<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

オリジナルSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[6980] 幻想立志転生伝(転生モノ) 完結
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2010/08/09 20:41
これは実にファンタジーっぽい異世界?に転生してしまった男の話になります。

取り合えず主人公最強系かもしれないんで、お気に召さない方は先に進まれないほうがよろしいかも。

因みにハードな世界観を適当にゆる~く書いていけたらいいなと思っている次第。

私の場合キャラクターに性格を与えれば勝手に動き出すもんで、

どんな話になるかはキャラクター達に聞かないとわからないという有様だったりしますが。


それではしばし駄文の世界にお付き合いください。


2009/7/24追記
指摘を受けた時などに予告無く修正を行う事があります。
新規記事が無い場合も有りますが、その際は呆れ顔で仕方ないと思って頂けるようお願いします。



[6980] 01
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/01 16:10
幻想立志転生伝

01


俺の名はカルマ。元日本人の異世界転生者だ。

くだらない理由で自ら命を絶った俺に対し、下った罰はそりゃもうひどいもんだった。

なにせ気が付いたらファンタジーな異世界で兵士崩れの息子に生まれ代わっていたって言うんだから。


しかもなまじ日本語が頭に残っていたせいで、

文法がまったく違うこの世界の言葉を覚えるのに十年もかかっちまってさ?

おかげでかわいそうな子扱いを受け、村の子供社会では村八分寸前の有様。

その上親父がなまじ子供思いだったようで、


「せめて、体だけでも一人前にしてやるからな」


などと言って、夕方から深夜にかけてまで魔物との戦い方とかを俺の体に叩き込む始末。

え?朝と昼?畑と家畜の世話に決まってるじゃないですか、ハハハハハ。


うん、これで世界が魔王によって何たら~なんて状態だったら、俺様英雄伝説のひとつも開始されてたかも。

けど俺が生まれる十年位前に、すでに倒されちゃってるらしいんだなこれが。

平和なのはいいけど……いやみで強欲な地主がうるさくてやってられん。


ようし、現代知識で内政系やっちゃうぞ!

とか思っても旨みは全部地主とか領主とかが持っていっちまうしなぁ。


やる気がしねぇ。


そもそも、毎年同じ所に同じ作物を植えるせいで土地が痩せきってしまってて、

毎年毎年ご近所さんが減っていくばかりなんだなこれが。

夜逃げ、餓死、そんでもって都会に移住。

まさに死に体の過疎の村。

名前のほうも"カソの村”と来たもんだ。


今日もお隣さんが山を下った先にある大きな町に引っ越すとか言ってきた。

まあ頑張れ。領主に見つかったら弓射掛けられるだろうから気をつけてな。

……これで村の人口は三十人を切ったか。

俺が十六歳(成人年齢)になる前に廃村にならなきゃ良いけどな。


……。


そして気が付けば十六歳と八ヶ月。

別に十六歳の誕生日に何かイベントが起こる事も無く、

無難に暮らしていた俺に一大転機が訪れた。


村を襲う魔物の群れ。

俺は無意味なほどに鍛え上げられた肉体と、嫌になる位使い込まれたまき割り用の斧を頼りに敵に向かう。


大人でも身長三十センチ程の子鬼"ゴブリン"

その数およそ二十匹。

戦闘能力としては子犬と大して変わらない、

名前だけはいっちょ前なそのお約束的魔物の群れは、

斧を適当に振り回していただけで勝手にビビッて帰っていった。

いや……こっちは一人なんですけど?


だが追い払えたのだからそれで良しとした俺が村に帰ってみると、

普通じゃ想像もできないような惨状が広がっていた。


村長と親父が死んでる。

余りに無意味で馬鹿げた死に様だったさ。


……。


あー、いやね。別に敵の別働隊がいたわけではないヨ?

村長は老衰。親父は持病の喘息の発作だ。

ゴブリンの襲撃なんかとはまったく関係が無い。

けど、村に与えた影響は余りに深刻だ。



そう!村は壊滅したのだ、俺を残して!



いや、そこは笑うところじゃない。

冷笑も苦笑もやめてほしい。白ける気持ちはわからんでもないが勘弁してくれ。

まあつまり、人口三人の廃村予備軍が廃村になった。

ただそれだけ。


けれど、これはちょうどいい機会だったのかもしれない。

俺は広い世界を見て回ろうと思う。

見聞を広め、名を売り、財を成す。

そして最後には……!


いや、俺にこういう格好付けは似合わないか。

それでは素直な気持ちで!


ぶっちゃけエロイ事がしたいです。

旨いもんが食いたいです。

金が欲しいです。

友達だって欲しいです。

仕事も欲しいです。

隙間風の入らない部屋が欲しいです。

薪割り用の斧以外の、まともな獲物も欲しいとです。


そして何より、誰にも看取られず一人孤独死だけは絶対嫌だっ!


……。


という訳で荷物をまとめて村の入り口に立っている。

ここから一歩足を踏み出せばあら不思議、人っ子一人いないゴーストタウンの完成というわけ。

あ、そうだ。

記念にあれをやっておこう。

馬鹿馬鹿し過ぎて結局一度もやったこと無かったしな。それではサンハイ。


「ここはカソの村です」


それだけ言って俺は生まれ育った村、だった場所を後にした。

向かうは周辺で一番の大都市、商都トレイディア。

そこで俺は冒険者として一旗上げるのだ。

続く



[6980] 02
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/05/14 18:18
幻想立志転生伝

02

俺はカルマ。村から出てきたばかりの冒険者志望者だ。

山を下り野を越え谷を越え、荒野を一昼夜歩き続ける。

更に草原でロバを一頭とっ捕まえてまたがり続けること三日。

ようやく畑が広がり始めた。……おー、久々に民家を見たな。

看板によればトレイディアはここから馬車で更に三日か。


最寄の街まで片道一週間……我が生まれ故郷はどんだけ田舎なんだか。


まあ、それはさておき故郷を後にしてから一週間。

遂に商都トレイディアにたどり着いたわけで。


さて、唐突ではあるが豆知識だ。

この世界において一般人の移住や旅行は大幅に制限されている。

何故か?答えは簡単、領主や貴族の大半がいわゆる悪代官状態だからだ。

もし引越しが簡単なら、数少ないまともな政治をやってる所に人が押し寄せてくるわな。

まあそれでも命がけで脱出するやつは多いわけで。


……トレイディアはその数少ない"まともな"街であり、

俺みたいに一旗上げようとするやつらや食い詰め連中が次々とやってくる、のだとか。

まあ、行商人から聞いた話だが。

なんにせよ、そんな連中が集まるせいで景気は良いが犯罪がそれ以上に増えるのはやはり問題だったらしい。

気が付けば街は高い石壁で囲まれ、いわゆる食い詰め連中はその外に放り出されることになった。


……ただし、それで終わらなかったのがこの街の凄い所。

そんな連中から使える人材を掬い上げる為に"冒険者"という制度を作ったのだ。

どんな物かは俺が元の世界の基準で考えてたのと大して変わらない。

依頼者から仕事を募り、酒場とかにある斡旋所でその仕事を請ける人材を探す。

冒険者は仕事を片付け金を貰い、仕事の出来に応じて次の仕事が回ってくると言うわけだ。

今では世界中に支部があるってんだから驚きだよな。


まあ信用がなけりゃ良い仕事は来ない。

信用を得るためには真面目に働き、かつ"お行儀良く"しなければならないと言う訳。

お手軽に働き手を得られるし、治安も良くなると言う事だ。

一見、誰にとっても良い話に見えるよな?


ただ、この話にはちょっとした裏がある。

これも行商人から聞いた話だが、最初の頃は稼ぎも安くきつい仕事しか与えられないようだ。

要するに出自も定かならぬ流れ者は、よほど扱いやすくて有能でないと使わねーよという事だな。

それに気づかないと、一生うだつがあがらないって酷くね?


現に、俺が歩く街道沿いには廃材利用の小屋が何軒も立ち並んでいる。

……スラム街ってやつだ。

こうして死ぬでもなく生きるでもない毎日が続く、なんていうのは真っ平御免。

そう言う訳で俺は今まであの村から出ようとはしなかった訳だ。

じゃあ今なら良いのかと言うと……いいのだこれが。



あ、門番さん。お仕事ご苦労様です。

カソの村長(代理)です。領主のボン=クゥラ男爵閣下にお取次ぎ願いますです、ハイ。



……。



ああこれは男爵閣下、今日もお髭がご立派であらせられますね。今日は村長の代理で今月分の税を納めに……

え?今月は随分素直だなって……いやあ、実はほとんど俺の、いえ私のへそくりから支払わせていただきました。

たまにはそういう時があっても、あはははは、いやあ領主さまあってのカソの村ですから。


あー、そ・れ・で・で・す・ね。実はお願いの儀が。

……いや、そんなに睨まないでくださいよ、ただ俺がこの街に移住する許可が欲しいってだけですから。

おっとー!?腰の剣は収めてください!俺だけ、俺だけですから、親父は死ぬまで村にいますから!


無論ただでとは言いません!なけなしの財産で手に入れたロバを一頭献上いたしますので!

……いえいえお代官様、もとい領主様もお人が悪い。

ですよねぇ、ガキ一人いなくなった位で本気でお怒りになるような心の狭いお方じゃないですよねぇ。


あー、それでご許可は?

これが許可証ですか。で、判子をぺたりと。

お有難う御座いますです!

絶対にひとかどの人物になってご覧に入れるのでありますです!

その暁には必ずご挨拶に来ることもあるかもないかもしれませんので、それでは。



……。



うおっしゃああああっ!

第一段階クリア!

やった!これで勝つる!


……何一つ嘘は言ってないよな?

唯一の村人=村長……正式には村長になってないから代理。

なけなしの財産で手に入れたロバ……財産なんてほとんど無し&野生のロバを捕まえて"手に入れた"と。

親父は死ぬまで村に……居ました。(過去形)


まあ、何にせよこれで俺は晴れてこの商都トレイディアの人間というわけだ。

無論越してきたばかりの余所者に仕事なんかあるわけが無い。人は余ってるはず。

だが冒険者としては"壁の内側"の人間は一ランク優遇されると聞いている。


OK!まず最低ランクの生活からは脱出できたって事だね!

もう腐った芋をお湯で煮ただけのものはコリゴリだヨ!

今後は腐ってないお芋をお湯で煮て、塩で味付けしたものくらいは食べられるよね?

そうだよな!?


はっ、これではただの怪しいやつではないか。

……同じような怪しい動きでニヤつく連中が周囲に居るせいか妙に冷静になってしまうな。

見ると周囲で一斉にサムズアップ。

実に良い笑顔だ。どうやら似たような境遇っぽい。

ふっ、同志よ。お互い頑張ろうな。と俺もサムズアップ。

実は勘違いかもしれないけど別にいいのだ。お互い浮かれてるみたいだから。


……。


さて、その日の晩……俺は冒険者の集う酒場兼宿屋『日照りの首吊り人形亭』に居た。

何ともまあ、不吉極まりない名前だが気にしてはいけない、と先輩に言われた。

人形が首を吊ると、明日は晴れるのだとか。……はて、どこかで聞いたような?


まあ、それはさておき俺は先輩冒険者で同じ村の出身者、

かつ安全な脱出方法を教えてくれた恩人でもあるライオネルの兄貴に冒険者の心得を聞いていた。

特に絶対に邪魔してくるから村長がくたばるまで動くな、

という教えは実に役に立ったと思う。……人としてどうかとは思うが。


「俺の話は以上だ。それでだカルマよ、今までの話で一番大切なことは何だと思うか?」

「まあ、失敗するような依頼は受けない、それと準備をしっかりと言うところだな」


「正解。と言うよか無理はしないってことだ。自分を守れるのは自分だけだぜ?」

「うっす、覚えときます」


「だが!もっと大切なこともある!」


最初から言って欲しいような気もするが、まあいい。教えていただきましょうか。


「組合……ギルドへの登録と定期的なランク更新だ」

「それなら明日行く予定」


そう、この世界にはあるんだ冒険者ギルドってやつが。

これに加入していないと何時まで経っても下っ端のまま。と言うか仕事自体が回ってこないと言う。

依頼料から天引きで差っ引かれる額はでかいらしいが文句は言っていられないよな。

上がどんな連中だろうがとりあえず飯の種が先決なり。


「わかってるならそれでいい。それと」

「宿に金をかけるな。ただし財産が無いうちは……だっけ」


「そうだ、幸いこの店は一日中開いている。飯でも頼んでテーブルで寝ると安く上がるぜ。……盗みには注意な」

「勘弁してくれよライオネル、変な事教えるなよ。俺の稼ぎも考えてくれ」


あー。酒場のマスターには申し訳ないけどしばらくは我慢してくれ。

なにせ、あちこちのテーブルで寝てるやつが居るから誰に教えられなくてもすぐに気づく事だし。

まあしばらくはテーブルで眠る日々が続くのだろう。

それでも何時か財産の一つもこさえて、自分の部屋の一つも持ちたいもんであるが。


そしてそのために必要なことは何か?


地道に仕事をこなす!

問題を起こさない!

犯罪に走らない!

無駄遣いはしない!


そして何より、割のいい仕事を見つけることだ。

恐ろしい事にこの世界でもはじめの一歩が肝心である。

かつての世界と違い学歴はほとんど意味を持たない。

この世界において学校通いをしているのはとんでもない金持ちか権力者の子弟のみだ。

そんなところからスタートする人間が冒険者なんぞやるのは十中八九趣味の領域。

華々しくて格好いい仕事を好むゆえ、俺のやろうとしている仕事とかち合うとは思えない。


この世界での冒険者としての"格"はギルドの定める規定に沿って決められる。

そして、下位の者には地味で見入りの少ない代わりに安全な仕事、

上位の者には危険な代わりに見入りのいい仕事が回ってくる。


え?さっき言った趣味の連中?

ああいうのはギルドでランクを買うから最初から高ランクなんだと。

そもそもギルドのランクってやつは"そいつに仕事を任せられるか?"の目安なんだ。

実力だけの目安じゃないんだなこれが。

万が一失敗しても依頼者を金と権力で黙らせられる連中なら多少のことは目をつぶるんだとさ。

いーねー、本当に。


さて、それでは俺の場合はどうか?

金でギルドのランクを買えるような立場なら、はじめっから冒険者なんかなろうとは思わん。

かといって最下級の仕事では食っていくのもままならない。

そういう訳で上はAから下はEまであるランクの内、下から二番目を目指そうと思ってる。


……目標低いなとか自分でも思う。

ただ、情けねぇけど現実的にそこが俺の精一杯なんだな。

現実の試験や面接と一緒さ。きちんと情報収集した上でそこまでなら行けると踏んだんだ。


ギルドにおける評価は主に三つの要素からなる。

戦闘能力、

特殊技能、

そして信用と実績だ。


それぞれが五段階の評価をされ、その平均がそいつのランクになるというわけだ。


戦闘能力は言うまでもないだろう?この世界には魔物が居る。

盗賊とかも多いし、冒険者って傭兵もどきの真似をする事もあるんだなこれが。


特殊技能はまあ色々。ピッキングやら遠目が利くか?とか、

後は……俺は見た事無いがいわゆる魔法とか。

要するに戦闘能力以外のそいつの持ってる技や知識を評価するんだ。

ピッキングや遠目が何の仕事に役立つかって?それは考えないほうが利口だと思う。

いやー、綺麗ごとじゃ渡って行けないって嫌だよねぇ?


んで、最後に信用実績。これはそのままだな。

仕事を真面目にやったか?トラブルを起こしたことが無いか?そういう話。

金があるやつはここを買う。

でかいバックが付いてると言う事実は、並み大抵の信用実績よりでかいと言うことさ。

逆に言えば普通の奴は最初ここは最低評価から始まる。


もう、分かったろ?

俺は信用実績が最低ラインから始めなきゃならん。

特殊技能?狩人まがいの遠目くらいじゃ技能認定されるかは微妙。

それ以外特にこれだと言う物は無いし、そっちもやばい。

試験内容を調べたら何とか戦闘能力の方でまともな結果が出せるかもしれないと言う所だ。

いやあ、田舎暮らしにここだけは感謝だ。

肉が食いたきゃイノシシその他と戦わなきゃならなかったからなー。(遠い目)

毎日の農作業も馬鹿に出来ないもんだし。


……。


さて、夜もふけたし考えをまとめるのはここまでにしておくか。

明日は俺の一生を左右する試験と言うことになる。

ゆっくり休んで明日に備えよう。



……テーブルじゃ満足にゆっくりできねぇけどな。

それでもゆっくりしてけ?

無理だってば。


続く



[6980] 03
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/01 16:16
幻想立志転生伝

03

俺はカルマ。冒険者志望の元村人。その正体は異世界からの転生者だ。

現在俺は冒険者としての登録とランク認定の試験を受けるべく冒険者ギルドの前に来ている。

テーブルで寝たせいか体の節々が痛むが余り贅沢も言ってられん。

最低ランクで登録されないように気合を入れねば。


もし万が一最低ランク認定受けたらしばらく這い上がれないしね。

最初の試験は無料だけどランクの再認定には結構高い金が要るって話だから。

……一生便所掃除で食うや食わず、だけは絶対に阻止する!


そんな想いと共に、俺はギルドの扉を潜った訳である。


……。


「よくきやがったな小僧」

「ど、どーも」


いきなり筋肉ダルマがお出迎えですよ。

うわーい、早速気持ちが折れそうだねー。

さあさあ、気合が残ってるうちにさっさと試験を始めて見やがれこん畜生。


「では、第一の試験だ」

「おっす」


「金はあるか?」

「無いです!」


金はないと言った途端、鼻を鳴らしてクリップボードになにやら書き始めましたよこの人。

うん。信用実績はゼロからのスタートさ!分かってたけどなんだか悔しいものがあるねこれは!


「文無し野郎。次は質問だ!何か得意な事はあるか?」

「イノシシぐらいなら狩れます。畑と家畜の世話も出来ます」


「鍵の付いたドアは開けられるか?」

「それは犯罪では」


「魔法は使えるか?直感に自信はあるか?」

「どっちも無理」


「他には」

「多少遠くまで見えますね」


「当然町外れの監視塔から周囲の森の半ば位まで見通せるよな?」

「流石にそれは無理。そもそも生い茂った木々でそんな奥まで見えるわけ無い」


「使えねぇな」

「やる気には自信がありますけどね」


ふはははは、何この圧迫面接?

初めからはじき落とす気がむんむんと漂ってくるんだけど。

しかも俺は知ってる。

もしさっきの応対で、直感に自信ありとか言った日には、

目の前の筋肉ダルマの背中に背負った大剣が、一瞬にして振り下ろされると言うことを!

無理無理避けられないって普通。

危機感知というよりかこれが避けれるなら見切りの技能とか言った方がいいと思うぞ?

だってさ、俺のいる辺り血の匂いが取れてないし!

明らかに何か血まみれのものを引きずって行った跡があるしさ。しかも複数……。

あー怖ぇ。

せめて正直に生きていけたらいいよね?

嘘ついて殺されたりしたら洒落にならないしね?

……だからそのニヤニヤとした口元はやめて下さいオッサン、いや試験官殿。


「ふむふむ。それじゃあ仕方ない。早速実技に移るぞ」


あ、遂に来た。

戦闘能力測定。


……。


「それじゃあルールだ。これから出てくる魔物どもをぶっ倒せ!」

「なんと言う単純明快な」


そんな訳で俺は今ギルドの裏にあるでかい檻の中に入れられております。

要するに問答無用の勝ち抜き戦だね。

一体倒すごとに評価が上がる。当然後半のほうが凶悪な奴と言うわけ。

五体勝ち抜きで終了だが、そこまで一度目で行ける奴は大抵後に英雄と呼ばれる程の才能らしい。

ま、俺じゃ無理だろうしとにかく無理せず行ってみるとしようか。


「そら一匹目!これに負けたらギルドに入れてやらんぞ?」

「負けるのが無理だろ常識的に考えて」


向こう側の戸が開いたと思ったら一匹のゴブリンが中に蹴り入れられた。

いきなり噛み付いてきたんで首根っこ掴んでみましたが。

身長三十センチじゃどうしようもないわな。噛み付かれたところも跡にすらなってないし。

流石に子犬と同レベルの相手に負けられんだろ人間として。


「はっ、まあそうだ。だがこいつ等でも数がいれば十分に脅威になる。覚えておけ」

「じゃあ次お願いします」


次の相手も犬系。とは言っても犬頭の亜人種"コボルト"である。

さっきのゴブリンと比べると身長も小学校低学年位はあるし、犬の脚力のせいで非常にすばしっこい。

更に問題なのは犬同様にさまざまな犬種、もとい人種が存在していると言うことだ。


「わふ」

「なんと言う二足歩行の柴犬」

「なんか癒されるだろ小僧」


まあそれは言えるかも。けど問題がある。


「わふ」

「これをボコれと?」

「……ああ。大変不本意ではあるがな」


倒すのも忍びなくやむなく捕獲を決行するも、これが決行素早くて捕まらん。

ここでリタイヤも認められんし、しょうがなく腕を一本眼前に差し出してやると……、


……いてっ!


ガブリときましたねこの野郎。

まあ予想通りだけど。

噛み付いてる時は流石に動けないのでそのまま捕獲。

試験官の筋肉ダルマのオッサンに手渡してやると満面の笑みでサムズアップしてくれやがりました。

あー、なんだろうこの気持ち。

何て言うか拍子抜けと言うか。


「えーと、じゃあ次お願いします」

「おい小僧。本番はこっからだと思ったほうがいいぞ。忘れんな」


えっ?

と、次の瞬間この場に来て初めて殺気を感じた。

檻の向こう側から?一体何が居るんだよ!


「次はオークだ。体力腕力共に人間と互角かもしくは上回る」

「いきなり難易度上がりすぎでは」


「じゃあ止めるか?」

「ま、まだまだあっ!」


冗談ではない。

ここまでの二匹はどちらかと言うと技能勝負連中の覚悟を見る程度。

普通に仕事を行える程度の当たり前な体力があるかを測る程度の意味合いしかない。


ここからだ。

ここを越えなければまともな冒険者とはいえないんだ。

実は二匹目を倒した時点で下から二番目のランクは保障されている。

けど、こいつを倒せる実力も無い冒険者に出来る仕事なんか無いと思ったほうがいい。


ライオネル兄貴他酒場の連中は口を揃えて言った。

……オークと戦えて初めて最低ランクの冒険者だって。


……。


扉が開く。今までと何の変わりの無い開き方だが先ほどまでとは場の雰囲気が違う。

のっしりと太鼓腹を揺らしながらそれは現れた。


豚の頭、豚の体。けれども二本の足で立ち上がる。

その手に廃材を棍棒のように握り締めて。

生意気にも腰巻までつけてやがる。

遂に、時は来たのだ!


今まで役立たず状態だった斧を手にし気合を入れる。

この戦いだけは負けられない。

……そうだ、こいつは!



「新鮮な肉だぜーーーっ!」

「ぶっひいいいっ!?」


(惨殺中、しばらくお待ちください)


「食欲!努力!勝利!」

「あー、小僧?」


「イノシシより不味いけど突進力はねぇし肉は柔らけぇしやっぱトン……じゃなくてオーク最強!」

「おーい、戻ってこーい」


「よし焼くぞ!さあ焼くぞ!……試験官殿!調味料の貯蔵は十分か?」

「何を言ってるんだお前は」


(現在焚き火を準備中、しばらくお待ちください)

(続いて二人がかりで食糧消費中、もうしばらくお待ちください)


「と言うわけでご馳走様でした」

「確かに旨いが……前代未聞だぞこれ」


仕方ないだろ、まともな肉料理なんぞ数ヶ月ぶりなんだ。

雑食にしてはオーク肉って旨いんだよな。

まあ他の普通の家畜の肉に比べれば酷くまずい物であるのは確かなんだが。


あ、勘違いするなよ?

この世界でも魔物を食うなんて文化は無いぞ。

……畜生、山賊どもに家畜が根こそぎ奪われていなかったらなぁ。

全てが終わった時、既にうちの鶏や牛たちは哀れやつ等の腹の中だったし。

とりあえず久々の肉料理だった事はご理解頂けただろうか。

いやああの時初めて人間相手に殺意を持ったね、うん。

と言うかそのまま殺意を行動に移したんだけどね、ハハハハハ。


さて、じゃあ試験の続き行きますか?


「あー分かった分かった。既に伝説だなこりゃ……けどよ、次の奴を見てびびるんじゃねぇぞ」


「いや、既に出てきてるけど」

「ぬなっ?」


俺たちの食い残しをガジガジと腹の中に詰め込む魔物が一匹、いや一人。

既に檻の戸は壊されていた。

たぶん腹が減っていたのだろう。このリザードマンも。


"リザードマン"とはその名の通り硬い鱗に全身の覆われた爬虫類系の亜人種である。

腕力、体力ともに人間をはるかに上回り、

ワニの混血でもあるらしく特に巨大な口とその顎の力は絶大。

その上その手には丸盾と一振りの剣。

このレベルの魔物になると単独でも脅威とみなされ討伐対象になると言う。


「ふう、死ぬなよ小僧?」

「おうよ!」


俺は斧を振りかぶる。

……リザードマンが振り向いた。


にやり


不敵な笑みと共に口が動く。バキリと言う音がして口の中で豚の頭蓋骨が粉砕されている。

そして軽く剣を振りながらゆっくりと近づいて来るその姿に俺はある嫌な予感を覚えずには居られなかった。


さっきの頭蓋骨割りって、もしかして威嚇って言うか脅し?

いや、確かに肝が冷えたけどさ。

でもそれって、相手は結構場数踏んでるって事だよな?

歴戦のリザードマン?それってまずくね?


それでも勝負は始まってしまったけどね。

いまさらギブアップは失格対象の筈だし……。

畜生、やるしかねぇ!


そんな事を考えつつ、俺は更に斧を高く振りかぶった。

何せもう、後には引けないからな!

続く



[6980] 04
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/01 16:32
幻想立志転生伝

04

俺はカルマ。冒険者志願の転生者。

今俺は冒険者となるべくギルドでクラスの認定を受けているところ、なんだけど……!


「ウガアアアアッ!」

「うわあっ!?早っ!重っ!怖っ!」


相手のトカゲ男、リザードマンの猛攻にいきなり絶賛大ピンチ!

剣の風切り音がヤバイ、時折口から覗く牙がヤバイ、それとあの盾


っ!?


うわっ、盾で突き飛ばしてきやがったよ!?

体制を崩したところでって……おわっ!?

い、今刺しに来た!

確実に殺しに来たよこのヒト(?)ってば。

地面に深々と剣が突き刺さってるんですけど!?


「一応やばくなったら助けるけどよ。坊主、これで命を落とした奴の数は知れねぇから気を付けろ」


ご高説はいい!試験官のオッサン!

話しかけないでくれ!


ずわあっ!?


い、今鼻の頭を切っ先が掠めた?

防戦一方じゃどうしようもねぇぞ俺、考えろ俺!負けるな俺!


「ヴルルルルルルウゥッ」

「畜生!少しは手加減しやがれってんだ!」


「ゴァッ?……グッグッグッ」


あ、あれ?

いきなり下がったぞ?

そんでもって片腕を突き出し手のひら上にしてヒラヒラヒラと。


「ち、挑発か、挑発なのか!?」

「ゲッゲッゲッゲッ!」

「あーあ、アイツめ余裕かましやがって」


やっぱり挑発?つーか本当に手加減してくれたのかよ!

うわーい、トカゲに手加減されちまったよ……。


否!


違う、違うぞ俺!これはチャンスだ。相手が余裕こいてるこの瞬間だけが俺の勝機じゃないのか!?

敵が手加減してくれたのならそれに越したことは無いじゃないか。

この際相手が何であろうが関係ない。

敵のほうが一枚も二枚も上手だ。

腕力、技術双方とも向こうの方が遥か高みに居るじゃないか。

俺に出来ることは何か?

簡単だ。人間らしく頭を使えばいい。

……慎重に、かつ大胆に。

それを成すために何が必要か?


自らも一度下がり体制を立て直す振りをしながら、俺は脳みそをフル回転させる。

思い出せ。リザードマンに関する情報を。何も知らない訳は無いだろう?

冒険者になろうと思い立ったその日から重要そうな情報を頭に叩き込み、

必要ならメモにだってしておいたじゃないか。

何かあるだろう……何か。


あった!リザードマンの弱点!


1、火や熱、乾燥に弱い。

……却下。ここに火の付くような物は無いし、準備も無い。

せめて地下に潜る時なら明かり用の油くらい用意するんだが。

仕方ない、次だ!


2、全身の鱗が硬いが本当の意味で全身を覆っている訳ではない。

全身に分布する鱗は極めて硬質。俺の斧なんかまったく歯が立たなかった。

だが、それで覆われていない部分もある。目立つ所では目と腹。

もちろん急所中の急所である目を狙われる事くらい相手は想定していると思われる。

……狙うなら的の大きい腹部!


3、変温動物である。

これも却下。というかこの条件を満たそうと思うなら火をつける事を考えたほうが早い。

ここはシベリアじゃないんだし。


ははっ!つまるところ、隙を見て腹に斧を叩き込む。これしか無いってわけだ。

しかもそれで勝てると言う確証も無し!

他にも何か致命的な弱点とかあるのかも知れないが、俺が知らないんじゃ無いのと同じだ。

止むをえん、隙を見て突っ込むぞ。


……しかし隙が無い。

どこにも無い。あったのかも知れないが俺には読めん。

そもそもオークの次がこれってどういう事?

子犬→小学生→一般男性→歴戦の戦士

正直これくらいの戦力差があるんだけど?

せめて歴戦抜きのただの戦士だったらと切実に思うわけで。

あー、そういえば高位認定の試験って落とすための試験だって誰か言ってたな。

オークまでなら倒せて当然、それ以上はふるいにかける為のもんだって。

要するに


あれ?

今なんか視界の端で動いて


おおおおっ!?

切りかかってきた!

流石に待たせすぎたか?

いや、剣をペロリはマジで怖いから勘弁。

あ、またさあ来いカムヒヤが来た。


……えーい、行ってやらあっ!

たった一人だけど総・員・突撃いいいいいっ!

えぐるようにして打つべし!突くべし!切るべーーし!


はっはー!まったく効いてないぜセニョリータ。

腹も結構硬いのね、こりゃあ参った。

何が参ったってそりゃアンタ、

やっこさん、両手を上げて『はぁやれやれ』とでも言わんばかりの有様だぜ?

やってられねぇ。

1ダメージも与えられて無いっぽいんだけど?

これで一体どうしろと。


あ、剣の柄が脳天めがけて降ってきた。


……。


「ほい、よく頑張ったな五段階評価で三番目。C認定だ」

「ふふふふふ、何と言うか第三戦以降の難易度の跳ね上がりっぷりが異常なんですが?」


あ、頭のてっぺんにでっかいコブが。

痛い、マジで痛い。

あー。オーク解体した時点で止めときゃよかった。


「いやいや、そもそもだな?」


試験官のオッサンの話からすると、リザードマン以降は受けられる依頼を増やすために、

再試験を受ける連中を対象にした物だとか。

うん、聞いていたとおりだね。

しかも下手にここで勝っていたりしたら、そのままお城の兵士がスカウト来たかも知れないとか。


正直、兵士なんぞになったら危険地帯に早速放り込まれて命を落とすのが関の山だよなぁ。

なんせ一般人の命なんぞ一山幾らの世界だったりするし。

そう考えればよかったのかも知れん。

ま、明日からの仕事に差し障るレベルの負傷じゃなくて本当に良かった。


「あ、それで俺の総合ランクは?」

「おう!CDDでCランクだ。良かったな!結構いい成績だぜ」


何ですと?

Cランクっていきなり中級扱いじゃないですかい?


「戦闘C・技能D・信用実績もDからだ」

「何で信用Dから?始めはE(最低ランク)からじゃ」


「技能申告の際にあからさまな嘘は言わなかったからな」


要するに、正直者とみなされて信用一段階アップと言うわけか。

逆に見え見えの嘘つきは信用最低からスタートだとも取れるけど。

正直技能認定なしのCEEでD級の下位か、CDEで丁度D級になれればいいと思っていた。

うん、何か幸先がいい気がする。


「それではまだ午前中だし、早速仕事でも請けてみるか?まあ、戦闘系は無理だろうが」


確かにその通り。何にせよ手持ちの資金が尽きる前に働かねばならん。

何せ、移動や準備にだって金はかかってしまうのだ。


「よし、早速やってみる」

「ほれ、丁度いい仕事があるぞ?」


ふむふむ。ってこれ、オッサンの仕事の手伝いじゃないか?


・ギルド認定試験補助

ギルドのランク認定試験における試験官の補佐をする人材の募集……若干名。

報酬 銅貨70枚

拘束時間 当日夕刻、ギルド閉館まで

*誰にでも出来る簡単な仕事です。試験の準備や試験後の後片付けなどを行います。


ふーむ、要は雑用か。

必要ランクが無いって事は最低ランクでも請けられるって事だが、その割には報酬がいい。

普通の最低ランクのお仕事って一日働いて銅貨30枚位らしいからな。


因みに日本円に換算すると銅貨一枚が百円程度と考えればいい。

他に銀貨と金貨があるけど、それぞれ下位通貨の百倍の価値がある。

例えれば銀貨は一万、金貨は百万円って事。

因みに俺は金貨はおろか銀貨も満足に見たことがありません、合掌。


まあ確かに悪くないがせっかくランクC貰ったわけだし、もっといい仕事があるかも

あれ、オッサン?


報酬 銅貨70枚 → 銀貨2枚


「報酬吊り上げ!?」

「ふっふっふ、初心者用出血大サービス」


思わずやると言ってしまいました。

海より深く後悔。

何故かって?


……。


「オクレニィサーン!?」

「ぶっひひひひひひひひっ!」


本日三人目の重症患者がただいま爆誕致しました。

脳天割れてます。味噌が見えてます。

グロです。スプラッタです。精神的ブラクラ踏んだ気分です。


「急げ小僧!」

「了解。どけ肉!じゃ無かった豚!」


哀れな挑戦者の脳天叩き割ったオークがビクッとしてそそくさと檻の隅に避けていく。

俺はこの哀れな遺体……じゃなくて犠牲者を急ぎ、かつ丁寧に搬送せねばならない。

うおっ、口から泡が!?しかもガクガク震えてる!?


「えめらるどぱとらあーーーっしゅ」

「落ち着け、錯乱したら助かるもんも助からんぞ?」


め、目玉がとびで、グボォっ……は、吐きそうなんですが。

オッサンはオッサンで平然と惨劇の場を掃除してやがるし。

ここは地獄か?


……。


「不合格だそうですんでお帰りください」


「なぜじゃ、なぜわしは冒険者になれないんじゃ!?」

「おい兄さん、俺らだって冒険者になる資格くらいあるはずだ」

「退けガキ!責任者出せやコラ!」



いや。俺もそれはそう思うよ皆。でもね、それは出来ない相談なんだって。

……とりあえず一言だけ。


寝言は指名手配解除されてから言えよ、山・賊・共。


「冒険者になって賞金の10倍の金を払えば指名手配が解除できるって聞いたんだよ!」

「はよう入れんかい!」

「潰すぞワレ!くたばれやボケ!」


あー、それは元から冒険者だった人の場合。

残念でしたさようなら。


……余りうるさいからボコボコにしたのは俺だけの秘密だ。

あ、丁度いいところに衛兵が。


……。


俺の受難はまだまだ続く。


「ふえええええん」

「ぼ、ボク?泣くな、泣くんじゃない。ちょっとコブが出来ただけじゃないか」


「ひだい、ひだいよぉぉぉ」

「あーほらほら、ママの所に帰りましょうねぇ?」


試験会場に入り込むな五歳児。

それに本気で試験受けさせるなオッサン。

久々に勝ったのは判るが感動してんなゴブ公。


本当に何考えてるんだこのギルドは。

え?自由と平等?

それはよう御座いましたねぇ。


……。


そうして一癖じゃすまない連中の相手をしつつ夕刻まで過ごす。

最後に待機中の魔物たちに餌やりをして本日のお仕事は終了となった。


「意外と頑張ったな?」

「初日で嫌気が差すかと思いましたよ」


そうは言ったものの、銀貨を手渡されると流石に頬が緩まざるを得ない。

この街での最初の稼ぎだ。大事にせねば。


それと、予想外に大きな収穫があった。

それは魔物たちへの餌やりの時だ。


『おう人間、飯はまだか』

「うっさいトカゲのオッサン。今持ってくる ― って何で日本語なんだよ』


『日本語だかご飯後かは知らんがこれは古来より伝わる我々の言葉だ』

『ふーん、まあいいけどね。とりあえずちょっと待て。後、次は勝つ』


『まあ無理はするな。……ところで奥の牢の中は見たか?』

『いや?』


『……俺の後に出てくる奴が居る。後々の為に見物したらどうだ?』

『最後の相手、か?』


『まあお前が俺を抜けるとも思えんがな、未熟者』

『その言葉いつか後悔させてやる』


ボロクソに負けた事もありちょっとばかり性格が悪くなっていた俺ではあるが、

どうしても気にはなったのでついでに奥へ向かった。

最も奥には二重の鉄格子があり、この奥の奴には試験官が自分で餌をやると言っていた。


どれ、じゃあお顔でも拝見……。


……。


オーガ

巨体の魔物。東方においては鬼とも呼ばれる豪腕の怪物である。

並の人間などなぎ払っただけで死体の山が築かれるだろう。

その腕力たるや、素手で石壁を突き破るとも言われている。


そんな化け物が座敷牢の奥に胡坐をかいて座っていた。

正直、ここまで聞こえる呼吸音がなければ死体としか思えないほどにピクリとも動かない。


こんな化け物が戦闘能力ランクAへの壁と言うわけか。

しかもそんな奴と一騎打ち出来る人間のみ、引き受ける許可が下りる依頼なんてのもあるわけで。


……。


銀貨二枚を手に酒場へと戻る。

ふと空を見上げると既に満天の星空。

星空だけはどんな世界でも変わらないようだった。


そう感じた途端。急にもう帰れないであろう故郷の事を思い出した。

まあ、ただ思い出したと言うだけだったけどな。


だって思い出してどうなるって言うんだ。

俺はまず今日と明日を生きていかなきゃならないんだから。

久々に味わうであろうまともな料理を想像しながら、俺はテーブルについたのである。


続く



[6980] 05 初めての冒険
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/01 16:59
幻想立志転生伝

05

***冒険者シナリオ1 初めての冒険***

~最初の冒険と魔法の話~


*この回より複数人物の一人称が出て来る為、多少書き方が変わっています。ご了承ください。



《side カルマ》

俺が冒険者になって二日目。酒場で聞き耳を立てちょっと情報を集めてみた。

ふむ、いい情報は一つだけか。けれども俺にとっては最高にいい話である。


「ライオネル兄貴、隣町まで護衛に出るって聞いたけど?」

「応よ。魔法王国の貴族の坊ちゃんを連れてくだけで金貨一枚。ぼろもうけよ」


おーけーおーけー。最高じゃないか!

兄貴は総合ランクD。しかし戦闘能力Bランクというつわものなのだ。(ランク詳細BEE)


「じゃあ俺も配達あるんで付いてっていいっすか?」

「かまわねぇよ。ただし荷物持ちしろ」


それくらいはお安い御用と言うもの。

何せ運ぶ予定の荷物が多いもんでね。

……さて、じゃあ早速馬を借りてくるか。


そうして荷物の配達依頼を受け、馬をレンタルした俺は兄貴の元へと向かう。

馬一頭を1日借りた場合、しめて銀貨一枚なり。

高いか安いかは微妙だが俺はそれを安く上げる方法を考えてある。


「応、来たかって……なんだその大荷物?」

「宅配依頼6件並びに手紙配達、ついでに商品の買い付け依頼分」


「何で一度にそんなに?」

「馬一頭借りると一日で銀貨一枚も取られるんで、運ぶ荷物を増やしてみました」


ついでに馬車も借りました。

と言うか、馬車は買い付けの依頼主からの一時支給品だったり。

別に宅配貨物も載せて構わないよな?禁止されてないし。


「馬鹿野郎。賊に襲われたら逃げ切れねぇぞ?」

「はっはっは。天下のライオネル兄貴が居るのに何が心配要るんで?」


……あ、にやりとした。


「まあな!俺がいる限りは安全だな」

「でしょ?」


いやあ、やはり頼りになるのは戦闘能力のある先輩だ。

ただで護衛ゲットだぜ!

と言うわけで兄貴の荷物も載せた馬車を連れて、俺達は兄貴の仕事の依頼人だと言う

貴族のお坊ちゃまの泊まるホテルへと向かったのである。


「やあこんにちは。君達が今回の道案内の者か?」

「応!よろしくなお坊ちゃん!」

「ちょ、兄貴……どうも、冒険者ギルドからの依頼で参りました」


兄貴いきなりビーンボール!

馬鹿ですかアンタは?いきなり依頼主に喧嘩売ってどうすんの?

あわわわわ、先方さん苦笑いしているし。


「ははは、僕はリチャード=ロンバルティア=グラン=マナリア。リチャードと呼んで構わないよ」

「長ぇよおい、そんな事よかさっさと行こうぜ?」

「……え、えーとリチャード様。早速ですが本日の移動予定についてお話させて頂きます」


あーにーきー!?

まったく、戦闘能力は高いのに総合ランクが低いのはこのせいか?

相手がお客様だって理解してる?


「ふむ。話は君にした方が良さそうだね。それでは予定を聞かせてもらうよ」

「あ、有難う御座います」


相手方が大人の対応で本当に良かった。

……さっさとぼろが出ないうちに説明終わらせて旅立たんと危険だ。

兄貴の応対に愛想付かされて依頼をキャンセルされたら俺の仕事もヤバイ!(山賊的な意味で)


とは言え、やる事は地図を開いてこれから行く道順の説明と、危険箇所の忠告くらいだ。

今日一日でつける距離だし、そもそも余り危険のあるルートでもないし。


「何でいちいち説明なんぞ……さっさと終わらせて酒でも飲もうぜ?」

「兄貴。思ってても言うもんじゃないと思うけど?」


まさか一番の危険が護衛の無礼っぷりとは。

俺も流石にそこまで予測出来なかったよ本当に。


……。


さて、そういう事で三人での移動が始まったわけだが、道のりの半分くらいまでは順調だった。

つまり半分以降に問題が発生したわけで。


「へっへっへ!その大荷物と金目のもの皆置いて行きな!」


山賊が10名ほどバリケードらしきものを作り上げ検問?などやってました。

まあ囲まれているわけじゃ無い以上、荷物の持ち逃げは無いだろうし気楽なもんだけど。


「ふっ、天下のライオネル様に逆らおうってか?」


お、兄貴が行った!

俺の殺人投石が山賊1の脳天を貫通した頃、既に兄貴は敵陣に突っ込んでいた。

早い、早すぎるぜ兄貴!


「ライオネル・ハイパァ・スラッシュ!」

「ほぐぇえええっ!?」


「必殺、アッパースウィング!」

「げべえええっ!?」


「これで最後だ。奥義ハリケーンストームソード!」

「ごあああっ?」

「うがああああ!」

「ただの斬撃じゃねぇかあああっ!!」


まったくもってその通り。

切って、振り上げて、大回転。やったのはこれだけ。

あー、いや。最後の回転切りは技と言えない事も無いかもしれないが。


うりゃ。

よっしゃ、投石が二人目に命中。

これで生き残りは3人か。


「こいつはやべぇ!」

「逃げるぞ頭!」

「頭、死んでるぞ?」


ふはは、これはもう勝ったも同然!

ん?護衛対象が何か前に歩いていった!?


「なかなかやるね君達も。僕も少し戦人としての血が騒いでしまったよ?」


ちょ、っとまった!

あんたが万一やられたら洒落にならん!


思わず走り出した俺の頬を、突然一陣の風が撫でていく。


「受けるがいい!我が魔力を!」


こ、これはまさか魔法と言う奴!?

逃げようと走り出す山賊どもに向かってリチャード氏は両手を組んで印を組み、

魔法の詠唱を始めたのだ!


『……第一章、炎の魔力を現実の炎として産み落とさんと魔術を行使する……』


力ある言葉が紡がれる度、空間が。いや世界が歪んで行くのがわかる。

理性ではなく、感覚で。


『……必要な事は詠唱と両手で組み上げる印、左の小指を下に、次は右手の小指……』


ごう、と風が術者を中心に吹き荒れる。

ここまで来れば誰でもわかるはずだ。魔力が奇跡を生み出さんとしているのが。


『……両手の指を組み上げた最後に親指同士で罰の字を……』


呪文が進む度に周囲の異常が少しづつ大きくなる。


『……第二章、始まりの術者フレイア様に……』


少しづつ、だが着実に呪文は完成しようとしている。


『……そして彼女は仰った……』


少しづつ、少しづつ。


『……第三章、その為に唱えるべき呪文……』


あれ?


『……我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……』


なんか、


『……火球(ファイアーボール)!……』


やたら長くね?


『……旧暦……年これを記す、筆者フレイア=フレイムベルト……』


あ、発動した。

指先から火球が生まれ、敵の築いたバリケードが激しく燃え上がる。


「すげえや」


山賊たちはとっくに安全圏まで非難した後だったけどね。

……詠唱に三分もかかるって……実戦じゃ使えねぇよこれ。

しかも普通に油撒いて火矢打ち込んだほうが強そうな感じだしさ。


あー、リチャードさんのあの一仕事終えたような満足な笑顔が何ともまあ。

……ふざけんな。


まあ、何にせよバリケードは数十分後に焼け落ちたので、俺達はまた先に進める様になったのである。

その後は特に何も無く隣町までたどり着いたわけなんだけど。

残念ながら話はそれで終わらなかったんだなこれが。


……。


宅配貨物等の搬送を終わらせ、空の馬車に今度はトレイディア向けの荷物を積み込む俺。

こうして往復両方で仕事すればかなりの無駄を省くことが出来る。

……忘れ物防止のためのメモは欠かせなくなるけどな。

とりあえず荷物をまとめた俺の元に、ライオネル兄貴がやって来た。


あれ?

なんでリチャードさんがまだ一緒に居るんだ?


「すまないが途中まで君の馬車に乗せてくれないか?」

「何か問題が起きたっぽい。ついでだからこのお坊ちゃんにもう少し付き合おうぜ」


ふむ、何か確かに急いでるっぽい。

まあ、空いてる場所に乗る位ならいいけど?

でも途中までって、大丈夫なのかね。


「ああ、準備が出来次第僕の従者たちが馬を用立てて追いかけて来ることになっているよ」

「別にかまわねぇだろ?」

「まあ、確かに構わないって言えばそうだけどね」


そんな訳で帰りの馬車にも行きと同じメンバーが乗る事になった訳だ。

何でも待ち合わせた冒険者と入れ違いになってしまったのだとか。

そんな訳で行きとは少し違う道を少し急ぎながら俺達は進んだ。


……もっとも、その人に出会う事は遂に無かったのだが。


そして翌日。

俺と兄貴はリチャードさんに再び依頼され、街の入り口に来ていた。

馬車は返却し、代わりにリチャードさん持ちで三人分の馬を借りている。


「すまないね、急な依頼で」

「いえいえ。乗りかかった船って奴ですし」

「応!払いがいい依頼主は大歓迎だぜ」


結局トレイディアに戻ってもその人は見つからなかった。

それどころか何だかきな臭い話が耳に入ってきている。

……とある街道沿いの吊り橋が落ちているのだと言う。


行ってみると確かに橋が一本落ちている。

ただ、不安定な吊り橋とは言えつくりは丈夫そのものに見えた。

正直勝手に落ちるとは思えない。


「やっぱ、あの橋のあたりが怪しいぜ」

「しかし街道からは少し離れている」

「……あー、なるほど」


思わず声が出てしまったが、嫌ーな事に気づいてしまったよ。

……数本の矢がそこらに転がってる。

いや、別にこの世界じゃ矢の数本くらい普通にあちこち転がってるさ。

ただね、全部こっち向きで飛んできた矢でさ。土にも還っていない。

そしてあろう事かあの吊り橋、綱が刃物で切られた跡があるんだなこれが。


「これはお連れの方、罠にはまったみたいですね」

「罠と言うと……どういう事かな?」

「あー、弓でおびき出されて橋の上で綱切られたか?今頃崖の下か」


昨日から行方不明で今でも崖の下に居るようならそれこそヤバイ気がする。

いや、まだ死んだと決まったわけじゃないけど。

って兄貴……何やってんの?


……。


《side ライオネル》

あのお坊ちゃんの連れが消息をたったのは昨日って話だ。

もし下に落ちて足でも折れていたら今頃腹を空かして助けを待ってるところだろ。

行方不明って奴は不思議なもんでな、

見つかるまでの時間が早けりゃ早いほど助かりやすいような気がするのさ。


だったら、話は早ぇ。

さっさと飛び降りて迷子を見つけ出すとすっか!


スタッとな!


へっ、飛び降りてみたがこりゃ驚いた。

崖の下にゴブリンの集落かよ。

たぶんこうやって落ちてきた獲物から奪った荷物で暮らしてるんだろ。

まあ、普段ならどうって事は無い相手だが、今回は少々きついかも判らんな。


連中生意気にも砦を構築してやがる。

見張りがいないのはラッキーだ。

もし居るときに落ちてきてたら速攻仲間呼ばれて弓矢でハリネズミだぜ!

……まあ、あの二人が降りて来るまではここでゆっくりするとすっか。


足が変な方向に曲がっちまってるぜ、畜生。


お、二人とも来たな。まったく待たせんなよ?

二万までは数えてたんだがそれ以上はめんどくさくなっちまったぜ?


「いや兄貴。いきなり崖に飛び出すからどうしようかと」

「まあなんだ。一刻も早い救出って奴をだな」

「君は正気なのか?」


お坊ちゃんよそんなきつい事言うなよ?

俺のモットーは即断即決。これくらいで驚いてちゃ冒険者なんかやってられんのさ。

まあ、それはともかく添え木と包帯を寄越せ。


そうれクルクルクルっと。


「なんと言うか、見事な応急処置ではあるね」

「兄貴は生傷絶えない生きかたしてますから」


応よ、これくらい自分で出来なきゃ一人前の冒険者とは言えんのさ。

さて行くか?


「なんで患部を固定しただけで歩けるんだろうね」

「兄貴は色々規格外ですから」


「僕が治癒の魔法を使えればよかったんだがね」

「無理ですか?」


「そう言うのは神官達の領分なのだよ」

「ふむふむ。勉強になります」


何言ってんだかさっぱり判らん。

もういいから先に行こうぜ?


はぁ、まあ結論から言ってやる。

せっかく助けに来たけどよ、全くもって無駄だったな。

まさに死屍累々って奴だ。

しかも、まさか待ち人がこいつとはな。


「あらライオネルさん、こんな所でどうしましたか?」

「何やってんだとはこっちの台詞だフローレンス」


シスター兼冒険者。名前はフローレンス。(ランク詳細CCB)

俺とほぼ同期に冒険者になったくせに出世は早く、

いつの間にか総合Bランクまで上り詰めたって言う。正直気に食わない女だ。


人当たりは良い。冒険者になったのも教会の孤児連中を養う為。泣ける話ではある。

シスターとしての腕も確かさ。軽い怪我くらいならすぐに治しちまう。

けどな。それに騙されて本性見た奴は大抵唖然とするんだよ。


「シスター!こんな所に居たのか。とにかく無事で何よりだ」


「もしやリチャード様ですか?依頼の日時になっても向こうに連絡がないので」

「済まない。わざわざ足を運ばせて面倒に巻き込まれてしまったようだね」


「もう少ししたら滞在地に赴かせて頂きましたのに」

「うん。だが行き違いになってしまったね。すまない事をした」


「いえいえ、実はこちらもついでの仕事を片付けようとしてましたし」


おうおう、これだけなら完璧に見えるんだけどなぁ?

うん。俺の今までの経験からして、ここいらで被ってた猫が一匹居なくなるな。


「ついでの仕事?」

「はい。ここのゴブリンのお掃除です」


「……え?」

「ゴブリン狩りって難度が低い割りにお給料がいいんですよ」


あー、お坊ちゃんどころかカルマの奴まで固まってやがるぜ。

まあ気持ちはわかる。俺も最初そうだった。


「ぷちぷち潰れるゴブちゃんがぁ、あの世のお迎え逝きました~♪」

「おうフローレンス。そこいらにしとけ、ガキどもが固まってるぜ?」


「お金もじゃらじゃらルンルンルン♪」

「人の話し聞けよ守銭奴」


……見た目と中身のギャップがすげえんだよなこいつは。

しかもなまじ優秀だから始末におえねぇ。


「可愛そうなゴブリン達への鎮魂の歌を邪魔しないでください」

「それは判る。まあついでにお前さんの頭も可哀想だとおもうが」


ん?奥からまた出てきたぞ。

馬鹿だな。出てこなきゃやられる事も


「やはりまだ居たのですね。溜め込んでるはずの財産が見つからないからおかしいと思ったんです」

「出てこなくてもやる予定かよ」


「一昼夜も探し続けましたからね。やはりゴブリン狩りの醍醐味は宝探しです」

「涼しげに背筋が凍りそうなことを言うな」


まあとりあえず俺も宝は欲しいし普通にボコった訳だが。

そのときのやり取りですらこれだ。


「あら、足が折れてますね」

「応。治せるか」


「銀貨2枚になります」

「勝手に直るの待つわ」


真顔で金を要求すんな。しかもやたら高ぇよ。

それでも聖職者かお前は。

お前を助けに来たんだぞ俺ら。


「え?ですが私全然困ってなんか」

「あーそうかい。お前なんかその内天罰が下るぞ?」


「天罰って、私は神に仕える身ですよ?……あ、宝箱!」

「うん、こりゃ絶対天罰が来るぜ?間違いないって……あ。」


カチャカチャ。どかーん、かよ。

いやあよく吹っ飛ぶなぁ。


……いや待て、まずくねぇかこれ!?


……。


《side カルマ》

目の前で交わされる会話に思わず意識が吹っ飛んでいた。

シスター・フローレンスは以前カソの村にも来た事があり、

その清楚な物腰と優しげな風貌で村の男連中の視線を釘付けにしていた。

無論俺も例外ではない。何せその当時から村に年頃の女の子なんぞ一人も残っていなかったし。

でも彼女がまさか守銭奴なんていう一面を持っていたとは。


いや、むしろ問題はそこではない。

ゴブリン残党を片付ける際に、

自分の身長くらいもある巨大なスレッジハンマーを

勢いよく振り回していたのもある意味想定内だ。


ただ、敵を叩き潰すたびケタケタと笑い声を上げるのは勘弁してください。

サディストですかあなたは?

いやこの場合クスクスでも十分怖いんですが!


あー、呆然としてる内に敵が殲滅されてら。

何もすることが無かったなー。俺ってもしかして今回要らない子?


おや?シスターが宝箱に向かっていった。

こんな世界だけどやっぱり洞窟に宝箱ってお約束なのかね?

むしろゴブリンとかが暮らしてるから?


あ、シスターが宙を舞ってる。


明らかに中身が無事とは思えない爆発だったし、

うん。やっぱり罠付きなのもお約束って事か。

よく覚えておかないと。


……って言ってる場合じゃねぇ!


「し、シスタああああっ?」

「ちっ!完全に気絶してやがらぁ」


気絶とか云々以前に血が、血がヤバイ!

ゴブリンの返り血とかそういうレベルじゃない!

もう血だまりの中に沈んでるよこの人!?


とにかく応急処置!急げえええっ!


……。


とにかくシスター・フローレンスは一命を取り留めた、と思う。

傷口は止血したし血も止まった。だけど。

宝箱をいじっている時に爆発したのがまずかった。


「もう、こいつは冒険者としちゃやっていけねぇだろうな」

「まさか片腕が吹き飛んでしまったとは。なんと言う事でしょうか」

「俺は、話からするとシスターとしてやっていけるかがまず心配だけど」


隻腕だからと言うのはこの世界、とりわけ魔法を使う人にとっては致命的だという。

リチャードさんからの話だが魔法を使うには、"力ある言葉"と"力ある形"が必要なのだとか。

つまり、


印を組んで(ポーズを決めて)、呪文を唱える。


これがこの世界における魔法行使の条件と言うことになる。

つまり隻腕では使える魔法が著しく制限されてしまう事になるのだ。

しかも、高位の魔法ほど印・呪文とも難易度と複雑さが上がって来ると言う。

これでは能力半減どころの話ではない。


「まあ、可哀想だが自業自得だな。目を覚ましたらさぞがっかりするだろうが俺らには何もできねぇ」

「せめて今ここにもう一人神官が居れば良かったのだけどね」


傷口が完全にふさがる前に治癒魔法をかけ続けながら千切れた部分を繋げればまだ可能性はあるのだと言う。

だが、その治癒の術を使える当の本人が意識不明の重体なのだ。


「覚えときなカルマ。冒険者ってのはこういうもんだ。意外とあっさり逝っちまうんだよ」

「まだ死んでないだろ兄貴」


「……死んだも同然さ。冒険者としても、たぶん神官としてもな」

「彼女の魔道書はここにある。けれどいくら僕でも数時間でこれを暗記することなんか出来ない」

「本当に手詰まりなんですか?」


現在リチャードさんの手元にあるシスターの魔道書。

その中に彼女を救う術が書いてあると言う。

けれど専門外の魔法を即興で覚えるのはリチャードさんには無理だと言う。

暗記しきれない、か。

厚いとはお世辞にもいえない書ではあるが、確かに一言一句全部暗記するのは至難の業だ。

魔法使いと言うのはそういう長々とした詠唱を完璧に暗記しきらないといけないのだという。

しかも魔道書は古代語で書かれていて現代では言葉の意味を知る者も無く、

今では辛うじて作成できた対応表に従い直訳して丸暗記するしかないのが現状なのだとか。


故に、一人の魔法使いの覚える魔法の数にはおのずと限界があるのだと。

だから今この場で治癒の魔法をすぐに覚えるなんていうのは無茶な話だよと。

リチャードさんは悲しそうにそう言う。


……ふと、先日リチャードさんが放った魔法の事を思い出した。


「ちょっと、その魔道書見せてもらっていいですか?」

「僕のじゃないけど、まあいいか。でも古代語で書いているから君じゃ読めないよ」


うん。普通ならそうだと思う。

ただ、ちょーっと気になったんだよねこれが。

どらどら。


「ふおおおおおおおおおっ!」

「どうしたカルマ!?難しすぎて狂ったか!?」

「い、いくら読めないからって錯乱することは無いと思うけど」


いやこれ、日本語じゃん!

もしかしたら古代語って奴が偶然日本語そっくりなのかも知れんけどとにかく読める。

……って言うかこれはもしかしてもしかするともしかするんじゃないか!?

もう一回読み返してみよう。うん、やっぱり。


「やっぱり日記じゃねぇかこれ!」

「「は?」」


そこに書かれていたのは何と日記!

しかも読み進めるとどうやら書いたのは年老いた老司祭に恋をした修道女らしい。

何かとんでもない代物なんだけど!?

いや、正体は小説か何かだよな?誰かそうだと言ってくれ!


いやいや、この際どうでもいい事じゃないかカルマよ。

大切なのはシスターを助けるための魔法。そうじゃないか?

そのためにこの魔道書?を読もうとか思い立ったんだろう?


そもそもリチャードさんが詠唱したアレ、

どう考えても余計なところまで読んでたように思えるんだよな。


よし落ち着け俺。

まず治癒の呪文が書いてあるところを探そう。

本当にあればいいけど……。


ぺらぺらとページをめくりながら、問題の箇所を発見。

余りの内容に頭が痛くなりながらも関係箇所を読み進める。


『2月1日 晴れ
 今日も司祭様に癒しの術を教わる。ぶっちゃけ司祭様とお話してると私が癒される。
 加齢臭萌え。なんて言ってたら変態扱いされそうなので真面目にやろうと思う。
 司祭様のお手本だ。両手をパーにして重ねた。そしてつぶやいた。
 "痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力"
 その言葉を合図としてあっという間に患者さんの傷口がふさがった。
 さすがは司祭様。でもその為に信者さんに剣を突き刺したのはどうかと思いますが。
 まあいいか。……追伸:私は10回失敗。ごめんね信者さん』


……ちょっと死にたくなった。

なにこれ?もしこれがマジもんの日記だったら洒落にならんぞ?

ま、まあいい。この文面の中で大切なのは二つだな。


印  手をパーにして……つまり手を開いて重ねる。

呪文 "痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力"


これを古代語……日本語でやりゃOKか。

もしこれが本当なら、うまくいかない場合シスターは治癒の魔法すら使えなくなってしまう。


回復魔法使えない僧侶の立場を考えると泣けてくるぞ?

失敗できないじゃないか。……ええい、男は度胸だ!

俺は勢いのままにシスターの傷の上に手を乗せた。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ 発動せよ治癒の力!』

「うおっ!?まぶしっ?」

「ま、まさかそんな!?」


暖かな光が周囲を照らした。

あ、傷口が明らかに小さくなっていくぞ!


「な、なんで……どうして」

「んな事気にしてる場合じゃねぇ!早く千切れた腕もって来るんだよお坊ちゃん!」


そうして光が消えた頃にはシスターの傷もすべて消え去っていた。

まずは成功だ。そう思う。

何だか大きな謎が出来てしまった気もするが、解明する気もないし特にどうでもいい事だ。


……。


それから数時間後、俺達は何とか崖の上まで戻ってきていた。


「そういう訳でしてお探しの方はこの辺りにいらっしゃる筈ですよ。……リチャード様?」

「え?あ、ああ済まないね、考え事をしていたよ」


「何にせよ、早く見つかると良いですね」

「感謝するシスター。これが調査の報酬になる」


おー、金貨がごろごろと。

すげぇな。アレが金貨かよ。本当に金で出来てるんだなぁ。


「ほぉ!ただの尋ね人に金貨5枚も出すのか!?一体誰探してんだよお坊ちゃん」

「ライオネルさん。それを表に出せないから報酬がつりあがるんです。言える訳無いじゃないですか」

「ああ。それを言うのは勘弁して欲しい。君達への謝礼も弾むから忘れてくれるとなお良いな」

「了解ですリチャードさん、いえリチャード様」


そんな訳で俺と兄貴の手元にも金貨が三枚づつ。おお、これはらっきー!

まあお貴族様の事だしなんか色々洒落にならない事情があるんだろう。

関わらない方がお得だな絶対。


「へっへっへ、そう言われると逆に知りたくなるぜ!」


自重しろ兄貴。

ほら、見事にやれやれな目で見られてるから。


取り合えず昨日の往復と今日の臨時収入により懐がだいぶ暖まったので装備の更新をした。

いやあ、薪割り斧と農夫の服、そしてひびの入った木靴じゃどうにもならなかったからね。

鉄の剣に皮の胸当て&具足セットと分厚い革靴。

それと合羽にもなる幅広で分厚い皮のマント。

ついでに冒険に不可欠ないくつかの道具も買い込んでおく。

うん、これでなんとか冒険者らしく見えるな。

お値段は全部で銀貨20枚分なり。


え?鉄鎧とか鋼の剣とかにすれば良かったんじゃないかって?

いやいや、たしかにそれでも全財産使えば揃えられるさ。

ただね。やっぱゲームじゃないのよこの世界。

要するに、ぶっ壊れる可能性があるし盗まれる可能性もあるわけさ。

いざと言うとき買い換え可能な値段の品物にしとかないとマズイ。

それに銀貨20枚って日本円的な言い方すると20万。結構な額でしょ?

更に残ったお金の大半は銀行に預けておけば万一賊に身包み剥がされても安心って訳さ。


うん、ファンタジー世界なのに妙に所帯じみてるな俺。

でも別に勇者でもないんだからそれでいいんじゃないかと思う。

他人に不幸になって欲しいなんて全然思わないけど、少なくとも俺自身は幸せでありたいと思うしな。


さて、それでは早速今日からは普通に宿の部屋を借りますかね?

