」


 理解してないような顔のじゃら男の背を俺はぽんと叩くと、言ってやる。


「理解する必要はねぇさな。ただ、今現在追い求めているものは正しくあれば未来に悪影響は及ぼさないってことだけわかってりゃ、その内わかる」

「そんなもん、なのか?」

「ああ、そんなもんなんだ。さて、行くぞ? 人を待たせるのはよくない」


 待ち合わせ場所は河原だ。

 時間に余裕がないわけでもないが、ボーっとしてられる程でもない。







「あ、薬師さん。それと――、じゃら男、さん?」

「よ」

「え、あえ、いやじゃら男って、いやいいや」


 じゃら男は訂正しないのか。

 今はじゃらじゃらしてないのに。

 ともあれ。


「奢ってくれるんだろ? 早く行こうか」


 そう冗談めかして言ってみると、じゃら男がいきなり耳打ちしてきた。


「なあ、ちょっといいか?」

「どうした」

「なんか、いい店知らねえ?」


 心底、

 心底――、

 ついてきてよかった。


「あーっと、こないだ行ったレストランがある」


 これで暁御も利用するレストランという事で話のタネもできるだろう。

 まずはこういうことから始めていくのが大切。


「てことで、さりげなく付いて来い」

「お、おお」


 それにしてもじゃら男、がちがちである。


「?」


 一人状況が理解できてない秋御を置いて、話は進む。





 そして暫く。





「おい、じゃら男。いい加減何か喋れ」


 俺は、暁御が席を立った隙に、じゃら男を肘で小突いた。

 レストランについてから十分。

 じゃら男は暁御に話しかけられて、ああ、とかおおとかは言うものの、一切話しかけてはいない。


「あ、ああ」

「いい加減にしろ」


 今だ上の空のじゃら男に少し強めの肘。


「うおうってなにすんだよ」

「お前はいい加減に話しかけろ。何だっていい、じゃなきゃもうどうしようもない」

「え、でででも」

「女々しい。これで今回何も話しかけんで終わったらそれこそ無理だ、どうしようもない、支援は打ち切るからな」

「ま、マジかよ」

「本気も何も、その様でお前は本気なのか? 本気なら男気見せてみろってな」

「……。わかった。やってみる」


 と、じゃら男が肯いたところで、俺の携帯が鳴る。

 ちなみに、機械関係苦手な俺のために前さんが設定してくれたなんかの三味線の演奏が着信音。


「しかも、こっちの音楽は前さん本人か」


 通常とは違う個別設定された音楽を携帯がかき鳴らそうとして、俺はそれを開いて止める。

 着信、前さん。


上手くいってる?


 答えにくい。


微妙。


 そう返したら、そう経たないでもう一通。


そうだよね。じゃあ、応援してるってじゃら男に伝えといて。


 そうだよねって。

 余りに、ひどい言い草だ、とは言えないのがまあなんというか。


「じゃら男。前さんが、頑張ってだそうだ」

「お? お、おう!」


 今だ落ち着きのないじゃら男を見ながら、大丈夫かと不安になっていると、暁御が戻ってきた。


「すいません、お待たせして」

「お、おお」

「いんや」


 ちなみに、席を立った理由に関しては詮索しないのが男の礼儀。

 化粧品の香りがするということはそういうことなのだろうが。


「ところで、薬師さん」

「ん?」

「ここ、こないだも一緒にきましたよね。覚えてますか?」

「ああ。そうだな、ここで、紅うどん、もといスパゲッティ食ったな」

「あ、覚えててくれたんですね」

「まあ、な。それがどうか?」

「ちょっと、うれしいです……」


 少し照れた表情をする秋御。

 ああ、じゃら男も惚れるさ。

 可愛いもんな、これ。

 とか思っていたら、質問は続いた。


「あの、お聞きしたいんですけど?」

「おう? 差しさわりなければ何でも答えるが」

「好きなタイプとかっています?」

「好きなタイプ、なあ? 和服美人」

「わ、和服ですか」

「おう」


 現代ではめっきり減ったが、地獄では結構いるのでちょっとうれしい。

 ってそんな場合じゃねえよ。

 おいじゃら男、とっとと話しかけろ。

 俺は眼で合図。

 行け、とっとと何でも話せ。


「な、なあ」


 よし言った。

 これから何を話すか知らんが、頑張れじゃら――。



「好きな人っとかって、いるのか?」



 いきなりきたこれ。

 まてい! それは上級過ぎる。

 いつかぶち当たる問題だがぶっちゃけそれはまずくねぇか。

 いや、暁御もそんな顔を真っ赤にして答えなくてもいいっつに。

 何をお前は冗談言ってるんだよって流してくれたらいいんだよ。

 ああそうだね、ここのメンバーは一切合切冗談が通じないんだな、ああ。





「その、あの。はい、います…」





 終わった。

 始まってもいないというに。


「え? え、え、え、どんな人?」


 驚きってか衝撃でしどろもどろに拍車を掛けるじゃら男。

 そんな中、もじもじしながら暁御は語る。


「その……、背が高くて、格好よくて、危ない時は助けてくれて――、マイペースで、でも、さりげなく気を利かせてくれたり」


 そして、こう締めくくる。


「とっても――、素敵な方です」


 こうまで秋御に好かれてるなんて憎いねこの、誰だか知らん人よ。

 だが、問題は――俺の隣の人である。

 それから先。

 じゃら男は一言も発することはなかった。








「おーい、いい加減になんかこう、反応返してくれると助かるかな?」


 俺は、道端で、じゃら男に向かって手を振っていた。

 ちなみに、食事は半端なところで切り上げた。

 じゃら男があまりにも反応を返さないので、こいつ具合悪いみたいで、とか言って逃げてきた。

 そんなじゃら男は、なんかぶつぶつと。

 きっと、当たって砕けてしまえばよかったのだろう。

 ただ、今回は当たる前に潰されてしまった。

 故に、手を振っても叩いても反応なし。


「なあ、お前さん、食事中途で切り上げたから腹減ってるだろう? ちょいと飯食っていくぞ」


 俺は、そう言って、じゃら男を強引にラーメン屋の屋台に連れ込んだ。


「親父さん。チャーシューの醤油をこいつに。俺は――、塩ラーメンで」


 とりあえず俺はあっさりした奴がいい。

 飯もう食ったから。


「へいかしこまりましたっ」


 そして、親父がラーメンを作り始めて――、


「そこの坊ちゃん、ずいぶん沈んでらっしゃいますね」


 俺は、その言葉に、苦笑を浮かべた。


「失恋さ。だから、失恋に効くような味のもん作ってくれ」


 すると、同じく店主も苦笑を見せる。


「ま、女なんて星の数ほどいまさぁね」

「まあ、星には手が届かないわけだが」


 その言葉に少しだけじゃら男が反応を示した。

 店主は言う。


「ただ、それでもその中から一等輝く星を見つけられたのは――、人生に一度あるかないかの幸運だった、ってことでしょうね」

「なんか店主かっこいいな」


 じゃら男は無言。

 鍋の上げる蒸気が、場を支配する。

 そんな中、店主は続けた。


「そして、その幸運に出会って、お客さん、変わったんでしょう?」

「なん――」


 何で分かったのか、そう言おうとしたじゃら男を店主は遮って――、


「お客さんは変わった。だったら――、今度は惚れた女を変えて見せるのが、一流の男ってやつですぜ?」


 じゃら男がはっとしたように店主を見上げた。

 店主は、じゃら男を見て不敵に微笑んでいる。


「いや、本気でかっこいいな」


 それはともかく。


「ま、惚れた女が別の男に惚れてるってのぁ、きついだろうがな、それを味わえ。苦味も、苦しみも、過ぎちまえば甘くなる」


 そう言って俺もじゃら男の肩を叩く。

 見た感じ、もう心配ねぇだろ。

 まあ、あれだな。

 店主は妙なとこ突いてくるな。


「女がどこ向いてようと、自分に振り向かせればいいだけの話、か。で、どうすんだ、お前は」


 言いながら、じゃら男を見る。


「俺、は」


 じゃら男は、しかと肯いた。


「頑張ってみる」






「そうけ」





 その夜に食べたラーメンは、とうに伸びていた。






 迷走中の恋心。

 そうそう諦め付くならば、元から恋はしておるまい。

 そんな彼らを眺めつつ。

 俺は明日も楽しく石を積むのだろう。







設定な感じで。

質問があったので、金について詳しく。
物価は我々の方の現代とさほど変わらず。
地獄の金の種類は両、文、の江戸時代ぽい感じで。
ただし、物価の変動も結構あるので。


参考までに江戸時代っぽいものを。

一両・・・・・6万円以上
・一分・・・・1万5千円
・二朱・・・・7千5百円
・一貫文・・1万円
・一さし・・・千円
・四当銭・・・50円
・一文(一銭)・・・10円


だいたいこんな感じで。
ただし、地獄における会話とは、声を発するのではなく、相手に伝えようとしたことが相手のデフォの言語で伝わるので、本人たちはドル、円、ルピー、ユーロ、ギル、ゼニー、その他諸々と言っていたり。






では返信。


妄想万歳様


肩をたたいたら、きっと振り向いてもらえる。
だが、自分のことを見続けてもらうには飽きさせない何かが必要である。
とか深そうなことを言ってみたけども、そのネタいいなぁ。
薬師に言わせればよかったぜ。
とまあ、それは置いておいて。
薬師が同行し、なんかこんな感じに落ち着きました。
どうやら、アタックは続けるようです。



ザクロ様


質問の方は、上に微妙な感じの回答がなされております。
前回、ヤンデレフラグが、と思ったらどうやらじゃら男がいくじなしだっただけのようです。
どちらにせよ、薬師も、前さんも、暁御もじゃら男もどう考えたって恋愛向きじゃないので、ゆったり進むしかないようです。



ニッコウ様


じゃら男は失恋しましたが、強く生きていきます。
雑草のように。
ライバルは薬師だけど、所詮薬師なので大した脅威じゃないはずなのだけど、そもそもじゃら男が純情過ぎる模様。
彼の恋が実る日は来るのだろうか。





さて、では。



次回。

じゃら男は決意を改めて、薬師はそれを応援する。
そんなとき、なんかショタ、もとい、少年が現れて、川を渡るはずが金を落としたと言う。
薬師はそれに如何様に対応するのか。
次は短く一話短編、山も落ちもありやしない。

次回、俺と迷子と三途の河と!
じゃら男、頑張れっ!




[7573] 其の十 俺と迷子と三途の河と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/19 01:06
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ積んでは父のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは母のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つ四つ五つ六つ積んで、父やら母のため」







 それが、賽の河原。




「省略しない!!」









其の十 俺と迷子と三途の河と。






 いつも通りの賽の河原。

 そしてそこで相変わらず石を積む俺。

 そこに、一つの人影が。


「お隣、いいですか?」

「おお」


 そこに立っていたのは暁御。

 彼女は、俺が肯くと、上品に俺の隣に座る。

 ちなみに、座布団付きで。


「なんか用か?」

「え、い、いえあの。用がなきゃ、だめですか?」


 そう、暁御が上目づかいで聞いてくる。


「いんや、そんなことはねーさ」

「そうですか……」


 言って、暁御はほっと溜息を吐いた。

 少々、暁御は自分に自信が無さすぎじゃないだろうか。

 だが、口には出さない。

 控えめである点も一種、美徳。

 行き過ぎはいかんと思うが。

 ただ、それからしばらく俺達は大人しく石を積んでいた。

 そして、不意に暁御が口を開く。


「そう言えば、じゃら男さんは――、どうですか?」


 ああ、じゃら男か。

 そう言えば今日は休みだったか。


「じゃら男はあのあとしばらく休んだら治ったらしいな。後は、そうだな、暁御によろしく言っといてくれ、だそうだ」

「そうですか。よかった」


 おお良かったなじゃら男。

 心配されているぞ?

 と、そう言えば。


「お前さん。好きな人がいるそうだが?」

「え? あ、あ、あの、ははははい」


 おお、顔が真っ赤だ。

 面白い。


「どんな奴だ? いい男か?」

「へ? あ、あの、はいっ」

「そしてここで名推理。お前さんが好きなのはこの俺だっ」

「っは、はい!? いや、えーと、あのその」

「っぷ、冗談だ。そんな慌てなさんな」


 ふむ、思えば、暁御も前さんとは違った方向でからかいがいのある。

 そんな彼女は俺の前で湯気でもあげそうな真っ赤さをしている。


「わ、冗談ですか……」

「流石に、それはないわな。それにしてもあれだ、俺としては、暁御に男友達が俺以外にいるとは思わなかった。お兄さん驚いちゃったよ」

「えと、それは――、あの。薬師さんしか男の人の知り合いは居ないですけど」

「うん? じゃあ俺しかお前さんの好きになる人――、そうか、別に問題ないか。まずは勇気を出して声を掛けることから始めるべきだな」


 思えば、一目惚れに評判、直接的な関係は無くても恋することは不可能ではない

 むしろ暁御にはこっちの方がしっくりくるか。

 好きな人をこう、少し遠巻きから見つめるような。

 すると、暁御は諦めたように肯いた。


「え、あの、はい。それでいいです……」


 なんか引っ掛かるがまあいいか。

 適当に納得する俺。

 そこに、暁御は聞いてくる。


「ところで、明後日、暇ですか?」

「あー……、明後日は、五時で上がりだったな」

「じゃ、じゃあ、一緒に買い物に行きません?」

「俺はかまやしないが、いいのか?」


 普通、こういうのは女同士じゃないのか?

 だが、暁御は首を縦に振った。


「はい。その後、食事にも付き合ってもらえるといいんですけど」

「りょーかい。荷物持ちは任せてくれ、おじょーさま」

「お、お嬢様……?」


 おお、また顔が茹で蛸が如く。

 面白い。

 と、反応を見て楽しみ、やっと普通に戻ったところで――、前方から前さんがやって来た。


「あれ、暁御?」


 俺の隣に座る暁御の存在に前さんが気付く。

 ちなみに、ちょいと前まで暁御ちゃんと呼んでいたのだが、今はそうでもない。


「あ、おはようございます」


 秋御が、丁寧に会釈した。


「うん、おはよう」


 前さんもにこやかにあいさつを返す。


「さって、挨拶もいいが、とっとと崩さんと穢れるんじゃないか?」


 水を差すようで悪いが、五分以上石積みを続けると供養の念が澱む。

 五分の理由はここにあるわけで。


「うん、じゃあ、崩すね」


 言いながら、金棒が俺の積んだ塔へと振り下ろされる。

 暁御のは、まだ二分くらいか。


「ところで、暁御と並んで、何話してたの?」

「あー……。じゃら男のこととか? 明後日一緒に買い物に行くとか」

「はい」

「ふーん?」


 これ以上は言わない方が吉だろう。

 すると、ジト目で前さんは俺を見て――、突然こんなことを言ってきた。


「じゃあ、次の休み、あたしと飲みに行こうか」

「お、おう?」


 まあ断る理由もないんだが、前さんから誘ってくるのは、珍しいな。

 と、ここで予想外だったのが、暁御だ。

 彼女はあろうことか、


「わ、私も行きます!」

「お、おおう? でも、暁御はライセンス持ってんのか?」


 ぶっちゃけると、地獄で酒飲むにあたってライセンスがいる。

 肉体に作用するのではなく、魂そのものを酔わせるので、人によっては度を越して酔ってしまう事があるのだ。

 基本的に、現世で酒を飲んだことがあるのなら、その固定観念から、それに準じた酔い方をするのだが。

 ともあれ、酒を飲むには、公的機関に申請しなければならないのである。

 で、暁御は持っていないらしい。


「あう……」


 何で付いてきたいのかしらないが。

 あれか、背伸びしたいお年頃?


「そういうこと。暁御には大人の楽しみはちょっと早いかな?」


 そう言って得意気に笑う前さん。

 だが、俺からしたら前さんだって、


「十分ロ、げほんげほん。どうやら空気中の水分の問題で口が滑ったようだ」

「なにそれ」


 よし、肝心な部分は伝わらなかったようだ。


「まあいいや、次の休みって、日曜日だっけ?」

「ああ」

「じゃあ、そう言う事で。忘れないでよ?」

「りょーかい」


 と、肯いた次の瞬間、いつの間にか俺の前に回っていた暁御が、俺の肩を掴んでいた。


「私、次の日曜日までにライセンス取ります!!」

「お、おお」


 大丈夫だろうかこの子は。

 ライセンス、とはいっても試験官というか、見守る人の前で酒を一杯呷るだけなのだが、本当に大丈夫か?

 そんな時だった。

 闖入者が現れたのは。


「楽しそうだね」

「鬼兵衛じゃないか」

「覚えててくれたのかい?」

「酒飲む約束もしたしな」


 その驚きの青さとでかさ。

 間違えようがねぇ。


「おお、そだ。次の日曜前さんと飲みに行くんだが、お前は?」

「ちょ、薬師」


 前さんがちょっと困った顔をしている。

 何故だ?

 だが、考える前に鬼兵衛は首を横に振った。


「その日は家内の誕生日でね。早く帰らないといけない」


 妻子持ちだったのか。


「ああ、娘もいるよ。最近反抗期みたいでちょっと困ってるんだけど」


 心を読まれた、と思ったら、普通に声に出してたらしい。

 だが、いっそ異常なまでに普通だな。


「で、そういや何しに来たんだ?」

「ああ、暁御の分を崩しに来たんだ。って、あれは……?」


 いきなり、鬼兵衛が俺の後方を見た。

 それにならって、俺も視線をそちらへ向けると――、

 そこには手をつないで泣いてる少年少女がいた。

 はて、あの感じだと、小学校低中学年くらいか。


「はて、どうしたのか。おーい、そこな少年少女、何かあったのか?」


 俺は、立ち上がるとその子たちの方へと向かう。

 近づいてみると、二人の顔はよく似通っていて、兄弟であることを連想させる。

 二人が顔を上げた。


「どうしたんだ? 困っているならお兄さんが力になろう」


 すると、ショートカットのツンツン頭の黒髪の少年の方が口を開く。


「チケット、なくしちゃった……」


 チケット?

 随分断片的だが――、

 ああ。

 川渡るためのあれか。

 てことは今日ここに来たのか。


「川、渡るときにチケットとして渡せって言われた?」

「うん」


 肯く少年。

 やはりか。


「さて、じゃあ、どうするか」


 言いながら後ろを向く。

 そこにはついてきていた鬼兵衛の姿が。


「あー……、まいったな。再発行してもらえばいいんだけど、再発行してもらってたら多分登録に間に合わないよね?」

「そうさな」


 地獄に来て二十四時間以内に、川の向こうで住居登録しなければ、彼らは家なき子になってしまう。

 しかも、来た時点で入獄手続きがあるから長いこと拘束され、残り何時間あるだろう。

 とはいえ、改めて申請し直せばいいのだが、その場合、、入獄手続きの情報が確定する一週間までは再申請できない。

 そして、この場合、働いてない霊が三丁目にいる場合は許可がないと違法だったりする。

 本来は彼らは川の向こう、四丁目にいなければならないのだ。

 さて、どうしよう。

 どうにかしないことには、この子たちはしばらく家なき子?

 なんかないか?

 何か……。

 と、そこまで考えて閃いた。


「ぶっちゃけ、川わたれりゃいいんだろ? だったら、これやるよ」


 俺は、着流しの懐を探ると、とある硬貨を六枚ずつ二人に渡す。


「あれ? それ、地獄じゃ使ってない奴だよね」

「俺は古物集めたりとか好きだったんだよ」


 俺は鬼兵衛をあしらうと、子供達に告げた。


「きっと、洒落のわかる奴なら乗っけてくれる」


 そう言って子供達ににやりと微笑んでみせる。

 チケット持って川を渡るのは形式ではない。

 六枚の硬貨が描かれたチケットを持って川を渡ること、それは正式に地獄に至るという儀式なのだ。

 だったら、これで問題なかろう。

 二人が渡守の方へと駆けて行く。

 しばらく、話していたが彼らの手から硬貨が受け取られ、

 二人が舟に乗る。


「上手くいったみたいだな」

「そうだね」


 その後に渡守が乗り、舟をこぎ出す。

 その時、ふわふわの猫毛を、背の途中まで伸ばした少女が、舟の上で手を振っていた。


「おじさーん、ありがとうございましたー!!」

「ああ、おじさん、おじさん、ね……」


 それでも俺は笑顔で手を振る。

 大人だから。



 俺が渡したのは六連銭、通称、

 六文銭。

 三途の川の渡し賃である。




 今日見送った少年少女。

 彼らのために我々は石を積んでいるわけで。

 だから俺は、

 明日も石を積むのだろう。






――

其の十です。
今回は大したこと書いてない……。
だけど、まあ、ロリショタも出てきましたし、次もまた何かあるかと。




では返信。





UMA様


店主は、脱サラしました。
定住を決めているのであればそんなことも可能だったり。
昔は、早いとこ転生させるためにあまりいい顔はされてなかったのですが、
生命減少に伴い、生命の数と魂の数が合わなくなっているので、地獄に定住全然問題なし、な状況になっているようです。



ザクロ様


まあ、どう考えても薬師でしょう、と言う話は置いておいて。
地獄の一丁目は入獄管理局。地獄に来て一番最初に入る建物です、いろいろ手続きとかします。
二丁目が就労者用住宅街。スーパーとかそういう店の他に、働いてる一般霊の人たちの家とかがある。
三丁目は、工場地区とか、仕事関係が固まってる感じ。賽の河原もここにある。ちなみに、薬師たちの寮もここ。
四丁目は裁判所がまるっと。三丁目の三途の河を隔てて向こう。ここで、転生について決まる。
五丁目に転生待ちの人たちの居住区が。
六丁目は転生の控え室と言うかなんというか。
もっと増えるかも。
余談ですが、普通に三途の河の川原で薬師たちは石積んでます。



妄想万歳様


じゃら男の名前が登場したのは作中五回。
初出が、其の六のじゃら男の手紙に、飯塚猛とフルネームで。
二回目から五回目までは同じく其の六の部分最後の方に。
問題は自己紹介と言うか名前を公開したのはたった一回でございます。
ちなみに、完全な余談ですが、店主は屋台に来るいろいろな客の人生に触れて生きてきたようです。


山椒魚様


じゃら男は諦めません、彼の美点は一途なところ!
とプッシュしても、多分じゃら男は報われない。
それこそ、一発逆転の切り札がないと、薬師が圧倒的有利ですよね。
はたして切り札はあるのか!?
多分ありません。



ニッコウ様


はっはっは、じゃら男の恋が実るわけ……、げふげふん。
まあ、店主と言えばお悩み相談ですよね。
え、違う?
と言うのはともかく。
私から言うことはただ一つ。
頑張って人類の叡智の結晶を立体化させてください、応援してます。



XXX様


四角関係と言うか、ずいぶん歪な図形になってますが、きっともっと増えます。
ただ、自分ドロドロしたの苦手なので、みんなそれなりに幸せになれると思う。
薬師が全員と結ばれるとか。
無理か、あの甲斐性なしでは。
ただ、少なくとも、前さんがMaine heroineであることをここに公言しましょう。






では、最後に。
川の向こうへ消えたロリショタ。
そのひと月後、薬師は二人と再会する。
しかし、彼らは何故かやつれているようで――!?
次回、俺と少女と少年と。
鬼っ娘は人類の叡智の結晶っ!


もしかしたら戯言とか『私と』とか『あたしと』とか入るかも。



[7573] 其の十一 あたしと彼といつもの日常。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/18 23:38
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「一つ人の世の生き血を啜り」




 そこで、人は石を積む。




「二つ不埒な悪行三昧」




 それが供養と言われつつ。




「三つ醜い浮世の鬼を、退治てくれよう桃太――」







 それが、賽の河原。




「番組が違う!!」









其の十一 あたしと彼といつもの日常。






 最近のあたしは、どこかおかしい。






「第一、あたし達を退治してどうするってのさ」

「いんや、浮世の鬼だから。こう、どっちかってと鬼のような人だから。ここの鬼を退治したら、それこそ退治されるべきだろ」


 そう言って笑うのは、いつもと変わらない如意ヶ嶽、薬師。

 あたしとしては、こいつは世界滅亡の時までこうなんじゃないかと思う。

 軽口を好み、不真面目であることを基本とし、芯に礼儀を置く。

 悪いとは言わないけど、もっと普段から真面目にしてればいいんじゃないかな。


「ねぇ、薬師はさ、もし――、地獄が滅亡するとしたら、どうする?」


 すると、やはり薬師は表情一つ変えなかった。


「さて、なあ。辞世の句でも読んで、石積むさ。いや、もう辞世の句はおかしいのか?」


 と、薬師はいきなり口元に手を当て考え込む。

 普通は、豪遊するとか色々あるはずなんだけどね。


「ま、薬師らしいかな?」

「俺らしい、ね? だが、そもそもそういう質問で、おいしいものがたらふく食べたいとか言う奴がいるが」


 それの何が気に入らないのか。


「それがどうしたの?」

「滅亡寸前にレストランはやっているのか? と思う訳だ。正直、どんな時も店員は店をやってなきゃいけないっていう自分本位な考え方だな」


 確かに、店員も人間、滅亡するとなったら逃げだすはず。

 薬師なら、どんな時でも変わらずやってそうだけど。

 そう言ったら――、こんな風に返ってきた。


「俺は一回死んだ身さね。だから、今更な話だと思うが」


 やはり薬師はどこかおかしい。

 悟りきってるような、そんな感じ。


「で、前さんよ。崩さなくていいのか?」

「あ、そうだ」


 そう言えば五分経ったんだった。

 金棒を出すと、それで石を崩す。

 しかし、


「いつもに増して少ないね」

「ん? あー……、ちょっと考え事をな?」


 それにあたしは、そう、とだけ返した。

 最近、あたしはどこかおかしい。

 薬師の、石を積む数が少ないことを、喜んでいる。

 薬師の、やる気の無さに――、安堵している。

 何故? 分かれば苦労しない。

 そこでいつも思考を止めてしまうのだが、ふと、思う。


「あたし、薬師のこと何も知らないよね」


 薬師は、自らのことを積極的に語ろうとはしない。


「俺とて、前さんのことを全て知ってるわけじゃない」


 あたしも、あたしのことを語ってはいない。

 不意に、不安になる。

 あたしと、彼の関係は、薄氷の上にあるのではないだろうか。

 何時か、彼は百八つの石を積み上げてしまうのではないか。

 おかしい。

 いいことだ、いいことのはずなのに。

 いやだ。

 薬師が行ってしまうのは。

 おかしい。

 何であたしはこんな感情を抱いているの?

 有り得ない。

 だが、薬師はこんな時ですら表情を変えない。

 いきなりどんな質問をしても。

 突拍子のない、質問でも。

 ただ、いつもの顔で。


「それが問題あるのかね?」


 ただ、何の気負いもなく。


「俺は、前さんのこと詮索したことはないな。前さんには、俺の昔は話してない。だけど、ここまで何か問題あったか?」


 ただ、普通に笑って。


「俺は如意ヶ嶽薬師。大酒のみで、基本不真面目、担当の鬼とは関係良好で、今日もやる気無く河原で石を積んでいる。
お前さんは前、地獄の鬼で基本真面目、担当する積み人との関係は良好で、酒にめっぽう弱い。それで、十分じゃないか?」


 不意に、あの時の言葉を思い出す。



 当然。俺の担当は前さんしかありえない、ってな。



 伴って、笑顔が勝手に漏れてきた。

 昔の薬師は知らないけど。

 あたしは、今の薬師なら誰より知ってる自信がある。


「そうだね。問題ないね」

「ふん? 今日の前さんは様子がおかしいと思うが?」

「そうかも。ちょっと、別れのこと考えちゃって」

「ん? まあ、例え現世に帰れても、結局死んだらここだぜ? それに、俺が現世に帰るなんぞ遠い話。夢のまた夢だしな」

「夢はかなわないから夢なんだよっ?」

「であれば、夢を夢じゃなくするのが人の営みってな」


 軽口を言いながら、笑いあう。

 所詮、この男は、どこまで行っても。

 どこまで逝っても。

 きっとあたしの酒飲み友達。









「ああ、そう言えば、さっきの世界が滅んだらの質問だが――、前さんならどうする?」

「あたし? あたしは――、いつも通り石を崩しに来るよ。薬師が河原にいるならね」

「そうなのか?」

「そうだよ」


 だってあたしは、薬師の鬼なんだから。




 ここは地獄の三丁目。


 彼は今日も、あたしと楽しく石を積んでいます。














―――


所変わって前さん編。
其の十一、とは書いてあるけど、半分はもう番外編じゃないかと思う。
今だ、恋まで達してない薬師並みの鈍感な前さん。
コイツら、ラブコメやる気があるんでしょうか。

あと、完全に余談ですが、先日、入学式がありました。
実を言うと、今日から学生でございます。
だからと言って何が変わるかと言うわけでもありませんが、更新の時間が少しずれるかもしれません。








では、設定補足から。



閻魔大王様二丁目の方の高級アパートに住んでる女の人。
彼女は鬼ではなく、最も一番最初に死んだ人であり、何もなかった地獄をここまでにした功労者でもある女性。
話としては、最初の人類のアダムとイブのイブの方とか色々言われてる。


イメージとしては、東方の山田さんでも。
きっとそのうち出てくる。


次に、仏様に関しては、厳密な仏という意味では存在しておりません。
地獄、と言えば仏教の存在ですが、前提が逆で、地獄を想像したあらゆる死後の世界観に置いて、最も地獄に近い想像が仏教だった、と。
それに伴い、最初の人である閻魔と、神話のイブは、同一のもの(実際の地獄の閻魔)を想像し、お国柄で差異がでたものである、と。
話は戻って仏様ですが、仏教において、もっとも近しい想像といえど、少なくとも多少の願望は入るわけで。
地獄にも、それに類する者がちらほらいますが、天上に住んでたりはしないし、力はあれど、人をもれなく救うようなことは不可能。
要は、仏様っぽい、妖怪みたいなのがいる、と。
ぶっちゃけ普通に二丁目あたりに暮らしてる。



では、返信を。



ニッコウ様


わ、私はロリコンじゃない! ロリもいけるだけなんだ!!
と言うダメ人間兄二です。
あの兄妹はというと、後々すごいことに。
おもに妹が。
ちなみ兄、妹です。


妄想万歳様


所詮薬師は薬師。
朴念仁。
そもそも自ら性欲ないとか公言した時点で恋愛に関してはどうかしてる。
だからこそ、欲を見せないで惚れられる可能性もあるのだけど。
そして、余談ですが、小説とは面白い。
絵がないので、これを見た人の数だけ、その人だけの叡智の結晶があるのです。
要するに太眉ロリGJ。



山椒魚様


あんなことを素でやれる人間になるには、妙に老成してて性欲がないと言うか無駄に枯れてて、無駄にモテるくせに朴念仁にならないといけない、としたらハードルがやけに高い、と言う話は置いておいて。
大人の渋み、皆の夢ですよね。
私も、渋いこと言ってみたい限りです。
ただ、問題はそんな状況なかなかないんですよね。




ザクロ様


設定補足追加しておきました。
ちなみに、ライセンス試験は、酒一杯飲んで様子見るだけなので結構持ってる人多いです。
もとより、地獄はいろいろな場所から人が来るので酒は二十歳からとか言っても混乱してしまいますしね。魂だし。
あと、チケットについては、昔は葬式の際に六文銭入れてたけど、近代に入って文を使わなくなったため、印刷した紙にした、っていうあれです。
長いこと葬式なんかには行ってないので今もそうなのかはわかりませんが。
最後に、質問に関してですが、とてもありがたいです。
書き忘れてることもありますし、そこまで考えてなかったものもあるので、
質問されれば、もっと細部まで固まるわけですので。




では、

前回と同じなので次回予告はお休みで。


鬼っ娘は人類の叡智の結晶っ!


と、時間がないのでここまでですが、夜、設定が追加されるかもしれないです。



[7573] 其の十二 俺と鬼と黒髪美人と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/18 23:38
俺と鬼と賽の河原と。








 ここは河原。



「One is stacked for mother」




 そこで、人は石を積む。




「Two is stacked for father」




 それが供養と言われつつ。




「あーと……、すりーいず……」




 それが、賽の河原。




「うろ覚えの英語で頑張らない!!」









其の十二 俺と鬼と黒髪美人と。








「ああ、そう言えば――、英語で伝えようと思えば、伝わるんだな」


 どうでもいいが、そもそも、空気を震わせているわけでもないはずだから、俺達の話している言語はテレパシーに近いものがあるわけで。

 なるほど、本人が何で喋ってるか意識すれば特定の言語で話せるのか。


「そうみたいだけど。何かあるの?」

「いや、特に何も」


 そんな感じの賽の河原。

 相も変わらず、俺は石を積んでいる。

 そんな俺達の元に、石を踏みしめる音が届いた。


「お、センセイに姐さんじゃねえか」


 そこにやって来たのはじゃら男。

 その隣にはなぜか、黒髪美人を引きつれていて――、


「この下衆野郎っ!!」


 俺の拳が唸った。


「くれらっぷっ!!」


 何がクレラップだこの野郎!!


「何を人の友人を好きとかほざいておいて黒髪美人侍らしてやがるんだっ。ってああ、担当の鬼の人か」


 いやお兄さん早とちりしてしまったよ。

 ノーネクタイの黒いスーツに同じ色の長い髪。

 背は、それなりにでかい俺よりも大きくスレンダーで、顔も前さんより数段おと……、げふんげふん。

 その頭には――、普通に角があった。


「あ、どうも。私はこいつの担当で、李知と言います」


 その女性が、ぺこりとお辞儀をする。


「いち、さんね。俺ぁ如意ヶ嶽薬師、河原のバイター」


 習って、俺も自己紹介。

 すると、李知さんは俺の言葉に戸惑いを見せた。


「ば、バイター?」

「積み人、ってな言い方もあるが、要するにバイターだろうに」


 む、そこに疑問を持つか。

 そこはかとなく、頭堅そうな感じがする。


「積み人というのはですね、ただ石を積むのではなく、徳を積むという意味も込めて積み人で、そんなバイターなんて呼称は不適切だと」


 やっぱりか。

 だが、まあここで「はいそうですね」、というのもあれなので。


「バイターなんて? おい、今お前さん世界中のバイター敵に回したぞ? アルバイトに生活掛けてる人はどうするんだ? そもそも仕事に貴賤などないだろう? バイターなんて? 徳も積まないバイターなんて死んでしまえばいいって言うのか」


 俺は一気にまくしたてる。


「いや、そういうことでは……」


 戸惑う彼女に俺はひと押し。


「なら謝るんだ、バイターに」


 すると、彼女は本当に申し訳なさそうに、


「すいませんでした、私の表現が不適切だったようで」


 ……。



 やべぇ、楽しい。

 この子、生真面目さんだ。

 と、そこに前さんが李知さんに言葉を掛けた。


「ねぇ李知、からかわれてると思うんだけど?」


 いや、そんなこと言わんでも。


「え、本当に?」

「うん。ほら、薬師の顔を見たらわかると思うけど」


 俺はとてもにっこり。

 真面目な顔はしてないわな。


「な、な、な、わ、私を、からかっていた? ただの悪ふざけ?」

「ん? いやそんなことはない」

「そ、そうだよな?」

「ああ。俺はいつだって本気でからかっているんだ」


 あと、微妙に敬語の鍍金が剥がれてますよ?

 なんかわなわな震えてるし。


「ところで、わなわな、ってなんだろうな?」

「知らないよ」

「じゃら男はどう思う?」

「いや、俺に聞かれても……」

「うるさーい!!」


 いや、李知さんの方がうるさいと思う、とは言わない。

 大人だから。


「あ、謝れ」

「誰に?」

「私に!」

「なにゆえ」

「わ、私は本気で申し訳なく思って謝罪したのに……、と、とにかく謝れ―!」

「正直、すまんかった」

「真面目に!」

「えー、実際の話、申し訳なく思っております」

「形式じゃなくて」

「へぇへぇ、私が悪ぅござんした」

「いい加減にしろ!」


 叫んで、一度止まり、肩を上下させる李知さん。

 それに、俺は優しく微笑みかける。


「いや、悪かったな。俺も悪ふざけが過ぎた、ほれ、落ち着いて深呼吸でもするといい」


 言いながら、俺は立ち上がって背中をさすってやった。

 すると、こちらを見て、李知さんも微笑む。


「……ああ、すまない」


 すーはーすーはー、と息を吸う李知さん。

 そして、すーのところで――、


「完全にどうでもいい話だが、想像してみてほしい。ウェディング姿の青野鬼兵衛」

「っぷふぇいっ!」


 見事吹き出す李知さん。

 とてもいいリアクション。

 前さんもじゃら男も噴き出してるが。


「お、お前という奴は……っ」

「いま、ぷふぇい、っつったな」

「そうだな、センセイ」


 俺の言葉にここぞとばかりに、にやにやするじゃら男。

 ふん、きっといつもは頭が上がらないんだろうな。

 こいつのことだから。

 だが、何故か李知さんは否定した。


「言ってない!!」


 言い張る李知さんに前さんが突っ込みを入れた。


「いや、それは苦しいと思う」


 残念、前さんにも道をふさがれた。

 またもわなわなと震える。

 それにしてもわなわなってなんだ。


「う」

「う?」

「うあーーーっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ李知さん。

 そしてじゃら男が殴り飛ばされる。

 こう、ストイック風味な感じだが、こうしてみると実に可愛いじゃないか。

 そんな彼女に俺は、苦笑い一つして昼飯のおにぎりを一つ差し出して見せる。


「いや、悪かったな、ここまでからかうつもりはなかったんだが――、ほら、これやるから機嫌直してもらえないか?」

「……貰っておこう」


 それを彼女は素直に受け取って、両手で口元へ持って行き、一口。

 今だっ!!


「そうだじゃら男よ」

「ん?」

「レオタードの青野鬼兵衛」

「ぽふぁいっ!!」


 よし。

 そして俺はじゃら男に向かって喋っただけだから罪はない。

 ユーノットギルティ。


「き、貴様は……」

「お? どうかしたか?」

「う」

「う?」

「うあーーーっ!!」


 いや、本当に面白いな。

 だが、まあ、とりあえずここまでにしておこうか。

 これ以上は涙目さんが可哀そうだ。


「はっはっはっはっは。いや、今回ばかりは本当に悪かった。もう何もしねぇから安心して食ってくれ」

「本当に?」

「ああ。涙目の人に追い打ちを掛けたりはしないさ。俺は」


 恨みがまし気に、李知さんは俺を見つめていたが、ついにおにぎりを再び口へ運び出す。

 俺は、それをぼんやりとしばらく眺めていたが――、

 と、そこで。

 俺は河原に、見知った影を見つけた。


「おお、こないだの少年少女じゃないか?」


 身長俺の腹ほどの、よく似た少年と少女。

 ちょいと前に、チケットをなくし、困っていた所を助けた二人だ。

 その二人は、俺の声に反応して、こちらを振り向いた。


「あれ? あの時の……?」

「ああ、如意ヶ嶽薬師だ」

「はい、薬師さん、こないだはどうもありがとうございました!!」


 元気よく、そして微妙に舌足らずな敬語で俺に頭を下げる少年。

 こないだは、緊急事態で少々情けない印象だったが、本来は意外としっかりしてる模様。

 そんな彼らは、今は何故、ここにいるのだろうか。


「なんでここに?」


 すると、今度は少女の方が答えた。


「私達、ここに就職することにしたんです」

「ほお?」

「僕達を養ってくれるっていう親切な人がいて、それで何かできることがあるかって聞いたら、ここを」


 ああ、いい人に出会ったのか。

 こう言ったことは地獄では珍しくない。

 地獄に来て身寄りのなくなった子供を、家族登録するのは、特に珍しいことでもないのだ。

 それに、バイトをしながら転生を待つのも珍しくはない。

 結局、転生待ちは暇なのだ。


「とてもいい人なんですよ! 僕達に二人だけだと大変だろうって」

「ほお、と、まあ、色々と話を聞く前に思うのだが、名前聞いていいか?」


 ここまできといてあれだが。

 すると、先に少年の方から自己紹介を始めた。


「僕は、安岐坂 由壱、兄です」


 次に、少女。


「私は、安岐坂 由美って言います、妹です」


 どちらもしっかりしている。

 前見たときとはずいぶん違うが、大体、一月近くあれば変りもするか。


「おーけい、あきさか、よいちによみ、だな?」


 肯く二人に、俺は手まねきする。

 そして、近づいた二人を、じゃら男、前さん、李知さんに紹介した。


「ほい、じゃあ、新入りの安岐坂 由壱に由美だ」


 尚、


「じゃら男はいじめたり、劣情も対象にしないように」


「なっ!!」


 慌てるじゃら男。

 一歩引く前さん。

 由壱が、自分の背に由美を隠す。


「お、お前……」


 信じられないものを見る目つきの李知さん。

 そして、


「私はお前をそんな性犯罪者にした覚えはないっ!!」


 李知さんの拳が唸り。


「ぽりふぇのーるッ!!」


 じゃら男がまるで、ダミー人形のように吹っ飛んだのだった。





 なんだか、

 今日も河原は平和なようです。






―――


其の十二です。
少年少女のメインまで、行かなかった!!
新キャラが出るし。
まあ、じゃら男が本筋に絡んだ時点で出さざるを得ないわけですが。
次こそどうにか。






では返信を。





オンドゥル翻訳機様


気に入っていただけたようで幸いです。
これからもまったりゆらゆら頑張っていきます。
たまにちらっとシリアスが入る可能性もありますが。
ちなみに、萃香との違いは、角の長さと酒が飲めないことと余裕がないことだと思う。



今上釘御様


コメントどうもです。
薬師の過去っぽいものとか、そう言ったものは少しずつ描かれる予定。
多分だけど。
ただ、予想通り薬師は今も昔も変わらないんじゃないかなぁ。
そんな彼にも子ども時代はあったようだけども。




妄想万歳様



一 桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた黍団子 一つわたしに 下さいな
二 やりましょう やりましょう これから鬼の征伐に ついて行くなら あげましょう
三 行きましょう 行きましょう あなたについてどこまでも 家来になって 行きましょう
四 そりゃ進め そりゃ進め 一度に攻めて攻めやぶり つぶしてしまえ 鬼が島
五 面白い 面白い 残らず鬼を 攻めふせて分捕物を えんやらや
六 万々歳 万々歳 お伴の犬や 猿・雉子は勇んで車を えんやらや


ともあれ、桃太郎もサンタクロースも同じ香りがします。
こう、いつか真相を知ってしまうとちょっと悲しいことになるというあれ。
まあ、児童向けのは程々になってるけど、結構酷い童話ってのは多いもんですしね。
灰かぶりとか、現代人との感性の差があるのかもしれませんが。
という話はぶっちゃけどうでもよくて。
結局、二人は例え恋人になってもこんな感じな気がします。





ザクロ様


地獄にある物質は、まあ、ぶっちゃけると全て霊の規格になっています。
現世とは全く正反対であり、魂でしか作用できないし、魂にしか作用しないので、実体が来るとすり抜けます。
料理とか作物とかその他諸々も大体一緒、霊体×実体、実体×霊体だと上手くいきませんが、実体×実体のように霊体×霊体ならなんら問題なく同じようにいきます。
季節や天候に関しては、ありますが、前話に説明した仏とか神の類が頑張って照らしたり風吹かしたりしてます。
なので、さぼると、全く季節も風もあったもんじゃなくなります。
尚、DSとかそういうのは、卸してる業者というか店があったり。
コーラとか、現世の物を色々卸している。
ちなみに、下詰神聖店という、胡散臭い店。
どうも、霊体で作ったものではなく、実体を霊体に変えたものだとか。
当然のように他の娯楽もありますけど、基本的にあらゆる現世と変わりないかと。





がお様


感想ありがとうございます。
地獄はいいとこ一度はおいで、がテーマだったりテーマじゃなかったり。
あと、冒頭の方は毎回微妙に頭を悩ませながら作っております。
それで笑っていただけたなら毎回毎回書いてる甲斐があります。




ニッコウ様


えー、まあ、四月八日から、高校生になりました。
こないだまでは、普通に中学生やってたんですけどね。
ともあれ、前回はほのぼの真っ最中。
次にシリアスが入るかもしれないので。
ちなみに、前さんは確実に初恋。
その辺の事情も、ちらちらと話されるんじゃないかなぁ?






では、最後に。



河原で再会した少年少女。
意外なまでにしっかりした二人だったが、ここまでに何があったのか。
そして気付く二人の変化。
彼らの身に何が起こったのかっ!

次回、俺と鬼と賽の河原其の十三!
俺と野郎と鬼と少女と。
薬師、変わってくれっ!



[7573] 其の十三 俺と少女と鬼の秘密と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/13 01:47
俺と鬼と賽の河原と。








 ここは河原。



「一つ積んでは母ため、をとある場所で翻訳すると――」




 そこで、人は石を積む。




「Laden by one : for mother。それをもう一回日本語にすると、」




 それが供養と言われつつ。




「苦しい1時までに、母親のために。Byとあるエキサイティングな翻訳」




 それが、賽の河原。




「意味わかんないっ!!」









其の十三 俺と少女と鬼の秘密と。







「薬師さん! おはようございます!」

「おはようございます!」

「よお、少年少女達よ」


 彼らが、ここに就職して、やっと半月となる。

 まだ、担当は決まってないが、双方、精力的に働いているため、周りからの評価は上々。

 そして、もう一人。


「何を黙り込んでるんだ? 李知さんよ?」

「むう……」


 もちろん、李知さんだ。

 その彼女は――、口に手を当てながら、何事かを考えている。


「で、何を考え込んでいるのやら」


 聞くと、李知さんは口元から手を離し、こちらを見た。


「いや、少し、計りあぐねていて……」

「何を?」

「お前を」


 俺かよ。


「人を馬鹿にして楽しむ嫌な奴かと思えば、子供には優しい」

「俺にだってさっぱりだ」

「そして何より憎めない」


 その辺は自分じゃ把握できないのだが。


「うん?」

「お前は、私を嫌ってるんじゃないのか?」


 はて、それこそ意味がわからんが。


「何故に?」

「いや、私にだけあのような態度だし、他には優しいし」


 あー、そうだっけか?

 李知さんだけじゃない気がするが――。

 ともあれ、俺は立ち上がって、李知さんの目をまっすぐに見つめて――、言う。


「うん? だが――、俺は李知さんのこと好きだぜ?」

「なっ!」

「恐る恐るの慎重な関係は他人。友人とは、気安く軽口を言い合える間柄を指す。俺の軽口はな? いつも親愛の情をこめて、親しみ易くあるように言ってるんだよ」

「…そ、そうなのか?」

「ああ。ほら、お前さんもいつの間にか敬語が取れてる。だが、俺としてはできる限り親愛の情を込めたつもりだったんだが、理解が得られんとは……。悲しいな」


 と俺は悲しい目をしてみる。

 すると、李知さんは申し訳なさそうに。


「そう、だったのか。すまなかった、私の浅はかな考えでお前の親愛を貶めてしまった……!」


 信じた!

 これはやべぇ…。

 本気で面白い。

 ここまで面白いと俺からの好感度が上昇ですよ、っと。

 元より嫌いな訳はないんだが。


「ああ、わかってくれたならいい。だから、俺はお前さんをこれからも親愛を込めてからかいつづけるな!」

「ああ、これからも私をからかい続けてくれ!」


 はいポチっとな。

 俺は手元のとあるスイッチを操作した。


「言質とった」

「え?」


 驚く李知さんに、俺は手の中の物をひらひらと振ってみせる。


「俺の手の中にあるのはなんだと思う?」

「て、てーぷれこーだー…」


 では再生。


『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「なっ、お、お、お前」

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「また私をからかって……!」

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「う」

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「う?」

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「うるさーい!!」


 確かに。

 俺は手元を操作してテープレコーダー、ってかデジタルなのでボイスレコーダーを止める。


「お、まえはいい加減にっ」

「なあ、聞くがさ、お前は嘘をついたのか?」

「な、そんな事はない。私はいつでも清廉潔白、誠実あれ。嘘など吐かない!」

「ほい、言質とった」

「え?」

『私はいつでも清廉潔白、誠実あれ。嘘など吐かない!』

「嘘、吐かないんだろう?」

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「な、な、な、それは……」

「それともあれか? 嘘を吐かないと言った舌の根も乾かぬうちに発言を翻すのか? 誠実な人は」

「うぐ」


 そんな彼女に、俺は満面の笑みを向けた。

 そして――、


「からかっていいんだな? これからも」


 む、固まった。

 そしてしばらく震えていたか、と思うと。


「……ああ」


 承諾した。

 いやホントに面白いな。


「というのもここまでがぶっちゃけからかいなんだが。まあいいか、なんか勝手に承諾してくれたし」


 いや、承諾してくれなくてもからかうんだが。

 と、まあ、俺はそれでひと段落、とボイスレコーダーをしまおうとする。

 のだが。


「な、お前、消せっ」


 必死に李知さんが手を伸ばしてきていた。

 俺は反射的に後ろに下がる。


「あっ」


 と、そこで問題が生じた。

 俺は、目の前に石を積んでいたわけで。

 そこに、何の準備もなしに踏み込むと――、

 転ぶ。


「っと、あぶねぇ」


 俺は、それが解ったのでとりあえず、李知さんを抱きとめた。

 なんとか被害は――、俺の積んだ奴が壊れてるね。

 お疲れ。

 とか自分を労いつつ、李知さんに声を掛ける。


「おーい、大丈夫か?」

「あ、ああ」


 微妙に動揺した声を聞いて、俺は彼女が体勢を直すのを待とうとしたら――、

 彼女はそれを好機と見たらしい。

 俺がボイスレコーダを握ったままでいる李知さんの背へと手を伸ばした。

 俺は身動きできない、どころか――。


「ほら、観念して寄越せ!」

「おい、ちょっと待て、この体制で無理に暴れられると――」

「え、あ、きゃあっ!!」


 後ろに倒れこむ事になってしまった。

 背から首にかけて衝撃が走る。


「ぐお、後頭部が痛い」

「な、あ、え?」


 丁度、俺の首元に頭がある李知さんが、戸惑いながら声を上げた。


「で、悪いがどけてくれまいか?」


 ぶっちゃけると覆いかぶさるように倒れられたため、動けないんだな。

 これが。

 あと、今まで気付かなかったが、密着体勢になって気づいたことがある。

 結構あるんだな、何が?

 察してほしい。

 言うなれば、俺じゃなきゃこの状況、襲ってるぞ?

 が、なかなか李知さんが動かない。


「おーい、李知さん?」


 声を掛けると、やっと反応が返ってきた。


「あ、ああ、今――」


 と、そこで。


「李知……? 薬師を押し倒して、何やってるの……!?」


 まさかの展開が来た。

 ちょっと首を動かして見ると、そこには誤解満載の前さん発見。

 家政婦は見たって顔してるよ。


「五分経ったから来てみたら、そこの二人を置いてけぼりで、突然抱きあったかと思えば、押し倒して――」

「い、いや、これは違くて」


 がばっと上体を起こし必死に弁明しようとする李知さん。

 俺はそれに続いた。


「そうだ! 例え李知さんが色々な物を持て余していても、俺にその気はない!」

「そ、そうだ! って違う!! 私は持て余してない!」


 うーん、だがね?


「とりあえず馬乗りの状況からどいてくれるか? そのままマウントポジションで俺をぼこぼこにでもするつもりかね?」


 言うと、やっと李知さんは動いてくれた。


「で? 話はきかせてもらうんだからね?」


 そして前さんが、恐怖政治を始めた。

 まさに鬼。






「それで?」

「と、まあこうなったわけです」


 正座する俺達の前で、会話するロリとロ……、げほんげほん。

 えー、あー、会話する少女達と少年。

 要するに事の一部始終を見ていた二人が説明をしてるわけである。

 そして、その結果。


「消してあげなさい」

「えー」

「えーじゃない」


 消すのか、せっかくいい声が録れたのに。


「それに、無くても結局からかうんでしょ?」

「おう」

「一瞬の躊躇もなく言われた……」


 微妙に落ち込んでる李知さんはスルーで。


「仕方ない……」


 俺は、かちゃかちゃと、適当にレコーダーをいじる。


「ほいっと、おーけい」

「よろしい」


 その前さんの言葉に俺は胡坐をかき、李知さんは立ち上がる。

 と、そこで、なんか俺を見る由美。


「どうした」

「いや、なんかすごいなー、と」


 何がすごいと!?

 そんなこと言う子には――、


「肩車してやろう」

「え、あ、あの」


 いきなり由美を肩車してみたんだがあれか?


「別にスキンシップが足りないわけじゃないのか?」


 幼くして死んで家族の愛が足らなかったのかと思ったが違うらしい。


「いや、別にそう言う訳じゃ……」


 言い淀む幼女、もとい由美。


「うん?」


 と、思えば由壱の方が、こちらを見ている。


「おお、お前さんもか」


 一度由美を下ろし、由壱を担ぎあげる。


「え、あ。すごい」


 お、由壱は普通に喜んでくれてるぞ?

 というのはともかく。

 少し、気になったことがあるのだが、後で聞いておかねばならんか。













「薬師、お疲れ様」

「お、時間か」


 あれからしばらく。

 仕事の時間が終わった。



「じゃあ、帰るか」


 俺は、立ち上がり、歩き出そうとして、気づく。

 由美が、俺の服の裾を掴んでいる。


「どうした?」


 怪訝に思って聞いてみるが、彼女は黙ったまま俺を見上げてくる。

 ……。


「行こう、由美」


 そこに、由壱が声をかけて、彼女は俺の服から名残惜しそうに手を離した。


「お兄ちゃん……、うん」


 二人が、渡し守にチケットを渡し川の向こうへと消える。

 やはり、なんかあったのか?

 そして、俺は振り向かずに後ろにいる二人に聞いた。


「なぁ、どうやったら鬼になるか、正確に教えてくれないか?」


 すると、前さんの戸惑う声がした。


「え? でも、それは」


 次に、咎めるような李知さんの声。


「いきなり何を言うかと思えば。私達が言うと思うか?」


 だろうなぁ。

 だが、ちょいと確かめないといけないことができちまった。

 だから、問う。


「だったら、質問を変えるが。極度の飢餓に陥ると、鬼になるってのは――、正解か?」


 二人の、息を飲む音が聞こえた。


「!」


 ビンゴ、か。

 だったら、あいつらは帰すべきじゃなかったかもしれない。







「肩車したときにも思ったが――、なあ、安岐坂兄妹、やつれてなかったか?」







―――

おかしいぜ!!
安岐坂兄妹メインだと思っていたらそうでもなかったんだぜ!!
うん。
本当は次の奴と一本だったはずなんだけど。
李知さんのせいで予定外に伸びたので、もう一本増やす。
安岐坂姉妹、どうなるのか。



どうでもいい近況報告で、


テレビCMでつるのがチルノに聞こえた。
穴があったら入りたい。


テレビ番組で謙信が建立(こんりゅう)した寺、が謙信が混入した寺に聞こえた。
うどん吹いた。
お前、謙信食ってる時にうどんの話すんなよ、とか思いついた。
消えたい。


ニュースで、マケイン氏上院議員が、魔剣士上院議員に聞こえた。
死にたい。





では返信。







妄想万歳様


誤字報告ありがとうございます。
そしてけーね先生が頭に浮かんだ貴方。
同志ですか。
自分で書いててあれですが、読み返したら、あるぇー?
角は長くないけど。



ザクロ様


まあ、じゃら男はこういうキャラという事で。
あと、地獄の広さですが、在獄中の霊の数で広さが変わります。
ただ、五丁目はかなり広い。
色んなとこから霊が集まりますので。
ついでに、空間も大分捻じれ切ってるので、四丁目は中々カオスに。
次に、形は平面になっております。
果てに着くと、進んでも進んでも進まなくて無限ループ。
自然の方は結構豊富。
斬り倒された木とかが地獄に生えてくる。
結構霊樹が豊富。
珍獣は、地獄生まれ、としては鬼もまた一つの地獄名物。
他は、タラスクみたいな妖怪の類がちらほら。
という感じでしょうか。
更新、頑張ります。



GEORGIA様


コメントありがとうございます。
どうも。
こ洒落てますね。
というのはともかく。
李知さんのいは李ぢれる年上のい、だと思ッてゐる今日この頃。





くぁwせ様


感想どうもです。
面白いと思っていただけたなら感謝の極みです。
石積みですが、意外とこれが難しくて、上の指定した高さに到達しないといけないという決まりが。
だが、それをやると崩れてしまう、ので玄人の技がいる、と。
ちなみに、母のためは言わなくても大丈夫です。
もうすでに両親への供養から外れているので。



[7573] 其の十四 俺と野郎と鬼と少女と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/18 23:39
俺と鬼と賽の河原と。








 ここは河原。



「一つ積んでは母ため」




 そこで、人は石を積む。




「二つ積んでは継母のため。三つ積んでは養父のため」




 それが供養と言われつつ。




「四つ積んでは継々母――」




 それが、賽の河原。




「どれだけ複雑な家庭環境なの!?」









其の十四 俺と野郎と鬼と少女と。







「なあ、安岐坂兄妹――、やつれてなかったか?」

「それって……、本当に?」


 地獄にいる者は――、魂しかない。

 そして、その魂は、精神に左右される。


「ああ」


 人間らしい行動をしないこと。

 人間らしくないことをすること、人間であったことを忘れること。


「ちょいと、チケット貰ってきてくれないか?」


 生前、当然のようにあったものがなくなる。

 それは人として生きた時に対する欠陥を示し。

 その欠陥は、人を人で亡くす。


「どうする気だ?」


 聞いてくる李知さんに俺は答えた。


「追っかける。俺の勘違いならそれでもいいが。本当に飯食ってないならどうにかするしかあるまい」


 それに肯いたのは前さんだった。


「うん。それなら――、私も行く、一緒じゃないと多分舟に乗れないし」

「だったら、私は二人の家族登録者を調べてみよう。それと、緊急という事でチケットなしで渡守を動かす」


 おお、鬼ってそんなこともできるのか。


「だが、これで勘違いだったりしたら、減棒とかにされないのか?」


 聞いたら、前さんと李知さんに苦笑された。


「当然。子供のために動くのが大人だよ」

「気にするな。どちらかと言えば、私が減棒される方がいい」


 自分よりも、子供を心配し、優先する。

 優しい事で。


「そうけ。じゃあ、急ぐか」


 言って、俺は川岸の渡守の元へ向かった。


「さーて、そこな渡守さん、緊急だ、至急、渡してくれるか?」

「お、え? いきなりどうしたんだ?」


 驚いた顔で振り向いたのは黒髪短髪無駄に会社員のような雰囲気のフード付きローブを着た男である。

 本来、川を渡るには面倒なチケット申請をしなければならない。

 就労している、という理由で定期を貰ったり、前日に人に会いたい、向こうの店に行きたい、などの理由で一回の券が発行してもらわないといけないわけだ。

 だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 戸惑う渡し守に前さんが説明した。


「李知が申請して私が同行すれば、緊急時の措置として通るよね?」


 確か、そんな話も聞いた気がする。

 鬼二人が危険と判断した場合、特例で川を渡れる、とか。


「む? それはまあ、通るはずなんだが……」


 微妙に渋る渡守。

 この場合、渡した方も何か減棒とかあるのだろうか。

 そんな渡し守に前さんは喝を入れる。


「子供が鬼になるかならないかの瀬戸際なんだ! 通さないとは言わせない!!」


 その言葉に、渡守が表情を変えた。


「そう言うことなら早く言ってくれ! 子供の人生かかってるなら、できるだけ急いでみるから!!」


 渡し守が即座に横に動き、俺達に乗るように促す。

 そして、俺達が乗ったのを確認して、渡守は舟をこぎ始める。








「あー、もしもし。李知さんか? 兄妹の住所わかるか?」

『調べたところ、四丁目の二百二十六番地だ』

「了解……っ!」


 俺は前さんと、人通りの少ない、背の高い建物の揃った三丁目を走りながら考える。

 どうして――、こうなった?

 考える。

 二人は、親切な人と家族登録したと言っていた。

 で、あれば――、その家族登録した本人が食事を与えていない?

 あり得る。

 子供に労働させ、金額を取り、食事は与えない。

 多分、多分そいつは、霊には食事がなくても腹が減るだけで死なない、と思っているのだろう。

 事実を公表しなかった弊害か……。

 心中で悪態を吐きながら、それでも走っていると、そこに二人の人影が、見えた。

 幸いだったのは、意外と早く見つけたこと。

 不幸だったのは、二人が俺達の走る歩道の上に、

 倒れていたこと。


「おい、大丈夫か!?」


 俺は走る速度を上げ、二人に駆けよる。

 屈み込んで見た二人の顔色は青く、息も絶え絶えで。

 ……まさか。

 俺は慌てて二人の髪をまさぐる。

 こめかみの少し上に、――それはあった。

 骨のような感触の、突起物。


「歯は!?」


 俺は次に由壱の上半身を抱えあげると強引に口を開く。


「まだ、こっちは……」


 由壱の歯に牙のようなものはない。

 だが。

 由美には、

 異様なまでに伸びた、八重歯があった。

 思わず、絶句する。

 何故、ここまで気付けなかったか。

 少なくとも、これは一日二日じゃあり得ない。

 一月近く、俺は何を見ていた?

 後悔の念が押し寄せる。

 だが、起こったものはどうしようもない。


「前さん、どうすればいい?」


 俺は二人を抱えあげると、後から追いついた前さんに問う。

 答えは、簡潔だった。


「急いで、カロリーを摂取させて。じゃないと、餓鬼になる」

「おーけいっ!!」


 それを聞いて、俺は走る、走る。

 そして――。






 半分助かり、半分助からなかった。





 即座に物を食わせて。

 由壱の角のなりかけは、消えて。

 由美には、角が生えている。


「もう、どうしようもねえ、か」


 いつもの河原で、溜息を吐こうとして、やめた。

 一番溜息つきたいのは俺じゃない。

 そう思って視線を上げる。

 そこには前さんと李知さん。

 そして、苦虫を噛み潰したような表情の由壱と、青い顔の餓鬼になってしまった由美。

 餓鬼というのは、鬼の一種であり、常に空腹に襲われる者をさす。

 人ではなくなってしまったのに加え、空腹が長期に続いたため、魂が空腹を基点とし、満腹を忘れてしまうのだ。

 空腹自体は、リハビリでどうにかなる。

 多量の料理を見せ、これだけあれば満腹になる、という意識を植え付ければ、少しづつ満腹を思い出す。

 だが。

 鬼になった以上、もう人には戻れない。

 そして、輪廻にも還れない。


「由壱は、どうすんだ?」


 俺は、由壱に聞いた。

 由美は、永遠に地獄にいることになる。

 その際に、由壱はどうするのか。

 由壱は、真っ直ぐに俺を見つめて、答えた。


「俺は……、俺は、由美の、兄貴だから――」


 俺は、辛そうに吐き出された言葉を遮る。


「判った。もういい、大丈夫だ」


 だがしかし、これだけは聞いておかなければならない。


「どうして、こうなった?」




 答えは、シンプルだった。




 家族登録した男が、

 悪人だっただけ。

 男の名は平平平平 旬菅衛門。

 なんだこりゃ、な名前だがひらたいらへいべい、しゅんかんえもん。

 そいつは、善人のふりをし、地獄に来たばかりの不安な人を家族登録して、食事を与えず働かせる事を常習的に行っている。

 少なくとも、安岐坂兄妹はそうだったし、家族登録者が異常に多いことも李知さんが調べてくれた。

 二人がいやにしっかりしてる、と思ったのも、虐待同然の教育の賜物。

 最悪だ。

 そしてそれ以上に最悪なのは――、


「これからどうするか、だな」


 李知さんの言葉に俺は神妙に肯いた。


「それ、なんだが。俺が引き取ろうと思う。二人とも」


 このままでは、鬼として由美は寮に入り、由壱はバイターとして別の寮に入る。

 要するに、離れるしかないわけで。

 まだ中学生にもなっていないような二人にそれは酷過ぎる。


「確か、鬼兵衛とかは普通に家族登録して人間の奥さんと暮らしているな?」

「うん……、そうだけど?」


 これが通る、という事は、逆も然り。

 だが、由壱では地獄での年齢が低すぎるため登録できない。

 だから、俺が双方登録すれば問題ない、となるわけだ。


「でも、本当にいいんですか?」


 聞いてくる、由壱に俺は笑って頷いて見せる。


「ああ、俺にしかできないんだしな」


 そう、本来は前さんか李知さんが引き取るのが妥当なのだが、そうはいかない。

 河原の担当鬼は、そのバイターと基本的に家族登録できないことになっているのだ。

 そして由美もこのまま行くと河原の担当になるのだろうが、由美がまだバイターであるうちに登録してしまえば――、もう登録しちゃってるからしょうがないよね、となるわけだ。


「頼りなくて悪いがまあ、安アパートくらいならどうにか都合するし、少し頑張れば食事だってどうにかなる」


 こういうのは、大人の仕事だからな、とだけ言って俺はもう一度思考の海に沈む。

 まだ、問題はある。

 二人と平平平平の家族登録が失効していないのだ。

 今から立件すれば数週間掛かるだろうが、どうにかなる。

 だが、数週間の間に多分由美は遠くへ行ってしまうだろう。

 例え河原に就職しても一人寮暮らし。

 どうやって、早期に家族登録を取り消すべきか。

 考えて、それでも策など浮かび上がらず。


「どうしよう……」

「……。私は、無力だ……!」


 二人の声に、俺は顔を上げた。

 そこには、不安そうに俺を見つめる兄妹と前さんと李知さん。

 それを見て――、

 心が決まってしまった。


「ちょっと、どうにかしてくる」


 子供達に、女子二人に、不安げに見詰められて、何もしないなんぞ嘘だろう?

 言いながら、俺は制止も聞かず渡守の元へと向かった。

 覚悟しろよ旬菅衛門……、男にはな、意地ってもんがあるんだよっ!!









「平平平平さま。お客様です」

「誰かね?」

「それが、如意ヶ嶽薬師という地獄運営側の使いを名乗る男で」

「わかった。もうホールにいるのかね?」

「はい」

「では会いに行こう」


 そんな声が、無駄に豪華なホールの二階、正面の扉から聞こえてきて。

 すぐに脂ぎった禿男が現れた。


「どうも、私が平平平平旬菅衛門です」

「如意ヶ嶽薬師だ。あんたには、聞きたいことがあって来た」

「なんでしょう?」


 嫌らしい笑みだ。

 正直嫌悪感を催す。


「安岐坂由壱と由美を知っているか?」


 すると脂ギッシュ平平平平はしばらく悩んで、手を叩いた。


「おお、最近我がもとに着たあの二人ですかな?」

「ああ、それだ」

「それが、どうかしたので?」

「二人の、家族登録を解除してくれまいか?」


 だが、脂ギッシュは首を横に振った。


「それはお断りしよう」


 これで、対話の道はなくなったぞ?


「何故か?」


 そう聞いた俺に脂ギッシュは満面の笑みで告げた。


「あれらは、私の家族です。家族故に、どう扱っても構わんし、永遠に家族なのです」


 あーあー、最悪のテンプレートみたいな男だ。

 だが、憎悪はわかなかった。

 逆に、ここまでひどいと、よかったよかった。

 これから先コイツがどうなろうと、心は痛めなくてよくなった。

 俺は、ここで交渉の方向を変えた。


「だから、二人に食事すら与えず仕事をさせた?」


 微妙に、驚愕の表情を浮かべる脂ギッシュ。

 だが、すぐに表情を戻して。


「そうですな……。あの兄妹はなかなかよく働いてくれた。多少無礼なところが目立ったが、そこは矯正したしな」


 聞いた通りかよ糞野郎。

 心の中で毒づくが、表には出さない。

 もう少し、粘る必要がある。


「それで、もう一度聞くが、二人を手放す気はない、と?」

「ええ。誰がわざわざ金鶴を手放すものですか。それより――」


 脂ギッシュは自らの懐に手を伸ばすと、一枚の紙を取り出した。

 俺の視力が捉えた感じでは、小切手か。

 どうやら常習的に賄賂で調査に来た奴を買収しているようだな。


「小切手です。今日はこれで帰っていただけるなら、金額を好きに書きこむと――」


 もういいか面倒くさい。

 その瞬間、俺はその言葉を遮った。


「いや、必要ない。お前さんの脂ぎった手に触れたものなど受け取りたくないよ」


 その言葉に、脂ギッシュな豚は一瞬固まる。

 そして、表情は変えてないつもりなのだろうが、

 そのこめかみには青筋が立っていた。


「いやー、残念ですよ」

「そうか?」

「ええ。もうこれでは殺すしかない」


 本当にお約束な野郎だ。


「殺していいのか? 地獄の側の人間を」


 すると、脂ギッシュな豚は鬼の首でも取ったように得意気に笑みを深めた。


「それはハッタリでしょう?」

「なぜ、そう言える?」

「それは貴方が鬼じゃないからですよ。こんな風にねぇ!」


 男が、二回手を打ち鳴らした。

 すると、

 階段上のホール二階通路に、びっしりと角の生えた少年少女が立っていた。


「こいつぁ……」


 彼らはすでに、正気ではない。

 腹減った、とか、ううとかああとか呻くような声がきらびやかなホールを支配する。


「そいつらは、お前さんが作りだした鬼かい?」


 すると、豚は得意気に肯いた。


「ええはい。なぜか、しばらく経つとこうなってしまうのですよ。だから、今回の兄妹はいい拾いものでした」


 ああ、そうかいそうかい。

 だが。


「これで証拠はとった」

「はい?」


 俺は、手の中にあるとある機械を操作した。

 そこから、音声が流れだす。


『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』

「は?」


 おっと間違えた。


「こっちだ」

『「そいつらは、お前さんが作りだした鬼かい?」「ええはい。なぜか、しばらく経つとこうなってしまうのですよ。だから、今回の兄妹はいい拾いものでした」』

「ほほう、我々がここで逃がすと?」

「ああ、一人じゃ無理だ。一人じゃ解決できないと思ったので――」


 俺は満面の笑みで告げた。


「ビッグゲストを連れてきた」


 俺は、横にずれると、その人物に一礼して、言う。


「証拠は十分だろう? 閻魔王殿!!」


 そこにいたのは見た目二十歳弱くらいの黒髪の女性。

 その衣裳はブラウスと、スカートというまるでそうはみえないが、

 役職を、地獄の裁判長、閻魔という。


「いいえ。そのようなもの、必要ありません」


 その凛とした声に、脂ギッシュが狼狽する。


「なっ、なんだってーっ!? そんな、それは卑怯な――」


 その言葉を、閻魔王は最後まで言わせない。


「黙りなさい。貴方には、私がここで裁定する。平平平平旬菅衛門! 貴方を有罪とし、貴方の魂を剥奪しますっ!!」

「なっ――」


 断末魔も残さず、豚は砂のように消え、そこには不定形の淡く発行する球体だけが残った。

 魂魄のうち、魂を消滅させたのだ。

 魂は精神であり、今まで幾度にもわたって転生してきた記録が為されている。

 その記録こそ、魂魄の価値であり、それを剥奪されれば、魂魄はただのエネルギー体になり下がる。

 そしてまた、新しい精神が、魂が宿るのを待つのだろう。


「さて、終わったみたいだが。こいつら、どうするんだ?」


 俺は、隣に立つ閻魔に聞く。

 すると、閻魔は苦々しげな顔をしつつも、はっきりと答えた。


「我々の方で、リハビリしてもらいます」

「そうか」

「貴方こそ、本当に引き取るのですか? 苦しいでしょう?」


 確かに、苦しい。

 餓鬼のリハビリには、予想以上に食費がかさむことだろう。

 だが、


「引き取るさ。そもそも、既に俺は一回、二人の面倒を見てるんだよ、初対面の時に。だから、乗り掛かった船だ。」


 そして、俺は閻魔に苦笑気味に笑って続けた。


「故に、最後まで面倒見てやるさ。多少、はらわた捻じ切れそうでもな」

「そう、ですか」

「ああそうだ」


 俺がそう言うと、閻魔は形容しがたい不思議そうな表情で、こちらを見てきた。


「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」

「いえ。ただ、報告を見る限り、真面目そうな人には思えなかったんですが」

「確かに真面目じゃない、が。お前さん、俺達の石積み数の書類なんて読んでるのか?」

「ええ。ですが、優しい人のようで安心しました」


 そう言って彼女は微笑みかける。

 俺はそっぽ向いて返した。


「んなこたぁねえよ」

「いいえ、私の執務室に飛び込んで来てこんなことを持ちかけるなんてよっぽどの無茶です。ですが――、子供のために無茶できる貴方は、優しい人なのでしょう」


 止せ、照れるから。


「あんまり褒めると天狗になるぞ?」

「ふふ、そうですね。ただ――」

「ただ?」

「先ほど、私の部下の声が聞こえた気がしたのですが……。ああ、これからも私をからかい続けてくれ、と」


 え、あ、あー、あれか。

 何で消えてないのかって?

 俺は適当に操作しただけだぞ? 文字通り。

 そして操作の途中でおーけい、っつったら勝手によろしいって言ったんだよ。

 それはともかく、どうごまかすか。


「あー、あれな? まあ、こないだちょっとな。それより、李千さんのこと知ってんのか?」

「知ってるも何も、あれは私の曾曾曾、孫? いえ、曾曾曾曾曾孫でしたか」


 爆弾発言きたこれ。


「いわゆる、子孫、と?」

「正確には、私がお腹を痛めて産んだわけではないんですけどね」

「ほー」

「……、変わってますね」

「何が?」

「こういうとき、普通はもっと突っ込んでくるんですよ?」

「さて、なあ。地獄に定住してる奴なんぞほとんど訳ありだろうに。突っ込んでほしいなら別だが?」

「いえ、ありがたいです」


 そう言って、彼女は踵を返す。

 そろそろいい加減戻るらしい。

 まあ、無理言って出てきてもらったわけだしな。

 今思えば、彼女じゃなくても良かったかもしれないけど。

 それでもまあ、正解だったと思う訳で。


「今回は、ありがとな。閻魔殿のおかげで色々救われた」


 俺はその背中に語りかけた。

 すると、彼女は、一度だけ振り向くと、


「いいえ。もともとはこちらの責任です。こちらこそ、協力感謝します。それと、今回の礼、という訳でもないのですが、由美さんの件、できる限り支援させていただきますので」


 はらわたが捻じ切れる心配はないですよ、とだけ残して、去っていってしまった。

 おお、ありがたい。

 だがしかし、

 すっかり夜になっちまった。


「いいかげん、俺も帰るか。みんなも心配してるだろうしな」


 とういう訳で、俺もゆっくりと家路に着いたのであった。





 明日は、家族が増えていて。

 明後日も日常が続く。

 今日とても疲れたが。

 明日は結局仕事なわけで。

 ここは地獄の三丁目。

 俺は明日も、楽しく石を積むようです。




―――



其の十四!!
やっとできた、割にそこまで面白いわけでもなかったり……。
シリアス濃すぎだったり。
閻魔様が顔見せに来てたり。
まあ、仕方がない。
これから先、薬師はロリショタを家族に向かえどうなるのだろうか。
次はきっと暁御がでる、はず。




後言う事があるとすれば。



「言質とった」

「え?」


 驚く李知さんに、俺は手の中の物をひらひらと振ってみせる。


「俺の手の中にあるのはなんだと思う?」

「て、てーぷれこーだー…」


 では再生。


『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』



……これ、伏線だったんだぜ…? ……嘘みたいだろ?




では返信。
ちなみに、前回の返信は番外編にありますので、そこまで注意深く見る人もいないと思いますが、返信してないワケジャナイヨ。





妄想万歳様


通称:店主 学名:マスター 和名:おやっさんの活躍はまだまだ続くようです。
多分また、番外が出るっぽいです。
なんというかね、こう、いぶし銀っていいですよね。
きっと本編にもまた出るでしょうし。



ザクロ様


店主とは、屋台に生き、屋台に死ぬ者。
というのはさておいて。
犬猫ですが、今回あったように、魂に記録された精神の、一番表面に出て来た者の姿と精神を取ります。
要するに、よっぽどじゃなけりゃ、犬猫の姿でやってきて、次は人間になったらば、人間で地獄にやってきます。
ただ、よっぽど意志が強いと地獄に行ったときに表面にあらわれてきます。
ちなみに、転生先は大分ランダム。
ただ、地獄側としては(受け入れ体制的に)長生きしてほしいと思っているのでできるだけ長寿な人間とかドラゴンとかに(バランスが崩れない程度に)してくれようとはします。
尚、作中でも語られましたが、鬼化と同時に転生はできなくなります。
通常でない変質した魂は、通常の器に入らないのです。
転生してから変質する分には問題ないのですが。




山椒魚様


山中名人と店主が好きとは中々おやりになられる。
いやー、書きたいことがいっぱいあり過ぎて困っております。
店主と娘のゆるい家族生活とか。
名人の、石積み講座とか。
後は、薬師の正体とか。
まあ、ゆっくりやっていきますけども。
あと、完全に余談ですが、店主と薬師は気が合いそうです。



あと、次回予告は考えてる話のどれをやるか決まってないのでありません。


さて、それでは最後に。


 鬼っ娘は人類の英知の結晶っ。



[7573] 其の十五 俺と河原と兄妹と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/19 01:04
俺と鬼と賽の河原と。






 ここは河原。



「一、積んでは母のため」



 そこで、人は石を積む。




「一、積んでは父のため」




 それが供養と言われつつ。




「之破った者は士道不覚悟とし、切腹を申しつける!」





 それが、賽の河原。




「どこの新撰組!?」






其の十五 俺と河原と兄妹と。







「ゃ……くしさん、薬師さん! おはようございます、朝ですよ」

「お……、あ? うん、おはよう」


 その日、俺は鈴が転がるような声を聞いて目覚めた。

 なぜか、少女がベッドに寝る俺の肩を揺すっている。


「おお、由美か」


 そう言えば、家族になったんだっけか。

 ただ、本当は引っ越すつもりだったんだけど、閻魔殿の支援で寮の大きい部屋を渡してもらえた。、


「朝ですよ? 早く行かないと、朝食なくなっちゃいます」

「おーけいおーけい。っと、由壱は?」


 俺がベッドから立ち上がってそう問いかけると、その答えは部屋の端から、少年の声で返ってきた。


「俺はここですよ、薬師さん」

「よお、由壱」

「おはようございます」


 と、それで、食堂へ向かおうと思うが、違和を感じて、俺は歩を止めた。


「なんか、よそよそしいな」

「え?」


 思えば敬語だとか、さん付だとか。

 家族とは思えない。


「いや、流石にな? いきなりタメで行こうぜ! とは言わんがせめて、さん付けくらいはやめようか?」

「え、でも、どう呼べばいいのか俺には――」


 さっぱりです、そう言った由一に俺は苦笑いして応えた。


「兄でも、父でも、好きに呼べばいいじゃないか。ただ、父は何となくへこむから――」

「お父様……」

「へ?」


 今、由美から聞き間違えでなければお父様、と聞こえたんだが。


「ん? お、男頭狭間おとうさま?」


 そう、男頭狭間、きっと男の中の男的な。

 って、そんなわけないな。

 ああ、ないとも。

 微妙に陶酔気味の表情だった由美が、突如として表情を変える。

 今度は脅え、不安。


「ひ、あ、あの、ごめんなさい!! 怒らないで……」


 そう言って、走り去る由美。

 俺は、それを茫然と見送って、いや、見送ってしまってから、由壱に訪ねた。


「地雷踏んだか?」


 あれは、トラウマ、所謂精神的外傷的な何かを彷彿とさせる表情だった。

 ので、聞いてみたら、何ともまあ予想通り。

 由壱は、重々しく肯いた。


「はい……」

「後敬語はなしな」

「え、はい、いや、うん」


 それだけ言って、由壱に俺は先を促す。


「家は、DVだったから……」


 それだけで、俺はある程度状況を察することができた。


「なるほど、虐待って奴か」


 あの怯え様、よっぽどのことをされたと見える。

 だが、そんな父親を、俺に重ね合わせて呼ぶのは、何故だ?

 その疑問に、由壱は言わずとも答えてくれた。


「う、うん。それで、あいつは、いつも――、優しい父親に憧れてたみたいでさ」


 あー、そういうことか。

 軽率なことを言った。

 今更ながら後悔する。

 優しい父親が本当は欲しかったけど、本物の彼女の父親は恐怖の存在で、理想と恐怖を俺に重ねている、と。

 如意ヶ嶽薬師として接するなら問題ないが、父、如意ヶ嶽薬師としてなら、恐怖が表面化してしまう。

 そしてうっかり、俺は父親になっちまったわけだ、由美の中で。

 だが、今更取り消せはしないだろう、あの怯え用はなかったことにはならないだろうから。

 面倒だな、思いつつも俺は続ける。


「そして次に出てきた父親も、働け働け言う割に飯は寄越さんかったと」


 これは酷い。

 トラウマにもなるわ。

 だが、その場合お前さんは?

 聞くと、由壱は着ているトレーナーの袖を捲り上げて見せてくれた。

 煙草の痕。


「ただ、それでも、俺は兄貴だから――」


 これはただの傷じゃない。

 死んでも残った傷なのだ。

 それは魂に痕を残すほどの苦しみだったということ。


「そうか……」


 俺は、呟きながら由壱の頭をなでてやる。

 由壱は、抵抗しなかった。


「お前さんは、強い子だ」


 突然の物言いに、由壱は少し戸惑いながら肯く。

 俺は肯いたのを見て、続けた。


「だが、な? 強い大人もいるんだ。あんま、無理すんなよ?」


 きっと、由壱が鬼化しなかったのも、その兄としての精神の持ちようが関与しているのだろう。

 だが。

 子供が子供らしくしてられない世界なんぞ、砕けてしまえ。

 すると、不意に、由壱の目尻から滴がこぼれおちた。


「あ……、あぁ…」

「構わんよ。ほら、父か兄か、それとも祖父か、または友か、もしくはその全ての胸で泣け」

「あ、ああああああぁぁぁっ!!」


 しばらく、由壱は俺の胸で泣いていた。





 そしてしばらく。


「さて、急いで由美を探しに行こうか」

「うん、兄さん」


 大体、由美が出て行って、由壱が泣き止むまで十分強だが、大分時間を取られ過ぎた。

 あと、由壱は俺のことを兄さんで確定させたらしい。

 ともあれ、俺達はそこらに話を聞きながら、由美を探している。


「あー……、ここらで角生えた幼女を見なかったか?」

「すいません、僕の妹なんですけど……」


 などと目撃証言に従っていくと、自然に、河原に出た。

 河原には早朝なせいで人気はなく、そこに二人の人影があるだけだった。


「あ、いた」

「おう」


 河原でに蹲る由美を見つけ、由壱が駆けより、歩幅の差で俺が歩み寄る。

 む、由美の前にいて一緒に石を積んでるのは暁御か。

 向かい合うようにして二人で石を積んでるらしい。


「おい、由美」


 俺の言葉に由美が勢いよく振り返る。


「あ、お父さ……、お兄様」

「え? あ、父? 何時の間に薬師さんは子作りを、もしかして隠し子!?」

「いや、違うから」


 動揺しまくる秋御に言いながら、俺は思う。

 どんだけトラウマ植え付けたんだよと。

 父に敬語で様づけ?

 ちょっと脂ギッシュな豚と、実の父親、片方はもう精神を霧散させられ、もう片方は現世なでもう手の届かない人たちだが、少し殺意が湧いた。

 この想いは偽善に等しいものがあるんだろうが。

 虐待を受けた子供など星の数ほどいるかどうかまでは知らんが、少なくとも少数、と言えるほどではなかろう。

 その中にはもっと酷い扱いを受けた者もいるだろう。

 だが、それがどうした、と。

 少なくとも、そんなのごろごろいるとか言って思考停止するよりは、何か思う方がましだ。

 理屈は嫌いだ。

 俺は少なくとも感じたままに生きる。


「だから、様づけなぞしなくていいんだがな」


 言うと、なんか由美は曲解したようで、すぐに泣きそうな顔で謝ってきた。


「ご、ごめんなさいっ!!」


 溜息が出るぜ。

 だが、怒る気は全く起きない。

 てか、おびえる小動物相手に怒りを覚えるほど変わった脳内構造してないわけで。

 俺は肩を竦めると、少しずつ近づいて、


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、お願いだから――、ぶたないで」


 怯える少女を、抱きしめてみることにした。


「え?」

「だからな? お前の父観は間違っていると。父親は――、娘を殴らん」


 言いながら、背中をぽんぽんと叩いてやる。


「呼びたいんだろ? 父親と、別にかまわねぇよ。ただし、頼まれたって殴ってやらねぇ」


 はたして、父親とは、どういう生き物だったろうか。

 俺の父も、大概まともではなかった気がする。


「俺のような機微の解らん駄目な男でいいなら、いくらでもなってやるよ。なんせ、家族だからな」


 不意に、俺の背にある由美の手に力がこもっていることに気付く。

 小さい手だ。

 そんな彼女は涙を流しながら、言う。


「はい……、…お父様」


 ……。

 ここで不意に、思い直した。


「やっぱやめた」

「え?」


 いや、ふと思うが、なぜ父親でなければいけないのやら。


「そうだな、今日から俺は、お前の兄であり祖父であり叔父であり従兄であり、父であることにするよ」


 どうせなので、欲張ってみた。


「という訳で、何かあればこの兄かつ父に話してみるといい。兄だからな、気軽な相談も話せるぞ? そして父でもあるから、重い相談だってするがいい」


 祖父でもあるので昔話だってしてやろう。

 そもそも、この地獄で定型関係など無駄に等しい。

 俺達は家族になった。

 それでいいだろ。

 わざわざ父と意識して怯えられるより、ずっとな。


「だからな? お前さんは脅える必要はない。なんせ、父だから世話掛けても問題ないし、兄だから言うこと聞かなくても問題ない」


 なんて都合のいい、まさにおいしいとこ取り。

 そして、俺の言葉に由美はしばらく沈黙していたが、突如、笑いだした。


「ふ、あはは。ありがとうございます、お父様」

「口調は要練習な、無理しろ、とは言わないけども。ゆっくりため口聞けるようになろうか」

「はい!」


 うん、これにて一件落着。

 由美は、友人になるのは簡単で、家族として踏み込むには難しい子だった。

 が、それだけだ。踏み込んだ後はもう、問題ない。


「おーい、由壱、お前もこっち来い。ほれ、肩車してやろう」


 俺は、由美を抱えあげながら由壱を肩車してやる。

 本来は、そういう年齢じゃないのだろうが、二人は実の父親にしてもらったことなどないのだろう。

 だから、今からでも遅くはないはずだ。


「さて、帰るか」


 帰って、飯でも食おうか。



 今日も俺は、河原で楽しく石を積むようです。


「せつめい、してください……!!」

「え?」


 気持ちよく終わろうとしたら、暁御が俺の腕を掴んでいた。

 そして俺は、正座で事の概要を話すことになった。




 家族も増えて賑やかに。

 きつい時もあるけれど。

 俺は相変わらず石を積んでいます。










―――

兄妹編しゅーりょー。
ここまでが第一部のような物、てかキャラ登場編で、ある程度キャラが出そろったのでこれからはもっとゆるゆる感が。
でるはず。
というか山も谷もないぐにゃぐにゃ日常編に入るかも。
とりあえず、言う事があるとすれば、
由美妹フラグと見せかけて娘だったという展開。

あと、兄妹の性格定まってなくね? 的な突っ込みは重々承知しております。
じつは、兄妹捨てキャラだったんですよね。





さて、では返信。



XXX様


鬼になることがいいことかどうかは、微妙なライン、というのが作者の見解であります。
鬼になれば地獄での生活が保障されたようなものだし、人間以上の膂力がある、という特典付きだし。
ただ、転生できず、見送り取り残される側に回ってしまうのも事実。
要は、本人の気の持ちようなんですけど、簡単に言えば家族が片方だけなってしまった今回は悲惨、と言う訳です。

あと、ここからは余談ですが、鬼とは、病原菌に近いものがあります。
常に空腹に襲われたりする症状が出るのです。
ただ、物によって、程度によって等の差で、悪い作用なしで恩恵を与える、と。




妄想万歳様


かっこいい薬師(笑)は今回まで続きます。
次回には、持ち越されるか、と問われればたぶん無理。
ちなみに、閻魔様は現状いじられてはいない、が薬師にかかればどうなるやら。
ただ、多分真面目なのは遺伝だと思います。




山椒魚様


私の閻魔のイメージは、何故か赤くてテンプレの服装で、ひげもじゃなんですが、正直可愛げも何もあったもんじゃないぜっ!
と言ってみる。
上にも書いたとおり、真面目なのは家系。
そして薬師は真面目な人ほどからかうと面白い、というので、どっちかというといぢられ属性が李知さんについてるのではなくて、
薬師にいじめっこA+がついてる可能性も。



ザクロ様


閻魔登場! 明かされる地獄の真実!! 物語はさらに加速する!!!
と見せかけて、ゆっくりほのぼのやります。
最近なんかシリアスだったんで。
さて、質問に関する答えですが、
既婚者はせいぜい一割に満たないくらいかと。
まず、転生待ちで結婚する人は殆どいない、そして転生待ちじゃないのは地獄の一割から二割程度なので、万に届くかどうか、という辺りです。
閻魔様は、結婚はしておりません。
ただ、後継者として遺伝子上同じ子孫がいる、というかぶっちゃけると閻魔が子供を産まずに逝ってしまったから、困った結果。
閻魔に子供があったことにするという、結果から遡って過程が作られるというパラドックス発生して、本人にそんな覚えはないけれど娘がいたという感じです。
故に未婚、そして彼氏いない歴=年齢=すごいことに。



さて、最後に。

薬師、変わってくれっ!



[7573] 其の十六 私と河原とあの人と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/04/24 23:49
俺と鬼と賽の河原と。






 ここは河原。



「一、二つ」



 そこで、人は石を積む。




「三つ」




 それが供養と言われつつ。




「いぃーっこ積んでは二個崩すー」





 それが、賽の河原。




「それって…、積めてませんよね……?」






其の十六 私と河原とあの人と。








 私の好きな人は――、変だ。


「むぅ、まだ怒ってるのか?」


 気がついたら、娘と弟ができていた。

 状況は説明してもらって、

 止むに止まれぬ事情があったことも聞いた。

 でも、それでも、釈然としないのは何でだろう。


「あれからもう四時間近く経ってるんだが」


 ……わかってる。

 私は、蚊帳の外だったから。

 どうしても、それが気に入らなくて。

 そんな自分が子供みたいだと、判っていても――、止められない。


「むぅ、仕方ねえ。今日は俺がお前さんの夕飯を奢ってやろう!」

「え?」


 あの、いつの間にそんなことに?







 私が、彼を意識し始めたのは、きっとあの時だろう。

 じゃら男さんにいじめられていた時、彼が助けてくれた。

 それまでは、顔を見たことはあったけど、何も思う事はなかった。

 だけど、一度助けられて、初めて知り合った男の人で、格好よくて。

 だから、このままさよならは嫌だって思った。

 今だからわかるけど、友達らしい友達もいなかった私は、本に縋るしかなくて。

 だから、きっと私は、本の中の優しい王子さまに憧れていた。

 そして、彼は、私の予想に反して、

 優しかった。

 私は、世界に優しくされたことなんてなかったから――、

 私は飄々とした彼の優しさに惹かれて行った。






「そう言えば、二人は、置いてきてよかったんですか?」


 人通りまばらな夕方の商店街、私は薬師さんに尋ねた。


「あー、誘ってみたんだが、暁御さんとごゆっくりだそうだ。……それもそうだな、詫びなんだから」


 あの二人は、私に気を使ってくれたようだ。

 これで私は薬師さんと…、二人っきり……?

 不意にドキドキする。

 初めての時はそうでもなかったのに、今回は心臓が早鐘を打って止まってくれない。

 頬が熱い、きっと赤くなってる。

 嬉しいけど恥ずかしい。

 だが、そう思うと同時に、私はこうも思う。

 薬師さんの……、朴念仁。

 私は今日、貴方のためにミニスカートを穿いてるんですよ?

 私は今日、貴方のために精一杯お化粧してきたんですよ?

 私は今日、貴方のために――。

 と、私は無意識に彼を睨んでいたのかもしれない。

 私の見上げる視線に気づいた彼がこちらを振り向いた。


「どうした?」


 私は突然の質問にしどろもどろにしか答えることができなかった。


「え、あの、いえ」


 私としては、忸怩たる気分だったのだが、彼は気にしたようでもなく、歩き続け――、

 そして、不意に言う。


「そういや、お前さん――、今日は化粧してるんだな?」


 今度は、答えられなかった。

 まるで体温が沸騰したかのように熱くなる。

 気づかれていた。

 そんなことが気恥ずかしくて。

 顔は見られないし、今の私の顔は見せられない。

 だから、少し下がって彼の背中を見て歩く。

 ……?

 何故だろう。

 彼の背中が微妙に嬉しそうに見える。

 だから、私はこの気恥ずかしさを払拭するため、会話の出掛かりとして聞いてみることにした。

 それを私はすぐ後悔することとなる。


「…嬉しそう、ですね……?」


 私の問いに、彼は頬を掻きながら答えた。


「女の子が、自分のためにおめかししてくれる、ってのは例え社交辞令でも――、男には嬉しいんもんだ」

「っ!」


 また不意打ち。

 彼は狙っているのだろうか。

 否、天然だからこうまで攻撃力が高いのか。


「歯の浮く、台詞ですね」

「そうか?」


 言ってみればこの通り、とぼけた顔で返される。

 ふと思ったのだが、この人は、私を女として見てないのではないだろうか。

 まるで、娘か何かのように思っているのかもしれない。

 彼が薬師お父さんとするならば、前さんがお姉さんで、じゃら男さんが弟で、私が、如意ヶ嶽暁御……。

 あ、あわわわ。

 如意ヶ嶽暁御なんて……。

 ただ、どうでもいいけど、じゃら男さんが薬師さんの子供っていうのはとても気持ち悪いと思った。


「うん、どうした?」


 などと違うことを思考して、赤い頬を戻そうとしていると、薬師さんが、もう一度振り向いた。

 振り向いて、すぐに表情を変える。


「!」


 どうしたんだろう、思う前に私は抱きかかえられていた。


「え? あ、え?」


 状況の掴めない私に、すぐ上から声が降る。


「悪い。熱があるのに歩かせるなんざ詫びとか言ってる場合じゃねえな」


 いや、その、それが。

 顔が真っ赤なのは熱なんかじゃなくて――。


「詫びる内容が増えたな。この件はまた後日何でもするからじっとしとけ」


 あれ、今なんかすごいことを聞いたような。

 なんでも?

 と、考える前に彼が走りだした。

 何か喋ると舌を噛みそうなので何も言えない。

 何時も、いつもそうだ。

 肝心なことは何も言えない。

 言わせてくれない。

 ただ優しくて、今のままで満足してしまいそうになる。

 私は、彼の胸の中で一度、ため息を吐く。

 その口は何故か微笑んでいた。



 薬師さんの……、朴念仁。




 ここは地獄の三丁目。

 私は今日も、恋心を募らせています。




余談。

「な、暁御ちゃんが熱出した!? まじかよセンセイ! 大丈夫なのか? 病院は!?
ってか俺にだまって二人でお出かけ!? 俺に協力ってのは嘘だったのかよ! きぃいいっ、悔しい!!」

「うるっせぇ!!」

「うんどぅばっ!!」

という会話があったかどうかは定かじゃない。






―――


短い!!
というのは置いておいて。
復活した理想郷と、早期に対応してくれた舞様にささやかながら全力で感謝を送りつつ、十六を投稿させていただきます。
今回は暁御編。
次は薬師に戻るか、前さんか、もしくはじゃら男か、李知さんというのもあるし、鬼兵衛もいいし、閻魔様で行くのもあり。
更には兄妹も、って選択肢多っ!
えー、書いてほしい話しがあれば、感想で書いてくれると優先的に描くかも。


次に、ここで告知。
そろそろ、オリジナル版に移動しようかなー、とか。
一応一区切りとして、二十本目投稿と同時で。
番外も含めてってことで十九話と同時になります。
ちなみに、感想で止められたらやめます。
ぶっちゃけると本板の人との実力差にビビりまくりの作者でありますっ!!




さて、返信を。




XXX様


鬼になる方法は、飢餓の他にもさまざまで、言うなれば人間性を覆すほどの歪みを抱えれば、精神状態がダイレクトに伝わる魂の状態に置いて、人外になり得ると。
主に、人間らしくないことをする、人間らしいことをしない、精神的に歪む、のどれかの条件を満たすと鬼になるようです。
その際に、その歪みが激しくなって現れる(由美の場合は飢餓)があるが、リハビリで元に戻ります。
ただし、鬼であることは戻りません。
ぶっちゃけると、鉄板折り曲げたら、一応戻せるけど折り目はもうどうしようもない、ということ。
あと、対して表に出ない場合もあるようで。
人として余りに強い場合、鬼になるが、以上は腕力にでるので、あまり問題にはならない、ってな感じです。




ザクロ様


兄妹捨てキャラってのは本当です。
ここでぶちまけるならば、鬼化の説明を行うにあたって、話の筋とロリの登場は確定してたのですが、ここで、兄妹丁度いいんじゃね、とか思った次第だったのです。

後、ハーレム一直線じゃね?って話ですが、薬師はモテます。
もうモテモテです。とりあえず、作中数人から好かれる予定はある、はず、多分。
ただ、問題は持てる原因が、男として魅力があるからなのではなく、父として魅力があるからだったり。
あと、登場キャラの傷につけこむのが上手いんです、彼。父として、お悩み相談が上手かったり。
そう言う訳で、彼がモテるわけです。


さて、質問に関する答えですが、

まず、温泉は掘れません。
掘っても掘っても、地下水脈もなく、土しか出ません。
ただし、合成ものならあります。

次に、閻魔大王は、地獄でもっとも強い権限を持っています。
ちなみに二番に泰山王とかいるんですが、まず、作中やったように強制魂魄分解。
それの応用で、辺りの物の原子霊を集めて物を作ったりすることができる。
物の創造ができるあたり全知全能とまではいかずとも、地獄において神のような権限を持っているのは確か。
しかし、半分会社員だったり。
といったところです。





それでは最後に。

目隠れもいいよね。




[7573] 其の十七 俺と酒場でただの小噺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/18 23:32



俺と鬼と賽の河原と。







 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 ヒュンッ、ポチャンポチャン。




「二つ積んでは父のため」



 ヒュン、ポチャン。



「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」




 ヒュン、ポチャンポチャンポチャン……。




「水切りで遊ばない!!」






其の十七 俺と酒場でただの小噺。





 日もどっぷりくれた夜。

 俺は、青くてでかくて角付きな男と酒場にいた。


「いつもは前さんと飲みに来るんだが、飲める奴と来るのも楽しいな」

「へぇ? 彼女は下戸なのかい?」


 開けた一升瓶はすでに二桁に突入している。

 むう、鬼兵衛め、意外とやるな。

 いや、これが鬼の正しい姿か。


「おうよ。俺が飲み終わる頃には――、大抵寝てる」


 俺は、一度コップを置いて、続けた。


「まあ、それでも付き合ってくれるんだから、付き合いがいいのか、量飲めなくても酒が好きなのか」


 すると、何故か鬼兵衛は、目を丸くして、こちらに言って来た。


「そうなのかい? 僕には、別の理由があると思うんだが……」

「うん? どういうことだ?」

「いや、わからないならいいんだ」


 鬼兵衛が言って、グラスを煽る。

 変なやつだ。

 と、思っていたら今度はこうだ。


「なあ、君の周りには魅力的な女性が多くいると思う」


 全く、何を言っているんだこいつは。

 酔ってるのか?

 酔ってるのか。


「だが、ま、そうさな。前さん、李知さん、暁御、それと由美と皆気立てのいい」


 ああ、確かに鬼兵衛の言う通りだ。

 だが。


「しかし、その内由美もどっかに嫁ぐのかねぇ? まだ、早いたぁ思うが、そう思うと寂しくなるな」


 秋御は、じゃら男と上手くいってくれるのだろうか。

 李知さんは不器用そうだが、きっといい男を捕まえるんだろう。

 前さんは――、どうするんだろうな。

 何とも、父の気分だ。

 などと考えていると、鬼兵衛に苦笑された。


「家族登録から半月もしないのに、すっかり父親気分だね」


 俺は、それに苦笑で返して、酒を注ぐ。

 その間、何やら鬼兵衛は考えるような仕草を見せて。

 俺が注ぎ終わるのを見ると、考えがまとまったのか、こう言って来た。


「君は、母親を作ってみる気はないのかい?」

「は?」


 思わず聞き返したが、そうか……。

 父も娘も、弟なのか息子なのか解らないのもいるが、母親は、居なかったな。

 あの二人は、母親についてどう思うのだろうか。

 その思考は、鬼兵衛に遮られた。


「今、娘さんと息子さんに母親が必要かどうか考えてるのかな?」

「図星だ」


 俺がそう言うと、鬼兵衛は違う違うと手を振って見せた。


「君は、恋をしないのかい?」


 ああ、そう言うことか。


「なるほどなー。だが、恋かぁ……。考えたこともなかったな」


 しみじみ思う。

 色恋沙汰とは無縁の人生だった。

 そんな俺に鬼兵衛は、怪訝そうに聞き返す。


「そうなのかい?」


 俺は肯いた。


「ああ。あれ? お前にはいってなかったっけか。俺、性欲ねえんだよ。だからって訳でもないが、なんとなく恋は舞台の向こう、夢のまた夢、って言うかな」


 とにかく、生前、俺は子を残さないのに恋してどうする、なんてことを思っていたわけで。


「そうだったのか……、というか、それで大丈夫なのかい?」


 まあ、男としては致命的かも知れんが。

 俺は笑って答えた。


「意外と問題ねぇよ」

「そうか、ならいいんだけどね」










「そういや、お前さん、娘がいるんだっけか?」

「うん。だけど最近反抗期みたいでね……」

「あれ? 何歳だ?」

「今年で十六、になるよ」

「あーあー、そのころの娘なんて大体そんなもんだって」

「そうなのかなぁ……。うーん、でも見てくれよ。この三歳のころの写真。この頃はよかったなー。お父さんお父さん、って」

「うぉ、写真まで持ってきてんのか。ま、確かに可愛いたあ思うがね。だが、昔が名残惜しいのもわかるが、今の娘さんも見てやらんと嫌われるだけだぞ?」

「うん……、そうだね。今度ちゃんと話とかしてみるよ」

「おうおう、その意気だ」


 酒も進みに進んで夜もどっぷり。

 俺と鬼兵衛が父の会話を繰り広げている時だった。


「飲んでるねぇ」

「お?」


 不意に掛けられた声に振り向くと、そこにいたのは髭面の赤鬼だった。


「誰だ?」


 聞くと、その鬼はにやりと笑った。


「鬼だ」


 その言葉に俺は吹き出した。

 ああ、酔ってるなー。


「っぷ、っはは。そうだな、失礼なことを聞いたよ、我ながら」

「そうだな。で、一人で飲んでてもしゃあねえんだわ。相席いいかい?」


 そう言った鬼に、俺は肯いた。


「全然構わんよ。鬼兵衛は?」

「あ、ああ、僕も構わないけど?」


 そう言った鬼兵衛は、微妙に赤ら顔。

 青鬼なのに赤ら顔とはこれいかに。

 というのはともかく。

 その言葉に気をよくした赤鬼は、勢いよく酒を頼みながら、俺等のいる畳の上、詳しく言うなら鬼兵衛のとなりにどかりとすわる。

 赤鬼青鬼というでっかい奴が前に座っているとなるとかなりの迫力だと思う。


「くははは、呑んでるねえ?」

「まーな」


 俺は、答えながらもう一度グラスを煽った。

 しっかし、誰なんだろうな、こいつ。

 しげしげ見つめていると、それを気にもせず赤鬼は酒を注いでいく。

 そして、一気に煽る。


「っぷは。いいねぇ。酒は神からの贈り物だ」

「それには同意するよ」


 そう言って鬼兵衛は肯いた。

 二人とも楽しそうだ。


「ああ、酒はいい。だが、煙草もありだ。あんたぁどうなんだい、黒い人」


 黒い人ってのは俺のことか。


「前は呑んでたんだがな。肺に悪いって煩い奴がいて、やめた。なんつーか、心配するようなことは何もないんだけどな。髭達磨」


 言うと、今度は髭達磨が吹きだした。


「っぷはははは、言うねぇ。で、そのうるさい奴ってのは、生前かい?」

「ああ、そうさな。関係としては、部下みたいな感じだったかもしれないし、ただのお手伝いだったかもしれない。もしかすると助手、なのかもな」


 すると、髭達磨はなんだそりゃ、と言いながらも、こう続けた。


「だが、心配してくれる人がいたってのはいいことだな。だからお前さんもやめたんだろ?」

「そうだな」


 そういや、現世に残した奴らは元気にしてるんだろうか。

 まあ、今となっては知る由もないが。


「で、そう言うお前は? 酒も煙草も好きなのか?」


 聞くと、髭達磨は、豪快に肯いた。


「ああ、大好きだ。もっぱら俺はキセルだがな!」


 言って大笑いする。

 騒がしい奴だ。


「ま、あんたらも大概だが――、気をつけてくれよ? 酒は飲んでも呑まれるなってな」


 まあ、飲み過ぎはいかんな。


「液体を喉に通すことを食を欠くと書いて飲む、と言い、丸飲みすることをどんの方で呑むという。この場合、人間は酒を飲み、酒に呑まれるのが人間なわけだ」


 だが、髭達磨は言いながらもにやりと笑って見せた。


「ま、俺達酒呑みには関係ない話だな」


 そして、すぐにそれは豪快な笑い声へと変わる。

 本当になんなのか、こいつは。

 予想はつく。

 多分、こいつは俺の調査に来たのだろう。

 例えただの一般市民とはいえ、閻魔を巻き込む騒動となったのだ。

 見た目それほどじゃなくても、運営側の方はてんやわんやになったに違いない。

 そしてその原因の一つの俺を見にくる。

 で、性格的に問題なしだったらそれで終わり。

 何かを企んでいる風だったら何らかの行動を起こす、と。

 だが、聞くのは憚られた。

 これで全く見当違いのただの酔っ払いだったら、本気で恥ずかしい。

 なんというか、大推理を見せて、当てた犯人が濡れ衣だったくらいには恥ずかしい。

 いや、待てよ?

 酔った勢いということにしてしまえば――、誤魔化せる……!

 そう思った俺は、実行に移して見た。


「で、俺の観察にでも来たのかい? 酒呑童子さんよ」


 皮肉気に、笑って言う。

 すると、赤いのは、目を丸くして――、

 マジか、しくじった。

 おし、誤魔化そう。


「なん――」

「俺が酒呑童子ってよくわかったな? 坊」


 てな?

 って、本人様かよ。


「見え見えだっての」

「流石に鋭いな。坊は」


 髭達磨が、心底愉快そう先程とは違う笑みを見せる。

 いや、当てずっぽうだったんだけどな?

 なんつーか、大酒のみの赤鬼、ってことで皮肉として酒呑童子っつったんだが。

 ここは見栄張っていいとこだよね?

 そう思って見え見えだ、なんて言ってみたわけだが、相手はするすると喋る喋る。

 隠す気なんてないらしい。


「いやな? 流石に坊連中がなんかやらかしたとあっちゃあ、上も訝しがるわけさな」

「坊って呼ぶなよ。地獄じゃ、少なくとも薬師だ」

「で、だ」


 そこから、髭達磨の笑みが普通に戻る。


「坊がいきなり閻魔を顎で使うなんて言うからどんな悪だくみしてんのかと思ったら、普通にパパやってんだからこりゃ笑えるぜっ!! はっはっはっは!!」

「うるせぇ怒るぞ。あと、鬼兵衛も仕込みだな?」


 言って、鬼兵衛に視線を送ると、彼は両手を合わせて頭を下げてきた。

 誘って来たのは鬼兵衛だ。

 やはりそういうことなのだろう。


「やっぱりか……。まあいい」


 俺は一つ溜息を吐く。


「お、許してくれんのか?」


 ま、俺は酒が飲めればそれでいい。

 そう思って、俺は奴らに微笑み返してやった。


「ここがお前らの奢りならな」


 二人の顔が凍り付いた。


「え、あの、僕そんなに持ってないんだけどなー……」

「いや、俺も奢れるほどは……」


 二人の声を俺はにべもなく切り捨てる。


「知るか、経費で落とせ」








 ここは地獄の三丁目。

 俺は明日も楽しく石を積むようです。





 ちなみに、ここからは余談だが。


「そういや、茨木童子とは上手く行ってんのか?」


 茨木ってのは諸説あるが、どうやら女の鬼で、酒呑童子の恋人だったそうな。

 ってのを、俺は地獄に来て知った。

 来たばっかりのころ案内してくれたのが彼女だったし、彼女から酒呑童子が恋人だということも聞いていた。

 会うことになるとは思ってなかったが。

 が、そんなにそんな上手く行っているわけでもないらしい。


「そいつがな!! あのあばずれめ、やれ部屋でごろごろするなだの、掃除しろだのと――!」


 とは言うが、これで千年近くやってきてる熱々カップルだって言うのだから、どうしようもない。


「そういや、あばずれ、って聞きはするけど詳しい意味は知らないな」


 あばってなんだ?

 すると、いきなり髭が叫ぶ。


「あばらがずれてるとか!?」

「いや、整骨院にでも行っとけよ」


 謎だ。

 などと意味のない会話を繰り広げると、今まで無言だった鬼兵衛が口を開いた。


「そう言えば――、先輩も薬師君と同じようにモテたんでしたっけ?」


 そうなのか? 髭達磨が?

 ああ、そういや、鬼になる前はたいそう美少年で、めちゃくちゃモテたが、それを全部断ってると、恋患いで言いよった奴らが全員死んだとか言う。

 んで、その後、それで恋文を燃やしたら、死んだ女たちの怨念によって煙に巻かれ、そんで気がついたら鬼になったんだっけか?

 すると、髭は大仰に肯いた。


「おうよ、っても半分は呪いのせいでもあるんだけどな」

「呪い? それは初耳ですけど」

「ああ、祝福、と言っていいんだがな。だが、そいつが微笑んだだけで人が恋する、っていうやつでな?」


 あー、その結果がそれか。


「第一な? そんなの美少女ばっかりじゃねえんだよ!! 更には男もいた!! 美少女もな? 笑っただけで恋したとか洗脳みたいで怖いし!!」

「そりゃきっついな」

「それで鬼にされちゃたまんねーよ。とはいっても、気に入ってるんだがな」


 はははは、と髭が笑い、追従するように俺たちも笑い声をあげた。


「だがな? 最近、この呪いを受けた奴が現世にいるってんでな。ちょいと心配なんだわ」

「ほう?」

「確か、中学生くらいから発症するから、そいつの性格がハーレム万歳じゃないとつらいんじゃねぇかな――? 確か、名前が変わってたな……、つきにみるにさとでやまなし、で、漢数字の十でどうだったか……」

「まさにご愁傷さまってやつか」

「ま、どうしようもないから、全く持ってその通りだ!」


 自分で言っておきながら、髭が笑い飛ばした。

 そんなこんなで、四方山話に花を咲かせ、夜は更けていく。


 だが。

 切れた酒を髭が補充しようとしたとき、それは起こった。


「おおーい!! 酒の追加ぁ!!」


 そう、店員はこう言ったのだ。


「もうありません、帰ってください」


 よし、帰るか。

 飲むだけ飲んだし。

 帰って寝る。

 今日は疲れた。




「あれ、ちょ、薬師? どこ行きやがった? 薬師いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「これ、経費で落ちるのかな……?」




―――



さて、十七です。
今回は男同士の会話と、ちょっと薬師について伏線がちら見えしてきました。
勘のいい人なら簡単にわかるはずのキーワードを入れて見た、つもりです。
あと、現在、ちょっとした完全ネタの作品を並行で作業していたり。
ちょっとだけ、本編で言ってることとリンクしてたりします。





では返信を。




ザクロ様


相変わらずコメントどうもっす。
じゃら男が薬師の息子、考えただけで違和感満載ですが、思えば、薬師も子供がいてもおかしくない年ではあるのですよね。
普通にお父さんやってる薬師……、ってのも想像がつきませんが。
あと、質問のネタが切れてしまったようで。
やった!! 答えられない質問が来る前に逃げきってやったぜっ!!
というのはともかく、質問に答えるのは結構楽しいもんなので、ネタができたらまた質問しください。




ニッコウ様


お久しぶりです。
相変わらずの朴念仁です。
というのは置いておいて。
人間性を覆す精神的な歪みを得るのは中々に難しいことだったり。
ただの殺人狂なら、人間の範疇ですし、言うなれば、人間が絶対に理解できないほどの異常な思考をしなければなりません、ぶっちゃけると、狂人の中でも異端。
この例えで分かるかはさっぱりですが、パンプキンシザーズの伍長が常にランタン状態くらいだと簡単に行ってしまいますね。
ただし、精神的以外であれば、飯食わないとか寝ないとか結構簡単に鬼になってしまうのです。
まあ、その辺は、詳しくは設定で語ることとなりますが。
ちなみに、絵の方ですが、気長に待たせていただきます。
ゆっくり頑張ってください。




七様


おお、自分の作品で、貴方の心に何かを与えられたならとても嬉しいです。
ただの自己満足で書き始めた作品ですが、気がついたらここまで来ました。
ちなみに、そう遠くないうちに貴方の嫁は番外編でやってきます。
待っていてください。




妄想万歳様


薬師は紳士、というより漢を標榜する男なのです。
女性に優しくという、ある意味性差別の延長とも言える優しさが、彼の旗立ての道具なのです。
このままでは、立ちそうです、閻魔様&季知さんフラグ。
むしろ確実に立つようです。




ちなみに次は李知さん編。




さて、では最後に。


鬼っ娘は人類の英知の結晶っ!



[7573] 其の十八 俺と私と彼と彼女と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/24 01:15



俺と鬼と賽の河原と。







 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 カンっ、トン。




「二つ積んでは父のため」



 カン、ストン。



「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」




 カン、トン。




「達磨落としじゃなにも積めない!!」






其の十八 俺と私と彼と彼女と。






 俺が、李知さんに違和感を感じたのは――、元気がないように見えたからだ。

 俺の隣には、石を積む由壱。

 そして、俺の目の前にいるのが李知さん。

 ちなみに、由美は仕事のためのレクチャーを受けていて、前さんは閻魔大王に呼ばれているらしい。

 よって、代理で李知さんがいるのである。


「……、はぁ」


 突如として、李知さんが溜息を吐いた。


「どうしたんだ?」


 聞くと、なんでもない、とだけ返して、李知さんはそっぽを向いてしまう。

 はて、何でもないわけがないだろう。

 それが、一体何なのか。

 そこが問題なのだが。


「だがしかし……、詮索するのもいかがかね……。どう思う? 由壱」


 俺は、李知さんが上の空なのを確認して、最近うちとけてきた由壱に言葉を求めた。


「え? うん、そうだなぁ……。俺も、お世話になったし――。悩んでるなら何とかしてあげたいけど」

「だよな。よし、お兄さんは動いてみることにするよ」

「わかった、何かできることがあれば言ってよ」


 由壱の言葉に、俺は肯く。


「ああ、頼りにしてる」

「はは、任せてよ」


 由壱も頷き返した。

 ――その時だった。

 そう、優しさを見せるなら、不意に、地鳴りのような音がした、とか表現するべきなのか。

 それとも、かわいらしいと表現するべきなのか。

 埒が明かないので、こう表現しよう。

 腹の鳴る音がした――、と。


「なっ、その、これは……」


 発信源は李知さんから。

 もしかして。


「食って、ないのか?」


 聞くと、しばらく李知さんは黙っていたが、やがて観念したように口を開いた。


「……給料日、前でな…」

「うん? 寮の飯はどうした?」


 確か鬼の寮にも三食付いてたはず。

 が、李知さんはそれに首を横に振った。


「私の金ではないのに、それを食べてしまうのは、何か違う気がしてな……」


 そのようなこと、気にしなければいいのに。

 そう思う横で、俺はわかってしまった。

 だから、彼女は鬼になったのだ、と。

 そんな彼女に、俺は言った。


「じゃあ、明日の休み、俺とどっか行くか!」

「え?」


 ああ、李知さんには兄弟の時とかでもずいぶん世話になってるからな。

 たまにはこういうのもありだろう。

 そうだな、この際元気づけて、飯でも奢ってやろう。


「いやな、気になる店があるんだが、一人じゃつまらんからな。ご一緒願えるか?」


 すると、そこには妙に動揺した感じの前さんがいた。


「……それは、で、ででで、デート、じゃないのか……!?」


 はて、でえと、デェト、出越冬?

 いや、英語、Date、だな。

 意味は、ナツメヤシの実? いや、ないな。

 えー、日付、年月日、期日、時代、……意味わからん。

 あーと、ああ、そうか。

 会う約束、の方か。

 ふむ、現代っ子なのはわかるが、英語を使うのも程々にしてほしいものがあるな。

 英語は習っていたが、あんまり得意な分野じゃない、ってか知識は覚えたが応用はさっぱりだ。

 そうか、最近の若者の間では、友人間で出かけることをデート、と言うのか。


「ああ、デートか。ああ、うん、デートだな」

「え? 本当に、そのつもりなのか!?」

「うん? そうだろう? デートじゃないならなんなんだ?」


 あー、出かける、Go? Out、With?

 わからん。俺の乏しい英語知識ではさっぱりだ。

 と、すれば、最もふさわしいのはDateだろう。

 李知さんは、俺の言葉に、口元に手を当て、何やら考えていたが、最終的には肯いてくれた。


「わかった。あす、だな?」

「ああ」


 そうして、俺は彼女とデートすることとなった。









「よお」


 休日の午前十時の広場にて。

 俺は、やってきた李知さんに片手をあげて歩み寄った。


「少し…、遅れたか?」


 聞かれて、俺は広場の時計を見る。

 十時、ジャスト。


「いや、ぴったりだ」

「そう、か」


 そう言った李知さんはあまり嬉しそうではない。


「さ、行くか。まずは――、どこか、行きたい所はあるか?」


 聞くと、李知さんは面食らった顔をした。


「な、予定があるわけではないのか?」

「いんや。そんなにそんな、がちがちに計画なんて固めないさ。よっぽどじゃなきゃな」


 友の、逢引の順路を綿密に決めたこともあったが、これはただの友人との買い物、大した問題はあるまい。

 思うに。


「……」


 李知さんは真面目すぎる。


「ま、今日くらい肩の力を、抜いたらどうだ?」


 もしくは。


「肩の力を抜いて、がちがちに予定を固めてしまってくれ」

「……!」


 李知さんの目が輝いた。

 そして。

 彼女は時計を見ながらなんかトランスし始めた。


「十時十分行動開始、書店に向かう。到着予定十時半、それから十一時まで書店に。そして十一時から近くの古着屋に移動。そして――」


 生き生きとしているなーー。

 そう思って李知さんを見ていると、李知さんは不意にこちらを見てバツが悪そうにする。


「なぁ、気持ち悪い、と思うか? それに、デートなのにスーツなんて着てきて」


 俺は、その言葉に対し、首を横に振って見せた。


「いいや? 付き合うさ。――いくらでも」


 服を言ったら俺も似たようなもんだしな。


「そう、か。……あ、ありがとう」

「どういたしまして。さて、じゃ、次は本屋か?」

「ああ」


 俺は、李知さんが肯いたのを見て、歩きだした。



 その、道の途中。



 俺を先導して歩く李知さんを見て、思う。


「歩き方、…綺麗だな」


 その呟きに、李知さんは振り向かないで答える。


「本当に…、そうか?」


 ああ、やっぱり。

 綺麗、きっちりしている、真面目。


「ああ、誰がどう思おうとも、な。李知さんは綺麗だよ」


 彼女の美徳が、彼女を鬼にした。


「そ、そそ、そう、そうか」





















 私は。

 午前十時、丁度を目指して広場へと向かっていた。

 その、で、デート、というやつだ。

 いや、そもそも薬師は何を考えているんだ。

 いきなりデートなどと…。

 いや、もうそれは仕方ない。

 せっかく誘ってもらったのだ、しっかり気分転換させてもらおう。

 私は、腕時計を見て、予定通りであることを確認しながら、広場へ入る。

 すると。


「よぉ」


 和服姿の軽薄そうな男が、片手をあげてこちらへ向かって来た。


「少し、遅れたか?」


 そんなわけはない、と思うが、私の時計にずれがあったのなら、修正しなければいけない。

 そう思っていると、薬師は広場の時計を見て、言う。


「いや、ぴったりだ」

「そう、か」


 この結果に、私は満足する、と同時に不満も覚える。

 悪い癖だ。

 何でもかんでもきっちりしたがる。

 こんなことでは、彼に呆れられてしまう。

 ……。まて、なぜここで薬師のことを思い浮かべる。

 別に、私をからかってばかりの男など、別にかまうまい。

 よし、大丈夫だ、思考は正常。

 そうして、思考を平常に保った私に、薬師は簡単に言った。


「さ、行くか。まずは――、どこか、行きたい所はあるか?」


 ……な。

 デートとは、予定を決めて行くものではないのか?


「な、予定があるわけではないのか?」


 問うと、薬師は肯いた。


「いんや。そんなにそんな、がちがちに計画なんて固めないさ。よっぽどじゃなきゃな」


 これは、拙い。

 不意に、不安になる。

 予定がないという現状。

 私は、どうしていいかわからなくなる。


「ま、今日くらい肩の力を、抜いたらどうだ?」


 それができれば、苦労はしない。

 それができなかったから私は――。

 私が焦燥に駆られる中、何かが決壊しそうになる寸前で、薬師は声を掛けてきた。


「肩の力を抜いて、がちがちに予定を固めてしまってくれ」


 ……? 決めて、いい?

 私が?


「……!」


 先ほどまで曖昧だった思考がクリアに回転し始める。

 さあ、予定を立てよう。


「十時十分行動開始、書店に向かう。到着予定十時半、それから十一時まで書店に。そして十一時から近くの古着屋に移動。そして――」


 ここまで言って、薬師の視線に気づく。

 やはり、気持ち悪いのだろうか。

 このような女は。


「なぁ、気持ち悪い、と思うか? それに、デートなのにスーツなんて着てきて」


 意を決して、聞く。

 そう思うなら、もう、帰ってしまおうと思って。

 きっと私相手では、薬師は楽しめない。

 だが、薬師は私の予想外の答えを返してきた。


「いいや? 付き合うさ。――いくらでも」


 良い悪いでもなく。

 ただ、付き合う。

 その言葉に、救われた。


「そう、か。……あ、ありがとう」


 照れくさくて、しどろもどろになってしまったが、薬師はちゃんと聞きとってくれた。


「どういたしまして。さて、じゃ、次は本屋か?」

「ああ」


 私は肯いて、彼と一緒に歩きだした。



 その、道の途中。



 突如、少し後ろを歩く薬師の声が、聞こえる。


「歩き方、…綺麗だな」


 その言葉に、私は驚きを覚える。


「本当に…、そうか?」


 私は、歩きすら秒刻みじゃないと気が済まなかった。

 わかっていた、異常だと。

 だから、褒められる、などとは思っていなかった。


「ああ、誰がどう思おうとも、な。李知さんは綺麗だよ」


 ! わ、わあ、私が綺麗?

 あ、あ、いや、歩き方のことか……。

 だが。


「そ、そそ、そう、そうか」


 嬉しい。









 それから、私達は色々回ってレストランにいた。

「さて、何頼む? 好きに頼んでくれ」

 彼が、白いテーブルクロスのかかった机に肘をついて、言う。

 私は、極力メニューだけを見るようにして、何を頼むか考える。

 はたして、彼は何を頼むのだろう。

 好みは?

 好きな料理は?

 今度作ってみようか…。

 !

 落ちつけ、私は何を考えていた?

 …、別にこの男のことを好ましいとは思っているが、料理を作ってやるような仲でもないはずだ。

 そ、そうだ、こうして休日デートするような…。

 デート?

 そう、デートだ。

 彼は、どういう意味でそれを――、

 その思考は、彼本人の声によって遮られた。


「どした?」


 その声に、急に現実に引き戻された私は、何も見ずにメニューを指差した。


「こ、これを頼む!」


 言うと、薬師は身を乗り出してこちらを不思議そうに見つめてきた。


「いいのか?」


 何を言っているのだろうか。

 私は、言う。

「ああ、早く」


 すると、納得したように薬師は姿勢を戻し、ウェイトレスを呼んだ。


「おおーい、店員さん。えーと、これとこれ頼む」


 薬師が、そうメニューを指差すとウェイトレスは見事な笑みで、厨房へと戻って行った。

 私には真似できない笑みだった。

 そして、しばらく。

 私の元に、料理が運ばれてきた。

 そこで、薬師は私に聞いた。


「なあ、お前さん、辛いもん好きだったか?」

「は?」


 薬師の前に置かれていたのはコーヒー。

 私の前に置かれていたのは、赤色のカレーだった。


「いや、だからその激辛カレー」

「……ぇ」


 私は辛いものが苦手なのに!

 私は、それを言うこともできず、頼んでしまった手前、スプーンを動かした。

 ……。

 辛い。

 辛いなんてものじゃない。

 死ぬ。


「どうした?」


 私の表情を見た薬師が、私に声を掛けてきた。

 私は、なんとか表情に出さず首をふる。


「何でもない」

「……辛いんだろ」


 薬師が、意地の悪い微笑みを見せた。

 この時の薬師は、本当に意地が悪い。

 だから、私は必死で否定する。


「辛くない」

「…辛いんだな」

「辛くない」

「スプーンがとまってる」


 その言葉を否定するように私はもう一口運ぶ。


「……ぅ」

「どうした?」


 優しげに効いてくる薬師に、私は逆らえなかった。


「辛い……」

「そうか。じゃあ、残すといい。別なもの、頼めよ」


 だが、私は首を横に振った。


「いや、私が頼んだんだから、食べる」

「無理すんなっての」

「いいや、食べる」


 言うと、薬師は諦めたように息を一つ吐いた。

 呆れられてしまったろうか。

 薬師は、しばらく黙っていたが、次第に口を開いた。


「なあ、お前さんが鬼になった理由。聞いてもいいか?」


 予想外の問に、私は固まった。

 それを、薬師はどう取ったのか、話を続ける。


「言いたくないなら、俺の予想だけ聞いてくれ」


 そして、彼は。


「お前さん、その異常なまでにがちがちに固まった性格で、鬼になったんだろう?」


 容赦なく、私の胸をえぐる。


「何で……、わかって…」


 私は掠れた声しか出なかったが、彼は聞きとってくれた。


「寮の食事を取らない理由、異常に時間にこだわる姿。あと、そのカレーを頑なに食べる姿。それが、度を越していた」


 当たりだ。

 当たりだった。

 だが、それで彼は何を言いたいのだろう。


「それで、お前は私に、もっと緩く生きろ、というのか……?」


 その言葉は、生前も何度も聞いた。

 だが、できたなら。


「できたなら……」


 それができたなら…。


「とっくに、そうしてるんだろうな」


 最後の言葉は、彼が引き継いだ。


「そうだな、言うんじゃないか? 肩の力を抜いて緩く生きろよ、ってな。多分、この先何度でも」


 わかっていない。

 そう言った彼の顔を睨みつけようとしたら、彼は言葉を続けた。


「肩の力抜いて、がちがち細かいこと気にして生きろよってな」

「え?」


 思わず、間抜けな声が出た。

 何を、言ってるのかさっぱりだった。

 そんな私に、彼は投げやりに言った。

 簡単に、言って見せた。


「だーかーら、お前は肩の力を抜くとがちがちになるんだろうが。逆に緩くなるには気ぃ張ってなきゃいけない。だったら、肩の力抜いてがちがちにやってればいいんじゃねえの?」


 その言葉は…。


「てか、俺が言いたいのはそう言うことじゃなくてだな。お前自身ががちがちであることを気にしてることについてだ。
あんま気にすんなよ。がちがちだっていいじゃねーか」


 自然な私の肯定。


「でも、それじゃ…、私の周りに、誰も……」


 いなくなる。

 実際いなくなったし、自分が悪いことも分かっていた。

 だが。


「そんなんで消えるようなのはほっとけ。いいじゃねえか、時間に細かいきっちりした女。格好いいじゃねえか、主体性のある女性。探せば、そんなお前がいいって奴が見つかる」

「そんなの……」

「いる」


 彼は、一度言葉を切り、続けた。


「俺とかな」

「え?」


 再び、変な声が出た。


「一日過ごしてわかったが、そんなに問題ねえっつの。お前が思うほど気にしねえよ。そりゃまあ、四六時中一緒なら息が詰まるかも知れんが。だが――、人間ってのはそんなもんだったか?
そも、恋人ですら二十四時間一緒にいるわけじゃねえ。
例え、一週間に六日、144時間一緒に居たって、一日あれば息抜きできる」


 意外と何とかなりそうだろ?

 そう言って、彼は締めくくった。

 その言葉に、私はスプーンを握りしめ、涙を流していた。


「…ぅ、う……」


 自然な私の肯定。

 それは一番私が望んで、されなかったこと。

 一番、掛けてもらいたかった言葉。


「お、おい? 泣くな泣くな、いや、泣いてもいいが、なんかしたのか? いや落ちつけ。とりあえず――、涙と鼻水、拭いてくれ」


 そう言って薬師は、私にハンカチを放った。

 私は――、それに縋りついて、子供みたいに泣きじゃくった。







「落ち着いた、見たいだな」

「あ、ああ」


 彼は、私が泣き止むまでずっと待っていてくれた。

 泣いた姿を見られて、とても気恥ずかしい私の前に、既に冷えてしまったカレー。


「な、なあ」

「なんだ?」

「これ、食べてもいいか?」


 呆れられるかもしれないが、きっちり、食べたかった。

 この場でだけは、絶対に。

 それを、薬師は汲んでくれた。


「わかった」


 その上。


「ただし、手伝おう」


 そう言って、何時の間に持っていたのか、

 スプーンを取りだした。

 そして、私と彼は、冷えたカレーを二人で、つつき始めた。



 二人で唇を真っ赤にしながら、薬師は最後の一口を、私の元へとやった。


「ほら、最後の一口。お前さんがかたつけろ」


 薬師のスプーンが、私の口元に届く。

 私は、恥ずかしがることさえ忘れて、受け入れた。


「完食、だな」


 私はあまりの辛さに何も言えず、肯いた。

 彼は、虚空に、呟いた。


「パフェでも、頼むか」


















「おーい! 薬師!! 早く来い! 時間に遅れる」

「へいへいっと」


 俺は、前を走って言った彼女をゆったりと追った。

 彼女はレストランの後、明るくなっている。

 ただ、時間の気にし具合には拍車がかかったが。


「次は、雑貨屋だ! 急ごう!」

「はいはい、雑貨屋は逃げねーよ」


 言うと、何故か李知さんは上目づかいで此方を見上げてきた。

 なんて言うか、大きい人がそれをやると、ちょっと可愛い気がするのは俺だけか?


「付き合って、くれるんだろう?」


 ああ、その通りだ。

 言ってしまったからな。


「付き合うさ、文字通り地獄の果てまで、な」


 こう言うのも、たまには悪くない。

 何処までも前を歩く彼女について行こう。

 だが、まあ。


「元気になってくれたようでなによりだ」

「え?」

「最近、静かだったからな。これで調子を取り戻してくれたみたいでなによりってな」


 すると、彼女は申し訳なさそうにこちらへ声を放った。


「実は、あの兄妹を助けるお前が、掟破りを連発するのを見て――、私のこの性分が価値のないように思えたんだ…」


 なるほど。

 俺は肯く。


「だが、そんなもん、適材適所だっての。丁度いい場所に丁度いいものを置けば上手く回るんだ」


 あの時は俺を置いて上手く回ってくれたわけだが。


「そう、なのかもな」

「そういうこった。さて、いくんだろ? 雑貨屋」

「あ、ああ! 時間が押してる! 急ごう!!」


 李知さんがゆっくりの俺を急かしていた。



 今日の河原もまた、

 平和である。












 私は寮の部屋に戻り、日記を開いた。

 これも私の日課だ。

 もう、数十冊目になるか。

 それに、今日のことを思い出し、文字を記す。

 今日は、楽しかった。

 薬師は目一杯こちらを楽しませようとしてくれたし、私も楽しんだ。

 今日のことはいくら感謝してもし足りない。


「こんなものか…」


 今日の回想が終わり、筆が置かれる。

 そして、不意に、思った。

 思ってしまった。

 それを私は、日記に書き足していた。


『いい加減な彼と、きっちりした私は、意外に合っているのかもしれない』







―――


ご無沙汰しております、兄二です。
実は、ゴールデンウィークに風邪をひきました。
四十度の熱が出て、死に絶えて、熱が下がっても長いこと引きずって今日に至り、
復・活
致しました。




さて、結局繋がりました。

ということで次から本板に移ります。
覚悟を決めます。




さて、返信を。


ザクロ様


魂に重さはありませんが、生前の感覚から、体重と同じくらいの力で地面に向かってめり込もうとしてます。
ので、幽霊歴が短い人は浮かびません。
本当に人間と同じ感覚で動けます。

鬼達の生活習慣に特別なことはありません。
ただし、固体差によって、鬼になった理由から来る日課等は存在する可能性があります。

角を触られても、何も起きませんが、一部神経の通ってる鬼がいるのでその感度によってはすごいことに。

人々の文化は基本的に、言葉は空気を震わせるわけではなく直接テレパシーに似た何かを無意識に発するため、問題なし。
金の具合は、来た時に換金され、統一されるし、固有の通過を言った場合、翻訳され、だいたいの価値が伝わる。

文化に関してはできるだけ運営で尊重するが、それ以降は自己責任で。
しようと思えば働いて祭壇を立てて独自の神に祈ることはできるし、自由に結構何でもできる。
ただし、互いを尊重し合うように、となっています。

逢引なんかは特になし。
基本的におおらかです。

とこんな所です。
いかがでしょうか。




妄想万歳様


酒呑童子はニコぽなんです。
今は鬼となってその能力は失われましたが。
ただ、現代に、その能力を持って生まれた男がいる、とかなんとか。
ちなみに、石積みしてるのは薬師です。
最近激しくやりたい放題してます。




七さん


三大妖怪と言えば、狐さんも出したくなってきました。
と、それは置いておいて。
あれですね、里見さんと店主の回は次が終われば日常編に一区切りなので、きっと掛けるはず。
頑張って野菜を乗っけてください。



山椒魚様


ネタの方にも顔を出してくださってどうもです。
全体的に、生前悲惨だった人が多いので、きっと地獄では幸せになれる、はず。
あと、多分経費は落ちませんでした、残念。
きっと奥さんSに怒られたこと間違いなし。
ちなみにデートはこんな感じで落ち着きました。
フラグが立ったようです。



ちなみに、次は前さん編。
実を言うと、この回書いてからじゃないと書けなかったのです。




さて、最後に。

一家に一台! 貴方の心の隙間に入り込む! 如意ヶ嶽薬師!!



[7573] 其の十九 俺と彼女と気まぐれと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/21 09:39





俺と鬼と賽の河原と。







 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 三列ずつ、互い違いになるよう高く積み上げた細い石。




「二つ積んでは父のため」



 彼は、その中の一つを、抜きとる。



「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」




 そして、一番上へ、乗せて――。




「あー、崩れた……」

「遊ばない!!」


 その名はジェンガ。






其の十九 俺と彼女と気まぐれと。






 それは、ただの気まぐれだった。

 ほんの少し、気分で出かけて帰るルートを変えて。

 何の気なしに、路地を見つめて。

 なんとなく、その露店が目に入った。

 露店の主と、不意に目が合う。


「ねえ、お兄さん。何か――、買っていかない?」

「なにも狩ってはいかんよお嬢さん」

「ねえ、お兄さん。何か、字が違わない?」


 身なりの汚い、少女だった。

 その少女は、黄土色のシートに体育座をしながら、こちらを見上げる。

 運営は、全力で地獄を支えているが、全てに行き渡ることはない。

 多分、今までもこれからもそうだろう。

 たった数千万の国ですら人々が貧困に喘ぐのだ。

 それから見れば、人数に対し、地獄はよく行きとどいている。

 と言ってみても――、目の前の少女に憐みが湧くわけではない。


「買ってよ」

「悪い、金ない」


 そう言って、俺は両手を上げる。

 すると、目の前の少女に溜息を吐かれてしまった。


「そう……、じゃ、いいや。引き止めてごめんなさい」


 それが、癪だったので、俺は何となく、聞いてみる。


「そういや、お前さんなに売ってんだ?」

「客じゃない人には教えない」

「そう言わずに、旅は道づれ世は情け?」

「なにそれ?」

「いや、一期一会?」


 すると、目の前の少女は首をかしげた。


「意味わかんないよお客さん?」


 俺は会心の笑みを浮かべる。


「今、お客さんって言ったな?」

「え?」


 少女がきょとんとする。


「客じゃない人には教えない」

「あ」


 そして、先ほど彼女は俺にお客さん、と言った。

 と、すると――


「言ってない」


 むう、中々強情だ。


「言った」

「証拠がないよ」

「ある」

「どこに?」


 俺は、言われて着流しの懐に手を入れた。


「テーープレコーダーー」


 微妙にやる気無さげなままでありつつも、間延びした声で言ってみる。


「なにそれ」


 反応は冷ややかだった。


「いや、青いネコ型ロボットの」

「なにそれ」

「通じない世界の人か」

「うん」


 なんだ。恥かいただけじゃないか。


「まあいいや、忘れろ」

「半分了解」

「半分かよ。ともかく、これが証拠だ」

「録ってない」


 そう言う少女に俺はレコーダーのスイッチを押して答える。


『意味わかんないよお客さん?』

「ずるい」

「大人はずるいんだ」


 言いながら、レコーダーを懐に戻した。

 目の前の少女は、もう一度溜息を吐いて、言う。


「アクセサリ」

「ほう? お前さんが作ったのか?」

「うん」

「ほぉー……、見ていいか?」

「というか、聞かないで、見ればすぐわかったのに」


 言ってくる少女に俺は首をふる。


「それは公平じゃない」

「そんなもの?」

「そんなもの。で、見ていいのか?」

「客以外には見せない」


 その言葉に、俺は意地悪な笑みを浮かべた。


「客だ」

「違う」

「君がそう言った」

「ずるい」

「大人はずるいんだ」

「結局、フェアじゃない」

「そんなこといったかな?」

「言った」

「テープレコーダーは?」

「持ってない」

「じゃあ言ってない」

「ずるい」

「大人はずるいんだ。ってことで見る」


 そこには、銀細工やら民芸品風味のものやら。

 ストラップから指輪、ネックレスまで多彩においてあった。


「すげえな。こんなもん作れんのか」

「ねえ、だったら買ってかない?」

「だから金ない」


 また、溜息。


「そう、じゃ、いいや」


 俺は一通り見て、立ち上がる。


「それじゃ、俺は行くとしよう」


 少女は無言。


「さよならの一つでも言ってくれると嬉しいんだが」

「もう客じゃない」

「さいですか」


 言って、俺は歩きだす。

 そして。


「今日はすっからかんだが――、明日また会えたら、縁があったってことでなんか買ってやるよ」


 その瞬間、背の向こうから、がたり、と音が聞こえた。

 思わず振り向くと、向こうに、立ち上がった少女。


「ほんとに!?」

「本当ほんと」


 俺は、顔だけ少女の方に向けて苦笑いした。


「現金なもんだ」

「現金ないと生きてけない」

「世知辛いな」


 そう言ってまた歩き出そうとしたら、すぐ横に、少女がいた。

 そして、懐に手を突っ込まれる。


「うお? ここは叫ぶべきか? きゃー、変態、痴漢、じゃねえ、痴女だ」

「叫ばなくていい」


 少女は、言いながら、俺の懐からあるものを取り出した。


「お、俺のテープレコーダーに何をするんだっ……!?」

「ここで言って行ってよ」

「い、炒って逝ってよ? お前…、残酷なことを言うな……」

「言ってない」

「炒ってない? そのまま逝けと?」

「そのネタはもういい」

「そうか。で?」

「約束」


 約束。

 なにを?


「ここで、宣言して行ってよ。また来るって」

「な、なんだってー!?」

「何で驚くの? 意味わかんないよお客さん」

「大人の礼儀だ、ってかお客さんにもどってるし」

「大人って大変ね」

「おう。で、また来る、って言えばいいのか?」

「うん。ほら」


 少女が、マイクのスイッチを入れた。

 俺は、真顔で宣言する。


「あー、俺は、また、この店に、来ることを、ここに、宣言、い、た、し、ま、す」

「最後の方意味わかんないよお客さん」

「なんか普通にやっても面白くなかったんだよ店主さん」

「そう、じゃ、これは預かっとくね」

「へいへい。じゃ、帰るか」


 再び、俺は踵を返す。

 だが、また呼びとめられてしまった。


「で、今度は?」

「指きり」

「んー」


 言われるまま、俺は少女に小指を差し出した。


「ドスでざっくりとか無しだぞ?」

「どこの世界の指きり?」

「うーん、裏?」

「まあ、いいや。指きりげんまん嘘ついたら針千本呑ーます。指きった」

「うし、俺は帰るぜ」

「うん、それじゃ、また明日」


 また明日、と返して俺は再び歩き出した。


「そういや、指きりは通じんのか」













 そして、次の日。

 俺は、昨日と同じ路地を歩いていた。

 そして、昨日と同じ地点に、昨日と同じく、彼女は座っていた。


「よぉ」

「ほんとに来たんだ」

「針千本は辛いからな」

「そう、あ」

「どうした?」

「今日はスーツ」

「今日は河原の定時集会だったんだよ」

「でるようには見えないのに」

「いや、俺は真面目なんだよお嬢さん」

「ふ?」

「いや、ふはつけない。真面目だよ」

「へえ…」

「興味無さそうだな…。ま、大人は大変なんだよ」

「ふぅん、で、何を買っていくの?」


 聞かれて、俺は屈みこむ。


「ふーむ?」


 昨日も見たが、中々に多彩で、どれがいいか決めにくい。

 というか、俺が付ける訳じゃないからな。


「実用性って、なんだろうな」

「何言ってんのかわかんないよ?」

「いや、俺はアクセサリとかしないんだが、果たして、な」


 すると、にやりと少女は笑う。


「そんなの、一つじゃない」

「なんだ?」

「プレゼント」


 ぽん、と俺は手を叩く。


「おお」


 そして、


「だが、俺にはさっぱり機微が解らんな」

「私に任せて」


 言うと、少女がアクセサリを選び始める。


「これとこれと、これと、これ、かな」

「値段は?」


 すると、少女は二つ、指を立てた。

 二文? いやー安いなー。


「特別にきりよく二貫文」

「高くね?」

「適正価格。むしろ安い方。お客さん、他だともっとぼったくられてるよ?」

「嘘くせ。特にその棒読みが」

「ソンナコトナイヨ?」


 うん。

 嘘くさ。

 てか、二貫文あれば、俺の現世で言う――、換金めんどくさいな。

 えー、だいたいあれだ。

 おにぎりが、二百個近く買える?

 だが、


「ま、しゃあねえか」

「買ってくれるの?」


 少女は、少し意外そうだった。


「言った以上はな。ほれ」

「え? これ二分も……」

「細かいのねーんだよ。そっちにゃおつり、ないだろう?」


 言って、俺は選んでくれた装飾品を掴んで、立ち上がる。


「そりゃないけど…。悔しいな」

「そうかい」

「いつか、おつり返すね」

「そうかい。じゃ、行くか」

「そう。また私はここでやってるから、また買いに来てよ」

「へい、へい」


 言いながら、俺は歩きだし、十歩ぐらいで足をとめた。

 振り向いて、少女を見る。


「そうだ。俺そんなに知り合いいねーからまずはお前にやるよ」

「何を?」

「プレゼントとやらを」


 俺は、その手にあった銀細工のネックレスを放り投げる。

 それはコツン、と少女の頭に当たった。


「じゃあな」

「むう、悔しいな」

「その内見返しに来いよ」

「そっちが来てよ」

「気が向けばな」

「ここで宣言」

「残念。レコーダーはこの手の中さ」

「あ」


 俺は彼女にレコーダーを取り出してみせる。


「そういうこった」

「残念」

「それじゃ、行く」


 俺の背に、少女の声が掛かる。


「またのご来店を、お待ちしております」












 とある、レストラン。

 テーブル上に前さんは肘をついて、半眼で俺を見つめている。


「へぇ……、そっか…。こないだ、李知と出かけてたんだぁ……」

「お、おう」


 不機嫌に。


「へぇ…、そうなんだ。あの日は…、あたしも休みだったのに、全くノータッチで李知と出かけてたんだ…」

「お、おう」


 これは不味い。

 逃げろ俺。

 逃げれたら苦労しないさ俺。


「しかも――、何度か電話掛けてたんだよ?」

「お、おう」


 ああ、あの時は電源切ってたね。

 李知さんに怒られそうだったから。

 しかし前さんは怒っている。

 ほったらかしにされているのがそんなに腹にすえかねているのだろうか。

 待て待て、考えてみろ。

 こういう際は立場に自分を代入してみればはっきりする。

 たとえば――、前さんが休みに、じゃら男と出かけていたら――。

 殴るな、じゃら男を。

 なるほど。

 何か気に入らない。


「そ、それで、何かしたの?」


 不意に、前さんの言葉が届く。

 思考に徹していた俺の意識が急浮上し、

 正直に洗いざらい吐いてしまった。


「触れ合いすらしなかった」


 くそ、こないだも同じようなこと言った記憶がある。

 男としてどうなんだろうな。

 とそれに対し前さんは、安心したような呆れたような顔で――、


「…そうだね。薬師にそんな展開を期待する方が間違ってた」

「……」


 それは傷つくぞ、前さんよ。


「むぅ……」


 そして未だ前さんは納得してない様子。

 どうやって、機嫌を直してもらうか。

 とは言っても、俺に気の利いた台詞は無い。

 大丈夫、愛してるのは君だけさ。

 茶化して言うならいいが、これを真顔で言ったら気味が悪い。

 いきなりこいつは大丈夫か? って顔をされるに違いない。

 そして茶化して言ったら殴られても仕方ない。


「うー、む」

「何を悩んでるのさ」

「さて、どうやって機嫌を直してもらおうか、とかかな?」

「直してほしいの?」

「当然」


 ……、そうだ。


「お前さんに良い物をやろう」

「飴とかお菓子とかは駄目だよ?」

「そんなもの持ち歩いてねーよ」

「いや、薬師のことだから飴ちゃんやるとか言ってきそうで」


 流石にやらねえよ。

 やらない、よな。

 まあ、いいか。

 俺はポケットに手を突っ込むと、とあるものを取りだした。

 さてさて、皆さんお立会い。

 ここでひとつ試してみようか。

 不機嫌な女性にプレゼントは、

 ――、如何程の効果があるのやら。












「ほれ」

「え? なにこれ」

「指輪?」

「う、うん」

「さすがに三か月分の蓄えはなかったぞ?」

「そうだろうけど、貰って、いいの?」

「当然至極」


 そのために買ったようなもんだ。

 まあ、他にやる人も中々見当たらんし。


「そう……、ありがと」


 おお、前さんが微笑んでくれた。


「どういたしまして」

「つけていいかな?」

「お好きに」


 そういや前さんの指のサイズは知らないな。

 まあ、露店主はフリーっつってたから大丈夫か。

 あっさりと、前さんの薬指に銀細工の指輪がはまる。


「って何故に左手」

「あ、あ、ごめん」


 慌てて、前さんが指輪を右手の薬指に付け替えた。


「右手の薬指……、確か、精神の安定と感性を高める…、だったか」

「変なことばっかり知ってるんだね」

「年の功だな」

「あたしの方が年上」

「そうかもな」


 言って、俺は席を立ちあがった。


「さて。じゃ、行くか」

「うん、いこっか」


 つい、四日前に李知さんと出かけ、昨日は露店で物を買い、

 今日は前さんとあちこち回る約束をしている。

 俺は、どれだけ散財をやらかせばいいんだ?





 今日の河原も平和だが、俺の財布には氷河期が訪れるようです。











――――


其の十九です。
ついにこちらに移行しました。


ドキドキしてます。



さて、本当は露店少女との会話なんて殆ど無くて、そのまま前さんとのデートになるはずが。
露店少女のノリの良さのせいで半分メインこっちじゃね?
の状況に!
まあ、予定通り前さん編Bパートに進みますが。






さて、返信します。




XXX様



そうですね。
薬師のモテ期っぷりは作者も殺意が芽生えるほど――、っげっほん。
そんなことはないですよ。
いつも思ってます。
薬師ー、頑張ってー。









さて、それでは最後に。



薬師、代わってくれ!





[7573] 其の二十 俺と彼女とデートと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/24 01:16




俺と鬼と賽の河原と。







 ここは河原。



「一つ積んでは母のため」




 薬師は、勢いよく、石に石を、振り下ろす。




「二つ積んでは父のため」



 高い音が響き渡って、石の底面が砕けた。

 そして、底面が下の石の形に砕けた石は、いとも簡単に積み上げられる。



「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」




 そして、一掴んで、振り下ろす。




「コロンブスの卵!」

「反則!!」








其の二十 俺と彼女とデートと。






 で、俺は今、前さんと呉服店に赴いているわけだが。


「どうかな?」

「似合ってると思うぞ?」


 代わる代わる、前さんは俺にその姿を見せては、意見を問うてくる。


「どう?」

「似合ってる似合ってる」


 こういうの、あまり得意な方ではないんだがなー……。

 現代のセンスはさっぱりだし。


「じゃあ、これは?」

「ああ、大丈夫、似合ってる」


 と、言う訳で、俺はもうワンパターンになる他ないのだが、前さんはお気に召さなかったらしい。


「むぅ……、真面目にやってる?」

「むう…、真面目にやってるつもりなんだが」


 これ以上俺に何を望むというのか。


「じゃあ、薬師の中で何が一番良かった?」


 それなら言えるが。


「あー、さっきの赤白横ラインの奴と、黒いミニスカート?」

「これ?」


 前さんが言った服を見せる。

 俺は肯いた。


「そう、それだ」


 言うと、ふたたび前さんは試着室に引っ込んで、また俺の待ち時間が始まる。


「うん。これ、買っていくね?」

「おう」


 一緒にカウンターまで向かい、代金を払う。

 さようなら。

 俺の財布はまた軽くなっていく。



 店から出て、俺と前さんは隣り合って道を歩いた。


「うふふふふ、次はどこに行こうかなぁ?」


 だが、こんなに楽しそうな前さんを見れるなら、悪くはないんじゃないか?






 それから、俺達は服飾関係の店を二人ではしごすることとなった。

 俺の財布はmgまで重さを減らされるらしい。

 ただ、上機嫌に前を歩く前さんを見てるとそれもいいか、と思う。

 と、いかんいかん。

 このままでは無一文だ。

 俺は表情を引き締めると、彼女の隣に追いつくよう、歩く速度を上げた。


「なあ、前さん」

「なあに?」

「いや、上機嫌だと思ってな」


 すると、にこにこと笑いながら前さんは言った。


「そりゃ、薬師と出かけてるんだもん、楽しくないわけがないけど?」

「俺と出かけるのが楽しいのか?」


 聞くと、急に前さんは唇を尖らせた。


「むぅ……、朴念仁」

「朴念仁? 俺が?」

「うん。どう考えたって」


 うーむ、判らん。

 大体十やそこらのあたりで全くその辺は鈍くなっているからな。

 と、そこで、前さんがふと気付く。


「あれ? ここって、遊園地だったっけ?」


 その視線を追うと、少し先に、遊園地の端が見える。

 奥には観覧車も。


「あー、あったな。行ったことはないが」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか。

 ただぼんやりと遊園地を眺める前さんに、俺はもう一つ、言ってみた。


「行くか?」


 前さんは、肯いた。










 結果、やたらとファンシーな遊園地を俺は前さんと二人で歩いていた。

 財布は、微粒子並みに軽くなったが、後悔はない。

 とりあえず俺は、何をするか探してみる。

 そして、なんとなくジェットコースターが目にとまった。


「ジェットコースターでも、のっとくか」


 前さんは、少し戸惑っていたが、すぐに言う。


「ジェットコースター、かぁ、乗ったことないな」


 そんな前さんを見て、俺はふと気付く。


「もしかして前さん、遊園地初めてか?」


 いや、俺も遊園地有段者と呼べるほど来ているわけじゃ、ってか二、三度くらいか。


「実は、そうなんだよね」


 そう言って寂しげに笑う前さんを見て、俺はあえて茶化して見せた。


「そうでございますか。では、全力でエスコートさせてもらいますよ、御姫様」


 そしたら、変な顔された。

 まあ、それでもいつもの顔に戻ったからいいのだが。


「さて、行くか、まずはジェットコースター。あとは定石と言えば――、コーヒーカップもありか? ウォータースライダーも、あるのか」


 少ない知識から絞り出しながら、俺は前さんの手を引いて、ジェットコースターの下まで歩いて行った。

 そして、後悔する。





「……うぇ、気持ち悪い……」


 俺は、ベンチに座る前さんの背を一心にさすっていた。

 そう、前さんは全くこういう乗り物系がダメだったらしい。

 ジェットコースターでダメージを追った前さんのために次はコーヒーカップにしたのだがこれも駄目。

 結果、こうなると。


「ごめんね? その、迷惑かけて」


 バツが悪そうにする彼女に、俺は笑いかけた。


「それは言わない約束でしょおとっつぁん? いや、おとっつぁんっておい」

「…自分で突っ込んでる」

「いや、前さん突っ込むの辛そうだしな。セルフでやってみた」

「うん…、でも、これじゃ何も乗れないね」


 微妙に前さんが気落ちしている。

 そういう彼女を見るのは、得意じゃない。


「気にすんな。遊園地は乗り物だけじゃない。ってか乗り物しかないなら潰れてしまえそんな偏った遊園地」


 言いながら、容態の安定した前さんの手を引く。

 次はどこへ行こうか。





 その次は、お化け屋敷に行ってみることにする。

 そもそも、ここにいるのは全て幽霊だし、幽霊が幽霊を見て驚くというのは随分と倒錯的で、皮肉が利いているのだが。

 まあ、誰も文句はつけない。

 霊になっても精神は生前のままだしな。

 とか考えて。

 前さんの手を引こうとして。


「どうした?」


 微妙になんか顔が引きつっている気がする。

 あと、動こうとしない。


「い、いや、なんでもないけど?」


 なんとなく、S心が芽生えた。


「そうか、なら行こうすぐ行こう。大丈夫、お化け屋敷は揺れない」

「ぇ……? うん、そうだね」

「ま、怖いって言うなら別だが――」

「そんなことないよ! さ、行くよ薬師!」


 その結果。


「ひゃあっ!!」

「まあ、待て、落ち着いてくれ前さん。俺に飛びつくのはともかく金棒は振り回さないようにするんだ。薬師お兄さんとの約束だよ?」


 言う事があるとすれば、逃げて、幽霊の人逃げて。


「きゃあっ、やっ……。ひゃああっ!!」

「金棒ダメ、ゼッタイ」


 そんな俺は、現在進行形でさば折りタイム。

 そんなにきつく締めると、胴と下半身が別れを惜しんでしまうぞ?


「ぐぎぎぎぎ、こうなったら仕方がない」

「ほぇ?」


 前さんを抱えて走る。

 走る、走る。


「どいたどいた! 重くてでかい鉄の棘付きな鈍器に殴られたくなかったら逃げろ!」


 そしてついに。


「出口っ! 吹き抜ける!!」


 俺と前さんは外に転がり込んだ。

 いや、表現としてはおかしいな。


「ぜっ、ぜっ……」


 俺は、吸えない息と格闘する。

 どういうことかって?


「薬師、どうしたの……?」

「すごく、首がしまってるんだよ。無茶な首絞めはやめよう。……薬師お兄さんとの約束だ」


 すると、はっとしたように前さんが腕を離す。


「ご、ごめん!」

「いやいや、このくらいならその内いい気分に――、なりたくはないな」


 そんな趣味は無い。


「ごめん。これじゃ、遊園地なんて楽しくないね」


 しおらしい前さんに俺は首を振って笑った。


「十分楽しいっての」

「嘘。首絞められてたのしいわけないもん」

「いや、だから慣らせば快感に、ってそれはいい。いや、俺としては楽しかったぞ? お化けが怖くてきゃーきゃー言う前さんが」


 その瞬間。

 なんというかいきなり前さんが沸騰した。


「そ、そんなことないもん」

「じゃあ、さっきの醜態について詳しく」

「う、あれはちょっと驚いただけ」

「お、おい前さん!! 後に生首が!!」

「ひにゃぁああッ!!」


 ごっふぅ。

 前さんから鳩尾に頭突きを貰ったぜ。

 だが、そこは大人の余裕。

 脂汗を暑いせいとひた隠しにし、言う。


「いないぞ? 生首なんて」

「ほんと? ほんとにいない?」

「ああ、いないいない。怖いよな、生首は」

「うん、そうだよね。生首は……、怖いよね」

「って怖いんじゃないか」

「あ」


 そして、一度憤慨して、落ち込んで、今度は開き直った。


「……お化けがが怖くたって、いいじゃん」


 道すがら、前さんが口を尖らせながらそんなことを言う。


「怖いものは怖いもん」

「おう」

「別に夜中厠に行くのが怖くたって仕方ないじゃん」


 なんか、別のことまで暴露してないか?


「だって、李知だって怖いの駄目なのは一緒だもん!」

「うん。そうだな。お化けは怖いな。俺も、赤い髪で縞模様の服を着た鬼に首を締められるのは怖い」

「もうっ!」


 そんなこんな。

 だが、意外と楽しかった。

 乗り物には乗れないわけだが。

 騒ぐだけで楽しいもんは楽しい。

 そして、最後にと、二人、観覧車に乗り込んだ。

 最初は、無言。

 次第に気まずく。

 ついに、前さんが口を開いた。


「ねえ、李知のこと好きなの?」

「それは、ライク的な、か? だったら好きだが?」

「そっちじゃなくて。恋愛として」

「だったら、否だな」

「じゃ、嫌い?」


 違う。

 そうでもないんだ。

 ただ、ただ一つ。


「なんつーか、自分が恋愛してる姿が思い浮かばない」


 それに、前さんは一つ、ため息をついた。


「いつも、薬師はそうだよね。ねえ、どうして? どうして薬師は、恋愛ごととなると、そうなるの?」


 それを、言わなければいけないのか。

 正直に言って、はぐらかせる雰囲気でもなく。

 諦めたように、俺も溜息を吐かせてもらうと、暴露した。


「俺の父親は、暴力亭主だった。その一言に尽きるな」

「え?」


 俺は、驚いた顔の前さんに、続けた。


「この俺とて昔は子供だったわけだが。俺は、父親に殴られる母親の姿を見ていた。その瞬間、結婚する俺が脳裏に浮かばなくなった」


 俺の父親は、酒を飲んでは母親を殴る。

 次第に、俺は父親のようになるんじゃないかと思った。

 故に。

 結婚に踏み出すことはできない。

 そして。


「母親は、俺と逃げた。母の実家は、温かく受け入れてくれたよ。母親はな」


 もともと、彼らは駆け落ち同然だったらしい。

 実家の人間にとって父親は憎むべき存在で、その血を持つ俺は、気に入られることはついぞなかった。


「俺は、そうだな、空気だった。母親がいなきゃ食事すら満足に与えられん。せめて、罵られりゃ楽だったはずだが、俺は完全にいないものとして扱われた」


 幼いながら、思ってしまった。

 恋、結婚、愛。

 これらは、俺のような生き物を生む。


「俺にとって恋愛や結婚は縁遠い話になった。俺が父親の二の轍を踏むかも知れんからな。そうなったら、忍びないだろう? 俺の子に」


 そう言って、俺は笑った。

 愉快な話じゃない。

 故に笑ってでもいないとやってられん。

 まあ、それだけじゃなくて、それを固定化した要因があるんだが。


「ほいほい、こんな暗い話はどうでもいいっつに。それより、俺の財布はここで限界だ」


 前さんがきょとんとした顔になる。


「よって、てか、もう五時か。それなりにいい時間になったもんだ」


 うーむ。


「ってことで、取りあえず銀行に寄ろう。その後飯を食いに行こう」

「え? うん」








 事は、その銀行で起こった。


「そいじゃ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」


 俺は、前さんと別れて、銀行にはい――、あれ?


「強盗、ダメ、ゼッタイ」


 何で人々が数珠つなぎになって銃を突き付けられてるのかなー?

 そもそも地獄に銃なんてかなりきついはずなんだがなー、管理が。

 と、そこで俺の闖入に驚いた三人の強盗が言う。


「動くな! 手を挙げろ!!」

「床に膝をついて足を交差させ、手を頭の後ろにあてろ!!」

「床に伏せて両手を腰の上で組め!!」


 ――どうしろと?

 主に手をあげて手を頭の後ろにあてて、腰の上で組まなきゃいけないの?

 阿修羅でもなきゃ無理だっつに。


「は、早くしろ!! でないとこいつを撃ち殺すぞ!!」


 そう言って、男の一人が銀行員の女性を掴んで、銃を突き付ける。

 だから、どうしろと。

 俺は呆れた声音で、

 言った。


「あー、はいはい。だが、残念だが、今日はそこの銀行員さんに、運があるみたいだ」

「何言って――」


 そう言おうとした男の声を遮り、言う。


「いい風が、吹いてる」









 俺は、通常通り金を下ろすと、平然と前さんの元へ戻った。

 本当は色々事後があるのだろうが、人をまたしてんだよとごねたらなんとかなった。


「よ、終わったぜ」

「時間かかったね」

「混んでたんだ」


 危ないマスクの人が来るくらい。

 と、そこで、電気屋のテレビに映るニュースに、俺の眼は釘づけになった。


「どうしたの?」


 それだけではない。

 あちこちから聞こえるサイレン。

 そして、耳障りに聞こえる放送。





『地獄の各地で、強盗、テロ活動が相次いでいます。皆さん、家から出ないようにお願いします』




「こりゃ、夕飯とか言ってる場合じゃねーな」






―――



二十です。
なんかあれです。
大幅修正がかかりそうな予感がします。
とりあえず三回ほど見直したのですが、眠さのあまりちゃんと書けてるか微妙です。
後で見てみるに堪えないものだったら直すこととなりましょう。

ちなみに今回は、薬師の過去が公開されました。
ああ、こりゃ女性に優しくなるし性欲もなくなるわ。
ってな感じの。
なんというかトラウマチック。
次の話は、薬師の過去にバーンと迫って、ついに彼の正体が明らかになったり。

なんというか、あれなんですよね。
トラウマもちが多すぎる。
だから、この微妙な関係が続くのでしょうが。



あ、それと、だいぶ前(前の前の投稿)なんですが、十八の後半、レストランのやり取りを追加していますので、読んでない方は読んでおくといいかもしれません。






さて、返信を。




妄想万歳様


薬師の特技は旗を立てることです。
問題は回収する気がないことか。
名前もない商人少女ですら、そのハートをブレイクしちゃったり。



スマイル殲滅様


感想ありがとうございます。
何度でも叫んでみるといいですよ?
鬼っ娘は人類の生みだした叡智の結晶っ!!
さて、性欲がないことについて色々晒した薬師ですが、これでは別ベクトルで心配になってくる。



00113514様


感想、感謝です。
確かに、地獄ラブコメはあまり見ませんね。
目撃証言があれば拝みに行きたいですが。
ちなみに、薬師の懐事情ですが、三食寮で出るので、完全に食費が浮くのです。
そのおかげで、かなり生活費を切り詰められた挙句、こういうときくらいしか金の使い道は無い薬師だったり。



ねこ様


本日の石積みはコロンブスの卵方式でした。
でも、石が一部砕けるってどんだけ叩きつければいいんでしょうね。
こっからは完全に関係ない話ですが。
あと、貴方のHNを見て、不意に清杉を思い出しました。



ザクロ様

お久しぶりです。
なんか風邪で寝込んだりしてあれでした。
仕事は、まあ大体現世と変わらないんですが、河原とか、死神、渡守とか地獄専用の職種があったりします。
あと供養課とか特殊な課とか。



XXX様

はい、彼女はろりっ娘です(笑顔)。
別に小学レベルじゃないけど、前さんより年上くらいかな。
実年齢ではないですが。
ちなみに、なんか白っぽいようなクリーム色っぽいような髪を、胸の前でまとめています。
実はいつか再登場させたいキャラの一人。
会話のテンポが良かった。



獣様

感想どうもです。
薬師の旗立機能は、彼の意志とは関係なく発動するのです。
さて、鬼っ娘に目覚めてくれたようでなによりです。
さあ、更に奥深くに突っ込んで妖怪萌えを――、うわなにをするやめ。
あと、誤字報告ありがとうございました。
修正しておきます。





さて、最後に。



フラグ立ても程々に。薬師お兄さんとの約束だ。



[7573] 其の二十一 俺とお前とこの地獄と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/17 19:53



俺と鬼と賽の河原と。










其の二十一 俺とお前とこの地獄と。








一つ、澱穢汚泥



『各地で、強盗、テロ活動が相次いでおります。皆さんは早急に避難してください』


 危機の、レベルが上がった。

 先ほどまで家で待機だったのに、今では避難命令。


「こりゃ、何が起こってるんだ…?」


 鬼の側なら何か分かっているかもしれない、と先ほどから携帯で電話している前さんを見る。

 すると、丁度電話を終えたようで、電話から耳を離し、前さんがこちらを見上げた。


「あたしにも、出頭来てる」

「そうか……、そこまで来ると、深刻だな」


 非番の鬼にまで申告が来るとなると、これはいよいよもってだ。


「うん、上もあんまり状況が掴めてないみたい。推測は飛び交ってるみたいだけど」


 確かにそうだ。

 集団催眠にでもかかったかのごとき怒涛の強盗テロ。


「有力なのは、供養の急落か?」


 聞くと、前さんは肯いた。

 これは面倒かも知れん。

 供養というのは本来、四丁目の霊を鎮めるもの。

 それがなくなると、精神バランスに異常をきたす場合がある。

 転生待ちはただでさえ不安定だってのに、供養を何者かがストップしたら、最悪怨念が暴走する可能性だってある。


「そうとなると、強盗やらですんでりゃマシってことになっちまう」


 怨念が暴走すれば。

 街一つ吹き飛ばすくらい造作もないであろう。


「ふむ……、じゃ、ここでお開き、か」


 そう言うと、前さんが俺を引きとめた。


「危ないよ!? あたしが避難所まで――」


 だが、心配そうな前さんに俺は首を振り、笑って見せる。


「一刻を争う、ってんだろ? 聞こえてたからな、さっきの電話」


 流石に全部は聞き取れなかったが、事は一刻を争うと叫んだ声は聞こえていた。

 それに、前さんは心配そうな表情でこちらを見ていたが、やがて肯く。


「わかった。薬師も、すぐ避難してね」

「あーあー、わかってる」

「危なくなったらすぐ助けを呼ぶんだよ?」

「わかってる。そう簡単にはやられん」

「心配だなぁ…」


 とはいってもこれ以上の問答は無駄だ。

 前さんは気をつけてとだけ残すと、駆けだしていく。

 その後ろ姿を見送り、考える。

 さて――、俺は、どうしようか。


「そもそも俺って事件の全容さっぱりだしな。だがかといって手伝わないには何となく、規模が大きいし」


 そも、目的もはっきりしてないからな。

 今回は明らかに作為的。

 だったら、相次ぐテロリスト、長いからテストでいいか、を全部捕まえて終わり、という訳にも、行くまい。

 黒幕を探して潰すのが最も必要なことだろう。

 が。

 個人でそれができれば苦労しないわけで。


「あー……、逃げ遅れの救助でもするか…」


 そう思って、俺は歩きだした。




二つ、捏弩曾途霊菅笑



 などと、軽く考えていたのが間違いだった。


「おらぁっ!!! そっち行ったぞ!!」

「待てこらぁッ!!」

「息の根止めてしまえぇええ!!」

「何で休日俺は銃撃戦の真っただ中を駆け抜けてるんだろうなっ!!」


 ひたすら俺は戦場と化した街を駆け抜けた。

 銃弾はまだ当たってはいない。

 相手が素人なのが幸いした、動きを止めなければとりあえず当たらない。

 敵も、短機関銃などは流石に持ってきてないようだしな。

 どうせ連中が撃ってるのなんざ『土曜の夜の馬鹿騒ぎ』みたいな粗悪品だろう。


「って、うおっ!」


 鼻先を掠めた弾丸が、すぐ横のショーウィンドウをたたき割る。


「っつ、ちょいと掠めたぞおいっ!」


 細かい破片が俺にも降りかかっていたが、無視。


「どうする…? 反撃っつったって一般人。銃ならそこかしこにばら撒かれてるんだが――? なんか、お相手の数が奥に進むにつれ、増えてないか?」


 聞いてみたが、俺一人だったことに気付く。


「うわ、恥ずかし」


 とりあえず大人の面目を保つため、無表情で考える。

 確か、さっきまでいたのが四丁目中心部。

 で、しばらく東に行って、そこからさらに東に三十分ってとこで戦闘に巻き込まれ、奥に進むごとに敵が増えている、と。

 なんとなく、閃いた。

 この奥に、淀んだ念の電波塔がある。


「どーせ、そんな展開なんだろう!?」


 そも、供養の念を遮断しただけならこんな性急に事は起きないだろうし、更にはこんな風にむらができることなく、まんべんなく犯罪者が溢れ返るはず。

 なのにむらがあるという事は、答えは簡単。

 淀んだ念を発信する物がある。

 それを破壊したならば、ある程度霊の凶暴化を抑えられるんじゃないか?


「それに、退路もないしな!!」


 気づくのが遅すぎたせいでもう引き返すとか言っている場合ではなくなってしまった。

 少なくとも、このまま突っ切って大周りに逃げるしかないだろう。

 だったら、途中見つけたらそいつを壊してやろうじゃないか。

 俺はそう決めて、走りながら道路にばら撒かれていた銃を掴みあげる。

 リボルバーやら色々あったが、オートマチックにした。

 ぶっちゃけると初心者はリボルバーの方がいいのだろうが、リボルバーの弾込めは、初心者には時間がかかりすぎる。

 ってことで、適当に同じ型のものからカートリッジを抜いてポケットに捻じ込み、俺は再び闘争劇を開始した。









 程なくして、その電波塔は見つかった。

 もともと、淀んだ風を感じていたから探すのに手間取らなかったのだろう。

 東側ギリギリの道路に、それはあった。


「なるほど、石積み、ね」


 道路のど真ん中に、ただ憮然と石が積み上げられ塔をなしている。

 石積みとは、本来塔を立てて供養とする行為。

 そして、供養の念が澱んでしまうために五分の制限を付け、鬼が倒しに来るのだ。

 それを、巨大に積み上げて放置しておけば、それはいとも簡単に、瘴気をまき散らしてしまう。


「うーむ、銃なんていらなかった、か?」


 言いながら、人の身長ほどまで積み上げられた石を蹴り崩す。

 よし、これで変な空気の淀みは無くなった。

 だが、これで終わりという訳にも、行かなくなったらしい。

 ここの瘴気が薄まったおかげで、俺は逆に別の淀みを遠くに感じることができた。


「ううむ……、三つくらいあんのか。しかも基本に忠実、北西南」


 思うに、四方に作って障壁でも作っているのだろう。

 瘴気の壁を作る事で、外界から入って来る供養の念を淀ませることができる、と。

 だが、問題としては流石に三つの方角にある塔を全て壊しに行くのは、時間がかかる。

 そう考えて俺は携帯電話を取り出した。

 三度のコールで、相手が出る。


『薬師か? なんだ、今忙しいんだが――』

「李知、この事件の現場指揮官は誰だ?」

『閻魔様が直接取っておられるが?』

「あー、閻魔の電話番号か連絡先は?」

『なんだ? 何かあった……、って――。ガサッ――、もしもし、閻魔です、電話代わりましたが何かお話しが?』

「おっと、いきなり代わられるとびっくりするな、というのは置いといて本題だが、四方に瘴気まき散らしてる塔ができてるのは知ってるか?」


 もしかしたらこちらよりも先に知っているかと思ったが、返ってきた声は冴えない。


『いえ……、こちらはテロや強盗の鎮静化で手一杯でして。ですが有るのはわかった以上サーチして人を向かわせます』

「お願いする、ちなみに東はもう壊したから他を頼む」

『っ? 避難してないのですか?』


 おお?

 なんか避難というか批難されている。


「いや、あれだ、避難の途中だったんだよ」

『避難所とは程遠いと思われますが、東は』

「いやいや逃げ惑ってるうちにここまで来ちゃったんだよ」


 嘘半分だが、本当も半分だからな。

 すると、電話の向こうで溜息を吐かれた。

 呆れられたらしい。


『…まあいいです。早く避難を』

「へい、へい。所でお前さんらはどの辺にいる?」

『中央区の3番地ですが?』

「ぐ、いや」

『どうしました?』

「いや、大したことじゃない。とっとと逃げさせてもらおう。こっちにもそろそろ銃もったおっさん達が集まってきてるんでね」

『っ!? 大丈夫なんですか?』

「ま、大丈夫だろ。さっき突っ切って来たんだ。塔を壊したならさっきより攻撃性なくなってるんじゃねーの?」

『やっぱり、避難してなかったんじゃないですか』

「うわー、敵がー」


 急いで俺は携帯を切る。


「さて、このまま帰るってのも芸がない。それに何より――」


 それを懐にしまうと、俺は走りだした。


「逃げ遅れた子がいるようだしな!」







 そこに居たのは、鳶色の髪の少女だった。

 高校生くらいの外見の彼女は、地べたに座り込み、そして、そこに覆いかぶさるように男が――。


「伏せてろそこの御嬢さんっ!!」


 俺は、その男の首根っこを引っ掴むと、背負い投げの要領で地面に頭から叩きつけた。

 よし、白目剥いちゃいるが手加減したし大丈夫だろう。

 それよりもこの少女だ。


「そこなお嬢さん、立てるかい?」


 そう言って手を差し出すと、弱弱しくも、少女は俺の手を掴んで立ち上がってくれた。


「あ、ありがと」


 そう言って、こちらを不安そうに見る彼女に、俺は安心させるように言った。


「俺は三丁目の住人だよ」

「え?」

「だから、四丁目の人間見たいにゃなってない。っつか、早く逃げるぞ。無事な住人はもう皆避難所だ」

「う、うん」

「それと、お前さん、名前は?」

「里見…。古川里見」

「俺は如意ヶ嶽薬師。薬師でいい。さて、行くか」


 少女の手を引きながら俺はまた走りだした。

 あー、今日は走ってばかりだな。

 ともあれ、どこに行こうか。

 俺一人なら強行突破なんだが、的が増えた分直撃の可能性がウナギ登りと来た。

 かといって、どこか建物に入るわけにも行かない。

 外には人は少ないが、建物内部では立てこもりが頻発しているのだ。

 巻き込まれる可能性のがよっぽど高い。

 となると、まだ外の方が安全だ。五十歩百歩だが。


「せめて――、屋上とか安全に高度の高い場所に行ければいいんだが……」


 高い所に行ければ秘策で一気に楽に行けるのだが、低い場所では銃撃のせいで危なくて出来やしない。

 それに、ここから避難所まではかなりある。

 むしろ、ここからなら中央区の指揮現場の方が近いか?


「里見、中央区の三番地に行く!」

「わかった!」


 後からは、数人の銃をもった男達。

 少女の手を引いて逃げる俺。

 ここはいつから細菌兵器が蔓延して腐った死体の蔓延る街みたいになったんだ?

 まあいい。

 俺は、只管に広い道路を駆け抜けた。

 が。





「っ、これは不味いだろう!?」


 あれから三十分ものレースを続け、あいつら、無差別に撃ってきやがった。

 俺は全力疾走する里見の後に付き、銃撃をガード。


「っつ、ぐ」


 二発ほど脇腹を抉って行った。

 漏れ出す血を空いてる手で押さえつつ、走る。


「だー、くそ、急いで少ない場所行くぞ!」


 驚く里見の手を引っ張って、半分抱えるように俺は走りだす。

 里見の息も荒かった。

 三十分全力疾走マラソンなのだから、よくもっている方とすら言える。

 とりあえず隠れなければ。

 俺は里見を本当に抱えあげると、大きく道を曲がり、さらにもう一度狭い路地に飛び込んだ。

 遅れて、男達がひとつ前の路地を走ってくる。


「どこ行った?」

「まあいいや、放っておけ。それより、今なら泥棒し放題だぜ?」

「そうだな」


 そう言って、追ってきていた奴らが道路を通り過ぎて行く。

 それを確認して、俺は安堵し、壁に背を預けながら腰をおろした。

 それに続いて里見も腰を下ろす。


「ふう……、それにしても、厄日だな」

「そう……、ね…。私もそうおも――っ!!」


 俺の言葉に同意しようとこちらを向いた里見が、俺の脇腹に気付いてしまった。


「だ、大丈夫?! 痛くないの!?」


 俺は、慌てた様子の里見に苦笑いして見せる。


「大丈夫大丈夫。こんくらいならすぐ治る。それより、大声はやめた方が」


 俺の言葉にはっとなって里見が謝罪した。


「あ、ごめんなさい」

「いい。それより、休憩十分、ってとこだ。きついだろうが、耐えてくれ」

「う、うん」


 そう言って、肯いた彼女が、震えていることに俺は気付く。

 俺は、なんとなく安心させようと、彼女の頭を撫でる。

 彼女は、抵抗も肯定もしなかった。

 ただ、頭に伝わる感触に、現実を確認し続けていた。


「いい子だ。ゆっくり休め」


 それだけ言って、俺はもう何も言わない。

 沈黙だけが二人を包んでいた。





三つ、超特急風之如



『こちらチームジュリエット。北塔を破壊しました!』

『こちらチームデルタ、南塔を破壊!』


 中央区の広場に、即席で作った司令部の中。

 耳につけたインカムから聞こえてくる情報に、私こと、閻魔は次の指示を飛ばす。


「チームブラボー。状況は?」

『こちらチームブラボー。周辺住民の抵抗激しく、難航しております』

「わかりました。増援を送ります」

『了解、感謝します』

「それでは、チームジュリエット、デルタ、聞こえますか? その状態のまま西塔へ向かってください」

『了解!!』


 指示を出し終え、私は一つ息を吐いた。


「ふぅ……、なんとか、無事に終わりそうですね」


 私は、隣に立つ李知に同意を求めた。


「そうですね。まだ、消滅者は出ていませんし。ただ、霊的構成停止弾の使用で出費が重なりました」


 霊的構成停止弾とは、要約すれば霊の活動を一時的に止める弾丸のことである。

 ある程度力のある者は抵抗できるが、一般の者に関しては、なんら問題なく通用し、消滅する危険もない。

 これがあるからこそ、未だ死者を出さないという奇跡的なことができるのである。


「ですが、消滅者が出ていないだけましでしょう。それに停止弾は下詰神聖店からのほとんど厚意で受け取っています」


 店主には、礼を言いに行かなければなりませんね。


「そうなのですか? 下詰店主がよく、そんなことしましたね」

「快く卸してくれましたよ。彼曰く商売は趣味。余裕があるなら趣味をさせてもらうが、そうでないなら援助するだそうです」

「そうですか」


 と、そこで会話を切って、台に乗せられたモニタを見る。

 すると、そこには。


「二人の霊体反応接近。モニタに表示します!」


 管制員の一人がモニタを動かす。

 すると、拡大された画像には。


「えぇ!? 薬師!?」


 如意ヶ嶽薬師さんがいた。


「落ち着きなさい、前」


 いきなり飛びあがった前を諌め、私はモニタを注視する。

 そこには、少女の手を引きながら、一心に走り抜ける薬師さんの姿があった。











「大丈夫か? 里見」

「っ……、平気」


 中央区の簡易司令部まで後数百メートル。

 俺と里見は、なんとか無事に逃走を続けていた。

 俺はともかくとして、里見の息は荒い。

 口では問題ないと言っていたが、現実、彼女の体力は限界に達していた。

 当然だろう。

 ただの少女がいきなりこのような全力疾走耐久レースに巻き込まれれば、音をあげていたっておかしくない。

 その点に関しては、評価できよう。


「後もうちょいだ、一気に駆け抜ける!」


 だが。

 里見を気遣ってペースを落としていたのが災いした。

 後に、人影。


「来やがった!!」


 不意に、銃声が響く。


「ちっ、あぶねえ!」


 銃弾は俺のすぐ横の地面を抉る。


「だー、くそ、仕方ねえ」

「へ?」


 俺は、里見の体を持ち上げると、すぐさま、全力疾走を開始した。


「行くぜえぇえええっ!!」

「きゃあぁぁぁぁあああッ!!」


 走る。

 走る。

 後から迫る銃弾を全て無視して。

 避けるなど考えない。

 距離を稼げば稼ぐほどいい。

 多少掠めるくらいなら、放っておけ。

 そしてもしも当たろうとも。

 足だけは止めるな。

 腕に抱えた自分以外の者だけは、責任を取れ。

 走る、走る走る。

 ついに、司令部のバリケードが見えた。

 そこに立つのは、バリケードのドアを開いて待つ、前さんの姿。


「これで、終着!!」


 俺はそこに、転がり込んだ。

 なんとか、無事に生還することに成功する。


「ぜっ、はぁっ……、はぁ……」


 肩で息をしながら里見を降ろし周りを見回すと、そこにはあきれ顔の前さんとか、李知さんとか、閻魔とか色々いた。

 他は大体唖然としていたが、まず最初に、閻魔がゆっくりとこちらに向かって来た。


「まず最初に、無事で何よりです」

「……ありがとよ」


 苦笑いして、返す。

 すると、閻魔も苦笑いして、続けた。


「次に、前に、ちゃんと申し開きした方がいいですよ? とだけ言っておきます」


 なんてこったい。


「それなんて死刑宣告?」


 その瞬間、俺の背後で殺気が発生した。

「薬師? すぐ避難してね、って言ったよね?」

「はい、そうですね」


 俺は敬語。

 正直怖い。


「なのに、何で東塔を壊したり、女の子と一緒にデッドヒートを繰り広げてるのかな?」

「それは、あれじゃないですかね。不幸な偶然というか」

「うん、不幸な偶然? 避難するとか言いながら避難所の反対方向に走りだすのが?」

「ごめんなさい」

「反省してる?」

「いやあんまり」


 また、行ってくるわけだし。


「そんなに怒られたいの?」

「ううむ、怒られたくないが、気になることがあってな」

「何?」

「いや、薬師お兄さんにはまだ仕事が残ってるっていう訳さ!」


 その瞬間、俺は瞬時に踵を返すと、前さんの横を通り抜け、バリケードの外に出る。


「それじゃーな、里見!」


 言いながら、走り抜けると、後ろから遠巻きに声が聞こえてきた。


「うん、ありがとう!」


 よし、それじゃ、行くか。

 犯人の元へ。










四つ、疾風嵐の上歌



「ふん。塔を破壊したようだが、もう遅い。取る分は取った」


 私は、地獄の河原の直上、朱紐返り橋の上で呟いた。

 これで、私のすべきことは終わる。

 後は――、怨念を現世に送り、怨念砲を発動するのみ……。


「まだ早いさ。ってか独り言は気持ち悪いからやめとけ」

「っ!!」


 一瞬。

 一瞬にして、その人影は降り立った。


「ここに人が来るとは――、驚いた」


 その人影が、問う。


「お前の名前は? あと、どこの世界のもんだ?」


 私は、迷い無く答えた。


「ブライアン・ブレデリック。出身はアルトゲイズ、と言ってもわからんだろうがな」


 私の出身世界には、黒髪黒眼などいなかった、という事は別世界出身なのだろう。

 そして、今度はこちらが質問する番だ。


「なぜここに犯人がいると?」


 降り立った男に問うと、男は事もなく言ってのけた。


「そりゃ、発生した怨念の使い道が解らんからな。愉快犯にしては大規模だから、使い道はある、と。ただ、街の真ん中で集めてみろ。簡単に探知に引っ掛かる」


 男の言葉に、私は言い返さない。

 ほとんど、正答だ。


「だから、四丁目三丁目の境界の外に立って、力を集めてんだろ? 何のために集めてるんだか知らんが」


 見事である、としか言いようがない。

 冥府の鬼たちですらここまで鼻は利かないだろう。


「何故」

「年の功だな」


 年の功?

 このせいぜい二十代後半にしか見えない若者が?

 だとすればこの男は――、


「何者だ?」


 スーツに高下駄。

 適当に伸ばされた黒い髪。

 そして、こちらをまっすぐ見つめる黒い瞳。

 男は、言った。


「天に尾を引く天ツ狗――」


 その背には、黒い翼が生えていた。






「待ってください! 薬師一人でどこに行ったのか、せめて探知するくらい!!」


 私は、そう言って机を叩く前に、首を横に振って応えた。


「できません。既に、彼の反応はロストしています」

「ロスト?! 何で?」


 本来地獄の探知機能は、一度見つけた相手なら、どこでも追いかけることができる。

 それができない場合と言うのは、相手が監視を外すほど速く動いたとき。


「対象は高速移動しながら、サーチ範囲から離脱しました」

「そんな……。薬師は鬼じゃないのに…、これじゃ危なすぎる! 私が探しに行ってきます!!」


 そう言って飛び出そうとする前を、私はやんわりと制止した。


「やめておきましょう」

「何故!?」


 私は、そう言った彼女に向って、ある一つの答えを投げかける。


「彼は鬼ではありませんが。人間でもありません」

「え?」


 彼女は、目を丸くして驚いた。


『こちらチームゴルフ。中央銀行に到着したのですが……』


 それは、横にいた李知も同じようだけど。

 それを後目に、私は続けた。


「性欲。これをなんと心得るか」


 簡単である。


「人間の中で上から数えた方が早いほどの強い欲求。種族繁栄の為の生殖行為に対する本能。人として、生物として最も重要と言ってもいい欲求です」


 だが、彼はそれがないと言った。


「で、あるならば。それがない彼は、人として、どころか生物としてすら、ずれている。人間でいられるはずがない。今回の件で確信しました」


 だが、彼は鬼ではない。


『えー、中央銀行職員に聴取したところ、突然現れた男が風の刃で強盗を鎮圧し、金を下ろして帰ったそうで』


 地獄で変化すれば、世界の性質上確実に鬼になる。

 という事は、彼は生前。

 化物であった。


『その男の名前が、確か――、如意ヶ嶽、薬師――』

「彼は、人ではない。彼の名前は如意ヶ嶽薬師坊。如意ヶ嶽の、大天狗です」







「さて、目的を吐いてもらおうか」


 俺の前に立っているのは、金の髪をオールバックにした中世の騎士のような男だった。

 鎧こそ着ていないが、その空気はそれを彷彿とさせる。

 その、男が、ゆっくりと語りだす。


「我が国は。長い戦争にある」

「ふむ?」


 その言葉にある推測が浮かぶ。

 だが、それを言う前に男は答えを述べた。


「その戦争を終わらせる兵器。それの起動のために人々の怨念と魂が必要だ」


 なるほど。

 俺は納得する。

 だが。


「それをやらかすと、怨念に引きずられてその怨念元が全て吹っ飛ぶ件に関しては?」


 魂と怨念を吸って発動する兵器。

 確かに、威力は面白いことになるだろう。

 だが、それは認められない。


「ふん、ここにいる者など、一度死んだ身であろう?」


 男は言った。

 言い切りやがった。


「少なくとも、ここの数千の死者の魂で、我が国の一億の民が生き残る。どう考えても、我等が正義」


 正直に言おう。

 むかついたと。


「随分立派な口上だが。ぐだぐだ喋ってんじゃねえよ」

「なんだと…? 確かに、私にも罪悪感はある。だが、貴様は我が国の人間を見捨てるというのか!!」

「ああ。そも、人にはやりたい事しかできんよ」

「それが、貴様の正義か!?」

「いいや? 俺はやりたいことしてるだけだ」


 人は、嫌々仕事をしていたとして。

 だが、死にたくないからやるのだ。

 本当にしたくないことはできない。


「ここで悩むのは、正義でも悪でもない、ただ、悪と呼ばれたくないだけにすぎんよ」


 正義と呼んでいいのは。

 ここで誰も殺さずに全て救える奴だけだ。


「そもそも正義とか悪とか、馬鹿らしい」


 気に入らない様子の男に。

 俺は言ってやった。


「正義とか言ってるが。所詮、唯の我侭だろ? お前の使命も俺の主張も」

「何を言う」


 そのまま言葉を続けようとした男を俺は遮り、続ける。


「馬鹿言ってんじゃねーよ。所詮、一人でもいやがる奴がいたらそれは正義でも善でもねーんだよ。そもそも――、正義も悪もありゃしねえ。そこには、我侭が転がってるだけ。それがかち合ったなら、やることは一つだろうが。力尽くだ、他に何がある?」


 それに対し、男は首を横に振って応えた。


「それは思考の停止に他ならない。考え、正義を実行すべきだろう?」

「そんな堂々めぐりの思考なら。そんな思考、――捨てちまえ」

「なっ」


 俺は、続けた。


「正義だの何だの悩むのは――。悪と呼ばれる事が怖い臆病者」


 男なら。


「男なら、悪と呼ばれようと黙ってこなせ。目的が相反したなら黙ってぶつかれ。審判は――、後世が下す……」


 前に立つ男が、腰に下げた剣を抜く。

 俺も、手に持っていた錫杖を構えた。


「正しさも何もない。公平に、ぶつかり合った結果がすべてだッ!!」


 錫杖一閃。

 それをブライアンは後方に跳んで避ける。

 だが。

 凛、と錫杖から、音が響き。

 雷撃が、ブライアンに襲いかかった。


「ぬおっ!!」


 それを、ブライアンは剣で弾く。


「っつ……、化生の類であること、甘く見ていた」

「そも、剣で雷弾くお前のが化生くせえよ」


 次の瞬間、ブライアンが俺の眼前に現れる。

 上段からの斬撃。

 俺はそれを錫杖で防ぎ、鍔迫り合いの最中、蹴りを放つ。

 ブライアンが後ろに跳躍。

 その瞬間。

 俺は錫杖の石突で地面を叩いた。

 凛、と、澄んだ音が辺りに響き。

 瞬間、

 轟音。

 光の奔流がブライアンを包む。


「ぐっ、あああっ!!」


 終わったな。

 なんてったって、雷の直撃だ。

 立っていられるはずがない。

 そう思っていた。

 だが、そうは問屋が卸さない。


「う、おおおおおっ!!」


 雷撃の中心から、ブライアンが飛び出す。

 そして、一閃。

 俺はそれに錫杖を当てて防ぐ。


「っつ、人外のタフさだな!!」


 剣戟が始まる。

 一合。

 二合。

 三合

「私は負けん! 負けられぬ!!」


 四合。

 五合。

 六合、

 七合!


「そう、かい……っ!」


 そしてついに。

 長い剣劇の果て、俺の錫杖が、ブライアンの剣に巻きとられ、

 天高く、舞い上がる。

 肩で息をしながら、ブライアンは言う。


「ふっ…! ふっ…、私の勝ちだ!」


 振り上げられる剣。

 勝ち誇るブライアン。

 それに対し、

 俺は、言う。


「確かに、俺はいつか負けるだろう。時か病か、新しい者か。現に、俺はそれに負けてここにいる」


 確かに、勝ち続けるなんて不可能だ。

 何時か人は、負けて消える。


「確かに、俺は誰かに負けるだろう」


 だが。

 それは。


「だがそれは――、今日ではないし、


――お前にでもない」



 とんっ、と。

 何でもないような音を立てて。

 錫杖が、奴の背後に突き刺さる。

 凛と澄んだ、辺りを浄化するような音が響き。


「なっ――」


 瞬間、雷撃が辺りを包みこんだ。




 俺は、黒焦げの死体、もといブライアンを見つめて、溜息を一つ。


「おら、とっとと帰れよ。現世で死んでないんだろ? お前。ここにいていいのは、何かに負けた奴だけだ」

「私は……」

「俺はお前にそんなに構ってられねえんだよ。最後に一仕事あるからな」


 そう言って、俺はブライアンに背を向けると、翼をはためかせ、空に舞い上がる。

 そして、四丁目の中央区へ。







 淀んだ空気。

 その中心に降り立った俺は、懐から、ある物を取り出す。

 天狗の羽団扇。

 橙と白の巨大な羽団扇。

 付き合い始めて千年を超えた、俺の相棒。

 それを俺は、澱と怨念に、振り抜いた。


「近からんものは目を見開け。遠からぬものは風に聞けっ。如意ヶ嶽薬師坊、一世一代の大演舞!!」


 高下駄で拍子を刻み。

 風が声を上げ。

 羽団扇で音を掻き鳴らし、

 これにて、祭の終焉と為す!


「踊れ騒げ宴に祭りだ。陽気な囃子に愉快な上歌!」


 風起こし、俺は舞う。


「不快愉快もありゃしない、踊りに踊れ! 気ぃ触れるまで!!」


 局地的な竜巻が、

 四丁目を包みこんだ。










「怨念、瘴気、共に消失! 嘘のようです!!」


 簡易司令部に、歓喜の声が上がる。

 やったのですね、薬師さん。

 あの竜巻が起こって、そこから全ての強盗、テロが沈静化された。

 彼は、風に乗せて怨念と瘴気を、散らしたのだ。


「分かりました。状況を終了。実行班は休憩してください。事後処理班はすぐさま移動を始めなさい」

『了解です!!』


 返事の声を聞いて、私は溜息を一つ。

 そして、疲労に任せ、乱暴に椅子に座りこんだ。






「私は……」


 橋の上、私は立つことすらできず、仰向けに倒れていた。

 私に、もう居場所はない。

 そう思うと、何故か笑いが込み上げてくる。

 そもそも、半年前、ここに来た時点で私は国に帰ることなどできなかったのだ。

 私を地獄に送ったのは外法。

 片道切符。

 もう、国に戻ることなど敵わず。

 だったら、国など関係ない。やめてしまえばよかった。

 だが。

 私に祖国以外の帰る場所はなかった。

 否。

 地獄は私の居場所ではなかった。


「ふ、ふふ。ははは、はははははっ」


 だが、私の心は清々しかった。

 きっと、私を倒した男の言った通り。

 負けた者にしかここに居場所はないのだろう。

 しかし。

 私は負けた、清々しいまでのボロ負けだ。


「ははっ、奴は自分で負かして置きながら、何を言っているんだ。私はお前に負けて地獄の住人となった、なれたんだ……」


 その時、確かに。

 確かに地獄は、私の居場所になっていた。

 奴が全て吹き飛ばした空が、何よりも清々しく。

 綺麗だった。








「さーて帰るか、帰りたくねー、鬱です」


 瘴気も怨念も吹き飛ばし。

 すべては終わったが、正直に言おう。

 俺の戦いはまだまだこれからだ!!

 怒られたり、天狗について聞かれたり、根掘り葉掘り事情聴取とか。

 考えるだけで鬱です。

 そもそもこんなに働いたのだから、褒め称えてくれてよかろうに。

 現に、俺の携帯は、鳴りっぱなしだ。


「はぁー……。俺は臨時休業です」


 言いながら、俺は携帯の電源を切る。

 そして、俺は一人ふらふらと、寮へ帰って行く。


「帰って寝る。今日はしんどい」


 河原は今日も、平和なようです。









―――

どうも、兄二です。
二十一をお届けします。
二十一にして初めてのまともなバトル!
一回はやっておきたかった。
さて、こっからは今回のお話しについて。
薬師は、天狗でした。
しかも大天狗。
まあ、名前なんて如意ヶ嶽薬師坊ですからね。
気付けよ。
という話は置いておいて。
ここに、現在の薬師のプロフィールを。



如意ヶ嶽の大天狗 如意ヶ嶽薬師


如意ヶ嶽を仕切る大天狗だったが、三年前(本編現在で)死亡。
地獄に来て積み人を始める。
また、現世において人から化け物になった者の一人。
幼少時の複雑な事情から、精神に異常が生まれ、性欲が消えるという現象を体験。
そのことにより、人間としてどころか、生物としてもずれた状態となり、もともと素質のあった薬師は天狗となり、さらに性欲の減退が促進される。
薬師を欲情させれる者は、人外であり、よっぽどその方向に特化していなければならない。
武器は羽団扇、錫杖。
その他、修験者用の道具を使ったりするかも。



羽団扇

なんか変わった感じで配置されており、天狗の怪力で振ると、振り方によって上昇気流や乱気流、かまいたちまで自由自在という話だが、
どう考えても妖怪の妖力の仕業です、本当にありがとうございました。


錫杖

音が鳴ると、雷が降る。
鳴らし方によってパターンがあり、手に持って振ると、横に。
手に持って地面をたたくと、敵に落雷。
地面に指して手を離していると、避雷針のように錫杖に雷が落ちる。




あと、里見さん本編登場おめでとう。
彼女は基本番外編となりますが、ちらちらと本編にも表れるようです。

ああ、後、薬師の「だがそれは、今日ではないし、お前にでもない」の下りはとある映画の台詞をいじったものだったり。
かっこいいですよね。



さて、では返信を。








ザクロ様

薬師の全自動フラグ立て機は、女性には優しくしないといけないという、強迫観念にも似たトラウマちっくな優しさから来るものがあったり。
というか、なんといいますか、本人は気にしてないですけど、父親の二の轍は踏まないぜと無意識に反抗しているのです。
結果女泣かせになりそうな。
ちなみに、地獄の治安は中々いいです。なんというか、鬼の一人一人が有事には臨時警官。なのでおちおち犯罪もしてらんないです。
更に、警察と呼ばれる者はないけど、運営で治安課があり、大体警察と同じことしてます。




スマイル殲滅様

それが愛ですッ!
という挨拶も程々に、あれですね。
薬師のフラグ立て機能は、ぶっちゃけ千年越しのトラウマがうまいこと変形合体して完成したものです。
そりゃまあ、千年は伊達じゃないのですよ。




山椒魚様

あの場を収めたのは、風でこう、すぱーんと。
とりあえず、派手にやりましたが、こんな感じで落ち着きました。
これでやっと天狗編が書ける。




ねこ様

ドメスティックでバイオレンスな家庭で育った後、天狗になり、他の山と戦闘、などという結構悲惨な状態ですね。
ってか、薬師って、幼少期、人から天狗への転換期、天狗初期、天狗絶頂期、天狗末期、河原初期、と、書く背景多すぎやしません?
そんな感じの怒涛の人生ですが、彼は現在の状況を結構楽しんでるようなので、まあ、いいんじゃないでしょうか。
ちなみに、酒呑童子は固有名詞で、餓鬼は地獄の変化者の中で最も多い症例を総じてこう呼ぶだけで、種族としてはさほど確立しておりません。




XXX様

薬師お兄さんは、現世の不幸分を一気に取り戻そうと必死なのです。
いや、嘘だッ! きっと天狗時代に部下の天狗相手にフラグ立てまくってたんだそうに違いないっ!!
ふう、取り乱しました。
ともかく、今も昔も変わらず彼はフラグを立て続けるのです。




妄想万歳様

ふふふふ、奴のことだ、きっと閻魔様も拾っていくに違いない。
許さんっ!
ただ、今回の件で閻魔様はお疲れの様子。
このチャンス、薬師が見逃すはずが……。
暁御については、きっとこの後出てくるさ。
というか、このお話の構成上、ブッツブツ切れるので、まんべんなく書いて行こうとしても偏りが出るんですよね。




さて。
最後に、


どうでもいいが、これ、捏弩曾途霊菅笑、デッドヒートレースゲームって読むんだぜ!



[7573] 其の二十二 俺と天狗と閻魔と家族と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/05/31 00:27


「一つ積んでは母のため――、?」


 その日、河原の向こう、四丁目に、不審な人影を俺は見つけた。

 そして、その人物が、懐に手を入れ。


「二つ積んでは父のためっ!!」


 銃を抜いたところに石を投擲。


「ぐわっ!」


 相手が銃をとり落とす。

 それを見た俺は、一瞬にしてその男の元へ辿り着き、華麗に背負い投げを放った。


「うわあぁ!」

「ふん、世界平和に興味はないが、俺の周りの平和には熱心でな」


 倒れた男を後目に、俺が言うと、いきなり人ごみが俺を包み、褒め称える。


「薬師バンザーイ!! 天狗バンザーイ!!」


 これにて、一件落着、か。


「と、いう夢を見たんだ」

「夢オチ!?」




其の二十二 俺と天狗と閻魔と家族と。





 さて、ここは俺の部屋だ。

 自分の家の自分の部屋というのは最もくつろげる場所である。

 例え外で気を張っていても、少なくとも一人暮らしなら、家に帰ってきてゆったりできるはず。

 そうだろう?

 何を言っているのか、って?

 要するにあれだ。


「薬師、聞いてる? 全部ちゃんと説明してもらうんだからね?」

「わかってるのか薬師、きりきり話せ」


 まったくくつろげねえー!!

 部屋に帰ってしばらく。

 俺は帰宅後由美と由壱に迎えられた後、疲れたと言ってベッドに入った。

 で、死んだように眠った俺だが、次の日起きて、


「さーて、今日も河原いくかー」

「あの、兄さん? なんかお客さんが来てるんだけど」

「客? どなたさまだよ」

「それが……」


 言いにくそうに目をそらした由壱の視線の先。

 そこにはうちのちゃぶ台の周りに座る、


「薬師、ちょっとお話ししよっか」

「いやはや俺今日仕事なんでこれで失礼させてもらうよ」

「今日は閻魔様の計らいでお前は休みだ」


 前さんと李知さんがいた。

 ちなみに兄妹は、正座で行儀よく俺の話を待っている。

 観念した俺は、一つ溜息をつくと、観念し、席に着くこととした。


「で。あれだったか、どっから話せばいいんだ?」

「無論すべてだ」


 一秒と間をおかず、李知さんが言う。

 俺は、辟易しつつも話し始めることとした。


「結論から言うなら――。俺は天狗だ。英語風に言うならすかいどっぐ」


 いや、ふぉっくすとも言えなくはないけれど。

 いや、まあうん。

 どうでもいいってすごい顔されたから自重しよう。


「えー、あれだ」


 とりあえず、一切合財ぶちまけてみることとする。


「時は平安、俺はとあるいいとこのお嬢さんの下で生まれたわけだ」


 いいとことは言ったが、その時には駆け落ちしてて貧しいもいいところだったんだがな。


「で、その時から、素質があった。三歳頃、俺には次の風がどう吹くか判った」


 どうにも、化け物になる素質、というのは異能と呼ばれる状態で発現するようだ。

 今で言う、心霊捜査官みたいなのが、それに値する、はず。

 実際に見たわけじゃないから真贋区別つかんが。

 ともかく、そう言う人間が、精神に異常性を抱えると、人以外の何者かになりやすいのだ。


「で、物心付き始めて、父親が母親に暴力をふるっていることを理解した。そっから、人と少しずつずれていき――」


 大体、十の頃か。


「十の前後には、一日起きる風どころか、半年先の台風まで予測できた」


 これは、人から離れて行く過程において、風への理解が深まったからだと俺は思っている。


「で、母親と父親の元から逃げた後は、無視され続け、母親も、俺を見て父親を思い出すのか複雑な表情をするようになって、そして俺は、人間じゃなくなっていた」


 何故天狗だったか、と言われると、風に特化した素質と、屋敷内での精神状態のせいだと思われる。

 空気として扱われた俺は風に適応していた。

 なんというのか、俺は精神に異常を抱え、人から離れるたびに風に近づいて行ったのだ。


「不意に、気付いた、俺は人ではないと。その後、あっさり全部理解した。俺は天狗だと、体の動かし方も、力の使い方も」


 多分、不自然だったのは人間の方だったのだ。

 そして、精神に相応しい体に変化したのだから、不自然なまでに自然でしっくりくる。


「で、山にこもったわけだ。天狗らしく」


 流石にこのまま母親の元に居てばれても面倒だしな。


「すると、色々いたわけだ。お仲間が。まあ、この時如意ヶ嶽の天狗の連合に入ったわけだが、しばらくして長が死亡」


 そう言えば、化け物と言ったって、妖怪ばかりではない。

 例えば、何らかの奇跡を起こした聖人だってそうだ。

 素質があって、本来人間であればバランスがとれているはずの善悪が偏っていたり、神への信仰心だったり、それらが人を聖人とするわけだ。


「そんで俺が、後を継ぐ、と。で、それでしばらく千年位頑張ってみたんだけどな」


 懐かしいな。

 あの時代も楽しいと言えば楽しかった。

 思わず感慨に耽りそうになるが、いい加減女性陣から蹴られたって仕方ないので現実と戦うことにする。


「んで、死んだわけだ」

「どうして?」


 そう聞いてくる前さんに、俺は笑って答えた。


「かっかっか、聞いて驚け。刺された。部下に、後ろからざっくりと」


 ふむ、二人が俺を哀れみの目で見ているのは何故だろう。


「よっぽど酷い政治体制だったんだね……」

「向いてなさそうだしな…」

「いや、確かに向いてないけどな」


 これでもそれなりに千年もったんだ。

 頑張った方だろ。


「さて、この後は地獄に来てぼんやりだ」


 さて、説明終了。

 二人が納得した様子を確認して、俺は外に行くことにする。


「薬師? なにをいきなり――」


 問うてくる前さんに俺は呟いた。


「ちょいと出てくる」

「あれ? お父様どこか行くんですか?」


 聞いてきた由美はどこか寂しそうだった。


「四丁目までな、って何を泣きそうな顔をしとるんだ。お父さんすごく困るぞ?」

「あ、ごめんなさい……。ただ、今日は休みだから、一緒にいられるって勘違いしてて……」


 そう言って俯いた由美に、俺は罪悪感を覚えた。

 まだまだ寂しい年頃、か。

 お父さんも考えが足りなかったよ。

 俺は一つ肯くと、由美と由壱を手招きする。


「よし、じゃあお前ら俺と四丁目に行くか」

「え?」


 きょとんとした顔の二人に、俺はもう一度言った。


「たまには親子兄弟で出かけようぜってな」


 すると、二人の表情が輝いた。

 というと誇大表現だが、少なくとも由美は機嫌を隠そうとしないし、由壱もいつもより楽しそうだ。


「よし、準備して来い」


 言うと、駆け足で二人が私物を揃え、三十秒ほどで戻ってきた。


「準備できたよ兄さん」

「私もです」


 そう言った二人を引きつれて、俺は街に繰り出した。






 その後、


「ねえ、あたしたち置いてけぼりにされてない?」

「そう、だな」

「しかも、あたしたち鍵持ってないよ?」

「これはもしかして帰ってくるまで私達はここで待機する羽目になるのか?」

「……」


 という会話があったそうだが――、

 知ったこっちゃねぇや。







 ともかく、俺と娘と弟で、娘は弟の妹という変則的な家族は、ふらふらとまだ傷跡を残していながら活気づいてきた街並みを歩いていた。


「やる気にあふれてんなー」


 あんな事件があったすぐなのに、いや、あったからこそ、ここで気合い入れて活気づいてるのか。

 ともあれ、家族の外出としても、中々いい感じだった。

 屋台も出ていたしな。

 言いづらそうにしていた由美にわたあめ買ってやったら喜んでもらえたし。

 と、まあ、家族水入らずで歩いていると、不意に由壱が聞いてきた。


「そう言えば、兄さんはあちこち何もない場所見に行ってるけど、なんかあんの?」


 確かに俺は、一緒に街を回りつつ、ちらちらとあっち行ってこっち行って何もない空間を見つめてた変質者だった。

 が、訳があるんだよ。

 流石に。


「うーむ、さっき俺の武勇伝は語った、っていうか語らされたな? で、まあ、全部吹っ飛ばしたつもりだが、瘴気が残ってたらやだなーと」

「そんなことあるんですか?」

「今んとこ、瘴気は見てないし、淀んだ風もないしなー。これでまあ、終わったってことだろ」


 ああ、良かったよかった、と、そうだ。

 俺はひょい、と由美からわたあめを取り上げる。


「ふぇ?」

「なんか懐かしくなってな。一口食わしてくれ」


 舌に柔らかい甘みが広がる。

 ああ、甘い。


「あ……」


 懐かしいな、何年食ってなかったんだか、百じゃきかんか。

 ともあれ、満足した。


「ほい」


 満足した俺は由美にわたあめを返す。

 返したんだが、由美はなんか顔が赤いし上の空。


「おおい? どうした?」

「ひゃいっ! 何でもないです」


 どうしたのやら。

 ま、顔の赤さは治ったし、風邪でもないだろ。

 いや、待て。

 上の空、足す、赤い顔。

 イクォール、好きな男?

 まさか由美に好きな男がいると?

 まさか由美が不意に好きな男のことを思い出して顔を赤くしていると?

 まて、まだ早い。

 由美に男女交際なんて一万光年、と一万光年は距離だというネタはもう古いな。

 ともかく早い、相手は誰だ。

 由美のことだ、外見一発で惚れるという事もあるまい、という事は、優しくされたとかそういう理由か。

 その場合、由美はこの外見だ、という事はロリコンの可能性がある。

 まさか――、じゃら男…?

 少々、話をしないといけないようだな。

 と、そこで思考を打ち切り由美の顔を見つめると、ある事に気付く。


「由美、顔べたべたんなってる」


 その言葉に、由壱が肯いた。


「本当だ」

「え? あ、とれない……」

「しまったな、ちり紙は持ってるが、ウェットティッシュは持ってないな」


 中々参った問題だ。

 ううむ、水場を探すか?

 などと考えていると、不意に聞き覚えのある声が聞こえた。


「ウェットティッシュなら、持ってますよ?」


 そこに居たのは、閻魔そのものだった。

 閻魔は、由美の前で屈み、口周りを拭いて立ち上がると、笑顔で言う。


「これで綺麗になりましたよ」


 とても親切かつ優しい姿に微笑ましさを覚えつつも、俺は聞いてみた。


「なにゆえここに?」


 すると閻魔は簡潔に答えてくれた。


「実は、部下に放り出されてしまったのです」

「ホワイ、いわゆる何故としか言いようがない」

「私は休め、だそうです」

「委細承知」

「はい?」


 なるほど察した。

 絶対これは根を詰めすぎるタイプだろう。

 だから、部下が気遣って休みを言い渡したわけだ。

 その心中察するぜ部下たちよ。

 うんうんと俺が肯いていると、今度は閻魔の方から質問が来た。


「貴方は?」

「あー、俺は飛ばし損ねた瘴気がないか調べつつ、娘と弟と親子水入らずなわけだ」

「なるほど」

「しかし、それにしてもあっさり持ち直したもんだな」


 そう言って、なんとなく感慨に耽ってみる。

 閻魔もそれには、肯いてくれた。

 その彼女は、愛しそうにこの街を見つめている。


「そうですね……、バイタリティに溢れ、死にながらそれで尚、生きようとする、いいことです」

「ともあれ、これで完璧にこの事件は終わったわけか」

「後は」


 その後の言葉を俺が引き継ぐ。


「復興だけ」


 色々大変だろう。

 あちこちに銃痕があるのを見た限りでは。


「ええ。だから早く仕事に戻って復興の手伝いをしなければなりません」


 そう言って彼女は決意を決めたかのように表情を引き締める。


「良い気分転換になりました。私は仕事に戻ります、親子水入らずの所に水を差して申し訳ありません」


 彼女は、踵を返し、歩き始めた。

 その肩を、俺は何となく掴んでいた。


「まあまあ、待ちなされお嬢さん?」












「それで、何でこんなことになってるのですか!」


 何でだろうな。


「俺にもさっぱり。分かるか? 由壱」

「ええ? 俺に話振らないでよ!」


 俺達は今、絶賛屋台の中にいます。


「第一、この屋台は何なのですか!?」

「お好み焼屋」

「お父様、そういうことを言ってるんじゃないかと」


 いや、わかってるが。


「要はあれだ。このお好み焼屋は事件前からあった。が、聞いてみると、店主は事件時に転んで怪我をしてしまったそうな、酷い怪我じゃないから明日には戻れそうだが、このままじゃ売り上げがと嘆いていたそうな」


 で、あれだ。

 そいでは僕達がやりましょう。

 と、地獄運営を名乗って電話を掛けたらすごく感謝感激された。


「ですが、私は街の復興という……」


 それでも文句たらたらの閻魔に俺は言う。


「これも、復興の、一部」

「ですが」

「すごいね閻魔様は、こんな屋台なんぞ街の復興に必要ない、ゴミめらが…、だが、これで一掃できる。と? すごいな格好いいな痺れるし憧れるね」

「そ、そんなことは……」

「だったら、落ち着いてお好み焼きを焼こう」

「う、そう、ですね、いや、でも何か騙されているような……」


 うんうん唸っているが、こりゃ落ちるのも時間の問題。

 すると、由壱が後ろからこそこそと話しかけてきた。


「兄さん、丸めこむの上手いね……」

「千年舐めんな」


 いや、相手は始めの人だけど。

 こう、人柄によるものが強いんだろう。

 単純?

 まあ、そのようにうんうん悩んでいたのだが、急に閻魔は首を横にぶんぶん振ると、真っ直ぐにこちらを見上げてくる。


「わかりました。この屋台も復興の一環、理解しました。手伝うのもやぶさかではありません、が」

「が?」

「そもそも私には料理ができません!」


 恥ずかしそうに頬を赤らめて言う閻魔。

 ある意味爆弾発言か?

 そんな彼女に俺は手をひらひらと振りながら言う。


「大丈夫大丈夫、お好み焼きなんて本職じゃなきゃ混ぜて焼くだけだっての。タネ作ってやるからちょいとやってみるといい。由美、キャベツとってくれ」

「はい」


 由美からキャベツを受け取り包丁で刻む、ついでに肉も切っておく。

 キャベツを刻み終えるとお好み焼きの粉と卵を合成。

 それを横からのぞき込んでいた閻魔がうらやましそうにこちらを見上げていた。


「随分、手際がいいんですね……」

「ま、千年生きてりゃな」

「それはその数倍生きてる私へのあてこすりですか」

「いや、まあ、つっても俺が上手いのは切るとこまでだ。焼く煮る揚げるは専門外」


 無論俺の得意分野はチャーハン、お好み焼、カレー。

 そも、料理得意だったら自炊してる。

 ともあれ、俺は作成したタネを温めた鉄板に丸く敷くと、ヘラを閻魔に渡して、屋台の外に出た。


「それじゃ、後は程よくひっくり返すだけだ。俺は、ちょいと足りない材料買い足してくる。由美、由壱、荷物持ち頼む」


 そう言って俺は屋台を後にし。




 帰ってきたら。


「ちょっと、焦がしてしまいました……」

「いや、ちょっとじゃないよな? これは完全に暗黒物質、ダークマター。見事に暗黒面、ダークサイドに落ちてるよな?」


 そこには、黒く黒い塊が鎮座していた。

 閻魔は、顔を赤くし、握り拳を作りながら言ってくる。


「だから言ったじゃないですか!」


 言ってたな。

 だが、ここまでとは思わなんだ。

 ふむ。


「まあいい、とりあえずそれを無理に食おうとするのはやめとけ」


 だが、閻魔は食い下がった。


「しかし、食べ物を粗末にするには…」


 不意に、俺は李知さんを思い出す。

 そう言えば、血縁なんだっけか?

 なんか訳ありのようだが。


「まったく。流石血縁」

「?」


 よくわからなさそうにこちらを見ているので俺は答えた。


「いや、李知さんもこないだ辛いカレー食って残さないよう頑張ってた」


 すると、彼女は納得したように頷いた。


「確かに、そうですね」

「で、まあそれはいい。とりあえずそんな苦そうな顔すんならやめとけよ」


 それでも口に運ぶ閻魔。

 中々に強情だが、


「その強情を張れなくしてやろう」


 俺は残っていた炭を掴むと、一挙に口の中に放り込む。


「え? あ、苦くないですか!?」


 うん、苦い。


「いやいや、これはこれで深みがあってコクのある、苦々しくも甘じょっぱい、っていうかやっぱ苦い」

「無理しないでください!」


 そう言って水を差しだす閻魔。

 俺はそれをありがたく受け取り、飲み干した。


「じゃあ、まあ、とりあえずお前さんには買物係をお願いしよう」

「む、はい」


 よし、じゃあ店を始めようか。







「さあさ、世にも奇妙な天狗焼き、そこのお姉さん、食っていかないか?」


 そんなこんなで、俺は高下駄を履き、拍子をとりながらお好み焼きを高くひっくり返していく。

 こう、ヘラを羽団扇に見立てながら。

 そう、ある人はこう言った。

 味がダメならパフォーマンスで稼げばいいじゃない。

 味とか焼き加減は家庭料理並みでもパフォーマンスだけは本気で挑めば、少なからず人の目を引くわけだ。

 そんな中、せわしなく、由美と由壱がタネを作ったり素材を出したりと動き回る。

 意外と、

 我々の店は繁盛していたり。


「あ、じゃあ一パックお願いします」

「へいおーけい!」


 俺は一つのお好み焼きを高く上げると、横からパックを取りキャッチ。

 上からソースをかける。


「お客さん、マヨネーズは?」

「あ、お願いします」


 マヨネーズをかけ、鰹節青海苔をかけて、輪ゴムで止め、渡す。


「毎度あり」


 代金を由美が受け取った。

 そして、俺はもう一つ焼こうとしてボールの中身がないことに気付く。


「由壱、タネ追加!」

「はい、兄さん!」


 最初に比べ、慣れが出たのか手際よくタネを用意し、ボールが俺の元に差し出される。


「よしじゃあ、目隠しでもしようかね!」


 すると、周りにいた客が湧く。

 俺は手拭いを取り出すと目元に巻きつけ、ふたたびお好み焼きを作り始める。

 わざと狙いを外し、落ちそうになったところをぎりで受け止めたり。

 お手玉したり。

 この程度、千年生きた天狗には造作もない……!

 食べ物を粗末に――、という話もあるが、結局おいしく頂かれるので許してほしい。

 そんな中、不意に元気のない声が響く。


「私は、どうすればいいのでしょう……」


 ずっと放置だった閻魔だ。

 彼女は一人、屋台の後ろの方で棒立ちしていた。

 俺はその声に振り向いて、手拭いを取ると、お好み焼きを返しながら言う。


「お前さんは客引きでもしとけ! 可愛いんだから、気張んなくても満員御礼だっての」


 そう言ってすぐに俺は調理に戻る。


「か、かわ……、可愛い…?」

「そりゃまあ、百人が見れば九十八人が可愛いって答えるだろうよ!」


 残りの二人は美的感覚が飛んでるんだろうさ。







 結果的に、何故か顔を真っ赤にして俯き気味に客引きをする閻魔の力も加わって、それなりに商売を終えることができた。

 日はもうどっぷりと沈み、赤く照らされた道を俺達は歩く。


「あーあー、疲れた。いかんね、こういうのやると加減が解らん」

「兄さんはパフォーマンスに突出しすぎなんだよ」


 他に誇れるとこないしな。


「ま、悪くないが」


 すると、さっきまで黙りこんでいた閻魔がこちらを向いた。


「悪く、なかったのですか?」

「まあな。しかし、こうして歩いてるとまさに家族だな」

「か、家族?」


 戸惑った様子の閻魔に俺はからからと笑いながら言う。


「お前さんみたいな器量良しなら簡単に男が捕まるだろうに」


 料理は全滅だが。


「そ、それは……、その、仕事のせいで婚期を大幅に……」


 そう言えばそうだな。

 何歳かは知らんが。


「ま、ともあれ、肩の力は抜けたようでなにより」


 すると、閻魔は意外そうな顔でこちらを見ていた。


「私を、気遣ってくれたのですか?」


 俺は、いつもの意地悪な笑みという奴を浮かべる。


「どうだかな」

「どういう意味ですか?」

「俺は十分楽しませてもらったってこったな」


 それで閻魔が楽しめたら万々歳、ってな。

 すると、閻魔はふ、と笑顔を見せた。


「ありがとうございます。いい、休日でした。ここ、数年で一番」

「それは何より」

「それでなんですが、お礼にこれを。後、弟さんと娘さんにも」


 彼女が、懐から三枚の紙片を取り出す。


「なんだこりゃ」

「今度開かれる事件終了のパーティのチケットです。いわゆる、打ち上げですね」


 その言葉に、お子様二人は嬉しそうだったが、俺は嫌そうに返した。


「俺はそう言う堅苦しいのが苦手なんだが……」

「だめです。事件の功労者が来ないでどうするのですか?」


 ぐぅ。


「今回のことの意趣返しですよ」


 閻魔が悪戯っぽく笑う。


「閻魔王の権限を使って命令しちゃいます」


 ぐう……。

 なんてこったい。

 俺は諦めたように一つ息を吐き、肩をすくめて見せた。


「……委細承知、りょーかいしましたよ閻魔殿」

「よろしい。ならば私は家に帰ります、それでは」

「気を付けてな」


 帰って行く閻魔の背を眺め、俺は思う。






 今日も地獄は平和なようです。















おまけという名の由壱による一切合財





「鈍いなぁ……」

「何が?」


 薬師と由壱は、由美が風呂に入っている間、何とはなしにソファに座って話していた。


「兄さんが」

「俺が?」

「うん」

「いや何が」

「由美にさ、兄さんは家族登録したよね?」

「ああ……?」

「でも、家族登録は家族であるってだけで、決まった家族じゃないし、兄さんは由美とあらゆる家族であるって言ったよね?」

「言ったな」


 そこで不意に、由美が現れた。


「お風呂開きましたよ?」

「おう、入る」


 薬師が立ち上がり、脱衣所に向かう。

 一人残された由壱は、虚空に呟いた。


「由美は――、兄さんにとっての妹で娘である上に、妻でもあるんだよ」









―――


二十二。

更新がちょいと遅れて申し訳ないです。
昨日じゅうにしたかったんですけど、白状すると、別の話を書いてました!
すいません。

えー、ネギまのクロスで、タイトルは【真・一発ネタ】ネギまオリ主ハーレムと思っていたらタカミチに告白されていた、とかいう果てしなく色物臭い奴です。
興味があれば覗いてきてください。
カオスが拝めます。


えー、多分次も閻魔編、ってか最後にもらった招待券を消化。
暁御の出番はその後。
で、そのまま色々やりたい放題行って行ったり。



さて、コメント返信と相成ります。






ザクロ様

駄目だ、薬師に対抗できるのは里見しかいない、誰か、里見を呼べー!!
となるわけですね。
薬師自重してくれ。
ちなみに風俗とかは普通にあります。




00113514様

なんというか世の常ですよ。
欲しがる人はもってないけどいらない、っていう人に限ってたくさん持ってるって言う。
そのフラグ立て能力をオラにも分けてくれ。
それとも無欲の勝利なのでしょうか。




ねこ様

私のイメージ中では、薬師の風雷的な部分は鞍馬大僧正坊に勝り、肉体的スペックでは僧正坊が勝つというか、
こう、牛若の八艘飛びのイメージからなんか木とか障害物の多い場所で俊敏に動くのが得意そうだなとか。
あと、虎柄ビキニ姐さんは出したいが、これ以上出すと色々あれなんで出せない一人だったり。




XXX様

前回は半シリアスというか、続きであるのもそうですし、積んでるのもどうかなー、と思ってやってません。
今回からまた復活します。
今回は今回でまた変なネタでしたが。




七様

いやはや天狗だとばれないか結構不安だったんですけどね。
名前もろ直球ですし。
ともあれ、里見さんは中々の猛者っぷりを見せてくれました。
薬師に撫でられてもナデぽさえされない始末。
里見さんだけが最後の砦だ、頑張ってくれ!!




妄想万歳様

実を言うとこの戦闘シーン、このシリーズ初めて書きたいランキング上位に入ってたんですよ。
なのに、戦闘に二十一話までかかるとは、作者も予想してなかった事態です。
そして多分今、惚れてる人はほれなおし、惚れてない人が惚れるという天狗大結界発動中。




スマイル殲滅様

ある意味、この物語の命題は薬師を如何にして欲情させるか。
かもしれません。
薬師の精神を癒やして欲情させるか、欲情させて精神を癒やすのか。




ぬこやなぎ様

感想どうもです。
別に虎蔵が天狗って訳でもないんですけどね、なんとなく似てるかなーと。
そして宵闇ネタが通じる貴方はマニアック。
果たして宵闇って言ってわかる人、どれくらいいるんでしょう。




シズヒサ様

コメント感謝であります。
次回もまた楽しんでもらえるよう頑張ります。




namahu様

感想ありがとうございます。
きっとあれですね。
「ふっ、お前の羽団扇は奪った! これでお前は風を起こせん!!」
「お前は――、羽団扇がないと風が起こせないと思っているようだが。なくとも、全く問題ない」
「な、何? うわあああ」
フラグなんですね。わかります。
でも、多分羽団扇なくても風は起こせそうですね。




獣様

上にも書きましたけど、名前モロ何で、天狗とか妖怪に詳しい人とかにはばれッばれもいいとこなんですよね。
うん、でも好きなんですよ妖怪。
妖怪っていうか妖精でも神でも悪魔でも何でも行けるんですけどね。
ただ、妖怪は特に人の自然への畏怖と憧憬の入り混じった感じがして好きです。
ちなみに薬師の実力は、まあ、酒呑童子と拮抗する、って言っても酒呑童子どんぐらい強いんよって話になるんですが。
とりあえず普通にクロスしたら無双できる程度には強いんですが、そもそもこの作品、戦闘少ない。
地獄においては閻魔という越えられない壁がいる。
主人公最強ものするには転生するしかもうない。




ロットン様

感想に感謝。
確かに、あんまりほのぼのしてない気もする。
でも、一応全体の雰囲気はゆったりで通したい。
けど中々うまくいかんのですよ。
とりあえずここまで突っ走ったのでここからはまたゆっくりで。




オンドゥル翻訳機様

いやあ、冒頭のあれ付けようか悩んだんですけど、違和感がありそうなのでやめました。
ある意味、貴方の想像は今回で当たっているような……。
ともあれ、なんとかここまでこぎつけました。
きっとあれでしょう、天狗時代の薬師は権力を使ってパワハラを……。




クルー様

コメントありがとうございます。
そしてサキュバス的な何か、出したいとは思っています。
むしろ出したいキャラとか種族とかはたくさんいます。
だがしかし、これ以上出すと収拾付かないので一話切りたまに出るゲストキャラとしか出せないのです……。




TAS様

感想ありがたいです。
薬師は、天狗において最も風に特化したタイプ、という事になっております。
出演は考えてませんが、他の天狗は術に特化したとか、剣術、とか、障害物戦闘が得意とかそう言った特徴があったり。
それに対し、薬師は風に関してだけは最高クラスですが、他は結構平均的、という感じですね。





さて、では最後に。


薬師、
彼女いない歴千年越え!!



[7573] 其の二十三 俺と閻魔とパーティと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/04 01:07

「一つ積んでは母のため」

「二つ積んでは父のため」


 その日は、いつもと違った。

 薬師が、意志を高く高く積み上げていた。






 ―――







「八十積んでは父のため」

「……薬師が八十!? どんな手品を……!」

「ふん! 天狗にかかれば全体から風を均等に吹きつけさせてバランスを保つなど容易い!」

「だからそれ反則!!」







其の二十三 俺と閻魔とパーティと。






 こんばんは。

 吐きそうです。

 薬師です。


「……」


 こういった状況でお約束とも言えるテラスに、俺は

 いない。

 残念ながらテラスは開放されていなかった。

 故に俺は普通に外に出ているわけである。

 そんな俺に、話しかける人物がいた。


「こんな所に居たのですか?」

「む、閻魔か」


 振り向いた先には、白いブラウスにミニスカート、という基本的な格好に、リボンとブレザーを着用した閻魔がいる。


「面白くありませんでしたか?」


 その言葉に、俺は苦笑いを返した。


「肌に合わないだけだ。俺はパーティより、宴会の方が好きだ、っていうか……」


 言葉の途中で俺は顔色を悪くし、言葉を止めた。

 そして、口に手を当て、


「格好付けないで言うなら……、うぇ、香水臭ぇ……、気持ち悪い……」


 そんな俺に、閻魔は苦笑して俺の背をさする。


「いや、わざわざ背伸びしてまで擦ってもらわんでも大丈夫だ」

「そうですか? まあ、休憩もいいですけど、前と李知に顔を出しておかないと、怒られますよ?」

「いや、無理。どのくらい無理かと聞かれると十割三分無理」

「すごい割合ですね」


 既に限界突破終了してる訳で。

 よく弟たちはあんな戦場を駆け抜ける気になったもんだ。

 俺にゃ、無理だ。


「俺のような老いぼれには無理」

「……私は貴方より年上です」

「失礼しました」


 そうだな。

 俺が老いぼれだったら彼女は古代生物だね。

 いや、実際変わらない気もするが。


「何か不埒なことを考えてません?」

「いや全然」

「本当に?」

「本当に」


 そんなことを言うと、突如、閻魔が顔を近づけてきた。

 そしてジト目でこちらを見たかと思うと、すぐに離れる。


「何を?」

「いえ、嘘かどうか確かめようとしましたが。馬鹿らしくなってやめました」

「さいですか、ってか見えるのか?」

「浄玻璃の鏡ですよ」


 だが、それと顔を近づけることに何の関係があるのか。

 その答えは本人が語ってくれた。


「私の眼は私の目を見たものに自らの記憶を見せます。そして、私の目を見た者の目に映る私を見ることで、私はその者の人生を見ることができるのです」

「ほお……、至近距離で目を合わせただけで走馬灯が見る女……、強そうだな、世紀末的に考えて」

「……」


 遠い目をする閻魔を後目に、俺は時計を見る。

 会場の建物の壁に取り付けられた時計は、そろそろ七時を過ぎることを示していた。

 俺は溜息を一つ吐く。

 パーティはまだまだこれからだ。

 帰ったら駄目か……?。

 ううむ、これで帰ったら由美と由壱がなぁ……。

 こうなったらここで時間を潰すしかないわけか。

 そう思って、俺は会話を続けることにした。


「それにしても、お前さんの夫になる奴は嘘吐けないってのは大変だな」

「私、大幅に婚期を逃している気がしません?」


 俺は首を横に振った。


「そうでもない?」

「なぜ疑問形なんですか」

「引く手数多?」

「なぜ疑問形なんですか」

「きっといい人が見つかる、よな?」

「なぜ……、はあ…。疲れました」


 そんなお疲れの様子の閻魔は、予想外の切り口で反撃してくる。


「…貴方が何故、ここにいるのか不思議になります」


 俺は即答。


「そりゃ死んだからだろ」

「はあ……、そうですね」


 閻魔は、俺の言葉に諦めたように溜息を吐いた。

 そんな彼女に俺は言う。


「幸せが逃げるぞ?」

「幸せは内に貯めて置くものではありません。周囲に与えるものです」

「なるほど、溜息に当たれば幸せが手に入るんですねわかります」


 すると閻魔はあろうことか再び溜息。


「おう? そんなに溜息をつかれるとキャッチに向かうぞ?」

「やめてください」


 そう言って呆れた顔をする閻魔。

 まあ、俺と彼女じゃそりが合わないのかも知れんが。

 俺は法よりも自分の享楽思考だし。

 彼女は法を守る裁判長だし。

 そんなことを考えて、俺は暗い夜に白く浮かぶ、閻魔の顔を見た。


「俺に呆れるほどなら、パーティに戻った方がいいんでないか?」


 俺が今回の件の功労者だから社交辞令として来たならば、そういったことは気にしないから戻ればいいと思ったのだが、どうも違う様子で、閻魔は困ったように笑った。


「違いますよ」

「じゃあ、何に呆れてるんだ?」


 問うと、閻魔は苦笑のまま答えてくれた。


「…貴方との会話が楽しい自分にです」

「ほお」


 これまた、なぜ。


「そもそも、思い返してみると、私には友人が居たためしがありません」


 寂しい人宣言来た!

 真顔で言うと悲しくないのだろうか。

 でも、確かに友人はいなさそうだ。


「部下は沢山、でもお友達はいない、ってか?」

「うっ、まあ、そうです。皆、気を使って話しかけてきますから」


 気を使わない俺。

 というのはいいことなのか悪いことなのか。

 どうなのかと聞いてみたら、


「まあ、こういう関係の者が一人くらい居た方がいいでしょう」


 と返された。


「本当は嬉しいんじゃないのか? このツンデレさんめ」


 不意に、閻魔の顔が赤く染まる。


「そ、そのようなことは……!」

「おお、酷い。この哀れな男のことなど路傍の石ころ扱いですか」

「あ、あります……」


 思わず俺は噴き出した。

 流石李知さんの源流。

 そんな彼女は、不満そうにこちらを見上げていた。

 そして、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。


「あまりからかわないでください!」


 俺は即答。


「嫌だ」


 閻魔は無言。


「……」


 また溜息。

 おっと、当たりに行き損ねた。


「李知の言ってることがわかった気がします」

「今日確信した。お前さんと李知さんは家系だよ。遺伝的にいじられ体質なんだ」

「生物としての基本骨子においていじられることを確定されたくないのですが」

「だったら……、からかわれる前にからかえ?」

「……それができたら苦労はしません」


 そして溜息。

 今だ!


「よし、幸せゲット」

「何をやっているのですか…?」


 閻魔の口数十センチに手を出した俺を、彼女はジト目で見る。


「うーん? 幸せを探しに行っただけだが?」

「自分が変態的行為をしている自覚は?」

「幸せのためならやむを得ない」


 その言葉に閻魔はまた溜息を吐こうかとしたところで、気が付き、止めた。


「……なあ。そういう馬鹿正直な反応がいじられる原因だと思うんだが?」


 そう言った俺に、閻魔は言葉を探すが、結局見つからなかったか、話題をすり替えた。


「……嘘つきよりはましです」

「じゃああれだ。お前さんは皆に幸せを振りまいてるってことでどうだ?」


 そう言った俺の顔を、怪訝そうに閻魔は覗きこむ。


「どういう、ことですか?」


 何言ってんだコイツ、な閻魔に、俺は説明した。


「閻魔様はいじられるているのではない、いじられることによって、幸せを振りまいているのだ、主に俺に」

「結局いじられてる上に、主に貴方にですか」


 嫌そうに、閻魔が俺に突っ込みを入れた。

 対して、俺は悲しそうな顔を作る。


「ほほう、その発言は貴様のような糞野郎に幸せをくれてやるなど虫唾がはしるッ……! と言っていると考えていいのですね?」


 そんな俺に、閻魔は慌てて手を振り否定した。


「い、いえ。そのようなことは決して!」

「じゃあ、俺にも幸せをくれるんだな?」

「はい!」


 よし、いい返事だ。


「じゃあ、いじってもいいんだな?」

「はい!!」


 俺は、その瞬間、不思議な感動を覚えた。

 あの時の記憶が、俺の脳裏に飛来する。


『ああ、わかってくれたならいい。だから、俺はお前さんをこれからも親愛を込めてからかいつづけるな!』

『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』


 こいつら……、本当に家系だ……。


「どうしました? そんな今にも泣きそうな顔をして」


 そして――、今回も例の物はある訳で。


『「じゃあ、いじってもいいんだな?」「はい!!」』

「な、なななななな、なんですかそれは?」


 俺が懐から取り出したのは――、


「ボイスレコーーーーーーーーダーーーー。」

「け、けし、けしなっさっ」


 どもりまくる閻魔に俺は優しげに話しかけた。


「まあ、落ち着いて。落ち着いて深呼吸、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸う」

「吸えません!!」


 むう、全然落ち着いてないな。


「ともかく! 消しなさい!!」

「断る」

「……」

「怒りますよ?」


 そんな閻魔に、俺は真面目な顔で聞いた。


「閻魔王よ、汝に問う」

「なんでしょう」


 急に真剣な顔になった俺に、多少戸惑いつつも、閻魔は問い返した。


「汝、口約束を、形無き物として、軽んずるか」


 俺の言葉に、血相を変えて閻魔は言う。


「そんなことはありません! たとえ口約束であっても、約束を違えるなどあってはならないことです――、あ」


 どうやらようやく気づいたようだが。

 手遅れだ。


「これで、レコーダーの中を消しても意味はなくなったな?」

「うぅ……」


 拳を前面に下ろし、拳をぎゅっと握る閻魔はついに、涙目に入っていた。

 よし、いい加減にしよう。

 これ以上は自重しよう。

 このままでは取り返しのつかないことになりそうだ。

 閻魔マジ泣きとか。

 うん、ほどほどにしないと報道者の飯の種になってしまうな。

 俺は幸せを受け取る側であって、報道者に幸せを与えるような殊勝な生き物ではないのだ。


「冗談だ冗談。ちゃんと中身は消しとくさ。それより、いい加減いい時間だし中入ろうぜ」

「…本当ですよ…?」


 そう言って涙目上目づかいで俺を見上げる閻魔。

 紳士に見せたら襲われる恐れがあるだろう威力をもったそれに、俺は笑って肯いて見せた。


「ああ、ちゃんと消す。だから、涙目になってないで行こうぜ」

「なってません!」


 そう言って否定する閻魔は涙目。

 ふと思う、涙目の閻魔と俺、このまま戻ったら前さんあたりに見つかったらやばくね?

 ふふふふ、俺涙目。


「どうしました? この世の終わりみたいな顔をして。早く行くのでは?」


 ふふふふ、逃げられない。

























 俺の予想に反し、というか閻魔の涙目が思ったよりも早く治ったため俺は一命を取り留めた。


「ふう……、今日の生に感謝します」

「何をいきなり言ってるのですか?」

「いや、私事だ」


 言って、俺は兄妹を探す。

 と、その時だった。


「少々、喉が渇きました」


 と言って、閻魔が自由に持って行っていい類のグラスに酒を入れ、グイッと煽る。

 酒を入れ、グイッと煽る。

 大事なことなので二回言ったが、ぐいっと煽るのは、正しいワインの飲み方ではない。

 ってか、酒って全体的に一気飲みはダメ、ゼッタイなのだが、ともあれ、要するにあれは、酒だと思わないで飲んだ類であろう。

 そして、今まで酒を全く飲んでない様子だったのは、よほど強いから話していてもそう感じなかったのか、弱いから全く飲んでいなかったかのどちらか。

 俺は、なんとなく閻魔の性格からして……、後者だと思う。

 何故……ッ! 止められなかった……?

 後悔するが遅い、いやそれほど本気で後悔はしてないが。

 だが、ここで酒乱誕生、泣き上戸笑い上戸に、絡み酒、なんてなったら、困る、俺が。

 状況的に俺が真っ先に絡まれる。

 そしてまさかの泣き上戸だった場合、閻魔様に何した貴様ァ、で、死亡が確定する。

 もう、駄目か……。

 俺は、辞世の句を呟いた。


「……地獄にて、二度目の死因は、閻魔様」


 しかし何も起きなかった。

 いや。


「きゅぅ……」


 ん?

 なんだきゅう、って。

 妙にかわいらしい声が聞こえて、どこか遠くを見つめていた視線を閻魔に向ける。

 すると、そこにはへたり込んで気絶する閻魔がいた。


「弱いって格じゃねえぞ……?」


 というか……、これ、どうしよう。









―――

本当は、これからもう少し続いて終わる予定が、長くなりすぎて二話に分けることにしました。
何勘違いしてやがる……、閻魔のターンはまだ終了していないぜ!!
ずっと閻魔のターン!!





さて、返信を。
ちなみに、前回の返信は番外二になっておりますので微妙にとんでませう。


なる様

感想ありがとうございます。
賽の河原、寮、三食付き。
さらに死んでいるのに保険にも入れてくれるいい職場具合。
頑張れば高給取れますしね。



ssstp様

コメント感謝です。
てっとり早くフラグ体質になるには、悟って尸解仙になるしか。
でも、仙人になった時点で欲が消えているという本末転倒具合。
これはもう人間を踏み越えるしかありませんね。


妄想万歳様

きっと、一万年と二千年貫けばにこぽなでぽも容易で、全ての女性とフラグを立てることができるはず。
というのは置いておいて、ギャップ萌、というか、ギャップ燃えな気もします。
ギャップ萌として、次、閻魔さまがすごいことになるので注意です。
待て次回!


bali様

コメントどうもです。
妖怪大好きです。
妖怪に独自の解釈を加え、っていうか俺設定満載のこのお話ですが、妖怪好きに楽しんでもらえたなら幸いです。
そして……、私も京都行きたい。
北海道民の学生なので、正直遠いです。
私の代わりに、モテ道を歩んでください。




では、最後に。


そも、薬師は彼女いない歴千年だが、
閻魔は彼氏いない歴……(検閲により削除されました)



[7573] 其の二十四 俺と閻魔と部屋と起源と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/05 00:43
俺と鬼と賽の河原と。





「一つ積んでは母のため」


 そう言って俺は積み上げている。


「二つ積んでは父のため」


 何を?


「三つ積んでは――」


 ゴミ袋を。


「うふふふふー? 俺の仕事は石積みなんだけどなー?」






其の二十四 俺と閻魔と部屋と起源と。







 さて、どうしたのか。

 俺は今、二丁目の閻魔宅を目指している。

 ここまで言えば分ってもらえるだろうが、俺の背中には閻魔がすやすやと眠っている。

 ちなみに、上に俺の上着を羽織らせた。

 でないと、丈の短いスカートだから、大変なことになるのだ。

 俺が送るにあたって、色々と意見も出たが、前さんはぐでんぐでんだったし、李知さんはぐでんぐでんだったし、ぐでんぐでんな奴しかいなかったのかよ。

 ともかく俺しかいなかったわけで。

 その辺にいた鬼兵衛に、由壱と由美を任せ、俺はここにいるわけだ。

 鬼兵衛は、自分が行くと言っていたが、俺なら帰りびゅーんと飛んで一発だからな、という事で押し切った。

 実際の理由は、鬼兵衛が見た目少女背負ってたらどう考えても犯罪です、と思ったからだが。

 あと、見た人にトラウマが残るでしょう。

 そう考えた俺は、強引に閻魔を背負って送りに行ったわけだ。

 ともあれ、俺は何の問題もなく、閻魔の住むマンションに着いた。

 が、俺は開かない自動ドアの前に手俺は棒立ちしている。


「と、言う訳で、鍵はどうなってんだか。……ポケットとか、漁らなきゃだめか?」


 なんとなく、勝手にポケットとかに手を突っ込むのは、抵抗があるな。

 と思ったら、建物に何故かインターフォンがあるので押す。

 すると、すぐに応答が来た。


「はい、どちら様で?」

「あー、閻魔の友人の薬師、ってんだが、酔ったら寝ちまって、送りに来たんだが……」

「わかりました、入ってください、502号室です」


 すると、自動ドアが本来の役目を思い出したように開く。

 俺は閻魔を背負ったまま、エントランスを抜け、エレベーターへ。

 五階か……、偉い人間と言ったらお約束といってもいい高いところか。

 チーンと、気の抜けた音が響き、エレベーターが五階に到達。

 そして、また部屋の前で棒立ち。

 ……鍵穴がない。

 鍵は、掛かっているようだ。

 ノブを下げてもびくともしない。

 と、そこで、インターフォンのすぐ下に、なんだか黒いパネルを発見。


「指紋認証か?」


 俺は、俺の肩から下がっている閻魔の手を掴んで、パネルに指を押し付ける。


「う……、うぅん……」


 その動作に、意識を浮上させられたのか、閻魔が呻くが、結局起きない。

 起きなかったが、どうやら鍵が開いたようだ。

 がちゃり、と、金属が動く音が聞こえる。


「ふう……、便利な世の中になったもんだ」


 いいながら、ノブを下げ、引っ張って。

 そう言えば、ほとんど女の部屋になど入ったことがないことを思い出した。

 余り長くいても失礼になるから、とっととベッドに突っ込んだら帰ろう。

 そう決意して、俺はドアを開いて、




 閉めた。




 後悔、悲哀の情念が俺を支配する。

 迷惑とは知りつつも叫ばずにはいられなかった。




 そこには、混沌があった。




「なんだこれ! なんだこれ!! 腐敗聖域か!?」


 何が言いたいのか。

 わかりやすく言うならば、

 玄関にすぐに積み上げられたゴミ袋たち。

 漏れ出す異臭。

 俺が見たどの戦場より、凄惨だった。

 こいつは……、

 どうしよう、そう思った矢先、大声を出したせいか、閻魔が起きてしまう。


「……あれ…? 私の…、へや? ゃ……くしさん……?」


 途中まで寝ぼけた様子だった彼女は、突如、俺の背で飛び上がった。


「だめです!! そこは開いてはなりません!」


 その声に、俺は白々しく返した。


「えー、なにゆえ」

「じょ、女性の部屋ですから……、わた、しにも、プライバシーが、あります」


 詰まりながら、嘘くさく言う閻魔に、俺は現実を叩きつけるしか、なかった。

 ここで、嘘を吐くという手もあったかもしれない。

 だが、このままでは、俺と彼女の関係はよそよそしいものになる。

 そうなるくらいなら、死なばもろとも。


「……すまん」


 俺は、精神誠意謝った。


「なにを謝って…」

「見た」

「なにを?」


 そして、告白する。


「腐敗聖域」

「……」

「カオス・サンクチュアリ」


 混沌と腐敗の聖域。

 これほど閻魔に相応しい部屋はない、とか言ったら響きはいいかも知れんが、所謂一つの汚れた部屋だ。

 気まずい沈黙が辺りを支配する。

 俺には掛ける言葉はなく、ただ、停止するしかなかった。

 そんな中。

 閻魔は。


「うぅ……、ひっく」


 マジ泣きした。


「ど、ええええ?」


 慌てまくる俺に構わず、閻魔は泣いた。

 マジで泣いた。


「……ぇえっ…、えぇぇえええ……っ」


 ひたすら慌てまくった俺は、とりあえずここにいてはまずいと部屋に突撃することにする。

 扉を開けて、靴を脱ぎ、意を決して突入。

 俺の脚が、ゴミ袋を踏みつける。

 ぐちゅり、ぶちゃっ……。

 怖っ!

 それでも突撃。

 すると、短い廊下の終わりが見え、俺は必死でドアノブを開き、そこに転がり込んだ。

 だが、そこすらも腐敗領域に変わりはない。

 ただ、ギリギリの道のみが形成され、なんとか通れる程度。

 それを俺は駆け抜けた。

 今まで長く生きてきたが……、

 こんなに必死で走ったのは初めてだった。

 そして俺は、つんと鼻をさす異臭を黙殺し、火事で避難し遅れた要救助者を探す消防士の気分で、扉を開き、ついに寝室を見つける。

 寝室すらもうだめだったが、幸いベッドのみは確保されていた。

 そこに、俺は閻魔を座らせる。


「ひっくっ……、ひっ……」


 とりあえず、俺は閻魔を座らせたことに安堵し、深呼吸……。

 おぇっ、喉が痛い。

 呼吸を浅くしつつ、俺は平静を取り戻す。


「あー、あれだ。とりあえず落ち着けって、な?」

「うう……」


 嗚咽は未だ止まらないが、これでも努力はしているらしい。

 そんな彼女を俺は諭すように言う。


「大丈夫だっての。秘密にする」

「っく…、駄目な……っ、女だと…っ、思ったでしょう……?」


 うっ、それは否定できん。

 きっとこいつ、仕事しかできねえタイプだ。

 そうに違いない。


「わた……、私っ、だから…、ずっと内緒にして……っ! なのに……」


 きっと、長い間せき止めていたものが一気にあふれだしたのだろう。

 俺としては喉からいろんなものが一気にあふれだしそうだが。


「いやいや、そんなことはないって、駄目なんてことはないさ、どこが駄目じゃないかと言われると――、そこは自分の胸に聞いてくれ」


 と俺はフォローにならないフォローを返す。

 だが、閻魔の機嫌は直ろうとはしない。


「ひっくっ……、やっぱりだめなんじゃないですかぁ……」


 そんな彼女に。

 俺は、


「そこは黙って駄目で悪いかとか言っておけ!」

「ふぇ?」

「いやもう今さらだからな? ダークマター製造の時点で予測はついていたからな? だから俺の覚悟が足りてなかっただけだ、以上」


 その時、俺は眩暈が治まらなかった。

 鼻から脳に駆けあがる頭痛眩暈、動悸息切れが、俺の思考を徐々に緩慢にしていく。

 要するに、俺は意味のわからんことを言い始めていた。


「別に気にすんなよ、……、なんかハイになってきた」


 これはやばいんじゃないのか?

 ゴミ袋から有害物質とか出てないか?

 俺の精神状態は、突如として躁に浮上していた。

 だが、閻魔は全く気にした様子もなく、ただベッドから俺を見上げている。

 そして、泣きはらした目で俺を見て、言う。


「軽蔑……、しない?」

「しないしない」

「本当?」


 その時、俺の体調が不意に通常レベルまで引き下げられた。

 だが、治った訳でも、慣れた訳でもないようだ。

 只管に、違和感を感じる。


「しないしない」


 潤んだ瞳で俺を見上げる閻魔が妙に愛らしく映る。

 その鈴の音のような言葉を紡ぐ唇が、妙に扇情的に感じる。

 おかしい……、性欲がないはずなのにこれは……。

 これが…、腐敗聖域の力……!?

 有害物質やら何やらが混じり合ってそういった効果を生みだしている、だと?

 俺はぶんぶんと首を振り、窓を開けようとして、思いとどまる。

 これは公害だ。

 小分けにして排出しないと近隣住民に被害が出る。

 かといってこのままでは、俺は死ぬだろう。

 徐々に慣れて行った閻魔と違い、ここは俺には生きられない空間だ。

 そうだ、換気扇……!

 換気扇ならまだいきなり解放するよりは優しいはず。

 俺は換気扇の紐を引く。

 そして換気扇が徐々に回りだし……、

 バギンッ!

 ばぎん?

 見ると、換気扇のプロペラが、折れていた。

 閻魔、恐るべし……。

 こうなったら手段はこれしかない。

 俺は、最後の手段を選ぶこととなった。




 不意に、俺の背に翼が生える。

 そして、高下駄が現れ、最後に、懐から羽団扇。

 俺は、窓を全開にし、羽団扇を、振り抜いた。

 高下駄で拍子を刻み。

 風が声を上げ。

 羽団扇で音を掻き鳴らし、

 ここ数年の中で最も本気で、風を起こす。


「おおおおおおっ!!」


 巨大な風が巻き起こり、部屋の淀んだ空気を、

 浄化して行った。

 ……、ふう。

 俺は安心してやっと一息ついた。

 そして、深呼吸。

 腐敗聖域カオスサンクチュアリは、今や腐界程度に脅威を落としている。


「これで、しばらくは持つだろう…、閻魔、おーい?」


 閻魔からの返事がないことが気になって、振り向くと、泣き疲れたのか閻魔は寝ていた。


「……子供か」


 なんとなく聞いてみたが、その言葉は虚空に消えた。

 ……だが、このままじっとしていてもどうしようもない。

 そう考えて俺は、携帯を取り出した。

 ちなみこれは、河原のバイター全員に連絡用として与えられるものだ。

 余り私用では使ってはいけないが、閻魔絡みだから私用じゃない、はず。

 ともあれ、俺は家に電話を掛ける。


『もしもし?』


 出たのは由壱だった。


「由壱か」

『兄さん?』

「悪いが、今日は帰れん」

『それって、もしかして……』


 どう考えてもその台詞は深読みすぎる。

 俺はあっさり否定した。


「残念だが、今お前が想像しているような展開にはならん」


 この部屋でそんな色っぽい展開は拝めん。


「要するに、閻魔の具合が酷いので、どうにかして行く、という訳だ」


 要するに、閻魔の部屋の具合が酷いので、どうにかして行く、という訳だ。


『大変だね、大丈夫なの?』


 その声に、俺は適当に返した。


「ま、大丈夫だろ。じゃ、また明日な」

『うん、それじゃ』


 俺は電話を切ると、同時、覚悟を決める。

 さあ、片づけを始めよう。










 そして話は冒頭に繋がる。

 簡単に言うなら、俺は獅子奮迅の勢いで、部屋の片づけをしましたとさ。














 差し込む朝日、小鳥のさえずりを聞いて、俺は目を覚ます。

 うん?

 いつもと違う柔らかいベッドの感触に俺は違和感を覚えた。

 更に、服装が寝まきの類ではない。

 上半身は何も着ていないし、ズボンは何故だかスラックス。

 とりあえず身を起こそうと、ベッドに手をつこうとして、ベッドに触れる前に何かを掴んだ。

 ……肩?

 俺は――、

 眠る閻魔の肩を掴んでいた。

 その先には、驚愕の瞳で俺を見つめる閻魔。


「ーーーーーっ!!」

「ぐッ、っがあああ!」


 その瞬間、俺がよくわからない力で、宙に舞っていたのは理不尽だと思うのだが、どうなのだろう。

 ともあれ、綺麗になったフローリングに叩きつけられたショックで急激に意識は冴え、俺はすべて思い出した。


「せ、せせせせせ、説明を!!」


 俺は、ぶつけた腰をさすりつつ、説明を開始した。


「泣き疲れた閻魔が眠る。俺はこの惨状をどうにかしようとする。どうにかした。疲れる、眠ろうとする。が、着替えがない。しゃあない、シャツに皺付くし、脱ぐか、疲労の余り思わずベッドに倒れこむ、以上」


 説明の途中、本当だ、と呟いて綺麗になった部屋を眺める閻魔。

 そんな彼女に、俺は突っ込みを入れる。


「……、というか、何をしたらこんなんなるんだか」


 すると、閻魔は照れたようにこちらを見て、


「半年前までは……、綺麗にしてくれる人がいたのですが、今はちょっと出てしまっていて……」


 思わず叫んだ。


「このダメ人間! 駄目閻魔! 駄目ンマ!」


 今日から君のことをダメンマと呼ぶよ。


「そ、そんなに言うことないじゃないですか!」


 そんな彼女に更なる突っ込みを入れようとして、気付く。


「いやだって――、って片付けてくれる人?」


 家政婦でも雇っていたのだろうか。

 だったら、雇い直せば――、

 そういう前に、閻魔が言った。


「妹です」

「妹? 初耳だが?」


 おかしくないか?


「お前さん、最初に死んだ人間で、閻魔なんじゃないのか?」


 すると、閻魔は首を横に振る。


「そうですね、一番解りやすい例えとしては――、アダムとイブはわかりますか?」


 俺は肯いた。

 いわゆる、神様が作った、最初の人間の雌雄。


「ですが、何の間違いか、私と妹は。イブとイブだったのです」


 な、なんだってー?

 まさかの発言に、大声どころか逆に平坦な声が出た。


「なにゆえ」


 初耳どころかすごいことを聞いた気がする。

 って、それでは人類は存在し得ないのでは?

 聞くと閻魔は少し悩んだ様子だったが、纏まったのか次第に口を開いた。


「私は、この姿で発生し、この姿で死にました。どういうことか、それは、進化したから人類があるのではなく、人類が先にあることを前提として生物が進化したからです」

「ふむ」


 難しい話になる予感だが、仕方ない、付き合おう。

 自分で聞いたわけだが。


「人類最初の死因は、なんだか知ってますか?」

「いいや?」


 創作なら自殺か?

 本来は寿命か?

 だが、そのどちらでもなかった。


「窒息死です」

「夢のない」


 これまたすごい死因が来たものだ。


「しかも、生まれて数十秒で」

「何故に」

「生まれた、というより発生した、のが正しいのでしょうが、要は空気のない地球に放り出されたのです」


 発生、死亡。

 なんというか、足場のない位置にスタートした赤い配管工みたいだな。

 そんなことを思っていたら、いつの間にか話は続いていた。


「それで、死にました。気が付けば、妹と共にここです」


 と、そこでふと疑問に思う。


「そも、何でお前さんらは発生した?」


 本来はもっと下等からスタートじゃないのか。

 何故いきなり人間?

 すると、閻魔は言う。


「世界の意志、とでもいいましょうか」

「なんだそりゃ」


 意味が解らん。

 すると、閻魔もまた悩みだした、できるだけ噛み砕いて教えようとしているらしい。


「そう、ですね、世界が一つの生き物だとします」

「ふむ」

「それで、世界は地獄から始まり、宇宙を生みだしました。ところが、問題が一つあったのです。それは、地獄にある、原初たる混沌」


 要するに、魂を作ってる魄の部分だ。


「あれが、すごいエネルギーを持つのはわかっていますね?」


 確かに、前回の事件でも確認された。

 怨念やらなんやらの塊は千人分で、簡単に国一つなら消滅させられる、と聞いたことがある。


「それが、ヒトのいない時代は完全に地獄に収められていて、さらに湧きあがっていたのです」


 それを聞いて、納得した。


「やっべ、これじゃ内側から破裂しちまうぜ、ってことで発散先に人を選んだのか?」

「そうです」


 だが、それなら。


「別に人じゃなくても、もっと強めの動物でよかったんじゃねえの?」


 だが、閻魔はそれを否定した。


「逆に、全ての魂が本能で一つのまとまりを持ち、それが指向性を手に入れると、逆に力が発生し、大規模な空間断裂のような事態が起こります」


 理解した。

 確かに人間なら精神に多様性がある。


「なるほど。だから、世界は弱く、弱い故に工夫し、多彩な考えに至る人間を作りたかったわけか、どうしても」


 だが、世界のうっかりさんは、環境のことをすっかり失念し、そのまま宇宙に閻魔とその妹を放りだした訳で。


「大体そのような感じです。で、死して地獄に戻った私達は一応の精神という、不純物を持っていたため、原初に還らず、地獄で対策を練りました」


 ああ、なるほど。

 すると、


「今度はお前さんらが人間を作ることにしたわけだ」


 なんとなく部品がはまった。


「はい」


 やっぱり。


「それで、その試作が李知さんの母親たち、ってことになるわけだ」

「鋭いですね」


 前、李知さんは自分の孫に当たるようなことは言っていたが、自分の腹を痛めたわけではない、と言っていた。

 という事は、世界の代わりに作りだしたわけだ、自らを参考に、人というものを。

 だが、全部合っていたわけでもないらしい。

 閻魔が俺の間違いを捕捉する。


「まあ、大体あってますが、人を生み出すのは予想以上に難航しまして。残念ながら私達の作った人は、というか魂を捏ね、容を与えたものは、地球に適合できませんでした」


 確かに地球に酸素がない時代に何人送りだしても変わるまい。


「なので、方法を変えました。まずは外堀を埋めることにしたのです」


 あれ、それじゃまさに閻魔創造神じゃね?


「まずはプランクトンから、さらに植物に働きかけて。酸素を作りだし、後は、現代の理科の教科書と同じです」


 確かに、地球に人間が存在することは、奇跡に等しいが、最初に閻魔が存在するとは――。


「ゆっくり進化して、やっと、人は地球に適合しました」

「じゃあ、李知さんは?」

「私達が作って殺してしまった人が地獄に戻り、その人間が更に人を作ろうとし、それを繰り返し、その結果、最後に人として地球に適合したのが、李知です」


 なるほど、李知、とは、地獄における、人間第一号の意味もあるのか。

 それで、結果循環する魂のエネルギーを管理するのが閻魔となったわけか。

 そんな話を、俺なりに纏めてみた。


「要約すると、こうだな? 世界は、力のたまり過ぎで爆発を防ぐために、人間を作りだして発散しようとしたが、うっかりさんのせいで人間は二人とも女。挙句即死。困った二人は人間を作って再び発散を助けようとするが、中々うまくいかない。で、それを環境のせいとし、まずはもっと下等なとこからゆっくり育てていこうか、となったのが、人類の起源である、と」


 閻魔は肯いた。


「はい、そうです」


 ただ、もう一つ気になることと言えば、


「死んでいった李知さんの母親たちはどうなった?」

「環境が整った後、人生を謳歌してもらいました。一部は今も輪廻転生を繰り返しています」


 それなら、良かったのか?

 いや、まあ、結局、地獄にいても変わらなく生活はするのだけど。


「まあいいか。だが、何で俺にそれを話したのやら。いや、聞いたのは俺だがな? ただ、洗いざらいすぎんだろ」


 すると、閻魔は照れたように笑った。


「あなたが、私の妹に、似ているからです」

「俺が?」

「はい」


 閻魔は、俺の問いに、笑って肯いた。

 ほおー。

 だが、これでつながった。


「お前さん、妹にもいじられてたんだろう! だから未だいじられ体質なんだ!」

「……」


 あ、目えそらした。

 ふふふ、妹さんとはいい酒が飲めそうだ。

 だが、それにしても俺が妹さんに似てる、ねえ?


「と、すると妹さんは性格的にお前さんには似てないのか?」


 すると、彼女は悔しげに肯く。


「はい。妹の方が、超然としてて、奔放です」

「なんか、そっちの方が年長、っぽいな」

「う……、確かにそういうのは妹の方がずっと似合っていますよ!」


 俺の言葉に、閻魔がキレた。


「ですが、あれなのです。威厳は妹の方があるくせに、あれはいつもさぼってばかりで! しかもちょっと出てくるって言ったきり帰ってこないし!」


 まあ……、俺に似てるならな。

 真面目に仕事とか向いてないんだろう。

 次第に、閻魔は消沈し、地面に体育座をしながらのの字を書き始めた。


「どうせ私なんて……、街を歩けばお嬢ちゃんとか言われるし…。胸もないし……、背も小さいし、頭撫でられるし」


 落ち込んでらっしゃるー!

 このままじゃいかん。

 急いで俺は閻魔を持ち上げることにする。


「だ、大丈夫だ。きっと、仕事はできるし、胸も無くて背も高くなくたって需要はある」


 む? あんまり持ち上がってないぞ?

 案の定閻魔の気分が上昇することはなかった。

 ただ一言、


「そんな需要があったって嬉しくありません……」


 いや、もう無理。

 ピー年生きてそれならそれ以上成長できないし。

 いや、だが、自分の身体の操作ならできるんじゃないか?

 知らんが。

 ともかく、俺は、言葉ではどうしようもならないと判断。

 よし、飯を作ろう。

 そう思い立って台所へ向かう。

 先日までぬちゃりぬちゃりとしていたフライパンを拾い上げ、次に、紫色をしていた炊飯器を覗きこむ。

 よし、ちゃんと炊けてる。

 無事な米があってよかった。

 俺は、昨日の内に見つけたチャーハンの素を取り出すと、準備を始めた。

 手の込んだ料理?

 俺には無理だね。

 ぎりぎり自炊レベルが限界。

 なので、今日はチャーハンです。

 俺はフライパンを温め、油をしき、ご飯を投入。

 そして丁度いい感じで素を突っ込み、豪快にひっくり返しながら、

 完成。

 先日磨いた皿に盛って、テーブルに乗せる。

 そして沈んでいた閻魔に向かって声を掛ける。


「ほれ、朝飯」

「あ……、すいません。何から何まで」

「いいからとっとと食え」


 すると、とことこと、閻魔は席に付き、行儀よくいただきますを言うと、チャーハンを口に運んだ。


「あ、おいしい」


 この一言で、碌な食生活をしてないことが知れる。

 俺の作ったチャーハンが美味いとか、コンビニ弁当に溢れた生活をしていたのだろう、っていうか昨日片づけた弁当の空的に考えてそれなりにアレな生活だったようだ。

 まあ、そんな彼女はまるで餌にがっつくハムスターの如くチャーハンを食べている。

 このまま行けば餌付けできそうだな、と考えつつ眺めていると、不意に閻魔が質問を飛ばした。


「そう言えば、私の部屋のゴミ袋は、どうしたのですか?」


 確かに、多彩なごみだったから、一緒くたに捨てるわけにはいかなかった。


「余りに酷いもんだから、風で刻んで雷で灰にした」

「お手数をおかけしました……」


 すまなさそうにする閻魔に、俺は苦笑を返した。


「気にすんな、昨日あんな大泣きした時点で何も気にすることないっての」

「っ!!」


 その瞬間、閻魔の顔が真っ赤に染まる。

 いや、まあ、あれは恥ずかしいけどな。


「……、そ、その。あれは、なんというかその……」


 言い募る閻魔を余所に、俺は再び寝室に戻った。


「あれ? 薬師さん、どこへ行くのですか?」


 俺は、答えずにベッドの上に横になる。

 そして、眠りの世界へ。


「薬師さん? あのー、それは困るんですけど、薬師さん!? 薬師さーん!!」


 昨日俺は寝ていないから、眠いのだ。







 今日の河原も、平和である。









 おまけ



「薬師さん! 貴方のせいでエントランスの係員に、昨日はお楽しみでしたね、って言われたんですけど!」

「……、いや、俺にどうしろと」

「どうしてくれるんですか!」

「…いや、うん、じゃあ、帰るわ」

「だめです!」

「なんでやねん」

「今出て行ったら誰かに見つかってしまうかもしれません。なので、夜遅くに窓から出て行ってください」

「……」

「いいですか? くれぐれもそれまで帰っちゃいけませんからね!?」

「……」

「あ、後、昼食と夕食も作ってくれると嬉しいのですが……」

「……」

「だめ、ですよ、ね?」

「……」

「あの、薬師さん?」

「ちょっとメモ貸せ」

「え?」

「夕飯の材料」

「?」

「外に出れないから、買ってこい」

「あ。はい、ありがとうございます!」




 閻魔宅も平和だったそうな。








―――

二十四です。
ある意味23ですが。
今回、感想を見て、もっと後に書くはずだった閻魔の過去、というか人類起源を繰り上げて書いてみたり。
本当は感想返信で書いても良かったのですが、ネタばれの上、作品内で表現すべきだろうかなー、と。
説明ばかりで少々不安ではありますが。






では返信を。







マイマイ様


感想ありがとうございます。
……、そこは突っ込んではなりません。
ただ、書いてしまった以上、後で気づいたって貫くしかないのです。
という訳で、これで通します、徹さざるを得ません。





山椒魚様

こんな感じで閻魔様のターンです。
カリスマがすごい勢いでブレイクしてます。
きっと、ストレス溜め込むタイプなんですね。
そして、そこに付け込む薬師……、抜け目のない男だ。




ねこ様

一応閻魔様はすごい人ではありますが、一つの問題として、
外見からかけ離れた性格にはなりえないのです。
と、言う俺理論に基づいて閻魔様はマジ泣きだってしちゃう女の子なのです。
ちなみに、じゃら男は生きてます。
次に現れる予定です。




喜多見様

感想どうもっす。
えー、一応閻魔様はこんな感じです。
なんか後付け臭いかもしれませんが、一応閻魔様出演決定時に作った設定どおりの話です。
ぶっちゃけると、なんか閻魔の妹フラグな気がしますが。




gohei様

コメント感謝です。
設定と妄想に日頃を費やしているのでそう言ってもらえると幸いです。
ちなみに、閻魔は、初期はそんな予定もなかったのに、気づいたら山田になっていたという手品。
だけどもう書いてしまったら貫徹するほかない訳で。
ともあれ、設定的には今回の話の通りです。
性格的には、超然とした妹にからかわれまくったおかげで、あんな感じになったようです。
ただ、きっと、あれでも仕事の時はすごい、はず……?




SML様

コメントどうもありがとうございます。
作品とは関係ないんですけど、実は私、DB読んだことないんですよ。
私としては、閻魔と言われると、メガテンシリーズのヤマを思い浮かべるのですが。
たまにそっちが思い浮かんでくるので、上目遣いのヤ――(続きは書かれていない)




妄想万歳様

閻魔様の本名は出ておりません。
その内公表されるのですが。
そして、ぶっちゃけると閻魔をお持ち帰りというかある意味薬師が閻魔にお持ち帰りされました。
というか、この作品で初めて薬師に性欲を感じさせたのは、閻魔。
……、性格には閻魔の部屋という悲しさ。




獣様

閻魔様は閻魔様なりに頑張っているようです。%0



[7573] 其の二十五 じゃら男と少女と俺と暁御と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/09 23:52
俺と鬼と賽の河原と。












「一つツンでは主人公のため」




 そこで、人は石を積む。




「二つツンでは主人公のため」




 それが供養と言われつつ。




「三つツンでは――、デレのため」




 それが、賽の河原。





「はいはい、ツンデレツンデレ」


「意味わかんないよ!?」






其の二十五 じゃら男と少女と俺と暁御と。







「なあ、センセイ」


 ?


「――?」


 一人の男が、昼の河原で俺に話しかけてきた。


「おいセンセイ、聞いてんのかよ」

「……、センセイって、俺のことか?」


 言うと、男が不思議そうな顔をする。


「センセイはセンセイ以外いないだろ?」

「……、着かぬことを聞くが――、誰だ?」


 俺は、この目の前に居る男に、心当たりがなかった。


「ちょ、待てよセンセイ、俺だよ俺!! 猛だよ猛!! 飯塚猛!」


 はて、誰だろう、聞いたことがあるようなないような……。


「……」

「記憶にございませんな」


 飯塚猛なんて人間全く知らないな。

 ふうむ、確かセンセイと呼ばれてた記憶はあるんだが……。


「じゃら男だよ! センセイはじゃら男って呼んでたじゃねえか」


 そこで俺はふと気付く。

 ……、その服に付けられたじゃらじゃら、軽そうな外見。

 まさか……。


「あ! あーあー! そうだったな!! じゃら男かお前!!」

「忘れてたのかよ……」

「い、いや、忘れてなんかないぞ? た、たたたた、ただからかっていただけさ?」

「嘘くせえよ…」

「飯塚猛っておま、百人中百人が忘れてるような設定持ち出してくんなよ、びっくりすんだろ」

「開き直るなよ……」

「出番の少ないお前が悪い」

「……」


 肩を落とすじゃら男。

 そんなじゃら男に、俺は優しく肩を叩いた。


「気を落とすなよ、じゃら男。そんなお前に、町角でアンケートを取って見た」

「センセイ……」


 目を潤ませてこちらを見るじゃらをを余所に、俺はクリップを取り出す。


「これが、じゃら男の名前について聞いてみた結果だ」


 そう言って、『じゃら男の知名度についての実録調査』と書かれたクリップをめくる。


「まずは一人目、『うーん、なんだっけ、えーと、確か、じゃ、とか始まって……、じゃり男!!』だそうだ」

「前さん……、最初から違ううえに間違ってんじゃねえか……」


 おっと、調査対象にはちゃんと目線を入れたんだが、彼には判ってしまうらしい。

 だが仕方ない。

 俺は次をめくる。


「次は、『ああ、わかる。当然だろう? 私はこいつの担当だからな。こいつの名前は、飯塚・じゃら男・猛だ』……惜しいな」

「惜しくねえよ……、そんな珍奇なミドルネームの野郎いねえよ……」


 更にめくる。


「『わかりますよ、それは、閻魔ですから。じゃら男さんでしょう?』」

「閻魔にすら間違えられてる俺がすげえよ……」


 肩を落とすじゃら男を余所に、俺は次をめくる。

 まだまだあるぞ?


「『ああ、彼かぁ……、確か、本名が中々覚えられてない人だよね。有名なのがじゃら男で、本名は佐々木良治だったかな?』だそうだ。着眼点は良かったが……」

「鬼兵衛……」


 更に。


「『あ、じゃら男さんだ!』と『えーと、飯塚……、じゃら男さんでしたよね、お父様』」

「子供達にまでかよ……」


 そして、これが最後。


「最後の、地獄在住、暁御さんのアンケートだ」


 ごくり、と息をのむ音が聞こえる。

 俺は、そんなじゃら男に、言葉を紡いだ。


「『? あんなじゃらじゃらした男に私の記憶領域を使うとでも思ってるんですか? まったく、勘違いも甚だしい。あの男には生きる価値なんてありませんよ。ゴミです、ゴミクズ以下です』だそうだ」

「うっ……、ああ……、うわああああああッ!!」


 泣きながら走りだそうとするじゃら男を、俺は肩を掴んで止める。

 そして、その耳に声を届けるべく、口を開いた。


「冗談だ」

「え?」


 呆けた顔で安堵する安堵するじゃら男にだが俺は追い打ちをかける。


「暁御がそんなこと言う訳ないだろ。だがな、ここまではいかずとも、『ああ、じゃら男さんですよね』って笑顔で言われることは必須だ。その辺わかってんのか?」


 じゃら男が小さく呻いた。


「ぐ…」

「いいか? このままじゃお前、飯塚猛って書いてプレゼント贈っても、『飯塚猛……? そんな知り合いいましたっけ』だぞ?」


 俺の言葉がじゃら男の精神を抉る。


「うぐ!!」

「そのため、お前は名前をアピールしていかなければならない」

「でも、どうやって……?」


 そう言って俺を見るじゃら男に、俺は横に首を振る。


「残念だが……。お前の名前の知名度を上げることは、不可能だ」

「そんな!!」


 崩れ落ちるじゃら男。

 そんなじゃら男に、俺は優しく声を掛ける。


「だがな、いい方法がある」

「それは!?」


 一瞬にして立ち上がるじゃら男。

 立ち直りの早い。


「もう、飯塚猛の名を広めるのはできない。だが、発想を逆転させて左斜め上四十五度に飛ばすんだ」


 なんかもう意味わからんな。


「……」


 だが、じゃら男は、黙って俺の話を聞いていた。

 俺は、それに応えて、続ける。

 それは俺が発想を逆転させて左斜め上四十五度に飛ばした結果。


「そう! じゃら男のイメージを変えるんじゃなくて、本名をじゃら男に変えればいいんだよ!!」


 俺の言葉に、はっとした表情になるじゃら男。


「そ、そうか……! 飯塚猛じゃなく飯塚じゃら男なら……!! っておい」


 じゃら男のノリ突っ込みが唸る。

 そんな彼に俺は悪役臭く笑って見せた。


「はっ!! あってないような名前を後生大事に抱えていても仕方あるまい!!」

「それでも、俺は……!」


 言い募ろうとするじゃら男を遮って、俺は言う。

 じゃら男を真っ直ぐに見詰めながら。


「その道は、辛く険しい修羅の道だ……! わかってんのか?」

「俺は、飯塚猛だ……!」


 そう言ったじゃら男に、俺は満足げに肯いた。


「そうか……。五千メートル先のターゲットに、二百メートルも届かないサタデーナイトスペシャルな銃で狙撃を行う並の不可能っぷりだが、やるというなら応援しよう」


 説明を入れるならサタデーナイトスペシャルってのはいわゆる……、制度の悪い銃だ、うん。


「なあ……、ひどくないかそれ……?」

「細かい事は気にすんなよ。とりあえず、暁御んとこ行くぞ」


 俺は自分で作って放置していた山を自分でくずし、暁御を探す。

 さほど遠くない場所に暁御は居た。


「さあ行くぞよし行くぞ。まずは暁御から好きな花を聞き出す」


 俺はじゃら男の手を掴むと歩きだした。


「次送るなら、花だな。そこまで好きじゃない人に、形残るものを上げると見るたびに思い出して煩わしく思われるからな。花ならすぐに捨てられる」


 次のステップは花だ、さわやかに花を送れるだけで結構な高得点だ。

 それに花ならいつか枯れるからもらった方も困らない。


「なあ、センセイ、それって結構酷くね?」


 知るか。


「流石に飯奢っただけじゃいかんからな。すぐ捨てられる花なら失敗しても好感度下降は少ない」


 言いながら、俺は暁御の元へとおもむき、


「よお、隣いいか?」

「あ、いいですよ」


 暁御のすぐ隣に座る。

 すると、不思議そうに俺を暁御が見上げていた。

 俺は疑問に思って暁御に問う。


「どーした?」


 すると、すぐに暁御は視線を下げた。


「いえ、薬師さんから来るなんて珍しいなぁ……、って」


 確かに、暁御から来ることはあっても俺から行くというのは少ない。

 が、これはチャンスだ。


「いやな、ちょっと話してたんだが、お前さん花言葉、詳しいか?」


 無論口から出まかせ。

 暁御から好きな花を聞き出すための出掛かりだ。


「え? 花言葉、ですか? 少しならわかりますけど……」


 よし、食いついた。

 別にわからなくてもそれはそれで良かったが、これが一番理想的だ。


「でな? じゃら男が花菖蒲が好きだってんだが、花言葉って、心意気だったよな?」


 一瞬、じゃら男がなんだそれ、と表情に疑問を現したが、黙っとけと視線を送る。

 何故花菖蒲かといわれると、俺が知ってる数少ない花言葉の一つだからだ。

 ちなみに、俺の友人が好きだった花で、花言葉もその時聞いた。

 暁御は、口元に手を当て、考えるそぶりを見せながら、言う。


「花菖蒲ですか……、はい、そうですね。他にも、うれしい知らせ、優しさ、伝言、優しい心、優雅、あなたを信じる、などがあります」

「ほぉ……、詳しいな。もしかして花、好きか?」


 問うと、照れたように笑う秋御。

 それを見てじゃら男が赤くなる、若いなぁ。


「私、家でもお花育ててて……」

「ほー、俺なんか昔サボテン枯らしたことあるぞ?」

「そ、それはまたすごいですね……」


 ふ、俺に几帳面さを求める方が間違っている。

 俺の日々のうるおいだの何だの言って、ちゃんとお世話してくださいねとかサボテン部屋に置かれても。

 と、それはいい。


「うーん、そう言えば、お前さんの好きな花は?」


 ふむ、花について語る暁御は中々楽しそうだ。

 これは花に関する話題をじゃら男に覚えさせねばなるまい。

 そんなことを考える俺を余所に、暁御が俺に向かって語っていた。


「そうですね……、カーネーションなんか素敵だと思います」

「カーネーション、確か、色によってすごい意味が変わるんだとか雑学で聞いたことあるな。軽蔑と愛情みたいな感じで」

「薬師さんも花に詳しいんですか?」


 詳しいか、と聞かれれば多少知っている位だ。

 どちらかというと俺は長く生きてるから雑学、の割合が高いが。


「なんとなく、話に聞いた位だな」

「そうですか。じゃあ、薬師さんは何の花が好きですか?」


 その問いに、俺は迷わず応えた。


「桜」

「そうなんですか、理由を聞いてもいいですか?」


 俺は真顔で答える。


「騒ぎながら酒呑めるから」

「……」


 ははは、暁御が黙っている。

 そも、俺にロマンチックな言葉を言わす方が無謀である、と一つ賢くなったな。

 と、その時、不意に俺の懐の携帯が鳴り響いた。


「ちょっと待ってくれ……。む、俺とじゃら男に呼び出しだ、ちょっと行ってくる」


 俺は携帯を取り出して、画面を見ながら言う。


「あ、はい、頑張ってください」


 そう言ってほほ笑む秋御。

 む、ちょっと心が痛む。

 だが行ってしまった以上は、ともかくじゃら男を連れてその場を離脱。

 人気のない場所へ。


「おいじゃら男」


 って、このじゃら男かちんこちんだ。


「起きろ」


 俺はじゃら男の後頭部に回し蹴りを放つ。


「ありあはんッ!!」

「起きたか?」


 俺は地面に倒れ込み、頭をさするじゃら男を見降ろした。


「さて、会議と行こう」


 すると、じゃら男が疑問符を顔に浮かべる。


「え? 呼び出しあったんじゃねーの?」


 無論、それは嘘だ。

 待っていたメールが来たのは本当だが。

 その疑問には答えず、俺は言った。


「お前はタイミングがいい。子どものピンチに駆けつけるヒーロー並だ」

「は?」


 意味がわからない様子のじゃら男に俺は続けた。


「秋御の誕生日、明日だ」


 俺の携帯の画面には、鬼兵衛からのメールで、七月二十五日、つまり明日が表示されていたのだったり。


「な、なんだってー!?」

「さっき鬼兵衛にメールで聞いたんだ。暁御の誕生日いつよ、ってな」


 ちなみに、個人情報はちょっととごねたので、幼少の写真を持ってるのを娘にばらすぞ、と寄越したら、鬼、と書かれて誕生日が記載されたメールが来たわけだ。

 鬼はお前だというに。

 ともかく。


「お前はカーネーションを買いに行け、あと、白と黄色は無しだ。最悪だ」


 ここで天狗の豆知識、白いカーネーションは愛の拒絶、だった気がする。

 黄色は、多分軽蔑だ。

 それをわかったのかわかっていないのか、浮足立つじゃら男。


「わ、わかった!!」


 彼は、そう言って走り去った。

 その様を見ながら俺は思う。

 なあ、まだ仕事終わってないよな。

 それと、花には鮮度があることを忘れてないか?

 まあいいか。

 俺は暁御んとこ戻ろう。
























 じゃら男こと、飯塚猛、所謂俺だ。

 俺は、今花屋の前で立ち往生している。

 俺は花なんか生まれてこの方送ったことはねえ。

 俺は考える。

 どうする……、センセイにアドバイス貰って出直すか?

 いや、センセイにおんぶにだっこじゃいけねえ……。

 ここらで一発、俺が決めねえと!

 と、そう思った時、優しげな表情の妙齢の女性が、俺に話しかけてきた。


「何かお探しですか?」


 うおうっ!?

 俺はこの外見上、あまり人に声をかけられることがない。

 店員にもだ。

 だが、そこは人生経験というやつだろうか。

 目の前の女性は完璧な笑みでこちらをまっすぐに見つめていた。


「いや……、あのよ。ダチの好きな花、カーネーション、なんだがよ。贈ろうと思って…」


 慣れない俺はしどろもどろになりながらも、なんとかいい切る。

 すると、店員さんは、優しげな手つきで、花を選んで行き、俺に聞いた。


「何色がいいでしょうか? あと本数もお願いします」


 俺は、先ほどの会話を思い出しながら、言葉を捻りだす。


「たしか、えーと、黄色と白はダメだ……、だから…、えーと、ピンクで。あと、二十本くらい」


 なんとなく、最もピンクが暁御に合いそうな気がする。

 と、俺は頭の中に、花束を抱えた暁御の姿を想像する。


「はい、わかりました」


 店員さんが肯いて、ピンクのカーネーションで花束を作っていく。

 なぜか、くすくすと笑っている気がするのは気のせいか?



 ともあれ、俺は花束をゲット。

 店員さんが、帰りにすごく優しげに、というかなんだろう。

 こう、子供を見るような眼で俺を見ていたが、なんだったのか。

 まあいいか!

 きっちり買えたことだしな!!

 上機嫌で俺は道を歩いて行く。

 そして、人気の少ない路地に入ったところで、俺は声をかけられた。


「ねえ、そこのじゃらじゃらした人、何か買っていかない?」


 そこにいたのは、露店を開く、きたねえ格好の女だった。

 だが、いつもの俺なら無視だったろうが、いかんせん今の俺は上機嫌だった。


「何売ってんだ?」


 言いながら、露店を見下ろす。

 そこには、シルバーのアクセサリが所狭しと並んでいた。


「お客さん、買っていきます?」


 そう言って問う少女に、俺は思考を巡らせる。

 花束だけじゃ、味気ないか?

 いっそ、花束に指輪とか……。

 いいんじゃないかこれ。

 よし、財布に余裕もあるしな。


「おっけ、買ってってやるよ」


 言うと、少女がぺこりと頭を下げた。


「毎度ありがとうございます、どれにします?」

「うーん、そうだな、プレゼント向きのってどれよ?」


 すると、少女が少しびっくりした顔をしたので、ちょっと気になった俺は聞いてみる。


「なんか変なこと言ったか?」


 すると、少女は首を横に振る。


「そういう買い方する人が、最近でもう一人いたから」

「ふーん、で、どれよ?」


 少女が、すぐに銀の海の中から一つの指輪を取り出した。


「これで、五百」


 五百文か……、俺は財布の中から、ひとさし、要するに文銭が紐で通されてる絵の書かれた札を取り出す。

 すると、少女は箱の中からおつりを返す。


「またのご利用をお待ちしてます」


 そう言った少女を余所に、俺は上機嫌まっしぐらで帰り道を突き進む。

 そして、商店街を完全に抜けようとしたとき。


「……」

「誰だよ、お嬢ちゃん」


 俺は、見も知らぬ少女に、裾を掴まれていた。














―――





じ ゃ ら 男 に フ ラ グ が た ち ま し た 。



これが……、薬師効果。
薬師を師とするだけはある……。
フラグとは、がっつくように追うものではない。
無関心でいれば、フラグから寄ってくるものなのだ、というフラグ立て師の教えのようです。
要するに、暁御に一直線と思っていたら、後ろから少女フラグ、この変態めッ!!
ちなみに、露店少女とは全く関係ない人です。

次もじゃら男編。
その次は暁御編。




あと、私生活ですが、テスト開始しました。
なのに普通に小説書いてる……orz。
まあ、赤点は回避できるからいいのですが。



さて、返信。


スマイル殲滅様

餌付け→薬師宅強襲→誘拐→監禁の順にゆっくりエスカレートして行くんですねわかります。
最終的にこう、私のために味噌汁を作ってください、となるのですね。
ちなみに職権乱用で拒否不可能という。
そうすると聖域の発生が抑えられる訳で。……世界が平和になる?




ねこ様

衝撃の事実、閻魔宅の風呂は、(検閲により削除)。
風呂はもっぱら銭湯。
もしくは仕事場のシャワーです。
ちなみに妹は近々登場予定、な気がします。
はい。
ちなみに、今回の冒頭はねこ様のコメを見て何となく思いついたものです。
拝借させていただきました。




ザクロ様

閻魔様の部屋はどう考えても紫の霧で覆われてる気が……。
ちなみに、閻魔様を襲わなかった件ですが、空気浄化で症状を抑えた挙句に、掃除して披露Maxだったためです。
そりゃもう、風で刻んで雷で消滅させるという。
天狗の無駄遣い。




妄想万歳様

薬師が定期的に掃除に来るフラグ、これはもう確定だと言っておきましょう。
性格には、薬師お母さんフラグといってもいいですが。
こう、文句いいながらも説教くさく世話焼いちゃうという。
問題点は、多分薬師の作るご飯はチャーハン、カレー、お好み焼き、そば、鍋のローテ。




山椒魚様

閻魔様は、掃除をしようと思い立つ、とりあえずゴミをゴミ袋に入れた。
途中で疲れてやめる、ゴミは全部かたづいたときにまとめて捨てることにする。
しかし、片付く前にゴミが増える。
を繰り返し、気がついたら手が、つけられなく……。
ともあれ、近いうちに妹は参上します。




SML様

薬師のことだから、閻魔を背負う、あれ、ヤバくね? 降ろす、スカートの中身を(禁則事項です)、上着を着せる、帰る、だと。
薬師代わってくれ、もしくは死(検閲により削除)。
閻魔の妹については申し訳ないが、ロリではないのですよSML氏。
というかこれ以上ロリ増えたらロリ祭りが起きてしまいます。




くぁwせ様

いじりがいのある人は、国宝だとおも(ry。
ともあれ、妹さんは出演決定しております。
もうちょっと後になりそうなのですが。







最後に


初めは誰もが素人だった。フラグ立ての達人が教えます、フラグ乱立学院。




[7573] 其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/30 22:38
俺と鬼と賽の河原と。









「一つ積んでは母のため」



 ここは河原。



「二つ積んでは父のため」



 死して積み上げ続ける己が墓。



「三つ積んでは母のたぺ」



 罪贖い、罰受ける場所、それが河原。





「今、噛んだな? じゃら男」

「う、うるせえ噛んでねーよ」

「いや、俺も聞いたぞ李知さんよ」

「センセイまで!」

「ふ、俺からは言い逃れできん! ここに人の声を録音する機械がある」

『三つ積んでは母のたぺ』

「う、うわああああああああああッ!!」




其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。







「……」

「んだよ?」


 裾を掴んでくる少女に、俺は無愛想に聞いた。

 だが、少女は口を金魚のように開け閉めするだけで、声と呼ばれるものは漏れ出してこない。

 この時点で、普段の俺なら、無理矢理帰っているところだろう。

 だが、今日の俺は、

 いかんせん上機嫌だった。


「お前、声でねえのか?」


 よく見ると、美少女だ。

 白い髪に赤い目、確か、アルビノとかいうらしいのを聞いたことがある。

 そして、着ている白いワンピースは薄汚れているが、覗く肩は細く、ワンピース以上に白い。

 少女が、口を閉じて肯いた。


「そうかよ」


 少なくとも、通常ならここで終わり。

 黙って立ち去るはずなのだが、再三言うが、俺は果てしなく上機嫌だった。


「親はどうしたよ? 家は?」


 その時の俺は、運営に届けようかと思うくらいには親切だった。

 すると、少女は首を横に振る。

 どういうことだ?


「親も家もねぇ、とか?」


 少女が肯いた。

 げ、マジかよ。

 だけど、だったら俺に何を求めてんだ?

 コイツは。


「……、お前、俺に何期待してんだ?」


 聞くと、少女は何かを表現しようとするのだが、上手い表現が見つからないようで、困った表情になる。

 帰ろうか、そう俺が思い始め――、

 突如腹の虫が鳴いた。


「……、腹、減ってんのか?」


 恥ずかしそうに少女が肯く。

 なるほどな。

 たまに見かける貧困層の乞食かよ。

 いるとこにはいるもんだからな。

 地獄運営の支給もあるが、それでも限界はある。

 配給漏れもあるしな。

 ともあれ、腹が減ったから俺に話かけ、というか服を掴んできたわけだ。

 まあ、花束持って上機嫌で、露店で散財やらかしゃ、その場のノリで小銭くらいくれそうに見えるよな。

 ただ、俺相手ってんだから、勇気があるってもんだが。

 そして、俺は通常なら、否、いつもより上機嫌なら、小銭渡してこれでサヨナラだろう。

 だがしかし。

 俺の上機嫌は半端じゃなかった。


「お前、ウチ来るか? カップ麺くらいならいくらでも食わせてやるぜ?」


 別に、哀れに思ったわけじゃねえ。

 ただ、明日の暁御の誕生日までは、綺麗に日を過ごしたいと思ったわけだ。

 後ろめたいことがない状態で、暁御にプレゼントを渡す、っていうなんとなくの感情で、俺は少女に親切を向けた。

 そんな子供みたいな感情だ。

 だが、少女は、どこか迷っている素振りを見せる。


「んだよ? 別に変なこたしねえよ、俺には好きな人がいるかんな」


 その言葉に、やっと少女は肯いた。








◆◆◆◆◆◆














 バイター用の寮、俺はそこで由美と由壱を連れながら、食堂に向かっていた。

 その途中、暁御からメールが来ていることに気付く。


『薬師さん、明日はお仕事ですか? もしよければ私と出掛けませんか』


 そういや明日は誕生日だったな。

 わからなくもない、誕生日を一人で過ごすのは寂しいだろうしな。

 ふむ、はてさて、明日は仕事は――、休みだな。

 受けてもいいが、じゃら男に上手く回せないものか。

 ……、無理臭いな。

 暁御の性格からして、最も暇そうで、誘いやすい相手が俺だったんだろうが、じゃら男はその外見とか、前科とかきついものがある。

 ではせめて、援護程度に。

 こないだ二人きりで出かけたらじゃら男に怒られたしな。


『悪いが、じゃら男と約束があるんだ。じゃら男も一緒になら、構わんが?』


 送信、と。

 俺は携帯を操作して、不思議そうに見上げてくる弟と娘を見た。


「ああ、暁御からだ、明日、誕生日らしいからな」


 すると、二人の子供は、口を丸く開いて、


「え、そうだったんだ、参ったな……、俺なにも用意してないよ!」

「うーん、お花でも、買ってこようかな」


 ははは、優しい子に育ってくれてお父さん嬉しいよ。

 いや、育てたってほど付き合い長くないけどな。

 と、そこでメールが返ってきた。


『あ、はい、構いません。明日の午後からお願いできますか?』


 了解、とメールを返し、次にじゃら男にメールを送る。


『明日、休み取れるな? 午後から暁御と出かける。口答えは許さん』


 それにしても、メールは苦手だ。

 カチカチとこまごま打つのが合わん。

 最近の若い奴らに付いて行けないし、歳か。

 いや、千超えてたら歳だが。

 と、考えていたら十秒もせず返事が返ってきた。

 流石だ、愛の力。


『マジで!? おし、全力で気合い入れてくぜセンセイ!!』


 俺はそれに、じゃらじゃらつけてきたら引っこ抜くとだけ返事して、二人と食堂へ向かって行った。










◆◆◆◆◆◆











「ちょっと待ってろよ、今お湯沸かす」


 言いながら俺はやかんに水を入れ、コンロに火をつけた。

 ちなみに、俺の部屋はセンセイとは別の寮にある。

 食事が付いていない代わりに、食費分の給料がもらえるわけだ。

 そんな、一間が、俺の部屋だ。

 そして今日は、何故か物言わぬ少女が、俺の部屋のソファに座っている。

 少女は、じっとお湯が沸くのを待っていた。

 そして暫く。

 やかんが湯気を出し始め、もういいか、と俺は長いことあらっていない布巾を鍋つかみ代わりにやかんを握る。

 そのとき、不意にメールの着信音が鳴り響いた。


「ん? センセイからか」


 俺は、空いている手で携帯を取り出し、開く。

 画面にはこう表示されていた。


『明日、休み取れるな? 午後から暁御と出かける。口答えは許さん』

「マジで!? っつてばっるすぁああッ!!」


 やかんからお湯が足にダイブするほど驚いた。

 そしてそんな俺に驚いた少女がこちらを見ている。

 それに、何でもねえと返し、俺は返信。

 そんでしばらくして帰ってきたメールには、


『いい返事だ。尚、じゃらじゃら付けてきたら引っこ抜くから覚悟するように』


 ……あの人はじゃらじゃらに恨みでもあるのか…?

 まあいいや、よし、気合入れよう。

 確かセンセイにもらったスーツ一式がある。

 そう考えながら、俺は用意したカップ麺にうきうきしながらお湯を注いだ。

 そして、少女に問う。


「なあ、お前、帰る場所ないんだよな?」


 悲しげに少女が肯く。

 ああ、思った通りだ。

 なにが、と言われると、こうなりそうな予感がしてたんだ。

 一目見た時から、俺と同じ匂いがしたんだよ。

 悲しげな――、少女の表情を見て、俺は駄目だと思っていながらも。

 言わずにはいられなかった。


「お前、家に住むか?」


 ああ、言っちまった。


「?」


 本当に、どうかしてる。

 ついこの間の俺では考えられない言葉だ。

 ここ最近で、俺は大きく変わった。

 そして、俺は、目の前の小さな女の子が、理解できてしまうのだ。

 目の前の少女は、言い難そうにしている。

 実際は言えないのだが、拒否も肯定もできないのだ。

 わかる。

 俺もそうだった。

 俺も家なき子だったからな。

 物心付いた時には、いつの間にか橋の下に転がされてた。

 親の記憶はある。

 実の母親は、父親に蒸発されたヒステリックなババァだった。

 それで、五歳くらいまでぞんざいに面倒を見られ、そして新しくできた男に邪魔だからって捨てられた。

 完全に物心付いて考える頭ができたとき、既に俺は一人だった。

 そんで数年荒まくって、今の御袋に拾われたわけだが。

 その時の俺もこんな感じだった。


「……っ」


 そりゃ戸惑うんだよな。

 今まで憎んで呪った世界がいきなり優しくしてくるんだから、裏切られるとか、信じられなくったってしょうがない。

 でも、差しのべられた手を、振り払いたくもない。

 これを逃したら最後かもしれない。

 でも、これを掴んだら裏切られるかもしれない。

 痛いほどよくわかる。

 わかるから、腕が痛くなっても手を差し伸べるのはやめちゃいけねえ。

 まあ、センセイならここで心に効く言葉を出せるんだろうけど、俺にはない。

 ただ、できるだけ飛びこめる懐を大きくしてやるだけだ。


「好きにしろよ。必要だってんなら家族登録だってしてやんよ。そりゃ、そんなに金はねえけどな」

『お前の好きにしなよ、正式に養子にだってする。流石に大した金は持ってないけどね』


 御袋の言葉だ。

 だが、少女は中々肯こうとしない。

 クソ、こうなったらできる限りズルズル引っ張ってやらあ。


「答えは後でいいからとっとと食えや。伸びるぜ?」


 言いながら、俺はカップ麺を差し出した。

 そして自分のカップ麺を片手で持って、蓋を剥がし、すする。

 少女も、黙って麺を啜っていた。

 そして、あっさりとカップ麺の中身も底を突く。

 間が持たなくなった俺は、少女に聞いてみることにする。


「おい、お前風呂、入るか?」


 少々お前というのは無愛想だったかもしれないが、他に何と呼べってのか。

 センセイならお前さんなんだろうが、俺には似合わねえ。

 きっとセンセイならいつものニヤケ面で、

 ふむ、お前さん、風呂は入るかね。

 とか言うはずだ。

 ……俺には無理。

 だが、少女はすぐに肯いた。

 そこは女ってとこだよな。

 流石に汚いのは嫌か。


「おっけ、そんじゃ沸かしてくら。好きにくつろいでろよ、あと代えの服だけどよ、俺のTシャツでよければそこのタンスに入ってるかんな」


 歩きながら、顔だけを少女に向けて言う。

 そして、俺は風呂をスポンジでこすり始めた。





◆◆◆◆◆◆








 湯上りの少女を見て、不覚にも俺はどきりとした。

 小学生みたいな外見で、色気があるわけじゃない。

 ただ、くすんでいた髪がつやを取り戻し、薄汚れて尚白かった肌が、更に雪のようになっている。

 そんな少女を見て硬直した俺は、その少女が不思議そうにこちらを見つめたことで活動を再開した。


「俺も風呂入ってくる」


 そう言えば、こういう場合は女ってのは男の後に入りたくないか、後に男に入ってほしくないかだとか思ったが、

 コイツは前者か? いや、余裕がなかっただけかもしれないけどな。

 俺はTシャツ一枚少女をできるだけ視線から外して、風呂へ。




 尚、俺の風呂の描写は省く。

 誰も望んじゃいねえ。




 ともあれ、風呂から上がる俺。

 浴室を抜けると、少女が眠そうに舟を漕いでいた。

 上がってきた俺にも気づいたそぶりを見せない。

 そんな少女に俺は声をかけた。

 そこ、空気読めとか言うんじゃねえ。


「おい」


 びくん、とオーバーなリアクションで少女が反応を返す。

 それを余所に俺は続けた。


「今日は泊まってけよ。ベッドは使っていいかんな。住むかどうかは明日でも明後日でも気にしねえよ」


 少女が、肯く。

 よっしゃ勝った!!

 ここまでくればこっちのもん。

 ズルズル引きずって結局住むことになる。

 あれだ、経験者は語るって奴よ。

 嫌だ嫌だとギャーギャー騒いでたって、決めるのは明日でいい、と言われれば、返事は明日でいいか、その明日は、その明日、となってくわけだ。

 情けねえ話だが、居心地のいい場所がなかったやつにゃ、裏切られるのが怖くたって中々手放せねえもんさ。

 俺は、きっちりあんたの子供になる、って決めて言うまでが一番苦労したけどな。

 ともあれ。

 少女は途中までベッドを取っていいのか、とばかりにこちらを見ていたが、俺が、


「何見てんだよ。とっとと寝とけ、眠いんだろうが」


 と言った結果、大人しく少女は大人しくベッドに入った。

 ……俺も寝るか。







◆◆◆◆◆◆






 その朝。

 俺は異常にすっきりと目が覚めた。

 そう、今日は暁御の誕生日だ。

 例え、約束が午後からであっても。

 寝過ごすわけにはいかねえ。

 そう思って元気よく布団から身を起こすと。

 そこには、台所に立つ少女がいた。


「……?」


 今少し状況がつかめない俺に気づいたのか、少女が俺に近づいて来る。

 そして、いつの間に探しだしたのか、使ってないシャープとメモ帳を使って、


『あさごはん、できてる』

「へ?」


 今だ意味のわからない俺に、少女はもう一枚捲ってもう一文。


『今日から、お世話になります』


 見せて、ぺこりと頭を下げる少女。

 なるほど、そういうことか。


「……、よろしくな」


 ようやっと状況を掴んだ俺がそう言って、立ち上がる。

 少女が嬉しそうに笑っていた。

 なんとなく、気の利いた台詞という奴を行ってやりたかったが、思いつかず。

 朝飯ができてるというので、俺はちゃぶ台につく。

 すると、そこに味噌汁、卵焼き、焼き魚と次々にうまそうなもんが置かれていく。

 残念ながら、俺の一人暮らしでは到底出てこないシロモノだ。

 ってか、材料はどこから出したんだ?

 聞くと、メモ帳にはこう書いてあった。


『魚は冷凍庫、味噌汁はインスタントのが置いてあった。卵は普通に冷蔵庫にあった』


 そういえばこないだ魚買って焼いて食おうとか思って放置してたんだっけか……?

 味噌汁は便利かと思ってたが結局めんどくさかったからカップ麺生活にもどったんだったんだか。

 卵は、普通に買ったな。

 インスタントラーメンに入れるとうめえし。

 まあいいか。


「いただきます」


 俺は両手を合わせる。

 これは御袋に仕込まれた癖だ。

 しないと何されるかわかったもんじゃなかったからな。

 懐かしきあの日を思いながら箸を付ける。


「普通に美味いな」


 言うと、にこにこと少女が笑う。

 懐かしい味がした。

 御袋の味だ。

 それを作りだした彼女は、上機嫌でメモにペンを走らせた。


『材料さえあれば明日からはインスタントじゃないのを作る』

「期待してる」


 そう言って、俺は食を進め、ふと思い出したように言う。


「え、あーと、お前」


 名前を今だ知らないことを思い出して、結局お前になったが、すぐにメモが突き出された。


『ななみ りん』

「お前の名前か?」


 少女、もといりんが肯く。

 漢字はどうなのか無学な俺には判らねえ。

 センセイにでも聞くか。

 ともかく。


「りん、午前中ぁお前の服買いに行くぞ」


 ちなみに、今着てるのは昨日久しぶりに使った洗濯機で洗ってほしたワンピースだ。

 多分湿っぽい。

 そんな、驚いた表情をするりんに、俺は続けた。


「服一つじゃどうにもなんねぇだろ。それに飯、作るんだろが。今日は夕飯要らねえけど」


 すると、りんは嬉しそうな顔を隠そうともせずに、メモに文を書いて行く。


『ありがとう! それと、きょうはおでかけ?』


 そう、そうとも。

 今日は思い人とのデエトがあるのだ。


「ふふふふ、そんなもんよ」


 言って、俺は着替えを始めた。
















―――



おかしい。
これは、始まって以来の三話構成。
不味いぞ、薬師ですらしたことないのに。
いや、一応十八、十九、二十がそれだけど、こんな感じに話が片付かないのはなかった。
だが、これは……、本気で死亡フラ、げっふう。
強く生きろ、じゃら男。

余談ですが、じゃら男はロリコンの上に潜在的マザコン。
りんはストライクゾーンまっしぐら。


ちなみに次で色々決着。





近況報告ってか、あれです


テスト明日で終了です。
これでやっと自由に小説が書けるー!!



あれ……、…書いてる……?



日本史を勉強してきます。








さて、返信を。



[121] ◆3ac11ca6 ID: 2d6b0e0a様(お名前表示されてなかったので、とりあえずこれで)

ははは、いやだなロリ祭りだなんて。
私はロリコンじゃありませんよ、じゃら男でもあるまいに。
ははっそうに決まってます。私はロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃない。
あれ? ロリコンでもいい気がしてきた……。





ねこ様

残念ながら……、誠に残念ながらッ……!!
じゃら男に普通にフラグが立ちました。
老師目、恐ろしい奴よ……。
あ、ネタは有りがたく使わせてもらうかもしれません。





桜チーズ様

感想に感謝します。
そう、フラグなんです。
フラグなんです……ッ!!
作者にも信じられません。





SML様

じゃら男の本名を覚えているとは並じゃないですね…。
問題は、じゃら男のフラグはどう見ても、死亡フラグです……。
本当にありがとうございました。
大天狗なロリ神様に祈ればきっと生き残れる。





妄想万歳様

じゃら男に本気でフラグが立っています。
問題は、今は暁御に構っていてそれどころじゃないところですが。
やはり、がっつくとフラグは寄ってこず、逆に逃げると追ってくるという説は…。
頑張れじゃら男。





スマイル殲滅様

大丈夫! 大丈夫なはず、多分。
多分死なないきっと死なないじゃら男はイキルヨ?
……きっと。
というか、じゃら男への心配と励ましの便りが多いです。
ただ、多分このままじゃら男が死ぬとりんが不幸なので生きます。
彼はロリの幸せのために生きています。




グンマダマシイ様

感想ありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいっすね、所謂ハーレム物なんで。
とりあえず、フラグマスターの弟子は、きっとフラグメイカー、というのはどうでしょう? ……どうでもいいか。
ともかく、じゃら男がフラグを作ってます、幼女を相手に。











言いたいことは一つ。


この犯罪者めっ。












さて、最後に。



フラグ乱立学院に入学するのは簡単さ! 死ぬ。
もしくは如意ヶ岳で天狗を探して講師の薬師先生に口利きしてもら――、難しいな……。



[7573] 其の二十七 じゃら男と少女と俺と暁御とチンピラ的な何か。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/16 00:38
俺と鬼と賽の河原と。




「一つ積んではリンのため」



「二つ積んではリンのため」


 俺はひたすら、積み上げられていく服を見守っていた。


「三つ積んではリンのため」





 さようなら、俺の財布の中身。

 俺の懐は氷河期に入ったようだ。








其の二十七 じゃら男と少女と俺と暁御とチンピラ的な何か。












 俺は今、服を買うためにデパートに居る。


「これは、判断を間違えたかもしんねぇ……」


 俺の眼には、桁のやけに多い値札が映っていた。

 ……給料日後でよかったぜ……。

 それに、今までつるんでいた奴らとの付き合いをやめた途端、金の使い道がなくなっていた。

 そんなように胸をなでおろす俺に、リンは上機嫌でかごに物を入れて行く。

 現状あるのが、寝巻き2、普段着1、外出用2、ってとこか。

 あとは普段着一枚で終わりか。

 ちなみにこの数は俺が指定した。

 多分こんなもんだろってことで言ってみたが文句が出なかったのでそのまま通る。

 そして、最後の普段着がかごに入れられこれで終わりか、と思った瞬間。


「ぶはッ!」

「?」


 リンが、下着売り場に突入。

 忘れていた。

 しかも、何も考えないで突っ込んじまった。

 その状況に、慌てて辺りを見回して、俺はそそくさと退散した。


「お、俺はちょっとそこにいるからな、終わったら来い」


 そう言って離れようとして、俺は服の端をつままれる。


「……」


 俺は、不安そうにこちらを見るリンに、怯えを感じ取った。

 目を離した隙に、俺が逃げると考えているのか。

 俺は溜息を一つ吐くと、言う。


「わぁったよ。付いててやるから早く選べ」


 そのようにして、俺の苦行が始まった。











「……やっと終わったな」


 俺は、リンを引きつれて、街を歩いている。

 苦行も終わり、晴れやかな気分で歩いていると、リンがソフトクリームの屋台をじっと見つめていることに気付く。

 そして、気づいた以上はと、俺は屋台へ向かっていく。


「ソフトクリーム二つ――っ!?」

「よぉじゃら男」


 そこには、


「せ、せせせ、センセイ!?」


 如意ヶ嶽薬師が立っていた。


「なんでここに!?」


 挙句、その後ろには、パンフや新聞でたびたび見る、最高責任者、閻魔の姿が。


「いやな? こないだ屋台手伝ったのが広まったんだか知らねーが。また、今回だけでいいから同業者の手伝いしてくれないかって、電話が来たんだよ。で、午前中は暇だしそれまでならかまわんかな、と」


 それはいい、それはいいが、何故に閻魔まで……。


「閻魔については、飯一日分でホイホイついてきた」

「薬師さん! そこは内密に……!!」

「そうだったか?」


 いや、もうなんと言おうか。

 センセイは権力者相手に何をやっているのか……。

 まあいいか。


「それで、ソフトク――」

「で、じゃら男よ。お前に聞きたいことがあるんだが」


 俺の言葉は途中で遮られた。

 センセイは問う。


「そこの幼女はなんだ」

「え、あ、それは、昨日から一緒に住むことになった――」

「このロリぺド野郎ッ!!」

「ぽげらっぱッ!!」


 俺の頬に、拳が突き刺さる。


「失望した! 例え暁御の望みがゼロだからって、何をロリに走ってるんだッ!!」


 ちげーよ、違うんだよ。

 なんとか、声を絞り出して見た。


「そうじゃなくて……」

「言い訳か、いいだろう、聞いてやろう」


 俺は、どうにか生き残ろうと、言葉を選んだ。


「俺が昨日家に帰ろうとしたら、こいつ、リンって言うんだけどよ、リンが話しかけて来て、そんで連れて帰ったんだよ」

「この犯罪者めっ」

「はんにばるッ!!」


 再び拳が突き刺さる。

 何がいけなかったのか。


「いや、ちげーんだよ……、そうじゃなくて…」


 言い募ろうとする俺、それに対しセンセイは。


「いや、もう大体読めてる。その子、家なかったんだろ?」

「耳が痛いですね……、戻ったらまた努力はしてみますが」


 いや、そこまで読めてて殴るのかよセンセイ……。


「ほらよ、二つだ。代はいい。さーびす、って奴をしてやろう」


 そう言ってセンセイがソフトクリームを手渡す。

 なんだかんだいって、殴っても衝撃がほとんどだし、腫れないのを見る限りでは、上手い殴り方をしてくれてるんだろう。

 きっと、俺のことを思って殴ってくれてるんだ。

 よな?

 きっと、そうだよな……。

 ともあれ、事の一部始終を茫然と見ていたリンに俺は、ソフトクリームを手渡した。


「ほらよ」


 すると、受け取る前に、リンはメモにペンを走らせた。


『だれ? えんまさまはしってるけど』

「あー……、こっちは、俺の師事してる、如意ヶ嶽薬師」

「よろしくな」


 そう言ってセンセイが笑う。

 そんなセンセイに、リンはお辞儀して、メモで、


『ななみ りんです』


 とセンセイに自己紹介する。

 センセイは、それを気にした様子もなくにこやかに返す。


「おーけい、リンな? 覚えた。何かあったら気軽に声、掛けれねーな、肩叩いてくれ」


 リンが、笑顔で肯く。


「いい子じゃねーか。そいじゃ、頑張れよ」

「お、おう!」


 センセイの言葉に応えて、俺はリンと再び歩き出した。











「よお、猛じゃねーか。ちょっと来いよ」


 そろそろ昼も近付き、帰ることを考えだした頃。

 俺は知った顔に出会う。


「んだよ」


 そいつは、不良仲間、と言ってもいい。

 少なくとも、だった、だが。

 センセイにぼこぼこにされた後は、全く会っていない。

 そんな男が、俺を路地裏へと手招きしていた。


「よお、しばらく何の噂も聞かねえから心配してたんだぜ?」


 そんなように、男は気味の悪い笑みを浮かべた。

 俺は、対して嫌そうな顔を向ける。


「んな用事なら俺は帰るぜ。人と約束があるんだ」


 俺はそのまま背を向けて、リンを連れだって大通りに戻ろうとする。

 すると、男は更に笑みを深める。


「ぷっ、ははははは! 本当に丸くなりやがったな、似合わねえ。ふんだけどお前。死刑確定したよ」


 俺はその言葉に、体はそのままに振り向いた。


「んだよ、俺にゃ、お前らに関わる気なんてねえぞ?」


 それだけ言って、顔を前に向ける。

 言葉は、すぐ後ろから振ってきた。


「お前にゃなくても、こっちにはあるんだよ……! お前のせいで運営にボコにされたってなぁッ!!」


 その瞬間、風を切る音が聞こえて。

 衝撃。

 地面が迫る。

 何が起きた?