冒険者二日目で一か月分の宿賃を前払いした俺に宿兼酒場のマスターが目を白黒させてる。

当然テーブル暮らしの皆もだ。

ふっふっふっふ。甘いぜ皆さん。

効率よく行けばこれぐらいは出来るのさ。なんてね。


正直なところを言わせて貰えば、やっぱどうしてもプライベートスペースって奴が欲しかったんだな。

うん、現代人的発想ですまんがこの世界に来てから自分の部屋なんてもん持てた事ないし。

いやー、引き篭っていた時代はまさかこんなに自分の部屋があり難いもんだとは思わなんだよ。

さて、明日のためにぐっすり寝るとしますか。


……。


《side リチャード》

僕はリチャード。故国ではいわゆる"高貴な血"を持つ者として知られている。

それは我が王国が魔法を持って成る故に、その身に絶大な魔力を代々受け継いできたと言う自負でもある。

しかし、僕の"高貴な血"の誇りは本日実にあっさりと砕かれる事となった。


今まで魔法を使った事はおろか見た事も無かったと言う素人が、

初見の魔法を僅かな時間で覚え、行使までしたのだ。

あり得ない事だとは思う。だが、現実を認められないほど僕は腐ってなど居ない。

認めようではないか。あの者はひと目で治癒の魔法を覚えてしまったのだと。


僕にとって神官の魔法は専門外。だが我が国に代々伝わる魔法同様容易く覚えられる物でないのは確か。

一つ覚えるのに平均して三ヶ月。僕でもこの"火球"だけ覚えるだけでひと月半かかっている。

更にあの詠唱速度。僕も治癒の魔法を受けた事は幾度と無くあるが卓越した神官でも詠唱には数分かかるのが普通だ。

僕自身、平均5分かかる詠唱を3分に縮めるのが関の山。

我が国の誇る魔王討伐の勇者のひとりですら同じ魔法を行使する場合30秒の詠唱時間が要る。


なのに彼ときたら僅か数秒で魔法を発動させてしまった。

余り素早い詠唱に、僕の耳には一言で詠唱が終わったかのように聴こえたほど。

凄まじい。凄まじいの一言に尽きる。


……尋ね人を探せる時間はもう残り少ない。

それさえ無ければもう少し彼と話をしてみたかったと切実に思う。

だが仕方ない事だ。僕はこれでも相当に忙しい身の上なのだから。

それにこれ以上の被害が広がる前に連れ戻さねばならない。


「さらばだカルマ君。いつかまた会えるかな?」


残念ながら彼は早めに就寝してしまったらしく、最後の挨拶も交わすことが出来なかった。

しかしもう時間が無い。出発せねばならない。

ようやく追いついてきた不甲斐ない護衛達に歯噛みしながら僕はこのトレイディアを離れた。


「それで、今どこに居る?」

「はっ!現在は傭兵国家ブラックウイングに御滞在との事」

「いえ!既にこのトレイディアに入国されたと言う情報が!」

「どちらかと言うか街ではなく各地の遺跡を中心に荒らしまわっていると連絡があります」

「それより三日後の会合と一週間後のボン男爵との会食はどうされます?」


ああ、頭が痛い。やらねばならない事がめじろ押しではないか。

果たしてこの旅の内に尋ね人を探し出せるのだろうか?

そもそも諸国外遊のついでに探して来い等とは伯母上も無茶を言う。


「馬を走らせよ!僅かな手がかりでもいい、最新の情報を集めるのだ!」


国に戻るまでの時間はもう無い。せめて安否だけでも確認出来ればいいのだがね。

行動自体はともかく、実の所僕としては動機が理解出来てしまったし。

正直本人が納得いくまで行動させてやりたいと思う。本当に、切実にそう思うよ。


全く、こんな冒険は生まれて初めてだ。


***冒険者シナリオ1 完***

続く



[6980] 06忘れられた灯台
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/01 22:13
幻想立志転生伝

06

***冒険者シナリオ2 忘れられた灯台***

~俺とシスターの銭ゲバ話~


《side カルマ》

冒険者になってしばらく経った。

幸い俺のやり方はかなり効率的だったらしく幾ばくかの資金が溜まってきていた。

そんな時だ。シスター・フローレンスが俺を呼び出したのは。


「寄付、ですか?」

「ええ。カルマ君結構稼いでるって聞いたんですよ。ですから貧しい方達に愛の手を頂きたいんです」


……いやあ、教会の地下に何で地下牢が存在してるんだろうね?

しかも閉じ込められてますよ俺?鉄格子の外からにこやかに話しかけるシスターが正直怖いんですが。

こりゃあただでは帰れないな絶対。……仕方ないから銀貨の一枚も差し出してみる。


「まあ、有難うございます!このご恩は忘れません」

「えーと。ですんでここから出してくれません?」


その瞬間何故かぞくり、とした。


「貧しきものは幸いなり。貴方は既に冒険者として金貨15枚と銀貨50枚ものお金を稼いでいます」

「何で俺の稼いだ金額を知ってるんだ!?」


「生活もあるでしょうが金貨10枚ほどは溜め込んでいるはずですよね?」

「それが、それがどうかしましたか!?」


マズイ、これはマジでまずいしヤバイ。

洒落になってねぇぞコレ!

そもそもシスターの目がヤバイ。ハイライト消えてるし!


「いいですか、財産が銀貨3枚の方が銀貨1枚差し出したら尊い行為です。ですが貴方ほどのお金持ちが」

「……や、やかましい!俺の金をどう使おうが俺の勝手だ!」


あーあ、思わず言っちまった。なんて子悪党な台詞だろ?

けど、こう言っちゃ何だがこの勝負に負けたら全財産毟り取られかねん。

やるしかない、戦うしかない!


「何と貧しい心なのでしょうか。仕方ありません、私がその心を入れ替えて差し上げます!」

「いいか!俺は冒険者になるまで腐った芋を食っていたんだ!腐ってるんだぞ!?」


お、目を見開いた。

よしいいぞ、畳み掛けるんだ俺!


「だから、まず俺は自分を救いたい。それが十分出来た後でなら他人も救えると思う。だから今回はあきらめてくれ!」

「駄目です。逆にそんな生活で生き延びたんですから今更財産なんか無くても生きていけます。断言します」


ひでぇよシスター。

しかもシスターの周りで孤児連中がうろうろと腹が減ったとか言いながらうろつき始めやがった。

もしかしてこれ、いつもの光景なんですかそうですか。


「とにかく、俺はこれ以上一銭も出す気はないですからね」

「そうですか、それではお気持ちが変わるまで待ちましょう」


こうして俺は一人地下牢に取り残された。

案の定鍵はかかったまま。

あー、首を縦に振らない限り出られないって寸法?

そんでもってもし死ぬまで意地を張ったら、

そのままなんか適当な事でも言って遺産を根こそぎ頂く気かもね。

……部屋の隅の白骨死体数体を見るとそんな気すらするな、うん。


「つーかマジでヤバイ!この教会マジで異常!」


実際俺も無用心だったね。教会の地下でお茶飲みましょうとか言われてホイホイ付いて行ったし。

しかも隠し扉とかあるのにそのままスルーして奥に入っちまった時点で同情の余地なんか無いわな!


けどさ。正直思うわけよ。


なあシスター?アンタも子供達を守らにゃならんってのはわかるさ。

だけどその為に他人を地下に押し込めて脅迫してさ。……何様だよ。

ふざけんなよ。俺の人生は俺のもんだ。

そして、俺が必死に働いて集めた金を勝手に持っていく権利なんかアンタにはない。


じゃあそろそろ行こうかね?

少しシスターにも世の中って奴を教えてさしあげねぇと。

ああ、そうさ。俺の物を奪った奴は誰だって許さねぇ。


子供の頃、ゴブリンの群れが家の畑に火をつけた事がある。

おかげで次の年の食卓はそりゃもう酷いもんだった。

領主から金を借りて凌いだら、酷い利息を付けられたしな。

そしてその借金をようやく返し終えた頃、

村を襲った山賊どもが俺の家の家畜を根こそぎ持って行った。

お蔭さんで耐乏生活で弱ってたお袋が逝っちまったよ。

取り返すことも出来なくて、悔しくて……初めて親父からの訓練が役立ったよ。

ああ。あの日初めて人を殺したんだっけ。

普通の転生、迷い込み系じゃ対人戦で苦労するもんだ。葛藤もな。

けどよ、そこまでされて黙ってられねぇよな?そうだよな?

葛藤どころじゃなかったな。気が付いたら死屍累々。

けど何も取り戻せやしなくて。


だから俺は決めた。俺は幸せになってやるんだと。

誰を蹴落としたって構いやしない。

勿論、蹴落とす必要の無い奴まで蹴落としたりはしねぇけどな?


そんな訳で、今から暫くシスターは敵だ。

まあ、願わくば最後まで敵ではないことを祈るぜ?


……。


《side フローレンス》

カルマさんを地下収容所に置き去りにしてから数時間経ちました。

彼には申し訳ありませんが、どうしても彼のお金が必要なんです。心を入れ替えてくださる事を祈っています。

無論私とてあの行為が正しいとはとても思えません。ですが、無くした物を取り戻すにはどうしても金貨が10枚は必要。

アレを数日中に手に入れねば。もし事が発覚したら私もどうなるかわからない。

それは同時にこの子供達の破滅も意味します。それだけは避けねばならないのです。


私は最低の女です。それは判っています。

そしてこの教会も。

あの地下室はかつて治せる見込みの無い流行病の患者を隔離する為に作られたのだとか。

そして、その事実は隠蔽されました。何人かの亡骸ごと。

そしてその亡骸を見てあの場所に閉じ込められた人はどう思うでしょうか?

ええ。確信犯です、事実はどうあれ勘違いするでしょうね。そしてそれを私は期待せざるを得ません。


「本当に最低ですね私は」

「判ってんなら悔い改めろよシスター?」


ぞくりとする感覚。これは……殺気!?

愛用の槌、"神々の鉄槌"を構え子供達を遠ざけます。

しかしどうやってあの中から?


くっ!?いきなり切りつけてきた!辛うじて槌でガードしましたが、なかなかの腕力。

でもいくらなんでもそこまで怒る事は無いでしょうカルマさん!?


いいえ、違いますか。


多分トラウマか何かあったのでしょう。

反応が尋常じゃないですし、そもそも普段の彼と今の彼は似ても似つかない。

これは、何と言うか。


「うふ、うふふふふふふ!」


楽しいじゃないですか!

あはっ、スゴイイイ殺気!迷わずこちらを殺しに来てますね。

大人気なくて、なんて言うか可愛いです!


ぶん、と私の頭を狙ってなぎ払ってきましたが軽く体制を低くしてかわします。

うんうんまだまだ戦いなれて、えっ!


ごろごろと後ろに転がって何とか回避しましたが、

まさかなぎ払いがフェイントで本命は逆の手とは。

狙いは目ですか?怖いですよ。

それにしてもただの指が眼前に迫ってくるだけでこんなに恐ろしくなるなんて。


「くすくすくす」


思わず楽しくなってしまいますよ。

けど、これ以上やったら子供達へも被害が出るかもしれません。

はぁ。しょうがないですね。カルマさんから寄付を募るのは ひとまず 諦めますか。


「判りました。もう脅したりしませんから許してくださいね?」

「文書で確約するならいいけど?」


このレベルの約束に証書まで取りますか?

なんともまあ、結構手ごわいですねカルマさんて。

それじゃあ仕方ないので次善の策と参りましょうか?


……。


《side カルマ》

ついつい熱くなってしまいえらい事をしでかす所ではあったが、何とかシスターと和解できた。

危ない危ない。ちょっと心的外傷って奴があるんだよな俺。

もう少しゆるーく行かないとまたココロノヤミって奴に飲まれかねんな。

そういうのってこう言うファンタジーでは魔王復活の宿主にされたりするんだが、

まあ俺に限ってそんなことは起こるまい。

むしろ起こるなら大歓迎さ……等と言っておけばフラグは潰れるよな、うん。


さて、その後仲直りに秘密のバザーに行かないかと誘われたんだなコレが。

んでもってノコノコ付いていったわけさ。この馬鹿な俺は。


そもそもさ、秘密って時点で現実的にはやばいことぐらい想像付くだろ?

そう、取り扱われるのは非合法な代物ばかり。

モノによってはここから買い物するだけでお縄になる可能性があるっていうとんでもない所だ。


いや、別に買い物じゃないよ?

シスターもここでモノが買えるような経済力は無いって言ってたし。

それに冷やかしでもないよ。二人ともそんなことしてる暇は無いしさ。


「と言うことで、ここが忘れられた灯台ですか」

「そう、この地下で秘密のバザーが行われています」


「それを俺達二人で潰せと?」

「ええ。余り大人数だと分け前が少なくって」


……帰りてぇ。

何が帰りたいってそりゃ、この仕事の報酬だよ。金貨20枚って何さ?

一人頭10枚。すごい大金だがどんだけ危険か知れたもんじゃない。

それに何か、闇の大物とか何かに目を付けられかねねぇよ。

闇の大組織とかと戦う英雄嘆なんか正直お呼びじゃないんだけど?


「まあ、失敗覚悟で行きましょう。最低でも生きて帰れれば良しと言う気持ちで」

「そう、ですね……生きて帰れりゃいいけど」


「ではまず、偵察からにしましょうか」

「そ、そうですね。取り合えず見てからですね」


うん。敵の陣容見てシスターが諦めてくれるかもしれない。正直それを祈るよ。

そんな訳で怪しい地下バザーに客として入り込んだわけだ。


……。


「いきなり奴隷市かよ」

「許されませんね。嘆かわしい事に合法とされる国家もありますが」


もう、何ていうかカルチャーショック?

いきなり奴隷市が広がってました。その横は盗品市です。

いきなり犯罪臭がバリバリです。


あー、でも勘違いはすんなよ?

義憤は感じてもどうこうしようとは思ってないから。

奴隷商人って奴は最低だけどきっと連中にも家族とかあるだろうし。

そもそも奴隷とか言っても俺の知り合いに奴隷は居ないから関係ない。

奴隷解放とかって格好いいけど一般人には無理だよねどう考えても。

身勝手なのは仕方ない。俺も含めて誰だって身勝手なのさ。

第一だ、俺の行動を批判して助けろよといった奴が居たら逆に言ってやる。

お前の考えを押し付けるなと。

まー、知り合いが奴隷にされてたら助けるだろうし、

俺の意見は人に押し付けるかもしれないけどな!

幸い知り合いは奴隷にされてなかったから関係ないけどヨ!


あれ?シスターが居ないや。

と、思ったら何か黒服いっぱい連れてきたけど。


「警備員さん!この方です!展示品を盗んだんです!」

「……はっ?」


あ、そういう事?いきなり捨て駒ですか?

いや、すすすーっと下がりながら片手拝みされても困るんですが。

じゃあ俺、帰りますよ?もう帰っていいですよね?

むしろ帰らせて貰え無さそうだけど!


「なんじゃこらーっ!」

「ヌンジャーっ!」

「カンジャーっ!」

「ニンジャーっ!」


黒服というよか忍者もといニンジャとしか言いようのない連中が俺を追ってくる。

あのナイフ色がおかしいよ?きっと毒だねハハハ!

そんな訳で警備員さんたちを一人二人となます切りにしているわけですが、

俺の剣が唸るたび会場に絶叫と悲鳴が響いてかなりカオスな事になってるし!

幸いそんなに凄腕は居なかったのが救いだな。

うん、どう考えても正義の味方もしくは殺人鬼です。本当に有難うございました。


……あー、一つ訂正。

コイツ等やっぱプロだわ。いつの間にか一番奥に追い詰められてる。

ただ、ここには今回一番の出物が置いてあるらしいがそんな所に敵を追い詰めていいのかよ?


いや、良いみたいだ。

集まる集まる100人は居るんじゃないか黒服連中。

ここで一気に殲滅す腹積もりだな。全員毒ナイフ投擲準備状態だし。


え?そんな状況の割りに落ち着いてるなって?

まあ、切り札があるとなると多少は変わるわな。それじゃあ早速やってみますか。

さて、文面を思い出せ。ん、何の文面かって?


『6月3日 曇り
 司祭様が亡くなられてしまった。私の心にも隙間風が吹雪のように吹き込んできている。
 最後に教えられたのは身を守るための魔法。有難う司祭様貴方のことは忘れません。
 ……次に恋をするまでは。とは言えあの方のような老人にはもう出会えないでしょうが。
 さて、その魔法を忘れないように書き込んでおこう。
 人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げ親指で抑える。そして唱えるべきは
 "人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!"
 これで私の皮膚は鉄のような硬さを持つ上に動きに影響もないらしい。
 さて、では司祭様を困らせた地下の連中に神々の鉄槌を食らわしてあげますか。く・た・ば・れ』


……思い出すだけで鬱病にかかりそうになる内容だが、余り考えないようにしよう。

と言うか、あの日記の中にはこの他にも幾つかの魔法が書き込まれていた。

取り合えず直接関係ある所だけ書き写しておいたが、どうしても余計な内容まで覚えてしまう。

っと、急ぐか。いつもこういう考え事の最中に奇襲を食らうもんな。


『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』


それと同時に周囲を取り囲んだ黒服どもが毒ナイフを投げつけてきた。

悪いが遅ぇぞ!一気に蹴散らしてやらあっ!


弾く、弾く弾く弾く弾く弾くううううっ!


思ったとおりだ。投げナイフなぞ鉄の皮膚の前には無力なもんさ!

よぉし、思ったとおり驚いてるな?

何人かは錬度が高いのか速攻で精神の再構築果たして襲ってくるがそいつらから潰せば良いだけだ。

甘い甘い甘い!

殴りつける?意味ないぞ?

切りつける?そんな華奢な剣じゃ無理無理!

弾く!逸らす!そしてこっちから切る!


「ば、化けもんだ!」

「やかましい!」


皮膚が鉄なら当然コブシも鉄だ。

殴りつけるだけでいい感じで突き刺さるってもんさ。

おっと、弓兵が出てきた。でも残念それもまだ弾けるんだなぁ?

クロスボウなら半々くらいで貫通するかもしれないが、それも腕で防御出来る。

恐ろしいのはそれこそシスターが使ってたようなスレッジハンマーとかだな。

もしくは大剣とかの大型武器。

けど、幸いここの連中はそんな破壊力の高い武器は持ってないようだ。

うーん、まさに無双!気分良いねぇ。

っと、調子に乗るとやられかねん。何が起こるか判んないのが戦場ってもんだしな。

注意一秒怪我一生っと。

ついでに攻撃魔法入りまーす。


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


組み上げられた両腕からまさしく火球と呼ぶにふさわしい炎が巻き起こり敵陣に突っ込んでいく。

うーん、初めて試した時はまさか上手く行くとは思わなかったがなー。

出来ちまったもんは仕方ないよね?だよね?

いやしかしやっぱ数秒で詠唱終われると滅茶苦茶強いわ。さすが魔法って感じだ。

敵との接近前に使うと良い感じの牽制になるぞコレ。

よおし、パパちょっと調子に乗っちゃうぞ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


五連射入りまーす。フィンガーフレア何とか~。なんてね!

おーおー、燃える燃える!もう会場全体が炎の海だね!


……え?会場全体が火の海?


あー、阿鼻叫喚です。多分死人も何人か出てます。

もう俺を探すとかどうでも良いって感じだな。


ここからでも判るけど、たった一つの入り口に何百人も押し寄せて結局誰も出られないでやんの。

うん、避難訓練って大事だってこういう時に判るんだよね。理解した人が生き延びないから無意味だけどさ!


黒服たちがお客さんを押しのけ、時に切りつけながら逃げようとしてら。醜いなぁ。

まあ俺がどうこう言えた義理じゃないがね。


え?俺は逃げなくていいのかって?

まあ、全身黒焦げになるような火災じゃないんだよね。実は。

ただ、煙に撒かれてやばいかも知れないだけ。

だからこっそり床に転がってまだ無事な空気を吸ってるわけだ。

最悪入り口に火球連発して人が退いた所で突っ込むさ。熱いけど焼け死ぬよかマシだからな。


おっと、そうこうしている内に火は消えたな。と言うか燃える物が無くなっただけだが。

うん。見事に誰も居ない……生存者は。

それ以外は逃げ出してもう戻ってこないだろうし、ミッションコンプリート!

自分自身外道過ぎて笑えるがもうどうでもいいや。


「うぐ、だ、誰か助けるのじゃあ!」


む。倒れた石像(売値金貨20枚、現在価値多分ゼロ)に誰か挟まってる。

誰か知らんが太鼓腹のオッサンだ。客ではなくて売ってた連中の一人だろうな。ターバン巻いてるし。


「よく生きてるなおっさん」

「だ、れだか知らんがワシを助けるのじゃあ!」


「とは言ってもなぁ?」

「むう!金なら出す。ワシはまだここで死ぬ訳にはいかんのじゃあ」


まあ、困る訳でもなし取り合えず出してやる。

別に全滅させろと言われたわけでもないしな!


「おうおうおう、助かったわい!よくやった若人よ!」

「はいはい、じゃあさっさと逃げようなおっさん」


「うむ。売り物がなくなってしもうて今は何の礼も出来ん。だがいつか必ずこの借りは返すから許せい」

「別に構わない。俺も巻き込まれただけだし」


うん。俺は何も嘘なんか言ってないよな!


「ほっほっほ、コレだけの事をしでかしておいて巻き込まれただけとはよく言ったものだわい」

「ばれてーら」


「まあよい!ワシは砂漠の奴隷商、サンドール国のアブドォラである。覚えておくがいい」

「それはどういう意味での覚えなんだか」


と言うかよりにもよって奴隷商人かよ!

あー、何か厄介な知り合いが増えちまったもんだ。

まあ黙っててくれるって話だし悪い事だけじゃないのかも知れない。

強い知り合いと金持ちの知り合いは何人居ても困らんしな!

世渡りはコネだよ兄貴!


ところで、あの性悪シスターはどこにいった?

ちょっと"お話し"したいところだな、うん。


……。


《side フローレンス》

正直驚きです。カルマさんはあの秘密のバザーを完全に崩壊させて戻ってきました。

私のお目当ては既に私の腕の中。正直失敗しても大して損は無いと踏んだのですが予想以上の収穫です。


それともう一つの収穫。カルマさんは意外と優しい人でした。

私にお金が必要だった本当の理由を話したら、

逆に申し訳無さそうに今回の仕事の報酬を全額譲ると申し出されたのです。


あのゴブリンの洞窟で失くした私の魔道書。

買い換える為には金貨10枚は必要でした。

どうしてもお金の工面が出来なかった私はここの地下で私のと同じ写本の一つが売られていると聞き、

今回の仕事を引き受ける事にしたのです。

え?この書ですか。落ちてました。はい、落ちてたんですよ。本当に。

まあ、落としたのは私ですけどね。

私としては最悪これが手に入れば良かったのですから。

ですが結果として私の魔道書は戻り、更に同じ物がもう一冊私の手にあります。

本日手に入れた分はやはり金貨10枚ほどで売れるでしょうか?

ですがそんなことは些細なことでしょう。

今はただ教会へと戻り、金貨20枚の使い道を考える。それだけです。

取り合えず、今夜はシチューにしましょう。そうしましょう。


……。


《side カルマ》

まあ、何というかもう、くたびれ損といったところだ。

シスターに金が必要だった理由が失くし物を買い直すためだったとは。

しかも俺が持ってたよ!つい返し忘れてただけだから、ちょっと聞いてくれれば良かったのだが。


しかも、俺が持ってる事を喋ったら凄い恨み節。

もうやりきれなくて今回の報酬全部毟り取られましたよ?

え?譲った?んな訳無いだろ普通!

しかもそれはそれとして今回手に入れた方もきっちり持って行くしさ。恐るべしだ。

あの人相手に金の事で勝てる気がしねぇ。いや、何時か勝つ!

何を持って勝ちとするかは全然判らんが兎に角それでも勝つと決めた。


小さくなっていくあの嬉しそうな後姿に正直むかつく。

何時もはあんなに理想的な女性なのに金銭絡むと別人だね。マジで怖ぇや。

まあ、仕方ないからせめてもの戦利品を持って帰ることにしますか。

そんな事を考えつつ、俺は地下から取り出した焼け残ったバザーの商品を抱え塔を後にする。

さて、こいつら幾らに化けるかな?もうそれだけが楽しみだね!


ん?そういえばこの塔、灯台だったっけ。すっかり忘れてた。


***冒険者シナリオ2 完***

続く



[6980] 07討伐依頼
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/03 12:52
幻想立志転生伝

07

***冒険者シナリオ3 討伐依頼***

~いわゆる普通にゃ程遠く~

《side カルマ》

商都トレイディアより森の中に分け入ること丸一日。

昼なお暗いその奥にその洞窟はあると言う。

ライオネル兄貴に誘われて俺はその地に脚を運んでいる最中だ。

現在パーティーは四人。兄貴と俺。それと同じ首吊り亭に世話になってるCランク二人組みだ。

戦士ガルガンさん(ランク詳細CCC)と侍の村正(ランク詳細CBE)だ。

ランクから判るとおりガルガンさんは何処にでも居るような一般的な冒険者である。

ただ、結構なお年で色々経験も積んでるためか人格的には信用できると思う。

逆に村正。あいつはどうだろう。

腕は悪くないけど、どこか怪しい。と言うか保有技能が鍵開けと気配遮断とか盗賊臭い。

その他何か隠しの技能か何かがあるようだしな。じゃなきゃ技能Bランクまで行くもんか。

信用ランクEって所も怪しさを助長している。それ以前に名前が危なそうなのがまあ何とも。


まあ、冒険者なんて一歩間違えれば山賊に早変わりしかねない連中なのは子供でも知ってることだ。

俺も人の事は言えんしな。しかし女っけの無いパーティーだ。若造3人と爺さんとは。

もっとも、家の酒場に所属してる女冒険者は件の一人しかいないわけだが。

そんな訳で野郎だけの一団で突撃かけてる訳で。


「ふう、さすがにこたえるの」

「ご老体。隠居には未だ早いのではあるまいか?」


ガルガンさんは既に初老。流石に山道は堪えるんだろう。

逆に軽々と登っていく村正。侮れねぇな、俺でも少しは息が上がるってのに。

え?兄貴?兄貴ならもう上。やっぱあの人は異常だ。

何にせよ洞窟までもう少し。気を入れていきますかね?


……。


「これが常狩り洞窟?」

「左様。定期的にギルドからの討伐依頼が下るゆえ、付いたあだ名が常狩りと申す」


洞窟の奥は当然ながら暗い。

だが入り口にはギルドが設置したと言う松明が焚かれている、

周囲には無数の靴跡。ここが幾度と無く攻略されたと言う証だ。


「けどさ村正。なんで定期的に討伐なんてするんだ?」

「貴殿ともあろうものがそんな事も調べておらなんだか」


悪かったな。元々討伐依頼なんか受ける気は無かったんだよ。

でも兄貴が回復役が必要だって言うから止むを得なくてな。

そういう訳で昨日いきなり連れてこられたんで何の下情報も無いわけだ。


「ふむふむ、成程。それは悪い事をしてしまった」


なぬ、と思って聞いてみれば元々この依頼、眼前の村正が持ってきたとの事。

それでガルガンさんに声をかけ、兄貴→俺の順でお声がかかったわけか。

うわーい、コイツ疫病神か!?


しかしだ、俺も以前とは違う。

かつて立てた計画では比較的安全な仕事を数多くこなして行くと言うのが基本だった。

大した実力が無い俺にはそれがお似合いだったはずだ。

けどさ、今は違うと思う。

魔法の力って奴は本当にすげぇ。習いたての俺でも一気に戦闘が楽になった。

もしかして。いや、もしかしなくても才能があるのかも知れん。

それなら……一晩で一攫千金を狙える討伐依頼に手を出すのも悪くないと思い始めていた。

何せ、なし崩しとは言え一度成功させているからな!

今回の依頼も一人頭銀貨150枚。相手はゴブリンか強くてもコボルトなんだとか。

楽勝だ。楽勝じゃないかこんなの。


「やれやれ、本当にそう思うのかのう」

「ま、アイツは洞窟の何たるかを判って無ぇからな。その為に連れてきた」

「成程、過保護な事ではある。しかし貴殿も大して危険を理解しておらぬと見受けられるがな?」


うわーい、いきなり慢心を咎められたんだけど?


「そもそもお主は少し調子に乗りすぎ……いや、やめておくとしようかのう」

「左様ですな。落とし穴には一度嵌らぬと理会出来ぬ物ゆえ」


何か酷い言い方だよな?まあいいか、じゃあいっそ嵌ってやろうじゃないかその落とし穴とやらに。

と、思った瞬間俺の周囲の床が一気に抜けた。


「ぬなあああああっ!?」

「早速嵌りましたな、未熟な」

「んな事よか早く助けるぞ!」

「む?ライオネルよちょっと待たぬか!」


あ、兄貴も飛び込んできてら。

うん、まさに落とし穴。嵌るまで気づかないって……早く言ってくれよ!

殺す気かお前ら!?


そして程なく下の階に付いた、と言うか落ちてきた。

兄貴も落ちてきた。

って……ま、また床が抜けやがったっ!?


落ちて叩き付けられてその衝撃でまた落ちて。

それを幾度と無く繰り返し、遂に最深部まで落ちてきました。

うん。何だよコレ。これが幾度と無く討伐される洞窟か。

成程、確かにゴブリン共とかが何度も住み着くわけだ。

要するに守り易いんだなここ。

だってさ、周囲は白骨だらけ、周りは弓ゴブリンの群れ。

しかも土塁まで築かれてますけど?

なるほどねぇ。これで襲撃者を返り討ちにするわけか。

数十本の矢で射抜かれたらそりゃ普通は死ぬわな?

ただ、ここに居るのが俺だったことが不幸って訳だ!


「奥義ハリケーンストームソード!」

「グギャアアッ!?」

「ゴブェエエエッ!」


って兄貴がもう特攻してるよ。しかもやたらと手馴れてないか?


「はっはっは!何度も引っかかってりゃそりゃ対処も覚えるってもんよ!」


あ、やっぱり。毎回引っかかってるのか。

けどまあ、今回は俺のせいだから何も言えねぇよ。……追いかけて来る方も来る方だが。

さて俺も行きますか。……硬化をかけて、突っ込む!


正直ゴブリン位では元々俺を止められない。

大して威力のある訳でもない弓で射殺されない内に肉薄できれば勝負ありだ。

まあ念の為防御を固めたわけだが、その必要も無い位にあっさり敵は片付いた。


「やっぱり楽勝じゃないか」

「応!……いや、後もう一つ何かあったはずだ」


とは言え、ゴブリン位が何を仕掛けようが大して怖くは無いと思うんだが。

ん?何かゴロゴロと言ってる。ああ、なんだ坂の上から無数の丸太が転がって


「ちょっと待てぃ!逃げる場所、無ぇええええっ!」

「思い出した!これだ!」


思い出すの遅いよ兄貴!うわ、早いよ跳ねてるよこっち突っ込んでくるよ!?

お、押しつぶされるっ!?


「お、応。生きてるかカルマ」

「鉄の肌じゃなかったら死んでた」


うん、やっぱり事前情報無しはまずいわ。

相手がゴブリンってだけで何処か舐めた考えになっちまう。

こりゃあ予想以上に苦戦しそう。


まあとりあえず兄貴、ここから出してくれませんかね?


「んじゃあ前回付けた目印があるからよ、それを辿って戻ろうぜ」

「兄貴、今日は冴えてない?」


「そりゃ何度も引っかかってるからな!」

「……あー、なるほど」


なんて言って納得し、兄貴に頭脳労働を期待した俺が馬鹿だった。

本当に、本当に馬鹿だった!


「あ、ありゃ?おかしい、ぜ?」

「何で全部の道に目印が書いてあるんだよ兄貴……」


いや、よく見ると少しづつ違う気がする。

ただ良く考えればここは敵の陣内。敵の残した物をそのままにしておくだろうか。

俺なら細工する。ゴブリンでもそうした、それだけだろう。

まあどうやっても俺自身あんな単純な罠に引っかかった時点で人の事はとやかく言えん訳だが。


「取り合えず上へ行こうぜ。前回もそうやってたらいつの間にか出られたからよ」

「前回それで出られたんならそれでいいけど」


まあ、それ以降はある意味予想通りといった感じだ。

坂を上がっても行き止まりなんてこともザラ。

酷い時には天井が剥がれて落ちてきたり視覚を利用した落とし穴になっていたり。

要するに一度入り込んだ異物は出さないってのがここのコンセプトな訳か。

あー、何つー陰険な。

しかもいきなり壁から槍が突き出したと思ったら、よく見りゃ壁に小さく穴が開いてたりとか、

二階ぶち抜きの吹き抜けの下で上の階から弓を射掛けつつ逃げてったりとか。マジで要塞じゃねぇか!

篭ってる連中がゴブリンとかで本当に良かったと切実に思うわけだ。


何はともあれ、何とか元の階層と思われる場所にたどり着けた。

うん。今回は事前準備なしの恐ろしさを再認識できたことが一番の収穫だったな。

正直早く帰りてぇ。多分半日近く洞窟に潜りっぱなしだ。


「おう、戻ったか」

「早かったなと申すべきか?」


二人とも、全くここから動かなかったのかよ。

いや合流してから動くつもりだったのか?

もっとも俺と兄貴だけで多分全部のフロア回った後だけどな!


「流石の貴殿も疲れたのか?」

「当たり前だ。もう殆ど回り終えてるし、もう帰ろうぜ」


「うむ。だがその前にカルマ殿。剣を抜かれよ」

「何でだよ。まだ敵がいるのか?もうゴブリンの気配はしねぇよ」


ちゃきっ、と刀が眼前に突きつけられる。

ヲイヲイ待てよ。この展開はまさか。


「実は貴殿の討伐依頼を拙者が承った。よって勝負を所望する」

「……罠か」


「左様。策と呼ぶもまた良し」

「応!村正っ!カルマに手出しするならこのライオネル様が相手に」

「ライオネル。お前の相手はわしがする」

「ガルガンさん。アンタもかよ!」


クソッ、何てこった。しかし一体黒幕は誰だ!?

恨みを買う覚えは……あー、一つでっかいのがあるな。

それにしてももう賞金首かよ。コレで平穏な暮らしはもう無理って訳だな。

だからって、なぁ。いきなりコレはないだろ。

もっとも弱った相手を襲うのは常套手段としちゃ悪くない。

ただ、おかしな事にどうもコイツを殺す気になれないんだよな?

何でだ?いつもの敵と何が違う?

シスターもそうだが明らかに敵対されてる割に殺意を抱けない奴がいるのは何でだ?

ま、襲ってくる以上容赦はしないけどな!


……。


《side ライオネル》

カルマと村正が殺しあってやがる。

俺はと言えばガルガンの奴と睨み合ってて止めに行く事もできねぇ。

何ともなさけねぇ話だ。


「おいガルガン。このままじゃどっちか本当に死んじまう!」

「かも知れんが、わしが村正に依頼されたのはおぬしの足止めじゃからのう」


普段なら負けるはずがねぇ相手だけどよ?

正直今の俺はボロボロだ。今下手に隙を見せたらやられる。


いや待て。相手も俺を殺す気は無いようだ。

だったら!


「ぐああっ!?」

「ほれ、おとなしくしとれ」


ち、畜生!構えを崩したらあっさり剣を弾かれた!

やっぱガルガンの奴を倒してからでもないと助けにゃ行けんか!


「俺の硬化(ハードスキン)を破れるのかよ!?」

「破れぬのならここにはおらぬ!」


あ、あの馬鹿!奴の刀の事を知らねぇのか?

けどまあ紙一重でかわしたか。

薄皮一枚切れてるな?

よしよし、それならあの刀のやばさは判るだろ。


使い手と同じ名を持つ妖刀村正。

鉄の鎧くらいならあっさり輪切りにしちまうほどの切れ味だ。

あれがあるだけで奴の技能は一ランク底上げされてると言われるんだよな。


あ、何やってるんだカルマ!脇の下のガードが甘いぞ!?

あー、やっぱり突きが来た。でも、あれなら浅いか。

おいおいおいおいおいおい!何を自分から当たりに行ってるんだ!?


まさか、お得意の刺されて相手を固定作戦か?

無茶だ!胴体ごと輪切りにされるぞ?

並みの剣でないのは切られたお前が一番良く判る筈じゃないのか!?


……あー、成程……な。


なんつうえげつない戦い方だよ。

ぐさーっと刺さって根元まで来た刀に対し、持ち主の指を狙うとはな。

鉄の拳骨を食らっちゃ手の骨がボロボロだろあれ。

流石の村正も手の骨が逝かれて刀を放しちまった。

うわ、なんつー痛そうなリアクションだよ。……もしかしてアイツ、派手なダメージ食らった事が無いのか?


んで、カルマはと言えば妖刀を手にして。

おい。まさかそれで村正を切ろうとか思ってないよな?

切るな!と言ったら頷いて刀を遠くに投げ捨ててくれた。ふう、一安心だ。


っておい、カン、カラ、カンって……あ、落とし穴に落ちた。わざとじゃないよな?

そしてその後を追う村正(人)と来たもんだ。

愛刀を大事にするのはいいことだが。大丈夫かよ?


あ、一番下にたどり着いたか?凄い音がしたが。

ガルガンも血相変えて降りて行った。まあこちらは普通の道でだが。


そう言えば飛び込むときに村正の懐から何か落ちたような気がするぜ。

そして俺の目の前にひらひらと舞うのはもしやカルマの討伐依頼書?

丁度いい。誰の依頼なんだか?

そもそもあの酒場のマスターが自分の所の奴同志を戦わせようなんて思うはずが……。

おい、嘘だろ!?


「カルマ!急いで酒場に戻るぞ!いや、まずは教会だ!」


この依頼主は。まさか、嘘だろ?

それだけはあっちゃいけねぇ。それだけはあっちゃいけねぇんだ!


……。


《side カルマ》

俺に向けられた刺客は同じ宿の冒険者だった。それだけならまあ、仕方ない事かも知れない。

所詮は冒険者なんて金次第でどんな仕事でもやる奴が大半なんだ。

ただ。これはどういう事だ?何で兄貴はシスターに詰め寄っている?

まさか、俺を狙ってた奴ってのは!?


流石に冗談だろ?あのシスターだぞ?

俺は覚えている。医者の居ないカソに季節の変わり目毎にやってくる見習い修道女。

まだ魔法を使うことも出来ず、せいぜい出来る事と言ったら診察と薬草を煎じて飲ませる程度。

正規のシスターとしての訓練とかで遠くの聖堂に行っちまうまで数年間も続けてくれていた。

衰弱するお袋を保たせてくれていたのはあの薬草だった。

森の奥から滋養強壮に良いと言う薬草を一緒に取りに行った事もある。

あの薬草は今でも使っているし街で結構な高値で取引されていて驚いたもんだ。

勿論幾らか持って帰ったとかそういう事は無かった。全部村のために使ってたさ。


……久々に会って金に汚くなっちまってたのは正直堪えた。あの人根っこは善人だと思ってたからな。

まあそれでも信じたいとどっかで思ってたけど、間違いだったか?

それとも。既にあの頃からろくでもない人間だったのか?


何ていうか。判りきってた事だけど汚れたのは俺だけじゃないって事だな。

いやー、何か必死こいて助けようとしたのってもしかして無駄?


「ふざけんなよ、シスター・フローレンス?」

「はい?」


「なんで、何で俺を狙った!?少なくともアンタに恨まれる筋合いは無いぞ!」


あ、もしかしてあれか。あの地下室の秘密を知った者はって事か?

それとも盗って来た魔道書二冊目の口封じ?

幾らなんでもそれで殺されたら死んでも死に切れないぞ?


「あ、もしかして何か勘違いしてませんかカルマ君?」

「別にコイツが犯人って訳じゃねぇぞ?」


って、ここまで来て違うのかよ!?


「今日の私はシスターでも冒険者でもなく一介の情報屋さんです」

「こいつの情報は早いし正確なんでな。先に確認しときたかったんだよな」


あー、そういえばこの人がリチャードさんから頼まれてたのも情報だったっけ。

知れば知るほど色んな顔が出てくる人だね全く。

なるほど、きっと色んな人の弱みとか握ってるんだろな。

……考えるんじゃなかった、うん。


「弱みはともかく身を守る為の切り札くらいは持ってますよ」

「俺のも?」


「勿論。飛び切りのネタがあります。これが世に出ればカルマ君一生平穏には暮らせませんよ」

「シスター、ぶっちゃけ殺してもいい?」


我ながら今の俺の顔実にイイ感じの笑顔だと思う。


「大丈夫。このネタは私にとっても致命的なんです。それと灯台での一件とはまた別の話です」

「何それ?やっぱ切っていい?主に俺の平穏のために」


「それはご勘弁願いますね。それに私を殺すと教会から聖堂騎士団辺りが来ますよきっと」

「あー、やっぱり?」


「勿論私の為でなく面子とかプライドとかそう言うのを死守する為ですけど」

「うん、判る。判りすぎるほど判る。て言うか子供時代のトキメキを返せ」


む、肩にゴツイ手が。


「気持ちは判るけどよ、今はお前の現状をどうにかするのが先じゃねぇか?」

「ごもっともですライオネルの兄貴」


そうだ。俺が今問題にすべきは俺の命を狙った連中の事だ。

正規のルートで出された依頼書だ。最初の奴が失敗したからといって次がないとは限らない。


「で、やっぱりこの内容は間違いないのか?」

「はい。間違いないです。因みに理由まで調べ上げてますよ」


兄貴がシスターに銀貨を握らせた。


「正直、やり過ぎって奴です。まあ親心と言う事で」

「あー、そういう事かよ!脅かすんじゃねぇよ。本気で消しに来たんだったらどうしようかと思ったぜ?」

「全然判らんわ!」


何、今の会話。暗号か何かか?さっぱり意味がわからないんだけど。

ただまあ、兄貴の緊張が解けたって事はもう問題は解決したって事だよな?

え?もう手配は解けてるから普通にしてOKってどういう事?


「カルマ君は自分のやった事に気づいていますか?」

「知らん。シスターこそ自分が今までやってた事に気づいてるのかよ」


「銀貨一枚」

「それにまで金取るのか!」


「いえ、カルマ君のしたことに関する情報です」

「……ほらよ」


銀貨一枚を取り出した。

正直恨まれるのは覚悟で入った世界だし、とは思うが、

何か色々気になる単語が多かった。ここは聞いておくべきだと思う。


「カルマ君。あなたは割りのいい仕事を残らず持って行かれたら、相手をどう思いますか?」

「気にくわねぇな」


「では今のカルマ君はどうですか?」

「……理解した」


まあ、つまりそういう事だ。

俺のやり方は効率こそ良いが回りの仕事を次々と持って行ってしまうという欠陥があった。

宅配中心に一度に数件、時に数十件。まさしく根こそぎ持っていってたっけ。

他人に取られない様に朝早くから依頼の一覧ガン見してさ。

一回くらいならともかく何時もだと?うん、当然恨まれるわな。

そして周囲の怒りが爆発する前にガス抜きを思い立った人が居たと言う訳か。


「まさかマスターがカルマの為に骨折りしてくれたとは思わなかったぜ」

「既に依頼は取り下げられています。あの二人もすべて承知の上だったんですよ」


成る程。仕掛け人は酒場のマスター。

まあ、冒険者の宿の主人だけあって面倒見がいいな。

等と宿に戻って言ったら兄貴から叩かれた。

いや、俺のせいだって事はわかってるけどね?


酒場に戻ったら、注文もしてないのに酒が一杯出てきた。

マスターの奢りだとさ。


「ともかくカルマ。君はもう少し一度に受ける仕事数を減らすか難度の高い物に切り替えるべきだ」

「だがマスター。だったら何で最初に止めなかった?」


「まあ、新米冒険者が一度はかかる麻疹みたいなもんだから。大抵失敗するけど」

「それじゃあ恥かくだけじゃないか?」


「それを皆で酒の肴にする所までが一つの儀式みたいなもんだったけどな。まさか成功する奴が出るとは」

「それで周りがぶちきれる前に止めようとこんな大掛かりな事をしたと?」


「ああ。言葉で言って判ったか?上手く行ってる時にそんな台詞は耳に入らないだろ」

「まあ、たしかにそうかもな」


「ちょっと待て!だったら何で俺に話が来なかった!?」

「ライオネルに腹芸は無理だろ?」

「兄貴に腹芸は無理だな。うん間違いない」


どっと周囲が笑いに包まれた。

どうやら騒動は収まったらしい。あー、何かやり切れん気持ちでいっぱいだが。

それに、明日から別な稼ぎ方を考えねばならないかと思うと嫌になる。

とは言えこう言う喧騒も別に悪くない、よな?


……。


正直飲みすぎたので表に出て夜風に当たる。

いやしかし、まさか独占禁止法?に引っかかるとは想定外だ。

どうしろと言うのかこれ。まあ、もう少し危険度の高い依頼に回れって事なんだろうけどな。


「はいカルマ君、繕っておきましたよ」

「シスター?って俺のマントか」


うん、ここいらの連中はシスターに服を直してもらう事が結構ある。

これはシスターとしてのボランティアだとかで無料。

因みに冒険者としての仕事外での怪我の治療も無料。(仕事中は銀貨2枚)

基本的に貧乏人には施しをして金を持ってる所から毟り取るのがこの人のやり方だと理解した。

そんな訳で世間一般的から見れば無償で人助けする人に見えるんだな。

……まあ、逆に言えば俺もそれだけ高額所得者になったって事だ。

ただこんな金持ちステータスはいらねぇよ!と声を大にして言いたい。

いっそぶった切ってしまうかとも思うが……わざわざ街の連中を敵に回すのもどうかと思うし。


そうだ。どうせ情報屋やってるならちょっと聞いてみるか。

銀貨一枚手のひらに載せてと。


「なあ、今日村正と戦った時、余り殺す気にならなかったんだが、何故だか判るか?」

「それはあなたの心の持ちようの問題ですから情報屋には判りません。ですが推測は出来ます」


「それは?」

「結局の所向こうにカルマ君を殺す気が無かったからでは?」


要するに向こうに害意が無いからこっちもって事か。

まだまだ俺も甘いって事かよ。

いや、あの場合止めさしてたら更にマズイ状況になってたから良いのか?


「それじゃあ灯台で、あれだけやってくれたシスターを殺そうとか思わなかったのもそういう事か」

「まあそうでしょうね、こちらにはカルマ君を監視とか試す意図はあっても倒す意図はありませんでしたし」


いや待て。ちょっと待て。今何か不吉極まりない事言い出さなかったかこの人!?


「試す?」

「ええ。教会から直々の指令です」


教会から直々って俺何かしたか?

宗教関係者と事を構えた事は特にないはずだぞ!?

よし、もう一枚銀貨追加だ!キリキリ白状しろこの守銭奴!


「以前私の傷を手当して頂いた時がありましたよね」


覚えてたのか!?いや、気絶前に自分の腕が吹っ飛ぶ所を覚えててもおかしくないか。

でもそれがどうして目を付けられる羽目に?

逆に褒められても良い事したと思うんだけど!


「ええ。上に報告したらカルマ君に何かお礼の品でも来るかと思ったんですけど、逆に危険人物として監視指令が」


自分で金出す気は無いんですね、判ります。

うわーい。何か善意が裏切られた気分だ!

て言うかただの修道女に危険人物の監視させるなよ教会。


「そういう訳で申し訳なくて心苦しいんですよ。どうしようもなく恩知らずですよね」

「いやそもそも何で俺が危険なんだ!別に善人狙って攻撃してる訳じゃないぞ!?むしろ悪人キラー?」


「ええ。ですから抹殺指令ではなく監視で止めているんです」

「まさかあれか!詠唱速度速すぎとか何とか」


誰かが世界最速かも知れんと言ってたしな。

うん、強い力は持つだけで危険視されるってなんと言う王道。


「いえ?教会の神官団の専用と言って良かった治癒の魔法をあっさり覚えられた事が直接の原因みたいです」

「問題はそっちかよ!?」


ああ、もうやってられん。治癒魔法で危険視されるとは思わなかった。なんと言う想像の斜め上。

俺にとってシスターは間違いなく疫病神決定。


「いえ、そんなに心配しないで下さい。今の所教会からの討伐依頼が出るとは思えませんし」

「今の所って何!?何なの?て言うか下手したら俺にそんなのが回ってくるのか?」


「カルマ君の場合怒らせ方が判りやすくて感情の制御がしやすそうに見えますし」

「色々聞かなかった方が幸せだった台詞だな本当に。と言うか猛獣扱いか俺?」


まあ聞けば、俺は自分の物が傷つけられそうになるとぶちきれる傾向があるらしい。

あー、そう言えば手塩にかけた畑や家畜・後は金とかで切れた記憶があるなぁ。

俺のもんに手を出すなーってか?

誰にでも譲れない一線ってあるよな。うん。

逆に言えばそこに踏み込まなけりゃ本気で怒らないと?ホントにそうか?

どっちかって言うと自分の権益を侵す奴は排除しても良心が痛まないとかそっちだと思うが。


「本当はこんな事言ってはいけないんですけど教会上層部からしたら大して変わりません」

「それでも神の僕か?と言うかあの拉致換金も上からの指示か!?」


「いえ、あれは普通に私からのお願いでしたけど」

「あれはお願いじゃねぇ。脅迫だ。と言うか本当に最低だよシスター!」


なんと言うかもう、何時かドギモ抜いてやると言う気分だ。

教会自体もこの性悪シスターも噛み付く相手が悪い気もするがもう気にしない!

今は何も思いつかんが今に見てろ!討伐されるのは俺じゃなくお前らだ!と言う感じ。

面従腹背!面従腹背!いつかやってやる!やってやるぞ!


とりあえず、本屋で教会関連の書籍でも漁ってみるか。

派閥争いとかあればめっけもんだし。

とりあえず疲れたからもう今日は寝る。山積みの問題は明日から考えるさ!


……まあ一つだけ決まってる事があるか。

もう今までみたいに低ランクの仕事をかき集めるのは出来ない訳だし。

ランク再認定、受けてみるか。


***冒険者シナリオ3 完***

続く



[6980] 08
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/04 22:28
幻想立志転生伝

08


《side カルマ》

突然だが本日は休暇とする事に決めた。

と言うか、これ以上働いたら何時同業者から命狙われるか判らないので定休日を設ける事にする。

ここ数ヶ月働きづめだったし今日は17歳の誕生日だし。

とりあえず懐は今の所暖かいし、本屋にでも寄ってからたまには贅沢にランチを取る。

その後ギルドでランクの再認定を受けてみようと思う。

認定受けてないから今でも詳細CDDのCランク下級のまま。

このままだと大きな仕事も請けられないしな!


え?ギルド試験は仕事?

細かい事は気にしない気にしないと。


……。


本屋と言うものはこんな世界のこんな時代からあったのかとちょっと感心するが、

正直今まで殆ど入った事がない。

何故かと言うと高いんだこれが。印刷技術とかも無いようだし当然と言えば当然だが。

まあそういう訳で立ち読みで済まそうかと。


え?立ち読みに金取るの?

当たり前だろって……そういう稼ぎ方がここの常識ですかそうですか。


銅貨10枚。日本円にして千円程度を支払って薄暗い店内のテーブルに着く。

電球なんか無いからね。明かりは蝋燭なんだなこれが。

で、その蝋燭が燃え尽きるまでが読んでいいタイムリミットと。

なるほどねぇ。安い奴でも一冊銀貨1枚、日本円にして一万円もする高級品だし買える奴はそうそういないもんな。


それだけじゃない?そもそも字の読める奴が少ないって?

冒険者の皆は殆ど読めるけどって……あー、成る程。

普通に教えられてた俺には関係なかったけど、冒険者的には読み書き必須技能なのか。

つまりそもそも本の内容を理解どころか読める奴が少ないと。


更に本屋でも本がなかなか手に入らないって?

入手どころか仕入れも困難なわけか。道理で高いわけだ。

それでこういう貸し出しがメインな訳か。さて、教会関連の本はある?


え?無い?断言?

なんで?

……あー、成る程。つまりそういう教会にかかわる書物は教会自身で全部管理してると。

下々の者達には神官たちから必要な部分だけ口伝するんですね判ります。

要するに探すだけ無駄と。


なんてこったい!この蝋燭消えるまで何読んでろって言うんだ?

探し物が無いって言うなら適当に読んでるか。

せっかく買った時間が勿体無いし、返金にも応じそうもないし。

漫画か何か無いかなーっと。

……おおっ!これはまさか!?


いや、まて、これ、もしやもしかしてもしかするともしかする?

そうなると他のもか?他にもあるのか?


「あー、店長?これ全部で幾ら?」

「全部で銀貨220枚。本気で買う気があるなら金貨2枚にまけとくが?」


ほお?いいんだな?本当にいいんだな?

日本円換算でなら220万のを200万にまけると言うんだな?

ほれ。金貨2枚。じゃあこの十数冊の本は俺のもんな。


「金貨を持ち歩いてるので?」

「今日は元々本を買いに来たんだ。まあ予定の品とは違うが」


本屋といっても蔵書数は数十冊レベル。

その内2割程度も持っていかれたせいか店内は少し寂しい感じになっている。

収入的にはでかいが、再度仕入れるのが大変なんだろう。店長の顔は微妙だ。

とはいえ、コイツ等を諦めると言う選択肢は勿体無くて取れない。


いや、内容的に欲しくなった奴も何冊もあるよ?

でもさ。それ以上に欲しくなった理由があるんだなこれが。


そそくさと本屋を後にした俺は、レストランに入る予定を変更して屋台でサンドイッチだけを買い、

人気の無い町外れへと移動した。


手に取ったのは先ほど買い込んだ本の一冊。

タイトルはそのまま「魔道書」である。

ただし値段は銀貨2枚。件の日記魔道書が金貨10枚であった事を考えると安すぎるんだが。

それについて店長はこういっていた。


これは偽魔道書だって。

要するに、この本の通りにしても魔法が出ないんだと。

うん、確かにその通りだろうな。けどまあお約束だし取り合えずやってみるか。

えーと印は……片手拝み+コブシで丹田を押さえる、と。


「我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!」


うん。何も起きるわけが無いわな、これで。

と言うわけで、日本語……いや古代語に訳してみますか。


『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』


おお!おお!?魔法が発動してるよ?

で、効果は……一定時間体力や傷が少しづつ回復し続ける、か。

まあ名前の通りだな。


しかしまあ、可哀想な本ではある。

きっと古代語が読めた昔の魔法使いが自分用に古代語を翻訳したんだろうな。

お陰で古代語の知識が失われてからは偽魔道書扱いと。

これでは著者のロンバルティア一世とか言う人も浮かばれまい。

決して国外に出すなとか書いてあるし、かなり重要な物だったんじゃないか?

まあお陰で幾つもの魔法が書かれた魔道書をただ同然の値段でゲットできた訳で俺的には最高なんだが。

しかも殆ど俺専用の暗号化済み。なんと言うチートの書。


因みに他に買い込んだのにもどこかに魔法の呪文や印が書いてある。

時に童話の中にこっそりと仕込んであったり、

空手?の通信教育の本の中に補足事項としてメモ書きで書き込まれてたり。

酷いのになると官能小説の一文とかさ!

すげぇや古代人。あんたら馬鹿だろ。いい意味でも悪い意味でも。


まあ俺が今後有効利用させてもらうから安心して眠っててくれ。うん。

とりあえず、件のリザードマンに意趣返ししてやろうじゃないか。

ふっふっふ。自慢の鱗を黒焦げにしてやろうじゃないか。


……。


という訳で早速ギルドにやってきました。

ランクの再認定と言う事で結構な試験料を掠め取られてますがまあ規則だから仕方ない。

要するに無駄な事はするなって事なんだろうけど。


「という訳で試験官殿。早速試験をお願いします」

「よぉ、活躍ぶりは聞いてるぞ。それでようやく上に上がる覚悟が出来たのか?」


「いや、むしろそうせざるを得ないというか」

「まあいいか。それじゃあ早速実技行くぞ」


あれ?戦うのは一番最後じゃなかったか。

と思ったら、何でも技能とかは一度登録した人間のものに関しては、依頼の遂行結果から勝手に調べるんだとか。

自己申告では嘘!大げさ!紛らわしい!がまかり通るから道理ではある。


「という訳で早速ゴブリンからと言いたいところだが。俺の権限で特別に第4戦からやらせてやろう」

「マジですか!そんなえこ贔屓しちゃって大丈夫なんで?」


ぴっと指差された方角では檻の中でオーク数匹がガクブル状態で白旗揚げてた。

成る程ね、4ヶ月前のあれがトラウマになったか?

仲間食い殺されちゃ仕方ないわなぁ。

今までオークに食われた人間の話は多く聞くけど、逆にオークを食っちまう人間の話なんて聞いた事もないし。

何せ相手は雑食だからね。基本的に肉を食っている動物の肉はまずいんだ。


「つまり連中は不戦敗ってわけだ。わはははは……笑い事じゃないけどな」


因みにオークのガクブルっぷりを見たせいでゴブも犬も戦闘不能なんだとか。

……士気崩壊って怖いね!

まあそういう訳で俺の目の前には因縁のトカゲ男が居るわけだが、

今回はまあ、何ていうか負ける気がしないね、1%も!

ふふふふふふふ、以前の屈辱晴らしてやるぜ!


「ゲゲゲゲッゲゲ」


あ、鼻で笑われた。


……。


さて、相手の装備は前回同様だ。

剣が一本と丸盾一つ。鱗は相変わらず硬そうではある。


だが、今回はこちらもきっちりとした装備をしている。

しかも今の俺には魔法の力があるのだ。

負ける道理が何処にある?

え?慢心の死亡フラグ?幾らなんでもそれは無い。

そもそも死亡フラグはきちんと理解した者にとっては生存フラグなのだよ?

問題なんて何処にも無いじゃないか。


「という訳で一撃で逝かせて貰うぞ!」


リザードマンの弱点その1

火や熱、乾燥に弱い。

そう言う訳で早速ぶっ放す!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


向こうは流石にぎょっとして、体制を低くし防御を固めたが鱗では熱が防げまい!

一撃で貰った!


炎に包まれるリザードマンを眼前に見据える。

ふっ、何と他愛も無い。鎧袖一触とはこの事か?


「ぐぉおおおおおおっ!」


うおっ!?炎の中から突っ込んできたぞ!?

まだ致命傷じゃなかったか!

て言うか明らかに今の速度ならかわせた筈の猛スピードな訳で。

何で当たったのか、なんであえて受けたのか判らないんだが!


あつっ!


熱い!熱せられた鱗が厚い、いや熱い!

この野郎、俺の炎で焼けた鱗ごと体当たりだと?

うん。正直舐めてた。このあたり正に歴戦の猛者って所か。

けどまだ終わらん、まだ終わらんよ!


『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』

『何時の間に魔法なぞ!』


げげげと意味不明の鳴き声を上げてきたトカゲ男が本日始めて意味のある言葉を喋ってきた。

少しは本気になったのだろうか?


こちらも剣を抜き放ち、大上段に振りかぶる。

向こうは横薙ぎか!

相手のほうが早い。だけど今回なら!


ガキンと音がして相手の剣が俺の横っ腹に突き刺さる、が皮膚が破れていない!

残念ながらそちらの鱗と違ってこっちの装甲は背中も腹も変わらないんだ。

よって腹の皮を破れなかった時点でそっちは隙だらけさ!


がっきーん、てか?


……嘘だろ?俺の一撃を受け止めやがった。口で。

いやおかしいだろ、幾らワニの顎でも振り下ろされる鉄の剣を受け止められるのか?

これが本当の真剣白"歯"取りってか!?


わき腹に再び走る衝撃。剣を受け止められどころか相手の牙で完全にホールドされてしまった。

やられてたまるか!だったらもう一回焼きを入れてやる!


『我が指先に炎を生み出スべェッッ!?』

『甘いな人間。そう容易く詠唱なぞさせるか?』


あ、顎が、顎が割れるっ!

舌を噛まなかっただけめっけもんだぞこれは?


畜生また柄か。前回俺の意識を刈り取ったのも剣の柄による打撃だ。

そして剣の柄と言う部位で攻撃してくる以上相手は間違いなく


「ぐぞっ、でがげんしてやがるな!?」

「ゲッゲッゲ」


認めろ俺、認めなきゃ逆転は無い!

悔しいがまだ相手のほうが1枚どころで無く上手だ!

舐めてかかったら舐められてるのはこっちじゃないか糞!


しかしマズイ、非常にマズイ。

肉薄状態だと数秒の詠唱でもあっさり潰されちまう。

ではどうするか?距離をとればいい。

だがどうやって?剣は相手に咥えられたままだ。

手を放して後ろに飛ぶか?


却下だ。それだけは駄目だ。

一時的にはいい手かもしれないが、こちらの武器を手放すという行為は危険すぎる。

上手く距離を取れればいいが、出来なかった場合徒手空拳で立ち向かえる相手か?

答えはNOだろ?


ズンと重い感触が三度わき腹を……なんだ?吐き気?


「ぐえぇぇぇっ」

『鉄の皮膚でも中身は生身。度重なる衝撃に内臓が悲鳴を上げた。それだけの事だ』


ああそうかい、成る程。同一箇所を叩き続けて中身をシェイクしたって事か。

けど。今度はそっちが油断したな!


『フゴォッ!?』

「刃物を口の中で自由にさせるってどう言う事か、当然判ってるよな?」


向こうが口を開いたせいでホールドの弱まった剣を全力でひねりを加えつつ敵の口の奥に押し込んでやった。

鮮血が口の中から飛び散る。うん、口内ってやっぱり急所だな。

どうなったと思う?俺の剣の切っ先がワニ顔の鼻と目の中間付近から突き出ている。


「やったな!これで普通なら死んでるぞ。Bランクは決定だ!よくやった!」

「よ、よっしゃあああっ!」


俺の、俺の勝ちだ!ランク更新だ!

今回ばかりはまた負けるかと思ったけど、何とかなった!

相手の隙を上手く突けただけかも知れないけどそれでも勝ちは勝ちだ!


『これはしてやられたな』


って、何で生きてるんだよトカゲ男!?

何か全然平気そうなんだけど!?


『何で平気なんだという顔をしているな?そんな訳は無い。かなりの深手には違いない』

『いや、それでも顔に穴開いてて当たり前にしていられる訳無いだろう普通』


いやいやと軽く首を振ったトカゲ男は俺の剣を引き抜いて返して寄越した。

そして更に自分の剣を差し出してくる。どういう意味だ?


『おい親父。ちょっと頼みがある』

「何言ってるかは理解出来んが何をしたいのかはわかるぜ?坊主、その剣を良く見てみろ」


ん?剣をよく見てって?

……歯が間引いてある。これじゃあ斬れないぞ?


「今までそいつは手加減していた。そういう事だ。つまりコイツは本気での立会いを望んでる」

「つまりそれで勝たないとBランクは取り消し?」


「いや?これに勝てたらAランクをくれてやる。本来のAランク対戦者よりはまだ楽なもんだぜ?」

「ちょっと待て。リザードマンを倒したらBランク相当の実力じゃないのか?」


一人と一匹、双方がニヤリとしやがった。

そしてさらりと言い放つ。


「そうだぜ?でもこいつはリザードロードだからなぁ?」

「りざーどろーどぉっ!?」


リザードロードとはリザードマンの中でも特に強力な固体の事だ。

まあ他にキングとかリーダーとか色々言い方はあるが、

同種の中で抜きん出て才能あるものに対し、人間が勝手に付けた識別名だ。


まあ各亜人種の中で強力な固体は大抵コミュニティのリーダーを務める事になるらしく

ロードと言う区別も余り事実に反している訳ではない。


まあ今回の場合ギルドが確保していたBランク試験用リザードマンがロードであり、

試験に合わせて一般リザードマン程度の実力に手加減していたという事か。

道理で異様に余裕があると思った。


「で?やるのかやらねえのか?言っとくが本来の相手より格下。しかも手負いだ。こんな機会は二度とない」

「……判った。やってやるさ」


正直どうすべきかとも思ったが、次はまたあのトカゲの相手から始めなければならないかと思うと気が重い。

だったらチャンスを生かしてみたい。


『よく言った人間。……俺はスケイル。お前の名を聞かせて欲しい』

『カルマだ。リザードマン、いやスケイル。手加減は無用!』


我ながら何言ってるんだが。

どうも格好付けすぎなんだが。相手は手加減状態でもこっちを圧倒してるんだぞ?

どっちかって言うとお手柔らかにとか言うべき所だろ常識的に考えて。


『その意気たるや良し!今一度言おう……我が名はスケイル。元緑鱗族族長、竜殺爪のスケイル!』

『なんか厨二っぽいが格好良い二つ名!?じゃあ俺は……あー、思いつかん!とにかく行くぞ!』


うわあ、何か熱い、熱いぞこの展開!

正直俺の性格には会わん筈なんだが?

元々が引き篭もりで今は楽して生きようとか考えてる小物の筈なんだけど。


……なのに何でだろうな?何故だか気持ちのどっかでこの状況に心躍ってる俺が居る。

いや、普段の俺の心を食い尽くすかのように精神の大半を無駄に熱い物が覆ってやがる。

今なら何でも出来るんじゃないかと、理屈抜きでそう思ってしまう。そんな筈は無い筈なのに。

そもそも俺のやり方はがっちり事前準備してから動き出すとかそういう石橋叩いて渡る系列の筈だが。


けどまあ、今はそれも悪くない。

今から立ち向かうのは手加減されても格上だった相手。

理屈でどうにかなる相手じゃない。

だったら無意味なもんでも自身持って突っ込むしかないじゃないか?

OKじゃあ決定。今日の俺は熱血野郎で行く事にする。


別に気分屋で良いじゃん人間なんだもの。

別に勝手でも良いじゃない?人間なんて勝手な生き物だし。

その日の気分と機嫌でやり方変えてもいいじゃん。

だって、俺の人生だし!


『行くぞぉっ!』

『ってやべぇ!浸りすぎた!?』


……。


確か俺はスケイルが行くぞと言ったから反射的に防御体制を取った筈。

それでその時向こう側のトカゲの姿がぶれて……、

いつの間にか俺、吹っ飛ばされてる!?

嘘?

俺が防御に入った時、まだ相手動いてなかった筈なんだが?

半端無ぇ!マジ半端無ぇ!

早すぎる、マジで速過ぎる!


防御した部分はわかる。右腕だ。

だってまだ鉄の皮膚が振動してるし。

有り得ないよ!絶対有り得ない!


ん?突然曇ったってこれは撃墜フラグ!

上だ!上に悪魔が居るヨ!


地面に大穴いっちょ上がり。

このままじゃいかんと急ぎ顔を上げた所で


『まだ行くぞ』


グーパンチ来たっ!アッパーで来た!

顔歪む歪む!顎痛っ!洒落にならん位顎が痛っ!

回転!俺回転!ただのアッパーカットで全身一回転!

なんつーパワーだ!?

これが、これがロードの名を冠する者の力なのかよ!?

今までどんだけ手加減してたんだこの人?


まずは態勢を立て直……させちゃくれないよな?

だったら無理やり立て直すのみ!

体を丸め、腕で顔面をガード!

亀だ!お前は亀になるんだ!


蹴り飛ばされ宙に舞い、叩き落されては吹き飛ばされるその繰り返し!

だが、だがゆっくりと、しかし確実にこっちの一手目は完成したぞ!


『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』


じわりと傷ついた箇所が修復されていく感覚。

一瞬に見える詠唱が完了するまでおよそ三回は天と地の間を行き来する羽目になったがその価値はある。

これで毎ターン回復状態だ!少しは攻撃に力を入れられるってもんさ!

さあ、甲羅に篭った亀はここまで。


反撃、開始だあああああっ!


流石に相手は速い。目で追うのもやっとだ。

だが、相手の攻撃は打撃や投げに限られるようだ。

殴られ、蹴り飛ばされ、ブン投げられながらも隙を探す。

無い?無いなんて言ってられないだろ?

無いなら作る。それだけだ。

わざと腹のガードを開ける、これで食いつく筈。


『そんな見え見えの誘いで!』

『そんな見え見えの誘いをするわけ無いだろ!?』


攻撃は上から!

だが何処から来ても同じ。この一撃を耐えるのが反撃のための最低条件だ!

脳天に衝撃が来る。だが脳震盪にかかるなんて言う贅沢は俺には許されない。

凶悪な一撃は俺の脳天をすり抜けそのまま地面へと向かう。

無論このままだと電光石火で引き抜かれるどころか引き抜きながら肘が飛んでくるのがオチだ。

だから俺はその腕を取る。両腕で、しっかりと。

そして一本背負いの要領で振り向きつつ、投げる!


ただし!相手は仰向けで、だがな!


メキメキといやな音がしたなスケイルさん?

肘の関節が外れた?ああ、直ぐにはめ直せるかやっぱり。

けど、痛めた筋はしばらく直らないだろ?


それでは本命行くか?

両手で剣を構え正面に突き出す。

ただし、普通なら上下に並ぶ握りこぶしは同じ高さで一つに纏まっている。

まるで聖堂で祈りを捧げるかのようにな。


『では、俺の必殺技をお目にかけよう!』


すげぇ、一瞬で距離を離した!?

どんな剣技も基本的に剣の間合いかは離れられないから無難な選択だと思う。

俺でも同じ立場ならそうするよ。

けど今回の場合好都合だ。

騙されたな?いや何も嘘は言ってないけど。


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


うん、ちょっと前に気付いたんだけどこれの印って、

結局の所両手の指を交互に組み合わせるだけなんだ。

要するに、剣を持ちながらでも使えるんじゃ……って一瞬思ったわけだがそれだと剣が上手く振れなかった。

だから、まあペテンだけど必殺剣に見せかける事を思いついた訳だ。

まあ、鬼の爪とか言う剣技に見せかけた槍の技もある事だし別に珍しい事じゃないだろ。


……一発目は回避か?悪いがもう近寄らせはしない!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


それそれっ!弾幕弾幕ぅっ!

まだか!まだ当たらんか!

左舷弾幕薄いぞ何やってんの!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


当たった!一発当たったよママン!

でもそれじゃ駄目だ。止めだ!動けなくなるまで撃ち続けろっ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


し、舌噛みそうだ!けど一度間違って弾幕が途切れたときが俺の最後!

一気に距離をつめられそこからの反撃が出来るとは思えない。

どっちの根気が先に尽きるか!それがこの勝負だ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


当たった!と言うか既に周囲は炎に包まれてる。既に火事と言っても良いんじゃないか?

幸いこの周囲に燃え移りそうなものはないが、

あ、試験官のオッサンがいつの間にか魔法使いと思しき人たちを何人も連れてきてる。

え?試験は続行中?流石だ。

なら、ここまで来て負けられないわな?


……遂に向こうの動きが止まった!炎の中でふらりと倒れこんでいるぞ!?

これで最後だ!オーバーキルでやってやる!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大な……!?』


あ、あれ?な、なんで魔法が出ない?

そ、それに意識が突然朦朧として……一体これは?


愕然とする俺の歪む視界のその先で、幽鬼のように起き上がる緑色……いや熱せられた赤い鱗。

その凄まじい生命力に圧倒された。

ああ、迫ってくる。ギラリと光る鋭い爪が。

ああ、迫ってくる。一切の理性を放棄した、襲撃者の瞳が。


俺の意識がホワイトアウトするのと同時に、スケイルの爪が、俺の体に、食い、込んだ。


……。


ここはどこだ?

多分この感覚はどこかのベットだとは思うけど。


「よお、目が覚めたか?まずお知らせだ良いニュースと悪いニュースがある」

「悪いほうから」


ああ、この声は試験官のオッサンだ。


「A級試験は不合格だ」

「いいほうは」


「おめでとう、お前は生き残った」


思わず上半身を起こそうとした。

けれど、

激痛なんてもんじゃないぞこの痛みは!?

あ、熱い!痛いじゃなくて熱い!


「その痛みが生きてる証拠だ。感謝しろ」

「あの後どうなったんだ?」


あの後俺はスケイルの爪に真っ二つにされたそうだ。

ただ、急いでおっさんが俺の上と下をくっつけると自然に繋がったらしい。

"再生"の魔力が俺を生かし続けた。と、理屈抜きでそう直感した。

そして絶対安静のまま一週間ほど経過しているらしい。


目覚めた事で自分自身に治癒を使い始めた。

これでもう数日中にはまた動けるようになる筈だ。

命の危機から脱した事にほっとすると、あの戦いで気になった事があったので聞いてみる事にした。

幸いここはギルド内部。さまざまな人材が所属しているのだから。


「え?いきなり魔法が使えなくなった?」

「ええ。何ででしょう?」


「魔力が枯渇したんじゃない?」

「あー、成る程ね、まー当然ですよね、うん」


近くに居た魔法使いのお姉さんに質問をぶつけてみる。

すると親切にも魔法使いの基本であるというそれを教えてくれた。

と言うか、何で今までMP切れに気付かなかった?俺よ。


それどころか俺の戦い方は魔法を使う上では危険とまで言われてしまった。

なんでも魔力残量は基本的に疲労感で測るしかないらしいが、

体を激しく動かしているとそれが魔力の消費によるものか肉体的なものか判断出来なくなると言う。


要するにMP残量不明で戦わなきゃいけない訳ですね判ります。


しかも魔力が枯渇するとそこから緊急回復するため一時的に気を失うと言う話だったり。

道理でいきなり気が遠くなったわけだ。

戦闘中にいきなり気絶って、殺してくれと言ってるようなもんだよな普通。

本当に実践中じゃなくて良かったと思う。


結果として今回のランク再認定は俺にとって得る物も多かったが、

大きな課題を残す結果となってしまったのである。


剣を捨て、魔法を取るか。

魔法を忘れ、戦士に戻るか。


俺はまだ、どうすれば良いか判らない。

現に今持っているギルドランクも剣と魔法双方を駆使して手に入れたものだ。


戦闘評価 B
技能評価 B
実績評価 C

総合評価 Bランク


いきなりギルド上位に食い込んでしまったこのランクも、魔法と剣のどちらかを捨てると言うなら

一気に張子の虎になりかねない。

まあ、この傷が治るまでまだ時間はあるし、それまでにゆっくり結論を出すとしよう。


……あ、窓の外にボロボロ鱗なリザードロード。


こちらに気付くとグッとサムズアップしてきたので、

とりあえず苦笑いしながら応えておく事にした。

そうさ、明日は明日の風が吹く。細かい事気にしてたってしょうがないよな?

続く



[6980] 09 女王蟻の女王 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/07 17:31
幻想立志転生伝

09

***冒険者シナリオ4 女王蟻の女王***

~いろんな意味で運命と出会った日 前編~

《side カルマ》

ようやくランク認定試験の傷が癒えた俺はちょっとした旅に出る事にした。

シスターから買い込んだ情報を元にちょっとしたお宝を探す事にしたのだ。

その名を"ザンマの指輪"と言う。


え?どんな効果があるのかって?

別料金で聞いた所、自分に残存している魔力を元に光り輝くんだとか。

要するに、残存魔力を光の強さでお知らせしてくれるって事だな。

だから残魔の指輪。

まあ、純粋な魔法使いにとっては別に必要無い物らしく、地下洞窟内部に放置されてるとの事。


俺としては剣も魔法も捨てるのは勿体無いと言う事で、別方面のアプローチである。

無い物は外から補う。それが魔術師だと誰かがどこかで言ってた気がするし。


んで、これもまた別料金だったんだが在り処は"蟻の洞窟"と言いまして。

巨大な蟻がわしゃわしゃと存在するこれまた巨大な蟻の巣だったりする。

以前の持ち主がそれを指にはめたままこの蟻の巣の女王を退治しに来て返り討ちにあったらしいので、

きっとどこかに指輪をはめたままの白骨死体があるのだろう。

それを見つけ出すのが今回の俺が俺に依頼したミッションである。


……デカイ、マジデカイ。


いやー、体高だけで三メートルの巨体を筆頭に一番小さいので親指程度の蟻がうろうろ。

明らかにこっちを見てやがった個体も居るし、もう準侵入者扱いだろうなこれ。

まだ蟻の巣の入り口も見つけてないのに何この異常なテリトリーの広さ。

人類最強の男に異星人の技術使った武器でも渡さなきゃ殲滅は無理だと思うぞこれ。

こんな奴ら相手にどうしろというんだ……あれ?


何か集落があるぞ?

色んなもので作られた分厚いバリケードで囲まれてる。

蟻が集団で突っ込んで来るのに合わせ、火矢とか魔法とかで応戦してる。

はて?こんな所に村があったっけ?

地図に載ってないよな。うん、無い。

まー、行ってみりゃ判るか。


……。


「ようこそ新入り。対クイーンアント・クイーン戦用キャンプへようこそ」


なるほど、ここはあの蟻の巣を攻略する連中が築いたキャンプなのか。

賞金首のポスターを見ると、あの蟻の巣の女王には金貨1000枚もの賞金がかけられている。

一生遊んで暮らせる大金目当てに何人もの猛者が集まり、

それが何年も一進一退繰り返してるうちに村と化していると、そういう事らしい。


それにしても冒険者とか傭兵とか色々居るもんだ。

中には一角を完全に占拠してる何処かの国軍までいる。

なんでまた?あー、訓練の一環?そりゃまたご苦労様な事で。


だけどまあ千人近く居ると思われる屈強な野郎どもでも落とせない蟻の巣って何さ?

有り得ないんですけど。

まあいいか。別に俺は討伐依頼受けてる訳じゃ無し。

しっかり情報集めてから乗り込んで、指輪だけ見つけたらおさらばだしな。


と、高を括っていた頃が俺にもありました。


「連合軍による総攻撃?」

「らしいぜ兄ちゃん?魔王打倒から30年近く経つがまだあの洞窟は落ちない。だからさ」


要するに業を煮やした各国のお偉いさんたちが軍を集結させて一気に叩き潰すと。

そう言う事か。うん、じゃあそれに合わせて……いや待て!


そういう状態で別な奴に見つけられたら終わりじゃん!

もし買うとしたら金貨10枚じゃ足りないとか言われてなかったか確か。

まずいなこれは。それに何千と言う兵が押し寄せたら指輪自体が何処にあるか判らなくなる可能性も高い。


「総攻撃は何時なんで?」

「来月末らしいぞ」


余り時間はないか。食料と水を買い込んでさっさと出かけよう。

幸か不幸か同じような考えの連中が何人かキャンプから出て行っているらしい。

うまく協力するなり利用するなりしてこっちの目的が果たせりゃ良いけど。


……。


時折出会う蟻の集団を上手くやり過ごしながら、俺は件の蟻の巣までたどり着いていた。

大地に開いた大穴と、その周囲の蟻と人の死体。

白骨化したものから今さっきまで生きていたような物まで様々だが、ここが激戦地である事は間違いない。

幸い総攻撃の事を知ってそれより先に賞金を得ようとする者が何人も突撃して行ったばかりなんだろう。

入り口が無人である事は俺にとって何よりのアドバンテージであるといえた。


ご丁寧に縄梯子まで下ろしてあるその入り口に足をかけ、大地の奥に進んでいく。

松明に火を灯して暫く進むとまた蟻の死骸。蟻の死骸。蟻の死骸。そして人の遺体。

生きている者が居るのかといった感覚を思わず受ける。


そして、更に下へと進む坂道で俺は異様なものを目にする事になった。


「なんだこれ。氷の滑り台か?」


地下二階、と仮に呼称する本日二つ目の地下への坂道は分厚い氷に包まれていた。

別に寒い地方でもないし、地下とは言え自然に氷が張るにはまだ気温が高過ぎる。

誰が何のためにこんな物を作り出したのかはわからない……いや、そうでもないか。

無数の蟻が氷の下に閉じ込められている。

複眼がこちらを睨みつけている?まだ生きてる奴も居るのか。

という事は人間側の仕業だという可能性が高いな。

まだ奥に誰か居るという事だろう。

俺は足を滑らせないように慎重に下へと降りていく。


そして再び地下迷宮。時折幼虫や卵の部屋も見つかるがおれ自身はそれを無視する。

余り脅威だと思われても困るし、今回の目的にもそれの破壊なんてものは関係ない。

何より幼虫の死骸がゴロゴロとしていた部屋の真ん中で、

何人かの冒険者が無残な姿になってるのを見てしまっては、

例えやる気があっても躊躇してしまうだろう。

だが、その光景はある事を俺に教えてくれた。


……蟻の連中、こっちの動きを把握してやがる。


どうやってとかは考えるだけ無駄だろう。

問題なのは俺という侵入者を向こうが察知しているだろうという事実だ。

幼虫や卵に手を出さなかったのは幸いだったな。

単独行動で被害もまだ出ていない故に脅威としてみなされていないのか。

それとももっと大きな獲物を狩るのに忙しいのか、そのどちらかと思われた。

何にせよ、目的の指輪をさっさと見つけないと俺も蟻の餌にされてしまう。

急がないとまずそうだ。


更に地下を進む。一体何階層降りてきたかもう判らなくなってきた。

俺が物陰に隠れる先を巨大な蟻の集団が移動している。

しかも明らかに組織化された動き、とでも言えば良いのだろうか?

なんと言うか知性を感じられる行動をするものが増えてきたように感じる。

さっきもさなぎを咥えた1m級の蟻と鉢合わせたが、

こっちが剣だけ抜いて様子を見ているとじりじりと後退して、一気に後ろを向いて逃げて行った。

もしかしてあれか。子供の世話の途中か?

そんでもってあれか。明らかに非戦闘要員を逃がしてるのか?


「ち、ちくしょう!やられてたまるか!」


お、視界の先に広間。そして何人か冒険者が居る。

さっきのさなぎ咥えた蟻がざっくりと切られた。

別に邪魔になるわけでもないし、ほっときゃ良いものを。



って……うわっ!?

上から一杯降ってきた!?

でかいのから小さいのまでわらわらと!

群がられてる!視界の全てが蟻で埋まってますよ奥さん?

擬音的にはごわごわごわごわって感じ?

そして骨だけが残されてる。

えげつねぇ。洒落にならねぇ。


あ、こっち見んな。それも一斉に。

滅茶苦茶怖いから。


とりあえず後ろ歩き一歩、二歩、三歩。

がさがさがさーっと。

凄ぇや。壁を伝って一気に撤退しやがった。

流石は蟻だ。あの巨体で90度の壁をすいすい登っていきやがる。


うん、出来るだけ戦闘は避けよう。


それと幼虫とかにも決して手出ししないようにしよう。

勝てる気がしねぇ。

戦いは数だよ兄貴!って真理だよなぁ。

なんて言うかあれを倒しに来た連中にちょっと同情する。


とか何とか言ってる内に、なんか今までで一番広い場所に出たんだけど?

え?松明?そんでもって玉座?宝物?そして……部屋全体を覆うようなこれは卵管ですか?


『良くここまで来られたものよな人間。ほれ近う寄りゃ?』


んでもって、向こうでおいでおいでしてるのは……件の蟻の女王様ですかそうですか。

ヤバイ、もしかして探し物見つけられない内に最深部に進入しちまったか!?

それにしても上半身は人型で下半身は蟻型?

まさしくこれがファンタジーだな。普通居ねぇよこんな生き物。

まあ何にしろ行かなきゃならないよなぁ?

何せ、特別屈強そうな兵隊蟻が腐るほど壁に引っ付いて居るし。

その上俺の背中を急げやとでも言わんばかりに突っついてるしなぁ。

あー、泣きてぇ。


……。


百人は入れるんじゃないかと言うくらいの大広間。

十数本の松明が薄暗く照らすその奥にそれは鎮座していた。

顔はまさしく美人さんだ。ただし複眼で触覚持ち。

下半身から部屋全体に伸びる卵管は少し中が透けていて、

卵が量産されているのが良く判る。

何このボスの間?別にここに来る予定なんか無いんだけど。


『お主等の一族にも困ったものじゃ。人の家に勝手に入ってきて荒らして行きよる』

『俺は探し物をしに来ただけですんでお気になさらずに。それじゃあこのへんで』


三十六計逃げるにしかず!

こんな所に長居出来るか馬鹿野郎。

人類全体の負債を背負わされる前にさっさと撤退、撤退!


……うん、無理。

唯一の出口を数百の大群が塞いでやがります。

出口が蟻で文字通り塞がれてますが一体どうしろと?


『待たりゃ。わらわ達の言葉が理解できるとは珍しいの。それで探し物とはなんぞや?』

『ずっと前に入り込んだ奴の落し物でザンマの指輪って言うんですけどね?蟻の女王様』


『ああこれか。指にはめるとピカピカ光って綺麗よの?』

『あんたが持ってたのかよ!』


ジーザス!

ボスキャラのドロップ品かよ!?道理で何処にもないわけだ。

もう少し入手難易度落としちゃくれないもんか?

いや、ゲームじゃないんだから探し物の有用性と入手の困難さが比例なんてする訳無いんだけどさ。

だからってこれは無いだろう?

何て言うか今の俺、蟻の捕虜みたいなもんではない?

それでどうやって手に入れろと。


まさかあれか。

口先三寸って奴か。

幸いコイツ等に被害を与えた記憶はないし、

今なら交渉で何とでもなるのではないか。

よし、そうと決まれば話は早い!


『つまりお主は泥棒と言うわけじゃな?』

『あー、はい、まあそういうことに、なりますな。は・は・は』


そういえばそうだね。向こうからしてみりゃ不法侵入者か。

何ていうか既に周囲を取り囲まれてますが。

うん。多分もうすぐ"者どもかかれ!"とか言われるんだろうなー。


『残念じゃが見せしめの意味もある。ただで返すわけにもいかんの』

『た、ただのこそ泥に死刑は厳しすぎるんじゃないですか?』


『ふむ。ではこうしよう。こやつ等の囲みを抜けてわらわに一撃入れられたら生かして返す。指輪もくれてやりゃ?』

『MA・ZI・DE!?』


『うむ。久々に面白い事になりそうよの?』

『そういう事なら大歓迎。後悔するなよ女王様!?』


おお!こういう展開か!?

暗闇の中から一筋の光明が見えた気分だ。

よぉし、俺様大活躍→指輪ゲット→安全に脱出→ミッションコンプリート!

そんな華麗かつ素晴らしいコンボを決めてやるぜ。

え?向こうが約束守らなかったら?

その場合の事は後だ!とりあえず考えない!

まずはこのゲームに勝つほうが先ってもんだし。


では戦力比分析を開始。

味方、
俺一人。

敵、
3メートル級兵隊蟻 多分200体くらい(壁に張り付いてるのも含む)
2メートル級羽付蟻 (オスだと思う。多分親衛隊) 10体か11体
1メートル級働き蟻 うぞうぞしてて数なんてわからない。入り口を物理的に封鎖中
ちっこいの      数えるのも馬鹿らしい。無数。たかられたら多分アウト


これはなんと言う絶望。

かかって来いやと言わんばかりに顎をガチガチさせてる奴までいるし、戦意は旺盛だなー。

100人は入れる広間って表現したけど、今はもう壁が見えてない。


でっかい蟻の上にちっこい奴がたかってて、天井から時々間抜けな奴がぽたぽた落っこちてきている。

恐らく虫に耐性無い奴なら既に失神してるだろう。

何この黒い絨毯および真っ黒壁紙+漆黒のシャンデリア。

死ぬの?もしかして俺ここで死ぬの?


『どうした?来ないならこっちから行かせりゃ?』

『今暫しお待ちを!』


こんなのが一斉にかかって来られたら俺は間違いなく死ぬ。

何より精神が持たん。

急げ。向こうが待てる内に脳細胞を全力回転させろ。

考えろ、相手を出し抜ける必勝の策を思いつくんだ!


……。


あ、思いついた。

見てやがれ。ドギモ抜いてやる!


『それでは、覚悟を決めて特攻します』

『そうかそうか、てっきり絶望して固まったかと思ったぞ?』


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

『ふむ。初撃としてはまずまずじゃが一匹二匹燃やしても……なんりゃ!?』


ぐわああっ!予想以上だぞこれは!?

だが、意表を突くのには成功。

そのまま一直線に突っ込んでもわらわらと避けていく。

速攻で飛びついてきた通常サイズのチビどもは残らず即刻黒こげだ!


『まさか己自信に火を付けるとは!正気かお主!?』

『相手の予想しない事でもしないと、虚を突くなんて出来る訳無いだろうが!』


全身に火が回り酷い火傷を負っている事だろう。

けどよ?どう考えてもあの状態から逆転するにはこれしかないと思った。

野生の生き物は火を怖がる傾向があるし、

鉄の皮膚と化して突っ込んだ所で、鼻や耳から大量に侵入されたらその時点で積みだ。

そもそも物量で突撃を阻止されるだろうしな。

故に、向こうから避けて通る方法を考え付いたというわけだ。


『さて、親衛隊までさっさと逃げたぞ?約束は守ってもらうぞ!』

『うむ!もしわらわに一撃でも入れられたのなら約束は果たそうぞ?』


既に俺と女王の間に障害は無い。

蟻の女王も脇に立てかけられた剣や槍を抜き放つ。

向こうは余裕だが、考えてみれば俺がここで女王を殺したりしたら間違いなく向こうの残党に殺される。

死ぬ事は無いという余裕なんだろうか?


『もっとも、気付いておらぬ以上お主はここまで来れんがの』

『え?』


突然、側面からの衝撃に跳ね飛ばされた。

な、何かがわき腹に突き刺さってる?……とんでもなく太い、針?


『お主等は知らぬかも知れんがわらわ達……蟻と蜂は親類での?』

『毒針くらい持ってるってか?そんなの反則だ!?』


『おほほほ、勉強不足じゃ。まあ、良い勝負ではあったが。残念だったの?』


俺の胴体ほどもある卵管が蛇のように鎌首?をあげている。

その先には牛乳瓶程もある極太の針が。

一度引き抜かれたそれが俺目掛けて再び降ってきた。


あれが動くのかよ!?それこそ反則じゃないか!?

いや違う、勉強不足……指摘どおりだな。

時間に焦り、急いでこちらに向かいすぎた。

あれだけの規模のキャンプが常設されるほどの相手が居るんだ。

どんな能力があるのか。どういう規模の相手なのか。

例え一日だけでも調べ上げてから来れば何か判ったかも知れないじゃないか。

だから、この敗北は必然。

ここで俺の冒険が終わったとしても仕方ないのだろう。

……全く、欲と焦りで馬鹿な事をしたもんだ。


衝撃が数回。そして意識が薄れていく。

このまま俺は目覚めることなく終わるのだろうか?

いや、何故かそうは思わない。

まだ終わらない。そんな確信めいた予感がする。

何故かって?

意識を失いつつある俺を顎で掴み上げたアリがさ、甘噛みだったんだなこれが。

多分このままだと生きたまま蟻の餌にされるんだろうけど……。


兎に角今は眠っておこう。

目覚める前に食い殺されたら向こうの勝ちだ。

けど、その前に目を覚ましたとしたら?

そうだ。まだチャンスはあるんだ。

そう信じようじゃないか。


……。


どうやら、おれは、かけに、かったようだ。

まだ、いしきは、うわのそらだけど。

すくなくとも、おれはまだ、くわれてはいないらしい。


……さて、ここはどこだ?


首を満足に振れる状態ではなかったため、必死に瞬きをして意識を覚醒させる。

ふむ、何かの粘膜の中かここ?

俺は天井から吊るされた粘膜の袋から顔だけ出している。

その中に胎児のように丸められて入れられている訳だ。

うん、イメージ的にリュックサックから顔出す子猫って感じ。可愛げが足りないのは認めるが。

要するにここは餌置き場なのだろうな。

そんでもっていずれ蟻の群れがこの中から新鮮なお肉をいただきますと。

……OK、それまでに脱出だ。

だが、何とも頑丈な粘膜だ。むしろ繭みたいな気もするが、どちらにせよ身動き取れないのは同じ。

普通なら、獲物が目覚めても身動き取れないままご飯にならざるを得ないと。酷い話だ。


しかぁし!俺の場合は勝手が違うぞ。

両手の指は……良し何とか動く!

それじゃあさっそく……俺自身を燃やすのはもう勘弁なので、

この粘膜を吊っている部分目掛け火球(ファイアーボール)を発射。

よし、燃えろ燃えろ。


どさりと地面に落ちました。

ここも洞窟の何処かなんだろうが……まあ移動するのが先だな。

地面にズリズリとやっているうちに粘膜の袋は次第に破けてきている。

これなら一時間以内に脱出……あつ?


あ、熱い!?

うわっ、さっき燃やした部分から火が回ってきてる!?

嘘!これって凄まじいレベルの可燃性物質っていうか油的な何かなのか?

ヤバイ、マジヤバイぞこれ。

粘膜は体に密着してるし……全身に油+火?

もしかしなくてもこれは、すぐに火達磨!?

ちょっと待て!待たなくてもこれはマズイ!マズイぞ!?


……。


《side ??????》

故国マナリアを発って早数ヶ月。私に冒険者が務まるかと心配もしたが、取り合えず何とかやっていると思う。

学園から貰った一年間の留学期間中に資金を集め、

かつ魔法使いとして何らかの成果を上げなければならないが、これならどうにかなりそうだ。


我が家が没落さえしなければ良かったのだが、それを求めるのは酷という物。

お父様は我が家を維持するだけで精一杯。

私自身の授業料と使用人達の給与位は私が何とかせねばならないだろう。


授業料の納付を待ってくれている学園には感謝の言葉も無い。

資金を作る時間と手段を得る為に国外留学と言う名目で国を出たが、その試みは取り合えず成功したといえる。

私と我が家を馬鹿にする事しかしない学友や目の敵にするだけの幼馴染と顔を合わせなくても良いのもありがたい。

そして、私を哀れんだ目でみる町の人達とも。


国の外に出てもやはり世間は厳しかった。

ただ、故国のように不条理な扱いを受ける事は減ったように思う。

実力があればきちんと相手はしてくれるし、

私だからと言う理由で入店を断られたりもしない。

ただ、人の醜さという物を直視させられる事が増えたのはどうにかならない物だろうか?

いやらしい目をした人は余りに多いし、お金に汚い修道女に出会った時などは何の冗談かと思ったほどだ。


そして今、私はまた見るに耐えない光景を目にしている。

この人に一体何が起こったのだろう?


「ぐああああああっ!熱い!燃える!そして痛い!」


生きたまま拘束され燃やされるなんて人間のやる事とは思えない。

かと言って火を使うのは蟻の仕業とも思えない。

取り合えず助けるべきだろう。感謝もされずに逃げられたとしても別に困る訳ではない。

万一、逆に襲い掛かって来るような恩知らずなら消し飛ばすだけだ。


……。


《side カルマ》

全身を炎が覆う。熱いとか熱くないとかそういうレベルはとうの昔に飛び越えた。

何の冗談なんだか、俺は自分の炎に焼き殺されようとしてる。

蟻にとっ捕まって何とか逃れたと思ったらこのざまだ。

……あー、前世の分も含めて走馬灯が。

よりによって走馬灯がアニメですかそうですか。どんだけオタだったんだ俺?


ん?歌が聞こえる?

遂に幻聴まで聴こえるようになっちまったのかよ?


けど何が悲しくてこんな洞窟の奥地で母さんが蛇の目でお迎えする歌が聞こえるんだよ?

ぴちぴちでもちゃぷちゃぷでも良いけど雨が降るんなら降ってくれ!

ランランじゃないよ?俺死んじゃうよ?アヒャヒャヒャ!


……。


何でか知らないけど俺の周囲で蒸気が上がってる。

そして洞窟の中なのに雨が降っている。


「降雨(レインコール)」


ささやく様な声がする。

俺は炎に巻かれてから必死に閉じ続けてきた目を開けた。

ゆっくりと、探るように。


「もう、火は消えた」


そして見上げた先にあったのは一人の魔法使いの姿。


大きなつばの付いた三角帽と小柄な体格には大きすぎる分厚い皮のマント。

その内側にはクリーム色のブレザーとチェックのプリーツスカート。

その上ハイソックスから絶対領域が覗いているような学生さん仕様の割りに、

足元だけは長旅用の革のロングブーツを履いている。

因みに顔立ちは端麗、極めて整っております。何このあざと過ぎる美少女?


「コレナンテエロゲ」

「言葉が通じない」


いやいや見た目の可愛さを語ってる場合じゃないだろ俺。

向こうはどう考えても命の恩人だぞ?

とりあえず礼の一つも言うべきだろう常識的に。


「あ、有難う。俺はカルマ、見ての通り冒険者だ。今回は本当に助かった」

「私はルーンハイム。気にしないで」


そういい残し彼女はさっさと奥に行ってしまった。

思わず追いかけようとして、激痛が走って思い出す。

まだ全身大火傷のままだよ俺。


洞窟奥の暗闇に消えていく三角帽を目で追いながら、

現状はまず死にかけの自分を何とかするべきだろ気持ちを切り替える。

どうせなら治療までと思わんでもないが、通りすがりにそこまで求めるのは無理ってもんだ。


急いで治癒を発動させながら、自分の状態を確認する。

うん、武器も荷物もそのままだ。

焼けてしまった物も多いが、まだいける!


そんな風に気勢を上げていた俺であったが……何処とも判らない洞窟の奥に、

ただ一人取り残されているという絶望的な事実に気付いたのは、

それから数十分後の事だったりする。

続く



[6980] 10 女王蟻の女王 中篇
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/03/11 21:12
幻想立志転生伝

10

***冒険者シナリオ4 女王蟻の女王***

~いろんな意味で運命と出会った日 中篇~

《side カルマ》

蟻の洞窟で囚われ、何とか開放されたものの現在位置がわからなくなってから半日が経過している。

全身の傷は何とか全快したものの、二度に渡って火に炙られた装備の劣化と紛失が激しい。

皮の胸当ては修理不可能だし、食料を全部蟻が持っていってしまったようだな。

水筒は残っているが中身は半分程度。このままでは後2~3日で飢えと乾きにやられてしまうだろう。


幸いなのは、俺の剣が無事だった事か。

運よく俺が囚われていた近くの床にうち捨てられていた。運ぶ際に落っこちたのをそのままにしておいたのか?

意外な迂闊さだがこちらとしては非常に助かるってもんだ。

松明はもう手元にないが、幸いにも奥から僅かな明かりが漏れてきている。

時折人間の話し声も聴こえるし、近くに冒険者のキャンプでもあるのだろうか?

何にせよ、この状態じゃ合流する以外の選択肢は無いだろ多分。

まあ最低限の警戒は忘れないようにしないとまずいとは思うが。


……。


さっきの女王蟻の間よりも更に巨大な大広間。

中心に大きな焚き火。そして部屋の隅にも何箇所か小さめの焚き火。

そしてその周囲には装備どころか国籍まで違うであろう冒険者が100人ほども存在する。

広間の端には僅かながら水の湧き出す所があり、それ故に人はここに集まってきたのだろう。


けど。それとなく合流して周囲の連中に話を聞いていた俺は正直失望を隠せなかった。


「それじゃあ何か?ここの連中は全員捕虜?」


「似たようなもんだな、ケッケッケ。気付いたら戻る道がなくなってたのさ」

「穴から落ちたら元の階に戻る道が無かった何ていう例もあるぜ」

「そして、連中は孤立した奴を狙って時々とっ捕まえに来るのよ」

「ご丁寧に時々食料まで置いてあるわ。」


……つまり牧場かよここは?

そんでもって皆でここに集まっているのは出来るだけ寄り集まって浚われるのを防ぐため?

しかも最初に捕まった奴から数えて10年以上機能してるとかどんだけ?


もちろん逃げ出そうとはしてるんだよな?


「逃げるというか、この迷宮の全体像をまだ把握できてない」

「だから交代で探索してるって訳。もしかしたら抜け道があるかもしれない」

「ほら、噂をすればまた1グループ帰ってきた」


振り向くと、6人パーティーが一組広間に戻ってきている。

そして広間中央にマントを敷物のように広げ胡坐をかいた妙に偉そうな男に報告を始めた。


「そういう訳でして、死者3名を発見し僅かながら食料も発見しました。こちらが地図になります」

「うむ、ご苦労。それでは貴様等には中央のベッドで休む許可を与える。それと食料の半分は貴様等の取り分だ」


見ると、中央のひときわ大きな焚き火の傍には、

死者から剥ぎ取ったであろうマントなどから粗末な寝床が用意されている。

6人は探索の戦利品を男に渡し、寝床に荷物を置いた。

そして全員で1つずつコップを持つとリーダー格の男が偉そうな男に向き直る。


「有難うございます……カーヴァーさま。それと水を頂きたいのですが」

「宜しい。10数える間汲んでも構わん。ひとーつ、ふたーつ」


慌てて水場に走り出すパーティー。そしてボロボロのコップに水を汲みだした。


「ここのーつ、とお!……オイ、そこの」

「え?ああっ!?」


六人の内一人だけがカウントが終わっても水を汲み続けていた。

と言うか足が遅くて出遅れていたのだが。


カーヴァーとかいう男が手を突き出した。

何をするつもりだ?


「俺の水源を勝手にするとは太い奴。切れ」

「あ、嫌、嫌だあああああっ!」


男がその指に嵌めていた指輪をコツコツと軽く地面で叩くと

水場の周囲に座っていた男の一人が無表情に立ち上がる。そして、


「申し訳無いですが主人の命令です」


と一言喋ったその瞬間、男の首が胴体から離れていた。

周囲の連中は目を逸らしたり眉をひそめたりしているが直接抗議する声は聞こえない。

そう。残ったパーティーの5人でさえも。


「新入り、覚えときな。あれがカーヴァー。ここの取りまとめ役さ」

「見ての通り水場を牛耳ってるんで誰も逆らえんのさ」


成る程。しかも屈強な護衛を従えてるな。腕前は相当なもんだろう。

それとあの指輪。以前見た事があるぞ?

……そう、あの忘れられた灯台地下。確か奴隷を隷属させるためのものだ。

という事は護衛は奴隷であり、当然裏切らないから非常に安心と。


「ああやって切られた奴はもう何人になるか」

「軽く口答えしただけで水の一滴もくれなくなるしな」

「まあ、賢く生きてりゃ少しは長生きできるってもんよ」

「それに、聞いてるかも知れんがもう直ぐここに連合軍の総攻撃が来る」

「何とか生き延びれば助かるって訳だ」


成る程。水を支配してお山の大将気取ってるわけか。

だがまあ悪く無い手だ。

従わなけりゃ乾きと飢えに苦しむ上に共同体から放逐されて蟻の餌と。

そして従う奴が増えればその従う人数自体が力の源泉になるわな。

んでもって何時しかこの小さな世界の王様になったと。


まー、俺には関係ないか。

適当に従った振りしてれば総攻撃の時に助かるだろ。


……って言えれば楽なんだがなぁ。

なあ、この小さな家畜小屋の住人諸君。

お前等わかってるのか?

もし連合軍が攻め込んできたとする。

そうなったらどうなるか、最悪の想像した事があるのか?

亡国の際、攻め入った国の捕虜を生かしておく奴が居ると本当にそう思うのかよ。


取り合えず。あのカーヴァーってのはだめだ。

目先の事に目がくらんで後の事をまるで考えてないんじゃないかと思う。


……思わず見えもしない天を仰いだ。


実は、この場からの脱出に関しては心当たりがある。

だがあの男が居る限りそれが実現する事など無いだろう。

せっかくのシモベを逃がそう何て思わないはずだ。

既にここから出るつもりが残ってるかどうかすら怪しい。


奴は気付いているのだろうか?

ここを荒らさないのが蟻にとって都合が良いからだと言うことを。

気付こうとしているだろうか?

人を奴隷としてこき使う今の自分が蟻の奴隷でしかないという事実を。


そして……判ってるのかよ?

敵の捕虜を亡国の時に生かしておくはずが無いって事。

つまり連合軍の総攻撃が自分たちの命日である可能性の高さを。


まあ取り合えず、暫くは様子見だ。

この所、前準備を怠って失敗するケースが増えてきているからな。

面従腹背で隙を探すべきだろ常識的に。


……。


あれから一週間経過していた。

状況は最悪に近い。考えれば考えるほど宜しくない状況だ。

まず水を得る為にはあのカーヴァーという男の言う事を聞かなければならないのだが、

その為には広間を出て周囲を探索し、行き倒れた同類の冒険者や蟻が置いていく食料を持っていかなければならない。

そしてその食料と僅かな水を交換してあの男はこの小さな、かつ絶対的な権力を手にしている訳だが、

その集めた水と食料を腕に覚えのある連中に渡して自分の派閥を形成している。


「おい貴様!今日は食料の土産ひとつ無いのか?」

「あ、申し訳ないっす!」


「では当然、水抜きだ」

「そ、そんな。せめて一口!」


「逆らうのかこのカーヴァーに。ホルス!こいつを切り捨てろ」

「はい。偉大なる旦那様。……申し訳ありません」


力のある奴等が集まるわけだから、

当然更に力を増していくその集団はそれ以外のものに対して酷く高圧的になってきている。

俺自身は腕に覚えのある人間に見えたのか、直ぐに権力側に迎え入れられたがな……。

まあなんと言うか、人としてどうよ?と思うような連中が多い事多い事。


勿論俺もそれなりに雰囲気に"合わせた"言動をするように心がけているが、

敵対されたならともかく、

こちらから嫌われてやるような行動がどんなに馬鹿な事か判ってないんだよなコイツ等。

はぁ。まー俺のキャラじゃないが多少は忠告しておくか。


「ふん。このカーヴァー様に逆らうからだ。コイツを片付けておけ」

「あー、カーヴァー様。無碍に命まで奪うのはどうかと?」


「なんだカルマ?……だったか。お前も俺に意見するのか」

「いいえいいえ。ただ向こうの連中も怖がってるみたいですし」


「そんな訳は無い!なあ皆?」

「「「「あ、あー。はい、そ、その通りでございます!」」」」


「そうだろうそうだろう!見たか。貴様は心配しすぎだ。ここでカーヴァー様に逆らえる奴などいない!」

「……はっ」


あーあ。見ろよ、広間の隅に居る大多数の連中の顔。

内心どんだけ恨まれてるか判らないぞ?

あー、こう言う人間同士の内紛を煽る様な事を蟻がやってるかと思うと洒落にならんな。

……え?本当にそこまで考えてるのかって?

そりゃそうさ。近くの壁に親指ほどの小さな蟻が一匹居るんだけどよ。

あれ、何時も同じ位置にいるんだよ。しかも何時もこっち見てる。監視の可能性が高い。

こうやって人間を管理してるんだろな。そして群れから離れた奴をパクリ!と言うわけだ。


さて、現在囚われの人間たちは三つの派閥に分かれている。


先ずはカーヴァー派。

俺も一応所属するグループだ。人数は現在80人ほど居る。

カーヴァーと言う戦士を中心にしてその奴隷の剣闘士ホルスと、

俺のようにスカウトされた腕の立つ連中で構成されている支配層。

そしてその命令に従って僅かな水を得る為に動き回る被支配層に分かれている。

人数は多いが、結束は皆無だな。

リーダーは脳筋で快楽主義者。正直山賊の頭だと言われても違和感が無い。

奴の奴隷であるホルスは恐ろしく腕が立ち、水源を確保しているのは実質彼だと言っても良い。

非常に誠実な人柄で、カーヴァーが上手くやっているのはホルスがいるからだと断言出来る。

因みにコイツは直接戦闘なら俺より上だ。

つまり持ち主ごと叩き切って解決するには俺自身の能力が足りない。

まあ総括すれば既に外に出る事よりここで楽しく暮らす事が目的になってる連中とその犬だ。

……おめでたい話だよ全く。


そして反カーヴァー派。

名前の通りカーヴァーの圧制と言うか我侭に対し反旗を翻した奴等だ。

人数は殺されたり補充されたりで安定しないがまあ常時15~16人くらい。

少し離れた場所にある広間を根拠地にしている。

水源を巡って時折襲撃を仕掛けてくるのだが、

その体力を脱出に使えと声を大にして言いたい。


そして中立派。

どちらに付くでもなく自力での探索と脱出手段の捜索を行っているまともなグループ。

と言うか個人達だ。名目上グループとして分けた。

自分で水と食料を確保できる連中であり、人格者も多い。

信用できる連中は殆どこのグループだが、同時に一番蟻にやられやすい連中でもある。


カーヴァー派と反カーヴァー派は直接争っている。

それだけなら良いが、その双方が自分達に付かないと言う理由で中立派に対し圧力をかけてる状態だ。

因みに中立派は中立派で前述の両派を「語るに値しない連中」と無視を決め込んでいる有様。

ったく、蟻どもの思い通りじゃないかよ。


まあ、要するにだ。

俺はこの地下奴隷集落の階層問題をどうにかしなけりゃならない訳だ。

やらなきゃ来月末……後一ヶ月位で蟻の餌だからな。

それに気付いてるのが俺ともう一人だけみたいだし、たった二人でどうにかしなきゃならんのよ。

そしてそれから更に脱出か、あるいは女王打倒の算段を付けないとならない。

正直気が重いどころじゃ無いぞこれ。

出来なかったら?十中八九死ぬ。俺含めて全員。

そういう訳で俺が助かるためにも何とかせなならん訳。


……。


そんなこんなでまた数日が経過している。進展は余り無いが何もしない訳にはいかない。

さて、そういう訳で今日も行動開始だ。

本日の俺の割り当て分であるコップ一杯の水を持って、と。


「カーヴァー様、ちょっくら女漁って来ます」

「うむ、ゆっくりして来い」


そっけなく断りを入れ広間から出て行く俺。

そしてそんな俺の持つコップ一杯の水に群がろうとする人々。

ある者は宝石の付いた指輪を差し出し、

ある者は己の半身であったろう使い込まれた剣を見せ付ける。

そしてある者はしなを作って露骨に誘ってきた。


あー、なんか嫌だ。昔カソの村で腐った芋食って生き永らえていた頃を思い出す。

……人間窮するとこんなもんだよな。

恐ろしい事だと思うが、この場所ではコップ一杯の水で大抵のものは手に入る。

無論ここにあるものならと注は付くが。


……また新顔が増えている。今日だけで五人は増えたか。

急がないと、まずいかも知れない。

取り合えず差し出される手にこっそり水を分けてやり、空のコップを持って奥へと向かう。


……。


広間から出て暗い通路を進む。

単独行動は蟻の餌食になれと言わんばかりだが、

信用できそうな人間が居ないのだからしょうがない。


「悪い。遅くなったな、ルン?」

「構わない」


30分ほど歩いた所にある小さな広間に待ち人は居た。

以前助けられた女魔法使いルーンハイム。

あの広間にたどり着いてから数日後に彼女……ルンと再会した俺は、

何か礼がしたいと思っていたので水を持って行ったのだが別に必要ないとの事だった。


それで代わりに頼まれたのが情報収集。


中立派と言うかあそこに近づきたくないと言うルンの為に一肌脱ぐ事になったのである。

別に危険な事ではない。その日あった事を話して聞かせるだけだ。

それに現状の危険さを理解できる人間は貴重だ。存在してくれているだけで精神的に助かる。


「それで現状は」

「まあ最悪だな。人口は増える一方だが水の量は以前のままだ」


そう。人が増えるのは良いがこの場所にある水は新規の連中が持ってくる分と、

あの広間の頼りない湧き水だけだ。


人の流入量が増えた理由はわかっている。

軍の総攻撃の前にと焦った連中が次々に囚われているのだ。

数日前に比べ行方不明……蟻に食われる人数も増えたがそれ以上に増えるスピードが速すぎる。

無論食料も足りている筈が無い。

一ヵ月後の総攻撃の前に餓死者続出と言う結果になる可能性は高い。

それどころか数に物を言わせた暴動にでもなったら?


……別によく知らん連中がどうなろうが構わない。

ただ、あの人数から逃れた上で蟻の大群と戦う自信は無い。

そうなる前に何とかしないと、と俺は考える。


「早くしないと沢山犠牲が出る。それは阻止したい」


ルンはそう考えているようだ。

ご立派な事で。とも思うがそれに助けられたのが俺である。

出来る事なら何とかしてやりたいよな?


それともう1つ何とかせねばと思う事がある。


「それじゃあ次は三日後に」

「あー、待てよルン?」


ポケットからビスケットを取り出す。

昨日、被支配層の奴からコップ一杯分の水と交換で貰ったもんだ。

……交換した奴には泣いて感謝されたよ。あー胸糞悪い。

なんで水とビスケットの交換で感謝されねばならんのだ。

なんだかムカつくがどうしようもない。

無力だよな。支配層に喧嘩売って勝つにはいかんせん戦力が足りない。


まあ、それはともかく時折こうやって食い物を持ってきている訳だ。


「ほれ食え。いらないなら今ここで俺が食う」

「……ぁ」


何でかって?だってコイツ蟻が置いて行く食料見つけても口を付けないんだよ。

まあ、腐りかけた犬の肉とかだしな。

出自が良いとこ出身みたいだし、プライドが許さないのか……もしくは怖いのか。

まあそういう訳で腹空かしてふらふらしてる事が増えたんで、一度心配して持って来た訳だ。

そんでもって、今持って来ているのは……まあ趣味だな。


「ほれほれ、それじゃあ交換にしよう。何時も通り雨を呼んでくれ」

「ん」


しかもただで貰うのは許せないらしい。

生真面目と言うか健気と言うか。まあ難儀な性格なのは間違い無いので

俺を助けた時使った"降雨(レインコール)"で水を用意してもらって、

代わりに食料を提供すると言う形態にした。


ただ、それで俺が物を得るのは気に入らないようで、

この場で飲んでいく事を条件にされている。


『~~♪……降雨(レインコール)』

(子供の頃聞いた歌か。相変わらずこの詠唱は望郷を誘うね。……歌詞?気にするな)



実はルンの奴、でっかいマントで印を隠して魔法を使うのでまだ俺は降雨の魔法を覚えられないで居る。

なんでも魔法使いにとって自家に伝わる魔法を真似されるのは盗まれるのと同様らしい。

まあそれはさておき。


「それじゃあ飲んでくぞ」

「いただきます」


うん、一見すると無口無表情系だと勘違いするような無表情が一気に緩んだ。

つり眼だと思ってたが、それも一気にたれ眼気味に変化してるし。

小さな口で今日もまた幸せそうに"はもはも"と。これはなんと言う小動物だ?


最初は干し肉だったっけ。

殊更無感動にありがとう、とだけ言われたが口にした途端一気に表情が崩れて。

そんで一瞬後、はっとしたように無表情に戻るとか。

……どんだけ無表情装ってるんだか。なんて思ったもんだ。


そして興味本位で何度か同じ事を繰り返し、俺は確信に至ったのである。

この子はヤマアラシか何かだと。

……可愛げが足りんな。ハリネズミにしておく。……大して変わらんかも知れんが。


まあ要するに他人を過剰に警戒してるんだな。


そう思ったらなんと言えば良いか……なんだか他人とは思えなくてな。

頼まれた情報を持って来つつ、餌付け用のお菓子とかを毎回持って来るようになったと。

うん、段々警戒感が無くなって時々笑顔とか見せるようになって行くのが楽しくて、

最近は自分の食うべき分まで渡したりとかしてます。

凄ぇ楽しい。つーか面白い……と言うより何か嬉しい、なのかねこれは?


「ごちそうさま」


しまった、考え事してる内に本日のハムスタータイム終了。

眺めそこなったよ畜生。


そんな馬鹿な事を考えていたためか。

俺は彼女が予想以上に焦っている事に気付かないで居た。


「……状況は悪くなる一方」

「そうだな。このままだと蟻の前に人間同士の戦いでやられちまう」


「何とかしないと」

「そうだな。……あのカーヴァーさえ何とかできればいいんだがなー」


その何とかが難しい訳だが。


兎に角あのホルスを何とか無力化するか、

カーヴァーを孤立させて倒す必要がある。

俺とホルスを除いても戦闘能力Bランク級の側近が10人は居るし、せめてそいつ等をどうにかしないと。


……気付けば一人になっていた。

ルンは何時の間に出て行ったんだろう。


まああの広間でそこのボスを倒す算段を考えるのも神経を使う。

もう少しここでゆっくり考えていくか。


……何か良い手は無いか?


1、反対派と協調してカーヴァーを倒す

危険。そもそも接触した時点で疑われるし、向こうも話を聞く気が無さそう。


2、広間は無視して俺も中立化し探索に入る

リスクが大。今後安全に休める場所を確保する事が困難になる。

長期化する可能性を考えるとまだその手は取れない。

……月末三日前まで解決しない場合に採用。


3、被支配層を扇動してプチクーデター

無理。戦力差が大きいし既に諦めてる人間が多い。


4、新規組を結集して新派閥結成

無意味。今更集めても時間が足らん。対立関係を複雑化するだけだ。

そもそも新規組を俺に従わす事が出来るか不明。


ふぅむ。

考えてみても即効性のある方策なんて出てこないもんだな。

……実はホルス対策は既に考えてある。

ただ、その為には全員の意識を俺から数秒で良いから引き離さなきゃならないんだよな……。


あー、あんまり遅くてもおかしいかもな。

さっさと戻るか。あの家畜小屋に。


……。


そして広間に戻った俺は唖然としている。

勿論周囲のみんなの視線も中央に釘付けだ。


「うむ。君の言いたい事は良く判った。だが俺のやり方に口を挟むのは気に入らないな」

「それでも考慮して欲しい」


ルンよ。お前何やってんだ。

独裁者に直談判とか非常識にも程があるんだが?


「無理だ。脱出の為に全力を注ぐのはもっともだが、今は反対派との戦争中なのだよ」

「ここから出られれば反対派も無い。みんなの為」


そりゃ、そりゃ正論だ。

だが相手はもう"出たがってない"んだぞ?

そんな説得が効くのかよ?


「みんな?なんで俺がこいつ等のために何かしてやらねばならんのか理解に苦しむな」

「蟻の家畜のままで構わない?」


あ、馬鹿。それは禁句だ。


「ほぉ?俺が奴隷?奴隷だと言いたいのか?」


周囲の空気が一気に冷え込んだんだが。

そろそろと広間を逃げ出す奴まで現れたぞ?

それにしてもせっかくあの独裁者が話を聞いてくれてたってのにみすみす無駄にしちまったか。

実は千載一遇のチャンスだったのかもしれなかったんだが。機嫌的に。


「……ホルス!この馬鹿な子供を叩き切れぃ!」

「は、はい。偉大なる旦那様」


いきなりホルスを出しやがった!

駄目だ、殺されるぞ!?


「貴方の考え自体は賛同したいのですが、もう少しカーヴァー様の性格をお考え……今更ですね。お覚悟を」

「もう準備は出来てる」


ルンが軽く後ろに二度三度と飛んで、広間の壁を背にした。

背後からの奇襲を防いだつもりなのか?

だが、相手は相当の猛者だ。純魔法使いの運動能力で詠唱完了まで避けきれるのか?


……ルンの詠唱が始まる。

残念ながらささやくような小さな声のためここまで声が届かないし、

マントに隠して印を切っている為に何の魔法を使おうとしているか判らない。


いや、多分わざとだ。こうやって相手から己の手札を隠しているのだろう。

だが遅すぎる!既にホルスの槍が眼前に来てるじゃ


……弾いた!

眼に見えない、言わば不可視の壁のようなものがホルスの槍を本人毎弾き返した!

二撃目、三撃目……幾度と無くホルスは槍を振るうがまるで届かない。

傍目にはホルスのパントマイムのようにも見えるが、これは一体?


『……風精の舞踏(エアリアル・ロンド)』

「くっ!?」


術名は聴こえた。風精の舞踏、か。

その名の通り風を操る術のようだ。

ルンの両腕が交差し、その広げられた両手から大量の風が吹き出している。


「くっ!うっ!……押し戻される!」

「ええい、ホルス!何をもたもたしているのだ?」


しかもそれだけではない。

大量の風で相手を押し戻すのみではなく、小さな風の刃を大量に発生させているようだ。

ホルスの体に細かい無数の傷が刻み込まれていく。どころか後方の連中がとばっちりを食らって切り刻まれてやがる。

暴風吹き荒れる中、前方から大量のカミソリが飛んで切るような状況なんて、正直想像もしたくない。


「くっ、風はともかく、なんなのですかあの見えない壁は!?」

「祖国マナリアが秘術、防壁(ガードウォール)」


防壁?

そう言えばルンに魔法使いが一人で戦えるのか?

と聞いた事があったが、その回答が確かそんな名前の術だったような。


各家で口伝される、とか言ってたな。

それで安全地帯を作って詠唱時間を稼ぐ、だったか?。


術者を中心に、破壊されるまであらゆる攻撃を弾き返し続けるその防壁さえあれば、

魔法使いでも前衛無しで戦えるらしい。


詠唱に特別時間がかかると言う話だったが……、

なるほど、直前にあらかじめ唱えておけば戦闘の邪魔にならないか。

考えたもんだ。


「魔法王国の方でしたか。ですがあの"防壁"ならば叩き続ければ何時か破壊できるはず!」

「その前に貴方が倒れるのが先」


風が止むと共に再び剣闘士ホルスが突っ込んでいく。

槍が薙ぐ、突く、振り回される!


……確かに少しづつ壁が後退してる。

さっきまで不可視の壁だった場所にじわじわと穂先が突き刺さりつつある。

やはりじわじわとダメージを受けているようだ。

だが、ルンの次なる詠唱もまた進んでいるぞ?


不可視の防壁が砕かれると同時に次なる魔法が完成した。


『氷壁(アイスウォール)』


不可視の壁の次は氷の壁か!

ホルスの眼前に巨大な氷の塊が落ちてくる!せり上がる!

なんとか回避したようだが、今度は残った氷塊が壁となって立ちふさがっている。


「これは、近づくのに苦労しそうですね!」


周囲を包む氷の壁を槍で削っていくホルスだが、見事に足止めされているな。

分厚い氷の壁を突破するのに3分くらいかかりそうだ。

勿論極めて分厚い氷柱の様な氷壁を、一気にカキ氷に出来る体力と技量は尋常ではないが。


だがやはりと言うか、ルンの第三撃が詠唱開始されてるぞ?

……次で決める気だなこれは。

詠唱が長いし、ここまで内容が聞こえて来る。


『……最後にお好みでシロップを乗せれば出来上がり。これこそが"氷菓子の揚げ物"(フライドアイス)』


ちょっと待てぃ!


なんでいきなりどこぞの三分間クッキングなんだよ!?

しかも何がフライドアイスだ?

それは"アイスクリームの天麩羅"って言うんだ普通は!

で?威力は?強いんだよな?当然強いんだよなぁ!?


「ぐあああああああっ!」

「ほ、ホルスーーーッ!?」



……本当に、強ええええええええぇぇぇぇっ!



敵の関節を氷結させて動きを封じ、

そこに炎と爆発をぶつけるとか、どんだけ鬼畜なんだこれ?

しかも爆発前に全身に何処からか可燃性と思われる液体が付着する演出付き。

……焚き付けか?焚きつけなのか?


今一度プロセスを整理すると、

1、関節を凍らせて動きを止める(アイスの仕込み)
2、全身に油が付着(衣を付ける)
3、大爆発&炎上(揚げる)


ちょっと違う気もするが、まさしく生きながらアイスの天麩羅にされるわけか。

非道過ぎる。まさしく鬼畜、なんと言う必殺技。


……で、だ。


「まさか、ここまで一方的にしてやられるとは思いませんでした」

「嘘」


そこまでやって相手が生き延びたらどうするつもりなんだ?

しかも嘘、とかつまりこの先は無いのか?


「でももう動けない筈」

「ええ。確かにまともに歩けませんし、片手も満足に動きませんね」


「……なら距離を」

「取らせませんよ!」


ルンが意外なほど軽いステップで壁伝いに逃げを打つが、ホルスは槍の投擲で対抗する気だ。

片腕が残って無ければこれで積みだったんだろうがな。惜しい。

だが、片腕の力だけで何処までやれるか……あ、外れた?

いや違う!


「うぐっ!?」

「狙い通り。これでもう魔法は使えませんね?」


ルンの手のひらが壁に縫い付けられた!

あれじゃあ印を組むどころか逃げる事も出来ない。

凄い腕前……って言ってる場合じゃない!


……。


《side ホルス》

今まで、奴隷剣闘士として生きてきました。主のためにさまざまな事をしてきました。

今までにもこのような事態に陥った事が何度もあります。

そんな時、主の行動は決まっていました。

……彼女の容姿は優れています。

なればこそ、この後起こるであろう狂宴は容易に想像できると言うもの。


「さて、ルンさんでしたか。貴方には二つの選択肢があります」

「ふた、つ?」


「はい、このまま私に討たれる道と、主の下へ生きたまま連れて行かれる道です」

「降伏か、死」


「主の下で屈辱の生を送るか、今ここで誇りある死を選ぶか。どちらかです」


とは言え、私に出来るのはこれぐらいです。

生きて泥に塗れるか、誇りと共に死を選ぶか。せめてそれぐらいは本人に選ばせてあげたいと思います。


「いや!その答えは俺が決める。ここにつれて来い。お前たちにも良いものを見せてやるぞ」


……残念ですが時間切れのようですね。

私は奴隷。主に仕える物であり主の命令は絶対。

例えどんなに許しがたい行いばかりする主でも、主は主。

どんな命令でも従わなければなりません。


彼女には可哀想ですが、時間切れまで決められないのもひとつの選択。

主の下へ連れて行かねばなりません。

全身に力を込めて全身を覆う氷を粉砕し、彼女の腕を掴みました。

痛そうですがそこは我慢して頂かないといけません。


「ふあーっはっはっは!俺に逆らうとどうなるか、じっくり理解して貰わねばならんな皆!」


どうして私はこんな主に買われてしまったのか。

そう思うだけ無駄な事なのですが、時折そう考えてしまう事があります。

……おや?


「そう!俺こそカーヴァー!この町の支配者!俺こそが法!秩序!そして俺こそが」

「蟻の奴隷の山賊親分!」


主の片腕が、飛んで、行く?


……。


《side カルマ》

やけに盛り上がってる馬鹿に向かって剣を振り下ろす。

狙いは腕、まだ命はとらない。


「蟻の奴隷の山賊親分!」


振り上げた拳がそのままの勢いで宙を飛ぶ。

俺はそれを受け止め、指輪を外した上で丁重にお返ししてやった。


「ホルス!今日からお前の主は俺だ!」


それだけ叫んでルン達の下へ行く。

……準備は不足。根回しもまだ。

だが千載一遇のチャンスではあった。

最大の問題である最初の一歩がどうにかできるなら危険を冒す価値は十分にある。

それにルンは命の恩人。見捨てるのも気分が悪いんでな。


それじゃあ、一世一代の大舞台。

格好付けて行ってみますか!


……。


「悪いなカーヴァー。お前の切り札、奪わせて貰ったぜ?」

「き、貴様!俺の王国を横取りする気だな?」


「はっ!誰がこんな家畜小屋を欲しがるかよ」

「何だと?良い度胸だ。おいお前等、こいつを殺ったらどんな望みでも叶えてやるぞ!」


おーおー来る来る、雑魚が一杯。

いやー、さっきまで人間に見えてた奴等が急に"別な何か"に見えてきた。

良い傾向だ。これなら幾ら切り倒しても良心が痛まん。

この状況で襲いかかってくるのは山賊だ。

山賊なんてもんは人間じゃない。ただのクズだ。クズならどんだけ処分しても良い。


「ホルス」

「あ、は、はい……主、殿?」


「傷はどうだ?動けるか?」

「え?傷?傷ですか?……まだ動けます。そもそもサンドールの民は熱の変化に強いものですし」


「ならいい。お前に今求める事は1つ。ルンを守れ、以上だ」

「……はい!」


いい返事だ。さっきまで敵だった俺の言葉に戸惑っていたようだが、

任務内容を聞いた途端に喜色が顔に浮かんでいる。


この男は善人だ。ここに来てから今までよく観察したが、

あの男のやり方には全く賛同してなかったようだしな。

これなら奴隷云々抜きでも後ろを任せられる。


「さあて、来いよ。特別に一撃食らってやる」

「舐めるなああっ!」


被支配層の軽戦士か。結構な古株らしいが……あー、切りかかられた時点でもう人に見えないな。

特別恩がある訳でもないし。


「……嘘だろ。俺の剣が、ガードも無しに弾かれた?」

「剣も錆び付きだが腕も錆付いたか?」


残念だが既に"硬化"済みだ。錆びたサーベルなんか通す訳が無い。

……最初が肝心だと言う事もあるので胴をなぎ払って真っ二つにしておく。


「うわあああああっ!」


今度も被支配層の……あー、日々の水にも困ってたオッサンだ。

そう言えばこの間のビスケットはこの人と交換したっけな。

よし、生存承認。なんてな?


「ふぎゃああああっ!」

「こないだのビスケット、結構美味かったみたいだから生かしとくわ!」


鉄拳で吹き飛ばす。

生存とか言っておきながらかなり派手にぶっ飛ばしたが……まあ気にするな。

結構しぶとい人だからこれでも多分生き残るだろ。


「どっせーい!」

「今度は二人一緒じゃい!」


えーと、遂に支配層来ました。太っちょとのっぽの二人組み。

こいつ等も冒険者ランクBらしいけどとてもそうは見えん。

まー、取り合えずさっくりと行っとくか。


「うぎゃあああ!?」

「攻撃効かないなんて反則だあああっ!」


「やかましい!お前等の攻撃が力不足なだけだ!」


……。


それから10分もすると、俺の足元には屍がゴロゴロと転がっていた。

既に自分からかかって来る奴は居ない。


「し、信じられん……あれだけの猛攻を無傷でだと?」

「ヴァーカー?もういい加減にあきらめたらどうだ。試合終了だぞ?」


「カーヴァーだ!……絶対に許さん!皆、弓を取れ。針鼠にしてくれる!」


おっと、遂に総攻撃か。

思ったより速いがまあ硬化はまだ解けてない。弓で来るなら……折れるな。


「ば、馬鹿な!?弓を弾くだと?」

「これで終わりか?」


今まで褒美目当てで眼の色変わっていた敵どもの雰囲気が変わった。

それは恐怖。そして畏怖。

有り得ない事態に恐慌をきたしかけている奴もいる。

……よぉし、ここからが勝負だな。

こいつ等を全滅させても俺の利益にはならんし、どうにかしなきゃならんからな!


「まだ、続けるのか?」

「まだだ、まだ終わってなど居ない!」


「お前には聞いて無ぇ!」

「何だと!?」


俺は広間を見渡す。


「聞け。お前等はこのままだと連合軍が助けてくれると思っているかも知れんが、それは間違いだ!」


本当は助けてくれるかもしれない。

だが、助けてくれないかも知れない以上、

待つと言う選択肢は取れない。

故に俺はあえて助けて貰える可能性を無視した。


「連合軍が攻め込んだその日、自分が蟻の立場だったらと想像してみろ。俺たちを生かしておくと思うか?」


今まで自分が蟻の立場になったら、等と考える奴はいなかっただろう。

だが、頭を冷やして考えてみればわかる筈だ。現状の危険さが。


「だが、俺たちは派閥争いをするだけで問題を解決しようとはして来なかった!今こそここから出る時だ!」

「無理を言うな!それにここで生き延びていればきっと助けは来る!騙されるな!」


「言っておくが。カーヴァー、アンタは終わりだ」

「そんな筈はない!」


まだ気付いていないのか?

すっと俺が指差した方角には反カーヴァー派の斥候が居た。

それを見て慌てて逃げていったがこの混乱に乗じて反カーヴァー派が勢いづいて乗り込んで来るのは間違いない。

さて、半減した戦力でその襲撃を乗り越えれるのかねぇ?


まあ奴等への生贄としてここまで生かしておいたんだけどな。カーヴァーさんよ?