 理解、鈍器で殴られた。

 意識が保てない。

 俺の意識は、そのままブラックアウトした。









「よ、暁御」


 時は一時。

 俺は暁御と公園に居た。


「あ、薬師さん。じゃら男さんは?」


 そこに、じゃら男の姿はない。

 そして――、メールも返って来てはいなかった。


「じゃら男は、もともと少し後で参加する予定だったからな。しばらくは気にせんでいい」


 そう言ってごまかす。

 じゃら男が暁御とのデートをあっさりすっぽかすとは考えにくい。

 何かあったか、それともドジでも踏んだか……。

 ともかく、メールを待つほかない。


「で、どこに行くつもりだったんだ?」

「あ、まずは映画館にでもと」


 そう言った暁御に、俺は肯き、映画館へと向かう。

 公園からは映画館は然程遠くなく、あっさりと辿り着いた。


「何見るよ?」


 すると、暁御はラブロマンスの類を熱心に見詰めていたが、急に俺の方を見ると、


「えっと……! その、ラブロマンスの類はっ……、面白くありませんよね…」


 お約束、と言えばお約束か。

 まあ、暁御もそういう歳だからラブロマンスもしょうがない。


「別にかまわんさ。誕生日なんだろ? それなら、こんくらいの我侭、喜んで受けて立とう」


 すると、暁御の表情が輝く。


「はい! ありがとうございます!!」


 そのようにして、俺達は込み合う映画館の中へ入って行った。




 映画も終わり、俺達はまだ街を歩いている。

 いよいよもって、雲行きが怪しい。

 じゃら男からのメールは未だに来ない。


「そう言えば、私が誕生日だってこと、知ってたんですか?」


 暁御の言葉に、苦笑いで俺は肯いた。

 と、そこで思い出す。

 ……じゃら男の応援に必死で贈り物の類用意してねえ。

 不味い、これはいかん。

 誕生日だってことを映画館で言ってしまった俺の失敗だ。

 知らない事になっていればよかったが、これは完全に誕生日を知っていながら放っておいた最悪な野郎だ。


「いや、昨日偶然な。鬼兵衛との話題に上がったんだが――、悪い。何も用意してない」


 素直に謝る。


「いえ、いいんです。知ってくれてただけでも――」


 が。

 俺はその言葉を遮った。


「だが、実はここに前偶然買った装飾品がある。お一つ如何か」


 露天少女よ、よくやった。

 実に必死で、懐を探ったところ、スーツの内ポケットに、前買ったままの装飾品がいまだに入っていたのだ。

 その装飾品を、手品のように俺は暁御に差し出して見せた。


「あ……、ありがとうございます!!」


 暁御に渡したのは、バングル、とかなんとかいってた気がするが、要は銀細工の腕輪。

 細かく細工が施されてはいないが、シンプルな良さがある、と思う。

 その品を両手で大切そうに抱えて、


「大切にしますね!」


 そう言って笑う暁御。


「そこまで言ってくれると送った側としては本望だ」


 暁御は贈り物とかに慣れてないのかね、この喜び様を見ると。

 まいったな……、これならじゃら男から突撃した方が良かった気がするが、返せとも言えんし。

 仕方なく、俺はそのまま続けようとして、携帯が震えた。


「と、ちょっと待ってくれ」


 携帯の表示には飯塚猛。

 その本分には、簡素にこう書いてあった。






『悪い、今日はいけそうにねえ』






 汚い路地裏で俺は目を覚ました。


「っつ、どこだぁ、ここ」


 朦朧とする意識が次第にはっきりしてきて、思い出す。


「……、あの野郎っ、ってリン、どこだ?」


 立ちあがって辺りを見るが、リンの姿はない。


「帰った、のか?」


 言い知れぬ不安を覚えて、俺は寮へと走り出した。

 結果から言おう。

 リンはいなかった。

 あったのは、手紙が一つ。



愛しの幼女が大切だったら、二丁目の三番倉庫に来い。



 俺は再び走り出すこととなる。

 二丁目の三番倉庫。

 家からそう離れてはいない。

 くっそ……! 待ってろよ、リン…!!

 焦る思いが募る中、人にぶつかりそうになるのも気にせず走り。

 自分でも驚くほど早く、倉庫に辿り着く。


「来てやったぞおらぁッ!!」


 突撃早々俺は咆える。

 二十ほどの人間が、俺を見ていた。

 その一人が、俺の前に出る。


「よく来たな、お前のことだから来ないと思ってたぜ?」

「うるせえ、リンはどうした?」

「そこにいるよ、まだ何もしてねえさ。お前がおねんねした後はどうだか知らねえけどな」


 男が親指で示した先には、両手両足を縛られて転がされているリンの姿があった。

 相手はやる気満々、もう容赦する理由はねえよな?


「こないだは、よくやってくれたよな猛ぅ……、お前のおかげで全員へこまされたんだぜ? 落し前、付けてけよ」

「つけてってやるよ、ああ、つけてってやるよッ!!」


 俺は、拳を振り下ろした。

 男の顔に、拳が突き刺さる。


「ぐぎゃっ!」


 はん、情けねえ声だな。

 俺は、男を気絶させて、次の獲物を探す。


「おいテメ、猛、覚悟できてんだろうな!!」

「うるせえっつってんだろうぁああああッ!!」


 俺の膝が、もう一人の腹に食い込む。

 倒れた奴を無視して、裏拳。

 こんだけたくさんいりゃ、適当振ったって当たるよなぁ!!

 三人目の顔面に裏拳が直撃。

 よし、中々のペース。

 だが、長くは続かなかった。

 後頭部に、硬い感触。


「っぐ、づうううッ!」


 前のめりに倒れる。

 だが、それでも。

 迫る地面に手をついて、ばねの様にして復帰。

 鉄パイプを持った野郎の首筋に回し蹴り。

 そこにバットなんぞ持った野郎が俺の横腹へとスイング。

 避けられない。

 直撃を貰う。


「がっ、は……」


 それでも。

 拳を振る、殴られる。


「な、なあ……、猛って、前から喧嘩は滅法強かったけどよ……」


 拳を振る、殴られる。

 その繰り返し。

 それでも。

 拳を振る、拳を振る。

 殴られる。

 絶対に気絶などしない。

 拳を振る、拳を振る、拳を振る。

 殴られて尚、怯みなどしない。


「こんなに、強かったか…?」


 拳を振る、拳を振る、拳を振る、拳を振る、拳を振る。

 拳を振る。


「あああああぁああああああアアアアアアアアァァアアアアッ!!」


 拳を、振り続けた。









「っは……、どうだ。見たか……?」


 後頭部から血が流れ。

 あちらこちら腫れ。

 右腕は全く上がらず。

 それでも尚。

 ただ一人、俺は立っていた。

 俺は、転がる人の波を越えて、リンの拘束を解く。

 リンは、心配そうにこちらを見上げていた。


「ほら、そんな心配そうな顔すんなよ。帰るぞ?」


 言うと、目の前の少女は、笑いながら、肯いた。

 さて、帰るか。

 そう思って踵を返して、不快な声が届く。


「待てよ……。まだ、楽しんで行けよ」


 御免だ。

 黙って倉庫を出ようとして、気付く。

 外には、さらに二十人を超える人数が、待機していた。


「さっき呼んでおいたんだ、ほら楽しんで行けよ」


 どうやら、休ませてはもらえないらしい。

 俺は再び、人の群れに突っ込んでいった。













「っつ、それにしても。手こずらせやがって……。三十人いたのに、五人にまで減らされちまった…」


 俺は、倉庫の前に、ボロ雑巾のように転がっている。

 意識はあった。

 だが、腕も足も全く動かない。

 ただ、指だけがもぞりと芋虫のように動くだけ。

 ああ、くそ…、格好悪い。


「おいおい…、まだ動こうとしてんのかよ。コイツ、そんなにすごい奴だったか? 噂は前からあったけど」


 その時。

 不意に聞き覚えのある声が聞こえた。


「そりゃ、ここは地獄だからな。本来の強さ以外にも、精神的なものが効くのがこの世界だ」

「ふーん、そうか。……って、誰だお前……」


 よく聞く声だ。

 俺が、


「天に尾を引く、天ツ狗」


 センセイと仰ぐ。


「そこに転がってる男の、先生だっ!」


 如意ヶ嶽薬師、その人だ。

 俺は安心して、意識を手放した。












「そこな幼女。リンだったか? うん。無事だな?」


 しかしじゃら男も無茶しやがる。

 心配になって来てみればこの有様。

 まあ、気合いだけで五十人抜きとは頑張ったが。

 そんなじゃら男に、リンが駆け寄る。


「あー……、怪我は酷いが、命にゃ関わんねえよ。精神的にそれほど軟くねえはずだ」


 地獄において死とは精神の死に近いものがある。

 わかりやすく言うなら、気を強くもてば死にはしない。

 ともあれ。

 転がるじゃら男に近づいて、そのすぐ横のリンを視界に収めながら、言う。


「そいつにゃ、好きな女がいる」


 いきなりリンが驚愕の表情でこちらを見る。

 そりゃ、まあ、年の功的に考えて、目の前の二十歳そこらの奴がじゃら男をどんな目で見つめてるかくらいはわかる。

 が、少女の目には迷いはなく。

 ま、いいことだ。

 そう納得して、呟いた。


「命短し、恋せよ乙女、な。まあ、死んでるわけだが」


 だが、ある意味乙女である期間は短いかもしれない。


「どちらにせよ、純粋に恋できる期間ってのは、短いからな」


 意味がわからないとばかりにリンが俺を見つめた。

 俺は、答えてみることにする。


「簡単な話だ、大人になれば――、恋の先に現実を見るからな。恋が終わった後を見なければならない、ってか、結婚を見つめるようになる。すると、学歴、収入等など勘定に入るわけだ」


 世知辛いな。

 まあ、それでも恋愛する奴はするんだが。


「そんなだからな。純粋にそいつに恋できるのは、今だけかもしんねぇ。つーわけで、頑張れよ、と。望むなら、お前のセンセイ、とやらも可だぜ?」


 そう言ってにやりと笑う。


「ま、これからも俺はお前の好きな人殴り続けるわ。まずはこの犯罪者めっ、だな」


 言うと、こちらをリンが見上げている。

 何か言いたいらしい。

 俺は懐から、


「む、好きな人がそんな目に会うのは許せない派? 悪い、筆ペンとメモ帳しかない」


 と言ってそれを渡すと、達筆な字で、少女がこう書いてよこした。


『ほどほどに』


 それを見て俺は吹き出す。


「ほどほどに! ねえ…! くくっ、いいな、流石。ま、ほどほどにさせてもらうさ」


 さて、頑張ったじゃら男を運んでやるとするか。














「しらな、知ってる天井だな……」


 俺は、いつものベッドで目を覚ました。

 そこに、いきなりメモが突き出され。


『おきた?』


 俺はリンの姿を確認する。


「リン……、大丈夫なのか?」

『だいじょうぶ、やくしさんがたすけてくれた』

「そっか……、格好わりいな。俺」


 だが、その言葉にリンは首を横に振って、抱きついてきた。


「あ、おい」


 その眼には、涙。

 とたんに何も言えなくなる。

 そして、溜息一つ。


「そこにある、花束。お前にやるよ」


 俺はそう言って微笑んだ。

 俺の腹から、顔を離したリンも、こちらを見て笑ってくれた。







 賽の河原は、今日も平和みてえだ。









おまけ



「げ、俺ピーマン苦手なんだよ」

『すききらいはだめ』

「いや、んなこといってもよぉ……」

『そんなこといってるとおおきくなれない』

「いいんだよ、ってかお前は俺のお袋か。ガキのくせに」

『わたし、あなたよりとしうえ』

「馬鹿言うんじゃねえ」

『しごきゅうねん、にじっさい』

「え?」











―――

さーて二十七。
じゃら男が派手に活躍しました。
強かったんですね。



年上ロリという異常な日常。



テストも終了し、やっと好き放題……、前もしてましたね。
はい。







返信。




ヨッスゥイ~様

空気キャラから主人公2に進化したじゃら男です。
大丈夫、この作品で死人が出るとしたら、現世で地獄行きくらいかと。
というか既に死んでますからね。
もう回収したフラグなら怖くないっ!





山椒魚様

リンはこのままじゃら男のもとでチャンスを待つようです。
主に暁御に振られるとか。
そう言えば、リンのがカタカナになってたりしますが、その内薬師先生の手によって漢字が決められるようです。





ねこ様

ピンチはあったけど、じゃら男は見事死亡回避しました。
リンのポジショニングは……、
恋人かつははお(削除急げ! 削除だッ!! ロリ母なんて認められんッ!! どんなニーズだ!?)






妄想万歳様

残念ながら、今回は暁御の誕生日に掠れもせず。
きっと枕を涙で濡らすのでしょう。
そしてそこをリンがかっさらっていくという……。
そうだ、私はロリもいけるクチなんだよ。





XXX様
じゃら男にロリフラグ……、ゆるせ(ry
じゃら男愛されてますね。
私も好きですが。
ともあれ、今回で男を急上昇。これで暁御が振り向いてくれるかはわかりませんが。





ザクロ様

ロリを拾って来て光源氏計画、と思ったら成人女性(笑)だった。
ふむ、現在に至るまでに、三人のタイプの違うロリが出たわけですな。
精神、年齢ともに高めの前さん、精神、年齢、両方が見た目のままの由美、年齢が二十歳、精神的にはロリのリン。
あとは、見た目大人の精神ロリで……、もうロリじゃなくね?
















最後に。


合法ロリ……、素晴らしい響きだと思ったあなたは、鉄の精神を鍛えましょう。



[7573] 其の二十八 俺とじゃら男とリンと昨日と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/16 11:41
俺と鬼と賽の河原と。




 ここは河原。



「一つ積んでは後のため」



 そこで人は石を積む。



「二つ積んでは時間がないから」




 それが供養と言われつつ。




「三つ積んではなんとなくやる気がしない」




 それが、賽の河原。






「これが積みゲーの論理」

「働けっ!!」









其の二十八 俺とじゃら男とリンと昨日と。









 ふむ、どこから話そうか。

 そうだな、昨日の顛末から行こうか。

 昨日、じゃら男は、ぼっこぼこの状態で俺に部屋に放り込まれた、以上。

 それでも一日で復活したじゃら男は流石である。

 ゴキぶるほどの回復力だ。

 流石に俺の拳を何度も受けているだけはある。

 ちなみに、ゴキぶるの回復力っていうのは――、お察しください。

 台所に住むあれだとだけ言っておこう。

 で、まあ、そんなじゃら男だが現在。


「……結局、…プレゼント渡せなかった……」


 河原で体育座で泣いていたりする。

 出勤から一時間。


「うふふうふふふふふうふふふふふふふ……、望みなんてないのさ、あはは……」


 いい加減に、


「しっかりしろこの変態さんめッ!!」


 しろ。


「ぽげらっぴゅッ!!」

「お前がそんなだと助けられた側はどうなるんだ! 一生助けられたことを後悔して生きろってか! このゴミ、屑!ロリコン! ペドフィリア!!」

「いや……、それは酷くね?」


 んなこたーない。

 が、ともかくじゃら男は精神的にも雑草のような回復力を保有しているようで、すぐに復帰。


「そうだな……。暁御のためにも胸張ってくか!」

「おーおー、その意気だー」

「ってセンセイも元気なくね?」

「疲れてんだよ。お前のとこまで超高速で飛んで行って、お前を家に放り込んで、超高速で暁御のもとに帰る」

「そんなことしてたのかよ……」

「無論、ほとんど飛んでるだけだったんだがな」


 戦闘時間より飛行時間のが数倍長かったわけだ。

 ストレス解消にもう少し無双したいんだがね。


「まあ、とりあえず、今日も石積むだけだ」


 そのようにして、相も変わらず俺達は石を積む。









 そんなこんなの時間が続き。


「はい、崩しに来たけど。どうしたの? 薬師」


 俺は、前さんの方を見ずに、その後ろをじっと見つめていた。


「や、なんというか、じゃら男」

「ん?」


 俺は、前さんの後方を指差した。

 前さんの向こうの小さな人影。


「来てるぞ。いいのか?」


 そう、その向こうには、白髪赤目の少女が立っていた。


「え、え? え、あの子、なに?」

「じゃら男の家に住んでる声の出せない女の子だ」

「何やってるんだッ!!」

「ポゲッ!!」


 やはり殴られたか、じゃら男。

 当然だな。


「まあまあ落ちつけ前さん」


 いや、こうなったのは俺のせいなんだが、とりあえず前さんを羽交い絞めにする。

 不意に、じゃら男のライフはもう零だとか思いついたが、やめておこう。


「放して! 罪には罰を、常識だよ!?」


 そのように暴れる前さんを、逃がさないようにして、言った。


「あれだ、家のないかわいそうな少女なんだよ。それをじゃら男は親切心から――、前さん?」


 あれ、返事がない。

 様子が変だ。


「んっ、ちょっと待って……、耳元で…、喋っちゃ、だめ…」


 見ると、耳まで真っ赤になっている。

 ふむ、前さんは耳が弱点なのか。

 次に暴れる時があれば利用させてもらおう。

 と、まあ、そこで手を話そうとしたが、そのまま崩れ落ちそうになるので、抱きかかえたまま固定。


「まあ、あれだ。やましい事はしてない、はず。おーけい?」

「う、うん……」


 と、まあ、前さんを納得させて事態を進展させることにする。


「おーい、おリンさんや。そんなとこにおらんでこっちへおいでー?」


 呼ぶと、彼女はとてとてと、こちらに向かって歩いてきて、メモを見せた。


『こんにちは、いつもたけるがおせわになってます』

「いえいえ、こちらこそ」


 うむ? わざわざ用意してたのか。

 まあいいや。


「で、何用かな? じゃら男はそこに転がっているが」


 すると、やはり既に会話を用意していたらしく、メモを一枚捲ってこちらに見せる。


『ゆうはんのざいりょう、ない』

「そうなのかー」


 俺は適当に肯いて、ふと気付く。


「お前さん、漢字は?」

『かけない』

「そうか」


 すると、いつの間にか復帰していたじゃら男が言った。


「でも、小学なら、漢字くらい書けるもんじゃねえの?」


 その問いに、リンはさらさらとペンを走らせる。


『わたしのくにでは、がっこうにいくひとはあんまりいない。しきじりつ、っていうのもあんまりたかくないっていってた』

「日本ってそうだったか?」


 そう疑問を浮かべたじゃら男に、俺は答えてみることにする。


「んー、別世界生まれなんだろ。日本によく似た」

「別世界? そりゃ、ドラゴンが実在するようなのは聞いたことあるけど、そんな別世界あんのかよ」


 その問いに答えるため、まずはリンに聞いておくことがあった。


「なあ、リンさんや。お前さんの世界は、戦時中だったりすんのか?」


 リンが肯く。

 やっぱりか。


「あれだな、知り合いから聞いた話だが。お前が生まれた世界を甲としよう。で、世界甲ってのは一つのビーカーだ」


 俺は説明を開始。


「それで?」

「何を入れるか、と聞かれれば、地獄から湧き出るエネルギーの類だな。要するに、生物だ。人間とかそういうのを、世界っていうビーカーに入れるわけだ」


 だがしかし、ビーカーには入る限度がある訳で。


「で、まあ生命が増えて行くわけだが。一定以上生命が増えると世界から溢れちまうわけで。んで、世界甲の生命が飽和量に達したら、どうするか。要は、世界乙を作るんだ。何食わぬ顔で人口は半分になっていて、人が消えたことには誰も気づかんが」


 世界は溢れる前に分裂して、均等に分ける。

 ごくまれにだが、うっかりあふれ出たトリッパーなんてのもいるのだが。


「それが、まあ、並行世界と呼ばれるものの正体だな。そうやって世界はだんだん成長して行くわけだ」

「へぇー、パラレルワールドってやつか?」


 どうやら、理解できていないらしい。


「厳密には違う。ただ、登場人物が違うから、結末も違う訳だ。要するに優秀な人材や、歴史を変え得る人間が、その世界乙に取られたから日本は敗戦したかもしれないってことだな」

「で?」

「要するにリンは、この世界によく似た世界出身。今も戦時中ってやつだ。それ故漢字が書けない、と」


 なんか結論だけ言うと簡単だな。

 とか思っていると、不意にじゃら男が言った。


「そのことなんだけどよ、悪いんだがセンセイ、リンに、暇なときにでも漢字教えてくんねえかな?」

「いいぞ! さあやろういまやろう」


 この間コンマを切る。


「え? 仕事は?」

「さあ、まずは名前に漢字でもあててみようか」


 前さんの仕事は? については無視させてもらおう。

 ふふふふ、抱きかかえたままの今の状況では俺の方が絶対有利だからな。


『よろしくおねがいします、せんせい』


 そんなこんなで、第一回、薬師先生の漢字授業が始まったのであった。








「ななみ りん、か。色々画数とか考えると訳がわからなくなるし、その手の本も持ってないので、それっぽい感じを出すから、選んでくれ」


 そう言って、俺はホワイトボードに文字を書いて行く。


「いつの間に、黒板と机を……」


 前さんの疑問は華麗に無視だ。


「さて、姓からだが、七海、これが一番解りやすいな。次、名波、ちょっと変わった型だな。那波、これもありっちゃありだ。それと、七生、ななついきる、それなりに縁起もいいかも知れんが」


 次に俺は、名を書き込んでいく。


「りんについてはそんなに多くないな。霖、ながあめだな。凛、もっともわかりやすいか。鈴、これもありだ。リンの字自体は結構あるんだが、名前向きは少ないな。ウロコなんてやだしな」


 そう言って、俺はペンを置く。


「さて、どれがいい?」


 すると、リンが悩み始め――。

 ……。

 ………。


「よし。あみだくじで決めよう」


 こうでもしないと決まらん。

 名前に何をと思うかもしれないが、ある意味、天に委ねる、という点ではもっとも相応しかろう。


「さあ、選べ」






 その結果。


「七海 鈴。今日からこれがお前さんの第二の名前だ」


 本当の漢字は本人がわからない以上、もうリンの両親にしかわからんからな。

 かといって、ひらがなしかない、というのも生きる上では便利ではない。


「ま、呼称というのは、自分を認識するだけのもんだからな。真名なんぞ、自分だけが知っておけばいい」


 彼女の両親が呼んでいたリンの名は、リンの中にあれば十分だろう。


「とりあえず、今日はこれを覚えて行け」


 そう言うと、鈴が書きとりを開始した。





 それから、三十分もしただろうか。

 じゃら男が李知さんに引っ張られていき、


「じゃあセンセイはどうなんだよ」

「薬師は、多分言っても聞かない……」

「いや、そりゃ、そうだけど……」

「わーい、俺、匙投げられてる」


 という会話があり、俺と前さんと鈴の三人となって授業は進んでいた。

 そんな中、鈴が突如メモ帳を突き出した。


「うん?」


 そこには、


『すきなひとをふりむかせるにはどうしたらいいですか?』


 ……ブルータス、お前さんもか。

 どうやら、俺は生徒が二人に増えたようだ。


「ううむ、お前さん本当はじゃら男の好みに直球なんだがなぁ……」


 ここから先は、薬師先生の恋愛相談となるらしい。


「え? 鈴ちゃんって、じゃら男のこと好きなの?」


 前さんの問いに、鈴が恥ずかしげに肯いた。


「潜在的マザコンかつロリコンだからな……。何かの拍子に意識したらぐらり、と行く気がする」


 とそんな講義を行う俺の肩を、前さんが叩く。


「ね、ねえ、じゃら男って、暁御のことが好きなんだよね」


 何を今更なことを。


「ぶっちゃけまあ、一方通行だぜ! という訳だな。これで暁御の好きな人が更に好きな人いたりしたら悲惨だな」

「……それって、いいの?」

「いいんじゃねえの? 誰が誰とくっついても、なあ? お好きにどうぞとしか言えねえよ。俺達にできることってのぁ、失恋時の慰めと、後悔しないよう背中押してやるだけさ」

「まあ、そうだよね……」


 それだけ言うと、俺は鈴の方に向き直る。


「さて、まあ、あれだな。とりあえず飯とか作ってるんだな?」


 鈴が肯いた。


「だったら、特別な日に気を配って飯を豪華にする、とかがお勧めだ。あとは、今んとこ暁御に夢中になってるから意識してないみたいだからな。徐々に女であることを意識させるのが肝心と言える」


 言いながら、俺はホワイトボードに表とグラフを書き込んでいく。

 題は、日による豪華な食事の嬉しさ。

 嫌なことがあった日、誕生日、普通の日、などなど。


「古典的なのは、入浴を覗かせるわけだが――」

「それ犯罪」

「後ろから漂う殺気の通り、常識的に考えればやめた方がいいな。そうだな、恥じらいが肝心か」


 俺の言葉を、鈴がメモを取りながら、聞く。

 俺の講義は、前さんの意見を含め、しばらく続いた。






 今日も河原は、

 平和ってもんじゃないな。














―――


今回はエピローーーグのようなもの。
さてさて、リンの漢字が決まりましたね。



ともあれ、二日に一回ほどの更新なわけですが、
最近良質(混沌的な意味で)な電波を受信するおかげで、短編一発ネタに手を出したりと、中々忙しいです。
ちなみに、何書いたかと言われると、筋肉の、あれです。
まあいいや、とりあえずこのままペースを崩さずに行けたらいいな。





さて返信。



ねこ様

じゃら男、頑張りました。
徳を積めばロリがそばにやってくるんですねわかりry
閻魔は順調に餌付けされてるようです。好物はきっとハンバーグとかそんな感じのお子様が好きそうな(地獄運営の意向により削除されました)。
ちなみに、閻魔のおかげで、薬師は料理本買ったりと地味にレパートリーを増やしてるようです。



スマイル殲滅様

最近の話で、じゃら男と閻魔の人気が炸裂爆裂した気がする今日この頃。
閻魔はこれからもばっしばし出るはず。
ただ、書きたい話が多いため、色々バランスが難しいっす。
最近鬼っ娘枯渇気味だったり。




XXX様

暁御ストマックブラック説は信憑性がある噂。
なのでしょうか……?
ただ、暁御のキャラが薄い気がするのも事実。
ドSに開眼する日も近いかもしれない。





山椒魚様

ふふふふふ、じゃら男が中々に頑張っています。
まあ、今回の話で並行世界的な何かのお話しにあった通り、あまりいい教育を受けていないようで。
知識はあるけど教養的なものはない、と。
これは地獄の学校に通わせて、じゃら男に授業参観させるしか……。




吊りカゴ生活様

感想ありがとうございます。
ロリ母、私は初めて言葉にしました。
ぶっちゃけると、ママは小学四年生、とかそれなんですかね。
年代的に私はさっぱりなのですが。




妄想万歳様

そりゃもう魂ですから、精神が最も左右します。
もともとじゃら男も弱くはなかったそうですが、気合の入れ方が違うということです。
ロリのために必死な男。と書くとなんか人聞き悪いですが。
あと、誤字報告どうもです、修正しておきます。




やっさん様

感想どうもです。
そう、私はロリも好きなのでry
残るは精神ロリのみなのですが、レベルが高すぎる……。
既にロリじゃない件についても注意が必要だったり。





m.k様

感想感謝です。
SIRENを一瞬シレンと呼んだ私は負け組。
うちの野郎どもを気に入ってくださって何よりです。
明日もウホ、いい男を書けるよう頑張ります。











最後に。


二十七で、ちゃんと飯塚猛で携帯のプロフ設定してる薬師はツンデ(検閲により削除)



[7573] 其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/20 00:27
俺と鬼と賽の河原と。



 ここは河原。



「ツモ、緑一色」




 そこで、人は石を積む。




「ロン。国士無双」




 それが供養と言われつつ。




「ツモ、天和」







 それが、賽の河原。




「どうだ、この俺の華麗な積み込みによるイカサマは!」


「威張らない!!」






其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。









「へい、お疲れさん」


 今日の仕事も終わり、俺は寮に向かう。

 そんな時だった。

 携帯に、


『ちょっと来い、面子が足ねえ』


 と、酒呑童子からメールが来たのは。











「何事だよ」


 俺は、何故か和風な個室に居た。

 またの名を雀荘という。

 この雀荘は、わざわざ個室を用意してくれるわけだが、その個室には。


「よぉー、薬師ぃ。よく来たなぁ……!」


 へべれけに酔った酒呑童子がいた。


「あはは、悪いなー」


 そう言って笑う鬼兵衛も。

 だが。

 何より。

 何より気になったのは。


「何故そこに李知さんがいる?」


 そこには、いつもの黒スーツの美人が。


「いや、それはだな……。先輩の頼みを断るわけにもいかず…」


 と、言われ。

 素直に肯こうとしたところに酔っぱらいが茶々を入れた。


「そうだよなー! 別に薬師が来るから来たわけじゃないよなー!」

「だ、黙れぇ!」

「もがッ!」


 おーい?

 先輩の口に酒瓶を突っ込むのはいいのか?

 と、言う話はともかく。


「で、やるのか? 麻雀」


 にやりと笑って、酒呑童子は肯いた。











 四人で卓の四方を囲み、麻雀が始まる。


「これはただの麻雀じゃあない……」


 その言葉に鬼兵衛が表情を硬くする。

 賭け麻雀、か。

 コイツは勝負強そうだしな……、注意株か。

 鬼兵衛は多分堅実な打ち方をするだろう…。

 李知さんは未知数だが、見た感じ素人。

 そのように、俺が戦力分析をする中、酒呑童子が真顔で呟いた。


「これは、脱衣マァアアアアアジャンだ」

「落ちつけ、死ね、千切れろ」

「何が!?」


 鬼兵衛が驚いていたが、言わずにはいられなかった。

 よく、考えても見るんだ。


「お前ら、虎の腰巻一枚だよな」

「何当然のこといってるんだよ、薬師ぃ、まったく、ノリ悪いぞぉ!!」


 何変なこと聞いてんだ?

 って顔で返される。


「って、お前ら最初から残り一機じゃねえかッ!!」


 背水の陣って格じゃないぞ!?

 一度でも振り込んだら赤鬼、青鬼のあれがぽろんと。

 しかも俺とて着流し一枚。

 残りの余裕はあまりない。

 いや、上半身、帯で稼ぐか……。

 だが。

 もしも俺の左右に陣取る奴らに振り込ませてしまったら……。

 いい笑顔で腰巻を剥ぎ取る赤い鬼の姿が――。

 こうなったら、絶対に奴らからはロンしないで自分で引いてツモ上がりしかない……。


「ちなみにツモったら、他の全員一枚な」


 ふはははは、これでツモもできなくなったぜぇ!

 上がったら絶対に誰かが脱げるこのえげつないルール……。

 ざわざわせざるを得ない……。

 こうなったら…っ、これは……、流すしかない…ッ!!

 テンパイに持って行って、そっから上がらない。

 これで行く!

 そのようにして――、地獄の麻雀が始まった。











 かたん、かたん、と牌が取られ、捨てられていく。

 今回の俺は、調子よく、既にタンヤオでテンパイの状況。

 だが……っ、リーチはできない…っ。

 リーチとは、必ず揃った牌のまま進まなければならないため、例えそれが相手の望む牌だと分かっていながら、振り込まざるを得ない状況になる。

 で、あれば、もしものためにリーチせずに逃げ道を用意するのは定石っ……!

 大丈夫だ、落ち着いていけば無理じゃない……、振り込まないだけだ……っ。

 と、賭博漫画の大御所風に言ってみたが、要するに安全志向でいきましょう。


「リーチだ、行かせてもらうぜぇ?」

「すまない、先輩、ロンだ」


 李知さああああああああああん!?

 何やってんの李知さああん!?

 まさか……、脱衣麻雀のこと、よくわかってない、だって……!?

 確かに李知さんは先ほどの時にも大した反応をせずぼーっとしていた。

 だが、これでは……。

 というか弱いから!

 酒呑童子弱すぎるだろ。

 勝負弱いくせに自分を追い込まないで。


「くっ、やられちまったな……。仕方ねえ、俺も男だ。聞いて驚け見て拝め!!」


 誰も拝まねえよ。

 だが、その視線も無視して、酒呑童子は自分の腰巻に手を掛ける。

 それを、何をするものかとぼんやりと見つめる李知さん。

 はらり、と。

 一枚の布が――。


「酒呑童子たった一つの! これが俺の息子――」

「っそぉおいッ!!」


 思わず俺は、麻雀牌の入っていた鞄を、酒呑童子の股間に投げつけていた。


「――ッ!!」


 声にならない悲鳴。

 南無。

 だが、これで精神的な衛生は保たれた。


「いま、なにか黒いモノが……、それに先輩は何故こんなことに?」


 いまひとつ状況が掴めてない李知さんに、俺は言う。


「しっ、見ちゃいけません!!」


 だが、それでも地獄は続く。










 復活した赤い鬼が、全裸で牌を打つ。

 ねえ、これで負けたらどうするんだよ。


「ポン」


 鬼兵衛が対岸の酒呑童子から捨て牌をとり、そして――

 一つ捨てて。


「あ、それ、ロンだ」


 鬼兵衛ぇえええええええええ!!

 またしても、またしても李知さんか。

 ビギナーズラック、いや、この場合はアンラッキーか。


「本当に脱がなきゃだめかな?」


 当然だ、当然の疑問だ。

 いいぞ鬼兵衛、このまま押し切れ。


「脱がなかったらクビを切る」


 はい職権乱用来ましたよー。

 偉い人ってのは皆こうか。

 対して、ヒラの鬼兵衛は、ごくりと唾を飲んだ。

 妻子ある身。

 鬼兵衛は、家族を守るため、犠牲となった。


「そおいッ!」









 これは、全く後のない男達が、残り機数7機以上に挑んだ、無謀な闘いの記録である。








「なあ……、李知さん。脱衣麻雀って、負けるごとに一枚脱いでいく、って奴なんだが…」

「!? そうなのか!? そ、そんなゲームできるわけ…」

「ふ、戦いはもう始まっている! 逃げられんぞ!!」



 そして、赤い鬼は再び敗北を喫し。



「どうするつもりなんだよ」

「ここは、お約束的に、少々恥ずかしいが、多少卑猥なことならオーケイだ!!」

「そおぉおいッ!!」



 十八禁って格じゃねえぞ……。

 グロ的な意味で。



「僕には――、妻が……」

「踊れぇえい! 踊らぬか!!」



 青き鬼は倒れ。





 なんか敵は赤鬼っぽかったけど。

 気が付けば、俺は上半身裸で、李知さんは上着、ネクタイ、靴下と脱衣済み。

 更に、この勝負。

 酒呑童子への、李知さんの、振り込み。


「ふ、ふははははは、ついに、ついに来た!」


 ちなみに、初勝利な。

 途中から鬼兵衛がマジになったから李知さんに多少のダメージがあっただけだ。

 ちなみにそこの調子に乗った赤鬼の負け数は俺や李知さんの二倍。

 だが、執念の末、こいつは李知さんを窮地に陥れたわけである。


「さあ、ブラウスのボタンをぷちぷちと外せええい!!」


 赤くなり、両腕で自信を抱きしめるようにして震える李知さん。

 あー、こりゃまずいだろ。

 赤鬼も、テンションがおかしくなってるっつの。

 あー、こりゃもう止めるしかねえかなー。

 と、思っていると。


「なにやってんの! あんた!!」


 乱入者突入。


「な、茨木ぃ!?」


 ここで言うセリフは一つ。


「女房きたー」


 虎のビキニななかなかアレな美人がやってきて、ギリギリと酒呑童子を締め上げる。


「あんたって奴は! パワーハラスメントもいい加減にしな!!こんな可愛い子まで虐めて!!」


 パンチパンチ、キック、そこに右のジャブ。

 怯んだそこだ、左ストレートだぁ。

 ……。

 帰るか。

 俺は落ちていた李知さんの上着やら靴下やらを掴んで、渡す。


「あ、薬師…? 私にはもう何がどうなってるんだか……」


 いまいち意味がわからず茫然とする李知さん。

 大丈夫。


「俺もわからん」


 全裸の鬼が、ビキニのお姉さんにぼこぼこにされる画を理解できる奴は今すぐ出てきなさい。

 怒らないから。

 ともあれ。

 俺は李知さんとともに外に出ることにした。

 会計?

 あとは任せるよ。
















「はー、疲れたな、おい」


 俺の言葉に、李知さんが苦笑いする。


「そうだな…」


 既に辺りは暗く、冷たい風が熱気を冷ましてくれた。


「李知さんや。寒くねーの?」


 そう言って、聞く。

 李知さんは、上着は着ているが、ブラウスの首に近いボタンは、先ほどのまま閉まっておらず。

 冷たい夜風が吹きこみそうに見える。

 だというのに、李知さんは顔を真っ赤にした。


「どした?」

「お、お前は」


 怪訝に思って聞くと、詰まりながらも、李知さんは言う。


「お前は、ああいうの、好きなのか?」

「ああいうの?」


 麻雀は嫌いじゃないが、質問は違うらしい。


「私は……、負けたのに脱がなかっただろう? お前は……、その、あれだ。そういう事が好きなのか?」


 要するに、貴方はエロガキですか、と。

 ……、どうなんだろうな。


「うーむ、S心としては、お前さんが涙目で脱いでくれる方が良かったんだが――、普通にお前さんが見られて泣かなくてよかったと思う訳で。だがしかし、自分がいじめるから嬉しいのであって、酒呑が――」


 ぶっちゃけると性欲が感じられない以上は女の裸体に興味はない。

 ある意味、望んで見せてくれる、というのならそれは性欲の対象ではなく、愛の証拠としてそれは嬉しいことではあるかも知れんが。

 などと考えていると、李知さんは今にも煙を出しそうなほど真っ赤になって――。


「はっきりしろぉーーー!!」


 ブラウスを両手でつかみ、ぶち、っと。


「って、うおおお、おい!? 正気に、正気に戻れ!」


 道端でいきなりブラウスの前を全開にする李知さん。


「なあ、うれしいか? 薬師、嬉しいか……!?」


 思い詰めると暴走するのはわかっていたが――。

 テンパり過ぎだろ!


「それで迫るな。お前さんの色々な大事な部分が失われる」


 できるだけ冷静に返す。

 すると、李知さんも大分冷静になってきたようで。


「あ、ああ。すまない、ちょっと冷静に――、っーーーー!!」


 李知さんが声にならない声を上げ、


「見るなぁあああ!」


 拳が唸る。

 グーで顔面を殴られるとは思ってなかったぜ。











「で、落ち着いたか?」

「あ、ああ」


 やっとこさ落ちついた李知さんと俺は、ゆっくりと道を歩いていた。


「もう、ここでいい」

「いや、送ってく。その格好は危ない」


 だが、李知さんは肯かない。


「私は鬼だぞ? そんじょそこらの人間には負けない」


 そう言った李知さんに、俺は真顔で言う。


「手が使えないのに?」


 李知さんは、今、ブラウスの前側の両端を掴み、その手を交差させるようにしてブラウスの中身を隠している。

 放したら、ご開帳。

 俺の言葉に、李知さんは反論できず、


「うー……」


 唸る。


「ほれほれ。帰るぞ」


 俺は李知さんを伴って、ゆっくりと歩き続けた。









「な、なあ……、さっき、うれしかったか?」

「ん? あー……、あんなのより」

「あんなのより…?」

「李知さんがこうやって一緒に帰ってくれてる方が嬉しいぞ?」

「……そうか。そうだな! ほら、薬師、遅いぞ!?」

「へいへい」




 李知さんは急に子供っぽくなるな。

 まあ、そこが可愛いっちゃ可愛いんだが。

 そんなことを思いつつ、まるでスキップでもしそうな雰囲気で俺の前を歩く李知さんを、俺は追いかける。





 ともあれ、今日の河原も相変わらず平和である。














―――
其の二十九。
なんとなく麻雀。
しかも脱衣。
しかし地獄。





では返信。


ちなみに前回の返信は番外之三でございまする。







ねこ様

そろそろ、皆ダークフォースの出現に気が付いたころ。
家族登録の実効力や有用性を理解した閻魔は職権乱用により薬師との家族登録を――。
という話は置いておいて。
思うに、肉じゃがは、男の私でさえそれなりのものができるような料理。
という事は、肉じゃがが得意と言うのは、料理を知らないハッタリか、果てしなく上手い肉じゃがを作れるかのどちらかかと。




ハクコウ様

短編からわざわざどうもっす。
別に一夫多妻しろとは言ってませんが、家族はたくさんいてもいいよね、という話はあったりなかったり。
じゃら男と鈴に関しては、鈴の登場からの日の浅さが問題かと。
まあ、気が向けばそっちバージョンも。





やっさん様

感想に感謝です。
ギャルゲの主人公、にしては年食ってますが、千ちょい……?
ちなみに、過小評価、というか薬師は自分の評価を見失ってる節が。
ふと、夫婦の字を見てどんなに優しい鬼でも、嫁げば鬼嫁とか思いついた。





妄想万歳様

きっと、薬師のことは閻魔が二十四時間監視体制を(運営の意向により削除)
そこから、閻魔が特殊回線を使って(上層部による検閲削除)
それと、閻魔はきっと飯のためとか言って薬師と頻繁にメールしてついでに愚痴ったり雑談した(閻魔により不許可)
たぶん、閻魔の財布には隠し撮りの薬師の写真が(破れていて読めない)








さて、では最後に。


鬼兵衛、強く生きてくれ。



[7573] 其の三十 俺と前さんと部屋とゲームと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/21 19:31




 人生がつまらぬ、と思ったのはいつ頃からだったろうか。

 そも、己の人生とは人生ではなく、それは人の物では無いのだが、己の生は余りにも、長すぎた。

 己の有り様は、人里と関われないと言おうか。

 ともあれ、山の中にあるコミュニテイ、という奴でしか過ごすことができない。

 否、人の中に紛れ込むことはできた、が、己は人ではない故に、人としての幸せを得られぬ訳である。

 だがしかし、限られた範囲の中で暮らすのは、退屈というものであった。

 俺は思う、人は八十年そこらの人生だから飽きずに暮らせるのであろう。

 これが、八百年にもなると、既に概ね暇になることも道理である。

 故に己は、自分と同じ境遇の者と将棋に興じることとした。

 ただの将棋ではない、それではつまらぬ。

 実物たる兵を使い、策を弄し、敵を破る。

 所謂、天狗社会における戦争とは、領土を求める訳ではない。

 怨恨が有る訳でもない。

 ただ、大天狗達の暇潰し、退屈凌ぎに費やされるのである。

 それが、長く生きた大天狗達の将棋。

 己は只管それに興じた。

 だが、それで退屈でなくなったか、と言われれば嘘になる。

 己は元より飽きっぽいのだ。

 そも、天狗になるということ自体が風に適応した精神を持つことであり、風というのは元来気紛れなものだ。

 己は、飽きるまで五百年を必要としなかった。

 将棋は、将棋だったのである。

 盤から駒が飛び出すことはなかったし、己を楽しませるような予想外も起きはしない。

 制止する部下を困らせてまで前線に出続けたのも、駒としてなら予想外が起こり得るかと期待したからだ。

 だが、否。

 幾ら強者と戦えども、予想外は起こり得なかった。

 木っ端天狗が己相手に善戦することはなかったし、たまの大天狗との戦闘もいい勝負以外起こらなかった。

 矢張り、飽きた。

 すぐ暇になった。

 ただ、それでも死するまで続けたのは、他の天狗への付き合いと、怠惰であろう。

 故にただ、暇だった。

 退屈であった。

 別に、不幸であった訳ではない。

 退屈と不幸はイクォールで結ばれているわけではなく、逆に、不幸でも幸福でもない状況を、暇であると表すのだ。

 艱難辛苦が待ち受けているわけでもなし、順風満帆楽しい生があるわけでもない。

 ただ、上も下もなく、平坦に、暇であった。





 故にこそ。

 俺の背に向けられた刃を、避ける気は――

 毛ほども起らなかった。









「と、無駄なシリアスな文を積んで見たが、これでシリアスだと思った貴方、そうでもないので注意が必要だ」

「何言ってんの?」







其の三十 俺と前さんと部屋とゲームと。








「ねえ、今日、あたしの部屋来ない?」

「なにゆえに」


 いつもの河原で、先ほどまでのシリアスという奴を粉砕するかのように、前さんは言った。


「じつは……、貸してもらったゲーム、全然クリアできない」


 その言葉に俺はぽんと手を叩いた。


「あー…、あれな」


 そう言えば、この間、ゲームって面白いかと聞かれて、肯いたら、気がついたら貸す話になってたな。

 うん、そういや黒くて四角くて2の名が冠せられたあれを貸していた。

 ちなみに、購入先はちらほら話題に上がる下詰神聖店である。

 わざわざ、現実の商品を変換して持ってくるのだからご苦労なことだ。

 ふむ、貸したのはアクション、アドベンチャー、格ゲー、RPGなどなど、一通り渡して見たが、今だクリア報告は聞いていない。


「んー、まあいいか。じゃあ、終わったら行くわ」

「ん、わかった」


 肯いた前さんを見て、俺は石積みを再開した。

 ぶっちゃけると、俺はそれなりにゲーマーである。

 イメェジ、という奴が崩れる云々はおいておくとして、あやかしの類は人よりずっと長く生きるわけで、暇は有り余るのだ。

 まあ、山でゲームやってたのは俺くらいだろうが。

 電化製品が動くような雷撃を習得するまで五年もかかったしな、正直、手間がかかりすぎる。

 部下に罰あたりとか言われたけど気にしない。

 と、まあいいか。

 ゆっくり夜まで待つとしよう。















「いらっしゃい」


 俺は、扉を開けた前さんに言う。


「お邪魔します」


 おおう、普通の部屋だ。

 女の部屋が全て腐敗聖域だと思っていたら大間違いだな。

 認識を改めた俺は前さんの部屋に突入。

 俺の寮と違って、フローリングだ。

 で、問題のゲームが、ソファとテーブルを挟んで対岸にあるテレビの前。

 そこに置いてある黒いブツ。

 落ちてるパッケを見るに、戦闘機ゲーか。


「あ、麦茶出してくる」


 そう言ってぱたぱたと冷蔵庫へ向かう前さんを眺めつつ、そう言えば前さんの部屋に来るのは初めてだな、と俺は妙な感慨にふける。


「どうしたの?」


 怪訝そうに聞いてくる前さんに、俺は意識を現実に戻した。


「いんや」

「まあ、座ってよ」


 そう言ってソファを指差す前さんに俺は応える。


「おう」


 俺と前さんは、自然な動作でソファに隣り合って座った。

 前さんがリモコンでテレビを付け、ゲームを起動。

 ゲームが始まり、しばらくして、

 前さんの動かす戦闘機が、落ちた。


「ここ、ここがどうしても――」

「ほいほい、お兄さんにちょいと貸してみなさい」


 俺は、前さんからコントローラーを受け取り、テレビの真正面に位置を交代。

 手馴れた手つきでステェジクリアってな。


「へー、すごい、こんなことできるんだ……」


 そのように感心する前さんに、コントローラーを渡し、ふたたびソファ上の位置を交代。

 また前さんがプレイ。

 それで、詰まったところを俺が攻略して行く、という運びになった。







 気が付けば、もう夜中。

 途中から位置を交代するのが面倒になった俺達は、自然と胡坐をかく俺の上に前さんが座るという形になっている。

 膝の上の前さんが、生暖かい。

 不意に、その前さんが俺の顔を見上げる。


「ねえ、対戦ゲームでもしよっか」


 そう言って前さんがもう一つのコントローラーを取って俺に渡した。

 ソフトは、格闘ゲーム。

 前さんが、再び膝の上に乗り、ゲームが始まる。



 結果は、おおむね俺の圧勝。



 拗ねた様子の前さんが、不意に思いついたかのように俺を見上げた。


「むー……、勝てない。あ、そだ、何か賭けない?」


 賭け?

 聞き返すと、前さんはこう言う。


「うん。そっちの方がやる気出るでしょ?」


 そう言った前さんは、俺の上で身じろぎして、へらへら笑う。


「そうだなぁ……。負けた方が勝ったほうの言うことを一回聞くってのはどうかな?」


 と、そこで気付く。

 前さんの顔が赤い。

 そして、先ほど飲んでいた缶ジュースにアルコールの文字が見えた。

 前さんは、一杯の酒で泥酔する。

 そして、これは。

 ひと口目のほろ酔い状態だ。

 前さんにおいて、最も、性質が悪い。

 もぞり、ともう一度前さんが動く。

 そして、俺を見上げてにやにやと、扇情的な笑みを浮かべる。

 俺が性欲を覚えるほどではない。

 ないが、この時の前さんは、魔性と呼べるほどに、扇情的。

 種族的な属性が漏れ出している、と言ってもいいが。


「えへへ、じゃあ、スタート」







 俺は動揺していたらしい。

 その勝負、俺は僅差で負けていた。












「……朝、か」


 どうやら、俺は寝てしまっていたらしい。

 朝日のおかげで俺は目を開いた。


「む、首が痛い」


 ソファに座ったまま寝ていた弊害を自覚しながら、視線を下に向ける。

 そこには、俺の膝の上で眠る前さんがいた。


「あー……、昨日の賭け、忘れてねーかなー……」


 泥酔だったら忘れてるんだろうが、ほろ酔いだったから、覚えてるんだろうなー。

 一種の諦めを覚えつつ、俺は二度寝に入ることにした。

 何させられるやら。







「っあーー!! 寝坊した! 薬師? 仕事仕事!!」

「おー……? 休みでいいんじゃね?」





 今日も平和な河原であったり。














―――

其の二十九でごぜえます。
今回は少々短め、というか。
この長さが本来目指す長さだったはずなんですが。
最近話が長くなってきてる気がする今日この頃。
最初は、もっと短い話でパラパラやるつもりだったんですがね。
まあ、短い話も長い話もゆっくりやるという事で。
流石前さん、原点を思い出させてくれるぜ。



そう言えば、明日明後日と休みなので、ゆっくり書けるなぁ…。


では、返信とさせていただきます。




ヨッスゥイ~様

指摘の方なのですが、これも後書の一環ということでは通らないのでしょうか。
私としては、感想板は読者の方が書き込み、私は見る立場である、と思っているので、私はここ以外で文を打ってはいけない気がするのです。
感想掲示板とは、読者の方が文字を刻まれる場所であり、私がそちらに出張するのはお門違いでは無いかな…、と。
よほどのことがない限り(掲示板が荒れるなど)、できれば感想掲示板に書き込みたくはないのです。
まったく私見でありますが、これで尚、規約から明らかに逸脱していると思われたなら、お手数ですがもう一度書き込みください。
色々と考えてみます。

えー、感想の方ですが、面白いと思っていただけたなら幸いです。
作法などにおいてもまだまだ未熟な点や至らぬことばかりですが、その度に指摘していただければと思います。





sage様

誤字報告感謝であります、修正しました。
そして同志の肩であられるとは。
貴方の作品を見てみたいものです。
そして、一緒に酒が――、そういや未成年でした。




奇々怪々様

感想感謝です。
両サイドで全裸の鬼が麻雀を打つ。
拷問に近い状況下でいかに冷静に打てるかが勝負の鍵……。
誰かアカギさんを呼んできてください。




ねこ様

李知さんは思い詰めると思考停止刷るというか何も考えなくなります。
その結果が真っ赤になってヘブンズドアオープン、と。
ちなみに、彼女のレベルは巨。
スーツでよくわからないが、着痩せするタイプ。




妄想万歳様

大胆な李知さん。
だが、それを押し倒すこともなく受け止める薬師も猛者猛者してると思う。
ところで、今現在ヒロインズで一番人気高いの誰なんだろう…。
作者的には李知さん前さん閻魔が上位な気がしなくもないですが。




やっさん様

今回は前さん参上。
そして言うことを一回聞かせる権利獲得。
これを有効利用すれば……。
そういえば、次出てくるのも前さんです。
薬師天狗編なんてヒロイン的活躍ができるかどうかは微妙ですが。








さて、最後に。

電化製品を動かせる電気を生み出すために山奥で修行する薬師に泣いた。



[7573] 其の三十一 俺と河原と妹と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/27 19:20

 俺と鬼と賽の河原と。




「一つ積んでは母のため」


 どさり。


「二つ積んでは父のため」


 どさり。


「三つ積んでは――」


 どさり。








「人つんじゃ駄目っ!!」


 まさに死屍累々










其の三十一 俺と河原と妹と。








 俺は、閻魔宅の指紋認証システムとやらに指を付け、扉を開く。

 今日は、定期の掃除の日だった。







 その日は、明らかにおかしかった。

 扉を開き、そこに居たのは、閻魔ではない。


「やっぱり……綺麗…、おかしい…、…あの子に……、そんな真似が」


 そこに居たのは、フローリングを、というか床を鬼気迫る表情で見つめる、ウェーブのかかった銀髪の麗人だった。

 その服装は、無駄にふわっふわした感じの、簡素なドレス、というかワンピースとドレスの中間地点に立つようなそれ。

 ここで、俺の脳内に問いと選択肢が生まれる。

 問、この女は誰。

 一、言ってはいけないが、ようは気が付いた違い。いわゆるキチ――。

 二、ドレスを纏った新手の空き巣。

 三、妖精か何か。座敷わらし。

 ……、二?

 などと考えていると、女性はこちらに気づいたらしい。

 俺の方を向くと、口を開いた。


「貴方は誰かしら? 黒い着流しの新手の空き巣?」


 俺も返す。


「こっちの台詞だ。赤いドレスの新手の空き巣」


 それを、目の前の女性は否定した。


「私は空き巣じゃないわよ? だから貴方が空き巣」


 なんだその超理論、と思ったので俺もそれを否定する。


「いや、俺は空き巣じゃないんでな。お前さんが空き巣なんじゃねーの?」


 いたちごっこが始りかけるが。

 さて、ここで結論が出た。

 その結論を俺は口に出して見せた。


「まずは自己紹介から始めようか」


 すると、女性がそうね、と肯き、肯定の意思表示。

 その可憐な口から、すらすらと言葉が紡がれる。


「私の名前はしたなが ゆいこ。漢字は数字の二に、自由の由、比べるの比に、糸へんに己の紀」


 二 由比紀、変わった名前だな。

 俺がそのような感想を下している中、彼女は続けた。


「美沙希ちゃんの妹よ?」

「美沙希ちゃん?」


 聞き覚えのない単語が出てきたため、聞き返す。

 が、予想はつく。

 普通にこの家に入ってること、妹、この二つがあれば想像がつく。

 美沙希ちゃん。


「閻魔のことか」


 言うと、満足げに由比紀は肯いた。


「そう。でも、やっぱり本名を名乗ってないのね」


 ふむ、そう言えば前に本名聞いたが、普通にはぐらかされたな。


「恥ずかしいのか」


 すると、由比紀は愉快そうに笑った。


「そうなのよ。初染 美沙希っていうんだけど。あんまりにも可愛いから照れちゃって」


 まあ、閻魔の名には今一合わんな。恥ずかしがるこたないと思うがね。

 と、そこで。


「じゃあ貴方は?」


 自分のことすっかり忘れてた。

 そう言えば、俺って閻魔の何なのか。

 前回片付けて一週間なのに、少々ちらかり始めた家を見て、俺は考える。

 そして、たっぷり十秒ほど考えてこう結論付けた。


「あー……、俺は如意ヶ嶽薬師。ここに腐敗聖域が再び発生しないようにする番人だ」


 言ってて悲しくなってきたなんてことはない。

 絶対に。

 と、そのように悲壮な覚悟で言って見せた俺に、目の前の麗人は目を丸くして見せた。


「あれを…? 片づけたの?」

「……ああ」


 懐かしきあの日の戦いを思い出す俺。

 というか、ふと思ったんだが。


「お前さんが家出しなければこんなことには」


 すると、俺の目の前には笑顔で冷や汗を流す由比紀がいた。


「いえ、あの。私もすぐ帰るつもりだったのよ? だけど、一月出てただけであの有様で……。もう、家事に疲れてしまったのよ……」


 まあ、ちょっと留守にしたらサンクチュアリ一歩手前だったら逃げ出したくなるのであろう。

 由比紀はうつむきながら言った。


「うるせー。お前さんが責任もって育てて行けよ」


 それに対し、由比紀は芝居がかった動きで肩を竦めて見せる。


「いやよ。流石に限界よ。それに、貴方があの子の世話をした方があの子も嬉しいでしょうし」

「ん? 仲でも悪いのか」


 俺の方がいいというのはあれなのだろうか。

 由比紀が閻魔――、美沙希か。まあ、閻魔でいいか。

 閻魔をからかいすぎて仲が悪いのか?

 すると、由比紀はそれを否定した。


「……鈍いのね。まあ、ともかく、あの子をいじるのは好きだけど、家事はあまりしたくないのよ」


 まあ、嫌いなんてことはないのか。


「なんせ、心配になって定期的に様子を見に来てるようだからな」


 その言葉に、彼女は表面上変わりなく返した。

 だが。


「うふふ、そうかも知れないわね」


 そう言ってはぐらかしながら、背を向けた彼女の耳が真っ赤なのを、俺は見逃さなかった。


「うふふ、それを指摘されて耳が真っ赤かもしれないな」


 彼女は振り向かない。


「何のことかしら?」


 そう言って歩いて行く閻魔妹。

 とりあえず俺は、部屋の掃除を開始することにした。









 そんな出来事から三日ほど時が過ぎた。

 ううむ。

 暇だ。

 その日の俺は驚くほど暇で。

 しかも、よりにも寄って一人であった。

 由美と由壱は仕事であり、前さんも李知さんも同じく。

 というか、驚いたことに偶然にも俺だけが休みだったりする。


「飯、でも作ろうか……」


 ともあれ、普段一人なら絶対つくらないようなそれを作ろうかと考える程度には暇だった訳だ。

 さて、如意ヶ嶽薬師の三分クッキング。

 今回は、冷蔵庫にある物を使った野菜炒め。

 油をしき炒めるだけ。

 なんと簡単なのでしょう。

 三分クッキングなんて言うと、それで完成したものがこちらですなんて言うけども。

 俺はそんな真似はしない。

 本当に三分で決着を付けようじゃないか。

 さて、

 まずは羽団扇を用意します。

 次に、風を浄化して滅菌します。

 更に、野菜を全て放り投げ、風の刃で切ります。

 この間二十秒。

 次に、フライパンに油をしき、温めます。

 温まったら野菜を投入。

 塩コショウで味付けして、足りない火力は雷で補いましょう。

 ちなみに程よく雷で物を焼く技術を習得するのに二年かかった。

 さて、三分ジャスト。

 適当な野菜炒めが完成。

 簡単ですね、テレビの前の皆さんも――。

 虚しくなってきた。

 やめだやめ。

 俺は席に着くと、箸を持って、野菜炒めを食べ始める。

 味は…、普通だな。

 塩胡椒の味以外の何物でもない。

 そんな中、俺しかいないはずの部屋で、若い女性の声がした。


「一口、いただけるかしら?」


 ひょい、と皿の上の野菜が一つ、可憐な指につままれ、愛らしい口の中に消えた。


「あらおいしい」

「行儀が悪い」

「気にする方?」

「食事はおいしく派」

「奇遇ね。私もよ」


 そこに居たのは、銀髪の麗人。

 要するに、


「何の用かな閻魔妹」


 目の前の女性は、にっこりと怪しい笑みを浮かべつつ、口に人差し指を当てて言う。


「つれないわね、由比紀って、よ、ん、で?」

「わかった二氏」

「もうっ、照れなくたっていいじゃない」

「いやいや照れてないよ二氏。それで何の用かな不法侵入者」

「何気に不法侵入者にレベルダウンしてないかしら?」


 それで尚笑顔を崩さぬ由比紀に俺は言う。


「いやいやただの知り合いより不法侵入者の方が重要度高いだろ」

「じゃあ、親友が死にそうで、家に侵入者がいると知ったら?」

「無論侵入者を爆砕して親友の元に向かう」

「……用はないんだけどね」


 話を突然変えた上に用はないのか。


「じゃあ何しに来たんだか」


 すると、いきなり由比紀は目を潤ませた。


「用がないと来ちゃだめなの…?」

「そこまで親しくした覚えはねーけどな」


 するといきなり床に横座する由比紀。


「冷たいのね……! 貴方、昔はこうじゃなかった!!」

「三日前?」


 初めて会ったのは三日前ですよねー。


「そう、三日前の貴方はあんなに優しく自己紹介を!」


 優しい自己紹介ってなんだ。


「……、俺は変わったんだよ。今の俺は自己紹介も荒々しい」


 まあ、どうせなので乗ってみるわけだが。


「もう、あの頃には戻れないの……?」

「ああ…」


 そも、三日前の自分がどういう自己紹介をしたかも覚えてねーよ。


「そう…、貴方の決意はわかったわ…。じゃあ、最後に、貴方の自己紹介をもう一度きかせて?」


 決意を秘めた瞳で由比紀が俺を射抜いた。

 俺は椅子から立ち上がり、言う。


「ああ……。俺ぁ、如意ヶ嶽薬師、河原のバイターだっ、ってなんでやねん」


 とりあえずここで突っ込み。

 これ以上やると落とし所が解らん。


「ふふ、ノリがいいのね」


 なんか満足そうにしている由比紀。

 その後に彼女は立ちあがりながらこう続けた。


「私たち、気が合いそうじゃない?」


 俺は適当に答える。


「どうだかな?」

「うふふ、私と貴方であの子をいじめたら楽しそうじゃない?」


 ふむ、それはおもしろそうだな。

 だが。


「それで。愛しの美沙希ちゃん宅に頻繁に出入りしてる男はお前さんのお眼鏡に適ったのかい?」


 俺としては、


「なっ…、私はべちゅに…」

「噛んだ、動揺してる」


 こう言う女性をからかうのも楽しい訳で。


「な、ななな、何のことかしら?」

「ここにボイスレコーダがある」


 すると、由比紀は思い切り手を伸ばして、俺が取り出したレコーダを奪おうとする。

 が、ひょいと後に下げることで回避。


「あっ」


 倒れこみそうになる由比紀を両脇を掴んでキャッチ。


「大丈夫か二氏」

「っ……」


 それにしても由比紀、顔が真っ赤である。

 そしてそれを俺は眺めてにやにや。


「別に赤くなんてないわよ?」

「何も言ってない」

「……」


 最終的に、俺と由比紀は睨みあった末。

 由比紀が涙目になったあたりで俺が折れた。


「悪かったよ。ほれほれ、これ以上こんな所にいると、また涙目にされてしまうぞ?」

「な、なってないわ……」

「へいへい。ま、お前さんが閻魔のことが大好きなのはよくわかったから。安心しろ、手はださねーよ」


 すると、ゆっくりと由比紀は玄関に向かって行った。


「…また来るわ」


 そう言った彼女の耳はやはり、真っ赤だった。





 今日の我が家もいつも通り、平和である。





―――

うふふふふふふふふ、天狗編やるつもりだったのに、いつの間にか妹編。
予定は未定とはこのことだよ関口君。
いや、でもこのままだと色々タイミングが取れないことに気が付いたので、ここで妹参上。
あと、閻魔の本名が発覚。
それと、きっとあれだね、涙目になっちゃったりするのは家系だね。
さて、フラグは立つのやら。




さて返信と相成ります。




ねこ様

うふふうふふ、前さんとの罰ゲームは忘れた頃に参上です。
しかし、ツインファミコンですか。私の世代には全く通じない機体ですね。
たしか、ディスクシステムと一体化した奴でしたっけ? ディスクの回転部分がゴムなのでメンテなしじゃ数年持たないとか聞いたことがあります。
ともかく、薬師争奪戦が起こったらきっと美沙希ちゃんが閻魔権限で強引に嫁ごうとして血を見ることに……。
そして由壱は陰ながら由美を応援しながら結果を待つだけだと…。






奇々怪々様

酔わせた後膝の上でゲームするんですねわかります。
ただし、酔わせすぎるとべろんべろん、ってレベルじゃないので注意。
一口二口で何かに注目させて飲ませないのがポイントです。





スマイル殲滅様

大胆になれなくて、そこで酒を用意した、というのもそれはそれで萌える私です。
膝の上でゲーム。やったことありますよ、リアルで。いえいえ、嘘じゃないっす。
野郎ですけど……、もしくは猫。猫は可愛い、野郎は捻じれろ。
ともあれ、罰ゲームはしばらくとっときます。








最後に。

年季をひっくり返すほどの薬師の才能。
              虐めっ子気質。



[7573] 其の三十二 俺と山と天狗と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/27 19:18
俺と鬼と賽の河原と。




 その日は妙であった。

 その日、なぜか、前さんは河原に現れず。

 俺は待ちぼうけを食らう。

 そして、半刻ほど経ったか否か。

 前さんは、閻魔と共にやってきた。


「んー? どうした?」


 珍しい光景に俺が聞くと、閻魔はいきなりこう言った。


「あなたには、一度現世に行ってもらいます」

「なにゆえに」


 こんな一幕から今回の話は始まる。



 どうやら今日の俺は、石を積めないらしい。






其の三十二 俺と山と天狗と。











 その日は妙であった。

 その日、なぜか、前さんは河原に現れず。

 俺は待ちぼうけを食らう。

 そして、半刻ほど経ったか否か。

 前さんは、閻魔と共にやってきた。


「んー? どうした?」


 珍しい光景に俺が聞くと、閻魔はいきなりこう言った。


「あなたには、一度現世に行ってもらいます」

「なにゆえに」


 こんな一幕から今回の話は始まる。








「これも仕事です。本来は死神が行くべき仕事なのですが、今回ばかりは貴方が適任かと」

「おいおい、こんな一般人に何をさせるんだよ、美沙希ちゃんは」


 無論美沙希ちゃんを強調する俺。

 すると、途端に面白いくらいに表情が変わる。


「なっ!! ど、どどど、どこでそれを……!?」

「妹」

「会ったんですか!?」

「おう」


 よし、このまま誤魔化そう。


「って! それはともかく、貴方が一般人だなどとどの口がほざくんですか?」


 ……、誤魔化しきれなかったか。

 そして、更に、昔の自分の行動が悔やまれる。

 そーですねー。

 明らか様なんて造語が出るくらい一般人には程遠いですねー。

 さよなら俺の平穏。

 こんにちは閻魔に顎で使われる毎日。


「で?」


 すると閻魔は咳払い一つ。


「貴方には前と一緒にとある場所に行ってもらいます。詳しくは先に聞いてトラブルを解決してください」


 あっはっは、どう考えても死神の仕事じゃないか。

 ちなみに、死神の仕事って言うのは、別に人の魂を奪って行ったり、黒装束で悪霊を倒すようなものではない。

 魂の循環を円滑に、が死神の仕事である。

 魂集めて何かしようとする輩を倒しに行ってみたり。

 戦争に多少の介入をしてみたり。

 悪い妖怪を懲らしめたり。

 ともあれ、人が死に過ぎないようにするのが死神である。

 なんせ、人が死に過ぎたら地獄に力が溢れて世界がぱーん。

 まあ、死神の仕事なんてそうそうないわけだが。

 通称税金泥棒。


「で、出発は」


 聞くと、いい笑顔で閻魔が答えた。


「今すぐです」

「待てい。ハンバーグ作ってやるから待て。準備の一つもさせろ」


 すると、閻魔は明らかに同様したようだが、誘惑に打ち勝って見せた。


「ぐっ、いえ、これは仕方のない事なのです」


 だが、引き下がれん。


「シチューも付けてやるから落ちつけ」


 俺がそう言うと、一瞬の間が空いて。


「……三十分だけですよ?」


 俺は三十分の猶予を勝ち取った。














 それから、一時間の時がたち。

 俺は今、現世に帰っていたりする。


「それはいい、それはいいんだがな?」


 生い茂る植物たち。

 綺麗な空気。

 馴染みのある、山。


「はめられた、としか言いようがない」


 俺がいたのは、京都府、如意ヶ岳である。

 ちなみに、大文字山と如意ヶ岳は別の山であるとか言うお話が色々あるが、天狗の戦争云々のせいだ。

 昔々色々争って領地が云々増えたり減ったり。すったもんだの挙句に、今は一応如意ヶ嶽領土である。

 ところがどっこい、ここは如意ヶ嶽だ、と決まった時には時すでに遅し。

 人間は妖怪を信じない時代になったので、その前に決まっていた通りの地名となる訳だ。

 ちなみに、如意ヶ嶽と大文字山が全く別のピークだと主張している三角点マニアに、相手側の天狗がいるのは秘密だ。


「で……、今回の問題ってのは天狗絡みかよ」


 しかも、俺の元身内。

 そりゃ、まあ、俺を行かせるのも理解できる。


「問題ってのはなんだ?」


 はてさて、また鞍馬の野郎が襲いにでも来たのか。

 それとも、内部分裂でも起きたか。

 俺が前さんに聞くと、答えは後者だった。


「旧大天狗派と、新民主派が戦ってるんだって」


 微妙に不機嫌な様子で言う前さん。

 何があるのやら。

 そうかそうか。


「ふーん」

「いや、ふーんって……」


 そう言ってこちらを見る前さんに俺は気のない返事を返す。


「つか、ほら。俺その新民主派に殺された訳じゃないか。その時に全問題押しつける代わりに死んだわけだよ俺は」


 死んでも現世のしがらみが消えんとは恐るべし、天狗の業。


「だが、ぶっちゃけるとしがないバイターな俺は上からの命令には逆らえないんですねわかります」


 あはは、と笑う前さんと共に、山を進む。

 とりあえず、山にいる天狗を探して話でも聞かねばらならない。

 と思ったのだが。


「……里の位置はどこだったか…」

「え?」


 俺の脳の記憶領域に全く記録されていない。

 俺の記憶の適当さに絶望した。


「えー…、と。右?」

「いや、右って…」


 前さんの突っ込みは放置。

 適当に歩けばきっと見つかる。

 気がする。

 天狗の里とは、当然山の中にある訳だが、空気の流れ等など使える技術の限りを尽くして人が寄らないようにしている。

 だから、きっと歩いてたら俺には不自然な空気が目につくさ。

 きっと。

 などと歩いて三十分。

 ついに、

 俺は、見知った顔と出会う。


「お、久しぶり。調子はどうだ?」


 そこにいたのは天狗の男。

 鳩棟 仙拓。

 最後に会ったときと変わらぬ、黒髪短髪の若造。


「あ、は……、い? え?」


 俺を後ろから刺した男である。


「うわあああああッ!! ごめんなさいごめんなさい! 化けて出ないで!!」


 地に手を付き頭を下げる仙拓。

 相変わらず小心な男だ。


「落ちつけ」

「ぷげっ」


 俺はそんな仙拓の顎を蹴り上げた。


「いや、化けて出たのはマジだけど。別に呪い殺しに来たわけじゃねーから」

「へ?」


 意味が解らない、というようにこちらを見上げる仙拓。


「なんか問題が起こってるらしいじゃねーか。俺達は、そいつを解決して来いって言われて来てんだ。とっととゆっくり話せるとこまで案内しろ」


 俺は、仙拓との会話に、懐かしさを感じていた。

 ああ、今こいつらが何をやっているのか。

 わくわくする。







「で、今はお前ら何やってんだ?」


 所変わって里の執務室。

 俺達はそこにある机を挟み、お話している。

 ここに来る途中、ぎょっとされたり拝まれたり悪霊退散されたり色々あったが変わりない。


「何、ですか?」


 聞き返す選択に俺は肯いた。


「俺がいなくなってからこの里はどうなった?」


 俺は、自分を殺して歩んでいくこの山の姿が、楽しみで楽しみで、仕方がなかった。

 すると、少々気まずそうにしながらも、極めて明るく、仙拓は言う。


「今我々は、人間との共存を目指し、如意ヶ嶽運送を経営しています!!」

「ほぉ、って、お前らそんなことやってんの!?」

「はい!!」


 生き生きと語る仙拓に、俺は笑いを堪え切れなかった。

 ぎょっとなってこちらを見る仙拓と前さんを余所に俺は笑い続けた。


「っぷ、ははははは! 運送業ね!? なるほどこれほど天狗に合った職業もない」


 しかし、人間社会という奴の懐も存外広い。

 もしくは、目の前の若造がそれを広げて見せたのか。


「いやはや、応援したくなった。いや、本気で」


 などと笑いながら言ったが、やはり仙拓は気まずそうにしていた。


「なんだ? 何がそんなに不服なのやら」


 怪訝に思った俺がそう聞くと、ぽつりと、仙拓は言う。


「……貴方は、貴方を殺した私を、恨んでいないのですか?」


 ……。

 今度こそ俺は、吹き出し、大笑いした。


「今更、何を、言っているんだ……。く、くく、腹が痛い。いや、馬鹿じゃねーの? 馬鹿じゃねえの?」


 いや、白い目で見ないでくれ前さんよ。


「いや、そんな、二度も馬鹿は酷いでしょう」


 そこは突っ込みどころじゃなかろうに仙拓。


「いや、もうな? 何一人で緊迫した真面目な空気作ってんだよお前は」

「いや、真面目、じゃないので?」

「当然」


 俺は自信満々に肯いた。


「お前、いきなり地獄から復活して問題解決なんてどう考えたってネタだろ」


 周りが絶句していた。

 あれ、空気が痛いよ前さん。

 うん、というか本気で恨んじゃいねえんだよ。


「むしろ、お前が俺を刺しに来て、俺としては嬉しかったからな」


 すると、いきなり前さんと仙拓が俺から遠ざかる。

 そして、ひそひそと。


「どM……?」

「そう言う趣味が…」

「ねーよ」


 その上、仙拓は俺の死ぬ間際にいたじゃねえか。

 ついでに、どちらかというとSだよ。


「いえ、あの時の事は貴方が余りに凄絶すぎて、もう、思い出したくな……」


 ひゃっほう、俺はどうやらこいつにトラウマを作って死んだらしい。

 死ぬときに俺、そんなすごい顔、してたろうか。


「いえ、すごく大笑いしてました。歯をむき出しにして、血を吐きつつ」

「怖っ」


 仙拓の言葉に前さんが身震いした。

 そうだね、話を聞いたら俺も恐ろしいと思ったよ。


「そんなに俺すごい感じで逝ったのか?」


 仙拓は肯く。


「それはもう。なんかようやく望みが叶ったようなニュアンスの言葉を残して。…あの後、何が起こるかと恐々としてました」


 あー。

 なるほど、主観的に見たらそうでもないんだけど、どう考えても客観的に見ればホラーだな。

 俺の死にざま。


「どんな死に様だったのさ」


 そう言って聞いてくる前さんに、俺は笑いながら説明することにした。
















「と、まあ、こんな感じだが、今思ってみると俺の最期ってラスボス臭いな」


 決死の覚悟で殺したら大笑いされたら流石に、トラウマにもなるか。

 二人とも苦笑いだ。


「あ、そう言えば、藍音はどうしたよ」


 俺の秘書を務めた女天狗の名。

 懐かしくもあり会ってみたい。

 すると、仙拓は非常に言い難そうにしながら、それでも言って見せる。


「……死に、ました。貴方の死後、まるで死に場所を探すように前線に出続けて…」

「そうか」


 俺はそれだけ言う。

 藍音は今頃地獄か、転生したのか。


「ま、昔話はもういいか。俺が復活しそうなラスボスだという事がわかっただけだし、次は本題だ」


 すると、あれこれと書類を出しながら、仙拓は語りだした。


「実は、今精力的に働いてる派閥と、昔のように戦い続けるべきだ、という派閥に分かれてまして――」

「いま、鞍馬とは?」

「戦争を抜ける旨を話したら喜んで了承してくれました」


 なるほど、では今は内敵だけか。


「んで?」

「それで、古参メンバーの幹部を中心に、今は亡き貴方の名前を祭り上げて、こちらと戦争しようとしてます」


 へー。

 で、それを俺に止めろと?


「俺に説得してね? ってか?」

「そう、ですね」


 へー。


「へー」

「へーって…、興味無さそうですね」

「ないぞ?」

「え」


 固まる仙拓を後目に俺は考える。

 どうしたものか。

 これ。

 ……、よし。


「じゃ、逃げるわ」

「へ?」

「あ」


 俺は前さんを小脇に抱え、窓から脱出。

 飛んで逃げることにした。









「ちょ、ちょっと薬師! いいの?」


 何もない山の中、俺に前さんは言った。

 そんな前さんの手を握り、俺は言う。


「前さん、結婚しよう!!」

「え? あ、え? け、結婚?」

「そう! 天狗も閻魔もいないところでめんどくさいから戦争とか放置でゆっくり寝よう!!」


 べ、別に面倒くさくなったとかそんなんじゃないんだからねっ。


「え、あ、うん。や、薬師がそれでいいなら――」

「という冗談は置いておいて……、うぉおう!?」


 鼻先をかすめる金棒。

 前さんが怒ってるよ。


「あっはははは、死ぬ。死ぬから金棒ぶん回すのはやめような?」

「うるさいっ、死ね!」

「いや、死ぬから」


 とりあえず後ろに回って抱きしめるように固定。


「あ、ちょ、…うー……」

「はいはいちょっと落ち着こう、な?」


 すると、前さんは俺の拘束から逃れると、こちらを指差して言った。


「こないだの罰ゲームもあるんだからねっ!? 覚悟してよ!?」

「っぐ、これは痛い!」


 すっかり俺が忘れていたというのに。

 というか何を怒っているんだ前さんは。


「で、どうするの?」


 やはり不機嫌。

 朝からだ。

 原因がわからない以上どうしようもないが。


「いつまでが、滞在期限だ?」

「二週間、だけど?」


 ううむ、できるだけ家族の元に早く帰りたいが――。


「確か、死神のセーフハウス、とやらが使えるんだったな?」

「うん」


 肯いた前さんを見て、俺は決めた。


「今回の件、俺はぎりぎりまで関わらん」


 べ、別に面倒くさいとか関わりたくないとそう言う話ではない。

 多分。

 あれらのためを思ってやっている、気がする。


「え?」


 聞き返す前さんに、俺は言う。


「風が不穏だ。多分、一週間もせず戦いが始まるだろ。だけど、俺はできるだけ手を出さん」

「それって…、いいの?」


 俺は肯いた。


「で、でも……」

「こいつぁ、ガキの喧嘩と大差ない。俺が出て行くのは子供たちじゃどうしようもなくなったとき、だ。ぶっちゃけぎりでも間に合うだろ」


 いやもうぶっちゃけるとね、仕事と言えどもちょっとばかし嫌な訳で。

 そう、巣立ちの時なんだよあいつらも。

 親が手出したら行けないさ!!


「しばらく、一緒に住むことになるのは悪いが、付き合ってほしい」


 俺は真っすぐ前さんを見つめながら、言葉を紡いだ。


「え? 同居…? う、うん!」


 肯いた前さんに俺は微笑む。




 決して、面倒だからではない。


 決して、絶対に。



 久々の京都漫遊がしたかったわけでは、ない。










――――――



三十二始まる天狗編。
謎に包まれた薬師の死に迫る!!
とか言うと格好よさげですが、残念、天狗編は次回で終了です。


というか、どちらかというと、薬師があそこまで父親の如し生暖かい目でいられる謎に迫っている気が。


そしてあまりシリアスは無い。
メインは前さんとの同居フラ――、何でもありません。


まあ、一応目的はあります。
ここで天狗編をやっておかないと一名永遠に出せないキャラがおりまして。


と、まあとりあえず返信と行きたいと思います。





ねこ様

薬師のキルマークは未だ増え続けるようです(?)
とりあえず、秘書の人は早いとこ出したいと思っていたり。
そして、罰ゲームを仄めかす言葉も。
そう遠くないうちに地獄で地獄を見る羽目になりましょう、薬師が。
そして、可愛いは正義、猫は可愛い、可愛い猫は正義。




ハクコウ様

一級フラグ建築士、薬師は未だにフラグを立てることをやめないようです。
そして、レコーダーは天狗七つ道具の一つ。
というか薬師のことだから修験の法螺をレコーダー再生しそうな予感が。
最後に。天狗をからかえるとしたら――、前さんが最も好機である、と。
要は勝負で負かして強引に扉を開こう!と。





ゼン様

指摘感謝です。
確認したところ、
文の前後から違和感がむんむんしておりましたので、修正ました。
ありがとうございました。




山椒魚様

そう遠くないうちに、閻魔はきっと涙目に。
そして、涙目な閻魔が好きな貴方はSなんですねわかります。
きっと薬師なら、貴方の期待に応えてくれましょう。
でも、その前に妹ともう一つフラグ立てなきゃいけないんですよね。




スマイル殲滅様

残念、私の上で野郎がゲーム。うふふうふふ、芽生える殺意。
美沙希ちゃんは今回はチョイ役。
最近の前さんは本気なようです。
帰ってきたら妹編が始まりますが。




妄想万歳様

いいじゃないですか。本名を呼ばれて照れる閻魔の姿が。
こう、嬉し恥ずかしイベントが待っているわけです。
だが、李知さんも書きたいし、兄妹もやりたい、暁御も書きたけりゃ、じゃら男も、とすごい状況に。
ゆっくり一個一個書いて行くしかないわけですが、短編方式のツケがここに。






さて最後に。

着実に閻魔が駄目な人になっている気がする今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。



[7573] 其の三十三 俺と山と天狗と地獄と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/06/30 21:51
俺と鬼と賽の河原と。






 ああ、あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。

 たしか……、戦争の帰り、だったか…。

 ……もううろ覚えじゃね?

 …、多分戦争の帰りで。

 俺は帰った後秘書に執務室で指示を飛ばしていた。


「あー、一番隊は本陣の警護。それと二番隊は奇襲の用意。それと三番隊は奇襲までの壁に――」


 そんな時だ。

 執務室の俺の座る机、その後ろの窓から、気配を感じたのは。

 暗殺。

 それに気づいた俺は、立ち上がり、横に跳ぼうとして、やめた。


「うわああぁぁぁあああああッ!!」


 雄叫び、それは仙拓のもの。

 俺は抵抗しない。

 窓を突き破り突っ込んでくる仙拓。

 その瞬間、刀が俺の心臓を貫いた。

 秘書たる女の息を呑む音がやけにゆっくり聞こえる。

 背では、仙拓の声。


「わ、我々は、貴方の玩具じゃない、玩具じゃないんだ……っ!! 俺が、俺が……、彼女を守らなきゃいけない!!」


 なるほど、当然の思いだ。

 大天狗とは、部下を将棋の駒程度にしかとらえていない。

 だから、思いつきの作戦で命を散らせるし、それを悼むことはない。

 だが、それでも大天狗の力故に、そして古くからある事故に、不満を漏らす者すらいなかった。

 ただ、それが運命と、受け入れていた。

 そこに、仙拓という者が現れる。

 彼だけは諦めきれず。

 彼我の戦力差も考えず、今このように突っ込んできた。

 それだけではない。

 外から多くの天狗が見守っている。

 幹部連中ではない、若い奴らが。

 仙拓と俺が戦闘になると同時に突っ込もうとしていたのだ。

 だが、それは徒労に終わる。

 俺は避けなかったし、回復する気もなければ、抵抗する気もない。

 ただ俺は、

 笑いが漏れるの堪え切れなかった。


「くくくくく、はーっはっはっはっはッ!!」


 驚いて仙拓が刀から手を放すのを感じ、俺は自由になった。

 そして血を撒き散らし、机に手を付き、ふらつきながらも壁に背を預けた。

 その際に、強引にぶつけたため、傷口が広がり、刀が柄ごと貫通し、俺から滑り落ちる。

 その様を見ながら、仙拓が熱に浮かされるように呟いた。


「な、何がおかしいのですか……!?」


 俺は笑い飛ばす。

 口から血を撒き散らしながら。


「盤から駒が飛び出したっ!! これ以上に愉快な事があるかっ!!」


 面白くて仕方がなかった。

 俺が治めていなければ簡単に皆殺しにされる奴らが、俺を必要としなくなっていた。

 俺の掌の上でしか存在できなかった生き物が、俺の手から飛び立とうとしていた。


「ああ、愉快、実に愉快! 新たな時代の幕開けに立ち会えたこと、実に愉快に思うさ!」


 そんな中、俺は、禁煙していた煙草を一本、口に咥えた。


「かかっ、まあ……、幕開けと同時に退場するのは、残念だがね」


 そのまま、ずるりと、俺は地に座りこむ形となり、次第に、意識が遠のいて行く。

 俺は、死を意識して、秘書の名を呼んだ。


「藍音、あ…おね、ちょっといいか?」


 はっとしたように藍音がこちらに駆け寄る。


「は、はい!!」


 駆けよった藍音に、俺は言った。


「火をくれんかね? 悪いが、お前さんに禁煙されてから、ライターもマッチももってねーんだわ」

「そんな……、薬師様!? 御気を確かに!」


 俺はその言葉に首を横に振る。


「いやいや、俺ぁ死ぬよ。あとは若い奴らに任しとく。ってか、火ぃくんねーのか? 相変わらず、鬼め」


 すると、思い出したかのように急いで、マッチに火を付けると、藍音は俺の口元に寄せた。

 意識が遠のく中、俺はもう一度、笑った。


「っは……、流石に四百年目の葉巻は美味くねーな」


 支えていられず、口元から煙草が落ちる。

 目の前で、藍音が泣いていた。














其の三十三 俺と山と天狗と地獄と。












 さてさて、今の俺の状況だが、普通に京都のアパートに住んでいる。






「おはよう前さん。朝飯はもうできてるぞ?」

「んー……、おはよう…」


 パジャマ姿で眠そうに目をこすりながら出て来たのは前さんである。

 ちなみに朝食のメニューは目玉焼きに焼き魚、インスタントの味噌汁だ。

 味噌汁がインスタントなのは――、まあ俺に期待しすぎても困る。


「いただきます」


 席に着いた前さんが両手を合わせた。

 俺も続いて飯に手を付ける。

 あれから、六日ほど経っていた。






 色々なことがあった。


「はー……、いい湯だ」

「ふんふんふん、ふーん、ってえ? 薬師!?」


 前さんが鼻歌を歌いながら風呂場に突撃してきたり。


「なんだ、ここは桶を投げるべきか叫ぶべきか」

「きゃぁあああああッ!!」


 石鹸が飛んできた。

 理不尽。






 他にも。


「今日もいい朝だ……。着替えるか」

「ねえ薬師ちょっといい――、薬師!?」


 前さんが着替えに突撃してきたり。


「なんだ、俺は呪いにでも掛かってんのか」

「わ、わわわ」


 その後拳が飛んできた。

 危ないところだった。








 他にも色々あったが、概ね平和である、とだけ言っておこう。

 故にこうやって、頬にご飯粒を付ける前さんも、見慣れたものである。


「前さん前さん、頬んとこ、ついてる」

「え?」


 俺が右頬指差すと、前さんは自分の右頬を手で擦るため取れず。


「逆、そっちじゃない。前さんからは左」

「ん、取れた?」

「おう」


 満足して笑う俺。

 前さんも寝ぼけ気味ながら笑い返してくる。


「今日はどうするの?」

「あー、鞍馬の野郎にも会いに行きたいけどなー」


 久々の現世だ。

 だが、もう大体めぼしい所は回ったしな。

 だが、


「今日は家でゆっくりしようと思う」

「わかった」


 前さんが肯いたのを確認して、俺は食事を終える。

 その後俺は、居間のソファに無造作に座りこみ、適当に買ってきた雑誌を読み始める。


「何、それ?」

「んー、神社、仏閣めぐり日本列島」

「何それ……」


 一歩引かれたが俺もなんで買ったのかよくわからない。

 が、まあなんとなくぼんやりできればそれでいい訳で。

 そんな中、前さんが俺の隣に座る。


「なんだそれ?」

「日本珍百景珍海道五十三次」

「なんだそれ……」


 結局、ぴたりとくっついてよくわからん雑誌を二人で読むわけである。





 そして、しばらく。


「ねえ」


 前さんが言う。


「死んだこと、後悔してる?」


 俺は答えた。


「あんまり」


 正直な感想だ。

 ある意味因果応報だった、とも思う。


「本当に?」


 と、言うよりは、俺は先ほどの言葉を撤回する。


「全然、後悔はしてないな」


 いつも通りの、変わらぬ会話。

 二人、雑誌から目を離しもせず、話は続く。


「何で?」

「当然の帰結だったから、かな」

「なにそれ」

「うーむ、俺は手駒扱いだったからな、部下。だから、いつか仙拓は死んだかもしれないし、仙拓の守りたい人や――、そうだな、あいつの恋人はあのまま俺が続けてたら、死んだ可能性は高い」


 ぶっちゃけると、仙拓という天狗は今でこそそれなりだが強い訳でも何でもなかった。

 故に、俺がその恋人に何か思う事もなく。

 普通に戦場に駆り出していただろう。

 仕方ないことではあった。

 戦争をしている時点で人が死ぬのは当たり前である。

 だが、俺には戦争をする他暇潰しはなく、そして、それ以外の暇潰しを見つける気力もなかった。

 だから、仙拓は俺を刺した。

 恋人を、家族を守るために。

 当然である。


「要は、あれでよかったんだよ。如意ヶ岳の在り方を変えるには俺を殺すしかなかったしな。邪魔だった、だから殺した。これほどわかりやすい理由もないな。ま、俺は満足だったからそれでいいんじゃねーの」


 俺がいなきゃ生きていられなかった雛の巣立ちも、見ることができたしな。


「そっか」


 いつも通りに訪ねて来る前さんに好感を覚えるね。

 深刻な顔をされるよりずっと、救われる。

 というか、深刻な顔をされると煩わしい挙句に、自分が悪いことをしている気分になるので、これでいい。


「じゃあさ、今の生活、好き?」

「それは――、今ここの話か、それとも、地獄か?」


 すると、前さんは言う。


「地獄かな?」

「そりゃ、好きだな」


 嫌いなら転生してる。

 いや、できないんだがな。

 天狗になってしまった以上、人の入れ物に魂が対応しない。


「そう」


 何より愛すべきいじれる人間がたくさんいる。

 いじれる人間がたくさんいる。

 ここが大事なところだな。

 前さんは一つ肯くと、前さんはもう一つ質問してきた。


「じゃあ、今のは?」


 俺は笑って返す。


「悪くないと思ってる。拳や石鹸が飛んでこなければ、な」


 すると、前さんは微妙に背を背もたれから浮かせて、


「あ、あれは!」

「かかか、冗談だ、意外と楽しいと思ってるぞ? お前さんはどうだか知らんが」


 言うと、途端にもじもじとして、雑誌で顔を隠す前さん。

 んー、それにしても次第に眠く……。

 ソファ、というものはいかんね。

 眠気を――。

 誘う。


「あ、あたしは、その、あの、薬師との生活が、楽しいけど――」


 ゆっくりと俺は意識を手放した。




「って――、寝てる……! もうっ」












 と、まああっさり寝てしまった訳だが。



 不意に、呼び鈴の音で目が覚めた。


「……寝てたのか……、前さん?」


 いつの間にか仰向けになっていた俺の上には前さんが縮こまるようにして乗っかっている。


「どうしたの……?」


 身を起しかけた前さんを優しく降ろし、言う。


「お客さんだ」


 まあ、来るのは仙拓だ。

 わかっている。

 そして、歩いて行き無造作に扉を開くと、やはりそこに居たのは仙拓だった。


「よぉ」


 すると、挨拶もせずに仙拓は言う。


「あなたに聞きたいことがあって来ました」

「なんでも聞くがいいさ」


 笑って俺が答えると、深刻な表情になる仙拓。


「貴方は、今回の件に関わるつもりは、ないのですか?」


 俺は肯く。

 あっさりと。


「当然。閻魔に仕事を頼まれては来たものの。結局は俺の判断に依るそうだ。で、まあ、今回の件、俺の出る幕じゃないだろう?」


 こっからは天狗の問題であると同時、仙拓の問題である。


「いつまでも無償でお助けが来る訳じゃねーからな。ここで、潰れるようならそこまで、んな話だろう?」


 死人は手伝ってはくれまい。


「だったら――。何が何でも貴方に協力していただかねばなりません。例え、力づくでも」


 俺は笑う。

 そんな中、仙拓は自分の太刀を抜き、俺に突き付ける。


「勝てると思うか?」


 仙拓はこちらをまっすぐ見つめるだけ。


「それでも、やらなければなりません。例え父と呼べる人に刃を向けようと。例え恩師を利用しようと、それがだれであろうと関係ない。私は里を守らねばならない。私が山を率いる立場にある以上、手段は――、選べない」

「かっかっか、そうかそうか。だが、帰んな」


 すると、仙拓は肩を落とした。

 正しい判断だ。


「そうですか……」


 そう言って仙拓は帰って行く。

 俺はにやにやと笑いながら、その姿を見送った。








「よかったの? あれ」


 居間に戻ると、前さんにそう聞かれた。

 俺は、今だにやけた面のままで答えた。


「ああ」

「じゃあ、あの子たちだけで勝てると思う?」


 俺は首を横に振る。


「無理だろうな。質が違う」


 敵さん方は古参の天狗が多い。

 そして、生きた年月が力に直結する。

 長く生きるほど、人から遠ざかるからだ。


「一対一なら仙拓でも互角だが、幹部連中二人三人だと仙拓じゃキツイだろうな」


 そして、仙拓派においては、仙拓より強い人員はいない。

 一応仙拓側の方が数は多いものの、質が違いすぎるだろう。


「多分、負けるな」


 すると、前さんは俺を見上げて、聞く。


「それで、いいの?」


 その言葉に、俺はにやりと笑う。


「仙拓の最後の誘いに帰れ、とは言ったが――。他は何も言った覚えがないぞ?」


 俺が言うと、前さんが目を丸くして、絶句していた。


「……薬師らしいけど」


 前さんの言葉に肯きながら、俺は高下駄を召喚する。


「ま、そう言うことだ。それと、来るぞ」

「え?」


 その瞬間。

 俺の後ろの、ガラスが割れる。


「覚悟ッ!!」


 敵襲。

 ご苦労なことだ。

 そう思うと同時、俺は後ろ回し蹴りを繰り出す。


「まだまだ甘い、ってなっ!」


 飛び込んできた天狗と俺の距離は三メートルあった。

 明らかに回し蹴りなど無駄である。

 が。

 実は俺の高下駄は、

 伸びる。

 俺の高下駄の一本歯が――、相手の天狗の喉を捉えた。


「ごっ、げぇっ!!」


 奇声を放って倒れる相手を余所に、俺は元に戻った下駄を接地させる。

 そんな俺に、前さんが話しかけてきた。

 その手には金棒。


「薬師、これって……」


 俺は肯く。


「ああ。地獄側の協力者を殺しに来たんだろ」

「でも、なんでわかったんだろ」


 確かに、簡単に場所がわかっては意味がない。

 が。


「風の噂って奴だ。さて、嗅ぎつけられてちょっかい出されたことだし――。行くか」


 俺は前さんを抱えると、京都の空へと飛び立った。
















 状況は、最悪だった。

 薬師殿の助力は得られず。

 護衛は悉く散らされ。

 戦っているであろう前線も、押し返される時はそう遠くない。


「最早、これまでかっ……!?」


 目前に突っ込んでくる敵幹部たる天狗をいなす。

 と、同時、攻撃しようとして――。

 その後ろから風が吹き、避けざるを得なくなる。

 必死で強くなろうとして見たが。

 所詮幹部二人に封殺される程度、か。

 だったら。


「ここで華々しく散るまで!!」


 もう一度、太刀を構えて突っ込んできた天狗をいなし、そこに自分の太刀を叩きこむ。


「ぬっ、っぐあああ!」


 一人、倒れる。

 だが、そこに来る風は、避け切れない。


「っづ……、くそ……」


 背中に風の刃をもろにもらった。

 膝から力が抜け、前のめりに倒れる。

 がさり、がさり、と落ち葉を踏む音が近づいてくる。

 とどめを刺そうとしていた。


「くそ、ここまでかぁ……。だけど――」


 俺は相手の足首を掴む。

 驚いて後ろに跳ぼうとするが、

 跳ばせるなどと思うなよ。


「だが……、ここで諦めて、堪るかぁあああああッ」


 足くびを掴んだ手に力を入れて、強引に立つ。

 俺は流れる血も気にせずに、拳を振り上げ。

 拳に目一杯の風の刃を乗せて、放った。


「ご、っぐ、げふ……」


 目の前の敵を貫いて、

 縺れるように再び倒れる。


「っく、はあ、はあ、やったぞ。見てくれましたか!?」


 見ていないであろう師に向かって、叫ぶ。

 だが、そこに降りて来たのは、頭の禿げた、師とは似ても似付かぬ男だった。


「ふん、意外とやるものよ、仙拓。だが、これでもう動けまい。貴様が二人とも倒してしまったのは予想外だったがな」
「ぎょ…、玉仙……」


 玉仙、旧大天狗派の首領。

 その玉仙が、俺の胸にぴたりと矛先を合わせ、太刀を構える。


「ふん、貴様があんな愚かな行為さえしなければ、死にはしなかったものを」


 その言葉に、俺は何故か笑みが込み上げてきた。


「は、っはは。これで終わりか……。申し訳ないな、薬師様。貴方に見せる新たな時代は、ここまでのようです」


 だが、それで尚、俺は立ち上がる。


「だから――、最後に。俺の生き様をお見せしましょうッ!!」


 太刀を構え、ただ、突っ込む。


「無駄なことを」


 きっと師はここにいないだろう。

 なのに、どこかで、彼が俺を見ているような気がした。








「宵に響く風囃――」







「薬師、様……?」


 玉仙の突きだされた太刀の上。

 そこに腕を組み立つ姿。


「あ、あ、貴方は――」


 呆けたように玉仙が声を上げる。

 そこには、如意ヶ岳の大天狗、

 確かに、如意ヶ嶽薬師坊が立っていた。

 思わず安心して、俺は、再び地に伏した。








「手助け、してくださらないのではなかったのですか……?」


 そうやって聞いたのは、仰向けで血だまりを制作中の、仙拓。


「いやはや、ちょっかい掛けられたからな。ぶっちゃけると、利害が一致しただけだ」


 俺の言葉に、何を思ったのか仙拓は笑みを見せた。


「そう、ですか……、はは、今更ながら貴方の言わんとしているところが、判ってきた気がします」

「そいつは嬉しいね」

「要するに、身内のよしみでは助けてくれないっ……、そう言う事でしょう…?」


 苦しそうながら笑って言う仙拓に、俺も笑みを返した。


「その通りだ。別に、俺を利用しちゃいけないとは言ってない。ただ、何もせずとも助けてくれると思ったら大間違いだってな。お前は頭なんだ。そのくらいの責任は持ってないと困る」


 例え恩人相手でも、脅迫、金、何でも使って利用しなければならないのが、上に立つ者であるからして。


「はは……、その通りで」

「ま、その件については今日来た時点で、一応合格だ。いつの日も自分で動く、これ、教訓な」


 ぶっちゃけると薬師を使おう、というのには抵抗はないんだよ。

 ただ、そこに元大天狗だとか、身内だとか、責任だとかごちゃごちゃ付いてくるのが嫌な訳で。


「要は、ごちゃごちゃ言ってねえで言いたいこと言ってやりたいことすりゃいいんだよ。お前は一番上なんだから」


 そこで取り繕うような真似は必要ない。

 刃突き付けて脅すのも、それはそれで正解であろう。

 と、そこに至って俺は、身震いしている玉仙の元に向き直った。


「や、久しぶりだな玉仙」

「あ、あ。薬師様……? なぜここに」


 その玉仙は、今だ動揺から脱せておらず。


「化けて出た」


 すると、喜色満面、玉仙は禿げあがった頭をてからせながら、言う。


「もしや、そこの罰あたり者の仙拓に己が手で引導を渡しに来たのですか!!」

「んなわけねーだろ。馬鹿か? 馬鹿なのか?」


 空気が、凍った。


「一応やめとけって言いに来たんだよ。時代が変わったんだ、老いたものは黙って去るか、若者を支えてやるのが、道理だろ?」

「そんな…、誰よりも我々を率いた貴方がそれを言うのですか!?」

「あのな、気に入らないなら抜けろよ。元来、天狗ってのはそんなもんだろうが? 気性は風、奔放であり、一所に留まらない。なのに、何を気に入らん場所に居座っとるんだ」


 すると、玉仙の顔が歪む。


「や、薬師様はそのような事……、言わない…。お前は誰だ、薬師様の皮をかぶった偽物めが!!」


 俺はその物言いに、

 うふふ、ちょっとカチンと来た。

 別に薬師坊じゃないと言われても仕方がないとは思うが、偽物、と呼ばれるの少々腹が立つ。

 まあいいか。

 それはそれで、やりやすい。


「そうか、では仮にここにいる如意ヶ嶽薬師を別物であると規定し、如意ヶ嶽薬師亜種としよう」


 俺の言葉に玉仙が頭に疑問符浮かべる。

 それを無視して、俺は続けた。


「如意ヶ嶽薬師亜種は大天狗如意ヶ嶽薬師坊との関係性を一切持たず。諸君らとは一切の関係性を持たず」


 俺は羽団扇を取り出す。


「要するに、身内でも何でもないので、手心とか手加減とか全くする義理はないよねー、ということだ。準備はよろしいか? 玉仙殿?」


 玉仙が後ずさり。


「あ、え。あ」


 俺は一歩踏み込む。

 にっこり笑って一言。


「仲間諸共、吹き飛べ」


 風が唸る。





「ああ、ちなみに、先に手ぇ出したのそっちだから、正当防衛です、まる、っと」











「あーあ……、疲れた」

「そうだね、あたしも久しぶりに……」


 静寂を取り戻した如意ヶ岳で、俺はどっしと地に座りこんだ。

 いや、あんまり静寂取り戻してなかったな。

 呻き声がうるさい。

 現状、立っているものは俺と前さん以外一人もいなかった。

 ……仙拓派も含めて。

 前さんも俺も何も気にせず喧嘩両成敗とばかりに薙ぎ払ったのだから、

 仕方ない。

 仕方ない。

 重要なことなので二回言った。

 テストにでる。

 まあ、死者は出てないからお仕事は終了だろう。


「はー。そいじゃ、帰りますかね。仙拓、達者でな」


 その辺に転がる仙拓を後目に、言う。


「はは、そちらもご達者で…」


 それからは振り返らずに、前さんと山道を歩いた。

 その途中、前さんが言う。


「ちゃんと帰るんだ」

「ん?」


 前さんの言葉の意味がわからず、聞き返す俺。


「いや、もしかしたら、ここに残るとか言わないかな……、って」


 ああ、なるほど。

 そりゃ当然の懸念である。

 河原で石積んでる訳だしな。

 俺がここで駄々こねるかと思ったのか。


「なるほどなー」


 前さんがこちらへ来た当初の不機嫌の理由がわかった気がした。




「そりゃ帰るさ。これでもあっちの生活、気に入ってるんだからな」





 如意ヶ岳の山も、平和である。











―――

三十三、完成です。
先日生徒会の仕事に巻き込まれて書けず、今日なんとか完成。
ちなみに薬師無双の回。
だが、あまり強いので、殆ど描写されないという話。
出てきた時点でゲームセット。
彼が出てきたらそこで試合終了ですよ、という。
まあ、要するに最強ものを戦闘メインでやっても面白くないのでオールカット。


あと、その内京都での前さんとのデートを書くかも。




薬師の下駄について。

一本歯の高下駄で伸びる。
びょんびょん伸びる。
如意下駄。
あと硬い。
刀とかんかん撃ち合えたり、銃を弾けるほどには。



そう言えば、何やら学校がインフルで休みになるかもしれないとのこと。
だったら、ぼんやり小説が書けるなぁ。
申し訳ないことにその場合は短編と並行させるので更新速度は上がらないのですが。


では返信を。




シヴァやん様

感想どうもです。
今回初めて地獄から飛び出しましたけどね。
これで、閻魔にこき使われるフラグが立ちました。
ちなみに、秘書さんは、きっと地獄で藁人形に釘を打ってるに違いない。




座布団Z様

コメント感謝です。
仙拓君は普通の子です。
むしろ、普通の天狗よりできた人だったり。
責任感、使命感が強く、自主性も高い、故にまあ、山の在り方に異を唱えることになったんですね。
あと、秘書フラグは回収予定ありです。今回あんな風な過去が拝めたのに放置は無理っすよね。



トナ様

感想ありがとうございます。
いやぁ、ぶっちゃけると天狗に女性が少ないのです。
というか山でのフラグは藍音一人。
むしろ、外でフラグを立てるから、見た目クリーンだったと。




ねこ様

秘書は……、ヤンデ――。
ごほん、尽くすタイプです。
多分。
それと、薬師は多分、フラグがバビロンな門です。
自分で撃って自分でよけてる気がしますが。




奇々怪々様

笑いながら死ぬ、自決、呪いながら逝く。
最後に手心を加えて勇者に刺される、がラスボス的な死に方だと。
あ、あと人類を貴様に託すとか言ってみたり。
そして、思えば閻魔は元から駄目な子でした。




スマイル殲滅様

薬師が台所に立つとそわそわする美沙希ちゃんとか。
料理中に「まだですか?」と聞いて、「もうしばらく掛かる」、と返されしゅんとする美沙希ちゃんとか。
できた料理を物欲しげに見つめる美沙希ちゃんとか、可愛いんじゃないかな。
あれ? 来客だ……。え? 地獄うんえ(ここで途切れている)




妄想万歳様

藍音とは――、爛れた。
いえ、普通に部下と上司です、はい。
今回でやっと秘書参上フラグが立ちました。
が、問題が有るとすればこれ以上キャラを増やすと困る人が……、暁御とか暁御とか暁御とか。
タイミングを計って出したいと思います。






では最後に。

薬師が敵味方関係なく吹っ飛ばすのは仕方ない。
テストに出ます。



[7573] 其の三十四 俺と彼女と実家と家族と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/03 20:35
俺と鬼と賽の河原と。





 帰ってきたら――。

 玄関に何故かエプロンを着けた由比紀が立っていた。


「お帰りなさいアナタ、ご飯にする? お風呂にする? それともわ、た――」

「残業する」


 なんだ、この異常空間。

 誰か助けてくれ。

 ……。

 そうだ、河原に行こう。

 石を積もう。

 ――今なら、百八つだって積める気がする。






「…照れられたりしたら良かったけど、スルーされると恥ずかしいわね……」







其の三十四 俺と彼女と実家と家族と。







 帰ってから一日。

 昨日は由比紀が玄関先に立っていたのをスルーして。

 李知さんに預けていた由美と由壱を引き取って、由比紀を外に放り出し。

 そんでちょっと事の顛末を話したあと、俺は寝た。

 それでいつも通りに石を積み。

 お仕事完了、買い物に行く。

 そうして俺は家路に着いたわけだが。

 そこで、意外な人を見つけることとなる。



 途中の空き地に猫の鳴き声。

 なんとなくそちらを見ると。


「おーい、李知さ……」


 そこには、しゃがみこみ、猫の両脇を手でつかんで、その猫と見つめあってる李知さんがいた。

 余談だが、猫が嫌そうな顔をしているのは、言わずに胸の中にしまっておこう。

 思わず掛けようとした声が途切れた。

 そして。


「にゃ、にゃー……」


 戸惑いながらも猫に応えるように李知さんが鳴いた。

 鳴いた。

 それを見た俺は声をかけるのをやめ、にやにや状態に移行。

 無論レコーダーの感度は今日も抜群だ。

 そして、再び猫が鳴き、

 李知さんも。


「…にゃー……」


 なんだこれ。

 見てる俺がすごく微笑ましい気分になってきた。

 うん、いいもの見た。

 レコーダーにもばっちり録音済み。

 さて、帰ろうか。

 明日にでもからかいに行こう。

 そう思って踵を返そうとして――。

 からん、と捨てられた空き缶が転がる音。


「ん?」


 それに気づいて振り向く李知さん。

 それだけならまだいいが。

 当然、振り向いた先には俺がいるわけである。


「あ…、ああ、あ、あ……!」


 猫を放り、横から金棒を横薙ぎに振るう李知さん。

 俺は背をそらし、回避。


「ど、ど、ど、どこから見てたッ!?」


 俺は答える。


「にゃ、にゃー……、の辺りから」


 更に金棒が振られる。

 右へ、左へ、縦に、斜めに。


「わ、忘れろ! 忘れろ……!!」

「忘れない、忘れない。忘れたとしてもこのレコーダーがある限り何度でも思い出すさ……!」


 更に激しくなる金棒を回避しながら、言う。

 そんな中、放り出された猫が仕返しとばかりに、背中を駆けあがり、李知さんの頭に飛び乗った。


「あっ」


 思わず前のめりになる李知さん。

 そしてそれを俺は思わず受け止める。

 そんな中、素知らぬ顔で、猫は俺の頭に落ち着いた。


「おいおい、大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 俺の腕を掴み、なんとか持ち直す李知さんは、俺の頭の上の猫を見て言う。


「ずるい」

「あ?」


 思わず聞き返した俺に、李知さんは唇を尖らせた。


「懐かれている」


 羨ましそうに俺の頭上を見つめる李知さん。

 その頭上の猫は、まるで定位置でも主張するかのように、べったりと張り付いている。


「お前さんは懐かれてないのか?」


 何も言わなかったが、目をそらすその姿が、事実を如実に表していた。

 そんな彼女に、俺は言う。


「ま、天狗は鬼より自然に近い存在だからな。こういうのに懐かれ易いんだよ」


 要するに俺も、猫の転がる石塀もあまり変わりないということだ。

 そんな中、李知さんが猫に人差し指を伸ばす。

 猫は、それに対し、爪を出して応戦。

 ひょいひょいとじゃれつきながら、李知さんの指に小さな傷を作る。


「ふむ、ある意味懐かれてんじゃねーの?」


 猫じゃらし的な方向で。

 というか、猫にもいじられるのか。

 そう思うと納得した。


「今失礼なことを考えてなかったか?」

「いや全然」


 そう言って俺は目を逸らす。

 李知さんがジト目でこちらを見たが、黙殺した。


「それより、お前さん、よくここ来るのか?」

「ん? ああ。一応毎日来るぞ? こいつに会ったのは先々週だがな」


 と、その言葉を聞いて、俺は思わず言う。


「毎日ここにきてにゃーにゃー鳴いてたのか李知さんは」

「ーーっ!! 忘れろ!!」


 目前に振り下ろされる金棒をカカッと後ろに飛んで回避。

 しがみつく猫が爪を立てそうになるのを感じて、手で押さえてやる。

 ところで、それは語るに落ちている、という奴だと思うのだがそこはどうなのだろう。

 まあ、そこは聞かずに、なんとなく、思ったことを言ってみる。


「可愛いな、いや、可愛いな」


 言ってみたものの、また攻撃が激しくなるだろうことを予測していた俺は、次の金棒が来ないことに軽い驚愕を覚えた。


「李知さん?」


 そこには、顔を真っ赤にしてこちらを見る李知さんがいた。


「み、見るな! そんな目で見るなぁ……!!」


 妙に照れてらっしゃる。


「いや、うん、じゃあ眺める」

「かわってない!!」


 そりゃ見るなと言われたら見るさ。

 と、まあ、それから数十秒ほど。

 李知さんが落ち着くのを待って、俺は言った。


「ところで、この猫、どうしたらいいと思う?」


 俺の頭から一向に離れようとしない猫を指差してみるが、やはり猫は動かない。

 それに対し、李知さんは口元に手をやって、何事かを考えるかのようなそぶりを見せた。


「実は……、家に連れて帰ろうと思ったんだが…」


 李知さんの言葉に、俺は疑問を覚える。


「あれ、寮なんじゃねーの?」


 すると、李知さんは手を振って否定した。


「いや、実家は一軒家で、猫が好きなんだ」


 今までも結構拾っているしな、という言葉を聞いて俺は納得する。


「そういうことか、じゃあほれ」


 俺は頭の上の猫を掴んで李知さんに渡す。

 李知さんは、片腕で猫を抱いた。


「それじゃ、俺は帰るとすっかな」


 そう言って踵を返す俺。

 だが、上手く進めなかった。

 そんな中、李知さんが俺のスーツの裾を掴んだことに気付く。


「どうした?」


 猫を抱きながら、李知さんは言った。


「そ、その。明日、私の実家まで、ついてきてくれないか……!?」


 ……。

 何故に。










 そして、俺が不幸だったのは、先日のお仕事のおかげで、明日閻魔から直々にお休みをもらったことだろう。









「あらあら、こんにちは」


 その結果、俺は今。

 和風庭園付きの武家屋敷にお邪魔している。

 和室で、長い机、奥には屏風やら掛軸があり、まさに古風。


「どうもどうも」

「いやしかし、家の李知が男を連れ込むなんて思いませんでしたわうふふ」


 目の前の和服の女性は、李知さんの母。

 ちなみに李知さんを垂れ目にしたようなのほほんとした美人である。

 そんな彼女と、俺はうふふうふふと笑い合い、そんな中、李知さんだけが肩を怒らせる。


「わ、私と薬師はそんなんじゃ――!!」

「でしょうね」

「で、でしょうね、って」

「あなた、普通に恋愛できるほど器用じゃないじゃない」

「ぐ、ぎぎぎ」


 こっちでもからかわれてるのか。

 どうやら、閻魔の一族は、完全に美沙希と由比紀の型に分かれるようだ。

 うむ、ただ、からかわれるから実家が苦手なのはわかったが。

 俺を連れて来ても逆効果だぞ?


「いやあ、今回は他でもない、お宅の娘さんが見つめあってにゃーにゃー鳴いてたその片割れを預かっていただきたく」

 その言葉に、李知さんの母親は笑みを深めた。


「あら」

「あ、証拠品があるんだが聞くかい?」


 すると母親はにこにこと笑いながら一言。


「はい」

「って聞かせるなー!!」


 レコーダーを取り出しかけた俺に、やはり金棒を当てようとする李知さん。


「では、後でお聞かせ願えますか?」

「当然」

「だから聞かせるなー!!」


 金棒を避けながら、俺は李知さんに言う。


「無理だ、到底な。今の俺は止められんよ」


 何時になく本気な俺に、李知さんは戸惑いを見せた。


「な、なんだ?」

「ぶっちゃけると、お前さんのお母様と、すごく気が合いそうなんだ」

「帰るぞッ!!」


 どうやら身の危険を感じたらしい。


「あら、その猫ちゃんはどうするのかしら?」

「む」


 しかし、それは李知さんの母親――、というか。


「お名前は?」

「あら、自己紹介が遅れましたね。私はそこの李知の母親の玲衣子と申します」


 玲衣子、レイコね、由比紀に似た名前なのは関係があるのか。


「俺は如意ヶ嶽薬師。そこの李知さんの友人だ」

「いつも娘がお世話になってます」

「いえいえ、娘さんにはいつも助けられてばかりで」


 と、まあ俺達は李知さんを余所に、社交辞令、もしくはお約束を繰り広げる。

 ともあれ、李知さんの脱走は未然に防がれた訳だが。


「李知さん、なんだ?」


 なぜか李知さんこちらを睨み据えているのに気付く。


「なんでもない」


 取りつく島もなく返されたが、その答えは玲衣子の元から返ってきた。


「疎外感を感じているのですよ」


 ほほう、なるほど。


「ほうほう、寂しかったのか。これはすまなかった李知さんよ」


 俺の胸に飛び込んでおいで、と言った瞬間に金棒が飛び込んできたので回避。

 突きだされた金棒が鼻先を突き抜けて行く。


「で、引き取ってもらえるのかい?」


 表情を変えず、のけぞったまま、聞く。

 すると、玲衣子は肯いてくれたが――。


「はい。ですが――」


 ですが、と不穏な言葉を続けた。

 ぴたり、と李知さんの動きが止まる。

 何らかの問題があると思ったのだろう。


「お母様、何か家に問題が……?」


 あと李知さん、いい加減突き出された金棒を引っ込めてくれないか?

 仰け反るのも疲れてきたんだが。

 と、そんな俺達を見ても顔色一つ変えず、玲衣子は言った。


「実は、家の子が家を荒らしちゃって、先にお片付けしてくれるかしら?」


 李知さんが前のめりに倒れる。

 その際に落ちてきた金棒を俺は手で受け止めたが、

 棘が刺さった。


「いてっ」


 鬼の金棒と言えば、悪用を防ぐために重量が一トンを超えるほどだ。

 そんな危険物を適当に放って置きながら、李知さんは己が母親と会話を繰り広げる。


「お母様! ひやひやさせないでください!!」

「うふふ、ごめんねぇ」

「というか、掃除くらいご自分で!!」


 て、ちょっと待て。


「私が家事全般できないのはしってるでしょう?」

「た、確かにそうですけど――」


 痛い痛い、これちょっと棘が手の甲貫通してるってマジで。


「うん、だから、片付けて?」

「そんな可愛らしく言われても……」


 しかも抜こうにも両手が棘で固定されてるから抜けないし。

 支えている腕を思い切り上に振り上げたら抜けるが、それをやったら天井を金棒が突き抜け、落ちてきた際に床を粉砕するだろう。

 挙句李知さんは会話に夢中で気付いてないし。


「お客さんが来るって言うから、居間はどうにかしたのだけど」

「居間はどうにかできたなら他もどうにかしてください!!」


 軽く腕を上下に振ってみるが、がっちりかみ合って取れる様子はない。


「あら、どうにかしたと言ってもあった物を全て隣に放り込んだだけよ?」

「……」

「ちょっと見てくれるかしら?」


 そう言って玲衣子が立ち上がり、俺達もそれに習う。

 そして、玲衣子が隣の部屋の襖を開き、


「うわぁ……」


 劣化聖域が拝めた。

 閻魔宅のような臭いの類はないが、紙束がすごい散乱の仕方をしている。

 閻魔宅と比べるなら、こっちの方が綺麗だが、秩序なく、嵐の後をなんとなく連想させた。


「これは、時間がかかりそうだな……。薬師、悪いが手伝って……? ――!?」


 そんな中、振り向いた李知さんが、やっと俺の惨状に気づく。

 よく考えると、この状況はすごくシュールだよな。


「いやぁ、やっと気付いてくれたか。このままじゃ、片膝立てて李知さんに金棒を捧げる人に落ち着くのかと思ったよ」

 そんな風に言った俺に、李知さんは血相を変えて対応した。


「い、いや、そんなことより、貫通してるぞ? しかも血がだくだくって……。え、あ、あ」


 慌て戸惑う李知さんに、玲衣子が言う。


「これは酷いわ。貴方が舐めてあげないと」

「え……? あ、そ、そうだな!」

「いや、そんな展開要らないから」


 今の李知さんなら多分何でも聞くのを判っててすかさず言う玲衣子も玲衣子であるが。

 まったくテンパった人にそういう事を吹きこむとは中々鬼畜だな。


「というか、いい加減抜いてくれまいか」

「えっ? あ、すぐ抜く!」


 慌てた李知さんが力いっぱい金棒を持ち上げた。

 凄まじく、すこぶる痛いのは言わなくてもわかると思うが。


「あー、これから一生金棒と付き合って生きていくのかと思ったぜ」


 いやしかし畳を汚してしまって申し訳ないね。


「す、すまない……」

「気にすんな。まあ、これ以上血垂らすのもあれだから、包帯の一つでも持ってきてくれるといいが」


 傷自体はすぐに塞がるだろう。

 だが、それまで血を垂らし続けるのも気が引けた。


「すぐ持ってくる!」


 そう言って走って行く李知さん。

 そして、そう経たずに救急箱を抱え、戻ってくる。


「そこに座れ!」

「へいへい」


 机の場所まで戻り、座布団の上に胡坐をかく。

 続いて李知さんが座り、消毒液に浸した綿を手の甲と平にあてる。


「あー、消毒は要らんぞ? 傷よりもぼったぼた流れる血の方が気になる」

「それでも、やっておくべきだろう? すぐ終わる、大人しくしろ」


 仕方ないので俺は黙って待つことに。

 すると、手の両側に、ガーゼが当てられ、包帯が巻かれていく。


「よし、これでいい」

「下手な巻き方だな。この不器用さんめ」

「わ、悪い」

「いや、そこで謝られても」


 どちらかというと、わ、悪かったな! という台詞を予想していたため少々意外だ。

 微妙に責任を感じられているようで、李知さんは肩を落とし、俯く。


「気にすんなっての。ほれほれ、見た目悪くても取れなきゃ問題ねーよ」


 そのように言いながら、包帯をされた手で、ぺしぺしと李知さんの頬を叩く。

 すると、李知さんが顔を上げ、こちらを見る。

 そんな李知さんの頭を小突いて、俺は立ち上がった。


「掃除、するんだろう?」
















「あー……。疲れた」


 掃除を終わらせ、とりあえずという事でゴミ袋を納屋に運んだ俺は、居間に続く、襖を開く。

 中には――、


「おい? 李知さん?」


 壁に寄り掛かるようにして眠っている李知さんがいた。

 疲れて待っているうちに眠ってしまったのだろう。

 だがしかし、


「どうしような、これ」










 それから、三十分ほどが経過した。

 後で、襖が開く気配。


「お茶ができましたよ……? あら? あらあら? 邪魔しちゃったかしら?」


 何を勘違いしたか、俺と李知さんの様子に、玲衣子はにやにやしながら湯呑を置いた。


「お茶は頂こう」


 李知さんは、縁側で胡坐をかいた俺の膝に頭を乗せて、寝ている。

 とりあえずもう少し寝やすくしてやろうと思って壁に寄り掛かった状態から床に転がしたまではいいが。

 見ていて少し仏心、という奴を出した結果がこれだ。

 どうやら、現世で大天狗やってた頃からずっと、父親癖が抜けないらしいな。


「しかし、普通に猫屋敷だな」


 そのように呟いた俺の視線の先には仰向けで寝る李知さんの上で眠る猫がいる。

 更に、俺達に寄り添うように数匹の猫が、日に当たりながら寝ていた。

 そして、今日預けに来た猫は、まさに俺の頭の上で寝ている。

 ううむ、懐かれてないと言っていたが――、どう考えても仲良しです本当にありがとうございました。

 同じか下に見られてる風ではあるが。


「うふふ、可愛いでしょう?」

「うふふ、そうだな」


 すると、意地の悪い笑みを浮かべて玲衣子は言った。


「どっちが?」


 どっちが。

 李知さんと、猫?


「両方可愛いと思ってるよ」

「うふふ」


 その言葉に何を思ったのか、心の読めない笑みを返す玲衣子。


「なんだその笑い」

「いえ、そう……、うちの李知ちゃんはまだ猫と同列なのねぇ」


 道は長いわ、と嘆く玲衣子。

 意味が解らん。


「うふふ、気にしなくても構わないわ。それより、李知をよろしくね?」

「ま、言われずともよろしくさせていただくさ」

「よろしくするの?」

「ん? ああ」


 なんだその含み笑いは。

 そんなことを思いつつも、俺も眠くなってきた。

 猫をなでているつもりが李知さんの頭だったあたり、もう落ちかけているのだろう。



 俺は、そのまま眠りについた。


「あらあら、寝ちゃったのかしら。うふふ」





 今日も今日とて平和である。








おまけ


「ところで、こいつの名前は何にするよ」

「うーむ……、喜三郎!」

「ないな」

「シュレディンガーなんてどうかしら?」

「わかってて言ってんのか?」

「じゃあ、彰英!」

「そも、こいつ雌」

「そうねぇ……、ジョセフィーヌ?」

「どうかと思う」

「だったら、薬師はどんな名前を付けるんだ?」




「……えーと、タマ?」






おまけ2



「うふふ、李知ちゃん、ご機嫌ね。薬師さんに膝枕されたから?」

「な、なな、そんなことは――!!」

「やっぱり、好きなの?」

「そ、そんなことはない! 断じて!!」

「うふふ、じゃあ、お母さんが貰っても、いいわよね?」

「だ、ダメだッ!!」

「あら、好きじゃないんでしょう?」

「うぐ、そ、それでも」

「私がちゃんとアタックしてモノにしたなら、文句はないでしょう?」

「だ、ダメだ!! お母様でもそれは許しません!!」

「じゃあ、あなたがちゃんと落とすのよ?」

「っ!!」






「うふふ、これくらい発破掛けとけば大丈夫かしら?」



―――

今回のメインヒロインは、

    金 棒 。

嘘です。
すいません。
金棒擬人化九十九神とか一瞬でも頭をよぎって無いですすいません。
後一児の母にフラグとか、猫擬人化とか全然考えてないです本当です。


そう言えば、いつの間にか十万PVを超えてました。
書き始めた当初は、万でも超えればと思っていましたが、意外と長くなったものです。
これからも気合入れていきたいと思います。


では返信。


奇々怪々様

確かにそうですね。
笑いながら死ぬのと、睨み恨みながら逝く場合。
前者は得体のしれない恐怖、後者は罪悪感が手に入るのではないでしょうか。
どちらにせよ、トラウマ確定! でありますね。



ねこ様

秘書さんが薬師がいると確信したのは意外と最近です。
まあ、詳しくは本編三、四話後で語られる気が。
今頃、血眼で薬師を捜索中……?



シヴァやん様

秘書さんはもう少しあとになりそうです。
そして、前さんだけでなく李知さんも本気になったようで。
色々な人たちがマジになってきています。
このままでは、出遅れると勝ち目がががががが。



gohei様

感想どうもです。
まあ、生徒会は正規メンバーではなく、友人の手伝いなんですがね。
それと、一応ほのぼのラブコメなんで、薬師が格好良くなりすぎないように生きたいと思います、はい。
またゆるゆるに戻った薬師の日常を見て頂けると嬉しくて感動にむせび泣きます。



やっさん様

いやはや、色々と嵐の予感ですね。
問題は暁御の活躍の少なさ。
じゃら男との絡みがメインなので、じゃら男メインになるんですよね。
このままでは、暁御が本当にブラックストマックな人に……。
そうでもないと活躍できな……。



悠真様

感想感謝です。
いやはや、拙作を一気読みなさるとは、中々の猛者であられる様子。
これからは、更新して行く一話ずつ見て頂けると嬉しいです。
とりあえず、近いうちに駄目ンマ様も出したいと思っております、はい。








では最後に。

猫を相手にフラグが立つ体質なんて……、悔しいッ! 俺にも欲しい!



[7573] 其の三十五 俺と家族と娘と風邪と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/07 00:05
俺と鬼と賽の河原と。



「一つ積んでは由美のため」


「二つ積んでは由美のため」


「三つ積んでは――」




「あの……、お父様、重いです」



 由美の額には、濡れた手拭が何重にも乗っかっていた。







其の三十五 俺と家族と娘と風邪と。









 由美が、風邪をひいた。


「ご、ごめんなさい……」


 残念ながら、霊体になって尚、人類は風邪から逃れられないらしい。


「気にすんなっての。ほらほら、ゆっくり寝てろ」


 実質、地獄において病が流行することは、殆ど無い。

 そも、病原菌の絶対数が、圧倒的に少ないからだ。

 何故、と問われれば、病原菌が死んで、地獄に来た時、それは病原菌などよりも、別の前世の姿を取るのだ。

 当然である、特別な思いがあれば、死した時に前世の魂が表面化する、という話があるが、死んだときの魂が何かを考えることもない程の単細胞生物などであれば、至極簡単に、その精神は奥底へと追いやられるわけだ。

 だが、しかし。

 いないわけでもない。

 まあ、本来なら全く問題ないほどの量なのだが、今回は時期が悪かった。

 人から餓鬼となり、そして、その治療中。

 まだなりたてとも言える由美の体は、免疫が落ちているのだ。

 故に、運悪く感染してしまった、と。


「一応体温計で熱測っとけ」


 ベッドの上に横たわる由美に、体温計を渡す。

 上気した頬と、荒い息が痛ましい。

 そんな俺は、ベッドの横に座りこむようにして、体温計がなるのを待つ。

 由壱は仕事に出向き、只管に部屋は静かだった。

 そんな中、空気を読まない体温計の音が鳴り響く。

 由美が脇から取り出したそれを、俺は受け取り、言った。


「三十八度二分、辛いだろ? 今日はゆっくり休め」


 そう言った俺に、由美は申し訳なさそうにする。


「ごめんなさい……、私がしっかりしてないから……」


 二度目の謝罪。

 それを俺は首を横に振って否定した。


「だからいいっつの。俺としちゃ、完璧超人であってくれる方が困るね。俺の存在意義がない」


 いじれないしな。

 熱気を放つ額に俺は優しく触れ、言う。


「ともかく、治すことに専念だ。今日くらいなら、べったり甘えてくれても歓迎するぞ?」

「あ……、はい」

「いい子だ。さて、と。でこに貼る類の物でも買ってくるか――」


 正直に言って、風邪を引くことなど通常ではありえないため、風邪対策の物はほとんどないと言っていい。

 額に貼るようなのが売ってるとしたら、下詰神聖店くらいか。

 そう思って立ち上がったら、着流しの裾を、掴まれていた。


「あ……」


 それに今気づいたかのように、ぱ、と由美が指を拡げた。

 俺は思わず、苦笑いする。


「言ったよな? 今日はべったり甘えてくれても歓迎する、って」


 俺の言葉に、由美の手が、宙を泳ぐ。


「だが、言ってくれなきゃわからん」


 すると、今度は口を開いて、何か言おうとして、閉じる。


「甘えるってのは、そうだな、自分が甘えに行くってことだろ? だから、まあ、要求がないなら、俺は行ってしまうが――」


 それでも、口を真一文字に引き締める由美を見て、俺は溜息一つ吐くと、どかり、とベッドの隣に胡坐をかいた。

 意外そうに見てくる由美に、俺は苦笑いを見せる。


「言ってくれなきゃわからん事もあるが、言わなくてもわかること、ってのもあるんだよ」



 すると、やはり申し訳なさそうな顔。


「ごめ、んなさい……」

「だから、謝らなくていいっつの。誰も迷惑なんて思ってねーよ、いっそこっちが悪いことしてる気分になる」


 と、その時、俺の頭に少々閃いた。


「そうだな、次謝ったら、罰ゲームな」

「えっ?」


 驚いた表情の由美に、俺はいたずらっぽく笑いかけた。


「おっと、無理すんな」


 すると、すぐはっとしたような表情になって、


「あ、ごめ……」


 謝りそうになって、言葉を飲み込む。


「おっと、危ないぞ? 大丈夫か? 罰ゲームになったらあれやこれやするからな、覚悟しろよ?」


 笑って言う俺に対し、由美はその光景を想像したのか、ただでさえ赤い顔を更に赤くする。


「おいおい、無理すんなよ?」


 俺はもう一度、その玉のような汗の浮かぶ額に優しく触れて、言った。


「とっとと寝ちまえ。寝付くまではずっとここにいるから」


 由美はこくんと、肯き。

 ほどなくして、眠りに落ちた。


「さて、まずは……、桶と手拭だな」


 そう一人呟いて、風呂場から桶を取り、水を入れる。

 その中に、手拭を放り込み、絞る。

 そして、由美の許まで歩いて行き、額に乗せる。


「さて、と。次は、昼飯か……、粥だな」


 昼まではしばらくある。

 俺は、苦しそうな由美の手を握り、目を閉じた。







「さて、丁度いいか?」


 鍋の中で煮られる白い粒を、少々掬って、口に含む


「おっし、いけるな」


 中身を容器に入れる。

 これで粥が完成。

 台所から出て、由美の元へ。

 すると、はっとしたように跳び起きて、不安げに辺りを見回す由美を俺は目撃する。


「俺はここだっての。どこにもいかねーよ」


 俺は苦笑一つ。

 すると、俺を見つけた由美は、すぐに満面の笑みを見せ。


「やけに嬉しそうだな」


 俺の言葉に、それをすぐに引っ込めた。

 俺はにやりと笑う。


「もう笑うのやめるのか? 折角可愛いかったのに?」


 ぼんっ、という擬音がしてもおかしくない程に顔を赤くする由美。

 照れてる照れてる。

 そんな由美に、俺は今度は普通に笑いかけ、粥の入ったお椀かられんげで一口分を掬い、息を吹きかけ冷ます。


「ほら、口ぃ、開けろ」

「え? あ……、はい」


 戸惑いながらも口を開いた由美の元に、れんげを運ぶ。


「美味いか?」


 聞くと、由美は肯き、その後、おずおずと告げた。


「あの、自分で……、食べれます」

「そうかぁ、そうだなあ。由美も自分で食べれるなぁ」

「はい、だから……」

「だが断る」


 俺の言葉に、目を丸くする由美。


「言ったよな? 甘えてもいいって。だから甘えとけ。ほれほれ、第二波行くぞ?」

「うぅ……」


 そのように、俺は再び由美の口に、粥を運んで行く。

 それ以上、由美は抵抗しなかった。

 ただ、恥ずかしそうにしながらも、俺の行為を受け入れる由美と、無心に由美の口に粥を運ぶ俺。

 由美の粥を咀嚼する音だけが、部屋に響いていた。













 そして、由美の食事も終わり、俺は額に乗せていた手拭がもうその役目を果たせていないことに気付く。

 手拭を拾って、桶の中に入れてみるが、桶の中の水も既に温く。


「面倒くせえな。しゃーねー、やるか」


 由美が表情に疑問を浮かべる中、俺は迷いなく気流を操った。

 冷たい空気が駆け抜け、冷えた手拭が出来上がる。


「いま、何を……?」

「冷気を集めただけだな」


 主に冷蔵庫やらの空気を適当に吹かせただけだ。

 扇風機要らずである。


「ほれ」


 言いながら、俺は由美の額に手拭を張り付ける。


「さて……。夕飯の材料がねーなー。……買ってくるか」


 独りごちて、立ち上がる。

 今回は、裾を掴まれることはなく。

 俺はちらと由美を見る。

 その瞳が、何かを語っていた。

 だが。


「あの……、お父様」


 その思いは、ちゃんと口から紡がれた。


「行かないで……、ください」


 俺は思わず、口の端が吊り上るのを止められなかった。


「よくできました」








「うーむ……、ちょっとお邪魔するぞ?」

「え? あ、あの?」


 俺は、普通に由美の眠るベッドに入り込んだ。


「む、暑苦しいなら退散するが。暇なんで、俺も寝かしてくれると助かる?」

「いえ、あの、その、……嬉しいです」

「そいつは重畳」


 そして、ベッドに入ってしばらく。

 不意に由美が言った。


「あの……」

「なんだ?」


 由美は、申し訳なさそうに言う。


「今日は、仕事まで休ませて……、ごめんなさい」


 その言葉に、俺は――。


「お前さん、罰ゲーム」


 今、禁句を言った事に気づいたらしく、由美は口を丸くして驚きを表現する。


「あ……」


 そんな彼女に、俺は苦笑一つ、そして言う。


「お前さんな、ごめんなさいじゃなくて他にも色々言う事があるだろうに」


 すると、彼女は首を傾げた。

 仕方がないので、俺は答えを言ってやることにする。


「こういうときは、ありがとう、でいいんだよ」


 罰ゲーム、覚悟しろよ? と最後に付け足して、俺は締めくくった。


「はい……、ありがとうございます……!」


 ただ、その言葉に満足したように頷いて、俺は眠りについた。







 今日も、俺の周囲はいつもと変わらない平和の様相を呈している。












「ただいまー!! 夕飯の材料も買ってきたよー!!」


 返事はない。


「あれ? 寝てる……。仲いいな、兄さんと由美は」


 兄は、風邪がうつったら、どうするつもりなのだろう。


 そんなことを考えながら、少女の兄は、微笑ましい気分で由美の部屋を後にした。












――


其の三十五です。
今回は、由美でした。
次は――、誰にしよう。

そして最近、調子がいい気がする。
速度につながらないのが困りものですが。



では返信。


シヴァやん様

誤字報告どうもです。
何故か前さんと李知さんを間違える癖があるようで……。名前の感覚が似てるのか、さん付けが悪いのか。
ともあれ、実に、猫が鬼になった際に、前世に人間が混ざっていた場合、猫耳っ娘が誕生する可能性も……。
ちなみに、猫らしくないという行為とは、人に忠誠を抱く、などでしょうね。そして鬼に、そして猫耳が誕生! となる訳です。




春都様

感想ありがとうございます。
スケールが壮大でも、一応ほのぼのラブコメですからね。
どこまで行っても薬師の日常、が基本であります。
これからも精進していきますので、お付き合いください。




奇々怪々様

人妻フラグなんですが――、参ったことにネタがふと思いついてしまって持て余す状況に。
どうしよう……、ただ、これ以上予定にない人を増やすと修正がががががが。
猫耳李知さんは、今後登場する可能性は……、大…?
それと、薬師は色々なところが鈍いんです、きっと。




ねこ様

私も猫の飼える家に住みたいです。
昔は居たのですが、今は借り家暮らしでして。
というのは置いておいて、猫フラグは、あるかもしれないです。あってももっと後になるでしょうが。
そして、猫に膝を占領されるとは羨ましいっ、ちょっと猫探してきます。




悠真様

もしも、薬師と閻魔が結婚したら、妹と薬師でいじり倒され。
もしも、李知さんと薬師が結婚したら、薬師と母でいじり倒され。
結局、ハイパーいじられタイムが発動するいじられサイド。
でも、結局妹も薬師にいじられるんですよね、ぶっちゃけ。




jannqu様

感想どうもです。
望まぬ選択肢しかないならば、新たに作り出すんだ!
「残業する」という。と、まあ、それはいいとして。
シュレディンガー。まあぶっちゃけるとなんにせよ猫に付ける名前ではないですね、はい。
それでは、これからも気合入れて頑張っていきますので、受験準備頑張ってください。



最後に。


薬師って……、何気にヒロインポジだよね。



[7573] 其の三十六 私と彼と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/09 23:00
俺と鬼と賽の河原と。




「一つ積んでは地獄のため」


 印を押す音。


「二つ積んでは地獄のため」


 紙をめくる音。


「三つ積んでは――」




 小さな体を書類に埋もれさせ、閻魔は、書類と格闘していた。





其の三十六 私と彼と賽の河原と。








AM 06:00


 起床。

 食事をトーストで済ませる。






AM 06:30


 身支度。

 いつも通り糊の効いたブラウスにスカート。






AM 08:00


 上機嫌で出勤。

 部下が鼻歌を歌いながら歩くその姿を目撃する。



「閻魔様、今日は、上機嫌なんですね?」

「え? あ、え、いえ、そんなことはありませんよ?」






 そう言いながらも、にやけていたため、部下は、


「まったくもって、そんな訳はないだろう」


 と証言した。





AM 09:00


 書類と格闘。


「今日は一段と張り切ってますね。何かいいことでも?」

「いーえ? そのようなことは決して」







 やはり上機嫌な上司の姿に、部下はこう証言している。


「やばいっすね、すごく嬉しそうでした。宝くじにでも当たったんすかね」


 と。




AM 11:00


 部下の仕事場の視察。

 寝ていた部下が、こってり絞られると震えていたのに対し、


「気を付けないとだめですよ?」


 と、笑顔で対応。





 後々部下はこう言った。


「槍が降る」


 と。






PM 12:00


 昼食を抜く。


「今日は食べないんですか?」

「ええはい」


 にこにこと笑って言う閻魔。


「減量中とか?」

「いえ、そういうことではありませんよ。ふふふ」


 その様は、とても幸せそうだったと言う。






PM 01:00


 仕事に復帰。

 実に楽しそうに書類を片付けて行く。





PM 03:50


 仕事の追加。

 少々驚いていたが、すぐに取りかかる。




PM 04:45


 表情に焦りが見え隠れし始める。


「少し、急がないと……」




PM 05:30


 ついに涙目。





PM 08:30


 仕事、終了。








「それでは、私は帰ります」

「急いでますね、珍しく」

「はい、人と約束がありまして」









 もう夜闇に包まれた道を閻魔は走る。

 約束の時間は六時。


――彼はもう、帰ってしまったのだろうか。


 意識せずに、足の回転率が上がる。

 不安で仕方がなかった。







 話は三日ほど前にさかのぼる。

 薬師が、閻魔宅に来ていた時の話だ。

 閻魔は、ぼんやりと立っていた薬師に、動揺を隠しきれないながらも、言ったのだ。


「あ、ああああ、あの!!」

「いや、落ちつけよ」

「その、あの」


 上手く喋れぬ閻魔を、ゆっくりと薬師は待っていた。

 そして、遂に閻魔は言う事が出来た。


「あの、今度一緒に夕食を食べに行きませんか!?」


 予想外、とでもいうように、目を丸くする薬師に身を強張らせるが、薬師は、特にいつもと変わらず、普通に返した。


「いいぞ?」


 閻魔は、思わず飛び上がり、薬師に大層驚かれたのは――、余談である。








 急き切って、辿り着いた役所前の広場の噴水。


「薬師さんは……!」


 噴水の向こうに人影。

 閻魔の表情に笑みが浮かび――。

 消えた。


「流石にもう……、帰ってますよね」


 人影は、薬師ではなかった。

 意識せずして、肩を落とし、項垂れる。


「申し訳ないことを、してしまいました……」


 その眼尻には涙が溜まっていた。







PM 09:30



 暗い夜道をとぼとぼと歩く。

 閻魔は、一気に疲れを感じつつ、自宅の前までたどり着き、階段を上る。

 本当はエレベーターが有るのだが、待つような気力がなかった。


「はぁ……」


 溜息一つ吐いて、家の前に辿り着く。

 鍵を開ける動作が、どうにも面倒だった、

 細い指先を認証機に付ける。

 すると、錠が上がる音が響き、閻魔は扉に手を掛けた。


「……? 由比紀でも帰ってるのでしょうか……」


 と、そこで閻魔は家に電気がついてることに気付く。

 もしかすると、最近目撃証言のあった妹が帰ってるのかもしれない。

 そう思って、扉を開く。

 そこには――。


「よぉ、お疲れさん」


 如意ヶ嶽薬師がテーブルについていた。


「あれ……? 薬師さん?」


 閻魔の視界に移るのは、テーブルの上に乗る、食事。


「おう。あんまりにも遅かったんでな。料亭なんぞとは比べるまでもないが」


 確かに、そうであったが、普段と比べれば、明らかに豪華であった。


「は……、はい……!」


 思わず、目から涙がこぼれた。


「お、おーい? 何故泣く?」


 思わず泣き崩れた閻魔に、戸惑いながら薬師は言った。


「いえ……、そのっ、嬉しいんです」


 すると、閻魔の前に立つ男は、優しげに笑う。


「さよけ」





 閻魔の涙が、幾分落ち着いてきたころ、薬師は言った。


「ほれほれ、帰って来たなら、言う事があるだろ?」


 閻魔は涙の残る顔で、笑顔を作る。


「はい……!」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、薬師を見つめた。





「ただいま帰りました」







「おかえり」






 今日の地獄も平和である。






PM 10:30


「じゃ、俺ぁ帰るわ」

「あ、あの……」

「うん?」

「もう少し……、ゆっくりしていきませんか?」

「おー……、そうするか」

「はい! お茶入れてきますね」

「まて、俺が行く!」

「何故です?」

「こぼす。ダメ、ゼッタイ」






PM 11:30



「うふふ……、明日も良い一日になりそうです」



 にやけながら、ベッドに入る。








AM 10:00



 仕事中、からかわれる。


「もしかして、昨日のあれ……、男っすか?」

「そ、そそそそ、そんなことは!!」

「あれ……? マジっすか」

「そんなことはないと言ってるでしょう!」

「その反応が怪しい」

「うー……」




―――

三十六です。
今回は意外と難航しました。
できるだけあっさりとした感じにしようと思ったら短くなりすぎたり。
いつもと違う手法でいってみたり。

そして、友人に(熱く激しく)勧められ(強迫とも)、青鬼なるゲームをプレイしたり。
知ってる人も多いかと思いますが。
いやはや、面白かったです。
絶対にお勧めできませんが。





さて、返信を。



悠真様

薬師のポジは基本的に父親ですね(オヤジ臭いとも)。
そこが魅力的である、というか、女性から見て男性特有の下心やいやらしさ、男臭さなどを感じさせる年上(風味)とあらば、モテもしますよ。
ただ、それ以上の関係になるのが辛いのです。
それと、きっと閻魔一族は対になる相手を引き寄せるのです。SとMは引きあうのです。




シヴァやん様

自由気まま、好き放題だけど、やはりきっちり忠節をつくす猫娘……。
ツンデレ風味……。うふふいいじゃないですか。
一本書きたくなりましたよ、中世で。
ともあれ、まずは秘書さんですね。




奇々怪々様

お、おっかあ!! というのはともかく。
濡れ手拭を顔に……、死にますね。
風邪で苦しいのにこの仕打ちっ……、目覚めるしかないっ……。
それと、猫耳李知さんは、きっと出るはず。出したい。個人的に。




ねこ様

兄がオカンポジで、薬師がおとんポジとの噂が……。まさかの由壱ヒロイン。
まあ、菌も生きている以上は地獄にやってくるわけです。
量が少ないため、あまり風邪をひかないだけで。
ただし、弱ると標的にされちゃいます。それに、菌がないとヨーグルトが食えません。





キシリ様

感想どうもです。
朝目覚めると、角と耳は消え、猫耳が生えていた、というポルナレフになるのです。
ちなみに、やーい、お前の前世病原きーん。
なんていうと、お前の前世ワラジムシとか始まって、五十歩百歩どんぐりの背比べが始まる予感。


「やーい、お前の前世病原きーん!」

「お、お前なんてスベスベマンジュウガニのくせに!」

「知ってるんだぞ! お前の前世の一個前はスカシカシパンだったんだろ!!」

「お前なんてその時ツノトカゲだっただろ! 目から血いだして! 汚ね、ばっちい!!」

「は? お前なんてその前は――」

「残念でしたー!! 俺はその時アメリカザリガニでしたー!!」

「うっせーよ!! 俺だってバッタだったっての!!」





スマイル殲滅様

上気した顔、はい。ロマンです。
風邪にすら付け込む薬師の建築士ぶりに全米が涙しましたよ。
観客総立ちで。
ちなみに、由比紀はとぼとぼと帰って行ったようです。
閻魔姉妹のターンは、一話二話後くらいに。姉のターンはもう来てましたが。





春都様

むしろ、フラグ百八つ積んで現世帰り、とか、……ないですね。
逆に地獄に落ちるべき。
主に、酒呑と青野とじゃら男で脱衣麻雀野球拳的な意味で。
人妻も、やりたいなぁ……。




無音様

感想感謝です。
いかがでしたでしょうか。
気に入っていただけたら幸いです。
よくわからない妖怪伝承とラブコメの融合した奇妙な世界ですが、楽しんでいただけたらと、精進していきます。





さて、最後に。

薬師……、花嫁修業でも始めたのかっ……?




[7573] 其の三十七 私と主と、俺と部下と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/12 22:40
俺と鬼と賽の河原と。




 あの人の存在を感じたのは――、地獄を揺るがした事件の時。

 無為に転生を待つだけの日々に訪れた巨大な変化。

 最初は連続した雷だった。

 ただ、その様になんとなく昔の主を思い浮かべ。

 そして、次の瞬間、それは驚愕に変わる。



 吹き抜ける風。

 懐かしい、風。

 そのうねりは力強く一点に集まり、竜巻を成した。

 その風が一切の瘴気を集め、霧散させたことも、一瞬で理解した。

 その時、確信したのだ。

 彼が、いる。

 もういないと思っていた敬愛するあの人の声が聞こえた気がした。



『天に尾を引く天ツ狗――』









其の三十七 私と主と、俺と部下と賽の河原と。








 今日の河原も、相変わらず平和で。

 いつも通り俺は石を積み上げる訳である。

 意外な人物と出会いながらも。


「かっかっか、元気かね」


 そう言って俺が声をかけたのは、ブライアンだ。

 誰か、と言われれば、地獄怨念蒐集事件の主犯である。


「……そちらから――、気さくに話しかけられるとは思ってなかった」


 当のブライアンは、目を丸くしてこちらを見る。


「悪いか?」


 言うと、ブライアンは少々何かを考えるようにして、首を横に振った。


「そもそも……、いや、お前の人となりを見る限り無駄だな」

「ああ無駄だ」


 なんとなく馬鹿にされている気がするが、俺は即答する。


「で? 何を働かされてるんだお前は」


 俺がそうブライアンに聞くと、彼は微妙な表情をした。


「さて、な……。結果としては死人が出ていないからな、処罰が重くならんのはともかく。なぜ働かされているのだろうな」

「死刑にするよか人手不足だから馬車馬のように働かせた方がいいんだろ。結果的に能力が高い人間の方が供養の能率が高いしな」


 実際魔力持ち霊力持ちは石を積む際に自分の力を乗せれるからな。

 供養の念に絞って話せばこちらの方が効率が良い。

 それに、末端を処刑したってどうしようもないしな。

 そのように納得して俺は考えるのをやめた。


「ま、頑張ってな」


 そう言って俺はブライアンと別れようとした。

 そんなときである。

 もう一人、もう一人、河原において新しい顔でありながら、俺にとってよく知る人物が、そこに立っていた。


「ところで、先ほどから殺気を放ってこちらを見ているのは、お前の知り合いか?」


 ブライアンがそう言ったのに対し、俺は笑いながら答える。


「殺気と先ほどを掛けてるのか? 冗談の才能な――、あ」


 俺の斜め後方。

 振り向いた先に居たのは――。


「薬師様……」

「藍音?」


 灰色の肩まで届く髪を、左右下の方で縛り、前に下ろした髪型。

 俺の喉元程の身長。

 そして、いつの日か、勝手に着用していたメイド服。

 俺のよく知る、元部下。


「貴方は……、なぜ私より先に逝ってしまったのですかッ!!」


 その、そのたった一つの言葉に、万感の思いが詰まっていた。

 怒りを灯したその声が俺を射抜く。

 その眼は、怨嗟に淀んでいた。

 綺麗な、碧い眼だと言うのに、もったいない。

 自然とそう思った。

 きっと、その時は驚きで頭が回っていなかったのだろう。

 ただ、呆けたまま。

 思わず口にしてしまった。


「お前……。俺に死んでほしくなかったのか?」


 現在の俺は、金槌で頭を殴られたような気分だった。

 思えば、俺が逝って人がどう思うかなぞ考えもしなかった。

 まあ、これからも人がどう思うかなど考えずに俺は生きるのであろうが。

 すると、藍音はこちらをキっと睨みつけ、


「ッ――!!」


 走り去っていく。


「……」

「大丈夫か?」


 茫然と立つ俺の肩を、ブライアンが叩く。


「ああ」


 俺は振り向いて答える。

 しかし、どうするか。

 俺は考える。

 あれは、俺の自分勝手が招いた結果である。

 反省も後悔もする気はないが。

 そも、責任や義務を持ち出すつもりはない。

 ぶっちゃけると、藍音が俺を恨もうが憎もうが嫌おうが、どうぞお好きに、という話である。

 俺は自分勝手な生き物だ。

 自分のしたいことの他はしない。

 だから、俺の行動が招いた結果だからと慰めに行くような真似はしない。




 要するに、ただ俺が、藍音に嫌れたままが、嫌なのである。

 故に、俺は彼女と話さなければならない。







 だがしかし。

 どうしたもんかね。

 俺は、ブライアンに策を問うてみることにする。











 次の日。


「よぉ」


 俺は、街の一角で、藍音と向き合っていた。


「なんの……、用ですか……?」


 藍音を探し出すことは難しいことではなかった。

 普段使わない天狗の探知を最大限活用し、藍音の風が吹く方向に行っただけだ。

 人間だと難しいが、相手は天狗。

 風の性質を持つ以上、大天狗が風を読んで見つけられないはずはなく。

 つっけんどんに言った彼女に、俺はあるものを投げた。


「……え……?」


 思わず受け取る藍音。

 それは花束。

 彼女の好きな、花菖蒲。


「さて、話をしようか? 生憎と鈍感と称される人間らしくてな。はっきり言ってくれんとわからん」


 すると、驚いていた藍音の表情が、無表情に戻る。


「話すことなんて、ありません」


 無表情な割に、辛そうな表情。


「あるだろう? その顔に書いてある。別に論理的なお話をしろって言ってんじゃねーよ。ただ、その感情を発露してくれんと俺は理解もできん」


 いつものようにそう言うと、藍音は、こちらに向かって次第に想いを吐きだしていった。










「私は。貴方のことが、嫌いです」

「そうか」


 俺が嫌いだ、と言った藍音の眼尻には感情の高ぶりからか、涙が溜まり始めていた。


「私は。貴方を殺した天狗達が嫌いです」

「そうか」


 ただ、俺は肯く。


「私は。貴方のいない世界がっ、嫌いです……!」


 そして、最後に。

 彼女は、涙を流しながら言った。


「私はっ!! 何よりも、貴方を守れなかった私が……っ!! 大嫌いです!!」


 何も言わず肯いた俺に、彼女は泣き叫んだ。

 ただ、彼女は今までため込んだ感情を、俺にぶつける。


「世界なんて、嫌いです!! 私を一人にする世界も、一人になる私も、大嫌い!! 皆、なくなってしまえばいい!!」

 本来、藍音という少女は感情の起伏に乏しい人間である。

 彼女の、こんな姿を見たのは、死んだとき以来か。

 俺の存在が彼女のこの表情に繋がるのだとしたら、嬉しくもあり、悲しくもあり。

 どうせなら、笑ってくれれば、俺としては完全に嬉しいんだけどなぁ。

 そんなことを思いつつ、俺は言う。


「そうか。お前さんは皆嫌いか――」


 だけどな、と、俺は続けた。


「俺はお前さんのこと好きなんだよ」


 驚いた顔で、藍音がこちらを見ていた。








◆◆◆◆◆◆






 如意ヶ嶽薬師は、私の父と言ってもいい存在である。

 生まれてから、私は、ただ、路傍の石ころのように山に転がっていた。

 それを拾ったのが、当時の大天狗、如意ヶ嶽薬師その人である。

 拾われた当初既に、私は天狗だった。

 私は、彼のような人間から転化した者ではなく、自然から生まれた妖怪であるからだ。

 だが、如意ヶ岳の天狗としては、おかしかった。

 私ははぐれだったのだ。

 如意ヶ岳に誕生した天狗なら誰でもわかることすらわからず。

 まるで生まれたての赤子のような私だった。



 それから、私は大天狗たる彼のもとで育った。

 無愛想な性格だけはどうしようもなかったが、それでも、感情らしき物を手に入れることはできた。

 そして、それなりにさぼってはいるが、忙しく、そして自分のことに無頓着だった彼の身の回りの世話を始めたのは、当然の流れであろう。

 その延長線から私は彼の秘書となった。

 口では鬱陶しいと言ってはいたが、それなりに頼りにはされていた、と思う。

 だけど。

 ある日彼は、突然死んだ。

 死んでしまった。

 ふらっと消えることはよくある人だったが、今度はふらっと死んでしまった。

 そんなとき、ふと思ったのだ。

 彼にとって私とはその程度の存在だったのか、と。

 所詮、それだけの存在なのか、と。

 そして同時に、彼のいない世界に用がないことに気付く。

 それ故に、私は死に場所を求めた。

 只管戦い、危険な戦場に身を晒し続け。

 そして最後に、大天狗と戦って、死んだ。

 ただ、予想外だったのはそこから。






 地獄が実在し、私は、驚きと同時に彼がいるかもしれない、と思って、すぐ絶望した。

 彼のことだ、既に転生を終えているのだろう、そう考えた。

 故に、私は転生を待ち、早くこの無為な魂に終止符を打とうとしたのだ。

 そんな私が、今だ地獄にいるのは、未練だろう。

 ある、噂を聞いたのだ。

 元より妖怪として生まれたものは人外としての転生枠があるが、人間から妖怪となったものは、転生できない。

 噂。そんな不確かな情報私は縋った。

 そして、出会ったのだ。

 彼の風に。










「私は……、貴方と生きることができないなら――、せめて貴方と一緒に死にたかった」

「……俺が死んだことには、謝罪せんよ」


 あれが俺の選んだ道である。

 文句を言わせる気は全くない。

 だが、しかし。

 俺は頭を下げた。


「お前を一人にしたのは、悪かった」








 地獄で初めて会ったとき。

 私は彼を殺してやろうと思った。

 思っていた。

 私を置いて死んだ彼が、憎かった。

 誰も捉えられない、誰にも囚われない彼を私の物にするためには、他になかった。

 だが、できなかった。

 彼と見つめ合った時。

 不覚にも、涙が零れそうだった。

 不意打ちするつもりで集めた風は、いつの間にか霧散していた。

 できたのは、虚勢を張って彼を睨みつけただけ。

 その時、結局思い知らされた。

 どこまでいっても私は彼のことが大好きで、愛おしいのだと。

 ただ、彼に捨てられるほどの存在だった自分が壊れないように虚勢を張っていただけだったのだ。

 彼は変わらない。

 いつも通り、昔のように私を見ていた。

 だからこそ、私は逃げた。

 怖かった。

 きっと彼は飛び込めば懐に入れてくれただろう。

 だけど……、彼は変わっていなかった。

 ふらりと、またいなくなってしまう気がして、踏み込めなかった。










「お前を一人にしたのは、悪かった」


 そう言った瞬間。

 落ちつきかけた藍音が再び、涙を零し始めた。


「……お願いだがら……っ、いい子にずるがらっ……。ぐすっ、うう……。一人に、しないでっ」


 そんな彼女に、俺は笑いかけた。


「今回ばかりはどこにもいかねーよ」


 行けねえしな、と言って俺は娘を抱きしめてやることにした。

 ただ、藍音の泣き声が俺の耳を支配していた。














「結局、捨てられた、とか思ってる女は、男に構ってほしいもんだ」


 どうすればいいのか聞いた俺に、ブライアンはこう言ったのだ。


「花束の一つでも持って、抱きしめてやればいい」







 今日の地獄も平和である。






―――

満を持して藍音登場!
クールなキャラのはずなのに今回ばかりはすごいことになってます。
次回からは通常のキャラを通せればいいなぁ、と。
ちなみに髪型がわかりにくいやも。
左右から後ろにかけての髪を下の方で二個にひとまとめにして、前に出しているのですが。
二股の尻尾を前に出してるような。うーむ……。
判り易い例えとしては、とある鍵山な雛さんの髪を二つに分けたらそんな感じじゃないかしら、と。








さて、返信と参ります。



春都様

どこまで逝っても父親な薬師でした。
今回もそのような感じで。これからは、秘書さんによるクーデレが始まればいいな。
とか思っています。
脱衣麻雀候補にブライアンが上がって来ました。




シヴァやん様

閻魔の好意に気付かないのは、多分次元探しても薬師位なものでしょう。
と、まあ、今回はこんな感じで藍音編でした。
期待を裏切ってまさかのメイドでした。どちらかというと、ふわっふわ、というよりもストンとした。
今度衣服の設定画でも出しましょうかね。




紅様

コメントどうもっす。
攻略対象は薬師と酒呑とじゃら男、ブライアン、山中名人、店主なんですね。
わかり……、たくないです。
とても……、混沌としそうです。




ザクロ様

お久しぶりです。再びゆっくりと追って行ってくださると幸いです。
薬師はその内閻魔にティーカップとか渡すようになるんですね。
中身に平気で緑茶とか入れそうですが。
ただ、どちらかというと、執事というよりハウスキーパー。




悠真様

あからさまな態度を取るのが閻魔一族M派の奥義ですから。
ただ、下手に隠すよりポイント高そうですよね。うっかりぽろっと告白しそうで。
薬師は一生いじってもいい宣言すればホイホイ付いてきそうですが。
そして、風を読むという行為は空気を読むということ。この類稀なるエアリーディング能力で彼はきっとフラグを……。




奇々怪々様

薬師が嫁な件に関しては、仕様です、とかデフォです、とか言うしかないようになってきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
という挨拶は放っておいて。もう既に薬師の指紋は登録済みです。
そして既に閻魔は恋する乙女なので細かいことは気にしていません。
最後はみんなと結婚してライオンのような人生を送るんですねわかります。




やっさん様

閻魔一族のターンはすぐにやってきそうです。主に妹の方。
でも、今回シリアスやったからしばらく間を開けないといけないんですよね。
そして暁御、うふふ暁御頑張って。
私の夢に出てくるくらい頑張って。そしたらネタが出てきそうだから。




スマイル殲滅様

もう閻魔と薬師が結婚しちゃえYO、という戯言は置いておいて。
なんとなくネタの浮かびやすい閻魔様。
なんというかいじめやすいと言うか。
ここまで涙目が似合う人もそうそういないよ。




ねこ様

ぶっちゃけた話、藍音を抜けば薬師に一番近い位置にいるのは閻魔なんじゃないかと思う今日この頃。
というか、ここまで来て手を出さない薬師が恐ろしいです。
これはもう、腐敗聖域を復活させるしか。
というか、如意ヶ嶽宅に閻魔が来たら普通に母親やって馴染みそうな予感。




最後に。

和風給仕服、メイド服共に男のロマンである。



[7573] 其の三十八 俺と部下と結局平和と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/17 23:43
俺と鬼と賽の河原と。






「なあ、石ないか石」

「……どうしました?」

「いや、なんか積み上げたい」




「発作ですか」





其の三十八 俺と部下と結局平和と。










「……、帰るか」


 そう言った俺に、藍音は少し恥ずかしそうに頷いた。


「……はい」


 泣きはらした目で、彼女は俺を追ってきた。


「そう言えば、帰り買い物寄っていいか? 夕飯の材料がいるっぽいんだが」


 そう言って振り向く俺。


「おい?」


 そこには、傍目には判らないが、固まって驚愕を示す藍音の姿があった。


「貴方が――、作るのですか……?」

「ん? ああ」


 そのわずかに震えた声に肯きながら答えると、今度は本当に驚愕の声が返ってきた。


「貴方が? あの、日々の食事ですら面倒とレトルト、インスタントで済ませようとした貴方が?」


 まったく言い返せない。

 昔の俺とくれば、藍音が作らなければ全く何も、むしろ食べることすら面倒くさがったのだから、当然の反応。


「まあ、そうなんだけどな。あれだっつの、弟と、娘がいるからな」


 すると、遂に藍音の表情は凍りついた。


「……、む、娘……? 失礼ですが……、母親は? いえ、少々お話しがしたいだけです、本当に」


 まったくの無表情で言う藍音に、戦慄を覚えるが、何も言わなくとも状況は変わらず。


「落ち付けっての。まずは落ち着いて次に落ち着いて最後に落ち着けっての」


 さあまずは深呼吸だ。


「私は落ち着いています。それよりも貴方が落ち着いて詳しく話すべきです。さあ、ハリー、ハリー、ハリー……!」


 怖い。

 その無表情が怖いぞ藍音さんよ。


「いや、だからな、家族登録だよ。母親はいねーっつの」

「は、家族登録?」

「知らねーのか?」

「すいません……」


 俺の言葉に、藍音はうつむいて謝罪した。

 相変わらず細かいところを気にする完璧主義者め。


「あれだあれ、地獄に来た奴は皆一人で来るからな」


 一家心中でもない限り。


「そんなの寂しいと思ったあなたに、家族登録! 同じ思いの仲間を見つけて家族を作ろう、立ち位置は、皆で相談して決めてネ! という奴だ」


 そんな俺に、藍音は。


「……寂しかったのですか」

「ねーよ」


 ……ねーよ。


「ぶっちゃけ何が言いたいって、結婚しなくても現世よりずっと楽に養子縁組できるんだよ」

「そうですか」

「そうなんです」


 そんな風に、会話は続く。


「で、身寄りのない兄妹を引き取った、と」


 すると、ふと藍音がこちらを見る。


「兄妹なのに娘と弟、ですか?」

「んー、娘たっての希望で娘は娘になりました、さて俺は今何回娘と言ったでしょう」

「三回です」


 即答する藍音。

 だが、俺は首を横に振った。


「残念、四回」

「……なぜ」

「娘、たっての希望で、娘、は、娘、になりましたさて俺は今何回、娘、と言ったでしょう」

「ずるくないですか」

「ずるくないです。意地悪なだけだ」


 そう言った俺に対して、藍音は溜息で応えた。


「呆れたか?」


 すると、今度は藍音が首を横に振る。


「いつもの貴方だ、と安心しただけです」

「安心されてるのに溜息とはこれ如何に」

「……、お気になさらず」

「俺は大人なのでその間は敢えてなかったことにしよう」

「わざわざありがとうございます」


 まったくもって、昔と変わらない会話だった。

 思わず、懐かしくて笑みがこぼれる。

 と、そこでずっと聞こうと思っていたことを思い出した。


「お前さん、どうやって死んだんだ? 相手は?」


 戦場で死んだと言われているが、果たして藍音ほどの天狗がやられる相手とはいったい誰なのだろうか。

 すると、あっさりと藍音は口を開いた。


「鞍馬山のです」


 鞍馬山の大天狗。


「あー、あいつか」


 俺が、ぼんやりと口にした瞬間、藍音の表情が微妙に変化する。

 見た目全く変わったようには見えないが、眉が少し上に動いた。


「襲ってこられまして。……半刻足止めできたのですが」


 微妙に悔しがっている様子。

 だが、正直論点がずれていなくもない。


「大天狗相手に一対一で一時間持てば、大殊勲だっつの」


 そう言うと、俺はとなりを歩く藍音の頭に手を伸ばし、避けられた。


「何故避ける」


 そう言った俺に、藍音は目を合わせずに素知らぬ顔で言う。


「髪が乱れます」

「別に少しくらいいいじゃねーかよ。前もたまに撫でてやってただろ」

「外で髪が乱れるのは、貴方にとってもいいことじゃない、と思いますが」


 そう言えば、外で撫でたことはないな。


「じゃあ、中ならいいのか」

「……」


 何も答えず、そっぽ向く藍音。

 そんな彼女に俺は苦笑いを見せる。


「……まったく、素直じゃない」


 藍音は、こちらを見ないまま、言った。


「と、言う事は三人家族、ですか」

「おう、男子一人に女子一人。……ボーイミーツガール?」

「……」

「なんだその眼は」


 半目でこちらを見上げた藍音に、俺は言う。


「いえ……、無理して横文字を使おうとしないでも……」

「無理なんてしてない」

「たまにラーメンですら間違えて中華そばと言ってしまう貴方にそれを言う資格はありません」

「ぐぎぎ」

「覚えてるのなんて微妙なものか、英和辞典を読んで覚えたうろ覚え知識、ゲーム用語くらいなのに、無理してすくないボキャブラリーから頑張ってみる必要はありません」

「俺とて外来語の一つや二つ使いこなせるさ」

「……」

「今、小さく鼻で笑ったな? おい、笑ったな?」

「じゃあゲーム用語以外のを言ってみてください」

「……カルタ?」

「微妙です」


 一刀両断。

 そんなこんなで開き直る。


「英語なんて使えなくても死んだ今、魂で会話してるからいらねーもの」

「でも、ニュアンスはしっかり伝わるようですが」

「そこは華麗に無視しろ」

「そこで華麗にスルーと言えない時点で終わってます」

「まだ終わらんよ?」

「終わってます」


 そんな俺は、ここで切り札を切ることにする。


「俺の前でわんわん泣いたお前さんは終わってないと?」

「ッ! わ、忘れてください」

「記憶喪失になっても忘れない」







 そんなこんなで買い物を済ませ、寮に辿り着いた俺と藍音。


「そういやナチュラルに連れてきたが、家どこよ」

「この寮です」


 適当な相槌を打って、俺は自分の部屋へと向かい。


「ここです」




「お隣じゃねーか」






 今日の地獄も平和である。










 軽く紹介を済ませ、俺は藍音宅お邪魔することにした。

 そして、俺がソファに座ってぼんやりしていると、不意に藍音が隣に座ってきて、

 その頭についてる――、あー、えー、ホワイト――、あー。

 頭についてるあれを外し、こちらを見上げた。


「どうした?」


 聞いた俺に対し、藍音は何かを求める目。

 わからず、俺が困惑していると、藍音が口を開く。


「しないのですか」

「なにを」

「中でならいいのか、と貴方は聞きました」


 そこで俺は、納得した。

 そういうことか。


「なるほどな……。いいだろう、膝に乗れ」

「……」


 藍音は黙って俺の膝に乗ってくる。




 まったく、素直じゃない。




―――

三十八です。
とりあえず地の文を控えめに、会話のテンポを重視してみました。
そして、こいつら……、もうだめだ。
メイドとか、何をやっているんだよ薬師……、貴様の趣味か。



h ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org241037.jpg

今回、どうしても藍音の髪型が表現できないので、書いてみた。
ちなみに作者の絵心がハートブレイクしてる可能性があるので注意。
己の藍音に定評がある人はイメェジを崩すかも知れないので見ないでも全く問題なし。
見に行きたい人は上記URLのスペースを消して直接飛ぶか、上のHOMEからお願いします。


今回は鬼河、絵、短編となかなか作業が多かったっす。
よろしければチラ裏の一発ネタ短編もどうぞ。



では返信。



シヴァやん様

身の回りの世話から書類整理まで!
どう考えても労働基準法違反です本当にありがとうございました。
やはり薬師から見ると娘、ですね。
というか薬師から見て娘じゃない人なんて……。



悠真様

今回は秘書編のエピローグでしたが。
藍音はお隣のお姉さんに落ち着くようです。
まあ、後追いについては仕方のない部分も、というか、山ではなく主に殉ずるといういいのか悪いのかな性質が。
大天狗と当たったのもありますしね。



yuuki様

いやはや、流石にあんな出方しておいて本編出ずに終わるとか鬼ですからね。
しかも結構前から影がちらほらと。
酒の席での煙草吸わない話とか。
と、まあ、次は藍音とそのほかの初顔合わせになるんじゃないかな。修羅場になるかは……、不明?



ザクロ様

ふふふ、ついてこれるかな? という戯言は置いておいて。
美人秘書はいいですよ。ほしいですね、うちにも。
秘書が必要なほどの仕事はないのですが。
フラグを立てる、回収しない、老朽化、倒壊、再設置の永遠コンボ、これが薬師クオリティ。



まるこ様

感想感謝です。
お気に召さなかったようで申し訳ない。
まだまだ試行錯誤続けていくので、もしよろしければ、また何か意見を貰えると嬉しいです。



UME様

アルルゥ……、思わずググりました。
うたわれのキャラなんですね。
はて、どうなのでしょう。
未プレイなので、わかりませんが、どうだったでしょうか。



奇々怪々様

割烹着もそれはそれで萌えですが、袴や着物にエプロンというあれです。
多分、西洋化途中の過渡期の徒花かと。
そして、ブライアンはイケメン英国紳士風味。
まずい、このままでは薬師が……、というか現状なら野郎との友情エンドの方があり得そうなんですがね。



ねこ様

そして始まる正妻戦争。
飛び交う金棒。吹き荒れる風、そこに現れる最強の閻魔。薬師の命運や如何に!
きっと薬師先生はせがまれれば頑張ってくれるはず。XXXに進むには外法に手を出さねばなりませんが。
そしてメイドは仕え、忠誠をつくす様に萌えるのであり、あんなのメイド服着たウェイトレスやん、と言ってみる。



ヤーサー様

感想どうもです
ブライアン一本釣り流石渋い人。
藍音の登場を喜んでくれて何よりです。
このまま行くと父、薬師、母、ブライアン、祖父、酒呑。祖母鬼兵衛というひどい事に……。



光龍様

はじめまして、感想でありがとうございます。
大丈夫、ファミ通の攻略……、もとい。
大丈夫、書いてる本人が読みなおして、昼ドラ風味……? とか思ってましたので。
そしてそのまま痴情のもつれで殺人事件、と。



SEVEN様

感想どうもです。
フラグマスターたる薬師に建てれないフラグはない。
そして、折れないフラグもない、という。
三千世界のフラグを操る男、如意ヶ嶽薬師、なんてどうでしょう。




最後に。

きっとつい最近由壱辺りが藍音の引っ越し蕎麦を貰ってるはず。






[7573] 其の三十九 俺とその他と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/21 08:45
俺と鬼と賽の河原と。



「一つ積んでは母のため」

「二つ積んでは父のため」


「薬師様」


「三つ積んでは――、ん?」

「満足しましたか」

「おう」







其の三十九 俺とその他と賽の河原と。







 さて、今日もいい朝だ。

 飯を準備して支度を終わらせて今日も仕事に行こう。




「おはようございます、薬師様、朝食の用意ができましたので、こちらへ」


 そんな朝。


「藍音、お前さんが何故ここにいる」

「私は貴方の秘書ですから」


 何故か家に藍音が上がり込んでいた。

 鍵は、と聞いたら開いていた、と返された。

 我ながら不用心である。


「そいつは説明になってない、というよか、もうお前さん秘書じゃなかろうに」


 俺ももう大天狗ではない。

 俺はそう言ったが、藍音は首を横に振った。


「例え貴方が大天狗でなかろうとも、……私は如意ヶ嶽薬師の秘書ですから」


 その言葉がこそばゆくて、俺は少し黙りこんだ。


「それに、貴方が大天狗ではないというのは嘘です」


 その言葉に、仕方ないとばかりに俺は肯いた。

 まったくもってその通り。

 仙拓に山の長としての大天狗はくれてやったが、力の象徴としての大天狗はいまだ俺のままである。

 要するに、仙拓は山の長であるが大天狗ではないのである。

 ぶっちゃけると山を治めるのが大天狗、ではなく大天狗が山を治めてたから長が大天狗と呼ばれてるだけだしな。


「貴方は、貴方の師のようにならない限り、大天狗如意ヶ嶽薬師です。そしてそれ故私は貴方の秘書です」


 そんな彼女に俺は一瞬呆気に取られ、


「それはあれか。俺が消滅しない限り付きまとうストーカー宣言か」

「そうとも取れます。ですが、せっかくいい話で決着を付けようとしてるのに台無しにしないでください」

「断る。いつの間にかこんな話になってるがどう考えても話題のすり替えだ。不法侵入の理由にはならん」

「いいえ、ですから秘書ですので」

「そも、秘書であることをまだ俺は認めていない」

「ダメでしょうか」

「そうとも言っていない」

「では問題ありません」

「だがそうは問屋が卸さない」

「では何が気に入らないので?」

「秘書させるほどの仕事がない」

「いいえ、身の回りのお世話くらいならできるはずです」

「うん、それをやってもらっていいのは身の回りに手が届かない忙しい人だけだからな」

「特権という奴ですか」

「そうだ。今の俺がやってもらうとダメ人間確定だっつの」


 いやはやそれはいかん。

 不真面目に石積んで帰ってきたら後は至れり尽くせりとかいかんだろ。


「では、どうすれば?」


 ふむ、思うに、この頑なに仕事を求める姿勢。

 俺の観察眼が告げている。

 きっと藍音は、生きがいを求めているのだ、と。

 どうだこの観察眼。

 地獄に来た者は何もかも失う事になる。

 すると、生きるための指標を失う事になるのだ。

 そんなものなくとも、地獄で生きることは不可能ではない、が。

 藍音は生前の上司たる俺に会ってしまった、と。

 そこに、今生きがいを見出そうとしている。

 だがしかし、その先は依存だ。

 こいつはいかん。

 けれど、ここで拒絶しては無気力に生きることとなってしまう。


「薬師さま……、薬師様」


 ふむ、では今のところは許可を出してそれからゆっくりと生きがいという奴を探していけばいい。


「薬師様が何を考えているか大体わかりますが。多分、見当外れで空回りかと」


 まずは色々な所に連れ出して、色々な仕事を体験させてみるのも……、ん?


「どうした?」

「いえ、こういうときの貴方の思考は見当外れに終わりますから」

「何でそう言いきれる?」


 すると、いきなり藍音が遠い目をし始める。


「自分に熱い視線を向ける女性に対し、闇討ちを警戒し。二月十四日を聖人が処刑された日と記憶し。好きですと言われれば何が? と答える貴方に何を言っても無駄です」


 記憶にある内容だが、どこか不自然だったのだろうか。


「で。それでどうなるんだ?」

「そちらの方面を期待しても無駄だと」

「どっちの方面だよ」


 すると、ついに藍音は焦れて来たのか、ぶっきらぼう、気味に言う。


「色事です」

「なるほど」

「納得しないでください」


 とは言われたものの納得である。

 だがそれとこれとは何が関係あるのか。


「俺が蚊帳の外以外の恋路に全く疎いとは友の言だが、この件とは何の関係が?」


 完全蚊帳の外から見る色事に関してならある程度腕に覚えがあるんだが。

 どんな腕に覚えがあるんだよ、という突っ込みはするな。


「私が貴方の周囲にいようとすることに、貴方への色事が関係しているので、貴方の考察は全くの無意味であると」


 なるほど。

 俺に対する色事、か。

 だと、すると。

 例えば俺のことをどこかで大天狗と聞き付けた誰かが、俺を狙って籠絡しにくる、とかか。

 そしてそれを知った藍音が護衛に。


「見当外れです」


 心を読んでんのかよ。


「そこでこいつ、俺のこと好きなんじゃね、と思えない時点でどうしようもありません」


 なんと。

 そんな自意識過剰な思考でないと答えに辿り着けないのか。


「で、お前さんが俺のことを好きだと考えた場合、どうなるんだ?」


 そう言うと、今度こそ処置なし、というように藍音が溜息を吐いた。


「もうどうしようもありませんね」

「そんなにか」

「それはもう、異常です。異常に気付けないことが更に、異常です」

「ん? 異常なのは自分でも知ってるつもりだがな」


 無論この身に性欲がなく、恋愛ごとに適性がないのも理解している。

 もしくは、させられた。鞍馬に。


「ですが、貴方は――」


 いい言葉が思いつかなかったのか、一端切ってから考えなおし、藍音は告げた。


「そうですね、クーラーが」

「クーラー……?」

「……。扇風機が壊れているとして」

「今の間はなんだ。小馬鹿にしてないか」


 そんな俺の言葉を無視して藍音は続ける。


「壊れているのは知っているが、部屋が暑くなることに考えが及んでない。もしくは、聞いてはいてもまた聞きで、実感が伴わない」

「で、俺が扇風機、か。だが、欠陥の直しようもないんだなこれが」


 と、するならば、気付いていようがいまいが、あまり関係ない。

 どうしようもない、と言ってもいい。

 それに対し、藍音は、優しげに微笑んで見せた。


「別に構いません。直すとしたら、私の役目です。それに、壊れたままなのも、それはそれで、安心します」

「そうかい」


 と、その時である。


「え、ちょっと待って兄さん……。その人、お隣さんだよね? そ、そそんな趣味が。メイドを侍らせるなんて……! これは今起こったことをありのままに話さないといけないのか俺!?」


 そこで、藍音が目をぱちくりとさせていた。


「貴方はそばを届けに行った時の……、弟さん、でしたか」

「……ああ……、俺の……、自慢の……、……弟だ……」

「なんでそんなに自信なさそうなの!?」

「ああおれのじまんのおとうとだ」

「俺の目を見て言ってよ!」

「初めまして由壱様。私は藍音、と申します、とは初対面の時言いましたね。姓は一応如意ヶ岳です、薬師様のとは違って、丘に山ですのでお間違いなく」


 ちなみに如意ヶ岳の名字は山では珍しくなかったりする。


「ああ、安岐坂由壱です、今は如意ヶ嶽ですが、って藍音さん、すごいスルースキルだね」

「薬師様の言葉に付き合っていては発狂します」

「そいつは酷いな」


 とまあ、このように騒いでいたら、当然由美も起きだして来る訳で。


「おはようございますお父様……。……、この人は?」


 目をこすりながら聞いてくる由美に、俺は顎に手を当て考える。

 元秘書、じゃねえしな……。


「んー、元秘書、いや、現秘書仮、の藍音だ」


 と、同時、藍音が頭を下げた。


「由美様ですね。よろしくお願いします」


 すると、由美もぺこり、と可愛らしく頭を下げた。


「あ、これはご丁寧に。よろしくお願いします」


 そして、藍音が頭を上げると同時、彼女はこちらを向く。


「薬師様」

「なんだ?」

「仕事がない、と貴方は言いましたが」


 俺は肯く。


「そうだな」


 俺の反応を見て、藍音はこう言った。


「この二人に関してなら、お手伝い、できるかと」

「おお」


 それは盲点だった。

 いくら経験からある程度大人の考え方ができる、といってもまだ子供。

 男手一つ、というのも難しい話ではあった。


「俺が留守の時も安心できるな」

「はい。ですので、仕事がない、という件についてはご安心を」

「ただ、これじゃあれだな。秘書って言うより――」


 その瞬間、藍音の顔が真っ赤に染まり、俺の言葉は思わず止まってしまった。


「いや、姉だな、って言おうとしたんだが――」

「そんな母だ何て、いえ、当然満更ではないというより歓迎すべき事態でして、このまま名実ともに、内外にも――、姉?」

「ああ。近所に住むお姉さん」


 すると、やはり傍目には判らない位で肩を落とす藍音。


「そうですね、姉です」


 どうしたのか、と聞いてみようと思ったが、ふと俺は仕事があることを思い出した。


「そうだ、飯できてるんだったな?」

「はい」

「じゃ、飯食って出勤と行こーか」











「おはよう、薬師、由壱、由美――、あれ?」


 その後、出勤時に前さんに勘違いされ。


「病院、いこっか」

「何故」

「大丈夫? 悩んでない? 自分の欲望を他人に押し付けちゃダメだよ?」

「何を勘違いしているんだ」







「なあ薬師……、眼科を紹介してくれないか」


 李知さんは自失し。


「どうしたんだ?」

「お前の隣に……、メイドが見えるんだ、いや、何を言ってるんだろうな私は」

「安心しろ、メイドは幻想生物じゃないらしい」






「その。説明していただけますか? していただけますよね」


 若干怖い感じで暁御に迫られ。


「いや、元部下だよ」

「も、元部下……? それはあれですか。身分違いの恋で一度諦めたものの、地獄に来た今となっては二人の差には身分差など関係なくめくるめく一晩のアバンチュールを……」

「すまん、お兄さん古い人間だから暁御が何を言ってるかわからん」




「メイドかぁ……、流石パねえな、センセイ」


 じゃら男に間違った解釈をされ。


「何か間違えてないか?」

「いやいや、何も言わなくてもわかるぜ先生。ロマンだろ?」







「ほ、本物だ。ちょっと写真撮っていいかい?」


 鬼兵衛の意外な趣味が発覚し。


「メイド萌えか」

「そ、そそそ、そんなことは……、妻には内緒でお願いするよ?」

「……そうか……、浪漫なのか」








「ふん、やはり心配の必要すらなかったようだな」


 ブライアンは余裕の表情で出迎え。


「お前はメイドについて突っ込まないんだな」

「私の家にもいたからな」

「やっぱり、浪漫か。うーむ、確かに、浪漫ではあるよな」

「い、いや、何を言ってるんだ。私は特にメイドに手を出したりは――」







 このように、以外にもあっさりと、藍音は河原に受け入れられた。



 ……受け入れられてんのか?







 今日の河原も平和である。







 家にて。

 俺は料理を作る藍音の後ろ姿を、じっと見つめる由壱に気づいた。

 そんな由壱に、俺はわざとらしく言う。


「そうかー、やっぱり浪漫か」


 すると、由壱は目に見えるほど面白く動揺した。


「え、ええ!? いやいやいや、そりゃまあ、あの服は魅力的だなーと、思うけど……」


 そんな風に言った由壱と、俺は肩を組み、至近距離で会話する。


「そんなこと言って。本当はあれだろ? 腰で揺れてる前掛けのリボンとか、頭のホワイト、そうだホワイトブリムとか、気になるんだろ?」

「う、い、いや、そんなことは」

「素直じゃないな。気になるんだろう? スカートの中のガーター、とかな」


 すると、由壱は。


「……うん」


 こいつ、肯きやがった。


「やっぱり白のストッキングだと思うんだ」



 ……そうか、やっぱり、ロマンなのかぁ……


 俺は一人、遠い目をした。




―――



三十九です。
これでやっと藍音編ひと段落。
次はどれを書こうか。




さて、返信。



春都様

ペン回しとか、そんな感じで、やってないと落ち着かない、という。
何を変な癖を付けているんだ薬師。
やはり、藍音さんはお隣さんで落ち着く様子。
お隣さんですからね。すぐ行き来できますから。




ザクロ様

彼の通った後にはフラグしか残らない。
そんな伝説が残りそうな。
というのは置いておいて。
いや、あり得そうだから怖い。




シヴァやん様

薬師は基本常にだらけきったモードで過ごしてるため気付かず。
藍音は逆に気負いすぎて灯台もと暗し。
そしてやはり娘ポジション。
これは一緒にいた時間が長いこともあるのでしょう。恋愛対象の前に家族、という。





表様

コメント感謝です。
えー……、すいません、誤字です。自分で噴き出しました。
修正しました、が。
薬師が鳴けと言えば鳴きそうな……、げほんげほん。




スマイル殲滅様

家の外では主の外面を気にして行動にでないが、家に一度入れば主の思うがまま自分の思うままに甘えたり。
という、くそっ……、薬師め。
許さ(ry
そしてこのままでは、娘同盟が……。




光龍様

藍音普段は無表情ですが、わんこ並に感情表現豊かだったり。
ちなみに、前さんと比べると、
単純な力比べは前さん、技巧では藍音。胸では藍音の圧勝、ロリでは前さんに軍配。
見た目のインパクトは引き分け。




彩雲様

藍音は当の昔に落としたところをやっと飛び立とうとしたのを見計らい、ヘッドショッ!!
流石薬師。やることがえげつない。
現状では同居はしない模様。お泊まりは来るだろうけど。
閻魔の涙目は、近いうちに、とお約束しましょう。




悠真様

敏腕かつ優秀だけど、薬師のこととなると冷静さを失い気味、という。
御☆話については、無論、拳で。
そして、すごく用心深く、死ぬほど注意深く頑張るのに、うっかり一番大事なところで表札を見落とすのが藍音クオリティ。
推理ゲーで最後の一手が届かずバッドエンドになるタイプでしょう。




ヤーサー様

そしてその両親、祖父母のメンバーで脱衣麻雀がががががががが。
薬師は常にアンテナ畳んだ状態でだらけ切ってるためきっとステルス機能が付いてるんです。
一見ではただのダメリーマンかフリーターとしか思えない機能が働いてるんです。
ちなみにメイドさんの頭のひらひらはホワイトブリム、とか言うそうです。




奇々怪々様

割烹着、メイド服、エプロン。
家事をする姿というのは、古来からの女性らしさを思い起こさせるとともに、主従や妻である関係を表すことによる――。という語りは途中で止めるとして。
薬師を弄れる数少ない人間の一人ですね。
SでもMでもどちらでもいじり倒せますが、ニュートラルからの攻撃には少々隙ができるようです。




ねこ様

近所づきあいで由壱はその足元をなめ回すように見て(名誉のため削除)
むしろ藍音としてはきっと薬師のことを夫婦風味に薬師さんと呼びたいに違いない。でも、言えないので、薬師さ、まになるとか。
それと、ツンデレ喫茶なる外見ではなく内面を売りにしたものであるなら、所詮模倣で、不特定多数に配る量産マニュアル品。天然に比べれば劣化した品でありましょう。
それでもある程度のレベルに押し上げるのであれば、かなりのこだわりが必要なほか、店員の演技力が必要であるため……、バイター程度では不可能ですね、はい。
そしてヤンデレ喫茶はツンデレ以上に演技力が、というか半端な演技では成り立ちますまい。もしくはヤンデレではなく一般から見て少々度を超してる、という妥協で終わるのか。




楽天様

報告わざわざどうもです。
いやはや、全く、初歩的なミスであります。
申し開きのしようもなく。
すっかり忘れておりました、はい。




SEVEN様

うちの薬師は人の心の隙間に入り込む能力者ですから。
最低ですね。
と、言うのはともかく。
結局のところ、一挙一投足がフラグに繋がる薬師ですから同じ穴の狢ですね。







では、最後に。


 由壱……。


もしくは、

 由wwwwwwww壱wwww。



[7573] 其の四十 俺とメイドと賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/20 22:53
俺と鬼と賽の河原と。




「お……、お帰りなさいませご主人様」


 俺は、目の前にある光景に、頭痛が治まらなかった。

 さして善行を積んだ訳でも無いが、積極的に罪を働いた訳でもないというに。

 意識せずして、溜息が漏れる。


「そ、その、薬師さん? いえ……、ご主人様。どうしました」


 俺は、天を仰がずにはいられなかった。

 まったく毛ほども信じていない神よ。

 俺が一体何をした。


「あの、ご主人様?」


 俺の目の前には。

 メイド服の閻魔の姿がある。

 一体、俺が何を積んだって言うんだ……!






其の四十 俺とメイドと賽の河原と。






 事の起こりは、藍音と閻魔が対面したところから始まる。


「め、めめめ、メイド? そ、そんな、貴方がメイドなんてそそそ、その、あれです」

「どれでしょうか。しかし、薬師様もお労しい……。最近は少々書類整理までさせているそうじゃないですか。貴方のために薬師様はお疲れです」

「なっ、メイドなんかが――」

「メイドなんかが? 家事もできない、メイドどころか家事の一つもできないと噂の貴方が?」


 そこからは所謂売り言葉に買い言葉、という奴で。


「で、できます! そのくらい私だって、薬師さんがメイド萌えだって言うなら、家事だってやって見せます!」

「吠えましたね。では見せてもらおうじゃないですか」

「ちょ、お前さん仕事は?」

「最近調子がいいので明日は余裕があります!」


 ちなみに、詳しく聞いたら、

 いえいえ、常に休暇を消化しない閻魔さまが休んでくれるなら万々歳です!

 と返され、逃げ道封鎖。

 かくして、メイド閻魔が完成するのである。









 そのようにして、俺の部屋の扉が開かれる。


「ど、どうでしょうか薬師さん」


 そう言った閻魔の後ろにたたずむ藍音が、それを注意した。


「薬師様、ご主人様、旦那さま、が正しいです」


 その言葉を真に受けて閻魔は馬鹿正直に訂正した。


「で、では、ご主人様、どうでしょう」

「いや、美沙希ちゃんよ。マジになるなよ」


 げんなり気味の俺の言葉に、閻魔は肩を怒らせた。


「美沙希ちゃんって、呼ばないでください!」


 ところが、その閻魔を藍音が注意する。


「主に暴言はいけません」


 閻魔は歯噛みした。


「ぐぐぐ、申し訳ありません」


 俺は天を仰ぐ。

 そして、心中で呟いた。

 ジーザス。

 ジーザスの意味はよく知らないんだけどな。


「ちょっと散歩に出てくる」


 結局のところ、落ち着こうと俺は外に出ることにする。

 が。


「あ、私も行きます」


 と、そのようにあっさりとついてこようとする閻魔。

 だけど、助け船は意外なところから出された。


「いえ、朝食を作る必要があります」


 藍音の言葉に納得し、


「はい、で、では行ってらっしゃいませ」


 そう言って頭を下げる閻魔。

 俺は心中で藍音に感謝し、扉を開いた。









 そして、冒頭の展開となる訳だ。

 帰って来ても変わることのない状況に思わずため息が漏れた。

 起きてから現在までが白昼夢で、帰ってきたら何のことはない普通の空間が広がっている、そう期待していたが、やはり現実はそう上手くはいかない。


「あ、朝食の用意はできてますよ」


 そう言って、玄関から居間へ向かう閻魔を追い、俺は居間の席に着いた。

 そして、今日から俺は神を呪う事にする。


「……朝食は、運んできてくれるんだよな」

「え?」


 俺の言葉に、閻魔はこいつは何を言ってるんだ、という表情。

 そして、俺の目の前にあるのは――。


「え? これが朝飯? この検出できない未知の元素で構成された正体不明物質が?」


 すると、あからさまに閻魔が目をそらした。


「これなら、昔一悶着あった死霊術師のがマシなもんだしたぞ」


 俺は思わず更に追い打ちをかけた。

 と、そこで閻魔の瞳に涙が溜まってることに気付く。

 それに対し俺は本日何度目になるのかの溜息を一つ。


「まあ、食うんだけどな」


 そう呟いて、閻魔が安堵した息を吐きだしたのを確認し、目の前でくすぶる暗黒物質、もしくは物体Xを口に運び。


「……、べほっ」


 後悔した。

 自分でも予想の他の声が出た。

 べほっ、ってなんだ。

 吐きださないように呑みこんだ結果がこれだが。


「……鉄……? ……、金属? 塩素……、プール……?」


 正直な感想が口を衝いて出る。

 ともかく、金属な味がした、とだけ記しておこう。

 あと、舌が痺れ、酸によって舌がとかされるような感覚がした、とも。

 そして、視界がブラックアウトした。

 ……これは、戦闘機乗りが無茶な軌道をするとなるという、あれか……!?

 もともと無茶な空戦機動をする天狗であるためここまで経験がなかったが、要するに、強いGが掛かることにより脳から血液が下がり、視界が真っ暗になる訳だ。

 そして、脳に血液が行き渡らない状況から復帰するのに、俺は一分ほどの時間を要した。

 意識せずして、息が切れている。


「ッ……、はあ……、はぁ……」


 そんな俺に、閻魔が心配そうに駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 腐敗聖域といい、この料理といい、どうして閻魔は俺を死の淵に追いやろうとするのか。

 と、そこでふと思い、率直に聞いてみることにした。


「そういえば……、藍音は……、……どうした」


 息も絶え絶えだったが、伝わっただろう。

 閻魔は何気なく、返した。


「彼女は、自宅、というかお隣に子供たちを招いて食事にすると言ってましたよ? 私の邪魔をしないようにする措置らしいです」


 その言葉によって事情を理解した俺は、今はいない藍音に向かって、怨嗟の声を吐く。


「藍音め……。どうしようもない、……と知って……。……逃げやがった、な……?」


 心のどこかで無表情にふぁいとです、と呟く藍音を思い浮かべて、俺は意識を手放した。














「やあこんにちは」

「……誰だお前」

「ひどいな。私はいつも君のそばにいるじゃないか」

「知らん」

「全く持って酷い。私はいつも君の足の下にいるって言うのに」

「足? 足だって?」

「そう、私は君の高下駄の魂」

「……なんだそれ」

「本当だよ? ほら、このように」

「マジだ。俺の高下駄だな」

「そう、このようにして私はしょっちゅう君に足蹴にされてる訳だ」

「あー……、そいつはすまんかった」

「いや、いいんだ。実を言うと、君に踏まれてるのは実に気持ちいからね?」

「は?」

「さあ、さあ!! もっと踏んでくれ!! 激しく、罵って私を踏んでくれ!!」

「おま、ちょ、それは洒落に」

「さあ、っさあ! さあ!! 私に愛を!!」

「ちょ、お前、悪ふざけもいい加減にしろよ、ちょ、本当お前……、いい加減にしないと」

「いい加減にしないと何をして頂けるのかな!? 楽しみだ、ああ、実に楽しみだ、さあ、私に君の愛をくれ!!」





「焼いて捨てんぞっ!! っ、夢……?」


 がばっと身を起こした俺が見たのは、いつもの俺の部屋の風景だった。


「や、焼いて捨てるぞ? その、大丈夫ですか? 薬師さ、いえ、ご主人様」


 と、その声に反応して視線を向けると、心配した表情の閻魔が立っていた。

 ああ、そうだった、料理を食って気絶したんだったな。

 そう自覚すると同時、メイド閻魔は夢でないことも確認してしまう。

 思わず、ため息が漏れた。

 その様を、閻魔はどう捉えたのだろう。

 とたんに申し訳なさそうな表情をする。


「その、……すみません」


 そんな閻魔に、俺は何も言わず立ち上がる。

 時刻は、既に十二時を指していた。


「そういや、仕事は?」


 すると、閻魔は申し訳なさそうに答える。


「私の責任でしたので、お休みにさせてもらいました」

「そうか」


 肯いて、俺は扉へと向かった。

 その背に、声が掛かる。


「……その、どちらへ?」

「昼飯作る」


 そう言って俺は扉の取っ手に手を掛け、部屋を出ようとする。


「……ごめん、なさい。怒って、ますよね?」

「別に、怒っちゃいねえよ」

「でも、失敗しちゃって、こんな事になるなんて……」


 自らの背中越しに聞こえてくるのは閻魔の沈んだ声だった。


「まあ、ぶっちゃけるとな。お前さんに家事全般なんて望んじゃいねーよ」


 と、俺は率直な意見を閻魔に言う。


「そう、ですよね……」


 力なさげに肯いた閻魔を余所に、俺は続けた。


「そも、俺は現状に満足してるんだよ。お前さんの執事紛いのことから、書類整理にこき使われるところまで、納得づく、それなりに楽しんでやってる訳だ」


 山の長のころに比べれば何のことはない。

 書類仕事に戦闘まで行っていたのだ。


「だから、お前さんにメイドやってもらいたいと思ってる訳じゃないっつーかな……、別にお前さんは閻魔でいいっていうかな……」


 いい言葉が思いつかず、俺は思うまま、短く締めることにした。


「お礼なぞ思い出したようにたまに言ってくれれば十分だ」


 そう、別に閻魔に世話されたい訳でも飯を作ってほしい訳でもないのだ。

 ただ俺は。


「お前さんは、黙って俺の飯を食ってりゃいいんだよ」


 俺の言葉に、閻魔は、次第に向日葵のような笑みを浮かべて、俺の言葉に肯いた。


「はいっ!」










 その日、俺の家では、幸せそうな顔でチャーハンを食べるメイド服の少女が目撃されたという。




 今日の俺の家も平和である。







 が、俺は平和でなかったり。







 閻魔が帰った現在。

 俺は閻魔の高濃度人体破壊毒物により、寝込んでいた。

 藍音曰く。


「由壱様たちを連れ出して正解でした。貴方でなかったら、死人が出ていたでしょう」

「……そうかい」


 ベッドの上で、俺は呟く。


「お父様……、大丈夫ですか?」

「おー。そんなに問題ねえよ。一日やすみゃ治る」

「どこか辛いところとかは――」


 やけに心配性な娘を俺は苦笑しながら撫でる。

 由美曰く、前、看病してもらったので今回は私が、だそうだ。

 そんな中、藍音が俺の額に手を当て、呟いた。


「しかし、この様子では、基礎から家事を教えないといけないようですね、あの人には」



「お前さんたち、実は仲いいだろ」


 先ほど呟いた藍音の顔は、どことなく楽しそうであったという。







―――

すまない、自重しきれなかったんだ。
発作的に、閻魔を涙目にさせたくなった。
それだけである。
後悔はしてない。






さて返信。

ちなみに前回できなかった返信は、前回の話の最後に書かせていただきましたのでご了承ください。





ssstp様

金棒にフラグを立てたら死亡フラグだと思う今日この頃。
貴方の身にどんなフラグが立ったのか。
死亡フラグではないことを祈るばかりです。
全て終わったら故郷の女性に告白とかの予定はありませんよね?




ねこ様

まさかの閻魔でした。
全てをすっ飛ばして閻魔でした。
話しが思いついてからはノンストップでした。
気がついたらこうなってました。




シヴァやん様

報われません、というか報われたら終わりですよね。
と、言うのはともかく。報われずとも他の男に行くというのが考えられないのが藍音クオリティ。
何故なら、彼女にはヤンデレの素養が、というか既に病んでる可能性g(ここから先は読めそうにない)。
ちなみに、ブライアンは、メイドには、手は、だしてないようです。という事はその寸前、それとメイド以外には……。




相模様

感想どうもです。
どうやら、藍音と閻魔の仲は意外と良好のようです。
藍音は薬師以外に対してはSとして対応することがままあるため。
というか、蹴落とし合う前に薬師を撃墜する必要が。
協力して薬師を撃墜したあと仲間を蹴落とさねば難攻不落薬師の貞操要塞が突破できません。




value様

そりゃまあいきなり後ろにメイド付けてたらただならぬ関係を勘ぐりますよね。
そしてある種薬師を一番知っているという切り札まで。
しかし過ごした時間が薬師の娘認識を覆すことを邪魔をする。
でも、出番のない暁御よりはまs(破られた跡がある)




悠真様

心の中では、いつも、妻ですから。
きっとそうでしょう。
しかし、千年近くもたついてただけあって中々の狩人具合です。
きっと一度死んで失ったと思ったから、というのもありそうですが。




TAS様

僕らは皆病んでいる。
こんな格言があります。
類友。
薬師の周りにまともな人間が集まる訳ないですよねー。




SEVEN様

ふふふ、黒もありですがあえて白で――、なんでもありません。
そして、貴方の予測通りというか、私の予想外というかで。
藍音と美沙希ちゃんの邂逅がありました。
いかがでしたでしょう。




やっさん様

由壱は、きっと、不幸な家庭に生まれて、それも、妹、を、守り、ながら、だった、から、ちょっと、歪んだ。
ダケダヨ。
その若さにして到達した境地のなんと深いことか。
将来が不安です。




春都様

ちょっと話した位で分かるならとうの昔に結婚して腰を落ち着けてますな。
はっきり異性として好きだと言わないとわからないだろうし。
だが、それを言っても玉砕する確率が八割越えしてるため踏み出せない、と。
薬師の耐久力は化け物か……!?




へたれ様

誤字報告感謝であります。
修正しておきました。
見事な変換ミスのようです。
今後も何かあればご一報いただけると嬉しいです。




歯ブラシ様

指摘ありがとうございます。
何でこんな間違いしたのかわからないほど間違いです。
直しておきました。
本当になんで兵にしてしまったんだろう……。




スマイル殲滅様

大丈夫、オーバーニーくらいの長さのストッキングです。
ガーターは必須アイテムなので外せません。
と、まあ、強敵出現と相成りましたが。
どう考えても薬師が一番強敵です、本当にありがとうございました。




ヤーサー様

いやはや、やはり薬師は友人ポジで見守るのが一番ですよね。
フラグのおこぼれでも貰って生きてくのが一番賢い生き方です。
そして、今回の男性陣のメイド萌えっぷりには私も脱帽であります。
ちなみに、鬼兵衛の娘も初期構想には居たんですけど中々出せな(涙で濡れている)




七誌様

わざわざ拙作に時間を掛けて頂き、ご苦労さまです。
やきもきさせられれば、成功、なんでしょうかね。
それと、名有りで悪いキャラなんて捨てキャラに近いものがありますからね、この作品においては。
なまじ長いストーリーがない分、名無しの捨てキャラでも悪役が賄えるという。




奇々怪々様

きっとブライアンは生前屋敷でハーレムを作っていたに違いない。
許せ(ry
由壱に関しては、彼の新たな性癖が明らかにされ。
彼に更なる好感が皆さんに沸いて頂けるよう祈るばかりです。






最後に。

これは……、由壱の人気が上がったと思っていいのだろうか。



[7573] 其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/22 21:56
俺と鬼と賽の河原と。



 一つ積んでは彼のため。


 二つ積んでは彼のため。



 想い人のため少女は紙を積み上げていく。

 この紙は少女の想い。

 たった一人の男に届け、響けとつづられたそれは、幾千の恋文に匹敵するだろう。

 河原に散乱するほど積み上げられた紙を見て、俺は声を掛けてみることにする。



「お鈴さんや。何やら真剣な顔で書き綴っておられるが、何を悩んでるのかお兄さんに話していただけんかね」






其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。









 と、まあ、昼下がりの河原で一人メモ帳と睨みあう鈴に俺は話しかけたわけだ。

 すると、突き返されたメモ帳にはこう書かれていた。


『さいきん、たけるの元気がない』


 ちなみに漢字が一か所使われているのはひとえに俺の教育のおかげである。

 いい傾向だ。

 そして、それを見た俺は、大体の事情を察した。


「なるほど。じゃら男があんにゅい風味だから元気づけようと言葉を考えている、と。ところであんにゅいってどういう意味だろうな。憂鬱っぽい感じで使ってるけど」

『あんにゅいについてはしらないけど、たけるについてはそう』


 それに対し、俺はなるほどと頷いて見せる。


「そんで、いい言葉が思いつかない、と。まあ、それはそうさな」


 元気出せ、と言われて元気が出れば苦労しない。


「しかしなぁ……、何でじゃら男が憂鬱か、知ってるか?」


 ところが、鈴は首を横に振った。

 そいつはどうしたものか。

 考えて、鈴が今まで試したことがあるというので聞いてみることにした。


「じゃあ、今まで何を試してみた?」











 ある日は、食事を豪華にし。

『おいしい?』

「ん、ああ……」



「どうやら本格的に元気がないらしいな」

『そう』




 ある日は花を飾ってみたり。

『花、かってみた』

「ああ……、綺麗だな」



「こいつは重傷だ」

『わたしもこんなのは初めて』




 ある日はマッサージしてみたり。

『気もちいい?』

「ああ、もういい、大分楽んなった」



「大分行動が派手になってるのにもかかわらずこれとは……」

『こまる』




 ある日は一緒に寝てみたり。

「なんで、一緒の布団に入ってんだおい」

『なんででしょう』



「なんか日増しに大胆になってないか?」

『そう?』




 ある日は、風呂に乱入し。



「な、おま、鈴何しに来たんだよ?」

『せなか、流す』

「あ、い、いや、一人で流せるっつの!」



「おい」


 思わず、突っ込んでしまった。


『なに? せんせい』

「いや、風呂場に突撃はいかんと思うぞ先生は」

『つつしみ、もった。ちゃんとタオルもまいたし』

「そういう問題じゃないと思うが――、まあいいか。過ぎ去った事はどうでもいい」


 それよりもここまでされといてアレなじゃら男の憂鬱具合だ。

 どうやら見事に重傷だ。

 だが、そこまで重傷だというのなら――。


「多分、ほっときゃ治るんじゃねーかな。思うに、そこまで重傷となると期間的なものだろ」


 今までじゃら男の身に事件があった訳ではない。

 それは俺も聞いちゃいないし、一番、というか四六時中一緒にいる鈴が解らん時点で何か衝撃的なことがあったからへこんでいるわけではないだろう。

 と、すると、毎年この時期だけは鬱になる、という方向が自然と思い浮かんで来る訳だ。

 たとえば、人との別れがあった日や、何か昔に衝撃的な事件があった日。

 そんなのが近づいてるから憂鬱になっている。

 その線を疑わざるを得ない。

 そして、その線であるならば、その当日を過ぎれば徐々に回復するはずである。

 だが。

 突き返されたメモを見ずとも、凛の顔にはその思いが如実に表れていた。


「わかってる。それでも笑わせてやりたいんだろ?」


 少女は、肯いた。


「そうか。だったら先生がいくらか悪知恵を仕込んでやろう」


 そう言って俺は、一つ笑うと講義を開始したのだった。








 そして、もうこれは運命、いや。

 縁という奴なのであろう。

 俺とじゃら男が共に昼飯を食っているのは。


「それで、何の用だ?」


 そう言って俺が見たじゃら男には、特に憂鬱そうな雰囲気は感じられなかった。

 だがしかし。


「いや別にたまには一緒に飯を食おうと思っただけだぜ? センセイ」


 そう言って笑うじゃら男に、俺は違和を覚えた。

 まったく、見え透いた空元気、か。


「嘘を吐くなよ。今にも悩み満載で聞いてくださいって顔してんぞ?」


 鈴から話を聞いてなければそうかい、で終わるところだったが、残念ながら今回は話は別。

 すると、じゃら男は面食らった顔をしてから、次第に話し始めた。


「センセイには、敵わねえなぁ。じゃあ、ちょっと聞いてくれよ」


 面倒臭くなっていたが、やっぱやめた、ってのも面倒くさいのでとりあえず聞いてみることにする。


「そろそろ、俺の誕生日なんだ」


 そのようにして、じゃら男はこの言葉を話の序文とした。

 誕生日、ね。

 通常は祝いの日だが。


「まあ、普通なら嬉しいんだろうけどよ。ああ、そう言えば言ってなかったっけか。俺、捨て子なんだ」

「ほぉー、で?」

「ほお、って……、まあいいか、そっちの方が話しやすいしな」


 じゃら男のは話しを続けようとするが、俺はそれを遮った。


「読めた。奇しくも、いや、皮肉にも捨てられた日が、誕生日だってんだろ?」


 重々しくもなく、俺の言葉にじゃら男は肯いた。


「だが、それで悩んでるって訳でもないんだろう?」


 その鬱状態は毎年同じ期間に襲うものだし、悩み、という訳でもない。

 言うなれば持病であり、風邪や、突発的な病気ではないのだ。

 その持病は一生もので、それなりに付き合っていくほかないのだ。

 それを今更云々どうの言ったってどうしようもない。

 その通りであったのか、じゃら男はまた肯く。


「そうだよ」

「じゃあ、何を悩んどるんだ」


 大体予想はつくが、あえて俺は聞く。

 じゃら男は、しばらくだんまりを決め込んでいたが、やっと考えが纏まったか、ついに口を開く。


「鈴、だ」


 やはり、なぁ。


「俺がこの状態に入ってから、鈴は元気づけようとしてくれてる、それはわかってる」


 わかってたのか。

 まったくもって意外だが。

 一瞬貴様にだけは言われたくない、と頭によぎったが、じゃら男の言葉は続く。


「でも俺は――」


 途切れた言葉は俺が引き継いだ。


「不甲斐ないってんだろ?」


 じゃら男は一瞬目を丸くして、肯いた。

 そんなそいつに、俺は溜息一つ。


「放っとけ」


 俺の言葉にじゃら男は面食らった様子を見せる。

 当然ではあるか。


「鈴がしたくてしてるんだ、つか、鈴がお前を元気づけなきゃいけないんだなこれが。お前さんがなんかして元気になったら、意味がない」


 子供が相手ならそれでいいのだが、鈴が望むのはそれではない。

 大人としてではなく対等に接する必要がある。


「というか、気にすんなよ。お前の人生だ、好きに落ち込めばいい。心配しなくたって、すべて上手く行く」


 そのために知恵も貸してやったことだしな。

 己が色事には疎いと噂の俺だが、人生経験には定評がある訳で。










 その次の日の河原。


「何を、見ているのですか?」


 俺の隣で聞く藍音に、俺はそちらを見ずに答える。


「若い二人」











「どうした? 鈴」


 じゃら男は隣にいる鈴に尋ねた。

 だが、鈴から返事はなく。

 不安になってその顔を覗き込もうとし、その前に鈴がじゃら男の目をまっすぐにして、微笑んだ。


「……っ」


 ささやかに咲く花のような笑み。

 自然に、その手が鈴の頭に伸びた。


「今日の夕飯、楽しみにしてる」


 じゃら男の口は、自然に吊り上っていた。


「――でも、風呂だけは勘弁な?」








「どういうことですか?」


 相変わらず変わらぬ表情で不思議そうにしながら、藍音が聞き、俺は口端を吊り上げて返した。





「笑顔は、幾千の言葉より饒舌だ。そういうことさな」








 じゃら男の身辺も平和なようで何よりである。










「お前さんもそうだぞ? たまには、笑ってみたらどうだ?」

「その、幾千の言葉より饒舌な笑顔とやらで、貴方は――、ちゃんと私の気持ちを受け取ってくれるのですか」

「そいつは……、笑ってみてくれんと判らんね」

「じゃあやめます」

「そいつは残念」

「なので、いつか貴方が、私の気持ちを受け取ってくれた時――」






「その時に万感の思いをこめて笑う事にします」







―――


其の四十一です。
今回は鈴とじゃら男のお話を。
書いてて思ったのですが、もう結婚しちまえよお前ら。





さて返信を。



SEVEN様

美沙希ちゃんは白でしょう、常識的に考えて。
いやでも常識を打ち破るのまた……、待て、それでも完成された形というものが――。
落ちつきましょう。
そして、私の中でも由壱株が上昇中です。


ねこ様

仲良く手を組まないと薬師が難攻不落すぎる件について。
共有を約束する代わりに協力体制をしかないとタイマンでは光明すら……。
そして暁御も出したいんですけど。出したいんですけど……、いっそ影が薄いことが特徴かなーって。
ちなみに、現場の薬師さんはアシの藍音さんのお相手に忙しいようです。


悠真様

夜は薬師にじゃれる猫……?
猫耳のことかぁああああああッ!
……落ち着きました。はい。落ち着いてますよ?
由壱もエピソードは考えてるんですよ? だが、野郎のエピソードなz、げふんげふん。


シヴァやん様

きっと、次か次辺りに暁御は来るさ!
と言って次になったら更に次、という明日やるの法則。
多分、閻魔は本気で異動を検討してるでしょう。
だけど餌付けされてるので強く出れないという。


春都様

きっと残飯でねずみを屠れるメイドですね。
そしてSAN値という言葉は知ってたけど、あれって、クトゥルフなTRPGの発狂ステのことだったんですね。
ググって初めて知りました。
きっと薬師のSAN値が発狂突入したらきっと性欲がよみがえるさ!


奇々怪々様

閻魔とは世を忍ぶ仮の姿! その正体はゴキブリを残飯で殺すスーパーメイド、初染美沙希!
っておい。多分、世界初メイド閻魔。冥土☆閻魔。
そして、プロポーズの言葉が間違ってる気がしなくもない、男なら味噌汁を作ってもらうべきだけど――。
美沙希ちゃんだからいいか。


ヤーサー様

藍音はここ最近出後れを取り戻すように頑張っています。
そして藍音さんはS心、美沙希ちゃんはM心がくすぐられている模様。
これは同盟の日も近いか?
そして鬼兵衛の娘は出るならテンプレ系ツンデレの模様。


ぬこ様

これはっ……、まさか私の作品にもこれがやってくる日がこようとはっ……。
感無量っ……、感無量だっ……。
と、まあテンションがおかしくなりましたが。
きっと薬師に想いは――、届かないでしょう、鈍感具合的に考えて。


マイマイ様

私も吹きました。
まあ、好きですよ、東方。
EXがクリアできない派閥ですが。
ちなみに、美沙希ちゃんズの名前はもとは横文字、というか漢字は後付けの模様です。


キシリ様

薬師は、よっぽど暇だったんでしょうね。
山から不意に降りて来て漫画買う天狗もいかがなものかと思いますが。
多分、薬師は萌より浪漫派でしょう。
何が言いたいかって、女給とか身分違いとか(何か鋭利なもので切り裂かれている)


ハイズ様

感想ありがとうございます。
とりあえず、箇条書きでお返事を。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。
・三話の弟は完全にネタでせう。ネタじゃなかったら二代目フラグ男がががが。
・外伝ではなく本編で飯塚……、じゃら男のほのぼのをやってみたのですが、どうだったでしょう。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。
・青鬼娘は、出る隙間があいたら捻じ込みにやってきます。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。




では最後に。

藍音っ……、いつまで出張るんだっ……!



[7573] 其の四十二 暁御と奴と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/25 22:22
俺と鬼と賽の河原と。



 牌が卓を打つ音が響く。

 そして、俺の巡。

 その時俺に衝撃走るっ……。


「……っ」


 俺の待ち牌っ……。

 だが、これでツモってしまったら未成年どころか大人にも見せられやしない映像が三つも誕生するっ……。

 駄目ッ。

 和了れないっ……!!

 しかし、俺はリーチ済み……、手牌を変えることは不可能。

 そして、更に。


「くっ……」


 俺は隣で酒を飲む馬鹿の手牌を見やる。

 オープン……っ、リーチっ……!

 酒呑童子の後先考えずに公開された牌、その待ち牌は、奇しくも俺の手に握られている牌に、相違なかった。

 この手に持つ牌を自分の元に差し入れた瞬間、俺は倫理協会が二十一歳以上推奨の画を見せられる。

 そしてっ……、この牌を目の前に流れる死の川に放れば……。

 酒呑童子の役満が、俺を丸裸にするっ……!!


「ツモ……。九連、宝燈っ……、役、満……!」


 他の面々が、顔を驚愕に染める。




 状況は、既に詰んでいた。







 ちなみに本編とは全く絡まない。








其の四十二 暁御と奴と賽の河原と。








 とある日の朝、昔の知り合いも、メイド服の閻魔もいない久しぶりに平和な河原。

 俺はぼんやりと石を積んでいたが、どうやらこの話は暁御が主役を張るらしい。










 ある少女は焦っていた。

 とてつもなく――、焦っていた。

 自らの出番が、少ないことに。


「そりゃまぁ……、私は出番が少ないし、影薄いし影薄いし影が薄くて影が薄いうえ影が薄いですけど……」


 そう、彼女の出番は圧倒的に少ない。

 メインを張る確率、約、5%。

 実に、実に他の半分以下……!

 酒呑……、鬼兵衛並であるっ!

 サブレギュラー並……!!

 これでは少女が焦るのも無理はない。

 そして、これには理由があった。

 彼女がメインを張れそうな登場回。

 その時確実にメインを掻っ攫って行く男がいる。

 名を――、飯塚…、じゃら男。

 そう、事あるごとに彼が、暁御のチャンスを奪っていくっ!!

 この話は、暁御が、一人の男を謀略の果てに削除するお話である。


「そう、少しでも前に進まなきゃっ……」


 訳がない。














 さて、少女暁御、何かしようと思い立ってみたが、そう簡単には何も出てこない。


「……どうしましょう」


 親指の爪を噛んで思考に心沈ませるが、幾多の物語を読もうとも生前恋なぞしたことない少女には酷というもの。

 初恋は実らないというがその通りである。

 初めてであるが故に高望をしてしまったり、現実にはありえない恋をするだけでなく。

 セオリーも、ノウハウもわからない、そのような手探りの状況では恋を実らせるなど到底不可能というもの。

 ここで、相談できる人生経験豊富なお姉さまでもいれば話は違ったが、そこは暁御、寂しい少女である。

 もしくは、唯一の友人と言える鬼っ娘達が恋愛経験が全くない生娘のようなお姉さまだったのが悪いのか。

 さてさて、ともあれ河原にて、考え事をしたまま好きな人の前に立ってしまった暁御。

 そう、作戦を考えながら彼女は河原を歩いていたのである、半ば薬師を追い求めながら。

 いわゆるタイムリミットであった。

 警報が暁御をがなりたてる。

 接敵、作戦立案は十分か!? さあ、作戦を開始しろ、と。

 だがしかし、考えなしに好きな人の前に立ってしまった暁御。

 上の言葉の通り、作戦、もとい考えなど全く纏まっていなかった。

 そもそも、ここに立ってしまっていること自体が偶然。

 歩きながら考え事をしていたら想い人の前に立ってしまっただけなのだ。


「んー? どうした暁御、んなとこに突っ立って」


 地面に座る如意ヶ嶽薬師が怪訝そうに言う。

 暁御の中に響く警報がレベルを上げた。

 コンディションレッド、コンディションレッド、敵が警戒している! 至急作戦を開始せよ!! どうした、本部、応答しろ!!


「すっ」

「す?」


 薬師がオウム返しに聞いた。

 そして、暁御がついに動く。


「好きですっ!!」




 暁御、それは自爆スイッチだ。




 完。
















 となるかに見えたが。

 そこに救世主現る。

 自爆した暁御を救ったのは他でもない。

 そう、我等が主人公如意ヶ嶽薬師、その人だった。

 難攻不落、突破不可能、絶対不沈神話で知られる如意ヶ嶽薬師が、暁御の自爆位でダメージを負うはずがない。


「好きって、何がだ?」


 流石は風を操る天狗と言ったところか。

 彼は見事に、爆発した空間の空気を遮断することにより爆発を最小限に押しとどめたのである!

 空気は凍りついたが。

 見事なにぶちんを披露してくれた彼に最大限の最大限の賛辞を送りたい。

 この朴念仁め、と。

 そして、暁御は爆発は押しとどめられたものの、その後の小爆風をどこかに流さねばならなかった。

 要するに、


「いえ、あの、えと、お祭りが」


 ごまかすわけである。

 ちなみにお祭り、というのはどもっている間に偶然目に入った張り紙に書かれた一文である。

『お祭りに行こう! 七月二八日から八月一日まで!!』

 名もしれぬ中年の張ったビラが、見事暁御を救ったのだ。

 これは暁御は名もしれぬ中年に永劫感謝せねばならないであろう。

 だが、しかし、不可解な繋がりである。

 好きです、お祭り。

 英語文法的な倒置法を使用するような外国かぶれでもない暁御である故にその不自然さはぬぐいようのないものであった。

 しかし、しかしである。。

 そこはそれ、我らが如意ヶ嶽薬師がその程度を気にするほど狭量な人物であったか。

 如意ヶ嶽薬師が、そんなに鋭い人物であったろうか。

 否。

 誠に遺憾ながら否である。

 きっとそれだけの鋭さがあれば現世で今頃メイドと結婚して反吐、いや砂糖を吐き出さざるを得ない生活を送っているだろう。

 故に、生まれついての朴念仁たる彼は、まったく何も気にせずに、しかも気分は父として、言葉の意味を曲解した。


「そうか……、もうそんな時期だったな。んで、行きたいのか? 祭り」


 確かに、突如として好きです、お祭りなんて言われたらそれを疑うだろう。

 そもそもの不自然さに目を瞑れば、だが。

 そして、暁御はと言えば。

 羞恥に頬を染めながらも、気が付いた時にはすでに肯いていた。

 幸か不幸か、奇しくもこの会話の流れから、少女、要暁御は想い人と祭りに行くこととなったのである。













 さて、祭りの内容に関してだが。

 特に特筆すべきことはない。

 先ほどの特に特筆の部分の意味が重複するほど書くことはない。


「そんなっ! あります! ちゃんと薬師さんはエスコートしてくれましたし――」


 などと抗議の声が届いているが、その通りである。

 そこはそれ、天然ジゴロ如意ヶ嶽薬師である。

 突発的な事態であってもへまを踏むはずがない。

 どんな絶望的な状況下でも冷徹にフラグを引き寄せる彼が、このようなところで失敗するはずがなかろう。

 故にこそ、描写の必要は全く感じられないわけだ。

 薬師なんてどうせまたフラグ補強作業して戻ったんだろ? けっ、という事だ。

 まったくもってその通りなのでやはり省く。

 だがしかし、このままでは話が終わらない。

 という事でオチとなる一場面、それがここで必要であろう。








 それは、祭りも終盤、最高に盛り上がる花火の場面で。


「おお、そう言えば穴場がある事を今この瞬間思い出した」


 何か含むところのありそうな言葉であったが、この天狗、本当に今思い出したのである。

 そして、ジゴロ薬師は何の恥ずかしげもなく暁御を抱えあげると、大空へ舞い上がり、近くの神社とは名ばかりの神殿へと降り立った。

 ちなみに、神社とは名ばかりの神殿とは、神社にはよく似ているものの、薬師や暁御の知る現代世界とはまったく別世の人間が立てたものである。

 ともあれ、こう言った花火的な物の穴場のお約束と言えば高台の神社であり、神社と言えば花火なのだ。

 本来は正直階段を上るのが辛いため、花火の鑑賞には使われないそこに、悠々とこの天狗は降り立ったのである。

 しかもこの天狗、せっかく最初は隠していたのに、天狗バレしてからもう開き直った模様。

 ぶっちゃけ隠しごとに秘密、それによる束縛は俺にはやってられん、とは彼の言である。

 そして、花火が大空へと打ち上がった。


「おおー、やっぱ綺麗だな」


 去年は見てなかったが、と付け加え、手を額に当てながら次々と打ち上げなられる花火を見渡していた。


「好きなんですか? 花火」


 そう、暁御は素朴な疑問を口にする。

 当然と言えば当然の疑問だ。

 酒が飲めるから桜が好きと宣言する彼にこう言った風情が理解できようと言うのか。

 はっ、テメーみてぇな桜も楽しめねえ輩が、花火の良さを分かるとでも?

 暁御はこう言いたいのだ。

 と、その問いに、薬師は肯くことはしなかった。

 だが、それを肯定する。


「いや、あれだぞ? 職人がすげー気合入れて作るんだ、あれ。それが一瞬にして花咲かして消えるのは、一種の感動を覚えるね」


 はたして、それが千年以上を生きる天狗だから出た言葉なのかは、判らない。

 が、そこに暁御は死に花咲かす尊さを感じたらしい。

 それもそのはず。

 今となっては老いることを知らぬ幽霊になった暁御であったが、蕾として胸に存在する恋心はいつしか枯れてしまうやもしれない。

 それこそ、花咲かすことなく、枯れてしまうかもしれない。

 はたして、いかほど花を咲かしていれるかわからない、実を付けて次代に何かを残せるのかわからない。


「あ、あの、薬師さん」


 だがしかし、咲くことすらなく枯れてしまうよりは、と。

 一瞬で構わないから、咲こう。


「ん?」


 そう決意して。

 暁御は二度目を口にした。


「好きです」


 そして。

 これで終われば良かったのだが。

 やはり薬師も二度目を口にするのであった。


「何が?」


 誰か、こいつを早くなんとかしてくれ。

 この最低朴念仁を、いや、ある種鬼畜と呼ぼうか、鬼畜大天狗如意ヶ嶽薬師を、誰か人並みの感性に戻してくれ。

 結局、少女は報われず。

 仕方なく、暁御は次の言葉を口にした。




「……壺八」




「懐かしいネタだな」






 暁御が真に告白できる日は、遠い。





 その日まで、平和は続くのである。




―――

さて、今回の四十二話、いつもとは違う雰囲気で進めてみました。
壺八、所謂あれです、とある居酒屋です。わかるよね? 超地方ローカルネタじゃないよね?
そしておめでとう、暁御、メイン張れたね。まったく甘くないね。ギャグメインだね、残念だね。
薬師、すごい言われようだね。


さて、返信。


丗様

いやはや、全キャラを立ててやりたいものの、そこに至るには私の精進も、話数も足りていないようで。
あれ? 自分の至らなさが全部原因じゃん。
まあ、ともあれ、ゆっくり頑張っていくので、これからも楽しんでくれると幸いであります。
とりあえず、今回は暁御必死だなwwwと、笑ってくだされば。


シヴァやん様

きっと鈴は声が出せるようになるでしょう。
そして、その時はじゃら男に告白した時だっ!
その時は、じゃら男が暁御に完膚なきまでに振られた時なんですねわかります。
お言葉の通り、薬師にはメイドがひっついてますが、それでも、それでも前さんなら力押しでやってくれる……!!


奇々怪々様

じゃら男、フラグ数、一。
これはフラグ神薬師の教えのおかげですね、というのはともかく。
現世ではきっと彼も主人公の一人だったのです。
ぶっきらぼうな不良系ハーレム主人公だったに違いなし。


悠真様

戦時中で育った上、合法ロリという結構な御年、と言っても二十歳ほどですが。
そして路上で生活した日々、これが彼女が悟りを開くに至った原因でしょう。
きっとこれから先、じゃら男を教え導いてくださるに違いない、もう結婚しちまえよ。
いやはやそれにしてもあれですからね。このままでは鬼っ娘勢も負けていられませんね。


スマイル殲滅様

じゃら男が幸せいっぱいです。彼の鋭さは、多分薬師以上でしょう、というか、薬師と比べたら可哀想です。
薬師は自らの恋愛に関するセンサーが死滅してますから。あー、でもやっぱりじゃら男も自分への好意に気付かない鈍さを誇ってるなぁ。
そして、最近メイド人気がすごいです。猛攻が続いております。
近いうちに考えてる一発事件のお供に当初の予定を外れメイドが付いて行きそうな勢いで攻撃してきます。


ヤーサー様

じゃら男は何が気に入らないのか、じゃら男は鈴が気に入らないんじゃない、アホなんだ!!
やっぱりまともな幼少を送ってないために自分への好意に懐疑的なんだよ、きっと!
そして、鬼兵衛は薬師との交際は認めても、「君を息子と呼ぶのは――、キツイものがあるね……」「俺とてこんな青い父は困る」
とか言う会話が生まれそうですね。


ねこ様

合法ロリは流石合法、と言うべきか……。
変な常識と偏った知識と半端な大人具合が混ざりあってXXX板にっ……。
流石ロリワイフは格が違った。
そして猫耳メイド閻魔……、彼女はどこに行こうとしているのでしょうか。


SEVEN様

まったく、馬鹿を言っちゃいけない。
真の男なら、合法ロリに白ストッキングを穿かせるべき。
男のロマンに妥協はない。
……いえ、何でもありません。


うつろうさぎ様

感想どうもっす。
最近藍音人気がすごい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
そして思えば、藍音だけうっかり設定画のようなものが公開されたことがあるという始末(今は流れて消えてますが)。
天は彼女に味方しているのか!!


春都様

藍音はパーフェクトで瀟洒なメイドですからね。
従者としても女性としても、いつの日かその働きが報われることがきっと多分もしかしたらくるかもしれないという気もしなくもないかなあ。
そして既にじゃら男のところのカップルが成立しかけている件について。
このままなし崩しで勝てるんじゃないか? お鈴さんは。



さて、最後に。
えー、前回のいつまで出張るんだ発言に藍音さんから返答のお手紙をいただきました。


薬師様が振り向いてくれるまでです。


それは永遠に出張ると。



[7573] 其の四十三 俺と海と夏の地獄と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/28 00:21
俺と鬼と賽の河原と。





「一つ積んでは母のため」


「二つ積んでは父のため」


「三つ積んでは――」




「砂で城作って楽しい?」












其の四十三 俺と海と夏の地獄と。









 そう、それはいつも通りの一日だった。

 俺は自宅のソファに座りながら。

 由美はだらけまくった俺の隣に座り。

 由壱は床に胡坐をかいてテレビを。

 そして何故か藍音が台所で皿洗いをしている、いつもの日常。

 何らいつもと変わらんそんな朝。

 俺は不意に呟いた。


「そうだ。海に行こう」

「いきなりなんですか」






 藍音が突っ込みはしたものの、実際反対票もなく。

 俺達は海に行くこととなった。














 ともあれ、決めてからは早かった。


「夏だっ、海だっ! 水着だぁあああぁぁっぁああああっ!!」


 いい日差しに、青い海。

 地獄故に人口の海であるが、本物さながらのその光景は、人にある書の感慨を抱かせるのに十分であった。


「ほら、ほらほら、海だぜ!?」


 ただし。


 先ほどからはしゃいでるのが筋骨隆々胸毛増量期間中の酒呑童子でなければ。


 とりあえず落ちつけ。

 恥ずかしいから。

 というかこいつ茨木はどうしたんだ。

 何を一人ビーチを楽しみに来てるんだよ。


「あ、薬師さん、今回は招いていただいてありがとうございます」


 そんな馬鹿を余所に、礼儀正しくぺこりと頭を下げたのは、閻魔である。

 そして――。


「薬師ー! 準備できたよ!!」


 水着姿で駆け寄る鬼っ娘勢。

 それを俺は横目で見て、閻魔に促した。


「お前さんも着替えてこい、どうせだから楽しもうじゃないか」


 そう、ぶっちゃけると――、とても大所帯になっているのである。





 何故か? 呼んだからだ。

 当然である。

 風が吹けば桶屋が儲かるほどには道理――、いや、関係ないか。

 とりあえず、前さんに電話を掛けた訳だ。

 そこから話は広まり、李知も連れて行っていいかな? の一言で李知さんが来ることが決定。

 そして、李知さんが、閻魔様も誘ったらいいんじゃないか? とのことで閻魔に電話。

 仕事どうなんだろうな、と思ったが。


『すいません、少々仕事、が――? はいもしもし、お電話代わりました部下の麗華と申します、はい連れてってやってください』


 いきなり代わる電話口の声。

 思わず戸惑ったが、とりあえず確認作業。


「いいのか?」


 すると、即答で帰ってきたわけである。


『はい! 今すぐにでも、早いとここの有休を消化しない閻魔をどうにかしてください。海ならどっかのビーチを貸し切りにしますので、閻魔権限で』

「はあ……、そう言うことなら、お借りする」

『はい、くれぐれも、くれぐれもお願いします。このワーカーホリックを一刻も早く仕事から遠ざけてください!!』

「あ、ああ……」


 それで迎えに行ったら、その麗華さんとやらに――。


「え? お……、ワーカーホリックから恋愛ジャンキーか……、閻魔様も隅に置けない」


 とか言われたがとりあえず黙殺しておいた。







 で、まあこれだけの人員が集まった訳だが――。

 鬼兵衛と酒呑?

 勝手についてきた。

 というか酒呑が聞きつけて、鬼兵衛を拉致ってきたようだ。

 ちなみにじゃら男は、そこな砂浜で鈴と砂の城を作っている。

 微笑ましい限りだ。

 そんな中、鬼兵衛は俺に聞いた。


「ところで――、暁御はどうしたのかな?」


 っ!!

 ――ッ……。


「あ、ああ、暁御なー? おー、そうだなー別に忘れてたわけじゃなくて少し思い出せなかっただけというか、べ、べ、べ、別にまだまだ夏もこれからさ」

「忘れてたんだね……」

「まあ落ちつけ。マリーアントワネット曰く。パンがないなら指をしゃぶってればいいんだよ愚民どもが」

「言ってないよ!? そんなの言ってないよ!?」

「要するに、いないなら呼べばいいじゃない?」

「マリーさん関係ないよね!?」

「アントワネットマリーさんはこうとも言った。一見無関係に見える所に真実があると」

「そんな哲学者みたいな言葉残してないよねマリーさんは! そしてアントワネットマリーって誰かな?」


 ともあれ、電話である。

 この世には携帯電話なる便利道具があるのだ。

 しかし、この場合携帯念話……? まあいいか。

 ともあれ、電話を掛ける。


『もしもし』

「よう、暁御か。いや、今海にいるんだが、交通費はどうにかしてやるから、今から来んかね」


 すると、俺の耳には、残念そうな声が聞こえてきた。


『ごめんなさい……、今日は仕事が……』


 それでいくつか話をし、携帯を切る。

 俺は鬼兵衛に向き直ると、聖人君子のようなさわやかさで笑った。


「そう、俺は忘れていたから呼ばなかったんじゃない。これないだろうから呼ばなかったんだ! って鬼兵衛お前担当だろうに、何で知らないんだ?」


 当然の疑問であるが、目の前の青鬼は悪びれることなく、普通に答える。


「ちょっと用事があってね。休みを取ってたおかげで分からないんだ。予定より一日早く帰ってこれたからここにいるんだけど」


 その言葉に、担当の予定くらい把握しとけ、という感想と同時に河原は変動が激しいからな、と納得し、結局は不要な思考であると、とっとと考えを捨てた。

 そんなことより、海である。

 せっかく家族の思い出づくりとして来たのだ。

 藍音を含めた、二人の娘と、弟の為に。

 そう、よく考えると年中虎柄パンツの男達に付き合ってる場合などではない。

 そう考えて、俺は後ろでわいわいと騒がしい集団をみや――。


「何を貴様は女子に混ざってきゃーきゃー騒いどるんだ」


 縮こまるように女子にまぎれ、甲高い声ではしゃぐ、酒呑童子。

 地獄の、鬼における最高権力者。

 最高権力者。

 最高権力者。


「何すんだ薬師、俺は若い女子達と楽しい楽しいお話をぼらっしゃんっ!!」


 そんな巨体で筋骨隆々な野郎がいい訳をしようとした瞬間、気が付けば俺の拳は唸りを上げた後だった。


「そも本来の女子より貴様の方が姦しいとは何事だ、いや話さなくていい、可及的速やかに死ね」


 俺の拳が、唸る、唸る。

 唸るっ!!


「ぼべっ、おま、やくし、殺す気で、打って、ないか?」

「無論」

「なん、で」


 俺に首根っこを掴まれて殴られている酒呑の問いに、俺はしれっと答えた。


「そりゃあれだろ。登山家だってなんでって聞かれたらそこに山があるからって答える」

「それ、関係、な、ごがっ」


 と、そこで俺は阿呆を落とす。

 そして、女性陣を改めて――。

 改めて考えると女性陣多いな。

 生前もそうだったろうか――、そうだな、疎遠な大天狗は居たが大天狗は野郎ばかりだったし、山、山か――、と俺は過去に思い馳せ。

 山での友人が、思い浮かばない。

 俺そう言えば、山じゃ俺友人少ない方……、だったのか?

 不意に巻き起こる危機感。

 いやいやいやいや、落ち着け、そんなことを考えている場合ではない。

 俺は頭を振ると、今度こそ女性陣の元へと歩いて行く。

 そんな中、最も早く俺に声を掛けたのは前さんだった。


「あ、薬師、どうかな」


 若干照れながらも言って見せた前さんのその姿に、

 俺が思わず言葉を失ったのは、許してほしい。


「良くも悪くも。見事な選択だな」


 褒めてるんだか褒めてないんだか分らんが、これ以外に出てこない。

 なんというか、前さんが選んだのは要するに……、ああ、ビキニという奴である。

 そしてそれは、健康的ながらも白い肌とも相まって――、つるぺただが、似合っている。

 似合っているが、




 虎柄だとは思わなんだ。




「それって、褒めてるの?」

「答えは限りなく肯定に近いな。突っ込みどころはあるが、この上なく相応しい姿ではある」


 その筋の人に見せれば、卒倒することであろう。


「そ、そうかな?」


 と、その時。

 俺の背の向こうから、閻魔の声が聞こえてきた。

 着替えて来たのだろう。

 俺はそちらを振り向き、思わず吹いた。


「すいません、遅れま――」

「ぶはっ」

「どうしました?」


 思わず噴き出した俺を、怪訝そうに見る閻魔。

 問おう、なぜ貴女は――。



 スクール水着であるか。



 彼女を包む紺の生地。

 胸に貼られた初染の文字。

 まごうことなくそれは――、

 スクール水着であった。

 そして、俺は、ある種の予感、虫の知らせのようなものを覚えて、すごい勢いで振り返る。

 この流れはっ――!!

 視線は、李知さんへ。

 そして、えてして悪い予感ほど、的中する物である。


「なんで――、競泳水着やねん」


 李知さんの選んだ水着は、黒の競泳水着。

 しかも洒落たものなどではなく、学校の指定に使われるような地味なものだ。

 なんなんだ。

 閻魔一族は少数派向けなのか。

 と、そんな中、次は耳元で、ぞわりとする声が響く。


「……少し、いいかしら?」


 この声――、由比紀か。


「なんだ」


 すると、怨念の籠った声で、彼女は言った。

 言ってしまった。

 誰もが気付いていない、俺だけの知る事実を……!!


「……なんで私は呼ばれてないのかしら」


 ふっ、忘れてた。


「……、閻魔妹の携帯番号しらねーし」

「今の間は?」

「気のせいだ、英語で言うならウッドフェアリー」

「……」


 そして、由比紀が黙ったのを確認して、後ろを振り向き。

 口が、円を描くことになる。


「……ブルータス、お前さんもなのか」


 驚愕よりも呆れが飛び出した。

 まさにスクール水着。

 しかも、閻魔より、いや、閻魔とは比べてはならんほどの胸が存在しているから狂気であり凶器である。

 そんな由比紀は、閻魔とは違い、若干頬を赤くしながら羞恥を示した。


「……くっ、時間もなかったからこれしかなかったのよ……」

「そうか。ってかなんでスク水か聞かせてもらおうか」


 すると、由比紀はうつむきながら答える。


「玲衣子よ、昔は、騙されていたの」


 玲衣子……、李知さんの母親の仕業か。

 やりそうな気がするが、閻魔と由比紀の一応娘に当たるはずなのに母親ポジションに付いているとは。

 げに恐ろしきは玲衣子の業、か。

 うんうんと頷いて納得する俺。

 そこに割り込んだのは、李知さんだった。


「その……、薬師、変か?」


 そのように、恥ずかしそうに聞いてきたものだから、肯くことなど不可能であり。


「いや、変じゃない。ばっちり似合ってる」


 似合ってる、似合ってるけどな?

 どんな集団だよ。

 着物の俺に虎柄ビキニのロリに、競泳水着の黒髪美人にスクール水着の閻魔に、同じくスク水の銀髪の麗人に、メイド服藍音、筋骨隆々鬼二人。

 狙ってる層はどこだ。


「そ、そうか……!?」

「ああ……、似合ってる似合ってる」

「そうか、あ、ありがとう。でも、なんか疲れてないか?」

「はしゃぎ過ぎたのかもな」


 酒呑が。


「そ、そうか! だったら、あの辺で休んでるといい、後で飲み物でも貰ってくる」


 そのように言ってきた李知さんを俺がやんわり断り、その集団から背を向け、


「他見てくる」


 そのように、歩き出した俺の背に、一つ声が掛かる。

 前さんだ。


「そう言えば、何で薬師は水着じゃないの?」


 俺はそちらを振り向かずに、呟いた。


「俺は今まで――、誰にも言わなかったんだが」


 ごくり、とどこかから喉を鳴らす音が響く。

 今までにない真面目な俺の口調に、全員が黙って俺の次の言葉を待った。

 そんな彼女らの要望に、俺は答える。

 俺が、水着を着ない理由。






「俺――、海より山派なんだ」





「って、それは先に言えっ!」









 前さん達のもとを後にした俺は、金棒で殴られた頭をさすりながら、砂浜を歩いていた。

 そして、その少し右後ろを歩くのは、藍音。


「そう言えば、お前さんも水着じゃないな」


 そう、彼女はこの熱い砂浜で表情一つ変えずいつものメイド服を着ている。


「……私は貴方が山派なのを知っていましたので」


 だからってわざわざ俺に合わせることもなかろうに。

 涼しい顔で言いきった彼女に、俺は苦笑した。

 だが、そこで彼女の話は終わっていなかったらしい。

 藍音が、首元に手を伸ばし、


「ですが、下に水着は着用済みです」


 すとん、と音を立てて、メイド服が、落ちた。

 ……。

 思わず焦って茫然としてしまったが、なるほど、確かに水着である。

 翡翠色のビキニであった。

 まったく抜け目のない従者だ。

 そして、彼女は、俺にそれを見せた後、足くびにあったメイド服を再び、着用し直す。


「着直すのか?」

「はい。貴方に見せたので、十分です」


 そんなもんなのか?

 乙女心という奴は、千年生きて尚、俺には理解できんらしい。





「でも、ホワイトブリムは外さんのな」


「貴方のメイドですから」




 さて――。

 夏の海とやらを楽しもうじゃないか。









――

一応。

前編です。

夏です。
私も夏休みに入りました。
そして、今回は夏の代名詞、というか夏っぽいイベントとして海にやってまいりました。
暁御については、前回出たので、という事で合掌。
そして、書いててなんか藍音贔屓じゃね? と思ったあなた。
私も予期せぬ事態です。
単に、長くなったから途中で前編として切ったのですが、うっかり藍音のところで切れたという。
本当はただの何でもない会話イベントだったのにいったん終わらせるためにこんな流れに――。
くそっ、天運を手繰り寄せてやがるっ!
暁御に謝れっ。


さて、返信と相成ります。


SEVEN様

前回の地の文はやってくれました。
私の言いたいことを全て突っ込んでくれた、という。
言いたいことを突っ込んで、満足したので――。
スクール水着と合法ロリについて、考えることにします。


シヴァやん様

私も暁御の切なさには同情を禁じえません。
そして、薬師の鬼畜はとどまるところを知らず。
きっと現世でもあんなフラグやこんなフラグをっ!!
あの朴念仁に夜這いが通じるのかどうか……。寂しいのかとか言われてしまうという試練を乗り越えればあるいは――!!


政樹様

感想感謝であります。
ROM専の方すら思わず応援させてしまう暁御の切なさに、合掌。
さあ、暁御の出番は来るのでしょうか。
それと、ついでですが、各感想右下についてるフォームに投稿時入れたパスワードを入れて、編集にチェック入れて実行を押せば編集できますよ、と一応。


春都様

暁御は不憫な子。今回も出てこれませんでしたしね。
ちなみに、前回の文体は地の文が多くて量の割にあまり場面が展開してないという弱点があるのですよ。
一応五キロバイトを基準にして出来るだけそれに近づくようにしているので、あれで書くと中々きつい。今回既に五キロバイトとか軽く逝っちゃってるんですけどね。
そして、壺八ネタがわかってくれる人がいて安心しました。


悠真様

暁御は他のメンバーより一歩進んでいる、はずなのに、薬師という巨大な存在にしてみればその一歩など違いにならぬ、という。
流石の朴念仁っぷりを見せてくれました。
そして貴方が好きです、と言っても、そうか、嬉しい、で終わる薬師クオリティが拝めそうな。
これはもうアクションにでるしか。


奇々怪々様

私も、書いてて暁御ってこんなんだっけ、って思いだしながら――。
いや、書いてませんよ? そんな忘れるわけ、あははははは。
閻魔様のせいですね。
では私は思いが通じることを、先日掛かってきた生んだ覚えもない見知らぬ息子の電話程度に信じておきませう。


ねこ様

若本風ナレーション、あれはいいものです。
久々の暁御でしたが、その内ステルス機能を覚えるに違いない。
居たのか、最初からいましたで始まること請負ですね。
と、まあ今回は夏らしく海に来ました、暁御はいないけど。


ふいご様

やはり千年は伊達じゃないようです。
これは結婚から始めて恋を育むしか。
外敵からの攻撃に無敵な要塞には内側から攻めるほかないようです。
これは、権力振りかざして無理矢理結婚するフラグ……?


ヤーサー様

暁御は私の予期せぬ方向に進化を遂げたようです。
百五十のストレートボールでも薬師なら、薬師なら軽々と打ち返しかねないっ……!!
魔球クラスじゃないと薬師には通用しませんね。
そしてじゃら男はあほです、現状周りが見えてないというか、あほだから追っかけてるものしか見えないんです、暁御だけど。


Eddie様

コメントありがとうございます。
暁御は、報われませんでした。
それと、壺八、というのはとある居酒屋の名前で、ちなみに壺はひらがなです。それで、好きです壺八、というCMが――。
これはなんという羞恥プレイ。


楽天様

賭けごとになると鼻がとがった人になるようです。
咲よりアカギ派な私は同年代において異端者です。
と、まあそれは置いておいて。
人口幼女褄、と書いてローゼンメイデ……、いえ、失言でした。




最後に。

海と来たら、巨大烏賊もしくは蛸による触手プレイですよね! 次回にこうご期待!!



[7573] 其の四十四 俺と海と真の地獄と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/07/30 22:35
俺と鬼と賽の河原と。





 前回の荒々しすぎるほどの筋。







 海に来た。








其の四十四 俺と海と真の地獄と。







 海、それはまごうこと無き海であった。

 強い日差しが皮膚を暖め、そしてそれを冷やすに丁度いい水もあった。

 そう、海である。

 見事な、絶好の海であった。








「お父様ぁー、準備終わりましたー!」


 聞こえて来たのは、鈴の転がる様な声音。

 我が家の子供勢も準備が終わったらしい。

 俺は声の方を向き、走り寄る娘と弟を見やる。


「おーおー、終わったか。よし、じゃあまあ、頑張って遊んで来い」

「うん!!」


 元気にそう言ったのは、由壱だ。

 由壱は、由美の手を握り、海へ元気に走って行く。

 由美は、白いセパレート、でよかったのか俺の記憶には定かじゃないが、そんな水着だった。

 思わず、スク水でないことに胸をなでおろす俺に自己嫌悪である。

 はぁ……。


「海でも、入ってくるかな」

「服着たままですか、変態ですね」


 不意に後ろから聞こえた声に、思わず肩がびくりと震えた。


「藍音、まだいたのか」

「はい」


 しれっと答える藍音の様に、俺は溜息を一つ。


「別に、泳ぐとは言ってないが」


 無論服を着て泳ぐ趣味は無し。

 かといって脱ぐ気もないし、水着もない。

 いやはや、まったく意味が解らないな。

 だが、海に入ることができないわけでもなし。


「つか、ぶっちゃけ足ぐらい突っ込んだって問題あるまいに」


 だが、そんな言葉に藍音はというと、眉を顰めて見せた。


「……貴方が、ズボンの裾を巻くって浜辺ではしゃぐ姿は――、気持ち悪いですね……。いや、でも見てみたいかもしれませんが……」

「悪かったな」


 その辺は俺も理解している。

 むしろ水辺ではしゃぐ野郎なぞ小学生低学年までで十分だ。

 と、言う事で、そのまま、砂浜から海に突撃。

 爪先から海面に入って行き――、


「あれ? 薬師水ん中入んの?」


 少々戸惑った前さんの声。

 俺は構わず進む。

 少しずつ水深が深くなっていくが。

 俺の高さは変わらなかった。


「え? ええ?」


 ふふふ、驚いている驚いている。

 そしてついに、かなり遠く、かなり深い場所までやってきた。

 それで尚、俺の体は沈まない。


「……水面を歩いてる!?」


 別に飛んでいる訳ではない。

 確かに羽なしでも飛べはするが芸に欠ける。

 では俺は何をしているのか。

 簡単だ。

 高下駄を伸ばしているのだ。

 みょーんと。

 それこそ、家二件分位。

 一度――、やってみたかったんだ。

 そのように海を堪能すること数分。

 まったくもっていい景色である。


「それで、満足ですか?」


 すぐ隣から藍音の声が聞こえた。

 どうやら飛んで来たらしい。


「おう」

「……そうですか。それでですが、ビーチバレーをやるそうです」


 ある種突っ込んでほしかったが。


「で?」

「チームも決まって、第一回戦が始まっています。それで、貴方は私とチームになりました」


 その言葉に、俺は思わず口で円を作った。

 それを如何様に取ったか、藍音は少し憮然とした表情を見せる。


「ご不満が?」


 しかし俺は、それを真っ向から打ち消した。


「逆だ逆。お前さんとコンビ組むのが懐かしくてな」

「ここで懐かしがられても困るのですが」


 確かにビーチバレーでてのも変な話だが。


「そう照れるなよ」

「照れてません」


 そう言って後ろを向き、浜辺に飛んで行く藍音の背中に、俺は苦笑と溜息を一つ。


「さて、戻るか」











 予想外に。

 本当に予想外に。

 ビーチバレーは白熱していた。

 もう少し具体的に言うなら。


「てぇえええいッ!!」


 轟々と音を立てながら。

 ボールが霞むように飛び交っている。


「くうッ!!」


 よく考えてみたら。

 我々、人間じゃなかったもんなー。

 鬼の腕力で放たれたボールは、球どころか、半分平面になるほどへこんで、地を穿つ。

 恐ろしい。

 現在行われているのは前さんと李知さん、閻魔姉妹の試合である。

 バレーですら、こんなだったろうか。

 当たったら痛かろうなー……。

 正直に言って逃げ出したくなってきたが、残念ながら勝負の時は刻一刻と迫っていた。







 とりあえず俺と藍音は、運よく由壱兄妹と当たり、微笑ましく一回戦を終えることができた。

 由美のボールは恐ろしかったが。

 そして、運命の戦いが始まる。


「薬師、もう逃げられないぜぇ」

「お手柔らかに」


 敵は、赤青鬼。

 二人は強敵だった。

 こちらの放った初球を、鬼兵衛が堅実に拾い。


「おっと」


 その玉を、酒呑が――、

 叩きつける。


「おおおおっ!!」


 恐ろしいまでの剛速球。

 それは俺のすぐ後ろの地面を抉ろうとし、だがしかし、あっさりとその球は跳ね上がった。

 藍音だ。

 絶好の位置に跳びあがる球。

 俺は風を巻き上げ飛び上がった。


「行けるか……?」


 対象から地面への空気抵抗を消去。

 圧縮空気、生成。

 そして――、打つ!

 解放された圧縮空気が、弾丸を作り出す。


「な、なにぃ!?」


 一瞬のうちに、ボールは地面を抉っていた。


「やるじゃねぇか……。そう来るならこっちも行くぜ!!」


 そのようにして、死闘は始まった。









 そして、何分経ったろうか。

 俺達は、遂にマッチポイントに迫っていた。

 あと一点。

 あと一点で勝てる。

 そんな中、藍音がボールを拾った。

 相変わらず正確な角度で舞い上がる。

 そして、俺は迷わず跳びあがり――。


「させねえ!!」


 酒呑がブロックに動く。

 そして。

 その酒呑の虎の腰巻が。

 遂にその運動に耐えきれず。

 はらり、

 と、

 宙を舞った。


「ああああぁぁぁぁあああアアアアアッァァァァッ!!」


 俺は叫んだ。

 咆えた。

 理不尽に、怒りを任せ。

 その球に、すべて叩きつけた。

 ボールが、飛翔した。

 真っ直ぐに、目にも止まらず。

 酒呑の足の親指と親指の間。

 体の中心。

 そして下腹部。

 いわゆる股間に、ボールは直撃する。


「ぇ?」


 逆に、逆に断末魔はか細かった。

 そして、巨体が倒れる。

 ついに、勝った。


「っづ、っはぁ……! はあ……!!」


 肩を切らしながら着地。

 俺はふと、藍音の方を向く。

 その藍音は、彼女にしては珍しく、とても呆けた顔をしていた。


「今……、何か……、黒いものが……? いえ……そのような記憶……」


 思わず目頭が熱くなる。


「いいんだっ……、何もなかったんだ! すべてっ……、忘れろ……!」


 勝った、勝ちはした。

 だが、失ったものも大きかった。

 現に俺は、次を戦える気がしない。

 こうして俺のビーチバレー大会は、心に大きな傷を残して幕を閉じた。









 その後も色々あった。

 例えば、閻魔が食事を用意しようとして焦がしたり。

 結局俺と由比紀で作ったり。

 娘に弟と砂浜で走りまわったり。

 十分な、思い出となった。

 そして、夕暮れ。

 見事な、夕暮れだった。

 今まではしゃいでいた面々も、少しずつ、空気を読んで集まりつつあった。

 さて、帰るか。

 そう言おうと後ろを向いたその時。

 その時である。

 弾ける水の音が俺の耳を叩いた。


「なっ!!」


 反射的に振り向く。


「……なんじゃそりゃ……」


 それは、巨大な蛸。

 それは、巨大な烏賊。

 ……どっちだよ。

 足は八本体は赤い。

 形は烏賊。

 そして、はっと気付く。

 いかん、こういう場合は得てして女性が危ない。

 そう思った俺は、即座に全員を視界に入れる。

 イカタコ(仮)が、動いた。

 予想以上の足の速度――!!

 間に合わ――。


「帰るか」


 俺は即座に踵を返した。


「え? あ、あれ……、いいの?」


 問うてくる前さんに、俺は表情一つ変えず。


「帰るか」


 そう、嫌だ。

 帰りたいんだ。

 確かに、触手に二人の犠牲者が出た。

 出たさ。

 出たけどさ。

 犠牲者の悲鳴が響く。


「イ゙エァアアアア」


 どうやら。

 あのイカタコ(仮)。

 筋肉専門らしいよ。


「ちょ、ダメだ、やめるんだ! 僕には妻と子供が……!!」


 触手に捕まった、鬼兵衛と、酒呑。

 帰ろう。

 俺には帰るべき場所があるんだ。

 てか、もう見ていられなかった。

 だが。

 だが、現実とは――、そう上手くいかないことばかりだ。

 ふと気づいた。

 気づいてしまったのだ。

 このままでは――。

 鬼兵衛の、腰巻が――、宙を……!!

 嫌な想像。

 阿鼻叫喚なその図に血の気が引いた。

 そして、その想像は、現実のものとなる。

 鬼二人の腰巻に、触手が差し入れられた。


「ひゃ…」


 死ねばいいのに。

 鬼兵衛死ねばいいのに。

 そして、イカタコ(仮)の足が。

 二人の、腰巻を……。


「させねええええぇぇぇええッ!!」


 思うことなく、動いていた。

 気づいた時には、叫んでいた。

 止まれ、止まれ止まれ!!

 いや、止めるッ!!

 己が手に羽団扇。

 俺はそれを、思い切り、振り抜いた。


「うぉおおおおおおおおおっ!!」


 巨大な空気の塊が、イカタコ(仮)を、捉える――。

 俺は、己が全力をこめて、叫んだ。


「沈めええええッ!!」










 ふう。


「帰ろうか」

「う、うん。そうだね」


 俺達は、ゆっくりと浜辺を歩いている。

 俺と、由美と、由壱と、じゃら男と、鈴と、前さんと、李知さんと、閻魔、閻魔妹、藍音。

 清々しい気分で、俺達は家路についた。





 鬼兵衛? 酒呑?

 一緒に沈めました。







 地獄の海の平穏が、続きますように。






―――


海編、終了。
我ながら、何がしたいのか知りませんが。
ともかく、次は由比紀編か、滅亡危機編か。

さて、返信。


紅様

そう言えば鈴の水着書いてなかったや。
えーと……、白スク、でしょうか。
青鬼……。一枚絵がすごいことになりそうですね。


ボンバ様

感想感謝です。
EROSUですか、ふふふふ、伝わったようで嬉しいです。
貴方も中々の猛者でありますね。


奇々怪々様

黒派ですか。
そして、玲衣子さんがスク水を着たら、スタイル的にすごいことに……。
なにそのマニアック家族。


シヴァやん様

薬師お父さんを、お父さんから引きずり降ろすまでが勝負ですね。
そして、白スクは鈴という事で。
私も薬師は自分の置かれた環境を見直してみるべきだと。


REN様

感想ありがとうございます。
読まれて……いた、だと?
仕方ない、仕方ないのです。指が勝手に動いたのですから。


ヤーサー様

じゃら男はどうせ来てるだろうな、と思って来たら暁御は居なかったようです。
麗華さんについては、出演は未定。でもたまに出るかも。
ちなみに、玲衣子さんのプロポーションは、ランクS作中随一。


春都様

藍音さんは現在必死で落としにかかっている模様。
というか、やりすぎたくらいでちょうどいいことを知ってるので色々大胆。
そして、酒呑は自重しません。自重しません。


ねこ様

うーむ、色々ネタはあったのですが。
どうにもこのままでは長くなりすぎるため、酒呑でオチが付きました。
今回は自分でも微妙な出来だったので、その内また海編にリベンジしたいと思っています。


悠真様

ちょっとしたワンシーンのつもりの藍音の部分が予想外にも妙に好評ですね。
一族総出でスク水……、大小さまざまなスク水が揺れ動くんですねわかります。
そして、あまり出番のない前さんに涙。


スマイル殲滅様

触手、……ええ触手ですとも!!(血涙)
貴方の期待を裏切る兄二です。
むしろ、誰より自分にダメージが高かったやもしれません。


SEVEN様

だっちゃ……、言わせたかった。
今日の反省点は、人を出し過ぎたことでしょう。話が、纏まらな……。
そして、触手、どうだったでしょうか。私は死にたくなりました。


SML様

うふふ、三歩下がって主の影踏まず。
藍音さんはビーチバレーでも活躍したようです。
そして、チーム分けくじ引きにこっそり細工したに違いない。


黒茶色様

感想ありがとうございます。
気に入っていただけたようで幸いです。
と、ご指摘の方ですが、何故か初期設定資料には七海、初登場時は七條、以後七海、という意味のわからぬ状況に。
報告ありがとうございました、すごい勢いで直しに行ってまいります!



最後に。

主役 如意ヶ嶽薬師


ヒロイン 前
     李知
     美沙希
     由比紀
     由美
     玲衣子
     露店少女
     鈴
     藍音
     里見


レギュラー じゃら男
      由壱
      鬼兵衛


お色気 酒呑童子



[7573] 其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/01 23:35
俺と鬼と賽の河原と。




「ふふふ、ここで待ってれば、薬師がやってきて――」


 河原へと続く道。

 そこに由比紀は立っていた。


「ようやく、私の出番、なのね」


 だがしかし。





「えっ!? 今日は休み!?」





 今回の話は、予想を裏切って、全く由比紀が絡まぬ話である。






其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。





 そう、それは手紙だった。

 どこからどう見ても手紙だった。

 果てしなく、手紙だった。

 どれほど手紙なのかというと、完璧に手紙であった。

 四角い角。長方形の封筒。

 涼やかな便箋、ペンで書かれた優しげな文字。

 非の打ちどころのない、手紙。

 いや、しつこいよな。

 まあ、要するに、手紙が挟まってたわけだ。

 郵便受けに。

 そして、その中身には、こう書かれていた。


『来い


          玲衣子』


 いや、ないな。

 流石にあれだな。

 ここまで色眼鏡の司令っぽい手紙ではなかったが。

 要するに、こういうことだ。

 もう少し詳しく言うなら、遊びに来ませんか? お茶菓子を用意してお待ちしております。

 という事である。

 時候の挨拶から始まり、近況報告含め、結構な分量であったが、まとめるなら、家に来ないか、と聞かれている訳だ。

 で、おあつらえ向きに俺は今日は休み。

 丁度暇しているところであった。


「行ってくっかなー……」


 誰もいない空間に、呟く。

 答えは返ってこなかった。

 当然である。

 しかし、誰に言われずとも、答えは決まっていた。

 暇なのは好かん。

 そう言うことである。














「あら。来てくださったんですね」

「おう、邪魔する」

「邪魔するならお引き取りください」

「了解した」


 ……。


「気が合いそうだな」

「うふふ、そうですね」


 俺の周りには何故か冗談が通じない奴、というよりは突っ込み気質が多い。

 このように、軽いノリで話せる相手は貴重である。


「では、上がってください」


 今度は言われるがままに敷居を跨ぐ。

 そしてそのまま奥に案内され、俺は長机の前に座った。


「それでは、お茶を注いできますね」


 そう言って歩いて行く彼女を俺は視線で見送った。

 それにしても、落ち着く屋敷である。

 畳を作る藺草の香りが、俺を安心させてくれた。

 そんな風にまったりくつろいでいると、やがて玲衣子が戻ってくる。


「どうぞ」


 盆に乗った湯のみが差し出された。


「すまんね」


 言って、俺はそれを受け取る。

 その後、玲衣子も席に着いた。

 それを確認して俺は、疑問に思っていたことを率直に聞いてみることにする。


「そういや、いきなりなんだ?」


 玲衣子は、意味が解らなかったのか、聞き返してきた。


「いきなり、とはなんでしょう?」

「唐突に手紙が送られてきて、唐突に遊びに来ませんか? と来たら、これをいきなりと言わずして、なんと言う?」


 茶飲み友達としては中々の逸材であるが、残念ながらそれにしたって俺達が知り合ったのはついこないだである。

 今日が二度目の邂逅。

 要するに、俺は何らかの目的があると踏んだ訳だ。

 いや、理由と言い換えてもいいが。

 すると、玲衣子はあけすけに言った。


「興味がある、と言うのはどうかしら?」

「興味がある、ねえ?」


 そんなに俺が秘密主義であるとは思えんが……。


「例えば、貴方は何で地獄にいるのでしょう」

「いや、死んだからだろ」


 と、まあ、どうしようもないことを言ってみたが、そうではないらしい。

 ああ、大体言いたいことはわかった。


「大天狗が死ぬ。というのはとても不思議な事」


 微笑んで言う玲衣子。

 どうやら、本当にただの興味、というか陥れる類の打算ではないらしい。


「まあ、確かに不思議な話ではある」


 俺は一つ肯いた。

 別に、これは俺が死んだときの状況を言っているのではない。

 例え大天狗とて、不意を衝かれりゃざっくりだし、斬られりゃ血が出る。

 が。

 ぶっちゃけよう。

 大天狗は死なない。

 というか、一定以上の力を持つ妖怪なら全てに適用される一言だ。

 死なず。


「私はもう、それが気になって気になって」


 例えば、天狗になる、という事は本質的には風になる、ということだ。

 まあ、不純物その他のせいで個体としての形をとるが。

 言うなれば、天狗は風であり、風は天狗なのだ。

 鬼もそうだ。

 人らしさを捨てたために、地獄の霊体たる本質に近づいた姿。

 そして、同じように、鬼の最高位に立つ酒呑は、例え脳を潰されても、死なない。

 別に、その場で再生するという訳でもないが。


「それで、なぜ俺がここにいるかだが――」


 要するに、天狗と風の関係は相互を補完する形である。

 天狗とは風であり、何らかの方法で風が全て破壊、ないし消失しても、天狗がいる限り風が吹く。

 そして、大天狗が死んだ際には、風が吹く限り、大天狗は再びこの世に生まれ落ちる。

 両方同時に殺さねば殺せぬ、というのがこの関係であり、蜥蜴の尻尾切りでありながら、尻尾も再生する。

 そう言う安全機構、というか、世界の法則を守るための防衛手段である。

 そして、その法則に俺を当てはめるなら、即復活、とは言わないが、長ければ百年ほどの時を掛けて俺は再生されるはずだった。

 が、むざむざ再生させる気もなかったので、風へと還り、魂は溶けて消えるはずであった。

 どちらにせよ、地獄にはいられん。

 では、なぜ俺はここにいるのか。

 それは――。


「俺にもわからん」


 流石に玲衣子も驚いたか、目を瞬かせている。


「いやはや、我ながらオカルトだな。もしかすると大天狗扱いされてないのやもしれんが」


 大天狗は死なない。

 これはある種常識である。

 知っているのは、大天狗やら、かなり高い位の妖怪だが。

 ぶっちゃけると、その常識があるから、大天狗如意ヶ嶽薬師坊の地獄での発見が遅れたのだ。

 普通なら、偽名ですらない名前で地獄に来た時点でばれている。

 それが、最近までばれなかったのは、やはりこの常識のおかげ。

 俺は続けた。


「確かにおかしい。どれほどおかしいかと言われると、あんぱんの中身がこしあんでなくて、つぶあんである並におかしい」


 玲衣子が肯いた。

 彼女もこしあん派なのかも知れない。


「しかし、俺はつぶあんも好きなのでどうでもいい」


 玲衣子は、少々の間目を瞬かせたままだったが、すぐにいつもの笑みを取り戻した。


「うふふ、確かに、そうかも知れませんね。貴方は確かにここにいる」


 うんうん。

 納得してくれたらしい。

 他の人間なら突っ込まれていたが。


「さて、納得していただけたところで――。次はお前さんがお話ししようか」


 俺が言うと、今度こそ彼女は目を丸くした。


「は、私……?」

「俺が応えたのだから次はお前さんだ。さあ、自己紹介でも、人生の概要でも辛い過去でも恥ずかしい歴史でも身長体重年齢でも可だ」


 俺と言う生き物は、あまり一方的に何かされることを好かない。

 いわゆる、やられたらやり返せ。こっちが語ったのならそちらも語りやしょうぜ。

 すると、玲衣子は心底無邪気かつ不思議そうに聞いた。


「何故?」


 その言葉に、俺は思うままに告げた。


「お前さんは俺に興味があると言ったが、俺はお前さんに興味がないとは言っていない」

「……あらあら」

「貴方に興味があるのであるよ、玲衣子さん」


 俺の言葉に、玲衣子はというと、一瞬固まった。

 果たして、何故であるかは俺にもわからん。


「っ、うふふ、困っちゃうわ」


 しかし、笑顔を取り戻した玲衣子は、それをごまかすかのように、色々なことを語り、俺はその違和感を忘れた。

 結局、俺のことを語り、玲衣子のことを聞く、を俺は長いこと繰り返したのである。




 ちなみにだが、どうやら彼女は俺より年上らしい。

 胸囲まで教えてくれたのだが、初めて来た時と変わらず、考えの読めない人間である。





 なるほど今日も、平和である。


















 今日彼を呼んだのは、半分が興味本位である。

 あの堅物、李知が惚れた男性。

 興味がない訳がなかった。

 うふふ、これをネタにいじらないでいい道理がありません。

 そして、もう半分。

 彼は李知に相応しいか。

 もしくは、彼はいい人間であるか。

 結果は、芳しくはない、と言えよう。

 なるほど、いい人間、いや、天狗である。

 それは、話を聞いただけで分かっていたこと。

 美沙希ちゃんだけでなく、由比紀も、恋とまではいかずともなんとなく気に入っているだけはある。

 だがしかし。

 いい人間であることと、女性を幸せにできるかは、違う。

 女性を幸せにできる安全牌、と言えば、鬼兵衛さんであろう。

 基本人を想うことを芯におき、家族のためなら信念を曲げられるタイプだ。

 別に、薬師さんとて、人として鬼兵衛さんに劣る訳では、ない。

 身の周りが平和であることを是とし、人を想うことができる。

 だが。

 己の在り方を曲げない。

 これである。

 しかも、悪い方向で、だ。

 彼は、自分を勘定に入れない類。

 自分の命一つで人が救えるなら安い、そう考えている類だ。

 そのあり方は尊いが、到底女を幸せにできはしない。

 判る。

 判ってしまう。

 何故なら、私がそうであったから。

 彼は、私がそうなったように、一度危機が訪れれば、自らを砕いて家族を守るだろう。

 女に、私にしてみれば、全て捨てて私と逃げて欲しかった。

 ああ、親子とはよく言ったものだろう。

 李知が私と同じタイプを好きになるとは。

 彼は、本当にあの人に似ている。

 飄々とした態度。

 それが時に艱難辛苦を吹き飛ばす烈風になることを私は知っている。

 優しいそよ風のようなあり方。

 それが時に、人を守るため嵐となることを私は知っている。

 子供のように、少年のように己を語った、奔放な風のようなあり方。

 それが時に、老成した、喜びを運ぶ風となることを、私は、知っている。

 本当に、似ている。

 あの人の姿が、一瞬彼に重なるほどに。


『貴方に、興味があるのですよ、玲衣子さん』
「貴方に興味があるのであるよ、玲衣子さん」


 思わず、息が詰まりそうになった。

 そして、彼が帰り際に残した台詞。


『また、来てもいいですかね』
「また、来てもいいかね」

「……え?」

『駄目、ですか?』
「いかんのか?」

「……いいえ、歓迎します」


 似ているが故に、気を付けねばならない。

 李知を、私と同じには、できない。

 幸い、彼はこれからもたまに来てくれるようだ。

 ……教育しようかしら。

 まずは――、性教育……?





―――

皆さんの期待を裏切る兄二です。
己の予想さえ裏切って人妻編、ってか未亡人編。
フラグのレベル1が立ったようです。
そして、性教育フラグががががが。
更に、大天狗は死なないとか、伏線と見せかけてそうでもない設定までオープン。
ぶっちゃけ、如意ヶ嶽薬師なんて名前で地獄にきたら一瞬でばれるよね、という話。
それと、先代大天狗の話に繋がらなくもないかな。


では返信。


へたれ様

え……、暁御……、誰……、あーあーあーあー!
暁御ですね、いえ、忘れてませんよ。
覚えてましたとも。ヒロイン内に入ってなかったのは、わざとで――。
余計に悪い気が。


春都様

今回は、悪い意味で、思い出ができました。
ちなみに、思い出のルビ、もしくは副音声はトラウマで確定。
事あるごとに、局部を露出しようとするあれは、どうにかならないでしょうか。
きっと捕まっても権力ですぐ出てきてしまうのでしょうが。


SEVEN様

大丈夫です。
大丈夫なんですっ、今回は何もありませんでしたはい。
つつがなく海の行事は終了し、一同平和に帰りました。
これが真実です……!!


Eddie様

筋☆肉☆専☆門のクラーケン。
これが鬼兵衛最大のモテ期である。
いやはや、藍音さんと閻魔が人気ですね。
このままではツートップが。


シヴァやん様

それは、あれですか。
暁御ですか、それともお色気担当ですか。
あのお色気担当は一切自重する気がないようです。
少年漫画誌におけるラブコメのパンチラ率並にポロリしていくらしいです。……屍姫でいいよ……。


ねこ様

鬼嫁は、番外でしょうね。
流石にあの状況で出したら更に収集がつかなく。
とりあえず、鬼と天狗でビーチバレーをすればそれは普通じゃないことに。
ですが――、何より私はボールに敬意を送りたい。色んな意味で。


ヤーサー様

作者にもダメージが大きかったです。
きっと、リアルでツートップお色気ゾーンに入り込んだら悶絶死でしょう。
そして、今回は玲衣子さんを落としにかかっております。玲衣子さんには母性本能をくすぐりに行けば――、いらぬ心配ですな。
閻魔妹は、いつの日か名前を呼ばれることを夢見てます。心の中ではちゃんと名前呼びなのになぁ。


スマイル殲滅様

これが、現実の壁……。
駄目だ、直視できそうにありません。
現実逃避を続けます。
それと、藍音さんならすかさず前に飛び出て、スカートが捲れる、とかやってくれそうです。


ロコリン様

コメ、どうもです。
いやはや、まあ、海編の前編で皆さん一抹の不安を覚えていたようなのですが。
期待を裏切ったのだか期待通りなのかわからない兄二です。
でも大丈夫、この世界に触手など珍しくない!! まだ触手は終わっちゃいない!!


悠真様

あのイカタコに性別があるのかわかりませんが――。
きっとがちむちやらないか。
と、どうでもいいことは置いておいて。ポイ捨てはいけませんね。海は綺麗に。公害を放置してしまったようです。
ちなみに、麗華さんの出演予定は未定です。ぶっちゃけるとやることが多すぎて首がががががが。どうせやることなんてフラグ立てなんですけどね。




最後に。

由比紀と、暁御で同盟が組めそうだ。



[7573] 其の四十六 俺とお前の滅亡危機。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/04 21:48
俺と鬼と賽の河原と。







 一つ二つと、焼け落ちた部屋の中に積まれた本。

 他の本は焼け焦げ、読めたものではなかったが、たった一つ黒い背表紙の本だけ、焦げ目すら見当たらない。

 まるで、世界から断絶されたかのように。

 そして、次の瞬間、その本は消えた。

 比喩でも何でもなく、かき消えた。




 そして、その世界は――。


 消滅した。








其の四十六 俺とお前の滅亡危機。






 それは、やはりいつも通りの朝から始まった。






 俺は、朝の一幕して、椅子に座りながら朝飯を頂いていたところ。

 無論、家族はちゃんと席について、楽しげに箸は進んだ。

 そんな中俺は、ふと家にある文明の利器テレヴィジョンを見る。

 そこで流れていた放送は、


『えー、本日で地獄は滅亡します。では、善き一日を』


 俺が茶を吹き出すに十分であった。








「もしもし」


 俺が茶を沸かしてすぐ、何故か閻魔からの電話がきた。


『薬師さんですか? できれば、すぐに来てください』


 俺は、その真剣な声に息を呑む。


「まさか、本気なのか?」


 本気、と書いてマジである。

 そんな俺の言葉に返って来たのは、期待していたような口調などではなく、深刻なままの言葉だった。


『何が、です……?』

「朝の放送。今日で世界が滅ぶっていうあれだ」


 きっと、電話の向こうで重々しく肯いていた事であろう。

 返って来たのは、やはり重々しい、肯定。


『はい……』


 その事実に俺は奥歯を噛み締めるが、まだだ、と拳を握り締めた。

 俺を呼ぶという事は、まだ何かやることがあるのであろう。


「わかった、すぐ行く」


 俺は即座に外に出ると、空へと舞い上がった。









 そして、意外にも指定されたのは閻魔のオフィスなどではなく、とある研究所だった。

 通された俺を出迎えたのは閻魔。


「こっちです」


 挨拶もそこそこに、俺と閻魔は奥へと向かう。

 状況は緊迫していると言えた。


「で、何が起こってる?」


 俺は移動中閻魔に聞く。

 すると、閻魔はここで話をするべきか迷ったようだったが、時間を無駄にすることは出来ぬとばかりに口を開いた。


「とある、魔導書が今回の発端です」


 魔導書。

 その言葉に俺は違和感を覚えた。

 魔導書が奪われたこと、ではなく魔導書が原因だと言ったのだ。

 はたして、地獄においてその地獄を脅威に晒せる魔導書など幾らあろうか。

 例えばネクロノミコンの原書、アル・アジフと呼ばれるそれは地獄に保管されているが、一級の魔導師に使われるならまだしも、単一でそのようなことができるはずもない。

 せいぜいが、半径数キロのクレーターを作る程度である。

 レメゲトンも、その書に書かれた召喚される魔神が強力なのであって、本そのものには大魔術程度の力しかない。

 上手く暴走したところで、街一つにも満たない。

 特に、地獄の面積の百分の一削り取れるか、という程だ。

 何の魔導書なら、できるというのか。


「その魔導書は、異世界から来ました」


 閻魔は言った。


「異世界?」


 馬鹿らしい、と笑う事は出来ない。

 この世界において馬鹿らしいことなどありはしない。

 聞き返した俺に、閻魔は続けた。


「先日、とある世界が滅びました。その世界は魔術が発達し、魔術戦争の末、世界の限界生命値を割ってしまったのです」


 要するに、その世界は必要なし、と判断された訳か。

 とある友人、と言うより俺の先代に聞いたことがある。

 あれこれ意味は正確じゃないがエネルギー保存の法則だ。

 生き物が生きていた魂、もしくは情念と呼ばれるエネルギーは死したとき、消えずに変換され世界に還る。

 そして、全生命に近いほどそのエネルギーが世界に帰ってしまった場合、当然内圧に耐えらず、ビッグバンに似た現象が起こる。

 それは現在の宇宙を消滅させ、新たな宇宙を作りだすのだ。

 通常それ自体は、生命が次々生まれていくため防がれるが、大量かつ短期間に人が死ぬと起きうるわけだ。

 そして、新たに世界は更新される。

 ある種、もう一度生命が生まれることを待つより作り直した方が早い、との判断の結果がそれだ。

 と、俺が頭の片隅の予備知識を思い出しながら歩いて行く。

 閻魔の話は、続く。


「それで、世界は滅びましたが、稀に、魂の篭った魔術的物品などは地獄に流れつくことがあります」


 なるほど。

 その流れついた品とやらが、大層危険、ということか。

 と、その時、ある扉が開く。

 その白い部屋の中心の診療台にも似た机の上に、それはあった。


「これが、それです。研究者の話によれば、レクロシキの書、だそうです」


 禍々しい黒い革の表紙に、古ぼけた羊皮紙を感じさせる紙。

 そして、閻魔はその本を俺にとって渡した。

 俺は開いてもいいかと確認して、本をめくる。

 白い。

 頁をめくるが、何も書かれてはいなかった。

 何が、あるというのか。


「そして、この本の危険な所は他でもない、ここに書かれた物をこの世に具現化する能力です」


 ……何?


「例えば、普通の魔導書のように呪文や儀式を書けば、実際に行えばその魔術が使用できます。物を書けば、その存在が世界に具現化するでしょう」


 俺はその言葉で全てを把握した。

 なんと凶悪な魔導書だ。

 呪文を書いたりしただけならいい。

 だが、そこにもしも、凶悪な魔神や悪魔を描いてしまったら。

 否、描かれているのだ。

 この本には。

 もう既にこれは爆撃と変わらん。

 既に凶悪な物のが描かれたこの書が現れ、この世に化物が誕生する、もしくはしているのだ。


「大体、中ほどのページにそれはあるでしょう」


 俺は、緊張した面持ちでぱらぱらと頁をめくっていく。

 そして、見つけた。

 俺は過ぎ去った頁を捲り直し、目を通す。

 そこには、こう書かれていた。













咲神 霊侍 (さくがみ りょうじ)


主人公。

ぶっきらぼうだが優しい性格。

容姿は、顔はかなりよく、見詰めただけで常人は惚れてしまうほど。

だが本人は気付いていない。

髪は銀で、赤と青のオッドアイ。

引き締まった筋肉で、無駄がなく、運動神経はかなりいい。

頭もよく、テストで常に上位に食い込んでいる。

実は天使と悪魔のハーフで、正体を隠して学校に通っているが、何か事件が起きたらその力で解決する。

戦闘時はショートカットだった髪が伸び、目が金に光る。

天使と悪魔の翼が生え、空を飛ぶことができる。

その力は、正邪あわせもち、神に匹敵する。

稀に悪魔の破壊衝動に襲われるが、精神力で耐えている。

かなりの完璧超人だが、ニンジンが苦手等のお茶目な一面も。

両親を殺した妖怪を憎んでいる。







 思わず叫んだ。


「あ痛ってててててててぇッ!!」


 緊迫した空気を返せ!!


「誰だこんな大層なもん黒歴史ノートにした奴はぁああああああッ!!」


 レクロシキっていうかクロレキシじゃねえか。

 傍迷惑もいいところだ。

 そして、


「問題なのは、神に匹敵する、という力と、妖怪を憎む、の一文です」


 まったくもってその通りだ。

 まず、イカレた力、そして妖怪を憎む心。

 まったくもって、地獄にどれほどの妖怪がいると思っているのか。

 鬼だけでなく、中々の数がいるのだ。

 それが、一気に殺されでもしてみれば、先ほどの世界の法則で、エネルギーが内から弾けることとなる。

 例え大妖が死なずと言っても、復活までのしばらくは宙ぶらりんとなってしまうのだ。

 だがしかし。

 しかしである。


「これはねーだろ……」


 厨ニ病で世界滅亡とか、他人の悲しい黒歴史で皆殺しである。

 しかも半端に重要度が高いのが始末に負えない。

 酒でもなしにやってられるか! という状況なのに酒飲んでできるようなことでもない、と。

 帰りたい。

 帰って寝たい。

 俺の日常は何処へ行った。

 そして、そこで一つの疑問。

 俺がここにまで至ったものの、神に匹敵する力なら俺は要らないのではないか?


「何故俺を呼んだ?」


 その言葉に、閻魔はふい、と顔を逸らした。


「あれか、俺の源流は異世界だから死んでも滅亡には関係ないから大丈夫だよね、と?」


 閻魔は目を合わせはしない。











「アリマセン。いいえ、ソンナコト」

「その片言に突っ込みを入れていいか」


 目をそらしたまま、黙りこむ閻魔。


「お前あれな。向こう一週間まで必ず食事に一品ピーマン付けるからな」

「そんな殺生なっ、地獄の危機なんですよ?」

「知るかっ。ぶっちゃけ俺がいる意味が全く感じられん!」

「拗ねないでください!」

「拗ねとらんわっ、敢えて表現するなら、阿呆らしく馬鹿らしいのですごく帰りたいんだよ美沙希ちゃん!」

「み、み、み、美沙希ちゃんって……!」

「で、帰ってよろしいのかよろしくないのかっ、白黒はっきり付けてくれるか?」

「必要です! 私には貴方が必要なんです、できれば私の家から帰したくないほどにっ。だけどピーマンはやめてください!」

「足に縋りつくな! 後お前さんが何を言っているのかよくわからないっ」

「いかないと約束するま離しませんっ!」

「だが断る」

「離しません!」

「あ、おま、折れる折れる足折れる! 待てい!」

「いっそ折れてしまえばいいんです! 安心してください、治るまで私が責任を持って自宅でお世話しますから!」

「無理だから! 目玉焼きも作れないお前さんじゃ無理だから離せ!」

「だが断ります!」

「わかった、わかったから離せぇえええ!!」









 地獄の危機にもかかわらず、結局何とも平和な一幕であった。





―――
シリアスを、容赦なくブレイクしたかった。
後悔はしていない。
という訳でまた前後篇になってしまいました。



では、返信を。


ナンテコッタイ様

コメントどうもです。
提示された情報の件ですが――、はちじ……げふんげふん
乙女の秘密だそうです。
あー、でも、乙女ってほどの年でもな……、ん? 来客のようです。


SEVEN様

無論、最初は二人きりでレッスン。
そして、ステップアップと同時に、李知さんが――、今何か悪寒が……。
そう、「きょ、教育のためなら仕方がないな!」
と、玲衣子さんの口車に乗せられ乱入し、すいません、頭冷やしてきます。


悠真様

いやはやもう薬師の支配領域は常人では理解しきれぬところまで行くのではないかと。
そのうちロリBA☆BA☆Aが出てくるのも時間の問題でしょうな。
実際のところ閻魔も前さんもロリバ――?
今、窓に何か……。


奇々怪々様

来い、の一言は薬師の要約だったのですが、私の未熟故勘違いさせてしまったようで申し訳ない。
そして、触手については、次があれば、次こそは絶対に……!!
こんな悲しい結果は二度と繰り返させはしない!!
ちなみに玲衣子さんの元夫は慇懃無礼な薬師がそれ。


ヤーサー様

薬師に性欲は存在しませんが、そこは大人の女性の手練手管ですよ。
ちなみに、知識としての性教育が必要ないのは、玲衣子さん、暁御、藍音、由美の四人くらいかと。
由比紀なんかはパッと見あれですが意外と初心な感じで。
果たして、由比紀の出番はいつとなるのか。


シヴァやん様

未亡人フラグです。
果たしてここまでフラグを立てて薬師は何がしたいのか。
あれですか、フラグを百八つ集めると願い事でも叶うのでしょうか。
オラにもフラグを分けてくれ。


春都様

未亡人、未亡人です。
そして、立てるだけ立て散らかして後は知ったこっちゃないのが薬師クオリティ。
これからしばらくはフラグ補強作業と完成に向けて通うそうです。
そしてこれからは、ちらほらいろんな方向に手を出していこうかなーと。


黒茶色様

そんなこと言って、いいんですかい?
予想以上の親子丼の反応に、私が本気になってしまいます。
玲衣子さんと李知さんが薬師の毒牙に、っていうよりは。
玲衣子さんの毒牙に薬師と李知さんが掛かってしまいそうです。





では最後に。



薬師。お前も咲神とやらも、スペック上はあまり違いはないぞ。



[7573] 其の四十七 俺とお前と厨ニ病。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/07 20:23
俺と鬼と賽の河原と。





 レクロシキの書


 ある一つの世界の魔術師の一族が、数十代と、幾多の犠牲をを重ねて作り出した、現時点で確認される最上位の魔導書。

 魔導書、とは言っても、その内容は魔術を伝えるものではなく、逆に、魔術を作り出す方向になっている。

 中身は完全に白紙で、永遠にページがなくなることはなく、幾ら捲っても果ては見えない。

 また、魔術だけではなく、生物を作ることもでき、世界の法則の上に、魔導書に書かれたことを上書きする、というかなり危険な代物である。

 現在、該当書物を作成した世界は消滅しており、現在は地獄に保管されている。

 余談であるが、元世界の誰かが、黒歴史ノートに使用した痕跡が見られる。

 そのため、読むと精神汚染が起こりかねないので注意が必要。





其の四十七 俺とお前と厨ニ病。







「で、どうすればいいんだ、てか、何を期待している?」


 読むだけで、精神に強い痛みが走る本を前に、俺は聞いた。

 すると、閻魔は言う。


「貴方に、外交をお願いします」

「は?」


 要するに厨二生物爆誕阻止は頭から諦めて、俺にお話をしろと。

 要するに、全部俺に丸投げすると。


「私が直接出るのはリスクが高いのです。私がやられてしまえば一気に暴発までの時間が縮まります」


 確かにその通りだ。

 それに、と閻魔は付け足した。


「できれば、体制側じゃない妖怪からの方が好ましいのです」


 それもそうか。

 実際問題憎んでいる妖怪の頭から、もしくはその組織から説明を受けても猜疑心を招く。

 猜疑心を抱きながらも様子見をしてくれるならいいが、もしもその厨ニ病患者が短絡的思考を持っていたら。


『俺を騙そうと思っているのか? 下策だな、さて、この罪はどう償ってもらおうか』


 なんてことになりかねない。

 そうではないと信じたいが、相手は厨ニ、油断はできない。


「なので、貴方に全権を委譲します」

「わかった、だが死ねと言わせてくれ」


 確かに、それなりの力があって、地獄運営側の妖怪じゃない、と言ったら選択肢は限られてくるが。


「大丈夫です、私がいる限りそう簡単に手は出させません」

「一応の安心材料にはなるがね」


 とはいえ、話し合いのテーブルに着くまでだ。

 常に閻魔と一緒では、やはり信用ならない。

 と、なれば開幕と同時にとりあえず話の場を作り出し、そこからは俺と霊侍との一対一になる。


「で、俺は話し合いの相手だけでいいのか?」


 閻魔は、俺を安心させるかのように微笑み、肯いた。


「はい。もし決裂したら、後はこちらの仕事です」

「そうか」


 それで、猶予は後どれほどか、そう聞こうとして、ならず。

 突然部屋がまばゆい光に包まれた。


「おいおい、気が早いぞ……?」


 少しずつ、光が収束して行く。

 そこにいたのは、銀髪にオッドアイの少年だった。


「ここは……、どこだ」


 少年、いや、霊侍が髪をかきあげる。

 どうやら、一応高校生あたりらしい。

 設定に書かれていないところまで術者の意図を再現するのは流石と言ったところか。


「意識ははっきりしてますか?」


 閻魔が声を掛けた。


「ああ、すまない」


 ふっと霊侍が笑いかける。

 む? まあいいか。

 ともあれ、俺はそいつが状況を把握できていないうちに畳みかけることにした。


「少々落ちついて聞け。俺は天狗の、如意ヶ嶽薬――」

「ふっ、隠していてもわかるその妖気……!! 妖怪だな……!! まあ、貴様らにしては中々の策だが。しかし、この俺に通用するはずがない! 黒滅狼牙―ダークエッジ―!!」


 いきなり目の色が変わり、その手に白黒の日本刀に似た双剣が現れ、黒い斬撃が俺に迫る。


「聞けよ。そして隠してねーよ」


 その刃は、閻魔が作り出した障壁により阻まれ、軋みを上げている。

 それに気付いた霊侍が目を丸くし、俺を責めた。


「まさか貴様……。こんな幼い少女まで手ごまにして戦わせるというのか!」


 ねーよ。

 むしろ手駒にされてるよ。

 それと、そこにいるのは少女じゃないぞ。

 むしろ年齢五桁程度じゃ全然すまない御婆様だよ。

 と、言いたかったのだが、主に隣から刺されそうなので自重する。

 偉いぞ俺。

 そんな中厨ニ病のお話は続いていた。


「なるほど常にそうだ罪を憎んで人を憎まずというが子供に罪を押し付けるのはいつも大人だ判らないかお前が彼女を苦しめている大人しく彼女を開放してやれそれがお前に出来る罪の償いという奴だろう聞こえているのか俺は彼女を開放しろと言ったんださもなくば斬る」

「日本語で話せッ!!」

「ぽげらっ!!」


 なので、俺が思わず首に回し蹴りを入れてしまったのは、仕方のないことであろう。


「やる、というのか? 不意打ちならともかく、真っ向から俺に、勝てるとでも?」


 ぽげら、をなかったかの如く格好よさげな風体でこちらを笑う厨二。

 俺は、笑い返して見せた。


「お前さんは、不意打ちならともかく、つったな?」


 俺は前傾姿勢で厨二の元へ駆ける。

 そして、腕を後ろ下げてから、前に振り上げ飛びあが――、

     厨二が俺が舞い上がるであろう中空を見つめた。

 ――らない。

 そのまま俺は、厨二のもとまでゆっくり走って行って、叫ぶ。


「喰らえ、夜九坐脚!!」

「ぽんぎぃッ!」


 夜九坐脚とは、所謂ヤクザキックのことである。

 そして、いつの間にかすり替わっていた高下駄による一撃は、人の意識を奪うには十分すぎた。


「ぐっ、俺は……」


 よくわからんことを呟きながら厨二が倒れる。

 俺はその転がる厨二に向かって下にした親指をびっと突き付けた。


「アントワネット曰く――、通常攻撃が効かないなら不意打ちすればいいじゃない」

「……もう、アントワネット関係ないですよね……」


 閻魔の突っ込みを背に受けながら、俺は霊侍を担ぐと、自宅へと向かったのだった。















「ここは……、どこだ」


 先ほどと同じ台詞を吐いて、床に転がっていた霊侍が身を起こす。


「ここは我が家だ」


 ちなみに俺しかいない。

 他の皆には危ないので出払ってもらうことにした。

 と、そこで身を起こした霊侍が苦しそうに顔を歪めた。


「ぐっ……」


 俺はとりあえず、あちらのノリに合わせることにした。


「傷が癒えてないんだ。無理をするな」


 俺の言葉に、霊侍が苦虫をかみつぶしたような表情でこちらを見た。


「っ、貴様は……」


 まったく不親切な男だ。

 そこで止めずに貴様は敵か味方かとはっきり言えと。

 回りくどくうざったい目の前の男の頭を蹴飛ばしたくなるが、そこは大人の対応である。


「別に、端から戦いたかったわけじゃない」


 俺は悪くねーです、とばかりに、ってか勝手に切りかかったのは霊侍君ですよねー。

 すると、何を納得したのか知らないが霊侍は重々しく肯いた。


「わかっている……。この状況を見れば、な」


 はたしてこいつの脳内でどのような会議がなされたか知らんが、ともあれごねられることはなく。

 仕方がないのでまずは飯だと、俺は食卓に皿を出した。


「とりあえず食っておけ。毒は入ってない」


 入れる理由もないからな。

 その言葉に従って、霊侍は素直に席に着くと、俺制作のカレーを食べ始めた。

 そして、途中で人参の乗ったスプーンを止めた。


「ぐ……、これは」

「どうした」

「俺は人参が苦手なんだ!」

「食ってみろよ、そう言う奴の為に工夫を凝らした」


 恐る恐る、霊侍がスプーンを口に運ぶ。

 そして、驚きを見せた。


「人参らしくない……、すっぱいだ、だと……?」

「酢に着けておいたんだ」


 そんな会話の後、突然霊侍が笑いだした。


「ふ、妖怪に助られることになるとはな……。まあいい、とりあえず感謝しておくあの子に関してはあれだろう彼女自身も貴様を守ること嫌がってはいなかった俺が気付かないと思ったか貴様憎き妖怪だが信頼に足る男違うかいや違わない貴様は卑怯な男だが最低ではないその場における最良の選択肢を選ぶタイプだそのためなら決して手段を選ばないだけであり――」


 うぜぇぇえええええ!!

 という叫びは心の中にしまっておいた。

 ともかく、話を続けよう。


「それでだ、そのお前さんがあの子と呼んでるあの子だが」

「であるからしてふん、俺がその程度の事実に――、ん?」

「あれが、ここの妖怪の頭領とも言える閻魔だ」


 すると、霊侍は目を丸くして見せた。


「なっ、あんなかわいらしい少女が俺の両親を殺させたというのかっ」


 だから少女ちゃうねん。

 だが、このままでは矛先が彼女に向かう。

 ここで、貴様を本の中身だということもできるが、それで混乱して暴走されては困る。

 なので俺は――、


「違う。彼女が命令した訳じゃない。全ては閻魔を騙る別人、逆賊の仕業だったんだよ!!」


 すべての責任を架空の人物に押し付けることにした。


「なん……だと……!?」


 そこはなんだってだろう。

 と、それはいい。

 どう解釈したか、霊侍は納得してしまったのだ。


「なるほど、そう言うことなら説明がつく……!」


 どういうことならどんな説明がつくのか。

 だが、そのお話は俺の予想とは違う方向に飛んでしまう。


「……では、誰が、お前たちに命令したんだ?」


 ……は?

 一瞬俺は意味を理解できなかったが、どうやらこの男、俺や閻魔がその黒幕に脅迫されてやったのだ、と一人納得している。

 俺は言葉を返すことができなかった。

 黒幕の内容までは考えてなかったのだ。

 だがしかし、知らないなどと言って霊侍が勝手にかぎまわった場合、

『おい、こっからは立ち入り禁止だぞー?』

『どんなに隠したところで、邪悪は隠しきれん。俺を騙せるとでも?』

『あにゃああああん!!』

 な展開が待っている。

 これは不味い。

 罪のない一般職員がどうなるか。

 俺が思考を凝らす間、不意に霊侍が声を発した。


「地獄の……、ナンバー2は誰だ」


 思わず、俺は答える。


「多分鬼を束ねてる酒呑童子がそれにあたんだろ」


 言ってしまった。

 余りに意味のわからん質問に、こいつが厨二だということを忘れていた。


「なるほど、な」

「何を、納得したんだ?」


 すると、格好よさげな仕草で霊侍は立ち上がった。


「ふ、安心しろ。お前は――、地獄のナンバー2の名前を言っただけだ。口止めされるような、事はない」


 お前がそれを言ったら盗聴されたら俺一発で終了じゃねえか。

 自分でねたばらししてどうすんだ。

 と、突っ込みを入れようと思うと同時、はっと気付く。



 すまん、酒呑童子。



 お前のことは忘れない。




 終









 と行きたいところだが、どうにかせねばならん。

 格好よさげな笑みで霊侍は出て行ってしまった。

 このままではいかんと、俺は家を出た。



 どうでもいい余談だが、このカレーに腐った人参を使ったことはばれなかったらしい。















 酒呑は、意外にも閻魔と共にクロレキシの書のところにいたらしい。

 たどり着いた俺が見たのは、死闘を繰り広げるスーツ姿の酒呑と霊侍だった。


「死刻炎舞―デスサイズフォロァー―!!」

「っぐ」


 炎を纏った双剣の一撃を、酒呑が金棒で防いだ。

 なるほどしばらくは持つだろう。

 酒呑の能力は、怪力と超再生である。

 首を落とされねば死ぬことはない。

 そして、怪力と技巧による防御はそうくぐりぬけられるものではない。

 正直に言って酒呑は首だけを守っていればいいのだ。

 故に酒呑は死ぬことはないし、強い。

 それこそ、鬼殺しで前後不覚に酔わせて首を取らねばならなかったほど。

 だが、見るに霊侍は本気ではないと見える。

 神に匹敵する力、というものを出されてはこちらとしては対抗策がないのだ。

 閻魔であっても五分いければばいいところ。

 どうする――!?

 何時かわからんが霊侍は本気を開放する。

 それまでに対策を練らねばならない。


「お前、馬鹿がっ、何で来た!!」


 そして、霊侍は一人で盛り上がっているし。

 そんな中、閻魔が俺に駆け寄った。


「決裂したのですか!?」


 俺は首を横に振る。


「いや、酒呑を敵だと勘違いしている」


 くそ、どうする……?

 酒呑に加勢するのはいかん。

 そも、真っ向勝負じゃ敵いはせん。

 それに、本の性能からして、殺されかけるような危機が霊侍に襲いかかれば潜在能力が発揮されることだろう。

 追い詰めるわけにはいかない。

 不意を打てばどうにか止められるやもしれんが後が拙い。

 何か、何か方策は――!!

 考えろ、考えるんだ。

 こんな厨二に好きにさせるわけにはいかん。

 このままでは地獄はこいつの厨二物語に掻き回される。

 禍根はここで断たねばならない。

 考えろ如意ヶ嶽薬師!!

 どんな小さなことでもいい、何か糸口は――!!

 酒呑をどうにかして……。

 酒呑……?

 そうか。

 俺は無造作に転がっていたクロレキシの書を拾い上げ、乱暴に頁を捲っていく。


「聖魔黒竜神双剣―ブラック・アンド・ホワイト―、違う。封印、違う。半月両断剣―エンドライトソード―、違う」


 ここは設定集か。

 余りの凄まじさに精神が軋むのをこらえて頁をめくっていく。

 ここまで精神汚染が激しいとは。


「神雷高校、違う。神殺の一族、違う……!。超感覚、違う――」


 そして……、


「……見つけた」


 俺は目的の物を見つけ、思わず笑みが零れるのを感じた。

 そして、霊侍の前に走る。

 俺は。


「霊侍いいっ、これを見ろおおおおッ!!」


 一冊の本を霊侍の顔面に突き付けた。


「なんだ、これは……」


 いきなり酒呑との間に入った俺に驚きつつも、霊侍はそれを見る。


「これが、お前だよ、霊侍っ!」


 からん、と音を立てて、霊侍が双剣を落とした。


「な……、ぐ、っがああああああああ」


 不意に、霊侍の輪郭が崩れ。

 まるで、実像がワイヤーでつくられた物かのように崩れていく。

 それを見詰める俺に酒呑が俺に声を掛けた。


「何を、したんだ?」


 俺は、満身創痍の酒呑に、俺の付きつけた頁を見せつけてやった。


「なんだこりゃ……、落書きか?」


 そう言った酒呑に、俺は説明する。


「確かに、これを書いた奴は完璧と言っていい厨ニ病患者だった。その性能は厨。現実では太刀打ちできん、と言うより厨だからこそ他より性質が悪い」


 だが、と俺は付け足した。


「だが、完璧な厨ニと思われたこれの制作者には一つ、弱点があったんだ」

「そいつは、なんだ?」


 俺は、きっぱりと言い切る。





「――絵心が、崩壊していたんだ」











 思わず、一同が呆けた。


「は?」


 違和感は一番最初。

 霊侍は出てきてすぐに微笑んだ。

 にもかかわらずニコぽは発動しなかったし、俺から見てそう、何故か二枚目に見えなかったのだ。

 この違和感に気付いたの酒呑童子のおかげだ。

 生前かつ鬼になる前のこいつは微笑むだけで人が惚れたという逸話から思い出した。

 そして、そこで何か情報に穴があるのでは、と気付く。


「で、これを見つけた訳だ。格好いい美男子たる情報と、のたうったような奇妙な絵。霊侍の絵だ。しかし、それでは矛盾してしまう」


 絵を再現すると設定と矛盾する。

 が、その絵を美男子だ、と人々の意識を変えるには力が足らなかった。

 そのため、無理に統合させたのだ。


「所謂、バグって奴だな」


 バグを起こしているために、イケメンなはずの奴は、俺の意識上では二枚目には映らなかった。

 そして、俺はバグを起こしていながら無理に動かしていた部分を突き付け、指摘した。

 無理矢理補修しごまかした部分を剥ぎ取って白日の元に晒した訳だ。


「故に、バグを指摘されたこいつは自壊する。そういうことだ!」


 と、俺がびしっと、指を突き付けた瞬間。

 霊侍は歪んだ状態が止まり。

 消滅した、かに見えた。



 でろん。



 でろん?


「あるぇー?」


 目の前にいたのは、淡い紫の、透きとおったスライムだった。

 しかも龍なクエストのあれなどではなく、本当に本場のでろっとした。


「なあ、消えるんじゃなかったのか?」


 冷やかな目で、俺を見る酒呑童子。


「……帰ろう、我が家へ」


 と、俺が踵を返そうとしたその瞬間、スライムが蠢いた。


「これは……どういうことだ? 全力が、出せないだと……?」


 どうやら、本人はスライムになった事実を理解できていない、というよりは本が作り出した虚像なので己の姿など理解していなかったのだろうが。

 でも、まあ、あれだ。


「設定から派手に逸脱したおかげで激しく弱体化したことだし。いいんじゃないかな」


 と、さわやかに俺は空を見上げた。


「空を見上げても白い天井しかありませんよ。どうするんですかこれ!?」

「仕方がない、天に返してや、ん?」


 例え自意識があろうとも、本から現れた虚構の存在。

 還してやるのが得策と思ったのだが――。

 風の流れが妙だ。


「ちょっと、閻魔権限で消滅させてみろ」

「え? まあ、それが筋でしょうけど。え?」


 閻魔が驚きの声を上げる。


「消滅させたのに……、消えない?」


 そう、それだ。

 普通にスライムはそこに存在している。

 だが、存在していない。

 風はそう回答を返した。


「量子論、っつかシュレディンガーか?」


 この霊侍スライム、存在と存在していない事実が半々で重なり合っている。

 故に、このスライムの存在を消し飛ばすと、存在が消え、存在していない事実が残る。

 しかし、このスライム的には存在と非存在はセット内容であるために、非存在の部分が残っている限り、存在がよみがえる。

 バグの影響か、このスライム、存在と存在していない事実を同時に消し飛ばさねば消滅しないのだ。

 しかし、存在しない事実を消し飛ばすなど不可能。


「これ、どうするんですか……?」


 俺が最後に見たのは疲れた表情の閻魔。







「帰ろう。全部丸投げする」




 僕達の戦いはまだまだ続く!!

 ってことで終われ。






 地獄に厨二性能のスライムが誕生した。





 今日も平和です。








―――

厨二相手に始まって以来の熱さ。
赤青オッドアイ+銀髪=パステルカラーの紫スライム。
やってしまった感のある今回。
厨スペックスライムが地獄に誕生しました。
これを殺すには圧倒的に吹っ飛ばすか、存在を確立させるしかないという。
超無敵スライムです。




では返信。
しかし、あれですね。黒歴史の余りの痛さにコメ数が今までになく多し。


紅戮ミサキ様

コメントありがとうございます。
黒歴史、多くの人々が通る道。
この世に存在する誰もが描いた可能性があり、下手を打てば地獄を危機に晒したのはあの頃の自分かもしれぬ、というお話でした。
私は書いていて死にそうになりましたが。


Afa様

感想感謝です。
私の黒歴史の書は小三あたりですね。
その頃から小説のようなものを書き始めたのですが――。
あががががががががが、お、思い出したくありません。


悠真様

いやはや、あの胸が締め付けられるような恋にも似た感覚を作り出すのはあれですよ。
一種の才能ですよ、しかも一時期しか書けぬ希少な。
そして、美沙希ちゃんは名前で呼ばれるとてんぱる傾向がある模様。
怪我の世話なんてしようものなら永遠ループって怖くね? な状況に。しかも天狗と閻魔で本気で永遠だから洒落にならない。


奇々怪々様

何故私は、自分にダメージの高いものばかり書いているのでしょうか。
技名を考えている辺りで心臓が爆裂するかと思いました。
黒歴史は、見てはいけないが、禁忌故に手を伸ばしたくなるのでしょう。
怖いもの見たさとでも言うのでしょうか。


黒茶色様

なんか切るところを間違えた気がします。
圧倒的にこっちのが長い……。
獣耳かぁ……、今のところは李知さんが一話だけか、化けねこフラグか。
流石に私でも猫耳の爺さんは――、出さない、保証が……。


マイマイ様

私は現在進行形で心臓を鷲掴みにされている感覚です。
黒歴史は恐ろしいですね。
下手なホラーよりもキツイものがあります。
これからは他人の怪しげなノートは見ないようにしよう。


ねこ様

男の子なら誰でも掛かる、そしてそれ故恐ろしい厨ニ病。
私は今でも治っておりません。
どうやら、このままでは閻魔様が権力行使に出るのも時間の問題かと。
結局薬師はのらりくらりとかわしながらフラグを立てるのでしょうが。


蛇若様

いやはや、チラ裏の方も見ていただいておられるとは光栄であります。
今回は厨二まっしぐらで行こうと思ったのですがね。
いつの間にやらスライムとなっておりました。
中々、まともな野郎が出てきませぬ。


春都様

厨二病に滅ぼされた日にはもう笑うほかありませんね。
はっはっは、と。
でも黒歴史を見られた時には自分の精神的にはすでに滅ぼされていたり。
実は閻魔様と藍音はヤンデレ仲間……、おっと、誰だろう。


シヴァやん様

大丈夫です、無理してみるものではありません。
黒歴史は精神的にダメージが高いので流し読みが丁度良いかと。
そして、薬師のライバルはパステルカラーのスライムになりました。
薬師専用惚れ魔法はきっと本につくれないとか言われそうだなぁ……。


SEVEN様

発狂してはなりません!
ここを超えればきっと、きっと明日が……!
美沙希ちゃんの……涙…目……が……。
かゆ、うま。


通りすがり六世様

コメントどうもっす。
二重人格風味も厨二の一つですよね。
うわああああああああっ!!
大丈夫です、何も思い出したりしてませんよ。二重人格がた主人公なんて……。


ヤーサー様

厨二でも最強でも好きなんですけどね。
ブレンドの具合によってすごい違いが出る厨二業界。
そして一応続きました。流石に放置は地獄がやばいので。
とりあえず、次はスライム編ちょっとと、個別イベントになるのかな。


許さにー様

コメント感謝です。
黒歴史を描いたことのない貴方は間違いなく稀有な人類。
そのあり方を大切にしてください。
決して、私の様にはなってはいけませぬ……。


ミャーファ様

感想ありがとうございます。
今回の話も読者作者共にダメージが高い仕様です。
このままでは共倒れが――、くそ、忘れいていた過去が蘇る……!
急いで美沙希ちゃんを書く作業に戻らねば!!


ガマ様

コメントどうもであります。
痛いのは本当に飛んでいってほしいです。
アルカディア故に元患者が多いのでしょうね。
私は血涙が出そうです。


ほあ様

感想感謝でありませう。
レクロシキの制作者は何でこんな運命的な名前にしてしまったのか。
果たして制作者の登場の機会はあるのか。
そもそも黒い表紙の本な辞典で厨二病なんですけどねー。


ガトー様

感想どうもです。
書の力的には、作り出した世界の最強クラスを狙える、と言うあたりですかね。
閻魔相手に互角以上であるのですから手に負えません。
正直言って通常の魔術師が魔物を書いても常識が邪魔をしてこんなスペックになることはありえず、信じて書かれた厨二だからこんな有り様に。厨二恐るべし。


SY様

感想に感謝です。
いやはや、確かに前回は完全ギャグなはずだったのにいつの間にやら美沙希ちゃんが。
いきなりぽろっと爆弾発言をするのが美沙希ちゃんクオリティ。
そしてそれを受け流すのが薬師クオリティなんですがね……。


山椒魚様

やや、パソコン大破ですか。
そいつはキツイですね。
しかしそうですね、見なくなると寂しいものです。
でも、まあ、鬼っ娘意外にも人類の英知の結晶が増えた影響もありそうですが。ともあれ、自宅のPCから見て頂けることをお待ちしております。


MOMOMO様

コメありがとうございます。
ミザリーですか、見たことはないのですが、ロッジでヤンデレに看護を受ける作家の話……。
だったような気がします、あってるのかわかりませんが。
それでも、それでも薬師なら……、ヤンデレフラグだってどうにかしてくれる……!!


Eddie様

たまにはノリを変える遊びも必要かと思って冒頭です。
一応積む表現が使われていたりするのですが。
そしてまさかの厨二に、私の胸が痛くなりました。
助けて美沙希ちゃああああん!!


TAS様

突然不意に、お前の厨二で世界がやばい、とか思いつきました。
末期です。
今回は、どちらかというと始まって以来の頭脳戦かと。
黒歴史相手に、ですが。


あも様

感想ありがとうございます。
厨二、私はインフルのように毎年掛かっては治りません。
というかたまに厨二思考をフルドライブさせたくなるのです。
いやはや、髪色変化とかしたかったのですが、どうにも生かしきれないなー、と。ほとんど生かしてないのですが。でもきっとスライムの色が変わってくれるはず。




最後に。


今回終盤、東方における敗北したボスキャラ的な意味で満身創痍の酒呑童子。


 いわゆる服が、お色気担当。



[7573] 其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/10 19:10
俺と鬼と賽の河原と。



 さて、これで終結となった黒歴史事件だが、そのクロレキシの書をどうしようか、という話が問題に上がった。

 ぶっちゃけた話地獄としては消滅させたかったのである。

 まるで核のように抑止力にはなるとはいえ、そもそも地獄に敵がいるかと言われればほとんどおらず。

 さらに、抑止力で言うのであれば、閻魔一人で十分なのだ。

 挙句に、本の形をしている故、一度奪われれば個人で好き放題にされてしまう。

 本当に核ミサイルのような代物であれば、個人で扱える類ではないので問題はなかったが、要するに、使い勝手が良すぎたのだ。

 地獄とて早々奪われるような警備体制ではない。

 が、正直に言えばその筋の者を送り込めば奪えないという訳でもない訳で。

 たとえば俺なら、警備に気付かれず持ち出す自信がある。

 流石に閻魔と一対一なら全く勝てんが、逃げ回ることに関しては、風を味方につけた天狗が有利と言えよう。

 警備とかを風で感知できることに関しての利点は高い。

 そして、俺でなくともブライアンを例に挙げたなら、やはり不可能ではないといえる。

 こちらは相性の関係上少々苦戦するやもしれんが、警備装置を強引に排除して突撃すれば、閻魔の居所によるが十分勝率が見込める。

 と、なるとやはり危険なばかりで問題があるのだが、どうしようか、という話になる。

 俺は何となく書の頁を捲ってみるが、何も方策は思いつかない。

 というよりは、既に対策は練りに練られ、それで効果なしと判断されたのだ。

 そもそも、俺を呼ぶ前に地獄運営が対策を練っている。

 まずは書を消す方法。

 それが駄目で、次に霊侍を出さない方法。

 それで、両方いかんことがわかったから俺に面倒が回ってきたわけである。

 そして、その証拠として黒歴史以外の呪文が俺の目にとまった。


「この呪文を唱えると、レクロシキの書が消える、な」


 当然駄目だったらしい。

 この書、やら世界に影響をもたらした書、など、色々試したが、流石に己を消すような術はさせなかったらしい。

 もしくは、矛盾が起きるのか。

 書があるから書を消滅させることができる。

 書を消滅させると書を消滅させることができない。

 要するに、消滅させる第一段階で、停止してしまう、ということか。

 他には、霊侍を消滅させる魔術もあった。


「む、これは駄目だったのか?」


 俺は閻魔に質問する。

 すると、こんな感じだった、という説明を受けた。


「一応酒呑童子が襲われた時に発動されたのですが……」


『なんだ、これは……。俺が消滅する……?』

『どうやら、これで終わったみたいだな。やれやれ、帰って酒が飲みたいぜ』

『ぐ、くそ……。俺は負けられない、帰りを待つあの子のためにも……』

『おい、大丈夫なのか?』

『俺に全てを託したあの天狗の為にも負けられないんだぁあああああああッ!!』


 で、復活した、と。

 要するに、書の中で厨二が打ち勝ってしまった、と。

 書は必要以上に著者の意図を再現する傾向にあるからな。

 絶対無敵存在厨二様、と、通常の消滅魔術、競った結果は厨二に軍配が上がった、と。

 もしも消滅魔術にもっと長ったらしくそれらしい手順があれば優先順位が違ったのかもしれないが、要はそれだけ厨二に込められた思いが強かった訳だ。

 厨二恐るべし。

 ある種、俺がとった行動が最も正しかったのかもしれない、などと考えながら、俺はふと一つ思い当った。


「ちょいと筆の一つでもくれんかね」

「どうするんですか?


 言いながらも閻魔はペンを渡してくれた。


「なに、ちょっとした思いつきだ」


 そして、渡された筆で、俺は表紙をめくって筆を付ける。

 この書は、書いた人間の想いの影響を多分に受ける。

 故に、俺が書かねばならない。

 俺が書いてこそ、意味があるのだ。

 朝いきなり巻き込まれ。

 とても煩い厨二節を聞かされ。

 解決を丸投げされた俺は――。

 万感の思いをこめてこう記した。




 コノ本、嘘八百ニツキ現実ニ影響スルコト無シ。





其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。





 その後俺は、閻魔の幼児体型が治る魔術を試行し、効果がないのを確認して言った。


「うし、大丈夫だ。この俺の万感の思いを込めたからあっさりと使われることはないだろう」

「先ほど試された術に少々疑問があるのですが、ちょっといいですか?」

「まあ、俺の想いを超えてこれは本当、と書かれれば仕方がない訳だが、適当な次元に放り込めば後は解決だろう」

「あの、聞いてます?」

「それでいいのかという疑問があるやもしれんが、宇宙辺りに放れば誰も見つけられんさ。それに、よっぽど魔術に特化した次元じゃないとあれの真価はわからん」

「こっちを向いてください!」

「それに安全装置もあるから、精々黒歴史ノートとして打ち捨てられるのが落ちだ。だから、精々高強度の鎖でぐるぐる巻きにしてセメント辺りで固めて放ってしまえばいい」

「後で覚えておいてくださいよ!!」


 と、まあ閻魔の話を完全放置で話はまとまり。

 結果、本は派手に固めて広大な空間に放り込むことで確定。

 そして、議題はこの紫色のスライムをどうするか、となった。


「どうしような……」

「どうしようもないな……」


 服が破けたままの酒呑が腕を組んで肯いた。

 結局、書を封じても蠢く紫色は消えていない。

 それはもう現実に出してしまったものには効果がなかったのか。

 もしくは法則が乱れ書から切り離されたのか。

 どちらにせよ、書の力を使って消滅、という案も出ていたのだが、却下された。

 既に脅威ではない今、ちょっと強いスライムから無為に命を奪う必要はないだろう、と。

 それに、どんな術を使ってもこれが消滅する様を俺は思い浮かべられん。

 当然消滅の術は弱くなり、スライムが蘇る可能性は高い。

 結局考えた結果わかったことと言えば厨二最強、この一言。


「って、ことで俺ぁ帰るわ」


 よし、丸投げしよう!


「帰んなよ、俺をこのメタリックパープルスライムと一緒にしないでくれ!」


 酒呑が俺を引きとめるが、無視した。

 正直ここから先は俺には関係ない話である。

 唯でさえ事件解決に巻き込まれたのだ。

 もうさぼってもいいころである。

 と、言う訳で俺はさっさと研究所を後にした。












 はずだったのだが。


「なぜいる」

「地獄において俺の知り合いはお前の他にいないだけでなくこれでも俺はお前に信頼を置いている最後の最後であのようになってしまったがあれは俺の不手際であり逆に俺を犯罪者にしないようにするための配慮を感じた違うかいや違わないお前にはこのような体にされてしまったが全く恨みはない」


 なぜか、紫色のスライムが俺の隣を蠢いていた。


「恨んでいない、という件については素直に喜んで置くがね。さっきからお前のせいで人が寄ってこない挙句に目立ってしゃあない」


 ああ、陽光を照らしてお前が眩しいよ。

 直視できない。


「俺は一応無罪放免になった。が、地獄に関しては全く知識がないから、お前について行くんだよ」


 まったく、足の速いスライムである。

 あれ、足? 足ってどこだ?


「案内しろ、と」

「その通り」

「だが断る」


 俺は帰って寝たいのだ。

 と、二人、いや二人?

 一人と見た感じ風呂一杯分が道を歩く、歩くというか片方は蠢く、そんなとき。

 道の向こうから見知ったロリがやってきていた。


「あれ、薬師?」

「前さんではないか、どうしたんだ?」


 向こうからやってきた見知ったロリ、もとい前さんはこちらを見て無事だったんだ、と一息ついた。


「む? どういうこった?」


 無事、何の話か、と聞いた俺に、前さんは言う。


「いや、実は鬼とか妖怪の皆は外に出ないように外出禁止令が布かれてたんだけどね、さっき解けたんだ。それで薬師んち行ったらいないっていうから」


 なるほど、確かに当然と言える。

 鬼が出歩いてたら霊侍が飛びかかってくるものな。

 普通に出歩けたのなんぞ解決を任せられた俺くらいか。

 だが、とりあえず事件は片付いたわけで、俺は笑って前さんに示した。


「もう心配ないさね。一応解決したはず、……か?」


 前さんを安心させようと言ったのだが、そこでふと俺は右下を見る。


「どうかしたのか薬師」


 この語りかけてくる輝き透き通った紫色の液体が残っている今、解決、した、のか?

 と、前さんがそこで俺の視線に気づいたらしい。


「何、これ」


 微妙な表情で指をさしたくなる気持ちもわからないではないが。

 とりあえずお約束として人に指を指すものではない、と注意してから、事の顛末を軽く説明することにした。


「とりあえず、コイツの名は、スライム・ザ・霊侍だ。いや、霊侍・ザ・スライムでもいいか」

「おい、俺の名前は――、なに?」

「お前さんはもう咲神霊侍じゃないんだよ。だから思い出せなかったし、発声できなかった。つーこってお前は霊侍ザ☆スライムだ」













 かくかくしかじかの末に前さんは俺にこう言った。


「事件解決に巻き込まれる星の元にでも生まれて来たの?」


 ふふふ、何も言い返せない。

 ここに来て年内での事件解決率が異常だ。


「これは名探偵を名乗るしかないか。見た目は大人。頭脳は老人、体は骨董」


 なんかどうしようもなく使えなさそうだな。

 ってか、老人を軽く超えているか、俺の場合。

 すると、前さんが一歩引いた。


「探偵の行く先々に事件って起こるよね」


 その通りであるが傷つくぞ。


「心は硝子とか付け加えるぞ」

「嘘だ。チタン合金かも」

「軽くて硬いな」

「決めゼリフはどうするの?」

「じっちゃんはいつも一人」

「寂しいね」


 と、まあ俺達が名探偵談義に花を咲かせていると。

 いきなりスライムが横やりを入れた。


「おい……、貴様……!! もしやこの少女と、二股、だと……!?」


 最後の方は掠れて聞き取れず。

 何やら震えるスライム。

 これが肩を震わせる、と同義なら怒りを湛えてる、となるのか?

 ともあれ、次の言葉ではっきりした。


「許さんっ!!」


 瞬間、スライムの色が金に変わる。

 そして、飛びかかってきた。


「轟滅龍開斬―ドラゴンブレイク―!!」


 俺はドラゴンじゃありません。

 という事で俺は後ろに飛んで力の奔流を避け、とりあえず逃げることにした。


「前さん、逃げるぞ!」

「え? あ、え!?」


 現在のスライムなら、前に比べて互角以上の戦いに持ち込むことができる。

 だがしかし、相手の所謂ヒットポイントは無限。

 いっそバグってると言っていい。

 そんなの相手にしてられるか。

 俺は戸惑う前さんの手を握ると、全速力で駆け抜けた。













 何故、あのスライムは怒っていたのやら。

 と、肩で息をしながら考えてみたが、すぐに考えは捨てることにした。

 無駄無駄無駄である。

 厨二病スライム様の考えることなぞ俺には解らぬ。

 と、思考を捨てて見渡してみると、どうやら河原だ。

 いつものところに辿り着いてしまった、と。

 だが、そこに人は無い。

 当然ではある。

 鬼に先ほどまで外出禁止令が出ていたのだから出てきている方がおかしいというものだ。

 要するに仕事は休み。

 故に、


「さて、帰ろうか、あ?」


 などと言って俺は歩き出そうとしたのだが。

 なぜか、俺のスーツの裾は、前さんに掴まれていた。


「ねえ、お願いがあるんだけど」

「んー、なんだ?」


 と、そこで先ほどクロレキシの書の話をしていたがため、妙な邪推をしてしまったのは俺の失敗だ。


「クロレキシの書は使えんぞ。胸を大きく、とかな」


 ひゅん、と、金棒が俺の命を掠めたのは、想像に難くなかった。


「だ、れ、が! 胸の話をしたぁ!!」


 ぶんぶんと振り回される金棒。

 それをひょいひょいと避けて行くのにも慣れたものである。


「怒るよ!?」

「もう怒ってるっつの」

「それに、薬師はあたしに逆らえないんだからね!!」

「何故に」

「罰ゲーム!」

「あ」


 そう言えばそんな話もあった。

 大分前にしたゲームで俺は賭けに負けた。

 忘却の海に捨てたはずだったのだが、あ、と言ってしまった以上は肯定したことになる。


「無理難題押し付けるよ!?」

「そいつは勘弁」


 縦に横にと縦横無尽に宙を薙ぐ金棒をかわしながら俺が言ってからしばらく金棒は振り続けられ。

 やっと落ちついた前さんが金棒を下ろした。


「ふぅ……」

「落ち着いたか?」

「うん」


 そして、金棒を仕舞うと、前さんは首を傾げた。


「そう言えば、薬師って金棒当たったことないよね。タネでもあるの?」


 確かに当然の疑問だ。

 李知さんの金棒も含めて異常な速度で縦横無尽に振られるものである。

 常人なら百回死んでなおおつりが来る。


「未来予知だ」


 俺はにやりと笑って言った。

 対して前さんは俺をジト目で見つめてくる。


「嘘くさい」


 まったくもって信用がない。

 おお、かわいそうな俺、と大きく反応を取ってから、俺は言った。


「まあ、ちょっとした手品だな。そうだな、疑問を解決する助けとしては、多分天狗になる前でも一応避けれたんでないかね」


 すると、前さんは頭を抱えて、わからないことを表現した。


「うー……、わかんない」

「そうあっさり気づかれたら立つ瀬がねーよ。で、罰ゲームはどうすんだ? ここで使うのか?」


 前さんは俺の言葉に顎に手を当てて考え込む。


「んー、そうしようと思うんだけどね」


 そんな前さんに、俺は先ほどの会話を思い出して釘を刺した。


「俺にできる範囲なら何でもするがね」


 流石にできないことをできるという気はしない。

 前さんの望みなら多少無理してもいいとは思うがね。

 と、そこで俺は前さんの爆弾発言に絶句することになる。


「キス、しよっか」


 いわゆる、接吻。

 思わず口をついて出た言葉がこれだ。


「それは洒落にならんのでは?」


 はたして何が洒落になってならないのかは俺には判断がつかんが。

 すると、前さんは軽く笑って見せた。


「冗談、流石にね」


 苦笑しながら真っ赤になっている前さん。

 前さんよ、そいつは自爆だ。

 そして、ゆっくり数秒待って、落ち着いたのか、前さんが切り出す。


「出かけよっか、二人で」


 どんな命令が来るかと思えば、思ったより普通で俺は拍子抜けしてしまった。


「いいのか? そんなんで」


 前さんは肯く。


「うん、今日はあたしの命令は何でも聞くこと。ってことで、できるだけ遠くがいいかな」

「遠くっつっても、どっか行きたいところでも?」

「うーん……。海は行ったしなぁ。次は山かな」


 そう言ってタクシーを呼ぶか、と呟いた前さんを、俺は抱きかかえた。


「え? あ、なに?」

「いや、なんもないだろうが山でいいのか?」


 前さんは肯いた。


「了解」


 俺は翼を出すと、宙に舞い上がった。


「ねえ」

「なんだ?」


 何か、と聞いた俺に、前さんは問う。


「そう言えば全然羽ばたいてないけど、なんで飛べるの?」


 なるほど、その通り。

 ほとんど俺の羽は羽ばたいていない。

 という事で俺はぶっちゃけてみることにした。


「実は、羽がなくても飛べる」


 実際天狗は法力やらで飛ぶのだ。

 烏天狗はまた別だが。


「じゃあ、なんか得でもあんの?」

「人々の反応が変わる」

「たとえば?」

「俺を見た時の反応が、人が飛んでるー、から、うわー天狗だー、くらいには」


 なるほど、と前さんは肯いた。

 昔は羽なしでも良かったのだが近代に近づくにつれ反応が薄くなっていくのだ。

 天狗の想像の移り変わりと言うかなんというか。

 これで鼻が長ければよかったのだが、そうでもなし。

 高下駄だけじゃ最近の若者には天狗と気付いてもらえない訳で。

 閑話休題。

 程なくして、俺と前さんは山へと降り立った。

 ちなみに、中腹である。

 頂上に着陸するのは外道、というのは俺の勝手な思い込みだろうか。

 ともあれ、俺と前さんは頂上を目指し歩いて行くわけである。


「そう言えば、薬師って法螺貝持ってんの?」


 どうやらあれらしい、道中、さっきの話から派生して、俺の天狗話に花を咲かせようというらしい。


「法螺、法螺なあ……、一応あるけどな。いや、ない?」


 俺は思わず悩む。

 言ったら微妙な顔をされること間違いなしの法螺ならあるのだ。

 と、そんな俺の悩みを素知らぬ顔して前さんは言う。


「どっち」


 冷やかに見られるとちょっといたたまれなくなるのでやめてほしいのだが、と俺は実際に見せてみることにした。

 すると前さんはそれを見て――、


「えー……」


 やはり微妙な顔をされるわけである。

 仕方がない、と俺はその法螺のスイッチを押してみるわけだ。


「ほら、響き渡る法螺の音」


 俺の法螺貝。

 いわゆるボイスレコーダーである。


「レコーダーに録音されてもなー……」

「最近法螺の数が減少してるんだぞ? 環境問題」


 その言葉に納得したのかしないのか。

 前さんは次の質問をした。


「じゃあ、剣か刀は?」


 なるほど、修験道に思いつく道具を上げているのか。

 修験十六道具、一応持ってはいるが使った覚えが殆ど無い気がする……。

 考えても仕方ないのでスーツのポケットから刀を取り出した。


「ちなみに俺のポケットは笈になってる」


 ちなみに笈というのはよく修験者が背負ってる箱だ。

 読みは『おい』。

 定義を変えただけでどこぞの猫型のカラクリのような状況にできなくもない訳だ。

 と、そこで俺は刀を抜いて見せた。


「ちなみに刃は付いていない!」


 胸を張って言ってみた俺に、やはり微妙な顔をされた。


「意味あるの?」


 いやはや我ながら夢がない天狗というかなんというか。

 かといって刃のない刀が俺にとって意味があるか、というと答えにくく。

 当然返答は曖昧なものになる。


「ある。多分」


 余談だが、現在如意ヶ嶽で流行ってるのは長い野太刀だ。

 普通の人間じゃ振り回せない長さでも天狗なら振り回せて有利になり得るのである。

 なんて予備知識をおもいだしつつ、俺は昔を振り返った。


「昔はなー……、名刀って奴を使ってたんだけどな。国宝級を五本錆びさせて六本折った時点で藍音が鈍らしかくれなくなった」


 残念な話である。

 正直前線で百人斬りするには全然弱かったんだよ、と藍音に言ったら阿呆ですか、と返された過去がある。


「えー……」


 はっはっは、そんな目で見られると傷つく。

 いや、だってなあ?

 刀の手入れって意外と面倒くさ、げふんげふん。

 忙しくて手入れもままならず。


「そもそもなぁ……、天狗の力なら角材でも首が飛ばせるんだからな。よく切れて繊細なやつより斬れなくても丈夫で適当に振り回せるほうが便利なんだよ」


 刃なんてあって無きようなものというか。

 おかげさんで全く剣術は上手くないぜ!

 正直、錫杖でも振り回してる分には変わらないしな。

 鈍器でも物が斬れる、というか引き千切れる人には刃なんて無意味さ。

 昔は高下駄で首飛ばしたりしてたんだからもう刀なんて飾りです。

 偉い人にはそれが――、そう言えば俺が偉い人だった。

 と、一人脳内で漫才を繰り広げ、呟く。


「多分、これから使われることはないんじゃねーかな……」


 いたたまれない空気が、辺りを包みこんだ。


「なんか、残念な天狗だね……」

「うるせーやい、ふさふさなあれを顔にぶつけるぞ?」


 俺は懐からよく修験者が肩から垂らす六つのふさふさな玉を取り出し。

 六波羅蜜を指す霊験あらたかなそれを前さんの顔に押し付ける。

 手を振り回す前さんを華麗に避け、俺はフサを前さんの至近距離で動かした。


「わ、わわ、ちょっとこちょばしい、あ、あ、耳はだめっ」


 おお、楽しい。

 もっさもっさもっさもっさとしていると、遂に前さんが怒る。


「んっ、あ、ちょっと……!!」


 強引に俺の手からフサを奪い取ると、肩を怒らせてこちらを見上げて来たのだ。


「もう! 耳は弱いって言ってるでしょ!?」


 そう言って全身で怒りを表現しながらも前さんは歩いて行く。

 だが、その手にあるふさふさを握って返そうとはしないところを見るに。

 気に入ったのか? それ。











 結局、俺は六連結のフサを返してもらえないまま登頂に成功した。


「月並みだけど、いい景色だね」

「そうさな」


 山頂からは三丁目が一望でき、当然河原も見ることができる。

 俺は一しきり感慨にふけった後、切り出した。


「それで、次はどうする? お嬢様」


 すると、前さんはしばらく考えていたが、ふと、首を横に振った。


「もういいかな」

「もういいって……、まだ山にしか言ってないが?」


 俺の言葉に、前さんは苦笑い。


「うん、何も考えてなかったからねー」

「じゃあ、何で山?」

「気分かな?」


 そう言って前さんはあははと笑った。


「ま、お前さんがそう言うなら俺にどうこう言う権利はないんだが」

「でもまだ罰ゲームは有効だよ? そうだなぁ、せっかく人気のない山まで来たんだから人前ではできない恥ずかしいことしようか」


 その言葉に、何が来るのかと、俺の背筋に悪寒が走る。

 そして、無情にも前さんは口を開いた。


「愛の告白、なんてどう?」


 ……そう来たか。


「確かに罰ゲームとしては定番だな」

「でも、人目がある所じゃできないでしょ?」

「最初から狙ってたのか?」

「そうかもね」


 そうやってにやにやと笑う前さんを見た限り、山に来たのも先ほどの会話もここに至るまでの伏線だったらしい。

 やられた、そう思って頭を抱えてみるがもう遅い。


「心がこもって無かったらやり直しだからね?」


 更に釘まで刺されてしまった。

 退路は無し。

 突撃するしかない。

 とは言ったものの、実を言うと告白なぞしたこともない俺である。


「愛の告白、ねぇ? 愛してるー、とかか」


 前さんは肯いた。


「うん、でもそれなりに考えてね」


 難易度更に上昇。

 俺の手にはもう負えない気がするんだが。


「うーむ……」


 顎に手を当て、定番と思われる台詞を頭から探し出す。

 そうだなぁ……。


「世界で一番愛しています?」

「心がこもってない、何で疑問形?」


 残念、取りつく島もなかった。

 仕方ない、次。

 どうにか頭の中から言葉を捻りだしていく。


「俺の為に味噌汁を作ってくれないか。……いや自分で作るわ」


 考えてみれば前さんが家事できるという話を聞いたことがないため、最後の一言が追加されてしまった。

 当然結果は、


「没」


 俺はその方面からっきしだというに手厳しい。

 ふむ、そう言えば酒呑や鬼兵衛辺りはどうたったのであろうな。

 いっそ聞いておけばよかったかも知れない。

 そう考えるが、後の祭り。

 誰がこの状況を予想できたものか。


「えーあー、貴方のその後ろ姿を見たその瞬間から私の心はすでに奪われており、以下略」

「略したから没」


 まったくもって手厳しい。

 結果として、俺は愛の言葉をささやきながら下山することとなった訳である。










「あーもう」


 結局麓に至るまで前さんの満足する言葉は出ず、俺は頭を乱暴に掻いた。


「もうギブアップ?」


 そう言って笑う前さんに俺は一言。


「……愛してるよ」

「へ? ……あ、あ、あ。う、うん……」

「ほら、これでいいか?」

「……今までで一番気持ちは籠ってたかもね……」


 はて、前さんは何を耳まで真っ赤にして怒っているのだろうか。








 今日も今日とて俺は平和に生きている。





―――

とりあえず。
もう、お前ら結婚しろよ。



と、まあ、そんな話は置いておいて。
最近二日ごとに更新のはずが三日になってたり。
まあ、自分で適当に決めた目安なんですが。
どうにもモチベーションうんぬんよりも思ったより長くなるお話のせいですね。
さらっと読めるよう5kbを目指しているつもりなのですが。
今回なんてスライムなんて冒頭で終わるはずが……。
分量が予測できていないのは私の脳内で考えられる物語が映像風味なのがいけないのか。
まあ、最近続きものが多かったせいもあるのでしょうが。




前さんの話の前に、黒歴史の書の設定をほとんど公開してみました。
ぶっちゃけギャグだし細々説明するのも、と思って前回前々回では語らなかった部分なのですが、結構な疑問が寄せられたため、多分これで設定は吐きだせたかな?



一応補足として設定まる写し。



レクロシキの書


魔術師の家系が数十代で作った。
効果は書かれたものの具現化。
ちなみに書く媒体は問わない。
ただし、言葉だけ、絵だけで書き記す場合必ず空白の情報ができてしまうため、書いた者の想像や意図によって補っている。
そのため、術者の想念に依存するところが大きい。
実質世界の法則を書き換え得る物ではあるが、原則として余り派手なことはできない。
例えば、手を振れば火が生み出せる、等はあまりにも世界の発動件数が多すぎるため、書が出力不足に陥る。
また、どちらかと言えば術を作ることより人や物を作ることに特化している。
これは前述の通り、発動件数が多ければ多いほど術の出力が下がるから。
それと、全く想像できないことはできないことが多い。
余りにも不明瞭な部分が多すぎて書が補完しきれなくなるためである。
対処法はなきに等しいが、それでもそれ以上書けなくすることはできる。
書き換えられた法則は書の力によって書き換えられたまま維持される。
要するに書き換えた世界の法則の維持を行うにあたって書の力を使うのだから、書の力を超えるほど世界の法則を書き合えれば維持だけで精一杯、書き換えに力が回らない、という状況を作り出せる。
要するに、すごくどうでもいいことを書きまくればよし。
ただし、膨大な力が籠っているためよっぽどな大魔術でなければ天文学的数字の術を作成しなければならないため、一生を掛けてもままならない。
このこともあって、作り出してしまえばあとは放置の人間や物を作る方が利点は多い。
ただし、やはり霊侍等の技には維持する力が掛かる。
ちなみに、力が使われていくにつれページが増えなくなる。



と、書くとまっとうな書に聞こえるから困る。


ちなみに、霊侍君が消滅の魔法が効かなかったのは、消滅魔法への対策が初期から想定されていたためです。
要するに、黒歴史を書いた本人の脳内では、魔王辺りに消滅させられかける展開が用意してあり、それを経てパワーアップするような予定をしていた、と。
で、結果としては込められた想いのせめぎ合いになり、その場凌ぎの急ごしらえで書いたものより、若さゆえの過ちで書かれた黒歴史が勝った、という訳です。


まあ、ここで書くと言い訳じみててあれですが、レクロシキについてはこれが全貌です。
ここまで書いておきながら扱いがただのギャグだったおかげでほとんど無駄。
深く考えずに楽しんでいただければ前回前々回、今回共に問題ないと思われます。




では返信。


マイマイ様

それは……。
恋です!!
いや、黒歴史に恋したら困りますが。
私は台詞を読み返すと肺が痛くなって吐き気に襲われます。


アクアス様

コメントどうもです。
どう考えても絆創膏じゃ足りないです。
ギプスで全身固めましょう。
そして海に放り込むんです。岩を抱かせて。


ヤーサー様

酒呑は今回までボロボロサービスシーン満載で災難続きです。
それと、閻魔様がヤンデレたら、きっと地獄全体消去して二人の世界が構成されること間違いなしかと。
ヤンデレが権力や強さを持っていると碌なことにならない例ですね。
ヒロイン勢でメイドと閻魔が目立っていることについては同意します、がきっと巻き返しも大番狂わせもあるでしょう。暁御についてはノーコメで。



黒茶色様

ここでまさかの狸なんていかがでしょう。
とても立派な物が……、すいません吐きそうなんでちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか。
どうにもうちの主人公が不能なせいでまともなエロがありませんな。
九尾の狐尻尾をもさもさしたいと思う今日この頃でした。


キヨイ様

感想感謝であります。
ある種、霊侍君のスライムは、黒歴史小説の終焉を表しているのかもしれません。
設定の矛盾が物語を破綻させるに至るほどのカオスがメタリックパープルスライムに。
今度はスライムも含めて野球拳ですねわかります。


ねこ様

いやはや、まさにそんな感じと言うか、厨二と呼ばれるシロモノほどかなり微妙なバランスで成り立っておるのです。
殆ど劇物にも似た反則臭さやらですから一歩間違えればよっぽど取扱いに注意しなければ上手く機能しませんよねー。
っていつの間に私は黒歴史厨二を風刺する話を書いていたのだろう。
そして酒呑のあれを開放したら厨二に打ち勝っても世界が滅ぶきが。


シヴァやん様

惚れ魔法程度ではきっと、しかし、薬師には効果がないようだ。
となるので落ち着いてクロレキシの書に、薬師は何々が好き、と書き加えましょう。きっと無理です。
薬師が己に惚れている姿を想像しなければならないとは現実は厳しい。
やはりどう考えても薬使ってベッドに縛ってことに及んだ方が確実簡単でしょう。由美が。


ガトー様

これほど厨二に緊張を強いられたのはきっと薬師が初めてでしょう。
と、まあそれは良しとして、シュレディンガーの猫の思考実験は別に猫じゃなくてもよかったろうと。
そんなアレな例えじゃなくてももっと穏便に言葉にできなかったものか。
そしてメタリックパープル霊侍THE☆スライムは野郎鬼と同列のサブレギュラーに、なるのか?


あも様

厨二を維持するには相当の労力が必要だった、という事ですね。
そして維持することをやめたとき妙なカオスが。
最近鬼っ娘出てきませんでしたからね。
最近出た分に関しては暁御に分があったようですが、暁御がいつまで持つか。というか次出るのはいつか。


奇々怪々様

読者も私も共倒れする日が近いようです。
じりじりと削られていく精神に我々がどれほど耐えられるのか。
そして今回で完全に終了となります。そしてスライムが厨二をました件については否定できませんね。
法則を書き換えて生み出された生き物なのに法則から外れてる、まさに厨二。しかしメタリックパープル、たまに金色の触手は嫌だな……。


f_s様

コメントありがとうございます。
まあ落ち付いて、地獄に行く前に準備しましょう。
まずは性欲をブレイク。次に山に。そして天狗になります。
後は、ちょっとした悪事を働くといいでしょう、他人から借りたボールペンのインクをなくして返したり。きっと程よく説教してくれます。


ミャーファ様

酒呑はお色気担当として立派に務めを――、
果たさないで欲しかった……。
残念ながら今回もお色気Maxだそうです。
薬師はきっと目を逸らすことしきり。


SY様

はたから見るとどう考えても薬師って爛れてますよね。
実を見ると手を出すどころの話じゃないのに。
スライムはこの薬師の現状に何を思うのか。
そして酒呑が今回虎パンじゃなかったことに感謝。虎の腰巻程度では激しい戦闘には……。


SEVEN様

鎮まれ、俺の右手っ!!
思わず私の右手がバックスペースとデリートのキーに伸びて抑えるのが大変でした。
たまに、寝る前に黒歴史を思い出して布団の中であーっ、ってなるのは私だけではないはず。
物語などでパソコン画面を見て洗脳されるような話はたまにありますが、パソコン画面を見て厨二で発狂するのはなかなかないケースかと。


キシリ様

一応その件については今回のお話で説明させていただきました。
厨二主人公には死角がない、という制作者の意図が働いてるため消滅魔術は競合が起きるようです。
と、まあこんな感じですね、ただ、書いてて言い訳臭くなるのが問題でありませう。
まあ、あれこれ言っても所詮コメディなのでなんとなく楽しんでいただければ幸いです。


通りすがり六世様

私も読者様にも、物語の人物にもダメージが。
まさに誰得。
青、赤、銀、肌色でパステルカラーかつメタリック風味なスライムが完成。
きっと、陽光が照らして綺麗でしょう。


Eddie様

スライムと言っても一口に舐めてはいけませぬ。
初期のスライムはあらゆる攻撃が効かず、しかも触れると溶かされてしまう。
対処法はどうにか凍らせておくだけ、というパニック映画に出る代物だったのです。
まあ、レクロシキで解決しようとすればできるのですが、既に設定破綻につき、ってか両親がいたかも定かじゃない格好ですんで復讐とか忘れてますしね。
そこまでして殺す必要まではないかな、ってかてっとり早く諦めよう、という話で落ち着いたようです。悪用されたら永遠なブリザードは危険ですしね。


00113514様

一度書かれてしまった以上は消しゴムで消されても形跡が残ってしまいます。
更に塗りつぶしてもその下側には古いインクという形で残ってしまうので、基本的には通用しません。
書いてる本人が書いてる途中で止めたなら効果がありますが、一度発動してしまえば消去不能に。
もしかしたら専用の消しゴムが転がってるかも知れませんが。それもペンとか関係なく、レクロシキのページを白くする方向の奴が。
多分、書きすぎると止まる設定になってるので魔術師たちが用意はしていた可能性は高いかと。


蛇若様

全盛期の神に匹敵する力は失われてしまいましたが、高位の人外に食い込むメタリックパープルスライムさんです。
普通のドラゴンならあっさりと包み殺してくれるでしょう。
やはり反転したAかXを呼んで消滅してもらうしか。
そして期待のままにシュールなキャラが完成してしまいました。もうやだ、こんなのしか作れない自分が憎い。




では最後に。


霊侍・ザ・スライムとスライム・ザ・霊侍、どっちがいいかな。



[7573] 其の四十九 俺と鬼と……、は? 猫?
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/13 20:32
俺と鬼と賽の河原と。









 事の起こりは、河原での前さんの一言であった。


「ねえ、ちょっと李知の様子見に行ってくれないかな?」


 このことに関して事情を問うてみれば、李知さんが無断欠勤したのだという。

 はて。

 俺は無断欠勤という所に引っ掛かりを覚えた。


「無断欠勤ぐらい、たまにはあるだろ。確かに月一とかでやられたらどうかと思うが、年に一回くらい」


 病欠なら見舞いに行く必要があるが、人には感傷的になる時期とか色々ある訳である。

 そこにずけずけと入り込むほどの無神経は持ち合わせていない。

 のだが、そうではないらしい。


「実は、李知はここ十年、皆勤賞なんだよ?」


 前さんが言うには、どんな事情があっても仕事には出てきていたのだそうだ。

 なるほど、確かに李知さんのことだ、私情より仕事、確実にそうであることは間違いない。

 で、そこから何が導き出されるのか、と言われれば、こうだ。


「何らかの一大事が起きているかも、ってか?」


 俺の言葉に前さんが肯いた。

 なるほど、と俺も頷き返す。

 要するに、李知さんが無断欠勤をせざるを得ない状況に追い込まれたこととなる。

 果たして、どんな事情になっているのかは俺には想像がつかないが、無断欠勤という事は病欠ではない。

 病欠なら大手を振って連絡すればいい。

 と、なると公にできないような病気であったか、それとも何らかの事件に巻き込まれたのか。


「委細承知。今日は昼までだからな、終わったら行ってくる」

「うん。あたしじゃ実家の方はわかんないから。お願いね」


 俺は、その言葉に、李知さんが寮にいないことに気付く。

 なるほどここまで不審であれば前さんが不安になるのも納得できるというもの。

 と、言う訳で。

 俺はこのようにして李知さんの実家へ向かう事になった。









其の四十九 俺と鬼と……、は? 猫?











「よ、李知さんはいるかい?」


 李知さんの実家に、俺は来ていた。


「ええ」


 俺の問いに、玲衣子はいつも通りの笑みを湛えて答える。

 その笑みに、危険な大事にはなるまいと安堵し、俺は尋ねた。


「李知さんのおやすみについて理由を聞いてもいいか?」


 すると、玲衣子は顎に指を立てて、考え込むそぶりを見せる。


「そうねぇ……、一応、病欠なのかしら」

「病欠? なのに連絡してないのか?」


 はて、という事は李知さんの連絡し忘れなのか。

 疑問に思い、口に出す前に答えは玲衣子の口から吐き出された。


「うーん、でもねぇ、連絡する訳にもいきませんし。流石に、あれでお休みします、なんて言えないの」


 適当に嘘を吐けばよかったんだけど、と玲衣子は溜息をついた。

 多分、嘘は李知さんが許せなかったのだろう。

 彼女はそういう性質なのだ。


「だが、そんなにあれな病気なのか?」


 そのままの理由では休めない、もしくは休みにくいと来たら、やたらけったいな病気なのか、本当に重い病気なのか。

 だが、玲衣子はその答えを教えてくれず、その代りに、別の答えをくれた。


「見に行けば早いと思いますよ、追い返されるかもしれませんが、諦めなければ入れてくれるでしょう」


 まったくもってその通り。

 百聞は一見未満、ということだ。

 聞くより見た方が早い、その言葉に従って、俺は木製の階段を軋ませた。









 二階奥の部屋。

 それが李知さんの部屋だという。

 俺はその部屋の戸を叩いた。


「おーい、李知さん、いるか?」


 もしかすると寝ているかな?

 などと懸念したものの、あっさりと答えは返ってきた。


「薬師か」


 微妙に棘のある声。

 俺に対して、というよりは現状に対する疲れが見え隠れしていた。

 それを悟って、ここで足踏みしている場合ではない、と俺は戸に手を掛ける。


「入っていいか?」


 だが、返って来たのは拒絶だった。


「だ、駄目だ! お前だけは駄目だ!!」

「……俺だけは、ってのはいかがなものか」


 微妙に傷つくが、ここですごすごと帰る訳にはいかん。

 俺は扉の前で次の言葉を待った。


「と、とにかく、お前にだけは見せられない!」


 見せられない?

 その言葉に疑問を覚える。

 外見に出る病気なのか?

 例えば、斑点が出たり、ミミズが這ったような跡ができる、とか、他にも麻疹がでる、とか。

 いわゆるおたふく風邪のような症状が出ているのか、と俺は予想した。

 そして、憶測だがこの様子では命にまでは関わらないようでもある。

 危険なら玲衣子があんな風にのほほんとしてはいないだろうし、その理由で休むのは、と言ったこともわからない。

 うーむ、だが、やはり憶測を飛び交わせるより、見た方が早いだろう。

 俺はそう断じ、精一杯優しげな声を出して、李知さんを安心させることにした。


「大丈夫だ、例え戸を挟んだ向こうのお前さんの姿がどうなっていようと、俺は笑わない、失礼なことを思ったりしない」


 そしてからかわない、と扉の向こうに宣言する。

 答えは、しばらく帰ってこなかった。

 これはもう強行突破しかないか? そう考えたところでやっと声が聞こえてきた。


「本当か……?」


 予想以上にか細い声。

 結構参っているらしい。

 どうせ見えはしないのだろうが、俺は肯いて見せた。


「ああ、例えどれだけ顔を腫らしていようが、決して馬鹿にしたりしない。心配で来たんだ、当然だ」


 そして、またしばらくの間が空いた。

 ゆっくりと数十秒待って、李知さんから答えが来た。


「……入ってくれ」

「わかった、入る」


 そう断って、俺は戸を引いた。

 そして、目の前に李知さんが立っていて。

 俺は思わず呟く。


「にゃんと」


 

 そこにはいつもの角の生えた李知さんはなく。




 ただそこには、猫耳の李知さんが立っていた。





「うっ、うー……」


 唸る李知さん。

 そして俺はと言えば、気が付いた時にはもう、彼女の耳を一心にもさもさしていましたとさ。


「ちょっと待て、なにを――」


 もさもさもさもさ。


「おい薬師」


 もさもさもさもさ。


「聞いてるのか?」


 もさもさもさもさ。


「そのっ……、本当は、こちょばしいんだぞ?」


 もさもさもさもさ。


「いい加減にしろっ!」


 と、いきなり右から拳が飛んできたので避ける。

 いわゆる猫ぱんちである。

 って、


「いつもの金棒はどうした?」

「出せない」


 むすっとした表情で彼女は言う。

 思わず俺は聞き返した。


「は?」

「出せないんだ!」


 鬼の必須武器金棒が出せない?

 鬼であれば誰でも出せるあれが?

 そう言えば、先ほどの拳もいつものような切れのある動きではなかった。

 むしろ、普通の成人女性ほどの速度しか出ていなかっただろう。

 そこから、俺は一つの結論に達した。


「もしかして、鬼の特徴、全部消えてんのか?」

「……」


 李知さんは言葉の代わりに肯いて語った。

 確かに、見てみると手は猫っぽい手になってるし、尻尾も、って。

 そこで俺はあることに気付く。

 李知さんの、腰から下だ。


「大変言いにくいのだが……、下の履物はどうした」


 なるほど、上はほとんどいつもの李知さんだ。

 びしっとスーツを着こなしている。

 だが、下はどうだ。

 と、ここまで言えばいいだろう。

 肌色と白しかないある種眼福とも言える様を李知さんは晒しているのである。

 要するに。

 彼女は、足回り、下着一枚しかつけてないのだ。


「み、見るなっ!!」


 自分で晒しておいて何を言うか。

 とは思うものの、口には出さず。

 仕方がないので俺は、新幹線から自転車ほどにまで落ち込んだ、いつもと比べればへろへろと言っても過言ではない拳を甘んじて受けた。

 ぽかぽか、そのような擬音が似合うような威力の拳が、俺の胸を叩く。

 だがしかし、俺には怪我どころか痛みすらほとんどない。

 これはある意味重傷かもしれない、と俺は極力李知さんを見ないよう努めながら、言った。


「とりあえず何か穿いてくれないかね」


 だが、そうは問屋が卸さないらしい。

 疲れて来たのか、遂に手を止めた李知さんは首を横に振って否定を示すのであった。


「穿けないんだ」

「穿けないんだ?」


 思わずオウム返しに聞いた俺に李知さんは困った事実を提示した。


「尻尾が痛くて、ズボンが穿けないんだ」


 わーお。

 そりゃ休みもするさ。

 そう言えば李知さんがスカートを穿いているところを見たことがないし、腰元を圧迫するようなものが多いのだろう。

 ではどうする。

 すぐ治るならそれでもいいが、時間がかかるなら何か考えないと目に悪い李知さんが誕生する。

 男としてそれは歓迎するべきなのかも知れないが、生憎俺は男に対して熊と熊猫位違うのだ。

 とりあえず、出した結論と言えば。


「服、買ってくるわ」










「折角だから、俺はあえて桃色ふりふりふわふわを選ぶぜ!!」











 ふはは、俺は早まったのかもしれない。

 だが、だがしかし。

 俺は間違っていない間違っていないはずだ。

 ほとんど勢いで桃色ふりふりワンピースを買ってしまったのは、若さゆえの過ちと信じたい。

 ……そう言えば俺若くないな。

 若さゆえの過ちならまだしも、年とって今だに過ち犯してたら救えないじゃねーか。

 うん、俺は間違ってない、過ってない。

 大丈夫。

 目の前にふりふり桃色の猫耳長身女性を前にしたって間違ってないと言い切れる。

 言い切れる。

 例え目の前の李知さんが拳を握りしめ震えていようと。


「ははは、李知さんよ、感激に打ち震えてどうしたんだい?」


 無論、答えは拳である。

 が、やはりへろへろ。

 俺は李知さんの両手首を掴んで阻止。


「お前はっ……! お前はぁ……!!」


 李知さん既に涙目である。

 ああ、神よ、俺はどうやら間違っていなかったらしい。

 なんかこう、これはこれで。


「満足だ」


 そう、この反応こそ俺が心の奥底で望んでいたものだ。

 ほとんどノリと勢いだったがこれはこれでいいものです。

 そのようにして、嗜虐心満たされた俺は、李知さんの両手首を掴んだまま、上から下まで李知さんを見つめ直した。

 それで気付いたのだが、


「意外と似合ってるんじゃねーか」

「え?」


 今、肩の向こうに見える尻尾が、ぴくりと動いた。


「いや、本気本気。正直可愛いんじゃないか?」


 もう一度、尻尾が動く。

 だが、垂れていた尻尾が立つにつれスカートが上にあがっていく現象はどうかと思うが。


「そ、そんな訳は――」


 だがしかし、その尻尾は妙に嬉しそうに立っているのだ。

 面白いな。

 そして、後ひと押しってとこか。


「本当に可愛い」


 そのでかいくせに妙に小動物的な動きとか。

 いつもと違って力の入って無い攻撃とか。

 心と裏腹に動く尻尾とか。


「自信を持っていい」


 俺がそう言った時には、李知さんの尻尾はぴんと天を衝いていた。

 そして、これは本当に大丈夫なのか?

 よく見ると、尻尾を出すために、下着の穿き方が半分ずり落ちてる感じなのだが。

 これは尻尾を出す穴を作るべきか、などと考えていると、李知さんは李知さんと思えないほどのか細い声を出した。


「……そうか……?」

「おう」


 俺は肯く。


「そ、そうか……!」


 俺の言葉に、ちょっとうれしそうに頬を染める李知さん。

 可愛いと言われて悪い気のする女性などそういないということか。

 だが、これから現実的な案を考える必要もある訳で。


「ところで、どうしてそうなったんだ?」


 そうだ、一応様子見に来たのだ。

 李知さんに桃色ワンピースを着せるために来たのではない。

 解決策も考えねばなるまい。

 だが。

 俺には気がついたら猫耳が生えているような現象が思いつかないのだが。

 しかし、それは李知さんも同じだったらしい。


「私も、朝起きたらこうなってて……」


 なるほどなるほど。


「ふむ、という事は……あそこがああなってここがこうで、あれがああなるから――」


 わからん!

 耳や腰回りに淀んだ感覚もない。

 本人が気付いたこともない。

 犯人がいるかもわからない。

 ないない尽くしで俺は――。


「まあ待て。ここは落ち着いて縁側で寝よう」


 思考を放棄することにした。










 俺がしたことと言えば、李知さんにふりふりふわふわ桃色ワンピースを着せただけである。

 だが、それがどうした。

 俺が縁側で茶をすするのは誰にも止められねぇ。


「や、薬師! どうするんだこれ! 一緒に対策を考えてくれるんじゃないのか!?」

「いや、俺は服を買って来てやっただろう? 俺医者じゃねーし。きっと寝ときゃ治るって」

「治らなかったらどうする!?」

「うちで飼う」

「か、かっ!?」

「あーでもうち寮だったなー、ペットいけんのかな。首輪付けたら通らねーかな?」

「く、首輪……って、ペット扱いか!!」


 頭をはたかれた。

 痛い、が、そこまで痛くない。

 うーむ、この生き物。

 本気で飼いたくなってきたぞ?

 だが、藍音お母さんが許してくれるかどうか……。

 ……うーむ、どうやら猫耳の能力か魔力か知らないが、どうやら李知さんを猫と認識する力が働いてるらしい。

 一応その辺はあっさり聞くことはないので混ざってしまっているが、おかげで思考が変だ。


「ほれほれ、んなとこに立ってないで」


 ほら、こうやって俺は胡坐をかいた膝の上を叩いている。

 さて、彼女は李知さんか猫なのか。

 俺にとっては中間である。

 だが、よく考えてみると、どっちも好ましいのでどうでもいいか。


「な、なんだ?」


 李知さんが聞いてくる。

 俺は答えた。


「猫は人の膝の上で寝るべきだ」

「へっ?」


 はたして俺は李知という女性を膝に導いてるのか、猫に寝場所を示しているのか。

 わからん、判断はつかん。

 が、流されてみることとしよう。

 きっと一肌恋しい日もあるのだ。多分。


「ほれほれ」


 ぴくり、と李知さんの足が動いた。

 震えるように、足が前に出て行く。

 そして――。

 李知さんが俺の膝に納まった。


「うー……」


 どうやら、李知さんの方も猫のような行動原理になっているらしい。

 俺の膝の上の李知さんは、耳まで赤くなりながらも、動こうとはしない。

 今の彼女に猫じゃらしを振ってみたらどうなるのだろうか。

 真っ赤になりながらも、手を伸ばすのだろうか。


「いやはや、いいもんだ」

「そうか?」


 俺は大きく肯いた。


「いいもんだ」


 ゆっくりと緩やかに。


「……そう、かもな」


 平和な時間が流れて行った。











 ちなみに、昼寝して起きたら李知さんの猫耳は治っていた。

 もったいない。






―――

四十九。
李知さんがすごいことになりましたとさ。





では返信。

紅様

スライムザムライ・ザ・スピリチュアルと読むんですねわかります。
いや、これならスピリチュアル・ザ・スライムザムライの方が……。
あれ? スライム・ザ・スピリチュアルザムライ…?
もうどっちでもいいや。


シヴァやん様

ひ、ひひひひヒロインが幼児体型? そ、そそそそんな訳ががががが。
いいでしょう、認めましょう。
ええ、私は変態です、変態ですとも! 紳士とは名ばかりの変態ですとも。
はい、私はロリから妙齢まで行ける変態です。


Eddie様

鬼っ娘のターンはまだ終了してないぜっ!!
例えどんな苦境でも前さんなら、前さんならやってくれる。
積み上げられた薬師の鈍感を崩せるのは君しかいない。
と、まあ、これからもばしばしとまではいかずともはしはしと出てくるでしょう。


マイマイ様

……なん……だと……。
見抜かれている……!?
こうもざっくり突かれるとは思いませんでした。
ガングレイヴとかも好きですよ。


黒茶色様

可愛い女の子が売りですからね。
あと、薬師の鈍感さも売りですが。
純情な前さんの恋ですが前途多難のようです。
ウザスラは、皆さまが忘れかけたころに古傷を抉りに来るでしょう。


ねこ様

ウザスラはセメントに混ぜこんで固めて捨てましょう。
それが人類にとって最も良い方策。
そして、閻魔妹の活躍はいつになるのでしょうか。
こちらは薬師が猫李知さんと戯れてました。


ヤーサー様

スライムはきっと、今頃橋の下でしょう……、あれ?河原?
そして、スライムと言えば服が溶ける、でしょう。
誰に当たるかは保障できませんが。
前さんはきっと、アンテナに電波が来たのでしょう。閻魔とメイドが猛攻を掛けていると。


スマイル殲滅様

実はまだ前さんの持ち弾があるのですがここで出し惜しみッ!
いやはや、一番まともに動いてるはずなんですがねぇ。
上手く行かせないのが薬師。鬼畜である。
ちなみにですが、前さんの独白なら、五十一で入る気がします。


春都様

あれですね。
これからは、しばらく平和に行こうと思います。
きっと、暁御や閻魔妹のターンも、ある。
と信じます。どうせ前さんのが先に出てきそうですが。


奇々怪々様

前二話から、前回中盤までをなかったことにできたら、如何ほどの人が救われただろうか。
そして、その傷を癒やすために鬼っ娘たちがいるのです。
忘れましょう。それが完治への第一歩です。
そう言えば、二つ名が出せなかったなぁ。極光の液体 サライム、なんてどうでしょう。


通りすがり六世様

可愛い女の子、百万ドル。
薬師の鈍感さ、百五十万ドル。
酒呑みのお色気、一千万ドル。
スライムの痛さ、プライスレス。やっぱり、霊侍・ザ・スライムの方がいいですかね。


SEVEN様

安心してください。
薬師は、治 ら な い ことを前提に術を発動したのです。逆に発動したら困るという。
という事で薬師はロリコ(何か鋭いもので切り刻まれている)
大丈夫、スライムは私にも辛いのでしばらくは出ないでしょう。


キノッピ様

ご指摘どうもです。
一応わざとではあります。
薬師の中ではクロレキシ確定、という事で。
ですが、紛らわしかったのは私の力不足なので、次回からは気を付けて表現して行きたいと思います。


SY様

明後日の方向に前進するのが得意です。
まったく、どうして欲しいのか言ってごらん?
聞こえないなぁ、と同レベルのことをやっている気がする薬師。
無意識かつ悪気がないから手に負えないのですね。









最後に。

多分、李知さんはスカートが尻尾でめくれた状態で薬師の膝にすわっ―――(血に汚れて読めない)



[7573] 其の五十 俺と盆と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/17 00:02
俺と鬼と賽の河原と。







 石を積みながらふと思う。

 あー、盆だなぁ……。




 だがしかし、実は俺が迎えられる側だったことに気付いたのは――





 ナスに箸を刺した後だった。




「去年も、やったような……」







其の五十 俺と盆と賽の河原と。








 仕事を終え、帰ってきた俺が見たのは――


「ブルータス、お前もか」


 胡瓜に箸を刺す藍音の姿だった。


「……なんでしょう?」


 何を言ってるんだこいつ、と言ったような雰囲気で藍音が聞く。

 俺は素直に、無駄な努力だと教えてやることにした。


「俺達。死んでる」

「あ、……そうでした。今更貴方に帰られては困るので、おいしく頂くことにします」


 うん、その方が胡瓜にとっても幸せだろうよ。










 そのようにして俺の盆は始まった訳だが。




「お父様。おかえりなさい」

「おお、ただいま」


 とりあえず藍音のいた玄関を通り抜け、居間に。

 そこにいたのは由美だった。

 そして、その由美は、俺の想像に反して、謎の心意気を見せていた。


「私、今日頑張りますから!!」

「は……、はあ」


 思わず、返事が鈍くなってしまう。

 はたして何を頑張るというのか。

 だがしかし、頑張るって、何を? なんて聞いてしまえばせっかくやる気になっている由美の勢いをそぐことになりかねん。

 何か重大決心をして前進しようとしたところに水を差すなど親としてやってはいけないことだ、と俺は適当に話を合わせることにした。


「まあ、頑張ってくれ。期待してる」


 と、まあ。

 俺は、こう言ってしまったのだ。

 最初は、小さな疑念。

 あの時は、まさかこんなことになろうとは思わなかったのだ。







 さて、頑張る由美の猛攻がどこから始まったのか、と言うと。

 それは按摩からである。


「どう、でしょう……?」


 由美が精いっぱいに俺の背を指で押す姿はどうにも愛嬌があるのだが、正直に言うと物足りない。

 と言うか痒い。

 天狗になった時点で基本耐久力が上がったのに加え、少女の握力では限界がある。

 よっていっそ痒い。

 しかし、正直に言えるわけがない。

 実際、してくれる心意気は嬉しいのだ。

 だが、痒い。

 嬉しい、嬉しいが痒いのだ。

 はたして俺はいつまで耐えられるのだろうか。

 うっかりかゆ、うま、と言い残して死んでしまわぬだろうか。


「じゃあ、次は腰の方……」


 無理か。



 ……お粥……、美味いです……。











 第一陣按摩地獄を通り抜けた次の試練は、……。

 どうやら、

 どうやら由美が夕飯を作ってくれるらしい。

 ただし――


「由美よ。何故服を着ていない」


 裸に前掛けで。

 状況の不透明さに眩暈がする。


「え? あ……、でも、これが作法だって」


 作法、何の作法なんだい君。

 台所は神聖な場所だから、前掛け以外を着て入ってはいけないなんて風習、あったか?

 いや、ない。

 思わず反語表現、と言うのを使ってしまうくらいない。

 とりあえず俺は、何も見なかったことにして居間で一人、夕飯を待つことにした。


「裸エプロン……、先を越されてしまいましたね」

「うおっと、藍音か」


 一人居間の椅子に座ってぼんやりする俺の背後、ぬっ、と言った感じの動きで出てきたのは藍音であった。

 そしてその藍音は自分の服の首元に手を掛け――


「……ですが、今からでも遅くはないはずです」


 徐に服を脱ぎ始め――


「って、脱がんでいい」

「……っ、着エロの方が好きと……」

「エロなしが好み」

「……純愛ですか。プラトニックラブ……、貴方が望むなら」


 どうしたんだこいつは。

 余りの由美のおかしさに、さらなる疑念を覚えたのがこの時。










 次の問題は、食事中である。

 俺の右手は空。

 そう、目前に豪華な食事があるにもかかわらず俺の右手には箸が装備されていないのだ。

 これは……、インド式……だと?

 嘘をつかない人たちのようにこの熱々できたてねっちょねちょの麻婆豆腐を食えというか。

 よし、やってやる、やってやるさ。

 やってやるぜ!!

 ――無理だろ。

 二秒で冷静になりました。

 インドの人たちでも普通にレンゲやスプーンを使うだろ。

 麻婆豆腐を手で食う国がこの世のどこにあるだろうか。

 いや、ない。

 多分。

 と、言う事はこれは謎かけか?

 ここはかの有名な慌てない一休さんのようなとんちを効かせて一本取ったら素直に食わしてくれるのか。

 箸……、箸……。

 いや、レンゲか……、それとも食事の内容に何か秘密が……。

 麻婆……、神父。

 と、このように頭を悩ませていると、不意に俺の耳に声が届いた。


「お父様。お父様?」

「え、あ。おう」

「は、はい、あーん」


 おお、なんということだろう。

 あろうことか由美がこちらにれんげを突き出してきているではないか。

 しかもあーん、あーんとは!

 と、妙に激しく反応してみたが、どういうことだ……。

 まったく読めない。

 突きだされた麻婆に食いつきながらも考える。

 今までされたこと……。

 按摩……、料理、そして料理を食べさせる……。

 これらに共通するのは……、いや、まだわからない。

 もう少し様子を見ることとしよう。


「どうですか?」

「ん、美味いぞ?」


 ああ、由壱、お前はどこに行ってしまったんだ。

 兄さんには、明日が見えないよ。

 と、俺は由美の手によって疑念を抱えたまま食事を済ませたのであった。













 そして、全ての疑念が確信に変わったのは、風呂での出来事だった。

 俺がいつも通りに風呂につかっていると、そこに現れたのは、やはり由美である。


「その……、あの……、お背中流します!!」


 まさかの乱入に面食らったが、このくらいの年なら父親と一緒に風呂に入ることもあるのかもしれない。

 そう思って、俺は大人しく背中を流されることにした。


「わ……、すごい」

「なにが?」


 思わず聞き返す。


「背中、おっきくて……」

「まあ、野郎の背中だしな」

「それに……」


 つつ、と由美の細い指が俺の背を滑る。


「古い傷がたくさん……」

「あー……、まあな。気持ち悪けりゃ気にしなくていいぞ?」


 言うと、由美は勢いよく首を横に振った。


「いえ! あの……、素敵です」

「へ……?」

「だって、この一つ一つにお父様の歴史があるんですよね?」


 由美の指が、俺の背を滑って行く。

 色々な意味でこそばゆい。

 そして、不意に由美の腕が前に回されて。

 気が付けば俺はぎゅっと抱きしめられていた。


「どうした」


 背中越しの俺の声に、ぽつり、と由美は返した。


「いやな……、夢をみました」


 それから、由美はぽつりぽつりと夢の内容を明らかにする。

 要するに、俺がいなくなる話だという。

 朝起きたら、俺がどこにもいない。

 そして、由壱も藍音も出て行ってしまう。

 その中で由美は一人暮らし続ける。


「安心しろっての、俺はどこにも――。いや、やっぱどこか行くかもな」


 行かない、そう言おうとして止めた。

 そんな安い言葉で人の不安を拭えるほど俺は口に自信がない。

 俺の言葉に、由美の腕に籠る力が、増す。


「まだ、色々とやりたいこともあるからな。その時は黙って応援してくれるんだろ?」


 俺はいつも通りの軽い口調で言った。

 さて、どう返ってくるか。

 その言葉にどう返そうか、と悩んでいた俺だったが。

 返ってきた言葉は、俺が思ってたよりもずっと早く。

 俺の望んだ答えであった。


「いか、ないでください……」


 俺の背に感じる雫は、きっと風呂場のお湯ではない。

 由美が我がままを言っている。

 それが、素直に嬉しかった。

 どうやら、思っていたより俺と由美は問題が、なかったらしい。


「いか……、ないで……!! お願いだから……! 一緒に、いてっ……」


 自然に、苦笑に似た笑みが零れた。

 そして、今度はいつもよりも棒読みに。

 安心させるように呟いた。


「そうかぁ。由美がそう言うなら仕方がない」

「え?」

「由美が我侭言うから俺はここを動くのを諦めるよ」


 家族になってからも、由美は我侭を言おうとはしない。

 見捨てられないよう、ひたすら相手に合わせる。

 そのようにして生きているのだ。

 だがしかし、それはどこまでいっても相手任せの生き方である。


「由美がどっか行けって言うまではどこにもいかない。ってことだな」


 それではいけない。

 自分から繋ぎとめる努力がなくては、人は離れる生き物なのだ。

 しかし、それにしても。

 出会った頃の由美だったなら、きっとここで応援する、と言ったことだろう。

 いやはや、成長したものだ。


「ひっく……、あ…、ああぁ……」


 結局、安心して泣き出した由美が落ち着くまで、のぼせるような時間が掛かってしまったが。







「どうですか?」

「んー、丁度いいけど」


 手拭が、俺の背を擦って行く。

 しかし、腹が痛い。

 実を言うと、由美に全力でさば折りにされていたわけである。

 本人は抱きついているつもりでも、鬼の腕力では全力で折りに来ているとしか。

 やせ我慢で耐え抜いてみたものの、やはり痛いものである。

 普段の腕力は少女並、というか本人に自覚がないのが問題だ。

 そこは自覚の違いというかなんというか。

 まあ、そのあたりは少しずつ制御できるようになってもらいたいが。


「そう言えば、今日のあれは、夢見が悪かったからなのか?」


 あの妙な波状攻撃は何故始まったのか。

 問うと、由美は違う、と言う。

 どういうことだろうか。

 夢が原因じゃないとしたらなんだ?

 俺は今日の出来事を思い浮かべた。

 按摩される……、料理を作ってもらう。

 料理を食べさせられる……、風呂場で背中を流される……。

 これに共通すること。

 そこで一つ閃いた。

 世話、だ。

 世話をされている。

 この言葉が呼び水となり、すべてはっきりした。

 俺は、たった一つの答えをはじき出したのだ。

 介護。







 ――俺、介護されてる……!?







 まだ若いと思っていたのに……、介護。

 年寄り扱い、だと……?

 由美が意味もなくそんなことをするとは思えん。

 と言う事は、自分では気付かなかったが俺も年だった、と言うことか……?

 天狗だから、などと調子に乗っていたが、大丈夫だと思っていたのは自分だけで、周りから見れば危なっかしい元気な老人だったと。

 いや、待て。

 待つんだ。

 大丈夫、まだ大丈夫だ。

 そう、それはあれだ。

 別にまだ年なんじゃなくて、これから俺が介護されなければならなくなったときの為の予行演習なんだ。

 そうだそうに違いない。

 俺はまだ年じゃない。

 実年齢千……歳だけど。

 そうだ。

 年じゃないので由美には俺は要介護者にはならない、と教えてやらなければなるまい。


「いやーあれだぞー? 俺もう霊だし天狗だし。介護はこの先必要ないぞー?」

「違いますっ!!」


 すごい剣幕で怒られてしまった。











「まったく……、お父様ったら何を勘違いしてるんでしょうか……」

「いや、だってなぁ?」

「だっても明後日もありません! お父様は本当に女性の気持ちに鈍いんですから……」


 返す言葉もない。

 と、由美とそんな問答を繰り広げる俺は。

 いや、俺の頭は、由美の膝の上に乗っていたりする。

 耳に棒を突っ込まれながら。

 いや、別に拷問をされているわけではない。

 所謂一つの耳掃除、である。


「で、結局。なんでなんだ?」

「あ、動かないでください。うーんと、藍音さんにお盆について聞いたら、死んだ大切な人を敬う日だって」


 なるほど間違ってはいない。

 子供でも分かる簡単な説明だ。

 だが、場所が悪かった。

 それだと、地獄では大切な人に親切なことをする日、になってしまう。

 のだが。


「じゃあ、俺もお前さんにお返しをしなきゃいけないんだな」

「へっ?」


 それもそれでいいやもしれん。






 今日と言う日も平和である。







―――
鬼っ娘三連発。
一人猫が混ざってますが。
定期的に鬼っ娘補給しないとだめですね。
寝つきが悪いです。


……思ってみれば、五十話ですね。
随分と長くなりました。
ここいらで、人気投票みたいな特別企画とかやってみたいけど特に案がないし、もう、感想三百八十番の方にリクエストみたいな真似しかできない気も。
ただ、荒れたりする原因にもなるので迂闊な真似はできませんし。
と言うわけで特にやることありません。
あ、でも感想の最後に好きなキャラを書いてくれると参考にするかもしれません。
ただし、結局私の采配一つなので、確実に反映するかは五分ですので、話し半分、感想書いたついでに、とでもお願いします。



では返信。


ヤーサー様

いやはや、今回は会心の李知さんでした。
そりゃ私だって飼いたいですよ。ふさふさの耳をもさもさしたいです。
んー、確かに閻魔メイドとかありましたし美沙希ちゃんがその役回りになりそうなものですが。
やはりクールビューティにどうしても桃色ワンピースを着せたくて……。


奇々怪々様

どうにも、李知さんはこれから先も残念な目にあうようです。
ふふふ、イフルートですか……、残念ながらそれは……、っ!?
くそ、鎮まれ俺の右手ッ……、猫耳を書こうとするんじゃない!
と言う訳で暴走する可能性は高いかと。


SY様

今回の件には黒幕が……。
なんとGJな黒幕なのでしょう。
そしてあの天狗のことだから、ボイスレコーダーとカメラを実は容赦なく発動していたに違いない……。
いや、薬師がレコーダー、玲衣子がカメラか……。
李知さん未曾有の危機である。


春都様

燃え尽きました。
真っ白に。
しかし、私にはまだ燃やすものが残っている。
私の萌の炎を消すことは誰にも出来ないっぽいです。


黒茶色様

大分ずり下がったパンツ、それに気付かない李知さん……。
きっちりしてるくせにここぞで詰めが甘いのが李知さんクオリティ。
ガチムチスライムが生まれてしまったらもう、厨二に加えて破壊力が上がり過ぎかと。
モニタの前に死者が転がる。これがサイバーテロである。


SEVEN様

無意識で相手の弱点を無慈悲に貫く薬師の鷹の目が私にも欲しい。
無自覚だから更に手に負えない。
最低で鬼の鬼畜である。
よし、では私は山にこもって天狗になることにします。


通りすがり六世様

値段では測れない価値がある――。
中学二年生の思い出。
猫に対する悪戯と言えばあれでしょう。
またたび。きっと泥酔状態かえろえろな李知さんが……。


ねこ様

そう、猫なのです。
なんてったって猫なのです。
毛糸とかを見ると手を出してしまうのです。
そして絡まってしまう事でしょう。


Eddie様

猫に接近したらもふもふするのは義務である。
故に李知さんはもふもふされねばならず、薬師はもふもふしなければならない。
そして猫李知さん育成ゲームとか考え付いた私は負け組でしょう。
いや、ある種勝ったのかもしれない。





最後に。

薬師の鬼畜大魔王っぷりにはあきれを通り越して尊敬の念さえ覚える。



[7573] 其の五十一 私と俺とあたしと誰か。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/19 23:35
俺と鬼と賽の河原と。





 初登場、その三十一。

 今に至るまでメインを張った回数初登場時のみ。


「ふ、ふふ……。今日こそ……、今日こそ」


 よく考えると暁御よりも不遇。

 そろそろ出てきてから二十話に達する彼女の活躍がついに――。











 訪れない。



「え?」




 由比紀の活躍は一体何時か。





其の五十一 私と俺とあたしと誰か。






 あたしにとって如意ヶ嶽薬師は、一体どんな存在なのだろうか。











 彼は、変人だ。

 ある種、異常と言ってもいいかもしれない。

 気まぐれで、自分勝手で。

 紳士的。

 気まぐれで自分勝手なのは、多分生まれつき。

 でも、紳士的なのの一部は、幼少時のトラウマから来るものがあるかもしれない。

 程度問題なのだけど、果たして彼は暴力的だった父を反面教師としているのか、それともその影におびえているのかはわからない。

 だけど、そんなことは関係ない。

 問題は、



 彼が女の子に必要以上に優しいことだ。



 きっと今頃あたしの知らない場所で誰か女の子に優しくしているのだろう。

 そしてその気もないくせに女の子を本気にさせているのだ。

 なのに、自分はふらふらと。

 その内後ろから刺されても知らないんだから。









「っくしゅ、あー……」

「風邪?」

「さてな、一応健康体だとは信じてるんだが」


 休日のある日。

 俺は道すがら、偶然にも露店少女と再会を果たしていた。


「で、今日はお客?」

「否」

「じゃあ帰れ」

「だが断る」

「客ではない方の入店はお断りしております」

「ここは天下の往来だ」

「今日から私の物」

「わーい、横暴ー」

「で、何しに来たの?」

「ここに来たのは偶然」

「という事は運命ですね、これは何か買っていかないと」

「だがあえて俺は運命に逆らう」

「……。偶然ならさっさと行ったら?」

「つれないな」

「客以外は釣らない」

「甘いな、俺は客じゃないが準客なんだ。というか客を引きこむのは店員さんの役目」

「目から鱗」

「だから、お前さんは必死で俺を引き止めつつ面白い話をしなければならない」

「いきなり高難易度すぎ」

「壁は高い方がいい。それが最初に超える壁ならな」

「ベルリンの壁崩壊は遠い」

「そんなにか」

「難攻不落すぎ」

「さいですか」

「色んな意味で」

「例えば?」

「鈍ちん」

「どこが?」

「ほら」

「……そうなのか?」

「明らかに。明らか様に」

「そんなにか。あからさま、かつ明らかで、明らか様なほど鈍ちんか」

「うん」

「素直な目で肯かれると辛い」

「それは幸い」

「うるせー、帰るぞー?」

「帰れ帰れー」

「うう、本当に帰ってやる。そしてぼったくられたとかないことないこと言いふらす」

「信じてもらえない。狼少年」

「残念、俺の年四桁代」

「狼……、古代生物?」

「狼なのに古代生物か」


 まあいいか、と俺は行くことにした。

 これでも人の家に行く途中なのだ。

 俺はポケットから一つ林檎を取り出すと、少女の頭に置いた。


「どうやって出したの?」

「企業秘密。ま、もらっとけ」

「いいの?」

「余ってるから構わんよ。土産にするにはちょいと多かった」

「わかった。ありがとう」

「へいへい。そいじゃな」





「またの、ご来店を」













 ……、はっ、今、悪寒がした。

 ……。

 彼は、必要以上に女の子に優しくする。

 そこに下心はない。

 というと聞こえはいいかもしれないけれど、種をまいて水をやっても収穫する気がない。

 腐らせる気満々、と来たら困ったものだと思う。

 あちこち愛想振りまきながら結婚しようとか、その……、ちょっと、人目のある場所ではできないことをしようとか、まったく考えていない。

 多分この問題には、彼が古い人間だというのが関係していると思う。

 彼の中では結婚は子作りすることと同義であり、更に、恋愛は結婚に直結する。

 でも、彼には子作りする気はない。

 だから、恋とは無縁だ、と言い切ってしまっている。

 なんというか、思考の中に恋とか、愛とかを混ぜてないんじゃないかと思う。

 純粋というか、なんというか。

 ってか、彼の恋愛ごとに対する精神年齢は、天狗になる前から止まってるんじゃないかな。

 いつなったのか知らないけど、恋愛に関してだけは八歳児とか。

 いや、八歳児でも恋はするかな。

 ただ、どちらにせよ、全く結婚とか恋愛とか考えてないくせに。



 愛想だけは振りまくのだ。



 きっと今頃あたしの知らないところであたしの知らない人と会っていることだろう。

 そして、容赦なく口説き落としているのだ。










「や、お久しぶり」

「お久しぶり、という程でもないですが……、来てくれて嬉しいです」

「そう言ってくれると俺も嬉しいな。玲衣子さん」

「うふふ、それはそれは。では、あがっていただけますか? 今日はおいしいお茶菓子を仕入れたんです」

「ほほう、それはそれは。じゃあ、あがらせていただこう」


 俺は、玲衣子に続いて居間へと向かうと、いつも通り机の前に胡坐をかいた。

 最近、たまにこのようにして玲衣子の元に遊びに行くことが増えた。

 元より気が合うのも原因の一つだが、ここにいるのはとても癒やされる気がする、というか、どこよりも俺の好みに合った落ちついた空間なのが理由だろう。

 それに彼女も一人暮らしだし、仕事に出ているようにもみえないのだから、日中は一人なのだろう。

 俺がいることに関し、悪くないと思ってくれているようだ。


「おお、そう言えば土産の一つでもと思ってな」

「あら、林檎ですか? おいしそうですね」

「おー、あと一応菓子折りもあるぞ?」

「あらあら。そんなに気を遣わなくても」

「いいんだよ、俺が食いたかったんだから」

「では、お皿に出して持って来ましょう」

「おう」


 玲衣子が奥に引っ込み、しばらくして戻ってくる。


「はい、どうぞ」


 盆の上に乗っていたのは、有名店の饅頭だ。


「ん、美味いな」

「ええ、本当。でも、せっかくの休日にこんなおばさんと話してていいのかしら?」

「別に構わんと思ってるが?」

「別に、気を遣わないでも」


 そう言った玲衣子に、俺は頭を振った。


「俺が来たいんだ、お前さんは来るなって言わない限り、何度でも来る」

「……、あらあら……、まあまあまあ」








 また、嫌な予感。

 もう首に紐付けておかないと駄目かな……。

 あっちへふらふら、こっちへふらふら。

 何であたしはあんなのを好きになってしまったのだろうか。

 鈍感で朴念仁。

 不真面目で適当で。

 どこがいいのかわからない。


「うう……、何であんなのを……」


 この間もそうだ。

 キスしよう、と言ったら一拍置いて「洒落にならないんじゃないか」と言ってくるし。

 あたしがあの一言を言うのにどれほどドキドキしたと思っているのだろうか。

 罰ゲームの命令権を手に入れて、どうしようかと考えてから、告白とキスを思いついて。

 それを実行するのに一月、一月もかかったのに。

 言おうとしては失敗して、タイミングが掴めなくて、何度もベッドの中で暴れたり。

 それで、事件があったから一念発起して今度こそって思ってたのに薬師は――。


「それは洒落にならんのでは?」


 あっさりと、ひらりひらりとかわされる。

 まるで風を薙ぐように手ごたえはない。

 もうここまで来たら諦めてしまうものなのだろう。

 きっと、諦めれば楽になれる。

 だけど。

 だけど――。



「おはよ、薬師」

「おー。今日も眠いな」

「夜更かしでもしたの?」

「昨日は八時に寝た」

「子供っ?」

「でも眠い」

「ほら、しゃきっとする!」


 あたしは今日も彼の隣にいる。


「……あたしが、話し相手になってあげるから!」



 そもそもこんなことで諦めるなら。

 こんな面倒くさい男好きになってなどいないのだ。





 今日の私と彼もまた――、

          平和である。






―――


今回は五十話に到達したので一つの節目として現在までのまとめというか薬師の状態というか。
やはりメインヒロインは前さん的な話というか。

ううむ。これから先は異世界とかにも跳びたいですね。


そう言えばいつの間にか夏休みが終わってました。
小説しか書いていた覚えがない。


では返信。


ジギー様

コメントありがとうございます。
きっと薬師の頭の中には夢と希望が――。
……多分、他人をからかう事でいっぱいな気が……。
むしろ人の好意を曲解する能力でも持ってるのでしょうか。


ふぐお様

指摘感謝です。修正しました。
申し訳ない。基本的に無意識にセーブして少女の握力だけど、たまに全力が出てしまう、と書くはずが自己完結。
まったくもって私のミスであります。それも致命的な。
ここでお詫びと訂正を申し上げます。


通りすがり六世様

猫はマタタビを嗅ぐと、まるで立てないかのようにぐでんぐでんと。
つまり、朝起きると全裸で薬師の隣に寝ているのですね。わかります。
腕枕、もしくは抱きしめられながら。
李知さんIfルートは次か、次の次かなぁ……。


ミャーファ様

腕力についてはこちらのミスであります。
上記のとおり、自称少女の由美は無意識に少女程度しか力がないけどたまに本気になってしまう、という設定であります。申し訳ない。
閻魔を介護している、というより閻魔を養育してる感が。
むしろ――、古代生物(閻魔)←飼育 老人(薬師)←介護 孫(由美)かと。


ねこ様

薬師が好意に気付かないのは大宇宙の法則。
きっと、大宇宙の法則をひっくり返すほどの衝撃的な告白じゃないと彼のハートには届かないのですね。
しかし、秋ですか。あれですね、色々なイベント……。
地獄開催ヘルビックスポーツフェスタ、ポロリもあるよですねわかります。首がポロリかもしれませんが。


スマイル殲滅様

天才的な曲解は、情熱的な愛の表現も、献身的な介護に!
由美の風呂場の格好は、関係者(ロリコン)各位様の想像にお任せとして敢えて表現しなかったのですが、とりあえず。
当然、湯にタオルを浸けるのは、いけないことです。そして、それだとバスタオルは邪魔でしょう。これ以上は、いいでしょう。
……藍音は、狙っているのかいないのか。それを避ける薬師が怖い。


SEVEN様

流石家族。薬師との肉体的距離が近いというか、薬師のガードが甘いというか。
一番有利、というか他を寄せ付けないだけで藍音と由美は勝てるんですよね。
一緒に住んでしまった以上、ゆっくり時間を掛けて、多少強引でもキスにまでこぎつければなし崩し的に結婚してくれることでしょう。
メイド服と裸エプロン……、そうか……! メイド服からフォームチェンジ……。脱がせればいいんだ!


見てた人様

感想感謝です。
そしてみごとタイムリーなコメント。
丁度露店少女の所を書き終わったところでこのコメントを見てびっくりしました。
ううむ、また出したいけどこのままでは由比紀が……。


奇々怪々様

なるほどこれできっと如意ヶ岳の天狗が二人ほど臨死体験したのですねわかります。
……とっても迷惑ですね。
薬師の鈍さは像なんて目じゃないです。
そして、後の介護で薬師がエロいマッサージを……。


らいむ様

コメントどうもっす。
そう遠くないうちに、閻魔は涙目になることでしょう。
きっとメニューはピーマンの肉詰めに、いや、薬師の性格の悪さからして――。
ピーマンのピーマン詰めだ、きっとそうだ。


ヤーサー様

藍音はきっと毎年薬師に思い馳せながらナスに箸をさしていたのでしょう。
ちなみに、死んで地獄に来た人は年齢固定です。
地獄で生まれた場合は、精神年齢と、周りの人間の年齢に合わせて成長します。その辺は本編で語られることもあるかと。
今年の夏は今のところ平気ですね、珍しい。では、ヤーサー様もお大事に。


春都様

実は作った牛のせいで薬師が現世に一時的に帰らされる、という話も考えていたのですが。
色々とネタすぎて没になりました。
もう薬師は風呂場の石鹸で転倒、そして死ねばいいんだ。
藍音か由美で悩むなら――、娘に由美、妻、もしくは由美の姉に藍音で……、おっと、これ以上は勘弁してくだせえ。


MSK様


感想どうもです。
チラ裏の方も目を通していただいてるとは、恐悦至極です。
チラ裏も更新したいのですが中々忙しく……。
それと、現在設定とあらすじのようなものを再構成中です。もう少々お待ちください。


Eddie様

いい加減薬師は己のスペックに気付くべきですね。
程々にしておかないと本当に介護にかこつけてお世話と称した愛のスキンシップが始まるでしょう。
そして介護で納得した頃には薬師邸に愛の巣が……。
あと、コメントの方ですが、無理をしていただかずとも大丈夫です。今回も面白かった、とかそれだけでも私にとっては十分な原動力となります。


たまたま通りすがった様

誤字報告ありがとうございます。
わざわざどうもすいません、意外と多いですね、誤字。というか「秋御」。いやはやどれだけ気を付けても誤字が出てしまう私の眼は節穴なようです。
後で修正しておきます。これからはもっと気を付けますね。
では、これからも李知さんの活躍をお楽しみに。


SY様

犯人はヤス……、じゃなくて藍音です。裏設定ですが、由美に色々吹きこんでる模様。
由壱はすでにメイド萌えで味方として、藍音が裸エプロンとかするために、それは普通のことなのだよ、と。
藍音が外堀を埋めようとしているようです。今回は由美に先を越されましたが。
これにより、薬師が「あれ? 俺が時代遅れなだけで裸エプロンって普通なのか?」、となることを狙っているのです。

余談ですが、私はプロどころか自称小説執筆が趣味の人です。いわゆるただの高校一年生ですね、はい。
プロデビューを勧められたのは初めてです。嬉しいものですね。まあ、これからすぐってほどじゃないですけど、いい作品ができれば投稿したいかな、と。
まったく焦ってないし、進路も会社勤めで行こうかと思ってるほどで、とりあえずは俺賽をゆっくりやっていきたいなと思っていますが。


では最後に。





玲衣子、こんなおばさんとは……、ずいぶんとサバを……、あれ?

    前にもこんなことあったような。



                               おっと、客だ、誰だろう。



[7573] 其の五十二 貴方と君の賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/28 23:03
俺と鬼と賽の河原と。





 本気で、好きだった、訳ではない。

 ただ、今までにないタイプの異性で、姉がまるで恋する乙女になるほどだったから――。

 多少興味深かっただけ。

 本当はちょっとからかってやろうと思っただけなのだ。

 彼と、姉を。

 なんて、そんな欺瞞。

 好きだ。

 何故?

 私は彼に救われた訳でも、何か特別な出来事があった訳ではない。

 たった一度目の出会いで心を掴まれた?

 そんなわけない。

 だったら、いつから。

 彼と出会ってから半年もないのに。

 まるで、父のような彼への憧れ。

 気付かないふりで誤魔化した。




 馬鹿らしい。姉より私の方がずっと、少女だったのに。







其の五十二 貴方と君の賽の河原と。








 ピンポーン、もしくはキンコーン、でもいい。

 間の抜けた軽快で耳障りな呼び鈴が我が家に響いていた。

 だがしかし、俺はと言えば。


「……留守です」


 虚空に呟きソファの上で待機。

 今日は休日。

 ひたすらうだついて限界まで休むと決めた先に来客とはなんと空気の読めないことか。

 悪いのは客である。と勝手に納得して、俺は居留守を決め込むことにした。

 ピンポーン。

 再度呼び鈴が鳴る。


「留守です」


 ああ、留守ですとも。

 居るじゃないか?

 否。俺の心はここにいない。

 心ここにあらず。

 どこにいるか、と聞かれたら夢の世界に旅立ったのだ、としか。

 いや、実際には今から旅立とうとしてたのだが、そう変わるまい。

 ピンポーン。


「留守だ」


 無だ。心を無にするんだ。

 幾ら呼び鈴を押しても受け流せ、柳の如く。

 ソファに再び深く沈みこみ、目をつむる。

 少しずつ、意識が遠のいて行き――、

 ピーン、ポーン。


「だから留守だと何度言えば」


 まあ、聞こえてないのだろうが。

 だがしかし、ここまで来たら逆に出るのも微妙である。

 ここで出たら、あれだ。

 お前さっきまでずっと無視してたくせに何今更出て来てんだよこのゴミ野郎が、という状況になってしまう。

 するとこちらはこうだ。

 お前がピンポンピンポンうるさいからこちとら出てきたんじゃこのゴミ太郎さんが、で、結果的に険悪な雰囲気は免れない。

 そう、俺は双方の為に居留守を貫いて――、

 ピー……ン、ポーン。


「何度来ても結果は変わらん、留守だ」


 ちなみにうちの呼び鈴は押してる長さで最初の音の長さが変わる奴だ。

 よくある受話器のようなものは付いてなくて、大分古臭い型である。

 いやしかし、それにしても諦めの悪――、

 ピンポーン。


「だから留守だって」


 本当に諦めの悪い。

 誰だか知らんがしつこい男は嫌われるという言葉は知らんのか。

 ピンポーン。


「留守だっつの」


 半分意地である。

 今ここで出たら負けた気ぶ――、

 ピンポーン。

 おいおい、何回呼び鈴鳴らす気だよ。

 ピンポーン。

 流石にそれは押しす――。

 ピンポーン。

 いや待てそん――。

 ピンポーン。

 おいお――。

 ピンポーン。

 おい――。

 ピンポーン。

 お――。

 ピンポーン。

 あ――。

 ピンポーン。

 い。

 ピンポーン。

 う。

 ピンポーン。

 え。

 ピンポーン。

 お。

 ピンポーン。


「どちらさまだっ! しょうもない用事だったらキャラメル口に詰めて首絞めんぞ!!」


 いわゆるキャラメルクラッチである。

 と、まあ、派手に扉を開いてみたわけだが――。


「……本当にどちら様?」


 目の前にいたのは、扉の前に蹲って鼻を押さえる、銀髪の少女だった。








「真っ赤なお鼻のトナカイさんが、という歌があってだな」

「それは、私に対するあてこすりなのかしら……?」

「むしゃくしゃしてやった、が、反省も後悔もしていない。すっきりした」

「……最低ね」


 未だ鼻を痛そうに擦る少女は、我が家の食卓の席に着いている。

 料理こそ乗ってはいないが、なんとなくお菓子の類が乗っかってるのは俺の優しさだ。


「で。閻魔妹は何故縮んでいるんだ」


 俺は自称由比紀に訪ねた。

 そう、自称である。

 まあ、本物なのだろうが、現在の由比紀は銀髪の麗人から、小学生高学年か、中学生程度にまで落ち込んでいる。

 はたして美少女になった件に関して格が上がったのか下がったのかは、特殊性癖の人たちの間で意見が分かれるのだろうが。


「若づくりも程々にしておけと俺は言いたい」


 女性が大変なのはわかるがこれはやり過ぎである。

 もう若作りではなく、若造り、もしくは若創りの領域に達している。


「違うわよっ」


 由比紀は慌てて否定を示した。


「じゃあなんだよ。逆成長期でも巻き起こったのか?」


 俺は素っ気なく聞く。

 由比紀は言い難そうにしていたが、やがて口を開いた。


「……月一……のよ」


 が、残念ながらよく聞こえなかった。

 今度は、顔を真っ赤にしながら由比紀が叫ぶ。


「月一でこうなるのよ!」


 ええーなにそれー。


「初耳だな」

「初めて言ったもの」


 月一で縮むなんて話聞いたことがない。

 はたして、何があるのやら。


「呪や病気……、って訳でもないだろうしな」


 それならもっと深刻になるが、どうにもそんな感じもしない。

 ざっと見て呪の類の空気というか、淀んだ嫌な感じも今まで一度も感じたことはない。


「私は美沙希ちゃんみたいに安定してないの」


 やはり、そこまで深刻でもない風に由比紀は言った。


「私は本当はアダムになるはずだったの。だから、安定しないのよ」


 なるほど。俺は肯いた。

 由比紀のありようは、偶然とも言える。

 はたして、男にでもなろうとしているのだろうか。

 しかし、簡単に見えて男と女はそう簡単ではない。

 当然あっさりと性別を変えられるものでもない訳だ。


「と、言うより美沙希ちゃんと子供を作れるようになろうとしてるんじゃないかしら?」


 何とも微妙な話である。

 そして、彼女も彼女で深刻そうに話さないから、反応に困るのだ。

 そんな中、彼女は続けた。


「でも、私は男の構成なんて理解してないし、データ上でさえわからないから結局元に戻ってしまうのでしょうね」

「ほおー」


 俺の興味無さそうな声に、由比紀は溜息一つ。


「興味なさそうね……」

「ないな」

「ないの?」

「ない」

「微塵も?」

「微塵も」


 月一で縮むくらいで動揺していたらこの業界やっていけないのだ。

 そりゃ、いきなり知人が猫耳生える世の中である、背が縮んだくらいで寿命が縮むなら死ぬのに一月必要ない。

 いや、もう死んでるが。


「そんなことより何用だ」


 今思い出したが俺は今日派手にうだうだしようとしていたのだ。

 それを邪魔されたのだ、それくらい聞いても罰は当たるまい。


「……用は……」


 微妙にしゅんとしながら、由比紀が呟く。


「用は?」


 俺は聞き返し、彼女は――。


「ないわ」

「そうかい」


 俺はおもむろに立ち上がり、ソファへ向かう。

 そして、飛びこむように転がって。

 さようなら世界。

 ぼかあ眠いよ。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 眠いのでその辺の幼女の声も放置である。

 残念なことに、耳障りな感じの野郎の声なら起きたかも知れんが、少女の鈴のような声音ではさほど苦にならん。

 恨むなら美少女の自分を恨むことだ。


「ね、寝るわよ!? 抱きしめて寝るわよ?」

「んー、いいんじゃね?」


 今日はなんか寒いし。

 夏も終わりを告げ掛けてるのかね。


「え? あ、え。本当に寝るからね?」


 既に俺は就寝しかけである。

 半覚醒と覚醒の合間を彷徨うまどろみ風味とでも表現しようか。

 と、そこに何やら温かいものがかぶさってきた。

 現在、俺の胸元までの大きさもないそれは、やはりさほど重くなく、なんとなく温かさを感じ、丁度いいとばかりに俺は寝に入ることにした。


「あ、ちょ、だめ……、そんな、いきなり抱きしめてくるなんて――、こう言うのは段階を踏んでから……。あれ? 寝て、る……」












「む……、腹減ったな」


 俺が起きたのは、どうやら時計を見るに、十二時過ぎらしい。

 と、ふと自分以外の体温を感じて視線を移す。

 そこには、直立不動で顔を真っ赤にしてこちらを見る、由比紀がいた。


「……よく寝たか?」


 気まずくて思わず質問してしまったが、どうにもあれである。


「……寝れるわけ――、ないじゃない……」


 顔が真っ赤なところを見るに、どうやら暑苦しく寝れなかったらしい。

 俺が思い切り寝ていたため、これは少々申し訳ない。


「いや悪い悪い、ふにふにしてて気持ちいいからついな」

「ふ、ふにっ?」


 ともあれ、腹が減った、減ったのである。

 ここはお母さんお腹すいたと暴れたいところであるが、母はとうの昔に他界している訳で。


「よし、飯を食おう」


 食材でも買ってくるか……。

 俺は誰にともなく宣言すると、由比紀ごと立ち上がり、彼女を地面に降ろす。


「どこか行くのかしら?」

「飯。食う、外」

「何で片言なのかしら、というか私は同伴していいの?」

「無論。もしくは当然至極、または、なんだろうな」


 一人で食うより二人で食う飯だ。

 ある意味、丁度よかったのかもしれない。

 藍音も由壱も由美もいないのだ。

 一人でぼんやり過ごすより、話し相手がいる方がよろしい。

 と、いうことで俺と由比紀は突如街に繰り出すことにした。






「だがしかし、しかしである。なんか買って作ろうかなとか思ったがやっぱり面倒くさいので外食しよう」





 こんなこと、ないだろうか。

 おし、今日は手の込んだもんでも作るかー……、あ、もうこんな時間だし、適当でいいや、なんて経験。

 うん、よく考えてみるともう十二時過ぎである。

 なのに飯を作れば一時を回ってしまうことだろう。


「よし、何が食いたい?」


 俺は道すがら、隣を歩く由比紀に聞いた。

 しかし、その答えは芳しくないものだった。


「何が食べたいって……、私に聞かれても困るわよ」

「ん? 何か行きたい店とかねーの?」

「基本自炊だったし、こういうのは知らないの」

「あー、ファーストフードとか食ったことないくちか」


 よく考えたらこれはお嬢様だった。

 コンビニ弁当を多用する閻魔のおかげで忘れかけていたが忘れかけていたが由比紀はいいとこのお嬢様と言って差し支えないのだ。

 随分庶民的だが。


「そうね……、その辺りはさっぱりだわ」


 やっぱり。俺は由比紀の言葉に確信する。

 多分由比紀は高級料亭の類しか知らんのだろう。

 しかも、自炊派だから付き合いで行った類の。

 しかし、そうすると、である。


「どこいくか……、やっぱり、いつものところか」


 と、丁度近くにあった行きつけの定食屋に俺達は足を向ける。

 近かっただけあって、定食屋に入るまでに五分とかからなかった。


「いらっしゃいませ」


 暖簾を潜って店内へ。

 注文を出して待つこと数分。


「大変お待たせしました。ハンバーグ定食とAセットになります」


 給仕の女性が俺の前にAセット、由比紀の前にハンバーグ定食を置く。

 そして、どちらともなく、箸を付けた。


「なあ」

「なあに?」


 ふと気になって俺は声を掛ける。


「好きなのか? ハンバーグ」


 由比紀は、頬にソースを付けながら肯いた。


「ほお……」


 なんとなく感心する。

 この点は姉妹だなぁ、と、しみじみ思うのだ。

 しかし、ふと考える。

 このように由比紀と俺は向かい合って飯を食っている。

 それはいい。

 別に悪くないし好ましいとも思う。

 では何に考えさせられ、違和を覚えるのか。

 それは――。

 何故、家に来た?

 気まぐれかもしれない。

 なんとなくかもしれない。

 だが、この子供の姿で来るとは思えないのだ。

 事情を聞いた時、彼女は恥ずかしそうにしていた。

 それを鑑みるに、彼女が気まぐれで来るにしても通常の時に来ると思うのだ。

 小さい姿で来てもからかいのネタが増えるだけなのだから。

 一日で終わるならその方がいいはずだ。

 なのに彼女は今俺の目の前にこうして居る。

 違和感はあるが、答えには届かない。

 そもそも、気にするほどの違和感かもわからんのだ。

 気にしていても仕方がない。

 俺は頭を振って思考に沈んだ意識を現実に引き戻した。


「さて、これが終わったらどうするかね」

「どうするって……、帰らないのかしら?」

「帰っても暇――、つか、お前さん口元にソース付いてんぞ」

「え?」


 口を丸くした由比紀の口元を、備え付けのちり紙で拭ってやる。

 最初は恥ずかしそうに顔をしかめていたが、次第に抵抗は無くなった。


「ほれ。じゃ、どうすっかな……」


 俺は再び、午後からどうするか、と思考の海に沈んで行った。













 結果的に。

 俺と由比紀は気ままに街を歩いていた。

 何を買う訳でもなく、雑貨を見たりしつつ、喋りながら歩いて行く。

 なぜか、由比紀はそわそわと落ち着かない様子を見せていたが、それほど気になる訳でもなく、さして突っ込んだりもしなかった。

 気が付けば、もう日は沈みかけていた。


「ほれ、また付いてる」


 今度はソフトクリームが由比紀の頬についてたので、指ですくう。

 流石に外にちり紙、もといそう、紙ナプキンなどはありはしない訳だ。

 もしかすると、子供状態だと上手く体を動かせないのかもしれない。

 由比紀はやはり恥ずかしそうにしながらも、今度は抵抗せずそれを受けた。


「ねえ、貴方は、誰にでもそういう事をするのかしら?」


 ふと、由比紀が呟いた。

 誰にでも。

 どうだろうか。


「さて、な」


 考える。

 誰にでも、そうではないと思う。

 しかし、その相手が由比紀一人か、と言われると否だ。

 由美が相手でも同じことをやるだろう。

 結局のところ。


「親しい人間に世話を焼くのは、嫌いじゃないってことになるんだろうな」


 すると、由比紀は納得したのか、


「……そう」


 とだけ呟いて肯いた。

 そして、ふわりといきなり俺の目の前に来たかと思うと、彼女は言う。


「今日の貴方は、ずいぶん優しいのね」


 はて、いつもの俺は優しくなかっただろうか、などと見当違いのことを考えて、俺は言う。


「見た目子供だからな」


 すると、由比紀は目を丸くして、意外そうな表情を見せた。


「あら、私の実年齢は貴方なんて足もとにも及ばないのよ?」


 対して俺は笑みを返す。


「目に見えるものがすべてではない、というがね」


 無論、いつもの意地悪な笑みだ。


「目に見えぬものがすべてでもないと思う訳だ、俺は」


 さて参った、何か格好いいことを言おうと思ったのだが、自分でも何を言っているのかわからなくなっていたりする。

 まあ、構うまい。


「要約すると、知ったこっちゃねえ、俺は感じるまま赴くまま生きるんだ?」

「しまらないわね」

「俺にそれを期待しないでほしい」

「そう」


 そうだ、と俺は肯く。

 そして、ふと思いついたことを言葉にした。


「お前さんは、子供になるのが、嫌いみたいだがな」


 そう思ったのは、なんとなくだ。

 先ほどの会話や、小さくなる、と話した時の恥ずかしがり方で、いい印象を持っていないのだろう、と思っただけだ。

 しかし、案外的外れでもなかったらしい。


「そうね」

「何故?」


 疑問に思ったので、そのまま聞いてみる。


「この姿は、私が不完全だと、そのまま喉元に突き付けられてるようなものなのよ?」


 私は美沙希ちゃんとは違う、と彼女はそう言った。

 いつもの彼女とは違う、寂しげな表情。

 だがしかし。


「そもそも完璧な人間の定義から教えてもらおうか」


 よく考えても見ろ。

 閻魔が完璧?

 正気の沙汰じゃない。

 あの生活力皆無、幼児体型、身長が今の由比紀より頭一つも高くない閻魔が?

 閻魔が完璧だなどと言えるのは一部の家庭的な小さい子大好きな方だけだ。

 結論。


「お隣さんの芝は青々してるんだよ。双方ともにな」


 今思い出したが、閻魔も由比紀のことを羨ましがってた気がする。

 なんという色眼鏡姉妹か。


「てかぶっちゃけ、いいんじゃねーの? たまにちっこくなる位。むしろ楽しめよ」


 これが現実世界だったら映画館にも子供料金で入れるな。

 地獄だと年齢証明書がないと無理だが。

 ともかく、ちっこくなった位大した差じゃない。

 すると由比紀は意外そうに目を丸くしていたが、やがてふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「……そうね。貴方が、こんな風に構ってくれるなら、この姿も悪くはないかもしれないわね」


 そうかもな、と俺は肯く。

 一つだけ、嘘をついたことを隠しつつ。


「さて、いい時間だし、夕飯の材料買って帰るか」


 俺は由比紀が小さいから優しい訳では、ない。


「お前さんも食ってくだろ?」


 そもそも俺が由比紀をからかうのは、彼女が俺をからかおうとするからで。


「あら、いいの?」


 からかおうとするから俺はそれを撃ち返すのである。


「全然問題なし」


 そして俺があまりからかっていないのは。


「そう、じゃあ――、……いえ」


 彼女に俺をからかう程の余裕がないからだ。


「ごめんなさい、所用を思い出したから、行くわね」


 彼女は、いきなり俺に背を向けると、走り去っていく。

 俺は、今まで感じた違和感が一点に収束するのを感じた。


「なに、やってんだか……、なあ?」












 彼女は、心細かったのではないか?












 薄暗い路地を私は走る。

 何故。

 心に浮かぶ焦燥を必死で押し殺して足を縺れさせないように走る。

 どうしてこうも人がいない。

 例え平日とはいえ浮浪者一人いないのはおかしい。

 もしかして、追い込まれている?

 後を走る追跡者たちはまるで乱れることなく私をぴたりと追ってきていた。

 息が切れる。

 今の私ではただの小娘ほどの力もない。

 冷静な自分は、意地を張った己を嘲笑していた。

 黙って姉の庇護下に入れば良かったのに、と。

 それでも私は意地を張った。

 今更、彼女の元には帰れない、と。

 結果がこれだ。

 名もしれぬテロリストに追われ、窮地に陥っている。

 はたして、一切の力が使えぬ私が今死んだとして、蘇る事ができるのだろうか。

 試したことはない。

 ただ、走る、走る。

 不甲斐ない。

 走りながらもそう思う。

 姉に頼ることを嫌だ、と言ったくせに、結局、一人に耐えきれずに彼の元へと向かったのだ。

 結果的に、彼を危険に晒しただけだった。

 実害が及ぶ前に逃げることはできたが。

 しかし、それもここまでのようだった。


「行き止まり……、よく考えてきたのね」


 五メートル先、そこには家屋の壁。

 その左右は開けている。

 しかし、そこには人の壁。

 その誰もが銃を構え、私に銃口を合わせている。


「それはもう。我々の、悲願ですからな」


 私は諦めたように振り向いた。

 その先には、老人の姿。


「そう、でも私は地獄運営にほとんど関わってないの」


 無駄だ。

 だが、相手はそうは考えていないらしい。


「ですが、貴方を殺せば確実に、閻魔にダメージが与えられる」


 確かに、閻魔にここ地獄で傷を負わせるなど無理だ。

 例え地獄外で殺したとしてもすぐに還ってきてしまう。


「貴方を殺すことができたなら、閻魔への警告となるでしょう」


 なんということか。

 私は悔しげに唇を噛みしめた。

 私は狙われる理由さえ、姉のものなのか。


「貴方が、閻魔のアキレス腱、というわけなのです。そして、一人残らず閻魔の親しい人間を屠っていけば、彼女も、運営を妖怪で動かすなどやめるでしょう」


 なんと下衆な。

 要するに、地獄の運営が妖怪で固められていることが気に入らない、そういうことか。

 妖怪に統治されているのが気に入らない、そう言葉の端々から聞き取れた。

 誰も統治などしていないというに。

 しかし、相手はやる気だ。

 そして、勝敗も決まった。

 私は死ぬ。

 生き返れるかも怪しい。

 だが、

 勝ち誇った顔の相手を私は笑った。


「駄目ね」

「は?」


 怪訝そうに聞き返した老人を、私はもう一度、嘲笑ってやった。


「それじゃ百点はあげられないわ。精々、五十点。そりゃ、彼女は悲しんでくれるかもしれないけど」


 美沙希ちゃんは優しい。


「だけど、閻魔が、あの閻魔が一人殺されたくらいでどうにかなると思ってるの?」


 優しいけど、それ以上に――。


「彼女は、それ以上に、毅然としてる。絶対に、何が起こっても彼女は毅然としてる。貴方が思っている以上に彼女は強い」


 彼女は、目の前の男が思っているような小娘ではない。

 むしろ、この老害などでは及びもつかないような位置に立っているのだ。


「美沙希ちゃんは強いわ。私なんて比べ物にならないくらい」


 私は叫ぶ。


「だから、貴様らごときが美沙希ちゃんを舐めるんじゃないッ!!」


 ああ、楽しい。

 目の前の老人のこめかみに青筋が浮かぶのがわかる。


「ふ、ふふ、気の強いお嬢さんだ」


 愉快、実に愉快だ。

 すっきりした。

 結局、私は私の姉を尊敬していた、ということだろうか。

 まあいい。

 死ぬのだ、わかっている。

 突きつけられる銃口。

 力が込められていく引き金。

 まるでスローモーションのようだった。

 ああ、そう言えば、彼も、笑って死んだと言っていた。

 彼も、こんな気分だったんだろうか。

 そう思って――。



「一寸待った」



 すとん、とまるで間抜けな音。

 私の前に突き刺さったのは錫杖。

 ワンテンポ遅れて、まるで鈴のような音が響き渡り。

 光が宵闇を切り裂いた。


「っ! 何事ですか!? 落ちつきなさい! 隊列を乱すんじゃない!!」


 老人の叫び声など全く聞こえなかった。

 ただ、弾かれたように私は声の方を振り向く。

 未だ光の余韻の残る目で見上げた先には――。


「あ……、あ……」


 黒い翼にいつものよれたスーツ。

 月を背に屋根の上に手を突き、しゃがんでいるようにして私を見下ろしていたのは――。

 私の目が霞むのは、きっと、眩しかったせいじゃない。


「待たせたな」


 そこには――。

 如意ヶ嶽薬師が確かに、居た。


「由比紀」


 私は、安堵と嬉しさで、目から溢れ出る雫を止めることができなかった。


「っ……!! 今っ……、初めて……、名前でっ……」


 涙で霞めた視界で私が捉えたのは、いつものように大胆不敵に笑う、彼の姿だった。













 いつものソファに、俺は転がっていた。

 前にもこのようなことがあった気がする。

 まあ、たまに家族の休みが合わない日もある、ということか。

 ふと、俺はこの間の出来事を思い出した。

 あれは疲れたな。

 心中で独りごちる。

 並みいる足止め達をふっ飛ばし、薙ぎ払い、由比紀の元へ。

 上空から急降下すればんな面倒なことせずともよいと気付いた時には後の祭り。

 ともかく、気が付いた頃には俺は由比紀の元に立っていたわけだ。

 そこから、芋づる式に俺はその時のことを振り返った。

 確か、あの時もこんな風に俺はここのソファで寝ていたのだ。

 それで、今日は限界まで寝ると決めて。

 そして、そんな時、玄関の呼び鈴が――。


「ご機嫌よう」

「今日は呼び鈴鳴らさないのな」


 背後に気配を感じ、俺はソファに座り直すことにした。


「力も戻ったもの。転移くらい、訳ないわ」


 そう言った彼女の表情をうかがい知ることはできんが、多分笑っていることだろう。

 いつもの笑みを、見せているに違いない。


「で、何用だ? 閻魔妹」


 俺が言うと、彼女は答えの代わりにソファに座る俺を後ろから抱きしめた。

 ……要するに用はないということか。

 よくわからんごまかしだ。

 彼女は、俺の耳元でささやく。


「……ねえ、あの夜みたいに、由比紀、って呼んでくださらない……?」


 並の男なら、一撃で悶絶だろう声で、彼女は言った、のだが。

 俺は溜息一つ吐くと、ぞんざいに投げ返した。


「その内な」


 すると、由比紀は俺の首に絡ませた腕を解き、彼女もまた、溜息を吐いた。

 その様もまた、様になっているのだから手に負えん。


「つれないのね……。じゃあ、私は帰ることにするわ」


 何をしに来たんだ、とは聞かない。

 よくわからん神出鬼没が彼女の趣味なら俺に口出しする権利は――、ああ、そういや不法侵入については文句くらいいいか。

 しかも、帰る時はちゃんと玄関からとか、というのはいい。

 ともかく、俺は何も言わなかった。

 一人、玄関に立つ彼女を俺は視線で見送る。


「この間の夜のこと、本当にありがとう」


 玄関から聞こえる声に、俺は苦笑した。

 わざわざ、礼を言いに来たのか。

 しかも、誰もいないときを狙うとは、どうも彼女はあれで恥ずかしがり屋らしい。

 似合わんなぁ……。

 それがいいとも思うのだが。


「それじゃ」


 扉が開かれる音が響く。

 俺は、視線を前に戻すと、後ろにいる由比紀に向かって語りかけた。


「ああ、またな。由比紀」

「っ!!」


 きっと今頃、彼女は耳まで真っ赤なのだろう。










 相も変わらず、平和な毎日である。









 それからというもの、たまに俺の家に銀髪の少女が現れるようになったのは、別の話だ。




―――
今までの出番のなさを取り戻すように由比紀が頑張っています。
幼女化までして、頑張ってますね。
そして「きれいな薬師」が登場
久々に格好いい彼でした。
でもまあ、やっと由比紀の設定も大体出したし、フラグも確定。
これからはちらほらイベントが起こるかと。
というか、これができるまであまり出せなかったんですよね。
姉妹イベントもいまいち起こせなかったし。


というか、長い。
もっとこう、あっさり読めるアンソロジー風味を目指しているのですが、今回ばかりは普通の長さになってしまいました。
次には戻っているでしょうけど。


ちょっとしたことになりますが、メールアカウント作りました。
何か個人的なこととかがあればこちらへもどうぞ。
多分使われないのでしょうが一応。


では、返信。ちなみに、前回の返信は、Ifの李知さん編であります。

月光様

感想ありがとうございます。
では、今頃私は糖尿病ですね。
エロじゃないエロ、というか直接的ではないけど情景や雰囲気のエロが書けたらいいなとか思っています。
というか、色気って奴が出せたらいいかな、と。


SEVEN様

心を天狗にする。天狗の居ぬ間に洗濯。天狗の首を取ったように――。
ここ地獄においては正解が気がしますな。
私は今徹夜明けテンションです。
そして、反応や恥じらいを楽しむのが薬師先生のやり方なのでどうやらまたたびはよろしくなかったようです。


奇々怪々様

我ながらやらかすとは思ってなかったんですがね。
夢枕に李知さんが立ったような立ってないような。
そして猫化と来たら次はロリ化……、げっほん。
では、理性がエマージェンシーどころではなくレッドゾーンに突入するくらい頑張ります。


ヤーサー様

回復おめでとうございます。
やっと由比紀が報われました。ぶっちゃけるとあれなんですけどね。タイミングをつかみ損ねていた、という。
長い間暖められただけあって長くなりましたが。
ただ、未だトータル台詞数では露店少女に勝ててるかどうか……。テンポがいいから無駄に会話多いんですよね。


と、そして二回分の感想なので二回分の返信と行きましょう。
李知さん編で風呂に入れたのは、そうですね、あえて言いませんが、
由美では身長差がキツイ。由壱は更に無理。藍音は李知さんをいじめて遊ぶので李知さんが断る。
後は――、わかりますね?
さて、露店少女編も近いうちに入れたいですね。由比紀のような入れるタイミングを逃す事態にならないよう祈ります。


Eddie様

今回は格好いい薬師も出てきましたが、萌がメインなので、そう言ってくれると嬉しいです。
萌ろ俺の小宇宙、というかなんというか、湧き出す萌えが伝われば、と思っています。
ともあれ、露店少女もちょくちょく出したいと思っております。
ローテーションが大変ですが。








では最後に。

薬師、すごくいいタイミングで出てきたな……。



[7573] 其の五十三 俺と藍音と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/08/28 23:01
俺と鬼と賽の河原と。






「どうしたら、幼女になれるのでしょう?」




 ある日河原で、藍音にそう聞かれた。

 俺は。



「きっとなれるさいつのひか」


 と返す他なかった。







其の五十三 俺と藍音と賽の河原と。





「で、何事だ」


 俺は隣で座布団を敷いて正座で石を積む藍音に聞いた。


「そのままの意味です」


 帰って来たのはしれっとした声。


「何事だ」


 本当に何事だ。

 いきなり幼女になりたい、などと、娘、みたいなのに言われたら父のようなものの俺はどう返せばいいのか全くさっぱり分かる訳ないのである。

 いや、まて。

 俺の聞き間違いに二十ペソだ。

 流石に最近幼女との関わりが多いからって藍音までそんな事で悩むことはない。

 はず。

 しかし、あっさりと俺の希望は打ち砕かれた。


「……幼女になりたいのです」

「おれはそのままのおまえさんがすきだな」


 何が起こっているのか。

 天に問うても答えはない。

 しかし。


「……では、やめることにします」

「素直っ!?」


 しかし、その言葉に俺はほっと胸をなでおろす。

 なんだったんだ今の会話は。

 ともあれ、あれは俺の記憶の底に沈めることにする。

 そうすれば、きっとなかったことになるだろう。


「では、昼食にしましょう」


 忘れるのだ、と、心に唱えることを努めていた俺に、藍音からの声が掛かる。


「お? おお」


 藍音の手には、弁当箱が一つ。

 重箱一段分と、その上に乗せられた三角のブツがおにぎりだ。

 ちなみに由美や由壱がいるときはもっとすごいことになる。

 うちで一番大喰なのは由美だしな。

 ともあれ、藍音が来て以来、弁当が出るようになったのだ。

 当然、悪いことではないので、結局のところ俺と藍音は近場の木陰で、弁当を食うのであった。


「相変わらずうめーな」


 多分千年生きて俺の料理の腕が上がっていなかったのは藍音のせいだ。

 敏腕メイドは人を堕落させるのだ、と今気づいた。


「色々と込めていますので」

「色々? 色々……、怨念?」

「……誰が込めますか」

「じゃあ、愛情?」

「変ですか」

「いや、どうだろうな……」


 台所の前で優しく微笑みながら鍋を掻き回す藍音……。

 怖い。


「怖い」

「それはあまりにひどいかと」

「愛情をこめてくれるのは嬉しい」

「ではこれからもそうします」

「怖い」

「どっちですか」

「怖嬉しい」

「……どっちですか」

「どちらかと言えば……、嬉しい、か?」

「そうですか」

「ああ、でも無表情で愛情をこめてくれるともっと嬉しい」

「いつものことです」

「なら安心した」


 いや、結局怖い、か?

 ともあれ、気が付けば弁当の中身も姿を消し、腹八分目ちょっと増し、というか九分目強の状況。

 午後からの仕事はないし、俺の眠気は臨界点に達していた。


「寝るか」


 午後からどうするにしたってまだ時間は残っている以上、ここで少々寝てしまっても問題はない。

 という事で俺は迫りくる睡魔に身を任せることにしようとしたのだが。


「……なんだそりゃ」

「……どうぞ」


 俺の視線の先には、頬をほんのりと染めながら、膝を叩く藍音がいた。

 乗れと。

 そしてちょっと恥ずかしいならやめとけばいい物を。


「しかし乗る。せっかくだから」


 俺は木を背にして正座する藍音の太腿に頭を乗せた。

 柔らかい。

 ついでにあったかい。


「眠れそうですか」

「いけるいける。お前さんの太腿、柔らけーのな」

「……セクハラです」


 ただのじゃれあいだ、とだけ呟いて、俺は目を閉じる。

 意外にもあっさりと、眠りは訪れた。







 薄いまどろみの中、不意に、意識の中に藍音を映し出す。


『貴方は……、なぜ私より先に逝ってしまったのですかッ!!』


 彼女が俺に放った言葉。

 景色が変わる。

 山だ。


『薬師、私は疲れてしまったんだよ。だから、休む』


 誰だ? ああ、あの人か。

 俺は夢を見ている。

 目の前には巨木を背に、座りこんだあの人の姿。

 自身の身長を超えるほどの黒髪。

 それを俺はぼんやりと見つめ、考える。

 俺と藍音は同じ経験をしたのかもしれない。

 俺において行かれた藍音と、あの人に置いて行かれた俺。

 俺はあの人さえいればそれなりに楽しいと思っていた。

 だからあの人が消えて以来退屈だった。

 藍音も――、そうだったのだろうか。

 だとしたら、ちょっとだけ申し訳な――、


「薬師様。薬師様」

「うぉ?」


 意識の浮上。

 間抜けな声を上げる俺。


「起こすのは心苦しかったのですが。堪能させていただきましたし、そろそろ行きましょう」


 何を堪能したのか知らんが、まあ悪いことではあるまい。

 適当に納得して俺は身を起こした。


「今何時だ?」


 腕時計も懐中時計もないが、携帯電話はあるのだ、見れば速いのに思いつかず聞いてしまうのは悪癖か?

 しかし、藍音はそのことに何も言わず答えてくれた。


「二時です」


 どうやら随分寝ていたらしい。


「痺れてねーか?」

「問題ありません」


 言って、藍音が立ち上がる。

 見事な立ち姿、というかよく痺れないな……。

 まったく恐ろしい秘書である。


「しかし、二時か。帰るか?」


 二時、微妙な時間だ。

 帰る程でもどこか行くような時間でもない。

 そう思って聞いてみたが、帰って来たのは、


「買い物に、――付き合っていただけませんか?」


 意外な御誘いだった。











 そのようにして、俺がどのような選択をしたのかと聞かれれば、俺は暇だった、と答えれば一目瞭然であろう。


「今日は玉ねぎが安いのですか……。カレーでも作りましょうか」


 ルーを買えば材料がそろいますし、と呟きながら思案する藍音を俺は横目で眺める。

 主婦してるなー……。

 って待て。

 とすると夫は俺か。

 そうなると俺は休日やら仕事から帰ってきた途端に家でゴロゴロする駄目な父親ではないか。

 ……。

 否定できない分、辛い。

 いや違う藍音は秘書だ、だから駄目な父親ではない。

 と、そこで駄目な上司という単語が浮上。

 違う、藍音はメイドです、なのでぼかぁ、駄目な上司じゃありませぬ。

 駄目な主人。

 いや、藍音は娘のような、ってもっとだめだ。

 逃げ道は無い。

 ……。

 そうですとも、俺がダメ人間ですとも!

 最近家事の概ねを藍音に押し付けている駄目人間ですとも。

 いや、でもなぁ……。

 あそこまで完璧に家事をこなされるとなあ……。

 結局、おかげ様で俺の家事は閻魔宅限定となりかけている。

 それでも、仕事の予定が合わない日は俺が担当しているのだが。


「どうしました?」

「うん? なにが?」

「難しい顔をしていましたが」


 顔に出ていたのか。

 指摘されて、ぺたぺたと顔を触ってみる。


「まあ、あれさね。なんで藍音はこうも家事が上手いのかなー、と」


 すると、彼女はしれっと言い放った。


「これで千年近く家事をしているのです、上手くならなかったら嘘でしょう」

「……あれぇ? そんなに家事させてたんだっけか……?」


 これでは本当に駄目人間である。


「地獄に落ちてください」

「ここが地獄だな」

「……そうですね」


 ともあれ、俺が難しい顔をしていた間に買い物は終了したらしい。

 いつの間にか勘定を抜けて俺は外に立っていた。


「いつの間に」

「馬鹿ですか」

「否定はしない」


 ただ、このままでは不甲斐なさすぎるので、俺は藍音の両の手にある袋を引っ手繰る。


「……荷物持ちくらいやらせてくれ」


 すると、藍音は微妙な顔をした。


「手持無沙汰というか、なにもないとそれはそれで落ち着かないのですが」


 しらん、とだけ俺は返す。

 すると、彼女はしばらく黙って俺の後を付いてきていたのだが、不意に、二つの袋を持っていない方の左腕に、自身の腕を絡ませてきた。


「あー……、歩きにくいんだが?」

「我慢してください」


 袋を奪ったのは貴方です、とのこと。


「つか、当たってるんだが」


 なにが、って腕に柔らかい感触が。


「当ててるのです」

「そーなのかー、って何故」

「それが判らないから鈍感朴念仁天然鬼畜などと呼ばれるのです」

「酷いな」

「事実ですが」

「いじけるぞ?」

「慰めましょう」

「やっぱやめる」

「残念です」


 良くも悪くもない、山も谷もありはしない普通の会話だ。

 次第に、藍音に少し、申し訳ないなどと考えていたのが馬鹿らしくなってきていた。


「しょうもねーな……」

「何がです?」


 聞いてきた藍音に俺は苦笑を返した。

 死が二人を別つまで。

 何とも軽い言葉であろうか。


「なんつーか、これから先ずっとこの有様なんだろうなっと思っただけさ」


 死が二人を別って尚、俺と藍音は一緒にいるのだから。

 謝罪も懺悔の念も必要ないだろう。


「それは良いことです」


 どうせこれから先も、一緒なのだから。







 今日の地獄も平和だった。






おまけの様なもの。


「どうかしましたか?」


 とある日の休日。

 俺は藍音と台所に立っていた。


「切るのは得意だ」


 無論その前に大雑把に、がつくのだが。


「そうですか」


 ともあれ、藍音は何も言わなかった。



 それ以来、意外と俺は藍音と家事を共にしている。





―――

其の五十三、ほのぼのです。
実は意外とメイドさんのメイン回は少なかったり。
それでもあざとく印象を掻っ攫っていく手腕には舌を巻くしかないのですが。
そして、ちらとよくわからん「あの人」、なるものが出現しましたが、所謂薬師の先代大天狗です。
これからたまに出てくることになるんではないかと。消滅してるけど。



では返信。

通りすがり六世様

そう言ってもらえると嬉しいです。
閻魔妹の月一ミニマム化。
あれですね、夜中にキリっと決めたら次の日になってて縮んでいるというカリスマブレイク。
とりあえず、この小説で誰かが悶死するまでがんばります。


シヴァやん様

その辺はご安心を。
感覚的にデオキシリボ核酸なアレとか、染色体がどうのとか事細かに理解しなければいけないのでそう簡単にはいきません。
てか無理かと。でも無駄な努力をする体に由比紀は劣等感を感じている、と。
誤魔化せる、と思ったんでしょうね。でも態度の端々から不審MAXだったので薬師からは逃げきれませんでした。そしてフラグの餌食に……。


通りがかり様

うっかり渡らないように注意して殴り合ってください。
渡ってしまうと順番待ちで来世へ送られてしまいます。
あと、人がいる時にやると鬼に喧嘩両成敗されます。気を付けてください。
では、健闘を祈ります。


ヤーサー様

たまに王道を突き進みたくなるものです。
ちなみに由比紀通常形態だと瞬殺かと。
組織には完全にばれていた、というか組織が頑張って月一現象を調べ上げた模様。
意外と有能な組織のようです。

あと、質問にお答えして下の方に番付表みたいなのを書いておきました。
そちらも見て頂けるとありがたいです。


SEVEN様

いやはや、仲が良いことはいいことです。
劣等感だの何だの言うけど結局姉のこと大好きっ子なのが妹なのです。
このまま姉妹丼、親子丼、そして……、家族丼へ――。
どこまで手を広げるんだ。


ガトー様

いやはや随分と久しい格好いい薬師でしたね。
しかしそれにしてもすごいタイミングで出てきたものです。
屋根の上で待機していたとしか……。
これが偶然なら世界の意志が働いてるとしか。


ミャーファ様

天狗退散の札、どこの神社にあるでしょうか……。
しかも大天狗に聞くとなると随分と位の高いものになりそうで。
誰か天狗様の魔手から女の子を守って。
無理か。


紅様

暁御はつつましい子。
胸m……、げふんげふん。
なるほど、妹は大きいですからね。
それがいいことか悪いことかわかりませんが。


ねこ様

月一ロリ。
なんといい響きでしょう。
薬師は一度どれだけ思われているか自覚すべき。
それとラーメン屋のさっちゃんは近いうちに番外が出ることでしょう。


奇々怪々様

月一ロリには希少価値があるっ!
そんな気がします。
そしてテロリ達は今頃フルボッコ全身打撲粉砕骨折でブタ箱内です。世界遺産に手を出した罰ですね。
そして薬師をショタにするには何年巻き戻ればいいんだ……?


Eddie様

格好いい薬師キャンペーンに応募しよう!
抽選で当たったのは閻魔妹でしたとさ。
きっと薬師は暇つぶしに手近な敵をぼこりつつタイミングを計ってたに違いない。
しかし天然だから手に負えない。


らいむ様

黙って姉妹丼を差し出してみることにします。
ちなみに普段姉妹逆転してますが、ロリ妹になると普通に姉妹っぽくなるという。
くそう、薬師代わってくれ……!
せめてそのフラグ能力の一部でもくれ。どうせ使ってないんでしょう?


悠真様

由比紀は底辺割ったというか最底辺というか。
なんというかマイナスから一気に持ち上げたので相対的に盛り上がりがすごくなりました。
というか人間が運営にあまりかかわって無いのは適性がないからなんですよね。こう、長く勤務して発狂したり。人間本位な考えだったり。
しかし、もう薬師は戦力として考えられちゃってるようで。使い勝手のいい外部協力者というか傭兵風味というか。


黒茶色様

たまに砂糖吐きそうになるので固ゆで卵が書きたくなります。
エピソード鬼兵衛もやりたいななどと考えながら。
でもじゃら男もやりたい。しかし他にもイベント盛りだくさん。
どうしましょう。


ハゲネ様

厨二病はここぞで発動すべきです。
どうやら、前回がここぞだったようで。
ただ、前回までなんとなく今までにいないタイプだったから気にしてたのが、あの様ですから。
遂にフラグ設立完了のようです。





番付表のようなもの。


SSS級(創世神クラス。殺せず、倒せず圧倒的)

閻魔(地獄)


SS級(主神クラス。かなり凄い)

閻魔妹(通常時) 閻魔(地獄外)


S級(神クラス。やばげ)

神族とか呼ばれる類がそれに当たる。 黄龍とか神龍とか言われる類がこの辺。


A級(土地神クラス いわゆる地方レベル)

薬師 酒呑


B級(大妖怪レベル)

藍音 鬼兵衛 ブライアン ドラゴン系の生き物


C級(ちょっと強めの妖怪レベル)

李知 前 仙拓


D級(通常妖怪レベル)

普通の妖怪たち。


E級(人間到達点レベル。本田忠勝みたいな天下無双人間レベル)

由美(本気時) なりたてなので。


F級(達人レベル)

じゃら男(実質の戦闘力はGだが、こと地獄においては精神状態次第でF級になる)


G級(ちょっと強い人レベル)

由壱(幼少より由美を守って生きてきたため精神的にも普通の少年より数倍強い)


H級(普通の人レベル)

暁御 露店少女


I級(常人より少し弱いレベル。所謂子供とか)

由比紀(幼女) 鈴




てな所ですね。
ちなみに、級二つなら相性と努力次第でひっくり返せます。
級三つになると死ぬほど頑張ればひっくり返せます。
まあ、それ以上でも相手次第策次第ですが。ただし、SSSは無理。



それと、別途の破壊力検定なるものが手元の資料から出てきたのではっつけます。




単純破壊力検定(あくまで単純な破壊力。戦闘力にはつながらない)




一級(神レベル) 大体世界を一瞬で粉砕する。


閻魔(地獄内)




準一級(世界災害級) 一撃で星がパーン! 全力で暴れると世界がやばい。


由比紀



二級(自然災害クラス) ちょっとした努力で国一つ粉砕できる。瞬発的なら街一個。

薬師

酒呑

玲衣子

閻魔(地獄外)

鬼兵衛



準二級(準自然災害クラス) ちょっと頑張って街一つ。瞬発的なら一区画。


藍音

ブライアン


三級(ちょっとした災害クラス) 瞬発的なら家一つ。時間を掛ければ街一個。



李知



四級(人間ギリギリクラス) 人間の大体の到達点(あくまで大体。人外級はいる) 相手が集団でも粉砕できる。呂布とか、本田忠勝みたいな天下無双なやつ。

由美



五級(強い人クラス) 十分人間の範疇で、常識より強い人。


じゃら男


六級(男クラス) 普通の成人男性級。


由壱


七級(常人クラス) 可もなく不可もなく、普通。


暁御

露店少女


八級(常人より少し弱い) ぶっちゃけ子供クラス。


由比紀(幼女)





九級(紙クラス) 紙が破れればそれでよし。


十級(微生物クラス) 存在している時点でクリア。



ちなみに。
・閻魔は地獄外だと魂操作系の威力は高いが広域系の技がなくなる。
・時間を掛ければ、は時間単位。一日で破壊できるのが条件。
・由壱は幼少時より苦労していたので六級に入る。
・何故戦闘力につながらないかと言えば、由比紀や閻魔がマジになれば大抵瞬殺できる代わりに世界ごと滅ぶ、など手加減せざるを得ないから



 と、こんな感じです。



では最後に。

膝枕とか、地獄に落ちてくれ。

いや、天国に昇れ。



[7573] 其の五十四 俺と彼女ととある路地。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/04 21:56
俺と鬼と賽の河原と。


 人通りの少ない路地に、彼女は居る。

 まるで積み人のように銀細工を積み上げて。

 しかし彼女が報われることはないだろう。

 何故なら――。






 商品は売れないと意味がない。







其の五十四 俺と彼女ととある路地。







 とある日。

 とある仕事帰り。

 とある夕暮れ時。

 俺は、とある路地にいた。


「また会ったな」

「ここで会ったが百年目」


 目の前に銀の山を作り、ぼんやりと体育座しているのはそう、露店店主だ。


「儲かってるか?」

「ぼちぼち」


 儲かっても儲かっていなくてもぼちぼちというのが、礼儀である。

 故に。


「実際は?」

「残念無念」

「それは残念だな」


 まあ、それもそうか。

 こんな人通りの少ない路地に怪しい少女が体育座して銀細工を売るなど怪しいことこの上ない。

 挙句の果てにこの少女、お世辞にも綺麗とは言えないのだ。

 当然、売れるわけが――


「何で売れないのか私にはわからないよ?」

「……え」

「その顔は何? 阿呆の子を見るような」

「今俺の目の前にいる子は阿呆の子だった。それだけのことだよ」


 それはもしかして冗談で言っているのか?

 と思ったがどうやら本気と書いてマジらしい。

 ちなみにマジとは真面目の略であり、江戸時代、「幸次郎と盃事すむ、お梅はしじうまじで居る」、なんて使われ方をしていたのだが、というのはどうでもいい。それに、俺がそう思っているだけで違う語源もあるやもしれんし。

 ともかく。


「営業努力をしろ」


 至極当然、当然至極の有り様である。

 と、思っていたのだが、果たして目の前の少女はどうたったのであろうか。


「え?」


 しかし、俺が見たのはきょとんとした少女の目。


「営業努力だよ」

「してるよ?」

「どこが」

「今正に貴方を引きとめてる」

「それは営業努力ではない」

「なんで?」

「俺は買っていかないから」

「ゴーホーーーーム」

「俺英語わかんない」

「お家へお帰り貧乏人、の意味」

「金はある、だが買わない」

「冷やかしは帰れゴミクズが、の意味」


 それはさておき。


「営業努力だよ」


 そう、営業努力である。


「例えばどんな?」


 そのように少女は首を傾げていたが、次第にはっと気が付いたかのように目を丸くした後、自らを抱きしめるように後ろに後退した。


「もしや――、私にエロい格好をしろと……!」

「……」

「その馬鹿を言うなよこの貧乳、みたいな目は何」

「自覚はあるのか」

「なかったら余計に救えないと思う」

「それもそうだが、それはそれで悲しくないか? 言わぬが華、知らぬが仏っつーくらいだし」

「……」


 とたんにしょんぼりする店主。

 それはさておき、そう、閑話休題である。

 まったく何回脱線するんだか。

 そう、営業努力だよ。


「ともかく、営業努力だよ」

「はい、先生」

「なんだね、えーとあー、露店少女」


 そう言えば名前を知らない。

 が、聞くとまた話が横にそれるので聞かないこととする。


「主に何をすればいいのですかー?」

「それはあれだね君。まず、商売場所として人通りの多い所を選ぶことだ」

「私人の多いとこ嫌い」

「吹っ飛べ」

「次、なにかありますかー?」


 突如口調の変わる少女に、俺は次の策を伝授する。


「目立つことをするのも手だな。露店だし」

「芸がないでーす」

「弾けろ」


 はい、次の策次の策。


「もっとこう、愛想よく誰にでも声を掛ける、とか。ただでさえ人が少ないんだから客を選ばんことだ」

「極度の人見知りなのでできませーん」

「疾く、去ね」


 って、少し待て、そう言えば。


「俺には普通に話しかけてきたじゃねーか」


 初対面の時の話である。

 あの時は普通に何か買っていかないと聞かれたはず。


「すごい勇気が要った」


 ……だから俺に買わせようと必死なのか。

 だがしかし、これで俺もネタ切れらしい。

 というか目の前の少女は商売をする気があるのかないのか。


「ああ、そう言えば、も一つあったわ」


 と、そこで俺は、とあることに気付く。

 そして、そのまま口に出した――。



「そうだ。服を買いに行こう」







 よく考えてみると、服が汚いのだ。

 どうにも白いワンピースのような服なのだが、薄汚れて灰色風味である。

 そこが、問題だ。

 という気がする。

 気だけだが、まあ要するに身綺麗にして見せれば少しは人も集まるかもしれない、という訳である。

 と、まあ、そう言う訳で、今俺と少女は呉服店にいた。


「題して、馬子にも衣装作戦」

「それは酷いと思う」

「馬鹿な」


 そうは言ったが、実際素材は悪くなどないのだ。

 ちゃんと可愛らしい顔をしている。

 しかし、その肩口までの髪は多分綺麗な銀色だったろうに、灰色にくすんでいたり、肌にも、ちょっとした汚れがある。

 元がいいだけに、目立つのだ。


「ってことで選べ」

「私、金持ってないよ?」

「俺は持ってる」

「じゃあ、私の商品を買ってよ」


 最もな意見だ、だが――。


「断る」


 それは何か負けた気がするので嫌だ。


「……」


 しばらく、少女は恨めしそうにこちらを見ていたが、しばらくすると諦めたか、商品の方へ向かっていった。

 そして、さらにしばらく経つと、不意に、少女が窓際に待つ俺の元へ駆け寄ってきた。

 その手には、服。


「どれが似合う?」


 定番の、というか、まあこの状況なら起こっても仕方のない状況。

 だがしかし、機微が解らぬ男にそれを求めるのは酷。


「きっとどれも似合う」


 実際似合う気もするのだ、が、少女はお気に召さなかったらしい。


「それは酷い。女心がわかってないよ?」

「今の俺には理解できない。多分、これから先も」

「どれでも、というのは女としては傷つく」

「野郎は自分の感性に自信がないんだよ」

「一生懸命選んでくれたものを馬鹿にしたりない」

「ふーん」

「鼻で哂う」

「最低だな」

「で、どれが似合うと思う?」

「俺としてはそこの黒いのの上下か」


 俺が指差したのは、顎先まで襟のある黒い長袖の上と、黒いスカートである。


「絶対ゴキブリ主義?」

「銀髪に似合うと思っただけだ」

「そう」

「どうした?」

「ちょっとうれしい」

「それは良かった」











 なんとか服購入も終了して、俺は少女と二人並んで歩く。


「服、ありがとう」

「いいってことよ」

「大切に――、仕舞っておく」

「着ろよ」

「……仕方ない」


 本気で残念そうに見えるのは何故だろうか。


「それじゃあ」


 そう言って横に逸れようとする彼女の襟首を、俺はつかんで止めた。


「私は猫じゃない」

「そうだな、猫は李知さんだ」


 どうやらこの少女には理解できなかったらしい。

 当然だ。李知さんが一日猫だったことを知っているのは俺と玲衣子と本人だけだ。

 そこら辺はどうにも放置され、少女はこちらを見上げると、聞いてきた。


「まだ、何かあるの?」

「おう」


 もう既に辺りは暗くなり、街灯が街を照らす頃。

 次の目的地は――。


「銭湯に行こう」












 まったくもって、変な人。

 まだ、名前も知らない人。

 まだ、名前も教えてない人。


「銭湯なんぞ久々だったな」

「私は風呂自体久々だった」

「不憫だな」


 私は、新品の黒い服を着て、真っ黒な彼と、真っ黒い夜道を歩く。


「貴方が何をしたいのか私にはさっぱり」

「さて、なあ」

「まさか、えろえろなことを……」

「……」

「またそんな馬鹿を言うなよこの貧乳みたいな目を……、それは結構ダメージ高い」

「そうかい」


 元より偏屈な私は、ほとんど人と会話などしていなかったのに、今の私は彼との会話を楽しんでいる。

 悪くない。

 むしろ、楽しい。

 彼が来るのを、楽しみにしている。

 ああ、悪くない。


「貧乳は好き?」

「どっちでもいい」

「なら問題ない」


 きっとどこか暖かいのはきっと風呂上りなせいだけではないだろう。












「よぉ」

「いらっしゃい」



 それからしばしば、黒い服を着る露店の店主の姿があったという。





―――
露店店主のターン!
未だに名前明かされず。
一応設定では決まってるんですが、色々と秘密やらなんやかんやがありまして。


おお、そう言えば感想欄名簿なるものを作ってちまちまと書き足しているのですが、いつの間にか百人を超えていました。なんとなくめでたい気分です。


どうでもいい余談ですが、実はこれ、昨日既に完成しておりました。
完成させてやった、できたー! そのまま寝オチ、という流れでPCの前で目を覚ましました。
更にどうでもいいですが、月曜からテストがやってまいります。
別に更新停止もしませんが。


では返信。


シヴァやん様

ローズ氏、意外に好評でありました。
いやはや、彼女も運の悪い。
彼女、男運悪いのでは?
きっと地獄でまんじりと過ごしていれば貴方の家の近くに――。


value様

ううむ、一応前回書いたとおりのくだりがやりたかっただけなんですが。
どうにも意外に好評なローザ(仮)でした。
ここまで好反応がもらえるとなると――。
一発屋がレギュラー定着とかよくある話ですよね? まだわかりませんが。


春都様

ローズ氏はどう考えても運が悪いというか。
薬師に出会ったのが運のつきというか。
ちなみにあの人は薬師にえろえろアプローチをすごい一大決心をしてしかけるけど無視される人です。
そして、藍音のかっさらい具合もすごい。


紅様

実は番外編を増やすと本編を上に上昇させるのが次第に面倒になってくる仕様があったりします。
それはさておき、ついにボクっ子が来ました。
ヤンデレは、どうでしょう?
多分藍音は既に病んでる気も。


通りすがり六世様

ローズ氏の無謀な挑戦はやはり無謀だった。
勇気と蛮勇は違うという事ですね。
そりゃ他ヒロインズがじりじりと頑張ってる中特攻かけても玉砕するだけですよ。
そしてボクっ子のサキュバスはあまり見かけませんね。目撃情報があれば教えてほしいです。


奇々怪々様

そろそろ、萌ハザード開始ですか。
一応ナイスバディなのも幻術で、朝起きるとぺったんこ、ってのも考えてたんですが。
文字数の都合とか、サキュバスとしてどうなのそれ、色々と考えた結果、ナイスバディに。
それにしても奇々怪々様も通でいらっしゃる……。


SEVEN様

目指せ百人斬。
腐敗聖域に呼び込むしか勝ち目はないようです。
それにしても、ボクっ子の時点であれですからね。
ペタが基本なのですが、サキュバスですしね。


あも様

実はこのネタ随分前からやりたかったんですよね。
キャラの出そろった後じゃないとできなくてあれだったんですが、やっと日の目をみました。
そう考えると随分長く温めたネタなんで笑ってもらえたなら嬉しいです。
しかしそれにしても幼女妖怪ですか。次は、座敷わらしか河童かな……。


ヤーサー様

ローズは不憫な子。これで確定でしょう。サキュバスキラー薬師、というかそう言う系には無敵ですね彼は。
ちなみに彼女は精気吸収だけなら中の上。実際の実演する手管はおおむね素人さん。
いやはや、先生はどうなるのでしょうな。これからの反応次第とも言えます。
ちなみにブライアンは生前は最強主人公張ってたような方ですから、多分。


空っぽ様

感想どうもです。
あれですか、婿だとしたらこんなに可愛い子が女の子な訳がない、という訳ですか。
気に入っていただけたようで幸いです。
ですが、結局、「不憫な事です」。


隙間風様

感想感謝です。
もうもげてしまえばいいのに。使わないのでしょう?
と、言いたくなる今日この頃です。
一体薬師ハーレムは何人形成されるのでしょう。


Eddie様

そう言うキャラは由比紀で十分、と思っていることでしょう、薬師は。
ボクっ子で、サキュバスで、えろっぽいことしてくるんだけど――。
実は男性経験ゼロで、初心っていうのは萌えると思うのです。
ちなみに、先生も女です、ばいんばいんです。


らいむ様

まあ、プロットなんてあってないようなものなのですがね……。
実質、物語上、執筆上共に死んでなきゃいけない理由も、生きていなきゃいけない理由もない状態なので。
少なくとも番外編には出ます。そこの反応次第で本編出現もあり得るかもしれません。その時の一杯一杯さ次第ですが。
では、美沙希ちゃんを描く作業に私は戻ります。



最後に。

露店の店主のお名前は、パで始まり、スで終わる、六文字のとある方面で有名な方のようです。
でも、女。



[7573] 其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/10 21:30
俺と鬼と賽の河原と。








 ある日。

 石の代わりにトランプを並べて遊んでいたら――。


「おはようございます薬師様」

「何事だ」


 藍音が、猫耳だった。




 いつまで、このネタを引っ張る気なんだ。




其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。






「藍音、藍音」

「なんでしょう」


 そう言ってこちらを見る藍音は普通だ。

 気がふれた訳でもないように見受けられる。

 ちなみにだが、尻尾も生えていた。


「なんで、猫耳なんだ?」


 すると、藍音は別に特別なことはない、とでも言うかの如く俺に返した。


「好きだと思いまして」

「誰が」

「貴方が」

「そうなのか」

「しかも直生じゃないと萌えないというものですから、直に生えてます」

「どうやって」

「とある薬で一日猫耳が生えます」

「どこで買った」

「下詰神聖店以外にないと思いますが」


 下詰神聖店、地獄用に霊変換したものを売る店だ。

 確かに、あそこなら売ってるだろうが……。


「情報源はもしや下詰か」

「答えはイエスです」

「で、どうしろと」

「もふもふしてください」


 そう言って頭を差し出す藍音。

 ふう……、そんなんで俺がもふもふなぞするはずが――。

 もさもさもさもさ。


「どうやら、体は正直だったらしい」

「?」


 猫耳は、もさもさもふもふせねばならぬ。

 俺の手はとうの昔に藍音の頭に伸びていた。


「悔しくなんかないんだからね?」

「なんですか」

「いや、何でもない」

「それで」

「それで?」

「いかがでしょう」

「いい猫耳」


 うほっ、いい猫耳である。

 未だに耳を触り続ける俺に、藍音は目をつむり、少しくすぐったそうにしながらも身を委ねていた。

 俺は、一通り感触を楽しみ、手を離す。


「満足した」

「それは重畳です」

「ところで」

「なんでしょう」

「今日、猫耳生やすような日だったか?」

「今日は何の日だったか――、貴方は覚えていないでしょう」


 そう言って藍音は悲しげに微笑んだ。

 なんとなく――、

 気に食わない。

 だが、猫耳生やさなきゃいけないような日って、なんだ?









 しかし、藍音が猫耳だからと言って、何が変わるという事もない。

 ソファに寝転がる俺を余所に、藍音は部屋の、そう、モップ掛け。


「なあ……。なんで――」


 俺はソファの上から、途切れるような問いを発した。


「お前さんは一人で家事を担ってたんだ?」

「……は」


 ずっと、疑問だったのだ。

 彼女は気が付けば俺の身の回りの世話を担っていた。

 食事に掃除、秘書までだ。

 しかし、よく考えてみると、別に山には俺と藍音しかいない訳ではない。

 藍音がわざわざ全ての家事を担わずとも、他を連れてくることもできた。

 その疑問に、藍音は溜息を吐くように返す。


「……必死だったのでしょう」

「何に」


 その答えは、俺にとって意外なものだった。


「捨てられないよう。奪われないよう、必死だったのです」


 抑揚なくいう姿は、儚くて。

 やはり、気に食わない。


「私と貴方の間に誰も入ってこれないようにしていたのでしょう」


 気づけなかった俺は、やはり鈍感と言われて仕方ないのかもしれないが。


「捨てねーよ。捨てないし、むしろこっちが捨てられないかってな」


 まったくもって駄目な上司な挙句、ここにいたって上司ですらない。


「お前さんといるのはやっぱ落ち着くんだよ。よく考えてみると、四六時中一緒だったしな」


 すると、藍音は珍しくも目を丸くしていた。

 そして。


「それは――、わかってますよ。でも、急にふらっといなくなる」


 痛いところを突かれたな、と思うその瞬間。

 彼女は微笑んで、俺に言った。


「だから、私が追いかけないといけないのです。そうでしょう?」


 そうやって微笑む彼女は、とても綺麗だと、素直にそう思う。


「やっぱ、可愛いな」

「……! ……、いきなり、何を言うのです」

「素直な感想だが?」

「……」

「照れるなよ」

「照れてません」

「その反応が照れてる」

「どうしろというのです」

「さてな?」


 こうして、太陽は沈んで行った。












 夜。

 子供達が寝静まった現在でも、俺と藍音は起きている。

 俺は、窓から……、ベランダに出て、空を見上げていた。

 そんな俺を、部屋から藍音がモップを握ったまま見つめていた。

 その猫耳は、今だ消えず。


「どした?」


 俺が聞くと、すぐに藍音は視線を外す。


「……いえ。では、私は仕事に――」


 そう言って、掃除に戻ろうとする藍音を俺は声を掛けて止めた。


「藍音」

「……はい」

「そんなん置いて、こっち来いよ。昼も、やってたろう?」


 返事はない。

 しかし、一旦おいてモップの柄を置く音が響き渡った。


「何か、ご用ですか」


 そう言って隣に来た藍音に、俺は苦笑する。


「用がなきゃ、呼んじゃいけねーのか?」

「……そう言う訳では」

「だったら、いいだろ? ほら、見てみろよ、月が綺麗だぜ?」


 そう言って俺は顎で上を示した。

 その向こうには、丸く輝く月の姿があった。


「お前さんと初めて会ったときもそうだったな」


 地獄に浮かぶ月は、俺の生前の月よりも、少し、大きい。


「覚えていたのですか?」

「妙に印象的だったんでな」


 俺と藍音が出会ったのは、奇しくも同じ満月の今日だった。

 それから、しばらくというものの、俺と藍音は黙って月見に興じていたが、ぽつりと、藍音が言葉を漏らす。


「……今日は、私の誕生日なのです」

「そうだったのか?」


 初耳である。


「私が言っていないのだから、当然でしょう」

「言ってくれりゃ、祝ってやるものを」


 俺の言葉に、藍音は首を横に振った。


「誕生日、といっても私が勝手に決めただけですので。実際の生まれた日など、わかりません」

「だから、俺と会った日を、ってか?」

「はい」

「そうか、おめでとさん」

「ありがとうございます」


 余りにいつも通りな答えに、俺は苦笑するしかなかった。


「来年は――、祝ってやるよ。盛大に、な」

「程々にお願いします」


 そう言った藍音は少し嬉しそうで。

 俺は満足すると同時、ふと疑問を思い出した。


「そういや、何でお前さんの誕生日だと猫耳なんだ?」

「貴方が喜んでくれるなら、私は幸せです」

「……育て方、間違えたかな……」

「では、責任を取っていただけますか?」


 その問いに、俺は溜息一つ。


「責任でも何でも、取ってやるさ」


 俺の言葉に、彼女はいつも通りに。

 だけどいつもと違って微笑んで。


「そうですか」




 今日の地獄も平和である。




おまけ



 その次の朝、

 俺に――、猫耳が生えていた。


「……なんで俺に猫耳?」

「よく考えてみると、私より貴方の方が猫みたいだと思いまして。昨日の食事に」

「……」

「大丈夫です。私がお世話しますから」

「そうかい。じゃ、藍音さんや、飯はまだかにゃ」

「それでは、行きましょう」





おまけ弐式




 雑多に物が置かれた雑貨店。

 神剣と呼ばれるものから、ガラクタまで揃ったそこに、俺は居た。


「藍音に色々吹きこんだのは、下詰――、お前だな?」


 俺の問いに応えたのは、勘定台の向こうにいる、店主。


「答えは、イエスだ」


 俺は、適当に品物を眺めながら、さらに問う。


「何を言った?」

「別に大したことではないと言っておく。ただ――、お前がうちの商品の猫耳を見つめていたことを伝えただけだ」

「……それだけか?」

「そうだな、後は、直生じゃないとなぁ、と呟いていた、とだけ」

「そうかい」

「ところで――、頼まれていた物が近いうちに完成しそうだ」

「……! 流石の仕事の速さだな……。見事だな、店主」

「当然だ。……そう言えば箱の調子はどうだ?」

「……中々」

「そいつは良かった。じゃあ……、参式は?」

「あれは上出来だが、本質を見落としてる気がする、ってのはお前に言ってもしゃあねーか」

「ふむ、そうか。俺も変換した甲斐があったというものだ」

「これからもよろしく頼むぜ?」

「無論。顧客の要望を超えるモノを渡すのが、俺の仕事であると」

「ああ。じゃ、行くとしよう」


 ちなみに、途中から要するにゲーム機の話題である。


「では、またのご来店を」




――
前回の。
>今、友人の勉強を見ていたりするのですが、一定の成果が出るごとに、友人に萌絵が一枚支給されるという体制が取られていて、猫耳メイドをリクエストされたから藍音さんを提出しておきました。

から発展したネタ。
というか、描いてたらどうしても書きたくなったために、急遽挟まれました。

次回、ついにあの姉妹が動き出す……!?

もしかしたら次々回になるかもしれませんが、そろそろシリアス編も始めなきゃいけないのでこの辺で幕間を。



ちなみに、件の絵がここに。

http://anihuta.hanamizake.com/

もしかしたらここでつらつら近況を載せてくかもしれません。

ちなみに上のHOMEからでも可。


では返信。

シヴァやん様

女性の場合はどうなるのでしょうね、同棲……?
リーマンはどうやら借金の保証人にされてしまった模様です。
まったく、女の子に囲まれて日々ぼんやり過ごす男もいるというのに。
メイドを囲って毎日エンジョイしてるっていうのに……!


通りすがり六世様

店主の渋さのあまり、吐血しそうです。
実際あんな台詞吐かれたら目から汗がナイアガラですよ。
果たして、再登場するのでしょうかあのリーマン。
そして、よく考えてみると六話だかそのくらいから出てるのですね。店主。


奇々怪々様

じゃらは千年、薬師は万年。万年で済めばいいと周りは思っていることでしょう。
希少価値とか、あれだと思うんです、半端なのが一番いけないと思うのです。
何事も突出すれば誇れるものなのです。だから暁御の出番は極限まで削……、嘘ですよ?
おっちゃんの正体というか、過去編もおいおいやれたらな、と思います。


ヤーサー様

いやはや、じゃら男も幸せボーイですからね。嫉妬の視線を浴びて服に穴があけばいいのです。
そして鬼兵衛編もいつの日か始まるかも。
暁御に関しては……。合掌。
色々と考えたのですが、一回ヒロインに関しては今回は尺の問題で見送られました。


SEVEN様

腐敗聖域は毒物です。劇薬と呼ばれる類の。毒をもって毒を制すしかないのかもしれませんが。
里見コンビの方はある種私のミスでもあるのですね、申し訳ないことに。
番外三でその辺の突っ込みを全く入れてないという……。申し訳ないです。
そして、大丈夫、勉強は学校でするものです。現状問題のある教科はないので。と強がってみます。


ミャーファ様

余りに残酷な事実。
でも口に出さずにはいられなかった。
酷い話です。そして、猫耳メイド晒しました。
絵は全くもって副業で上手い訳でもないのですが。


悠真様

私はラーメンが食べたくなりました。
朴念仁に効く薬……。朴念仁は病気です、医師に相談しましょう、とか思いつきました。
きっとよっぽど凝縮した濃度じゃないと効かないのでしょうね。
あの不治の病は。


見てた人様

お帰りなさい。
ルパンダイブ……、よく考えてみると凄まじい技ですよね。
渋強いハードボイルドの香りがおっちゃんから漂ってます。
若いころはやっぱり凄かったのでしょうか。


キヨイ様

私も読みたいです。過去編。
……石は投げないでください。その内、書きたいなと思っております。
色々と今回横道に逸れまくったのでそろそろ先代編もやらないといけないのですが。
とか言っていきなり挟まれる可能性もあるのですけどね。


あも様

野菜ラーメンは屋台七不思議の一つです。
店主の渋さも七不思議のひとつです。
それにしても彼女が鋼のだとすると、この小説の場合。
鎧の妹が出てくるのですねわかります。


Eddie様

地獄だって気合いを入れれば貧窮することだってあるはず……?
よっぽど不運だったんでしょうね。
まあ、その内ラーメン屋に顔を出すでしょう。
……おっちゃんの呟きが暁御に聞こえなかったことだけが救いです。


春都様

おっちゃんと里見さんのコンビも好きです。
コンビだとホームドラマ、一人だとハードボイルドの模様。
そして、おっちゃんは何で薬師の事情に詳しいのか……。
閻魔も、来店してるのだろうか。


f_s様

私は伸びたラーメンも嫌いじゃない希少な派閥です。
しかしラーメンが食べたいです。
これはもう地獄に向かうしか……。
本日でテスト全終了です。頑張りました。








最後に。

暁御に励ましのお便りを送ろう!! 地獄三丁目○番○号 出番のない人に救いを係まで。





[7573] 其の五十六 幕間 俺と閻魔と妹の午後。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/14 22:11
俺と鬼と賽の河原と。





 頭に三角巾。

 服は作務衣の黒い着流し。

 そしてその上に前掛け。

 手には箒と、はたき。

 閻魔宅に、俺は居た。


「なあー……」


 俺はソファに寝転がって雑誌を読む閻魔を後目に、一心不乱にはたきを振る。

 彼女は、俺の呼びかけに、雑誌から視線を話さないまま答えた。


「なんでしょう?」


 その返事も、おざなりなものだ。


「いや、お前さんさぁ、結婚とかしねーの?」

「は、へ? え、あの、どういうことですか?」

「いやー、お前さんもいい歳だろ? とっとといい男捕まえて、結婚してもいいんじゃねーの?」


 いや、いい歳っていうか五、六桁じゃすまないっていうか天文学的な年なんだが、それは置いておいて。


「とはいっても、中々いい人なんて見つかりませんよ?」

「いや、つーかさ、お前さんの給料ならさー、あれだと思う訳だ。そう、ヒモ」

「ヒモ?」

「おう。ヒモでもいいんじゃね? 家事ができるなら」

「ヒモって……」

「専業主夫でもいいけどな」

「というよりも、しばらく結婚なんてしませんから! って……」

「というか……」


 二人の声が重なった。


「俺はお前のオカンか」

「貴方は私のお母さんですか」







其の五十六 幕間 俺と閻魔と妹の午後。







「そんな、あ、貴方みたいな都合のいい人なんて早々見つかりませんよ」

「あれ、俺、ヒモ?」

「仕事をやめると娘に養ってもらう事になりますね」

「辞職できなくなった」

「というより、貴方こそどうなんです?」


 結婚。

 余り考えたことはなかったが――。


「そんな余裕ない挙句に子持ちだぜ? あとなんか藍音が怖いし」


 なんとなく藍音が怖いし。


「……そうですか」


 ほっと息を吐く閻魔。


「何をほっとしているんだ。お仲間ができてうれしいとか思ってる場合じゃないぞ」

「ち、違いますよ!」


 真っ赤になって否定する閻魔に、俺は肩をすくめて、あきれを示した。

 そんな大したことのない昼前の出来事。

 そんな時だった。

――ピンポーン。

 全国共通、間の抜けたチャイムの音。


「客か?」

「特にそんな予定もないのですが……」


 それもそのはず、基本的に閻魔は家に人を入れようとしない。

 彼女の家事能力を見れば当然と言えば当然だが。

 ともあれ、由比紀がいた時代ですら、家に呼ばず閻魔の方から向かっていたと言うのだ。

 なんと良い方なのか、と勘違いされていたらしいが。

 ともあれ、客である。


「俺が出てもいいのか?」

「構わないでしょう」

「あらぬ疑いやら噂やらが発生するかも知れんぞ?」

「そ、それならそれで……、もとい。別に友人の一人くらい、問題ないでしょう」


 何やら含みのある言い方であったが、特に気にするようなこともなく、俺は扉を開けた。


「はいはいどなたでしょーか」

「あら、久しぶり」


 そこにいたのは――。


「たまに幼女になるお方ではないか」

「い、いきなりそれはないんじゃない?」

「んなこたぁ、どうでもいい。それより、ついに、ついに帰って来たのか……? 死地へ」


 俺は神妙な面持ちで聞いた。

 何を、と思うかもしれないが、これはあれである。

 ここは確実死地であり、俺の戦場なのだ。

 一度気を抜けばここは腐敗聖域と化し、そして聖地を奪還するために俺は十字を背負いクルセイダーなアレである。

 そして、そんな十字軍前総帥が目の前に立っているわけである。


「そうね、そろそろ、帰ってもいいかなって。だけど――、やっぱり家事は任せるわ」

「なっ――、俺に死ねと? まあ、最近家の家事は藍音がやってるからいいんだけどな」


 退職するとヒモの名は伊達じゃないのである。


「そっちの方が、美沙希ちゃんも嬉しいでしょうしね?」

「んー? あれか? 勝手に出てったことを気にしてんのか?」


 そんなこと閻魔は気にしてないと思うのだが、どうにもそうではないらしい。

 由比紀は首を横に振って見せた。


「そんなんじゃないわよ。まあ、詳しくは美沙希ちゃんの名誉のために黙っておくけど。要するに美沙希ちゃん、友達少ないのよ」


 それだけじゃないけどね、と付け足して由比紀は話を終えた。

 なるほど。確かに友達少なそうだな。

 ともあれ、せっかく顔を出したのだ。

 とっとと上がってもらう事にする。


「おーい、美沙希ちゃんやー。妹が来てるぞー」


 俺はリビングへ戻ると、今度はソファの上に座っている閻魔へと呼びかけた。


「由比紀が?」


 その問いと同時、ぬっと俺の隣から由比紀が出てくる。


「久しぶり」

「お帰りなさい」


 そう言うと、姉妹はどちらともなく微笑み合った。

 うんうん、仲善き事は良きこと哉。

 別に疎外感で寂しい訳ではない。決して。


「おっと、そろそろ飯時だな。飯でも作るか」


 俺はわざとらしく時計を見て言う。

 別に、疎外感が寂しくて耐えられなかった訳ではない。決して。

 と、まあ、そのように、台所へ向かう俺を、何故か由比紀が追ってきていた。


「どした」

「どうしたって……。手伝わせてもらうわ、苦労掛けてるみたいだしね?」

「感動するぞ?」

「胸なら幾らでも貸すわよ?」

「じゃあお言葉に甘えて」

「な、な、ちょ、いまのは――!!」

「冗談だ」


 相変わらず押しに弱いというか、なんというか。

 俺は笑いながら、調理を開始した。








「あら、手際がいいのね?」

「切るのはな」

「そう、じゃあ、焼く方は任せて頂戴」

「おう、つか、そう言うそっちの方が手際がいいと思うんだが決して羨ましいとかそう言う訳ではありませぬ」

「ふふっ、これでも長いことやってるもの」

「まぁ、俺は所詮にわかかつ、付け焼刃だしな」

「いいんじゃないかしら?」

「なにが?」

「これで女より家事が上手かったら立つ瀬がないわよ」

「そんなもんかね?」

「そんなものね」

「そうかい、だったらやっぱりお前さんが家事した方がいいんじゃねーの?」

「そうかもね。だけど、年下の男の子が頑張ってくれるのは、とっても嬉しいのよ?」

「年下、ねえ? 確かに年下だが」

「実感はないでしょうね」

「んなもんさ、っと。そろそろいいか」

「ええ」







 と、まあ音声だけでお送りした次第だが、普通に昼食が完成した。

 俺達の後ろ姿を、閻魔がうらやましそうに見ていたことに気付かぬまま。


「へいっと。野菜炒めだぜ」


 昼食の内容は野菜炒めに焼き魚、味噌汁。

 料理は火力である。

 朝食のようだって? 気にしたら敗北者になります。


「そいじゃ、いただきますっと」


 俺は机について、手を合わせる。

 二人もそれに続いた。

 そのようにして始まった昼食。

 ふと、閻魔が声を上げる。


「こ、これは……」

「ピーマンもちゃんと食えよー」

「うう……」

「ほいほい、思ってるより苦くない苦くない」

「……、なんとか」

「おお、偉い偉い」

「っ、子供扱いしないでください!」

「そいつは好き嫌いがなくなってから言うんだな」

「ぐう……」


 大抵食事中に唸るような声を上げるとこれだ。

 そこに、由比紀から横やりが入る。


「あら、ピーマンも食べさせてるの?」

「食わせないお前さんが甘いんだよ。つってもせめて一口は呑みこめってとこだからな」

「貴方も結局甘いのね」

「まあ、そんなもんだ。日本の教育の現場でも無理に食わすのはよくないと」

「ふふっ、そうかもね。それにしても教育、教育ね? 小学校かしら?」

「それは言い過ぎだろう、せめて、中一?」

「あら、そうかしら?」

「お前さんなんて月一で閻魔以下だろうに」

「そ……、それは言わない約束でしょ!?」

「どこから突っ込もうか。まずは、俺はおとっつぁんかと」


 俺が楽しく由比紀と談笑を交わす。

 そんな時だ。


「随分と……、仲がよさそうですね……」


 閻魔が、まるで地獄の底から響くような、ってここ地獄の底か。


「おーい、どうした?」

「ええ、はい。判りました。薬師さん、貴方には随分とお世話になっておりますね」

「えーと、いや、どういたしまして?」


 意味が解らず言う俺に――。

 閻魔は、立ちあがり。

 死刑宣告をした。


「お礼に。私が夕食を作ります!」





 冗談はやめるんだ! 美沙希!! おい、応答しろ!! 美沙希ぃいいいいいいいいいっ!!






「何でこんなことになったのか――。今の俺には理解できない」


 日が暮れかけたころ。

 俺は恐々とピンクのエプロンを付けて調理する閻魔の後ろ姿を見つめていた。

 そんな俺に、以外にも由比紀が、思考の助けを寄越す。


「対抗してるのよ」


 その表情には苦笑と、愛しさが混ざっていた。


「誰に?」


 俺は聞く。

 由比紀は答えた。


「私に」

「なんとなく、わかった気がしないでもない、が」


 要するに、由比紀が料理できて手伝ってるのが、悔しい、と。

 そのまま言ってみたら、微妙な表情をされた。


「間違ってはいないけど……、五十点かしらね。肝心なとこがわかってない」


 俺は苦笑する。本格的にわからない。


「こいつは手厳しい」

「百点だったら、鈍感なんて言われないわよ」

「そうかい」

「そうよ、鈍、感、さん?」


 そう言って楽しげに言う由比紀。

 俺はそれを見てから、閻魔に視線を戻す。

 まったくもって、危なっかしいと言おうか。

 包丁で手を切ってるようだし、玉ねぎが赤いし。

 玉ねぎのせいかも知れんが涙目だし。

 しかし――。


「そうすっと余計、手伝う訳にもいかなくなったなー……」


 由比紀も同意を示し、肯いた。


「そうね」


 ある種矜持のようなものが掛かっているのだ。

 手伝えば逆効果、だろう。

 逃げ道は――、ない。

 退路は断たれた。

 あとは、往くのみよ。

 と、俺は悲壮な覚悟を決めたのだった。











「では……、あの……。食べていただけますか?」


 俺の目の前には料理。

 今からこのえー、と。

 丸っこい炭? と紅いキャベツ、そう、紅いキャベツの千切りを食す訳だが。

 俺にはこいつが地獄の口を開けて待ち受けているようにしか見えない。

 中々、箸を付ける気にならない有り様だ。

 しかし、俺の少し横の閻魔は期待と不安の入り混じった様子でこちらを見ている。

 例えそれがどんな苦行でも。針の山を裸足で駆け抜けるような行為だとしても。

 男として――、退けぬ、逃げられぬ、進まねばならぬ。

 ええい、覚悟を決めろ如意ヶ嶽薬師坊!

 このハンバーグらしき物を口に含むんだ!!


「いただきます……!!」


 箸が炭を掴み、口元へ運ぶ。

 死の香りが、漂う。

 死にはすまい……!

 いや、死ぬかも。

 ともかく、はっきりしろ! 男らしくないぞ俺!!

 ただ――、今日ほど男であることを恨んだ日は無い。

 ……。

 ええい! 南無三っ!!

 一気に、俺はハンバーグ、らしき物を口の中に放り込んだ。


「……こふっ……」


 俺は自分の口の中だけで音を発生させた。

 周りに聞こえなかった俺の男気を讃えて欲しい。

 そもそも、気絶しなかっただけで上等である。

 今の一瞬にして、全身の血の気が引き、指先が震え、手足の末端が麻痺している。

 味? 味はそうだな。

 舌の上に乗った時点で舌が麻痺して解らないかな!


「どう、です……?」


 不安げに聞く閻魔。

 どう考えても不味い。

 味的な意味ではなく、政治的な意味で。

 既にこれは殺人の領域である。

 それを重要な場で閻魔が作れば、暗殺問題に発展するだろう。

 と、それはいい。

 だが、聞かなければなるまい。


「できる限り――、気を遣った……、意見と……。率直な意見……、どっちが……、いい?」


 既に息も絶え絶えである。

 どう考えても態度で丸わかりだ。

 それを見て、閻魔も覚悟を決めたようだった。


「……忌憚なき、意見を」


 そうか……。

 なら、俺もその覚悟に答えねばならない。


「正直に言うと」


 正直な気持ちを、俺は、苦しげに吐きだした。


「本気で不味い」


 閻魔が、悲しげに、息を呑む声が聞こえる。


「ッ――」


 まだだ、まだ寝るな俺。


「だが――」


 まだ、正直な答えを吐きだし切ってない。

 ここで倒れたら、美沙希ちゃんの心に傷を残して終わるのだ。

 すでに、俺の気分は父親だった。


「お前さんが。俺の為に料理を作ってくれたのは――」


 父の日、または誕生日に料理を作ってくれた娘。

 と言ったところだろうか。

 ああ、全国のお父さん、わかります。


「素直に、嬉しい」


 今、貴方達の気持がわかりました。


「……薬師、さん……!」


 からん。と乾いた音を立てて箸が落ちる。


「薬師さん……? 薬師さん!!」


 そして、俺の意識もまた、闇に沈んだのだった。


「薬師さぁあああああああんっ!!」

















「ぐっ……、ここは?」


 俺はベッドの上で目を覚ました。

 ……何故か、全身が痛い。

 ここまで痛いのは、呪術師教会とやり合った時以来である。

 と、懐かしい思い出に思い馳せながら身を起こした俺の目に止まったのは、ベッドに座る、由比紀の姿だった。


「目が……、覚めたのね!! 良かった……」


 そう言うと、由比紀は泣きそうな顔になって、強く俺の手を握る。

 そうだ……、俺は。

 俺は閻魔の地獄飯を食べて、意識を。


「そうか、生きてるのか……。今、いつの日よりも生きてることを実感しているよ、俺は」


 俺が呟いたその瞬間、どうやら閻魔の寝室だったらしいここの扉が開かれた。


「薬師さん、目を覚ましたんですね!?」

「ああ」


 嬉しそうに、閻魔は頬を緩めたが、次第に、バツの悪そうに顔を伏せてしまう。


「その……、私の、私の意地のせいで、危険な目に――」


 そう言って謝ろうとする彼女の言葉を、俺は遮った。


「ところでだが」

「……はい?」

「腹が減った」


 そう、考えてみると、夕食が一口で終了したため、何も食ってないようなものなのだ。

 そして、料理の類の匂いが全くしないという事は、二人も、食事をしてないのだろう。

 だから。


「今度は、三人で作るとしようぜ。手とり足とり、教えてやるから」


 両人とも、最初は目を丸くしていたが、最後は二人とも、笑っていた。


「そうね。どうせだから、私も薬師に、手とり足とり、教えてあげようかしら?」


 と由比紀が怪しげに笑い。

 閻魔が先ほどと打って変わって扉へ向かう。



「はいっ! じゃあ、よろしくお願いしますね、薬師さん」


 最後に、俺も笑って返した。


「おうよ」


 食欲の秋。

 閻魔の地獄飯はもう勘弁して欲しいものだが、姉妹に囲まれて食べる食事も、また乙なものだろう。




―――

初めて、家のVista殿に殺意が芽生えた其の五十六です。
家のVista先生、更新の類で稀に勝手に再起動するのですが、今回、勧告が出ないまま勝手に再起動され、半分くらい消し飛びました。
なんとか一日で完成させれましたが、おかげさんで眠いっす。
今回で幕間終了、次回でちょっとだけ事態が動くかも。


あと、やっぱりその内雑記を作るやも。
そっちの方で番外を更新しようかなと思わなくもなかったり。


では返信。


奇々怪々様

絵を晒した経験はほとんどないので恥ずかしいのですが……。
喜んでいただけたなら幸いです。
いやはや、薬師まで猫耳になるとは、吃驚です。
そして、出会いのない人、というより出会わない人というかなんというか。


ミャーファ様

猫耳は……、いいものです。
しかし、最近の薬師は働いてない気が……。
ともあれ、彼が猫耳になったらきっと誰もが言う事でしょう。
「そうだ、猫を飼おう」


シヴァやん様

薬師ったら責任取るとか言っていながらあっちへふらふらこっちへふらふらと。
もう首輪付けるしか。
と、言うより藍音さんとしては首輪付けられたいのか。
果たして責任とってもらえるのでしょうか。


悠真様

きっと――、暁御も喜んでいることでしょう……。
今頃部屋で感涙に咽びながら涙愚痴りを飲んでいることかと。
ええ。次の出番も未定ですからね。
いつ来るかわかりませんのでいつでも出れるよう休んでてもらわないと。


らいむ様

貴方は――、私にまだ猫耳ネタを引きずれと言うのでしょうか。
だめだっ、鎮まれ俺の右手!!
もふもふするんじゃないっ!
という展開が目に見えているかと。


あも様

べったりでもないけどいると落ち着く、というある種理想な関係でしょうね。
藍音さんはたまに薬師分を補給したいようですが。
フラグ建築基準法によると、頑丈かつ大きく高く立てすぎたようです。
某秘密の漫画版も原作もノータッチなのですが、気になったので古本屋にでも走ることとします。


春都様

うほっ、いい藍音。
これからまた先代編に入ると出番が増えてしまうかもなのですね、これが。
はたして、喜ぶべきなのか、これ以上頑張ると暁御が、と止めるべきなのか。
どっちに転ぶかは運次第。


ヤーサー様

可愛いメイドに慕われてるとか、人間の領域じゃないですよ、あ、天狗か。
ちなみに、年月的には藍音さんがダントツの付き合いかと。
薬師は大天狗になって千年近く持たせた、と言っているので、大天狗になってから拾った藍音は七から九百年くらい一緒にいるものかと。
いやはや、これ以上猫耳が増えると全員分書かないといけなくなりますね。


Eddie様

ま、またたびなんて渡したら、藍音さんがはあはあしてしまう!
挙句に薬師に襲いかかってしまうでしょう。
もう、結婚してしまえばいいのに、と本気で思います。そして閻魔には養子縁組して娘にすればいいのに、とも。
そして、こういう感じで出番があるから、暁御は本編に出てこれないのです。


SEVEN様

大丈夫です。
聡明な暁御のこと。藍音さんと李知さんがやったことを知れば勝てないことを悟って無謀な挑戦はしないはずです。
メガネ……、敏腕秘書率が上がりそうですね。
そう言えばこの小説眼鏡がいない。


マリンド・アニム様

藍音さんは判ってらっしゃると言うか危険なレベルで攻撃力が高いのに。
薬師には効かない。なんというか要塞をバズーカで相手にしてるようなものなんだろうか。
そして、薬師の鈍感っぷりはどうにかしてほしいんだけど、鈍感な薬師が好き、という乙女心ですね。
藍音の過去は、もしかしたら先代云々編でも出るかも。


通りすがり六世様

確かに、藍音さんも薬師と一緒で飄々としてる感があります。
でも、うっかり話してしまうのも、薬師が好きだからなんでしょうね。
ちなみにですが、藍音が藍いのは眼が藍ってことでここはひとつ。
そして人類猫化は、黒幕的に考えて不可能じゃないので困ります。


総過様

コメントありがとうございます。
不治ですからね、やはり。
でも、致死量飲めばきっと……!
いや、もしかすると閻魔様の地獄飯で性欲か鈍感が治る効果の物が作れるやもしれませぬ。



では、最後に。

次回、ついにあいつがやってくる。



[7573] 其の五十七 変種 名探偵鬼兵衛。前編
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/21 21:31
俺と鬼と賽の河原と。





「鬼兵衛、ちょっといいですか?」

「なにかな」

「これを」


 閻魔が、青い鬼に、一枚の書類を渡した。


「神隠し事件について……。この世界、薬師達のだね?」

「はい、そうです。そして、東京で神隠し事件が相次いでいます」

「それを、調査して来い、と?」


 閻魔が、肯く。


「それは、僕が出向くようなことなのかい?」


 神隠し事件、確かに危険だが、鬼兵衛が出向くようなことでもないのだ。

 だが。


「送り込んだ鬼が三名、行方不明になっています」

「……! なるほど、だから僕の出番、か」

「ええ。本当は酒呑を行かせるのが確実かもしれませんが、あれは捜査に向きませんから」

「では、調査して報告すればいいのかな?」

「できれば解決も。火力が足りないと思ったら、要請を。その時は、色々と送り込むことにします」

「それは、できるだけ止めておくよ。きっと、河原で石を積んでる天狗も来るんだろう?」

「場合によってはそうなるかもしれませんが、なぜ?」


 鬼兵衛はニヒルな笑みを見せた。


「そんなことしたら、――馬に蹴られて死んでしまうよ」






其の五十七 変種 名探偵鬼兵衛。前編







「ふむ……、どこぞに、力場がある訳でもないみたいだね」


 スーツを纏った青鬼には到底似合わない街、東京。

 彼は、人ごみの中、東京全域に探索を掛けて、得られた結果を呟いた。


「と、すれば。実際に犯人がいてその場で攫って行く方向か……。妖力は感じられないけど」


 人々が、鬼兵衛の横を通り抜けて行く。

 しかし、鬼を見て驚くような素振りは、見せない。

 彼等の眼には、鬼兵衛が映ってはいなかった。

 まるで、フィルタでもかけたかのように、鬼兵衛は微妙にずれた次元にいるのだ。


「まずは、中心地から、か」


 鬼兵衛は懐から資料を取り出し、事件の起きた地域の中心地を割り出していく。

 事件が起こった場所を繋ぎ、その中心地を見ると、そこには一つの建造物。


「将星学園、か……。見たところ普通の高校、みたいだけど」


 しかし、鬼兵衛はその高校に何かあると踏んでいた。

 何故か、事件が起こった地域を結ぶと、円になるのだ。

 実際の通り魔や殺人鬼の場合はその中心が、などとは言わないが、鬼兵衛が相手取るのは、妖怪や魔術師の類なのだ。

 学校に儀式場があり、犯人はその儀式場から一定以上離れられない、や、儀式魔術の為の中心地が高校である、など中心に何かある可能性は高い。


「円状のルートをたどる妖怪、って線も捨てきれないけど……」


 それにしたってその中心にこれ見よがしに学校が建っているのは、怪しい。

 そう断じた鬼兵衛は、その巨体を学び舎へと向かわせた。












 その学び舎は、外観上普通ではあった。

 その、見た目普通な校舎の廊下を、鬼兵衛は歩く。

 しかし、学校自体が普通かどうか、と言われればそうでもない。

 いきなり廊下から極光機装なる声が響き変身したヒーローらしき者が現れたり。

 不意に生徒の腕がチェーンソーに変わったり。

 その他諸々、変人だけは多くいた。


「何なんだろうね……、この学校は」


 だがしかし、鬼兵衛の探しているようなものには当たらない。

 奇人に変人は多くいても、人に害為すような妖怪や呪術師、魔術師の類は見当たらないのだ。

 不可解に思いながらも鬼兵衛は校舎を歩く。

 しかし、不思議な校舎であった。


「極上の、霊場では、あるみたいだね……」


 なるほど、雑多な力で溢れ返っている。

 しかも校舎の造りそのものが、儀式に適した、むしろ一つの寺社のような雰囲気を醸し出しているのだ。


「どうやら、ビンゴみたいだね。こうまでだと、ここにを拠点にしない意味が解らない」


 なるほど、ここなら力を使うに困ることはない。

 それどころか、どんな大魔術だって可能になるだろう。

 そして、人外とてここは巣穴にするに心地よい。

 現に、鬼兵衛とて、力が流れ込むのを感じているのだ。


「さて、どうやって探し出そうかな」


 考えては見るものの、答えはない。

 目星は付いたが、ここで走査系の技を使ったとして、効果は如何ほどだろうか。

 力で溢れ返り過ぎて、近づかないと全く捕捉できないのだ。

 これでは、虱潰しをするしかない。

 面倒な仕事になりそうだ、そう思って鬼兵衛は決意を新たにし、動きだそうとする。

 そんな時だ。


「ひゃあっ」


 声が、聞こえた。

 鬼兵衛は、その声に素早く反応し、その声のした方向、要するに自分の前方を見下ろした。


「もしかして――、見えてる、のかな?」


 そこには、鬼兵衛を目を丸くして見上げる少女が、居た。


「見えてるって……、もしかして、他の人には見えてないの?」


 鬼兵衛は、そこで少しの違和感を覚えた。

 この少女、こちらを見ている割に、驚きが少ない。


「確かに、これだけ妙な人間がいれば――、見える人くらい居てもおかしくはない、か」


 この少女は何者か。

 はたして、鬼を見ていながらその程度の反応とはどういう事なのか。


「それにしても、反応が小さいね? 取って食おうなんて思っちゃいないけど、鬼を見たら尻もちくらいつくのが普通じゃないかな?」


 しかし、少女の答えはやはりずれていた。


「えっ? 取って食わないの!?」


 なるほど、普通の少女ではない。

 頭の中も、外見的にもだ。


「そんな突っ込みをされたのは初めてだよ。僕の常識が間違ってたのかな?」


 勝気そうな黒い瞳に長い黒髪。

 普通とはまた違った、美少女と呼ばれる類であろう。

 しかし、それにしたってこの反応はいかがなものか。


「この学校、常識ないもの」


 あっけらかん、というべきか、ざっくばらんというべきか。


「君もじゃないかい?」

「仕方ないわ。だって、たまに校舎も爆破されるし」


 どんな学校だ、と突っ込みを入れたいが、きっと誰にも取り合ってもらえぬことだろう。



「それにしたってその反応は変だと思うけどね」

「だって、クラスに一人くらい人外は居るものよ?」

「……」


 もう閉口する他ない。

 それが当然の高校とはいかがなものか。


「ああ、でも、意外と皆普通よ? 他よりちょっとお祭り好きでトラブルに慣れてるだけ」

「ちょっと?」

「すごく、でもいいわ」


 世の中、こんなはずではなかったことばかりである。


「で、僕みたいなのは普通なのかい?」


 しかし、彼女はそこで首を横に振った。


「そうね、普通ではないけど、ふーん、で済ますぐらいの下地はあるかしらね」

「すごいね」


 鬼兵衛としてはそう言う他なかった。

 しかし、見られてしまった。

 どうしようか、と鬼兵衛は考える。

 ともかく、早いところどこかへ行こうか、そう考えたその時だ。


「あんたは、何をしに来たのかしら? 人でも食べるの? それとも、もしかして神隠し事件って、貴方?」


 そう言われては堪ったものではない。

 こちらはそれを解決に来たのだ。


「違うよ、人も食べないし、逆だ」

「逆?」


 聞き返した彼女に、鬼兵衛は苦笑いして答えた。


「解決に来たのさ」


 それだけ言って、きょとんとしている少女を置いて立ち去ろうとする鬼兵衛。

 しかし――、

 それはできなかった。


「何故――、ついてきているのかな?」


 颯爽と歩く隣には、少女の姿がある。


「事件解決、探偵みたいで面白そうじゃない」

「遊びでやってるんじゃないんだよ?」


 本気も本気、それも運営の鬼が数名やられるほどの案件である。

 面白半分で首を突っ込むなど、修正されても文句は言えない。

 しかし、少女はそう思ってなどいなかったらしい。


「遊びじゃないからこそ、手伝うんでしょ?」

「何を、言ってるのかな?」

「被害を受けてるのは、私達。私達を想うなら、できる限り効率を上げるべきじゃなくて?」


 なるほど、と鬼兵衛は心の中で呟く。

 しかし、言い返すことも、少女のしようとしていることを推奨する訳にもいかない。

 筋は通っているようで、いないのだ。


「しかし、君を危険に晒すのは本末転倒だと思うけどね」

「だったら、どっちも一緒じゃない?」


 それもそう、だが、鬼兵衛はどうしても肯くことはできない。

 しかし、既に少女は引く気などないようだった。


「じゃあ、あんたが断っても私は捜査することにするわ」


 そう来たか、と内心舌を巻く。

 要するに、絶対捜査はするのだから、鬼兵衛の手元に置いておく方が安全ではないか?

 と聞いているのだ。

 随分と痛いところを突いてくる。

 しかし、別に少女にとって有利、という訳でもない。


「どうした、ものかな……」


 最善たる、少女が大人しくしている、がなくなった以上、どちらを選んでも少女に危険が及ぶのだ。

 どういうことか、と聞かれれば。

 節操無く捜査して偶然にも犯人にであう、か、犯人に目を付けられ被害者となる、が鬼兵衛がここで断った際の怒り得る悪い結果である。

 そして、鬼兵衛と行動を共にして得られる最悪の結果としては、逆に半端に事件に近い分、被害者となり得る。

 更には、鬼兵衛への弱みにもなり得るのだ。

 どちらにせよ、危険度はなくならない。

 はたして、どちらが彼女にとって一番危険が少ないだろうか。

 鬼兵衛は双方のメリットデメリットを、秤にかける。

 鬼兵衛が近くでリスクコントロールをしようとするほど、彼女は事件に近づいて行く。

 しかし、離れれば離れるほど、彼女のリスクをコントロールできなくなる。


「悩むなら、サイコロでも、あみだくじでも、コインでもいいんじゃないかしら」


 思考を中断する、少女の声に、鬼兵衛は呆れを見せる。


「……君はコインで運命を決めるのかい?」

「どっちも未知数なら変わらないわ」

「全く……。君は筆舌に尽くしがたいね」


 鬼兵衛はここぞとばかりに溜息を一つ。


「……わかった。こっちが折れるよ」


 これ以上の問答は無駄であろう、と鬼兵衛は確認した。

 彼女は決して頭の悪い人間ではない。

 きっと、あの手この手で鬼兵衛を追いかけ回すことだろう。

 と、なると捜査どころではない。

 少女から逃げ回る事に時間を使うくらいなら、彼女の言った通り、一刻も早く事件を解決すべきだ。

 結局、選ぶことなどありはしない。

 彼女が提示したのは一択だ。

 初めから鬼兵衛関わる気でいて、二択もなにもあった物ではない。

 すると、少女は満足したようで、不敵な笑みを鬼兵衛に見せる。


「じゃあ、決まりね。私の名前は有木津島 清華! この学校の、生徒会長よ」


 ああ、なるほど、と鬼兵衛は納得した。


「青野 鬼兵衛。地獄の鬼だよ」


――ああ……、この子が変人奇人の長なのか。









「それで、何で地獄の鬼さんとやらはわざわざ並みいる世界の中からここに解決に来たのかしら?」


 学園の敷地の外、閑散とした道を選んで二人は歩いていた。

 大体の事情を理解した彼女は、鬼兵衛にそのような疑問を投げかけた。

 なるほど、もっともと言えばもっともだ。

 別に世界を揺るがすような事件ではない。

 異世界から鬼が来るほど大事件という程でもないのだ。

 複雑怪奇ではあっても。


「理由はたくさんあるよ」


 と、鬼兵衛は説明を開始した。


「まず一つ目が、これからもこの規模で済む保証がない、からかな」

「これが下準備かも、ってこと?」


 その問いに、鬼兵衛は肯く。

 もし、これが妖怪が食欲の赴くままに人を喰らっているだけならいいが、大魔術の生贄や、危険な類の召喚術の生贄に使われない保証はないのだ。

 最悪のケースでは、危険な悪魔や、魔神が召喚され、世界が滅ぶ。


「次が、局所的に人が死ぬのは望ましくないってとこかな」

「それは、どういうこと?」

「地獄としては、現世のコミュニティを持ち込まれるのは望ましくないんだよ。それに、現世のバランスも崩れる」


 これが二つ目の理由。

 半端に現世を引きずって地獄に来た場合、現世のルールを押し通そうとして、事件を起こす例があるのだ。

 最悪テロ組織が出来上がった例が数件ある。

 それだけではなく、人間の分布バランスが崩れるため、その土地の霊場としてのバランスも狂ってしまう。

 その場合の最悪は、その土地のバランスが崩れ、その土地のバランスが崩れたために国のバランスが崩れ、国のバランスから世界へ、と被害が広がっていくことだ。

 どこかで、専門職が止めないと、荒廃してしまう。


「そうなってしまったら陰陽師あたりの仕事なんだけどね」

「そうなんだ」

「まあ、大きい理由はこの二つかな。他にも色々あるけど」

「そう、でも。だったら、戦争にでも介入した方がいいんじゃないかしら」

「そいつは人間で解決すべきことだよ。死者は生者に口出しできない」


 原則、地獄の鬼や、死神と呼ばれる者が大きく干渉することが許されているのは妖怪や霊相手のみ。

 いわゆる、人間の力ではどうしようもない危機にだけ、出てこれるのだ。

 戦争には、裏で人外が糸を引いてない限りは出ることはできない。


「まあ、基準はかなり幅があるんだけどね。現地人の力、というか……」

「要するにあんた達が来る前に事件をどうにかしちゃう、ってこと?」

「そうなんだけどね。でもどうやらここの危機レベルを変えないといけないかもなぁ……」


 先ほどの学園内の人員を見る限り、大体の危機には対応できそうなのだ。

 すると、何故か清華は首をひねった。


「変ね、そう言えば、こんな事件なら誰かが事件解決に動いててもおかしくないはずなのに……」

「事態を静観してる、とでも?」

「うーん、大抵変人奇人人外は自分から事件に突っ込んでいくか、放っておいても巻き込まれるはずなんだけど……」


 鬼兵衛は改めて学園の非常識さを思いしる。

 まるで、物語の主人公を集めたような学校だ。


「まあ、考えてもどうしようもない、か。とりあえず、まずは捜査だ」

「どこへ行くの?」

「まずは犯行現場、そこから相手の痕跡をたどる」


 鬼兵衛はそれが一番効率的だと判断した。

 学園内にいるのは確定的と言ってもいい、もし違うなら鬼兵衛が出てくるまでもなく前任が場所位割り出せたはずだ。

 しかし、学園内に絞り込めたのは早かったが、学園内から探し出すのが難しい。

 普通であれば異常を探せばいいところを、あの学園は異常だらけなのだ。

 どの異常が鬼兵衛の探すものかわからない以上は学園内だけで幾ら探しても見つかるわけがない。

 と、すればその異常がどんなものであるか知る必要がある。

 妖力や魔力の痕跡。

 それらを確実に見極めなければ片っ端からしらみつぶしになってしまう。


「初日は現場を回るだけだね」


 そう言って鬼兵衛と清華は事件現場へと足を踏み入れた。











 清華と別れ、鬼兵衛は夕暮れ時の街を歩いていた。


「さて……、魔力の痕跡も、妖力もない……、ますます判らなくなってきた」


 先ほどの現場に、まったくの痕跡が感じられなかった。

 これではよろしくない。

 妖力か魔力か判断できるだけで大きく捜査が変わってくるのだ。

 もし、妖力なら人食いの可能性が高く、魔力なら儀式の可能性が高い。

 儀式か人食いか。

 違いは大きい。

 探す相手が儀式場か相手かで探し方が全く変わる。

 今のところ確率は五分。

 当たれば被害は最小限。

 外せば被害者が増えるかもしれない。


「一晩、考えようか」


 そう呟いて、鬼兵衛は顔を上げる。

 その時だ。

 ある店が鬼兵衛の目に留まる。


「……下詰神聖店。そう言えば、そういう店だったね」


 まるで今現れたようにそこに立っているのは、木造の建物、下詰神聖店。

 求める者の前に現れる、いかなる世界にも存在する店である。

 当然のように地獄にさまざまな品物を卸している。

 そして、今鬼兵衛の前に姿を現したという事は。


「欲しい商品が、置いてあるのかな?」


 入らないという選択肢はなかった。

 ガラスの張られた木造の扉を開く。

 神剣や名刀と呼ばれるものからガラクタまでが雑多におかれたその向こう。

 扉に付けられた鈴に反応して、店主、下詰春彦はカウンターから鬼兵衛を見た。


「いらっしゃい、今日は何をお求めだ?」


 短い黒髪、それなりに鋭い目。

 年の頃は高校生くらいだろうか。

 そんな、どこにでもいるような高校生、それが下詰神聖店店主である。


「いつも通りのセット内容か? それとも、別のかい?」


 鬼兵衛がここに来たのは、一度や二度ではない。

 常連と呼べるほどの付き合いが、彼とはあった。


「いや、今回は別のものを買うよ」

「別の、とは?」


 鬼兵衛は、おもしろげに口を歪める春彦に、ちょっとした確信を得る。


「ここの取扱う商品は、どこまであったかな?」


 いっそ白々しいまでの鬼兵衛の問いに、春彦はそれ以上の芝居がかった口調で応えた。


「核弾頭から夕飯の惣菜まで。マジックアイテムから、文房具まで、だが?」


 鬼兵衛はここで理解した。


「じゃあ、情報も取り扱ってるのかな?」


 不敵に笑う店主に。


「出すもの出すなら――、宇宙の真理だって売って見せようか」


 下詰神聖店に売ってないモノはない。







「まずは、そうだな……。事件の犯人は人間か、妖怪か、聞かせてもらおうかな」


 そのようにして、話は始まった。


「妖怪だな。いや、それも語弊があるか。正確にはもっと違う生き物だ」

「そいつは、厄介そうだね」

「厄介だろう。なんせ相手は結構な高位の生き物だ」


 春彦の言葉に、鬼兵衛は決意を新たにする。

――これは、面倒な仕事かもな……。


「じゃあ、それは将星学園にいると考えていいのかな?」


 春彦は肯く。


「イエスだ。間違いないね」

「じゃあ、何で……。いや、まずは将星学園が何なのか、聞かせてくれるかな?」


 あの不自然な学園は一体なんだというのか。

 聞いておかない訳にはいかなかった。


「将星学園、か。あそこは、そうだな、奇人変人の集まる場所、だ」

「……なんとなく納得できないね」

「さて、ね。俺にも少々不可解であるけども。ともかく、あそこにはこの世界の意志が働いてる」

「それで、集まるとでも?」

「そうだ。この世界は、俺の出身世界だが――。どうにもそう、危機が多いのである、と」

「その危機から守るための人間を集めてるのかい?」


 多分、そうだ、と春彦は肯定し、続けた。


「例えるなら、あそこの変人奇人は物語の主人公だ」

「だから、変身したりするのかい……?」


 げんなりと、鬼兵衛は聞く。

 春彦は肯いて見せた。


「ああ。微笑み一つで人を虜にする奴もいれば――、光になって霧散した奴もいる」

「そう言えば、君の通う高校も。将星学園だよね」

「イエスだ。まったくもってその通り」

「まったく、あそこはどうなってるんだか……」


 鬼兵衛は溜息一つ。


「じゃあ、聞くけど。なんで、君達が解決しない?」


 春彦は、何も言おうとはしなかった。

 はたして、これだけの人員がいて、なぜ誰も解決に動かないのか。

 ここまで人知が及ばぬ領域に居ながら、なぜ、誰も動こうとはしないのか。


「……、それが、俺にもわからんのでな、気になってるものではあるよ」


 そう言って春彦は頭を振った。


「なぜか、食指が動かん。調べはしても動こうとは思わんのだ」

「……」

「能動的に動いてるのはお前だけだ。何か、裏があるんじゃないかと思うが、わからん」


 彼等が、物語の主人公だというのなら、きっと自ら巻き込まれに行くはずである。

 なのに、動きがない。

 考えても答えは出なかった。

 仕方がない、と気持ちを切り替え、鬼兵衛は次の話の資料を見せる。


「じゃあ、次だ」

「……被害者リストか?」


 鬼兵衛が取り出したのは今回の件で神隠しに遭った者のリストであった。

 それを見て、春彦が呟く。


「……新聞記者……、学生……、警察。報道関係者……」


 それは、被害者の職種である。

 嗅ぎまわったために目障りに思われ消されたのではないか、と鬼兵衛は考えていたのだが、春彦はそう思わなかったらしい。


「そうか……。なるほど」

「なにか、わかるのかい?」

「これらが上がって――、お前に話が来たんだな?」

「そうだけど?」


 鬼兵衛が言うと、なるほど、と春彦はもう一度肯いた。


「何故、あの奇人共が首を突っ込まないのかと思っていたが、そうか、役者が違ったのか」

「どういうことだい?」


 問うた鬼兵衛に春彦は身振り手振りで焦るなと示す。


「焦ることは全くない。黙ってても事は進むぞ? 確か、協力者ができたと言ったな? ならば彼女がキーパーソン。違いはない」

「……どういうことか聞いても教えてくれないんだろうね」


 そう言って鬼兵衛は肩を竦めた。


「ああ。だが、最速なら明日にでも犯人は見つかる。お前はその先だけを考えておくべきだ」

「その先……、倒すことかい?」

「イエスだ。とりあえず、くれぐれも、その協力者と行動を共にしろ」

「何故、彼女にこだわるんだい?」


 鬼兵衛には意味が解らない。

 しかし、春彦にとってはとても意味のあることだという。


「お前が選んだ、お前の協力者だからだ。誇っていい、お前がいたからその協力者とやらは救われた」


 いよいよもって意味がわからず、鬼兵衛は考えるのを止めた。

 この店主が何もせずとも事態は動くと言った。

 で、あれば動くのだろう。

 そう思って聞く。


「代金は?」


 だが、春彦はいらん、と返した。


「不可解に思っていたことが解ったんだ。対価としては十分すぎる」

「そうかい」


 疲れたようにそう言って鬼兵衛は店を後にしようと扉の前に立つ。

 そこで、春彦からの声が響いた。


「そうだ。これだけじゃあれだから、サービスにヒントをプレゼントだ」


 彼は、言う。






「もしかすると、人外による神隠し事件など、起こってないのかもしれないぞ?」














―――

まさかの、鬼兵衛参上。
一応今後の流れに繋がる必要なイベントなので。
我ながら前後篇になるとは思ってませんでしたが。
始まって以来のながいお話ですね。




では返信。


悠真様

多分、下手に閻魔様の血等飲んだら神通力やらそんな感じのが手に入るのでしょうね。
確かに、既に父親なのですが、藍音も由美も手のかからない子と言うか。
手のかからないことが手のかかる子であるために、父親よりも人生の先生みたいな感覚があったのでしょう。
ちなみに呪術師教会と、天狗で昔抗争があったようです。その辺の話もいつかできればなー、と。


キヨイ様

いけません、彼のことを思い出しては。
こんなあっさり再登場させたらモニタの前で悶絶死する人が現れてもおかしくはありません。
ので、Ryoji・The・Slimeはもっと忘れた頃に出てきます。
しばらくは橋の下を動かないことでしょう。


あも様

地獄で死んだら完全消滅ですからね。
いやはや、やっと姉妹丼ができますな。
今まで、家に帰って無かったりした事情から、由比紀が閻魔を避けてる節があったようで。
同じ場所にいてもできるだけ一緒にいなかったのが、こないだの件でちょっと思いなおしたようです。


AK様

姉妹丼、親子丼とくれば――。
一族……、ですかね?
流石に一族丸っとは耳にしたことがありませんが。
そして薬師はどうせ、敵対していた呪術師教会の女の子にフラグを立てていたのでしょう。どうせ。


春都様

最近の薬師はニートロードを突き進みそうですが。
薬師はとっとと結婚して身を固めるべき。
これ以上落としてどうする気なのでしょうか。
そして、鬼兵衛が見抜かれてるとは思いませんでした、はい。


奇々怪々様

大丈夫、オリジンの方だって、勇者を旅立たせたのは王様ですから。
間接的には王様が殺してることに。
真っ赤なキャベツ。それはきっと、あれでしょう、ケチャップ……、苦しいか。
私はちょっと料理の勉強してきますね。フラグ立てるために。


ヤーサー様

きっと……。きっと仕事場では……!!
凛々しい閻魔さまがいるんじゃないかと。
最近は薬師のフラグパワーで雰囲気が柔らかくなったと評判のようです。
由比紀さんは帰るのがちょっと気恥ずかしかったり、気まずかったりしたようです。普段は普通に不法侵入してるのに。


Eddie様

あれですからね。年増どころか古代生ぶ……、いえ、若々しくて綺麗な方ですよね。
良く考えると平均年齢が多分五桁越えしてると思われる小説はなかなかないかと。
しかし、血だらけ料理でも気にせず食べる薬師はすごいと思う。ためらうか変に興奮するかのどち……げふんげふん。きっと薬師が意識を失うレベルですから常人が食べたら存在が崩壊するかと。


通りすがり六世様

いやはや、私なんて十六なのに煙草を吸うかと店で聞かれる老け顔だったり。
きっと薬師は娘は渡さんと言いたいと思ってるが、娘がだれの手にも渡らないタイプだったり。
……中々いない型ですね。
それと、あまり外見からの性格が逸脱はしないんじゃないかな、というわけでやはり閻魔は幼いです。


ミャーファ様

薬師の最期、それはきっと誰かの気持ちに気付いた時でしょう。
鈍感じゃない薬師なんて薬師ではない、ってことで自己崩壊。
私もピーマンは好きじゃないですね。
嫌いってほどじゃないけど絶対に進んでは食べたくないです。


f_s様

美沙希ちゃんの血の効果がないのは薬師が……。
鈍感だからでしょう。きっと。
薬師なら毒や鈍いにも鈍感な気がする。
きっと薬師の血をなめるようなシチュに入れば藍音さんあたりが暴走するのでしょうが。


SEVEN様

次が親子丼ですね、わからいでか。
なんとなく、父、薬師、母、由比紀、子、閻魔にしか見えない罠。
ですが、月一で父薬師、娘閻魔、妹由比紀、になるから大丈夫でしょう。
何が大丈夫なのかわかりませんが。




最後に。

遂に鬼兵衛は真実に迫る!! 結局何もしてないのに事件は解決へ――!!

次回、名探偵鬼兵衛、世界は僕を中心に回っている。

次回も見てくれよな!!



[7573] 其の五十八 変種 名探偵鬼兵衛。 後編
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/21 21:28
俺と鬼と賽の河原と。









 それから一週間というもの、何も起こりはしなかった。

 ただ、学校や周辺を精華と回っていただけだ。

 そして、どの現場にもやはり、痕跡はない。


「ねえ。駄目なの?」

「残念ながらここもアウト。痕跡はおろか、何も残っちゃいないよ」


 人気のない夕方の住宅街、捜査は難航していた。

 春彦は勝手に事態が進むと言っていたが、こうなると怪しいものである。


「……ねえ、鬼兵衛。あんたは、その犯人を見つけたらどうする気?」


 不意に、精華が聞いた。


「倒すけど?」


 何の気負いもなく鬼兵衛は言う。

 しかし、精華はその言葉を信用していなかった。


「できるの? あんた弱そうじゃない?」


 オブラートも何もあったものではないその言葉に、鬼兵衛は辟易と返す。


「ある程度はね。無理なら、肉体労働専門の先輩がいるから大丈夫さ」


 言うまでもなく、肉体労働専門の先輩とは、酒呑のことだ。


「じゃああんたは頭脳労働?」

「……ただのサラリーマンだよ。特に目立ったモノはないさ」

「そう……」


 それだけ呟いて、精華は押し黙ってしまう。

 なんとなく居心地が悪くて、鬼兵衛はどうにか話題を捻りだそうとした。


「君は……。君が、僕を怖がらないのは、学園が非常識だから、だけなのかい?」


 なんとなくの問い。

 お約束のように、他に何かあるのかも、と聞いてみただけだ。

 しかし、その答えは少々意外なものだった。


「私ね、昔、鬼に会ったことがあるのよ」


 その言葉に、鬼兵衛は少し面食らう。

 その隙に、彼女は続けた。


「地獄の、ね」

「なんだって?」


 今度こそ、驚いた。

 原生の鬼ならまだしも、地獄の鬼に会ったことがあるとは。

 要するに、今現在の鬼兵衛のような人物に会ったことがある、ということだ。


「昔、小学生の頃よ。夕方位に、塾への時間が間に合わなさそうで、近道したの。そう、丁度そこの小道ね」


 そう言って彼女はすぐそばの草木生い茂る横道を指差した。


「それで、そこを走ってたら、壁に、ぶつかったのよ。壁だと思ってたのは私だけなんだけど」


 その壁とは、文字通りの意味ではないのだろう。

 小学生の少女からしてみれば、いや、今だって、鬼の姿は、壁だ。


「尻もちついて、見上げたら、鬼がいたの。そりゃ、あの時は泣き叫んだわよ」


 小学生くらいの少女が鬼に見降ろされ、泣きわめく姿は想像に難くない。

 それこそ鬼兵衛だって小さい子供に泣きわめかれたことだってある。

 それは、そう、定かではないが数年前現世に出張に来たときにも。


「で、その鬼は必死で泣きわめく私を宥めようとしたわ。それで、ずいぶん泣きわめいた頃に、やっと泣き止んで、ちょっとだけ、話をしたの」


 その鬼にしてみれば、少々困った出来事だったろう。

 その鬼にしてみれば人に害為す気などなかったし、逆に人の為に来ていた可能性の方が高いのだ。

 とはいっても、鬼兵衛とて、例外ではないが。


「それで、地獄から来たんだ、って言われて――、私はこう返したわ」


 ふと、鬼兵衛は少女の表情を見る。


「私を、地獄に連れてって――」


 それは、逆光でよく見えなかったが。







其の五十八 変種 名探偵鬼兵衛。 後編








「……死にたかった、のかい?」


 こんなことが聞けたのは、彼女が未だ尚、生きているからだ。

 今はそうでもないはずだ、とちょっとした、希望的観測。


「そう、あの頃から、私の両親は家に寄り付かなくてね。挙句、仲も良くないと来たら、死にたくもなるわよ」


 鬼兵衛は何も言えない。

 自分はただの鬼だ。

 なのに、何故、こうも踏み込んでいるのか。

 答えは明白。

 自分は彼女の話を聞かねばならない。

 ――話を聞いて、思い出さなければならない。


「そして、私の言葉に困った鬼は言ったわ」


 そうだ、自分は、彼女に会ったことがある。


「五年後に、殺してあげよう。だから五年耐えてみてくれ」


 その台詞を言ったのは、

 鬼兵衛。

 まごうこと無き、自分だ。

 声も出ない。

 だが、一つだけ聞かなければならなかった。


「今でも、死にたいと――。思っているのかい?」


 絞り出すような声。

 希望を持たせるために言った言葉は、彼女を救えていたのか。


「ええ」


 否。


「それだけを目的に、生きて来たんだもの」


 喜怒哀楽、その内一つですらない、能面のような顔で彼女は言う。

 鬼兵衛は、強く、拳を握り締めた。


「親御、さんは。今どうしてるんだい?」


 できるだけ、変化を悟られぬよう、言う。


「死んだわよ。しかも心中。私だけを残してね。果たして、なにがあったのかしらね」


 諦めたような言葉。

 鬼兵衛は唐突に理解した。

 彼女は生きても、死んでもいないのだ。

 生徒会長になったのも、きっと祭の一番近くで生を感じようとするため。


「今は、ちょっと楽しいけどね」


 その言葉は、制限時間の提示。

 今は楽しい。

 鬼兵衛が帰るなら、生きる意味はないと言う事。


「あんたは、私を地獄に連れて行ってくれるのかしら?」


 事件を解決したとき、鬼兵衛は決断を迫られることとなる。










 それから、さらに一週間後。

 ついに、事態が動く。

 携帯にメール。


『学校に来なさい』


 その一言。

 はたして、精華は何をしようというのか。

 鬼兵衛は寝床にしていた廃ビルからのそりと抜け出し、学校へと向かった。



 学校に着いた鬼兵衛が耳にしたのは、ある種、異常とも言える放送だった。


『生徒会から通達です。今日の午前中の授業は中止。代わりに、生徒会主催の宝探しをします』


 清華の声だ。


『宝、というのはゴミからちょっとした異常でも構いません。要するに、校内の点検とゴミ拾いを全校生徒で行おうと言うのです』


 その言葉に鬼兵衛は頭を抱えた。

 全校生徒を利用して学校を洗い出そうと言うのか。


『非常口、換気扇、全て調べてください。持ち帰ったゴミなどは粗品と交換いたします』


 このような無茶が通るのは、この学校の特色ゆえか。

 そして、それと同時、鬼兵衛は下詰の言わんとしていることを理解した。


「やはり、俺の言った通りである、と言っておこうか」

「君か」


 鬼兵衛に声を掛けたのは、下詰春彦本人である。

 そして、鬼兵衛は彼に、答え合わせを求めた。


「この状況、世界が望んだ、という事でいいのかな?」


 この状況は、本来なら、ありえない。

 鬼兵衛は考える。

 上手く行きすぎていると。

 これで何もなかったのなら思い過ごしだが、これで何か発見された場合、それこそ下詰の予想通りなのだ。


「ああ、そうだろう。なぜ物語の主人公達が動かなかったのか。今ここで何故事態が動いたのか、そいつは一つに集約されることであろうよ」


 疑問は残る。

 だが、答えははっきりとした。


「要するに。世界はこの事件を解決する主人公に、鬼兵衛、お前を選んだのである、と」


 世界の意志と呼ばれるものが意味も無く鬼兵衛を事件の解決に当たらせるとは思えない。

 そこは未だ掴めないが、現在の状況には、答えが出かかっていた。


「そして、僕が君の店を出る時に言った言葉」


――もしかすると、人外による神隠し事件など、起こってないのかもしれないぞ?


「ああ、そうだ。神隠し事件など、最初から起きてはいなかったのだよ!」


 下詰は心底愉快気に言う。


「そも、人が行方不明になったと言うに被害者の一人目を除いて報道の一つもされておらんのであるからして、おかしいだろう?」

「なっ」


 その言葉に、鬼兵衛は驚きを隠せなかった。


「要するに、気付いていないのであるよ。この世界の住人は。しかし、お前たち地獄の人間は魂の数から異常が見分けられた」


 ここまで来ると、作為的ですらある。

 まるで、地獄から誰かを誘ってるようにも見受けられた。


「そして、神隠しにあったのは、全て。全て事件を嗅ぎまわった者だ」


 それだけなら違和感はない。

 核心に近づいて犯人が殺しに来ること自体は、なんらおかしくはない。

 だが、この状況、もう一つ解釈の仕方がある。


「そう、彼等は皆事件の犯人に消されたのではない。むしろ、お前に事件を解決させようとする世界の絶対意志に消されたのだよ!」


 鬼兵衛に解決させるため、他の可能性を世界が消している。


「そして、お前のパートナー有木津島 清華は、お前に選ばれたが故、消されず。物語の登場人物となった」


 だから、精華は当然のように神隠し事件について知っており、協力しようとして――。

 そして、世界の意志の名のもとに、鬼兵衛を事件の核心へと近付けさせようとする。

 ここで、犯人が見つかれば、それは証明以外の何物でもない。

 そんなことがあり得ると言うのか。

 その答えは、すぐに聞こえた。

 鬼兵衛の後から、声。

 ここ一週間聞きなれた――


「鬼兵衛。見つかったわ」


――ああ、なんてことだ。

 こんな都合のいい状況。

 世界の意志が関わらぬわけがない。

 何故、鬼兵衛を主人公に選んだか、それはわからない。

 しかし、お膳立ては世界によって終えられた。

 故に、鬼兵衛は進まねばならぬ。


「どこだい?」

「地下があったの。犯人が、作ったみたいね」


 なるほど、と鬼兵衛は肯き、尋ねた。


「発見者は大丈夫だったのかい?」

「ええ。相手はまだ気付いてないみたい。寝てたらしいわ。まあ、起きてたとしても、学園にいる誰かがどうにかしたんでしょうけど」


 なるほど、と鬼兵衛は肩をすくめた。

 見事なまでのご都合主義。

 矛盾、常識、手順、全てが奇跡的な形で片づけられた。

 まるで鬼兵衛に事件を解決しろと言っているかの如く。

 釈然としない感覚が鬼兵衛を支配するが、しかし、進まないわけにもいかない。


「どこだい?」

「ついてきて」


 歩いて行く精華に、鬼兵衛は深呼吸をひとつ。

 すぐに後を追った。









「無駄にだだっ広い空間だね……」

「いつの間に造ったのかしらね」


 鬼兵衛は、床下から繋がる広大な白い空間を見て、呟いた。


「結界でも張ってるのかな? 流石にみたとおりの大きさだと、潰れると思うんだけど。ところで、君は見てるだけかい?」


 問うたのは、横を歩くとある店主にだ。


「イエス、その通り。ぶっちゃけると世界も俺の大事なお客様でね。客は敵対するもんじゃなくて、上手く付き合うもんだろう?」

「……そうかい」


 呆れた鬼兵衛は肩を落とし、溜息を一つ。

 そして、気分を入れ替えると、目の前に鎮座するソレを、真っ向から見据えた。


「何か用か、鬼」


 まるで、多重音声のように、低く、高い声。


「なるほどまさか、竜がいるとは思わなかったよ」


 緑の体躯に蛇のような長い姿、爪の生えた手、猛々しい鬣。

 鬼兵衛の前に居たのはまさに竜だった。


「ふうむ、見た感じ。力でも失ったのかい?」


 何らかの理由で力を失った妖怪が、回復のために人を食らうのは、珍しいことではない。


「何人食った?」


 鬼兵衛は目を細め、普段からは考えられないような低い声を放つ。

 今回は世界の意志によって隠されている人間もいる。

 はたして、何人殺したのかはまだわからない。

 もしかすると、殺すまでせずともよいのかもしれない。

 しかし、龍は愉快気に笑った。


「数えているとでも想うか? 米粒の一つまで」

「なるほど。ここが初めてってわけじゃあ、ないみたいだね」

「応とも、以前の場所には活きのいいのがいなくなったでな。ある者に協力を得て、降りて来たのよ」

「ところで、君の処遇はどうなるか、知ってるかい?」

「はて、我に裁きとは、我は何かしたのか?」

「そうかい、じゃあ、君に罰を言い渡そう。裏に生きる者が、表を濫りに侵食した場合」


 鬼兵衛はその手に金棒を召喚し、剣呑に、言葉を吐きだした。


「死刑だ。霊となって閻魔の裁きを受けよ」

「ほう……、我を殺すというか、お前、名は?」

「青野鬼兵衛」


 呟いた言葉に、竜は獰猛な笑みを返す。


「鬼兵衛、鬼兵衛か。聞いたことがあるぞ?」

「へえ、僕も有名になったものだね」

「気性は鬼と思えぬほど温厚。今尚然したる違和感を感じず、雑務向きで、強くはない」

「結論は?」


 興味無さげに鬼兵衛が聞く。

 竜は愉快気に笑った。


「我の敵には成り得ない!!」


 瞬間、竜の口から劫火が迸る。

 鬼兵衛の回避は、間に合わない。


「鬼の気は金。火気、金を剋す。呆気なかったな、鬼」


 竜の言葉に呼応して、鬼兵衛が炎に巻かれていく。


「鬼兵衛っ!!」


 清華が名を呼ぶが、返事は、ない。


「無駄だ。我とて四百年生きて培った炎だ。一介の鬼ごときでどうにかなるとでも想うたかァ!! 愚か、実に愚か! まるで小娘の懸想のようだ!!」


 炎が消え、鬼兵衛が立つ場所を今度は煙が包み込む。

 竜は、己が勝利を疑っていなかった。

 だがしかし、その核心はあっさりと裏切られることとなる。

 鬼兵衛を包む煙の向こう。

 そこには確かに――。


「あまり人を――、舐めるものではないよ。若造が」


 無傷の鬼兵衛が立っていた。






 地獄にある、閻魔の執務室。


「大丈夫なんですか?」


 書類を渡しに来た、女性が問う。


「なにが、ですか?」


 問い返した閻魔に、女性は言った。


「鬼兵衛さんですよ。あの人、結界とか探査とかは得意らしいけど、戦闘になったら……」


 だが、その言葉を閻魔は首を横に振って否定した。


「大丈夫ですよ。温厚に見えるようになったのは、実は最近で――」


 閻魔は続ける。

 自信満々に。


「有利な条件さえ揃えれば、――酒呑にだって勝てるでしょう」










「っ!? 何故あの炎で貴様が生きている? 有り得ぬだろうがぁ!!」


 喚く竜とは対照的に、冷めた顔を見せる鬼兵衛。

 鬼兵衛の心中でガチリ、ガチリと音を立ててギアが嵌っていく。

 今までつながっていなかった部分が繋がって、今のものではない鬼兵衛が、顔を、覗かせた。


「その程度でうろたえる。だから若造で、救えない、大局を見ることは敵わない。自分で考えられないのかね? 小僧」

「鬼兵衛……、あんた……」


 鬼兵衛の言葉に、精華は戸惑いを隠せないでいた。

 まるで、別人であるかのように冷たい。

 今の鬼兵衛の顔は、まさに鬼の形相。

 前までの、優しげな表情は完全に裏返った。


「わからないなら、ヒントをやろう。とある大天狗が黒い服しか着ない理由を知っているかね」


 威厳も何もあったものではなかった彼が裏返ったのだ。

 意味することは一つ。


「木火土金水。そして、水気の色は黒。黒を纏う事によって水気を纏う、これが手品の種明かしだ、どうだ? 理解できたのかね?」


 今、鬼兵衛は生きた年月に相応しいあり方を取っている。


「理解できたところで――、死ぬがいい」


 弾かれたように鬼兵衛が駆けた。

 一瞬の交錯、爪と金棒の鍔迫り合い。


「なるほど竜、お前は火気のようだ」

「何をっ!!」


 鍔迫り合いのまま、鬼兵衛は歌う。


「Appeal to you God of the water Drain it Drain it In a muddy stream」


 金棒を持たぬ左の掌に、不可視の力が集まって行く。


「準備はよいか? 神には祈ったか? 挨拶は済んだか? 無様に殺される覚悟は?」


 鬼兵衛は、一切の反論を与えることなく、力を解き放った。


「水神、エイトヘッドマガツクビ」


 瞬間、八つの迸る水流が、竜の体を呑みこんだ。


「ぐぅおおおおああああああああッ!!」


 その水流は、竜巻の如く竜をの身を切り裂いて、消える。


「ぐ、ぉ、あ……」

「さて、大人しく地獄に行くというなら、苦しませんが。どうする?」


 地に伏せた竜を見下ろし、鬼兵衛は呟いた。

 最後の情である。直接殺す方法を取らずとも、魂だけを抜けばよい。

 しかし、竜は意地でも抵抗しようと、未だに居た精華を喰らおうとうねりを上げる。

 清華は、焦った表情一つせず、それを受け入れようとしていた。


「否、否、否ぁ!! 己は人を喰い、再び天に昇るッ!!」


 その叫び、心の底から出たものであったが、鬼兵衛としては許せるものでは。

 断じてない。


「戯けがっ!」


 その言葉は、果たして、竜に向けてだったのだろうか。

 それとも、精華に対してだったろうか。

 精華に向かっていく竜頭。

 今だ、精華は動かず。

 笑みを浮かべてすら、いた。

――気に食わぬ! 気に食う訳がない!!

 心で叫んで、鬼兵衛は竜と精華の間に割り込んだ。

 鬼兵衛の肩口に、竜の牙が突き刺さる。


「ぐぅっ!」

「鬼兵衛っ? なんで――」


 その問いに、鬼兵衛は咆えた。


「その行為は、生者にも、死者にすら礼を失するものだっ! こんなのにその命くれてやるのではない!!」

「鬼兵衛……、私はっ……」

「死ぬのは、生きてからにしろっ!!」

「鬼兵衛ぇ……」


 涙目でその場にくずおれる精華を後目に、鬼兵衛は噛まれたまま、懐からある物を取り出した。


「おお、うちの商品だ」


 今まで、事態を静観していた春彦が呟く。

 彼は、鬼兵衛の勝利を疑ってなどいない。

 鬼兵衛ももちろん、負ける気など髪の毛ほども持ってはいなかった。


「下詰神聖店特製ビリヤードボム。魔力をビリヤードの球に込めた魔力爆弾」


 春彦の言葉を聞いているのかいないのか、手に持ったそれを、鬼兵衛は竜の口へ叩きこむ。


「っ!!」


 一瞬の間、そして爆発。


「鬼兵衛もえげつないな。ナインボールを口ん中ってのは」


 春彦の言う通り、鬼兵衛の放った爆発で、竜は満身創痍で地に伏している。


「ぐぅ……、何故……、何故貴様は、爆風に、無傷で……!!」


 苦しげに問うた竜に対し、鬼兵衛は呆れたように肩を竦めた。


「阿呆か。なぜ我輩が対策もなく自爆せねばならなんだ」


 ビリヤードボムを握っていた手とは逆、そこには、崩れていく札があった。


「これも神聖店謹製の護符だな。効果は、どんな攻撃も一発限り防ぎ切る、だったかね?」

「イエスだ」


 そして、それだけ言うと鬼兵衛は地に伏した竜に向って金棒を振り上げた。


「さて、いい加減終わりにしようではないか」


 竜の頭に鬼兵衛の金棒が突き刺さる。


「それと、一つ、言っておこう」


 竜の頭が地面に縫い止められ、武器たる炎すら、吐けなくなった。


「人食い如きが天に昇れるとは思わぬことだな」


 鬼兵衛は返事を聞かず、金棒から手を離し、自由になった両手で印を組む。

 刀印、内縛印、剣印、


「オン・キリキリ」


 刀印、転法輪印、外五鈷印、諸天救勅印、


「オン・キリウン・キャクウン」


 外縛印。


「嚢莫三曼多縛日羅多仙多摩訶盧舎耶多蘇婆多羅耶」


 鬼兵衛が唱える。

 竜は、させるまいと金棒を弾き飛ばし、宙へと舞い上がった。


「ぐぉおおおおおおおおおおおッ!! さぁああせえええるかぁあああああッ!!」


 その口に溜まっていく劫火。

 しかし――。


「吽多羅多吟満っ!!」


 鬼兵衛の方が数秒速い。


「ぬぅ!? ぬおおおおおぉぉおおお!?」


 空から地へ。

 叩きつけられるように竜は地へと舞い戻る。


「まさか……、不動金縛りだと!?」

「そのまさかだよ。小僧、終わりだ」


 そう言って、動けぬ竜に、鬼兵衛は不動明王印を結ぶ。


「最後は貴様の得意な炎で逝くといい」


 そして、大呪。


「全方位の一切如来に礼したてまつるッ!!」


 よく通る声が、場を清め。


「一切時一切処に残害破障したまえ!」


 鬼兵衛の周りを燃え盛る炎が取り囲み。


「最悪大忿怒尊よ、カン。一切障難を滅尽に滅尽したまえっ!」


 その炎が青色へと変わり――、


「フーン、残害破障したまえっ、ハーン……、マーンッ!!」


 白く、弾けた。


「お……、ぉお……、これが……、貴様の……」


 眩い光、不動明王の威光に目を細めた竜へと、鬼兵衛は無慈悲に告げる。


「懺悔の時間は与えない」





 白き爆炎が竜へと迫る――!!





「――貴様は地獄で懺悔しろ」


 後には何も、残らなかった。











「ふう、任務完了かな」


 気が付けば随分と狭くなった白い部屋で、鬼兵衛は呟いた。

 そんな彼に、ずっと後方で待機していた精華が駆け寄る。


「お疲れ様」

「……ずっと逃げてなかったのかい?」


 戦闘にかまけて気を使ってやれなかった自分にあきれながら、鬼兵衛は聞いた。


「ええ。もしかしたら流れ弾に当たれるかもしれないと思ったからね」

「……そうかい」


 更に呆れを増した鬼兵衛に、今度は春彦が話しかける。


「いやはや、竜も鬼兵衛先生の手にかかれば雑魚同然、ってか?」


 それに鬼兵衛は苦笑で答えたのだが、何故かそれに精華が食いついた。


「そう言えばそうよ! あれは何かしら?」

「あれ?」

「いきなり口調を変えたりして、厨二病なの?」

「……厨二病が何かは知らないけど。僕だって鬼だからね。昔はやんちゃしたもんさ」


 そう言ってにやりと笑う鬼兵衛に、何故か精華は恥ずかしくなって頬を赤らめる。


「そ、そう、って、やんちゃしてた昔ってなによ」

「うーむ、昔だけどとある人の護法童子をやってた頃が一番派手、だったかな。ここ千年くらいは所帯持って落ち付いたけど」

「……え、所帯持ち?」

「うん、所帯持ち」


 精華の顎が落ちた。


「え、あ、え、えええええええ!?」

「美人さんだよな?」


 そう言ってからかう下詰に、鬼兵衛は照れながら肯いた。


「う、うん」


 そんな鬼兵衛に、精華はまくしたてる。


「な、何よそれ! 初耳すぎるわ!! もっと早く――!」

「いや、何で言わないと――」

「何でも!」


 その様は痴話喧嘩の如く。


「事件の解決も見れたし、俺は帰るとするぞー? そっちも程々にな?」


 結局痴話喧嘩は、呆れた様子で帰って行く春彦が見えなくなっても続いた。













「行くの?」


 行事を終えて、閑散とした雰囲気の学校を背景に、鬼兵衛は居た。

 その鬼兵衛は、精華の声を聞いて、彼女の元へと振り向く。


「ああ、まあ、そうだね」


 悠然と腕を組みながら立つ精華に、鬼兵衛は苦笑を返した。

 正直、あまり会いたくはなかった。

 きっと――




「貴方は、私を殺してくれるのかしら?」




 ――決断を迫られるから。

 これは鬼兵衛の罪だ。

 まだ先のある少女だとたかを括り、判断を先延ばしにするだけの言葉を放った鬼兵衛の罪。

 そして、罪は償わなければならない。


「殺さないよ」


 しかし。

 だがしかし、鬼兵衛は、殺すのが償いだとは思わない。


「無理だよ。生きてる者しか殺せない」


――せいぜい、彼女を生かしてやるのが――、


「そうさ。だから、君が本当に生きれたとき。殺してあげよう」


――僕の償いだ。









「……そう。じゃあ、生きれるまで、死なないでおくわ。貴方に殺されるの――」


 彼女は、そこで微笑みを一つ。


「――楽しみに待ってるわ」


 鬼兵衛も皮肉気に笑って返す。


「そうかい。じゃあ、楽しみじゃなくなるのを待ってるよ」


 今度は、精華は声を上げて笑った。


「ふふっ、そうね。じゃ、さようなら、変な鬼さん」














「と言っても、まだ帰らないんだけどね」

「……」

「……」

「は?」

「いや、実は滞在期間に余裕があるっていうか、全部任務が終わった訳じゃないっていうか」

「釈明は聞いておこうかしら」

「いや、その、あれだよ? 任務は終わったけど仕事が残ってるっていうか……」

「仕事?」

「観光っていうか……、京都を見に行くっていうか……」

「鬼兵衛……!?」

「え、あ、いや、あれなんだよ、やんごとなきお方の頼みごとを受けてるんだよ」

「……」

「あー……、っと精華さん?」

「……」

「……さっきの空気を返せええええええ!!」

「どうやって!?」

「っ……!! はあ……、はぁ……。まあ、いいわ」

「それは良かった」

「で、行くんでしょ? 行ってらっしゃい。でも、帰る前に顔出してくれると嬉しいかもね」

「うーん……」

「なによ」

「いや、実はさ、持って来たこっち用のポケットマネーの方が、随分余ってるんだけどさ」


 そこで鬼兵衛は一度切って、にやりと笑う。


「行くかい? 京都観光」


 それに精華も、にやりとあくどい笑みを返したのだった。


「当然」





 このようにして、現世の平和も鬼兵衛によって守られたのだそうな。














 幕間。




「しかし、何で今更竜が人里なんかに……」


 鬼兵衛は一人、今回の事件の不可解さについて考える。


「あれは、もともと山の竜、みたいだったけど」


 あのいまいち世間知らずな具合は山育ちで外界との接触が少ない様を連想させた。


「しかも、降りてきたのは最近。追い出された……?」


 そして、何人も食ったという割に、回復の少ない様はなんだ。


「そもそも、結界そのものがあれの力では作れたものではない……?」


 そこで、あの竜の言葉が思い出された。

『ある者の力を借りて降りて来たのよ』


「協力者……。協力者が結果を張って、竜が人を食って得た力を自分に回していたとしたら……?」


 結界をよく調べられなかったことが悔やまれる。

 と、そこで鬼兵衛は頭を振った。

 今回の事件は不可解なことが多すぎる。

 世界は地獄と渡りを付けたかったようにしか思えないし、さらなる黒幕も感じられる。

 春彦に聞いた限りでは神隠しの被害者は最初の一人を除いて皆帰ってきたようだし、地獄運営から派遣された鬼も無事地獄へ帰った。

 一件解決に見える。


「だが、しかし……。いや、まとめて報告してからにしようか。まずは――、京都だね」


 そう言って鬼兵衛は駅で待つ精華を迎えに行ったのだった。

―――

長かった。
四日もかかってしまった。
以上、僕の考えた格好いい鬼兵衛でした。
うん、どうしても超展開一発ネタみたいなのがやりたかったんだね。
まさに厨二ですね、わかります。
ともあれ、今回のお話は別のお話しに繋がるようです。
と言ってもシリアスが続くのは嫌なので次はほのぼのしますが。
そして、ぶっちゃけると鬼兵衛は全く推理してない罠。
勝手に事態は進みましたとさ。


ああ、そう言えば、雑記と言うかなんというかを作りました。
生存確認と言うか、個人的なものとか詳しい進行状況とかを載せたいかと。
でも、ぶっちゃけるとメインは番外編倉庫なのですがね。
これからは、古い番外をそちらにおくこととします。
ええ、これ以上番外を置くと本編の記事を上に動かすのが疲れるので。

HOMEか以下アドレスからお願いします。


http://anihuta.hanamizake.com/

では返信。


ミャーファ様

ということで、鬼兵衛のターンでした。
今後もたまに鬼兵衛のターンも書きたいです。
由壱とか、酒呑みとかも。
将星学園になんて通ったら、一年に一回くらいは爆破されてるんじゃないかと。


奇々怪々様

……不倫の予感……?
次回に続く系エンドですな。
あと、精華さん微妙に病んでる気がする。
鬼兵衛の献身的治療で治るのだろうか。


蛇若様

私の小説にたびたび出てくるのが将星学園です。
高校と言えばここ、という感じで。
ぶっちゃけると、主人公で溢れ返った挙句に、混沌としている、常識を持った一般生徒が苦労する学校だったり。
例え高校生が主人公じゃなくても近所に学園があったり。きっと、学園編があったら将星学園に赴任するのでしょうな。薬師が。


通りすがり六世様

私も考えてませんでしたよ、こんなことになるなんて。
でも、悪ノリが止まらなくて……。
気がついたらこのザマです。そして、超理論で片付く事件、な、なんだってー!! です。
何がしたかったって、超展開一発ネタなんです。


光龍様

感想五百番おめでとうございます。
とくに商品は出ないのですが、なんとなくおめでとうな気分です。
そう、神隠し事件の被害者は実はみんな登山に言って足を滑らしただけなんだよっ!!
な、なんだってー。


春都様

例えいかな名探偵でもこの超展開は予測できなかった。
というか鬼兵衛推理してませんよね、ねえ。
でも、まさに鋭い所を付いてこられてひやりとしました。
それなりにヒントは置いておいたのですが、この超展開には誰にも付いてこれまいwwwなんて思ってたのですが。


ヤーサー様

鬼兵衛は全く推理してないのですがね!!
と、言う訳で、その内薬師の方にもパスが回ってくる模様。
そして、精華さんはいつ死ぬのやら、ドキドキわくわく、でありますな。
しばらくは現世でたまに鬼兵衛と絡んだらいいなと思いつつ。


Eddie様

あれです、鬼兵衛は酒呑に次ぐお色気キャラです。
実に、浮気の予感です。
でも、地獄って多重婚みたいな真似が出来たりするような……。
奥さんも登場させたいですね。小の付く人ですが。


あも様

今回は難産だったというか単に長すぎました。
微妙シリアス、なのかな?
コンセプトは一発ネタ、ハードボイルド鬼兵衛、超展開、でした。
特命係長青野鬼兵衛は次回もあるのでしょうか。


ガトー様

初めてですね、薬師もヒロインズも、っていうのは。
もうほとんど番外な気もする……。
のですが、次の事件につながるので番外におくのもなんか違う気も。
ああ、そう言えば閻魔様出ましたよ閻魔様。数行ほど。


絹ごし弐式改様

コメントありがとうございます。
百八人だったら、主人公の比率が余りに高すぎる気がする。
一般生徒が死ねますな。
具体的には週三ぐらいの割合で。


SEVEN様

流石、流石にスライムは……っ!!
スライムを書くには気力体力覚悟意欲実力そして。
速さが足りませぬ。
とりあえず鬼兵衛が厨二でしたが、スライムは出ませんでした。


f_s様

むしろこれから延々、精華に口調が変わる事についてからかわれるのでは。
そして胃がつぶれると。
ああ、でも酒呑が上司な時点でアイアンな胃じゃないと生きてけないでしょうね。
そう言えば、性格変わってクールは見たことあるけど、我輩とか言ったり、老紳士風になるのはあんまり見ないなぁ。





さて、最後に。

これからの不倫に!
ドキドキわくわくアドベンチャー!!



[7573] 其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/24 22:25
俺と鬼と賽の河原と。




 いつものように起きていつものように着替えて。

 いつものように飯を食い、いつものように外に出る。

 そして、いつものように仕事場に向かって――。





 誰も……、いない……?




 休みだったことに気付く。

 そうだ、敬老の日だったね。








其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。








「さて! どうしようかね!?」


 河原で立ち尽くすことしきり。

 なんとなく恥ずかしい気分を振り払うためにわざとらしく声を上げる俺。

 そう、帰る訳にはいかなくなった。

 今帰れば、何しに行ったのか、と聞かれ、河原に言ったことが発覚、今日は休みだ、と馬鹿にされる道筋が確定している。

 かといって、あの藍音の追及をかわしきれるほど俺はごまかしが上手いとは思わない。

 答えは簡単だった。

 帰るな。

 どこかで時間をつぶせ。


「とは、言ったものの……、なあ?」


 どうもこうも、暇つぶしと言えば室内の方が得意な俺である。

 ゲーム、本、ともに室内ですることだ。

 かといって、金をさして持って来た訳でもない。

 所詮仕事だし、と、外で遊べるほど持ってきてなかったのだ。

 しかし、品物を見て楽しむってのは俺の柄ではない。

 古本屋で立ち読みもあまり好きではない、ソファに寝転がって本を読みたい。

 さて、どうする。


「……そうだ。誰かの家に遊びに行けばいいのか」


 しかし、いきなりというのはいただけない。

 相手にも都合というものがある。

 そもそも鬼兵衛は出張中だし、酒呑もそれなりに忙しいらしいし、じゃら男と鈴の休日を潰すのも、忍びない、鈴に。

 後は、女性陣……、というかよく考えると女性陣の方が圧倒的に多いのだが、そこはそれ、女性である。

 以前から計画されていたならともかく、気安い男相手の時と違って、それなりに気を使って向かわねば、相手が困ってしまうというものだ。

 女性陣だとして望ましいのは、

 できるだけ、暇そうで、年中家にいて一人っぽい人……?

 そんなやつ――。


「……いた」


 一人だけ、いるじゃないか。

 仕事をしてなくて年中縁側で茶を啜ってるような奴が。


「よし、玲衣子んとこ行こう」


 別に、敬老の日だから思い出した訳ではない。

 誓って。










「と、言うわけで現在、玲衣子さん宅前に来ております」


 ……言ってて虚しくなってきたな。

 と、言う訳で呼び鈴を鳴らす。

 ……。

 返事がない、ただのしか、元より死んどるわ。


「おーい」


 しかし返事がない、元より幽霊のようだった。

 ……。

 はて、留守だったのだろうか。

 いや、と頭を振って扉に手を掛ける。

 ――開いた。

 いる。


「勝手に入りますよーっと。確認取ったからな? 確認取ったからな」


 大事なことだから、二回くらい聞いてみたが、返事はなし。


「これは……」


 いやいや、女性のお宅に勝手に上がり込むのはいけないよね。

 うん、例え返事がないからって勝手に入るのはよろしくない。

 ああ、よろしくない。


「こちら薬師、任務を開始する」


 しかし、とうの昔に俺は靴を玄関に置き去りにしていたのだった。


「……人の気配……、居間か」


 不味い、これでは……っ。

 不法侵入していながら我が物顔で居間で待つ作戦が使えないっ……。

 そう、例え自分の部屋で何かしていたのだとしても。

 よお、返事がなかったから上がらせてもらった、とか。

 鍵が掛かってなかったから、不用心だと思ってな、とか。

 要するに煙に巻くことができる。

 だがっ……。

 この状況では明らかに不法侵入っ……。


「……今さら何を怖気づいてるんだ俺。そう、俺に帰る場所なんてないんだ。五時過ぎくらいまで」


 そう。

 もう俺に帰る場所なんてない。

 五時くらいまで。

 と、いう訳で。


「おじゃまします、っと。返事がないから勝手に上がらせてもらったぜ。これで誰もいなかったから不用心だと思ってな、別に悪戯気分で入った訳じゃないんだからね」


 ここで俺のとった戦術は一つ。

 物量作戦だ。

 畳みかける言葉により、焦点をぼやけさせ、それを相手に自己補完させることでなんとなく納得させる。

 これが狙い。

 だが――。


「え――?」


 俺が見たのは、俺に背を向け、正座にして、まじまじとその手の物を見つめ。

 優雅な手つきで、それ――、猫耳を装着しようとする玲衣子の姿だった。

 その彼女が、こちらを向く――!!


「あら、薬師さん。うふふ、悪い子ですね」


 黒い笑み、黒笑を湛えて立ち上がる玲衣子。

 なんてこった。

 こちら薬師、奇襲を受けた!

 まったく予期せぬ方向からの襲撃だ!!

 至急救援を、救援を……。


「おーけいわかった。俺は何も見なかった」


 増援は見込めない、退路は断たれている。

 降伏するしかない。


「でも、何で猫耳?」


 流行ってるのか?


「貴方が好きだと聞いたもので」


 流行ってるのか。


「何故俺が好きだと皆猫耳を付けるんだ」


 つっても二人だな、玲衣子含めて。


「それよりも、敬老の日に久しぶりにやってこられる事について、つっこんでもよろしいでしょうか?」


 にこにこ絶対零度の笑みが俺の心を凍らせる。


「他意はない」


 きっと、多分、もしかしたら。


「……まあ、いいですわ。それより、何か御用で?」

「暇」

「……そうですか」


 他に何があるというのか。


「そっちも暇だろ?」


 猫耳をまじまじ見つめて挙句着けようとするくらいには。

 玲衣子は楽しげに笑って答えた。


「ええ、たまーに、こうやって野良猫が入ってきますからね、暇じゃないと」


 そう言って、俺の頭に猫耳を装着させる彼女を、俺はジト目でにらむ。

 俺は猫か。


「おい」

「似合ってますよ?」

「そうかい」


 言いながら、猫耳を外す。

 その時触ったが、いい猫耳だ。

 と、いうのはともかく。


「あら、もったいない」


 俺は人の猫耳を触るのが好きなのであって自分に着けて喜ぶ趣味はないのだ。

 というわけで、玲衣子に着け返す。


「あら」

「似合ってるぞ?」


 にやりと笑っていいながら、どかりと俺は座りこんだ。

 そして、玲衣子はうふうふと笑っていたが、数秒後、俺の背後に座ると、何故か、俺を抱きしめてきた。


「何じゃい」


 聞いても玲衣子はうふふと笑うだけ。

 最近、玲衣子はスキンシップ、というものが激しかったりする。

 手を握ってきたり、俺の膝に乗ってきたり。


「……まるで――、猫だな」

「うふふ、そうですか? そうですわね、猫耳もついてるし」


 このことに関しては家柄なのか、文化の違いでもあるのか、というか。

 相手の常識がそうなら、別に何かを言う気はない。

 のだが。


「ところで、この状況で何か思う事は?」


 事あるごとに感想を求めてくることに関しては、未だに慣れない。


「何か、何かなぁ……?」


 この状況で思うことってったら……。


「うーむ、暑苦しいとは思わないぞ。秋だしな」

「……そうですか」


 笑っているが、なんとなく残念そうだ。

 そして次。

 いきなり、彼女が俺の目の前に回ってきたと思ったら。


「えいっ」

「ぬおっ、後頭部が痛い」


 俺は肩を突き飛ばされ、後頭部を畳に降ろすこととなる。

 俺が二口女だったら畳と接吻しているところだ。

 なんてどうでもいいことを考えて、体勢を戻そうとし、失敗。


「おーい?」


 なぜか、俺は玲衣子にのしかかられるようにして、上半身を立てる術を失っていた。

 見事押し倒されている俺。


「問一。女の子がこういうことをしたとして、どういう気持でしてると思います?」


 俺は思考。

 まずは女の子、から探していこう。

 女の子、女の子……。

 閻魔……、子じゃなかった。

 前さんもよく考えると……。

 藍音は余裕で三桁だし……

 由美は、女の子っていうよか娘だしなぁ……。

 そうだ、暁御がいた。

 この状況に暁御を代入して――。


「マウントポジション取った。親でも判別付かねえようにしてやるよ……? は、やっぱり違うか」

「うふふ、不正解です」


 と言われても、答えは教えてはくれない。

 彼女が言うには、正答なんてないらしい。

 彼女の答えを正答だと思って行動すると痛い目にあうかも、とも言われた。

 それでも俺の答えが不正解なのは結局、当たりからかなり距離があるのだろう。

 事あるごとに、彼女はこんな問いを出してくる。

 前回は、尋ねたらバスタオル姿で出て来て、


『貴方が来ると聞いたから、私はお風呂に入っていました、何故でしょう?』

『客を呼ぶにはちょっとばかり体が汚れていた』

『不正解です』


 こんな感じだ。

 そして、俺がその質問に間違えると、罰が与えられるのだ。


「では、今日も」

「へいへい、っと」


 絶対に応えられない問題と、元よりするつもりだった罰。

 まるで、意味のないただの儀式のようだ。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は座布団を頭に敷いて、仰向けになる。

 そして、目を閉じて。


――不正解だったら、五時過ぎまでここで昼寝して行く。


 そんな決まりごと。

 彼女が何をしたいのかなど俺には到底判らんが。

 まあ……。


「うふふ」


 彼女が楽しいならいいだろう。


「ふふ、可愛い寝顔」









 あの人は今日も鈍い。

 心の中でそう呟いて、玲衣子は縁側に座った。


「いつになったら、私の性教育は功を奏するのでしょうか」


 そんな玲衣子の元に、猫達が集まって行く。

 玲衣子が行っているのは、お遊びのようなものだ。

 玲衣子にその気はなく、薬師も応えはしない。

 でも、何故か――


「うふふ、次は――、いつ来てくれるのですか?」


 明日もまた、玲衣子は気まぐれな黒い野良猫がやってくるのを楽しみに待っているのだった。










 ぼんやりと歩く家路、ふと玲衣子について思いついたことが一つ。

 彼女は、俺を試しているように見受けられる。

 間違いではない。

 確実に、俺を試している。

 しかし、それと同時、俺は別の事実を、ふと推測した。

 なんというか、そう。

 玲衣子は自分を試している気がする。

 まるで、連れてきた猫のように、じりじりと、俺との距離を測っているかのように。

 どこまで踏み込んでいいのか、恐る恐る踏み込もうとしているように見えるのだ。

 もしかすると、人付き合い、苦手なのか?


「……苦手なんだろうなぁ……」


 でもなくば、そうほいほい俺に構ってられまい。


「おっと。ただいまっと」


 と、そこで寮の扉。

 俺は思考を霧散させるように、居間へと向かう。


「おかえりなさいませ」


 そこには藍音が立っており――


「今日、うっかり仕事に向かっていたでしょう?」


 ――ばれてーら。





 普通ではわからないほどの違いで勝ち誇る藍音を見て、敵わないと俺は悟ったのだった。







―――

やる気が出てこないと言った割に、書きはじめると楽しく筆が進むこの様は一種の病気なんじゃないかと思った。
予定通り玲衣子さん編。
フラグは現在玲衣子さんが無自覚なので七十%位。
玲衣子さん視点では、薬師のことをたまにやってくる野良猫のように捉えている、と。
玲衣子さん編の次辺りでひっくり返りそうですが。
なんというか、玲衣子さんとの噛み合ってないけどほのぼのがやりたかった。
あと、変に鈍い玲衣子さんと変に鋭い薬師とか。



では返信。


酒天様

感想ありがとうございます。
もう、程度の差はあれ、フラグ建築士しかいない気がしてきました。
もしかすると、そっち方面でも鬼兵衛は若いころやんちゃしてたんじゃないかと思ったり。
いやはや、あの面でフラグ立てとは中々凄まじいですよ。


通りすがり六世様

まだ手は出してないけど、もうあれですね。
責任取るしか。
しかし青鬼がギャルゲ展開とか、シュールすぎる……。
もしかすると精華さんはしばらく現地妻か、色々あって地獄へゴーか、五分ってとこでしょうか。


ひとこと様

コメントどうもです。
たった一言。
百にも満たない文字の羅列が感動展開をブレイクすることもある、という教訓ですね。
ええはい。


キヨイ様

パッと見異様ですけどね。
でもきっと鬼兵衛のことだから人型に見える術くらいは張れそうな気も。
うーむ、京都編は番外になるかな。
京都で必要なイベントの一幕は薬師側の話で回想風味で語られるので。


奇々怪々様

本人はそんな気はないのにもう既に浮気断定。
でもあれですよね、フラグ立てた時点でアウトですよね。
きっと妻はお見通し、これは間違いない。
浮鬼の鬼兵衛は吹きました。


悠真様

でもまだ名前しか出てないのもいますからね、茨木氏とか。
あと、前後鬼エピもちょっと本編に関わるので書きたいんですけどね。
ちなみに前鬼の人は女の子だそうです。
そしてこれで薬師が不満たらたら動こうとしなかったら、全世界の妬みで呪い殺されるでしょう。


光龍様

なんだか五百番ってキリがいいですよね。
百、五百、千がなんとなくキリがいい数字な気がします。
次は千を目指して頑張ってください。いつになるんでしょうね。
ええ、ご想像の通り、次のシリアス編が始まったら京都行になります。その間に挟まないといけないイベントも一つあるのですがね……。


あも様

ええ、小さい角のお人がそうです。
別に本人に角生えてる訳じゃないけど。
現地妻、インディジョーンズの可能性も……。
クロレキシ、伏線だと気付かれるとは思いませんでしたよ。


ヤーサー様

魔術から仙術まで、がモットーの鬼兵衛さんでした。
どうにもどっかで誰かがよからぬことを企んでいる模様。
むしろあの日本で事件を起こすと将星学園の主人公ズとかまで動くので無謀なんですけどね。
その世界に生まれて悪いことをするのなら、まずは異世界転移の方法から探した方が早い、という。


TAS様

ふふふ……。痛いところを突かれましたよ。
探偵ってほど推理してない挙句に世界が全部お膳立てしてくれて、やったことと言えば、実質大暴れしただけ、という。
でもいいんです、きっと彼はいつだって胃に穴が開きそうだからストレス発散になるでしょう。
帰ったら奥さんの無言の圧力で胃がびっりびりな訳ですが。


SEVEN様

近いうちにもう一個伝奇みたいのを薬師がやって、で、最後の解決編が入るようです。
酒呑も動かしたりすると、すごい長さになりそうな予感がひしひしと。
いやはや、京都ってすごいとこですね。
とりあえず、鬼兵衛が背中から刺されないよう祈ります。


Eddie様

まあ、妖怪とか詳しくなくてもフィーリングで楽しめるようには努力したいと思います。
なんとなくマニアックな方がみたらにやりとする、っていう程度で行きたいと思ってるので。
うん、たまにこういう感じの話も書きたくなるんですよね。むしろこういう感じも普通に掛ける俺賽に感謝というか。
きっと鬼兵衛は、奥さんにフルボッコにされ、娘に最低、と罵られることでしょう。

それとご指摘の件、感謝です。
すっかり忘れておりました。
その辺の説明も追加しておきたいと思います。


シヴァやん様

やんちゃな時代の鬼兵衛って、どんな風に過ごしてたんでしょうね。
出身は地獄らしいのですが。
まあ、たまには薬師が出てこないのもいいんじゃないかな、と。
またのこのこやって来ましたが。


空っぽ様

その辺の話もゆっくりとやっていきたいですねぇ。
まあ、奥さんは修験な開祖のお方です。
前の人は今どこにいるのか、自分探しの旅に出ていたり。
近いうちに男鬼の爛れた日常もやりたいなぁ。


ぷー様

感想ありがとうございます。
きっと鬼兵衛は自重しないでしょう。
誰か奴らを止めてくれ。
いやはや、未だ若造ですな。しかし、飲食店に行くと毎回喫煙席かどうか聞かれる虚しい面をしてるようですが。


tezu様

感想感謝です。
私の初黒歴史は小学三年生でした。
あの頃から比べてちっとは進歩してないと救えませんからね。
ちっとも上手くなった気はしないけど、あの頃と比べてみるとすごくマシになってますよ。ええ。


にこらうす様

感想どうもです。
気が付けばもう六十話ちかいのですね。
四月ごろに始めた記憶があるのですが、四月から今までに書いた文をまとめると、1MB超えててびっくりしました。
もう、ここまで来たら作風の変えようがない気もします。


f_s様

その……、発想はなかったっ……。
まさに誰得ですね。
果たして誰が喜ぶのでしょう。
奥さんと精華さんは、喜んでくれるのでしょうか。





では最後に。

薬師……、鬼兵衛が不倫している間に未亡人と……、と書くと人聞きが悪い。



[7573] 其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/09/27 22:00
俺と鬼と賽の河原と。





 とある朝の一幕。


「薬師様、何故か運営に呼び出されておりまして、帰りは明日になるようです」

「おー……、了解」


 ほー、今日は由壱達の飯作らんとなぁー、と思っていたら。


「兄さん兄さん」

「んー?」

「今日李知さんの実家の方に泊らないかって誘われてるんだけどさ」

「おお、ってか意外と仲いいんだなお前さんら」

「まあね……、将を射るならって話なんだけどね」

「なんじゃそりゃ」

「外堀の話だよ。で、いいかな?」

「ああ、ま、楽しんで来い」

「うん」

「ああ、ってことは――」


 久しぶりに一人なんだな――。





其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。





 いつもの河原で石を積みつつ、ふと思う。

 夜、一人でいるのは本当に久しぶりだな。

 由壱と由美が来て以来、初めてのことのはずだ。

 ああ、でもよく考えてみると、地獄に来てから、ここ最近特に一人だった時の方が少ない気がする。


「生前とは大違いだな」


 思わず苦笑が漏れる。

 生前、基本的に俺の近くにいたのは藍音だけだった。

 なんとなく、変わったもんだと嘆息する。

 なるほど、悪くない状況だ。


「薬師、どうしたの?」


 と、そこで上から声が掛かる。

 前さんだ。


「ん、いや。考え事をちょいとな」


 どうやら、ぼんやりと物を考えていて気付かなかったらしい。


「ふーん、珍しいね?」


 そう言った前さんの表情には全く不自然なものはなく。

 素で心の底から俺は何も考えてない人だと思われてるのか。

 と、それはともかく。


「かくかくしかじかなんだよ」

「だからわからないって」


 とりあえず、なんとなく俺は説明してみることにした。




「と、まあ、今日は何故か一人で不思議だなぁ、と」

「へえ、そうなんだ」


 説明を終えた俺に前さんはそう返して、数秒。

 今一度、口を開く。

 悪戯っ子のように笑って彼女は言った。


「ねえ、寂しい? って、そんなわけ――」

「あるかもな」

「えっ!?」


 無駄に驚いた顔をする前さん。

 ちょっと心外である。


「俺だってたまには一肌恋しい日も――、あるんじゃね?」

「何で聞くの」

「きっとある。多分」


 あると言ったらあるのである。

 ああ、どちらかというと寂しいというよりも、落ち付かないのか。

 まあ、どっちでもいいし、どちらもかもしれないのでどうでもいいが。

 ともあれ、言うこと言ったし、仕事に戻ろうと俺はしたのだが。

 その動きはあっさりと。


「……ねえ、あ、あたしが――」


 簡単に。


「――泊りに行こっか?」


 予想外の台詞によってせきとめられたのだった。


「本気ですか」


 思わず妙な口調になった俺に前さんは頬を赤らめ肯いた。


「……本気です」


 こうして、前さんのお泊まりが確定したのだった。









「お邪魔しまーす」


 何やら照れた様子で俺の家に踏み込む前さんを見て、俺は笑みが漏れる。


「別にわざわざんなことせんでも」


 前さんもわかっていたらしく、俺に苦笑が返ってきた。


「まあ、そうなんだけど、なんとなくね」

「そうかい」


 俺は居間へと赴いて時計を見る。


「六時か、飯時だな」


 丁度腹も減ってきていたし、何か作るか。

 そう思って台所へ向かおうとしたら、前さんが声を上げた。


「あたしが、何か作るよ」

「前さんって料理できんの?」


 俺は思わず聞く。

 最近料理と言えば、否。

 料理を作ると聞いて毒殺兵器が出てきた試ししかないのだ。

 聞いてしまうのも、詮無き事。

 しかし、前さんはちょっと怒りながらもそれを否定してくれた。


「あたしをなんだと思ってんのさ! これでも一人暮らしだよ?」

「なら良かった、まあ、冷蔵庫の中のもんは好きに使ってくれ」

「ん、おっけー」


 そう言って前さんは台所へ向かっていく。

 俺は暇なので、ソファの上で雑誌を見ることにした。

 それで、何分経ったのか。

 雑誌を読んでいるようで読んでいない流し読み状態の俺の耳に、前さんの声が届いた。


「できたけどー?」

「おー」


 俺は雑誌を放りだし、食卓へ。


「おお、料理だ料理」


 今までの非日常な経験から本当に感心していたのだが、前さんには怒られてしまった。


「だから、人をなんだと思ってるのさ!」

「いやはや、悪い悪い」


 謝りながら、席に着く。

 うん、普通に肉じゃがと焼き魚に味噌汁だ。


「うっし、いただきます」


 呟いて、箸をつける。


「どうかな」

「うーん……、オフクロの味?」

「それってどっちなのさ」

「美味いが?」


 うん、確かに美味いが、


「前さんが食べさせてくれたらもっと美味いかな」


 何か物足りない。

 ってことで前さんを肴にして楽しもうと思ったのだが。


「えっ? あ、えと……。はい」


 つくづく今日の前さんは俺の予想を裏切ってくれる。

 真っ赤になるならやらなきゃいいのに。

 だがしかし、据膳食わぬは、という奴だ。

 俺は差し出された箸に食いついた。

 まあ、予想とは違う結果に終わったが、それなりに満足した。

 のだが。

 もしかして、俺は、夕飯全てを前さんの手ずから食べる羽目になるのだろうか。

 これは、自爆したのかもな……。









 前さんに夕飯を食べさせてもらったあと、俺はソファに座ってテレビを見ていた。

 そんなとき、食器を洗い終えた前さんが、俺の元へやってくる。


「隣いい?」

「やだ」

「へ?」


 俺は、驚いた顔の前さんを、有無を言わせず膝に乗せた。


「え、ちょっと、な、な、な、なんなのさ!」

「言っただろ? 今日は人肌恋しいって」


 そう、俺は決めたのだ。

 今日は前さんと遊ぶ、もとい前さんで遊ぶ、と!!

 で、そんな前さんはというと。


「え、あ……、うん」


 あっさりと抵抗をやめてしまった。

 むう、つまらん。

 だが、まあいいか。

 とりあえず、ぼんやりテレビを見ることにする。

 それで、しばらく無言のままテレビを見ていた俺たちだったが、不意に、前さんが声を上げた。


「ねえ」

「んー?」

「……今日、何かあったの?」

「んー、別に?」

「そうなの?」

「ああ。それがどうかしたんかね?」

「いや、うん。だったらいいんだ」

「ほー?」

「うん」


 変な前さんだ。


「むしろ、前さんこそなんかあったのか?」

「どうして?」

「いきなり俺の家に泊まるとか」


 すると、前さんは困ったような、呆れたような表情になって。


「……なんで伝わらないかなぁ……?」


 その言葉に俺は苦笑を返すしかない。


「俺は鈍いことで有名らしいぞ?」


 呆れたように前さんも、俺の言葉に苦笑を見せた。


「そうだね」

「努力はしてるんだけどな」

「うん。でも、いいんじゃないかな」

「どういうことだ?」


 俺の問いに前さんがこちらを向く。

 前さんの顔を覗き込むようにしていた俺との距離は、箸の一本分すらなく。

 前さんは、俺に笑いかけた。


「――あたしゃ、鈍感な薬師が好きなんだよ。その鈍感さがすごく、落ち着く。だから、いいんじゃない?」



「そうかい」

「ほら、鈍感」

「……そうかい。ま、この性分は治らんのだろうな。いまいち自覚できないし」

「それでいいと思うけど? あたしは」

「じゃ、努力すんのやめるわ」

「それはどうかと思う」

「我侭だな、前さんは」

「薬師が悪い」

「そうかい」










「ふう……、いい湯だった」


 あれから、風呂を沸かし、先に前さんが入った。

 駄洒落ではない。

 ともあれ、風呂から上がった俺は前さんの待つ居間へと向かったのだが。


「し、死んでるっ……」


 という冗談は置いておいて。

 うちのテーブルに上半身を預け、前さんは気持ちよさそうに眠っていた。

 その前さんが、もぞり、と音を立てた。


「うぅん……、薬師の……」


 なんだ、寝言で悪口か?

 わくわくしながらボイスレコーダーを構える俺。


「……レバニラ」

「なん……、だと……」


 レバニラってなんだ。

 悪口なのか?


「……クマムシ」


 あれですか、異常な気圧にも、放射能にも、真空状態にも耐えれる究極のクマムシさんのことですか。

 だが、レバニラにしても、クマムシにしても、ただ一つ言えることがあるとすれば。

 反応に困る。


「はあ……」


 なんとなく、溜息を一つ。

 なんだか、とても微笑ましい気分になった俺は、前さんを抱えてベッドに寝かせる。


「俺もさっさと寝るか」


 呟いて、俺は前さんを見る。


「おやすみ、前さん」


 とても安らかな寝顔だった。






 ちなみに、うっかり同じベッドに寝たせいでしこたま殴られたのは余談である。







 更にちなみに。返ってきた藍音に見つかって、ねちねちいびられたのも、余談だろう。






―――

という訳で前さん編。
次は李知さんが来ると思ふ。


では返信。

通りすがり六世様

そうすると、鬼兵衛の人生と言っていいかわかりませんが、長い魂の歴史もゴールですね。
修羅場的に考えて。
藍音と薬師だと熟年夫婦ですが、
薬師と玲衣子だと老夫婦のようだと思ったのは秘密です。


クロ様

感想ありがとうございます。
私は厨二病も患ってたりしまして、もう末期です。
私も色々ネタばかり溜まって行ったりと、大変ですね。
ええ、一日が二十七時間くらいあればいいと思います。


奇々怪々様

もう呆けてきてるんですよ、きっと。
千歳ですし。しかし、玲衣子さんみたいな人が赤面するのも可愛らしいですよね。
まあ、それは次の玲衣子さん編で。鈍感が薬師を表すというよりもう薬師が鈍感の代名詞な気もしますが。
寝てる間に、頭を撫でたり、あちこち触られたりはしてるんじゃないでしょうか。


あも様

猫耳、と言えばまだ猫又が出てませんね。
ヒロインかどうかは未定ですが、出ることは確定してるのに。
どうでもいいですが、藍音と玲衣子さんがきっと黒幕代表だと思う。
容赦なく、無慈悲においしいところを掻っ攫っていくこと間違いなしかと。


Eddie様

休みなのに学校に行っちゃうような子だったんですね、薬師。
猫耳薬師の写真を撮ったら、きっと売れるっ!!
閻魔様辺りに。
暁御の件についてはそもそも薬師は暁御がどうとかいう以前の問題だった模様です。


SEVEN様

確かに地獄で年齢気にしても仕方ない気もしますが、メンタル面は皆若いし。
薬師は性教育の前に情操教育を施すべきです。
情操教育にペットを飼いましょう→猫を飼おう→猫李知さんがやってくる、と。
しかし、酒呑が一番まともに見えるとは、世も末ですな。


ミャーファ様

きっと薬師は、呪いにも鈍感……。
いえ、何でもありません。
考えてみると、登場人物のほとんどがジジイババア通り越してますからね。既に化石、古代生物の香りが――。
はい、どなたでしょう。は、死神――?


ヤーサー様

いやはや、あのスキンシップを涼しい顔でスルーとは。もうすでにもげてるの領域ではない気もします。下半身が丸ごと消えてるとか。
薬師は変態的に鋭いですね、はい。恋愛方面だけ突き抜けて鈍いのだけども。
鬼兵衛に関しては、主人公張れる、というか既に主人公ですね、名探偵的に。
李知さんは次回満を持して登場します。ネタが二つあって書くだけなのですが、どっちを書こう……。



最後に。

前さん、薬師の鈍感を肯定しちゃらめえええええッ!!

これ以上鈍感になったらどうしてくれるんだ。



[7573] 其の六十一 俺とお前じゃ端から無理です。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/02 21:07
俺と鬼と賽の河原と。



「づあぁ……。だりー……」


 俺が、いつものようにぼんやりと石を積んでいる、いつもの朝。

 そんな俺の元に、李知さんが現れた。


「おー? どうしたー?」


 俺が見上げる李知さんは、珍しく、黙りこくっている。

 その表情が暗く、沈んでいるように見えるのは、多分、気のせいじゃないだろう。

 ジャリ、と河原の地を踏みしめる音だけが響く。

 李知さんの唇が、動いた。


「なあ、薬師……」

「なんだ?」


 いつもと違う、異常な今。

 そして、この異常な状況に、現れるのも意外な言葉で――。


「私……、お見合いすることになったんだ」

「……は?」






其の六十一 俺とお前じゃ端から無理です。






「もう一回言ってくれ」

「見合いを、することになったんだ」


 ほぉ、見合いか、見合いですかそうですか。


「見合い?」

「だからっ、さっきから言ってるだろう!?」


 肩を怒らせる李知さんに、俺はどう返したものか、と考えざるを得なかった。

 そも、なぜ俺に話すのか、というか。

 俺は何を求められてるのか。

 そこである。

 この雰囲気で、親指立てて頑張って! なんて言ったら金棒だろう。

 かといって、ふーん、で流しても金棒だろう。

 という事は、相談にでも乗ってほしいのかね、と思った矢先。

 答えは李知さんから飛んできた。


「私は……。どうしたらいい?」


 俺が見た感じ、見合いなどしたくない、引いてはまだ結婚したくないということだろう。

 それ位なら鈍感と巷で噂の俺でもわかる。

 かといって、これは繊細な問題だ。

 部外者の俺がどこまで踏み込んでいいものやら。


「嫌なのか?」


 とりあえず、これだけははっきりさせておかねばならない。

 そして、予想通り李知さんは肯いた。


「……ああ」


 その言葉に、石積むことも忘れて俺は腕を組んで試案を巡らせる。


「見合いだけ受けて、後はお断り、ってできねーの?」


 とりあえず、の差しさわりのない意見だ。

 しかし、それで解決するなら端から来ないのだろう。

 その予想はあまりにもあっさりと当たっていて。


「上が、うるさいんだ。このまま出てしまったら、断り、切れない」


 吐きだすように李知さんは言った。

 そう、よく考えてみると李知さんは閻魔の縁者の位置取りになる訳だ。

 おにぎり吹かせたりしてたけど、深く考えてみると今更ながら重要人物だったりするのだ。

 というか、体面上の問題なのだろう。

 閻魔と妹が結婚してないのにというべきか、結婚してないからというべきかはわからんが。


「上って、あれか? お前さんの一族のことか?」

「……そうだ」


 要するに、そう言う事らしい。

 というか、李知さんと玲衣子さんだけじゃなかったのか、閻魔が作ることとなったある種人造人間とも言える一族は。

 玲衣子さんが一人で暮らしてるのも何か事情がありそうだが、まずそれはいい。

 それよりも、だ。


「あー……。俺に、何を聞きたい?」


 俺には、これの解決法など、わかるはずもなく。


「私は、どうすべきなんだ……? 一族の顔を立てるべきなのか、私の事情を優先させるべき、なのか……」


 わからないが、言葉にせねばならない。


「そうだな……」


 李知さんだからこその悩みだろう。

 公人として完璧であることを芯に生きてきた彼女に、私人としての生き方は難しい。



「李知さんの幸せを追求すべきだと思う」


 ただ、たった一つわかるとすれば。


「どっちもある程度不幸で、ある程度幸せになるんだと、俺は思う。だから、幸せの比重が重い方を、選ぶべきだ」


 彼女にこんな顔をさせる見合い話は――、気に食わん。


「そう……、か……」


 しかし、彼女の表情を変えることのできる言葉を、俺は持ち合わせていない。

 否、持っていてもどれなのかわからない。

 でも、自分が最も良いと思った答えは、李知さんの表情を変えられない。


「そうだな……、考えてみよう」


 そう言って、彼女は、俺に背を向けた。

 俺は溜息を一つ。

 ああそうだ、言葉は苦手なんだ。





 結局、その日李知さんを見ることは、叶わなかった。





 とある日本庭園のある屋敷に、李知は居た。


「では、後は若いお二人に」


 いっそ白々しいとも言えるほどの言葉を吐いて、既に熟年を越えかけた女性が襖を閉じる。

 これで、部屋にいるのは、正座で向き合う、振袖姿の李知と、相手の男、坂木小太郎のみだ。

 なるほど、小太郎は中々の美丈夫と言える。

 少し優男風の顔つきに、短く爽やかな髪。

 背筋はきりっと伸びて、真っ直ぐに李知を見つめている。

――ああ、薬師とは大違いだな……。

 ふと、彼女は考えて、頭を振ってその考えを打ち消した。

――なんで私は薬師のことを考えてるんだっ!

 目の前に、自分の旦那となるであろう男がいるのに。


「どうしました?」


 笑顔で小太郎が聞く。

 李知は、その言葉にすぐに答えることはできず、少し戸惑ってからぎこちない笑みを作って答えた。


「いえ、なんでもありません」


 まるで蝋で固めたかのような敬語。

 果たして、自分が必要以上に敬語を扱わなくなったのは、いつからだろう。

 誰の――、せいだろう。

 李知は考えて、また振り払うように思考を捨てる。

 もう、現時点で結婚は決まったようなものだ。

 家の連中に、母親のことを引き合いに出された時点で、李知に選択肢は残っていなかった。


「では、ちょっと、外に出ませんか? きっと綺麗ですよ?」


 小太郎が言う。


「……そうですね」


 李知は、作った笑顔でうなずいた。








 今頃、李知さんは見合いをしているのだろうか。

 あんな顔で。

 思いながらも、俺はただ、石を積んでいた。

 果たして、李知さんにとってそれは幸せな選択なのだろうか。

 あんな顔をして、結婚するのが、幸せなのだろうか。

 義務と自己の板挟み。

 果たしてそれで本当に幸せになれるのか。

 しかし、俺にはどうすることもできない。

 否、何の方策も思い浮かばない。

 お相手は名家であり、電話で聞いたところ、閻魔のほうに負い目があり、強くは出られないと言う。

 李知の結婚を許したくはないが、しかし、立場上動くことはできない。

 そして、俺はただの一般人である。

 天狗であろうと、ことここにおいては、無力。

 彼女の望む言葉一つ用意できない男である。

 ここまで考えて、苛々してきた。

 気に食わない。

 相手は多分、いいとこの好男子なのだろう。

 なるほど、悪い相手ではない。

 それでも、気に食わない。

 多分李知さんは金や地位で幸せにはなれない。

 しかし、俺では李知さんが幸せになれるような選択肢は用意できない。

 ……堂々巡りだな。

 そう思って、俺は一度思考を止めた。


「……? 前さん?」


 思わず、つぶやく。

 随分と思考に集中していたようだ。

 目の前にいた前さんに気付かないとは。


「ねえ、薬師」


 前さんもまた、浮かない顔。


「今日、李知が休んでるんだ」

「知ってる」


 ああ、知っているとも。


「風邪を引いた訳でもないんだよ?」

「ああ、知ってる」


 見合いに行ってるんだろう?


「お見合いに、行ってるんだよ?」

「知ってる」


 ああ知っているさ。

 答えるほどに苛立ちが募る。

 昨日から知っていたのに、李知さんが不幸に足を突っ込みに行くのを止められない。


「ああ、知っているとも。このままだと断りきれないこともな」


 と、そんな時だった。

 果たして、俺の堪忍袋の緒の強度がいかほどのものか知らんが――。

 なんとなく、ぷっつり切れた気がした。


「なあ」


 すべて、馬鹿らしくなって来る。

 俺は今まで何を考えていたのやら。

 李知さんの幸せ?

 権力がどうの?


「今の俺、男らしいか?」


 俺の問いを、前さんは一刀両断した。


「全然」


 流石前さんだ、俺の望む言葉をくれる。

 しかし俺はどうだ。

 何が李知さんの望む言葉だ。

 俺には土台んなもん無理だっつの。


「なあ」


 なんもかんも知ったこっちゃねえ。


「何?」


 全部見事に丸投げしてやる。


「どうやら、カテゴリ5の低気圧が発生するらしいぞ?」

「それは――、大変だね。李知もお見合いどころの話じゃないんじゃないかな」


 李知さんの幸せとか、もう、どうでもいいよね。


「なあ」

「何?」


 もとより、頭を悩ませるのは好きじゃない。


「台風、止められると思うか?」


 元来俺の気性は風。

 もとより災害であり。

 誰かを想い悩むものじゃない。


「無理じゃない?」

「その通り」








「綺麗ですね」


 小太郎は言った。

 だが、その言葉そのものが、綺麗で、嘘のようで。


「……ええ、そうですね」


 やはり、李知も嘘を返した。

 綺麗な日本庭園だが、これからを想うと色などありはしない。

 今更になってはっきりと思う。

――私は薬師が好きだ。

 わかっていたことだが、こうして心の中でもはっきり口に出したのは初めてだった。

 だが遅い。

 いや、とうの昔に手遅れだった。

 李知が李知として生まれた時点で確定していた。

 昔はこうなることにミリとて疑問を抱いていなかったというのに。


「ところで――」


 小太郎が言う。

 李知は、出来うる限りの淑やかさで、首を傾けた。


「なんでしょう?」


 小太郎は一泊置いて言う。


「見合いを断り続けていたあなたがここにいるということは――、答えを期待してもいいのですね?」


――来た。

 思わず、声が出ない。

 しかし、ならば頷けばいい。

 だが、まるで金縛りにあったかのように李知は動けなかった。

 ゆっくり、数秒の時が経って。

 李知は最後とばかりに、好いた男の顔を思い浮かべる。


『どっちもある程度不幸で、ある程度幸せになるんだと、俺は思う。だから、幸せの比重が重い方を、選ぶべきだ』


――結局、あいつは私の望む言葉を言ってくれなかったな――

 意地の悪い奴だ、と心でつぶやき、気づかれないよう溜息を一つ。

 そう、それでも、そんな薬師を好きになったのだ。

 しかし、それもこれで終わり。


「ええ……」


 はい、と頷こうとして、その言葉は遮られる。


「何か、騒がしいですね」

「え?」


 言われてみれば、確かに騒がしい。

 今まで気づかなかったが、気づいてみると、静かだったはずのこの庭園にも喧騒が届いている。

――誰だ?

 思った瞬間、


「邪魔だぁあああああああッ!!」


 聞き覚えのある声とともに、吹き飛ばされてくる警備に続いて、一人の男が飛び込んできた。

 飛び蹴りの体勢から、すたっと地面に降り立って、男は言う。


「よぉ」

「き、君は何者だ!」


――結局、あいつは私の望む言葉を言ってくれなかった――


「言葉は苦手だ。だから――」


――だけど、今ここで――


「昔から力づくが好きだったっ!!」


――あいつは行動で示してくれた――







 おうとも、どうも俺らしくなかった。

 あれこれ気にして動けんなんて全く俺らしくない。

 もとより、したいことをして他なぞ、知ったこっちゃないのが俺だ。

 ああそうさ。


「俺は実力行使が大好きだとも!!」


 邪魔するやつは吹き飛ばす。

 李知さんの意見も聞かん。


「李知さん」


 俺は言う。


「お前さんを攫いに来た。いやだと言っても連れてく」


 男なら、男らしく神隠し!!

 もう何言ってるんだか分らんがどうでもいい。


「薬師……。ああ……! 私を遠くに――」


 駆け寄る李知さんの手を、俺はつかむ。


「――連れていってっ!!」


 無論。


「言われなくともっ!!」


 俺は李知さんを抱え上げる。

 そこに駆け寄ったのは、相手の男だった。


「待てっ!」

「誰が待つかっ!」


 言って、俺は庭園の塀に飛び乗る。

 おうとも、誰が待つか。

 そのように俺は塀に立ち、男を見下ろした。

 男が吠える。


「金もあるっ、権力だって! なのに君は――」


 そんなに結婚したかったのか。

 だが――、知ったことではない。

 そも、李知さんは結婚したくないと言ったのだ。

 構うまい。


「女心は秋の空、ってな。乙女心なぞ誰も理解できんのだろうさ」


 無論俺も、目の前の男も。

 同性の人間ですら。


「それでも――、僕は君より優っている自信がある!!」

「……何を言ってるんだお前は?」

「な、人をなに別世界の人みたいに見つめてるんだ!!」


 たじろぐ男に、俺は告げた。


「俺に勝ってどうするんだよ。ゴミが背比べしてるようなもんだろ。七十点が合格点の試験を四十点で競ってどうするんだ?」


 そも、女性が必要としてるのは満点の男だろう、果たしてどの教科で満点を取って欲しいのかなどわからないが。


「なっ……、僕が……、ゴミ?」

「おうよ、俺もお前もんなもんだろう。方や相手が断れないのをいいことに結婚を迫る男。方や、なんもかんも知ったこっちゃねえと攫って行く男」


 最低である。

 最低だが、少なくとも。


「だが、やっぱ知ったこっちゃねーや」


 李知さんにあんな顔をさせて別れるのは、気に食わない。

 なんにせよ、どちらにせよ攫って行くのだ。

 そして、俺が会話をやめたとき、既に庭園には人が集まってきていた。

 黒服たちが俺を囲んで銃を向ける。


「李知、待ちなさい」


 その合間から出てきたのは、紫の着物の女性だ。

 外見年齢は五十過ぎ。


「貴女は役目を放棄するというのですか?」


 なるほど、こいつが上ってやつか。


「私は……」


 胸の中、李知さんが呟き何事かを言おうとするのを、俺は止めた。


「李知さん。お前さんの意見は聞かない。お前さんがなんて言ったって連れていくんだ」


 残念だが、低気圧はもう発生したわけで。


「そこなおばさんよ、李知さんは責任を放棄したんじゃない。俺が勝手に攫って行くんだよ」

「待ちなさい! 何が目的で――」

「遅せえよ。遅い。遅すぎる。言葉を尽くす時期は過ぎてる」

「さもなくば――」


 おばさんの言った台詞を、俺が引き継いだ。


「撃てよ」


 黒服たちに緊張が走る。


「俺は決めたんだよ。そっちが何しようと、何が来ようと。艱難辛苦一切合財――」

「撃ちなさいっ!!」


 その言葉に銃声が迸る。


「その悉くを吹き飛ばす」


 銃弾は、当たらない。

 手には羽団扇、風が暴れて銃弾を容赦なく吹き飛ばした。


「吹き飛ばされたきゃ、追ってこいよ」


 そう言って、俺は羽団扇を前に向ける。


「颱。――ダムレイ」


 その日――、超極小の台風が、日本家屋を一つ、薙ぎ倒したそうな。






















「ふう、ああ、すっきりした」


 ほっと一息ついて、俺は河原の近くに降り立った。

 今冷静になってみると、なんか凄まじいことをした気がする。

 否、大変なことをしでかしたことは間違いない。

 あっはっはっはっは、やらかしたな……。

 いやはや、清々しいが、ちょっと下を向くのが怖かったりする。

 これは帰ったら藍音に怒られる予感がひしひしだったり。

 帰らないでも李知さんの金棒が飛んできそうだったり


「薬師……」


 はい、来ました死刑宣告。

 まるで死刑台に上る死刑囚の気分ですね。

 まあいいか。

 やりたいことやったんだ、金棒一発位大したこと、あるが。

 あるが、まあいいだろう。

 俺は深呼吸して、李知さんを見る。

 顔が、真っ赤だった。

 もしかして、強く抱き締めすぎて息がしにくかったか?

 考えて、慌てて地面に下ろす。

 すると、李知さんはふらつくように一歩後ずさって後ろに倒れそうになり、


「って、大丈夫か!?」


 俺は慌てて李知さんの手を握り、抱き寄せる。

 なんと、ふらついて立てなくなるほど息を止めさせる羽目になっていたとは。


「は、離さないでくれ……」

「お、おうとも」


 俺より背が高い李知さんは今、俺の胸の中にいて、俺を見上げている。


「なあ、薬師」


 見上げた彼女は言う。

 その顔は。


「ありがとう」


 笑っていて。





「――その顔が見たかった――」















―――
少々遅くなりました。
挙句ここまでお約束だと需要があるかどうかもわからなくて申し訳ないのですが。
どうしても一回やってみたかったんですよね。
あと、たまに薬師無双もやりたくなるものです。
ええ、ご了承いただけると助かります。


まあ、今回は李知さん実家編の伏線込なので必須イベントではあるのですが。
実家編は現在ちらほら進んでるような進んでないような進んでない大天狗編が終了したらですかね。
天狗編は次の次で次段階のようです。
なんかこんなにシリアス入れていいのか不安になってきた。


では返信を。


春都様

見合いにまで突っ込んだけどやはり自覚はないようです。
もう、ソーラレイクラスの兵器を持ち込むしかありませんね。
ある種、そういった類のインパクトのある手法を手に入れるまで待ちに入るのも手かも知れません。
薬師ならしばらく撃墜されることはないでしょうし。


黒茶色様

うちの小説はきっと萌えと出番が比例するはずですから。
鬼兵衛と酒呑が萌えキャラの扱いだったら出番が増えるのでしょう。
しかし、酒呑と鬼兵衛が萌えキャラ扱いだったとして。
誰が得するのでしょう……。


通りすがり六世様

(笑)でもこうやって前に出てメインを張れるだけすごいと思います。
既にヒロイン(笑)の人と比べてしまえば、鬼兵衛の方が目立ってます。
薬師は無理すれば行けるんじゃないすかね。
ただ、既に霊なんで、プラトニックでも問題ない部分もあるかと。報われるかどうかは本人たちの努力次第ですが。


奇々怪々様

よく考えると、ラブコメメインなのに、他のオリ主物よりもいちゃついてなくて不安になってきました。
むしろアレかもしれません、新婚、前さん、熟年、藍音さん、老年玲衣子さん。
な可能性も。今回は李知さんがヒロインでした。
もう、ヒロインヒロインしてました。でも、萌え率は高くなかったので近いうちにまた萌え率の高い奴でやりたいと思います。


SEVEN様

近いというか、一番心地よい距離な気がします。
藍音辺りは接近しすぎて家族カテゴリから抜けられない状況ですし。
何と言いますか、一番広く見える距離に立っているんじゃないかなと。
薬師から見て、はっきり見えていて尚、女性としても見えてるという距離はかなり微妙な距離かと。


ミャーファ様

良くも悪くも前さんは手堅いというか。
閻魔さまは高威力連発しますからね。
李知さんはネコミミとか一発逆転最大威力を放ったり。
藍音さんはピンポイントで容赦のない狙撃をお見舞いしてますし。暁御? 知りません。


あも様

むしろここまで頑張ってますね、前さんは。
こんなこゆいメンバーでもなんとか前に出てこれるのは才能かと。
ちなみに前さんの名前は前鬼の人と関係があるのですが、そっちはまたあとで。
実は今回、全部玲衣子さんの仕込みだった、という案もあったのですが、伏線を張るためにそうでもなくなりました。


Eddie様

これ以上鈍感になると一回りして変な方向に勘ぐるんじゃないでしょうか。
こう、女の子の態度を見て、死期を悟ったからこんななんだ、とか思ったり。
前さんは戦闘城砦薬師を一度の総力戦で倒せるとは考えず、ゆっくりと年単位で押していく模様です。
それこそ時間は無限にありますからね。ライバルがいるのが問題ですが。


ガリガリ二世様

暁御を構うには、後三話くらい必要みたいです。
ええ、いい加減出してあげたいとは思ってるんです。
今まで音沙汰なかった分――。
彼女はいい感じに暴走してくれることでしょう。


紅様

このギリギリを保つのがメインヒロインの格ってやつですね。
メインヒロインの影の薄さといえば、禁書を彷彿とさせますが。
じゃら男と幼妻の登場はもうちょい後になりそうです。
ネタはあるのに首が回らなくて捩じ切れそうです。


ヤーサー様

いやはや、二人はこの小説の基本ですからね。
ほのぼのいちゃいちゃほのぼのいちゃいちゃと、見る方としては砂糖吐かせたいんだか、嫉妬で狂い死にさせたいんだかですが。
今度は見合いに乱入ですし。
ふむ、次はブルマですね、わかります。


(笑)男様

私が一番アニメ化を希望したいです。
でも、ほとんど動きなさそうですね。
一部は違うんでしょうが、序盤なんてほとんど石積んでるだけだったり。
でも分量が違いすぎてそういうのに向かない小説ですな。



最後に。

見合いに乱入とか、どう考えてもメインヒロインですよね。



[7573] 其の六十二 今日は地獄の運動会。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/05 22:30
俺と鬼と賽の河原と。



 地獄運営中枢にて、とある問題が物議を醸していた。


「李知の行方はまだ分からないのですか!?」


 コの字型の席の端、薬師がおばさんと呼んだ女性が立ち上がって捲し立てる。

 対して、閻魔は冷ややかだった。


「……見当は付いてますよ。そう焦らずとも」


 もう既にこの会議の方向は決まっている。

 まるで茶番だ、と閻魔は気づかれないよう溜息を一つ。


「今、彼女は信頼できる人の元に保護されているようですので」


 その言葉に、女性がガタリ、と椅子を揺らした。


「その信頼できる者というのは――!」


 女性は言おうとして、やめる。

 当然、薬師のことであった。

 しかし、この場で薬師のことを追及すると彼女の家の誇りに傷が付く。

 一人の男に警護を越えられ、あっさりと見合いを壊されてしまったのだ。

 ここでそれを追及するということは、それを認めることに他ならない。

 悔しげに顔をゆがめる女性に、閻魔は追撃を掛けた。


「どうやら、原因は台風だと言うじゃないですか」


 家の名誉のために、その件を女性は台風が原因だと提出していたのだ。


「天災なら仕方がありません。ええ。仕方がないことです」


 と、そこで席にいながら黙っていた玲衣子と目が合った。

 玲衣子は、ただ閻魔の顔を見て薄く笑みを浮かべる。

 閻魔も、同じように返した。


「ですが――!」


 それでもいい縋ろうとする女性に、閻魔はぴしゃりと言い放つ。


「鬼になったと思えば捨てて、政治に使えると知れば呼び戻す。彼女は今ここにいる玲衣子の娘ですが」


 その際、閻魔は苛立ちを隠そうとすらしなかった。

 女性は押し黙る。


「では、これからイベントがありますので」


 何か言わせるほどの間を置かず、閻魔はその場を後にした。






「まったく、困ったものです」


 閻魔は、廊下を歩きながら隣を歩く玲衣子に吐きだした。


「……そうですね」


 玲衣子は内心複雑か、冴えない表情ながらも、同意する。


「まあ、薬師さんがうまいこと立ち回ってくれたおかげで、こっちが強引に手出しする必要はなくてよかったんですが」

「数珠家への武力介入、ですか」


 閻魔は、俯くように肯いた。


「この状況は私の甘さと過ちが作ったものです。いい加減清算せねばなりません」


 数珠家。

 いわゆる、閻魔が作った人造人間の一族だ。

 そして、その一族は閻魔が地球で生きられる人間を直接作るのをあきらめて尚、人を造る行為をやめず。

 閻魔はそれを止められなかった。

 造った者としての負い目があったからだ。


「滅ぼすような真似だけは避けなければいけませんが、理想的な形にしないことには、どうしようもないでしょう」


 閻魔の言葉に、玲衣子は大きくうなずく。


「野心だけは大きい家ですから、放っておいても敵対してしまうのでしょうね」

「でも、今回のことでちょっとだけ時間が稼げました」

「怪我の功名、でしょうね」


 榊小太郎と結びつかなかったのも大きい。


「まあ、その話は今はやめましょう」


 そこで閻魔はいったん話を切り、ほほ笑んだ。


「今日は楽しい、イベントの日なんですから」





其の六十二 今日は地獄の運動会。






「それでは始まりました!! 第一七六二回、地獄大運動会を開催します!!」


 司会の言葉に答え、会場が熱気に包まれた。

 なんで俺、こんなところにいるんだろ……。

 と、いうわけで、俺はなぜか、無駄に広いグラウンドに立っているのだった。

 まあ、何故かと言われれば、李知さんの気分転換である。

 家に連れ帰ったはいいが、時折考え込む李知さんをどうしようかと思っているところに、閻魔が言ったのだ。


『だったら、体を動かしたらどうです?』


 今回の件を飯作りついでに報告に行った時の言葉である。


『明日、丁度秋の運動会があるんですよ』

『運動会?』

『ええ、古くは、競技会だったんですけどね。これでも千年以上続く伝統のある行事ですよ』


 どうやら、元々死者の鬱憤晴らしも含まれていて、なるほど、これなら李知さんの気晴らしにも十分だろう、となったのだ。


「では、閻魔様から開会の言葉です」


 その言葉に答えて、現れたのは閻魔。

 その姿に、グラウンドが今一度熱く沸きあがる。


「みなさんこんにちは」


 それは見事な盛り上がりっぷりだった。

 ふつうはしーんとするような開会の言葉でのこんにちはの台詞にも、地響きが鳴るほどの声量で答えるほど盛り上がっていた。


「堅苦しい言葉は無しにしたいと思います。正々堂々、楽しみましょう!!」


 閻魔のブルマに。









 なるほど、地獄ではブルマがデフォルト、というやつらしい。

 ちらほらとジャージが見えるが、あっちもブルマ、こっちもブルマ。

 そんななか、俺は深緑のジャージだ。

 浮いてる。

 まあ、俺が浮いてるのはともかくとして。


「藍音さんよ。体操服ブルマなのに、頭のそれは外さないのか」


 となりに立つ藍音に俺は聞いた訳だが。


「メイドですから」


 にべもなく。

 そうか、メイドだからか。


「ところで李知さんよ」


 次は、李知さんに聞く。


「ブルマなんてどこに隠し持ってたんだ?」


 そう、李知さんを攫ってきたのは一昨日。

 そして、いまだ家に帰っておらず、俺の家では藍音のメイド服だったのだ。

 果たして、そのブルマはどこから来たのか。

 それに対し、李知さんは顔を真っ赤に、肩をいからせた。


「かっ、貸出していたのがこれだけだったんだっ!!」


 との言葉だが、どうにもそうでもなかったらしく。


「えっ? ジャージも……、貸してましたよね?」


 とは由美の言葉だ。

 当然のようにブルマで。


「なっ、そんなわけは――」


 たじろぐ李知さんに、俺は聞いた。


「それを渡したのは誰だ? もしくはブルマが貸してもらえると言ったのは」

「え? 母様だが?」

「騙されたんだ……」


 俺はぽんと李知さんの肩に手を置いた。


「う、うぅ……」


 結果、李知さんは恥ずかしげにブルマの裾を握って下に引っ張るようにしながら、唸るしかないのだった。












「では、徒競争を開始します。参加の方は位置について――」


 その言葉に従い、俺はグラウンドに立つ。


「よぉーい」


 羽を出す。

 黒い翼が、風にはためく。

 そして――、乾いた銃声。

 俺はその瞬間、空に舞い上がったのだった。


「反則ーーーっ!!」


 閻魔に叩き落とされたが。


「何をするんだ」

「反則です」

「馬鹿な、己の技を競う場所だろ? ここで天狗の技能を使わずして――」

「走ってください!!」

「走ればいいのか?」

「はい、徒競走ですから」

「おーけー、把握した」


 俺はもう一度位置に着く。

 そして、高下駄を装備。


「位置について、よぉーい」


 銃声。


「せぇいっ!!」


 今だっ。

 俺は高下駄の長さを一気に伸ばす。

 それはもう天高く。

 そして――、一歩。


「これで、ゴールだな」


 見事一着である。


「反則ーーっ!!」


 閻魔に横からよくわからない力ではっ倒されたが。


「何をするんだ」

「反則です」

「走っただろ?」

「でも反則です」

「我儘だな美沙希ちゃんは」

「真面目にやってくださいっ!!」

「真面目にやったら鬼の人に勝てるわきゃないだろ?」


 ちなみに、競技自体は人外と常識的な人間の範疇の二つに分けられている。

 常識的な人間の範疇、というのはどう考えてもブライアンあたりがアレである。


「むっ、それはそうですが……」


 まあ、なりたて相手に身体能力で負ける気はしないが。


「ほら、ぶっちゃけアレだろ? ここで思いっきり体を動かせってんだろ? だったら、羽出したっていいんじゃね?」

「それは……、そうなのかもしれ、ませんね」


 納得した、納得してしまったよこの閻魔。


「ええ、勝ち負けなどにこだわらず、全力で体を動かすのが肝心なのかもしれませんね、ええ」


 結果として、妖怪の全力運動会が幕を開けてしまったり。










 それから色々あった。

 容赦のない大玉吹き飛ばしとか。

 すべてを薙ぎ払う障害にならない障害物競争とか。

 飛ぶわ潜るわ次元跳躍するわのリレーとか。

 ブルマで玲衣子がやってきて、その年でブルマはどうかとか、前さんはハマりすぎだろとかで乱闘にもなったりした。

 閻魔が弁当を持ってきたことに関しては、コメントを控えさせてほしい。

 紆余曲折、うにゃらへにゃらあって、宴もたけなわ、最後の競技、棒倒しになったわけだ。








「ふふっ、今日は貴方に勝利をプレゼントするわ」

「閻魔妹か……、いや、今日はあえてブルータスと呼ばせてもらおう」

「それは……、どういう意味かしら」

「お前もかって意味だよ」


 軽口を叩いて前を見る。

 今回の件で閻魔が決めた規則は一つ。

 粋を重んじよ、無粋は反則。

 要するに、大会を面白くできたり、許容できる範囲ならなんでもありというわけだ。

 ただし、怪我人を出すようなのは御法度、と。

 故に、この状況、一分の油断も許されない。

 相手に百戦錬磨は少なくない。

 そして、開始のゴングが鳴らされる。


「さって、じゃあ、行きますかっ」


 走り出す俺。

 飛び交う弾丸やら衝撃波やら念力から火炎放射を避けて、俺は敵陣に接触する。

 このまま奥へ……!

 そう思った俺の前に立ちふさがったのは、少々意外な人物だった。


「藍……、音?」

「はい、なんでしょう」


 まるで自然体で俺の目の前に立っているのはそう、藍音だった。

 なるほど、確かに彼女のハチマキは、赤かった。

 俺の白とは――、違う。


「藍音……おんどぅるるらぎっ、いや、やめておこう」


 一回行ってみたかった台詞だが、些か、古い。


「いいのですか?」

「うん」

「では」


 その言葉と共に、藍音が一足にして俺の元へ飛び込んでくる。

 そしてそのまま、体当たり。

 俺は横に体を逸らして避けた。


「ふーむ、そういや、お前さんとやりあうのは、久しぶり、だよな?」

「ええ」

「あれなん? お前さんも師匠越えとかしたい年頃なん?」


 言ってる間にも、藍音は方向転換し、迫ってくる。


「……いえ。ある種の年頃ではありますが。今回は一緒のチームより相手に回った方が、よく見てもらえるのではないかと」

「何を?」

「……無論、揺れですが」

「何の?」

「それをここで言わせる気なのですか? いえ、薬師様が望むならそのように」


 なんとなく俺を怖気が襲う。


「いや、いいわ」

「そうですか。残念です」


 と、ここまで俺は藍音の速度重視の攻撃を避け続けてるのだが――。

 俺に藍音は殴れない。

 そりゃ、敵としてやりあうなら腕の一本くらい了承済みだろ? って話なのだが。

 わざわざこういった遊びに本気を出して藍音を怪我させるのは、なんか違う、というか。

 これが相手が並みの妖怪なら、それなりにひょいひょい避けて優しく投げたり、あしらえるんだが、藍音ではそうもいかない。

 しかも、藍音は本気である。

 そして、こっちは防戦一方。

 更に、こっちの攻撃手段、優しい攻撃では確実に藍音は倒せない。

 となると、手詰まりである。

 そも、足を引っ掛けるとか、投げるとか、羽交い絞めとか、効くような相手じゃないのだ。

 止めるなら、容赦なく下顎に鉄拳制裁とか、腹に鉄拳制裁とか、後頭部に鉄拳制裁しかないわけで。

 何が言いたいかというと、俺に勝機などなかったわけだ。

 俺が闘牛士気分に飽きてきたその瞬間。

 藍音が今までの速度からもう一段上げて迫ってきた。


「ぬおうっ!!」


 なるほど、見事な緩急だった。

 避けれない。

 ああ、こりゃ当たるな。

 と、俺は藍音の肩を食らう覚悟を決める。

 決めたのだが――。

 ふにょん。


「なんぞそれ」


 衝撃が来る前に、俺の胸の下あたりに柔らかい感触。

 そして、藍音が両腕を広げ、俺を抱きしめるように――。

 俺ごと倒れこんだ。


「後頭部が痛いっ!」

「ふふ……、私の勝ちですね」

「もがっ」


 勝利宣言の直ぐ後、俺は藍音に顔を覆われて、呻き声を上げた。


「お前っ、そこ胸」


 とても息が苦しい。


「わかってます。ちなみですが、着けてません。よく揺れるように」


 ああ、はい、そうですか。


「そいつはっ……、はしたないぞ……」

「貴方が相手ならいいんです」

「……そうですかい」


 ああ、はい、そうですか」


「つかっ、がちで苦し……」


 その瞬間、胸が離れ。

 俺が大きく息を吸うと、また戻ってきた。


「……拷問ですかそうですか」

「時間一杯、私は薬師様を抑えることに専念したいと思います」

「さいですか……」


 ううむ、こうなるとどうしようもない。

 全力を出せばこの状況も脱せるかもしれないが、些か、大人げないだろう。

 となると、俺は押し付けられる胸を受け入れねばならないのか……。

 俺は諦めたように目を閉じ、覚悟を決めた。

 そんな時だ。

 響き渡るアナウンス。


「紅組の棒っ!! 倒れたぁあああああっ!! 白組大勝利です!!」


 救世主、現る。

 果たして何が起こってるのだろうか、と俺は周りを見渡そうとするが――。


「あの、藍音さん? 藍音さーん?」

「もう少しお願いします」

「……さいですか」


 俺がもう一度諦めて、次の放送がかかる。


「倒したのは何と……、おおっと! 白組の、暁御ちゃんだぁあああああっ!!」


 いたのか。

 というかなんで妖怪の方の競技に参加してるんだ。


「これはっ!! 影の薄さの勝利! 接近に誰も気づかなかったっ!! お見事です! 見事なステルスです!! 影の薄さは伊達じゃないッ!!」

「酷くないですかっ!?」


 暁御の悲痛な叫びが俺の耳に届く。

 すまん……、否定出来ん。

 つか、なんで司会はそんな情報まで握ってるんだ。


「で、どいてくれるかね」

「名残惜しいですが」


 そう言って藍音が俺の上から立ち上がり、やっと俺は、息苦しさから解放されたのだった。












「では、これにて、第一七六二回、地獄大運動会を閉会します」


 程々に赤く染まった夕暮れ時、人々が思い思いに帰っていく。


「やーくしっ、今日、どうだった?」


 俺に声を掛けたのは、前さんだ。

 隣に顔を出した前さんを見て、俺は笑って答えた。


「そいつはもう。そっちは?」

「うん、楽しかったよ」

「そいつは重畳」


 歩いて行く向こうに、手を降る弟と娘たちが見える。

 李知さんも、今は待っていてくれる。


「家庭ってのも、悪くねーかな……」

「どうしたのさ、いきなり」

「いや、なんとなくな。丸くなったな、つーか、俺が父親だなとしみじみ思ったわけだよ」

「父って……、まあ、いいんだけどさ」

「あー、いいんだろ。俺がこの位置取りを気に入ってんだ。問題ねーよ」

「そう、じゃ、帰ろっか」

「おうよ。腹が減ったぜ。おーい、藍音さんや、今日の夕飯は何かねー?」


 言いながら、俺は前さんと一緒に家族の元へと走り出したのだった。









―――

其の六十二です。
今回は藍音さんが贔屓気味だった気がする。
動かしやすいのが悪いと思うんだ。
あと、オールキャラは無理っした。申し訳ないです。
ほんとならじゃら男と幼妻の運動会もやりたかったんですが。
ううむ、番外、書く時間あるかな……。
暁御は――、ドンマイ。


では、返信を。

ミャーファ様

おかげで今回の薬師はへたれました。
藍音にいいようにフルボッコです。
そしてメインヒロインと同居イベント。
実家問題が片付くにはしばらくかかりそうですね。


笹様

感想どうもです。
どう考えてもメインヒロインなんですよね。これ。だけど家柄問題できるのは李知さんと由比紀位だったり。
災害なら仕方ない、と閻魔様も言ってますしね。
ええ、薬師の野郎はフラグを見事スルーしてくれましたよ。流石台風。


悠真様

前さんも、意外とメインヒロインとして動いてくれて、作者としては大助かりです。
むしろ、薬師が女の子のため意外に動いたことなど、由壱くらいじゃ……。
しかも由美とセットだし。
季節外れの台風でしたが、おかげさんで潤いが出たようです。家ふっ飛ばされたほうは溜まったもんじゃありませんが。


ヤーサー様

メイン……、メインってなんだか分からなくなってきましたよ。
そして格好いいくせにその気がないのだから救えません。
小太郎君は、もう一回くらい、登場するかもです。そしてブルマでした、ええ。
閻魔的には、政治問題が絡むため、下手には動けなかったようです。最悪全面戦争でしたが。


奇々怪々様

乱入誘拐器物破損……、どう考えても酌量の余地がありませんね……。
果たして、最後の家ふっ飛ばしはやる必要があったのか不明です。
ノリと勢いだけでやったんじゃないかと思われますが。
そして李知さんルート入ったように見えたけど別にそんなことはなかったぜっ!!


春都様

まるで薬師はパチスロのようです。
リーチはすれど当たらない。確変などもってのほか、ってやつですね。
まあ、これからもおかげで厄介事が舞い込むのでしょう。
これで平和だったら、怨念で薬師が殺せますよ。


SEVEN様

実は、前さんじゃなくてスライムが発破かけに来るという恐ろしい案が……。
やめましたが。ええ、やめましたとも。
そして、薬師の好みにどストライクでしたね、そういえば。
多分その好みは先代大天狗がそれだったんじゃないかと思いますが。


あも様

語感的には燕返しの剣士かもしれません。
そして、なんだか数珠一族との確執が表面化してきました。
玲衣子さんにも関わってきますからね、これは。
そして藍音はその遅れを取り戻すように、胸を押しつけて行きました。


光龍様

見事、李知さん同居中です。
で、前さんが住み着いて、そこから色々と増えた結果。
きっと地獄の空き地に如意ヶ嶽邸が建つのですね。
わかります。


Eddie様

これがメインヒロインの矜持ってやつですかね。
その話のメインは譲っても現れて薬師の背中を押すという。
実家編が始まった時には、きっと無双してくれることでしょう。戦闘力微妙みたいですし。
ちなみにですが、地獄で銃は造れなくもないし、現世から変換すれば使用可です。規制が厳しいですが。


通りすがり六世様

そりゃもう定番中の定番ですよ、でもやってみたかったんですよね。
丁度格好いい薬師も書きたかったところでしたしこれ幸いとばかりにやってみました。
そして、落ち着くまで薬師家にお世話になるようです。
閻魔様個人としては由比紀を送り込む位の準備はしていたようです。薬師のおかげで必要なくなりましたが。


f_s様

また日常に帰ってきました。
でもまた近くに先代編の布石に一話シリアスはさまないといけないのですね、これが。
シリアスばっかり書くと肩がこってしまってアレなのですが。
閻魔系列ですか……、目指せ二桁……? 冗談ですよ?



最後に。

藍音さんの体操服は――、
    汗で……
       血で汚れていて読めない。



[7573] 其の六十三 ワタシトアナタデアアムジョウ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/08 22:36
俺と鬼と賽の河原と。



 あゝ無情。

 レ・ミゼラブルである。

 今回の話の主人公は暁御という名の少女。


「薬師さんっ、貴方が好きですっ!!」


 ああ無情。


「……? すまん、聞いてなかった」


 まさにそんな話である。


「……なんでもないです」





其の六十三 ワタシトアナタデアアムジョウ。






 ただ、無情に川のせせらぎだけが響き渡っていた。

 なるほど見事な一念発起だったと言えよう。

 相手が――、超弩級要塞如意ヶ嶽薬師でなければ。

 超弩級要塞を一度の行軍で落とそうなどというのは下策も下策、無謀で蛮勇もいいところである。


「んー、そうか」


 そして、この弩級要塞、追撃を仕掛けない。

 見事である。

 無駄に追手を出して戦力を減らすような真似は絶対しない。

 おかげ様で、見事暁御は返り討ちにされただけで終わったわけだ。

 ここで、もう少し薬師が気になるとか言っておけば、話は変わったのだろうが。

 しかし、男暁御、ではなく、女子、暁御、これまで幾度となく弩級要塞に殲滅されてきた少女である。

 この程度で潰れるようなバイタリティは持っていない。


「あ、そうだ、一緒にお昼ご飯食べませんか?」


 暁御再起動。


「あ、悪い、先約入ってんだけど」


 暁御、沈黙。


「……」


 再起動。


「じゃあ、夕飯は――」


 敵要塞の砲撃、退避、退避ー!!


「ああ、本当悪いんだが予定が入っててな。ちょいと夕飯作りに行かないといけねーんだ」


 沈黙、応答ありません!

 おお、なんということだろう、薬師には一分の隙もないと言うのか。

 勝率はゼロなのか。

 しかし、暁御は諦めない。

 勝率が果てなくゼロに近かろうと、それはゼロではない。

 薬師を相手にした場合、それはコンマから先のゼロが天文学的数字になっているだろうが――。

 まかり間違うことも有り得るかもしれない。

 まるで地球でツチノコを探すかのように困難な有り様。

 だがそれでも人は夢を追い続けるのだ。

 そう、たとえ幻でも、男たちはロマンを、夢を追い求め続けるのだ!!

 じゃ、なくて。

 そう、アレである。

 うん、今回の話は暁御の話である。

 決して男たちがツチノコを探すスペクタクルではないのであしからず。

 では、テイクツー。

 そう、たとえ幻でも、暁御は決してあきらめたりしないのだ。


「で、では、隣で石積みしても――」


 苦し紛れの悪あがき。

 必死で己を主張する。

 対して薬師は――。


「薬師様、少々よろしいでしょうか。明日の夕飯の材料を買いに行きたいと思っているのですが、なにか希望は」

「んー、なんでもいいけどな」

「そういう返答が一番困るのです」

「そーさなぁ、春巻き食いたい」


 藍音と話していて、この男聞いちゃいねえ。


「……くすん」


 ああ無情。

 しかし、ここで留まってなどいられない。

 ライバルは星の数ほど、というか今だ増え続けている。

 後手に回っては、先を越される。

 そう考えて暁御は、覚悟を決め、女の戦いを始めるのだった。




 しかし。




 それから先、暁御は悉く作戦を潰された。

 何といってもこの機動要塞薬師、いつもは予定なんてあったもんじゃないだらだら生活のくせに、まるで今日という日を見透かしたかのごとく予定を詰めまくっていたのだ。

 なんという神算鬼謀、薬師恐るべし。

 あらゆる策は薬師に届かず。

 すべての兵器は効かず。

 すでに今日という日は終わりを告げ掛けていた。

 暗い夜道を一人歩き、思う。

 自分ごときでは彼に相応しくないのではないか。

 もっと素敵な人がたくさんいるはずだ、と。

 だが。





 退く訳にはいかない。


『これはっ!! 影の薄さの勝利! 接近に誰も気づかなかったっ!! お見事です! 見事なステルスです!! 影の薄さは伊達じゃないッ!!』


 もう、後はない。


『酷くないですかっ!?』


 前に進むしかない。




 果てに――、

 ついに暁御は最後の反攻作戦に出た。






 これは――、誰も語らぬ、誰にも語られぬ戦いの記録である。









「此方、暁御、目標の前に来ています」


 暁御もなかなかなノリである。

 と、いうわけで暁御は薬師宅の前に立っていた。


「じゃ、じゃじゃ、じゃあ……、今から――」


 今回の大反攻作戦。


「よ、夜這いに……」


 “オペレーション、夜這い”である。


「あの、そのまんますぎません?」


 じゃあ、オペレーション、真夜中に貴方の元へ向かう私の――、


「いいです、夜這いで」


 と、いうわけで、暁御のオペレーション夜這いが発動したのであった。

 乙女の心情としては、夜這いとは如何なものか、と、こういうのは男性の方から、などと考えていたが、もう遅い。

 それが通じる相手ではない、暁御はそれがわかっていた。


「では……」


 まずは一手目。

 暁御は薬師宅のドアノブに手を掛ける――!!


「……あ、鍵、閉まってる……」


 頓挫ぁあああああッ!!

 一手目から既に頓挫っ!!

 当然と言えば当然だが、天、いわゆるご都合主義ですら彼女に味方しなかったっ!

 この物語のヒロインであったなら、偶然扉が開いている可能性、不思議パワーでワープ侵入、蹴破るの三択で家に入れるはずなのだ。

 もう既にヒロインかどうかも怪しい領域である。

 彼女にイベントなど用意されていないのか――。

 彼女はドアノブを掴んだまま、項垂れた。


「ふ、ふふ、いいんです、いいんです、私なんて」


 湿度上昇、危険域を突破。

 暁御の周りにどんよりオーラが現れる。

 きっと今の彼女を見た人間がいたらこう言うだろう。


『キノコが生えていた』


 と。

 まあ、人が通りかかっても誰も気づかないのだが。

 しかし、それにしても。

 このまま暁御の戦いは幕を閉じてしまうのか!?

 このまま家に帰って、負け犬となるか?

 退きたくない、しかし現実は厳しい。

 だが、その時――、


「私なんて――、え?」


 ――奇跡は起こる。

 暁御の手が、ドアノブをすり抜けた。


「え?」


 驚き、確かめるようにドアノブを掴もうとして、

 またすり抜ける。


「もしかして……」


 暁御は、意を決したように、大きく一歩踏み出した――!


「……通れた」


 衝撃は、ない。


「うそ、でも……、なんで」


 暁御は今、確実に扉をすり抜けていた。

 ……そう!

 暁御は影の薄さの値、Shadow Density Numerical、略してSDNが限界値に達した時、物にすら存在を感知されなくなるのだっ!!

 六十話近い話数、キロバイト数にして800近いそれに鍛えられた影の薄さは伊達ではない。


「でも、今なら……」


 ちなみに床には無視されないなど随分都合のいい能力である。









 結果的に。

 暁御は誰ひとりに気付かれることなく、薬師の部屋に到着した。

 見事なステルス暁御だった。

 そんな暁御は、ベッドの前に立ち、そこに眠る薬師を見る。


「薬師、さん……」


 薬師は安らかに、無防備に眠っている。

 いい御身分である。

 そんな中、暁御は万感の思いを吐き出すように、呟いた。


「薬師さん……!」


 焦りがあった。

 苛立ちがあった。

 ここに至るまでたくさん悩んだ。


「薬師さん……っ」


 もう一度男の名を呼ぶ。

 息が荒い。

 今までずっと耐えてきた。

 もう、我慢など出来はしなかった。

 座った目つきで暁御は薬師に馬乗りになる。


「はぁ……っ、はぁっ……」


 顔は赤く、頭は緊張で痺れていた。

 見事な、暴走だった。

 大人しい者ほどキレると怖いというが、これもそうなのだろうか。

 だが、少なくとも暁御はここに至って今までの鬱憤を晴らすかの如く、熱に浮かされたような顔で薬師の体をまさぐった。


「んっ……、……薬師さん」


 ここまで来てはもう止まりはしない。

 その手は徐々に下腹部へと迫り――。


「うん……? 誰か、いるのか?」


 薬師の眼が、開く。


「っ――」


 暁御に緊張が走る。

 やってしまった、という思いと、もう戻れないという思いがない交ぜに彼女を責める。

 もう言い訳はできない。

 冷静さを欠いたことで、逃げ道は失われていた。

 だが、しかし、もとより退くなど、暁御は考えていない。

 進むためにここまで来た。

 このままじゃいけないと現状を打破しにここまでやってきたのだ。

 だから、もうやるしかない。

 暁御は、大きく息を吸い。

 言った。


「……薬師さん。貴方の事が――」


 遂に、言ってしまった。


「好きですっ!!」


 伝わるように、届くように、祈るように。

 その言葉は――。


「俺の上に誰か乗ってる気がしたが――、別にそんなことはなかったぜ」


 ああ無情。

 今回の話は正に――、

 そんな話である。







 暁御の、SDNは未だ限界値だったのだ。








 結局。

 先日は、悲しい気分のまま暁御は薬師宅を後にしたのだった。


「……あ、おはようございます、薬師さん」

「おう、おはようさん、昨日は悪かったな、今日は一緒に昼飯食おーぜ」

「! はい!!」


 暁御の戦いは、続く。



―――


其の六十三、お久しぶりです暁御さん。
変なテンションでしたね相変わらず。
色気がないというかなんというか。
ヒロインのイベントじゃないというか。
まあ、霊ですからね、扉くらいすり抜けるでしょう、と。


では返信。


春都様

暁御が二話連続で出て、片方はメインですよ。快挙ですね。
まあ、シリアスなんて続けたって肩こるだけですよ。
別にシリアス苦手なわけじゃありませんよ? ええ、はい、きっと。
藍音さんは何をしても藍音さんだからで済みそうな風潮になってきましたね。これが彼女の策ですか……。


通りがかり様

コメントありがとうございます。
今回で物理法則を超えましたね、ステルス。
まあ、霊ですから。
冒頭の石積みはなかなかいいネタが思いつかんのですね、思いついたらやりたいと思ってますが。


シン様

感想感謝です。
実は、脱げるというイベント案もあったのですね。
今一前後の繋がりが取れなかったのでなかったことになりましたが。
ブルマを引っ張ってるのはその名残ですね、ええ、今になって惜しいことをしたと思います。


SEVEN様

なるほど、そういうことだったのかっ!
カエサル暗殺容疑で拘留中の彫刻のような男のブルートゥスさんがブルマをはいてるところを思い浮かべて吐き気を催しました。
スク水にブルマときたら――。
裸エプロン……?