反カーヴァー派が俺達にまで矛先向けて来たらたまったもんじゃないし。


「き、貴様謀ったな!?」

「いや?実に順当な原因と結果だ。……さて決めて貰おうか、ここに残るか。俺と共に出て行くか」


周囲が一気にざわめいた。

当然だな。

こいつ等は全員、俺がこの広間と水源を乗っ取るつもりだと思っていた筈だ。


「な、何を言っている?水無しでこの先どう過ごすと言うのか?」

「水ならそこのルンが用意できる。それに俺に着いて来れば、こういう特典がある」


俺はルンの手を取る。

白魚のようなという形容がしっくり来る筈のその手は、

今や槍で貫かれた跡から骨まで覗くような状態だった。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力』


治癒の魔力により急速に傷が塞がって行く。

……この場に神官は居ない。

俺自身ここの連中の前で魔法を使ったのは初めてだ。

それだけにインパクトはでかいだろう。


「……神官?」

「いいや、ただの冒険者だ」


眼をぱちくりさせるルンは取り合えず置いておいて、広間の連中の説得を続ける。


「見たか?傷を受ければ癒してやろう。そして……俺には出口の心当たりがある」

「嘘を言うな!ここにはもう10年も閉じ込められている奴だっている。出口など無い!」


馬鹿な事を。入り口があるならそこが出口なんだよ。

まあカーヴァーは放っておくさ。何人かは理解してくれたみたいだしな。

……おーおー、焦ってる焦ってる。

自分の王国の崩壊は、流石に見ておれんわな?


「貴様等!そこの馬鹿に騙されるな!もし付いて行くと言うなら俺が」

『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


火球を発生させ、叫ぶカーヴァーに叩きつける。

熱さに耐えかね水場に逃げ込むもその小さな水源ではなかなか火は消えず、無様に転がり回るのみ。


「見ろ。水源なんて言ってもこんなもんだ。まあ、俺は行くが気が向いたら来な。……手遅れになる前に」


それだけ言えば判る奴はわかるだろう。

まだ痛がっているルンを背負い、ホルスと最初の説得で付いてきた連中に後に続けと言ってその場を後にする。

……暫くするとまた何人か追いかけてきた。

また暫くするともう何人か。

そして、もう暫くすると随分遠くなった広間から悲鳴と怒号が響いてくるようになった。


「反対派の総攻撃か。カーヴァーも終わりだな。……ホルス、悪いが暫く付き合って貰うぞ」

「指輪の持ち主が私の主。お付き合い致します」


横目で後ろを見ると合計二十名ほどが続いていた。

これなら何とかいけるかも知れん。


ある程度は想像したとおりの人数が集まってくれた事に感謝しつつ暗い通路を行く。

そして俺達は、俺があらかじめ目星を付けておいた場所に向かったのである。


……。


「ここだ」

「ここは……落とし穴の真下ですか?」


そう、ここは落とし穴の真下。

ここから数日置きに何人かの冒険者たちが落っこちてくる。

……けど、それってつまりここから上に上がれるって事だ。


高さがある?何のためにこれだけ人数集めたと思ってるんだ。


「そういう訳で組体操だ。体格の良い奴を下にする形で足場を組み、上に上がった奴がロープで下の連中を引っ張り上げる」


周りから「あー、成る程」とか「それぐらい俺でも考え付いた」とか聞こえて来る。

うんうん、そりゃそうだ。でもな?それを一番に考え付くのが凄いのさ。

いわゆるコロンブスの卵って奴だな。


それに、ここから先を考えるとどうしても人数が居るんだ。

ここから出た事を蟻たちが知ったら絶対に攻撃を仕掛けてくる筈。

それを振り切って脱出する方法を、俺は結局1つしか思い付いていないのだ。


あのゲームがまだ続いている事が前提だが……女王に一撃を食らわす。

恐らくそれだけが無事に外に出る唯一の方法。

だがその為にはこちらもある程度数を集める必要があった。


幸い、この辺から落ちてきたお陰で周囲の地形が判る奴がいるようだ。

ここに居る全員分の作った地図を足せば、もう一度女王の下にたどり着ける筈。

……さて、リベンジと行きますか!

続く



[6980] 11 女王蟻の女王 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:515c5899
Date: 2009/04/05 02:57
幻想立志転生伝

11

***冒険者シナリオ4 女王蟻の女王***

~いろんな意味で運命と出会った日 後篇~

《side カルマ》

集まってくれた連中の記憶や手製の地図を総動員し、この蟻の巣の全体図を作ろうと試みた。

だが、恐ろしい事に20人全員のものを足してなお、この大空洞の全体像を測る事もできなかった。


「それでも、入り口までの道のりは繋がりました」

「でも危険」


そう。それでも入り口までの経路を再構築できた事は大きい。

同時にそこまで至る道のあちこちに、

さまざまな意味で通行困難な難所が待ち受けている事も判明した。

けれど、いざとなったら脱出できるかもと言う希望を持てるのは確かだし、

なにより現在位置が判明した事が大きい。


「この空間は元々幼虫が居た場所だな。見事に片付けられているが」

「主殿のお考えどおり、蟻達は非常に高い知性を備えているようですね」

「外までは後5階層上がるといい」


ルンや半数ほどのメンバーは5階層上の出口へ直行する事を望んでいるようだが、できればそれは避けたい。

何せ後2階層下れば女王の間にまた行けるし、そもそもここに居るのは何のためだと言いたい。

……少なくとも俺は、一度地上に出たら二度とここに戻って来ようとは思わない自信がある。


「大変ですよ!」


どうやって半数も居る即帰還支持者を説得するかと考えていると、見張りを頼んでいた奴が飛び込んできた。

一体何があったんだ?


「あ、蟻がバリケードを築いてるんです!」

「はい?」


できる限り気配を殺しつつ、ゆっくりと前進する。

上層階へと繋がる坂道。その下り口近くに蟻たちが色々なごみや土砂を集め、

確かにバリケードらしき物を作り上げようとしていた。


ここから出さないつもりかとも思ったが、どちらかと言うと上からの攻撃に耐えるための物のようだ。

……まあ、ここから出られないという意味ではどちらでも同じだが。


後ろから絶望的なため息が聞こえたりもするが、俺個人としては逆に非常に価値ある情報を手にした気分だ。

連中、俺らの事に気付いてる。けど別に気にしていないようだ。


これは恐らくだが、俺達が……そしてそのリーダー格扱いの俺が余り危険視されていないという事ではないだろうか。

考えてみれば俺は別段蟻を虐殺しながら降りて来た訳ではないし、女王とは内容はともかくゲームまでしている。

これでもし最初に好戦的な蟻と出会っていたら、と思うとぞっとするがまあ結果オーライだ。


これなら付いてくる連中の士気さえ下がらなければ、

このまま下に降りて女王と交渉したほうが無事に出られそうだと思う。


最悪なのは暴走した奴が上の蟻に特攻しかける様な事態だが、殆どの奴はすっかり意気消沈しているし、

俺がどうにかできればそうそう問題にはならないだろう。


では、どうにかするしかないな。皆の為にも俺の為にも。


「皆、聞いてくれ。このまま上に行けば確実に蟻の、しかも強力な兵隊蟻の主力にぶつかる」


それを聞いて、皆の喉がゴクリと鳴った。

後は適当に上階層に上がる事のリスクを説いて下に行かせるだけ。

俺の都合もかなり入ってるが、この際これは言うまい。

上層階の警戒態勢に突っ込んで、外に出るまで戦い続けて生きて出られる自信も無いしな。


「そう言う訳で女王蟻の方へこっそりと向かう方が安全だと思う。場所は俺が知っている」


わいわいと一気に煩くなる。

やれ「自殺行為だ」だの「ちょっと落ち着いて」とか。

それに「倒せる訳が無い」って声が多いな。

どれ、ちょっと"大げさだが嘘ではない事実"で元気付けるか?


「なあに、女王蟻の護衛なんぞ俺一人で突破できるレベル。女王蟻と一騎打ちまでやったんだぞ?」

「でも負けた」


あー、ルンちゃん?ここで士気落とすような事言わない様に。

不安なのは判るが……いっちょここは格好付けてやるか。


「まあな。でも側面からの不意打ち&騙まし討ちさえ無けりゃ俺の勝ちだったかも知れんけどなー♪」


お、眼を見開いた。

もっとぼろ負けを想像してたか?

いや、まあぼろ負けはぼろ負けなんだが……嘘じゃないぞ?


そして周りの連中も……少しはやる気になったか。

情報のソースどころか、これから行う作戦の確証すら無しでマジ済まん。

だが何とか皆生きて帰れるようにするから何とか今回だけ付き合ってくれ……。


……。


半信半疑の連中も多いが、何とか全員一丸となって下層階に向かっている。

……俺自身ほっとしているが、兵隊蟻の出迎えが無いのはありがたい。


「それ、以前俺が倒した分が未だ補充されて無いぞ!」


取り合えず大嘘ではあるが訝しがる周囲の連中にはそう答えておく。

この際モチベーションを維持するほうが先決というもの。

しかしこれは良い傾向だ。

もしかしたら本当にまだゲームが生きてるかも知れん。


『一撃入れたら生かして返す』


どうにかしてこれを履行してもらう必要がある。

そしてその為にはまずその"一撃を入れる"必要があるわけだ。

その為に人手を増やした訳だがさて、上手く行くかどうか。


内心の不安を自信に満ちた表情で押し隠す。

……出来てるよな?

さあ、この先が女王の間だ。


……。


『おや、お主はこの間の』

『女王様、ゲームのリベンジに参りましたよ?』


女王の間は相変わらずだが周囲の蟻の編成が変わっているな。

以前より大型の兵隊蟻が占める割合が上がっている。

代わりに指先サイズの子蟻が殆ど見当たらないな。

まあ戦力的には大きくとも、耳や鼻から侵入される恐れが少ないのは本当にありがたい。

念の為に粘土で耳栓を用意出来るようにしておいたが無くても良さそうだ。

さて、後は先日の約束事が生きている事を祈るのみだが。


『驚いたの。まだ続ける気か?大した根性じゃが……まあよいわ』

『それじゃあまた一撃入れればこちらの勝ちと言う事で。行くぞ!』


向こうの返事を待たずに突っ込んでいく。

周囲の連中は今のやり取りが判らず目を白黒させてるが、

そちらにはあらかじめ指示しておいた通りに動くようにとだけ言っておく。

よし、取り合えず言質は取ったんだ。

後は俺一人用に設定されたルールをここの連中全員に適応させるように持っていく必要はあるが

まあ第一段階成功と言った所だ。


勝負後にまた別な勝負とは気が重いが、まずはここでゲームに勝つ事が第二段階突破の条件。

一度思考を切り替えるか!


「ルン。手はずどおりの"氷壁"を!」


詠唱中で答えられないルンが首をコクリと縦に振る。

そしてあらかじめ唱えさせておいた魔法が発動した。


『氷の壁か。何も無いところから生み出せるとは』

「悪いがこれだけじゃ終わらないぞ!」


何匹かの蟻を巻き込みながらせり上がり、降って来る氷壁達。

更にその片側が内側に傾いて倒れこんで逆側の氷壁にぶつかり、三角形の回廊を形作る。


『印の角度と向きで魔法の発動方向を変えられる事に気付いてさ。壁を傾けて生成させてみたが大成功だな』

『そうか。魔法とは便利なものじゃな?魔王が使われ過ぎぬようにと見張っておったのも道理よの』


そうなのか。まあ現在の俺には全然関係ない話だ。

大切なのはこれで上と横からの攻撃が無くなったと言う事。


即座に仲間の三分の二を背後の防御に回し、俺自身と残り三分の一で正面の女王に向かう。

氷の回廊の穴は前後にしか存在しない。

下の地盤は極めて固いし、これで相手の攻撃を制限できただろう。

そして俺達の背後は既に半数以上のメンバーで固めさせている。


「つまり!氷が融けるまでなら俺達は前進する事さえ考えりゃ良いのさ」

「主殿、私が先陣を切ります!」

「援護する」


女王と俺達の間には十重二十重の蟻の防衛網がある。

だが、今現在敵は正面からしか向かってこれない。

よって氷壁の回廊中央部に安全地帯が生まれた。


俺はその中央より少し正面寄りに位置し、治癒を使いながら戦局を見守る事になっている。

その後ろ、丁度中央付近にはルンやその他の魔法使いが陣取り、後方から仲間達への援護をはじめた。


氷の回廊を砦に見立て、入り口と出口を前衛で塞いで中央で回復と援護を行う陣形だ。

そして、チャンスと見れば俺自身が正面に突っ込む。

一応切り札も無い訳ではないし、一撃食らわす位なら行けるはず。

……後は機会を待つのみ。


「うぎゃ!腕が、腕があああっ!」

『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力』


「あ、治ってく」

「痛みが引き次第再度突っ込んでくれ。行けるな?」


重傷を負った奴を中央付近に引きずり込み、治療を施してまた前線に戻す。

その繰り返しだ。

相手の兵隊は無尽蔵に集まって来ているし、氷が融けるまでに相手に隙を作れるかが勝負だ。

一瞬でも良い。女王までの道に蟻が居ない状態を。その気なら一騎打ち出来る状況を作らないとならない。


『ほほほ、面白くなってきた。流石にわらわが見込んだだけの事はある』


何時見込んだんだこの人?

まあいい。前方入り口の一箇所に蟻が集まっているな?


「ルン。例の奴の詠唱を頼む。時間は?」

「一分持たせて」


その言葉を聞いて俺自身も前方に突っ込んだ。

それぐらいなら兵隊の相手も出来るだろう。


『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』


詠唱を参戦表明代わりに前方に特攻をかける。

最前列で頑張っていた連中を押しのけ回廊入り口で仁王立ち。

全力で腕を振り敵を引き付け続ける……!


いまや最前列は俺が兵隊を引き付け、

その後ろで今までの最前列担当メンバーが俺を抜けた相手を潰して行くような格好になっている。

……足元から子蟻が。

遂に来やがったか。何とか首より上に来る前に詠唱が終わって欲しいもんだが。


『……風精の舞踏(エアリアル・ロンド)!』


だが幸いにも予想より早く詠唱が完了したようだ。

広間で聞いた時よりずっとはっきりした声で聴こえたその声。


次の瞬間、後方から物凄い強風が吹きつけ、俺を周囲の蟻ごと吹き飛ばした!


……。


『チェックメイト……なんつて』

『前回と言い今回と言い、なんと言う出鱈目な』


暴風が吹き荒れた収まった時、俺は女王の喉に剣を突きつける事に成功していた。

そう。自ら敵ごと吹き飛ばされる事で、一気に敵を排除しつつ距離を詰める事に成功したのだ。

しかも女王は"風精の舞踏"の風の刃により、全身に小さなかすり傷を負っている。

……何だ、無理に全身切り刻まれながら突っ込む必要は無かったか。

まあ、鉄の肌のお陰で殆ど無傷だからどちらでも良いといえば良いのだが。


『まあよい。勝ちは譲りゃ?皆揃って出て行くと良いわ。うちの蟻どもは邪魔をせん』


おお!まるでこちらの考えを読んでいたかのような模範的回答!

女王蟻の女王様、話がわかる!

……少なくとも人間よりずっと話がわかるよ本当に。

まあ、何はさておき。


「よっしゃあああっ!これで無事に出られるぞ!」

「え?あの?そうなんですか主殿?」

「理解不能」


「た、確かに蟻の攻撃が止みましたけど」

「どっかに逃げてったぞ連中?」

「と言うかカルマさんよ。何でそんなことが判るんだ」

「どうでもいい!どうでもいいよ!兎に角助かったんだよね?だよね?」


全員無事か。足元に転がっているのは蟻達だけだ。

……どうやら全員生かしてここから出すと言う約束は守れそうだな。

いやしかし、仲間守りながらの戦闘は疲れる……一人で特攻してるほうが楽な気がするぞ本当に。


『さて、それでは土産をやらんとな』

『おお、忘れてた。指輪もくれるのか?』


『うむ、くれてやろう。……見事な采配であったぞ』

『お褒めに預かり光栄至極』


少しばかり疲れた顔の女王蟻が指に嵌めていた"ザンマの指輪"を投げて寄越した。

それは予想通り。約束を守る気高き女王の姿だ。想像するのはたやすい。

……ただ、その次の行動を予想する事はできなかった。


『わらわは女王蟻の女王。全ての"女王蟻"の母なり』


言葉と共に人差し指の爪が肥大化、硬化する。


『千年の時を生き永らえるも我が城の前には唾棄すべき雑兵の群れがある』


次なる言葉と共に指は天を向く。


『雑兵の前に屈する理由は無いが対抗するには力が足りぬ』


そして、女王蟻は己の指を喉に当て


『雑魚に我が首はやれぬ。勇者の子らよ、これを持ち手柄とせよ!』


己の首を、かき切った……。


……。


女王の自決。

そのあまりの超展開に誰も付いていけず呆然とする中、

幸いにも俺はいち早く精神の再構築を成功させていた。


……何故いきなり、と言う気持ちはあるが、

俺は先ほどの女王の言葉から大体の事情を察する事ができた。


「つまりさ。女王は判ってしまったんじゃないかな?」

「何が」


俺以外、誰も女王の言葉を理解できた者は居ない。

だから俺が語ってやらねばならないだろう。


「この蟻達、地上でも随分広い範囲をうろうろしてただろ?」

「そうですね主殿。キャンプも襲撃された事がありました」

「……もしかして知って、た?」


ルン、正解。


「そうだろうな。女王は総攻撃に耐えられないと理解してたんだろ」

「ですが私達に首を渡す真意が読めません」


そうだな。それは確かにそうだ。

卵管を引きずったあの体格では逃げられないのだろうが、

確かに別な解決方法は幾らでもありそうに思う。


「だから、自分を少数で打ち破った俺達なんだろ。数に押しつぶされるのは蟻の誇りが許さないとか」


だからこれは俺の私見。

実は内心これは無いだろとか思ってるけど、

ここに居る20人にとりあえずの回答を与えねばならない。

……少なくとも、俺が女王と普通に話していたと言う異常事態を余り追求されたくないし。

だから、話を無理に締めて外に出る事にした。


「ま、判らん事を考えてても仕方ない。むしろ賞金の使い道を考える事にしようぜ?」


金の話をしたら皆そっちに夢中になってる。

単純で非常に助かるよ。まあ俺も同じ立場ならそうなるだろうけどな。


……ただ、なんだか判らないが妙な不安がある。それが不気味でしょうがなかった。

それが何なのか、結局その場では判らなかったけどな。


……。


地上に出るまで一匹の蟻とも出会わなかった。

何か拍子抜けのような気持ちを抱えながらも太陽光の中に足を踏み入れる。


「やっはー!」
「太陽だ」
「生き延びたぞ俺達!」
「ついでにお金持ち決定、いえーい!」
「20分の1でも一人頭金貨50枚……遊んで暮らせるぞ」
「俺今日から神様信じる」
「ふひゃふひゃひゃ」
「カルマさんありがとな!」


皆思い思いの感想を口にしてるが、

何にせよ大喜びしてるのだけは間違いなかった。


「太陽がまぶしいな」

「これも主殿のお陰。お見事です」

「……水浴び、したい」


ふと、緊張の糸が切れて洞窟入り口に座り込む。

……マントに入れて抱えた女王蟻の頭部をそっと足の上に乗せた。

万が一にもこれ以上傷つかないように。


「やったなぁ俺達」

「そうですね主殿。……おやあれは」


おいおい、予想以上に速いぞ。ゲームオーバー直前かよ?


「連合軍」

「はい、ルン殿。数は五千は居そうですね」


各国の連合軍は既に巣の前から視認出来る位置まで進軍していた。

……思わずもう2~3日ゆっくりしておけば良かったのでは、という気持ちが芽生える。

けど、それじゃあ何一つ手に入らないどころか死んでた可能性もあるわけだし、

苦労に見合った報酬が手に入ったと考えたほうが良さそうだった。


誰かが軍に向かって走り寄っていく。

女王を倒したぞと誇らしげに。


眩しい日差しが視界を遮る。

……空はただただ青く……晴れ渡っていた。

***冒険者シナリオ4 完***

続く



[6980] 12 突発戦闘
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/03/15 22:45
幻想立志転生伝

12

***冒険者シナリオ5 突発戦闘***

~勇者が現れ、そして個人の限界を知る~

《side カルマ》

何とか蟻の巣を脱出した俺たち20人。

その目の前には連合軍5000が整然とした隊列を組み行進する姿が。


誰かが連合軍に駆け寄っていく。


「蟻の女王は倒したぞ!」


先頭を行く傭兵軍団の足が止まる。

続いてその他の諸侯の軍勢から伝令らしき兵達が駆け寄った奴に向かって走っていく。

連合軍まで組んでご苦労様だが無駄足になっちまったなぁ。

けどま、犠牲無しで済んだんだから感謝されてしかるべき

……斬られた?


……。


俺の目に入ってくる光景が理解できない。

いの一番に走っていった奴は、

主戦力としては数えられないが極めて有能な斥候だった。


俺たちが部屋の中で固まって打ち合わせている時、

あいつは一人周囲の見回りをしてくれていた。

女王との決戦の際は不得手ながらも短剣で小さめの蟻を優先的に潰して回ってくれた。

殆ど休息らしい休息もせず……要するに働き者だったと思う。


「どうして?」


誰かがそんな事を言ったが、それは俺の台詞でもある。

頭が上手く回ってくれない。


「ち、ちょっと抗議行って来ます!」

「そうだ!何であいつが殺されないといけねぇ?」

「あ、待てよ俺も行く!でも軍隊が相手をまともにしてくれるのか?」


何人かが殺された仲間の元に走っていく。

……駄目だ、止めろ。

けれども喉はカラカラに渇き、声が上手く出てこない。


……。


また、やられた。


今の連中は冒険者として中堅クラス。けして弱くない。

だが、長い戦闘と虜囚で疲れきっている。

幾ばくかの抵抗の後、真っ二つにされてしまった。


「え?え?何が、なにがおこってるの!?るの!?」

「俺やっぱ神様信じないぞ!何でだよ!?」


ふと気が付くと騎馬に乗った傭兵がこちらに向かって弓を


「ふせろおおおおおおおっ!」


つがえた事に気付いた瞬間呪縛が解けた。

息をするのももどかしく、肺に残った空気を全て使って叫んでいた。

だが、遅すぎた。

矢を脳天と喉に受け、二人分の体が地に伏せる。


「こ、これは、一体何が!?」

「わからない、けど」


そうだ、何が起こってるのかなんてわかる訳が無い。

今は兎に角この状況を何とかしないとならないだろう!?

……大きく息を吸い込み止まっていた脳味噌に新鮮な酸素を送り込む。

人とは考える葦だという。故に考え続けないといけない。

もし考える事を止めたら……楽にはなるが食い散らかされるのを待つのみだ。

まず、何はともあれ反撃を。


……しても、いいのか?


「ホルス。どう、思う?」

「主殿?」


まだ脳味噌が完全に働いていない。

ここは外側からの刺激が必要なんじゃないかと思う。

声が震えている。けど今回は勘弁だ。

ホルス、今はただ俺の話し相手になってくれ。

自分で考えを纏めるのに必要なんだ。

聞いてくれるだけでもいい。


「このまま反撃しても、いいと思うか?」

「え?ですが反撃しないと殺されてしまうのでは」


「反撃したら、それこそ相手に大義名分を与えちまうんじゃないか?」


周囲に残った数人の動きが一瞬止まる。


ここで反撃してしまえば軍に楯突いた不埒者とか何とかで幾らでも処理できる。

だが、問題なのは何もしなくても生かしておいてくれそうも無いことだ。


遠い記憶を辿る。


生まれるよりもなお昔、かつて生きていた世界で読み続けていた数多の物語。

時としてその結末に満足しない者達が新たな切り口で物語を紡ぐ事もあり、

様々なシチュエーションがそこにはあったはずだ。

その中で現状に当てはまる物は無いか?


……ああ、あった。

あり過ぎてどれが本当の理由か判らないくらいあるじゃないか。


1、最初に駆け寄ったアイツが無礼を働いた。

否。こちらに聞こえるくらいの大声だったが、殺されるような無礼とは思えない。


2、賊か何かと勘違いされた。

これも否。もし賊だと思われていたなら近寄らせて貰えなかった筈。


3、無駄足を踏まされた腹いせ。

否定できない。ただ、幾らなんでも複数国の連合軍でそこまで横暴出来るのか疑問だが。


4、女王の首狙い=賞金狙い。

有り得る。普通の国軍ならいざ知らず、最前列に居るのは傭兵だ。


そして、傭兵で思いついた事がある。


5、戦闘が起こらないと困る

傭兵と言うものは基本的に戦う事で金を得る。よってうやむやにして蟻の巣に突入。

中に何も居なくとも、戦った事にして金を得る。


答えは恐らく3~5のどれか、もしくはその複合条件だろう。

結局の所、食い扶持を奪われた傭兵達による物だという可能性が高い。


恐らく各国軍の斥候達に、傭兵どもがある事無い事吹き込んだのだろう。

何せ、斥候が寄って来るや否や切り殺しやがったからな。


……ただしこれは俺の推論でしか無い。

もしかしたら別な何かがあるのかもしれない。

けど、今はそうだと信じて行くしかないと思う。


何故って?

もし推論どおりなら、まだ望みがあるからだよ。


……。


ふと気が付くと、ホルスが俺を切り殺しに来た騎馬傭兵と切り結んでいるところだった。

ルンや他の皆は魂が抜けたように座り込んでしまっている。


「クソッたれ!」


馬の側面から傭兵の足を取り引き摺り下ろす。

切り殺してやりたいところだが、それでは向こうの思うままだ。

現状の打破の為、出来うる限り流血を避けつつ動かなければならない。


「皆!よく聞け。この状況をどうにかする方法を思いついた」

「本当ですか!?」


ちらりと横を見ると、既に傭兵達の一団がこちらに向かい列を成して向かって来ている。

連中に補足される前にこいつらを動けるようにしないと詰んでしまうな。

幸い歩兵なのが救いだが。


「いいか、俺らの敵は連合軍ではなくそれに雇われた傭兵どもだ」

「で、でも!傭兵だけでも1000人はいるぞ!?」

「それに、そんなことどうして判るんですか」

「いやだ、俺はここで死ぬのか!?しんじまうのか!?」

「絶対無理だ!どうしろっていうんだ!?」


一声ごとに周囲から様々な声が上がる。

判ってるさ。皆不安なんだ。

だけど悪いがその不安を取り除いている時間は無い。

一刻も早く動かないと皆殺しにされちまう、そしてそれは……!


「なあ、ここで皆殺されたら、俺達犯罪者にされちまうんだぞ?悔しくないか?」

「犯罪、者?」


「そうだルン。適当に証言偽造されて、手柄は奪われて……汚名しか残らない」

「嫌。それは駄目」


「そうだ。だから戦うんだ!連中の囲みを抜ければまだ望みはある!」


……必ずとは言えなかった。

どう考えても割に合わない危険な賭け。


それはすなわち傭兵の囲みを抜け、各国国軍の陣地に逃げ込む事。

そしてそこで傭兵どもの非道を告発する事だ。

それを信じさせる事が出来れば俺達の疑いは晴れ、傭兵どもは苦境に立たされるだろう。


だが基本的に味方の陣をすり抜けてきた正体不明の連中を、普通ならどう思う?

そう、基本的に疑いの目を向けられる。一言発する間も無く切り刻まれるやも知れない。

分の悪い賭け、なんてレベルじゃないがそれ以外の手が思いつかない。


……あ。


思いついた。この作戦にあるファクターを組み込む事で、

成功率を大幅に引き上げられる。


「ルン、この作戦の肝はお前だ」

「わたし?」


ルンは魔法国家マナリアの貴族だという。

そしてこの連合軍の右翼後方には、そう!マナリア軍が居る。

自国の貴族だというなら顔を覚えている人間が居る可能性は極めて高い。

信用してもらえる可能性も大幅に跳ね上がるというものだ。


「要するにルンをマナリアの陣に連れて行けば俺達の勝ちが見えてくる」

「何をすればいい」


「俺達の無実を勝ち取れれば一番いい。まあ、匿って貰えれば上出来だがな」


そして、最悪の場合俺達が皆殺しになってしまった時は。

……時間がかかっても構いやしないからせめて名誉の回復だけはして欲しいものだ。

その為にも、ルンをマナリア軍に届ける事だけは何としても成功させる必要がある。


まあ、こんな所で死ぬ気は毛頭無いがな。


……。


さっきの傭兵から奪った馬にホルスを乗せ、俺自身はルンを伴って移動開始。

そして、残りの11人を3つに分けそれぞれ別な方向に走らせた。

そのまま逃げ切ってくれと、それだけ言って。


……傭兵どもは上手く分散してくれたようだ。

後は皆が時間を稼いでいるうちに、一秒でも早くルンを送り届けるのみ。


「それで主殿、私はおとりと言う事で宜しいのですね?」

「そうだ。万一馬を狙い撃ちされないとも限らんしな……出来るだけ引っ掻き回してやれ」


「承知しました。それで何処に向かえば宜しいですか」

「無理はするなと念押しをしてから言わせて貰うが、敵陣中央だ。俺達も中央突破する」


ホルスが目を見開いたが別にそこまで理に適わない事を言った気は無い。

時間は無いし、迂回しても囲まれるだけ。

だったら最初から中央に突っ込んだほうが得と言うもの。

敵が包囲の袋を閉じる前に穴を開けてやるのさ!


まあ、最悪傭兵どもを無力化し得る切り札が無い訳でも無いしな。

気楽に行くさ。深刻ぶってもどうにもならん。


……。



「奴は馬鹿か?」

「いや、化け物……だ」


傭兵連中が呆然とする中、俺の剣が敵の射手の首を飛ばす。

他の連中には出来るだけ殺すなと言っておいたが、

俺に関してはどんだけ殺そうが、

マナリアの陣にルンを送り届けた後で助かる可能性に変化は無いと判断した。


何故かって?


貴族の娘を護衛して陣に入ってきた男を護る決断するような連中なら、

その為に出した犠牲ならば容認してくれるだろう。

そしてそれを認めないような連中なら、最初から俺を受け入れるとは思えないのだ。

要するに、マナリア兵の性格次第で俺が助かるかそうで無いかはもう既に決まってるって事。

だったら敵戦力は、恐れさせる意味も込めて出来るだけ潰しておいた方がいい。


「弓を弾きやがる!」

「き、来たアアアあっ!?」


敵の弓兵の一団を突っ切って俺とルンは進む。

その横ではホルスが見事な槍捌きで敵の数を削ってくれていた。

馬の機動力で見事なヒット&アウェイを繰り出すその姿に、

俺はその配置が間違いで無かった事を確信していた。


「私も」

「いや、ルンは身を守る事に専念してくれ」


ルンを戦わせる訳には行かない。

防壁で身を守らせた後は、ただ遅れずに付いて来てくれればそれで良い。

……何故ならルンの戦いは、陣地にたどり着いてから始まるのだから。


「敵が前に」

「……馬防柵か。野戦陣地とは厄介だな」


前進を続ける俺達の前に立ち塞がるは傭兵どもの野戦陣地。

ただし、仮想戦記系列に出て来るような本格的な物ではなく、

馬防柵の後ろに弓兵と槍兵が並んでいるだけの簡単なものだ。

だが非常に長く作ってあって、遠回りは困難。

……それじゃあ行くしかないな?


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


おらあっ!燃えろぉおおおおおおっ!


かつて、ギルド試験の際に使用した火球の連発攻撃だ!

脳内に戦闘音楽が鳴り響く程度にはノって来たぜこの野郎!


……気を失うほどには使えないので陣地のごく一部を焼いただけに終わったが、

それでもその区画を守備していた人間が消えた事は大きい。


この馬防柵は何本もの丸太を組み合わせ、縄で縛り上げて作ったものだ。

さっきの攻撃で横の面を支えていた縄が焼け落ち、耐久度は激減。

そしてそれを支え持たせるべき兵士は居ない。


……では行きますか。

本来なら対女王蟻戦の切り札だったんだが、ここで見せてやるよ!

俺の新技、アレンジ魔法を、な。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


火球とは僅かに異なる詠唱、そして同じ印。

だが詠唱が終わると同時に組み上げられた両手の間に炎で出来た球体が生み出される。

俺はそれを手にし、振りかぶって馬防柵に投げつけた!


「ルン、ホルス……閃光防御を!」


伸びの有るストレートのように火球は馬防柵に突っ込んでいく。

そして、それが柵に触れた時、異変が起きた。


「うわっ!?」

「眩しいぞ!?」


眩しいだけならまだ良いんだけどな?


「うああああああっ!?」
「ぎゃっ!」
「足が、足がアアあっ!」
「目が、目がああああっ!?」
「何も聞こえない、何も、何も……」


閃光が走った次の瞬間、火球が大爆発を起こした。

馬防柵どころか、周辺の無傷だった兵士達さえ五体をバラバラにされ吹き飛んでいく。


手榴弾なんて生易しい物じゃない。危うく投げた俺の所まで来るかと言う大爆発だ。

最初に来る閃光自体が、爆発の際に起きる副産物でしかない。

その事実からも威力の凄まじさが伺えるだろう。


本来女王蟻と戦う為のものだったため、予め20人全員に

閃光防御=目を護れの意味を教えておいた。

知らない傭兵連中は目を眩まされて慌ててる内に爆発に巻き込まれるって寸法だ。


元は火球の威力を上げれないかって試してた時に偶然生まれたもんだ。

それを色々な組み合わせを試しながら、この威力と効果範囲を実現させた。

……僅かに目が回るし、ザンマの指輪の光もかなり弱くなっている。

暫く時間を空けないと次の魔法を使うのは危険だなこれは。

まあ、乱用は出来ないが、切り札としては上出来じゃないか?


「凄い、ですね主殿」

「知らない。こんな魔法マナリアに無い」


ほれ、呆然としてる暇があるのか?

さっさと行くぞ?


「待って。これ、なに?」

「生き延びたら教えてやるから今は走れ」


その言葉を聞いた途端にルンがダッシュし始めた。

流石は魔法王国の貴族ともなれば、魔法に関しては凄い執着だ。


俺とホルスはその後を追う。

……ひとまず敵の包囲網は抜けた。

だが、その奥にはまだ傭兵軍団の本陣が無傷で残っている。


「やっぱ、引いてはくれないか」


ここまで派手にやったら驚いて、

割に合わないと撤退してくれるかもと淡い期待をしていた。

だが、相手の本陣は戦闘体制を崩していない。

そして……俺達の後方に他の連中を追いかけていた奴らが戻り始めている。

皆、無事に逃げ切っていてくれれば良いが。


まあ自分達の事を考えるほうが先だな。

もう直ぐ敵から挟み撃ちを食らう。

……残念だが後ろから迫る連中に追いつかれる前にマナリアの陣に辿り付く方法は一つ。

そう、敵本陣を突っ切るしかない。


これは蟻の巣の前で連合軍の陣を見たときから判っていた事。

……そして、それを成す為の方策はあるかと言うと。


ある。


『……風精の舞踏(エアリアル・ロンド)!』


突風が傭兵達の陣内を荒らす。

俺達はその隙を付き、陣内に一丸となって突入している。

……ルンを戦わせてしまったが、まあ一撃ぐらいいいだろう。

いざとなったら俺がやった事にするさ。

なにせ、これからやることに比べりゃ大した問題ではないんでな。

そういう訳で、俺は一番大きな天幕に向かった。

ホルスとルンには先に行って貰う。……俺の仕事は時間稼ぎだ。


と、二人には言ってあるが、実は違うんだなこれが。


「よお、アンタが傭兵の大将かい?」

「俺様が傭兵国家が国王、ビリー・ヤードだと知ってて言っているのか?」


傭兵国家、ブラックウイング。

……傭兵の派遣で国全体を食わせてるって話だが。

何てこった、コイツ等ある意味国軍じゃないか!

だがまあいい。どうせやる事は変わらん。


「やかましい。こっちを勝手に悪人に仕立てやがって」

「悪人だろう?俺様たちの仕事を、稼ぎを奪ったんだからな?」


やっぱりそれが原因か。

まあ、焼きを入れた程度の気持ちなんだろうが。

……俺の報復は痛いぞ?黒髭危機一髪モドキさんよ!


「知るか。そんなに稼ぎが大事ならさっさとあんたらだけで突入すれば良かっただろ!」

「大口顧客を無碍に出来るかよ!気に入らないな。失せろ!」


その声と共に周囲に控えていた屈強連中が20名ほどが一斉に立ち上がる。

ほぉ?失せろとはこの世から失せろという意味かよ。

……その言葉、そのまま返してやるよ!


『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』
『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』


その一言により俺の皮膚は鉄の如く硬くなり、

更に自己再生能力が飛躍的に上昇した。


「おらあっ!……ぬ!?」

「利かないな!」


「じゃあこれでどうよ!」

「……痛っ!だがまだまだだっ!」


「ば、化け物だあああああーーーッ!」

「逃げたきゃ逃げな!」


並みの攻撃は通しもせず、重い一撃も食らった傍から回復していく。

それに恐れをなした傭兵どもが隊列を乱して逃げ出すのに、大した時間はかからなかった。

そして遂に、傭兵の親玉。いや傭兵国家の王がその椅子からゆっくりと立ち上がる!

既に奴の側近は存在しないし、

この天幕を囲んでる他の傭兵どもは中にまで入ってこようとはしない。

……よぉし、数の差はこれで無いのも同じだ!


「まさか俺様の親衛隊が僅か数分で壊滅とはな」

「まあ、俺もこれで中々チートなんでね」


「ちーととやらが何かは知らんが、まあ珍しい戦闘スタイルではあるな」


ん?戦闘スタイル?

俺は別に特別な事してるわけじゃないが。


「身体強化魔法の重ねがけとはな。まあ贅沢な戦い方してやがる」


ああ、その事か。確かにそうだな。

俺は敵陣に突っ込む時に硬化をかける事が多い。

だが、この間倒れた後に不安になって調べたところ、

硬化や再生のような長く効果が続くタイプの魔法は、

効果が続いている限り魔力……MPを使い続けるようなのだ。

当然といえば当然ではあるが、その間魔力の回復は相当に遅くなると言う訳。

贅沢かと問われれば、確かにそうかもしれない。


まあ、俺がどう戦おうがあんたには関係ないだろ?


「俺はお前の闘い方に心当たりがある=倒し方もある。判るな?」

「脅そうとしても無駄だぞ」


……姿がぶれた!?


「ククククククク!俺様の素早さを甘く見たな!」

「嘘、だろ?」


気が付いた時にはもう既に、俺の腹の中ほどに一本のスティックが突き刺さっていた。

……ただの木製の棒が硬化を抜けた!と言うことはこのスティックも相当の業物か!?


「ククク!驚いたか!?これが俺様、ビリーの魔槍。キューだ」


ビリー・ヤードの魔槍キュー?

あー、ビリヤードキューね。あの玉コロ突く奴。

そんな物に俺は突き刺されたわけか。


……なめんな。


「痛いか?恐ろしいか?だがまだ許してなんかやらないぞ!?」

「要らねぇよ。馬鹿野郎」


突き刺された自称槍をそのままに、俺は一歩踏み出した。

そして、相手の眼前で両手を組む。

……相手の右足を自分の左足で踏んで押さえながら、な。


「な、なにをする!?」

『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


そして、俺は閃光に飲み込まれ……そのまま意識を失った。

魔力枯渇か爆風に吹っ飛ばされたかそれは判らない。

取りあえず言えるのは一つだ。


「ざまあ、みろ」


……。


ゆらり、ゆらり。

俺が揺れている。


「……ここは?」

「主殿!目を覚まされましたか!?」


俺はホルスに背負われていた。


「一体どうなった。状況を説明してくれ」

「そんな事より今は怪我の手当てを」


「気持ちだけ受け取っとく。今はまず情報が欲しい。……安心して眠る為にな」

「は、はい!」


それで、ホルスから語られた所によると……どうやら俺達の嫌疑は晴れたらしい。

よく二人だけでたどり着けたもんだと思ったが、

俺の自爆攻撃で傭兵国家の本陣は結局全焼。

傭兵達は驚いて逃げ出し始め散り散りとなってしまい、

その為実にあっけなくたどり着けたらしい。


んで、俺が何時までたってもやって来ないから探し回っていたら、

傭兵国家の本陣跡にボロボロで倒れていたと。

……え?傭兵達との戦いも罪に問われないって?

それは有り難いな、正直に言って。


「報告は以上になります」

「有難うよ、ホルス」


「いいえ。貴方のお役に立つのは非常に嬉しい事ですので」

「うん、有難う。……つまり、他の連中は全滅なんだな?」


ホルスが俯く。

まったく、コイツは本当に善人だ。


既に太陽が落ちかけている。

俺が本陣に突入したのは太陽の位置からして丁度正午ごろ。

こんな時間になっているなら当然皆の安否くらい入っている筈だ。

……それなのに報告が無いという事は、余り芳しくない結果だったのだろう。

そう思ってカマをかけて見たら案の定だ。


「は。はい……全員の戦死が、確認されて……います」


そうか。

……助かったのは、

俺達、だけか。


それはちょっと

……予想外だなぁ。


「なんでこんな事になっちまったんだろうな」

「少なくとも主殿のせいではありません!」


だと、いいんだけどな。

ただどうしても思っちまうんだよ。

……俺が下手に動かなけりゃ、もしかしたら地下広間の連中含め、

全員助かってたのかも知れないって。

可能性だけで動いて、全てを台無しにしちまったんじゃないかなって、さ。


「そんなことは無い」

「ルン殿。どうされましたか?」


いつの間にか横を並んで歩いていたルンが、俺の方をじっと見ていた。


「連合司令が呼んでる」

「そうですか、詳しい説明をせねばなりませんね」


そうか、嫌疑は晴れてもやった事はでかいからな。

まあ、説明責任の一つもあるか。

どちらにせよ、あんな連中を雇っていた責任者だ。

顔に茶の一杯もぶつけてやりたいと思っていたところだ。

いいだろう、顔を見に行ってやろうじゃないか。


「けど、その前に治癒を使わせてくれ……全身火傷で洒落にならん」

「伝えておく。明日にしてもらう」


ああ、頼むわ。

今日はもう。寝たい。


……。


翌朝、既に傷は八割方回復していた。

再生と治癒の同時使用による高速回復は、

殆どゲームの回復魔法に近いノリがある。

実に便利だ。

魔力も完全回復して精神疲労も無い。

まあほぼ全快したと言っても良いだろう。


「それじゃあ行くか、針の筵に座りにさ」

「は、針の筵!?拷問でもされるのですか!?」


あー。奴隷育ちで冗談が判らないのか?

取りあえず、歓迎されないだろうから心構えだけはしておけとだけ言っておくか。

……何せ、ルンは呼ばれず俺達だけ呼ばれたらしいからな。

あらゆる事態を想定しておくべきだろう。


……。


「と言うわけで、俺達は女王蟻を打倒して出て来ただけなのに無碍にされたのです」

「なるほど。あなた方の言い分はもっとも。わたくしの名においてその件を無罪とします」


さっそく予想外の事態。

針の筵ではなかった。

連合軍の司令官だというこの人はクロスと言うらしい。妙に優しげな風貌だが、

連合軍を率いる以上強かな人物であろう事は想像に難くない。


説明次第では即座に首を切られかねない。と思っていたが、

意外や意外、俺達の話を真摯に聞いてくれ、傭兵軍襲撃の件を無実と断じてくれたのだ。

これはありがたい。

こう言う良い意味で予想外な事態がこれからも続いてくれればいいのだが。


「おいクロス。殺された俺様の立場はどうなるんだ?」


続きませんでした。

……傭兵王ビリー、生きてやがったか。


「ビリー。今回の事はやりすぎです。公平に見て貴方が一方的に悪い」

「ククククク!よく言うぜ。教会の威光とやらの為に周辺国動かして討伐軍を出させた癖に」


「ビリー、人聞きの悪い事を言わないで下さい。世界の為、理想の為の第一歩なのですから」

「はいはい、教会の威光による緩やかな秩序の構築だったか?俺様耳にタコだぜ」


「とにかく!神の名の下にビリー王に命じます。彼等への謝罪をして下さい」

「嫌だねクロス。それにお前の神聖教団の神って何だ?」


「神は全能の存在です。地上の全ての民はその視界から逃れる事など出来ません」

「はっ!つまり神=教会の監視網=お前って訳だ。大したもんだなクロス大司教?」


……聞きたくないような話を目の前でされている気が。

横のホルスに至っては緊張の為か臨戦態勢で何時槍に手が伸びるか判らない状態だし。

あー、この場に俺達4人だけで本当に良かったと思うぞ?


「そもそもだ、旧幹部を残らず粛清したお前が理想を語るな」

「いい加減にしてください。カルマさん達が困っているでしょう」


「あ”?それこそよく言うぜ。コイツを生かして出す気なんか無いくせによ」

「それは仕方ない事です。ですがそれとこれとは別の問題ではないですか」


……え?


「とにかく彼に詫びて下さい。そうでないと次の裁きに入れません」

「あーあー判ったよ。すまねぇなカルマ……だったか。まあすぐ死ぬ奴だし良いけどよ」


「ふう、仕方ない人ですね。では次の裁きに参りましょう」

「いや、ちょっと待ってくれ。何で俺が殺されなきゃならない!?」


訳が判らないぞ?

なんでそんな事になってるんだ。

そもそもさっき、俺って無罪にならなかったか?


「わたくしは神聖教会大司教クロス。その裁きは公正でなければなりません」

「だったら無罪の人間を殺そうとかするな」


その時、第一印象で妙に優しげな風貌の男だと思った事が、読み違えであった事に気付いた。

この男……目が全く笑ってない。


「別件です。彼等をここに」

「俺様が連れてくるのか?まあいいけどよ」


そして、連れてこられたのは!


「お前等!無事だったのか!?」

「そんな馬鹿な。死亡が確認されたと聞いていたのですが?」


共に蟻や傭兵どもと戦った仲間達。


「彼等の証言に興味深い事がありましたので拘束させていただきました」


底冷えするような寒気がする。

大司教クロスの言葉は正にそうとしか言いようの無いものだった。


「冒険者カルマ」

「なんだ」


「貴方は神官の特権である治癒魔法を無断習得したのみに留まらず、私的使用を続けていますね」

「おい!それは元々あのシスターが」


「口を開く許可は出して居ません」

「……いいだろう。一応聞いてやるさ」


「経緯はともかく貴方は習得した神聖魔法を私利私欲の為に使い続けている」

「怪我を治すのがいけないことなのか」


「その通り。治癒の魔法は教会の象徴!軽々しく使用されては困ります。更に」

「更に何だ」


「あろう事か地下世界の派閥争いの材料に治癒の魔法を利用したそうじゃないですか!」

「怪我人治してやるのが神の意思に反するとでも言いたいのか!?」


「いいえ!ですが私の許可を取ってからにして欲しかった!」

「無茶言うな!」


凄まじい勢いでヒートアップしてやがる!

しかし、まさかあの一言がこんな事になるとは。

……しかし、皆もついてないな。目に浮かぶよ。

嬉々として語った武勇伝と、その結果の幽閉の一部始終がな。


あー駄目だ駄目だ!現実逃避してる場合じゃないだろ?


「そして何より問題なのは!」

「まだあるのかよ!」


「……ルーンハイムさんに、魔法の伝授の約束をしたそうですね?」

「治癒じゃねぇよ。勘違いするな」


「何を教えるかは問題ではないのです」

「じゃあ何が問題なんだ?」


「わたくしは貴方が何時か治癒魔法を教えてしまうのではないかと危惧しているのです」

「ここまで脅されて教えるわけ無いだろう?」


「いいえ!確率があるのが問題なのです。つまり、貴方が生きている事が害悪!」

「そんな論理があるか!」


「ならば今すぐ我が神聖教会の神官団に入りますか?」

「ここまでやられて首を縦に振る奴がいるかよ!?信じられねぇよ普通」



大司教が片手を突然振り上げてまた下ろす。

何をしている?


背後から……ざくりという嫌な音。


見ると、いつの間にか俺達の周りを僧服姿の目の死んだ連中が取り囲んでいやがる。

そして音の出所は……、


ああ!畜生!


「お前等……皆を殺りやがったな!?」

「縛られ抵抗できない人間を一突きにするのが神の所業なのですか!?」


「……黙りなさい。栄誉有る神官団への入団拒否は死を持ってしても償えません」

「それで仲間を殺したと?」


「心配は無用です。彼等は書類上既に死んでいますから」

「そういう問題じゃないだろう?アンタ本当に人間か?」


「やめとけよ?俺様からアドバイスだ。そいつに何を言っても無駄だぜ?」


ニヤついた顔の黒髭が、自慢の自称槍を構えている。

周囲の目の死んだ僧侶どもも血塗れの杖を構えこちらを見ていた。


「クロスはなぁ。教会と手前ぇの描く理想の為だけに生きてるのさ」

「だからってこんな事!」


「不正をした旧神官団の粛清に始まって、コイツのやってきた事は俺でも反吐が出る」


けどな、と傭兵王ビリーは続けた。


「敵に対して容赦はしないって当たり前だろうが。お前もそうじゃないのか?」


……畜生。返す言葉も無ぇよ。

ああ、そうだ。俺も敵に対して容赦しようとか思っていない。

そしてそれを実行もしてきたと思う。


「それは俺もだ。そして俺の仲間は金で動く傭兵どもさ」


OK、判った。

ビリーさんよ、アンタの言いたい事はよく判った。


「部下どもの仇討ちだ。……楽に死ねると思うなよククククク!」

「判決を申し渡す!教会の特権である治癒魔法の不正な拡散を目論んだ罪で、死刑!」


もう、どうしようもないな。


策も無い。敵に囲まれても居る。

覚悟を決めて戦う意外にこの現状を乗り切る方法が無いじゃないか。

あ、そうだ。死ぬとしたら一言、言っておかないとな。


「地獄に落ちろ、エセ坊主」

「何と言う言い草を。私は……勇者なのですよ!」


あーはいはい、勇者勇者。

そりゃーおめでてー事ですな。


「おい。言っておくが本当だぜ?俺様とクロスは」

「わたくしたちは」


「27年前に魔王をぶっ倒した」

「五大勇者の一人なのですから!」


……は?


「信じてないな?と言うか知らなかったのかよ!?信じられねぇ!」

「道理で。道理でわたくしの裁定に文句など付けられたのですね!」


まあ、何と言うか。

マジ話らしい。

そんでもって何だか知らないが熱く語り始めましたよこの人達。


「……そして俺様の槍が!」

「……厚き信仰は光となりて!」


取りあえず刺しておくか。

ぐさっとな。


「ぐぶぉぁあああああっ!?」

「び、ビリー!?」


流石の勇者も顔面に剣が突き刺さったら生きてられないよな?

ついでに首も飛ばしておくか。


「な、な、な、な、な、な……んて、事を」


……さて、友人のスプラッタに大司教様が固まってる内に逃げ出しますか。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


取りあえず消毒した後でな?


……。


走る、走る、走る。

蟻と人との戦いのせいで荒れ果てた大地を、俺とホルスは走り続ける。


「待てぇ!」
「王殺しよ、止まるのだ!」
「殺せ!」
「大司教様に手を上げて、無事で済むと思うな!」


背後には3000人もの追撃者。

あー、糞!

結局お尋ね者かよ俺は。

追跡してきた騎士を蹴り落とし馬を奪う。

ホルスも同様にして馬を手に入れたようだ。

とにかく先を急がないとならない。


しかし最悪だな。

教会への対応を後回しにしたのがこんな事になっちまうとは。

見つけた魔道書に喜んでる暇があったら、

降りかかる火の粉をはらう方が先だったか。


また一人、追いついて来た奴を切り倒す。

だが、背後の追っ手は減る様子も無い。

……正直、今の俺は冒険者としてはかなり上位の戦闘能力を持っていると思う。

ギルドからもそう言われている。


けれど、自分ひとり強くてもどうしようもない、

と言う事実を突きつけられつつある現状。


もし、横のホルスが居なかったら……女王にやられるかここまでたどり着けないか。

どちらにせよ今日が俺の命日だったはずだ。

まったく。無いよりはあった方が良いものの、個人の力の何と無力な事か。


……ああ、忘れないさ。今日のこの怒りを。

折角勝ち取ったものをあっさり奪われた今日の屈辱をな。


「ホルス。生き延びるぞ」

「主殿の御意のままに」


両翼から突っ込んできた伏兵を左右に分かれて殲滅、

そのままの勢いで更に先へ。

……眼前には深い谷。その奥は深い森になっている。

この谷さえ越えられれば……!


「主殿、待ち伏せです!」

「前方か!蹴散らす……マジかよ!?」


馬鹿な!奴は死んだはず!


「よお。カルマって言ったな。俺様を二度も殺すとは中々やるな」

「傭兵王ビリー!お前の首は飛んでった筈。おとなしく死んでろ!」


口では剛毅な事を言ってはいるが、正直恐ろしい。

冷や汗が止まらないじゃないか……。

一体どうやったら死んだ人間が生き返るんだよ?

と言うか、首まで飛んで生き返ったと言うか?有り得ん。


「俺様は五大勇者、不死身のビリー!不死身は勇者の中でも俺様だけの特権よ!」

「十数回殺さないと死なないってか!?」


「あ”?……100回殺しても俺は死なねぇよ!」

「く、畜生!あり得ないだろそれは?」


しかも数百の部下を引き連れて、谷にかかる橋の両端を完全に確保してやがる。

……参ったなこれは。


炎は橋まで落としてしまうから使えない。

そして少しづつならともかく全軍5000なんて倒せやしないだろ常識的に。

あの大司教も絶対この傭兵王みたいなえげつない能力を持ってるに違いないし。


これは、積んだか。


「済まんホルス。お前の寿命を縮めただけだったようだな」

「いいえ主殿。私は生まれて初めて仕えるに値する主を得ました。悪く無い最期です」


背後から騎馬の一団が文字通り一丸となって突っ込んでくる。

数は1000名。数も多いが見た感じからしてかなりの錬度。

つまりアレに追いつかれる時が俺の最後って訳だ。


「詠唱が聞こえます。相手は多分魔法使い!」

「しかもほぼ詠唱が完了してるか。……終わったな」


眼前に迫る騎馬の群れから無数の魔法が、俺の

……頭上を跳び越し橋を確保していた傭兵達を吹き飛ばした。


橋も吹き飛んだので封鎖目的かと思ったが、

俺の横を騎馬たちが通り抜け、巨大な氷を橋代わりに渡してくれた。

地獄に仏とはこの事だが……何でだ?


「大丈夫」

「ルン!?」


「ルーンハイム12世直属魔道騎兵!反転せよ!お嬢様の友人達をお守りせよ!」

「じい、頼む」


え?じい?お嬢様?ルーンハイム直属?

それってつまり。

……今回ここに来てたのは知り合いどころかルンの家の家来?


「私めどもは代々ルーンハイム公爵家に仕える者。13世様……お嬢様の為ならば例え火の中水の中!」

「ルーンハイムって、代々名なのか!?」


いや、驚くのはそこじゃないだろう俺?

かなり動揺してるな、自分でも判る。


「左様!その名は代々男女問わず嫡子が誕生した際に与えられるのです」

「しかも跡継ぎなのか、そうなのか」


しかし、よく助けてくれる気になったな。

リスクが高すぎるような気がするが?


「魔法、教えてくれると言った」

「ルーンハイムは魔法王国の魔道その物を司る家。新たなる魔法を収集するのは義務なのです」


そりゃまたえらく大きな話で。

でもなぁ。助けてくれて本当にありがたいが、

相手は宗教だろ?大丈夫なのか?

……しかも話からしてカルトっぽいんだけど?


あ、大司教が来た。


「な、何故こんな事をするのですか!?マナリアは我が教団を敵に回す気ですか?」

「嘘つきが来た」


ぴきしっ……って音が聞こえたような気が。

おーおー、大司教固まってる固まってる。


「な、何を仰るのです。マナさんの娘さん?」

「治癒魔法は神官しか使えないって言ってた」


「え?勿論です。何故なら我が教団の神官たちは選ばれし者達ですから」

「それ嘘」

「さもなくばカルマ殿も選ばれし者と言う事になりますなぁ?」


「そ、そんな事がある訳が無い!あなた方はわたくしを、大司教を何だと」

「しかしですな、あの天幕でのやり取り……陣地全体に響いてましたぞ?」


「……どの辺から、ですか?」

「"あなた方の言い分はもっとも。わたくしの名においてその件を無罪とします"からですな」


非常におどけた物言いに、周囲から失笑が漏れる。

ついでに大司教の額から青筋が。


「くっ!騎士団長殿?余り無礼な事をなさるとマナリアを異端認定しますよ」

「はぁ。では奥様も異端になされるので?」


「え。いえ……マナさんは別に」

「奥様からは治癒の魔法は神官にしか使えないと、貴方様から聞いたと仰せでしたが」

「仲間にも嘘つき」


あれ?何と言うか、さっきまであんだけ調子こいていた大司教が形無しなんだけど?

と言うか何者なの?そのマナさんって。


「クククク、こりゃ駄目だなクロス。下手したら五大勇者同士の戦いになるぜ?」

「……何が言いたいのですかビリー?」


うおっ!?

さっきの魔法の雨あられで谷底に吹っ飛ばされたはずの傭兵王が普通に居る!?

どうやって、あの僅かな時間で谷底から這い上がったんだ?


「つまり俺様はもう付き合えん!今日だけで三回も死んだんだぜ?」


さっきのでも死んでたのかよ!

訳わかんねぇよな勇者の生態って奴は……。

勇者なら勇者らしく民家のタンスから薬草でも見つけとけってんだ。


「その上あの暴走天然チビ助のガキを殺してみろ!俺はアイツに付け狙われる位なら死を選ぶぞ?」

「仲間にまで怨まれる訳にもいきませんか……仕方ありません」


あー。つまりルンは勇者の娘?

うわー、王道だー。ありえないくらい普通なんだけど?

……つまり、何が言いたいかと言うとだな。


あんた等は本当に勇者なのかと小一時間問い詰めたい。


こりゃ、お約束的には魔王がかなりの善人だったんじゃ無いのか?

まあ、倒されたの自体かなり昔の話だがね。確かめる術が無いのが惜しい所だ。


「判りました。カルマさんの罪状は赦免します……ただし」

「ただし?」


「教会の特権を侵すような行為は今後慎む事です。さもなくば!」


「なあルン。怪我した時に治癒を使うのって正しいよな?」

「正しい。あと治癒も教えて」


いいよいいよ?別に俺が考えたもんでも無し。

治癒どころか硬化や他の部分の文章まで一緒くたにして詠唱してる

教会の正当な治癒魔法よりずっと実用的だし役に立つぞ?


大司教は……大口開けて固まってる。

おーいイケメンさーん。その表情全然似合って無いぞー?


「……個人使用を特例で認めます。ですがせめて!」

「せめて?」


「伝授するのはルーンハイムさんだけにして頂きたい……せめて、せめてそれ位は」

「善処する」


誰がお前の言う事など聞くかい!

……と言いたい所だが、これ以上怒らせるのもまずいな。

現在の俺の状況はルンと言う蜘蛛の糸で救われたカンダタみたいなもんだ。

余り多くを求める訳にもいくまい。

……奴等と戦うには力が要るな。

一冒険者としてではない、強力な力が。


大司教率いる軍隊が帰還していく。

背中が煤けていた気がするが、

それを見て大いに溜飲を下げた俺が居るのは仕方ない事だろう。


ん?袖を誰かが引っ張ってる。

ルンが目をキラキラさせて、さあ褒めろと言わんばかりに見上げてるな。


「助かった?」

「あー、ルン。マジで助かった。有難うな」


くしゃくしゃと頭を撫でてやると、

ふにゃーっと蕩けてしまったよこの娘。

いや、本当に感情豊かな顔だ。

しかも時間と共に感情豊かになってるような気がする。

既に何が言いたいか顔色だけで判るんだけど。


最初の鉄面皮は何処に行ったのやら?


「おやおや、お嬢様が他人に懐くとは珍しい」

「自分の主人を珍獣扱いかよ?しかも年頃の娘を」


「いいえ。ただあんなに楽しそうなお嬢様は久しぶりに見ましたので」

「まー、長い事蟻の巣に閉じ込められてたからなぁ」


がばっ!と上げられるルンの頭。

な、何事だ!?


「じい」

「はっ!」


「……沐浴の準備」

「了解いたしました。ところで魔法の伝授の話は?」


「……後で、いい」


……ルン、マジで涙目。

どよーんと暗雲まで背負い始めてるんだけど?

やっぱり綺麗好きなんだよな。それに女の子だしなぁ。

一体どれだけの間我慢してきたんだろう。考えるのも嫌な感じだ。


「仕方ありませんな、それではまた後日に」

「その時はお願い」


そういう訳で結局、後日トレイディアで魔法の伝授を行う事となったのである。


……。


翌日無事に帰還した俺達は、女王の頭部を証拠に金貨1000枚を手に入れた。

後でルンが来た時三等分して分ける予定だ。


だが、分け前が増えたのがこんなに悲しかった事は無い。

……連中、今に見ていろ勇者が何ぼのもんだ!と言うのが本音である。


ただ、今回の事件では考えさせられた事も多く、

しかも後日談もまた考えさせられる物ばかりだった。


この日を境にマナリアと神聖教団の関係がギクシャクし始めたり。

トレイディアの軍部から俺にお声がかかったり。

教会の権威がかなり地に落ちてしまったり。

要するに……周囲の国々に何と言うか、かなり不穏な空気が生まれつつある。


そうだ。俺にとってひとつ大きな収穫があったな。

今までは"教会"と言う大きくてあいまいな敵が相手だった。

だが倒すべき目標がはっきりとしたのだ。


かつて勇者と呼ばれた男。神聖教団大司教クロス。

奴を倒さない限り俺の平穏は無いって事なんだろう。

それを打ち倒す術を考え出さねばならない。


ただ、今は……今はただ休みたい。

そう思った。


***冒険者シナリオ5 完***

続く



[6980] 13 商会発足とその経緯
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/10 11:27
幻想立志転生伝

13

***商人シナリオ1 商会発足とその経緯***

~いもうとができますた~

《side カルマ》

あの荒野の戦いから一ヶ月が経過していた。

この間、俺は色々と考え事をしながらたまに仕事をするぐらいで、

一見するとのんべんだらりと過ごしている。


ルンが魔法を教わりにやってきたので"爆炎"と"治癒"を教えてやったりもしている。

威力の割りに詠唱が極めて短い(と言う事になっている)爆炎の威力と、

教会の秘伝とされてきた治癒の魔法。

これらを伝授してやるとこれでもかと言うくらい喜んでくれた。

具体的に言うと勢い良く振られる尻尾が幻視できるぐらい。


……ただし、詠唱の意味は判って無いだろうと思う。

どういう訳か、古代語(日本語)と現代語は言語としての相性が極めて悪く、

どうやってもルンに言葉の意味を理解してもらう事が出来なかった。

ただし多分誰でもそれは同じなのでは無いかと思う。

とにかく文法から何から全然違う言語なのだ。

もしかしたら現代語は古代語=魔法を制限する為に作られた物なのかも知れない。


故にひと言程度の文字数と言う事もあるので、

詠唱の全てを長いひとつの単語として覚えてもらった。

……と言うかこの世界の魔法使いはあのくそ長い一冊の本=一つの魔法を、

文字通り丸暗記しているらしい。

まあ言葉の意味も全く判ってないようだし、仕方ないのだろう。


「先生?」

「あー、どうしたルン」


おっと、考え事してる内に話しかけられていたようだ。


現在俺はルンに魔法を教えている最中である。

今日はトレイディア郊外の森の中で第7回目の授業の真っ最中といったところ。


因みに……最近ルンは俺のことを先生と呼ぶようになっている。

この間、治癒のスペルをルンが暗記した日に


「じゃあ、次来る時までに新しい魔法作っとくから」


なんて言ってからだな確か。

その時の顔は面白かったっけ。

頭の上に?マークが数十個浮かんでるような、そんな感じで。

まあそんな訳であの戦いから今まで、

冒険者と言うより教師の真似事のような事をして過ごす事が多くなっているわけだ。


「新しい魔法」

「おう、出来てるぞ!」


"人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!"

この硬化の魔法をベースにして作成した新たなるアレンジ魔法だ。

自信作だぞ見て驚け!


「人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!」


詠唱の完了と同時に俺の全身の筋肉が硬さとしなやかさを両立する謎の物質へと変化した。

……ただし、傍目には何がどう変わったのか全く理解できないだろう。

ルンも無表情で小首をかしげている。


「じゃあ行くぞ!」


軽く数回跳ねた後、しゃがみ込んで勢いを付け……ジャーーーーンプ!


俺の体は一気に森の木々を抜け、天空へと駆け上がっていく。

遠くにトレイディアを囲む城壁が見える。

そしてその奥の、町の人々が俺の目に飛び込むようになり、

……っと、ここまでか。

段々と今度は逆に地上が近づいてくる。

そして、俺はまた地上に帰りつく。


「続いて腕力!」


言うや否や近くの木に歩み寄り……チョーップ!