奇々怪々様

遂にブルマですよ、ええ。私の小説史上初めてのブルマだったり。
そして、薬師ブルマ以前に野郎に深緑のブルマはどうかと……。
ちなみに李知さんのブルマは責任を持って玲衣子さんが保管しております。
暁御、新キャラですねわかります。


ヤーサー様

主だって敵対してるのは、大体数珠家と一分テロ組織位ですね。
まあ、いつの世にも自分の方が上手くやれるって思ってる人は居る者です。
ええ、お色気担当も出そうかと悩んだのですが、時間の都合でカットされました。
ちなみに、李知さんがブルマの裾を引っ張るのは、太腿を隠したいからだと。


あも様

数珠家には九つの十二神将がいてですね、その下に各々百八人衆が存在し、その百八人衆の一人一人に百八人からなる親衛隊が――、
嘘です、すいません。薬師さん九割位吹き飛ばしてください。
そしてよく考えるとトラの腰巻って結構それ以上に大胆装備ですよね。
さらに余談になりますが、藍音さんと暁御、大胆さはいい勝負なのにこの差は、やはり年季なのでしょうか。


ミャーファ様

今は失われしオーパーツ、ブルマでした。
ですが、ここは地獄ですからね、Out Of Place Artifactsの一つや二つあるものです。
藍音さんは相変わらずでした、要塞も多少の被害は被ったようです。
暁御は――、ノーコメントで。


社怪人様

夜行性じゃありませんけどね。
まったく……、健康的なお化けどもです。
どうでもいいことですが、この間水木しげる画の妖怪辞典を古本屋で見かけました。
とても欲しかったです。


f_s様

ずっとやりたいと思っていた……。
だけど機会がなかった。
というわけで秋ですからね。運動の。
ここぞとばかりにブルマですよ。


マイマイ様

まあ、本人的には大したことじゃないのでしょうが。
どちらかというと、薬師は俗人と聖人の間を行ったり来たりしてるというか。
神と人間の間をふらふらしてる感じですね。別に女性を空気とみなしてる訳でもないですし。
ただ、一番不幸なのはそんな朴念仁を好きになった人でしょうな。


通りすがり六世様

ブルマです、ええ、ブルマなんです。
秋ですのでここぞとブルマです。
実はこっち北海道はブルマなんぞ穿いたら寒すぎるほどの気温ですが。
というか、半袖どころか長袖に上着着ないといけないくらい冷え込むほどですが。


Eddie様

地獄にロリコンが多いのは仕方のないことです。
どうしようもないんです。
合法ロリが結構いるおかげで今までの倫理観のリミッターが外れてしまうんです。
藍音さんは常にリミッター外れてますけど。


光龍様

性欲がなくても、あの状況なら鼻血出るんじゃないかと。
後頭部打ったり、窒息寸前だったり。
地獄と天国が同時に味わえる拷問ですな。
薬師にとっては災難でしたが。


春日井様

古き良き時代の遺失物、ブルマ。
今はもうないそれが、地獄の奥地で甦る――!
すいません、ちょっと幽体離脱してきます。
臨死体験すればきっと逝けると思います。


黒茶色様

ブルマにノーブラ、運動のための服なのに、運動には不向きなノーブラ。
この相反する状態が――。
正直どうでもいいですね。はい。
ええ、私も天狗になりたいです。そうだ。山籠りしよう。



最後に。

こんなに短期間にブルマブルマと連続でブルマって打ったの初めてです。

皆さんも好きですね。



[7573] 其の六十四 鈴とじゃら男と賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/12 21:56
俺と鬼と賽の河原と。



 早朝四時。


「ん……、今ぁ……、何時だぁ……?」


 その日、じゃら男は偶然目を覚ました。


「まだまだ……、早いじゃねえかよ、……あん?」


 じゃら男は枕元にある時計に手を伸ばし、時間を確認して再び眠りに落ちようとしたのだが――。

 違和感。


「……またかよ」


 布団の中に、誰かいる。





 とはいっても。

 そんなの一人しかいないわけだが。




其の六十四 鈴とじゃら男と賽の河原と。






「鈴、わざわざベッド貸してやってんだからよぉ、俺の布団に潜り込むのやめろよな……」

『なんで?』


 突っ返された紙に、じゃら男はテーブルに突っ伏した。

 もう何度目になるか分からない、見慣れた朝食の光景である。


「なんでってぇ……、そりゃあ、お前はまだガキだけどよ、女だし、一緒に寝るのは駄目じゃねえの?」

『じゃら男は、ねてるわたしにヘンなコト、するの?』

「しねえよっ! 誓ってもいい、なんせ絶賛片思い中だからな!」


 そう言ったじゃら男の背中は、煤けていた。

 だが、現実は思う通りにはいかないものである。


『じゃあ、だいじょうぶ』

「いやそうじゃなくてだなぁ……」

『おそうの?』

「だから――っ……、はあ……。ともかく、次は入ってくんなよ? 常識的な問題だからな?」

『がんばります』


 その一言に、じゃら男は溜息を一つ。


「頼むぜ、おい……」


 こうして、じゃら男の一日は始まったのだった。









「ってなことがあってだなぁ……」

「ふむふむ、このロリコンめっ」

「センセイにだけは言われたくねえよ」


 河原に、男二人。


「俺はロリコンじゃない」

「じゃあなんでセンセイの周りにんなにロリが集まってんだよ」

「人徳?」

「……」


 呆れた顔で息を吐くじゃら男に、薬師は苦笑を返した。


「別になんかしたわけでもないんだけどなぁ……」

「これだからセンセイは鈍感だって言われるんだぜ?」

「んー、って、俺よか、お前さんちの幼妻だろ? 今の問題は」


 今度は先ほどと打って変わってにやりといやな笑みを浮かべる薬師に、じゃら男は背筋を凍らせつつ、言う。


「幼妻って……、なぁ……」

「家事、させてるんだろ? ほれ、そこにあるお前さんの弁当を作ったのは誰だ?」

「そ、そりゃあ鈴だけどよぉ、先生だって、あれじゃねーか! メイド服の、なんつったっけ……」

「あれは娘で、秘書かつメイドだから問題ない」

「……」


 じゃら男は絶句。

 そこに薬師は言葉をはさむ。


「で、だ。お前さんは鈴をどうしたい訳だ?」


 じゃら男は考える。

 確かに家に入れた。では、これからどうするのか。

 自立を促して、独り立ちするのを待つのか。

 それとも家族として今後十年単位で付き合っていくのか。


「……いや、どうしたいっつってもよぉ……」


 言い淀むじゃら男に、薬師は言った。


「ま、即答するよかそっちのがいいとは思うがね」

「は?」

「精々悩め若人ってことだよ」

「ううむ……」

「だが、あれさね。手え出したのはお前さんなんだから、掴まれた手はしっかり握っててやれよ?」


 責任とってやれ、と薬師は言う。

 じゃら男は何も言い返せなかった。


「お前さんもわかってんだろ? 底辺に沈んでる人間に手を差し伸べるってことがどういうことか」

「……そうだな」


 その言葉に、じゃら男は頷く。

 分かっていたことだ。

 手を出した時点で半端にはできない。

 自分がそうだったように、手を差し出してくれた人間というのは、本人が思う以上に特別な意味がある。


「つーこって、それなりに甘えさせてやれよ。ま、それで間違いが起きたなら起きたで、お幸せにってやつだ」

「間違いってなぁ……」

「お前さんが起こさない自信あるならいいだろう? うん」

「……ま、いいか。頑張ってみるか」

「おう、頑張れ。まずは感謝の気持ちを表すことから始めるこったな。居候の負い目があるから距離を測りかねてるんだろ。安心させてやれば、落ち着くさ」


 薬師の言葉に頷いて、じゃら男は立ち上がる。


「おう、男猛、いっちょやってくるぜ!」

「猛……? あ、あーあーあー! 猛な? おう、頑張れよ猛」

「一瞬猛って誰かわかんなかっただろ、おい」

「カレーにつけて食べることで有名な小麦粉を平たく焼いたナンのことかな?」

「……誤魔化したな」

「ちなみにインドじゃナンよりチャパティの方が一般的らしいぞ?」












「なぁ……」


 じゃら男は夕食を囲みながら、言おうとして、やめる。

 感謝の気持ちを表すとか、甘えさせてやるとか言ってみたものの、上手い言葉が見つからない。


『?』

「いや、えーと、よ……」


 元々、じゃら男は器用な人間ではない訳で。

 そもそも器用だったなら、不良なんてやってないし、もっとうまく立ち回れただろう。

 言い淀むじゃら男に、鈴はメモ帳を突き付ける。


『めいわく?』

「迷惑って……、何がだよ」


 意味が分からず聞き返すじゃら男に、今一度メモ帳が返ってきた。


『いいにくそうだから。わたし、めいわくなおんなかな?』

「ちげぇよ! その、あれだよ! 察しろよ、察してくれよ…!」


 思わず捲し立てるようにじゃら男はそれを否定する。


「俺ぁ学がねえからなんも出てこねえんだよ。別に迷惑なんて言ってねえ。迷惑だったら蹴りだしてるっつの」


 じゃら男の言葉に、鈴は苦笑した。


『猛は、お人よしだから』

「はあっ?」


 自分とは無縁な言葉に、じゃら男は素っ頓狂な声を上げる。


「俺がお人好しなわけねえだろ。あれだっつの、確かに、困ることはあるけどな、迷惑じゃねえんだよ」


 やっと言いたいことがまとまって、喉に引っ掛かっている。

 そう感じたじゃら男は、そのまま畳みかけた。


「あれだあれ、ニアンス、じゃなくてニュアンスだよ。困ると迷惑、のニュアンスの違いだよ」


 必死に頭の中から言葉を攫って、吐き出していく。


「つかな、困る以上に助かってるんだよ。洗濯とかな。俺はもう、お前無しじゃ生きらんねえ、っつの」


 洗濯ものの山はもうないし、レトルトばかりだった冷蔵庫は今では、野菜が詰まっている。

 既にじゃら男にとって鈴は、なくてはならないレベルで、生活に溶け込んでいる。


「それに……、いなくなったら……、多少なりとも寂しいだろうしよ」


 小声で呟いた言葉。

 それに鈴は、困ったように、嬉しそうに、微笑んだ。


『おんなったらしだね』

「……はぁ? 女たらしなんぞセンセイで十分だよ」

『うん、だからおんなたらしなんだよ』

「……意味わかんねえ」


 そう言って諦めたように肩をすくめるじゃら男。

 対して鈴は、大層楽しそうに、微笑んだ。


『うん、わかった』

「何がだよ」


 じゃら男の問いに答えて、鈴はペンを走らせる。

 そうして突き出されたそれには、こう書いてあった。


『責任、とるね?』


 じゃら男は、苦笑を返した。


「百年早えよ」










 ある日、少女は家事をしながら、気づく。

 自分のメモに自分のものではない言葉が書いてあることに。

 そこには、こう書かれているのだ。


『いつも、ありがとよ』


 少女はそれを見て、不器用な同居人を思い浮かべ、微笑むのだった。






――
ほのぼのです。
幼妻を獲得したじゃら男の話でした。
うん、もう人生の墓場だね。
幼女とお幸せに。
まあ、ツンデレなじゃら男を書きたかっただけなんですけど。

ちなみに、雑記の方にも書きましたが、これ、一回消えてるんですよね。
同じ話を書きなおすのは辛かったっす。
しかも書いて出来立てほやほやをあげてますから、ちょっとおかしいとこあるかも。

あと、近況報告となってしまい心苦しいのですが、雑記にも書いたとおり、水曜日から宿泊研修に行ってきます。
木曜には帰ってくるので大幅にとはいきませんが一日二日更新が遅れるかもしれません。


次はどうしようか。
シリアスか、李知さんか、玲衣子さんか、閻魔か、妹か。



では返信。

春都様

暁御、おいしいんだか悲しいんだかわからない子です。
ラブコメ的には、悲しいんでしょうな……。
これで覗き放題ですよ、薬師の風呂を。
SDNが常人の数百倍を示してますから。


ミャーファ様

SDNの他にD(どう考えても)M(メイン)H(ヒロイン)値が……、嘘です。
いや、でもありそうです。正確にはMulti Directional Main Hiroin、MDMHですね。意味は多角的に見てメインヒロインってことで。
李知さんとか最近MAXだったりしそうです。
救われない暁御に運命の女神はほほ笑むのでしょうか。


あも様

S(sugu)D(deban)N(nakunaru)というより――。
S(sudeni)D(debann)N(nai)な気もします。
404Not person その人物は存在しません。
きっと藍音との違いはあれですね、余裕の有無でしょう。破れかぶれでは薬師には通用しないと。


奇々怪々様

生きたステルス迷彩、それがソリッド暁ー御ですね。
段ボール要らずです。
まあ、床とかをすり抜けない点に関しては、暁御の都合のいい方に能力が働くみたいですね。
果たして、思い通りかどうかはわかりませんが。


ヤーサー様

そう、大体二番目位のキャラなのに、一番影が薄いのですね。
暁御ステルスを習得するほどに。きっと、薬師が全開でサーチしてもいることしかつかめないでしょう。
きっと、薬師独り暮らしならたまに不用心にも鍵を開けてるのでしょうが、藍音がいますからね。
次の出番、いつでしょうね。


マイマイ様

よくも悪くも、性欲は人間の有する欲求の中で大きな物ですからね。
いわゆる、仏の悟りの精神には近づけると思います。その他色々の欲は付いて回りますが。
現状の暁御は限りなく妖怪に近い人間です。ええ、きっと。まだ、はい。
人間のスキルじゃないけど、きっと、多分、幽霊ならそう、おかしいことではない、はず……? 多分。


悠真様

まだ、ギリ異能者レベル、でしょうか。
いや、でも、そう言えば神の声と会話を果たしてましたね。
超高性能ステルス、これは便利でしょうね。スパイに偵察なんでもござれ。
でも――、誰もそんな技能持ちいることに気付かない。


ガリガリ二世様

これはお赤飯ですね。
暁御が二話連続で出るなんてここ最近類を見ませんよ。
ああおめでたい。
まさか暁御さんを二話連続で見ることができるなんて縁起がいいです。


SEVEN様

確かに、闇討ち暗殺に向いたスキルですね。
このまま上手く育てば……。
我らが怨敵を……。
でもきっとその前に上手くフラグ編集して止めるんでしょうね、あの天狗は。


通りすがり六世様

いつになれば彼女のまともなイベントが来るのでしょうか。ちなみ私の記憶ではあきみだったはずですが、……そうですよね?
ちなみに、エンド内容には、個別エンドから、オールハーレム、閻魔一族エンドなどグループエンド、誰ともくっつかずうやむやエンドなど、果ては鬼兵衛や酒呑とトリオエンドまで。
色々考えてはいますが、多分その時一番しっくり来そうなエンドがそうなるのでしょう。
まあ、終わるまで結構な間がありますし、もしかすると全部書く可能性もあったり。


f_s様

一番盗みたいはずの薬師のハートに関しては何の効果も持ちませんが。
まあ、幽霊という割に生き生きしてますからね。
飯も食えば、擬似的ながら怪我もする、私もすっかり忘れかけてたり。
SDN値は一体何ケタに達するのでしょうね。


Eddie様

ハアハアする暁御萌えだったはずなんですけどね。
オチが付くオチ体質なのですね、暁御は。
声も、気のせいか、的な。もしくはただの雑音としか聞き取れなくなるとか。
さあ、奇跡は起こるのでしょうか。


笹様

一瞬009に見えた私はちょっと寝不足なのでしょう。
決して落とせぬ、被撃墜率0,000000009%の要塞に立ち向かう戦乙女たち――!
と、書くと何となく戦記物に見えますね。
かくれんぼで遊んでる途中でうとうとしててはっと目覚めると皆帰っていたのもいい思ひ出です。


らいむ様

きっと反則を繰り返せば個室で個別指導が……っ。
閻魔の手料理は千年物の大天狗が死にかけるレベルですからね。
異能の一つ二つ手に入れてこないと……。
もしくはやはり人間やめるしか。そちらに特化した方向に。



では、最後に。


式は――、いつですか?



[7573] 其の六十五 俺と妹とソファやら鍵やら。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/17 19:50
俺と鬼と賽の河原と。





 一人の休みに、一人ソファの上で本を読む。

 なんら変哲のない休みに、ささやかな幸せを覚えながら、しばらくの時が経つ。

 うだーっと、本読んだり、寝たり、起きたり、寝たり、寝たり、起きたり、寝たり。

 そんな時だ。

 ふと、思う。

 前にもこんな光景あったような。


「これ、なんて既視感?」


 もしくはデジャヴ。

 と、すると近々、神出鬼没の不法侵入者がやってくるという寸法だが――。

 果たして、これが三度目の正直となるのか、二度あることは三度あるのか。


「あら、ごきげんよう」


 二度あることは三度ある方だった。


「噂もしてないのに影が差すとは、なかなかやるな」


 仏の顔も三度まで、と言っておきたいものである。

 これじゃ、一人の休みにソファで眠れないではないか。




其の六十五 俺と妹とソファやら鍵やら。




「で?」

「何かしら」


 俺の言葉に、由比紀はすっと惚けて返した。


「用は?」


 次の瞬間、二人の声が重なる。


「「ないわ」」


 なるほど、思った通りの展開であった。

 そんな光景に、由比紀は目を丸くする。

 そもそも――。


「まず、お前さんが俺に何の用が存在する?」


 仕事だとか、そう言った関係がないのだから、そりゃあ、用なんてあるわけがない。

 俺が玲衣子の家に行くに当たって、用なんぞ存在しないように。

 そして、用がないとなると、遊びに来た、としか言いようがないのだが。

 しかし、ここでも惚けて見せるのが、由比紀という人間だった。


「あら、用がないと来てはいけないのかしら」

「おう」

「あら酷い、傷ついたわ。責任取ってくださる?」

「まずは不法侵入の責任を取ってから言ってくださる?」

「してないわ」

「どの口でそれを」

「この口よ」

「で、してないという根拠を事細かかつ明瞭に言ってみてもらえまいか、その口で」

「嫌がってないじゃない。事件にならないわ」

「……、すまない。必要なのは警察じゃなくて病院だったんだな……」

「な、なによ」

「その節穴アイのために眼科か? それとも、精神科か?」

「それは酷いんじゃないかしら……」


 いつものようにじゃれあい、それにひと段落。

 俺は言う。


「暇で寂しいならそう言えばいいと思うぞ」


 多分、図星だろうと俺は思った。

 何故って――。


「そ、そんなことないわっ」


 真っ赤な顔をしていて、全く隠せていなかったり。

 だが、ここはあえて乗ってやる。


「本気か?」

「え、ええ、そうよ? 暇なのはともかく、寂しくなんて、ねえ?」


 すると、取り繕った余裕の表情が見えた。

 見事、期待を裏切らない。


「そうか、暇なだけなんだな? 一人でも全然大丈夫だな?」


 俺の念を押した言葉に、今度は由比紀は怪訝な顔をする。


「ええ、問題ないけど?」


 そこで俺は言った。


「ゲーム貸すから俺、出かけるわ」

「えっ?」


 そう言って立ち上がり、置いてあるゲーム機を指差すと、俺は由比紀の横を通り、玄関へ向かう。

 しかし。


「おう?」


 それは止められた。

 こちとら思わず、ニヤケ面を止められない。

 何故なら。


「どうした? 暇なだけじゃなかったのか?」


 由比紀が俺の服の裾を掴んでいるのだから。


「うっ……、いいじゃない、私の手がどこにあったって」


 強情な奴だ、と呆れと感心を覚えるが、残念ながら手加減する気は全くない。


「いや困るだろう。そんなとこにあったら」

「べ、別にいいじゃない」

「良くない良くない。掴まれるとお外に行けないんだなこれが」

「行かなければいいと思うわ」

「何故? なにゆえ。英語で言うならホワイだな」

「それは……」

「ないのか? ないな? ないんだな? なら俺は行くよ。コンビニの肉まんを食いに」


 言ってて本当に肉まんを食べたくなってきたのだが、それは置いておいて。

 だんだんと余裕がなくなる由比紀を見て、俺は満足感を覚える。

 人をからかって遊ぶのが晩年暇だった俺の趣味だったのだ。

 まあ、先代譲りでもあるのだが。

 しかし、それにしても、この女俺の着流しの腰元の余りを掴んで離さない。


「それとも、他に理由でもあるのか? 」


 そう言った俺の表情はにやにやである。

 それはもう、世紀のにやけ具合である。

 何が悪いって、俺の休日の邪魔したのが悪い。

 なので俺の趣味に付き合ってもらおうではないか。


「うぅ……、さ」

「さ?」


 由比紀は既に顔は真っ赤で目は不自然に逸らされ、涙目を隠しきれなくなっている。

 そして、ぼそりと。


「……寂しいわよ……」


 しかし、そこで妥協する俺ではない。


「すまん、よく聞こえなかった。年寄りの遠い耳にも聞こえるようもう一回」


 そんな俺の言葉に遂に、由比紀の限界が訪れた。


「ええ、寂しいのよっ! 悪い?」


 由比紀さん。見事、開き直りました。

 よし、満足だ。

 と、いうことでいい加減ちょっとだけ優しくしてみる。


「じゃー、一緒にコンビニ行こーぜー」


 その時の俺は、本当に肉まんが食いたかった。











 その結果。

 俺達は二人、ソファに並んで座りながら肉まんを食っている。


「まったく、貴方はあれよね」

「あれってどれだよ」


 言わんとしていることがわからん俺に、由比紀は呆れたように、溜息を吐くように答えた。


「貴方は、ドSよね」

「そんなことはない、気が、する?」

「聞いてどうするのかしら」

「いや、もういいわ、ドSでいい」

「開き直ったわね……」

「そしてそんなドSの休日にほいほいやってきちまうお前さんはドMなんだな。相性ばっちりじゃねーか」


 その瞬間、由比紀の顔が茹でダコの如く赤く染まる。


「っ、わた、私はドMじゃ――!」

「ふーんへーはー?」

「……なんか、貴方と話してると疲れてくるわ」

「おうともさ」

「もっと、優しく、ね?」


 不意に表情を愛らしい物に変え、由比紀は言う。

 俺は適当に切り返した。


「玄関から入ってきたら優しくしてやるよ」

「ねえ……、チャイム押したら、貴方は扉を開けるのかしら?」

「いや、無視する」

「即答!? というか、だったら玄関から入れないじゃない」

「んなもんあれだよ。一休さんのようにとんちで解決しろよ」

「じゃあ、扉を壊すわ」

「俺の態度が辛辣になり、ドアの修理もさせられるが、それもドMの貴方にとっては優しさになり得るんですねわかります」

「だからっ、Mじゃないわよ!」

「へいへいそうですねー、閻魔妹さんはMじゃないですねー」

「釈然としないわね」

「何故って、ドMだものな」

「なんで貴方は私をドMにしたがるのかしらっ?」

「無論相互に利益が上がるからだろ」


 そんなこんなな会話の中、机の上に置いてあった茶を、由比紀は一度啜り。


「まあ……、いいわ。貴方が望むならね」


 そう言って彼女は怪しげに微笑んだのだった。















「さて、じゃあ、私はお暇させてもらうわ」

「おーう。気を付けて帰れよー」


 結局、ぐだぐだと結構な時間が経ち。

 高かった日も既に暮れかけている。


「肉まん、おいしかったわ、それじゃ」


 そう言って玄関へ向かう由比紀を、俺は呼びとめた。


「ちょいとまたれい」


 由比紀が振り向く。


「何かしら?」

「ほれ」


 そんな彼女に俺はとあるものを投げて渡した。

 由比紀はそれをなにかと不思議そうに見つめていたが、すぐに何か理解できたらしい。


「……鍵?」


 そう、鍵だ。


「呼び鈴鳴らしても無視するからな。好きに入ってくりゃーいい」

「まあ、合鍵、わざわざ用意してくれたの?」


 いきなりふっと姿が掻き消えて、由比紀が俺にしなだれかかる。


「いや、ぶっちゃけ余ってた」


 なんで都合よく合鍵があるかって、藍音やら、由美やら由壱やらと鍵を作ったりすることが多く、うっかり一つ余っていたのだ。


「……そう。あれなのね。この飴と鞭の使い分けが貴方をドSたらしめる要因なのね……」

「要らんなら返すといい」


 すると、由比紀はほほ笑んで首を横に振った。


「いいえ、嬉しいわ。それじゃ、行くわね」

「ちゃんと次から玄関使うんだぞー」

「善処するわ」


 善処かよ、という俺の突っ込みを待たず、由比紀は俺の家を後にしたのだった。









 あれ以来、由比紀は玄関を使うようになったのだが。

 たまに直接転移してくるのは、本当にMだからなんじゃないかと思った。






―――

その六十五、完成です。
流石に帰ってきてすぐはきつかったので時間がかかってしまいました。
妹ももう駄目ですね。
ドM街道一直線かもしれません。


では返信を。



春都様

ツンデレ野郎な彼と、地味に包容力のある幼女。
いいカップリングじゃないですか。
見た目犯罪ですけど。見た目犯罪ですけど。
大切なことなので二回言いました。


ミャーファ様

ふふふ、リア充ですねほんと。
女の子のいる生活がどれ程恵まれたものか。
私んとこに女っ気は全くないですね、ええはい。
鈴はもう、じゃら男と結婚すればいい。


紅様

自覚のないリア充共が散乱跋扈しております。
暁御は、まあ、ノーコメで。
ちなみにラスボスポジだったあの人は次回出番があったりなかったり。
暁御は、まあ、ええ、はい。


AK様

感想感謝です。
流石にロリに手を出しちゃいけませんよね、ええ。
頑張って育てるのが正しいあり方です。
猛については、まあ、本郷さんですか……。


SEVEN様

ロリと同棲二組目ですからね。
いい加減ダブル里見の話も書かなきゃいけないんですけどねー……。
時間が足りないっす。一日二十六時間欲しいです。
じゃら男の片思いの人ですか……、きっと花屋のお姉さんですよ。


光龍様

猛が誰だか分らないのは、宇宙の法則で決まっていることです。
どうしようも有りません。
そして幼妻がかわいいのも宇宙の法則です。
ちなみに、次回シリアスのようです。


奇々怪々様

人徳でロリが集まるなら、ロリコンは聖人として生きていくでしょう。
平和な世界の完成ですよ。
じゃら男は亭主関白しようとしつつ結局幼妻に頭が上がらなくなること間違いなし。
要するに駄目夫。


Eddie様

ラッキーでしたね。
自分もなんとなくじゃら男の話が書きたいな、と思っていたところだったり。
暁御はまだ、大丈夫。じゃら男にだけは忘れられてません。
まあ、時間の問題ですけど。


ガトー様

よし、胸を張りましょう。
胸を張って言えば問題ない気もしないでもなかったり。
ええ、そういう時は我が友人のように自ら宣言しましょう。
俺がロリコンだとも、と。


通りすがり六世様

ここは両方行くべきですね。
両手に花です。
むしろ、薬師が幼妻に向いたなら苦労してない気もします。
前さんあたりが。


織様

コメントどうもです。
誰にも気づかれぬまま終わるかと思ったのですが。
いやはや、気づかれるとは思いませんでした。
自分の伏線はようわからんところに張るので気付かれないことが多いんですが。


TA様

指摘感謝です。
見事逆でした。
修正しておきます。
我ながらびっくりのミスでした。


f_s様

猛が暁御いじめのモブ。
じゃら男が今が旬のリア充ですねわかります。
で、暁御って誰でしたっけ。
というお話ですね。


春日井様

大丈夫です。
自分も猛しか分からないです。名字……、確か飯塚だった気もします。多分。
よし、婿投げしましょう。
どうせだから天狗にも手伝ってもらって上空から投げましょう。


あも様

存在しない存在、そんな矛盾が暁御。
というのはともかく。
薬師はきっと天狗だけじゃなくあっちゃこっちゃお姫様とかも落としてそうです。
機会があれば書かれるかもしれませんが。


ヤーサー様

お疲れ様です。無理はなさらないよう。
此方も糖分過多です、遠くないうちに糖尿ですね。
それと、今のタイミングで李知さんを出すと、本当のメインヒロインになってしまう気も。
暁御に関しては、言わぬが花でしょう。



では、最後に。

薬師最強だな。




[7573] 其の六十六 俺と御伽と竹林と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/04 22:14
俺と鬼と賽の河原と。



「お仕事があります」

「いきなりなんだ美沙希ちゃんよ」

「鬼兵衛は出張、酒呑も仕事。他も手一杯で忙しいのです」

「……なんで俺が」

「実は忙しさの一端は貴方の見合い乱入騒動も関係してまして」

「汚いな、流石閻魔だ。見事な汚さを誇っている」

「確かに、貴方に頼むのはお門違いだとは思ってますが……」

「……わかってるよ。俺のしでかしたことの後始末、っても問題ないくらいだしな」

「ええ、もう貴方しか頼れる人がいなくて……、お願いします」

「端からそう言っときゃいいんだよ。んじゃ、どこ行くかしらねーが。とっとと行って片づけてくるか」

「もう一人、同じところに送りますので、協力して事に当たってください。……お気を付けて」











其の六十六 俺と御伽と竹林と。










 目覚めると、そこは竹藪であった。


「……竹林、ねえ? つか、もう一人って――」

「もう一人いると聞いていたが……、お前とはな。薬師」


 満月近く、怪しげな光が照らす竹林に、薬師は人影を見る。

 その影には、見覚えがあった。


「ブライアンかよ」


 金髪を後ろに撫でつけた、まるで中世の騎士のような男。

 なるほど、その男、どの角度から見ても、ブライアン・ブレデリックであった。

 その姿を確実にブライアンと認め、薬師は問うた。


「なんでお前さんここにいんだよ」


 対し、ブライアンはニヒルな笑みを浮かばせて、答える。


「これでも、大事件の首謀者でな。表向きは危険任務に送り出されることで償いとなってる訳だ」

「その実は?」

「ただのボランティアだな」

「そうかい」


 ボランティアの言葉に、薬師は苦笑いを返した。

 地獄において罪人は、よほどで無ければちょっと時間を掛けて精神を洗い流し、転生させてしまう方が速い。

 ちょっとした罪なら普通に裁判をやればいい。

 だが、大事件を起こしたブライアンをどうもしないのは、末端を切ってもどうしようもないという事実と、実質彼のようなすぐれた資質を持つ人間は貴重だからだ。

 利用価値としては、薬師を見れば簡単にわかるだろう。


「だが、お国のことはもういいのか?」


 なんとなく、こんな風にブライアンがのほほんとしているのを不思議に思った薬師は聞く。

 ブライアンという男はもっと堅くて祖国のためならえんやこらさな人間だ、と薬師は思っている。

 そんな彼が、祖国をほっぽり出したような現状が、なんとなく不思議だった。

 しかし、それこそお前のせいだ、とブライアンは笑う。


「生前は祖国に捧げた。だから、死後くらいは自分のために生きるさ」


 憑き物が落ちたように笑うブライアンに、やはり薬師も笑みを返した。

 なるほど、既に地獄であったが、確かにブライアンを殺したのは、薬師だ。


「まあ、今回は社会見学のようなものだな。見聞を広めるのは、嫌いじゃない」

「そうかい」


 今回の件を社会見学と言い切るブライアンを薬師は笑ったまま答え、足を踏み出した。


「んじゃ、行くとすっかね、こっから歩けば村があるんだろ?」

「ああ、そうだな」












「……過疎ってるな」

「それには同意させてもらう」


 竹の合間を縫って三十分。

 二人がたどり着いたのは、繁栄という言葉とはまるで対極にある、例えるなら秋の日の暮れた公園のような寂しさの村だった。


「宿、あんのかね」


 思わず思ってすぐ口に出してしまう。

 夜なのもあるが、人っ子ひとりいないのだ。

 こればかりは、ブライアンにも自信がないらしく、普段のクールな口元を引き攣らせていた。


「探すしか、あるまい……」


 言いながら、ブライアンは明かりのついた民家の一つに向かっていく。


「しかし、どこまで話すかが問題だろうな」


 なるほど、と薬師は頷いた。

 流石に、地獄からここで起こっている怪奇を解決に来ました、というわけにもいかない。


「こういうとき生粋の鬼だったら楽なんだがな……」


 薬師の呟きに、ブライアンが反応を返した。


「そうなのか?」

「あー。鬼の語源ってのは隠れるってかいてオヌっつー位でな? 元から見えないとこで怪奇を起こすようなのだったんだよ」


 そんな見えない畏れを、人々は隠と呼び、次第に鬼と呼ぶようになったのだ。


「だから、こっそり人んちに入って寝て飯食うくらいなら朝飯前どころかへそで茶を沸かす位だな」

「なるほどな、だが、我々にそんな便利なスキルはないぞ?」


 薬師は頷く。


「その通り。だから、上手いこと説得しねーといけねーわけだ。こういうとき、都会じゃねーと不便だな」


 と、そこに至って二人は扉の前に立ち、ブライアンが扉を叩いた。


「こんな時間に申し訳ない。少々、よろしいだろうか」


 その声に反応して、少しの物音が響き、木造の引き戸が横へスライドする。

 現れたのは、六十を越えただろう老婆だった。


「はて……、こんな時間に何の用ですかな?」

「ああ、我々は外から来たのだが、ここらに宿泊施設か、泊めてもらえそうな場所はないだろうか」


 当たり障りのないブライアンの言葉に、老婆は不審げな反応を見せる。


「わざわざ、こんな村に何用ですかえ? ここにはなんもありゃせんが」


 まるで一切歓迎しないその言葉に、ブライアンは数秒の逡巡の後、口を開いた。


「実は……、ここいらで謎の怪奇現象が起きている、と聞いてやってきたのだ」

「……それは」


 しかし、好印象は得られることはなかったらしい。

 老婆の顔は険しくなり、その口調も叱るような物になる。


「悪いことは言わんから、さっさと帰りなせえ……! あんたら、殺されてしまうよ!」


 拒否の言葉に、二人は怪奇が起こっていることを確信。

 老婆の言葉とは裏腹に、帰れないことが確定した。

 そう感じた薬師は、ブライアンと老婆の間に割って入る。


「そいつはいよいよ、帰れねーな」

「若いの、面白半分で首を突っ込むんじゃないよ!」


 老婆の剣幕を、薬師は涼しげな顔で受け流し、言った。


「一つ、訂正だ。もう若くねーよ。それと、面白半分じゃねえ」


 ばさり、と音が響く。


「お仕事でね。その事件を解決に来たのさ」


 老婆が目を見開いた。


「ま、ま、まさか……、天狗様、なのですか?」


 右手に錫杖、左手に羽団扇。

 そこには、黒い翼を広げ、悠然と天狗が立っていた。












「なんとか、上手くいったらしいな」


 老婆から紹介された家へ歩きながら、ブライアンは言う。


「そーさな。ぶっちゃけると五分だったんだが、あのお婆さんが天狗信仰に馴染みのある方で助かった」

「そうだな……、悪ければ村中で追い回されていたかもしれん」

「ま、でもおかげで動きやすそうだな。泊まる場所も婆さんが話しつけてくれたし」


 と、そこで目的の家へとたどり着いた薬師は、その戸を叩いた。


「如意ヶ嶽薬師だ。与謝野さんから話が言ってると思うんだがー」


 すると、話が通っていた故か、すぐに扉が開かれる。

 扉の向こうから出てきたのは、長い黒髪を後ろに縛った高校生くらいの少女だった。

 その少女の服装は、何故か、制服。


「あ、話は聞いてます。貴方が――、天狗様ですか?」


 その言葉に、思わず薬師は顎を落とす。


「あの婆さん、言ったのか……」


 そんな薬師に、少女は苦笑いを返した。


「あの、もしかして、本当に……?」

「ご想像にお任せする」

「あ、はい、それじゃあ、こっちに」


 納得したのかしていないのか、ともあれ少女は家中へ二人を招き入れる。


「邪魔するぜー」


 家の中は、木造に恥じない造りとなっていた。


「では、座ってください」


 土間や囲炉裏、電化製品のまったく見えない、そんな板張りの床に薬師とブライアンは腰を下ろす。


「……そこの方は、母親か?」


 ブライアンが、家にもう一人座る影を見つけ、聞いた。

 少女は頷く。


「はい、母の遼子です、私が、宇高 芽衣といいます」

「ほー、ところで遼子さんは妊婦さんなのか?」


 娘と同じ黒髪が、緩やかな曲線を描き床に流れている、優しげな顔をした女性の腹部は、膨れ上がっていた。


「ええ、そうなんです」


 遼子が、薄く笑って答える。

 薬師は、父親は、とは聞かなかった。

 どう考えても、訳ありである。

 なるほど、わざわざ与謝野という老婆がこちらに薬師を回したのも頷ける。


「若い女性二人の護衛込って訳か、なるほどなー」


 一人頷いて、納得する。

 そんな薬師を後目に、ブライアンが声を上げた。


「それで、この村で起きている怪異というのがどんなものか知りたいのだが」


 地獄では、村で死者が続出していることしか聞いていないし、そちらの調査の込みで来ているのだ。


「では、お話します……」










 話の結果、二人は竹林を歩いている。


「胴と下半身が泣き別れ、ねえ……? 半端じゃねーな、これは」


 芽衣の話によると、村で竹林を歩いた者が腰元で真っ二つにされるのだそうだ。

 現在で被害者の数は三人。

 しかし、何事か警察は事故と判断。


「……ここの治安機構はこうも腐ってるのか?」


 ブライアンの言葉に、薬師は首をかしげた。


「清廉潔白、とは言わんが、流石にこんな事件を事故にするようなこともない、と、思う」


 小さな村だから、と見捨てたのか、もっと別の何かの力が働いているのか。


「実際、それなりの物の怪が幻術を使えや、誤魔化すのは難しくねーかんな」


 会話しながら、月満ちかけた夜を歩く。

 そんな時だ。


「なるほど……、っ。 どうやら」


 前方に人影。


「お出ましだな、ほぉ……、相手は爺さんか」


 その影から、声が響く。


「おやおや、お二人さん、ちょっとお聞きしたいのですが」


 影は、二人に近づき、遂にはっきりと姿を見せる。


「わしの娘を知りませんかね」


 その姿は存外に小さく、腰は曲がり。


「いなくなってしまったのです、突然」


 好々爺然とした姿は、見る者に一切の不自然さを与えない。


「もしかすると、竹の中に入ってるのかもしれませんでな。光ってる竹があれば、教えてくだされ」


 その老人の手に――。


「おんやぁ? 貴方の腹が、光って見えますなぁ……!」


 一振りの抜き身の日本刀が握られていなければ。

 笑みは狂気。

 その矢面に立つ薬師は、その雰囲気に呑まれぬよう脂汗を流しがらも、獰猛に笑った。


「お前、もしかして――」


 この世界出身じゃないブライアンにはわからないだろうが。

 しかし、薬師には、この人物に心当たりがあった。






「――竹取翁か……っ!!」



 その娘の名前を、かぐや、という。



―――
其の六十六、なんとか形になったので、気になるところで止めてみる。
では次回、翁の秘密に迫る。

ピザまんが食いたいです。




ということで返信を。


Eddie様

実はヤンデレなのかもしれない……。
というのは置いといて。ドMはもう手遅れでしょう。
暇でドSのお宅訪問なんて狙ってるとしか。
薬師の周りには年中一人の人がいますからね、まあ、誰とは言いませんが。


悠真様

世界は都合よく回るようになってるのですね。
ようするにSの元にはMが集うと。
需要と供給、あるべき姿ですね。
供給が少ない気もしますが。


ミャーファ様

薬師の恐ろしさは軽い顔で重いものを渡して来るところでしょうね。
行けばいじめられるのは分かっている。
しかし、わかっていても行きたくなって言ってしまう。
薬師は貴方の人生を狂わせる可能性があります。


春都様

こうしてつかず離れずの状況を作り出し、自分なしではいられなくする。
薬師……、恐ろしい子っ……!
でも、薬師がドSじゃなかったら、今頃あっさり結婚してるでしょう。
藍音さんかぁ……、この話が終わったらどうしましょ。


あも様

無自覚だから性質が悪い。
いやらしくわざとらしい印象を与えずに飴と鞭を使い分けれるのですね。
閻魔妹では、今までSで通してきた分、アレなことに……。
いやはや、インフルは怖いですね。こっちでもどこぞが学年閉鎖したとか言う話を聞きます。


奇々怪々様

余った鍵をうっかり渡してしまう。それが薬師クオリティ。
ただ、実際ワープで勝手に入ってきますからね。だったら玄関からの方がいいかと。
あんま変わんないですけど。
多分薬師と拮抗してるのは前さん藍音さん位じゃないかな藍音さんは防御力マイナス行ってるけど攻撃力は常にMAXだし。


SEVEN様

自分もピザまんが食べたくてしょうがないです。
真のSはMへの啓発を促すのですね、わかります。
もう既にヒロイン皆アウト気味な気もしますが。
残るは玲衣子さんですか。


f_s様

確かに深夜のテンションは恐ろしいです。
はっと気が付いたらガラナ片手にビーフジャーキー食ってた覚えがあります。
オヤジ臭いと言われました。
まだ十六なのに……。


黒茶色様

もうタイトルを薬師のヒロイン調教記に変えるしか……。
順調に餌付けされる閻魔。
Mへと目覚めさせられた妹。
玲衣子さんと、李知さんが危ないですね。閻魔一族的に考えて。


ヤーサー様

大丈夫、コンビニの肉まんおいしいです。
なんとなく冬場歩きで出かけると食べたくなります。
妹はもう駄目ですね。Mへの道、歩きだしたら止まりません。
暁御は、まあ。薬師との接触自体が、まあ、ええと、まあ……。




最後に。

元気な爺さんだな。



[7573] 其の六十七 俺と翁と父よ母よ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/10/23 21:57
俺と鬼と賽の河原と。




 竹林に老人の笑みが三日月の如く。

 時に狂い男は娘が寄越した刃を片手に。

 竹の代わりに人を切る。

 切れども伐れども娘はおらず。

 次の獲物を探し彷徨う。

 まるで蛾の如く、光に向かい。

 月夜の晩に狂気を以って――、

 竹の代わりに人を伐る。


 その翁、とうに御伽では無し。

 既に、都市伝説である。



 ――その翁、気狂い也。






其の六十七 俺と翁と父よ母よ。






 妖しげに美しき。

 翁の振り上げた刃が煌々と月明かりを反射していた。


「では、あらためさせていただきましょう」


 老人の姿がふらり……、と消える。

 薬師の背筋に悪寒が走った。

 恐怖ではない。

 ぞぶり、と音を立てるような不快感。


「っ……!!」


 瞬間、金属のぶつかり合う甲高い音が響く。


「っぶねえな……、おいっ!!」


 薬師は、不意に後方中空から現れるようにして刀を振り下ろしていた翁と、鍔迫り合いの様相を呈していた。

 薬師の手には、袖から取り出された柄含めて四十センチほどの鉄棒、十手が握られており、翁の刃と見事噛み合っている。


「持ってきて正解だったな……!」


 言いながらも、ガチリ、と神経を入れ替える。

 普段の状況から戦闘状態へ。

 筋肉の硬直から、反射神経までが急速に変化していく。

 今、不快感の答えが出た。

――こいつは、先生に似ている。

 時経て狂った翁と、時によって擦り切れた、師の姿が被る。

 ガチリ、ガチリと音を立ててなにかが嵌っていく。

 あるいはそれは、逆鱗だったのかもしれない。


「おや……、初撃を見切られたのは初めてですな」


 未だ鍔迫り合いをする翁が、怖気のする凄絶な笑顔で言った。


「ただの手品だよっ!!」


 言って、薬師は刃をはじき返した。

 その瞬間、左腕を振って、袖からもう一方の十手も出現させる。

 そして追撃、と思った時にはブライアンが手に持った剣で既に斬りかかっていた。

 大上段から振りおろされた刃を翁は刀で受け止める。

 しかし。


「距離は至近、指向は前方、事象は風、形は刃、数は一。行け」


 ブライアンの言葉に呼応して、翁のガードの向こうに、五センチ程の風の刃が現れ、行け、の言葉と同時に翁へ迫る。

 対して翁は後ろへ飛び退る。

 だが、避け切れない刃が逸らした胸に掠め、肉を抉っていく。

 そこに、ブライアンは追い打ちを掛ける。


「抽出、接続。距離は三、事象は炎、形は円錐、大きさは――っ!!」


 その瞬間、翁が再び消える。

 そして、無防備なブライアンの後方に現れ――。


「させるかぁああああ!!」


 舞い上がった薬師の蹴りが、それを捉えた。

 薬師の高下駄が抉るように突き刺さり、地面に叩きつけられるように翁が落ちる。

 しかし、また消える。

 今度は目前――!

 翁の刃は高く振り上げられ。


「見えてるってんだよっ!!」


 十手を交差させるように横に振りぬく。

 勢いの乗る前だった刃が大きく後ろへ逸れて。

 薬師はそれに追いすがる。


「そこっ!」


 翁の刃に、大きく右手を突き出した。

 十手と刃が噛み合う。

 既に翁の腕は伸びきって、その頭上少し後ろで停止していた。

 その状況では老人どころか人間離れした天狗と競り合う怪力も使えない――!

 そこにブライアンの声が響く。


「変更。指向は術者を中心に北北西。距離は三! 大きさは対象の四分の三っ! 行けっ!!」


 なりふり構わず後ろに跳ぼうとする翁。

 だが――。


「――行かせると思うか?」


 答えは否。

 薬師の左腕が前へ。

 十手の鍔が翁の首を挟み込む。


「大人しく当たっとけえええっ!!」


 薬師は左腕を力任せに横に払う。

 翁は強引に左側に寄せられ――。

 ――そこに円錐型の炎が突き刺さった。








「さて……、こいつで、どうだ?」


 突き刺さった炎が肉を焦がす。


「さてな……、縛の参終了。弐から壱を略式に、爆の零」


 瞬間、炎が爆ぜた。

 肉片が飛び散り――、

 砂と消える。

 乾いた音を立てて、刀が地に落ちる音が響いた。

 そうしてようやく、薬師は息を吐いた。


「まったく、便利なもん使えるじゃねーのブライアンさんよ」

「これでも生前は魔剣士だ。もっとも、事件の際は瘴気を集めるだけで精一杯だったが。しかし、そっちこそ、そんな物を持ってきてたとはな」


 ブライアンの視線の先には、十手。

 薬師は十手を手の内で回しながら答える。


「得意武器だよ。死んだときに持ってなかったから地獄になかったんだが、藍音が肌身離さず持ってたそうで」


 要するに形見の品である。

 その自分の形見を自分で持つというまったく異な状況だが、薬師は気にしていなかった。

 言って、薬師は十手を袖にしまう。


「さって、一旦帰るか」

「これで終わりか?」


 そう聞いたブライアンに、薬師は一度考えるそぶりを見せてから、答えた。


「さあな? 今日明日は様子見だな」










 宛がわれた部屋で、薬師とブライアンは二人、まんじりともせず過ごしていた。

 しばしの間、無言だったのだが、ブライアンがふと口を開く。


「貴様は、まだ事件が終わりじゃない、と確信しているようだが」


 その唐突な言葉に、薬師は面を食らったものの、すぐに答えた。


「いや、確信はしてねーよ? ただ、このまま終わるのは、呆気ない」

「そう、なのか? あの老人、思いの外強かったが」


 ブライアンの言葉に、薬師は首を横に振る。


「俺の思う翁なら、まだ何かしてくるはずだ」


 対して、ブライアンは少々目を丸くしていたが、やがてなるほど、と頷いた。


「なるほど。貴様はあれがなにか知っていた風だったな」

「まあ、知ってるつか。こっちの世界じゃ有名人だよ。御伽話の中のな」

「そうなのか?」


 そこで、ブライアンは知らないだろうと思った薬師は、その概要を語って聞かせた。


「まあ、竹取ってよろずなことに使う爺さんがな? ある日竹切ってて娘を発見、育てて見ました、っつー話よ」


 明らかに、よくわからない話だったが、ブライアンは頷く。


「なるほど、大体わかった」

「分かったのかよ」


 語った本人の言う台詞ではないが、しかし、本当にブライアンは大体理解したらしかった。


「御伽話、というのはこちらにもある。そして、理不尽に子供を拾う話もな。そういう場合、男児の場合はその地を荒らす魔物を倒すのが多いが。女児の場合は往々にしてなにかと理由を付けてその場を去るものだ」

「あーあー、なるほど、その通りさね。ぶっちゃけると、可愛いからもてもてだったんだけどな、その娘」


 かぐやな? と付け足して薬師は話を続けた。


「んで、帝にまで結婚しようぜ、っつわれてたんだが。蓬莱の玉の枝とか途中端折って、月の民だから帰らねーとっていう話になったと」

「で、帰ったわけか。だが、今になって化けて出る意味は今一分からないぞ?」


 そんなブライアンの疑問に、薬師は続きがある、と言って答えに変える。


「その後、ぶっちゃけると、お詫びの品みたいなもんが送られてきた訳だ」


 実際は贈り物であり、帝はそれを使わずに焼いた、はずだったのだが。


「それが、不死の霊薬さね」


 何故翁が今生きているのかは未だ分からず。

 ブライアンはなるほど、と頷いた。


「それならば、こうもあっさり決着がつくはずはないな」


 薬師も、頷き返す。


「おうとも、贋物でこれで終わるならそれでもいいんだがな」

「どちらにせよ、注意を怠らないに越したことはないな」

「その通り」


 言って、二人は作戦会議を終えると、二部屋しかない平屋の、残りの一部屋への襖をあけるのだった。

 が。

 その先には、何故か遼子の姿があった。


「温泉に入ってきては、いかが?」

「温泉?」

「はい、丁度我が家の裏にあるんですが」


 居間に出て、もう少しまともな挨拶でもしようと思った二人に、開けた襖のすぐ先に立っていた遼子が、言う。


「ここには何もなくて、何もおもてなしできなくってごめんなさいね。だからせめて、温泉だけは好きに使って頂戴?」

「おー、そうさな。じゃ、ありがたく」


 結局、挨拶もそこそこに、二人は温泉に入ることになった。







「温泉、か。話には聞くが初めてだな」


 言いながらブライアンが湯船に浸かる。

 薬師も、それに続いて、岩に囲まれた白い濁り湯へと身を沈ませた。


「ふーん? 一応そっちにもあるにはあるのか」

「ああ。一か所だけな。貴族御用達といったところか」

「RPGみたいだな」

「RPG?」


 オウム返しに聞き返したブライアンに、薬師は苦笑いを返す。


「いや、こっちの話」


 それきり、会話は出なかった。

 ただ、ゆっくり時間が流れ。

 先程のように、ふとブライアンが口を開く。


「先程の敵」

「なんだ?」

「貴様には思うところがあるようだが」


 なるほど、ずっとこれが聞きたかったのか、と薬師は納得した。

 先程の部屋での問いは、これを聞こうとして失敗したらしい。


「なんで、そう思う?」


 逆に問い返した薬師に、ブライアンは表情一つ変えなかった。


「お前にしては、余裕がない……、いや、余裕はあったが加減がなかった。まっすぐ、殺しに行ってたな?」


 そんなブライアンに対し、薬師はよく見ている、とばかりに目を丸くせざるを得なかった。


「まったく、野郎なんざ見ても何ら楽しくなかろうに。ま、そうさな。俺はあの翁に少なからず仕事以上の感情を抱いているよ」

「何故だ?」


 直球。

 まるで歯に衣着せようとすらしないその物言いが、少し薬師には嬉しかった。


「似てるんだよ」

「似てる?」

「俺の先代大天狗。姿形じゃなくてな? まあ、女性だったし当然か」


 そんな薬師の物言いに、ブライアンはさらなる疑問をぶつける。


「そう言えば、一代目は死んでいるのか……。待て、大天狗とやらは死ぬのか?」

「ん?」


 ブライアンは、自分の問いの内容を説明した。


「例えば、私の世界の最高位の火龍は、殺しても百年で復活する挙句、封印が限度だったが、そっちは違うのか?」


 大天狗はそこまで高位の存在ではないのか。

 否。


「そーだよ。大天狗は死なねー。死んでもけろっと復活する」

「では、何故死んだ?」


――本当に直球だ。

 そう思って、薬師は心で苦笑した。

 そして、言う。


「俺が殺した。他でもないこの俺が」


 遂に、その言葉にブライアンの鉄面皮に亀裂が入る。

 確実に、驚いていた。


「だが、それでも何故、殺せた?」


 薬師は考え込むそぶりを見せる。


「ふーむ、そうだな。俺だから殺せた。俺しか殺せなかった、俺なら殺せた」


 薬師はふと、その時のことを思い出す。


「条件は色々重なってたかもな。まず、あの人は大天狗に相応しくない状況だった」


 実に、実に長い時間。

 薬師が会うずっと前から生きてきた先生は、百年単位で生きていられるほど、強くなかった。


「端から向いてなかった訳だ。そして、ここに適性の高い後釜が居た」


 世界としては、大天狗を失うのは惜しい。

 しかし、代わりが居る上に、さらに性能の高い物なら、望むべくもなかった。


「結果として。俺はあの人の風を止めた。ちょっと人生に疲れてしまったあの人を、休ましてやったわけだ」


 最後に、薬師はこう締めくくる。


「後は、そうだな。俺が天狗の息の根を止めるのに、適していただけさ。風を止められるのは、俺くらいだろうよ」


 ブライアンは感想一つ言わなかった。


「そうか」


 感想一つ言わず、ただ、自分の疑問を問い続ける。


「だとすると、不思議だな」


 聞いておいてそれはどうか、とも思うが、その物言いが、薬師にとって楽だった。


「何がだよ」


 こうして、苦笑いで返すことができる。


「なんでお前が地獄に居るんだ?」

「あー、あー、それな?」


 玲衣子にも聞かれたな、と思いだしつつ。


「俺にもわからん」


 なんとなく、ブライアンの眼が、点になってる気がした。


「きっちり、俺の風を止めたつもりだったんだけどなぁ……。自分には上手く効かなかったのか。でも、それで消滅しなかったってことは現世に復活するはずだしな。もしかすると大天狗と認められてなかったのか? 俺」

「……そうか」


 今度は、呆れたように言う。

 薬師は、笑った。


「ま、ああいうの見てるとな。ちょいとばかし、とっとと楽にしてやりたいと思ってしまう訳だよ、ブライアン君」

「ふん、わかった。とっとと楽にしてやろうではないか」


 そうして、誰からともなく、湯船から立ち上がる。

 双方、良い笑顔だった。

 そんな時。

 そんな時、奇しくも、温泉の戸は開かれたり。


「お背中、お流しいたします」


 柔らかく微笑んで現れた宇高母と、真っ赤な宇高娘。

 二人がバスタオル一枚で出現し、既に良い笑みとかそんなこと言ってる場合ではなかったりした。










 そしてあれよあれよという間に。

 何故か、部屋で薬師と遼子が。

 居間でブライアンと芽衣が一緒に寝ることになっていたのだった。


「りょーこさんりょーこさんや」

「何でしょう薬師さん?」

「この部屋割はどうなんだい?」


 二人きりの部屋で、薬師が言う。


「それはあれでしょう? なにかあっても守ってもらえるように」

「いや、まあ、それはね? うん、ね? でも布団が一つなのはね?」

「それとも、妊婦に欲情する変態さんなのかしら? 薬師さんは」

「いや、ないな。まず、身重の体に無理を効かす以前に、俺にエロ方面に持っていく気概がない」

「あら残念」

「残念ですかい」

「ええ、ここらで新しい父でも、と」


 思わず、絶句。


「強ええな。母は」

「そうよ、そうともよ。逞しくないとやっていけないもの。夫を亡くした位でへばってたら、娘は、どうするのかしら?」


 薬師は、なんだか、和風庭園付きの屋敷に住んでる未亡人を、思い出しながら溜息を一つ。


「尊敬するよ。で、その夫とやらは」


 遼子は柔らかく、微笑んだ。


「ご想像の通り。一人目として、上と下が真っ二つ」

「そりゃきっつい」

「娘になんて到底見せられなかったわ」

「そうかい」


 しばらく間が空いて。


「ねえ」


 ぽつりと。


「朝まで付き合ってくれる?」

「三日三晩でも」


 そう言って薬師は笑った。













 一方、居間では。


「父親、か」

「うん。そりゃすごい人でもなかったけど、それでも、私にはその背中は、大きかったな……」

「そうか」

「うん……、まだ……親孝行もできなかったのにっ」


 そう言って、芽衣はさめざめと泣いた。

 ブライアンは、それを、真正面に見据えたまま、何も言わない。

 ただ、涙流す嗚咽の音だけが響き渡って、ついに、ぽつりと声を上げる。


「私にも」

「え?」

「私にも記憶がある」


 そう言ってブライアンの話は始まった。


「雄々しい人だった。私の、目標だった。まるで魔法使いのように、なんでもこなす背中を、未だ覚えている」


 ブライアンの父は、ブライアンと同じように剣と魔法を使い、魔物退治を生業としていた。


「しかし、やはり死ぬときはあっさりだった。火龍に食われてあっさりと、いなくなった。私が十の時だ」


 そこまで言って、ブライアンは頬を掻く。


「それで、まあ。えぇと、あれだ……」


 なんとかしようと話しかけてみたが、結局、上手い言葉が見つからない。

 それでもなんとか伝えようと、不器用に絞り出す。


「それでも、私はこうしている。要するに、あれだ。親なんて居なくても、子は――、育つ」


 ぽつり、ぽつりと困ったように絞り出した言葉。

 最初は馬鹿にしているのか、と芽衣はブライアンを睨んでいたが、すぐに、噴出してしまった。


「な、何故笑う。それは多少拙いことを言ったかとは思うが、笑われるとは――」


 しかし、やはり芽衣は未だ笑っていた。


「っぷ、ふふ。それって……、慰めてるの? 不器用な人……」


 そんな言葉に、ブライアンは憮然とした表情を返した。


「生まれてこの方、剣だけを握って生きてきた。慰め方など知らんっ」


 言って、ブライアンはそっぽを向く。

 そんな、子供っぽい横顔に、芽衣は笑った。


「ありがと」

「……、そうか」


 そう言って、ブライアンは一度話すのをやめたが、なんとなく、意趣返しをすることにした。


「しかし」

「何?」

「大胆なのは、この村の風習か?」


 風呂での、ことである。

 そして布団がひとつなことも含めて。

 その瞬間、芽衣の顔は茹でだこの様になった。


「っち、ちがっ!! あ、あれはお母さんが無理矢理連れていったから!」


 顔を真っ赤にし、手を振って否定する芽衣。


「そ、それに布団が一つしかないのも、実際布団今、お父さんの使えないから――」


 そこで、芽衣は言葉を止めた。

 ブライアンが、笑っていたから。


「……能面みたいだ、って思ってたけど。そんな顔もできるんじゃない……」










 寝ている遼子を眺めて。

 薬師は、ふと考える。

 もしあれが不死だったとして。

 ――どうやって倒す?

 答えは、出ない。









 そしてやはり、翁は動き出す。




「おやおや、そこにおったのか。かぐや……」


―――
失敗しましたっ!!
翁の正体に迫れんかったっす!!
結局三篇構成になってしまいました。
あんまりシリアス長くするのもあれだとは思っているのですが。
申し訳ないです、とっととラブコメに帰るべきですね。
次回、決着です。
うんざりしてる方もいるかもですし、いい加減にしたいので早く上げたいとは思ってます。



ええ、今回はちょっとラブコメパートでしたね。

あと、薬師の過去もちょっと開陳。


もしかすると、最後に前中後とひとまとめにするかもしれません。



では返信。


光龍様

確かに、色々と御伽だけで語れない部分がありますよね。
月の使者が来て皆金縛りとか、帝の視界から一瞬で消えるかぐや姫とか。
まあ、出演は翁だけなのですが。
ポン刀振り回す讃岐の造さんですが。


春都様

フラグは、もしかするとブライアンに……。
薬師はまあ、もういいや。
ええ、ブライアンも年頃の女の子と接して舞い上がっているようです。
本人に聞かれたら炎ぶっ刺されそうですが。


ミャーファ様

残念ですが。
ブライアンもでした。薬師はもう熟女キラーですか。
いやはや、おじいちゃん無双始まりますよ。
いっそもうOJI-TYANですよ。


奇々怪々様

ブライアンはガチかもしれない……。
何故ああもしつこく薬師のことを聞き出そうとするのか……。恋ですね。
もうぶっ飛んじゃってますね、讃岐さん。
ポン刀振り回すはブライアンをピンチに押し込むはで。


Eddie様

インパクトが高かったならそれはそれで良かったです。
ずっと出したかったんですよね。
まあ、人生なんて百年あれば十分すぎますからね。
ええ、そりゃもう、元気いっぱい人の切り株を造るくらい簡単ですよ。


ヤーサー様

翁怖いです。
ぶっちゃけた話タイマンだったらヤバかったでしょう。
二度目は流石に有利に進めますが、どうやら闇討ち不意打ちに強いみたいです翁。
ブライアンに春の陽気ですね。分かります。
そして、シザーマン、懐かしいです。


f_s様

ありましたね。でんじゃらすなあの人。
ただ、今回はギャグ世界じゃないので洒落んならないという。
果たして、ブライアンの腹からかぐや姫が誕生するとして。
金色に輝くブライアンというのはいかがなものかと。


TAS様

まあ、なんだかんだと不死になったようです。
次で詳しく語られますが。
思えば久々にまともに戦闘できましたね。
薬師。毎度毎度飛ばされたりしてたけど、ブライアンの御利益でしょうか。


通りすがり六世様

自分でもなんでこんな発想に至ったのか分かりません。
出オチの一種だと思います。
前さんのメイン話しも用意されてますよ。
暁御は――、ええ。まあ、ええ、はい、ええ。


悠真様

いやもう、ベテランっぽいですね。
実はこの道初めて半年も経ってないのですが。
ふっと消えるのを見る限り、もう爺ちゃんは人間かどうか妖しいですね、はい。
そして、ギリギリなこと言ってるのに気付かない閻魔と薬師の鈍感コンビには脱帽します。


最後に。

次回もおじいちゃんがハッスルするよ!!



[7573] 其の六十八 俺と翁と月と水月。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/04 22:12
俺と鬼と賽の河原と。




 ブライアンと昔話をしたせいだろうか。

 要らないことまで、思い出してしまうのは。


「殺そう、殺されよう。お前を殺すのも、お前に殺されるのも、どちらもさぞ楽しいだろう」


 あの人の声。

 晩年の、狂気のこびりついた、まるで錆びた刃物のような声。


「そうかい。こちとら――、胸糞わりーよ」

「それは残念だ。私はお前に殺されるために――、数えるのも面倒なくらい殺したんだぞ?」

「そうかいそうかい、だったら、目論見は果たしてるんだろうさ」

「ふふっ、ならよかった。うん、相変わらずだね、そういう、義理堅さ。お前のそういうところ、大好きだよ」

「ああ、そうかい。じゃあ、死ぬと良い」

「おうともさ! さあ、死合おう! ああ、心が躍る!! 死に焦がれ、殺を愛するこの私に引導を渡してくれ!!」


 戦った。

 凄絶に。

 腕が千切れ飛んでも、足がもげても、食らいつくように殺り合った。

 この時ばかりは、双方に世界の意思とやらが味方していた。

 千切れ飛んだ手足が再生しては――、再び千切れ飛ぶ。

 いつまで戦っていたかは覚えていない。

 三日三晩だったかもしれないし、一瞬だったかもしれない。

 一月だったかもしれないし、刹那だったのかもしれない。

 一晩だったかもしれなければ、永遠だった可能性も、ある。

 たった一つ言えることがあるとすれば――。

 あの瞬間、俺は少しだけ、幸せだった。





其の六十八 俺と翁と月と水月。






「おはよう」


 しかし返事はない。

 ただの屍の様、だったら正直どこのホラー、という話であるが。


「おーい、おはようさん」


 隣に眠る女性を、薬師はゆすって起こす。


「あれ……、いつの間に私寝て――」

「んー、四時ごろにスコーンとな」


 薬師は笑って返したが、遼子の方は、目を擦り、身を起こすと――、

 神妙に言葉を紡いだ。


「付き合ってくれて、ありがとう」


 それこそ構わん、と薬師は苦笑いになる。


「一宿一飯の恩義ってな。その辺込みだから気にすんな」

「でも、元々その、事件の解決にも来てる訳だから――」

「よく考えると。実はお上から報酬が出るから、結果的に貸しなんてなくなるわけで」

「ふふっ、妙なとこで律義ね。貴方」

「よく言われる」


 そう言って立ち上がり、薬師が襖をあけると、どうやらブライアンと芽衣も目を覚ましたところの様だった。


「早いな」


 既に自分が起きておいてなんだが、ブライアンにそう言うと、彼はさも当然のように言い返す。


「戦闘者としてはな。騎士が寝坊では話にならん」


 そんなブライアンを一瞥し、薬師は芽衣を見た。


「そっちの御嬢さんは随分、眠そうだが?」


 芽衣は、重そうな瞼をこすり、どうにか眠気から解放されようと奮闘している。

 そんなところに薬師が声を掛けたため、必要以上に驚いてしまった。


「そっ、そんな、あの状況で寝れる訳ないじゃないですかっ!!」

「布団は譲ると何度も言ったのだがな」


 二人の言葉に、ははー、と薬師は納得の表情を浮かべる。


「なるほど納得した。初々しいこって」


 更に赤くなる芽衣。

 尚言い募ろうとする彼女を無視して、薬師は言った。


「飯まだー?」

「ないですっ!!」


 にべもなし。












「ほほう、嬢ちゃんが飯作ってんのか」

「まあ、身重の母に、無理させらんないですから。貴方の方は?」

「一人暮らしの勝手に身に着いたもんだよ」

「じゃあ、相方の人は?」

「ありゃあ、家事したことねーらしーな。基本お手伝いさんらしいぞ?」

「へぇ……、良いとこの坊っちゃんなんですねえ」

「武闘派だけどな」


 自らのことを棚に上げつつ、薬師は芽衣と二人、台所に立っていた。


「あれ? あれあれ? やっぱり気になっちゃう? 仏頂面の騎士様のことが」


 あまりにも下世話な薬師の言葉に、芽衣は包丁で手を切りそうになってしまい、剣幕で食ってかかる。


「私がそんなことあるわけないじゃないですか! 何を言ってるんですかもう! どこをどう見たら――」

「例えば。ブライアンにだけ敬語じゃなかったり?」

「っーー!!」

「いやあー、いつの間に仲良くなったのかなー。まあちょっと、そこはほら。お兄さんに話してみなさい?」

「そっ、そっ、そっ、それは……」

「と、言う冗談はともかく。吹きこぼれるぞ」

「あっ、あぶない!」


 間一髪、あわや大惨事といったところで、芽衣が鍋つかみで鍋を救い上げた。

 実に、使用されているのがコンロなどという近代的なものではないので、鍋ごと避難するしかないのである。

 が。

 慌てて持ち上げた鍋を、誤って芽衣は落としてしまった。


「きゃあっ!!」


 そこに割り込んだのは、薬師の手。


「滑り込み、うん、大丈夫だな……」


 ちょうど鍋の底に、薬師の手が滑り込みその重量を支えている。

 それを見た芽衣は、感謝よりも先に、思わず言ってしまった。


「熱くないんですか……?」

「超あっちい」



 この男、自身の痛覚にまで鈍感である。

 薬師はのほほんと、芽衣は大慌てで。

 取るべき行動がまったく正反対の二人だった。


「と、と、っととりあえず、おろしてください」

「いや無理だろ。常識的に考えて。JKだよ。ジュール熱って怖いよねだよ」

「ジュール熱関係ありませんからっ!」

「いや、だからお前さんが鍋を取ってくれないとね? 手が下にあるからね?」

「あっ! はい!!」


 慌てて薬師の手から、鍋を奪い取る芽衣。

 そうしてやっと、薬師は手の暑さから脱することができたのだった。


「あっ、早く治療を――」

「いやいや、いいっていいって。こんなもん舐めたら治るって」

「行ってきてくださいっ!」


 そう言って薬師は台所を追い出された。

 ふらふらと向かった先の居間で、遼子と眼が合う。


「あらあら? どうしたの?」

「火傷した。こう、芽衣に貴様はこうしてるのがお似合いだよっ! と、鍋に手を」

「あら、それは酷い」

「で、まあ、それはともかく。舐めりゃ治るって言ったんだが、治療に行って来い、と」


 そう言って、火傷した手をひらひら振って見せる薬師に向かって、遼子はよくわからない笑みを浮かべた。


「じゃあ、舐める?」


 ぺろり、と舌を出して見せる遼子。


「遠慮する。多分芽衣お嬢様に見られたら火傷じゃすまないと思う」

「そう、こっちにスプレーがあるけど」


 そう言って渡されるスプレーを握り、薬師は無造作に吹きつけた。


「痛くないの?」

「程々にな。生き物ってのは強くなるほどに鈍くなるもんだよ……、ってか、慣れ?」

「バイオレンスな人生ね」

「妖怪だから問題なし」

「そうだったわね」


 そんな中、台所から声が上がる。


「できましたよー!」

「おう、じゃあ、飯にすっか」


 そうして、朝は終わる。














「……跡形もねーな」


 昼になり、薬師とブライアンは先日の戦場となった場所を歩いていた。

 そこに、何かが動いた気配はなく。

 放置された日本刀が野ざらしに置いてある。


「これでこいつが移動してたら、あれだったんだがなぁ」

「どうする? 持っていくか?」


 ブライアンの問いに、薬師は頷いた。


「そうだな。証拠物品ってことで地獄に持って行くべきだな」

「では、後で布にでも巻いておくか」


 薬師は刀の元まで歩いていき、それを拾い上げる。


「おお、名刀だな」

「わかるのか?」

「多分。だが、普通のポン刀だな。爺さんこんなもんどこで手に入れたんだか」


 波紋のある、美しい刃。

 まるで吸い込まれそうな雰囲気を持っているが、それまでである。

 結局、それ以上の収穫はなく。


「もしもこの刀に執着があるなら餌にも使えるのではないか」


 というブライアンの提案の元に、刀を持ち帰るだけで終わった。








 それから三日ほど、何も起きなかった。

 疲れていたのか、遼子も次の日からはちゃんと薬師の横で寝ていたし、芽衣も慣れか、眠気の限界か、やはりブライアンの横で眠っていた。

 そして、四日目の夜。

 それは起きた。







 それは満月の晩。

 二人眠る布団のすぐ側で。


「おやおや、そこにおったのか。かぐや……」


 薬師の背筋に悪寒が走る。


「っ!!」


――いる……!

 手に入れた風の情報より、位置を割り出した薬師が布団を蹴り上げ、錫杖で殴り掛る。

 金属製の錫杖と、日本刀が火花を散らす。

 薬師は舌打ちを漏らした。

 リーチ、威力ともに当然、悠に薬師の身長を越える錫杖の方が高い。

 しかし、奇襲を失敗した今、まるで剣豪の如し強さを誇る翁を相手にするのであれば、リーチが長く、取り回し難い錫杖では不利。


「……どいていただけませぬか? そこにかぐやがおるのです。ああかぐや、爺が今行きますからね」


 翁の狂気が見定めたのは、騒ぎに気付いて身を起こした遼子の腹。

 薬師に、冷や汗が流れる。

――遼子が、目を付けられた――!


「ちっ、まずはっ、表出ろやぁあああああっ!!」


 薬師は遼子からできるだけ遠ざけようと、錫杖を力任せに振りぬいた。


「ぬううっ!?」


 老人の体はいとも簡単に浮き上がり、木製の壁を突き破って、外へと飛び出す。

 薬師は、錫杖を放り投げると、十手を出して翁へと踊り掛った。


「何故……、邪魔をするのですかな?」

「うっせぇ! 竹切ってろ爺!」

「おお、そこにかぐやがいるというのに。ああ、かぐや。爺を一人にしないでくれ」

「イっちまってるな、おい!」


 目前でやり合っているはずなのに、翁は薬師を見ていない。

 危険である。

 早々に決着を付けないと、遼子がつけ狙われることとなるのだ。

 今まで無差別だった翁は今、遼子を完全に目標と定めているのだった。


「ちっ、まったく、ボケ老人の世話の楽じゃねえっての!」


 翁の斬撃を十手で受けながら、ぼやくように薬師は言う。

 翁の斬撃は、なんとも気味が悪かった。

 錯覚に近い物かもしれないが、翁はこちらを見ていないように見える。

 にもかかわらず、次々と斬撃が正確無比に飛んでくる。

 気色悪いことこの上なかった。


「どうする……? 風を使うか?」


 受けながら、薬師は呟く。

 幾度目かの、鍔迫り合い。

 そんな時だ。

 若い男の声が響いた。


「抽出、接続。行けぇっ!!」


 翁に不意に突き刺さる炎。

 それに気色を浮かべた薬師は、その場を急いで飛び退る。


「手順をトレース。爆っ!」


 瞬間、円錐状の炎が爆ぜる。


「決まったか?」


 声の主は、ブライアンだった。

 騒ぎに気付いて、術の使用タイミングを図っていたらしい。

 薬師は、そのブライアンに歩み寄って、油断なく、翁を見る。


「さて、拙いぞ? 俺らは――、不老不死の殺し方とやらを考えねばならんらしい」

「何?」


 ブライアンが疑問を浮かべたその瞬間。


「アァ……、ああ……嗚呼ァ、唖ァアアア……。かぐや、かぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかかかかかかっかかかかか」


 飛び散った肉片が、巻き戻されるように、戻っていく。


「か、っかか、かぐヤァ……」

「本気でイってやがるな……」

「どうやら、こないだとは、状況が違うらしいな」


――どうする?

 薬師は自分に問う。

 果たしてどうやって不死を殺すというのか。

 捕える、という選択肢もあるが、不可解なことにふわりふわりと消えるのだ、この翁。

 脂汗を浮かべ、翁を睨みつける薬師に、ブライアンが一歩前に出て、言う。


「私が時間を稼ぐ。貴様は、その間に方策を考えろ」


 薬師は、頷く。


「承知」











 ブライアンの戦いを眺めながら、薬師は思考を巡らせる。

――捕えるか?

 否、難しい。

 ブライアンが都合よく拘束術式を持っていればいいが、持っているなら言っていることだろう。

――ではどう殺す?

 前回と今回、肉片にしたが、翁はけろりとしている。

 物理攻撃は効かない。

 魂に直撃なぞという技は持っていない。

――そもそも不死とはなんだ?

 細胞の一片まで、原子の一つに至るまでを魂を中心にかき集める力が働いているのか。

 単に再生能力が高いのか。

――考えろ……、考えろ、何か手掛かりは……。

 戦いを見てる限り、危険だ。

 ブライアンの剣や魔術は次々と翁にあたっている。

 翁も防御をとうに捨てていた。

 だが、即座に回復し、切り掛る。

 最初は攻撃を頻繁に行っていたブライアンも、消費を抑えるため、防戦一方になっている。

 これでは、最終的にどちらに軍配が上がるかなど明白だ。

 ふと、頭に朝まで持ちこたえるという案が浮かんだが、それは楽観だと、すぐに切り捨てた。

 今回、翁の様子がおかしい。

 前回は倒してから、復活までに時間があったはずなのだ。

 これは、遼子を標的に定めたから、という理由の他にもう一つ仮説が立つ。

 翁は月齢に影響を受けているのではないか。

 例えるなら、太陽光発電。

 月光を受けて行動するというならば、筋は立つ。

 そう、翁が月齢に影響されるというのであれば、満月の今日は、もっとも力が漲るはずだ。

 故に、夜明けで消える保証は、ない。

 復活にエネルギーを使うというのであれば、消費させてしまえばいいが、結局数日して甦ってしまうのであれば、意味がない。

 最悪閻魔を呼ぶしかないが、地獄に帰るにも、閻魔が出るにも日にちが居る。

 数日、事情を話せば閻魔はが急いでくれるかもしれないが、どちらにせよ今すぐは無理だ。

 そして、その極限状態は妊婦には酷だろう。

 最悪、母体が危険だ。

 いつ襲撃されるか、という状況はそういうものなのだ。

 しかも、今回薬師は事前に襲撃に気付けなかった。

 風の探知をしていたのにもかかわらずだ。

 薬師が気づけたのは部屋に現れてから。

 これでは、遅すぎる。

 コンマ数秒で手遅れになってしまうかもしれない。

 だが、今ここで殺す術は、見当たらない。


「ちっ……、どうする?」


 焦る薬師。

 そこに、声がかかった。


「あの……、薬師さん」

「っ、芽衣か。出てきちまったのか。俺から、離れるなよ?」

「いえっ、私は……。それより、ブライアンさんを助けには……」


 ブライアンを気遣う。

 そんな彼女に、薬師は少しの微笑ましさを覚えながらも、考えを巡らせる。


「今、助けるために全力で方策を練ってるとこだよ」


 どうする。

 凶器を壊せばある程度脅威は和らぐだろうか。

 あれだけは、実体と呼んでいいか分からないが、確かに、物質として存在していた。

 だが、凶器を壊したところで、風の探知が効かないとなると――

――ん?

 そこで、薬師は一つの違和感に気付く。


「芽衣。悪いが、遼子さんのとこに行ってくれないか?」


 ずっと不気味だと思っていた。

 どうやって翁は薬師の警戒をすり抜けたのか。

 何故翁はあの刀にこだわるのか。

 どのように、消えたり現れたりしているのか。

 剣術を使えるのは何故か。

 何故、刀だけ――、砂にならかったのか。


「それで、だ。枕元に布の巻かれた日本刀が置いてあったはずだが――、今、あるかないか調べてきてくれ」

「えっ……? はい」


 芽衣が頷き、駆け出す。

 薬師は、ただ、翁の方を睨みつけた。

――よく考えれば。俺の探知をそうあっさり越えられるはずが、ない。

 薬師の探知は、世界を探しても、最高峰に当たる。

 それを越えるのは、容易ではない。

 だとすれば、それは。


「薬師さんっ、ありません! そんな物!! どこにも!」


 現れたのだとするのが、妥当。


「なるほどな」


 翁は、日本刀を探して、ここに現れたのではない。

 薬師は、まるでその言葉を握りしめるかのように呟いた。


「あの日本刀……。あれが不死の霊薬そのものだ……!!」


 翁は、日本刀を基点にして、現れているのだ。









 そもそも、かぐやがもっとも長生きしてほしいと思っていたのは誰だろうか。

 それは、帝よりも、老い先短い翁と媼の方ではなかろうか。

 もし、もしも、日本の地を遠い未来に踏むことができたなら、会いたいのは、育ての親の方ではなかろうか。

 だがしかし、かぐやは不死の残酷さもわかっていた。

 不死は、魂を蝕む病なり。

 しかし、だからと言って割り切ることもできず。

 だから、かぐやはただの宝刀だ、と翁のもとに不死の刃を贈った。

 帝に贈ったのはただの万能薬だった。

 本当であれば、帝に不死の刃が贈られ、翁には万能薬が届くはずであった。

 贈る際にかぐやが見つからぬよう双方を入れ替えたのだ。

 特に、何の説明も付けずに。

 そう、かぐやは両親を不死にすることできなかった。

 しかし、諦めることもできなかった。

 だから、もしもまかり間違って、翁と媼が不死になったなら事故であり、仕方がない、と。

 上手く自分を騙してそのように贈ったのだ。

 その考えは、甘かった。

 最悪の形で、実現してしまうのだから。






 かぐやからの贈り物が届いてしばらくの時を、翁は過ごした。

 そんな中、妻が死んだのは、かぐやが去ってから五年後のことだった。

 流行り病である。

 既に若くなく、体力的にも衰えていた妻は、ぽっくりと、息を引き取った。

 翁はその時に、すべて失ってしまった、その身を嘆く。

 娘は去り、妻は死に。

 広い家に老人が一人。

 手に残ったのは、かぐやの贈ったたった一つの品。

 見事な刀。

 やることなど、一つだった。





 畳の上には、翁の首が転がっていたそうな。








 太陽発電とは、よく言ったものだ。

 あの日本刀は、月光を映して力に変えているのだ。


「あれが本体だとするならば――」


 急ぎで薬師は考えをまとめていく。

 あの刀は、血を介して、殺したものの魂を抜きだすものと仮定する。

 そして、その魂を元に体を形成、破壊されても、元データたる魂が日本刀の中だから、月光を浴びれば再び形成可能。

 あり得ない怪力や、剣術は、日本刀のデータベース内に剣術が使えた者のデータがあったのかもしれないし、剣士を切ったのかもしれない。

 そして、いきなり消えて現れるのも、実際消えて、日本刀から再形成されれば不可能ではない。

 そう考えれば、筋は通る。

 だが、そうすると今日中にけりを付けたい。

 考えるに、満月の今日、あの刀の充電は終わる。

 果たして、月の民が夜しか出れないような欠陥品を不死だと言い張るだろうか。

 否。それであれば永夜の刃を名乗るだろう。

 であれば、十分に月の光を得たならば、昼でも動くはずだ。

 どれも仮説である。

 しかし、最悪のパターンは発生しうる。

 だが、

 もしも、薬師の仮説が当たっているとするなら。


「あれを折れば、すべて終わる……っ!」










 ブライアンは、いい加減うんざりしてきたころ、不意に、薬師の声を聞く。


「お前さんは、後二十秒時間稼ぎだ」


 風を使った通信の様なものだろうか、とブライアンは大きく頷いてみせる。


「まったく……、面倒なことを言ってくれる。だが、まあいいだろう。見せてもらおうじゃないか、不死殺しをっ!」


 翁の刃を防ぐ、防ぐ、防ぐ。

 鍔迫り合いを繰り返し、押し返しては後ろに下がる。

 遂に、翁が咆えた。


「かぐやかぐやかぐやかかかかぐやくがかうあかがああああくやがくあかぐやかぐやかぐやかぐやぁあああァアアアア!!」


 真上に振り上げた刃を――。


「まったく気味の悪い老人だ」


 ブライアンは受けない。


「ジャスト二十秒だ。できないとは言わせない」


 ただ、後ろに倒れて――。


「応とも」


 風が駆け抜ける。

 月夜の晩に、風と刀がぶつかり合う。

 薬師の手の羽団扇の先から、巨大な風の刃が発生していた。

 小さな風の刃を高速で刃状に回転させる様は、まるでチェーンソーの様に、火花を散らしながら刀と噛み合う。


「月に手は、届かない」


 薬師はぽつり、と呟いた。


「水面に映るも――、また然り」


 次の瞬間に起きた、一層甲高い澄んだ音は――。

 鉄の刃が折れた音だった。









 折れた刃が地へと突き刺さり、翁は消えた。

 これで消えなかったら、本当に手づまりだった、と薬師は胸を撫で下ろす。

 果たして刃がソーラーパネルの役割をしていたのか、それとも記録媒体だったのか、それは分からない。

 しかし、翁が消えた現実。

 それが刃が不死の源泉だったことを表している。

 薬師はふと、頭上に輝く満月を見上げた。


「……まあ、人は月に辿り着いた訳で。手は届かなくても。いつか行けるかもな、かぐやのいる月に」


 そう言って、薬師は顔を下に向けて、溜息を一つ。


「壊した壁、経費で落ちるかな……」


 その背中は煤けていたという。















「いって、しまうのね」


 夜が明けて、綺麗に晴れた空の下。


「ま、これでも死んだ身でね。役目が終わりゃ、地獄に帰るのが相場さね」

「もっと、いるものだと思ってたわ。結局、手も出してくれないし」

「悪いね、有能でさ。まあ――」


 残念そうに微笑む遼子に、

 薬師は笑って口にした。


「そのうち子供の顔でも見に行くよ」

「そう……、じゃあ待ってるわ」

「おう、じゃあな」


 踵を返し、薬師は歩き出す。


「向こうは大丈夫かね……?」







「行っちゃうの?」

「ああ。役目は果たした。逝かねばならん」


 芽衣は、ブライアンの服の袖を、ギュッと握りしめた。


「行かないで、欲しい。そう、思ってる……」


 ブライアンは、頷きも、首を横に振ることもしなかった。


「そうか」

「でもっ、それが我儘なのもわかってるっ……」

「……そうか」

「だったらいっそっ……! 死んでしまえば、一緒にっ!!」


 彼女は、ブライアンに縋りついて涙を流す。

 父を亡くし、そこにブライアンがやってきた。

 まるで、弱みに付け込むようだ――、とブライアンは自嘲する。


「そうっ、おもうけど――っ!」


 揺れていたところに支えられれば、誰だって、寄りかかりたくなる。

 きっと、ブライアンじゃなくてもよかったのだ。

 慰めてくれたなら。

 彼女も、わかっている。

 母のためにも、死ぬことなどできるわけがない。

 だけど、一度、一瞬でも。

 ブライアンに寄り掛かってしまった。

 だから、一人で立つ自信がない。

 ブライアンは、そんな彼女を見て、たった一つ。

 その指で涙を拭いて、芽衣をひきはがす。

 そして、無情にも背を向けて、歩きだした。

 たった一つ、言い残して。


「生きろ」


 返事は――。

 帰ってきた。


「うん」













――折れた刃の行方は――



 下詰神聖店。

 そこではカウンターに店主が座り、折れた刀を検分していた。


「どうだ?」

「なかなかに面白い構造をしてるな。興味深くあるよ。そう言えば、薬師、鞘はどうしたのだ?」

「鞘? んなもんあったのか?」

「ああ、鞘に差すと省エネモードに入ってスリープになるらしい。要するに封印処理だな。どう考えても随分昔の品なのだ、そういうことができないと、今更出てくる意味がわからんと」

「確かにな。っつーこたー。誰かが抜いたっつーわけか?」

「事故か何かかも知れなくはあるが」

「ふーん? で、治せるか?」

「俺を誰だと思っている? 通常刀を接ぎ直すなんて不可能だが、ことここ地獄においては。霊子を繋ぐだけでいい。俺の十八番だ」

「あー、できれば。爺さんの精神状態もどうにかして欲しいんだが?」

「問題ない。もとより、刀のバグ込の異常狂化だからな。精神ケアせずとも刀のバグ取りだけである程度行くだろう」

「そうだったのか。だが、なんにせよそれは重畳」


 そう言って薬師は笑う。








 それからというもの。


「薬師様」

「ん?」

「その日本刀はどうしたのです?」

「んー、ちょっとなー」


 薬師と共に茶を啜る老人の姿が度々目撃されたと言う。








――翁は家族に囲まれて、かぐやの帰りを待つと言ふ――






―――

長かったです。
疲れました。
これにて翁のお話は終幕です。
やっとこさこれで先代編最終章に突撃できます。
シリアス疲れたので五、六位はラブコメしたいですが。





あと、どうでもいいブライアンの魔術に関する設定を。

ブライアンの使う魔術の特徴は、声にして、まるでプログラムの如く言葉で内容を設定していき、行け、などのコマンドで発動する。
詠唱に時間を掛ければ掛けるほど細かい設定ができ、強力になる。
詠唱で設定しなかった場合は、術師ごとに決めたデフォルト設定に沿って発動する。
その為に、デフォルト設定と噛み合わない設定を詠唱すると発動できなくなってしまう。
それを防ぐ駄目にデフォルト設定をしない術師もいるが、設定なしでは設定していないところはランダムとなり、不確定要素が強い。
また、その場で使った魔術であれば、抽出、接続の一言でコピーペーストの如く省略できるため、その場で戦えば戦うほど強くなる。



では返信。

通りすがり六世様

これにて種明かしです。
婆さんが先に逝って、事故で翁は不死になってしまいました、でfinalanswerです。
というわけで、まだましになったけど結局ぶっ飛んだ爺さんが薬師ファミリー入りです。
宇高親子はきっと強く生きていくことでしょう。


ヤーサー様

薬師ですから。誰だって落としますよ。
まあ、この小説は主人公最強なので薬師はあれですよ。
近接に置いて、それと防御に回られたら誰にも崩せません。
ブライアンはなんかスクリプトみたいに言葉で指定するようです。どちらにせよ随分と強いようですが。


musurimu様

感想どうもです。
そこまで深く関わらせれませんでしたけどね……(汗
でも、その通りです。
ええ。最後に翁が狙うとしたら妊婦かなーと。


f_s様

元気溌剌、ハッスルしましたよおじいちゃん。
ええ。本当のことを書いただけでありますっ!
私は無実ですっ!
有言実行であります。


光龍様

鬱アニメですか。
私が真っ先に想像する、良いボートで学校日々なあれでしょうか。
見たことはないんですけどね。そんな話を聞いたことがあります。
あとの、妊婦が登場する鬱は思いつきません。


奇々怪々様

いっそ爺始まりました。
これからは翁の時代っ!!
というか、薬師は妊婦どころか健常者すら手を出しませんからね。
いやはや。夜中にふと目を覚まして、部屋に翁が居たら背筋が凍るじゃ済みませんね。


絹ごし弐式改様

答えは、刀が不老不死の薬でした。
実は刀が不老不死の薬だったんだよ!
というキバヤシ的な暴論で答えです。
万能薬とやらについては全くの捏造です。


悠真様

実は刀が本体でした。
というと何となくスペースコブラを思い出します。
ブライアンは罪作りにも格好良く立ち去りました。
ちなみに、錫杖は雷出すのが本業なので、出番はあるかと。十手は防御向きですし。




では、最後に。

OJI-TYAN無双が起こるのは確定的に明らか。



[7573] 其の六十九 貴方の家には誘惑がいっぱい。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/04 22:11
俺と鬼と賽の河原と。




 李知。

 李知である。

 彼女に姓は存在しない。

 ただの李知であり、李知でしかない。


 と、言うのは今回の話にまったく関係しない。




 今回は。


「……うだー」


 仕事から帰ってきた薬師と。


「薬師様、マッサージを……」


 それを好機と見た藍音と。


「待てっ、胸を押しつけるのはマッサージじゃない!」


 薬師宅に住み着いた李知のお話である。





其の六十九 貴方の家には誘惑がいっぱい。





 その日、玲衣子の家に泊まりに行くという子供たちを、李知は笑顔で見送った。

 そんな時である。


「行きましたか。これで、あの子たちが居たらできないこともできますね」


 李知の隣に立つ、メイドはぼそり、とつぶやいた。

 誰に、とは言わない。

 当然、薬師を標的にすることは決まっている。


「何故……、二人が居たらできないんだ?」


 李知は、わかっていても聞かずには、いられなかった。

 その時李知に、電流走る……!


「教育に悪影響ですから」


 あんまりな答えに李知は戦慄した。

 即答である。

 この女、オブラートに包もうとすら――、しなかった。

 潔いまでの姿勢。

 そんな藍音に、驚愕し、一瞬その姿勢を見習うべきか、と考えて取りやめる李知。

 その選択は正しい。


「……そうか」


 結局、そう言うことしかできなかった。





 そんな朝の一幕を終え、居間に戻る。


「うだー……」


 そこにはソファに転がるUMA、だらけ天狗が存在していた。


「薬師様」


 そんなUMAに、藍音は声を掛ける。


「んー……? どしたー?」


 ちなみに、日曜とはいえ、三人同時に休みがあるのは結構稀だったりするのだが――。


「……暑くはありませんか」


 唐突に、そう、唐突に藍音は言う。

 薬師は怪訝な顔をした。


「んー? いや、暖房ついてっから別にそうでもねーと思うがね?」

「私は少々、暑く感じます」


 その、その瞬間であった。

 その様子をうかがっていた李知に再び戦慄走る。

 唐突に、藍音がメイド服の上半身部分を脱ぎ始めたのである。

 胸の前のチャックは開かれ、衣替えギリギリの半袖を手首に引っ掛ける。

 ぶっちゃけると、胸はほとんど見えていた。

 半脱ぎというか、四分の三である。

 本当に、ギリギリ。

 まるでこだわりのある少年漫画の如く、上半身の極一部だけが驚異的な角度で守られている。

 ちなみに、ノーブラでした。

 しかし。


「熱でもあるんじゃねーの?」


 動く木石、薬師、この程度で動じはしない。

 史上最強の不能の名は、伊達ではなかった。

 自然な動きで額に手をペタリ、である。

 もう既に冒涜とかいうレベルではない。

 これぞ、神の領域。悟りの境地であった。

 と、いうのはともかくとして。

 そんな異常な光景を目撃した李知は、言わざるを得なかった。


「お前達変だっ!!」







「……ううむ」


 秋晴れの空の下、ベランダで一人、洗濯物を干しながら李知は唸る。


「まさか……、ああまで凄いとは。私も見習うべきか……?」


 言っているのは、先程のアレである。

 そう、李知とて恋する乙女。

 あそこまでまっすぐに好意を示そうとしていく姿は、まあ、なんというか、方向に誤りがある、ものの。

 薬師を相手にするのならあれくらいの気概が丁度いいのではないか、李知はそう思わなくもなかった。

 実質、先を越されてしまいそうな勢いであるし、ああでもしなければ、薬師は陥落しそうにない。

 要するに、李知は思った訳だ。

 両想いになるためには、もっと積極的になるべきか、と。


「しかし……、でも」


 先程の藍音を思い浮かべ、シミュレートし、顔を赤くする李知。

 彼女はぶっちゃけると谷間どころか露出無しに近いくらい奥ゆかしい人間だ。

 藍音の様な真似をするには、羞恥心がまるでカーンの如く動きを阻んでくるのだ。

 しかし、そんなことでは好きな男を落とすことなどできはしない。

 甘い乙女のジレンマである。

 羞恥心と恋慕の板挟み。

 巡るは薬師とのドキドキイベント。

 しかし、それを実行する行動力は、ない。


「これは……、でも、いや、それは……」


 一人、考えて却下を繰り返す李知。

 だが。

 李知という女は考えすぎるとオーバーヒートして、突飛な行為に出る女性である。

 よく考えてみると、薬師の前で胸を露出したことならあったりするわけで。

 頭から煙が出そうな雰囲気の真っ赤な彼女の眼は据わっており。

 不意に、ベランダからリビングへと歩き出す。


「おーう、今度は李知さんか。どーした? っ!?」


 薬師が答えた時、その時すでに、李知はソファに転がる薬師の上に馬乗りになっていた。


「……」


 そして、薬師の手を取り、そのままその指を――。


「おう? おおうっ?」


 要するに、指ちゅぱというやつである。

 果たして彼女の中ではどのような議論がなされたのだろうか。

 興味は尽きない。


「まじでどうなさったよ?」


 訳だが。


「え? ああ……。いや、あの」


 ここに来てふと、我に帰る。

 何も考えていなかった。

 そもそも、指ちゅぱ自体、暴走の末のものである。

 当然、薬師が指を切ったなんていう状況ではないし、馬乗りになる理由なんて更にない。


「いや、その、これはだな。ま、ま……」

「ま?」

「まじないだっ!!」


 言うに事欠き、指ちゅぱがまじないとは、見事な破れかぶれだった。

 だが、真っ赤になって絶賛てんぱり中の李知にはこれが限界だった。

 苦しい。

 李知本人もそう思っている。

 だがしかし。


「ふーん」


 相手が悪かった。

 良い意味で。


「んなの流行ってんのか。何のまじないかしらねーけど」


 そして。


「お返しに俺もやってやろう」


 悪い意味で。


「っーーーーー!!」


 いきなり想い人に指を咥えられるという不可解な状況に、李知の脳は再びオーバーヒートした。

 彼女は正に驚いた猫が如く飛びあがり、脱兎のごとく逃げ出したのだった。


「……? まあいいか」


 結局、鈍感男は気にしない。











 そんな一幕であったが、それを見ていた者が居た。


「……負けていられませんね」


 超特急不停止メイドである。

 彼女は、昼食で行動を起こした。


「なー……、俺の箸の居所について問い詰めたいんだが。小一時間ほど」

「……ありますよ」

「どこに?」

「……ここに」


 藍音は、惜しげもなく、己が箸に指を指す。


「では、口を開けてください」

「え、いや、待て待て待て待て。冷静になれ。なんでいきなりそんな状況やねん」

「知らないのですか?」


 藍音は、しれっと言った。


「今日はそういう日です」

「……いや、ないだろ。ないだろ。二回言うくらいないだろ。これで三回目だよ。なあ、李知さん」

「えっ? あ、いや」


 いきなり話を振られた李知は戸惑いながらも否定しようとして――。

 ふと、葛藤。


「……本当ですよね、李知」


 嘘をつく訳にはいかない……!

 行かないが……!


「何を言ってるんだ薬師。今日は特別な祝日だぞ? でなければ私と藍音が一緒に休めるはずがない」


 ここで藍音の尻馬に乗れば、自分も薬師にてずから食事をさせることができるかもしれない、と。

 あっさりと乙女は誘惑に負けたのだった。


「では、口を開けてください」

「え、あ、いやまじなん?」


 観念して口を開ける薬師。

 差し出されたコロッケを、素直に咀嚼するのだった。


「まったく、仕方がないな。薬師は。まあ、そういう日だしな、私もしてやろう」

「んー、しゃーねーか」


 諦めて、おずおずと差し出されたそれを、口で受け取る薬師。

 諦めてからは、この男、速かった。

 そして。


「……これで貴方も共犯者ですね」


 ぼそりと、藍音が李知に呟いた。


「ああ……、よろしく頼む」


 二人が手を組んだ瞬間だった。

 と、まあ、エスカレートした結果、藍音が押し倒して口移ししようとしたり、李知がそれを取り押さえたりしたが、無事、昼食が終わるのだった。






 そして夜。

 偶然にも李知と藍音は通路で鉢合わせする。


「藍音……、来た当初はどうなるかと思ったが」

「そうですね、李知」

「なんだかお前とは上手くやっていけそうな気がする」


 そう言って二人は、薬師の眠る寝室の扉に手を掛けるのだった。




 どうやら李知さんは上手くやっているようです





―――

ちょいと遅れました。
風邪気味です。





では返信を。

光龍様

多分、主役になるのは外伝でしょう。
主役でなければ、普通に出ることでしょうが。
これからはしばらくほのぼので行きたいと思います。
ええ、最近シリアス気味だったので。


TAS様

その辺はまあ、刀の方の補正か。
翁が刀から再構成された後にびっくりして思わずうっかりやっちゃったってことで。
自分でもちょっとどうかなと思ったんですけどね。
なんとなく、絵的に首ごろんの方がいいかな、と。


奇々怪々様

ボケ老人、というか翁は既にうん百歳。
もしかすると、ものがたり成立年的にうん千かもしれませんが。
それを考えると元気ですね。
鞘は、そうですね。抜いたものが居るってことで。


通りすがり六世様

確かに、元から元気なおじいちゃんだったことでしょうし。
それに、月の軍勢に何もできず動きを止められてしまったことにより、悔み、更に体を鍛えて剣豪になっていたとしたら……。
まあ、核を基点に、とか、聖句箱破壊しないと、みたいなのはよくありますね。
実際不老不死になると、絶対不変になりますからね。人体的にはあれでも精神はすり減りますし。


悠真様

茶飲み友達、男の友人追加です。
名実ともに老人は翁だけですね。
年齢不詳といえば鬼兵衛酒呑辺りがまったく年齢不詳です。
ええ、翁はやっぱり時代劇ですよね。月をバックに。あと、ちょっとした能力追加の予定も。


ヤーサー様

これで薬師と藍音が不在でも問題ないっすね。
無敵おじいちゃんが一緒です。
しかし、本当に嫁候補が多いですね。全員娶ればいいのに。
ブライアンは春が来たというより、芽衣に春を咲かせて帰った気も。


Eddie様

三編もやりましたからね。あと、二十話辺りからずっと出したいと思ってたりして。
翁に愛着が湧いたりしまして。
まあ、親子についてはあれですからね。
登場人物二人はちょいと少ないなー、というのと、この面子でラブコメフラグが立たない訳がない、って話でしたからね。


あも様

なんだか月ってハイテクなイメージがあります。
薬師は何と言うか、雑学とか、無駄知識とか好きそうですね。
でも、機械の使い方はゲームくらいしか勉強しようとしない。
黒幕に関しては、あんまり大したことないんじゃないかなぁ……、やることは大層だけど。


f_s様

その通りです。
再び始まるフラグ折り。
最終決戦鈍感兵器はいかほどのフラグを破壊できるのか。
そんなお話です。


SEVEN様

パソコン崩壊とは、災難ですね。
まあ、まさかの展開ですよね。爺をお持ち帰りする様は。
ぶっちゃけると親子自体半捨てキャラだったので、というか数合わせに近い物もありまして。
やっぱりね、未亡人は一人でよろしいかと。


最後に。

フラグ破壊の達人すぎて薬師はそこにフラグがあったことすら気付かない。



[7573] 其の七十 俺と娘と寒い日と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/04 22:08
俺と鬼と賽の河原と。




「……お父様」

「んー?」

「私の胸って……、小さいでしょうか」

「まあ、年相応にツルペタだな」

「……どうすれば、大きくなるでしょう?」

「牛乳飲めば、っつー話を聞いたことはあるが、詳しくは知らねーや。藍音に聞いた方がいいんじゃねーの?」

「そうですね、ちょっと行ってきますっ」

「……、いやぁ……、由美も活発になったもんだ。お父さん安心したよ。でもなんで胸?」




 数分後。




「お父様ーっ!」

「おう、どしたー?」

「胸、揉んでくださいっ!」



「落ち着け、素数を数えてくれ」



 今回はそんな話である。









其の七十 俺と娘と寒い日と。






 何故俺なのか――。

 んなことはどうでもいい。

 流石に娘の胸を揉むような変態にはなれなかった。

 不満げにぶーたれる由美を藍音に押しつけて、俺は外に出る。

 そこでふと気付いたことがあった訳だ。


「あれ……? 藍音に預けといたらもっと悪いんじゃね?」


 即座に家に戻っていた。

 藍音の教育はいかん。

 現代の若者の内では大したことはなくて、ただ俺が年寄りなだけかも知れんが、いかん。

 一応、節度は保ってはいる。

 いるが――、その節度はどう考えてもギリギリ限界値なのだ。

 限界も限界、それはもう、叩きつけるとかいう問題ではない。

 なんというか、警察に捕まらなければいいかな、という程度なのだ。

 良くも悪くもあけすけな訳だ。

 まあ、真綿にくるむかの如く育てて温室育ちの何もできない子育つのには同意できんから、俺の望む教育方針でもあるが、まずは常識から入ろうか藍音さんや、というこの状況。

 とりあえず、焦って速攻居間の扉を開く訳だが――。


「あっ、お父様……」

「薬師様、混ざりたいなら――」


 見事な失策だった。

 よく考えてもみればいい。

 胸を揉めと言われる、藍音に押しつける。

 となれば、居間で百合の花咲き乱れそうな光景が広がっていても、ある種、仕方がない。

 いやそりゃ居間でやるなよとか、すぐかよ、とか、そもそも本当にやるのかよ、とか言いたかったが、藍音に押しつけたのは俺。

 言い訳はできない。


「薬師様も揉みたいなら恥ずかしがらずに」

「邪魔したな」


 藍音の非常に不穏当な言葉を聞くことなく、俺は居間の扉を閉めた。


「終わったら呼んでくれ」


 そう言って、俺は玄関で待つことにする。

 まあ、速攻後悔したが。

 俺は今、玄関に腰を降ろし、手を組んでそれを支えに顔を伏せている。

 いわゆる沈んだ体勢な訳だが。

 何故、俺は娘の嬌声を玄関先で聞いているのであろうか……。

 ……気分が真っ青を通り越してどす黒い。

 とても、残念な気分だった。

 というか藍音は何をやっているんだ。

 いや、何も言うまい。

 なんとなく、疎外される父親の気分を暗い玄関で感じていようと。

 例え、一抹の寂しさを感じようとも。

 この事態の半分の責任は俺にある。

 藍音に任せた俺が馬鹿だったのだ。

 これはその罰だ、と俺は言い聞かせた。

 と、そうしていかほど経ったのか。

 この世の虚しさに、俺が悟りを開きかけたころ、藍音から俺に、声がかかった。


「終わりました」

「やっとか」


 俺は立ち上がり、居間に入る。

 由美の頬は少しだけ、上気していた。

 が、気にしないことにする。


「お父様、出かけるんじゃなかったんですか?」

「おー、そうさな。一人でどっか行ってもしゃーねーよ」


 そう言って、俺は歩いていく。

 実は最近、家にコタツが導入された。

 地獄では困るほど雪は降らさないが、十一月になると寒くなってくるものだ。

 と、いうわけで、俺は徐にコタツに足を突っ込むと電源を入れた。

 しかし、だからと言ってなにかある訳でなく。

 結果的に暇な俺は、テレビを点けることとなった。

 コタツの上に顎を乗せて、ぼんやりと見るテレビ。

 見ているようで見れていない、記号の羅列と大差ない。

 面白いか、と聞かれればそうでもなかった。

 まあ、そんなもんだ、と納得し、俺はテレビから一瞬目を離す。

 そんな時だ。

 ふと、由美が目に入った。

 彼女は、こちらを見ている。

 なにか、物欲しげに。

 はて、なんだろう。

 考える前に、ふと、思い付いた。


「由美」


 俺の言葉に、由美は方をびくりと震わせる。

 そんな彼女を安心させるように、俺は苦笑しながら、こたつ布団の端を持ち上げた。


「入れよ」


 なんとなく、手持無沙汰というか、所在無げに見えたのだ。


「あっ、じゃあ……」


 そんな風に俺の横を通り過ぎて、俺の左の面に座ろうとする由美を、俺は捕まえる。


「あの、お父様……?」

「こうした方があったかい」


 俺は言って、有無を言わせず由美を膝の上に乗せた。

 小さい由美はすっぽりと収まって、丁度後頭部を俺の胸に預ける形になる。

 うん、これでいい。


「何がですか?」


 何がいいのか、わざわざこっちを見上げて聞かれても困る。

 言うなれば、なんとなくだ。

 こうあった方が落ち着く、的な。


「そうですか……」


 そんな説明で納得したのか、それっきり、由美は何も言わなかった。

 俺も、特に言うことはなかったから、軽く由美の頭に顎を乗せて、二人、テレビを見ていた。

 相も変わらず、面白くも、つまらなくもない。

 だが、まあいいか。

 テレビはただのBGM。

 目立っても、無くてもいけない。

 そんなもんだろう。

 いつしか、俺はテレビを見るのをやめた。

 ぼんやりと、娘の顔を見る。

 ほんのりと朱の乗った顔に、なんとも言えない穏やかさを覚えた。

 生前はこんな穏やかな日々が送れるとは思ってなかっただけに、なんとも言えない気持ちになる。

 俺の家族も増えたもんだ。


「? 私の顔に何かついてますか?」


 なんて思っていたら、どうやら顔を見ていたことに気付かれてしまったらしい。


「いや……」


 俺は少しだけ返答に詰まる。


「由美は可愛いなと思っただけだ」


 真っ赤になった。

 可愛いな。


「そう……、ですか?」


 頬に軽く指を当てて、照れたように聞く由美に、俺は大きく頷いた。


「おうともさ。可愛い俺の家族だとも」


 言いながら、俺はコタツの上、籠の中に入ったみかんを取る。

 皮を剥いて、中身を出してから、更に薄皮も剥く。

 そして。


「食うか?」

「あ、はい」


 肯いた由美の口元に、俺はみかんを運んでやる。

 ついでに俺も一つ、みかんを口に運んだ。

 まるで、小動物が如くみかんを咀嚼する由美を見て、萌えというものを理解しそうな気になったが、とりあえずみかんを食べ終えて。

 むー、手がべたつくな。

 だがこたつ出んのたりぃー。


「あっ……」

「どした?」


 仕方ないので手のみかんの汁を舐めて見た訳だが、なんか由美は変な表情をしてらっしゃる。

 聞いてみれば何でもない、というのでそういうことにしておくが。

 そんな時だ。

 すっと、自然に俺の隣に藍音が入ってきた。

 二人で同じ面に入るようなこたつではないのだが、藍音が細いため、さほど気にならない。


「どうしたよ」


 いつも藍音の行動は唐突だ。

 今更、驚くも何もあったもんではないが。


「……私も、貴方の可愛い家族ですか?」


 聞いてたのか。

 そして、そんなつまらんことを聞きに来たのか。


「私にはつまらないことではないと思いますが」


 そこまで言うのであれば、仕方ない。


「何を今更。俺とお前さんは千年近くも家族じゃねーか」


 言ってて随分長いと今更ながらに実感した。

 死んでも続いた縁。

 腐れた所か発酵してることだろう。

 そんな風に考える俺の肩に、藍音は頭を預けてきた。


「貴方はたまに……、ずるいです」


 俺は適当に返す。


「そうかい」










 頭が痛い。

 いや、頭痛的な意味ではなくて。

 どうやら、頬杖ついて船を漕いでいて、不意に頭からこたつに落下したらしい。

 ぼやけた意識が少しずつはっきりしている。

 むう、一時間ほど寝てたのか。

 時計を見て時間の経過を確認。

 そして、腹の上と、肩に未だ感触があることを感じて、二人も寝ていることに気付く。

 体に悪いんだがな。コタツで寝るのは。

 まあいいか。

 そんなことを思いながら、ふと、視線を水平に戻すと。

 横の面に座る由壱と眼があった。


「帰ってきてたのか」

「うん、まあね。それにしても、モテモテだね。兄さんは」


 そう言ってにやにやする由壱に、俺は苦笑いした。


「両手に花だ」


 うらやましいだろう?


「いや、俺は遠慮したいかな。うん、それは女難の領域だよね」

「ひでーな」

「俺は見てるだけで十分だよ」

「女っ気ねーなお前。俺の言えた義理じゃねーが」

「いや、兄さんは、ってのはともかく。それこそ、余計な御世話だよ。今は女の子より、強くなりたいかな」


 我が弟ながらなかなかいい心がけではないか。

 それこそ照れもなく強くなりたいと語れるのは、あまりできることではない。


「ふーん?」


 由壱は頷いた。


「うん。今の俺じゃ、好きな子一人守れそうにないからね」


 そう言って笑う由壱。

 かっこいいな。将来モテるぞ。


「はは、兄さんに言われると本当臭くてやだなぁ。というか、成長できるのかな?」


 む?


「外見的な成長なら、ある程度操作できるって聞いたことあるぞ? つか進化?」

「進化って……」

「こう、精神的にどばーんと変わった時、とか。要するに自身がパラダイムシフトを迎えたら、だな。たまに外見が変わることがあるらしいぞ?」


 いわゆる、妖怪になるのと同じ構造だ。

 精神的な変化を受けて、体を最適化する。

 子供に多いらしい。

 ちなみに由美は鬼だから難しいだろう。

 まあ、頑張れば胸くらいはなんとかなるかもしれないが。


「パラダイムシフト、ねえ……? 兄さんはそういう言葉は知ってるんだ」

「おうとも、にーさんは博識だぞ? まあ、成長なんぞ出来んのはほんの一握り、だそうだが」


 へえ、と弟は感嘆の声を上げた。


「じゃあ、もしも俺が成長して、強くなったら、兄さんの相棒になれるかな」

「……相棒?」


 いきなり飛び出した言葉。

 由壱は肯いて見せた。


「今回の仕事も。前の仕事も。現世に行くのは危ない仕事ばかりだよね」

「気づいてたんか」

「そりゃ。藍音さんもわかってるみたいだったけどね。例えば、スーツが破れてたりしたら、何かが掠めたんじゃないかと思うのは、不思議じゃないと思うけど」


 まあ、その通りだ。

 別段隠そうとしている訳でも、聞かれた訳でもないから言ってないだけだ。


「まあ、俺も兄さんが負けて死ぬなんて思ってないよ。あと、死んでも地獄行きだし」


 その意味ではほとんど危険がない訳で、心配など無用な話なのだがね?


「そういう心配じゃないよ。兄さんは誰かが見てないと、あっちへふらふらこっちへふらふら、気が付けばふっといなくなりそうだからね」


 誰かと結婚してしまえばいいんだろうけどね、と付け足す由壱に、ぐうの音も出なかった。


「でも、手綱取ってくれるような、っていうか。兄さんみたいな扱いにくい暴れ馬の手綱を取れるような女性はしばらく現れそうにないし」


 だから、お前さんが俺を見ている、と?


「そうだね。まあ、それすらすぐの話じゃないけど。でも、きっと兄さんが結婚するより早いよ」

「自信家だな」

「と、いうか、兄さんを分析したらおのずとこうなるよ」


 確かに、俺が結婚する確率は限りなく低いな。

 生まれて千年はしなかった訳だし。

 そりゃ千年あれば妖怪は大妖になるし、人は仙人として大成できるだろう。

 強くなるだけなら百年要らないし、手段を選ばなきゃ、十年いらない。


「そりゃそーだな。圧倒的にお前さんが強くなる方がはえーわ」


 そう言って、笑った。

 笑いながら言った。


「だが、俺の相棒は難しいぜ? なんてったってとびきり優秀だからな」


 言いながら、頭を肩に乗せた相棒を見やる。

 由壱も皮肉気に笑っていた。


「そうだね。何年経っても相棒は譲ってもらえなさそうだ。でも、仲間くらいにはなれるよね」

「そうだな。どんだけ強くなっても相棒は譲らんだろうな。だが、仲間くらいにはなれるだろ」


 結局、由壱も男だった、ということか。

 俺はうんうんと頷いた。

 男も大きくなれば庇護下にあることを嫌うもんだ。

 できることなら庇護したい、とも。

 そんな男の子の願いを少し、応援したくなった。


「ま、頑張れ」

「頑張るよ」


 それっきり、何も語ることはなかった。

 気まずいなんてこともなくて、穏やかに。

 いつの間にか、テレビは消えていた。

 なるほど、これが一家団欒か。

 大黒柱、くらいには自惚れさせてもらってもいいだろう俺と。

 家事を担う長女と。

 お節介焼きな長男と、その全員から愛されてる妹、か。

 ううむ、母親でも探すべきかね?

 そんなことを考えているうちに、再び俺の意識は遠のいたのだった。








 目覚めると右隣に藍音が居たのは良い訳だが、左に李知さんが増えていたのは何故だろう。







―――
由美メインと見せかけて藍音が来たと思ったらトリは由壱、この三弾重ねが真のトラップです。
というのは置いておいて。
今回は家族メインってことで。
一応由美分を強めにしてありますが。
さて、これで七十話。
三月の終わりから始めたこの小説も半年過ぎて七十話です。
良いペースかどうかは悩みますし、上手くなったかどうかも微妙ですが。
つか、七十話過ぎたのに、薬師の鈍感っぷりは磨きがかかるだけですね。
凄まじい。


ちなみに北海道は雪降ってたりします。



では返信。

ヤーサー様

あんまりセーブしてないけど、一応気は遣ってるみたいです。
そして、李知さんは藍音さんに中てられてしまったようです。
ええ、あそこの家族に入るともうべったべたですよ。
もう、靴に付けたガムの如く。風邪は大丈夫でした。一日熱上がりましたけど夜寝たら復活です。


奇々怪々様

指ちゅぱです、ええ。
今度は女の子にみかんを食わせて見ましたが。
大丈夫、風邪なんて無くてもタガは外れるものですから。
まあ、おかげ様で熱もとっとと引きました。指ちゅぱの御利益ですね。


悠真様

危ない従者。常にレッドゾーンですね。
彼女はレッドゾーン内で手加減してるので今一加減の具合が分かりません。
李知さんはきっかけがないと大胆になれませんからね。
ある種藍音の行動は渡りに船だった訳ですが。


ミャーファ様

彼女の脳内で何があったのかは不明ですが。
ただ、まあ、乙女脳的が暴走した結果ですからね。
藍音さんは自重できません、マグロの如く。
速度は上がるでしょうが、きっとブレーキは付いてないでしょう。


ヤモリ様

感想どうもです。
一回死んでもう会えないとまで思ってますからね。ちょっとした暴走位なら許容範囲でしょう、薬師も。ちょっとしたかどうかは分かりませんが。
ちなみに、妖怪化に可逆性はないので、色欲が戻る、というよりは上書きされるだけになります。
翁は、まあ。圧倒的にほのぼのしてませんが、今頃は薬師宅できっとほのぼのしてるでしょう。悪代官をすっぱ抜いたりはしてない、はずです。


山椒魚様

お久しぶりです。
無理をしてまで感想を書いてくださらずとも良いのですが、こうしてたまに顔を出していただけるとやはりうれしいものです。
相変わらず薬師は鈍感です。これは宇宙の法則ですね。アレに関しては、やはりネタが思いつかないのと、本編に上手くつなげられないから幅を利かせてしまうんですね、ええ。
皆が忘れたころにまたやりたいなとは思いますが。


光龍様

薬師の一挙一刀足は皆のSAN値をガリガリと削っていきますね。
狙い澄ましたクリティカルヒットを打ってくるから性質が悪いです。
ある種、自分を窮地に追い込んでる気もしますが。
果たして藍音さんがリミットブレイクするのはいつでしょう。


あも様

所詮機関車の類はレールの上しか走れないのですね、わかります。
果たしていつになれば薬師の元へ直行するレールへシフトできるのか。
あのドSの薬師の元に続く切り替え機などあるのか。
大天狗時代の薬師はむしろ嫉妬の炎で焼き殺されそうな気もします。


通りすがり六世様

鳥だって、鷹とか鷲とかいますからね。
乙女は皆猛禽類ですよ。
自分で何言ってるのか分からなくなってきましたが、薬師の貞操は大丈夫でしょうか。
まあ、薬師の貞操を奪うなどミッションインポッシブルなのでしょうが。


Eddie様

あの後、二人にSOINEされて終了です。
きっと彼は相手が勝負下着でスケスケだったとしても、普通に寝るでしょう。
既にスッパで布団に入りこんだお師匠様が証明済みです。
薬師と間違いを起こすには本当に何かの間違いが起こらないと無理っすね、ええ。


悪党様

コメントどうもです。
アンリミテッドフラグワークスですか。
確かに乱立してますが。
ただ、旗の丘ってすごく歩きにくそうですね。


C.l.D様

コメントありがとうございます。
そりゃまあ、お見合いに乱入されるなんてイベントまで起こしましたからね。
気合が入るってものです。
入りすぎな件についてはスルーするのが紳士ってやつです。


SEVEN様

きつく圧迫してる分、圧壊したが最後です。
藍音さんは圧壊してなくても最後ですが。
ドキドキと顔を赤くしながらしながら性教育に加わる李知さんの姿が目に浮かびます。
今回は、由美とエロエロでしたね! ええ!! 薬師は直接関わってないのが遺憾です。


f_s様

ブレーキは壊れ、アクセルは全開。
これが藍音さんです。
そして、たまにいきなりブレーキが利かなくなるのが李知さんです。
何が言いたいって、ブレーキが利かなくなるとネコミミメイドもやってしまうでしょう、と。



最後に。

フラグ神の弟たる由壱はフラグを手に入れることができるのか――!!



[7573] 其の七十一 俺と河原と冬到来。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/04 22:04
俺と鬼と賽の河原と。





「……寒いな」


 それはそれは、寒い一日だった。






其の七十一 俺と河原と冬到来。






「あー……、寒ぃ……」


 なるほど、地獄も本格的に冬到来か、実に寒い。

 別に季節感の再現などしなくてもいいのに、と思うのだが、どうもそうもいかないらしい。

 こうなったら俺の付近だけ温風を吹かすしかないのだろうか。

 面倒くさいけど最近本当にそう思う。。

 と、まあそんな俺は藍音が出してくれたコートを着て、河原にお仕事に来ている。

 ちなみに今日はスーツだ。

 家の中ならまだしも、気温一桁台の中を着流しで歩くほど俺は猛者ついていない。


「寒いの嫌い?」


 そう言って俺に聞いたのは、前さんだ。

 やはり、彼女も冬仕様。

 茶褐色のダッフルコート、とやらと見事な耳あて装備である。


「苦手だよ。そりゃあもう」


 普通の天狗は温風や冷風を吹かせる家電機器の様な真似を練習したりしない。

 そりゃあもう、暑い寒いで風を吹かす天狗など俺しかいない。

 何が言いたいって、俺が寒いのが苦手という事実。


「暑いのも嫌いだけどな」


 そんな俺の言葉に、前さんは苦笑して見せた。


「我儘だ」

「おうともさ」


 言いながら、手慣れた手つきでいつものように、石を積む。

 慣れたものだ。

 やる気はないが。

 どうでもいいが、本当なら河原にストーブが持ってこられるはずだが、ストーブの導入は月の中旬からであり、予想外の気温低下に配備が間に合ってなかったり。


「んー、なんか今年は一気に寒くなったね。なんか、担当者が喧嘩してたらしいけど」


 顎に人差し指を当てて言う前さん。

 担当と言うと、あれである。

 火を司る類の、不動明王やら、北欧出身のスルトやらが夏。

 冬は闘鶏稲置大山主やら、ヘルやらが担当しているらしい訳だが。

 神話に出てくる本物か、称号的にその名を与えられた者かは別としても、そいつらが喧嘩していたとすると穏やかじゃなさすぎるだろう。

 正直、百人どころか、五十になるかどうかも怪しい人数で地球どころか宇宙規模で温めたり冷やしたりしてるのだ。

 それがうっかり加減を間違えたら、まるで別の星に住むウルトラな人達が怪獣と暴れた後並みに悲惨な結果が待っているだろう。

 しっかりしろ運営。


「ぞっとしねーな」

「流石に無いとは思うけどね……」

「でもなぁ……、火の神とか、名に恥じない血気盛んさを誇ってんだよなぁ」

「無いと信じてるけどね……」


 前さんの自身も少しずつ失われてきている。

 本当しっかりしてくれ運営。

 取っ組み合いになったら抑える方も大変だろう。

 つか、火の海か氷の町確定だよねー。


「なんつって、結局今日も平和だなー……」


 だが、まあやはり、結局この言葉に尽きる訳だ。

 あーだこーだと言っていながら、結局何らかの崩壊の予兆すら見せやしない。

 今日も地獄は実に平和だった。

 まあ、出身世界の方はどうだか知らんが。


「そうだね、平和だねー」


 妙に、ほんわかした空気が流れていた。

 実に良いと思う。

 そりゃもう生前はやたら相手とやり合ってた気がするし、たまに出張で別世へ行けば厄介事に巻き込まれるが、帰ってくれば平和というのは、実になんというか、悪くない。

 うーむ、なんつーか、逆だったんだなー。


「何が?」


 む、声に出てたのか。


「いや、あれだよ。昔は暇だったからそりゃもう、戦闘三昧してたんだけどな。どっちかっつと、休みに力を入れるべきだったなぁ、と」


 そんな俺の言に、前さんは一瞬目を丸くして、すぐに微笑んだ。


「そんなの当たり前。だって薬師、バトルジャンキーってわけでもないじゃない」

「すまん、横文字わかんね」


 言ったら、呆れたように苦笑されてしまった。


「相変わらず英語能力変に低いんだね。戦闘中毒者、かな? 当て字に近いから訳は正確じゃないけど」

「ああ、なるほどジャンキーな、ああ」


 そう言えば先生はあの時代なのに英語をやたら変な感じに使っていたなと思いつつ。


「まあ、そうなるよなぁ……」


 昔は凛々しい大天狗も、今じゃ家で寝てる方が好きなぐうたらだ。

 いや、昔凛々しかったか、と言われるとまったくさっぱりだが。

 策とかすぐ適当こくし、部下に丸投げしたりしたけど――。

 ……うん、凛々しい凛々しい。

 きっと。


「そういや、李知は元気?」


 ふと、考えに没頭していた意識が浮上する。


「んー、元気なんじゃねーかな。あーでもあんなことがあった後だし。不安はあるんじゃねーの? こないだなんてなんか布団に入ってきてたし」

「ふっ! 布団……?」


 やけに驚く前さんだな。


「布団って、まさか……」

「いや、藍音もいたぞ?」

「三人でっ? って……、薬師がそんな色気のある展開に持ち込むはずないよね……」

「ひでえな」

「だって事実じゃん」

「返しようもないのが悔しいです」


 んなことを話しつつ、積んで崩して。







 前さんとの会話に飽きることもなく、終了時間と相成った。


「おーう、終わったかー」


 じゃらと音を立て、立ち上がる俺。

 そのまま帰ろうと踵を返そうとするのだが、そこに前さんから声がかかった。


「待って」


 んー? と振り返った俺は、何ゆえか両の手を包むように握られる。


「手、かじかんでるよ?」


 そう言って、前さんは握った俺の手に、温かい息を吹きかけた。

 なるほど、石が冷たかったからかじかんでいたのか。

 どうにも鈍い性質なのは、どうにもならないのだろう。

 ともあれ、何やらくすぐったいが、前さんは頑張って俺の手を温めようとしてくれているらしい。


「前さんの手あったけーな」

「薬師の手が冷たいの!」


 語気を強めて言われてしまった。

 どうにも痛覚にすら鈍い俺に呆れているようだ。


「手袋着けてやるべきだったなー」


 手袋を着けながらやるとやりにくいので好きではないのだが。

 なんて思ってるうちに、手も、温かくなっていた。


「おう、ありがとさん。あったかくなった」


 そう言うと、ゆっくりと前さんは手を離す。


「そっか、うん、良かった」


 前さんは笑っていた。

 そんな時だ。


「っくしゅん!」


 前さんの不意のくしゃみ。

 冬仕様と言ってもやっぱり、寒い物は寒い訳だ。


「うーん……、噂でも――えっ?」


 という訳で俺はさっきの意趣返しも込めて。

 コートの中に、前さんの後ろに回ると、彼女ををすっぽり包んで見た訳だ。


「お返しだ」


 そう言って俺は悪戯っぽく笑って見せる。

 前さんは多少面喰っていたが、そう立たずに、微笑んでくれた。


「うん……、そうだね。あったかいね」


 そう言ったコートから唯一出ている前さんの顔は少し赤い。

 照れているのだろうか。


「なー、今日うちの夕飯鍋やるんだけどな?」


 俺は少し下を向いて、前さんの後頭部めがけて呟いた。

 そう、帰れば藍音が鍋を用意しているはずだ。

 予想外の寒さにも対応してくる流石のメイドっぷりである。

 と、まあ、俺の呟きに反応して、顔をこちらに向けた前さんに言う。


「食っていくかね?」


 我ながら名案である。

 どうやら李知さんのことを心配しているようだが、どうにもうまく日程が合わないらしい。

 だったら、家に来ればいいじゃない、という話である。

 まあ、それも含めて、前さんが断るはずもなかった。


「うん!」


 よし、じゃー帰りますかー。

 と動き出そうとしたその時だ。


「あっ」


 前さんが唐突に声を上げる。

 何事か、と思ってみた前さんは上空を見上げており、俺もその視線を追っていく。


「雪だな」


 ちょっと驚いて、そのまま口に出た。

 雪が降るのは十二月から、が地獄の慣例だと思っていた時期が僕にも有りました。

 やはり担当の喧嘩のせいだろうか。

 しっかりしてくれ運営。

 頼むから。

 しかも、雲も張らずに雪だけが降るものだから、まこと異常気象である。

 が、まあ。


「なんつーか、ベタというか、お約束というか」


 無駄に、綺麗だったりもする訳で。


「つまらないこと言わないの! まったく、薬師にはロマンが足りないよ」

「なにをー? 俺にだってロマンの一つや二つある気がしないでもないかもしれなくはない」

「凄い不確定じゃん……、まあいいや、行こっ? 薬師のことだからぼんやりしながら頭に雪積もらせそうだもん」

「無いとは言い切れないのが悔しいです」


 俺のコートから出た前さんが手を伸ばしてくる。

 俺もその手を取った。


「じゃー帰って飯にするかー」


 そう言って、俺と前さんは歩き出すのだった。


 ああ、今日は寒い一日だった。





 とっとと温かい家に帰って鍋にするとしよう。








―――
其の七十一です。
前さん参上。
特にこれといった目立つ出番ではないのが特徴です。
多分、地味なのはそれが原因かと。
ええ、見事日常そのものですからね。


ああ、あとちょっと告知。こういうのって前書きで書くべきかなと思うけど、自分は前書きで書かれるととっとと本文見せてくれ、ってやつになるのでこっちで。

上のHOMEから行ける私の個人サイトでただいま人気投票実施中です。
記憶では十二月の十日までで集計だったはずです。
一位の人の薬師との特別編が書かれます。
まあ、一位と言わず三位くらいまでやっても良いのですが、そこは余裕を見てということで。
あと、コメント欄に特別編の要望もあれば参考にされるかも。

ああ、一応公式イベントだからお知らせの記事作った方がいいのかもなぁ……。
ともあれ、合計票数が百票超えることを祈ります。


作者の空回り企画ほど痛々しいものは無いと思います。


では返信。


黒茶色様

由壱君が確立変動タイムです。
果たしてどうなるのやら。まあ、フラグメイカーの弟というか息子ですからね。ジョグレス進化してくれるでしょう。
自分はロリペタでもロリ巨乳でもいける派閥です。
……人気投票にシチュ希望で由美が一位になればあれですけど。


f_s様

果たしてドレインされるか、溢れ出るフラグ能力の影響下にあるのか……。
変な死亡フラグ立てたりしそうですね。
本人にフラグ立ての予定はないようですが。
まあ、本人の否応なしにやってくるのがフラグですからね。


奇々怪々様

いやはや、本当に積極的な娘です。
休日に娘の喘ぎ声ですからね。なんというか、隣の兄の部屋からなにかがきしむ音と喘ぎ声が聞こえるような虚しさです。
果たして、彼のフラグは一本太いのを樹立するのか、乱立するのか。
ジェットストリームアタック……。由美を踏み台にするまでもなく先制攻撃で回収されませんでしたね。


あやし様

感想どうもです。
確かに。既に女性関係は開き切ってますね。
これ以上どうする気なのでしょう……。
男には走らないと思いますが、女性恐怖症になったらどうしましょう。


あも様

まあ、大きくしようとしてなるなら、あれですよね。
閻mっ――いえ、まあ、巨乳の妹もちのお方が救われませんね。
ええ、藍音については抵抗しない薬師も薬師ですが。
まあ、確かに――、あの恰好はシリアスなお話にするにはちょっと、なあれですね。


通りすがり六世様

最近快進撃ですね、李知さん。
由壱はまあ、そう遠くないうちにフラグ樹立が確定したようなものですね。どんなかは未定ですが。
ただ、彼の初陣は確実にコンビとなりますね、ええ。翁もありえなくはないです。翁ソロ活動もやりますが。
次回は、道端のあの子……、かな?


春都様

藍音さんは無敵すぎです。
今回にもワードだけは出てきて、当然薬師に迫りながら鍋をしている姿が目に見える始末。
由美は駆け上がっております。千歳くらい年の差がありますからね。
藍音さんが自重してしまったらもう希望がない気もします。


SEVEN様

現状で既にメイド好き好き由壱君から、男由壱に進化してますからね。
どう考えても別物ですね。わかります。
きっと神聖視していたメイドも人間だと気づいて、メイドに優しくできるようになって……。
一つ、成長……、したんでしょうか。


ヤーサー様

酒呑は、いつか本気を出してくれるのでしょうか……、いや、所詮お色気か。
まだ、多分自重してます。全裸で薬師のベッドに入ることを推奨するまでは自重してると……。
李知さんはしばらく滞在です。多分李知さん編が終わるまで。長いな……。

ちなみに、現状、地獄に教育機関はありません。その辺ネタにする予定はありますが。子供たちは昼間基本お仕事です。
実質地獄での教養は今一重要視されてなかったり。運営にかかわる鬼に教養があれば向こう千年単位で働いてくれますしね。
勉強したければ、家庭教師みたいな職業の人を雇いなさい、と。子供の労働状況は結構甘く、早くあがれたり休みが多かったりしますから、そこで。


光龍様

いやはや、うちにもコタツありますよ。
姉が寝転がってゲームするので足が邪魔なことになりますが。
由壱は久々でしたね。良いとこどりした気もしますが。
口調は、どうでしょうね、心境の変化か、元からか。と言っても私の記憶が曖昧なせいなんでしょうね……。


Eddie様

それはそれは……。HDDのご冥福をお祈りします。
疎外どころか、見事雁字搦めなんですけどね。でも背の向こうで延々娘の喘ぎが……。
ただ、ある種信頼がありますからね…、同居ごときで薬師がどうにかなるはずない、と。
そりゃ、裸で誘っても冗談きついで終わりですからね。薬師のほうが冗談きっついですよ。


名前なんか(ry様

感想感謝です。
おお、同じ道産子の方ですか。ええ、一晩で雪が積もった時には絶望しました。
自転車を使う予定があったのに……。
由壱君はきっと、正面切っての戦闘ではなく創意工夫での戦いがメインになるかと。


HOAHO様

コメントありがとうございます。
確かに、何食わぬ顔で揉んでも良かった気もします。
薬師ですから。
由美の押しが強く、かつ親子の触れ合いと丸めこめばきっと揉んだんじゃないかと。


リード様

コメントどうもです。
……否定できないのが残念です。奇しくも今回出番でしたが。
なんというか、出番があっても地味なのですね、彼女。日常の象徴ですから。
ちょくちょく出てはいるのですがもっと派手な出番とかがないとあれですね。ええ。


悠真様

多分、由壱君は創意工夫男の拳とその辺の凶器タイプかと。
おかげで多分戦えば毎度苦戦する羽目に。
ええ、前回は由壱に良いとこをかっさらわれました。
藍音さんは何と言うか、粘り強いです。大きな出番じゃなくても出れたらでるという。


では、最後に。

人気投票、薬師が一位になったらどうなるんでしょう……?



[7573] 其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/07 20:09
俺と鬼と賽の河原と。



 果たして、担当は仲直りしたのか――。

 まだ寒いが、それでも少しだけ温かくなった道を、俺は行く。

 別に町に用がある訳でもなし。

 ただ、ちょっとばかし探し物が、あった。

 だから町を行ったり来たり。

 風も使わずふらふらと。

 そしてそれは、意外と簡単に見つかった。


「今、今横目でちらっと見た。気づいてるのに無視しない」


 今日も彼女は、路地に敷いた敷物の上に、たくさん銀を積み上げていた。


「よぉ」





其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。





「いや気付かなかった、悪い悪い」

「流石の鬼畜っぷり」


 そう言って少女はいつものように俺を見上げた。


「で。今日は何の用かな、かな?」

「何だその口調……」

「本気で引かれると傷つく……」

「いや、まあ。つか、偶然だよ」

「またまた、ツンデレ乙」

「まあ、実際探して来た訳だが」

「デレ期来た、これで勝利確定っ……?」

「まあ、本気で探してた訳でもないがね。なんとなく、あえりゃいいなと思って町歩いてただけだ」

「やっぱりツンデレ。で、何か用でもあったの?」

「んー、いや?」


 俺は考えて、特に何もないことを改めて再確認する。

 理由は何かと聞かれれば、暇だったからの一言である。


「まさか……、会わない間に私への恋心を自覚して――」

「知ってるか? 人に夢と書いて儚いと読むんだ」


 俺は間髪いれずに呟いて、即座に少女は悲鳴を上げた。


「暗に否定されてるっ!?」

「つか、今更俺が恋とか、あいたたた、だろ」


 そりゃ痛い。四十のいいおっさんが初恋並みに痛い。

 対して少女は両手を広げて微笑んだ。


「そんなことはない。受け入れる。私相手なら。他ならそんな年になって恋とかいたたたたと後ろ指さす」

「もう俺に選択肢ねーだろそれ」

「じゃあ、三択。私と結婚する、私をお嫁さんにする、貴方が私のところに婿入りする」

「一緒じゃねーか。いや、家なき子に婿入りはしたくねーな……」

「じゃあ結婚」

「気が速い。高速過ぎる。光の速さだ」

「流行りに乗ってスピード結婚。結婚指輪ならほら、ここにたくさん」

「すげーな。果てしなく適当だ。って暗になんか買わせようとしてないか?」

「そそそそんなことはない」

「わざとらしくも白々しい」

「じゃあ正直に。私をお買い上げしてください」

「断る」

「ツン期到来」

「デレ期の到来は来年度になるでしょう」

「遠い。災害レベル。干上がってしまう」


 何ゆえか、露店少女は俺に結婚を勧めてくるのだが、あれか?

 憐れまれてるのか。

 そんな中、肌寒い風が一つ。

 少女は身を縮ませた。


「最近寒いな」

「露天商には辛い季節」

「ところで、売れてるんか?」

「超ウルトラスーパーマーベラスギガンティック商売繁盛」

「はいはい、売れてないと」

「超ウルトラスーパーマーベラスギガンティック商売繁盛」

「わかったから。売れてないのは」

「超ウルトラスーパーマーベ――……」

「もういいっつの」

「売れてるもん」

「頬を膨らますな。可愛いから」

「デレ期」

「必死で永遠に進むことのない回廊を走り続ける鼠型愛玩動物の如しだな」

「そこはハムスターと言うべき」

「わかった、ハムスター殿」

「私のことじゃなくて」

「つか、俺、知らない、名前。お前の」

「なんでカタコト? うん、でも。言ってない、私、貴方に」


 考えてみると、本当に少女の名前を知らない。

 私とあなた、俺とお前で、意外と世界は回るもんだ、と納得させられる事実だ。

 なんとなく感慨にふけっていると、少女は言った。


「人に名前を聞くときは」


 しれっと言ってくる彼女は本当にノリがいいと言うか。

 そんな彼女に俺はわざとらしく肩をすくめて苦笑した。


「まずは自分からってか? 言ってなかったっけ?」

「聞いてない、かも。もしくは忘れた?」

「そうかい。じゃ、如意ヶ嶽薬師。天狗さんだ」

「初耳」

「そうかい、そっちは?」


 ポンポンと進む会話を、俺は好ましく思う。

 そして、好ましく思うから、また俺は彼女の前に足を運ぶのだ。


「ヒント。パで始まってスで終わる有名人」

「パラス」

「私はパラセクトに進化しない」

「通じるのかよ。って、お前さんこっちのネタ通じない人じゃなかったんかい」


 こないだネコ型ロボネタ通じなくて恥ずかしい思いしただろに。

 すると、彼女はわざとらしく目をそらす。


「……大人を傷つけるのはいつだって――、子供の純真な瞳」

「なるほど、知らない振りで俺で遊んでいたと。俺とのことは遊びだったのか……」

「そんなことはない」


 そこでいったん止まり、少女は赤くなって、続けた。


「今は、本気」


 恥ずかしくなるならそういうネタ言わなけりゃいいのに。


「で、名前だ名前」

「酷い」

「なにが」

「一世一代の告白をスルーか、この鬼畜様」

「で、名前だ名前」

「そんな鬼畜様に新しいヒント。六文字」

「パラドックス」

「そんな名前を付ける親の頭がパラドックス」

「わかんねー」

「諦め早い」

「俺の諦めの速度は光を悠に超えている」

「頑張って、諦めないで」

「わかんねー」

「追加ヒント、パで始まって間にらけるすが入ってスで終わる」

「答えじゃねーか」

「さあ、答えをどうぞ」

「パスケラルス」

「もう答える気がないよね」

「パスケラルス。1567から1621まで。熱心な宗教家だったが、同時に数学者でもあり、パスケラルスの定理を発見する」

「捏造乙」

「いや、うん、なんつーかマジ?」


 本気であの人なんですかー? という質問に、その自称錬金術師殿はあっさりと頷いた。


「イエス。私パラケルスス」

「わー、すっごーい」

「信じてない」

「いや、なんつーか」


 おかげで、銀細工の材料をどこから手に入れてきたのかは納得したが。


「証拠として、ここにその辺で拾ってきたものから作った怪しい液体を、この石ころに掛けると――」


 いきなり、勝手に石ころと怪しげな液体の入った試験管を取り出し、おもむろに掛ける。


「うわ、錬金術師すごいですね」


 石ころは、輝く金属に変わっていた。

 いや、これ使えば一気に金持ちじゃね? いや、アシがつくと面倒か。


「それほどでもない」

「謙虚だな」

「信じた?」

「一応」


 しかし、パラケルススが女だったとは、とても予想外だった。

 こんなこともあるのだなーとしきりに感心していたのだが――。


「実は私本物じゃなかったり」

「騙された。じゃあなんだよ」

「ホムンクルス。自称ケルスス以上ですを名乗る自意識過剰な人の作った」


 ホムンクルス。漢字で表記するなら人工人型生物とか、人造人間とかそんなもんだろうか。

 パラケルススと言えば、ホムンクルス、賢者の石、大体この二つに突き当たる。

 って、頭がこんがらがってきたぞ? 結局お前はなんなんだ。


「実は、ホーエンハイムはデッサン人形が欲しかった」


 気が付くと、良く分からない語りが始まっていた。

 ……重い話だろうか、聞くのめんどくせーな。


「あれは形から入る人だから、下手の横好きでまともに描けないのに精巧なデッサン人形を欲しがってた」


 つか、なんか変だ。

 うん。

 なんでデッサン人形?


「デッサン人形っていうか、人形の球体関節じゃ、人間の動きは真似しきれない」


 それはわかる。骨格で自立し、筋肉で支える生き物を、そう簡単に再現できるわけがないと思う。


「だから、ちょっとミニチュアな人間が欲しかった」

「それがお前だ、と? まあ、確かに人間の体を描く参考にするなら、人間が一番だろうな」


 彼女は頷いた。

 そして、俺は衝撃の事実を知ることになる。


「実は、パラケルススは錬金術師じゃなかったり」


 な、なんだってー!?

 俺は心中で驚いてみる。


「いや、意味わかんねーよ。だったらなんでお前が生まれてんだよ、結論からお話ししよーぜ?」


 ホムンクルスは錬金術の産物。パラさんが錬金術師じゃなかったら端から生まれない。


「うん、私が生まれたのは全く偶然。と言うかネタ。パラケルスス、ていうかホーエンハイムがちっちゃい人間ほしーとか言ってノリと勢いでフラスコに血とか精液とかそれっぽいの入れたらうっかりできちゃった子」


 思わず、顎が落ちた。

 それでいいのかホムンクルス。

 つか、普通の錬金術師の立つ瀬がねえ。


「ノリは掲示板に【俺は】蒸留機に血とか精液とかぶっこんでみた【錬金術師】ってレベル。実は作った本人が一番驚いてた」

「そりゃまた二番もびっくりだな」


 まことに驚きの新事実発覚だった。

 作っちゃった本人もさぞかしびっくりしただろう。

 だが、


「でだ」


 それだと、一つ疑問が残る。


「何故お前さんがパラケルススを名乗るんだい?」


 すると、その自称パラさんは気負いもなく続けた。


「実はホーエンハイムの思惑から外れて、私はこんな美少女に大きく育ったわけだけど」

「胸以外はな」

「そこは言わない。で、多分に洩れず私も生まれてすぐ博識だった。生まれてすぐコナミコマンドがわかるくらい」

「ねーよ」

「で、知識を生かしてごく潰しを養うために医者やってました。副業で錬金術師も」


 ごく潰し、いわゆる本当の、彼女の父親の方のホーエンハイムさんのことだろう。


「それで?」

「ホーエンハイムさんちの医者は腕がいいから始まって、ホーエンハイムの医者は腕がいい、ホーエンハイムは腕がいい」


 なんだか、読めてきた気がする今日この頃。

 そんな伝言ゲームみたいなオチがあっていいのだろうか。


「いつの間にか私イコールホーエンハイム。そして、ホーエンハイムはケルススをもう越えてるねって言われてパラケルススになってた」


 本当のホーエンハイムさんがかわいそうじゃないか。


「私が出てくると、皆がパラケルススだ、ホーエンハイムだ、って言われて」

「本物の方は?」

「下男って呼ばれてた」

「哀れだな」


 テオフラストゥス中略ホーエンハイムさん本当に哀れですね。


「ちなみに本物の職業は?」

「自称絵描き」

「うん」

「今風に言うと、ニート」


 ニートかよ。

 だが、まあなんとなく理解した。

 ホムンクルスがうっかりで生まれてくることを。


「反応薄ーい」


 そんな俺に、彼女は不満を漏らした。


「んなこと言ったってなー。じゃー俺に賢者の石くれよー」

「あげるー」

「くれんのかよっ!」


 あっさり投げ渡された真っ赤な石。

 本物かよ。


「これで混ぜたら何でも金?」


 あっさりと頷かれる。


「でも、それ作るのに、金うん十トン分のお金がいる」

「使えねーな」


 効率悪過ぎだろ。

 眉をひそめながら、賢者の石を投げ返す。


「で、だ。ぶっちゃけパラケルススって長いと思う」


 俺は、うっかり受け取れず、賢者の石を取ることとなった眉間さする少女に言った。


「あだ名をつけよう」

「可愛いの希望」

「銀子」


 髪の色からである。


「センスない」


 一刀両断。


「パラ美」

「無理して日本名にしない」


 更に両断。


「パルス」

「どっかの空中要塞の王の眼に酷いことしそうな字面だと思う」

「大丈夫だ、半濁音だから」

「でも活字にするとパとバって単品だと間違えやすい」

「もう銀子でいいじゃねーかよ」

「もうそれでいい」

「へいへい銀子さん」

「なに?」




「家こねー?」


 うん、長らく回り道をした。

 どれだけ無駄な会話をはさんだか分らない。

 が、果たしてここに何をしに来たかと言われれば。


「寒いだろ? 家今あれこれたくさん人いるから困らねーし」


 確かに、多少の相部屋になってしまうが、最悪俺の部屋につっこんどきゃ良い。

 次の春くらいまでならいいだろう。


「……なんで?」


 短く告げて、彼女は、首を傾げた。

 俺はそっぽを向いて、言い返す。


「お節介だよ」


 結果は?






 なんだか二人手を繋いで帰ってる訳だが、もう明白だろう。


「……やっぱりツンデレ」

「うるせー」


 店主と客だった俺と彼女は、やっと名前を聞いて、友人になった。







―――
今回は何と言うか、一話丸丸薬師のツンデレ話と言っても過言ではな――(なにか鋭利な刃物で切り裂かれている)
そして露店少女をお買い上げ。きっとフラグ神様にとっては今までの買い物も、ここで彼女をお買い上げするための布石だったんですね。
ちなみに彼女の出生のネタは、冴えない絵描きが偶然とうっかりで女の子のホムンクルスを作っちゃってそのまま同居というラブコメネタがあってもいいなと考えたけど、ラブコメは俺賽だけでお腹いっぱいです、ということで没になったネタだったり。
そして実はホムンクルスこそが優秀な錬金術師でパラケルススだったんだよ! というキバヤシ的発想。


さて、人気投票ですが、期間は残り一月も設定する必要なぞなかった気がするけど要するに私の準備期間と言うか猶予と言うか、というのは置いておいて。
言うことがあるとすれば、まあ。
流石メインヒロインですね、と。
まあ、今回は本当に純粋にアンケートに近い物があったりします。
二重投票禁止ですしね。多分次回の人気投票があったら、二重投票許可になると思いますよ。その時はガンガン組織票送ってください。


では返信。

とおりゃんせ様

のっけからあれですが、本当に申し訳ないっ!
修正しておきました。
これで問題なく行けるはずです。
しかし、毎回毎回手打ちなんて恐ろしいことせずに、ホームページから直接コピーペーストしてるのに間違ってると言う不思議ドジをしたものです。


紅様

じゃら男は立てないでいいと思います。
果たして、じゃら男を貶めないようにする意味の立てるのか。
それとも一人じゃ立てないレベルのじゃら男の脇腹を掴んで立たせてやるのか。
後者だったら誰得BLシーンです。


クロ様

なごんでいただけて幸いです。
なんてったってほのぼのラブコメですからね。
ほのぼの!
本当か怪しいけど自称ほのぼのですから。


奇々怪々様

鍋の白菜が食べたいです。
本日も薬師は女の子を一人拾ってご満悦です。
帰った後の反応がどうなることやら。
李知さんあたりに警察呼ばれても文句は言えんぞ薬師よ……。


ヤーサー様

確かに露天系の風呂に入るにはきっつい時期ですね。湯船から出れないという。
ええ、今回はモロに甘甘でした。
翁編の反動でしょうか……。
いやはや、流石メインヒロインです。


SEVEN様

薬師を相手にもっとも余裕のある対応をするのが前さんですね。
藍音さんは既に依存レベルですし。
前さんは良いお母さんになりそうです。
薬師なら、左右に女の子付けて、後ろにも前にも位やってのけそうですが。


ミャーファ様

やはりメインヒロインは伊達じゃなかったようです。
ええ、自分も被害者の一人ですからね、朴念仁の。
それはもう堅い信頼ですよ。
薬師が間違いを起こせること自体なにかの間違いでしょう、という。



ガリガリ二世様

まるっと十話ぶりですかね。
なんというか、翁編が三本もあったので仕方ないと言えば仕方ないのですが。
とりあえず、しばらくはぐるっとほのぼのですね。
久しぶりと言えば、人気投票に名前の出てないあの人はどうなっているのでしょうね。


Eddie様

私が死ぬとしたら、モニタの前で発狂しながら悶死だと思います。
薬師も前さんも天然すぎると思います。
藍音さんがやると、来た、まただ、藍音の襲来だっ! ってなるけど前さんだと砂糖吐くという、この違い。
果たしてどちらがいいのか分かりませんが。


通りすがり六世様

そう、お約束です。
でもそれを一番自然にやってくれるのは前さんなんですね。
それをあっさりこなしてく薬師が一番天然ですが。
ええ、フラグでした。お持ち帰りです、露店のあの子。



最後に。

会話文だけで、ガリガリとバイト数を削っていくこいつらはなんなんだ……。



[7573] 其の七十三 俺と貴方と街で二人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/10 22:20
俺と鬼と賽の河原と。





「……またですか」

「……おう」


 露店店主を家に連れ帰り、第一声がこれだ。


「まあ、そうですね。少女を拾ってくるのは貴方の趣味ですから、仕方がないですね」


 いや、待て待て待て待て、なんで俺少女趣味の人攫いみたいになってんだ。


「今まで、何人拾って来たと?」

「んー……? 七、八人くらい?」

「七十五人です」

「……すまん」

「そのうちの八割が女性です」

「……マジすまんかった」

「その八割の内半分が、十八に満たない少女でした」

「……ほんとすいませんでした」

「でも――、一番長く最後まで一緒に居たのは、私です」


 そう言って、藍音は胸を張った。


「そうか。ああ、そうだな」


 俺は肯いて、彼女の頭に手を乗せる。

 藍音は、俺にしかわからない位の表現で照れていたが、決して抵抗はしなかった。






其の七十三 俺と貴方と街で二人。







 さて、今日も今日とて石を積む俺ですが。

 一つ、不可解なことがある。

 それは、目の前に居る俺の石を崩す人間。


「なんでお前さんがここに居る?」


 真っ赤なドレスを着た、銀髪の麗人。

 わざわざ言うまでもないが、由比紀だ。


「貴方の担当は今日お休み。だから私が代わりに来たの」

「いや、なんで代わりがお前さんなんだよ」


 柔らかく微笑んで言った由比紀に、俺は顔をしかめて返した。

 確かに、今日前さんは休みだ。

 基本的に担当鬼とバイターの休みは同じになるのだが、稀に調整が入って休みがずれることもある。

 しかし、その時の代打の鬼は、いたって普通の鬼だった。

 断じて――、目の前の最高責任者の妹は来たりしていない。

 そして、そんな彼女はこちらを見て、柔らかく微笑んでいる。


「うふふ、無理を言って、代わってもらったのよ」


 しれっと言ったが、要するに代打の代打にねじ込んだ訳か。


「……お前、本物の代役に迷惑かけてないだろうな」

「大丈夫よ、多分」

「多分かよ。自信なくても多分は付けない方がいいと俺は思う」

「大丈夫よ」

「もう遅い」


 あっさりと翻される発言を、俺は両断した。

 と、そんな折、彼女が不意に手に持つ杖で、優雅に石を崩して見せる。


「ま、お仕事はちゃんとするわよ?」


 手に持ったステッキは服と同じように赤く、手元で傘の様な曲線を描いている。

 いわゆるステッキ、と言うやつだな。


「してくれなきゃ困る」


 この期に及んで仕事しないなどと言ったら、俺の嗜虐心に火が付くところだ。

 その点においては命拾いしたと言うべきか。

 そこから先、別に話すこともなかったし、由比紀は始まってからやることはやっていたから、会話はなかった。

 ただ、何が楽しいのか、彼女は黙ってにこにこと俺を見つめていた。


「で」


 そのように積み始めてから十分ほど経ったろうか。

 ふと、気になったので、俺は声を上げる。


「どういう風の吹きまわしだ?」


 こんなことは初めてだ。

 だからなにかあるのかと聞いてみたのだが、彼女は意味深に笑うだけ。

 答えたくないなら答えさせるまでだが。


「なんだ、お前さん俺に惚れてるのか」

「っ―――!!」


 動いた。

 ここで畳みかける。


「と、まあ。そういう方向で話がまとまる訳だ。お前さんが理由を言わない限り」


 いわゆる脅迫だ。

 確かに事実無根だが、他に理由がないなら、それが理由になるのだ。

 そして、あらあらうふふと笑う未亡人やら、知れるとやばい人間には、事欠かない。

 と、まあ、そういう心積もりであった訳だが。

 うん十億で聞かない位に生きてるのに恥ずかしいのかこのお嬢さん年相応に顔を赤らめている訳だ。


「で? 理由は話してもらえるのかね?」

「……う。……ええ、そうね」


 観念したらしい。

 耳まで真っ赤になりながらも、肯いてくる。

 そして、彼女は言った。


「その……、私と出掛ませんこと?」

「はい?」


 私と出掛けないかしら。

 その言葉の意味を俺は咀嚼する。

 までもなかった。

 出掛ける。どこに行くかまでは知らんが、なるほど、午前中で仕事が終わるこの身をどこぞに付き合わせようと言うのか。


「どこに行くかはしらねーけど。吝かじゃあねーよ」


 だが、断る理由は特になかった。

 そんな俺の言葉に、彼女はその顔を輝かせた。


「本当!?」

「いや、流石にたっかい店で奢れー、とか。いかがわしい店に行ってぼったくろうとか言われると無理だが」


 などと呟いた俺の言葉を、彼女はすぐに否定した。


「そんなことしないわっ。夕食だって私持ちのつもりだし――」


 なるほど、夕飯に付き合うのは確定か。

 なんてことを考えながら、そうであればろくでもないことにはならないだろう、と俺はそれを了承した。













 今ではそれを、少し後悔している。


「……おい」

「何かしら?」


 まるで、恋人であるかのように寄り添い、腕を組んでくる由比紀に、俺は憮然として声を掛けた。


「正直歩きにくいんだが」


 一瞬論点がずれている気がしたが構うまい。

 道行く人の視線には、まあ、慣れた。

 後の問題と言えば、やはり歩きにくいことにあろう。


「そんなこと言わないで……」


 無駄に艶やかに、色気たっぷりで言う彼女を俺は黙殺した。


「もうっ、つれないのねっ」


 黙殺した俺に、彼女は頬を膨らまして見せる。

 不意に少女の様な素振りを見せた彼女に、俺は苦笑し、溜息を吐いた。


「楽しいか?」


 彼女は、迷いなく肯く。


「ええ」


 俺はその答えに、もう一度だけ、溜息を吐くことにした。


「……何が楽しいんだか」


 こうまで楽しそうにされてしまうと、どうにも最後まで付き合ってやりたくなる。

 できるだけ、楽しませてやりたいと思う訳だ。


「昔の私なら鼻で笑っていたでしょうけど。でも、今はすごく楽しい」


 そう言った彼女の横顔は本当に楽しそうで。

 意図せず、まあ、腕を組むくらいならいいか、と思ってしまった。

 それと同時に彼女が俺を見上げて、問う。


「貴方は?」


 楽しい、楽しくない。

 あれこれ言葉を並べ立てても、無駄だろう。

 だから、正直に言ってみる。


「楽しくなけりゃ、来てないぞ」


 ああだこうだとぶつぶつ言いながらも、結局それだ。

 結局、悪くないと思っている訳だ。

 今一つ、ばつが悪くて苦笑いした俺に、彼女は満足そうに微笑んだ。


「そう……、それは良かった」


 仕方ないので、俺も頷き返してみる。


「そうかい、なら俺も良かったさな」








 結局、俺は由比紀が何をしたいのか分からないまま、帰る道を二人で歩いている。

 あれから、由比紀は気ままに店に入ったりしつつも何も買わなかったし、それ以外は普通に高そうな場所で夕飯を食べただけだった。

 それでも彼女は終始楽しそうに、笑っていた。


「なあ、由比紀さんよ」

「何かしら?」

「いや……」


 結局何がしたかったんだ? そう聞いてみたかったが、そいつは野暮なんじゃないか、となんとなく思う。

 だから質問を変えてみた。


「お前さんって、結構回りくどいってか、面倒くさいよな」

「えっ!?」


 予想外に驚かれて、俺の方が驚いてしまう。

 何をこの世の終わりみたいな顔をしてるのやら。


「私って……、面倒臭い?」

「んー……、いや」


 生返事を返しながら、考える。

 ああ、なるほど。


「照れ屋なのか」


 出掛ける約束一つにわざわざ仕事を代わってきたり、家に来るときだって、ああだこうだと誤魔化して。

 なんとなくわかった。

 由比紀は不器用なのか。

 そう思うとなんだか愛らしく思えて、そんな自分に苦笑しながら隣を見る。

 すると、彼女は耳まで真っ赤になりながら、俯いていた。


「っ……、そのっ。私っ、照れ屋じゃ――」

「その反応が既に照れっ照れじゃねーか」


 見事に図星の様だった。

 おかげ様で、思わず追い打ちを掛けたくなってしまう・


「もう照れっ照れだな。仕方ないな、照れ屋の由比紀は」


 ボンっ、とまるでそんな音がしそうなほど、彼女の顔が赤く染まる。


「だ、だから違っ」


 そんな彼女の前に回って両の頬に、俺は手を当てて己の顔を近づけた。


「ほら、こんなにあっつい挙句に真っ赤だ」


 言うそばから、彼女の顔は赤くなっていく。

 つい先ほどまで、余裕の態度だった彼女の姿はもう見られない。

 いつもは余裕たっぷりに見せかけてるが――、本格的に初心いな。

 そのような彼女の姿に満足して、俺は手を離した。


「かっかっか。いやはや、思ってたよりずっと可愛いな。お前さん」


 笑いながら俺は由比紀のすぐ後ろに戻る。

 お互いの方が丁度重なる位の位置取り。

 俺はすぐ下にある真っ赤な耳を見つめていた。


「……ん?」


 そんな折だ。

 とすん、と。

 俺の胸に彼女の頭が当たる。

 それだけならいいのだが。

 何故だか、彼女の頭が俺の胸を滑り落ちようとしているのですが。


「おいっ」


 思わず俺は後ろから抱きとめるようにして彼女を止めた。

 果たして何が起きたのかと俺は彼女の顔を覗き込む。

 そこには――。


「気絶してやがる……」


 目を回すようにして、気絶した由比紀の姿があった。








「なるほど、二日間連続ですか。ええ、薬師様の趣味ですから、ええ」

「すまん」

「それともあれでしょうか。私が先日十八に満たない少女が、なんて言ったから平均年齢を上げようとしてるのですか?」

「いや、まじすまんかった」

「しかも今回はなんですか? 気絶させて持ち帰りですか」

「いや、あれだから、一晩だけだから」

「変わりないかと」

「いや、だが外に転がすのもいかんだろ。かといって閻魔宅に放り込むのも姉妹仲になんか問題ありそうだし」

「……わかりました」

「おう、悪いな」

「ただ、女性ですから私のベッドに寝かしておきましょう」

「良いのか?」

「ええ、代わりに、貴方のベッドで一緒に寝ることにします」

「おい」

「……大丈夫です。こんなこともあろうかと貴方の部屋のベッドはキングサイズになりました」

「いつの間にっ!?」

「……駄目ですか?」

「……いいけどな」





―――
ってことで其の七十三由比紀編でした。
ただし、藍音さん分もあったり。
ちょっとした試みと言うかで、冒頭とオチをつなげてみたかったのです。
あと、最近の薬師は心境の変化でもあったのか、スキンシップが激しいです。

ちなみにですが、流石に由比紀は住み着きませんよ?
不法侵入はするけど。


では返信。


奇々怪々様

本物はもう、残念というか、ヒモレベルだから仕方がないと言えなくもないというか。
ヤンデレられたら超硬金属の手枷とか作ってきそうですね。
そして薬師はナチュラルに家に連れ込むから手に負えない。
そう言えばこの間、自分コナミコマンド扱う世代じゃないことを思い出しました。


ミャーファ様

まあ、小角とかいるのが示唆されてますからね。
今更何が出てきてもおかしくはないかなと。
まあ、本物じゃなかったというか、なんと呼んでいいのか分からない存在ですが。
問題はお持ち帰りしても釣った魚に餌をやらないことかと。飢えた絶妙なタイミングで寄越すから逃げれない訳ですが。


紅様

見事ですね、薬師の美少女センサーともいえるなにかはそれで生計を立てるにもっとも適したものと。
むしろ藍音さんの陰謀の予感もします。
薬師に近づくのは許さんとばかりに躾を激しく。
でも、この感想を見て何より思ったのは、消滅したオッサン平平平平、懐かしいな……。


見てる人様

感想感謝です。
抑圧されていた暑いリビドーをここぞのタイミングで解き放つのはとても良いことです。
ええ、これでやっとこさレギュラー確定ですね。私としても長かったです。
先日、友人がインフルだったりしました。感染するかは五分ですが、気を付けていきたいと思います。


value様

むしろホイホイ拾えるほど少女が落ちてる状況がうらやま――、げふんげふん。
まあ、薬師が拾いたがるのはある意味必然かもしれません。
一応山で先代に拾われた立場ですから。
それ以来人を拾ってくる趣味は千年続いてるようです。


ヤーサー様

お家の人口密度高いです。
やっぱり寒いですからね、冬は。野宿しててそのまま目覚めませんでした、とか言ったら居たたまれませんし。
うっかりホムンクルスについては……、言っていたじゃないですか、発明に必要なのは一の努力と九十九の閃きって……、あれ?
ちなみに由壱君の春はもう少し先になりそうです。


光龍様

そろそろ一軒家の予感ですね。
まあ、ぶっちゃけると家族登録って一夫多妻のための法ですよね。
錬金術のお話を聞いてなんだか裸の王様の話を思い出した記憶があります。
ある種、詐欺師って錬金術師。


ちなみに薬師宅は部屋数四リビング、キッチン、風呂場で、一人一部屋です。
が、藍音さんの部屋もあるのである程度収容できたり。
現在は相部屋したりして(主に薬師と藍音とか、薬師と李知さんとか、薬師と由美とか)まわしてるようです。


春都様

確かに、気は合うかもしれません、あの二人。
パラさんは無口ではないけど、双方あれですからね。
無表情系の空気を持っている。
そして二人とも手加減を知らなさ気な空気が……。


Eddie様

増えました。ええ。
テイクアウトです。
まあ、錬金術で家建てれそうですが、まず家電を作るのが大変なんじゃないかな、と。
というか、立てても運営に突っ込み入れられそうです。そのまま保護請求してしまえば良いのですが。


f_s様

大丈夫、欲張って生きましょう。
人間己の欲に素直にあるべきです。
そして、人気投票であれば、例え何位になろうとも、暁御でもない限りはちゃんと書かれます。
美沙希ちゃんも露店少女も。


AK様

露店少女が一番ネタ会話が通じるのでやりやすいです。
代わりに会話だけで話の幅を取るのですが。
ただ、どこまでが常識的に使っていいネタかのさじ加減が難しかったり。知名度ってありますからね。
両手を叩いて家を錬成したりは――、しませんよ? 多分。


SEVEN様

薬師はきっとツンデレだと思います。
それまで見向きもしないのに絶妙なタイミングで餌をやりに来る薬師はどう考えてもツンデレ。あれ、ツンデレ?
ツンデレが何か分からなくなってきました。
銀子ちゃんはあまりに冗談を言い合いすぎて、普通の会話に告白を混ぜてもネタだろJKで済ませられてしまうように……。


通りすがり六世様

流石に伏線なんて張ってませんでしたからね。女性であることくらいしか。
それで本物とか予測できた人はエスパーです。伊東です。
正に、現実なんてそんなもん、を地で行く人だったようです。ホーエンハイムは。
そもそも、ホムクルなんてもの、偶然じゃないとできませんって。作ろうとして作れるもんじゃないと。



最後に。

如意ヶ嶽薬師。

河原のバイター。

趣味 少女拾い。



[7573] 其の七十四 俺とお前と聖域にて。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/13 22:07
俺と鬼と賽の河原と。




 最近、良く働く俺としては、休日位ゆっくり休みたいのだけれど。

 そうも行かない。

 日常生活も、仕事もこなさないといけないのが俺の辛いところだ。


「俺が現世に行って帰ってきてからを含めてたった一週間……。一週間で、これか」


 週末は終末で、とあるお方の部屋はまるでメギドの火が降り注いだかのようだった。

 まるで、生き物の住める地とは思えない。

 地獄の鬼も裸足で逃げ出すであろうこの地。

 この地を俺は――、人が住む土地にせねばならない。



 ――覚悟は良いか? 俺はできてる。


 如意ヶ嶽薬師 閻魔宅を前にして――





其の七十四 俺とお前と聖域にて。





「ぐでー……、つかれたー」


 ちょっとした聖域を片づけて、俺はソファの上に転がりながら、横目で閻魔を見る。

 閻魔はこちらに来てからずっと、机に向かって何らかの書類と格闘していた。

 どうにも、忙しいらしいのだ。

 なるほど、納得はいく。

 万年暇人と巷で噂の俺に仕事が回ってくるほどだ。

 そりゃもう地獄側なぞてんやわんやだろう。

 李知さんやら玲衣子やらの実家との確執に――。


「俺の現世で起こる事件の数々、か」


 俺は誰にともなく呟いた。

 の、だが、距離にして人一人分すらない閻魔には、届いてしまったらしい。


「……そう、ですね。こちらも目下解決を目指しているのですが……」


 少し、疲れた声。

 休みなく、働いているのであろう。

 なるほど、家に泊って行った時、由比紀は『美沙希ちゃんのこと、よろしくね』と言っていたのも理解できる。

 だからと言って俺に片付けまでまかすのは如何かと思うが――。


「別に早く解決してくれー、なんて言ってねーよ。ぶっちゃけると現世に未練がある訳でなし」


 実際、死んだ後の世界がどうなっても、俺の知るところではないと思う訳だ。

 そんな今いない世界を思い悩んでもどうしようもない所か、嘘臭い。


「俺がいきなり、ああ、現世が心配だ、大丈夫だろうか、って言って本当だと思うか?」


 そんな俺の言葉を、閻魔は切って捨てた。


「確かに……、それは信用できませんね」

「だろ?」


 苦笑しながら、俺はぬっとばかりに閻魔の肩から顔を出して、散乱する書類を見る。

 今、閻魔が見ているのは、事件が起こった場所に印を付けた、京都から東京にかけての地図だ。


「事件分布、か。やっぱり怪しいか?」

「はい」


 閻魔は迷いなく肯いた。

 多分、これらの資料も機密なんだと思うが、そこまで気が回らないのは疲れてるからか。

 信用されてる、と思えば嬉しいんだがね。

 この状況ではそんな風に喜べない。


「京都、東京……、こないだの竹取翁は長野と岐阜の県境、だったのか」


 なるほど、こりゃ怪しいと思わざるを得ない。

 京都から一直線になるように事件が起こっている訳だ。

 第一の事件は如意ヶ岳の天狗の一件。

 第二の事件は東京にて起きたらしい、鬼兵衛が片づけたという一件。

 第三はこの間長野と岐阜の県境にある寒村で起きた翁の一件。

 一見関連性が無いように思えるが、線で結ぶと丁度東京から京都へ一直線となる。

 そして、第二と第三はどうにもきな臭い。

 何らかの人物の関与が見られるのだ。

 第一に関してだけは微妙だが、その一件を皮切りとするならば、やはり関係があるものと考えられる。


「京都が怪しいな……」

「やはり、そう思いますか?」


 俺は肯く。


「天狗の騒動が隠れ蓑に使われたかもって位の話だがな」


 天狗の騒動だけ一見無関係に見えるが、その時に何らかの儀式を行って、それから事を起してるなら、納得がいくだろう。

 例えば――、何らかの魔道具を引き寄せるような。

 だが、そこまでだ。

 それ以上のことはわからない。


「ええ……、あの騒動のことで正確な探知ができていません。あまりに多い数の妖怪が動いたものですから」

「そーだな」


 当然だ。

 天狗が闘争を行うとなれば、大魔術が百単位で起動することとなる。

 現象としては大したことはないが、ことに使われる呪力は残念ながら人間とは比べ物にならない。

 妖怪の使う技は非常に燃費が悪い代わりに、程度の低い妖怪ですら、そこらの魔術師ではかなわない呪力や魔力を有しているのだ。

 京都、か。

 どうやら、この地が大きな意味合いを持つことになるのだろう。

 そして、ある予想もあった。

 この事件、わざわざ動かずともすべき時にすべきことをすれば、解決するのではないかと。

 鬼兵衛に第二の事件について、電話で話されたことがある。

 世界が蠢いている、と。

 と、なればお膳立ては世界がやってくれるのではなかろうか。

 決してサボれとは言わないが、今にも倒れそうな面して、根を詰める必要はあるのだろうか。

 いや、理屈をこまごま付けるまでもない。

 ぶっちゃけそこの閻魔殿が倒れそうで心配だったりする訳だ。

 そう思った俺は、


「つまらんっ!」


 考えることを放棄した。

 放棄して、そのまま閻魔の両脇を掴んで持ち上げる。

 驚きの声を上げる閻魔を無視して、そのまま、ソファへ。

 ソファから身を乗り出す格好だった俺は、ソファに戻ると同時、閻魔に馬乗りにされるような格好になる。

 さあ、ここで名言を披露しようじゃないか。

 耳をくいしばる、もといかっぽじって良く聞くように。

 そう、この場でもっとも重要な名言は――。


「馬鹿の考え休むに似たりっ!」


 おう、すっきりした。

 そんなすっきりした俺に対し、閻魔の顔は真っ赤だった。

 怒っている。


「ば、馬鹿とはなんですかーっ!!」

「んな重要書類っぽい物を俺にうっかり見せてる時点でもうお馬鹿さんだ。つか、俺に相談してるっぽい時点でお馬鹿さんだ」


 こんな毎日石を積む単純作業すらサボりたくて仕方がない俺に相談してる時点で、正常な判断ができてない証拠だ。

 そんな閻魔にも、思い当るところはあったらしい。

 真っ赤になったまま、まるで煙が出そうな感じに停止している。


「うっ……、うー……、それは……」


 絞り出すように、恥ずかしそうな声。

 俺はと言えば、能天気な声を上げるだけだった。


「なー、遊ぼーぜー?」









 ということで始まりましたチキチキタイマンババ抜き大会。

 ちなみに、俺は現在十二勝目。

 別に俺がやたら強い訳ではなく。

 やたらと閻魔が弱いのだったりする。

 たった今、残った二枚の札を選んでる最中にも。


「っ……、……」


 表情がころころ変わる。

 良く言えば正直。

 つか、馬鹿正直すぎるのだ。

 ジョーカーに手を伸ばすと安堵し、安全牌に手を出そうとすればこの世の終わりの様な顔をする。

 大丈夫なのだろうかこの閻魔さまは。

 まあ、これは仕事モードじゃないのだ、と無理矢理に自分を納得させるが。

 ともあれ、今回も――。


「俺の勝ちだな。上がりだぜ」


 うん、二人でババ抜きだと盛り上がらないかと思っていたが、そうでもない。


「むう……! もう一回です!」


 むしろ一対一の方が熱くなる。


「ふむ、まあいいけどな。そろそろ、何か賭けようじゃねーの」


 そして俺は、賭けがあった方が、燃える。

 まあ、ぶっちゃけると俺の方が圧倒的有利なのだが。

 そこは、まああれである。

 俺のドS心に火が付いたということでここは一つ。


「かっ、賭けですか? それは公序良俗に――」


 なるほど真面目な答えだ。

 しかし予測済みだ。


「別に金を賭けようってんじゃねーからいいだろ? そうだな、俺は、これからお前さんが一度でいい。一度勝ったらなんでも一つ言うことを聞いてやろう」


 一度勝ったらでいい、というのは俺の良心。

 そして何でも言うことを聞くってのは、今まさに公序良俗を口に出した閻魔なら無茶は言わないだろうという打算だ。


「なっ、なんでも……、ですか。じゃあ、私は……」


 迷っている。

 しかも、乗る乗らないではなく、何を賭けるかで。

 これはそれなりの条件をこっちが指定すれば、動く。

 ふと、思いつく。

 なにか閻魔の息抜きになることはないだろうか。

 例えば、俺の何でも言うことを聞くなんか、寝てろと言えば、休みになる。

 まあ、そうすると罰ゲームじゃないから色々考えないといけないが。

 と、そこで、一日俺のメイドでお世話なんて単語が出てきたが、死亡フラグな気がするので自重。

 そうさな。

 飯まで、後五回くらいできるか。


「五回勝負で、俺が三回勝ったらお前さんは俺が帰るまで俺の膝の上ってのはどうだ?」


 これだ。

 これなら適度に罰ゲーム臭くて、そして強引に休ませることができる。


「ひっ、膝ですか? ……そ、それは……」

「さあ、どうする、乗るか、乗らないか」

「乗ります」

「よし来た」

「でも、一つだけ。私が一回勝って貴方が三回勝ったらどうするんですか?」

「……んー、あれじゃね? 双方が罰ゲームってことで。ただし、俺が三回勝つまでにお前さんが一勝したお前さんの勝ちな」


 この辺りが、落とし所だろう。

 という訳で、第二幕が始まるのであった。











 最後の一勝負。

 至近距離で顔を寄せ合うように閻魔が札を抜き、遂に閻魔の札が二枚になる。

 そんな折、嬉しそうに札を捨てて、俺と眼が合い、恥ずかしそうに逸らす。

 まるで子供のようだった。

 可愛いな、などと雑念一杯で、俺は閻魔の札に手を伸ばす。

 こちらは一枚。

 ジョーカーはない。

 となればここでジョーカー以外を引けば決まる。

 そんな時、俺と閻魔の手が触れ合った。

 びくん、と閻魔肩が震え、表情が変わる。

 こっちか。

 俺はその札を迷いなく抜き取った。

 その札は――








「じゃあ、あ、あの。きょ、今日は! 泊りがけで私を手伝って行ってください!!」








 ――ジョーカーだった。




 見事に騙された。

 甘く見ていた。

 結果がこれだ。


「なあ……、それさ。俺が言った罰ゲームと合わさるとさ。明日の朝まで俺の膝の上ってことになるんじゃね?」


 まるで蒸気が吹き出そうなほどに閻魔は赤くなり、固まった。


「っ! そ、そそそ、そうですね……」


 俺はと言えば、時間を決めるか、などと考えている。

 そんな時だ。

 閻魔は言った。


「で、ですが。罰ゲームなら仕方がありませんね。ええ。罰ゲームですから」


 この人。

 俺の膝の上に乗る気満々だ。











「じゃあ、お仕事終了ですっ」


 結局、彼女は俺の膝の上で一時間ほど仕事をして、そのまま俺の方へ頭をもたれかけた。

 一時間程の仕事にさせたのは、俺の説得の結果である。

 実際、俺も手伝ったから、今日くらいなんとかなるだろう。


「ふぃー……」


 俺は腕で頭を拭く動作をしながら、少し後ろに倒れて伸びをする。


「あ、疲れましたか……? だったら退きますけど」

「いや……、つかソファ座ろーぜ」


 リビングにそのまま座る形だった俺は、閻魔を抱えて立ち上がると、ソファに座り直す。

 そうして、結局何もすることがないのに気付き、視線でテレビのリモコンを探す。


「テレビでも――」


 そんな時だ。

 あたりを見回していたから、俺の胸元でこちらを見上げている閻魔に気付く。


「どーした」

「いえ、なんでも」

「……変な閻魔だな」

「美沙希でいいです」

「良いのか?」

「美沙希って、呼んでください」


 お許しが出たので、呼んでみる。


「美沙希」

「っ……、もう一度、お願いします」

「美沙希」

「……もういっかい」

「……美沙希」

「も――」


 それ以上は言わせない。


「もう閉店だ。これ以上はゲシュタルト崩壊が起こるぜ?」

「……そうですか」


 少し残念そうだ。

 まあ、確かに毎度毎度閻魔様と呼ばれて、名前で呼ばれることなどないのかもしれない。

 そう思うので、これからは大手を振って美沙希ちゃんと呼ぶことにしよう。


「薬師さん」


 そう考えて、そこに声がかかる。


「んー?」


 閻魔あらため美沙希ちゃんは、一度迷うようにして、告げた。


「なんでこんなに、良くしてくれるんですか?」


 なんとも、今更な質問だ。

 無論それは。


「好きだからだよ。美沙希ちゃんが」

「えっ……、ええっ!?」

「そりゃもう、まるで手のかかる妹だな、ああ」


 娘と呼ばないのは、優しさです。

 俺の半分は優しさで構成されている。


「……そうですよね。家族……、ええ、そうですね」


 消沈してるぞ美沙希ちゃんが。

 はてさてどうしたものだろうか。

 と、考える間に彼女は復活していた。


「まあ、今のところはそれでいいでしょう。それより……」


 そこでいったん切って、彼女はつづける。


「お風呂……、どうしましょう」


 美沙希ちゃんは真っ赤だった。





「一人で入ってくれ」





 結局、俺は美沙希ちゃんを抱きしめながら寝て、帰ってきたのは翌日の明朝だった。






―――
其の七十四でした。
ちょっとシリアス風味かも。
まあ、次に進むにあたって必要な部分ですので。


では返信。



value様

七十五人。
これがっ、神の領域っ……!
そりゃもう大天狗時代からぽろぽろ拾ってきてたようです。
薬師のたらしレベルはあれですね。日進月歩の勢いです。


奇々怪々様

思えば千年で七十五人ですから、薬師にしては大したこと無い、のか……?
それでも一生に一人、人を拾う経験もないと考えるとやたら多い気もしますが。
まあ、黙ってれば既成事実とか、責任取るとかで由比紀と結納してたのでしょうけど、そうもいかないのが薬師クオリティ。
由比紀さんはもうあれですよ。攻撃力は高いけど防御力は紙です。


あも様

確かに、藍音が知ってる分だけだから、それを考えると、プラス方向に十人位は……。
都市伝説級ですな。
そして由比紀はデレっデレどころかデレ期突入過ぎて薬師のデレに耐えられません。
生ヒロインは伊達じゃないようで、このままいくと人気一位突入ですな。流石です。


春都様

相手が相手なら通報されてしかるべきです。
しかし地獄のトップにコネがある彼はすぐに釈放……。
藍音さんは拾われた人の筆頭ですからね。
ある種藍音さんから拾い癖がついたと言ってもいいのですが。


f_s様

変態という名の紳士ではなく――。
紳士という名の変態ですよ薬師は。
むしろ変態的に紳士なんです彼は。
ちなみに薬師宅の間取りは普通です。現在六人いますが、大体家族で暮らす普通のアパートよりちょっと広いくらい。


光龍様

まあ、一応寮内ですからね。狭いのは仕方ないです。
そのうち引っ越しそうですが。
藍音さんはもう聖母ですよもう、女神様です。薬師のすべてを包み込み――。
おいしいところはできる限り頂いていこうと――、……女神?


AK様

三十人の少女を拾ってきてた訳ですか。
要するに三十のフラグを立てた訳ですか。あっさりと。
そりゃ、天狗を目指す若者も増えますよ、ええ。私とか。
今現在薬師のお家の女性は四人です。ハーレムです。


ヤーサー様

藍音さんはたまに子供っぽかったりしますね。ええいつだって全力なだけですしね。ええ。
ええ、現世から面白い物が落ちてるとすぐ拾ってきて藍音さんに返してきなさいと怒られたことでしょう。
由比紀はもうデレデレで、薬師の隣が楽しくて仕方ない模様。きっと由比紀が薬師宅に住んだら美沙希ちゃんは薬師を自宅に住まわ――、げふんげふん。
でも実際は意地張った結果薬師に拾われてきそうです。

ちなみに、由壱君主人公編の構想は既にあったり。
きっと今回の事件終了か、その前に出るのではないかと。


なぜか名前が消えてた様

薬師が気づけるはずがないっ!
気付いたとしたらそれは薬師ではありません。他の何かです。
由比紀さんのおかげで随分と桁は上がったはずです。
ええ、人外クラスに。


通りすがり六世様

少女拾い、紳士のスポーツですね。
薬師は最近日常を噛み締めてスキンシップがレベルアップ気味です。
レベルアップの結果、恥ずかしいことも普通に言えるようになりました。
そして、姉妹丼が完成間近なのかと恐々です。


Eddie様

ええ、生前込です。
でも、生前込なら、三ケタ行ってなかったんですね。意外です。
薬師なら一年に一人位の頻度で連れてくるものと。
彼の趣味は、まあ、紳士のエチケットですから。ええ。



最後に。


ソファの上で構って構ってという成年男性の姿はどうかと思ふ。



[7573] 其の七十五 家で俺とお前が云々かんぬん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/23 21:58
俺と鬼と賽の河原と。


「起きて……、ねえあなた……、起きて」


 耳慣れない言葉と、今一つ聞かない猫なで声に俺が目を覚ますと、そこには。


「なんだお前。なんだお前。何をやってるんだお前さんは」


 何故か俺のベッドに入りこんでいる見覚えのある銀髪の少女。


「まあ……、おまえだなんて。うふふっ。しかも大事なことだから二回もなんて……」


 何故俺のベッドに潜り込んでいるのか、とか、何がしたいんだ、とかいろいろ突っ込むことはあったが。

 とりあえず。


「……何のキャラだよ銀子さんよ」






其の七十五 家で俺とお前が云々かんぬん。






「……良妻賢母」

「良い妻なら離れてくれ」

「離れたら妻確定。まさかの確立変動」

「……賢い母らしく黙って署名待ちの離婚届を持ってこい」

「なんというスピード離婚。世間体が悪い」

「構わん。つか結婚してない」


 朝だ、否、昼だ。

 休みだから寝過ぎてしまうのはもうどうしようもないと言うべきか。

 だが、休みだからと言ってこれが布団に潜り込んでいるのはどうしようもなくない。


「じゃあまずは結婚する。後のことはそれから考えるべき」

「何気に俺を嵌めようとしていないか? このまま永久就職して安定して生きていこうとする背景が見える」

「何故ばれた」


 このままでは俺は人生の墓場に入ってしまう。

 あれ? 既に入ってる気がする。

 まあとりあえず、目を丸くした銀子に俺は一刀両断、宣言した。


「安心しろ。結婚しない」

「……なら奥の手」


 俺にその攻撃が聞かないと悟るや、いつの間にかやたら広くなっていたベッドの片隅に銀子は陣取り徐に着ていたパジャマをはだけ出す。


「責任っ……、取ってよねっ……!」

「何の責任だ」


 憮然と突っ込んだ俺に、銀子は肩を震わせた。


「私の心を丸裸にした責任」

「お前の下心を見透かすだけなら誰でもできるって。何人に責任取らせるんだよ」

「大丈夫。私は優しいから。貴方だけで問題ない」

「俺に慈悲をくれ」

「むしろなんだかんだ言いながら、結局永遠一人身になりそうな貴方と結婚してあげる私は慈悲に満ち溢れてる」

「余計な御世話だっ」


 言いながら、ベッドを下りる。

 最近いつも、こんな感じだった。








 着替えて、俺は居間へと向かう。


「おはようございます」

「おはようです」


 銀子が藍音と擦れ違い、おどけた仕草で挨拶を返す。

 意外と仲が良い。波長が合うのだろうか?


「あー、藍音、おはよう。由壱と由美は?」


 片手を上げて言った俺に、藍音はいつも通り返した。


「仕事です」

「ああ、そうか」


 もう昼前だった。

 納得し、肯く俺。


「……」


 と、そこで銀子が何か妙に黙り込んでいることに気付く。

 別に黙っているだけならいいが、何かを考え込むようで、実に奇妙だ。


「……どうした?」


 声を掛けると、銀子はすぐにこちらを向き、首を横に振る。


「何でもない」


 そう言われると、別に追及できる訳でもなく。

 結局、俺は何も言わずにどかりとソファに座り込む。

 そして銀子もそれを追うように――。


「……おい」


 男は、絞り出すように声を上げた。


「なに?」


 しれっと言う銀子は俺の膝の上に存在している。


「何故膝に乗る」

「サービス?」

「何故疑問形」

「もしかすると貴方にじゃなくて私にだからかも知れない不思議」

「意味わからん」

「わからなくていい、うん。わからなくていい」

「何故二回」

「……大事なこと」


 その言葉に、俺は一つ息を吐いた。


「……そうかい」

「うん」

「ところでお前さん」

「なに?」


 こちらを見上げてくる銀子に、俺はずっと思っていたことを聞いてみることにする。


「暇なのか?」

「……」


 答えは沈黙で帰ってきた。

 空気はまるで葬式か、他人と乗ったエレベーターである。

 そして、しばらくの間が開いて。


「……ニート姫と呼んでほしい」

「ニート姫様は暇なのか?」

「本当に呼ばれると困る……」


 我儘だ。


「お前が呼べと言ったんだろうに。と、まあ。確かに暇だろうな」


 家事は藍音の領分だからすることがないのだろう。

 精々ちょっとした手伝いが限度だ。

 いや、露店やってても暇だろうが。


「暇」

「働けニート」

「……っ。働いたら負けだと思っている」


 なんとなく銀子が一瞬言葉に詰まった気がした。

 しかし、それが意味するところはわからない。


「これだから若者は……」

「実は若くなかったり」


 そう言えばこいつは歴史に出てくる偉人の類だった。


「余計性質が悪い」

「心は乙女」

「どちらにせよ働こうぜ」

「……考えておく」


 そんな微妙な答えを聞いて、俺は昼前まで寝ていたのにも関わらず、あっさりと眠りに落ちていた。

 銀子の様子が妙だ、と思いつつ。









 はっと目が覚める。

 差し込む日は、既に赤く。

 俺は膝の温かさが消えていることに気付く。


「藍音。銀子さんはどーした?」

「貴方が眠ってからすぐに出かけましたが」


 後ろに立ってた藍音に聞いてみると、すぐに答えが返ってきた。


「なんでだ?」


 今日はなんとなく様子が変だった気がする。

 少し、心配になるが、しかし、理由が見当たらない。

 だが、助けは、意外なところからやってきた。


「……仕事です。ニート、働こうぜ」


 藍音だ。

 呟くようにして中に浮かんだ言葉が、俺の耳に入る。


「……なるほど」


 理解した。違和感の正体はそれか。





 夕方の大通り。


「お客さんっ、何か買って――、あ」

「よぉ」


 やはり居た。


「売れてるかい?」

「ぼちぼち」

「嘘だな」


 相変わらず銀が山を作っている。

 俺は、苦笑しながら溜息一つ。

 詰まらんこと気にしやがって……。


「帰るぞ。飯だ」


 好きじゃない人ごみで、苦手な客引きまで。


「っ……! 私は。食費くらいは――」


 彼女の言いかけた言葉を、俺は遮った。


「――帰るぞ」


 目の前の意地っ張りに、思わず笑みが零れる。

 意地っ張りは、一度恥ずかしげに眼をそらし。

 ついに、肯いた。






 そうしてやっと二人、家路を歩いている。


「肩でも揉んでくれよ。帰ったら」

「うん」

「働かない分サービスしてくれってな」

「うん。頑張る」

「……程々にな」

「頑張る」










「おい……」

「なに?」

「何故、自然に布団に入ってくる」

「サービス」

「いらん。後風呂にも入ってくんな」

「サービスサービス」

「いらん」

「だめ……?」

「……程々にな」

「頑張る」


 拾ってきたことを、少し後悔した。


―――
ってことで七十五、銀子さんでした。
ちなみに、補足として、基本銀子さんで通ってます。
パラケルススとか呼んだら反応的に面倒なので。




では返信。

春都様

過去ポ所の話ではないですね。もう。
憐子さんは果たしてこの余裕のあるキャラを貫けるのでしょうか。
果たして薬師にどこまで通用するのかが見物……なのか?
そして薬師の攻撃にどれくらい耐えられるのでしょうか。


奇々怪々様

憐子さん可愛いですね、ええ。
そしてアンパンさんはもう駄目ですね。ええ、トラウマは怖いです。PTSDです。
まあ、ショタでも字はお母様に教えてもらってたみたいなのであれこれ使えるっぽいです。むしろ天狗は脳筋なので普通より使えたり。
憐子さんは鈍感持ち、と言うか、薬師と似た者同士なのですね。ダブル鈍感で酷いことに。


f_s様

見事なクリーンヒットでした。
フラグを立てたと思った瞬間自分のフラグが立っていたという。
ただし、当たりが良ければ良いほどに、相手に強固なフラグが立つため――。
相手を良く選びましょう、と言うことですね。


ミャーファ様

齢十三にして必殺のフラグ立てスキルを身に着けていた薬師でした。
むしろ千年の時で培われたフラグ立ての原点はここにあるんですね。
このままクロスカウンターフラグスタンドの餌食になりそうなのは玲衣子さんがやばい気がします。
頼むからその能力を伝授していただきたい。どこに行けば会えるのでしょう。京都で待ってればやってくるでしょうか。


光龍様

既に潜在能力は高かったのです。
初被害者は果たして先生だったのか……、屋敷や、もっと古くの友人関係はどうだったのでしょうね。
最悪女中さんあたりが……。
師匠は病んではいないけど、外見より脆い人だったので。


Eddie様

神が与えた無二のスキルですよ。このスキルを以って薬師はこの世界を駆け巡るのです。正に地獄無双。
薬師のフラグスキルの一部は屋敷で鍛えたのかもしれません。気遣いとか。きっと称号に気遣いの紳士が。
一応無表情ではあるようです。
本人的には不敵に笑ったつもりはなく、微笑んだつもりだとか。


ヤーサー様

クロスカウンターフラグスタンド。相手が発したフラグ技に合わせるよう、カウンター気味にフラグ技を放つことで、相手に高威力のフラグを打ち立てる。
相手のフラグ技を軸にするため、ぶれず、高威力なものとな……、自分が何を書いているんだか分らなくなってきました。
まあ、二人の間にも色々あったりなかったりしたんですね。
結局消滅してしまいましたが、薬師の現在の形成の半分は先生の光源氏計画の結果です。


トケー様

感想感謝です。
私もそんな趣味作りたいですね。ええ、私も天狗になりたいです。
じゃら男が凛を拾ったのは薬師の影響、というより、最近丸くなったからでしょうね。
丸くなったのが薬師の影響でもあるのですが、後は自分の境遇と重ねて見たりとか。


通りすがり六世様

ほのぼのとしてるくせに殺伐としているという不思議。なんとなく気安い感じですね。
もう無自覚に落とすのは神からの贈り物です。ええ。
ちなみに師匠は残念ながら薬師と行為に至ることはできませんでした。薬師は未だ童貞です。童帝です。
あと、申し訳ないのですが今回銀子編でした。近いうちにまたやるのですが、もしかすると次かもです。


最後に。

次の俺と鬼と賽の河原と。はっ!

①先生とのラブロマンス(推奨) と、②遂に……っ、奴が帰ってくる……っ!(非推奨) と ③いつものほのぼの(推奨) のどれかです。

……どれが良いでしょう。



[7573] 其の七十六 俺と厨二で世界がやばい。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/27 22:19
俺と鬼と賽の河原と。



 世の中には、嬉しくない法則というものがある。

 例えば、楽しいことをしていれば時間が速く過ぎる、や、来てほしくない時に限って来客、とか。

 その中の一つに、こんなものがある。


「……やばいなぁ……、この橋渡りたくねえな……、絶対なんかある気がすんだよな……、ああ、『いやな予感がする』」


 嫌な予感程、的中率が高い。


「……久しぶりだな薬師。……時間にして七百十二時間ぶりだ。……我がことながら、……うんざりするほどの腐れ縁だ」


 まるで、緑の川の様なクールでニヒルな声。

 橋の上にそいつは居た。

 透き通った紫色に輝く……、

 液体。

 まるでグミの様な体が、陽光を照り返して輝いていた――。

 神よ。何故私を見捨てたもうたか。







其の七十六 俺と厨二で世界がやばい。







「腐れ縁以前にお前と会ったのは二回目くらいだと思うんだが」

「……何とでも言えよ。お前が一番わかってるんだろ?」

「なあ、その縁切っていいか? 切っていいかおい」


 容赦なく、果てしなくぶつ切りにして生ごみに捨てたい。

 むしろこのでろっでろとした生物を丸ごと袋に入れて捨ててしまいたい。

 このスライムに何なら効くだろうか。

 液体窒素か、火炎放射か、それとも凝固剤だろうか。

 しかし、そのどれもがこいつを殺すに至らないだろう。

 これはそういうスライムだ。


「っふ……、切ろうとして切れるもんじゃない。……わかってるんだろう?」


 これほどの殺意が湧いたのはもしかすると初めてだったかもしれない。


「ああはいはいそうですかそうですね」


 こいつの、相手がすべて納得ずくであるかのような語り。

 口があったら千切って捨てるくらいにはいらっと来た。

 ともあれ、すごく帰りたいなぁ、と思う。

 そもそも、ちょっと出かけた帰り道なのだ。

 速攻帰りたくて仕方がないのです。

 だがしかし、どうにもこのスライム、如何様な思考をしたのか、彼の中では凄いことになっていた。


「しかし……、このタイミングとは……、因果だな。いや、そうか。お前はそういう奴だったな」

「そーですねー」


 どういう奴なんだよ俺はお前の中で。

 だが、突っ込んでも泥沼は確実。

 そういう理解不能な思考回路している。

 きっと多分、こいつの思考回路は学者にだって解明できないと思う。

 その証拠に――。


「そうだな……。お人好しめ。……好きにしろ、もう止めない。来るなら、付いて来いよ」


 いつの間にか俺がどこかへ行くことになっていた。








「いや、あのな。どこに行くんだよ」


 何故か俺は、路地裏を歩いている。

 もしかすると、お人好しなのは本当なのかもしれない。

 ただ、まあ、こんなスライムが出来上がったのは半分俺の責任であるし、何をしているのか、確かめる義務はある。

 の、だが。


「……わざわざ説明しろ、と?」


 帰りてえー……。

 超帰りてえー……。

 土にでも母なる海にでもいいから帰りたかった。

 むしろこのスライムにお帰り願いたかった。

 しかし。


「仕方ない……。教えてやろう」


 このツンデレっぷりからして、俺を帰す気はないようだ。

 下手に逃げて追いかけられるのも困るのである。

 果たして、どうやって逃げたものか。俺は考える。

 と、そんな時。

 スライムがいきなり語り出した。


「……麻薬シンジケートだ」

「そいつはすごいやー」

「……この近辺に、薬を流してる奴らが居る」

「わーかっこいいー」


 仕方ないから、その全てに妙に高い少年の声を返す。

 ちなみに、返答はすべてレコーダーである。

 そして俺の肉声ですらない。


「……俺には関係ないことだが、寝床の近くで騒がれると困るのでな」

「それはすごいね!」

「俺の寝床は現場から十キロ先だ」

「お前自分家遠いって言ってんじゃねーかっ!!」


 こいつっ! カミングアウトしやがったっ!!

 仲間が暴露してぶっきらぼうだが優しい奴だなってなるイベントを自分で実行しやがったよこいつは。

 ツンデレを自分でばらしてどうする。


「って、もうどうでもいいよ。帰っていいか、てか帰らせろ」


 今なら、由比紀に頭を下げてもいい。

 しかし――。

 そうもいかないらしい。


「……今更怖気づいたか? そんなことはないだろう?」


 スライムの声。


「テメーら、俺のシマで随分物騒な話してんじゃねーか……!?」

「っは! 殺されてえようだな、あんちゃん!」


 真にそれらしすぎる、チンピラ声。


「いやぁあああああっ! 助けてぇええええええっ!!」


 そして、何やら女性の悲鳴。

 場が一気に白けた。

 状況が混沌すぎる。

 まず、うざいことを言うスライムは俺の隣にいて。

 そして、俺の突っ込みを聞きつけたチンピラやら構成員やらがぐるっと二十人くらいで俺らを取り囲み、そして絹を裂くような悲鳴が響き渡った訳だ。

 こうまで混沌とした状況は、例えるなら腐敗聖域の如し。

 特に悲鳴なんて、どうして聞こえたの、って感じである。

 とりあえず、振り向く。


「あ」


 悲鳴の主と、目が合った。

 少女だ。

 暴漢のずっと向こう。

 うまい具合にできた隙間の向こうがわの路地裏の入り口で、ドレスを着た、金髪ロールの少女と眼があった。

 なるほど、偶然路地裏を見たら、物騒な暴漢達を見つけて、気が動転したのか。

 俺は目で合図する。

 とっとと行けよ、と。

 少女は肯き――。


「助けてぇええええっ! 暴漢に襲われてるのぉおおおおおおッ!」

「手前は阿呆かっ!!」

「ぷげらっ!」


 俺は思わず高下駄を手に持ち、少女を遠距離から突っ込んでいた。


「何をいきなり巻き込まれようとしてるんだお前はっ! 襲われてるのお前じゃないからっ!」

「いやあああああああっ、誰か助けてええええええっ!!」

「そのまま逃げれば助かるっつのっ!!」

「……まったく、……素直じゃない奴だな。……助けたいなら助けたいと――」

「お前は静かに黙れ話がこんがらがる。なんなの? その三点リーダ。千切って捨てるぞ?」


 そして、俺が霊侍を黙らせようとしている間にも、少女はチンピラ達を相手に熱く燃え上がっていた。


「汚い手で触らないでっ! そうよ、貴方の好きになんかさせない。きっと王子様が。私の王子様が助けに来てくれるのっ!」


 思わず、目が点になる。

 何なんだろうねこの子。

 病んでるんだろうか。


「そう、私の王子様が貴方達の内臓の一片まで抉り出して千切って撒き散らしてくれるわっ!!」


 病んでるんだね。


「グロイわっ!!」


 ぱっこーんと小気味よい音を立てて、高下駄で少女をはたく。


「はんむらびっ!!」


 どんな王子様だよ。

 あーあー、暴漢かつチンピラかつ構成員の皆様はドン引きですよ。

 何というか。


『何この子……、病院行かせた方がいいの……?』


 と言った所である。表情から察するに。

 まあ、当然の反応だ。

 どう考えても本物のお方だ。

 俺だって関わり合いになりたくない。

 スライムと一緒に居た罰なのだろうか。


「ああっ……、どうすればいいの? この逆境、ピンチ。ヒロインに襲いかかる魔の手。王子様は間に合うの? 王子様っ、どこに居るの? 私はここよっ!?」


 両手を広げ、やたらと大仰に少女はが天に咆える。

 もう駄目だこの子。

 自分でヒロインとか言っちゃったよ。

 でもさっきから叫び声がヒロインじゃありませんね。はい。

 ただ、どうにも暴漢達にも限界が訪れたらしい。心中お察しする。

 その結果、彼らの矛先は俺たちではなく、道行くクレイジーさんに向けられた。


「何だこのアマぁ! イカレてやがんのか!」


 うん、いかれてるとは俺も思う。だが。

 ……いい加減助けないとやばいかな。


「ああっ、もう駄目っ。でも大丈夫ここできっと王子様が来てくれるのよっ! さあ、さあっ、さあっ!! カムオン王子様ぁああああっ!!」


 助けたくねええええええええええっ!!

 ここで助けたらまるで俺が王子様になりたかったみたいじゃねーかよ。

 ほんっと助けに行きにくい空気ですよ。

 いえ、本当にね、はい。行きたくないです。

 あと、関わりたくないです。

 確実に話の通じない人だと思うんです。


「ちょっ……、ホンマ黙ってくれません……? ねえ……」


 暴漢達も引き気味だった。

 そして、仕方がないので迅速かつ無理矢理に片をつけようと、拳を振り上げる。

 その拳は少女の顔に迫っていき――。


「だっしゃらあああああああっ! もうどうでもいいからやってやるわああああっ!!」


 自棄になった俺の高下駄に、弾き飛ばされた。

 全員の視線が、俺に集まる。


「あー……、気が進まねーし、めんどくせー訳だが。でも、まあ女殴るの黙って眺めてんのも、なあ?」

「ふっ……、疾風怒濤の、“シュツルム・ウント・ドランク”の薬師坊と呼ばれた男が何を言う……」

「何それ、何その二つ名。腐った牛乳と混ぜあわせんぞ」

「そうやって、……心にもない憎まれ口を叩く。相変わらずだな」

「……」


 話が、まったく通じない。

 そんなイラつきを俺は――。


「もういいよ、もういいから。ってことで、八つ当たりさせてくれ」

「……、え?」


 こいつらに比べれば数段まともな彼らに、ぶつけることにした。










 結果的に。

 普通に強いスライムと俺の二人に、人間に毛が生えた程度が勝てるはずもなく。


「なあ、もう帰っていいか? 帰っていいか? むしろ帰るぞ?」

「……そう言いながらも、結局付き合ってしまうのがお前だろう?」

「ああはいはいそうですね」


 そう言ったその時。


「もしかして……、この女。お前の女かよ! だったら……」


 偶然にも意識があった男が、何やらおぞましいことを言う。

 すると、少女は再び燃え上がった。


「そうっ、私を攫って行きなさいっ!」

「……え?」


 その声は、誰が漏らしたものだったろうか。


「え、いや、ああ、ええと、うん」


 思わず、しどろもどろになる男。


「さあ……! さあっ、さあッ!!」

「ひっ、うわあああああああっ!!」


 走り出す男。

 そして――、少女はその首に捕まった!!


「ああああれえええええええええっ! 助けて王子様ぁああああああんっ!! 」


 そうして、彼女は連れ攫われた。

 疾風怒濤の名は、彼女に譲ろう。


「ちっ、行くぞ薬師!」

「もうどうにでもしてくれ……」







 それから、色々なことがあった。

 スライムと一緒に、シンジケートのボスが放った虎みたいな合成獣を張ったおしたり。

 飛び去る飛行機と追走劇を繰り広げ、強引に侵入したり。

 鉛玉飛び交う戦場を掛け抜けたり。

 そして、最後は。

 夜のビルの屋上で。


「私のことは気にしないでっ!! 早くっ」


 組織のボスに取り押さえられ、銃を突きつけられる少女。


「くっ、きっさま……、汚いぞっ!!」


 そして憤慨するスライム。


「ふん、最後に勝てりゃいいのよ、勝てりゃあなぁ!」


 のりのりな相手ボス。


「もう帰っていいか?」


 ひたすら帰りたい俺。


「さあっ、薬師いいい速く撃ってええええっ! 私ごとおおおっ、そして一緒に死ぬのおおおおおっ!!」


 なにこのひと、こわい。

 いつの間にか俺の名前覚えてるし。

 だけど俺は何も言わない。

 学んだのだ。この子にお話は通用しない、と。

 そして、スライムに付き合うとロクなことにもならない、と。

 だが、それで尚困るのは、俺が何も言わなくても――。

 盛り上がっていくからだ。


「くそ……、そこまでの覚悟を。死なせてたまるか……」

「私のことは良いのっ、早くしてえええっ!!」

「ははははは、最後は俺の一人勝ちだぁっ!!」

「そんなことで得た勝利に何の価値があるっ!」

「良いのっ、私のことはっ! 私は、私は貴方に会えただけで!!」

「勝たなきゃいけねえんだよっ、この業界力がすべてだ!」

「だからって……!! やっていいことと悪いことがあるだろうがっ!!」

「だから……、速く撃って……!」

「もう、今さらだ。どれだけの悪事に手を染めたと思っている!?」

「それでも、遅いなんてことがあってたまるかっ!」

「お願いっ……、貴方の手で逝きたいのっ!」

「ふっ……、もっと早くその言葉を聞けたら何か変わっていたかもな」

「お前……」

「さあっ、貴方の手で決着を付けて!」

「……さあ、やれよヒーロー。さもなきゃ、殺すぜ?」

「……ちっくしょおおおおおおっ!!」


 スライムの色が輝き、金に変わる。

 そんなスライムを俺は――。




「うるっせええええええええええッ!!」





 ――ボスの顔面に思い切り蹴りつけたのだった。

 びったーんっ、と小気味よい音を立てて、ボスの顔面にスライムが直撃する。


「ぶべらぎゃんっ!!」


 それきり、ボスは動くことはなかった。

 ああ、すっきりした。






 すべてが片付いた屋上の上。

 俺は空を見上げていた。

 ああ、満天の星空だ。


「あ、あのっ!」


 だが、その一声で俺は全力で見ないようにしていた人物を視界に入れざるを得なくなる。

 まあ、流石にこの子もこれ以上暴走しな――


「貴方が私の王子様なのねっ!」

「そおいっ!」

「ぴげらっ!」


 想わず、スライムでビンタしてしまった。

 誰か助けてくれ。


「隅に置けないな……。お前も」

「黙れ」


 お前は助けるな。だがしかし。

 ああ、どうしようこの子。

 スライムと同じ匂いかする。

 ある種の中二の病。夢見がちを発症してやがる……。

 ……一体俺が何をした。

 余りの悲しみに、俺は天を仰いだ。


「どうすんだよ……。この状況」


 厨二に囲まれ、俺は幸せです、なんて言える状況ではない。

 正直、厨二に囲まれ脳がとろけそうだった。

 しかし、現実は無常にも、俺が無視している間を、少女が燃え上がる時間に変えていた。


「ふふうふふふうふふふふふふふふふっ! 照れてるのね! そういうところも可愛いわ!」


 照れてねーよ。

 言っても聞かないから心で呟く。

 ああ、どうやって説得して帰――。


「愛してるのっ! ドロドロに付き合ってっ!!」

「そぉおいっ!!」


 俺はそこらに転がっていた、もとい隣に居たスライムを背負い投げの要領で、びったんと少女の顔面に叩きつけた。


「ぽげらばっ!!」


 ドロドロってなにそれこわい。

 と、言うことで、俺は速攻走って逃げたのだった。







 俺と一緒に逃げてきたスライムは、肩で息をする俺に、こう告げた。


「……愛はスライムの如し、か」

「黙らっしゃい。上手いこと言ったつもりか」


 いい加減オチろ。

 一番最初の橋の上。

 ひたすらに、夕日が輝いていた。

 ああ、もうスライムには付き合わん。

 ろくなことにならんだろう。






 この世には、よろしくない法則というものがある。


「……久しぶりだな薬師。……時間にして七百十二時間ぶりだ。……我がことながら、……うんざりするほどの腐れ縁だ」


 二度あることは三度ある、と言うように。


「薬師、良く聞け」


 嫌なことは連続する。


「この間の少女が……、攫われた」





「へー、はいはい、そうですか。ふーん」



 別に助けには行かなかった。




 スライムもそれなりにうまくやってるみたいです。




おまけ。


『手前……、この間の奴の女か?』

『そうよっ! あのお方のフィアンセとは私のこと!』

『ほお……。だったら』

『わかったわっ!!』

『……え?』

『さあ、私を攫って行って!!』

『え、いや、あのー……』

『さあ……! さあっ、さあッ!!』

『いっ、寄るなっ、寄らないでくれっ!!』

『早く私を攫ってあの人の元に手紙を出すのよ!!』

『ひっ……、ひいいいいいいっ!』


―――
そのうち続くかも。
スライムと薬師のドキドキワクワクアドベンチャーが。
ある意味少女Aの番外ともいえる。
もしかすると④だったのかもしれません。
ちなみに少女Aは病んでるけどヤンデレではないです。
病んでるけどヤンでません。



では返信。

てゅん様

掛かったなっ!
いえ、言ってみたかっただけです。
はい。協力感謝です。
続くかもですね、はい。俺の脳は限界ですけど。


見てる人様

銀子さんはこのままぐだぐだと結婚を迫っていくみたいです。
ええ、この二人でほのぼの以外が今一つ思い浮かびません。
果たし性的なサービスに至れるのでしょうか、銀子さんは。
多分無理です。


ミャーファ様

銀子さんはトークでガンガン攻めるようです。
ただし、要塞VSマシンガンでは明らかに……。
勝敗が……。
しかし、いつの間にやら薬師の周りも凄いことになってますね。厨二スライムとか。


Eddie様

パラケルススは流石に呼びにくい気も。
パラスは本人が否定。ってことで銀子さんに。
藍音さんはもうあれですから。いっそ病んでるレベルですから。
きっとそんな薬師ごと愛してくれるに違いない。


通りすがり六世様

藍と銀の間で通じあうような何かがあったようです。
薬師は強大ですからね。最悪何人かで囲っても良いかなと思ってるようです。
そしてさらに薬師は千年モノですからね。既に帝ですよ。賢者なんてメじゃないです。
ある意味今回は4だった気もしたり。


f_s様

銀子さんと結婚すれば、淡々とほのぼのな生活が送れそうですね。
スライム遂に再登場です。
きっとまた事件を引き連れて帰ってくるでしょう。
白金のスライム、霊侍が。


光龍様

後になって私もニートなお方を思い出しました。
2しかない。貴様らっ……、共謀してるなっ。てくらい2ばかりでしたよ、ええ。
きっと私が読み手だったら2にしますけど。
後、指摘どうもです。移動させときました。


蛇若様

ふふふ、愚問だったようですね。
とても激しいテンション差でした。
薬師だけやたらテンション低かったです。
まあ、あのスライム空間に包まれたら誰だってそうなりますが。


春都様

遂に銀子さんが本気を出したようです。
長かったですね、はい。
藍音さんと合体攻撃する日もそう遠くないようです。
それとっ……、やせ我慢はよした方がいいっ……。その答えっ……、明らかに2っ!!


リトル様

感想どうもです。
いやはや、一気読みとは頭が下がる思いです、はい。
お疲れさまでした。
薬師の力を一パーセントでも再現するために、私は将来天狗になろうと思います。


ryo様

コメントどうもです。
これはあれですか。
ブルータス……っ、お前もか。と言うべきなのでしょうか。
ええ、余りの人気に帰ってきましたよ。


トケー様

感想ありがとうございます。
ええ、一人でも気に入った人が居ればこれ幸い。
たくさんいるならそれ以上はないです。
気に入ったスライムは、まあ、はい、ええ……。


ヤーサー様

これが二人暮らしなら家事をするのでしょうけど、周りがひたすら働いてますからね。
まあ、流石にパラケルススとか言われても見る人が見ないと分からないでしょうし。
実はレアなんでしょうね。魔術が起動してもおかしくない位には。
残念ながら、暁御は出てきません。多分八十くらいまでは。


では最後に。


一番かわいそうなのはチンピラである。



[7573] 其の七十七 俺と二対一は卑怯だと思います。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/11/30 21:56
俺と鬼と賽の河原と。





 朝目覚める。

 そんな時、ボーっとした頭で、俺は手に柔らかい感触を捕まえた。


「何だこりゃって……、考えるまでもねーなこりゃ……」


 思わず呟く。

 なんてお約束なのだろう。

 当然俺の腕が掴まえていたのは――。


「……遂に目覚めてくれたのですか。喜ばしいことです。さあ、このままたぎる欲望をこの私に」


 藍音の胸だ。


「悪い」


 悪い冗談でもあるそれを見事無視して、俺は上半身を起こし、藍音と向き合うような状態で後ろに手を突こうとして。

 むに、と。

 何かが俺の手に触れる。


「ん?」


 柔らかいが、平たい感触。

 俺は振り向いた。


「遂に貧乳に目覚めた。大丈夫、準備はいつでも」


 銀子だ。

 ……。


「何故いる」


 俺の問いに、二つの声が同時に返ってくる。


「いつものこと」

「いつものことでしょう」


 お前ら仲いいな。ってか……、いつものことで片づけられても残念な気分なんだが。


「……なんで二人同時なのかね?」


 確かに狭くはないのだが、なかなかない経験だ。

 しかしその答えは、どうにも更に残念なものだった。


「……その為にベッドを大きくしたのですから」

「当然の帰結」


 ……お前ら、組んでやがるなっ?


「……ってどうでもいいか。俺はもうひと眠りするぜー……」


 今日は休日だ。先日は色々あったから疲れているんだ。

 そんな俺に、藍音から声がかかる。


「先日からお疲れのようですが、どうかしたのですか?」


 俺は適当な声音で返す。


「昨日はスライムに付き合って疲れたんだよ……、ってことでじゃーな……」


 言ったきり、俺は再び枕に頭を沈ませたのだった。







其の七十七 俺と二対一は卑怯だと思います。








「……朝か」


 いや、昼だった。

 何故だかやたらと部屋を占領しているベッドから身を起こし、左右を確認。

 誰もいない。

 流石に、藍音も銀子いやしない。

 俺はほっと胸をなでおろし、薄い扉を開いて居間へと出たのだった。


「おはようございます」

「もう昼だけどな」


 言いながら、俺はどかりとソファに座る。


「昨日は散々だったな……。俺の運気はどーなってんだか」


 昨日の事件を思い出し、ぼんやりと呟いた言葉。

 それは部屋の宙に浮き、消えるだけだと思っていたが、意外にも藍音が食いついた。


「手相占いをしましょう」


 思わず、背もたれから背を浮かし後ろを振り向く。


「はい……? ってか、そんなんできんの?」


 藍音は俺のすぐ後ろにいる。


「マニュアルを見て一通りは」


 意外な特技が出てきたものだ。

 そして、自分でも予想外に疲れていたらしく、本当に占ってもらおうか、と考えて、やめた。


「今はいいさね。お前さん洗濯だろ?」


 流石に家事の邪魔はできない。

 そう思ったのだが、藍音は首を横に振る。


「洗濯は、銀子に代わっていただきました」

「へ? そうなん?」


 藍音は肯くことで、肯定した。


「……今頃、顔を埋めて満喫していることでしょう」

「……は?」


 ぽつりと呟かれた言葉に、俺は思わず聞き返すが、藍音はすぐに傍目には判らないながら表情を改めた。


「失言でした。忘れてください」

「まあ、良いけどな」


 別に悪事を働いてる訳でもあるまい。

 そう思って、追及をやめると、今度こそ話は本題に戻る。


「……それよりも、手相占いです。手を出してください」

「ああ、そうだったな。ほれ」


 断る理由がないので、俺は無造作に右の手を出し、それを藍音が包むように握る。


「……」


 息が吹きかかるほどの距離で、藍音が俺の手を見ていた。

 そして、見ながら俺の手をにぎにぎと揉むようにしたり、撫でたり。


「……なあ、手相見るとき揉んだり撫でたりって入ってたっけ」

「正確な結果を得るためには仕方のないことです」

「そーなのかー」


 意外に本格的、なのだろうか。

 しかし手相占いに関しては俺は全くの門外漢。

 口を出すのは憚られる。

 ただ、黙っているのも些か空気が重い。

 なので、あたりさわりないように俺は口を開いた。


「どうだ?」

「そうですね……、大体わかって来ましたが――」


 その後に続く言葉は、俺にとって、あまりに衝撃的だった。


「リアリティに欠けます。味も見て見ましょう」


 そう言って彼女は、俺の手を舐めたのだ。

 味……だと……!?

 今時の手相占いはッ……、味も見ると言うのかっ……!

 実に、実に予想外……。

 だが、俺が戦慄している間にも、藍音は俺の手の平、甲、指、そしてその間に舌を這わせていく。

 なんつーか……、何やってんだろう、俺……。

 倒錯的すぎる。

 とても気まずいです。

 そんな折、遂に藍音が咥えていた俺の指を離す。

 やけに淫猥な音が耳に残って、俺の気分を更に盛り下げてくれた。


「で、どうだ?」

「そうですね……」


 藍音はゆっくりと勿体付けて、言う。


「ラッキーカラーは銀色。恋愛運は現在最良ですね。ラッキーアイテムはメイドです」

「え……、いや、うん。とりあえず、メイドってアイテムだっけ……?」


 突っ込み所が満載過ぎて、変なところを突っ込んでしまった。


「私は貴方の所有物です」


 そして、恥ずかしげもなく断言する藍音に、俺は表情を変えず一言。


「……なあ、手相占いってこんなんだったっけ」










「ちょっといい?」

「今度は銀子さんか、俺は限界暇だが」


 ソファに転がり、ぼんやりとしている俺に、今度は銀子がやってくる。


「指のサイズを測りたい」

「なんで俺なのか、聞いてもいいかね」


 いきなりの要求に、俺は問いを発した。

 何故俺の手は本日大人気なんだ。


「……その内必要になる」

「なにゆえに」


 今危うげな発言をしなかったか。


「もとい、今皆に聞きまわってる。今度、贈る」


 なるほど、と俺は手を叩き、納得。


「右と左、どっちがいいんだ?」


 聞くと、銀子は一瞬の逡巡の後、言った。


「左」

「了解、ほれ」


 少しだけ、先程藍音さんにべろんべろんに舐められた右手でなくて良かったと思いながら、左手を出す。


「ん……」


 白く細い指が俺の指を滑る。

 何故か、薬指を念入りに。


「おい」

「プロの仕事に口出ししない」

「……悪か――、ってお前別に指輪の職人の類じゃねーだろうが。錬金術師だよ」


 一瞬普通に謝りそうになったじゃねーか。


「……私でも忘れていたことを掘り返さない」

「忘れてたのかよ」


 そんな会話を繰り広げながらも銀子は次々と俺の指に大きさの違う指輪を嵌めていく。


「これでピッタリ……」

「お、そうか」


 そして、これで終わりだ、と思った矢先。


「だけど、これだけじゃ心もとない」

「おい、まさか」


 嫌な予感が俺の背をよぎる。

 そして、そう言えば先日、こんな言葉を思い浮かべたなぁ。

 嫌な予感程、あたりやすい。


「咥えて見る」

「おい。明らかにおかしいよな。おかしいな、ああおかしいとも。明らかにからかって遊んでるな? おい」

「ぐだぐだ言わない」


 そう言って、銀子は俺の指を口に含んだ。

 お前ら、やはり組んでやがるな……!?

 そんなに俺の指をふやけさせたいのだろうか。

 そしてやっぱり、薬指だけ念入りだった。


「まったく、お前さんは結婚ネタをいつまで引っ張るんだよ」


 言う間にも、銀子は甘噛したり舌を押しつけたりとやりたい放題だった。


「へはははい。ほんひ」

「はいはい、何言ってんのか分からない」


 そして、しばらくそのまま咥え続けられ、遂に俺の指が開放される。


「で、どうだったんよ」


 銀子はしれっと言った。


「貴方は貧乳を愛でるのに最適な手をしている」

「……おい」










 まあ、何というか、危うく手がふやけそうだったが、何とか乗り切り。

 それが終わったころには、藍音が昼食を用意して待っていた。

 の……、だが」


「薬師様、口を開けてください」

「薬師、はい、あーん」


 何故俺は二人に挟まれて飯を食わされてるのだろうか。


「いや、食えるから。一人で食えるから」


 言ってみたのだが、


「お疲れの様ですから」

「無理は禁物」


 一刀両断どころか十字にばっさりである。


「ひゃっはー、ありがとう、諦めろとおっしゃるか」

「はい」

「だが断りたい年頃なんだが」


 流石にこの年になってそいつはきつい。

 のだが。

 俺は藍音を甘く見ていたらしい。


「なるほどそうですか」

「藍音さん? おおい藍音さん?」


 何か不穏な空気が漂う。

 そして。それは訪れた。


「……口移しがよろしいのですか。はい、わかりました、私も覚悟を決めましょう」

「あ、ちょっとまて、おい、藍音。話せばわかる――」


 がたん、と椅子が倒れる音が響く。

 俺が仰け反りすぎたのだ。

 そしてそれは――


「暴れるからです。ですが――」


 ――絶対に逃げられないことを意味する。


「チェックメイトです」


 藍音の唇は既に、俺の視界に入らぬほど近かった――。


「見事な手際。流石私が勝手に師と仰ぐ人。見習いたい」


 銀子の声が、妙に遠かった。





「あーん」


 現在俺は、無言で銀子の差し出す昼食を食べていた。

 ちなみに、あれきり藍音の動きはない、と言うかすぐ隣でそっぽを向いている。


「……照れるなら初めからするなよ」


 やはり今一つ変化に乏しいが、頬に手を当てているその様と、俺の声が聞こえていない時点で、結構照れてるようだ。


「そこはスルーするのが大人の男。女にはわかっててもやりたいことがあるの」

「そうですかい」


 既に下手に抵抗するのは諦めている。

 今度は銀子にまで口移しされてしまうかもしれない。

 流石にこの年にもなってそいつはきついというものだ。

 既にきついが。


「ふふふ、まるで新婚さんみたい」

「抑揚無しで言われてもな」

「ふふふっ、まるで新婚さんみたいっ!」

「まったく別人のように振舞われてもな……」

「人の努力を無駄にするのはよくないこと」

「……。ははは、こいつめぇっ!」

「気味が悪い」

「……人の努力を無駄にするのは良くないと思うんだが」

「やっぱりいつも通りが一番いい」

「その通りだとは思うがね? 流石にさっきのは酷いと俺は思う」


 その時だ。

 唐突に銀子は言った。


「ご飯粒ついてる」

「まじか」

「私が付けた」

「……おい」


 そして、それからの展開はやはり、お約束である。

 果たして、この子は結婚願望でもあるのだろうか。

 いや、あるのかもしれない。

 年頃、とは言えないが、年頃の時に恋愛しなかったようだし、こっち来てからは家なしだ。

 安定した生活にあこがれがあるのかもしれない。

 だったら、付き合ってやるのも悪くはないか。

 そう思った矢先――。


「おい……、照れるなら初めからやるなよ」


 結局彼女も、そっぽを向いていたりした。











 今日も平和だ。

 平和すぎる。


「ああ、地味にさみいな……」


 そんな日常を噛み締めて俺がコタツに入ろうとした矢先。


「いけません」

「ん?」

「余裕はありますが、食い扶持が増えたのです。節約を」


 藍音はそう言って、俺をソファに座らせた。


「つっても、寒いんだけど」


 そのように口を尖らせた俺に対して、答えは横から返ってきた。


「こうすればいい」


 不意に感じる体温。


「ラッキーアイテムは、メイドですから。それと――」


 横を見ると、銀子が俺の左隣に寄り添うようにして、腕を絡めていた。


「貴方も、嫌いではないでしょう?」


 続いて、藍音が銀子の逆側に座る。

 嫌いじゃない、確かに、人の体温は、嫌いじゃない。

 ただ、やっぱり言葉にしてしまうのは恥ずかしいから、溜息にして吐き出した。


「今日も平和だな……」







おまけ。

「貴方と私はキャラが被る」

「いいえ、貴方の方がメイドでない分キャラは薄い」

「今更メイドは時代遅れ」

「本人はあれですが……、ああ見えて彼はメイドが嫌いではない」

「そんなはずはない。薬師にデフォルトで属性なんかついてる訳が……」

「なるほどその通りです。元々あの人にメイド萌属性があった訳ではありません」

「まさか……」

「――そう、私が付けたのです」

「なんというっ……」

「長い時間を掛けて、メイドを見ると落ち着くようにして見せたのです」

「何という気の遠くなるような努力っ……!」

「好みがないなら……、創ればいいのです」

「やっぱり……、私の眼に狂いはなかった」

「なるほど、そういうことですか」

「組まない?」

「……良いでしょう。私も火力不足を感じていたところです」

「それで火力不足とはっ……、流石。師匠と呼ばせてもらう」

「教えることはありません。メイドの技は……、盗むものです」

「……わかった」


 という会話があったとかなかったとか。



―――
スライムのせいで俺の指が暴走しました。
反動です。
と言うことで、前から画策していた藍音さんと銀子さんのタッグが遂に起動。
そろそろ私は砂糖吐いて死ぬんじゃないでしょうか。



では返信。



キヨイ様

混沌すぎて、常人では発狂してしまいそうですね、ええ。
書いてる側もキーボードを打つ手が震えて……。
流石の薬師でも、スライムからは逃げ切れないようです。
ええ、確かにやさぐれはレアですね。スライムに会うたびやさぐれそうですが。


紅様

星の数ほど、属性がある。
今回は死兆星でした。
現実を見ない人が一番性質が悪いということの例だったのでしょうか。
きっとスライムの周りにはこれからも封印を施さねばならないような人たちが集まっていくのでしょう。


春都様

そこまでうざかったならある意味成功、と言えなくもないのですが――。
これ、良くて共倒れですからね。
ええ、今回で口直ししてください。カレーに砂糖水付けるようなもんですが。
まさかの藍音と銀子同時でした。


ヤーサー様

スライムシュートで自分も爽快でした。
もう、夢見がちどころか夢見すぎですね。スライムと一緒にしばらく封印ですが。
ちなみに、暁御については……、まあ……、予定は未定ということで。シリアス編が始まると危ういです。
薬師はきっと本気で困っていたならスライムでも助けるでしょう。そしてやさぐれると。


f_s様

霊侍は古傷を抉ってきますが、だからこそ心当たりがあって理解がある。
しかし少女は断絶しているのですね。
絶対に理解できない領域です。
落ち着いて深呼吸しましょう。そしてスライムとまともなキャラを比べて見れば自分を取り戻せる気がします。


通りすがり六世様

何故、でしょうか。私にもわかりません。何故あんなキャラを造ってしまったのか。
俺の心はざっくざくです。身を削って書く領域です。
厨二の被害は私にも来ると言う不思議。
Gガンは自分も好きです。中々理解が得られないのですが。


見てる人様

ここでそんな要素が混ざったら――。
私の心臓が破裂します。
世に出る前に闇に葬られますね。
ええ、スライムはぶっきらぼうだけど優しい、はずです。空回りしてますが。


奇々怪々様

霊侍ザスライムを懐に入れられるのはよっぽどの大物じゃないと無理でしょう。
私には不可能でした。
そして、厨二は惹かれあうのです。
スライムの近くに行くとカオスワールドに引きずり込まれるのです。


光龍様

この厨二王子ことサライムと夢見がちクイーン、自称悲劇のヒロイン少女。
二人いればカオスワールドを造るに十分すぎました。
胸が痛いです。軋む方向で。
次の出番はしばらく後にします。衛生面的に考えて。


リトル様

ザ・カオス・ワールド。
厨二病患者以外の人間は時が止まる。
混沌すぎて私ももう辛いです。
落ち着いてサライムのことを忘れようとしたら砂糖吐いたりとか。


トケー様

霊侍の性格の友人とは……。
ご愁傷様です。
ええ、厨二は混ぜるな危険です。程々にしておかないとまずいと私は今回学びました。
こっちも最近寒いので、風邪には気を付けたいと思います。


らいむ様

きっと、たぶん、もしかしたら、八十位で出てくるでしょう。
シリアスが始まったりしなければ、ですが。
もしくは出てきても二行で終わるとか。
どうなるかは、私にもわかりません。その内、各段落の一文字目を呼んでみるんだ、とか言うかもしれないです。


Eddie様

もう、笑うしかないです。
これが黒歴史の作り出す恐怖です。
そりゃもう、スライムアタックの瞬間だけ私の手が勝手に動いていた気がします。
俺の手は鎮まるところを知らないようです。


では最後に。


厨二、マゼルナキケン!



[7573] 其の七十八 俺とお前の急転直下。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/04 21:44
俺と鬼と賽の河原と。



 平和だ。

 違和感が残るほど、地獄は平和だった。

 風はこんなにも騒ぎ立てているのに。

 良い知れない何かが、と言うよりは明らかな、嫌な予感。

 歯痒い。

 所詮俺は一般市民。

 何が起こってもまずは閻魔の連絡待ちだ。

 現時点において、できることは何もない。

 ああ、このところ平和だっただけに違和感が酷い。

 まるで、体を無数の虫が這いまわるようだった。

 ――悪い予感は良く当たる。

 できれば、この予感がその法則の埒外であればいい、と思いつつも。

 俺は相も変わらず河原に向かう。





其の七十八 俺とお前の急転直下。





「おはよ」

「おう、おはようさん」


 いつものように片手を上げ、前さんに挨拶。

 十二月に入ってやっと、河原にも暖房が導入され、温かいが寒いという独特な空間の中で仕事が進んでいる。


「薬師、どうかしたの?」


 いきなりの核心に、内心俺は目を剥いた。

 はて、どう答えてみたものだろうか。

 嫌な予感がするんです、と言う訳にも行くまい。

 何が起こるか分かっているならいいが、嫌な予感では話にならん。


「いや、大したことじゃない、っつーか……」


 結局言葉は当たり障りのない中途半端なものになる。

 どうにももどかしい。

 これが詳しくどこで何が起こるのかわかっていたなら、すぐにでも閻魔の所に行けば良い。

 だがしかし、今俺が感じているのはせいぜい、例の現世に関することだろうとだけ。

 そんなこちらの事情を、前さんは察してくれた。


「まあ、話したくないって言うならいいんだけど」


 本当に良くできた人だ。

 というか、いつも通りにしていたつもりなんだが、それに気付いてくる前さんの洞察力はなんなのやら。


「まあ、でも結構な付き合いになるのか……」


 ふっと感慨に耽る。

 詳しくは覚えてないが、三年位になるはずだ。


「来た当初はこんなことになるとは欠片も思ってなかったんだけどな……」


 消滅するはずが、死後地獄に来たまでは気楽に考えていたのだが、気が付けば家は大所帯。

 周りを取り囲む人も随分を増えたものだ。


「そうだね。あたしも薬師とこんな付き合いになるとは思ってなかったよ」


 俺の呟きに、前さんが同意を示した。


「じゃー、どんな付き合いになると思ってたんだよ」

「そうだなぁ……」












 その頃、京都にて。

 鬼兵衛は東京でも見かけたその扉に手を掛ける。


「やあ、まただね」

「いらっしゃい。東京でも、京都でも、とはなかなかの縁であるな」


 下詰神聖店。


「本当にどこにでもあるんだね、驚いたよ」


 そう言った鬼兵衛の言葉に、下詰は自慢げに笑って見せた。


「うちの店が必要な客がやってくるんじゃない。必要な奴の前に店が現れるんだ。今は店が客を選ぶ時代だよ」

「……君のところだけだよ。そんな店は」


 鬼兵衛は苦笑で返す。


「で……、観光してるとばかり思ってたが、今日は何の用だ? うちはどこにでもあるから京都観光にはならないぞ?」


 そんな下詰の言葉に、再び鬼兵衛は苦笑を返さざるを得なかった。


「仕事さ。どうにも一連の事件に関連性があるらしくてね。しかも最悪舞台は京都になる」


 そのような資料が届いたのは、一週間ほど前だ。

 おかげ様で今日も、清華は旅館で口を尖らせているのだろう。


「早いとこ、何か掴まないと――」

「東京から連れてきた御嬢さんにどやされる、ってか?」


 誤魔化すような、三度目の苦笑。

 正にその通りだった。


「彼女も……出席日数ってやつがあるからね。それに、今一つ手掛かりが見つからないんだ。尻尾一つ掴めないからね」

「で、俺を頼りに来た、と。間違いじゃないが、先立つものは持ってるかい?」

「君も無関係じゃないと思うけどね」


 何といっても世界規模の危機に発展しかねないのだ。

 下詰とて無関係ではない。

 そんな言葉に、今度は下詰が笑って見せる。


「その通りだ。世界一つ飛んだところで別に構わないが、ここは困るんでな。色々と」

「そういうことさ、それに、気にならないかい? 今回の事件の真相」

「まあ、報酬としては十分であるかな。うん」


 下詰は、椅子に座り直し、楽しげに口を歪めると、言った。


「よろしい、私見でよければ語らせてもらおうか」













 前さんとの話に答えながら、ぽつりぽつりと俺考えを巡らせていく。

 嫌な予感は、現在に至るまでの一連の事件に関係するものだと思っていい。

 何故か、と問われれば、原因を探ろうと思えば思うほど別世界へ、否。

 俺のいた現世へと近づいていくのを感じるのだ。

 普段は別世界に探知なぞ掛けられないが、今回は特別な事情が存在する。

 いわゆる、世界の危機である。

 大天狗その他、大妖怪は自然の安全装置としての役目を持っているため、世界に危機が迫れば何らかの働きがあってもおかしくはない訳だ。

 それを考えると、現世を中心に、余波がこちらにまで飛んでくるということになる。


「最初はね。いつまで続くかな、どころか、いつまでもつかな、って思ったんだけど」


 そして、今回の事件の肝はなんなのだろうか。

 何がこの事件をこうまで不透明にしているのか。

 答えは相手の目的だ。

 相手が何がしたいのか未だつかめていない。

 そして、各々の事件に関連性が今一つ見受けられず同一犯でない可能性もあるのだ。

 しかし、まったく別件だとするのも早計。

 どの事件にも人の関与が見られる。


「……そんなに俺っていい加減に見えたのか?」


 京都、如意ヶ岳天狗内乱に関与の可能性があるらしい、と後になって聞かされた他、

 龍が東京に降りてきたことに関する協力。

 そして、岐阜で翁の刀を抜き放った件。

 果たして、そうも簡単にそう言ったことへの協力者は現れるものだろうか。

 答えは否。

 一連の流れを利用して何かしようとしているとしか思えない。


「んー……、死んだ魚の眼をしてたかな」


 そして、事件の場所を結ぶと一直線になる、と言うのもどうにもきな臭い。

 果たして、次の事件は起きるのだろうか。

 それとも、既に相手の準備は終わっているのだろうか。

 わからない。


「……んな目してたんかい」











「まずはそうだな。すべての事件が繋がってる前提で話をしよう」


 そう、前置きして下詰は語った。


「まあ、理由としてはあれだな。世界が言い知れぬ危機を感じ取ってるってあたりだな」


 確かに、各々の事件だけであれば大したことはない。

 世界もまた、わざわざ回りくどい真似もしないはずだ。


「でも、天狗内乱もそれに入れるのは早計じゃないかい?」


 明らかに人の関与が疑われる二つと違い、その事件においては偶然の可能性が高い。

 しかし、下詰は首を横に振った。


「地獄でも、隠れ蓑に使われたかもって話はあるんだろう? 実際その通りだ。地獄じゃわかないことであろうけども、高ランクのアイテムが召喚されてるのであるよ」


 その言葉に、鬼兵衛は眉をひそめる。


「本当かい……!? こっちではなにも関知できなかったんだけどな」

「ああ、それに関しては俺が道具専門なのと、地獄の方の監視とこっちで感じるのじゃ全然別だからな」


 こう言えばわかるか、と言って下詰は付け足した。


「コーラにラー油でも垂らしたとして、視覚的には見分けはつかないが、飲むと辛みを覚える。そういう違いだな。別世界から見てるんだから多少話も変わってくる」

「確かにそうだね」

「で、だ。これだけで犯人は随分と絞れる訳だが――」


 その言葉に思わず鬼兵衛は目を剥いた。


「そんな簡単にわかるのか……! 初めからこっちに来てれば良かったよ……」


 今までの徒労に、思わずため息が出る。

 下詰はそんな鬼兵衛に、苦笑を返した。


「実は無関係に見えて、あれこれ関わってるというか、俺は翁事件に関しても薬師から聞いてる訳であるからして。事件の全体像を見るならば、俺の方が適任と言う訳だ」


 なるほど、と鬼兵衛は手を打つ。

 実は鬼兵衛は翁の事件に関して深く理解していない。

 いや、詳しく理解できているのは当事者たる、ブライアンと薬師位だろう。

 その薬師から事情を聴き、そして、龍の事件にリアルタイムで関わっている。

 これほど一連の事件に詳しい人物もいないだろう。


「で、だが」


 そこで、下詰は咳払いを一つ。


「そもそも、天狗内乱は隠れ蓑で、目暗ましだ」

「そうだな……、その通りだ」

「だが、良く考えても見てほしい訳だが、誰に対する目暗ましなんだ?」


 はたと思う。

 そう言えば、その場の妖力を派手にかき乱して、自分の術を隠すのは良いが、こうして現地の人間にはばれている。

 下詰が言ったように、まったく観点が別なのだ。

 地獄では、派手に妖力が暴れまわってるのはわかるが、誰の、とかどんな、とかがわからない。

 しかし、現地に居ればあっさりと違和感を感じることができる。

 これでは地獄にしか効果がない。


「なるほど確かに。これは明らかに地獄への警戒だ」


 だがしかし。


「それでどうなるんだい?」


 それで如何様に犯人に辿り着くのか。

 そんな質問に下詰は、こともなく答える。


「そんなもの決まってる。一体どこの誰が――」


 下詰はきっぱりと断言した。


「地獄なんて信じてるって言うんだ?」

「……」


 鬼兵衛は思わず黙り込む。

 地獄の人間には判らない観点でこの男は犯人に近づいた。


「確かにそうだ……。現世で地獄のことを知ってるのは極少数……」


 答えに辿り着いた鬼兵衛に、下詰は実に楽しげに笑って告げる。


「そうだ。大妖怪だよ」













 確かに来た当初は死んだ目をしてたかもしれないな。

 そう思って、先程までの考えを打ち消し、俺は前さんとの会話に集中する。


「あの頃はなぁ……、一番人生、もとい天狗生に飽きてた時期だったからな」


 俺にできるのは待つことだけだ。


「で、今はどうなんかね。俺の眼は」


 俺の問いに、前さんは微笑んで見せた。


「今は、そうだなぁ……。死んでない魚の眼かな」

「結局魚かよ」


 俺はジト目になって前さんを見る。

 だが、俺の眼が今死んでいない第一の要因は、前さんなんだと思う。

 今こうして目の前で楽しげに笑っている前さんと出会ったから、今現在の俺が居る。


「うん、でも今日の薬師はダメ」

「そいつは手厳しい。死んでるか? 眼」

「ぎらついてるけど、――イマイチかな」


 本当に、良く見ている。


「そうかいそうかい」


 もし、この悪い予感が当たったとして。

 この笑顔は曇るのだろうか。

 そしてどうすれば俺は、彼女の望む眼でいられるだろうか。


「なあ……」

「なに?」


 俺は問う。


「河原って有休取れんのかな?」


 前さんは苦笑。


「無理じゃないかな?」


 俺も笑う。


「無断欠勤ってクビか?」

「そうじゃない?」

「はっはっは。そいつは困るな」


 わざとらしく笑って見せる俺に、前さんは言った。


「クビんなったら、私が養ってあげるよ」


 やはり俺は笑って返す。


「そりゃ安心だ」


 俺は石から手を離すと、立ち上がった。














「さて、と言うことで、京都にいる大妖怪と言えばほとんど大天狗ぐらいな訳で、しかも術の起動が山からな時点で概ね確定な訳だが、もうひとつだけ語らせてもらおうか」

「まだ、何かあるのかい?」


 鬼兵衛が聞くと、下詰は自信満々で頷いて見せた。


「世界が呼びたい男を」


 思わず鬼兵衛は眼を丸くする。


「……そんなことまでわかってるのかい!?」

「まあ、推測しか立てられない訳であるが。確かめる術などどこにもないしな」


 そう断って、下詰は続けた。


「まず、世界が別世からわざわざ人を呼ぶ理由はなんだ?」

「……それは、危機が迫ってるからじゃないのかい?」


 話にならん、と鬼兵衛の答えを下詰は一蹴する。


「そもそも、別世界の人間じゃないと解決できない問題と言うのはなんだ? この世界の面子でどうやっても解決できない事件とは?」


 確かに、と鬼兵衛は考え込む。

 この間の高校だけで、多くの特異能力者がいるのだ。

 しかも超高レベルの。

 大抵の危機など、一人いれば十分なはずだ。

 それが集ったとしても解決できない事象など、地獄の人間だって解決できまい。


「だが、世界の目的を考えれば説明が付く」

「よくわかるね……、僕にはさっぱりだ」


 本気で感心する鬼兵衛に、下詰は苦笑いした。


「お前とて、わかるだけの情報は持ってるはずだと思うが……」


 そう言われてもわからないものはわからない。

 結局、鬼兵衛は下詰に続きを促した。


「そもそも今回の相手はなんだ? 大妖怪だ」


 絶対とは言えないが、その可能性が高い。


「そして、世界は大妖怪をどうしたいのか。これは多分……、殺したいんじゃないのか?」

「殺す……、だって?」


 まさか、と鬼兵衛は驚愕をあらわにする。

 大妖怪は死なない。

 例え首を落とされても甦る。

 そんな大妖怪を消滅し得る人物と言えば――。


「いるだろう? そう、世界が登場を待つ主役は――」


 鬼兵衛は頷く。

 そう、京都に来たのもその人物について聞きたいことがあったからでもある位だ。


「奇妙にして奇怪。先代を消滅せしめ、その身もまた地獄に落ちた大天狗――」






「藍音、準備しろ。行くぞ?」

「どこへでしょうか」

「現世だよ。面倒事さ」

「……そうですか」

「まあ、嫌なら一人で行くんだが。で、どうする?」

「あなたとなら、どこまでも」

「じゃあ、行くとするか。世界を救いに!」






「――如意ヶ嶽薬師坊。彼が壇上に登って、演目はスタートする」




―――

其の七十八でした。
シリアス開始っぽいです。
今回のパートナーは藍音さんで。
あれこれ謎解きして、バトルもします。バトルはあっさり終わりそうですが。
ちなみにですが、次は過去編一回やって、本編に入りたいと思います。


では返信。


春都様

そろそろ今年も終わりですね。
学生には冬休みなる長期休暇があるので楽しみです。
薬師には全く休む暇はなさそうですがね。
シリアス的にもラブコメ的にも。


ヤーサー様

子供たちは遊びに出かけていたようです。
流石にあれ以上人数が居たら薬師が泣いてしまうでしょう。
その内薬師が拗ねて引きこもってしまいます。
暁御は何というか……。こう、重大なことには関われない絶対運命の様なものが……。


マリンド・アニム様

二人掛かりでの猛攻が始まったようです。
でもそこは機動要塞薬師ですから。
余りに堅牢鉄壁俊足軽快すぎますが。
ただ、そんな薬師でも、百年近く掛けた遠大な努力の末にメイド属性を食らってしまった模様。


奇々怪々様

まな板でも、洗濯板でも胸を張って生きればいいはずさ、と。今良いこと言いました。
薬師はもうあれなんですね。こう、娘と何やってんだろ……、的な方向に持っていくイカれたメンタルをしてるんですね。
そして貧乳を愛でるのに最適な手って、どんなんなんでしょうね……。
●●●●、パステルカラーで紫な液体に注意です。


リトル様

暴走特急過ぎて誰も止められないです。
そしてこの小説、厨二病で血反吐吐かせたり、ラブコメで砂糖吐かせたりと。
まるで読者にやさしくないっすね。
作者にも優しくないですが!


ROM野郎様

コメントどうもです。
それはまた……、考えるだけでおぞましい。
まるで熱湯と冷水を交互に掛けるような……。
新種の拷問ですか。


見てる人様

それはもう満喫ですよ。
顔を埋め、匂いを嗅いだり、自分で着てみたりその他諸々。
最近二人も猛烈な追い上げを見せています。
薬師は余りのスピードで逃げていきますが。


通りすがり六世様

ふふふ、書く私は回避できない逃げられない死ぬしかないという。
死因は厨二病ですね。ええ。
二人とも全力全開で最強攻撃力ですが、防御力と言う名の免疫はないのです。
それと、ちゃんと今回も出てきましたよ前さん。次回から二回か三回くらい確実に出番ないけど。


ガトー様

俺と鬼と賽の河原と。{ほのぼのラブコメ(笑)}に進化しそうですね。
……もうしてる?
まあ、正にカオス。今からシリアス開始しようとしてるくらいですしね。
でも、まあ、楽しければいいですよね……?


f_s様

地獄ではよっぽどじゃないと病気にかからないですが、直接菌を接種したとなれば話は変わってくるという。
そして熱で朦朧としたところに好き放題。
看病しない方が休める気がします。
ちなみに地獄にも死したインフルエンザ菌の魂が。


トケー様

その熱い叫び、いつか届いて薬師を呪いころすことで……、あれ?
いい加減薬師は銀子と結婚するべきでしょう。
藍音とはもう何というか結婚以前の問題と言うか、既に手遅れと言うか。
メイド属性付けられて世話されてる時点ですでに終身契約完了ですね。


らいむ様

ククク……、俺の心が壊れるのが先か、書きあがるのが先かっ……。
多分私が死にます。
スライム一回分で心臓がドキドキします。
恋とかそんなレベルじゃありません。心臓が口から飛び出そうになるんです。


Eddie様

藍音さん最強伝説が始まりそうです。
スライムは僕らに伝えてくれた――。
明けない夜はない。ただし日照りで干からびるかもな。
薬師は過剰なスキンシップと言うか、エロ方面に向かうと残念な気分になる希少な男ですから。


最後に。

暁御……、始まっちまったよ。シリアス。



[7573] 其の七十九 俺と現世で世界危機。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/11 22:39
俺と鬼と賽の河原と。



「驚きました。……私から行こうとしていたところです」


 俺が現世に行かせてくれ、と口にした時、閻魔は目を丸くしてそう言った。


「なら、好都合だ。とっとと行くから許可出してくれ」


 だが、彼女は苦しそうな顔をする。

 なぜだ? 思うと同時に答えは返ってきた。


「ごめんなさい……、我々が解決するべきことを押しつけてしまって」


 そうやって頭を下げる閻魔に、俺は苦笑を返す。


「今更だろ」

「それでもです。今回ばかりは……」

「世界規模の危機だからってか? 知ったこっちゃねーや。俺が行きたいんだ、気にすんなよ」

「薬師さん……」


 俺は笑った。


「良いんだよ。組織の長としても正しい選択だ。それで本人が行きたいってんだから、望むべくもねーだろ」


 本当に今更だ。


「だから、行ってくる」


 そして、やっと、閻魔も微笑んだ。


「――行ってらっしゃい。早く帰ってきて、くださいね?」


「おうとも」






其の七十九 俺と現世で世界危機。








 と、送り出された薬師だったが。

 あれから二日。


「……おはようございます」


 ベッドの上、薬師の目線のすぐ先に、藍音の顔があった。


「……顔が近い。何のつもりだ」

「……おはようのキスを」

「いらん。英語で言うならノーセンキューだ」


 あれから二日で、藍音のスキンシップはとどまることを知らない。


「そうですか」


 そう言って藍音は立ち上がる。

 そう、あれから二日たったが薬師と藍音は同じベッドに寝ていた。

 ちなみに事件に進展はない。


「よっと、おはようさん」


 薬師も続いて立ち上がり、やっと挨拶に至る。

 薬師が今いるのは、前も使ったアパート。

 決して広くはないその部屋の扉を一枚開けば、板張りの床の今が現れる。


「朝食の準備はできています」


 と、いうことは一度起きてから俺が起きる寸前に再び布団に潜り込んだのか。

 などとそんなどうでもいいことを考えながら薬師は椅子に座った。


「今日はどうするおつもりですか?」


 薬師の前に座った藍音が聞く。

 薬師は昨日一昨日と歩いて調べるだけだったな、と思い、今日の予定を考える。


「仙拓んとこ行ってみるか」


 仙拓であれば詳しいだろうし、金を出せば如意ヶ岳の天狗も動かせる。

 そういった考えで、薬師は呟いた。


「わかりました。では、私の方も独自に調査を進めたいと思います」


 藍音もそう言って、箸を進める。


「おう。頼む」


 薬師は相も変わらず見事に好みを当ててくる料理を口に運び、そんな中藍音はぽつりと呟いた。


「ところで」

「ん?」

「……寝巻きは何が好みでしょうか。パジャマ、ネグリジェ、着流し、それとも全裸で?」

「何か着てくれればそれでいい」


 薬師は即答。

 しかし、藍音にダメージはない。


「じゃあ、シースルーでいきましょう」

「透けてないパジャマで頼む」

「……わかりました」


 すこし残念そうに藍音はぼやいた。

 そんな藍音に、薬師は半眼で彼女を見つめ、呟く。


「そういえば……、一緒のベッドで寝ないという選択肢は?」

「ないです」

「……さいですか」


 取り付く島もなし。








「さて、じゃあ、行ってくるとすっかね。まて、なんで顔を近づける」

「いってらっしゃいのキスを」

「いらん」


 玄関にて、薬師は後ろ手に扉に手を掛けながら、必要以上に近い藍音の顔に断りを入れた。


「減るものでもありませんし、ここは一つ」


 それでも食い下がる藍音。

 薬師はげんなりと返す。


「すり減るんだよ。精神が」

「……それは残念です。寝ているときにしましょう」

「おい」

「寝ている時なら精神はすり減らないでしょう」


 そんな言葉に薬師は溜息を一つ。


「女がそう簡単に唇許すんじゃねーよ」

「貴方意外には許しません。絶対に」


 きっぱりと藍音は言った。

 こうなっては薬師はもう一度溜息を吐くほか無かった。


「俺のことになるとお前さんの考えてることは今一わからん……」

「そこは察していただきたいのですが……、ですが、これはこれでいいのかもしれません」

「わからん。ますますわからん」

「わからなくていいのです」


 そんな言葉に、何か釈然としないものを感じるが、薬師はすぐに諦め、頭を振る。


「考えてもしゃーねーな。行ってくる」

「お気をつけて」


 薬師は扉に向き直ると、勢いなく外に出た。

 熱くも、寒くもない。

 雪はほとんど降っていないそうだ。

 京都にしては、珍しい。


「さて、如意ヶ岳も、久々だな」


 呟き、飛翔。

 数分飛んで、あっさりと薬師は如意ヶ岳の天狗の里に辿り着く。

 目的の建物は、山中にはやたら目立って屹立していた。


「仙拓ー、いるかー?」


 薬師は無遠慮に執務室の扉を開ける。

 そこにいるのは相変わらずの黒髪短髪の若造。


「え、面会の予定は――」


 机の向こうに座る仙拓は、薬師を見て目を丸くし、薬師はそんな選択に軽く手を上げて見せる。


「よお。また化けて出たぜ?」

「や、薬師様っ!? なななな何故ここにっ!」


 驚愕し、慌てる仙拓を見て薬師は一通り楽しむと、にやけたまま軽い声を発した。


「まあ、落ち着け。話に来ただけだから」

「……は? 話?」


 今一つ理解の及んでいない仙拓に、薬師は苦笑で返す。


「不穏な動きくらい、知ってんだろ?」

「あ、ああ! なるほど。また面倒事なんですね?」


 得心がいった顔で仙拓は肯いた。


「……お前が俺をどう思ってるかよーくわかった」


 どうにも薬師は仙拓にとって便利屋か何かだと思われているらしい。


「まあ、それはいい。で、なんか情報はないのかね」


 気を取り直して聞く薬師。

 しかし、仙拓の表情は優れていなかった。


「とある、鬼の方からお話は伺いましたが――。残念ながらこちらの情報網には何も掛かっておりません」

「そうか……。まあ、それはいいか。そこまで期待していなかったしな。それよりもお仕事の方を頼みたいんだが」


 もとより、そう簡単に事態が動くなら、苦労はしていない。


「仕事?」


 そう言って聞き返す仙拓に、薬師はこう持ちかけた。


「報酬出してやるからちょっと、総動員で調査して欲しいんだがね。如何か?」


 ちなみに報酬に関しては地獄がどうにかしてくれるだろうという決めつけである。

 それで危機が去るなら安いものだろう、とも。

 まあ、最悪の場合でも、直接閻魔に掛けあえばどうにかなるか、など薬師は考えていた。

 しかし、そのあたりは全くの杞憂であった。


「今回は無料でいいですよ」

「ほう?」

「こっちにも無関係ではないようですし、内乱の鎮圧も手伝ってもらいましたからね。貴方には」


 その言葉の後に仙拓はただし、と付け加えた。


「これからも地獄とはいい関係を保っていきたいと思っておりますので」


 そんな言いように、薬師はにやりと笑って返す。


「閻魔に口聞いといてやるよ。組織の長としちゃ、いい心掛けだ」


 今回はサービスする代わりに、次からも何かあれば如意ヶ岳を利用してくれ、と仙拓は表現した。


「で、おもに何を調査すれば?」

「あー、っと、多分京都から東京に繋がる縁があると思うんだが、裏を取ってくれないか?」

「なるほど、霊的ラインがあるか確かめて来い、と?」

「ああ、頼む」


 あの若造が随分と長らしくなったものだ、と半ば薬師は感心しながら頷いて見せる。


「確かに承りました。これから薬師様はどうするので?」


 話が終わり、立ち上がった薬師に仙拓は聞いた。


「あー、鞍馬んとこにでも顔出してみる。そいつが終わったら比叡山だな」


 薬師は鞍馬山僧正坊と、比叡山法性坊には比較的深い付き合いがある。


「話でも聞いてみるさ。奴らが犯人の可能性もあるんだけどな。……そうだ、犯人お前じゃねーよな?」


 仙拓は、苦笑いで返した。


「滅相もない」









 鞍馬山の一角にて。


「よう、久しぶり。化けて出たぜー」


 そう言って現れた薬師に、茶髪のボブカットで一見女子高生に見えなくもないおっとりとした女性。

 鞍馬は見た目のままおっとりと返して見せた。


「お久しぶりー。遂に化けて出たのね」

「おうともさ。ところで、お前さん悪だくみとかしてねーの?」


 いきなりの核心。

 しかし、鞍馬は動じなかった。


「してなーい」


 しかし、薬師もまったく動じない。


「やっぱりかー。じゃあ何か情報とか掴んでねーの?」

「掴んでなーい」

「誰かがなんか怪しいとかはー?」

「法性坊が鬼気迫る感じー」


 二人は、まるで世間話でもしてるかのような気軽さだ。

 果たしてこの山は大丈夫なのだろうか。


「そういや牛若は元気か?」

「んー、相変わらずのメンヘラっぷりねー。貴方に会いたがってたよー?」

「こんにちは……、お元気ですか? 私は死にたいです」


 ふらり、と薬師の後ろに人影。

 色白にして小柄。まるでお姫様の様な風貌に、首の後ろで二つにまとめて流している暗緑色の長い髪。

 そしてまさかのゴスロリファッション。


「おおう、相変わらず驚きの登場だな」

「貴方に会いに行こうと思ったけど……、そっちから来たから死んでない」


 他でもない、源九郎義経。

 鞍馬天狗に教えを請うた、八艘にビートを刻む源氏の鬼才である。


「久しぶりだな、若」

「お久しぶり。帰るときには僕も連れてって……」

「すまん、御免こうむる」

「……鬱だ。前回京都に来た時も会いに来てくれなかったし生きてる価値ないんですねわかります」

「いや、それは、ええと、うん」

「言いにくそう。凄く言いにくそうだね……。私なんかの分際で困らせてしまうなんて万死に値しますねごめんなさい死んで詫びます、でも死ぬ価値すらないんですね……、貴方の表情を見るに」


 余談だが、彼女は人間ではない。

 当然現在まで生きている時点で明らかに常人ではないのだが、兄に裏切られたショックで人間をやめてしまったのだ。


「あー、それは置いといて最近どうなんよ」

「こないだ僕リストカットしようとして鉈で手首チョップオフ」


 そう言ってゴスロリ少女は包帯を巻いた左手首をぷらぷらと振って見せた。


「凄絶だな……」

「あ、とれた」


 ぼとり、と手首が綺麗な断面を露出。


「おおうっ、びっくりするから付けとけ付けとけ」

「今実は手を握られてるんだね……。どきどき」

「俺はぶっちゃけ嫌な汗を掻いてどきどきだよ」

「これは……、恋……。しかも両想い……。ここは一つ心・中しましょ?」

「俺もう死んでるから御免こうむる」

「死んでくれなきゃ僕が死ぬ……」

「なんだその脅迫。どっちにしても死ぬ方向で確定かよ」

「じゃあ、病んでる感じにべったりねっとり愛して……?」

「すまん、逃げる。何かわかったら教えてくれ」


 そう言って薬師は飛び立った。

 ――そんな薬師のスーツのポケットには、手首から先が、引っ掛かっていた。


「怖いわッ!!」


 そのまま薬師は上空から地面にその手を叩きつけたそうな。







 飛び立った薬師を見送った二人の内、こっそりと薬師のポケットに取れた手首の指を引っ掛けておいた方は、超速度で頭に直撃した手に、愛おしそうに頬ずりしていた。


「うふふふふ……、手、握られた……」

「相変わらずだったねー」


 とれた手首に頬ずりする少女に一切動じず、鞍馬はおっとりと呟いた。


「……そう、そうだね……。あの朴念仁のあの人に手首を切り落とされたい……」

「君も相変わらずだねー」

「でも今日はこれで満足……。幸せすぎる。ああ僕が幸せなんて生きててごめんなさい腸だしてお詫びします……」


 そう言って、腹に手を突きいれようとする義経を、鞍馬はやんわりと制止した。


「そんなにお詫びしたいなら無惨に犯されるといいよー。薬師に」

「それは魅力的な提案だね……。幸せでお詫びになるなんて素敵だよ……」


 躁鬱激しく、口調も安定しないまま恍惚に頬を染める少女。

 そんな彼女に初めて鞍馬は表情を変えた。


「楽しそうだったね。薬師は」

「生前と違って……、かい?」

「うん」


 それは苦笑。

 喜ぶような悲しむような、そんな表情。


「僕たちじゃできなかったことだね……。ああやっぱり生きてる価値なんてないんだごめんなさい死にますでも僕が死んだら地獄の皆さんが迷惑ですねごめんなさいこのまま消滅します」

「どちらにしたって死ねないのにねー。私もだけど」

「だからせめて、私で僕は、あの人の役に立とうと思うんだ……」

「そう……。私はそうはいかないけど、頑張ってねー」










「懐かしい風を感じたと思えば。薬師か。遂に化けて出たのか」


 紅蓮の長髪の偉丈夫。

 比叡山法性坊。


「よ、元気か?」

「愚問、愚問だな。我々にそれを問うか?」

「元気じゃない訳ないな。ってことで本題だが、お前さん悪いこと企んでるか?」


 薬師は無意味な質問をする。

 当然法性坊も横に首を振った。


「十年ぶりに現れたと思えば間抜けな質問だな。そこで頷くのは大それたことを考えていない奴か、よほど肝が据わった奴だ」

「その通り。ってか、お前さん奥さんはどうしたんだ?」


 薬師の記憶では、この男には山で拾った二十年以上連れ添った人間の妻が居るはずだ。

 生前最後に見たのは十年前、甲斐甲斐しく世話を焼く女性の姿だ。

 しかし、彼の返答は予想外のものだった。


「死んだよ。交通事故だ」

「……そいつは。いつだ?」

「七年前だ。おかげで仕事しかやることがない」


 そう言って法性坊は巨体の肩をすくめて見せた。


「そうだ、お前は地獄に居るんだったな。妻の姿は見てないか?」


 冗談めかして言う法性坊に、薬師も茶化すように返した。


「地獄は広いぜ? 帰ったら探してやるよ」

「ふ、そうか。まあいい。お前は現在起こっている事件の解決に来たんだったな?」

「そうだが?」

「比叡山は協力を誓おう。どうやら無関係でもいられんらしいしな」


 そうか、と薬師は旧友に笑って返した。


「じゃあ、俺は帰るとするよ」

「ああ、じゃあな」


 薬師が飛び立つのを見た法性坊は、一人呟いた。


「……水を得た魚の如し、か。地獄で何があったのか知らないが、想像を絶することがあったようだ」










 夕方、家に帰り着いた薬師は、扉に鍵がかかっていないことに気が付いた。


「む、藍音が先に帰ってるのか? おーい、藍音?」


 鍵を掛け忘れた可能性もあるが、あの従者に限ってそれはない。

 そう思って居間に出るとそこには――。


「お邪魔しているよ」


 藍はあおでも、青鬼が居た。


「久しぶりだな、鬼兵衛さんよ。って俺今日何回久しぶりって言ったよ」

「知らないよそんなこと。それより、今回の件について報告をしろって言われたんだけど」


 どうやら鬼兵衛は今回の件について説明しに来たらしい。


「全部話すのは長いから君が知らない場所を語っていくよ」


 以下、鬼兵衛の話をまとめるならこうだ。

 京都天狗内乱は、敵が関わっているかどうかは別として、目暗ましとして利用された。

 東京都龍事件は、京都府の山から誰かの力を借りて降りてきた。

 岐阜竹取翁事件も、誰かが抜いた形跡がある。

 ここまでが確証のとれた部分。

 ここからは推測が交じってくる。

 相手は大妖怪。しかも場所柄、大天狗の可能性が高い。

 そして、世界の意思が、薬師を呼びたがっているかのようだ。

 この二つは完全に結びつく。

 薬師は大天狗を殺すことができ、大天狗を殺すことができるのは薬師だけだ。

 そして最後に、犯人は、東京から京都に霊的ラインを結び、何らかの結果をもたらそうとしている。

 しかも、それが次元規模の危機の可能性が、高い。


「なるほどなー……。確かに俺は大天狗を殺したことがあるからな」

「その為に、前回、前々回の事件を世界が利用した可能性がある」

「相手の事件を利用する、ねえ? 効率いいっちゃいいが……」


 地獄の人間を呼び寄せれて、直接事件に関わらせることを思えば実に合理的だ。


「しっかし、何をしようってのかさっぱりだ」

「そうだね……。それと僕は一回東京に戻ることにするよ」

「そうなのか?」

「ああ、うん。向こうの方も一度詳しく調べておきたいんだ」


 そう言って鬼兵衛は立ち上がった。


「ほいほい、じゃ、健闘を祈るぜ」

「うん、そっちもよろしく頼むよ」


 去っていく鬼兵衛を薬師は見送る。

 それから、事件に関して考えること数分。

 入れ違いに藍音が帰ってくる。


「ただいま帰りました」

「お帰り。どうだった?」


 薬師が聞くが、結果は芳しくないようだった。


「今一つです。あれこれ調べてきましたが、怪しいところは見当たりませんし、大天狗以外の大妖怪は皆眠っていたり、封印されていたりと、シロになりそうです」


 怪しいところ、いわゆる儀式場や結界、何らかの呪が刻まれた場所があれば、藍音ならわかるはず。

 しかし、その彼女がわからないということは、ない、もしくはかなり本気で隠蔽していることになる。


「今日も空振り、か。まあ、進展がない訳じゃないしな」


 薬師は呟いた。

 仙拓、法性坊の協力は取り付けた。

 鞍馬は考えが読めないが、何かあれば言ってくるだろう。


「飯食って、風呂入って寝るかー!」


 下手の考え休むに似たり。

 一度すっきりしてからの方が効率もいいだろう、と薬師は思考を振りはらった。








「しかし……、今回の事件は怪しいとこが多すぎんなぁ……」


 夜もまわり、薬師は浴槽の中で呟いた。

 果たして、今回の事件の課題はなんであるか。


「まず、大きな目標として何らかの災害を止めないといけない訳だが……」


 その為に、どんな災害が起きるのか調べる必要がある。


「犯人に辿り着くにしたって、目的が何か分からないし、手段もわからん……。どれか一つわからないと何もわからん、か」


 現状の課題はとしては。

 犯人の正体。

 犯人の目的。

 犯人が目的に至る手段。

 このどれかを知ることができれば、そこから正解に近付けるだろう。

 そう考えて、薬師は心を入れ替えるようにお湯を掬って顔に掛けた。


「一つ一つやるしかねーな……。時間があるかは疑問だが、そっちの方が確実に早い」


 決意。

 決して好きにはさせやしない。

 そう呟いた、その時。

 がらり。


「……お背中お流しします」

「……御免被る」


 この後、薬師は散々だった、とだけ言い残している。















―――
色々変な人とかが出てきましたね。
これで導入が終了です。
多分三話編成ですね。
ちなみに次回は過去編で、少しずつ先生暴走の謎に迫ります。
なので、次次回でこれの続きです。
できればペースアップしたいとは考えてますが、ゆっくり待ってもらえると幸いです。

それと、人気投票終了しました。
結果発表はホームページの人気投票から。
特別編は現在執筆中です。




では返信。

奇々怪々様

確実にアッーーーー!ですね。ええ。
意外と先生はアバウトな方でした。
先生は多分クーデレでいいと思います。もしかしたらデレデレかもしれませんが。濃度的に。
薬師はたまにデレますから、きっと……。大体16:1の割合で。


眼隠し様

感想どうもです。
どうやら薬師は上司にセクハラを受けているようです。
パワハラかもしれません。
そして先生の弟子になるにはががっとかずばーんとかから何かを読み取らないと行けないようです。


リトル様

薬師のフラグ立て能力は先天的なものと、十全な環境によるものです。
おかげ様で彼方此方構わずフラグを立ててますね。
ええ、どうやら義経さんともフラグを立てていたようで。
多分、馬乗りにされた後、首筋にキス位は余裕でやられてるでしょう。


光龍様

年上の威厳を保つために表情を見せないようにしたりする涙ぐましい努力があるのですね。
まあ、先生も薬師も似た者同士と言いますか、寂しがりなんですね。
薬師のせいで先生の思考はぶっ飛んだのか、それとも薬師のおかげで延命されたのかは微妙なラインだったり。
そして、薬師はこの時点で娘に甘い父親の素質を持っていたようで。


f_s様

いいじゃないですかフルオープン戦法。
シリアス書き続けると疲れるんですね。だから思わず茶目っ気が。
まあ、でも今回冒頭で美沙希ちゃんといい雰囲気でしたしね。
現世から帰ってきたら何かあるやもしれませぬ。


ヤーサー様

このころはツンデレだったんですね。
今ではダルダルの様ですが。まあ、一応先生は有能な方ではあるようですよ?
しかし、表現できないことになると完全に諦めたかの如し擬音が。
どちらにせよ物わかりが良かった薬師位しか教えられない訳ですが。ちなみにフルボッコにするのはAB二人いたりします。


通りすがり六世様

むしろ、順調すぎたから行けなかったのかもしれません。
過去編も次回から先生の死の真相に近づいたりします。
結局根っこの部分は似た者同士ですし。
お似合いのカップルなのは確かなんですけどね。


春都様

フルオープン戦法です。
多分先生も無自覚にフラグは立てていたんじゃないかと。
姉御的カリスマはありそうですし。
さて、次回また過去編です。ちょっとあれな兆しが見えたり見えなかったり。


トケー様

薬師が押しに弱いのは、現在の父性に繋がっているようです。
娘の我儘に付き合う父親の心情に進化しました。
しかし過去編の薬師はほんとにデレッデレですね。
それと、うちの女性陣が皆好みということは、私と酒が飲めるということです。自分お酒呑めませんが。


Eddie様

もう見事にベタ惚れですね。
完璧に両想いですよ。
これで万事上手くいってれば今頃二人で夫婦やってたんでしょうね。
どう考えても内助の功な嫁は薬師の方ですが。




最後に。

とあるゲームで、八艘ビートにはお世話になりました。



[7573] 其の一の前の…… 前
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/15 22:10
俺と鬼と賽の河原と。







 先生との生活が始まって、月では数えられない時が過ぎた。

 低かった背は先生を追い越して、そして弱かった俺は、遂に先生の隣に立てるようになった。

 この頃の俺は、順風満帆だった。

 どこにでも行ける気がしていた。

 そんな、この頃が、どこにも行けなくなった俺の分岐点だったのかもしれない。





其の一の前の…… 前





「薬師、おはよう」


 流石にやっと、先生との二人寝を脱出した俺は、起きぬけに先生の寝室へと世話を焼きに来ていた。

 目覚めたばかりの先生は、眠そうに眼を擦り、俺を認めると嬉しげに微笑んだ。


「おはよう先生。と言いたいところだが服を着ろ」


 ベッドから上半身だけ起こしたその姿は見事に全裸。

 先生の悪癖だ。

 たまに俺のベッドに忍び込むのもその一つだが。


「ん……。まだ少し眠いんだ。どうせだから一緒に寝ないか?」


 唐突に笑みの意味合いが変わる。

 純粋な笑みから、にやついたいやらしい笑みに。

 しかし、俺としては早く服を着てほしかった。


「断る。仕事がたまってるからな。早く着替えて執務室だ」


 しかし、答えに今一つ覇気は伴わない。


「着せてくれ」

「……」


 そんな言葉に俺は溜息一つ。

 黙って箪笥から各下着、そして、掛けられているYシャツとスーツ一式を持っていく。


「素直だな、薬師……」


 愉快気に先生は言った。


「誰のせいだと思ってる」


 俺は憮然と憎まれ口を叩く。


「私の教育の賜物だな」


 そんな言葉を聞きながら、俺は手際よく先生に服を着せていった。

 俺が学んだことに、こちらが大人になった方が速い、ということがある。

 いくら抗弁しても最終的に勝てないというか、先生には結局勝てやしないという残念な事実を意味するのだが。


「ほら、行くぞ」


 最後には、ベッドに座る先生の手を引いて、執務室に連れていく。

 始終先生は楽しそうにしていた。

 ああ、遊ばれている。






 先生は執務室の机に座り、憂鬱そうに机の上を眺めて見せた。


「重大なのがこっちだ、できるだけ早めに頼む」

「全く、仕事が多いな。肩が凝るよ」


 実際に、先生の仕事は多い。

 組織としては、余りに天狗は奔放すぎるのだ。

 そのツケがこちらに回ってくる。


「ま、俺も手伝うし、小太郎とかも手伝いに来るからある程度はどうにかなるだろ」


 呟いて、俺も席に着いた。

 最近、執務室には人の出入りが多い。

 俺がよく人を呼ぶからだ。

 例え先生が有能で、俺が手伝ったとしても、やはり二人の作業量の限界は目に見えている。

 だから、最近は暇そうで字が読める天狗に手伝ってもらっているのだ。

 先生は他の天狗と壁を作っているようだから、少しでも近づければ、とも思う。


「……本当に薬師は可愛いな。わざわざこうも気を遣ってくれるなんてな」


 やはり、先生の顔は愉快気だ。

 完全に主導権を握られている。


「口じゃなくて手を動かせ。あと、昔からだが可愛いなんて言われて喜ぶような人間でもないつもりなんだが」

「そんなこと言ってるうちはまだまだ可愛いさ。確かに成長したが、まだまだだ。目指せハードボイルドだな」


 相も変わらず、ハードボイルドが何かはわからない。

 最近は慣れてきて、なんとなく雰囲気でつかめるようにはなってきたが、結局俺の語学は上達していないらしい。


「わからん」

「私をどきどきさせるような男になって見せろということさ」

「無理だな」

「そう言わずに、頑張ってみればいつかはなるかもしれないぞ?」


 俺は苦笑して溜息を漏らした。


「その気がない」

「それは残念」


 その時、執務室に人影が。

 こいつの顔をぼこぼこに殴ったのも、今ではいい思い出な、彼だった。


「失礼します」

「おお、小太郎、来たか。今日も頼むぜ」

「まあ、別に憐子さまの手伝いをするのは構わないんだが……」


 歯切れが悪い。

 どうせ自分の本来の任務は歩哨だなどとどうでもいいことを気にしてるのだろう。

 そして、小太郎に続いてもう一人。


「あ、ちょっと失礼します。大悟です」


 見事な巨体に、強面。

 相も変わらず無骨な黒い眼帯を付けるから悪人面に磨きがかかっている。


「おう、大悟お前はこっちからこっちまでなー」

「あ、相変わらず凄い仕事量ですね……」

「仕事量もなにも、二人じゃどうしようもねーから呼んだんだろーが」

「ははは……、確かに」


 そんな会話を繰り広げながらふと、先生がこちらを見て笑っていることに気付く。

 慈しむような、笑顔。

 この顔に、薄い壁を感じる。


「仲がいいな」


 俺は横目で見ながら返した。


「そう見えるのか?」


 先生は肯く。


「とても、な。これなら、お前の交友関係に気を揉んでいた私の心は杞憂だったようだ」


 そんなことに気を揉んでいたのか。


「お前は私にべったりだからな」

「……張り付いてないとすぐ楽したがるだろうが」


 俺を自由にしたいならもっとまじめに生きてくれ。


「お前が世話焼きすぎるんだよ。そこが可愛いんだけどな」

「知るか」


 そうすると、今度は二人から苦笑が漏れてきた。


「お二人はなんというか、あれだね。夫婦漫才みたいだね」

「嫁は薬師だろうけどな」


 蚊帳の外から大悟と小太郎は酷い言い草である。


「仕事増やすぞ」

「……それは勘弁」


 そんな風に、午後は過ぎていく。

 のどかで仕方がない、風景だった。










 そして、相も変わらず修行は続いている。

 例え仕事がどんなに忙しくとも、修行は毎日続けられた。


「そこで何故後ろから抱きつくんだ」


 妙に密着しながら。


「こうした方が……、そうだ、雰囲気が出るだろう?」

「どんな雰囲気だよ」


 言いながらも、風を出す。

 すると、小高い丘に置かれた木切れたちが一斉に舞い上がり次々と切断されていく。


「ふむ……、見えない場所、見え難い視界の端あたりの制御はいいんだが、視界の中心の制御はいまいちだな。見えてる分適当になってないか?」

「む、わかった。気を付ける」


 こうして、先生の先生ぶりも幾分慣れが見えてきた。

 そして、生徒の俺も、随分と強くなってきている。

 だから、最近想うことがある。

 彼女とは、生徒と先生でいたくない。


「さて、じゃあ組み手にしようか?」


 先生はそう言って笑った。

 組み手は相変わらずだ。

 こちらが負ければ少々あれな手つきであちこち触られる羽目になる。

 おかげで俺は、組み敷かれてから逃げ出すのが得意になった。

 流石にいつまでも遊ばれているのは困るので、そう簡単に組み敷かれたくないのだが、いかんせん先生は強い。

 互角にやれても結局最後はやられてしまう。

 先生曰く、


「まだまだ弟子には負けられないよ。これでも薬師とは一ケタ年が離れてる訳だからな」


 大人の矜持というものらしい。

 確かに十六になったものの先生と比べれば全然子供だ。

 果たしていつになれば子供同然ではなくなるのだろうか、と思わなくもないが、千年、二千年と経てば気にならなくなるだろう。

 そして気が付けば、やはり組み敷かれている。


「可愛いな。やっぱり可愛いよ。隙だらけでまだまだ子供だ」


 ああ、またその顔だ。

 慈しむような顔。

 その先に薄い壁が一枚。

 生徒と先生では、この先に踏み込めない。

 そんな気がした。











 だから、夜、彼女の部屋に俺は居る。


「話、とはなんだい? 愛の告白か?」


 俺はしれっと語った。


「似たようなもんだ」

「……そ、そうか」


 久々に見る、慌てた顔。

 その顔を見て、やはり言うべきか、と心に決める。


「俺は」


 先生と生徒では、彼女の寂しさを埋められない。


「貴方を先生と呼びたくない」


 可愛い生徒じゃいられない。


「……え?」


 久々に見る、驚愕。

 生徒のままじゃこんな顔すらさせられない。


「……わ、私の教育方針が気に入らないのか……? だったら――」


 俺はその言葉を遮った。

 その先を言わせる訳にはいかない。


「憐子さん」

「え……?」


 眼を丸くして驚く彼女に、俺は満足したように笑って見せた。


「ああ、憐子さん。これだ、ああ、これがいい」


 そんな俺の言葉に、彼女はしばし口を丸く開いていたが、次第にその顔が笑みに染まる。


「格好良いな。……格好良いよ、薬師は」


 その頬はほんのりと紅い。


「そいつは重畳」


 俺も笑みを返した。




 俺が彼女の生徒ではなくなった瞬間だった。








「なあ、将来……」

「なんだ? 将来憐子さんの婿になる、か? いや、それ以外は認めない」

「……いや。もういい」

「恥ずかしがらず言ってみなさい」

「……。将来、あんたより強くなって見せるよ」

「そうか。……そうか。ああ、応援してる」






―――
なんだこいつら。なんだこいつら。
早く結婚しろ。
と、いうことで其の一前の……、です。
なんで番号が付いてないかと言うと、まだ薬師少年期を書く余地があるといいますか。
何というか、今回は現行のシリアス編の外伝になるのでちょっと違うシリーズに当たる訳で。
ちなみに次のシリアス書いた次に、後が出ます。


では返信。


奇々怪々様

でも薬師は主夫にしか見えないことをやっていたり。
そして藍音さんはここがチャンスと超アタック中のようです。
でも現世にもライバルが多いですからね。
特に鞍馬の緩さは薬師と気が合いそうですし。あと義経さんは首が取れても生きてる気がします。


麒麟様

まあ、そんな話にすることも可能だったのですが。
今回は普通に野郎が犯人です。
一応憐子さん復活の可能性がない訳でもないのですが、あれですね。
とりあえず今回はない、と。


トケー様

犯人にフラグを立てるとやばいことに……。
初のBLがスタート、する前にB……、ボーイズ……?
ボーイズどころか古代生物レベル……。
八艘ビートは見事イシュタルをフルボッコにしてくれました。


春都様

自分も自分の思考が理解できないです。
義経→頑張って大躍進→しかし兄に裏切られて追いつめられる→そら生き残ってたら復讐に燃えるか鬱ですな、と。
鞍馬はなんというか、あんまりこんな天然いなかったなぁ、と。
そして藍音さんは銀子と風呂にまで突っ込んだりするのですか。


光龍様

天狗の話と言えば義経です、ということでずっと出したかったんですね。
ええ、余りのショックにぶっ飛んでおります。
とりあえず次の一回で推理大詰めに持っていきたいと。
そんで最後の一回で全部クライマックスです。


眼隠し様

ふと気が付いたら、ポケットに手首から先が引っ掛かっていたっ……!!
どう考えてもホラーです本当にありがとうございました。
今回のフラグは昔取った杵柄です。
昔立てた旗、とか言う慣用句ありませんかね。


通りすがり六世様

地獄で閻魔は無敵ですからね。
義経はまあ、辛いことがあったんでしょう。
弁慶は死ぬし、兄貴に殺されそうになるしで。
そして自分はなんかじらし過ぎな気がしてきました。このまま解決まで突っ走るべきなんだろうか……。


f_s様

リストカッター義経だと自分の他にも他人の手首も切りそうですね。
まあ、義経もあれですが。
藍音さんもシリアス消滅に一役買ってる気がします。
でも実際HASSO-BEATって凄いセンスですよね。


ryo様

まあ、ここまで先生プッシュですからね。
そんな感じもするのですが。
しかし、ゴールしてもいいけど薬師本人にゴールする気がないというのがどうにも。
前さんはまあ、うん。次とかは一緒に……、いけないかも。そもそも次李知さん編だ。


マリンド・アニム様

黙っておけばバレなかったのにっ……!
まあ、でも恥じることはないと思います。むしろ男なら迸る激情をぶつけてしかるべきだと、愚考する次第。
ちなみに牛若は藍音さんには踏まれたいと思ってるようです。姉妹の様な関係なんですね。
どんな姉妹だ、という突っ込みは受け付けてません。


mei様

コメント感謝です。
一応弁慶も出演する予定です。
喋るかどうかは未定ですが。
ええ、最後の方にぴょろっと出ると思います。


ニャン子吃驚平城京様

大人で子供な素敵な先生ですね。
書き込みって初めてだとなかなか大変ですよね。
自分も初書き込みでは中々手間取ったものです。
ヒロインズはどろどろとか不幸だったりはほのぼのに反するので幸せにします。薬師が。



最後に。

やはり早く結婚……。
いや、式はいつですか?

ああ、あとサブタイトルの前がさきって読めるのは気のせい。



[7573] 其の八十 俺と現世で世界危機。 弐
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/19 22:00
俺と鬼と賽の河原と。



 朝目覚める。

 俺は、起きぬけに体温を感じ、布団をめくった。


「……ふう。普通のパジャマだ」

「やはり期待してらっしゃったのですか……。今からでは遅くはないと――」

「ねーから」


 朝目覚めて、藍音が服を着ていることに安堵する。

 そんな朝だった。






其の八十 俺と現世で世界危機 弐






「さて、昨日も大した収穫がなかった訳だが」


 朝の食卓で、薬師はそう言って、話を始めた。


「多分、そんなに時間はねーんだろうな」


 風の淀みが最近激しくなっている。

 それは、藍音も感じていたらしい。


「確かに。後三日と経たず事態は進展するでしょう」

「おう。後手に回るが最悪対症療法でって手もあるんだがなぁ……」


 確かに相手の術の発動を確認してから止めるという手もなくはない、が。


「不測には備えるべきですね」

「その通りだ」


 大規模な術式になるだろうから発動まで時間がかかるとたかを括っていては寝首を掻かれかねない。

 成功率は一厘でもあげておいた方がいい。


「ってことで今日も聞き込みと現地調査だな。太郎坊と大僧正、それと内供奉に会いに行くか」


 笠置山大僧正、高雄内供奉、愛宕山太郎坊。

 どれも京都近辺にに住む大天狗だ。

 そんな中、藍音はぽつりと呟いた。


「報告では、天狗内乱の際に翁の日本刀が召喚された、とありますが」


 どうにも、下詰の鑑定結果では、翁の日本刀は異世界の品だったと報告が上がっている。


「ん? ああ」

「そんな術が使えるのは組織だけです」


 その通り。異世界から狙って道具を召喚するなど個人でできることではない。

 妖怪なら尚更だ。細かい指定はどちらかと言うと人間の方が得意だ。

 無論、妖怪と人間が結託している可能性もあるが。


「そして、京都の妖怪で組織など――」


 薬師はここで彼女の言いたいことを悟った。

 妖怪は一匹狼が多い。人間とも協力したがらない。

 となれば組織的な行動をする妖怪など……。


「――お気をつけて」


 大天狗くらいだ。


「ああ」













「……はて。知らないな」


 愛宕山で、太郎坊はそう言った。


「そうか、まあ、やっぱりな」

「まあ、わからんもんはわからんの。わかったら伝えるようにするが」

「ああ、協力感謝だ」




「知らん分らん存ぜぬ」

「内供奉もか」

「無論。太郎坊が企んでるんじゃないのか?」

「否定も肯定もできねーよ。お前さんがそうかもしれない可能性だってあるしな」

「その通りだな」




「分る訳がない、というかそんな暇はないっ!」

「大僧正も大変そーだな」

「こちとら太郎坊に負けて土地がたんねーんだよっ!」

「土地取られたんか」

「愛宕山の人口が増えたとか言ってなっ!!」

「そうかい、じゃ、頑張ってくれ」








 あちこち回って、早くも夕方。

 結局、聞きこみの成果は得られず、薬師はただふらふらと道を歩く羽目になった。


「と、なると……。大天狗の中で嘘を吐いてる奴が居ることになるな」


 当然である。

 犯人に悪事を働いてるか、などと聞いて頷く奴が居るはずもなし。

 法性坊も言っていたことだ。


「鞍馬はんな柄じゃねーはずだがなぁ……」


 呟きながら、薬師は各大天狗について考え始めた。

 鞍馬山僧正坊。

 薬師の旧友で、鞍馬山の長。性格は天然であり、野心があるかどうか腹は全く読めないが、世界を危機におとしいれるような方ではない。


「法性坊も世界を危機に晒すようなことに興味はねーだろうし」


 比叡山法性坊。

 同じく旧友で、比叡山の長。現状妻を失いワーカーホリックに。不審なところは見当たらない。


「太郎坊は、興味はない、とは思うんだが、あの爺さんはなぁ……」


 愛宕山太郎坊。

 愛宕山の長。現在天狗内で最大の勢力を誇る。好々爺然としているが、実質野心家であり、機会があれば国家転覆も狙うだろう。


「内供奉はねーだろうな。あいつは修行狂だし」

 高雄内供奉。

 人付き合いを苦手とし、領地経営すら程々に修行に励む日々を送っている。その上、決まった領地をもたず、あちこちの山を移動しながら修業を続けている。

 ある意味一番の安牌である。


「大僧正は……、そんな余裕あんのか? いや、だからこそとも考えられるか」


 笠置山大僧正。

 笠置山の大天狗。どうやら愛宕山に領土を奪われており、現在その処理に追われている。

 何か大それたことをする余裕はなさそうに見えるが、しかし、余裕がないからこそここで何か起こす可能性は否定できない。


「まいったな……。これじゃお手上げだ」


 容疑者のどれもが、一定以上に確信をもって怪しいと言えない。

 証拠があればいいが、それもない。

 と、そこでふと思い出す。


「比良山次郎坊はどうだ?」


 比良山次郎坊。

 京都の大天狗ではない。ないが、元々は比叡山に住んでいた天狗なのだ。

 それも、太郎坊と並び称されるほどの勢力を誇っていた。

 ところが、延暦寺の力が増し、敗走。

 比良山に場所を移す。

 そして、延暦寺の力が衰え、法性坊がそこに居座った、と。


「復権狙い、か?」


 あり得ないなどとは言い切れない。


「……さて、どうなる?」


 呟いて、薬師は既に部屋の前に辿り着いていることに気付くと、ドアノブを握り、部屋へと入っていく。

 薬師が靴を見たところ、藍音は既に帰ってきているようだった。


「お帰りなさいませ、薬師様」


 扉を開くと、藍音は台所に立って料理を作っている。

 否、丁度完成したところらしい。

 テーブルにずらりと食事が並んでいく。


「相変わらず完璧だな」

「恐悦至極です」


 薬師は手を洗うこともなく、席に着いた薬師を藍音は咎めることもなく、続いて席に着いた。


「収穫は?」


 そんな問いに、藍音は表情一つ変えないで答える。


「京都市内に何らかの儀式が施されているのは確認しましたが、それまでです」

「京都市内、ねえ? もう少し範囲狭められるか?」


 京都市内では広すぎる。


「……上京区が怪しいと思うのですが、なんとも言えません」

「おう」

「そちらは?」


 薬師は首を横に振る。


「いまいちだな」

「……そうですか」


 犯人に関しては完全に手詰まり。

 どうしようもない現状に、薬師は頭を抱える。

 そんな時、不意に軽い三味線の音声が聞こえてきた。

 薬師の携帯の着信だ。


「ん? 閻魔か?」


 薬師は携帯の画面を見て呟くと、通話を始める。


「どーした?」


 間の抜けた声に返ってきたのは、閻魔の切迫した声。


『……相手の目的が一部、明らかになりました』

「っ、本当か?」


 電話の向こう側を見ることはできないが、しかし、薬師は閻魔が電話の向こうで重々しく頷いたのを感じた。


『既に幾らかの魂が、そちらに流入しています。この流れは最終的に、全ての世界の魂をそちらに引っ張ることになるでしょう』

「……なに?」

『相手はそちらの世界に魂を集めて何らかのことをしようとしています。それが起これば、末端の世界は消滅……』

「地獄にも被害が出て、当然こっちの世界は滅亡の危機、か」

『これが本格的に起動し、止められなかった場合――』

「多くの世界は消滅、この世界が地獄になる、か?」

『……はい』


 魂というのは世界を流れる血液のようなものだ。

 地獄を心臓とし、多くの世界に送られていく。

 それを腕や足のどこかの血管が心臓になろうとしている。

 負担がかからない訳がない。


『では、引き続き調査をお願いします。どうかお気を付けて……』


 そう言って電話は途切れた。


「……」


 薬師は黙り込んで、思考を巡らせることしかできなかった。





















「寒いな……」


 食事を終えた薬師は、既に暗い京都の街を一人歩いていた。


「この現世の地獄化、か。最終的にはあらゆる魂がここに集まる、ねえ?」


 可能不可能は議論に挟むべきではない。

 例え不完全でも被害は大きい。

 問題は、相手が魂を呼び込んでなにをするのか、だ。


「……魂使って戦争か?」


 思い出されるのはブライアンが起こした事件。

 怨念を集めて使えば巨大なエネルギーになり得る。

 それを兵器に転用すれば。

 だが。


「だとすると、次郎坊の線は消えるな」


 彼が狙うとすれば、比叡山の奪還だ。

 うっかり比叡山に魂集めた砲を撃ってみればいい、比叡山は消滅するだろう。


「だが、誰が使うにしても規模がでか過ぎるだろ……。どこと戦争おっぱじめようってんだか」


 どこを相手にしたとしても使い勝手が悪すぎる。

 この世界と地獄以外は確実に消滅、そしてこの現世もまた霊があふれ、混沌となる。

 そこまでするようなことが、どうしても薬師には思い浮かばなかった。


「しかも、備え無しだと自分の世界も弾けてなくなるだろうに…」


 そして、もうひとつの問がある。

 どうやって霊をこの世界に吸い上げようとしているのか、だ。

 藍音の情報では京都市内上京区に何らかの儀式場があるようだが、そちらも見つけねばならない。

 これだけの大事なのだから、生半可なものではないだろうが、影も形を見せてはいないのだ。

 どれ程厳重に隠蔽されているのか。

 しかも、余裕はそれほど無いと来た。

 余裕のない事態に薬師は自嘲気味に笑う。


「本当に盆と正月が同時にってか? 洒落になんねーな」


 このままでは、あらゆる死人がここに集まってしまう。

 薬師は考える。

 混沌の代わりに、人々が失った人に出会えるのだとすれば、それは幸せなのだろうか。


「……俺には、無理だな。例えそうなったとして、あの人は……」


 自分には、誰もいない。

 今会いたいのは、生者だけだ。


「止めねぇとなぁ……」


 誰より怖がりで強がりな彼女は、なにがあっても帰って来はしない。

 他でもない自分が消滅させたのだから。


「帰ってくる人間もいれば、帰ってこない人間もいる、か……。待てよ……?」


 その時、ふと考える。

 魂を現世に集めるその意味を。


「召喚されたのは翁の持っている刃だろ……? あれの本来の用途は……」


 気付けば後は速かった。

 犯人も、一人に絞られた。

 後は確認するだけ――。


「っ!! つくづく……、用意のいいことで」


 薬師が顔を上げた先には、木造の家屋が一つ。

 忽然と姿を現したのは、下詰神聖店だ。




「いらっしゃい。何か御用かな?」












「確認したいことが一つあるんだが」


 入るなり、薬師はそう聞いた。

 対して、下詰はにやにやと笑って返す。


「何でも答えようじゃないか」


 ならば好都合。


「翁の刀は、今回の件の犯人が狙って呼びだした、でいいんだな?」


 薬師は一番の問題点を問いただす。


「随分とタイミングがいいことだ。丁度刀のログのコピーの解析が終わった所であるよ」


 そう、あの刀だ。

 あの刀だけ、犯人の意図が読めないのだ。

 わざわざ異世界から呼びだしておいてあのように使い捨てるのではあまりに不自然。

 まるで、別の意味があるようだった。

 そして、下詰の答えは――。


「確かに、その通り。そして、ログから出た解析情報だが――、術式の検索ヒット条件は『不老不死』だ」

「っ……、なるほどな」


 予想以上。

 この上ない、情報だった。

 敵がわざわざ不老不死のアイテムを探して呼びだしたのだとすれば、話は早い。


「奇妙なもんだな……」


 薬師は思わず呟いた。

 勝手に、苦笑すら浮き出てくる。


「世界を危機に陥れた犯人が、ifの自分だった……、ってか?」


 下詰は笑って聞いた。


「その通りだな。もしかすると、俺もそっちの末路をたどったかもしれん」

「まるで鏡であるね」

「なにもかも逆様か?」

「その通り」


 翁の刀本来の用途は不老不死。

 そして、誰かがそれを使って不老不死にしたい者が居たならば。

 だが、そこに翁が宿っていたからそれを諦めたのだとしたら。


「まったく、個人的な目的の割にでかいことやりやがって……」


 そう、相手は多くの魂を集めて何かをしようなどと考えてはいないのだ。

 魂を全てこの世に呼びだしたいだけなのだ。






「そういうことかよ……、法性坊……!」






 必要な魂はただ一つ。

 彼の最愛の妻の魂。

 彼は、最愛の妻を生き返らせるために、世界を滅ぼす。

















 その夜、法性坊は、比叡山から姿を消した。







―――
これで八十終了。
犯人は法性坊で確定です。
とりあえずまとめると、
生き返らせるために事件を計画、その際生き返った後に妻を不老不死にするために刀を用意。
しかし、既に先客がいて使用不可だったため、翁は儀式場を造る際の中継点に利用された、と。
次回はいい加減先生の死の真実に迫ります。



では返信。




DAS様

確かに、その感は拭えませんね……。
全裸で布団に入られたりとか。
先生が大体のことをして効果なしを確認してますからね。
果たして最初から耐性が高かったのか、先生がハードルをガン上げしたのか。


奇々怪々様

触られても反応しないボディの薬師だからできる技ですね。
健常者だったら今頃ベッドの上のはずなんですが……。
もう完全に世話焼き女房ですからね、薬師は。
結婚すればよかったのに。


眼隠し様

もう既に双方デレデレですからね。
薬師最後のデレ期とも。
そしてそんな薬師にデレデレな先生。
そう、それが萌えです。


春都様

現在とは似ても似つかないデレモード薬師です。
男としてはこっちの方が……、という気もしますが。
そして先生は三人衆への昇格も夢じゃありませんね。
まあ、その辺は後々決まることになりますが。


f_s様

あの頃の薬師は純粋でしたからね。
おかしい……。
DVその他でグレずに先生とのスキンシップでスレるなんて……。
もうそれ以前の問題ですが。


ヤーサー様

前回分返信。
実はモブの援護勢力と見せかけて法性坊が敵だったという。
藍音さんはやはり、地獄では子供が居ましたからね。
薬師が現世にフラグを残してるのはまあ、予想通りですね。
彼はきっと世界各地にフラグを……。

今回分。
次回で真相発覚です。
まあ、過去編は続きますが。
本編登場に関しては今の所秘密です。
来年に期待ですね。


通りすがり六世様

次回で真相発覚です。
いやはや、結局の所もう少し生まれが違えば良かったんでしょうけどね。
少し違ったら今頃結婚して家庭を築いていたのでしょう。
もう既に夫婦みたいなもんだった気もしますけど。


光龍様

先生は完全に惚れてますよ。
薬師も惚れてたんですけどね。
まあ、先生については確実に時間の問題だったようで。
とどめ刺したのは薬師ですけど。


黒茶色様

生まれを嘆くより、天狗になる方法を探しましょうッ!!
とりあえず山にこもりたいと思います。
うーん……、私の脳内は既に人間離れしてる気がするんですけどね。
やはり薬師に弟子にしてもらうしか。



トケー様

ラブラブ過ぎて泣けます。
なんというか我ながらなぜ死んだ設定にしてしまったのか。
まあ、悲しい展開は苦手なのでその辺はあれですが。
そして、性欲がほとんどないということは、フラグマスターへの第一歩ですね。


Eddie様

前回。
義経は次回ちょっと活躍します。
今回の話では顔見せ程度ですね。
我ながらなんであんな設定にしたのか分かりませんが。

今回。
もう既に恋人の段階は飛び越してる気もしたんですがね。
ただ、ラブラブ過ぎたと言いますか。
愛ゆえにヤンデレ領域へ。



最後に。

超重要アイテム

ハッスル爺さんの刀


次回もなんか話に絡みます。



[7573] 其の一の前の…… 後
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/24 21:28
俺と鬼と賽の河原と。





「憐子さん」


 彼は私をそう呼んだ。


「ああ、憐子さん。これだ、ああ、これがいい」


 そんな言葉が、たまらなく愛おしかった。





 まあ、結局、あれから十年以上たった今でも想いを伝えられないのだから、情けない。







其の一の前の…… 後






 俺が如意ヶ岳に来てから、長い時間が経った。

 俺はと言えば、相も変わらずゆっくりと日常を過ごしている。

 憐子さんを呼びに行くのは未だに続いているし、やはり相変わらず遊ばれている。


「薬師、おはよう」

「ああ、おはよう憐子さん、服を着てくれ」

「着せてくれ」

「お断りしたいのだが」

「じゃあこのままで歩く」

「すまんかった」


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で彼女に服を着せた。

 もう手慣れたものなのが、どうにも悲しくなってくる。


「ほれ、終わったからさっさと行くぞ」


 そうして、俺は悲しみを噛み締めると、憐子さんの手をとった。

 彼女は、楽しげに笑って、


「いつも済まないな」

「そいつは言わないのがお約束ってやつだ」


 仕方がない、と俺は苦笑して彼女を執務室へと連れて行く。

 そんな時、それは起こった。









「比叡山が攻めてきましたっ!」

「なんだって?」


 通路を走ってきた小太郎に、俺は思わず絶句した。

 比叡山と言えば、最近延暦寺に押されてきており、監視が手薄だった。

 この状況で攻めに出るとは。

 いや、この状況だからこそ、か。


「相手はどこだっ?」


 俺の問いに、小太郎は慌ててまくしたてた。


「西に本隊。そして北から数百単位の部隊が迫っています!」

「……薬師、どうする?」


 憐子さんは俺の顔を見て、言う。

 俺は思考を巡らせると、すぐに言葉を返した。


「憐子さんは出れる奴だけ連れて西の本隊を頼む。俺は北を抑えとく」


 実力的には憐子さんの方が強いはずだが、しかし、憐子さんが不在だと、指揮に関わる。

 俺が北を抑えるしかあるまい。


「大丈夫なのか?」


 そんな憐子さんの心配を、俺は杞憂だと笑った。


「抑えるだけなら問題ないさ。できればとっとと蹴散らしてこっち来てくれると助かるがね」


 状況は絶望的と言っていい。

 完全に予想外だった。

 故に、ここで多少の無茶を行わねばならない。

 例え一人で前線を支えることになったとしても、だ。


「……さて、何人動ける?」


 俺は通路を速足で歩きながら呟いた。

 全く無警戒だった今回の件では動員できる人数が余りに少ない。

 戦闘員全てが動けるようになるまで四半刻、これを耐えきれば現在落ち目の比叡山であれば、被害が大きくとも追い返せるだろう。


「行くか……」


 俺はそう呟くと、外へと飛び出した。
















 薬師が来て以来、とても穏やかな時だった。

 初めは息子か弟の様に。

 今はまるで兄か夫の様に。

 未だ想いは口にしてはいないけど、それでもいいと思っていた。

 このままゆっくり過ごしていられればそれでいい、そう思っていた。

 そして、薬師だけじゃなくて。

 薬師のおかげで部下とも楽しくやれている。

 だから、


「おはよう憐子さん」


 ずっとこのまま、


「飯ができたぞ憐子さん」


 このまま過ごしていたかった。


「ほら、行くぞ憐子さん」


 優しい薬師。


「憐子さん、帰るぞ」


 可愛い薬師。


「全く、仕方のない人だな。憐子さんは」


 鈍ちんで格好良い薬師。


「憐子さん」


 ああ、ずっと続けばいい。

 続けばいい。

 だけど。






「儚い」





 辺りを見回せば、片手でも、両手でも、まして足の指を使ってすら数え切れないほどの死体。

 敵も味方も皆死んでいる。

 誰も、動いていなかった。

 ほとんど顔も見てない様なのもいる。

 一緒に食事をしたのもいる。

 知らないのも、友も一緒くたに転がっていた。

 ふと、嫌な考えが心を過った。



――もしかすると、薬師もこんなにあっさりと儚く消えるのではないか?



 そう思った瞬間、そこに薬師が降り立ってきた。


「俺の方は片付いたが――、憐子さん?」


 安堵が胸を満たす。

 だが、もう一度薬師の姿を見た瞬間、私の血の気は一瞬にして失せた。


「薬師……、怪我をしたのか」


 怪我だ。

 袈裟がけに大きな裂傷があった。


「ああ、掠り傷だ」


 薬師は笑って言ったがそんな訳は、ない。

 当然だ。一人で敵の一部を抑えていたのだ。


「そうか……」


 私は、止まらず流れ続ける血を見つめて、思う。

 このままでは私は薬師と幸せになれない。

 山で大天狗をやっている限り、戦いは避けられない。

 そうすれば、いつの日か、薬師も死んでしまうかもしれない。

 だが、私は大天狗をやめられない。

 他の生き方を知らない私では、やめることなどできはしない。

 そして、もう一つ。

 たとえ、大天狗をやめたとしても、薬師はいつか消えてしまうだろう。

 いくら強い天狗でも死ぬときは死ぬ。

 どんなに強くても、普通の生き物はふっと死んでしまう。

 如意ヶ岳の天狗に初期の天狗がほとんどいないのがいい証拠だ。

 でも、大天狗は違う。

 死なない。

 死ねない。

 これは運命か。

 例え今が大丈夫でも、千年、万年とすれば、全て失ってしまう。

 いつか一人になってしまう。

 残るのはこの命一つ。

 ああ、全て失ってしまうのならせめて――。




――自分の手で全て壊してしまえばいいのだろうか。


















「俺の方は片付いたが――、憐子さん?」


 俺は憐子さんを上空から見つけると、即座にそこに降り立った。

 そして、声を掛けて見たのだが――。

 憐子さんは無数の死体の中一人、薄ぼんやりと立っていた。

 酷く緩慢な動作で彼女がこちらを見る。

 見るのだが、否、俺を見ていなかった。

 まるで焦点が合わないかのように、薄ぼんやりと、俺の向こうに何かを見つめていた。


「薬師……、怪我をしたのか」


 不意に上がる声。

 俺は言い知れない何かを感じて、極めてなんでもないかに振舞った。


「ああ、掠り傷だ」


 だが、彼女の瞳にいつもの光が戻ることはなくて。


「……そうか」


 儚くて。


「……帰るぞ」


 俺は思わず強引に彼女の腕を引いていた。





―――彼女を殺せと叫ぶ何かに聞こえない振りをして。












 最近、夢を見る。

 比叡山からの襲撃があって以来、私は毎晩――。

 薬師が死ぬ夢を見る。

 状況は様々だった。

 事故とか、戦争とか、自殺とか、なんでもあった。

 そして、最後は。

 私が薬師を殺していた。

 心底楽しげに、馬乗りになって、薬師の首を絞めた。

 苦しそうにする薬師がとても愛おしかった。

 そして、最後に薬師は苦しげに笑って、死んだ。

 ああ、やっぱり。


「全部壊そう」


 私は一人だ。

 一人になってしまう。

 大天狗である限り。

 そう、気が付いてしまった。

 だから、壊そう。

 殺し壊して――。


「ああ、死にたい」


 壊されよう。










 血の匂いが充満した部屋に飛び込んだ時、俺はなんで、ともなにを、とも聞かなかった。

 ただ、何もかも壊れてしまったのだと、気付いたから。


「憐子さん」

「なんだい薬師、今私はとても気分がいいんだ。言いたいことがあれば言うといい」


 血だまりの中心に立つ彼女は、とても美しく、怖気がした。

 俺は今一度、彼女の名を呼んだ。


「――憐子さん」


 ああ、きっと彼女は普通すぎた。

 大天狗を務めるには、余りに常人すぎた。

 超然としているように見えて彼女はただの、一人の女性にすぎなかった。

 だから、絶望した。


「――薬師」


 怖気のするほど艶やかな、舐めるかのような声。

 背筋の奥で何かが叫ぶ。

 殺せ、と。

 それはもう大天狗ではない。

 死に執着し、殺しに妄執するそれは既に必要ない、と。

 これが世界の意思だと気付くのに時間は要らなかった。

 俺は最後に、彼女の名前を一度だけ、呟いた。


「――憐子さん」


 寂しがり屋で強がりの、我が師にして最愛の――。









―――
ってことで、今回はこれで終了です。
こっから本編の翁編で語った辺りに繋がります。
かなり駆け足だった気もするのですがじらし過ぎもあれですし、ばっさりとこれでケリということで。
まあ、二人の何が問題だったって、憐子さんが大天狗だったことなんでしょうね。
ちなみに、今回の更新は人気投票結果特別編と同時更新なのでそちらもお忘れなく。

さて、次回で遂にシリアス堂々決着。
色々微妙な人が活躍したりします。


では返信。



奇々怪々様

本人は出てこないけど、本人が居たという事実が大活躍な翁です。
そして神聖店はとても便利です。
これからもまたお前かってほど出てくるんじゃないかと。
後多分、大天狗は普通の人じゃやっていけないんだと、いろんな意味で。


眼隠し様

シリアスは苦手なのでワクワクしてくれたなら幸いです。
もしかするとそうなっていたかもしれない自分を見て、心に決着を。
というのが今回のお話の一部だったりします。
多分次回は戦闘描写もある気がします。


通りすがり六世様

なんとか今年中に決着っぽいです。
これで謎が多い過去編の一部分ながらオープンになりました。
今考えなおしてみるとヤンデレなのかもしれません。
ちなみに翁は次回もなんかあれみたいです。


光龍様

流石に翁これっきりだったらあれですからね。
本当は必殺仕事翁編もやりたいんですけど。
愛ゆえに無数の世界を崩壊させるという、一種のヤンデレですね、わかります。
犯人は今頃計画を実行しようとしている所かと。京都と東京と天狗と翁がキーワードかと。


f_s様

シリアス書いてるとなんか言いたくなるんですね。
ええ。言わずにはいられないんです。
シリアスであればある程何か言いたくなってしまうのです。
もう諦めました。


トケー様

翁は最後までキーパーソンっぽいですね。
二重の意味があったりします。
しかし、10の彼女ですか……。
その友人の年齢にもよりますが、凄まじいお人の様で。


ヤーサー様

三千世界規模とはあれですね。
傍迷惑な愛もあったものですね。
現状法性坊さんには死亡フラグが立ちっぱなしですが、どうなることやら。
まあ、鞍馬と義経の二人はまたどっかで登場するでしょう。



最後に。

最近ほのぼのしてない……。



[7573] 其の八十一 俺と現世で世界危機。 終
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2009/12/29 22:08
俺と鬼と賽の河原と。



「いない……、だって?」


 正に、蛻の殻。

 比叡山は驚くほど静かだった。

 法性坊どころではない、他の天狗すら気配がない。

 逃げられた。

 そう思うと同時に。

 やはりか、と法性坊が犯人であることの確信を得る。

 しかし、忽然と消えた法性坊と天狗たちはどこへ消えたのか。


「本気で隠れてやがるな……、全く反応がねーときた」


 通常の天狗の反応すらない、ということは、天狗たちは今完全に身を潜めており、推測だが、気配を完全に消せる法性坊だけが動いているのだろう。


「山一個で一蓮托生か、厄介だなぁ……、おい」


 嫌な予感がする。

 この状況で消えた、ということは計画を実行段階に移したことに他ならない。

 果たして、俺が来てしまったから計画を早めたのか、元からその予定だったのかは分からない。

 しかし、確実に時間がないことだけは、何もいない山が示していた。







其の八十一 俺と現世で――。

   決着を。







 その夜、結局薬師は法性坊を見つけることなく拠点へと戻ることを強いられる。

 探知に引っ掛からない以上は、闇雲に探したとて、見つからないという判断だ。

 果たして法性坊は何処で事を起こすのか、それを予測し先回りすることで、初めて一矢報いることができる。

 薬師は、藍音に状況を報告した後、ソファに座ると思考を巡らせた。


「手掛かりは、京都と東京、か。それと、精々俺達が天狗であることか」


 魂を吸い上げるとなれば、大きな力が要る。

 果たして、そんな出力をどこから出そうというのか。

 その鍵は京都と東京だが、薬師はここに今一つ関連性が見いだせないでいた。


「藍音の言う、上京区に何があったか……」


 八卦風水に単純な方角、星の位置。

 そのどれもが大規模な力を得るに至らない。

 第一、そこからいかに東京に繋げるというのか。

 分からない。


「っち、面倒なことになったな……」


 薬師の口から思わず、悪態が漏れた。

 焦っても何も出てこない、しかし、ゆっくりしている程の暇もない。

 後一歩、後一歩が届かない。

 犯人はわかった。

 大方の目的も。

 だが、手段だけが分らない。

 まるで喉まで出かかった言葉の先が、引っ掛かるような感覚に、薬師の顔は自然と渋くなってくる。

 そんな薬師に、藍音は声を掛けた。


「……寝てください」

「そんな暇……」


 ない、と言いかけて、薬師はやめる。

 藍音が気遣ってきていることを理解したからだ。


「いや……。そうだな」


 解らないものを考えていても思考の迷路に嵌るだけ。


「そうです。それに、駄目なら最悪対症療法になりますから。疲れていては……」


 そう、その通りだ。

 薬師は肯いた。

 術が発動したら絶対にわかる。

 その時に寝ていないから疲れていた、では話にならない。

 そう思って彼は、寝室へと向かった。

 そのまま、ベッドの上に横になる。

 のだが、


「結局今日も入ってくるんか……」


 横になった目線の先には、やはり藍音。

 まるで、当然だ、とでも言うかの如くにベッドの半分を奪っていた。


「私のスペースを空けて寝ているのですから。……誘われているのかと」


 そう言えばそうだ、と薬師は己の位置を自覚した。


「もう癖だな」


 最近藍音と寝ることが多くて、気が付けば勝手に場所を空けるようになっている。


「……それは、私なしではいられない体になったと解釈しても?」


 薬師としては、頷くのはどうにも癪だったが、しかし、否定するのも何か違う気分だった。

 というよりは、薬師にとって藍音がいないといけないというのは事実を指している訳で。


「否定はしねーよ」


 薬師は憮然と呟いた。

 千年もあったのだ。藍音は薬師の生活にまったくもって違和感なく溶け込んでいた。

 それこそ、一人暮らしだった頃うっかり名前を呼ぶくらいには。

 そして、現在もまた、すんなりと生活に溶け込んでいる。

 実に癪だが、薬師にとって、寡黙で、献身的で、たまに分らなくて、そして微妙に皮肉屋な彼女は、いないと落ち着かない存在なのだ。

 薬師が、――完全に思惑に嵌ったようなのはやっぱり癪なんだがな。

 などと考えている間、藍音は何も言わなかった。

 なんとなく違和感を感じて、薬師は口を開く。


「どーした?」


 暗くて藍音の表情はよく見えない。

 ただ、こちらを見ていることだけがわかった。


「……貴方は」

「俺が?」

「たまにずるいです……」

「何がだよ?」

「……反則です」


 どうやら答える気はないらしい。

 薬師は心中だけで肩を竦めると、


「そうかい」


 とだけ返した。

 そして、しばらく無言の時間が続き――。

 急に馬鹿らしくなった。


「はー……、呑気なもんだな、俺も、お前さんも」


 早ければ明日、世界は滅ぶ。

 だというのにこうして軽口を言う余裕があるのは、藍音のおかげだろう、と薬師は苦笑した。

 対して、藍音は当然の様に言葉を紡ぐ。


「当然です。私は、信じてますから」


 主語やらいろいろと抜けた言葉に、薬師は疑問符を浮かべた。


「なにをだよ」


 すると、彼女は手を伸ばし、薬師の胸に触れる。


「貴方と私は千年も一緒にいました」


 今更な事実だ。薬師は肯いた。


「そして、貴方は死にました」

「そうだな?」


 それもまた周知の事実。

 今一つ要領を得てないが、薬師は頷く。

 そして、藍音はやっと結論を出した。


「なのに、私と貴方は一緒にいる。だから、法性坊の計画ごときが、私と貴方の関係を壊せるはずがありません」

「……そうかもな」


 見事な腐れ縁だ、と薬師は笑った。

 世界規模の危機を彼女はごときと言う。

 きっと鼻で笑ってすらくれるのだろう、と薬師は思う。

 そう思うと、気が楽になってきて、薬師は眠気に襲われた。

 なんとなく、薬師は藍音を抱きしめる。


「あ……」


 彼の頭に思い起こされるのは、昔に藍音を連れて東京に旅行に行ったことだ。

――前もこんなんだったなぁ……、そう言えば。確かあの時は東京じゃなくて江戸で……、江戸? 江戸と、京都だって……?

 何か重要なことを思い出しながら、薬師は眠りに落ちていった。















「……朝か」


 朝日を感じて目を開くと、ベッドの上に藍音はいなかった。

 先に起きてカーテンを開けていったのだろう、と薬師は考えてリビングへ向かう。


「おはようございます、薬師様。よく眠れましたか?」


 そう言った彼女を見て、薬師は少し目を丸くした。

 彼女は珍しくそうとわかる顔で、微笑んでいたのだ。


「なんかあったのか?」


 思わず口を突いて出た薬師の言葉に、藍音はなんでもありません、と返す。

 続けて、彼女は言った。


「朝食ができています」


 まるで誤魔化すような言葉だ。だが。


「おう」


 笑っているのだから、悪いことでもないのだろう、と薬師は半ば適当に納得して椅子に座った。


「頂きます……、って今日は祝い事でもあったのか?」


 ふと、薬師はテーブルを見て違和感を覚える。

 朝なのに、そのラインナップはやけに多く、豪華だ。

 和食から、薬師が名前を覚えていないような洋食まで色とりどりの料理がテーブルに並んでいる。


「……いえ、今日は精を付けていただかないと」


 しれっと言ってのけた藍音に、薬師は肯いた。


「ああ、確かにな。今日は大仕事になりそうだしな」


 薬師はそんな藍音の気遣いに、半ば感心して見せる。


「……ええ、はい」


 二人の食卓に、テレビがニュースを伝える音だけを伝えていた。

 しばらく、無言の食事が続く。

 特に気まずくもなく、ゆっくりとした時間が流れる。

 そんな折、ふと、藍音がテレビを見て呟いた。


「相変わらずですね。世界は」


 釣られて、薬師もテレビを見た。

 そこには、皇太子の娘が動物園を見に行く、などというニュースが流れ、そして送迎の車を見守る人垣が映し出されている。


「明日にこの世界がどうなってるかもわからないのに」


 詰まらなさそうに藍音は言った。

 薬師は笑う。


「どうもしやしねーよ。明日も、明後日も、いつも通りにやってくるもんだ。滅べったって滅ばねえのが世界って奴さね」


 そう言うと、薬師は視線を戻し、食事に戻る。


「それよりも問題は、こっからどうすっかだな……」


 現状、何も起こってはいないが、いつ何があってもおかしくはない。

 できることなら、最低限の行動で最大の効果を上げたかった。

 しかし。


「んなことできりゃ、苦労はねーよな」


 この一言に尽きる。

 果たして、敵の狙いはどこなのか。

 考えるうちにわからなくなって薬師は思考を放棄した。


「わっからーんっ!」


 そして、何も考えずに投げやりにテレビを見る。


「……おうおう、天皇家も大変そうだな」


 大勢の人に群がられ、手を振る皇太子夫妻とその娘の映像がテレビには映っていた。

 そんな時だ。

 ふと。


「……天皇?」


――こんな見事な状況で、外に? そんなに簡単に日程が被るもの、か?

 薬師の頭に何か引っかかる。

 ほんの少しの違和感。

 しかし、喉から何かが出かかる感覚に、薬師は胸騒ぎを覚えた。


「どうかしましたか?」


 藍音の言葉に、薬師は答えなかった。

――考えろ、考えろ。今ここで全部繋げろ。何か考え出せ……!