「嘘」

「ところが本当なんだなこれが」


ミシミシと音を立て、俺の胴体ほどの太さがある樹木が倒れこむ。

手刀だけで木を一本切り倒した事にルンも目を丸くしていた。


「と言うわけで筋力を強化する魔法だ。見た事無いだろ?」

「無い」


「凄かろう?」

「すごい」


「と言うわけで今日はコイツを覚えてもらう。さあ俺の後に続いて読んで見ろ」


こくこく

うん。一言も発して無いけどいい返事だ。


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強化(パワーブースト)!』

「ヒトノミハヨワク トゥヨキティタラホソモフトゥル アガインエンヒロ……フェフト、ホセ?」


何か違うぞルン。

それと一回で判らないのは仕方ないから自信無い所でいちいち小首を傾げるな。

後、じっと俺のほうを上目遣いで見るな。俺が萌え死ぬから。


……。


「じゃあ、今日はこの辺でお終いにしようか」

「ヒトノミハヨワフ ツオキチカラフォ……ん」


段々日も暮れて来たので終了を告げると、ルンはぺこりと頭を下げて帰っていく。

まあ、この分だと今回も後二回も付いててやれば完全に覚えていくだろ。

喉がカラカラなのか水筒の水を飲みながら森に消えていくルンを見送る。


……。


帰ったな。さて?それじゃあ今日も……俺の戦いを開始しますか。


「それにしても、毎日毎日飽きないんだな、シスター?」

「うふふふふ。やっぱりばれてました?」


叫ぶが何の反応も無い……いや、森の奥から僅かに木の葉の落ちる音。

そして暫くすると、がさがさと茂みをかき分けシスターが現れた。


……この人、俺が商都に戻った時から時々尾行してやがるんだよな。

教会からの監視か俺の金目当てか……それともその両方か。

何にせよ油断は出来ないのである。


まあ、魔法の授業中はルンが周囲を異様に警戒してるから近くに寄れないみたいだけどな。

そういう訳でルンが帰った後に現れる事が多い訳だ。


「そりゃね。あんたの事だ……目当ては金か?」

「はい、勿論です。それと監視の強化が決定したのでその対応ですね」


相変わらず悪びれない人だ。

だが、残念だったな。手元に金は無いぞ。

全部ホルスに持たせて、とある場所に持って行かせたからな?

え?そこからばれないかって?

それは無い。何せトレイディアに戻る直前から別行動させてる。

要するにシスターとホルスには面識が無いのだ。

そんでもって、依頼のついでに金をこっそり受け渡した。

殆どドラマの身代金受け渡しのノリだったなアレは。

え?何故って……そりゃ俺の目の前に居る人への対策に決まってる。


「と言うわけで金は無いぞ」

「何が、と言うわけなのか判りませんが、寄付のお願いを……お金が無い?」


「ああ。ちょっと全額投資に回してるんで」

「ちょっとぐらいはこっちに回して下さいよ。身寄りの無い子供達の為です」


「俺も一応身寄りの無い子供のような」

「17歳が何言ってるんですか?でもまあ、今回は諦めますか」


「今日は随分物分りがいいな」

「まあ、確かにあんまり預金も残ってないみたいですしね」


……なんで俺の預金額を知ってるんだこの人は。

相変わらず侮れねぇ。

いや、情報屋に常識を求めるのは酷だな。


「ご理解頂けたらさっさと帰れ」

「最近冷たく無いですか?カルマさん」


「アレだけやられちゃ冷たくもなる」

「お金無いなら体で寄付してもらおうと思っただけなんですよ?」


向こうは笑って言ってるが、俺は笑えねぇよ。

しかもいつも私は最悪とか言ってる割にこの言動と行動はどうなんだ。

この人もしかして本当は罪悪感とか感じてないんじゃないのか?

まあ、なんにせよ何とかしてお帰り願わんとならんのだが。


「それより大司教様が貴方を危険人物扱いされてます。懺悔に行ったほうがいいです」

「アレに懺悔するくらいなら裸で町を練り歩くほうがまだマシだ」


「……聞かなかった事にしておいてあげます。いいですか、普通吐いた唾は飲めないんですよ」

「残念だが、あの荒野の一件以来無神論者になったんでね。遠慮する」


流石に不快感が微妙に表情からにじみ出てきたか。

……あまり刺激するのも危険、か。


「判ったシスター、アンタの顔に免じて今度お祈りに教会まで出向く。それでいいか?」

「仕方ありませんね。カルマさんが何時か神の言葉に耳を傾ける日が来るのを祈っていますよ」


それだけ言うとシスター・フローレンスが町外れの教会に戻っていく。

彼女とは……最近少しづつピリピリとした関係になってきたように思う。


そう。とは言え、昔……よくカソの村に、

そして親父の下に時折現れるあのお姉さんとの思い出はまだ俺の中にある。

それが有る限り、俺は永遠に彼女に勝てないのではないか。

そして万一の時にはそれが原因で負けるのではないか。

そう言う不安が俺にはあった。


セピア色の思い出が赤い絵の具で染め上げられて襲い掛かってくるか。

これは一体何ていう悪夢なんだろうな?


……。


《side ルン》

先生から魔法を習い始めて一ヶ月と少し。

私はこの僅かな期間に2つの魔法を己の物としている。

これは通常では考えられない事。

期せずして、魔法使いとして大きな成果を挙げてしまったので、

今日は学園に戻った時に留学の成果を報告する為の論文を纏めようと思う。

さて、それでは少し考えを纏めてみる。


―――まずは"治癒"の事。

これは本来教会の神官団のみ使用出来ると言われていた神聖魔法である。

だがそれは誤りであった。神聖魔法もまた魔法の一種でしかない事が証明されたのだ。


重症を負った場合、今までは教会に走り神官を呼んで来なければならなかった。

しかも何時来るかは神官の都合次第であり我々魔法使いは極めて不利な立場を強いられていた。

この関係は今後少しづつ変わっていく事になるだろう。


しかも、先生の使う"治癒"は本家のものより詠唱がかなり短縮されている。

曰く「普通の魔法は詠唱に無駄が多すぎる」のだとか。

我がマナリアの魔法もそうなのだろうか?興味深い話だと言える。


―――次は"爆炎"について。

"爆炎"は"火球"をより強力にしたような魔法だった。魔力を一気に持っていかれるが、

その威力たるや各公爵家などに伝わる口伝魔法に匹敵する。

更に詠唱も極めて短いものであり、これも口伝の特徴と一致する。

……口伝とは各家の嫡子にのみ一子相伝で伝えられる秘術中の秘術である。

極めて強力でありながらその詠唱が短いのがその特徴であり、それ故に模倣され易い。

よって、各術者は本当に必要な時以外は使用を控え、更に詠唱と印を隠して使用する必要がある。


そして"爆炎"にはもう一つ大きな特徴がある。これは"火球"と似たような部分が多い魔法だが、

先生によればそもそも"火球"を基にして作成した魔法だというのだ。

……確かに我がルーンハイムの書庫にもこのような魔法は存在していなかった。

もし先生の言が本当であれば、今後の魔法開発は古代文書の発掘の他に、、

既存魔法の改良と言う新しい段階に入る可能性があると言えよう。

しかも私が現在習得中の魔法もまた、他の魔法の改良品だという。

今後が期待できる画期的な技術が生まれたと私は結論付ける。


―――そして、先生本人について。

五千の大軍と僅かな戦力でまともに渡り合った戦士と言う一面がまず一番に来る。

先生が居なければ今頃私も生きては居まい。

だが、我が国としては稀代の魔法技術者と言う一面を忘れてはならないと思う。

既存魔法の詠唱短縮。そして新魔法の構築。

いずれも今まで誰も試そうとすらしてこなかった分野である。先生は凄い。


更に先生は古代語の完全解読はおろか、翻訳まで出来るようだ。

しかも古代後の内容を理解できれば短縮も構築もかなり容易く出来るという。

私は古代語も習おうとしているが全く理解できないで居る。

多分学園の講師陣でも難しいのではないか。

先生がどうやって覚えたのかは不明だが、世界史に残る偉業であろう。


きっと偉人として歴史の教科書に載るのだと思う。

私もそんな人物に教えを受けた者として鼻が高い。

本当に先生は凄い。

本当に先生は偉い。

先生は私をいじめない。

先生に褒められたい。

せんせいに笑いかけてもらいたい。

せんせいに頭撫でてもらいたい。

せんせいに、甘えたい。


……。


「また発作」


……思わず声が出る。最近この発作が激しい。

きっと先生とのスキンシップと言うものが足りないのだろう。


「でも授業終わってる」


しかしこの発作を抑えねば満足に眠る事も出来ない。


そうだ。先生にご飯をおごって貰いに行こう。

教え子の頼みを無碍にする人ではない筈だ。

そうすれば今日中にもう一回会える。

ぽかぽかと暖かい気持ちになれる。

「首吊り亭」に急ごう。先生の居る場所だ。

まだこの時間なら晩御飯は終わっていない、かも。

善は急ぐべし。だから急がないと。


……。


「先生、何処?」

「ん、嬢ちゃん……カルマの奴を探してんのか?」


大きくて獰猛そうな肉食獣のような人がいた。

ライオネルさんと言うらしい。

先生のお兄さんだから信用できると思う。


「何処」

「居ないぞ」


え?


「カルマなら配達に行ったぜ?」

「嘘」


せんせい、居ない?


「心配すんな。アイツの配達は早ぇから明日の昼には帰るって」


融けていた心が凍りつく。

心どころか体まで凍り付いてしまいそう。


「おい。そんなにがっかりしなくてもいいだろが?」

「……せんせい」


世界からまた色が消える。

先生が居れば私を守ってくれる。

けど、今先生は居ない。


「おいガルガン!嬢ちゃんが急に無表情になっちまったぞ。何とか出来ねぇか」

「そう言われてものう」


ホテルに帰ろう。

先生が居ないなら用は無い。


「帰っちまったぞ?何しに来たんだあの嬢ちゃん」

「ちっとは察してやらんかお主も」


今日はもう寝よう。

明日から"強力(パワーブースト)"の復習をしないといけない。

それが終わる頃なら、

先生……帰って来てる?


……。


《side カルマ》

ルンやシスターを見送った後、俺は予め受けていた手紙の配達の為隣町へと向かった。

今は丁度その帰りだ。

だが、俺の歩く方向は隣町から更に先……トレイディアからは更に遠ざかっている。

実は今から少しばかり人目を避ける必要がある。

俺には教会からの監視が付いていた。

それから逃れなければいけないのだが、派手に撒くのもマズイ。

あからさまに姿を隠したんじゃ何か企んでるのが見え見えだからな?

よって、依頼でカモフラージュって訳だ。


向かう先はかつて秘密のバザーだった場所「忘れられた灯台」である。

……そこに俺の金を隠してあるのだ。


……。


「主殿、ご無事で」

「辺鄙なところに押し込めて済まんなホルス」


「いいえ、きちんとした寝床と十分な水と食料を与えられて文句など言えません」

「そう言って貰うのはありがたいが、同時に心苦しいな。すまないホルス」


地下が焼けて以来、この灯台は崩れ落ちかけて来ている。

その為本当に人が寄り付かなくなった。

そんな言う話に目をつけて、おれはここを臨時の隠れ家にする事を思いついた。


かつて奴隷などを売り物にしていた焦げ付いた地下室には、

幾枚かの金貨を持たせてホルスに買い漁らせた水と食料の山がある。

これなら暫くここで隠れて過ごせるだろう。


「うん、予想以上に上手くやってくれたな」

「お褒めに預かり光栄です」


うん、ホルスは本当に良くやってくれたと思う。

それに奴隷に分け前は不要と女王蟻の賞金を受け取らなかったしな。

……そろそろ褒美があってしかるべきだろ、常識的に考えて。


「この働きに免じて一つ褒美をやろう」

「はっ」


「自由だ。受け取れ」

「……え?」


かつてカーヴァーが、ホルスの前の主が嵌めていた奴隷を隷属させる為の指輪。

それが俺の手の中で砕け散った。

これでホルスの心を縛っていた鎖は解けたはずだ。


「これは一体どういう事でしょうか?」

「もうお前は奴隷じゃなくて良いって事だ」


正直この真面目で誠実な男をこれ以上の面倒に巻き込むのはどうかと思う。

なにせ、今からやろうとしてるのは人類に対する反逆以外の何物でも無いからな。

汚いやり方、非道な決断……それもやらねばならないだろう。

だが、ホルスにそれをさせるのは酷だ。

それにこれから起こる事は絶対に秘密にせねばならない。

それが破られた際、俺は知りすぎた奴を消さねばならないだろう。

そう。例えそれが底抜けの善人だったとしても。


更に言えば、今の俺に必要なのは決して裏切らない味方である。

ホルスなら十分すぎるのだが……正直に言おう。

指輪一つで裏切るような連中を使う事は出来ないのだ。


「もういいんだぞ?自分の為に生きてもよ?ここに金貨50枚ある。これで自由に生きるんだ」

「わ、私は……」


だからここで離れたほうがいい。

俺がコイツに頼り切ってしまう前に、な。


そんな風に考えていたんで、


「私は主殿に付いて行きたいと思います!」


そう叫んで土下座したホルスの気持ちがどうしても判らないんだ。

どうしてお前……折角得た自由への権利を簡単に手放すような真似をするんだよ?


……。


《side ホルス》


「奴隷と言う生き様は貴方が思うより、ずっと過酷なのです」


と、私のほうを呆然と見下ろす主殿に進言する。

……確かに私を縛っていたものは消えてなくなっていた。

何と言っても、奴隷が主の決定に異議を唱えられているのだから。


「で、でもな?俺に付いて来るって事は、世界を敵に回すようなもんなんだ」

「望むところです」


前主の非道に心を痛めつつ、従う以外の選択肢がなかった私の人生。


「何人も不幸にする事になる。知られたら命を奪わねばならない秘密も持つ事になる」

「ならば私が切り捨てましょう。善良な者の口も封じましょう」


闇の中、ゆっくりと腐るしかなかった病んだ空気の中、貴方は現れた。

強い力と英知。そして無限の可能性を持って。


「それは、お前の望みではないはずじゃないのか?」

「たしかにそうです。ですが有る意味望んだ事でもあります」


私はその先を見てみたい。

そして、私に自由をくれた貴方こそを主としたいのです。


「私が自由であるのなら、私は私の意志で……私の自由を捨てましょう」


もしかしたら、私が小さな時望んだ世界。

生まれだけで全てが決まるのでは無い世界。

それは主殿と行く世界にあるのかも知れないと、そう思えるのです。

故に、ここで離れるという選択肢は無いのです!


「私は剣闘士ホルス!我が全ては主カルマの為に!……我が生涯を主殿に捧げん!」


主殿は……その言葉を聞いて暫し迷っていたようです。

ですが、何時しか私の元に歩み寄り、その手を取りました。


「いいだろう。お前の命、俺が預かる。……ありがとうな」

「いえ、何か大きな事をやるのでしょう?微力ながら私の力もお使い下さい」


「そうだな。では俺の無二なる側近よ、今後の事について説明するぞ」

「はい、主殿」


何か、お互いの距離が近づいたような瞬間でした。

この日より私は主殿の為に生きる事になります。

話の通り、幾人もの人間を不幸にする事になるのかも知れません。

ですが既にそれは私が決めた道。主の非道を言い訳には出来ません。いえ、しません。


主殿のしようとしている事は多少なりとも心当たりがあります。

あの日、蟻の巣から共に逃げ出した20人の仲間達の復讐。

そしてあの大司教に鉄槌を下す事。

それは私情で動くと言う事ですが構いはしません。

主殿の意思に従うのは、それ自身が私の意志なのですから。


「ではホルス。まずはもう一人仲間を紹介しよう」

「仲間ですか?」


「これは俺からお前への絶対の信頼の証だ」


そう言うと、主殿は上半身の衣服を脱ぎ捨てました。

一体、何を?


「さあ、居るんだろ?出て来いよ……女王蟻の女王!」

「なっ!?」


女王蟻の女王?

あれは私達の目の前で自決したではないですか。

主殿は一体何を!?


……足音が聞こえます。無数の足音が。

はっとする間もあればこそ。

地下室の隙間と言う隙間から、まさしく無数の蟻が這い出してきています。

そして、壁が倒れそこからは巨体の兵隊アリ達が。


「ふん。随分生き延びてたんだな……道理で無事に帰してくれた訳だ」

「主殿!」


「うろたえるなホルス!さあ、出て来いよ」

「あいよー、兄ちゃ!」


今の声は、一体?


……。


《side カルマ》

あの日、女王蟻は妙に潔く自らの命を絶った。

それは美しい亡国の姿ではあったが、俺は少しばかりおかしいと感じていた。

……人間でもあるまいし、

一国どころか1種族の命運を背負った女王がそんな簡単に諦めるのか?


そして、捕らえられていた時の俺の待遇。

簡単に言えば丁重過ぎ、そして厳重過ぎだったと思う。

何せ、俺以外にあんな粘膜のベッドに入れられていた人間は居なかったからだ。


……体の異変に気付いたのは半月前。


……。


体全体が重い。そしてだるい。

まるで生命力を何かに吸い取られているかのように。

そして、その原因を考えていて気付いたのだ。

……今度のお約束に。


「居るんだろ」

「……」


「居るんだろ。クイーンアント」

「ちーがーう!クイーンアント・クイーンだよ兄ちゃ!」


それが俺の左脇腹に宿る寄生虫……女王蟻の女王(幼体)との出会いだった。

未だ雌伏する女王蟻。

殺すのは容易かったろう。だが、何故だかそれはためらわれた。

そして先日、そろそろ生まれたいと言われたその時、


俺の脳裏に天恵が降りたのだ。


それ以来俺はコイツが安全に、

人間に気取られないように生まれてくる為の場所とタイミングを計っていたわけだ。


……。


これから起こる事に対応する為、"再生"を使用する。

それを確認したかのように左脇腹に内側から極めて強力な圧迫感。

……続いて一瞬刺すような痛みと共に肉と皮膚が破れ、その内側から一本のしわだらけの腕。

続いて現れたのはこれまたしわだらけの頭。

だがその複眼だけには非常に強力な生命力が感じられる。

そして遂に全身が姿を現す。


「老いた……赤ん坊ですか?」

「胎児だな。目は複眼だし、キモイな」

「やかましい!兄ちゃの体に負担かけないように大きくならないようにしてたからだもん!」


まあ、不気味なクリーチャーが何言っても説得力は無い。

そんな訳で説得力を持たせる意味でもさっさと産湯に浸からせてやる事にする。


「ほれ、お前のリクエストどおり砂糖と塩を溶かした清水だ」

「よっしゃー!じゃあ一丁、一気に育ってきまーす」


しわしわの胎児を砂糖水と塩水の混合物に叩き込む。

たるの中でクリーチャーはしばらく不器用に泳ぎまわっていたが、

30分も経つ頃には変化が現れ始めた。


しわだらけだった肌は張りを持ち始め、

でかいオニギリ位だった大きさも6歳児ほどの身長に急成長。

それはまさに孵化。

さなぎから出たばかりの蝶がその羽を乾かすかのような光景。

そして、まるで人間そっくりの容姿を得た"それ"は、

樽一つ分の水溶液を飲み干し、地上に降り立ったのである。


「と言うわけで。あたし、誕生!」

「やかましい!」


取りあえずデコピン。

おー、デコ押さえて転がる転がる。


「何と言う横暴な兄ちゃ?名無しの女王蟻に何と言う暴挙!」

「というか本当にお前マジであの女王の子か?」


「それ以外になんに見える?」

「複眼持ちのガキ」


「むがぁ!記憶はおかーさんの物を継いでて、兄ちゃの記憶から知識は得てても」

「中身は子供ってことか?」


「その通り!」

「偉そうにふんぞり返って言うな馬鹿たれ……」


まあ、色々言いたい事はあるがつまりこういう事だ。

俺があの蟻の巣で捕らえられた時、既に俺の体には卵が産み付けられてたって訳だ。

そしてコイツは俺の中で俺の記憶から情報を吸い上げながらすくすく育っていた。

女王が妙にあっさり逝ったのもこいつを逃がすためだった訳だ。


あ、兵隊蟻の一匹が俺の荷物からエプロンドレスを持ってくぞ?

勿論目の前のコイツが欲しがっていた物を買い付けた物だがな。


「おし、着替え完了」

「しかし、目以外は本当に人間そっくりだな」


母親が上半身人間で下半身蟻だったのとは大違いだ。

コイツの場合、アホ毛2本付きの黒髪幼女としか言いようの無い容姿なんだよな。

ただ、目が複眼な事だけがコイツが人で無い事を示している。


「うむ!これが適応ってやつなの!」

「そうか。まあいい。ところで」


「兄ちゃの記憶は読んでるから説明は不要。既におかーさんの部下の生き残りに作業させてる」

「早っ!?」


「あ、あの!?一体何の話なのですか!?それとこの状況は一体!?」


あ、ホルスの事忘れてた。

こっちにはきちんと説明してやらないとな。


……。


「つまり、寄生されていた蟻の女王を利用して事業を起こすと!?」

「そういう事だ。人間大の蟻の力って奴は凄まじい労働力になるだろうと思ったのさ」

「んでもってあたしらは、それで得たお金でご飯を買うの!」


冒険者に元奴隷、そして人型のクリーチャーと言う凄まじい三人組が、

灯台地下で大量の巨大蟻に囲まれながら焚き火を囲んでいると言う凄まじい光景。

その中央で俺達の話は続いていた。


「既に俺の頭の中で考えてた第一期工事は始まってるみたいだしな」

「後一ヶ月くらいで終わるよ!凄いでしょ!」

「それで……一体何を商うので?」


意外な事だがホルスはこの異常事態にうろたえながらも付いて来ている。

暫くすれば慣れるとまで言い張っているのは少々予想外だ。


「取りあえず、サンドール王国にただで手に入る物を売りつけようと考えている」

「既に集めてるよ!もう少し工事が進めばもっと楽に手に入るよ!」

「判りました。何にせよ私は主殿の決定に従います。それが私の意志ですから」


それでも、一緒にやってくれると言うのはありがたい。

今後は一層頼りにさせてもらうぜホルス?

そして。


「じゃあ早速サンドールに向かう。……途中で山賊とかを潰しながらな」

「追っ手は任せれ。全ての蟻が兄ちゃの味方!むしろ向こうの事を筒抜けにしてやるから」


お前のほうも頼りにさせてもらうぞ、新しい妹よ。

この商売人としての一歩が、強大極まりない俺達の敵をぶっ潰す、

その一歩になるんだからな?


「それで主殿。貴方が商売をするならきっと協会側からの横槍があると思うのですが?」

「えっへん!そこのところも考えてるよ!」

「……カルーマ商会総帥、カルーマ=ニーチャ。商人としての俺はそう呼べ」


そう言って、髪の毛から作った付け髭を口元に当てる。

そしてターバンを頭に巻き、普段の皮鎧の上から白い厚手のローブを羽織った。

ついでに外側から腰の部分をベルトで止め、大福帳と手製の算盤をそこから下げる。

……うん、これで冒険者には見えないぞ。


この瞬間から暫く俺はカルマでは無い。

今の俺はカルーマ。

カルーマ商会総帥、カルーマ=ニーチャだ。


そして今日から俺たち三人は"カルーマ商会"を名乗る。

それは理不尽な権力と戦う為の組織の仮の名。

そして恐らく……その名は数年以内に世界を席巻する事となるだろう。


***商人シナリオ1 完***

続く



[6980] 14 砂漠の国
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/03/26 14:37
幻想立志転生伝

14

***商人シナリオ2 砂漠の国***

~現代人的発想チート全開物語~

《side カルーマ》

俺はカルマ。いやカルーマ=ニーチャ。

冒険者改め駆け出しの商人……と言う事になっている。


先日、隠れ家である忘れられた灯台を後にした俺達一向は、

トレイディアを素通りし、街道を西へと進んでいた。


「それにしても、大丈夫なのでしょうか?」

「何がだホルス?」


「いえ、突然主殿が失踪した事になるのではと思いまして」

「暫くは問題なし。灯台に向かう前にスリを追いかけるって大声で叫んどいたからな」

「大丈夫ー、皆すっかり騙されてるから!」


うん、予定通りだ。

だが俺ってそんなに守銭奴に思われていたのかよ。

以前の一時期周囲の連中の仕事を残らずかき集めてた事もあったし仕方ないのか?

まあ嬉しいような悲しいような。


「ところでサンドールの情報は取れたのか?」

「おーよ、任しとき?あの辺のアリ達の視界とリンクして……おし、OK!」


何がOKなんだよ。

しかし遠隔地の情報が一瞬で手に入るのか?えげつねぇ。

まあ、情報さえ手に入ればそれでいいんだが。


「えーと、やっぱ兄ちゃの思った通りだよ?だから地下の掘削と商品の運び込み急ぐね」

「ああ。運び出し口はこっちで建物を買うから、その中に入り口を作る事」


「あいあいさー。例の物の相場も順調に調べあげてるからね」

「よぉしよぉし。それじゃあ二週間ばかりの旅をとりあえず楽しむとするか!」


……ん?どうしたホルス。

何か不安そうだな。やっぱ嫌なのか。

それなら黙っててくれる事を条件に、今だったら抜けられるぞ?


「いいえ。ただ……お嬢様が魔物である事はすぐにばれてしまうのでは?」

「そっか。目がヤバイよねー」

「うむ。それでは打ち合わせどおり」


蟻ん娘が複眼な目を細め、さらに大き目の麦藁帽子を装備する。

よしよし、これで糸目の女の子にしか見えんな。

……帽子からアホ毛(触覚)が飛び出してるのはもうこの際無視する事にした。


「これで旅の途中、誰にも気付かれなかったら正式採用とする」

「んじゃー、ばれたら?」

「……消えて頂くしか無いのでしょうね」


ホルス、大正解。

まあ人間の中に普通に魔物が混じってるなんて誰も思わんさ。

だからこそ、俺達が付け込む隙があるわけだがね。


……。


二週間はあっという間に過ぎた。

旅の途中で馬をラクダに乗り換えたり、キャラバンと鉢合わせたりもしたが


「全然気付かないねー。節穴さんばっかり?」

「いいや?お前の見た目は人間と殆ど変わらんからなぁ」

「意外でしたが、これなら問題は無さそうですね」


と言うわけで、特にトラブルも無く国境……と言うか首都の入り口までやって来た訳だ。

さて、じゃあ入国しますか?


「ではこちらにお名前を」

「カル……カルーマ=ニーチャと」

「ホルスです」


ん?どうした?


「……お名前、判んない」


……ジーザス!

何てこった!人前で言っていい台詞じゃないぞ蟻ん娘!

と言うか、完全に俺のミスじゃねぇか!

人の世界に居る以上、名前くらい考えとけってな?


「自分の名前が判らないのかい?」

「うん!」


うん、じゃねぇよ!

これは洒落にならん。

いきなり計画が破綻するやも知れんぞ?

……考えろ、考えるんだ!


「そうか、まあ小さいから仕方ないだろうね。おじさんが代わりに書いてあげるよ。君は?」

「あたしは蟻さ!」


言っちまったー!

あの馬鹿たれ、死ぬ気か!?


「はい、アリサちゃんね。いいお名前だな」

「んにゃ?どの辺が?」


……!?

天啓!これぞまさに天の助けだ!

ホルス?お前も合わせろ……よし、判ってるみたいだな?


「それじゃあ急ごうか"アリサ"!」

「左様ですね"アリサ"お嬢様!」

「ふえ?ありさ?あたしアリサ?……あたしアリサ!」


怪しまれる前に蟻ん娘改めアリサを小脇に抱えて首都内部に特攻を図る。

ただし怪しまれないよう早歩きでな。


「大丈夫か?」

「ええ、特に怪しまれては居ないようです」


「あーりさ。あたしはアリサ♪アリサだよ♪」


ええい!はしゃぐな!踊るな!騒ぐな!


とは言え、怒りたいが俺のミスだから怒れもしねぇよ。ど畜生!

まあいいか……これで大事な事を学んだと思うしな。

取りあえず世間一般様の常識を考えてから動く、と言う事を今後徹底しよう。


……。


さて、取りあえずその日は普通に宿を取って旅の疲れを癒す事とした。

部屋のランクは今後の事を考えて中の上クラス。


「今日はどうなる事かと思いました」

「ああ、だがそれでもここまで無事にたどり着いた。……勝負はここからだ」


窓についた扉を開け、夜の街を見下ろす。

ここは砂漠の国サンドールの首都、サンドール。

夜だと言うのにもわっとした熱気が顔を突く。ただ、これで驚いてはいられない。

これが昼間ともなれば、砂漠特有の乾いた熱波が周囲を覆う事になると言う。


ここが、俺達の新しい戦場って訳だ。

さて、予算は金貨600枚ほど。これを効率よく使わないとならない。


「ホルス、お前は明日うちの商会の本部となる建物を見繕ってくるんだ」

「判りました主殿。予算は金貨100枚程度……でしたね?」


「ああ、質素でもいいから頑丈でそこそこの大きさのある物件を探してくれ」

「お任せ下さい。この国は私の生まれ故郷、この町は私にとっては庭のような物です」

「ねーねー、あたしは?」


「アリサはホルスの邪魔にならないように付いて行く事。買い物が済んだら」

「倉庫の床に穴あけて、地下のアリ達と合流……荷物搬入だね?にやり!」


にやり!じゃないっつーの。

判ってるよな?絶対に蟻の姿を街の連中に見せるんじゃないぞ?


しかし聞いてきたくせに完全に理解してるんじゃないかよお前は?

いや、それ以前にこの辺りの地下まで工事が進んでるのか。

予想以上のスピードだな。

まあ、こちらの手持ち資金が尽きる前に商売を軌道に乗せる必要がある。

よって早いに越した事は無いんだが。


「判ってるだろうが、入り口はカモフラージュしろよ?」

「床板剥がさないと入り口見えないようにするから、もーまんたいだよ」


「もし、土間だったら?」

「レンガか何かで床を造るとこから始める。あたし馬鹿じゃないもん」


「因みに適当に作っちゃ居ないよな?」

「それは蟻に対する侮辱!例え大地震で地上が滅んでもあたしらの地下世界は滅びない!」


OK、そこまで考えてるならとりあえずいいか。


「んで、兄ちゃは明日どうすんの?」

「あー、取りあえず知り合いと顔合わせしとこうかと」


「知り合い居たっけ?」

「うむ。奴隷商人のアブドォラ氏だ。調べたら結構この国では顔が利くみたいなんでね」


既に手紙でアポは取ってあったりする。

いやー、人生何が幸と出るか判らんもんだ。

え?誰って?

いや、件の忘れられた灯台地下の秘密のバザーをぶっ潰した時、

気まぐれで助けた商人のオッサンだ。

まさかこの国でも有数の大商人だとは思わんかったがね。

取りあえず貸しも一つあることだし、まずはご挨拶と言うところだ。


……。


翌日、俺はアブドォラ氏の邸宅前まで来ていた。

いやー、ありえない位でっかいね。向こうが霞んで見えやがるぞ。

しかも砂漠の国の癖して25m級のプールまでついてやがる。

どんだけブルジョアなんだか。


「失礼します。カルーマ=ニーチャと申しますが」

「はい、訪問の話はお聞きしております。主はお忙しい為しばし応接室でお待ち下さい」


そんな訳で応接室に通されたわけだが。

屋敷もデカイが応接間もデカイな。

50畳はあるんじゃないかここ。

まあ、しばらくゆっくりさせて貰うか。

お茶代わりに出てきた温い果汁でも飲みながらね。


……む、子蟻が足元からワラワラと上がってきたぞ?

アリサの奴からだな。


テーブルの上で子蟻のマスゲームが始まった。

……これで世界の何処に居ても蟻さえ近くに居りゃアリサと話が出来るという寸法だ。

これは予想外に凶悪な技だぞ?

何せこの時代に電話並の速さで意思疎通できるのがどれだけのメリットなのか。

伝書鳩VS電話。比べる気にもならん。


さて、アリサからは一体何の話だ?

ふむふむ、良さげな物件は見つかったか。

早速買い取った……金貨10枚?


「安すぎやしないか?」

『訳あり物件。兄ちゃがいれば無問題』


子蟻を通して俺の言葉は向こうに通じる。

向こうの言葉は蟻のマスゲームで文字として伝わる。

実に便利だ。


「報告はそれだけか」

『んにゃ、あのアブドォラのおっちゃんがね、ちょっと警戒してるっぽい』


「何?」

『商売敵になるかも知れん、ってちびっと不安がってるよ』


成る程な。

商会の長と名乗ってやってきた以上商売の話になるわな普通。

……まあ、不安がっているなら打ち消すのみだ。

今回持ってきた話は、幸い向こうの利益にもなる話だしな?


「取りあえず、これからアブドォラ氏の部屋での会話は全て俺に回せ」

『あいあいさー』


いやー、それにしても後出しジャンケンって楽でいい。

まあ商売の素人である俺が百戦錬磨の商売人と渡り合うにはこれぐらい必要だと思うがね?


……っと、ようやくお出ましか。

どうやら向こうもこっちの出方を見極めるつもりみたいだ。

出来れば穏便に済ませたいところだが、さてどう出る気かな?


あ、蟻どもはテーブルの下面に隠れるよう指示しとかんと。


……。


「どうも、お久しぶりですねアブドォラ氏?」

「ほっほっほ、別に敬語になる必要は無いぞ」


相変わらずの太鼓腹である。

町の連中は本当にガリガリな事を考えればやはり随分良い暮らしをしてるんだと思う。


「じゃあお言葉に甘えて。……取りあえず久しぶり」

「うむ。それにしても何時の間に商売なんぞ始めておったのか。驚いたわい」


「まだこの道に入ったばかりのヒヨッコなんでね。出来れば商売の奥義でも教えて頂きたい」

「そりゃあ流石に無理じゃな。で、何を商う気なのかのう?」


はっ、流石は古狸。

こっちの話は何気なく逸らしつつ、俺らの情報を引き出しにきたか。


「まあ、食品関係を少々」

「うーむ。それは難しいぞ?何せ外国人がこの国で商売する場合、入国時に結構な税金をだな」


「そこで……貴方の力を借りたいと思うんだ」

「ほっ!そう言う事か。お前さんの望みはこの国の民になる事か」


おおっ?流石に鋭い。

まさか当てられるとは思わなんだが……ちょっと違うな。


「正確には、遡って俺がこの国で生まれた事にして欲しい。……故郷に居ずらくなったんでね」

「成る程な。どうやら厄介ごとに巻き込まれたようだのう?」


そういう事だ。

それにこの国で生まれた事にすれば、ちょっと面白い事になる。

冒険者カルマはトレイディアの田舎村出身。

商人カルーマはサンドールの王都出身となるが、

これは即ち、調べればカルマとカルーマが別人と言う結果が出る事を意味する。

後は街の連中の印象操作を行えば、後々役に立つはずだ。

……結構同じ街の中でも知らない人って居るよなぁ?

だったら、この街の生まれだと言い張ったら「ああそうなのか」と思い込む奴も出てくる。

そうなればしめたもんだ。後はなし崩しに既成事実が出来上がっていく。


そんな訳で何とかこれは成功させたい訳だ。


「出来るよな?」

「まあ借りもあるし構わんが……商売敵を増やしたくないのう?」


うんうん、判るよ?

要するに商売の邪魔をしないという確約が欲しい訳だ。


因みにアブドォラ氏は奴隷商人。

つまり、俺が食料なんかを商っている内はいいが奴隷商売を始めたら困るわけだな。

やる気?あるわけ無いだろ常識的に。


「心配しなくても奴隷なんかに手は出さねぇ。むしろ上客になってやるぜ?」

「ほぉ?何人くらい入用だ」


「高くて構わんがその内数人は必要になるだろうな。但し信頼の置ける奴を」

「ほっほっほ。その時はよろしく頼むわい」


「それとこれは商談だが、トレイディア輸入品に関してはそっちに卸してもいい」

「何だと?」


おおっ、食いついてきた食いついてきた!

やっぱり一度きりの恩なんて、会い易くなる以上の意味は無いわな。

まあ、その一度会うのが重要だったわけだが。


取りあえずお互いの利益になる関係。これが重要なのだ。

もしどちらかだけが利益を得る関係だと最終的には結局こじれちまう。

……こっちが泥を被る場合でも、相手が勝手に疑心暗鬼になっちまうだろうしな。


「俺は本来トレイディアの人間だぜ?」

「なるほど。少しは安く手に入るのか」


「まあ、そうだ。その一部をアンタの店に卸してもいい」

「ほほう。……だがそれで儲けは出るのか?わしが普通に輸入するのと何が違う?」


「考えはある。トレイディアの法律は商人の為の物。入出国する荷物への税金なんて無い」

「だがそれは自国民のみ。異国の人間は高い税を……そう言う事か!」


「判ったな?両国双方の国民になれればつまり両国入出国時の税金はゼロだ!」

「商都から出る時はトレイディア人。我が国に入る時はサンドール人として振舞うのか」


その通り。幸い両国共に自国商人が入出国する際の課税は無いからな。

サンドールの場合、国王への上納金という制度があるが俺の構想から行けば微々たる物。

トレイディア側の税金は自国民に関しては、

国内で営業している店舗の数と規模に応じて一定額を納めればいいのでそれも無問題だ。


ただし、カルマとして動くのはやばいから、

トレイディアから荷物を出す時は別な方法を考えてある。

具体的に言うと、地上での入国時はトレイディアの人間を使うつもりだ。

要するに石壁の外のスラムの連中とかを宅配屋代わりに雇おうって訳さ。

……詳しい事は教えずに、だがな。


まあ、要するにだ。

双方の国籍を持ってさえ居ればかなり税金が安く上がるという事。

実は両国の商人同士が手を組めば簡単に実現できる物だったりもするが、

そこはそれ……関係者が気を付けた上で黙っとけばそうそう広まらん。

広まったら国に対策取られちまうしな。


おやアブドォラさん?随分顔が緩んでるぜ?

まあ俺もかなり邪悪な笑みを浮かべてるだろうがな。

くくく、この世界の法律ではまだ多重国籍保有者の扱いまで考えられて無いからな。

そういう所が穴だらけなんだぜ。

外国からの輸入品に、荷物一つあたり幾らと言う入国時の税金がかからないとなると、

それだけで利益は膨れ上がる事になる。

しかもこの"おいしい"所を独り占めするためには当然秘密にしないとならない。

……要するに既にアブドォラ氏もこっちと一蓮托生なんだよこれが。


「そういう事でお願いしていいか?……そっちが欲しい品物の方は後で教えてくれりゃいい」

「うむ。それでは明日にでもそちらの店に出向いて打ち合わせるとするか」


「承知したぜ。その時に今回持ってきたうちの商品をお見せするよ」

「ほっほっほ。楽しみだのう」


そういう訳で、"非常に有益な取引"を終えた俺は、今後俺達の拠点となる

訳あり物件に向かったのである。

因みに蟻んこネットワークによると、アブドォラ氏は上機嫌で酒を飲んでいるらしい。

うん、信じて貰えて何よりだ。

だがまあ……俺にとって地上での取引はカモフラージュ以外の何物でも無いけど、な。


……。


「主殿!」

「兄ちゃ!ここだよー」


太陽が脳天を直撃するうだるような暑さの中、俺は問題の物件前に来ていた。

見栄えは……うん、なかなかいい感じじゃないか。


堅牢そうな石壁に囲まれた野球場ばりの広さを持った敷地内に幾つもの建物が見えるな。

石畳の先にある石造りの建物が母屋か?

そしてその周囲に泥のレンガで作られた建物がひいふうみい……これは倉庫か。

さらに枯れ木と枯れ草で覆われた一帯……は庭だったんだろう。

そして水の入っていないプール、と。


そう言えばこの世界水着が無いんだよな。

どうやって入るのか後でアブドォラ氏に聞いてみるかね。


うん、取りあえずいい感じの物件じゃないか。

どこら辺が問題なんだよこれ?


「その。賊が住み着いてると元の持ち主は言っていたのです」

「つまりホルス。お前が倒したわけだな?」

「んにゃ。そこはほら、ホルスじゃむりだよあれは」


ふむ。ホルスでも倒せないレベルの賊?

……どんだけ化けもんだよ!?

と言うか、それを俺に倒せというのかこのボケナス妹は?


「ちがーう。別に兄ちゃ達ほど強くは無いんだよー?」

「ええ。ただその……心情的に私にはやりづらいというか」


あー、なるほど。


「奴隷か?」

「正確に言うと逃亡奴隷だね」

「この屋敷で働かされていた者達が反旗を翻したようなのです」


「よくそれで討伐隊とか出てこなかったもんだが」

「持ち主の性格から言って、見栄を優先させたのでしょう」


なるほどねぇ。

使用人に背かれたってどんだけ恥だかわからんしな。

まあ、大規模討伐が必要になる前にカモに売りつけたと。

不動産売買の基本はいかに悪い所をスルーさせてリーズナブルに見せるかだもんな。

「賊が居るから安いヨ?」って言えば「殺せば安く手に入ってお得!」になるわな。

売り手、買い手共に幸せになるいい取引だったわけだ。


……それじゃあま、早速行ってみるか。


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』
『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』


今回は守備力と攻撃力を上昇させてゆっくりと進撃する事にした。

お、弓が来る!

こりゃあ好都合だな。


「!?」「!」「?」


遠くで騒いでおりますが俺には全然関係ない。

弓が弾かれた?化け物だ!そんな感じだろうな。

せいぜい怯えてすくんでくれ。

俺が楽になる。流石に死んで行けとまでは言わんがな。



「うおーい、敵の人数と配置を寄越せ」

『あいよー、入り口のドアの脇、左右に二人づつ。武器代わりにでかい壷とか持ってる』


蟻んこマスゲームが俺の歩く早さにあわせ足元で土煙を上げながら高速移動している。

頑張れチビども。……ふむふむ、二階へ続く階段とかにはバリケードもどきか。

結構地形効果高そうな場所に陣取ってるな?


「でもそんなの関係ねぇ」


そらっ!

幾らなんでも二階に飛び上がるとかは思って無いだろ?

強化された筋力は3階位なら楽々飛び乗れる程の脚力を俺に与えてくれるのさ!


「うわああっ!?」

「ええええっ!?」


二階のテラスで弓を射ていた二人組みが殴りかかってきた。


「い、いてええええええっ!?」

「硬いぞコイツ!」


そして拳を押さえて床を転がり始めた。

流石に鉄の拳を持ってる訳ではないよな。うん。


軽く首根っこ掴んで表に放り出しておく。

後はホルスが縛り上げるなりなんなりするだろう。


え?何で殺さないかって?

まー、余裕あるしホルスの心境を考えてみました。

それに……ちょっと思いついた事もあるんで。


え?制圧まで後どんぐらいかって?

んー、まあある意味後一部屋って所か。

アリサの情報から隠し部屋に赤ん坊含む子供が数名隠れてるって話があってねぇ。

……大体事の顛末が予想出来ちまったんだよ。


よって、隠し部屋に直行。

チビども数名を拉致りました。

あ、泣いても騒いでも絶対離してやらねぇぞ?


「と言うわけで、お前らの子供は預かった!さっさと出てこい」

「兄ちゃ、えげつない!」

「あの、主殿……その子供達は」


心配すんなホルス。今回は余裕があるから助けるさ。

それに本気で抵抗されるのも疲れるし面倒だ。

別に悪人扱いでもいいけど、出来れば善人で居たいよな?


「と言う訳で目の前に10名ほどの逃亡奴隷が縄で縛られてるわけだ」

「……兄ちゃ、どうすんのコレ?」


「まあ、常識的には元の持ち主に返却すべきだろう」

「そうですね……可哀想ですがそれがこの国の法、です」

「でもそしたらコレ殺されちゃうんじゃ?」


あ、ホルス?

別にそこまで深刻にならんでもいいぞ?

常識的にはそうだが、別段常識的にやる気は無いし。


「じゃあ、この子供達はどうする?」

「どうする、と言いますと」


「この国では奴隷が生んだ子はどういう扱いだ?」

「それは……持ち主の奴隷になります」


うわっ、眼前の連中から人が殺せそうな視線が。

おまえら落ち着け。最後まで話は聞かんか。


「んじゃ、捨て子は?」

「捨て子ですか。それは拾い主の判断で……あ!」


うむうむ、判ったようだね?

ホルス。そして逃亡奴隷諸君。


「この子供達は可哀想にもこの建物に捨てられていたようだな」


「そ、その通りで!」

「わ、私どもとは何の関係もございません」

「お慈悲を……せめて私どものようにはなされませんよう!」


今まで仏頂面していた逃亡奴隷の皆さんが一斉に叫びだした。

という事はやっぱりそうなのか。

要するにこの子供達は奴隷達の子=生まれながらの奴隷階級って訳だ。

それをどうにかしようと立ち上がったと言うわけだろう。

まあ、食料や水の問題もある。

何時までも立て篭もる訳にも行くまいが、

後先考えずにやってしまったと考えるほうが正しいだろうな。


……隠し部屋に三角木馬とかあった以上、

考えるのも不愉快な出来事が日常的に行われていたのは間違いないしな。

ここは助けるべきだろう。こんな事で怨まれるのも心外だし。

主に俺自身の自己満足のためにな。


「確か、主人の隙をついて"隷属の指輪"を破壊したんだよな?」

「はい。それ故彼らは連れ戻されても確実に殺されるでしょう」


裏切られる可能性がある隷属の指輪ってどんだけ性能低いんだ……まあ安物だよな。

再び別な指輪で縛ってもいいのだろうが、

隷属の指輪は例え安物でも非常に高価であり、

普通奴隷が死んだら次の奴隷にと代々使っていくとの事。

だったら鎖を引きちぎる恐れのある猛犬は処分、

と言うのがこの国の考え方らしい。


「OK判った。……家の売主を呼んでくれ」


……。


この屋敷の元の持ち主との交渉は実に簡単に終わった。


「小生意気な連中なんで生殺与奪をこっちで決めさせて欲しいんだが?」

「どうぞどうぞ、これがこやつらの権利書になります」


名目的にはこうだ。

他人の奴隷を勝手に私有、処罰するのはこの国の法に反するから。


実際は勝手に逃がしても先方さんに連れ戻されたら意味無いから、

権利をこっちで持っておくだけなんだけどな。


奴隷を買い取った金貨を片手に先方は上機嫌で帰っていく。

その姿が見えなくなった頃、俺はその権利書を手に取った。


「さて、言っておくが俺は何時裏切るか判らん奴を傍に置いておく趣味は無い」


すっ、と音も無くホルスが松明を掲げる。

そのタイミングの良さに軽く苦笑しつつ、俺は書類に火を付けた。


「ガキども連れてさっさと好きな所に行くといいさ」


続いてアリサが以心伝心で皮袋を持ってきた。

中身は数十枚の銀貨。しばらく食い繋ぐには十分すぎる額だ。


え?なんで金出すんだって?


馬鹿言うな、無一文の元奴隷をそのままほっぽり出したらどうなるかなんて、

火を見るより明らかって奴だろ。

それに一つ仕事をして貰う予定だし、その報酬の前払いと言う意味も有るんでな。


「仕事が見つかるまではこれで食い繋げ……もしどうしようもなくなったらまた来い」


もっともその時はまた奴隷だと冗談交じりで言いつつ、

皮袋をリーダーらしき奴に放り投げておく。

そして、皮袋の重さに本気で怯えてるリーダー格に対しおもむろに話しかけてみた。


「ああ、そうそう」

「な、なんでしょうか」


「俺達は東からここに越してきたばかりでな。何か旨い物が食える店は無いか?」

「あー、しかし我々は東地区……高級住宅街から来られたような方のお口に合うような店は」


うんうん、判るわけ無いよな?

いや、実はここでちょっとこの話を振っておきたかっただけなんだ。


……これで元奴隷の諸君にとって俺達は"以前東の高級住宅地に住んでいた人"になったわけだ。

実際は"東の方角から来た"だけなんだけどな。

消火器の訪問販売みたいな詐欺っぷりだけど、相手に被害出してないからいいだろ?

彼らから俺達の元居た場所が歪んで伝えられるような事があっても別に問題無いしな。

むしろ大歓迎だし。


「いや、実は纏まった資金が手に入って商売に手を出したばかりの一般人でな」

「ようやくお店兼お家が買えるようになっただけなんだよー」


「そういう訳で、別に普通の店でいいんだ」

「あー、ですが……その」


……どうやら本質的に外食をしたことが無いらしい。

いやホントに悪い事したな。スマン。

それと、本当にどうしようもなくなったら手遅れになる前に来てもいいんだからな?

俺達と秘密を共有できる信用の置ける奴なら何時でも大歓迎だ。

まあ、元気で暮らしていけばいいさ。

でもその前に、出て行くついでにうちの店の宣伝よろしくと言う事で。


さて、こいつらが出て行ったら早速老商人のおもてなしの準備をしないとなぁ?


……。


《side アブドォラ》

商売と言う物は機を見て敏とならねばならぬものである。

そのためにわしは暑い中ラクダに乗り、あのカルーマと言う若造の元に向かっておる。


勿論以前の借りを返し、新しい仕事の話をする為にじゃ。


そう。昨日わしの元に大きな儲け話が転がり込んできた。

我がアブドォラ家としても何とか物にすべき大きな機会ではある。


相手は暫く前にトレイディアの闇市を潰し、

わしの商品も台無しにしてくれた小僧だ。

だが、持ってきた話はその時の損を補って余りあるものだわい。


何より大事な事は……トレイディアからの輸入品を無税で取り扱えると言う事じゃ。

我が方にはサンドール全土へ奴隷達を運ぶ販売路がある。

それをちょいと利用するだけで、莫大な財がわしの元に転がり込む事であろう。


しかもあ奴は気づいておらぬやも知れんが、これはすぐにマネされかねん危うさを持っている。

つまりこの話は他の商人に知られるわけにはいかぬ。

よってあ奴とわしは運命共同体。最早裏切る事などできんと言う事である。


安価な輸入品の売買によりこの国の商人達の勢力図は一気に塗り換わることになるだろう。

そして、わしは変わる。国内はともかく他国では蛇笏の如く嫌われる奴隷商から、

大陸中の富が集まる商都と貿易する、交易商人に……!


さて、奴から頼まれた三人分の仕事は既に済ませた。

後はこの書類を渡せば、晴れて奴らもこのサンドールの人間となる。

その後は……ほっほっほ。

わしらの為にせいぜいトレイディアから沢山の商品を仕入れてきてもらおうかのう?


……。


「ふむ、荒れ果てた物だがまあ、駆け出しの商人には十分すぎる屋敷だのう」

「いらっしゃいませ、アブドォラ様」


買い取ったばかりだと言う屋敷の門は大きく開け放たれ、

そこから沢山の人間が出入りしている。

……ほう。中を覗いてみれば既に商売を始めているようだのう。

恐らく庭であった部分を潰したのだろう。

中々悪く無い選択だ。何せバザール(市場)の連中は新入りを拒まんが、

売り場確保のための資金は幾らあっても足りないからのう。


「うむ。ではカルーマ殿の所に案内してもらおうか使用人……剣闘士ホルス!?」

「はい。今は主殿の下で働かせて頂いております」


驚いた!ホルスと言えば剣闘士最強と目された奴隷戦士ではないか。

持ち主のカーヴァーは元将軍。その価値がわからぬとは思えんが、

一体どうやって買い上げたのじゃろう?

あ奴、予想以上に出来るのかも知れんな。

面白くなってきたものじゃ。


「主殿はあちらで直接商売をしております」

「うむ、しかし流石は開店日じゃの。人が多い」


……あ奴は太陽が照りつける庭の真ん中に絨毯を敷き、そこに幾つもの壷を並べているようだ。

ふむ、あれが奴の売り物か。

確か食料品だとか言っていたのう。……察するに保存食か。

だが、だとしたら大成するのは難しいぞ?

なにせこの国では生ものは殆ど手に入らぬ故、とにかく保存食ばかり食べておる。

それを商う者達も百戦錬磨のツワモノぞろいじゃ。

生半可な物では太刀打ちできぬわ。


みずみずしい野菜。新鮮な生の魚介類。

これらでもあれば話は別じゃがな。


物珍しさでどうにかなるのは初めの数日だけじゃよ。

これは潰れるかのう?

その時はわしの為に仕入れだけやってくれれば良い。

だから別に問題は無いがのう?


「さて、じゃあこの壷一つ分を幾らで買う?一番高い値を付けた奴に売ってやる!」


「銅貨99枚」
「論外だ!……銀貨1枚!」
「銀貨1枚と銅貨20枚!」
「銅貨140枚で!」
「ど、銅貨141枚。これで何とか!」
「銅貨150枚だ!」


「はい、売った!銅貨150枚のお客さん、持ってけドロボー!」

「うっしゃあ!安いぞこれは!」


「はい、毎度あり!……アリサ、売り切れだ」

「あいよー。次の奴持ってくる!」


売れた?

ちっぽけな壷一つが。

銅貨150枚で?


「銅貨150枚で安いじゃと?い、一体何を売っておるのじゃあ奴は?」

「水ですよ」


みず?


水、と言ったのかこの男は。

だがそれはおかしい。

この国では確かに水は貴重品じゃ。

何せ酒のほうが安いくらいだからのう。


だが、それでもお椀に一杯で銅貨10枚がいいところじゃ。

片手で持てるあの壷ではお椀3杯分ぐらいしか入るまい。

それに銅貨150枚じゃと?

同量で見ると5倍の値段では無いか。


別にトレイディアの水だからと言ってそんな高値が付く筈が無いぞ?

一体何なのだあの水は。


「主殿は『付加価値が高い』水なのだと仰られました」

「……ただの水ではないのか」


「いいえ。正真正銘……ただの綺麗な水です」

「そんな馬鹿な」


気が付けば、書類を目の前の奴隷男に押し付けて、

わしは足早にあのカルーマと言う名の駆け出し商人の下に向かっていた。

……一体何が、ただの水をそこまで高価なものにしておると言うのだ!?


「どうも、アブドォラさん」

「頼まれた物は既にお前の奴隷に渡しておいたぞ」


「そりゃどうも。これで貸し借り無しだな」

「うむ。しかし、たかが水でぼろ儲けしておるようだのう」


あ奴はニヤニヤと笑っている。

一体何を考えておるのだ?


「ああ。たかが水。されど水さ。……それに、コイツに値を付けたのは俺じゃない」

「確かにその通りじゃな」


話しかけたあ奴は中々どうして堂々とした物だ。

生まれて初めて商売をしたとはとても思えん。

恐らく何処かの商人から基礎は学んだと言う事だろうの。


「では聞くが、なんでこの水はこんなに高値が付くのだ?ただの水なのだろう?」

「それは買い求めたお客の行動を見れば判るかも知れないな」


……先ほどの客?

その姿なぞもう何処にも見えん……おお、既に門を出ようとしておるな。

何故そんなに急いでおるのじゃ?


……急がねばならん理由。

それはきっと、あ奴の水を買ったからじゃろうがな。


「おい!水屋。早く売ってくれ!」

「あー、判った判った」


随分焦っておる。

何がこやつ等をここまで駆り立てるのじゃ?

まるで放っておけば駄目になってしまうかのような


……まさか!


「わ、わしにも一つ売ってくれぃ!」


わざわざ懐から銀貨を二枚取り出し突き出した。

そして、壷を受け取ると蓋を剥がし中身を確認する。

うむ、水じゃ。正真正銘ただの水。

じゃが……間違い無い!


「んぐっ……んぐっ……ぷはぁ!」

「……どうだった?」


「……冷たくて、とても美味じゃ!」


そう。壷の中に封入されていた物は……冷たい水。

それも、かつてマナリアで一度だけ飲んだ雪解け水の如き冷たさじゃった。

……これを、これをわざわざ異国から運び入れたと言うのかこの男は。

恐るべき事に、未だ壷そのものすら冷たいでは無いか!


この国の全ての井戸、そしてオアシスから採れる全ての水は例外なく……温い。

酷い物になると湯としか言えぬ代物も多い。

他国の者達は湯のような湧き水をうらやましいと言うが、わし等としてはとてもそうは思えぬ。

この冷水は……まさしく高価な酒にすら勝る、わしらにとって至高の飲み物じゃ!

あのぬるま湯5杯の値段でこれが飲めると言うなら……ああ、確かに安い。安すぎる!


この乾ききった炎天下の元、凍るような飲み物で喉を潤す?

……最高の贅沢では無いか!


……ほっほっほ。こんな事を考えている場合ではないな。

これはうまい商売だとかそういう事も今はどうでも良いではないか。

そうじゃ。今やらねばならぬことはただ一つ。そうであろう?

そう、今やるべきは再び銀貨を差し出すこと。そして、


「おかわりじゃ、代わりの品を寄越すのじゃ!」


今一度。今一度あの刺すような冷たさを己の喉で感じること。

そうであろう……?


……。


《side ホルス》

日が暮れ、私達カルーマ商会の第1日目が終わります。

アブドォラ様も大変ご満足なご様子で、鼻歌交じりでお帰りになられました。

商談も無事まとまり、

今後は月に一度、馬車一台分の商品をアブドォラ家に卸す事になります。


……今日1日で、私は主殿への信頼と忠誠を新たにしました。


まず第一に、立て篭もっていた我が同胞達への処遇。

子供を逃がすだけでなく、まさか親のほうまで開放して頂けるとは思いませんでした。

しかも、当座の生活費まで出して頂いて。


主殿から言わせると打算ゆえとの事でしたが、

それでも奴隷階級にあそこまでしてくれる方を、私は他に見た事がありません。

……逃がして頂いた同胞達も随分と喜んでいました。


そして第二に、ただの水を他の誰にも真似出来ない商品に仕上げてしまった事。

……地下の水は冷たい、などと一体何処で知ったのでしょう?


遥か地下深くに存在する地下水脈という物。

その中でも特に大地の奥深くにある物から汲み上げた清らかで冷たい水。

これを温くなる前に売り切る事が大切なのだとか。


故に直前まで地下深くに保管しておいたり、

あらかじめ前日から倉庫に冷水を撒き続け中の気温を下げる。

もしくは汲み上げた傍から売りに出したり。

挙句には冷たい水の流れる水脈がこの国の真下に来るよう、

予め大規模な工事まで行わせていたと言う始末。


他にも色々……信じられないような工夫を数多生み出されました。

貴重な水を庭先にまで撒けと命じられた時は何を考えておられるのかと心配しましたが、

暫くして周囲が涼しくなったと感じた時には、余りの発想の隔絶に気を失うかと思ったほど。


そして第3が……私の眼前に広がる大量の硬貨、です。


……。


あの、主殿。確か貴方は仰られましたよね?

お金というものは最初に出て行って最後に戻ってくる物だと。


ですが、既に投資した金額以上が手元に戻って来ておりますよ?

これは一体どういう事でしょうか?

勿論アリ達の一か月分の食料を余裕を持って買い込み、更に私達の生活費を引いてでの話です。


……はい、判っておりますとも。

予想以上に上手く行ったと言う事ですね。


競りにしたのが良かった?

今後は大体壷ひとつで銅貨150枚で行こう、ですか。

判りました。全て主殿のご随意がままに。


それで、今後は私がここを切り盛りしていけば宜しいのですね?

はい。勿論使用人は信用が出来る事を最低条件に雇いますよ。

アリサお嬢様と共に、この店を死守させて頂きます。


え?ああ、はい。判っていますとも。

……ここは始まりに過ぎない。ですね。

私達の目的を……主殿の望みを忘れたりはしませんとも。

そうです。このお金は何時か来る戦いの為の軍資金です。

出来る限り増やせるように努力いたします。


はっ。無茶はするな?

ご心配なく。

過酷な奴隷剣闘士としての生活に比べればまるで天国ですよ。

これで体を壊したら罰が当たる……神経を使うのは肉体的疲労とは別、ですか。

ええ。覚えておきます。

わ、私が二度と得られない稀有な人材……ですか?

は、はい。お言葉ありがたく頂戴します。

それよりも戻られた時の事をお考え下さい。


……主殿、本当に有難うございます。


……。


《side アリサ》

祝開店の翌日。よーするにこの国に来てから三日目の朝。

とりあえず兄ちゃはトレイディアに一人で帰る事になりました。

……あんまり古巣を空けて置くと死亡認定されかねないんだってさ。


兄ちゃはこれで冒険者カルマに戻れると喜んでた。

あたし達を置いてく事にはなんのお詫びも無いくせにさー!


「いや、お前とは何時でも話とか出来るだろ?」

「兄ちゃって、結構ボクネンジンだよね」


「何でだよ?」

「あたしは寂しいのさー!」


んにゃ?

いきなり頭を撫でてくれたけど。なにゆえ?


「済まんアリサ。俺も時間が空いたらそっちにも行……帰るからな」

「おーよ。まー精々頑張れ兄ちゃ!」


べしべしべし、と兄ちゃのお腹を叩いておく。

とりあえず、おかーさんの仇な連中の目を誤魔化さないといけないしね。

おかーさんの為にもまじで頑張れ兄ちゃ。


……。


……あー、行っちゃったー。

でも帰りはだいたい一日で着くから早くていいよね?


おんや?誰か来た。

って、我が最初の娘たる働き蟻の女王、ワーカーアント・ロードちゃんか。

あたし同様蟻っぽくないからこの地下世界では目立つよねー。

で、どしたの?卵また生まれた?


え?何で行きが2週間で帰りが1日かって?

そりゃあね。開通したから。

何がって?トレイディア行きの地底トンネルだよ!


突貫工事、でも安全丁寧に仕上げた地底トンネル、

と言うか地底滑り台かな?

とにかくこれ、すっごく速いんだよ!

山も谷も無い!ただツルツルの下り坂があるのみの高速道路なのさ。

座ってつるつるつるーって滑ってるだけで目的地に行けるの!

……兄ちゃからはその内世界中の地底奥深くに張り巡らせろって言われてる。


なんでも、古代ローマだかの水道を参考にしたとか抜かしてたっけ。

やかましいよねー。実作業はぜーんぶあたしに押し付けたくせにさー。

いや、まじで凄い発想だと思うけど。


え?帰りは登りなのって?

うんにゃ、違う。

帰りには帰り用に逆向きの滑り台があるんだよ。

エスカレーターってのからヒント貰ったらしいね。


後はエレベータってのを作れって言われてる。

そんでね。ゴンドラの逆側に吊るす重りを探さなきゃならないんだけど。


って……おーい。逃ーげーるーなー!

手伝いなさーーーい!

じゃなきゃご飯減らすぞ?減らしちゃうぞー?


……って泣いちゃ駄目ぇー!?


あ、そーかそーか。

そう言えば地下水脈のほうを頼んでたっけ。

第一期工事完了ごくろーさま。

え?それだけじゃない?

うん、そうだった!

ごめん、あたしすっかり忘れてたよ。アレを作るのも任せてたよね!

そっちも出来上がったの?地上の作業な上に不毛地帯なもんだから大変だったよねー。

うん、それじゃあ配下の働きアリ達には、あたしから例の物を造り始めろって命じとく。


……ごくろーさま。少し休んでて。

生まれたばっかりでこき使ってホントにごめんね。

取りあえずある程度形になるまで大変だけど、

そしたらきっと楽になるから。


え?うん、そっか。

兄ちゃが好きだから無問題か。

あたしもだよ。

それじゃあ次のお仕事までネムネムしなさい。

いーね。休むのもお仕事だよー?


……さて、チビちゃんにばかりお仕事させてられないよね。

兄ちゃ達も頑張ってるし、あたしも頑張るよ!


***商人シナリオ2 完***

続く



[6980] 15 洋館の亡霊
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/03/27 19:47
幻想立志転生伝

15

***冒険者シナリオ6 洋館の亡霊***

~とある勇者の最期~

《side カルマ》

ぐっと背を伸ばし、眼前に広がるトレイディアの門を眺める。

……俺がこの門を潜るのはおおよそ一か月ぶりだ。

世間的には隣町まで届け物をした帰りにスリを追いかけて森に消えた事になってるはずだ。

問題の森の奥にひっそりと開いた蟻の巣穴から這い出して、

ようやくここまで帰ってきたと言うわけだ。


「よぉ。随分戻るのが遅れたじゃないか」

「ああ。スリを追いかけてずっと森の中を彷徨っててな」


門番と軽く挨拶を交わし、門を潜る。

そこには一ヶ月前となんら変わらない町並みが広がっていた。


「いやあ、ようやく帰ってきたって感じだ」

「お帰りなさい。大変だったみたいですね……で、お財布は取り返せましたか?」


「いきなりアンタかシスター!?財布?あー、まあ何と言うか」

「……ご愁傷様です。それにしても本当に一ヶ月も森の中に居たみたいですね」


「なんでそんな事判るんだ……」

「それは、消えたと言う森の中から出て来るまでひとつも目撃情報が無いからですよ」


いや、その目撃情報をどうやって集めてるんだ。

非常識にも程がある。

……と、一月前の俺なら言ってたんだろうなぁ。


まさかこの辺一帯に広がる神聖教会の信者がその情報源だとは思いもしなかったさ。

何気ない世間話や懺悔なんかを使って各修道士達が情報を集めてるとはな。

断片的な情報でも重ね合わせりゃ真実くらい見えてくると言うもの。

恐ろしい話だよホント。まさか一介のシスターが教会の諜報部門だとか誰が思いつく?


しかもニコニコしながら教会の敵となる者を闇から闇へ葬り去ってるんだとか。

まあ、そこまでやれば当然あんだけぶっ壊れた人格にもなるってもんだ。


実は先日から教団本部の偵察をチビ蟻にさせてるんだけど、

その一環で選ばれたばかりの別なシスターの仕事の一部始終を蟻が覗いてた訳だ。

要するに敵対勢力の暗殺とか誘拐とか挙句拷問とかをな?

最初は泣いて、次の仕事で自己正当化を初めて、最後に無表情になってたとか洒落にならん。

薄暗い教会の地下で泣きながら鞭を振るう修道女とか……コレナンテエロゲ?

信仰云々で非道を強制ってさ……どんだけ腐ってるんだあの教会。

まあ、いずれぶちのめす時には丁度いい口実にはなるが。


「……どうしました?いきなり遠い目なんかしたりして」

「いや、何と言うか。現実逃避っぽいな」


とりあえず、この目の前の人もそうやって壊されていったのだろうか?