 無意識に、言葉が発され、


「京都、東京……、江戸、京都。朝廷、幕府。……そういうことか」


 ぽん、と薬師は手を叩いた。

 あっけない。

 余りにもあっけなく、答えは一つにまとまった。


「奴ら、朝廷の怨念を使うつもりだ……!」


 朝廷。

 古来より天皇を頭として日本の政治を行ってきた、政府。

 と、言えば聞こえはいいが、その実、朝廷が真に実権を握っていたのは時代の一握りであり、時の権力者たちに振り回されてきた歴史がある。

 そして、その歴史の象徴とは、武家政権であり、幕府。

 その幕府でも最たるもの、江戸幕府と、京都を霊的に結ぶことで、京都の地に残っている朝廷方の魂が怨嗟として甦る。

 薬師は、その場で形態に手を伸ばすと、鬼兵衛にコールした。


『もしもし?』


 現状その準備は完全には完了していない。

 だから、なんとしても阻止する必要があった。


「敵の目的が分かった」


 極めて冷静に言う。

 そのおかげか、鬼兵衛もまた、冷静だった。


『どうすればいい?』


 なんだ、ではなくどうすればいい。

 その手っ取り早さに感謝しながらも、薬師は言う。


「いいか、天皇家を守れ、絶対だ」


 そう、ここで天皇家の人間が死んでみればいい。

 それこそ、怨念はこの上ない形で発動する。


「わかったな? くれぐれも東京で死なすんじゃないぞ!?」


 既に皇太子夫妻の娘は外に出ている。

 ここを狙われたら、拙い。


『わかったっ! すぐ向かう!!』


 それきり、電話は途切れた。

 それを確認して、薬師は立ち上がる。

 藍音はと言えば、電話の間に既に食器の片付けを終わらせている。


「我々も東京ですか?」


 彼女の問いに、薬師は首を横に振った。


「では、どこに?」


 そう、東京ではない。

 ここ、京都でやることがある。


「上京区、天皇所縁ある地と言えば?」


 そう、ヒントはもう一つだけあった。

 天狗と、竹取翁だ。

 京都に住む天狗を薬師は一人、見落としていた。


「……もしかして、そういうことですか」


 謀略に敗れ、讃岐の地に流され世を恨み。

 そして天狗になった者が居る。

 その名は崇徳上皇。

 生前讃岐院と呼ばれたことがあり、それは。


「……白峯神宮だよ――!」


 翁の本名、讃岐造と偶然にも一致する。

















 朝廷の怨念だけでは足りない。

 崇徳の妖力だけでも足りない。

 故に、朝廷の怨念を強引に崇徳に結び付ける。

 そして、この術は、天皇家の血を流させ怨念を強め、崇徳の怒りを鎮めるために建てられた白峯神宮を破壊することで完成する。


「当たりか」


 結界が張られた白峯神宮付近は、不自然に広い森に囲まれていた。

 白峯神宮に続く道に人気はない。


「当たっても、景品は出ませんが」


 しかし――。

 抑えきれない妖気が、むせ返っていた。

 瞬間、突風が吹き荒れる。


「足止めかよ。ご苦労なこって」

「月並みだが、通す訳にはいかん」


 相手の数は実に多い。

 百や二百を悠にを超える天狗たちが二人を取り囲んでいた。


「この程度で、止められんのかよ」


 そう言って不敵に笑った薬師に、天狗の一人が笑みを返す。


「確かに。だが足止めで十分だ」


 その言葉によって、薬師はいよいよ時間が無いのを理解する。

 そうして、薬師がひと思いに吹き飛ばそうか、と懐に手を伸ばした時、隣から、声がかかった。


「先に行ってください」


 藍音だ。


「いいのか?」

「……私を誰だと思っているので? 誰一人として追わせません」


 いつも通りの無表情。

 しかし、薬師にとってそれがいつになく頼もしく感じられた。


「わかった……。じゃあ、頼む。――相棒」


 そう言って、薬師は飛び立っていく。


「さて、では……」


 そこには藍音だけが残された。


「一人で残る、というのは勇ましいが、勝機はあるのかね?」


 天狗が、藍音に向かって呟く。

 彼女は、懐に手を伸ばす。


「数、形に関係なく」


 そこから引き抜かれたのはまるでデリンジャーの様な、小さな二つの銃。


「私の弾丸は薬師様に仇なす存在を決して許しはしないのです」


 ――瞬間、人垣が吹き飛んだ。


「ッ……!」


 Air-Cannon。

 火力不足の藍音を補うために、下詰によって制作された圧縮空気を打ち出すそれが――、


「さあ、殺りましょう」


 森に乾いた音を響かせた。









 一方、藍音と別れた薬師は、森を高速飛行していた。


「さて、どこだ? 白峯神宮はっと!」


 未だ多くの天狗が居るが、大半を藍音が相手している今、この状況で気付かれ追いつかれるほど薬師は愚鈍ではない。

 薬師は更に速度を上げると、木々の間を抜け、遂に目的地に辿り着いた。

 不自然に現れた石畳の上に、薬師は降り立つ。


「ここか。参ったな、こりゃ」


 だがしかし、

 白峯神宮の周りは淀んだ風が巻きあがり、その姿は不吉。


「遅かったじゃあないか」


 既に白峯神宮は無惨、破壊されていた。


「いや、まだ間に合うだろ」

「そうか?」


 瓦礫の前に立つ法性坊に、薬師は言う。


「とりあえず、諦めてくれないかね、と形式的に言っておくよ」

「無理だな。わかるだろ? お前も愛する者を失った一人だ」


 そう言って、法性坊は巨体の肩を震わせた。

 薬師は、いつか翁にもいった言葉を返す。


「だが、月には手はとどかねー。そんなこともわからんほど耄碌はしてないと思うし、分かりたくもないほど子供じゃないと思ってるけどな」


 しかし、法性坊は首を横に振って否定した。


「無理だ、他に無いのだよ。なにも、なにもかも」


 そうかい、と薬師は嘆息する。

 そして、続けた。


「月に手は届かないけどな、湖面は月を映し出せるぞ?」

「ふん、精神論を持ち出すつもりか? 我が心に生きているとほざくつもりなら、安くなったものだな」


 少し怒気を孕んだ言葉に、薬師は苦笑する。


「月に手は届かない、湖面に映るもまた然り」


 苦笑して、吐き捨てた。


「だから、心に映して閉じこもっちまえばよかったんだ。周りに迷惑掛けやがって、馬鹿野郎が」

「だが、しかし……」


 それでも言い募ろうとする法性坊を薬師は遮った。


「なあ。お前さん、妻の顔、ちゃんと思い出せるか? 笑ってる顔泣いてる顔、怒ってる顔、ちゃんと覚えてるか?」


 ふと、薬師の心に、憐子の顔が思い浮かぶ。


「そんな、事……っ!!」


 ちゃんと笑っている。


「無理だろう? 七年ってのは長い」


 笑っていた。


「貴っ様……!」


――俺は今も、鮮明に思い出せる。


「ほら、悠長にやってる暇はなくなった気がしてきたろ?」


 薬師は、虚空に溶かすように、呟いた。


「御託は、やっぱ要らねえ。 それよりも、こっちだろ?」


 轟、と風が唸る。


「……行くぞ」


 言ったのはどちらだったか。

 二つの影が交錯する。


――止める。憐子さんとの別れを、間違いだったなんて誰にも言わせない。






 最期の時にあの人は言ったのだ。

 ありがとう、と。




「悟りを啓くという事は、本当は、寂しいことだ。超然とした者は同じモノとしか交われない」


 あの人は、そうやって最後の時を紡いだ。


「そして、悟りに最も近いお前は、寂しい奴だ」


 俺と彼女しかいない空間に、彼女の声だけが、響いていた。


「……私が、お前に近づければ、と思っていたんだがなぁ……、無理だったよ。結局この様だから笑えない。私は超然どころか、この通りだ」


 その言葉は嬉しい。


「お前が、私のことを先生と呼んでくれることが誇らしかった。そして、憐子さんと呼んでくれるようになったのが、嬉しかった」


 だけど、それ以上に――。


「いつの日か、憐子、と名前で呼ばれる日が来ればいいと思っていた」


 虚しい。


「うん、嬉しかった。見せている以上に弱くて脆い私を、君は暖めてくれた。先生でなく、大天狗でなく、一人の女として、女の子として、呼んでくれた、繋ぎ止めてくれた」


 俺は、無言。


「月並みだが――。幸せだったよ、薬師に会えて」


 怒りも、悲しみもなかった。


「うん。言いたいこと、全部言ってしまったよ、じゃあ、頼む」


 ただ、凪いでいた。


「何故」


 俺はただ、ただ一言、空気に溶け込ませるように、呟く。

 あの人は、ふっと諦めたように息を吐いた。


「薬師、私は疲れてしまったんだよ。だから、休む」


 その言葉に、俺は、羽団扇を振り上げ。


「すまない、薬師――」


 そして振り下ろす。



 収束した風が一瞬であの人を消滅させ――。

 如意ヶ岳の山を竜巻が震わせた。





 涙一つ、出なかった。

 心には空虚が残るのみ。

 そして、その場を後にしようとした俺の耳に、風が、あの人の最後の言の葉を。

 届けた。


「――ありがとう」


 吹き抜ける一陣の風。

 俺は空を見上げ、一つ、呟いた。





「どういたしまして――」

















 皇太子の娘である、美代にとって、それは唐突に起こった。

 送迎車へと向かう途中、ふと、人混みがなくなっていた。

 自分一人しかいない。

 そして、おかしい、と思う間もなく突風。


「きゃあっ!」


 美代はその突風に耐えきれず、転がるように、車道に出た。

 そして、その顔を驚愕に染める。


「あ……、あ」


 トラックだ。

 前方からトラックが迫ってきていた。

 すぐに立ち上がり、避けなければならない。

 しかし、足は竦み、動けなかった。

 その間にも、トラックは刻一刻とその小さな体を撥ね飛ばそうと迫っていく。

 そして、そのトラックが目前に迫り、美代が目を強く閉じた時。

 轟音。


「え?」


 思わず目を見開いた美代の眼に映ったのは、横転したトラックと。

 鬼。

 金棒を強く握りしめた青い鬼が、そこに立っていた。





「――間に合ったようでなにより。しばらく動かないでもらえるかな?」





 襲いかかるトラックを、ぎりぎりで止めることに成功した鬼兵衛の内心は、冷や汗ものだった。

――まったく、土壇場過ぎて心臓に悪いね……。

 心で呟き、鬼兵衛は気配を探る。

 やはり、いた。


「……ああ、出てきたらどうだ? 我輩は何分気が短くてな」


 危機に直面し、口調もまた、昔の様に戻る。


「ばれていたとは、流石に地獄の鬼、か。本当は東京の者が殺すのが一番効率が良かったのだが」


 出てきたのは、やはり無数の天狗。

 鬼兵衛が普通にやり合って負ける要素はない。

 だがしかし、鬼兵衛の背には、足手まといが一人。

 それを悟らせまいと、鬼兵衛は言い放った。


「掛かって来い小童共。少し、揉んでやろう」


 先程から、風が酷い。

 雨が降っている。

 まるで、京都を中心にして、東京まで続く台風が来ているかのようだった。

――薬師は間に合わなかったのか? いや、それでもまだ、法性坊を倒せば。だったら……、

 薬師が法性坊を倒せないはずはない。

 鬼兵衛はそう信じていた。

――終わるまでここを守り切るだけだ。

 何故なら、鬼兵衛は鞍馬から薬師の力の全てを聞き出しているのだから。










 それは、鬼兵衛が京都に来て、下詰から話を聞いた後。

 彼は、鞍馬山へと向かった。


「何の用かなー?」


 そう、鬼兵衛が現世に残っていたもう一つの目的は、薬師の謎を聞き出すこと。

 薬師が地獄にいる理由、そして、薬師が大天狗を消滅せしめた理由を、閻魔に頼まれ、調査に来ていた。

 それを話した鞍馬は、まるで気負いのない声で話し始めた。


「薬師がね、地獄に居るのは、それは彼がもっとも風に愛されてるから」

「どういうことだい?」

「強い弱いは別にして、彼はもっとも風に適性が高いからー。そして、風の気性はとらわれないこと。そしてそんな風にとらわれてる私達と違って、彼は、世界にすらとらわれない。まあ、それだけじゃないみたいだけど」

「じゃあ、もう一つ。どうして、彼は大天狗を殺せたんだい?」


 これには二重の意味がある。

 大天狗は普通の天狗とは一線を画す。

 そして、死んでも甦る。果たして、どうやって消滅せしめたのか、謎は多い。

 そんな問いに、鞍馬は少し迷っていたが、すぐに話し始めた。


「彼は、天狗を殺すために生まれたような天狗だから」

「……なんだって?」

「彼の特異資質は、風の吹き方の予知。それ自体は彼自身の行動で逐一変わってしまうから、ほとんど未来予知としては使えないんだけど、数秒先ならかなり正確に予知できる」

「でも、それは……」

「そう、戦闘ではこの上ない力になる。特に天狗相手だとね」

「そうか……、じゃあ、殺せたのは?」

「それはね? 彼の行動如何で予測が変わるって言ったけど、他の人の行動じゃ変えられないの」


 そして、彼女は言った。


「そう、彼なら吹いてる風を止められる。彼にしか、風は止められない」

「……そうだったのか」

「だから、安心して? たとえ大天狗と戦闘になったとしても」



「――彼が防御に徹したら、掠りもしないから」





「……当たらぬ」

「当然だっ!」


 舞い踊る風は、一つも薬師に当たらない。

 振られる刃は掠りもしない。


「当たらねえ。当たるわけがねえ。怒りで冷静じゃないなら尚更な」


 高速で振られる太刀を、薬師はあっさりと往なしていく。


「くぅっ、何故だ!! なぜ邪魔をする!! 貴様の理由は俺より正しいのかっ!?」


 法性坊の攻撃の手は、緩まない。

 どころか更に激しさを帯びていく。


「理由なんてあってないようなもんだろ、多分な」

「なのに俺の邪魔をするのかっ」

「おうとも、当然だ。邪魔させてもらうさ」


 理由、その一つに、憐子との話がある。

 薬師は最愛の人を殺し、法性坊は甦らせようとしている。

 そして、殺した方の薬師は、自分と、憐子の正しさを肯定するために、法性坊のあり方を認められない。

 認める訳にはいかない。

 だが、それ以上に――。


「誰にも俺の日常は奪わせねえ」


 そんな言葉に、いよいよもって、法性坊の攻めは激しくなる。


「そんなに日常が大事かっ!!」


 そんな叫びに、笑いながら薬師は応えた。

 楽しげに、獰猛に、愛しげに。


「応とも!! 愛しているともさっ!!」


 そんな叫びに、風が唸りを上げ、法性坊を切り裂く。


「吹けよ烈風っ! 荒れよ嵐ぃッ!! 一切合財纏めて切り裂けっ!!」

「ぐうぉおっ! だがっ!! もう遅い!! 遅い遅いっ! 崇徳は復活する!! そして、我が妻もだっ!!」


 法性坊は、危機迫る表情で、手の先に風を集める。

 荒れる暴風、死の刃。

 それを法性坊は薬師に放とうとして――。


「な、に……?」


 その時には既に、薬師は、


「瞬間的超高速移動、憐子さんの得意技だよ。彼女は、彼岸Burstと呼んでいたがね」


 既に、法性坊の後ろにいた。


「さて、終わりにしようぜ法性坊。白黒付けて、全部終わりだ」


 堰切って、法性坊は振り返る。

 獣の雄叫びをあげながら。


「ぬおおおおおぉぉおおおおおおッ!!」


 そんな彼に、薬師は。


「じゃあな」


 羽団扇を振り下ろした。




「――汚泥に月は、映らない」










 その少し前。

 森側では。


「……さて、どうしたものでしょう」


 先程から撃ち続け、天狗はその姿を随分と減らしてはいるが、やはり零には程遠い。


「できれば、早く薬師様の元へ向かいたいのですが」


 呟きながら藍音は、迫る天狗を撃ち抜いていく。

 激しい動きで迫る天狗たちとは対照的に、地から足を離すこともなく、スカートを翻すこともなく。

 その動きは優雅ですらあった。

 しかし、その動きとは裏腹に、すぐにでも薬師の元へ掛け付けたい気分でいっぱいだった。

 そして、そんな中、森に間抜けな声が響く。


「こんにちは、お元気ですか……? 僕は死にたくて仕方がないのだけど……」


 その声に、藍音は珍しく眼を見開いた。


「……義経ではないですか」

「こんにちは、藍姉様。本当は何か起こったらもっと早くに駆け付けようと思ったのにやっぱり遅れちゃったりしてもう駄目ですね踏んだり蹴ったりしてください……」


 ゴシックロリータ調の服に、無骨で大きな鉈が一つ。


「ここは僕にお任せあれ。……うん」

「いいのですか?」


 義経だって薬師の元に駆け付けたいはずだ。

 だが、義経は肯いた。


「結局遅れてしまったから……、でも。あとで踏んでくれると嬉しい? ……かも」

「……善処します」


 そう言って藍音は走り出した。


「……さて、じゃ、やろうか弁慶……」


 取り残された義経の後ろに、影が現れる。

 厳つく巨大な、怪力無双の荒法師。

 武蔵坊弁慶。

 その姿は半透明にして、足はなく。


「脛の無い弁慶は無敵だよ……?」













「……俺は。間違ってたのか?」


 地面に転がる法性坊に、薬師は投げやりに答えた。


「別に何も間違っちゃなかったか、何もかんも間違ってたんだろ。多分な」

「じゃあ、……お前は正解だったのか?」


 最愛の人を殺す選択をした薬師は正解だったのか。

 それこそ分からない、と薬師は返した。


「だから、こうして答え合わせに来てんだろ」


 難しいね、世界は、と薬師は投げやりに言い捨てる。


「さて、悪いが友人よ。滅ぼさせてもらうぞ?」


 横目で法性坊を見た薬師に、彼は苦しげに笑みを返した。


「……ああ。この身生ある限り、止まらんだろう……。……好きにしろ」

「……応」


 薬師の手元に、風が集まる。

 その死の暴風を薬師は。

 法性坊の胸に突きたてる。

 刃が、法性坊を切り裂いていく。


「……最期まで世話を掛ける。すまん……、礼を言う……」


 苦しげにそう吐いて、法性坊は消えた。


「いや、礼には及ばんよ」


 薬師は最期に、友人に向かって笑みを向ける。

 風が薬師の頬を撫でた。

 彼は白峯神宮の方へ向き直り、呟く


「……さて、仕上げ、か」


 人影が、一つある。

 法性坊が倒れたため、世界が危機に陥ることはなくなったが、崇徳は一人で大災害級の妖怪だ。

 薬師がそちらへと歩き出そうとする。

 そこに、一人の人間が降り立った。


「……藍音? もう終わったのか?」


 石畳の上に降り立ち、その羽を仕舞った藍音は、薬師の方を向いて、言う。


「いえ、途中で義経に代わっていただきました」


 その言葉に、薬師は眼を丸くした。


「そうなのか、これで借りが一つか……」


 できれば彼女に借りを作りたくなかったのだが、仕方がない、と薬師は頭を振る。


「まあいい、来てくれたなら、手伝ってくれ」

「はい」


 薬師は、藍音を伴い、遂に人影の前に立った。


「誰かと思えば、薬師ではないか。健在か?」


 人影は、薬師を見るなり存外高い声でそう言った。


「ああ、久しぶりだな。壇ノ浦の後二、三会ったきりだから、随分と久しぶりだ。俺は元気でやってるよ、死んだけど」


 決して大きくない、小柄な体躯を古い宮廷衣装で包み、闇色の長髪を腰まで垂らした人影。

 その相貌は天狗面によって隠され、知ることはできない。


「で、起こして悪いんだけどな? このまま寝直してくれないか?」

「無理だな」


 即答。


「そこを何とか。白峯神宮も後で直すから」


 しかし、そんな言葉を崇徳は笑った。


「そなたもわかっておろうに。我は既に荒神ぞ? 目覚めた以上は力づくで封印されるまで暴れるのが道理だろうに」

「まあ、それはそうなんだけどな。面倒だからそこを曲げてくれると助かるんだが」

「くどい。確かに、まあ、そなたの頼みなら多少考慮しても良かったが。しかし駄目だ。この身には怨嗟が集っておる。撒き散らさずにはいられまいよ」


 薬師は思わず頭を抱える。

 崇徳だけならここで帰ってくれたかもしれない。

 だが、今回ばかりは怨嗟が集っている。


「面倒だが、しゃーねえか」


 だから、


「行くぞ、藍音。ついて来い」


 ここで吹き飛ばす他になし。


「――貴方とならどこまでも」


 瞬間、薬師は飛び上がった。

 対して、崇徳は後ろに飛ぶ。


「逃がすと思うかっ!?」


 薬師はそれに追いすがり、


「寄せると思うか?」


 崇徳の黒い風が薬師に迫る。

 しかしそれは乾いた空気が弾ける音と共に弾けて消えた。


「当てさせると思いますか?」


 薬師の後方で、藍音が二丁拳銃を構えている。

 薬師はその勢いのままに飛んだ。

 まるで雷が如く、上へ下へ右へ左へと刃を避けて、風を乗り越え。

 道は藍音が創ってくれる。

 だから、薬師は突っ込むだけでいい。


「長い劇もこれで幕だっ! いい加減俺は帰って寝るっ!!」


 相手まで、残り三メートル。


「させぬ。やらせるものかっ!!」


 薬師の左右に特大の黒い風の刃が現れる。

 右を防ぐか、左を避けるか。

 だが、避ければ崇徳はその間に距離を取ってしまう。

 右か、左か――!!

 否。


「ど真ん中だぁあああああああああああああッ!!」


 薬師は藍音を信じて、飛ぶ。

 放つのは蹴り。

 崇徳の少し上から、愚直なまでに真っ直ぐに。

 迫る風が、消える。


「言いました。薬師様に仇名すものを私は許さない」


 もう、突っ込むだけだ。


「……纏めて」


 裂帛の気合を込めて、薬師は叫ぶ。


「吹っ飛べぇえええええぇぇええッ!!」


 高下駄が崇徳の喉元に、突き刺さった――。


「ぐおおおおおおぉぉおおおおっ!?」









 地に伏した崇徳が、震える足で立ち上がって見たのは、突きつけられた銃と、羽団扇。

 まるで左右対称にぴたりと寄り添うように立って、片腕を真っ直ぐ伸ばす姿に、崇徳は、仲の良いことだ、と口の中で呟いた。


「これで、全て終わりですね」

「ああ、これで決着だ。まったく、俺にしちゃ働き過ぎだな」


 その言葉と同時に、武器を握る二人の手に力が籠るのを、崇徳の眼は捉えた。


「ま、お前さんは死なないんだから勘弁してくれ」


 目前に、巨大な風が集まっていく。






「――それじゃ、行くぜ?」





 解き放たれた風に、崇徳は心洗われる気が、した。















 空が、晴れ渡っている。


「……法性坊さまが、失敗したのか!?」


 天狗は皆浮足立っていた。


「確かめねば……、皆退くぞ!!」


 そう言って去っていく天狗たちを見つめ、鬼兵衛は金棒を地面に突き立て、溜息を一つ。


「どうにかなったみたいだね……」


 そして、ふと、地面に座る少女に目をやる。


「ひっ……」

「ああ……、大丈夫。危険はないよ。僕が居なくなれば、いつも通りだ。そうだね、ここでのことは忘れてしまうといい」

「……え?」


 鬼兵衛は、地に刺した金棒を抜き、肩に担ぐと歩き出した。


「ああ……、空が綺麗だ」








「ああ……、全部終わったんだね。良かった。こんな私でも、役に立てたみたいで……」


 私、とふと普段使わない一人称が出てきて、義経は自分が存外舞い上がっていることに気が付いた。

 兄代わりで父代わりの薬師と、姉代わりの藍音に会って、自分では考えられないほどに喜んでいる。

 でも、それ以上に喜ばしいのは――。


「うふ……、これで藍姉さまに踏まれて、今回の事を盾に迫ればあの人にだって、鞭で打たれたりとか、刺されたりとか……、うふふふふふふ……」










「……薬師様、早く帰りましょう」

「どうした? 藍音」

「少し、嫌な予感が」

「ああ……、俺もする」

「……厄介な妹分に捕まる前に、帰りましょう」

「そうだな」


 薬師は、元に戻ったアスファルトの地面を、藍音と手を繋ぎ、帰っていく。



 こうして、事件は終結した。























「よぉ」

「っ……、薬師さん?」


 閻魔の住むマンション。

 帰ってから真っ直ぐ、薬師はそこにやって来た。


「終わったぜ。全部な」


 閻魔は、目尻に涙を浮かべて、言う。


「無事で良かった……」

「おう」


 薬師が笑顔で返し、それからしばらく、二人は無言のままだった。

 そして。


「その……、欲しい物とか、ありませんか?」

「ん? どうしたよ」

「いえ、今回の件の報酬は、ちょっとお金だけじゃ足りないんじゃないかと……」


 少し言いにくそうに呟いた言葉に、それならば、と薬師は要求をした。


「一人の人間の魂の行方を教えてほしいんだが……」

「え?」


 閻魔は意外そうな顔をして見せ、少し迷った風に顎に手を当てる。

 個人のプライバシーに関わることだ。おいそれとは教えられない。


「今回の事件の当事者で、首謀者の法性坊の妻なんだけどな? いいか? せめて状態だけでも」


 しかし、薬師がこんなことを聞いたのには理由がある。

 実は、一つだけ法性坊の計画には穴があったのだ。


「仕方ありませんね……、名前は?」

「確か、比叡山美佐代。確か享年二十九、だな」


 それは、


「ああ、ありました。うちの記録に残ってます」


 彼女の魂の状態。


「えーと、どうやら来てから二年ほどで転生してますね」


 あらゆる世界から魂を集めても――。

 転生した魂は戻らない。


「……そうか」


 彼女がもう法性坊に会えない輪廻に見切りを付けたのかは分からない。

 だがしかし、彼女の魂を器に入れても、今ではもう遅い。

 彼女は既に別人だ。

 その可能性を最後まで法性坊に伝えることはなかったのは、優しさか、気まぐれか。


「それが……、どうかしたのですか?」


 首を傾げた閻魔に、薬師は嘘臭く笑った。


「別に? ……ただの答え合わせだよ」


 そして、もう一度、薬師は言う。


「……ああ、そうだ」


 今度は嘘臭くない笑顔で。


「――ただいま」


 閻魔は、笑顔で答えた。




「――おかえりなさい」






―――
これで全部決着、今年最後の更新です。
長かった。
義経に関しては、既に足ない弁慶最強じゃね? がやりたかっただけだったり、薬師がチートだったりしますが、おいておいて。
これにて決着、今年も終了。
今年は応援どうもありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

次回の更新は多分来年の一日か二日だと思います。いつものラブコメがスタートです。
暇人とか言わないでください。何があっても意外と小説を書く暇ってあるもんだったりするのです。本当ですよ?




それと、今年最後のサプライズってことで、憐子さんをどうしたいかアンケート取りたいと思います。

1、復活。やっぱり憐子さんは必要でしょ。
2、そのまま。思い出は思い出のままが良し。
3、その他。

流石にアンケのフォーム設置するのは間に合わなかったんで感想掲示板でお願いします。
ああ、あと新年最初は誰とのほのぼのがいいかも書いておくと参考にするかもです。


さて、ではみなさん良いお年を。



では返信。


春都様

まあ、確かに駆け足だったんでしょうね……。その辺は申し訳ない。
もっとゆっくりやってもよかったんですけど、今年中に色々決着をと思うとこんなんなってしまいました。
いやはや、特別編についてはもう、前さんがヒロインっぷりを披露してくれましたね。
そのせいで今回のエピローグとかに出番がなかった気がします。


長良様

コメント感謝です。
まあ、確かに野郎四人でも寂しくはありませんしね。
確かに、イベントに一人は辛いですね。そう言えば、無縁の行事と言えば、二月に……。
って、まったく作品関係ない訳ですが、まあ、それもそれで。


眼隠し様

寿命の差、というのは中々きついものです。
結局法性坊も薬師も先生も皆同じ状況に立たされたのですね。
番外に関しては、まあ。
藍音さんはもう菩薩の様な心の広さで手の内で踊ってくれと言っているようです。


トケー様

愛ゆえに、とどいつもこいつもはっちゃけまくりですね。
愛ゆえに殺したり、愛ゆえに世界滅ぼしかけたり、愛ゆえにそれを阻止したり。
愛にまみれてますよ。
そして、番外で癒されていただけたなら幸いです。


奇々怪々様

どこでフラグを立てたかというと、フラグを立てすぎたという。
フラグ数十以上でヤンデレに。
野郎鬼コンビが二人でサンタコスは怖すぎると思います。
神父については、まあ、あれは狙いすぎ……、ということは。


ヤーサー様

とりあえずこれで過去編は決着なので、あと復活イベントがなかったらきっとほのぼのです。
人気投票はやはり前さんがメインヒロインの意地を見せつけてくれました。
しかしそれにしても自分何故か最近宗教の人に声を掛けられるのですが、そんなに救いを求めてる面してますかね。
クリスマスは、まあ……、モテ期があるだけ、ましかもしれないと思います。


マリンド・アニム様

薬師はもう、男女の敵ですからね。
味方が居ない。
いい加減にその幸せを皆に分けるべきだと。
ええ、私も欲しいです、メイド。


HOAHO様

申し訳ない、気のせいだったかも知れないです。
ええ、良く考えるとどう考えても冗談です本当にありがとうございました。
今年もほのぼのしなかったりしたりしましたし。
来年もほのぼのします。


光龍様

神父はどう考えても確信犯。
大通りのカップルクラッシャ―と名をはせていてもおかしくはないと。
まだカップルじゃないんですがね。
それと、この時期と言えば休みで徹夜な時期ですが、無理はなさらぬよう。


ryo様

むしろフラグ回収済みなので安心かも知れなくもないかも知らないですが。
まあ、流石に復活したらヤンデレじゃないでしょうし、復活してない過去編ならヤンデレ前なので安心です。
むしろ本当に怖いのは人をヤンデレにさせた薬師のフラグ能力かと。
げに恐ろしきは薬師のフラグ……。


Eddie様

遂に過去開帳。
ヤンデレました。
この小説初のヤンデレだと思います。いや、義経もかもしれません。
しかし、ヤンデレに憑かれて死なないというのはなかなか大変な作業だったでしょうに。



では、最後に。

この小説の崇徳って実は男じゃないかもしれない……。



[7573] 其の八十二 明けましておめでとう俺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/02 21:59
俺と鬼と賽の河原と。





「うだー……、これで今年も終わりかー……」


 コタツに上半身を預けて俺はぐったりと呟いた。


「色々あったなぁ……」


 地獄で年を越すのは今や一度や二度ではない。

 しかし、そんな今までに比べて、やはり今回は、怒濤だった。


「じゃら男殴ったり、由美由壱拾ったり、ブライアン殴ったり、お見合い乱入したり、法性坊殴ったり、か……」


 それだけではない。

 基本的にこの間まで前さん位しか親しい知り合いなどいなかったのに、今年はやたらに出会いが多い。

 そんなことを考えて、俺は思わず笑いながらため息を吐いた。


「ろくなもんじゃねーな……」


 それが悪くないと思っている自分が、一番碌なもんじゃない。

 厄介事、面倒事は嫌いだったはずなんだが。

 そんなこと言いながら、結局厄介事を楽しんでるから手に負えない。


「いつ俺は事件収集体質になったんだか……?」


 集めて歩いた覚えもないのだが。

 更に収拾もしないといけないというのがこれまた残念な点だ。

 できることなら収拾役は押し付けたいのだが、鬼兵衛あたりに。


「ふー……、来年は平穏無事に過ごせる……」


 それもまた夢のまた夢。


「訳ねーんだろうなぁ……」


 そんなこんなで。




 年が明けました。






其の八十二 明けましておめでとう俺。






 初夢は、鬼兵衛と酒呑とブライアンで野球拳をした後に罰ゲームとして閻魔の料理を食べさせられ、藍音の胸で窒息する夢でした。


「……おはよう」


 酷い夢を振り払うかのように、俺は誰もいない空間に一人呟いた。

 そう、一人呟いたはずなのだ。

 なのに、答えは返ってきた。


「おはようございます」


 ……俺を窒息死させてくれた藍音さんじゃねーですかい。

 今にして思えば、去年の後半は藍音に随分手を焼かす羽目になった気がする。

 今年は玩ばれないように気を……、

 付けても無駄なんだろうな……。

 いつになっても、何を言っても藍音には、勝てる気がしない。


「まったく、いつの間に……」

「無論貴方が気付かぬうちに、ですが」


 まったく、敵わない。


「勝手に布団に入ってくるのは――」

「そう言うと思って、貴方を私のベッドに連れて来た訳ですが」



 隙もない。


「……て、なんでやねん」

「さあ、何でしょう」


 突っ込みに、藍音は惚けて返した。

 対して俺は、諦めたように乱暴に枕に頭を沈めた。

 ぼすん、と羽毛の枕を叩いた音が響く。


「……乱暴するならこの私に」

「そんな子に育てた覚えはありません」

「ああ、私は枕になりたい」

「もうちょっと夢のある将来をだな」

「じゃあ、薬師様のお嫁様になりたいです」

「……夢いっぱいだな」

「……いっぱいです」


 そう呟いた藍音は少し恥ずかしげだった。

 そんな藍音に俺は苦笑して、声を掛けようとして――。


「まったく、恥ずかしがるなら……、ぐむっ!?」


 頭を掴まれ、気が付けば俺は、藍音の胸に顔を埋めていた。


「……なりました。枕に」


 そんなことを言って、照れ隠しなのだろうが、俺としては苦しい。

 というか実に今日の夢を思い出す。


「むぐぐぐ……」


 苦しいが、俺の頭を掴む手は離れない。

 その内、意識が遠のいてきて――。

 最期に俺はこう思った。



 ――正夢か。















「おお、李知さん、由美、おはようさん」


 実は俺が起きたのは午前六時で、悪夢なんだかよくわからない夢で起きてしまった訳だが。

 由美と李知さんは今まさに起きたようで、二人、抱き合うように眠っていた所を上体を起こし、目を擦っている。

 ああ、微笑ましい。


「んん……、薬師……? おはよう・・・・・」

「お父様、おはようございます……」


 それがもしも。


「なんで二人とも俺の部屋で寝てるんだ」


 俺のベッドでないならば。


「ほれほれ、起きた起きた」


 実を言うと、俺は早く起きすぎたので寝直しに来たのだったりして。

 正直、正月と言えども、六時から起きたってどうしようもない。

 仕事も休みだし。

 まあ、そんなこんなで俺は二人をゆすっている訳だが。


「んぅ……」


 由美はそのまま二度寝に入ってしまった。

 李知さんもやたら眠そうだ。

 まあ、昨日は遅くまで起きていたのだから仕方ないといえば仕方ない、か。

 特に、李知さんなんて十時くらいには寝て、五時か六時には起きているのだから。

 まるで小学生の如し。

 しかしながら、まあ大晦日だし元旦だし、ということでその生活は臨時休業。

 こうして俺の目の前で眠そうにしている訳だ。


「で、何故二人して俺のベッドの上に寝てるんだ」


 そんな問いに、李知さんはたどたどしく答えた。


「……由美が部屋にお父様が居ないと言うから一緒に見に行って……、……寝た?」


 いやはや、珍しい。

 かなりレアだな。寝惚け李知さん。

 どうやら、俺が藍音の部屋に連れ去られたときに、俺の部屋を確認してそのまま眠気に身を任せた、と。


「まあ、そりゃいいんだが。二人にど真ん中で寝られると俺が寝れない訳だ」


 例えキングサイズと言えども、人物の位置取り次第で二人しか寝れない場合もある。

 今回は二人微妙に斜めで寝ているので俺の入る隙はない。

 しかし。


「……んー……」


 李知さんの反応は実に悪い。

 寝惚け眼が俺を完全に捉えているようには見えないし、ゆらゆらと揺れる体が覚醒していないことを如実に表現していた。

 俺は少し語気を強めて、よく聞こえるように言った。


「ほれ、ちょっと退いてくれっ」


 その言葉に、少しだけ、意識がはっきりしたらしい。

 言葉を発さなかった唇が、遂に人語を語る。


「……キス」

「……はい?」


 人語だが、文章ではなかった。

 単語である。

 そして、やっと出てきた会話文が。


「キスしろー……」


 キス。

 ははは、未だ寝惚けてるよこの人、とばかりに俺は視線を漂わせ、冷や汗を垂らしながら口を動かす。


「それは魚的な? それともあれだ。えー、マウストゥマウス的なー……」


 しかし、その言葉を、全て出し切ることはできなかった。


「むぐっ!」


 唇に柔らかい感触。

 後頭部に手の感触。

 泳いでいた視線をはっと戻すと、李知さんの顔が至近距離に。

 座っていた李知さんが不意に立ち膝になり、ベッド横に立っていた俺に、キスをしている。

 俺は、混乱した頭を少ない知識の関連付けで冷静な状態に戻そうとした。

 ……キス、接吻。何故? 否。欧米においては接吻は文化的挨拶。

 なるほど、挨拶か。

 中々激しい挨拶だが、挨拶なら仕方がない。

 しかし、李知さんが欧米文化を試みるとは何か心境の変化でもあったのだろうか、と考えた所で、遂に唇が離れた。

 解放された口で、言葉を発する。


「……っぷは。欧米の挨拶ってのは中々苦しいな……。ん? 李知さん?」


 その途中でふと違和感。

 立ち膝から戻って横座する李知さんの顔が、驚愕に染まっている。

 その目は見開かれ、口は開いた口がふさがらないといった風情。


「……李知さん?」


 俺の呟きに続いて、茫然と俺にではなく、空中に、確認するように李知さんは吐き出した。


「……夢じゃ、ない?」


 一応俺は肯く。


「夢じゃない」


 沈黙。


「……」

「……」




 その後?

 李知さんは金棒を振りまわして逃げて行きましたとも。











 それからどれくらい経ったのか。

 一時間以上かもしれないし、五分だけかもしれない。

 ともあれ、二度寝に入った俺が再び目を開いたとき――。

 何故だか仰向けの俺に、由美が馬乗りになっていた。


「……なにされるんだ。俺」

「おはようございます、お父様」


 俺が起きたのに気付いた由美は、満面の笑み。

 本当にうれしそうに、彼女は俺の胸に頬ずりした。

 なんというか、実に――。


「……こそばゆい」


 虚空に呟いた俺の言葉に、はっと由美は顔を上げる。


「嫌だったでしょうか……、お父様……」


 不安そうなその瞳に、応と頷ける訳もなし。


「んなこたーねーよ、少しくすぐったいけどな」


 言うと、彼女は子供特有のにへらとした笑みを浮かべて、今度は俺の胸に顔を埋めた。

 俺にかかる体重は非常に軽く、どうにも庇護欲をくすぐってくれる。

 俺はぼんやりと天井を見つめて、ふと、由美の頭を撫でる。

 ふわふわの髪を手で梳くように。


「長閑だな……」


 怒濤の去年、というか年末が嘘のようだ。

 いつまでもこうしていたい気分になってくる。

 あー……、平和だ。もう、これを仕事にしたい、人の頭を撫でて金もらう仕事。ああでもおっさんの脂ぎった頭とか来たらやだなー……、つかやってることは河原で石積んでるのと余り変わんねーよ、でも野ざらしだからなぁ。冬は寒いし。一応雪も積もらねーようにしてるし、良心的な寒さに留めてくれてるけど結局寒さだからなぁ良心的でも良心的じゃなくても寒いことには変わりねー……。

 と、だんだん意識が血迷ってきた所で、俺は現実に回帰する。


「……ああ、後で初詣にでも行くか」

「お父様?」

「いや、ふとな。おみくじでも引こうかと」


 ちなみに、去年のおみくじは大凶だった。

 余りに衝撃的だったので、覚えている。


「楽しみですね……」

「おう。っと、そろそろ飯食いに行くか」


 俺はそのまま由美を抱え上げるようにして、食卓へと向かったのだった。













 食事も終わり、自分の部屋で着替えようかと思ったら。

 今度は不意に藍音の部屋の扉が開き、俺は強引に引きずり込まれた。

 まあ、藍音の部屋、と言っても真の藍音の部屋はお隣の藍音宅なので、寝泊まりしているだけだが。

 ちなみに、犯人は藍音ではない。

 俺は洗い物をしている藍音を確かに目撃している、ということは。

 犯人と言えば、藍音の箪笥を間借りしている――、

 銀子だろう。


「いきなり何を――。いや、服を着ろ」


 銀子は何故だか知らないが、上下下着一組しか身に着けていないのだ。


「そんな貴方にNOと言ってやりたい」

「着ろ」

「NOと言えない日本人。その悪癖を今ここで直すべき」

「お前は日本人じゃねーから」

「着ろと言われると着たくなくなるのが人の心の闇」

「じゃあその格好で初詣か」

「なんという鬼畜。羞恥プレー。ドS。変態。悔しいっ、でも感じちゃう。びくんびくん」

「むしろお前さんが変態。露出癖持ちじゃねーなら服を着ろ」

「露出癖持ちなら着るなと」

「どっちだね?」

「貴方次第」

「着ろ」


 そうして、やっと銀子は本題を切りだした。


「こういうとき、どんな服を着ていいか分からないの」

「とりあえず着ればいいと思うぞ」

「どんな服を着ればいいかと聞いている」

「着ないよりはどんな服でも着た方がマシだろ」

「じゃあ、ショッキングピンクの全身タイツ」

「着た方が――、いや、着ない方が……、つか持ってんのかよ」

「創る。錬金術で」

「才能の無駄遣いだな」


 否、今一つ切り出せてなかった。

 銀子と話すとやはり事が上手く進まない。

 まあ、別にそれほど急ぎたがりでもなく、せっかちとは逆な俺としては構いはしない訳だが。


「こういう時ってやっぱり着物?」


 なるほど、そう言った話がしたいのか。


「あんましそういうの気にする必要もねーはずだけどな。今時は」


 ちなみに藍音は和風給仕服になるそうだ。

 今日ばかりは。

 と、まあ、それはともかく。


「で、藍音が用意してくれたのだけど」

「あるのかよ」


 なら着ればいいじゃねーか、と言おうとした矢先に。


「着つけさっぱりっ!!」


 まるで語尾に星を幻視しそうな清々しさだった。

 そして、俺はと言えば。


「……ほれ、万歳しやがれ」


 気が付けば既に、先生を世話していた頃の、いわゆる昔取った杵柄という奴を最大限利用していたのだった。

 ある意味、条件反射とも言う。














 そんなこんなですったもんだありまして。









 前、祭のときにも来た神社の石畳を、今度は弟と一緒に歩いている。


「まったく、絵馬に何を祈るんだか」


 うちの女性陣は女の秘密とやらで、女性陣だけで絵馬を書きに行った。

 俺と由壱はと言えば、野郎二人、人波に揉まれている。


「兄さんも大変だね……」

「あー? ああ」

「これからも苦労は増えるんだろうけど」


 そう言って由壱は苦笑した。


「俺としちゃ、人生波乱万丈に出るのは御免なんだが」

「無理じゃないかな」


 苦笑しながら由壱は即答。

 少しへこむ。


「たしかに夢のまた夢なのは分かってるんだけどなぁ……、でも希望は捨てたくないっていうか」


 後半は自分に言い聞かせるような言葉。

 そんな俺に、由壱はさっぱり希望を絶ってくれた。


「まず現時点で、李知さんの問題とかあるよね? もう問題が出てきたのに平穏に過ごせるわけがないと思うよ」


 いやはや、まったくもってその通りである。

 現状こうして李知さんはうちに住んでいる訳だが、いつまでもそうしているわけにもいかないだろう。

 そして、李知さん一人で決着を着けるのが難しいならば、俺は出張る自信がある。

 李知さんの実家とひと悶着あるかも、って時点ですでに平穏には程遠い。


「まあ、いいさね」


 言いながら、俺は由壱を見下ろして笑った。

 平穏させてくれないなら蹴散らすまで。

 どんな問題や事件も、さくっと片付けて帰って寝ればいい。


「さて、おみくじでも引いていくか」





 その日のおみくじは――、大吉だった。
















おまけ。



 金運。

 女性に使う金は諦めなさい。いい女に金は必要経費です。

 仕事運。

 過労死に注意。もしくは延々生殺し。

 恋愛運。

 混迷を極める。いい加減落ち着きなさい。

 総合運。

 ぱっと見不幸ですがそんなこともない気がしないでもなく。要は気の持ちよう、貴方次第でしょう。


「……どういうことだ」


 なんとも釈然としない気持ちで俺は、木におみくじを括り付けるのだった。



―――
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。



ってことで今回は家族で元旦です。
メインヒロインの影も形も見えやしないとかはまあ、スルーで。
新年しばらくの目立つヒロインは李知さんか、という空気も漂う位ですし。
次のシリアスはご存じの通り李知さん編ですが、しばらく後になります。
かなり大きなシリアスも終わったばかりですし。
十本以上はほのぼの続けたいと。
少なくとも暁御が出るまではやらないと思います。



では返信。


あも様

はい、このまま行くと1になるようです。
まあ、どっちに転んでもなんとかなるような辻褄合わせがあるのでしばしお待ちを。
ちなみに妹分=義経です。
義経と藍音の姉妹アタックがいつか炸裂するのでしょうか。


リーク様

コメントありがとうございます。
やっぱりこのままにしておくには惜しい人ですかね。
憐子さんは。
確かに見事にかきまわしてくれそうな予感もしますよ。やっぱり。


スミス様

一応シリアス編はそういった方向なのですが、違和感を感じられたならそれはやはりこちらの技量不足です。
できるだけ違和感を感じないよう努力はしたいと思います。
ちなみに先生が復活すると、法性坊の方にもちょっとしたアクションが起こるので、多分大丈夫だと思います。
義経が可愛く見えてくるということはそれはドSへの目覚め――。


奇々怪々様

前回はちょっと藍音にデレてた気がしないでもなかったり。
女性天狗の場合は所か女性をあれな意味で殺すために生まれてきたような天狗の様です。
まあ、先生が人間に転生してるっていうのもあるにはあったんですが、その方向でいくと話が面倒になるのでやめました。
とりあえず復活で確定、みたいなようですが。


にゅー様

コメント感謝です。
前回のシリアスの半分は、愛でできています。
だが、愛が免罪符になると思って皆好き放題しすぎだと。
このまま先生が復活するとドロドロどころか固形化する様な気も。


蓬莱NEET様

感想ありがとうございます。
法性坊は何とも哀しいというか。ある意味計画失敗して良かった気もしますが。
うっかり復活させてから完全に別人という展開になったら首括りそうですし。
はい、1に一票ですね。承りました。


“忘却”のまーりゃん様

コメントどうもです。
どうしても義経を出した時点で書きたかったんです。弁慶。
弁慶→死んでる→幽霊→足ない→弱点無し。
というカオスな論理展開は我ながら意味不明ですが。


ReLix様

感想どうもであります。
確かに、今回は怒濤で終わってしまって、振り返ってみると結構反省点も残っております。
それでも、楽しんでいただけたならば、幸いですが。
いやはや、意外と先生復活の声は大きいものですね。我ながらびっくりです。


光龍様

まあ、薬師はいい役ではなかったけども、やりたいことをやったようですし。
天皇の娘に関しては、まあ、鬼兵衛メイン回があればもしかするかも……。
先生復活に関してですが、記憶喪失はないですが、完全体ではないかと。
まあ、その辺は出てきたらになりますが、いわゆる車椅子とか、そんな感じの奴を。


連星様

年末も過ぎて、正月に入った今、実はばっちり暇になりました。去年は余り風邪もひかなかったし、意外と元気です。
やっぱり先生の特徴と言えば、恥じらいが薄いから藍音さんとはまた違った激しい攻めができることなんでしょうね。
先生と藍音は手を組むか敵対かのどちらかでしょうね。まあ、先生のことをある程度知ってる藍音としては憎み難い所でしょうが。
復活したが最後、先生は薬師にべったりかも。


眼隠し様

いやはや、主人公最強と言いながら大して強そうじゃないというか、四天王二番目クラスだった薬師がやっとチートじみてきました。
あと、藍音さんとのコンビもやれましたし、出したかった人も出しました。
後はイケメン鬼兵衛とか。
まあ、ともあれ無事終わって肩の荷が下りましたし、ゆっくりほのぼのしたいと思います。


ヤーサー様

去年の終わりに合わせる、というかどうにか去年中に終わらせたいという考えもあったりしましたが、何とか終わりました。
いやはや、薬師が記憶に残してちょっと気にする位の人ですから、嫁さんは気さくないい方だったのでしょう。
藍音さんは、大天狗の相棒張ってますからね。補助付きながら、限定的に大天狗とも渡り合えるでしょう。
まあ、復活すると先生有利に見えますが、千年空いてますからね。


通りすがり六世様

結局、生きるために強くなって大天狗になっていたのに、大天狗になったら狂ってしまった、と。
妖怪は結局強くなるほど世界に縛り付けられて行ってしまうのですね。
今回はパートナーということでばっちりヒロインっぷりを見せていましたね、藍音さん。今年も攻めの姿勢の様で。
崇徳さんとの関係もゆっくり展開していきたいと思います。しかし6、ですか……、果たしてどんなことになっているのやら。


春都様

今回はいろんな事件をひとまとめにしたタイプですからね。
上手いと言ってくれるとやはりうれしいです。
今回でやたら張ってた伏線も一部回収できましたし。
憐子さん復活については、まあ、何とか納得のいく形に仕上げたいと思います。ってことでほのぼの新年でした。


ガトー様

やっぱり復活ですよねー。
まあ、いかに最愛の人とはいえ、千年の間に色々ありましたから。
いきなり結婚なんてことには……、ならないと……、思います……。
鬼兵衛に関してはやっぱりはぐれ青鬼純情派を……。


AAA様

コメントどうもであります。
まあ、ほのぼのですから。
ド派手な展開にはなりませんね、やっぱり。
予定ではふっと帰ってくるというか、スタンドというか……。何を言ってるのかさっぱりですね。


f_s様

憐子さんが出てきて前さんに回帰し、美沙希ちゃんが持っていったと思ったら。
藍音がかっさらって行って気が付けば未亡人の元へ出向き、そこで親子丼になりかけて。
こりごりだと思ったら娘にアタック掛けられて、露天商に結婚指輪を買わされかけて、いじけた閻魔妹を慰める。
結局そんな落ちだと。


ガリガリ2世様

流石にヤンデレ継続はあれなんで。
普通にラブコメすると思います。まあ、その辺も含めて、とりあえず本編をお待ちくだされとしか言いようがない気もしますが。
果たして憐子さんはハーレムを目にしたらどうなるのやら。
まあ、このままだと復活の様ですが、ご意見は参考になりますので、参考にしながら展開を考えたいと思います。


トケー様

久々に綺麗な薬師が飛び出したり。
ハードでボイルドな、堅焼き卵な青鬼が飛び出したり。
色々ありましたが、格好良く決まって良かったです。いろんな意味で。
まあ、あれですからね。無風だと思っても、次の日には風は吹きますからね。




最後に。

実は私初詣行ってない。



[7573] 其の八十三 俺と貴方のお節料理。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/05 21:56
俺と鬼と賽の河原と。




 元旦より二日目。

 正月だなんだと言ったものの、暇だった。

 仕事はないし、家にいても正月番組位しか見るものはなし。

 ゲームもこれと言って新作も無ければ、ぶっちゃけるとやるような気分でもなし。

 そして、銀子がやたらとべったりくっついたり、藍音の餌食になりそうな俺は人通りの少ない道を一人歩いていく。


「こんな風に歩いてんのは俺だけか」


 今時は地獄も現世も変わらず、寝正月が流行の様で、道行く人はそう多くもなく。

 そんな中ふと、俺は足元に雪が積もってることに気付いた。


「ほー……、この地区は雪が降ってんのか」


 地獄には、雪が積もる区域と積もらない区域がはっきり分かれる。

 常に常夏な所も、まるで南極の様な場所もある。

 色々な生き物が集まるため、寒さに弱いのも、暑さに弱いのもいるせいだ。

 そうすると、交通が大変な気もするがそこはそれ。

 地獄は既成概念が問題のため、夏季冬季両用のタイヤだって簡単に作れる。。

 おもに下詰辺りの得意技だ。

 そしてここは、四季の分かれ目がはっきりした、冬はしっかり雪が積もる土地らしい。

 まあ、ともあれ、除雪しなきゃいけないとか、寒いとか、挙句に夏は暑いとか。

 こんな所にはイエティだって棲みやしない。

 もしこんな所に何かが住むのなら、四季がはっきりしてないと死んでしまうような生き物。

 もしくは――。

 余程の物好きだろう。


「俺だー、邪魔するぜー」


 俺はそんな物好きの家の、呼び鈴を鳴らした。








其の八十三 俺と貴方のお節料理。









「あらあら、明けましておめでとう。お久しぶり」


 あいかわらずほわほわとした雰囲気で、玲衣子はお辞儀した。

 俺も礼儀に則り、軽く片手を上げて挨拶する。


「おう、おめでとさん。そっちは相変わらずみたいで何より」


 そんな俺に、玲衣子は笑いながらも不思議そうにする、という高等な表情をして見せた。


「所で、何故いらっしゃったのかしら?」


 確かに、いきなり来た俺には当然の疑問だ。

 そんなことか、と俺は肩を竦めて返す。


「暇――、いや」


 言いかけて、やめる。

 なんとなく冗談が言いたい気分だった。


「あんたに会いに来たんだ」


 口端を釣り上げて呟いた言葉に、玲衣子は困ったように笑っている。


「あらあらうふふ……。五十点です」

「手厳しいな」

「言いかけたのは大幅にマイナスですわ」

「まあ、ぶっちゃけると散歩ついでに挨拶だしな」

「でも、言いなおした努力は認めます。私の教育も捨てたもんじゃありませんね? ふふっ」


 満面の笑みで言われ、俺もなんとなくつられて笑う。


「で、まあ、挨拶も済ましたし、忙しいなら帰るけどな」


 これで迷惑そうな顔でもしてればわかりやすいのだが、玲衣子はにこにこと笑うだけ。

 相変わらず表情の読めない顔だ、と俺はこっそりと溜息を吐いた。


「いーえ? これがすっごく暇で暇で」

「親戚とかこねーの?」

「李知ちゃん位よ? だから……、ね?」


 玲衣子の細い指が、俺の胸をなぞる。

 相変わらず、何がしたいのか謎な人だ。

 俺で遊びたいのか、暇なのか。


「まー俺も暇だからいいんだけどよー」

「お節料理、食べません?」

「食う」











「おいしいですか?」

「おう、美味いな」


 正月らしい正月の料理はとても美味い。

 家でも藍音の作った料理をたらふく食ったが、こちらはこちらでまた違った味わいがある。

 そんな俺に、玲衣子は言った。


「んー……、六十三点?」

「何故に採点?」

「んふふ、女心のわかってない薬師さんに、少しでも解ってもらおうと思って」


 そう言って玲衣子は笑う。

 俺はなんとなく、興味を持った。


「何故に六十三点か詳しく」


 鈍い、女心がわかってない、というのは俺としては良く聞く言葉だ。

 それもそれでどうなんだ、と思うものの、常に諦め半分。

 そんな所に玲衣子が女心を理解する一助になるというのだから、渡りに船、とは違うか。

 ともかく、年頃の娘ができたことだし、女性の心の機微について少しくらい学んでみなくもない、という心境に陥ったのだ。


「そうですね……、素直に感想を言えて嘘臭くないのは高得点ですが――、余りに簡素すぎてもの足りないと思いますわ」


 ああ、確かにな。

 俺が言ったのはおう、美味いな、だけ。

 なるほど褒めてはいるが、ぞんざいかもしれない。

 なるほどなるほど。

 その辺の気遣いが女心の理解の分かれ目と。


「っつってもなー……。別に美味い以外の感想なんて出てこねーよ」


 別に俺は料理評論家でも何でもない訳で、料理のことについてなんか、自分の主観に基づいて美味い不味いしか言えない。


「ふふっ、そこが駄目な所だと思いますよ? 深く考えても嘘臭くなるだけですもの」

「まーな。俺がいきなり、こいつは美味い、三ツ星レストランの味にも負けていないって叫んでもなぁ……」


 ちなみに三ツ星レストランなど行ったこともなし。

 だがしかし、正直な心の内に美味い意外の言葉も出てきやしない。


「そこのあたりを踏まえて、如何ですか? 料理のお味は?」


 楽しげに玲衣子が聞いてくる。

 なんだか俺も正月料理の美味さとか、自分の置かれている状況の不思議さとか、その場の雰囲気とか、そういったものがない交ぜになって、楽しさが込み上げてくる。

 思わず笑みが漏れた。


「悪い、これしか思いつかねーわ。やっぱうめーよ。うん、これしかねえ」


 俺は考えを放棄。

 解らんものは解らん。

 女心は理解できる気がしない。

 まあ、娘やらに関しては、理解できないなりに頑張っていくしかない。

 もう既に投げやりで、適当な俺に、玲衣子は――。


「……。七十八点……、かしら」


 やっぱり女心は分からない。

 さっぱりだ、と肩を竦め、俺は出された料理を感触することに専念。

 そう長くもなく、皿の上から料理は消えた。


「……さて、俺はそろそろお暇しようかな、と思う訳だが」

「その言葉は……、零点です」


 立ち上がった俺の袖は、掴まれている。


「やっぱり、駄目?」


 にこりと微笑んで、玲衣子は言った。


「駄目です」


 暇なのか、俺で遊びたいのか、それとも――、寂しいのか。。

 どれなのか。

 もしかすると、全部かもしれない。










 結局、俺と玲衣子は変わったこともなく縁側で茶を啜っている。


「雪、降ってんなぁ……」

「雪、降ってますねぇ」


 日本庭園の松は雪を被り、その緑の面積は、夏よりずっと少ない。

 鍛え方が違う、というか基本山は寒い上、暖房は無いようなもんなのでそこまで寒いとは思わないが。


「雪、好きなん?」


 ふと俺は聞いた。

 地獄であれば簡単に雪の無い所に家を構えることができる。

 だから、こういった地区の住むのは物好きか変人ばかり。

 玲衣子は首を横に振る。


「いーえ?」

「じゃあ、何故?」


 玲衣子は庭を見て、笑っている。

 表情は判別できない。

 だが、なんとなく寂しげに見えたのは気のせいか。


「私は、現世に行ったことがありませんからね」


 ぽつり、と何でもないように呟いた言葉。


「……ああ、なるほど」


 俺は、言葉以上のものを感じざるを得なかった。

 色々あったのだろう。

 夫とか、生まれとか。


「私の体は、地球の重力に耐えられませんの」


 失敗作。

 そんな言葉が俺の頭に浮かぶ。

 きっと夢だったのだろう。

 彼女を創った人間の。そしてその為に創られた彼女の存在意義であり、夢でもあった。

 体の問題は現世の環境がどうにかしてくれているはずだから、魂が、歪なのか。

 俺は溜息を一つ。


「現世もこっちもかわりゃしないがね……」

「そうですか?」


 こっちを見た玲衣子に、俺はなるべく軽薄に言って見せた。


「無論。どっちも人が一杯だ。精々、こっちの方がまだ平和ってこと位さね」


 そんな俺の言葉に、今度は彼女は困ったように笑った。


「人が一杯、ですか」

「ああ、人が一杯だ」


 地獄も現世も変わりはしない。

 死んでるくせに、この地獄は生命の坩堝だ。


「人が一杯でも、私友達いませんもの。……昔は、夫だけが居ればいいと思ってたから」


 俺は、なんとなくその横顔が気に食わない。

 死亡寸前の老人みたいな。

 心残りが無くて、いつかふっと死にそうなそんな空気が、気に食わない。


「俺が居るだろ。今は」


 呟いた俺の言葉に、珍しく玲衣子は、目を見開いた。

 そして、すぐに目を伏せて、いつもの玲衣子に戻る。


「その言葉は、五十点です。……これからも、が足りないもの……」


 最後の言葉は、ぼそりと呟かれ、聞き取れない。

 俺も、聞くことはなかった。


「手厳しいね」

「ふふっ、乙女心を知るのは難しいんですよ」


 女心は秋の空。

 やっぱり、難しい。











「ねぇ……、愛してるって言ってくれません?」

「いきなりなんだ。藪から棒に」


 居間に戻った時、彼女は俺の背にそうやって声を掛けた。


「ふふ、ほんのお遊びですよ。さあ、どうぞ?」


 愛してる。

 そう言えばここまで一度も使ったことのない言葉だ。

 いよいよもって言葉にすると、気恥ずかしい。


「あー……、愛して、る?」

「んふふ、二十点です」


 当然だな、と俺は肩をすくめた。


「練習しておいてくださいね?」

「気が向いたらな」


 いよいよもって帰ろうと、俺は玄関へと向かう。

 今度は、袖を掴まれない。

 今にして思えば、やっぱり寂しかったんじゃないかと思う。

 冬に死んだ夫との思い出の一つでもあれば、そりゃ憂鬱にもなるだろうし、なくたって――、寂しくなるときくらいあるだろう。

 だとしたら、少しくらい寂しさを埋めてやれたのだろうか、俺は。


「次はいつ来てくださるのかしら?」


 考えて、俺は溜息一つ、苦笑を見せる。


「次は暇じゃない時にでも来るさ」


 彼女は首を傾げた。


「あら、どうして?」


 俺は楽しげに、不敵に笑って告げる。


「――あんたに会いに来たって言えるようにな」




「――点です……」



 果たして、何点だったのだろう。

 まあいいか。次来た時に聞けばいい。
















―――

ってことで今回は玲衣子さんで。
次シリアスは実家編で決まりなのでこなすイベントも少し詰めていきたいと。

さて、次は誰で行きましょうか。


では返信。

春都様

はい、今年もよろしくお願いします。
前回は、まあ。李知さんだけなんだか普通に長かったですしね。
銀子はネタの宝庫です。これからも大活躍してくれると。
いやはや、外から見ると羨ましいんですけどねー。あの天狗は、幸か不幸か、本人的には不幸なんじゃないかと。


奇々怪々様

薄影さんのことも、きっと覚えてると思いますよ、ええ。うん、一応、まあ。
きっとじゃら男のインパクトが強いだけだと。ええ、はい。
1ロリ2人外3幼女……、ロリと、幼女……? あと1ロリ2幼女3人外の方が語呂がいい気も(ry
まあ、あの御神籤は今年一年のあらすじと言っても過言ではないでしょう。薬師ですから。


眼隠し様

ちなみに酒呑と鬼兵衛も殴ってた気が……。
起きずにつれてかれた時点で薬師VS藍音は薬師の負けだと思います。
気を許し過ぎだと。式はいつなのでしょう。
いやはや、長いこと初詣行ってませんよ。歩いて行けなくもない程度の距離なので来年でも行ってきましょうか。


Ssk様

コメントどうもです。今年もよろしくお願いいたします。
自分も行きたかったです、初詣。
でも、人の多いとこに好き好んで行きたくはないんですよねー。
人のいない、巫女さんの綺麗な神社は無いでしょうか。無いんでしょうね。


トケー様

果たして幸せなのか不幸なのか。
議論はとどまる所を知りません。
果たして、猟奇的大量殺人を犯す側なのか、殺される方なのか。
どちらにしても残念な展開ですね。こうなったら初夢を回避するために暗躍するという何かどっかにありそうな展開で(以下省略


あも様

薬師の初夢は、まあ、同情するけどいい気味だ、と。
ちなみに藍音さんはきょにうです。
隠れてるような隠れてないような巨乳さんです。眼鏡に関しては、詳しくは秘密ですがもしかすると……。
シャドーに関しては、どうにかこっから話数一桁台で出してあげたいな、と。


Eddie様

二話読みお疲れ様です。
もう、あれなんですね。続けすぎるのもなんか展開の長い少年漫画みたいで嫌だったんですね、ってことであっさり終了です。
藍音さんはなんというかもう、動かしやすいせいもあって、どう考えても一番目立ってます本当にありがとうございました。
果たして、あれが大吉なのかといわれると、傍から見れば彼の一生は大吉だと。


f_s様

実に、実に初夢なんか見なかった。
ぶっちゃけると夢なんて狙って見れません。正確には覚えてられないだけなんですが。
ともあれ、初夢を見れる確立って、どれくらいなんでしょうね。
昨日、魔王になって環境破壊を促進する割り箸を撲滅する作業をやらされる夢なら見ましたが。


黒茶色様

まずは修験者になりましょう。
そしてそれなりに頑張って驕り高ぶれば。
ぶっちゃけると自分の地方は山に囲まれてるので頑張ればすぐいけるんですけどね。
でもやっぱり遠いです。全国山移動選手権でも起こらないでしょうか。


HOAHO様

まあ、果たして仕事内容が充実して死ぬほど疲れるのが幸か不幸か。
恋愛は混迷を極めるが沢山の婦女子に囲まれ過ごすのが幸せか不幸せか。
明らかに求めてない方にして見れば大吉どころか大凶かと。
それでも羨ましいっちゃ羨ましいですけど。でも決して代わりたくはないです。


AM様

こちらこそはじめまして。今年もよろしくお願いします。
四話一気読み、お疲れ様です。宿題は冬休み始まる前に学校で終わらせると楽でした。
ふふふ、私は今年年賀状一枚も送りませんでしたよ! 友人に住所聞かれても覚えてないで通しました。
とりあえず、今年も頑張ります。今年はキャラの一人一人をゆっくり書いて行けるといいな、と。


ヤーサー様

はい、今年も頑張ります。
野郎は一発殴っとく、がデフォルトみたいです。
いやはや、爛れすぎというかピンク空間一色というか。ちなみに北海道人は暖房付けて冬でも半袖です。
きっとおみくじ書いた奴は薬師のことを知ってる人間だと。どう考えても仕組まれてるとしか。



最後に。

これから更新事にサイコロ振って2が出たら暁御を出そう。

……5でした。

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[7573] 其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/11 21:39
俺と鬼と賽の河原と。





 地獄の正月ももうすぐ終わりなそんな一日に。

 やはり俺は暇だった。

 まるで冬休み早く来いと言ってるのに休みになると暇になる学生みたいだな。

 と自分で自分を笑い虚しくなりつつ俺は道を行く。

 さて、どうしよう。

 行く所は特にない。

 参った。

 帰るしかないのだろうか。

 しかし、それはそれでなんとなく癪だ。

 暇でぐだぐだするのが嫌で外に出てきたのに、帰ってぐだぐだするのもなんかいやだ。


「……ううむ、小腹が空いたな」


 ふと、呟く。

 時刻は三時。

 正月でゴロゴロしてるから余り腹が減らなくて、昼食は軽めに。

 だが歩いたから丁度小腹が減った所だったのだ。


「おお、丁度いい所に喫茶店が」


 あたりを見渡せば、すぐにこじんまりとした喫茶店が目に入る。

 迷うまでもない。

 俺は扉に手を掛けた。

 すぐに可愛らしい給仕服に身を包んだ店員が出迎えて――、


「いらっしゃいませ! 一名様、で、す……か……?」


 出迎えて――。


「……何をやってるんだ閻魔妹よ」









其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。









「え、っと……、その、ね?」

「えっとそので解り合えれば人類皆兄弟だよ」


 出てきた銀髪の麗人は、珍しく橙と薄黄色のふりっふりの給仕服に盆を持ち、茫然と立っている。

 無論、俺も驚きでいっぱいだ。


「おや、知り合いにバイト先で発見される気まずいシーンを目撃してしまった」


 そう言ったのは、多分店長だ。

 何やらバーテンの様な格好に、長い深緑の様な不思議な髪をアップにしたそれらしき女性。

 そんな女性が、由比紀をたしなめる。


「ほら、お客さんを待たせるのは店員失格。店員失格ということは人間失格。おーけー?」

「え、ええ。どうぞ、こちらに」


 多少の狼狽はあったが、優雅な動作で由比紀は俺を席へと連れ立った。

 流されるままに俺は席に着く。


「では、ご注文がお決まりになりましたら――」

「あー……。店員としては駄目なんだろうけどな? いつも通りに話してくれると助かる。一応客からの要望ってことで」


 思わず、そんな言葉が口をついて出る。

 どうにも落ち着かなかったのだ。

 そして、それは向こうも同じだったらしい。

 由比紀の緊張は解け、いつもの態度に戻る。


「そう、ね。とりあえず注文は?」


 手渡される品書き。

 それを見ながら俺は呟いた。


「ふむ、店員さんのお勧めとしては?」

「そうね、ベーコンレタスサンドと、アイスコーヒーかしら」

「その心は?」


 俺としては理由を聞きたかったのだが、なぜか由比紀は戸惑い仰け反る。


「べ、別に……、そんな、何も。ただおいしいだけよ?」


 何かあるのか、と勘繰ってみるが特に思いつくこともなし。

 それに、俺はこういったハイカラな店という奴の料理にはまったく詳しくないのだ。

 基本山で暮らしてたから、多少世間知らずなところもある。

 というわけで、俺はお勧めとやらを信じることにした。


「じゃあ、そいつでお願いする」


 すると、彼女はいっそ芝居がかって見えるほど自然な動作で、優雅に一礼。


「かしこまりましたわ。少々お待ちくださいませ」


 そう言って背を向ける彼女の背中が少し上機嫌に見えたのは、気のせいだろう。






 それから待つこと数分。

 俺の目の前に、頼んだものが二つと、なぜかケーキが追加されている。


「サービスよ」


 そう言って由比紀は俺の前に座った。


「お? お前さんも?」


 一瞬新種の業務かと思いかけたがそうでもないらしい。


「店長が今暇だから客と話でもして来なさい、って」

「ああ、なるほど」


 あたりを見渡しても人っ子一人いない。

 カウンターの中に店長が一人、俺と由比紀が椅子に座ってる以外は。


「ここだけの話、超暇だったり?」


 実質、三時というのは完全に暇という時間でもないはずだ。

 そして、その考えはあながち間違いでもないらしい。


「その、まあ。もう少ししたら少しくらい、来るのかしらね?」

「うむ、まあ、俺が来たってことで」

「ええ、まあ……、と、そんなことより、早く手をつけたらどうかしら? コーヒーが冷めちゃうわ」


 果たして店の売り上げがそんなことかどうかはともかく、まあ、その通りだ。

 せっかく来た料理、食べなければばちが当たる。

 って、アイスコーヒーが冷めることは未来永劫ないと思うのだが、まあいいか。

 俺は、ベーコンレタスサンドなるものに手を伸ばした。


「……」


 しかし、ふと、由比紀がこちらを見ていることに気づいて、中断。

 見られてるどころかガン見である。

 何かしたか? 俺。


「こうも見られてるとちょっと食い難いんだが……」

「え、ええ! そうね」


 そう言ってわざとらしく由比紀は目を逸らした。

 しかし、いまだその瞳はちらちらとこちらを伺ってくる。

 愛らしい仕草ではある。

 なんとなく気になるが、しかしそれを聞くのも又憚られた。

 まあ、別に見られても食いにくいだけで食えないわけじゃねーしな。

 そう思って俺は手に掴んだそれを口に一齧り。

 おお、なかなかいける。

 レタスが口の中でシャキ、と音を立てて弾け、俺に存在を証明してきた。

 そして、由比紀はといえば、やはりじっとこちらを見ている。

 その瞳は、不安げに揺れていた。


「……どうかしら?」


 如何、どうって、料理の味か。


「おう、結構いけるな」


 瞬間、ぱっと由比紀の表情が喜色に変わり――。


「良かったっ! っ、い、いえ、それは良かったわね」


 すぐに澄ました表情に戻る。


「んん? いや、うん」


 今一つ由比紀の態度の理由が俺には分からない。

 そんな中、ひょっこりと店長が顔を出した。


「好きな人に料理を食べてもらってどっきどきっ! 青春、してるねぇっ!?」


 おお、びっくりした。


「引っ込んでてくださいっ!」


 由比紀がその店長を強引に押し戻す。


「よく聞こえなかったが――」

「あなたは聞こえなくていいのっ!」


 彼女の顔は真っ赤だ。

 そこまで怒るとは、そんなに聞かれたくないことを言っていたのだろうか。


「まーいいや」

「で、でも、どうしても聞きたいなら、その、ここで、まあ、ええ。あなたが聴きたいっていうならその、言うのもやぶさかじゃ……、え?」


 聞かれたくないなら仕方ない。


「それより、お前さんなんでこんなとこでバイト?」


 そう、そこがずっと気になっていたのだが、何故由比紀は肩を落としているのだろうか。

 肩を落としたまま、彼女は言った。


「その、私働いてないじゃない?」

「まーな」


 働かなくても、こないだまで働いてなかったし、閻魔の妹なら別に閻魔と一緒に住んでるから問題ないと思ったのだが。


「まあ、前は家事っというか、家政婦としての仕事があったからよかったのよ」


 そこで話が大体読めてきた。


「でも、その仕事もあなたに押し付けてるし、これじゃ不味いわ、と思ったの」


 そう言って優雅に方を竦めて見せた由比紀に、じゃあ押し付けない方向でお願いしたい、と言わなかった俺を誉めて欲しい。

 ともあれ、由比紀にだってやりたいことがあるのだろう。

 それならば応援してやるのが大人の男の対応と言う奴だ。

 決してもう指摘するのも面倒くさくなったわけではない。


「ふーん? そういうこと結構気にしてたんだな」


 少し以外だった。

 この女なら飄々と好きに生きてそうな印象だったのだが。

 しかし、そうでもなかったらしい。


「あら、あなただって何もできない子より、色々できる子の方が好きでしょう? それとも、可愛げがないかしら?」

「まあな。何でもできる逆にこまっちまうけど、何もできないのはもっと困る、か?」


 そんな中、ふと思うことがあったので付け足す。


「ああ、でも何もできなくたって、何かしようとしてるならいいとは思うがね。そういうのは好きだぞ?」

「そ、そうなのかしら? あなたは、好き?」


 そう言った彼女は、少し嬉しそうで。

 別に否定する要素もなかったので俺は頷いた。


「ああ、好きだ」

「……そう」


 彼女は、うつむいてしまう。

 どうしたのだろうか。

 まあいいか。

 心のどこかで空気読め、と何かが呟いているが、俺は気まずい空気に耐えられなかった。


「ああ、そだ、明けましておめでとさん」


 会話の無さに耐えられなかったのだ。


「今更ね……」


 由比紀が顔を上げ、溜息を吐く。

 その通りだが、今思い出したのだから仕方ない。

 そんな俺に、由比紀は呆れたように微笑んだ。


「明けましておめでとう、今年もよろしくね?」

「おう」

「所で、コーヒー切れてるけど、いるかしら?」

「ん? ああ」


 見ると、カップの中に黒い液体は無い。

 俺は肯いた。


「そう。じゃあ、サービスするわ」

「お、ああ。悪いな」


 それからというもの、彼女はコーヒーが切れるたびにおかわりを持ってきた。

 取りとめのない話が盛り上がる。


「そう言えば、最近どうなんよ」

「最近って……」

「閻魔の好き嫌いが治った、とか。お前さんの幼女化が収束した、とか」


 由比紀は苦笑い。


「残念だけど、変わりないわ。全くね、それより、あなたが美沙希ちゃんを見に行ったら?」

「ああ、それもそうなんだけどな? どうにも年始は忙しいみたいでな」

「それでも、いえ、それだからこそ、会いに行ってあげるべきよ?」

「まあ、挨拶くらいはいかねーとな。疲れてるこったろうしな」


 まったく、俺はあれの母親か。


「そっちはどうなの?」

「俺? 俺んとこは……、変わんねえわ。やっぱり」


 相変わらずである。

 そんな俺に、やはり由比紀は呆れていた。


「相変わらず……。相変わらず女の子に粉掛けてるんでしょうね……」

「んなことねーよ。まあ、最近確かに女性との付き合いが多いと自覚はしてきたけどな」

「今更っ?」


 彼女は酷く驚いている。

 そんなに驚くことだろうか。

 そして、またコーヒーのおかわり。

 コトッ、と机の上に再びカップが置かれる。

 ふと思う。


「なあ、俺を出れないようにしてないか?」


 サービス、と彼女は言ったが、品物で俺をこの席に縛り付けているようにも見える。

 彼女は薄く笑った。


「あら、ゆっくりしていってくださらないの……?」


 笑って、俺の後ろから、首に手を回す。

 後ろから抱き締められるような状態になった俺は、相変わらずだな、と溜息を吐いた。


「ほいほい。ゆっくりしていってやるよ」


 その言葉に、由比紀がすぐ横から俺を見る。


「どれくらいいてくれるのかしら?」


 俺は顎に手を当てて一考。


「終業時間までかな」


 意外そうに由比紀は目を丸くした。


「え?」




「一緒に帰ろうぜ。送ってくから」










「うふふっ、やっぱり優しいのね」

「腕をいきなり組むな。まあ、閻魔んとこ行くついでだよ」

「素直じゃないんだからぁっ」


 そう言って由比紀が俺の頬を突く。

 完全に、遊ばれている。


「まったく、俺で遊んで何が楽しいんだか」

「あら、乙女の心を知るのは難しくてよ?」


 また乙女心か。

 難しくて理解できそうにない。


「……そうかい」


 それきり無言で、楽しそうな由比紀と俺は道を歩く。

 そして、やっとマンションの前に辿り着き、不意に。

 頬に感触。

 ちゅ、と何かの音が俺の耳に拾われた。


「今……」


 聞こうとした俺の言葉は本人に遮られる。


「今のは今日のお礼と、お年玉。それじゃ……、また、ね?」


 そう言って顔を真紅に染めた由比紀は、走り去ってしまった。




「ううむ、お年玉って年でもねーんだけどな。それより……」



 結局俺は閻魔宅にお邪魔する訳で。

 まあ、気まずかったのは書くまでもないだろう。






―――
去年の暮はシリアスバトルだったので今年初めはやたらほのぼのします。
次回は誰で行きましょう。





では返信。

“忘却”のまーりゃん様

今年もよろしくお願いします。
いやはや、珍しく戦闘ないのに綺麗な薬師でした。
未亡人のシリアス効果ってすごい。
そう遠くないうちに未亡人フラグも施工終了するでしょう。


kou様

感想どうもです。
ここしばらく閻魔一族のターンなのでしょうか。
未亡人の実力はまだまだこれからなはず。
そしてダイソーダイス……、気付かれているっ!? 見事な鑑定眼っ……!!


ReLix様

これだから被害者が後を絶たないのだと思います。
薬師被害者の会が設立されるのもそう遠くないでしょう。
不用意な格好良い台詞がその内取り締まられるようになったりしそうです。
地獄の主に閻魔権限で。


春都様

天然で素質もちなんですけどね。
自覚が無いので狙って発動できないのが弱点だと。ポテンシャルは超特級なのに。
まあ、鷹の眼が如くピンポイントで発動しますが。
実家騒ぎはしばらくしたらばばーんと片を付けたいと思います。前回のシリアスが長かったのでここはバシッと。


あも様

未亡人はダテじゃないッ!! そういうことなのでしょう。
薬師は今日も今日とて釣った魚に餌をやって回る、と。
もう完全にド天然ですよね。あの直球ぶりは。
暁御ダイス。これから振る所です。さてどうなるやら。


奇々怪々様

例え対象外でも胸キュンさせる、これが未亡人の真の実力……!
いやはや、あの天然、いっそ狙って台詞吐いてんじゃないかと。
ロリ、幼女。大事ですね。ええ。解ります。
李知さんの次のご予定は、何というか、まあ、凄いことになりそうな。


通りすがり六世様

人をにやにやさせることだけを糧に生きてますから!
というのは冗談ですが。
こちらも読み返してにやにやしてしまうこの恥ずかしさっ! どうにかなりませんかね。
あ、ならない? その内恥死しそうです。


f_s様

未亡人のターンっ!!
まだまだ終わらない可能性が高いです。
むしろ、実家編が始まってからが最盛期なのですね。
ええ。それまで雌伏の時です。


min様

コメントどうもです。
ダイスはこれから振る訳ですが、結果が見えてる気がして……。
六回振れば出ますかね。
二。八十話中に出れるんだろうか。ある意味百まで逃げ切ったら凄いと思います。


眼隠し様

この泥棒猫、は他の皆が藍音に言いたいことだと思わなくもな――。
ごほん。薬師ですからね。
ドロドロどころかサラッサラですよ。
全自動ハーレム製造機ですから。どうしようもないです。


トケー様

ここにきて未亡人ハイパーモードです。
暁御は、まあ、うん。
キャラ的にはおいしいんですけどね。
だけど、ヒロイン的には……。


ガトー様

何故二かと聞かれれば――。
一番地味っぽい気がしたからじゃないかと。
一応六面ダイスです。ええ、一応は六分の一です。
不幸補正が働きそうな予感ですけど。今回はどうなるでしょう。


Eddie様

さて、振ります。
今振ります。
この手のダイソーダイスが今投げられて……。
結果は――。





最後に。

暁御……。


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不吉だよ暁御……。



[7573] 其の八十五 俺と閻魔とセーラー服と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/11 21:42
俺と鬼と賽の河原と。




 いくら育児放棄した、と言っても。

 一緒に住んでるだけはあって、由比紀が最低限の掃除はしていてくれたらしい。

 予想より小奇麗な部屋に、俺は閻魔と由比紀の三人でなんてこともなくゆったりした夜を過ごした。

 とここで言うはずだったのだが。


「そ、その……、急用ができたから少し出てくるわね」


 そう言って由比紀はそそくさと外へと出ていき。

 結局俺は。

 ソファの隅でいじけて体育座してる閻魔さまと二人っきりになってしまったのだった。




 しかも何故かセーラー服の。




其の八十五 俺と閻魔とセーラー服と。




 さて、どうしたものだろうか。

 いや、自問自答するまでもない。

 俺を迎え入れてから五分にしてなった、閻魔不機嫌の理由を聞き出すのがここにおける男の、いや、人間としての基本だろう。

 ああそうだ。

 だがしかし。

 俺はあえて――。


「なんでセーラー服なん?」


 修羅の道を行くことにした。

 いや、だって、ほら、何か気になったし。

 閻魔は恨みがましく俺を見上げる。


「今年の会議で決まったんですよ……!」

「せーらーふくが……?」


 思わず茫然と聞き返してしまった。

 何を会議してるんだ重鎮共。


「私の一年の制服は年の初めに会議で決定するんです……」


 初めて知ったこの事実に、俺は驚愕を隠せない。


「去年はブラウスにミニスカートでしたから、まだ気に入ってたのに……」


 うん、確かに去年はまともだった。


「……しかも最後まで残った対抗馬がナース服とバニーですよっ!? もうどうすればいいんですかぁ!」


 ああ、どこに向かっているのだろう、この地獄は。

 思わず遠い未来に思いを馳せたくなるがここはぐっと我慢。

 セーラー服って年でもないとか言わないのが優しさ。


「しかも……、ちょっとこれを見てください」


 そう言って手渡されたのは一枚の紙切れ。

 そこには綺麗に印刷された文字が箇条書きになっている。

 ・閻魔たんハァハァ。

 ・バニー閻魔たんっ! バニー閻魔たんっ!

 ・ここはボンテージで閻魔様にしばかれたいッ!

 ・セーラー服を脱がしたいです。閻魔さまの。

 ・ラバースーツッ!!。

 ・閻魔たんいいよ閻魔たん。

 ・スク水希望。

 ・透け透け水着がいいです。

 ここまで見て、俺は読むのをやめた。頑張った方だと思う。


「……なにこれ。なにこれ」


 なにこれこわい。


「……一般投票時のコメントです……」


 うわぁ……。

 というか。


「一般投票なんてあったんかい」

「あるんです……」

「俺は知らんぞ?」

「貴方の所には徹底的に情報規制を敷きましたから」

「別に変なのは選ばんぞ? 一応」

「変なのしかないんですよっ! これで身内に投票されたら、もう身投げするしか……」


 そーなのかー……。

 閻魔も大変なんだなぁ……。

 と、半ば無責任な感情を抱きつつ、俺は会話の内容を変えることにした。

 このまま続けたら閻魔が沈みに沈んで世を儚みかねん。


「あーうん。まあ。所で、何でいじけてるんだ? 別に最初から不機嫌じゃなかったろ?」


 そう、それだ。

 俺を入れた当初は優しく微笑んで入れてくれたのに次第に機嫌が下降していって、由比紀が帰った辺りに完全にいじけのだ。

 果たしてそれまで何があったのだろうか。

 そんな疑問に、閻魔はぽんと手を叩いて答えた。


「あ、そうでしたっ。薬師さん、由比紀と何があったんですかっ?」

「何が? 何がってどんな何がだよ」


 特に思い当たる節もないのだが。


「由比紀が妙にそわそわしてたり。貴方を見つめて頬染めたり。何かあったとしか思えませんっ!!」


 と、そこで思い出した。

 そうか。そういうことか。

 しかし、頬に接吻されましたぜお姉さん、という訳にもいかず、俺は曖昧に返事を返す。


「あー……、まあ、確かになー。由比紀の様子はおかしかったよなー。いや、別に仲間外れにしてる訳じゃないんだぞー?」


 しかし、いや、やはりと言うべきか。

 閻魔の御機嫌は斜めと言う奴で、未だ口を尖らせたまま。


「ズルいですっ」

「いやいやいやいや、大したことじゃねーよ」

「ずるいですー……」


 そうかー……、ずるいのかー……。

 何がどのようになってどうずるいのか解らないが、ずるいのか。


「じゃあ今からいつも通り料理作って頬にキスやらかせば満足なのか」


 思わず口をついて出た言葉だが、目に見えて閻魔は動揺した。


「き、ききききき、キスっ? キス、したんですか?」

「いや、ああ、うん。ここの前で、お年玉だっつって」


 あれ、言ってよかったんだろうかこれ。

 私生活で個人的な部分な気がしないでもないが、まあ、言ってしまった以上仕方ないか。

 と、まあ、俺は開き直ることに。


「で、まあ、しないだろ? まあ」


 ちゃんと何したかも話した訳だし。

 納得してくれるであろう、と俺は思った。思ったんだ。

 思ったのだが――。


「し……、してください」


 ……。

 今なんつった。


「してくださいよぉ!」


 言わなくても閻魔はばっちり発音してくれた。


「えー……、何を」

「ちゅー……」


 そして、やりやすいようにだろうか、頬をこちらに差し出すように上向ける。

 その黒髪が流れ、白い首筋があらわになる。

 で。

 頬にキスしろと?

 なんて状況だ。

 何かがおかしい。

 まるで酒に酔ったみたいな――。

 と、そこで気付いた。

 机の上の缶の存在に。

 ……チューハイだ。

 恐ろしく度の低いチューハイ。

 隣のコップに並々注がれたらしいが、一口ほどしか減っていない。

 しかし、それはワインひと口で意識を失う閻魔を酔わせるのに、十分だったらしい。


「ほら、お願いしますよぉ……」


 そう言ってずいっと閻魔はソファから身を乗り出した。

 俺の首元に手が回される。

 ……仕方がない。


「いや、待て待て待て待て。おかしいだろ。良く考えてみたら頬にキスされたの俺だし」


 そのままの勢いで突っ走りそうになったが、しかしよく考えて見ればそうだ。

 理屈では閻魔が俺の頬にキスしないと通らない。

 と言うことで何とかこのままけむに巻こうと思ったんだが。


「男らしくないですよ……っ?」


 酔っ払いに理屈は通じないらしい。

 ああ、藍音にもこんなことさせられたこと無いのに。


「後悔するなよ?」


 なんだかもう禅問答するのも疲れてきた俺は自棄にになる。

 そして俺は、そのまま差し出された閻魔の首筋に吸いついた。


「え? ちょっ……? んっ」


 閻魔から驚きの声が上がる。

 なんで頬でなく首筋か、と問われれば、俺は胸を張って意趣返しだと答える。

 何でも思い通りに行くと思うなよ?

 というか、酔っ払いの相手をさせられる俺にちょっとした仕返しをさせてくれ。

 頑張ってもがいていた閻魔だが、次第に抵抗は薄くなり、最後には完全に脱力してしまう。


「んぅっ、あ。や、薬師さん、ダメっ――!!」


 と、まあ、この辺で俺は閻魔を開放した。

 ふう、と俺は溜息を吐く。

 何やってんだろう、俺……。

 そんなことを想いながら俺は荒い息を吐く閻魔を見下ろした。


「これで満足だな?」


 それにしても新年早々えらい目にあったものだ。

 幸先不安だぜ。

 などと、近い未来に不安を感じながら、俺は閻魔に背を向けた。


「じゃあ俺は飯作るから。それまでに酒抜いとけよー?」


 無理か。

 流石に三十分やそこらで酒が抜ければ苦労はねえや。

 そう思って俺は台所に向かったのだった。












 ところがどっこい予想外。

 閻魔はまったく酒に耐性が無いが、回復速度だけは早かったらしい。

 流石閻魔と言うべきか、それとも酒に強くないのはなぜだと言うべきか。

 ただ、席に着き、真っ赤になってこちらを見にくそうにしていることからして、思い切り反省まっしぐららしい。


「ほれ飯だ」


 言いながら、炒飯を机に置く。

 閻魔は顔を俯けたまま、上目づかいでちらりと俺を見た。


「そ、その……」

「黙らっしゃい。俺も残念な気分だ」


 俺だって感傷的な気分に浸りたいよ。

 いい年して何やってたんだよ俺……。

 いい年した爺さんが年頃の……、いや、ああ、年頃のうん、ああ、……娘さん? の首筋に吸いついて――。

 考えるのは止そう。


「そんなことより炒飯だ」

「は、はい……、いただきますっ」


 それに応えて、俺も席に着く。

 うん、いい炒飯だ。

 そんなことを考えながら炒飯を口に運ぶ最中、閻魔はおずおずと言った風情で、口に出した。


「その……」

「ん?」


 飛び出したのは意外な様な、予想通りの様な判断に困る言葉。

 恥ずかしげに彼女はこう言った。


「今年も……、迷惑を掛けますっ」


 思わず俺は吹きだす。


「かかっ、承知したっ……!」


 瞬間、閻魔が顔を上げた。


「なんで笑うんですかぁ!?」

「いんや別にー? まあ、あれだ。厄介事は嫌いだが、面倒事は嫌いじゃねーぜ?」

「うう……、酷いです。私はもう貴方なしじゃ生きられないのに……」


 彼女は、涙目になって、上目づかいに俺を見る。


「責任、取ってくださいね……?」


 まるで結婚の約束の様だ。

 どういったものか、と考えた俺は、苦笑いで答えた。


「やぶさかじゃないかもしれなくはない」


 そんな俺に、閻魔は涙目のまま唇を尖らせる。


「今年も迷惑掛け通しますからね!?」


 やっぱり俺は――。

 苦笑い。





「お手柔らかにな」




 いやはや幸先不安だな。









―――
正月編は閻魔一族のターンなのか……。
ってことで正月編もいい加減終わりかと。
それなりに幸先のいいスタートだと思います。
このまま一人二人くらい萌え殺せれば今年はばっちりだと思います。
次回はどなたで行きましょうかね、と。

では返信。




奇々怪々様

街中で知り合いに会うだけでも微妙な気分になることがあるのに、バイトですからね。
店長の方は、現状予定はないです。
ちなみに薬師はコーヒーのおかわりだけで終業時間まで居座りました。
別に客も来なかったので店長ともお話したようです。


f_s様

店長への予想外の食いつきにびっくりしております、兄二です。
そんな薬師をあった女性逢った女性須らく落とすような……、落とすような……。
落としてるような気もするので否定出来ませんが、一応一発モブな方向で行きたいと思っていたんですが。
ただ、ここまで反応されると、ええ、まあ……。出してやらないといけない気もしてきましたよ、ええ。


あも様

美沙希ちゃんも今回びっくりしてましたしね。リアクション対象が狙えると。
ちなみに一応最低限は由比紀がやってるみたいです。
流石に毎日来てないので洗濯とかは薬師がやるのはきついですし、いろんな意味で。
そして暁御は、まあ。あの子の不幸属性が現実まで浸食し出したかと。


蓬莱NEET様

総勢十名……。
中々凄いことになってますね、数えたことはなかったのですが。
流石薬師と言うかなんというか……。でも、良く考えると現世居残り組とか、残してきたフラグとかを考えると……。
そして、これから増える予定がまったくない訳でもない訳で……。


ヤーサー様

前回。流石未亡人と言ったところでしょうか。
寂しい老後の心の隙間に入り込む薬師が末恐ろしいです。
ただ、既に女心をマスターするまでもないというか。
永遠に彼は女心をマスターできない星の元に生まれたんじゃないかと。

今回。意外な人がバイトを。がコンセプトです。
店長については現段階ではただのモブですので。
由比紀は基本、押せ押せなんですけどね。初心いのを隠してると言うかなんというか。
最後に、サイコロ、そりゃ二回出る確率もありますよ……。そりゃぁ……。


通りすがり六世様

脱字指摘感謝です。修正しました。
一応自分の知る範囲ですが、喫茶店は精々注連飾りとか飾る位ですね。
流石に衣装代も馬鹿にならないものと。
で、予想通り閻魔でした。いかがだったでしょうか。


take様

ご指摘感謝です。
き、きっとあれですよ。由比紀さんがテンパってたんですよ、ええ。
いえ、別に僕が間違えた訳じゃ、ええ、ああはい。
……修正しておきました。


春都様

フラグ着工……。
私の知らない所でそんなことが――!?
まあ、薬師なら息をするようにやってくれそうな予感もありますが。
果たしてどうなるでしょう。


光龍様

最近閻魔一族は酒に酔ったような行動が多いです。
今回は本気で酔ってましたが。
薬師は、まあ、朴念仁というか、あれですからね、李知さんにキスされても挨拶で通しましたから。今更頬位じゃ。
最初が五、次が四、しかしそううまくいかないのが暁御クオリティ!


トケー様

閻魔勢の攻めが激しいです。
あんまり動じない薬師の防御力の底知れなさを知るばかりですが。
泣いてる閻魔さまはデフォでした。
店長に関しては今はさっぱり。店長にここまでふれられて一番びっくりしてるのは私ですと胸を張りたい。


ryo様

推測の通り。
バッキバキです。もうめっきめきです。
今回は先に振って写真を撮ったのですが。
期待を裏切らないというかもういっそ哀しいというか、いい加減出してあげたいなと同情してしまいそうです。


Eddie様

覚えにくい名前だと自分でも思います。由比紀。
まず普通じゃないし。閻魔妹だし。
現状店長は一発、もしくは喫茶店イベント時のチョイ役です。
まあ、再登場はするでしょう。フラグが立つかまでは分かりませんが。


SEVEN様

お久しぶりです。
余りの糖分過多でモニタの前で砂糖の塊になってないか不安です。
だが一話から見直した自分の方がもっといろんな意味で痒いっ!!と叫んでおきたいと、え、ああ、どうでもいいですね。
とりあえず、今年も甘い方向で頑張ります。




最後に。

本当に……ッ、本当に期待を裏切らないよっ……!

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暁御……。

ああ、あとどうでもいいかもしれないけれど、セーラー服にスク水と言う選――。
ここから先は血に汚れて読めない。



[7573] 其の八十六 俺と結婚とか云々かんぬん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/14 21:32
俺と鬼と賽の河原と。





 地獄の多くの営業が停止する、正月。

 そして、バイターである俺は本来正月とは無縁な訳だが。

 しかし、河原が公営であるために、正月休みが存在する。

 っていうか、正規社員の鬼の正月休みが要るからバイター仕事にならないよね。

 と、まあ、ここまでやっておいてあれなんだが。

 そんなこんなで正月が終わりました。

 俺は今河原に来ています。





其の八十六 俺と結婚とか云々かんぬん。





「いやはや、季節感なんて知ったこっちゃねぇッ!! って感じだなー、河原は」


 なんてぼんやりと石を積みながら、弟に俺は呟く。

 そんな弟、由壱はと言えば、やはりぼんやりと空を見上げながらまるで片手間に石を積んでいた。


「まあねぇ……。日本、しかも雪の降るとこだったら石なんて積んでる場合じゃないよね」


 そう言う河原は温かい。

 この周辺は雪が降らないようになっている上、特殊な暖房が完備だ。

 レーヴァテインとか。


「なんか、凄い剣が河原に突き刺さってストーブ代わりって言うのは凄い絵面だと思うんだけど」


 そう由壱は呟いた。

 俺はそれには同意せざるを得ない。

 神代に終末をもたらす炎の剣が河原に突き刺さってるのだから。

 本物かどうかとか、レーヴァテインと神々の黄昏云々の炎の剣は別物だって言う話はともかく。

 とりあえずルーンの凄い剣も地獄にかかれば形無しすぎて涙が出てくる。


「いやはや、まったく長閑過ぎるな」

「悪いことじゃないと思うけどね」

「まあ、そこの剣だって、こんなことに使われてる方がマシだろうさ」


 本来の用途に使うなんてこと、二度とない方がいいはずだ。


「しかし、長閑だが良く考えれば出会いの豊富な職場だよなぁ……」


 ふと考えて見れば、その辺にぞろぞろと名も知らぬ人が沢山いる。

 少し勇気を出して一歩踏み出せば友人になれることだって多々あるだろう。

 いや、別に職場の友人少ねえなと虚しい気分になってたりはしないぞ?


「所で時に由壱さんよ。女友達。いわゆるガァァアアルフレンドの一人でもいないのかい?」


 俺の言葉に由壱はこちらを見て苦笑いした。


「いきなり何かな……。ああ、でも言ったよね。俺、まだ色恋沙汰より自分のことって」

「いやいや、それはそうだが、恋まで行かなくても友人位はいねーのかなと」

「男友達なら少しは、ってとこだけどね」

「そうかいそうかい、女っ気ねーな……」

「そういう兄さんはどうなのさ。未だに結婚する気とかないの? やっぱり」


 そう聞いた由壱に、俺は少し考えて、答える。


「結婚か……。そんな予定もねーなぁ……。いやさお前さん達がいるから家にいて家事できる母親が必要かと思った頃もあったんだが」

「藍音さんがいるからね」


 その通りだ。


「そもそも、相手がいねーしな」


 すると、由壱は俺をジト目で見つめた。

 そして、言い聞かせるように、言葉にする。


「それは。兄さんにだけは。誰も。言われたく。ないと思うよ」

「なんでやねん」

「兄さんのそばには魅力的な女性が沢山いると思うけどな」


 そう言って、由壱は一人目を上げた。


「例えば、閻魔様とかどうだろう? ちゃんと立場もある人だし」


 閻魔、閻魔か……。


「いや、俺はあれのオカンにはなれても夫にはなれない気がする……。あと立場が違いすぎる」

「オカン……、いや、そうかもしれないけど」


 そして二人目。


「じゃあ、その妹さんは? まだ閻魔様より立場的ハードルは低いよね?」

「いや、あれは妻って言うより苛めてあそ……、げふんげふん。恋人よりなんつーか悪友っていうかな……」

「……いや、うん。兄さんがぶっ飛んでることは良くわかったよ。じゃあ……」


 そうして三人目。


「玲衣子さんは? いい人だし、大人で結構兄さんと対等にやってると思うけど」


 ううむ、玲衣子か。


「多分無理だろ。始終遊ばれてるっぽいし」

「そうかな。もしかしたら本気になるかもよ?」


 そう言って、四人目が来る。


「じゃあ李知さんは?」

「いや、あれは結婚っていうか飼いた……。うぉっほん。いや、うん。流石に冗談だ」

「……」


 白い目が痛い。


「つかなんで閻魔一族推奨なんだよ」

「いや、なんとなくかな。じゃあ銀子さんは?」


 銀子、銀子か……。


「いや、ないな。結婚しろと良く言われるが結婚してる時の想像がまったく付かない」

「……難しいね。なんとなくカオスな会話繰り広げてるような気もするけど」


 そもそも俺が結婚してる時の想像が全くつかない時点でそれ以前に結婚する気皆無な問題なのだが。


「後は、藍音さんは?」

「あれのことはよくわからん、っつーか……。結婚したら最後永遠に勝てねー気がするんだ」

「確かに」


 そう言って由壱は苦笑い。


「じゃあ前さんは?」

「ううむ、友達だな。いきなり結婚してくれってのはなんか違う気がする……」


 そもそも結婚前提に考えるからいかん気がする。

 恋仲からなら、まだ行ける。

 いける。

 いけるはず。

 いける気がする。

 恋仲、ねえ?

 まあ、そういうのも悪くないかもしれねーが。

 そして。


「じゃあ由美は?」


 最後に由壱はそう聞いた。


「……なあ。俺がここでうん、結婚したいっ! なんて言ったらどうするんだ」

「……いや、応援するよ? ロリコンとは言うけど」

「俺の眼を見て言え」

「おおおおおおおうえんするよ?」

「バグってんぞ」


 俺が言うと、由壱は笑った。

 俺も合わせて笑う。


「まあ、ともかく。俺に結婚できる相手なんていねーって訳だ」


 由壱は即答。


「ぶん殴るよ?」



 なんてオチだ。












 そんなこんな、俺と由壱がぼんやり石を積んでいると、ふとそこに見覚えのある青鬼が。


「あ、よお鬼兵衛……、顔酷っ!」


 その顔はぼっこぼこだった。

 それはもうぼこぼこだった。


「……やぁ」


 声すらか細い。


「ど、どうしたんだ」


 思わず俺が引く程に、鬼兵衛はぼこぼこだった――。


「いや、ね? いつの間にか僕が浮気したことになっててね……?」

「浮気? マジ?」

「いや、そんなことはないはずなんだけどね……? 別に高校生の子と京都観光に行ってきただけだし」

「お前が悪い」

「そうなのかな」

「それで? 奥さんに袋にされたのか?」


 しかし、そうではないらしい。


「違うんだ。一応妻とは一方的に殴られて話が付いたんだけど。それを聞きつけた元相方が……」


 鬼兵衛は首を横に振った。


「殴るんだ。前鬼が。僕をひたすら殴るんだ……」


 そう言って鬼兵衛は俺達の目の前を通りすぎていく。

 俺は思わず呟いた。


「……なんか結婚しない方がいい気がしてきた」

「奇遇だね……、俺もだよ」


 結婚怖い。

 そうして、俺と由壱は二人遠い目をすることとなり。


「二人して、どうしたの?」


 前さんの声によって俺は意識を現実に復帰させた。


「お、おおう?」

「いや、二人してぼんやりしてるからどうしたのかな、と」


 俺の目の前に立つ前さんの疑問に、由壱が答える。


「いや、さっきまで結婚の話をしてて――」


 そして、その由壱の言葉は未だ途中だったのだが、前さんは異常に驚いてその言葉を止めた。


「け、けけ、結婚っ!?」


 どうしたんだ前さんよ、と俺が言う前に、前さんは両手の人差し指をくっ付け合わせ、聞きにくそうにしながらも、聞いてきた。


「す、するの……?」


 ああ、そりゃ確かに驚くわ。

 俺は納得する。

 さすがに俺が結婚なんて天地がひっくりかえってもありえないことだからな。

 ということで、俺は苦笑いしながらそれを否定した。


「いや、しないしない。相手がいねーってことで落ち着いたから」


 前さんはほっと一息、胸をなでおろす。


「そうなんだ……」


 そう言えば前さんも未婚だったか。


「相手がいないんだ……」


 俺は男だからいまいち気にしてないが女性としてはやはり結婚適齢期ってあるもんな。

 うん。


「ねぇ……、それならさ」


 さすがに俺に抜かされるとやばいだろうな、そりゃ。

 ん?

 前さんの声に気付いて顔を上げると、彼女はもじもじと恥ずかしげに、言った。


「あたしと、結婚する……?」


 時が止まった。


「……」


 ……。

 …………。


「いやっ、その、冗談っ! 冗談だからっ」


 そして時が動き出した。


「……ああ、そりゃそうか」


 俺と結婚とは正気の沙汰とは思えない。

 自分で言うのもあれだが、俺は明らかにそういうの向いてない気がするし。


「でも、――仮に本気だったらどうする?」


 俺は一考。

 そして呟いた。






「前さん相手なら、気分次第でうっかり気が付いたら結婚してるかもなー……」





 相変わらず俺は、河原で石を積んでいます。




―――

これで八十六です。
いままで甘すぎたんで今回は控えめで。
というか、薬師の恋愛のスタンスと言うか、現状の皆に対する考えをここらで一度はっきりさせたいと。
はっきりさせるまでもなかった気がしますが。
もう、薬師→皆女友達。で済んだ気が……。
さて、次回どうしたものか。
誰にしようか決めかねてるんでリクエストも受け付けますよ? 多分。いや、期待されると困ってしまうのですが。

あと、薬師は前さんじゃなくても告白されれば気分次第でうっかり結婚すると思う。



では返信。

f_s様

最近自分のテンションもフルバーストです。
いつメルトダウンを起こすかどきどきはらはらですが。
主にメルトダウンをおこすと作中にスライムが登場したりとか……。
というのはともかく。セーラーにブラウス。なんとわかってる奴らなのでしょう、地獄の漢達は。

紅様

すでに正月終わりなのにサンタ服……だと……!?
これはアマゾンの罠ですか? 既にアマゾン様の遠謀深慮にはついていけません。
スライムの正月は……、新年早々心臓に悪すぎかと。
じゃら男はやりたかったのですが、時機を逸しました。


春都様

可愛いは正義。
そう、閻魔一族は正義の上強い、最強の一族だったんだよっ!!
閻魔姉妹なんて大妖怪っていうか……、超妖怪?
そんな閻魔を涙目にさせる地獄の皆が素敵です。


SEVEN様

そう、今年の閻魔はセーラー服で。
きっと私は体操ふ――、げふんげふん。
多分いままで一番薬師にエロい方面でダメージを与えてるのは閻魔だと。
つる☆ぺたなのに中々の好成績ですね。


奇々怪々様

来年はブルマですねわかりま……。何か殺気を感じました。
オタクという生き物は三千世界に分布するゴキブリ以上の生き物ですから。
ええ。地獄にだって沢山いますよ。
しかし、首筋とかやっておきながらそんなことより炒飯と言える薬師は相変わらず恐ろしい。


nayuki様

感想感謝です。
むしろ、薬師が責任とってほしい所なのかもしれませんがそれは置いておいて。
美沙希ちゃんが一番薬師にダメージを与えてるような気もします。
詰めが甘いのが難点ですが。


通りすがり六世様

時間はたっぷりある……! 何度でも萌え殺すさッ!!
常にスク水であることより、通常セーラー、そしてプールでスク水になることこそ(ry
何が言いたいかって、どうせなのでまたスク水出しましょうってことなんですけどね。ええ。
とりあえず次のお人は決めてなかったり。


あも様

まあ李知さんの出番は少ないですが、薬師の唇を奪って行ったのだから大殊勲だと。
流石に未亡人の老獪さには勝てないということですか。
閻魔が制服を決められることに突っ込めないのはきっと周りがノリノリお祭りテンションなせいだと。
薬師はもういい加減誰の責任を取るんだか……。

トケー様

セーラー服でも中々仕事にならないと思います。
そして責任を取らしてもらえる薬師は何とも幸せものだと。
いやはや妬ましい妬ましい。
でも一番妬ましいと思ってるのは暁御だと思います。


ヤーサー様

閻魔さまは攻めの姿勢の様です。相変わらず一点集中がお好きなようで。
地獄の人員はある意味わかってると言うか重鎮ズが閻魔大好き孫みたいで酷いことに。
きっと恋を応援とか言って掻きまわしたりするのでしょう。
まあ、次の日から制服がセーラーと来たら、もう飲むしか……。


Eddie様

もうどうしようもない気がします。
重鎮もOUTですから、大粛清が始まることになりますね。
でも私はあえて彼らを応援したいと思っています……!
来年は過激に……。



ああ、どうでもいいですがホームページの雑多絵に暁御のサイコロページがあったりします。
内容は下にURLで置いてあるのとまったく一緒ですが。



最後に。

暁御……っ!!

http://anihuta.hanamizake.com/4th.html


仕方ない、もう一度チャンスを。



http://anihuta.hanamizake.com/5th.html


……。

ええい、俺も鬼ではないっ! これなら絶対来るだろうッ!?


http://anihuta.hanamizake.com/6th.html



なにか せかいの ほうそくを かんじる






もう一つ最後に。



由壱の

「ぶん殴るよ?」

は多くの読者の気持ちを代弁したかなりの名台詞だと思ふ。



[7573] 其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/17 21:46
俺と鬼と賽の河原と。



「ああもしもし? 珍しいな、そっちから電話なんて」


 俺の大して使われない携帯電話が珍奇な音を鳴らし、電話を取ったそんな朝。

 電話の相手は、玲衣子だった。

 彼女の家の電話は今時使えるのかと不安になるほどの黒電話で、というのはどうでもよくて。

 李知さんがそちらに行ってるので別に俺にお呼びがかかるというのも考えにくかったのだが。

 ともかく、彼女が俺の携帯にかけてきたのは初めてだ。

 果して何の用であろうか。


「ちょっと、来てくださりません?」


 結局何の用かは分からない。

 しかし休日暇だった俺に、断る理由など無く。


「まあ、いいけどな」


 そう言って俺は、未だ寒い外へと向かったのだった。

 電話口の向こうから途切れ途切れに聞こえてきた、


「――薬師お――ゃん――まだーっ!?」


 という聞き覚えのない妙に高い声に不安を覚えながら。




其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。





「よぉ、来たぞー?」


 玄関で靴を脱ぐ俺と、それを出迎える玲衣子。


「で、何があったんだ?」


 聞いた俺に、玲衣子はどうにも歯切れ悪く返した。


「李知のことなのですが……」

「李知さんが?」


 そうして玲衣子は首を横に振る。


「いえ、見てきた方が早いかと。部屋にいますから」


 思わず俺は仰け反った。

 この展開には、覚えがある。

 わざわざ既視感などと言うまでもない、実際にあったことだ。

 思い出されるのは去年のあの日。

 彼女の頭にネコミミが生えていた日だ。

 こいつは……、間違いない。


「……行くか」


 そう呟くと俺は玲衣子を連れ立って、歩き出した。

 道中、呆れ混じりに呟く。


「いやしかし、李知さんはこっち来るたびに変なことになってんのか」

「ええ、まあ」

「ええ、ってことはやっぱりまた変なことになってんのかよ。呪われてんじゃねーの?」

「いえ、犯人はわかってるんですけど。でも、精々悪戯程度ですし。節度もわきまえてるようなので」

「こまんのは李知さんだろうがよ」


 呟いた時には、李知さんの部屋の前。

 俺は迷いなくその扉を開ける――。



 ――世界が停止した。



「あっ、薬師お兄ちゃんっ!」

「ごふうっ!!」


 腹に衝撃。

 何者かの頭部が俺の鳩尾に直撃している――!?

 否、飛びかかるように謎の少女……、いや、幼女かもしれないが、ともかく子供が抱きついてきたのか。

 いや、待て待て待て待て。

 俺は飛びついて来た少女の方を掴み、引きはがす。

 誰だ、この黒髪長髪のだぼだぼなスーツを着たネコミミ尻尾な美少女は。


「で、誰だ?」


 俺は隣の玲衣子に聞く。

 答えは意外なものだった。


「おや、ご存じないのですか? 貴方と李知の隠し子でしょう?」

「ねーから」


 俺は一瞬にして否定。


「そんな、もしかしたら、位は……」

「あると思うか? 俺に」

「それでですね。そこの子は」


 コイツ目ぇ逸らしやがった。

 まあ、それは置いておいて。


「そこの子は?」


 玲衣子は俺へと、満面の笑みを向ける。


「李知ちゃんです」


 ……。


「まあ、うすうす気づいてはいたんだが」


 気づいてはいたが、気付きたくなかった。


「……今度はネコミミの上縮んだのか……」


 しかも精神年齢まで幼児に退行して。


「薬師お兄ちゃんっ、遊ぼうっ?」


 そんな少女の舌ったらずな声に、俺は深々と溜息を吐いたのだった。













「で、俺にどうしろと?」

「子守りをお願いしますわ」

「お前さんがすれば万事解決だろうに、暇だろ?」

「貴方がした方が面白いと思いません? 後懐いてますし」

「……」


 面白くないです。

 と思いながらも結局世話を焼くのは、性分だろうか。

 結局、なんぞ知らんが控えめに見ても少女、思うままに呟くと幼女と俺は、ままごとに興じている。


「ただいま」


 いつも思うのだが、何故ままごとというものは仕事から家に帰る所より始まるのだろうか。

 一日の始まりを朝ではなく夜に設定することでそこで人の営みを感じることで情操教育に、なるわけねーか。


「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?」


 まあ、朝やることねーもんな……。


「それとも、わたし……?」

「飯一択だな」

「むぅ……、お兄ちゃんの意地悪っ」

「何が意地悪なんだ。どう考えても妥当」

「じゃあ、今日の夕飯のめにゅーは私ですっ!」


 どこでんなこと覚えたんだかって(大)の時か。

 そう言って抱きついてくる李知さん(小)を眺めながら、俺はぼんやりと考えた。

 これ、もうままごとじゃねえな。


「じゃあ、風呂だな、確実に風呂だ。俺に選択肢なんかない。一択すぎてそろそろ涙がでる」


 そんな俺に、さらなる追い打ちがかかる。


「ああ、薬師さん。李知ちゃんをお風呂に入れてくれませんこと?」


 楽しんでやがるな玲衣子めが。

 心中で毒づいて俺は即答した。


「断る」

「あらあら。どうして?」

「風呂に入るほどの理由がない」

「あ、手が滑っちゃいました」


 そう言って、玲衣子は俺と李知さん(小)一緒くたに、程良く温くなったコーヒーをぶっかけた。


「あらあら、これはすぐにお風呂に入らないと。沸いてますからすぐにどうぞ?」


 ああ、確実に確信犯だな。この人。


「いや、まずいだろ色々と。俺はいいから李知さんを入れてやれよ、お前さんが」

「いえいえ、お客様を濡れたままにしておくのはいきませんわ」

「いや、まずいから。色々と」

「まずいことなんてありませんよね、李知ちゃん?」


 いやいやいやいや、いまの李知さん(小)の方に問題なくても後の李知さん(大)に問題がね?

 しかし俺の祈りは届かない。この地獄に救ってくれる様な神様はいないのだ。

 笑顔で首をかしげる玲衣子に、李知さん(小)は元気よく頷いた。


「うんっ! おかーさんっ」


 結果?

 聞くまでもないだろうに。













 心身ともに疲弊した俺は、居間にて、李知さん(小)を膝の上に乗っけている。


「なあ、お前さん、俺のこと好きなん?」


 なんとなく俺は聞いてみた。

 懐いてる、というのもなんだかあれなんで、好きという表現を使ってみたが。

 李知さん(小)はその斜め上を行くっ!


「うんっ! だいすき!!」

「そうかぁ……、なんでだろうな」


 最後の言葉は口の中でだけ呟いた。

 そんな俺に対して、李知さん(小)は何処までも無邪気。


「大きくなったら薬師お兄ちゃんと結婚するね?」


 彼女はこちらを見上げるようにして言った。


「おうおう、大きくなったらなー」


 ピンと立った尻尾が、楽しげに揺れている。

 穏やかだな……。

 もうどうでもいいやー。








 そんなこんな。

 もろに老人の様な気分で俺はぼんやり。

 李知さん(小)は尻尾をぱたぱた足をぱたぱたと、何か楽しげに。

 そして、そんな折。

 李知さん(小)の動きが止まる。

 不審に思って俺は声を掛けた。


「李知さん?」


 彼女は俯いたまま動かない。

 帰って来たのは少しだけ低い声。


「薬師……」


 もしや。

 俺を薬師と呼び捨てで呼ぶということは――。

 李知さんがこちらを振り向いた。


「もしかして、精神年齢、戻ったのか?」


 彼女は、頷く。

 妙な沈黙が降り立った。

 李知さんは何も言わないまま俯いてるし。

 俺はどうしたものかと混乱状態。

 しかし俺は、そんな状況に耐えきれず吐き出すように冗談めかして彼女に聞いた。


「大きく、なったら、結婚する?」

「っ!!」


 まるで一瞬にして沸騰したかのように李知さんの顔が赤く染まった。

 まずい。

 ある種確認としての言葉だったがはっきりした。

 李知さんには{小(無邪気)}の時の記憶が存在しているっ!

 と、言うことはだ。

 おままごとに興じた記憶とか。

 ぶっちゃけると、流石に手拭は死守したが、風呂とか。

 その他諸々の記憶が残っているということである。

 その結果。

 俺はいわゆるヘッドバッドという奴を食らって、李知さんに一目散に逃げられたのだった。



 ああ、気分はお通夜。

 一人にしとく訳にもいかないので外に飛び出した李知さんを追って捕獲。

 その際の俺はとても危ないおじさんに見えただろうがそれはいい。

 問題は家に戻ってからだ。

 未だに体は子供の李知さんと二人きり。玲衣子は何処に消えたか知らないが。

 ともあれ、まあわかりやすく言うとあれだ。二人して――。

 ――いい歳こいてままごととか……、何やってんだろ……。――

 という奴だ。

 そんな気分で床にも座ることすらできず、俺達はどんよりと立ち尽くしている。


「なあ」


 気まずくて俺は思わず声を掛けた。


「……なんだ……」


 李知さんは今にも消え入りそうに。


「いや、ほらさ。子供だったんだし仕方がないってことで片を付けてくれ」


 じゃないと俺の精神衛生上良くないんだ。

 そんな俺の言葉に、李知さんはしばし悩んでいた。

 別にそんな所で変な責任感ださんでもいいと思う。

 が、しかしまあ。自分と折り合いを付ける方が大事だったらしく、李知さんは納得してくれた。


「まあ、そうだな……。子供だし、甘えてしまうのも仕方がない、か」


 そう言ってふぅ、と彼女は息を吐いた。

 そうして安心した俺に不意打ち。

「うお?」


 腹の少し上くらいに感触。

 李知さんが俺に背を預けていた。ちなみに、少しずつ戻ってきているらしく、李知さんは幼女から少女に成長を遂げている。

 慌てて俺は李知さんが体勢を崩さないよう抱きとめた。


「おおい?」


 李知さんの顔は見えないので、俺はその黒い頭に言葉を投げかける。


「別に……、いいじゃないか。子供なんだから……、甘えたって」



「ん、ああ」



 そうだな、いや、いいのか? あれ? いいのか?

 まあ、どうでもいいかー。










 この状況は、玲衣子が帰ってくるまで続いた。

 その間、黒い猫の鳴き声だけが響き渡っていたという。







―――
其の八十七です。
遂にロリ化までしました。
ええ、ネコミミが生えた次はロリ化ですねわかります。

後、なんだかこんなメールが舞い込んできました。
メールはたまにしか確認してないんでちょっと遅れますが申し訳ない。
以下文面コピー。

どんなソフトで小説を書いてますか?
やっぱりワードなんでしょうか。
自分も小説を書きたいと思ってるんですが何がいいか参考に教えてください!!


A.私に聞かれても……。っていうかそんなこと聞かれる様な人間でしたっけ、私。人の参考になる様な物書きじゃないんですが。
とりあえず突っ込みは置いておいて、自分はCrescent Eveなるものを使ってます。
HPの方はNetScapeのComposerで。
でも、ぶっちゃけるとメモ帳でいいとおもいます。


では返信。


zako-human様

読んでいただき光栄です。
とりあえず……、糖尿病にお気を付けを。
割と分かりにくいネタも多かったりするのですが、気付いていただけるなら安心です。
これからも砂糖を生産し続けます。


奇々怪々様

ほんと寒いです。こっちの地方も寒くて寒くて外から帰る度に耳やら顔やら真っ赤になります。
果たして薬師を殴りたい人間は何人いるやら。私もその一人です。
鬼兵衛は若いころは薬師と同類どころか、今現在もその片鱗を……。
今回の李知さんはある意味イドの怪物と取れなくもない気が――。


春都様

流石にメインヒロインですからね。前さんは。
完全に本音を隠し切れていませんね、ええ。
とりあえずこれで薬師を殴りたい人口が三人目確認されました。
ちなみに暁御は今回、これから振る予定でありませう。どうなることか……。


マリンド・アニム様

僕らの由壱が頑張ってくれることを自分は祈ります。
だが鬼兵衛、貴様は許せんっ!
結婚してるくせにフラグを立てるとか不実もいい所だと思います。
ええ、あんな鬼面してるのにモテるとかあんまりだと。


蓬莱NEET様

ある意味ぶん殴って崖から突き落とすというか。
背中を押したいというかいっそ結婚しろというか。
でも天狗様はきっと崖から突き落としても彼に飛びあがって予想の斜め上を行くのでしょう。
何が言いたいって、金輪際薬師が自重することはないのだと思います。


キヨイ様

まだ……、まだ暁御はっ……!
というか現世に行ったらもう今度こそ出てこないですよ暁御さん。
キャラが薄いことでキャラ立ちしてる彼女が普通に出てこなくていい立場に入ったらもう……。
涙が溢れ出てしまうと。


ガトー様

暁御が選択肢にいないのはデフォです。隠しなんです。きっと隠しキャラでレアなんです。
鬼兵衛に関しては奥さん放って仕事中に女子高生といちゃこらしてればもうどうしようもないと。
むしろよく離婚問題に発展しなかったと思います。
しかし……、ハーレムエンドですか。いやここはあえて酒池肉林完と書かせていただきましょう。いいものですよね。


ヤーサー様

甘さ控えめ=ケーキ-上に乗っかってるチョコ。
ええ、あんまり変わりません。
先生がまともだったら今頃二人でラブラブで甘甘なにかが、と想像するだけで砂糖が止まりません。むしろ既に結婚してただろうというレベル。
ちなみに鬼兵衛の元相方は女性です。主と鬼兵衛が結婚したので肩身が狭くなってふらふらしてます。彼氏募集中。


SEVEN様

代弁者 由壱 って書くとなんか大層な肩書に見えますね。
由壱はきっといいロリを見つけてくることでしょう。
うっかりするとお姉さんかもしれませんが。
結婚してるかはともかく、酒呑は恐妻家みたいなもんですし。翁はもうなんてコメントしたものか。


HOAHO様

どうせあのアホはその内出会いが欲しいとか抜かすでしょう。
あと婚活とか言ったら相手探さないととか言い出すでしょう。
そうなったときは異次元でもどっからでもとりあえず沢山呼び出して袋にするしか。
しなくても女性方がやってくれそうですが。


ごろー様

コメント感謝です。
あの後はどうなったのでしょうね。
あのまま、本当にする? と聞けば結婚したのでしょうか。
薬師ならしそうだというのがなんとも言えない事実。


光龍様

一回刺されても薬師は反省しなさそうだから困る。
むしろ何故刺されたのかも理解できないままルート舗装に出かけそうで。
前さんもこのまま畳みかければ結婚にまでこぎつけたかもしれないのに……。
惜しいことをしたものです。


カニ用トング様

コメントどうもです。
誰が上手いことを言えと……。
年貢の納め時が結婚する時っていうのもぶっ飛んでますが。
いい加減狼藉の責任を取るべき。


やっさん様

一番間近で冷静に見てる由壱だから言える言葉ですね。
鬼兵衛はもう、言える立場じゃないですから。ええ。
浮気者はフルボッコにされろと。
ええ、当然ですよ、鬼っ娘は人類が生み出した英知の結☆晶ッ!!ですよ。はい。


あも様

由壱はむしろ殴ってから言うべきだと。
候補が足りない? 馬鹿を言っちゃいけない。見事なリストアップだと感心するがおかしい所は何もないな。
藍音さんと玲衣子さんと結婚したら最後、監禁されてもおかしくないと思います。
でも薬師もそれはそれでいっかとか言い出すかも知れません。


トケー様

由壱が誰か忘れてる?
ああ、憐子さんのことですか。
……ちがう? まあ、それはともかく、ええ。そんな話より前さんですよ。メインヒロインがバースト状態でした。
さて運命のサイコロ。今日こそ二が出ればいいと思います。


通りすがり六世様

ああ、結婚してるよ。と言われてもへえやっぱり終わると思います。
薬師なら。相手が閻魔妹なら結婚だったら驚くけど付き合ってるだったらやっぱり驚かないと思います。閻魔に告白されたら世話焼き的に考えて断るはずがないと。「しかたねえな。お前さんには俺がいてやらねえと」とヒロイン的な台詞を吐く薬師が現れるでしょう。
ただ、まだスク水を着るには寒すぎる季節です。いや、寒中水泳も地獄ならあるいは……。


f_s様

エラー 人物名称 暁御が見つかりません
その名前が正しいか確認してください。
それが実在する人物か確認してください。
――それが幻ではないか確認してください。


Eddie様

薬師的には結婚する理由もしない理由もないってことなんですね、ええ。
別にこっちから行くことはないけども、来たら断ることもない。
なんて贅沢なんでしょう。
暁御のサイコロが誰かの作為ならまだ、よかった……。


MOMOMO様

楽しく読んでいただけてるなら幸いです。
そりゃもう頑張りますよ。
ええ、今年はどうせなので次元を超えるまで頑張りたいと思います。
星辰の彼方まで。



ドキドキ暁御タイム。

……ちょっとこのサイコロ作った奴でてこい。

http://anihuta.hanamizake.com/7th.html
(上)


仕方がないので出た目の1であみだくじしてみる。

http://anihuta.hanamizake.com/7th.html
(下)


途中まで期待させておいて……。





最後に。

きっと途中で風呂に玲衣子さんが乱入してきたと俺は信じてます。



[7573] 其の八十八 俺と家と留守番と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/21 12:18
俺と鬼と賽の河原と。



「それでは、行ってきますので留守番をお願いします」


 藍音は銃の整備に下詰神聖店に行くと言い、結果残るのは休みだった俺と由美、そして無職、いわゆる居間をときめくニートな銀子だけ。


「くれぐれも、お願いします」

「おいおい、流石に留守番くらいできるっつの。何歳だと思ってんだ」


 俺は苦笑いして言ったのだが、しかし藍音は念を押す。


「くれぐれもよろしくお願いします、由美、銀子」

「いや、何故」

「薬師様がどこかで女性を引っ掛けてこないようよろしくお願いします」


 ちょいと待て。

 と俺が言おうとする前に。


「はいっ」


 由美は意を決したように肯いて、銀子は自然体で肯定。


「了解」


 俺にはもう、


「おい……」


 肩を落とす他の術がなかった。








其の八十八 俺と家と留守番と。






 居間にて三人。


「で、まあ。留守番な訳だが」

「はい」

「俺は外に出ない状況でどうやって女を引っ掛ければいいんだ?」


 その問いに、今度は由美ではなく、銀子が答えた。


「そこの窓を突き破って女の子がばーんっ、と。来る」

「こねーよ」

「来ないはずがない」

「俺はいったい何なんだ……」


 果たして俺はなんだと思われてるのだろうか。

 変わった引力でも出してるのかこの野郎。

 とはいってもまあ、多分そんなことにはならないはずだ。

 そう思って俺は嘆息した、その瞬間。


「まあ、流石にんなことはねーだ――」


 ――ばりーんっ。

 いい加減にしろよこの野郎。

 俺はぎちぎちと油の切れたブリキが如く振り返る。

 そこには、


「ごきげんよう。今回は気分を変えて窓から来て見たのだけど」


 窓から侵入してくる由比紀の姿が――!!


「お前は窓の修理な」








「さて、気を取り直していくぞ。別にいくこともない訳だが」


 窓の傍でちまちまと修理をする由比紀をよそに、俺と二人はコタツに入っていた。

 もちろん、寒いからに決まっている。

 冬場に窓を開けるなんて真似誰がしようか。


「とりあえず、この暇な状況をどうにかしたらいいと思いますっ!」


 銀子が元気よく手を上げた。


「はい銀子さん。案をどうぞ」


 俺の言葉に、銀子は言う。


「人生ゲームを――」

「ねーから」


 家にそのような机上系の遊具は存在しない。


「ああ、麻雀ならある――」

「脱衣麻雀っ」

「却下だ」


 甦る精神的外傷。

 筋肉質な鬼の裸身。


「うぇっ……」


 思わず吐き出しそうになった俺を由美が心配げに気遣った。


「大丈夫ですか……? お父様」

「いや、うん。嫌なことを思い出しただけなんだ。大したことじゃない」


 いっそ嫌な記憶を塗り替えようかと考えかけたが、落ち着け。

 女性と脱衣麻雀もそれはそれで嫌な記憶になる。

 相手が娘なら尚更だ。

 後から思い出して鬱になる。

 これは確実だ。


「もっと平和なことを要求する」

「脱衣麻雀だって平和な証拠」

「意味わかんねーから」


 何でこいつはこんなに脱衣麻雀したいんだ。


「勝ったら脱ぐ麻雀」

「却下」

「勝った人が指定して誰かを脱がす麻雀」

「却下」

「あがった人以外が野球拳をする麻雀」

「却下」

「零点以下で全裸」

「却下」

「リーチで脱ぐ」

「却下」

「服を賭ける」

「却下」

「役満」

「却下」


 容赦のない却下の嵐に、銀子は不満をぼやいた。


「まだ何も言ってない」

「どうせ脱ぐんだろうが」

「脱がない。全裸になるだけ」

「同義ってしってるか」

「なにそれおいしいの?」


 そんな漫才を繰り広げる俺たちに、言いにくそうにしながら、しかし由美は言った。


「その……、普通に麻雀すればいいんじゃ……」





「その手があったか」













「ロン、三暗刻、ドラ一」


 牌を打つ音が響き、俺の手牌が倒れ、銀子から点を奪い取る。

 銀子は悔しげに痙攣した。

 いや、痙攣て。


「悔しいっ……、でも感じちゃうっ」

「そのネタはもういいから」


 多分二度目だ。

 まあ、ともあれ。

 銀子が麻雀できなかったり、銀子が途中で脱ぎかけたりするのを無理矢理止めたりしながらも、麻雀は由比紀も入れて何とか進行した。

 ちなみに順位はやたらに勝負強い由比紀が一、俺が二、初心者の由美が三、ズブの素人の銀子が四。


「っと、そろそろいい時間だな。飯でも作るぜ」


 言いながら立ち上がる。

 時刻は既に夕方を回っていた。

 同時に、由比紀も席を立つ。


「私もお暇するわ。美沙希ちゃんにご飯を作ってあげないといけないから」

「頑張ってくれお母さん」


 そのまま掃除もきっちりしてくれると助かるんだが。

 と言っても聞かないだろうので言うのはやめた。

 どうせ次の休みに見に行ったら俺の仕事が残っていることだろう。


「ねえ、ちょっといいかしら?」


 ふと、真面目な表情で由比紀は言った。

 手招きする由比紀に、俺は大人しく従って、見送りということにして玄関に立つ。


「どーした?」

「数珠の家のことだけど」


 数珠の家。

 その言葉に俺は思わず剣呑に目を細めた。


「何か動きがあったんか?」


 由比紀は複雑そうに頷く。


「戦闘の準備中、みたいね。聞いた感じでは」

「クーデターでも起こす気か?」


 思わず呆れが出た。

 一体に何を考えてやがるのだろうか。


「どうもこうもないわ。当主を動かすみたいなの」

「当主?」


 俺の声に、由比紀は肯いて説明した。


「現当主はただの偶。でも、スペックだけはかなり高いわ。それでも私達には敵わないはずなんだけど」

「なるほど、何かありそうだってか?」


 圧倒的な閻魔を互角以上の状態に引きずりだす策か何かが。


「そう。最悪戦闘用の人形が出るわ。人形と言っても魂を半端に入れた彊屍と変わらないわ」


 未だに必要のなくなった夢を追い求める者達。

 哀れだとは思わないがこれ以上やられると、正直困る。


「それでなんだけどね? こっちも近いうちにアクションを起こすわ。特に人間の戦闘用の複製は重罪だわ」

「なるほど? で?」


 俺はどうするべきか。

 ある種数珠家と閻魔の問題だ。

 果たして――、首を突っ込んでいいのか悪いのか。

 ここに迷いがある。


「貴方には、李知と玲衣子について、気を付けてほしいの。もしかしたら何かあるかもしれないから」


 なるほどな、と俺は頷く。


「断るべくもないな」

「ありがと」


 李知さんと玲衣子の警護か。

 また半端な役目が回って来たものだ。

 手伝えというなら、千軍とて吹き飛ばすのに。

 もしくは、迷いが消えたなら――。

 と、そこで由比紀と目があった。


「ふふ、それじゃ、次の休みにね? お父さん?」


 そう怪しげに言い残して由比紀は去っていく。

 それを目で見送って、俺は台所に立った。

 さて、何の料理を作ったものか。

 炒飯か、炒飯か炒飯だな。

 まず材料がそれしかねえ。

 藍音ならそれでも何か作れるかもしれないが俺にそんな料理の腕はない。

 さて、炒飯だ。

 そう思ってまな板を出して、そこでやっと隣に由美が立っていることに気付く。


「どーした?」


 俺の問いに、由美は俺の方を見上げた。


「その、お手伝いを」


 中々にできた娘だ。

 俺はしきりに感心して、玉ねぎを手渡した。


「皮むき頼む。泣くなよ?」


 由美は渡された玉ねぎを小さな手に握って苦笑い。


「……がんばります」


 俺はと言えば、卵を溶いて肉を切っている。

 はてさて、塩胡椒は大丈夫か?

 肉を切るのに時間はさほど掛からず、俺は塩胡椒が入っているだろう調味料の棚へ。


「あったあった。ってやっぱりか」


 呟きながら、それを引っ張り出して振り向き、俺は由美が涙を流しているのに気付く。

 玉ねぎは剥いてるだけでも子供にはキツイか。

 つか、手元と顔近いもんな。


「まったく、無理すんなよ?」


 そう言って俺は由美の手から玉ねぎを取り上げようとした。

 だが。


「ダメっ――!」


 由美は後ろに逃げて、玉ねぎを抱えるようにしながら、俺の手を拒否した。

 そして、はっとしたように表情を変える。


「あっ……、ごめんなさ……」


 咄嗟に謝ろうとする由美を、俺は頭を撫でて、止めた。


「いいっての。由美が頑固なことは知ってるからな」

「え……? 私……、頑固です?」


 自覚なしか、と俺は苦笑し、頭の上の手を退ける。


「頑固だよ。筋金入りのな」


 未だに敬語が取れないし、働くって決めたのも由美本人だし。

 別にいいと言ったのに、頑なに働くと言って実行したのは彼女本人だ。


「後で涙は拭いてやるから、頼んだぜ?」


 由美は、俺を見て涙を流しながら、笑った。


「――はい」









 とんとんと、包丁がまな板を叩く音が。

 ぺりぺりと、玉ねぎの皮を剥く音が。

 暖房のついた眠気を誘う温かさが。

 二人何かに没頭する落ち着いた空気が。

 それらすべてが時間を緩やかにしていた。

 そんな緩やかな時間の中で、由美はぽつりと、まるで空気に溶かすように呟いた。


「お父様。私は今、幸せです」

「そいつは――、重畳だな」


 俺は手元だけを見て声にする。

 ただ、手は止まった。

 由美がどんな表情をしているのか、気になったからだ。


「お兄ちゃんがいて、藍音さんがいて、銀子さんも李知さんもいて。それで、お父様がいる」


 でも、由美を見つめるようなことはしない。

 そうしたら、彼女はきっと俺を安心させるために笑うだろう。


「……どこにも、行きませんよね?」


 いつの間に俺は由美を不安にさせていたのだろうか。


「玲衣子さんの実家が危ないって言ってて。お父様は何かあったら行くん、……ですよね?」


 俺は呟いた。


「何処にも行かねえよ」


 否。


「そりゃ行くさ。何かできるのに何もやらない道理はねえからな」


 しかしここは俺の家なのだ。


「だから、速攻行って帰ってきてやるよ」


 俺はもう一度包丁を動かしながら声にした。

 今度は、由美の声が帰ってくる。


「じゃあ、迷わないでください、お父様……。迷わず進んで帰ってきてください」


 一度切って、息を吸い込んでから、由美は続けた。


「それが私の精いっぱいの我侭です――」


 なんて我侭だ。

 いやはや参ったね。


「ここを何処だと思ってるんだ?」


 可愛い娘のたまの我侭だ。

 覚悟しとけよ? 数珠家の人々よ。


「ここは俺ん家だぜ? 俺達の家だ」


 俺は不敵に笑みを作った。


「一家団欒の邪魔は、誰にもさせねえよ――」


 そう言って俺は由美の方を向く。

 由美は、玉葱のせいか、本当に泣いているのか。

 泣きながら笑っていた。


「――私は今、幸せです」












「ほら、もう少し奥に行くぞ?」

「あっ、駄目……、お父様っ。痛っ」

「おっと悪い。強かったか? もう少し優しくするからな。ほら、出たぞ?」

「あぁ……、こんなに……」



 その日の由美は、いつもより甘えてきたのだった。



「……何をやっているのですか」



「おお、お帰り藍音。何って、耳かきだが?」

「……羨ましいです」








―――
其の八十八でした。
そろそろ次のシリアスへのフラグ立ても入って来ます。
シリアス突入はたぶん九十以降になるでしょうけど。
その前に暁御が来ればいいと思います。


では返信。


蓬莱NEET様

玲衣子→腹黒い未亡人。由比紀→月一で幼女。
李知→ネコミミが生えたりロリ化したりする。
閻魔→腐敗聖域を創る。
……すごい一族ですね。すごすぎて涙が出そうです。あと、それらに関わって解決に行かざるを得ない薬師に同情します。


奇々怪々様

ずっと前から、というかネコミミ化した時から考えていた話ですからね。
遂にやって来ましたよネコミミロリが。
きっと風呂で精神年齢が戻ると、慌てる、逃げようとする、転ぶ、薬師がフォローに入って接近、慌てる、逃げようとする。
の無限ループが始まるでしょう。


あも様

いやはや、完全に別人ですね。ええ。
きっと閻魔妹の血筋ですから、ロリ化しやすい体質なんだと思います。
ロリ化しやすい体質って素敵ですね。
それは置いといて。果たして薬師の行動が恥じらいからなのか、子供にトラウマを残さないための気遣いなのか。それが問題だ。


春都様

ネコミミロリは正義だと思います。
果たして玲衣子さんは李知さんと薬師をくっつけたいんだか邪魔したいんだか分りませんね。
多分楽しんでるだけなんだと思いますが。
サイコロについては――、絶賛うちゅうのほうそくがみだれ中です。


SEVEN様

精神年齢もロリ化して、後で精神年齢だけ戻れば二度おいしいっ!
戻り方も少しずつ戻ればあらゆるニーズに対応できるっ。
あと服はだぼだぼだよね。
と、夢にてそんな天啓が下りてきました。


ヤーサー様

見事シリアスじゃありませんでした。シリアスが入るときは予告が入る気がします。
李知さんは呪われてるというか憑かれてる感じです。
玲衣子さんは楽しいから放置なんだと。
ちなみに、玲衣子さんがかけたのは温くなった程良い温度の奴をばしゃっと。


光龍様

超高位存在ネコミミ幼女が地獄に爆誕したようです。
惜しむらくは期間限定なことですが。
また、出るかも?
閻魔妹が伏線だったというより、閻魔妹がロリ化するのを見て、そこにネコミミを付ければ最強だなと思った結果がこれです。


通りすがり六世様

多分小説書くだけならメモ帳で十分だと思います。自分のCrescentEveなんて、ゲームのスクリプト打ちに便利だったついでに使ってるだけというか、ぶっちゃけメモ帳+αですし。
精々行数が簡単にわかるとか、単語検索しやすい位ですかね。ただ、ホームページ作って公開する時はコンポーザーがあるととても便利です。
それはさておき、やっぱり猫耳と言えば幼児ですよねっ!?と、気持ち悪いテンションになりました。
ともあれ、後フラグが必要なのは玲衣子が後々多きい奴がばばんとくる位ですかね。


migva様

感想版デビューおめでとうございます。
やっぱりその内由壱編も書きたいですね。まずは次の実家編からなのですが。
それと、薬師がロリコンなのは今に始まったことじゃないと思います。おもに前さんとか。
もう真性ですね。ああでも年上でも年下でも行けるのか。彼の守備範囲は。


トケー様

そりゃあもう、いろんな意味で恥ずかしいでしょうね。
多分李知さんは隠そうともしなかったでしょうし。
思いだしたらやばいけど思い出してしまう。
そんな乙女心が……(以下略)。


Eddie様

まあ、ええ。黒幕って言うかね、黒猫って言いますか。
ええ、実は掛けて見たとかね、そんなことはありませんよ、ええ。
偶然の一致です。
サイコロは呪われているっ。別に暁御以外でなら二でるのに。


f_s様

信じれば救われるんです。
きっと玲衣子さんは風呂場に乱入したし、
きっと李知さんはまたネコミミロリ化するし、
きっと薬師はハーレムエンドだと私は信じています。






スーパーギャンブラー暁御タイム。

三でした。

とりあえず……。

普通にやって二が出るはずがないことはよくわかった。



今回は普通なので、URLは乗っけない方向で。

ちなみに、ホームページの方には載ってますので確認したい方は雑多絵の方から。




最後に。

鍵持ってるのになぜ窓を破って入ってくるんだ……。



[7573] 其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/23 22:01
俺と鬼と賽の河原と。



 日が暮れて、赤かった街が鉄紺色に染まり出した頃。

 俺は閻魔の家に向かう途中に、とある自動販売機を見つけた。

 丁度その時喉が渇いていた俺は、思わず立ち止まる。

 目に入ってくるのは色とりどりの缶と、あったか~い、つめた~いの文字。


「ああ、温かいのでもありだな、うん」


 呟いて、片っぱしから俺は全ての商品を見ていった。

 そして、右上に行くにつれ、お約束のしるこやコーンスープの類が目に入ってくる。

 ――その先に、俺は見た。

 おいしいしるこ。

 それのすぐ下。

 冷たい温かいを示すそれが……!


「『わからな~い』……、だとっ……!?」


 気が付けば俺は、手を伸ばしていた。







其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。








 不思議な不思議なしるこ片手に俺は閻魔の家の玄関を跨ぐ。

 広い高級な閻魔のお宅だが、まあ、そこはマンションという奴で、広いと言っても居間まですぐ。

 という訳で、俺は意気揚々、あっさりと居間への扉を開き――。


「あ、ちょっと待って下さいっ……。あ……」


 今まさにセーラー服を脱いで去年のブラウスの格好に着替えようとする閻魔と目が合った。


「え、あ、あ……」

「ああ、悪い」


 俺は即座に回れ右。

 しようとしたのだが。


「ぶ、ぶぶぶ、分解しますよっ!?」


 飛び交う霊力弾が俺の頬を掠める。

 荒れ狂う力の奔流に俺は心中で呟いた。

 やれやれ、いきなり事故で命の危機だぜ。




 そうして俺はこの世からもあの世からも姿を消したのだった。




 完。

 と、言うのはともかく。

 落ち着かせるのに五分かかりましたぜおやっさん。

 と、いう訳で。

 閻魔は今消沈し、肩を落としている。


「あの、なんというか……、すいません」

「いや、まあ。図らずも覗きとなってしまった俺も悪いけどな? まあでも、一応部屋で着替えてくれるとそんなことはなくなると思うんだ」


 どうにも閻魔はやたらきっちりしたがる癖に私生活では、居間に服を脱ぎ散らかしたりだのが目立つ。

 まあ、これで家事までできたら完璧人間すぎて手に負えないな。

 胸が無い以外は。


「今なにか失礼なことを考えてませんか?」


 閻魔がジト目で俺を見た。

 まるで汚物を見る様な冷たい視線だ。

 しかし、それで喜ぶ趣味は生憎と俺にはない。


「いや全然。特になにも? 全然幼児体型とか思ってない」


 でも口に出しちゃうのが俺だった。


「ば、ばばば、爆砕しますよっ!?」


 宣言通り、俺のすぐ横においてあったソファが爆砕した。

 勿体ない。

 そんなことを心のどこかで考えながら、俺は呟く。


「やれやれ、いきなりうっかりで命の危機とは。よっぽど平和に嫌われてるらしいや」


 それが俺の最後の言葉となった。

 完。

 いや、いい加減にしよう。

 繰り返しは笑いの基本だというが、誰に笑いを取れというか。

 目の前に立つ閻魔は明らかに肩を怒らせ、ぷるぷると震わせている。

 その様が余りに恐怖とは無縁で、なんとなく小動物を見るときの庇護欲を誘う何かが発生されていた。

 さて、どうするか、そう思った時、俺は手に握られていたものを思い出す。


「まあ落ち着け。まあまあ落ち着け。そうだ、しるこでも飲むか?」


 俺は閻魔に向かって、手の中にあった怪しいしるこを差し出した。

 そう、おいしいしるこ、水銀0使用。しるこに水銀が関係あったかどうか俺の記憶では定かではないが自称体にいいらしい。

 ちなみに、触ってみた温度は、温かいようでそうでもない様な、まるで薄気味悪い温度を醸し出している。

 そして、何故か歩いたりして振動が伝わるたびに、このしるこ、ぬちゃっ……、ずちゅ……っ、ぐちゅ……、と音が鳴るのだ。

 もう俺には、これの中身がしるこなのかすら『わからな~い』。

 ぶっちゃけ開けるのもなんか怖いし、あげてしまおう。


「いきなりなんですか……。それは?」


 ともあれ、いきなりしるこを差し出す俺に、閻魔も毒気を抜かれたらしい。

 俺の差し出した缶にその瞳を向け、興味を示した。


「しるこだ。しるこだよ。しるこじゃないと困るんだ」

「なんなんですか……」

「しるこです」

「なんで丁寧語!?」

「ほら書いてあるおいしいしるこ。ああ、おいしい。おおおおおおおいしおおおいしおいおおおおいし、お……い…し……い……よ……?」

「怖いですからっ!」

「まあ飲めって。な?」

「何でいきなり馴れ馴れしいおじさん風味なんですかっ!」


 ともあれ、一応飲む気にはなったらしい。


「べ、別に貴方が要らないっていうから飲むだけなんですからね? 別に甘いものが食べたかったわけじゃありませんから!」


 とは閻魔の弁。

 どんなツンデレだ、というのは置いておいて。

 別に甘いもの好き位いいだろうに。特に疲れてる時は甘いもの、とはよく聞く言葉だ。


「別になぁ、女の子がスウィーツ好きだからって、気にしないけどな」


 呟いた言葉に対し、閻魔は俺になんとも言い難い、形容できない視線を向けてきた。


「なんだよ」


 なんとなく憮然とした俺に、閻魔はさっくりと言った。


「貴方がスウィーツって……、似合いませんね?」

「ほっとけっ」


 こちとら若いもんに話し合わせようと必死なんじゃい。

 ああ、閻魔は若くないか。


「何か変なことを考えてませんか?」

「いや、なにも」


 いや、閻魔も結構年だよな、と言おうとして俺はやめた。

 このままでは三度目の完が訪れてしまう。

 危ない所だった。

 ともあれ、俺は話を戻す。


「とりあえず飲めよ、飲んでしまいなさい」

「なにか釈然としませんが、まあいいでしょう」


 閻魔は掴んでいた缶の開け口をつまんだ。

 しるこの缶の開け口を遂に開封されるっ――!!

 ぷしゅっと音を立て、遂に外気に晒されるしるこ。

 その闇色の液体は、堅い鉄に囲まれ、それを外から確認することはできない。

 果たして本当にそれはしるこなのか。

 ずちゅずちゅいったりするのは大丈夫なのか。

 それは飲んでみるまで『わからな~い』。

 そしてそれは訪れる。

 遂に、閻魔がそれに口を付けたのだ――!!

 俺は恐る恐る聞いた。


「……どうだ?」


 閻魔がゆっくりとこちらを向く。


「……絶妙にぬるいです……」












 ちなみに、味は柘榴の様な味がしたらしい。

 帰ってきたら由比紀にあげるとのこと。

 閻魔に由比紀が騙しとおせるとは思えないが、何やら俺からの贈り物だと言えば喜んで飲むそうだ。

 ただ、まあ、一応買った以上味見しておきたかったので、俺は徐にあやしいしるこに手を伸ばし、口を付けた。


「あ……」


 うん……、微妙。

 でろっとした奇妙な味わいがなんとも――、微妙。

 なぜこんなものが存在しているのか。

 人や物が、望む望まぬ、そして望まれようと望まれずとも関係なく生まれてくる世の無情さを考えさせられながら、俺は缶を置いた。


「間接……キス……?」


 閻魔が何か言っていたようだが、思わず考えに没頭していた俺には聞き取れない。

 まあ、呟きまで掘り下げて聞くこともないだろう。

 それに、前置きはもういいはずだ。

 つか、とあることを聞きにきたんだが、時間を掛け過ぎだな、これは。


「で、そこな閻魔さんよ。聞きたいことがあるんだが」


 俺の言葉に、はっとしたように閻魔は顔を上げた。


「そう言えば、今日は来る日じゃありませんでしたね」


 そう、俺が閻魔の家に行くに、ある程度の周期がある。

 まあ、俺なだけあって結構適当だから現在まで疑問を持たなかったらしいが。


「それで? 答えられる範囲なら答えますけど」


 返答も聞き出せたので、俺はずばっと本題に入った。


「数珠家のことなんだけどなー?」


 閻魔の肩が一度だけぴくりと震えた。


「どう落とし所を付けるんだ?」


 数珠家全員焼き討ち、郎党全滅するかもしれないし、全員逮捕で片を付けるかもしれない。

 そこを聞いておきたかった。

 今後の行動に関わるからな。


「できれば、ですが。政治的権力だけ剥奪して、後はその罪に準じて、と思っています」

「ほー?」

「できることなら政治から切り離して、新しい人生を歩んでほしいと思ってるんです」


 甘いとは思うが、自分にも責任がある、と閻魔は呟いた。

 そして、俺はもう一つ聞くことにする。


「俺は出なくていいのか?」


 気にしているのはそこだ。

 どうにも閻魔妹は俺を関わらせたくないらしい。

 内輪というか、一族の問題というものがあるからだ、と俺は勝手に予想しているが。

 あながち間違いでもないだろう。


「はい。ただ、貴方には念のため李知と玲衣子のことをお願いします。多分何もないとは思いますけど」

「ほおー……。自分で決着を付けたい、とか?」


 聞いてみたが、それだけではないようで、閻魔は俺に呟いた。


「そもそも、今まで頼り過ぎていたんですよ。貴方は一応一般人ですし……、一応」


 今更だな。というかあくまで一応か。

 まあ、いいだろう。そこまで言うのなら仕方ない。

 現場の判断というのは往々にしてあるものだしな。

 こちらも出ちまったらそれはそれで仕方ないということで。


「それに、このままじゃ頼りっきりになってしまいますから」


 そう言って、閻魔は苦笑した。

 俺は、余りにあんまりなので、今度こそ言う。


「今更だろうに。生活能力的に」


 がっくりと、閻魔が肩を落とした。

 そして、諦めたように溜息一つ。


「そう言えば、責任取ってもらえるんでしたっけ」

「やぶさかじゃないっていった気がする」

「じゃあ、もしもの時は、責任とって下さいね?」

「家政婦にでもなれってか」


 職業、家政夫ってやだなぁ……。


「い、いえ……、そそそそそそ、その。だ、だ……、旦那さまでも――」


 俺がまだ見ぬ職業に不安を抱いていた、その時。


「――あら、来てたのね? 嬉しいわ……」


 俺の首に、白い腕が回されたのだった。


「おお、由比紀。久しぶり、でもないな」


 相変わらず友人間の触れ合いの激しい奴だ。

 由比紀は今までどこにいたのやら。

 後ろから抱きついてくるのはいいが、閻魔が怒っているんだが。


「風紀の乱れですっ、離れてください!!」

「と、俺に言われてもな」

「由比紀、離れなさいっ!」

「と、私に言われても。離す気はないのよ?」

「駄目です!」

「そんなこと言って……、本当は美沙希ちゃんがしたいんじゃないの?」


 そんな言葉を、閻魔は肩を怒らせて否定した。


「そっ、そんなことはありませんっ!」


 だが、見るからに逆効果。

 肯定しているようなもんだぜ閻魔さん。


「なんだなんだ、お兄さんの胸を借りたいのか。ほら、貸すぞ? 大体三十分十二文で」


 そう言って俺は両腕を広げる。

 しかし、


「え、あ……い、や、遠慮しますっ!!」


 閻魔はと言えば、慌てて逃げ出してしまっていた。

 後に残されたのは、由比紀と俺の二人きり。

 俺は後ろの由比紀に、ぼんやりと呟いたのだった。





「なぁ……、しるこ飲まねえ?」











―――
てことでシリアスに向けての準備はこんなもんで。
予定では九十一話でシリアス入って一発で終わります。
ええ、あんまりやっても仕方ないのでばばんと決着を付けたいと思います。



では返信。



奇々怪々様

閻魔妹のエンカウントは余りに個性的ですが、まあ、薬師のせいですね、ええ。
そして脱衣麻雀にトラウマのある主人公も珍しい。
薬師の死亡フラグについては、まあ。彼はフラグマスターですから。
どうせ自分に不都合なフラグはあっさり倒壊させます。


蓬莱NEET様

居間をときめくのは、最初見直して間違ってるなぁ、と思ったんですが。
でも別に間違ってないし誤字じゃねーや。
と、なりましたとさ。
ええ、やりますよフラグ強化。あと、増やす可能性もなくはない。


あも様

由比紀が一番酷いです。
時空転移するわ、幼女になってインターホン押すわ、窓割るわ、普通に鍵もらって入ってくるわ、後ろから抱きついてくるわで。
多分、脱衣麻雀が駄目なのは、トラウマと、娘となんかやったら更にトラウマができるからだと。
閻魔一族はもう戦闘フラグが設立完了ですね。薬師を護衛になんておいたら事件に巻き込まれるにきまってるのに。


SEVEN様

いい加減に片を付けたいと思います。次の次でっ!!
まあ、今回はサブながら新たなキャラの登場もね? 考えてたり。
そしてこれが終われば先生復活編も書けたりしまして。
ただ、前回一つ思うことがあるなら、耳かきのポジショニングが普通逆だと今更気付いたことかな。


トケー様

脱衣麻雀っ、許可できませんっ!
例え精神的外傷Aが塗りつぶされても娘と脱衣麻雀やることになったという新たな精神的外傷が現れるだけですから。
ここで、脱衣麻雀がトラウマになるかご褒美になるかが薬師と一般人の差だと。
ギャンブラー暁御は普通じゃない方向で行くことにしましたが、これはイカサマしないと駄目だという結論に達しました。


ヤーサー様

やはり幼女はちが、げふん。
由美があんまり影薄くないのは心温まるストォーリィが多いからですよ。たぶん。
ただ、親父の生きざまを見せすぎた由壱君が女泣かせにならないか心配です。
最後に、誤字報告感謝です。修正しました。あと、バイト先で読む際は歯を噛み締めて読むようにしてください。笑おうが笑うまいが怪しい人ですが。


ReLix様

そんな理由で窓を壊されては、北海道辺り地獄になりますよ。
せめて夏場じゃないと……。
前回の一番の被害者は窓ですね、分かります。
さあ、格好良い薬師は続くんでしょうか。次々回のシリアスはなんか妙なことになりそうですが。


春都様

久々に出遅れた藍音。
しかし、出てきてるだけ奮闘してるものかと。
例を上げればきりがないですしね。ええ。出てこない人の出てこなさは。
それと脱衣麻雀は明らかにトラウマです、あれは誰だってそうなると思います。


migva様

皆のトラウマスライム様。
せっかく忘れてたのに……。
次回のトラウマ製造はいつになるやら。
このまま行けば、格好良い薬師で行けると思います。随分はっちゃけそうな感じですが。


通りすがり六世様

紳士になるには、感想掲示板や投稿掲示板では余りに窮屈過ぎると思います。
私はある意味これ八十九話かけて紳士タイムになってる気もしますが。
所で、四暗刻なんてリアルで出るもんなんですね。自分ゲームですらほとんど出してませんよ。あと、渾身のテンパイで勝てると確信した所で止められた時の悲しみは異常。
ちなみに、シリアス終了は次の次となります。ときめいてしまったのは、貴方が紳士だからです。






アキミ~地獄に舞い降りた奇跡~

頑張れ暁御、後少しだっ!!


http://anihuta.hanamizake.com/9th.html


ここまで来ると天才的だよ……。
いや、違う。
実は俺が仕組んでたんだっ!!
そうに違いないっ!!
そうじゃないと凄く困るっ!!

(ちなみに振った時に当たったので、一枚目と二枚目でサイコロの位置が変わってますが、降ったのは六回です)



最後に。

しるこは由比紀が無理やり美味しく頂きました。




[7573] 其の九十 俺と実家で風雲急。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/01/26 22:29
俺と鬼と賽の河原と。



「なあ薬師、何でお前までついてきてるんだ?」


 閻魔の家に行ってから、結構な日数が経ったが、未だに何も起こっていない。

 運営が突入する様な事も、数珠家が戦争をおっぱじめるようなこともだ。


「ああ? うん、所謂念のためとか、有事に備えてって奴だな」


 だから、俺の李知さんと玲衣子の護衛は継続中。


「別に……、その。そんなに気にしてもらわなくても……」


 だから今俺は、李知さんと一緒に、玲衣子宅へと向かっているのだ。


「だからこそ、念のためって奴だよ。それに向こうの様子も見に行かないとな」




其の九十 俺と実家で風雲急。




「所で、その……」

「んー?」


 相変わらず雪が積もっている道を二人歩いている訳だが、どうにもいかん。

 足元に雪が付きまくるのだ。おもに裾に。

 それで家に入ろうものなら床をぬらす羽目になる。


「お母様の所には、よく、行くのか……?」


 しかもこの雪は、頑張ってほろっても中々取れないことで有名だ。

 前回来た時に学びました。


「んー? そうさな」


 まあ、山育ちだから雪が積もった所によくいたものだが、基本飛んでたしな。


「そっ、そうなのかっ?」


 李知さんの声が上ずった。


「なんだ、何か問題でも発生してんの? あ、なるほど」


 確かに自分の母親と友人Aが親しく付き合ってたら危機感も感じるわな。

 ということで、俺は李知さんの不安を和らげようと、機知に飛んだ冗句を放ってみる。


「お父さん。と呼んでくれてもいいんだよ?」


 ぶんっ、と一発。

 帰って来たのは金棒でした。

 俺はそれをのけぞるようにして回避。


「何でも暴力に訴えるのはよくない。ダメ、ゼッタイ」

「お前が笑えない冗談を言うからだっ!!」

「いや、でもなぁ……、あり得ないだろ普通」


 普通に笑ってくれると思ったんだが。

 笑いの道とは、遠く険しいね。


「まあ、それもそうだが……! もしもそうなったら私はどうすればいいんだか」


 あっさり同意されるのも哀しいものがあった。


「どうすればいいって、詰るとか?」

「母親に手を出す友人と、友人に手を出す母、どっちを?」

「難しい問題だな」


 もうどっちも正座させて小一時間説教するしかないな。

 この話の場合、正座させられるのは俺な訳だが。

 まあ、んなこたぁいいとして。


「着いたぜ?」


 相変わらずの、和風屋敷っぷりだった。











「あら、いらっしゃい。ねえ、李知ちゃん、妹は欲しくない?」

「おっ、お母様!?」

「いきなりなんだ、お前さんは」


 いきなり現れてなんだこの人は。

 再婚でもする気か。


「んふふ、私と子作りします?」


 玲衣子は怪しく微笑みながら言った。

 俺は靴を脱いで家へ上がりながら答える。


「無理だろ」

「あら、残念」


 そんな俺達の会話に、李知さんは拍子一つ遅れて割り込んだ。


「な、何を言ってるんだっ!」

「いや、言ってるのはそれだから」


 俺はぞんざいに玲衣子を指差し、玲衣子はと言えば、にこにこ、もしくはにやにやと笑っている。

 李知さんは悔しげに唸った。


「うぐ……」


 ともあれ、李知さんも靴を脱ぎ、床の軋む音をならせると、俺達は居間に向かうことにする。

 中々でかい屋敷だが、流石に居間まで分は掛からん。


「ふう、相変わらず寒いね」


 俺は座布団の上に豪快に座って一息。

 そうして、李知さんが俺の前に座り、玲衣子が俺の隣に座った。

 なんとなく違和感を感じるが、まあいい。

 が、まあいいなどと思ったのは俺だけだったらしい。


「何故お母様が薬師の隣に?」


 李知さんが聞いた。

 玲衣子は笑みをくずさない。


「うふふ、何だかこの状況、恋人の実家に挨拶に来たみたいじゃない?」


 みたいじゃない? って、明らかに相手が親父さんじゃなくて娘さんなんだが。

 突っ込み所は多々あるが、しかし俺は突っ込まないことにした。

 突っ込みは今日の所は李知さんにお任せしようと思う。

 ということで。


「娘さん! お母さんを僕にくださぬおうぁっ!!」


 勢いと熱さの表現のために、前かがみになった状況に、迫る金棒。

 急いで身を引いた俺の前髪が、はらりはらりと落ちていく。


「薬師も悪乗りするなっ!」


 おおう、怒ってる怒ってる。

 かりかりしてると禿げるぞ? いや、禿げないか。

 ともかく。


「もう、李知ちゃんも気に入らないなら隣にくればいいのに」

「いやっ、私は……」


 そう言って李知さんは顔を逸らした。


「あら、なら私はこの状況を楽しませてもらいますわね?」


 代わりに、玲衣子が俺の肩にぴったりと張り付いてくる。


「ねえ、今晩止まっていきませんこと……?」


 ぱっと弾かれるように李知さんがこちらを見た。


「お母様っ、薬師を誘惑しないでくださいっ!!」

「あら、なぜでしょう」


 何でもない様な顔で玲衣子は李知さんに返し、李知さんは言葉に詰まってしまう。


「そ、れは」


 なら問題ない、とばかりに玲衣子は俺に顔を寄せた。

 びくり、と李知さんが肩を震わせる。


「わ、わた、私がそっちに行けば、そうやってくっつくのをやめてもらえるのですか?」

「はい。流石に若いお二人の邪魔はできませんからね」


 うふふと笑いながら玲衣子は言った。

 どうにも、俺は玲衣子の娘いじりに上手いこと利用されてるらしい。

 さっきから俺一言も喋ってないんだぜ。


「うぅ……」


 唸りながら李知さんは俺の隣に陣取った。

 とすん、と小気味よい音を立てて、俺の隣に李知さんが座る。

 完全に玲衣子の術中に嵌っているなぁ……。


「ほら、もっとくっつかないと、ね?」


 何が、ね? なんだか俺にはよくわからない。

 しかし、李知さんには理解できたらしい。

 彼女は俺に寄り掛かるようにして、肩を寄せた。

 目をそらし、顔を真っ赤にして酷く恥ずかしそうだった。

 しかし、それで玲衣子が引きさがるかと言えば、そんなこともなし。

 やっぱり俺の肩にぴったりとくっついて離れない。

 板挟みにされた俺はどうしていいやらさっぱりである。


「お母様、離れてくださるのでは?」

「あら、嫉妬? 独占欲?」

「ちっ、ちが……!」


 いま一つ女性の会話はよくわからんというか着いていけん。

 結局俺は、帰るまで二人に挟まれたままだった。








 地獄の役所内に存在する、とある会議室で。


「我々の要求は以上です」


 まるで雪のように白い髪の女が、閻魔に声を向けた。

 数珠 愛沙。幼き当主に代わって数珠家を率いる女狐。

 彼女が提出したのは、まるでありえないような改革案。

 正に地獄の実権の半分以上を奪い取るような要求だった。

 通る訳がない、と閻魔は思わず歯ぎしりした。


「本気ですか?」


 そんな確認の言葉を、愛沙は冷笑に伏す。


「ふざけているとでも?」

「では、呑める訳がありません。このような改革案、無用な混乱を起こすだけです」


 どうせそんなことはわかっているのだろう、と内心閻魔は溜息を吐かされる。

 断られることを前提に、何らかの行動を起こす気なのだ。

 故に彼女は、

 愛沙は芝居がかった動作で立ち上がった。


「これは我々の悲願のために必須なこと。数百年も昔からそう思っていた故、いい機会です。それを邪魔するならば――」


 にやり、と愛沙はいやらしく笑う。


「――力尽くで」










「ああ、じゃあ一旦帰るとするさ」


 薬師は、そう言って玄関を出た。


「また来てくださいね」


 そう言った玲衣子に、彼は片手を上げて答える。

 残されたのは、玄関に立つ玲衣子と李知。

 玲衣子は、ぼんやりと薬師の背を見つめる李知に、笑いかけた。


「好きね、やっぱり」


 そんな言葉に、李知はオーバーな反応で答える。


「な、なななっ、そんなこと!」

「なら、私が貰ってもいい?」

「駄目っ!!」


 そんな初心な反応に、玲衣子は笑みを深めた。


「大丈夫。本気じゃないから李知ちゃんにも勝ち目はありますよ?」

「そんな……」

「そう、こうした方が李知ちゃんも危機感が出るでしょう?」


 まるで強引な方法で、娘の恋を応援する母親。

 そこの子に生まれたのは幸か不幸か。


「そう、本気じゃないの……」


 言い聞かせるように玲衣子は呟く。

 その言葉は李知に届くように思われたが、その声は、扉の開く音によって遮られた。


「あら、忘れ物で……」


 薬師かと思えば、そうではない。

 面識はないが、見覚えのある。

 黒いコートに身を包んだ、大男。

 玲衣子は頬に手を当てて、溜息を吐いた。


「うふふ、これは困りましたわ……」







 これは、数珠家の人形だ。



 ――ああよかった。これで彼が巻き込まれることはない。















「メール? しかも玲衣子からか」


 珍しい。

 俺は未だ軽快な、悪く言えば安っぽい旋律を垂れ流す携帯を開いてみた。


「……なんだこりゃ」


 そのメールには、何も書かれていない。

 なんでだ?

 普段ならただの送信事故と考えるそれが、何故か気になった。

 まるで、出そうかどうか迷って、逡巡の末に諦めたかのような、そんな空気。

 迷った挙句、出すのをやめたが、何かの間違いで送られてしまったような雰囲気。

 気付いて欲しくて、でも諦めた、そんな残滓。

 俺は急いで玲衣子宅周辺を探知する。

 だが、そこには、玲衣子どころか、人一人とて、いやしない。


「おいおい、これは参るね。ああ、仕方がない」


 こいつは仕方がない、と俺は溜息一つして、天を仰いだ。

 ああ、仕方がない。





「これは、俺が奴らを直接殴りに行っても――、仕方がねーや」



―――
ってことでシリアス突入。
数珠家粉砕玉砕大喝采タイム入ります。
今回はしちめんどくさいこと完全無視で薬師無双まっしぐらです。







では返信。

トケー様

真夏に温かいだけでも辛いのにしることは、何の苦行ですか。
きっと鬼っ娘メーターとメイドメーターとロリメーター、その他諸々もあるとおもいます。
私のメーターは百八式まであるでしょう。
由比紀は、間接キスだと気付いたがため、完食しましたという。


キヨイ様

例えわかっていても避け切れない。
そんなネタ師に私はなりたい。
笑っていただけたなら幸いです。元々コメディを主に書く派閥だったんですが、ネタまっしぐらというのも中々久々で。
というか、ネタ系は笑ってもらえるかなというのが一番不安だったりするんで、これで一安心です。


光龍様

一つのテーマで延々と冗長にやるのは得意です。
まさかのおしるこ攻めですが。
しかし、遂に九十話。百話記念に何かしようかなと思うのですが。
何をしたらいいか分からない、そんな私がここにいたりします。


春都様

不安と好奇心を煽る、わからな~い。私なら即買いです。
きっと閻魔宅なら下着とかも薬師が――、げふんげふん。
数珠家お仕置きは早くも力づく真っ盛りの様相です。
薬師の独り勝ちに私は三百円かけますけど。


SEVEN様

俺賽史上最もの謎。しるこ。
変な音がする、水銀0使用、絶妙な温さ、そして柘榴の様な味。
宇宙の神秘ですね。
女性陣になら薬師は何回か爆砕されても仕方がないと思います。


通りすがり六世様

男なら無茶とわかっていても、罠と分かっていても飛びこまないといけない時があるのです。
おしるこは家に持ち帰ってあっためなおしたら酷い味だった記憶が残ってます。
まあ、予想通りトチ狂ったというか、ある種人攫いでもしないと勝ち目ないというか。
しかしまあ、薬師がいるせいで計画まる潰れ間違いなしですけどね。


奇々怪々様

私はとある歌を思い出します。セーラー服。
なんとなく背徳的だとおもいます。
最終的に閻魔は地獄ごと消滅になるんじゃないかと。
暁御はもう、世界になかったことにされてるんじゃないかと。


line様

コメント感謝です。
待ってください。
それはどう考えても二以外出たら暁御出すと言って二が出るフラグです。
全宇宙の意志が全力で二を出してくる気がします。


あも様

もしかすると、買ったときによってマグマの様に煮えたぎっているのかも知れません。
まあ、冷えたラーメン缶は油が浮いてました。
一応地獄でも子作りは可能ですよ。
ただ、臓器は半分ダミーなので、精神的作用が問題というか、できると信じてやればできないことなんてないです。


Eddie様


流石に突っ込まず放置するのは、ねえ?
というか由比紀さんスルーされたらもっと悲しいと思います。
窓をなおさせられるのもどっこいですが。
と、書いて普段銀子と薬師の会話に突っ込みがいないことに気付きました。


照れ隠しで分解爆砕。やってられないですな。
無数の弾に掠めただけでアウトですよ。
いやしかし、間接キス位で驚いてこの先やっていけるのか。
風紀の乱れの権化たる藍音が薬師のお宅には存在しているのに。


ヤーサー様

わざわざ一番にしてもらって感謝です。今日感想をいただいたようですが、今日もまた更新です、にやり。
薬師はチートです。でも、閻魔さまの方がもーっとチートです!!
しるこは寒い時に外で飲むのがお勧めです。家に入って飲むならスーパーあたりのを買った方がいいかもしれません。
あと、藍音のスキンシップを見てもほとんどの人がおいそれと真似できない気がします。








今回は、次回確実にシリアスなので暁御タイムは起こりません。




最後に。

短い付き合いでしたが、お世話になりました。

さようなら、数珠家。



[7573] 其の九十一 俺と最高潮。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/02 21:30
俺と鬼と賽の河原と。



「お出かけですか?」


 玄関にて、藍音は俺に聞いた。


「ん、ああ」


 俺は、振り向くことなく頷く。

 手には、鉄塊。

 既に、刃すら取り繕うことのない分厚い、人一人分程の長方形の塊。

 今回は今までとは違う、攻城戦に近い戦いになるだろう。

 だから、多人数を力任せに吹き飛ばせる物が欲しかった。


「ちょっと、野次馬にな」


 それに申し訳程度に付けられた柄を持って、肩に担ぐ。


「……夕飯までには帰ってきてくださいね」


 俺は振り向いて藍音を見ると、苦笑した。


「そんなに掛からねーよ。ああ、掛からんとも」


 そうして、俺は扉を開く。


「行ってらっしゃいませ」


 おお良い天気だ。

 冬の寒空に、痛々しく光る太陽が昇っていた。







其の九十一 俺と最高潮。




 ―PM1:00―




 数珠家の本拠は、屋敷というよりもまるで城。

 だが、まるでそこだけ戦国にでも戻ったかのように見えるのは、張り詰めた空気のせいだろう。

 そんな城の内部、本丸に建てられた天守、その最上階の畳の上、そこに玲衣子と李知は座らされている。


「何やら天狗がいたようですが、連れてこられたようでなにより」


 人形に連れて行かれてすぐに、数珠家の実質の最高権力者たる愛沙は二人を見てそう言って見せた。

 喜ぶでもなく、悲しむでもなく、感情のこもらぬ瞳で。


「人質、ですか」


 絞り出すように、玲衣子は呟いた。

 愛沙は、その言葉に、満足げに肯き、答える。


「その通り。力では閻魔に敵わない故に。最初に大きく出て、ギリギリの妥協案を出す」

「そういうこと……」


 思わず李知はぎりと奥歯を噛んだ。

 表には出さなかったが、玲衣子も同じ心境である。

 こうも簡単に捕われてしまうとは。

 そう、人形が来て、玲衣子も李知も抵抗すらままならず、連れ去られた。


「悔しげなのが見て取れるけれども。私の創った人形なのだから」


 当然だ、とでも言うように愛沙は二人を見下ろしてから、後ろを向く。

 そして、畳を軋ませながら、簾の掛けられた、段差の向こうに去って行った。

 きっと、あの簾の向こうに当主が存在するのだろう。

 簾の向こうにはぼやけた人影しか見ることはかなわないが、しかし、それでも愛沙を含み、二人の人影が見て取れた。

 もうそちらから何か言ってくることはなく、李知も悔しげに顔を伏せるだけで何も言おうとはしない。

 それを見て、玲衣子は覚悟を決めた。

 ここを生きて出られないかもしれない。

 そして、心に刻む。

 李知だけでも、逃がさなければならないと。

 多分、閻魔は要求を呑まない、否、呑めないだろう。

 今になって日和ったなどと言われているが、本質は変わっていない。

 公平にして平等な閻魔王は未だ不変。

 だからこそ、苦しみ、悩んで、奥歯を噛み締め、そして切り捨てるだろう。

 家族だからと言って政治に特別を認めるほど、閻魔王は甘くない。

 彼女は政治に対して、真摯で、本気であり、苛烈だ。

 そうでもなければ、この地獄はそう長く続いていない。

 それが愛沙に分らぬ以上、この取引は失敗する。

 閻魔にとって人質は意味をなさず、そして玲衣子と李知は用済みとなり、殺されるだろう。

 だが、一人が捨て身で、そして、もう一人が身体能力の高い李知ならば、一人だけでも逃げ切れる。

――私は十分生きた。せめて、あの子だけでも。

 人知れず玲衣子は、その手を握りしめた。














 ―PM1:30―


 閻魔は自らの執務室で、ただひたすら待っていた。

 自分は執政者である。

 故にこそ、公平にして平等でなければならない。

 そして、私情で人に罪を被せてはならない。

 最後に、不確かなことで人を貶めてはならない。

 だから、待つ必要があった。


「閻魔様」


 椅子に座る閻魔に、声が掛かる。

 若い女性の職員だ。


「確認されました。人形です」


 その言葉に、閻魔は立ち上がった。

 やはりか、と一つ溜息を吐く。

 数珠家の彼らは彼女にとって娘息子の様なものだ。

 例え代が変わってしばらくすればほとんどの関係はなくなるとはいえども一般から比べれば、閻魔に近しい者だった。

 だから、思いとどまってくれる可能性も考えていた。

 だが、現実はこれだ。


「分かりました。では、現地に対策本部を立てます。準備は万端でしょうね?」


 遂に裏が取れてしまった。

 確信はあったとも言って問題ないが、今度こそ物理的に確認できてしまった。

 閻魔は、今一度溜息を吐いて、表情を引き締めた。


「滞りなく」


 簡潔に示された言葉に、閻魔は歩き出すことで答える。


「では、行きます。現時点を以って数珠家は一家郎党全て捕縛対象となります」


 確認が取れた以上は。

 平等で、公平に罪を暴き――、


「一人も逃がさず捕らえなさい。地獄の鬼の名にかけて」


 ――裁かねばならない。









 ―PM1:45―



 対策本部が設営される様をよそに、一人の男が、数珠家の城壁の内へと入りこんでいた。


「おーおー、淀んでんなぁ」


 緊張感もなく男は庭園を無作法に歩く。


「息がし難くていやになるね」


 男は隠そうともせず嫌悪感を明らかにした。

 空気が淀んでいる。

 まるで、怨念が澱となって沈澱しているかのようだった。


「まあ、人形なんて創ってりゃ当然か。魂抜いて魄だけ残す。やってることはキョウシとまったく変わらねえ」


 キョウシ、現代風に言うならキョンシーか。

 数珠家の戦闘用の人形は、あれとしていることは変わらない。

 精神とエネルギーの塊が、魂魄。それにおいて精神的な部分を象徴する魂を外して精製するのだ。

 当然、その有り様は不自然。周りに不快感を撒き散らす。


「ああ、いるねわらわらと。統一で黒尽くめとか、ゴキブリかっつの。まあ、俺も人んこと言えねーんだけどもさ」


 男の前には、その不快感の元凶が、まるで二桁で利かない程に溢れかえっている。

 男はその手の鉄塊を振り上げた。


「人形遊びって年でもねーんだ。要らねえ玩具は砕いて捨てるぜ!?」












 ―PM2:00―


「設営完了しました。それと、人員も全て配備完了」


 部下の一人が、その場で立てられたテントにも似た対策本部で、一人椅子に座る閻魔に声を掛けた。

 全ての準備が終わった。

 それは、


「後は、閻魔様の命令だけです」


 そういうことだ。

 命令一つで鬼達が動き出す。

 戦争が始まる。

 そんな重たい事実に、心中でこうなってしまった事実を嘆きつつ、閻魔は口を開いた。


「分かりました。では、この私が命じます――」


 しかし、その言葉は途中で遮られる。


「閻魔様っ!!」


 一人の男が堰切って本部へと駆け込んだのだ。


「どうしました?」


 怪訝そうに聞いた閻魔に、若い男の鬼は、息を切らしながらそれを伝えた。


「天守から数珠愛沙が姿を現しましたっ! 要求を主張しておりますっ!!」

「愛沙が? 何故……」


 余計にそれを閻魔は不審に思う。

 武力行使に出た以上、戦って決着を付けるほか無い。

 閻魔に交渉はできないのだから。

 それでもそうするのは、最後通告のつもりか。

 しかし、閻魔は次の言葉でそうではないことを知る。


「人質ですっ、奴ら、玲衣子様と李知様を人質にとっているのです!」

「なんですって……?」


 閻魔は驚愕に目を見開きながら席を立った。

 やられた。

 そんな思いが胸中に渦巻く。

 鬼の警備を付けてもいたが、こうもあっさり突破されるとは。

 それとも、二人は愛沙にとって娘とも言える存在故、そう酷いことはしないだろうと甘く見ていたのか。

 閻魔は臍を噛む。

 自分のミスだ。


「歩きながら、状況を報告しなさい」


 彼女は、動揺した心を押し隠し、本部の外へ出た。

 果たしてどんな要求が飛び出すのか。

 部下から報告を受けながら歩いていると、次第に拡大された愛沙の言葉が聞こえてきた。

 上を見上げると、数珠愛沙が天守から姿を現し、李知に黒光りする拳銃を突きつけているのが見えた。

 すぐ隣には、同じく愛沙の部下に銃を突きつけられている玲衣子もだ。


「もう一度言葉に。我々の要求は、一つ、我々の人体創造の一切を罪に問わぬこと。二つ、最高運営会議に我々数珠家から数人参加させること。三つ、地獄運営は我々の活動を支援すること」


 そういうことか。と閻魔は得心した。

 確かに絶妙な案だ。

 玲衣子などは結婚する前は、要職についてその腕を奮っていた。

 そんな彼女を慕うものは少なくない。

 李知もまたその娘として、実直な性格と共に知られている。

 彼女等を失うなら、要求を呑んだ方がいいかもしれない。

 そんな要求なのだ。

 一つ目の要求は、要は何もしないだけで済む。

 二つ目の要求は、今まで一切政治に関わってこなかった、否、関わらせなかった数珠家の人間が出てきたとしても、会議の人数の半分以下だ。

 閻魔にとって代わって好き放題やることはできないし、それに数珠家とて暴君になりたい訳ではない。

 心から地獄の繁栄を願っているからして、人体創造以外に関しては本気で取り組んでくれることだろう。

 三つ目は、大したことではない、一つの組織を支援する程度の余裕はある。


「譲歩したように、見せる。そういうことですか……」


 それらと、玲衣子と李知の重さ。どちらが重いか。

 家族のように接してきた分も愛沙は加味しているのだろう。

 普通の人間だったら、呑む。呑んでしまう。

 しかし、


「……それを呑む訳にはいきません」


 ぎり、と奥歯を噛み締めるように閻魔は言った。

 そう、己は閻魔だ。あらゆる魂に平等でなければならない。

 ただでさえ、多めに見てきたのだ。これ以上罪を許すわけにはいかない。許せるわけがない。

 これ以上自分の我侭で灰色の状態を保つ訳にはいかない。

 悔しい、悔しいが、それでもやらねばならないのが自分の立場だ。


「灰色でもいい立場なら良かったのですが」


 心から、閻魔はそう呟いた。


「これが私の仕事です。白か黒か、ここではっきりさせましょう」


 できることなら奇跡が起こればいい、と祈りながら。










 ―PM1:50―


「雁首揃えてぞろぞろとぉ!」


 男の蹴りが炸裂し、人形の首から上が空に舞い。


「邪魔臭え!」


 振られた鉄塊を腹に受け、くの字に折れ曲がり、団体で吹き飛んでいく。

 地形を帰る勢いで、暴風雨の如く、男は突き進んでいた。

 石垣は無惨に砕かれ、城壁は意味をなさず。

 城内に入れば柱を砕き、壁を壊し、床を抉る。

 そして、人形を多数吹き飛ばし、天守の最上階を目指し始めた頃、状況が変わり始めた。

 遂に、人形以外の者が男に立ちふさがったのだ。

 まるで歴戦の騎士の様な男。


「人形では話にならない、か」


 優男然としていながら、身にまとった空気はまるで荒々しく。

 ウェーブの掛かった短い黒髪が、一度、揺れた。


「いいだろう、この自分が相手に――」

「邪魔くせえっつってんだろうがあっ!!」

「なばッ!!」


 優男の顔に、拳がめり込み、その端整な顔が一瞬歪んで、回転錐揉みしながら吹き飛んだ。

 そんなことを気にも留めず、男は集まって来た人間たちに向かって、咆える。


「はっはぁ!! 死にたい奴から前に出て来い! 地獄で死ぬのも乙なもんだろっ!?」


 男の脳裏で、何かが嵌る。

 がちりがちりと音を立て、歯車が回るように。

 男は獰猛に、犬歯をむき出しにして微笑んだ。


「くっ、かか! 最近めっきり俺らしくなかったね。何か起こるたびにうじうじしてるのはなんか駄目だ。娘にも迷うななんて言われちまったし――」


 人をやめて創り変えられた脳の奥。

 こめかみのすぐ後ろが火花を散らす。


「今日の俺は、終始全力っ、最高潮だッ!!」


 まるで玩具のように吹き飛ばされる人間たちに、それを目撃した数珠家の一人は、諦めたように笑ってこう呟いた。





「……まるで喜劇コメディだ」












 ―PM2:05―


 先程からずっと、階下が騒がしい。


「下が騒がしい、何事で?」


 李知に銃を突き付けたまま、たった今後ろに控えた部下に向かって、愛沙は背中越しに語りかけた。

 部下は苦虫を噛み潰したような表情でそれを返す。


「侵入者です」


 李知は、隣で繰り広げられる会話に、思わず疑問符を浮かべた。

――侵入者……? 一体誰が。

 この城の警備は万全だ。

 人形は強い。並みの鬼では太刀打ちできぬほどに。


「侵入者? 何者で? それと、人形はどうしているので」


 愛沙に聞かれ、非常に言いにくそうに部下は返した。


「それが……、わかりません。どの報告も的を射ず……。ただ、外見的特徴からして、天狗だと」


――もしかして。薬師、あいつか?

 李知にとって、地獄にいる天狗の知り合いなど一人しかいない。

 李知の心に、希望が見える。


「天狗。地獄運営の人間ではないので?」

「そのようです。組織的行動なら単騎で突入などという自殺行為はしますまい」

「なら、捨て起きなさい。天狗ごとき、人形が殺すので」

「は……」

「不服が?」

「いえ」


 普段であれば、愛沙の判断は妥当だ。

 下の敵より、目の前の閻魔の方が、強敵。

 最大戦力の人形に任せ、閻魔に集中する方が、妥当。

 何せ、人形は並みの妖怪を駆逐する。

 対抗できるのは酒呑や鬼兵衛、閻魔など、隔絶した大妖怪だけだ。

 それこそが、彼女の間違い。


「閻魔、返答を」


 彼女は返答を急いだ。

 そう言った彼女の下では、並みではない隔絶した大妖怪が、赴くままに大暴れしていたことに気付かずに。


『お断りします。そのようなことができるほど、閻魔の立場は甘くありません』


 拡声器を使った閻魔の言葉が響き、李知ははっとした。

 やはりか、と李知は納得する。

 閻魔という職業に、特別は有り得ない。

 どこまでも哀しく平等でなくてはならない。

 それ故に、例え家族を救うためでも、特例を作ることは、できない。

 例を作るということは、道を作るということ。

 その道には、多くの人間が殺到するだろう。

 自分にも特例を寄越せ、と。

 ここでもしも要求を呑めば最後、李知や玲衣子が閻魔にとっての弱点だと露呈してしまう。

 そうなれば最後、再び二人はどこかの組織に攫われ、今日の焼き増しが行われる。

 権力者は、弱点があってはならないのだ。


「そうですか」


 一瞬だけ、愛沙は驚いた顔をした。

 絶対呑むと思っていたのだろう。

 他の人間に任せて研究に没頭していたから。

 政治の事を知らない証拠だ。国は、テロリストの要求を呑むことはできやしないのだ。


「では仕方がないので、娘の方を殺します」


 遂に来た。

 薬師は間に合わない。

 李知は心を決めた。

 愛沙の銃の引き金にかかった指に、力が籠る。

――死ぬ。死んでしまうな……、これは。

 李知は、目を瞑り覚悟を決めた。

――せめて、せめてもう少し。もう少し薬師の傍に居たかったけど。


「言い残すことはありますか?」


 何もない、と言おうとして、やめる。

 今一度、目を開く。

 李知は羽交い絞めにされていながら、銃口を睨みつけた。


「薬師という男に伝えてくれ。好きだった、って」


――言い逃げみたいでずるい気がするが、仕方ないな。

 最後に一度、溜息。

――ああ、薬師。今回ばかりは、間に合わないみたいだ――


「何事でっ!?」


 どん、と鈍い音。

 そして、横からの衝撃。

 愛沙が倒れ、李知はその腕から解放された。

 思わず愛沙に合わせ、李知も視点を彷徨わせる。

――薬師? じゃない、もしかして……。

 それを見た瞬間、思わず口に出していた。


「お母様っ!?」


 そう、玲衣子だ。

 玲衣子が、彼女を羽交い絞めにしていた男を、投げ飛ばし、愛沙にぶつけたのだ。


「李知、逃げなさい」








 ―PM2:08―


 実を言えば、この瞬間が最も無防備だったのだ。

 天守最上階から愛沙が姿を現す時、そこには李知と玲衣子、そして愛沙と一人の男しか居ない。

 この隙を突けば、李知は屋根から逃げられる。


「李知、逃げなさい」


 昔、齧った程度の護身術だ。人形には全く通用しない。

 しかし、緊張し視野狭窄に陥った人間ならば。

 心理の隙を突けば、投げ飛ばすことは不可能ではなかった。


「なるほど、貴方から死にたいので」


 愛沙の銃が玲衣子の額に突きつけられる。

 玲衣子はその銃を駄目もとで奪い取ろうかと考えて、やめた。

 愛沙はてんで素人に見えるが、その身体能力は悠に人間のそれを越えている。

 何かするよりも、愛沙が引き金を引き切る方が速い。


「よろしい、死に逝く者の願いを聞きとめるのも、勤めであるので」


 遂に、黒光りする銃口が牙を剥く。

 もし現世だったら、死んであの人に会いに行けただろうか。

 そんなことを玲衣子は心の隅で考えた。

 そんな考えを今更だ、と切って捨てる。

 これから自分は消えるのみ。

 消滅し、何一つ残らない。


「お母様っ!!」


 李知は未だ戸惑っている。

 そこから、李知は無事に逃げだせるだろうか。

 閻魔は泣かないだろうか。

 そして。

 たった一人の友人は、どうするだろうか。


「では、さようなら」


 次第に押し込まれていく引き金。

 永遠に引き延ばされる時間。




 ――しかし、響いたのは銃声ではなく。




 明らかに場違いな、落ち着いた声だった。


「九天応元雷声普化天尊」


 雷帝を呼ぶ男の声で、愛沙がはっと当たりを見渡した。


「風天風伯八首龍。風雨風雷晴嵐神風」


 前にも、後ろにも、横にだってそれは居ない。


「古今東西森羅万象」


 それは上に居た。

 黒い羽根を揺らめかし、笑っていた。

 轟、と風が巻きあがる。

 そして、咆えた。


「万事一切風任せッ!!」


 雲一つないのに、雷鳴が響く。

 屋根があるのに、雨が降る。

 ――どこにだって、風が吹く。




「真冬の昼に、天狗推参」




 勝手気ままに風が吹き渡っていた。




―――
なんかアレなところですが、いったん切れます。
一話で終わるとか言ってすみません。
すまん、ありゃ嘘だった。
次回、色々飛び出します。新キャラとか。
今回は色々と実験してみた感があります。
一キャラ一キャラの場面を短くして、全体で場面展開してみたり。
たまに見かける手法ですが、自分でやるのは初めてだったりします。
問題は一人一人の心理描写がし難いことですが、いかがだったでしょうか。
実力不足というものをひしひしと感じていますが、
まあ、勢いだけ楽しんでくれると助かります。


ああ、あとちょっとキャラ紹介というか鉄塊ってなによみたいなのを置いときます。

鉄塊。

厚さ二十センチ、幅四十センチ、長さ二メートルの長方形の武器。
実際名前はついてなくて、通称鉄塊。
まんま金属の塊で、特に術がかかってたりはしない。鉄の塊に柄が付いたもの。
ただ、使ってる金属自体は特殊な金属の合金のため、ひたすら硬くて重い。
リーチが長く、威力も高く、大天狗が振るえば軽くでも大砲並みの威力になる代物で、攻城戦に力を発揮する。
ただ、重量分遅くなってしまうので、薬師はあまり好んで使っていない。
というか、対天狗や、タイマンだと不利になる。


なんだかよくわからない薬師登場時の呪文。

その場のノリと勢いで、恰好よくあらわれるための言葉。ではなく。
雷を呼んで、雨を降らし、風を吹かして自分の陣を形成する技。
これで薬師の能力は当社比三倍。
前回の戦闘とかでも使えよと思うが、天狗用の陣なので、相手が風に適正あると、相手も強化されたり、詠唱が長いから一対一だとその間に攻撃されたりして、やっぱり使いにくい。


では返信。

リーク様

コメント感謝です。
早くも数珠家は終了ですね。
城が崩れたりしないか心配です。
次回はやたらフラグが立ったり補強されたり、何か色々倒壊したりします。


SEVEN様

ずっと薬師のターンっ!
薬師のターンはまだまだ続くようです。
最終的に薬師がおじいちゃんの領域に立たないか、心配な所になって来ましたが。
まあ、ええ、鋭いというか、自分がわかりやすいというか、ええ。当主はね。ええ。


春都様

部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備もできてないのに薬師無双入りました。
まあ、薬師が首を突っ込まないなんてことありえませんよねー。
そんなフラグチャンスを見逃すはずが……。
とりあえず、薬師無双はまだまだ続くよ!


奇々怪々様

薬師なら、気付かぬうちに父親になっていてもおかしくない。そういうことですね。
誰と結婚してもおかしくないですから、というか疾く速く結婚しろ。
○○タイムは次回から再開です。
誰もがこんなことになるとは思わなかった、いろんな意味で意外なキャラだと思います。自分も予想してなかったし。


トケー様

大丈夫、多分忘れないと思います。
ロリ当主が居る限り数珠家は不滅です。
まだ出てませんが。薬師はロリ当主とやらの父親になってしまうのかっ!?
戦いの行方? まったく心配してませんが。


Eddie様

人質が失われた時点でアウトですからね。数珠家もうギリギリですよ。
明らかに薬師に掛かれば人質消失マジックですけど。
そうなったが最後、閻魔とか、鬼兵衛とか酒呑とか、チート勢が……。
「お父さん。と呼んでくれてもいいんだよ?」ぶっちゃけ千歳なんだから貫禄あってもいいんですけどねえ?


通りすがり六世様

そこはあえて――。
「両方ください!!」で行くべきだと思います。
ちなみに薬師の事はただの天狗だと思ってるようです。
まあ、大天狗は地獄に来れないことになってるので仕方ないと言えば仕方ないのですが。





最後に。

薬師は十五分くらいであふれかえる人形を始末したのですね。




[7573] 其の九十二 そして俺しか立ってなかった。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/02 21:24
俺と鬼と賽の河原と。


 雨降り頻り、

 雷鳴響き、

 風吹きすさぶ。

 ああ、いい天気だ。





其の九十二 そして俺しか立ってなかった。





 ―PM2:10―



「真冬の昼に、天狗参上」


 俺が、馬鹿正直に階段を上るより、空を飛んだ方が速いことに気が付いたのはつい先ほどだ。

 話は風で傍聴させてもらっていたので、やばい展開になったのがわかり、急いで飛んで来た訳で。

 いやそれにしても。

 久々に気分がいい。

 空間を全て掌握したこの感覚。

 雨が、雷が、風が。

 嵐が俺を掻きたてる。


「何者で」


 天守に降り立った俺に、女が問う。

 多分、愛沙とやらだな。


「天狗だな」


 俺はぞんざいに答えた。

 瞬間、愛沙が声を上げる。


「人形っ、捕らえなさいっ!!」


 人形を呼ぶ言葉。本来なら人形が現れて、俺を抑えつけようとするのだろう。


「人形? どうしたので……?」


 反応がない人形に、不審そうに愛沙は眉を顰めた。

 これ以上は可哀相なので、種を明かすことにする。


「はんっ! 人形なら俺の隣、もとい俺の足元で寝てるぜ」

「それは、どういう」

「別に。ただ、切って叩いて潰して砕いて擦って嬲って千切って殺しただけだが?」


 ちなみに階下はそれはもう酷い有様になってるので、お見せできません。


「そんな……、天狗ごときに……?」

「大天狗なめんなよ、と言っておきたい。理不尽で、容赦ねーぞ?」


 ああしかし、問答にも飽きてきた。


「で、いいか?」

「何が」

「吹っ飛ばしていいか?」


 今の俺には問答無用が丁度いい。

 こうまで気分がいいのに、ぺらぺら喋るのは性に合わない。

 しかし、愛沙の俺を見る目つきは、どうにも残念なものだった。


「貴方はこの状況が見えないので? 一歩でも動いてみれば脳天に風穴が開きますが」


 なるほど、玲衣子が銃を突きつけられている。

 俺は薄く笑った。


「撃ってみればいいと思うぞ?」


 その場の全員が、目を見開いた。

 その瞬間、俺は動く。

 俺はあえて愛沙の真似をして、言った。


「その銃の弾速が音速か亜音速かは知りませんが」


 ズドン、と音を立て、その銃を高下駄が上から射抜く。

 俺の真下で、その銃が無惨に砕けた。


「――俺はそれより速いので」

「なっ……!」


 驚愕して俺を見上げる愛沙。

 そのすぐ前に俺は片足で立っていた。


「じゃ、返してもらうぜ」


 俺の周りの風が唸りを上げる。

 愛沙が室内へと吹き飛んで、それを後目に高下駄を縮めながら、俺は玲衣子に言った。


「勝手にゃ死なせねーからな。言っただろ? 俺がいるって。俺が居る内は死なせねーよ」

「はい……!」


 玲衣子は涙の滲んだ目で肯いた。


「さて、李知さんよ。二人で下りてくれ、屋根からがお勧めな」

「あ、ああ……。だが、薬師は?」


 瞬間、連続した銃声が響く。


「まだ吹き飛ばしたりねーんだよ。なんもかんも吹き飛ばしたいんだ。因縁とか、仕来りとか妄念とかな」


 立ち上がった愛沙の放った弾丸を、手に持った鉄塊で弾き返しながら、俺は言った。


「薬師……」

「ほら、行けよ。閻魔に顔でも見せて来い」


 その言葉に、遂に李知さんは肯く。


「ああ!!」


 彼女は玲衣子を抱き上げると、屋根を下りていく。

 これで大丈夫だ。

 それを横目で見送って俺は、鉄塊を愛沙へと突きつけた。

 そんな愛沙は、薄く笑って俺に言う。


「運営に幾らもらったか知りませんが。十倍出すので。こちらに付きませんか?」


 俺は鼻で笑った。


「お前さんは。迫ってくる竜巻に命乞いするのか? 逸れてくださいと言うのかね?」


 んなことするより逃げた方が確実だ、と俺は切って捨てる。

 すると、愛沙は不快そうに顔を歪めた。


「金でないのなら、では、女?」

「いや?」

「さすれば、地位?」

「いいや」

「ならば、人望?」

「否」


 繰り返される言葉に、次第に愛沙の顔に怒りが見え隠れしてくる。


「ともすれば、何故?」

「勢い、我侭、義理、友情、一時の気分、そのどれかだな。どれかは俺にもわからねえ、全部かもしれん」


 多分全部だ。

 その俺に、遂に愛沙は怒りの形相を向けた。


「何故っ……! 何故お前の様な何も考えていないようなものが一族の悲願を……! 夢をっ!!」


 俺は逆に、笑みを深める。


「お約束の台詞を言ってやろうか?」


 別に勝手にお人形遊びするだけなら構わないのだけど。


「――人に夢と書いて儚いんだそうだ。吹けば飛ぶ、儚い夢ってか?」


 俺の眼に付き、気に入らないなら吹き飛ばす。

 我侭に、自分の都合で。


「くく、ははははははっ!! 私をこうまで怒らせるのは、貴方が初めて」

「で、あんたが相手してくれんのかい?」


 気が付けば、愛沙は濡れて酷いことになっていた。

 室内にも雨は降り続いている。場で濡れてないのは俺くらいだ。

 故に、濡れに濡れた愛沙の顔はまるでそれこそ人外のようだ。


「私が貴方の様な化け物を相手にするとでも!? 当主をお呼びします」


 当主。

 先程からあるまったく微動だにしないもう一つの気配か。

 簾の向こうに向かって、愛沙は呼びかけた。


「春奈様! 出てきてください!! 春奈様」


 簾の向こうの影が、動く。

 小さい。

 幼いというのは本当らしい、まるで子供だ。

 そして、遂に、その簾が役目を終えた。

 音もなく、その簾が落ちたのだ。

 その向こうに居たのは、美しい少女。

 地に付くほどの長い長い蒼い髪。

 透き通るような碧い瞳。

 華美な純白のドレスで着飾った穢を知らないような美しい少女は、簾に仕切られていた聖域から抜け出して、言った。


「やっとわたしの出番ね!? 相手はどいつ? この春奈サマがぼっこぼこにしてやるんだから!!」


 俺は反応に困った。

 思わず、指を指してしまう。


「えーと……、うん。アホの子?」


 愛沙は、少し恥ずかしそうだった。


「頭以外は完璧なのでっ」


 意外と苦労してんだな、と俺が思った最中、春奈とやらはじろり、と俺を見る。


「アンタが私の相手なのねっ?」


 愛沙が追従する。


「そうです。あれを潰しなさい」

「了解っ! アンタの命令聞くのはあれだけど、目立ちたいから聞いてあげるわ!」


 おうおう、やたらと気性の荒い子だな。

 思わず力が抜けたその瞬間。


「じゃあ遊ぼう!?」


 春奈は俺の目の前に居た。

 拳が、振りかぶられている。

 愛沙が叫んだ。


「ふふっ! 春奈は私の最高傑作っ!! 天狗ごときがどうにかなる存在ではないので!!」


 そして、振り下ろされる拳。

 それを俺は――。


「え?」


 普通に掴んでいた。


「いや鈍い。鈍い、鈍すぎる。鈍すぎて涙が出る」


 確かに速い。

 その速度自体は大妖怪並み。

 確かに苦戦しそうな強さだ。

 しかし、先読みができて、わざわざ陣を張った俺にしてみれば、まるで遅く話にならない。

 陣の内において俺の状態は飛躍的に向上している。

 陣を張るのは時間がかかるし、天狗相手だったりすると、相手も強化されるからおいそれと使えないが、相手が天狗以外なら、ここまでの差が生まれる。

 俺は、掴んだ拳を離すと、ドレスの襟首を持って、春奈を俺の目線の高さまで持ち上げた。


「見た目は可愛いんだがなー……。まあ、それはどうでもいいか」

「はーなーせー!!」


 じたばたする春奈を半眼で見つめながら、俺は彼女に聞く。


「お前さん、何歳よ」


 春奈は、素直にも、指を折りだす。

 その答えは、俺にとっては予想外のものだった。


「えーと、いち、にー、さん、よん、ごー、ろくさい!!」


 どうだ、数字を数えれるんだぞ、偉いだろ、とでも言うようにぶら下がったまま腰に手を当て胸を張る春奈。

 そうか、人造人間の類だからそんな可能性もあるのか。

 ただ、精神年齢はそれなりに上げるもんだと思ってたが、年齢そのままな気がするのはどうかと思う。


「六歳じゃなくて七歳なのに……。ああ、どこでどう間違って神童からこうなったので……?」


 愛沙が哀しげに呟いた。

 なんだか、この無邪気な少女を殴りにくくなってきた。

 俺はどうにかできないものか、と会話してみることにする。

 まずは相手の状況を知ることとしよう。


「なあ、お前さん、もしかして自由に外とか出れない派?」


 元気よく春奈が肯く。完全に戦闘の事はすっぽ抜けている。


「うん。出してくれない!」


 お約束か。

 まったくもってお約束だ。深窓の令嬢らしくやはり色々と制限されてるらしい。

 こうなっちゃあ仕方がねえ。


「これ終わったら存分に外に出てよくなるから、ちょっとだけ大人しくしてくれんかね」

「マジで!?」

「まじまじ」


 食いつきは、凄まじかった。


「お兄さんが飴ちゃんもくれてやろう」

「なにそれ」

「甘くておいしいお菓子だよ。全部終わったらくれてやる」

「ほんとう!?」

「本当だから、ちょいと外で大人しくしててくれよな」


 しかし、その顔は不満そうで。


「でもまだ遊び足りないー!」


 ああ、でも何とか丸めこんで戦闘は回避できそうだ。

 そう思ったその時。


「後で遊んでやるから」


 何気なく言った一言。

 これは地雷だった。

 風の予知が変更。

 春奈の動きが一瞬止まり、


「嘘ッ! 嘘だ!! 嘘、嘘嘘嘘!!」


 かっとその目が見開いた。


「嘘だ嘘に決まってる。絶対嘘、必ず嘘。大人は皆そう言うんだ! そう言って――」


 思わず手を離した俺に、拳が迫る。


「嘘を吐くッ!!」


 俺はそれを首だけずらして回避。

 わかってはいたが、風圧だけで、俺の頬に傷が走る。


「そう上手くいかないってか……?」


 完全に地雷踏んだなこりゃ。

 俺を殺そうという殺意が感じられる以上、これ以上の説得は不可能。


「仕方ねーや。悪ガキめ、遊んでやるよ。付いてこれるならなぁッ!!」


 瞬間、俺の姿は掻き消え、そして――。


「一手目、避けられるか?」


 春奈の後ろに、発生した。

 振り下ろされる鉄塊。

 高速ではなく、発生の領域で振るわれたそれを、春奈は異常な反応で受け止めた。


「っ、ふ! そう、それ!! もっと遊んでよ、もっと、もっともっともっともっと!!」


 そう言って春奈は笑っている。

 既に正気の眼ではない。


「今度はこっちから行くわよ?」


 その春奈は、強引に拳を振るう。

 俺にめり込む拳。


「当たったっ!! 私の勝――」


 勝利宣言をしようとしたそのときに、俺は再び掻き消えた。

 そして、背後に出現。

 だが、その攻撃も弾かれる。

 それきり、攻撃はせず、春奈の拳が間断なく襲いかかる。


「良い勘してやがるぜまったく……」

「ふふふっ! イイわっ! おじさんが一番楽しいよ!?」

「お兄さんと呼べッ!!」

「わたしに勝ったら考えてあげなくもないわっ!」

「じゃあ勝つとするさ。お前さんにはどうも常識って奴を教えてやらんとならないっぽいしな!」


 拳を鉄塊で弾きながら、俺は春奈と会話を繰り広げる。

 そうすることで、概ねこの娘の境遇とやらは知れた。

 別に拳で語り合って相手の気持ちが知れるほどの熱血漢ではないし、知れたから解かったと言えるほど人の心に詳しくないが、言動を見ていれば想像はつく。

 後で遊んでやるという言葉に過剰に反応するのはどうせそう言って数珠家の人間が春奈を避けて来たからだろう。

 多分、春奈が当主なのは、現状で最も完成された者が当主たるべきという辺りの理由で愛沙が強引に仕立て上げたんじゃないだろうか。そりゃあほの子、愛沙も阿呆が当主の方がずっとやりやすかったろう。

 でも、春奈に求められていたのは当主が無能であることだけでそれ以上はどうでもよかった。

 だから、誰からも相手にされなかった。

 どうせんなこったろうさ。

 それでこうも病まれると本末転倒だろうに。

 いつか暴走したらどうする気だったのやら。


「っと、ほい」


 軽く受け流し、拳を避ける。

 いい加減に、春奈は焦れて来た。


「なんっ、で、当たらないの! この、このっ!」


 むやみやたらに風を切って振るわれる拳を俺は避け続ける。

 そして、春奈が一度、大きく距離を取った。

 それを見ながら、俺は一つ呟いてみる。


「なあ、愛沙さんよ」

「なにか?」


 見ないで呟いたものの、正しく届いたらしく、愛沙が返事を返す。


「いやさ、あれってお前さんの最高傑作だろ?」


 何故そんなことを聞くのか。当然だろうに、とでも言うように、その声は馬鹿にしたようなものだった。


「そんなことを言っている余裕が貴方にあるので?」


 愛沙がそう言った瞬間、かなり向こうにまで距離を取った春奈が、まるで飛ぶようにこちらへと突進してくる。


「いや、俺が聞きたいのはそう言うことじゃなくてだな? なんつーか、あれだ、最高傑作だから普通より頑丈だよな?」

「その質問に何の意味があるので?」


 凄い勢いで春奈が俺に迫る。

 その速度は弾丸の様で。

 そんな中、三者三様の声が上がる。


「あああああああああああああッ!!」

「ほら、もうすぐそこですが」

「いや、俺が聞きたいのはだからだなあ……」


 そして遂に俺を春奈の拳が穿とうとし――。


「俺が本気でぶん殴っても大丈夫だよな、ってことだよッ!!」


 俺の拳を頭に食らって叩き落とされた。


「え?」


 愛沙は驚愕。

 そして床に顔面を強打した春奈は、後頭部を抑えて立ち上がった。


「いっ……、たぁあああっ! なにすんのよ!?」

「教育的指導」


 俺は抗議の声に、胸を張って返す。

 打ち降ろすような拳は殴るというより、拳骨と呼ぶにふさわしいもんだった、と我ながら思う。

 ともあれ、一旦春奈は落ち着いた。


「あれれ? ふらふらする……」


 というか落ち着かせた。

 これでこっちは大丈夫だろう。


「そんなわけで、お前さんは大人しくしてろ、な? 次も付き合ってやるから」


 できればこんな命の取り合いじみたことは御免だが、まあ、もう少し平和的なもんなら付き合うのも吝かではない。


「次っていつよ?」


 拗ねたように春奈が聞いた。


「知らん。早けりゃ明日でも」

「うう、わかった。あんたはわたしと遊んでくれたもんね……」


 何かを確かめるように春奈は呟く。

 そして、すぐに無邪気な表情、悪く言えば阿呆面を晒して、俺に言った。


「あ、でも、そこの愛沙のおばさんからは守ってね? わたしのことこっぴどく叱るんだから」

「へいへいってことで、そこで待ってろ」


 言いながら俺は、愛沙の元へ歩き出す。

 愛沙はと言えば、非常に驚いた顔をしていた。

 まあ、切り札をあっさり無力化されれば、当然と言えば当然かもしれない。

 俺は呆然とする愛沙に切り出した。


「さて、お前さんの手駒は失われた訳だが。どうする?」

「う、ぐぐ。人形よっ! 動きなさい!! 動いて敵を滅しなさい!!」


 下の方で、何かが蠢くのを感じる。

 多分、号令で人形がバラバラ状態で再び動き出したのだろう。

 だがしかし。


「終わりだよ。もう人質は居ないんだぜ?」


 俺が一人で片づけたものが劣化した程度。運営側なら息をするように消し飛ばすだろう。

 もう閻魔に交渉が通じなかった時点でこの戦いの趨勢は決まっていたのだ。

 違いは人質の安否位か。

 だが、それでも諦められないのが人間だ。


「夢を、夢を追い求めるのがそんなに悪いことなので!?」


 雨に濡れた頬に涙が混じっているのかもしれない。

 真相は闇の中だが、その顔は悲痛。


「知らん」


 俺はきっぱり言い放った。


「できるなら好きにしろよ。でも人に迷惑掛ける様なことするなら、邪魔される覚悟くらいしとけってな」


 迷惑掛けるのが駄目とは言わないが、人の都合を無視するわけだから、都合を無視して邪魔されても文句のつけようはない。

 愛沙はぼんやりと呟いた。


「何故……、何故こんなことに」


 そんなこと、分かり切っている。


「弱かったからだろ」


 力があれば、何しても構わないだろう。目の敵にされても良いなら。復讐されても追い返す自信があるなら。


「もしくは、お前さんが夢を諦めなかったからだな」


 淘汰されるのは仕方のないことだ。


「でも、私にはそれしかない……。他に何があったので……?」


 多分色々あったのだろう。自分が失敗作だったとか、未完の夢があったとか、周りの期待とか。

 周りの者は色々な思いを持っていたが、しかし彼女はからっぽだった。

 だから、手近に当った完璧な人間を創るという夢を己が夢としたのだろう。

 だが、その他に選択肢はあったのか。

 それこそ知らんよ。


「ただ、それにしがみ付いて他に目を向けようとしないのが悪かったんだろ」


 楽な方に逃げた、とも言えなくはない。

 そのツケが今回ってきているとも。

 楽な道へ行こうとすると、落とし穴が待っているというものだ。

 楽して金稼ごうとして盗みを働けば捕まるように、楽に研究しようと地獄に喧嘩売った結果がこれだ。


「だけど……、今更どうしろと? 諦めろと? 諦めて新しい夢でも見つけろと言うので?」

「好きにしてくれよ。諦めたいなら、諦めろ。まだ死者はでてねーから、そんなに重くねー罪ですむだろ。どう頑張ったってあれで甘えところあるからな、美沙希ちゃんは」


 命をもてあそぶ、とはいっても、別に魂魄から無理矢理精神引っぺがして人形に突っ込むって訳でもないのだ。

 それに死人も出させていない。これから出るなんてポカは閻魔はやらかさないはずだ。

 だから、これからしばらくは留置所行きでも、何百年もというのはないだろうし、消滅刑はもっとない。

 そも、ここは地獄だ。何百年掛かっても死なない。それゆえその後愛沙は自由になる。

 だが、そうも簡単に人は見切りをつけられない。


「だけど……、私には。しがらみが、責任が。今更やめることなんて……」


 研究施設とか、掛かった金とか、周りの人間の想いとか。

 そう言うものだろう。途中まで追った夢、えいと捨てるにはちょいとばかし重い。

 わかりやすく言えば、やめたいけどここまでやった責任とかあるからおいそれとやめれない、だ。

 だから、俺は言った。


「俺を誰だと思ってんだか」


 だったら、諦めざるを得ない状況に持っていけばいい。


「竜巻台風暴風嵐、何でもいいけどな。通り道においとけば、とりあえず何でも吹き飛ばすぜ?」


 愛沙が、はっと俺を見上げる。


「さあ、どうする?」

「私は……」


 思案するように顔を伏せそして彼女は顔を上げる。

 愛沙は、一つ微笑んだ。


「――じゃあ、諦めない。最後まで足掻くので」

「了解、ならば――」


 それを俺は吹き飛ばす。












 ―PM2:30―


「さて、じゃあ、突入しましょうか?」


 対策本部でそう言ったのは、由比紀。


「来ていたのですか」


 ふと振り返った閻魔に、由比紀は笑みを返す。


「まあ、ね? どうにかできないかと見守ってたのだけど。まあ、杞憂だったみたいでなによりよ」


 流石に銃を撃つより速く動くなどできなかったから、無意味だったけどね、と自嘲気味に笑って由比紀はそのまま本部を出た。


「それじゃ、一足先に行くわ」


 歩き出した足は、死体蠢く中庭を通り、城内へ。


「なんか、……凄いぼろぼろね」


 余りの惨状に思わず同情する。

 しかし、余り多くの暇はない。

 上半身だけで這いずる生物やらがやたらに蠢いて近づいてくるのだ。


「まったく、気持ち悪いわね」


 由比紀は、軽く手を前に突き出して、人差し指を立てる。


「まあ、良いわ。あっさりと殺してあげるわ」


 その周りに紅蓮の炎が立ち上った。


「美沙希ちゃんが閻魔王なら、私は炎魔皇よ? 焼却処分にしてあげるから、成仏なさい?」





 ―PM2:35―


 由比紀に少し遅れる形で、運営も遂に突入を開始した。

 鬼たちが金棒片手に雄叫びをあげながら、人形の残骸を蹂躙していく。

 それらの戦闘に立つように、鬼兵衛と酒呑童子は居た。


「さて、僕らも仕事しないとね。このままじゃ給料泥棒なんて言われても言い返せない」

「まあ、大差ねえなァ、オイ……。ま、ぶっ飛ばそうぜ、好き放題によぉ!!」


 巨大な金棒を酒呑が一振りするたびに、人形は肉塊に帰っていく。


「まったく、真面目にやるべきだと思うけどね」


 そう呟いた鬼兵衛の手には、符。

 近づいてきた人形の額になんの淀みもなく貼り付け――。


「さて、我輩もやらせてもらうとしようか」


 爆発。

 千切れ飛んでいく肉塊に何の感慨も持たず、二人の鬼は殺戮を開始した。


 こうして、事件は終結に向かう。










 ―PM2:45―


「さて、最後の切り札、とくとお見せいたすので」


 愛沙は、俺と庭に下りてきて、一番に言った。

 ちなみに人形は下りるときにすっ飛ばした。


「ふん、何が来ようとふっ飛ばしてやんよ」


 既に無意味ともいえる戦い。

 というか完全に傍から見れば無意味。

 だけど、まあ、愛沙にとっては意味があるだろう。

 数珠家の何もかもを、愛沙の持つ研究の全てを。

 俺が壊すことでやっと夢に諦めが付く。


「出てきなさい。エクスマキナぁッ!!」


 色々あるけど、全部壊れてしまったから、仕方ないや、という奴だ。

 それでこそ、終止符が打てるというもの。


「む」


 不意に地が揺れた。

 この地響き、何かが出てくるような。

 その揺れに反応してか、場に閻魔が駆け込んでくる。


「何事ですか!」

「おお、閻魔殿よ。そっちは大丈夫なん?」

「問題ありませんが、それより、これは?」


 未だ揺れる大地を、閻魔は怪訝に見渡した。


「知らん、数珠家最後の切り札だそうだ」


 すると、彼女は少しばかり驚いて、目を丸くする。


「まさか……」


 なにか知ってるのか、と聞こうとしたその瞬間。

 一際大きく地面が揺れ、そして割れた。

 割れた地面は広がって行き――。


「……なんじゃこりゃ」


 地からそれが姿を現す。

 余りの非常識さに、突っ込まざるを得なかった。


「なー……、数珠家って人間作ってるとこじゃなかったんかい。生物学だろ?」


 俺は思わず苦笑い。

 閻魔は愛沙を示して言った。


「彼女は天才科学者ですよ。人間を創るには生物学はもちろん、化学、物理学、地学とあらゆる方面の学問をある程度究める必要がありますから」

「あー……、うん、一応わかった」


 まあ、言いたいことは分かった。

 だがしかし、しかしである。

 姿を現したそれは。

 まるで西洋騎士と武者を融合したかのような硬質な鎧が、腕を組んでいた。。

 その間から見え隠れする意味深な配線やボルトはどう見ても。

 ああ、例え数珠家が、愛沙が天才科学者だからって。

 そう、それは立っていた。

 城に匹敵する程の大きさで。



 ――巨大ロボは、ねーよなー……。



 それは雄々しく立っていた。


「……まあ、切り札だな」


 まさしく切り札。

 その腰の剣は、まさしく敵を駆逐する。


「私が相手しましょうか?」


 閻魔は心配して言ったのだろう。まあ、ここまで戦い通しなので当然と言えば当然。

 だが、俺はそれを断った。


「そんなら、こっちも切り札、切らせてもらうだけさね」


 閻魔がこちらを向いて、問う。


「できるのですか?」


 俺は不敵に笑って見せた。


「この空の下で最強なのは、俺だけだ、ってな」


 閻魔はそれに肯き、俺に背を向ける。


「……。わかりました、この場はお任せしましょう。私は内部に」


 そう言って走り去る閻魔を見送って、俺は愛沙を見た。


「じゃ、やろうぜ?」


 愛沙も、やはり笑っている。


「貴方の切り札、見せていただくので」


 エクスマキナとやらの、刃が振り上げられる。

 さて、行くとしようか。

 俺は鉄塊を持ち上げた。


「行くぞ? さっきも言ったが――」


 切り札、そんな物はぶっちゃけるとない。

 あるとすれば、この身一つ。

 この嵐の中、切り札は俺一枚。

 容赦なく切ろう。


「今日の俺はッ!!」


 ――鬼札が、嵐の中風に舞う。


「終始全力っ、最高潮だぁああぁあああああああああッ!!」











 ―PM3:00―


 ひたすら砕き、殴り、切り裂いて。

 遂にそれは剣を失い、既に鉄屑寸前のかろうじて動くものになり下がった。

 最後とばかりに、それは腕を振り上げる。

 俺は、受けて立つとばかりに、右側に、鉄塊を構える。

 そして、振り下ろされた拳と鉄塊が。

 重なる。

 がりがりと音を立てて、俺は地面を足で引っ掻きながら後ろに下がっていく。

 流石に巨大ロボット。膂力は半端ない。

 だが、これ以上は駄目だ。

 俺は、今一度地面を踏みしめる。


「因縁とか妄念とか、全部ここで終わりだ。これで終わる。お前の役目もお仕舞いだ」


 下がっていた足が止まる。

 ここにきて、力比べは拮抗する。


「なにはともあれこれにて終演」


 そして俺はあっさりと、その拳を押し返した。


「お前さんも、退場だ」


 押し返されたエクスマキナは、大きく仰け反り、城へと倒れこんだのだった。









 ―PM3:20―



「諦め、ついたか?」


 俺は、地面に座り込んだ愛沙を見下ろして、問う。


「貴方が諦めさせたので。強引に」

「それもそうさな」


 言って、俺は笑って見せた。

 愛沙は、呆れたように笑った。


「何もかもめちゃくちゃ。……貴方が全て吹き飛ばしたから」


 恨みがましく言ったくせに。

 そう言った顔は、憑き物が落ちたように晴れ晴れとしている。


「私は、これからどうすればいいので?」


 わからない。

 俺は人生相談屋ではないのだ。人の人生なんぞ全くよくわからない。

 だけど、少し格好つけて見ようかと、思った。


「恋でもしたらどうだね? 愛は人生を豊かにする、らしいぞ?」


 返事は一拍遅れて帰ってくる。


「貴方が言っても、信用はないので」


 俺は溜息を返した。


「そりゃそうだ」


 さて、いい加減帰るとしよう。

 今日は疲れた。後始末は全部任す。

 色々と義務を放棄して、俺は踵を返した。

 そんな時、背中越しに声が掛かる。


「あなた、名前は?」

「薬師。如意ヶ嶽薬師。如意ヶ岳の大天狗だよ、覚えとけ」


 言って、片手をぞんざいにあげてから、俺は歩き出した。

 いやはや、これにて一件落着か。


「世は事もなく。相も変わらず太平也」









 その時だった――。









 背後で轟音。




 ドン、とかドガン、っていうような事態ではない。

 あえて表現するなら、ズドオオオオオンッ! か。

 俺は、恐る恐る振り向いた。

 ああ。


 ――城が完全に崩れている。


 中に入った運営一同を巻き添えにして。

 ああ、そう言えば、と俺は思い出した。

 容赦なく柱を壊しながら戦闘し。

 その後嵐の直撃を受け、更に水浸しになり。

 更にその中で大規模な戦闘があれば、城だって悲鳴を上げる。

 そして俺が、エクスマキナをはっ倒して、遂に限界が訪れたと。

 それを見て、俺は――。



「俺知らね」



 ――見なかったことにした。

 振り向いた首を戻して歩きだす。

 呻き声とかが聞こえるが、気にしない。

 皆鬼だ。きっと死にはしないだろう。

 俺の中ではこれで決着なのだ。ああ、決着だ。

 地獄の雌雄を決するこの騒動。

 これを一言で表すのなら。



「いやもう、あれさね。笑うしかねーってか?」






 ――そして俺しか立ってなかった。







―――
これにて決着。好き放題やりました。
巨大ロボはロマンです。
ああ、後、鉄塊のスペックが間違っていたので修正しました。


ついでにエクスマキナさんはどう頑張っても言葉で表せないので書き起こしてみました。再登場するか知りませんけど。勢いで書いたのでその内清書して色塗りしたいです。
http://anihuta.hanamizake.com/exmakina.html


余談。

そう言えば、またメールが舞い込んで来たのですが――。
このメールがなんとも言えないと言いますか。
とりあえず、文面を要約するとこんな感じ。


ちなみにあんまりあれなので読み飛ばしておーけーです。
いえ、読み飛ばしてください。


>>前回の終盤で使われていた薬師の詠唱はオリジナルですか?
参考までにオリジナルなら由来を、何かの既存のものなら原典を教えてください。
それと、格好良い詠唱をつくるコツはありますか?

で、なにが言いたいのかというと――。

羞恥プレイですか。羞恥プレイですか。

大事なことなので二回言いました。
自分の考えた呪文を人に説明するこの恥ずかしさ。
まあともかく。説明いたしましょう。そこまで言うなら。


『九天応元雷声普化天尊』

これは雷神の名前ですね。呼ぶだけで雷が起こせるなんていうお話もあります。

『風天風伯八首龍』

風天も風伯も風神の事です。で、八首龍は、八岐大蛇ですね。ちなみに水を指してます。

『風雨風雷晴嵐神風』

この辺から適当です。意味は見た目通り。

『古今東西森羅万象』

完全に適当です。概ね、ありとあらゆる全て、ってところです。

『万事一切風任せ』

まんまですね。何でも風任せにしますよという投げやり宣言。

総括すると、雷と風と雨で陣を張るよ的な感じです。完全に説明不可なので感じ取ってください。
コツとしては、ひたすら語呂を追求すればいいと思います。

と、ここまで書いて頬が熱くなりました。これが限界です。



では返信。


春都様

薬師が出た時点でゲームオーバーなのは確定的に明らかですからね。
天狗の出没しない地域でやれば平和的に生きれたのに……。
今頃閻魔も瓦礫の下です。白黒はっきり付けた結果がこれだよ!
出没した時点でゲームセットの薬師さん、やっぱりフラグは立っている。


氷長様

コメントどうもっす。
ええ、鉄塊です。何故かうちのパソコンはてっかいで変換できない鉄塊です。
野郎のロマンだと思います。巨大超重量武器って。
巨大ロボもロマンだと思います。巨大ロボに鉄塊で立ち向かえばもっとロマンだと思います。


奇々怪々様

テンション上がり過ぎて凄いことになってましたな、薬師。やり過ぎにやり過ぎを重ねた結果、城崩壊ですが。
李知さんも告白したことを早まったと仕切りに後悔してるでしょう。
愛沙から小物臭はしましたが、真の小物は出会いざまに殴り飛ばされた数珠家のモブだと思います。
薬師の詠唱は完全に語呂がいい感じなるようにしましたから。叫んで気持ちいいようなのがやっぱり良いと。


SEVEN様

そいつはもう、巨大ロボを鉄塊でぼこる程無双していきました。
城も一個崩壊しました。
無双した結果がこれだよ、という余りの傍迷惑さに脱帽です。
そして、暁御の出番も先延ばし。酷い迷惑具合です。


Eddie様

当社比三倍です。おもに速度とか。当社比三倍というか、当社悲惨倍という勢いでしたが。
巨大ロボットをボコにするのも十五分。なんというか、人の努力を一瞬で無為に帰すのに特化してますね。
積み上げたモノが一時間チョイで崩壊ですから、それなんて悪夢。
もうどっちが悪いんだか分らない。


リーク様

鉄塊は大体そんな感じでしょうかね。刃すらついてない長方形の塊ですが。
地獄無双~猛将伝~が始まりそうなほど無双してましたね。
薬師はもう当然の様に廃スペック、というか厨スペックというか……。
やればできるフラグ立て具合というか……。


通りすがり六世様

鉄塊です。折れてませんし、父さん龍も居ませんが。
そりゃもう大暴れですね。城一個崩壊させる一級犯罪者です。
強そうなイケメンを出オチにさせた罪は重いです。
一番の罪はフラグ違法建築だと思いますが。


光龍様

カリスマは最後に城と共に崩壊しました。
今頃藍音辺りにからかわれてるでしょう。
しかし、百話目で宴会ですか。それも良いですね。
何個か案が出たような出てないような百話記念暁御登場とか考えてましたが、選択肢の一つに入れたいと思います。


I・B様

コメント感謝です。
本人はいたって真面目。しかし、セーラー服ッ!
考えるだけで緊張感が三割減。ただでさえカリスマが暴落気味なのに……。
薬師は途中までカリスマ急上昇だったけど、結局崩壊しました。


あも様

そりゃもうやりたい放題でハイ状態でしたね。
巨大ロボと戦ったり、イケメンを出オチさせたり。城潰したり。
しかし、鉄塊の幅と厚みが一緒の場合、ということは書き忘れてた幅四十センチが追加されるとtレベルに……。
李知さんは、一回告白したんだし、攻めの姿勢でこれからも頑張ればいいと思います。


蓬莱NEET様

今年最初の薬師無双でした。
とりあえず色々粉砕☆玉砕☆大喝采しましたね。
文字通り鉄塊で粉砕していきましたよ。
見ろ、城がゴミの様だ!


ヤーサー様

テストですか。一月後にこちらも襲いかかってきますね。おもに友人に。
好き勝手暴れた結果、味方の被害まで凄いことになりましたが、まあ。
薬師を場に出した結果ということで諦めるほか無いですね。はい。
好き放題暴れて好き放題フラグ立てて行きましたけど、仕方がないです。薬師ですから。





出番堕天録~アキミ~は、次回から再開します。





最後に。

「あんまりだぜ……」
       byエクスマキナ



[7573] 其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/06 21:52
俺と鬼と賽の河原と。




 地獄全土を揺るがしたような気がしないでもない事件から、一晩明けた。

 あれから、まあ、色々とあった。

 とりあえず、やっぱり死者は出なかったらしい。

 流石鬼だぜ、というか鬼兵衛やら酒呑やら閻魔に閻魔妹が突っ込まれてて城ごときでどうなる訳もなし。

 あっさりと全員無傷か軽傷で脱出したそうな。

 で、監禁幼女、というとアレな響きだが、監禁幼女こと数珠春奈は、全体的に監禁されていただけなので、その場でとっとと解放。

 しばらくは運営のお世話になるそうだ。

 そんで、愛沙の方は、もうしばらく掛かる、と閻魔は言っていた。

 流石に首謀者は裁判を免れないそうで。

 とはいっても、死人はでなかった、というか全部がある意味壮大な未遂だった訳でやっぱりそんな大事にはならないらしい。

 よって、長くても年数二桁行くか行かないかで自由の身、だそうだ。

 それに、場合によってはかなり短くなる、とも。

 甘いような気もするが、まあ、美沙希ちゃんらしいとは思う。

 最後に、俺が閻魔に小一時間ほど城崩壊について罵られたのは、まあ、余談の範疇ってことで。

 と、まあ、こんな風に色々あった訳だが。

 今回の事件解決の立役者、この俺如意ヶ嶽薬師は。


「うだー……」


 未だベッドの上でぐったりしている。








其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。








 何故、って、あれだけ昨日はしゃげば当然である。

 おかげで、俺は今日ベッドの上以外で精力的に動くことはないだろう。


「では是非私とベッドの上で精力的に活動してください」


 聞こえて来たのは藍音の声。


「藍音か。てか声に出てたのか」


 まあ、本当のことを言えば、俺は今日も仕事な訳だが、それはそれ。

 閻魔様直々にお休みを貰ってるのだから仕方がない。

 というか、この上働けと言われたら、閻魔に鬼畜の烙印を押さざるを得ない。


「で、どうしたんだ?」


 俺の問いかけの答えは、極めて簡単だった。


「昼食ができています」


 なるほど、昼食。藍音の手に盆が握られているのを見るに、その通りなのだろう。

 その答えは理解した。

 が、俺の疲れは理解以上に不可解だった。


「食べさせてくれ」


 いや、ね?

 箸持つのもだるいっていうか、ね?

 ただ、一応冗談のつもりだったんだ。


「わかりました」


 握られる箸、身を乗り出すように接近する藍音。


「すまん。そこまで嬉々としてやられるとは思ってなかったんだ」


 俺としては、なに横着してるんだ、とっとと食えや的なこう、もっと冗談ぽい展開を希望していたのだが。

 藍音は既に箸を差し出している。

 まずい、このままでは実にいかん。

 藍音がこのままで終わる訳が――。

 ……。

 …………。



 ――危ない所だった。

 まさか口移しで食べさせられそうになるとは。

 本人曰く、


「……ものを噛むのも面倒でしょう」


 とのことだが、ある意味横着すんなとの注意なのかもしれない。

 なるほど、効果的な手だ。この通り、被害が甚大過ぎて笑えない。。

 とりあえず藍音にこの手の冗談は使わないことにしよう。

 と言って使って後悔するのが俺だが、まあ、なにも思わないよりましと思うことによって気分を誤魔化してみる。

 そんで、なんとなく満足げな藍音を見ること数分。


「ところで」

「なんじゃい」


 ふと上がった声。


「マッサージ、しましょう」


 マッサージ、按摩、どっちでもいいが、疲れた俺には大歓迎だ。


「おう、頼むぜ」


 その言葉に呼応して、藍音は自身の首のリボンをしゅるり、とほどいた。

 俺がそんなにやる気なのか、と思ったそのとき。

 藍音はそのまま首元のボタンをはずすと、徐にその服をはだけさせる――!!


「何故脱いだし」


 思わず俺は突っ込みを入れた。

 入れざるを得なかった。

 藍音は答えた。


「元来マッサージとはタイの国王の疲れを癒すためのものだったのです。しかし、マッサージの最中というものはどうしても無防備になるもの。暗殺の危険も付きまといます。それ故、古のマッサージ師は仕事の際に全裸になることで己が身の潔白を証明したのです」

「へー……。そうなんか」

「という話を今でっち上げました」

「おい」


 よく考えてみれば、その嘘蘊蓄も藍音が裸になる理由とまったく関係ないよね。


「傷ついた。お兄さんの純情な心は傷つきました」

「純……、情……?」


 そんな凄い驚いたような顔されると、哀しくなってくる。

 こういう時だけ表情豊かなんだな、お前さん。

 俺が半眼で藍音を見ると、彼女はしれっと言って見せた。


「大丈夫です。適当にでっち上げたのですから、もしかしたら本当かも知れません」

「なにが大丈夫なのか皆目見当もつかない」

「検索してみたら如何でしょう。マッサージ師、全裸辺りで」

「どんな変態だよ」

「大丈夫です。どんな変態でも私は貴方を愛します」

「なにが大丈夫なのか皆目見当もつかない」

「貴方がどんな社会不適合者でも私が養います」

「わーい、そりゃあんしんだね」


 安泰すぎて涙が出てくる。

 ともあれ、その按摩なのだが。


「うん、まあ……。按摩はもういいか。もういいな」


 むしろ食事の攻防から余計疲れた気もするが、気にしないのが男というものだろう。

 まあ、という訳で、按摩は終了。

 そうして藍音は次の行動に移った。

 まったくさっきからなにがしたいのかよくわからんが忙しいことで。


「では、疲れを癒すためにマムシでドリンクでも作りましょうか」


 マムシと言えば、滋養強壮よりも別な用途が思い浮かぶんだが。

 しかし、それにしても妙だ。

 藍音の奴、今日に限って妙に饒舌に話してくる気がする、というか。

 俺との会話を途切れさせないようにしているというか。


「やめてくれ。つか、俺になにをさせたいんだ……?」


 途端に、わざとらしくもじもじとし出す藍音。

 無表情で。


「それを私に言わせる気ですか……?」

「似合わん」


 本当にもじもじされるのは別に良いんだが、藍音なりの冗談の表現として、無表情が付属するので薄気味悪い。


「じゃあ私と事に及んでください」

「断る」


 切り替えが速え!

 女って怖い。















 そんな感じの冗談を続けて、どれくらい経ったのか。

 時間の感覚が薄くなってきた頃、ぽつりと藍音は言った。


「お怪我は、ありませんでしたか?」

「ねえけど?」


 昨日の一見においての怪我は、せいぜいが春奈の拳が掠めて掠り傷ができた程度。

 後はまったくない。


「で、いきなりどうしたん?」


 俺が聞くと、一瞬の間が空いて、藍音の声が空気を震わせた。


「これでも心配してるのですが」


 ああ、なるほど、と俺は肯いた。

 同時に、素直じゃない、とも。

 俺は苦笑して、あえて話を変えることにする。

 心配されているのにわざわざ困らせることもない。


「ところで、鉄塊がこっちに来てるってことはお前さんが死ぬ時身につけてたってことだよな?」


 俺の追加武装、十手その他は、藍音が持ってきたものだ。

 と、いうことは。


「貴方が亡き後、あれの使い手は私位でしたが」


 何でもないように告げてくる。

 鉄塊振りまわすメイド……。


「まあ、流石にある程度以上は使いこなせませんでしたが」


 だと思う。


「別に舐めたり抱きしめて寝たりはしてませんから安心してください」

「いきなり不安になるようなことを言わないでくれまいか」

「残ったスーツの匂いを嗅いだりはしましたが」

「正直すまんかった」


 にやにやしてるのが気取られたのだろうか。

 意趣返しとばかりに藍音は俺をからかっている。


「……ですが。やはり本物ですね」


 そう言って、藍音は俺の首に手を回した。


「おい」


 首元に顔を近づけ、俺の臭いを嗅ぐ藍音。

 そうした当初はまあ、好きにすればいいと思ってたんだが――。

 嗅がれる事数十秒。微妙な気分に、というか、次第に恥ずかしくなってきたというか、要するに。

 ――生まれて初めて、加齢臭が気になった。


「……すまん、加齢臭が気になる年頃だからいい加減にしてくれ」


 普段気にしてなかったが、こうして嗅がれるとなんか気になるね。

 しかし、藍音はやめない。


「……落ち着く匂いです」


 首元に吐息が掛かる。

 なんか微妙な気分になってきた。

 何やってるんだろうなぁ……、俺。

 だが、無理矢理引きはがす気力もない。

 結局、藍音が離れてくれたのは、一分か二分過ぎた後だった。


「……満足したか?」


 その答えは、はい、であると俺は予想した。

 予想したのだが。


「まさか。私が匂いを嗅ぐだけで満足している訳がありません」

「なんだ、夜毎疼く体でも持て余してんのかよ」


 げんなりと言った俺だったが、対照的に藍音はしれっと答えて見せる。


「……さて、どうでしょう」

「いや、冗談、だからな?」


 冗談だな。冗談だ。


「確かめてみますか?」


 藍音の手が、俺の頬に向かって伸びる。

 さて、どうしたもんだろうかこれは。

 からかわれてる、というか俺を困らせて遊んでるのが趣味な藍音なので、ここで派手に反応しても藍音の思うつぼ。

 しかし、無抵抗だと、どこまでも藍音の好きにさせてしまい、やっぱり藍音が得をする。

 問題は、匙加減だ。

 まったく、なにが楽しいのか分からないが、参ったものだ。

 迫る手に、覚悟を決め。

 思わず遠い目をしたその瞬間。

 天の助けが舞い降りた。


 ――ピンポーン。


 と、間抜けな音が響き渡る。

 思わず、俺は完全に沈黙。

 藍音はと言えば、出していた手を、引っ込めて、扉へと向かう。


「では、少々行ってきます」

「ああ」


 返事を寄越すと、今度は扉の開く音が返って来た。

 俺はなんとなくそれを目で見送って、部屋を出る藍音は、最後に一度振り返って、言う。


「……次は、連れて行ってくださいね?」


 俺は思わず、呆けてしまった。

 次の荒事に連れて行け。

 それを言うために来ていたのか、と思うと同時に、どうも愛娘が妙に可愛らしく思えてきた。

 俺は苦笑いして溜息一つ。


「好きなだけ、ついて来いよ」











「で、誰だったん?」

「薬師お兄さんはどこ? と、傍目から見ても賢そうには見えない子が会いに来ているのですが」

「ああ……、うん。アホの子ね? アホの子」

「何処で妹などこさえて来たのですか」

「いや、こさえるって、いやまあ。そんなことより、とりあえず」

「とりあえず?」




「飴持ってきてくんね?」



 これから騒がしくなりそうだ。



―――
エピローグも含めて、九十三です。
風邪から復活して急いで書く羽目になったので眠いです。


では返信。


奇々怪々様

薬師巨大化案もありました。仙術で。
しかし、それはもう別作品だなあ、と。ウルトラな人的な。
とりあえず、今回、ロリ、襲来。ということで、これからはロリも参加です。
まあ数珠家に関しては、幼女監禁してましたけど、一応軟禁言うことで、ここは一つ。……あんま変わってない?


春都様

一話に二本のフラグ。新記録だと思います。
幼女の方はすぐ来ますけど、愛沙の方はしばらく時間がかかりそうです。
巨大ロボは――、自重できませんでしたね、ええ!
その内又出てくると思いますMk-Ⅱが。


SEVEN様

流石にまた三話構成は私が死んでしまいいます。シリアスの空気に耐えきれず。
今回はまさかの藍音参上でした。藍音に始まり藍音に終わった気がします。
次回はアホの子、かも。
最後に、とりあえず、何より。薬師に恋愛を進められたら首を括るしかないと思う。


光龍様

意識してませんでしたが、そう言えばそうかもしれません。
ただ、その組み合わせは手に負えない気がします。
手加減を知らない過激なお馬鹿さんですからね。
巨大ロボは、ええ。完全に私の趣味です。城を変形させる案もあったのですが、選ばなかっただけ自重してると思います。


通りすがり六世様

敵味方の区別なく。あらゆる女性にフラグを立てる、それが薬師。
他人の嫁以外の女に会ったら、とりあえずフラグを立てる、話はそれからだ。それが薬師。
もう捩じ切れたらいいと思います。どこがとは言いませんが。
ときめいて死ね。某最速兄貴の出るアニメで聞いた覚えがあります。


あも様

>>親子は⑨な鬼畜幼女と巨大ロボに全部ヒロイン要素を持っていかれましたね
"巨大ロボ"に、ヒロイン要素……、だと? "巨大ロボ"に、ヒロイン要素……、だと?
大事なことなので二回発現されました。どこの擬人化フラグですか。
しかし、鉄塊は有名なあさま山荘の鉄球レベルとなるともうあれな感じですな。それを振りまわす藍音さんとかが。


Eddie様

巨大ロボ、人形と合わせると丁度三十分。
片手間感満載です。流石と言うべきか程々にしろと言うべきか。
それと、薬師さんは世界最後の日までフラグを立て続けたいようです。
最後に、幼女はしばし地獄預かりです。多分閻魔宅とかに居るんじゃないかな。


トケー様

いやはや、パソコンが壊れると大変ですよね。いかに自分が電子機器中心の生活をしてるか思い知らされます。
巨大ロボVS生身。これで勝つのは凄いことだと思います。周りの被害を鑑みなければ。
100メートル級ロボットよりちょっと高い城を爆砕したのだから被害総額何億になるのだか……。
まあそれは置いといて。意外と詠唱が好評で嬉しい限りです。ぶっちゃけると悶々と考えたものを発表する時は恥ずかしいのです。


ヤーサー様

いや、自分も何故深窓の令嬢キャラじゃなくて⑨を出してしまったのか。未だに謎です。
今回はチャイムを押してきました。ナイスタイミングで。ただ、これで家の場所をわかってしまったので次からはどうなるやら。
愛沙は、しばらく後にマキナの肩に乗って再登場すると信じてます。
ちなみに、マキナは広域殲滅なら名だたる大妖怪にも引けをとりません。ただ、足元に愛沙が居たり、小さい高機動系の相手は苦手だったりするのでフルボッコです。




出番皆無~アキミ~

……俺は、伝説の始まりを見ているのかもしれない。



http://anihuta.hanamizake.com/10th.html



最後に。

お兄さんと呼ぶあたり、アホの子、意外と素直。



[7573] 其の九十四 俺とアホの子。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/09 22:27
俺と鬼と賽の河原と。



「良く来れたな」

「うんえいに案内してもらった!」


 予想外に早いアホの子との再会。


「良く呼び鈴に手が届いたな」

「案内してくれた人に押してもらった!」


 予想外にも程がある。


「良く、来たな」

「おうっ!!」


 元気よく肯いた春奈に、俺は呆れ半分、藍音にもらった飴を差し出した。


「じゃあ、ご褒美に約束の飴ちゃんをやらんこともない」







其の九十四 俺とアホの子。






「いや、それにしても」


 アホの子を居間に通して、俺はソファに座った。

 今日のアホの子、もとい春奈は今日は黄色いワンピース、というものを着て俺の前に立っていた。

 ぱっと見は、良家のお嬢様って奴なんだが、しかし、その本人と言えば。

 きょとん、とばかりに不思議そうに俺を見ている。


「なにさ」

「よく、呼び鈴が押せたなー、と」

「だから、案内の人に押してもらったっていったもん。耄碌したの!?」


 いや、まだ耄碌には至ってない。

 至ってないよな。多分。


「ともかく、そうじゃなくて、よく扉をぶち破ってこなかったって話だよ」


 すると、少しの間が空いて、アホの子はアホの様に口をまるくする。

 この反応……。最初はぶち破ろうと思ったのか……。

 しかし、春奈は、取り繕うようすぐに手を腰に当てると自信満々胸を張った。


「そ、そんなのわたしみたいな、ひゃ、ひゃくしきな天才少女に掛かればちょちょいのちょいよ!」

「ひゃくしきじゃなくて博識な? どこの金ぴかだよ」


 それと、天才少女ではなく、天災少女が正しいと思うが、黙っておくのは俺の優しさだ。

 ともあれ……、

 嘘だな。

 明らかに嘘だ。


「じつはぶち破ろうとして案内係に慌てて止められたんじゃないかね?」


 よく考えてみれば監禁幼女である。

 人ん家の呼び鈴を鳴らす経験がある訳もない。


「ぎっくぅ!!」

「はい、分かりやすい反応ありがとうございましたー」


 言いながら、俺は案内の人に感謝した。

 いや助かったよ案内の人。

 抑えるのも大変だったろうによく頑張った。

 貴方のおかげで家の玄関の扉は救われた。貴方は救世主だ。

 と、まあ、そんなことを考えていると、春奈から抗議の声が上がっていた。


「な、なによー! 本当なんだから!」

「はいはい、本当本当」

「本当だってばっ!」

「いや、だから本当だって肯いてるだろ?」

「ぜったいばかにしてる!」


 馬鹿にはしていない。これ以上追及するのも可哀相だと思ったからとりあえず納得しているのだ。

 アホの子だとは思っているが。

 しかし、そんな思いは伝わらないらしい。

 肩を怒らせ、力説するアホの……、春奈は捲し立てる言葉を止めようとしない。

 これ以上は手が出てきそうだ。

 そう思った俺は、とりあえず落ち着かせようと口を開いた。


「まあ、落ち着いて座れよ」


 すると、俺の予想に反し、ああ、もっとごねると思っていたのだが、意外にも春奈の言葉は途中で止まり、再びきょとんと呆けた顔を見せる。


「いいの?」


 ぽろっと出た言葉に、俺は軽く返した。


「なにが悪いんだよ」


 少女は破顔し、思い切りよく、尻からソファに飛び込んだ。


「どっかーん!!」


 どすん、と音を立てて、春奈は一度反動で跳ねた後、落ち着いた。


「楽しいか?」

「楽しい!」


 おうおうそれはよかったな。

 それにしても、こんなことで喜ぶというのは、何でも楽しい年頃であると同時、余程息の詰まる生活をして来たのであろう。

 憐みとは無縁の俺だから考えなかったが、世間一般では可哀相な子なのだ、今更ながら気付く。

 だからと言ってなにがある訳でもないが。


「なあ、お前さん、これからどうする気なんだ?」


 ふと気になって、そのまま口に出した。

 このまま地獄預かり、って訳にも行くまい。

 少なくとも、野良猫が拾われたような現状では居られないはずだ。

 選択肢としては、このまま全部、記憶と魂洗浄されて転生するか、こっち側の三丁目で働くか、だ。

 そんな行く末を見つめた現実的な大人の話だったのだが。

 しかし。


「ふぇっ? 遊ぶよ?」


 ……意味が伝わっていなかった。


「あー……」


 が、まあいいか、と俺は納得することにする。

 多分なにも考えてないだろう。そして、なるようになるはずだ。


「おう、そうかい」


 肯いた俺に、春奈は聞いた。


「遊んでくれるんでしょ?」


 ふと、俺を見る春奈の眼が不安に揺れる。

 ここでいやだと言ったら、不安定になって暴れるんだろうなぁ。


「ああ、暇がある限りな」

「じゃあ行くよ?」


 ブォン、と、風切り音。


「え」


 訂正。応と言っても暴れます。

 春奈の拳が大きく仰け反った俺の鼻先を掠めていく。

 思わず口を開いた。


「なにすんじゃいっ」


 すると、なにゆえか分らんが、春奈は眼を丸くし、酷く不思議そうにこちらを見る。


「ほえ? 遊んでるんじゃん」


 もう一発、掠めていく拳。

 ああ、なるほど。遊びと殴り合いが完全に結びついている訳か。

 そんなことを考えながら、迫る拳をかわす。

 しかし。

 残念だが、ソファに座ったままでは回避にも限界がある訳で。

 後もう少しもすれば直撃を貰う。

 仕方がないので、俺は伸ばされた春奈の腕を掴むと、一気に持ち上げ、後ろから羽交い絞めする状況に持っていく。


「おおうっ、はーなーせー!」


 じたばたと暴れる春奈に、俺は彼女の言葉を真似するように返す。


「いーやーだー。つーか、もっと別の遊びを知らんのか」


 すると、再び不思議そうに、春奈は停止した。


「へ? なにそれ」

「いや、世の中に存在する遊びというものはな? 別に殴り合いだけじゃなくてだ。色々とあるもんなんだよ」

「そなの?」


 この間、ずっと春奈は不思議そうにしていた。


「そうなんだ」

 しかし。

 俺がそう言った瞬間、にこりと春奈の顔が輝いた。


「教えてっ!」


 春奈が身を乗り出す。俺は仰け反る。


「おおうっ、ちょっと待て」


 俺はこれほど食い付きがいいとは思わず、考え込んでしまう。


「早く早くー!」


 まあ、なんていうか、言ってはみたのだが、よく考えてみれば、子供の遊びって、なんだ。

 ぶっちゃけるとそちら方面に造形は深くないのだ。

 そして、浅い知識にしたって、鬼ごっことか、かくれんぼとか、有名なのは確実に二人で遊ぶものではない。

 じゃあ、二人でできると言えばなんだ、という話だが、しりとりが真っ先に思い浮かんだが、アホの子には向かん。

 麻雀は大人の遊び過ぎる。

 かといって、いきなりテレビゲームを教えてしまうのも気が引ける。

 盤上モノはそれそのものが無い。

 では何か。


「早く教えてよ!」

「ううむ、ちょっと待て、そうだな……」


 せかされ、思い付かず、焦って助けを求めるように辺りを見回す俺。

 すると俺は、机の上、そこにとあるものを見つけた。


「あ」


 一から十三、四つの印の札。

 いわゆる、トランプと呼ばれる存在が、これ見よがしに置いてあった。

 ああ、きっと藍音の仕業だ。


「まったくやってくれるメイドだぜ……」




 でも俺二人でやって楽しいトランプ遊びを知らないのだが。












 藍音の気遣いによって、トランプという武器を得た俺は。


「悔しいっ! なんでそんなに強いのよー!」


 婆抜き目下十五連勝中。

 コタツを挟んで向き合う俺と春奈。

 勝ち星は完全に俺のものだった。


「いや、ええと、うん……」


 それは貴方がアホの子だからです。


「もう一回! もういっかい!!」

「いや、いいけどな?」


 お約束もお約束、顔に出過ぎである。

 しかし、まあ。

 婆抜きを二人でやってもしゃあないと思うのだが、しかし、春奈が楽しそうだから良いとしよう。

 詰まらないとごねる訳でもなく、未だもう一回とせがんでいるのだから。


「最後に勝てば前部長消しなんだから!」

「まあ、いいけどな?」


 そう言って勝負は再び。

 しかし。

 ……まあ、結果は言わずもがなであった。


「うう……、ひきょうだ……。げれつでさいていだ……」


 結局何戦したのか。

 三十を越えたあたりから数えていない。

 ただ、俺も春奈もいい加減疲れた。

 腰も痛くなってきたので、一度中断する。

 コタツを抜けて、俺はソファに座り、そしてその前に春奈が立った。

 そうすると、丁度俺の少し上くらいに春奈の目線があって、丁度いい。


「俺は正々堂々頑張りました」


 二十あたりから勝たせてやろうかな、と思い始めたのだが、このアホの子アホな深読みをしてアホに婆を引いていくのだ。

 そう、頑張ったのだ。勝たせてやろうと。


「このわたしが……、しじょー最強超びれい天才美少女の私が。こんな冴えないやくしお兄さんに負けるなんて……」


 その言葉に、俺はふと空恐ろしいものを感じた。

 確かにこの間春奈にお兄さんと呼べとは言ったのだが、あれは言葉のあやのつもりだったのだ。


「冴えないのはともかく。自分で言っといてあれだが、お兄さんはやめろ。なんか残念な空気になる」


 流石に少女性愛者に間違われたくはない。

 閻魔辺りに殺されたくはないのだ。


「えー……? じゃあなんて呼べばいいのよ?」


 不満そうに声を上げた春奈に、俺はぞんざいに返した。


「薬師でいいっての」

「いいの?」


 何でもよく確認する子だな。

 思いながらも俺は肯いた。


「わざわざ本人が言ってるんだから聞くまでもないと思うがね?」


 そうすると、春奈は少し戸惑って、俺の名前を呼んだ。


「やくし?」

「なにかね?」

「やくしー?」


 確かめるように、もう一度春奈は俺の名前を呼ぶ。


「なんじゃい」


 そして最後に、思い切り笑って、俺の名前を呼んだ。


「やくしー!」

「おお、ちゃんと発音できたな。偉い偉い」

「やったー! ……って、わたしに掛かれば当然なの! 子供扱いするなー!!」

「さいですかい」


 それにしても、懐かれたもんだ。

 俺のなにが気に入ったのか。

 いや、まともに相手するのが俺しかいないだけか。

 まあ、それでもいいだろう。


「ねえ」


 友人ができてそっちと遊ぶようになるまで、付き合ってやろう。

 今更アホの子一人増えた位じゃ変わらねーだろ。


「ん?」

「わたしも座っていい?」

「わざわざ聞かんでも」


 そう言って、俺は座るために後ろを向いた春奈の背を俺は見つめる。


「どっかーん!」


 そう言って彼女が座ったのはソファではなかった。


「ぬお?」


 ソファの上で胡坐をかくその俺のまた上。

 春奈はそこに、ちょこんと座っていた。

 俺のちょっとした驚きの声に、彼女が振り向く。

 その表情は恐る恐ると言った風情。


「……ダメ?」


 当然、駄目などと言えるわけがない。


「幾らでも付き合ってやんよ」


 すると、春奈は幸せそうに笑って肯いた。


「えへへ……、うん!」




 まあ、こんなのも悪くねーだろう。














「しかし、俺気に入られてんなー」

「あったりまえじゃない!」

「なんでさ」

「だって、やくしはわたしの初めての男だもん!」


 それは初めての男の知り合い的な意味で? 初めて遊んでくれた的な意味で?

 まあどちらにせよ。


「――誤解を呼ぶからやめてくれまいか」







―――
アホの子、参上。
お馬鹿さん程可愛いと思います。


今回暁御タイムは時間が足らず、写真すら取れませんでした……。
風邪を引いて休んでたから皺寄せがやばいです。


返信。

奇々怪々様

藍音さんはなにかあると薬師に襲いかかろうとしますね。
まあ、置いていかれるのはある種トラウマですからね。呼ばれなかったから自重して行かなかったたけど納得はできない的な。
藍音さんは多分薬師に関するものならなんでもいけると思います。匂いとか、味とか。
暁御はなんというか……。倍プッシュだ……。


春都様

薬師無双が終わったと思ったら藍音無双。
もうお腹いっぱいです。ただ、幼女がチャイムを鳴らさなかったとしても――。
薬師のアレが使い物になるかどうか……。
それと、幼女は完全にアホのオーラがMAXですから。


HOAHO様

流石にこれ以上増えると薬師御殿が完成してしまうので。
まあ、お持ち帰り案もあったんですが。
ただ、人口密度濃すぎだろjkってことで預かりになりました。
まあ、その内住み着かないとも限りませんが。


トケー様

大丈夫、疼くかどうか藍音さんは明言はしておりません。答えは皆様の心の中です。
薬師の加齢臭については、もういい歳どころかそろそろ化石になってもいい歳ですからね。
もっと何か別のものが出ないか心配です。発酵したりとか。
おお、一話からの古参のお方だったのですか。半年以上もお付き合いいただいてありがとうございます。これからも砂糖ぶっぱしたいと思います。


SEVEN様

予想を裏切るというか、好き放題やった結果がこれだよ!
まあ、メイン回は意外と少ないけどやはり存在感は上ですからね。
大丈夫、今回は流れに乗ってアホの子でした。いや、ちょっと先に未亡人にレッツゴーしようとか思ってないですよ?
アキミ・ザ・レジェンドは次回も出れないようです。


マリンド・アニム様

メイド……、メイドですか。まあ、メイドの色香に惑わされるのは仕方のないことだと宇宙の法則が仰ってますから。
それにしても、藍音さんはもう核爆弾レベルの爆撃を連発しますね。
問題は機動要塞の強度が核シェルターすぎることでしょうか。
裸でマッサージは、友人は信じました。訂正してません。


光龍様

藍音さんのターンが終わらない。
というか今回もちょろっと存在感を現していく藍音さんが怖い。
大好きというか、愛されまくって薬師が死にそうというか。もう結婚しろというか。
ともあれ、いつになったらあれは人の好意に気付くのやら。


nayuki様

アホの子お届け、頼んでないのにやってきます。
というか、案内の人が居たということは完全に配達ですね。
多分配達した人は、藍音が出た後ダッシュで逃げたんだと思います。
きっと面倒事をきれいさっぱり押しつけたかったのだと。


通りすがり六世様

いや懐かしい、自慢の拳が。
藍音さんは全力全開過ぎて泣けてきます。一回置いてかれた経験もあるからして、とてもとても健気で泣かせてくれます。
なんというか、藍音さんは素直なんだか素直じゃないんだか。
とりあえず薬師は藍音さんの胸に顔を埋めて死ねばいいと思います。


あも様

最後の一押し、失敗して良かったのか悪かったのか。
女の子と無骨武装はロマンですよね。
鉄塊を振りまわすたびに藍音の胸が揺れるんですねわかります。
巨大ロボはAI萌えも行けると思います。ADAは我々に新しい道を示してくれた……。


春日井様

やっぱり無かったらしいです。インターフォンの概念。
薬師のフラグ立てはプロの仕事過ぎて殺意が芽生えます。
本人にはなりたいと思えないほどのおしごとです。
でも周りで見ててもやっぱり殺意が芽生えるんだと思います。


Eddie様

藍音さんの直球っぷりは異常です。
全力全開で薬師大好きっぷりを披露していますが、効果はいかほどのものか。
アホの子はきっと日常的に配達されてくるのでしょうね。
きっと今回で味をしめたことでしょう。






最後に。

その頃藍音はどうしていたんだろう……。

あと、ただでさえ出ないのに回数を減らしてしまったらっ……、うっ……、暁御は……!



[7573] 其の九十五 俺とチョコとヴァレンティヌスと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/14 21:49
俺と鬼と賽の河原と。





 二月十四日。

 俺は河原で前さんにこう言われた。


「ねえ、今日って何の日か知ってる?」


 前さんは俺をなんだと思ってるんだ。

 その位知っているんだが、しかし知らないように思われてる、と。

 自分への微妙な評価を理解し、嘆息しながら俺は言う。


「いや、知ってるっつの。流石に」


 この言葉は、まぎれもなく真実だ。それ故、極めて普通に、真っ直ぐに前さんの眼を見て言うことができた。

 だというに、前さんの眼は懐疑的だった。

 知らないとでも思っているのだろうか。


「えー……、ほんとに?」


 いや、なんつーか、普段人が俺の事をどう思っているかよくわかる。

 だから、少し憮然と俺は答えた。


「そんくらい知ってんだろ。普通」


 すると、前さんに即答される。


「薬師は普通じゃないじゃん」


 ……。

 否定はできないが、少々悔しい。

 そんな風に、人知れず唇をかんだ俺に、前さんは言った。


「じゃあ、今日は何の日?」


 そんなもの決まってる。






「違法結婚を取り扱ってた聖人の命日だろ?」






「違うから」






其の九十五 俺とチョコとヴァレンティヌスと。






「うん? 違ったっけか?」


 そう問うてみた俺に、前さんは非常に答えにくそうだった。

 どうやら、間違ってはいないらしいが双方の認識に齟齬があるらしい。


「いや、違わないけど……。違わないけどさ。その前に人聞きが悪すぎると思うんだけど……」


 確かに人聞きは悪い。流石に違法結婚はどうだろうな。

 俺は訂正する。


「ああ、そうだな。ええとそうだな……、なんつーか美談作った司祭の命日だな」


 そんな言葉に、疲れた顔で前さんは肯いた。


「……そうだね。でも、あたしが言いたいのは、そっちじゃなくて――」


 前さんが言いたいのはそっちじゃないのか。

 そう思って俺は首をひねる。

 二月十四日になにかあったか?

 はて、なんだったろうか。


「ううむ……」


 もしかすると地獄だけの特別な祝日でもあるのかもしれない。

 いや、だが、ここに来てから何回か年を越したがそんなものがあった素振りは何処にもない。

 悩む俺に、前さんは言った。


「いや、そんな悩まなくてもいいからっ! ほら、これ!」


 そう言って渡されたのは、桃色で包装された、贈り物らしき何かだ。

 なんじゃこりゃ。

 そう思って聞こうとする前に、答えは返って来た。


「普通のチョコだから」

「チョコ、チョコって……、ちょこるぇいつ?」

「そうだけど」


 と、その答えを聞いて、やっと俺は全てを理解する。

 心当たりがあった。そしてそれを、そのまま言葉にする。


「ああ、今日はチョコをもらえる日か」


 前さんが、意外そうな顔をした。


「え? やっぱり知ってるんじゃん」

「んー……、いや、この時期になると藍音と、その他一部天狗がチョコをくれるんだ」


 まあ、三月に返さないといけないらしいので、それはそれで面倒だったが。


「いや、それがバレンタインデーだから」

「え、そうなん」


 どうやら、俺は大きな勘違いを犯していたらしい。


「もしかして、ヴァレンティヌスの命日とチョコを貰える日が重なってるんじゃなくて、命日だからチョコを貰えるん?」

「一応、そうだけど?」

「まじですか」


 いや知らなかった。

 初耳だ。


「こら驚いたぜ」

「あたしのほうが驚いたってば」


 そりゃ驚くさ。

 まあ、ともかく。


「ありがとさん」

「どういたしまして」


 はあ、なるほど、二月十四日はヴァレンティヌスの命日故チョコがもらえる、と。

 ヴァレンティヌスとチョコに繋がりはいまいち見出せんが、きっとそうなのだ。

 まあ、大人の事情が存在しているのだろう。会社的な。


「まあ、でもそれって、根付いたのごく最近だよな? 日本で貰ったのはここ二百年より短いと思ったんだが」


 はて、初めてもらったのはいつだったろうか。

 あの時は、朝一番に藍音にいきなり手渡されて、疑問符で返すと『二月十四日ですので』と言われた記憶がある。

 チョコを貰える日だ、と聞いたのは他の女性天狗からだ。

 三月に返さないといけない日があると聞いて焦った記憶もあるが。


「うん、そうだね。でも地獄は何でも取り入れる方向だから」

「まあ、好き放題の挙句混沌としてるな」


 地獄では、多様な行事が入り乱れている。

 要望が多数あったり、地域で実行して人気の高かったものは公式行事となるらしい。

 このまま毎日が祝日になればいいのだが。

 ああ、しかし、そうか、今日がチョコをもらえる日か、と思うとふと、口が勝手に言葉を紡いだ。


「ああ、でも今年は返すの楽だな」


 生前は、三月のお返しと言うものは、非常に面倒だった。

 俺がもらえたチョコと言うものは二桁を越えたことはなかったし、相手方も忙しく、送れる年と送れない年があり、一桁後半になることは珍しかった。

 が、しかし、海を越えて送られてくるものや、召喚陣から現れるもの、そして使い魔が運んでくるものなどもあり、非常に返すのが面倒だったのだ。

 そう思うと、自然に安堵のため息が出た。


「……音速越えで飛びまわらなくていいのは実に楽だな」

「そんなことしてたの?」

「してたの」


 そうしないと間に合わないのだ。

 ヨーロッパからアメリカまで、エジプトから異世界まで。

 長生きしたので、年によっては凄い所を行き来もした。


「ま、でも今年はそんなに数もあれだしな。少なくともこの地獄内で済むし楽にすむだろ」


 藍音は何故か渡して来なかったし、朝出る前に銀子が『なにも渡せないから私をどうぞ』とリボンをギリギリにまいて出て来たのはそういう意味だったのかも知れないが、脳天にチョップ一発で出て来たので問題なし。

 現状貰ったのは前さんの一つ。

 増えても二、三だろう。

 いや、楽だ楽だ。

 そう思った瞬間、俺に声が掛かる。


「や、薬師!」


 この声は、李知さんだ。

 そう言えば今日は会うのが初めてだ。

 彼女は事件も終結したので晴れて自由の身なのだが、まだ引っ越し作業が住んでいないので、未だ家に住んでいる。

 しかし、昨日に限り、何やら用事で実家に戻っていたのだ。


「なんぞね?」


 どうにも、緊張した面持ちの李知さんは、俺にとあるものを乱暴に差し出した。


「受け取れっ!」

「おう」


 白い線の入った黒の包装。


「手作りだからなっ?」

「おう」


 これ……、多分チョコだ。


「あと、ぎ、ぎ、義理じゃないからなっ!!」

「……おう?」


 義理じゃないと何なのだろう。


「帰るっ!」


 怒濤だな。

 李知さんは走り去って行った。


「え、あー……、おう」


 俺は聞こえてないだろうが一応返事を返す。


「早くもいっこ増えたね?」


 隣の前さんがからかうように言った。


「んー。まあ、李知さんとはこの間色々あったしなー」

「色々っ!?」

「いや、そこで何で驚くん?」

「な、な、な、李知になにしたのさ!」

「いや、してないしてない。なにもさせなかっただけだって」


 攫われて人質にされた李知さんを助けに行っただけであり、したことと言えば、銃を撃たせなかったことだ。

 しかし、俺の言葉は曲解されていた。


「放置プレイっ!?」

「いやいやいやいや、何故そこに」

「え、でもなにもしなくてなにもさせなかったって……」

「いや、あれだから。恩を売っただけだから問題ないっつの」

「え? いや、でも……」


 なにを勘違いしとるんだ前さん。

 そんな風に溜息を吐きながら、わたわたと慌てる前さんを眺める。

 そんな折だ。


「俺の携帯が……、なっているだと……!?」


 ふと、俺の携帯が陳腐な音を鳴らし始めた。

 俺の携帯使用率は低い。

 そんな交友が少ない他、俺はゲーム以外の機械製品はさっぱりなためだ。

 別に言ってて悲しくなってはいない。いない、絶対に。


「で、相手が閻魔?」


 ともあれ、携帯を見ると、メール受信が一件。

 差出人は閻魔。

 本文はこうだ。


『至急自宅まで来てください。仕事の方はお気になさらず』


 画面を見つめて、はて、なんだろうかと考える。

 そして、突如考え込んだ俺に、前さんは不思議そうに聞いた。


「どうしたの?」


 俺は首を捻りながら答える。


「あー……、閻魔がなんか来いって言うんだけど。抜けてもいいかね?」


 俺は微妙に行きたくなかった。なんか怖いのだ。

 しかし、あっさりと前さんは俺の背を押してくれた。


「行ってきなよ。待たせちゃダメ」


 そう言って、前さんは背伸びしながら、俺の鼻先をつんと押した。

 俺は一瞬目をまるくして、すぐになんとはなしに笑みを作る。


「おー、行ってくる」











 職権乱用にて呼び出された俺だったが――。


「はい、チョコよ。手作りだから、大事に食べてね?」


 そう言ってまた、それらしい包装に包まれた箱を渡して来たのは由比紀だった。

 そして、隣には閻魔もいて、少々ぶっきらぼうながらに、贈答用の紙袋を差し出している。


「わ、私の方は市販品ですから、安心して食べてください」

「いや、気持ちだけでも嬉しいさ、ああ。本気で……」


 ここでまあ、俺がいい男なら、どんなに不味くても食べる、というべきなんだろうが、しかし。

 俺はイケメンではないらしい。

 心中、声を大にしてよくやったと叫びたかった。

 これ以上閻魔の料理を口にしたら最後、俺は死ぬだろう。

 今まで食した暗黒料理の抗体が過敏に反応して死ぬのだ。

 アナフィラキシーショック的ななにかが俺を殺すのだ。

 故にこそ、心底安心した。

 心底安心した俺だったが――。


「あら、でも美沙希ちゃんもつくろうとはしたのよ? ほら」

「あっ、由比紀!」


 由比紀は死神だった。

 まるで死神が鎌を首にかけるように、由比紀はその小箱を俺に見せた。

 それはまるでパンドラの箱。

 確実に、絶望が詰まっている。その絶望はきっと俺を死に至らしめるだろう。

 しかし――、それを俺は受け取ってしまった。


「そ、その……、失敗してるので……」


 差し出されたからである。

 もっと言えば、俺が日本人だからである。

 何故かってまあ、あれだ、いいえと言えない日本人だからである。

 ともあれ、空気を読んだ俺は受け取ってしまったのだ。

 パンドラの箱を。

 そして、受け取ったが最後、開けざるを得ない。

 絶望があふれると知っていて尚、俺は開けなければならない。

 きっとこの箱の奥には希望は存在していない、だが。

 俺は、覚悟を決めて、それを開いた――。


「見た目が……、普通?」


 俺は思わず呟く。

 小さな箱の中に、小さなチョコレート的な何かが一つ。

 外見は、普通だった。

 しかし、油断はならない。

 ここで食うのは愚の骨頂。

 家でゆっくり食べると言って、持ち帰ろう。

 あらゆる精密検査をしたのちに、食すべきだ。

 だが――。


「食べてあげて?」


 由比紀のこの言葉が、俺を崖から突き落とした。


「あ……、ああ……」


 声が震えていただろう。

 断りたかった。

 恐ろしかった。

 しかし、閻魔の期待と不安の入り混じったその目を見たら。

 最後だった。

 正に気分は父親。料理下手の娘を持った父親。

 俺は覚悟を決めた。

 ならば――、それに殉じよう。


「いただきます」


 一言、そしてそのチョコレートを口の中に放り込むッ……!

 瞬間、不思議な感覚が脳天を突き抜けた。


「ぐっ……」


 辛い……ッ!?

 これがチョコレートだとッ……?

 有り得ない……ッ、カカオ九十八%だってこんな味はしないッ……!

 チョコレートは辛くない……ッ!

 違うッ……! これはカレー……ッ!!

 いうなればキーマカレーッ……!!

 正式名称、ザラキーマカレーッ……!!

 食べたら……! 死ぬッ……!!


「かふぅッ……」


 血を吐くように、俺は肺から空気を漏らした。

 流石に、由比紀も表情を変える


「ど、どうかしら?」


 俺はぼんやりと答えた。


「……大丈夫大丈夫食える。死んでないから」


 ああ、生きてる。

 指先の感覚がないが大丈夫、息は、できてる。心臓も動いてる。


「それじゃ、俺は仕事に戻るとするさ。戻らせてください、お願いします、戻らせろ」

「あ、あの、大丈夫、でしょうか」

「生きてるから、後は万事どうにかなる」

「そ、そんな話にっ? ご、ごめんなさい」

「いや、悪いのは由比紀だろ。由比紀だろ」


 由比紀が悪いのは、大事なことだ。

 繰り返し強調する。


「じゃあ、行くぜ」

「あ、はい、頑張ってください」


 そんな閻魔を後目に、俺は閻魔宅を後にした。









 まあ、これでもチョコレートは三つ目。

 まだ楽だ楽だ――。


「あら、奇遇」

「嘘八百。明らかおかしい」


 河原に帰る道、まさか玲衣子に会うことになろうとは。


「うふふ、そこは話を合わせる所だと思いますわ?」

「あら奇遇」


 俺は肩を竦めて半眼で呟いた。

 用件も概ね分かっている。

 この状況と言ったら、確実だ。


「ここで会ったのも何かの縁ですし、どうぞ?」


 やっぱりだ。

 やっぱり、チョコかどうかわからんが、菓子の類が包まれてるっぽい箱だ。


「ありがとさん、悪いな?」

「なにがです?」


 なにがって、そりゃ――。


「出不精の引きこもりをわざわざ出しちまったからな」

「んふふ、お気になさらず。それよりも」


 そう言って玲衣子は優雅に俺の後ろを指差した。


「ん?」


 俺は指の先を見つめて、とある人物を見つける。


「やくしー!」

「おや、アホの……、春奈じゃねーか。どうしたん?」


 アホの子、と言いそうになった訳ではない。断じて。

 しかし、アホの子にはそんな誤魔化しをする必要もなかったらしい。


「今日は女が男にチョコをあげる日なんだって!」

「な、なんだってー!!」


 うん、驚いてやるのも大人の義務だと思う。


「だからあげるっ!」


 長い髪をなびかせながら、元気よくアホの子は俺の手にチョコを渡して見せた。

 どさっと。

 台形状の四面体、分かりやすく言うと、最初にチが付いて最後にルが付いて、真中にロが付くあれだ。

 チ□ルチョコだ。ちなみにチ□ルチョコの□はロでなく四角なので伏字が成立する。


「おお、ありがとさん」


 ただ、こんなに、どっさり貰っても、食いきれるのやら。

 しかも、手で持つのも辛くなってきた今日この頃です。

 そんな俺の気も知らず、アホの子は元気に飛び跳ねている。


「そうだ! これ、愛沙からだってさ」


 続けて、春奈はもう一つ箱を取り出した。


「愛沙からもか。ああ、あれか? 迷惑掛けましたって感じか?」

「しらない! でもあげる!」

「おー。受け取っとくぜ。ありがとうって伝えといてくれなー」


 別にそこまで自由に会ったりしてるのか知らないし、アホの子だからすぐ忘れてしまうかもしれないが、まあいいだろう。

 その内会った時に言えばいい。


「じゃーな」


 俺は言うと、歩き出した。


「ではまた」

「またな!!」


 アホの子が叫んで大きく手を振っている。

 俺は片手を上げて応えることにした。














「ただいま」

「おかえり」


 河原に戻ってくるなり、挨拶。


「大量だね」

「大量だな」


 俺は素直に肯いた。

 正直食い切れるか怪しい所である。

 俺はそんなに甘党まっしぐらではないのだ。


「全部食べてあげてね?」

「まあ、食うけどな?」


 箱が六つに、チ□ルが十個くらい。

 まあ、なんとかなる、か。


「でも、あたしのを一番に食べて欲しいかなー……、なんて」


 ふと、前さんがぽつりと呟いた。


「ならそうしよう」


 俺はすぐに返す。

 すると、期待に応えたはずなのに、前さんは何故か狼狽した。


「え、あ、あ、いいの……?」

「前さんのお願いならな」


 俺は半笑いで呟く。

 前さんは、今度は拗ねたように口を尖らせた。


「また誰にでもそんな台詞言ってー……」


 しかし、その表情もすぐ笑顔に戻る。


「まあ、でも、大切に食べてよね?」


 その後、前さんは顔を赤くしてぼそっと呟いた。


「あたしだって……、本気なんだから」


 よくわからないが、本気なら答えねばなるまい。


「おう」


 さて、帰ったらチョコと格闘するとするか。









 帰ったら、由美から一個貰ったのはいいとして、現世から送りつけられた大量なチョコは何なのだろう。

 差出人は、義経と鞍馬。どうやら嫌がらせの様だが。








「こうなると思ってましたので。今年はこちらで」

「ふはは、今回ばかりは助かるぜー……」


 藍音からもらったコーヒーが実に胸やけに苦しむ心に効いたのだった。







―――
ということでバレンタインデーに合わせてお送りいたしました。
ちなみに、私はチョコなるものは頂いておりません。
ぶっちゃけると女っ気ゼロです。学校の教科担任すら男しかいないのですから女性との接点の無さが異常なレベルですな。
まあ、自分も哀しい男の一人であります。


あと、気が付けば感想数1000を越えておりました。
自分的に的にはモニタの前で呆然とするほど有り得ないことなので、凄くうれしいです。
ありがとうございます。感謝の念を込めて砂糖をお送りいたします。


では返信。


奇々怪々様

その内『まだだ、まだ終わらんんよ』とか言うのですね、アホの子が。
金ぴかか赤いMSに乗って現れたり。小惑星を落としたり。
ともあれ、アホの子ですから、体育会系の競技以外のスペックはとても低いです。でも、薬師は鬼ごっこに関してはチートだと思います。
そして、藍音さんはそうして遊ぶ薬師とアホの子を盗撮して、薬師に萌えながら弱みを握っているのだと思います。


蓬莱NEET様

メインヒロインは行事があると参上します。まあ、その内前さんメインのシリアスも登場しますよ。
問題だったのは去年の暮れあたりに始まったいい加減風呂敷まとめないとなーっていうシリアスお片付けタイムですから。
現状片を付けるシリアスも無くなったので、これからはもっと出番が増えると思います。
薄影さんは、まあ、なんか。ええ、ギリギリまで引っ張った方がおいしいかなと。


春都様

薬師は結局全裸で迫ってもそのまま抱きしめて寝ることができる超廃スペックだと思います。
すでに男としては廃人の領域ですが。
そして、藍音さんは突如薬師の元に天上裏から現れてもおかしくないと思います。
いやはや、それにしても、前部長消し、何でそんな変換になったのか不思議です。


トケー様

馬鹿な子ほどかわいいです。でも、やっぱり女の子がいいと思います。
勉強教えるとか、完全に同志ですね。月曜から私の方もテスト勉強がスタートします。友人の。
出てないキャラについては、現状話し中で出してたシリアスも片付いたので、これから番外編も復活しますし、大丈夫だと。
日常パートで伏線張って回収の繰り返しですから、多分また年末近くなると出番の少なくなるキャラが増えると思いますが。


光龍様

案内役の人はきっとOL風味な二十七歳独身女性だと思います。
自宅に猫を飼っています。三十路間近にして浮いた話一つないのを気にしてるような人だともっといいと思います。
薬師椅子はきっと皆の憧れ。
それを無邪気に実行できる辺り、アホの子のポジションはかなりおいしいものだと。


SEVEN様

ふっ……! 背伸びと幼女はパーフェクトハーモニー!! いいじゃないですか。
み、み、美沙希ちゃんは多分幼女じゃないと思いますっ!
設定上では。でもどう考えても漫画あたりだとどんどん縮んでいくキャラです。
もう天狗様に年齢差なんて関係ないんじゃと思い始めて来た今日この頃です。


古時計様

コメント感謝です。
いやはや、何でこんな誤字になったんだか……。
まず、部長ってどなたですか、って話ですね。ええ。
それも消されるんだから、部長もいい迷惑だと思います。


あも様

無邪気ゆえに、爆弾発言を落としていくアホの子。
はたして何時他メンバーに爆弾発言を落としてくれるか、今から楽し――。
えー、心配です。心配でなりません。
暁御に関してはですね、話は作ってあるのです。あるのですが、サイコロタイムを始めてしまった今! 引っ込みが付かないッ!!


通りすがり六世様

アホの子にはきっとデフォルト装備なんでしょう、無駄な自信が。
まあ、元がアホの子だった以上、アホの子のままだった方が愛沙的には都合がよかったんでしょうね。
それで誰も常識を教える人が居なかったんで今のアホの子があります。
ただ、河原や学校の屋上でやるのは遊びじゃなくて完全にガチンコだと思います。


migva様

遂に満を持して登場!
身も心もロリっ娘です!!いやあ、現在存在するロリの七割がロリババァですからね、要するに。
見た目も中身もアホの子は初めてだと思います。
ただ、薬師はもう立て放題立てて後はどうする気もないようです。きっとロリコンと呼ばれても動じないでしょう。


KEY様

感想どうもです。
薬師のフラグ数ですか……、そうですね……。
二桁は突破してると思います。まあ、この先フラグ一気にフラグ増加はないと思いますが。
じゃら男に関しては、なんというか、暁御と一緒に登場するプロットが多いので、暁御任せになってます。


ヤーサー様

アホの子に、もう少ししたら先生も参上しますから。
もうしっちゃかめっちゃかですね。流石に先生は傍から見ても危険な香りがしますし。
薬師の立場については、明らかに河原のバイターの度を越してますが、荒事専門のバイターになると、現世出張が多くて閻魔的にも困るのでしないのだと思います。
ちなみに、アホの子は常識を知ってもアホの子です。


Eddie様

アホの子は完全に幼児レベルですからね。
ただ、今後成長しても、性格はあんまり変わらないと思います。
しかし、近所のちっちゃい子とは、良いポジを攫って行きますね。
娘ほど家族よりでもなく、他人ほど遠くもない、チャンスの多いポジションですからきっと成長したら薬師も以外な成長ドキドキ……、しないか。


f_s様

拾ってはいないけどフラグは立てた気がします。
色々な意味で予想外な幼女だったと思います。我ながら予想外だったので。
まあ、あれですけどね。前回の事件を大まかにまとめるなら――。
フラグ補強して、アホの子にフラグを立てました。以上。


春日井様

そりゃもうドアを蹴破ろうとすれば案内役も困っちゃうでしょう。
しかも下手に強いから大妖怪クラスじゃないと抑えきれませんし。
多分退屈させると危ないと思います。それはもう酷いことに。それに関しては藍音さんナイスアシストとしか。
ちなみにアホの子には、遊び=楽しいこと=爽快なこと=体を動かすこと=人をぶっ飛ばすこと=殴り合い、という方程式が存在しています。






アキミ~闇に舞い降りて来ない天才~


もう無意識に自分で結果を操作してる気がしました。
いい加減次回か次々回辺りには出してあげたいとおもい、ますよ?

http://anihuta.hanamizake.com/11th.html



最後に。

後日、暁御のチョコがポストから発見されたそうな。



[7573] 其の九十六 俺が教師で教師が俺で。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/22 22:00
俺と鬼と賽の河原と。





「あー……。薬師お兄さんの授業の時間だ」


 ふと、一つ思い出したことがある。

 風凪ぎ全て止まっていても、次の日には風が吹く。

 風は風ゆえに消滅し得ない。

 結果として、風は吹き続ける。

 果たして俺は、止まった風を再び吹かすことができるだろうか。




 なんて、どうでもいいことを考えてないと耐えられない。

 なにが問題かと言われると、簡単に言えばこうだ。





 気が付いたら、教師になってました。





其の九十六 俺が教師で教師が俺で。





 事の起こりは、閻魔に呼び出しを喰らったことにあろう。

 俺は、はて、なにをやらかしたのだろうかと、閻魔に指定された由比紀が努める喫茶店に向かい。


「突然ですが……」


 至極真面目な顔で閻魔は切り出した。


「学校の教師になってください」


 俺は思わず呟いた。



「お前さんは今何語で喋っているんだ」



 俺に英語は通用しないぞ。

 しかし、地獄では空気を震わしている訳でもなく。

 意識しない限り通用しない言語はないという事実がそこに横たわっていた。


「ですから、学校の教師になってください」


 ああ、我思ふ。


「意味わからん」


 匙投げたい。






「えー……、まずははっきりさせる所からはっきりさせていこう。地獄に学校なんてあったかね?」


 俺の記憶によれば、専門的な機関以外はさしたる教育機関はなかったはず。

 地獄の人間は八十年やそこらで死んだりしないというか、既に死んでるため、技術や知識を継承させることに焦りがない。

 そのため、学問に進むような人間が少なくても良いと思ってるし、実際少ないのだ。

 と、言うのが俺の知識だったが。


「先日校舎が完成しました」


 なんというできたてほやほや。

 だが、


「なんで今更?」


 今更、というか何故今なのだろう。

 その疑問の答えは意外にも、前回の事件にある、と閻魔は語る。


「数珠家が学校設立に反対してたのですよ。自分たちの様な研究者は少ない方が希少価値が上がる、と保身に走った輩が数名居たのです」

「そうだったんか」


 まあ、確かに学校が無いのは不思議だったが、そういうお話か。確かに技術者はその技術に対して数が少ないほど価値が上がる。それこそ、世界で一人永久機関の調整ができる、などの箔があれば、それ一本で食っていけるほどちやほやしてもらえるだろう。

 数珠家の専門分野は人体と魂。中々地獄的には重要な研究だ。

 そりゃ、自分の価値を保つなら、新しい芽は少ない方がいい。優秀な者が沢山いれば、相対的に価値が下がって行ってしまう。

 ただ、まあ、そんな数珠家もこの間で政治的な影響力は零になった。

 故に、ずっとやりたかった学校を、遂に閻魔は実行したのだろう。


「だけどな? 何で素人に教師やねん」

「何分急な話でして……、人手が足りないときだけでいいので、手伝ってほしいんです」


 確かに急な話だろう。

 数珠家がこのようなことになったのもとんと偶然なのだから。

 しかし、だがしかしだ。

 俺は不敵に笑いながら告げた。


「手伝いたいようなそうでもないような気分だが、それ以前に俺に教師が務まるとでもっ?」


 しかし、閻魔は問題ないと笑いかける。


「別に今回の学校は勉学を主にする訳ではないのです」


 まずい、このままでは逃げ切れん。


「なら何を主にすんだよ」


 閻魔は言った。


「常識から、各種福祉などについて、です」

「うん?」


 閻魔が言うにはこうである。

 地獄には結構な数の貧困層が居て、それらに対する福祉を地獄運営はちゃんと行っている。

 しかし、それでも家を持たずに浮浪する人間は結構いる。まあ、銀子なんかがそうだったが。

 閻魔は、その理由の一部に知識不足がある、というのだ。

 生活保護を受けさせるにも、申請が無くてはどうしようもない。

 しかし、相手方は申請をどこですれば、どのようにすればいいか分からない。

 最悪、そんな支援があることすら知らないかもしれない。

 無論、学問の科目もあるらしいが、異世界人入り乱れるこの世界で文化の摩擦を少しでも和らげるために地獄における常識というものを知ってもらい、そして、困ったことがあってもどうにかなる知識を教える事の目的が大きい、と閻魔は言う。

 ちなみに、無料で入れて、給食付らしい。


「で。俺にその教師をやれ、と」

「はい、そう月に何度もお願いする訳じゃありませんし。それに算数と体育位なら問題ないでしょう?」


 閻魔は肯いた。


「お断りしたいんだが」

「うっ……、この通りですからっ」


 閻魔に両手を合わせてお願いされる。

 ううむ……。

 微妙に心が揺れる。やはり俺は、娘……、じゃねえ、閻魔に甘いらしい。


「やっぱり……、駄目、ですか……?」


 ああ、やっぱり娘に甘え。

 断って不貞腐れながらぶーたれる閻魔を見るのも悪くはないかもしれないが、仕方があるまい。


「……わかった、やってやんよ」


 閻魔の表情が明るく変わった。


「本当ですか!? ありがとうございますっ」


 閻魔は、座ったまま、軽く頭を下げる。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 そして、彼女は珍しく、悪戯っぽく笑って、冗談めかして言った。


「ああ、それと、校長は私ですから。言うことはちゃんと聞いてくださいね? 絶対服従ですよ?」

「職権濫用だー。訴えんぞ」

「裁判長は私です」

「勝てる気がしねえ」











 と、いう訳で、俺は臨時教師として、算数と体育、一般常識を教えることになったのである。

 科目が多い、と言われるかもしれないが、人数が足りないのだから仕方がない。

 人の足りない授業に優先的に回されるのが俺達雇われ講師の役割なのだ。

 ああ、それと。

 わざわざ俺達、と言ったのは、雇われたのが俺だけではないからだ。

 例えば、今まさに閻魔と歩いている廊下に漏れ聞こえてくる声は、藍音のものだ。


「効果的な異性へのアピール法ですが……まずは……」

「っておい」


 思わずすぐ左を歩く閻魔に向かって突っ込んでしまった。

 言いたいことは色々ある。

 恋愛の授業ってなんだ。

 あと、藍音に教えさせていいのかとか。

 しかし、問題ないと閻魔は告げた。


「実はですね。たまに女性から蛇を送られた。嫌われてるのだろうか、みたいな相談が来るのですが」

「ああ、分かった。どうせその民族とかの愛情表現だったりするんだろ?」

「そうです。異なる世界の人間が集まる場所ですからね。たまに己の小指を送ってくる人もいるそうです」

「凄絶な愛だな。やられた方は断りにくいだろうに」


 恐ろしいことこの上ない。

 まあ、俺の居た世界だって、カニバリズムという、要は食人習慣をするような地域もあった。

 当然日本育ちの俺としては苦笑いものだが、それが常識な場所時代があるわけだ。


「そっ、その……、私は普通ですからね? へ、変な表現方法は持ってませんから安心してくださいね?」

「ん? ああ、そうだな?」


 今一つ理解しにくかったが、要は俺と常識が似通っているということで問題ないだろう。


「さて、では貴方の担当のクラスにつきますよ。初授業なので、私が付きますから、安心してください」


 何を安心していいのやら。

 そんなことを想いながら、俺は辿り着いた扉に手を掛けた。


「あー……、こんにちは」


 入るなり、俺は言う。

 挨拶は人間関係の基本。

 そしてそこから自己紹介。

 と、思ったその瞬間。


「あーっ! やくしだ!!」


 そんな声が上がり、教室内がざわめいた。

 みたまま学校の机に着いている大人子供の内の一人。

 あれは――。

 アホの子じゃないか。

 思わず、俺はジト目で閻魔を見ながら、アホの子を指差してしまった。

 閻魔は簡潔に答える。


「必要でしょう? それと、人を指差すのは褒められたことではありませんよ」

「ああ、うん……、そうだね。色々な意味で」


 そうか、知り合いに会うこともあり得るのか。

 そんなことを考えながら、俺は教卓の前に立った。


「あー、えーとうん。如意ヶ嶽薬師先生だ、これから一般常識の授業を始める、らしい」


 こうして、俺の授業が始まった。










「あー……、常識って奴だが、どうやらこの取り説によると、まずは常識的にやっちゃいけないことからだな」

「マニュアル、ちゃんと読んでるんですね」


 読まないとなにしていいか分からんからな。


「やっちゃいけないってのはまずはあれだな。殺しとか、盗みとか。とりあえず、法律とかは別にして、人に迷惑を掛けないよーに」

「む、意外とまともですね……」

「で、まあ、そんなことだから。人に迷惑かけなきゃなにしても良いんじゃね? シャブやるもよし、銀細工売る怪しげな商売するもよし。だけど、人に迷惑掛けるかどうかは考えとけよー」

「――って待ってください!!」

「ふぇ?」

「ふぇ、じゃありません! 可愛く言っても許しませんからねっ? いきなりその適当さはなんですかっ! 流石に麻薬は駄目ですよ?」

「バレなきゃいいんじゃね?」

「そういう問題じゃありません!」

「まあ、クスリやったら基本的に他人に迷惑だからクスリ使う時は屈強な精神を持ってだなぁ……」

「どんな薬中ですか!」

「まあ、屈強な精神持ってる奴はやらんよなぁ……。まあ、あれだ。薬師お兄さんが言いたいのは、一般的に駄目だっつわれてるのは、基本的に迷惑行為だからやめとけって、な? ってことだな」

「無理矢理纏めましたね?」

「とりあえず人を、殺すな、傷つけるな。余裕があれば優しくしろ。色々と生きていれば後は万事どうにかなる。死亡フラグを立てまくった人の有名な台詞だ」

「その、いいこと言ってるように聞こえますが。全部放り出してません?」

「そんなことはない。まずはこれを基本にすれば問題ない」

「はーい! 遊ぶのは傷つけることにはいりますかー!?」

「アホの子は黙ってなさい。そんなバナナはおやつに入るのかみたいなノリで言わない」

「とりあえず続けてください」

「んー。なんというかだなぁ……。あれだ、とりあえずさっき言ったことを守って、後は周りの人と上手くすり合わせてくださいってことだ。ぶっちゃけここで教えたってどうにもなんねーよ」

「あっさり自己否定しましたね!?」

「俺の本業石積みだから。ってことで常識の授業、一回目終了!」







「ううむ……、意外と疲れるな……」


 今となってはファンタジーやSFの類となった学校の屋上。

 時は昼休み。

 購買で買ってきたパンをベンチで閻魔と貪っている。


「まあ、最初はこのようなものだと思いますよ」

「なー、閻魔さんよー」

「なんです?」


 ずっと疑問に思っていたことがあるので、二人になった今、聞いてみようと思った。


「俺が教師になるのって、もしかして、別の目的があったりしねえか?」


 思うのだが、例えアホでもできるとは言っても、俺に教師が向いてるなどとは誰も言わないだろう。と、今日午前中やって気が付いた。

 だったら、何か目的があるのではないかな、といきつく訳だ。


「そ、そんなことは……」


 そう言った閻魔の顔は蒼く、それはもう嘘八百であることを如実に表現していた。


「そんなこと言われるとお決まりの台詞を言う必要が出てくるんだが。嘘だッ、と」

「う……」

「ほら、お兄さんに言ってみなさい。今なら怒らないから」


 例えば、俺を教師にして置くことで部下としての立場を確立させ、顎で使いやすくなるとか。

 雇われで、人手が足りない時だけとはいえ、そう言うようになっているのだから、教師の仕事とかこつけてやりたい放題できなくもない。

 なんて考えていたのだが。


「……本当に怒りませんか?」

「問題ない」


 まあ、今なら怒らないだから、次の瞬間には怒ってる可能性があるかも知れないな。


「じゃ、じゃあ、言いますよ?」

「ばっちこい」


 さて、なにが飛び出すやら。

 なんて俺は考えていたのだが。

 その理由は、実に可愛らしいものだった。


「そ、の……、貴方を教師にしたのは、私の我儘と言いますか……」

「うん?」


 なんか気になる物言いだが、止める法が時間がかかると踏んで、なにも言わない。


「あの、ですね。貴方と同じ職場が欲しかったと言いますか……」


 閻魔は時折考えるようにしながら、続けた。


「最近、変なんです。……妙に、寂しいというか、人恋しくて……、それで」


 次の言葉で、俺は思わず口を塞げなくなった。


「その、貴方との接点を……、増やしたいなー……、なんて……」


 少しずつ小さくなっていく声に、俺は呆れて口をふさぐことが出来ずにいる。

 それで、教師ですか。そうですか。それで閻魔は校長になったんですかそうですか。

 俺がなにも言わないでいると、閻魔は諦めたように笑って言った。


「迷惑、ですよね?」


 まあ、突っ込み所は色々とある。

 まず何で学校やねんとか。やることが激しすぎるとか。

 あと、校長なんてやって体が持つんか、とか。

 だが、まあ。


「まあ、迷惑だが。今更だろ」

「え……」

「お前さんが俺に掛けた迷惑を数えてみるがいい! きっと星の数ほどあるから」


 だから問題ないと俺は肩をすくめた。


「暇がある限りは手伝ってやんよ」


 閻魔はぽかりと大口を開けて、しばらく呆けていた。

 しかし、何で俺に来るかね。

 寂しいなら同性の方が楽だと思うが。

 そんなことを考えて空を見上げる俺。

 そんな俺の腕に、閻魔は自らの腕をからませた。


「おう? どうした?」


 俯いた彼女の表情は俺には判らない。


「……じっとしててください、校長命令です」


 俺は、苦笑一つ。


「……へいへい」









 それからも色々と。

 まあ、曲がりなりにも、教師としての責務を俺はこなしていったり行かなかったり。





「いっくぞーっ!?」

「待てアホの子ドッヂボールは決して審判にボールを当てたりしねえッ!!」


 俺の髪の毛を数本攫って球が飛んでいき。


「実を言うと、体育の講師が一番足りないんですよね……」

「大体わかったけど一応何故か聞いておこうか閻魔さんよっ!」

「こんな状況になった時に、生徒に流れ弾が当たらないように耐えられる人が必要ですから」

「ですよねーっ!!」

「先生、足を捻ったので人気のない保険室まで連れて行ってほしいのですが……」


 藍音まで乱入し。


「何でいんのかね」

「貴方の授業ですから」


 そして、授業が終われば、どこかでみた顔、ぶっちゃけ前さんと李知さんに笑われ。


「薬師が……、教師……?」

「か、考えられんな……」

「俺のガラス細工の魂が傷だらけになった」











 最終的に、今は前さんと帰り道を歩いている。


「どうだった?」

「散々だ」


 言いながら、溜息一つ吐いて、肩を竦める。


「でも楽しかった? そんな顔してる」

「さて、どうだか」


 俺は、前さんの言葉に、口端だけ吊りあげて答えた。

 楽しかったとも。続けたいとは思わないが。


「ねえ……、河原とどっちが楽しい?」


 前さんの言葉。

 それは、考えるまでもないことだ。


「俺にはむかねーや。前さんと喋ってる方がずっといい」


 そう言うと、前さんは明後日の方向を向いてしまった。

 照れてるんだろう。なにもそこまでとは思うが、まあ何も言わないのも男の甲斐性だ。


「じゃ、あ、あたしこっちだから」

「おー、また明日な」


 前さんに手を振り、俺は彼女を見送った。

 俺は、一人になった帰り道を歩き、ふと、呟く。


「俺が先生だなんて、わからんもんだなぁ」


 俺は、一人苦笑した。



 まだ、俺の先生だった頃の憐子さんも、同じ気持ちだったんだろうか。













 ちなみに。


「一つ、提案があるのですが」

「はい、なんでしょう、藍音さん」

「最も教育が必要なのは薬師様だと思うのです」

「確かに……」


 藍音と閻魔の間でこんな会話があったそうな。



―――
どうやら閻魔は学校で薬師と思い出作りがしたいようです。


学校、設立。
これで学校イベントが可能になりました。
まあ、学校設定に関しては、学校でのみ発動できるイベントがあった時だけやってきます。
一応選択肢だけは広げておこうと思いまして。


ちなみに、今回の暁御タイムが無いのは仕様です。
というか、ガチで時間ぎりぎりで焦って更新しました。

そろそろテストが近くて執筆速度が下がっているのです。
と、理由づけしてしまうとアレなので、言ってしまいますが、なんか年に数回起こる執筆速度低下時期なのです。
人はそれをスランプと呼ぶそうですが、自分の場合はそこまで酷くないのでまあ、そういう時期です、と。
ちょっと充電したら復活するので、しばらく四日五日一回とかになったりしそうですが、ご了承を。
まあ、それでも更新が暇人速度ですが。








最後に。

遂に学園ラブコメもできるようになりました。




[7573] 其の九十七 俺と本気と貴方と春と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/22 21:55
俺と鬼と賽の河原と。




 ふと、老後に思い馳せる時がある。

 その度に、既に老後だということを思い出し、考えるのをやめるのだが。


「相変わらず雪が積もってんな」


 もしかすると、老後って、あんな感じなのかもしれない。

 俺は、これから向かう所に思いを向けた。


「さて、家にいるのかね。居るんだろうな……」


 そう言って踏み出した足が、雪を踏みしめる。

 既にその雪は先月、先々月の厚みを失いつつあった。

 俺は、ふと空を見上げ、そのまぶしさに目を細める。


「陽射しが強いな。現代っ子の俺には眩しすぎるわ」


 道路では既に路面が見え始めている。

 そろそろ春が近づきつつあった。






其の九十七 俺と本気と貴方と春と。






「おっじゃましまーす、と」


 呼び鈴を鳴らしても反応しないので、俺はいつも通りに不法侵入を試みることにした。

 日本庭園を抜けて、純和風の屋敷に侵入する。

 さて、玲衣子は何をしているのだろうか。


「居間は、いない。ふむ」


 まあいい。居間で待ってようか。

 と、俺はその場に座り込む。

 そんなとき、俺の耳に、シャワーの音が風に乗って届けられた。


「あー、風呂か」


 果たして、反応が無かったのは風呂の水音で呼び鈴が聞こえなかったからなのか、それとも俺なら勝手に入ってくるだろうと判断してのものなのか。

 まあ、どちらにせよ不用心だ。

 どうせここに来るのなど、俺と李知さん位だが。

 そんなことを考えていると、不意に畳が軋む音が聞こえた。


「あら、うふふ、いらっしゃいませ」


 玲衣子だ。


「邪魔してるぜー。だが服を着ろ」


 だがも何もあったもんじゃない文脈だが、この季節にバスタオル一枚は堪えると思うのだが。

 まあ、言っても聞く一族ではないだろうので、答えもまたそれに準じるものだった。


「こういうシチュエーションは好みじゃありませんの?」


 すっと呆けたように言った言葉に、俺は呆れ気味に返した。


「俺にそれを聞くかね」


 確かにその肌の白さとか、体型の素晴らしさとか艶っぽい黒髪とか、綺麗だとは思うが、情けないことに、不肖薬師、まったくもってなにも湧き上がってこない。

 よく、友人には人生の七割を損していると言われたものだが、無理なもんは無理だ。

 ともあれ、そのままにして置くのも悪いと思って、俺はとりあえず玲衣子にスーツの上を掛けてやることにする。

 俺は上着を取れば、スラックスとYシャツ一枚になってしまうが、そこはそれ、男の見栄と流石にそこまで寒くない事実だ。

 スーツを掛けられた玲衣子は、少し驚いたように目を開いて、そして、すぐに笑った。


「ふふ、ありがとうございます。でも、わざわざ掛けてくれるということは、しばらくこのままでいても?」


 そう返すか。

 俺は呆れたように嘆息して見せる。


「もう好きになさってくれ」


 流石にここで俺が健康的な男子だったら危ないのでとっととしまってもらう所だが、相手は俺である。

 自分で言うのも物悲しいが、俺の危険度は零に等しい。最悪負の数を突破していることだろう。


「では、そうしますわ」


 そんな残念な俺の心境を知ってか知らずか、玲衣子はそのまま俺の腕にその白い腕を巻き付けた。

 完全に舐められている。俺が何もしないと。

 まあ、まったくもってその通りなのだから、見事な慧眼だと関心はしてもおかしい所など何もないのだが。


「当たってるんだが」

「当ててるんですの」

「そう来ると思ったぜ」


 その返答は昔藍音と実践済みだ。


「んふふ、じゃあバスタオル、取りましょうか?」


 しかし、その発想はなかった。


「俺にどうしろと?」


 流石に慌てる様な年でも人格でもないが、しかし非常に困るのが俺だ。

 こんな時、どうしていいか分からない。曖昧に笑えばいいだろうか。

 ぶっちゃけると、非常に反応しにくいです……!

 からかわれてるとは理解できるが、しかし、からかう方の求める様な面白い反応が俺には返せない。

 無茶ぶりされた芸人とはこんなもんなんだろうか……。

 と、思わず常に滑る恐怖と闘う漢達に思いを馳せてしまう。


「なにもしないで構いませんよ?」


 そう言って玲衣子はバスタオルを取りはらった。

 そのまま、滑らかな手つきで、俺の胸元のボタンを外していく。

 うーむ、なにをやっているのだろうかこの人は。

 もしかすると、俺がこの人の望む反応ができるまでこれは続けられるのだろうか。

 どうする?

 顔を真っ赤にしてあわあわと慌てるのが最も定石通りの反応だろうが、好きに顔を真っ赤にできるほど俺は役者ではない。

 じゃあ、他に面白い反応は……?

 普通ではだめなのだろう。今の状況をみるに。

 だが、普通でないとしたら?

 あれだろうか。天狗の力を生かした飛びあがりながらの驚きとかか?

 出来得る限りひょうきんな体勢で……、片手を上げ、左足を捻って腰は左に七十度で――。

 俺が考えている間に、俺の上のボタンは既に仕事を放棄していた。

 胸元がすーすーする。

 目の前には艶っぽく満足げに微笑む玲衣子の顔。

 そして、その手がズボンにまで伸びる。


「ううむ、なにをする気なんだ玲衣子さんよ」


 玲衣子は怪しく笑った。


「えっちなことと、卑猥なこと、どっちがいいですか?」

「一択ですかい」

「はい、ああ、一夜限りのお遊びですから。気兼ねなくどうぞ?」

「ううむ、じゃあ……」


 と、ことここに至ってやっと俺は平常な思考を取り戻した。

 今僕は何をやっているのでしょう。

 面白い反応選手権……、じゃない。


「いやいやいやいや待て待て待て待て」


 俺は伸びていた手を引っ掴むと、顔が近いとばかりに玲衣子を引きはがし、距離を取った。


「なんでこないなことになっとるんですかー? と俺は突っ込みたく候」


 勢いで押し倒されそうになってたけどこいつはいかん。

 流石に布団突入はいかんよ。

 なにがいかんて、俺が使いもんになるかどうか怪しいよ。

 流石に布団に入ってから無理でしたじゃ女性に精神的外傷を植え付けかねん。


「なんかおかしいぞお前さん」


 いざ布団まで行ってみれば何とかなるという人もいるかも知れんが、しかし、俺だぞ?

 多分九割無理だ、とここに血文字で書き記しておく。

 ともあれ、なんとなく卑猥な状況に突入しそうになった現状を、なんとなく止めた今。

 玲衣子は曖昧に笑う。


「先日、助けてもらったのにお礼がまだだったと思いまして」


 それでこれか、と俺は現状を見渡す。

 しかし、やっぱり玲衣子の様子が変な気がする。

 流石に俺相手でもここまではしないと思うのだが。

 とは思ってみたものの、特に追求できる訳でもなし。よって俺はとりあえずの片を付けることにした。


「まあとりあえずなんか着てくれ」


 女性を全裸で立たせるというのは色々な意味で今一つ心臓によろしくない。

 ということで、落ちていた上着をもう一度玲衣子に掛けた。


「ただ、別にお礼ったって体で寄越すこともねーと思うんだけどな」


 俺はぽつりと呟いた。

 正直に言うと、これまで似たような経験が無かったわけではないが、極論を言うと、情けないことに嬉しくないのである。

 えろというものにまったくもって見放された俺にはそいつは宝の持ち腐れであり、猫に小判豚に真珠と言ったところか。

 ともかく、えろと俺は適合性を持たずえろがえろである故に俺はえろと相いれずえろはえろでもうなに言ってるのかわからなくなってきた。


「でも、他にありませんもの」


 ごちゃっとしてきた俺の思考に、すとんとその言葉は収まった。

 玲衣子はやはり曖昧に笑っている。

 曖昧すぎて、その表情にどんな感情が浮かんでいるのかすらわからない。


「お金も、地位も、物もありませんから。家だけはありますけど、これは譲れません」


 笑いながら泣いているようにも見えて、俺は何とも落ち着かない。

 ただ、言いたいことはわかった。

 要するに、自分は無価値である、と彼女は言いたい訳だ。

 ふむ、なんといったものか。

 そんなことはない、なんて安い言葉では片付かない。片付くならこんなことにはなっていない。

 だから、もっと心に響かせなければならない。

 俺は、ゆっくり考える。

 よく考えろ、彼女は自分に価値がない、というのだ。

 そして、出した答えは――。




 『厨二病か』




 ……いや、その返答はない。そんな年じゃないっていうかうん、これを言ったら俺はどれ程空気を読めない奴なんだろうか。

 俺がそんな返答をした日には己にデスソウルクリーパーを唸らせてやりたい。

 いや、そんな技名ないけど。ともかく、そいつはない。

 そもそも、俺は弁論が苦手っていうか、心に響く言葉が放てるのなんて、選ばれた人間だけだと思うんです。

 俺は、そう考えて、いや。

 考えを明後日の方向にぶん投げた。


「いらねーよ。んなもん」


 仕方ないので思いつくまま言うとしよう。

 それ以上のことはできそうない。


「別に欲しいつった覚えもねーしな」


 俺と彼女の関係に、謝罪も礼も必要ない。

 義理があればそれでいい。













 私はふと、考えた。

 毎週毎週私の家にやってきて温かさをくれる人がいる。

 沢山の物をくれる人が居る。

 そして今度は命を救われた。

 だからこそ考える。

 私は彼に何を渡すことができるのだろう。

 お金はない、年金で生活しているようなものだ。

 地位はない。昔捨ててしまった。

 物もない。要らないものは全てどこかに放ってきた。

 家だけは、思い出の残るこの家だけはどうすることもできない。

 残る一つは、もう体しかない。

 彼がそれを求めるとは思えなかった。

 しかし、それしかなかった。

 だから家に来た彼に、私は迫る。

 前回の件のお礼にと。

 だけど。

 本当にそれだけだったのだろうか。

 多分違う。


「俺にそれを聞くかね」


 と、呆れたようにそう言ってスーツを掛ける様があの人に、死んでしまったあの人によく、似ていた。

 だから、私は彼に迫った。

 ああ、なんて浅ましい。


「はい、ああ、一夜限りのお遊びですから。気兼ねなくどうぞ?」


 そう、これはお遊び。本気ではない。そう自分に言い聞かせる。

 これを最後にしよう。こんな不思議な関係も。浅ましい自分も。

 今日を限りに彼とは会わない。

 私は彼に何もしてあげられないし、彼は娘の思い人なのだから。

 抱かれて、全てを忘れるべきだ。

 でも、結局彼は私を引き離した。

 そして言う。


「いらねーよ。んなもん」


 ああ、やっぱり。

 すとんとその言葉は私の胸に入ってきて、虚しさがこみ上げる。


「別に欲しいつった覚えもねーしな」


 わかってはいた。しかしもしかしたらとも思った。

 でも結局、もしかしたらすら打ち砕かれてお仕舞いか。

 ただ、これで娘に後ろめたさは覚えなくて済む。

 そう思った瞬間、彼は言った。


「お前さんは自称金なし地位なし物なし、らしいが。んなこと知ってるんだよ」


 それはそうだ。見ればわかるだろう。

 だけど話はそれだけではなかった。


「織り込み済みだ。承知の上で付き合ってんだよ。別に何かが欲しくてやってるんじゃねーんだよ。わかってるんだよ」


 彼の言葉は、きっとなにも考えていないのだろう。

 女の気持ちと言うものを。言われて女がどう考えるかなんてお構いなしに彼は言う。


「何を勝手に価値を上げようとしてんだ。俺はな、自称無価値なあんたとわざわざ」


 ただ、ふと思った。


「好き好んで付き合ってんだよ」


 殺し文句だなぁ、と。












 いやはや、うん。

 俺が言ったことは要するに何の解決にもなっていない訳だが。

 要するに、無価値だって良いじゃない、人間だもの。ということだ。

 我ながら良いこと言った。

 別にお礼を気にしてやってる訳じゃねーんだから、その辺気にされたって困るってもんだ。

 ただ、まあ、納得してくれたらしい。

 玲衣子は今服を着て、俺の隣に座って身を寄せてきている。

 納得してくれたのはいいのだが、いまいち落ち着かない。


「玲衣子さーん、離れてくれまいか?」

「いやです」


 うほっ、良い笑顔。

 そんな笑顔で応答されてはこちらもどうにも邪険に扱えない。

 ぴたりと、俺に寄り添う玲衣子を引きはがす術は俺にはなかった。

 まあ、いいか。

 美人を侍らせるのは男の夢って奴だ。

 ただ、まあ意趣返しくらいはしたって、いいだろう?


「寂しいのか?」

「え?」


 ふっと、いつもと違う顔を、玲衣子は見せた。

 驚いた顔。

 気付いてないとでも思っていたのだろうか。

 寂しさを猫で埋めようとするほど寂しいならもっと口に出せばいいのに。

 そう思った瞬間、彼女はぽつりと呟いた。


「寂しい、です」


 そう言った彼女は本当に弱弱しくて。

 彼女は俯いていたから実際分からないし、目の錯覚かどうだか知らないが、彼女はさめざめと泣いているように見えた。


「夫が死んで娘も育って……、屋敷に一人で。寂しかったんですわ」


 彼女らしくもない弱み。俺の袖を掴む指に力が籠もる。

 お礼にこだわったのは俺を繋ぎとめたい半分だったのかもしれないな。

 俺は、そんな彼女に一つ、笑って見せた。


「――なら、この先ずっと一緒にいてやんよ。きっと、人間よりかは丈夫だぜ?」


 どうせこの先地獄で長いのだ。

 こんなのも、死後の楽しみ方の一つだろう。












「――なら、この先ずっと一緒にいてやんよ。きっと、人間よりかは丈夫だぜ?」


 そう言って彼は笑った。

 おおらかな笑みだな、と思う。

 娘が惚れた理由がわかった気がした。

 それがなんとなく癪で、彼を困らせてみたくなった。


「ねえ……、愛してると言ってくれません?」

「何故に?」

「遊びですわ」


 すると、彼は溜息一つ、私の眼を見て言った。

 ああ、彼をからかうのは実に楽しい。

 ただ、この時ばかりは本当に遊びのつもりだったのだが。


「愛してるよ」

「――っ……!」


 存外に私は動揺した。

 顔が赤くなるのがわかる。

 この人が、酷く愛おしい。


「――私もですわ」


 私はそう言って、今一度強く彼に体を寄せた。

 遊びのつもりが、

 ――とうに本気になっていたのだなぁ。


「勝負ですわね、李知ちゃん?」


 私は誰にも聞こえない声で呟いた。







――
ってことで、フラグ建設完了。
玲衣子さん本格参戦の模様。
人妻の意地を見せるか。

それと、前回返信できず申し訳ない。
前回では明日とか言っといて無理でした。
すぐ後にならまだしも間が空いてしまったのでまたみていただくのも卑怯だななんて思いまして。
という訳で今回で前回と今回の感想返信とさせていただきます。


ってことで返信であります。


SEVEN様

バレンタインデーにチョコを買うとどの角度から見ても寂しい人ですからね。
自分も自重してる一派です。昔罰ゲームで買いに行くようなトランプもやりましたが。誰ももらえない組で。
前さんは手堅い人です。メインヒロインですから。派手さは見せず堅実に立場を確固たるものにするのが彼女のあり方だと。
まあ、薬師鬼畜説に関してはよく考えてみれば薬師は十分鬼畜ですよ。フラグ着工以来ずっと放置プレイですから。

二回目
学園物はラブコメの基本ですから、大分前から計画はしてたんですよね。
ただ、数珠家が終わるまで設定的にも余裕的にもどうしようもなかったんでここで解禁です。
閻魔がセーラーなのは、一応学校編先駆けってことにはなっていたのですが、気付いた人が居るとは。
しかし、スパッツですか。すぱっつって、平仮名で書いた方が萌える気がするのは良いとして、私は普通のジャージでもいけます。



紅様

そんなプレゼントされたスライムなんて捨ててしまいましょう。
バレンタインデーに貰ってもどうしていいか非常に困ると思います。
多分スライムなんて食べたら重度の厨二病に掛かってしまいます。
そりゃもう末期患者で助かる見込みはないでしょう。

二回目
藍音さんの保健体育。
実にやりたそうですね。二人で補習とか。
実習とか。卑猥なことまで。
ただ、薬師に保健体育は実際必要だと思います、確実に。


春都様

パーフェクトメイドは何でも薬師のことに限りお見通しです。
バレンタインデーに関しては薬師の見通しが甘いだけだと思いますが。
ザラキーマカレーの文化レベルは致死級です。致命の傷になりかねません。
多分薬師が大天狗だから食べられるのであって、人間だったら原子崩壊を起こすと思います。

二回目
現在まで学校があるような描写は一つもありませんでしたからね。
個人経営の寺子屋みたいな物はありますが、値段が張るので就学率はかなり低かった模様です。
閻魔さんも最近我侭を覚えて来たようで、職場の皆さんからも好評です。
スランプに関してですが、もう小説書きはライフワークに近いので、遅いながらも書けるというか、書かないと落ち着かないんですね。更新できないとなにしててもふと申し訳なくなりますし。



奇々怪々様

きっと薬師は異世界にわたってまでフラグを立てて来たのでしょう。よく考えれば薬師的には地獄も異世界ですし。
ザラキーマカレーは相手をパーティ単位で一定確率で即死させる、そんなアイテムでございます。きっとドラクエあたりから輸入されたのでしょう。ザラキーマの呪文が。
あと、現世からチョコを送るには仏壇に置いておけば何とかなると思います。
ちなみに、暁御さん本人はチョコを手渡ししようとしたそうです。無理でしたが。

二回目
薬師が教師。
薬師並みの鈍感を量産したが最後、フラグが各所に乱立して生徒以外が哀しいことに。
薬師の一般常識は、人として最低限を逝ってるのでどうしようもないです。ある意味特殊な倫理観とも言いますが。
閻魔様は多分「薬師先生と閻魔のいけない授gy(ry」を期待してないこともないと思います。



ヤーサー様

バレンタイン……、日曜だとまったく何も変わりません。
薬師の一般天狗へのモテ度は指して高くないようです。半分バトルジャンキーな上司だったので、一部近しい人から上司に上げる感じで貰ってる程度です。
薬師がモテたのは一部フラグを直々に立てた人のみであります。別に美中年でもありませんしね。
ちなみに今回で玲衣子さん完全参戦です。先生に関しては、薬師の師匠がそろそろ再登場なるか、と言っておきましょう。

二回目
とりあえず、来るもの拒まず、給食支給の学校が完成です。
希望者のみの入学ですが、地獄に来てすぐの人は一週間ほどここで勉強するらしいです。
由美と由壱も入学手続きを済ませたようですので、遂に由壱もボーイミーツガールが……。
藍音さんの教育によって量産型無双メイドが増えないか地獄が心配です。しかし、もう記事は百ですか。お祝いに関しては百の時にもお願いしますぜとふんぞり返って見ることにするので問題ないです。



Eddie様

ふっ……、チョコを貰えないのにバレンタイン編を書いている私の哀れさに比べれば……。
藍音さんは完全に薬師の行動を把握してらっしゃる模様。
まあ、薬師見てれば概ね辿り着きますけどね。胸やけするな、って。
もう薬師は胸やけで死ねばよろしい。



通りすがり六世様

ふふふ、私がチョコを貰えたとしたらもう、知らない人か、男からですよ。
それはそれで非常にこわいです。工業系なので男九割なのですよ。私のクラスには男しかいませんが。
閻魔様はもう、それはもう。言葉にできない物を作り上げていきました。
でもお父さんは負けません。お父さんですから。

二回目
閻魔は本当に『ピー』歳なんでしょうか。
最近そう思います。果たしてシリアスの時の凛々しさは何処にやってしまったのか。
それと、ラブコメ要素はつぎ込めるだけ突っ込みたいと思います。ラブコメの限界まで行ってみたいと。
収拾なんて、薬師がフラグ回収するまでつきませんし。



光龍様

たまに思うことがあります。
薬師は刺されないだろうか、と。まあ、どうせ刺されても死なないでしょうし。
もう薬師はチョコ死してしまえと。
しかし、百話もすぐですか。気合入れないといけませんね。

二回目
閻魔一族は寂しがりみたいです。
なまじ強そうに見える分逆に寂しいようです。
アホの子は、まあ、あれもまた多分寂しがりなんじゃないかな、と。
最終的にもう玲衣子さんの屋敷に住んでしまえばいいんだ。



トケー様

藍音さんは一家に一人欲しい逸材です。
それと、きっと青鬼さんは職場で人気があると思います、妬ましい。
しかし、それにしてもマッドサイエンティストとは、なにをすればそんな位置に収まるのでしょうか。
かく言う私も変人扱いですが。

二回目
薬師の様なフラグ製造者になれるならば、私も入学したいです。
閻魔分は定期的に補充されて限界突破するようです。
前さんとは対極的にド派手なことこの上ないです。
しかし、受験勉強ですか……、自分もほとんどしませんでした。先達としては、強く生きてますとしか言いようがありません。



春日井様

大学はそうですね。バレンタインって基本的に当日にコミュニテイにいかないと無理がありますからね。
薬師さんの本命チョコの数は二桁を越えるはずです。今回出なかったのを含めて。
愛沙さんは運営をつかいっぱにしました。間違いなく。
そもそも研究にかまけているので料理ができるか怪しいです。



あも様

確かに、義理チョコのお返しと言っても決して安くはありませんからねぇ。
と、ほとんどもらえない私には無縁な心配をしてみます。
薬師は三倍返しの法則であくせくすればいいのです。チョコ破産してしまえと。
閻魔姉妹は元々はそんなになか悪くなかったので、完全修復も近いです。



リーク様

実にやりたい放題です。
完全にちゃんぽんでやりたいことやってる空気ですが、書いてる方は楽しいです。
問題は読んでる方なのですが。
ともあれ、地獄で勉強って実にシュールですね。もう死んでるのに何をしようというのか。


蓬莱NEET様

閻魔の可愛さが既に天井を突き破っている件に関しては同意です。
しかし、校長までやって本当に大丈夫なんでしょうかあの子。
最近は薬師が来るから休みも取ってるようですが、ハードワークすぎる気が。
愛の力で乗り越える気なんでしょうか。




アキミ~無出番覇王伝~


遂にあの女が帰ってくる……。


http://anihuta.hanamizake.com/12th.html


最後に。


遂に、遂に奴が現れる。



[7573] 其の九十八 ~出番黙示録~アキミ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/02/25 22:37
俺と鬼と賽の河原と。




 暁御は決意した。

 戦おう、と。

 このままではまずいと。

 よく考えてみると、薬師が好きだと自覚して一年が過ぎ去ろうとしている。

 しかし、しかしだ。

 何らかの強制力が働いているかのごとく、なにも出来ていない。

 否。

 何かの意志により、まったく何もできないでいた。

 しかし、暁御はここで神への反逆を決意する。

 まずは出番を作らねばならない。

 薄くなった影を濃く塗り直すのだ。

 色恋沙汰は体当たり。

 さあ行こう。

 暁御の戦いはまだ始まったばかり!!