だとしたらなおの事許せない気持ちになる。


「まあそれはさておき。早く首吊り亭に戻ったほうがいいですよ?」

「ん?もう死亡認定か?」


「いいえ。拗ねきったお嬢さんが首を長~くして待ってます」

「ご、ご忠告感謝!」


い、いきなりニコニコ顔がシリアスになった?

と言うかルンか?ルンが拗ねてるのか?

……しまったな。お土産の一つも買ってくりゃ良かった。

って、森の中うろついてた筈の俺が土産物持って来るのはおかし過ぎるが。


「急いでください。皆迷惑してます」

「……え?」


……。


さて、そんな訳でシスター・フローレンスに首根っこを掴まれたまま、

一月ぶりの首吊り亭の前に来ている訳だ。


「別に何時もと変わらないんだけど」

「入ってみれば判りますよ」


怖ぇよシスター。目が据わってる。

一体中で何が?


「マスター、ただいま」

「おおっ!帰ってきたか。無事で何より……でだ、そこのお嬢さんを何とかしてくれ」


いきなりかよ!

しかし、ここまで言われる位酷い状況?

誰かと喧嘩してる様にも見えんし……あ。


「先生?」


ぞくっ……て、今背筋に何か悪寒が走ったぞ?

何?一体何事?

何かに突き動かされるように視線は酒場の隅に向かう。


「先生」


やっぱりルンか。うん。見事に無表情な癖に目に涙。

しかも座ってる椅子を中心に瘴気が轟音上げて渦巻いてるんだけど?

毎日こんな感じだったのか?そりゃあ迷惑だったろう。

このさびしん坊め。一体どうしろと言うんだ。


と思っていたらいきなり無表情が崩れて目から水玉がボロボロと。


「せんせぇ……」


あーあー、泣くな泣くな。

勝手に居なくなったのは謝るから。


「それだけじゃない」

「……え?違うの?」


「駄目だった」

「って何がだよ」


「上手く使えない」

「……"強力"か?」


ゆっくりと、だが非常に重々しく頷かれた。

……判った。見てみよう、な?

だから泣くな。しがみ付くな。人の胸の中でしゃくりあげるな。

何か危ない思想が脳内を支配しそうになるから落ち着け!

俺に襲われたいのかお前は!?


とにかく外だ。人の居ないところに行くぞ!


……。


と言う訳で、ここは何時もの森の奥。

ルンと向かい合って立っているわけだ。


「じゃあ、早速スペルの確認をしてみるか」

「ん」


ふう、ようやく落ち着いたようだな。

では早速始めるか?


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

『人の身は弱く、強きカを所望する。アが筋繊維よ鉄と化ス。強力(パワーブースト)!』


あー、まだ微妙にアクセントが違ってるか。

きちんと見ててやれれば良かったけど、

さっさとアリサの件を何とかしなけりゃならなかったからな。

その為あえて次回が何時とか決めずにやってきた訳だが、

まさか一ヶ月もほったらかしにされるとは思ってなかったよなぁ。


まあ、暗記自体はそんなに難しく無い。

言葉の意味が判ってればアクセントのちょっとした違いぐらいどうとでもなるみたいだが、

一つの単語として覚える時は何故か一言一句正しくないといけないのだ。

まるで、この時代の人間に魔法を使わせないための工夫にすら見えるな。


「先生」

「ん?ああ、済まん」


っと、いつの間にかまた考え事モードに入ってたぽいな。

また上着の袖口を引っ張られてたよ。

あんまり不機嫌になられる前にさっさと教えてしまうか。


……。


結局、ルンはあれからすぐに強力を覚えた。

多少アクセントを直してやるだけだったし、

そもそもルンはこの一ヶ月、ずっとその練習をしていたらしい。

普通の魔法の時は魔道書と言うテキストがあるので、上手く行かない時はそれを見ればいい。

だが、俺の教え方は自分に続いて詠唱させると言うやり方だった為、

間違いに気付いていなかったようなのだ。

そりゃ、取ったメモが間違っていたなら上手く行くはずも無い。

2~3日で覚えきれた物に一ヶ月も費やさせてしまったと考えると流石に悪かったと思う。


「済まなかったな。付いててやれなくて」

「いい」


いや、絶対良くは思って無いだろ。

少なくとも本当にいいなら、脇腹をつねってきたりはしないぞ普通。

ああ、額の脇に井桁が見える……完全に怒ってるだろこれ。


「とは言え、今から仕事だし何もしてやれないがな」

「何で?」


いや、何でって。


「色々あって今、手元に金が無いから明日の宿代の為にも依頼を請けねばならんのだ」

「じゃあ一緒に行く」


そう言うと、ルンは荷物を取りに一目散に町に戻って行ってしまった。

あれ?いつの間にか一緒に行く事になってるんだけど。

……何故?


……。


《side リチャード》

行方不明になっていた従姉妹、ルンちゃんの行方が知れてから一ヶ月。

伯母上から探しておいてくれと言われた以上、

一応居所が知れたとは言え一度くらいコンタクトは取っておきたいと思う。

それにこの街には彼も居る。彼とも一度じっくり話をしてみたかった。

……そんな思いに突き動かされ、外遊の最後にまたこの商都トレイディアを訪れたのだ。


けれども、なんでこんなに僕はタイミングが悪いのだろうか。


「二人とも、出かけているのか」

「応よ!二人して幽霊屋敷の調査に行ったぜ」


「……も、戻りは何時ごろか判るかな?」

「さてな。調査依頼ゆえ……まあ一週間と言うところか」


「主人よ。二人が行ったと言う屋敷の場所は判るかな?」

「……追いかける気ですか貴族様?」


うん。そのつもりだ。

何せ、この機を逃したら公務やら何やらで数ヶ月は身動きが取れなくなるからね。

それにルンちゃんの安否確認は伯母上からの頼みでもあるのだから。


「ああ、少し確認したい事があるんだ。そこで一つ依頼を出したい」

「判りました。御代さえ支払って頂けるなら、こちらからギルドへは話を通しておきますよ」


取りあえず酒場の主人に話を通し、以前護衛を依頼したライオネルと言う男と……、

何故か村正と名乗り冒険者をやっているクゥラ家の跡取り息子を雇う事にする。


「応!俺に任しときな」

「拙者に任せてもらおう。リチャード殿」


うん、不安だ。

実力はあるのだろうがどうも頭と礼儀の足りない猪男。

そして僕同様背負う物が多い身ながら何故かこんな事をしている彼。

これで安心できると思えるほうが凄いだろう。

……僕自身の連れてきた護衛達も不甲斐なさと不安では大して変わらないがね。


「んで、何処に行くんだったっけか?村正にお坊ちゃんよ」

「東の幽霊屋敷で御座るよライオネル殿」

「本当に君は、少し礼儀作法を学んだほうがいいね」


まったく、困った物だ。

これでトレイディアでも最強ランクだと言うのだから笑ってしまう。

それと龍信仰のカタ=クゥラ子爵、いや、今は村正殿か。


その……幽霊屋敷は南なのだが。

本当に大丈夫なのだろうか?


……。


《side カルマ》

何の因果か愛弟子と一緒に仕事をする事になってしまった。

……町に戻った俺にルンが差し出してきた一枚の依頼書。

どうやらこれを一緒にやろうと言う事らしい。


「それにしても、よりによって探索系任務かよ」

「嫌?」


嫌も何もお前が既に引き受けた後だったろうが。

今更見捨てるとか出来そうも無いし、一緒にやってやるしかあるまい?

と言うか、断ってたら絶対泣いてたろお前。


「けどよ、俺は鍵開けとか出来ねぇぞ」

「私が出来る」


そうか。まあそれなら良いけどな。

なにせ俺の能力は戦闘に特化してる部分が多く、

マッピングも出来なきゃ鍵も開けられない。

正直、廃墟の調査なんて真っ平御免だ。


何故なら調査の仕事は基本的に手間の割りに報酬が少ない場合が多い。

しかも一つの依頼に何日も掛かる事もあり、今まで敬遠してきた。


ただまあ、今回は少し前提が異なる。

廃墟に幽霊が出るので調査して欲しいという依頼であり、報酬は高め。

しかも、今の俺には蟻の密偵と言う心強すぎる味方が居る。

……後は適当に調査しつつ、もし幽霊が出たらさっさと帰ればいい。

何せ今回の目的はあくまで調査だからな。


それにわざわざルンが持ってきた依頼だ。

何か考えがあるんだろう。無碍にしてやる事もあるまい?

……しかしまあ、ルンもわざわざ時間のかかる依頼を選んだ物だ、とは思うがな。


……。


「到着」

「お、着いたか。……ここが例の幽霊屋敷」


うっそうと茂った森の奥、僅かに道の残るその先にその建物はあった。

元は立派な屋敷だったのだろう。

窓には木の板が打ち付けられ、周囲は雑草が生い茂っているが、

三階建ての威容は未だにその存在感をこちらに見せ付けてくるかのようだ。

……ってルン?いきなり正面から近づいても鍵かかってるぞ?


「鍵、貰ってる」

「あー、そりゃそうか」


……。


正面のドアを開けると広いホールが広がっている。

道は左右、そして正面の階段か。

さて、どう動くべきか。

……ルンは貰った地図とにらめっこしている。

これを見ると地上三階の他に地下室もあるようだ。

……地下の地図までは無いようだが。


これを全部調べるのには手間がかかりそうだな。

とは言え、先ず今日の内にやっておかなければならない事がある。


「まず寝床確保」

「それなら……東側に使用人用の小部屋が幾つか。うん、悪くない」


そう、長期戦に備えて安全な寝床の確保だ。

現在俺の背中には食料や水の入った樽が幾つか背負われていた。

これを安全に保管し、休息を取る事の出来る空間が必要になる。

普通はこう言う閉鎖空間に踏み込む場合、その外側に用意する所なのだが、

この屋敷の周囲にはオークが何部族も住み着いているらしく、野営には向かなかった。

よって、ある程度の危険は承知で内部に拠点を作る事にしたわけだ。


それにな。実は先行偵察させた連中からの報告で、この屋敷には幽霊が居ないことは確認済みだ。

残念ながら情報ソースは蟻なので報告には使えないが。


……さてここで問題。

だとしたら、この屋敷に居ると言う"幽霊"って一体何なんだろうな?

調査を始めたばかりの為、今のところ判っているのは、

壮年らしき男が地下に居ると言う事だけだ。

さて、鬼が出るか蛇が出るか。


「どうしたの」


あっと、寝床とかの準備忘れてた。

さてさっさと使用人の部屋を片付けて、寝られるようにしとかんとな。


……。


寝床準備完了、と。

まず運んできた水と食料を降ろし、

確保した二人部屋のベッドの埃を払い、毛布を乗せておく。

さらに枯れた観葉植物があったので大型植木鉢を確保、

ちょっと手を加え、囲炉裏か七輪のような物を作成する。

そして、万一の時の為に窓を塞いでいた木の板に細工をし、

何時でも内側から外せるようにしておいた。

残ったベッドは即席のバリケードになるよう部屋の入り口付近に立てかけておく。

最後に一本の糸を外側のあちこちに張っておき、手作り鳴子を吊るす。


さて、これで即席陣地の完成だ。

自分達以外がドアを開けようとすれば鳴子がガラガラ音を立てるから、

そしたら余ったベッドでドアを押さえりゃ即席の城門と言うわけだ。

完全とは言えんが脱出口も確保したし、まあ致命的な事にはならんだろ。

っと、そうそう。最寄のトイレを掃除しておくか。

余裕がある時は世話になりそうだし。


「取りあえず、これで拠点は確保した。今日はもう遅いから調査は明日からな」

「ん」


相変わらず必要な事以外喋らない娘だ。

しかも晩飯として干し肉一切れだけをそのまま口にしてベッドに潜り込んだよなコイツ。

別に節約しないと足りなくなるような物資量でもないが……もしや。


「なあルン。ルンって……料理できるか?」

「出来ない」


即答かよ。

俺も大した物は出来んが……明日の朝はサンドイッチでも作ってやるか。

前世なら餌付けとか言われかねんが、別に他意はないしな。

……本当に無いよな?俺。


……。


調査二日目。

朝一でパンに干し肉を挟んで作ったサンドイッチと、林檎の絞り汁。

そして保存食として用意してた林檎のジャム……というかフィリング(甘煮)を振舞ってみる。

ちなみに"もどき"なのはご愛嬌だ。


まあ、それでも目の前のお嬢様のお気に召したようだ。

美味そうに、そのくせ上品に頬張っていたのでレシピのメモを渡してみる。


どういう理由であれ冒険者やってる以上多少の料理は出来たほうが良いだろ?

決して女の子の作った料理が食いたいからではない。

ましてや……美少女の餌付けにはもう飽きた!

これからは料理を覚えるように仕向ける時代だ!

なんて思っている訳が無い。


「……先生?」

「あー、スマン。また何時もの考え事だ」


さて、何時までも馬鹿やっていないでさっさと仕事を終わらせますかね?


……。


建物部分の捜索は一日で終わった。

結果として判った事は一つ。

三階の主人の部屋に誰かが今でも使用している痕跡があるという事だけだ。

まあ、それだけ判れば十分ではある。


「幽霊じゃなかった」

「まあそうだろう。山賊のアジトとも違うみたいだけどな」


正直本当に亡霊なんか出てこられたらどうしようかと思っていたのだが、

相手が人であればどうにでもなる。なにせ最悪逃げ切れればいいのだから。

そして、多少散らかってはいたが、屋敷の中に略奪品の姿は無いようだった。

と言うか、必要最低限の生活必需品しか持ち込んでいないようなのだ。


「幽霊でもなし、賊でもなし……世捨て人か?」

「指名手配、とか」


なるほど。隠れ住んでる犯罪者、もしくは冤罪で逃げてる最中とかはありえるな。

その場合はとっ捕まえれば賞金が美味しすぎる。


「幽霊じゃなくて人が住み着いてるって事が判ったから取りあえず仕事は完了だが」

「……嫌」


うむ、ルンもそう思うか。

やっぱりここは探し出して、ウマーな獲物だったら退治するのが吉という物だ。


「じゃあ、さっそく地下に潜るか」

「もう、遅い」


ちょっと表に出てみると、確かにお日様が山の向こうに消えようとしていた。

……そうだなぁ。

まだ食料に余裕はあるし、体力が回復してからの方が良いか。

出来ればさっさと終わらせて、次の依頼に移りたいんだけどな。


「じゃあ今日はもう休むか?」

「ん♪」


なんで嬉しそうなのか良く判らんが、まあいいか。

……よもや俺に気が有るとかは言わんよな?

その場合貞操の安全は保障しかねるんだが……何故か怖くて聞けん。


……。


調査三日目。

残念ながらこの屋敷に住み着いている男は、昨晩上の部屋に戻ってこなかったようだ。

……もし無防備に寝てくれたら後がやり易かろうと思い、

俺たちの居る痕跡を出来る限り残さないようにしておいたがどうやら徒労だったみたいだな。


今日の朝飯はルンが作ると言い出したので任せてみたが、出来たのは謎のスープ。

まあ出汁も何も無いし、お湯を沸かし適当に食料を突っ込んだだけだから仕方ないだろう。


え?俺?


勿論ウマイウマイと言って食い尽くしましたが何か?

ルンはしゃくりあげながら「……嘘」とか言ってたけどね。


「ルンの作ったもんなら何でも美味いぞ」


とかお約束の台詞を吐いたら耳まで真っ赤にしてました。

いやー、可愛いね。初々しくて良い。非常に良い。


「何点?」

「20点。次回頑張りましょう、な?」


いや、悪かった。

悪かったから拗ねるな。

俺の弁慶を靴のつま先で蹴らないでくれ。ちょっと痛いから。


……。


朝食から一時間ほどが経過した。

ようやくルンの機嫌も直ったので今から未知の地下室へと移動開始だ。


「暗い」

「松明はある。心配いらんだろ」


「片手で戦える?」

「……お前が持つよりはマシだろ」


一応基本が戦士の俺と純魔法使いのルン。

魔法の行使に両手が必要な場合が多い事を考えると、どうしても俺が持つ事になる。


ルンが一緒に居る以上、周囲のアリ達から情報を取るのも危険だ。

ルン自身は信用できても何かの拍子に母親……勇者側に情報が漏れるのは避けたい。

だったら念には念を入れるべきだろう。

要するに、早朝の内に手にした地下の見取り図以上の情報は足で集める他無いという訳だ。


「随分しっかりした石壁」

「そうだな。……今時こんなにしっかり石を組む技術なんて持ってる奴居ないだろ」


と言うか、どう考えても上の建物とこの地下は釣り合わない。

地下一階までは普通な感じなのだが、地下二階に入ると周囲の様子が一変したのだ。

石壁は自然石を組み合わせた物から明らかに切り出された人工的な形へと変わり、

その上、トラップの残骸らしき物が時折散らばるようになった。


「先に侵入した誰かさんが壊したようだな」

「凄い切れ味」


巨大な鉄球が真っ二つか。

さっきは天井から落ちてくるギロチンがひしゃげた形で転がってたな。

……相手はかなりの使い手だって事か。


「こりゃ、勝てんかも知れんな。……ここいらが潮時かね」

「……せんせい」


正直勝てるかどうかもわからない相手に手を出して返り討ちは真っ平ごめんだ。

しかも今回は預かり物のお嬢様まで居る。

もしルンに何かあったら色々な意味で洒落にならない。


とは言え、当のルンは大変不満そうだ。

途中で投げ出すようで気に入らないのだろうか?


ただ、もし引き返すならこれが最後のチャンス。

この先には地下3階への階段しかない。

そして、地下3階には大き目の広間が一つあるだけ。

確実に相手と鉢合わせる事になるだろう。


何度も言うが、俺たちの受けた"依頼"はあくまで幽霊屋敷の調査。

相手が幽霊で無い事が知れた時点で既に依頼は完遂している。

依頼遂行に必須と言うならともかく、やぶ蛇で後悔するのは愚の骨頂と言う物だ。


「とにかく今日ももう夕方ぐらいだ。……取りあえず部屋に戻るぞ」

「ん」


とりあえず、今日一晩使って説得する事にしよう。

無茶をしてもどうにもならないからな。


……。


そして、調査四日目の朝を迎えた。


「どうしても、行くって言うのか?」

「ん」


結局、ルンを説得する事は出来なかった。

その態度はまるでこの探索が終わってしまうのを惜しんでいるかのよう。


「じゃあ、勝手にしろ、俺はもう帰るといったら?」

「嫌」


俺の服の裾を掴んで離そうとしないルン。


「じゃあ帰ろうぜ?俺たちの仕事は終わってるんだ」

「帰ったら?」


「んー、もう少し稼いでおきたい。悪いが次の授業はその後で」

「また一緒に」


「いや、次はオークの巣を焼き払いに行くつもりだからな。一人で問題ないし汚れるぞ?」

「……そう」


……結局、「せめて後一日」と言うルンの言葉に押し切られる形で、

この屋敷の調査をあと一日延ばす事になってしまった。


もう一日調べて何も無かったら諦める。


うん。非常に判りやすい台詞だ。

だが俺はわかっている、あそこから少し先に目的地がある事を。

ただ、同時にその台詞で気付いてしまった事もある。

……そう、そのことを知っているのは俺だけだと言う当たり前の事実に。


ルンにとって、あの先は完全なる未知である。

その未知に向かって突き進むのが本来の冒険者と言う物だろう。

……俺はもしかしたら計算高くあり過ぎて居るのかも知れない。

少なくとも、冒険者としては何か違うような気がする。


ふとそんな事を考えた瞬間、覚悟が決まった。


「いいだろう……けど今日で最後だぞ?」

「ん……ありがとう」


俺が冒険者になったのは純粋に金が欲しかったから、その筈だった。

けど、もしかしたらそれだけじゃなかったのかも知れない。

……それは憧れ。

かつて自分の分身が画面の中の異世界を旅するのを、

もしかしたら自分自身が羨ましく思っていたのではないか?

そんな考えが俺を動かした。


例え未知であっても先に進まなきゃ話もまた進まない。

……やってやるさ、冒険者らしく、な。


……。


調査四日目、多分正午頃。

俺とルンは屋敷の地下三階大広間の入り口付近に居た。


(ルン、ここからは小声で行くぞ……誰か居るからな)

(ん。先生……向こうに灯り)


声を潜め、先に進む。

地下三階は書庫のようだった。

古い本特有の匂いと埃っぽさがこの部屋の全てだ。

……なるほど、奴さんはこの蔵書が目当てか。

道理で何日もこんな地下に篭ってる訳だな。


それにしても凄い数の本棚が並んでいる。

ちょっとした図書館と言っても良い。

これは確かにちょっとした発見と言えるだろう。

……早速だが危険を冒してここまで来てみた甲斐があったという物だ。


その時、奴さんが突然立ち上がり腰の剣に手を伸ばした。

視線は確実に俺達のほうを向いている。

……気付かれたか!


「貴公等は何者だ?」

「この屋敷に住み着いた幽霊を探してる冒険者だ」


この期に及んで隠れてても仕方ない。

松明に火を灯し視界確保を優先する。


相手は年の頃40~50歳ぐらい、全身を光沢の有る白い全身鎧で覆った戦士風の男。

その手にした剣も凄まじいまでの業物だろう。

……ここから10メートルも離れているだろうに何かオーラのような物すら感じる。


ああ、もうこの時点で戦う気が失せた。

基本的に向こうの方がスペックが上だ。

全てを賭けて戦えば……それでも勝機が有るとは余り思えない。


幸い比較的理性的な相手のようなので敵意が無い事を示せばあるいは


「ふむ。……私の名を言ってみたまえ」

「へ?」


その瞬間、相手が俺の視界から消えた。


「知らぬのか。貴公も、貴公も我が名を知らぬのだな!?」

「な、何だよアンタは!?」


声がした方向は右!

全力で側面を向いた時既に相手は目と鼻の先……


「世界の平穏は私が、我らが成し遂げた物だというのに!」


辛うじて、辛うじて防御が間に合った!

防御の上から俺を吹っ飛ばすほどの斬撃を放ちやがった相手に多少の恐怖を抱きつつ、

反撃の機会を


「恩知らずめ!恩知らずな者どもめ!」


今度は左、だと?

物理的に有り得ない速度で相手は俺の逆側に回りこんでいた。

……当の本人の攻撃で吹き飛んでいた俺の更に先に回りこむ?

そんな馬鹿な!


「私は!私は!」


右から左へ吹き飛ばされたと思ったら今度は左から右へ吹き飛ばされる。

回し蹴りか!……硬化を広間に入る前にかけておいて正解だった。

強力か再生も同時にかけておくべきだったが贅沢は言っていられない。

多分相手は既に右側に回りこんでい


「何の為に戦ったというのだ!」


左から追いついて来やがっただと!?

物理法則って無視できる物だったっけ?


「やられっ放しじゃ済まさねぇ!!」

「むう!?」


腕の力だけじゃ大してダメージも与えられないだろうが、せめてもの抵抗に剣を振るう。

狙いは喉!

残り15cm、10cm、5cm、3セン……消えた!?


「甘いな若者よ!」

「首だけで避けた?」


凄まじい速度で首が振り回され、横薙ぎに振り払われた俺の剣の下をすり抜けた。

……速い、速すぎるぞこれは!?

一体どんなトリックを!?

それとも身体能力が突出してるのか?


「フン!ビリーの奴よりは歯応えがあるな」

「ビリー?まさかアンタ、勇者か!?」


……男の顔が一瞬驚愕に染まる。

俺達はそのまま着地したが、男はもう動かない。

そして驚愕の表情を崩さないまま、男は口を開いた。


「判るのか?」

「やっぱりか……でもあんまりそれらしくないな」


自分で言っておいてなんだが、この男は勇者らしくないと感じる。

何ていうか、コイツは勇者なんかじゃないと本能で感じ取れてしまうというか……。


いや、それはおかしいだろ。

光り輝く重甲冑。よくみると曰く有りげな深紅のマントを羽織っている。

額の髪飾りも立派な物じゃないか。

そして手にした剣もこの暗闇の中まばゆいばかりの光を放ってるとか。

顔も端正なロマンスグレー。口髭にまで品があると来たものだ。

筋肉質の体はその年齢に寄る衰えを全く感じさせない。

……こんなテンプレな装備と容姿、そして戦闘能力。勇者じゃないとか逆にありえないだろ。


あ、何か怒ってる?

ああそうか、さっきの台詞が御気に召さなかったようだな。


「申し訳ない勇者殿。さっきの暴言は忘れてくれ」

「うむ。魔王討伐以来、私が勇者だと見抜いたのは貴公が初めてゆえ特別に許そう」


おお、正に勇者らしい対応。

……なのにここまで勇者らしい要素を集めておいて、

勇者らしく感じさせないのは何故?


いやいや、そんな事考えてる場合じゃないだろう。

取りあえず最悪の第一印象を拭っておかねば。

……ただでさえ勇者は二人ばかり敵に回してるわけだし。


「さて、貴公の名は何と言うのだ?」

「カルマ。冒険者をしてる……それでこっちは」


ルンの奴は目を白黒させてる。

今の超高速戦闘と超展開に全く付いて来れて居ないのだ。


「仲間のルンだ。……ほら、挨拶しとけ」

「お久しぶりですアクセリオンおじ様」

「うむ、マナの娘か?久しいな」


あ、そうか。

ルンの母親も五大勇者の一人だったっけ。

そりゃあ知り合いのはずだ。


「それにしても大きくなった。……すまんが茶を一杯もらえるか?」

「あ、はい。少々お待ち下さいおじ様」


いきなり茶の催促をされて慌ててルンが上層階に上がっていく。

……それにしてもルン「はい」って言うの初めて聞いたような。

アイツが敬語使うくらいだし、やっぱり本物なのか。


って、あれ?

ルンが部屋から出た途端に勇者が広間の入り口を閉じて鍵までかけたぞ?


「ふむ、これで安心して話せる」

「何を」


敵意は無いという証なのだろう。

勇者アクセリオンは己の剣をこちらに放って寄越した。


「いや、実は貴公とは一度話してみたかったのだ。クロス達が迷惑かけたようだな」

「俺の事、ご存知だった訳か」


ああ、とだけ言った勇者が階段のほうを少し気にした。

そしてルンがそこに居ない事を確認し、再び口を開く。


「クロス達の事は私から謝らせて貰う。だから出来ればあいつ等を怨まないでやってくれ」

「それは無理だ」


そう、それは無理な相談だ。例え他の勇者からの謝罪であろうと。

本人が土下座でもすれば話は別だがね。


「まあそう言わんでほしいな。……奴も永きに渡る呪いとの戦いで気が立っておるのだ」

「呪い?」


呪われてるのかあの大司教。

道理で何処かぶっ壊れてると思ったよ。

まあ、それでも許す気は無いがね。


「我ら五人。魔王を打倒した際に呪いを受けたのだ。そう、"魔王の呪い"だ」

「魔王の呪い……それは一体」


アクセリオンの顔が悔しげに歪む。

よほど話しづらい事なのだろう。


「出来れば誰にも言わないで欲しい。特にあの娘には」

「……善処する」


「うむ。魔王の呪い、それは簡単に言えば"最大の望みを遠ざける"呪いなのだ」

「最大の望みを遠ざける?」


「我らにはそれぞれ望みが有った。魔王の呪いはそれを叶えない様にする呪いだったのだよ」


……つまり魔王を倒した勇者達が一番に望んでいた事だけは決して叶わないって事か?

そう言えば、大司教クロスはしきりに"理想"を叫んでいたっけ。

その割りにやってる事は随分現実的でえげつない事ばかりだったが。


……勇者アクセリオンはなおも語り続ける。

時折涙を見せ、肩を落としつつ。


27年ほど昔に北の果てより現れて、

マナリアを中心に世界中を恐怖のどん底に陥れた魔王という存在があった。

それを討伐すべく世界中から集まった勇敢な者達。

その中で特に優れた5名が魔王と直接対峙し、討ち果たしたのだという。


「魔王は邪悪ではなかったが冷酷だった」


魔王にも思う所があったのだ。その事自体を我らは否定しない。

だがそれは人とは相容れなかったのだ。

と勇者は言う。


まあ、そんな事より大事なのは5人の勇者の望みとその呪いの内容だ。


神速の勇者・アクセリオン(魔法戦士)
望み……勇者としてその名を世界に知らしめる事
呪い……基本的に誰にも勇者だと信じて貰えない

死を否定する者・クロス(神官)
望み……堕落した教会の浄化と信仰による理想の社会の確立
呪い……理想を実現させる為、欲と堕落を利用し現実と戦い続ける日々

商都の聡き兵・ゴウ(戦士)
望み……生まれ故郷の繁栄
呪い……所属する共同体が衰退し続ける

魔を司る神童・マナ(魔法使い)
望み……自らの手で自分の国、親しい人達を助けてあげたい
呪い……全ての善意が自国民に不幸として襲い掛かる

不死身の傭兵・ビリー(傭兵/盗賊)
望み……戦いの中で本当の勇気を手に入れたい
呪い……誰よりも本質的に臆病になった


一番叶えたい望みが叶わない呪いか。

魔王もえげつない事をするもんだ。

それとも流石と言うべきか?


でも、何か望みと呪いがおかしい奴がいるな。


「傭兵王ビリーの望みと呪いが良く判らんな」

「ああ、私もそう思うよ……あいつは無謀なほどに敵陣に突っ込んでいく奴だったからな」


とは言え、あの内容は魔王自身が言った事らしい。

少なくともアクセリオン自身に関しては当たっていると言う事なので信用してもいいだろう。

……ふむ、これがもしかしたらあの男の不死身を解明する手がかりになるかも知れないな。

覚えておこう。


「まあ、そういう事だ。クロスも悪気がある訳じゃないって事は覚えててくれ」

「手は抜かないけどな」


流石に降りかかる火の粉を掃わないほどお人よしじゃない。

あ、そうだ。

ついでに知らない人の事を聞いておこう。

味方か敵か確認しておきたいしな。


「ところで、このゴウって人は?」

「……死んだよ。生まれ故郷の村も滅んでいた。呪いは本物だったな」


あー、そうですか。

すいません悪い事聞いてしまって。

別に遠い目しなくても良いですよ?


「えーと、じゃあ俺が貴方を勇者だと認識できた訳は何だと思う?」

「よく言うな?そうとは思えんと言っていただろうに」


あー、なるほど。

知識として当てはめる事は出来るけど、感情が納得しないのか。

そりゃあ厄介だ。


「私も、本当なら今頃勇者として崇められ、世界中の尊敬を一身に集めていただろうに」

「現実は厳しい、か」


名誉のために戦っていた男にそれが与えられないのはキツイとかそう言う世界の問題じゃない。

自分の一番望む物が与えられない世界か。俺には耐えられそうも無いな。


「そうそう、重ねて言っておくがマナの娘に呪いの事は喋るなよ?」

「何故?もしや知らないのかアイツは」


「娘どころか母親も知らんのだよ」

「……かけられた当の本人が?」


魔王との戦いの最中、魔力を使い果たした勇者マナは戦闘終了時気絶状態だったようだ。

よって、魔王との最後の会話にも参加していない。

それでも呪いはしっかりと受けてしまったのだが、

仲間達は当時5歳だった幼子に配慮して、マナリア王家に伝えるに留めたらしい。

この辺は実に勇者らしい優しい行いと言えよう。

……因みに他の勇者の呪いの事は当時の人々の間では結構知られていたらしく、

マナリアで勇者マナの呪いについて知らないのは当の母娘の二人だけなのだとか。


……何と言う酷い話だろう。


「OK判った。取りあえずルンには内緒にしておく」

「頼む。あの娘達にこの事実はちと辛いだろうからな」


何と言うか聞きづらく話し難い話題だった。

地下の書斎でおっさんと二人で黄昏る俺の姿はアリサ辺りが見たら笑うだろうか?

……話が終わったのだろう。

アクセリオンがいつの間にか入り口に移動し扉の鍵を開けていた。


俺は、話の内容を今一度反芻する。

既に勇者の内二人を敵にしているなら、残り二人は味方に付けておきたい。

ルンの母親はどうにかなりそうな気がする。

そして目の前の男は……。


……あれ?閃いたぞ!?

アクセリオンに関しては、呪いはどうとでも出来るんじゃないか?


「なあアクセリオンさん」

「ん?どうかしたか?」


「アンタの呪いは"勇者として見られない"だけなんだよな?」

「"だけ"ではない!……幾ら魔物を討伐しても、勇者と名乗った途端に笑われるのだぞ?」


「じゃあ、勇者辞めたら?」

「貴公!ふざけているのか!?」


うん、それだけだとそう思うよな。

けど……俺の言葉はそういう意味じゃない。


「魔物を倒した時点では皆喜んでくれるんだよな?」

「ああ。それだけに掌を反されるのが辛いのだ」


「なら、英雄を名乗ればいい」

「何?」


「別に覇王でも軍神でもいい。勇者でさえなければ良いなら幾らでも名誉は得られるだろ」

「私に、私に勇者の肩書きを捨てろと言うのには変わらないだろう!」


「既に勇者の肩書きはアンタの敵。なら、こっちから捨ててやりゃいいのさ」

「……いらぬ肩書き、か」


しばらくアクセリオンは下を向いて無言だった。

やはり、30年近く名乗り続けた称号を捨て去るのは辛いのだ。

だが、ここは捨てておくべきだと俺は思う。

少なくとも呪いの解き方が判らない以上、名乗り続けるのは無意味だ。

他の方々のように肩書きだけ捨てればいいと言う物で無い人達なら話は別だが。


「そう、だな……全て投げ捨てて1から出直すのも悪くは無いか」

「ああ、その意気だ。アンタ実力はあるんだから何でも出来るだろ?」


ふっ、とアクセリオンの顔から影が消える。

つき物が落ちたような表情を浮かべたアクセリオンは正に勇者……いや、

正に英雄と言わんばかりの覇気を纏う事に成功していた。

いや、違うか。この覇気は元々彼が持っていたもの。

屈辱の27年の間に無くしていた物。そして呪いで押さえつけられていた物だ。

呪いは今でも彼と共にある。

だが、勇者を名乗らぬ限りそれが彼を蝕む事はもう無いだろう。

……そして勇者アクセリオンが俺に敵対する事は無い、と今なら自信を持って言える。


「どうだい?何か雰囲気が変わったぞ。悪く無い選択肢だったんじゃないか?」

「うむ。その通りだ……貴公には感謝せねば」


さっきまでの剣幕が嘘だったかのようにアクセリオンは笑う。

もしかしたら俺はこの人に希望って奴を与えたのかも知れない。


「ははは。じゃあ何かお礼でもくれるのか」

「ふむ。では我が家伝……加速の魔法を伝授しよう」


え?マジでくれるの?


「そうだ。魔力使用量は莫大だし効果時間も短いがいざと言う時何よりも頼りになる」

「アクセリオンだけに"アクセラレイター"とか?」


勇者は目を見開いて、続けて困ったような顔で両手をクロスさせた。

バッテン、ね。

違うのか。……無意味な行動で恥をかいちまったよ。


「気を取り直して!まず印は、片手の人差し指と薬指を立てそれ以外の指を曲げる」

「片手印の魔法なのか!実物は初めて見る」


まるで忍者のような感じの印だなこれ、何かカッコいいぞ。

しかも片手!使いやすそうじゃないか。


「続いて詠唱。一回しか言わんから必ず覚えるのだ」

「オス!」


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


孫子かよ!?覚えやすい事お決まりの如く、だな。

まあ、家伝の秘術なんだしこれぐらいが丁度いいのかも。


「判っていると思うが、これは我が家伝。私の許可を得ない限り誰にも教えるなよ?」

「こんな凶悪な切り札、誰にも教えられないだろ常識的に」


実はルンになら、と一瞬思ってしまったのは内緒だ。

……だがアクセリオンを敵に回さない為にも、誰にもやり方を悟られるわけには行かんなこれ。

まあ、とりあえず一度やってみるか。


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


言葉が舌の先に乗った瞬間、僅かな違和感。

だが、別に何か変わった訳ではない。


……いや、違う!


アクセリオンがいつの間にか本を一冊軽く投げ上げていた。

その本の動き、そしてアクセリオン自身の動きがあまりにも緩慢。

そう、俺の速度が上がった事で相対的に周囲がスローモーションに感じているのだ。


まるで水の中を浮かび上がるかのようにゆっくりとした動きで上昇を続ける本。

俺はそれを掴み上げ、本棚に戻す。

だがまだ本は上昇しようとしている様だ。

横の本が重力に縛られているのを尻目に、じわじわと浮き上がろうとする。

……俺はそれに上から力をかけて本を重力の支配下に戻した。


こりゃあ凄いな。

と、思った瞬間加速が解けた。


「ふふふ、これこそ私が"神速"と呼ばれた所以だよ」

「ああ、ありがたい。大事に使わせてもらうさ」


にっ、と笑ったアクセリオンは俺に寄越していた自分の剣を受け取ると、

自分の荷物を持って広間から去ろうとしている。


「もう、ここでの探し物は良いのか?」

「ああ。ここには古代文明の歴史書なんかもあってな。呪いを解く方法を探していたのさ」


成る程。呪いはもう無視できるからここで探し物をする意味も無いわけか。


「かつて、古代魔法文明は世界の環境から人の運命まで操れたと言う」

「本当にそんな事出来たのか?」


「それ故に滅びたらしいがな?だが現在よりずっと進んだ魔法文明があったのは確かだ」


中々にロマンのある話だ。

それにしても科学にしろ魔法にしろ、進みすぎた文明はやはり滅ぶしかないのだろうか?

まー、どうでもいいけど。


「とにかく、私は北の地で一旗上げようと思うよ。吹っ切れたのは貴公のお陰。感謝する」

「感謝するのはこっちもだな。頑張ってくれアクセリオンさん」


硬く握手をして別れの挨拶とする。

そして一瞬。

アクセリオンは一時の時間も惜しいのか凄まじい速度で階段を駆け上がっていった。

その姿は勇者の称号を捨ててなお、神速の二つ名が伊達では無い事を示していた。


「……先生」

「あ、ルン。戻ってきてたのか?」


まさしく風の如く駆け上がっていくアクセリオンを尻目に、

トレイにお茶のカップを三つ乗せたルンが困ったような顔をしている。

まあお茶持って来いと言われて、戻ってみりゃ当の本人が帰った後じゃ不審にも思うわな。


「おじ様は?」

「やる事が出来たから帰って行った」


……ルンが自分の手元のトレイをじっと見つめる。


「折角上手く淹れたのに」

「なら俺が二人分飲む」


折角持ってきたのを無駄にするのも惜しい。

俺は椅子を二人分用意し、テーブルから本をどかしてお茶の用意をした。


「……二人っきりで?」

「まあ、そうなるな。……冷めても美味くないし、ここで飲んでいくほうがいいだろ」


「ん♪」


妙に上機嫌なルンと一緒に飲むお茶はとても美味かった。

お茶は日常的に自分でも淹れていたらしい。

……料理が上達する日が楽しみだな。


「あ、先生」

「なんだルン?」


「我が侭聞いてくれて、ありがとう」

「無理に残るって言った事か?別にいいさ」


「それでも、ありがと」

「可愛い奴だなお前は」


そう。ここでの有意義なひと時は全部ルンが居たからこそ。

感謝しても感謝される謂れは無い。


ああ、そうだ。ギルドに報告する文面を考えておかないといかんな。

……そうだな。ちょいとばかりウィットに富んだ感じで、最初はこうだ。


"洋館の亡霊の正体。それは魔王討伐の立役者。五大勇者の一人であった"


なんてな。

……って何でぶっ倒れてるんだよルン!?


「おい!しっかりしろ!?」

「ふにゃー」


目が、目が渦巻いてる!?

それに頭から湯気が出てないかこれ?


「おーい?ルン?正気に戻れーっ!」

「うにゃあ……」


結局、その日ルンは目を覚まさず、もう一泊する事になりましたとさ。

どっとはらい


……。


《side リチャード》

今日も山の中。僕達はオークの群れを蹴散らしつつ先に進んでいる。

未だ、二人の居る洋館は見えてこない。


「だから村正!さっきも言ったけどな?この谷を跳び越せば近道なんだよ!」

「貴殿は短絡的過ぎるで御座る!地図ではそうでも既に我ら道に迷っているので御座るぞ?」


「何が言いてぇんだよ!?」

「もう既に、その地図で我らが何処にいるか判らなくなっていると言う事に御座る!」


「じゃあお前はどうするつもりだ?」

「ふっ!先ずは森から出るで御座る。太陽の向きからして……先ずはこっち。北で御座る!」


「そっちはどう考えても西だーっ!太陽沈んでるだろが!?」

「うぬぅ、確かに言われてみればそうで御座るな!」


「どちらでも良いけど、もう一週間も経っているんだけどね?」


まったく、本当に困った人達だ。

戦闘能力は全く問題ないのだが……人選を間違ったか。

少なくとも今回はどちらかを探索の得意な冒険者にするべきであったと思う。

まあ、それは今後の課題と言う事にして。


……現状、遭難していると考えていいだろうか?


ああ、そうだ。ここにも目印を付けておこうか。

救助、早く来れば良いのだけどね。

僕らが本物の亡霊にならないうちに。


……すまないが少し泣きたい気分だ。

僕はどうしてこう運が無いのだろうか……。


***冒険者シナリオ6 完***

続く



[6980] 16 森の迷い子達 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/03/30 00:14
幻想立志転生伝

16

***冒険者シナリオ7 森の迷い子達***

~闇の中に鬼が潜む 前編~

《side カルマ》


「マスター。もう一度言ってくれ、理解できなかった」

「迷子探しだ。ライオネル以下三名を南の森林地帯から探し出してくれ」


約一週間ぶりに首吊り亭に帰還した俺を待ち受けていたのは

どう言う訳だか緊急の依頼だった。

しかもさっき戻ってきたばかりの南部森林地帯と来たもんだ。

マスターの顔色からして余り状況は良くないんだろう。

だが、根本的な疑問が浮かぶ。


「いや、兄貴だったら殺しても死なないだろ」

「じゃあ聞くがライオネル以外ならどうだ?」


「南の森林地帯はオーク以下亜人種のテリトリー。まあ死ぬな」

「……頼む。マナリアからの使者殿が死者になってしまう前に連れ戻してくれ」


ふと横を見ると、何時かあの荒野で見たマナリアの軍服に身を包んだ数名の野郎どもが、

真っ青になって震えていた。


「えーと、あんた等は?」

「マナリア近衛軍、皇太子護衛隊です。……り、リチャード様をどうかお救い下さい」

「ううう、王子も単独行動されるならせめて我々にひと言欲しかったです」


「あんた等は捜索に行かないのか?」


「国からの召喚文書を握り潰し続けると言う大事な仕事がありまして」

「もしばれたら我ら全員の首が飛ぶのです!物理的に」

「それに王子も今回の旅では予定外の行動が多かったですし、多少自重してるように見せないと」


……大変だな宮仕えってのも。

ってちょっと待て。何かおかしくないか?


「なあマスター。なんでアニキとリチャードさん……様が一緒に居るんだ?」

「お前らを探しにいったんだよ」


「は?俺たちが調査に行ったのは知ってただろ?」

「何か、急ぎの用件が有ったみたいでな、追いかけてったのさ」


それで行き違いか。

でもそれならすぐに戻ってくるんじゃ?


「そんなこんなで一週間。お前らが普通に戻ってきても向こうは全く音沙汰なし」

「私の情報網にも引っかからないんですよ」


シスターの……教会の情報網に引っかからない?

神聖教会の信者はこのトレイディアの辺りに数多く生息している。

それに引っかからないと言う事は、

つまり人里に出てきていないと言う事になる。


「まあ、冗談はさておき全く戻ってこない所から遭難と判断されたようですね」

「……食料とかは大丈夫なのか?」

「そろそろ尽きるんじゃないかな。まあライオネルが居るし何とかするだろ」


兄貴の何とかするとはつまりイノシシや熊を仕留めると言う事だ。

つまり兄貴は良くともリチャードさんにはキツイかも知れないって事か。

……あー、やっぱり急がないとまずいなこりゃ。


「先生」

「どうしたルン?」


「ロン兄、助けに行くの?」

「ろ、ロン兄?それは一体何者?」


いきなり聞いた事も無いような固有名詞言われても判らんぞ?


「リチャード様の事です。ロンバルティア王家の次期当主で従兄妹であらせられます」

「ルーンハイムのお嬢様のお母君は、ロンバルティア家のご出身で王の妹君なんです」


ふむ、成る程。

王の妹の娘と王の息子で従兄妹な訳か。


「そっか、じゃあ何としても助けてやらないとな」

「……」


え?ちょ!?

何でそこで沈黙!?

それにいきなりそっぽ向いてるし!


「別にどっちでもいい」

「ルン。仮にも従兄妹で祖国の王子様だろ?」


「……」

「おーい、どうした?」


「助けてくれるって言ったのに」

「え?」


「助けてくれなかった」


……寒っ!

特に気温が違う訳でも無いのに、周囲一帯が凍えるように寒い!


「ち、違いますルーンハイム様!」

「王子は、王子は別に貴方の事を嫌ってるわけでは」

「その通り!ただ派閥力学的にそちらにだけお味方する訳にはいかなかっただけで」


「それにクラスの9割から無視され続けただけなんでしょう?」

「え?街歩いてるとルーンハイム様が近くに居る時だけ店が閉まるって聞いたけど」

「違うって。同級生のリオンズフレア公爵一派が敵対してるだけの筈だが」


「それってつまり国の7割が敵対してるって事と同意義なんじゃ?」

「まあ、だから王子も下手に介入できなかったんでしょうがね」

「下手したら内乱になってしまいますからね」


それはまた、酷いいじめだ。

……潰して良いかそいつ等。正直殺意が沸くんだが?

と言うかいつか潰す。


「……ところで母親はどうしてるんだ?勇者なんだろ?」


「報復が凄いですよ。城ごと消し飛ばしたり」

「決闘申し込まれた奴が居たっけ。相手はまさしく蛇に睨まれた蛙だったけど」

「あー、無様に吹っ飛ばされて観客に笑われてましたっけ。可哀想に」


「えーと。子供の喧嘩の報復でか?」


「ええ。まあ何もしなくても人の家のタンスから勝手に薬草持ち出したりする人ですが」

「家は壷の中身持って行かれた」

「いいもの見つけた、じゃ無いってのな。ハハハ」

「まあ、食事して金払わないのも日常茶飯事だし」

「"ご馳走様。美味しかったですよ"とか言ってそのまま居なくなるしな」

「昔お姫様だった時の癖がぬけて無いだけですがね」

「と言うか、清算と言う概念自体知らないんじゃないかあの方は」

「それは無いだろうが自分は飲み食いしても払わなくて良いのだと思ってるだろうな」

「誰も勇者様に意見するような度胸のある奴居ないしなぁ」

「こそ泥捕まえようとして大規模広域魔法使うのもザラだもんな……」

「町が一区画吹っ飛ぶっての」


何でそんな危険人物を放って置くんだマナリア王国?

と言うかルンのお母さんって勇者と言うよか"ゆうしゃ"なのかよ!


まあ世界有数の力を持ちつつ好き勝手に放任されてきて、

もう誰も叱れない様な化け物と化してしまったんだろうなぁ。

ただ、それじゃあ拙いんじゃないかと俺は思うが。


「で、誰も諫言した奴は居ないのか?」

「当のルーンハイム様が昔、きちんとお金払うようにと言った事が」

「ありましたねぇ、しかも王の目の前で。あの時は嬉しかったですよ」


うん、流石はルンだ。

相手が母親でも良くない事は良くないと言えたのか。


……って、どうしたルン!?

汗かいてるし顔色が悪いぞ!?

目からハイライトも消えてるし一体どうした!?


「……結果が、まあ酷かったんですよ」

「マナ様、王に向かってこう言われたんです」

「"では兄上、宝物庫に一杯有る筈ですので幾らか頂いて行きます"ってね」


……凄く意味無ぇっ!

しかも"ゆうしゃ"的に中身を丸ごと持ち出しそうな勢いだなこれ?


「一応聞くけど、悪意は無いんだよな?」

「あるわけ無いですよ。何せ頭の中身が5歳の時から余りお変わり無いと言うか」

「本来別な家に嫁ぐ事が決まってたのに、自分の好きな人が良いって今の家に嫁入りしたしな」

「式場から抜け出してまでね。あの大恋愛で一体どれだけの人間が被害を被ったか……」

「凄かったですよねぇ。しきたりをここぞとばかりに破る輩が横行して」

「本来、王家や公爵家の人間に自分の配偶者を決める権利なんか無いんですけどね」


「あー、かなり脱線しましたが要するに悪意なんて一欠けらも無いです」

「宝物庫から持ち出した金貨も偶然見つけた可哀想な人達に全部あげちゃいましたしね」

「戦場でも誰が何と言おうと常に一番危ない所で戦ってますし」

「困った人を見つけるとその時の仕事を放り出してでも助けようとするしなぁ」


「それに、かつて齢5歳の幼子ただ一人が魔王に立ち向かったと言うのは我らが誇り!」

「他国はけっこう勇者を蔑ろにしていますが、マナリアだけは違います」

「何だかんだで魔力が全てな所のある我がマナリアで、最強の魔法使いですしね!」


良し悪しだとは思うが、

まあ要するに善人だが極めてはた迷惑な人と言うことなんだな?

悪意が無いだけに非常にやりづらいと。

……呪いとか関係無しに性格的に問題多そうな人だな。


あー、聞いてるだけで頭が痛ぇ。


よくそんな母親からルンみたいな娘が生まれてきたもんだ。

父親が凄いのか……それとも反面教師か。

取りあえず、俺に出来るのはルンの頭を撫でてやる事と、


「ところでお前ら。ルン本人の前で言って良い事じゃ無いだろ?」

「「「ああっ!申し訳ありませんルーンハイム様!」」」


この馬鹿野郎どもにお灸を据えとく事ぐらいか。

……苦労してるのな、お前も。

と言うか、いじめの原因が母親に有りそうな気がするのは俺の気のせいなのだろうか?


「すみません、ルーンハイム様が悪いわけではないのですが!」

「ただ、皆長年の鬱憤が溜まってるだけで」

「誰もマナ様に意見出来ないから黙ってて下さるルーンハイム様に向かってしまうだけで」


何だと?


「おい、お前ら」

「「「はい?」」」


「全員ぼこる。そこに並べ」

「「「何故!?」」」


何故じゃ無ぇよ。

……まあ、言っても判らないとは思うがな。

取りあえず食らえや、俺の怒りの鉄拳!


「言い返さないからって八つ当たりってのは、最・低・なんだよっ!」


「はぶらっ!」
「ほべっ?」
「ぐべしゃあ!」


……おー、飛ぶ飛ぶ。

カウンターの向こうで何か割れた音がするが気にしない。

マスター?取りあえず弁償はするから今日のところは勘弁な。


「確かに言われてみればそうだ」

「我らは何と言う事を」

「喋らないだけで苦しんでるなど今まで気付きもしなかった」


本当に気付いていなかったのかこいつらは!?

全く幸せな連中だ。

……内に溜め込むタイプの恐ろしさを知らないんだろうな全く。


「さて、まあこんなどつき漫才をしてる場合じゃないなマスター」

「そうだな。さっさと行った方が」


「何を言ってる?ルンを慰めるのが先だ」

「そうですねぇ。この娘すっかり意気消沈しちゃってますし」

「おい!カルマ、それにシスターまで。お前ら事の重大さが判ってるのか!?」


「ん?愛弟子の心の傷の治療が最優先だが何か?」


基本的に、傷ついた少女のケア>>>野郎の生死なのは当然だと思う。

それに向こうには兄貴も居る。そうめったな事じゃ死なないだろうしな。


「それにもう夜ですし」


え?


「ああっ!いつの間にか日が暮れてる!?」
「マナ様の事を悪く言った祟りだ!」
「マズイ、これは非常にマズイ!」


こりゃ、今から出たら逆にこっちが遭難する。

……アリサに連絡して先行偵察だけさせて、捜索自体は明日からだなこれは。


「ほら、取りあえず部屋まで送るから元気出せ、ルン」

「……むり」


あー、もう床の端っこで体育座りしてるし。

ほれ立て。壁に向かって遠い目してても何も出てこないぞ?

駄目か。しょうがないから無理やり抱き上げてお姫様抱っこを敢行。

……一度やってみたかったのは内緒だ。


「それじゃあカルマさん、私も明日の準備がありますから帰ります。が」

「が?」


「ルンちゃんに変なことしちゃ駄目ですよ?」

「するか!」


嘘です。ちょっとぐらいなら、と僅かばかりの大きな下心ありました。

でも、そうまで言われちゃもう何も出来ねぇよ。

……まさかそういう嫌がらせなのか?そうなのか?


……。


翌日早朝。

俺とガルガンさんを含む救出部隊が編成され、トレイディア城門前に集まっていた。

総勢50人位か。相手が王子様だけにかなり大規模な捜索隊であると言えよう。


「昨日はあちこちの冒険者の宿を回って動ける連中を捜し歩いておった。疲れたのう」

「ガルガンさんが居ないと思ってたらそう言う事か」


あれからルンを部屋まで送っていって、乞われるままに手を繋いで寝てました。

別に問題視されるような事は実に残念な事に何も無かったが、

ルンが俺の手を繋ぐどころか指を口に含んで寝てたりしたので昨日は一睡もしてなかったり。

……但しお陰で気合は様々な意味でMAXを飛び越えそうな勢いだけどな?


「まあ、これから行く森は亜人どもの巣だ。幾らでも暴れられるだろ」

「言っとくが、集まった連中の大半が駆け出し連中。わし等はフォローもするんじゃぞ?」


あーあー、判った判った。

俺は気が立ってるんだ……別に暴れてもいいだろう。

それに、誰にも言えないが居場所はもう大体掴んでるしな。


……。


なんて余裕こいてたのが間違いの始まりだったわけだ。

森に着いて、俺達は唖然とする事になる。

先行したモブキャラ連中が騒いでいるのだ。


「これは、目印だな……これは東?」

「横の木に西のマークが!」

「……どういう事だこりゃ?」


明らかに複数人が彫ったと思われる目印がてんでバラバラの方向を向いている。

しかも、どいつもこいつも彫られたばかり。

……兄貴が目印を書くなんて思えないし、

村正は折角の目印を無意味にするような馬鹿なことはするまい。

リチャードさんも高度教育を受けているはずだ。無意味な事をしているとは思わない。


……この手のかく乱は、ゴブリンだろうか。

奴らのやり口にしちゃ字が解読できるのがおかしいように思うが。


何にせよ、蟻達が居なけりゃ俺達まで遭難者になりかねない状況って訳だな。

しかし、洋館でも思ったが蟻との交信を他人に見られるとアウトと言うのは結構キツイ。

……冒険者として行動している時は余り頼らない方が良いのかも知れない。

と、最近思うようになってきた。


さて、朝の段階での三人の方向はここから南西に三時間ほど進んだところらしい。

情報ソースは明かせないから現地で手がかりを普通に探しつつ誘導、と考えていたが

どうやらそうも行かないか。


「こりゃ、数人毎に分かれて探したほうが良さそうだな?」


俺の意見に対する反対意見は特に出る事も無く、俺達は散開して森の中へと向かうのだった。


……。


《side ライオネル》

カルマ達を探して森の中に潜ってからもう8日経っていやがるが、

いまだ件の洋館は見つからねぇ。

全く、あいつ等一体どこで道草食ってやがるんだか。


今日の昼飯は丸々太ったイノシシだ。

村正に刀で捌いてくれと言うと非常に嫌そうな顔をしたが、

まあそこは先輩としての威厳でやらせることに成功。

取りあえず腹を一杯にしたらさっさと先に進もうかね?


「いや、それ以前に一度帰りませんか?」

「確かに、そろそろ物資が心もとなくなって来たで御座るなぁ」


何言ってやがるんだか。

それにお坊ちゃん。今帰ったらそのまま強制的に国に帰る事になるんじゃねぇか?


「う、まあ、確かにそうだね」

「そうなると我らの仕事も失敗……それだけは避けたいで御座る」


そうだろそうだろ。

それにな、俺の野生の感が言ってるのさ。

……この先に強敵の匂いがするってな!


「何か嫌な予感するぜ?面白くなって来そうじゃ無ぇか!」


「また始まったで御座る」

「きっとまた厄介事だろうね」


ため息なんかついて、何やってるんだ?

こういう時こそ前向きにやらねぇと駄目なんだぜ。


……お、何か先に石造りに建物があるじゃねぇか。

もしかしたらあれが目的の洋館かもしれねぇぜ!


……。


《side リチャード》

ライオネル君がいきなり走り出したので、

野営の火の始末もそこそこに僕らもその場所に向かう事になった。

これこそ猪突猛進。本当に困った人だと思う。


「これは、祠で御座るな」

「洋館じゃ無ぇのか?」

「幾らなんでもこんなに小さな"館"は無いと思うけどね」


そこには石造りの祠があった。

大きさはトレイディア式の一戸建て程度。

残念ながら目的地の洋館とは似ても似つかない。


「けれども、お手柄だよ」

「うむ。この祠を地図と照らせば現在地も判ろうと言うもの」

「応!じゃあ早速照らし合わせてくれや」


……君はやらないんだね。

まあ、元から期待なんか一欠けらもしては居ないけどね?

では、地図を広げようか……雨?


「いけない。地図が雨で滲んだらまずいだろう」

「では雨があがってから改めて調べる事にいたそう」

「なあ、そんなに難しい事じゃねぇだろ?」


えっ、と思う間もあればこそ。

ライオネル君は祠の入り口にかかっていた鎖付きの錠前を、

まるで飴をねじ切るかのごとく一撃の下に破壊してしまっていた。


「何と言う事をするんだ君は!」

「何か祭られてでも居たら大変な事に御座るぞ?」

「細かい事は気にすんなって」


まったく細かくは無いのだが……まあ仕方ないだろう。

正直この雨があがるのを待つ時間も惜しいのは確か。

祠の持ち主には悪いが、暫く雨宿りをさせてもらうことにしよう。


……気付かなければ良かったが、錠前は付いていても鍵がかかっていなかったみたいだ。

それ位気付いて欲しかった。だがそれを望むのもまた贅沢な話なのだろうか?


「後で事情を説明せねばならないね」

「そん時はよろしく頼まぁ!」

「……相変わらず力ずくな生き方で御座るな貴殿は」


さて、この森の中で祠は……幸い一つだけ。


「どうやら森の中心部に居るようで御座る」

「目的地は当の昔に通り過ぎていたようだね」

「へぇ、オーガが封じられてる祠かよ。見てみるか」


「取りあえず、明日の朝を待って東の方面に抜ける事にしよう」

「賢明で御座る」

「おーい、本物だぜコレ!しかも生きてらぁ」


「今回の所は再会は諦める。先ずは生きて帰る事が先決だよ」

「同感で御座る」

「で……おっさんは誰だ?」


ライオネル君?


……急いで振り返るとそこには太い鋼鉄の鎖で封印された一匹のオーガ。

そして、その目の前には食事用と思しき大皿が一枚と、薄汚れた一人の男。


「私、この祠にてこの鬼の世話を申し付かった者に御座います」

「そうか!実は道に迷っちまった。森の出口を教えてくれ」


……いや、そういう問題では無いと思うよ?

その男、先ほどまで僕らに全く気配を感じさせないままここに居たのだよ。

しかも、あの鎖は随分さび付いていたように思う。

更に床の埃の溜まり具合から見て、あの扉は恐らく年単位で開いた事が無いはず。


「申し訳ありませんが私も、もう何年もここから出た事が御座いませぬ」

「じゃあ仕方ねぇな。あ、ドアぶっ壊しちまったが理由があったんでな、悪い」


「それはまた。ですがお気になされずに」

「悪ぃな!おっさん」


おかしい。何と言うか……こう宮廷での権力闘争でよくお目にかかるような、

顔で笑って腹の中でほくそえむ人間の放つ匂いがこの男からするような。


「さて、マナリアの王子様。数日中にお出でになる可能性があると言われておりました」

「誰にで御座るか!」


村正殿が刀を構えた。

……くっ、魔法の詠唱には時間が足りないか!


「さて?私も名前は存じませぬ。取りあえず貴方達がお出でになったら……こうせよと!」

「それは……封印では御座らぬか!?」

「剥がしてしまっては、オーガが自由になってしまうのでは?」


「ええ。そうせよとの仰せで」


それは……いけない!


「止めなければ!」

「札を剥がさせてはならぬ!」

「この野郎!」


そのオーガは錆の浮かんだ鋼鉄の鎖のその上に、力を持つカードで封印を施されていた。

フダと言うカードを男が剥がすのと、村正殿達の手で男が切り倒されるのはほぼ同時。

だが、オーガの封印は解かれてしまっている!


「クソッ!逃げるぞ!」

「承知!」

「同感だね、急がないと!」


目の前で鋼鉄の鎖が破壊されていく。

……繋がれている内に倒すと言う選択肢もあったのだが、

駄目だろうね。とても上手く行くとは思えない!


……。


《side カルマ》

早朝から捜索を初めたものの、早くも太陽は頭上まで上がっている。

アリ達に最新情報を貰いたい所だが、

俺とガルガンさん含め5名ほどのパーティーで行動しているため、

迂闊な行動が出来ない。


「しかし、今日は森が騒がしいの」

「確かに……何かおかしいな」


鳥が一斉に飛び立ちゴブリンがこちらに向かって走ってきたと思ったら、

そのままこっちをスルーして何処か行ってしまった。


「……オークの死体が有った、まだ暖かいから近くに居ると思うのだがの」

「かも知れないが……何かおかしくないか?」


端的に言うと前方から地響きが聞こえるような。

正直、普通の感性の持ち主ならここいらで回れ右でもしたくなる所だ。


「怪しすぎるが……行かねばなるまい?」

「そうだな」


だが結果的に、地響きの方向に俺たちが向かう事は無かった。

目的地は向こうからやってきたのだ。


「む、誰か来るぞい?」


そして前方の草木を掻き分け現れたのは……探していた三人じゃないか!


「うおっ?ガルガンかよ!」

「カルマ殿?どうしてここに」

「話は後にして君たちも急いで!」


は?一体何を言って


「ぶるわああああああああっ!」


「なんかデッカイのキター!?」

「お、オーガじゃとぉっ!?」


突然森の奥から現れたのは、オーガ!?

一度だけギルドで見たあの巨体には及ばないが、それでも俺の目線は相手の臍ほど!

何でこんな所に……って言ってる場合じゃねぇ!


「逃げるぞおおおおっ!?」

「当たり前じゃーーい!」


回れ右して探し者を加えた五名で仲良くダッシュ開始!


「ちょっ!待って!?」
「うわあああっ!」
「ひでぶっ!」


え?一緒に来た冒険者連中?

さあ。取りあえずやられたのは一人だけみたいだし、

きっと別方向に逃げたんだと思うけど?


……。


それからどれだけ走り続けたのか?

……俺達は運良く開いていた小さな洞穴に逃げ込んでいた。

まるでお香のような匂いが立ち込めているその洞窟に苦し紛れに逃げ込んだのだが、

何故かオーガはその中に入ってこようとしない。

お陰で一命を取り留めたわけだ。


「ふう、オーガはどっかいっちまったようだの」

「い、一時はどうなる事かと思ったで御座る」

「うん。僕も不幸中の幸いだったと思うよ」


「まあ、そのお陰でカルマ達と合流できた訳だし……なんて言ったかこの状態」

「損して得取れ?」


「そう、それだカルマ!」


いや、自分で振っといて何だけど、絶対違うからそれ。


「それにしてもよ。何処行ってたんだ?俺ら随分探したんだぜ」

「それはこっちの台詞だよ兄貴……」


この期に及んでそんな馬鹿な事を言う兄貴に辟易しつつも、

何とか合流できた事を嬉しく思う俺が居た。


「それにしてもカルマ君。君達を見つけに来て逆に見つけられてしまうとはね」

「部下の連中が困り果ててましたよリチャード様?」


っと、どうやらVIPもご無事なようで何より。

多少疲れている様だが表情から察するに健康状態に問題は無いようだな。


「様付けする必要は無いよ。王子と言っても大した実力がある訳じゃないんだ。敬語も要らない」

「それじゃあリチャードさんと呼ばせてもらう」


「ああ、ところでルンちゃんは?」

「……えーと、疲れて寝てる」


あ、笑顔が引きつった。


「あはははは……そうだろうね。後、別に取り繕わなくていいよ?」

「じゃあ言わせて貰うが、正直あんたに会いたくないそうだ」


「そうだろうね。いじめの相談を受けて、何とかすると約束までしたが……」

「いざとなったら見捨てて逃げたらしいな」


「うん。まさか相手が別の従兄妹だったとはね……しかも国一番の実力ある家の娘だし」

「そりゃまた。で、その後は?」


「その後のシナリオを幾つか思い浮かべてる内に双方の真ん中に立たされてね……」

「ほうほう」


「どっちに味方するんだと双方から責められる始末さ……いたたまれなくて逃げたけど」

「ヘタレてるなぁ」


「全くだよ。しかも向こうの方には何人も取り巻きがいたけど……ルンちゃんは一人だった」

「「それは助けてやるべきだったんじゃないのか?兄貴分として」」


あ、兄貴とハモった。

と言うか聞いてたのか。


「そうしてやりたかったが、向こうも僕にとっては従兄妹でね。どちらも選べないよ」

「でも、相手側は繁栄してる家の子なんだろ?不公平だろ」


「……リンちゃんは父親が居ないんだ。ルンちゃんは両親そろってるけどね」

「えーと、それはまた」


ルンを苛めてた奴の名前はリン、だな?