 暁御先生の次回の出番にご期待ください。


「え、まだ終わりませんよね! ね!?」






 じゃら男は決意した。

 もっと頑張らねばならない、と。

 暁御が好きだと言って早一年が過ぎ去ろうとしている。

 しかし、周りのサポートがあって尚、成果のほどは今一つ。

 鈴の滞在など色々と忙しかった、などというのは言い訳に過ぎない。

 恐る恐る行動したりして、まったく漢らしくない。

 男なら、真っ直ぐ見据えて真っ向勝負。

 恋を恐れてなにが言えよう。

 恋は戦いだ。

 守ったら負ける。攻めに出よう。

 そう思って、じゃら男は拳を握りしめた。

 まあ、どうせ玉砕するのだろうけど。


「……おい」








 薬師は決意した。

 もっと頑張らねばならないと。

 今に至るまで、ずっと怠けていた。

 しかし、これ以上はそうはいかない。

 男なら、もっとあるべき姿があるはずだ。


「そうだ、もっと早起きしよう」


 早起きかよ。


「意外と切実な問題だ」


 まあ、早起きしないとまずいのだ。

 最近薬師の布団に潜り込む人口が多すぎる。

 このままでは藍音とモーニングコーヒーを飲みかねない程度には多い。

 藍音が朝食の準備を終わらせ、そして再び薬師の布団に潜り込む前に、起きるのだ。






 こうして、三者三様の決意を胸に秘め、今日という日は始まった。






其の九十八 ~出番黙示録~アキミ。






 まずはじめに暁御が行ったのは、手紙を書くことである。

 あえて言葉をオブラートに包まないのであれば、ラブルェエトゥアアア。

 わかりやすく発音するとラブレターである。

 普通すぎるだろ詰まらんなそんなだから出番が無いんだこのじめついた女は、と言うなかれ。


「あの……、酷すぎません?」


 例え普通にアタックを掛けたとしても、何らかの意思が働き、薬師との接触すら危ういのが暁御だ。

 しかし。

 バレンタインデーのチョコレートは一日遅れながら発見されている。

 そう、それを鑑みての手紙なのだ。

 出番がないなりに、頭を捻って生み出した案、それがラブレターなのだ。


「ともあれ……、できた」


 暁御は、自分の部屋の机の前に立ち、したためた便箋を見つめて呟いた。

 実に、ラブレターラブレターした男が使うと痛々しい便箋に付けられたシールがきらりと輝く。

 差出人を書いていないというベタなミスはやっていない。

 そして、夜に書いてようわからん恥ずかしいものができるということも当然回避済み。


「うん……、じゃあ、行こう」


 そう言って暁御は部屋を飛び出した。









 その少し前、じゃら男は。


「できた……、できたぜ」


 暁御と同じ思考回路に陥っていた。

 そう、ラブレターである。

 青春の青き思いを書き綴った、一歩間違えれば黒歴史になりかねない、そんなシロモノである。

 しかし、まあ。

 ここでじゃら男が名前を書き忘れるミスをする訳でもなく、飯塚猛の名が堂々と。

 多少の間違いを含むが徹夜で綴られた手紙は間違いなく問題ない。

 と、なれば後はすること一つ。


「鈴、ちょっと出かけてくるからな」


 鈴から突っ返される行ってらっしゃいの文字を見てか見ざるか、じゃら男は外に飛び出して、数分掛けると彼女の部屋の扉の前へ。

 その時、暁御は部屋の中でラブレターを書いていたりするのだが、それはともかく。


「行くぜ……」


 じゃら男は恐る恐る扉下部のポストに手を伸ばした。

 そして恋文は放たれる。

 自由を得たその便箋はかたんと音を立て投函された。


「やった……、遂にやったぜ!!」


 じゃら男はすぐにその場を去る。

 返事が来るかもしれない携帯を握りしめながら。








「あれ……? 手紙が来てる」


 所戻って暁御の元へ。

 暁御は、家を飛び出した際に、郵便受けに便箋が入ってることに気が付いた。

 包み隠しても仕方のないこと故にきっぱり言うが、じゃら男だ。


「ええと……」


 とりあえず暁御はそれを開く。

 そこには、黒歴史、もとい愛の言葉がのっぺり綴られていた。


「これって……、ラブレター?」


 詳しい内容は割愛させていただくが、内容の一部を取り出すなら、君は僕の太陽とかそういった感じだ。

 これがドSか鬼畜なら、ふんと笑って投げ捨てる所だが、そこはそれ、同じくラブレターを綴っていた暁御である。

 流石に笑う訳にはいかない。

 故に真摯に受け止めて、暁御は今一度便箋を見た。


「だ……、誰からだろう。私に男の人の知り合いなんて。え、で、でも、もしかして、や、や、や……」


 無論、次に続くのは薬師の一言。まあ、しかし、あの破壊的ファイナル朴念仁が詩的な恋文綴る訳がないだろうに。

 薬師が送ったと思うだけで明らかに死的な恋文である。

 しかし、僅かな希望を込め、暁御は差出人を見た。

 そこには、飯塚猛の文字……っ!


「飯塚猛……」


 そこには読めたオチが一つ。


「……誰だろう」


 それはもうあんまりな程の読めたオチだった。


「人違い、かな……?」


 世は常に無常なり、哀れじゃら男。


「まあいいや、行こ」


 まあいいやで済まされるじゃら男。じゃら男は既に改名すべきである。そうすればこんな悲劇は起きなかっただろう。

 ともあれ、暁御は歩き出した。

 そうして、そう遠くなく、暁御はあっさりと薬師の部屋の前に辿り着く。


「うん……、これを入れるだけ」


 暁御はじゃら男と違ってそれなりに名が通っているので、じゃら男の様な状況は起こらない。

 だから、このままその手の便箋が投函されれば、薬師へ暁御の想いがつまびらかになる。

 良くも悪くも、事態は大きく動くだろう。


「大丈夫。断られたって振り向かせれば良いだけ……。大丈夫」


 言い聞かせるように暁御は息を大きく吸いこんだ。

 果たして、このまま暁御は手紙を投函してしまうのか――!?

 暁御は神を越えられるのか?

 暁御はその手を離す。

 しかし、そうは問屋が卸さない。


「へ?」


 手を離した、その瞬間。その瞬間だ。

 ボッ! と。


「え……」


 便箋が燃えた。

 自然発火……っ! 自然発火だ。

 気象条件とか、全てを無視した自然発火。

 明らかにおかしい現象。

 自然発火を起こしてまで暁御を大局に関わらせまいとする神の意志がっ!


「えぇええぇぇぇー……?」


 たしかに暁御の道を阻んでいた。

 どっとはらい。






 しかし、話はもう少し続く。


「もう……、こうなったら」


 世界意志に手紙を燃やされた暁御は決意した。

 ええいっ! 駄目だ駄目だ!! こんな軟弱な方法では何も解決せんッ!!

 男なら――女だが――、突貫だアッ!!

 ということである。

 そう、現在暁御は非番、薬師は仕事。

 彼は間違いなく河原にいる。

 暁御はそう考えて走り出した。

 ……。

 転んだ。


「負けない……!」


 ここでも暁御の邪魔をする世界の意志に、彼女は反逆の意志を叩きつけて、再び走り出す。

 今度は転ばずに、寮の扉の前に辿り着く。

 暁御と外を隔てる扉は自動ドアだ。

 その扉が、容赦なく、暁御を阻んだ――!!


「あ、あれ?」


 開かない。

 センサーが暁御を認識していないっ!!

 影の薄さを示すSDN値は限界値を振り切っていた。

 今の暁御には、赤外線にサーモグラフィすら通用しないっ!!

 影の薄さここに極まれり。

 ファミレスで水を持ってきてもらえない人がいる。しかし自動ドアに認識されない人間がいかほどいようか。

 じゃあどうやって入ったんだと聞かれれば、人が入るのに続いて行けば何ら問題はないと答える。

 しかし、今日は平日、そして昼過ぎ。

 休みの人間は家でまったり時間を過ごし、仕事の人間はもう出払っている。

 既に自動ドアを開ける人間はいない。

 仕方がない。

 暁御は自動ドアの隙間に指を差し入れた。

 この女、自動ドアを手動ドアにするつもりである。


「ふ、ぬぬぬ……」


 女としてどうなのよという声を上げながら、暁御は強引に扉をこじ開けていく。

 実に必死だった。


「そぉいっ!」


 もう既にキャラが崩れるとか崩れないとかではない何かが発生し、扉は暁御が外に出るに十分な隙間を開けた。

 チャンスとばかりに暁御が外へ飛び出そうとする。

 その瞬間、自動ドアはその役目を果たし、すごい勢いで、まるでギロチンの様にその口を締めた。


「ひにゃっ!!」


 結果、体を横向けるようにして飛びだそうとした暁御は顔面強打。


「……」


 外へ出ることに成功はしたものの、しばし顔を抑え蹲ることとなる。

 そうして数十秒。

 痛みが引いて、現実世界にログインした暁御は、再び歩き出そうとする。

 そこに――。


「暁御っ!」


 じゃら男の声が掛かった。


「あれ? じゃら男、さん?」












 じゃら男は今一度決意した。

 手紙で言葉を伝え返事を待つことのなんと女々しいことかッ!!

 男なら、突貫だアッ!!

 果たして、恋する乙女とまったく同じ思考回路のじゃら男が駄目なのか、それともじゃら男と同じ思考の暁御が終わってるのか。

 ともあれ、じゃら男は変な男気を発揮し、暁御に突貫を掛けた。


「あれ? じゃら男、さん?」


 暁御は真っ直ぐにじゃら男を見つめる。

 それだけでじゃら男の心境はぶっちゃけ、オー、マイエンジェルッ! とまあ気持ち悪い。


「そ、の。俺の気持ちは、知ってると思うけど。冗談でもなくっ、本気だからなっ!?」


 そのように、じゃら男は前置いた。

 しかし、しかしだ。落ち着けじゃら男、それは手紙を正しく理解した前提の話だ。

 暁御には何の事だか、まるでこの間のしるこの様にわからな~い。


「好きだっ!! 付き合ってく――」

「すいませんッ! 急いでますから!!」


 あきみはにげだした!

 まるではぐれメタルの如く逃げだした。

 もしも、手紙にじゃら男と書いていれば、真意を汲み取り、真摯に答えてくれたのだろうが、仕方がない。

 残念、じゃら男の冒険はここで終わってしまった!

 後には凍りつく、まるで塩の柱の様な男が残されるのみ。

 めでたしめでたし。












「好きだっ!! 付き合ってく――」


 そんな言葉をどこか遠くで聞きながら、暁御は走った。


「鋤田…? 誰だろ?」


 見事に曲解されたじゃら男の言葉。

 暁御、貴様は薬師か。

 じゃら男に対し、薬師にあしらわれても文句は言えないほどの対応だが、恋する乙女は一直線。

 駆け足に河原へ向かう。

 それから先は、色々あった。

 転んだり、穴に落ちたり異次元に飛ばされかけたり神隠しされたり。

 あらゆる事象が暁御を妨害した。

 しかし、遂に暁御は河原の前に辿り着く。


「これで……、やっと……」


 この道路の向こうに河原はある。

 感慨も一入に、暁御は駆けた。

 その瞬間である。

 暁御は実に疲れていた。

 故に、注意力散漫。

 故にこそ、走るトラックに気付けないでいた。

 トラックの運転手は居眠り。地獄においては罰金罰則懲役ものだが、今現在どうすることもできない。

 気付いた時にはもう遅い。


「あっ……」


 トラックはすぐそこ。

 もしかしたら薬師が助けてくれるかも、なんて乙女妄想を心のどこかで展開し、暁御は目を閉じた。

 なるほど、車にひかれてもびくともしそうにない面子は置いておいて、由美や銀子に玲衣子辺りが轢かれそうになったら、薬師は謀ったかのように現れるだろう。

 しかし。

 現実は厳しい。

 あっさりとトラックは暁御を通りぬけた――!!


「……あれ?」


 まあ、ぶっちゃけるとSDN限界値につき、あっさりと暁御はステルスモードに移行。

 トラックの認識から外れた故、無傷。


「うふふうふふふふふふふふ……、分かってます、分かってますよそんなこと。私が影が薄いことなんて知ってますよーだ……。でもここまですることはないと思うんです。ぐすん」


 涙目になりながら、暁御は進む。

 その途中で暁御は気を取り直した。

 この先に薬師が居る。

 そう、想いを伝えるのだ。

 ボロボロになりながらも暁御はぎらついた輝きを持って歩いていく。

 そして、遂に河原に到達。


「どこ、かな」


 暁御は辺りを見渡した。

 見当たらない。

 仕方がない、と暁御は所を歩いていた前さんに問うてみた。


「あの、薬師さん知りません?」


 ほえ? と前さんは応えた。




「薬師? 薬師なら呼び出されて学校だけど?」




 ああ、無情。

 やっぱりそんなオチ。


「え、ええええぇええぇぇぇぇー……?」


 世は無常、気分はオーにアールゼット。

 暁御はそこにくずおれたのだった。















『どう、だった?』


 帰ってくるなり、鈴のメモがじゃら男に突き出された。

 じゃら男はげんなりと、溜息を吐くように、言葉を放る。


「だめだった……」


 じゃら男はぼすん、とソファへと飛び込んだ。

 妙な疲れを感じ、瞼の重さに身を任せる。

 瞼はすぐに降りて、少しずつ、意識は下降していった。

 気分も最低、だが、体は休養を要求する。


「ん……?」


 じゃら男は、誰かが頭を撫でる感覚に、妙な安心感を覚え、その安らかな気分に全てを任せた。

 音も言葉も無い中に、彼は鈴の言葉を聞いたような気がした。



 その後、鈴の膝枕でじゃら男は目覚めたという。
















「はあ……」


 街をふらつく暁御のSDNはとうの昔に限界値。

 どんよりげんなり、歩く道は夕焼けなのに新月の夜が如く。


「はぁあああああぁぁぁぁぁぁぁ……」


 陰気オーラ纏って歩く彼女に。


「あ?」


 ふと、ある人影が見える。

 よれたスーツにやる気なさ気な歩き方。


「え、薬師さんっ!!」


 暁御は慌てて駆け寄った。


「お? 暁御?」


 流石にこの場はSDNも自重して、薬師はその存在を認める。

 遂に見つめた愛しき人に、愛の言葉を叩きつけよう。

 暁御の決意は一瞬、勝負に出る。


「その、薬師さんっ!!」


 その思いのたけは――。


「……なに言うんだったか忘れました……」


 放たれなかった。

 色々あり過ぎた。そう言うことだ。

 薬師は苦笑い一つ。


「そーかい。じゃ、一緒に帰ろうぜー。思い出すかも知れないかんなぁ」


 勿体ない気もしたものの、すぐに暁御は諦めた。

 まあいいか。今日はこれで満足しよう。


「はい、そうしましょう……!」


 千の不幸と一の幸運。

 それだけあれば、人生十分。


 今度こそ、どっとはらい。







―――

遂に暁御様が帰還しました。
次回の出演は、未定です。

あと、執筆の調子も大分復活気味かも。




春都様

未亡人、未亡人です。
薬師は多淫好色の妖怪なはずなんですけどねー……。
フラグ建設にしかその気が見えません。
使い物になったらなったで中々凄いことになりそうですけどね。


光龍様

未亡人なのでエロエロなのです。
玲衣子さんの家に引っ越す案もなくもない程度には引っ越しが考えられてたりします。
薬師と住んでる人数は現在確か六人位だったはずです。
師匠については、そう遠くないうちに、としか言いようがありませんが、本当にすぐそこです。


へたれ様

惜しい……っ! 暁御でした。
憐子さんの出番もいよいよ近い感じですよ。
何話後登場とか言ってしまっても良いくらいには近いです。
暁御よりもあっさり出てきますから大丈夫。


ReLix様

遂に、未亡人もブレイクです。
人徳が無い訳じゃない薬師ですが……。
どうにもフラグ立ての鬼畜ぶりに人徳者と呼びたくない人です。
あと、天狗だから、天徳ってかくと、すごくいい人みたいですね。


SEVEN様

未亡人につき、エロ増量中したりしなかったり。
ある意味ラブコメらしい気もしますが。どちらかと言うとドラマ向けの。
ここにて強敵発生中です。
多分憐子さん含めて大人組のレベルが高いです。


奇々怪々様

薬師が現代っ子なのは、か、確定的に明らかです。
ただ、不能薬師でも否定できないのも確定的に明らかです。
彼に立てれないフラグが無いのも明らかです。
そして、影の薄さが成長して帰ってくるあの人も確定的に明らかですねわかります。


通りすがり六世様

精神は肉体に引きずられる説はあると思います。外見通りの扱いされるのが普通ですから精神的にも適したものに落ち着くと。
まあ、手間暇については、薬師は究極の暇人ですからね。その辺を楽しめるのが年季って奴なんでしょうか。
あと、やっぱり一夜すごしたらなんだかんだと責任取ると思います。
なし崩しでも、無理矢理でも、包容力だけはあるっぽいので幸せに生きていけるんじゃないでしょうか。


やっさん様

撃墜数一アップ。キルマークが一つ増えました。
地獄なのに桃源郷とはこれ如何に。
もう既に、一族郎党建設完了ですからね、もうカオスです。
それと、じゃら男さんも今回出してみました。いつも通りの扱いですが。


トケー様

薬師に教えを請えば、きっとフラグの一つ二つなら余裕だと思うんです。
入学したいです。学校に。
李知さんに深刻したら大慌てでしょうね。応援したいようなやばいようなで大変なことになると思います。
最終的に薬師が親子丼で話を付けてくれると思いますけど。


Smith様

感想感謝です。
もうカオスですよねー。あらゆる人々に薬師が愛されすぎだと思います。
未亡人からロリババアまでっ! あらゆるフラグを取り扱います。
私も、地獄に行って学校入学、薬師の弟子になってフラグ立てたいです。




最後に。


SDN値、マイナス六万九千八百だと!? 馬鹿なっ、まだ上がり続けているッ!?



[7573] 其の九十九 俺と家と諸問題と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/03/01 21:32
俺と鬼と賽の河原と。




「おーい、銀子」


 とある朝に、俺は彼女を呼んだ。


「何?」


 いつものように黒い服ばかり揃えた格好で、彼女は俺を見る。

 大して俺は、片手で雑誌を読みながら、まるでぞんざいに言った。


「荷物まとめとけよー」


 瞬間、横目で見た銀子が、分かりやすいほど凍りついた。


「つ……、遂に邪魔になったのね!?」

「んー、あー、んー?」

「拾って置いて要らなくなったらポイだなんて酷いわっ!!」

「んー?」

「どうせ私の体だけが目当てだったんでしょ!?」

「いや、体って、目当てにできる体なんかいおのれ」

「そんな一銭の価値もねーよそんなペチャパイみたいな顔をされると傷つく」

「いや、そこまで思ってねーよ」

「……じゃあ、テメェみてえな貧乳は精々二十円だな、くらい?」

「わかんねーよ、程度が。というか俺に体目当てにしろとか酷だろ」

「だと思う」

「あっさり肯定されると傷つく」

「事実。仕方がない。そして、私がナイチチなのもまた事実」


 そう言って肩を落とす銀子。


「どんだけ引きずるんだよ。気にしすぎだろ」

「死ぬまで引きずると思う。貧乳の性」

「そうかい」

「貴方が貧乳大好き愛してると言ってくれたら立ち直れる」

「ヒンニュウダイスキアイシテル」

「心がぼっきぼきに折れた。もう地面にたたきつけてドロップキックかましたポッキー並みに折れました。責任取ってください」

「無理だ、俺の実力では。無理だ責任取れない」

「実力って何」

「心の容量的な何か」

「多分十分。やたら広いと思う」

「嘘だッ、ってんなこたーいいんだよ」


 まるで部屋の掃除中に懐かしい本を見つけてしまった時の様に本来の目的を忘れていたが、問題はそこじゃない。

 狭いのは俺の心の容量じゃない。


「別にほっぽり出そうという訳じゃねーから安心しろ」

「じゃあ、なに?」


 俺はあっさりと答えた。


「今度引っ越しするから」




「え」




 狭いのは家だ。








其の九十九 俺と家と諸問題と。








 狭い、狭いのだ。

 家が。

 広い部屋と言った所で、所詮寮。適正人数は四人が限度。

 荷物もほとんどない人間が数名いるからなんとか回るが、これ以上は流石に無理。

 現在俺の家に住んでいるのは、俺、由美、由壱、藍音、銀子、李知さん、翁だ。

 基本形態が刀で、省空間で済む翁はともかく、そろそろ辛い。

 しかも、なんだかんだですったもんだあった挙句、李知さんはこのまま家に居着きそうな空気が漂っている。

 李知さんの家が、前回の騒動で解約されていたそうなのだ。身を隠す云々の説明があったが、もしかすると玲衣子の陰謀かもしれないけれども。

 で、それなら実家に帰ればいいという話だが、職場から玲衣子のお宅はちょっと遠い。

 結果が六人と刀一本。

 そして、藍音が言う、


「貴方はどうせまた何か拾ってくるのでしょうし、今の内に広い家を考えた方がいいかと」


 との言葉。

 いつもの俺なら一つ二つ言い返すものだが、今回ばかりは何も言えなかった。

 今回ばかりは、少々事情があったからだ。

 まあ、色々と諸事情あって、閻魔に聞いてみたりとかして物件を探してた訳だが、よさ気な物件が一つ。


「とまあ、つーこって、下見に行くぞ」

「なにがつーこってかわからない」
















 そこは以外にも立派な、和風な家屋だった。

 流石に玲衣子の所謂『御屋敷』、と言う奴に比べるとこちらはただの家だったが、二階建てに、全員分の部屋含めても少々余る部屋の多さと、中々に広い。

 元々は寮だったらしく設備も十分。


「外見は意外と立派。でも、そんなにお金あるの?」


 しかし、そんな物件に引っ越す金があるのか、と言われれば、あった。


「ある」


 俺はしれっと答える。

 実を言うと、それなりの蓄えがある。

 と、いうか、不本意ながら金は溜まっていたというべきか。

 それが厄介事に巻き込まれた証だと思うと、どうにもやるせなさが込み上げてくるが。

 ともかく、去年の厄介ごとに関してはそれなりに高額な給金をもらっていた訳だ。

 確かに、危険な仕事が八割なので、もらえて当然ではある。


「驚き。意外とセレブリティ」

「まあ、一生暮らせる位じゃねーけど、家一軒位は、買えるさな」


 別に仕事を辞める予定もなければ、現在で金が足りないような事態も起きない。

 俺は残念だが、藍音は高級取りである。

 だったら、ここらで一発使ってみてもいいじゃない。

 第一金なんて残してもろくなことにはならんのだ。地獄じゃ有り得んはずだけれど、遺産相続争いとか。


「さて、入るぞ」


 銀子を伴って、俺は家の内部に侵入する。

 本当は不動産の人間が一人や二人付くはずだが、閻魔の紹介であり、個人的なものなのでそれは無し。

 ああ、そう言えば俺がこの家を買える理由がもう一つあった。




「ぎぃいいあいあああいいあいあいいあああああああッ!」




 突然の叫び声。

 銀子は絶句。

 そう、本来こんなとこ、買えるわけもなく、もう少し小さな家で落ち着くはずだったのだが。


「え……、ここって」


 茫然と銀子は俺を見やった。

 俺は応える。

 何故こんな立派な家を俺がローンも組まんと買えるのか。


「おう。なれればきっと楽しいぞ?」




 ――ここは、訳あり物件である。




「無理、ぜったいむり、無理、無理無理無理無理」


 力なく、銀子は首を左右に振った。

 その手は俺のスーツの袖を掴んでおり、小刻みに震えている。


「おろ、こういうの駄目なん?」


 意外にも意外である。

 こういうものにはノリノリだと思っていたんだが。

 しかし、どうにも顔を青ざめている辺り冗談でもないらしい。


「れ、錬金術師って科学の人だから。非科学ダメ、ゼッタイダメ」


 ああ、そう言えば、と俺は手を叩いた。

 それに、彼女はホムンクルスと呼ばれる、知識の人である。

 自身の知識の範疇に収まらないと恐ろしくてたまらないようだ。

 そんな様を見て、俺は少し楽しくなった。

 いつもひょうひょうとしている銀子だが、心霊現象が苦手なのか。

 だが、まあ、嫌がる女を引きずりまわして下見、と言う訳にもいかないだろう。


「じゃ、俺は一通り見回ってくるから先帰ってろ」


 言うと、銀子は首を横に振った。


「ダメ、ここはダメ」

「いや、だからだめかどうかを確かめるために見回ってくるんだろ?」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花、である。

 それこそなんかの間違いだとわかれば問題なく住めるだろうし、本当にあれだったとしてもそれならそれで仕方ないと納得できる。

 のだが。


「私も、行く……」

「いや、無理すんなよ」


 目は逸らされ、実に弱弱しく言われれば、こちらとしては無理すんなと言いたくもなる。

 しかし、実は強がりでも何でもなかった。


「――一人じゃ帰れない」

「おい」


 どうやらそういうことらしい。

 怖がりにも程があるが、果たしてだからと言って爆心地に突っ込むのもどうかと思う。

 まあいいか。

 本人が行くっつってるんだし。


「じゃあ行くぞ」


 俺はそう言って歩き出す。

 その瞬間。


「ぐえっ」


 銀子に服の裾を強く握られ、息が詰まる。


「……、なんじゃい」


 後ろで震える銀子を見ると、彼女は言った。


「手」

「手?」

「手、繋いでてくれないと」

「繋いでてくれないと?」


 果たしてどうなるのだろう。

 あっさりと答えは出た。


「漏らす」

「あいわかった、繋ごう」











 手を繋いで歩くこと数十秒。

 電気が通ってなので室内は薄暗く。

 板張りの廊下を歩く俺達。

 そして、やっぱりお約束。

 ぱきっ、ぱきっ、っとラップ音。


「や……、やっぱなんかいる」


 ぎゅっと握られる手に力が籠った。


「んー、それにしてもお約束だな」

「なんで貴方はそんなに冷静?」

「いや、別になんも」

「おかしい、有り得ない、異常」

「そんな俺を異常者みたいに――」

「まさか、こっち方面でも不感症……!?」

「ああ、そう言えば、ここあれらしいな。誰が来てもすぐに出ていくらしいぞ? 噂じゃここの建築に携わった人間が柱の下にうまっとるとかな」

「そ、そう言う話をしないのっ」

「強がり乙」


 俺の背を、銀子が突く。。

 精いっぱいの強がりだろう。

 俺はと言えば、ちょっと楽しくなってきていた。

 中々立派な幽霊屋敷ではないか。実に良い。

 さて、次は何が出るやら。


「私の足の親指と親指の間が濡れてたりほかほかしてたりしても気にしないでほしい」

「……漏らす前提なのか」


 言いながら、俺は引き戸の扉を開いた。

 その瞬間だ。


「いぎいいいぁああああああッ!!」


 叫び声。

 そしてブォン、と。

 生首が俺達のすぐ横をすり抜ける。


「ひゃんっ!?」


 銀子が大きく飛び跳ねた。

 そうして、生首は再び消失。


「な、な、何かいた。生首通った……」

「そーだな」

「あ、貴方も見たよね?」

「見たな」

「な、ならなんでそんなあっさり」

「んー、それより、ひゃんっ、の方が気になって気になって。いきなり可愛い声が飛び出したなーと」

「し、仕方ない。吃驚したから」


 ちょっとだけ頬を赤く染めて言う銀子の手を引き、俺は更に進んでいったのだが――。

 それから先も色々あった。

 いきなり赤い手形が出てくる襖とか、いきなり足首を掴まれたような感触がしただとか。

 まったくもって幽霊屋敷としての本分を果たしまくりで、こんにゃく的な感触まで忘れない。

 後は備え付けの電話から怪しげな叫び声とか。


「ぴぃっ!」


 そして、現在も、いきなり目玉が現れる障子を見て、銀子が飛び跳ねた。


「ぴいってなんだぴいって」

「こ、こういう時くらい優しくしてくれないと股間がぐっしょりする……。したかも」

「おい」

「まだ大丈夫」


 銀子がそうやって言った瞬間、後ろでバァンッと弾けるすごい音。


「ひゃあっ!!」

「大丈夫か?」

「ほ」

「ほ?」

「ほっかほか……?」


 まだ大丈夫だろう。

 と言うことで銀子の手を引き探索再開。


「貴方は何で平気?」


 何度聞いた問いだろうか。

 まあ、これ以上は本当に漏らしそうだし、言ってやるべきか。













 俺は遂にネタばらしをすることとした。


「お前さんは先入観に囚われ過ぎている」

「ふぇ?」

「良く考えてみろ」


 そう、これは根本的な問題。


「俺達は」


 そう、俺達は。




「――幽霊だ」




 幽霊が幽霊にビビる理屈があるかい。

 誰かいたら気配でわかるわ。


「あ」


 忘れてたのかよ。


「後だな」


 もう一つ俺がこれを怖がらない訳がある。

 実はこの幽霊屋敷。


「心霊現象、全部科学で説明付くから」


 全部種がある。


「え?」


 銀子は心底驚いた顔をしていた。


「まず、ラップ音的なあれな? 床の音だから」


 うぐいす張りの床と言うものがある。

 昔の城で、敵の侵入を知らせるため、あえて音が立つよう造られた床。

 それと同じだ。ラップ音のような音が鳴るように造られた床。


「次に、生首さんだけどな?」


 なんというか、ここは正にお化け屋敷なのだ。


「作りもんだからな? 戸開けたら天井から落ちてきて天井にまた回収される仕組みらしいけど」


 黒板消しの罠に近い空気がある。

 そういう設計がなされているということだ。

 果たして建築した人間は何がしたかったのだか。


「じゃ、じゃあ、叫び声は?」

「扉の立て付けをあえて悪くしてあるみたいだな」


 まあ、普通の人間だったらびっくらこくだろう。

 中々巧妙な仕掛けも多いし。

 だが、天狗舐めんなということだ。叫び声だって何処からしてるか分るし、生首も何処から振ってきて何処へ行くか理解できた。


「襖の手はそういう塗料があったはずだ」


 光が当たると色が出るとか、そんなもんだろう。

 障子の目もまた然り。

 最後の破裂音は、開けっぱなしにしておいた玄関の扉が閉まる音だ。

 開ける時は立て付けで叫び声を上げ、内側に対し傾斜が付いているらしく、風なんかで閉まる際に勢いが非常につきやすくなってるのだ。


「以上、種明かしでした」


 俺がいい終わった頃、銀子は頬を膨らませていた。


「ずるい」

「いや、なあ?」

「最初から自分だけ全部知ってるなんて……、危うく漏らすとこだった」

「やたら漏らすことにこだわるな?」

「もう、貴方は私を漏らさせたいのかと。そういうプレイ? この鬼畜さんめ」

「漏らしてねーからだいじょぶだろ。ってことで、問題ねーだろ? 生首辺りは天井に板でも打ちつけときゃ出てこねーし。扉も油とかぬりゃだいじょぶっぽいし」


 言うと、銀子は、諦めたように溜めた息を吐き出した。


「貴方が、いうならそれでいいけど……」

「じゃ、決まりだな」


 実は訳あり物件なの他の人には了承済みだったりして。

 てか、今日まで引越しについて知らなかったの銀子だけだったり。

 まあ、忘れてたんだ。

 だが、了承も取ったし、これで決定だな。

 安心安心。

 とそう思った時、最後に銀子は俺に聞いた。


「じゃあ、あそこで手振ってる女の子は何?」


 白い、真に白い。振り袖の少女が縁側の向こうに、立っていた。

 うん、あれは――。




「……なんだろうな」




 銀子が漏らしたかどうかは定かではない。
















 座敷わらしかなんかだろう、とたかを括って早十年。嘘だが。

 家を出た時より幾分か憔悴した銀子を連れて、道を歩く。


「でも、なんで……、今?」

「何言ってんのかわかんねーよ」

「引っ越すタイミング」

「あー……」

「なんで?」


 確かに、今の今までこれで過ごしてたんだから、今更である。

 まあ、そうだな、何故かと言われれば、俺は藍音の言葉に何も言い返せなかったからと言っておこう。

 だから、そんな問いに、俺はしれっと答えて見せる。


「今度一人増えるからなー」


 今日は、まったくの無風で、とても暖かかった。


「え」


 でもまた風は吹くだろう。






―――
その九十九。遂に引っ越しやがりました。
そして、また如意ヶだ家に人員増加宣言。




では返信。


紅様

ステルスだけなら並みいる大妖怪に引けを取らないと思いますよ。
スパイとして重用すればかなり凄いと思います。
まあ、重用する前に見当たらないのがポイントですが。
スカウトして有効利用しようにもスカウトされない不思議。


ぼち様

コメント感謝です。
ええ、まあ、上がってるような、下がってるような……。
ええはい、勢いだけで書きましたとも。ええ、明らかに下がっとりますね。
どう考えてもマイナスは下がってます。


光龍様

薄影を極めた者だけが使える……、
薄影消失陣(ハクエイショウシツジン)とかどうでしょう。
もしくはこれでエンドレスシャドーと読むとか。
ともあれ、これで百話到達まで一話です。できるだけ早くお届けしたいなーと。


SEVEN様

じゃら男なんて幸せMAXですよ。
暁御なんてゼロにひとしいのに。
鈴の出番は私も増やしたいです。しかし、一〇〇話にして鈴とじゃら男だったら予想外すぎるのでもうチョイ掛かるでしょう。
と、言ってる状況で正に暁御の影が薄いです。


トケー様

半分人間やめてますけど、まだ大丈夫。
まだ異能者レベルです、はい。場合によってはチートですけど。
鈴はどう考えても内助の功。既に妻です。
あと、薬師と上条さんを会合させたら、どうせ女難の話で分かり合った後、「出会いが欲しい」とかほざくに決まってます。


やっさん様

神にすらスルーされるスキルを手に入れたら、多分手紙も透けるんじゃないかなと思います。
ええ、まあ、それは置いといて。
じゃら男と鈴はもうあれだと思います。式を待つだけだと。
薄影さんのおかげですね。


DAS様

意外にも籍まだ入れてなかったんですね、どうやら。
結婚まで秒読みだと思ってたのに。
果たして式の日取りは何時なのでしょうか。
年内ですかね。


ヤーサー様

ギャグメインはどうしてもなんかテンポが上がり過ぎるきらいがあります。
それにしても、暁御の地の文への突っ込みは傍から見たら寂しい子ですよね。現実寂しい子な気もしますが。
ちなみに、週に一回から三回位で手が回らない時に薬師は学校に呼び出されてるようです。
あと、暁御が次回出るまでにライバル一人増える宣言が、今まさになされましたね。薬師本人から。


奇々怪々様

暁御力が物に浸透すると物も影が薄くなるようです。
そして、飯塚猛の名は、実に誰だか分らない認識阻害の効果が付いてるようです。
さらに、暁御の魂には、薄影の呪いが刻まれてるに違いありません。
その内何処にでも現れるようになるかも。


通りすがり六世様

確かに、あそこで薬師が別の選択肢を選んでいたら、玲衣子エンド一直線だったかも知れません。
IF……、書くかもしれませんね。
暁御は、いつかその内報われればいいな、と作者が放り投げ気味に祈っているので大丈夫でしょう。
それより鈴の幸せがじゅうよ……、ごほん。


あも様

所詮暁御は暁御。暁御は死んでも治らない。
SDN値が限界に達するのは珍しいので普段はファミレスで水がもらえない程度です。
それと、藍音と朝コーヒーは口移しされるような気がします。確実に第二ラウンドですね。
そして、じゃら男のリア充っぷりが凄まじい今日この頃です。


春都様

遂に復活した、薄影さんでした。
既に沈んで封印されておりまする。次回の出演は何時になるやら。
もう物理法則無視ステルスとかチートですからね。
でもそんな彼女にもフラグ補強する薬師が素敵です。


migva様

遂にこの時がやってきて、線香花火の様にはじけ飛びました、薄影タイム。
もう読者の心の内からして影が薄いようで何よりです。
SDN値が限界値ですね。
さて、これから百話執筆スタートです。


Eddie様

学校です。明らかに欲望入り乱れる学校になりそうですが。
未亡人陥落はもう、なんというか、百五十のフラグを集めてフラグマスターになる前哨戦ですねわかります。
じゃら男は、やっぱり幼妻と幸せなればいいと。
暁御のネタキャラは随分昔からですねはい。絶対安全無敵の暁御さんですから。イベントの起こしようもないですね。誘拐犯すら気付かない。






では最後に。

次回、増える。
ちなみに、余りに買い手がつかないので、家は日本円にして五百万位だったそうです。



[7573] 其の百 俺と風と賽の河原で。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:171498ad
Date: 2010/03/04 21:47
俺と鬼と賽の河原と。




 夢を見ていた。


「薬師」

「なにかね」


 俺はベッドに腰掛けていて、彼女はベッドから上半身だけ浮かせて俺の名前を呼んだ。


「何でもない」

「……そうかい」


 そう言って、暫くすると、再び彼女は俺の名を呼んだ。


「薬師?」

「なにさね」


 けど、やはり意味のある言葉ではない。


「何でも?」


 俺は溜息を一つ。


「憐子さんよ。できればでっち上げでも話題を提供してくれるといいんだが」


 相も変わらず、彼女――、憐子さんはその顔に笑みを張り付けていた。


「薬師」


 俺はと言えば、なにが楽しいのだか、と今一度嘆息する。

 しかし、今度こそ憐子さんは意味のある言葉を口にした。


「私は、お前にとってなんだい?」


 俺は一瞬面喰って答える。


「ふむ……、家族、姉であり母であり、師であり相棒であり、友だった。そんな人だな」


 夢と分かって夢を見る、と言うのも珍しい体験だな、と心のどこかで考えた。

 俺の記憶には、これと似た状況の記憶はあるが、しかし、こんな会話は覚えがない。

 きっとこれは、記憶の焼き増しではなく、願望の一部なのだろう。


「だった、か。なあ、お前にとって私は、過去形の人か?」


 不意に、彼女は俺に抱きついた。


「……」


 夢なのに、確りと感触と温かさが伝わってくる。


「現在に、持ってくる気はないのか?」


 優しげな、そんな声。

 俺は何も答えなかった。


「できないとは言わせない。何せ薬師は風の申し子だからね」


 やはり俺はだんまりを決め込む。

 代わりに、憐子さんの言葉は続いた。


「迷ってるんだろう? 怖いんだな、私がどうなるか。もしかしたら狂ったままかも、なんて」


 まあ、憐子さんを呼び出すのは難しいことじゃない、と最近気付いた。

 そして、それに関する問題も色々と。

 すぐ実行に移せないでいるのはそのためで。

 だから。

 俺は振り向かずに、

 ――不躾に答えた。




「――とりあえず夢の中で位服を着ろ」




 彼女の、布団から抜け出た上半身には、布の一枚すら掛かっていなかった。




 瞬間、目が覚める。

 俺は呟いた。


「答えなんて決まってるだろうに」


 我唯足るを知る、なんて澄まして唱える境地には未だ遠く。

 俺は際限なく欲深いようだ。




 俺は憐子さんの墓を作っていない。

 それが答えだ。








其の百 俺と風と賽の河原で。








 ああ、やっぱり面倒だ。

 思いながら、俺は道を歩く。

 開けた良い場所はないものだろうか、と家もまばらになりだした外れの道を歩き続ける。

 しかし、やっぱりいい場所はない。

 竜巻が起こっても、暴風が吹きつけても、雷鳴が響き渡っても被害が無い場所なんてやはりない。

 俺は溜息を吐いて歩き続ける。

 人通りのない道を歩いていると、ふと、山を思い出した。

 やはり思い浮かぶのは憐子さんのことだ。

 墓参りに行ったことはある、が、墓は存在していない。

 所詮墓参りの真似事までで、俺は結局墓を立てなかった。

 ある意味、山そのものが墓だったともいえるだろう。

 ただ、少なくとも死体は存在していない。

 していないから、墓を作るのは無駄だろうと思った。


「でも、やっぱり本当に無駄だ」


 気付いたのは最近だ。

 主に法性坊を倒した辺り。

 俺は天狗を殺している訳ではないことに気付いた。

 そも、殺すとは何か。

 心臓を停止させ、脳を破壊し、魂を地獄に送ることである。

 と、すれば、俺の行為は殺しの範疇から少しずれることとなる。

 心臓を停止させた訳でも脳を破壊した訳でも、まして魂を地獄に送ってすらいない。

 じゃあ結局俺の天狗殺害の絡繰はどうなっているのだろう。

 何故大天狗は死なないのか。風が吹き続けるからだ。

 じゃあ、どうやって俺は大天狗を殺すのか。風を止めて、だ。

 所謂、停止、停滞状態に持っていくことで、俺は天狗殺害をなす。

 なのであれば。

 もう一度、風を吹かすことができる。


「これに辿り着くのに千年とか……、迷走してるなぁ、我ながら」


 もしくは、気付かないようにしてきたのかのどちらかだろう。

 俺がここで思いついたようにぱっと彼女の顔を見ようと試みないのは、簡単な理屈だ。

 夢で指摘する通り。

 彼女が元に戻っているなんて――、希望的観測だ。

 そして再び、俺に彼女を相手にする気力はなかった。

 でも、やっぱり顔を見ておこうと思う。












 気力は、なかったのだ。

 今では過去の話。

 狂ってても、ぶっ飛んでても、いいだろう。

 狂ってたなら、やっぱりまた止めよう。

 封印してそれきりだ。

 元に戻ってたなら、とりあえず家に連れて帰ろう。

 話は全部それからだ。

 そして、俺はこの間崩壊させた数珠家の城に辿り着いていた。

 広い。

 実に広く、なにもない。

 瓦礫は撤去され、外壁が残るのみで、後は荒れた土とまばらな草が残るのみだ。


「……やるか」


 問題は狂ってるかそうでないかじゃない。

 正直な話、どっちでもいい。元に戻ってれば、儲けもんだ。

 ただ、どちらにしたって。

 伝えたいことがある。


「ふむ……」


 俺は半ば無意識に口に出し、作業に入った。

 はたして、憐子さんの風を起こすと言っても、どうすればいいかわからない。

 これが、一番の問題だと思っていたのだが。

 しかし、やり方はわかる。

 なんせ、俺の風予測が既にこの先起こる風を予測している。

 まるでタイムパラドックスだ。

 ただ、おかげで俺はどう風を起こせばいいか、目の前の案内に沿うだけでいい。

 足りないのは、決意だけだった。

 説明できない感覚のものであるが、なるほどこれは彼女の風だ。

 そして、彼女の風が再開されたなら、彼女は再び構成される。

 風の向こうに、俺は呟いた。


「先生」


 一際大きく風が吹き。




 そして俺は其の後ろ姿を捉えた。




「憐子さん。いや……」


 彼女が振り向く。

 そして、一瞬目を見開いた。


「――憐子。うん、これでいい」


 俺は、彼女が何かを言う前に、全て言ってしまうことにした。

 言いきるまで、戦闘に移りたくはない。


「久しぶり、実に久しぶりだ。千年位だな」


 彼女は言った。


「憐子」


 俺に向かって寂しい奴だ、と。

 そして、すまない、と。

 最後に彼女は、俺を心配して逝ったのだ。


「俺は今、楽しくやってるよ。実に騒がしい位に」


 別に正気などどうでもいい。

 ただ、彼女に心配するなと伝えたかった。

 昔は何も言えなかったけれども。

 今なら言える。


「意外と、幸せだよ。本当にな」


 そして最後に、名前で呼ぼうと思った。

 それで、返ってきた言葉は――。





「――薬師」





 狂おしいほどに、理性的だった。


「お前は私をどうする気なんだい?」


 俺はなんのこともなく答える。


「可能なら連れ帰る」


 憐子さんは、笑って呟いた。


「無理なら?」


 俺は今一度、軽く答えた。


「ぶっ飛ばす」


 黒く長い長い髪が、短く、揺れている。


「また、狂ったらどうする?」


 答えは変わらない。


「また、ぶっ飛ばす」


 後のことは後にしよう。

 対症療法どんと来いだ。

 そして、最後に、ふっと儚げに笑って彼女は言った。


「私の思いは、きっと歪んでいるよ?」


 俺は、芝居がかった口調で不敵に返す。


「よろしい、ならば受けて立とう」


 彼女は一瞬目を見開いた。

 そして、儚い笑みじゃなくて、安らいだ笑みを一つ。


「ただいま――」


 俺も口端を釣り上げた。


「お帰り」


 互いを笑わせると言った二人が同時に笑いあう。

 なんとも不思議な光景だ。


「そして――」


 だがしかし、しかしまあ。





「……服を着てくれ」
















「まったく、これ以上惚れさせて、薬師は私をどうする気なんだい?」

「で、服を着た結果が袴か」


 俺は憐子さんのからかいを無視して、その姿を見る。

 鳥の子色の上と、濃藍の袴。

 概ね、薄橙と深い紺色とでも言えばいいか。

 どこから出したかは、定かではない。

 気が付けばその手に持っていたのだから。


「スーツは、薬師に譲ってしまったからね」

「ん、ああ。まあな」


 袴の和服美人は、俺の隣をいつもの笑みを張り付けて歩いている。

 感動も何も湧き上がってこないが、こと、俺と憐子さんの関係に関しては、これでいい。


「本当はセーラー服でも持ってこようかと思ったのだけど。なんとなく被りそうな気がしてね」


 わが師は相変わらず、良い勘をしている。

 しかし、連れ帰ることにしたまではいいものの、どうやって説明しようかね。

 藍音には確実にちくりと嫌味を言われるか、全てを悟った顔で受け入れられるか。


「どうした、そんな難しい顔して。……ああ、そうだ。ちゃんと服の中は履いてないぞ?」


 どうでもいいお話を聞きました。


「確かめてみるか?」

「結構だ。遠慮する」


 俺はきっぱりと言い放つ。

 そして溜息と同時に、微妙な気分も吐き出してみる。

 まあ、なるようになる。家族の冷やかしくらい、安いものだ。

 そんな諦めと開き直りの境地に達した俺に、憐子さんは手を差し出した。

 怪訝な顔をする俺に、彼女は言う。


「手ぐらい繋いでくれないかな? 希望としては腰に手を回してほしいのだけれども」

「へいへい、分かりましたよ憐子さん」


 肩を竦めて、俺は彼女の手を取り、彼女は俺に向かって口を尖らせた。


「……いつの間にか、憐子さんに戻ってるな。情熱的に、愛を込めて慈しむように憐子、と呼び捨ててくれないのか?」

 そんなのは不可能だ。情熱的に愛を込めて慈しむように、なんてどんな高難易度だ。

 というのはこの際置いておき。


「連発するのも、なんだかな、って奴だ」


 理由は、ありがたみでも、希少価値でも何でもいい。


「じゃあ、いつ呼ぶんだ?」


 そんな問いに、俺は思案して、だが適当に答えた。


「二人きりの時とかじゃないか?」


 特に、思い付かなかったから出てきた言葉だったが、憐子さんはにやにやと、いやらしくも楽しげに笑う。


「そうか。そうかそうか。じゃあ、楽しみにするとしようか」

「へいへい、こうご期待だ」


 やる気なく、俺は憐子さんを見た。

 見た目だけなら、大和撫子なんだがな。


「なんだいその目は」

「別に、見た目だけなら大和撫子だ、と思っただけだ」

「見た目以外も含めると?」


 俺は半眼半笑いで言った。


「憐子さんだな」


 一瞬ぽかんとして、そして憐子さんは笑った。


「そうか」

「そうだ」


 手を繋いで、また道を歩く。

 いつも、手を引かれるようにしていたのが普通だったから、実に手を引くのは新鮮だ。

 そんな時、ふと。


「――いつの間にか、大きくなったな」


 憐子さんは言った。


「背は別に伸びてねーけどな」


 成長期も思春期もとうに終わってる。


「ふふっ、魂の話だよ」


 そう笑って告げた憐子さんに、俺はそれなら、と告げた。








「――千年あれば、当然だ」

















余談。




 そして、帰って見れば案の定。


「やっぱりですか。そのお方は誰でしょう、薬師様」

「やはりか。この子は誰だ? 薬師」


 まずは出迎えの藍音と遭遇。


「あー……、こっちは憐子さんで、こっちは俺の娘……、らしきなにかの藍音だな」


 多分これで通じるだろう。

 現に、通じたらしく、藍音はなるほどと肯いた。


「貴方が……」


 そして、憐子さんはと言えば、


「そうかそうか、まあ、そうだろうな。薬師だし。如意ヶ岳憐子だ。よろしく」

「如意ヶ岳藍音です、今後とも、という奴ですね」

「薬師の娘なら、私の娘みたいなものだな、うん」


 姓も一緒だしな。ある意味如意ヶ岳天狗一同憐子さんの子供と言って差し支えない気もするが。


「それで、薬師様と貴方が夫婦、ですか。まあ、所詮娘らしきなにかですから」

「……お前とは気が合いそうな気がするよ」

「で、あれば、ここに居るもう一人とも」


 そんな会話。

 そんな会話に、俺は嫌な予感をひしひしと感じ始めていた。

 最強の敵を作ったかも、しれない。


「……あれ、お客さん?」

「噂をすれば」


 呟いた藍音の視線の先に、銀子が。

 何の用事か俺の出迎えか、玄関にまで出て来たらしい。


「あー、ちょっと前に言ってた新しい入居者だ、うん」


 俺の言葉にああ、と銀子は手を叩いた。


「銀子。毒牙に掛かった者同士、よろしくお願いしたり」

「おい」


 毒牙ってなんだ毒牙って。


「ああ、そうだね、そうだな。よろしく頼むよ、如意ヶ岳憐子だ」


 そして、わかられてしまった。

 これでは俺の立つ瀬がない。

 人知れず肩を落とす俺に、憐子さんは尋ねる。


「所で、何人いるんだ? 二桁か、三桁か?」


 憐子さんは俺をなんだと思ってるんだ。

 答えたのは、俺ではなく、藍音だった。


「……正真正銘の娘が一人、弟が一人、仕事の同僚が一人、刀が一人ですね」

「……そうそうたるメンバーだな」

「そうでしょう」

「じゃあ、挨拶に行かないとな」


 なんだか、本当に俺の気分は下降気味だ。そうそうたるメンバーってなんだ。

 しかし、まあ。

 挨拶に行く必要はなかったらしい。


「ああうん、また兄さんの悪い癖だね。由壱って言います、弟やってます」

「これはご丁寧に、憐子だ、奥さんやれればいいなと思ってる」


 銀子が伝えたのか知らないが、ぞろぞろと、無駄に広い玄関に人が集まり始めていた。


「お父様……、この人は」

「あー、先代先代、憐子さん」


 ちょっと人見知り気味の由美が俺に尋ね、俺はひらひらと手を振りながら適当に答える。


「よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ぺこり、と由美が可愛らしく頭を下げた。

 後は翁と李知さんか。


「む、誰だ?」

「憐子というよ、そこの、ええと」

「李知だ。また、薬師の趣味か?」


 こいつらが俺をどう思ってるか良くわかった。

 趣味じゃないというに。


「むう、着替えて良かった。実に私とキャラが被っている」

「な、いきなり何を」


 ずい、と憐子さんが李知さんに顔を寄せた。

 確かに、黒髪長髪でスーツなら似てる気はするが。


「安心しろよ、中身はまったく似てねーから」


 俺は呟き、溜息ごと吐き出した。


「翁は中々出てこねーからそん時だな。つーこって。何玄関に集まってんだか、とっとと入るぞー」


 俺の言葉に反応し、各員ぞろぞろと居間へと戻って行く。

 しかし、俺の周りも実に騒がしくなったもんだ。


「薬師」

「なんだよ憐子さん」

「また、よろしくな?」

「あー……、そうだな。また頼む」






 まあ、悪くはないが。


























おまけの様なもの。



「へいへい。しかし、それにしてもな……」

「どうかしたのかい?」


 ふと、俺の胸に気持ちのよろしくない何かが去来する。

 まるで喉まで出かかった言葉が出ないような。


「なにか忘れてる気がするんだよな」

「再会のキスか感動のハグか。それが問題だ」

「黙れ」


 そんな色惚けた方向じゃなくてだな。


「ああ、でも、私は地獄に関してはさっぱりだからな? 力になれそうにない」


 と、その言葉で。


「ああ、それだ」


 思い出した、あれだ。


「法性坊だ」


 そうだ、それだ。


「法性坊?」


 聞き返した憐子さんを後目に、俺は肯いた。


「そう、法性坊だよ」









 それは、あっさりと上手く行った。

 しかし、服を着ているのは、あれなのか。

 最近倒されたばかりだから問題ないのか、それとも憐子さんが変なのか。

 それはともかく。


「これは……、いや、そういうことか」


 法性坊は、俺の背後にぼんやりと浮かび、一人で納得していた。


「よう。法性坊、お前はあれな。今日からしばらく俺のスタンドだな」

「……そうか」


 いきなりだったが、やっぱりそれも勝手に納得した。


「ま……、次の恋でも見つけたら解放してやるさ」


 流石に今放り出してまた悪いこと企みます、となるのは御免である。

 俺のすぐ後ろに浮かぶ大男は、少し口を開きっぱなしにして、再三、納得して見せた。


「ふ……、わかった」


 まあ、納得したならいいだろう。

 そして自分の状況を理解した法性坊は一旦周りを見渡して、そして、憐子さんと目を合わせ。


「生きていたのか」

「死んでたんだな」


 声を合わせた。

 そして、何をわかり合ったのか、どちらともなくふっと笑う。


「それにしても……、元大天狗が三人か。考えたくない勢力だな」


 感慨深そうに、法性坊は呟いた。

 良く考えてみればそうだ。


「まあ、私達は薬師が基点になってるから、なぁ?」


 大概反則臭いな。


「いや、でもまあ。早々出番なんてこない……、とも言い切れないか」


 俺の去年を考えると何とも言えない。

 まあ、何かあったら力を貸してもらうとしよう。

 と、まあ話の途中ではあったのだが。


「じゃあ、しばし消えているとしよう。馬に蹴られて死にたくはないのでな」


 言って、俺の背後から法性坊は姿を消した。


「そうしてくれ」


 と憐子さんは笑う。

 法性坊、あっさりと帰ってしまったなぁ。

 その内、あいつも屈託なく笑えるようになればいいのだが。



 いや、それもそれで気持ち悪いか。



―――
遂に復活先生です。
ついでにテストが始まりました。
調子悪い状態から完全復活し、
色々と番外とか書いたりしてます。
まさかの四本平行制作。
各方面、主に教鞭をとられる方からの突っ込みは受け付けません。




では返信。

蜃気楼様

はい、どうもです。
藍音が高給取りなのは、河原の石積みのスコアが高いからです。
薬師の一回二十前後に対し、藍音さんは普通に百七積んだりするのでそれなりの給料が出ているらしいです。
あるいみ、一家の大黒柱……かも。


やっさん様

頑張れ暁御、縁の下の力持ちだっ。
まあ、地獄じゃ非科学も何もあったもんじゃないでしょうけどね。
ちなみに増える家族は先生でした。
座敷童子のフラグは考えてませんでしたが、どうせなので立てましょうかね。


SEVEN様

そんな、手を繋いでお化け屋敷なんて私も経験ありませんよ。
ファンタジーです。どう考えても。
まあ、李知さんだったら、ひっついたり、もののはずみで押し倒したり、引っ掛けて服のボタンが取れたりするんでしょうが。
でも、やっぱり余裕たっぷりの子がここぞと怖がったらいいと思います。


奇々怪々様

本人は否定するでしょうが、どう考えても愛の巣です。
まあ、訳あり物件でも、入居者自体がもう訳あり人ですから問題ないかと。
そして、薬師については、異常者は自らを異常者と認めないから異常者なのだと思います。
シュレディンガーの暁御は、きっと影の中ならどこからでも発生するんでしょう。


通りすがり六世様

黄金水プレイ、好き嫌いについては、あえて公言いたしません。言わずもがななので。
家の値段については、閻魔の紹介もあっての割引つきです。むしろ、体よく押しつけられたとも言います。
まあ、入居者人数については終了時点で二十人いけたらいいな、と確実に方向を間違えた目標ならありますけれど。
もう、マンション建てますか。


ヤーサー様

対話可能なら、いや、相手が女なら、どんないわくつきでもフラグを立てれば無問題、それが薬師。
まあ、ホムンクルスのファンタジー性に関しては言わずもがなですが、実質錬金術自体は科学系なので。
それと、前回のお話が銀子なのは、概ね予想通りであります。汚れ役適任、というのもあれですが。
というか、予想お見事、先生復活でありました。


光龍様

まあ実在するファンタジーというのは、なんだかんだでとても数少ないのですな。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、というのは実に的を射ていますね。
でもその中の少しでもが本物なら、実に楽しいと思います。
最後の女の子が暁御っていうのは、ちょっと考えてたんですけどね。それはそれで酷いかなぁ、と。


春都様

愛の巣、大きいです。
黄金水、まあ、ええ、これはけんぜんな物語なので本当にやっちまうことはないと思います。
ケンゼンなので。
てことで増築というか移動というか。憐子さんでした。


トケー様

まだまだ増えるようです、住人は、と書こうとしたら十人って出ました。十人も増やすのか……。
しかし、まあ、羨ましいですよね。私は妬み嫉みで八回は薬師を呪い殺せると思います。
無論、最後の一人は憐子さん現るでした。
いやはや、それにしても、受験とかテストとか、お互い忙しいみたいですね。頑張れ、というのはあれなので、体調を崩さないように気を付けてください。私は一昨日見事熱出しました。




最後に。


法性坊

破壊力 B
スピード B
射程距離 A
持続力 A
精密動作A




[7573] 其の百一 百話記念、にすらなっていない。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2445cdfd
Date: 2010/03/07 21:47
俺と鬼と賽の河原と。




「おーけー、乾杯」


『乾杯』


 響いたのは、女性の可愛らしい声。




 ではない。



 野太い男たちの、残念な声である。








其の百一 百話記念、にすらなっていない。









「今更ながら、男だけでここ一年の反省会でも」


 それは酒呑みの一言から始まった。


「やらないか」









 居酒屋の一角。


「で、まあ、反省会が始まった訳だが」


 音頭を取ったのは、まさかのブライアン。

 しかし、本当に適当に野郎を連れて来たんだな。


「そこの赤鬼は既に出来上がっているな」


 皮肉すら交えず、いつものクールな無表情でブライアンは酒呑を見つめた。

 当の酒呑はと言えば。


「ふへへへへへへっ、コイバナとかしようぜぇ!!」


 完全にもう駄目だった。

 とりあえず、ここに居る人員を紹介しよう。

 まず俺。俺がいないならこの主観は有り得ない。もしそうなら生霊を飛ばしてることになるが、死んでるのに生霊とはこれ如何に。

 次にブライアン。まあ、さっき言った通りだ。


「まったく、先輩はすぐに先走って飲み過ぎる……」


 そして、鬼兵衛。酒呑の同僚だし、当然か。


「なんか俺ぇ、場違いじゃねぇか……?」


 更に、じゃら男。彼はなんか居心地が悪そうだ。

 で、もう駄目な酒呑の五人。

 流石に由壱は酒を飲む年じゃないし、翁は老骨には堪えると言って出席していない。

 法性坊は確かにいるが、今は出てくるつもりはないらしい。

 まあ、事実上法性坊は大事件の首謀者なので運営に顔を出すと危ない気もするが。

 別に鬼兵衛と酒呑だし、俺の使い魔とかスタンドとか言えば基本的人権の代わりに安全獲得できるはずだが、本人がお堅いので中々難しいものがあるのだろう。


「で、結局、反省会って何をするのかね?」


 と、俺は質問し、その質問に酔っ払いが答えた。


「そりゃあ、あれだっ。一人一人違うんだよ。違うんだっつの、違いますー」

「うわあ、イラっときた、イラっときた」


 思わず、二度も言ってしまう程、むかついた。


「で、じゃあ誰からやんだよ」


 と、じゃら男が言葉にし、それを酒呑は標的にした。


「まずはおまえだやんちゃ坊主ぅ!」

「お、俺っ!?」

「わーぱちぱち」


 俺はもう、酒呑を止められないと諦め、やる気なく拍手。


「さあ、じゃら男君っ、反省タイムだ」

「つかよぉ、反省つっても、何を……」


 しかし、それにしても、反省会か。

 酒呑が言いだすとは思わなかったが、することは悪くない。

 じゃら男にとっても実のあることになるかも――


「あるだろ? 色々と。例えば、暁御ちゃんとの恋模様とかよぉ!」


 完全に下世話であった。

 駄目だ、このおっさんに何を期待しても駄目だ。


「え、あ、いや」


 じゃら男は完全にどもっている。

 もうやめてやれよ、結果なんてわかってるだろ、といいたくもなるが、酒呑の勢いは止まらない。


「ほら、どうなんだ、ほらほらほら!」


 そして遂に、じゃら男は口を開いた。


「……この間、告白して完全にスルーされたとです……」

「……」


 一同、停止。

 効果音があるとすれば、ちーんと一つ。


「き、気を取り直してブライアンだな」


 どうにか気分を盛り立てた酒呑は標的を変更した。


「実に……、出番と友人が少ない」

「……」


 何も言うことはない。


「じゃあ、次鬼兵衛なっ!」

「……浮気はしません、絶対に……」


 背中が、煤けていた。

 実に、暗い。


「じゃーお前はどうなんだよ酒呑」


 仕方ないので、聞いてみる。


「……去年はまったくいいとこなしだった……」

「……」


 どんより。

 どんよりである。

 上昇中だった場の雰囲気、爆鎮。

 楽しい宴の空気は、既にお通夜にまで低迷していた。


「ええいっ、薬師、お前はどうなんだっ!!」


 む、俺に振られてきた。

 俺か、俺は、そうだな。


「別に反省する様な事もねーわ。去年もよく働いた」





「「「「お前は反省しろ」」」」




 ……全員にそう突っ込まれるとへこむのだが。


「ええい、こうなったら野郎どもっ、盛り上がるぜこの野郎ぅ!」


 結局、野郎全員、無理矢理に盛り上がることとなってしまった。


「麻雀っ、は卓が無いから無理として、ここは野球拳だっ!!」


 ええい、何故お前はそこまで脱ぎたがるんだ。

 一人で脱いでくれ。


「アウトっ、セーフっ、よよいのよい!」


 気が付けば、止める間もなく始まる野球拳。

 俺は手を出していなかったが、被害は傍観者にもあっさりと広まった。


「おっと、俺の負けか」


 そう言って負けたのは酒呑。

 そして奴の服装は相変わらずの虎の腰巻一つ――!

 俺は、それを見てしまう前に、居酒屋から逃げ出したのだった。















「おお、意外と寒くない」


 未だ完全な春とは言い難く、決して温かいとはいえないが、最大を越えた寒さは既に緩やかに温かくなってきていた。

 酒のせいもあるかもしれない、と思いつつ、家へと向かう。


「ううむ、でも飲み足りんなー……」


 宴会も半ばに抜け出した俺としては、やはりもの足りない。

 家に帰って続きでもしようか、と思ったその時だ。

 自宅の門の前に、見知った人影が見えた。

 横縞の長袖に、同じく縞のマフラー。それと短いズボンと所謂オーバーニーソックス。

 後は角。


「うお? 前さんじゃないかね」

「あ、薬師」


 前さんは、我が家の門の前に立ち、正に呼び鈴を鳴らそうとしている所で停止している。


「何か御用で?」


 そう聞いた俺に、前さんはああ、と答えた。


「引っ越したっていうから、ちょっと様子でも見に行こうかな、なんて」

「あーあー。なるほど、でも蕎麦はもうねーや」

「いや、ご近所さんでもないから」

「ああでも、酒ならあるから、飲んでかないか?」

「もしかして、薬師、酔ってる?」


 前さんは半眼で俺を見やる。


「少しな」


 前さんは別にいいけど、と言葉を返し、俺は一旦家の中へと引っ込んだ。

 出迎えの藍音に軽くただいまと返してから、台所まで歩いていく。

 そして、台所の下の収納に、目的物を探す。

 確かこの辺に……、あった。

 目的のものを三本ほど抱え、今一度外に出る。

 前さんは、ぼんやりと先程と同じ所に立っていた。


「あれ、外で飲むの?」

「ん、ああ。ちょいとな」


 言いながら、俺は前さんを小脇に抱えた。


「え、ちょっと、えっ?」


 抱えて、俺は跳びあがる。

 目的地は、屋根の上だ。

 とんっ、と瓦が音を立てた。


「ああ、やっぱりいい月だ」


 呟きながら、前さんを解放し、屋根に座る。

 実にいい満月だ。

 地獄にだって、星も月もある。

 それ故に、月見酒だって悪くない。


「まあ……、それは同意するけど……」


 そう言ったのは、俺の隣で不満げに頬を膨らませる前さんだ。

 いきなり抱えて跳び上がったのにご立腹らしい。


「悪かったって」

「先に言ってほしかったかなっ」

「次からそうする」


 言って、俺は一升瓶の封を切った。

 俺は前さんにコップを渡して、そそいでやる。


「ありがと」


 そして、自分の分にも並々注いで口を付けた。

 日本酒の独特の辛みが喉を通りぬける。

 俺はなんとなく呟いた。


「……いとをかし」


 寒空の月は、実に綺麗だった。





















「ねえ、薬師」


 ちびちびと、前さんは酒に口を付ける。

 自分の酔いやすい体質を気にしているのだろう。

 進んでいるように見えて、未だ一杯目。

 俺は既に一升瓶を一つ空けたのだが。


「んー、なにかね」


 酒の肴は月だけではない。

 空には一つとて白い靄は存在しなくて、星だって何年も前もの光を俺達に見せている。


「先代が、帰って来たんだって……?」


 コップ半分も飲んでいないのに、酔いが回り始めた彼女は、誰から聞いたのか。

 多分、李知さんからだろう。


「ああ、帰って来たな。憐子さんが」

「……そう」


 果たして、ただの確認だったのか。

 前さんは俯いて黙り込む。

 そして、少し間を置いて、俺に問うた。


「ねえ……、その憐子さんのこと。薬師はどう思ってるの?」


 その言葉に、俺は思わず目が点になる。

 どう思ってる、といわれると答えにくい。


「好き? 結婚したい位」


 その言葉に、俺は更に困った。

 好き嫌いでものを論じるのは、酷く、難しい。

 ただ、誤魔化すこともできないような空気が漂っていた。

 死者を甦らせること、それについてどう思っているのか聞かれた気がしたから。

 適当な気持ちで甦らせた、とは思ってないし、言いたくもない。

 だから俺は言葉にした。


「結婚してもいいくらいには好きだったかもな」

「……」


 しかし、この言葉には、ただし、という言葉が付く。


「昔はな」


 そう、昔の話だ。

 でも、今は昔と違う。

 先生だけだった世界が、憐子さんと天狗たちに広がって、今ではもっと広い。


「昔の感情とは、昔にケリが付いてるよ」


 じゃあ、今は?

 俺は自分に問い、前さんは目で問うていた。


「だから、わからん。一旦諦めたせいで、よくわからなくなった」


 単純な好き嫌いで論じるなら好きだ、と思う。

 ただ、その先を言葉にしろと言われると、やっぱり困る。


「ただ、まあ。時間だけは腐るほどあるんだよな……。だから、そんなんはこれからじゃないか?」


 それこそ時間は、百年でも千年でもある。


「むしろ、どう思ってるか知るために、憐子さんは今ここに居る、んだと思う」


 前回は仕方なく、灰色のままで諦めた。

 だから、今度は白黒はっきり決めてみよう。

 まあ、何年かかるか知らないが。


「そっか……」


 寒空に溶かすように、前さんは呟いた。

 そして、もう一つの言葉は、今度こそ風にとけて、俺には届かなかった。


「じゃあ……、あたしにもチャンスはあるよね……?」

「ん?」

「なんでもない」


 そう言って、前さんはあからんだ頬のまま、微笑んだ。

 なんとなく、俺は先程自分で呟いた言葉を思い出す。

 ――いとをかし。


「お?」


 ふと、そんな彼女が徐に、俺の肩に頭を乗せた。

 寄り添うように隣に座る、前さん。

 彼女はぼんやりと呟いた。


「まだ……、寒いね」


 俺は肯いた。


「ああ、寒いな」






 ああ、どうやら酒の肴は月夜ばかりでないらしい。









―――
はい、百話記念にしようと思ったけど普通にいつも通りだった不思議です。
とりあえず、薬師の憐子さんへのスタンスはこんな感じですというお話でしたね。



さて、現在番外も執筆中にて候。
玲衣子さんIFルートと、その他完全番外編予定。


では返信。

蛇若様

遂に百話です。こんなに続いたのは初めての経験ですね。
そして、まだまだ人は増える予定であります。
前人未到の領域に手を出せればいいなと思います。
ちなみに法性坊の得意なのは近距離精密戦闘と、狙撃らしいです。


リーク様

うにゃらうにゃらとややこしい事してもよかったのですけどね。
でもそれもそれでらしくない気がしたのでやめました。
やっぱりあんまり薬師にシリアスって似合わない気がします。
とりあえず、次回からは人も増えたしざっくばらんにやって行きたいと。


蓬莱NEET様

見事にジョジョネタだった気もします最後の方。
あんまりパロディしすぎるのもあれなんで本編自体には気付けるか気付けないかまでしか入れないんですが。
ともあれ、憐子さん復活です。
猛威をふるうでしょう。


奇々怪々様

憐子さんがやたら脱ぐのは薬師をからかってるだけな気もしますが。
一応薬師と二人きり以外では脱いでないっぽいですし。
ただ、憐子さんの立ち位置については、本編にもあった通り、薬師の中では一回決着がついたので、強くてニューゲーームです。
法性坊は、これから先砂糖の柱にならないか実に心配です。


SEVEN様

最終的にベッドにスペースが残るかどうか……。
薬師めっ、モテること無き私に謝れっ。
他キャラとの絡みもぐだぐだ書いていきたいと思います。
そりゃあもうぐだぐだと。三百話くらい。


ヤーサー様

まあ、強い大妖怪になればなるほど、世界に深く絡まって行く設計になってますからね。的を射た意見であります。
それにしても、流石に二度に渡って親しい人とヤンデレバトルはかなりきついと思います。
トラウマどころか、きっとヤンデレになる位やばいと思います。
しかし、大妖怪三体は流石にチートすぎますね。ええ、明らかに。別にやめる気もないですが。


志之司 琳様

感想感謝です。二つ着てましたので二つ分。

三回も読まれるとは、実にお疲れ様です。現状で1MBありますからね。
とりあえず、砂糖吐いてくださったなら感無量です。
それと、男っていうのは、可愛い女の子のためならどんな性癖にもなれるものだと思います。きっと。
私としては最近SでもMでもいける様な気になってきました。

まさかこうもあっさりと発見されるとは思いませんでした。
お見事ラッキーボーイです。
とりあえず今まさに本気で執筆中です。甘いような甘くないようなやっぱり甘くて死にそうです。
まあ、結局性欲は復活したかよくわからないのですけど。


春都様

うにゃらうにゃらやってもよかったのですが、やっぱりこの二人でシリアスやるのもな、と思った結果がこれです。
どうせなら、ばばんとシリアスやるより、日常の延長みたいな感じがいいかなと。
これから先はまだまだ加速するようです。
はたして、私が糖尿で死ぬのが先か……、薬師が性欲を取り戻すのが先か……。


光龍様

遂に百話です。
なんだかんだと冷静な振りしてますがとてもうれしいです。
無表情ながら心中嵐が吹き荒れるほど嬉しいです。
ええ、やっぱりこれから先しばらくはほのぼの砂糖製造タイムです。


ReLix様

まずは服を着ないのが憐子さん。
そう言うことなのだと思います。
それと、薬師の英語力は非常に微妙なレベルになっているようです。
憐子さんの平安なのに横文字多用により、聞きとり読み取りのレベルは高いようですが、話すことには逆に苦手意識がある模様です。


やっさん様

果たしてどこまでいけるか記録に挑戦したいです。
ええ、早いもんです。後少しで一年ってとこですね。
とりあえず、前さんは先生の存在を知ってるけれど、まだ会ってないので面白いことになると思います。
おもに前さんの脳内では才色兼備聖母の様な人になってると。余りにもギャップが。


通りすがり六世様

建てたマンションに皆住んだらむしろ全員が結託する様な気がします。敵が余りにでかいので(薬師の性欲的な意味で)。
先生復活につき、多分次回は先生が出ます。果たしてどうなるかは私にもさっぱりです。
戦力的には一大勢力というか、レベル的には世界を狙える気がします。
しかし、二十人、マルチエンディングですか……、多い……。だがそれが面白い。


トケー様

ハーレム員とスタンドも同時にゲットしちゃう薬師に嫉妬が隠せません。
私もスタンド欲しいです。
まあ、法性坊は大天狗だから基本的にはチートですからね。チートの中に入るとよくわからなくなりますが。
そして、果たして薬師に媚薬の類が効くのかどうか……。


あも様

今回のテストも、多分いいラインは取れたと思います。結果出てませんが。取れたと言い張ります。
とりあえず、先生がスッパなのはお約束だと思います。
藍音との会話が平常運航なのもお約束だと思います。
さらなるお約束に、薬師への猛アタックがあると思います。


migva様

まさかのスタンドゲットです。
自分でも考えてなかったような気がしますが。
戦力アップもいいところです。最終的に世界の一つ二つ征服する気なんでしょうかあの家族。
そして、メインヒロインVS本妻の前哨戦が始まったみたいです。


最後に。

なんだかんだとメインヒロインですね、わかります。






[7573] 其の百二 俺と憐子さんと前さんで。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:8060f4a6
Date: 2010/03/10 21:40
俺と鬼と賽の河原と。




 いつものように石を積み、そろそろ終業時間が迫って来た頃。


「そう言えば、憐子さんってどんな人なの?」


 不意に、前さんは俺に聞いた。


「あー……。そうだな、分け隔てなくてだな」


 悪く言えば開けっぴろげでずぼらであるが。


「やっぱりいい人なんだね」


 しかし、前さんにとって会ったことのない人間を悪しざまに言うのも憚られるので、良く言うこととする。


「ああ、後なんか昔から英語が得意だったな」


 まあ、海外に言った時は実に役だった。


「へぇ……、学もあるんだ」


 学、まあ、あったと思う。学業やらの道にはとんと疎かったものの、雑学の知識は中々に多かった。


「で、やっぱり美人?」


 前さんがそう聞いた。

 ああ、まあ。美人だと思う。

 地に着きそうなほどの長い黒髪は綺麗だし、少し鋭い印象を受けるかもしれないその目は、好みが分かれるかもしれないが、客観的に見れば美人の一部となる。

 そして、いつも笑みを絶やさない口元は、綺麗な薄紅で弧を描く。

 あれで……、あれで中身がまともなら、見事な大和撫子だったろう。


「まあ、な」


 あくまで中身がまともなら、なので大和撫子とは言いたくない。

 故に曖昧に俺は答えた。

 そして、それ故、勘違いがここに生まれた。


「そっかぁ……、すごい人なんだろうね。一代で如意ヶ岳をまとめたんだし。今度会ってみたいなぁ……」


 ごめんなさい、話だけ聞くと偉人っぽいけど今ではただのニートです。

 とは、言えない。

 はたして、前さんの中ではどんな女傑が構成されているのだろうか。

 願わくば、前さんと憐子さんの対面がなされませんように。

 俺は心で祈り――。


「やーくしっ! 迎えに来たぞっ!」


 後ろから抱きつく袴の人物によってあっさりと願いが打ち砕かれるのを理解した。








其の百二 俺と憐子さんと前さんで。








「え、薬師。その、人……、だれ?」

「憐子さんだ」

「え」

「憐子さんだ」


 もう、押し通すしかない。


「憐子さんなんだ」

「そう……、苦労したんだね」


 なんだか察せられてしまった。

 まあ、昔から上司恵まれていない気はするが。

 思わず、遠い目をしてしまう。


「で、この子は誰なんだい? 薬師。これか?」


 と、そんな折、そう言って、憐子さんは俺の後ろから小指を出して見せた。

 前さんはうろたえる。


「そっ、それは……!」

「いや、前さんに失礼だろ」


 む、前さんが何かを言おうとしていたようだが、遮ってしまった。


「仕事の同僚――」


 そして今度は俺が憐子さんに遮られる。


「いや、大体わかった。なるほど、な」


 何がわかったのだろうか。

 良くわからないが、憐子さん的にはわかったらしい。

 意味深に頷いている。


「ライバル、か。悪くない」


 今一つ日常生活に聞きなれない単語が憐子さんから飛び出して、俺は首を傾げた。

 ライバル、ライバル、と言えば別に最近創刊された雑誌ではなくて、同等もしくはそれ以上の実力を持つ競争相手の意味だったはず。

 果たして憐子さんと前さんはどんなライバル関係だというのか。

 別に殴り合いする訳でもないだろうに。

 しかし、前さんも理解に至ったらしい。

 意を決したように、宣言する。


「あたしも、本気ですから」


 そうかー……。マジなのかー……。

 対して、憐子さんは不敵に笑って見せた。


「私だって本気だ。なんといっても」


 うわ、嫌な予感してきた。


「薬師は、私にとって、全てを見せた仲だからな」


 ……。

 逃げろ俺。


「……薬師……?」


 前さん、目から光が消えうせているよ。


「誤解だ。仮にそうだったとしても勝手に全てを見せられた仲だ」


 少なくとも、変態的な紳士ではない。

 断じて。

 と、その瞬間、金棒が俺の鼻先を掠めていく。


「乙女の純情を弄んじゃ駄目っ!!」

「弄んでないっ!!」


 そもそも弄ばれるようなタマか。

 いや、ないだろう。

 首を振りながら、金棒を回避していく。

 憐子さんは愉快そうに笑っていた。


「ははは、面白い友人がいるようだな、薬師」

「頼むから発言はよく考えて行ってくれ」

「よく考えたうえでの発言だ」

「最悪だ」


 と、会話の最中、遂に金棒の嵐が止む。

 前さんは肩で息をしていた。

 そんな前さんに、憐子さんは声を掛ける。


「まあ、とりあえずお嬢さん。薬師を許してやってくれ。この通りの男だからな、むしろ裸で迫ってもまったく何もしないんだ」

「は、はだっ!?」

「布団に潜り込んだこともあったが、な」


 ああ、そんなこともあったなぁ、と俺は遠い目をする。

 今ではいい思い出です、とは口が裂けても言えない微妙な思い出だが。


「後は、キスと同時に舌まで入れてみたり」

「なっ、なな!」


 ああ、あの時は酔ってるのかと思った。

 よく考えてみると常に酔ってるような人なのでまあいいかと思ったが。


「そっちには、そういうのはないのかね?」


 憐子さんは、意地の悪い笑みを浮かべてそう問うた。


「うっ、いや、あたしたちは、その、なんていうか」


 と、いうか、前さんにそう言うことをされたら、俺は世を儚むだろう。

 ああ、そう言えば藍音と先生のが同時に襲いかかってくるのか……。

 俺はいつまで生きていられるのだろう。

 俺が絶望の淵に立たされた、そんな時。

 前さんがごにょごにょと呟いた。


「そ、そういう破廉恥なのはもっと段階を踏んでから……」


 まて、段階を踏んだら破廉恥なことに及んでも問題ないのか。

 それは困る。

 非常に困る。

 しかし、そんなお話を、あっさりと憐子さんは一刀両断した。


「愛を育む行為を破廉恥だと?」


 いつ育んだんだそんなもん。

 しかし、俺が口をはさめるような空気ではない。


「あ、愛……?」


 そして、前さんも驚いたように口を開いている場合ではないだろう。

 この人の口車に乗せられたが最後、何かよくわからない所に軟着陸する羽目になるのだ。


「そう、愛だ。こう、このように、こんな風な」


 俺の右腕に憐子さんの白い腕が絡まる。

 何が愛なのかよくわからないがやはり憐子さんの言うことは聞き流すに限る。

 さほど酔っ払いと変わらないのだ。


「本気、だというなら、これ位は、な? 日常茶飯事だろ?」


 俺は、空を見上げて口をはさむのをやめた。


「そ、れは……」


 ああ、でもここに酔っ払いに引きずり込まれた子が一人。

 願わくば、巻き込まれませんように。

 って、無理だった。


「薬師っ!」


 俺の左腕に、腕が巻きついて、平たい感触を捉えた。

 詳しくは言わないが。

 まあ、とりあえず、前さんが涙目になりながら、俺の腕を抱きしめている。


「ええーと……。離れてくれないかね」

「嫌」

「駄目だ」


 あっさりと断られてしまった。

 冬だから暑くはないけれども、これで素直に喜べる神経は持ち合わせていない。

 憐子さんの空気に呑まれたが最後、ロクなことにならんのだから。


「薬師が嫌がってるので離れて上げてくれませんか?」

「いや、私のことに関しては嫌がってないだろうから、そっちが」

「いや、とりあえず両方放して欲しいんだが」

「駄目」

「駄目だな」

「お前ら仲いいな」

「薬師はこれからあたしと飲みに行くんです」

「いつ決まったんだ」

「薬師は私とめくるめく夜の世界、具体的に言うならホテル街に行くんだ」

「いかねーから」


 とりあえず双方落ち着いて欲しい。

 前さんなど、完全に憐子さんに乗せられているだろう。

 と、まあ、そんな風に構えてた俺に、遂に決断が迫られる。

 二人が、同時に俺に詰め寄る。


「薬師はっ」

「どっちがいいんだっ?」



 俺はその瞬間。



「「あ」」



 脱兎の如く逃げ出していた。








「……」

「お互い、苦労しそうだな」

「そうですね……」

「ああ、敬語はいいよ。同じ穴の狢同士、友達だ」

「なら、そうするけど。負けないからね?」

「いや、勝つ負けるを気にする前に、薬師をどうにかした方がいいかもしれないなぁ……」

「そうかも……」














 すぐに家に帰ると、憐子さんに追撃されそうなので、しばし時間を潰して家に帰った俺。

 その頃には、憐子さんは家に帰りついていた。

 全力で気配を消した甲斐があったというものだ。


「腕を上げたな? まったく、せっかく追おうと思ったのに」


 と、憐子さんに言われた時は、己の成長に涙するかと思ったほどだ。

 のだが。

 現在、板張りの部屋でソファに座ってゲームをする俺の背には、ぴったりと憐子さんがくっついている。

 後ろから抱きつかれている俺の首元に、息が当たるのが地味に気になる。

 今気が付いたのだが、家の中だと、まったく逃げ場がない。


「なんでこんなにベタついてるんだよ」


 思わず聞いてしまう。

 すると、憐子さんは怪しげに笑った。


「久々だからな、私だって、自重できない時はあるよ」


 自重、彼女がいつ自重したのだろう。


「私がまったく自重しなかったら、どうなると思う? 多分、後悔するぞ?」


 それは、まあ、非常に恐ろしい。


「柄にもなく、はしゃいでいるんだ。許してくれ」


 そう言った憐子さんに、俺は溜息一つ。


「そうかい。所で、この状況で誰も寄ってこないのはどういうことだ?」


 いつもなら藍音くらい来ると思ったが。

 すると、ふふ、と憐子さんは笑って見せた。


「譲ってもらったんだ。今日はね」

「仲がいいようで何よりだ」


 投げやりに呟く。


「そりゃあ、お前に迷惑を掛ける様な真似はしないさ」

「この状況が迷惑だとは?」

「思ってないだろう? お前は」


 確かにその通りだ。

 思ってない、思ってはいないが――。


「――憐子」

「な……」

「せめて隣に座ってくれないか?」


 俺の画面では任務失敗の文字が、浮かび上がっていた。


「あ、ああ……」

「ん、どした?」

「いや、いきなり呼ばれたから……、ドキドキした」

「そうかい」



 こうして夜は更けていく。





―――
百二です。
前回が前さんだったので今回は先生で。
今回は豪華に番外編と二本更新。頑張りました。
「次を表示する」をクリックで玲衣子編IFが見られます。



では返信。


SEVEN様

流石に男だけで終わってたら、私の心が折れてしまいます。
やっぱり女の子を書いてこそだと思います。
私は未だ酒が飲める年ではないのですが、子供っぽい舌をしてるのでちょいと苦手だったりします。
それと、私はあらゆるヒロインを応援してるので――、いえ、ロリコンどころかただのへんた、げふんげふん。


あも様

ブライアン、まあ、最初の登場を考えるに、ましな扱いですよね。
一番残念なのは酒呑ですな。シリアスでの出番待ちであります。
まあ、酒呑は頑張って脱ぐことで出番を稼いでますから。
前さんの不安は、相手が相手故に、という奴でしょう。まあ、相手が薬師だから……、で、大体のことが納得できます。


光龍様

むしろ、男を集めると脱衣したがるのが酒呑なのだと。
露出狂の気があるのでしょうか。
脱ぎたくて脱ぐんじゃない、気が付いていたら脱いでいるのが酒呑なのでしょうか。
それとも、後一撃で終わるスリルを楽しみたいのでしょうか。


通りすがり六世様

そりゃもう、私の半分は酔狂で構成されていますから。
ちなみに、薬師としては、一度諦めたのに、もう一度手の平にうっかり転がりこんで来たからどうしよう、って感じなのでしょう。
青鬼の家庭事情に関しては、浮気の件で前鬼にフルボッコにされ、娘に冷たい目で見られたんでしょう。
まあ、なんだかんだとここまでメインヒロイン張ってるのは凄いことですよね。前さん。


奇々怪々様

どいつもこいつもまともな人生を送ってなさすぎる、というのが前回のお話ですね。
真人間は遠い。まあ、死んでるからいいのかもしれませんが。
そして、人を家屋に引きずり込むとかどんな妖怪ですか。明らかに天狗じゃないと思います。
あと、やっぱり薬師はとっとと結婚しろと。


志之司 琳様

何故、脱がしたがるのか……、そこに酒呑がいるからさ。
そして、多分飲み代は鬼兵衛が払ったと思います。
あとやっぱりメインヒロインは前さんで、って感じでしたね。まあ、対抗馬の数が凄まじいので明らかに濃度が下がりますが。
個別ルートに関しては、どう考えたって、書いてやるのが義務だと思います。というか、薬師は責任取るべきだと思うので、手が千切れるまでやります。

追記分。
番外編はこれで終了です。
そして、リアルタイムで追った貴方はミラクルボーイ。
薬師は無駄に臭かったです。
ああ、それと、チラ裏も見ていただけるとは光栄です。なんか半年位書いてませんが短編も書きたいです。


トケー様

酒呑はこの小説のお色気キャラなので出れば脱ぐのは仕方ありません。
ただし、被害が撒き散らされるので回避推奨で。
そして、やっぱり前さんですよ。もう結婚しろとなんど言えば……。
それと、どんなお仕事をしているか分りませんが、年度末ですからね。お疲れ様です。無理だけはなさらぬよう。






最後に。

知らぬは本人ばかりなり。薬師の鈍感的に。



[7573] 其の百三 俺とちみっこと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e8114e35
Date: 2010/03/14 21:15
俺と鬼と賽の河原と。




「うん、今日も平和だね」

「平和だなー」


 寒さも緩んで、気温も上向きになって来た今日この頃。

 相も変わらず飽きずに石を積む俺。

 今日は昼までだから、終業時間までは後少しだ。今日は平和に終わって帰れるなー。

 と、思っていたのだが。


「やくしーっ!!」


 後ろから衝撃。

 これはなんという既視感。

 しかし、そこに居たのは明らかに憐子さんにしては小さい。


「薬師……、昨日の今日でそれはどうかと思うんだけど」


 前さんが半眼になって俺を見つめる。

 そんな目で見ないでほしい。俺だって好きでやってるんじゃないのだから。


「で、何用だよ春奈さんよー?」

「遊びに来たのよ!」

「へー」

「で、この女は誰?」

「前さんだ」

「どんな関係?」

「友人」

「わたしとのことは遊びだったのっ!?」

「明らかに白々しい、ってかどこで覚えて来たんだそんな言葉」




 と、いうか、春奈と俺がしているのは明らかに遊びである。遊戯的な意味で。






其の百三 俺とちみっこと。






 家への道を歩く春奈が、ひとりでに呟いた。


「あれ? やくしの家はあっちのはずなのに……、こっちに歩いてる」


 そう言えば、これは俺が引っ越したことを知らないのか。

 ああ、確かに言ってない。これから引っ越した報告をしていかないといけないな、と思いつつ。


「いや、合ってる」


 しかし、そう言ったのだが、


「ふぇ? やくしの家があっちなのにこっちを歩いてても大丈夫で、でもやくしの家はあっち……」


 なんだか、よくわからない式がアホの子の脳内で再生されているらしい。

 目を回したかのように、焦点が合っていない。頭から煙でも噴き出しそうだ。


「引っ越しただけだからな?」


 春奈は、ようやくこちら側へと戻ってきた。


「引っ越し?」

「そう、引っ越しだ。家の場所が変わったんだ」

「へー。わたしにも引っ越しってできるの?」

「大きくなったらな」


 いや、大きくなるかどうか怪しいが、少なくとも自分で働くようになったら独り暮らしもさせてもらえることだろう。


「ふーん?」


 どうやったら大人になる、とかすぐに引っ越したいとか言わなくてよかったと、胸をなでおろしながら俺は歩く。

 と、その時、ふと男の声が耳に入る。


「相変わらずだな、薬師」

「なんだよ法性坊」


 そう、法性坊だ。

 法性坊が俺のすぐ後ろに浮き上がった。


「わわっ、このおじさん誰?」


 いきなりの登場に、春奈は眼をまるくし、法性坊はくく、と喉を鳴らして返す。


「法性坊だ、お嬢ちゃん。そこのと一緒で、元大天狗である」

「わたし数珠春奈っ」

「で、何用かね法性坊」


 聞けば、法性坊は愉快気に笑った。


「なに、相変わらずすぎて感慨深かったまでのこと」


 今一つ意味がわからず俺は憮然として返す。


「何がだよ」


 でも、法性坊は余計に笑みを深めた。


「貴様の拾い癖だ。家にまでは連れて帰ってないようだが、これではあまり変わるまい」

「拾い癖……、んなのあったっけか?」


 俺には心当たりがないが、しかしえてして他人にはあったりするものらしい。


「一番最初は猫だったな」

「ん……、ああ」


 猫、と言われて思い出す。

 そう言えば、一時期共に暮らした猫がいた。


「あれは、憐子が死んで十七年目の春だったな。あれからだろう、拾い癖が本格化したのは」


 十七年目、って、そこまでは俺でも覚えてないというに、細かい奴だ。

 そして、まあ、それからというと次に藍音を拾ったりして――。

 あるかもしれない、拾い癖。

 なんとなく遠い目をする俺。

 そして、


「なにわたしを無視してんのよー!」


 不意に下側から響く抗議の声。

 おっと、と法性坊は春奈を見た。


「悪いな、話しこんでしまった様子だ。では、再び消えるとしよう」


 そう言って、法性坊は姿を消す。

 気が付けば、俺と春奈は、家の前に辿り着いていた。















「おや、なんだいそのお嬢さんは」


 家に入るなり、居間で憐子さんは春奈を一瞥、そう言った。

 俺は、春奈を指差しながら、適当に紹介しようとして、迷う。


「こいつは数珠春奈だ。ええと、なんていうかだな……」


 よく考えてみればこれと俺の関係を語ると説明に作文用紙を使用できる気がする。


「色々あって知り合った」


 面倒極まりないので激しく端折る。

 しかし、憐子さんは流石憐子さんというべきか、なんだか分かってくれた。


「大体わかった。また面倒事に首を突っ込んだな?」


 流石、よくわかってる。


「で、まあこれが如意ヶ岳憐子さんだ」


 春奈に向かってそう言ってみるが、言葉尻で伝えたため、妙な勘違いが起こった。


「にょいがだけ……、薬師と名前が一緒?」


 発音だけだから起きた勘違いで、ここでなら訂正のしようが幾らでもあったのだが。

 憐子さんが悪乗りしたのだ。


「そう、薬師の妻の憐子だ」

「つま?」

「そう、妻だ」


 にやにやと笑いながら憐子さんが言うと、アホの子はしばし俯いて考え込む。

 そして、すぐに顔を上げると、元気よく言った。


「……、わたしもなるわっ!」


 何が起きている。何が起きているのだ。


「いいだろう。五、六人位なら余裕だろう? なあ、あ、な、た?」


 憐子さんの指が怪しく俺の胸を小突く。

 ああ、その通りだ、と肯く訳がない。


「いや、ねーから。ねーから」


 何をこの人は子供に嘘を教えてるのやら。

 俺が言うと、不思議そうに春奈はこちらを見た。


「嘘なの?」

「ああ、嘘だ」

「まあ、まだ婚約者だからな」

「黙らっしゃい。名字の発音が偶然にも一緒なだけだ。漢字は違う」

「……名字が一緒なのにふーふじゃなくて、漢字が違う、発音が同じなのに……? あれ……、あれれ?」


 再び、春奈はその小さな小さな脳、もしくはスポンジで何事かを考えている。

 多分一度に二つ以上のことを理解できないのだろう。

 そんな春奈をみて、憐子さんは実に愉快気だった。


「随分と面白い子だね、薬師」

「まあ、そうだな」


 憐子さんが春奈の両の頬を摘まんで遊んでいるが、彼女は考えごとに没頭して気付かないでいる。

 子供の頬は、実によく伸びた。

 そして、きっかり十秒経ってから、春奈が自分の頬の異変に気付く。


「ふにゃ、むぅ!? はーなーせー!!」

「ははは、わかった」


 そう言って憐子さんは手を離す。

 解放された春奈は、引っ張られた頬をさすった。


「うう……、ちょーぜつ全開美少女のわたしのたまのお肌がぁ……」


 全開美少女が何かはともかくとして、だ。

 そう、そこの超絶全開美少女様は内に遊びに来ているのだ。

 俺は本題に回帰する。


「さて、こんなとこでぐだついてないで座敷に行くぞ。ってことでまたあとでな憐子さん」


 春奈の手を引き、すぐ隣の座敷に向かった。


「ああ、ゆっくりしていってくれ」


 憐子さんの声を背に浴びて、俺は襖を開いて座敷に到達する。







「むう? 掃除中か?」


 そこには先客がいた。

 いつものメイド服が、はたきを片手に立っている。


「いえ、丁度終わった所ですが」

「おー、メイドだ。また会ったわね」

「……まあ、ここに住んでいる以上は」


 仲がいいようで何よりだ。

 そして俺は、そんな藍音に向かって聞いた。


「やあ、藍音さんや、暇かい?」


 このメイド、掃除しているように見えて、必要な掃除と趣味の掃除を分けている節がある。

 だから、どうだろうかと思ったのだが。


「ええ、家事は一通り終えて、丁度暇していたところですが」


 どうやら当たりのようだ。


「なら丁度いい。ちょいと遊んで行かんかね」

「は……、別に構いませんが」

「ん? メイドも遊ぶの?」

「メイドじゃなくて藍音さんだ」

「薬師はわたしと遊ぶんじゃないの?」

「春奈……」


 俺は、春奈の肩に手を置いた。


「落ち着いて聞いてくれ……」


 そして、言う。





「遊びっていうのは、三人でもできるんだ……っ!」



















「上がりです」

「またおまえか。またおまえか……」


 やばい、勝てない。

 非常に勝てない。

 鬼強い。

 ポーカーフェイスに容赦ない攻め。

 ウノはまったく順位が変わらない。


「やくしも堕ちたものね!」

「それならお前は底無しだよ」

「むぅ……」

「楽しいでしょうか」


 藍音はウノのやたら多い札を完璧に切りながら俺達に聞いた。


「私と遊んで、楽しいでしょうか」


 俺は思わず口をつぐんで隣を見る。

 その評価を下すのは、遊んでやっている立場の俺ではないだろう。

 さて、春奈はどう答えるのだろう。

 一種の不安を覚えるが――、


「楽しいよっ!!」


 あっさりと春奈はそれを吹き飛ばしてくれた。


「……そうですか」


 藍音は頷く。

 柄にもなく、照れているようだ。

 対し、春奈は元気いっぱいだった。


「いつかゼッタイわたしが勝つんだからね!? その時は春奈サマって呼ぶのよ!!」


 ぴょんぴょんととび跳ねる春奈に、藍音は珍しくも薄く笑う。

 母性の目覚めという奴なのだろうか、いや、別にどうでもいいけれど。


「まあ、あれだ。勝てるといいな」

「ぜったい勝つ!」


 数多の戦場を駆け抜けた俺がまったく勝てないのだから、それは茨の道だ。

 そんなことを想い、俺は笑った。


「だから……、頑張るから最後まで付き合ってよね」

「へいへい、っと」


 俺は笑いながら頷く。


「こちとら、暇だけは持て余してるんでね」


 前は二人で。

 今日は三人で。

 次はもっと増えるだろう。
















「薬師様」

「なにさね」


 結局、あれやこれやと春奈ははしゃいで、結果はしゃぎ疲れてこてん、と眠ってしまった。

 今は藍音の膝の上で愛らしく寝息を立てている。


「何でもありません」

「そうかい」


 呟きながら、春奈を見る。

 なるほど、実に美少女だ。


「それにしても」


 なんとなく口を吐いて出た言葉に、藍音が反応した。


「どうしました?」


 俺は溜息を吐きながら、言ってみることにする。


「いや、こうして寝てれば可愛いんだがな、っとね」


 普段は、なんというか、こう、あれだが。

 藍音は表情を変えずに返した。


「そうですね」


 簡単な同意の言葉だったが、その言葉には続きがあった。


「ですが、馬鹿な子ほど、可愛いというのは?」

「確かにな」


 俺は明後日の方向を向きながら、ぞんざいに同意する。

 確かに、これはこれで可愛げがない訳でもない。

 俺は落ちつか無げに、後ろに着いた手を動かして、畳を擦った。


「……少々、羨ましいですね」


 いきなりだ。

 いきなりだったから、俺は思わず間抜けに口を開く。


「へ?」


 藍音は言った。


「迷わずに好きなだけ貴方に甘えにられるこの子が、少しだけ、羨ましい」


 藍音は、俺に好きなだけ甘えたいのか。

 俺としては別に好きにしてくれていい話だが、そこは大人故色々あるのだろう。


「昔は、そこには私が居たのですけれど」


 昔か。うん百年と昔の藍音が好き放題甘えて来たのか、と言われるとどうだろう。

 俺が甘えて好き放題生きてた気もする。

 ただ、まあ。


「毎度好き放題俺にやってるお前さんが言うのもあれだな」


 すると、少しだけ拗ねたように、藍音は返した。


「……これでも、少しくらい、迷いは覚えているのです」

「そうかい」


 じゃあ、迷いがなくなったらどうなるのだろうか。

 想像のしようもない。

 ただ一つ、藍音が甘えてくるのは別に悪くはないと思うから。

 俺は肩をとんとんと叩いた。


「肩くらいなら、幾らでも貸すぞ?」

「……」


 しばらく、藍音は俺を見ていた。

 それはもう、穴が開くかと思うほど。

 気まずくて、俺は目を逸らす。

 縁側の方を向いて、木の葉の数を数えてみる。

 一、二、三、四……。

 ……五十六、五十七。

 ……。

 そして、俺は不意に、腕に温かみを感じる。

 肩に頭を乗せず、俺の腕を抱きしめているのは、せめてもの抵抗か。

 その顔は、少し赤い。

 やり込められると照れる、いつもの癖だ。

 俺は思わず苦笑した。

 それを知ってか知らずか、彼女は言う。


「こうしていると……、傍から見れば私達は夫婦に見えたり、するのでしょうか……?」


 俺は、一瞬絶句する。

 余りに可愛げのあることを言うものだから、俺は笑いながら答えた。


「さてな。見えないからわからんな」


 ただ、そうだな。




「――ただ、見たのが男なら。千人いれば千人羨ましがるだろうよ」




「そうですか……。そうですね」














「ところで、知っていますか?」

「ん?」

「今日は三月十四日ですよ?」

「……」




 俺は今日、久々に音の壁を突き破ることとなったのだった。










―――
という訳で、アホの子と見せかけて、憐子さんかと思いきややっぱりアホの子であったなあと思った瞬間藍音さんだった不思議。
あと、最後の藍音さんとのあれをこの間の前さんのと情景を被せてみるコーナー。
今回は別の話と絵的には一緒なのに人が増えたり変わったりして微妙に違う、というコンセプトでやってみました。
ここ三回、別の人で似たシチュエーションを作って見る試みですが、比べてみると面白いかもです。



あと、今番外編書いてるんで、早い内に番外編玲衣子ルートIF編はホームページに格納されます。
もしかするともうできてるかも知れません。

書いたしばらく後にまた後書きを書いてる訳ですが、完成しました番外編。
今回法性坊が言ってた猫の話です。
なので、玲衣子IFルート編はホームページに格納されました。
見てないよ、という方はお手数ですがホームページまでお越しください。番外編倉庫に放り込まれております。



では返信。

奇々怪々様

前さんの"平たい感触"、ここ重要です。テストに出ます。
ちなみに、憐子さんは一応話し合いで薬師を譲ってもらったというか、他が気を使ったというか。
いやはや、やっと薬師が覚醒しましたよ。
番外編ですが、本当にあの男が告白に至るとは……。


春都様

復活おめでとうございます。
果たして、憐子さんが藍音と銀子が割られない挙句に暴走モードに至ったら薬師は無事でいられるのでしょうか。
いやしかし、玲衣子さんは頑張りましたね。遂に薬師の機動要塞を撃沈しました。
ちなみに、自分の変な知識は、wikiで一つの事柄を調べてて、なんとなくそこからリンクを拾って行ったら十時間ほどふらふらしちゃう馬鹿のたまものです。


Smith様

あえて狙い澄ましたスナイパーの如くピンポイント呼び捨てを敢行する薬師。
それを無意識で行っているというのが……。
実に恐ろしい。天才的ですね。今回猫まで落としました。
まあ、ある意味自滅ですけどね。


SEVEN様

先生があることないこと言ったが最後、閻魔までヤンデレると思います。
それと、薬師のさん付けの基準がいまいちわかりません。
年下より年上の方が呼び捨てとはこれ如何に。
そして、流石の百話の重みか、告白しても読者を信用させない薬師が素晴らしい。


トケー様

両手に花とか、とげに刺さって死ねって感じですよねー。
とか言ってみます。あと、やっぱり格好良い女性がたまに可愛いと凄くいいと思う。
そして、ほのぼのと会話しながらラブラブするのもいいと思う。砂糖吐いて死にそうですけど。
まあ、これを見た限りじゃ薬師はなんとなくのきっかけで畳み掛けれると思うんですけどね。確率は零が何個付くやら。


志之司 琳様

先生は穴馬で竜巻ですからなんともあれです。見事やりたい放題ですな。
ええ、薬師にはハイブリット位やっちゃってください。自慢の拳で泣くまで殴っていいと思います
そして、IFについては人をにやにやさせることに成功したならもう大成功です。でも自分で見直してにやにやしてると、自分で自分の思惑に嵌ったようで癪です。
可愛ければ何でも逝ける。どうやら同じ穴の狢の様で。可愛いは正義どころか全てだと思います。


ヤーサー様

その幻想をぶち殺す。そげぶです。あっさりと前さんの幻想はぶち殺されました。
実に暴風注意報です。風だけはダムとか作ってもどうしようもありません。しかし、ベタンシップについては、多分薬師が空気に触れる面積が無いほどになりそうな気がしますね。
それと、薬師が愛に目覚めたら、それはそれは格好良いことでしょう。
見てるこっちは砂糖ぶっぱですが。あと、IFが未亡人から作られたのは九割偶然なので、それらしいインスピレーションのわく話を書けば更に増えるでしょう。


通りすがり六世様

薬師の英語知識は、先生の話に今一つ着いていけなかった薬師が、下詰に貰った英和・和英辞典で学んだものです。
なので、英単語自体は得意分野です。しかし、辞典の知識故実用性は皆無です。
そして、薬師は急に渋くなるから困る。そんなことをすればギャップで女の子が惚れるにきまってるのに。
もしくは、渋いまま結婚に乗り切ればいいのに。


光龍様

対決の結果、勝敗は引き分け、決めては薬師逃走でした。
まあ、怖いと言っても刃傷沙汰にならないだけ穏やかな方、だと思います。
これも薬師の天徳のなせる業ですかね。
そして、アダルティックな番外編が好評で何よりです。自重はしない方向で頑張ります。



最後に。

夫婦っていうか……、夫婦っていうかっ!
早く結婚しろよぉぉぉおぉおぉおおおおいッ!!



[7573] 其の百四 俺と保健室が危険の香り。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:0e319496
Date: 2010/03/17 21:48
俺と鬼と賽の河原と。





 どうしてこうなった。

 ……どうしてこうなった。


「大丈夫、先生に任せて?」


 そう言って玲衣子に服を捲られる俺。

 ここは、保健室、そして俺はベッドの上。


 ――どうしてこうなった……?







 そう、俺は最初、普通に体育の授業をしていたはずだ。

 授業内容は体育館でドッヂボール。

 授業は途中まで普通に進んでいたのだが。

 ……そうだ、アホの子が、途中で本気になったのだ。

 そして、本気になったアホの子の球は、いや、弾丸はただの女生徒の元へ放たれる。

 だから俺は、教職員としての本分を果たすべく、全力で駆け抜けた。

 弾が放たれて着弾する前に、俺は女生徒の元まで走り抜け、急制動。

 女生徒を抱き抱える。

 まあ、そこまではよかったのだが。

 俺の全力は思った以上に早く、勢いを殺しきれなかったのだ。

 女生徒を抱きかかえたまま、俺は前のめりに三回転。

 強かに壁に背中を打ちつけた挙句、頭を強打。

 なんだか、頭を下に壁に脱力した状態でくっついて、女生徒の無事を確認すると――。


「だっ、誰かっ! 誰かーッ!!」


 俺はだるくなってきて、全ての意識を投げだしたのだった。






其の百四 俺と保健室が危険の香り。






 そして、目を覚ますと、ベッドの上だった。

 ここは、保健室か。

 本当は保健室かどうか、よくわからないが、天井で判断。

 嘘だ。天井で判断できるほど俺は天井評論家ではないが、ともかく、学校において気絶した人間を置いとく場所など保健室以外にはありえないはずだ。

 と、思って身を起こそうとした俺。

 その時だ。


「あら、起きました?」


 俺の入ってる布団から、もぞりと。

 このベッドには、もう一人の人間が居座っていたらしい。


「何故に玲衣子」

「あら? 私はここの保険医ですわ」


 いや、確かにブラウスにそれらしいタイトとかいうスカートと白衣に眼鏡とくればそれらしくも見えるが。


「いや、じゃあ、ここの保険医は患者と添い寝するのも業務の一つなのか」

「んふふ、それは貴方だけに」


 俺は、ベッドの中で肩を竦めた。

 やっぱり、からかわれているんだろう。

 そうして、溜息一つ、身を起こそうとする。

 しかし、それはまた止められる。


「あ、まだ起きあがらないでくださいな」

「ん?」

「頭を打ったみたいですから」


 ああ、そう言えばそうだった。

 とはいっても、面倒になって途中で意識を放り投げただけだから、余り問題はない。

 というか、これで怪我するような大天狗はいない。

 のだが――。


「熱は、ありませんわね……」


 額同士をくっつけて確認。

 まあ、確かに頭を強打して出血したりするまずい状況では発熱の可能性もある。

 そうして、頭にあった手が首元にずれていき、玲衣子は言った。


「でも、これだけでは分かりませんわ。口で測りますので、じっとしててくださいな?」

「いや、待て」

「うふふ、何故です?」

「何故、顔を近づけてくるんだね?」

「熱を測るからでしょう?」

「温度計は?」

「ありませんわ」


 どんな保健室だ。

 と、いうか。


「どうやって測る気なんだよ」

「もちろん、口内に舌を侵入させて、ですけど?」

「そんな当然って顔されても困るわっ!」


 俺は、速攻で顔を横に背けた。

 何やら貞操の危機である。

 俺は只管横を向くことで抵抗の意思を示す。

 すると、玲衣子は諦めてくれたらしい、のだが。


「では、そうですね。次の治療に」


 嫌な予感が四トントラックに満載されてやってくる。

 俺は多分寝かされる前に脱がされたのであろう、スーツの上はなく。

 現在ワイシャツとズボンだけ。

 そのワイシャツのボタンが、玲衣子の手によって外されていていく。


「あのー……。玲衣子さん?」

「はい」


 綺麗な微笑みで返してくれる玲衣子。


「なんばしよっとね?」


 思わず方言が飛び出してしまった。


「治療です」


 玲衣子は言い切る。

 見事いい切った。


「なんの?」

「うふふ、何も心配することはありませんわ。全部私に任せて……」


 そう言って、玲衣子は自分のブラウスのボタンも外し始める。


「はぐらかされたっ。明らかにはぐらかされたよ。説明の義務を怠ったら駄目だと思うぜ」


 では、と玲衣子は返した。


「少々体温が低いようなのです。雪山の遭難などで体で温め合うのはよくあることですわ」

「へー……、そうなんか」

「ええ、なのです」

「って、騙されるかいっ! まだ体温測ってないような気もするしなっ!」


 一瞬騙されそうになったのは秘密だ。お兄さんとの約束だ。

 別にここは雪山でも氷山でもなく、普通に温かい学校の保健室だ。

 よしんば体温が低かったとしても。

 布団があればわざわざ保険医に添い寝してもらわなくても温まる。

 ただ、まあ、ここまで言えば一安心だろう。

 俺はほっと一息。

 しかし、玲衣子は笑っていた。

 いつものようににこにこと笑っていたのだ。


「うふふ、些末事を気にしてはいけませんわ。大丈夫、私に任せてくださいませ……?」


 和訳するとこうだ。

 『細けえことはいいんだよッ! 天井のシミでも数えているうちに終わるぜぇ!?』

 流石に、そんなのは嫌である。


「ええい、待て待てい。それ以上になると成人指定になってしまうのでこれ以上は実力行使になってしまうぞ?」

「貴方はそんなことしませんわ。なんだかんだいいましても、優しいから」

「あー……、俺は悪逆非道だぞ。がおー」

「ふふっ、なんですかそれ」


 いいながらも玲衣子は動きを止めない。

 ああ、もうこれは駄目だなー。

 お子様には見せられない光景が、つっても俺じゃあ無理かー。

 いや、まあ、流石に悪ふざけにも限界がある気がしないでもないな。

 と、その瞬間。

 がらっ、と。

 否、ガラッ! ドバンッ!! とばかりに保健室の扉が開かれた。

 玲衣子の動きが止まる。

 そして、入って来た生徒は大きく叫んだ。


「先生っ、急患よ!! 頭を強く打ってる!!」


 ん、この声には聞き覚えがあるな。


「……仕方ありませんわね」


 玲衣子が俺から離れ、俺は余裕ができて、入って来た人物を見やる。


「あら、由比紀じゃない」


 玲衣子の言葉と共に、入って来た人間を確認する。

 やっぱり由比紀か。


「体育館だから早く行ってあげて」


 由比紀が入ってくるなりそう言うと、玲衣子は優雅な足取りで外へと向かって行った。


「そう、では行ってきますわね」


 最後に、妖しく「続きは後で」と、言い残して玲衣子は消える。


「よー、由比紀。助かったぜー」

「あら、いたの?」


 由比紀は、白々しく、俺を見つけて言った。


「しかし、学校でも相も変わらずそのドレスなんかい」

「貴方はブレザーの方がよかった?」

「いや、好きにしてくれ」

「そ。じゃあ、今度見せて上げるわ」


 そう言って、ベッドまで由比紀は歩いてくる。


「貴方はどうしたのかしら?」

「頭を打って寝てた」

「頭を打って寝てたらそんな風に服が肌蹴るの……?」

「俺にも不思議だ」


 そして、彼女はベッドにまで乗り上げた。


「そう……、あら、玲衣子ったら治療の途中だったのね」


 ふと、嫌な予感が――。


「ふふっ、私が続きをしてあげるわ」


 四トントラック二台目駐車ぁああ!!

 そうして、由比紀は自分の背に手を回し、あっさりとドレスが落ちた。

 流石ドレスっ、脱げるのが速いっ!!

 って、そんなことを考えている場合ではない。

 それより、迫る由比紀をどうしよう。


「あ、何もしなくていいのよ? 大丈夫、私が全部するわ」


 和訳・『へっ、目でも瞑ってりゃすぐに終わるぜぇ! 安心しろよ、お前は何もしなくていいからよぉぅ!』

 返答・なにも安心できないです。


「まあ、待て、落ち着け」

「なに?」

「何故こんなことをするのか尋ねたい」

「あら、そんなこと私の口から言わせる気?」

「さっきからそれがずっとつかめない」


 小一時間悩んでる。

 ってのは嘘だが、まあ、うん。


「そうね。じゃあ、言ってあげるわ」


 由比紀が、俺の耳元に顔を寄せた。

 吐息が俺の耳に掛かる。


「それは、貴方の事がす――」


 その瞬間。

 がらっと。

 否、ドゴンッ! と扉が開かれた。


「風紀の乱れの香りがします!!」


 俺は横目で扉の方を見た。

 ありゃ、閻魔だ。

 それにしても、扉可哀相だな。


「というか、由比紀さん、何故涙目で固まってるん?」

「なっ、何でもないわ」


 由比紀はふるふると首を横に振った。

 そこにかぶさるように、閻魔は息巻いてみせる。


「そうですっ、早く離れてください」

「あと、閻魔さんよ。そっちは話が繋がってない」

「そっ、それで、治療の話でしたね?」

「おまえ、ずっと聞いてたな? 聞いたうえで出る瞬間見計らってたな?」


 閻魔がすごい勢いで顔を逸らした。


「そ、そそ、そんなことは……」

「できることなら玲衣子の時点で助けてくれたまえよ」


 そうすれば、俺のワイシャツが半脱ぎ状態にはならかなったろうに。

 そう思って言ったのだが、閻魔はそっぽを向いた顔を戻そうとせず、赤くなるばかり。


「いえ、なんというか、思った以上にアダルティックな空気で、なんとも……」


 アダルティックな空気ってなんだよおい。


「そ、そんなことより治療ですっ」


 閻魔は露骨に話を逸らした。

 まあ、俺も深く追求することはない、と何も言わない。

 のだが。

 ――どうやら、四トントラック三台めが到着したようだ。


「そ、その。本当はいけないんですよ? 駄目なんです」


 閻魔はそう言って前置きし。

 真っ赤になりながら、言った。


「で、でも。どうしても貴方が腫れが引かないっていうなら、その、私が直々に――」


 はい待て。


「何故お前は俺の下半身を見つめるんだ」


 何を治療する気なんだお前はっ。

 すると、閻魔はつい、と露骨に目をそらすのだった。


「そ、それは……、貴方の……、その」


 閻魔はいい淀む。

 そして、まるで銃が暴発するかのように――。


「貴方は何も言わなくていいんですっ!! 私が頑張りますから!!」


 和訳・『黙ってなぁ……、黙ってりゃ、俺が勝手にやってやるよ』

 返答・困ります。

 とりあえず、この閻魔、風で飛ばしてもいいだろうか。

 そう思い始めたその時。

 がら、っと。

 今度こそがらっと保健室の扉が開いた。


「あらあら、うふふ」


 玲衣子が帰って来たのだ。

 悲しみに暮れていた由比紀がここで再起動。


「あ、治療は終わったのかしら?」

「ええ、終わりましたわ。大変でしたのよ? その子、まるで大妖怪にでも殴られたみたいな感じで」

「そ、そう。災難ね」


 おい、由比紀、何故目を逸らした。

 まあ、なんというか、ご愁傷さまとしか言いようがないが。

 それにしても、助かった。

 突然の物音に閻魔も停止している。

 これは好機、とばかりに俺はベッドを抜け出そうとした。






「じゃあ、俺は授業に戻るわ」






 瞬間。

 全員が。

 俺を見た。


「「「ところで」」」


 はい。

 四トントラックがダース単位で到着しました。


「貴方は」

「一体誰の」

「治療を受ける気なのかしら?」


 なんでお前らこんな時だけ息ぴったりなんだ。

 お前ら共謀シテルナッ!?


「由比紀、貴方は私に譲ってくれますよね」

「あら、玲衣子、貴方は保険医の本職があるはずだわ」

「うふふ、美沙希ちゃんは校長だもの、早くお仕事に戻らないと」


 何やら話しだす三人。

 俺はと言えば。


「いや、なんつーか」


 ずい、と。

 俺が答えに迷ったその瞬間、全員が俺に詰め寄った。


「ふふ、ここはあれですわね。一人だと戦力的に不安ですし」


 頬に手を当て、玲衣子が困ったように。


「も、もしかすると、一人では逃げてしまうかも、知れませんし」


 閻魔は緊張したように。


「そうね、そっちの方が確実かもしれないわ」


 由比紀は余裕を持った微笑みで。

 そして三人は言った。




「ここは三人で」









「俺は健康だッ!!」






 そう言って、俺は扉を突き破り、廊下を全速力で逃げ出したのだった。















 その結果。

 現在生徒指導室に居ます。


「まったく、教師が廊下を走るなんて言語道断だっ!」

「かっとなってやった。今では反省している」

「テンプレートすぎる!」


 まったく、と李知さんは呆れた溜息を吐いた。


「教師が規則を破ったら、示しがつかないだろう?」

「まあ、それはすまんかった。のっぴきならない事情があってな」


 走って逃げた廊下の途中で李知さんに捕獲され、現在に至ってるのだが。


「反省文十枚だ。いいな?」


 ちょっとそれは多くないかい?

 と、思ったのだが、どうやら顔に出ていたらしい。

 李知さんは俺に耳打ちした。


「しばらく外に出たくないんだろう? 第一、今由比紀が探し回ってるからなっ」


 そう言って、ぷいとそっぽを向く李知さん。

 それを見て、俺は苦笑した。

 どうやら、匿ってくれるらしい。


「はは、ツンデレありがとさん」


 ばっと、李知さんが振り向いた。


「なっ、なんだその目はっ。うっ、うー……」


 李知さんは、赤くなって少し俯き、ごにょごにょと何事か呟きだす。

 その頭に、垂れた耳が見えた気がしたが、どうやら幻覚だ。

 そして、途中で、俺の耳に言葉が入った。


「そのっ、頭を打ったって言うから、心配したんだぞ……? なのに……っ」


 俯いたまま、上目づかいで李知さんは言う。

 うわ、何この人可愛いんだが。

 急に微笑ましくなって、俺は自然と口端を釣り上げた。


「ありがとさん。じゃあ、心配掛けたことも含めて、反省文書かせてもらうとするさ」


 言って、俺は筆を取ることとする。


「あ、ああ。私も、私も手伝ってやるから……。一緒に頑張ろう」

「うむ? それっていいのか?」

「いいんだっ。責任もって、終わるまで付き合ってやる」

「そうかい、じゃあ、よろしく頼む」

「あ、ああ」


 こうして夕日傾く校舎で、俺と李知さんはずっと反省文を書いていたのであった。






―――
ここらで学園ラブコメ的な空気でも。
閻魔一族フルで展開してみるコーナー。

あと、番外編の序章が完成。次回の番外編は選択肢気になります。
ただ、すぐまた変えてしまうのもあれなんで、明後日くらいに番外編再び変わります。(2010/3/17現在なので、3/19に)
猫の番外編に心当たりが無い方は今の内に見ておいてもいいかもしれません。





では返信。

ヤーサー様

前さんももう、薬師の性癖は仕方ないと捉えているようです。息をするように女の子拾ってきますから。
尚、数珠家の一件は、一般では運営が動いて数珠家が倒れた、とだけ。
職員は所によって数珠家に関する予備知識くらいはありますが、何も知らない一般人には、なんかすごい家が倒れたとだけ伝わってます。
あと、薬師なら二十人位の妻は言ってもらわないと困ります。ちなみに、前さんはホワイトデーは無しだと思っていたようで。薬師ですし。


春都様

なんかぐるぐる回って藍音さんで終着だった前回でした。
アホの子は、論理的に物を捉えにくいようです。即物的にとらえ過ぎてるようなよくわからないような。
ちなみに、猫の話は李知さんが猫耳生やした辺りにちょろっとだけ。
藍音さんの話はまだ出てません。そこはまあ、番外編で。


SEVEN様

アホの子は好き放題やらかして、周りへの影響は大きいでしょうね。
ただ、やっぱりラブっていうかライク分が強いでしょう。
これで恋する乙女に持っていくのが私の腕の見せ所なんじゃないかと思いますが、自信はありません。
いやはや、李知さんがようじょになったり猫になったりする理由は未だ明かされてませんからねー。まあ、色々と。


通りすがり六世様

アホの子の成長も今後の焦点になるかもしれませぬ。そりゃもうアホですから。ある意味社会復帰です。
ただ、薬師もアホなので、音速突き破りました。文字通り風になってます。ちなみに、肩とか痛くなるそうです。
いやー、薬師は本能の赴くまま、というか好き放題生きてますからね。告白もどうせ言って満足するタイプですあんまりその答えとかには興味ないタイプです。
あと、藍音さんは猫の生まれ変わりではありませんが、まあ、玲衣子さんのお家辺りにね……、いるかもしれませんね……。


とおりゃんせ様

いやはや、少しでも心に来たなら、実に嬉しいことであります。感想感謝です。
再登場に関しては、やっぱりまあ、死んだ人やらと再会できるのが地獄ですしね。
ただ、擬人化については、この小説のカラーとしては、猫耳化は否めません。
ただ、猫形態が無くなるのは駄目だと思います。あと、猫形態で喋るのもどうかと思います。


Smith様

大丈夫……。
私も千人のうちの一人です。
むしろ、一番至近距離で見てる一人かも知れません。
はっきりくっきり鮮明すぎて血が滲みます。


奇々怪々様

アホの子は常に全力全開で、アホでした。
今回もまたアホだったようでドッヂボールが残念なことに。
そう、遊びっていうのは三人でもできるんだよッ!! な、なんだってー!? これは多分前回の粗筋だと思います。
ちなみに、家の中だけで由壱翁法性坊が薬師を至近で見てしまう被害者です。


migva様

最近ではもう、薬師に逆に代わらないでいいから幸せにしてやって欲しいと思うようになってきました。
末期です。
アホの子もウノとトランプを覚えて少しずつ真人間へ。ただ、ドッヂボールの加減はたまに忘れるようです。
それと、前さんは、まあ。薬師が相手ですから。ホワイトデーがなくても仕方がないと悟っていたのです。


おもち様

感想感謝であります。
むしろ、刺されても刺された関係で何処からかフラグを手繰り寄せそうで困る薬師です。
法性坊は零距離でいちゃいちゃ見せられる訳ですからね。糖尿には気を付けないとなりません。
あと、高額の保険に入ることをお勧めしたいです。


トケー様

珍しく、自慢です。自慢でした。殺意が芽生えます。
まあ、本人的には千人が羨ましがる美人ですね、っていいたかったんでしょうけどね?
それを普通に言えてしまう彼が憎い。
これは薬師が結婚すること以外で晴らされはしないでしょう。


光龍様

サザエさん的アットホームな家庭を目指したいです。
番外編については、やっぱり動物が死んでしまうのは、中々辛いものがありますよね。
自分も泣いたりはしなかった、というか元々涙腺がキツイ人間らしく基本的に泣かないんですが、虚無感とか空しさを覚えたのは、今でも思い出せます。
ただ、まあ、そう言った者にも会えるのが地獄ですからね。


あも様

いやはや、前回は自分ですら何処に着陸するのやらと思ってましたが藍音さんでした。
しかも珍しく正統派でしたし。
ちなみに法性坊は実に細かい男の模様です。ちまちましてます。後無駄に記憶力がいいです。
薬師とは、先生が存命の時代に既にあってる模様。たまに気にしたりしてたようです。


志之司 琳様

前回は私ですらポルナレフ状態に陥る有様でしたからね。気が付いたら藍音さんで終わっていたという結果だけが残りました。
果たして結納はいつなのでしょうか。いえ、もう結婚してると言ってもいいかもしれません。既成事実を作ればきっと。
まあ、あれです。猫耳標準装備は素晴らしいと思いますから、多分やっぱり猫耳が出現する予感はあります。むしろ薬師が逃すフラグなぞないっ、ってことで。
あと、藍音さんとの出会いは読者の皆さんの選択如何によっては近くに番外編で展開されますので、もう少々お待ちを。





最後に。

李知さんの一人勝ちですよねー。



[7573] 其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a55d5bf9
Date: 2010/03/20 21:43
俺と鬼と賽の河原と。


 ある日の、朝のことだ。

 いつも俺を起こしに来るのは藍音だったが、今日は違う。

 その声は、子供の声で、女の声だった。

 ああ、由美か、と俺はもぞりと布団の中で蠢き、次第に意識を覚醒させていく。

 そう、それは確かに由美の声だった。

 しかし、今日の由美は、なんだか変だった。


「おにいちゃんっ、起きて、起きてくださいっ」


 お、にいちゃん、だと?

 いつの間に、お父様からお兄ちゃんに格上げ、いや、下げ?

 まあ、ともかくいつの間にお兄ちゃんに変更されたんだ、と俺は身を起こし、由美を見る。

 彼女は真っ赤だった。


「ご、ごはん出来てますからっ!!」


 そう言って走り去る由美。




 何があったんだ。








其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。








 茫然としていても仕方がない。

 それ故俺は、普通に食卓に着いて、由美と向きあって食事をしている。

 しているのだが。


「なあ、由美……」


 なんでお兄ちゃんなんだ?

 と聞こうと思う。


「なんですか? おっ、おにいちゃん」

「いや……」


 だけれど、なんだか妙に照れながらお兄ちゃんと呼ぶ由美に、問うことかなわず。


「何でもない」


 俺は黙って飯を食うことしかできなかった。

 果たして、俺は何をしたのだろうか。

 考えているうちに飯が終わる。

 そして、気が付けば由美は仕事に出かけていた。

 実は、由美も学校に通うようになったのだが、その時に無理して仕事しなくていい、とは言った。

 言ったのだが、それでもやると言って聞かないのだから恐れ入る。

 と、話が逸れたな。

 ともかく、俺は視線で由美を見送って、斜め後ろに居る藍音に呟いた。


「なあ……、なんかあったっけ?」

「なにがです?」


 藍音にしれっと返されて、俺は言葉を続ける。


「いや、由美がお兄ちゃんって呼んでくるんだが。何かしたかな、と」


 すると、藍音はさも当然、といった声音で俺に投げかけた。


「自分の胸に手を当てて考えてください」


 その言葉に、俺は疑問符を浮かべる。

 よくわからない。


「なんだそりゃ」


 藍音はではヒントを、と前置きして話を続けた。


「何もしていないのが問題なのでしょう」


 だが、俺の疑問は深まるばかりで、やはりよくわからない。

 そんな俺に向かって、藍音は宣告した。


「……そのままにして置くと、そのうち家出してしまいますよ」

「それは由々しき事態だな」


 俺は一つ首を捻ると、外へ向かって歩き出す。

 その際に、藍音に一度声を掛け、


「じゃあ、俺も行ってくる」


 藍音はと言えば、いつものように、しかし少し言葉を加えて俺を送った。


「いってらっしゃいませ。……大丈夫です、そこまで気づいているなら、貴方なら上手くやるでしょう。それと、顔が赤いでしょうが、何でも風邪で熱があると片付けないように」


 果たして何を上手くやれというか。

 そんな言葉に溜息で返しながら、やる気なさげに俺は言った。


「善処するよ」















 そうして、河原に着いた俺を待っていたのは、由美だった。


「あれ、前さんは?」


 問えば、顔の赤い由美は肩ひじ張って答えて見せる。



「別のお仕事を頼まれたそうです、おにいちゃんっ」


 風邪でも引いて熱があるんじゃないだろうか、というのは早計か。

 何でもかんでも熱のせいにするな、と藍音に言われたばっかりだ。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんかー……」


 思わず呟く。

 俺には兄弟がいなかったから、なんとなく変な気分だ。

 ただ、まあ、本当の方のお兄ちゃんも大切にしてやれよ、と思う。

 由壱が沈んじゃうぞ?


「なんでお兄ちゃんなん?」


 ふと、遂に聞いてしまった。

 ただ、これは地雷だったかもしれない。

 由美は、俺の言葉に肩を落とし、しゅんとしてしまう。


「男の人は、おにいちゃんって呼ぶと喜ぶって……」


 ……それはどんな趣味の人のお話だ。

 つーか、誰に聞いたんだ。

 藍音か。藍音か。

 実に反応に困ってしまうから自重してくれ。


「いや、うん、お兄ちゃん、なあ? 別に無理せんでいいぞ、お父様で」


 すると、由美は特に表情を変えることもなく、


「そうですか」


 と肯いた。


「そんなもんだ」


 そうして、俺は石を積み始めた。

 ぼんやりと黙って積んで、それを由美は崩す。

 それだけの行為をまるで一生懸命に、楽しそうにやる由美が不思議だった。

 何故だろう。


「楽しいか?」


 確かめたくて聞いてみる。

 由美は、優しげな笑顔で肯いた。


「はい……っ」


 なにが楽しいのやら。

 わからないが、楽しいならいいだろう。

 そんなことより、由美の様子がおかしい理由だ。

 なんで、由美は俺をお兄ちゃんなんかと呼んだのだろうか。

 即座に思い当たるような理由はない。

 そして、やっぱり顔が赤い。

 藍音の助言に従えば、熱や風邪ではないらしい。

 やっぱり、思い当る理由はない。

 それでも、理由もわからず放置というのも気味が悪い。

 さて、何だろう。

 俺をお兄ちゃんと呼んで何が得られるのだろうか。

 ……。

 ――わからんっ!!

 俺は思考をどこかに放り投げたくなった。

 まじわからん。俺をお兄ちゃんと呼んで何の影響があっただろうか。


「お父様? どうしました?」


 精々、俺がこうしてどうしたことかと悩んでいる位じゃないか――。

 ――あ。


「そうか」


 なんとなく、閃いた。


「嫉妬してるのか」

「えっ?」


 由美の肩がびくりと震える。

 俺は間抜け面晒して聞いた。


「違うのか?」


 そうだ、多分だが、由美は春奈に嫉妬しているのだ。

 俺の気を引こうとしてお兄ちゃん、とはなかなかかっ飛んだ思考ではある。

 別にないがしろにしたつもりはないのだが、しかし、由美とあんな風に遊んだことはない。

 由美の方から求めてくることはなかったからこちらも応えることはなかった訳だが――。

 なるほど、俺は駄目な父親だったようだ。


「その……」


 言い淀んだ由美に、俺はもう一度聞く。


「違うのか?」


 すると、由美は顔を真っ赤に染め上げ、明後日の方を向いて言った。


「嫉妬っ……、してますっ」


 やっぱりか。

 なるほどなー。

 俺はうんうんと肯く。


「そうかー」


 そして、更に続けようとして由美と声が重なった。


「ごめんなさいっ」

「由美は可愛いなー」


 次の瞬間、由美は呆けた声を上げることとなる。


「え……?」

「いや、うん。悪かった悪かった、所謂あれだ、そう、スキンシップ、とやらが足りないという話だろ?」


 そういうことなのだ。


「えっと、はい」


 やっぱりそういうことだ。

 では、どうしようか。

 とりあえずこれから頑張るとしても、今からどうしたものだろうか。


「まあ、とりあえずあれだ。そろそろ仕事も終わるし、一緒に帰るか」

「はいっ」


 そんなことを考えながら、俺は石を積んだ。



















「なあ、こんなんでいいのか?」


 夕暮れの街を、由美と手を繋いで帰る。

 もっと凄いことを要求されても問題ないような気がしていたのだが、由美が俺にした要求はそれだけだった。

 そうして、手を繋いだ先に居る由美は、俺を見て微笑んだ。


「はい、十分すぎます」


 そう言って、本人が幸せそうに笑うのだから、俺には文句のつけようもない。

 そうかい、と俺は投げやりに呟いて、ただ、道を歩いた。


「お父様、一つお願い、良いですか?」


 ふと、由美がそんな言葉を告げる。

 俺は肯いた。


「おう、無理じゃなけりゃ何でも聞くぞ?」


 すると、由美は息を一つ呑んで、紡いだ。


「今度は、私も一緒に遊ばせてくれませんか?」


 俺は、一瞬目を丸くする。

 そんなことでいいのか、第二弾であった。


「別に構わんよ。今度呼ぼうと思ってたくらいだしな」


 俺は言って、由美の頭を繋いでない方の手で撫でる。

 そして、徐に由美を持ち上げた。


「お、お父様っ?」


 抗議の声は無視して、俺は由美を肩車する体勢となる。


「たまにゃこれ位、いいだろ?」

「お、お父様……」


 きっと、上では由美が頬を赤くしているのだろう。

 それを想像して、俺は薄く笑った。


「手ぐらいならいつでも繋いでやるから、今日はな」


 俺の頭に置かれた手が、優しげに動く。


「もう……、お父様ったらっ」


 言いながらも、抵抗しようとはしない。

 だから、俺は笑って言った。


「かっかっか。これも親子の触れ合いだ、諦めな」

「親子じゃなくって……、できればもっと――」

「うん?」


 由美の呟いた言葉はよく聞こえなくて、聞いてみたが、由美は何でもないと返す。


「いえ、なんでもないんです。はい、今は子供でいいんです」

「そうかい」


 何の事だか分らんかったが、本人がいいなら構うまい。


「そだ、春奈お馬鹿さんだから、色々教えてやってくれ。頼りにしてるぜ、由美?」


 きっと、近いうちに由美と春奈が遊んでる姿が見られるだろう。




「――はい!」
















―――
ってことで百五、由美編でした。

ちなみに、先日番外編をこっそり更新。
次の番外編のアンケート実施中です。




では返信。




志之司 琳様

前回分

驚きの保健室っぷりでした。体温計がないとかどうかしてますねわかります。
まあ、IFエンド貰ったばっかりの人がちゃっかり出現してたのは、学校の魔力のせいです。
いやはや、校長に腫れたあれを治療とか、正に異常なシチュエーションですね。
問題は腫れようのないことでしょうか。

番外編分

貴方なら見つけてくれると思っていましたよ。驚きの信頼度です。
まあ、こうして次の更新で告知してるから大丈夫だと、思います……、多分。先に見つけれたらラッキーみたいな感じで。
さあ、武勇伝がガチ武勇伝過ぎて残念な武勇伝になりそうですが、とりあえず姫様一票で。
もしかしたら時間を掛けて全部書くかもしれないですが。


光龍様

危険な学校ですね。明らかに。なんか精神的にも肉体的にも危ない気がします。
物理的に危険なのとエロ方面に危険なのが入り乱れてクロスミラージュですよもう。
それにしても、XXX版ですか……。ぶっちゃけると自分まだギリギリ十八じゃないんですよねー。
今年誕生日来てないんで十七にもなってないっす。この場合、R-18を書いたらどうなるんでしょ。


西行法師様

コメントありがとうございます。
黒猫参上の日は遠くないかもしれませぬ。そりゃあもう。
しかし、暁御以外誰と恋仲になっても違和感なさそうだね、とは……、鬼畜、と言う前に反論できないぜッ!!
いやはや、それにしてもうるっときて頂いてありがとうございます。物書きにとっては無常の喜びですよ。


奇々怪々様

そも、体温計の無い保健室なんてルーの乗ってないカレー並みにどうしようもない気がしますけれど。
その内、学校からなんか、巣窟、とか魔境、とか聖域に名称変更されそうです。
それにしても、後一文字だったのに由比紀は惜しいことをしたものです。
どうせ言いきっても要塞にぷっちりつぶされるだけな気がしますけど。


あも様

未亡人辺りが大人故もう手段を選んでないですね。その影響で他もなりふり構ってないようです。
閻魔妹辺りももう、強引に押し切ろうと思ったようです。要塞は甘くなかったようですが。
どうでもいいですが、溶けた胴って消化できるんでしょうかね。まあ、うちの閻魔辺りはやたら酸っぱい飲み物とか呑まされてるんでしょうけど。
それと、美沙希ちゃんはきっと耳年増だと思います。いや、素で年増なんですけ――、おや、誰か来たようです。


SEVEN様

自分でもなんでこんなことになってたのかわからない保健室の乱でした。
美沙希ちゃんの暴走っぷりは異常でした。
その反動で今回はできる限りほのぼのできたとおもいます。
それと、前さんが耳付きになったりするなら、バランス的に犬耳なのでしょうが、李知さんの方が犬っぽいなと思ったりそんなこんなでした。


通りすがり六世様

閻魔一杯、エロもいっぱいでした。
もうあれなんじゃないかなと思いましたよ、こう、18禁になるかならないかのボーダーラインをまるでチキンレースの如く駆け抜けるのがこの話の醍醐味なんじゃないかと。
薬師じゃないとこんなのできませんし。
どうやって、そんな要塞を落とすって、例えを借りるなら、義手を作るか他で代用するかですよねー。


トケー様

古川さん、忘れてはいませんよ。ただ、出すタイミングがいつもつかめない。
それにしても李知さんが勝利するとは我ながら予想外でした。勝手に転がって来ただけなんですけど。
閻魔は未だ男性経験なさそうですしね、由比紀もあれでおぼこな女の子ですし。もう、閻魔の家は行かず後家の家計なんじゃ……。
最後に、猫の話ですが、いい話と言っていただけると私も実に嬉しいです。私もあんな相棒が欲しいです。将来は猫屋敷になりたいです。


スイカ様

投票に感謝です。
最悪の場合一から六まで書いてしまうのでやばいです。
私の気が向かないことを祈ります。
と、言う訳で吸血鬼に一票目です。実は二票入ってたりして中々可能性が高かったり。


アストラ様

投票どうもです。
未亡人はいいですよね。喪服の未亡人とかやばいです。
ということで、吸血鬼に二票目が入りました。
しかし、もう二票目とは実に驚きであります。なんというか、貴様っ、見ているなッ!? って感じです。





最後に。

最近私の徹夜がやばい。



[7573] 其の百六 大天狗は見た!
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:daa0a2f6
Date: 2010/03/24 20:09
俺と鬼と賽の河原と。




 それはある日の真昼間。

 なんとなく、李知さんに便乗して、玲衣子の家まで行った時のことだ。

 俺は決定的な瞬間を目にした。


「うわっ」


 長閑な縁側に座る李知さん、その頭に飛び乗った黒猫。

 李知さんが驚きの声を上げ、黒猫はそこを跳び下り、走り去る。

 俺はそれを幾分か驚きながら眺め――。


「なん……、だと……!?」


 俺は見てしまった。





 ――李知さんの頭部に現れる猫耳をッ……!!








其の百六 大天狗は見た!







「またか……」


 李知さんは、耳を確認するや否や、思い切り肩を落とした。

 ちなみに、その猫耳は今や俺の手の中である。

 実にいい感触です。


「あと、お前もやたらとふにふにと触るんじゃないっ!」


 びしっ、と俺の手が払われた。


「おうっ」


 ああ、勿体ない。その耳は何のためにあると思っているのだろうか。


「触るか、見て楽しむためのもんだろ? それ」

「ものを聞くためだっ!!」

「ごもっともっ!」


 今度は頬に猫パンチだ。

 威力はないが衝撃は伝わった。

 それはさておき。


「さて、気を取り直して、あれだな」


 俺は、攻撃を受けた体制から立ち直り、李知さんを見る。


「あ、あれってなんだ……」


 李知さんは照れたように体を捩った。

 そんな彼女に、俺は一言。


「着替えだな」


 そう、彼女の猫耳尻尾には欠点がある。

 尻尾の付け根が圧迫されて痛むため、ズボンの類が履けないのだ!

 よって――。


「まさか……」

「あれ着るしかないな、うん」


 俺が去年買ってきた桃色ふりふりふわふわワンピースを着るほか、ない訳だ。


「あっ、あ、あ、あれは!」

「今だって尻尾痛いんだろ?」

「ぐうっ、で、でも……」

「他に服あんのか?」


 他に手段がないのは李知さんもわかっている。


「……わかった」


 一つ頷くと、李知さんは立ちあがり、戦場へ向かう戦士のように悲壮な空気で歩き出す。

 俺はと言えば、立ち上がり、それを視線で見送って、敬礼することしか――、できなかった。

 そんでもって少し経ち。


「おお、お帰り」

「た、ただいま……」


 帰って来たのは桃色ふりふりふわふわワンピース猫李知さんである。

 後気が付いたら背も縮んでいる。

 ちょっと丈が長い。


「相変わらず似合ってんじゃねーか」

「う、うるさいっ」


 乱暴に李知さんが俺の上に座った。


「おう? いきなりどうしたよ」

「どうせお前は、膝の上に座れとか言うんだろう?」


 李知さんに投げやりに聞かれ、まったく反論できない俺がいる。

 だが、そんな風にほいほい座っちまってよかったのだろうか。

 俺は再び李知さんの耳に手を伸ばした。


「ふにゃっ!」


 まるで猫みたいな声を上げて、李知さんが跳び上がる。

 どうやら不意打ちがいけなかったらしい。


「フシャーっ!」


 そして、李知さんは跳び上がった所からしなやかに立ち上がり、俺はまるで猫のように威嚇された。

 可愛い。


「まあ落ち着け。まあまあ落ち着きたまえよ李知さんや」

「お、お前がっ、お前がやったんだろう!?」

「ついカッとなってやったが今は反省しているから大丈夫だ」

「……本当だろうな?」


 不安げに、李知さんに聞かれ、俺は肯いた。


「耳は触らん。耳は」

「おい」


 中々鋭い突っ込みだ。

 騙されて座ってしまえば良かったものを。


「いや、別にいいじゃん。減るもんじゃないし」


 俺は作戦を変更、開き直って見ることにした。

 李知さんは顔を赤くする。


「減るんだ……っ」

「なにが?」

「色々だっ! ……その、乙女心とか……」


 最後の方はよう聞こえんかったが、色々減るなら仕方ない。

 俺は諦めて、俺のすぐ隣の板張りの床を叩きながら言う。


「ほれほれ、変なことしないから隣に座れよ」


 すると、暫く李知さんは俺を恨めしげに見ていたが、しかし立っていることもない、と諦めて警戒しながら俺の隣に収まった。


「本当だからな……?」


 俺は生返事。


「ああ、本当本当」


 言いながら、隣に座る李知さんを俺は見る。

 今日は、見事な黒猫だ。

 少し、何かを思い出すような黒だ。

 ふと、想い、呟いてみる。


「なあ、お前さんち、黒猫なんて飼ってたか?」


 いきなりまともな話題に戻った俺に、李知さんはいぶかしげな視線を向けた。


「飼ってたって……、あれはお前と初めて実家に行った時に連れて帰った奴だぞ?」

「はい? あんときは、灰色い猫だったろ?」

「いや、風呂に入れたら黒かった」


 なんというか、まあ。


「それがどうかしたのか?」


 聞いてきた李知さんに俺は首を横に振って返す。


「いや別に。なんとなくさね」


 誤魔化すように、俺は李知さんの髪を撫ぜた。


「あっ、こら!」

「いや、頭撫でるのなんて変じゃねーだろ」


 猫であることも加味して撫でているが。


「変、変だっ」

「何を言うか、普通の人だって頭撫でるって」


 職場の同僚の頭を撫でる人は実に少ないと思うが。


「いや、だからって……」


 いい縋る李知さんに俺はきっぱりと言い放つ。


「お前さん……っ! この間俺は由美を撫でたっ……! 撫でたさっ! そんな親子間の触れ合いを、変だと罵るのかッ!!」


 何を言ってるのか分からないと思うが、本当によくわからない。


「頭を撫でるのはっ……! 決してっ、変じゃない……!」


 ただし、勢いだけはあった。


「……そう、なのか?」


 流石李知さんっ、ころっと騙されそうだぜっ!

 最後の一押しに、俺は強く頷いた。


「そうなんだ」

「そう、か」

「じゃあ、撫でても問題ないな」


 という訳で、遠慮なく撫でる俺。


「……あれ?」


 釈然としない李知さん。

 しかし、俺は撫で続けた。

 まったりと猫と過ごす午後も、悪くないと思う。

 で、まあ。

 それからしばらく、まったく動きはなかったのだが。

 しかし、それは長く続かない。

 実に、何分経ったのか、時計がないからわからないが、十分は経ったろうか。


「所で、こんなとこに毛糸があるのですけれど、どうします?」


 そんな玲衣子の一言で、事態は変わった。

 ころころと転がってくる毛糸玉。

 ピキーンッ、といった感じの効果音が似合いそうな勢いで振り返る李知さん。

 俺は傍観。

 李知さんが、手を反射的に伸ばそうとして、止める。


「お母様……、何故こんなものを……ッ」


 その手は、震えている。

 そんな様を見て玲衣子は微笑んだ。


「うふふ、編み物でもしようかと思っただけですよ、ええ」


 李知さんは悔しげに奥歯を噛むことしかできない。


「編み物なんてできない癖にっ……、それに、そろそろ、春っ……」


 李知さんは、ひたすらに己が本能と戦っていた。

 毛糸と四つん這いでにらみ合うこと数十秒。

 そんな睨み合いを見飽きてきた俺は――。


「ほれ」

「あっ」


 落ちていた毛糸玉を転がした――。

 李知さんが駆ける。

 転がって行った毛糸玉を追いかけて。

 そして、その毛糸玉に――。

 猫パンチを喰らわせた。


「おお」


 俺が感嘆の声を上げる。

 その直後のことだった。

 不意に俺の元へ帰ってくる李知さん。


「どした?」


 不審に思って聞くと、李知さんは肩を震わせて。


「ふにゃああああああっ!!」

「ぬおうぁっ」


 俺の顔を引っ掻いて逃げだしたのだった。




















「李知さんやーい。降りといでー」

「嫌だっ!」


 逃げだした李知さんは、普通に庭の木の上に登っていた。


「下着が見えるぞー」

「見るなッ!」

「へぶっ」


 長い木の枝が、俺の顔に直撃。

 それにしても、突っ込みが優しい。

 いつもなら金棒が降ってくるのに。

 あれ、なんか、ずっと猫李知さんの方がいい気がしてきた。


「降りてこーい」

「嫌だって言ってるだろうっ!?」


 事態の原因といえる玲衣子は縁側で傍観を決め込んでる。ついでに、原因に関しては俺のことは棚に上げよう。

 しかし、見上げると首が疲れてくるな、といったん首を振って、俺はもう一度李知さんを見上げた。


「そのスカートの中を解析するぞこのやろー。白だな」

「するなっ!!」

「へぶっ」


 惜しげもなく晒してるから見てるのになんという言い草だ。

 まあ、見た所で一銭の得もないわけだが。


「へぶっ」


 と、思ったらまた枝である。


「今失礼なことを考えなかったか?」


 まったく、そんなわけないだろう?


「お前さんは読心術士か」


 おっと、本音と嘘が逆に漏れてしまった。


「へぶっ」

「鼻で笑ったような顔をしてただけだっ!」


 そんな顔してたのかー。

 でもいや、なあ? 普通の男ならご褒美でも、俺は男に関しては、ねこと猫くらい違う。

 まあ、ともかく。

 こんな押し問答をするために俺がここに居る訳ではない。


「そっちが下りて来ないならこちらにも考えがある」


 俺は不敵に笑った。

 李知さんが警戒して、身を縮める。


「な、なんだ……?」


 この際、飛んで捕獲すれば早いとか、木登りくらい余裕じゃね? とかは無視だ。

 俺は華麗に掴まえて見せるぜっ。


「……秘密兵器」


 俺は袖に手を入れた。

 そして、それの真なる名を解き放つ。


「ねーこじゃーらしー」


 出て来たのは、普通の猫じゃらしである。

 否、普通の猫じゃらしではない。

 厳選に厳選を重ねた最高級天狗の羽毛製猫じゃらしである。ちなみに制作は下詰だ。

 故に、効果は絶大。


「そ、そんなことで私が釣れるとでも?」


 引き攣った余裕の表情に向かって俺は猫じゃらしを振る。

 ふりふり。


「馬鹿だなお前は。ネコミミとはいっても、私は元々人間なんだぞ……?」


 ふりふり。


「そ、そんなもので私が……」


 ふりふり。


「私が……」


 ふりふり。


「私が――!!」


 勝った――。

 言った時には、李知さんは既に跳び上がっていた。

 猫らしいしなやかな跳躍力で、一直線に猫じゃらしへ向かう。

 そして、それがどういうことかというと。


「捕獲完了っ!」


 李知さんは俺の胸の中に、ということだ。


「にゃ……、にゃあ……!」


 李知さん、ゲットだぜ。


















 結局猫の本能にあらがえなかった李知さんは、現在俺の隣で肩を落としている。


「気にすんなって。仕方ないって」


 そして、抗わせなかった俺は、その慰めに回らざるを得ない訳だ。


「なんか、最近……、順応してきてる気がするんだ……」


 そうだね、猫としての格が上がってきてるね。


「気にすんなって、仕方ないって」


 その内身も心も猫に進化する日も遠くないのではなかろうか。


「なんか慰め方がワンパターンじゃないか……?」

「気にすんな、仕方ないって」

「そうか? ……うん」


 やばい、この人本気で落ち込んでる。


「その内戻らなくなるんじゃないかと思ってな……?」

「だからそんときゃうちで飼ってやるって」

「そっ、そういう問題じゃ……」

「大丈夫、うちペットおーけーになったから」

「そういう問題じゃないっ!」


 胸をぽかぽかと叩かれる。

 多少は元気が戻って来たらしい。


「ま、大丈夫だろ」


 俺は無責任にのたまった。

 李知さんが涙目で俺を見上げる。

 猫のお力で背が縮んでるからできる芸当だな。

 普段は俺の方が背が低いから新鮮だ。


「何を無責任に……」


 そう言った李知さんに、俺は笑いかけた。


「大丈夫だって。黒幕はなんとなくわかったからな、文字通り黒幕だ」

「な……」


 驚いた顔の李知さんを俺は今一度撫でてみる。


「困った事態になったら、お話に行ってやるよ。――お話にな」







 どこかで、知ってる黒猫が鳴いた気がした。














―――
再び猫耳である。猫耳である。
鬼っ娘、猫耳、アホの子、この辺りで脳が耳からはみ出て死んでも仕方ないと思います。
という訳で何とか更新。非常に繋がりにくくて大変でした。
ただ、一個人でこれなので管理人様はもっと大変なのでしょうね、と思ったり。
本当にご苦労様です。
……ところでこれ、ページ移動、表示できません、戻る、ページ移動を繰り返してやっとまともに動かせるんですけど、サーバー負荷になったりしちゃいますかね?
その場合はやっぱり更新自重した方がいいのでしょうか。


あと、ちょっとした裏設定。

前から薬師がやたらと猫李知さんに構いたがるのは昔の猫のせい。
ただ、薬師がやたらと構うことに関して違和感を覚えることができた方はNEWタイプですねわかります。


ちなみに、番外編は次回更新時に確定です。
あと、番外編投票というか選択したいけど、感想書くのめんどいよ、って人はホームページから拍手に数字入れて送信でも可です。
感想書くついでに言っとくよ、という方も大歓迎です。


返信。


トケー様

お姫様が以外と人気ですね。これはこのまま行くと確定でしょうか。
薬師と深くかかわると女性は概ねやばいので、この番外編の流れは仕方ないと言えば仕方ないのですが。
まったく、特殊属性持ちに強いとかスキルに付いてるんでしょうかね。
そしてテープレコーダーの半キャラ扱いに噴きました。


SEVEN様

血のつながりはないので、由美にとって薬師はお義兄ちゃん、お義父さま……。
義理と付くだけで血縁がエロい業界ですからね。
李知さんと結婚すると薬師に義母が発生しますよ?
閻魔姉妹のどちらかと結婚すれば義姉と義妹も……、クレイジーだ……。


光龍様

この温度差に皆さんが付いていけるかあれですが、それでもきっとノンストップだと思います。
シリアス書くとほのぼのしたくなりますし、馬鹿っぽい騒がしい話を書くと静かな話を書きたくなります、逆も然り。
しかし、同い年ですかー。あんまりネット上で年齢って意識してませんけどなんか不思議ですね。
ただ、酒呑むのとXXX板に書き込むのは黒歴史度合いが違う気もします。確実にブラックヒストリーです。


志之司 琳様

確かに――、由壱がお兄ちゃんと呼ばれた記憶はないです。あっても遠い向こうですね、はい。
お兄ちゃんとお父様だと、あれですからね、父親の方がシチュ的にかなり特殊で異常ですからねー、そりゃ背徳感もありますな。
しかし、よく考えてみると藍音さんの暗躍ぶりが異常ですね。考えがあってか楽しんでるだけかは知りませんが。
アホの子は――。アホの子でいいと思います。


奇々怪々様

おにいちゃんとお兄ちゃん。全然違うと思います。
発音は一緒だけどやっぱりイメージは違う感じがします。そんな気持ち悪いこだわりが私にはあったりします。
多分、姫の話はテンプレ王道最強モノになるでしょうね。きっと新必殺技とか出ますよ。いや、旧ですけど。
さておき、いやあ、徹夜するより早くに起きて書いた方がいいんでしょうけどねー……。まあ、でも風邪ひかない様には気を付けます。


JohnDoe様

コメント感謝です。
全部書いたら私にとって鬼畜すぎますからねー……。
思いついたまではいいけど全部書くと死ぬほど辛いのですよ。
まあ、鬼畜ルートも悪くないかもしれないと思ってる自分はいるのですが。


ヤーサー様

保健室の方。
玲衣子さんも勝負に出るようです。李知さんも負けてられません。
というかなんですかあの保健室、桃源郷か何かですか?
そしてそこでいい所攫ってた李知さんがまた大活躍ですね今回。猫耳パワーは偉大ですね。

猫の方。
自分も昔は色々と飼ってましたよ。鳥だけは未だ飼ってないのですが。
やっぱり、飼ってた経験があると、動物の話は胸に来ますよね。
さて、これからどうなるやら。

お兄ちゃんの方。
由壱が部屋の隅で体育座しそうなお話でしたね。
ほのぼのべたべたやってるのは由美の方が多いんでしょうけど、びしばし遊んでるのは春奈の方でしょうね。
よくも悪くも大人しい方向ですから。まあ、きっとその内いいお姉さんとして大成してくれると。

なんだか番外編の方は全部見たいとかいう意見が何通か来ておりますね。これは鬼畜ルートなんでしょうか。


通りすがり六世様

お兄ちゃんでもお父様でも――、幼子に呼ばれるなら一向に構わん。男とはそうあるべきだと思います。
要するに、好きな時に好きな方で呼べばいいんだよっ。と。
由美は攻撃力が低いので、アホの子と組んで合体攻撃でも繰り出せばいいと思います。
ちなみに、薬師は薬師になりに、周りに女性が増えたり、年頃の娘ができたので、一応努力はしているようです。亀の歩みで。


杏屋様

感想感謝であります。
薬師はもう、目に入った美人を落とさずにはいられないようです。反射ですか。
それにしても、そんなに限界突破を祈られると限界突破したくなります。ええ。
そして、きっとスライムは出番を今か今かと待ち構えているでしょう。


あも様

その前の話が何だか保健室でカオスだったので、微笑ましく行きたかったのです。
しかし、自分にはお兄ちゃんと呼ばれた経験はないですね。姉が一人だったので。
猫に関しては、まあ、なんだかんだ、生き物って人間含めて確実に死にますからねー。死に様を看取って行くのが人生だと思います。
番外編はさとりの子ですか……、遂に薬師の脳内にメスが入れられるのでしょうかね。


zako-human様

嫉妬幼女はいいものです。まあ、でも薬師は一回爆発すればいいと思います。
むしろ番外編で爆発すればいいんじゃないかと思いました。
あと、余談ですが、もうなってしまった以上は基本的に妖怪から人間はないです。
要するに、焼いたものを元に戻すのは現実的に難しい、みたいなノリで。熱されて焦げたものを冷やしたってどう仕様もないですから。




では最後に。

キーボードのMの反応が非常に悪くてやばい。



[7573] 其の百七 俺と春とクリームパン。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:9120ae92
Date: 2010/03/27 21:33
俺と鬼と賽の河原と。







 とある昼に、居間の床に座って。


「あなたは今日から私の下僕」


 俺と銀子は暇していた。


「嘘を吐くんじゃねえこの元ホームレスがっ」

「足をお舐めなさい」

「おぉ? いいのか、舐めんぞ、本当に舐めんぞ? あますとこなくねっとりと舐めまわすぞこの野郎。笑って消滅しても知らんからな」

「……それはこまる」

「なら言うんじゃねー、銀子さんよ。そいつは墓穴って奴なんだ」

「私が足弱いのは計算外だった。靴履いてくる」

「土足厳禁、日本人なら基本だな」

「日本人じゃないのであります」

「じゃあ今日から日本人な。如意ヶ岳銀子でどうだ」

「名字が一緒……、きゃっ」

「惜しい、字が違う」

「誤差の範囲」

「その違いは大きいな。まるで太平洋だ」

「宇宙に比べれば地球の海の一つなんて誤差の範囲」

「だがそれは我々地球の人類にとってはとても大きな問題である」

「海面が数センチ上昇するだけで沈んでしまう国がある」

「だから俺達も、俺一人なら誤差の範囲とか言わないで、一人ひとりが努力して行く必要があるんだ」

「明日のためにエコに生きよう」


 今回の話は、そんな話。


「ってどんな話だっ!!」











其の百七 俺と春とクリームパン。










 話はうちの居間で始まる。


「そんないきなり社会問題派的な話はどうでもいいんだよ」


 エコでもエゴでも正直どっちでもよかろうなのだ。

 そんなことより、今日の飯である。


「自分で始めたくせに」


 そんな銀子の文句は華麗に無視だ。

 何が問題ってやはり今日の飯なのだ。


「飯だ。昼飯がない」


 俺が言い、銀子が驚愕の表情を見せる。


「そんな馬鹿な」


 普段は藍音が弁当を置いていったりするものだが、今日に限ってはないらしい。

 というかこれで何か買ってくださいと札を残していったのだからやはりないのだ。


「買ってくる必要がある、わかるな?」

「わかる、買ってくればなんの問題もない」


 銀子が頷き、俺は続ける。


「しかし、ここで問題が発生した」

「どんな?」


 問題。そう、大問題だ。

 今日は俺は休みで、銀子は半無職だからうちにいるのだが……。


「外に出るのが面倒くさい」


 そう、正直言って歩いて外に出て飯を買って帰ってくるような気力がないのだ。

 ないのだ。


「……自分が買ってくるであります」

「頼んだ」


 そういうことで、俺が金を渡すと銀子は小走りで玄関へと駆けていった。

 行先はただのコンビニらしいが、実に元気がいい。


「暇なんだろうな……」


 やることなく、待つこと数分。俺はぼんやりと呟いた。

 家では正に無職、たまに外に行って売れない露店をしてくるくらいなので、実に暇なんだろう。

 証拠があるとすれば、こうしてなんかの頼みごとをするごとに張り切るところ辺りか。

 と、まあ、そんなことを考えている間に、玄関の扉が開く音。うちからコンビニまで、そう遠くはないのだ。

 帰ってくるなり、銀子は俺に問うた。


「ただいま。クリームパンとクリームパンどっちが食べたい?」

「一択かよ」

「だってクリームパンしかない」


 そう言って、銀子は俺に向かって大きい袋にぱんぱんに詰まったクリィムパン様を突き出した。

 クリイィムパン様マジパないっす。

 俺は、そんなクルィイイィイム大好きな銀子さんに向かって辛辣な言葉を吐く。


「なんでお前はそんなにクリームパンを推すんだ。クリームに溺れて溺死しろ」


 しかし、銀子は首を横に振った。


「私じゃない」

「じゃあ誰だ」


 銀子じゃないなら一体だれが推すのだろう。

 告げられたのは、驚愕の事実だった。


「クリームパンしか売ってなかった」

「クリームパンだけで勝負してんのかそのコンビニっ! 店長どんだけ分の悪い賭けが好きなんだっ!」


 というかそれはコンビニではない。こだわりのあるくりーむパン屋さんだ。


「ああ、牛乳は売ってた」

「ああ、うん、いけるよね。クリームパンと合わせて」


 異常すぎる。あらゆる棚にクリームパン。

 そしてあらゆる冷蔵庫に牛乳。

 どういうことなの?

 疑問は溢れだし、尽きることを知らないが――。


「ともかく食べる。食べないと始まらない」


 まあ、その通りだ。

 居間の机の前の床に並んで座り、俺はクリームパンを一つ開けちまちまと口を付ける。

 とても甘い味がした。


「つか……、寄越した金全部クリームパンか」

「うみゅ? うん」


 ハムスターの様相でパンを食べる銀子は、俺を一度見て、肯く。


「どうすんだこれ。クリームパンばっかりこんなに食えんぞ?」

「ひんはへはへふ」

「呑みこめ」


 ごくん、と銀子は口の中のものを一飲み。


「皆で食べる」

「……そうだな」


 流石にこの量は食いきれん。

 他に方法はないだろう。

 そう結論付けて、ふと俺は銀子を見て、彼女の頬にクリームが付いてることに気がついた。


「おい」

「ひゃい?」

「クリーム付いてるぞ」

「どこ?」

「右頬だ右頬。右頬のあたりにクリームが付着している」

「付着ってなんかやだ」


 言いながら、銀子が頬を擦る。

 擦るのだが、白いのは鼻の頭にも付いていた。


「まだついてんぞ」

「まじ?」

「まじまじ」

「どこどこ?」

「ここだここ」


 まったく、手間のかかる奴だ、と俺は銀子の鼻の頭に指を滑らした。

 拭いてしまうのももったいない、そう思って指のクリームを舐めとる。

 うん、甘い。

 甘いのだが――、


「なんだよ」


 視線が気になる。

 その一部始終を銀子はじっとりと見つめていた。


「照れもなくそういう行為をするから……」

「するからなんだよ」


 すると、銀子は顔を真っ赤に、言葉を詰まらせ。

 すぐに自棄になったように口を開いた。


「ばーかばーかっ」

「おばあちゃんが言っていた……、馬鹿っていう方が馬鹿なんだってよ」

「言ってることが小学生っ!?」

「いや、もう馬鹿でいいか。よく考えてみれば学はない」

「一たす一は?」

「馬鹿にしてんのか」


 ちなみに、俺の知能は中学生中の下レベルだ。

 だが、ならば銀子はどうなのか。


「第一お前はどうなんだよ」


 答えは地味に予想外だった。


「私はなんとか大学位なら余裕でいける」


 どうだ、と銀子は胸を張る。

 俺は驚愕として見せた。


「頭……、いいんだったな……」


 そう言えばこの人天才錬金術師だから、天才科学者みたいなもんだった。


「なんで驚くの」

「いつもが余りに馬鹿みたいだからな」

「ひどい、なんでそんなひどいことを言えるか不思議」

「そりゃクリームパンを加減を知らずあっさり買ってきちゃう辺りからお馬鹿さんだからだろ」

「むー……」


 むくれた銀子に俺は苦笑を一つし、銀子は、誤魔化すようにテレビを点けた。

 乱雑に番組が切り替わって行く。

 天気予報からニュースなど、紙芝居のように切り替わり、ある瞬間で奇声と共に――。

 それは止まった。


『イヤァアアアアアアアアッ!!』

「ひゃいっ!」


 映っていたのは、動く死体と逃げる女性。

 俺は、記憶を手繰って、新聞にロードショーの字が載っていたことを思い出した。


「ああ、そういや今日は映画やってんのか」


 ただ、今日やっているのは所謂恐怖映画という奴だな。

 しかし、そうは言っても三流品のようだ。出てくるのはやたら作りものの様なゾンビと、でかい蛇、そして巨大な魚が襲ってきている様な有り様だ。

 まるで名作から切って貼りつけたかに見えるほどそれは混沌としている。流石にそれを一流と呼ぶのは憚られた。

 と、俺は斜に構えて画面を眺める。

 その隣で銀子は固まっていた。

 そんな銀子に俺は苦笑一つ。


「怖いなら変えろよ」


 しかし、そう言った俺の言葉は聞こえてるのか聞こえてないのか。

 視線は画面に釘付けで、微妙に手は震えている。

 その手に持ったリモコンは、用途を果たされる気配はない。

 果たして、怖いもの見たさか、それとも恐ろしくて指も動かないのか。


『ぎああああいあいいぎいぎいいいいっぎいいいいいいッ!!』

「ひゃんっ!!」


 両方かもしれない。

 一心不乱に画面を見つめながら、時折肩をびくりと震わせる銀子を見ながらそう思う。

 そうして俺は、暫く銀子を見つめていた。

 時折飛び跳ねたりする姿が少々面白かったからだ。

 しかしまあ、それが長持ちするわけではない。飽きた俺は立ち上がり部屋に戻ろうとする。

 戻ろうとしたのだが。


「って、おい」


 俺の着流しの裾が、掴まれていた。

 かなりぎっちりと掴まれていて、このまま動くと銀子ごと引きずることになってしまう。

 そして、声を掛けたとしてもこの状況では届かないだろう。

 これでは身動きできないではないか。


「ぴぃっ!」


 画面の中に合わせて大きく体を震わせる銀子に、思わず俺は溜息を吐いた。


「ふう……、しゃーねえか」


 諦めて、俺はもう一度無造作に座りこむ。

 座りこんで、一緒に映画を見る。

 気がついたら、俺の着流しを掴んでいた手は、俺の手に握られていた。

 ああ、もう逃げられねー。


















 気が付けば銀子がいつの間にか俺の膝の上に座っていたりしたものの。

 一時間ほどで映画は終わった。

 それからしばらくは実に普通だったと思う。

 俺と銀子以外の全員が帰ってきて、夕飯を食う。

 最後に風呂に入って布団に入った。

 そうして、次第に意識は眠りの方へと落ちていく。

 いつもの眠りだ。

 そこまでは普通だった。

 そして、そこからは、変だったのだ。

 ゆさゆさと。

 誰かによって揺すられる振動で、俺は目を覚ました。


「なんだどうした……、って銀子か」


 俺が目を開いたすぐそこに、銀の髪が揺れている。

 しかし、その顔は暗い。表情で、という意味ではなく、光が当たってないという意味でだ。

 要するに、未だ夜中も夜中で朝はまだまだ遠いはず、何故起こす? ということだ。

 そんな疑問だったが――、回答はあっさりとやって来た。


「……一人で」

「一人で?」


 オウム返しに聞いた俺に突きつけられた答えは――。


「おトイレにいけない……」


 俺をげんなりさせるに十分だった。


「そうかい、じゃあ寝る」

「待って、待ってっ」

「えー……」

「私はそんなに我慢強い方ではないんだよ?」

「人それを脅迫というんだ」


 仕方がない、と俺は立ち上がる。流石に漏らされるのは厄介だ。そして、そのことが藍音に洩れるのはもっと厄介だ。


「ほれ、行くぞ」


 俺は銀子の手を引いて、便所まで歩きだしたのだった。




















 そうして俺は再び布団の中。

 銀子は俺の布団の横で何事かを考えている。


「ねえ」


 俺は余りに眠く答えなかった。

 すると、銀子の言葉は繰り返される。


「ねえ」


 俺は、仕方なくぞんざいに聞いてみることにした。


「なんだよ」

「寝れない」

「しらねーよ」


 言ったきり、暫く答えはなかった。

 しばしの静寂に、俺は諦めて戻ったかと思ったが、しかし、銀子の声が再び耳に入ってくる。


「一緒に、寝ていい?」


 俺は、断ろうとは思わなかった。


「……勝手にしろよ」


 第一いつも好き放題布団の中に入ってくる癖に、今更何を聞いているんだ。と、心のどこかで考える。

 すると、するり、と布団の中に銀子が入って来た。

 別に意識していた訳ではないが、俺は銀子に背を向けていたから、彼女の顔は見えやしない。

 そんな俺の背に、吐息が掛かる。


「ねえ」

「なにかね? 俺はいい加減眠いのだけど――」

「私は」


 なんだか、儚げな銀子の言葉に、俺は思わず口を噤んだ。

 そして、銀子は再び俺の背に吐息を吹き掛けた。


「……いつまでここにいていいの?」


 その言葉に、ああ、そういえば、と俺は春の訪れが近いことを思い出す。

 なるほど、寒いだろうから銀子はうちに居候しているのだ。暖かくなれば出るのは道理。

 しかし。


「いつまでだろうな?」


 俺は惚けた答えを返した。

 すると、銀子の少し怒ったような言葉が戻ってくる。


「真面目な話」

「俺は真面目だよ」


 そう、真面目も真面目、大真面目だ。

 口に出してしまうと恥ずかしいが、既に銀子は家族に近い。ペットでも可だが。

 ごちゃごちゃ言わんときっぱりはっきりさせてしまうなら、ペットは責任をもって買いましょうと。

 今更放り出すことなど考えてはいないのだ。


「そもそも、俺はいつまで居ていいか、言ったっけか?」

「……言ってない」


 だから、今更放り出すも何もあったもんじゃない。


「じゃあ、いつまでうちに居たい?」


 俺が逆に聞いてみると、銀子は拗ねた声を上げた。


「私にそれを言わせるのは……、少しひどいと思う」


 それはそうだ。厚顔無恥で居られるならいいが、銀子は普通に負い目を感じる人間だ。

 仕方がない。要するに、必要なのは俺の許しという奴なのだろう。

 だから、俺は背の向こうに語りかけた。


「じゃあ、もうしばらく居てくれたまえよ。お前さんがいると結構楽しいから」

「……うん」

「もうしばらくだぞ?」


 そう、しばらくだ。

 しばらくを強調して言った。


「うん……、しばらく。わかった」


 言ったのだが、ただ、銀子には俺の伝えたいことは今一つ伝わっていないようだ。

 だから、俺は次の言葉を言うこととする。


「ちなみに、天狗のしばらくって、何年だと思う?」

「え?」


 そう、しばらくなのだ。

 大天狗にとって時間の感覚は大きく違う。

 一月なんて一瞬だし、一年なんて最近だ。しばらくと言えば、百年近くても問題ない。

 銀子の間抜けな声に満足し、くくと笑った俺の背を、いじけたように彼女は突いた。


「ずるい、この鬼畜」

「うるへー」


 言った俺の首元に、白い手が巻かれる。

 その手は、ひんやりとして気持ちよかった。


「寝にくいんだが」


 ただ、寝にくい。

 だが、それこそが銀子の目論見だったらしい。


「私より先に寝ちゃダメ」


 未だに、映画の影響で恐怖が抜けきっていないようだ。

 困ったもんだな。


「なにをあんな映画に恐れることがあるかね?」


 あんなようわからんゾンビとでかいだけの蛇と珍奇な魚ごときで、と俺は思う。

 しかし、銀子にはそれを恐れる理由があるらしい。


「なにがどうなってあんなことになるのかわかんないもん」

「わかんないからなんなんだよ」


 ただの物語の設定の欠陥だろう。

 だが、それが怖いと銀子は言う。


「メカニズムがわかんないから、対処もできないもんっ」


 どうやら、設定がはっきりしてないから科学的に対処できないというらしい、ということをいじけた声から俺は読み取った。

 だが、読み取ってどうだ、といわれると俺は苦笑するだけだった。


「んなもん、俺が一通り吹き飛ばしてやるっての」


 アホらしい、と笑って、俺は銀子に呟く。


「だから、とっとと寝ろ」


 いい加減寝たいのだ。

 もうこの際、首元の手は気にしても仕方ない、と俺は脱力する。

 そんな背中に、声が届いた。


「ちゃんと、守ってね?」

「おうおう、守らせていただきますとも、お姫さま」


 俺は笑いながら答える。


「……うん」


 ぎゅっと、俺の首元の手に、優しく力が籠った――。






 暖かいのは、春だからだけじゃないだろう。








―――
其の百七でありました。
薬師はいい加減責任取るべき。
あと、その内銀子編も始まる気がする。

あと、番外編の方ですが、お姫さまになるっぽいです、このままだと。
一応、明日の十時(2010/3/28,10:00)までは希望受け付けます。

それと、今藍音さんの方の番外も書いているのですが――。
なんかエロい。なんかやばい。別にねちょい訳でもなく、やってること事態はそこまであれじゃないはずなんですけどねー……。ただ、なんかシチュエーションのせいかなんかエロい気がします。






では返信。


Smith様

高位の神秘が封入された一級の概念武装、猫耳としっぽですねわかります。
そらもうどうしようもないくらい男殺しですね。
見ただけで心が串刺しにされること間違いなしですよ、ハートが射られる的な意味で。
果たして、これ以上倍プッシュしたら李知さんは何処に辿り着くのか……。


ネズミ太郎様

コメント感謝です。
ヤンデレ義経のお話もそう遠くない内にやろうとは思ってます。
ただそう遠くない内とかやろうと思ってますとか確定してないことばっかりで申し訳ないです。
まったく見通しができてない自分の至らなさですねはい。


奇々怪々様

直生の猫耳を触れるなんて奇跡にひとしいと思います。薬師はそのありがたいを知るべきかと。
その上妙齢の女性が、ですからね。若い子がやるよりなんか趣があると思うのは私が捻くれてるせいでしょうか。
そんなこんなな猫耳李知さんのありがたみがわからない薬師はすし詰めで脱衣麻雀するべきだと思います。
キーボードのMに関してはそうですね、はい、叩きすぎましたかね。感度が悪くなってしまったようで。


志之司 琳様

薬師的には普段の李知さんでも猫耳でもいけるからどっちでもいいんでしょうね。
李知さん的には猫のままの方がいい気もしますが。多分、羽毛猫じゃらしは藍音さんのじゃないかと。やっぱり野郎より女性の方がきめ細やかな羽してるんじゃないっすかね?
しかし、連ジは未プレイですが、ボールでア・バオア・クーとか正に新型な人ですね。暁御が薬師を攻略する並みに無謀だと思います。
最後に、番外ですが、姫様くるっぽいですこのままなら。


SEVEN様

まだだっ、まだ行けるっ! ライフポイントは0でも、数字にはマイナスという単位があってですね?
しかし、李知さんが娘兼ペットとか、なんて幸せな家族計画。
庭付きの大きい家もありますよ? なんて完璧なのでしょう。そして庭でペットと遊ぶと。
首輪の話は、なんというか……。今の李知さんなら言いかねない……。


光龍様

こんな遅くにまで読んでいただいて光栄であります。
ただ、体調だけは崩さないよう注意してくださいね。
猫耳はやっぱりいいと思います。
猫好きとしては猫が猫耳少女化するにあたって色々と難しい線引きもあったりしますがいいものだと思います。


zako-human様

私は一旦萌え死んで甦ることで更なる高みに登りつつあるようなないような。
しかし薬師も突っ込み入れられるようなことしなければいいのに、しかしやってしまうのを見ると……。
鬼畜のくせにMも入ってるんでしょうか……。
ああ、あと、質問があれば幾らでもどうぞ。本当なら質問することがないような本編じゃないといけないんですけどねー……。まあ、実力の問題上カバーしきれない分は喜んでご説明いたします。


通りすがり六世様

確かに、亀に失礼でした。世界中の亀の皆さまにお詫び申し上げます。
どう考えても薬師の成長速度はものに例えられない勢いですね、ええ。どうしようもないです。
ちなみに、猫の登場は、二回連続でというのも違和感があるっぽいので次回か次々回登場です。
そして、猫の謎が解けた場合……。きっと李知さんとのダブル猫耳アタックが拝めるでしょう。


あも様

耳としっぽが生えて一番得してるのは李知さんですよねー。
まあ、なんで人に猫耳生やすのか、という答えは次回か次々回に。
番外編の姫様は大人気でした。自分でも予想外です。まあ、現人神とかのお話も、時間があれば書きますよ? 一応青写真的なものはあるんです。
書きたいんです。でも時間がないんです。


おもち様

人に猫耳としっぽを生やす様な猫が普通の猫なわけがないっ!
そういうことでファイナルアンサーだと思います。
確か猫は猫又に十二年とかそんな所でジョグレス進化しますから薬師が飼ってる時点で条件はクリア済みです。
そして、人を惑わすのが猫又ですから。数多の男を惑わす猫耳がないはずがないっ!




最後に。

クリームパン食べたいです。



[7573] 其の百八 俺と憐子さんと空白。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:df598ef4
Date: 2010/03/30 21:44
俺と鬼と賽の河原と。







「おはよう薬師」


 今日という日は、憐子さんの挨拶から始まった。


「おはよう、憐子さん」


 そう、それは唐突に。


「いきなりだが、出掛けるぞっ」

「……ほんといきなりだな」


 唐突に始まった今日に着いていけず、俺は肩を竦め。


「拒否権は?」


 憐子さんは首を横に振った。


「ないっ」


 そう言って腕を組みながら笑う憐子さんに、俺に逆らう気力はなかったのだった。






其の百八 俺と憐子さんと空白。






 さて、まあ。

 憐子さんに促されるまま街に繰り出した俺だったが。


「何処に行くんだよ、憐子さんよー」


 行き先がわからない。


「さあな?」


 全くの無計画。全くの無責任。

 それで悪びれもしない憐子さんに向かって、俺は頭を抱える他にない。


「第一私はここに来たばかりだぞ? なにがあるのかもわからないんだ」


 言い分はわかるが、だからといって丸投げされても困る。

 どうやら、頭を抱えるだけでなく痛みも感じる必要があるらしい。

 あまりのことに思わず現実逃避したくなる俺だったが、そこにふと思いついたかのごとく憐子さんは言った。


「そうだ、だったら、薬師が案内してくれないか? ここら辺を一通り」

「んー……」


 俺は気乗りしない返事を返す。

 確かに、悪くない案だ。

 しかし、気乗りしない。というかあれだ。案内するほど俺は詳しくない訳で。

 日常的に行くのは精々食料品店からコンビニ、行きつけの居酒屋に、定食屋が精々だ。

 女性が知って喜ぶような小洒落た店とは、とんと縁がない。

 案内はいい、だが地味に困る。

 しかし、そんな俺を見透かしてか、憐子さんは安心させるように笑ってみせた。


「別に何処だっていいさ。いつもどんな所に行くのか、教えてくれ」


 そこまで言われれば断るほどの理由はない。

 俺はスーツのポケットに手を突っ込んで、歩き出すこととする。


「まあ、いいけどな? でも、そんなんで楽しいかねー?」


 言った俺の隣に、憐子さんは弾んだ調子で収まった。


「薬師となら何処だって楽しいさ。わからないかい? お前にも」


 そうやって憐子さんは問いかけてくるが、生憎と俺にはよくわからない。

 首を捻って考えてみるが、憐子さんが楽しい理由なんて知る由もなく、諦めた。


「わからんね、俺には」


 空に向かって吐き出すと、その言葉は妙な違和感を持って、俺の胸に居座る。

 よくわからない。正解だとは思わないのだが、当たってるとも思えない、そんな背中の痒くなるような感覚。

 それをまるでわかっているかのように、憐子さんは俺にささやいた。


「そうか、それは残念だ」


 唐突に始まった今日は、目的もなく、適当な所に軟着陸しそうな予感がした。
















「しかし、よく、そんな服持ってるな」


 歩きながら、俺は今日の憐子さんの服に関して感想を漏らした。


「似合ってるかい?」


 腰巻姿、というものがある。大奥に仕える女性の衣装だ。

 通常の小袖に、帯は紙芯の入った腰の左右に飛び出すものを付け、そして、その紙芯の上に更に上に羽織るはずの打掛の袖を掛け、腰に巻いたものがそれだ。『お市の方肖像画』なんかに代表的なものが描かれている。

 見てみれば、非常に似合っていて、薄紫の小袖に、濃紺の袖がかけられた姿は、まるで蝶の羽の様な印象を受けた。


「似合ってないと言えないのが悔しい所だな」


 俺は苦々しく呟いた。

 その姿は、正に大和撫子、といえる。

 ただし、無駄に豪気で、ずぼらな内面は覗いてだ。

 決しておしとやかとは呼びたくない。そこが悔しい所だ、と言っておこう。


「ふうむ……、素直に似合ってると言ってくれないのかね?」


 試すような視線を、憐子さんは俺に向けて来た。

 俺は、適当な返事を返す。


「あー……、はいはい似合ってる似合ってる」

「心が籠ってないな?」

「籠めたくないんだよ。負けた気分になるから」

「まったく、薬師とのデートだから、せっかくめかし込んで来たというに。女心が分かってないな……」


 わざとらしく、寂しそうにする憐子さんを、俺はあしらうように呟いた。


「……そんな服、どっから出して来たのやら」


 すると、やっぱり寂しそうな表情は偽物らしい、憐子さんは寂しそうな表情を中断して、得意げに語る。


「イメェジの問題だよ薬師君。わかるかい? そもそも我々は霊体であるからして、イメェジと霊体の操作、これでセオリー上ではなんだって作り出せるはずなんだ。ここで、常識的に実行できるわけがない、というのはナンセンスだな。我々が既にオカルトの領域に足を突っ込んでるのだからして――」

「まあ、説明されても俺にはできねーんだからしゃーねーよ。つか、憐子さん位にしかできねーんだろーが」


 そういった事は、憐子さんの得意分野であり、憐子さんだけの得意分野だ。

 少なくとも、曖昧な想像に置ける分野で憐子さんの右に出る者には未だ会っていない。

 想像に関すること自体は、妖怪の得意分野に入る。それこそ、風とか炎とか、そういったものの制御は想像と精神の辺りで行われる。

 俺とて、大天狗の端くれだ。並みでない自信はある。

 しかし、物を作るとなると完全に格が違うのだ。

 普通、物は明確な想像でなければ、あっさりと破綻してしまう。要するに、服を作るなら、繊維の一つ一つに至るまで、できれば分子や原子の領域まで想像しないとならない。

 想像や精神などという、計り知れないどころか、秤すら作られていない曖昧な領域ではそんな真似は出来ない。

 こんな方法で物を作れるのは、曖昧なままその曖昧を受け入れられる憐子さん位だろう。


「まあ、そうだな」


 誇ることもなく、憐子さんは肯いた。

 霊体での製作だから、現世ではできないがね、と彼女は皮肉気に笑う。

 別の方面で言えば、下詰は原子まで想像して物を作る事ができるタイプだ。外面を想像し、内部を構想し、分子を掻きわけ、原子核に至るまで想像し、妄想する変態だ。

 どちらも真似できそうにない。

 冷静に考えて、まともにできることじゃない、と再確認させられる。

 そこは、素直に尊敬することしかできないな、と思いつつも、俺はそれをおくびにも出さないことにした。

 これ以上からかわれても困る。話題を変えるとしよう。


「さって、どこに行くかね」


 行く、と言っても何処に行こうか。

 街を案内する、というのはいいが、考えてみれば非常に困るものである。

 観光名所でもあれば別なのだが。

 そう思った時、助け船は憐子さんからやって来た。


「そう言えば、現代にはコンビニ、というものがあるんだろう? コンビニの肉まんとやらが食べたいなっ」

「あー……、うん。それならすぐそこだな」


 肯いて、俺は憐子さんをコンビニに連れていくこととする。

 正に、コンビニならすぐそこだ。

 三分掛かるだろうかどうかの領域だ。

 そして、その事実に反せず、あっさりと俺と憐子さんはコンビニに辿り着くことに成功した。


「ここだな。うちから最も近いコンビニは」

「ほぉ……、ここが」


 憐子さんは、興味深げにその建物を眺めていた。

 まあ、千年外界から遮断されれば当然か。それでも元が素で何世紀も後を行ってる人間だったからマシな方だろうが。

 ともあれコンビニだ。

 肉まんだろうがなんだろうが、買って行こうじゃないか。

 そう思って、俺は自動で開く扉を潜り。

 変なものに出会う。


「しまった……っ、そういやここは……」


 そこで出会ったのは――。


「CRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYMーーーッ!! クゥルィイイイイムパンを食べろォーーーーーッ!!」


 やたらと濃い、店長らしき何かだった。

 ……銀子はよくここでクリームパンを買う気になったな。


「憐子さん、ここはいかん。よく考えてみるとコンビニじゃなかった」

「じゃあなんなんだ?」


 不思議そうに問う憐子さんに、俺は即答する。


「クリームパン屋だ」

「それで売れるのか……?」


 心底理解できなさそうに聞いてこられるが、俺にわかる訳もない。

 聞いてみろよ、と俺は店主を指差した。

 憐子さんは素直に聞く。


「どれくらい売れてるんだ?」


 何の変哲もない質問だ。なのだが――。

 偏った体勢で悠然と立つ、嫌に濃い店主は、渋い感じに答えて見せる。


「おまえは今までに食べたクリームパンの数を覚えているのか?」


 仕方がないので、俺は憐子さんの手を引いて、外に出ることに決めた。

 たったひとつの実に単純な答えだ。


「ここに肉まんはない」


 なんだこの不思議空間は。
























 結局、俺と憐子さんは別のコンビニにて肉まんを買うことに成功した。

 ちなみにあの店主、ジョブ・ジョンというらしい。機動戦士じゃねーか、戦車っぽい人型兵器に戻れってんだ。

 第一言ってる台詞は明らかに主人公じゃないだろうに。

 と、まあ、それはいい。奇妙な店主はどうだっていいのだ。


「便利な世の中になったものだな……」


 などと、趣深げに行ったのは憐子さん。

 そんな台詞に、俺は半眼で返した。


「まるで年寄りだな」

「年寄りだろう?」

「まあ、その通りなんだが」


 若さ、というものが十代から二十代までのものなら、俺達は年寄り所の話ではないが、それこそ身も蓋もない。

 年寄り同士、ふらふらと街を歩く。


「なあ、美味いか? 肉まん」


 俺はふと、腕を組んで歩く憐子さんに聞いた。

 わざわざ、休日に朝から出かけて食べるようなもんだろうか。

 しかし、


「ああ、美味いよ」


 憐子さんは、満面の笑みで肯く。

 ただ、と憐子さんはその肉まんから口を離した。


「別に肉まんでなくてもよかったんだ。クリームパンでも」

「ふむ……? 謎かけか? 得意じゃないんだが……」


 ばりばりと、俺は頭の後ろを掻く。憐子さんの言うことはいつも難しい。

 もとより考えることを半ば諦めている俺に、憐子さんは苦笑して言葉にした。


「誰と食べるか、という話だよ」


 ああ、なるほど、と俺は肯く。


「それなら、わかるな」


 人と食べる食事は美味い、というか、人に付き合ってじゃないと、あまり食事をする気も起きない、

 食べる回数も少なくていい妖怪だから、一人になると食事が途端に面倒になるのだ。

 なんだかんだと言って、藍音が毎度毎度飽きもせず俺に飯を食わせてくれたのを考えると、俺は藍音に感謝してもしきれないような気がする。

 ぶっちゃけると、食事は嗜好品だ。楽しくないなら、それこそ現代、薬の類で済む。


「薬師となら、何でもおいしいぞ?」


 そう言ってからかってくる憐子さんを、俺はジト目で見つめた。


「そりゃ光栄だね」


 実に、楽しそうだ。

 面倒くさかったが、これもこれでいいか、と俺は思うこととする。


「私は今、幸せだよ」


 耳に入るのは、茶化すような明るい言葉。

 悪くない。

 ただ、態度で示すのはなんかいやなので、いつも通りに。


「そうかい」


 憐子さんの方は見ないで、前を見て答える。

 そのせいで、気付けなかった。

 憐子さんから迫る魔の手に。

 不意に、口元に感触。


「もがっ」


 俺は、不意に変な声を上げてしまった。

 口元に広がる妙な味。

 肉まんだな。

 そう。憐子さんが、俺の口に肉まんを突っ込んだのだ。

 ただ、突っ込んだからやったー、というわけがない。

 なにをするんだ、と目で訴えたら、悪戯っ子の様な笑みが戻って来る。


「幸せのお裾わけだ。どうだい? 幸せかね?」


 どんな理屈だ。

 俺は、そんな邪悪な笑みに、機嫌を斜にして答えた。


「無理矢理食わされて不幸真っ盛りだぜ」


 言ってくれればいいものを、悪戯のようにいきなり食わされたって、困るに決まっている。

 果たして、どんな言葉が返ってくるやら。

 しかし、返って来たのは、些か、予想外の反応。

 憐子さんが、俺の前に回ってきて顔を近づける。

 何をするんだ、とそう思ったその瞬間。


「な……」


 ぺろり、と憐子さんに口の端を舐められた。


「何を……」


 何をするんだ、という前に、答えは返ってくる。


「ふむ……、これは嘘の味だな」


 そう言った憐子さんが、妖艶に笑っていた。

 俺は、どうしようもなくて、大きく、わざとらしく溜息を吐くほかにない。


「どんな味だよ……」


 完全に、見透かされているようだ。


「ふふん。私にしかわからないさ」

「なにがわかってるんだか」


 不機嫌に、いや、不機嫌な振りをする俺に、得意げに笑っている憐子さんは、不敵に告げた。


「薬師のことなら、私にわからないことなんてないよ」


 思わず、俺は乾いた笑みを浮かべてしまう。

 そんな憐子さんに付きあっても、きっとやりこまれるだけだろう。と、俺は思った。

 思うので、やはり俺は不真面目に返すのだ。


「へいへい」

「なんだもう……、まともに相手してくれないといじけるぞっ?」

「そいつは……、困るかもしれねーな」


 性質が悪そうだ。


「ほら、左手が寂しいんだが?」


 仕方がない、と俺は差し出された左手を握る。

 多分、実年齢では千年寝てたから、俺の方が上なんだろうけどなー……。

 ああ、勝てる気がしない。


「なあ、なんでそんなにべたべたくっつきだがるんだ?」


 聞いてみたのは、なんとなくだ。なんとなくそう思ったから聞いてみた。

 でも、やっぱり墓穴だった。


「千年も会ってなかったんだ。この位全然だろう?」


 いや、うん、俺は既に限界なのだが。


「千年も放置されてた女を甘く見るなよ?」


 ただ、まあ、しかし。





「――私の風は、しつこいぞ?」




 なんか、断る気はしなかった。





















 と、いう、ただの日常で片が付けばよかったのだが。









 憐子さんと出掛けた次の日の朝。

 異変は、確実に俺の日常を蝕んでいた――。


「……あー。久しぶりに早起きしたな」


 藍音に起こされる前に、俺は久々に早起きをした。

 それにしても、口の中が渇いた感じで、嫌に粘っこい。

 牛乳でも飲むか。

 そう思って、部屋を出て、階段を下りる。

 そうして居間まで出てみれば、先客がいた。

 憐子さんだ。


「や、おはよう薬師」


 ソファに座っていた憐子さんが、俺の方を振り向いて、片手を上げて挨拶する。

 俺も寝惚けた頭で挨拶を、


「おお、おはよう憐子さ……」


 返したのだが――。


「んん? はい……?」


 俺は、憐子さんの姿に、明らかな異常を捉えた。


「いや、なんでまた……」


 そんな俺の視線に、憐子さんが気がついたらしい。

 お、と思い出したかのように己の頭部を指差した。


「これかい? 朝起きたら付いていたんだ。可愛いだろう?」

「あー……、まあな」


 って、そうじゃない。

 俺は、憐子さんに背を向けて、確認のために即座に台所へと向かった。

 そこには、藍音が立っている。


「おはようございます、薬師様」


 いつもの藍音。いつものメイドだ。


「……ある」


 しかし、とある一点を除いて、である。

 俺は、取り急ぎ、銀子と由美も確かめた。


「ある……、だと?」


 ああ、おかしい。

 おかしすぎる。

 なんであるんだ。なぜ存在する。





 ――"猫耳"。



















―――
これで約一年ですね。一周年のネタがこれか、という突っ込みは受けつけねーです。
ともあれ、これで猫に繋がるっぽいです。
ああ、ちなみに、番外は姫様で確定ですね、ええ。
ただ、ちょっと長くなりそうなので、少々お待ちくださいませ。次回か次々回には前半くらいはどうにかしたいです。
ちなみに書いてるという藍音番外編は出会いのお話です。遂に出会いが綴られるらしいです。
こちらは完成しかけ、後ちょっとですね。次回には公開できるかと。


キャラクター紹介


ジョブ・ジョン

コンビニの店主。ちなみに、コンビニ名は低損(テイソン)。
しかし、明らかに、クリームパン屋である。奇妙なクリームパン屋である。
妙に斜めったポーズが得意。



では返信。


zako-human様

よく考えてみると、よくありそうなシチュエーションほど探しても見つからないものなのです。
というより、今更コッテコテな方向に進むようなのは少ないですからねぇ。どうにも捻くれてるんじゃないかと。果たして時代がか、自分がかはよくわかりませんが。
しかし、自分でもよくここまで書いたと思います。
でもネタが尽きないのだから萌えってすごいと思います。


光龍様

銀子はなんか小動物的な空気があると思います。
むしろ、色合い的には兎っぽいのかもしれません。
それに、薬師自身、ペットとか、飼うとか前回で言ってますからね。
明らかにそれらしい空気は纏ってると思います。


春都様

何故か、くるぃいいいいむぷぁんがどんと来てしまいました。
不思議です。我ながら不思議です。何故二話にわたって引っ張ったのでしょう。そしてこれからコンビニの話になるたび出てくるんでしょうね。
しかし、やっぱり知力が高いのと頭がいいのとは全く別物ですね。ええ、お馬鹿さんです。アホの子と双璧をなすかも知れない位。
藍音番外編は、今八割完成です。次回の更新には確実にひっついてきます。すったもんだで何がエロくてエロくないのかわからなくなりました。


志之司 琳様

なんか、最近薬師補正、というものが存在する気がします。
薬師の膝枕、違和感がない。薬師の風邪看病、違和感がない。薬師の手料理、違和感がない……。
そして、前回の話のせいで私は先日クリームパンを購入することになりました。美味かったです。
うん、それで、藍音さんのお話の方は、藍音さんが何もしてないのです。何もしてないのになんかあれなんです。


奇々怪々様

銀子は、スキップしながらぱしられるようです。
よく考えてみたらあの家ニートは肩身が狭いですからね。
それと、クリームパン責めで一番責められてるのは店の財政だと思います。
あと、銀子の怖がる所で、わざとどっかに行きたいという、そう言う貴方はドSですね?


SEVEN様

糖分は多いが、圧倒的に鉄分が足りませんね。私も食卓にほうれん草を足すべきだと思いました。
ホラーは、友人が果てしなくうるさいです。故に面白いというか、友人の悲鳴が恐ろしいという、ホラー的には侮辱気味な状況になったりします。
でも、やっぱり怖がるなら女の子の方がいいですよね……、野郎の叫び声聞いても……。
ちなみに、藍音さんの番外編は過去編であります。遂に出会いが綴られるらしいです。


通りすがり六世様

ふはははははっ、また焦らしてしまった気がします。でもご安心を。遂に次回で事態は動きます。猫耳祭りです。
ちなみに、薬師の学力は、というか学力自体は大したことないです。
英語の読み取りだけは得意分野らしいですが、片言しか話せませんし、数学なんかは中学生レベル、というか因数分解、そう言うのもあったなぁ……、って感じですね。
ただし、教養やら、知識に関しては経験も含め、豊富な類に入ります。ニュアンス的には、学はあっても知力は程々、ですかね。


Smith様

薬師は、未来永劫誑しのままなのでしょうね……。思わず遠い目をしてしまいます。
チョココロネは何故か呪いの館なんていうゲームの通称赤コロネさんを見て食べたくなったことがあります。実際飼ってきました。
我ながら、どうかしていると思います。
そして、今回のネタ的に、そのAAはどきっとしました。


トケー様

誤魔化さずに、言ってしまいましょう、銀子は汚れ役が多いですね、と。
銀子、汚れ役、先生、お色気、藍音、エロス、で進めれば完璧です。いえ、流石に漏らすネタは早々ない、と……、思います?
そう言えば、FATEネタ多いっすかね? 自分じゃよくわかんないんですよねー。
たまにパロディじゃなくて素で被ってたりしますから。今回のは普通に狙ってますけど、っていうか言い逃れ不可ですけど。


ヤーサー様

猫耳。
まあ、三度目にもなれば李知さんも諦めます。
どうやら二度あることは三度あって、四度目は被害拡大するようですが。
まあ、猫の再登場は、本当は、普通に薬師に現世でちょっとした付き合いがあった猫耳少女として出す予定で、サイドストーリーは後で出る予定だったんですよね。
それがいつの間にかこんなことに。

クリームパン。
多分、クリームパン二十個位だと思います。流石に一万円分のクリームパンを一袋に入れるのは辛いです。
ちなみに、銀子の脳内では、ゾンビがウィルスによって製造されることが分かる=ワクチンを制作できる=怖くない。
ゾンビがよくわからないメルヘンパワーで生まれる=抵抗不可、処置なし=怖い。
なんてことになってるらしいです。まあ、科学で解明できれば怖いもんなし、みたいな。科学でどうしようもないことが証明されたら最悪ですが。









最後に。

なんとなく、薬師の頬を憐子さんが舐めた時に、何をするだァーッ!といわせようかと思った。
なんとなくやめた。



[7573] 其の百九 猫と名前と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d0fd3c3a
Date: 2010/04/03 21:03
俺と鬼と賽の河原と。



 猫耳異常発生、それに関し、自分や他の男に被害がないことに胸をなでおろした俺だったが――。

 あれから二日。


「早く解決に行ってくださいっ!!」

「えー……?」


 ――特に何もしていなかった。

 おかげ様で、閻魔様のありがたいお呼び出しである。


「いやー……、別に。俺に害はないし、うちでは別に困らないって結論が……」


 我が家に置いて言えば、猫耳歓迎派八割、どっちでもいい派二割である。ああ、李知さんは反対派か。

 ともあれ、女性陣には概ね好評、由壱、翁、法性坊はどっちでもいい派。

 俺は、悪くない派。

 しかし、それが気に入らないらしい。

 俺の目の前の垂れ耳閻魔様は。


「困るんですっ。こんな恰好じゃ会議にならないじゃないですか!」

「どんなふうにだよ」

「議員の二人が倒れました。もう若くないのに……」


 そりゃ御愁傷様である。

 確かに、気になって会議どころじゃないだろう。特に、セーラー服肯定派の議会であるからして。


「うん、で?」

「で……、って。解決してくださいよ」

「いやいやいやいや。ワタクシ一般人ですから」

「ネタは上がってるんですよ? 李知から何か知ってる風だと聞きました。それと、貴方が一般人とか冗談ですよね?」

「いや、一般人一般人」

「どう考えても常軌を逸してますっ! どう見ても逸般人じゃないですかぁ!!」


 そこまで言われては仕方がない。折れるも大人の仕事である。

 俺はふむ、とわざとらしく口元に手を当てた。


「条件がある」


 ごくり、と閻魔が喉を鳴らす。

 俺は、宣告した。


「お願いするにゃんと言ってみたら喜び勇む可能性大だ」

「馬鹿ですかっ!?」

「マジなんだ」

「そんな馬鹿なこと言ってないで、お願いしますっ」

「いや、言ってくれないと帰る。これでも忙しいんだよ、多分」

「なにがあるんですか?」

「基礎体力が下がるらしいからな。藍音はいいって言うんだが、家事を手伝ってるんだよ」


 猫耳時は李知さんの時もそうだったが、膂力体力が人間の水準に戻ってしまう。

 その気になれば戻るそうだが、そんなのは戦闘時くらいしか活用できないとのこと。

 で、まあ、本人はいらないというし、本当に片付けてしまうからあれなのだが、その実満更でもないようだし、手伝っているという訳だ。


「それはうらやま……、じゃなくて、そんなの解決すれば万事問題ないじゃないですかっ!」

「うん、その為に、言ってくれないか? 金とかいらねーから」

「そ、それは……」

「さあ、恥ずかしがらずに」


 そうして、結局。

 羞恥に肩を震わせながら、閻魔は言った。


「お……、お、お願いします、にゃん……」


 言ってしまった。

 俺は、してやったりとどや顔で一言。


「録音完了」

「え、あ、ちょっと待ってください!」

「じゃ、あばよー」


 俺は、窓から閻魔宅を後にしたのだった。


「なにがあばよですかぁあああ!」








其の百九 猫と名前と。








「と、言う訳で、黒い子はいるかね?」

「はて……、どこに居るでしょう」


 今俺がいるのは玲衣子宅。

 心当たりのある怪しい猫がいるはずで、あっさりと黒猫が見つかると思ったのだが、意外にも玲衣子には心当たりがないらしい。

 それにしても、


「昨日の夜から見ていませんわ」


 と言った玲衣子の頭にも、猫耳だ。見事な無差別っぷりである。


「それより、どうです? 直に生えてますけど」

「おう、似合ってはいると思うぞ?」


 玲衣子に適当に返しながら俺は考える。

 正直ここに居ないとなると半お手上げ状態だ。


「どっか行きそうな場所とか知ってるかい?」


 玲衣子は首を横に振った。

 いやはや、本当にこれはお手上げだ。地道に探すしかないと来た。風で探知、なんて言ってもこの地獄にどれ程の猫がいるだろうか。

 あの猫が死んだ時探し出すことに成功したのは、場所が山で、俺の庭だったことが大きい。

 それに対し、ここいらは人も猫も多いので、探すのは困難になってくる。


「俺は興信所の探偵でもないんだけどな……」


 確かに一般人ではないが、探偵まがいのことまでさせられるとは。

 しかも、華麗に事件を解決する様なものではなく、泥臭く猫を探す、浮気調査が基本的な収入の探偵だ。

 何かが間違っている。

 釈然としない想いを抱いて、俺は玲衣子宅を後にした。


「……猫、猫かぁ……」


 果たして、あの猫なのだろうかと、道を歩きながら考える。

 そうだとしたら、どうするのか。

 いや、そうだとしたら、なんていうのは逃げか。

 俺はあの黒猫を知っている。俺と十と少しの年を共に暮らした猫だ。

 千年前の話だから、まさかありえんだろう、と考えていたのだが、有り得ないことを経験した数奇な人生である。今更ありえんなどと言うつもりはない。

 そう、今回の事件を起こしているのは俺の飼っていた猫の仕業だ。

 まるで、自分に気付けとでも言わんばかりの自己主張。多分きっと、そうなのだろう。

 問題は、それに対し、俺がどう動くのか、だ。

 今まで気付かなかったことを謝るべきか、事件の事を怒るべきか。


「どうしたもんだかね……」


 俺は、溜息でも吐くかのように呟いた。

 まるで気付いて欲しくて事件を起こしてるように見えるのに、ここに来ていなくなるのは何事か。

 よくわからない。

 しかし、深く考えてみれば相手は千年ものということになる化け猫だ。

 一筋縄ではいかない、ということだろうか。

 ともかく、一度作戦を練るとしよう。

 多分、適当に探しても見つからない。

 そう考えて、俺は一旦家に帰ることを決めた。



















「お帰りなさいませ、如何でした?」


 帰ってくるなり、藍音がそう言って来たので、俺は藍音の猫耳を指差した。


「ただいま。それを何とかしろ、だってよ」

「閻魔の元にまで被害が行ってたのですか」

「ああ、面白かった」


 俺はにやりと口元を歪ませた。


「それで、解決に動くのですね?」


 その問いに、俺はやれやれと肯く。


「閻魔様直々にお願いされたからな。まあ、このままって訳にも行くまいよ」


 廊下を歩き、居間を目指しながら言うと、藍音は何故か残念そうな声を上げた。


「そうですか……、それは残念です」」


 言葉通りだが、実際に残念そうな響きが含まれているから嘘でもないのだろう。

 しかし、何故?


「どうしてだよ」

「いえ、お気になさらず。これからお洗濯があるので」


 そのまま疑問をぶつける俺だったが、あっさりとはぐらかされてしまった。行ってしまった以上、追いかけて聞く気も起きない。


「ふむ、なんだかな……?」


 腑に落ちないものがあるな、と思いつつ俺は居間に辿り着いた。

 そこで待っていたのは、憐子さんだ。


「藍音は猫耳付きだとお前が構ってくれるから嬉しいんだろう」

「そうなのか?」


 先程の話を聞いていたらしい言葉に、俺は素直に返す。


「きっとそうなんだ。私だって嬉しいからな」

「よくわからんね」

「お前ならそうだろう」


 納得顔で憐子さんが頷いた。なんとなく、癪に障るが、追及する気は起きない。

 それよりだ。


「なあ、そういやさ」


 藍音はとっとと行ってしまったからできなかったが、ちょいと相談してみよう。

 疑問に思って答えが出ないなら、聞いてみるのもまた一つの答えだろう。


「なんだい?」

「気付いて欲しい、とばかりに行動を起こしてるのに、逃げていなくなるってのは、どういう心理だ?」


 我ながら、かなりぶっ飛んだ質問である。

 言ってから支離滅裂であることに気がついて、俺は説明し直そうと思ったが、憐子さんはある程度正確に俺の意図をくんでくれた。


「なるほど、あれだな? 気付いてくれと言わんばかりにそこに草葉の陰からこちらをちらちら窺っているのに、こちらが行くと逃げてしまう、ということだな?」

「ああ、あってる、と思う」


 流石憐子さんだ、長い付き合いなだけはある。

 と一人感心していると、彼女の講釈が始まった。


「うむ、多分あれだな」


 どうやら、わかったらしい。


「微妙な乙女心の作用と言う奴だ」

「乙女心?」


 その辺とんと疎い俺には聞き返さざるを得ない言葉だ。

 憐子さんはそう、と肯いた。


「気付いて、追ってきて欲しいのさ。近いものは、なんというか振り上げた拳の落とし所が見つからない、という奴だ」

「んん……?」

「喧嘩はやめてしまいたいが、こっちから手を引いて謝るのは癪、ってことさ。乙女心でも同じことが起こる」


 男心に、確かに喧嘩の落とし所が難しいというのはわかるが、乙女心ではどうなのだろうか。

 考える俺に、憐子さんは得意げに答えをくれた。


「追ってきて、捕まえてほしいが、そんなに安い女でも居たくないってことさ。ちょっと苦労して欲しいんだ」

「ああ、なるほど」


 それでやっと理解した。実に参考になる。


「まあ、そういう時は女としては、男の方に譲歩してもらいたいものさ。無理しろとは言わないが、譲歩してやるのも男の甲斐性だ」


 ぽんと憐子さんは俺の背を叩いて締めくくった。


「頑張れ、男の子」


 千を越えて子供扱いか。俺は苦笑せざるを得なくて、仕方ないから苦笑したまま返すこととした。


「善処するよ」


 憐子さんのおかげで大体わかったのだ。要するに、俺が頑張ればいいってことだろう。

 俺が気付くのが遅くてへそ曲げてるってんだったら、実家に帰った嫁を追っかけるのと同様、見つかるまで探すのが、男という訳だ。

 そういやあの猫は非常に頭のいい猫だった。へそくらい簡単に曲げるだろう。

 そして、今更ながらに思い出す。

 そう言えば、あの猫、雌だったっけか。











 一日寝て覚めれば、いつも通り太陽が昇っている。

 そして、確認すれば、やはり猫耳は消えていない。


「やっぱり、ねえ?」


 藍音を見て呟くと、俺は着替えて外に出ることとした。

 さあ、どこに居るだろう。

 外に出て、ふらりと近所を一周してみるが、そう簡単に見つかるはずもない。

 憐子さんとの話で分かったことは、近道なし、地道に探せ、ということだったわけであり、で、あれば明日の朝から捜索した方が効率がいい。

 むしろ、簡単にあっさり見つけてしまう方が問題、なのだと思う。

 頑張って見つけてやるのが、礼儀と言うものだろう。

 俺は歩いて路地裏へ。だがいない。

 続いて海へ。しかし見つからない。

 そうして川へ。やはり居ない。

 やはり、簡単には見つからない。

 探せばあっさりと日が暮れた。


「見つからんなぁ……」


 仕方がない。

 俺は頭を振って帰ることとする。












 それから一週間、探し回ったが見つからない。

 果たして猫はどこへ消えたのだろうか――。














 そんな日々が続いたある日の夜。

 見つからんなぁ。

 布団の中でふと考える。

 果たしてあの猫は何処に居るのだろうか。

 果たして本当に俺を待っているのだろうか。

 考えているうちに、少しずつ感覚が失せていき、俺は眠りの状態に入る。

 そして、夢を見た。


「ああ、貴方様のお情けを頂戴したく……」


 そう言って怪しげに眼を伏せたのは、とても美しい女性だった。

 黒いぬばたまの様な艶やかな髪が特徴的な十二単の美人が、布団の上で俺に覆いかぶさるように諸肌を晒している。


「お前さん、誰だよ」


 そんな女性を半眼で捉えて俺は問うた。

 対して、女性は、酷く優しげな瞳で俺を見つめて囁いた。


「私は貴方の最愛。貴方は私の物。そうすれば私は貴方の物になる」


 その瞳を見つめていると、その言葉が真実のように聞こえ始めて来た。

 しかし嘘だ。俺にこの女の心当たりなど無い。


「ふむ、暗示か? 中々凄いが……」


 俺が惑うほどではない。

 あっさりと正気のまま見つめ返した俺に、女性の瞳は憂いを含んだ。

 彼女は、悲しげに俺の耳元で囁いてくる。


「私は貴方の物なのに……、どうして貴方様は私の物にならないの?」


 そんなの簡単だ。


「俺は俺だけのもんだからだろ」


 呟いた瞬間、俺は夢から覚めた。

 そして。


「ああ、なるほどな。そりゃそうだ」


 身を起こした目線の先に、俺を跨ごうとする黒猫が居た。

 はっとしたように、黒猫が俺を見る。

 そう言えば猫又は男の夢に入り精を奪う生き物だ。

 そして、猫又と言えば。


「俺を跨いでどうする気かね?」


 人を跨いで呪いを掛ける。

 故に猫またぎ。故に猫又。

 猫は、俺の問いに答えなかった。

 ふわり、と眼にも止まらず猫は走り消えていく。


「あ、おいっ……。全く……、結局我慢が利かなかったってか?」


 俺は、立ち上がると、黒い着流しのまま、高下駄を出して、外に出る。

 何故か、その時部屋に置いていた酒瓶が一つなくなっているのが目に付いた。

















 しかし、猫は、やっぱり見つからなかった。


「くそっ、どこ行きやがったんだか、あいつは」


 俺は、どうしようもなく一度家に戻る。

 次の日の朝――。

 皆の猫耳は消えていた。
















「終わったみたいで何よりです」

「……ああ」


 その日も、俺は閻魔に呼び出されていた。


「ま、まあ……、その。恥ずかしい音声を取られてしまいましたが、そこは大目に見ましょう。個人使用に留めるなら使用してもかまいません……」

「……ああ」


 俺には、閻魔の言葉もよく聞こえていない。頭の中は考えごとでいっぱいだった。

 何故、猫耳は消えたのだろう。


「薬師さん?」


 ふと、一つの考えが頭を過った。


「聞いてます?」


 諦め。

 もしかすると、猫は諦めてしまったのだろうか。

 昨日を最後に、全て諦めてしまったんだろうか。

 馬鹿だ、と思う。

 猫も、俺もだ。

 ついこの間まで気付いてやれなかったのも悪いし、気付いたのにすぐに確かめなくてもいつでも大丈夫だろう、と思っていたのも俺が悪い。

 そして、気付いてたくせに俺へ示そうとしなかった猫も悪い。

 後でもいいとたかを括って手遅れになるなどなんと馬鹿か。

 意地を張って諦めるなんてなんと馬鹿か。


「薬師さん?」


 なんと馬鹿らしい。


「悪い、行くわ」

「え?」


 俺は外へと飛び出した。

 いい加減けじめをつけねばなるまい。









―――


 猫は、山中で主を待っていた。

 ただ、待つことにした。

 果たして、主はやってくるだろうか。

 猫は考える。

 主は変わってしまったのかもしれない。

 他の女とあんな風に乳繰り合ったり。

 夢の中で猫を拒絶したり。

 結果、主を振り向かせようと思った呪いさえ失敗した。

 だから、成す術もなく、猫は山頂で待っていた。

 春でも夜の山は肌寒い。

 寒さに身を震わせながら、猫は主を疑った。

 果たしてくるだろうか。

 むしろ、自分のことなど覚えてすらいないんじゃないか。

 どうでもいいと思っているとか。

 そんな考えが頭を過る。

 そんな時だ。


「よう」


 そうだ、猫の主はこういう男だった。


―――









 夜。

 俺は近くの山を歩いていた。

 考えてみればすぐ分かるが、猫は夜行性の動物だ。

 会いに行くなら、夜が正しいだろう。

 なぜ、山を歩いているのか、などと問われれば、俺と猫の話は山で始まり山で終わるからだ。

 単なる感傷に近いが、しかし、あながち間違いでもなかったらしい。

 酒の、匂いがする。

 その匂いに釣られて来て見れば。


「全く、なんて粋な真似をする猫だ……」


 天狗の祟りと言う話がある。

 山中にて一人酒盛りをすると、天狗が怒り、土砂崩れをさせたり、山小屋の屋根の上で暴れる、という話だ。

 ただ、誰が――、山中で猫が一人酒盛りするなんて思うだろうか。

 一際大きな木の前で、猫が、驚いたようにこちらを見た。


「よう」


 俺は、猫が何かをしようとする前に苦笑一つ、その猫を抱き上げる。

 そして、一本尻尾を弄び、根元から解いていく。

 やはり、二股。猫又か。


「約束通り、化けて出たか」


 瞬間、腕の中に衝撃が走る。

 まるで米俵でも落ちて来たかのような衝撃の後、煙が出て、晴れたと思えば、猫は腕の中から消えていた。

 代わりに目の前の居たのは、黒いぬばたまの様な髪を後ろで二つに縛った、ゴシックロリータ調の服を着た――、猫耳の少女だった。


「よくわかったにゃ?」


 わざとらしく、芝居がかった声で少女は言葉にする。


「ばれてしまっちゃしょうがないにゃ」


 自信満々に、猫は胸を張り、宣言した。


「ご主人、貴方を殺すのにゃ」


 ああ、何て言い草だ。俺はわざとらしい猫に応えて、大仰に答えてみることとする。


「おお、なんて恐ろしい。何故?」


 猫は楽しむようににやりと笑った。


「千年待たせて、気付きもしないような男は馬に蹴られて死ぬべきにゃ」


 うむ、それは確かに悪かった。

 とはいえ、そっちから来てくれてもよかったろう、というのは野暮なんだろう。

 憐子さんも言っていた、女の我侭に付き合ってやるのが男の甲斐性だと。


「だが、悪いがまだ死にたくないんでね。慈悲をくれないかね」


 俺が白々しくも言ってやれば、猫は我が意を得たりとばかりに尻尾を立てる。

 そして、得意げに、


「死にたくないなら……」


 少し恥ずかしげに。


「死にたくないなら――」


 猫は言った。


「抱きしめるの」


 全く素直じゃない猫である。手間のかかる猫だが、まあ、俺も暇だしいいだろう。手間暇かけるもまた一興。

 俺は肯き、


「おう」


 猫は、真っ赤な顔で伏し目がちに、俺に呟く。


「……それで、千年分撫でて、構って」

「ゆっくりと付き合ってやるよ」


 瞬間、猫が、俺の胸に飛び込んだ。

 猫は、泣いていたかもしれない。


「会いたかった。会いたかったよご主人」


 淡々と、猫が呟く。果たして淡々と呟いたのは泣いていたのを悟られないためか、他の意図があったのか。

 まあ、どちらでもいい。俺は猫の頭を撫でてやることにした。


「……おう」


 猫は、驚いたようにこちらを見た。

 俺は、ふふんと笑って見せた。


「俺がお前さんに頼みを示され断ったことがあったかね?」


 ――俺はこの方、猫に撫でろと示されて、逆らえた試しがないのだ。





―――


 やっぱり主は、猫の大好きな主であった。


―――






 猫と山で酒盛りするのも悪くない。

 ただ、やはり猫と酒は相性がよくないようで。


「けふっ、けふ」

「やっぱだめか、おお、そだ。油舐めるか?」


 俺は懐から、油の入った瓢箪を取りだした。


「わぁ! ありがとうご主人。でも、いつも持ち歩いてるの?」

「あー……、まあな」


 俺が頭をぽりぽりと掻いてぼやくと、嬉しげに猫は笑う。


「うれしいよ、ありがとうねっ。忘れないでくれてたんだね!」

「忘れるわけねーだろうに」


 言えば、猫は更に笑みを深めた。


「でも、もっと早く気付いてくれればよかったのにな……。ご主人は鈍すぎるよっ」

「あー……、よく言われる。悪いな。でも、流石に俺に猫の人相、ってか猫相はわかんねーよ」

「飼ってた猫の見分けくらいつけてよねご主人……」


 善処はしよう。


「ところでお前、語尾はどーした」


 すると、今度は惚けたように笑って見せる。


「キャラ付けだから、今日はいーのっ」

「キャラ付けってお前さん……」

「ご主人だってキャラ付けで羽生やすじゃん」

「いや、そらそうだが」


 俺のは羽を生やさないと天狗だと気付けない人がいるからで、猫のは語尾なんて無くても猫又だってわかるだろう。

 まあ、そんなことは些末事か。

 俺は笑って、猫に向かって投げかけた。

 約束はこれだけではない。


「そう言えば……、名前付けてやるって言ってたよな」


 やたらと俺の胸元にすりすりと頬を擦りつけていた猫が、ふと、こちらを見た。


「ふにゃ? あ、でも猫は猫って名前みたいなものだからっ」

「別に名前なんて何個あっても困らねーよ。勲章みたいなもんだ、貰っとけ貰っとけ」

「じゃあ、可愛いのにしてよっ。ご主人がくれるなら何でもいいけど」


 非常に適当だったが、猫は納得してくれるようで、可愛い名前を要求してくる。

 困ったな……。


「……猫美、とかはどうだろう」

「……ごめんなさい、ご主人にネーミングセンスなんて求めても無駄だったね」

「何でもいいって言ったくせに」

「流石に猫美はだーめっ。ご主人はもっとまじめに考えるのっ」


 ううむ、じゃあなんだろう。


「猫……、猫助」

「もう女の子じゃないじゃんっ!」

「猫、猫……。猫六……、猫子、猫娘……」

「ねえ、猫から離れようよ」


 そうして、俺は考えた末――。


「じゃあ、にゃん子で」

「いいけどね? いいけどさっ」

「あれ、いいのか?」

「あんな会心の顔で言われたら断れないよ? ご主人」


 そんな顔してたのか俺は。恥ずかしい。

 照れを隠すように俺は猫の頭を撫でた。


「んふふっ」

「なんだその笑い」


 玲衣子か。玲衣子のが伝染したのか。

 実に楽しげににゃん子は笑う。


「今後ともよろしく、ご主人」

「今度は幾久しくよろしくするよ」



 にゃん子の目が月光で楽しげに輝いていた気がした。








「ほら、にゃん子って呼んで?」

「へいへい、にゃん子」

「もう一回」

「にゃん子」

「もう一回もう一回っ」

「……」

「どーしたのご主人」

「いや、自分で名づけといてあれなんだが……」

「んん?」

「恥ずかしいな、にゃん子は」

「……もう一回」

「鬼か」










―――
一応番外を読んでなくてもいいかなって程度にしたつもりでしたが、微妙です。申し訳ありません。
にゃん子って誰?って方はホームページに格納された番外編、猫の話を読むと幸せになれるかもです。
それと藍音番外も更新。




返信。

春都様

ジョブ・ジョンが分かる人は流石に少ないでしょうね、自分もなんでジョンにしたのかさっぱりです。
憐子さんは技術の無駄遣いもいい所です。
千年に一つ位の特殊スキルを衣装箱のように扱ってますからね。
まあ、でもそんなに使い道ないし、それもそれでいいと思います。


奇々怪々様

要するに、霊子を分解し、卑猥な服に再構成すればいいので。
閻魔のセーラーがシースルーにすることも問題はないです。
地獄においてはチート技なんですが……、残念なことにしか使われないようです。
それにしても、憐子さんのやりたい放題ッぷりは危険ですね。その内私、脳がはみ出して死にそうです。


光龍様

やっとこさ一周年です。一周年で百は多いんだか少ないんだか。
ともあれ、キャラもぼろぼろ登場して、色々と試してみたいこともあったりなかったり。
後もう薬師は色々責任取るべきですよね。そりゃもう早く。
あんなに可愛い面々に囲まれといて何もないとかもうもぎ取れてしまうべきだと。


志之司 琳様

自分もまた、ポルナレフ状態であります。気が付いたらクリームパンとジョジョを書いていた不思議。
全く、年上のポテンシャルは高いですね、なんか今回も出張ってきてましたし。
憐子さんはある意味大和撫子だと思います。
そうして、やっと猫完了です。じらしに焦らしてこんなオチです。


トケー様

何故か、クリームとWRYYYYが重なってCRYYYYMでした。我ながら意味がわからないです
そう言えば、口移しって実際やるとグロイらしいですね。
あと、見間違いと言えば自分は株の仕組みを、妹の仕組みと呼んでしまったつい最近の話があります。
そして、垂れ耳閻魔に関しては、全くの同意をせざるを得ないと言っておきましょう。


ヤーサー様

なんか、独房への案内とか雑用をさせられていた記憶のあるジョブ・ジョンですが、出世したもんですねぇ……。
最寄りのコンビニまで徒歩三分というのは嘘らしく、三分で逝けるのはクリームパン屋のみのようです。
故に、最寄りのコンビニは徒歩にて十分の微妙な有り様。
そして、ハートが揺らぐ……、逆に考えるんだ。魂の包容力が上がったと考えればなんの問題もないです。


SEVEN様

やたらとカオスなネタもようになっていた気がします。
そりゃあもう薬師は二桁に行くほどのたこあし配線ですからね。本人に自覚がないのが最悪なポイントだと思います。
その内火事ですよ。大火事も大火事、大炎上もいい所でしょう。
いやしかし、楽しみが目白押しで書くのも楽しいですが、苦しみも目白押しで脳がクラムチャウダーになりそうです。


通りすがり六世様

自分もなんでジョジョネタかよくわかんないです。気が付いたらこうなっていた、かっとなってやった、後悔はしていない。
あんまりパロディネタしすぎるのもよろしくないんですけどね。本来はちょっと混ぜてみて気付くか気付かない程度かがいいと思うんですが。
どうせ店主は、ライバルの犬を蹴り付けて友人に田舎者のように怒られた経験があるんでしょうね。
しかし、この小説、クールな人が憐子さんと玲衣子しかいない気がす……。げっふんげふん。


f_s様

お久しぶりです。
消えたりしないのでゆっくり読んでください、と言いながら今日も二本更新していきます。
多分毎日二本ないし三本読めば丁度いいと思います。でも、自分は読み進めると止まらない派なんでそういうのできませんが。
閻魔姉妹は安定して活躍してると思います。ある意味暁御も安定してる気がします。




最後に。

藍音→銀子→にゃん子。
薬師のネーミングセンス、絶賛退化中。



[7573] 其の百十 俺と猫とにゃんこと猫耳とか。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a0b36a85
Date: 2010/04/07 21:56
俺と鬼と賽の河原と。






「猫と朝帰りですか」

「んん? まーな」


 猫を頭に帰宅した俺を出迎えたのは、やっぱり藍音だ。

 返って来たのが早朝五時なのに、見計らったように現れる辺り、相変わらずである。

 ちなみに、にゃん子は人間形態よりも猫形態の方が楽らしい。

 当然猫分の食事しか取ってないから人間として動くほどの熱量を確保しきれないとか、霊体だからどうのとかという話だが、よく理解できなかったので、人間分の飯を食えば人間形態で良しで、猫分の飯しか食わないなら猫形態で、という家計に優しい構造なのだ、と理解した。

 要するに、現在は、今流行りの省エネ、なのだ。多分。


「それで、これからキャットフードを買ってくればいいのですか? それとも猫飯でも?」


 それにしても、実に話のわかるメイドだ。

 俺はそんな気遣いに、少々考えてから答えた。


「んー……、猫飯だな」


 栄養素に関しては微妙だが、地獄においてはさほど影響ないだろう。

 それより、熱量の問題だ。別に人間形態でいたいとも言ってないが、選択肢は多い方がいい。


「分かりました。ではそうしましょう」


 そして、やっぱり聞きわけのいいメイドであった。







其の百十 俺と猫とにゃんこと猫耳とか。







 寝ていたにゃん子が目を覚ますが、俺の頭から離れる素振りを見せない。

 俺はといえば、眠くて仕方ないので自分の部屋へ向かっている途中だ。


「なあ、にゃん子さんよー……、頭が重いんだが、風邪かな?」


 皮肉気に呟くが、しかしにゃん子はにゃん、としか答えない。

 猫形態では基本的に喋れないのだ。

 と、思ったが。


「だが断るにゃ」


 そう言えば、化け猫に犬をけしかけると、うわっ、驚いた、なんて言って化け猫だとわかる、などというよくわからない化け猫判別法があったな。

 だが、しかし。


「にゃん子。お前から聞いた説明と食い違いがあるんだが、そこんとこ詳しく」

「あれ、信じちゃってたのご主人? まさか、信じてるとは思わなかったのにゃ?」


 一応そのキャラ付けは続けるらしく、本人がそう言うなら俺に言うことは何もないが――。

 猫形態でも喋れることは俺は聞いていない。


「俺の純情を弄んだなっ!?」


 俺が叫ぶが、しかし。

 にゃんこは、器用に鼻で笑った。


「ご主人が純情とか……、ねえ? むしろどれだけの純情を弄んだんだかわかんないねっ」

「身に覚えがないんだが」

「それを嘘でも何でもなく言っちゃえるご主人が素敵っ。こんなに女の子を侍らせて遊んでるのにっ!」

「いや、言葉自体は間違ってないが意味は違うと思うぞ?」

「またまたー、にゃん子と過ごしてた十年ちょいでも知る範囲では二、三人弄んだくせにー」

「嘘を吐くな嘘を」

「うにゃ、まあ、仕方ないか、ご主人だし」


 なんだそりゃ。と、俺は首を傾げて、そういえばにゃん子が乗っていたな、と思い出す。

 現に、にゃん子が俺の頭を滑りかけ、にゃん子から、抗議の声が上がった。


「落ちる、落ちちゃうってっ」

「あー、悪い」

「それは悪いと思ってない時の声っ、直した方がいいと思うにゃ?」

「あー、悪い」


 言いなおしてみるも、違いは伝わらなかったようだ。

 にゃん子は呆れた声を上げた。


「にゃー……、ダメだこりゃ」


 溜息を吐かれてしまった。処置なしとでもいう気でありますか。

 と、そんな時だ。

 廊下の向こうに人影が。その人影は、嫌に震えていた。


「な、ななななな、薬師、その頭の上に乗ってる猫は……」


 李知さんだ。わなわなと肩を震わせているが、どうしたのだろう。


「もしかして、うちで飼うのか……?」


 おびえた様子の李知さんに、俺はあっさりと肯いた。


「おう」

「その猫は、雌か?」

「おう」

「遂に……、猫まで……っ」

「にゃん子、ゴーっ!」

「イエス、にゃーっ!」

「うわぁ!」


 なんか失礼なことを言われた気がしたので、にゃん子をけしかけてみることとする。

 李知さんの頭ににゃん子が飛び乗って、後ろに着地した。

 俺は、なんとなく呟きたくなったので、俺は身を任せる。


「お前はもう、生えている」

「にゃあああああ!?」


 李知さんの驚きの声が猫化しかかっているがそれはともかく、あっさりと猫耳の完成である。

 人を跨いで呪いを掛ける、ねこまたぎだ。猫耳が生える呪いもあるらしい。

 猫憑きの呪いと言えばいいだろうか。

 これの凄い所は、一部の防壁を透過して浸透させることができることだろう。

 どういうことかと言えば、RPGで言うなら魔法無効防壁があっても、補助呪文は効き目がある、ってな話だ。猫耳は補助呪文らしい。聴力とか上がるしな。

 呪いは呪いでも、『のろい』でなく『まじない』、ということだ。


「ふはははははははっ、素敵っ、お利口っ、強い!」


 ともあれ、とりあえず勝ち誇って見た。育ちがいいかは知らないが少なくとも毛並みはふかふかである。

 にゃん子が、俺の背を駆けのぼり、頭に戻ってくる。

 李知さんが叫んだ。


「か、帰るっ!」

「帰るってどこにだよ」


 てんぱり過ぎて李知さんがなにを言ってるのかわからない。

 冷静に聞き返せば、更にてんぱった答えが返って来た。


「じ、実家に帰らせてもらうっ!」


 すると、にゃん子が楽しそうな声を上げる。


「わぁっ、夫婦喧嘩みたいだにゃ?」


 李知さんが更にてんぱる。


「ふ、夫婦だとっ……!? ……夫婦」

「わー、猫が喋ったのに突っ込まないよこの人」

「テンパってるんだ、許してやんなさい」


 てんぱってる人間に突っ込みまで求めるとはにゃん子も酷である。


「とりあえず、この人どうしよ」


 にゃん子が、李知さんを眺めながら言った。

 対して、俺は李知さんを見るのもそこそこに言葉にする。


「ほっとけばいいんじゃないか? 眠いし」


 俺は、眠さとめんどくささに任せ、部屋に戻ったのだった。

























「よし、いい朝だ。いや、昼だけど」


 部屋に戻ってひと眠りした俺は、少々眠って活動を再開した。

 座布団に乗った頭を少し浮かべてみれば、胸の上に黒い猫のにゃん子がいる。


「退いてくれたまえ」


 俺ががしっと胴を掴むとにゃん子が目を開いた。

 そうやって隣に置いて、身を起こせば再びにゃん子が俺の頭に鎮座する。


「腹が減ったな」


 独り言ともにゃん子に語りかけているともつかない言葉を呟いて、俺は居間へ向かった。

 時刻は丁度一時過ぎ。これならやはり腹も減る。


「飯はあるかね?」


 と、呼びかけてみれば、居間に居たのは憐子さんだ。

 ソファの背もたれから、憐子さんの顔が見えた。


「ああ、藍音が軽食を置いていってるよ」

「その藍音は?」

「買い物だ」


 本当に抜け目のないことだが、まあ、ともかく、台所だ。

 台所に乗っている籠に腕を引っ掛けて、俺は居間へと戻り、ソファに座った。

 籠を開けてみれば、サンドイッチだ。俺の苦手なトマトが入ってない辺り、流石である。

 感心しながら俺が卵サンドをつまむと、隣に座る憐子さんは俺の頭の上に興味を示した。


「ふふ、困ったお嬢さんは連れ戻したのかい?」


 にやり、とからかうように囁かれ、俺はため息交じりにやれやれと声を上げる。


「……本当に手のかかるこって」

「ところで、名前は?」

「にゃん子」

「……薬師らしいよ」

「そうかい……」


 なんだか納得されてしまったが、明らかに失礼だ。

 俺がそうして不機嫌そうに目を細めると、不意ににゃん子が喋り始めた。

 俺は、少々面食らって上に目線を向け、しかし目線を上に向けようとにゃん子が見えないことに気付く。


「やや、貴方が噂のお師匠さん?」

「憐子だよ。そこの朴念仁の、これだ」


 そう言って憐子さんは小指を立てる。


「おい」


 俺のぼやきは無視された。

 無視され、にゃん子はあえて憐子さんの冗談を無視する。


「貴方があっさり死んでご主人を一人にしたお師匠さん?」


 そんな棘のある言葉に、憐子さんが妖しげな瞳をもって答えた。


「そう言う君は二十年とて持たなかったにゃん子さんだな」


 なんだか、不穏な空気が漂ってきているな、逃げた方がいいだろうか。

 と、俺は頭の上で語るにゃん子を気付かれないよう降ろし、逃げだす方法を考え始めるが。


「それで、千年放置されたお師匠さん?」

「千年忘れ去られていたお猫様だな?」

「奇遇だにゃ?」

「奇遇だな」


 双方、にやりと笑う。

 そうして、にゃん子は軽やかに跳んで、憐子さんを越えた。

 完全に杞憂だったらしいが――。


「どうせなので、二人同時に……」


 人間状態に戻ったにゃん子と、猫耳の憐子さんに迫られる現状を省みるに――。


「にゃんにゃんしてみるっ?」


 やはり逃げた方が良かっただろう。


「遠慮する」

















 最近の俺の逃げ足は、人智を超え、神の領域に達し始めて来た気がする。

 速度は神速、そして気配遮断に分身による追手の撹乱まで、至れりつくせりだ。

 喜んでいいのか悲しむべきか、それともこれじゃいかんと一念発起するべきか、判断はつきそうにない。


「いや、一応喜ぶか。厄介事押し付けられても逃げられて便利だと思おう」


 などと、思わず呟いてしまえば――。


「薬師……、何一人でぶつぶつ言ってんの?」


 意外な人物に出会う。

 家の近くを歩きながら出会ったのは、前さんだ。

 俺の進行方向の角に前さんが立っていた。


「いや、俺の逃げ足の速さの成長について悩んでたんだ」

「……なにそれ」

「俺にもわからん」


 俺が考えるのを放棄すると、前さんは俺の目前まで、やって来る。


「ねえ」


 前さんが俺の胸元に手を伸ばす。


「ん?」


 はて、一体どうしたのだろう、と思ったら。


「これ、なんの毛?」


 前さんが摘まんで見せたのはにゃん子の毛だ。

 なんだ、修羅場か。


「なんだ、修羅場か」

「修羅場ってなにさ」

「いや、この髪の毛、どこの女の毛よっ、的な」

「随分とショートカットだね。その女の子」


 おっと、前さんに呆れられた目で見つめられてしまった。

 仕方がないので本当のことを言おう。


「うちで猫を飼うことになりました」

「へぇ、名前は?」

「にゃん子」

「その猫にご愁傷様って伝えといて」

「ひでえ」


 にゃん子はどこでも不評である。

 と、そう言えば。

 思い出したように俺は呟く。


「前さんにも猫耳生えてたん?」


 ずっと気になっていたのだ。俺の周囲に猫耳が生えていたが、ついぞ前さんとは会うことがなかった。

 前さんは仕事だし、俺は猫の捜索にいそしんでいたから当然と言えば当然だが。

 そして、とうの前さんと言えば。


「な……、なんのこと?」


 ぷい、と白々しく顔を逸らした。


「生えてたんだな?」

「な、なに言ってるのさ! 猫耳なんか生えてないからねっ!?」


 まあ、にゃん子の気まぐれでまた生えてしまうかもしれないが。

 と、思って前さんを見れば、彼女は妙に戸惑った言葉を返した。


「み、見たい?」

「ううむ……、ちょっと見たいかもな」

「で、でも、残念だね。もう無くなっちゃったし」


 思い切り白々しい前さんだが、とりあえず俺は前さんに事実を突きつけよう。


「ああ、多分また生えるわ」


 ――前さんが、固まった。


「え」

「そんときは見せてくれよな」

「う、うん……。こっそりだよ? 秘密にしてね?」

「おう」


 俺は肯く。すると、前さんは意外な言葉を口にした。


「ねえ、ここ最近仕事に出てなかったのってその、猫耳のせいなんだよね?」


 まったくもってその通りだ。俺は同意する。


「おう」

「終わったの?」


 簡潔な問いに、俺はもう一度肯いた。


「ああ」


 すると、前さんはほっと胸をなでおろすように息を吐く。


「……よかった」

「よかったって……、何が?」


 聞けば、前さんは頬を朱に染め、恥ずかしげに言葉にした。


「これでも、心配してたんだけどね……? その、やっぱ柄じゃないかなっ、あははっ!」


 しおらしいのも程々に、空元気と分かる明るさを見せる前さん。

 俺は、一瞬悩んだが結局。何も言わないことにした。


「なあ、今から呑みに行かないか? 今はちょっと懐に余裕があるんだ」


 非日常はいったん終了。そうして夢から覚めたなら、やはり日常に帰るべきである。












「いらねー、とは言ったんだ。今回の件については俺とにゃん子の問題だったしな? なのに閻魔はいきなり財布から札取り出して、これでなにかおいしい物でも食べてください、ってな。お前は俺の親かなんかか」

「ふーん。所で、閻魔様と薬師ってそんなに仲いいの?」

「悪くない、と自称してみる。あんまり良いって言って相手側からそんなにと言われると空しいから深く言及はしねー」

 いつもの居酒屋で、酒を片手に語る。

 前さんはできるだけ酔わないようちまちま呑む心積もりらしい。


「じゃあ……、閻魔様のこと、好き?」


 どうにも、藪から棒である。いきなりそんなことを問われようとは思わなかった。

 はて、言われても少々答えに困ってしまうな。


「好き嫌いで論じるのは少々難しいものがあるなぁ……」


 そうすると、前さんは微妙な顔をした。

 微妙ってなんだ、と言われると、なんかはっきりしないな、という残念そうなそうでもないような顔だ。

 微妙ったら微妙なのだ。


「……そうなの?」

「そうなんだ」


 俺は肯いて話を続けた。


「例えば、グリーンピースの好き嫌いを聞かれると困ってしまうよ、俺は」


 グリーンピースは食えないほど癖はないが、好んで食うほどの味じゃないと思うのだ、俺は。


「グリーンピースと人を比べないでよ」

「いや、人の方が多分もっと複雑で困る話だろ」

「そんなもん?」

「そんなもん」


 そんなもんだ。多分。


「じゃあ、好き嫌い以外で論じるなら?」

「嫌いじゃねーな」

「じゃあ、あたしは?」


 いきなり、聞かれる。

 俺は思わず戸惑ってしまった。そんなことを聞かれるたぁ、ついぞ思っちゃいなかった。

 だが、なんというか。

 俺の答えは一つである。そもそも、俺は違うように事細かに繊細に伝えられるような感性の持ち主ではない。


「嫌いじゃねーよ」

「ふーん……?」


 詰まらなさそうに、前さんは言った。

 ただ、このまま放置してしまうと勘違いしそうなので、俺は小指で黒い頭を一つ掻き、


「……男の言う嫌いじゃねーってのは、ただの照れ隠しなんだがな」


 言った。ああ、恥ずかしいったらないね。なにが悲しくて友人相手に好き嫌いを囀らねばならんのか。

 多少なりとも酔ってんのかね。


「……ふーん?」


 さっきと同じ答え。しかし。

 今度の前さんは、

 ――確実に楽しそうだった。


「そっちはどうなんだよ」


 俺が口を尖らせれば、前さんはもっと笑った。


「嫌いじゃないよ」


 仕方ないので俺は不貞腐れたように告げるしかない。


「そうかい」


 しとしとと、温かい雨が降り出していた。


















「私、猫耳だったのに構ってもらってない」

「知るかっ」


 そんな会話が銀子と俺で繰り広げられたとかどうとか。

















 更に余談。


「それで、結局夕飯に誘えなかったの? 美沙希ちゃん」

「うう……、今一歩だったのに……」

「それでお金渡すだけじゃあ駄目ね……、もっと頑張らないと」


 なんていう会話があったとか無かったとか。














―――
てことで其の百十と。多分このながれで拍手お礼の前さん編に行くんだと思います。
四月四日から雪かきと言うか砕氷作業のせいで帰って即座に寝たりしたおかげで中々書けなくて苦労しました。
番外編も序盤更新。序盤中盤終盤の更新で完成すると思います。



なんか、どうでもいいですが、薬師の台詞が某社長のように聞こえる所がありました。元ネタは全然関係ないのに。不思議。




猫耳について。

本編にもあった通り、呪いの一種だそうです。
起動キーは跨ぐこと。
ちなみに、閻魔は敵性呪文は容赦なく反射しますが、こちらは補助呪文にカテゴライズされ、閻魔の防壁をスルーできます。


にゃん子の呪いについて。

またぐことで呪いを掛ける、猫又の様式に則った呪い方です。
普通に掛けるのもにゃん子には可能ですが、しかし、またぐという儀式をはさむことで確実性は上昇します。
最大の特徴は、街単位など広い面積を跨いで範囲的に呪いを掛けられること。






西行法師様

猫参上でありました。
これから先は如意ヶ嶽家の飼いネコとして生きるようです。
ちなみに、にゃん子は本人的にはこれだっ、って思ったらしいです。
周りからは、ああ、うん……、見たいな空気で見られてるようですが。


Smith様

猫はやっぱりいいと思います。
うん。ノーマルも猫耳もありです。
両方あれば尚いいです。
ただ、猫形態は外せません。毛並みが大事だと思います。


志之司 琳様

お酒は怖いです。呑まれようがなにしようがいいかとは思いますが、急性アルコール中毒だけはいかんです。
ちなみに、憐子さんと修羅場なるか、と思われましたが手を組みました。シンパシーというものがあったようです。
でも、やっぱり猫が生きている間にもちょっとは落としてたらしいです。でも後腐れないか遠距離恋愛だったのであれだったようですが。
いやはや、健全に感動できるのはいいことです。自分は書いてる途中どうも倒錯的なものを感じてあれでしたから。


名前なんか(ry様

感動していただけたならこれ幸い。
書いてても自分ではこれが本当に楽しいか、とか判断付かなくて微妙なんですよね。
こういう時に感想を書いてもらえるとやはり安心します。
特に感動系なんかは、ここ数年泣くなんて全くなかったから錆ついてんじゃないかとびくびくしてますし。


SEVEN様

あんなお願いをされて断れるはずもありません。美沙希ちゃんのお願いがあれば筋肉痛で左腕が使用不能でも小説が書けます。
ちなみに猫耳は呪いだそうです。という説明がついてますが、でもやっぱり萌えればなんだっていいです。
藍音さんに関しては、まあ、あの状況は当然口移しですよねー。ええ。
そしてやっぱり薬師の責任は重いです。もうこれは娶るまでが子育てだと思います。


奇々怪々様

桃源郷が発生しておりました。まあ、一部女性陣は困ったことになっていたようですが。
あと、弱み録音しても耳まで触りに行かなかったのは薬師の優しさです。誰が何と言っても優しさです。
にゃん子の語尾についてはですね、アルなんていう中国人がいないのと同じ理屈だと思います。猫がにゃあと言うのは声帯の問題ですからねええはい。
誰が何と言おうとにゃ、なんて語尾に付ける猫耳はいないと思います。でも、言ってほしい自分がいます。存在しない物を追い求める浪漫なんです。


通りすがり六世様

果たしてキャラ付けで羽生やすのと、にゃなんて言うのどっちがいいのか悪いのか。まあ、妖怪がそれらしくいようとするのに関しては仕方ないと思います。
果てしなく妖怪と言うにはどうしようもない人間的な悩みですが。人じゃないんですけど、人間なんて関係ない、とも言えない微妙な関係がいいと思ってます。
憐子さんは、お見事、正に先生ですね。師で母で姉で友です。果たして妻になれる日は来るんでしょうか。
そして、この先薬師のネーミングセンスはジョグレス進化するんじゃないかと思います。


光龍様

まあ、千年ものの化け猫ですから、結構な力は持ってるようです。
それに足して、閻魔の防壁は死に関わる、大幅な戦力低下につながる、などの悪意の籠った場合にしか発動せず、あれは補助呪文扱いですから、スルーされますし。
猫耳による戦力低下は閻魔補正でさして問題ないですし、ぶっちゃけると無理して撥ね退ける様な呪いじゃないんですね。身軽になる、耳がよくなるなどの特典付きで。
そして、力づくで無効化できはするのですが、労力と被害に見あいません。空間が歪んだりします。と色々語った訳ですが、もう閻魔が可愛いので何でもいいです。


トケー様

きっと、販売したら地獄内でも凄い利益が見込めるでしょう、ボイスレコーダー。
そして、猫耳じたいは薬師的には満更でもないらしいので、いい武器になるようです。まあ、ペット扱いですが。
あと、にゃん子は人間になったり猫に戻ったりしながら薬師にべったりしていく方針のようです。猫形態なら一緒に寝てても薬師に嫌な顔一つされません。
藍音さんは、もう、結婚しろとは言わないから生涯一緒に居てやれといいたいです。そのぐらい男の甲斐性です。


春都様

閻魔の恥じらい……、プライスレス。あと、猫の可愛さもプライスレスです。
自分ももっとコメディかと思ってましたが、いつの間にかしんみりしたりしてました。でも可愛いです。
藍音さんの話は、ずっと前から決まってたんですけど、中々書けなくてやきもきしてたんですよね。
どうにも、精神的にお疲れのようですが、自分はどうにも未熟で、作品の中以外で語れることはないようです。願わくば、見て癒される作品であることを祈りつつ、癒される作品を作れるよう頑張りたいと思ってます。


f_s様

多くの人間の心を惑わせる、美沙希ちゃんの猫ボイス……。
美沙希ちゃんはその存在が罪だと思います。
ただ、罪で言えば薬師の方が上ですね。ええ、はい。どう考えても。
とっとと償いを開始するべきだと思います。









最後に。

千年放置された女同盟結成。



[7573] 其の百十一 春と俺と入学式。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/04/17 21:48
俺と鬼と賽の河原と。






 春、春、春である。

 頭のぶっ飛んだ人も、虫も、馬鹿も、阿呆も沸いてくる季節だ。

 でもまあ、一番一般的な春の名物と言えば――。

 やっぱり新入生だろう。

 これは、そんな季節の話。








其の百十一 春と俺と入学式。








 これが、実際に入学式前に俺と閻魔で繰り広げられた会話である。


「入学式……? 入学式って、あれか? 学校に新入生が入ってくる的な」

「ええ、そうですけど……、って他になにが?」

「入岳式とか。山に入る前に心構えを的な」

「どこの修験者ですかっ」


 所は閻魔宅、俺が台所に立っていると、閻魔は不意に入学式について切り出した。


「ええ、それで、明後日に入学式がありまして。出席しませんか? 臨時講師として」


 なるほど、入学式か、と俺は大仰に肯く。

 もうそんな季節か、初々しくて実に良いじゃないか。


「うむ、断る」

「え」

「三行で説明すると、めんどくさい」


 閻魔の驚いた顔に、俺は一つ溜息を吐いた。

 自分の子供が出る訳でもない入学式に出ても仕方ないだろう。

 ちなみに、この分だと先行入学したうちの息子もとい弟と、妹もとい娘は入学式に関わりがないようだ。

 俺が今の今まで忘れていたのもそうだし、何かあるなら由美由壱の方から話が来るはずだ。

 だから、そんな面倒な真似したくないのだ。


「第一明後日も仕事だろ。勤労青年の俺はサボるわけにはいかないな」

「公式行事だから、直々に休みを出せますけど……。それに臨時教師としてだから、少ない額ですが給料も――」

「行くわ」


 うん、入学式、実に良いじゃないか。


「今、仕事にいかないといけないって……」

「忘れたな、もしくは気のせいだ。どうしても気になるなら幻聴だ。病院に行け」


 俺は過去を振り返らない主義なのだ。

 完全になかったことにする。

 すると、閻魔は呆れた顔で俺を見やった。


「酷い言い草です……」

「心に棚を作れば病院に行く必要も無くなる。あって損はないぞ」


 俺の棚は百八つほどあるぞ。

 と、言ってるうちに、俺は論点がずれていることに気がついた。

 俺は、出来上がった料理を食卓に並べながら呟く。


「つか、あれじゃないか。来いっつったのはお前さんじゃねーか。希望が叶いそうなんだからそのまま頑張れよ」


 頂きます、と間に挟むよう言葉にして、食事しながら俺と閻魔は話を続ける。


「なら、来てもらえるんですよね?」


 そんな問いに俺は至極真面目な顔で言葉にした。


「無論。俺はいつでも合法的にサボる手段を探しているよ」

「……」


 俺があまりにもあまりな台詞を吐けば、閻魔は半眼で俺を見る。


「んな冷たい目で見られてもなぁ。サボりたいと思うのは人の性だろ」

「天狗でしょう?」

「揚げ足とらない」

「まあ、わかりました。ちゃんと来てくださいね?」

「俺をなんだと思ってんだ」

「非常に不真面目な天狗です」


 むう、今日の美沙希ちゃんはなんか生意気だな。

 まあ、それは別に構わないのだが。

 そして、俺は箸を動かして、昼食である肉じゃがを口に突っ込んでいる訳だが、そう言えば。

 思い出したように俺は閻魔の顔を見た。


「なにか? 私の顔に変なものでも?」


 正確には、その後ろだが。


「いや、髪、伸びたな」


 言葉通り、閻魔の髪は伸びた。

 昔は背に届かない位の髪だったのだが、気が付けばもう腰元に届いている。


「ああ、私も切りに行こうかと思うのですが、中々時間が取れなくて」

「俺が切ってやろうか?」


 聞けば、閻魔は苦笑いして首を横に振った。


「遠慮します。貴方に任せると取り返しのつかないことになりそうで……」

「なにを失礼な。坊主にするだけなら失敗しない」

「完全に駄目じゃないですかっ」


 まあ、人の髪を切る経験なんてない。だから肩を怒らせる閻魔の意見も最もだ。

 俺の髪は藍音が切っていたが。


「まあ、これでも一応毛先と前髪だけは整えているんですが……」

「あー……、そうみたいだな」


 身だしなみには気を付けているのか、前髪が目に掛かるようなこともなければ、毛先がバラバラになっている様な事もない。

 俺は閻魔らしい、と苦笑した。


「まあ、でも、ここまで伸びたので、気を見て切りに行こうと思います」

「ふーん、でも、なんかあれだな」


 指先にくるくると巻きつけるように髪をいじった閻魔に、俺はなんとなく呟いた。


「なんか勿体ねーな」


 対して、閻魔は一度驚いたように目をまるくして、怪訝そうに聞く。


「もったいない……、ですか?」


 俺は肯いた。


「あー……。うん、そこまで伸びたら今度切るのは勿体なくならねーか?」


 別名貧乏性亜種とも言う。

 言ってから、俺は喉を鳴らして苦笑した。

 すると、閻魔は何やら思案する様子を見せて、


「……考えておきます」


 それだけ言って黙り込んでしまう。

 はて、何を考えるのか。

 結局、答えは出ないまま、今日の所はお開きと相成った。





















 入学式当日。

 一昨日から、閻魔とは会っていない。


「さて……、すごい人の数だな……。学校関係者側の椅子に座れたのは僥倖だ」


 思わず呟かざるを得ないほど、体育館に人があふれかえっていた。

 大量の世界の死者がやってくるのだから、当然なのだが、それにしたってすし詰めだ。

 これでもまだ、希望者全てを受け入れられなかったというのだから、最近の死者の多さを身に沁みさせる。


「千や二千じゃきかねーな。これから上手く行くかどうか」


 これからしばらくの結果で、分校ができるかどうか決まるのだから、俺も気が抜けないな、と俺はたたずまいを直した。

 そうして、しばらく座ったまま待機。

 新入生の挨拶に、その他祝辞を俺は聞き流していく。

 地獄の入学式も俺の現世とさして変わりないな。

 などと考えて、俺は力を抜いて座っていた。

 しかし。


「それでは、学校長、閻魔様からお話を伺います」


 しかし、地獄の入学式は一味違ったんだ。


『閻魔っ!! 閻魔! 閻魔ぁ!!』

「ぬおうっ?」


 驚いて肩を跳ねさせれば、辺りは既に閻魔を呼ぶ声で埋め尽くされていた。

 主に男に対し、人気凄まじいことこの上ない。

 あー、このままで入学式進行すんのか?

 俺は、今一つ対岸の火事の心配をして、更に予想を裏切られる。


『閻魔、閻魔、えん――』

「皆さん、お静かに」


 ぴたりと、声援が止まった。

 どうやら、よく訓練されたおっかけだったらしい。


「皆さん、こんにちは」

『こんにちはっ!!』

「……子供番組もメじゃねーぞ? これ」


 大した熱狂ぶりである。非常に暑苦しい。


「入学、おめでとうございます」


 しかも、皆ぎらぎらとしてる割に、息を殺す程の静けさが横たわっていた。


「――ですから、我々は他人のことを学ばねばならず――」


 その上、閻魔は校長の話が長いことを様式美だと信じているらしい。

 要するに、この非常に肩が凝る状況は、しばらく続く訳だ。

 うだー……、なげー……。

 この空気では悪態つくことすら許されまい。早く終わんねーかななんて言ったが最後、近くの男どもにフクロにされて終了だろう。

 眠い。まじ眠い。

 いい加減終わらないかねー……。

 と、俺が根を上げ始めたそんな時。


「――と、いうことです。明日からの学校生活――」

「……うん? なんか、あそこの照明……」


 俺の視界に、やけに揺れる照明が目に入る。

 丁度、それは閻魔の直上に位置し、どうにも危うげな動きをしていた。


「――だとは思いますが……」


 この校舎は新しい。だから、いきなり壊れるなんてないと思うが――。

 いや、ここは人外も集う学校だぞ? 高くに設置された照明でも傷つかないはずがないじゃないか!


「ちっ、面倒な……!」


 俺が動き出したのと、照明がぶちり、と嫌な音を立てて落下したのは、同時。


「間に合うか……? つか間に合え!」


 なりふり構っていられない。

 俺は半無意識で翼を展開し、最高速で飛行。

 落ちる照明に会場は唖然とし、俺だけが時の止まった中で動いていた。


「薬師さんっ? 一体何を――!」


 驚いた表情の閻魔だが、今は構っていられない。

 既に、照明が迫ってきていた。

 俺は、更に速度を上げ、そのまま閻魔に突っ込んだ――。


「えっ、きゃあっ!」


 短い悲鳴が響き、そして、遅れてわれる硝子の音が弾ける。

 俺と閻魔は、もつれ合うように壇上に転がった。

 ……間に合った。

 そう思うと同時、一つ、思い出したことが。


「わざわざ飛び込まなくてもお前さんなら傷一つつかなかったじゃねーか……」


 やっといてなんだが、その通りである。

 他にも、風で上手く弾いて衝撃を殺せばいいとか、なんとか。

 しかし全部後の祭り。

 ゆっくりと腕の中の閻魔を解放すれば、未だに状況を理解できていないらしい彼女は、何事かを呟いて。


「そ、そそそそそ、その……。唐突に我慢できなくなったからと言ってこんな場所で押し倒されると……、……あれ?」

 なにを言ってるんだこ奴は。


「おいおい、無事か?」


 主に頭が。しかし、無事だったらしい。


「え、あ。はい」


 気まずい空気で、俺と閻魔は立ちあがった。

 そんな中、閻魔は俺の顔を見て、はっと気付いたように言う。


「頬に傷ができてます、早く保健室に――」

「いや、掠り傷だろ」

「その、私のせいですから……、行ってきてください」

「あー……、分かった」


 俺は、閻魔の言葉に従い、騒然とする体育館を一人抜け出したのだった。




















「そろそろ美沙希ちゃんが来ますから。手当てしてもらってくださいね」

「お前さんは養護教諭だと思っていたのは俺の勘違いだったらしいな」

「では私はお邪魔虫の様なので、お暇させていただきますわ」

「無視か」


 玲衣子が、俺の言葉を華麗に無視して、保健室を退室する。


「失礼します」


 入れ違いに入って来たのは、やはり閻魔だ。

 ちなみに、俺の顔の傷は、頬に一本線が入ってるくらいで、特にどうにもならないのだが――、閻魔は消毒液と絆創膏を持ってきた。


「その……、痛いですか?」

「いんや、気付かなかった位だろうに」


 閻魔の心配気な言葉に、俺は首を横に振った。

 人間やめてからこの方、痛みには鈍いのだから仕方ない。

 だが、痛い痛くないかはあまり関係ないらしい。


「では、消毒しますから……、少々沁みますけど」


 言いながら、閻魔が俺の頬に消毒液のついた綿を押しつけて――。

 思わず俺は声を上げた。


「やっぱ痛い、マジ痛い。抉る気かてめー」

「ごっ、ごめんなさい……、こういうのにあまり慣れてなくて……」


 これは消毒液の痛みではない、ピンセットによる抉るような攻撃だ。

 しかし、閻魔もわざとや嫌がらせでやってる訳でもないらしく、怒る訳にもいかねー。


「ゆっくりやってくれたまえ、焦ったら俺が死ぬ」


 きっと、閻魔が焦れば俺の頬はピンセットに貫かれる運命だろう。

 対して、閻魔はまるで超難度の手術に挑む医者の様な顔で俺の頬に消毒液を付けていく。

 なんとか、さほど痛くもないのだが、いかんせんやることがないし、動けない。

 俺が暇だな、と思っていると、閻魔は不意に声を上げた。


「今回の件、ですが。私のせいかもしれません」

「はい?」


 照明を吊るす紐が傷ついていたことに関して、俺は日頃の授業のせいだと思っていたが、閻魔には他に心当たりがあるらしく、申し訳なさそうに俺を見つめていた。


「さっきのは、貴方を狙ったものかもしれないんです」

「俺? なにゆえに」


 こういうのもなんだが、恨みは買っていても細工して暗殺されるほど偉くもなんともない。

 それに、それでなんで照明を俺に落とさず閻魔に落とすのか、よくわからない。


「派手に、暴れすぎたんですよね。ごめんなさい」


 閻魔の言葉に、なるほど、と俺は手を叩いた。この上なくわかりやすい。


「最近調子乗ってんじゃねーか? ってことになってる訳か」


 運営から敵対する様な組織にとっては。

 確かに、目立ちすぎたかもしれない。何か行動を起こしても横槍入れられたい奴は早々いない。


「だが、なんで閻魔?」


 そこが疑問だ。

 しかし、答えはあっさり返って来た。


「大妖怪と戦う愚を既に悟っているのですよ」

「ああ、なるほどな」


 閻魔を敵として見ている以上、真っ向勝負の無駄さは身にしみてる訳か。


「それで精神攻撃か」


 閻魔は肯いた。


「よっぽどのことでなければ大丈夫だと思いますが……。気を付けてください」

「そうしよう」


 気を付けるに越したことはないな。

 俺は笑って肯き返し、言葉を切った。

 閻魔は、遂に長かった治療を終え、俺の頬に大きな絆創膏を貼る。

 こんなにしてもらうまでもないのだが。しかし、された以上は礼を言うのが道理だ。


「ありがとさん」


 言えば、閻魔は首を横に振った。


「いえ、もとはと言えば私の招いたことですから」


 責任を感じているその顔に、俺は――。

 なんかむかついた。


「ひぇっ?」


 俺は閻魔の鼻の頭を指をでついて、告げる。


「あのな……、俺が狙われている以上俺の問題だろ。むしろすまんかった、そしてありがとう、って訳だ」


 分かったか、と問えば、閻魔は少し思案して、照れながら頬を掻いた。


「その、……どういたしまして」

「よろしい」


 俺は一つ肯いて、ふと、閻魔の髪に目を向けた。


「んん?」


 なんか変だ、と思ってみると、あら不思議。


「その、薬師さん……、そんなに熱い視線で見つめられると……」

「髪しばってんのか」

「え?」


 よく見ると、閻魔の髪型は昨日までとは違い、大きな三つ編みが一つできていて、それが左肩に掛けられていた。

 なるほど見事なおさげである。

 そのことを指摘すれば、閻魔は恥ずかしげにその三つ編みをぎゅっと握った。


「に、似合いますか?」


 似合ってるか似合ってないかと言われると、そりゃ――。


「似合ってるよ、そりゃもうやばい位に」


 正直笑いをこらえきる自信がない位似合っている。

 セーラー服に三つ編みってどれだけ嵌り役なんだ。


「そ、そそそ、そうですか。それはよか……」


 やけに動揺した閻魔の言葉だったが、俺が妙な感慨を覚えている途中で止まる。

 どうしたんだ、と俺が疑問に思った瞬間言葉は妙にとげとげしく続いた。

 つい、と閻魔はそっぽを向く。


「別に、あなたが言ったからって訳じゃありませんから、あしからず」

「うん? ああ、うん」


 俺が納得したように頷くと、何ゆえか閻魔は焦ったように言葉を追わせた。


「えっ、ああ、いや、そうじゃなくてですね……」

「いや、何が違うんだよ」

「お、思ったより押しが弱かったといいますか……、あなたならもっとからかうように押してくると思ったのですが……」


 もじもじと何事かを呟く閻魔に、俺はじれったくなり、答えを急がせる。


「一体何なんだよ」

「そのですね、勘違いしないように言っておきますが……。貴方が勿体ないって言ったからこうして三つ編みにしてるんですからねっ! ……あれ?」


 なんだその自爆は、と突っ込むのも憚られた。


「えーと、うん」


 俺が答えに詰まってしまうと、盛大に自爆した閻魔はいじけたような言葉を俺へと向ける。


「そーですよー……、あなたが言うからうきうきしながら今日は学校にきましたよー……だ」


 いきなり床に体育座して床に指を滑らせる閻魔に、俺は苦笑した。


「あー……、うん。とりあえず帰ろうぜ」

「うう……、もうお嫁にいけません」


 なんかもう混乱のあまり意味のわからんことを言っている閻魔に、俺は適当に話を合わせることとする。

 それと、何億年嫁にいってないんだよ、というのは野暮か。


「そうかいそうかい。なんだ、独り身同士、俺が貰ってやろうか?」


 あまり言わない類の冗談だが、まあ、こういう状況ならありだろう。


「な、なななな、なに言ってるんですかっ!!」


 閻魔の突っ込みが俺の耳朶を叩く。うん、いつもの調子だ。


「ほれ、帰んぞ。夕飯の買い物してってやるから、付き合えよ」

「あっ、はい!」


 俺が先に扉を開くと、閻魔はぱたぱたと音を立てて俺を追う。

 今日の夕飯は、何にしようか。




















―――
さて、ちょろっとシリアスの香りも香ってきました。
まあ、実際に開始するのは何話後になるか分りませんが。



それよりも番外編を片付けないとなりませんからね。中盤完成、ここからクライマックスです。
やけに長いです。




では返信。

SEVEN様

李知さんはきっと不幸収拾体質なんですねわかります。やりたい放題と言うか猫耳放題と言うか。
憐子さんとにゃん子は老獪な模様なので、薬師も苦労しそうで。どんどんしろ。
そして、美沙希ちゃんはなんだかツンデレなんだかデレデレなんだかよくわかんないことになってます。
番外編は、多分次回薬師が本気出します。


志之司 琳様

修羅場にすらなり得ない、と言うか、味方でつぶし合ってもどうしようもないことを分かっているんですね。薬師も女性陣も凄まじいです。
そして、自分もにゃん子はありだと思ってます。作中で使ってる途中でこれはいけるな、とか考え始めた私の脳が危篤。
前さんは相変わらずの見事なおいしいとこ取りですね。メインヒロインはすごい。
番外編は、美香お姉さんがおいしくいただけるか怪しい所です。


トケー様

ずっと、猫耳キャラににゃんにゃんと言わせたかった私の夢がかないました。
もうこのままにゃんにゃんしてしまえば良かったのに。閻魔は今回報われてるんだか報われてないんだか不思議な状況になりました。
番外編の鬼は、きっとすごかったんです。多分。そして、召喚に対しここまで緊張感がないのは私の執筆人生で薬師が初めてです。
そして薬師はお父さんと呼ばせようとしてるのに気が付いたら恋されてるから凄まじい。


通りすがり六世様

どんな名前に進化するんでしょうね、ジョグレス進化……。もょもととかでしょうか。
憐子さんとにゃん子はどちらも猫みたいな気性と言うか、片方猫ですが、そういうことなのでしょう。
二人の気まぐれでどんどん振り回されてしまえ薬師め。いや、それはそれで羨ましい。
ともあれ、色々とチーム分けが出来上がってしのぎを削るどころか最終的に皆結託しそうですね。暁御は、まあ、うん。


光龍様

合体攻撃の威力が高過ぎて常人なら致死量に達しています。
しかし、それでもゆるがない薬師が凄い所かいっそクレイジー。
あと、にゃんにゃんはその気になれば屋外でもベッドの上でもそのままソファの上でもやってしまう気がします。
薬師の逃げ足は、走る速度の時点で人智越えてますよねー。いっそ技名を付けて韋駄天エスケープとかどうでしょう。


奇々怪々様

そりゃあ、嫌味ですよねー。千年千年と、薬師の心にぐさぐさと。
前さんの猫耳は、多分その内参上すると思います。メインヒロインですから。
番外編の爪は、きっと藍音さんが抱きついた辺りでやばかったと思います。なんとかはがれなかったようですが。
そして、稽古に関しては薬師様は紳士的でした。あんにゃろうめ。


春都様

千年放置同盟、妙なシンパシーがあったみたいで、強力な勢力が出来上がっています。
多分、薬師一家が一番強力な勢力になってるんじゃないかと。
あと、呪いは色々あるみたいです。人をエロくする呪いとか、性欲を増大する呪いとか。薬師には効かなかったようですが。
番外編の薬師の緊張感の無さは作中一番かもしれません。藍音を呼ぶ声も声ですし、それで来る藍音さんも藍音さんですが。


f_s様

異世界をまたにかける薬師は世界の女は俺の物とか言っても仕方ない領域です。
死ねとは言わないから、とっとと責任取って人生の墓場に入ればいいのに……。
千年放置プレイのテクニカルぶりには恐れ入るばかりです。ある意味自分の首を絞めてますけど。
いい加減千年分の鬱憤をにゃん子と憐子さんにぶつけられてもいい頃だと。


ヤーサー様

明らかに一軒家を買った辺りに薬師のたくらみが垣間見えますね。
ペットOKどころか自分の家ですからね。なにしてもOKですよ。室内でえろえろ、もとい色々なことに興じて大声が出ても問題ないですし。
ともあれ、これから薬師のにゃん子をよぶ攻撃で猫耳が増殖する訳です。
薬師の家には猫耳肯定派が集うようで。









最後に。

閻魔がツン自爆なる妙なジャンルに手を出したようです。



[7573] 其の百十二 俺と子供二人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:10fe63da
Date: 2010/04/13 22:03
俺と鬼と賽の河原と。





 さて、ついこの間閻魔に狙われているかもしれないなんて言われてしまった俺だが。


「ううん今日も頭が重い」

「みゃっ、花も恥じらう乙女に向かって重いだなんてご主人はっ」

「花も恥じらう乙女は人の頭に乗っからない。乗っかれない」

「ご主人なんて変態のくせにっ」

「何時の間にそんなことになってんだ」

「私で触ったことがない場所なんてほとんどない癖にー」

「待て」

「にゃ?」

「それは猫形態の話だ」


 意外と長閑に暮らしていたりする。


「さて、出掛けてくるから降りてくれ」

「ついてくよ?」

「悪いが飲食店だ。そいつはいかん」

「むっ、残念だにゃ」

「つーこって。行ってくる」












其の百十二 俺と子供二人。












「相変わらずだな」

「いらっしゃいませ、来店二回目にして相変わらずとはどういう了見で?」


 俺が現れたのは、由比紀の勤める喫茶店。

 緑髪の店主は、妙に胡散臭い営業用の笑顔で俺を出迎えた。

 そんな笑顔に、俺は半眼で返し、適当な椅子に座る。

 まるで骨董の様な椅子が軋みを上げて、俺を受け止めた。


「閑古鳥が絶滅する予定は?」

「お客様は、ゴキブリが絶滅する日がやってくると?」

「家の中から追い出す位なら夢のまた夢、ってほどじゃねーだろうに。困難だけどな」

「困難です、困難ですねぇ。故にこそ、諦めて人はゴキブリと共生するのでございます」

「世知辛えな」

「こうして、生活圏を侵すゴキブリだけを殺していく世界が出来上がるのですよ、お客様」

「既に生活圏侵してね? 閑古鳥」

「まだ食いっぱぐれておりませんのでね?」

「そうかい」


 無意味な会話をしながら、俺は辺りを見渡した。

 いると思った人影が居ないことに気付いて、俺は店主に聞く。


「そういや由比紀は?」

「お冷を運んでますよ」

「は?」


 ごとっ、と机の下から手と共に、杯が乗せられた。

 驚きと同時に俺が机の外を覗き込むと――、


「……いらっしゃいませ、また来たのね。しかもこのタイミングで」


 そこには、身長百四十にも満たない由比紀が所在無げに立っていた。





















「んー……、こないだより縮んでね?」

「安定しないのよ」


 そうかぁ、安定しないのかぁ。

 ってなんだそら。

 突っ込みたいような気もするが、俺には理解できない分野だ。何も言わないでおこう。

 ともあれ、姿勢を由比紀の方に俺は直す。

 再び、椅子が軋みを上げた。


「ふーん?」

「あ、頭をぽんぽんしないで……」


 おっと、いつの間にか手が頭の上にいっていたらしい。

 指摘されて俺は手を机の上に戻す。

 それにしても、赤のワンピースとは、赤に拘りでもあるのだろうか。


「おう、悪い悪い」

「で、今日はどういう風の吹きまわしなのかしら?」


 澄まして問う由比紀に、俺は少々停止した。

 はて、何故俺はこんな所に居るのだろう。


「……気分?」


 由比紀が大きく溜息を吐く。


「そういう人だわ、貴方って……」


 仕方のないことだ、と俺は笑った。

 由比紀はそんな俺に呆れたか、続きを促す。


「それで? 来たのはいいけどどうするの?」

「ああ、そうだな、冷やかしはいかん、しかししばらくここに居る気なんだ。コーヒー一杯」

「コーヒー一杯で居座る気?」

「茶はねえの?」

「ここは喫茶店よ」


 なるほど、実にその通りだ。


「おにぎりとかねーの?」

「答えはさっきと一緒よ」

「じゃあベーコンレタスサンドとやらを。そうだ、パンに焼き鮭をはさむというのはどうだろう」

「再三言うけどここは喫茶店よ?」

「おにぎり、お食べになりますかお客さん。握りますよ? はっはっは」


 流石店長、ノリがいい。しかし、カウンターに肘をついて乗り出すのは接客態度としてどうなんだ。

 ともあれ、由比紀が俺の注文を受け、カウンターへと向かっていく。


「店長、ベーコンレタスサンドです」

「むむう、お客様はおにぎりを所望だよ?」

「ここは喫茶店です」

「客が白だと言えば黒だって白くなる。とりあえずしたがっとけばいいんだってば」

「ここは喫茶店です、マフィアでも何でもないんですが」

「あんまり変わらないって、ね?」

「全く、何が、ね? ですかもう若くもないのに……」

「と言ってる間に完成だ。かかっと運んでくれるかな? 待たせちゃいけない、首が落ちるよ?」


 意味のあるのかわからない、小気味良い会話を聞いている内に完成したらしい。

 由比紀がとてとてと俺の元に盆を運んできた。


「お待たせ。ベーコンレタスサンドにコーヒーよ。砂糖は?」

「五十三杯」

「糖尿で死ぬ気?」

「もう死んでる」

「それコーヒーじゃなくてコーヒー味の砂糖よね?」

「だが、それがいい」

「本当に入れるわよ?」

「悪かった、四杯くらい多めに入れてくれ」


 言葉に応じ、由比紀が砂糖を入れようとして、

 届かない。

 現在由比紀の身長は机の天板に丁度目線がある位で、机からは頭しか見えておらんのだ。

 だから、俺は一旦席を立ち、由比紀の両脇を掴み、持ち上げた。


「ほーれ高い高い」

「殴るわよ?」

「痛くも痒くもない」

「貴方の名を呼びながらマジ泣きするわよ?」

「すまんかった」


 そいつは困る、と砂糖を入れ終えた由比紀を地面に下ろす。

 疲れたように表情を染める由比紀が、俺の前の椅子によじ登るように座った。


「まったく、貴方はなんでいつもこうなのかしら……」

「知らん。自分で考えてくれたまえよ」


 由比紀の言葉に、俺はコーヒーを啜りながら片手間で答える。

 由比紀は諦めたようにふふ、と笑った。


「それで? いつまで居るのかしら?」


 そんな問いに、俺はきょとんとしてみる。


「言ってなかったっけ?」

「言ってないわ」


 ああ、なら、と俺は言葉にした。


「お前さんのバイトが終わるまで」


















 そうして昼の二時ごろ。

 俺は由比紀とおてて繋いで帰宅している。


「ねえ、貴方……、ロリコンなの?」


 何だ藪から棒に。

 不意に聞かれた言葉はロリコン。

 だが、流石にロリコンでもペドフィリアでもありませぬ。

 俺は一瞬の思案の後返す。


「いや、ねーだろ」


 しかもいきなり何だと言うんだ。

 だが、聞いてきた割に、由比紀はあっさりと納得した。


「そうよね……、貴方がロリコンなら何人救われたか……、小動物が好きなのね、貴方」

「うん? まあ、そうなんじゃね?」


 言ってることがよくわからないので、俺は適当に頷く。

 由比紀は遠い目をしていた。


「遠いわね……」

「なにが?」


 聞けば、由比紀は首をふるふると横に振って、話を切り替える。


「所で、本当にどういう風の吹きまわしなの?」


 俺は、質問の言う所が分からず、聞き返した。


「ああ? どういうこったい」

「こうしてわざわざ一緒に帰ろうだなんて、怪しいじゃない」


 ああ、なるほど、と俺は手を叩く。

 そう言えばそうだ。

 ちなみに言えば、俺が喫茶店に寄ったのは、由比紀の様子見だ。居座るのはその後決めた。

 じゃあ、何故店に来てから居座ったかと問われれば。


「俺、なんか狙われてるっぽいんだわ」

「はい?」

「いや、可能性の話な? もしかしたら」


 まだ、今の所閻魔に照明が落ちただけである。

 だから、閻魔の勘繰り過ぎという可能性もなきにしもあらず。

 というか、狙われてますって言ってそこで勘違いだったら恥ずかしくてたまらないから予防線一つだ。


「んー、でだ。本気で狙われてたら、俺の周りに被害が出るっぽいんだこれが」


 どうやら、相手は地味な嫌がらせ路線で行くらしい。まあ、真正面から挑んでもよっぽどの人物を後ろに付けていないと難しいし、わざわざそんな企みに付き合うような大妖怪もいない。

 大妖怪であればあるほど、そう言ったことに興味が無くなって、脳筋になるのだ。

 力の強い妖怪は策を練らない。とりあえず押せばおーけーな方々である。

 作戦はつかうかもだが、ともかく、狡い企みには乗らないような我侭な人達ばかりだ。

 よって、正面からという手を封じられた人々は、嫌がらせによるノイローゼで俺を退治するのである。


「いやぁ、様子見ていつも通りなら帰ろうと思ったんだけどさ。子供形態だったからあぶねーかなと」


 そりゃいつもの由比紀なら護衛するまでもない。どころか護衛されてしまうかもしれない。

 しかし、今回居るのは普通の危ないお兄さん相手でも危うい由比紀(小)だ。


「うん。一応護衛?」


 言って、由比紀の方を見ると、彼女はその愛らしい目を丸くして、驚きを表現した。


「そうなの?」

「そうなんだ」

「心配してくれたのかしら?」

「あー……、うん」















 ああ、どうしよう。

 顔は赤くなってないかしら。

 私は顔に手を当てて、頬が熱いのを確信した。


「そ、そう、それは御苦労さま」


 少し恥ずかしげに肯いた彼に、私は素っ気なさを装って返す。

 どうしよう、嬉しい。

 こうして喫茶店に現れて、一緒に帰ってるだけでも僥倖なのに、これは何だ。

 私はこのまま死ぬんじゃないかしら。

 熱く熱を持った頭で、私は何か言おうと考える。


「ね、ねえ……」


 彼は、いつも通りに返した。


「なんだ?」


 そして、私はなにも言うことを考えてないことを思い出す。

 なにを言うべきか、言わざるべきか。焦って考えてまた焦って。

 嬉しい、でもこのままじゃいけない、勘違いさせてしまう、お礼くらい言わないといけない、このままじゃ可愛くない女だ。

 よくわからない思考で私が弾き出したのは――。

 そうだ、キスしよう。

 というよくわからない結論だった。


「少し、屈んでくれる?」


 私、何言ってるのかしら……。

 言ってから、自分の考えていることのアホさに気付くが、もう遅い。


「こうか?」


 警戒心零で、素直に薬師は腰を低くした。

 ああ、なんでこういう時に限ってあっさりなのよ!

 もうやけっぱちだわ。


「ん……、もう少し下げて……。……そう、そこ」


 私と薬師が、見つめ合う形となる。

 互いの息も掛かりそうな接近。

 これはお礼、これはお礼これはお礼。

 胸に唱えて、私は決意一つ。

 前に進もうとして――。


「やくしーっ!」

「ぬおうっ?」

「ひゃああっ!」


 無邪気な声に邪魔された。

 し、心臓が止まるかと思ったわ……。

 先ほどとは別の理由で高鳴る胸を押さえて、私は声の方向を見る。


「こんな所で会うなんて、運命ね!」

「偶然だ」


 そうやって薬師に素っ気なく返されている人物は、そう、春奈だ。

 相も変わらず無邪気な春奈は、薬師にそう返された後、無遠慮に私の方を不思議そうに見る。


「だれ?」


 指を指して問う春奈に、未だ衝撃から立ち直りきってない私ではなく、薬師が返答した。


「由比紀だ」

「ふぇ? 由比紀って、あの大きくて真っ赤っかな人間でしょ?」

「そうだ、で、これも由比紀だ」


 不思議そうな顔をした春奈の表情が少しずつ悩んでいるように沈んでいき――。


「……あのでっかいのが由比紀で、このちっこいのも由比紀、由比紀が二人……? じゃあ、わたしの前に居る由比紀は由比紀で……、あれ?」


 その内、煙でも吹くんじゃないかという位で悩み始めた春奈。

 それを見兼ねた薬師が、戸惑うように声を上げた。


「あー……、いや、間違いがあった。これは由比紀じゃない。その従妹のゆいちゃんだ。おーけー?」


 そこに関しては、私もそれでいいと思う。

 このまま行くと電柱にでもぶつかりそうだから。

 すると、あっさりと春奈は納得してくれた。


「そっか、ゆいって言うのね!? わかったわ、私は春奈! 心に刻みなさい!」

「え、ええ、よろしくね」

「それで、薬師、どこ行くの!?」

「帰るんだよ」

「どこに?」

「家だろ。それとも土に帰れとでも?」

「うん!」

「それはどっちに対してのうんなんだ?」

「ついてってもいーい? 遊ぼー!」

「お好きにしやしゃんせ」

「しゃんせ?」


 まったく、嵐の様な子ね。

 と、私は溜息一つ。

 同時に、私はまったく関係ない言葉を吐いた。


「と、所で、少しくっつき過ぎじゃない?」


 ひくひくと、満面の笑顔が引き攣った気がする。

 ともかく、春奈は薬師の手を引っ掴み、まるで腕でも組むかのようにべったりなのだ。

 これはくっつき過ぎだ。美沙希ちゃんじゃないけど、今なら風紀の乱れを持ち出す自信がある。

 私ですら手を繋いだだけなのにっ。


「えー、そんなことないよね?」

「ふむ、これでくっつき過ぎだと、憐子さんあたりは同化してる領域なのか」


 それは基準が完全に狂わされてるわ!

 と声を大にして叫びたかったが、それよりもだ。


「ともかく、くっつき過ぎよ。それじゃロリコンだと勘違いされちゃうわ」

「すまん、手遅れだと思う」

「貴方は口をはさまないでいいのっ」

「いや、だってよー……。周りの視線が痛い痛い、もうやばいんじゃね? 冤罪なのに死刑確定じゃね?」

「そ、そんなのいつもの私が貴方と街を歩けば払拭されるわ」

「いや、もっと手遅れじゃね? 悪名だけがんがん昇格する気がするぜ」


 あれ、これってちょっと夫婦の痴話喧嘩みたいじゃないかしら?

 再び頬に熱がこもるのを感じる。


「おおい、由比紀さん? 由比紀さーん」


 彼の声が、少し遠かった。

 もし私が彼と結婚したらどうなるのかしら……。


「ねー、やくしやくしー!」

「んー?」


 庭付きの家に棲んで、犬小屋を立てて、そこに犬……、じゃなくて猫が住むのね、今の家族構成的に。


「ちょっとしゃがんで!」


 そして、ゆくゆくは子供が……、もう二人ほどいるわね。そんなのが。


「んー……」


 それで薬師が帰ってくる前に毎回食事を……、メイドが作るんでしょうね、どう考えても。


「えいっ!」


 後、姑もいたわね……。

 って……。

 そうして、妄想から通常空間に復帰した私が初めに見たのは――。


「むぐっ」


 春奈に唇を奪われる想い人の姿だった――。

 ……。

 どうしてこうなった。


「薬師のファーストキスを奪ってやったわ!」

「すまん、ファーストキス憐子さんかもしれん」


 なにが楽しいのか飛び跳ねる春奈と、それで尚冷静な薬師の声は、今一つ私の耳に入ってこなかった。

 取るものもとりあえず、私は春奈の前に出る。


「あ、あ、あ、あああああ貴方……」

「なに?」


 私の視線は、無意識にその唇へと向けられる。

 この唇が薬師のキスを奪っていったのね……、この唇が。

 柔らかかったのかしら。それとも男性だから、少し堅い?

 味は? ベーコンレタスサンド味? コーヒー?

 再び意味のわからない思考に至る私。

 そして、最期に辿り着いたのは。


「おおい? 大丈夫か? 煙とか噴きでないか?」


 このままこの子の唇を奪えば……、間接キス?


「その温もりを分けなさいっ!」

「むぐっ」


 訳のわからないまま私は春奈にキスをして――。


「うわー、由比紀が壊れたー。春ですね」


 薬師の平坦な声を聞きながら目を回して意識を失ったのだった。

























「……幼女二人連れて帰宅ですか。いよいよ私も幼女を目指さなければいけないようです」

「いや、いいからこれ以上は手に負えないから」

「片方気絶しておりますね。何をしたのですか」

「そんな目で見ないでくれ、藍音さんよ。多分自爆だ」

「まあ、そうでしょうね」

「嫌にあっさり納得したな」

「まあ、彼女のすることですから」

「やっぱ春なんかねー……」

「目を覚ましたら何も言ってあげないことです。どうせ死ぬほど後悔するでしょうから」








―――
百十二、完成。
幼女再臨。多分この後猫耳にされました。

ついでに番外編、完成。
なんか非常に長くて見づらい様なので、このページのHOMEを押すと、更新分だけ見られます。

壱と弐も見てないよって方は次へ進むを押せばまるっと乗ってます。




では返信。


春都様

どうやら今回の陰謀は薬師がメインのようです。
そして新属性を手にした閻魔に敵はいない方向で話は進みます。
番外編の方は、やっと終了です。ぼかした終わり方になったかもしれませんがこれでいいかと。
流石に無双しすぎたかなと思う位無双しました。


志之司 琳様

サザエさん風のタイトルだとどう考えても・薬師、いつものこと、が常に出てくる気がします。
まあ、こんな感じで新しい空気にも挑戦していきたいと思います。ええ。
美香は死亡フラグびんびんでしたね。危険な程。
ここで言ってしまうとネタばれなので、かかっと見てきて頂けると色々わかるかと。


トケー様

自分で書いててツン自爆なんて聞いたことねえ、って思いました。
でも、某掲示板辺りに在るかもしれません。既存なんでしょうかツン自爆。
そして、閻魔のまるでいじられたいのかと思える発言については長きにわたる薬師の調教が身を結んだんでしょう。
しかし、クトゥルーとはまた渋い所ですね。あのSF的な空気のある神話は気になるけど中々手が出ないジャンルです。


奇々怪々様

たまに、時間経過を作中の人物で表したくなるんですよね。
あと、頻繁に衣装替えもしたいんですけど、読者が混乱するのと、今時の服が分からないので断念したり。
番外編の美香は、本当に忠犬っぷりを発揮してましたね。尻尾と犬耳が似合いそうだ。
そして、藍音さんは非常に器がでかかったようです。


通りすがり六世様

指摘感謝です。修正しておきます。
逆に考えるんだ、セーラー服と通常のカリスマが相乗してこの結果だったんだと。そう納得しないと涙が出ます。
ちなみに、中盤終盤は、番外編の話です。本編の方は終わりが未だ見えてないです。
私が萌え尽きるまでは延々と続きます。


SEVEN様

どんどん破壊力を上げていって、うちの閻魔は一体我々をどうしたいのかってレベルに達してますね。
セーラーに三つ編みは、あればジャスティスだと思っています。
現世の入学式を知ったのは、多分漫画あたりじゃないでしょうか。もしくは薬師なら落とした人間の関係で父兄席に立ってそう。
薬師の人生の損得は、薬師はどう考えても楽しんでますよね、目一杯。他から見ると残念なような羨ましいような人生ですけど。


zako-human様

ジャンルが新しすぎて、私すら付いていけない領域です。
しかし、萌えるから構わない。そういうことで。
今回の敵は、小物臭がします。嫌がらせてノイローゼにして勝つぜ的な精神攻撃派ってねちねちしてそうですよねー。
そして、今回薬師無双もいい所。自重しなさいと言いたくなります。


光龍様

外伝の分割は、色々とあれなので、更新分をホームから見れるようにしました。
ここで削除すると、ログは残るのか、結局記事を上にあげる時にうん十回クリックしてページ待ちになっちゃうんですね。
そして、多分本人的には静かに愛してるんじゃないでしょうか。藍音さんは。
本気になったら凄いことになることを示唆しているのかもしれません。


f_s様

パッシブスキル、ということはアクティブなスキルもあるのでしょうか。
それこそ、諸共自爆的なスキルですね、ツン自爆。
照れ隠しで魂分裂しそうです。明らかに。
果たして敵以前に薬師は生き残れるんでしょうか。



最期に。

薬師がロリコンなら少なくとも何人かのロリが救われただろうに。



[7573] 其の百十三 俺とあれな賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2dbeab00
Date: 2010/04/17 21:41
俺と鬼と賽の河原と。




「あー……、もしもし?」

「あ、もしもし、オレオレ」

「詐欺か?」

「違うって、オレだよオレ!」

「いや、名前を言えよ」

「だから、オレだって! オ、レ!」

「じゃあ、上から下まで名前全部言ってみろよ」

「オレオレオ」

「は?」

「だから、オレ・オレオ!」

「え、もしや、オレさん? 名前オレ・オレオさんなの?」

「やっとわかったのか、おせーぞ、拓也!!」

「え、拓也って誰だよ……」

「え……?」

「俺は薬師。貴方は?」

「オレ」

「貴方がおかけになったのは?」

「拓也」

「俺は?」

「薬師?」

「そう、正解」

「……どうやら間違えたみたいだ、申し訳ない」


 がちゃり、と音が響き、電話は切れた。

 俺は思わず叫ぶ。


「間違い電話かよッ!!」


 別にそこからオレ・オレオさんと何かがあった訳でもないのだが。









其の百十三 俺とあれな賽の河原と。










 呼ばれて来てみた玲衣子宅。

 いつものように勝手に侵入してみると――。


「今回も、よい返事は頂けないので?」

「ええ、そんな答え、ありませんわ」

「よー玲衣子ー、今日はどうしたん……」


 ――俺は非常に場違いだった。

 居間には、机を挟んで真剣に向き合う紳士然とした初老の男と、玲衣子の姿。


「お邪魔……、しました?」

「お待ちになって? 問題ありませんから、こちらへ」


 俺は思わず、開いた襖を閉め掛けて、玲衣子にやんわりと止められる。

 そのまま彼女は自分の隣の畳をとんとんと叩き、俺を促した。

 それに従い、俺は玲衣子の隣に座る。


「ああ、ええっと……、誰だね? 君は」


 面喰っていたロマンスグレーな男が俺に聞いた。

 果たしてどう答えたもんかと考えている内に、玲衣子が答える。

 俺の腕を抱きしめ、にっこりと笑って一言。


「私の、いい人ですわ」


 なんでやねん、と言いかけて、やめる。


「どーも、いい人の如意ヶ嶽薬師っす」


 俺は空気を読んだ。

 そうだ、今年の抱負は空気を読むで行こう。

 すると、紳士っぽい人は、酷く狼狽した。

 意外な人物に意外な恋人がいたって感じの驚き方じゃない。

 まるで憔悴と落胆が入り混じったような、そんな表情だ。


「そういうことですわ」

「そう、ですか。そういうことなのでしょうな……」


 何かを納得したように呟く爺さん。

 しかし、ここで困ったのが、俺だ。

 そう、この状況はなんだ。この爺さんは誰だ。


「ええ、とだな……、悪いが、玲衣子からなんも聞いて無くてだな。来客があるとか聞いてなくてそりゃびっくりしててだ」

「は、そうなのかね?」

「そうなんだ。で、お前さんの名前は?」

「ああ、私は関野 泉助。入獄課で働いている」

「ふむ……、で。そこな玲衣子との関係は?」


 俺が、核心に突っ込むと、そこな紳士、泉助は恥ずかしげにぽつりと呟いた。


「片思い中の身でね。まあ、たった今君の存在によって完全に振られてしまったことになる訳だが……」

「わお、そいつは驚きだな。正直どう反応していいか分らんね」


 無表情で呟かざるを得ない俺に、泉助は苦笑する。


「いや、すまないね。むしろ私の方が空気を読めていなかったようだ」

「いやいや、こちらこそなんかすまん」


 あまりの紳士振りに思わず謝ってしまう。

 むしろ応援してやりたい位だぜ、と思っていたら――。


「それで、玲衣子さん。うちのミケとの話は、無し、と言うことに?」

「はい。うちの子はあげません」

「え、なにそれ」


 そこなロマンスグレーさんが玲衣子に片思い的な展開なんじゃないの?

 とか思ったが、実は違ったらしい。

 わざわざ泉助が説明してくれる。


「ああ、うちの猫に相手が欲しい、と思っていてね。できれば、子供もできればいいんだが……」

「そっちはわかった。完全に振られたっていうのは?」

「結婚しろ、とうるさいのですわ。こうやって恋人の一人や二人、いると言うのに」


 言いながら、ぎゅっと俺の腕を抱きしめる力を強める玲衣子。

 ははあ、なるほど、俺の恐れている展開にはまったくならないらしい。


「先に言ってくれれば、わざわざ見合い写真なんて持ってこないものを」


 などと泉助が苦笑交じりに呟く。

 ここのご家庭は見合いさせられそうになる週間でもあるんですか。

 という疑問は呑みこんだ。聞いても仕方ないだろう。


「まあ、この場にこんな老骨は不要だな。お暇するとしよう」


 立ち上がり、歩き出そうとする泉助。

 玲衣子が見送りに行こうとするが、泉助はそれを制した。


「はは、構いませんよ。若い二人の邪魔はできんのでね」


 すごいな……、玲衣子を若い分類に入れられる辺り凄い。

 そして俺も若くない。

 のだが、突っ込む所でもないだろう。

 黙って見送れば、泉助は帰って行った。


「なぁ……、俺をだしに見合い話を断るのは別にいいんだが。先に言っといてくれると吃驚しなくてすむんだが」


 俺のやる気ない抗議に、玲衣子はいつものように笑う。


「言ったら逃げてしまうでしょう?」

「どうだかな。第一お前さんもお前さんできっぱり断っちまえばいいもんを」

「お節介焼きなのですわ。泉助は」


 そう言えば、泉助と玲衣子はどういう関係だったのだろうか。

 俺以外の友人がいたことに多少驚きながら、俺は聞いた。


「そういやあのおっさんとは如何様な関係なんだ?」


 すると、玲衣子はからかうようにうふふと笑う。


「気になります?」


 そんな顔をされると非常に気になると言いにくい。

 べ、別に気にならねーよ、とか言いたくなる空気である。


「気になる」


 だが、そんな空気を横に捨てて聞いてみることとする俺。

 玲衣子は今度は、嬉しげに笑った。


「ふふ、お気になさらず。仕事の元同僚だったんですの」

「ふーん?」


 どちらかと言うと、玲衣子の方が先輩だったっぽいな。

 心の中で感想を下していると、俺はもう一つ気になった。


「なんで嬉しそうなんだい? 玲衣子さんや」

「気になる、と言ってもらえるのは嬉しいものなのです。それが貴方なら尚更」


 俺にはわからないが、本人が言うならそうなのだろう、と俺は納得する。


「そうなのか」

「そうですわ」


 双方納得し、俺はふと、机の上に置いてあった黒い本。要するに見合い写真。

 それを開いてみる。


「うえ、二枚目だ、やべーな、優良物件じゃねーか」


 そんな無責任な言葉を零したら、俺に向かって玲衣子は言った。


「私が結婚したら、いやですか?」

「ははぁ、そうだな。結婚式には呼んでくれな」

「私が結婚したら、こんな風に入り浸ることもできませんわ」

「そいつは困るな」


 俺の言葉に、玲衣子が苦笑する。

 俺も微妙な笑みを返した。


「まあ、お前さんが幸せな方向での結婚なら止めはしねーけど」

「じゃあ、無理にお見合いさせられそうになったら?」


 俺はかかっ、と喉を鳴らして言葉にする。


「見合い会場吹っ飛ばす。これで星が二つ目だな」


 玲衣子も何故か満足げに笑った。


「そうですか……」

「しっかし、お前さんも物好きだねー。さっきのあれなんか金持ちだしな、飛びつきゃ一生楽できんのに」

「高い、高いマンションの屋上に住むよりも。こうしてここに住んでる方が落ち着くんですよ」

「わからなくもないな」


 人はそれをもの好きと言うのかも知れんが。


「ふふ、それに、マンションじゃ猫も来ませんし、ね?」

「あー、来ないな」


 そりゃマンションの最上階まで昇ってくる猫なんていないだろう。

 そんな風に俺が納得していると、玲衣子が突然俺に詰め寄った。


「ん?」


 どうしたんだ、と聞く前に玲衣子は俺に囁く。


「泉助の前では、私と貴方は……、恋人になってしまいましたね、ふふ」

「そうさな」

「練習、しましょうか」


 そう言って、玲衣子はさらに俺へ距離を詰めた。

 鼻先一寸。そこに玲衣子の顔がある。


「いや、それには及ばんって」


 練習とかめんどくせー、とか思って俺は断ろうとしたが、そうはいかなかった。


「駄目です。貴方はきっと、あっさりぼろを出してしまうでしょう?」


 残念、否定できない。

 俺は大根である。演技的に考えて。


「何故、残念な役者を大根と呼ぶのだろう、とたまに考えるくらいには危ないな」

「よくわかりませんわ」

「俺にもよくわかってねー」


 しかし、練習とやらを玲衣子的にやめる気はないらしい。


「えいっ」


 可愛らしい掛け声が聞こえたと同時、俺は畳を背に付けていた。

 要するに、押し倒されているらしい。

 ……男女逆じゃね?

 いや、俺に女を押し倒せるほどの若さは多分ないが。


「ううむ、所で聞きたいんだが」

「なんでしょう?」

「恋人って人前でこんな真似すんの?」

「します」

「過激だな」


 どうやら時代は変わったらしい。

 こんな老骨では時代についていけないようだ。


「では、練習といきましょう」


 となにともなく練習を始めようとする玲衣子を、俺は一度制止した。


「いや、まて。そもそも何をするんだ」


 そんな俺に、玲衣子はきっぱりと言い放つ。


「囁いてくださいませ。歯の浮く台詞を」

「……すまん、それ無理」

「あらあら、意気地のない」


 そんなこと言われても無理なもんは無理だ。

 一体玲衣子は俺を彼女いない歴何年だと思ってるのか。

 何年じゃないぞ? どころか十何年でもないし、何十年ですらない。

 俺の彼女いない歴は四桁だと言うに、お嬢さんは無理難題をおっしゃる。


「あいし、てるよ?」

「合志照代さんですか?」

「だーもう、無理無理、わからん、駄目だ」


 俺は、降参を示して、身を起こした。

 あら、と俺の上に乗っていた玲衣子を身を起こすこととなる。


「ほら、男は黙って突っ立ってるからよー。そっちで頼むぜ」


 そこまでさせられる義理はねえっ、と俺は開き直って見た。

 要するに、俺は借りて来た猫のようにじっとしてるからそっちでどうにかして頂戴ね、と言う訳だ。

 そんなことを俺が言うと、玲衣子は納得した。

 納得してしまったのだ。


「じゃあ、聞いてくださいね?」


 胡坐を掻いている俺に、玲衣子は後ろから抱きついた。

 そして。


「お慕いしております……」


 と、耳元で囁くのだ。


「愛してますわ……」

「すまん、こそばゆい」

「貴方が言ったのに?」

「俺が悪かった」

「んふふ、それは残念ですわ」


 どうやら諦めたようだ。

 ほっと一息ついた俺、そして、そこに不意にメール。


「ん? げ……、呼び出しだ」

「あら、それは残念」


 携帯には、閻魔から助けを求める文章が。

 仕方がない。

 俺はどっこらせ、と年寄り臭く立ち上がる。

 合わせて、玲衣子も立ち上がった。

 二人で、玄関へ。


「ふふ、では行ってらっしゃいませ」

「ああ、行ってくる」


 そんな時、ふと悪戯っぽく笑って玲衣子は言った。


「次くるまでに、歯の浮く台詞、考えておいてくださいね?」


 俺は、苦笑と溜息を返す。


「無理無理、よく考えてみると、俺、お前さんのこと好きとか嫌いとか、考えたこともないから」


 なんつうんだろうな、と自分でも考えながら。

 そして、言葉にした。


「お前さんといると気が楽なんだ。別に何もしてなくても、なんとなく楽しいんだよ」


 そう言って俺は外へ出て、その背中に声が掛かる。


「言えるじゃありませんか。歯の浮く台詞」


 俺にはよくわからない。しかし、玲衣子の方が分かっているのだろうので、俺は片手を上げて答えた。


「そんなもんかね?」

「そんなものですわ」


 その顔は、照れたように笑っていたんじゃないかと思う。
























 その後。

 俺は学校で――。


「え、ええと、はい! ベアトリーチェ・チェンチと言いますですっ、はい」


 とある少女と出会った。











―――
いや大変だった。百十三です。
実はこれ、一回書きなおして別の物に差し替えたんですね。
なにが悪かったって、途中まで書いて何かしっくりこないな、って思うこと、ありますよね?
多分あります。大体の物書きに。
おかげさまで、昨日から零から一気に書き始めて徹夜して突貫作業でした。
ともあれ、なんかベアトリーチェさんとやらも出て来たようだし、色々あるようです。





では返信。


春都様

ロリ、百合、両手に花とか薬師は一体どこの桃源郷に居るんでしょう。
地獄なのに。いい加減針山地獄を素足で歩いて欲しいもんですね。
そして、番外編で2フラグ立ててますね。予想を裏切らない薬師でした。美香はいつかどっかで出てくるかも。しかも近いうちに。
実は、今回そのフラグの一つを回収しようと思ったんですけどやめました。主に自分の精神の安定的に問題があって。


奇々怪々様

コーヒーはブラックで、とか言えないのが薬師です。五十三杯はコーヒー味の砂糖ですが。
そしてアホの子は見事トリックスターの位置取りをかっさらって行ってますね。流石アホの子。
ロリコンであろうとなかろうと被害が出る薬師は、やはりもうどうしようもないのでしょうか。
いい加減あのフラグビルダーっぷりはどうにかならないものか。


トケー様

……とても素敵な御友人がいらっしゃるようで。凄絶ですね。
そして、閻魔家は暴走の家系なのでしょうか。玲衣子さんが暴走したらどうなることやら。
……十八禁ですねわかります。どう考えてもエロ展開。
薬師の必殺技については――、大丈夫、放射能の出ないクリーンな最終兵器だよ! と言うどこぞの攻略本の様なキャッチコピーが思い浮かびました。


SEVEN様

飲食店でGの話はタブーですよね。それでもしてしまうのは喫茶店の店主と言うより趣味人だからに違いない。
李知さんも暴走するし、閻魔も駄目だし、由比紀もアウト。これは酷いですね。その内あの未亡人もなんでしょうか。
アホの子については、現在預かっている運営のおねーさんと昼ドラとか見て社会勉強中です。
しかし、番外編は酷く脳筋っぷりを露呈してましたね。たしかに。まあ、腕力で問題をどうこうするために強くなるのですから当然の帰結ですけど。


光龍様

慌てだすと人間なにするか分りませんからね。
鍋が噴きこぼれそうになって、思わず掴んで火傷したのもいい思い出です。
そのまま気合でテーブルに乗せてやりましたけど掌がべろんべろんでした。
そして、アホの子の無邪気攻めは今までにない攻勢を見せるようです。


通りすがり六世様

ははは、そこまで言ってもらえるとなんか照れますね。
確かに未だ終わりが見えてないっす。あと、細長くやれればいいなと思ってるんで、やっぱり長くなりそうです。
いやはや、春です。きっと変態も沸きますね。ああ、後ちなみに妹の幼女化は月経みたいなノリで入ってくるので本人で周期は把握しているようです。
しかし、薬師に関してはもう何が普通で普通じゃないんだか分らないです。今回なんて押し倒されてますし。


志之司 琳様

閻魔さん地は全体で暴発したがる家庭みたいですね、ええ。カオス。
果たしてロリコンだったら何人喜ぶんでしょう。あと、何人が下詰の元にロリ化薬を求めに行くのやら。
アホの子は、ドラマやら、預かりになってる運営のOLおねーさんの話で勉強中です。色々吹き込まれたようです。
下詰は、なんというか既にデウスエクスマキナの領域と言うか、オチ担当というか。対価さえあれば世界さえ売ってくれる素敵な店主さんです。






最後に。


書きなおす前はスライムと少女Aとの話だった。
命拾いしたな、と言ってみる。



[7573] 其の百十四 俺と生徒とメガネ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2532f020
Date: 2010/04/20 22:07
俺と鬼と賽の河原と。






 そう、それは女性などではなく――。

 紙束だった。











其の百十四 俺と生徒とメガネ。









 俺が学校の廊下を歩いていると、紙束に出会った。

 いや、正確には足の生えた紙束だった。


「おーい……?」


 思わず、俺は脚を止める。

 返事は、紙束の向こうから聞こえて来た。


「ぼ、僕ですかぁ?」

「そう、そこの紙束だ」


 ああ、ちゃんと人間だ。

 俺は胸をなでおろす。どうやらあまりに高く積まれた紙に上半身が隠れきってしまっているらしい。


「あー……うん、半分寄越し」

「きゃふあ!」


 半分寄越せ、と俺が言う前に、紙束の持ち主は……。

 転んでいた。

 ……天然なのか?


「おい、大丈夫か?」


 手を伸ばした俺を見上げた女性は、どうにも美しかった。

 艶やかな黒い髪は首元まで。眼鏡の奥の瞳もまた、綺麗な黒で、優しげな空気を醸し出している。

 長いスカートにブラウス。その上にカーディガンを羽織っている所を見れば、どうやら遠くない文化の世界で生きていた人物らしい。


「あ、はっ、はい! 大丈夫でひゅっ……、です」

「とりあえず、落ち着いてくれ」


 言いながら、女性が俺の手を掴む。

 そうしてなんとか立ち上がった女性は、落としたであろう紙束を見て、驚いた。

 落とし、散らばったはずの紙束は、先程の姿のまま床に鎮座している。


「あれ……? 散らばってない」

「ああ、気にすんなほれ、半分持ってやるから、どこに行くんだ?」

「あっ、ありがとうございますですっ、あわっ、ありがとうございます。職員室です」


 俺が勝手に半分持ち上げると、慌てて女が頭を下げる。

 そうして、俺は歩き出した。


「ところで、その……、貴方は?」

「俺は如意ヶ嶽薬師、ここで教師やってるよ」

「……! 貴方が……」

「んん?」


 何ゆえか驚いた女に、俺は疑問符を浮かべた。

 すると、女は慌てたように取り繕う。


「そ、そそそそ、その、色々と噂になってるんですっ。色々とぉ!」


 遺憾ながら、俺にそれを否定することはできなかった。


「そーだなぁ……」


 入学式の大立ち回りとか、色々と噂に事欠かなくなっていることは事実。

 名前ぐらいは聞こえてても仕方ないだろうな、と俺は溜息一つ。


「そういや、お前さんの名前は?」

「ひゃいっ、僕ですか!?」

「そう、お前さん」


 言った俺に、女は一度深呼吸し、俺に教えた。


「え、ええと、はい! ベアトリーチェ・チェンチと言いますですっ、はい」

「ふむ……、ここはいい名前だ、とか姓名判断をする所なんだろうが。悪いが俺には名前の良し悪しの判断がつかん」

「っはい、恐縮ですっ!」

「いや、褒めてる訳でもねーんだけどさ……」

「ふぇ、そうなんですか?」


 変な奴だな。

 心中で呟くと、俺は片手で職員室の扉を開いた。

 机の上にどさりと紙の束を置き、俺は再び外へ向かう。


「じゃ、俺はこれで帰るとしよう」


 ベアトリーチェは、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございましたっ」


 いやはや、変な奴だったな。

 まあ、授業も別みたいだし、もう会うこともねーだろう。


















 だなんてしたり顔で呟くのはやめて良かったと思う。

 所でだが――、地獄にも、電車に列車、新幹線、そういったものは存在する。

 そして、奇しくもその日俺は家の手続きがどうので役所に赴き、電車で帰り始めていたのだが――。


「っ……。……!」


 電車内に、見知った顔が一つ。

 俺は無遠慮に、その人影に近づいた。


「おい」


 ベアトリーチェ。彼女の顔は、不自然に赤く、まるで助けを求めているようで。

 まあ、何がどうって言われれば。


「痴漢はいかんな、痴漢は」

「っ!!」


 言った瞬間、近くにいた一人の男が速足で逃げ去った。

 俺はそれを特に追いもしない。

 別に痴漢を捕まえるのが目的ではないのだ。

 ここでベアトリーチェが、『許さんッ、追えっ!』というならそれも吝かではないが。

 しかし、怖かったとでも言うように俺の腕にしがみつくベアトリーチェを見れば、振りはらって追い掛ける選択肢はないだろう。


「おうおう、無事……、じゃないな」

「っ、ひっく……!」


 今にも泣きそうな、どころか半べそのベアトリーチェ。

 この怯えようは異常だと思わなくもないが、俺は痴漢されたことはないのでその恐怖は理解できない。

 いや、俺が痴漢されたら別の意味で非常に恐ろしくあるが。


「……うん、そうだな。出よう」


 色々と考えて、こんな電車の中では落ち着くことすらできやしない、と俺は判断。


「ふぇ……?」


 俺は一発ベアトリーチェを抱きかかえると――。


「いや、いい天気だな」


 電車の窓から飛び出した。


「ひぃいいいいやあああああああああああああっ!!」


 あ、やばい。

 これ無賃乗車だった。後で金払いにいかねーと。












「うぇっ……、ひっく……、ひぃ、ああ……」


 半べそから全泣きに昇格したベアトリーチェは、土手で未だに泣き続けている。


「あー……、悪かった。いきなり飛び出すのはいかんかったよなぁ。飛び出しますよー、五、四、三、零。位は言うべきだった」

「うぇええええええええんッ!!」


 余計泣き出してしまった。

 どうしようこれ。

 これを誰かに見られたら――。


「薬師さんっ、一体何をやってるんですか!!」


 誰かに見られるんですね。これが世界の法則ですか。


「やあ、三つ編み閻魔殿、助けてくれ」


 道路のある方から姿を現したのは、なんとも言えぬ閻魔様であった。


「助けてくれって……、一体何をやらかしたんですか、貴方は!」

「かくかくしかじか、で終わらせたいところだが、そこの」


 言いながら、俺はベアトリーチェを指差して。


「うちの学校の生徒。電車で会う。痴漢されている。追い払う。電車から落ちる。以上」


 できるだけわかりやすく説明したつもりの俺だったが、閻魔には伝わらなかった。


「電車から落ちる、以上、ってなんですか! その思考ルーチンが異常ですっ」

「いやさ、満員電車で座るとこもないから落ち着ける場所に移動しねーとなー、と思ったんだよ。俺は」


 無論、逆効果だったが。


「馬鹿ですかっ、馬鹿ですか!」

「ひでぇ、二度も言うとは。親父にも言われたことない……、あるわ」

「どっちですか!」

「いや、閻魔、論点がずれてるぜ」


 そう、問題は――。


「貴方が無賃乗車した件ですね?」

「いや、違うから」

「そうなのですか? まあ、そちらは私が立て替えておきますが」

「お、助かる。で、問題はそこのベアトリーチェさんだろ」

「ああ、そうでしたね。一瞬、またいつものことか、と思って見逃しそうになりました」

「なんだそりゃ」

「自分のむねにきいてください」


 心当たり……、ないな。

 一人俺が肯いていると、いきなり閻魔が歩き出した。

 俺は捨てられた犬の様な目で閻魔を見つめる。


「おま、この状況で見捨てて消えるのか。どんな鬼畜だ」


 閻魔は、肩を怒らせて思い切り否定した。


「違いますっ!! 温かい飲み物でも買ってきますからっ、その間薬師さん、お願いします」

「おお、ありがとさん」


 俺の礼を背に、閻魔は小走りに駆けていった。

 そして、仕方ない、とベアトリーチェに向き直る。


「おーい、ベアトリーチェさんや」

「ひっく……、うう……」

「ベアトリーチェさん、ベアトリーチェさーん」


 しかし、ベアトリーチェは嗚咽を返すのみ。

 そして、俺は。


「お前さん、名前長いよな」


 ベアトリーチェを呼ぶのが面倒になっていた。


「ひっ……、わあああああああああぁあんっ!」


 残念、逆効果だ。

 すごい泣き声である。

 どこかの誰かを、というか今飲みもん買いに行ってる人を思い出す。


「なあ、ビーチェ。いい加減泣きやんでくれ」

「ふぇ……?」


 不思議そうに見上げたベアトリーチェを見下ろして、俺は言った。


「あだ名だな。ビーチェ。確かベアトリーチェならんなもんだろう?」

「……ひゃい」


 いきなりあだ名の話になった俺に、ベアトリーチェ、あらためビーチェは毒気を抜かれたらしい。

 未だ嗚咽交じりではあるが、とりあえず泣き声、と呼べるものは収まった。


「む、おお。あそこにおあつらえむきに椅子があるぞ」


 言いながら、ビーチェの手をとり、半ば強引にベンチに座って、抱きしめてやる。

 そして、ぽんぽんと背中も叩いてやった。

 そうして、ビーチェが完全に落ち着くまで、何も言わずに待つ。


「……あの、先生」


 ビーチェが不意に、恥ずかしげに声を上げる。


「先生?」


 腕を離して、思わず聞き返した俺に、ビーチェは肩を震わせた。


「あっ、あ、あの! 駄目でしたか!?」

「いや、別にいいけどな。ただ、学外ではタメ口推奨だ」

「へっ? ひゃ、ひゃいッ……、……はい」

「で、なんだ?」


 先を促した俺に、ビーチェは照れたように呟いた。


「……ありがとうございます」

「ん?」

「いえ、その……、助けてもらったのにお礼もしてなくて、あの」

「いや、んなことより、敬語」


 言い放った俺に、ビーチェは面喰って俺を見た。


「どうしても、外さないと、駄目ですか?」

「いや、まあ、程々にな」

「う……ん、それじゃあ、そうしま……、するけれど。敬語交じりになっちゃうかも」


 しかし、それにしても。

 これじゃあ、女性、というより少年だな。

 標準より低い背と、僕、の言葉に対し、俺はそんな感想を抱く。


「ねえ、先生」


 ふと、聞かれて俺は顔を上げた。


「なんだ?」

「先生、って、……恋人いる?」

「なんだ不躾に。彼女いない歴四桁の数字を言えば満足か。鬼畜めが。いや、鬼畜眼鏡め」

「ひぃ、ごめんなさいぃ! 気になっただけなんですぅ!」

「いや、そんなビビらんでも。うん、彼女かー、いねーなー」


 居たためしもない。

 彼女いない歴未だ更新中である。


「先生」

「ん? なんだビーチェ」

「僕のこと、ビーチェなんて呼んだの、先生が初めてです――」


 なんだか感慨深そう、とでも言えばいいのかどうなのか、少々恥ずかしげにビーチェ入った。

 しかし、この眼鏡、相変わらずに敬語が抜けていない。

 とまあ、どうでもいいことを考えていると、何事かをビーチェは悩みだした。

 ベンチの上でうんうんと唸っている。

 そして。

 不意に、ビーチェが立ちあがった。


「その、先生っ」


 俺を見たビーチェに、何か嫌な予感を覚えた俺。

 そして、それはあながち間違いでもなかった。


「ぼ、僕がっ。僕が先生の彼女に立候補してもいいですかっ!?」


 ……。

 こうしては居られない、と俺は立ち上がり、なんとなく、ビーチェの頬を突く。


「あ、あのっ、先生?」


 つんつんと突き続けること数十秒。


「待て、ビーチェ。お前は可愛い。考え直せ」


 出て来たのはそんな言葉だった。


「え、えぇええぇえええ……? ど、どうしてですか? 僕に魅力はありませんかっ?」

「むしろ俺が聞きたいよ。どうしてですか? 俺に魅力はありますか?」

「そ、それは……」


 言い淀むビーチェ。

 これで惚れたなら、どう考えても吊り橋効果である。電車を飛び降りた際のドキドキに違いない。

 しかし、どうにも純粋に惚れた腫れたの話ではないらしい。

 面倒な事情でもありそうだが――。

 そんな面倒なお話は御免だ。


「それが言えんなら無理だな。後、もう一つ理由があるとすれば――」


 そう、それは――。


「後ろに怖い顔の閻魔様が笑顔で突っ立ってるからかな」
























「どうしてっ、貴方はっ、こうもっ、簡単に女性を!!」


 こうして俺は閻魔宅で説教中である。


「あんまりじゃありませんか? それに、先週会ったばかりと言いますしっ! 貴方は一体何を考えて――!」


 ちなみにビーチェは家まで送ってきた。

 抜かりはない。


「悪かったって。……そうだ」


 ふと、俺は閻魔の頬をつついてみる。

 閻魔は面喰ったように俺を見上げた。


「な、何をするんですか……」


 俺は一心不乱に頬をつつく。


「ふむ、閻魔の方が柔らかいな」

「知りませんっ!」


 閻魔はそっぽを向いてしまった。

 俺は手を下げて、台所へと向かう。

 飯でも作って機嫌でも取ろうか。


「ふむ、味噌汁だな。味噌あったよな?」

「ああ、ありますけど、なんでいきなり……」

「昨日俺は戦闘機ゲーをやっていた」

「……はあ、そうなんですか」

「で、だ。ミサイルが撃たれると管制官がミサイル、ミサイル、って言ってくれるんだが――」

「それが?」

「英語だからミソッ、ミソォ! に聞こえるんだ」

「……そうですか」











「それにしてもベアトリーチェ・チェンチか。面倒なことになりそうだな……」









―――
と、まあ。導入部としてこんな感じです。おもしろかったかどうかは自信ありません。
こっからベアトリーチェさんのお話もスタートしたり。



では返信。


奇々怪々様

オレ・オレオさんの出番は……、できたら出したいと思うくらいには素敵に思ってます。
あと、もう既に玲衣子さん宅は薬師別邸だと思います。
更に、玲衣子さんと薬師は傍から見れば明らかに恋人を通り越して夫婦だと。
前回の初期版に関しては、いやあ、既に私は書いてる時点で大ダメージですから。次書いたら二度死ぬことに。


SEVEN様

オレオレさんに関しては、いつか再登場することを祈りましょう。
玲衣子さんなら笑顔で監禁くらいはやらかしそうです。そして薬師も精的な方面に行かなければ面白がるように抵抗しないかと。
あと、薬師が空気を読んだら何回結婚したらいいんでしょう。
ちなみにビーチェさんは僕っ娘でした。後眼鏡。


トケー様

玲衣子さんは外堀を埋めて勝ちに向かうようです。
そして、周りが結婚してるよね、と言えば薬師もそうだったかも、とかいいそうです。
ちなみにベアトリーチェさんはある意味どのベアトリーチェさんにも掠ってないかもしれないくらいの有様でした。
あと、スライムは薬師の生涯で唯一勝てない相手だと。倒せる倒せないじゃなく、勝てない方向で。


通りすがり六世様

自分は既にグロッキーです。スライム怖い。天使の羽と悪魔の羽が生えてました、怖い。
ええ、冒頭は完全に思いつきでした。全く関係ないけど思いついたのでやっちまいました。
そして、どうすれば薬師の理性を断ち切れるのか、自分すらわからないです。
全員で迫ってもスルーしそうですし。


Smith様

エロ……、ですか。
何を隠そう私はエロが書けないです。いや、書けないこともないかもですが、何って、書いたことないんですね、これが。
書くなら各方面から勉強してこないといけませんね。エロに関してはまったく別の技術が必要なので。
というか、濡れ場のある小説を書いた高校生ってどれくらいいるやら……。


志之司 琳様

オレ・オレオ、製品化したらおいしいかもしれません。
そして、相も変わらず薬師の空気ブレイカーぶりが異常ですね。エロに発展しない方がおかしい気がするのに。
ベアトリーチェさんは今後あれやこれやと関わってくるようです。しかし、どうせ薬師だ。悩み解決ついでにフラグ立てて帰ること間違いなし。
そして、北海道では未だ雪が降る日があります。今日正に降りました。春度が足りないようです。


春都様

まったく意識しなければぽろぽろ甘い言葉が出てくるのに、というか。
出てくるからぽろぽろフラグを立てていくんですね、わかります。そしてフラグに埋もれて死んでしまえ。
あと、きっと泉助氏はデートとかセッティングしてくれると期待してます。
しかし、たまに勧められるXXXですが、やるなら自サイトの方ででしょうね。しかし、まだ書けるか分らん領域です。正直っ……、喘ぎとかっ、エロいの書ける方は凄いと思います。



最後に。

ベアトリーチェは非常に打ち難い。
それ故ビーチェにマイナーチェンジ。



[7573] 其の百十五 眼鏡と俺と学校で。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2f05d7df
Date: 2010/04/23 21:52
俺と鬼と賽の河原と。






「薬師様に――、眼鏡属性はないと思ってましたが」

「俺にもあった記憶はねーよ」


 そんなこんなで俺が眼鏡の藍音を拝んだり拝まなかったりしたが――。

 概ねいつも通りである。













其の百十五 眼鏡と俺と学校で。












「先生っ、おはようございます!」

「ああ、おはようさん」


 今日は学校だ、と外に出れば、そこにはビーチェが立っていて、俺に気付けばすぐに駆けより。


「今日も学校でいいよね? 僕も今日授業だから」

「ああうん、今日も学校だな」


 実を言えば、最近見慣れた光景だから、俺も戸惑いなく反応する。

 よく言えば積極的、悪く言えばやはり積極的。要は積極的なのも考えものという奴だ。

 俺には女性関係をもつ気力も器量もないのだから、実に困りものである。

 かといって、ぶん殴ってでも止める様な度胸もないから、俺もいよいよもってどうしようもない。


「で、では、行きましょうっ!」


 一過性のものであるだろうので、時間の経過を待つほか無いだろう。

 などと、投げやりに考えて、俺はビーチェと学校へ向かう。

 話すこともなく、宙空を見つめてぼんやり歩く俺。

 同じようにしばらく黙っていたビーチェだが、不意に声を上げた。


「せ、先生っ!」

「んん?」


 声に気付いて横を向いた俺が見たのは、真っ赤になったビーチェの姿。


「そ、そ、そそそその……」


 やたらとどもりながら、ビーチェは俺の手を取った。


「お、お手を拝借、しますね?」

「何を言ってるんだお前は」


 言いたいこともやってることもわかるが、言ってることは意味不明。

 そんな俺の突っ込みに、めったらに恐縮して、ビーチェはぺこぺこと頭を下げた。


「ご、ごめんなさいぃ。僕が生意気でした!」


 そして、そこまで恐縮されては、こちらが困る。


「いや、悪かった」

「ごめんなさい、すいません、僕なんてウジ虫にも劣りますです!」

「すまんかった」

「むしろ僕の存在がごめんなさいですっ、もう眼球から脳髄抉られて死んでしまいたい!」

「グロイな」

「グロくてごめんなさいっ!」

「いや、もういいから」

「しつこくてすみませんですっ!」


 あれだな。

 無限回廊の如し恐ろしさだな。


「まあ、いいか」


 そんなことを考えて、俺は諦めることにした。


「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……」


 学校に着くまでの間、謝り続けられていた気がするが、多分気のせいだ。

















 そうして、学校では毎度授業にビーチェがいる。

 本人の苦手な、いや、壊滅的に向かない体育の授業ですら参加している始末。

 今では鬱陶しいと思うことすらない。

 こうして、廊下を歩く俺をちょこまかと追ってくる姿を見れば、それは小動物の様で、やはり払いのけるのも気が引ける空気だった。


「先生っ、ひゃあっ!」


 そして、不意にドジを踏むのだから、鬱陶しく思う暇もない。

 なに躓いたか、自分の足に引っ掛けたのか、それともなにもないのにか。前のめりに転びかけたビーチェを、俺は出席簿を持っていない方の手で支えてみる。


「今日だけで、七回目、か」


 大丈夫か、という前にこの台詞が出てきてしまうのも、まあ仕方あるまい。


「ひゃ、ひゃいっ。あれ? め、眼鏡はどこ?」

「頭、上、上」


 前のめりになった時に、眼鏡が額の上に移動している。

 俺は、ふと、そんなビーチェの顔をまじまじと見つめてみた。

 なるほど……、な。


「あ、あの、せんせい?」

「あー……、眼鏡が眼鏡を取ると美人になる法則」

「ふぇっ!?」

「というのもなかったわ」

「えぇ!?」

「別に眼鏡取らんでも可愛かった」

「ひゃあっ!」


 そもそも眼鏡を取ると美人というのは、多分眼鏡を取らなくても美人なのだ。

 きっとそうなのだと納得して俺はビーチェの眼鏡を奪い取った。

 四角くて、下の方から半分までに縁がついているような眼鏡だ。色は黒い。

 俺は近視とはとんと縁がなかったため、眼鏡ともやはり縁がなかった。

 だから、なんとなく眼鏡の友人がいる小学生の如く、興味津津。


「うぇっ、視界が歪んでくらくらするぜ」


 妖怪になると、身体能力に色々加点されるので、特に天狗なんかは飛んだりするので視力も強化される。

 おかげさまで、どのきついビーチェの眼鏡は俺にまったく合わなかった。


「そ、それは、僕ド近眼だから――、あいたっ!」


 ふらふらとビーチェが動き、壁に額を直撃させる。

 なるほど、眼鏡は眼鏡を取るとドジっぷりが上がるのか。

 一つ勉強になった、と俺は眼鏡を返し、職員室の扉を開いた。

 特に用事が無いため、ビーチェは扉の前に待つ。どうにもご苦労なことだ。

 そうして、用意されている俺の机に座って次の授業の教科書を取りだす。

 そんな時だ。

 俺の後ろから、声がした。


「その、如意ヶ嶽先生」


 控えめな、女性の声。

 確か、俺の様な嘘っぱちの即席教師でなくて、本物の先生という奴だったはずだ。

 そんな教師の一人が、俺に声を掛けていた。


「む、俺に用か?」


 振り向いた俺に、教師は声をひそめるように、こう言ったのだ――。


「ベアトリーチェさんと付き合ってるって本当ですか?」

「……はい?」


 なんの冗談をおっしゃってるのか。

 しかし、教師の顔は至極真面目。


「しかも、閻魔様と二股を掛けているという恐れ知らず振りだとか……」

「止まれ。なんかおぞましい言葉が聞こえた気がするんだが」


 まるで汚物を見つめるかの様な視線に俺は人知れず汗を垂らした。


「俺がベアトリーチェと閻魔を相手に付き合っている? それはまた……、酔狂だな」


 英語で言うならクレイジーだ。

 生活破綻者の閻魔と、歩けば棒に当たるビーチェ。

 ……。

 俺は保護者だ。


「実の所、どうなんですか?」

「ねーから」


 はっきりと俺は事実を否定した。

 天地がひっくりかえってもあの閻魔が俺と好き合ってるなんて事実はないし、ビーチェもまた然り。

 しかし、そう簡単に納得はしてくれないらしい。


「男の人って、いつもそう言うんですよね……」

「……そうか」


 俺は諦めて授業へ向かうことにした。

 人の噂も二カ月ちょい。ほっときゃ収まるだろう。餌さえ撒かなきゃ。

 そう考えて、俺は扉を開ける。


「先生、次の授業は?」


 待っていたビーチェの言葉に、後ろでほら、とか聞こえた気がしたが、やはり気のせいだと思って俺は授業へと向かうのだった。






















 
 ビーチェは、なんだか薄気味悪い。

 たまにそう思う。

 恋する乙女特有なのか、それとも何か思惑があるのかないのか。

 なにを考えてるのか、たまにわからなくなるのだ。

 まるで焦るように、彼女は俺の元にやってくる。

 それが、たまに義務感に駆られているように見えて、どうにも薄気味悪いのだ。

 そうして今もこうやって――。


「せんせい……、せ、先生になら僕、何されても――」

「先生はお前に何もしたくないです」


 なにを急いでいるか知らないが、この通りだ。

 年頃の娘かどうかは知りはしないが、諸肌脱いで放課後の教室で、ってのは流石にいかんだろう、と俺は首を横に振る。


「せんせいは、女に恥をかかせるんですか……?」


 頬を染めて言う姿は、どうにもこうにも魅力的だ。

 しかし、それは性的にであって、俺の気分は小揺るぎもしない。


「恥なんて一瞬、一時だろうに。むしろ何も考えずに事に及ぶ方が一生もんじゃないか?」


 だから、なれもしない説得を試みる。

 このよくわからない気味の悪さをどうにかしないまま、ビーチェの言葉を受け取る訳には行くまい。

 しかし、ここで諦めてもらえるほど甘くはないらしかった。


「ぼ、僕は……!」


 言い淀むビーチェ。その顔は、縋る様で。

 そんなビーチェに、仕方がない、と俺は。

 彼女の肩を掴んで押し倒す。


「ひっ……!」


 短く悲鳴が聞こえて、俺は手を離した。

 何かに脅える様なビーチェ。

 やっぱりか。


「ほらな? 無理だろ?」


 言って俺はおどけた態度で肩を竦めて見せる。


「俺にゃお前さんがなんでそんなに俺に拘るのかわからねー」


 わからないのに踏み込む訳にはいかねー、と言外に含めて俺は言い放った。

 ビーチェは、何も答えぬ。

 それが答えだった。


「っ――」


 ただ、走り去る背を、俺は見送る。

 消えたビーチェの代わりに、


「貴方にしては珍しく……、突き放したのですね」


 響いた声は藍音のものだった。

 夕焼けが照らし始めた教室の扉に立つ何故か眼鏡を掛けたメイドが一人。

 俺はその姿を認めて苦笑しながら溜息一つ。


「あいつはなにを求めてんだかな」

「……愛でしょう」

「愛だな。だが、愛ってったって。色々あるだろうに」


 少なくとも、男女の愛であるとは思えない。

 俺は苦虫を噛み潰したように呟く。


「あいつ、たまに父親に助けを求める様なツラするんだよ」


 一瞬の逡巡のあと、藍音はぽつりと零した。


「父性……、ですか」

「そーだな。どうにも、優しい父親を求めてる空気があるんだよ」


 そう、優しい、だ。

 拳を握るような父親でなく、腕も手の平も広げて受け入れてくれる父親だ。

 しかも、そんな父親に助けを求める様な顔。

 ああ、やっぱり面倒だ。

 人知れず、俺は溜息を漏らした。

 天を仰ぐ様に何もない天井を見つめて、苦笑一つ。

 そうして前を俺が見直すと、何故か藍音が接近している。


「む?」

「ネクタイが、曲がっています」


 藍音が俺の首元に手を伸ばした。

 完璧な手つきで、ずれたネクタイを直していく。


「……なおりました」


 だが。

 藍音はその場を離れようとはしない。

 首の前にあった手は次第に後ろへとずれていく。


「どうした?」


 聞いた俺に、藍音は静かに答えた。


「……つまらぬ、嫉妬です」


 瞬間、藍音の顔が俺に接近する。

 背伸びしたのだ、と気付く前に藍音は言葉にした。


「私は貴方にとっての路傍の花で構いません。ですが、あまりにもよそ見を去れてしまうと――」


 俺は仰け反る。

 藍音は近づく。

 結果として、俺は机の上に背を乗せることとなった。


「――たまには摘み取っていただきたくもなるのです」


 俺の後頭部が机に当たる。


「おうふっ、藍音、笑えん冗談はよせ」

「それはそうでしょう。だって……」


 藍音は薄く笑って、あっさりと言ってのけた。


「冗談ではないのですから」


 近づく顔。

 もう逃げられん。

 そう思って心で溜息を吐く。完全に遊ばれているなぁ……。

 そうして、俺が諦めたその瞬間。

 がらり、と教室の扉が開いた。


「あれ? え、えっ?」


 それは女生徒。

 俺も何度か授業を受け持ったことがある。

 そんな彼女が見てしまったのは、押し倒されている俺、押し倒してる藍音。

 結果として――。


「ご、ごゆっくりいいいぃいいいいぃいいっ!」


 こんな結果が残った訳だ。


「邪魔が入ってしまいましたね」


 女生徒が走り去った後、藍音は何食わぬ顔で俺から離れた。

 どうやら諦めてくれたらしい。


「……全てお前の思惑通りか」


 俺の問いに、藍音は肩を竦めてしれっと答えた。


「さあ、どうでしょう」

「……まあいいか。帰るぞ、藍音」

「ええ、でもその前に」


 瞬間、唇に柔らかい感触が。


「むぐっ」

「……ごちそうさまでした」

「楽しいか?」

「楽しいです」


 まったくもって、遊ばれている。


「そうかい」


 俺は諦めたように、藍音を伴って教室の外へと向かう。

 あんまりにも夕焼けが眩しかったから、藍音の表情に、ついぞ色を見ることはなかった俺であった。












 そして――。


「如意ヶ嶽先生、その……、藍音先生とも付き合ってるって本当ですか?」

「ねーから」

「せんせーっ、教室で藍音先生に押し倒されてたって本当ー!?」

「ねーから……、いや、マジだわ。押し倒されては居たな」

「きゃー!」


 ……変な噂も増えた俺だった。















―――
さて、これからキーキャラなので後二話か三話はビーチェがちょくちょく出てきますが――、最期を飾れない不思議。








奇々怪々様

むしろ地獄故に何でもありだと。規定を越えれば自分で作った空飛ぶ車もオーケーな気がします。
さて、珍しく焦った、というかじれったくなって攻撃に出たのは藍音さんでした。
まあ、結局据膳を食わぬ薬師だったのでどうしようもありませんでしたがね。
次回は先生辺りが怪しいかと思います。


光龍様

飛ぶと、目立つ、疲れる、などの問題があるんじゃないかと思います。
七割は本人の気分でしょうが。あと、このまま行くとあれですね。
先生と生徒の禁断の恋愛。そう、もげたらいいと思います。
ああ、でも地獄なら禁断でもないのでしょうか。いえ、閻魔的に禁止になること間違いないですね。


SEVEN様

流石の薬師も物にフラグは――、立つかもしれないのが薬師ですね、ええ。
眼鏡っ娘も僕っ娘も、眼鏡は居ませんし、僕はローズだけだからそろそろかなぁ、と思いまして。
取り合えず、今後のキーからではあるようです。どうなるかは半一人歩き気味なので神のみぞ、ですが。
そして、親類縁者や友人に腐陣営の人がいる苦労はお察しします。


志之司 琳様

付喪神いてなら何ぼでもフラグを立てそうだから、否定もできないのが悲しい所です。
そして、MVPは毎度持っていかれる眼鏡に敬礼。次回も持っていけるか不安な所。
まあ、まだフラグ立ってませんからね。一応。立ってるようにも見えますが。
あと、ベアトリーチェ、って打とうとしてなんど間違えたことか。べあとりーて、とか、ばとりーちぇとか、べとりーちぇとか。なんか全体的にベタついてそうなんですよ。


ヤーサー様

バイトお疲れ様です。自分もそろそろバイト探さないといけませんねぇ……。
まあ、今回は薬師に狙いが絞られるようです。あと、並みの誘拐犯ならグーでぼこにできる女性陣に脱帽です。
敵陣で優雅に茶を啜れそうな女性が沢山いますね、ええ。
ビーチェは、まあある程度有名人な空気っぽいので。はい、話しくらいは聞いたことあったんじゃないでしょうか。


通りすがり六世様

ACのXはPSPでの操作が恐ろしくて買えてません。でも新しい奴が出るっぽいし買ってみようかなと悩んでるとこです。
まあ、ビーチェさんについてはおいおいなんかわかってくる、と思います。多分。
なんだか、純粋な恋心じゃないようですが、しかしそんなことは関係ないのが薬師。
そして、それが純粋な恋心に変わっても違うと断じて行為に気付かないのが薬師です。


アストラ様

続けるくらいしか取り柄が無いのでとりあえず止まらないように頑張りたいと思ってます、ええ。
細く長く頑張りたいですね。
そして、誰も望んでないな、と思ってやってなかった脱衣地獄のコーナーですが――。
待っているという猛者がいるのであれば。ええ、そう遠くないうちに脱げる鬼が再臨します。







最後に。

二度もチャンスがあったのに、何故そのまま押し倒さない、押し倒されない……。薬師め。



[7573] 其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d40dfbb5
Date: 2010/04/27 22:07
俺と鬼と賽の河原と。






 ビーチェと会ってから、早くも半月が経過した。

 そして、ビーチェの影響は、妙な所にも及んでいたのだった。


「なあ、薬師。最近冷たいじゃないか、昔はあんなに愛してくれたのに」

「黙らっしゃいひっつくなよ憐子さん。むしろいつも通りだろ」

「まあ、それもそうなのだけど。ただ、あんまりにも彼女に構いすぎるのでね。こっちも構ってほしいのさ」


 と、憐子さんは俺からべったり離れようとしない。

 そして、それだけでもなく。


「ご主人っ、釣った魚に餌ぐらい与えないと駄目だよ? 飼ってる猫にもねっ!」


 最近よく憐子さんの頭に乗っかっているにゃん子もやはり俺にべったりだ。

 猫状態、人間形態、その両方を巧みに使い分け俺から離れない。

 結果として、俺の両腕にはにゃん子と憐子さんがひっついているのである。




 そんなとある朝。







其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。








「にゃーんっ!」


 人間形態のまま、にゃん子が俺の頭に飛び乗った。

 無論、俺の頭に収まりきる様な大きさじゃないので、腕と顔だけ俺の頭に載り、後はぶら下がる形になる。


「にゃん子、重いんだが」

「にゃっ!? 酷い、花も恥じらう乙女を相手に重いだなんてっ!」

「お前さんの年齢をここで聞いておきたい」

「にゃにゃっ、女性の年齢を聞くのはタブーだよっ?」

「凄いな、女って便利だ」


 憐子さんの行動理念には女の勘もあるし。なるほど女って実に便利な言葉ですね。

 もう女って付けば何でもいいかのような無法地帯だ。

 そんな風に白い目で答える俺に、にゃん子は不満げに言い募った。


「にゃー……、あの子にはあんなにやさしいのに。やっぱり眼鏡萌えなの? だったらにゃん子も眼鏡かけるよ? ほら」

「どっから出したその眼鏡」


 言いながら、にゃん子の眼鏡を奪い取る。別に眼鏡だからどうとかいう訳でもないのだ、と体で表現してみたのだ。

 そんな中、俺の肩を叩く人間が一人。

 と言っても憐子さんの他に居ないのだが――。


「ほら、薬師」

「いきなり眼鏡を発生させるな、技術の無駄遣いさんめ」


 憐子さんの目元に突然現れた眼鏡も奪い取る。

 すると、何故か憐子さんがはっと息をのむ。


「まさか、私の眼鏡だけが目的だったのか……!」


 にゃん子もそれに乗っかった。


「最低な男だねっ、ご主人!」

「眼鏡目的ってどんな偏執狂だっ」

「こんな偏執狂だな」


 そう言って憐子さんに指を指されてしまう。

 指を指すなど行儀の悪い、と言おうかと思ったが、言っても仕方ない。憐子さんだからな。

 ともあれ、俺はにゃん子を頭から降ろし、歩き出した。

 こんなことをしておいてあれだが、俺には出掛ける約束があるのだ。


「うん、今日は休みじゃないのか?」


 聞いた憐子さんに、俺は片手をあげて、振り向かず答えた。


「約束だよ。噂の眼鏡との」

「やけに、構うんだな?」


 憐子さんが、楽しげに聞いてくる。

 俺は、どうせからかわれるのだろう、と嫌そうに返した。


「なんか文句でも?」


 ただ、やはり何を返してもからかわれるような気がしたのは気のせいじゃないだろう。

 いやな予感がして振り向けば、やはり憐子さんは笑っている。

 にやにやと嫌な笑みだ。俺の笑みに似ている。いや、俺が似たのか。

 と、俺は溜息を一つ。そんなことはどうでもいいのだ。

 問題はこの楽しそうにしている憐子さんだ。確実にからかわれるだろう。こうなったら逃げられん。それが憐子さんだ。

 しかし、予想に反して憐子さんは俺をからかうような真似はしなかった」


「いいや? ただ……、気を付けるべきだな。あれは――、普通じゃない空気がある」

「根拠は?」


 なんとなく問うてみた言葉に、憐子さんはあっさりと答えた。


「女の勘だ」


 相変わらず曖昧な人だ。俺はもう一度溜息。

 だが、憐子さんのこういう勘はよく当たる。それと同時、ビーチェに対し心当たりもある。

 だから、反論する気もない。俺は素直に忠告を受け取ることにした。


「精々気を付けるさ」


 だが、それを見極めるためにもやはり会う必要があるのだろう。

 俺の知るベアトリーチェ・チェンチなのであれば――、やはり面倒だ。

 今度こそ歩き出し、振り向かない。


「じゃ、行ってくる」


 俺はそう言い残して家を後にした。


「にゃにゃ? にゃん子もちょっと用事を思い出したのにゃ」

「奇遇だな。私もだ」

「気になるよねっ?」

「気になるな」

「気配を消すのは得意だよ?」

「奇遇だな、私もなんだ。そして、ちょっと気配を消して外に出たくなってしまったんだが」

「付き合うにゃ」


 こんな会話が行われていたとは露とも知らず。
















「待たせたな」


 駅前にて待ち合わせ。この話を聞いた藍音に言わせれば、お約束なのだそうだ。

 そして、先の台詞もお約束だとか言っていた。

 何がお約束なのかいまいちわからない俺だったが、お約束である事実が大事なのであろう、と俺は思うことにして、ビーチェに声を掛けたのである。

 そんなビーチェはいつも通りの格好で、俺を見とめた。


「あっ、先生。ぼ、僕も今来た所ですから」


 そう言ってビーチェが俺の横に付く。

 しかし、休日の買い物にも呼び出されるとは、いよいよもってビーチェがなにを思っているのか怪しくなってくる。

 果たして、彼女は本来こんなに積極的な人間なのか。普段を見た限りそうは見えないのだ。どうも焦ってるようにも見える。

 ただの純粋な恋心なら丁重にお断りすればいいと思うのだが。


「で、どこ行くんだ?」


 ともあれ、まずは様子見。全部俺の気のせいならそれでよし。

 俺は考えをおくびにも出さず、ビーチェに聞く。

 ビーチェは緊張に肩を震わせるようにして言葉にした。


「ま、まずは本屋に――、い、いきましょう!」


 無理に気分を持ち上げているのか、無駄に元気のいいビーチェ。

 見るからに空元気だが、まあ、それもいいだろう。

 しかし。


「足ががちがちで動いてないぞビーチェさんよ」

「そそ、その……、男の人と出掛けるのって、初めてで……」


 ははぁ、だったらなんで俺なんて呼んだんだ、とは言わない。

 また逃げられてしまうかもしれないからな。そうして不信が募って聞いて逃げられて、なんて。

 そんなの堂々巡りである。


「肩の力抜けよ」

「ひゃ、ひゃいっ! あっ」


 仕方がない、と俺はビーチェの手を引き歩いていくこととした。

 目的地は本屋か。確かにらしいと言えばらしいが、しかし色気も素っ気もねーな。

 少なくとも、男を誘う場所ではない。

 思わず、苦笑いをしてしまう。


「って、どうした?」


 ふと、後ろを向けばビーチェが顔を真っ赤にしていた。

 そんなビーチェは顔を俯けながら、俺に言う。


「そ、そそそ、その、手」

「なるほど、汚え手で触ってんじゃねー、このカス野郎が、ということか。流石鬼畜眼鏡だぜ」

「ち、ちがっ、違いますですっ、……じゃなくて、違うんですっ」

「そうかい。じゃあ行くぞ」


 そう言って、俺はビーチェの手を引き、再び歩き出した。















「むむっ、ご主人手ぇ繋いでる。ずるいっ」

「そうだな、ちょっと羨ましいかもしれないな……」

「あっ、どっか行くみたいだよ?」

「よし、追うか」












 本屋は本屋でも、古臭い古本屋。

 色気は更に低下中。

 俺の心境は既に孫の買い物に付き合う祖父の気分へと転じていた。


「なんか見つかったかね?」


 問えば、輝く瞳が俺の視界へと入る。


「はいっ!」


 どうやら、満足に足るものが発見できたらしい。

 そいつは重畳、と俺は肩を竦めた。

 本当に色気も何もあったもんじゃない。

 覚悟決めていた俺としては肩すかしを食らった気分だ。

 しかしよく飽きない。

 見てて感心するほどだ。なんと言っても昼食を挟み、ここにまた戻ってきて既に三時間が過ぎている。

 しかし、色気のある会話もなく。ひたすら本を漁り。

 俺はなんとなく小難しい単行本に端へと押しやられた漫画を立ち読み、いや、椅子があるから座り読みか。

 ともあれ、古書店に似合わぬ漫画を読み耽っていた訳だ。俺は。

 そしてやっと、一種類十八巻分の話を読み切れるか――、と言った所で。


「お待たせしましたっ、そ、そそ、その、すみませんです。熱中し過ぎて……」


 んなこたどうでもいい。

 それよりも物語の結末なんだ。

 いやだっ、読ませてくれっ!

 と、言いたいところだが、仕方がない。所詮連れて来られた身である。

 後でもう一度読みに来よう。

 迷惑な客この上なしだが、古本屋の定め。諦めてもらうことにして、俺は手から本を離した。


「それじゃ、出るか」













「にゃー……。古本屋から出てこにゃいにゃー……」

「色気が無いな……、期待はしてなかったが、押し倒すまではいかずとも、せめて、なあ? もっとこう、あるだろうに」

「お腹すいたにゃー」

「そんなお前に私がパンをやろう。あんぱんだ」

「おおっ、やたっ」












「なあ、何を買ったんだ?」


 なんとなく聞いた質問。

 日常会話の範疇であるし、とりとめのない雑談の一つだった。

 しかし、俺はこの質問を、少し後悔した。


「僕が買ったのは、今回は輪廻転生がテーマの本、です」


 ここでやめておけばよかった。

 しかし、もう遅い。

 俺は聞いてしまった。


「なんで? そういうの好きなん?」


 俺の言葉に、ビーチェは、どこか遠くを見ながら、告げた。

 俺は微妙に上の空で聞いていた。


「……前世というものがあるならば、犯した罪は死んで許されることもないのでしょうか?」











 遠くで喋る薬師の声は遠く。


「……何言ってるのかわからないね、憐子は聞こえる?」

「……」

「憐子? 顔が怖いけど、どうかした?」

「あの小娘の名前はなんと言ったか……」

「ベアトリーチェ・チェンチだけど?」

「……そうか。帰るぞ」

「……なにか。いや、うん、そうだね、帰ろっか。それが正解なんでしょう?」

「ああ。そうだ」













「……前世というものがあるならば、犯した罪は死んで許されることもないのでしょうか?」


 質問の答えになっていない。

 ただ、不意にじくりと胸が痛んだ。


「犯した罪はもう取り返せない。だから、もう許されないんじゃないか。答えが欲しいんです」


 俺は不意に思い出す。

 ベアトリーチェ・チェンチ。俺の現世では意外と有名な女だ。

 ろくでもない親父の家に生まれ、性的虐待を受け、そして最後に父親を殺害し、その罪で死刑。


「――私はもう許されないんでしょうか」


 ビーチェから感じる薄気味悪さの正体が分かった。

 そうだ。

 ――俺はビーチェの向こうに俺を見ていたのだ。

『やけに、構うんだな?』

 なるほど、その通りだ。俺と同じ空気を感じて、気にしていた訳か。俺は。

 ビーチェの懺悔は、俺の心を波立たせる。

 そうだ。俺は天狗となり、母を置き去りにした。それは俺の罪だ。

 そして、誰にも言ってない両親の行方。

 いまさら過去をああだこうだと囀るつもりはない。折り合いは付けた。

 しかし。


「さあな。犯した罪の行き先なんて誰にもわからねーよ」


 俺にかける言葉が無いように、ビーチェへも、俺は何も言うことはできなかった。

















―――
シリアス突入しかけってとこですね。
薬師の過去にも突っ込みたいとおもいます。





春都様

次々回でハイパーシリアスモードして、事態は収束に向かいます。
ビーチェはそこで色々と活躍してくれるようです。まあ、どうせ……。
フラグ強化タイム始まるだけなんでしょうけどね!!
後、相も変わらず藍音さんが眩しいです。ビーチェの出番を奪っていくほどに。


マリンド・アニム様

眼鏡の女教師に放課後押し倒されるロマンの体現……。
薬師はいい加減藍音さんに押し倒されて行為に至ってもらうべきだと思います。
どうせ薬師からは不可能でしょうから。
そして、あんな真似しておきながらやっぱり顔真っ赤ですよ。藍音さん可愛いですねわかります。


奇々怪々様

ビーチェの心の闇も見えて来た辺りでいったん終了です。
ヤンデレ化、なるんでしょうか。それはそれで楽しい展開だと思いますけど。
あと、薬師の押したり引いたりの手練手管には恐れ入りますね。巧みにエロをガードしてます。
まあ、Ifの玲衣子編続き書こうかなとか思ってあれなんですけどね。もしかすると、ひょっとしたりしなかったり、しませんね、ええ。


SEVEN様

この小説、意外と眼鏡が居なかったので最近瞬発的に増量中です。
そして、薬師のたこ足配線っぷりはその辺のコネクターもびっくりです。
いつかショートしてしまえと思うのですが中々しぶといことこの上ない。
まあ、噂は背びれ尾びれ胸鰭と、最終的に魚どころか龍になってると思います。


通りすがり六世様。

あえて恋愛関係のことを考えないようにしてるんじゃないかってほどの妙な鋭さと鈍感さですよね、薬師は。
最近出ずっぱりのビーチェですが、MVPは結局藍音さんとかにとられる始末。頑張れビーチェ。
藍音さんの七面六臂、獅子奮迅の大活躍は後世に語り継がれるでしょう。
ちなみに、今回のシリアスは次々回で終了と見せかけて、私のことだから纏めきれず前篇後編になるんじゃないかとにらんでます。


光龍様

学生たちの趣味と言えば学校の人間の噂話でしょう、という勝手なイメェジという奴が私にはあります。
まあ、なんだかんだとうちの学校でもどこぞの教師が女と歩いてたとか言ったりしますからね。
そんな妄想の中でいつしか薬師×酒呑とかいう腐の人が出てくる日も――。その日が遠いことを祈ります。
そして、薬師はそろそろ十股越えたんでしょうか、越えてるっぽいっすね。


志之司 琳様

ビーチェ、今回はどうにか頑張れたんでしょうか……。ちなみに次回ヒロインは別人です。
藍音さんはもう、薬師と行為に至って責任取ってもらってしまえば良いと思います。
既成事実でも作ってしまえばきっと責任取ってくれるでしょうに。
まあ、ビーチェも見事撃ち落として、事件は終結するでしょう。薬師ですから。




最後に。

ビーチェ、生きていればいいことあるさ。……死んでるか。



[7573] 其の百十七 俺と罪と罰と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:848d485a
Date: 2010/04/30 21:49
俺と鬼と賽の河原と。






「は……、社交パーティ?」


 とある閻魔宅にて、俺は声を上げる。

 とある休日の出来事だった。


「はい、社交パーティです」

「で、それに男避けにお前の婚約者として参加しろ、と?」

「ええ、有り体に言ってしまえば」

「いや、あのだな……。そんな嘘一瞬にしてばれるだろ」


 言えば、閻魔は何故か肩を怒らせて答えた。


「問題ありませんっ!」

「なんでだよ」

「何故なら、噂になってるからですっ」


 次第に閻魔は涙目になってきている。

 噂ってなんだ。


「貴方が私と恋仲だと、入学式の一件から広まっているのですよ!!」


 やけっぱち、投げやり。そんな風に閻魔は言う。

 かくいう俺にも心当たり、という奴が存在した。少し前に閻魔とビーチェ二股疑惑の真偽を学校の教師に確かめられた件がある。


「あー……、うん」


 よって、俺も微妙な声しか返せなかった。


「責任取ってくださいよぉ!」


 確かに、責任の一端は俺にある。

 いや、だからと言って嘘を真にするようなあり方はどうかと思うが――。


「仕方ない……、仕方ない、か」


 かといって涙目の閻魔様を放置すると後が酷いのだ。










其の百十七 俺と罪と罰と。










「じゃあ、行ってくる」

「ああ、行って来い。間違っても、どこぞのお嬢様に見初められるんじゃないぞ?」

「俺をなんだと思ってるんだ……」

「薬師だ」

「……まあいいや、その辺追及すると時間に遅れそうだしな」


 言って、俺は歩き出す。

 その背に、一度だけ声が掛かった。


「なあ、薬師」


 俺は、足を止める。


「お前、聞きたいことがあるんじゃないか?」


 妙な質問だ。

 聞きたいことがある、ねえ?

 まあ、憐子さんが言った通り、聞きたいことはある。

 だが――。


「帰ってからにするよ。素敵な答えを期待してる」

「ああ、待ってる」


 そう言って、俺は会場へと向かったのだった。












 そんなこんなでやってきました社交の現場。

 人が多くて、空調が聞いているから空気は悪くないのだが、いかんせん疲れる。

 しかし、そもそも俺の役目は閻魔の男避けだ。疲れるのも当然と言えば当然だが。


「しかし、男避けってどうすればいいんだ? 戦闘態勢全開で歩けばいいのか?」

「皆が怯えるからやめてください」

「しかし、この状況においてもセーラー服はどうかと思うぜ美沙希ちゃんよ」


 言葉の通り、相も変わらず閻魔はセーラーだ。しかも今日は何故か黒基調に白線の物。

 明らかに、きらびやかな現場に場違いな空気を醸し出している。主賓なのに。

 そして、そんな少女を連れ立って歩くスーツの男。あれ、俺変態じゃね?


「こっ、これが正装なんですから仕方ないでしょう!?」


 ぴょんぴょんと閻魔が跳びはねる。閻魔さん、最近精神年齢が低下してません?


「ま、そいつはいいんだが」

「所で、貴方、踊れますか?」

「は……、舞踏会なの?」


 初耳の事実に俺は目を丸くする。

 閻魔は肯いた。


「はい」


 しかし、踊り、なあ?

 昔はなんだかんだとあったもんだが――。


「一応は、踊れる気がするな」


 今度は閻魔が目を丸くした。


「……意外ですね」


 まあ、それもそうだろう。俺ですらそんなハイカラなことができるのに驚きだ。

 だが、踊れるもんは踊れるのだ。


「昔憐子さんに一通り叩きこまれたんだよ。まあ、長いこと踊ってねーから忘れてるかも知れんが」


 と、俺はため息交じりに呟いた。

 憐子さんに習わされ、忘れ掛かったころに藍音に勉強させられて。

 そう言えば、俺は意外と偉い人だったのだ。忘れかけていた事実だが、社交ダンスは必修項目だったともいえる。

 そうして、それ以来、忘れかけるたびに何故か踊らされるのだ。

 どこぞの良家のお嬢様に無理矢理練習させられたこともあった。


「それに第一、男避けなら一緒に踊れねーと意味ないだろ」

「それもそうなのですが、貴方の事だから、ダンスなんてハイカラなもん、踊れねーよ、と言うかと」


 苦笑交じりに閻魔は言う。

 お見事だ閻魔。俺をよくわかっている。俺も俺ならそう言うと思っている。

 しかし、事実は小説よりも奇なり。踊れてしまうのだ。吃驚なことに。


「本当は秘密なんだけどな。踊れるっつーとなんか踊らされちゃうだろ」


 今回ばかりは御役目なので踊らせてもらうが。


「貴方らしいです……」


 呆れたように呟く閻魔。

 図ったように流れ出す音楽。

 俺は随分と都合の良い、と苦笑しながら、閻魔の手を取った。


「ま、引き受けた以上は精々エスコートさせてもらうとするさ。踊らないかね、そこのレディ?」


 自分で自分を見れば寒気がしそうな芝居臭さで俺は言う。これを自然に言えるのが紳士だろうが、俺には無理だ。

 こう言った状況では女性から男性を誘うのも失礼に当たるらしいので、俺から閻魔の手を引いた。


「じゃあ、お願いしますね。薬師さん?」

「へいへい、ワルツだな? おっけ、大体思い出して来た」


 俺の紳士は一瞬にして崩れる。土台無理だ、と言うことでここは一つ。

 そして、記憶を手繰り寄せながら、閻魔の腰を引きよせて、足を動かす。

 一、二、三、一、二、三。よし、行ける。

 そして、慣れているのか、閻魔の動きも問題ない。

 だが、問題は後々に発生した。

 身長差的に、踊りにくくね?

 閻魔の名誉のため詳しい説明は省くが、そう、あれだ。

 閻魔の身長はああ、ええとまあ。標準よりも多少小さいのだ、うん。


「何か失礼なことを考えてませんか?」

「いいや? 踊りに必死でそんなの考える暇も隙もない」


 と、踊りながら俺は器用に肩を竦める。

 対して、閻魔は拗ねたように言葉にした。


「言う割に余裕じゃないですか……、予想外です」

「んなもんか?」

「思った以上に巧いですよ。私相手では踊りにくいと思っていたので、足ぐらい踏まれると思っていたのですが……」

「その辺合わせるのは男の甲斐性さね。女のためならちょっとくらい無理利かせるのが男の見栄だよ。見ない振りしてやってくれ」


 だから男って馬鹿なのさ、と俺は苦笑一つ。

 俺とて、女の前で見栄張りたいこともある。

 と言うよりも、いつもいつも誰かの前で大見栄きって生きて来た自信がある。

 なんて人生だ。


「ん? どうした?」


 己の人生に呆れていた意識を現実に引き戻せば、何ゆえかじっと俺を見つめる閻魔がいた。

 熱っぽい目で見られて、俺は疑問を示し、閻魔はすぐに目を逸らす。


「い、いえ。私も女ですから」

「いや、そんなこた百も承知な訳だが」


 これで男だと知らされた日にゃ自分探しの旅に出るしかねえ、と思う。

 そんな俺に向かって、閻魔は少し拗ねた声を上げた。


「わ、わわ、私だって、こうやってリードして、引っ張ってくれる男性へのあこがれもありますっ!」


 そう言って、顔を背けた閻魔に、俺は笑って答える。


「なんだなんだ? 閻魔が俺を貰ってくれんのか。そしたら、ずっと家ん中でごろごろしてられるな。楽でいいや」


 対して閻魔は呆れたように、半眼で俺を見つめた。


「そんな気もない癖に、何を寝言を言ってるのですか……」

「む、心外だな」

「貴方はなんだかんだいって事件が大好きでしょう? 家でごろごろだなんて、耐えられるはずがありません」


 事件が好きだなんていう趣味はないが、しかし、面白いことは好きだし、暇なのは嫌いだ。

 俺はまあな、と呟いて、


「暇と退屈は俺の天敵だからな。ぶっちゃけると……、それに殺されて今ここにいる訳だ」


 どうにもいかん、と苦笑い。

 閻魔も笑い返す。


「貴方ほど安閑が似合わない人間もいませんよ」


 それこそ、心外だ。

 心の中ではいつも隠居したいと思ってるんだけどな。

 まあ、どうでもいいか。

 そう断じて、俺は足を動かす。

 身長差から、その動きは優雅と言うには難があったが――。

 やっぱりそれも、どうでもいいか。















 幾ら舞踏会などと言っても、二時間三時間踊り続けられる訳ではない。

 そりゃ倒れるまで踊るのも悪くはないかも知れんが、主旨がずれている。

 ともあれ。

 適当に踊って一旦停止。

 音楽は鳴っているし、止まる気配もないから、踊りたい奴は勝手に踊れ、ってことなんだろう。

 と、まあ、後は立って飯食うか食わないかの雰囲気で。

 そんな中、俺と閻魔に声を掛ける男が一人。


「や、閻魔様」

「ああ、貴方は林太郎ですね? どうしました?」


 どうやら、そこな燕尾の太いおっさんは閻魔の知り合いらしい。

 で、その林太郎とやらは、やたらと良い笑顔で閻魔に返す。


「なに、うちの息子を紹介しようと思ったのですが――、そこの人は、付き人か誰かですかな?」


 瞬間、空気が凍り、全ての人間が、俺たちに視線を集中させた。

 なるほど。

 この身意外と虫除けの役目を果たしていたらしい。

 閻魔と親しげな怪しい男がいて、おこがましくもダンスまで踊った。気になるし、いけすかないが、話しかけるのも憚られる。そういう状況だったのだろう。

 その空気を読んでか、はたまた読まなかったのか。食えないおっさんだ。

 さて、俺と閻魔の関係は? というそんな問い。

 それに答えたのは、顔を真っ赤にした当の閻魔であった。


「わた、わた、私の……」


 綿? と突っ込もうかと思ったが、それこそ空気が読めていないのでやめる。

 そして、俺の邪魔も入らなかったので、閻魔はあっさりと言いきった。


「フィアンセですっ!!」


 凍っていた空気が、更に酷く凍る。

 と言うよりは、なんというか、凍った空間に罅割れが走ったとでも言おうか。


「え、え、あ、本当に?」


 林太郎とやらの確認に、これ以上は任せっぱも駄目だろう、ってことで俺が肯いた。


「本当だ。残念なことにな、これは俺んだ」


 言って、閻魔を抱き寄せる。


「なあ、美沙希?」


 俺は引き受けた以上は全力で演技だぜ、とばかりに閻魔と目を合わせて呟いた。

 閻魔も、顔を真っ赤にしながら肯いた。


「は……、はい」


 まあ、これはこれでありだろう。

 問題は他の反応だが――。

 まだ、ほとんど衝撃から立ち直れていない。

 そんな中、林太郎とやらだけが、戸惑いながら言葉にする。


「失礼ですが……、そちらの方は社交の場で見たことがありませんが――」

「え、ええ、一般人ですよ」

「それでは……、権力も財力もないように見受けられますが、なんといいますか、そのぉ……」


 聞いてる俺からしてみればあんまりな言い草だが、しかし。

 林太郎自体は、そんな悪い人間でもないらしい。どちらかと言うと俺をけなして馬鹿にする、というよりは、閻魔を心配してる風情だ。


「それは、ですね……」


 そんな林太郎になんとか答えようとする閻魔。

 だが、しかし。

 わざわざそんなことさせる必要もないだろう、と俺がそこに割り込んだ。


「いや確かに。俺には財力はなし、権力もなく。ないない尽くしで素晴らしいがね。一つだけ、閻魔に近づいてくる人間にないもんを持ってるからな」


 俺は不敵に言う。

 こういうのはハッタリが肝心なのだ。


「そ、それは一体……」


 そして、林太郎もそれはそれでノリがいい。

 だから、俺は自信満々に告げる。


「権力も金も閻魔が持ってる。だから、その男に必要なのは――」


 腕を前に出して、もう片方の手で腕をぺしりと叩いて一言。


「放っといても勝手に死なない腕っ節さね」


 ……家事能力もな。


「……なるほど」


 納得したように、林太郎は深く頷いた。

 まあ、身も蓋もないがそういうことなのだ。

 権力やら金やらよりも、閻魔と一緒になることで、狙われる危険は格段に強くなる。

 それから身を守れるくらいじゃないと、閻魔に言いよるなんて夢のまた夢ってことで。

 それに、俺より強い様なのが、閻魔と結婚したい、なんて言い出すことはほとんどないだろう。

 妖怪は強くなればなるほど、政略結婚に興味がなくなる。

 誰かと一緒になって勢力を取り込むより、その誰かを倒す方向に話が行く。まあ、要するに誇り高いという奴だ。


「俺の座取りたかったら、俺より強くなってくるってことで。俺より弱い奴には、うちの子……、げふんげふん、美沙希はやらんよ」


 なんかうっかり本音が飛び出しかけたが、まあいいだろう。

 世話してるおかげでなんかお父さん気分になっているが、それもまた詮無きことだ。


「じゃ、そういうこって」


 そう言って、俺はふらりと扉の外へと消えたのだった。













 俺は、ふらりとバルコニーへたどり着き、外の空気を堪能していた。


「その、薬師さんっ、あのっ」

「おおう?」

「そろそろ……、離してもらえると助かります……。その、理性的に……」


 そう言えば、腕の中に閻魔がいたままだった。


「忘れてたな。軽いから」

「……! むぅ……、もう。貴方はどうしてそんなに……」


 驚いた顔から、怒るようにして、更に諦めたように溜息が出てくる。

 なんともまあ、表情豊かな様だった。


「しっかし、ばれたら後が大変だなっと」


 俺は笑って彼女に言う。

 閻魔もまた、苦笑を返した。


「困りますね、ばれないようにしてくださいよ?」


 そして、俺と小指を結んで、


「絶対ですからねっ?」


 子供か、と言おうかと思ったが、怒られる気がしてやめた。

 やめたのだが、相変わらず閻魔はこう言ったことにするどい。


「……何か失礼なことを考えませんでしたか?」


 心でも読めるのか、それとも職業柄人心の機微に聡いのか。

 まあ、どっちでもいい。どちらにせよ――。


「なんのことだか」


 俺には誤魔化す他にないのだから。

 わざわざ目を逸らして、ばっさり一言。

 閻魔は、そんな俺を呆れたように見ていた。


「まったく、貴方は……。ああ、そうだ、薬師さん、自惚れないでくださいねっ? 別に何か思う所があってわざわざ貴方を婚約者役にした訳じゃありませんからっ」

「あー……、ま、そうだろうよ」

「貴方はもう少し自惚れた方がいいと思います……」

「どっちだよ」

「自惚れてくださいっ、第一私にとって一番仲のいい異性どころか、異性の友達なんて貴方だけなんですからっ!」

「寂しい奴め」

「酷いですっ」


 そろそろ涙目になるんじゃないか、ってな具合の閻魔を相手に、俺は一つ笑って、頬をふにふにと摘まむ。

 相変わらず柔らかい頬だ。


「なあ……」


 言いながら、俺は手を離す。

 不意に変わった空気に、閻魔は真面目な顔になる。


「なんです?」


 俺に先を促す閻魔。

 俺はお言葉に甘えて、聞いてみることにした。

 罪と罰を知る、閻魔王に。

 とある少女の問いを、閻魔にぶつけた。


「取り返しのつかない――、犯した罪って許されねーのかな?」


 いきなりの質問。

 だが、閻魔は取り乱すこともなく。

 ただ一度、俺に向かって微笑んだ。


「貴方は、ここを何処だと思っているのですか?」


 それこそ、全てを包み込むような笑みで一言。


「――ここは地獄ですよ。罪を償うためにあるんです」


 閻魔らしい、真っ直ぐな答えだった。

 ただ、話には続きがある。


「本当は、貴方の聞きたい類の……、人死にに関する罪なんてどこにもないのですけどね」

「……そんなもんか?」


 誰よりも罪と罰を知る、閻魔の言葉だから、趣深い。


「罪の意識を生みだすのは、自分の心ですよ。だから、いかなる償いも――、自己満足に過ぎません」


 確かに、その通りだ。償いをしたからと言って殺した人間が戻ってくるなら、誰も悲しまない。

 でも、いいじゃないですか、自己満足だって。と閻魔は笑う。


「好きなだけ善行を積めばいいんです。迷い無くなるまで。罪が消えたと自分が満足するまで」


 ふふ、と笑った閻魔の顔は、その時だけは、外見不相応に、年齢相応に、大人びて見えた。


「私の仕事はその手伝いです。他人から言い渡される罰なら、納得しやすいですから」


 罪の意識は自分の心から来るもの。

 だから自分が納得できるまで、善行を積む。

 それが閻魔の答えだった。


「そうか」


 参考になった、という気持ちを込めて、俺は相槌を返す。

 そうして、最後に閻魔は言った。


「ただ、例えどんなに自分が許せなくても。罪が消えないと怯えても――」


 まるで聖母か、女神か。


「私だけはその罪を許しましょう。誰がその罪を許さなくても、その罪を知る私が、それを許します」


 俺は、しまりなく、はは、と笑った。


「そいつは、安心だ」


























「ただいまっと。おう? 藍音はどした?」


 いつも一番手に出迎えに来る藍音がおらず、そして何故か憐子さんが出迎えたのを見て、俺は疑問符を浮かべた。

 そんな俺に、憐子さんはにやにやと笑いかける。


「代わってもらったのさ。ちょっとね」

「ふーん?」


 どういう風の吹きまわしだか。

 聞いてもただの気まぐれとしか答えないだろうし、事実そうなのだろう。

 だから、俺は聞かずに憐子さんを伴って居間へ出向き、ネクタイをほどいてソファに座る。


「ふう、疲れた」

「はは、お疲れ様だ」


 憐子さんも、俺の隣に座る。


「どうだった?」


 そんな質問に俺はげんなりと答えた。


「疲れたよ。俺にああいうのは合わねー」

「だろうな。私とのレッスンですらあまり好きでなかったのに」

「あんなのは、宴会で踊りたい奴だけ好きに踊ればいいんだよ。ま、閻魔から面白い話は聞けたがね」


 閻魔の言う罪は、少々意外だった。

 もっと模範解答が来るかと思っていたが、それよりももっと現実的なものだ。


「へぇ、どんな?」


 興味を持った憐子さんが聞いてくるが、俺は答えなかった。

 答えの代わりに、問いを用意する。


「取り返しのつかない事をしてしまった場合、その罪はどうすればいいと思う?」


 多分、答えは星の数ほどあるんじゃないだろうか。


「ふむ、そうだな……」


 憐子さんは顎に手を当てて、考えるそぶりを見せた。

 そして、怪しい瞳で俺の眼を見て呟く。


「お前は私を殺したな? これは事実だけをとって一般的に見れば、罪だろう」


 ああ、なるほど、それはそうだ。

 俺は納得して、次の言葉を待つ。


「だが、私は恨んではいないし、償ってほしいとも思わない。これがどういうことかわかるか?」

「むう?」


 ふふ、と笑って憐子さんは俺に囁いた。


「本人に聞いてみるまで罪状なんてわからないってことさ。だから、仇打ちがいるとか、表面化した問題とだけ、真っ直ぐ向き合ってればいいのさ」


 現実的に問題があるもの以外は気にするな。

 なるほど、それもまた一つの答えだ。


「はー、なるほどな。それもありだ」


 それだけ言って俺は立ち上がる。

 既に夜中、子供たちはもう寝ていることだろう。俺も寝るか。

 続いて、憐子さんも立ち上がった。

 寝るのだろう――。

 と思っていたが。


「そいっ」


 あっさりとそれが思い違いだったことに気付く。


「うおっ?」


 憐子さんに腕を取られたか、と思った瞬間、俺はソファの上に転がっていた。

 そして、前、いや、重力を基準にすれば上を見れば、憐子さんが俺に馬乗りになっている。


「甘いな、薬師」

「てか、なんだよ」


 聞けば、気が変わったのさ、と憐子さんは言う。

 果たしてどんなふうに気が変わったのかと言えば――、


「なに、やっぱり罪を償ってもらおうと思ってな」


 憐子さんは、やはり笑っている。

 しかし、なにをさせる気なのだろうか。

 俺は憐子さんを半眼で見つめ、その見つめられた憐子さんは、当然のように俺の罪状を読み上げた。


「そうだな、罪状は私を殺したこと。そして、罰は私とけっこ……」


 言いかけて、やめる。

 どうしたんだ、と問う前に言葉が続いた。

 憐子さんの顔が、俺の耳に近寄り、まるでしみ込ませるように、憐子さんは声にする。



「……いや、そうだな。千年だ、……千年どこにも消えずに、私といろ」


 耳元で囁かれた言葉に、俺はどうしたもんかととりあえず笑う。

 だが、俺は笑ったまま首を横に振った。


「残念だが、俺は罪を償う気は皆無だよ」

「そうか……」


 俺に罪を償うつもりはない。

 ただ、まあ。ないのだが――。


「ただ――」

「ただ?」

「――罪を償う気はねーけど、責任を取るのは吝かじゃねーよ?」


 俺の言葉を聞いていた憐子さんは、一瞬目を丸くして、そして一度微笑んだ。


「そうか、じゃあ、千年だな。千年経ったらまた何か罪状を追加してやるから覚悟しろよ?」

「あっはっは、参るね」

「言ったろう? しつこいって」

「言ったなぁ、しつこいって」

「後悔してるか?」

「いいや? しつこいって聞いて拒否らなかった時点で、答えなんてわかりきってるだろうに」

「はは、それはありがたい。なら、私の良いように解釈していいんだな?」

「もう好きにしてくれたまえよ。憐子」


 俺は、諦めたように目を瞑った。同時に、眠気が襲ってくる。

 どうやら、思った以上に疲れていたらしい。


「っ、お前はもう……。薬師? 寝てるのか」


 俺の意識は、どんどん遠のいていく。


「まったく……、どうなっても知らないぞ――?」


 憐子さんの声が遠く響いて。


「――起きてから後悔したって遅いからな?」









 目覚めたら、何故か憐子さんが裸でソファの上でした。








 ちなみにそれを目撃したのは李知さんである。

 小一時間正座で説教された。




―――
と言うことで、シリアス風味百十七です。
千差万別、十人十色な罪に対してのあり方がある、という感じが出ればいいなと思ったり。
果たして、罪に対してのあり方、なんていう存在自体が厨二病でナンセンスな問いに、薬師は如何様に答えるのやら。


あと、気が付いたらPVが五十万を突破しておりました。
感謝感激です。
感想や、サイトの方の拍手、あと、カウンターが回るだけであっても、私にとっては励みになっております。
いつも、ありがとうございます。




では返信。

奇々怪々様

眼鏡目的の交際。明らかに変態ですねわかります。どうせなら掛けている人間も愛しましょう。
ビーチェに関しては、まあ、なんか明らか病んでるっぽいですしねー。
問題は貴方をころして私も死ぬっていうかもう死んでるみたいな。いっそ消滅して根源に戻り同化しましょうという話なのかもですが。
で、まあ、次回は薬師の過去がちらりと明かされます。ふらりと家を出た薬師君ですが、その後家族はどうなったか的なお話を一つ。


SEVEN様

ある意味、手強さは一番かもしれません。薬師がその場で答えを用意できなかったことを思うと。
薬師の過去は、明かしたいような明かしたくないような微妙なラインなんですよね。
次回か次々回に、とりあえず罪への答えが出たりでなかったり、と言うか結局出ないんですけどね。
まあ、やっぱり薬師は罪を悔いて償うべきだと思います。責任取る的な意味で。


志之司 琳様

まあ、シリアスしっぱなしだと疲れるのですが、ほのぼのだけだとそれはそれで中だるみする気がするので、上手くやりたい所です。
確かに、罪とか云々、地獄らしい命題ですよね。死んだらリセット、なかったことに、というのができないし、見ようによっては来世持ち越しとも思います。
ただ、薬師は有罪です。明らかに。責任取って罪を償うために腸捩じ切れるまで頑張ってほしいです。
さあ、次回、ハイパーシリアスタイム発動です。無論、振り仮名はハイパーフラグタイムです。


通りすがり六世様

実体がない癖に、精神に重くのしかかってくる、厄介なもんですよね、罪っていうのは。償い、っていうのは、言われている通り、人それぞれの折り合いの付け方なんだと思います。
まあ、もっとも現実的な考え方はやっぱり表面化していない問題以外は気にしないことにする、だと思いますけれど。しかし、よく見てみれば、たまに哲学っぽいこと言ってますね、薬師とかが。気にしてなかったのでびっくりです。
あと、完全に余談ですが、昨日エスコンX買いました。カリバーン確かにかっこいいです。私が使うと地面にぶつかったりする残念運転になりますが。


光龍様

なんか最近シリアス濃度が高いです。早く終わらせて通常業務に戻りたくなってくる自分の怠惰っぷりに絶望しました。
まあ、罪なんて人が決めたものですからね、曖昧なことこの上ないですよ。
そもそも、誰に許してもらうんだ、という話ですよね。それが、人の物を壊した、とかならいいのですが、殺してしまった食べ物などの相手には許しの請いようもないですし。
実質考えるだけ無駄なのですけど、それでも物語ですから、ある程度の答えの一つでも示せたらいいな、と思います。



では最後に。

今回は掠りもしなかったね、ビーチェ。



[7573] 其の百十八 大天狗を倒す一つの方法。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:841b7e67
Date: 2010/05/05 21:39
俺と鬼と賽の河原と。




「罪に対しての付き合い方? うーん、そうだね」


 河原で石を積みながら、ふと、前さんに聞いてみた。

 すると、前さんは、あっさりとこう言ってのけたのだ。


「過去のことより、今のことの方が、ずっと大事だと思うよ? 後は各員の自由だよね」


 なるほど、と俺は手を叩いた。

 確かに真理かもしれない。ある意味答えを丸投げしているともいうが、過去をじめじめと見つめるより、過去を踏まえて前を見た方が、幾分か建設的だ。


「で、薬師は?」

「ん?」

「薬師はどうなのさ。あたしの答えだけじゃ不公平だよね?」


 そんな言葉に、俺はふむ、と一考。

 そして――。



「そうだな、俺は――」











其の百十八 大天狗を倒す一つの方法。











 とある待ち合わせ場所、と言っても近くの駅であるが――。

 そこで俺が見かけたビーチェは、何故か。

 何故か、


「隠し子か。安心しろ、偏見は無い方だ」


 幼子を連れていた。


「ち、ちち、違いますよぅっ!!」

「なら、なんだよ」

「なんなんでしょう……」


 困ったように半笑いで言うビーチェに、俺はにべもなく告げた。


「なら隠し子だな」

「な、ななな、なんでそこに落ち着かせようとするんですかっ。僕がどこかに行こうとしたら着いてきちゃうんですよっ」

 ほら、とビーチェが俺の方に駆け寄ると、幼子――、よく見れば白いワンピースの赤毛の少女、がビーチェの方へとてとてと駆け寄った。

 そうして、不意に少女が俺を見つめる。


「おにいちゃん、誰?」


 そんな言葉に、俺は思わず目を丸くした。

 なんと、俺をおっさんではなくお兄さんとは。

 非常にできた幼子だ。

 そして、礼儀には礼儀で返さなくてはならない。


「お兄さんは如意ヶ嶽薬師お兄さんだ」

「なんか嬉しそうですね、先生……」

「黙らっしゃい」


 久々のお兄さん扱いに感動したのではない。幼子の礼儀に感無量になっただけだ。

 ――あまり変わらないか。

 ただ、まあそれはさておき。

 子供特有の何が楽しいのかわからない笑みが発され、楽しげに幼子は俺を見る。


「うん! 薬師お兄ちゃん!!」

「で、お前さんは?」

「リーナはリーナ・ラックスマンだよ」


 おうふっ、外人さんか。

 いや、事ここ地獄においては恐れることもないのだが、しかし、培ってきた外国人への苦手意識は未だなりをひそめていない。

 のだが、流石に逃げる訳にもいかないだろう。

 俺は極めて気さくにリーナに聞く。


「親父さんやお袋さんはどうした?」


 常識的に、普通に俺は聞いた。

 しかし。


「いないよ?」


 ああ、と俺は納得する。

 地獄に数年居て尚忘れそうになるが、ここは死後の世界だ。

 親など、いる方が珍しい。いるとしたら一家心中、もしくは事故か。

 ただ、それにしてもこちら側に子供がいるとは世も末か。

 地獄に子供が多いってのは、それだけで、子供の人死にが多いということであるからして。

 だが、子供がこちら側の――、要するに通常の転生を望まない側の人間としているのは珍しい。

 基本的に三丁目にいるということは、そういうことなのだ。


「うむ、まあ、大体の事情は察した訳だが。さて、どうしようビーチェ」


 俺は、大きく頷いて、ビーチェと顔を見合わせた。

 子供が苦手と言うつもりはないが、子供の相手が得意などとは口が裂けても言えない身だ。

 そして、それはビーチェもあまり変わりないらしい。困り顔になっている。


「知らんぷりしてさようなら、というのは……、あれですよねぇ……」

「まあ、後味悪いな。驚きの悪さだ。まるで歯磨きをした後の柑橘系飲料のように」


 なあ、と俺はリーナを見た。


「なあ、嬢ちゃん。どうしたいんだ?」


 仕方がないので、聞いてみる。

 当人を無視して話を進めるのも如何か、というもっともらしい理由はあるが、丸投げした、とも言う。

 ただ、そんな問いに対し、


「……行っちゃうの?」


 と、不安そうにリーナは俺に聞いた。

 ふむ、後味が悪い。まるで、薬の錠剤を噛み砕いたかのような後味の悪さだ。

 残念なことに、俺はそんな後味の悪い視線に耐えられるほど純粋でない。

 ということで、そんな視線を俺は反射屈折、ビーチェを見る。

 要は、今度はビーチェに丸投げだ。

 そして、俺の視線を受けたビーチェは……、


「……先生、悪いですけど」

「なんだ置いて逃げるのか。流石鬼畜眼鏡ビーチェ様だ」

「ち、ちーがーいますっ! 連れていきましょうっていいたいんですよぅ」

「なるほど、あいわかった。そうしよう」


 あっさりと肯いた俺に、ビーチェは首を傾げる。


「え、いいんですか、先生」

「連れていくのも吝かではなくはない訳でもない」

「すみません、何言ってるか分らないです」

「じゃあ言いかえる。お前はそこの幼子を置いていけるのか」

「……無理ですね」

「そういうことだ」


 言って、俺は一度リーナの顔を見る。

 純粋無垢な子供の目だ――。

 しかし。

 何故か俺はその目の奥に濁りが見えた気がして、瞬きを繰り返す。


「しかしあれさな。この子を連れて本屋ってのは……、些かつまらんだろうなぁ」


 呟いて俺は、気のせいだろう、と何処に行くか考えることとした。
















「……如意ヶ嶽薬師、これが、今回のターゲットか」

「ええ、はい。そうでございます」


 悪だくみは、常に暗いうちにするものでもない。

 とでも言うかのように、とあるビルの無人の一室で、男二人が窓を見つめていた。


「しかし、この男がどうかしたのか?」


 一人の男。長身にして、瞳は切れ長。視線は鋭く、髪はすべて後ろに撫でつけている。着こんだコートはむらなく黒く。

 まるで刃物。


「特に、運営の重役についている訳でもないようだが……」


 そのような言葉に、もう一人の男はにやけ面で言葉にした。


「実は、ここしばらく。二 由比紀襲撃事件、数珠家騒動、後はそうですな……、現世における事件でも数件。それらに関わり、彼は運営に有利に働き勝利を収めています」


 身長はさほど高くないが非常に細く、白い背広を着た姿は奇術師のように目に映る。

 そんな奇術師に、刃物のような男は、疑問を呈した。


「だが、所詮個人。大したことなど――」

「だからこそ、ですよ」


 奇術師は、言いきる前に言葉を被せる。


「個人だからこそ、組織に縛られず動くことができる。いうなれば、痒い所に手が届く、という奴でしょうかね。この間閻魔に照明を落として反応を見ましたけど、あれは黒です」


 しかも、相手は大天狗だ、と奇術師は目を細めた。

 すると、もう一人の男は、得心が言ったように一度頷く。


「なるほど、それで邪魔になった、と」

「ええ、少しまえ由比紀さんを襲撃した時にも痛手を負いましたしね……」


 そんな奇術師の言葉に、刃物男は、だが、と否定的な意見を示す。


「我々が大天狗を相手にするには、少々分が悪いだろう。そもそもどうやって排除する?」


 殺す、と言わないあたりわかっているのだ。そもそも殺せない存在なのだから。

 しかし、その事実をわかっていながら、奇術師は笑っていた。


「殺すのは無論無理無駄ですが。封印自体はできますよ、ええ」


 簡単に言うが、その封印が非常に困難なのだ。

 それを理解している男は、呆れたように言葉にする。


「策でもあるのか……?」


 奇術師は、イエス、と肯いた。


「真っ向勝負なんて無駄で無意味でしょう。なぁに、既に種は蒔いておりまするよ」

「種?」

「ええ、種です。幸いターゲットは女子供に弱いようですから。今頃ターゲットの懐でしょう。まあ、ターゲットの対象年齢からは少し外れてしまうかもしれませんが……、閻魔相手で行けるなら多分守備範囲でしょう」

「なるほど……。えげつない」














「薬師お兄ちゃん、ここどこ?」

「遊園地、という奴だな。ああ」


 と、まあ、やってきました地獄遊園地。

 地獄に仏とは正にこの地――、いや、この地獄で言えば仏様がどれだけいるのやら。


「遊園地って、初めて来ました……」

「なんだ、お前さんも初か。俺はここには前一回……、いや」


 なんとなく、前さんと来たのを思い出して、俺は首を横に振った。

 そう言えば、前さんが乗り物酔いして、お化け屋敷で絞められただけだったな、ああ。

 後は俺の恥ずかしい過去を開帳しただけだ。


「まあ、かくいう俺も遊園地初級者な訳だが」

「中級者とか居るんですか……?」

「いる。まず間違いなく初級者がジェットコースターに乗ると首が吹き飛ぶ」

「ひゃわわっ、遊園地って怖い所なんですね……」

「いや、嘘だから。なあ、リーナ」

「リーナも初めてだからわかんない」

「ははぁ、なるほど。じゃあ嘘だ。俺が言うんだから間違いない。まあ初心者がジェットコースターに乗ると酔うかもしれねーけどな」


 俺の言葉に胸をなでおろすビーチェ。

 俺はそんなビーチェを眺めて苦笑一つ。


「じゃあジェットコースターに乗るか」

「ええっ?」


 驚いた表情のビーチェを無視し、迷子にならないようリーナと手を繋いで俺はジェットコースターへと向かった。

 幸い、並んだりはしていない。客が少ないのを幸いと取るべきか、世知辛い、と憐れむべきか。


「あれがじぇっとこーすたー?」

「そうだ、遊園地の定番だ、と、初めて俺を遊園地に連れていった奴は言っていた。ちなみに早い乗り物とか平気なくちか?」


 流石に、俺に幼子に精神的外傷を作る趣味は無いので聞いてみるが、


「わかんない」


 この通りだ。

 まあ、半ば予測通り。


「わかった。まあ、物は試しだな。これで駄目なら今日は絶叫系は無しだな」

「そ、そのー……、僕の意見は無視ですかぁ?」

「年長者だから譲歩しろ」

「うう、それはそれでまあ、吝かではなくはない訳でもないですけど……」

「意味わからん」

「じゃあ、先生はそこの眼を輝かせてる子に駄目だって言えるんですか?」

「無理だな」

「そういうことです、はい……」


 ということで。


「ほい頑張れ」

「え、なんで先生はのらな――」


 そりゃ当然、大天狗は普通に絶叫系以上の速度で飛びまわるからそういうのに乗ってもあんまりおもしろくないからだ。


「いやぁあああああああああああああああああっ!!」


 あと、三人だから一人あぶれるだろうに。

 隣に人がいないジェットコースターなんて誰が乗るか。



















「ひ、酷いですぅ、先生ぃ……」

「楽しかったよお兄ちゃんっ!!」

「ほほう、中々いける口だなリーナよ。次はどうする?」

「先生ぃ……」

「まったく、そんなにきつかったか? ビーチェよ」


 想像の通りに、ビーチェはまったく絶叫系が駄目だったらしい。

 どんよりとした空気を纏ったビーチェは、楽しげなリーナと、まったくもって対照的。


「で、まあ、そらいいのだけど。次はお化け屋敷だな」

「なんでそんなチョイスなんですか先生ぇ!」

「そんなの決まってる。お前さんに嫌がらせがしたいのさ」

「さわやかに言っても騙されませんよっ」

「ああ、そうだな。お前さんに嫌がらせがしたいのさ」

「普通に言っても駄目ですよぉっ!」

「そうか、じゃあ胸に秘めておく」

「もういいです……」


 と、まるで漫才をしているかのような俺とビーチェ。

 それを見上げていたリーナは――、


「ねえ、ふたりは恋人なの? 夫婦?」


 お約束もいい所だ。子供の無垢な視線に、俺は苦笑を漏らし、一瞬にしてビーチェが色めき立つ。


「ふぇえええっ!?」

「なんてお約束な質問だ。実を言うとだな、こいつは俺の――」


 どうせなので、俺はいかした、そう、ジョーク、という奴を飛ばしてみることにする。


「――母親だ」


 なあ? おっかさん。と言って俺は視線をビーチェに向けたが、ビーチェは肩を怒らせながら否定した。


「ええぇぇえええっ!? こんな千歳越えの息子なんて困りますですよ!」


 中々いい突っ込みだ。

 そんな俺らを見て、更にリーナは楽しそうに笑った。


「面白いねっ、お兄ちゃんとお姉ちゃんっ! 私もこんなお父さんとお母さんが欲しかったなぁ」


 ……この子、さらりと重いこと言わなかったろうか。

 非常に繊細な話題に入ってしまいそうなのだが――。

 まあいいか。気になるもんは気になるし、俺はこれはいい機会だ、と聞いてみることにした。

 何が気になっているかって、この子の死因だな。

 やっぱり、この時間にあんな場所をほっつき歩いているなんて変だ。何か特別な事情でもあるんだろうか。


「なあ、リーナよ。お前さんの両親はどんな奴だったんだ?」


 まずは、ちょっと遠巻きに。

 すると、リーナは拗ねたように口を尖らせ――、


「お母さんは知らないけど、お父さんは私をよくぶってきたからきらい」

「む……」


 見事な迎撃だ。これが目に見た濁りの正体か。

 死因は考えるまでも、ないだろう。

 なんであんな所を歩いていたのかまでは判断がつかないが、しかし、これ以上突っ込むのも憚られる。


「っ――!」


 ビーチェが息を呑み、俺は口を噤む。

 子供の無垢程大人を傷つけるものはない。

 しかし、いきなり地雷を踏むとは思わなかったな。


「……悪いな、要らんこと聞いた」


 俺は極めて何事でもないかのように言葉にする。

 我ながら馬鹿なことを聞いたものだ。

 それを聞いてどうする訳でもあるまいに。


「ぜんぜんいいよ!」


 ただ、健気と言うべきか、それとも能天気なだけか。リーナは笑っている。

 これ以上空気を重くするのもよろしくない、と考えて、俺は言った。


「じゃあ、とりあえず今日は遊ぶとするか」


 それにしても。

 ここにいる人間全員が似たような過去を持つ訳だが――。

 ビーチェはともかく、リーナまでである。果たして、三人もの人間の過去が似通っている、というのが偶然なのだろうか。

 同じ過去を持つ人間は惹かれあうとでも言うのか。

 まあ、もしかすると、子供はそのあたり敏感で、ビーチェに同じ空気をを感じただけかもしれない。

 確かに、不自然だが、しかし偶然じゃなかったら他に何があるのやら。

 俺は考えるのをやめることとした。















「さてさて、私もそろそろ行かねばなりませんね」

「お前にも役目があるのか?」


 その問いに、にやにやと笑って、奇術師は肯いた。


「ええ、はい。まずは彼をこちらに引き込めるか試すのですよ」

「どうやって?」


 餌なしでは飛び付くまい、と奇術師に男は問う。

 その問いに、奇術師は自信満々の笑みを返す。


「金では動かないようですからね。トラウマで揺さぶるのですよ。私調べさせていただきました。まあ、平安の話だったので、どうにも難航してしまいましたが、概ね。そう、今頃は蒔いた種が自分と同じ過去を持ってることを知って、多少なりとも動揺しているでしょう」

「それで傾くと思うか?」


 奇術師はさあ、と首を傾げた。


「こちらに引き込めれば儲けもの、ついでの様なものですよ」

「じゃあ、本筋がある、と?」

「当然です。言ったでしょう、真っ向からなんて無意味って。はい、ここにこんなナイフがあります。このナイフがまた特殊で――」
















「いっぱい遊んだねっ!」

「疲れました……」


 相も変わらず対照的な二人を見て、俺は思わず苦笑した。

 しかし、本当に遊んだもんだ。

 既に太陽は赤く染まり、同時に世界を赤く染め上げている。


「さて、そろそろ帰るか」


 俺は、二人を引き連れて、遊園地の門へと向かう。

 うん、疲れたな。とっとと帰って寝るとしよう。

 そんな折だ。


「先生、あんな人、僕たちが遊んでいる時に居ましたっけ――」


 ビーチェがふと、歩く先を指さした。

 その先に立っていたのは、にやけ面の、白い背広の男。


「ありゃ、奇術師かなんかか?」


 しかし、思ってみれば今までさんざ回ったが、あれを見たのは初めてだ。


「あれだけ回って遭わないことなんてあるんですね」

「ああ、そだな」


 肯いて、俺は歩き続ける。

 そして、最後に見てくのも悪くないか、と思ったその瞬間。


「そこのお兄さん、ちょっといいですかな?」


 奇術師の方から、話しかけて来た。


「俺か?」


 聞けば、男は肯く。そして――。

 あっさりと言った。


「ええ、そこの貴方です。貴方、実は償ってない罪を御持ちじゃありませんか?」


 一瞬、背筋をいやなものが駆け抜ける。


「……なんだ、奇術師じゃなくて占い師だったのか?」


 俺の減らず口に、男はふふ、と笑って見せた。

 俺は人知れず、懐に手を伸ばす。これは穏やかな空気じゃない。


「ははぁ、貴方の罪。中々凄まじい。なるほど、燃える火の中――、ですか」


 ……今度こそ、背筋に悪寒が駆け抜けた。

 何故知っている? そいつは憐子さんにも語っていない。

 いや……、何かの術に掛けられたか。相手の目が怪しく光っていた。

 心を読む様な能力者もいる。記憶くらい簡単だろう。

 あまり思い出したくもない記憶がよみがえる。


「燃える火の中――、そうですか。その中で貴方は」


 そう、そうだ。

 俺の母親の実家が燃えていて。

 放火したのは父。

 母は火の中。

 父は母の首を締めながら行為に及んでいて。

 そう、母が最後に俺の名を呼んだから――。

 奇術師が、宣告する。


「――父を殺しましたね?」


 ――そう、父親の首を切り落としたのだ。

 なんのことは無い。逆恨みした父が母の実家に火を放ち、母に暴行を加え、殺しただけの事件だ。

 ただ、後始末を付けたのが俺だっただけの話。


「そうだが、なんだ?」


 後ろで二人が息を呑むのをよそに、俺は聞く。

 すると、男は何が面白いのか、


「償う気はありませんか?」


 笑いながらこう言うのだ。


「どうやって?」


 俺がそう聞けば、男は我が意を得たりとばかりに語り出す。


「そんなの簡単。我々の元で世直ししましょう、ということです。どうです?」


 そうかそうか。なるほど、これが噂の俺を狙ってきているというテロリストかなんかか。

 俺は納得し、しかし溜息を返した。


「断る。面倒くさいね」


 すると、男は以外にもあっさりと諦める。


「そうですか、残念です」


 残念そうに顔を歪め、仕方がありません、と男は言い、まるで気を取り直したかのように笑顔に戻った。


「では、最後に奇術を見ていただきたいと思います」


 慣らされた指の音が、やけに響いた。














 この、少し前。


「で、このナイフ。生身に刺せばただのナイフながら。霊体に刺せばそれの構成を固定させ、一時的に動きを止める効果があります」


 と、奇術師は手元でナイフを弄びながら言う。

 しかし、男は疑問を示す。


「それが大天狗に効くか?」


 無論考えてありますよ、と奇術師は言った。


「その為に、トラウマで揺さぶっておくのですよ。例え空戦最強大天狗、と言えども。揺さぶりで不安定な所に駄目押しして突き刺せば、動きくらいは止められます。その間に、封印してしまうのですよ。ええ、特にこのナイフが反応するのは、罪の意識。それが重ければ重いほど、相手は動けなくなってしまう」


 だが、その考えに、男は難色を示す。


「お前のナイフが当たると思うか?」


 大天狗に警戒されてナイフを当てることは実に困難。

 しかし、男は自信満々だった。


「当たりますよ。正確には私のではありませんが」

「何?」

「同じ過去を持つが故、あっさりと懐に入れてしまい。信用して、そして背に置く。そんな子が、後ろからざくりっ」


 奇術師が、ナイフを突き出す動作をし、愉快気に笑った。


「駄目押しもいい所でしょう?」



















 ぱちん、と男が指を鳴らした――。


「先生っ!!」


 背に鋭い感触。

 気がついた時には、それは侵入していた。

 熱い痛みが走る。

 俺はナイフを突き刺したまま、後ろを見た。

 驚いた顔のリーナ。

 ――茫然と、返り血を浴びたビーチェ。


「……ふん。参るね、気がつきゃこの様か」


 刺したのは、ビーチェ。

 明らかに、紛うことなく。





















―――
どうも、ゴールデンウィーク中に風邪をひく趣味があるらしい兄二です。
ただ、今回は突貫作業だった感があります。書いては見ましたが、自分では判断付かなかったので、あまりに見るに堪えない文章だったりしたら、言ってください。書き直します。

さて、やっぱり前後篇。
しかし、今回、リーナと見せかけてビーチェな訳ですが。一体何人騙せたやら……。
大分前からヤンデレヤンデレ言われてたビーチェ嬢だから即バレ確定ですよねー。
あと、色々伏線わかりやすく張り過ぎた感もあります。よく微妙な伏線が多いと言われるのでばりっと書いてみましたが。
一応ビーチェの「千歳越えの息子~」も伏線と言えば伏線ですけどね。詳しく語ってないのにやたら詳しいビーチェとか。


さて次回、刺されてもめげない薬師。めげずにフラグを立てていきます。あと、あの人が帰ってきたりとか。





そして、今回の話の記念に。

http://anihuta.hanamizake.com/kinen.html

遂に薬師が刺された記念。







返信



春都様

罪と罰は閻魔の領分ですからねぇ。その分野に置いては誰の追随も許してくれないことでしょう。
薬師はそのまま裁かれてしまえばいいじゃないですか。罰だとか言って閻魔に延々奉仕すれば。
とりあえず、次回薬師の答えがはっきりします。
あと、ビーチェは大活躍ですね。ええ。薬師の背中にナイフ刺すなんて言う偉業を成し遂げました。


光龍様

閻魔真っ盛りでした前回。そして今回はド派手に決めたビーチェです。
このままビーチェは刺したナイフを下に思い切り降ろしてもいいと思います。
むしろそうすべきです。女性関係でもう少し痛い目にあったほうが女の子が幸せになるんじゃないかと。
師匠はもうアウトです。むしろ裸でベッド位なら日常茶飯事だったろうので。


通りすがり六世様

戦闘機ゲーで自分は地上部隊を深追いし過ぎて地面に激突するタイプです。X2も出るらしいので、自重できるようになりたいですけど。
前回も今回もシリアスっぽくてやばいです。そろそろ指が暴発しそうなんです。
ただ、むしろ罪を償うためにあるはずの地獄でお前ら一体何やってんだ、って話ですよねー。薬師は積むのはフラグばかりだし。
ちなみに地獄で死ぬと記憶やら精神やらは消滅して、エネルギーだけが還元されます。


SEVEN様

更に驚きの、『ビーチェを救うと見せかけてビーチェに刺されるヤンデレイベントだった』自分でもびっくりです。
そして、薬師は自分で無意識に外堀を埋めるからその内二進も三進も行かなくなるんじゃないかと思います。
むしろ行かなくなればいいんです。とっとと結婚してしまえと。
まあ、とりあえず次回、殺し文句出ますね。ええ。刺されてるくせに。


奇々怪々様

なんだかんだ言って、閻魔は涙目にされても構ってくれる件に関しては嬉しいんじゃないかと思います。
もう、薬師=誑し。でいいと思うんですね、最近。その点憐子さんの辛辣な「薬師だ」は全面的に支援したいと。
そして、あれで薬師に挑戦する奴がいたら嬉々として世話を押し付けて、腐敗聖域に負けた挑戦者から結局世話が帰ってくる展開が見えます。
とりあえず、薬師はあれですね。責任の数を数えるべきですね。


あも様

一応三日に一回更新を掲げてるので、よく考えると一月で十本位上がるんですねぇ……。自分でもびっくりです。その辺を考えると私はネット環境ないと困る生活まっしぐらですねー。
そして確かに、千年組頑張ってますね。出てくるのが遅かった分もあるのですが。
ただ、それを言うと、最近出たばっかりのビーチェは――。……まあ、これが終われば本格フラグ建設完了ですからあれですけど。
そして、閻魔は妹にドレスを借りようとして、胸ががばがばだった過去があるんじゃないかと勝手に妄想してます。


志之司 琳様

なんか風邪がはやってたり、各方面色々と大変そうですが、当面問題なさそうなのでゆっくり頑張りたいですね。
美沙希ちゃんは年齢測定不能のくせに子供っぽいのですけど、まあ、ちらほらとそれらしい一面もあるんですね、初めて知りました。
まあ、なんだかんだと人間罪に塗れてますからねー。生き物食ってる訳ですから。その辺、深く考えれば考えるほどアホらしい話なのですけど、まあ。
後一話お付き合いください。かかっと片を付けましょう。







最後に。

遂に刺されたか。やっと刺されたか、薬師。



[7573] 其の百十九 大天狗が倒せない。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:cd18f1ac
Date: 2010/05/09 21:29
俺と鬼と賽の河原と。



 ある日――、虫の知らせとでも言えばいいのだろうか。

 変に気になって、山を下りてみた俺が見たのは、燃えている屋敷だった。

 よく考えてみれば、俺とあの家は今となっては無関係だ。行く必要もない。

 ただ、見てしまった以上無視もできない。

 果たして母は無事逃げおおせたのだかどうか。

 屋敷内に残る気配を見るに、逃げられてないのだろう、と俺は屋敷の中に侵入する。

 そうして。

 みなけりゃよかった、なんて後悔した。

 見たのは、母の首を絞める親父の姿だ。

 首を締めながら、不貞をはたらく様は、まるで人間ではない。

 獣だ。まるで獣の交尾。否、獣とてあんな無様な真似はするまい。

 ただ、親父は一心不乱に、病んだ様子で、何事かをぶつぶつと呟きながら腰を振っていた。

 呆けていたのはたったの一瞬。

 一瞬にして俺は現実へと引き戻された。

 母と、目があったのだ。

 虚ろな目で、母は俺を見つめて――。


「……や……くし……」


 と、たった一言だけ呟いた。

 それが助けを求める声だったのか、それとも、もっと別な何かだったのかは定かじゃない。

 今となってはどうでもいいことだ。

 ただ――、その言葉を聞いた瞬間、俺は親父の首を風で刎ね飛ばしていた。

 断末魔さえも上げさせない。

 そうして、俺が親父の死体を蹴飛ばして、着衣の乱れた母に近寄った時――。

 母は既に死んでいた。











其の百十九 大天狗が倒せない。










 初めて出会った時、奇術師の様な人は――。

 地獄の路地で蹲る僕に、


「一緒に罪を償いませんか?」


 と、そう言ったのだ――。




 僕の記憶は、お父様の暴力で彩られている。

 小さい頃から殴られて。

 成長したら、関係を強要されて。

 そうして、僕だけじゃなく、好き放題に暴虐を尽くすお父様に我慢できなくって、これ以上は駄目だと思って――。

 僕は、オリンピオ、ジャーコ、マルツィオ、お母さまと一緒に、父を撲殺した。

 それから、お父様をバルコニーから落として、事故に見せかけた。

 だけど――。

 僕は死刑の裁定を受けた。

 オリンピオも、ジャーコも、マルツィオも。お母様もだ。

 幸せになれると思っていた。

 幸せになりたいと、思っていた。

 手に入ったのは、掌いっぱいの罪の意識だった。





 ねえ、先生。

 僕の償いは正しいの?

 ねえ、先生。

 僕はどうやって償えばいいの?

 何度も聞いた、聞こうと思った。

 でも答えは返ってこなかった。

 それだから、僕は指示に従って、先生にナイフを突き立てた。

 震える手の向こうの確かな感触。

 刺した。もう会えなくなるとわかっていて。全部理解していて、こうなるとわかっていて先生に近づいて、仲良くなって、裏切った。

 ただ、僕は確かに刺した。刺したのに。

 なのに。

 なのに――。


「なあビーチェ。お前さんは今、楽しいか?」


 先生は、小揺るぎもせず、雄々しく立っていた。









 なるほど、確かに俺は親父を殺した。

 ああ、殺したとも。

 だが。

 それがどうした。









「ええと、一応聞いておきますが……。効いていらっしゃらない?」


 奇術師が、幾分か間抜けに、俺に聞く。

 俺は、背に刺さったナイフをちらと一瞥して、吐き捨てた。


「こんなもん大天狗に効くか……、ああいや、なるほど。精神的揺さぶりで威力が上がる奴なのか」


 多分そうなのだろう、と俺は納得することにした。

 自信満々で相手が使ってきたということは勝算があった、ということで、勝算があったということは、性能が上がる様な仕組みがあったんだろう。

 そして、その予想は間違いでもないらしく、奇術師は一つ肯いた。


「ええはい。それで、理由を聞いても?」

「なにゆえに」


 なんで敵にそんなこと言わねばならんのか。

 その理由は、やはりよくわからないものだった。


「後々役に立つかもしれないでしょう? 理由が分かれば同じ手も使いませんし」


 奇術師から、余裕は消えない。

 そうか次があるのか。

 俺も、皮肉気に笑った。


「何度もナイフでばかすか刺されるのはこっちも御免さね。教えてやるよ」


 奇術師は、俺の罪の意識を揺り起こして精神的揺さぶりを掛けたかったようだが、そんなの俺に効きはしない。

 何故なら――。


「俺は罪の意識なんて欠片も持ち合わせちゃいないからな」


 言葉にすればあまりにもあんまりな言葉を俺は突きつけた。

 瞬間、奇術師から笑みが消える。


「それはまた……、申し訳ないとは思わないのですか……!?」

「思わん」


 俺は即答。

 最近、憐子さんに会ってわかったことがある。

 俺は憐子さんを殺した。そして、最近になって甦らせた。見事に勝手な話だが、この際それはいい。

 ただ、憐子さんを見ていて思うのだ。


「なあ、お前さんは自分が殺した奴を見て言うのか? 言えるのか? 貴方を殺したのは罪でした。全くの間違いで、無駄でした、ごめんなさい。ってさ。 罪だなんて、死者に失礼だろうが」


 俺は憐子さんに謝りたくない。

 あの時の別れを間違いだったなんて言わせない。

 罪だと見とめるのは、無駄だったと認めることだ。

 そんなこと、認められない。


「俺は俺の殺した奴に会ったら言ってやるよ。あんたを殺して良かった。あんたを殺したおかげで幸せだった、ってな」


 親父を殺したことも、間違いだったとは思わない。

 謝って許してもらおうなんざお門違いだろう。

 ごめんなさいして楽になっちまうのもやっぱりずるい。

 俺は、死者を拝み倒すより――。


「死者に償う? はっ、馬鹿らしい。俺は死者に胸を張って生きる」


 腕を組みながら、俺は文字通り胸を張った。

 死んでいてもなお生きる。

 俺には殺した義務がある。


「だから、反省しても後悔はしないし、責任は取るけど償わない。俺は俺を曲げたりしない」

「それは思考の停止です。自分が間違っているとは考えられないのですか?」


 奇術師の言葉に、俺はあっさりと首を横に振る。

 んなの、とうの昔に通りすぎた話題だ。


「間違ってたなら、いつか誰かが俺を殺すよ」

「なっ……」


 生前は間違えたから、仙拓に殺された。

 次俺を殺すのは誰だろうか。多分、閻魔だ。


「この世に悪の栄えた例なし。そういうことさ」


 今更道を曲げる気は無いのだ。曲げないために人を殺したのに、ここで曲げれる訳がない。

 俺が曲がるときは、それは今度こそ消滅する時だ。

 そうして、俺はそこでビーチェに語りかけた。


「なあ、ビーチェ。お前はそれでいいんかね?」


 後ろのビーチェの震えが、ナイフを通して伝わってくる。


「ぼ、ぼ、僕は……」


 熱に浮かされたように、ビーチェは呟いた。

 俺は、答えを待たずに言葉を続ける。


「お前さんは、幸せになるために父親を殺したんじゃないのか? なのにお前は今何をやっているんだ?」


 今更、何をためらうのだ、と俺は問う。

 言外に、お前は幸せになる義務があるんじゃないのかと。


「お前は今、お前のいう罪を重ねていやしないか?」

「あ……」

「俺を刺していることに意味はあるのか?」


 無論、そんな簡単に割り切れるとは思ってない。

 だから、


「別に答えなんてなくていい。ただ、な? もっと笑ってくれよ」


 驚いたようにナイフを握ったままの手が震える。

 少し痛いが、知ったことかと、俺は後ろを見ながら笑って告げた。


「――じゃなきゃ、刺された甲斐が無い」

「……せん、せい……」


 それだけ言って、俺は今一度、じろりと奇術師を見つめる。


「つーこって、やろうか。リーナは逃げとけ。流石に正義のテロリストさんはいたいけな少女を追わないよな?」


 俺は今まで固唾を呑んで見守っていた、ここに無関係な少女に告げた。

 彼女はしばし迷っていたようだが、ふと、駆けだす音がした。これでいい。


「場合によっては人質にとりたい、という所ですが……」

「その辺に隠れている正義の部下たちに見せちゃっていいのかい?」

「困りますね。今回の部下は汚れ仕事はしていないので。それに、そこの天狗様も怖いですし」

「そういうこったな」

「そういうことです」


 奇術師が、気を取り直した様に、俺を見る。

 そして、飛び出す銃口。

 物陰から無数の銃口が、こちらを狙っていた。


「まったく、ベアトリーチェはもう使い物になりそうもありませんね。撃ちなさい、よく狙うように」


 放たれる弾丸。

 避けれない。というか避けたが最後、ビーチェに直撃だ。


「先に言っとく」


 ――しかし、それを俺はあっさりと風で弾いた。


「我に敵無し。退けよ人間」


 後に残るは静寂のみ。

 その様を見て、奇術師が皮肉気に呟く。


「ああ、とてもすごい力だ。……その力で何人の命を奪ったんでしょうねっ!!」


 言った瞬間、俺の風が銃を構えていた人間すべてを吹き飛ばす。

 暴風吹き荒れる中、俺は一人腕を組んで仁王立ち。


「何人殺した? 一人も二人も一緒だろうがよ! 殺したって事実が肝心なんだろうが。中途半端で止める方が殺した方に申し訳が立たねえっ!!」


 人を何かのために殺すということは、血の河を死体で埋めて渡ろうとしているのと同じだ。

 それを途中で放棄して、これからは河の清掃の慈善事業に参加します、などとは笑わせる。


「悪いが、今回ばかりは頭に来てるんだ。遠慮なくぶっとばさせてもらう!」


 あの頃の記憶は、決して愉快なものではない。

 頭の奥で何かが火花を散らしていた。


「おお、怖い怖い。ですが、貴方一人で守り切れますか?」


 奇術師が笑う。

 そして、奇術師がビーチェを指さした。

 瞬間、銃声が響き渡り――。

 ぼんやりと、俺の後方に浮かびだす影。

 その影が銃弾を掴んでいる。


「なっ……」


 今度こそ、奇術師から余裕が消えた。


「一人ではないな。だから問題あるまい」


 法性坊が、俺の後ろでにやりと笑った。

 俺も笑みを返して命令する。


「法性坊、蹂躙しろ」

「やれやれ、天狗遣いの荒い……」

「うるへー」

「まあいい。御意に」


 法性坊がそう言った瞬間、数十の風の球が生まれ、潜んでいた人間たちに直撃した。

 響き渡る呻き声。その後、連続して体が地を打つ音が響く。


「相変わらず器用な奴だな」


 法性坊の得意分野は、精密と高威力だ。

 相変わらず器用に事をこなしている。

 俺も、近場の人間をぶん殴って動きを止めていく。

 奇術師は、いよいよもって余裕がなくなってきていた。


「くっ……、ここまでとは……!」

「残念だったな。悪いけれどもほっといてくれよっと!」


 銃弾をかわして、撃った相手をぶん殴る。

 飛んでいった相手は無視し、次へ向かう。

 そんな時、気を取り直したように余裕を繕った声で奇術師は言った。


「仕方ありませんね。奥の手を使います」

「言ってみろよ」


 そうして出て来たのは、今までに比べて随分と陳腐な策。


「ここら一帯を吹き飛ばす数の爆弾をあちこちにセットしました」

「……随分とお粗末だな」


 法性坊の毒舌に、しかし、奇術師は憎々しげにしながらも、笑って告げる。


「もう一度目の作戦が失敗した時点で次善の策にシフトしているのですよ! 最高の戦果から、痛み分けに。そういうことです」


 なるほど、意地でもビーチェを殺していく算段か。

 確かに痛み分けだ。

 だが、しかし。風で気配を調べたが、どうやらこいつらの気遣いでもう一般人はいないらしい。


「しかし、爆弾、ねえ?」


 ――そこが奴らの間違いだ。

 風が今一度強く吹き付ける。

 何度も何度もそれが繰り返され――。


「それが」


 俺の呟きに、法性坊が続いた。


「一体」


 風はいつか渦を描き、強く逆巻いた。

 竜が渦巻くが如き風が――。


「「どうしたというのだ」」


 一切合財を空に飛ばす。

 あらゆる建物が宙へ舞い、空の向こうで爆発した――。

 更地に身を晒した人間が、唖然とそれを見上げている。


「っ――! なるほど、私の間違いは貴方の力を見誤ったことですか……!!」


 一人、衝撃から立ち直った奇術師が天を仰ぎみて叫んだ。

 そうして、諦めたように笑い、後ろを向く。


「逃がすと思うか?」


 その問いに、奇術師は困ったように言葉にした。


「逃げますよ。最後の手です」

「ん?」


 地面が揺れている。

 思った瞬間既に、地は割れていた。


「なんじゃこりゃ……」


 そこに立っていたのは、身長百米を越えているであろう、禍々しい骸骨。

 こんなものを持っていたのか。

 あまりな現状に呟いた俺の言葉に、法性坊がそのままを告げる。


「巨大な骸骨だな……」

「んなこと聞いてんじゃねーよ。って……、逃げようとしてんなよ」


 ふと、視線を下に戻した時には奇術師は走り出していた。

 その奇術師は、勝ち誇ったように俺に呼び掛ける。


「私は貴方がたがそれと戦っている間に逃げさせていただきますっ!」


 確かに、あれを無視するわけにはいかない。

 俺は今一度上を見上げた。


「仕方ねー、そこな骸骨の相手か」

「骨が折れそうだな……」

「誰が上手いこと言えと」


 奇術師は逃げてしまうが仕方がない――。

 俺は憎々しげに骸骨を睨みつけ、羽団扇を構えた。




 ――その時だった。




 その骸骨の首を。

 一瞬で斬り落とす巨体が一つ。

 骸骨が崩れさるその向こう。雄々しく立つその巨人。

 果たしてそれは何処から現れたのか。次元でも破って現れたのだろうか。

 俺は思わずジト目になって呟いた。


「おいおい……、いよいよもってここはどこだってな具合だな」


 黒光りするそれは、まるで鎧武者の様。

 そう、あれはこの間俺が壊した――。


「まったく貴方がたは何をやっているので? 何歳かは知りませんが、貴方がたももういい歳でしょうに」


 ――エクスマキナだ。

 肩には、拡声器を持つ数珠愛沙の姿もあった。

 機械仕掛けの巨人が、ひたすらに、地獄の空に唸りを上げていた。


「ここは私とエクスマキナ・シンカイがなんとかしますので。薬師はそこの男を」


 俺達が唖然と見上げるエクスマキナがその巨体を振りまわすたびに、骸骨が崩れ、壊されていく。

 何故、とか、すごい勢いで動くマキナに振られてよく落ちないな、とか言いたいことは色々あったが――。

 まあいい。

 そこであんぐりと口をあけてる男をぶん殴るのが――、


「え、あ、いや、ちょっと待って――」

「待つと思うか?」


 ――俺の仕事だ。


「待たねえよ」


 誰が待つか。



















 瓦礫の中、俺は疲れたように呟いた。

「帰るか……」

「いいのか?」

「疲れた……」

「そうだな……」


 色々盛りだくさん過ぎて俺は疲れたのだ。

 猫背気味に、俺はその場に背を向けた。

 法性坊も、消える。


「帰るぞ、ビーチェ」


 そうして、俺は後ろにいた、ビーチェに声を掛ける。

 ビーチェは、驚いて肩を震わせた。


「っ!! 先生……」

「なんだ」


 振り向かず俺は聞いた。

 ビーチェは震えた声で俺に問う。


「ぼ、僕……、先生にあんなことしたのに……。許して……、くれるんですか?」


 いいや、と俺は立ち止まり、吐き捨てた。

 ビーチェの体がこわばるのを感じる。

 流石に、ナイフで刺されて許します、なんて言う訳にいくか。


「誰が許すか。刺したのはお前の罪だ。償えよ」


 冷たく俺は言い放った。


「は……、い」


 ビーチェは泣きそうな顔で頷く。


「俺は絶対にお前さんを許さねー」


 そして――、俺は最後に一つだけ余計に付け加えることにした。


「――お前さんが幸せになるまでな」


 ビーチェの呆けた声が響く。


「え?」


 俺は笑って告げた。


「お前さんが幸せになるまで俺はお前さんを許さない。幸せになること。そいつが償いだよ。もしくは俺を刺した責任と、義務があると言い換えてもいいぞ?」


 どうせ許すって言ってもこいつは罪の意識を感じてしまうのだろうし。

 だったら、こちらもこうさせてもらうまでだ。


「……そ、んなことで……、いいんですかっ? 本当に、いいんでしょうかっ!?」


 俺は振り向かずに、零すように、言う。


「いいんだよ。刺された本人が言うんだから間違いない」


 どうせ、こいつの母親も、使用人たちも、こいつの幸せを祈ってるんだろう。

 憶測だが、まあ、この場にいない人間のこたぁどうでもいいか。


「幸せになれよ。じゃないとお前を許さんからな? 死ぬ気で償え」


 幸せになるのがお前さんの償いだ、と。

 そう言って、俺は再び歩き出した。

 そうこうしている間に、既に遊園地の門……、跡地だ。

 門を出て、しばらく歩く。

 一仕事終えた後の満足感に似た感覚が、俺の胸に去来する。

 帰ってとっとと寝るとしよう。

 そんな時、不意に黙ってついて来ていたビーチェが、声を上げた。


「先生……」

「なんだ?」


 しばらくの間の後、ビーチェは俺へともう一度声を向ける。


「手伝ってくれませんか?」


 手伝う? 何を?

 聞くより先に声が返ってきた。


「僕一人じゃ、幸せになれそうもありませんっ。だから、一緒に……、僕を手伝ってくれますか――?」


 元からそのつもりだ。

 俺は、溜息を一つ返し、


「俺が償えっつってんだ。いやでもやってもらうからな」


 問題ない、と俺は歩き続ける。


「じゃ、じゃあ、これからよろしくお願いします。先生っ」


 何をよろしくするんだか。

 まあ、何はともあれこれで一件落着だろう。

 色々と問題を放置してきたが、それらは全部明日に回す。

 このくらいは許されてもいいはずだ。


「ま、俺はお前さんの先生だからな。教えるのは俺の義務だな――」


 それだけ言って、俺はやっと長い一日の末、家に帰還したのだった。























「……お帰りなさいませ。薬師様?」

「ただいま、っと。なんだよ藍音」

「ナイフが刺さってますが」

「……そう言えば刺さったままだったな」









―――

① 好きなだけ善行を積みなさい。自分が満足できるまで罪滅ぼしをすればよろしい。
② 現実的に問題のあるもの以外は別にどうだっていいじゃないか。ただし、現実的に問題があるものとは真摯に向き合いなさい。
③ その過去を踏まえて現在できることを考えなさい。過去を想ってもそれは過去にすぎません。


④ 実は罪なんてなかったんだよっ!! ΩΩΩな、なんだってー!!


要するにこういうことです。一番から閻魔、憐子さん、前さん、薬師の順で。


後、数珠愛沙の再登場はこうだとずっと決めていた。後悔はしていない。
正に機械仕掛けの出たら試合終了神様でした。

後、リーナの再登場は未定。なんでリーナ出したの? って当初の予定では二人で遊園地だったのですが、ビーチェが刺すと見せかけてビーチェが刺しても楽しくないなと思って出した訳で。今後の展開は考えてなかったんですね。
まあ、幼女分増量が必要そうな話ができたらその時は出てくるでしょう。


ちなみに、前回の閻魔が大丈夫ならセーフという奇術師の言葉は、

「ビーチェは色気たっぷりのセクシー系美女じゃない上ツルペタやぼったい子だけれども、閻魔が行けるならビーチェでもセーフっしょ」ということです。蛇足ですが一応。



次回は、愛沙についても触れておきたいと思います。





後、久々に妙なメールが来たので、一応お答えしたいと思います。


――サイトって……、意味あるんですか?(要約)


あ、あああ、ああ、ああ、ありますよ!? 多分。

というのは置いといて。多分、サイトのメイン商品は拍手お礼じゃないかと思います。それだけはサイトオンリー商品ですよ? いや、お礼じゃメインとして成り立たない?
後は、産廃しかないです。他は倉庫ですね。ええ。
でもいいんです。
元々倉庫ですからっ!








では返信。



Smith様

きっとビーチェは一回りも二回りも成長して帰ってくるでしょう!
立派なヤンデレとして!!
その時は薬師が再び刺されて、成長を実感すればいいと思います。
……まあ、ヤンデレるかどうかはまったくの未定ですが。


山田様

コメント感謝です。薬師ザマァwww、わかります。
そして、せっかく刺されたので今回ずっと刺されっぱなしでした、おめでとう、薬師。
今回は、スタンドが現れて、更に巨大ロボも参上しましたね。
涙目というか、奇術師号泣でした。哀れな奇術師に合掌です。


春都様

今回の敵は中々良い線いってましたが、薬師が予想を越える駄目人間だったため、失敗です。なんせ上記④番の男ですから。
そう言えば、敵に回る人員に、巨大ロボを乗り回す女も追加されましたね。
そして、いつも危機と感じてるんだか分らない薬師ですが、結局余裕綽々刺さりっぱなしでしたね。
最強モノ主人公の面目躍如だと思うことにします。無論薬師の明日は一択です。今日もフラグが立ちました。


志之司 琳様

やはり感づかれてしまいましたか。苦肉の策だったんですよね、リーナ。
いやはや、薬師が遂に刺されたのが嬉しくて嬉しくてもう、記念絵とか描いちゃう程でした。カオスです。
それにしても、刺されたのに、ざまぁwwwwwwww言われてしまう薬師ですが……、作者もガッツポーズするほどですからねぇ。
まあ、刺された位じゃ死なないとか、どうせフラグ立てんだろ、とかいう信頼があるからじゃないかとも思いますが。


氷長様

うほっ、良い船。
Niceboatは物語を書いていたら、一度は言われてみたい台詞の一つですよ。え、私だけ?
まあ流石に自分が刺されたいとは夢にも思いませんので、パスですが。
その内薬師は本当にNice boatされそうですけどね。その内。


奇々怪々様

薬師が歩けば幼女に当たる、というか女に当たるのは、もう世界の法則なんでしょうか。羨ましいです。
しかし、遊園地。今回でもろ瓦礫、本物の地獄の遊園地になってしまいました。
薬師の親父は、ミジンコ辺りに転生したか、その辺にいるかの二択でしょうね。
あと、なんとか騙しおおせた様で一安心です。誰ひとり騙せなかったら一人相撲もいい所でびっくりです。ちなみに、薬師が本格ダメージを受けたのは、最初のシリアスでちょっと撃たれた位ですから、今回のが一番でしょう。


zako-human様

リーナは……、苦肉の策だったので出て来た意味は特にありません! ええ、はい。
クーデター派は完全にオワタ、というかまあ。
クーデター派は早くも終了ですね。というレベルに達してました。奇術師は最後は小物っぽさを撒き散らしていってしまいましたし。
そして、薬師はいいかえれば幸せにする宣言をして家にかえりましたとさ。


光龍様

わたしは、うまれてこのかた、かぞく、ともだちいがいをこーすたーのとなりにのせたことがありません。
ええ、コースターの隣に乗せるのは、きっと彼女だけじゃない、と私は信じています。
まあ、薬師は飛び降りてもげれば良いと思います。
ちなみに、両親死亡は薬師が天狗になって少し後くらいのお話です。


通りすがり六世様

大丈夫、皆気持ちは一緒です。ビーチェ、よくやった。薬師ざまぁ。
今読み返してみると、ビーチェは違和感びんびんですよ。憐子さんも思い切り怪しいとか言ってますし。
何時ばれるかとドキドキしてました。
そして、まあ、やっぱりこんな結果です。相も変わらず薬師無双。


SEVEN様

年下に、まともに扱われたためしのない薬師だと思います。
そう言えば、事件の後で、閻魔相手で行けるなら発言のテープが運営に送られてきて奇術師の運命やいかに、とかなりませんかね。
それにしても、やっと刺されましたよ薬師。
遂に刺されましたよ。ただ、ビーチェは刺した後グイッと手首を捻ってもよかったと思います。反省の色が見られません。


名前なんか(ry様

薬師は女の敵ですが、敵の敵は味方とは限らない。そういうことですね。
しかし、質・量伴う、というか、あのオーバーキル軍団は何なんでしょう……。
今回は巨大ロボ乗り回す女が蹂躙していきましたし。ええ。私も手を出すのはやめた方がいいと思います。
むしろほっとけば女性におぼれて溺死するんじゃないかと思います。あと、藍音さんは薬師の噂を利用して、自分だけは大丈夫ですとかいう派閥だと思います。


あも様

Nice boatしても学校日々の様にはいきませんねぇ。
刺した相手すら包み込む包容力で、薬師ならヤンデレ相手でもなんとかなりそうな空気があります。
ってか、今回薬師は刺されたのわざと避けなかったんじゃないかと思います。
締めの許してやると見せかけて許さないコンボのためにあえて刺さったんじゃないかなと。






最後に。
今回のタイトルについて。

エアーマン=薬師。



[7573] 其の百二十 俺とご近所付き合いが。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5aad42d3
Date: 2010/05/12 22:12
俺と鬼と賽の河原と。



「こんにちは」

「……こんにちは?」


 俺は、気軽に挨拶をしながら横を通り過ぎていった女を、思わず目で追った。

 雪の様に白い髪。同じく病的なまでに白い肌。そして、それに対して対照的な黒い瞳。

 冷徹な美貌の、和服美人だが――。


「なんでお前がここにいるんだ愛沙よ」


 いや、違う。

 それよりも――。


「お前、さっきお隣さんから出て来なかったか?」


 愛沙は、そんな俺の言葉に、一度足を止めると――。


「ああ、挨拶がまだでしたようで。本日ここへ引っ越してくることになりました数珠愛沙です……、といっても知っているのでしょうけれど」


 したり顔でそうのたまったのだ――。


「はい?」


 確かに、春奈はうちのお隣、こじんまりとしていながらも立派な、そんな一軒家から出て来たのだ。











其の百二十 俺とご近所付き合いが。













「手続きを終わらせたら、蕎麦を持っていきますので。それまで待っていなさい」

「お? おう」


 と、言うわけで。

 座敷で正座待機すること一時間ほど。

 何故俺は正座なのかと冷静になって自問自答し始めたその時だ。


「では、失礼」


 行儀よく、目の前の襖が開かれたのは。

 藍音によって呼び鈴を鳴らす前に招き入れられたのであろう愛沙は、先程会ったままの姿で、俺の前にこれまた行儀よく正座した。

 そんな愛沙に、俺は――。

 すっかり何を聞くのだったか、忘れていた。


「……お元気、でし……たか?」

「……何故そんなに不思議そうなので?」


 思わず飛び出た言葉に、それこそ不思議そうに愛沙は俺を見た。

 ……ええと、何を聞こうとしてたんだったか。

 確か、そうだな。

 俺の聞きたいことは……。


「そうだそうだ。お前さんは何故ここにいるんだ、と聞こうと思っていたんだよ」


 手を叩いて言った俺に、愛沙はああ、と納得したように肯き、答えを寄越す。


「先日準備が済んだので、越して来たのだけれど」


 いや、違うそうじゃない。

 俺は思わず難しい顔をする。もっと別なことが聞きたいのだが――。

 俺がどうにか聞きたいことを絞りだそうとした、そんな折、愛沙は勝手にこちらの言いたいことを理解して、言葉にしてくれた。


「なるほど。テメェの様な大罪人がなぁんでこんな短期間に平気な顔で娑婆の空気を吸ってんだカスが。保釈金でも支払ったのか、あぁ? と、言いたいので?」

「いや、違うそうじゃない。確かに正解に限りなく近いけどな? あれだ。俺、包むよ? オブラートに」


 幾ら俺だってでん粉製の薄いアレに包むさ。

 まあ、ともあれ。

 俺の意図を察してくれたらしい愛沙は、少々考え込むようにして答えを呟いた。


「ともかく――、そう。私は確かにそれなりの罪を犯し、早々出て来れる、という訳でもないのだけれど。司法取引、と、でも言えばいいので? まあ、意味合いはかなり違うのだけれど。……言うなれば、半分は閻魔の温情ですが」


 司法取引、なんつーか、罪を認めて情報とか渡すから罪を軽くしてね? みたいなあれだ。

 意味合いがかなり違う、というのは要するに、本来の司法取引とは用途が別、ということだな。

 実際、地獄にはない制度であるし。

 上手い言葉が見つからないのだろう。


「これでも、地獄有数の科学者なので」


 まるで、先程の意味合いの齟齬を補うように、愛沙は言った。

 なるほど、わかりやすい。


「ははぁ、なるほど?」


 要は、科学者として地獄に奉仕する代わりに、刑を軽くしてもらった、ということか。

 地獄はそのあたり、甘い所がある。死後故か、牢屋にぶち込むよりも勤労奉仕させた方がよっぽど良いという意識が強いのだ。


「故に、今は地獄で研究員として働いているのだけれど」


 うんうんと納得し、頷く俺。

 そんな中、愛沙はこともなげにあっさりと、


「――後は母を少々」

「……母親って少々やるもんなの?」


 俺は驚いた。

 驚きのあまり、突っ込み所が変になるほどだ。


「じゃなくてだな……、母親? 結婚でもしたんか」


 言いなおす俺に、愛沙は首を横に振った。

 違うのか。じゃあどういうことだ。


「んー……、母親って、誰の?」


 父親がいないのに子がいるとはどういうことか。


「それは……、――どうやら、来たようで」

「ん?」


 答えは、意外な所からやって来た。

 今度は勢いよく襖が開かれる。


「やーっくしー!! 遊びに来たわ!!」

「これが娘の、春奈」

「はい?」


 アホの子がお目見え舌は良いが、非常に予想外な言葉に俺は間抜けな声を上げる。

 そして、空気を読まず現れたアホの子の言葉が、俺を更に混乱させた。


「あっ、お母さんじゃん! 先に来てるなんてなまいき!」

「春奈、母親に向かって生意気とは――」


 なるほど、親子の会話だ。

 俺は愛沙の説教を遠くに聞きながら、次第に状況を理解し始めた。

 要するに。


「愛沙が、母親で」

「はい」


 俺は愛沙を指さし、次に春奈へ。


「春奈が、娘」

「うんっ」


 ふむ、なるほどなるほど?


「二人は親子?」

「ええ」

「そうだよっ!」


 ……驚きの新事実である。

 まあ、確かにいつまでも地獄預かり、という訳にもいかないから、引きとる必要もあったのだが。

 まさか愛沙が引きとっているとは。

 ある意味しっくりくる展開ではあるが、相性的にはどうなのだろう。数珠家があった時代は結構犬猿だったはずだ。

 俺は、そんなどうしようもない心配をしてみるが、


「ねえお母さん、今日の夕飯はー?」

「ま、まだ決めていないので」

「とか言って、今日も炒飯なんでしょ! どう、わたしの名推理!」

「う、うるさいのでっ。料理に関しては目下学習中で……」


 意外と、上手く噛み合ってるらしい。

 数珠家っつー枷がなければこんなもんか。

 まあ、良いことだ。

 特に俺が口出すようなことじゃない。

 ということで、俺は別の話題に切り替えた。


「所で。エクスマキナは修理したのか?」


 何気ない、なんとなくの言葉。

 そんな言葉だったのだが――、


「はい……! 今回は前回の反省点を生かし小回りが利くよう自立型機動兵器を装備し、更には赤熱化機能を備え、それに伴い装甲を変更し緋々色金とオリハルコンの二重構造で硬度を上げ、霊思念エンジンを更に二基積むことでさらなる出力上昇も――」


 異常な食いつきに、引いた。

 あ、うん……、そうですか。としか言いようがない。

 なんせ、色々言ってはいるが、門外漢の俺にはさっぱりわからん。

 強くなったことだけは感じ取れるが。


「――と、言うことで、エクスマキナ弐型、シンカイが完成した、と」

「あ、うん……、そうですか」

「その微妙な顔はどういうことで?」


 今になって気付いたが、愛沙は意外と子供っぽいのかもしれない。















 大体聞きたいことも聞き終わった辺りで、俺は遂に足が痺れて来た。

 いや。誰が強制した訳でもないのだが。

 ともかく、正座を終了し、胡坐をかいて、そう言えば、と愛沙に聞いた。


「なんでうちの隣だったんだ?」


 そんな素朴な疑問に、愛沙はまるで困ったものだ、とばかりに溜息をつきながら答える。


「春奈がここが良いと」


 と、言うのだが、


「愛沙が勝手に選んできたんじゃんっ!」

「……ここにしか良い物件が無かったので」

「閻魔が他にも沢山勧めてたのに?」

「……」


 それきり、愛沙はそっぽを向いて黙ってしまった。

 その顔は赤い。

 なるほど、ここに何らかのこだわりがあったのか。

 それで、俺はなんとなく、場を和ませてみようと冗談を言ってみることにした。


「まさか、愛沙。俺に惚れたか」


 はっはっは、とわざとらしく俺は笑う。

 どうせ、何を言っているんだお前は、的な答えが返ってくると思ったのだが――。


「ち、ちがっ……」


 戸惑うような言葉のあと、俺に帰って来たのは。


「ぐふっ」


 どすっ、とガラ空きの胴体にまともに直撃した――、

 ――愛沙の拳だった。

 あまりの勢いに、俺は頭部を畳にぶつける羽目になる。


「いい、拳だな……」


 俺は、走り去っていく愛沙を見送って、そう呟いた。

 まともな人間だったら、吐く位の攻撃だ。

 それを迷いなく放つ愛沙に敬礼である。

 まあ、それはともかく。

 いやそれにしても良い拳だった、と感心する俺に、春奈が俺を上から覗き込むようにして声を掛けた。


「やくし、だいじょーぶ?」

「おう、多分な」


 俺は頭をさすりながら身を起こす。


「これが、愛?」


 真っ直ぐに見つめられながら聞かれて、俺は首を横に振った。

 目を輝かして聞いてくるが、これは否だ。殴り愛と表現するにはこちらが手を出してないので否ということでここは一つ。


「いや、こんな愛はお断りだ」

「そうなの?」

「痛いのは御免だぜ」

「ふーん?」


 適当にそう言ったきり、不意に立ち上がった春奈が、俺の頭を撫でる。


「なんだ?」

「痛いの痛いのとんでけーっ」


 その撫で方はあまりに不躾すぎて、逆に痛いんだが――。

 しかし、まあ、多めに見よう。

 と、まあたまに仏心を出してみると。

 ビシッ、バシッ、と段々撫でる、から、はたくに進化していた。


「いや、もう痛くなくなった。どうしてかというと殴られて元の痛みを感じなくなっただけだがなっ」

「ほんと?」

「ほんとほんと」


 本当に頭が痛いぜ。てかよく考えると一番痛いのは脾臓のあたりだ。

 そっちの痛みは、頭の痛みで本当に消えているが。


「やったっ」

「おめでとさん」


 春奈式治療術、右手が痛いなら爆弾で吹き飛べば右手の痛みが気にならないじゃないっ、の副作用によって痛みだした頭部をさすりながら俺は呟いた。


「そういやそれは誰に吹き込まれたんだ?」


 また、運営の世話役だった人間なのかと思いきや――。


「お母さんだよ?」

「ははぁ、愛沙が、ねえ?」


 似合わないことこの上ない。

 この上ないが、微笑ましい。


「やくし、笑ってる?」


 俺はについたまま肯いた。


「ああ、笑ってる」


 なんせ、この間まで、人形がどうの脅迫がどうのと言っていた愛沙がだ。


「こんな面白いことが他にあるかよ」


 人生、どうなるか分からないもんだ。

 もう死んでるが。
























おまけ。


「引っ越しですか。確かに、妥当ですね」


 と、引っ越しの相談を持ちかけた愛沙に、閻魔は納得したように肯いた。

 現在、暫定的に愛沙は春奈とアパートに住んでいるのだが、それは一人暮らし向けの物件だ。

 一時的に住む分には女二人、さほど問題は無いが、やはり手狭。

 当然の帰結だ。と閻魔は二人暮らしでも丁度いい位のアパートやらマンションやらの資料を持ち出した。

 家事は駄目でも仕事はできる閻魔。この程度のこと、予測の範囲内だ。その内必要になるだろう、と色々集めておいた。

 だが――。


「実は、その……。一応良い物件に目を付けてあるのだけれど」


 これは予想外だった。


「はい?」


 差し出されたのは壱枚の紙。当然載っているのは物件の話だ。

 こじんまりとしていながらも立派な、そんな一軒家。

 なんの問題もない。しかし。

 閻魔は、それを見つめて一つだけ、問題点を発見した。


「この、住所ですが……」

「なにか?」


 そう、その住所を見てみれば――。


「薬師さんのお隣じゃありませんか!」


 そう、そういうことだ。


「そ、そう。それは、知らなかった」


 妙に動揺した声で、愛沙は誤魔化した。


「そもそも、一軒家を買うようなお金は――」

「私のパテントを売るだけでもそれくらいの金額は出せるので」


 なるほど理にかなっている。しかし、閻魔が問題にしたいのはそこではない。


「……むぅ。というか、なんで薬師さんのお隣なんですか!」

「そ、それは、まったくの偶然で……」

「あり得ませんっ、貴方が引っ越すなら私も引っ越しますっ」

「いや、閻魔は仕事の関係上ここを動けないと思うのだけれど……」

「むう……、ってそうじゃなくて」


 気を取り直して閻魔は問う。


「もっと良い物件を紹介しますよ? 偶然なら場所が変わってもいいですよね? それとも、もう心に決めている、とか?」


 最後はおそるおそる聞いたのだが――。

 真っ赤になって愛沙は、ただ、こくんと肯いたのだそうだ。

 これを見て、閻魔はこの女、もう駄目だ、と思ったとか何とか。

























―――
ホームページを持ってから、身長が十センチ伸びました!
ホームページを持ってから、勉強がはかどります!
ホームページを持ってから、彼女ができました!
ホームページを持ってから、宝くじに当たりました!

はい、嘘です。
いや、拍手でなんかホームページ、無駄じゃないですよ、との慰めの言葉を頂いたので。


という訳で、お隣さんは数珠家のようです。

次回はビーチェかな、と思ってみる。






では返信。


SEVEN様

まあ、薬師を人間の感性にあてはめてもまったくの無駄、ということが前回でわかりましたね。
普通の人だったら仮に大天狗になったとしても地獄来る前に結婚して幸せな夫婦生活を送っていることでしょう。
女性陣にしてみれば、薬師の異常性は最大の不幸ですが、しかし幸運でもあるという。色々な意味で良かったのか悪かったのか……。
ともあれ、薬師を倒すなら、女性陣を味方につければあるいは……、あと、ウッドマンはどこに?


Smith様

主人公最強モノに相応しき小揺るぎもし無さに私も驚きを隠せません。どうやったら倒せるんでしょう。
むしろ、今死んだら女性関係的にフルボッコですが。非難轟々でしょう。
あと、多分もげても生えてきますよ、地獄なら。もしくは下詰が高性能なブツを付けてくれるでしょう。
まあ、薬師もげろとか、結婚しろとか、責任取れとか、薬師が愛されてる証……、だといいな。


光龍様

罪なんて気のせいさ、と薬師は言いますが。落とした女性に対して罪の意識を持ってほしいとは思います。
もしくは責任を取ってもげるしかないです。ええ。覚悟を見せてもらわなきゃ。
さあ、来年にはフラグ数幾つになるんでしょうね。それも回収を待つだけの。
ハーレムルート入ったら宮殿つくれるんじゃないですか? モテモテさんめ。


志之司 琳様

いつか、このタイトルやろうと思っていた、大天狗が倒せない。最後の決め台詞に「俺を倒したきゃリーフシールドでも持ってきな」とか入れようかと思ったけど自重しました。
まあ、わざわざ人殺してまでなんかしようとしたのに、やっぱやめます、向いてませんでした、ごめんなさい、は無いと思います。
初志貫徹するのもまた一つの生き方だと。主人公らしいかはよくわかりませんが。
拍手お礼は、まあ、あれですよね。裸の付き合……、何でもないです。


奇々怪々様

殺してしまった件に関して土下座されても忸怩たる思いでしょうから、どっちにしたって変わらない気もしますけどね。あんまり。
まあ、薬師は遺族にぶん殴られても自信満々なのでしょうが。あと、スタンド半端ないです。どう考えてもスタンドです。
あと、がしゃどくろVS巨大武者鎧は昔からやりたかったところで、情景を思い浮かべると結局カオスですけど。
そして、今回もフラグ着工先が帰ってきたりと、もう駄目だと思います。


リーク様

竜巻を避ける努力をするよりも、竜巻に耐える努力をする方が何倍もましだと思います。
範囲攻撃を避けるとか、クロックアップでもしないと不可能ですねわかります。
後はもう光速で動けるとか――。
次元を移動できるとか変態技能が無いと不可避もいい所です。


min様

予測……っ、されていた!?
いや、まあ、私もなんかよくわからないノリで、というかノリノリで名前付けた訳ですが。
なんかもう、竜巻、強い、倒せない=エアーマンですねわかります。
とか言ってた訳ですが、もう自分ですらよくわからないテンションでした。


あも様

出たら試合終了神さまの名に恥じない働きでした。エクスマキナMk-Ⅱは。すごいぞ僕らのエクスマキナ。
そして、薬師はシリアスの度に薬にも毒にもならないことを言ってる気がします。
そのまんますぎて参考になりません。あと、ナイフはきっと擬人化してくれると私は信じてます。
ああ、そう言えば自分の記憶にあるトラウマと言えば、FF8だか9のダメージ9998ですかね。あっ、って言って全滅しました。


通りすがり六世様

法性坊はいつか二人で変身とか言い出さないか心配です。果たしてどこに落ち着くのか。
ちなみに、奇術師的作戦の変遷は――。「ひゃっふうナイフ刺さったこりゃ勝った!」→「効かねぇwww気がふれている」→「仕方ない、仲良くしてたビーチェを殺して痛み分けで終わろう!」
→「二人いる、天狗パネェ、チートwwww」→「こりゃ囮置いて逃げるしかねえな!」→「しかしまわりこまれた!」→「あっ、ちょ、まっ」←今ここ。
まあ、一段階目の作戦に失敗した時点で破れかぶれでした。あと、アホの子じゃなかったのは、敵の回しモノ的な空気が出せないからです。


HOAOH様

まあ、痛みと言えば死への警告、っていうのが通説ですから。
死ににくい大天狗ともなれば残念な鈍さにもなるのでしょう。
といっても皆今死んでるんですけどね。まあ、その辺は置いといて。
思うに、ナイフが刺さったままでも気付かないのは、どうなのかと。


春都様

結局、償わないけど、責任、義務、けじめ、その辺のことは果たす、というのが薬師のスタンスみたいです。
まあ、おとっつぁんの暴挙の風景は確実に薬師的にエロに踏み出せない原因の一つでしょうね。
親父に向かってまるで獣……、いや、獣以下だな。なんて考えてる訳ですし。
あと、やっぱり巨大ロボットは巨大な敵を相手に戦うのが良いと思います。ちまちましたのはロボット的にも性に合わないんじゃないかと。今回は貫禄を見せつけましたが。








最後に。


エクスマキナがファンネルを装備したようです。



[7573] 其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:5c8e0912
Date: 2010/05/16 21:56
俺と鬼と賽の河原と。





「薬師様」

「何だ?」

「お客様です」

「誰だ?」

「眼鏡、とだけ」

「あー……、なるほど」


 そうか、なるほど眼鏡か。










其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。








 現在、俺はビーチェと対面する様に、居間で座っている。


「こっ、こんにちわっ!!」


 かなり今更な気がする挨拶に、返さないのもどうかと、俺は適当に返した。


「よ、ビーチェ。気合入ってんな」


 事件があれば、休みがある。今回ばかりは俺の問題といえるのだが、しかし閻魔はわざわざ気を回して俺を二日ほど休みにしてくれた。

 あんまり休むのも気が引けるが、人の好意をむげにするもまたよろしくない。

 その為、俺はこうして休みを享受しているのだが――。


「俺は今日は学校休みだぞ?」


 要するにそういうことだ。

 いつもビーチェは俺が学校ある日に迎えに来るから、今日もそうなのだろうと思った。

 まあ、俺に接近するという命令は無効になったのだから、来ること自体は予想外だったが。

 しかし、違う、とばかりにビーチェは首を横に振る。


「そのっ、今日はあのっ! 挨拶に、と言いますか、そのう……」


 あわあわと、ビーチェが奇妙な踊りを始めそうになる。

 俺は状態異常に掛かるのも御免なので、その前に差し止めることにした。


「まあ、待て、落ち着いて深呼吸だ。深呼吸しながら炭酸飲料を飲むんだ、ほら」


 言いながら、持ってきていた黒い炭酸飲料を差し出す。


「あっ、すいませ――、けふっ、こほっ!」


 本当に飲むとは、思っていなかったんだ。

 それはともかく。


「ひ、酷いです……」

「いやすまんすまん」


 受け渡された杯を力いっぱい親の仇でも見るように睨むビーチェに、俺は心のこもらない謝罪をした。

 まあ、それはいい。

 ビーチェもそんな怒ってないし、本題だ。


「で、学校じゃないなら今日は何なんだ?」


 そう聞いた俺に、ビーチェは一つ肯いて答えた。


「えっと、今日は挨拶に来ました」

「挨拶?」


 なんの挨拶だ? と首を傾げた俺。

 ビーチェは真面目な顔で俺に語る。


「その、これから長い付き合いになりそうだし……、いっぱい迷惑かけちゃうと思います」


 今更だな、とは言わないことにした。

 そいつは野暮ってものだろう。

 まあ、ざっくり刺されたり、遊園地を崩壊させる羽目になったりと、やっぱり今更なのだが。

 と、考えながら俺が大仰に肯いた時――、

 ビーチェは三つ指ついて頭を下げていた。


「――ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 俺は思わず、


「ふつつか者って……、嫁みたいだな」


 そう呟いていた。

 俺の素直な感想に、ビーチェは慌てて頭を上げる。


「よ、よ、よよ、嫁だなんてっ!」


 その顔は茹で蛸。

 慌て過ぎだ。そんなに俺の嫁が嫌か。


「あっ、で、で、でも……、先生が望むなら――」


 そして、人指し指を突き合わせながら何か言っているが、よく聞き取れない。

 まあ、聞こえないなら大事なことでもないだろう。

 俺は、そう断じて、とりあえずこちらの考えも伝えることにした。

 そりゃあ、よろしくお願いされて、答えが無いことこそない。


「まあいいさ。とりあえず、こちらからもよろしくしてやろう。そうじゃなきゃ、刺された甲斐がない」

「さ、刺された甲斐って……」

「刺された甲斐だろ」


 そのまんまな言葉に、ビーチェは困ったように苦笑を浮かべて、やがて、自然に話題が変わる。


「そう言えば、先生は気付いていたのかなぁ?」

「ん?」


 ぼんやりと呟かれた言葉。

 俺は疑問符を返す。


「僕が相手の手先だってこと、いつからばれてたんですか?」


 ああ、なるほど。ビーチェの言葉に俺は手を叩いた。

 確かに予測していた空気はある。まあ、確信に至ったのは刺されてからだが。

 当時を思い出しながら、俺は言葉にした。


「怪しいかな、とは思っていた、ってところか」


 憐子さんは普通じゃないというし、俺もなんか違和感は感じていたから、何かあるんじゃないかとは考えてはいた。

 そもそも、いきなり俺が好きだとか、土台ありえん話だな。

 初のモテ期到来かとも思ったが気のせいだったようだ。


「そうだったんですか、ってそんなに僕、違和感たっぷりでした?」


 俺は、少し思案して、肯いた。


「十やそこらの少年じゃねーんだ。告白されて素直に喜べる年でもねーんだよ」


 先に疑う方が出るってのが、大人の汚さの表れだろう。

 下駄箱に恋文が入っていても勘ぐってしまうのが大人って奴だ。


「うぅ……、僕なりに頑張ったんですけど……」


 ビーチェの、悔しそうな声が響く。

 俺は、にやりと笑って答えた。


「百年早い」

「これでも結構な年なんですよぉ」


 まあ、殺されてから結構経ってるし、確かにそれなりの年ではあるはずだ。

 しかし、それでも百年早い。


「どうせ死んでからずっとうだうだやってたんだろーが。全く成長してないんじゃないか?」


 老いが無い分、停滞するのは簡単だ。


「それは……」


 ま、とは言っても、これから先はどうだか知らん訳だが。


「せっ、先生はどうなんですか?」

「誤魔化したな?」


 露骨すぎることこの上ない誤魔化しだ。

 まったく隠せていない動揺が伝わってくる。

 だが、俺がどうかと聞かれると――、


「まあ、だけど、俺は今も昔も変わってねーよ。成長はしてないな」


 言えば、ビーチェは呆れた目で俺を見る。

 俺は、まるで溜息を吐くように苦笑しながら吐きだした。


「大妖怪なんてどいつもこいつも力技で何もかも解決しようとした結果だぞ? どいつもこいつもガキなんだ」


 人は猛獣に勝てないから武器を持つ。それを鍛えて勝とうなんざ考えるのが、大妖怪の思考だ。

 要するに我侭で妥協を知らない。しかも我侭の規模が無駄にでかくてどうしようもないのが大妖怪だ。

 昔会ったことのある玉藻御前はその最たる例であったろう。

 まあ、それはともかくだ。


「ま、その辺はどうでもいい。本題はそうだな、俺を騙すには百年早いってこった」

「うう……」


 なんだか肩を落としてしまうビーチェ。

 俺は、そんなビーチェを見て苦笑した。


「ま、焦らずやってけよ。たった百年、ここは地獄でお前さんは霊体。時間だけは無限にあるんだからな」


 対して、ビーチェは少し不安げに俺に聞く。


「じゃ、じゃあ、百年経ったら、先生を悩殺できるくらい成長できますか?」


 そんな問いに、俺はこともなげに呟いた。


「その答えは百年後の俺に任せるよ」


 無責任と言うなかれ。


「まあ、予想される答えは――」


 未来は誰にもわからない。

 だから、ビーチェが百年後、目を見張る様な色気を付けている可能性もあるのだ。

 ただ、まあ。


「――百年早い」


 多分無理だろうが。

















「じゃあ、これでお暇します」

「おお、じゃーな」


 俺は、帰ってくビーチェを見送って、部屋へと歩き出す。

 そうして、俺の部屋の襖を開ければ――。


「――やあ、遅かったな薬師」


 何故か敷いてある布団の上に、白い寝間着姿の憐子さんが座っていた。

 俺は、思わず聞いてしまう。とっとと襖を閉めるべきだった、と気付いたのは、


「なんでいるんだ憐子さん」


 憐子さんが何か企んでいるように笑っているのを見た後だった。


「なに、ちょっと聞きたいことがあってね」


 にやにやと、憐子さんは俺に言う。

 何か嫌な予感を感じるな、と俺は思いつつも、


「なんだよ」


 しかし、無視するには時機を逸した。

 だから、仕方なく聞いてみる。

 果たして、どんな驚きの問いが飛び出してくるのか。


「私のアドバイスは、役に立ったかい?」


 思わず身構える俺に、憐子さんはあっさりとそう言った。

 拍子抜けである。

 俺は、肩の力を抜いて、正直に答えた。


「あー、役に立った。女の勘的中もいい所だったしな」


 俺にも欲しいです、女の勘。

 どうにか搭載できないもんだろうか。とは思うものの、無理だろう。犬に猫の聴力を搭載する様なものだ。それは既に猫の聴力を持った犬ではなくて、耳の良い犬に違いない。

 よって、俺が女の勘を身につけたとしても、それは女の勘ではなく、よく当たる勘なのだ。

 と、よくわからない所で、俺は脳内の論争に終止符を打った。

 んなことはどうでもいいのだ。

 そう、それよりも、憐子さんとの会話だ。

 俺は憐子さんに今一度向き直る。

 そして、俺は変な悪寒を覚えた。

 微妙に考えごとに没頭していた数秒間。

 その数秒間で、やけに憐子さんはにやにやと笑っていたのだ。

 なんだ、と言う前に、憐子さんがぶつぶつと呟く。


「ほぉ……。そうかそうか。役に立ったか……」


 一体何なのだろうか。

 言い知れぬ不安に俺が立ちつくしていると。


「だったら、薬師」


 不意に憐子さんに腕を掴まれた。


「ん? ――って、うおっと」


 そのまま、俺は腕を引っ張られて、布団の中に入れられる。

 何がしたいんだ、と俺が心で呟いた時、既に憐子さんは俺の上に馬乗りになっていた。

 また――、この体勢か。

 事件前も、憐子さんにこうして捕まったな……。

 と、在りし日の想いででも思いだすかのように、俺は心で呟く。

 まるで走馬灯だ。やっぱり逃げるべきだった。

 それにしても、この前回の焼き増しの様な体勢で、一体憐子さんは何をするつもりなのだろうか。

 黙って考える俺に、声が降って来た。


「ご褒美が欲しいな……、薬師」


 やけに色っぽく憐子さんは俺に囁く。

 しかし、それにしてもご褒美、だと?

 何が欲しいのだろうか、と思って俺が憐子さんの顔をまじまじと見つめると、いつの間にやら、憐子さんは何かを咥えている。

 四角い何かだ。厚さはほとんどない、お菓子の個別包装みたいな何か。

 その内容物たる円が、その包装をもりあげている。

 まあ、ぶっちゃけるとそれは、なんと言うか、ゴム、と呼ばれるものだったはずだ。

 いや、輪ゴムではなく。要するに、避妊具の類。

 それを、憐子さんはまるで俺に渡すように顔を下げてきて、仕方ないので俺はそれを受け取る。

 さて、受け取った。

 受け取ったはいいのだが――。


「で、ご褒美って何が欲しいんだ?」


 返って来たのは、やっぱりか、と言うような呆れた顔と、溜息だった。


「……はぁ。ここまでやってわからないとは……」

「いや、で何が欲しいんだよ。俺は謎かけは得意じゃないんだが」


 本題はそれのはずだ。

 現在に至るまでなんだか意味不明だが。

 と、まあ、そんな俺に、憐子さんは諦めたように笑って、答えを寄越した。


「子種……、と言うのは無しにして、そうだな。今度私とデート、じゃ伝わらなさそうだから逢引しよう」

「はい?」


 俺は思わず聞き返した。


「恋人じゃないなら逢引は不可能じゃないか?」


 ということだ。逢引、と言うのは人目を忍んで愛し合う男女が会うこと。

 よって俺と憐子さんでは不可能な位置にある、のだが。

 憐子さんはそうでもない、と俺に返した。


「気分だけでも、って話だよ、薬師。子供のごっこ遊びの様なものさ。そう、飯事の様なものだと思ってくれればいい」
「そんなもんか?」


 よくわからないが、そこらの話題に関して門外漢な俺である。

 憐子さんがそうだと言えば頷くしかないのだが。


「そんなものだよ。ただ、出掛けるだけじゃつまらないだろう? だから、そういうことにして置くのが肝心なのさ」


 そう言った経験に疎い俺は、頷くほか無い。


「そんなもんか。わかった、今度付き合おう」


 とりあえず、そういうことで納得だ。


「ふむ、付き合おう……、うんうん、いい響きだ」


 きっとそういうことなのだろう。

 憐子さんも納得しているようなのでこれでいいのだ。

 まあ、そんなことより。


「いつまで乗ってるんだ憐子さんよ」


 こっちの方が問題だろう。

 未だ布団の上で憐子さんに乗られてる俺としては身動きが取れず、不便なことこの上ない。

 なので、退いて欲しかったのだが、俺に返って来たのは。


「ふむ、今日は退く気は無いかな?」


 そんな無常な言葉だった。

 ……本気か?

 あっさりと言ってのけた言葉に、俺は正気を疑う。

 俺へのからかいにそこまでするとは、脱帽するしかない。いや、される方としてはたまったもんじゃないけどな。


「今日だけで後十時間ぐらいあるんだが?」


 ちなみに、ビーチェが帰ったのは昼間なので、今日はまだまだこれからだ。


「あるな。いいことだ。うん、実にいいことだ」

「飯と風呂は?」

「私ごと抱えていけばいいじゃないか」


 あんまりにもあんまりな言葉に、俺は押し黙った。


「……」


 どうしろってんだ。



















「所で藍音」

「なんでしょう」

「さっき憐子さんに避妊具を渡されたんだが、どういう意味だと思う?」

「……財布に入れておくのが男のマナーというものです」

「本気で?」

「本気です」

「そうなのか」










―――
と言う訳で、憐子さんとのデートイベントフラグが立ったようです。
今回は事件終結に関する話だったので、異常に短かく、その為憐子さんイベントが挿入されました。
と言う訳で、今回はあんまり見どころもないです、はい。申し訳ない。






では返信。


奇々怪々様

数珠家のあの人が遂に動き出したようです。
後、あえて言うなら、玲衣子さんが人妻、愛沙が子持ち、なのだと私は力説します。この二つは別物だ、と。
しかし、それにしても。愛沙は前回の登場からのギャップが激しいですからね、これもギャップ萌えですか。
そして、マキナはレールガンやらビームに至るまで装備しているようです。


春都様

ま た フ ラ グ で す 。既に憎むべきか応援すべきかわからなくなってくるこの有り様。
最終的に、薬師は何処まで行ってしまうのか。
地獄を手中に収めたら、きっと薬師は別世界にも手を出すこと間違いなしでしょう。
最終的に三千世界は薬師の物に……、恐ろしい子っ……!


あも様

ちなみに、一応の所、愛沙にとっての薬師は、気になる男子というレベルです。むしろ愛沙の恋愛感情自体が大人のそれとは言い難い模様。
まあ、マッドですから。その辺に疎いのはお約束。あとは吊り橋効果はあると思います。敵味方でしたけど。
後は、よくも悪くもローンウルフだったから、構ってくれると嬉しいんでしょうね。閻魔もですけど。それがどM方向に向かっていってる気がするのは、薬師が悪い。
ちなみにファンネルは、空飛ぶポン刀数百本です。後は、なんか意思を持ったエネルギーでも使ってみます? やたらとげとげしくなるあれを。


SEVEN様

良く考えてみてください。愛沙→玲衣子さんと李知さんを人質に取って、お騒がせした。あと、造っちゃいけないもの保持。
薬師→城を倒壊させて、地獄運営数百名を生き埋めにする。
明らかに、薬師のほうが罪重いです、どう考えても。まあ、薬師も愛沙も死者出してないからこの結果ですが。
あと、春奈がお父さんと呼びだしたら、由美が嫉妬してバトルが始まると思います。所謂子供の喧嘩が。


志之司 琳様

ここは、またなんだ、すまない。とバーテンのAAを張り付けるべきなんでしょうか。
まあ、ともかく。これで一族のめぼしい女性はコンプですねわかります。流石薬師と言うべきか、罵るべきか。
サイトの方で大天狗奇譚も始まって、現世でもフラグが増えそうですし。しかし、ある意味愛沙もツンデレなのですね。勉強になりました。
エクスマキナは、その内グランゾンやらZINVやらとタイマンはれるようになればいいと思います。


光龍様

流石過ぎるこの3スキル……。
なんと言うか、このオブラート、呑もうとしている最中で破けるオブラートみたいですね。
薬師天然発言爆弾は基本的にステルス機に搭載されていて、不意に投下していくから手に負えないんですねわかります。
このスキルの一つでも分けてほしいです。あ、オブラートは要らないです。


悪鬼羅刹様

コメント感謝です。
ここまで付き合って頂き感無量、これからも長く付き合ってくださると嬉しいです。
確かに、がんがん女性は増えていってますよね。埋もれて死ねそうな程。
ただ、まあ。閻魔はまだ目立ってる……、と、思います、多分。それよりも、暁なんとかさんが……。


名前なんか(ry様

ゴッドフィンガー……、その内出したいと思います。あと、そのまま抱きしめるようにさば折りもロボットのロマンだと。
某世界に流れ込んだのは霊思念エンジンの概念だけだった模様です。現世に流れてきてもまともに扱える様なマシンじゃない気もしますが。
その内、マキナ大活躍も予定しております。これまで沈黙を保っていた翁とのコラボも……?
あと、件の前さんの台詞が出てからずっと、いつか刺そうとは思ってました。で、こりゃいいやとばかりに今回で刺した訳ですが。


通りすがり六世様

親子の、子が幼女なのも、多感な年ごろなのも、ちょっと行き遅れている気がするのもありだと思います。
幼女は母親と一緒に育てていく方向で行くのがいいと思います。ちょっと行き遅れてるのは母親とからかいながら見守る感じで。
その内親子同士で何か起こるんじゃないかと期待してます。いや、私が期待してどうするんだって話ですけど。
パイルバンカー、ハンマーはロマン武器だと思います。あと、一発切りの兵器とか。やたら取り回し難い武器って素敵。





最後に。


この期に及んでラストを飾れないビーチェに全俺が泣いた。



[7573] 其の百二十二 俺と刀と丸太で行こう。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:7a7869e7
Date: 2010/05/22 23:04
俺と鬼と賽の河原と。





「ん、なんじゃこりゃ?」






 ある日の午後、俺は物置で古ぼけた刀を見つけた。

 はて、こんな刀持っていた覚えは無い。

 果たして、前の家の持ち主のものだろうか、と藍音に心当たりがないか聞いてみるが、


「ええ、我々の物ではありませんね。元からありました」


 と、彼女は言う。

 そんなこんなで、俺は今藍音と一緒に庭に出ていたのだった。

 まあ、元の持ち主もわからんし、興味が出たから試し斬りという奴をしてみようと思ったのだ。

 的は、これまた物置に放置されていた怪しげな大木だったらしき丸太。

 俺は、それと向き合って、鞘に収めた刀の柄を握る。

 居合の構えで、俺は息を大きく吸い込み――。


「そぉいッ!!」


 一瞬にしてその刃を解き放った――。

 刃が木に食い込んだかと思ったその瞬間、丸太は半ばで二分割され、片方が宙を舞う。


「ふむ……、いい刀だな」

「正確にはいい刀、だった、ですが」

「うーん……、鈍らだったのは俺だってか?」





 俺の手には、半ばで折れた刀が握られていた。





 大天狗が皆刀の扱いに慣れている、と言うのは迷信である。








其の百二十二 俺と刀と丸太で行こう。









 俺の知る大天狗は皆ぶんぶん刀を振りまわしていたが……。

 大天狗全員が刀を使えると思ったら大間違いだッ!

 それを俺が証明しているのだから間違いない。

 そもそも、日本刀は良く切れて折れず曲がらず、というのはまずまずだが、大天狗が使うには繊細過ぎる訳で。


「仕方ないな。俺の力に耐えれないんだから仕方ない」

「刃の立て方が雑なだけだと思いますが」

「ぐっさり来たぞ藍音め」


 これだから俺は鈍器の方が好きなのだ。膂力にものを言われせれば、鉄の棒でも物は斬れる。

 まあ、どちらかと言えば、そこに転がる丸太の如く、汚い断面を晒したぶっちぎられた、という風情だが。

 ともあれ、俺は折れた刀を見つめて呟いた。


「この名刀の破壊者と呼ばれた俺に掛かればこんなものか」

「そのおかげで幾ら予算が消えたかご存知ですか」

「ざっくり来たぞ藍音め」


 錆びた刀は数十本、折った刀は数知れず。

 しかも、藍音がわざわざ宛がってくれた名刀を腐らせるのだから、我ながら目も当てられない。

 まあ、仕方のないことか。

 と、心で溜息。

 そして、俺はもう一度まじまじとその刀を見つめた。

 怪しいまでの刃の波紋。血の色の様な柄の拵え。

 刀に関しては七割素人の俺だが、それなりの一品なんじゃないかとは思う。

 まあ、だからと言ってどうということは無いし、折れた所で痛くも痒くもない。

 さて、捨てるか。

 俺はその刀を視線の先から離し、腕を降ろす。

 と、その時だ。


「痛っつあぁあああああああああッ!! なんで目覚めたらオレばっきり折れとるんっ!?」


 ……すごくびっくりした。

 閑話休題。

 いきなり響いたまるで狭い部屋で反響させたかのような男の低い声。

 それは、


「そこの刀から聞こえた気がしたのは、俺の気のせいか?」


 俺の手元から聞こえた気がした。

 そして、確認した俺に返って来たのは、肯定の言葉。


「……奇遇ですね。私もそのように感じました」

「……」


 はーはーなるほど、よーく解った。


「捨てよう――」

「おい、ちょっと待たんかいワレっ!」


 再び手元から響く声。


「よし、今日は耳鼻科に行こう」

「いやいやいやいや、何をいきなり病院に行こうとしてるんねん! オレ喋っとるから! 幻聴ちゃうねん!!」


 似非関西弁の幻聴が響いて仕方がない俺の耳に、藍音の声が届く。


「……薬師様」


 その声に反応したかのごとく、幻聴も再び響いた。


「いいぞ嬢ちゃん、この兄さんに現実を叩きつけたってくれや」


 その幻聴の後、藍音はきっぱりと俺に言い放つ――。


「私もお供します」

「おおいっ! 嬢ちゃんまで自分の耳を疑ってどうするんやっ!」

「拙いな、こんな突っ込み過多の幻聴聞いたことねー」

「幻聴やないっつーに!!」


 おお、なんて律義な幻聴だろう。

 こんな突っ込みまで入れてくれるなんて――。

 というのはともかく。

 いい加減に、だ。


「刀が喋ってる件について、認めるしかないと思うのだが、どう思う?」


 藍音に問えば、肯きが返って来た。


「まあ、今更不思議なことなどありませんが」

「だよな」


 そんな納得の言葉に、再び響く刀の声。


「やっと納得したんか」


 呆れたような声音に、俺は鼻で笑って答えた。


「からかわれてたことにすら気付かないというのは哀れだと思わないか? もしくは幸せなのか」

「こ、こいつ……! ってそれはええんや。それより……」

「それより?」


 俺の聞き返す言葉に、刀は息巻いて答える。


「オレ真っ二つに折れとるやないかいっ! どうしてくれんのよ!!」

「知るか」

「にべもなしっ!?」


 別に名刀が折れようが妖刀が折れようが俺の知る所ではないのだ。

 俺が刀を使う予定は無いし、刀を嗜む類の、要するに憐子さん、藍音、法性坊の三人だが、それらは全て愛用の刀を持っているか、別に刀を主に使う訳でもないかだ。

 あとこの太平の世に刀なんてあってないようなもんである。


「ところで、お前何もんよ。誰作?」


 聞けば、誇らしげに刀は答える。


「千子村正とは俺のことや」

「ああ、徳川に逆恨みされてるあれか。なるほど自称村正か」

「自称やないっ!」

「いや、だってなぁ? 関西弁、しかも下手な関西弁で喋る刀が村正って、なあ?」

「ええやんかっ、妖刀が関西弁で喋っても自由やないかっ」


 いや、しらねーよ。

 ともあれ、俺はそんな村正をどうしようかとまじまじと見つめる。

 藍音は関わる気は無いらしい。というか家事の途中だったらしく、庭に洗濯ものを干している。

 ふむ、どうしようか。

 今度は俺は天を仰ぐ。

 そんな――、

 そんな時だった。


「痛っつうううぅううううううっ!! 起きたら胴体がボッキリ折れてるってどういうことなのっ!? ねえ!」


 今度は、丸太から声が聞こえて来たのだった――。

 もう、どないしよう。















 所変わって。

 ある日、恋する乙女こと、前は思い人の家へと向かっていた。

 仕事が休みになる、という報告を受けて詳しく聞けば、想い人たる大天狗、薬師はまた厄介事に巻き込まれていたのだそうだ。

 そういった関係の様子見。

 それを建前に前は薬師の家の前に立つ。

 そうして、若干の迷いの後、チャイムを押せば、あっさりと藍音が現れて彼女を出迎えた。


「薬師様にご用でしょうか」


 完璧な所作で尋ねた藍音に、前は肯きを返す。


「うん、ちょっとね」


 ところが、藍音は彼女を家に招き入れることなく、庭へ行くことを勧めた。


「でしたら、庭に行くとよろしいかと。今は庭で取り込み中の様で」

「え、誰かと居るの?」


 果たして、邪魔にならないだろうか、と気遣い半分で聞いた前に、珍しく藍音は答えを濁した。


「……いえ、一人です。一応の所は」

「どういうこと?」

「見た方が早いかと」


 その答えに、前は釈然としないながらも、言葉に従うことにする。

 玄関から一旦出て、家の周りを回るように、庭へ向かう。

 当然、家から庭へ、分も掛かる訳がない。

 あっさりと前は目的の場所へたどり着いて――。

 彼女がそこで見たものは――。


「おいおい、何を言ってるんだお前は。あれは不可抗力であって、俺のせいじゃない。そもそもあれだけやっといて今更目を覚ますとか――」


 ――刀に向かってぶつぶつと何事かを呟く、想い人の姿だった。










「薬師……、悩みでもあるの? あたしが相談に乗るよ……?」











 気が付いたら、何時の間にやら可哀相な人になっていた俺。

 とりあえず、勘違いされたままもやばいと思って、俺はなんとか取り繕うことにした。


「いやいや、これはだな。俺がおかしいとかじゃなくてだ。喋るんだよ」

「何が?」

「刀と丸太が」

「本当に?」


 その通りだ、とばかりに俺が折れた刀を差し出したその時に限って、


「おい、なんで今黙る」


 声は響かない。

 前さんに肩を叩かれた。


「薬師……、病院いこっか」

「……。ちょっと待ってくれ」


 肝心な所で何も語らぬこの刀と丸太。

 俺は刀を無造作に振り上げて――。


「いやいやいやいやちょい待ちちょい待ちっ! あかんって、それはあかん!」

「らめぇええええ、薪になっちゃう!!」


 いきなり響く声。

 一瞬にしてにぎやかになった場に、前さんが目を白黒させた。


「喋った……」

「喋るんだ、これが」

「で、どうしたの? これ」


 驚きから復帰した前さんが丸太を指さして言う。

 俺はそのままを告げた。


「物置に置いてあった」


 今度は、違う問い。


「で、どうするの? これ」

「捨てる? 錆びさすか燃やすか削るか折るか、どれがいいだろう」


 顎元に手を当て考える俺に、抗議の声を上げたのは当の本人たち。


「ちょっと待った! もっと愛を! ラブアンドピースっ!」

「ひぎぃいい、木屑になっちゃう!!」


 そんな様に、同情したか、前さんは困ったように俺に言う。


「うーん、捨てなくてもいいと思うけど……」

「おおっ、流石やっ! 天使やね!! 胸はちっこいけど」

「地獄に仏とは正にこのこと! 胸はミニマムだけど」

「ねえ薬師、金棒貸そっか?」

「ありがたく借り受ける」


 俺は前さんから金棒を受け取り、無造作に振り上げた。


「いやいやいやいや待ってぇな! 冗談や、冗談やって!!」


 刀を地面に放り捨て、狙いを定める。

 そして、本当にやっちまおうかなと思った瞬間。


「いや待って待ってっ、死ぬ前に、ちょ、ちょちょっと聞きたいことがあるんや!」

「ん?」


 遺言位は聞いてもいいだろう、と俺は聞くことにした。

 金棒を持つ腕を降ろした俺に、刀は問う。


「そこの嬢ちゃんはお前の何なん?」

「酒呑み友達。もしくは仕事の同僚」

「じゃあ、さっきのメイドさんは?」

「部下、もしくは秘書。または娘」

「じゃあ、そこの縁側を歩いて行った美人は?」

「居候、もしくは元先生」

「じゃあ、倉庫でこないだ見た銀髪のは?」

「居候だな」


 そして、一瞬の間が空いて――、


「死ね」


 いきなりなんだ。

 そんないきなり殺意が芽生える様な問答をした覚えは無いのだが。

 しかし、村正に言わせれば、


「全世界のモテない男の敵めぇっ!!」


 ということらしい。


「いや、知らねーよ」


 ただ、まあ、それだけで済めば良かったのだが――。


「呪ってやるっ、妖刀の名にかけて祟ってやる!!」

「おーけい協力しよう。妖木の名にかけて」


 その瞬間、淀んだ風が、俺に吹き付ける。

 なんだ、と思う前に村正が勝ち誇った。


「残念っ、お前は既に呪われている!」


 どうやら、そういうことのようだ。

 しかし、なんの不都合も現状感じない。

 体調が悪くなった訳でも、精神に異常がある訳でもないのだ。


「どんな呪いだよ」


 そんな疑問が浮かんできて、それには妖木が律義に答えてくれた。


「童貞のまま結婚できなくなる呪いさ!!」

「ふーん?」

「ええっ!?」


 ……激しく反応したのは、前さんだけだった。

 基本的に、大妖怪ともなれば勝手に呪術抵抗が掛かるはずだが、どうにもこういったどうでもいいことに限っては素通りする傾向にあるらしいな、うん。


「なんか反応薄いんやない?」

「いや、結婚する予定もねーし。ここまで童貞だったんだからこれからもないだろ」

「……」


 ということで、一件落着。

 良かったよかった。











「ねえ、どうやったら呪いは解けるのかな?」


 とはならないらしい。

 前さんが村正に聞く。

 村正は、何が嬉しいのか、やたらに声高に答えた。


「無論、清らかなる乙女のキッスでっ!!」


 何が楽しいのやら、とぼんやり眺める俺とは対極に、前さんは顔を赤く染め上げる。


「えっ、ええ!?」


 なんで前さんが驚くのか知らないが、俺なぞはいつの間にか蚊帳の外である。当人なのに。

 仕方がない、と俺は眺め続けることにした。

 眺め続けること、数十秒。


「……うん」


 遂に、赤くなったまま動かなかった前さんが再起動した。

 まるでブリキの人形のようにかくかくと俺の元までやってくる。


「ね、ねえ、薬師、呪い、解きたいよね?」

「いや、別に」

「解けないと困るからっ、いろんな人が!」

「そうなのか」


 だから――、と前さんは言った。


「……キス、しよっか」


 妙な迫力に、俺は思わず押し黙る。

 そのまま数十秒が経過し。

 どうしようかなー、と考え出した辺りで。

 不意に響く声。


「お客様にそのようなことはさせられませんので……。不肖この藍音が薬師様の解呪をさせていただきます」

「おやおや薬師、中々愉快な呪いに掛かってるじゃないか。どれ、久々に先生らしく呪いを解いてやろう」


 ぞろぞろと、何処で聞きつけたか、二人の女が現れる。


「どっから沸いて出た」


 そんな言葉は完全に無視。

 既に憐子さんは迫ってきていて……。

 俺は急速に後ろに飛んでやり過ごす。


「まあ、待て。落ち着いて落ち着くんだ。別に俺は呪いとやら解けなくても――」

「だから、それは困ると言っているんだ」


 取り付く島もなく、俺の意見は無視される。

 なんと言う理不尽。

 そして、前さんは俺へと言うのだ。


「で、薬師は誰がいいの……!?」


 なんという三択。

 これは誰かを選ばないといけないのだろうか。

 しかし、とは言ったものの、それはすなわちこの場の誰かと接吻するということだ。

 嫌がる女性を組み敷いて、なんてのは好みじゃない。三人は立候補しているが、心中は知れたものでもない。

 そしてそもそも……。

 憐子さんが……、清らかなる……、乙女?

 清……、らか……?

 今すぐ乙女を辞書で引いて来い、と言いたい。


「まあ待て、落ち着いて聞いてくれ。乙女と言うのは……」


 と、そこで俺は一つの問題を思い出したのだ。

 そうだ、乙女ってのは――。


「年若い少女、むすめ、の意だから、ここにいる皆は清らかな乙女の範囲に――」


 瞬間、三方向から拳が飛んできた。


「ごふっ」


 無論避けようもない。


「薬師、女はいつでも乙女なんだ。わかるかい?」

「いい……、拳だ」


 それにしても殴られた腹と背中と頬が痛い。

 なんとなく膝を着いてみる俺。このままなんとかごまかせないだろうか。


「ところでなのですが」


 しかし、そうは問屋が卸さない。


「――赤信号、皆で渡れば怖くないという格言がありまして」


 所謂、死刑宣告である。

 後のことは――、ご想像にお任せする。









「所で……、呪いが解けたことをどうやって確認するんだ?」

「……さあ、どうするんやろうなぁ……」

「おい」














 その後、妖刀と妖木は廃品回収に回収されて行きましたとさ。

 その様を見た前さんが、俺に言う。


「どうして薬師はあんなに捨てることに拘ってたの? 別に捨てる必要もなかったんじゃない?」


 前さんの言葉に、俺は首を横に振った。





「――喋る刀とか、翁と被るだろうが」




 どっとはらい。

























―――
本日は甘さ控えめ、ギャグ多めで。
いや、私だってたまに普通のラブコメらしいことしたくなりますよ。
普通のラブ……、コメ?
……普通のラブコメってなんでしょう。
次回か次々回に憐子さんとデートです。
なんで今回じゃなかったかって、そんな連投しすぎたら憐子さんが薬師を嫁に貰っていってしまいますよ。
もとい、あんまり連打でプッシュし過ぎるのも如何かと思った次第。
焦らしプレイとか言わないでください。



まあ、最後の方、結局解呪されてしまったのか、逃げ切ったのかはご想像にお任せします。
皆さんのおいしいと思う方向で片を付けてください。




では返信。

セロハン様

コメント感謝です。
玉藻御前……、もしかしたら出てくるかもしれないです。ただし、天狗奇譚の方かも。
果たして現世に残して来たフラグは何個あるんでしょうか。計り知れないです。
あと、憐子さんとのデートは多分次回です。きっと次回です。焦らしてる訳じゃないですよ?


志之司 琳様

まずは新参は己の身の程を知らねばならない、ということなんですねわかります。
哀れビーチェ、惚れた男が悪かった。
ただし薬師、お前に関しては最近天も驚く拳を打てそうな気がしてならない。ヒートエンドされても文句は言えないです。
そして薬師、あれだけされといて良くわかってないって彼は小学生なのでしょうか。


ヤーサー様

お帰りなさい。いつでも待ってますので、多少間が空いてしまってもお気になさらず。
薬師のいかれっぷりも最近堂に入ってきてますね。どうせ結果は同じなんだから謝ってもふんぞり返っても同じ、なんて。
そのまんま過ぎて人生のお手本にはまったくなりませんけれど。
あと、ビーチェはある意味オチを担ってくれたんじゃないかと思ってみます。前回の「最後に」的に。


SEVEN様

正気を常に疑われる主人公とは……、ある意味凄絶です。
まあ、今回も、今後永遠に独身童貞の呪いを食らっても平気な顔してますしね。クレイジーです。
いや、ある意味薬師にとっての正気を失うべきなのでしょう。そのままベッドへ直行なさい。
そして、ビーチェはそのままヤンデレになるのか、それとも何かジョグレス進化を行うのか。今後に注目です。


悪鬼羅刹様

初のモテ期は多分十歳前後からだと。それから千年続くモテ期……。
薬師は爆裂四散していいと思います。そしてそのフラグ能力を全世界の男に分け与えるべき。
千年のモテ期とか何処のミレニアムですか。
あと、やっぱり藍音さんはよくオチを持っていったりとおいしい所を攫って行きます。影のヒロインと言えなくもないのかもしれません。


奇々怪々様

薬師は長い目で見るとドMだと思います。イージーやノーマルに飽きたのでハードモード縛りプレイ的な。
あと、ビーチェは年齢不詳の憐子さんすら悩殺できてないのだから、向こう五百年は悩殺できる予定が無いと思います。
もう、避妊具なんてダイレクトにアタックしたのにこの様ですからね。悩殺よりも常識を教えるべきだと。
……。時代は逆レイプですかそうですか。


あも様

果たして暁御並みに影が薄くなるのかどうか……。
暁御よりも影が薄くなかったらそれはそれでキャラ付け的に微妙で暁御より最悪ですねわかります。
後、薬師を落とすには、冗談と取られないような素地が必要なのかもしれませんね。藍音や憐子さんはその点では不利かと。
次回と見せかけて、次々回でした、デート。しかし、薬師がコンドームなんて使う訳がない。これは宇宙の法則です。


光龍様

じゃらじゃらは、幼女と平和に暮らしているようです。
ネタは浮かべども、やってることが薬師と変わらないのでどうかな―と。
ただ、前回師匠が全部いいとこどりしたのは、気のせいではないと思います。第一、デートの約束まで取り付けてますし。
あと、近藤さんを自慢している人に限って使いどころがない、というお話をしようかと思いましたが、自分は自慢しようがしまいが使える予定が無いのでどうしようもないことを知り、やめました。


春都様

後一撃、後一撃あれば憐子さんが勝てたんじゃないかと。
多分その一撃は腐敗聖域級だと思いますけれど。どう考えても早々出てこないですね、そんな一撃。
そして、ビーチェのステルス性能はきっと暁御を越えないと思います。
おかげで、ステルス機としての性能も微妙で、ステルス暁御より微妙になるんじゃないかと予想タイム。


通りすがり六世様

海に一石を投じた所でなんのことは無い。そんなことが分かった前回でした。
コンドームと自分を結び付けて考えられない薬師に脱帽です。いい加減にしろ。
後、藍音さんは知識豊富なんじゃないかと思います。そりゃ、旦那予定があれですから、自分がリードしないとどうなるやら。
しかし、薬師にコンドームを寄越しても、精々水筒代わりにしか使えないと思います。









最後に。

猫に小判、豚に真珠、薬師に近藤。

ほら、違和感がない。



[7573] 其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:4b5cf1a4
Date: 2010/05/22 23:03
俺と鬼と賽の河原と。







 さてさて、この間無謀にも憐子さんと出掛けることになった俺。


「やあ薬師、待ったかい?」

「いんや別に」

「そうかそうか」

「なんか嬉しそうだな?」

「なに、実にらしくていいじゃないか」

「らしい、ねえ? 一体何が?」

「言っただろう? これは逢瀬だ、と。それらしいのが肝心なのさ」

「よくわからんね」

「よくわからんだろうね、薬師なら」

「まあ、憐子さんがそれでいいなら、良いんだけどな」


 それにしても、何故憐子さんは巫女装束なのだろうか。










其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。











 逢引、逢瀬。幾ら恋愛に疎い俺とはいえども言葉の意味はわかる。

 男女の密会。現代においては密会でなくとも使えなくもないか。

 それはともかくとして、なるほど、逢瀬と言うのはあれだ、男女が仲睦まじく寄り添い歩き、満足したら帰るようなものだ。

 しかし、


「エスコートを期待しているよ、と言いたいところだが、薬師相手じゃ無駄だな」


 言われて、ぐうの音も出ない。

 要するに知識はあっても経験は無い、ということだ。

 実際の恋人同士でもないのだから、普通に女の友人と出掛けた時を思い出せばいいのかもしれないが、しかし駄目だ。

 基本的にそんな外出も、相手任せで、俺は着いて行っていただけだ。


「さて、薬師。行こうか」


 徐に、憐子さんが俺に腕を絡ませる。

 よくわかっていない俺はされるがまま。

 逢瀬ってのはこんなもんなんだろう、と納得することにした。

 腕を組んで、俺と憐子さんは歩き出すのだった。

















「どれが一番似合うと思う?」


 そう言って憐子さんが差し出して来たのは、服などという生易しいものではなかった。

 では何か、と聞かれると、


「知らねーよそんなもん」


 ――要するに下着である。

 しかも透けたり紐だったり黒かったり紫だったりする下着である。

 そんな物の良し悪しについて問われても、俺には判断も付かん。

 しかし、その答えをどう取ったらそうなるのか。


「なるほど、和服の下に下着は邪道派か。安心しろ、ちゃんと履いてないから」

「聞いてない」

「確かめてみるか? 常々思うんだ、巫女装束の緋袴の腰元の穴は手を突っ込むためのものじゃないかと」


 それは断じてない。

 断言できるが――。


「手を掴むな、そのまま入れようとするなっ」


 流石に袴の穴に手を突っ込む様な罰あたり者にはなりたくない。

 ぎりぎりと服の中に手を導こうとする憐子さんに俺は全力で抵抗した。


「何を言うんだ薬師。逢瀬ではこのぐらい日常茶飯事、軽いジャブだよ」

「……そうなのか? ってそりゃないだろ」

「残念、一瞬騙されかけたのにな」


 こんな所で何をさせようってんだ憐子さんは。

 俺は思わず呟いた。


「第一、俺をこんな所に連れてきてどうするんだか」


 下着売り場という、この場に存在するだけで、俺の精神力はガリガリと削られていくんだが。

 少しげんなりした表情の俺に、憐子さんは悪戯っぽく笑う。


「私を見て、ってやつだよ。見て欲しいのさ、色々とね」

「俺に?」

「そうだ」


 何故、俺が相手……、ああ、他に相手がいないからか。

 なるほど、と俺は一つ肯いた。

 憐子さんを殺したのは俺だし、復活させたのも俺。そして責任を取る、とも言った。

 だから、それに付き合うのは、悪くない。


「だから、今度これを穿いてる所も見せてやろう」


 だけどそれはノーセンキュー。


「できれば箪笥の奥底に仕舞っといてくれ」

「なに? お前は私に常に下着なしで過ごせというのかい? よろしい、ならばノーパンだ」

「まともな奴は無いのかっ」


 聞けば、憐子さんは何故か胸を張った。


「ないっ。もしくは捨てる」

「……勿体ないぞ」

「論点がずれてないか?」


 ずれてる。それには同意する、とばかりに俺は肯いた。だが。

 むしろ、んなことどうでもいいのだ。

 それよりも。


「まともな下着を買え」

「野暮ったいのが好みか?」

「そういう話はしてない気がする」

「お前の好みなら熊さんでも何でもいくぞ?」

「お断りだ」

「ちなみに今日は上はさらしだが、どうだ?」

「聞かれても困る」


 よくわからない会話だ。

 今時の若者は、こんな会話をするのだろうか。いや、しないだろう。

 反語表現を使ってしまう程度には、どうやら俺はもちろん、憐子さんも常識から少々ずれているらしい。

 俺は自嘲気味に笑う。

 そんな時、ふと憐子さんが何事かを思いついたように手を叩いた。


「そうだ、私がお前に何か見繕ってやろうか? そうそう、人が何か着るものを贈るというのは脱がしたい、という意味らしいぞ?」

「……何故今、そうそうからその言葉をつなげた?」

「それとも、薬師が何か贈ってくれるのかな?」

「この流れでは非常に贈ると言いにくいと思うんだがこれ如何に」

「ふむ、別に脱がしてくれてもいいのだけどね。お前なら」


 その点については今更である。憐子さんの生前は着せたり脱がしたり、まるでどこぞの召使の様な真似をさせられたこともあるのだから。

 なので、俺は溜息を返した。


「できれば御免被る。いい加減俺もいい歳なんだから、恥じらいを持ってくれ」


 すると、憐子さんは楽しげに――、いや、妖しげに笑った。


「恥じらいを持てば……、もう少し違うように見てくれるのかな? お前は」


 なにを言ってるのかよくわからなくて、俺は話半分に返す。


「なんだそりゃ」

「さっきも言ったろう? 私を見て、って奴だって。私と薬師の中でだって、見てもらいたい部分は沢山あるんだ」

「はー、なるほど?」


 果たして正しいかどうかはわからんが、わかったようなつもりにはなった。

 要するに、憐子さんは変化を望んでいるのだと思う。

 結局、前と今と、俺と憐子さんの関係はあまり変わっていない。

 憐子さんは、何もかも出し切って、その先の結果を見たいと思ってるんじゃないか?

 その結果が不変である、というのもまた変化だろう。何故なら、そこまでの過程は違うのだろうから。

 果たして、醜い部分やらなんもかんも一切合財出し切って、俺と憐子さんが何処に落ち着くのか。

 きっと、憐子さんはその答えが欲しいのだ。と思う。

 ただ、その答えは俺にもわからない。

 一つだけ想うことがあるならば。


「憐子さんに恥じらいとか……、今更だろ」


 今更だ。今更過ぎて涙が出る。恥じらいを持てと言ったのは俺だが、持ったら持ったで俺は心臓が止まるやもしれん。

 そんな中、憐子さんは拗ねたように口を尖らせて俺を見た。


「まったく、お前が恥じらいを持てと言ったんじゃないか」


 その通りだが、しかしそれはそれで困るものがあるのだ。


「そういう、違う自分を見てもらいたい的なものから来てるなら動機が不純だ」


 例えどの動機がどんなに純粋でも、本来から外れたとこから来てるなら、不純だ。

 そういうことだな、と一人納得する俺に、憐子さんは少し俯きがちに言う。


「第一、私にだって……、恥じらい位あるさ」

「……本当に?」

「本当だ」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃない」

「指きりできるか? 天地神明に誓えるのか? 違えたら針千本飲む準備はおーけー?」

「指きり可能、天地神明に誓えるよ。針千本も飲む気はないし」


 ナンテコッタイ。

 こいつは驚きだ。憐子さんの恥じらいなど、生まれた時に母親の胎内に忘れて来たか、もしくは当の昔に丸めてゴミ箱に放りいれたのだと思っていた。


「……まじなのか」


 そんな俺の言葉に、引き続き、憐子さんは口を尖らせながら言う。


「薬師は私は何だと思ってるんだい?」

「憐子さんだ」



 俺は、思わず即答していた。

 一瞬、憐子さんが目を見開く。

 なんだなんだと俺はが憐子さんを見つめると、驚いたように見えたのは本当に一瞬で、かと思えば、彼女はいきなり笑った。

 楽しげに、呆れたように。


「――ははは、なんだそれは。薬師は面白いな」


 なにが面白いのだか。見たままの事実だろうに。

 しかし、まあ、どうでもいいか。


「それとだな。憐子さんよ」

「なんだ?」

「俺は目を逸らした覚えは無いぞ?」


 つまり、そういうことなのだ。


「ん?」

「それに、俺達にはそれこそ死ぬほど時間がある訳だ」

「どういうことだい?」


 聞いた憐子さんを俺は横目で見て、にやりと笑った。


「答えを急ぐまでもないだろう、ってことさね」


 まあ、そういうことなのだ。


「これからも目ぇ逸らす気はねーからな」

















「ふふふ、楽しかったな」

「俺は疲れたがな」


 上機嫌な憐子さんを腕にまとわりつかせて、俺は家へと向かう。


「薬師は楽しくなかったのかい?」


 ぶっちゃければ振りまわされるに良いだけ振りまわされて、疲れるだけなはずなのだが――、しかし楽しくなかったかと言えば、嘘になる。

 でも、だ。

 楽しかったなどと答えるのは癪なので、俺は嘘を吐くことにした。


「疲れた」

「そうかそうか」


 楽しげに笑いながらこちらを見る憐子さんの視線が、なんか癪だ。

 わかってます、みたいなしたり顔とか。

 しかし、そこに突っ込むと墓穴だ。俺はそこには突っ込まないことにして、別の所に矛先を向けた。


「逆に聞くが、憐子さんは面白かったのか? 俺としては今一つ楽しい場所に向かった覚えは無いんだがね」


 件の下着売り場から始まり、服飾関係を回り、あっちふらふらこっちふらふら。要は、映画とか娯楽施設の類は行っていない。

 あまり買いもしない、所謂ウインドウショッピング、とやらが女にとって楽しいというのならば、俺には何の言いようもない訳だが。

 しかし、俺に返って来たのはよくわからない答えだった。


「楽しかったよ。私としては、何処だって良かったのさ」

「そうかい」


 だったら、俺の精神力がガリガリ削れるような場所に連れて行かないでくれ。

 と、心で文句を言っていると、いつの間にか、憐子さんは言葉を一つ、付けたしていた。


「とある条件を満たしていればね」


 まるで謎かけでも出すかのように、にやにやと笑って憐子さんは言う。

 俺はよくわからないまま聞き返した。


「条件?」


 だが、答えが返ってくるとは限らない。

 今度は、諦めたように憐子さんは笑う。


「これでお前がその条件というものをわかってくれたら、苦労しないのだけどね」

「なんだそら。わからんもんはわからんぞ」


 もう既に丸投げだ。

 憐子さんの謎かけは俺には難しすぎるのだ。

 しかし、俺に答えを教える気は、


「第一、答えを言っても納得しないだろう? 絶対に何故だ、と言う」


 さらさらないらしい。

 聞いてみないとわからないと思うのだが、しかしこの憐子さんになにを言っても無駄。

 俺は諦めて、憐子さんの言葉の続きを聞いた。


「どうしてそうなるのか、説明するのは、癪だしな――」

「そんなもんかね」


 そんなものさ、と憐子さんは俺に笑いかける。

 よくわからないが、まあ、わからないままでも問題あるまい。

 もしくはその内何かの拍子にわかることもあるかもしれない。謎かけってのはそういうものだ。

 諦めて、俺はただ歩いた。

 憐子さんも、それきり語らぬ。

 ゆっくりと歩いていく夕方の街も悪くない。

 別に、会話が無いのも、憐子さんが相手であれば苦にならない。

 果たして五分も歩いていただろうか。

 そうして、夕方ながらに喧騒のある街を出そうになったその時、俺は憐子さんが何かを見つめていることに気がついた。

 露店だ。

 露店と言うと、うちでうだうだしている居候を思い出すがそれはいいとして。

 雑貨屋、俺としては小間物屋、と言った方がしっくりするか。

 ともかく、あれやこれやと小物を置いている店が、そこにあった。

 そして、そこから細かく、憐子さんが見つめているものを俺も見て、なんとはなしに呟く。


「テディベア、ってやつか」


 呟いて、憐子さんに視線を戻せば、不意に憐子さんは俺を見て、慌てたような顔をする。


「な、薬師、気がついていたのか?」

「あー。うん。しっかし、あのテディベアがどーかしたのか?」


 聞けば、憐子さんは何だか顔を赤らめて、俯いた。


「いや、私に似合わないのはわかっているんだが……」


 ……なるほど、あったのか。恥じらい。

 それはともかく、だ。

 こんな憐子さんそうそう見れるものじゃない。むしろ、熊が好きなのは初めて知った。

 そして、それをそのまま知識としてだけ留めておくのも、勿体ない気がしたのだ。

 俺はほとんど考えることなく、熊に手を伸ばした。


「おいおっさん、これ買うよ」

「あ、おい、薬師……」


 憐子さんの言葉を無視して、俺はその熊を購入。

 彼女さんと仲良くな、という言葉を無視して、俺は憐子さんにそれを手渡す。


「女ってやつは、年齢性格に関わらず、可愛いもんが好きらしいぞ?」


 それを聞いたのは誰からだったか。多分生前の友人の言葉だ。

 思い出せないので、とっとと諦めて憐子さんに意識を向けると、彼女は嬉しいような怒ってるような複雑な表情を見せて、やがて微笑んだ。


「まったく……、私にこんな贈り物をしたのはお前が初めてだよ。薬師」


 そして、今度は少し自嘲気味に彼女は笑む。


「私にこんなものを送っても微塵も似合わないだろうに、な」


 らしくもない。

 そんな憐子さんに、俺は自信満々に笑みを持って返した。

 まったく、そういうものだと言ったのは憐子さんだろうに。


「今日は逢瀬なんだろう?」


 憐子さん曰く、これはままごとのようなものらしい。

 そういうことにして置くのが、肝心なのだ。

 だから――、


「――らしいことが、肝心なのさ」


 くく、と俺は喉を鳴らす。

 隣から、諦めたような、苦笑交じりの溜息の音が聞こえる。


「まったく、後悔するぞ? 目は、逸らすなよ? 手加減は――、しないからな」


 なるほど、確かに俺の知らない憐子さんもいるらしいな。

 随分と、可愛らしいもんじゃないか。






















―――
憐子さんは基本的にノーパンスタイリスト。
あと、薬師は憐子さんやら銀子、藍音辺りにはなんかツンデレ気味。
次回は、誰にしましょう。











返信

志之司 琳様

翁は次の見せ場まで登場予定が無いのが問題です。早く書きたいけど……、シリアスだ、これ。いや、ある意味ギャグですが。
ともあれ、本物の村正だったらかなりの刀だったんですけどねー……、少なくとも妖刀、妖木ですし。
まあ、丸太はなんと言うか、CVによってはやばいですね。ええ。
しかし、それにしても男的な恐怖が全く通用しない薬師には脱帽です。最後に、風邪、お大事に。こじらせたら怖いので注意です。


奇々怪々様

喋る丸太のまともじゃ無さが異常でした。でも、現実的にどうやったららめぇなんて出てくるんでしょうね。
丸太擬人化はそれはそれで萌えるのか萌えないのか、そこが問題だ。
それと、翁は出番もお話もできてるキャラなのに何処で挟むか迷ってここまで来てる残念なお方です。
あと、やっぱり地獄の女性の年齢に関しては禁則事項ですねわかります。


光龍様

よし、喋る刀を折ってしまう話を書こう、となってオチをどうしようかと悩んだ結果がこれです。
思いついた瞬間、よしっ、これしかないな! とか思いました、明らかに思考が異常です。
なんか、薬師が制作者サイドの事情までぶちまけた感がありますが。
しかし、カービィの木とか懐かしい。確かウィスピーウッズとかそんな名前だった気がします。


SEVEN様

普通のラブコメは、そもそも地獄でやらない、と友人に指摘されてなるほどそうか、と思った兄二です。
そもそも、普通のラブコメチックなことがしたいとか言ってる時点で普通じゃないと認めてますね、ええ。
それにしても、家庭がどうなろうと、もげろとしか言いようがないこの状況。
そもそも、全体通してもげろと言う他ないのだから、過程を無視して結果が出ていると言っても過言ではないパラドックス。


あも様

果たして丸太が帰還を果たしたとして、萌えることができるのか。論点はそこです。
て言うかあの呪いあれですよね。結婚とかそういう展開を見据えたら勝手に解けますもんね。無駄もいいとこです。
あと、女性の年齢はどの世でも禁則事項のようです。特に地獄は。
ハーレムに関しては、まあ、ぶっちゃけると理解のある女性一人と、ウマの合う同性の友人が沢山いるのがベストだと思うんですけどね。う、羨ましいとかありませんよ、ええ、ありませんとも。


悪鬼羅刹様

たまにはラブコメらしい……? えー、ラブコメらしい話も書きたくなりまして。
そもそも自分にとってラブコメらしいっていうのはギャグっぽい所からイベントに突入、みたいなのがそれなんですが。
ちなみに、薬師は剣術に関し、対処と知識はそれなりですが、赤子を抱くように扱えば駆けだし剣士程。全力で扱えば素人以下になるという特徴を持ってます。
あと、誤字報告感謝です。直しておきますね。


通りすがり六世様

本物の村正かどうかもわかりませんし、そもそも村正が造った刀ってそれなりにあるだろうので、あんな村正もある……、のかも……、知れないです。
あと、多分神木を切って放置しといたら妖木になるんじゃないっすかね? 多分。翁に関しては、再登場したら強烈なキャラが付く可能性がありますが。
ちなみに、辞書を引くと、乙女って年齢が若い人を指すそうです。今では純粋な人を指すにも使う訳ですが。
しかし、その場合、年若い人なんて――(以降解読不能)


ヤーサー様

元々、翁と被ると困るので、一話モブとして用意されて、そのまま帰って行きました。
まあ、うちは一話モブ用が意外と生き残ることもあるので注意が必要ですけどね。ビーチェ辺りもその一人です。
あと、愛沙もその一人ですね。法性坊もよく考えればアウトです。彼は憐子さんが甦るにあたって復活することになりましたから。
あと、前さんはなんだかんだと飽和状態でも現れるからメインなんだと思います。


春都様

誰もが予想し得なかった方向に飛び出すのが私の趣味なのだと、最近気付かされました。
しかし、丸太のあの妙な叫びっぷりは私も予想し得ない状況でした。
まあ、おかげで憐子さんも藍音さんもいきなり現れる始末ですが、彼女等が絶好調じゃなかった日を私は知らない。
銀子は今頃――、何をやっているんでしょうね……。なんて思ったので次回辺り現れるかも。











最後に。

今回の話の半分以上が下着売り場で行われているという、シュールギャグが今回のコンセプト。



[7573] 其の百二十四 俺と指輪と居候。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:2ca242a2
Date: 2010/05/25 22:07
俺と鬼と賽の河原と。





「一つ、聞かせてほしい」


 銀色の居候は、寝ている俺に乗っかって、何故かそう聞いたのだ。


「なんだよ」


 眠りから、妙な重みで起こされた俺は、不機嫌そうに言い放つ。

 それで返ってきた答えは……、


「ノーパン、好き?」


 どうにも残念なものだった。




 ……またノーパンか。












其の百二十四 俺と指輪と居候。












「下着をつけない奴なんて、大嫌いだっ」


 と、勢いで言ってみたものの、


「まあ、その辺は個人の自由だとは思うが、着けるのが常識的だと思うぞ?」

「貴方の好みは?」

「果てしなく、どっちでもいいな。だが、できれば俺の知らない所でやって欲しい所ではある」

「本当に?」

「何処に疑う余地がある」

「なるほど。貴方は脱がしたい派、と」

「なにをどうしてそうなった……、ってか、なんだなんだ、流行ってんのか」

「なにが?」

「新手のクールビズかこのやろーと聞いてるんだ」

「憐子が付けないって言うから、貴方的にはどうなのかな、と」

「というかどういう流れなら下着を付けないなんて言葉に繋がるんだ?」

「乙女の会話を聞きだそうだなんて、えっち」


 乙女というのは年若い――、と言うのはやめた。

 また腹に拳が入るのもよろしくない。

 流石に学習の一つもしないと、体が持たないのである。

 なので、俺は乙女に関する講釈をやめて、別の方向に話を勧める。


「そんな会話が乙女の会話だったなんて信じたくなかったよ、俺は」


 下着を付ける付けないの話が乙女の会話だと、銀子は言う。

 事実であれば、世界中の男たちの夢は粉砕骨折全治三カ月だろう。

 まあ、実際の所男たちの夢なんて粉砕骨折どころか死んでるようなドロドロの会話もその辺に転がってるので、事実を否定出来ない訳だが。

 と、世の無情を噛み締める俺に、銀子はあっさりと言い放つ。


「で、流行ってるかどうかだけど、多分、藍音もしてないと思う」

「驚きの事実。驚きの新事実過ぎて涙が高圧縮で発射され地を穿つわ」


 嘘だよな。嘘だと言ってよバー……、でもジョー……、でもない、藍音。

 しかし、だ。

 そんな法螺話はどうでもいい。

 俺は藍音を信じているのだ。


「まあ、ぶっちゃけるとそんな話はどうでもいいんだ。で、何しに来たんだ?」


 これで、これまでのことを聞きに来ただけだ、と言ったのであれば一発拳を唸らせてぶんぶんと振りまわす所存である。

 ただ、もしかして、もしかすると、本当にそれだけかもしれないのが銀子の恐ろしい所であったが、しかし。


「――できた」


 ちゃんとした用件があったことに俺は胸を撫で下ろしつつ、話を促した。


「なにが?」


 すると、銀子はその瞳で俺を真っ直ぐに見詰め、彼女にしては珍しく実に嬉しそうに、言ったのだ。


「――指輪が」





















 一旦食事を挟み、再び俺は銀子と会話する。


「で、できたと噂の指輪ってのは、どんな指輪だよ」


 気になったので、居間のソファに座りながら、背もたれの向こうにいる銀子に問う。

 すると、銀子は無表情で、白々しいほどにもじもじと体をくねらせながら答えにならない言葉を返した。


「私から言わせようだなんて、きゃ、恥ずかしいっ」

「すまんきもい。薄気味悪い」

「それは酷い。あまりに酷い」

「すまんとは言った。少なくとも謝った」

「謝罪に誠意が無い」

「すまなかったというのも吝かではないかもしれなくはないでもない」

「まず、謝罪するかもといレベルであって謝ってない」

「それよりも、いい加減話を勧めてくれんかね。なにができたんだよ」


 ここに来てやっと俺は本題に戻る。

 そう、それだ。

 何か見失いかけていたが、本題はそれなのだ。

 一体何ができたのか。

 果たして稀代の錬金術師ができた、などと報告してくるような品物は一体何なのか。

 その答えは、


「――結婚指輪」


 些か予想外だった。


「へ?」


 思わず、変な声が出る。

 そして、きっちりとものを理解すれば、おのずと出て来たのは疑問に他ならなかった。


「結婚すんの?」


 俺の問いに銀子は肯く。


「する」

「誰と?」


 もう一度聞けば、銀子は俺の前へと回ってきて、恥じらうように、俺の胸をつついた。


「私から言わせようだなんて、きゃっ、恥ずかしい」

「すまないきもい、気色悪い」

「それは酷い、実に酷い」


 言いながらも、銀子は俺の手を取る。

 そして、


「ほら、ぴったり」


 俺の手に一つの指輪がはめられる。

 しかも左手の薬指にだ。


「悪い冗談だ」

「冗談じゃない」

「それこそ冗談じゃないだろ。俺とお前さんが結婚とか。どんな強制力が働いたんだ?」

「自然の摂理。運命、問題ない。準備はいつでも」

「結婚だなんてのは、掃除ができるようになってから言ってくれ」

「一掃は得意」

「掃いて捨てるぞ」

「それは困る」

「では花嫁修業でもしてくれたまえ」

「したら嫁確定? 確変来たこれデレ期突入」

「すまん、ただの時間稼ぎだった」


 まったく、なんの冗談なのだか。

 実際にぴったりの指輪を持ってくる辺り、手の込んだ冗談である。

 そんな現実に、俺は苦笑交じりに溜息一つ、肩を竦めて立ち上がる。


「まったく、その手の冗談は好きな男にでもしてやってくれ。こんな爺にしたって色気のあるお話にはならんよ」


 俺の言葉に、銀子はふるふると首を横に振った。

 何故か、呆れている?


「たまに、貴方は脳に蛆が湧いてるんじゃないかと思う」

「いきなり酷いな」

「酷いのは貴方。人がせっかくエンゲージリングを渡してるのに……」

「残念ながら、俺とお前さんがそんな関係だった覚えは無いな」

「じゃあ、どんな関係?」

「俺家主、お前さん居候」

「そこから始まるラブストーリー。お約束」

「俺の居ない所でやってくれ」

「まさかの相手不在ラブストーリー。どこまで言っても独りよがり」

「第一なぁ? 別にんなことせんでも追い出したりせんよ」

「やはりデレ期、ありがたやありがたや」

「拝むな道端に捨ててくるぞ」

「ツン期突入、忙しい」


 まったく、銀子は脊髄反射で会話してるんじゃないだろうか。

 話しながら、ちらりとそう思う。

 繰り広げられる会話の半分以上は無駄で構成されている。

 それに付き合う俺だから、何も言えん訳だが。


「まったく、俺に構って楽しいか?」


 なんとなく、そう聞いてみれば、俺は銀子に呆れた顔をされる。


「貴方は、ばか」

「馬鹿、ねえ? 学は無いけどそこまで馬鹿じゃないつもりなんだが」

「じゃあ、問題をだす」


 銀子レベルの問題だと確実に答えられないな。

 と、考える俺。しかし、そんなのはまったく関係なかった。


「お、『お前』と、『すきだ』、を使って短文を作りなさい」


 何故か、照れたように銀子は言う。

 俺は、顎元に手を当てて、考えるそぶり。


「なるほどな。ふむ、わかった」

「う、うん」

「言うぞ?」

「……わかった」


 銀子が息を呑む中、俺は胸を張って、


「――ヒーハァ、お前は隙だらけだっ!」


 言い放った。


「ばーかばーかっ!」


 何故か、俺は罵られ、胸を叩かれた。























「まったく、何が気に入らんのか知らんが。とりあえず機嫌直せっての」


 言いながら、俺は拗ねてむくれている銀子にアイスを渡そうと手を伸ばす。

 ガチガチ君。今先程買ってきた、コンビニの品だ。ちなみに最寄りのコンビニではない。

 それはともかくとし、その、差し出されたアイスを受け取りながら銀子は言う。


「もので許しを乞おうなんて片腹痛い」

「じゃあなんで受け取ったし」

「私は食べ物は無駄にしない主義」

「じゃあ返してくれ。俺が食うから無駄にならない」

「やだ」

「なんでいきなり駄々っ子なんだ」

「やだやだ、返さない」

「いや、別にいいけどな」


 俺が言えば、銀子はすぐに封を開け、ガチガチ君を口に含む。

 そして、二口三口と言った所で。


「頭痛い」

「馬鹿め」

「これは、罠っ?」

「いや、ただの自滅だろ」

「私の怒りが有頂天」

「有頂天の意味を辞書で引け」

「喜びで舞い上がるさま。ひとつのことに夢中になり、うわの空になること」

「うむ、これは酷い」

「所で、一口食べる?」


 下から差し出されたそれに、俺は一つ肯いた。


「もらおう」

「はい、あーん」


 差し出されたアイスを俺は一口分口に含む。

 うん、堅い。非常に堅い。流石ガチガチ君だ。歯が砕けるかと思う位堅い。

 それを平気な顔して食べる銀子は化物か。まあ、それはともかく。

 安っぽい味ながら、長続きしてるだけはある味だな、うん。

 などと、その味に俺が満足していると、銀子は何故か、アイスの棒の方を俺に向けていた。

 受け取れ、という意味だろうか。感性に従って、俺はそのアイスを受け取る。

 それで、どうすればいいのだろう、と考えているとどうやら、


「私にも、あーんして」


 ということらしい。

 俺は呆れ半分で、溜息を吐くように呟いた。


「何ゆえに……」

「私はまだ怒っている。だからあーん」


 前後の文がまったく繋がらない。が、まあ、怒ってるので召使か何かのようにアイスを食わせろと言っている訳だ。

 その程度で機嫌が直るっていうなら、望むべくもない。

 俺は、受け取ったアイスを銀子に差し出した。


「ほらよ」

「ん」


 差し出されたそれを食べる銀子はまるで小動物だな。

 言ったら言ったで何か言い返されそうなので、俺は心中のみで呟く。

 そんな中、銀子が上目づかいで俺を見る。


「ほーひたの?」


 どうしたの、と聞きたいのだろう。

 なので、俺は首を横に振って返す。


「何でもねー」


 すると、銀子は俺を上目遣いで見たまま、アイスを食べた。

 非常に居心地が悪い。


「ふーん?」


 非常に居心地の悪い、そんな午後。




















「朴念仁。女の子がプロポーズするのに必要な勇気がどれくらいかわかってない」

「そいつはともかく、うちに居ても暇だからどっかいかないか?」

「行く」


 ――まったく色気もへったくれもねーが、それでいいと思う訳だ。


















 蛇足かおまけか。



「なあ、藍音」

「なんでしょう」

「お前さんは、ちゃんと下着を付けてるよな?」

「確かめてみてください」

「……」


 そう言って藍音はスカートを摘まむ。

 要するに、捲れというのか。俺は流石にそこまでに至りたくは無いのだが。


「冗談です」

「それはよかった」

「……やはり本気でした」

「それは困る」

「半分冗談です」

「冗談の方を圧倒的に支持する」

「……それはともかく、穿いていますが、なにか? やはり、脱がす楽しみもあると思います」

「そーなのかもしれないなー」

「それに、スカートめくりは下着があって楽しめるものだ、と聞き及んでおります」

「初耳だ」

「……まあ、ですが。そういうプレイを薬師様がしてくださるのでしたら、不肖藍音、喜んで脱ぎましょう」

「……」

「と、ここまで言ってみましたが、もしかしたら穿いているかもしれない、穿いていないかもしれない、という日によるランダムがスリルがあって素敵だと思いますが」

「嘘だと言ってよ藍音」

「知っていますか? その会話自体新聞の捏造という話ですが、その際にジャクソン氏はこう言ったそうです」










「ごめんよ、どうも本当らしい」







 











―――
藍音さんのスカートの中は、謎。
神秘ってやつですねわかります。要するにご想像にお任せしますと言うことで。








返信。


志之司 琳様

クライマックス過ぎて普通なら気が気じゃないと思います。
下手打てば前かがみじゃないかと思います。まあ、そこは薬師だからあれですが。
あと、脱がしてしまうなら最初から服なんて要らないんじゃないかと思います。キリッ。あと、和服は洋服と違って肌蹴やすいという事実がですね……。
しかし、それにしたって薬師はそろそろ陥落してもいい頃だと思うんですが。圧倒的過ぎてそろそろヤンデレと言う核兵器が飛び出す可能性もゼロじゃなくなりそうです。


悪鬼羅刹様

女性との外出は、家族ですら疲れる訳ですからねぇ……。
どう考えてもいきなり下着売り場でどの下着が似合うか問われるというシチュエーションは気付かれMAXでしょう。
しかしまあ、幸せ税ということで薬師には諦めてもらいたいところです。さもなきゃもげてもらうしか。
あと、攻防あわせもつ無敵要塞とかレベル高すぎてやってらんないです。どうやって倒すのやら。


奇々怪々様

和服の所々の穴にはロマンを感じて仕方がありません。
あと、和服の微妙なガードの低さとか完全にあれですよね。魅力的ポイント過ぎて和服美人の登場率が上がります。
それと、憐子さんは薬師でいいのじゃなくて、薬師がいいってことを薬師は理解すべき。
最後に、むしろ覗いてそうなのはAKMさんなんじゃないかと思います。


REX様

きっといまごろAの付く人は……、そう。
薬師の家の屋根裏辺りに生息してそうな辺り残念です。
ええ、住んでいるって辺り、まったく否定できない事実がそこに横たわっています。
気付けば後ろに暁御の影が――。


霧雨夢春様

感想感謝です。一気読みして頂き感謝です。ただ、徹夜にはお気を付けを。
いやはや、やはり面白いと言っていただけるのが一番うれしいです。まだまだ精進していきたいです。
とりあえず、今後もメリハリ付けて頑張りたいですね。ただ、やっぱりヒロインの登場割合は悩みどころです。
主に暁御さんとか。後は出番が多すぎて逆に藍音さんメインが出しにくかったり。


光龍様

和服は――、ノーパン。酷く遠い理想郷ですが、そうあるべきだと思います。
しかし、その通りで、スーツの男と巫女さんのミスマッチ具合がこの上ないです。
これで薬師が着流しだったらそれはどんな撮影だ、と言うお話で。後、読み返してみるとやっぱり憐子さんとだと生き生きしてますね、薬師。
人気投票に関しては、五十万も超えたし、そろそろってとこですかね。今回は二重投票可でガンガンやれるようにしたいと思います。


SEVEN様

憐子さん的には、自分のキャラを理解して、その上で沿うか沿わないかで恥を感じるようです。
ノーパン→憐子さんキャラ範囲内、可愛いもの好き→憐子さんキャラ範囲外。の模様。
他に相手がいないというか、薬師以外は憐子さんに耐えられない気がします。性的にも披露的にも。
あと、ある意味薬師の女性関係は清らかですよね、肉体関係的には。


黒茶色様

色々とシュールすぎて、各方面に喧嘩売ってましたね前回。
この間私も自転車かっ飛ばして山に入って見ましたが、駄目でした。
天狗への道は遠く険しいです。フラグマスターはそう簡単になれるものではないようです。
自分道民ですから近くに山は沢山あるんですけどねぇ……。


通りすがり六世様

貴方とは実に気が合うようです。和服には当然、ね。
着物やら袴なんかにはあちこち手を突っ込む部分があって非常になんか危ういと思います。
まさか、憐子さんはそのあたりのセクシー効果を狙って和服美人やってるんでしょうか。
そんな和服美人のノーパンの話題がここまで伝播してこの話が出来上がった訳ですが。


あも様

大丈夫、基本的に先生はノーパンスタイリストだし、押せ押せな感じです。
まあ、確かに平面仕様な和服だと、余裕がないときっちり着られないんでしょうけど、穴があれば手を突っ込みたくなるのが人間の性。
本能を利用した巧妙な罠です。それと藍音さんは穿いてるか穿いてないかすら不明です。ミステリアスですね。
あと、先生の精神年齢は、まあ、薬師と同等ですね。死んでた期間が長いので。でも、上に立ったり下に立ったり、姉な立場を行ったり来たりです。


名前なんか(ry様

更新の安定性だけが唯一の取り柄なのであります。まあ、暇人半分ですが。
薬師のもっとも厄介な所はそこですよね。なまじ恋愛関係に意識が行かない分、勝手にわかった気になってますから。
なんか薬師と常人では恋愛に関しては完全に言語が違うような気がします。DOCファイルをメモ帳で見たかのような狂い具合だと。
あと、AKMさんがちょっとしたイベントに現れ難いのは世界の法則です。もうストーキングしかないですね。はい。











最後に。

友人宅に数年前のガッチガチに凍ったアイスバーが今回の話のガチガチ君のモチーフです。いや、食べてませんけど。




[7573] 其の百二十五 俺と嫉妬と幼心地。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a69bb797
Date: 2010/06/02 22:44
俺と鬼と賽の河原と。





「やくしーっ!」


 居間にいる俺にすらよく届く、幼子の声。

 良く言えば活発で元気。有り体に言ってしまえば阿呆の様な声。

 声がしたのは玄関だ。無論、いつものように遊びに来たのだろう。

 それにしても、何ゆえか俺の給料が多少値上がりしているのだが、その件に関して、もしかするとアホの子の対応が俺の給料に入ってるんじゃないかと勘ぐってしまう。

 遊べば柱を砕く勢いで、運営預かりだった頃は色々と苦労していたらしいし、もしかすると、教育係として暗黙の了解が取られているのだろうか。

 まさか、な。

 いやな予感を振り切って、俺は立ち上がる。

 給料が上がったのは、俺が真面目に働いたからだ――。


「真面目に働いた覚えがねー……」


 むしろ逆である。交友が増えて事件に巻き込まれやすくなって、休みを取りまくりだ。

 その件への報酬は別件で入ってきている以上、俺の給料の値上がりは、謎だ。

 駄目だ、これはまずい。気になって夜も二十七時間睡眠だ。

 振り切るどころか、にこやかに手を振るいやな予感に、俺は眩暈を覚えつつ、後で閻魔に聞いてみようと決意した。

 そう決めた所で、俺はいい加減玄関へとその一歩を踏み出して――。


「ん?」


 由美にスーツの裾を掴まれていることに気付く。















其の百二十五 俺と嫉妬と幼心地。














 つい先ほど銀行に行って給料上昇の事実を目の当たりにしてきたばかりの俺は、スーツ姿。

 そのスーツの裾を握る由美。


「む? むう……」


 俺はそんな由美を見つめるが、彼女は何も言わない。

 ただ、俺を思い詰めた顔で見上げるだけだ。

 その表情から、木石に例えられる俺ではなにかを読み取ることはできない。


「うーむ……」


 由美と見つめ合うこと数十秒。

 仕方ないので俺は、


「よし、そのまま行こう」

「えっ、あっ、お父様っ?」


 由美を抱え上げて行くことにした。













「おはよーっ」

「おはよーさん」


 玄関先で発見した阿呆の子は、もとよりその丸い目を、ソレを見てことさら丸くした。


「どうしたの? ソレ」


 指を差して示すそれとは、要するに俺の腕の中の由美のこと。

 さて、どうしたのと聞かれたが、俺には答えようもない。

 何故なら、抱えて来たのなんて、「なんとなく」六割、「何故か」三割、「勢い」一割だからだ。


「色々あったんだ、色々とな」


 故に、俺は誤魔化す他になし。

 適当に吐いた言葉に、春奈もまた適当に納得し、声を上げる。


「ふーん? 所で、よみ、楽しい?」


 余談であるが、由美と春奈はそれなりに面識がある。まあ、うちに来ているということは、当然だが。

 ともあれ。そんな二人の関係の上で、由美は恥ずかしげに春奈を見て、春奈は不思議そうに由美を見る。

 だが、それにしてもよく考えてみれば、由美も年頃の少女である。

 もしや、父親に抱きあげられているこの状況、心中穏やかではないのではなかろうか。

 今更になって気付いたが、顔が真っ赤である。しかし、俺では照れか怒りかは判断がつかん。

 なにをいい歳こいたおっさんがうざったい触れ合いはかっとるんじゃ殺すぞ、とか思われてたらどうしようか。


「その……、意外と、楽しいかも……、です」


 しかし、そんな考えは杞憂だったようだ。

 ほほう、意外と楽しいのか。

 俺にはよくわからんが、楽しいならいいだろう。

 天狗の腕力なしであってもそう重くはないだろう由美だ。

 大天狗さんの俺に掛かれば由美の重さなど、それこそ、羽のようだ。

 そも、鉄塊と比べる選択肢が出ている時点で間違っている。


「よし、お父さん頑張っちゃうぞー」


 白々しく、俺は言う。

 未だ、自分を父と呼ぶには違和感があるが、まあ、それも精々赤飯の豆が小豆か甘納豆か位だ。

 この違いは大きいが、父であることに変わりなし、ってところか。

 まあ、そんな俺の近況はともかくとして、だ。

 そんなこんな、俺と、まるで猫のように俺の腕の中に収まっている由美をじっと見つめる春奈は何を想ったのだろうか。

 しばらく俺達を見つめていたかと思えば、いきなり声を張り上げたのだ。


「わたしもやるっ!!」

「……なんでやねん」

「だって楽しいって」


 あっさりと俺の突っ込みは一蹴された。

 まあ、確かに片手でも子供一人二人なら持ちあがる。

 別にいいか、とばかりに俺は左手を広げた。


「ほらよ」


 すると、春奈は靴を脱ぎ、ぱたぱたと走り寄ってきて、俺の腕の中に収まった。


「わーいっ」


 なにが楽しいのやら、奇声を上げる春奈。

 俺はそれを見て、苦笑一つし、今度は由美を見る。

 由美の方は、ぴっしりと固まっており、顔を真っ赤にしながら声の一つも上げない。

 果たして、息をするのを忘れていないだろうか、この子は。

 しかし、それにしても対照的だな。


「と、ほれほれ、着いたぞ。降りてくれ」


 気が付けば、既に座敷だ。程々に広く、遊ぶのに最適。

 あと、誰かの部屋の中に入れると春奈が何かしら粉砕してくれるという現象も加味したうえで、座敷だ。

 障子は何度も穴をあけられ、へし折られ、縦斬横斬されながらも立ち上がって来た歴戦の勇士である。


「うんっしょっと、今日はなにして遊ぶの?」


 降りながら聞いてくる春奈に、片手が空いたので、俺は両手で由美を降ろしながら答えた。


「うーむ……、流石にトランプはもういいか。しかし、お前さんに高度な遊びができるかと言われれば……」


 否、だ。


「なんかわたしをばかにしてない?」

「なんかお前さんの今の発音が全てひらがな発音だった気がするのは気のせいか?」


 アホの子はやはり妙に舌ったらずというべきか。

 とりあえず、彼女の知力について、極稀にひらがなの読み書きすら危うい、と書き記しておく。


「とりあえず問おう、葡萄は英語で?」

「ますかっと!!」

「惜しい。新聞紙を逆さにすると?」

「ぞうきんっ!」

「その発想は無かった」


 ともあれ、この様だ。

 あまり高度な遊びを覚えこますには、月単位、最悪年単位の教育を覚悟しなければならないだろう。

 そして、将棋などを覚えさすには由美がいる今現在に適さない。


「ふむ、どうすっか」


 麻雀するには面子が足りず。いや、そもそもアホの子ができないが。

 将棋などは一人あぶれる。

 いや……、そうだな。


「オセロしようオセロ」

「え、それだと一人余るんじゃ――」

「そんなの簡単だ」


 そもそも俺が無理に遊びに回る必要は無い。

















 まあ、結果は言わなくてもわかるだろう。


「……私、手加減した方がいいんでしょうかお父様」

「気にするな、がつんと行、くまでもないか」


 由美の得意とするのは、堅実なやり方。

 そして、対する春奈が得意としているのは――。

 ――自爆、自滅。アホなやり方であった。

 手加減しても、勝てるように持っていく完璧な打筋である。

 どんなに盤上をひっくり返さないよう注意して打っても、どこもかしこも隙だらけ。

 何処に打っても勝ってしまうのだ。

 果たして、何処をどう打てばまぐれ勝ちすらしないのか、見事な奇跡の阿呆の子である。


「むぅー……!」


 春奈は、今正にじっと盤上を見つめている。

 そして、何かを閃いたかのように盤上にその指を叩きつけた。

 迷った割に、ひっくり返ったのは一枚。

 そして、次の由美の手に、あっさりと五、六枚持って行かれた。

 こりゃだめだ。

 どうしようもない、と俺は肩を竦める。

 勝負はあっさりと着いた。


「さて、いい加減にするか」


 春奈の希望で何度もやったが、付き合う由美の方は疲れただろう。

 交代参加していた俺もお疲れさまである。


「うー、疲れたっ!」


 全てを投げ出すように、倒れこむ春奈。由美は、さりげなく、俺の隣に座る。

 そして、不意に由美が声を上げた。


「あ、そうだ。お茶汲んで来ましょうか? お父様」

「んー、頼む。悪いな」


 ここで断るのは人の好意を無駄にするよくない行為である。と俺は判断し、由美にお茶汲みを任せる。

 断じて面倒だった訳ではない。

 ともあれ、それに応じて由美が立ち上がり、歩き出した。

 そして、襖に手を掛けた、そんな時だ。


「ねー、おとうさまってさー。わたしも呼んでみていーい?」


 春奈の、元気溌剌、阿呆十割の声だ。

 そんな言葉に、別にかまわねーと思うけど。と、俺は言おうとした。

 しかし、それに答えたのは、


「――だめっ!!」


 俺ではなかった。

 俺でないとすれば、もう由美しかいない。

 由美にしては意外な程の剣幕に、俺は目を丸くし、そして、それは由美にとっても意外だったらしい。

 言った本人ながら、驚いたように表情を変え、更に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にした。


「いや、あの、その……、ごめんなさい」


 照れたように俯いて言う由美。

 俺は咳払い一つして首を横に振った。


「いや、まあ。うん。まあそういうことらしい、春奈」


 お父様はいかん、と春奈に示す。

 珍しく由美が意地を張ったのだから、父としては応援したいかぎりだ。

 そして、春奈は以外にもあっさりと納得した。


「そっか、わかった」


 まあ、聞きわけがよくて助かることだ。

 と、駄々をこねないことに俺は胸をなでおろす。

 まあ、ちょっと驚いたがここで終了、いつも通り平常運航だろう。

 そんな時だ。

 にゃあ、と。

 無防備に空気を読まず、由美が開け掛かった襖の間から、黒猫が顔を出したのは。


「あっ、にゃん子だ!」


 いきなり春奈が立ち上がる。にゃん子は春奈を見つけた瞬間、猫なのに脱兎のごとく逃げ出した。

 追いかける春奈。

 襖を破壊して、にゃん子を追いかける。あれは、外まで行ったことだろう。

 そうして、俺と由美は二人きりになった。

 それにしても、そうか……、由美が、ねえ……。

 なるほどなるほど。
















「由美」

「ひゃいっ!」


 固まってた由美は、俺が声を掛けると肩を震わせて応答した。

 立ち上がって、由美の前まで来ていた俺は、由美を見下ろす形になる。


「なあ、由美」


 にやにやと語りかける俺に、由美はおどおどと対応。


「な、なんでしょう、お父様……」

「嫉妬してたのか?」

「そっ、それはっ――!」


 ぶんっ、と由美が恥ずかしげに顔ごと目を逸らした。

 そして、ちらちらとこちらを窺って、顔を真っ赤にしながら、最終的に――。

 恥ずかしさのあまりか、俺に抱きついた。


「そーかそーか。由美がなぁ?」


 由美は何も言わない。それこそ、耳まで真っ赤だ。

 要するに、顔を見られたくない心理と言う奴だろう。

 心の機微に疎い俺とて、それくらいはわかる。

 そんな俺は、寛大に、あまり気にしないように語りかけた。


「ファザコン、ってやつか」

「それはちょっと違います……」

「そーなのか」


 まあいいか。

 嫉妬していたことは否定しないのなら、いまいちよくわからんがいいだろう。

 そんなことより、俺が言うべきなのは。


「今んとこ、俺の娘はお前さんだけだよ」

「今んとこ、ですか……?」

「うむ……、まあ、増やさないつもりではある」


 しかし、由美と春奈のことに関して言えば、仕事と私、どっちが大事なの? と言われたのと同じ状態なんじゃないか、と俺は心のどこかで予測する。

 いや、だからと言ってどうと言う訳でもないが。


「うーむ、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだなぁ……」


 言い淀む俺に、下から、くぐもった声が聞こえた。


「わかってます……、お父様の言いたいことも、なんとなく。だけど……、その」


 なるほど、まあ、わかる。

 人間ほど非論理的な生きもんはいない。故に、理屈じゃないっていうことだ。

 しかし、それにしても。


「由美は可愛いなぁ」


 期せず、俺は感想を零した。

 馬鹿な子ほどかわいい、と言うものだが、なるほど、その通り。

 あんまり聞きわけがよすぎても可愛げがないのだ。


「っ――!!」


 ぎゅっと、俺の腰元に加わる力が強まった。


「ま、あれだな。できるだけ頑張ってみるから、由美も体当たりでぶつかってくればいいんじゃね? ってことで」


 もう、頑張るとしか言いようがないのだ。

 アホの子に会わないなんて真似はできそうにないし、由美を放りだすような真似はもっとできない。

 ならば、俺が気張るしかないってことで。まあ、余裕とゆとりはまだまだある。

 ただ、まあ。

 一つだけ文句があるとするならば――。









 そろそろ、俺の上半身と下半身が離婚届に判を押しそうなので放してくれないだろうか。

























―――
てことで久々由美。
そして、また刀と丸太編の様なギャグを書きたくなる症候群。

そして。

ま た 風 邪 か 。
最近暑くなったり寒くなったりの異常気象じみた気候に、私の様なもやしボーイでは耐えられず。三十七度八分台をキープ。やたらテンションが上がって楽しいです。今なら目からビームが出せる。
ともあれ、昨日の深夜に完成してたので更新だけします。





返信。

名前忘れた・・・様

ヒーハァ、お前は隙だらけだっ!のネタを思いついた時、これだっ! って思いました。
やっぱり後になって冷静になると凄まじいことこの上ない台詞でした。
果たして、藍音さんは穿いているのかいないのか。穿いている状況と穿いてない状況が重なりあって存在する、そんな量子論。
彼女のスカートの中は神秘に溢れています。


志之司 琳様

いやぁ、結婚指輪まで持ち出してこの様ですから薬師の恐ろしさがうかがい知れます。
そう言えば、私は来年修学旅行ですね。逝けるんでしょうか、京都。
そして、やっぱり薬師と銀子の会話は書いてて楽しい。なので勢いで凄いことになってしまうのですが。
とりあえず、銀子に関しても藍音に関しても薬師は爆発すればいい、と言うなら、計何回薬師は爆発すれば皆の気が済むのやら。


黒茶色様

穿いているかいないか、捲って初めてわかる、このスリル。
穿いている日常から穿いていない非日常に真っ逆さまに落ちていくかもしれない恐怖。
そして、頼めば見せてくれるであろうし、捲っても怒らないだろう藍音さんだからこそのギリギリ感。
それで捲らない薬師はもう男じゃないです。


奇々怪々様

薬師の頭には千年前から蛆が湧いてると思います。沸いてないならこんなことには……。
そして、新ジャンル相手不在ラブストーリー。遠距離恋愛ですらない。
しかし、それにしても薬師はそんな馬鹿ってほどでもない(まあ中学レベルですけど)はずなのに、恋愛ごとになった途端1+1も間違える始末。誰か何とかしてくれ。
そして、薬師は量子論的異空間な藍音さんのスカートの中を観測すべき。


光龍様

謎のパンツ二本構成でした。我ながら謎です。こんな予定はまったくなかった。
そして、神域に達した朴念仁ぶりは衰えることを知らぬ模様。
あと、藍音さんのスカートからなにが飛び出してもおかしくない辺り否定できないです。
そう言えば、友人宅に、開封済みの宇治抹茶アイスの実もありますが、開封したせいかしなびた梅干しみたいになってました。


あも様

その内藍音さんのスカートの中が次元を突破しそうで怖いです。
聖鈍器エクスカリバールとエクスカリバットやら、チェーンソーとか入ってそうです。
しかし、半液状の肉ですか……。そいつは既にグロ、スプラッタの領域ですね。
うちには何故か手袋が冷凍されていて、数年越しに発見されたことならありますが。


霧雨夢春様

プロポーズすら右から左へ受け流す。それが薬師。
果たして、薬師が鈍すぎるのか、銀子が軽すぎるのか。薬師が鈍いんですねわかります。
薬師が十割中、十七割九分九厘悪いです。そうなんです。
そして、まあ、ぶっちゃけてしまえば男の夢ってのは九割方完全に夢なんですけどね。


SEVEN様

意外と壊れやすいものですよ、冷蔵庫。溶けたり、凍らしすぎたり。よく聞きます。
そして、ミニスカの癖にパンチラを気にすることに関しては全面的に同意です。後、別に見たくもないなら余計に。
しかし、言われてみればノーパン→結婚指輪の流れはとっても異常。修正する気もない当たり末期ですけど。
まあ、あれですよね。姉とかがいるとそりゃあもう男の夢はブレイキンですよ。ええ。心理テストでロマンチストだが、結局現実を見つめるタイプとか言われちゃうほど。


おもち様

浪漫、確かにそいつは浪漫です。しかし、また、脱がすも浪漫。
難しい話ですね、浪漫ってやつは。私も追い求めたいものですが、やはり難しい。
そして、言われて見れば、持って行かれにくい人と行かれやすい人がいる気も。
確かに、藍音がいるとギャグ的オチになりやすいので、藍音がいない=ガチ、と言えなくもないですけど。


マリンド・アニム様

攻めに関してはまったくノーガードの薬師。もういっそ押し倒されれば良かったものを。
やはり、あれですよ。藍音さんは穿いている穿いてないではなく、よくわからない、あれです。
ミステリアス的な雰囲気というものが男を魅了するのではないかと思う所存。
そしてドロワ。良いじゃないですか。思わずモニタの前でその手があったかと呟くほど良いじゃないですか。


悪鬼羅刹様

結局、付き合いの長さでは藍音が一番ですしね。
薬師が最も信頼を置いているのは藍音さんでしょう。ある意味まったく信用置けませんが。
しかし、結婚指輪すら通じない薬師に絶望が抑えきれません。
と思いましたが、ベッドでも布団でもエロにいかない薬師の仕業ですから。


通りすがり六世様

薬師が朴念仁過ぎるのも一つ。あと、銀子がしょっちゅう結婚的なことを言ってるのもあるんでしょうね。
ただ、それで冗談だろうと断ずる薬師には明らかに蛆が湧いてますが。
しかし、薬師の進化は止まらないんじゃないかと思います。
成長、進化、もしくは悪化、退化。ともあれそんな感じで。










最後に。

そのまま薬師は由美に骨折させられればいい。



[7573] 其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a2c9f347
Date: 2010/06/02 22:05
俺と鬼と賽の河原と。









「あー、あれだな。幾ら好きだ、なんて言っても首を高速回転しながら一秒間七十八回のタップダンスを踊る求愛は駄目だ。ちゃんと相手の文化ってやつを予習するように」


 我ながら、未だに教師をやってるのが不思議でならないが、しかしまあ、続いている以上はあっていなくもないのではなかろうか。

 流石俺、教師の鑑、と自画自賛ながら俺は黒板を叩く。。


「例えどんな愛があっても殺し愛はダメだ。精々殴り愛までにしとけ。まあ、それで嫌われても責任持たんけど」


 しかし、なんでこんな授業内容になったんだったか。

 確か、うちの生徒があんまりにも人間らしくない辺りから始まった気がするが。

 まあ、それはどうでもいいことか。

 それよりも授業だな、うん、と俺は肯いて話を続ける。


「後、ちゃんと相手と自分の差を理解するように。幾ら河原で殴り合いの状況だからって、音速の拳を貰えば大体の人は弾け飛ぶから手加減するよーに」


 生徒たちは――、今回の、フランケンシュタイン博士の造り出した人造人間の様な生徒たちは、しきりに肯いている。

 いや、まあさすがに厳つい生徒は二割くらいで、他は普通だが、それにしたって存在感が半端でない。

 正に、勢い余ってやっちまいそうな人種たちだ。


「いいか? ただの人間辺りなんか、熟れたトマトを扱うかのように接するんだ。失敗したら一瞬で潰れトマトだぜ」


 そんな彼らの未来の悲しい事故を防ぐために、俺は授業を続ける訳だが――。


「薬師さん!」


 そんな所に闖入者。


「何用だ閻魔殿」


 そんな闖入者に、俺は抑揚なく尋ねたのだった。












其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。











 不意の乱入。それは閻魔。

 彼女は入ってくるなり俺にこう言った。


「大変ですっ!」

「なにが大変なんだ。冷蔵庫に残しといた牛乳か?」

「違いますっ!」

「なんだなんだ、じゃああれか。力加減を誤ってうっかり引きちぎってしまった蛍光灯の紐か?」

「違いますっ! ってそんなことしてたんですか!!」

「親の不倫現場でも見たか?」

「それは深刻ですけど違いますっ」

「じゃあ、アイロン点けっぱでこっち来たとか?」

「それは大変ですけど、そうじゃなくてっ」

「じゃあ、あまりに焦り過ぎてスカートがめくれ掛かってる辺りか?」

「ちがいま――! あわわわっ、みないでください!!」

「安心しろ、見ても楽しくない」

「それは貴方が男として、そして私が女として大変ですっ」

「で、本題は?」

「私と貴方が恋人同士ということになってるんですっ!」

「そいつは大変でしたね、ですが、誠に申し訳ありませんが、授業中なのでお引き取りください」

「お役所仕事はやめてくださいよぉ!」


 そりゃ、お役所仕事にもなる。

 まったく意味が分からんのだ。そもそも。


「その噂の相手たる俺に相談しに現れる辺りからしてもう手遅れだろう」

「貴方しかいないんですよ……、見捨てないでください」

「むしろ自爆?」


 真面目な顔で貴方しか(相談する相手が)いないんですよ、とぶっちゃける閻魔に、教室が沸き立つ。

 完全に自滅。既に手遅れである。


「で、どうすればいいでしょう?」


 上目遣い、涙目で聞いてくる閻魔に、俺は顎に手を当て考えて。

 考えて――、


「うーむ、そうだな……。んなことより、今冷蔵庫の中になにがあったかの方が気になるんだが」


 諦めました。手遅れです。

 んなよくわからん噂などより今日の糧のが大事である。

 あと、牛乳は大丈夫だろうか。ヨーグルトになっていないだろうか。


「今日の夕飯はなにがいい? 大したもん残ってねーはずだから食材買ってきて作るから希望があれば聞くぞ? あと食後にヨーグルトだ。多分」

「じゃあ、カレーで――、って」


 再び沸き立つ教室。そう言えば火に油注いだな。

 と思えば、動きの速い女生徒が、手を上げる。


「せんせー、せんせーと閻魔様って同棲してるの?」

「ど、どど、同棲なんて――」

「添えなくて悪いが同棲までいってない」

「じゃあ通い妻、もとい夫?」

「否定はできない事実がある」


 教職者として嘘はいかんよやっぱ。

 しかし、女生徒の質問に答えればやはり沸き立つ教室。どうにもこうにも皆非常に盛り上がっている。

 まあ、確かによく考えてみれば、そう、あれ、スキャンダル、というやつか。

 楽しまれている所悪いが、事実としてはただの家政夫なんだけどな。


「薬師さん、貴方、どうにかする気があるんですかっ!」


 そんな閻魔の言葉に俺は首を横に振った。


「処置なし、手遅れ。諦めたまえ。人の噂も七十五日、二か月ちょいだ。意外と長いな」

「意外と長いとか言わないでくださいよ……」


 しゅんとうなだれる閻魔に、俺は親指を立てて一言。


「頑張れよ」

「ちょっとっ、こちらに、来てください!!」


 あっさりと俺は閻魔に連行されていったのだった。

























「で、どうしましょう」


 校長室で閻魔は俺にそう持ちかけた。

 しかし、どうすると言われても、


「ほとぼりが冷めるまで待つしかねーだろ」


 としか言いようがない。

 こういったものは焦って否定すればするほど、広まって行き、背びれ尾びれに胸鰭まで発生するのだ。

 しかし、それだけでは不満らしい、目の前の閻魔様は。


「どうにか、なりませんかね……。皆の視線が温かくて辛いんです」


 温かいのに辛いとは贅沢な。とは言わないことにしておこう。

 俺も命は大事だ。


「そりゃあ、あれだな。後はどうにかする方法があるとすれば――」


 口元に手を当て、俺は考える。

 考えて出した結論は、こうだ。


「しばらく会わないってのも手だな。餌を与えなきゃ後は勝手に向こうが処理してくれるだろ」


 ほとぼりが冷めるのを待つ、一般的な手段だ。

 下手に俺が家事に出てたら更に燃え上がる可能性を否定出来ん。

 ほとぼりが冷めても家事をしに行ったら再燃する可能性があるが、そこはそれ。

 まあ、名案じゃないかもしれないが、妥当なところだろう。

 なのに。

 閻魔は何故かこの世の終わりの様な顔をした。

 訂正、あの世の終わりの様な顔をした。


「え、会わない……? それはどのくらい?」

「一月二月だろ。さっきも言った通り七十五日位」


 それにしても、俺さっきまで授業中だったんだが、これで給料出るんだろうか。

 出なかったら、閻魔の夕飯をピーマンのピーマン詰めのピーマン和えにしてやろう。


「駄目ですっ!」


 そう思った瞬間、何故か俺は閻魔にすがりつかれていた。

 どうしてこうなった、と思うと同時、いやな予感が背筋を駆け抜ける。

 どう考えてもこれはやばい。

 そう、この状況、そして閻魔の自爆癖、不幸体質辺りから出てくる答えは――。

 ――ガラッ、と扉の開く音。


「校長先生、どうかしたんで――」



「――私は貴方が居ないと生きていけませんっ!!」



「……ふう。もう駄目だ」


 黒い継ぎ接ぎ医者だって、匙を投げるぜ。

 閻魔の、貴方が居ないと(家事が立ちゆかないので)生きていけません発言に固まる女教師。

 再起動したときは、まるでできの悪いカラクリのようにぎくしゃくとしながら後ろを向いて。


「ごゆっくり」


 それだけ残して去っていく。

 閻魔は、未だ固まったまま閉まった扉を見ていた。

 おお、神よ、何故私を見捨てたもうたか。


「……うむ。見事な自爆」

「ど、ど、ど、どうしましょうっ!!」


 閻魔、再起動。

 ここまで墓穴掘ってなにを言うのかと思えば。

 むしろ、墓穴掘って自作の棺桶まで用意して、冠婚葬祭な手続きも終了し、棺桶で寝てるみたいな状況に至って今更何を。


「ちょっと誤解を解いてきますっ! どこ行ったか知ってますか?」

「あー、多分二階の会議室だわ」

「わかりました、行ってきます!」

「ちょい待ち、多分今、身体測定――、まあいいか」


 行ってしまった閻魔を追いかける気力もなく、俺は彼女の後を追うのをやめた。


















 その後三十分ほどして。

 再会したのは――、


「背が二センチも縮んでました……」


 どんよりとした閻魔様でしたとさ。


「そういうこともある。誤差の範囲内だ」


 屋上のベンチで二人並んで昼飯を食うのはいいが、空気が重すぎる。

 と言うか、こんな事してるから噂も立つんだろうに。


「あと、胸がまったく変わってませんでした……」

「ミライヲシンジロ」


 まあ、どう考えても時の流れが解決してくれなさ気な問題だ。むしろ豊胸手術を行った方が速そうだが。


「体重は、二キロ程増えてました……」

「そーなのかー」


 これに関してだけは俺の仕業と言えなくもない。

 食生活改善とは言っても栄養管理士ではない俺にはどうすることもできない問題がある。

 もう少し気を配って見るか、と、俺が考えていると、不意に閻魔が立ち上がった。


「べ、別に幸せ太りじゃありませんからねっ?」

「うん」

「いや、うんって……。貴方は肝心な時に押しが足りないと思います」

「よくわからんが、そうなんかもしれんな」


 自分じゃわからないので適当に答える俺。


「べ、別に貴方との食事を毎日楽しみにとか……、してる訳じゃないというのは事実無根で……、なんといいますか」

「どっちなんだ閻魔様よ」


 はっきり白黒つけてくれ。

 そんな催促に、閻魔は小首を傾げて、


「……楽しみ、ですよ?」


 何故か疑問符付き。

 しかし、まあ、悪い気はしない。

 俺はにやりと笑って一言。


「そいつは嬉しいね」


 と、それで一旦この会話は終了。

 今度は、今日の今の今までの話を切り出した。


「これから、どうしましょうか……」


 まだ引きずっているのか閻魔様は。

 もうこうなったら仕方ない。


「もう、いっそあれじゃね?」

「どれですか」

「俺とお前さんが結婚しちまえば万事丸く収まるんじゃね?」

「こ、こここ、困りますっ!!」

「まあ、流石に冗談だ。だがしかし――」


 今日一日閻魔に付き合ってわかったのだが――。

 もうじたばたしたってどう仕様もないのだ。


「何もかもめんどくせーから。帰るぞ」


 俺は閻魔を小脇に抱えて飛び立った。

 午後から俺に授業は無い。閻魔も予定は無いらしい。

 そして、色々と噂に気を使うのも馬鹿らしい。


「あ、ちょっと、待ってくださいよ!」

「うるせー、黙らっしゃい。噂なんて気にすんな。俺は気にしてない」


 そう言った俺に、閻魔はおずおずと聞いた。


「……貴方は、私と恋人同士でも、いいんですか?」


 俺はざっくりと答えた。


「――なんかもう、現時点で色々と今更過ぎだろ」


 それを聞くなら、もっと前に聞くべきだ。















「つーかさ。こないだの舞踏会で婚約者ってことになってんだからもうどうしようもないじゃねーか」

「あ」

「あと、今日の夕飯ピーマンのピーマン詰めのピーマン和えな」

「えっ……」





























―――
目からビームが出そうな現状からなんとか復活したのが昨日。昨日から徹夜で突貫工事でした。
まあ、勢いで突貫したんで書いた自分でもいいのか悪いのかよくわからない話が出来上がりましたがお許しを。
とりあえず明日から平常運航頑張りたいです。







あと、今前回の拍手返信書いてます。十一時くらいに前回の話んとこに乗っかるだろうので気になる方はどうぞ。





では返信。


SEVEN様

本当に、いい歳こいたおっさんどころか古代生物一歩手前の生き物がなにをスキンシップ図ろうとしているのでしょうか。
でも、確かに由美が一番純粋な乙女ですよね。果たして真っ白なキャンバスは白いままでいられるのか。
薬師のさじ加減一つな気もしますが、薬師が育てた結果が藍音さんだから……。うん。
でもまあ、本当にこの作品ないに希少な乙女として頑張って――、ごほん、この作品の沢山の乙女の中の一人として頑張っていただきたい。


志之司 琳様

比較的ほのぼの率が高くても、中に野郎をぶっこむだけでこの通り。残念な風景に。
あと、アホの子に知能ゲーをやらせる辺り、薬師の鬼畜さ加減が見え隠れしていますねわかります。
しかし、それにしてもあのおやじわかってないです。むしろ親父をやめて向き合えばいいのに。離婚してしまえ、胴と下半身が。
そのまま生きてたりして皆をドッキリさせてしまえばいいと思います。てけてけとして学校の人気者だ。


光龍様

そりゃあもう、アホの子と違って由美は奥ゆかしいタイプなので、どうしてもアホの子に奪われそうになってしまうのです。
あと、にゃん子に対してアホの子はまったく容赦なく撫でまわそうとしたりするので、ひやひやものの模様。
ちなみに薬師の体の造りは概ね人間のままです。精々頑丈さとか治癒力とか人間そのものをグレードアップしたようなものくらい。
あと、多分痛覚の類に関して神経鈍ってます。金棒ぶっささったりしてても痛い痛い言いながら平気な顔してますし。


奇々怪々様

実際に相手すると、部屋がタイフーン。それがアホの子。藍音さんが大変だ。
そして、薬師は人の心の機微には鋭い割にまったくもって恋愛になると駄目駄目ですね。
もうあえて気付かないようにしてるんじゃないかと思うほどの残念っぷりです。
最後に、あれなんですよ。目の奥が異常に熱くてですね、こう、その熱量を放てばビームになりそうななにかがですね。


通りすがり六世様

アホの子は薬師への感情においてよくわかってない所がある分、恋愛の思惑が絡んで来ないんですね。なので書いてる方も癒されます。
あと、やっぱり手間が掛からないより、手間暇かけた方がなんだって愛着がわいたりするのは基本ですね。
その点由美はやっぱりばしばし薬師に体当たりしていっても問題ないと。むしろ体当たりして薬師をぼこぼこにへこませたって下さい。
そして、上半身と下半身が分離しておきながら、普通に家で看病される薬師の図と言うのは非常に奇妙だと思う。


霧雨夢春様

薬師の朴念仁具合には、どうにも最近畏敬の念を抱き始めました。この嫉妬の方向が分かっていれば、薬師も由美ルート直行していたのに……。
まるでギャルゲーで誰も落とさず友人ルートを直行するかのような縛りプレイの様に、恐ろしさを覚えます。
そして、知能ゲーに関しては何処をどう動かしても負ける、奇跡の馬鹿、それが春奈です。
まあ、そんなこんなで、指摘された通り出番が少ないような気がした閻魔姉の方でした。妹はまた今度。読者に流されすぎるのは考えものですが、読者の要望に応えるゆとりに関しては自信があります。まず話の形式的に自由すぎる。












最後に。

私は身体測定で、減量もしてないのに七キロ痩せててホラーだと思いました。



[7573] 其の百二十七 にゃん子のおしごと。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:148180f1
Date: 2010/06/05 22:15
俺と鬼と賽の河原と。






「にゃーん、ご主人ご主人っ」

「何だにゃん子」

「ちょっと出かけてくるにゃん」

「ふーん、何処へ?」

「それは秘密だよ、ご主人」

「まあ、別に無理してきかねーけど」

「ありがとっ、じゃあ行ってくるねご主人!」

「あー、気をつけろよ」


 そう言って、にゃん子は縁側から姿を消した。











其の百二十七 にゃん子のおしごと。










 とある午後、家の囲いの上を悠々と歩く黒猫が一匹。

 彼女の名は如意ヶ嶽 にゃん子。

 彼女の主から名を貰った訳ではないので、無断で勝手に名乗っているだけ。

 しかし、彼女は悪びれもせず、やはりその名を名乗るだろう。

 そんな彼女は、不意に欠伸一つ。


(さてと、ここを右に曲がれば――)


 にゃん子は、目的の家を見つけ、地面へと降り立った。

 その家は、にゃん子が今住んでいる家にも似た、和風の屋敷だ。

 ただし、にゃん子の主の家より数段でかい。敷地も、建物も。

 しかし――、そこに住むのはたった一人の老婆、ただそれだけであることを、にゃん子は知っている。

 この家の主とにゃん子は、本来の主と再会する前に出会っていた。

 餌を求めるにゃん子に、独り暮らしの寂しい老婆。で、あればそういうことだ。


「おや……、ちびすけ。久しぶりだね」

(今はにゃん子なんだけどにゃー……。まあ、別にいいけど)


 にゃん子と、老婆が会ったのは十年ほど前。

 それからずっと、老婆は、遺して来た夫を待ち続けているのだと言う。

 ただし、十年だ。にゃん子と会う前も含めればもっと長い。

 普通に考えれば、老婆の夫は――、既に転生している可能性が高い。

 だがしかし、にゃん子は待ち続ける老婆を笑うことができなかった。

 にゃん子は主を千年待った、待ち続けた。

 それ故に、にゃん子は老婆を笑えない。報われたかどうかの違いだけで、にゃん子と老婆は実に似ている。

 一つ鳴いて、にゃん子は縁側に飛び乗った。


(相変わらずだにゃー、おばあちゃん)


 老婆は、一日の半分以上を縁側で過ごす。

 待ち続けているのだ、夫を。故にこそ、にゃん子はいつか会えればいいと思わざるを得ない。

 にゃん子もまた、先立ってしまってから、待ち続けた側なのだから。


(千年かかったにゃん子が会えたんだから、おばあちゃんも会えるよね?)


 そう思って、老婆を見上げるにゃん子。

 それをどう勘違いしたのだか、老婆はいずこかへと消え、すぐ戻ってくると、


「ほら、お食べ」


 にゃん子に鰹節を差し出したのだった。


(違うんだけどにゃー、でも、すごくおいしそう……)


 所詮猫。本能に逆らえるはずもなし。





























「ただいまっ」

「おかえり」

「むぅ、つれない態度だご主人」

「いきなり背中を駆け昇られればつれない態度にもなる」

「むむぅ、それは死活問題。ご主人の頭はにゃん子の定位置なのにっ」

「いつのまにお前さんの定位置になったのかは知らんが、頭が重い」

「女の子にそれ言うのデリカシーが無いよ?」

「お前さんは猫だ」

「女の子だよっ」

「おいこら、頭の上で人間に戻るな。安定が悪くなるだろうに」

「女の子だもん」

「へいへい」

「所でご主人」

「何だ藪から棒に」

「男の人って、先立たれた人に想い、残してるのかな?」

「……本当にいきなりだな」

「ご主人はどうだった?」

「千年経ってたからな。多分見つからねーと思ってた」

「そっか、じゃあ、転生できたらしてたの? ご主人は」

「……いや、多分してねーだろうよ」

「なになに? にゃん子との約束があるからっ!?」

「いや、なんとなく」

「むぅ、ツンデレだー……」

「まあ、でもあれだろ。互いが信じあってんなら、いつであっても遅くはねえんじゃねーの?」


















◆◆◆◆◆◆

















「それじゃ、いってくるっ」

「ん、いってら」

「おろ、どこ行くか聞かないの?」

「答えないんだろ?」

「その通りっ」

「じゃあ無駄だ」

「むう、ご主人がにゃん子に興味持ってくれない……」

「教えてもらえないんじゃやる気も出ない。飴と鞭が肝心ってやつだな」

「ミステリアスな女の方が気にならない?」

「気にならない」

「にゃーん……」



















 再びにゃん子は老婆の家へ。


(おばあちゃんは……。いたいた)


 勝手に上がり込むと、そのままにゃん子は居間へと歩みを進めた。

 その先には老婆の姿が一つ。


「おや、ちびすけ。また来たのかい?」

(ちびすけじゃないよー)


 居間のちゃぶ台で、茶を啜る老婆が、そのしわがれた片手でにゃん子の頭を撫でる。


「ちびすけは、無邪気でいいねぇ……」

(むむ、年寄り臭いよおばあちゃんっ。って年寄りだけど)


 どちらにせよ、にゃん子の方が年上ではあるのだが。


「ねえちびすけ……、あの人、遅いね、遅すぎる。ちょっと、遅すぎると思わないかい?」


 ふと、漏らした言葉は、寂しげな。

 いつも、夫の訪問を信じて待ち続ける老婆の姿はそこにはない。


(らしくにゃいにゃ、おばあちゃん……)


 心配するにゃん子をよそに、老婆はぽつりぽつりと空気に沁み込ませるよう呟く。


「あの人が気付いてくれるように、あの人と暮らしていた家にそっくりな家。でも、一人で住むには広すぎるわよねぇ……」


 この家と出会ったのは偶然だ、と老婆は昔にゃん子に語ったことがある。

 間取りも、敷地も庭の木すら、そっくりなのだそうだ。

 当時、にゃん子は、金持ちなんだな、程度の認識しか抱かなかったが、ここにおいては別の意味がある。


(もしかして)


 この家は、目印なのだ。

 老婆から、夫への、精いっぱいの、全力のサイン。

 それを否定するということは、もしかすると。


(諦めそうに――)


 その思考に至りかけて、にゃん子はその思考を無理矢理引きとめられた。

 原因は、不意の音。

 人間とは比べるべくもない聴力が、玄関の呼び鈴の音をあっさりと掴まえていた。


(お客さん? 誰だろ)


 思うと同時に、老婆が立ち上がる。

 にゃん子には、老婆への来客に心当たりが無かった。

 言い方は悪いが、老婆は寂しい老後そのものであり、来客などセールスが精々。

 果たして、どんな人間が来るのかと、興味本位で老婆と一緒に玄関で見たのは、


(明らかに……、友達って感じじゃなさそうだにゃー……)


 そんな、怪しげな男たちだった。


「それで……、決めてくれましたかね」


 スーツにサングラス。怪しいことこの上ない三人の男の内一人が、老婆に聞いた。

 老婆は、忌々しげにその男を睨んで答える。


「いえ……、まだ」

「それは困った……。金はこれだけ用意できるんですがね」

「金じゃないんですよ……、ここは」

(にゃーんてお約束な……)


 にゃん子は、人知れず嘆息した。

 この状況から推察するに、土地を欲しがった人間が、老婆に立ち退きを要求しているのだろう、とにゃん子は予想する。

 そして、こういう状況のセオリーと言えば、


「こちらが下手に出てるうちはいいんですけどね……、無理矢理立ち退いてもらうこともできるんですよ……!?」


 果ての暴力沙汰だ。

 人ならざる主を眺めていたにゃん子としては、さして大したことのない笑みであったが、しかし、これは一般人には苦しいものがある。

 きっと、先程の弱気な態度はこれのせいなのだろう、とにゃん子は結論づけた。


「まあ、また来ますよ。こちらが金を払うと言っている時点で売ってしまった方がいいと思いますけどね」


 それだけ言い残して、男たちは立ち去る。

 老婆は、それを見送って、居間へと戻って行った。

 にゃん子も、それに続く。


(おばあちゃん、だいじょぶかにゃー……?)


 ただ、無言で、老婆は居間に座り、続いていたにゃん子はその隣に鎮座。

 そんな中、にゃん子の胸に去来したのは、言い知れぬ焦りと不安。

 もしかすると、老婆はこのまま家を売ってしまうのではないか、とにゃん子は疑った。


(いや、でも、関係ないじゃんっ)


 想いを振り払うように、にゃん子は首を横に振る。

 その通り、実際老婆が夫との再会を諦めた所で、にゃん子には関係ない。

 にゃん子は主に会えたのだし、知ったことではないはず。

 だが――、


(関係ないよ)


 にゃん子の心は晴れなかった。

 まるで寄る辺を失ったような寂しさ。

 確かに、この老婆はにゃん子と友人であったのだ。

 だが、どうしようもない。この場においてにゃん子はただの猫だ。

 社会的地位は零に等しく、この場を収める金もなし。

 だから、もう一度関係ない、とにゃん子はふるふると首を横に振った。


(関係な――)


 そんな時、ぽつり、と無言を貫いていた老婆が呟く。


「――ねえ、ちびすけ。お前は、待ち人に会えたのかねぇ……」

(……)


 にゃん子は自分のことを話していない。老婆の前ではただの猫なのだから当然だ。

 ただ、鋭いと思う前に、にゃん子の胸に別の想いが去来する。

 自分だけが待ち人と再会するのは――、やはり。

 フェアではない。

 にゃん子は、すぐさま家を、飛び出した。

























「おいにゃん子。こんな夜更けに何処へ行く?」

「野暮用、聞くのは野暮ってもんだよ?」

「まあ、聞かせてもらえるたー思っちゃいねーよ」

「じゃあなんで?」

「出ていった事実を確認しておくのが肝心なんだろ」

「ふーん?」

「ちゃんと確認しておけば、何時帰ってくるとかわかるだろ」

「じゃあ、確認できなかったらどうするの?」

「んなもん、帰ってくると信じるしかねーだろ」

「そうだね、それしかないね」

「で? 何時帰ってくるんだ?」

「夜明け前かな」

「なにしに行くんだ?」






「――夜の運動会」






















 黒猫が、夜闇に紛れ、宵闇に消える。

 場所を突き止めるのは、そう難しいことではなかった。

 老婆の家を飛び出したすぐ後に、男たちを追えば、彼らはあっさりと事務所まで案内してくれた。

 そして、場所を確認し、家へと戻り、にゃん子は夜を待った。

 そうして、夜。

 とあるビルの中の事務所に、黒い猫は現れた。


「おいおい……、なんで猫がこんな所入ってきてるんだ?」


 それを見つけた、入口に立つ男が呟いた。

 その言葉に、事務所内の人間は一様にその猫を見る。

 そして、一番奥の人物が、入口の男に呼び掛けた。


「摘まみだせ」


 嫌も何もあったものではない。入口の男は一つ肯くと、黒猫へと歩み寄った。

 そして、何かを思い出したように口を開いて、


「ん? この猫どっかで――」


 その言葉は最後まで続かなかった。


「ぐぅっ……!?」


 脾腹に、一撃。

 男は、もんどり打って倒れる。

 肉が地を打つ音に、今一度、事務所内の人間は、黒猫のいた地点を見た。

 見て、目を見開いた。


「ナニモンだ、てめぇ……!」


 そこに立っていたのは少女。

 猫耳に、ゴスロリドレスの、黒い少女だった。


「――あなたに不幸をお届けにゃん」


 獲物を前に、舌舐めずり。

 その凄絶な笑みは、猛禽のそれであった。












◆◆◆◆◆◆












 猫又とは、猫跨ぎ。人を跨ぎ呪を掛ける。

 飛び乗って、降りるだけ。それだけの行為を繰り返し――。

 遂に目を開いている人間はたった一人になった。

 男は、引けた腰で銃を乱射する。

 だが、当たらない。

 来る前に準備くらいはした。このビルは既ににゃん子が跨いでいる。

 効果は、ビル内のものの絶対的不運。

 にゃん子以外の攻撃は、万に一つも当たりはしない。

 一歩ずつ、ゆらりと近づいて行くにゃん子。

 しかし――。

 そんな、最中であった。

 不意に、一発の銃弾が、にゃん子へ真っ直ぐに飛び立った。

 絶対的不運は絶対的回避ではない。

 万が一にも当たらぬというのは、億が一ならば当たるかも知れぬ。

 そんな強運を、男は引き当てた。


(やばっ――)


 嫌に遅く迫る弾丸に、にゃん子は顔を歪める。

 弾丸は遅い。とても遅い。しかし、それ以上に体は遅かった。

 動かぬ体、迫る弾丸。

 その結果は――、


「へ?」


 弾丸が不自然に逸れて、終わった。

 どうしたんだ、と考える前に、にゃん子の頬を、お節介な風が撫ぜる。

 一瞬にして、にゃん子の顔が笑みに染まる。


「くそっ……、この猫――!!」


 男が言った瞬間には既に、にゃん子はその頭に乗っていた。


「……残念だけど。私のこと猫って呼んでいいのは今はもうご主人様だ、け」


 男は、驚く暇もない。


「だから、私のことは――」


 無慈悲に、にゃん子はその頭を飛び降りた。


「愛を込めて、にゃん子、って呼んでよね――?」


 朧月夜であった。















 猫は再び、闇夜へ紛れる。


「にゃーん……、今日は良い夜だねっ」


 幸不幸は裏表。それを運ぶが黒猫也。













◆◆◆◆◆◆












「うん? 今日は行かないのか?」

「なにが?」

「いや、最近よく出かけてたのに、今日はいかねーのかな、と」

「そりゃあ――、後は若いお二人に、ってね。感動の再会邪魔しちゃ悪いじゃない」

「ふーん、さいで」

「にゃーん……、何にも聞いてくれない……」

「なんだ、聞いて欲しいのか。昨日、何やってたんだ?」

「それは秘密っ」

「やっぱりな」

「あー、でも、そだっ。ちょっとだけ教えてあげるよご主人っ」

「そりゃありがてーな」

「にゃん子がしてたのはね、正義の残飯漁りっ」

「そうかい」

「そうなの」

「ご苦労さん」

「――にゃーん」



























―――
変な話ばっかり書いてる私だって……、たまにはお約束王道テンプレをやってみたくもなります。
面白いかどうかは……、すみません、わかりません。






では返信。


イザナギ様

流石にピーマンそんな嫌いじゃない私でもそんな食卓はパスしたいです。
そもそも、ピーマンって、食えなくもないけど別にないならないでぜんぜん構わない領域だと思ってます。
その点を考えると、ピーマンのピーマン詰めのピーマン和えは色々な意味でほろ苦い領域ですね。
そしてピーマン蒸しは、どう考えても途中で気持ち悪くなると思います。


志之司 琳様

ぎゅおんぎゅおんと首を回転させ、ズダダダダッ、とタップ踏みながら「Let's 俺と子作りッ!!」。女性も裸足で逃げ出します。
しかし、薬師なら、あれなんでしょうね。閻魔に結婚してください言われたら、「まあいっか」、なんでしょうね。もう言ったもん勝ちだと思います。
だけれど、どう考えてもセガール並みの技量を要求する要塞は常人には越えられない。達人でも無理でしょう。なにこの無敵要塞。誰かバルスしてください。
私の体重については、あれなんですよね。見た当初、「と、糖尿病っ……!?」って思いました。


霧雨夢春様

いえいえまったくお気になさらず。というか気にされたら私が申し訳ないです。ぶっちゃけると、話の都合上かなり自由が利くのでゆとりはばんばんありますし。
あと、よく次は誰にしようかと悩むことしばしばなので、リクエストがあると決めやすいんです。
しかし、それにしても、閻魔は往生際が悪すぎるっていうか、多分照れ隠し半分、ツンデレ半分なんでしょうね。そのまま肯定しとけばなし崩し結婚確定なのに。
いやぁ、今回はほのぼのしてるようなバトルしたような感じでしたね。なんとなくほのぼのできてたら目論見成功なんですけど。


SEVEN様

えー……、身長が縮んだのは、図ったタイミングと、図り方の誤差であってー……、えー……、断じて身体的に縮んだ訳ではないー……んじゃないかなー……、と閻魔様の名誉のために言っておきます。
大丈夫、ロリ化しません。きっと、多分、もしかしたら。ひょっとすると。
しかし、閻魔が開き直ればもうトントン拍子ですよねー。周りが全部式までやってくれそうです。
それにしても、二十キロ下とか、腹に異次元でも飼ってるんじゃないかって位の体重行方不明っぷりですね、その御友人。


あも様

四十九って確かに語感はいいですよね。「よんじゅうきゅう」よりも「しじゅうく」がいいです。
いやぁ、やっぱりロリっていいもんです。大人の思惑入り乱れる空間よりほんわかしてます。
まあ、閻魔はぶっちゃけあれですよね、照れ隠し。もしくはツンデレ。故にヒートアップ。でも薬師が冷めてるから自爆しちゃう。
あれですよ、ちょっと攻撃して逃走する陽動作戦が、まったく相手が追ってこないから恐る恐るもうちょっと部隊出して誘おうとしたら出し過ぎて一網打尽にされちゃうみたいな。


奇々怪々様

薬師を近くに置くと、フルオートで恥ずかしいことになる効果があるんでしょうか。近寄りがたいですねわかります。
そして、ピーマンのピーマン詰めのピーマン和え。ピーマン食べますか? 人生やめますか? ピーマン Or Dieの酷い二択です。
尚、薬師が閻魔を見捨てると未曾有の大災害が閻魔のアパートから発生するので一生お世話確定です。
最後に。自分、魂消費するなら夢魔に襲われた時って決めてますんで。


通りすがり六世様

身体測定時に去年と身長がまったく変わってなかったらそれはそれで珍しいと思います。
まあ、確かに今更な話題ですよねー、閻魔と薬師の関係は。むしろ、アパートの管理人さんにお熱い中だと勘違いされた所から始まって、今に至る訳で。
まあ、やっぱり照れ隠し七十パーですよ。閻魔は。むしろ構ってほしいんです、何かしら。
それと、薬師に関しては私も把握しきれてないレベルですよ。あの鈍感さに関しては。


光龍様

閻魔自爆テロ……、全地獄数億人が血の海に沈みますね。主に鼻血で。
もしくは、閻魔自爆テロ、世界は砂糖の海に沈んだ。とかなるんでしょうか。映画OP風に。もしくは全地獄数億人が薬師への殺意の波動に目覚めるのか。
そして、あの鈍感さがいつものようにと日常化している薬師がやばいです。あと、次第に我々の基準もやばくなってきてます。
そう言えば、小学生の頃、発酵した牛乳飲む先生がいましたよ。











最後に。


猫は、飼い主に似るんですね。



[7573] 其の百二十八 俺とお人形遊びは卒業どころかしたことねえ。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:35863315
Date: 2010/06/08 22:21
俺と鬼と賽の河原と。





 俺は、倉庫を探索して、美少女に出会った。

 そう、それはとても美しい少女であった。

 煌めく金髪はいかなる財宝すら足下に及ばず。

 白い肌は絹のよう。

 全体的に細い体は、まるでそれが黄金比とでもいうかの如く、曲線を描く。

 そして、着ている服は、そこいらを歩けば幾らでも見つかる様な桃色のワンピース。

 しかし、彼女が着れば、まるで豪奢なドレスか。

 そして、そこから見える、すらりとした足……。







 ――ただし、その足は三本あるッ!!









「どっかで聞いたような話だなぁ……」













其の百二十八 俺とお人形遊びは卒業どころかしたことねえ。













 いきなり、それはカッと目を見開いた。


「私三本足のリ――」

「待て、それ以上は色々拙い」


 それこそ、いきなり自己紹介を始めようとした、奇妙な人間大の人形を、俺が制止する。

 その先を言ってしまってはよろしくない、と俺の風が告げていた。


「じゃあ、なんて名乗れば……」

「とりあえず、……三本足の梨花さんドールで」

「それじゃあ、私梨花さん」

「あいわかった」


 名前も無事決まり、俺は一息つくと、俺はとりあえず聞くことにした。


「まあ、気を取り直して。突っ込み入れていいか?」


 そう、そこだ。我ながら思わぬ中断が入ってしまったが、聞きたいことは沢山あるのだ。

 そして、


「あ、うん、なに?」


 三本足の梨花さんは予想以上に普通の子だった。


「それじゃあ行くぞ?」

「うん」


 そして、俺はまず最初の突っ込みを叩きつける。


「なんで人間大なんだっ!!」

「そこを突っ込むのっ!?」


 突っ込みに突っ込みで返すのは感心しないな。

 というのはともかく。


「いや、だってよ。三本足の某有名女児用玩具ちゃんなんてありきたりじゃねーかよ。今更誰も驚かねーって」

「……そうなの?」

「いや、なんつーかほら。俺天狗だし」

「……そうなの」


 正直、そう簡単に驚いていたらこのご時世、文字通り魂消て消える。

 とまあ、それはともかく、俺と梨花さんはどちらともなく物置を出た。

 最近激しくなってきた陽射しが俺の目に刺さる。

 ちなみにだが、梨花さんは歩き方がまるで四本足の動物の走りのようだ、とここに書き記しておこう。

 まずは真ん中にある足を前に出して、その後に両側にある通常の足が前に出る。跳び箱の動作に似ていると言えばわかりやすいのだろうか。

 そしてそんな歩きを眺めながら外に出れば、偶然にも藍音に出会う。


「薬師様……、何処でそんな三本足の女性を引っ掛けて来たのですか……」


 いきなり何て言い草だ。


「いや、ねーから」


 俺が手を振り否定すると、藍音はいつものように無表情。


「まあ、物置から引っ掛けて来たのでしょうが」


 しかしなんとなく、俺にはその表情がしたり顔に見えてならない。

 それにしても、物置から、というのを知っていると言うことは、


「なんだ、知ってるのか? こいつのこと」


 俺は、乱雑に梨花さんを指さした。

 対して、藍音は肯くこともなく肯定する。


「ええ、物置の中の物の把握も仕事の内です」


 ……そう言われると、なんだか申し訳ない気分になってくるな。

 実質俺大したことしてないからなぁ……。もうほとんどヒモなんじゃないかと思うほどに。


「まあ、喋って動くまでは把握しておりませんでしたが」

「そうかい、まあ、それにしてもあれだな」


 俺は呟きながら、隣の梨花さんを見た。

 そして、不思議そうにこちらを見返す梨花さんは、まったくもって己が感性に自信が無い俺であっても美人だと思う。

 まあ、三本目の美脚に関してはなにも言うまい。


「うちの物置きは混沌としとるなぁ」

「既にあそこは異界と化していますが」

「そんな勢いかよ。そーいや、この家の前の持ち主ってどんな奴だったんだろうな」


 もしかすると、代々この家の持ち主が取るものも取らず逃げだしていって溜まったのではなかろうか。

 と、俺が考えたその隙に。


「――そうよ、そうだったわ! 私、やらないといけないことがあるのよ!」


 不意に声を上げたのは、怒りを滲ませた梨花さんであった。


「どーしたよ」


 梨花さんの方向を向いて聞けば、その答えは半ば予想通り。

 要するに三本脚の某有名女児向け玩具ちゃん人形と言えば都市伝説。そして都市伝説と言えばアレである。


「あの、ほら、色々あるじゃない。よくも捨ててくれたわね、今から会いに行くわ、って言って最終的に貴方の後ろよっ! ってやつ。あれ」


 やっぱりそんなお話か。

 まあ、確かに都市伝説と言えば、そんなもんだが。


「まあ、好きにすればいいんじゃないか?」


 そんなお話に対し、俺は適当に返した。

 正直に言って、これは本人たちの問題である。なので、丸投げしよう。うん。

 そうして丸投げしたのだが――。


「電話番号がわからないわ……」

「世知辛えな……、おい」


 しっかりしてくれ都市伝説。そう言ったことはなんか超常的に物理法則を無視してどうにかなるもんじゃないのか。

 しかし、生きた都市伝説でも、この世の法則はどうやら越えられないらしい。

 あまりのあの世の無情さに涙が出そうである。

 と、そこで俺はふとした疑問を梨花さんにぶつけた。


「というか、前の持ち主に会ってどうするんだ?」


 問題はそこだ。丸投げしといてあれだが、流石に人の生き死にに関わるとなるとちょっとばかし話が重い。

 なんとなくそのまま流しそうになったが、そこは都市伝説。恨みのある者に対し凶暴化せぬとも限らない。

 そして、その答えはと言えば。


「そんなの、決まっているわ」


 その時何故か、俺は背筋にそら恐ろしいものを感じた。

 風だのなんだの言うそれよりも先に、なにかを本能が警告していた。

 俺は、その警告に身を任せ、後ろへと跳ぶ。


「――私を捨てたあいつの股間を蹴り飛ばしてやるのよっ!!」


 安定した二本の足から放たれる、蹴り。それが、風切り音を立てて、俺の体の前面を掠めていった。


「怖えよっ!!」


 これまでで、これほど緊張した時間は初めてだ。心臓が高鳴る。これが、恋……、というのはないが。

 それにしても……、なんと恐ろしい都市伝説だろう。三本足の梨花さんの三本目の足は男の股間を蹴り潰すためにあるとは……。

 どっしりと二本の足で地を踏みしめ放つ蹴りは、真に恐ろしい。

 日本男児の皆。三本足の梨花さんを下手に捨てると股間に一撃必殺を入れられるぞ、気をつけよう。

 まず、三本足の製造して速攻回収されるような女児向け人形を持っている日本男児がどれくらいいるか知らないが。

 しかし、これはいかんと俺は首を横に振った。

 このまま捨て置いて日本男児の股間を危険にさらす訳にはいかない……! というか梨花さんの前の持ち主は男だったのか。

 俺は、男たち皆のために、梨花さんを真っ直ぐ見て、言う。


「何処にも行くなよ」

「えっ」

「……いきなりフラグを立てようとしないでください」

「……いきなりなんだよ」


 いい感じの説得だった気がしたが、しかし、藍音に水を差されてしまった。

 邪魔をするんじゃない、藍音、このままでは一人の男が男を半分やめる羽目に――。

 と、そんな時、ふと、軽快などこぞのクラシックらしき旋律が鳴り響いた。

 多分携帯だな、と思えば、どうやらそれは梨花さんの物らしい。


「あ、私のだわ、ちょっとごめん」


 そして、当の梨花さんはなれた動作で携帯を耳に当てて、その可憐な唇から言葉を紡ぐ。


「はいもしもし、私梨花さん。あなたのお名前は?」


 これは、梨花さん電話というあれだろうか。

 そんな勝手な推測を俺が繰り広げている間にも言葉は続いた。


「私はこれからママとお出かけよ。お洋服を買いに行くの」


 いや待て、お前は今から自分を捨てた男の股間を蹴りに行こうとしていただろう。

 ああ、なんとも夢が爆砕される光景である。いや、電話口の向こうの相手の夢はきっと守られるのだろう。だが、見ている方としては夢が粉砕骨折さ。

 なんにせよ……、世知辛い。

 と、無情の世に再び涙を流す間にも、電話は続いた。

 そんな最中、ふと、俺は固まることとなる。


「えっ? パンツの色? 水色だけど……」


 ……ちょいと待て。

 いつの間にか携帯を畳んでいた梨花さんの肩を、俺は思わず叩いていた。


「ちょ、お前さん、今誰と話してたよ」

「え? それはいえないわよ。プライバシーとか個人情報保護とか最近うるさいし」


 更に世知辛い。だが、それはいいのだ。


「なあ、電話相手は本当に子供だったのか?」

「ちょっと声が低くて野太かったけど、そういう子もいるわよね」

「どう考えても大きいお友達だよっ! しかもかなり深みに嵌った残念なお方だっ!!」


 梨花さん電話で痴漢とはどうにも悟りの境地に達したかのような紳士ぶりだ。

 そもそも梨花さん電話にそこな三本足の梨花さんが応対している意味もよくわからないが。


「まったく、何なんだ一体」


 もう何もかもがわからない、と遠い目をする俺。

 そんな中、藍音が不意に声を上げた。


「薬師様」


 そして、そのまま細い腕を俺の腕に巻きつけるように、俺にしなだれかかる。

 いきなりなんだと言うのだ。


「私にも構ってください」


 本当にいきなり何なんだ。

 ぎゅっと腕に力がこもる。いや、しかしあんまり力を入れられるともげるんだが。

 そして、そんな様を見て、今度は梨花さんが言葉にした。


「二人は恋人なの?」


 いや、そんな訳でも。と言おうとする前に、一瞬にして藍音は答える。


「一言では言い表せない関係です」


 なるほど間違ってはいない。俺と藍音の関係はなんか妙だ。

 元々は俺は藍音の保護者で、いつの間にか秘書でメイドになっていて、今は俺の仕事に秘書が必要なくなったから、家族兼メイドか。

 しかし、その答えは非常に勘違いをもたらすと思うのだが。


「まあっ、そうなの! 羨ましいわ!!」

「ええ、そうなのです。ですが、だと言うのに薬師様はあっちへふらふらこっちへふらふら色々な女性へと魔の手を……」


 私というものがありながら、と悲しげに目を細める藍音。

 おい、俺がいつどこで魔の手を伸ばしたってんだ。自慢じゃないが、俺は他人と肉体関係を持ったことが無い。本当に自慢じゃない。

 しかし、ここでなんと言おうと、この場において男子の発言権というのは、道を急ぐ人にとっての蟻並みに小さい。

 そも、女性二人男子一人の現状、この状況、既に四面楚歌である。


「そうなの……、酷い男ね」


 だが、梨花さんよ、お前だけには言われたくないぜ。

 俺は、悪態でも吐くかのように呟いた。


「お前さんのボーイフレンドは今何代目だこの野郎」


 一瞬にして、梨花さんが目を逸らす。人形だからありえないはずの冷や汗が見えた気がした。


「そ、そのあたりは、大人の事情で……」

「とっかえひっかえかこの野郎」


 ちなみに、梨花さんは小学五年生らしい。発売から今に至るまで。

 そうすると、一年も経たぬうちに、何人もの男を、というお話だ。

 消えていった男たちも、やっぱり世知辛い。


「だ、第一不純な関係には至ってないわ。ただの男友達だもの」


 取り繕うように、梨花さんは言った。

 しかし、ならば俺だって清い身である。


「じゃあ俺もだ」

「最低ですね、薬師様」

「酷いわね、あなた」

「何故に一方的非難を受けとるんだ俺はっ」


 俺には計り知れない乙女心というものが存在するのだろうか。

 女性二人に非難を受け、否応なしに俺は残念気分直行だ。

 しかし、それよりも俺には気になる問題があった。

 既に季節は夏寸前。結構暑い訳で。


「まあ、それはともかく。所でなんだが、ぴったりとくっつき過ぎじゃないか? 藍音」


 正直そろそろ気温的に暑いものがあるんだが。

 しかし、俺の遠回しな抗議は受け入れてもらえなかった。


「いやです。薬師様が私をじっとりねっとり舐るように見てくれるようになるまで離しません」

「難しいわっ」


 高難易度過ぎるだろう、それ。まず舐るようにって辺りから難易度が急上昇だ。

 実に難しいと、と声を上げた俺を余所に、藍音は梨花さんを見つめながら、言う。


「負けません」


 何にだよ、と思う前に、さらなる爆弾発言が藍音から投下。


「薬師様が望むなら、間接360度可動だってやって見せます」


 一体なにに対抗意識を燃やしてるんだお前は。

 あと、あれだぞ? 俺はそんな恐ろしい要望出さんぞ?


「人でありながら人形の限界を超えようだなんて……。藍音、……恐ろしい子っ」


 無駄にハンカチを噛んで驚愕する梨花さん。

 俺は完全に置いてけぼりである。


「薬師様が望むのであれば、首を高速回転しながら一秒間七十八回のタップダンスを踊る求愛もします」


 いや、そんなのお断りだよ? 藍音さん。

 そんなことになったら俺も裸足で逃げ出すよ? その時は光の速度を超える自信もある。

 とりあえず、絶対望まないからやめてくれ。


「あとは、そうですね、人形らしく、ローアングルからスカートの中を抉るように見られたって構いません。……むしろ見てください」

「……」


 俺は既に、突っ込みを放棄した。

 とりあえず何処に突っ込めばいいか、わからなくなってしまった。

 俺はもう疲れたんだよパ……、しまった、お供の犬がいねえ。


「……見てみませんか?」


 残念だが、腕を抱きしめた状態から下から見上げたって無駄だ。

 どんなに可愛らしくたって、変態になる気はさらさらない。


「地面に這いつくばるのは御免だな」

「では屋根に上りますので」

「首が疲れる」

「じゃあ視界に丁度いいように仰向けに飛びます」

「前が見えなくて危ないな」

「相変わらずつれないですね」

「つれたらどうする」

「……とりあえず寝室へ?」

「聞くな」


 というかだ。

 ふと、俺は当初の問題を思い出した。


「ねえ、メイドさんと乳繰り合ってないで、私の前の持ち主を探す手伝いをして欲しいんだけど」


 そう、元々の話はこの梨花さんだ。これをどうするかが問題なのである。


「どうする? これ」


 流石に股間を潰させるのは、元の持ち主が可哀相だ。例え捨てたのだとしても、流石にそれはきつい。

 俺は男ゆえにそれを容認することはできない。

 しかし、そうすると梨花さんはどうするのか。俺が悩んでいると、藍音が言葉を発した。


「私に名案があります」



























 結果、

 ――三本足の梨花さん人形は、廃品回収に連れていかれましたとさ。

 それにしてもあの業者、この間からイカレた品物を持っていってるのに文句ひとつ零さねえ。中々やるな。


「所で、なんで捨てる方向にこだわったんだ?」


 対抗意識を燃やしたり、なんだか色々、藍音は梨花さんが好きではなかったようだ。

 その辺を聞いてみると、藍音はあっさりとこう答えた。



「――貴方のお人形は私一人で十分ですから」















「俺にそんな変態的趣味は無いんだが」

「昔の偉人はこう言いました」

「なんだよ」

「鳴かぬなら、鳴かせて見せようホトトギス」

「いっそ殺せ」



















―――
……なんかすいません。主に宝富ィ様すいません。
某有名女児用玩具ちゃん人形可愛いですよね、うん、別に商品名も出きってはいませんし。
ということで許してください。




今回の話はあれですね。言わずもがな。
三本足の人形の話でした。有名な都市伝説ですね。
ギャグ半分、藍音さん半分みたいな感じで。




返信


霧雨夢春様

久々に出てきて無双していきましたね、にゃん子。
まあ、にゃん子も一応薬師と同年代と言っていい類の妖怪なので、中々に強いようです。
どちらかと言えばサポートキャラ方面になっておりますが、その辺の弱小には負けないみたいです。
あと、やっぱり時代劇とか見ると面白いんですよね、やっぱり。この時代、小難しいことに話飛ばしがちですからたまにはこんなのもいいかなと。


スミス様

いやあ、なんと言うか見事に黒猫なあれでしたね。ええ、漫画は一通り読みました。
にゃん子でハードボイルドっぽいような何かでしたが、確実に名前がキマらないですね、わかります。
あと、自分が痛いとのことですが、大丈夫です、きっと。
うちの地方でやたら強い風がビュンビュン吹いていると、どっかに天狗がいるんじゃないかと思う俺よりマシじゃないかと思います。


春都様

御無沙汰しておりました。多分二話くらいじゃないですかね。意外と長くないです。
それにしても、にゃん子はどこぞでスイーパーでも開業する気なのか。
とりあえず、なんだか格好良く決めてくれましたが、書いていると、どうしてもにゃん子の名前の所で気が抜けます。
確実にシリアス向けの名前じゃないと思いました。


奇々怪々様

古典的真っ盛りなグラサンスーツの強面達。あっさり一掃されました。
そして、跨ぐだけの一工程で発動する呪い。これまた強力ですよね。問題は相手の大きさですが。
果たしてにゃん子がサポートに回ったら、直接攻撃力の強い面子は一体どんな無双をするのやら。
正義の残飯漁りが活躍する日は再び来るのか。


志之司 琳様

地獄は待つには最適の場所ですが、いかんせん広いのが問題ですね。
いやあ、それにしても。にゃん子出した時からやりたかったんですよね、黒い猫のあれ。今回出せて良かったです。
そして、絶対的不運から弾丸を当てに行くラッキーボーイの人もいましたが、薬師家に目を付けられた時点で結局不幸ですね可哀相に。
まあ、やっぱりあれですけどね。薬師ツンデレ発動して試合終了でしたけど。


あも様

やっぱり待たされてたものとしては、一人だけ幸せってのは負い目感じますよね。
でも、そう言えば、にゃん子李知さんに猫耳生やしてたんですよねー。そこから考えると凄いギャップです。
そして、ラック激減ということは、スパロボにおける精神コマンド集中が自動で掛かると言うとってもチート。やられた方はたまったもんじゃないっすね。
しかも建物単位で掛けられたら回避のしようもないですし。まあ、それなりの妖怪ならレジストもするんでしょうが。


光龍様

にゃん子も薬師もツンデレ真っ盛りですね、ええ。
素直じゃないと言うか、捻くれてると言うか。でも結局助けちゃうし、前回はにゃん子と薬師の二重ツンデレだし。
そして、まさかのおばあちゃんルート。見事な横恋慕、不倫です。
もうその内薬師が老若男女問わなくなるんじゃないかと心配です。


通りすがり六世様

にゃーんは勝手に、にょろーんと似た発音だと思ってます。いつか流行らないでしょうか。
ちなみに、結局蛇足かなと描写しませんでしたが、再会できたようです、というかできたんです。と私は思ってます。そこいらは作中で明記されるまで、誰がなにを言った所で想像の範疇内かと。無論私も含まれます。
あと、自分はたまにすっごく王道やりたくなるんですね。時代劇の流れが好みなのもあって。
ちなみに、にゃん子の戦闘力ですが、身体能力自体は、大したことないです。俊敏性がずば抜けてる程度ですが、大天狗程速くもなし。能力重視のサポートタイプです。


SEVEN様

基本的に薬師メインですからね、このお話。ただ、たまに別の人に主人公任せたくなります。あまりの鈍感っぷりに。
あと、薬師の援護はきっとあれじゃないですかね。お使いに行く子供を結局後ろから見守る親みたいな。
まあ、どうせ風で一部始終見守ってたんでしょう、あのツンデレ。心配な癖にそんなことない面して。
でも、現れて格好良く決めないだけいつもよりはましだと思います。やっぱり。


名前なんか(ry様

太宰治の走れメロスもそうですよね。セリヌンティウスなんて、勝手に死刑の人質にしてくれんなよと言ってもおかしくないレベル。
うーん、お婆さんの待ち人に関しては明記してないので、おいおいですね。ただ、まあ、ええ。あまりに……、鋭いな、と……。ここだけの話。
まあでも、前回は主役はにゃん子だったので。薬師はただのゲスト参戦でしたし。
あと、にゃん子は実際銃弾食らっても「痛ったあぁっ!」で、済ませそうな予感があります。


悪鬼羅刹様

夜を駆けるゴスロリネコ。いいじゃないですか。
宵闇に潜む正義の残飯漁りとかどうでしょう。あまりにあんまりだと思います。
しかし、言われてみれば、天狗が飼う化け猫という異常性。流石薬師と言わざるを得ないミスマッチ具合です。
黒猫と言えば、魔女とかの領分だと思うんですけどね。








最後に。

ずっと、三本足の人形に股間蹴られたらやばいなと思ってました。



[7573] 其の百二十九 俺と鬼と神社祭。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:966c284d
Date: 2010/06/12 22:50
俺と鬼と賽の河原と。








 六月と言えば、既に暑い。

 と、まあ、暑いのは当然だからそれは置いておいて。

 うちの近くに、可もなく不可もない神社が存在するのはご存じだろうか。

 可もなく不可もなくとはどういうことか、と言われれば、そういうもんだとしか言いようがない、でかくも、小さくもない本当に微妙な神社だ。

 実を言えば、俺はそこの神社の名前を知らない。こちらに来て、結構経つのにこの様だ。

 無論、それならば、そこにまつられる神なぞ知るはずもなし。

 しかし、言ってしまえば誰もかれも似たようなもんなんじゃないかと思う。

 神は実在しても、全知全能には程遠いとわかる地獄だからこそ、神に興味を抱かない。

 ただ、しかしである。

 名も知らぬ、祀る神もわからぬ、そんな社。

 にも関わらず、そんな社から、俺は恩恵をあずかるのだ。

 恥知らず、とか恩知らずとか言うだろうか。

 しかし、やっぱり皆そんなもんじゃないだろうか、と俺はたかを括っている。

 名前も知らないが、とりあえず面白そうならその時だけその恩恵にあずかりたい。

 うん、誰だってやってるだろ?

 なにって、ほら、あれだ。

 祭。

 神社祭。














其の百二十九 俺と鬼と神社祭。












「確かに似合わないってのは認めるが――」


 俺の髪は少々伸びた。

 この間までは切りに行っていたのだが、ここしばらく、忙しくて行けていない。

 と、言うのはやはり無精者の言い訳だろうか。

 ともあれ、地味に伸びた髪を後ろで纏めて外に出る俺。

 それを、前さんに似合わないと大笑いされること数分。

 結局俺は、髪をほどいて、微妙に鬱陶しいまま、祭りへ行くこととなった。


「そこまで大笑いされると目から塩辛い汗が流れるんだが」


 祭会場へ続く路地。俺は、腹を押さえて未だ口元が歪んでいる前さんを見る。

 今日は、彼女は浴衣を着ている。紅色の浴衣だ。かく言う俺も似たような風体だが。


「くふっ……、ごめんごめん」

「おおっと謝罪にまったく心が籠ってないぜ。俺の精神に大被害だっ」


 心中、早く髪を切りに行くことを決める俺であった。


「だってさ、薬師がしっぽ作ってるとか、ぷふっ」

「尻尾とか言うな恥ずかしい」


 そして思い出して再び噴き出さないでくれ。

 このままでは俺が顔真っ赤である。

 そんなこんなで、俺と前さんは祭会場へと辿り着いた。


「すげー人だな」


 夜の、可もなく不可もない神社ながら、祭りとなれば人は来るのか。

 果たして、神主としては、先客万来で万歳なのか、それともこんな時だけ来るのかよ薄情者の恩知らずめ、なのか。

 いつか聞いてみたい気もするが、そんなことよりも、現状は祭である。

 余計なことは考えず、前さんを楽しませることだけを考えよう。

 何故なら――。

 そう、あれはあの時のことだった……。

 忘れもしない、あの日――。
















 あの日は、晴れで、河原だった。

 前さんは石を積む俺を見下ろして、言ったのだ。


「ねえ、薬師、最近よく仕事休むよね。どういうことかな? ねえ、あたしに教えてくれないかな?」


 くっ……、この時が遂に来てしまったのか。

 いつか来ると思っていた追及。

 笑顔だが、これは内心穏やかではない顔だ。

 下手な答えをすれば、金棒。その目が、物語っている。いや、俺の勝手な想像なんだが。

 しかし、説明するのは非常に面倒だった。

 そもそも、「あ、なんかテロっぽい組織に狙われて、その一味に背中刺されたりしてました」 なんて言えるものか。

 正直嘘臭い。本当の様な嘘というか嘘の様な本当というか、丁寧な語り口調が余計に嘘臭い。

 だからと言って、「あ、なんかテロっぽい組織に狙われて、刺客に背中刺されたりしてたんだよ、本当参るよな、最近」とか攻めたって、結果は一緒だ。

 嘘臭い。

 だから、俺は言ってしまったのだ。


「……ああ、実は俺、回転寿司やってたんよ」


 ……どうしてこうなった。

 嘘臭さ二十七割増しである。悠に二倍を超える嘘臭さに、言った本人の俺ですら、背筋が凍った。


「……いや、うん。店とか、どうやって用意したの?」


 それでもちゃんと聞いてくれる辺り前さんは優しい。既に困り顔真っ盛りだが。


「……藍音が一晩でやってくれました」

「そうなんだ」


 そこは信じるのか。いや、確かに藍音なら一晩でやらかしそうだが。

 そして――、沈黙。

 実に、気まずかった。我ながら、なんでこんな嘘吐いたのか。

 この世が悪いのか。この世界の法則が悪いのだろうか。

 それから、俺が悪いんじゃない、世界が間違ってるんだ。いきなり回転寿司開いたっていいじゃないか。

 と、そんな結論に至った辺りで――。


「嘘だよね?」


 前さんに聞かれた。

 俺は、後には引けなかった――。


「――マジなんだ」


 その時の声は、ここ数年で最も真摯な声だったと言う。

 そして、その後前さんはこう語った。


『あなたが――、あんまり誠実な声を出すものだから――。
                        殴ろうと思った』







 まあ、要するに。

 問一

 なんで前さんと祭に行くことになったの?

 答

 なんとなく断りにくかったからです。














 で、まあ。なんとなく、前さんの誘いに乗った訳だ。俺は。

 なんとなく断りにくかったし、断る気もなかった。尚、先程の回想は無駄だったのではという質問は受け付けない。以上。


「もっとこじんまりとしてるかと思ったが、なかなかどうして」


 人ごみを掻きわけながら、俺は呟いた。

 そして、ちらりと横目で前さんが笑いながら頷くのを捉える。


「これぞ祭、って感じだよね」

「ま、そうさな」


 人の荒波に揉まれるもまた人生。

 まるで、おのぼりさんのように、俺は辺りを見渡す。


「とりあえず、動き難くなるから、飯は後でいいか。お、あんな所に射的が……、射的?」


 そこで、俺は、ふととある屋台に目を留めた。

 射的。

 その看板が、逸般人向け、射的。

 どういうことだ。


「おや、兄ちゃんお目が高いね。ここは、人外向けの射的さ。一つどうだい?」


 あと、明らかに屋台のおっさん俺のことカモってるだろ。

 ぱっと見では人にしか見えない俺に人外向けを勧めると言うことは、明らかに景品を取らせる気は無いのだろう。

 しかし、人外向けとは、どういうことなのだろうか。

 屋台の方を詳しく覗くと、それがうかがい知れた。

 どこぞの普通の恋仲同士の片割れが、普通な銃からコルクを撃ち出すが、目標の半分すら届かない。


「これって、どうやって取るんだ?」


 と、いやな予感のする俺が聞いてみれば、屋台のおっさんが、俺ににやりと笑って言った。


「さっき奥さんを連れた青い鬼の人が、遠心力に任せて取って行ったよ。まあ、要するに人外パワー許可ってことさ」


 振りまわしながら撃ったのか。鬼の腕力で。それと、なんだかその青い鬼さんに聞き覚えがある気がするんだが。

 こないだ不倫騒ぎのあったあの人に重なるなぁ……。


「しっかし、人外向けねえ?」


 発想は悪くないが、イロモノ過ぎる。

 と、想って俺が踵を返そうとすると、前さんが、屋台の奥の蛙のストラップを見つめていることに気がついた。


「あれがなんか?」


 聞けば、前さんは若干照れたように答える。


「ああ、なんか可愛いな、って」

「ははぁ、おっさん、一つやってくよ」

「へい毎度っ」


 金を渡し、銃を借りる。

 その様を見た前さんが驚いていたが、無視して俺は片手で銃を構えた。


「えっ、薬師、できるの?」


 残念ながら、


「俺を誰だと思っているのかね。十発中、十二発外した奇跡の男だ。藍音に才能があるって褒められたよ」


 銃は無理。無理無理無理だ。

 昔はあこがれていた時代があったが、現実を知り、少年は大人になるのだ。いや、その時期余裕で三桁の年齢だったが。


「え、じゃあ無理しなくても――」


 しかし。


「よく考えても見ればいい。ずるありなら余裕だろ」


 ぱんっ、と小気味いい音を立てて、コルクがぶつかり、蛙のストラップが倒れる。


「風任せでコルクだけ加速させて、後はそっち行くようにするだけさっ! ふはははは、ざまあみろ店主」

「く、くやしいっ!」


 手拭を噛む店主。それでも景品は寄越すあたり、商売人だ。

 そしてそれを、俺は前さんに寄越した。


「あ、ありがと」

「気にすんな」


 この位お安い御用だ。

 ふふんと誇らしげに胸を張って、俺と前さんは店を後にする。

 このまま行けば、つつがなく終わりそうだ。






















 と、思っていたのはどうやら俺の間違いであったらしい。


「む、お前さんは」

「あっ、やくしだー!」

「こんばんわ、良い夜で」


 と、親子に出会ったり。


「あっ、先生っ!」

「おう? ビーチェ、一人か……」

「ううっ、言わないでください」


 と教え子に会ったり。


「貴方はなにか買っていくべき。結婚指輪とか」

「断る」

「ツン期」


 と、居候が露店をしてたり。

 その他諸々。


「あのさ、私の知らない女の人と沢山会うんだけど、どうしたのかな?」


 そして、なんだか人に会うたび、機嫌がよろしくなくなって行く前さん。

 内心、どっきどきである。















 そしてしばらく。間を持たせるように、俺は呟いた。


「飯でも食うか。腹が減った」

「うん、いいね」


 無論、今日は夕飯を食べていない。故に空腹。

 なので、俺はとりあえず手近なたこ焼きの屋台へ行ってみたのだが――。


「なんでお前さんがここにいるんだ。閻魔姉妹」


 二度あることは三度ある。いや、二度や三度じゃ済まないが。


「あら、ご挨拶ね。運営で屋台運営したっていいじゃない」

「いや、俺の心配事はそこじゃなくてだな……」


 言いながらも、俺は金を渡し、たこ焼きを受け取る。買う方向になってしまった以上、どうしようもない。

 そして、まあいいかとばかりに、礼の言葉を背に俺はそこを後にした。


「ねえ、さっきの、閻魔様だよね?」

「そうだな、屋台の隅でしょんぼりしてたな」

「ところで、さっきの心配事って、なに?」


 そんな言葉に、俺は答えを濁した。


「あー……、いや、大したことじゃない」

「ふーん? じゃあ、たこ焼き食べようよ」


 俺は即座に首を横に振る。


「駄目だ、このたこ焼きは俺が独り占めする」


 そう言って俺は手の中のたこ焼きを抱きかかえるようにした。

 その様を、前さんはジト目で見る。


「それは、あの美人さんが作ってたやつだから?」


 美人さん、ああ、由比紀のことか。

 しかし、そうじゃない、そうじゃないのだ。

 ただ、言葉にするのは難しい。故に、俺はそのたこ焼きを一つ口に放り込んだ。

 ああ、やっぱりこれ――。


「……ゴキって、脳が二つあるらしいな」


 閻魔製だ。

 俺は、意味不明な言葉を口走って、意識を失ったのだった。


「薬師? どうしたのっ? 薬師!?」
























 目が覚めたら、ベンチで、前さんの膝の上だった。


「あ、目ぇ覚めた?」

「おー……、相変わらず強烈だった」


 口の中が、甘酸っぱ辛苦い。正直辛い。からいでなくて、つらい。


「閻魔様、料理下手だったんだね」


 苦笑しながら前さんが言うのに、俺は首を横に振った。


「下手で片付く問題じゃねーよ」


 あと、料理と認めたくないです。あれは一種の魔術です。

 まったく、こんなところでも閻魔の黒魔術か。

 と、俺は一つ嘆息。

 そんな時だった。

 不意に煌めく空。

 花火だ。

 花火を見て、綺麗汚いに関わらず、汚い花火だと言いたくなるのは俺が変な証なのだろうか。


「……綺麗だね」


 前さんが、不意に呟いた。


「そーだな」


 無論、綺麗なのは疑うべくもない。

 ただ、なのに前さんは浮かない顔をしている。

 そんな前さんに、俺は。

 多分、花火に魅せられていたのだろう。なにか、気のきいた台詞を言いたくなった。


「辞めねーからな」

「え?」


 妙なこと口走るのは、きっと、花火のせいさ。


「前さんがいやだっつっても、俺はバイト辞めねーからな」


 いや、気が利いてるか? この台詞。いまいち締まらん。


「……」


 むしろ辞めたらニートなんだ。やめられない。

 やめたが最後、立つ瀬がない。

 男の子の意地上、やめられないのだ。

 張りぼてでも、張りたい見栄もある訳だ。

 ただ――、


「――うん、そっか」


 そう言って笑っていた前さんが、花火よりも綺麗だと思ったのは、閻魔の毒たこ焼のせいにしておこう。

























―――
ということで、前さんメイン。メインヒロイン前さん。
















返信。


奇々怪々様

よく、脳の構造がおかしいと友人に言われる兄二です。ちなみに、梨花さんドールの関節はちゃんと動きます。
きっと、梨花さんが股間を蹴るとき格闘漫画か、格ゲー並みのエフェクトが飛び出すんでしょうね。恐ろしい。
しかし、その内掛けてみたいものですね、梨花さん電話。後学のために。
あと、もしかするともしかして、いつかどこかで出てくるかもしれません、梨花さん。かいてて楽しかったです。


ノーデンス様

コメント感謝です。
新たな都市伝説――、ああ、これは僕の友達から聞いた話なんですけど、その友達の友達が、男なのに、梨花さんドールを持ってたんです。
まあ、小さい頃は男女の差なんて少ないですから。でも、ある日、それを指摘され、その男の子は、梨花さんドールを捨ててしまったんです。
すると――、ある日、三本足の梨花さんドールが男の子の元に現れて――、「股間を蹴り潰してやるわ!」と股間を……!


SEVEN様

もう、薬師には無機物とか有機物とか関係ないんじゃないですかね。もう。雌なら。
そして、梨花さんなのに男にとって恐ろしい都市伝説になってますね、三本足。恐ろしくて夜も眠れません。
あと、藍音さんはもう、薬師を落とすために手段を選ばないようです。
当然、あの授業をしていた時もストーカーのように席についていたのでしょう。


Smith様

もう梨花さんドールが捨てれません。いつか三本足のが現れるかと思うと。
いや、持ってないんですけどね。梨花さんドール。姉は持ってた気がしますが、俺は男ですし。
しかし、あれですよ。妖精さんや神、妖怪は私はいるものと思ってます。まあ、いるいないを論ずるのは馬鹿らしいほど明らかですが――。
いる前提で物事を考えると楽しいと思うのです。人それを妄想癖と呼びますが。


志之司 琳様

パンチキック。懐かしい、やりました。大丈夫です、皆通った道です。ただし、完全なパンチキックは三本足でやるものです。
しかし、それにしても薬師はその気が無さ過ぎる。そりゃあ、手を出してなくても永遠に生殺しですからそっちの方が鬼畜です。
あと、鋭いですね。回収業者はやっぱりあの人。ってか、あんなの取り扱う店が二つも三つもあってたまるか。
尚、薬師に対し、藍音さんはどMです。ちょっと意地悪でもいいから、とりあえずずっとこのままが良いようです。あわよくば結婚みたいな。


光龍様

まあ、当然製造ミス以外の何物でもないから、そりゃあ美しくないですよね。三本足。
ロボットものなら結構いけるんですけどねー、三本足。比べるなというお話ですが。
あと、正にその通り。最近河原行ってないです。ええ、なんと言うかまあ。
真に困ったことに、現状河原でやるネタのストックが――、非常に少ないのです……。


通りすがり六世様

大地の力をダイレクトに余すことなく股間に伝えてきますよ、あの梨花さんは。
しかし、それにしても、薬師は誠に清い関係を築いているつもりのようですが、既に濁流なのでもうよくわかんないです。
ぶっちゃけると、清すぎる水に魚は住まないんです。ちょっとくらい汚れてくださいと。
もうさっさと藍音さんとくっついてしまえばいいのに。


悪鬼羅刹様

本来の梨花さんドール的には、ただの製造ミスなんでしょうけど。
ただ、何故人間大なんだという不思議要素があるせいで、そうやって作られたよくわからない有り様を晒しています。
もしかしたら三本足の梨花さんドールが怨念か何かで巨大化したのかもしれませんが。
ともあれ、薬師の家の物置は既に異界と化してるようです。次々と変わっていった家の住人の忘れ物がシンフォニー。


黒茶色様

股間を潰されるのと、美人に首回転高速タップで求愛されるの、どちらがいいのか……。
究極の選択。Dead Or Die ですね、わかります。どちらも男としての死を迎える気がします。
薬師は藍音さんにダメ、ゼッタイと徹底するべきですね、ええ。絶対。
さもなきゃ、薬師はこれまでで一番の恐怖に対面することになるんでしょう。各方面の精神的平和のために頑張ってほしいです。


霧雨夢春様

人にとって一番身近な凶器は大地である、と。そんなこんなで大地を踏みしめ放つ蹴り。潰れる股間。響く叫喚。
男としての未来はそこにはないようです。もう三本足を崇め奉るしか。もしかしたら巨根的な意味で御利益が貰える……、といいですね。言ったら怒って潰されそうですが。
ただ、まあ、三本足の時点で激レアなのに、それを男の子が持ってる時点で既に男としてどころか人としての未来が閉ざされてる気もします。
尚、前回のヒロインは、藍音さんと梨花さん、だ。と私は信じてます。













最後に。

毒たこ焼はスタッフ(鬼)がおいしく頂きました。



[7573] 其の百三十 俺と日がな一日。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d5d98e34
Date: 2010/06/15 22:03
俺と鬼と賽の河原と。






 規則的な金属の擦れる音と、はらりはらりと物が宙を舞い、肩に振り掛る感覚。

 後ろには、感じ慣れた気配。永い付き合いのメイドだ。

 俺は今、髪を切られている。


「……にしても」


 俺は、ぼんやりと呟く。半ば独り言だったそれに、藍音は律義に返事を寄越した。


「なんでしょう」


 言おうとした言葉なんて、なんのことは無い。

 ただ、藍音に対して、多才だな、と思っただけなのだから。

 それが、思わず口を衝いて出ただけで、そのまま口に出してしまうのも恥ずかしい。


「なんでもねー」


 だから、俺はそう返した。


「そうですか」


 にしても、本当に完璧なメイドだ。生前は基本的に藍音に髪を切ってもらっていたのだが、腕はまったく落ちていない。まあ、ぶっちゃけてしまえば、本職の腕がわかるほど床屋に詳しい訳ではないが。

 それでも、問題ない程度には、藍音は髪を切ってくれる。


「……終わりました」


 そう言って、藍音は鋏を置いて、俺の髪を手で梳いた。


「ありがとさん」


 若干軽くなった頭を俺はわさわさと掻いて、立ち上がる。


「所でなんだが、さっき、非常に強い視線を後頭部に感じたんだが――」


 ふと、俺は訪ねてみた。もしかすると円形脱毛症か、と疑ってみたのだが。

 藍音の答えは、


「いえ、別に。どうせなので、……満喫しておこうと」


 些かよくわからなかった。

 満喫? なにを? 俺を見下ろす、というか見下す方向で?


「まあ、別にそれならいいんだがね」

「私が薬師様はぁはぁ、くんかくんかとしていたとしても問題ないと?」

「それは困る」

「冗談です」

「それは助かる」
















其の百三十 俺と日がな一日。















 休日と来たら、惰眠を貪ること計り知れない俺である。

 それはもう、爪楊枝の上の辺りについている溝の存在意義について気になって、夜も十時間睡眠である。

 その結果。


「薬師、お前は最近たるみ過ぎている」


 何故か李知さんに怒られました。


「――えーと、うん」


 そんな李知さんは、休みの日なのに、スーツできっちり武装済み。

 そして俺は、座敷で李知さんと向かい合って正座しております。


「例え俺が自堕落で、身の毛もよだつような最高峰の駄目人間すら首を横に振って処置なしと呟くような蛆虫以下の、いや、蛆虫と比べることすらおこがましい生活を送っていたとして――」

「いや、そこまで言ってないんだが……」


 そんなことは無視して、俺はとりあえず気になったことを聞いてみた。


「なにか問題が発生するのか? お前さんに」


 なるほど、俺が駄目人間なのは仕方がない。納得しよう。

 そりゃあれだ。仕事にいかんで厄介事に首を突っ込み、他にも仕事にいかんで厄介事に巻き込まれたり、更には、仕事に行かないで閻魔に頼まれて厄介事の片付けに勤しんだり……、あれ?

 まあ、それはともかく、私生活も私生活で、めりはりがある生活を送っていますなんて……。

 ぼくはまいにちめりはりのあるしあわせなせいかつをおくっています。

 ほら白々しい。場合によっては日がな一日昼寝して過ごすこともあるのだ。

 だけれども。


「別に問題ないだろ、多分」


 この一言に尽きる。

 別に休日に俺が残念な生き方をしても問題ないだろう。多分。

 しかし、李知さん的にはそうでないらしい。


「も、問題が発生するんだっ。多分……」

「俺的には問題は無いと思うんだが。多分」


 正に不確定。

 しかし、問題は先送りにしても良い時がある。


「まあ、あれだ。仮に問題が発生するとして……。どうする気なんだ?」


 仮定で話を進める時だ。

 要するに、今だ話が見えてない俺であるが、なにをするかによっちゃ吝かでない、と。

 そんな、俺のとりあえずの質問に、李知さんは多少の戸惑いの後、はっきりと口にした。


「今日も一日ごろごろする気なんだろう?」

「おう」


 肯いた俺に、李知さんは顔を真っ赤にして、宣言。


「きょ、今日は私と出掛けようっ!」

「……」

「な、なんとか言えっ!」


 言え、というので言ってみる。


「えー。誠に遺憾ながら、お断りしたく――」


 正直たるい。


「そんなおざなりな……」


 すると、李知さんがしゅんとしてしまった。

 しかし、外に出るのは面倒だった。俺は前日から覚悟していないと外に出ない派である。

 なので、放っておいたのだが、ぼうっとすること数十秒。

 いつの間にか再起動した李知さんが、正座したまま明後日の方向を向いていた俺の手を握っている。


「行こう……!」


 有無を言わさぬ気迫だった。

 対する俺の気力は零に等しい。

 いつもの俺ならば精一杯の、限界までの、最大限の抵抗をして「んー、あー、まあいいんじゃね?」と従ったところだろう。

 だがしかし。

 しかし、だ。

 俺には、一つの秘策があった。

 ってか、丁度通り掛った。


「にゃん子、やっておしまいなさい」

「にゃーん? いえっさー!」

「お、お前は――! ふにゃあっ!」


 気付いた時には手遅れだ。

 にゃん子は既に李知さんの頭の上で――、あっさりと李知さんに猫耳が生えた。

 更に、身長が縮み、女性から少女へとその姿を変える。


「ふはは、これで外に出られまいっ」


 わざとらしく身をかがめて、李知さんと視線を合わせ勝ち誇る俺。

 そして、そんな時だった。

 すとん、音がした。

 よく考えてみよう。李知さんは今、謎のにゃん子による過剰な親切によって、外見年齢が十位に低下している。

 そうすると、どうなるかというと――。

 ズボンはあっさり落ちますよねー、ということだ。

 ぽかんとそれを見つめる俺。


「っ! ……見るなぁっ!!」


 顔を附せ、真っ赤になって上目遣いで俺を見る李知さん。

 結果?

 思い切り平手打ちを貰いましたとさ。




















 最近わかったのだが、避けるよりも、あえて一発貰った方が、被害が少ないようだ。

 まあ、流石に金棒を貰ったら、その日から『くの字ブーメラン人間』として生きていかなければならないので、普段は使用不可だが。

 膂力も、小学生並みだからこそできることだ。

 まあ、ただ――。


「左も出せ……!」


 と、言われた時は、


「いや、そんな右頬をぶたれたら、どうせなら左右対称に教の人じゃないから無理」


 と断ったものだが。

 で、まあ、そんなこんなで。


「お待たせっ!」


 人間形態のにゃん子が、李知さんを伴って、俺がソファに寝転がりながらうだうだしている居間に現れる。


「おー……、おお?」


 身を起した俺が見たものは、ゴスロリ猫二人だった。


「あ、あまり見るなっ」


 照れたように、黒いドレスの裾をぎゅっと握る李知さんは、にゃん子の妹に見えなくもない。

 ただ、あまり見るなと言われた以上、じろじろ見つめるのは憚られる。


「わかった」


 と、俺は目を逸らした。

 しかし、


「す、少しは見ろっ!」


 どっちなんだ。


「なんだ、ガン見せずに、ちらちらと横目でその姿を確認しろってのか」

「むぅ……、じゃ、じゃあ……、ちゃんと見てくれ」

「ん」


 そこいらは、きっと繊細な乙女心が密接に関わり、相互に影響しているのだろう、と適当に納得した俺は、なんとなくで李知さんを眺める。


「なあ……、どうだ?」


 そんな中、李知さんは言った。

 しかし、どう、とはどういうことか。


「どうって……、なにが?」


 俺が聞けば、横から割り込むように、にゃん子が声を上げた。


「もうっ、気が利かないにゃーご主人。似合ってる? って言ってるんだよ、李知ちゃんはっ」

「李知ちゃんはやめてくれ、にゃん子……」


 ああ、なるほど、と俺は納得する。

 女性が見慣れない服を着ていたら、例え隕石が衝突して地球が真っ二つに割れ始めていてもとりあえず似合っていると言っておけ、と言われた覚えがあった。

 なので、そうしてみることとする。


「似合ってると思うぞ。俺の感性上では間違いなく」


 そもそも、元が美人で、縮めば美少女であるからして、似合わない道理は無いのだが。


「そう……、か」

「そうだそうだ」

「こらこら、そこで二人の世界に入らないのっ。にゃん子も構って構ってっ!」


 向き合う俺と李知さん、そして、後ろから飛びかかってくるにゃん子。

 俺の座るソファの周辺はなんとなく凄いことになっていた。


「てか、この服、どっから出したんだ?」


 ふと、気になって俺は口にする。

 そう言えば、李知さんの着ている服だが、俺に見覚えは無い。

 にゃん子が元から持っていた、と言われればまあ、納得するしかない訳だが。

 ただ、にゃん子の着ている服すらうちの何処に保管されているか知らないのだ。むしろにゃん子のは妖力的な何かが働いているんじゃないかと思っていたんだが。

 しかし、そんな問いに応えたのは、俺でも、にゃん子でも、李知さんでもない。


「私だよ、薬師」

「うお?」


 横からぬっと出て来たのは、相変わらずの袴姿の憐子さんだった。


「そのドレスは私が作った。可愛いだろう?」


 なるほど、憐子さんの仕事なら納得がいく。

 どうせ霊子が云々でよくわからない力が働いて云々なんだ。なるほど、そのフリルとやらが沢山ついた服は憐子さんが作った訳か。

 俺が納得する中、李知さんが言い訳がましく声を上げる。


「その、だな……、私は普通の服がいいと言ったんだが――」


 それを遮るのは憐子さん。


「可愛いな、お義母さんと呼んでくれても、構わないぞ?」

「母は別にいるっ!」


 背伸びしながら肩を怒らせる李知さん。

 そんなことお構いなしに、憐子さんは李知さんのすぐ後ろに回って、肩に手を回した。


「ほら、親子に見えないか?」

「あー、見える見える」


 黒髪長髪同士、なんだかそれっぽい。

 中身は百八十度反対だが、なるほど親子っぽい構図だ。


「ほら、薬師もおいで。父がいないと変だろう?」

「おー」


 俺は憐子さんに手招きされて、李知さんの後ろに回るった。


「にゃん子も混ざるっ!」


 そして、にゃん子も俺に続いて、李知さんの隣に付く。

 これで、家族完成か。確かにそれっぽい。にゃん子はどう考えても李知さんの姉妹ってか猫だが。


「……ふむ、これで李知が私を母と呼び、薬師を父と呼べば完璧じゃないか?」


 なにが?

 憐子さんがなにを持って完璧と成すのか知らないが、李知さん的には嫌なようで、


「呼ばないからなっ!!」


 だそうだ。

 しかし、それにしても――。

 ――なにやってんだか。
























 結局。なんつーか。

 はしゃぎ疲れた、というよりかは、突っ込み疲れた李知さんが縁側で、俺の膝に頭を乗せている。

 その姿は寝ている間に、普段のものへと戻っていた。

 そして、肩には憐子さんの頭がある。こっちは多分狸寝入りか、ただの嫌がらせだ。

 ただ、まあ、なんというか。

 不肖薬師、正直腰が痛くなってまいりました。

 そしてそんな中、最後ににゃん子。


「にゃーん。楽しいね」

「俺は正直辛い」


 にゃん子は、俺の後ろから、首に抱きついている。顔は、すぐ隣だ。


「ねえ」


 にゃん子がふと、声を上げる。


「なんだ」


 俺は適当に返した。

 そして、にゃん子は俺に問う。


「所で、ご主人はさ。猫が欲しいものって、なにか知ってる?」

「いきなりだな……。ふむ、またたびか?」


 猫の欲しいもの、と聞いて、真っ先に思い浮かんだ言葉を返す。

 にゃん子は違う、と返した。


「違う違う」

「じゃあ、鰹節」


 それも違うらしい。


「違うよ?」

「それじゃあ、魚か?」


 すると、今度はにゃん子は不機嫌そうに頬を膨らませた。


「ぶー。そんなに食い意地はってるように見えるかなー……?」

「わからん」


 俺はばっさりと諦めることにした。

 すると、にゃん子は、


「――日当たりのいい縁側と、いい膝だよっ」


 そう答えた。


「ふーん、そんなもんかね」


 食い気よりも、落ち着ける場所、ねえ? まあ、にゃん子くらいになるとそんなもんなのか。

 俺が納得していると、にゃん子は、もう一つ俺の耳元で囁いた。


「ここはいいとこだねっ」


 頬ずりするにゃん子は鬱陶しい。しかし、振り払おうとも思わない。






「――沢山猫が集まってくるわけだよっ」

「ふーん、初耳だな」

















―――
テスト終わりましたっ! という事後報告。
テスト期間だから更新遅れます、とか言ってみたいもんですねー、憧れますよ、そういうの。



さて、今回は薬師家の一幕。
意外と李知さんも仲良くやってるらしいです。








では返信。


SEVEN様

そりゃあ、閻魔様がパーフェクト全知全能だったら、その辺のおっさんだって「十分の七知半能」くらいは行くと思います。
そして、思っていたより前さん出てますが、メイン回となればおいしいポジション……。流石です。
薬師はもう、変なふうにデレ期が来ちゃったりしてもう……。ある意味氷河期です。
ただ、前さんが輝いて見えたのはやはり閻魔パワー半分かと。


光龍様

閻魔のたこ焼き、口の中で弾けるおいしさ、ですか。ニトロ的に考えて。
多分、他のキャラではAKMさんとか来てると思いますよ。当然誰の目にも映りませんけれど。
後は――、多分由壱と由美で来てたんじゃないかと思われます。憐子さんは何食わぬ顔で歩いてそうな。
ちなみに、一応薬師の給料は家の中で三番目……、意外と低いなおい。とりあえず、藍音さん、李知さん、薬師、由壱、由美の順で給料が下がっていきます。


黒茶色様

英霊たちに敬礼するほか無いですね。ええ。果たして、食べた人たちはどうなったのやら。
後、閻魔のおっかけなら消滅の危機に陥っても食しそうな気もしますけれど。
果たして、危険手当とか出るんですかね。もしくは二階級特進とか。
ただ、きっと大酒のみの赤い人がひたすら頑張ったんじゃないかとにらんでます。


志之司 琳様

もう祭とか既に名目だけで、騒げればそれでいーや、見たいな空気になってる気もしますね。
そして、このヒロイン飽和状態で存在感を見せつける前さんに脱帽です。流石ですねやっぱり。あと、ヤンデレに関しては一回くらいヤンデレ経験した方が薬師のためになると。
ヤンデレ一回くらいで薬師が落とせるなら安いもんです。あと、藍音さんはもうなにしても違和感ないレベル。
うん、そしてなにをどうやって外せばそうなるのかわからない薬師の銃の腕前。分身とか概念がどうのとかいうレベルなんですかね。


奇々怪々様

薬師はもう、デートの意味すらわかってないと思います。デート……、日付け? みたいな。
しかし、親子はどうだか知りませんが、AKMさんはステルスでストーカーしてるんじゃないかと思います。
あと、閻魔が張り切って料理作ったらラクーンシティな憂き目にあうこと間違いなし。バイオハザードです。鬼の手によって未然に防がれたようですが。
それにしても、毒たこ焼を多量に服用させれば、いつの日か薬師も――。


通りすがり六世様

前さんのメインヒロインっぷりは異常です。この状況でよく頑張ります。
青鬼の奥さんも、その内出てくればいいなと思ってます。ここで出すとか言えないのが残念な所ですが、出したいです。
多分、青鬼さんがフラグメイカーなことを言って関係修復したんだと思いますよ、多分。
あと、赤鬼さんは持ち前のタフさを利用されて、毒たこ焼処理に使われてたんじゃないですかね。


悪鬼羅刹様

まさかのどくどく。これはやばいですね。なにがやばいって、閻魔なのに技にどくどくが入ってる辺り。
そして、目の前が真っ暗になったので、所持金半分です。残念、薬師。
果たして、どうやったら閻魔に勝てるのか。もう戦闘にすらなりゃしないと。
全力で戦うより、自作パイ投げを行った方が強いんじゃないかと思います。


あも様

三本足の時点で何処のネタかわかんないのにそれ以上増えたらコメディですよ。
そして、すごい久しぶりな気もしますが、メイン以外でならちょろっと出てると思います。前さん。多分ですけど。
あと、愛沙が加入したのとか結構最近ですし、互いを知らない人も多いんじゃないですかね。多分、藍音さん位だと思います。女性関係把握してるの。
あと、ゴキブリには脳と呼べるか知りませんが、神経の塊が胴体にあって、頭部を潰しても餓死するまで生きるそうで。正直知りたくなかったです。我ながらゴキの脅威の薄めな所に住んでいてよかったと思います。この平穏はいつまで続くやら。


春都様

問題は、好きな人がいるのに祭に一人で行くことの寂しさでしょう。それを乗り越えたら前さんとの逢瀬を妨害できるとか何とか。
あと、藍音さんなら、薬師が言えば城くらい建てそうです。一晩で。もしくはそれを見越して既にできてるとか。
まるで料理番組の既に用意してあるオーブンで焼いた品みたいな。しかし、閻魔のたこ焼きで何人の鬼が召されたのやら。
銀子は、多分売れてないでしょう。売れたら銀子じゃないでしょう。


氷長様

スタッフはとおいどこかへたびだっていきました――。
スタッフの戦いはまだまだ終わらない!! スタッフへ励ましのお便りを送ろう!
そんなスタッフの人生打ち切りエンド。はたして、生きてるかどうかすらわからない。
まあ、きっとその辺は提携してる下詰が不思議な不思議なゾンビパウダーでどうにかしてくれると思います。


霧雨夢春様

やっぱり、メインヒロインとしては一緒にお祭りですよね。ただ、去年一緒に夏祭りに言った人がいるんですけどね……。祭内の描写を省かれたステルスさんがね……。
あと、きっと鬼のお面もありますよ。むしろ鬼がプッシュしまくってるでしょう。
そして、多分ですが、八個中一個のたこ焼きに閻魔特製が入っていると言うロシアンルーレットたこ焼きが最初の売りだったんだと思います。
その結果死傷者続出で止めたんじゃないかと私は睨んでます。あと、多分一番被害が多かったのは出て来れなかった酒呑でしょう。








最後に。

薬師は一度くらい『くの字ブーメラン人間』になってしまっても構わないと思う。








特別付録。

唐突に変態度チェック


前さんと結婚したい。 ランクE
ビーチェの眼鏡割りたい。 ランクD
閻魔の世話をしたい。 ランクC
銀子とお化け屋敷に行きたい。 ランクB
玲衣子さんに踏まれたい。 ランクA
藍音さんにくんかくんかされたい。 ランクS




[7573] 其の百三十一 俺と挑戦者。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:4f15efca
Date: 2010/06/18 21:47
俺と鬼と賽の河原と。







「ねえ、今暇かしら?」


 と、河原で尋ねて来たのはやんごとなきお方の妹。

 まあ、言うまでもなく由比紀だが……。


「見てわからんのかね」


 絶賛俺は石積み中である。三百六十度どの角度から見ても、忙しいことこの上ないはず。

 しかし。


「そう、なら、忙しくても構わないわ」


 とは由比紀の言。

 うわぁ、なんて横暴。人権無視。それとも人じゃないから人権が無いのか?