いいだろう、覚えておこうじゃないか。


「まあ、小さい内から当主に祭り上げられて苦労してる娘の上、誇り高くてね」

「ライバル心が高じて、か?」


その後、リチャードさんはリンと言う娘の不遇についてつらつらと語ってくれた。

要するに先代で断絶しかかった名門を潰さない為に、

血筋的に孫にも当たるお姫様(リチャード父の妹……マナさんの姉か妹)に跡を継がせたら、

よりによって何処の馬の骨とも知れない男と恋仲となって生まれたのがそのリンと言う子な訳か。

そりゃまあ、苦労しそうな身の上だ。しかもさっきのルンの母親の話からすると、

しきたりとか五月蝿そうなお国柄のような気もする。よく許されたもんだ。


更にルンのほうの不遇さも軽く語ってくれた。

護衛連中の話とも被るが没落、周囲からの孤立等……色々言いたい事はあるが、

取りあえず責任者出て来いと言いたくなる様な状況である事は理解できたと思う。


「……まあ、ここまでにしてくれ。君はルンちゃんの師だと聞いてるからここまで話したが」

「そうだな、人の家の事情に首を突っ込んでる場合じゃないか」


思わず話し込んでしまったが正直それどころじゃないと言うのも事実なんだよな。

と言うか、ある意味国家機密を色々知ってしまった気分だ。胸糞悪い。

まあいい。取りあえず気を取り直すか。

……さて、そろそろオーガも遠くに行ってくれたよな?


あれ?


「なあ。誰か洞窟の入り口付近に生肉の山置いた奴は居るか?」

「居るわけ無ぇだろ」

「そうで御座る。第一持ち歩くなら干すなりする筈」

「第一でかすぎるぞい。イノシシ一匹丸ごとくらいある」

「……で、では一体誰が?」


「私ですよ?」


……洞穴の奥から声がする。

そして足音が暗闇から近づいてきた。

聞き覚えのあるその声の主は……!


「シスター・フローレンス?何故ここに居るで御座るか」

「ええ。昔大司教様が封じた魔物の封印の件でちょっと」


あ、あれ?いきなり静まり返ったぞ?


「どうしたのだ皆?何かおかしいぞい」


動かないのは俺とガルガンさん。

……と言う事は迷っている内に何かあったって事か。


「そういう事か。先日の演習時我が国と教団でいざこざがあったと聞いているが」

「ええ。大司教様からの報復、いいえ警告ですね」


「シスター!そいつが出て来たせいで死人も出てるんだぞ!?何考えてやがる!」

「全ては教団の為です」


「……真面目にやってるところ済まんで御座るがライオネル殿にも責任があるような」

「黙れ異教徒」


うわ。狂気は見たことがあるが殺意が前面に出てるシスターって初めて見る。

……っ!今度はこっちを向いた?


「さて、カルマさんにも警告です。我が教団に害を与えた罪は重いと大司教様は仰せですよ」

「だろうな。で?どうするんだ?」


「いえいえ、どうにもしませんよ?ただ、覚えておいて欲しいんです。教団の力と言う物を」


それだけ言うとシスターは洞窟の外に歩き出す。


「それに、本当は私があそこまでご案内するつもりでしたが……先にたどり着かれるとは」

「あれ、お前の仕込みかよ!?」


ふと、視線の先に何かが見えた。

……洞窟の外。シスターの歩いていく先に立ち塞がる巨体。

そしてなにやら呟きながら進んで行くシスター。


『……』

「おい!目の前にオーガが居るぞ!?」


眼前の鬼が洞窟から歩み出る女の影を捉えた。

……おい、本当に何を考えてるんだ!?


『……貴方は私の事を、好きになぁる、好きになぁる』

「ぐるわあああああああっ!」


え、詠唱か!?

そう気づいた時には既に遅かった。


……。


「よしよし、良い子ですねぇ?」

「ぐるるるる……」


洞窟から駆け出した俺達の目の前で、オーガががシスターに頬擦りしている。

……そういう技もありなのかよ!?


「術の名を"慮心"(テンプテーション)と言います」

「……相手の心を奪う技って訳か」


「ええ。知恵ある者には効きづらいですけどね」

「教会の……それも修道女の使う魔法とはとても思えんの」


「ふふふ、そうですよね。ところで皆さん、森の中で事故死する事って大いにありえませんか?」

「なんだと!?」


兄貴の叫びに応えるかのように鳥が怯えて飛び立っていく。

……そして静寂。


「カルマさん。教会は貴方を危険人物として抹殺を試みる事になりました」

「……このオーガはその為の駒か!」


ゆっくりと頷くシスター。

笑顔は何時も通りだが、その笑みが張り付いたような物に変わっている。

……こりゃあ本気だ!


「他の皆さんは……黙っていて頂けるならそのまま町までお送りいたしますね」

「僕の事はいいのかな?」


「王子様を本気で害するほどの問題にはなっておらず、本日は警告のみとの事です」


しん、と周囲が再び静まり返る。

成る程。ターゲットは最初から俺か。

……すると、昨日中に探索に出るのを留めたのは仕込みの為?

やられた!まさかこんなに堂々と潰しに来るとはな!


「ええとですね。大司教様からのお言葉です」

「聞いてやるよ」


「今回は警告代わりにオーガを遣わします。倒せるならもう少し天罰を見送っても良い、との事」

「既にこれが天罰じゃないのか!?」


何と言う上から目線だよ。

しかもオーガが相手とか、洒落にならん。

と言うか、絶対にここで潰しておく気だろ!?


「……いい加減にしろよフローレンス」

「ライオネルさん」


「俺はな、お前は壊れちゃいたが仲間を本気で売るような奴だとは思っちゃ居なかった」


いや、そんな事は無いぞ兄貴。

既に俺、一度売られてるし。


「そして俺は……仲間を決して見捨てたりしねぇ!」

「つまり。カルマさんの味方をすると?」


「当然だ!俺はコイツの兄貴分だからな」

「そうですか。でしたらライオネルさんのお相手は私がしますね」


シスターがスレッジハンマーを背中から手にする。

兄貴はそれに呼応するかのように愛用の大剣を構えた。


「兄貴っ!」

「はっ!気にすんなよカルマ。ちょいとこのお馬鹿娘にお灸を据えてやるだけだ!」


「義を見てせざるは何とやら。拙者もお手伝いいたす!」

「教会のやり口、気に入らないね。僕も一口乗せてくれ」

「やれやれ。余計な仕事じゃがこの場で見捨てるのも、な。……わしも行くぞい」


……っ、皆ッ!


実の所、皆帰っちまったら速攻で兵隊蟻呼んで、

一気に殲滅してやろうかと思っていたがこれじゃあ呼べないじゃ無ぇか!


有難う、本当に。


……。


「ふう。ギルドで戦闘能力A級への登竜門のオーガだが……四人がかりなら行けるやも知れぬ」

「全く、わしの長い一生でも、こんな大物相手にするのは初めてじゃ」

「さて、大見得切ってしまった以上、僕も無様な所は見せられないか」


今、俺達はオーガを取り囲むように四方に散っている。

兄貴とシスターは、壮絶な一騎討ちの真っ最中。

……つまりこの四人で何とかしなければならないって事だな。


ちらりとザンマの指輪を見る。

魔力は全快だ、全然問題無い。


「カルマ殿、提案があるで御座る。……リチャード殿は援護。残りで三方から一斉攻撃をば!」

「妥当じゃの。王子に何かあったらどっちにせよわし等は終わりじゃ」

「では、僕は早速詠唱に入る。何とか時間を稼いで欲しい」


うーん。確かにそれしかないか。

じゃあ早速行ってみるか!


ガルガンさんは三人の内明らかに戦力で劣るので背面を。

俺達二人は左右から一気に突っ込んでいく!


……っ!ガルガンさんの斧が弾き返された!?

硬化ほどじゃあないが、素の硬さが並じゃあないようだな!


「食らえやああああっ!」

「妖刀村正っ!切り裂けぇい!」


俺の剣は防御の為振り上げられた腕をすり抜け肋骨の間から敵の脇に突き刺さる!

そして村正の刀は妖刀。防御を物ともせずに腕ごと切り裂いていく!


「村正お手柄だ!腕一本切り飛ばしたぞ!」

「当然で御座る……ぐはあああっ!?」


初撃をうまく入れたのも束の間だ。

腕を切られたオーガが痛がって村正を蹴り飛ばした!


「落ち着け村正!腰が入っていない蹴りなどどうって事は無い!」

「うぐっ。と、当然で御座る!」


うまく避けたか。殆ど怪我らしい怪我は無い。

っと、今度はこっちか!


「甘いぜ!」


剣を鬼の体内で軽くひねってから肋骨沿いに切り裂きつつ飛び込み前転で敵の腕を回避する。

……魔法は極力使いたくない。

恐らく兄貴が居る今回は、シスターを殺せる訳が無いと思う。

ならばシスターの目の前で切り札を晒す時ではないのだ。


っと!次が来たか!

相手側の拳をかわしつつ、回り込むように走る!

勿論相手も黙っている訳じゃない。

俺を正面に見据えようと体勢を整える……が、そいつが命取り!


「村正ぁッ!」

「承知!」


村正の妖刀がオーガのアキレス腱に食い込んでいく!

……よし!膝を付いたぞ。相手の機動力はこれで奪えたって事だ。

これで勝率が跳ね上がったぞ!


『スチールボール♪』


リチャードさんの詠唱も進んでるようだな。

……つーかまた歌か。

威力に自信が有りそうだし、期待してもいいんだよな?

……しかし、何処かで聞いたようなフレーズだ。


「ひ、ひぇえええええっ!」


ああっ!今度はガルガンさんかよ?

相手は片足引きずりながらも、残った片足で地を這うようにジャンプして追いすがってる!


「させるかあっ!」

「同じくで御座る!」

『ダイヤモンドカッター』


俺は背面から首を狙い、村正は残った片足の腱を狙う!

まだ詠唱してるリチャードさんには悪いが……これで、積み、だっ!


「ぐあああああああっ!」


首が半分千切れ、両足が動かなくなってもその巨人は未だその闘争心を失っていない。

だが、さっきも言ったがこれで積みだ。

残った片腕で何が出来る。


「さあ、生かしとくと何しでかすかわからん。さっさと止めを刺してやろう」

「うむ。それもまた情けと言うもの」

「はぁ、はぁ。そうじゃのう」


チラリと横を見るとリチャードさんが詠唱しながら軽く頷く。

じゃあ、止めは任せるとするか。


『……解体!(ブレイクアウト)』


その言葉と共に巨人の体が弾け飛んだ、ように見えた。

だが、その肉片が飛び散る事は無く爆音と爆風のみが俺達の頬を撫でていく。


「あの巨体を消し飛ばすか!?」

「流石は魔法王国の王子様と言うところかの」

「勝負自体が終わっていたのが残念で御座ったな」

「いや、それに越した事は無いと僕は思うよ」


と言うか某解体業者の社歌じゃないかこれ。

絶対、古代に日本人迷い込んだかここが地球の成れの果てかのどっちかだろ。

あの歌が自然発生したとはとても思えん!

まー、強いからいいが。


……後でルンにも歌って貰おうかな。


「そうだ。ライオネル君の方は?」

「あの御仁がそう簡単にやられるとは思わぬが」


「ん?俺がどうかしたか?」

「ち、ちょっと位は、ぐっ……手を抜いていただいても……痛っ」


「「「「ボコボコにしてるーーーっ!?」」」」


思わず四人全員ハモっちまったじゃないか!

つーかシスターフルボッコ!顔も試合後のボクサーみたく腫れ上がってるし!


流石に俺も引いたよ兄貴!

相手が女でもお構い無しって洒落にならないよ兄貴!

でもちょっとスッキリしたよ兄貴!

ぐっじょぶだ兄貴!


……。


「さて、オーガも消えた。もういいだろシスター?」

「不服です。本来、カルマさん一人で倒す事を想定してたんですから」


アレから数分。シスターは治癒を使って自分の顔を治療していた。

それが終わるまで待っていたのは、まあ村正的に言うところの


「武士の情けで御座る」


だったりする。

やれやれ、今後は依頼中に人里離れた場所に行くときは襲撃に警戒せにゃならんのか。

これまで以上に蟻んこ達に頑張って貰わにゃならんな。


『……2月1日 晴れ
 今日も司祭様に癒しの術を教わる。ぶっちゃけ司祭様とお話してると私が癒される。
 加齢臭萌え。なんて言ってたら変態扱いされそうなので真面目にやろうと思う。
 司祭様のお手本だ。両手をパーにして重ねた。そしてつぶやいた。
 "痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力"
 その言葉を合図としてあっという間に患者さんの傷口がふさがった。
 さすがは司祭様。でもその為に信者さんに剣を突き刺したのはどうかと思いますが。
 まあいいか。……追伸:私は10回失敗。ごめんね信者さん……』


っと、もうこれ以上話す事は無いという事なんだろう。

シスターが再び治癒の詠唱を開始した。

治癒どころか前文から硬化の記述、果ては最後に書かれた名札部分まで読んでるから遅いのだ。

そう言ってやりたいような、このままにして裏で笑っていたいような微妙な気分だ。

……まあ、俺の利を考えると絶対教えてやれないけどね。


「応、カルマ。そろそろ街に戻ろうぜ?」

「そうだね。積もる話はあるが、先ずは休みたいよ」

「そうだなぁ……確かに疲れたよ今日は」

「まったくじゃ。年寄りにはきついわい」

「……一応聞くで御座るがシスターはどうするで御座る?」


歩き始めた俺達の横で、村正がそんな事を言っている。

とは言え、宿のメンバーは全員冷めたものだ。


「ほっとけ。どうせ直ぐに何時もの調子に戻らぁ」

「そうじゃの。まあ何時もの事じゃ」

「確かに何時もの事で御座るな……さっさと帰るで御座る」


「君達、こんな状況に慣れていると言うのか?」


全くもってその通り。

まあリチャードさん、余り気にしないほうがいいぞ?


「慣れるさ。あの人あれで金の亡者だし」

「意地汚い御仁で御座るよ。拙者も賭けに負けて刀を売りに出されかけた事が何度か」

「俺はもう少しまともだと思ってたけどよ……」

「ライオネルよ。何だかんだであの娘、お主を気にしとったからの」


「もう、好き勝手言ってくれますね皆さん?」


やけに復活が早いな、と思ったときは既に遅かった。

……背中に刺すような痛みが二箇所。

肋骨を貫通する人差し指と、たぶん肝臓に突き刺さっている小指。

それは、確かにシスターの指だった。


「馬鹿な。どうやって」

「実はですね。治癒の詠唱には秘密があるんですよ」


シスターは、相変わらずボロボロで。

顔を治した他にもう一度唱えたはずの治癒では何処も治っていなくて。

折れ曲がった片腕をそのままにして。


「こうして印を変えればですね。体が鉄のように硬くなるんですよ」

「そう言う、事か!」


教会式の治癒詠唱には無駄が多すぎる。

けれど、治癒の詠唱に硬化の詠唱が含まれている以上、印を変えれば効果も変わるって事だ。

いや、それはおかしい。

魔法を使う際は何らかの形で詠唱の意味と印の形を合わせないといけない筈じゃ?

ああそうか、印を変えれば体が硬くなる魔法になる、と認識さえ出来てればいいのか。

成る程な。無駄の多すぎる詠唱も使い方次第って訳だな。


それじゃあ、ひと言言っておくか。


「……シスター」

「カルマさん。申し訳ありませんが貴方を許すのは一人でオーガを倒した時のみでして」


「いや、ありがとう。いいことを教えてくれて」

「ですからこうして……え?」


人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げ親指で抑える。

今までは両手で行っていたが、今度は片手で。

そして、もう片方の手には新たなる印を。

……そして俯き、二つの詠唱を連続させる!


『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化!・疾き事風の如く!……加速!』


顔を上げる。

シスターはまだ驚いた顔のままだ。

……頬に当たる風さえも非常にゆっくりと進む中、俺の拳がシスターの体を貫いた。


……。


「……な、何が、起こったん、ですか?」

「俺の拳がアンタの心臓を貫いてる。それだけだ」


シスターが震えながら自分の胸元を覗きこむ。

そして、自分から生えている腕を確認し、俺のほうを向いて、笑った。


子供のように、笑ったんだ。


「やられちゃいましたねぇ」

「……悪いとは、思わないぞ」


「そうですねぇ。随分酷い事してましたからねぇ」

「判ってたんなら、止めてくれよ」


「無理です。私にとって教団の事が一番大事な事ですから」

「そうか。……さよなら」


「はい。おやすみ、なさい。……また、会い……ま、しょう」


シスターが倒れた。

そして、自らの血溜まりに沈んでいく。

……やりきれない、そう思う。


……そう言えば、さっきから周りの連中が静かだ。

流石に驚いているんだろうか。

ああ、そうだ。兄貴……あれ?


「おい、皆……なんで寝てるんだ?」


まさか、と言う思いに捕らわれて急ぎ脈を取る。

……良かった。四人は全員生きてる。


驚いた分安心もしたが、それ以上の不安が心をよぎる。

……だってそうだろう。いきなり全員が寝こけるなんてありえない。


「誰だ?誰がやった!?」

「わたくしですよ」


がさがさと茂みが騒ぎ立てる。

その中から現れたのは……神聖教会大司教・クロス!


「まさか、フローレンスがやられてしまうとは」

「言っておくが、これは正当防衛だ」


にこやかな笑みを浮かべているように見えるが、

この状況でそれを鵜呑みに出来る馬鹿は居まい。


「ええ。そうかも知れませんが……やはりあなたは危険です」

「勝手に危険物扱いしやがって!」


「その力。そして我が教団に対する敵意。それだけで万死に値するのです」

「……それは余りに勝手な理屈だな」


り、リチャードさん!?

目を覚ましたのか。


「彼は魔道の新しい時代を切り開いただけ。勝手に敵を作ったのは君達ではないのか!?」

「王子。それ以上の暴言は外交上の問題になりますよ」


「よく言うものだ。君達が治癒の魔力を独占した為に亡くなった者達の数、尋常ではない」

「教団の元に世界が一つになれば、争いも苦しみも無い世界が来るのです」


ぴりぴりとした空気が流れる。

既に話は俺と教団の問題から、マナリア王国と教団との国際問題にまで拡大していた。


「いいでしょう王子。あなたの首を持ってマナリアへの宣戦布告と致しますか」

「今更吐いた唾は飲めない。今の言葉、忘れないようにね」


クロスが指を鳴らすと、怪しげな連中が音も無く俺達の周囲を取り囲む。

……こいつらは……あの荒野の戦いで、仲間達を惨殺した連中じゃないか!?


「使徒兵達よ。この異端者どもに裁きを!」

「「「「「「「ヲヲヲヲヲヲヲッ!」」」」」」」


どの辺が使徒なんだこいつらは。

光の無い瞳、そして常軌を逸したうめき声を上げるこいつらを俺は人間だと思えなかった。

そう、これこそまさに闇の中に潜む鬼。

さっきのオーガなんぞこいつらに比べたらまだ手緩いとすら感じる。

……まだ兄貴達は目覚めない。

果たして、リチャードさんとたった二人で、

仲間を庇いつつこいつらに勝利する事など……出来るのだろうか?

続く



[6980] 17 森の迷い子達 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/01 19:57
幻想立志転生伝

17

***冒険者シナリオ7 森の迷い子達***

~闇の中に鬼が潜む 後編~

《side カルマ》

気絶した仲間達を庇うように俺とリチャードさんが立っている。

そして、その周囲を取り囲む、"使徒兵"なる連中が10名ほど。

更にそこから少し離れた場所に大司教クロスの姿があった。


……状況は良くない。

前衛無しで魔法を使えるのは"家伝"持ちか俺くらいのものだろう。

王子様ともなればリチャードさんにも家伝の秘術くらいあるかもしれないが、

当てにする訳にもいくまい。


そして、眠りこける兄貴・村正・ガルガンさん。

……正直逃げ出したい所だが、それをやった後の事を考えるととても出来る訳が無い。


「カルマ君。皆を眠らせたのは薬付きの吹き矢。抜いておいたが目覚めるまで数分はかかる」

「要するに、そこまでもたせりゃいいわけだな?」


了解だ。兄貴も避けきれなかったものを良く避けたもんだと思うが、

そこはそれ、暗殺とかに慣れた王族ならではと言う物なんだろうか。


とは言え、数分間も時間をくれるわけが無い。

クロスがさっと手を振り、号令をかけてきやがった!


「させませんよ。そんな時間は与えません!」

「「「ヲヲヲヲヲヲッ!」」」


先ずはお手並み拝見と言う事だろうか?

俺とリチャードさんに一人づつ、使徒兵が向かってくる。


……やはり人間には見えんな。

その動きは動物的、と言うかそもそも理性が感じられない。

獣じみた動きで接近したそいつは、両手を大きく広げ文字通り飛び掛ってきた!


「甘いんだよ!」

「ヲヲヲッ!ヲヲヲッ!?グベァッ!」


なんて連中だ。袈裟懸けに切り下ろした剣を避けようともしない。

ざっくりと肩口から脇腹にかけて一文字に切り裂かれ、その体が二つに分かれた。

確実に致命傷だ。普通ならコレで終わり。

……ただ、こういう連中にはお約束がある。


「止めだっ!」

「グバッ!」


剣の柄に全力を込め、脳天を潰す。

……次の瞬間残った片腕が俺の足元をかすって行った。

案の定、生きてる限り動き続ける敵か!


……因みに向こうは大丈夫だろうな?

思わず最初に切り離した半身のほうに目が向くが、流石にそっちは動かないようだ。


まあ、なんにせよコレで一つ!

っと、向こうにも注意を喚起しとかんとな。


「リチャードさん!こいつらはめったな事じゃ戦いを止めない!頭を潰せ!」

「うん。判っている……こう言う輩を飼う者達がたまに居るんだ」


既に一匹脳天潰れてるじゃないか。

大したもんだな……あれ、でもどうやって。


「ッヲヲッヲヲヲヲッ!」

「来たまえ!」


続いて二匹目がリチャードさんに向かう。

だが、何と言うか余裕だ。


『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』


これが……マナリアの家伝か!

大きく開いた手を上下に重ね合わせた印を組み、前方に突き出す。

詠唱は加速に引き続き孫子よりの一文か。

そして放たれるのは火砲と言うよりは濃密な火炎放射。

何にせよ、強力だ。

これより遥かに劣る火球の詠唱に三分かかる人が僅か3秒で詠唱完了ときたもんだし。


「こちらは片付いたよ。そちらを手伝おうか」

「何だって?」


気が付けばリチャードさんの方を取り囲んでいた連中が消し炭と化している。

濃密な火炎放射は背後の3人を一緒に飲み込んだのだ。

……俺の爆炎に比べても威力と効果範囲は多少劣るが、

自分が巻き込まれることが無い分使い勝手は上か?

まあ、流石と言うべきだろう。


「な、何をしているのですか!使徒兵、残り全員かかれ!」


っと、半数を失って向こうも尻に火が付いたか!?

残存兵力を残らず叩きつけてきやがった!


「参ったね。さっきので僕の魔力は空に近い」

「その状態で三人庇いつつ五人相手は、厳しいな」


だが、奴さんたちは忘れてるようだ。

囲みは既に解けてるって事をな!


「じゃあリチャードさん!3人を連れて逃げるぞ!」

「何?……そうだね、皆が目を覚ますまでは!」


俺が兄貴を背負い、村正を小脇に抱える。

リチャードさんは比較的小柄なガルガンさんを背負ってもらう。

……最後に煙幕でも撒き散らして一時撤退だ!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


こう言うのは煙幕って言わないかも知れないが、な。


……。


走る、走る、走る。

……稼ぐべき時間はたった数分間。だが、俺は二人分の体重を背負ってるし、

リチャードさんに至っては人を抱えて走ることすら初めてだろう。

それでも、何とか追いつかれずに進んでいる。


「だ、だが何時までも逃げ切れない。どうする?」

「……誰か一人でも、目を覚ましてくれれば!」


……けれど、それは杞憂で終わった。


「うーむ。よく寝たわい」

「ぬ?一体何が!?」

「何か、揺れやがるな……」


数分間走り続けて全員が目を覚ますまで、追っ手に追い付かれる事は無かった。

と言うか、もしかしたらそもそも追ってさえ居ないのかも知れない。


……更に数分。

俺達は眠っていた三人に事情を説明する。

勿論、シスターの事も。


「……そうか。まあ、仕方ないわなぁ……」


兄貴は遠い目をした。


「ふむ。まあ生き死には冒険者の常じゃからの」


ガルガンさんは飄々とした物だ。

……慣れてしまっているだけかも知れないが。


「……南無」


村正は冥福を祈っていた。


誰も死んだシスターの事を悪く言わないのが嬉しかった。

俺の事を悪く言わないのが有り難かった。

……結局、小さな子供だった時の淡い初恋って奴を未だに引きずってた訳だな。

あれだけやられて、未だ彼女を憎めないで居る。

だからだろうか。


「ヲヲヲヲヲヲッ!」

「彼らの匂いはこっちですか?……ああ、見つけましたよ」


大司教がシスターの亡骸を背負って俺達の前に現れたのを、

ほんの少し嬉しく思ったのは。

だってそうだろう?

それは、少なくとも彼女が教会では大切にされていたって事なんだろうから。


……。


追い付かれるまでに掛かった時間はおよそ10分。

……向こうの歩みはこっちと大して変わらないようだ。

と言う事は向こうで数分程、何かしてから来たと言うことだろうか?

そんな風に推察してみる。


何で、そんな事を言うのかと言うと。


「カルマ君、増援……ですか?」

「リチャードさん。信じても居ない事を言うのは止めよう」


……追っ手が大司教含めて10人居るって事だ。

しかも恐ろしい事に、何人かは明らかに体が焼け焦げている。

その上……頭部に潰れた跡があり、服が真っ二つに切れている奴が居た。


「応、カルマ……何だよこいつ等はよ」

「不気味で御座るな」

「アンデットか、のう?」


ああ、皆は寝ていたんだっけ?

……恐ろしい事にあいつ等さっきまではもう少し普通だったんだぜ?

まあ向こうの親玉が説明してくれるみたいだけどな。


「アンデット?違います。わたくしの忠実なる"使徒兵"ですよ」

「使徒ぉ?……はっ!俺には単なる化け物にしか見えねぇな!」


「見た目で判断してはいけません。彼らは死を恐れぬ神の兵なのですよ?」

「し、しかし疲れとるように見えるぞい……どうじゃ、ここはこの辺でお開きに」


「彼らは疲れなど知りません。一度神の元に召された者達はそんな事気になどしない!」

「馬鹿な。黄泉路から舞い戻ったとでも言うで御座るか!?」


あーあ。兄貴達は寝てただけなんだから上手く口車に乗せりゃ良かった物を。

勝手に不安感煽って敵を作ってやがるよ。


しかし……成る程な。

使徒兵とやらの正体が大体掴めてしまった。


「要するに、死人なのかあいつ等は?」

「殉教者と言って下さい!失礼では無いですか?」


……そうかい。

相手は死人か。

だったら殺せる訳が無いやな?


だが、使徒兵は一人減っている。

恐らくリチャードさんの火砲で直撃を受けた奴だ。

復活させられるほど肉体が残っていなかったのだろう。

つまり、跡形も無く消し飛ばせばいい。


「一応聞いておきますが、あなた方三人はこのままこの場を立ち去られても構いませんよ」


「応よ、立ち去ってやらぁ。但し手前ぇの顔ボコボコにしてからなぁ!」

「この際、神聖教団の頭を取っておくのも一興か!」

「……わ、わしは……」


あ、ガルガンさんが逃げた。

いやまあ、この中で一人だけ普通の冒険者だしなぁ。


「幾らなんでも!わしの手には余るわーい!」


しかし、この熱い展開中に逃げ出すとは。

……いや、居たら居たで死亡フラグ立ちそうだしな。

オーガとの戦いでも、結局ダメージ与えれて無かったし……。

取りあえず、見殺しにして嫌ーな思いするよりは良いか。

ガルガンさん、お疲れ様。


「ふむ。一人帰ってしまいましたね?」

「ガルガンはこの中じゃ一番弱いんだ!仕方ねぇだろが!」


後はこの、脱落者が出て調子に乗った大司教様をぶっ倒すだけか。

それと兄貴、それは敗北フラグだ。止めてくれ。


……。


一陣の風が俺達の間をすり抜ける。

……ただでさえ高まっている緊張は今にも爆発しそうな雰囲気さえ漂わせていた。


「では。始めましょうか?」


大司教はシスターの亡骸を近くの木の裏に降ろし、片手用のメイスを双方の腕に握った。

二刀流ならぬ二殴流といった所か。

……使徒兵と呼ばれたあの連中も、今回はそれぞれが獲物を手にしている。

要するに、向こうも本気ということだ。


「良く判らんが、手前ぇは気に入らねぇ!」


兄貴が敵陣に切り込んでいく。

その一撃で最初の一人が脳天から一刀両断された。


「寄らば斬る!寄らなくとも斬る!」


村正はその場で待ちの構えか。

妖刀はその名の通りその刃にかかった獲物を逃さないだろう。


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


俺は速攻で相手を燃やすべく火球を生み出した。

……いっそこの森ごと燃やしてやるよ。

あ、そうだ……リチャードさんは?

確か今、魔力が殆ど空の筈だが……


「をををっををををっ!?」

「はぁっ!」


なんか、敵を殴り飛ばしてるぅぅぅっ!?


「僕は王家の人間としては魔力が低くてね……こんな小技ばかり上手くなってしまったよ」


とか何とか言いながら、お次の奴に旋風脚!

で、敵の頭千切れて飛んでったぞ!?

白いマントがたなびいて無駄にカッコイイんだけど!?


「児戯ではあるが……格闘には自信がある!」


続いて突っ込んできた相手が剣で突いて来たが華麗にかわし、

腕を取り引っ張って……逆の腕で裏拳入った!

しかも顔面!

そしてよろめいた所に再び鋭い蹴りが入った!

流石に耐え切れなかったか相手が仰向けにすっ転んだぞ!?


「さて、魔力が回復するのが先か、君達が全滅するのが先か」


……さっきもこうして一人目を叩き潰したわけか。

小技とか児戯とか言うレベルじゃ無いんだけど……。

正直魔法使いよりずっと向いてるんじゃないのか?


「ヲヲヲヲヲヲヲッ!」


さて、正直負けてられないよな。

俺自身の敵もさっさと潰しておくか!


……。


俺が三人目に止めを刺した時、最初の異変が起こった。

既に使徒兵はほぼ全滅。

兄貴は既にクロスとの戦闘に入っている。

そんな状況下。

幸い大司教は身体能力的に化け物じみては居ないらしく、

兄貴の攻撃でメイスを片方取り落としている。

当の兄貴も全身痣だらけだがいい勝負だと言えるだろう。


そう、この時点でほぼ勝負は付いた。

そう思った。


「おらっ!もうお終いかよ!」

「くっ、まだ、まだもう少し!」


突然、森がざわついた。


「何事で御座るか?」

「見たまえ。誰か来るぞ!?」


「大丈夫か!」
「何かえらい事になったみたいだな!」
「もう大丈夫だぜ」


あれは!今回一緒に捜索に来た冒険者連中じゃないか!?

全員ではないようだが……20人は居る!


「おっ!ライオネルも居るな?」

「王子様も無事と」


全く、駆けつけてくれるならもう少し早くしてくれれば良かったんだが。


「よぉカルマ。今まで大変だったろうな」

「ああ、まあな」


大して話した事も無かった連中だが、

そう言われて悪い気はしない。


「んで、あの男と戦ってるのか?」

「じゃあ手伝うぜ」


……筈なのだが。

なんだろうか、この……何と言うか妙な不安は。


『そのひと、てきです』


……!


どこかから聞こえたその声を聞いた途端、俺は横っ飛びでその場を離れる。

……一瞬でも遅れるとアウトだったろう。

冒険者達の斧が、俺のさっきまで居た場所を通り過ぎていく!


「お前ら……教団の回し者か!?」


「ふざけんなよ?俺達はこれで敬虔な信徒なんだ」

「教会に抗う奴なぞ消えてしまえ!」


……見ると、兄貴は背中から数本の剣で貫かれて倒れていた。

村正は倒れた上から何本もの殴打武器に殴られ続け、気を失いかけている。

双方未だ死んではいないが速めに処置しないとまずい!


「くっ!暗殺慣れしてるのも良し悪しだね!」


リチャードさんだけは逃れていたが、最早回避するのが精一杯か。


……どういう事か、大体感覚だけで判るさ。

シスターだ。シスターが昨日の内に仕込みをしておいたんだろう。

ガルガンさんが大声で人を集めていたんだ。

教会に忠実な連中を潜り込ませるのなんか楽な物だろう。

糞っ!おしゃべりで潰れたあの一日が余りに大きな枷になって圧し掛かって来やがる!


『死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』


ぞっとするような音響が響き渡る。

発生源は他ならぬ大司教クロス。

両手を合わせ仏壇を拝むような感じだが、指の上下が逆だな?

……まさか、これは!


「マズイ!何とか止めさせないと」

「させるか!」


切りかかってきた冒険者を逆に切り捨てる。

……よく知りもしない奴を助ける余裕は無い。

ましてやこいつ等は敵だ!

20人全員……切り殺してやる!


「おおおっ!」

「異端者が!」

「消えろぉぉぉッ!」


三人か。装備は長剣、ナイフ、斧か。

ならば狙うは斧!


「ぐはっ!」


俺の剣が斧を持つ冒険者を切り裂く。

だが、その隙に剣とナイフが俺の体に、

……食い込まない。


「なっ!?」

「ばかなっ!?」


「残念だったなっ!」


驚く二人の首を一気に切って飛ばす。

……連中がここに来るまでに僅かなインターバル。

まさか無駄にしてたとは思ってないよな?

当然、硬化くらいはかけているんだよコレが。


魔力残量の問題で他の強化魔法が使えなかったのは惜しいが、

まあ、贅沢は言っていられない。

……さて、さっさと次だ!


『……死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』

「その陰気な詠唱、さっさと止めてやる!」

「「「「「大司教様をお守りせよ!」」」」」


ちっ!人壁どもが!

そいつのやってる事、少しは理性的に考え……られる訳が無いか!


「どけええええっ!」


剣を振り回し、群がる雑魚を切り飛ばしていく。

……横を見るとリチャードさんも反撃を開始したようだ。

そう、まだだ、まだ行ける!


『……死にたく無い死にたく無い死にたく無い死なせたく無い死にたく無い死なせたく無い……』

「「「「「「ここを通すなっ!」」」」」」


まだ詠唱は続いている。

そう、だからまだ希望はあるんだろう。

……だが、これ以上時間をかけていられないか!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


最後の一群に対し、虎の子の大魔法をぶつけ消し飛ばす!

そして、守る者の無くなった大司教の首を、この剣で……!


『……死にたく無い死なせたく無いが故に黄泉還れ!……反魂!(ネクロマンシー)』


……。


その言葉が大司教の口から発せられた時、ある種の奇跡を俺は見る事になった。

……俺の体が吹っ飛ばされている。

さっき、切り殺したはずの男達からの攻撃によって。


「ぐああっ!?」


弾き飛ばされた勢いのまま、何処かの大木にぶつかって地に落ちる。

……見ると、相手方は20名ちょっとほど立って居やがる。


「ふむ。流石に消し飛ばされると復活しないのですか」


元々連れ歩いていた残りの9名に、さっきまで冒険者だった奴らを加えて……24名か?

くそっ!あれだけやって殆ど減って無いって言うのか!?

爆炎で消し飛ばした奴以外は全員起き上がってやがるぞ!


「念の為に冒険者をしている信徒に使徒兵となるための下準備をしていましたが、正解でした」

「笑って言うような内容じゃねぇよ!」


……リチャードさんもいきなり蘇った連中の内6名に追いかけられて流石に苦戦してる。

何より、幾ら倒しても終わらないというのは精神的に辛すぎるのだ。

俺の魔力も尽きている。

現在俺を守っている硬化が解けた時が俺の最後になるのだろう。

それまでに、何とかこの状況をどうにかしないと!


「さて、このまま天罰を与えるのも良いですが……貴方はやり過ぎましたからね」

「ふん。何か宜しく無い事でも考え付いたか?」


「死にかけたお仲間二人の処刑から先にするとしましょうか」


それは、また。

絶対的優位に立った下種野郎が思いつきそうな事だ。

恐らくすぐには殺さず、見せしめもかねて時間をかけてじっくり殺していく気なんだろう。


……許して欲しい兄貴。

俺は今、確かに喜んだ。

兄貴達がなぶり殺しにあってる内に流れが変わるかもと。

どうにかする考えが浮かぶかもしれないと本気で思った。


俺も下衆だ。気分と状況、そして相手次第で幾らでも考え方が変わる。

正義面はしたいが必要ならば悪事も厭わない。

他人を陥れても別に平気だけど、他人が陥れてる所を見れば義憤に燃えるだろうさ。

そして、危険な時は……無様でも何でも生き延びる方法を探る。

どんな手を使っても、な。


これがルンなら。もしくはアリサやホルスなら命がけで守ると自信を持って言える。

けれど、今の俺じゃあ……少なくとも村正が殺されそうで俺も殺されそうならきっと逃げる。

ガルガンさんでも同じだ。

だから、兄貴も……兄貴……を、見殺しに……。


「認められるかよっ!」

「ええ、それで良いのです。……彼を通すな!」


18名もの使徒兵……不死者の群れが俺の行く手を阻む。

倒して先に進もうにも、冒険者上がりの使徒兵は手ごわく中々頭部を破壊させてくれない。


……槍が腹に突き刺さる。だがそんな事気にしていられない!

ナイフを弾き、剣を弾き……俺は進む。

けどよ、クソッ!


突破できねぇっ!


「では、そこで見ていて下さい。そしてわたくし達に逆らう事の愚かさを……おや?」


……大司教が突然周囲を見回した。

一体どうしたと言うんだ?


「あの二人の体が、無い?」


この言葉にはっとして俺も周囲を見渡す。

……確かに何処にも居ない。

これは一体どういう事だ?


「馬鹿な。あの傷で逃げ出せる訳が無い筈です!」

「……えっと、にがしました」


戦場に不釣合いな可愛らしい声。

大司教も、使徒兵も、そしてこの俺も。

その声の主を探した。


「こ、こっちです。い、いま……いきますです」


かさかさと茂みをかき分けて現れたのは……これまた小さな青い髪の女の子。

ぶかぶかのローブを身にまとい、にこにこと笑っている。


「何と言うか。ええと、あの二人を逃がしたと……そう言いましたか?」

「……えっと、はい。そうです」


「何でそんな事をしたのですか!?」

「ご、ごめん、なさい。でも、あのままじゃ、し、しんじゃうから、なのです」


女の子は怒鳴られてビクッとしている。

でもまあ、普通死に掛けてた人間を見つけたら取りあえず助けるもんだよな。

……あれ?いや待て。何か、前提条件がおかしいような。


「……そ、そうですね。いや、ですが!彼らは我が教団に楯突いたのですよ?」

「で、でも……にいちゃの、おともだち……だから」


「まったく……そもそもあなたは何なのですか?ここは危険なのですよ?」

「えっと。あの、その…………じつは、ですね。……おとり」


はい?


……いきなり飛び出した不穏当な台詞に周囲の全員の動きが一瞬固まる。

と言うか、今使徒兵の動きまで固まってなかったか?


と、思って居られたのもそこまでだった。

……大司教の腹から何か生えている。


「大金星であります!」


声にはっとして大司教の後ろを見ると……また女の子。

顔立ちは良く似ている。髪は赤でバケツを被っている。服装はシャツに吊りズボン。

と言うか殆ど誰かさんの色違いだ。


あ、大司教クロスは背中から刺された訳か。

今引き抜かれた……スコップで。


「な、な、な、な、ななな、何故、です、か?」

「えっとね。とりあえずね。……てんばつ、てきめん、です」


今度は青髪の子が前進、可愛らしく弁慶を前蹴りしてる。


「ぐ、ぐあああああああっ!?」


……ただし、蹴られた部分が新しい関節になってるけどな?

見た感じ、アリサが不機嫌な時良くやる奴に似てるが威力が段違いだ。

と言うかアリサが本気で蹴ったらこうなるんじゃないかと思う。

……思ってしまった。

そして、気付いてしまったんだが。


「……やっつけろ♪」

「追撃であります!」


蹴る!、叩く!、噛み付く!そして踏んづける!

反撃の隙もあればこそ。両足折れてて動くのもやっとでは何が出来よう?


「な、何故このわたくしが……隙を付かれたとは言え、子供に手も足も出ないのですか!?」


やられてるのは大司教なのに、何故か使徒兵まで痛がってる。

要するにこいつ等、大司教に操られる人形に過ぎないって事だ。

操作を続けられなくなりゃこのざまって訳だ。


……いやいや、そっちじゃ無くて!


『お前ら、もしや蟻ん娘か?』

『……あたりなのです。ワーカーアント・ロードです』

『正解であります!自分はソルジャーアントのロードであります!』


二人とも、笑ってるんじゃなくて細目にして複眼を隠してるわけか。

……恐らくアリサの仕業だろう。

何せ顔立ちと飛び出たアホ毛がそっくりだし。


シスターの謀略に合わせて人前に出られる増援を送り込んできたか。

よく考えてみれば、アリサがこの状況を把握して無いはずが無い。

全く、俺よかよっぽど時間を上手く使ってやがる。


……。


そして、瞬く間にボロ雑巾と化した大司教が出来上がったわけだ。

使徒兵連中も、主と一緒にのたうってる所を一箇所に集めて焼いておいた。

これでもう生き返ってはこないだろう。


ちょっと安心して大司教のほうを見てみる。

……あーあ、イケメンが痣だらけで台無しだ。

全身にスコップを突き刺された跡もあるし、あちこちコブも出来てる。

こりゃほっとくだけで死ぬな。

何故か微妙に焦げ臭さすら感じるし。


「だが、放っておけば死ぬ人間を本当にほったらかすのは死亡フラグ」

「トドメ刺すでありますか、にいちゃ!」


ソルジャー……兵隊蟻の長だけあって赤い子は交戦的だな。

だがまあ、ここまでしでかした訳だし向こうもこっちを潰しにかかってた。


「OK、採用だ」

「えっとね、じゃあ。……はい、どくつきの、ないふ」


青い子は引っ込み思案っぽいが……結構えげつない。

あー、有り難いが毒ナイフはいらん。自分でやれるから。


「はーい。わかりましたです、にいちゃ」

「では!早速処刑であります!」


「あ、いや……ちょっと待って貰えるかな?」


あ、リチャードさん。

そっちも無事だったのか。

でも、何で待たねばならんのだ?


「うん。向こうから仕掛けてきた戦いだけどこの場で彼の命を奪うのはちょっと、外交的にね」

「あー、死人に口無しの祭り上げバージョンか」


こう言う連中だし、殺したら聖人だの何だので煩そうだからな。

しかも、恐らく俺たちを潰しに来る事は周知済みだろうし、

もし戻ってこなかった場合、残った連中が何をしでかすか判ったもんじゃない訳だ。


「そう言う訳なので、大司教殿。……この辺で手打ちとしませんか?」

「うぐっ……て、手打ち、ですか」


ここはリチャードさんに任せてみるかな。

帰っても街に入れないとかは嫌だし。


「マナリアと教団との間で不戦の約定を結ぼう。ここでの諍いは無かった事にして」

「ふっ、ふふふふふ。まあ、仕方無いのでしょうね」


「期限は三年。……この意味はお分かりですよね?」

「蘇生(リザレクション)後の回復インターバル期間、ですか」


「死を否定する者よ。貴方の二つ名たる秘術を使う際、魔力枯渇で三年眠るのは知っている」

「……何故、それをわたくしが使うとお考えですか。リチャード王子」


「歳の離れた妹さんを見捨てられるのですか?使徒兵にもせずにわざわざ背負ってきておいて」

「…………」


リチャードさん、今日は実にイイ感じの笑顔だなぁ。

外交ってのはこうやってやる物なんだろうな。うん、いい勉強だ。


大してクロスさんはと言うと……あ、薄ら笑いが消えてら。

かなり痛い所みたいだな、妹さんとやらの事は。

……ちょっと待て。何か聞き捨てならない事を聞いてしまったような。


「そちらも三年で戦力を整えても良いだろうね。戦うとは限らないけど」

「わたくし抜きでですか?それは幾らなんでも姑息ですね」


「では、"双方"共に兵の増強は無しにしようか。後は特に何かあるかな?」

「……そちらの条件を飲みます。ですから……両手の治療だけして頂けませんか?」


つらつらと話が進んでいく。

のだが、何故かそこで俺に話が振られた。


「判った。……カルマ君。悪いんだが彼の両手に治癒をかけてあげてくれないか?」

「ちょ!そんな事したらまた魔法使われちまうぞ!?」


まあ使徒兵ももう居ないしそんなに問題にもならないような気がするし、

確かに現状治癒魔法を使える状態なのは俺だけだ。

だが気持ち的にこの男を治療したく無い。


それに、少し思うところがあるのだ。


「その蘇生とやらは教団に戻ってからやればいいじゃないか?」

「蘇生はね。大司教の家伝。名家の間では有名なんだ。制限時間付きと言う意味で」


ほぉ?制限時間?


「ぐっ……反魂と違い下準備は要りませんが、死亡した当日に行わないといけないのです」

「しかも、日が暮れる前にと言うオマケ付きなのだよ」


随分有名な家伝もあったものだ。

恐らく教会の影響力にはこの"蘇生"も大いに関わっているのだろう。

……まあ、術者本人が三年も眠りこけるような有様じゃあ容易には使えんのだろうがな。

と言うか魔力量的に使える奴が限られてるような気もする。


「要するに、今ここでやらなきゃならない訳か?」

「そういう事。どうする?事実上の最終決定権はカルマ君にあるけど」

「……た、頼みます。フローレンスを、妹を……」


ふと見ると、流石の大司教も心配そうにシスターの亡骸を見ている。

流石の勇者も身内は大事なのだろうか。

……思えばシスター行動を正当化していた最たるものがこの血縁と言う物だったのだろう。

そもそも教会の信徒から集めた情報であり教会の財産だ。

それを一部とは言え売りに出す事が許される時点で、ただの修道女じゃ無かった訳だな。

それに気付けなかったのは俺が愚かだったからだろうか?


さて、それを踏まえた上で俺は決断せねばならない。

シスターの蘇生を見逃すか否か?

このまま大司教を見逃すか否か?


……難しい。


シスターの復活を許す利点と不利益を考えてみよう。

利点は教団のトップが三年不在になるという事だ。

不利益は、せっかく片の付いた問題がまたぶり返すと言う事。


大司教を生かして帰しても利点は無い。

だが、殺した場合表を歩けなくなる身の上になる可能性は高い。


では、俺にとっての最高の選択は何なのか――?





……。









『 ささやき いのり えいしょう ねんじろ 』









……。


嵐のような一日は終わり、1ヶ月ほどの時が流れた。

俺は再び日常の光景の中にいる。


「にいちゃ、にいちゃ♪」

「お早うであります!」


俺の生活に、ちょっとばかりの変化を残して。


「アリシア!」

「はいです。なんですかにいちゃ?」


青髪の気弱そうな働き蟻の名はアリシア。


「アリス!」

「にいちゃに敬礼!ご用件は何でありますか?」


赤髪の軍隊系な兵隊蟻の名はアリス。


「飯にするか?マスターに朝飯作って貰うぞ」


頑張ったご褒美に名前が欲しいと言ったアリサの分身達が、

俺の身の回りの世話を始めたのだ。


「ごはん、たべますです」

「にいちゃも早く食いに行くであります!」

「ああ、判った判った……だから押すな、引っ張るな」


そして、もう一つの変化。


「カルマか。飯なら出来てるぞ」


「……先生♪」

「応!元気か?」

「元気そうで御座るな」


朝の喧騒の中に、あの日から欠けている人影がある。


……結局、シスターは助からなかった。

いや、一応助かったと言うべきか?

無事ではないにせよ、命だけは助かったのだから。


「シスター、元気にしてるか?」

「……世話を焼いていた子供等に、逆に世話になって居るで御座るよ」

「まぁな。腐れ縁だけどよ、ああなっちまっちゃ……哀れでならねぇ」


肉体の損傷は一瞬で消えた。

だが、その心が戻ってくる事は無かった。

……いつか戻ると信じて、彼女の孤児院で世話されていた子供達が今では逆に世話をしている。

今は孤児院の一角、日の当たる窓際で揺り椅子に座って一日を過ごしているという。


「しかし、あれから教会の評判は良くねぇな?」

「現在は聖堂騎士団と異端審問官のトップによる二頭体制らしいで御座るよなマスター?」

「ああ。ただ大司教が"急病"になっていきなりトップに立ったからか、問題も多いな」


そして、話の通り大司教は長い眠りに付いた。

話どおりならおよそ三年、眠り続けるのだという。

そしてマナリアとの戦争は回避されたが、

突然"急病"に陥った大司教の変わりに教団の運営をしている二人の男、

その確執が酷い不協和音を生んでいるともっぱらの評判だ。


(これは、チャンスかも知れんな)


大司教に率いられた教団は手ごわかった。

何せ付け入る隙が中々見つけられない。

だが、今は違う。

不戦条約もマナリアと教団の物で俺には関係ない。

つまり……三年以内なら潰せるって事だよな。


「にいちゃ、おでかけ」

「時間であります!」

「……そうか、もうそんな時間か」


時間は無駄に出来ない。

だから俺は次の戦場に向かう。


「先生。……行ってらっしゃい」

「ああルン、お土産楽しみにしてろよ」


「戻るまでに短縮詠唱……ものにする」

「ああ、それで"火球"の詠唱速度が3分から3秒に縮まるぞ。宿題もやっとけよ」


勿論と言わんばかりにコクコクと首を振るルン。

火球はマナリアでもかなりポピュラーな魔法だそうだが、

それ故使い易くする意味は大きい。


「大丈夫」

「うん。ルンならきっと出来るからな。頑張れよ」


そして宿題のほうは、

今現在ルンが覚えている魔法の詠唱で、中核に当たる部分を探し出す事。


全てと言う訳ではないが、魔法名の直前に重要な部分がある場合が多いので、

サーチ出来ないかと思った次第だ。

俺が手伝える物じゃないので何とも言えんが、

言葉の意味は変えずに、明らかに要らない部分を削るだけで、

かなり詠唱が早くなると思う。

……今回も留守が長くなりそうなので、やりがいのある課題を与えたというわけだ。


「にいちゃー?」

「急ぐで有ります!」


「先生、呼んでる」

「ああ、それじゃあな」


おっと、流石にそろそろ行かないとならない。

最近癖になっているルンの頭撫でをして、いざ出発だ。


「先生!」

「ん。どうしたルン?」


「また、会える?」

「当たり前だろ?何言ってるんだ」


先日の事もあってか不安そうにしているルンを宥め、

今度こそ出発する。

……残りの家族の下に。


……。


「 おーい、誰かわしを見つけとくれー 」


蟻ん娘たち曰く、森から声がするそうだが気にしない。

鬼のような仕打ちか知れんが、正直時間が惜しい。それだけだ。

……別に怒ってる訳じゃないぞ?


***冒険者シナリオ7 完***

続く



[6980] 18 超汎用級戦略物資
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/02 20:54
幻想立志転生伝

18

***商人シナリオ3 超汎用級戦略物資***

~物珍しいだけが良い物ではない~

《side カルーマ》

冒険者カルマ改め商人カルーマ、砂漠の国サンドールにただいま帰還した。

なんつって。


俺発案で地下に作られた超高速弾丸滑り台によって、

トレイディア=サンドール間が2週間から1日に短縮されたのはいいが、

到着時の衝撃で全身が痛い。つーか骨が折れた、物理的に。

早く衝撃吸収用のおわん型エリアを整備させねばならん。


さて……あいも変わらず朝っぱらから蜃気楼が見えるような異常な暑さ。

夜でも暑い異常なサンドールだが昼間は更に暑い。

……嫌がらせか全く。


さて、今回やってきたのは水商売……エロい意味ではない。の現状報告を受けるため。

そして先日から作らせていた、とある商品の開発状況の確認だな。

何せ、これから家の目玉商品になる予定だし。


さて、では早速状況確認をしてみるか。


何時もの変装の上、剣も砂漠仕様の曲刀に持ち変える。

先日の変装では足りないような気もするので、

付け髭も少し大きくして顔の下半分を覆う物に変更し、更にかつらで髪形を変える。

……コレで良しと。


では早速視察としゃれ込むか。


……。


地下に繋がる倉庫から表に出ると、屋敷の庭はすっかり市場になっていた。

中央に競りに使う大きな台があり、その上でホルスが雇ったであろう売り子達が声を上げている。

……と言うか、以前この屋敷を占拠してた逃亡奴隷の姿もあるんだが。


「では、水入り巨大壷三つはアブドォラ家が落札されました!」

「よぉし、さっそく持ち帰る!急がんとご当主に叱られるぞ!?」


「続いて大壷!はい、アヌヴィス商会の方……金貨10枚ですね?」

「まだだ、我がアヌ一家は金貨12枚出す!」

「金貨13枚と銀貨50枚!」


おや、客層が変わってるな。


当日は個人に小さな壷で売ってたが、今ここに群がってるのはどれも名家や商会の使い。

要するに業者だ。

そして取引される水の量も桁が違う。

使いの連中は荷車を用意しそれにドラム缶程もある大きな壷、というか水瓶を載せて行く。


「何時の間に、うちは問屋になったんだ?」

「気が付いたら自然にこうなっていました。お帰りなさいませ、主殿」


おや、ホルスがお出迎えか。

実質的な商会No,2なんだから表まで迎えに来なくてもいいものを。

相変わらず律儀な男だ。


しかし、問屋ね。

業者はここで買い込んだ冷水を、自分とこの店で売り出すんだろう。

余り考えていなかったが、既存の業者と対立するよりはずっといい話だと思う。

まあ、少し割高になるが……サンドール王都は広い。

ここは西地区に当たるが、別な地区からわざわざ買いに来るにはここは遠い。

それなら多少割高で温めでも、近くで買える方が良いと考える人も居るだろう。

逆に何としても刺すような冷たさを求める者も。


「まあ、住み分けが出来て良い事か」

「私もそう思います。一般人向けはアリサお嬢様がやっておられる方式で正解でしたし」


ん?アリサのやり方?

と、思った瞬間後ろをチョコチョコ付いてきていた赤青の蟻ん娘のアホ毛が何かに反応。

クルリと反転し即座に走り出した。

そしてそれと入れ替わるかのように突っ込んでくる人影が一つ。


「その通り!あたしのアイディアは世界二位ーっ!」

「やかましい」


突撃してくるアリサにデコピン一発。

うん、俺達はやっぱこうで無いと。


「はうっ!痛いぞ兄ちゃ!」

「人様が一杯居るだろうが。少しは自重しろ」


「だが断る」

「やかましい!」


デコピン二発目。

取りあえずこのボケナス妹を何とかせんと話が進まんからな。


「で、一体どうしたんだ?」

「おお!そうだった。兄ちゃ、見て見て!あたしのお店だよ?」


「ほぉ?……オープンカフェの喫茶店か」

「おーよ。日除けにヤシ科の植物の葉を使って、この辺では珍しいグラスで飲み物出してる」


へぇ。ガラス製のコップでか。

そりゃあお洒落だな。

何せトレイディアでもコップは木製だし。


でも高かったんじゃないか?

ガラスなんて使ってるのはそれこそ王侯諸侯くらいのもの。

だがこの時代なら価値は高い。

美しさも十分だし話題性もあるだろう。

そう考えればそうそう高い買い物でもないのかも。


現に会計してるアリシアの前には長蛇の列が出来てるし、

水壷や酒瓶を倉庫から持ってきてるアリスは休む間もない様子だ。


「で、儲かってるのか?」

「ちょこっと。……これはむしろ周辺住民へのサービスサービスぅ、だし」


二回言うな、ずぼらに見えるから。


だが、中々考えているもんだ。

周りが敵だらけでは身動き取れないしな。

味方につけておいて損は無い。


「それにさ、わざわざ王都のはじっこから飲みに来てくれるんだよ?」

「……それが高けりゃひんしゅくも買うか」


『更に、コレにより周囲の水屋は別地区に移った。独占成功だよ』

『追い出したのかよ……』


『うんにゃ?勝手に出て行った。まあ、こちらのお水を毎日買いに来るけどね』

『えげつねぇなお前も』


『大丈夫、ご近所の業者さんには少し安値で売ってあげてるからむしろ感謝されてる』

『更にえげつねぇ』


突然言葉を変えて来て何を言うかと思えばとんでもないな。

商売敵追い出して恩まで着せるかこのチビ助は。


「積もる話もあるでしょうが、ここは暑いです。そろそろ中に入りませんか?」

「それもそうだな」

「お水にお砂糖入れて持ってくねー」


まあ、何にしてもこちらは上手く行ってるって事だな。

それは何よりだ。


……。


「それで、問題はあるのか?」

「水を入れる水瓶や壷が足りていません。職人に急がせていますが多少割高になりますね」


取りあえず屋敷の中でくつろいで、太陽が沈んだ頃にトップを集めて会議を行う事にした。

トップと言っても今のところ俺とホルス。そしてアリサ達三匹だけだが。


まあ、報告を聞く限りおおむね順調だが、問題も無い訳でも無いらしい。

その一つがこの入れ物の不足だ。


「まあ、売れまくってるって事だから悪い事ではないが……慢性的だとマズイか」

「そうですね主殿。壷職人達が今後も値上げを続ける可能性があります」


ふぅむ。と悩んでみるテスト。

……実際それに関してはどうにでも出来る良い案があるし。


「じゃあ、使用後の壷を買い取れ。もしくは下取りしろ。……それでどうだ」

「成る程、流石は主殿です。ではそのように取り計らいます」

「おー、流石は兄ちゃ。あっさり解決」
「かいけつ、なのです」
「一撃で解決であります!」


実は昔のビール瓶とかコーラのビンとかを酒屋なんかで再利用してたのを真似ただけだがな。

でも、限りある資源を大切にするのは大事なんだぞ、と言ってみる。

この時代でそんな事気にしてる奴は居ないだろうがな。


「で、他には?」

「うんとねー、トレイディアからの輸入品のキャラバンが襲われた」


おいおい、それは洒落にならんぞ?

結構高価な代物も運んでるし、アブドォラ家との約束もあるんだ。

荷物が無いじゃあ済まされない。


「誰にだよ?盗賊なら返り討ちだ。場所が判ってるなら取り返しに行くぞ?」

「それが……聖堂騎士団なんです」


はぁ?なんで教団が商会の荷物を狙うんだよ?

あ、いや……まさか!


「……まさか!俺のことがばれたのか!?」

「それならまだ対応の取りようもあるんですが」


「ばれても居ないのに、か?」

「……馬車3台分の荷物の内1台分を持っていかれました」

「騎士団領通行の際にね。今度から通行税を取るんだって」


おいおい、そんなの初耳だぞ?

と言うかトレイディア=サンドール間を行き来する場合、

傭兵国家か教会……聖堂騎士団の支配地域をどうしても通らねばならない。

傭兵国家はそもそも山賊まがいの事を平気でするのでそっちを通る選択肢は無し。

これで教会側が税金強化だと?

せっかく法律の隙間潜り抜けたのに意味無いじゃないか!


「……と言うか、他の商人はどうしているんだ?」

「困惑してるよー。キャラバンを中止した所も多いって話だね」

「ですが当商会は他家との約束により中止できません」


しかも税率は三分の一か。こりゃあ厄介だな。

まあ仕方ないから値上げだな。それで要らないなら売らないだけだし。

まあ、今は従う他無いだろうが長い目で見れば何か策を巡らせないと拙かろう。


他のルートはどうだ?

但し、地上の取引が無いと怪しまれるからこればかりは地下通路は使えない。

何とかまともな道を見つけ出さないと。


……。


さて、ここで周辺の位置を確認してみよう。


街道は商都から西へ進み傭兵国家へ通じる。

そこから北上してまた街道沿いに東へ進めばマナリアだ。実は商都のすぐ北の高原にある。

但し結界山脈と呼ばれる高山地帯に阻まれて、トレイディアから直接向かう事は出来ないが。


逆に傭兵国家から南下して行くと、この砂の王国に辿り着く。


商都から南西に進むとそこが教会の領域たる騎士団領。

そのまま南西に進み続けると、これまたサンドールに辿り付く。

要するに西と南西のルートが潰されてる訳だ。


だったら……南ルートか。

森を突っ切って……あれ、その先はどうなってたっけ。


「なあ、南へ直進して……騎士団領を迂回できるか?」

「商都の南の森を抜けるとさ?今度は段々荒野になるよ兄ちゃ」

「そこから更に南下すると、レキと呼ばれる不毛地帯です」


あー、確かそこは最南端で"新商品"を作ってる場所だな。

人が来ない所って言った時にアリサがそこを指名したっけ。

……余りに人が住むのに適さないからって。


「通り抜けられるか?」

「水が全然確保できないから無理だよー」

「レキも有る意味砂漠地帯です。移動にかかる3週間分の水と食料を持って行かねばなりません」


まさしくレキ砂漠(礫砂漠)って事か。

しかも、日程が一週間多くかかる、と。


「さぞや荒れ果ててるんだろうな」

「荒れてるなんてレベルじゃないよ?まじで土と礫しかないもん」

「後は岩山がぽつぽつとある程度で目印になる物がまるで無いのです」


そりゃひどい。と地図を見ると確かに何処の国にも属していない。

砂砂漠のサンドールにさえ王国があるというのに、

そこには広大な土地が書かれているものの、街どころか集落の名さえ無い。


「オアシスすら無いのが致命的だよね」

「なにせ盗賊どころか世捨て人すら住まないと言う大陸一の不毛地帯ですから」


OK判った。

つまりこういう事だな?


「要するに、オアシスと目印を用意できれば通行可能ってことだな?」

「主殿。何処をどう聞けばそんな結論に達するんですか?」

「兄ちゃに常識を当てはめるだけ無意味だよねホルス」


おいおい、俺達に有力な穴掘り部隊があるのを忘れたか?

地下水脈でも見つけて井戸掘りすりゃいいじゃないか。


「え?でも怪しくない?」

「そうですよ。無意味に死の砂漠に立ち入って井戸掘りするとか……非常識すぎます」


う、そう言えばそうか。

何も無い砂漠に立ち入って井戸掘りするとか非常識すぎて普通に怪しまれるか。

それに、砂漠地帯での井戸の掘削って、素人が手を出すような物じゃないよなぁ。

誰がやったのかとか聞かれちゃ答えに詰まるだろうし。


……いや待て。俺達は新たな交易ルートを探しに行くんだぞ。

それを理由に出来ないか?


「確かにそれは一理有りますが……やはり無理でしょう」

「なにゆえ?」


「ここサンドールでは、井戸掘り出来る者が居ないのです。井戸を掘ると言う発想すら無い」

「そりゃまた尋常じゃないな?」


「それと言うのも井戸を掘っても、燃える水しか出てこないのですよ」

「燃える水とな!?」


石油?石油なのか?

こ、コレは勝つる!

まだ重要視されて無いうちに独占してしまえば遥か未来で大儲けじゃないか!


「あ、それ違うよ兄ちゃ。油じゃない」
「ちがうのです」
「訂正するであります!」


ほぉ?じゃあ一体なんだと言うのだ。蟻ん娘どもよ。


「「「溶岩」」」

「えええええっ!?」


これは驚いた。


蟻ん娘どもが言うにはこのサンドールは砂漠である上、

巨大な噴火口の上にあるような物らしい。

……今でも地中でそれほど深くない所にマグマ溜りがあるのだとか。


「実は王都の西にピラミディオン山って言う活火山があってね」

「その地下から来た溶岩がサンドール地下、浅い所ほぼ全域を覆ってるのであります」

「だから、よるでも、あったかい、です」


あったかいってレベルじゃねぇよアリシア。

と言うかどうやったらそんな悪い意味で奇跡のような地形が出来上がるんだ?

……道理でここいらの地下通路は随分地下深くに張り巡らされてると思ったよ。

水も随分地下深くから運んでたしな。

……と言うかあの暑さは上からだけじゃなくて下からの暑さでもあったのか?


「いやあ、溶岩が無い所探すの大変だったよ兄ちゃ」

「……むだに、おおきな、ろうりょく、でした」

「地下掘削時に殉職した全てのアリたちに黙祷!」


死人?まで出ていたのか。

……俺の勝手に付き合わせた見返りはきっと用意する。

仲間のアリ達は安心して暮らせるようにしてやるよ。


まあ、現状はそれどころじゃないのだが。


「お嬢様の言葉でお分かりでしょうが、地下を掘るような職人はこの国に居ません」

「ならばトレイディアから連れて来れば!」

「うーん。でもね?向こうからするとこっちの市場って"おいしくない"らしいよ?」


……それはわからんでも無い。

この国、奴隷以外に売れる物が無いからなぁ。

トレイディアで奴隷販売は禁止されてるし、片道貿易じゃ旨味が少ないよなぁ。

その為にわざわざ死ぬかもしれない所に職人を派遣するかと言うと……無理だな。


「あ、そうだ。湧き水のように見せかけてオアシス発見した事にすればいい」

「おお!それなら技術者なんかいらないよね兄ちゃ!」

「……ですがその場合別な不都合がありますね」


えー、折角いい案だと思ったんだがなぁ。

それでホルス。その問題点とは何ぞや?