 しかし、そんなことは知ったことではない、とばかりに襟首掴まれ引きずられる俺。


「悪いが本当本気で忙しい。手が空いてない。どのくらい空いてないかというと、真冬の海水浴場並みだよ」

「すごく空いてるじゃない」


 しまった、例えが悪かった。

















其の百三十一 俺と挑戦者。













「で、どういうことなのか説明してもらえるんだろうな?」


 引きずられることしばし。俺は閻魔のマンションの前にいる。


「多分だけど、見てもらった方が早いわ。ええ」


 そんな答えに、思わず俺は首を傾げた。

 なにを見ろと言うのか。あれか? あれなのか? 一昨日見に行ったばかりなのに、早くも聖域が形成され始めてるとかそんな感じのあれなのか?

 俺は、警戒を深めながらエレベーターという文明の利器に乗って部屋の前へ。


「入って」


 その言葉に促され、部屋に侵入した俺を出迎えたのは――。


「お前が如意ヶ嶽薬師か。ふふん、この俺と手合わせ願うっ!!」


 知りもせぬ、筋骨隆々のでっかいおっさんだった。


「どうもこうも、こういうことなの」


 ため息交じりの由比紀の言葉に、俺は力強く頷く。


「なるほどな……。何一つよくわからない」









 閑話休題。

 勝負しろと言っているおっさんは、禿げあがった頭に、厳つい髭、顔を横に割る様な派手な傷跡、とどうにも普通のマンションにいるには似つかわしくない熊だ。

 しかし、それにしてもなぜ、このおっさんは俺と勝負しようなぞと血迷ったことをほざいているのやら。


「お前を倒せば、閻魔が手に入る。なんと旨い話だ」


 あ、なるほど。

 そうか、そんな話もあったなぁ。閻魔の恋人になるなら、せめて腕っ節が無いと、というお話が。

 それで、俺をはっ倒して閻魔を手に入れ、結婚までこぎ着けようとの算段か。

 なるほど、よくわかった。


「なあ、お引き取り願えないのか?」


 若干声をひそめて、隣の由比紀に問う。

 正直、いちいち相手にしたってきりがない。面倒だから穏便に終わらないものだろうか。

 ちょっとした希望はあったのだが、しかし、由比紀は首を横に振った。


「……できるなら引っ張ってくる前にしてるわよ。ただ、微妙に強いから、私が力づくになると跡形もなくなっちゃうから」

「あー、消し炭?」

「そうよ」


 あっさりと肯定された言葉に、少し背筋に嫌なものが走る。

 確かに、由比紀がその気になれば、それはそれは凄いことになるのだろう。実際に見たことは無いが火を操ると言う噂だ。

 しかし、由比紀が本気になれば敵う者なんて数十の次元を渡ったって片手の指もいるかどうか、なんて言った所で、本気になれなければどうしようもない。

 腕力だって、常人よりは上のようだが、そちらに特化している訳でない以上は限界が生じる。

 かといって、特化した方で攻めたが最後、文字通り瞬殺だ。殺はまずい。

 うむ、要するに始末に悪い強さを持っていると。

 本気で相手するには弱くて、手加減すると調子に乗って手に負えなくなる。

 仕方がない。俺は、一度肯いて、切り出した。


「よし、表出ろ。俺は行かないから」

「来いよっ!!」


 ふむ、熊おっさん、いい突っ込みだ。

 しかし、誤魔化せなかったか。

 うまくいけばうやむやに、と思ったのだが。

 仕方ないので、俺は言葉を変える。


「わかった、俺も表出よう」

「やっと了承する気になったか……。では尋常に――」

「そうだな、ここの近くの中央公園に行け。俺は東図書館に行く」

「それになんの意味がっ!?」


 あーもうなんだこのおっさんは。そんなに勝負したいのか。

 せっかく人が穏便に済ませてやろうと思ってるのに。

 仕方がない、と俺は溜息を吐く。


「わかった。なら勝負しよう」


 その言葉に、おっさんは満足げににやりと笑った。

 ああ、いやだいやだ、なにが悲しくてこんなおっさんの相手を……。


「やっとその気になったか」


 そちらは正にその気満々ですね。

 と、その通りにやる気に満ち溢れながら立ち上がるおっさん。

 そんなおっさんに俺は一つもの申した。


「ああ、だが、ここでやるのも行けない。ちょっとそこのベランダに出てくれるか?」


 俺は、言いながら、顎で申し訳程度の面積の、窓で仕切られたベランダを指す。

 おっさんは、戦えるならば喜んで、とばかりに窓を開いて、足を踏み出した。


「これでいいのか?」


 問いに、俺は一つ肯いて、更に注文を出す。


「ああ、それとその前に下に人がいないか覗き込んでくれ。暴れたら物が落ちるかもしれんからな」

「確かに……」


 言って、下を覗き込むおっさん。

 俺は、その背中に近づいて――。


「はい、どーんっ!」


 思い切り掌を叩きつける――っ!!


「どぅおわっしゃ、はわわわわっ!!」


 落ちなかったか、残念。

 なんとかおっさんは、片足立ちで耐えきっている。惜しい、後少しだったのに。

 舌打ちをする俺に、おっさんは鼓動が早まったのか、心臓を抑えながら俺を恨みがましく睨みつけた。


「い、い、いきなり、なにを……」

「いや……、ベランダから突き落とそうと思って、……な」

「悪びれもしないっ!!」


 叫ぶおっさんを後目に、俺は今一度溜息を吐く。

 これで転落してくれれば楽だったのだが。

 まったく、面倒な相手だ。


「できれば、自発的に惨敗してくれないか?」

「どうやって!?」

「わかった、じゃあ蹴球、もといサッカーにしよう」

「お前の土俵で勝負する気は……」

「サッカーならオウンゴールし放題だろ?」

「そっちかっ!」


 吹っかけて来たのはそっちなんだから、こちらに種目くらい決めさせてもらいたいんだが。

 しかし、そんなのはおっさんの中では関係ないらしい。男は古来から拳で勝負、ってことになってるんじゃなかろうか?

 聞き入れてもらえそうにもないこの状況。俺はため息交じりに呟いた。


「しゃーねーなー。やってやるか」


 言って、俺は拳を握った。

 おっさんも、嬉しげに構える。なんの拳法か知らんが、手なれた感じだ。


「それじゃーいくぞ? いいか? 零になったら初めだ。十、九、八、七、零。そぉいっ!!」

「へぶぅっ!!」


 しかし、ふっ、俺の敵ではなかったようだな。

 俺の拳を顎元に受けて崩れ落ちるおっさんを後目に、俺は由比紀ににやりと笑いかけたのだった。

 ちなみに、由比紀は呆れた目でこっちを見てましたとさ。


















 寝てたおっさんが起きるのに要した時間は、大体数分くらい。がばっと身を起こしたおっさんはどうにも記憶があいまいだったので、嘘を教えておいた。


「そう、その瞬間、俺とお前の拳が交差してだな。射程の長さはお前に軍配が上がっていたが、しかし地力が違った。とそんな感じで決着がついた訳だ」


 そんな俺を終始呆れた顔で見つめていた由比紀だったが、しかし、諦めたらしく、本当かと問うおっさんに、あっさりと肯いた。


「そうよ。見てた私が言うんだもの、間違いないわ」


 すると、おっさんは意気消沈したように、大きな肩を沈ませる。


「何故、負けた……」


 しかしそれにしても、早く帰ってくれないだろうか、邪魔臭い。

 しかし、そこは俺。オブラートに包む気遣いの人である。

 どうにか角が立たぬよう諦めさせることにした。


「お前さんには足りないものが三つある。いや……、三つそろってこそ勝ちが拾えるってもんだ」


 俺にしては珍しく、真面目な声を出す。無論演技だが。

 そして、思った通り単純なおっさんは、顔を上げて俺を見た。


「それは一体……」


 お約束で行けば、心、技、体だな。

 しかし、まずったな。三つ足りないと言った以上は心技体全部足りねーって言うことになる。

 こいつは拙い。繰り返すが、俺はオブラートに包む男。

 普通とは違うと言うことを見せつけてやるぜ。

 俺ははっきりと言い放った。


「腕力、筋力、膂力だ」

「なん……、だと……!」

「どれも一緒よね……?」


 由比紀の突っ込みは無視する。

 そして。


「なので帰れ。邪魔臭いから」


 俺はあっさりとおっさんを外に放り出したのだった。






















「ふう、疲れた」

「お疲れ様」


 部屋に戻って来た俺に差し出されたのは緑茶。

 どうやら入れてくれていたらしい。その心遣いが嬉しく、そしてこの暑さの中で飲まされるのが辛い。

 最近は地獄も暑い。実に暑い。このくらいですごく暑いなんて言っていたら真夏の暑さはどう表現する気だと聞かれたこともあったが、もうそれは煉獄暑いとでも言っておけ。むしろ今まさに煉獄暑い。

 それはさておき、俺は閻魔宅のソファに座り、お茶を一口飲んでから、自分の失敗に気がついた。

 思わず呟く。


「あ、これもしかしてやばいんじゃないか?」


 なにがやばいってあれだ。

 今回はおっさんを丸めてぽいした訳だが、この結果、おっさんがまた挑んでくるんじゃないか?


「なにが?」


 と聞いてくる由比紀の言葉に応えず、俺はぼやいた。


「しまったなぁ……、これはまた来るかね……。適当に負けときゃよかった」


 それで満足してもらえるなら安いものである。

 しかし、俺と由比紀では価値観が違ったらしい。由比紀が俺をとがめる様な視線で見ていた。


「なんだよ」


 と、視線に対して問えば、由比紀は形のいい唇を開く。


「美沙希ちゃんとあんなおっさんが結婚してもいいのかしら?」


 当然のように口にされた言葉に、俺は思わず呆けた顔になってしまった。


「はい?」

「だって、貴方が負けたら、美沙希ちゃんがあんなのと結婚してしまうわ」


 その言葉を、俺は理解することができなかった。


「なんでだよ?」


 なんで、そんな俺と決闘して閻魔が賞品みたいなことになっているのだろうか。

 今一つ要領を得ない俺に、わざわざ由比紀は説明をくれた。


「貴方が言ったんじゃない」

「は?」

「美沙希ちゃんの恋人の座が欲しければ、俺に勝てって」

「言ったな」


 そいつは記憶にある。

 しかし、それが何故――、俺が負ければ閻魔の結婚に繋がるのか。

 そんな疑問を元に、おれは当然のように口を開いた。


「いや、最後に決めるのは閻魔だろ?」

「えっ?」


 なんだその意外そうな顔は。

 どう考えたって常識だろう。


「なんで強制的に結婚に移行するんだ? てか、そんなモノ扱いしたら美沙希ちゃんが怒っちゃうだろ」

「何かしら……、当然のことを言われてるはずなのに、釈然としないわ」


 そもそもだ、俺くらい強いのが最低条件と言っただけであって、そこから先は若い二人任せだ。

 むしろ、好き合ってから俺に挑まないと、不毛なことこの上ないと思うんだ。不肖の薬師お兄さんとしては。

 ありふれた言葉で言うなら――。


「そんな、男の勝ち負けで結婚相手が決まるなんぞ、漫画の読みすぎだろ」


 論理が飛躍しているってやつだ。

 そして、由比紀は、実に。

 実にあっさりと手を叩いて納得した。


「――言われてみれば……、確かにそうね?」


 ……一つだけ言わせてくれ。

 そんなこんなで踊らされてる連中も、由比紀も、実際に挑んで来たおっさんも、そしてその処理に結局参加した俺も。


「……阿呆らし」
























「ねえ、最後は美沙希ちゃん任せなのよね?」

「んー、あー」

「じゃあ、美沙希ちゃんが貴方と結婚する、って言ったら、了承するの?」


 ふと、聞かれたそんな問い。

 そう、もしも閻魔に結婚しろと言われたら……。


「うーん……、責任取れ、と言われたら、なあ? 取らないのもなんかな」


 断りにくいのもまた事実故、実際その時になって見れば、どうなるかわからない。

 そうなったが最後、俺は家事手伝い一直線か。

 御免被りたい。しかし、虫除けの役もやっちまった以上、閻魔がどうにかしろと言えばそうするほか無い。

 そんな中、言いにくそうに顔を伏せて由比紀は言った。


「じゃあ、じゃあだけど……。もしも――」


 その問いは、


「私が結婚したい、って言ったらどうする?」


 どっかで聞いたような聞いてないような。

 まったく、どいつもこいつも。俺は、溜息といっしょに吐き出す。


「お前さんらは最近行き遅れを気にしてんのかこの野郎」


 そもそもなんで今更になって閻魔の恋人がどうだのなんだので由比紀が結婚したいと言ったらどうするなのか。

 もう、自分で考えてて訳がわからんが、一つだけ答えが用意できた。


「まあ、その時は……。一緒に子育てしてくれ」


 その一言に、尽きる。


「えっ……」


 由比紀が赤くなって停止した。自分で言っておいて自爆するたぁ何事だ。

 と、由比紀さん、由比紀さん? 応答願えますかー。

 何処の夢の世界に旅立ったんだ。

 しかし、頬に手を当てていやんいやんと体をくねらせる姿をじっと見つめているのも不躾というもの。

 目を逸らし、待つこと数分。

 やっと帰って来たのは――。


「ま、まずはお友達から――」


 そんな言葉だった。

 果たして由比紀の中ではなにがどうなったと言うのだろう。

 真実は、闇の中。
























 それから、何日か経った日の夕方。

 その日は、夕立に見舞われた。だからと言って、困ることもない。

 当然、藍音は傘を用意してくれていたし、この際能力を全力で活用すれば雨なんて造作もなく防げる。

 あまりしないが、というかすると怒られそうなのでしていないが、風で雲を吹き飛ばす真似も可能。

 よって、俺にとって雨は脅威にならない。

 のだが、雨とは全く別なものに、その日俺は遭遇した。


「あら、奇遇ね」

「嘘だな、ありえん。嘘だな」


 俺の目の前に傘を差して立っているのは、高貴な麗人。言うまでもない、由比紀だ。


「ふふふ、そこは言わないのが紳士よ」

「聞きたいことも聞けない紳士なんてっ……」


 そんな紳士こちらから願い下げだ。

 しかし、それにしても。

 由比紀はなんの用なのだろうか。

 俺に会いに来る用なんて早々ないはずなのだが。


「まあ、いいわ。それより、私達の家に来るんでしょう? 今日は。一緒に帰らない?」


 そんなことのために、こんなとこに突っ立っていたのか。

 果たして何の魂胆があるのか。それともただの気まぐれか?


「別に構いやいねーけど。なんで?」


 疑問はそのままにせず、歩きながら聞いてみる。

 別に絶対答えが返ってくるとも思っていない。返ってくれば儲けもん、ってところか。

 そして、案の定、その答えは胡散臭いことこの上なかった。


「……わざわざ美沙希ちゃんのお世話をしてもらうんだから、これ位はね」

「嘘臭え」


 言えば、俺の隣を歩く由比紀の肩が震える。図星か。

 というか、そんなことを気にするなら育児放棄せず責任もって閻魔の世話をしてくれというんだ。

 そして、もう一度放たれたのは、言い訳がましいなにかだった。


「べ、別にこの間の話を聞いて、もう少し積極的になろうと思ったわけじゃない、わよ……?」


 しかし、ぶっちゃけるとなにを言ってるかわからん。


「この間の話……? んー、あー……?」


 俺の記憶にはなにもないな。


「……そうね、貴方はそういう人だったわ」


 隣から聞こえたのは、諦めたように溜息。なんとも心外な。俺がまるで朴念仁のようではないか。

 こうなったら、もう、俺がどれだけ気のきく人間かを小一時間ほど語ってやるしかないな。

 そう思って、俺は口を開こうと、した矢先。

 気を取り直したように、由比紀は俺に言った。


「あ、そうだ」

「どうした」

「ねえ、私傘を忘れて来てしまったの。そっちに入っていいかしら?」

「突っ込むのもアホらしいのだが、それはなんだ。それともそれは傘じゃなかったのか」


 ……お前は今一体手になにを持っているつもりなんだ。

 しかし、


「日傘よ。多分」


 由比紀はしれっと言う。

 俺は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「日傘で充分だろ。多分」


 水は弾けてるしなっ。

 ま、これで諦めるだろう。――そう思ったのだが、俺は非常に甘かったらしい。

 隣から、ばきっ、と嫌な音がする。

 そんな音に反応して、俺がそちらを向けば――。


「ねえ、私傘を忘れて来てしまったの。そっちに入っていいかしら?」

「その手に持ってるのは傘の残骸と言うんじゃないか?」


 折れた傘が由比紀の手に。

 と、次の瞬間、傘が燃えた。

 雨の中でもその炎が煌々と燃え上がり、跡形もなし。消し炭も残らぬ。

 そして、


「ねえ、私傘を忘れて来てしまったの。そっちに入っていいかしら?」

「今まさに消し飛ばしたように見えたんだが」

「大事なのは過程でも事実でもないわ。結果よ。そして今、私が傘を持ってない結果だけが残ってるわ」


 ……あんまりだ。


「俺は過程を重視したい」

「それに、どちらにせよ傘は無いんだし、私を外に放っておいていいの?」


 そんな言葉に、俺は仕方なく、溜息と共に吐き出した。


「……もう好きにしてくれ」

「ありがとう、優しいのね」

「俺に選択権なぞなかったぞ?」


 にこりと微笑んで、俺の腕にまとわりつく由比紀に、俺は今一度溜息を吐いた。

 対照的に、由比紀は笑っている。


「ねえ……、もう少しくっついてもいい? 少しだけ、濡れちゃうわ」

「……好きにしろ」


 俺が不機嫌そうに言えば、少しだけ濡れてしまった由比紀が、今一度、艶やかに笑っただけだった――。




「――うん、そうするわ」














 そして、帰って来た俺達が見たのは――。


「貴方が如意ヶ嶽薬師ですね? 貴方を倒して、私が閻魔の夫になるっ!!」


 ――騎士っぽい面の好青年だった。


「……阿呆らし」


 他に呟きようもない。


















―――
ということで、途中でなにをしているんだかわからなくなった百三十一です。
予想以上に熊おっさんの出演時間が長くて泣きました。おかげ様でラブ米タイムが短くなった由比紀はご愁傷様。
最初はちょろっと挑戦者が来たって話してそっから由比紀に掛かりっきりだった気がしたんですけど。気のせいでした。
ちなみに、これ以降挑戦者現れたりは基本しないと思います。なんかすごいネタが降りて来ない限り。

尚、二千十年六月十八日より、第二回人気投票開始いたしました。興味がありましたら、サイトの方にありますのでどうぞ。
ページ上部のHOMEからか、下記URLからどうぞ。

http://anihuta.hanamizake.com/



では返信。


悪鬼羅刹様

大丈夫、余裕で私も変態度Sでした。まあ、当然ですね。ええ、伊達三割、酔狂三割、変態四割で生きてる気がしますし。
ですが、恥ずかしがることはありません。現実の人々に迷惑さえ掛からなければ幾ら変態したって問題ないです。
がんがん変態らしく生きていきましょう。あと、藍音が既にもう、メイドっていう生物なのは認めます。既に種族メイドは間違いないです。
あと、そうですね……、その内、ゴスロリ祭が起こるといいですね。にゃん子が暴走して。


SEVEN様

大丈夫です、可愛らしいものが良い、というのは人間のあるべき姿。
別に変態じゃ……、変態じゃ……、変態ですねわかります。でも、ロリコン位なら可愛いものだと勝手に断定。
それと、前回の李知さんはスーツダボダボで涙目です。全く問題ないです。むしろ当然の領域だと思います。
果たして、くんかくんかする側とされたい側、どっちが変態か――。多分両方でしょう。ええ、そういうことで。


光龍様

もう薬師宅ではなにが起こってどうなろうがまったく不思議じゃない状況ですね。
まあ、現世で退屈だとかほざいてたんだからこのくらいが丁度いいんじゃないかと思います。
というかその位我慢しろというかもう少し受難してくれた方が人の精神的衛生上よろしいのではないかと思ったりします。
しかし、変態ランクBですか。まずまずの変態ですね。多分一番程良いランクだと思います。


奇々怪々様

すとんと落ちるズボン、これは浪漫だと思います、ええ、やっぱり。間違いなく。そして、ゴスロリのもまた浪漫。自分的に似合わないと思ってる人に着せるのがコツです。
あと、薬師の感性が信用できないのは確定的に明らか。第一日常の服装から言ってハイセンスまっしぐら。
尚、当然憐子さんが作成した服故に、お好みの破れ具合肌蹴具合、ブロークンファンタズムまで自由自在です。
最後に。薬師に医者を紹介しても首振って手遅れですとしか言われないと思います。私なら匙投げます。剛速球で。


あも様

名シーンもあっさりとブレイクする藍音さんの変態ぶりに我ながら脱帽です。しかしもっとやれと思う私は変態。
ほほう、貴方もSの人ですか。流石の変態の多さです。粒ぞろいの変態が徒党を組んでまっしぐら……、言ってて意味がわからなくなりました。
そして、猫李知さんのズボンの謎に関しては、地獄の修正力が働いて小さくなった瞬間にホックが外れ、重力変動が起こる、様な気がします。
尚、先生に掛かれば白スクが透けていようがなんだろうが自由自在ですので、もっとすごいことも。


志之司 琳様

とりあえず、薬師が女性関係においては蛆虫以下であるのは明らかです。責任を取るか砕け散るかの二択でいいと思います。
そして、もしも人が萌え殺せるなら――、私にはあまりある殺意がある……っ!!
とまあ、どうでもいい話は置いておいて。果たしてなにをすれば薬師が性的な方向に走ってくれるんでしょう。閻魔ですか。もう閻魔のドラッグに頼るほか無いんですか。
それにしても、流石のEXランクです。閻魔の手料理を覚悟完了済みとは既に修羅の領域に入ってますね。


通りすがり六世様

李知さんがしっかりやっているかどうかは非常に微妙な辺りですが、まあ、我々としてはしっかりやっていると言うことで。
ああ、そう言えばゴスロリで思い出したのですが、この間カラオケで非常に大きなゴスロリの方を見つけました。私に迫る身長と言えば百七十以上ある様なないような。既にロリでなく、ゴシックジャイアントだったのが心に残ってます。
尚、前さんとの結婚は、要するに、このロリコンさんめっ。的な方向で変態に引っ掛かります。
ともかく、なにが言いたいのかよくわからなくなってきましたが、一つだけ。紳士メーターの針が振り切れてても、私は一向に構わないっ!


霧雨夢春様

最近出てくるたびに猫耳が生えてる気がする李知さんでした。
そして、あれを日常と呼ぶのなら、僕たちの日常はどれだけ非日常なのか……。いえ、別に羨ましくなんてないですよ。
どうやら、今までを見るに、薬師は猫耳属性が無自覚で付いているようなので、李知さんは中々いい感じに頑張ってますね。
これは……、薬師家で猫耳が流行る予感……!?


春都様

にゃん子の猫耳職人ぶりは幽霊国宝に選ばれても問題ないレベル。
もう、李知さんはドMに目覚めればいいと思います。そうすれば趣味と実益を兼ねたなにかが可能だと。
そして、藍音さんはもう自重もなにもあったもんじゃないっす。もう手遅れですね。まあ、薬師のせいなので薬師が責任取ればいいんじゃないかと思います。
しかしあれですよね。いつか覚醒しませんかね、あの鈍感。覚醒して押し倒して迫るに至るまで何千年掛かるか知りませんが。


min様

そんな貴方の変態度はきっと――、
『Z』。後がない的な意味で。
胸を張って良いと思います。胸を張ってロリとかその他諸々を愛していきましょう。
むしろ、崖っぷち故にいっそ崖から転落すればきっと新天地が見えるはず。






では最後に。


はわわわわ、とか言う熊おっさん。









特別付録2


変態度チェッカー

言ってることは既に適当なので鵜呑みにしないように(ただし、言ってることがあれなので生のヒトデを丸のみにする並みに難しいかと)。



変態度Eの貴方。

なんとなくロリ可愛いな、うふふふふふふ、な貴方はまあまあ変態。
しかしガチにロリじゃないだけ、まだましな方。ええ、合法ロリってやつです。
ここまできたら後一歩。それだけで新たな世界が広がります。
しかし、ガチのロリにタッチはいけない。そこは鉄の理性で耐えましょう。


変態度Dの貴方。

人の眼鏡を叩き割りたい貴方は微妙にSっ気も入ってますねわかります。
まあ、でもまあ、相手の合意の上ならいいんじゃないでしょうか。
しかし、眼鏡は高いので自重しましょう。


変態度Cの貴方。

閻魔の世話などという自殺願望のある貴方はSに加えMっ気までついたなかなかの変態です。
ただし、やり過ぎて死なないように注意です。


変態度Bの貴方。

もうなんて言うか一角の変態の貴方。
尿瓶でも用意したげてください。


変態度Aの貴方。

優しげな未亡人に踏まれるなんて言うまさかのシチュエーションを好む貴方はやっぱり変態。
強要はいけませんが合意の上ならセーフセーフ。


変態度Sの貴方。

藍音さんにくんかくんかされたいあなたはもう手遅れ。
強く生きましょう。



[7573] 其の百三十二 俺と眼鏡と母と俺と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:10f6e79b
Date: 2010/06/22 23:21
俺と鬼と賽の河原と。








「おはよう、薬師」

「おー、おはようさん」

「今日もいい天気だね」

「いい天気すぎて太陽が恨めしくなってくるな」


 今回の話は。


「ねえねえ」

「なんだ?」


 乳繰り合う主人公とメインヒロインの話。


「今度さ、また、呑みに行かない?」

「おう、おーけーおーけー。いつでも行けるぜ」

「うん、じゃあ、明後日にでも、ね」


 ではない。

 今回の話は――。



















其の百三十二 俺と眼鏡と母と俺と。















 今回の主要人物の一人は、そう。


「先生っ」


 眼鏡だ。

 眼鏡、そう眼鏡。キャラ立ちが眼鏡しかない眼鏡。

 名前はベアトリーチェ・眼鏡・チェンチ。

 あまりの眼鏡以外のキャラ立ちの無さに、メガネリーチェ・眼鏡・メガネになってしまわないか心配な一人。

 その地味さは、第二の暁御誕生か、と危惧されるほど。


「ちょっといいですか?」


 そんな眼鏡が、河原で薬師を相手に、奮闘を繰り広げる。

 そんな話。


「んー、別にぜんぜん問題ねーけど」


 やる気なさ気に石を積む薬師の隣に、ビーチェは上品に座った。

 ちなみに、何ゆえ平日に薬師の職場にのこのこ行くことができるのかと言えば、ビーチェは現在無職であるからだ。求職中でもあるが。

 まあ、なんと言うべきか、テロ組織を抜けたので、そちらからの生活基盤が無くなってしまったのだ。

 よって、職を探さないといけないことになる。結果、目下求職中。

 ただし、すぐにどうこうできる問題でもなく、ビーチェにとっては膨大な時間が余ることとなる。

 それ故、こうやって薬師の元に会いに行くことができるのだ。


「所で先生、ずっと聞きたかったんですけど」

「なんだね」


 薬師の隣で、ビーチェははっきりと声にした。


「あの、家にいる女性たちとは、どういった関係なんですか?」


 ――まさかの、直球。空気を読めていないビーチェ。

 確かに気になるであろう。ぱっと見なぞ、薬師家はどこのハーレム御殿だと言いたくなる有り様。

 メイドから錬金術師まで。凄まじいジャンルが取りそろえられている状態を、どうして健全だと思えようか。

 しかし、相手は薬師。

 それ以上に、空気の読めない相手であった。


「んー……、友人、娘、元秘書、居候、元上司かつ師匠、同僚、飼い猫と、んなもんか」


 正直、あり得ない。実際に言葉にしてみると――、非常に有り得ないラインナップだ。

 これを男に語って聞かせようものなら、血涙流してジャーマンスープレックスである。

 しかし、相手は乙女。


「そうなんだ……、なら、よかった」


 恋は盲目、あばたもえくぼ。

 正直そんな家を構成している人間には危機感を覚えて近づかないのが利口なあり方だが、ビーチェには関係ない。

 ただ、想い人に恋人がいない事実に胸をなでおろすのみ。


「何がよかったんだ?」

「え、いえっあの、はわっ。な、なんでもない、かも」

「かもってなんだ」

「な、何でもないですはい!」


 思い切り動揺を見せつけながら、何でもないと言うビーチェ。

 普通であれば、突っ込みも入れよう。

 しかし、相手は薬師。


「ふーん?」


 迎撃はしても追撃はしないことで有名。

 話が、途切れる。

 何も言わないビーチェに、薬師はなにをしに来たんだ、と疑問をぶつけた。


「それを聞きに来たのか?」


 確かに、ビーチェにとってそれは聞きたいことの一つだった。

 だったのだが、しかし。

 目的はもっと別。別な所にあった。


「その、ですね、あの。心して、聞いてください」

「おー」


 頷く薬師に、息を呑むビーチェ。

 そして、ビーチェは口にした――。


「……すき、焼きって好きですか?」

「まあまあ好きだな」

「すきー、できます?」

「いや、得意じゃない」

「すき、通ってますね、川が」

「そーだな」

「すき、まが空いてて気になるんですよね、家」

「英語で言うならデッドスペースか」

「すき、だらけですね」

「俺が?」

「すき、ましたね。お腹」

「そろそろ飯にするか?」

「――すきです」


 遂に言った。その言葉。

 だが――。


「鋤?」


 相手は薬師だった。

























 さて、ビーチェの話にオチがついた所で、家へと帰っていく薬師。

 今日の仕事帰りの街は夕暮れ。とぼとぼと家へ向かう人間がちらほらと。

 彼がその夕日をちらりと拝んでその視線を前に戻せば――、そこには、


「奇遇だな」

「そのようで」


 愛沙がいた。


「最近よく会うな」


 薬師が、なんとなくに呟く。

 その呟きは、本当になんとなくで、他意も何もあったものではない。

 だが、その呟きに、愛沙は肩をびくりと震わせて反応した。


「げ、下種な勘ぐりはよしなさいっ」


 びしっと薬師を指さして、凛々しく一言。

 対する薬師は首を傾げた。

 そんな彼に、愛沙はキリッと言い放つ。


「ただの偶然なのでっ。別に貴方が気になっているなんていう事実はありませんのであしからずっ!!」


 ――そう、まさしく彼女も、閻魔の家系だった。

 顔を赤く染めて言う姿。

 正に、ツンデレ。


「おう」


 しかし、自分からは攻めに出ない薬師。

 むしろこの男いまいちよくわかっていない。生返事で肯いただけだ。


「いえ、あの……、その」


 既にこの戦い、愛沙の惨敗である。


「と、所でっ。貴方の好みの女性のタイプなどは……」


 露骨、正に露骨に話を変える愛沙。その様は敗残兵の撤退か。

 そもそも、もとより男との接点が無かった愛沙である。

 生まれてからずっと研究一筋で、男の相手など、研究ですらほとんどしていない。

 むしろ、通常のコミュニケーションですら危ういのだ。男相手に恋愛の駆け引きなど、夢のまた夢。


「その……、私なんかは……、仮に、そう、もしも、と仮定して……、どうなので?」


 ぶっちゃけると。

 愛沙の恋愛偏差値は零なのだ。

 少女マンガすら読んだことのない愛沙の恋愛観は、小学生に劣るっ!!

 好きだと言う自覚があるかどうかすら、微妙。むしろある意味鈍感過ぎて好きだと言う事実にすら気付いていない節がある。

 春奈並み。もしくは春奈以下だ。


「お前さん? お前さんか……、最近ばっちり母親もやってるみてーだしな。男からしちゃ、十分魅力的だろ」


 しかし――、上には上がいる。もしくは下には下がいた。

 恋愛偏差値の底を割り、負の領域に達した、大天狗がここにいる。

 明らかに、もう明らか様に薬師にとってどうなのか聞いているのに、薬師の脳内変換では、


『俺に意見を求める、ということは、世間一般の男性から見た意見を求めてるってことか』


 なんていうことが起こっていた。要は、薬師的には、一般論を語っているつもりなのだ。

 ようは、嫁にしたい、じゃなくて、お前なら引く手数多だな、と。

 しかし、あえて言わせてもらうなら、誰がテメーなんぞに男の一般論を問うかこの野郎。


「……当然なので」


 照れた愛沙は、それだけしか言えないでいる。

 流石ツンデレだ。


「……」


 不意に黙り込む愛沙。

 不思議に想いつつも、そんな時もあるだろうと勝手な自己完結で何も言わない薬師。

 見つめ合う二人。そんな状況が数十秒。


「……」


 そして、愛沙が唐突に薬師の手を取り、ぎゅっと胸元で抱きしめる。

 傍から見れば、愛おしげに。

 これは、愛沙の半無意識の愛情表現である。本人としてはなんとなく行ったことなのでわかっていないが。

 そして、ここまでくれば普通の人間なら、人並みの包容力を以って、彼女の恋愛的部分の成長を待つだろう。


「……?」


 しかし、薬師は首を傾げる。所詮薬師。

 そして、首を傾げ返す愛沙。

 愛沙もまた、恋愛偏差値零の女。

 彼女は、ただ、己よりも大きな手を優しげに撫でるのみ。

 双方、よくわかっていないことこの上ない。

 両方とも、実に天然であった。

 そして、ゆっくり数十秒経ってやっと、愛沙は薬師の手を離した。自由になった手が、重力に任せ薬師の腰元に戻ってくる。


「では、私はこれから買い物があるので」


 そう言って、薬師の隣を通りすぎる愛沙。

 それを薬師は、


「おう、またな」


 と見送った。


















 愛沙の背を見送った、これまた薬師の背に掛かる声が一つ。


「やくしーっ!」


 この作品における、数少ない本物幼女の一人。バイオレンス幼女、春奈だ。

 彼女は走って来た勢いのまま、薬師の背にダイブ。

 首に抱きついてぶら下がる。


「こらこら、酸素が足りなくなるだろ」


 そして、首に完全に極まっているのに冷静な薬師。既に爬虫類並みか。


「んっ!」


 春奈は春奈で、素直に肯くと、腕を離して薬師の隣に降り立った。

 そして、再び家へ帰ろうと歩み出す薬師の隣を歩く。


「ねえ、所で、お母さんに会った?」

「ん? 会ったけどどうした?」

「んー、なんかね。買い物帰りだったんだけど、やくしの姿が見えたからお母さん先に帰ってなさいって」

「んー、よくわからんな。とりあえず、帰る途中だったのに、俺が見えて、いきなり引き返して走り出したってことで?」

「そんなかんじ」

「変な奴だな、愛沙も」

「うん」

「でも、なんぞ知らんがまた買い物に行ったぞ?」

「また、かいもの……、お母さんが買い物に行って、帰ってきてまた買い物で――、わたしがもってるこれはなに?」


 買い物袋ひっさげて、クエスチョンマークだらけの幼女。

 そんな頭を薬師が撫でる。


「あー……、混乱させて悪かった。多分あれだろ。買い忘れ」

「そうかも」


 ああ、どいつもこいつも皆鈍感だ。


「さて、疑問も解決した所で帰るか」

「ところでさっ、やくしっ」

「んー?」

「赤ちゃんほしいっ」

「俺はコウノトリじゃない」

「どうやったら赤ちゃんってできるの?」


 これは困った薬師。

 子供がいれば一度は通る道ながら、デリケェトな問題だ。

 そんな問題を、薬師はスマートに、


「――愛沙に聞いてくれ」


 丸投げっ!


「んー。じゃあ、わかったら協力してよねっ!!」

「おーおー、わかったらな」


 そして墓穴掘る薬師。














 ――今日も薬師は平常通り運航しております。












―――

とりあえずたまには気分を変えて三人称でほのぼの日常編と最近気になるあの子は今どうしてるの? 編を。

尚、サイトの方で人気投票継続中。さて、前回の一位は前さんでしたが今回はどうなるやら。
まあ、終了まで二カ月位あるはずなんで焦らず行きましょう。




あと、人気投票も始まったし、その他番外もやりたいからそんな事してる場合でもない気がするのですが、めっさ久々にチラ裏の一発ネタ更新したりしましたり。俺賽とは微塵も関係ないのですが。








返信


SEVEN様

どう考えても薬師は娘は渡さんと思ってる、間違いない。挑戦者を衝き落とそうとする辺りガチだと思います。
ただ、薬師に恋愛で正論を言われると、お前にだけは言われたくないと言いたくなる不思議。
正論なはずなのに言い返したくてたまらなくなるのは薬師の人徳がなせる業ですね。
あと、はわわわの件に関しては今回ビーチェがはわっ、とか言ってたので勘弁してください。


マリンド・アニム様

裁判が起こったら、確実に敗訴するでしょう。薬師は。よく考えれば裁判長とかが相手だし。
最近に至っては一日二人攻略の手腕まで身につけて手が付けらんないです。
そろそろ本当に裁判起こるんじゃないでしょうか。慰謝料どころか無期懲役されそうです、閻魔の家に。
あと、手遅れっていうのは「迷うなっ、そのまま行けっ!!」ってことなんだと思うので、手遅れです、と言っておきます。私も手遅れなので。


名前忘れた・・・様

由比紀はオーソドックスなツンデレ、な気がします。
オーソドックスなツンデレがなにかもうこの際わかりませんが。
ただ、このままツンデレやってくれると、ツンデレ分が足りない気がしないでもないかもしれない本作にとってかけがえのない存在になると信じてます。
尚、聖水を飲するまで行くと、変態度BからAかS位に上がるんじゃないかと思います。


奇々怪々様

きっと、熊はロリコンだったに違いない。多分ですけど。地位目当てじゃないっぽいし。
ただ、閻魔のおっかけ的に考えて、挑戦者の大部分はロリコンとペドだと。きっとそんな気がします。挑戦者皆紳士。
あと、薬師のことだからどうせハーレム御殿本当に建設して終わると思ってます。そんな気がします。
最後に。貴方も、変態ランク上昇者ですか。どいつもこいつも手遅れだぜっ!!


あも様

もうどこもかしこも手遅れで、手遅れじゃない人を探すのが大変です。
あと、明らかにお前と一緒に子育てしたいの子は、相手にとっての姉、というカオスな状況。
果てしなく、意味がわからない。既に人間の屑だと思います。ああ、天狗だから問題ないのか。
あと、大丈夫、私も中学時代から手遅れですから、ぜんぜん問題ないです。多分、きっともしかしたら。


光龍様

一応、地獄でも子供はできますよ。ただし、子供を作ると、数十年間転生できなくなるような制約ができたりしますが。
まあ、当然っちゃ当然ですね。産ませて転生とか普通より酷いです。
常識として、恋愛も子作りも自由だが、しかしその後には責任を持つべしと。
そして、閻魔妹に手を出したら傘みたいに、ということは折られ、燃やされる……、どこを……?


志之司 琳様

確かに、薬師の言っていることは正論。だがしかし、貴様の言葉には重みがねーッ!! と、私は言いたい。
まあ、でも、勝ったらゲットとか抜かすモノ扱いするようなのは、薬師先生の竜巻に揉まれてくると良いと思います。
しかしそれにしても、所詮閻魔妹も純情というか、なんというか。もっとせめても良いと思うんですけどね。
あと、変態って言葉は、きっと褒め言葉だと思ってます。褒め言葉なんです、私の中では。


悪鬼羅刹様

最近は既に便利屋、家政夫として大活躍中の薬師です。
ああ、後教師とか。でも本業は一級フラグ建築士ですから、今も昔も変わりません。
しかし、閻魔妹の傘って高級品なんでしょうね、どうせ。ああ、勿体ない。
最後に。頑張ってください。心を強く持てば、新たな世界が見えるんじゃないかと、そんな感じで。


通りすがり六世様

お前だけには言われたくない台詞ナンバーワンだと思う、前回の薬師の一言でした。お前が恋愛とかその他諸々を語るなと。
しかし、正論が間違って聞こえるとは中々凄まじい薬師クオリティ。
あと、閻魔と結婚するのに家事スキルが無いと、命に関わります。死にます、絶対。
ゴシックジャイアントは、キャラ性によってはありだと思いますが、私が見たのは自重しろと思いました。


霧雨夢春様

薬師だから、納得できない。そんな言葉。主人公なのに正論が正論に聞こえないとか致命傷。
妹は、純情すぎて憐れんじゃう位のレベル。もういっそ結婚してやれよ薬師といつも思う。
あと、やっぱり傘は高級品だったんでしょう。あっさり折られたし。その内から傘お化けになって帰ってきませんかね。
あの後喋ったら喋ったで、三十キロバイト越えのお話になりそうななんというシリアス並み。


カニ用トング様

そう、正にその通り。育てる子なんて閻魔しかいません。
由美はそこまで手を掛けなくても、アホの子もそれはそれでうまくいきそうですが、しかし閻魔はダメだ、と。
明らかに、ちゃんと見ててあげないと、周辺住民に被害が。
ってか、あのアパート、閻魔しか住んでないんじゃないっすかね。腐敗聖域によって。













最後に。

赤ちゃんは頭から生まれてくるんです。ポーンッと。



[7573] 其の百三十三 薬師と銀子と惚れ薬。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:3260d69c
Date: 2010/06/25 22:09
俺と鬼と賽の河原と。






「やっと……、できた。」


 稀代の錬金術師が部屋にこもって数日間。

 払った犠牲は数知れず。

 試行錯誤の末に、遂に銀子は完成させた。


「惚れ、薬……!」


 所で、引きこもりニートと化した銀子さん、居候の立場的にそれはどうなんでしょう。









其の百三十三 薬師と銀子と惚れ薬。








 惚れ薬への道程は、非常に厳しいものであった。

 まず最初に、銀子は無職である。まあ、売れないアクセサリーを売らない作業が仕事であるならその限りではないが。

 しかし、要するに収入は零。よって、材料の用意は困難を極めた。

 自分で採ってくる一割、あり合わせでどうにかする三割、少ない小遣いで購入する二割、愛情四割。

 ロッククライミングまでする羽目になったのは、銀子的にいい経験になったのかどうか。

 そして、それが終われば、次の戦いが待ち受ける。

 当然、材料だけ集めても、どうしようもない。作る必要がある。

 しかし、それもまた、簡単な道ではなかった。まず、あの大天狗をどうにかする程の惚れ薬とはどれ程の物か。果たして効くかどうか。

 そして、あの妙に勘のいい天狗は気付かないだろうか。もしかすると、なにかに混ぜても気付くかもしれない。だったら、揮発性にして、ガスのようにすればいいのではないか? いや、相手は天狗、それこそすぐばれるかもしれない。
 と、注射型、ガス型、細菌型、液体型、固体型、粉末型、等々色々な形が考案され、却下が繰り返された。

 そして、最後に落ち着いたのは、結局液体型だ。

 しかし、ただの液体型ではない。無味、無臭に徹底的にこだわった、状況以外からは決して気付けない一品だ。

 ここにこぎ着けるまでに、家族とも戦った。

『おーい、銀子。飯だぞー』

『今、忙しい』

『我侭言うなっての。引きずってくぞ?』

『ダメ。今入って来たら全裸になって貴方に脱がされたって言う』

『そいつは――』

『でも多分誰も信じない』

『……』

『ということで、忙しいから』

『しかたねーな。今日の飯はすき焼きなんだが――』

『食べる』

 数多の誘惑にも――、打ち勝った。

『おま、食べないんじゃなかったのか』

『やだやだ、たべる』

『駄々こねたって駄目だ。世界の肉は俺のもんだ」

『除けものだめっ』

 ……打ち勝った。

『へいへい、じゃーいくぞ』

 そう、他にも、

『いい加減風呂入れよ』

『うん』

 打ち……、勝ってない。

『飯は?』

『食べる』

『しばらく食べないで集中するんじゃなかったのか』

『お腹すいて集中できないということがよくわかった』

『……そうか』

 と、まあ、さまざまな誘惑に惨敗を喫しつつ、引きこもり生活で家族との亀裂が生まれることもなく、遂に銀子は惚れ薬の製作に成功した。















 そうして、今。


「今まさに貴方はこれを飲むべき」


 全ての努力が無に帰そうとしていたっ!!


「あからさまなまでに怪しいわっ」


 ああ、銀子、頭は良いけどなんて馬鹿。


「だいじょーぶだいじょーぶ怖くない。ただの水。何も起きない、別に何も入れてない。決して私に惚れたりしない」


 いきなりコップを差し出して、この様。ああ、なんてお馬鹿。二度言いたくもなる。

 露骨過ぎだぜ、すごいよ銀子さん。変な所で空気を読まずにやけに鋭い薬師じゃなくたってこれは気付く。

 正に、勉強できるのと、賢いのは違うという一例だ。


「大丈夫じゃない、怖い、ただの水じゃなさげだし、何か起きそうだし何か入ってそうな上、明らかに惚れ薬なお話をされましたから」

「男なら飲む」

「我男女平等を求めん」

「飲む」

「なんか尚悪くなった」


 果たして、この状況でどうして飲めようか。

 百人いれば、百人飲むまい。明らかに罠なのだから。

 そう、どう考えても万人が手を出さない罠。

 しかし――、


「まあいいか」


 ――薬師は予想を越えてギャンブラーだった。

 流石の大天狗、伊達と酔狂で生きている。

 コップを引っ掴むと、男らしく一気飲み。

 その顔に違和感はない。当然だ、無味無臭なのだから。

 そして、それを見ながら銀子は拳を握りしめる。歓喜と緊張が心中に渦巻いていた。

 上向いて飲み干されたコップを薬師が銀子に返す。

 次第に、銀子の元へ戻ってくる薬師の視線。そう、お約束に則りこの薬は飲んで初めて見たものに惚れさせる。

 表面上は変わらない目で、薬師が銀子を見た。

 銀子の胸が高鳴る。


「銀子――」


 遂に来た、と銀子の肩が跳びはねた。心臓の音がやけにうるさい。


「お前、やっぱり何か盛ったな?」


 気付かれている。

 しかし、更に、銀子の胸は高鳴った。

 惚れ薬に自覚があるというのは予想外であったが、それはそれで、乙女の心情的には胸を高鳴らせる不安と期待が存在している。


「このままだと、俺は――」


 やはり、気付いていても効力に抗えていない。

 銀子の肩を掴む薬師。高まる期待。破裂しそうな心臓。

 そして、薬師は――。


「――柱と結婚する羽目になりそうなんだが」


 困ったような面でそうほざいた。


「……え」


 そう、惚れ薬を飲んで上向いた薬師。そして、薬の効果が発生し、視線を下に戻した彼がなんとなく一番初めに視界に認識したのは、銀子の後ろの柱であった。

 しかし、惚れ薬飲んだ割に余裕綽々である。流石人誑しは格が違うようだ。


「これ。柱がこう、なんか、とても変な感じだ。非常に違和感がある。柱と結婚しても問題ないと思うことになんの違和感もないことが違和感だ」

「なんて変態」

「誰のせいだと思ってるんだ」


 半眼になって銀子を見つめる薬師。

 そして、銀子は不意にはっとなって走り出した。

 非常に急いだ様子で、銀子は見えなくなり。

 何事か、と、薬師が考えると、そう長くない内に銀子は帰ってくる。

 惚れ薬の解毒薬の小瓶を差しだしつつ。


「これ、飲んで。解毒剤」

「おう」


 小瓶の中身を、薬師が呷る。そして、どちらともなく息を吐いた。


「本当は、一時間くらいで効果が切れるんだけど」


 ぼそりと銀子は呟いた。

 別に、惚れ薬で薬師をどうこうしようというのは銀子の本意ではない。

 ただ、ちょっとばかし、惚れ薬で甘い空間を楽しんでもいいんじゃないかというのが、銀子の本音だった。


「じゃあ、なんで解毒薬をそんな焦って持って来たんだ?」

「それは……」


 放っておいたら柱相手にフラグを立てかねないから、というのは心にしまっておくことにした銀子であった。






















 科学とは、思考錯誤の歴史である。

 幾度も失敗と改善を繰り返し、進んで来た。よって、銀子は一度の失敗程度で諦めることは無いのである。

 前回の失敗点は何か。

 そう、銀子を薬師が見ていなかった点だ。

 よって――。


「貴方は私を見ながらこれを飲むべき」


 ああ、なんてお馬鹿さん。


「なんだかどう考えても前回のあれを思い出すんだが」

「気のせい」

「流石に柱に向かって結婚を考えるのは一度だけで十分だ」

「今度の相手は私」

「凄いな、語るに落ちまくっている」

「とにかく飲む」


 この状況で飲む人間はほとんどいるまい。

 しかし、


「まあいいか」


 薬師は期待を裏切らない。

 わかっているのに飛び込むのは実は銀子のこと好きなんじゃないかと邪推したくなる、が、どうせ何も考えていないのだろう。

 コップの水を飲み干す薬師。その視界内に常にいようと背伸びする銀子。

 そして、薬師は今度はちゃんと銀子を見た。

 瞬間。


「やっぱりか」


 銀子の肩を掴む薬師。

 心躍らせる銀子。


「そもそも惚れた腫れたってのは、理屈で説明がつくもんじゃない。だったら、この状況もある種自然なんじゃないかと思う訳だが、その辺りどうなんだろうな。まあ、なんていうか」


 銀子の耳元で囁く薬師。頬を染めて聞き入る銀子。

 果たして、このままベッドイン後、既成事実のターンに入れるのか。


「何が言いたいかっていうと。愛しいんだ、お前の……」


 薬師は言う。


「――耳が」

「……え?」


 果たして薬師は耳にフラグを立てることができるのか。


「要するにアレだな。柱を効果対象にできた時点で気付くべきだよな? 人間以外を好きになる可能性もあるって。そして、人間ってのは結構な部品からできている訳だ」


 そしてやっぱり余裕がありまくる薬師。

 本当に薬が効いてるのかどうか。


「うん」

「そういうことだ」




















 しかし、銀子は諦めない。

 科学者に諦めの二文字は無いのだ。

 もう馬鹿だから諦めないの領域に達してる気もするが、まあいいだろう。

 前回の失敗は何か。薬が強すぎた、というか効果を上げ過ぎて、細部へ気を使わなかった結果が大雑把に何にでも惚れる状態だ。

 惚れ薬を飲んで尚あんなに余裕がある天狗故に、効果を下げるのはよろしくない。むしろ効果を上げて挑みたい所であった。

 そして、試行錯誤の末、いや、思考錯誤の末銀子は惚れ薬Mk-Ⅱを製作。

 その努力が、今、実を、


「これを今まさに私をじっとりねっとり見ながら飲むべき」


 結ぶことなく散ろうとしていた。

 ああ、なんてお馬鹿さん。


「怪しすぎることこの上ないな。同じネタは二度までだ」


 そして薬師、仏の顔は三度もいらねぇ信者のようだ。

 そんな半眼の薬師に、銀子は表情一つ変えることなく。


「怪しくない。惚れ薬じゃない、なにも入ってない大丈夫、怪しくない」

「怪しくないのか、そーか。飲んでも何も起こらないんだな?」

「うん」

「よしよしわかった。なるほど? 飲んでも最初に見た相手に絶対惚れたりせん訳だ」

「うんうん」

「他の効果も起こらないんだな?」

「うんうんっ」

「じゃあ、お前さんが飲んでみてくれ」

「……え」


 固まる銀子。十分予想の範囲内な気がする返しだが、銀子にとっては想定外。


「えっと……、それは無理」

「何故に」

「神様のお告げ?」

「じゃあ山神様の俺が言う、飲みなさい」

「むぐぐ」

「安心しろ。稀代の錬金術師殿が言うには何も起きないらしい」

「うーん……」


 そして、銀子は、


「私が飲んだら貴方も飲む?」

「あー……、うんうん。ってまあ、流石に冗談だが――」


 稀代の錬金術師であると同時に、稀代のお馬鹿さんであった。


「わかった、飲む」

「飲んじゃうのかこの野郎」


 銀子はコップを両手で持ち直すと、意を決したように一気飲み。


「ところで、俺の飲む分は無くなったな」

「……あ」


 気付いた時にはもう遅い。惚れ薬は全て銀子の胃の中だ。

 と、その瞬間。銀子に薬が回り。

 銀子は薬師に抱きついた。


「うおう?」


 そして、薬師にとって想定外のパワーでそのまま押し倒すように、銀子が薬師の上に馬乗りになる。


「……すき」

「また鋤か」


 本気か、冗談か、呟く薬師。

 その口がふさがれる。

 マウストゥマウス。


「んむ」


 だが風情ゼロだぞ薬師っ。

 そして、空気の読めない薬師の塞がれた口が離れ、銀子が唐突にポケットから小瓶を取り出した。


「おい、もしかしたらそれって……」

「原液」


 簡潔な答えに、薬師は溜息を吐く。

 しかし、この状況において尚余裕のある薬師。むかつくことこの上ない。


「飲む気はないぞ?」

「駄目、飲ます」


 くいっと小瓶を呷る銀子。そして、その唇を、薬師のそれに重ね合わせる。

 簡潔に言えば、口移し。

 抵抗むなしく、というか抵抗する気があるのかどうかもわからない薬師は、仕方なくその無味無臭の液体を飲む。

 無論、銀子以外視界に入らない。


「……ねえ、私のこと、好きになった?」

「あー、好きになった好きになった」


 正に適当。もう初めから効果があるんだかないんだか怪しかったがここまでとは。それとも二度にわたる接種で免疫でもできたのか。

 だが、そんなことは気にせず、ぎゅっと、銀子が薬師の首に手を回し、抱きしめた。

 今度は、銀子が薬師の耳元で囁く番。


「……好き過ぎて、たまんないっ」


 そんな言葉を受け、薬師は普通どおりに答えた。


「そーかい」

「……」

「なあ銀子、こういうのは……」

「……」


 美少女に押し倒されているにもかかわらず、相も変わらず薬師は動かない。流石に惚れ薬に踊らされてそういった行為に走るのはよろしくない、と考えているらしい。

 ここまで好き放題させといてどんだけだよとか、飲ませたのおまえだろ、責任取れよ、とか思わなくもないが、そこいらは事故とかそんな感じでここは一つ。

 薬師的には本当に飲むとは思わなかったとか、銀子が予想を越えてお馬鹿さんだったとか、そんな感じだ。


「おい銀子」

「……」


 薬師が再び問いかけるが、銀子の返事はない。垂らされた髪に隠れて、表情をうかがい知ることもできない。

 わかるのは、首まで真っ赤になっていることだけ。

 そして、不意に。


「ふに……」


 銀子から、言葉とも言えない何かが発された。


「ふに?」


 思わず聞き返す薬師。

 答えは――、


「死んでる……」


 薬師の胸に銀子の頭が当たって、帰って来た。


「もとい寝てるな」


 目を回すように眠っている銀子。

 常人が飲むと、そんな風になる位の惚れ薬だった訳で。

 今回の件でわかったことはただ一つ。


「銀子は部屋に転がしとくか」


 薬師の毒物に対しての鈍さもまた、像並みである、ということだ。











 尚、それ以来、薬師の家では、薬師に得体のしれない液体を贈ることが流行した。











「おい、どうしてくれるんだ。少々水っぱらだぞこの野郎め」

「心配いらない」

「なんかあんのか?」

「はい胃腸薬」

「ぶん殴るぞ」

「むぅ、大丈夫大丈夫、ちゃんと考えてる」

「本当か?」

「うん」

「じゃあ、考えとやらを聞かせてもらおうか」




「――ここで私が、『惚れ薬に頼るなんて駄目ね、てへっ』とか言っておけばオチはつくと思う」




「……おい」
















―――
お約束、惚れ薬ネタ。しかし、効果は今一つのようだ。
どうしてこうなった。






返信。


シュウ様

コメント感謝です。
暁……さん? そんなキャラ、いましたっけ……。え、ああ、いや、もしかして。
暁 潮(アカツキ ウシオ)さん、とかそんな感じの、マッチョで渋い感じの武人チックなおっさんでしたっけ。
……そっちの方がキャラが立ちそうな気もしますけれど。


悪鬼羅刹様

ツンデレ一族なことこの上ない閻魔一族でした。
ツンデレの家系って、どれだけツンデレ好き向けな家計なんでしょう。狙い撃ちなことこの上なさすぎます。
きっと阿呆の子も愛沙に育てられれば確変でツンデレに育つんじゃありませんかね。
でも、お馬鹿な感じに自爆すること間違いないんじゃないかなと思います。


光龍様

二人同時に攻略するほどに、最近の薬師は腕が上がって来たようです。
ある意味三人同時と言えなくもない当たり、後ろからどつきまわしたくなりますが。
あと、幼女はらませフラグとか、危険人物まっしぐらですね薬師。ロリはノータッチでないといけません。
ただ、きっと春奈に手を出したら各方面からというか、高確率で裁判で敗訴しそうだな、と。


通りすがり六世様

昔、母親に子供は頭から出てくるって言われて、それは無いだろ、嘘だろ、嘘だよな……? 嘘だと言ってよバーニィっ、ってなったことがあります。
そして、「ああ、あんたの場合逆子だから足からだわ」と言われ、どういうことなの……? ってなりました。
果たして、閻魔一族はあらゆる属性を網羅した萌え一族になれるのか――!
でもよく考えれば閻魔分家として数珠家の人に一人くらいヤンデレとか居ても……、いいような気も。


奇々怪々様

体は眼鏡かけ、それがビーチェ、ってキャラ付けになってしまうんですねわかります。
あと、やっぱり薬師の英語センスは良くわからない。先生のおかげで辞書と首っ引きになった経験上みたいですが。
鋤に関しては、スコップみたいな素敵な農具ですからね、日常会話で使いたくなるのも納得です。
まあ、なんというかやっぱり、愛沙がなんて言って説明したか気になりますね。やっぱり頭からぽーん、と?


AK様

偏差値……、マイナス……だと……!?
そいつは恐れ入ります。正直マイナスに至るにどのような道を歩めばよろしいのやら。
ある意味茨で険しい道ですよ、色々な意味で。険しすぎて困りますけど。
もういっそ誇って良いんじゃないかと思います、そのお方は。胸張って生きていけばよろしいかと。


SEVEN様

ビーチェはAKMの二の轍を踏むのか、踏まないのか。ジョグレス進化か。
ビーチェはあの閻魔の家系を見習えばいいと思います。家系皆ツン自爆。いや、それはそれで、なんつーか。
薬師は、天然なんでしょうけど、あの領域は天然とか言いたくないです。いいたくないです。
むしろわざとやってると言ってくれた方が救いがあります。

taku様

はい、申し訳ない。惚れ薬ネタもありかなと思ってみたけどこの様でした。申し訳ない。
甘さの欠片もなかったです。コメディ七十八パーセント感がありました。
もう、薬師が像並みの鈍さだということしかわかりませんでしたしね。ええ。
まあ、その内リベンジしたいと思います。今度は下詰辺りが薬師もイチコロの惚れ薬を用意してくれると思います。


あも様

マッドさんはそれなりの存在感ですけど、でもなんかメイン登場が少ないのでここで登場です。
そして、母なのに恋愛偏差値零。教育のし甲斐がある、と見せかけて教育されるべきは薬師である、と。
まあ、なんというか、薬師はいい加減に免許を取るべきですね。ええ。そして一発大事故起こしましょう。
あと、本当に赤ちゃんが頭から生まれてきたらエイリアンですよね、ええ。


kota様

感想感謝であります。今度ともどうぞごひいきに。
愛沙はなんというか、登場当時は誰もこんなことになるとは予想してなかったんですけどねぇ……、今ではしみじみと思います。
ビーチェは、まあ、色々と考えてますよ。ある意味準備期間ともいえる何かですので。
あと、設定集は、ホームページの方に格納させよう、と思って……、まだやってません、ごめんなさい。そろそろ更新します。


霧雨夢春様

このままではステルス眼鏡参上でダブルステルスに……!
しかし、暁御の方が眼鏡がついていない分、なんか旧型機見たいな状況で更に残念化するんですねわかります。
愛沙の方は、このまま行けば小学生か園児並みの恋愛事情になりかねない、そんな感じの愛らしさが出ればいいなと。
あと実は某恋っぽい無双のヒロインは最近になって知りました。あと、なんか自分はとある姫神さんを思い出します。






最後に。

遂に……、立つか!? 柱フラグ。



[7573] 其の百三十四 俺とできる女と強面な人。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a26ed434
Date: 2010/06/29 22:08
俺と鬼と賽の河原と。




 俺が河原で石を積んでいると、


「うふふ、こんにちは。精が出ますわね」

「出てるか知らんが、とりあえず」


 何故かそこには玲衣子がいた。


「なんでお前さんがここにいるんだ」


 正直ずっと……、引きこもりだと思ってました。

 だが、いつも通り、玲衣子は笑みをたたえて、俺を見下ろしている。何が楽しいのか知らないが、というかやはりなんでいるのやら。

 一応バイトの現場だから関係者以外立ち入り禁止といってもいいはずなのに。いや、さして厳しくもないから侵入自体は不可能ではない、か。

 ただ、やっぱり玲衣子がこの場に現れる理由はよく、わからなかった。


「ふふ、いたら駄目ですの?」

「いや、何故かな、と」

「貴方に会いに来た、じゃいけませんか?」

「意味わからん」


 俺が言えば、やっぱり胡散臭い笑みのまま、玲衣子は俺に理由を話した。


「本当の所は、んふふ。現場復帰するから、視察です」


 はい? 現場復帰?

 いまいち事情が呑み込めず、首を傾げる俺に、わざわざ玲衣子は説明する。


「そろそろお仕事に戻ろうかと思いまして。といっても、自宅がメインですから、所謂SOHOという奴ですわね」

「なんか違う気がするぞ?」


 スモールオフィス/ホームオフィス。パソコンなどの情報通信機器を利用して、小さなオフィスや自宅などでビジネスを行っている事業者だの云々。

 と、俺の持つ限界突破英和辞典に書いていたが、なんか違う。

 しかし、主に家で仕事をするということだけはよくわかった。


「んー、でも、仕事っつーことは俺がふらりと行ったら駄目なんかな?」


 基本的に俺は連絡無しで唐突に現れる迷惑な客である。

 その点を鑑みると、やはりこれからは自重した方がいいのだろうか。

 しかし。


「いいえ、どんどん来てくださいね。その為の自宅メインなのですから」

「そーなのかー」


 よくわからないが、その為の自宅での仕事らしい。本人がそういうのだからそれでいいのだろう。


「そうなのです」


 なるほど、よくわからないが納得はした。

 しかし、俺にはもう一つ納得のいかないことがあった。

 納得がいかないというか、気になることなのだが。


「所で、なんでいきなり現場復帰?」


 老後が心配なようには見えないし、それこそ余裕を持って暮らしている風だったのだが。

 それともあれか? 俺があまりにも玲衣子の家に入り浸って茶菓子食ったりあんぱん食ったりしてたのが悪いのか? 家系に打撃を与えてるのか?

 そんな心配をよそに、彼女は笑みの形を少し変えて言葉にした。


「――少し、いい所を見せたい男性がいるのですわ」

「ふーん? そいつぁ果報者だな」


 その笑みは少し照れくさそうに見えた。












其の百三十四 俺とできる女と強面な人。












「っつー話があってだな。本気で現場復帰するん?」


 時は夕方、閻魔宅での一幕。

 俺は『食えない野郎』『空飛ぶ麦』『黒光りする鈍器』の異名を取るフライパン片手に炒飯を作っていた。


「ええ、たまに仕事を手伝ってもらってはいましたが、このたび正式に」

「ふーん? 結局何やるんだ?」


 よく考えれば、俺は玲衣子のことをあまり知らんのだな。

 なんとなく気になって聞いた俺に、閻魔は言葉を濁した。


「うーん……、できれば本人に聞いてくれると……。下手に教えると後が怖そうで……」


 非常にいいにくそうだ。こちらも無理に聞き出そうとも思わない。


「あー、そうする」


 問題ないなら本人が教えてくれるだろう。と、俺は聞きわけよく納得した。

 そして、俺は口を閉じて料理に集中するのだが、不意に閻魔が声を発する。


「あの、ちょっとお仕事をお願いしていいですか?」

「無理だ」

「そ、そんなこと言わないでください」

「そろそろ本業から離れすぎだろと各方面から抗議が殺到しそうなんだ」

「どこからですかっ!」

「主に前さんからとか」

「むう……、前ならわかってくれます」

「勝手な妄想だ。決めつけはいかん」

「お願いですから受けてくださいよっ」

「駄目だ駄目だ。実は俺、男の子の日なんだ」

「男の子の日ってなんですかっ!!」

「いや、ほら、あったっていいだろ。男の子の日」

「第一貴方に男を名乗る資格はありませんっ」

「げぇっ、閻魔の裁定において男を否定されたぜっ」


 閻魔に男であることを否定されるなぞ非常に珍しい男なのだろうなぁ、おっと男であることを否定されていたんだった。

 と、それはともかく。


「で、仕事ってなんだよ」

「簡単な仕事です。アットホームな職場です」

「意味わからない」

「まあ、有り体に言ってしまえば、明日、玲衣子の護衛をお願いしたいのです」

「は……?」


 護衛とは、穏やかじゃない空気だ。というか穏やかなら護衛なんて物々しいもの必要ない。

 剣呑な話題なのか、と身構える俺に、閻魔はあえて曖昧な笑みを作って応えた。


「念のため、です。一応、お願いしておきたくて。何事もないとは思うんですけど」

「そんな類の仕事なのか?」

「そういう方に転ぶ可能性もないわけではない、ということです」


 ……どんな仕事だこの野郎。

 気になるが、いや、気になるからこそ。


「仕方ねーな。引き受けた、明日の朝一で玲衣子んち行ってくれば良いんだろう?」


 この護衛、やらん訳にはいかなくなった。


「はい、お願いします」



















「よお、護衛の一二三四五六七八九十郎だ」

「あら、何故貴方が?」


 夕方程、玲衣子宅にお邪魔した俺は、徐に懐から封筒を取り出す。

 ちなみに、本日の彼女はブラウスに、タイトスカートという奴で、どうにも見慣れない。


「ほい、閻魔からだな。ともあれ、本日の護衛はこの俺、一二三四五六七八九十郎が引き受ける訳だ」


 俺こと、ひふみしごろくしちはちくじゅうろうだが、なんで偽名なのか、と聞かれるとそこに答えは無い。

 偽名を使いたいお年頃なのだ。


「……わかりました。では、行きましょうか薬師さん」


 一通り、書類に目を通して玲衣子は、いつも通り笑った。

 果たして、それが困ったように笑っているかのように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。


「なんかあんのかね? 護衛付けたり付けなかったりするのに関して」


 気になれば、とりあえず聞くのが俺の流儀だ。……無論今考えた流儀だが。

 話してもらえるかどうかは別とし、聞くだけ聞いてみるのだ。

 そうすると、


「知り合いに仕事中の姿を見せるのは、ちょっと、困るというか、少々気恥かしくありませんか?」


 たまに答えがもらえる訳だな。


「ん、そんなもんか?」

「貴方の生前をこっちの知り合いが見てたら、どうですの?」


 玲衣子に言われて、俺は考える。

 もしも、山で天狗の指揮を取ったり、偉そうに命令してる俺を前さんに見られていると仮定して――。

 ああ、なるほど。


「そいつは困るな」


 確かになんだか背筋が痒くなる。

 果たして、それだけでその困ったように見える様な見えないような顔が出て来たのかは知らないが、一応のこと納得した俺は、玲衣子がどこぞに行こうと言っていた気がしたので、玄関へと向かったのだった。


「で? 今回の仕事とやらはなんなんかね? 気になってしゃーないんだ」

「交渉ですわ」

「交渉?」

「そう、裏が表に領土侵犯をしないよう、少々」


 そう言って見せた笑みは、完全に仕事用の笑みだろう。優しげに微笑む裏に、凄絶なものを俺は感じていた。

 まさか、んなあれな交渉に赴くことになろうとは思わなかったが、にしても、裏が表に領土侵犯、ねえ?

 清廉潔白閻魔の天下と言えども、裏、ってやつの存在は消えたりしない。光が差せば影があるのが道理。むしろ、不適合になりがちな人外であふれかえっているからこそ、完全な取り締まりは不可能だ。

 しかし、裏、と言えどもそれが悪、と一概には言えない。彼らとてまた、地獄の経済の一部を担っている側面もあるし、ある程度の数がいるからこそ組織同士でにらみを聞かせて、均衡を保つことができる。

 それ故に、裏であるからこそ、厳しい規律の中に在ることが必要とされる。

 要は、裏でぱんぱんやるのは良いが、表巻き込んだら取り締まり対象である、と。

 多分、今回の件はその一環なのだろう。


「現在は大手に顧客のほとんどが回っていて、ニーズがいないのですね。だから、新興組織が、少々」


 なるほど、要は古参が儲かって、新参が入る隙間が無い、と。そして、その隙間をどこに探すかと考えた末、表に手を出すことにした訳だ。

 頭のいい組織は、結果的に不利益なので大抵潔白だが、弱小となれば馬鹿な考えに走り出すものだ。

 真面目に自警団まがいからホテル業、賭博でもやっていれば良いものを。

 地獄に目を付けられたが最後。


「当然、地獄は徹底的にやらせていただきますわ」


 なんというか、ご愁傷様ってやつだな。玲衣子の実力は未知数だが、勝てる気がしない。

















 俺と玲衣子は、目的の建物につくと、黒服に案内されて、交渉の現場へと向かう。

 なんだか、わざわざ長い廊下を歩かされ、暇な俺は玲衣子に話しかけた。


「んー、所でだ、何度かこの手の交渉はしてんの?」

「ええ、まあ。なれてますわ」


 なれてるとか、一体何者なんだこいつは。

 結局昔なにをしていたのか、聞いても誰もが言葉を濁すのみで、教えてくれないのだ。

 それはそれは素晴らしい要職についていました、としか良くわかっていない。


「交渉が主な仕事だったん?」


 しかし、これは好機だ。この際聞きたいこと聞いてしまえ。

 と、俺が言葉にすれば、玲衣子は曖昧に肯いた。


「まあ、なんといいますか、割と仕事を選ばず、トラブル等への調停を」


 交渉はその一環ってことか。中々凄まじいお仕事をしてるんだな。

 対外対応が主な仕事、ってことだろうか。

 なんとなくに納得して、俺は頷きながら息を吐いた。


「ふーん? なるほどね、所で、今回ここ、なにしたん」


 俺らがここにいるということは運営に目を付けられる真似をしたということだ。

 どんな真似をしたのやら。その答えは、なんだか心当たりがある様なないような微妙なもんだった。


「実は前々から、資産家の欲しがる土地に住む人間への立ち退きを強制していたのですが、この間下部組織が一つ壊滅状態にさせられたらしくて、焦りに任せて好き放題してるのですわ」


 そう言えば、なんかそんな感じの組織にこないだ関わった様なお節介焼いたような気がするんだが……。


「なあ、その組織ってさ、黒猫に潰されたとかいう噂が立ってたり……、ないよな? 流石にな?」

「あらあら、うふふ。どうでしょう」


 妖しげな笑み。これは……、やっちまったぜ。

 ある意味こうなった原因の一端を担う俺だ。これはいよいよしくじれない。


「もちろん、広がる前に釘を差しておく必要がありますから」

「そーだな」


 言って、俺は玲衣子の前の扉を開いた。


「失礼しますわ」


 優雅に室内に入る玲衣子。続く俺。

 そして、室内のやたら柔らかそうな長椅子に座った男が、俺達を待っていた。


「座ってください」


 黒い、正に黒い。俺も人のことは言えないがなんつーか、こう、頭のよさ気なヤクザの想像まっしぐらだ。

 そんな風に、俺が正に想像通りの交渉相手に戦慄する中、玲衣子は気負いなく男の前に座った。

 俺もその後ろについて待機。


「ご足労いただき、感謝いたします。後ろの方は?」

「いえ、問題ありませんわ。それと、こちらは護衛の」

「一二三四五六七八九十郎だ」


 正直、完全に玲衣子に無視され続けている名前だが、もういい。今日はこれで押し通す。

 こうして、交渉が始まった。


「この度は、あなた方の事業拡大についてですが」


 そう言って、玲衣子は切り出し、男は余裕たっぷりに、それを受ける。


「民間への立ち退き脅迫、詐欺、常軌を逸した高利貸し、不法な廃棄物処理、麻薬の密造」


 出てくるのは罪状の数々。正直、常軌を逸した高利貸しってなんだ。一秒に一割とかそんな感じかこの野郎。

 と、数々の新事業、とやらを玲衣子は並べて。

 きっぱりと言い放った。


「全てやめていただきたい」


 まあ、当然だ。違法すれすれを行うのがやくざってやつで、違法を行うのはただの犯罪者だ。

 思うに、麻薬の密造であり、密売じゃないからこそ即座に叩きつぶされないだけで、これ以上調子に乗ると運営に四方向から金棒で殴られる憂き目にあうと思うのだが。

 しかし、相手は自信満々だった。


「そういう訳にも行きません。そうしたら、商売成り立ちませんので」


 おいおい、詐欺と脅迫と廃棄物の不法処理のどこが商売だ。

 俺は呆れたように肩を竦める。

 ふと、そんな時だった。

 じゃきり。と、まあ、そんな音。


「我々は暴力団員ですから。こうした行為に走るのもまた、道理でしょう」


 どこに控えていたのか、黒服達が俺達を囲んで、銃を突きつけていた。

 男もまた、立ち上がり、銃を座る玲衣子の額に合わせている。

 さて、どうしたもんか。一通り吹っ飛ばすのもありだが。

 ここは一発ド派手にかましてビビらせた方が円滑かもなぁ、なんて俺は考え、人知れず、ポケットに入れていた手を抜く。


「貴方が運営から交渉の全権をゆだねられているそうですね」

「ええ。私の言葉は閻魔王の言葉ととって構いません」

「では、貴方が応と言えば、閻魔王が直々に見逃してくれると」


 なるほど、脅迫。やりそうな手だが、正直頭が悪いのだろうか。

 そんな上手く行く訳もなかろうに。しかし、この場においては玲衣子の命の心配をすべきか。


「という訳で、譲歩していただけませんか? さもなければ、不幸な事故として、ここに現れなかったことになるのですが」


 要するに、いうこと聞く交渉役が来るのを待つ、と。証拠は残さない自信があるらしい。

 よっぽどだったら閻魔本人が現れる気がするのだが。

 しかし、そんなこと露知らず、男は調子にノリノリである。


「で、どうします?」


 そんな男を、玲衣子は、


「残念ながら」


 一刀両断。なんだか、いつも通り笑ってるくせに、とても剣呑。


「良いんですか? 証拠すら残さず失踪してしまうことになりますが」


 男は、既に勝った気でいるのか、うすら笑いで玲衣子に答える。

 いい加減俺が何かしようかなと思い始める、そんな瞬間に、玲衣子は言った。


「この交渉は、録画録音され、運営に送られています。無粋なものを取りだしたことは不問にしてあげるから席に着きなさい。その口は飾りですか?」

「なっ」


 一瞬にして、男がたじろいだ。これでは、弱みを握られたも同然。

 証拠を残さず川に沈められるからこその余裕。しかし、どこに隠しているのか、この会話は何らかの機会によって録画録音されているらしい。


「くっ……」


 と、なればもう、殺す手段は取れやしない。男は席に着くほか無かった。

 苦虫を噛み潰したような顔をして、男は席に着く。玲衣子はそれを見て口を開いた。


「ではもう一度。あなた方の新事業。やめていただけますね?」


 有無を言わさぬこの言葉。

 男は、


「……わかりました」


 頷く以外の術を持たない。

 そもそも、銃を突きつけた時点で敗北決定だ。それが運営に知れた時点で、容赦なく叩きつぶされる。

 しかし、地獄から全権を委ねられた玲衣子はそれには目を瞑るから新事業をやめろと言う。

 果たして、徹底抗戦を貫いて叩きつぶされるか、収入が無くなるが、新事業を打ち切るかの二択なら、既に一択も同然。

 むしろ潰されない分なんか得した気分。

 終始悔しげに、男は書類に筆を走らせ、玲衣子に渡す。

 玲衣子は、完璧な笑みでそれを受け取った。


「はい、では、有意義な交渉でした」


 立ち上がる玲衣子。俺は彼女のために扉を開け、通りすぎるのを待つ。

 ……なんつーかまあ。

 俺、要らないんじゃないか?















 夜風の吹く外に出た俺達が、先程出て来た建物が見えなくなった辺り。

 そこで、不意に玲衣子が電話をかけた。

 その内容は聞き取るまでもなく。


「録画録音の件は嘘ですから、安心してくださいな」


 ……ハッタリだったのか。いや、俺は初めから気付いていた。うん。


「平気な面であぶねー橋渡るのな」


 俺が、呆れたように呟く。

 すると、電話を終えた玲衣子がこちらを見た。


「そうですか?」

「そうだ」

「今日は危なくなかったでしょう?」

「何ゆえに」

「貴方がいましたもの」

「そう言われると何も言えないから男って馬鹿なんだろうな」


 尚、結局心配性で、あの場にあった銃の撃鉄を風で一通りぶった切って置いたのは秘密だ。

 さて、でもまあ。交渉も終わったし、事件解決めでたしめでたしってやつだな。

 帰って寝るとしようか。

 と、思っていたら。

 実は――、


「流石にここから三丁目は遠いですから、ホテルを取ってありますの。今日はここで一晩明かしていきましょう」


 俺の戦いはこれからだったらしい。














 そう、よく考えてみれば。

 現在地と、俺の家まで車で三時間の距離だ。そして、現在時刻は、相手が相手なだけあって、十一時。無論夜だ。

 俺は車で三時間程度の距離、さほど遠いと思わないが、玲衣子にとってはそうでもない。流石に玲衣子を抱えていく訳にも行かない。

 そして、俺は玲衣子の護衛であった。


「いや、同じ部屋ってのはどうなんだ?」

「護衛なのでしょう? いざというとき困りますわ」

「むう……」


 掻い摘むと、こういうことさ。














「所でだな。ここはホテルじゃない気がするんだが……」

「あら、じゃあ一体何なのかしら」


 おい、そいつは一体何の羞恥責めだ。


「うむ、なんつーか、ホテルの前にラブとか付く様なえろいことするためのホテルな気がするのは気のせいか?」


 俺にはとんと縁のない施設であったが、存在くらいは知っている。

 枕は二つ、ベッドは一つ。非常にわかりやすい状況だ。

 そんな中、何故か……、俺は玲衣子に馬乗りにされていた。


「しますか……? えっちなこと」


 俺は、抗議の意味を乗せて、視線を逸らす。

 その先には、そう言ったことに使う、ゴムっぽい製品が置いてあった。


「……遠慮したいです。とっても」


 というかもうあれなんだよ。薬師お兄さんは最近人に馬乗りにされすぎてどれだけ油断しっぱなしなんだと落ち込んでいるんだよ。

 まったくどうしたことだろう。

 にしても、この状況、どうしたものか。

 考えてる間に、玲衣子の胸元が緩んでいく。


「何故脱ぐ」

「あら、このままじゃ寝られませんわ」

「一理あるな」


 ……いや、なんか騙された気がする。

 確かに、その格好のままじゃ寝にくいだろうが。


「貴方は脱ぎませんの?」


 かくいう俺はスーツを着たまま、脱ぐ気はない。

 もうスーツで寝るとか今更である。慣れているというかなんというか。


「脱ぎませんの」

「じゃあ、脱がして差し上げますわね。えいっ」


 えいっ、ってなんだえいっ、って。

 というか、


「待て待て待て待て、落ち着け。俺がなんで脱ぐ必要が……、って手並みが鮮やか過ぎんだろっ」


 何がどうなってこうなったのか。気がつけば俺は半裸。

 おかしい、もうなんというかどうやって袖を脱ぐことができたのかわからない。異空間を通したとしか思えない脱げっぷりだ。

 結果的に、俺は上半身裸の半裸男となってしまった訳だ。


「ねえ、……あなた」


 不意に、玲衣子が呟いた。

 あなた。そこにはさまざまな想いが込められているかのように感じられたが、しかしその中身まではわからない。


「あなたは、どこにも行きませんか?」

「これ以上どこに行けって言うんだか」


 溜息でも吐くように、俺は吐きだした。

 既に末期だ。これ以上どこに行き場があろうか。正直に言って、今更現世に帰りますとか言う気もないしな。

 すると、玲衣子は安心したように、微笑んだ。


「そうですか」

「そうなのです」


 そして、胸元に埋められる頭。


「すこし……、甘えてもいいですか?」


 そう言って、玲衣子はすりすりと俺の胸元に頬ずりした。正直こそばゆくて敵わんのだけど。

 そして、俺も半裸なら、玲衣子も半裸、というか十分の九裸だ。下着一枚。

 なんだか色々と危険なものを感じるが――。


「あー……、好きにしろよ」


 もうどうでもいいや。
























 ふと、誰かの体温を感じて目を覚ます。

 ……そう言えば玲衣子がいたな。

 玲衣子が上に乗っていた昨日とは位置が変わり、なんだか、横に向き合いながら、俺は玲衣子を抱きしめていた。

 そして、不意に玲衣子と目が合う。


「……よお」

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「まあまあ。そっちは?」

「おかげ様で」

「そうかい」

「次は腕枕をお願いしますね?」

「うぇーい……」

「それはどういう反応なのですか?」

「次があったらな」


 なければ良いな。多分ないだろ。


「――楽しみにしてますね」


 ああ、しまった、断りにくいことこの上なくなった。

 ま、知ったこっちゃねーや。

 そうして、俺は二度寝に入るのだった。
















 ちなみに、今回の話、こんなオチがつく。

 家に帰れば、うちの完璧侍女こと、藍音さんが、俺に向かってこう言った。


「ゆうべはおたのしみでしたね」

























―――
ひゃっはぁ、小指を突き指すると執筆速度が七割ダウンするんだぜっ。皆さんも気を付けましょう。
そんなこんなで妙なテンションの今回。よくわからない有り様に。


玲衣子さんがまだまだ現役であると主張するようです。
まあ、少しずつ玲衣子さんイベントも進めていけたらと。


ちなみに、現在人気投票は前さんと藍音さんがデッドヒートを繰り広げそうな感じです。
さて、特別編は誰になるやら。





では返信。

悪鬼羅刹様

頭のいいお馬鹿さんこと銀子だからして、まともなものが飛び出すはずもなく。
そして、どう考えても気がふれてるとしか思えない薬師だからまともに効くはずもなく。
この様ですよ。惚れ薬すら効果は今一つの様じゃ、やはりどうやったら陥落できるのか。
ただ、腐敗聖域ならあるいは。あれならばきっと、薬師もどうにかなるんじゃないかなと思います。


SEVEN様

柱、それはそれでありか、と思う自分になんの違和感もない。問題ないですはい。
それにしてもどいつもこいつも自爆し過ぎだと。いや、多分薬師が爆発しないから他で自爆するんですね。
惚れ薬イベントすらスルーしてくその堅牢さには呆れて物も言えません。バキュラですか。256発撃てば破壊できるというのは都市伝説ですか。
あまりに薬師が空気を読まないから銀子が空気を読んで惚れ薬を飲んでしまうという様ですよ。


奇々怪々様

果たして、自分に惚れさせるタイプの惚れ薬は薬師に聞くのかどうか……。
そして、結局柱と耳。そのままいっそ結婚してしまえば良かったものを……。いや、結婚できるのかと言われれば難しい気がしますけど。
あと、銀子は突然言ってることが幼児レベルになるのが良いと思います。
うーん、にしても、柱、柱かぁ。最近柱位ならぜんぜん行けるよなぁ、と思うことが。


光龍様

なんかもう、あれですね。魔女の体液まで来ると、なにを持って魔女とするのかってお話に。
というか、惚れるって結局どういう状況を差すのかわからないから、媚薬というのも納得です。
でも、結局立ったのは柱フラグのみ。あと耳。駄目ですねもう、末期もいい所です。
果たして耳だろうが柱だろうが惚れる薬を製作した銀子を凄いというべきなのか、どうしようもないもん作りおってというべきなのか。


Smith様

やっぱりお約束ですよね、惚れ薬。せっかくラブコメやってるんですからガシガシお約束やりたいです。
その結果が今回の朝チュンコーヒーです。あれ……、お約束、お約束?
後、薬師がショタ化したら、どこぞに連れていかれそうです。主に藍音さんに保護されそうだと思います。
薬師ショタ化に始まり、ロマンスグレーまで、好き放題に死ぬほどやるのもありかなと。


名前忘れた・・・様

柱フェチ……。あれですか。この木目……っ、たまらねぇっ!! とか言うんですか。耳はまだ珍しくないですけど。
そして、三人称だったからあまり触れられていませんが、結局内心はどうだったのやら。
「(愛してる……、それにしても腹減ったな)」とかだったら嫌だと思います。後、「(観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子)」とかでも嫌だと。
結局あれですね。薬師はきっと柱に始まり箸にフラグを立て、最終的に付喪神王国を作るんだと思います。


春都様

鈍く光ってましたね。ええ、輝いてました。結果がどうあれ。
まあ、あの、なんていうか、銀子さんにはまるで燻し銀のように輝いて頂ければいいかなと思っておりますはい。
これを和訳すると「なんていうか残念な感じに頑張ってね」となるから日本語は恐ろしい。
そして、最近のレベルアップに伴い、薬師のフラグスキルは物にまで及ぶようです。これまた恐ろしい。


通りすがり六世様

精神年齢が上昇すれば、成長も不可能ではありませんよ。精神年齢が上昇するのであれば。
やっぱりあれですよねー。惚れ薬はお約束。このジャンルなら一回はやりたいところです。
ちなみに、銀子は身元の証明が不可なのと、そこまで頭が回ってないので、質屋とかそのあたりには行ってない模様です。
結局才能の無駄遣いまっしぐらというのが銀子の現状です。ええ。


min様

柱フラグ……、果たして誰が望むのか。
立てて一体誰が喜ぶんでしょうね、柱フラグ。
いや、でも最近行けないこともない気がしてきました。
果たして誰が喜ぶのか。その答えは一つでした。私が喜びます。


taku様

いやぁ、なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私もまさか相手が柱や耳だとは思ってませんでした。果たして誰が予測できたというのか。
でも、あれです。銀子さんじゃなくて下詰なら、期待に沿うような惚れ薬が飛び出すと思います。
いや、やり過ぎで過剰摂取な代物が飛び出しそうな気もしないでもありませんがきっと大丈夫です。


霧雨夢春様

遂に物にまで手をだす薬師……っ!! 果たして奴はどこまでその手を染めるのか!!
変な所にフラグ立てるのに、立てて欲しい人に立てようとしないというか立てたら放置の薬師が鬼畜。
ダブルステルスは、既に不毛な争いな気がしないでもないです。どちらも気付くことなく終わりそうな。
先に一抜けできることを祈ります。多分、きっとビーチェが。


あも様

果たして、無味無臭である必要があったのかはわかりません。薬師なら異臭漂っててもノリで飲みそうな気がします。ただ、やっぱり策を練れば寝るほど空回りする法則。空回り過ぎてまるでハムスターの回し車。
きっと、銀子の薬の効き目が強すぎただけなんです。柱と銀子に、優劣は……ない。多分。
しかし、家を支える柱と、無駄飯食らいの銀子、どちらが良いかと思えば……。


kota様

銀子の才能の無駄遣いは今に始まったことではなく。銀を製作する技術で売れない露店経営の時点でアウトまっしぐら。
やっぱり、頭いいのと賢いのはイコールじゃないんですね。天才だけどお馬鹿さんなんです。
そして、遂に現れる柱。柱です。もうこれはこれでありなんじゃないでしょうか。
そしてあれですね、薬師ショタ化に始まり、猫耳が生え、たことはありますが、他にも色々、もういっそメイド服でも着せますか。









最後に。

いいですか? 柱です。常に家を支えてるんです。そして文句を言わない。それを鑑みるに。

常に献身的で、文句一つ言わず一人を支え続ける。そんな人。

どうでしょう、ありな気がしてきませんか?

藍音さんじゃね? という意見は受け付けません。



[7573] 其の百三十五 逆襲のブライアン。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:c7aae79b
Date: 2010/07/03 22:49
俺と鬼と賽の河原と。






 やはり河原。

 河原なのだ。

 全ては河原に始まり河原に終わる。


「なんでだ。なんでこうなった」

「愚問だ。愚問だぞ薬師。もう遅い、言葉でどうにかできる段階は終わった」

「なら、やるしかないってのか? 阿呆らしい」


 俺は、河原でとある男と相対していた。


「阿呆らしくて構わん。私にとっては大真面目だ」

「付き合わされる身にもなって見ろっ」

「悪いが付き合ってもらう」


 ああ、相手の決心は固いらしい。

 だから、俺は最後に聞いた。


「じゃあ、これが最後だ。なんでだ、


――ブライアン」


 俺の目の前に立つのは、金髪の騎士。


「知れたこと。私が私を始めるのに、他に無いからだっ」

「……仕方ねー。やるか」

「ああ、始めよう」


 俺とブライアン。決着を付ける日が――、来た。


「所で、この喋り方疲れたからいつも通りでいいか?」

「構わん」




 ちなみに、そんな真面目な話でもないから安心して欲しい。











其の百三十五 逆襲のブライアン。










 ことの起こりは、ある一通の手紙だった。



如意ヶ嶽薬師様

 拝啓 盛夏の候、空の青さが夏らしく輝きを増してきました。そちらは如何お過ごしでしょうか。

 さて、この度は、一つ、貴方にお願い事がありまして、こうして筆を取らせていただきました。

 そのお願い事というのは、簡単なことで、とりあえず、

 決闘しましょう。

 明日の午後三時、河原にてお待ちしておりますので、お忘れなきよう。

 良き決闘ができるよう、某、全力を尽くします。

 熱さ厳しき折柄、くれぐれもご自愛ください。
                              敬具

                    ブライアン・ブレデリック






「……なんだこの手紙は」


 そう、なんというか、そう、あれだ。


「まるで手紙の書き方の本と首っ引きで書いたかのようだ……」


 なんか間違ってるような間違ってないような。そんな微妙なお手紙。

 決闘を挑もうとする割にご自愛くださいとはどういうことなのか。

 果たして、しばらく会わない間にブライアンになにがあったのだろうか。


「ここ最近の暑さで脳がやられたのか……?」


 そもそも、決闘ってなんだ。

 なんで決闘なんだ。

 時代錯誤だとか言うつもりはないが、何故、ブライアンと決闘なのか。

 わからない。

 わからないが、無視するのも如何なものか、と良心は囁いていた。


「……仕方ないか」


 明日、三時、か。

 そうして、俺は決闘へ赴くことを決めた。




















 そうして、三時の河原。

 そこに、ブライアンはいた。


「よお、ブライアン」

「ご足労、感謝しよう」


 そのブライアンは、前と変わった所は見受けられない。

 だが、決闘。

 息を飲む俺。


「久しぶりだな、元気でやっていたのか? いい加減、恋人は決めたのか? おっとそうだ、菓子折りだ。持って行け」


 思ったより気さくなブライアン。


「……決闘するんじゃねーんかい」


 がっくりと肩を落とす俺。


「ああ、やろう。だが、それにしても変わってない様子だな。また、家族は増えたのか?」


 そして気さくなブライアン。


「……所で、なんで決闘なんだ」


 そうして、俺は真面目にやるのが嫌になった。

 あー、やだやだ、この人こんなきりりと真面目な顔して何なの? なんの冗談なの? 決闘とか。


「そうだな、それを語っておくのも、悪くない」


 果たして、如何様にしてブライアンが決闘という結論に至ったのか。

 不意に、彼は語る。


「これまでの数カ月。私は自分探しをしていた」

「モラトリアム人間かこの野郎」


 そして、ブライアンが語る中、横文字を使った、俺の渾身の突っ込みが放たれた。


「お前に負けて、地獄に定住してから、あまりに無為に過ごしていた」


 しかし、無視。少し空しい。


「全てを失い、目標すら失ってしまった。後は諾々と仕事をこなすだけ。果たしてそれでいいのか」


 それでいいのか?

 どうでもいいです。

 そう思う。

 だが――、しかしそれは言わないのが大人というもの。

 俺は空気を読む男。言葉もオブラートに包みます。

 と、俺が口にしかけた言葉を呑みこんだとき、ブライアンは遠くを見るようにして、呟いた。


「自分というものを見つけるために、色々なことをしたっ」


 何したんだよ。

 問うまでもなく、ブライアンは叫ぶ。


「私は清廉潔白なことばかりをしていた訳じゃないのだよ!」


 おろろ、いつの間にか話が重い。どういうことだ。

 しかし、考える間もなく話は続いた。


「汚いことにも、手を染めた。私の我侭で、生命を弄んだ!!」


 ……汚いこと?

 果たして一体――。


「なれない土いじりや種植えに始まり、水やりまで、なんだってやった……!!」

「……エコだよそれはっ!!」


 汚いことっていうか、手を汚れに染めたって言うか、ただのエコじゃねーか。

 我侭で生命を弄んだっつーか育んでるよ。エゴじゃなくてエコだよ。


「発芽と共に、私にも私らしい何かが芽生えないかと思ったが、駄目だった」


 で、決闘か。

 なるほどな、確かに、うん、決闘かぁ、なるほど。


「……意味がわからん」

「私にもよくわからん」

「……ぶん殴って良いか?」

「頭が取れそうなので遠慮する」

「遠慮すんなよ」


 その時には既に、俺の拳は振り上がっていた。





 まあ、そんなこんなで。





「意外と取れなかったじゃねーか」

「人体の神秘を再確認している」


 舞台は、今だ河原。

 しきりに首を捻るブライアンと、それを眺める俺。


「で、決闘すんの? しないの?」


 ずっとうやむやになっていたことを聞くため、俺は口を開く。

 すると、冗談ならいいものを、ブライアンはあっさりと肯いた。


「するぞ」

「だからなんでなんだよ」


 そういえば結局理由を聞いていないぞ? と、俺はブライアンに問う。

 すると、ブライアンはきりりと真面目な顔をしたが、ここに至って見ればもう真面目に見えない。


「そもそも貴様が話の腰を折った気がするのだが、それはともかく。あれだな。私はお前に負けて地獄に定住することになった訳だ」

「そーだな」


 まあ、そいつは事実だ。言っちまえば俺がブライアンの人生捻じ曲げた訳だが、元々死んでいたので人生じゃない。故に問題ない。


「で、あれなのか? 俺に復讐するぜヒャッハァ的な何かなのか?」


 問題なのはそこだ。俺がやった以上、復讐したいというのであれば吝かではない。無論全力で抵抗するが。

 しかし、違うとブライアンは首を横に振った。


「お前を殺したが最後、あちらこちらから集中砲火を受けて死ぬだろう」

「そーなのか?」

「知らないのはお前だけだ」


 何だそれ、なんか怖いじゃないか。俺を殺したらあちこちから集中砲火を受けて死ぬとか都市伝説か。

 しかし、違うとしたら一体何だというのか。

 答えは本人の口から語られた。


「まあ、お前に負けたのだから、お前を倒せば何かわかるんじゃないかと思っただけだ。私を始めるのにな」


 やぶれかぶれだがな、とブライアンは笑う。それが様になっていて何かむかつく。

 だが、一応納得した。


「なるほどな。だが、勝てるかどうかは知らんぞ?」


 一応納得した俺は、拳を構えた。今回手加減する気はない。

 そして、あっさり勝てるほど、千年は軽くない。

 そんな中、わかっている、とブライアンは肯いた。


「ああ、戦って勝てるとは思っていない」


 だから、と彼は言葉を続ける。


「――手押し相撲で勝負だっ……!!」

「……帰っていいか」


 よく考えてみて欲しい。

 何でもありの戦いでは勝てないから手押し相撲とブライアンは言うが、しかし。

 それこそ身体能力のみでの勝負において、人間と天狗が戦ったら、一体どうなるでしょう。

 答えは一つ。

 ブライアン……、お前は疲れているんだ。















「まあ、勝てるわけはないか……」

「勝てるかなとちょっとでも思っちゃった、お前さんの脳の構造におどろきだよ」


 無論勝負は一瞬であった。手加減しないようなことを言った手前、本気で掌を叩きつけた。

 結果は、水も滴る良いブライアンが完成しましたとだけ言っておく。


「人間では人外には勝てないというのか……」

「まあ、難しいな」

「だが、面白い」

「なにを手押し相撲してぼろ負けした後格好つけとるんだ」

「強くなるのも、面白いかもしれんな」

「無視ですか。そうですか」

「私は、この身のまま、人間を越えてみるとしようか」

「へいへい、頑張れよ」

「なにを言う、協力してもらうぞ?」

「なんでだよ」

「戦いも恋愛も一人ではできないものだ。まず相手がいないだろうに」

「……ブライアン、まさか、俺のことを」

「違う」


 まあ、当然だ。違わなかったら、飛び膝蹴りから踵落としして、回し蹴りの後ぶん殴って逃げる所だ。

 そんな風に、俺が安心していると、ブライアンは格好よく俺に背を向けた。


「では、帰るとする。また会おう」

「へいへい」


 片手を上げて去っていくブライアンを、俺は見送った。

 俺、休日に何やってんだろ……。なんだか滲む夕日。

 そして、奴の姿が見えなくなったそんな折。

 前さんの声が聞こえたと思ったら、


「――何やってんのっ!!」


 後頭部に激しい衝撃。

 ……どういうことか。


「むぐう……」


 金棒で殴られたのだろうが――、

 もうどうだっていいや。


















「えっと……、ごめんね?」


 目が覚めたら、前さんの膝の上で、そんな言葉を最初に聞いた。


「説明求ム」

「んと、河原で決闘だっていうから……」

「言うから、見つけるなり金棒で後頭部をガツンと行ったと」

「うっ、ごめんね。痛い?」


 前さんが申し訳なさそうな声で、俺の後頭部をさする。

 ……さすられると痛いんだが。

 しかし、俺は空気を読む男。空気読検定三級を目指します。そう考えて、痛いとの言葉は飲みこんだ。


「まあ、ブライアンのせいだな。だから前さんは悪くない気もする」


 そうして、俺が言えば、前さんは意外そうに声を上げる。


「あれ? 相手ってブライアンなのっ?」

「おーよ」

「なんで?」

「自分探しをしてるらしい」

「良くわからないね」


 俺にもわからんから安心して欲しい。


「で、決闘かぁ、男の子の友情って、ちょっと羨ましいね」


 そんな前さんの言葉に、俺は首を傾げた。羨ましいか? これ。


「友情? 友情……?」

「ちがうの?」

「違うと思う。違ったら良いなと思う」

「ははっ、男の子ってそういうもんかもね」

「まあ、次来たらぶん殴るわ」

「程々にね」


 そう言って、優しく前さんは笑う。

 にしても、こんな笑みからは想像できないほど良い打撃だった。未だ後頭部が痛い。うん、やっぱり避けるべきだった。ブライアンの相手で疲れていたのが悪い。

 まったくやってくれるぜブライアン。やけに疲れたのもブライアンのせいだな。

 もうここまできたら、何もかもブライアンのせいだ。地球温暖化も、干ばつも水害もブライアンのせい。

 煙草が体に悪いのもブライアンのせいだし、有明海苔の不作が続いたのもブライアンのせい。

 空が青いのもポストが赤いのもブライアンの仕業だ。

 畜生ブライアンめ。

 と、俺は激怒した。

 そして、必ず、かの邪智暴虐のブライアンを除かなければならぬと決意した辺りで、前さんは俺に言った。


「やっぱ誤魔化しちゃ駄目だよね」


 なにを、と問う前に、前さんは続ける。


「あはは……、まだ痛む? 今回はあたしが完全に悪いね。その、あたしが一回何でも言うこと聞くから許してよ」


 むむう、前さんが何でも一回?

 それを聞いて、俺はにやりと笑う。

 ふふん、そういうこと言っちまうのか。ならば……。


「じゃー、キスしてくれよ」

「うん、キスだね――、ってなななななな、ええっ!? 本気!? 正気っ!?」


 わお、正気を疑われとる。


「ってことになるから女の子が何でもなんて使うもんじゃありませんぜ」


 女の子がそういうこと言うもんじゃないぜ、と。わあ、俺なんてイケメン。所でイケメンってなんだ? 行けてる……、麺? おうふ、人間ですらなかったぜ。


「ええっ!?」

「つーこって、まあ、アレだな。疲れたからこのまましばらくってことで。そいつで、貸し借り零ってことさな」


 そしてしばらく、俺と前さんはなんの会話もなく黙っていた。

 途中、諦めたような、前さんの溜息が聞こえた気がしたが……。

 まあ、良いか。












「所で、さすられると痛いんだが」

「ああっ、ごめん!」





























―――

小指を負傷すると、非常に執筆スピードが下がるよっ、皆も気をつけよう!


まあ何って、小指突き指しただけで、地味痛いだけなんですけど、Enter「」、。…、のあたりが私の小指の担当なんで、とっても辛かったです。

とまあ、今回はブライアンは今。なんか考え過ぎて一回転した挙句お馬鹿さんになったみたいです。その内ブライアン番外編も書きたいなぁ。
最後に前さんが出て来たのは、野郎ばっかでも面白くないよという配慮。







では返信。


奇々怪々様

ちなみに、薬師が女になると、多分憐子さんになります。イメージ的に、ってか、薬師が憐子さんに多大な影響を受けているので。まあ、どちらにせよ流行りのGLが。
一二三四五六七八九十郎は、薬師の基本の偽名のようです。隠せてるかわかりませんけど。ていうか偽名ってもろばれなことこの上なし。
しかし、にしても前回は終始玲衣子さんのペースでしたね。薬師を振りまわせるのなんて玲衣子さんが藍音さん位だと思います。
と、考えてみれば正に前回二人にやり込められていた気がしてくるから不思議。


ReLix様

自分の持ってる英和辞典は限界突破です。ただ、よく見てみると、英和辞典ってみんな名前が凄い。
サンライズ、グランドセンチュリー、プログレッシブ、グランドコンサイス、ウィズダム、クラウン、ヴィスタ、ルミナス。もうこれだけ見ると、ロボット物の用語みたいに見えるような。
あと、薬師は英会話と、日常で横文字を使うことに関しては苦手の域を越えてますが、英単語はそれなりの模様です。
英語に対する苦手意識も、英単語知識も、憐子さんが平安なのに英語を使うから、下詰から貰った英和辞典と首っ引きだったから、というのが由来という裏設定。


光龍様

知識は知っているんじゃないかと思います。千年生きてますから。しかし、彼にとってはトリビア、無駄知識。
マサイ族は凄く視力が良いらしいぜ、っていう知識と同じカテゴリなんだと思います。
ちなみに、玲衣子さんは対外への交渉全般を担ってた人みたいです。意外と偉かったんですね。
あと、藍音はもう薬師に発信器付けてても、藍音さんに薬師レーダーがついてても不思議じゃない気がします。


SEVEN様

誤字……、のはずが直さなくても良い気がしてきました。もう直さなくても良いですね、はい。
もう、藍音さんなら念写してようが、通信教育テレキネシスして用が不思議はないです。ニュータイプでも何でも行けそうです。
尚、鬼兵衛は大黒柱ですが、ちょっと枝分かれしそうな柱なんで駄目だと思います。不倫ダメ、ゼッタイ。
鈴は文句ない支えっぷりです。じゃらじゃら男も真人間に。やっぱり欲しいです。


kota様

性欲はというか馬鹿は死んでも治らない……。そういうことなんじゃないかと思います。
むしろ死ぬくらいで治るなら、現世の女性陣は苦労してなかったことだと思います。
そして、やはり働く女性は格好良い。ただ、どちらかというと、玲衣子は船、薬師は港な空気が漂うのはどういうことなのか。
そして、灯台は藍音さんなんですねわかります。筒抜け的な意味で。


通りすがり六世様

正にエロ担当と言って申し分ない人ですよ。玲衣子さんは間違いなく。他にえろい人がいないのが問題な気もしますけど。
藍音さんはエロいというか馬鹿えろいというかなんというか、色気ではない気がしないでもないです。
正直未亡人ってだけでも三十パー位上がりますよエロさ。RPG後半装備ですよ。それで大胆なんだからどうしようもないです。
問題はそれを涼しい顔で受け流す薬師。


春都様

何故か知りませんが、単体エンドまで制作された玲衣子さんですからね。
あそこまで攻めの態勢なら上手くやれば薬師要塞崩壊させれそうです。無論、どうやってかと言えば、なし崩しで。
エロさ的に考えれば、薬師にエロ方面を叩き付けれそうなのは玲衣子さんだけですからね。
このまま攻めて、その後に後進が続いてくれると良いです。


志之司 琳様

とりあえずヤの付く人は、多分にゃん子にやられた辺りで既にバッドなフォーチュンが確定していたんじゃないかと邪推します。
そして、そんな悲劇も知ったことかと愛ホテルにて乳繰り合う二人。これは交渉相手が見てたら血涙ものですね。
にしても、薬師の攻略難度はあれですよ。RPG三、四周しないと勝てないかくしボス的な。なんてチート。そして前回は藍音さんが良い仕事した。
あと、もうあれですね。よく考えてみればこの作品ここまで読んだ時点で既に洗脳汚染済み、よく訓練された紳士達ですから、柱も問題ないですね。


霧雨夢春様

玲衣子さんはエロい。前回の感想だけで何度エロスとかえろいとか色気がとか言われてるやら。
だが、そんなベッドの上で何事もなくスルーを行う薬師はなんか次元がずれてる気がします。
まあ、そんなこんなの玲衣子さんに関しては、元夫の方の過去を含めて仕事人していきたいと思います。そして薬師がフラグ補強と。
それと、なんだかヤの付く自由業編でも始まりそうな空気ですね。未亡人が大活躍か。まあ、まだ未定ですけど。


悪鬼羅刹様

XXXすれすれですが、誰も心配してないんじゃないかと思う今日この頃。
この主人公の安定感。どこで鍛えたんだって位小揺るぎもしないです。平均台に乗せてみたいですよ。
もう既に信頼の領域ですよ、薬師だから、手は出さないんだろ。っていう。今後の攻略に目が離せません。
藍音さんに関しては、もうコメントすることもないくらいパーフェクトメイドです。完全に職務をこなしております。


マリンド・アニム様

柱×梁……、誰得カップリングですねわかります。腐女子ならやってくれそうですが。
いや、もうやってるんじゃないかと思います。あの業界は計りしれません。恐ろしいです。
にしても、ラブホシャンプーの香りで看破ですか、くんかくんかしたんですね、藍音さん。流石です。
腕枕した日には、きっと腕を優しく抱いてくれるんじゃないかと信じてます。それはもうぎゅっと愛おしげに。


あも様

そもそも地獄側に引く気が無い時点でワンサイドゲーム確定ですよねー。最高権力者に喧嘩売っちゃいけない。
しかし、幾ら良いベッドとか、安さがどうとかあっても、なんの抵抗もなくラブホに行く薬師に引きます。せめてやるきが無いなら抵抗しましょう。
にしても、同性や一人だと受け入れてもらえないんですか。そうなったが最後、いますよ、隣に恋人が、と宙空を指さすしかないと。
あと、人気投票、今になって見たら、日記にやばいこと書いた気がします。


名前なんか(ry様

にしても、最初から読みなおしてもらえるとは作者冥利に尽きるというか、大丈夫ですかというか、本当に大丈夫ですか? 生きてますか?
ちなみに、じゃら男は完全に流行りに乗り遅れ、大天狗だと知らない、はず。記憶の上ではそうだった気がするんですが。
藍音さんは、なんだかそのあたりの造詣も含めて人気なんじゃないかと思います。後はメイドパワー。じゃら男に関しては、絡み難いというよりは、主題がヒロインとの甘い何かのため、なかなか挟むタイミングが取れないのが問題ですね。
暁御さんは……、なんかもう沢山だしたら負けかなと思っています。あと、結局誰かとくっついても薬師はいつもと変わらない気がするのは私の気のせいでしょうか。

あと、実はじゃら男に隠れた何かが、設定で俺賽をやるとこんなことになるんじゃないかと思います。


「先生、見ててくれよ、俺の……、万・解ッ!!」

「……やるじゃねーか。面白い、実に面白いな。飯塚……、猛。来いよ人間。お前の万解、見せてみろ」

「ああ……、行くぜ先生っ!! おぉおおおぉぉおぉぉおぉぉおおおおおッ!!」


 じゃら男の勇気が世界を救うと信じて!!


と、まあやたら展開が遅くなったり打ち切りになったりしそうなので自重です。
まあ、じゃら男に関しては、今回ブライアンが出たように、希望が無いわけではないと思います。












最後に。

ブライアンは称号モラトリアム人間を得ました。



[7573] 其の百三十六 俺とお前と学校の怪談が。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d663b60e
Date: 2010/07/06 22:03
俺と鬼と賽の河原と。






「薬師先生っ!! 遅れましたっす!!」

「おいお前さん、非常に遅刻なのに悪びれんとはどういうことかね」

「すみません……」

「……いや、理由があれば俺も怒らんよ」

「……俺、腹の中に住む魔王と戦ってたんすっ、七度の死闘の末、遂に奴を水底に沈めてやることに成功しましたっ!」
「廊下にバケツ持って立ってろっ……、って、言うほどでもないから廊下にバケツ置いて座ったりその上で格好良い構図を研究したりしてろっ!」

「はいっ!!」


 さて、ここまでやればおわかりだろう。






 今回は学園編である。












其の百三十六 俺とお前と学校の怪談が。











 と、いう訳で、俺は前さんと李知さんを伴い、夜の学校にいる。

 流石に、十時過ぎともなれば、真っ暗で、いま歩いている学校の前の、木すらおぼろげだ。

 なんで夜の学校だ、と聞かれれば、話せば短い。学校で怪現象が起こってまして、見に行ってくれませんか? から俺の生返事があって、現在に至る、と。

 要するに、学校の怪談をどうにかしてもらえないか、と言われた訳だ。閻魔に。

 まあ、そんなこんなあって、両腕に李知さんと前さんの腕を巻き付けて、俺は学校の敷地を歩いてる。

 のだが。


「なあ、なんで李知さんまでくっついてるん?」


 前さんが俺の腕にくっついてるのは仕方ない。お化け幽霊その他諸々が苦手なことが発覚済みだ。銀子ほどじゃないのが幸いだ、というのは余談だな。

 しかし、李知さんは何故俺の腕にくっついているのか。正直歩きにくい。

 そんな俺による質問に、李知さんは大きく肩を震わせた。


「な、なに、お前が怖くないようにと思ってだなっ!」

「怖くないから離れていただきたく申し上げます」


 わかりやすいことこの上ないな、李知さんは。しかし、現実は無情なり。

 求められない慈悲を出すほど俺は優しくないのだ。

 俺の無情な言葉に、今一度、びくり、と李知さんが反応した。


「えっ、と、ああ、そのだな……。なんというか……」


 やたらと言葉を濁す李知さん。何も言わない俺。

 そして遂に。


「……怖いから、掴んでてもいいか?」

「素直でよろしい」


 しかし、なんで幽霊で鬼の癖に怪現象が苦手なんだこいつらは、と言ったらきっと差別だ、と二対一でぼろ負けするので言わないことにしよう。

 ただ、だったら怪現象調査、この面子を選ぶなよ、とだけは言わせてもらいたい。

 俺は、人知れず溜息を一つ。

 そして、


「で、あるのか?」


 不意に聞いた俺に、前さんが首を傾げる。


「なにが?」


 ここで問うと言ったら、一つしかあるまい。と、俺は言った。


「七不思議だよ。英語にすると、なんつーか、セブンスワンダー?」


 英語にするとすこっしも怖くないぞ? 不思議だ。七不思議のひとつにしよう。

 と、まあ、そんな俺の質問に答えたのは、前さんでなく、李知さんであった。


「ああ、あるぞ。この学校の√7不思議というものがだな」

「おい」

「なんだ?」

「なんだと言いたいのはこっちだ。なんだその√7不思議って。二不思議よりは多いけど、三不思議ってほどでもないのか」


 2.64575131不思議なのか。

 そして、そんな問答に異を唱える前さん。


「あれ? あたしはこの学校のグラウンドに人玉とか、二宮金次郎像が走るとか七不思議があるって聞いたけど……?」

「んー、そっちは普通、じゃねーなっ。グラウンドに七つあるんかいっ」


 校庭で百鬼夜行が起こりそうだぜ。


「いや、七の二乗不思議とも聞いたな」

「四十九不思議は多いわっ!」


 需要と供給が見合っていない。


「七割不思議って言う話も聞いたね」

「そんなにそんな不思議ってほどでもないのかこの野郎っ」


 大分不思議だけど、なんか解明の糸口は掴んだ感じか。


「七かける二足す五ひく二かける二わる二ひく十不思議とも言っていたな……」

「せめて計算を終わらせてから噂にしてくれっ」


 それ結局何不思議だ?

 と、まあ、それはともかく。


「簡潔にまとめると?」

「なんか、学校で何個か変なことが起きてるみたい」

「把握した」


 そんなこんなで、やっと俺達は学校の探索を開始したのである。


















 さて、まずは校庭だ。

 何故校庭からかと言われれば、近いからだと答えよう。

 学校の角を曲がって、校庭に差しかかる。


「で、校庭にはなにが出るんだ?」


 歩きながら問う俺に、前さんが答える。


「んーとね、夜な夜な二宮金次郎の像が……」


 おお、正に七不思議だな。と、俺は目を凝らした。

 言われてみれば正に見えるぞ? あれか。銅像らしきものが校庭を走っている。

 ただ、なんというか、なんで前傾姿勢で全力疾走やねん。本当に速いな。

 だが、√7不思議とか、そんなんじゃなくて真っ当な七不思議だ。安心したぜ。

 と、俺が胸を撫で下ろす。そんな最中。


「……全裸で走り回るって」

「変態だーっ!!」


 夏の夜、嗚呼気がつけば、天狗脚。


「ふふふ、夏の夜空に全裸で走り回るこの爽快感、たまらないぜふはぁあああああああああッ!!」


 夏の夜空の下、二宮金次郎(全裸)に、俺の蹴りが炸裂した――。

 まあ、どこかでこうなるんじゃないかとは思っていたんだが。

 そうして、俺は二宮金次郎を夏の夜空の下、正座させることとなった。


「なんつーかさ、まあ、別に校庭を走るなとは言わんよ。人間走りたい時もあるし、そんな長時間固まってられるかってのもわかる。だが、服を着ろ」

「ぬぬう、ですが、わざわざ夜を選んで迷惑をかけないように……」

「だが、そこはほら、あれだ。女生徒辺りが目撃しちゃってる訳だよ」

「ええっ! まじですかっ!? それはやばいですね!! 教育によくないですっ!」

「ああ、だから自重してくれ」

「わかりました、じゃあ、次からはふんどし位は締めて掛かりたいと思いますねっ」

「おお、それなら……、ん? んん? まあ、いいか」


 うん、それでいいはずだ。いいはずなんだ。少なくとも今よりは、改善されてるはず。

 そもそも出ないようにってのも人権侵害だしな。走るなとも学校からされとも言えない訳だ。

 納得して、俺達は今度は校舎へ足を向ける。

 そんな中、李知さんが不意に告げた、一言。


「なあ、私の記憶ではうちの学校に二宮金次郎像なんてないはずなんだが……」

「……え?」


 存在そのものが七不思議、二宮金次郎像であった。















「で、次は?」

「音楽室だな」


 これまたありがちな。

 でも、もう信用するまい。どうせ変なオチが待っている。


「で、なんだ? 今度はあれか? 全裸でピアノでも弾いてるのか?」


 疑念丸出しの俺。

 そして、そんな俺に李知さんは首を傾げながら返す。


「いや、そんなことは無かったぞ? もっとちゃんとした奴だ」

「本当だな? 本当なんだな?」

「ああ。音楽室のグランドピアノがだな」

「ふむ」

「夜な夜な……」

「夜な夜な?」


 言いながら、俺は音楽室の扉を開ける。

 そこには――。


「――凄い速度で滑走するんだ」


 ぎゃおんぎゃおんいいながら音楽室を走り回るグランドピアノの姿が――!!


「騙されたっ――!!」


 信じた俺が馬鹿だったのだ。うん。

 前輪を上げたり、ドリフトしたり。もう既に、モトクロッサーのそれと化したピアノは、夜の音楽室を走り回る。

 そして、結論は一つ。


「こんな車輪があるからぁッ!!」


 ってことでピアノの足んとこついてるあれを外してかたが付いた。

 と、思ったが、再生したので諦めることにしました。

 まあ、夜の音楽室を走り回るだけだしな。


















「で……、次は?」

「んー、理科実験室だね。そこの人骨標本と人体模型が……」


 理科室の前に立つ俺含む三人。もう騙されない。


「夜な夜な……」


 と、決意していると、中から、声が漏れていた。


『人骨さんっ、愛してるんだっ!! その白い肌が真っ赤になるまで愛したいっ!!』

『ああ、模型さんっ、嬉しいっ!! そんな風に内臓まで震わせて告白されたら、きゃっ!』

「夜な夜なラブロマンスを繰り広げるんだって」

「……そっとしといてやれよ……!」


 ……やっぱりか。

 あと、熱心にそちらを見る李知さんは自重だ。


「なにを照れながらもちらちら見てるんだお前さんは」

「み、見てないぞ? 興味なんて微塵もないっ」

「んー、女の子だもんね。やっぱり、仕方ない、かな」


 とは苦笑気味の前さんの言。

 そして、動揺しまくる李知さん。


「そ、そそ、そんなことは……」

「へいへい、そういうことにしといてやろう」


 そんなこんな、俺の空気を読んだ発言により、会話は中断。


「な、薬師、それは――」


 中断ったら中断、先に進むのだ。













「次、新築なのに何故か立て付けが悪くて開かないドアが」

「そいつは手抜き工事って言うんだっ!!」


 開かずの間では断じてない。








「次は、体育館にジャイアントゴーレムがって話だね」

「脈絡がないっ!」









「次は、そこだな。屋上へと続く階段の……」

「なんだ、一段増えたり減ったりするのか?」

「滑り止めの溝が三から四に増えてるんだ」

「地味ぃ!」








「壁に浮かび上がる猫っぽい様なモアイみたいな、通称猫モアイが……!」

「もうどうしようもないっ!」



















 そうして、俺はげんなりと一階へと向かっている。

 まあ、んな感じで、色々とあった。

 突っ込み疲れた俺が、帰りたくなったりと色々あったが、まあ、なにはともあれ順調に怪奇現象を収め……、収め……。

 収めている。うん。

 そして、遂に最後の怪談になる、と移動している辺りで――。


「んあ? そいや、李知さんは」

「へっ? なに言ってんの薬師。李知はさっきから薬師の腕に……、いないね」


 李知さんが消える現象、発動。

 ……どういうことだ。


「何時の間にはぐれたんだ? 俺の知らない間にってなると、なかなかすげーぞ」

「え、ど、どうしよう」

「まずは携帯だろ」


 便利ですね、文明の利器、とばかりに俺は携帯を取り出し、李知さんへ電話をかける。

 そうして、耳に電話を当てて二十秒ほど。


「駄目だ、出ないな」

「えっ、じゃあ、どうしたら……」


 やたら心配する前さん。だがしかし、俺が何だか忘れていやしないだろうか。

 俺は天狗で、探知となれば、得意分野。

 そして相手は狭い校舎だ。探ればあっさりと、反応は見つかった。


「……んー、一階、保健室?」


 呟いた声に、前さんが背伸び気味に反応する。


「わかったの!?」

「一応な。……違和感零って訳でもねーが」

「どういうこと?」

「いや、大したことじゃねーや。多分、次の行き先が保健室だったから、合流しようと先回りしてんだろ。とりあえず行こうぜ」


 俺と前さんは、保健室へと歩き出す。

 ここは三階の端だ。保健室までは結構な距離があった。


「次の怪談はなんなんだ?」


 そう言えば、保健室に行くことは知っているが、なにが出るのか知らないな。

 そんな俺に、前さんも首を傾げた。


「あたしもそっちはよく知らないんだよね。保健室に出るってだけ」

「むう、なるほど。一体何が出るやら、なあ?」


 それきり、二人黙って歩く。なんか気まずかったが、前さんが何も言わないので俺も何も言わなかった。

 そして、ゆっくり数十秒、もしくは一分二分経ったのか、二階への怪談に差しかかり、ふと、前さんが呟く。


「ねえ、薬師」

「なんだね」

「今、あたしたち夜の学校で二人っきり、なんだね……?」

「そーだな」


 なにを当然のことを。李知さんがいないのに三人であるほうが恐ろしいわ。

 だが、前さんにとってはそうでもないらしい。

 俺を見るのは、呆れたような少し引いたような目だった。


「そーだなって……、それだけ?」

「他になにがあるってんだよ」

「こう、もっと他にさ……、うん。薬師に言っても無駄だね」

「おおう。途中で諦められた、なんかすっごい負けた気分だ」


 ふう、と溜息まで吐かれてしまった。

 地味に傷つくぜ。と、言おうとするその寸前に、ぎゅっと、前さんが俺の腕を今一度強く抱きしめた。


「大丈夫だよ。薬師にいきなり無理難題押しつけたりしないから」

「それはそれで負けた気分だぜ」

「でも、絶対、わからないよ?」

「言ってみないとわからない」

「じゃあ、わかる? 乙女心」

「すまん、わからん」

「やっぱり」

「やっぱり負けた気分だぜ」


 乾杯だ、ボロ負けだ。一方的だ。

 と、そんな俺に、前さんは笑う。


「だから、今はこれで十分……」


 腕を抱きしめて言う前さんに、俺は聞いた。


「なにがだ?」


 すると、前さんは悪戯っぽく、顔を歪めて言い放つ。

 ……腕を抱きしめて今はこれで十分、と言うことは――。


「秘密っ」


 もしかして俺、いつか腕もがれるんじゃないだろうか……。




















 いつの日か、腕をもがれるんじゃないかと恐々としながらも辿り着いた保健室。

 がらりと音を立てて開いた扉の向こうの暗い室内には、李知さんが立っていた。


「薬師っ……」


 そして、李知さんは俺の姿を認めて、俺に駆け寄ると、体当たり気味に俺を押し倒す。


「あいてっ」


 俺は後頭部を強打。しかし、李知さんはそんなことお構いなしに言葉を紡ぐ。


「こ、怖かったんだぞ? 薬師……っ!」


 そう言った李知さんの眼もとには涙がぽろぽろ。

 ……。

 そして、何故だろうか、李知さんの顔が次第に迫ってきて――。


「薬師……、好きだ……っ、愛してる」


 李知さんと俺の距離が零になる寸前。俺は言った。


「お前さん、誰だ?」


 李知さんも、そして少し後ろであたふたとしていた前さんも、意味がわからない、と言うような顔をしている。


「え、薬師、なに言ってんの? 李知だよ?」


 と、前さんは言うが、別に俺が頭を打って記憶喪失になった訳ではない。


「そうだぞ、薬師。なにを言ってるんだお前は……」


 そんな風に、前さんに同調した李知さんに向かって、俺は言う。


「まあ、確かにそっくりさんだし、形は李知さんそのものだが、なんか走り方が違う」


 その瞬間、一同、えっ、って感じの引いた顔に。今、俺そんな変なこと言ったろうか。

 しかし、やはりその体は李知さんのものかも知れんが、中身がおかしい。


「なんかこう、あれだ。李知さんはもっと肩で風切って走るよ」


 と、周囲の空気を無視して、俺はきっぱりと言い放った。

 にしても、他人を乗っ取る怪奇か……、流石に最後は厄介な奴が出て来たもんだ。

 ふふん、と俺は不敵に笑って立ち上がる。

 そして、首を鳴らして構えたその瞬間。


「ばれてしまうとはね……。今まで幾人ものカッポウッを作って来た私の完璧な演技を見破るとは流石だわ。しかしっ、だがしかしっ!! この際貴方達は今ここでカップルになるのよっ!!」


 ……自重しろ。

 ああ、最後までまともな物は拝めないんですね。さて、そろそろ本気で取りかかるか、と思っていたのは俺だけのようです。


「私の姿を見せてあげるわっ」


 そう、まあ、なにはともあれ、李知さんの体から白い煙が出て来たかと思えば、現れたのは、赤いランドセル、白いブラウス、そして肩にかけるあれがついてる赤いスカート、肩までの黒い髪。おっとりしてそうな優しげな目。そう、見事な小学生の格好の――。


「……その、年齢的に、自重しろ」


 高校生くらいの女子であった。


「う、うるさいわねっ!」


 第一、はちきれそうだぞ、胸元と腰元辺りが。


「で、お前さんの名前は?」

「花子よ」

「トイレはどうした」

「年頃の乙女に常にトイレにいろと?」

「それがお前の存在意義だろ」

「だがその運命に反逆する」


 なんかむかつく。

 が、話していても仕方がない。


「あとお前さん、なんで霊体なのに霊体を乗っ取れるんだよ」


 よく考えてみるとよくわからんよな。幽霊が肉体を乗っ取るならまだしも、俺達は皆霊で、相手は怪現象の類だとしても如何なものか。


「研究の末、完成したのであります、さー。魂と魄の間に侵入して乗っ取るのよ」

「うわぁ、才能の無駄遣い」

「なんとでも言うが良いわ。でも、今日からこの子と貴方はカップルよ」


 未だ目を瞑っている李知さんの肩に浮かぶ花子は言う。

 しかし――。


「なんで恋人なん?」


 何故、この女は恋人同士にしようとしているのか。

 もしかすると、恋愛に関し何か重い過去があるんじゃなかろうか。それを解決すれば、成仏するとかしないとか――。

 答えは、


「え、なんか素敵じゃない? あっ、大丈夫よ。ある程度好き合ってる人を選ぶから。見る目は確かよ」


 なんかもう、どうでもよかったです。


「……なんで保健室なん?」

「そりゃあ、ベッドがあるから、ってなに言わせるのよ、きゃっ。でも安心してね、ベッドインしたら私は抜けるから」
「……もう帰って良いか」

「駄目よ。この子とベッドインするまでは」


 なんてお節介焼きな花子さんだ。結婚適齢期を大幅に過ぎている李知さんを気遣って結婚に至らせようとは。大きなお世話過ぎるぜ。

 だが、口に出すと各方面から集中砲火を受けそうなので何も言わないことにする。

 そう考えて口を噤む俺。にしてもこれ、どうやって解決しよう。

 ……うん、手詰まりだなっ。俺は速攻諦める。

 そんな中、声を上げたのは、前さんだった。


「ね、ねえ、あたしはどうしたら……」


 おっと、よく考えたら完全においてけぼりだったな。展開的には俺も置いてけぼりだが。

 んー、どうしたらも、帰った方が良いんでないだろうか。物理攻撃しか出ないだろうし、二次被害が出るまえに勝った方がましかもな。

 しかし、そんな前さんに、花子は派手に反応した。


「がっ、がびょーんっ」

「なんて古臭い台詞だ」

「こんな所にも恋する乙女がいたなんて……。ハーレム……、ありね」

「なにがありだこんにゃろう」

「でもMPが足りないようだわ、命拾いしたわねっ」

「いい加減にしてくれ」

「次までに二人憑依できるように分裂するから、また来なさいっ!」


 なんだか、気が付いたら片がついていた。

 まあ、いいか。


「気が向いたらな」


 言って、未だ眠る李知さんを抱えて、背を向ける。


「絶対来なさいっ!」

「おーおー」

「……また来てね?」


 最後に呟かれた言葉に、俺は一度だけ振り向く。


「ま、あれだな。その内、また来てやるから」


 それだけ言って、俺は保健室を後にした。


「悪さは程々にな」


 ……言うほど悪さしてねーや。

 ま、次行くときは一人だな。























 前さんと別れて、俺は李知さんを背負いつつ、家へと戻る。

 今日は無駄に疲れたな。

 そして、うっかり夜の学校にまた行く用事もできちまったし。

 いっそブライアンに押し付けるか。ブライアンの情操教育に……、明らかに悪いな。

 と、やはり俺が行くしかないのだろうか、と思った辺りで、俺の耳元で声がした。


「んにゅ……、やくし……?」


 んにゅ、ってなんだ。

 という言葉は心に留めて、俺は返事を返す。


「おう、俺だ。薬師だ」

「私は……」

「保健室で寝てた」

「え? どういうことだ?」

「どうもこうも、花子さんに乗っ取られてだな」

「……あ」


 思い出したような声。もしかして、乗っ取られていた時の記憶はあるんだろうか。


「覚えてんのか」


 そんな問いに返って来たのは、やはり、やけに動揺したような声だ。


「え、あ、あ、あのだな……」

「ん、どした?」

「あれは……、そのだな。花子が乗っ取ってたからであってだな……、私の意志では……」


 ああ、なるほどな、乗っ取られて出てった後は気絶状態だったわけだから俺と花子さんの会話は記憶にない訳か。

 だが、その辺はちゃんと話は聞いた。誤解はないと伝えないとな。


「わかってるよ。全部聞いたからな」

「私の意志では……、ない、訳でもなくて。その、別に絶対嫌だった訳じゃないし……、そのだな」


 どっちなんだ。

 前さん、どうやら貴方の言った通りのようだ。わからないです。乙女心。


「と、とにかくだなっ。その、あれだっ」


 言い募ろうとする李知さんの代わりに、俺が言葉にした。


「いや、わかってるって。ぽろぽろと泣いてたのも花子さんの仕業だろ?」


 すると、李知さんが俺の背中で暴れ出す。

 おうふ、痛い痛い。


「な、泣いてないっ!」

「い、いや、わかってるって」

「泣いてないからなっ!?」


 わかったから背中を叩かんでくれ。


「お、おう」


 そして、会話は途切れ。

 家の前に着いてから、ふと、李知さんは言った。


「そう言えば……、最後の怪談があったんだが」

「お?」

「全ての怪談を知ると最後の怪談に出会うらしいんだ」


 おー、ありがちだな。階段から突き落とされたり、窓から落ちたり、この状況で行くと、李知さんが実は李知さんじゃなくてうわあ、な展開か。

 と怖い想像をした俺に、李知さんはあっさりと言った。

 今まで気付かなかった、衝撃の事実――!!




「――何故か七不思議なのに、八つあるんだそうだ」




一、全裸にのきん。

二、高速滑走ピアノ。

三、ラブロマンス模型。

四、手抜き工事。

五、なんかゴーレム。

六、増える『階段の滑り止めの溝』。

七、猫モアイ。





 ――八、なんだかお節介な花子さん。





「……地味だっ!!」



















 そして。


「よく考えてみればなんだがさー」

「なんだ? 言ってみろ」

「何にも解決してねぇー……」

「あ」


 全裸にのきんが、半裸にのきんになっただけでした。




























―――
一度はやりたかった七不思議編。学校があるなら一度はやるべきですよね。こういうジャンルならば。
果たして全裸にのきんが再登場する日はあるのか、ないのか。多分ないです。
花子さんもないです。人体模型もきっと出ないです。





返信。


悪鬼羅刹様

突如覚醒したブライアン。なんかお国の重圧とかその他諸々が吹き飛んだせいで、ネジも飛びました。
おかげさんで、ブライアンも電波な子に。まあ、元がお堅い子だったんでこれもこれで。
基本サイクルが国から任務が来て、こなすの繰り返しだったから、もう自分でも何やってるんだかわからなくなってるんでしょう。
果たしてこのまま鎮静化するのか、ふわふわどっか飛んでくのか。


SEVEN様

ブライアンが大きなことをやらかすと見せかけて、思ったより大したことないってか、超個人的な問答です。
後、エコだよそれは、の件はやはり一番突っ込んで欲しかった所です。ええ、内心ガッツポーズ。
ただ、薬師に隕石落としても朴念仁が治るかどうか……。馬鹿は死んでも治らないようですし。
んー、でも、鋭いというかなんというか、記憶喪失ネタはストックされてますよ。その内飛び出すかも。無論閻魔の仕業で。


あも様

少しずつ、自由と個性というものをね? なんというか、ブライアンが出していければ良いかなと。
昔は一応国の命運を背負ってたんですけどね。今はもう、残念です。
やっぱり、色々解放されちゃって彼も戸惑ってるんじゃないかなと思いますが。
人気投票はなんというかね……、一位の人にとっては対作者鬼畜ルートが用意されていましてね……。


通りすがり六世様

ブライアンも色々と大変みたいです。戦闘の毎日から日常へ溶け込もうと頑張ってるんです。
まあ、よく考えてみれば、初登場時はお国のために帰れない覚悟で地獄に来てた訳ですからね。
生活が落ち着いてくれば、俺、何やってるんだろう、どうやって生きていけばいいんだろう的な問いは確実にあるんじゃないかなと。
そんな焦りが、彼を川に突き落としました、まる。水にぬれて頭を冷やしましょう、と。


光龍様

初期ブライアンはお国のためなら死ねる、というか死んだお方でしたからね。それが無くなって、反動が。
かっちかちからふわっふわにジョグレス進化した感じがしました。まあ、彼なりの生き方の模索だと。
あと、やっぱりここいらで何かある度飛び出してくる前さんはメインヒロイン。どうしてこうも出て来れるのか。
ちなみに、数年前辺りは有明海苔が赤潮で取れにくいとかあった気がするんですが、今は知らないです。


奇々怪々様

シリアスなんて稀でおっけーです。ブライアンVS薬師なんてもう良いです。
なんというか、手紙においては、とりあえずという言葉が、ブライアンの悩みを映し出してると。なんかもうどうしようもないからとりあえず決闘してみたら良いんでないかと。やけくそ気味な。
ただ、焦るこたぁないので、ゆっくり自分探しをすれば良いんじゃないかな、と思いますがね、これからも電波人間ブライアンは活躍します。
尚、いきなり薬師が積極的になったら、正気? 熱があるんじゃないか? 拾い食いでも? 明日は滅亡か。と言われるのは確定だと。


霧雨夢春様

戦闘戦闘の毎日から、日常に漬け込んだ結果がこれだよ。電波でモラトリアムなブライアンさんです。
まあ、裏で色々あったんじゃないかと思わなくもないですが。コンビニのバイトとかしてそうです、このブライアン。
しかし、よく考えてみれば、植物を育てて収穫って弄んでる気もしないでもないですが……、やっぱりエコ。
ちなみに、多分英語勝負を行うと、薬師は英単語だけ点を取り、後は軒並みアウトだと。





最後に。


つ、遂に怪談にまでフラグを立てる時が、来たのか……?



[7573] 其の百三十七 俺とある日のアホの子。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d2f23a81
Date: 2010/07/09 21:21
俺と鬼と賽の河原と。



 子供とは、往々にして容赦のない生き物であり、攻撃的だ。

 子供の暴力。そこには一切の妥協も容赦もなく、ただひたすら、全力で行われる。

 ただ、かといって、野蛮であるか、と言えばまた、その表現には違和感があると言わざるを得ない。

 そう、子供なのだ。生まれて数年の子供。これから学ぶ時期、なのだ。

 手加減を学び、分別を付けられるようになる。そうなるべき時期という奴だ。

 だから、大人という奴は子供の暴力を受け止めて、上手く導いていく義務がある。

 そう、手加減を学ばせるために。

 しかし――。

 いきなり後ろから辻斬り的に貫手連発の後に斜め延髄切りは――、ちょっとやめて欲しいと思う今日この頃。


「てい、ていっ、えいっ、そいっ、えいやっ!!」

「素晴らしい小型船舶な連続技だが、痛いのでやめろ」

「えー……、良いじゃんっ。薬師しかさせてくれないんだもんっ」


 頬を膨らませ、口を尖らせたって駄目だ。

 そりゃ、俺しかさせないのは当然だろう。

 何故かって言えば、

 流石に春奈の手刀は洒落にならんよ。













其の百三十七 俺とある日のアホの子。












「で、仕事場までなんのようだね。春奈君や」


 河原で、石を積みながら、片手間で俺は春奈へ問う。

 にしても、首が痛いな。んん? 世界が微妙に変な角度で見えるぞ? ……俺の首、ひん曲がってないだろうか。


「んー、遊びに来た」


 無邪気に、アホの子は言う。

 そんな春奈に、俺は曲がった首をごきごきと戻しながら、ため息交じりに声を上げた。


「ここは仕事場なんだが」

「じゃー、わたしも仕事するっ」


 おお、そいつは良い。俺の代わりに石を積み上げまくってくれ。俺は返って寝たい。超寝たい。昨日は徹夜してたんだ。

 俺と平和について瞑想すること五時間。その瞑想は迷走し、最終的に現世のどこぞの山に穴掘って埋まれば安閑と過ごせるんじゃないか、と考えたあたりで、俺は朝日を拝むこととなったのだ。

 故に眠い。だから、春奈に全てを任せ、俺は寝たい。

 しかし――。

 このアホの子に石を積むなんて真似ができるだろうか。

 考えられる可能性は三つくらいある。

 一つ目、石を握りつぶす。よくわからないままやりそうだ。

 二つ目、石を積んでる途中で苛々して石に向かって全力攻撃。

 三つ目、石を食べる。後、まるで焼き立てパンの様な香りがしていたと供述。

 と、まあ、幾らか派生するかもしれないが大別すればこの辺だろう。

 飽きて放り投げるくらいなら別にいいが、上の三つの可能性は、色々と困る。

 石を握りつぶすと後の仕事がし難くなるし、全力攻撃は周りが巻き込まれかねん。石を食べれば、多分、もしかしたら腹を壊す。壊さないとも限らない。

 なので、俺は首を横に振った。


「駄目だ、まだ早い」

「えー、やだやだっ。やるもんっ、春奈だって仕事できるよっ」

「いや、まだ駄目だ、百年早い」

「できるもんっ、わたしできるよ」


 駄目だ、と言い切る俺と、それでも、と食い下がる春奈。

 どうも諦める様子がない。子供特有の意固地になっているようだ。

 そうであれば仕方がない、こちらは大人の狡い手を使うまでだな。


「いいか? 子供が不用意に仕事をするとだな……」

「仕事をすると?」


 純粋な目で俺を見て、首を傾げるアホの子に、俺は深刻そうな顔をできる限り作って見せる。


「いきなり筋骨隆々としたガチムチが現れて、攫われてしまうんだ。そして、毎晩男たちが半裸でラグビーのスクラムする姿を見せられる」

「……」

「それでもやるというなら、止めはしない」


 そんな俺の嘘八百により、少し怯えた顔で震えるアホの子を見て、俺は一安心。これで大丈夫だろう。

 そして、案の定、


「っわたしなら、ガチムチくらいちぎっては投げちぎっては投げだけど……。やくしがそんなに言うならやめとくっ」

「おう、そうするといい」

「まったく、やくしは心配性なんだからっ。わたしは大丈夫なんだけどっ」


 強がりをありがとう、と言いたいところだが、今年の抱負、空気を読める男になろうを実行し、俺は何も言わない。

 そして、俺が何も言わないので、しばらくのこと、春奈は誇らしげに胸を張っていたが、不意に、思い出したようによくわからん包みを取り出した。


「そーだ、はいっ、これ」

「ん、なんぞそれ」


 よくわからないまま、包みを受け取った俺に、無邪気に春奈は答えを寄越した。


「お弁当、あおねが届けろってさっ」


 あー、なるほど、と、俺は手を叩く。良く考えれば忘れてたな。それで、うちにきていた春奈に藍音がついでと持たせた訳だ。


「どう? わたしもお仕事でき……」


 胸を張って誇らしげに放たれた言葉は尻切れ気味に。

 表情が段々と悲しげになっていく。


「……わたし、つれていかれちゃう……?」


 ほとんど泣きそうな顔で、春奈は俺に聞いた。

 くっ、とっても純真な瞳だ。威力が高いぜ。

 その威力の高さに、俺は思わず春奈の頭を撫でる。


「安心しろ」

「ふぇ?」

「ガチムチが来ても連れて行かれないよう、俺がお話してやる。肉体言語で」


 無論、拳と蹴りと、後鉄塊で。

 そして、そんな俺の言葉に、春奈は目元を擦る。


「うん……」


 俺は、その空気を誤魔化すかのように、弁当の包みを開けることとしたのだった。


「飯、食うか」

「……」

「じっと見つめられると食いにくいんだが」

「……」

「……なあ」

「……」

「肉団子、食うか?」

「うんっ!」
























 結局、春奈は、俺の仕事が終わった五時まで、ずっと河原に居た。

 今回は色々と前さんに迷惑もかけてしまったが、春奈の相手に関して満更でもなさそうだったので、まあ、たまに位はいいだろう。

 流石に、仕事に私事を持ち込むのは褒められたもんじゃないが。

 まあ、そんなのはともかく、俺と春奈で家へと向かう。


「ねえねえ、やくしってさ、結婚してるの?」

「どこをどう見たらしてるように見えるんだ?」

「どこからどう見てもしてるじゃん。でも、じゃー、ひとりみだー、どくしんだっ」


 おい、楽しげに指を差すな。なんか悲しくなってくるだろう。

 いや、確かに千年生きて嫁さんの一人も貰えないのは空しい事実だが。

 ほら、あれだからな? べ、別に結婚できないんじゃなくて、してないだけだからな。探せば、きっといるさ、俺と結婚する様な奇特な女も。ただ、探してないだけで。


「そーいう春奈さんはどうなんだね。好きな男の子、所謂、英語で言うならボーイフレンドの一つでも」


 話題を変えるために俺が放った言葉は、あっさりと返される。


「んー、よくわかんないっ」


 まあ、アホの子にそれを聞く方が馬鹿だ。

 ませてる方ならば、顔を赤くして照れる話題であるが、春奈にはまだ早いか。

 俺は、微笑ましさに任せ、優しげに溜息一つ。


「そうかい。まあ、大きくなれば、お前さんもわかるよ」

「おおきくなるの? わたしも? ぼんきゅっぼん?」


 そんなこと何処で覚えたんだ、ってのはともかく。


「大きくならんとも限らない。ぼんきゅっぼんも、ないとは……、言いきれないか」


 若ければ、今一つ体の固定が不安定であるため、精神と同時、身体の成長もあり得る。

 ただし、年を取るごとに、少しずつ自分の体はこうだという固定観念があるため、身体は変わりにくくなる。

 まあ、正直、この姿で千年も過ごした俺では、不可能な芸当だが。

 しかし、春奈は成長しうるだろうか。


「あっ、ちょうちょだーっ」


 ……難しいかもしれない。



















 さて、そんな感じの話から、一週間くらいの時間が経ったろうか。

 俺はその日も、仕事を終え、家へ帰る。


「ふー、今日も疲れて、ないな。あんまり」


 一人寂しく呟いて、俺は家への角を曲がろうとし、ある人物に出会った。

 愛沙だ。


「どうした?」


 愛沙にしては珍しい、若干焦った様な顔であった。まあ、見た感じ普通と変わらないが、今まで、数多くの無表情と相対してきた俺を舐めないでほしい。

 顔色読み選手権に参加したら負けない自信がある俺なのだ。


「春奈を見かけませんで?」

「む、いや? どーかしたのか?」

「いえ、朝からいなかったもので、あの子のことだから大丈夫だとは思うのだけど。逆に、あの子だからこそ阿呆なことでなにかなっていないか……」


 ああ、なるほど心配性。傍目にはわからんが、おろおろと。

 なんつーか、まあ。


「とりあえず、うち来いよ」


 答えを聞かず、俺は愛沙の手を引っ張った。

 そして、家へと入り、適当にただいまと声を上げてから、居間へ。


「で、朝からいないんだな?」

「ええ、その時は遊びに行ってくる、と。ただ、いつもは昼食は私の所で食べる、と言っていたのだけど」


 飯時にも現れなかった、と。まあ、春奈のことだから、どうせ蝶やバッタでも追いかけたのだと思うが。


「あんまり心配すんな。大丈夫だっての」


 心配し過ぎだ、と安心させようと言ってみる俺。

 対する愛沙も、


「ええ、あの子の強さは私が一番知っているので」


 とは言うのだが……、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。

 言葉と行動が一致していない。

 つか、こいつ、昼時からずっと春奈を探していたのだろうか。

 ……だぁもう、この初心者親子めが。


「俺が行ってくる、お前さんがやるより効率が良いだろ」

「は、なら私は……」


 その言葉を俺はばっさり遮った。


「お前さんは休んどけ」


 それだけ言って、俺は有無を言わせず文字通り、家を飛び出した。
























 さて、こうして始まった春奈捜索劇であったが、なんの苦労もなく、あっさりと俺の探知に引っ掛かり、春奈は発見された。

 そこは、三途じゃない川の土手。緑に染まったそこに、


「人騒がせな奴だな……」


 春奈は寝ていた。


「んぅ……、おかぁさん」


 にしても、寝言で愛沙を呼ぶ辺り、意外と上手くやってんだな、あの二人。前では考えられない仲睦まじさだ。

 ただ、まあ、幸せそうに、丸まりながら寝てる春奈だが、あんまり愛沙を心配させるのもよろしくない。

 メールは送ったが、それでも、顔を見るまで安心はできないというものだ。

 それを、俺の今まさに七回目の振動を起こす携帯が教えている。二度目までは問題ないと返信したが、それ以降はもうやめた。安心するまで俺が慣れないメールを打つよりも、連れて帰った方がずっと早い。


「おい、春奈、起きろ、春奈」


 言ってから、抱えていけば早かったかと考えたが、意外と寝起きのよろしい春奈は、既に目を擦っていた。


「んん……? やくし? やくしだー。なんで? ふしぎ」


 すまん、寝起き良くない。やっぱり寝惚けてやがる。


「お前さんの帰りが遅いから、迎えに来たんだよ」

「やくしー、おなかすいたーっ!」


 わお、話が繋がらねえ。お兄さん困っちゃう。

 すまない、お兄さん、おじさんとかいうもんじゃなかったな。古代生物困っちゃう。


「わかったわかった。じゃあ、帰るぞ」

「うんっ」


 結局、俺はその日も春奈と手を繋いで帰ることとなった。

 夕暮れの土手は何故かやけに暑くて、そして、何故か蛙が鳴いている。


「なんで、お前さんはこっちに来てたんだ?」


 ふと、俺は問う。なんであんなとこで寝てたんだか。

 すると、春奈は、何故かずっと握っていた、俺と手を繋いでない左手から、緑色の何かを差しだした。


「あげるっ」


 相変わらず会話が通じてないが、なるほど、四つ葉のクローバーか。

 そう言えば土手にクローバーが群生してたな。


「ありがとさん。これを探しに行ってたのか」

「うんっ、おかあさんにあげるんだっ。わたしってば気のきく女だわっ」

「俺に渡しちまって良かったんか?」

「二本あるもんっ。それ持ってると、幸せになれるんだってっ。だから、幸せのおすそわけ」

「おうおう、ありがたいね。だが、春奈は良いのか?」


 お前さんは持ってなくても大丈夫なのか、と聞いてみたら、しまった、これは地雷だ。

 春奈の顔が泣きそうになる。


「わたし、しあわせになれないの?」


 慌てて俺は首を横に振った。


「俺とお前さん、今手を繋いでるだろう? だから、クローバーを持ってる俺もお前さんも一人分ってことで一緒くたで幸せになれるさ」

「そーなの?」

「そーなの。ま、家に帰ったら渡して愛沙にも分けてもらえ」

「うんっ」

「素直でよろしい」


 さて、家に帰ったら、愛沙はどうするだろうか。

 怒るより先に、泣きそうだな……。

 そんな情景を思い浮かべていると、ふと、春奈は言った。


「ねえ、やくし」

「ん?」


 ぽつりと零された言葉に、俺は春奈を見た。

 春奈は、俺をじっと見返して、言葉にする。


「もしも、万がいち、だけど。このわたしをもってしてもうっかり、仕方なく道に迷っちゃったら――、また来てくれる?」


 やっぱり道に迷ってたんかい。俺は、そんなアホの子が微笑ましくて、にやりと笑みを浮かべて答えることにした。


「――そんときは、呼びたまえ。文字通り飛んで来てやるから」


 しかし。

 俺はなんか駄目なこと言ったんだろうか。

 不意に春奈は立ち止まり、じっと俺を見ている。


「どうした?」


 その言葉に合わせて、春奈は再び歩き始めた。

 そして、俺を見て、言う。


「なんか、おなかの下の方が、きゅんってした」

「んー、夏バテか? 変なもん食ったか?」

「よくわかんない」

「ま、続くようなら病院行けよー」

「そ、その時にはついて来てもいいわっ」

「へいへい」

「ところで、今日の夕飯なにかなー」

「さあ。多分藍音がカレーでも作ってるだろ」
























「ねえねえ、春奈ちゃん、春奈ちゃんって、気になる男の子っている?」

「んー、よくわかんないけど、いないよ?」

「そうなの?」

「だって、わたしの気になるのは、――『せんさい』だもん! 男の子じゃないよっ」


 と、学校でそんな会話があったかどうかは不明である。















「所で愛沙さんよー」

「なにか?」

「春奈って携帯もってないんか?」

「あ」

「忘れてたんかい」





















―――
今回は、鈍感コンビのターンで。
アホの子と愛沙、親子そろって未だ恋愛における好きなのか、お父さん大好きなのか良くわかっていませんが、気になる異性は薬師の模様。





返信。


zako-human様

あの学校が普通な訳があるでしょうか、いや、ない。そんな学校。
まあ、ぶっちゃけ鬼とか大天狗とかが一緒にいる時点で七不思議。有り得ないことこの上ないんですけどね。
やはり、夏ですしね。怪談の一つでも、と思ったんですが……、余計暑くなる気がしました。
にのきんは、まあ、なんというか、青銅色の変質者と言う点ではただの変質者以外の何物でもないかと。


悪鬼羅刹様

学園物は一度は七不思議をやっておくべき、という良くわからない固定観念がありました。兄二です。
夏の暑さに私の頭がやられたのか、怖いというか別の意味で恐ろしい七不思議となっておりますが。
ちなみに、自分肝試しなんてした覚えすらありません。おぼろげにあるのは、幼稚園の行事でお泊まり会の日になんかやった様な記憶ですかね。
まあ、今なんて、クラスに男しかいませんし。どうしようもないです。女っ気零ですよ。羨ましい。


光龍様

そろそろこんなジャンルで突如の学園ですし、それらしい怪談ネタの一つでも……の結果がこれだよ。
あんまりにもホラー成分が零過ぎて困ります。おかしいな、なんでこんなことになったのやら。
そして、フラグ製作と補強に余念がない薬師。またか、と言わざるを得ない辺り流石と言うかなんというか。
にのきんさんに関しては、うん、別に人に見せたい訳じゃないから、きっと変態じゃないんですよ。多分。


通りすがり六世様

薬師が携帯を扱えるのが、きっと七不思議。そんな気もします。ただ、やっぱり慣れてなさ気ですけど。
果たして冷えることができたのか。夏の怪談。明らかに冷えるどころか温度上昇した気がしないでもないです。
まあ、幽霊とは言えども、やっぱり怖いものは怖いんじゃないかなと思わなくもないですが、やっぱり変だ。
あと、暁御が出て来ないのも、その内七不思議のひとつになるんじゃないですかね。


SEVEN様

薬師は腕もがれてもその内にょきにょき生えてくるんじゃないですかね、きっと。
ヤンデレ対策もばっちりですよ。差されてもぜんぜんオッケーみたいだし。ヤンデレだってバッチ来い。
花子さんは、やってることはハイスペックでレアなスキルを持っておりますが――、才能の無駄遣い。
そして、ベッドインしていたら最後、やっぱり玲衣子さん乱入確定です。むしろ玲衣子さんと保健室で朝チュンコーヒー展開も。


奇々怪々様

錯綜する七不思議の情報。四十九から、三に満たない数まで、なんかいろんな不思議が。
まあ、あれですよ、夏は暑いので、にのきんさんだって全裸で風を切りたくもなります。きっと。
ちなみに、アダルト花子さんの原典は「ほーんてっどじゃんくしょん」だと思ってる自分がいたり。
さあ、花子さんは数十人に分裂することができるのか。それとも其の前に薬師にフラグを立てられてしまうのか――!


春都様

そう、この時期だからこそ、怪談ネタです。ただ、まあ、やろうと思ったら冬場でも構わずやらかしたでしょうが。
ただ、やっぱり暑いですよね、銅像ってやつは。真夏にその辺の銅像が冷えてる気がして触ったらあっつ、ってなった幼少を思いだします。
まあ、ふんどし穿いてれば現代日本の方には引っかからないはずですしね。自分の記憶では股間を晒さなければ問題なかった気がします。
ちなみに、前回、李知さんの代わりにビーチェが出るはずでしたが、気のせいだったことにします。


あも様

七なんて面白い数字を付けるから、七不思議を考える方が途中から適当になって行くのです。まるでドレミの歌のよう。
そう言えば、自分の小学校は、給食のワゴンを運ぶエレベーターが付いていたのですが、そこに挟まれて死んだ奴がいるとかいう話がありました。
よく考えると有り得ないです。あと、最近は科学系の実験で薬品顔じゅわっ、みたいな怪談は無いみたいですね。そもそも最近あんまり薬品使わないような教育になりましたから。
そして、どう考えてもイメクラな花子さんですが、一体実年齢は……。





最後に。

くっ……、この鈍感どもめっ。



[7573] 其の百三十八 すれ違い俺。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:8f1bfd53
Date: 2010/07/12 22:14
俺と鬼と賽の河原と。




「親子丼が食べたい」


 そう、俺が藍音に言ったら、何故だろうか。

 彼女は悲しげに、


「申し訳ありませんが……、私にそれを作ることはできません」


 そう言ったのだ。

 はたして、何故、そんなに残念そうなのか。どうしてそんなに無念そうなのか。

 俺には判らなかったが――、


「いえ、……そうですね、どこかで手ごろな母親を探してくれば……。どうですか?」


 どうせ、ろくなもんじゃないことだけは、よーくわかった。


「どうですかもなにも、俺はお前さんとの認識の違いが不安になって来たよ」


 果たして、藍音の言う親子丼とは一体何なんだか。











其の百三十八 すれ違い俺。










「親子丼が食いたい」


 そう、卵と鶏肉を使用して作るアレだ。

 割り下を鍋でひと煮立ち、まるですき焼きの時の様な香りがしてきたら、そこに玉ねぎと鶏肉を投入。

 火が通るのを待ち、肉と玉ねぎがいい感じに黄金色に染まって来たら、卵でとじる。

 そして、とろとろの半熟になった辺りで、炊きたてのご飯の上に乗せて、完成。これが親子丼だ。

 作るのは結構簡単、材料も冷蔵庫の余り物で可、だ。

 だが――、しかし、自分で作るのは嫌だった。

 そう、自分で飯を作って自分でかっ食らう程面倒なことは無い。というか空しい。じゃあ、閻魔宅に作りに行けばいいじゃないか、とも思うが、こんな時に限っていく予定がない。今食べたいのに。

 その上、ぶっちゃけると俺より藍音の方が料理が美味いのが悪い。自分で作るより藍音に頼んだ方が美味いな、と思った時点で――、やる気なんて……、やる気なんてもう知らない。薬師の意気地なしっ、状態だ。

 そう、俺の今の精神状態は、親子丼は食いたい、しかし自分で作る気はしない。誰か作ってくれ。という最低な状態だった。

 もう作らせるしか選択肢はない。

 しかし、作ってくれそうな藍音は、首を横に振った。何だか会話が噛み合っていたかわからんが、作れないという。

 ……宗教上の理由か何かだろうか。いや、藍音は無宗教だ。というか天狗に仏教もキリスト教もあるか。無論イスラームもヒンドゥーも特別な理由がない限りは無い気がする。あえて言うなら神道、修験道だが、しかし、自然発生の藍音に関しては関係ない。


「……閻魔に頼む……、という選択肢は存在しないな」


 仕事に行ってるべき真昼間。

 俺は家の玄関でふと、俺は呟いた。

 閻魔に料理をさせる。そんなことは、薄氷の上で鉄の下駄履いて全力でタップダンスする並みに自殺行為だ。天狗の力でそんなことしたらえらいこっちゃである。


「閻魔妹なら可だが、どこにいるんだあ奴め」


 藍音に頼めないなら、他にお願いするほか無い。

 等と考えて、俺は他の友人を洗っていく。

 だが、名案は中々出て来なかった。

 家の中の人間だが、銀子は駄目だ。あれは何故かコンビニでしこたまクリームパンを買ってくることに疑問を持たないお馬鹿さんだ。

 李知さんは、料理できるか知らないし。由美や由壱、子供に料理させて俺が食うのは、父の日か敬老の日くらいで十分だ。

 そうして、必然的に、意識は外へ向く。

 先程言った通り、閻魔はダメ、絶対。閻魔に親子丼なんて作らせたら丼からコカトリスが飛び出してしまう。

 そして、閻魔妹は、最有力候補の家事全般一級能力者で、優しいというか、お人好しというか、頼みごとを断らん方なので、言えば作ってもらえそうなものだが、残念なことに、基本的に神出鬼没で、家にいるやらいないやら。

 次に、お隣さんは炒飯が得意料理らしい。目下練習中とのこと。無論、お隣さんのお子さんは、生卵どころか割らないでぶっこみそうなので勘弁願う。

 暁御は、仕事かもしれんし。前さんは仕事だということを先日確認している。

 鬼兵衛は……、なんか前掛けまでして完璧な物を作りそうだが、見たくないので嫌だ。酒呑は作ってもおいしくなさそうだから尚悪い。

 ビーチェは、いきなり押しかけたら悪いだろう。

 と、なった辺りで、既に、選択肢がもうほとんど残っていないことに気がついた。


「この辺りで暇な奴と言えば――」





















「よ、調子はどうだね」

「おかげ様で。正直、暇ですわ」


 そんなこんなで、やってきました玲衣子宅。相変わらずの和風建築です。

 こんな夏でも、玲衣子宅は良い風が入り、中々に涼しい。

 俺は、玲衣子と向かい合うようにして、座布団に座りこんだ。そして、歩いてきた外の暑さと、家の中の涼しさのあまりの違いに、ぐだー、っと机に顔を預ける。


「暇なのかー。そいつはなによりじゃないか。羨ましいぜー」

「ふふ、そうですね。貴方は?」

「超暇」


 ここまで親子丼が食いたくてやって来たのだ。暇じゃないなら狂気の沙汰だ。


「所で、暇って、仕事は?」


 俺が聞けば、玲衣子は困ったように笑う。


「先程書類を片付けたら、あっさりと。早々私に交渉事が舞い込むこともありませんし」


 そりゃそうだ。あんな交渉何度もあって溜まるか。

 しかし結局、あんまりやることは変わってないんだな。茶飲み友達が減らんで助かるぜー。

 思いつつも、そんなことはおくびにも出さず、というか出すのが面倒なので、ぐだっとしたまま呟く。


「ふーん、そいつは良かったな」

「ええ、全く。所で、何か用でも?」


 そう聞いた玲衣子に、俺は少し考えた。


『親子丼を作ってもらいに来た』


 さて、この台詞を吐いて、実際に作ってもらえる確率は幾らだ。

 四割を切る。と思う。というか俺なら作らん。

 兵は拙速を尊ぶものだが、しかし、急き過ぎては事は成せん。

 なので、俺は話を逸らすことにした。


「なんだね、用がないと来たら駄目か?」


 いや、駄目っつわれたら流石の俺も自重せざるを得ないけどな、と、この言葉が両刃の剣出会ったことに気がついたのは言ってから。

 しかし、考えは杞憂。


「いいえ、嬉しいですけど」


 なんで嬉しいんだ? ああ、寂しくて暇なのか。


「ふむ、そうかい。所でなんだが……」


 さて、ここで俺はもう一度考える。

 果たしてどうすれば親子丼を作ってもらえる流れになるか。

 作ってくれ、はいわかりました、とは行かないだろう。作ってくれ、と言えば何故、と返ってきて、食いたいから、と答えれば、自分で作れ、と言われるだろう。

 と、すれば。自然に玲衣子の昼食を親子丼にして、そしてついでに食わせてもらえばいいんじゃないだろうか。

 これならば、なんの問題もなく親子丼にありつける。

 ふふん、そうと決まれば、極めて自然に、オブラートに包みながら、玲衣子の意識を親子丼へ持っていくのだ――。


「親子丼が食いたい」


 ……すまん、先程のはどうやら嘘だったようだ。オブラートは品切れだったらしい。

 もしくは包むものが多すぎて、口の中で破れたみたいだ。

 もう不自然とかそんなんじゃない。だって、なんだ? 『ふむ、そうかい、所でなんだが、親子丼が食いたい』ってのは。

 脈絡なんて皆無、そりゃあいつも笑っている玲衣子さんだって、一瞬笑みをやめて、驚いた顔になるさ。


「……盲点でしたわね」


 はっと気付いたかのように、玲衣子は言う。俺は、どういうことだかわからなかった。

 ……はい?


「盲点? なにが?」

「母娘丼が、ですわ」


 親子丼が盲点、だと……?

 何だ? 鶏肉と卵が冷蔵庫に在るが、なにを作って良いかわからなかったのだろうか。

 しかし、そんなの早々ないだろう。


「どのあたりが盲点なんだ?」


 聞けば、答えはやっぱり良くわからない。


「――母娘丼でしたら、娘と取り合う必要はありませんもの」


 安らかな、とっても良い笑みだった。

 しかしどういうことだ。

 娘と取り合う……? 娘と取り合う、ねえ? この場合は、料理か、食材か……。


「なるほど、……な」

「ええ、貴方からその言葉が出てくるとは思いませんでしたが、名案ですわ」


 よくわかった。要するに、今日は李知さんと昼飯を食べる約束をしていたのだが、多分李知さんが卵料理が食べたくて、玲衣子は鶏肉を使いたい、ってな感じの状態だったんだろう。

 それで、鶏肉の料理と卵の料理どちらかで迷っていたが、親子丼なら、なるほど丸く収まる。と。


「ふむ、そーすっとアレだな。俺、邪魔じゃないんか?」


 正直、親子の触れ合いになに割り込もうとしてるんだ、俗物め、と言われたら俺も帰らざるを得ない。

 しかし、そんな心配も無意味だったようだ。

 玲衣子は、いつものように笑って、


「あら、貴方がいなくてどうするのですか? 大丈夫ですわ、私はいつでも準備できてますから」


 とのこと。

 ほほう、なかなかのやる気だ。これは期待できる。

 遂に俺は親子丼に至れるのか。


「もしもし、李知ちゃん、すぐに来てもらえるかしら――」


















「……で、なんで俺の両隣りなん?」


 気が付いたら、李知さんがやってきていて、なんだかんだ、嫌がる李知さん丸めこむ玲衣子と、色々あって、何故か俺の両隣りに二人がいた。


「親子丼は……、一体どこに」


 呟く俺。本当にどこ行ったんだ。

 すると、少し困ったように、玲衣子は言う。


「もう食べたいんですか?」

「んん? もうって……、もう十二時だろ? 親子丼って夜食うもんだったか?」


 俺にはそんな記憶なかったが、俺にないだけで、実はそうだったのかもしれないし、地獄的な常識ではそうなのかもしれない。


「いえ、夜じゃないといけないという道理はありませんが、普通は夜ですわ」

「はー、なるほど、初めて知ったわ」

「昼間は、少し……、恥ずかしいですわ」

「は、恥ずかしい? そいつは一体どういうこった」


 頬を染めて言う玲衣子に俺は思わず聞いてしまった。親子丼のなにが恥ずかしいんだ。


「そのままの意味ですけど? 流石に明るいうちは……」


 しかし一般家庭はあんまり昼に親子丼を食わないらしい。なるほどなぁ。


「ですが、貴方がお望みなら……、そうですわね。今からでも……」


 そう言って、胸を指でなぞる玲衣子。なんでわざわざ。

 そして、李知さんはかちんこちんである。真っ赤になったまま、固定状態。


「では、シャワーを浴びてきますから、少しお待ちくださいな」

「……シャワー? なんで?」

「普通じゃありませんか?」


 シャワー……、それは料理前の手を洗うのの延長線状にあるんだろうか。

 よくわからない。


「なあ、あれだよな。親子丼って、素材がなんつーか、親子っていうか、親子っぽいっていうか――」


 何か勘違いがあるのであろうか、と聞いてみるが、あっさりと玲衣子は肯いた。


「ええ、そうですわ。実際に血のつながりはありませんが、ええ、親子ですわ」

「ああ、それそれ。そう、卵と鶏肉を使う……」


 俺は安心して頷く。


「え、卵プレイ……、ですか? それに鶏肉はどうやって……、いえ、野暮でしたわ。お任せいたしますわね」


 全て委ねます、と玲衣子は俺に頭を預けた。

 おお、俺の希望通りになるというのか、なんか悪い気もするが、嬉しいじゃないか。

 そんな嬉しさに任せて、幾らか俺は質問をする。


「所で、玉ねぎは入れる派か?」

「玉ねぎ……、ですか。それはたっぷりとローションを付けておかないと……」

「はい? ローションぶっこむん!? 変わった調理法があるんだな……。あ、だが、つーこった普段は入れないんか。長ネギ派?」

「な、長ネギ……、経験はありませんが頑張りますわね」

「むむう、なるほど、卵と鶏肉だけ派か」

「卵と鶏肉はデフォルトなんですか?」

「そりゃ、それ抜いたら親子丼じゃないだろ」

「殿方としては、そんなものなのですか?」

「えっ、殿方? ってこたー、女としては卵無しとかでも親子丼なん?」

「親子であれば、そうなのでは?」

「親子、なるほどなー。鮭イクラで親子丼、その手もあったな」

「さ、鮭とイクラをどうやって使うのですか?」

「乗せるんだろ」

「乗せるん……、ですか? 所で、その李知ちゃんは初めてですので、激しいのは厳しいでしょうから、そう言ったのは私だけに……」

「ええ? そいつはあれなんか!? 李知さん卵も鶏肉も駄目なのに親子丼なのかっ?」

「流石に卵と鶏肉は難しいかと……」

「……どうやら、俺の常識は通用しないようだな」

「もしかすると、貴方の期待に応えられないかもしれませんわ。もう少し、練習の時間を頂けませんでしょうか?」

「構わんよ。まあ、ぶっちゃけ」


 そうか、まあ、無理強いする訳にも、な。

 そう言って、俺は立ち上がる。


「どちらへ?」


 聞いた玲衣子に、俺は片手を上げるだけで応えた。


「今日は帰るよ」


 そう言って、俺は玲衣子宅を後にするのだった。










「あの、お母さま……、薬師が言ってるのは、料理の親子丼のことなんじゃ……」

「……、あらあら、うふふ」
















 さて、俺は親子丼というものを勘違いしていたらしい。

 俺は、ずっと親子丼を、冷蔵庫の余り物でできる、簡単な料理だと思っていた。

 しかし、玲衣子の会話、あの、ねぎを入れるか入れないか、という言葉に対する目でわかる。

 そんな簡単な料理ではないのだと。


「つーこって、親子丼が食いたいんだ」


 もうこうなったら他を当たるしかない。そう思った俺は、現在閻魔宅にいた。

 そして、賭けではあったものの、俺は勝った。

 そこには閻魔妹がいる。


「……えっ、あ……、その」

「おう」

「姉妹丼じゃ、駄目かしら……」

「……なんぞそれ」

「えっ? 姉妹で、するのよ?」

「んん? 姉妹、うずらと鶏の卵でいくのか?」

「えっと、うずらの卵とか、どう使うの、かしら」

「んー? ただ、親子丼が食いたいのよなぁー。駄目なん?」

「難しい、わね」

「そうか、悪かったな。邪魔して」


 ここも、駄目だというのか。やはり、上級難易度なのか、親子丼。

 仕方がない、と俺は家を出ようとする。扉を開き、足を踏み出す。

 そして、不意に服を掴まれた。


「ま、待ってっ!」

「おう?」

「お願い、行かないで……! すぐにはつくれないけど……、でも貴方が付き合ってくれれば、きっとできるから――、母娘丼っ……!」


 やはり、そんなに難しいのだろうか。本物の親子丼という奴は。


「おう? おう、別に手伝うことに異論はないが」

「えっ……、それって……!」

「なにを言ってるんだ。俺がいないとつくれないってんだろ?」

「え、そ、そんな……、いきなり。心の準備が……」

「じゃあ、台所に行こう」

「……え」








「えっと、どういうこと?」

「作るんだろ? 親子丼」

「台所で?」

「他にどこがあるんだよ。おっと、あったあった、卵に、鶏肉。玉ねぎもおーけーだな」

「えっと、もしかして、親子丼って、肉を卵でとじる、あれ?」

「他にどれだよ」

「え、もしかして私、勘違い……、っ――!!」


 ぼんっと隣で音がした気がして、横を向いたら、恥ずかしげで真っ赤な由比紀。

 どうなすった、と聞こうとして――、


「ごめんねっ!!」


 失敗。由比紀は既に走り去っていた。

 ……どういうこったい。

 だがしかし、問題は親子丼……。

 果たして俺はどうすれば親子丼が食えるんだろうか。

 空しい、空しいぜ。


















「……何故だか、飯すら食えてない不思議」


 とぼとぼと、閑静な住宅街を歩く俺。

 時刻は既に二時。腹が減って仕方がない。


「天罰か。人に作らせようとした俺が間違っていたのか……」


 これが、因果応報ってやつか。

 労力に反し、得たものは、あまりに少ない。

 帰ろう。

 帰って、不貞寝しよう。

 あまりの残念さに、不貞寝を決める俺。

 そんな時、不意に。


「辛気臭い顔だけど。どうしたので?」


 曲がり角の向こうから、愛沙。

 その手には買い物袋が引っ掛かっている。

 俺は、そんな愛沙に、真っ直ぐに心中を吐露した。


「親子丼が……、食いたいんだ」

「親子丼? それはいったいどのような……」

「割り下で煮た鶏肉と玉ねぎをただ卵でとじるだけの料理なんだが、何故かありつけねーんだ……」

「……はあ、そうなので」

「つーこって、俺は帰るぜ」


 そう言って、俺は家へと向かう。

 駄目だ、俺は駄目な奴なのだ。故に、親子丼すら食えないんだ。

 そんな俺にはどうせ、家で不貞寝がお似合いなのさ。

 と、哀愁を漂わせる俺。

 そんな俺の背に、ためらいがちに――、




「その、料理は目下練習中で、味は期待できないのだけれど……、もし、良ければ――」

















「はい、やくしーっ、あーん!」

「こら、春奈。行儀が悪い、ちゃんと座りなさい」

「ここにきてお預けは無しだぜ、そいっ、と」

「作ったのは私なのに、釈然としないのだけれど。……早く口を開けなさい」

「おー? もう親子丼食えるならなんだっていい気がしてきたなー、うん。うまい」


 ――二時間遅れの昼飯は、やけに熱かった。
























―――
えー、今回はサブタイの通り、擦れ違い。くっ、どいつもこいつも色惚けてやがる――!!
まあ、今回こんな様なのは、学校の行事とかあって作業時間的に寝てないせいだと思います。
生温かい目で許してくださるとうれしいです。


余談ですが、本編を書き終わって、一旦休憩しようと、その他板見てたら、タイトルに『姉妹丼』のついたのが発見されて、やっちまったな……、俺、と思いました。多分大丈夫、ですよね? 今から本編拝んで来ますけど、流石に問題あるほど被ってませんよね?
あと、さすがフラグメイカーどもは言うことが違うぜって思った。





返信。


長良様

最近、柱でも構わず食っちまうんじゃなかろうかと噂の薬師は、幼女くらいじゃ止まらないようです。
まあ、ぶっちゃけると男の知り合いなんて薬師が精々ですし、仕方ないと言えば仕方ないのか。それとも学校の同クラスの人間に気合が足りないのか。
多分、春奈についていけるのが薬師位なんじゃないか、ってのが一番有力ですけど。
そして、幼女、マジ幼女なのになんかエロいという不思議現象。このままの方向で行くんでしょうか春奈さん。


奇々怪々様

何故だか、「薬師しかさせてくれないんだもんっ」とだけ取り出すと危ない単語に見えるのは、私の心が汚れた証なのか。
あと、薬師は本日も空気読んでないです。全然だめです。もう少しでも空気読めてたら親子丼か姉妹丼に行けたはずなのに。
ちなみに、アホの子については初登場から既に立ちかけてましたが、このままゆっくり立っていく見たいです。己が好意に気付くまで。
そして、あんまりにも鈍感が増えると、もう、鈍感たちの宴が始まるんじゃないですかね。ハイパー擦れ違いタイムが。


光龍様

アホの子が恋愛方面に向かって活躍したのは初めてな気がします。多分ですけど。
ただ、きゅんとした発言は、正直、相手が相手だったら、ちょっとお兄さんとそこの草むら入ろうか、ってレベルですよ。
際どいことこの上ないです。しかし、所詮相手は薬師でしたね。ええ、もう少し空気を読めば良かったのに。
そして、もう、あそこの親子はいっそ二人して小学生レベルの恋模様を繰り広げれば良いと思います。


( ゚∀゚)o彡゜O様

コメント感謝です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
果たして、薬師は現在までに何度もげろと言われたのか。本当にもげるのはいつなのか。期待が高まります。
多分、薬師の言う平穏って、命張る事件がないことなんでしょうけど、女の子に構うとそうなるっていうのを学習してないからいつもあんなことに。
というか、別に女の子といちゃいちゃすることに関しては問題ないと考えていそうな当たりもげれば良いと。


通りすがり六世様

アホの子、目下成長中。そして、まさかのホイホイ炒飯。
歪みねえ春奈さんと、最近どころかずっと女性関係にだらしねえ薬師のコンビは結構好きです。
果たして、身体的に色気のない春奈は無敵要塞をどう攻略するのか――、と思いましたがあれですね。別にぼんきゅっぼんでも薬師相手じゃアドバンテージになりませんね。
さて、今回はまさかの親子丼。自分ですらなんでこんなことになったのかわかりません。


SEVEN様

幼女すら、構わずきゅんとさせる薬師。キュンとするまでならまだしも下腹部とは何事か。
鈍感同士過ぎて、あんなにあけすけなのに普通に病院行けとか言う薬師とか、もう異次元空間ですよ。
本当もう、下腹部がキュンとした何て私も言われてみたいもんです――、って、別に言われたくないですからねっ!
そして、ガチムチに関しては、果たして一番なにに連れ去られたくないか、そして、春奈が普通に強いことを考えると精神攻撃しかなかったんです。結果がガチムチか。


春都様

鈍感でも体は正直。そして、ぶっちゃけると上の口も正直でした。
しかし、そんな正直とか関係ねーぜとばかりにスルーする薬師。下腹部? 十二指腸のことか? そんな薬師。
まあ、でもむしろ、薬師の脳内、特に恋愛関係に関しては、子供以下ですから別に男の子でも、っていうか男の子ならまだ良かった気も。
あと、薬師が繊細なら、この世の人間の九割が真綿でくるむように扱わないと自殺しちゃいますよ。


あも様

それはもう、小学生並みの母親を持った以上そちらからの成長は望めないでしょう。
小学生レベルの二人。結果的には私も娘の方が先に情操面では成長するんじゃないかと思います。
娘は学校行ってますからね。その間母は研究してますから、どう考えても春奈有利。そして、愛沙の方は薬師による間違えた成長を遂げるものと。
間違えた成長を遂げた例として藍音さんとかいることですしね。ええ、最たる例があそこに。







最後に。

藍音さんは憐子さんと母娘関係を結べば良いと思う。



[7573] 其の百三十九 じゃらじゃらじゃらりとうっかり洗濯。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:6e8ddb92
Date: 2010/07/15 22:11
俺と鬼と賽の河原と。






 じゃら男の朝は早い。

 というのは全くの迷信である。

 そもそもじゃら男の起きる時間帯になどミリとて興味ないのだが、それはともかく。

 むしろ、最近に至っては鈴に頼り切り、少し遅くなった起床時間で、じゃら男は身を起こした。

 ちなみに、じゃら男が私生活においてどれ程鈴に頼り切っているかというと、朝食の用意に始まり、服は既に用意されている、なんて程の有り様だ。

 じゃら男は既に鈴なしでは生きられない駄目人間だし、鈴はその包容力で何でもしちゃう、駄目人間製造機。

 果たして、合っているのかいないのか。そんな二人の片割れ、飯塚猛、本名じゃら男はベッドから身を起して、歩き出した。

 眠い目を擦り、洗面所へ。まずは顔を洗おう。

そう考えて、じゃら男はおぼつかない足取りで歩き。


「おはよう……、鈴」


 じゃら男が見たのは――、


「おい、鈴……? 一体どうしたんだよ」


 洗濯機の前にいる少女の、


「……まさか。まさか――」


 この世の終わりの様な顔。



「――メモ帳ごと……、洗濯したのか」



 その手には、ぐっしょりとしたメモ帳とペンが握られていた。










其の百三十九 じゃらじゃらじゃらりとうっかり洗濯。











「んー、で? あれか、洗濯して使えなくなったメモとペンのおかげで、鈴と意思疎通が取れないってか?」

「そうなんだよセンセイ」


 昼、せせらぎ、河原にて。

 中々に暑い夏の昼間に、薬師とじゃら男は男二人でむさ苦しく、並んで石を積んでいた。


「そいつは災難と言うしかねーな。ま、帰りにメモ帳とペン買うしかねーだろ」


 じゃら男が朝の出来事をかいつまんで説明すると、薬師はそのように言ってのけた。

 悲しいことに、洗濯の結果、メモもペンも駄目だったのである。ペンは遠心力でインクが上の方へ行き、使用不能。

 そして、不運にも、チラシの裏すら昨日捨てたばかりで使用できない。無論、勤勉でないじゃら男がノートなど持っているはずもない。

 メモは乾かせば再利用可かもしれないが、しかし、よれて使いにくいことこの上ないだろう。


「まあ、そうなんだけどよぉ……」

「それともまだ他になんかあんのか?」

「意思疎通自体はまだいいんだけどなぁ……」

「なんだね。お兄さんに言ってみろ」



 やる気なさ気な薬師の声に、じゃら男は言いにくそうに返す。


「鈴は強がってるみてぇだけどよ、なんつうか……、アレがねえと、鈴、他と会話出来ねえ訳じゃねえか」

「そーだな」

「だから、他となんつうの? 話したりとか会ったりとか、怖がってるんだと思うんだよな」


 鈴は、声が出せない。その理由に関してもまた、長文を書かせるのも憚られてわかっていない。

 ただ、わかっているのは声が出ない以上、他者とのコミュニケーションは、件のメモ帳で取るしかないことだ。

 それが失われた今、鈴は上手く挨拶も返せない身なのだ。じゃら男は少々イメージが悪くなるくらい知ったこっちゃねえ、と言える身であるが、居候たる鈴はご近所付き合い等、そのあたりを大切にする傾向がある。

 しかし、現在彼女のコミュニケーション手段はない。

 そうなれば必然、外へ一歩出ることすら、びくびくとしたものになるのではないか。

 そう、じゃら男は懸念するが――、

 薬師はど派手に溜息を吐いた。


「ちょ、いきなりなんだよセンセイっ」


 不躾だ、と抗議の声を上げるじゃら男に、薬師は再び溜息を吐く。


「思いっきり、通じ合ってんじゃねーかよ」

「は、なんのことだよセンセイ?」


 わかっていない、と薬師は今一度溜息。

 そして、


「李知さんよー、じゃら男、今日は昼で帰るってよー」


 と、視線の向こうから歩いて来ていた李知に語りかけるのだった。


「話は聞いていた。その事情では仕方ないな。帰るといい、じゃら男」

「は、ちょ、いきなりなにを……」

「そーだそーだ、帰れ帰れー。お前がいるとじゃらじゃらと鉄くさいんだよ」

「ちょ、鉄くさいってどういうこと――」

「なるほど、お前はもの言えぬ少女を一人家においてきた、と言う訳だな。……最低だ」

「……おまっ、ちが――」

















 結局丸めこまれ、あの後昼から帰ることになったじゃら男。単純である。

 駆け足でコンビニに寄って、可愛らしい柄のメモを購入、そして、ペンも。

 そんな感じで、じゃら男は狭い我が家、ちょっとしたアパートに帰って来た訳だが――。


「わりい……、ごめん」


 突発的集中豪雨、所謂にわか雨は、購入したばかりの紙製品に、深刻なダメージを与えていた。

 あっさりと雨は紙袋に浸透し、メモ帳を濡らしている。なんでこんな時にビニールじゃなくて紙の袋なんだ、と嘆いても遅い。にわか雨だったから傘ももっていなかったのも、悪い。

 ただ、鈴は、たった今メモ帳から、廃棄処分予定のゴミとなったそれよりも、じゃら男の顔を見つめて、不思議そうな表情をしながら、首を傾げていた。

 じゃら男は、そんな表情を一瞥し、何かがわかったように呟く。


「ああ、朝んこと説明したらよ、皆帰れっつうから、仕事は昼から無くなった」


 すると、今度は鈴は悲しげな、申し訳なさそうな顔。


「あ? 気にすんなよ、シフトにゃ余裕があるらしいしよ。俺が最終的に帰ることを決めたワケだしな」


 そうしたら、身振り手振りで鈴は何かを説明しようとする。

 その様は、今一つ要領を得ないものであったはずなのだが――、


「昼飯? 食ってねえからあまりもんでたのむわ」


 じゃら男、読心術でも使えるのか。


「にしても、この雨じゃ、またメモ帳買いに行くっつうのもなぁ……」


 じゃら男は玄関でも聞こえる雨音に、呟いた。

 未だに雨は降りしきっている。もしかするとにわか雨では終わらないかもしれない。

 じゃら男は雫を滴らせたまま、玄関を越えて居間へと向かう。

 すると、それに合わせてぱたぱたと駆けだした白髪の少女、鈴が、どこかへ行ったと思ったらすぐに戻ってきて、タオルを投げ渡した。


「サンキュ」


 そうして、じゃら男が濡れた頭やらを拭いていると、次々に代えの服が置かれている。

 いたれりつくせり、これが駄目人間の根本か。

 濡れた気味の悪い服から着替えて、じゃら男は身を投げ出すようにソファに座った。

 バイトで貯めた金を使って買った、赤いソファ。

 一人で使うには、広くて寂しいものであったが――。


「お? どうしたよ」


 鈴が座ればそうでもない。

 ぴったりと、じゃら男と寄り添うように座る鈴。

 そんな鈴にかけた言葉に、当然返事はない。代わりに、じっとじゃら男の顔を見つめる瞳があるだけだ。


「ま、別にいいんだけどよ」


 それっきり、会話は無い。

 じゃら男は座ってぼんやりと。鈴は何かの本を読みながら。


「……」


 しかし、やることがない。鈴は本を読んでいる。じゃら男はぼんやりとしているだけ。

 そろそろ、立ち上がって何かしようか。そう考えた、そんな時。

 不意に鈴がじゃら男の肩を叩いた。


「どうしたよ」


 聞きながら、鈴の方を向けば、じゃら男が見たのはにこにこと笑う鈴の笑み。

 だが、少女とは思えない、妖しげな笑みだった。

 そして、突き出される本。


「なっ……、おま、どこでんな本」


 背表紙は、きっと鈴の言葉だろう。

 その本の題こそ、鈴の声なのだ。

 その声は――、


――愛してよろしいですか?

「いや、そのだなぁ……」


 どこでそんな本を、とじゃら男は言ったが、そんなの決まっている。薬師だ。

 漢字の勉強用に薬師が鈴に本を渡しているのは周知の事実。

 どうせ、あの男がにやにやと笑いながら選んだ本に違いない。

 そう思い当ると同時、じゃら男は、薬師と鈴にからかわれているのだ、と悟る。


「か、からかったって、何も出ねぇぞ」


 すると、鈴はパタパタと走って、別の本を見せる。

 そう、答えは本気! と返って来た。


「な、おま、ちょ……」


 狼狽するじゃら男。

 くすくすと笑う鈴。

 そして、今度こそからかわれているのだ、とじゃら男は脱力。

 鈴は楽しげに、持っていた本を本棚に戻す。


「はあ……。って、今度はなんだよ」


 脱力したじゃら男。終わったか、と思えば次があった。

 背に、感触。柔らかい、鈴の指だ。

 ソファから降りて、背に回った鈴が、じゃら男の背に指を這わせている。

 くすぐったい。が、なにがしたいのかわからないから、じゃら男はそのままでいる。

 そして、次第にその動作は意味を帯びて来た。

 指の軌跡が、文字を象っている。


「き? よ、う、の、ゆ、う、はん、な、に……、今日の夕飯、なにが食べたい?」


 多分そう書きたいのだろうと予測して、呟いたじゃら男の言葉に、我が意を得たりとばかりに、鈴は笑顔を見せる。


「あー……、ハンバーグでも食いてぇなぁ……。昼飯食ったら、出かけるか」


 雨は、いつの間にか上がっていた。



















 ぴったりと、じゃら男と鈴はくっついて歩く。

 その距離は、いつもより近い。

 やはり怖いのだろう、とじゃら男は考えて、あえて離れたりはしなかった。


「じゃら男と、鈴ちゃんじゃないかい。仲いいね」

「ちわっす、じゃら男じゃなくて、猛なんすけどねっ」


 途中近所のおばさんに会って、近所にもじゃら男の方が浸透している現実に絶望を覚えたり、河原で見覚えがある様な、オールバックの金髪の男が花屋でバイトをしていた気がするが、それはともかく。

 スーパーに辿りついたじゃら男は、籠を持って、鈴と歩く。

 鈴は、今一つ勝手もわからないじゃら男を後目に、次々と、材料を籠に投入していく。

 手際は既に、主婦のそれだ。


「って――」


 しばらくそれに付き合って、じゃら男はあることに気付く。


「随分と多いじゃねぇか」


 別に多いことに怒りを覚えている訳でもなく、量に驚きを持って、鈴に伝える。


「いつもこんくらい買ってんのか?」


 鈴は肯いた。当然とでも言うかの如く。


「重くねえの?」


 それにも、鈴は首を横に振る。そして、笑って力瘤を作ろうとし、やっぱりそんなものは無い。


「なあ、あのよ……。買い物んときは次も呼べよ」


 どう考えたって、やはり重いだろう。どんなに首を横に振って否定しようと、じゃら男には判ってしまう。

 そりゃあ、一年近くいるのだ。わからない部分も多々あれど、見えてくる所は見えてくる。

 申し訳なさそうな顔をする鈴に、じゃら男はそっぽを向いて言った。


「疲れてる時に悪い、とか気にすんじゃねえって。むしろ、なんだ、あの――、子供扱いすんなよって奴でだな」


 上手い言葉が見つからない。じゃら男は、師と慕う人ほど口八丁に手慣れていない。

 しかし、鈴はじゃら男の言葉に微笑んだ。

 じゃら男が鈴の言いたいことがなんとなくわかるように、鈴もまた、じゃら男の言いたいことはわかる。


「ま、そういうことだからよ」


 照れたように鈴の方を見ようとしないじゃら男に、鈴は優しげに微笑みを向けていた。

 包み込む様な笑み。

 果たして、なにが言いたかったのかは、その笑顔を見ていないじゃら男には、わからなかった。















 終始楽しげに、鈴はじゃら男の隣にくっついている。

 未だ雫の残る道に、ふたりの足音が響いていた。

 メモも買った、ペンも買った。もうこれで明日からコミュニケーションに困ることもないだろう、と、困った訳でもない癖に、じゃら男は安心しながら笑う。

 民家が立ち並ぶ住宅街を二人。

 そんな中、不意に鈴が走り出す。


「おい、どうしたんだよ」


 じゃら男も追いかけて走る。

 大きく滑って転びかけたのは、じゃら男の胸の中、だ。

 転びかけてやけに激しく動く心臓を鎮めようと息を荒げながら、じゃら男は鈴の横に立ち止まる。


「ん、そいつぁ……」


 立ち止まった鈴が指さしていたのは、民家の庭。

 そこに咲く、

 濡れた紫陽花であった。


「綺麗ぇだな」


 鈴は、言葉にせずに肯いた。

 ただ、笑顔で紫陽花を見守っている。


「紫陽花かぁ、俺は結構好きだぜ。昔はよく、雨が上がったからってすぐに遊びに行って、よく見たよなぁ」


 すると、それを聞いて、鈴はじゃら男を見上げ――、

 まるで花のように笑う。


「お前も好きかよ、紫陽花」


 ――その問いに応えず、鈴はまるで隣の紫陽花のように、笑うだけだった。

 きっと、イエスなのだろう、と、じゃら男は勝手に納得した。












 紫陽花の花言葉が『ひたむきな愛情』だなどと。


 知る由もなし。






















―――
ってことで、出すよ出すよ詐欺も程々に、じゃら男です。
あーもう駄目だ、暁御とか言ってないで結婚しなさい。





返信


光龍様

色惚けすぎて、もう、薬師からそんな言葉が放たれたら期待せざるを得ない状況にまで追い込まれたようです。
確実に薬師がそんな意味の親子丼を言うはずはないですが、藁にもすがりたいんじゃないですかね。
玲衣子さんは既に、なるほどそうか、その手があったか、と真面目に検討中なんじゃないかと。
藍音さんは、どこかから母親を拾ってくるor娘を拾うくらいやらかしそうで困る。


あも様

グリーンピースは好きじゃないです。嫌いじゃなくて、好きじゃないというのが微妙なとこ。食えなくもないけれど、好き好んで食べたくはないです。
にぶんちんずは、棚から牡丹餅と言うか。他ががっつきすぎとも言えなくもないんですけどね。尚、別に才能零ってこともないので、愛沙は目下勉強中、メキメキと家事スキルアップ中です。
何もできなかった研究者から、楽しく生きるお母さんに。劇的過ぎてビフォーがアフターで匠の技すぎます。
あと、何故か、閻魔一族は一度に出しやすいという不思議現象。


SEVEN様

薬師がXXX行きになった日には――、死を覚悟します。絶対死ぬ。トラックにはねられて死ぬ。
むしろ、槍が降って貫かれて死ぬか、雹違いで豹が降ってきて死ぬか、確実に地球滅亡です。
ただ、前回中々親子丼が食べられなかったのは、確実に薬師の日頃の行いの悪さだと思います。餌貰ってないからがっついちゃうんです。
そして、十八禁タグはつかないけれど、幼女の下腹部を高鳴らせてる時点で明らかに不健全です。アウトです。


奇々怪々様

池波正太郎読んでたら腹が空く現象。そんなのを目指してみました。自分あんまり好きじゃないのに親子丼食べたいです。
そして、閻魔に飯を作らせたら、鶏の卵でも魔鳥参上ですよ。そして近所迷惑発動、石化祭。
まあ、玲衣子さんについては、親子で好いてる人間に向かって親子丼なんて吐いたら駄目ですよ、という教訓です。薬師は責任を取りなさい。
たかが親子丼、されど親子丼。いつの間にか結婚問題にまで発展する、そんな前回でした。


悪鬼羅刹様

薬師が、つった魚に餌を上げないからこの様なんです。何もかも薬師が悪いんです。
飢えた獣に、肉っぽい何かをぶら下げたら食いつかざるを得ないでしょう。例えそれが肉じゃなくても。
そう、全て薬師の仕業です。薬師が悪いんです。薬師がいなければきっと世界はもっと平和です。
焼畑農業の弊害も、フロンガスが地球に悪いのも、私の財布が氷河期なのも、薬師とゴルゴムの仕業です。


通りすがり六世様

確かに……、薬師がそんなニュアンスのハイカラな親子丼を希望する訳はない。ないけれど――。
期待したい乙女心。……乙女? まあ、そんなこんなできっと乙女心であれなんです。
まあ、薬師が通常のエロゲ主人公ならなら、察して、なし崩しで受け入れて、挟まれて朝チュンと行くものを。流石薬師、信頼を裏切らない。
そして、逆に薬師とレベルが近いからこそ、近距離で触れあえる、愛沙一家。何かの間違いで、ていうかひょんなことで上手く転びそうな気がする。


ヤーサー様

お久しぶり、なのでしょうか。最近日付の感覚がないです。まあそれはともかく、猫李知さんの良さについては同意です。
ブライアンは、なんかしばらく見ない内に花屋のバイトをしてるようですしね、今回的に考えて。エコだよそれは、はなんとなく渾身のネタ。通じる年代と通じない年代がいますが。
あと、なんかキャラ数安定してきたんで、色々やりたくなってきたんですよね。ええ、学校もね、文化祭とかそんな感じの。
暁御は……、なんかもう、沢山だしたら負けかなって……。ウォーリーを探せのウォーリーみたいな何かになってくれれば。


taku様

色惚けたのか、わかっていてガチなのか。どちらにせよ色惚けてますね。薬師菌ですか、y‐ウイルスですか。
ただ、本来中々できないはずの親子丼を二家にわたって可能と言う、薬師には脱帽です。羨ましくなんかないです。
むしろ、このまま一族丸ごとおいしく頂きました、みたいなことになりかねないあたり、薬師怖い。
さて、ショタですか。なんとなくネタが沸いてきたので――、次か、次の次辺りには……。まあそんなこと言って残念なことになった前科持ちなので期待なさらずどうぞ。


志之司 琳様

自宅から書きこめないとは災難ですね。なにが起こったのか予測もつきませんが、復活を祈ります。

ブライアンの話は、劇場版 機動天狗薬師 逆襲のブライアン にすべきだったかと今でも悩んでます。
まあ、結局川に落ちただけですけど。ただ、モラトリアムで不安定な人を川に突き落とすというのは酷いんでないかな薬師さんよ。
前さんは、薬師式ハイパー肩すかしボンバーでした。

怪談の方は、正直女性と肝試しなんて不可、な人々に薬師は謝るべき。そして、もう、柱も怪談も今更ですよね。

アホの子の方は、なんか、niceboatを翻訳にぶっこんだら出て来たのでそのまま使用。初めて見たら吹きました。
ただ、薬師が空気読んだら、全員と結婚しそうな気がします。それはそれで喜ばしいような憎しみたっぷりな様な。

親子丼に関しては、もう、信頼と安全の薬師。百数十話に及ぶ重みが、信頼に繋がってます。あと、多分藍音さんはわかっててからかってる気が。
そして、鶏肉をどうプレイに使うのか。永遠の命題です。
愛沙の所は、精神的に同年齢な所があるから、通じ合うものがあるみたいですね。
あと、憐子さんに関しては、もう、世話されるよりする方と言う刷り込みが。








最後に。


結婚してくれ、頼むから。



[7573] 其の百四十 俺と序文はまったく関係ない話。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:e93af3ae
Date: 2010/07/19 22:50
俺と鬼と賽の河原と。









 この間……、俺が出会った、恐ろしい都市伝説の話をしようと思う。

 始まりは、一件の電話からだったんだ。


「はいもしもし、どちらさん?」


 ある日、外を歩いている俺の形態に、電話がかかってきた。

 本来、俺の携帯に電話が来るような用件など早々ない。だから、少し不思議に思って、俺は携帯を開いた。

 ちなみに、うっかり通話じゃなくて拒否を押しそうになったのは秘密だ。誰にだって経験はあると思う。

 ともあれ、うっかり拒否りそうになったものの、俺は電話に出る。

 だが、電話口の向こうの声は、聞き覚えのないものだった。


「私メリーさん」

「ん、メリーさん? メリーさんってーと……」


 メリーさんの声に聞き覚えはない。しかし、名前には聞き覚えがある。


「今あなたの後ろにいるの的なメリーさん?」


 まあ、有名な都市伝説だ。電話がかかってきて、自分の現在地を逐一教えてくる変な女の都市伝説だな。

 これで、ただの名前がメリーな人だったら、先ほどの言葉は冗談として流そう。

 俺はそこまで打算して、返事を待った。

 しかし、俺の打算は無駄に終わる。


「うん」

「あ、やっぱりそうなん」

「最近暇だから、何の罪もない一般人を驚かせようとしてみましたっ!」

「あー、うんうん」


 一般人、いい響きだ。いつも逸般人とか言われるから。


「じゃあ、いくから、聞いて驚いてね?」

「おー」

「今あなたの家の前にいるのっ!」


 ……え。

 そいつは――。


「すまん……、俺、外にいるんだ……」

「えっ? そ、そんな……、そんなことって……」

「……携帯電話の普及がこんな悲劇を起こすとは思わなかったな」


 そう、恐怖……、『都市伝説を越える携帯電話』だ。

 ちなみに、俺はその後家に帰って、メリーさんに茶菓子食わせて帰した。

 それきり、メリーさんとは出会っていない。















其の百四十 俺と序文はまったく関係ない話。
















 さて、そんな恐怖体験の話はさておいてだ。

 というかそもそも何で恐怖体験の話なんて思い出したかっていうと要するに現実逃避なのだ。

 今、俺の体はそんな恐怖体験に勝るとも劣らぬ状況にある。

 まあ、結論から言えば。

 朝起きたら、縮んでいた。

 夏の朝、目を覚ましたら、縮んでた。

 何が縮んでいたって――、身長だ。若返っている。果たして何歳の頃だ? 十前後か?

 夢か何かだと思いたいが、しかしここは地獄である。何が起こっても不思議ではない。

 身長が縮むくらい、日常茶飯事の可能性も、なきにしもあらず、というやつだ。

 しかし、縮んだり猫耳生えたりするのは李知さん位だと思っていたが、ついに俺も被害者側かー。

 と、ふと思い出して、俺は頭を触る。猫耳、生えてない。と言うことはにゃん子の仕業でもないのか。

 ……に、しても、李知さんはなんだかんだと嫌がっていたが、子供の体というのも面白いものだ。

 果たして、今の俺の身長は何尺あるだろうか。五尺、もとい百五十センチもあるだろうかね。多分ないな。

 いや懐かしい。視点が低いというのも新鮮なものだ。まあ、元々背が高い訳でもないんだけどなっ。

 正直毎日が暇な大天狗である。毎日これは流石にあれだが、しかし、一日二日くらいならこれはこれで面白い。

 いっそ閻魔でも見上げに行ってくるか。

 と、俺が、今日が幸い休みなのをいいことにどうしたもんかと考えている、そんな最中である。

 俺の部屋の扉が、開く音がした。


「薬師様、朝で……」


 俺を起こしにきた藍音は、俺を見るなり、不意に停止する。


「どうした? 藍音」


 そんな俺の問いに藍音は答えない。

 その代わりに――。


「わかっていませんね……、薬師様はあの身長で中年間近の様で駄目な空気を纏っていてやる気の見られない姿だから薬師様だというのにと言いたいところですがそれはそれでグッジョブと言っておきましょう」

「言っていることが一貫していないっ! っていうかまるで死体でも持ち上げるかのように肩に担がれている現状はどうしたらいいっ?」


 と、担がれつつ、突っ込みを入れる俺。

 そんな突っ込みに対して、意外にも素直に藍音は俺を降ろした。


「……冗談です」

「そいつは良かった……。しかし、そんな風に抱きしめられると苦しいんだが」


 短パンでも履かされるのかと思ったぜ。だが、そんなことより現在の呼吸困難度合である。

 降ろされたと思えばこの様だ。

 俺の目線は今藍音の腹少し上くらいにあって、押しつけられると息不能な訳で。


「……もう少しお願いします」

「追加料金取るぞ」

「幾らですか」

「払っちゃうのうかよっ」

「愚問です」


 結局、藍音には勝てないということが分かっただけだった。


「……それで、今日はどうされたのですか」

「知らん。わからん。朝起きたらこの様だ」


 気を取り直したように問う藍音に、俺は匙を投げて肩を竦めた。


「昨晩は不審なことは無かったはずですが」


 藍音は、珍しく不可解そうに首を傾げた。

 確かに不審なことなど無いはずだ。そもそも何かあれば俺が気付く。

 とすれば自然現象だが、どんな自然現象だ。


「ま、そいつはいいが……、問題は服をどうすっかだな」

「そうですね、どうにかしましょう」


 会話しながら、俺と藍音は部屋の外に出る。俺は着流しの長さに、裾を踏む状況だった。

 俺がやたらに歩き難さを覚えていると、藍音は、ふと、こう漏らした。


「それで、……少々言ってほしいことがあるのですが」

「なんだ」

「……私を姉と呼んで、お願いしてみてください」

「ああ、そうさな。お願いするぜ、藍音姉さんっ」

「……」


 言った瞬間、藍音は明後日の方向を向いて、戻ってこなくなった。


「どうした?」


 不思議に思った俺が聞いても――、


「……これは少々危ないやもしれません」


 と、返ってくるだけだった。








 さて、ここからは、俺が面白半分に人に姿を晒した時のできごとだ。






「兄さん……、縮んだの?」

「朝起きたらな」

「ふーん、そっか。大変だね」


 縮んだ姿を見せても、これで済んでしまう弟を持った俺は、幸せなのかもしれない――。

 由壱が不動王の名を冠する日も近いな。







 他には、


「おい、やく、し……?」

「なんか用かね? 李知さんよ」

「薬師なのか?」

「おうよ、朝目覚めると同時に縮んでいたぜ」

「ぷっ、くく、そ、それは災難だったな。いや災難だ。そうか、お前も遂に縮んだか、っくく」


 そう言って李知さんが頭を撫でてきたり。


「……にゃん子はどこだろうな」

「……すまなかった」













「お父様、一体なにが……」

「おー由美。お前さんはそれでもちっちゃいなー」

「むぅ……、これでも気にしてるんですけど」

「それは悪かった。ま、でもこうして並ぶと丁度いいな」

「なにがですか?」

「男女の身長としてな」

「えっ、そ、そ、それはっ……!」

「お前さんもこんくらいの身長のボーイフレンドの一人や二人見つけるんだぞ?」


 と、娘との会話があったり。
















 と、まあ閑話休題。

 現在は藍音が、あっさりと用意した現状の大きさにぴったりな着流し姿だ。

 そうして、どうしたもんかねと今のソファでぐだぐだすること数十分。

 何食わぬ顔で現れたのは、人間形態のにゃん子だった。


「おお、聞いた通り縮んでる縮んでる」

「見世物じゃないぞー。いや、見世物でもいいけど金取るぞー」

「ご主人ご主人、すたんだっぷすたんだっぷっ!」


 俺が座ってるソファの前に立ち、にゃん子はなにが楽しいのか、俺に立てと促す。


「へいへい」


 別に嫌だと断る理由もない。俺は言葉にしたがって億劫そうに立ちあがる。


「どっこらせ」

「オヤジ臭いよっ」

「うるせーです」

「中身は一緒なんだねっ、ご主人」


 そうして、俺が立ち上がりきると、にゃん子は、やはり何が楽しいのか、感嘆の声を上げた。


「おーっ!! すごい縮んでるっ」

「そうかいそうかい、よかったな」


 なにが楽しいのかわからないので、適当に答えるしかできない訳だが、そんな俺とは対照的ににゃん子は楽しげだ。

 俺の頭に手を当てて自分の頭に持っていっては背の高さの違いをしきりに確かめている。


「新鮮だにゃー、いつも見上げてばっかりだったもんね」

「まあ、そうだな。お前さん標準より小さいっぽいし」

「うん、でもこれだと丁度いいねご主人っ」

「何がだね」

「多少乱暴にシても大丈夫だよっ」

「何をだ」

「……そんなこと女の子に言わせちゃ駄目だってご主人っ。男は黙って察するもんなのっ」


 いやんいやんと体をくねらせるにゃん子。

 ……発情期でも来たのか?


「夜が楽しみだねっ」


 来たのか。

 ぱたぱたと小走りで去っていくにゃん子。

 果たして、発情期でも来たのか、それとも熱さのあまり頭が湧いたか。もしくは両方か。

 駆けていくにゃん子を遠い目で見送り、俺は少し考える。

 しかし、これはなんの因果でこうなったものやら。

 敵意は感じられないし、体は小さいが、力は弱くなったわけではない。

 どういうことか、見た目しか変わっていない。正直、俺を狙った犯行にしては――。

 と、そこまで考えたその瞬間。

 部屋に隣接する襖が開く。その向こうには、憐子さんがいた。


「やあ薬師、見事に縮んでるようで何よりだな!」


 ただし――、身長百四十を切る姿で。

 俺は、思わず呟いた。


「なんで小さいん?」


 そして、もう一つ。


「お前さんの仕業か」


 黒幕が見えた気がする。

 そう思って、俺は疲れたようにその言葉を吐いた。

 対して、憐子さんはあえて惚けて返す。


「どうしてそう思うんだい? 悲しいよ薬師、師を疑うなんて」

「日頃の行いを省みろ。そして、そもそも俺が寝てる間にどうこうするなんて憐子さん位にしかできねーよ」

「おや、意外と信頼されてる」

「逆にされてない気がするが」

「しかし惜しいな」

「ん?」

「犯人は私だけじゃない。実行犯はにゃん子。その補助に私と銀子がついた」


 ……銀子、お前もか。


「で、結局あれか」

「猫耳の呪いはともかく、若返りの呪いは少々難易度が高いらしくてな。にゃん子からみて年下ならいいが、年上の上級者になると効き難いらしい。そこで、銀子の製作した薬が出てくる。ガスタイプの薬で、まあ、効能は簡単、呪いの効きやすさを上げる、だな。そして、それを私がお前に気付かれないよう散布し、にゃん子の気配を消して乗り込ませた」


 結果が、これと。

 各々の道の専門家が匠の技を放っているが、これだけは言わせて欲しい。

 技能の無駄遣いだ、と。

 しょうもないことこの上ない。


「で、こんな真似して何を――」


 するんだ、とまでは言わせてもらえなかった。

 幾ら力は弱っていないと言ってもだ。体が小さくなれば、平衡感覚がいつもと違う。

 そして、そんな状態で憐子さんに投げられれば、抵抗すべくもない。

 俺はあっさりとソファの上に転がされる。


「おい……、一体憐子さんは何回俺に馬乗りになったら気が済むんだ?」


 辟易としながら、ため息交じりに呟く俺に、小さな憐子さんはにやにやと笑った。


「行く所まで行けてないから、満足できてないのさ」

「そもそも、なんで俺が子供になる必要があったんだか」

「それはもちろん、最近イニシアチブを取られっぱなしな気がしてね。ここいらで取り返そうと思ったんだよ」


 なんの主導権だ、なんの。


「さて、薬師……」


 俺の名を呼んで、憐子さんは押し黙った。

 どうしたことだろうか。そう思って俺は憐子さんを見上げるのだが、俺は彼女じゃないため、なにを想ってるのかなどわからない。

 そして、結局双方固まったままだったのだが、動きは起きた。


「やはりしっくりこないな、戻すか」

「はい?」


 憐子さんが呟いた瞬間。

 俺が本当にどうしたのだろう、と考えたその刹那――。

 ――憐子さんは大人に戻っていた。

 正直くるしい。俺の体は憐子さんの豊満な太ももの下だ。子供の体では少々無茶がある。

 しかし、だ。


「やはりこっちの方がいいな。懐かしいよ、薬師……」


 うん、そいつは良かった。ああ、よかったのだが――。






「――服を着ろ」





















 憐子さんに捕まったが最後、抵抗のしようもない。

 後ろから抱きしめられ――、もしくは羽交い絞めとでも呼べばいいのか、俺は脱出不能の牢獄に囚われた。


「にしても、懐かしいな、薬師。まあ、私と会った頃はもう少し大きかったが」

「俺にとっちゃ懐かしくもなんともないどころか苦しいだけだ」


 憮然と、俺は言う。

 憐子さんは後ろにいるからよくわからんが、多分笑っているんだろうな。それはもう楽しそうににやにやと。


「こうして見ると、変わってないね。薬師は」

「そうかい」

「昔からこんな感じだったよ。可愛くないことこの上ないな」

「悪かったな」


 そもそも男である俺が可愛さ目指してどうするってんだか。


「まあ、そこが可愛いわけだがな」

「意味わからん。どっちなんだ」

「ほら、最近言うだろう? キモ可愛いって」

「それと同列にされるとへこむ」

「褒めてるんだから、喜ぶといい」

「褒められてるかわからない上に、可愛いと言われて喜ぶのもなんかきもい」


 げんなりと、俺は抗議を込めて言うのだが、柳に風、暖簾に腕押しとでも言うべきか。

 絶対俺の後ろの女は楽しそうににやにや笑っているのだろう。悔しいっ。


「ふふ、そういう当たりが可愛いんだよ。ほお、ほっぺたがぷにぷにだな」

「やめなさい」

「お断りするよ。せっかく銀子と二人で完成させた薬なんだ、しばらくは作れないしね」


 ふにふにと楽しげに頬を触ってくる憐子さんだが、俺としてはたまったものじゃない。

 しかし、離れない。逃げれない。


「なあ」


 ふと、憐子さんは零すように、声を上げた。


「なんだよ」

「少し、前みたいに先生、と呼んでみてくれないか?」


 一体何だというのだろう。

 感傷とでも言うつもりだろうか。


「先生、離れてくれないか」

「……」


 ともあれ、離れて欲しいので、相手の要望を叶えつつ俺も要望を出すが、憐子さんは押し黙る。


「一体どうした?」


 聞いてみたら、憐子さんはぽつりと漏らした。


「久々に聞くと、なんだか犯罪チックだな……」


 呆れて後ろを見ると、その顔は少し赤い。

 まあ、だが、言われてみれば実に犯罪だな。


「で、楽しいのか?」


 そんな事実は華麗に無視して、俺は問う。

 憐子さんは肯いた。


「ああ、楽しいよ」

「そうかい」


 それは良かった。

 憐子さんが楽しいならそれはそれで幸いだ。

 ま、たまには、憐子さんの懐古に付き合うも、悪くは無い。

 だが。

 だがしかし――。









「――だが服を着てくれ」























 ちなみに、この姿は薬が切れる夜と同時に治りました。


「いつの間にか治ってる……」

「遅かったな銀子」

「割に合わない」


 その時、銀子とそんな会話があったりなかったり。





















特別付録。突撃閻魔のお宅編




 と、まあ、服を着に行った憐子さんから俺は逃れ、俺は閻魔宅に来ている。

 逃げだしたらどうなるかわからないが、あのままいても更にどうなるかわからないのだ。それだったら、この呪いの効力が切れるのを待って大人状態で対応した方が勝率は上がるというもの。

 そんな考えで、俺は今閻魔を見上げている。


「ええ、と、薬師さん?」

「おう、俺だ」

「一体何が?」

「朝起きたらこうなってた」

「私より小さい……」


 興奮気味に、目を輝かせて、閻魔は俺を見た。

 閻魔の身長は、別に小学生と言うほどでもないのだが、しかし、高校生の平均からもまた、大きく下にずれている。


「楽しそうだな」

「えっ!? え、いえ、そんなことはありませんよ。公明正大な閻魔としてそのような事実は」

「ま、どっちにせよ今日は俺何もできんってことで」

「はい?」


 閻魔が目を丸くするが、当然だろう。台所に立つにはこの身長は少々辛いものがある。


「無理だろ。掃除はともかく、料理なんてしたら、炒飯こぼすぞ」


 まあ、現在の身長であっても、辛いだけで別に立てなくもない訳だが、しかしそれで料理という作業をするとなると、加減が利かなくて炒飯を閻魔の顔にぶつける気がする。


「そうですか。仕方ありませんね、では私が――」

「待て待て待て待て、落ち着け。死ぬのか、俺が」


 何をいきなり姉貴風吹かせようとしてるんだ閻魔よ。

 そうなったら最後だ。最終戦争は避けられないだろう。もしも閻魔の作るカレーが異界への門だと言われても、俺は信じる自信がある。

 だから、俺は料理をさせるわけにはいかない、と閻魔を引きとめた。


「出前取るとか、色々あるだろ」

「それはそうですが」


 駄目だ駄目だ、お前が料理すると俺が死ぬんだ。と、俺は説得を続ける。

 そして、閻魔が諦めかけて来た頃。


「ただいま」


 閻魔妹の方が、帰って来た。おお、救いの女神が参上だ。由比紀が飯を作ればばっちりだ。

 扉を開け、やってくる閻魔妹。俺はそれを見る。

 そして、由比紀は俺の前に立ち、だんまりを決め込んだ。


「……」

「よお」


 とりあえず片手を上げ、軽く挨拶。反応、無し。

 驚きのあまり固まっているらしい。どうしたもんだこれ。

 おーい、と背伸びして由比紀の顔の前で手を振る俺。

 そして、不意に由比紀は声を上げた。


「私が育てるわっ!!」

「……おい」

「大丈夫、なんの心配もいらないわっ、例えいきなり縮んじゃう貴方でも私が立派な薬師に育て上げるからっ」


 立派な薬師ってなんだ。そして、俺が一発で本物だとわかるのは何故だろう。

 だが、それはともかくとし、俺に友人に育てられる趣味は無い。


「まあ待て。そう焦るなよ」


 たしなめるように俺は言う。

 そして、閻魔が続いた。


「そうですよ、由比紀。急ぎ過ぎというものです」

「美沙希ちゃん……、でも」


 おお、いいぞ閻魔よ。執政に携わる分常識的だぜ。

 このまま妹に姉の貫禄を見せつけてやるんだ――。


「――私は今から必要な法律を制定、もしくは改定し、あらゆる面から合法に手続きを踏んで来ます」

「美沙希ちゃんっ……!」

「……おい」


 ――所詮似たもの姉妹でした。

 流石に、都合よく家事をするよう教育されてはたまらんぜ、と俺はそこを逃げ出したのだった。














 尚、とても余談だが、その日の話を翌日前さんにしてみたら、大笑いされた。腹がよじれるほど。

























―――
えー、何か知りませんが、局所的に要望の高い、ショタ薬師編でした。
匿名でこんなんどうですか、と送られてきたりもしました。
結局こんな落ちで終了ですが。









奇々怪々様

吾輩はじゃら男である、名前はまだない……、と言うことは、じゃら男って種族名だったんですね。
そして、洗濯したらイケないものを一緒に洗濯。少なくとも人生に一度はあると思います。自分はよくポケットティッシュ入れっぱにします。
尚、じゃら男さんは不良(笑)だったので基本的にペン? ペンなぁ、どこやったっけ。多分そこらへんに落ちてるぜ、みたいな領域。
そして――、結婚してくれお前らこん畜生、末永くお幸せに。


SEVEN様

薬師以上に結婚して欲しいです、じゃら男に関して言ったならば。
まあ、ぶっちゃけると、じゃら男が駄目人間になっても、人間性さえ大丈夫であれば問題ないと思いますよ。
駄目人間っつったって、鈴が一通りお世話してくれるだけで、金までは用意してくれませんし。
なんというか、鈴なしではいられない体になっただけです。ええ、問題ありません。そのまま結婚すればなんの問題も。


名前なんか(ry様

貴方のPCは既に俺賽に感染しているっ!! もう直すには別の漢字に変換してえんたーを連打するしかないですね。
じゃら男の鈍感に関しては、本人が恋する男なのが悪いんじゃないかなと思います。脇目を振らないというか、薬師とは別の意味で、自分を想っている女がいるとは思わない不思議。
まあ、薬師は消滅ギリギリまで自分を曲げない気がしますしねー。じゃら男の方が安心だと私も思います。
じゃら男が収まる所に収まるなら、薬師はなんか誰も予想し得ない辺りに収束しそうです。


悪鬼羅刹様

心温まる、じゃらじゃらと幼女のストォーリィッ!! ってかくと心温まりそうにない。不思議。
まあ、そんなこんな、早いとこ薬師と一緒に結婚式開けばいいです。新郎二人に対し、新婦何人か知りませんけど。
実際の所を言えば、鈴も年齢的にはロリじゃない、所謂合法ロリなんで、全く問題ないはず。
ただ、どう考えても鈴といる方がじゃら男が輝いてるのは事実。暁御は、お察しください。


通りすがり六世様

もう、本名じゃら男でいいんじゃないかと思います。書いてて猛でよかったんだったっけ……? 健? 武? 尊?
そもそも、タケルでよかったんだったかな――、と思うほどです。読者の皆様はもっとお忘れかと思いますし。
あと、多分じゃら男を近所に広めたのは薬師じゃないかと思います。軒先で近所の人が見てるのに、おーじゃら男、と不躾に言ったんじゃないかなと。
それと、無論鈴はひらがなで「たける」ですよ。じゃらおもそれはそれでありみたいですが。


春都様

既に皆祝福ムード。どうか末永くお幸せにじゃら男。そんな状態ですね、ええ、わかります。
そして、鈴は身長が幼女レベルなのに、炊事洗濯掃除と何でもこなす、主婦っぷり。いつでも嫁に行けます。
代わりに、夫が駄目人間になりそうですが、まあ、人柄がある程度誠実なら問題ないはず。
むしろ、鈴なしではいられない体にする、高度な戦略じゃないんだろうかと邪推すると、鈴……、恐ろしい子っ。な展開に。しかもやってるとすれば天然だから性質が悪い。


光龍様

パーフェクトに以心伝心、じゃら男に薄っぺらな紙など要らんのです。……結婚しろよ。
そりゃあ、好きな人とかいるかもしれないけれど、じゃら男に幸せの青い鳥はお近くに、と誰か言ってあげてください。
ただ、どう考えてもじゃら男はじゃら男と呼ばれたりする不幸を差し引いてもどでかいお釣りがくる幸せっぷりだと思います。
薬師に関しては、幸せどでかいけど、毎度トラブル収拾しちゃう当たり、非常に生き難そうですし。
















最後に。

体は子供、頭脳は既に骨董品。迷天狗薬師。



[7573] 其の百四十一 俺と決闘と日本刀。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:a8d5f4ab
Date: 2010/07/22 20:42
俺と鬼と賽の河原と。








 ある日の河原で、俺はビーチェと向き合っている。

 生徒との対面。話される重い話題。

 真剣に考え、答える俺。しかし、その言葉は気休めにしかならない。

 それでも、対話を続け、少しづつ答えを模索していく――。

 そんな朝。




 ならよかったなぁ。




「先生っ!! 決闘です!!」

「……先生意味がわからないなー……」


 何故なら、俺の手に握られてるのは教鞭などではなく、ひと振りの刀なのだから。



 決闘。何かを決めるための闘い。

 これもまた、何かを決める戦い、なのだろうか。











其の百四十一 俺と決闘と日本刀。











「えー、と、だな。なんで日本刀二本も持ってるん?」


 ……しまった。突っ込む所を間違えた。

 あまりの唐突さに、俺は冷静さを欠いているようだ。

 河原に呼び出された、そう思えば――、決闘だ、と言われ、日本刀を渡される。

 ここはどこだ。何時代だ。その結果が今の動揺か。

 そして、妙にずれた俺の問いに、ビーチェはなんの疑問もなく、答えるのだ。


「こないだまで、僕、テロ組織にいましたから」


 にっこり笑ってばっさりと。これが……、昔取った杵柄っ……!

 だが、である。

 それでなんで決闘なんだ。そこに日本刀が二振りあるから、という登山家の様な理由は認めない。

 だから、俺はもう一度聞いた。


「なんで決闘?」

「聞いて欲しいお願いがあるんですっ」

「へえ、それで決闘?」

「はい」


 ……ここはどこだ。お願いがあるから決闘って、ここはどこの世紀末になったんだ?

 決闘なんて古臭いもん今更流行んねーぜ、素直にお願いしてみろよお嬢さん、と誰かビーチェに言ってくれ。

 俺か? 俺は……、やだ。そんなことを言ったら素直にお願い聞かないといけない空気になるからな。

 もしも無理難題だった場合後悔しきりだろう。


「で、お願いって?」


 聞いてから対応を決める。まずは、それを決めた。

 そして、その選択に、俺は心底安堵することになる。


「僕が勝ったら――、こ、こ」

「こけこっこー?」

「恋人にしてくださいっ!!」

「こけこっこー……」


 更に意味がわからない。しかしよかった、素直に言えば聞いてやるぜ、みたいな会話しなくて。

 こんな意味わからん流れで誰が恋人なんて作るものか。


「……なんで決闘なん?」

「今までずっと考えてきて、これしかないと思ったんですっ」

「……へー」


 駄目だ、この微妙に物騒な少女を誰か止めてくれ。

 くっ、こいつは駄目だ、決闘を受けたら負けな気がする。

 そう考えて、俺は首を横に振った。


「教え子と……、剣を交えるなんてっ……、できるわけがない……!」


 ところで、言ってて思ったのだが、これ、……本当に不祥事じゃないか?

 生徒が、教師に向かって、恋人になる権利を賭けて、決闘。

 やばいんじゃないか? このままじゃ、スーツの上を頭に被って警察車両に乗るという憂き目に遭うんじゃないか?

 むしゃくしゃしてやった。生徒なら誰でもよかった。今では反省している。という供述をする羽目になっちゃうのか?

 今更ながら、事の重大さに気付くが、もう遅い。


「先生、構えてください……、でないと、僕……」

「待て待て待て待て」

「はい」

「決闘で、お前さんが勝ったら恋人云々はいいとして、だ。俺が勝っても旨み零だろ。だからすまん、できない、無理」

 流石に、朝刊の一面を飾りたくない。

 その一心で、どうにか決闘を回避しようと俺はもがくが、ビーチェに慈悲の心は無かった。


「じゃ、じゃあ、先生が勝ったら――、僕を恋人にしてもいいですよ……?」

「何その一択」


 可愛らしく頬を染め、上目づかいで言っても駄目だ。あと、握ってるのが日本刀なのもよろしくない。

 第一、ビーチェの俺への好意とて、嘘か真かわからない。

 元々所属していた組織に命令されて籠絡しろと言われていた名残である可能性もある訳で、もっと時間を置いたら錯覚だったと思うようになるやもしれんものだ。

 だから、その条件で受ける訳にはいかない。


「俺が勝ったら、昼飯でも奢ってもらうわ」


 多分、断るという選択肢は残されていないんだろう。一択だ。

 だから、速攻勝って終わらせる――!


「わかりました、じゃあ、胸を借りるつもりで行きますっ!!」


 ……とはなったもののどうしよう。

 振り上げられる刀。思い出すのは、随分昔の出来事だ。

 そう、俺にも昔、刃物に憧れる時期もあった。そして、ポン刀を持つとやりたくなるのが、峰打である。

 だから、俺は練習相手に峰打を放ってみたのだが――。


『安心しろ、峰打だ』


 ――相手は胴体と下半身泣き別れ、刀身はぼっきりとなったほろ苦い思い出があるのだ。


『安心して天国に行けるわっ!!』


 不死身だからよかったものの、人間なら死んでる領域だ。

 ……それを、ビーチェに放てと?

 あと、日本刀の峰打は刀を傷めるらしいし。やった後しこたま藍音に怒られたよ。


「どうする、どうするんだ俺……」


 振り下ろされていく刀。俺はそれを随分とゆっくりに見送って、


「そぉいっ!」


 掛け声一つ、刀をぶん殴った。

 うおっ、手が地味にぱっくりいった! 痛い。

 しかし、刀はあっさりと宙を舞っている。これで俺の勝ちだ。


「諦めついたか? 昼飯奢ってもらうかんな」


 言って、俺は後ろを向いた。片手を上げて、いつも通り歩き出す。

 しかし、やたら弱かったな。決闘挑んでくる割に。

 そんな瞬間。


「えいっ!!」


 うしろで、カチっと何かの音。

 風が嫌な予測を弾き出して――、俺は全力でその場を飛びのいた。

 そして、爆発。

 俺の髪を爆風が揺らす。


「……ビーチェさん?」

「はい?」

「なにそれ」

「プラスチック爆薬……、C-4、セムテックスなんかのことですね。これはC-4です」

「なんでそんなんもってるん?」

「元テロリストですから」


 いい笑顔ですね。こちらは背筋が凍りました。

 勝ったと油断させて、爆破。やることがえげつねー。

 と、そう思った瞬間、ビーチェが何かを踏みつけた。ぶちり、と嫌な音がする。

 それに連動して横合いから跳ねて来たのは、木でできたとげとげの球。所謂スパイクボールが飛んできていた。


「ベトコン仕込みっ!?」


 飛び退いて再び躱す。


「あのー……、これ、なんだ?」

「スパイクボールです」

「知ってる。なんで作れるん?」

「元テロリストですから」

「元テロリストって言えば何でも通用すると思うなよ」


 テロリストっていうより、ゲリラだよ。

 一体ここはどこだ。地獄の平和な河原じゃないのか。

 よしんば決闘していたとしても、こうはなるまい。ここはどこの戦場だ。

 しかし、考える暇は与えられない。

 ビーチェの袖から飛び出すデリンジャー。所謂小さい拳銃だ。


「先生っ、好きです!!」

「撃たれながら言われても先生困りますっ!」


 足下にチュンチュンと火花散る音を響かせながら、俺は銃弾を避ける。


「好きですっ、大好きなんですっ!!」


 あと、頬を染めつつ、恥ずかしげに顔に手を当てながらぱんぱんと銃を撃つのはよした方がいいと思う。

 危ない人だ。引き金幸福、トリガーハッピーまっしぐら。

 それと、その突撃銃はどこから出した。


「うふっ、なんだか楽しくなってきました……」


 あ、駄目だ、この子普通にトリガーハッピーだわ。


「愛してるっ……!! 僕は……、貴方のことが――!!」


 あ、なるほどこれが噂の殺し愛。洒落にならんぜ。

 そして、引き金を引くほどの燃え上がるビーチェ。銃を持つと性格が変わる方なのか。

 いつもの敬語も、なんだか中途半端だ。


「好きっ! 好きなのっ!!」

「それを銃弾に乗せられても困るっ」


 突撃銃による全自動射撃を走って避けつつ、俺はあのテロ組織が何故ビーチェを送り込んで来たのか悟った。

 ああ、銃持たせたらやばいから籠絡方面に進めたんですね。

 そして、弾切れ。やっと終わったかと安堵の息を俺は漏らす。

 しかし。

 俺が再び視界にとらえたのは、そう、まるでロールプレイングゲームの様な名前のあれ。

 先の大きい、槍の様な筒。


「あーるぴーじーせぶん……」


 携帯式対戦車擲弾発射筒。

 対戦車。

 ……俺は戦車か。

 瞬間、無慈悲にもそれは発射された。


























「とりあえず、だ。見られたら大変だから、その辺の物騒なもんは仕舞え」


 決着は、結局弾切れで着くこととなった。

 負傷は、一撃目の刀に拳でぱっくりいっただけで、後は全く問題ない。

 流石に教え子に暴力振るって免職はいやだぜ、と思った結果だ。

 尚、武器だけを破壊すればよかったんじゃないか、と思わなくもないが、それは後の祭りなので考えない。


「あっ……、は、はい」


 やっと異様な状況、所謂ハイな状態から復帰したビーチェは、そそくさと銃器を片付け始めた。

 ……ああ、やっぱりビーチェも変な奴だな。しかもぶっ飛んだ方向に。

 こう考えると、胸にこみ上げるものがある。俺の平和はどこにあるのだろうか。


「さて、と。今から飯食いにいくかんな。無論お前さんの奢りで」

「は、はい……っ」


 煤けた背中で、俺は定食屋へ向かうのだった。





















 とある定食屋にて。


「まあ、若いから色々やりたくなるのかもしれないが……、いきなり決闘はいかんと思うんだ」

「そう……、ですか? 僕、三日三晩寝ないで検討して、これしかないって思ったんですけど……」


 ああ、徹夜ののりでそういうこと決めちゃ駄目だから。

 変な勢いがついて変な方向にぶっ飛ぶから。


「にしても、恋人、ねえ? 若くていいと思うが、これまたなんで」


 机に肘をつきながら、俺はぼんやりと呟いた。

 そんな問いに、ビーチェは真っ直ぐに俺を見る。


「す、す、好き……、だからです」

「お前さんは可愛い、考え直せ」

「で、でもっ!」


 好き、ねえ? また好きか。

 そういうことを言われるのに慣れていない俺としては、困るものがある。

 正直、好きだと言う事は、真摯に答えたならば双方に負担の掛かることだ。

 迷惑、とまでは言わないが。


「好き、ねぇ? 俺のどこがいいんだか」


 月給は、メイドに負ける。正社員ではない。通称ヒモ。覇気がない。ああ、あと学もない。

 まともな要素が一つもない訳だが、どこに好きになれる要素がある?

 通称ヒモの辺りがそれだ、と言われたら俺はもう立ち直れない。


「その……、よくわかんないです」


 しかし、ビーチェの答えははっきりしない。

 まあ、よくわかんない、と言うのもわからない話ではない。人間の心なんて理屈で通るものじゃない訳で。


「理由がないと……、駄目ですか?」


 上目づかいに、ビーチェは聞く。

 眼鏡の向こうの瞳が不安げに揺れていた。


「駄目とはいわねーけどな。なんとなくで行動するのもそれはありだろ、むしろそれが若さってもんさ。ただ、取り返しのつかないことになりかねん、と年寄りは思う訳さ」


 若さ故の過ちなんてのは誰だって犯し得るものだが、だから注意もしないと言うのもいかんだろう。

 うっかり注意をし忘れると、若さゆえの過ちを犯したあの人のように相手基地への潜入任務に赤い派手な機体でやってくることになってしまうのだ。

 どこにサンバの衣装で任務する蛇がいると。

 と、まあ、話がそれたが、要するに、たしなめるのは大人の役目だぜ、と。

 しかし。

 そんな忠告を聞かないのが、若さって奴だ。


「先生は、いつもそうやって飄々とかわしますよね……」

「ん?」

「……どうすれば。一体どうすれば貴方に届きますか?」


 届く? 何が? 弾丸?

 いきなり変わる話についていけず混乱する頭。

 えーと、あれか。届くってのは弾丸の事で、決闘での事を話してるんだな? なるほど、戦術指南か。


「ま、あれだろ。数撃っても、俺には当たらんよ」


 俺には風での予測があるから、当たる位置には絶対いない。

 だから銃弾は俺に届かないのだ。


「並べ立てても、だめ、ってことですか?」


 まあ、そうだな。銃を幾ら用意したって駄目だ。

 俺に当てる方法はただ一つ。


「避けれん状況を作るこったな。どう頑張っても受けるしかない状況を。ま、その後は威力次第だろ」

「避けれない、状況、ですか……? 雰囲気作り……?」


 予測が効いても避けれない程の状況を作り出せれば、簡単だ。

 後は防御できるかできないかの単純な威力勝負。


「僕……」


 そうして、不意にビーチェが立ち上がる。

 その顔は、決意に満ちていて、非常に話しかけにくいんだが。

 そう考えて見守る俺に、ビーチェは微笑んだ。

 俺は思わず口を開く。


「どうした?」


 怪訝そうに聞いた俺の胸に、ビーチェは銃の形にした手を、銃口たる人差し指を突きつけた。


「ばんっ」


 愛らしく無邪気に、ビーチェは撃つ動作。

 そして、


「いつか、本当に撃ち抜いて見せますからっ……!」


 その言葉は、いつになく力強いものだった。














 ……え、俺心臓撃ち抜かれる予定なの?
























―――
※注 緊急のお知らせッ!! ってほどでもないです。

えー……、この度、いい加減重いですと言われたので、次回の更新から次のスレへ移行します。
別にタイトル変わる訳でもありませんが、見たら話数減ってるパネェとか驚かないように一応お知らせ。
心機一転、頑張ります。


と、まあ、今回はビーチェのお話。
やっと予定していたキャラ部分が出てきました。トリガーハッピー。





返信。


ゆっきー様

了解です。次回より新スレの方へ移行いたしますので、今後ともよろしくお願いします。
いやあ、なんというか、新スレとか、そう言えばそんなのもありましたね。すっかり忘れてました。
ともあれ、言われて気がついたのであっさりと移行します。
にしても、既に百四十一話。よく考えてみると確かに重いことこの上ないですね。


FRE様

はい、感想どうもありがとうございました。にしても、薬師家は混沌を煮詰めたかのような面子ですね。今考えると。
尚、地獄のトップたちは既に末期です。薬師がいないと最低限人間らしい生活を遅れそうにない閻魔とか特に。
あと、薬師が性転換すると聞かれたらいつも言ってる気がしますが、憐子さんになります。憐子さんの影響を多分に受けて今の薬師があるんですね。
最後に、誤字報告感謝です。速攻直してきました。玲衣子さんってことは完全にうち間違いですね。なぜnとiを打ち間違えるか。



SEVEN様

憐子さんのロリは、まだ時期じゃないのです。まだ、ただの伏線程度に置いておくだけで。
ちなみに、力もない状態でショタ化したら、薬師きっと藍音に連れ攫われて√突入ですよ。絶対確実で。
というか多分第一発見者がお持ち帰りして、既成事実製作開始だと思います。治った時にはもう手遅れだ……!
しかし、伸びるネタですか。中々面白そうな気がします、アホの子とかもありかな、と。アホの子が成長して薬師にネックハンキングツリーかますとか。


奇々怪々様

メリーさん、花子さん、丸太、日本刀、梨花さんあたりは何故か再登場を望む声が。まあ、私も出てきたら楽しそうだと思うんですけどね。サブとしてならありかとも思いますが。
さて、ショタ薬師ですが、実は危険な綱渡りをなさってると言うか、藍音さんの理性を焼き切らせたら最後でしょうに。
あと、あれですか、超絶鈍感で無自覚フラグ生成人は、種族名薬師ですか。……敵だっ!!
そして……、千円札を洗濯してしまうとは……、野口さんかはわかりませんが、無事だったでしょうか。日本の貨幣ってなんか丈夫らしいですけど。


悪鬼羅刹様

中身が中年のショタって書くとほんとなんか嫌です。それが短パン履いてるとか言ったらもっといやです。
まあ、でもよく考えてみると、姿かたちだけ変えるならまだしも、精神的に子供に戻すとなったら、千年とちょっと戻すって、凄まじいことこの上ない気がしまして。
あと、茹で卵は白身だけでも程々行ける気がします。友人が黄身だけ食べて寄越して来た白身を食べた私が言うのだから間違いないです。
まあ、ショタだろうがなんだろうが薬師は薬師。蛙の子は蛙。ってか、成長してないっていうか全然変わってないっていうか。


通りすがり六世様

果たして誰得だったのか、それは私にも計り知れない何かがそこに横たわっております。
ちっこい憐子さんは、皆の得。あと、藍音の変態っぷりは私に得があったのでなんの問題もありませんが。
そして、全員でロリショタ化したら収拾がつきそうにないのでここは薬師以外全ロリ化で保育園と化した地獄を薬師が子守する話で。
閻魔姉妹は言わずもがな。相変わらず末期です。公明正大な閻魔様はいずこへ。


春都様

ハイテクと妖怪は相いれないような何かがあるんですかね。まあ、ハイテク怪奇ならいいんでしょうけれど。
とか考えてたら、パソコン内でアイコンが吹き荒れるポルターガイストとか思いつきました。誰得。
そして、熟と炉、そこに丁度中くらいのを添えて、俺賽はお送りしたいと思います。老若女といければいいな。
あと、閻魔姉妹に養育されるのを考えると――。子、薬師。母、由比紀。父、閻魔。……完璧じゃないか。


Eddie様

お久しぶりです、忙しかったようですが、体とか壊してないでしょうか。健康にはお気を付けを。
そして、一話から百四十まで一気読みですか……。猛者ついてますね。光栄の限りですが、ほんと、風邪とか引かないよう注意です。
でも、やっぱりあれですね。面白いと言ってくださるのが一番やるきに繋がります。という月並みな言葉しか出ませんが、ばっちりきっかり嬉しいです。
これからも、薬師は自由な感じで突き進んでいきますっていうか薬師から自由取ったら何も残らないです。


あも様

鈴とじゃら男はもう、このままなあなあなかんじで行けば気が付いたら全部片付いてる気もします。
すでにじゃら男にも鈴にも双方互いにフラグは立ってるんだから、後は回収すれば終わるんじゃないっすかね。
てか、既にもう見た感じ夫婦ですよ。後は本人達の意識次第。
ショタの方は、確かに、生意気っぽい方が年上のお姉さんには受けそうな感じです。おかげで由比紀が暴走しちゃいますが。
憐子さんの自由さについては、もう、この師にして弟子ありというか。大体大天狗はこんなんばっかりとも言えなくもないですけどね。






最後に。
眼鏡キャストオフイベントで、眼鏡あったほうがよかったって言われるのって、
ロボットものでアーマーパージする機体がアーマーパージしたまま出てきたら燃えないのと似ている気がする。
ここぞでキャストオフしてこそ、もえる展開なんですねわかります。二重の意味で。



[7573] 番外編 現在の短編:薬師昔話 お姫様の話。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e
Date: 2010/04/17 21:47
俺と鬼と賽の河原と。




 人生には不思議なことなど何もない。

 長く生きていれば、幾らでも不思議なことに遭遇するのである。

 だから――。

 ――今まさに黒い渦的な何かに吸い込まれようとしているのも、きっと不思議ではないのだろう。


「って、ねーよ。ねーから。ねーだろ」


 畳の淵に引っ掛けた爪が剥がれそうなくらい痛い。

 だが、ここで手を離すのもいかん。

 俺は、畳の縁に引っ掛けた手に力を込めた。

 ここで手を離せば確実に行方不明で失踪者である。


「藍音さーん、藍音さんや―い」


 子供じゃないのだ、書き置き位していきたいが、筆も紙も亜空間的な何かに吸い込まれ済みだ。

 だから、幾分か緊張感に欠ける声で藍音を呼ぶ。

 もっと叫ぶべきかもだが、これでも藍音は来る、絶対に。


「何をやっているのですか、貴方は」


 ほら、来た。

 すっと襖が開かれた。


「見てわかんねーかな」


 部屋には黒い渦的なものが一つ。

 そこに男が吸い込まれそうになり、足を浮かして、せめてもの抵抗に畳に爪を引っ掛けている姿。


「わかりません」

「俺にもわからん」


 果たして、誰がこの状況を説明してくれようか。

 まあ、ともあれ。


「多分召喚的な何かだ。ってことで、お前さんはどうする?」

「無論着いていきますが」

「お前さんがいないと仕事がやばい気がするんだけど」

「薬師様。召喚先が外国だったらどうするのですか」

「ぐ、それは参るな。通訳できんのお前さん位だろ? まあいいや」


 この会話を物理的に地に足が着いてない人間がしているのだから、人生って不思議だ。


「ああ、でも書き起き位は残してってくれよなー。俺じゃ無理っぽいから。あとできるだけ急いでくれよな、手え滑りそ」


 そんな言葉に、藍音は肯くと、紙束と、変な筆、もといメモ帳とペンを取り出し何事かを書いて、どこぞへと消えた。

 そして、あっさりと戻ってくる。


「お待たせしました」

「準備はいいのか?」

「いつでも問題ありません」

「じゃあ行くか」


 ああ、でもどうやって一緒に行こうか。

 そう思った矢先――。


「……では失礼して」


 藍音が俺に抱きついた。


「ぬおう、指の限界が臨界で突破だぜ」


 二人分の重量は流石に爪じゃ支えきれん。

 そんなわけで、俺と藍音は黒い渦にあっさりと引きずり込まれたのである。











薬師昔話 お姫様の話。









壱 昔々、それは薬師様が召喚された時のことでした。



「ぬおうっ!」


 黒い渦の中に居たのは一瞬。

 その一瞬で、私と薬師様は黒い渦、ブラックホールの様なものからどこぞの座敷にあっさりとまろび出ることとなった。

 そうして、降り立った私と薬師様だったが、私が抱きついていた影響だろうか、薬師様は何故か頭を下に、首で着地している。

 そんな薬師様を視姦、もとい心配して見つめる私だったが、そこでふと、耳が薬師様のものでない声を捉えた。


「曲者っ!!」


 可憐ながらも、意志の強そうな少女。果たして、十、五六だろうか。服は召喚の儀礼服だろうか、装飾の多い巫女服に身を包んでいる。

 日本人らしい長い黒髪をたなびかせながら、その少女が――。

 斬り掛ってきていた。


「ぬおうっ」

「させません」


 無意味とは知りつつも、私は薬師様をかばい、少女の手首を取る。


「くっ……」


 少女が苦悶の声を漏らした。


「召喚しておきながらにして斬り掛るとは……、どのような了見でしょうか」

「なっ、召喚……?」


 はて、これはどういうことでしょう。

 どうにもおかしい、と違和感をぬぐうため私は話を続けることとする。


「はい。我々は貴方に召喚されたものだ、と予測されますが」

「ということは……、貴方が私の護法童子なので?」


 どうやら、見解に相違があったらしい。これは訂正せねばならない。


「違います」

「はい?」


 間抜けな声を上げた少女に、私はたった一つの事実を告げた。


「召喚されたのは薬師様ですが」


 ふっと、少女が薬師様を見る。

 そして、心底残念そうに声を上げた。


「え……、ええぇぇええええぇえぇええ……?」


 薬師様は、未だに畳の上に転がっていた。


「コンゴトモ、よろしく?」

















 一応のこと分かり合って、現在は畳敷きの一室で、膝つき合わせ話と相成った。


「ええ、と。私の名は梓。嶋岡梓と言います。一応、この秋峰という一国の主です。そちらは?」

「如意ヶ嶽薬師」


 俺がぞんざいに答えると、対して藍音は優雅に一礼し。


「如意ヶ岳藍音です」

「は、薬師に藍音、ですね」


 なるほど、俺を呼び出したのはなんのことはない、小娘である。

 さて、期せずしてこの子の護法童子になってしまった俺だが、どうやら、梓はもっと鬼に近いものが呼び出されると踏んでいたらしい。

 確かに、俺や藍音は羽でも出さねば明らかに人間だ。その上二人で現れるのだから、多少の疑いは仕方ないことだろう。

 そう思ったので、切り掛られたことは水に流す。

 それで、梓は俺に問うた。


「で、貴方はどのようなことができるのですか?」

「サボるのは得意だ」


 そう言えば、サボタージュなんて知らないか。


「え……、いや……」

「あと書類の整理」

「……そうですか」


 がっくりと、梓が肩を落とした。

 しかし、俺の知ったことではない、というかなにを言っても無駄である。それよりこちらの疑問に答えてもらおう。


「所で、お前さん修験者なん?」


 そこがずっと不思議に思っていた所だ。

 梓の服装は赤い袴姿だが、決して大天狗を呼び出せるような熟達した修験者には見えないのだ。


「ああ、私は違うのですが。先祖はそうだったらしいです。それで護法童子の法の書物が代々伝わっていて」


 なるほど、家系で呼び出せる方の人間か、と俺は納得し、肯いた。

 それにしても護法童子か。使い魔なんかと違って、召喚されてもそれほどの強制力は持たず、言ってしまえばこのまま無視して帰ることもできるのだが。

 そも、護法童子で不便なのは、召喚の期間が長いことだ。年単位で主が事を成すまで居る時から、生涯付き添うこともある。

 ふむ、面倒くさいし帰ろうかね……。

 俺が無責任にそんなことを考えかけるが、しかし。

 この姫に義理はないが――、暇だけは持て余していた。


「それで……」


 不安げな瞳に、俺は笑って答えることとする。


「まあいいや、しばらくは引き受けようか。護法童子」


 そうして、俺の城での生活が始まった。













 召喚されてから、四日ほど日にちが経った。

 ああ、また薬師様の悪い癖が始まったのですね。

 と、私は頭を抱える。

 気まぐれと、暇だから、の一言であの人はなんだってしてしまう。

 しかし、私の仕事はあの人に仕えること。主がやるというならば、喜んでついていく。

 その結果、私は梓の副官の立場に落ち着いている。


「藍音」

「なんでしょう」


 畳の上、書簡に目を通しながら、梓は声を上げた。


「薬師は、いつもああなのですか?」


 いつもああ、というのは、薬師様が昼寝して起きてふらふらして昼寝する行動ルーチンのことだ。

 私がこうしているのは、薬師様が働かないせいだと言っていい。


「いえ、流石にあそこまでではなかったはずですが……。身内びいきではなく」

「そうですか……、まあ、でも」


 と、梓は、言葉にする。


「闘争しかできないようなのが出てくるよりましなのでしょう。心から、そう思います」


 優しげに、梓は呟いた。

 そんな言葉にふと私は疑問をぶつけてみる。


「……なら、何故、護法童子の召喚を?」


 護法童子なんてほとんどが戦闘目的だ。戦闘目的じゃないなら一体何が理由であるのか。


「ああ、先祖代々の仕来りで。この年まである程度修行して、そして呼び出すのです」

「では先代も?」

「ええ、巨大な鬼でした。闘争が好きで、父も同じ側だったため、地方全土で猛威をふるったようですが」

「なるほど」


 私は概ね理解した。そして、その答え合わせであるかのように、梓は言葉にした。


「父は鬼に食われて死にました。そして、私が物心ついた時には領土もこんなこじんまりとしたものに」


 むしろ、領土が残ってるだけで僥倖ですが、と梓は苦笑する。

 部屋に妙な沈黙が降り立った。

 私は、こう言った空気を和らげるのは得意ではない。

 こういうのは薬師様の分野だ。そう思った瞬間。

 まるで、タイミングをはかったかのように、


「飯運んできたぞー」


 足で襖を開けて、薬師様は現れた。

 そんな薬師様に、梓は苦言を呈する。

 一瞬にして、暗い空気は霧散した。


「薬師、行儀が悪いですよ。ちゃんと襖は手で開けなさい」

「足も手も変わらんよ。手なんて前足が進化したようなもんだから足だ足」

「なんですかその屁理屈は……」


 はあ、と呆れたように梓が溜息を吐く。


「でも、薬師が食事を運んでくるなんて珍しいこともあるものです」

「雑用くらい働けってよ。後は逃げて来た」


 開けっぴろげに薬師様は言いながら、盆を置き、私は疑問を表に出す。


「……なにから逃げて来たのですか」

「知らん、美香とかいう女武芸者だった、気がする」


 今度は梓が怪訝な顔をした。


「美香が? 一体何故……」

「ああ、何か昼寝してたら……、貴方が護法童子か? 梓さまを守れるよう私が扱いてやりましょう!! だってよ」

「それは、なんとも……」


 言葉通り、梓がなんとも言えない声を上げ。

 再び乱暴に襖は開かれた。


「失礼しますっ」


 噂をすれば影、美香という者だろう。

 襖を開けた人間は、無遠慮に部屋に入り込んだ。


「薬師殿、こんな所に居らっしゃったのですかっ! 食事を運ぶとはご立派です。ささ、修行に参りましょう!」


 そう言ったのは、赤毛の女性だ。長い紅色の髪を後ろで縛った、ポニーテールの髪型に、切れ長で活発そうな輝きを持つ瞳。姿は道場でよく見る袴姿。

 その女性が、薬師様の襟首をつかみ、引っ張って行く。

 薬師様は今一つ緊張感に欠ける声で抗議した。


「おおうっ、乱暴すぎるぜ。修行の前にして体力が無くなるな」

「体力が無くならないように修行するのです!」

「ナンテコッタイ通じてねえっ。助けてくれ、藍音さん」

「無理です」

「おいおい、我が主殿、部下をいさめてくれたまえ」

「美香、頑張ってください」

「はいっ、姫様。さ、行きましょう!!」


 その一言で、ずるずると抵抗むなしく薬師様は引きずられていった。

 そして、引きずられながら一言――。


「梓、梓」

「なんでしょう?」


 薬師様は悪戯っぽく笑って告げる。


「お父さんって呼んでくれてもいいんだぜ?」

「なっ、何を――」


 梓が血相を変えかけて、やめる。

 薬師様はもう既に引きずられていなくなっていた。


「……、藍音、食事にしましょうか」

「はい」


 お節介を焼き、惚れさせる。

 ああ、薬師様の悪い癖が始まったのですね。

 と私は思った。
















弐 こうして薬師様の悪癖が始まったのでした。







 道場で、木刀片手に、ひたすら降り注ぐ木製の長刀を避けながら、ふと思う。

 どうしてこうなった。

 美香、という女武芸者が俺に稽古を付けると言ってから半刻が過ぎ去った。

 避けるだけ、というのも中々辛いものがある。


「ほらほら、避けてるばかりではどうしようもありませぬよ!?」


 なるほど、道理だ。

 しかし、ここで殴り返すのも大人げないし、なんか癪だ。

 ここは意地でも避け続けてやる。

 そう思って俺は一心に木製の刃を避け続けた。

 結果的に――。

 一方的な訓練は、美香の体力切れで決着がついた。


「はぁっ、はあ、あぁっ……。中々やりますねっ……、護法童子殿もっ」

「いや、なんつーかな」

「それで、息一つ乱さぬとはなかなかの回避の腕です。しかし、攻めないと勝てませんよ」

「それでも負けねーから良いんだよ。攻めねーといけねーのは勝たねーといけねー時だ」

「それもそうですが……、いつか勝たないといけない時がやってくるでしょうっ!」


 拳を握り、美香は力説した。

 俺は、面倒な奴だ、と内心だけで肩を落とす。


「勝たないといけない時、ねえ? お前さんはどうなんだよ」


 問うてみれば、美香から真っ直ぐな瞳が帰って来た。


「そうですね。近いうちに、この国で戦争が起きるでしょう。その時は――、勝ちに行かねばなりません。攻めねば、勝てません」

「ほぉ? なるほどね」


 群雄割拠のこのご時世、ごくありふれたお話だ。むしろこの辺りは国と言うより山に近い隠れ里と言った風情だから他より平和な位だろう。


「お前さんの主君に戦る気があるかはわからんがね」


 主君、というのは梓のことだ。あれは、優しいというか、甘いというか。

 しかし、美香はそれすら許容して、信じるとでも言うかのように俺を見た。


「ええ、あの方は優しい方ですから。でも、きっとやり遂げてくださるでしょう!」

「そうかいそうかい、お前さんは梓が好きなんだなー」


 梓のことは、流石に来て一月とて経ってない今ではよくわからないが、とりあえず、美香が梓のことを大好きなのは分かった。

 そして、分かったのに強調してくる。


「ええ、はい。梓さまは私の生きがいですからねっ。生きる理由そのものです」

「ふーん? 恩義でもあるのかね」


 梓のために、そこまで言いきる美香は、とても輝いて、眩しかった。

 彼女は大きく肯く。


「はいっ! 私は流浪の剣士だったのですが、この通り、女ですから。どこに行っても色眼鏡で見られ、剣ではまともに金も貰えず、非常に飢えていたのです。その時、ここに流れ着いて、私は梓さまに拾われたのです!」


 ああ、これはよくあるようで珍しい話だ。

 今の時代、戦ばかりで人は己のことだけで手一杯。人を気遣うことすら珍しい。


「それはそれは、いい話だな」


 正直な感想を零した俺に、美香ははっきりと肯いた。


「はいっ、では、休憩も終わりにしましょう」

「げ……、またかい」

「はいっ、次は打ち込みをしましょうか」

「へいへい……」


 全く、やれやれだ。

 そうして、また一日が終わったのだった。









**************












 梓がちょっと出てくる、と言ってから戻って来た時、何故か彼女は薬師様を連れて来ていた。


「なんか昨日から引きずられっぱなしなんだがさー……、どういうことなの?」

「働きなさい、いいですか?」

「働いたら負けるっ……、攻めろっ」

「何を言っているか分りませんが、早く書類の処理をお願いします」


 梓は、そう言って書類を薬師様の前にどっさりと置いた。

 薬師様は、露骨に嫌そうな顔をする。


「げぇっ……、目が熔ける、肺が破れて腸が断絶するっ」


 そんな薬師様に、梓は無慈悲に一言。


「書類の整理は得意なのでしょう?」

「すまん、ありゃ嘘だったということにしといてくれ」

「聞きません」


 梓は、どうにもきついタイプの美人だ。だからと言ってどうということもないが――。


「藍音がいりゃ大体充分だろー?」

「貴方は藍音を見習いなさい……!」


 果たして、この人がらに薬師様はどう動くのか。

 そんなのわかりきってる気はするが。


「へい、へい。やりゃあいいんだろ、やりゃあよー……」

「はい、それで構わないと」

「その代わり一つ条件を呑んでくれたまえよ」


 鬱陶しげに、薬師様は明後日の方向を向いて告げ、梓はそれを呑む方向で受諾した。


「まあ、私にできることなら」


 そうして薬師様が出した条件は、


「笑えよ。常に笑顔な?」


 非常に奇妙なものだった。


「え?」

「いや、だってなぁ? 無表情の藍音と仏頂面のお前さんじゃあ、俺が余りの緊張に心の臓を破裂させてしまうよ。明るく楽しい職場を形成してくれ」


 これは、私も笑った方がいいのでしょうか……。

 などと考えるが、思うに、これは薬師様のからかいだ。その標的は今は梓なのだから、何も手出しすることはないだろう。

 現に、こうして私抜きで会話は進んでいる。


「ほら、笑って笑って……」

「ええ……、と」

「……駄目だな」

「駄目ですね」


 思わずそれには私も同意した。梓の笑みは引き攣っている。

 そして、駄目だしされて直そうとすれば、今度は不自然に片側のみがつり上がり、まるで悪人の風情だった。


「すまん……、俺が悪かった」


 結局先に折れたのは薬師様だ。

 まあ、確かにこれでは無理だろうと私も思う。


「では、私は他の雑用をこなしてきます」


 そう言って、私は彼らの元を後にしたのだった。















「では、私は他の雑用をこなしてきます」


 そう言って藍音は出ていってしまった。

 結果的に、いるのは俺と仏頂面の梓一人。

 あまりに、会話は弾まない。ひたすら筆を走らせる音と判を押す音だけが響いていた。


「だー、もう、あれだからもう少し気さくに話せよ」

「気さくに……、ですか」


 俺は肯く。


「笑えとは言わんから、会話くらいないと息が詰まって窒息する」


 藍音とは相性がいいだろうが、俺はダメだ。

 藍音となら気心が知れている、且つ、話せば皮肉っぽく返してくれるのでありがたいんだが。

 と、まあ、俺が言えば、梓はまるで悩みながら、言葉を選ぶように声を上げた。


「ええ、と。今日はいい天気ですね、薬師」

「ああ、そうだな」


 会話が止まった。

 いや、なんというか、まあ。


「続きは?」


 俺が続きを促せば、梓は困ったように返す。


「え、と……。続きがいるのですか?」

「お前さんは、本当に姫様なんだな」


 世間知らず、というも少し違う気がするが、どうにも調子が狂う。

 しかし、言葉に秘めた意味に気付かないほど愚鈍でもないらしい。

 梓は困ったように言葉にした。


「この方、私事で長く話し込んだことなんてありませんので……。特に男性とは」

「そうかい、そりゃ人生九割損してるわ」

「そう、なのですか?」


 純粋なことは悪くないが、人の上に立つんなら、これは如何なものだろう。

 まあ、知ったことではないか。


「人間と獣の違いって話せるくらいだろ? だから話さないのは勿体ねー」

「む、一理あるのは認めます」


 それに、と俺は付け足した。


「十代と言えば異性のことばかり気にして生きる時期さね。大人になってからじゃちょいと遅いから勿体ない」


 対して、梓は俺の言葉に疑問を投げかける。


「貴方の十代の頃も、そうでしたか?」


 俺は首を横に振った。


「悪い、俺は特殊な例だったわ」

「の、割に損をしてるようには見えませんが」

「まーな。でもどいつもこいつも恋をした奴はこう言うぜ。悪くなかった、ってな」


 例え失恋してわめいていても、一年もすりゃ男は見栄を張るのだ。


「そんなものですか」

「したことない奴には判んねーらしい。どいつもこいつも恋は素晴らしいって言い出すが」


 そう言って、くく、と俺は喉を鳴らした。

 そうして、ふと、梓の筆の音が止まっていることに気付く。

 どうかしたかと視線を向ければ、梓はじっと俺を見ていた。


「俺の顔になんかついてるかね?」


 いぶかしむ様に聞いた質問に返って来たのは、質問。


「貴方は、随分と良く笑うのですね?」


 俺はい一瞬呆気にとられるが、すぐに笑みを戻すこととなった。


「そりゃーな。上に立つ者としちゃ、そんくらいの余裕が必要だ」


 上が慌てりゃ下も慌てる。最終的には大騒ぎだ。


「余裕、ですか」

「まあ、表面上だけでもな」

「そうですね。やはり私もそう言ったことを考えると、学ばねばなりませんね」


 思案するように、梓は言った。

 しかし、だ。

 別に梓に笑えと言ってるのは、別にそんなつまらんことじゃなくて――。







「あー、違う違う。お前さんの場合、笑った方が綺麗だろ」







 お茶を汲んで戻ってくれば、この有り様。

 私は見事にお邪魔虫だ。


「え?」


 薬師様は何を自然にあんな台詞を吐いているのか。

 意味がわからないが、しかし、いつものが発動したことだけはよくわかった。


「そりゃ、花はつぼみより咲いてる方が綺麗なのと同じくらい道理だろ」


 相も変わらず天然で気障な言葉を吐いている。

 仕方がないので、私は人知れず溜息を吐いた。


「そんな……、私などおしとやかの欠片もなく」


 こうして相手が頬を染める光景も、見飽きたものがある。


「別に誰もおしとやかさなんて求めてねーから。その辺の蒲公英だってそれなりに綺麗だ」


 こうやって追い打ちを掛ける薬師様もだ。


「……考えておきます」


 そう言った梓に、ここが頃合いだろう、と私は声を発する。


「お茶をお持ちしました」

「あ、藍音?」

「おお、ありがとさん」


 私のお茶を、梓は戸惑いながら、薬師様はいつものように受け取った。

 そうして、受け取りながら薬師様は言う。


「さて、お茶も入ったし、そっちも手動かせって」


 言った通り、しばし、梓の手は止まっていたらしい。

 梓は急いで気を取り直した。


「はい、じゃあ」


 二人が、ひたすらに筆を動かし始めた。

 私の作業する場はないので、部屋の隅に控えることとする。


「……書類の整理が得意、というのは嘘ではないのですね」


 そんな梓の言葉に、薬師様は苦笑して返した。


「年の功だよ。あんだけやらされて上達しない方がどうかしてる」

「そうですか」


 それが、今回の作業中の最後の会話となった。

 それからしばらく、ただ筆の音だけが響き、


「……ふむ、暗くなってきたし、俺は部屋に戻るわ」


 薬師様は、そう言って立ちあがる。確かに、太陽は赤く、手元も暗くなり始めていた。


「お疲れ様です」

「おうよ」


 私の言葉に、片手を上げて薬師様は応え、部屋を出る。

 私はそれを見送ってから、ゆっくり数秒待って。

 梓に向き直った。


「……気になりますか?」

「なにがです?」

「薬師様が」


 流石に、声まで出さなかったが、梓が動揺したのが、あっさりと見てとれた。

 駆け引きに向いてないことこの上ない、と私は内心溜息を洩らすが、とりあえず表には出さないことにする。


「いえ……、なんというか。薬師は、偉い人なのですか?」


 きっと動揺を悟られぬように言ったのだが、ばればれだ。

 しかし、指摘すると話が進まなくなりそうなので、私は曖昧に答えた。


「まあ、それなりに」


 薬師様は大天狗ということを明かしていないし、明かすつもりもないらしい。

 必要になればやりたいようにするだろうが、元々自分の名前の価値を重要に思っていないので、明かす必要があるとすら思ってないようだ。

 ともあれ、そんな曖昧な答えだったが、梓は納得したようだった。


「貴方を従えてる辺りから、そうだとは思っていましたが。なるほど……」

「……もっと、別なことを聞きたいのでは? 好きな物とか、共通の話題とか」

「な、ななっ、そんなのは――!」


 まだ、精々が気になる人、のようだが、こんな異性との会話の経験すらほとんどない小娘ではすぐにころっといってしまいそうだ。


「まあ、後悔のないように」


 私はそう言って、警告する。結局梓は人間で薬師様は天狗であるが故。

 そんな私に、何を想ったか、梓はこう聞いた。


「貴方は、薬師をどう思っているのです?」


 私の答えは常に一つだ。


「深く、静かに愛しています」

「……。そうですか」










**************











 そうして、朝目覚めれば、俺は美香に引きずられていた。


「もう昼ですよっ、さあ、稽古に行きましょう!!」


 ということらしい。

 今日も木刀を回避しまくる作業が続くらしい。

 仕方がない。仕方がないが、正直疲れる。


「所で、何らかの武術を習っていたのですか?」


 引きずりながら、美香が問い、俺はいいや、と首を横に振った。


「特になんも」

「そうですか」

「それがなんか?」

「いえ、その割に避けるのが非常に得意だな、と少々。実は普通に強いんじゃありませんか?」


 俺の接近戦は憐子さん仕込みだが、決まった型があった訳でもなく、半分喧嘩殺法に近いものがある。

 それこそ、天狗の腕力なしで格闘だけなら、どれくらいの強さなのかはわからない。


「んなの、しらねーよ。武芸者たるお前さんが判断してくれ」


 言えば、美香は肯いて見せた。


「そうですね。その為の稽古ですっ!」

「しまった……、やる気にさせた」


 俺が失策に気がついた時にはもう遅い。

 既に俺と美香は道場に入り込んでいた。


「ささ、やりましょう」


 美香が木刀をこちらに寄越してくる。

 仕方がない、と俺は立ちあがってそれを受け取った。


「では、行きますよっ!!」


 気合の入った踏み込みと共に一閃。

 人間の女性にしては随分と早いが、それでも山の女傑達には程遠い。風による予測を行わずとも、動体視力は追いついた。

 俺はそれをさがって避ける。

 そうして空いた懐に、美香が踏み込んで来た。

 下からの切り上げを俺は仰け反ってかわす。

 そして、そのままの振りおろしを放たれ、俺はそれを手に持った木刀で受け止める。


「あっ!」


 どうやら俺は力を入れ過ぎていたらしい。

 驚きの声と同時、振り下ろしたはずの美香の木刀が、天井近くまで舞い上がっていた。

 まあ、それだけなら良かったのだが……。

 運悪く、落下して来た木刀は、


「きゃんっ!!」


 美香の後頭部に直撃した。

















「……、ねてりゃ可愛いんだけどな」

「起きていたら山姥のようだと?」

「起きてたのか」


 意識を失った美香をどうしたか、と言えばどうすることもできず、精々が膝枕程度だ。

 ともあれ、そうして四半刻立った頃、やっと美香は眼を覚ました。


「今目覚めた所です……、っ……」


 その美香は、その場から身を起こそうとして、呻く。

 俺は美香の頭を掴み、無理矢理膝に落とした。


「無理すんなって。寝てろ寝てろ」

「……かたじけないです」

「まったく。それと、お前さん、あちこち掠り傷できてんぞ。後でなんかまいとけよ」


 肘、膝、腕と、あちこちに掠り傷がある。


「お前さん女だからな? 嫁の貰い手いなくなるぞ?」


 俺が言えば、返って来たのは些か予想どおりな言葉だった。


「私は武芸者です。既に女など、捨てていますから」

「んな可愛らしい男がいるかよ」


 馬鹿らしい意地だと思う。女が弱いなんて嘘だ。

 むしろ……、女怖いです。


「そりゃ、刀を握れば男も女も関係ないがね。それ以外の時はやっぱり男女だよ」


 確かに、戦場に立って刀を抜くなら男も女も関係ない。

 しかし、男と女も関係ない場所以外では、やはり男で、女なのだ。


「まあ、別に好きにしろとしかいえねー問題だが。それで終えちまうのもそれはそれで勿体ない」


 すると、美香は俺の膝のうえながら、つい、とそっぽを向いてしまった。

 おかげさまでその表情は分からない。

 ただ、ぽつりと告げられる。


「……考えておきます」










**************










 地味に馴染み始めて、意外と結構な時間が経った。

 城の生活が一月経ったか、それともそろそろか、と言った所で、梓は俺に提案する。


「街に……、視察に行きませんか? 薬師」


 積極的に付いていく事情はないが、断る理由もない。

 俺は二つ返事で肯いたのだった。












「国は人の集合体。故に人を見ずに国は語れません」


 したり顔でそう言った梓に、なんとなく俺は違和を感じて、ぼやく。


「なんかな……、本当にそれだけなん?」


 なんとなくで呟いた言葉だから、あまり戸惑われても困るのだが、しかし梓は俺を困らせた。


「な、何を。言いがかりはよしなさい、薬師。邪推はいけません」

「いや、別にそれでいいんだけどさ」


 真っ赤になって怒り、否定する梓に、俺はやれやれと肩をすくめる。


「で、行くんだろ?」

「はい」


 俺は、梓に手を引かれ、城下へと歩き出す。


「で、どっから?」

「無論、あちらこちらで店を見ていきます。数字だけでなく、実情を見れば真の経済も察せるというもの」

「ふーん」

「疑っていますか? 薬師」

「いんや、お前さんが疑心暗鬼なだけ」


 俺が問えば、梓は何を疑り深くなっているのか、それこそ邪推し、疑心暗鬼だと言えば、難しげな顔で黙り込む。

 不思議な奴だ。

 しかし、不思議だからと言ってここで頭を悩ませるものでもない。とりあえず店を見ると言うので、その辺を見回して、目に着いたものを俺は指差した。


「あそこに屋台があるぞ、見た感じ焼き鳥だ」


 平時でそんなに屋台が盛んと言うのも珍しいが、まあ、善政が敷かれている証拠だと納得しておこう。


「ええ、そうですね、行きましょう」

「そう言えば普通に街に降りてるけど大丈夫なん?」

「一応変装してますので大丈夫かと」


 言ってる通り、確かに町娘的な格好だが――。


「焼き鳥二本、お願いできますか?」

「おや、姫様じゃないか。今日は男連れ、これかい?」


 一瞬にしてばれた。まあ、顔くらい隠すべきだったな。

 梓はと言えば、驚き戸惑い、そして屋台のおばちゃんの立てた親指にひたすらに動揺した。


「な、何をおっしゃっているか理解できかねます!」

「まあ、こんな美人な嫁さんもらえたら幸せもんだろうがな」

「またまたぁ……、ほら、若い二人におまけしといてやるよ」

「私と薬師はそんな仲じゃ――」

「お、ありがとさん。恩に着るぜ」

「姫様もいい男捕まえるもんじゃないか。大変そうだけど、頑張りな!」

「恩に着た以上はそうさせてもらおう」


 いやはや、いいおばちゃんじゃないか。勘違いされてるっぽいが。

 俺は、焼き鳥を受け取り、その一本を梓に渡そうとする。


「おおい?」

「あ、あ、あなたは一体……っ、何を言って――!」

「いや、落ち着けよ。ほれ」


 わなわなとふるえ、今にも殴り掛って来そうな空気だった梓をやんわりと制止し、半ば無理矢理に焼き鳥を持たせる。

 これで殴り掛ってこれまい。

 そして、沈静化しかけた梓に更にもう一度追い打ちを掛けて、


「それよりも、いきなりばれてるんだが?」

「うっ、……むう。これは予想外でしたね」


 完全に鎮静化。


「まあ、しゃーねーか」


 俺は、溜息を吐くように吐き出した。そりゃあ、ばれちまったもんはどうしようもない。

 次だ次、と今度は俺が梓の手を引いてあちらこちらを回る。


「そちらに仕立て屋がありますね」

「ああ、いい布があるもんだ」

「しかし、その布が下々まで行きわたるかと言うと……」

「まあ、そりゃしゃーねーや。すぐにどうにかなる訳でもあるめーよ。それより、向こうのはなんだ?」

「ああ、豆腐屋ですね。城下でも評判だと」

「ふーん? 今度買ってくるか」

「さて、次は……」

「ああ、飯にしようぜ。流石に焼き鳥一本で腹いっぱいにやなんねーよ」

「そうしましょう」


 そうして、一通り城下を歩いて日も暮れた頃。

 ふと、俺と梓は、とあるこじんまりとした小間物屋に立ち寄っていた。

 どうやら、行商らしくここに常にいる訳ではないのだろう。広げた風呂敷にあれこれ商品が乗っているが、すぐにしまってどこかに行けるようになっている。


「どうだい、そこのお嬢さんに一品」


 好々爺然とした店主に俺は苦笑一つ、梓に聞いてみることにした。


「なんか欲しいもんでも?」

「なっ、言ったら貴方が贈ってくれるとでも?」

「それでも構わんぜ?」


 あまりに警戒した答えだったので、俺は更に苦笑を深める。


「で?」

「そんなもの、私には必要ありません」


 その答えはきっぱりとしたものだった。

 なるほど、欲しい物はないのか。

 なら、仕方ない。


「あー、これくれ。あ、ちなみに今金での持ち合わせなくてこんなんしかねーんだけど足りるかね」

「あ、あなたは何を……」


 俺は懐から指輪を一つ取り出した。ちなみに、別に曰くのあるものでもなく、大天狗として生きていれば気がつくと溜まる類のものだ。

 すると、あっさりと店主は相好を崩した。


「ええ、十分も十分、お釣りが出ますが――」

「じゃあ、これもくれ」

「そんな物でよければ。でもそれでも随分と釣り合いませんよ?」

「んなもん、近づきの印ってことでとっとけよ」

「ははぁ、ありがとうございます」


 俺は小間物屋から二つほど小物を受け取ると、俺は梓の手を引いて歩き出した。

 そんな俺に、梓が抗議の声を上げる。


「あなたは何を勝手に……」


 ある意味、あんまりもあんまりだ。

 俺はからかうように梓を見た。


「別にお前さんにあげるとは言ってないじゃないか」

「えっ……? それは――」

「そりゃ付き合いのある女って藍音もいりゃ美香もいるよ」


 と、そこまで言ってしゅんとしてしまった梓に、俺は苦笑して取り消した。


「冗談だ冗談。ほれ、やるよ」


 買ったもん一つを投げてよこすと、梓は慌てて受け取り、俺の顔を不思議そうに見つめる。


「紅……、ですか」

「ああ、うん。どうせ似合うだろ。お前さんは色気がねーんだから使っとけ」

「最後の一言は余計ですが、ありがたく受け取ります」

「どういたしまして、ってね。じゃ、帰るか」


 日が暮れかけた道を俺は梓の手を引いて城へと向かう。


「ああ、今度付けて見せてくれよな、せっかく送ったんだし」

「や、吝かじゃあありませんが」

「そうかいそうかい。じゃ、頼むぜ」

「……ありがとう、薬師」


 最後の言葉は、よく聞こえなかった。


「ん?」

「何でもありません、ええ。なんでも」











**************










 薬師様は……、また稽古ですか。

 食事ができたから呼びに行かねばならないのだが、薬師様はどうやら道場に居るらしい。

 薬師様は最近は一日に一度稽古と称して、木刀をよけながら遊んでいる。

 色々と疑問のある遊びだが、薬師様が楽しいならそれでいいのだろう。

 と、考えながら歩く私は、ゆっくりしている理由もなかったのであっさりと道場に辿り着いた。

 そうして、やけに接近する美香と薬師様を目撃してしまう。


「また私はお邪魔虫ですか……」


 ぼそっと呟いて一時停止。

 自ら進んで邪魔をする必要もない。

 私としては薬師様を取られたいとは思わないが、しかし、彼女等の心情も理解できる故。


「ほれ、やるよ」


 私が二人を眺めていると、薬師様がふと、手元から梅の花の飾りがついた一本足のかんざしを美香に寄越した。

 対する美香は、遠巻きにも狼狽する様子が見て取れる。


「な、なななななんで私にっ!? 私なんて男勝りだしっ、筋肉だしっ、傷だらけだし!」

「知らん、手元にあるからしょうがない」


 薬師様の答えは基本的に適当で無責任だ。

 そして、無責任で適当だから、


「そして、手近な美人はこの道場に一人しかおらんだろう。それともあれか? 俺に付けろってか?」


 こんな台詞が簡単に飛び出してくる。

 彼女は既に危険な段階だ。稽古の度によく薬師様を熱っぽい視線で追いかけるようになっているし、そろそろ危ない。

 現に今も、頬を朱に染めて薬師様を見つめ、怪訝な顔をされた。


「俺になんか憑いてるかい?」

「い、いえっ、何でもないでござるよっ?」

「なんだそりゃ」


 変な奴だな、と薬師様が肩を竦めれば、美香は緊張の面持ちで薬師様に礼を告げる。


「あっ、ありがとう、薬師殿。大切にさせてもらいまする」

「どういたしまして、って台詞もなんど言ったやら。まあいいや、精々使ってやってくれ」

「だ、だったらっ、今、付けていただけますかっ? いや、嫌だったら別にいいのだけども……」

「そんくらいお安い御用だ、ってね」


 ひょいと薬師様は美香の手の中のかんざしを受け取って、美香の髪に優しく触れると、一度後ろで縛っていた紐をほどく。

 そうして、自由になった髪を軽く捩じり、そうして上に持っていき、右の方からかんざしを差し入れた。

 そうして、後ろ髪をまるく纏めるようにして、薬師様がかんざしを持つ手を二、三捻ればあっさりと美香の頭に付けられた。


「ほいっと、時間ないからちょっとした簡単な奴な。ついでに付けやすい奴。これなら簡単だろ?」

「ず、随分と、慣れていらっしゃるようでっ」


 そう、薬師様はこう言ったことに関し、下手な女性より詳しいことがある。

 そのことについて聞いたら、苦笑い一つでこう返された。


「昔練習させられたんだよ。師匠みたいなのに」


 どうにもそういうことらしい。


「なあ、ところでお前さん、なんで武芸者なんかやってるんだ?」

「……それしか取り柄がないからですよ。刀しか目の前に落ちてなかっただけ」

「そうかい」


 と、もうそろそろいいだろう。

 私は道場にあえて床を軋ませて入って行く。


「食事の用意ができました」

「おお」

「あ、あ、あ、藍音っ!? い、いまのは、ええと……」

「素敵なかんざしですね」

「え、いや、あのー……」

「おおい? 美香、どうしたよ」


 既に歩き出した薬師様が美香をいぶかしみ、美香は急ぎその後に続いた。









**************








「薬師殿、か……」


 機嫌よさ気に、美香は夜の廊下を一人歩いていた。

 その足取りは軽く、今にも鼻歌が聞こえそうなほど。


「こういうのも、たまには悪くないですね……」


 緩んだ顔で、優しげに頭のかんざしに触れる。

 最近の彼女は実に満ち足りていた。

 これがずっと続けばいいと思うほどに。

 しかし――。


「ん?」


 美香は不意に床が軋んだ音に気付く。

 気付いてしまった。


「誰かいるのですか?」


 ここは城の廊下の裏手側、夜のこの時間帯になどそれこそ見回りをする美香位しか人はいないはずだった。

 変に思って床の軋んだ方向、通路の角へと歩いていき。


「っ!! なっ……、あッ!」


 ぞぶり、とした感触。

 次に襲って来たのは焼ける様な痛み。

 彼女が下を見れば、彼女の腹から、白刃が生えているではないか。


「ぐっ、うう……、ああっ! 誰だっ!」


 どうにか怒声を振り絞り、背後に居る人物を振り返りざま掴み、投げる。

 柱を数本粉砕して、それは地に落ちた。


「乱波……?」


 黒い忍び装束が、その正体を告げる。

 美香は、致命傷を悟りながらも急ぎ梓の元へと走り出した。


「致命っ、傷か……。ふぅっ、こうしてはいられない……っ。急がなければっ……!」


 当然一人で終わるはずがない。急いで梓に伝える必要がある。

 だが刃は、明らかに美香の内臓を貫いていた――。











参 こうして薬師様は自重をやめました。




 美香は走る。

 滝のように血を流しながら。

 早く、梓に伝えなければならない。

 ここに至り梓を暗殺するなど、戦線の布告に他ならない。

 最高権力者が倒れると同時に仕掛け、指揮系統が混乱しているうちに全てを決める気だ。

 ――一刻も早く伝えなければ!!

 今の時間なら、梓は座敷に居るはずだ。

 そして、薬師や藍音もまた、書類の片付けを手伝い、そこに居る。


「ぐぅっ……、逆に、案内してしまった……?」


 走りながら、後ろから小さく押し殺したように響く足音に、美香は舌打ちした。

 乱波は複雑な城の内容を美香に任せて辿っているらしい。

 しかし、美香は舌打ちしながらも、逆に笑う。

 利用しているつもりだろうが、好都合。案内が終わるまで、乱波は美香を殺さない。

 そうすれば、暗殺の奇襲は失敗する。

 それでも姫と護衛の一人や二人余裕だと考えているようだが、違う。

 あそこには、薬師がいる。

 あれほど打ち込んでも全て避けて一本とて入らなかった薬師が。

 攻撃の方は未知数だが、難易度なら、避けるだけの方が、ずっと高い。

 きっとあれならひょうひょうとどうにかしてくれる――、と。

 美香は襖を突き破るように飛び込んだ――。









「姫さまっ、お逃げくださいっ!!」










 襖が勢い良く開き、切迫した空気が俺達の居た座敷に響き渡った。

 堰切って駆けこんで来たのは、美香だ。随分と急いだらしく、髪振り乱れていて袴の着付けもどこか杜撰だ。

 しかし、問題は、そちらではない。

 それを追うようにして現れた、忍装束の乱波の方だろう。

 そして、問題はもう一つあった。

 それは美香の腹から生えた、血塗れの刃。

 ありゃ、助からんかもしれないな。

 あっさりと、経験から俺は答えを出した。

 見た所、出血が酷い。内臓はあっさりと破れているだろう。果たして刺されて幾ら経ったか知らないが、そこから走ってここまで駆けこむ根性は認めるものの、明らかに寿命を縮めた。


「美香っ!!」


 梓が悲鳴に近い声で叫ぶ。

 美香は、瀕死のまま梓に向かって逃げろと言葉にするばかり。


「姫様……、お逃げください……。これより戦が始まります……。逃げて――」

「美香っ、美香!」


 遂に限界か。美香は地に伏し、それをまたぐように乱波どもは部屋に侵入してきた。

 ひいふうみいよう……、っと控え含めてざっと五、六いるようだ。

 そうして、乱波達はぬらりと刀を引きぬいた。


「そこに居られるが嶋岡梓姫とお見受けして――、お命頂戴いたす」

「私を知っての狼藉かっ! 決して許されることではないぞ!!」


 まるで初めて出会った時、俺に斬り掛った時のように、梓は乱波に向かって行った。

 甲高い、金属の擦れる音を聞きながら、俺はあっさりと蚊帳の外になってしまった女武芸者の元に行く。


「よう、意識あるかい?」

「や、薬師殿……?」


 朦朧と、美香は俺に問うた。

 分かりやすく、俺は大きく頷いて示す。


「そう、薬師だ。お前さんの姫の護法童子だ。それを念頭に置いて」


 すると、美香はわざわざ大声を上げようとして、血を吐いた。あーあー、やめとけばいいものを。

 まあ、それよりも、だ。


「最期に言い残したいことは?」


 俺もまた、千人があっさり死ぬ戦の大将だ。今更知り合い一人死んだくらいで顔色は変えない。

 しかし、供養くらいはしてやるのが――、義理ってもんだ。

 それに、俺は彼女の生き様に、そして死に様に興味があった。


「貴方に……っ。護法童子の如意ヶ嶽薬師殿、にっ。お願い申しあげます、姫を、姫をお願いします……」


 美香は、そう言って俺に懇願する。

 俺は、そんな彼女に疑問をぶつけた。

 美香は、もしかすると姫なんて知らぬ、と医者に駆けこんでいれば助かったかもしれない。

 それにしたって、数刻延命しか成り得ないかもしれないが、そうするのが普通の人間だ。

 なのに、ここに来た。命を投げうってまで、ここに現れたのだ。


「そんなに大事なんか? そこな姫君が。他人だろう? 何を言っても示しても、自分の命と秤にかけて大事にするもんかね」


 血まみれになってまで、それこそ腸かなぐり捨てる程の勢いで守ろうというほどのものだろうか。

 俺が疑問をぶつければ、返って来たのは迷いない瞳だった。


「命よりも大事なものがない人生などっ! その点私は幸せでした……!!」


 力強く、言い放つ。

 死に瀕して尚、真に力強い瞳だった。


「そうかい。じゃ、さらば。機会があったら地獄で会おう」

「は……、い……。おさらばです……」


 そう言って、美香は瞳を閉じる。














「借りるぜ」


 美香の傍らに肩膝ついていた薬師様が、まるで幽鬼のように立ち上がる。

 その手には、美香の腰に在った刀。


「この世の悪を叩き斬る、剣客商売。それと呼ぶにはおこがましいが」


 立ち上がった薬師様は、じろりと、まるでいつものように乱波たちに目を向け。


「俺も腕っ節これには自信がある」


 そして、乱波の一人を無造作につかみ上げると、柱を割るほどの勢いで、それを壁に叩きつけた――!


「むしろこれしか取り柄がねえ!」


 私を除く一同が、目を見開き、薬師様を見る。

 薬師様は不敵に、にやりと笑って見せた。


「乱波を斬るもまた一興、今日の戦の前座にどうだい?」













 言ってしまえば、乱波は弱かった。

 壁に叩きつけ、振られる刀ごとぶん殴り、蹴って、終わりだ。

 基本は奇襲、暗殺であるから当然か。普通の護衛相手なら多少有利だったかもしれないが、天狗と戦えるほど鍛えられてない訳だ。


「で、そこのお前さん、ちょっと聞きたいんだが」


 ぶん殴った乱波の胸倉をつかみ、尋ねる。


「誰が……」


 だが、乱波はそれだけ吐き捨てるように言って何も言わなくなった。


「……舌噛みやがった」


 仕方がない。色々聞きたいこともあったがこの際無視だ。

 呟くように言って、俺は乱波を捨てて梓の方を向く。


「藍音、美香の方頼んだ」

「はい」


 先に藍音へと指示を出し、俺は梓に告げた。


「お隣さんが攻めてきてる。後一刻か二刻もすれば接敵だな。勝てるのか?」


 梓は力なく、首を横へと振る。


「残念ながら。今の戦力では……」

「ふーん? だが、ここに俺がいるが」

「そうですね……。あなたは、強かったのですね……」

「無論、護法童子だぞ? 只者なわけあるめーよ、如意ヶ嶽が大天狗如意ヶ嶽薬師坊とは俺のことさね、聞いたことあるかい?」

「大天狗……? ……よもやそんな人物を呼び出しているとは……」


 この時、梓は奥歯を噛み締めるように呟いていた。

 思うに、美香に駆け寄りたかったのだと思う。

 しかし、俺は翼を広げ、風を強く吹かした。

 力を誇示するように、梓にわかるよう。


「ちなみに、俺なら単騎でそいつらをぶっ殺すことができる。ああ、信じてくれなくてもいい」


 なるほど、美香と梓は随分と仲が良かったようだ。


「ただ、見た通りそれなりに強いさ。そっちの軍と合わせればさっき見せた程度の力でも勝たせて見せる。その上で、どうする?」


 しかし、梓は当主だ。

 こうなれば戦えぬものに構ってはいられない。

 そして、俺の力を信じられないのであれば、眼力が足りない。当主としてはできそこないだ。

 果たしてどう答える?

 ――梓は答えた。


「……何でもします。ですから、この国を救って頂けませんか?」


 対し、俺はいやらしい笑みを浮かべた。


「いいのか? そんなこと言って、足下見るぞ? 抱かせろ、とか言うかもな?」

「……構いません」


 目を伏せ、歯を食いしばって言う梓に、


「じゃあ、死ねって言ったら死ぬのかい」

「お望みならば……」


 俺は少々むかついた。


「じゃあ、ちょいと表出ろや」


 耐えてればいつか状況が好転する、とでもいうような言い草だ。


「お前が俺に一太刀入れれればやってやるよ」


 美香は俺に何度も言った。

 攻めねば勝てないと。

 そして、梓はいつかそれを悟り誰よりも賢く攻めることができると、信じて疑わなかった。

 なのに、この体たらくか。


「な……、あなたと……?」


 動揺する梓の襟首を引っ掴み、窓から飛び出すと、屋根に乗る。

 非常に高い。だが、これでいい。


「手加減はしてやるよ。ただしきっちり当てて見せろ、さもなきゃ国が滅ぶってことでここは一つ」

「あなたの遊びに付き合ってる暇は……」

「こっちから打って出ても敵兵は沢山死ぬぜ? 親父さんのせいで傷つけるのが怖いんだろ?」

「そ、んなこと……!」

「なら抜きたまえ。一太刀でいいんだ、簡単だろ?」


 俺の言葉に、意を決したか、梓が刀を抜く。

 俺も応えるように美香の刀を構えた。


「胸を借りるつもりで行きます」


 梓が俺を見据え、動く。

 神速の踏み込み、斬撃。


「おっと」


 俺は一歩後ろに引いてそれから逃れた。


「ふふん……、なるほど、いい剣士だ」


 適当に刀で切り付け、防がせながら俺は呟いた。

 そして、強めの縦斬を放ち、受けきれないと梓が後ろへ飛んだ所で、指を突きつける。

 これじゃいかんのだよ、攻める気概が全くない。


「だが、お前さんの剣には圧倒的に足りてないものがある!」

「なんだと言うのです!」


 もう一度踏み込んでくる梓の刃を、今度は刀で受け止めた。


「んー……、すたいりっしゅ?」


 力が抜けた梓を強引に弾き飛ばす。

 梓は抗議の声を上げた。


「自分でもよくわかっていないことを言わないでくださいっ!!」

「いいや、間違ってないね。日本語訳すると……、そうだな、粋だ。お前さんには粋が足りない」

「勝負に粋などっ!」


 無意味に力んで刀を振る梓に、俺はそれを受け流しながら溜息を吐く。

 それがいかんのだ。


「勝ち負けほど曖昧なものはないね。手痛い勝利に嬉しい敗北。実によくわからん。いやはや不思議だ。そしてさらに不思議なことに」


 梓の剣を流したり受けたりすることは、正直に言って予測を使うまでもなく、容易い。

 どういうことかっていうと、真っ直ぐすぎるのだ。


「日本人ってのは華麗で偉大な敗北を好むらしいな」

「それがなんの関係があるのでっ!? 勝利するに越したことはないでしょう?」

「分かりやすく言うと、日本人にとって粋と無粋っての実に肝要な部分ってことさ。負けても粋ならそれでいい。だけどお前さんの剣にはそれがない」


 風の予測を使っていても刀を当ててくる奴は居た。要するに、避けれない状況を作ればいい。いきなり刀を投げてくる奴や、蹴り放つ奴、噛みついてくる奴、要するに粋な奴らがいた。

 予想以上のもんを出してこない限り俺には掠りもしないだろう。

 そして、その予想以上の物を出してくるものこそが、粋という奴だ。

 梓には、そんな余裕が足りていない。


「まあ、だが、ないもんは仕方ないな。実は、実力で勝る相手と対峙した時、もう一つだけ実力差を縮めるもんがある」

「それは……」


 今だ続く剣戟を往なしながら、俺は言う。

 そんなん一つだ。覚悟を決めるしかない。


「俺は覚悟を勧めるよ。お前さんには覚悟も粋もないし、粋は難しい。でも覚悟ならお手軽簡単だ」

「覚悟? そのようなものならとっくに、国を背負うと決めた時から――!」


 大上段から振られた一撃は、やはり俺に掠りもしなかった。


「残念。そいつは後に引けなかっただけじゃないか? 他に道がなかったから諦めた、とも言うな」


 かく言う俺も諦めた側の人間だ。人を殺す覚悟をしたんじゃなくて、殺さないことを諦めただけだ。

 だが、梓ならまだ大丈夫だ。まだ手遅れじゃない。


「ほら、早く斬らないと敵が来るぞ? 城下は焼かれ、女は犯され子は殺されるんだろうな。無能な城主のおかげで」


 俺は屋根から城下を見下ろし、言う。

 残念ながら敵軍がここに来るまで二日か三日は掛かる予定だが、しかし、それは三日もあるではなく、三日しかないと言う事実がある。

 戦の準備には時間がかかる。それを怠ったのは、確かに梓の責任だ。

 その俺の言葉に、梓は逆上した。


「く……、そ。ええええええええええぇええぇえいッ!!」


 乱暴に振られた一閃を俺はひょいとかわす。

 駄目だ。俺はそんなのを求めている訳じゃない。


「駄目だな、それは勇気でも覚悟でもない。ただのやけっぱちだ」

「あなたがなにを分かっているというのかっ!!」

「勇気や覚悟ってのは、恐怖を飼い慣らすことだ。恐怖に打ち克てば懸念に至り、恐怖に負ければ手元が狂う。違うか?」


 崖を飛び降りるのが勇気ではない。かといって崖から回れ右するのも違う。

 崖を降りることこそあるべき姿。


「生かさず殺さず中間で。要は殺す殺さないじゃなくてだな、首の皮一枚で繋げることを決めるのが覚悟だよ」

「何を仕合中に!」

「本能に身を任せるんじゃない。本能を凌駕するのが覚悟である、と。言ったろ? 覚悟を勧めるってさ」

「そんなの、分かりませんっ、分かるはずがありませんっ!!」


 そうか、わからねーのか。そいつは美香の眼が節穴だったのか、時機が早すぎたのか。

 それは俺にもわからねーが、今の状況は小娘の成長をゆっくり待っていられる程長くは続かない。


「なら逝っちまえ」


 俺の拳が梓の水月を打ち抜いた。苦悶に身を折り、梓はよろめく。

 残念、これで終わりか。

 まともに入った以上は、これで終わりだ。秒を数える前に梓は意識を失うだろう。


「終わりだな、何もかも」


 覚めた目で俺は梓を見た。

 そのまま、梓は負けるだろう。負けて終わりだ。

 そして目が覚めれば何もかも終わっている。中途半端な結果で終わる。

 そして、その梓は俺の予想通りに大きく前に揺らぎ、倒れ――。

 ――ないだって?


「まっ、だ……、まだぁあああああああああっ!!」


 俺は驚きに目を見開いた。


「ぬっ!?」


 梓の刃が、俺へと振り下ろされる。

 予想外の出来事に反応が一瞬遅れた。

 見事な太刀筋、根性だ。

 だが――。


「ほほう、中々今のはびびったぜ。だけど……、なんで止めた?」


 振り下ろされた刃が、首元でぴたりと止まっている。

 梓の瞳には、迷いがありありと浮かんでいた。


「なに迷ってる。お前の前に居るのは壁で、壁は崩すもんだ。そこに迷いは要らねえ」


 俺は、梓の瞳を真っ直ぐに捉える。

 刀を構えもしない。

 ただ叫ぶ。


「斬れよ。――斬れっ、臆病者ッ!!」


 それに答えるように梓が、一歩後ろに引いて、そして、咆哮。


「あああああああぁあぁああああッ!!」


 神速の踏み込みと同時に刃が突き出され、俺の喉に。

 ――やはり突き立たない。

 ぴたりと止めた刃の向こうの瞳と、目が合った。


「――壁は、越えるものです。薬師、違いますか」


 ……言ってくれるじゃねーの。

 言外に砕くものでないと言う、その目は迷い一つ、曇り一つなかった。


「覚悟、決まってるかい?」

「――とうの昔に」

「はん、流石だ人間。それが粋な覚悟って奴さ」








************








「じゃあ、年長者から一つ贈りもんだ。此度の戦だけはどうにかしてやるよ。全部俺が殺してくるさ。罪なら全部俺に押し付けちまいな」


 そんな言葉に、梓は首を横に振った。


「頼まれたってお断りです。私が半分背負ってあげますから泣きついて来なさい」

「ふん、可愛くねーな、心の師匠に向かって」

「いつ貴方が私の師匠になったのですか?」


 照れたように問う梓に俺は苦笑一つ。

 まあ、梓が弟子なら、随分と面白い弟子だなぁ。それに随分と優秀な弟子だ。

 流石人間とでも言えばいいのかね、一瞬での成長に目を見張るものがある。

 力とは、突き詰めれば我侭を貫くためのものだから、俺達の様な大妖怪はいつまで経っても子供のままだ。

 ままならないことを知っているから、人は成長できる訳だな。

 実にいい目をしている、と言ってみようかと思ったが、やっぱり癪でやめた。


「ついさっきだよ。と、それじゃ、行ってくるさ」


 仕掛けるなら早い方がいい。領内に侵入させると面倒だ。

 その点、侵入前なら、吹きとばすだけでいい。


「なら、私も――」

「お前さんは美香の方に付いててやれよ、俺は一人で問題ねーから」


 着いてこようとする梓を俺はやんわりと制止する。


「あなたは?」

「俺は聞くだけ聞いた。第一、美香からの頼まれごとに行くんだぜ?」

「どんな頼まれごと、だったんですか?」


 聞かれて、俺はふふんと笑った。









「――明日の天気を晴れにして欲しい、だ」






「往きなさい、我が護法童子。私が命令します、我らの領土を荒らす者に鉄槌を」

「委細承知」


 そう言って、彼は飛び立った。

 それを目で見送り、振り返れば、そこには藍音が立っている。


「藍音、美香は?」


 分かりやすく、簡潔に問う。

 すぐにでも美香の元へ向かいたかったが、しかし、私は姫であり、当主だ。

 毅然としなさい、嶋岡梓。


「現在医者の元に。しかし、助かる見込みは絶望的かと」


 あっさりと、藍音は答えた。

 ある意味、予想通りだったから助かる。

 覚悟はとうに済んでいたはず。ここで戸惑うこともない。

 助かれば儲けもの、助からないなら、天命だ。

 私は大きく呼吸を一つ。


「わかりました。では、私は部隊を整えることとします。今回の件、薬師だけでどうにかなると思いますか?」


 確かに、薬師の強い所はさんざ見せつけられたが、しかし限界を見ていない今、過大評価は命取りだ。

 いつでも出撃できるようにせねばならない。

 ただし、藍音の瞳に、全くの揺らぎはなかった。


「どうにかしてしまうかと。それが大妖怪です」


 随分と信頼しているようで。


「そうですか、まあ、どちらにせよ。この一戦においては薬師が受け持つと言ってくれましたが、これで終わる訳ではないでしょう」

「……当然ですね」

「そう、それ故備えねばなりません。それに、何もしない訳にも行きませんから」

「お気を付けて」


 歩き出した私に、藍音は優雅に一礼した。


「あなたは?」


 問えば、藍音は迷いなく答える。


「美香の元に着いていましょう。薬師様に頼まれたので」


 余程、薬師を信じているのだな、と確認させられて、気取られぬよう、私は心中で苦笑する。


「お願いします」

「ええ。それに、絶望的とはいえ……、腕のいい医者、いえ、薬屋が通り掛らないとも限りませんから」


 歩き出した私の背に掛かる声に、真っ直ぐ前を向いて返す。


「奇跡は起こると思いますか?」

「女性のためなら起こしますよ。薬師様は」


 確かに、さっきの彼は、本当に眩しかった――。




















 隣国が攻めてきてる街道をふらりと一人で歩く俺。


「羨ましいね、貴い尊い命よりも大事な物があるってのは」


 陣は既に形成済み。辺りは派手に風が吹きすさんでいる。

 思い出すのは美香の顔。あれはあれで、得難い友だった気がする。

 ああ、敵は二千人を超えている。

 実に、実に少ない。


「俺の命は随分安くなっちまったもんだがね」


 風の音にまぎれ、呻き声が聞こえて来た。

 当然と言えば当然か、俺の付近の兵たちは軒並み吹き飛ばされているのだから。


「随分と――、高く付くぜお前さん達ッ!!」

「お、お前は一体……?」


 地面に刀を突き立て、どうにかと言った風情で唱える兵一人を、俺はなんの気なしに見降ろした。


「如意ヶ嶽の大天狗。お前さんらの行き先の回しもんさッ!!」

「な、あ、うわぁああああああああっ!」


 拳を振るうまでもない。

 荒ぶる風に任せるだけで、人垣は吹き飛ぶ。所詮人間だ。

 俺はいつものようにふらふらと歩き続ける。

 そうして、あっさりと目標は見えて来た。


「ほほう、あそこに見えるが敵の武将さんか」


 強風にあおられ、こわばった人垣の向こうに、一際目立つ鎧姿

 血のように紅い鎧に、天を衝くような一本角。

 俺は、それを目印に歩き出そうとして、止められる。

 まあ、当然か。


「何者だっ、お前は!!」

「邪魔だから退いてくれるか?」

「何者だと聞いているんだが、答えてはもらえまいか!」


 兵士が一人二人とよって来た。


「悪いがそこな真っ赤な人に用があってな」

「は……、明久殿に?」


 驚いて思案顔になる兵士に、もう一人が息巻いて叫んだ。


「妖しい奴め、ひっ捕えろ!」


 なるほど、いい勘をしている。

 そりゃ妖しいし怪しいさ。

 だが、いい判断ではない。


「邪魔だ……、つったぁあああ!」


 羽団扇一閃。

 一人残らず吹き飛ばす。


「なっ、化物がぁああああああ!」


 悲鳴は、風の向こうにかき消されていった。


「逃げる奴は追わねえよ、ただし、進行方向を変えるつもりはないっ!」


 再び、俺は悠然と歩きだす。

 一点へと向かって。

 それはあまり遠くなく、あっさりと辿り着く。

 それは当然だ。障害物は全て吹き飛ばしたのだから。


「よお、真っ赤な人」


 紅い鎧に呼び掛ける。


「何者だ?」


 武将、そう、明久と言ったか。

 精悍な武人である。年の頃三十程で、武人としては脂の乗り始めるころか。


「大天狗だよ。諸君らを追い返しに来た」

「っ、全軍、掛かれッ!!」


 瞬間、明久の後ろに居た兵たちが、全て俺めがけ、殺到した。


「いかに化生でも……」


 なるほど、いい兵隊だ。

 だが、


「すまんが、腹に据えかねてる。来るならしゃあねえっ、その首揃って刈り取るぞッ!?」


 無駄だ。


「吹っ飛べぇえええええええッ!!」


 羽団扇を全力で振り抜く。

 悲鳴を上げる暇すら与えない。

 明久を残し、あらゆる兵士が舞い上がり、地に落ちた。


「これが……、大天狗」


 明久が、俄かに口を開き、瞠目する。

 そして、不利を悟るや、こちらへと語りかけ始めた。


「なにをそこまで怒っておいでか」

「当然、人死にが出たからよ」

「人死に? よもや、乱波が城下に火でも放ったか」

「いいや?」

「では、姫でも死んだのか。そのような情報は来ていないが」

「そんな訳もねー。来たから乱波は殺したよ」

「ならば、誰が。どのような人間が何人死んだのか」


 俺は鼻で笑って答えた。

 そんなのわかりきってる。


「ただの姫のお付きの女武芸者さ」


 今一度、明久が目を瞠る。


「では、其はたった一人のたかが女武芸者のためにこうまでしたと言うのか!!」


 俺は眉ひとつ動かさず、肯定した。


「悪いかね」

「それで一体何人殺したのだ!」


 うん? なんだって?

 俺は、今度はぴくりと眉を動かした。


「ふむ、お前さん達、殺すのに理由が必要な方かね?」

「な……」


 一瞬、明久の眼に恐怖が灯る。

 あれは、理解できぬ者を見る瞳だ。


「そうかそうか。だが――、俺には要らない」


 そう、俺に理由は存在しない。

 ここに衝動と激情があれば十分だ。


「もっともらしい理由も、聞こえのいい大義も、後からつけりゃ問題ない」


 くく、と俺は喉を鳴らして笑う。


「知ってるか? 俺達は災害だ。そして、災害ってのは、乱暴で、我侭で、理不尽だ」


 にやりと笑って言って見せれば、今度は明久は意を決したように肯いた。


「そのようだ……、なら、こちらも災害を用意するしかないようだなっ!」


 瞬間、明久は胸元から一つの宝石を取りだした。

 なんだありゃ。

 思った瞬間、明久はその宝石を投げ、刀で叩き割る。


「外法を使うのはお前達だけではない、とそちらの姫に伝えるがいい!」


 爆煙、爆音。

 まるで地面を抉るような音に、砂埃が巻き起こる。


「なんか居るな……、誰だ。って……」


 その煙が晴れた向こうに居たのは。


「ドラゴンか……っ!」


 真っ赤な体躯に口元に猛る炎、鋭角な翼に瞳孔の切れた鋭い目。

 それは龍。

 その上、


「ア・ドライグ・ゴッホの映し身か!」


 かなり上等な。

 ウェールズの赤き龍。原典よりもずっと威力は下がるだろうが、しかし、その威容は計り知れない。

 果たして、何故明久がそのようなものを封じた石を持っていたかは分からない。

 だがしかし、ここに敵としてウェルシュ・ドラゴンが立っているのは間違いない。


「オオォォオォォオォォオォォオオオオオオオォオンッ!!」


 龍が咆える。

 瞬間、七の水の槍が飛び出した。

 っ……!? そういや水の神だったっけか!?

 俺はその場を急いで跳び退いた。

 先程まで立っていた地面を高圧の水が抉る。

 更に、そこに長い尻尾が迫り、俺はそれを飛んで避け。

 過ぎ去ったそれを見ることもなく、俺は龍へと手を向けた。


「細切れろっ!」


 風の刃が走り、龍へと突き立つ。

 だが――。


「流石龍、だな」


 返って来たのは明久の落ち着いた声。

 そして、どうにか風の被害から立ち直った部隊が歓声を上げた。

 龍の鱗には傷一つ付いていない。


「投降しろ、こちらに付くなら悪いようにはしないっ! 流石の天狗も龍には勝てまい!!」


 ああ、明久の声が実にうるさい。


「なるほど、傷一つ付かないね」


 確かに普通じゃ上手くいかんらしい。

 だが。


「それがどうした。それがどうしたッ!!」


 俺は唱える。


「吹っ飛べ」

「グオオオオオオオオオォォォオォォオオオオオオオッ!?」


 全力でぶち当てた風が龍へと辺り、弾き飛ばす。

 龍は、大きく吹き飛んで、墜落した。


「グゥオオオ……、オオ……?」


 墜落した龍が、体勢を立て直す。

 その龍へ、俺は悠然と歩きだした。


「言ったよな、腹に据えかねてるって」

「グゥ……ォォォォオオオ……!」


 思うままに、赴くままに吐き出した。


「ぶち殺すぞ蜥蜴がッ!!」


 一歩一歩近づいていくごとに、龍に怯えの影が見え始める。


「オオオオォォオッ!!」


 龍が、水の槍を放つ。

 風が斬り裂く。

 炎の球が俺に迫る。

 風が吹き飛ばす。

 俺は歩みを止めない。

 龍の元まで後五歩。

 後四歩。


「オオオオオォォォオオオオッ!」


 三歩。


「無駄だ」


 二。


「グゥオオオゥッ!!」


 一。


「ぴーぴーと煩いんだ。悪あがきは終了してくれ」


 零。

 至近。

 俺は龍の胸元に手を当て、一つ。

 呟いた。


「極在台風」


 初めて、龍の顔が苦悶に歪む。

 地に伏して状況を見守っていた兵ですら、驚愕を隠せないでいた。今まで最強無比にて無双を誇っていた龍は、今苦悶に顔を歪めて動けないでいるのだ。

 俺はぽつりと告げる。


「――極めて其処に在り」


 瞬間、龍が内側から破裂した。

 断末魔すら漏らさない。誰も、驚きの声さえ上げなかった。全ての疑問を、魔獣の内側から吹き荒れる容赦のない暴風が奪い去って行く。

 全員が、事態を理解できないでいた。


「一体、何を……」


 愕然と、相対する男が呟き、俺は何でもないように返事を返す。


「簡単。内側から台風を一つ、叩きつけただけだ」


 鞠程度の大きさに圧縮した台風を相手の体内に発生させる。それが極在台風。

 縮小でなく、圧縮。

 故に極在。

 まともに耐えられるはずがない。

 そうして魔獣は弾け飛んだ。


「後、気付いていないようだから言っておくが」

「なに?」

「死んでるぞ?」


 意味が分からない、というように明久は返した。


「なにが?」

「台風一個分が爆発した余波を受けて、無事でいられるとでも?」

「な――」


 瞬間、俺を中心に、一里程の地面が大きく抉れ。

 そして誰もいなくなった。


「あーあ……、詰まらんもんを吹っ飛ばしたもんだ。いや、詰まらんから吹っ飛ばすのか」


 俺はにやりと笑う。


「言ったよな? 俺達は災害だ。そして、災害ってのは、乱暴で、我侭で、理不尽だ」














**************












「よう、ただいま」

「やったのですね、薬師……」


 城門の前に立つ梓に、俺は軽く手を上げて示す。

 梓は、笑顔で俺を出迎えた。


「ああ、うん、まーな」

「それで、何か言うことがあるのでしょう?」

「ああ、ばれてんのか」


 思わず、俺は内心で溜息を吐いた。


「うん、まあ、あれだな。いい加減帰るとしよう」


 俺は、梓の顔を見てそう告げる。

 護法童子とは、役目のために神が遣わすものである。

 そして、今回の役目はこれで終わりだろう。

 ならば帰るのが道理。むしろ、残る方が成長の妨げだ。


「そうですか、寂しくなりますね」


 そう言って残念そうに顔を伏せる梓に、俺は笑いかけた。


「今生の別れでもなし。京都にでも寄ったら如意ヶ岳に来たまえよ」


 梓も、笑い返してくれる。


「そうですね、そうします」

「っと、藍音も来たみたいだな」


 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる人影一つ。

 いつものメイドだ。


「じゃ、行くか」


 振り向いて歩き出す俺。

 藍音は何も言わず俺に続いた。

 そんな時、俺の背に、声が掛けられる。


「薬師っ!」


 梓の声に俺は何だと振り向いて――。


「むぐっ」


 それが接吻だと気付くのに数秒を要した。

 ……何故接吻?

 考えている間に、唇は離れ、顔を真っ赤にしながら、梓は言葉にする。


「あなたの方も、ここらを通り掛ったら来てください。おもてなししましょう」


 俺は、薄く笑って再び梓に背を向けた。

 片手を軽くあげて振って見る。


「――考えとくよ」

「来ないと、末代まで祟ります」

「おー、怖い怖い」


 そうして、俺の奇妙な護法童子生活は、終わりを告げた。






















 その後、梓の身辺がどうなったかは知らない。

 身近に必要さえありゃどこにでも現れてエリキシルでも何でも売ってくような奴がいたことを思い出したが――。

 知らないったら知らないのだ。












―――
長かった……。
実に五十七キロバイト。読んでいただいた皆さん、ご苦労様です。
後日談を書こうかなと思ったりしましたが、完全に蛇足なのでやめたいと思います。
よって、美香がどうなったかに関しては、ご想像にお任せです。
まあ、あの言い草じゃ、どっかの店主が梓と取引した可能性も。
ちなみに薬師の住む地球は我々の地球とよく似たブツなので、なんか変だなこの地名、とか思っても勢いで楽しんでいただけると助かります。
今回の話の参は参っていうか惨でしたね。


極在台風

半径十センチの球位の大きさに台風を圧縮して敵の体内に出現させる技。
最初の一工程の、出現はあらゆる堅さを無視して出現するため、当たれば防御力を無視し、相手に球状の穴をあけることができる。
ちなみに、圧縮された空気は当然一気に高熱になるのでプラズマが発生したりして超威力を誇る。
近くに居ると超あっついので注意。空気の壁を作るようなことができないと溶ける。
ぶっちゃけると原爆級の一撃。
弱点は陣を敷いてる時か、台風が来てる時しか使えないことと、超接近戦じゃないと狙いが定まらないこと。
後、手加減できない、範囲が広い、などの理由があって、所により使えない。
薬師自体は自分でバリア的な風で守ってるようですが、精々が薬師の後ろに十数人すし詰めにできる程度ですから、ちょっと遠くに味方がいても使えないです。





前回の番外編は藍音さんの過去編、藍音さんの話でした。





番外編お品がき

最近のもの。(新しい順)


薬師昔話 藍音さんの話。

薬師昔話 余興の話。

薬師昔話 猫の話。

玲衣子ルートIF ~I Love You.You Love Me?~

前さん番外 人気投票特別編

憐子さん 過去編

李知さんIF 李知さん飼育日記。





番外編について。

番外編を新記事として書くと、記事を上にあげる時間が異常に掛かり、一種の苦行か拷問になるので、ここに一本新しい番外編がストックされ、次々とホームページに格納されていきます。


 ホームページは、各記事上のHOMEか、下記URLから。

http://anihuta.hanamizake.com/

 直接番外編倉庫まで飛びたい方はこちら。

http://anihuta.hanamizake.com/bangai.html



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