「湧き水が出れば土地に利用価値が出て来ます。何処かの国が占領に来るかも知れません」

「それ、駄目だよ?せっかく造った"アレ"も占拠されちゃう!」


それはマズイな。と言うか井戸にした理由を忘れる所だった。

それは即ち、井戸であれば個人での所有権を主張出来ると言う利点。


何処かに占領されたら無意味、と言うか位置的に来るのは教会側じゃないか!?

奴らを肥え太らせる?駄目だ駄目だ!却下だ!

その上"あれ"を奪われるのはもっての外だ。

……かといって、一介の商人にあれだけの土地を所有する事なんか許される訳も無い。


前世で"もし、異世界召喚された時の為"と思ってふざけながらではあるが、

内政系の知識を無駄に蓄えてたけど……その集大成の一つを奪われるのは我慢ならん。

……あれは守り抜く。


そうなると、トレイディア辺りにレキを占拠してもらえるように動くか?

……いや、駄目だ。あそこは商人の国。儲かりそうな物をそっとしておくものか。

やはり、誰にも知られるわけには行かん。

あー、俺の思い通りに動く国でもあればなぁ。


まあそんな物あるわけ無いけどね。


「さて、妄想はここまでにしておくか。明日は朝一で"あれ"を見に行くからな」

「OK、あたしが案内するから覚悟しろ兄ちゃ!」

「アリシアは、おるすばんです」

「あたしもであります!」

「私も残らねばなりません。後でどうなったかお教え下さい」


やはり、教団や傭兵国家の勢力を削ぐのが一番か。

……その為には金が要るな。それもとてつもない大金が。


「さて、それじゃあ金の卵を産む鶏一号の顔でも拝みに行くかね」

「兄ちゃ。生き物じゃないよ?」


「分かってるって。ところでアリサ、出来はどうなんだ?」

「出来上がりはサラサラだよ」


そうか、ならいいんだ。

じゃあ明日の為に寝るとしますか。


そういや……屋敷のベットはふっかふかなんだよな。そのままで寝れるのか?

俺、こっちの世界に来てから重度の貧乏性にかかってるんだが。


……。


翌日、俺はアリサを膝に抱いて滑り台を滑り続けていた。

行き先はサンドールから遥かに東。レキ砂漠中央の最南端にある海岸沿い。

そこに、商人になろうと思い立った時から構想していたとある設備が出来上がっているはず。


「ところでアリサ、一つ聞きたい」

「なんじゃら?」


「やっぱりここも、出口は……」

「あたしは平気」


うん、そうか。

やっぱり壁にぶつかって止まるんだな?

早く、安全に止まれる形にしなくてはならないか。

……正直、身が持たねぇよ。


……。


更に翌日。

俺は硬化により鉄と化した俺のぶつかった跡を見ていた。

地底超特急の最後が石の壁なのは今だけだ、

そんな確信と共に。


「きゅう」

「全然平気じゃないだろうがこの馬鹿たれ!」


何故かって?

女王蟻が耐えられないような地下通路は欠陥品だから。

これならきっと、早期の改善が見込めるだろう。


「さて、それはともかく行ってみるか」

「きゅう」


俺はボケナス妹を背負って地下通路を上がっていく。

そして、太陽の光のその先にその姿はあったのだ。


「これはまた、想像以上だな」

「地上での作業は時間が掛かるからね!数で勝負だよ」


何時の間にやら復活したアリサが説明する"それ"は、

海岸沿いに沢山並んだ粘土作りの土手。

中では海水が、照りつける太陽と吹き付ける風でじわじわと干上がろうとしている。

うん、正に絶景だな。


「お塩は順調に出来て来てるよ?」

「おいおい、ここでは高濃度の塩水を作るだけだろ?」


「大して変わんないよ。とりあえず塩田はこれでいいかな?」

「ああ、必要分作れればいい。足りなくなる頃には枝条架(しじょうか)が出来てるだろ」


入浜式塩田、ここは前世でそう呼ばれていた施設である。

簡単に言えば塩の満ち引きを利用して土手の中に海水を溜め込み、

蒸発させて塩を作るための設備だ。

正確に言うとここで濃度を上げた塩水を煮詰めて結晶化させるのだがね。


この辺りで塩と言えば岩塩を指す。

地面から文字通り掘り出されるのだ。

……実はそのやり方は余り食用に適さないのだが、伝統だから仕方ない。

だが汚れたままの岩塩が普通に取引され、

高級品とは汚れた外側を取り払った物と言う現状を見て思いついたのだ。


俺の考えるような海水を元にした塩はほんの一部でしか作られていないし、

作り方が適当で砂が混じって汚い。


直ぐ使える上に見栄えの良い白い砂のようなこの塩は、

きっと飛ぶように売れるだろうと思う。


「そだね。きっと売れるよ?だって」

「値段は岩塩の市場価格の9割を目安にするからな」


安くて質が良いなら売れない訳が無い。

しかも煮詰める時に燃料代がかかるだろうと心配してたけど、

アリサが一つ計画に改良を加えてくれていた。


地下水路を通してサンドールまで持って行き、地下の溶岩を利用して熱する。

それなら燃料代もプライスレス!

そう、蟻達の食費以外金はかからないんだなこれが。


……あ、入れ物の壷代があるか。


「ふっふっふ、それでもこの策に穴は無い!」

「あ、いや大問題が一つあるよ」


何ですと?

ちょっと待てアリサ、それは聞いてない。


「一体その問題とは何だ?」

「日干しにしてる内に乾いちゃう時があるよ」


あー、……砂漠地帯だしなぁ。

雨の多い地方のやり方をするまでも無かったのか。


まあ、そん時はそのまま収穫だな。

天日塩田と言う、ただ海水を乾かすだけの技法もあるしなぁ。

むしろその方が手っ取り早いか。


「それは無問題。むしろ大歓迎だ」

「あいよ。その時はそのまま収穫ね」


要するにだ。計画は非常に順調って事だな。

……海岸で働く巨大な蟻の群れと言うシュールな光景を尻目に俺達は行く。

これはもしかして、何時か農業とかも出来るんじゃないのか……とか思いつつ。


次に地下を見て回る。

広大な地下倉庫には世界中から買い集めたアリたちの餌がぎっしり詰まっていた。

予想外に乾いてしまった塩もここに貯蔵されてるようだな。

後でもう少し広げさせて、天日乾燥分の正式な置き場でも作らせるか。


「むふふふふ。これだけ蓄えてると感無量だよー」

「何年分あるんだよこれ」


しかもその隅には包装もされずに転がされる魚の干物や海草の山。

……どうやら海岸に流れ着いた奴を回収してるらしい。


「魚か。拾い物とは言え随分あるなぁ。……意地汚くないか?」

「海に危険な魔物が一杯居て海に入れない。だから貴重品!大事な蛋白源だよー」


成る程ね。

だが、その魔物の多さゆえこの辺を通る船が無い。

お陰でこんな海岸沿いで勝手に塩田なんぞ大々的に作れてる訳だが。


「しかし魚か。……生のは全然食ってないな。あー、刺身食いたい」


しまった。つい前世の事を思い出してしまった。

……思い出せば食いたくなると言うのに。


だが思い出してしまった以上は刺身が食いたいと思う。

醤油があればなお良いがな。

しかし現状では夢のまた夢か。


……待てよ。


「アリサ。新鮮な魚食いたく無いか?」

「新鮮なお魚!?食べてみたい!」


あ、そうか。

コイツ生まれて間も無く砂漠の国に来て、まともな海産物食べた事が無いのか。

焼き魚とか、煮物とか……美味いんだけどなぁ。

これは何とかして食わしてやりたいな。


「と言う訳で……ゴニョゴニョ」

「……なーるほど。やってみる、と言うかやってやる!全てはおいしいご飯の為に!」


さて、そっちは意外と早く出来上がりそうだな。

何せ当のアリサが乗り気なんだ。

もう少ししたら塩もふくめて、一度サンドールで売りに出してみるかね。


……。


それから一か月余り。俺はサンドールで水と輸入品の商売をしていた。

実際のところ、俺に商人としての経験なんかある訳が無い。

幸いホルスは以前の主から財布を任されていたらしく、

会計に明るかったので全権を与えていたが大正解だったと思う。


そんな訳で俺は大人しく、総帥用の執務室で書類でも片付けてるさ。

……まさか小学生レベルの筆算がこんなに役に立つ日が来ようとは思わなんだがな。

それと九九とかさ。……算盤が出来ないのが痛すぎるけどね。


「総帥。トレイディアからの荷物が届きましたと連絡が」

「分かった。えーとパピ君だっけ?」


「ハピです」

「す、スマン。それじゃあ二番の蔵に入れておいて。……言っとくが」


「ええ、地下への穴に気付かれたりはしませんよ。ご安心を」

「頼むぞ」


気が付けばカルーマ商会は30人近い従業員を抱え、

三つのキャラバンと提携すると言う結構な規模になっていた。

それでも、秘密を共有できるような奴はあまり多くなかったが。


だがまあ、数ヶ月前に結成したばかりの成り上がり者だししょうがない事だろう。

それに秘密を知る者は少なければ少ないほど良いしな。


などと思っているとドアが乱暴に開き、蟻ん娘が突っ込んできた。


「にいちゃ♪にいちゃ♪……しお、たまったです」

「地下海水路も出来たとアリサが言ってたであります!」


お、赤青コンビが伝言役か。

塩の貯蔵量が予定を達成したか。予想よりも速いのは有り難い。

それにどうやら次の商品が完成したようだな。


「じゃあ……輸送が終わり次第売り出すか」

「はいです。アリサに、つたえておくです」

「輸送完了は三日後の予定であります!」


ふむ、まだ時間はあるわけだな?

なら……不良在庫から捌いとくか。


「じゃあ、もう要らないだろうから例の拾い物の干物、余ってる分を先に送ってくれ」

「なんで、ですか、にいちゃ?」


「宣伝代わりに海産物を端くれでも売っておくのさ。本物は一気に出してインパクト上げるがな」

「了解であります!屑干物と海藻類を最優先で持ってくるよう伝えるであります!」


関係各部署に伝える為にチビどもがぱたぱたと部屋から出て行った。

きっと、明日には干物くらいは届いてるだろう。

……じゃあ、俺は下を見に行きますかね?


……。


サンドール、カルーマ商会本部地下深く。

俺はむっとするような暑い階層を抜け、地底らしい冷たさを持つ階層まで降りてきている。

そして、更に暫く進むと……ボケナス妹が釣竿を垂れていた。


「おお兄ちゃ!出来たよ!釣れてるよ!」

「分かったからそんなに騒ぐなアリサ」


そこには巨大な地下空洞が広がっている。

……一応、機能を確認しておくか。


「アリサ、少し"開けろ"」

「ん?分かったよー」


アリサは全てのアリ達と繋がっている。

……今この瞬間にもアリサの意を受けた力自慢の巨大アリ達が、

海抜ゼロメートル地点に設置した岩の水門を開いている事だろう。


「あ、そろそろ来るよ」

「そうか……来たッ!」


暫しの沈黙。

段々心配になってきた頃、地下空洞上部に開いた穴より大量の海水が流れ込んできた。

そして、海水と共に大量の魚達も。


「もういいぞ、止めろ」

「もう止めるよう言ってる」


そうしてまた暫くすると変化が起きる。

岩の水門がまた閉じたのだろう。

水の流入もまた止まり、地底湖に静寂が戻る。

うん、これはまた幻想的だな。

……ただ、少し気になる事が一つ。


「なあ、アリサ。少し大規模すぎないか?」

「これより上だと溶岩の熱で茹で上がる」


サンドール地方の地下の浅い所には近くの火山から溶岩が流れ込み、対流しているらしい。

何せ、井戸の掘削で湧き上がるほどだ。不意に噴出す事すらあるらしい。

お陰でこんなに暑い地方が出来上がったようだが、

その為にそれより地下でないと安心して掘削できないと蟻は言う。

……本来の蟻の生態から言うと異常なんだが、まあそこが知恵を持った者の違いなんだろう。


ただ、野球場より広い地底湖まで作らなくても良かったんじゃないか?

俺は地底に釣堀を作れと言ったのだが。

まあいい。さて、何でこんな地底湖を作ったかというと……、

要するに食う魚はその場で手に入れたいな、とか思ったからだ。

その為の方法としては少々?手が込んでるように思うが。


「まあいいか。それで何が釣れたんだ?」

「色々つれたよ」


「兄ちゃも一匹食べたいなー?」

「全部食べた後だよー」


……横を見るとまだ暖かい七輪。そして大量の魚の尾。

そうか、骨ごと食ったのかお前は。しかも一匹も残さずに。


「ならば俺も釣る、いやむしろ飛び込んで捕まえてやる。海水浴兼ねて!」

「兄ちゃ、止めとけー」


「止めるなアリサ!俺も息抜きするんだ!」

「サメが居るよ?」


次の瞬間本当にサメが水面から飛び出してきました。

……何このコント?


「ぐぎゃあああっ!胴体が、胴体が裂けるっ!?」

「え?ああっ!?硬化かけてないの兄ちゃ!?い、今助けるよー!?」


因みにそのサメは宣伝を兼ねて、生きたままサンドール王宮に献上しておきました。

すぐに死んでしまったそうだが王様は大喜びしたらしい。


まあ、終わり良ければ全て良しと言う事で。


……。


翌日から売りに出した干物や海藻類は飛ぶように売れた。

元が海岸に流れ着いた物と言う事もあり極めて安価で売りさばいた事も大きいだろう。

川すらないこの国では、魚は干物ですら高価な代物なのだ。


だが、俺達カルーマ商会がその流れを変える。


地底湖……と言うか地底釣堀完成から三日後。

その日も安価な干物や塩漬けを並べた途端に売り切れる始末だった。

だが、そこで満足して帰ってしまった連中は哀れな事になる。


「さあさあ、我が商会の新商品が入荷したぞ!」


太陽が皆の脳天に突き刺さるような正午過ぎ、

塩の入った壷が姿を現した。


「随分真っ白な塩だなぁ?」

「綺麗……」

「でも、ちょっと高いよなぁ」


あれ?予想より反応が薄いが……まあ、そうだろうな。


砂漠の国ではあるが、サンドールの西と南の端には海がある。

俺も先日知ったばかりだが、塩田のような大規模な物こそ無いものの、

この国の人間は海で水を汲んで帰れば塩になる事を知っていると言う。


危険な動物や魔物が多くて人が長居出来る環境じゃないらしいけどね。


そして、その海水を地面に撒いて塩を作るらしい。

帰り道や乾燥過程でどうしても砂が入るらしくちょっと黄色いけどな。

あんまり気にする人が居ないからそのまま売られてるようだ。

因みに昔国外に売り出そうとした事があったらしいが、

汚いし運ぶ距離が長すぎて高すぎるしで全然売れなかったらしい。


……やっぱ、煮詰める方式で正解だったんだ。

天日乾燥だとどうしても砂とかが混じる恐れがあるからなぁ。

ここで塩を売る時のセールスポイントは"混じりっけ無し"で行こうと思う。


要するにこの国の連中にとって塩漬けなんかは、

高価では有るがよく見る物に過ぎない。

そうなると正直なところインパクトは薄いよな?


それに、国全体が貧しいこのサンドールでは、

綺麗である事より量が多いほうが喜ばれる。


「ほっほっほ!これは質の良い塩じゃな。値段も思ったより安価じゃ。買うぞ」

「旦那様、我が方はどうします?……はい、ではこちらも買い求めさせて頂きます」

「これを見れば砂まみれの塩など使っていられませんな」


確かに飛ぶように売れてはいるが、上流階級向けのイメージが付きそうだ。

……まあ、この国ではそれでいい。

商いの実績を積むほうが先だ。

この塩は元々別な所に売り込むためのものだし。


今回の真打は、こいつ等だ!


「そろそろか。アリサ!例の物をプールに叩き込めっ!」


「あいあいさー!アリシアちゃん、アリスちゃん、お魚を放り込め!」

「はーい」

「了解でありまーす!」


地底湖から上がったばかりの魚達だ。

回遊魚はすぐに死んでしまうだろうが、その前に売り切れる自信がある。

壷に入れられていたそれを、アリサ達が次々とプールに叩き込んでいく。


前日中に枯れていたプールに海水をなみなみと張っておいた。

その中に一気に魚達を放り込む!

そもそも生きている魚を見た事ある奴は稀なお国柄。

インパクトと言う意味ではこれ以上のものはあるまい?


「「「「…………」」」」


……誰も声を上げない。

いや、何が起こっているのか理解していないのだ。

ふふふふふ、では更に度肝を抜いてやろうか。


ホルス、予定道理に叫ぶんだ!


「皆様!本日より我がカルーマ商会は、鮮魚の販売を開始いたします!」

「どのお魚さんも獲れたばかりですよー。おいしいよー」

「さあ、どれでも好きなのを選んでくれ!今日は全部が銀貨1枚!早い者勝ちだ!」


……歓声、と言うか怒号か悲鳴のような叫び声が上がった。


続いて誰とも無くプールに飛び込む音がする。

あれ?上から覗き込んで選ばせるつもりだったんだけど?


「うわああっ!塩辛い!」

「くそっ!こいつめ!こいつめ!」

「貴様ぁ!そこのは俺が狙ってたんだぞ!?」


何と言う芋洗い場。何と言うカオス。

そこは殆ど、と言うかあらゆる意味でバーゲン会場と化していた。

魚に掴みかかり逆に跳ね飛ばされる者や魚そっちのけで水遊びに興じる物。

……もしかして、やり過ぎたか?


「いえ、これはこれでいいと思います」

「ホルス?」


「見て下さい。皆これ以上も無く楽しそうでしょう?」

「え?あー、まあそうだな」


ホルスの指摘通り、どいつもこいつも楽しそうにしている。

……そう言えばこの国には川一つ無い。

その上海は遠いし危険だ。

水遊びなんか贅沢すぎて、やった事すら無いだろう。


「……主殿。どちらにせよ、今日は鮮魚で儲ける気は無いのでしょう?でしたらこのままに」

「皆まで言うなホルス。お前の言いたい事は分かった」

「でも、お魚獲った人からはお金取るよ。誰がどれだけ持ってったか覚えとくから」


まあ、たまには良いかもしれないな?

この地に根付く以上周りの連中と仲良くしないといかんだろうし。


「……ただ、この売り方は駄目だな」

「は、はい。確かにそうですね」

「お魚バラバラー!?ああっ!まただよー!?」


とりあえず、今日閉店したらプール掃除だな……。

次から鮮魚は水瓶に入れたまま売ろうと心に決めたよ。


……。


それからまた一ヶ月ほどの時が流れた。

大体サンドールでの地盤固めは終わったので、一度トレイディアに移動する事にした。

……金銭的には当初の予定を大幅に上回る額が集まってきている。

そろそろ、行動に移す時だろう。


「では主殿。商都での"商談"をよろしくお願いします」

「まあ任せとけ。相手の腹は分かってるんだ」

「あたしが居るからには怖い事なんか何一つ無いよ?ホントだよ?」


よそ行きの為に買ったドレスを背負ったアリサが鼻息も荒く宣言している。

そう、今回は冒険者カルマの帰還ではなく、

「サンドール・ニーチャ家の当主、カルーマ」として入国する事になるのだ。

……身長を誤魔化す為に作ったシークレットブーツのせいで世界が少し違って見える。

いや、むしろカルーマとしてトレイディアに行くのは初めてだからかも知れない。


「何にせよ、商都に商館を持てれば一人前の交易商人とみなされますね」

「ああ、でも商人ギルドの爺さん達と交渉するのは面倒だ」

「まーどんな無理難題言われても、正体ばれなかったら無問題でしょ?」


「まあな。その点は気楽だ、何せカルーマ商会にとって商都は通過点でしか無いし」

「むしろ大事なのは別な方の案件ですか」

「大事だけど心配はして無いよ?だって、絶対話に乗ってくると思うし」


……まあ、そういう事だな。

商売の話に行くと見せかけ謀略を仕掛けに行くのが今回のトレイディア行きの肝なのだ。

本当は俺自身が行くのは避けたかったが、ホルスをここから動かすなんて出来ないし仕方ない。


それに、謀略の相手は単純だがそれだけに代理を寄越すなんて事をして、

ご機嫌を損ねたら元も子もない。

……見てろよ神聖教会。お前らの顔に泥が塗りたくられるのはそう遠い日じゃ無いぜ?


「じゃあ、そういう事で……行って来る」

「行って来まーす!」

「主殿、お嬢様……ご武運を」


ホルスに地上で挨拶をし、屋敷の地下から地下通路に入る。


「にいちゃ、アリサ、……がんばるです」

「作戦の成功を祈るであります!」


そして、赤青コンビから激励を受け出発した。

……懐かしい商都へ、俺では無い俺として。


……。


《side 名も無き旅人》

サンドールまで来るのは久しぶりだ。町並みも随分と変わってしまったと思う。

だが変わらない物もあるはずだ。

例えば、私がこの国を訪れる時に必ず立ち寄る店の一杯の酒のように。

……と、思っていたのだが、


「……潰れた、だと」

「ああそうさ。この店……店主が死んでそのまま無くなったよ」


変わらない物など無いと言う事か。

だが、この喉の渇きどうしてくれよう?


「へへっ、もしかして喉渇いてるの?」

「まあな」


潰れた店の前にたむろしていたこの子供は悪戯っぽく笑う。

……まあ、古今東西こういう時の対処法は一つだけ。

銅貨を一枚取り出し指で弾く。


「へへっ、有難さん!……この先にカルーマ商会って店がある。そこでいい物が飲めるぜ?」


それだけ言って子供は行ってしまった。

……聞いた事の無い名だ。だがまあ行って見る価値はあるか。

もし話と違うなら、あの子供を草の根分けても探し出し制裁を加えるだけだしな。


……。


着いてみると、……正直言って面食らった。

一見すると普通の上流階級の暮らすような屋敷なのだが、

驚いた事にその庭が小さな市場と化している。

恐らくこの商会のものだと思われる一際大きな台の上では、

何か大きな壷のような物が取引されていた。


そしてその周囲には場所を借りているらしい小さな露天が幾つか並んでいる。

更に先に進むと……話にあったのは、あれか。

少女と呼ぶのもはばかられるような幼子が二人、忙しそうに飲み物を売っている。

まあ、この国では珍しい事じゃない。


……しかし、注がれるのは透明なグラスか。

これはいい趣味をしている。

成る程、他人に勧めるだけの価値はありそうだ。


「すまんが、酒を一杯」

「……え?た、たくさんですか?」


これはまた、困ったもんだ。

一杯といっぱいを勘違いされたか。


「お手柔らかに頼むよ。グラス一つ分でいいんだ」

「えっと、ですね。わかりました」


その危なっかしい言葉遣いとは裏腹に、

何やら倉庫からテキパキと酒を持ってきたようだな。

……この色、あの泡……麦酒か。

まあ酔えれば何でもいいが。


「お、おまたせ、しました」

「ありがとう」


トレイに乗せられた麦酒を手に取る……冷たい!?


「きょうも、あついので、ひやしてます」

「そ、そうなのか」


まさか、この炎天下……しかもここは夜なお暑いサンドールだと言うのにこの冷たさ。

時代は変わったと言う事なのだろうか?

……見ると、この店には客が絶えない。

成る程な。アレが目当てでやって来ていてもおかしい事など何も無い。

さっきの店も店主が死んだから潰れたかも知れんが、

生きてても同じだったかも知れん。

この国でこれだけ酒を冷やすには、恐らく途方も無い手間がかかっている事だろう。

生き残るには安価な物を出して値段で勝負するか、

徹底的に高級な酒を用意するかのどちらかだろう。


そんな事を考えながら、酒を喉に流し込む。

……よく冷えたその酒はとても美味いと感じた。


大したもんだと思う。そう思って横の男に話しかけた。


「なぁ、アンタ。このカルーマ商会はどんな奴がやってるんだ?」

「あ?それを知らんとはアンタ、この国の人間じゃないな?」


ほお、そんなに有名なのか。


「ニーチャの旦那はな、東の高級住宅街の使用人だったらしいんだがな」

「ほお、元はただの使用人か」


「ああ、それが一山当ててよ?その金でこんな立派なお屋敷を買ったんだぜ?ヒック」

「そりゃまた凄いな。どうやって一山当てたんだ?」


「水だよ!どうやってかは知らねぇけど冷てぇ水を運んできたのさ。それを元手に商売してる」

「……これか」


手元の酒を見る。これも冷たい。

確かにこの国で冷たい飲み物は最高の贅沢になるだろう。

一財産作れて当然だな。


ふとグラスを透かしたその先に、大きなプールが見えた。

だが、泳いでいる人数が半端じゃない。


「な、なんだあの人だかりは?」

「ああ、ニーチャの旦那の道楽でな。誰でもただで水遊び出来る。水の持ち出しは禁止だけどな」


こ、この国では一杯の水が貴重品だぞ?

それをプールいっぱい放出して、しかも誰とも知れない連中に使わせるだと!?


「一体、何者なんだ!?」

「さあね。最近急成長した商会の長で今じゃ国でも有数の大商人って事しかわからねぇ、が」


「が?」

「俺達にとって有り難いお人だって事は間違い無ぇよ」


男はニヤリと笑った。

まあ、気持ちは判らんでも無い。


「確かに普通、生まれながらの金持ちが、自分のプールを他人に使わせるとは思えんな」

「まあな。俺の息子も毎日のようにあそこで遊んでる。ニーチャの旦那には頭が上がらんぜ」


……気が付くとグラスの中身はなくなっていた。

俺は会計を済ませ、今日の宿を取るべく街へ向かった。


「ニーチャの旦那、ね」


ま、確かに凄い奴らしい。売り物は水と塩、そして海産物か。

一見すると全く関係ないように見えるこの三つには、実は隠された共通点がある。


……何処にでもあるように見えるけど、無くなったら致命的なもの。

水と食料そして塩を断たれたら、例え国でも揺らぐ事になる。

そういう物を確か……戦略物資とか言うらしいが、

何にせよ、それを抑えたこの商会はまだまだ伸びるだろう。


……俺の長年のカンが言っている。嵐が来るぞと。


長年の流れ者生活で、気付いた事がある。

こう言う才気溢れんばかりの奴が世の中に出る時は、決まって何か大きなうねりがある。

まあ、はぐれ者のカンでしか無いが、

マナリアと神聖教会の関係がギクシャクしてるなんて噂も有るし、もしかしたら……。


「はっ、馬鹿らしい……幾らなんでもそりゃ無いだろう」


有無を言わさず妄想を打ち消す。

もし"何か"あるとしても、未だ先の話だろうしな。


それに……もし、そのニーチャとか言う奴が何か企んでても俺みたいな一般人には関係無い。

どうせ雲の上の連中は暗闘しかしないんだ。上の連中同士で潰しあってくれ。


……ん?誰かに今、見られていたような。


……。


《side アリス》

ん?アリシア。どうしたでありますか?

ふむふむ、勘の鋭い輩が居ると?

……了解であります。街から出たのを見計らって適当に処分するで、


あー、そうでありますか。

サソリの毒を寝てる内に?

了解であります。死亡確認をしておくであります。


え?報告?


アリサだけにしておくであります。

にいちゃに心配かけるような案件でも無いし、ホルスならきっと悲しむであります。

……必要なら我らが女王が話されるでありますから心配無いでありますよアリシア。

あたしらはただ女王陛下、そしてにいちゃの為に働くのみ。


ほら、そんな事よりお店を開く準備であります!

お客がもう表に並んでるのでありますよ!?


***商人シナリオ3 完***

続く



[6980] 19 契約の日
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/07 23:00
幻想立志転生伝

19

***商人シナリオ4 契約の日***

~最狂魔法お目見え~

《side カルーマ》

二ヶ月ぶりに踏む古巣の匂い。

……だが、その懐かしさを顔に出す訳に行かないのが俺の現状である。


「兄ちゃ?それじゃあ行くけど準備はいい?」

「ああ待て、ちょっと格好を確認する」


さて、万が一にばれちまったら……相手が誰であれ消さねばならんからな。

仲の良い連中を潰さずにすむよう、変装は念入りに行わないと。


まず頭には、かつらとターバン。

続いて顔は、色付きメガネ(度無し)と顔半分を隠す付け髭。

格好は白を基調としたローブの腰をベルトで止め、大福帳と曲刀を腰に下げる。

そして、ゆったりとした金の縁取りの付いた上着を纏い、

身長を誤魔化すシークレットブーツを履いて完成だ。

おっと……念の為手袋もはめておかねば。


「うん、これで良い」

「あたしはどうだ!お嬢様に見える?」


アリサは……銀のカチューシャを頭に載せ、黒のゴスロリ風ドレスを着込んでいる。

生意気にも足元はハイヒールだ。

そして何を勘違いしたのかピンクの日傘を手にしている。


「うん、これなら確かにお嬢様に見えるぞ」

「いえーい、兄ちゃに褒められた!」


正確に言うとボンボン的お馬鹿お嬢様だけどな。

まあ、相手を油断させるには良い。


さて、それでは早速入国するとしますか。


……。


かっぽかっぽとチャーターした馬車で進んでいく。

うーん。普段何事も無く歩いていた道も、馬車から見ると新鮮だな。


「おー、ここがトレイディアかー!」


部下はともかく自分ではこの街を見た事の無いアリサもはしゃいでるし、

それだけでもここに連れて来た甲斐があったと思う。

……ん?アリサが馬車の窓を閉めた。一体どうしたんだ?

え?窓の外をそっと見てみろって?

ああ、誰かが近くをうろついてるが……別に敵意は感じられんぞ?


「……先生の気配」


って、ルンかよ!?

しかも俺の気配って何!?

さっきからこの馬車の後ろ辺りをウロウロしてる。

……これは怖いな。よくよく注意しないといかん。


「もしかしてと思って用意してきて良かったよ?これ使って、兄ちゃ」

「有り難い!と言うか何これ」


アリサが取り出した物は、

見た感じ、小さな陶器製の小瓶だった。


「ん?超匂いのキツイ香水だよ」

「気配と言うのは匂いなのか?」


「厳密に言うと違うけど、かく乱は出来る」

「ならば使う!」


アリサも流石は蟻。フェロモンとかそう言うのは得意分野というわけか。

……おー、確かにルンが追跡出来なくなってるぞ。

スマンなルン。今日ばかりはお前に萌えてる場合じゃないのだ。


「この匂いはルン姉ちゃの好みの逆。嫌いな匂いだから無意識に避けてくんだよ」

「末恐ろしい小娘だよな、お前って」


まあ味方だから良しとしよう。

先ず目指すべきはトレイディア商人ギルド。

……名目上の交渉は、さっさと終わらせてしまいたいしな。


……。


「ようこそカルーマ殿。私ども商人ギルドへの加入をご希望とか」

「その通り。我が商会も少しばかり大きくなった故、この商都で商売をしたい」


トレイディアの商人ギルドで応対に出たのは、バイヤーと名乗るボロ服の小男だった。

一見すると、ギルドが一見さんを舐めてかかって小者を出してる様にしか見えないだろう。

……何回かアポを入れる手紙を出し、ようやくギルドとの交渉の席に着いた連中が、

応対に出て来たこいつを見ると大抵怒り出すようだな。

だが、そこがコイツの付け目。無礼な奴はここで一気に交渉の主導権を持っていかれるのだ。


「いえいえ、高名なギルドマスター自らのお出迎えに感謝する」


と言う事で、こちらもカードを一枚オープン。

いきなり事実突きつけて先制攻撃加えてやるさ。


「それに、お忙しいようだな?仕事着のまま応対とは。頭が下がる」

「いやいや、カルーマ殿もお若いのに中々やり手と聞いておりますよ」


いやあ、もし知らないでギルドのトップに暴言吐いたら、

それ以降は相手の思うが侭だよな普通。

恐ろしいなぁ海千山千の猛者どもは。


「さて、早速だが用件に入らせてもらう。商売の許可と商館の設置許可が欲しい」

「ははは。確かに早速ですな」


まあそうかも知れないが、もたもたしてる時間は無いんでね。


「ですがカルーマ殿。こちらもただでとは行きません」

「何が望みだ?」


おっと、思ったより早く本題を切り出してきたな。

まあ何を言ってくるか、昨日の時点で判明してるんだけどな?


「貴方の商会が我がギルドに所属する事で、どんなメリットがありますか?」

「……商人らしく"利"を示せと言うわけか」


重々しく言ってるけど、既にその質問は織り込み済みだぜ。

……アリサ、例の物を。


「これ見ておじちゃん!」

「旗、ですかな?」


そう、これは旗だ。

正確に言えばこれ自身はただの旗でしかない。

だが、相手の顔色は変わった。

ここは流石と言うべきだろうな。……これの意味を理解できているって事なのだから。


「警備部隊を我が商会で編成し、街道を行き来する旅人の安全を守ろうと思う」

「分かってるとは思うけどさ!これはその部隊の旗だよ」

「なるほど。街の警備隊に頼らない……護衛用の私兵を用意すると?」


お、そこまで気付いたか。

傭兵を雇うと普通は思うところだろうが……流石だな、良く判ってる。


実のところ、自前で動ける武装勢力が欲しいと思ったんでね。

まあ……街道警備は良い訓練になるだろうさ。

これなら俺には損は無いし、トレイディアの利益は大きいぞ?


「しかし……一介の商売人が過度の武装をするのを、果たして領主は認めましょうか?」

「認めるさ」


おおっ!その質問は有り難いぞ。

正直どうやってこの話に持っていこうか迷ってた所だ。

話に乗っからせてもらうか。


「……実は極秘情報なんだが、トレイディアと神聖教会で戦端が開かれる可能性があるらしい」

「教団と、マナリア、の間違いでは?」


「知ってるだろ?マナリアと教団は不戦条約を結んでる。そっちは取りあえず大丈夫だ」

「……」


表情が変わらないけど……バイヤーさん、笑顔が張り付いたぜ?


……実の所、トレイディアと教会の間に緊張なんて存在しない。今の所は。

ただ、どうしてもそのガセ情報を掴んで貰わないといかん。

なぁに、調べれば直ぐにガセだと判る。


だからちょっと密偵を教団に送り込めばいいのさ。

……今頃、聖堂騎士団に捕まって税金を払ってる商会の手の者が、

向こうにも同じような事吹き込んでる頃だから。


そして、向こうの信者が情報を調べ始める頃には……。

この俺が"トレイディアのために"大々的に警備隊を募集するって訳だ。

……さて、向こうはどう思うかね?


まあ何も思わなくてもいいけどさ。

そん時は警備の一環で、不当な税を取り立てる連中と一悶着起こすだけだ。

それに……多分その頃には、トレイディアは傭兵を大々的に集め始めるはずだしね。

主にこれから行う俺の闇工作のせいで。


「まさか……それは無いでしょう?ふざけないで下さいよ!?」

「おいおい、可能性って言ってもそんなに高い可能性じゃない。落ち着いて」


そうでなくとも、トレイディア側からのキャラバンも何度か騎士団から搾取されてる訳で。

まあ、流石に落ち着いちゃ居られんわな?

要するに、既に教会側は疑われる素養がある訳だな。


……まあ、聖堂教会のトップの性格と異端審問官のトップの関係を調べれば調べるほど、

税でも何でも取り立てねばならん向こうの都合も見えてきたわけだが。


「だが、聖堂騎士団長ブルジョアスキーが資金を強引に集め始めているのは知っているだろう?」

「ええ。異端審問官の長、ブラッド司祭と折り合いが悪いとか」


そういう事だ。神聖教会は今まで魔王殺しの英雄、大司教クロスの元で纏まっていた。

だが、その重石が無くなり三年間の権力的空白が生まれた。

そこで事実上のトップとなったのが異端審問会と聖堂騎士団。

……当然仲は悪くなる。

しかも、この二つの組織……元から滅茶苦茶仲が悪かったんだなこれが。


「教会への寄付……資金を抑える異端審問会。そして教団の戦力中枢たる聖堂騎士団」

「仲良くなど出来るわけも無い、ですな」


「審問会は騎士団への資金供給を渋り始め、騎士団は武力を背景に審問会への恫喝を始めてる」

「……騎士団が我々から搾取を始めたのはそのせいでしょうな」


そう、実は俺が何するでもなく教団は空中分解寸前なのだ。

騎士団が独自で資金確保を始めたのが何よりの証拠。

……けど、それだと勝った方が教団の実権を握るだけ。

大司教の後継と言う形になる以上、どちらが勝っても俺に対する姿勢は変わるまい。

よって、第三者に一人勝ちして貰う事にしたわけだ。


「そう、そしてそんな教会に対し……トレイディアで異議を唱えようとしているお方が居る」

「それは一体!?」


「……それは企業秘密だ。だが、これから傭兵の仕事が増えるだろうな」

「そうですか。……傭兵ですか」


「ああ、それに騎士団側も兵力の増強を始めたようだしな」

「それは、まさか……」


ここまで言っておけば何が起きるのか大体予想が付いただろう。

すなわち、商都と騎士団の双方で戦争準備をしていると言う事だ。


まあ……兵力増強も、異議を唱えるお方も"今の所"存在しないんだけどな。


……バイヤーさんに付いている蟻からの報告によれば、

先ほどテーブルの下で指を何回か打ちつけたらしい。

そしてその合図に合わせ、隣の部屋に待機していたと言う執事風の男が配下に何か命を下したと。

よしよし、上手く踊ってくれよ?


……横のアリサがこくりと頷く。

これで偵察に出た密偵が戻る事は無い。恐らく森の中で屍すら残さず消え去る事になる。

そしてそれは不審を疑念に変えるのに十分な物のはずだ。


「まあ、そんな訳で物騒な世の中、キャラバンの護衛を商都の為に始めようかと」

「……そう、ですか。判りました……商売の許可は出します、が」


「が?」

「この商都での塩の販売は差し控えていただく。塩は専売制なのです」


……そう来たか。

とは言え、まあ……ギリギリ予想内の要求ではある。


「……そうか。まあ、仕方ないか」

「しゃーない。特別に条件飲んでやるよー」

「そう言って頂けると助かります。それ以外なら好きにして下さって結構ですから」


助かります、そう言ったギルド長バイヤーさんの目は真剣そのもので安堵すら浮かんでいた。

ああ、よっぽどそれが恐ろしかったんだなぁ。

実は塩って、地味に見えてかなり重要な物資だし、家の商会の塩は安いしな。


まあ……ここで行う商売は別だ。

最初から塩をこの国で売れるとは思ってないからいいけどね。


さて、アリサ?


「それじゃー指切りしよ?」

「指切り、ですか?」


「知らんの、おじちゃん?」

「申し訳ありませんが存じませんよお穣ちゃん」


アリサはにっこりしている。

バイヤーさんも戸惑いながらもにこやかにしてるな。

……内心、なんでこんな大事な商談に子供を連れて来るのかとイラついてるだろうに。


「こうやってね、指と指をからめてー、声を揃えて言うの。約束する時に」

「ほうほう。それはまた可愛らしい風習ですなお穣ちゃん」


とは言え本当の所はどう考えてるか判らない。

だが、取りあえず商談相手に合わせようとするのは流石商売人という所だ。

アリサの指切りに合わせてやっている。


「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!」
「ゆびきりげんまん?嘘ついたら針千本のます、ゆびきった?」
『指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!……契約(エンゲージ)』


……ガチャン、と何処からともなく鍵のかかるような音がする。


……。



「あの、ですね……今の音は何で、セバスチャン!セバスチャンはおるか!」

「はい、旦那様」


突然部屋内に響き渡った音に呆然としていたバイヤーさんだったが、

いきなり隣室から執事を呼び出した。


「……はぁ、最初から約束守る気無かったわけな?」

「それは一体どう言う?……セバスチャン!針を、針を千本用意しなさい!って私は何を!?」

「うんとね?契約の魔法は嘘つきすると、針を飲みたくてたまんなくなるの」


以前、冒険者ギルドのランク再認定前に手に入れた"魔道書"の中に書かれていた魔法の一つだ。

約束をした相手と小指を絡め合い、詠唱すると両者にかかる最狂の魔法だ。


この魔法が一度かかったら最後、約束を破ろうとした途端に無性に針を飲み込みたくなる。

……しかも、千本飲めば終わりだと思ったら大間違い!

約束を守るよう考え直すまで、何度でも針千本を飲みたくなるのだ。

更にその拘束力は麻薬の禁断症状より酷い……。


「だ、旦那様!?」

「たのむ、頼むセバスチャン……は、針を……針を持ってきてくれぃ」


おっと、執事さんがかわいそうだな。


「バイヤーさん。約束を破ろうとしている内はその呪いは解けないぜ?」

「呪い!?呪いなのですかこれは!?……ああ!怖いのに針が飲みたい!」

「……約束破りは死んじゃえばいいよ」

「そんな、旦那様ーーーーっ!」


アリサ、トドメをさすな(笑)

にしても……この内容で守る気が無いとはどういうことだ?


「ほらおじちゃん?約束守らないとお腹がトゲトゲで一杯になってしんじゃうよ?」

「あ、ああああ……わ、判りました!守ります、守りますから!」


あ、今にも手元から飲み込みそうだった針数十本を落としたぞ。

どうやら改心したっぽいな?


と言うか執事さんよ?幾ら命令でも本当に針を持ってくるのはどうなんだ……。


「はぁ、はぁ……何と言う恐ろしい技なんですか」

「で?あれだけの約束すら守る気が無いってのはどういう事なんだ?」


ちょっと凄んでみるが、あんまり堪えたような気配は無いな。

でもバイヤーさん。今度は心からの笑顔を浮かべてるようなんだが?


「あっはっはっは。まさかこんな手段があるとは、私もまだまだですなぁ」

「で、どう言う事なんだ?」


「いえ、口約束では"禁止事項以外は好きにしていい"と誰にでも言いますけど」

「あー、本当に自由にさせる事は無いか」


「ええ。無論当たり前の商売を邪魔したりはしませんがね」

「よーするに、やり過ぎちゃった?」


「いえ……契約内容を反故にしようとした罰です。受け入れますよ」


おや、意外と物分りがいい。

俺達はこれから一悶着あるかと身構えてたんだが。


「ですが……素晴らしいお力ですな、ニーチャさん?」

「成る程。で、誰に"契約"をかければいいんだ?」


流石だ。流石は商人ギルドマスター。

転んでもただでは済まさないか。


「話が早くて助かります。実は借りた資金を返さず……ごにょごにょ」

「ほうほうほう……で、幾ら出す?」


「この位でいかがですか?」

「乗った!」


……。


結果的に商人ギルドとの交渉は予想以上に上手く行った。

ついでに定期的に"お仕事"を依頼される事になった上、

バイヤーさんからは「貴方は神!」とまで言われてしまった。

……社交辞令でも嬉しいものは嬉しいもんだ。


そして、ちょっとした仕事も済ませた俺は商人ギルドを後にする。

これで表向きの仕事は終わったと言う形になるな。


「次は……領主館か」

「OKだよ。でも、どうやって入る気?」


まあ、そこは当てがある。


「村正は駄目だよ?あの人身分を隠して冒険者してるし」

「そりゃそうだ。俺はアイツの身分を知らない事になってるからな」


いやあ、しかしまさかあの村正がこのトレイディア領主の一人息子とはな。

あの妖刀も金だけじゃ手に入らない業物だし、確かに普通の冒険者じゃなかったよな。

怪しい雰囲気なのは世間知らずゆえなのか……それは判らないが。

まあ……首吊り亭には異常な連中ばかり集まってるから目立たなかったけど。


そして奴の実績ランクが低いのは、止めさせたい父親から圧力がかかってるせいだったり。

奴が奴である以上、冒険者として大成は出来ないと、何時か教えてやれる日は来るのか……。

余りに可哀想なんで俺の口からはどっちにしろ言えんけどな。


「で、じゃあどうすんの?コネが無いと入れないよ」

「アポ取ってるから大丈夫」


「アポって……どうやって取ったの?一介の商人に会ってくれる訳無いよ?」

「別に領主に会うわけじゃない。俺……カルマからの紹介って言ったら一発さ」


「なにゆえ!?」


はっはっは、あまり驚くな。俺にだってコネが無いわけじゃないんだ。

誰って?まあ、それはそれ……会ってみてからのお楽しみだよアリサ。

とりあえず、お土産のお菓子はきちんと持ったよな?


……。


そして、俺達は領主舘に通された。

……正確に言うならその一室、周囲の使用人から"脳無しの部屋"と蔑まれるその一室に。


「カルマさんより紹介のあった商人。ニーチャ様がおいでです」

「うむ!入りたまえであーる」


メイドが声をかけると、のほほんとした声が響く。

無駄に豪華な扉を開けて部屋に入ると……そこは正にニートの部屋だった。

いや、21世紀的な奴ではなく本当の意味でのだ。


散らかった本と菓子の欠片。

昼間っから転がっていたのだろう、布団の中央にしわの寄ったベッド

そして、洋間にも関わらず絨毯の上に寝そべるトドのような巨体。


「我輩がボン=クゥラ男爵。トレイディア領主の弟。カソの領主であーる」

「おひ、お初にお目にかかる。サンドール・カルーマ商会総帥。ニーチャだ」

「え、えと……お土産のお菓子、だよ?」


アリサ、気持ちは判るが余りどもるな。

俺も人の事は言えないが、余りに挙動不審すぎるぞ?


「おほ、おほ、おほ!お菓子か。ありがたいのであーる」

「えーと、開けてみてみれ?」


菓子箱を乱暴に開けるボン男爵。

名前自体は随分前から出ているこのお方だが、

中身はまあ、名前の通りこんな人なのである。


さて、中身を見てどう出るか?


「おほっ!?これニーチャ総帥。この菓子は食えんぞ?」

「いや!それ山吹色のお菓子!と言うか金だから!まさか気付いてないのかよ!?」


……じっと目の前の箱の中身を見つめる男爵。

歯型がついた他はピカピカの金色。


「本当である。金であーる!見事であーる!」


本当に気づいて無かったよこの人!?

マジで?マジでなのか!……いや、マジだろうなこの人だと。

何せ自分の領土を滅ぼすような阿呆だし。


『ボンクラってレベルじゃないよ兄ちゃ!?』

『だから組し易いんだ!それにカルマの名で呼び出せるのはコイツ一人なんでな』


アリサの動揺は良く判る。

これが大将じゃあ勝てる戦いも勝てないだろう。

……だがまあ、それ以外の選択よりはリスクが少ないんでな、我慢しろ。


「さて……早速だが用件に入らせてもらおう」

「えー、めんどくさいのであーる」


ヲイヲイヲイ!

流石に聞いて貰えないのは困るんだが!


「あー、ところでご存知ですか?貴方の御領地が滅んでいる事を」

「え?そうなのか?我輩知らなかったで……えええええええっ!」


あ、あれから半年だぞ!?

未だ気付いて無かったのかこの人!?


「そ、そんな!そうしたら我輩の今後のお小遣いは誰が用意するのであるか!?」

「そういう問題じゃないだろうが!」


……そうか、俺達が必死になって収め続けてた税金、

アンタにとっちゃお小遣いだったのか。

俺達が、腐った芋で……食い繋いでた、文字通りの血税を……畜生。


まあいい。その借りは返してもらうぞ?俺の思い通りに動いてもらう事でな。


「まあいい、カルマから聞いたがそれは聖堂騎士団の仕業だ!」

「なんだってー」


「しかも奴らは最近トレイディアのキャラバンを無差別に襲い、税と称して積荷を奪っている」

「あー、それは我輩とは関係ないから別にどうでもいいのであーる」


……本気かこの男。

あー、アリサ?大丈夫、兄ちゃがこの馬鹿でも勝てるように動くから。

だから泣きそうな目で見るな。それはお前のキャラじゃないし。


「それで我が商会も、騎士団の横暴で大きな被害を受けている。そこまで言えば判るか?」

「いや、全然わからんであーる」


「要するに、金銭面でサポートするから奴らを叩き潰さないかって事なんだが……」

「おほう……だが、騎士団と戦うと我輩、何か得するのか?」


ここまでいって判らんのかボンクラ!?

と言うか、自分の領地が滅ぼされたのが奴らのせいって言ったら何はともあれ報復するだろ!?

いや、そこまで抜けてるからこそ、そんな大嘘に騙されてくれるのだから良し悪しか。

まあいい、ならば何処までも判りやすく行くだけだ。


「いいか?このままじゃアンタ近いうちに破産だぞ?」

「何故であるか……あ、領地が無いとお小遣いを納める者が居ないであるからか!」


男爵。その閃きで誇らしげにせんでくれ。

元領民として泣けてくるから。

……いや、慣れよう。先ずは気を取り直すことが先決だ。


「そうだ。その敵討ちをしたく無いか?」

「ほふぅ……確かに悔しいかも知れんのであーる」


「しかもだ。勝てば騎士団領が手に入るぞ?」

「……それは美味いのであるか?」


「食い物じゃねぇ!新しい領地だ!」

「おお!それでそこは領民が一杯居るのであるか!?」


駄目だこりゃ……操り易そうだが根本的に駄目すぎる。

当初の計画ではコイツに騎士団領を略奪させ教会の力を削ぐつもりだったが……。

計画を変更したほうがいいのだろうか?


「えーと、で、その豊かな領地をアンタが手に入れる手伝いをしたいと我が商会は考えてる」

「それはありがたいのである。早速取り掛かるのであーる!」


「あー、そこは普通"ふむ、それで見返りは何が望みだ"とか言う所じゃないか?」

「それもそうである。見返りは何が望みなのであるか?」


「アンタが新しい領土を手に入れたら、そこでの商売を我が商会に仕切らせて欲しい」

「良く判らんが構わんのである!約束である」

「じゃあ指きりだよ……はぁ」


アリサが呆れかえっているが、俺も同じ気持ちだ。

……計画に少し修正を加えておくから安心しろ。


「それじゃあ、全部俺達に任してくれ。実戦まではここで吉報を待っててくれればいい」

「うむ。任せたのである!」


契約内容確認。……術式機動だ。

ああ、勝たせてやるさボンクラ男爵。

だから……名前だけ貸してくれ。


『指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!……契約(エンゲージ)』


まあ取りあえず、男爵と"契約"を交わし、俺達の謀略は第二段階に入ったのである。

……総大将に多大な心配を残したままで、だが。


……。


さて、続いてやって来たのは何処かと言うと……傭兵国家運営の傭兵ギルド。

古今東西のツワモノどもが集まる戦闘ジャンキーどもの巣である。

冒険者との違いは、戦いのみを生業とすること。

俺達は、そこにボン=クゥラ男爵の使いとして現れたわけだ。


「ほぉ?傭兵を雇いたいと?」

「ああ。領地を亡くした男爵は聖堂騎士団領を奪い取るつもりらしいぜ?」


じゃらりと金貨をカウンターに転がす。

……俺達が必死になって貯めた金ではあるが、金は必要な時に使わねば意味が無い。

それに、未来の安全への投資だと思えば惜しくは無いしな。


「ヒュー!こりゃあのボンクラ……本気だな?」

「ああ。今回は大義もあるし、ど派手にやらかすみたいだ」


「大義?あの徴税か?だが、今まで領内通過する商人を見逃してた方がおかしいと思うが」

「今まで無かった物がいきなりだからな。不当にも見えるだろ」


「……なるほどねぇ。まあ仕事内容は判った。傭兵五千人か……集めるだけで大仕事だぜ」

「頼む。期限は半年以内だ」


ニヤニヤしてるなぁ。

まあ当然か。聖堂教会、そして異端審問官達に流せばいい稼ぎになる情報だしな。

それに……傭兵は仕事中は裏切らないものだ。

例えトップと敵対していたとしても契約中は依頼人に従うのが傭兵のマナー。

それが無くなったら次の雇用は無いからな。

金さえ続けばある意味これ以上信じられる物は無い。


さて、これで商人ギルドに喋った事が真実となったわけだ。

……ここから先はボールが坂道を転げ落ちるような物だ。

俺が何かしなくても、勝手に敵対が進んでくだろう。


そして……情報を掴めば恐らく聖堂騎士団も傭兵を雇おうとするだろうな。

そうすれば傭兵同士で戦い……傭兵国家へのダメージも期待できるってもんさ。

更にもう一つ、副産物的な効果が期待できるが……これは上手くいった時のお楽しみだな。


じゃあ、こんどこそ俺の私兵を集めに行くとしますか?


……。


商都トレイディアは大陸中から富と珍しい品物、そして人が集まる一大都市国家だ。

だがトレイディアの城壁の外。

そこにはもう一つの商都の現実が広がっている。


「右や左の、旦那様~」


物乞いが道に溢れ、


「あ、あの……お花を買って下さいっ!」


泣きそうな花売りが行き交う街道沿い。


「畜生……弟がやられちまった」

「葬式出す金も無いよ」


始まりは、街の中に入れなかった一人の旅人が雨避けに作った小さなバラック。

それが何時しか街道沿いに細長い集落を形成した。

そして遂にそれは一つの街として地図に記載されるに至る。


そう、そこは煌びやかな街の中に入れても貰えなかった者達の溜まり場。

人呼んでトレイディア外周貧民街。即ちスラムである。


サンドール行きの地下道入り口を隠すため、俺もこのスラムの隅に小屋を持っているが、

ここの連中は希望を持ってやって来て、その夢破れ、しかも帰る場所の無い連中だ。

人々はここで一筋の希望を胸に必死に生き延び、そして何時しか諦めて腐っていく。

ここはそんな場所だ。


……ただ、今日ばかりは少し様子が違う。

夜の内に貼られた一枚の張り紙の周りに人々が群がっていた。


「……街道警備の仕事か」

「求人数……何人でも!?」

「お給金が一日銀貨一枚!?凄いぞ!(日本円換算1万円)」

「俺!応募するぞ!」

「便所掃除はもう飽きた」

「そうだ!一日働いて銅貨10枚なんてやってられるか」

「でも、危険じゃないの?」

「ここで死んで無いだけの生活よりは安全だろ?」

「……田舎のお袋に、仕送りできるかな?」

「仕事があるだけで有り難いと最近の若者は何故判らん」

「で、何処に行けばいい?」

「ここで良いみたいだが、そろそろ時間だよな?」

「……今更嘘とかは認めんぞ!」


ワイワイとやっているが、うん。昨日貼っておいた求人広告。

眼を皿のようにして見てるな。いい事だ。

こいつ等は世間から捨てられた連中。……優しく出来ればきっと素晴らしい戦力になってくれる。

それに、兵隊にしては給料安くて済みそうだしな。


「よお。ここに居るのは全員我が商会の警備隊募集に応募するメンバーと考えていいのか?」

「本当にきたーっ!」
「旦那がカルーマ商会の!?」
「仕事プリーズ!」


たった一枚の紙切れに群がるは100名以上の人だかり。

……横目でアリサに合図をして早速面接、と言うか仕事内容の説明会だ。


「皆。俺がカルーマ=ニーチャ。サンドールの商人だ、今日は来てくれてありがたく思う」

「そんな事より仕事の話だ!」


「おう。張り紙を見ての通り街道のキャラバンを護衛する仕事だ」

「山賊連中から積荷を守ればいいのですか?」


「積荷だけではなく商人達も守る所まで仕事だな」

「……もし、守れなかったらどうなるんですか」


あー、それは確かに心配か。

うーむ。余り厳しくしても人が集まらんし甘すぎると付け上がるしな。どう応えるか。


「失敗ごとに安全だが実入りの少ないルートに回す。何度も失敗した場合は……雑用だ」

「そ、そうですか」
「まあ、当然だな」
「ちょっと怖いなぁ」


「但し、警備中の戦闘で怪我をした場合、回復するまで給金を払い続けるので勇敢にやってくれ」

「本気か!?」


「ああ。但しズルをしようものならただでは済まさんがな?」


蟻の監視網からは逃れられんからね。

だからこそこう言う事が言える訳でもあるが。


ああ、そうそう……一番大事な給料の事を言っておかんと。


「書いてある通り一日銀貨一枚支払う。そして手柄があった者には臨時手当を支給する」

「臨時手当!?賊を倒せばもらえるのか?」


「正確に言えば積荷と商人を守った時だ。敵の強さに応じて金を支払う事になる」


周囲がざわめく。

恐らく多少目端の利くものが、やり方如何によっては普通より多くの金を掴める事に気付いたか。


「そうなると……危険な街道を警備すれば一月銀貨30枚どころか50枚とかいけると?」

「場合によっては、な」


さて、そろそろいいか。


「じゃあ決めてくれ!俺の元に来るか否か」


「お、俺はあんたに付いてくぜ!」
「無職脱出だー」
「娘に花売りなんかさせないで済ますためなら何でもする!」
「このままここで朽ち果てるくらいなら……」
「ここから抜け出せるかもしれないな。俺もやらせてくれ」


おっ、結構好感触じゃないか?


……。


……そうして、第一期募集では50名ほどの警備隊が集まったわけだ。

それから二週間。彼らはトレイディアから少し東に行った所にある草原で簡単な訓練をしている。


「おらあっ!並べっ!走れーーーーッ!」

「精が出るな、あ……ライオネルさん」


「応!ニーチャか!まあ任せな?こう見えても15年くらい前は兵士だったんだぜ?」

「ははは、よろしく頼むよ」


ああ、そうなんだ。

冒険者ギルドに訓練教官頼んだら、よりによって出てきたのがライオネルの兄貴だったわけ。

しかし、兄貴……昔は兵士だったのか。

そういえば村に居た時も既に二十代後半だったしなぁ。

いい年こいて何遊んでるんだと思ったが……きっと色々あったんだろう。


「基本は素振りだっ!基礎さえ出来てりゃ応用は後から付いて来やがるから安心しろっ!」

「「「「はいっ!」」」」


何にせよ、軍隊式の訓練をして貰えて助かる。

……何時までも、街道警備やらせてる訳じゃないからな。


「飯のためならー」
「何のそのー」
「これで金になるならー」
「きつくは無いぜー」


訓練でも仕事は仕事。

……払い続ける賃金が、段々と彼らの忠誠心となって来ているとアリサから報告があった。

そして、第二次募集で今度は100人ほどの応募があったとも。


「順調だな」

「何がだニーチャ?」


「いや、訓練がさ」

「はっ。まだまだだ!体が出来上がるまで二ヶ月はかからぁ。それまでは待ってくれよ?」


「勿論だ。あに……アンタの判断に任せるからな」

「応、話が判る依頼人で助かるぜ?まあ見てな、直ぐに精鋭部隊を用意してやらぁ」


……ははは、頼もしい兄貴だ。

しかし、俺に全く気付かないのはどうかとも思うけどな。


「じゃあ、俺は商館に戻る。訓練をよろしく」

「応!任されたぜ!」


さて、それじゃあ戻るか。

新しい我が家へさ。

そろそろ開店準備も整ってると思うしな。


……。


「「「お帰りなさいませ」」」


上流階級が多く集まる領主館前の大通り。

その一角に我がカルーマ商会の新商館はある。

先日ようやく中核スタッフがサンドールから到着し、

この二週間で雇った連中と共に開店準備に追われている。


この商館にもある総帥用執務室で随分と立派な椅子に座ると、

一人の女性が部屋に入ってきた。

年頃は俺より少し上ぐらい、知的な雰囲気のお姉さんだ。


「成る程。ここの責任者はパピ君になるのか」

「ハピです」


彼女はハピ。

ホルスからの強い要請で雇った女の子だ。

腕力は無いが性格は極めて真面目で信用できる。

女ホルスと言ってもいい、メガネの似合う優秀な秘書だ。

腹心たるホルスはサンドールから離れられない。

その為にここに送り込まれたのが彼女。

なお、数少ない"秘密"の共有者でもある。


何でも元は奴隷の子として生まれたものの、

その優秀さに王家が目を付け宮廷で文官をしていたらしい。

けど、仕えていた人が権力闘争に負けてとばっちりを食らい投獄。

そして資金を得たホルスが保釈に奔走したと言う訳。


「なんにせよ、俺は席を外す事が多いから基本的に店は任せる事になると思う。頼むぞ」

「はい。全ては総帥の御意のままに」


「取りあえず、金貸しって怨まれやすい仕事だから気を付けろよ?」

「問題ありません。総帥のご指示通り"返せない者には貸さない"を徹底いたします」


「無茶はしなくていいからな、ハピ君?」

「はい。ですがアリサ様の手の者まで動員して失敗する訳には行きません」


まあ、そういう事だ。

我がカルーマ商会は金融業をはじめる事にした訳だ。

借り手を極限まで制限し、返せない奴には貸さない代わりに良心的な利子設定が謳い文句。

……そして借り逃げはさせないのがモットーだ。

借りに来る奴は調べ上げまくって、自分から返しに来る奴のみ貸してやろうって寸法な?


「うん。それと……新聞の方はどうだ?」

「ご指示通り、見出しと概要のみを書いた物を広場に張っておきました」


「で、反応はどうだ?」

「僅かですが詳しい事に興味のある方々が購読の申し込みをしに来ております」


「いや、張ってある方への反応」

「え?ああ、沢山の人が群がっていますが?」


「なら良し」


ふむ。新聞は儲けが目的じゃないからな。

わざわざ活版印刷用の手回し式印刷機まで見よう見まねで作ったのも、

全ては情報を制するためなのだ。


「あの貼ってある新聞はな、有料の詳しい記事を読ませるための餌じゃないんだ」

「では、本命は無料で読めるあの新聞のほうですか」


「そう。俺達の書いた記事なら俺達の不利な事は出来る限り排除できる」

「確か思想統制、と仰られましたか」


「そうだ。一般大衆向けとは即ち大多数向け。そして人は持っている情報から結論を出す」

「即ち、他者の持つ情報を制御する事である程度なら人の意思をも操る事が出来る、ですね」


「マスメディア……情報を制したものが勝つんだよ。これで正義は俺が決められる」

「はい。ご慧眼に感服いたします」


アリ達の活躍を見てて思いついたのがこの新聞屋なのだが、

まあ我ながらえげつな過ぎて泣けてくる。

だがまあ、相手は長い歴史のある宗教と国家だしなぁ、

仕方ないよなぁ?

……言っとくけど記事自体は嘘言わないよ?

ただ、俺にとって不都合な事は出来る限り書かないだけでさ。


「さて、今日の報告を聞きたいんだけど……アリサは?」

「アリサ様でしたらサンドールに戻られています。変わりにアリス様がお出でですよ」


「呼ばれたようなので来たであります!」


バタンとドアを乱暴に開け、赤い蟻ん娘頭にバケツ付きが堂々の登場である。

まあ、アリサと感覚を共有するコイツならアリサからの報告と変わらない。

殆ど電話だな。俺限定で便利な世の中になったものだ。


「んじゃ、早速報告1であります!」

「うん、頼む」


「カルーマジャンボ第一回の発表が行われたであります。儲けは金貨1500枚」

「そんなもんか?」

「総帥、そんなもんかって……当選者へ賞金を支払った後ですから十分な利益ですよ?」


っと、総帥状態が長すぎたようだ。

随分感覚が麻痺してるな?速い所カルマに戻りたいもんだ。

確かに日本円にして15億円とか異常な額だよな普通は。

サンドールで、しかも試しでこれなら……次はこのトレイディアでも売り出すか。


因みにカルーマジャンボは一等前後賞あわせて金貨100枚の宝くじ。

サンドールで試しに売り出したらあっという間に売り切れていたりする。

……いやー、儲かるとは知ってたけど本当に儲かるなこれ。

宝くじって売れさえすれば確実に儲かる仕組みになってるし、

売り出す方としては素晴らしすぎる商品だぜ。ぼろ過ぎだ。


「にいちゃ?次の報告に行くでありますよ?」

「ああ、そうだな頼む」


「えーとね。倉庫に忍び込んで商会の秘密を探ろうとしたお馬鹿が出たであります」

「どうなった?」


「運悪く地下の入り口を見つけられたであります。今後はもう少し工夫するであります」

「勿論情報を持ち帰られていないよな?」


「手を下すまでもなかった。海水を蒸発させる装置に触って勝手に自爆したであります」

「……被害額は?」


「装置の修理に三日かかったであります。在庫はあるから売り上げには影響無しであります!」

「なら良し。対策は?」


「アリサの命令で侵入者用の罠を設置する事にした。お馬鹿には溶岩流し込んでやるであります」

「……そうか」


通路を封鎖された挙句溶岩の中に飲み込まれる侵入者の末路が容易に想像できるな。

まあ、今後は馬鹿が現れないことを祈るか。


「最後に国際情勢であります。……カタ=クゥラ子爵が動いたでありますよ?」

「誰だっけ?」

「村正さんですよ総帥。子爵が叔父の挙兵に合わせ、領地の兵を招集し始めたとか」


「あの人も、森では酷い目にあったから。意趣返しの意味もあるのだそうでありますよ!」

「そうか。思ったとおり勝手に状況が動き始めたな」

「はい。聖堂騎士団も傭兵を雇いだしたようです」


そうか。思ったとおりだな。

……とはいえ、思う所が無いわけではない。


「なぁ。二人とも……俺、酷い奴だよな」

「はい。ですがそもそもこれは教会側が仕掛けてきた戦い。仕方ないのでは?」

「別に酷く無いであります。敵に手心を加える余裕は我が方には未だ無いでありますから」


それでも、俺の行動で戦争が起きようとしているのだ。

いや、俺は今も戦争を起こすべく暗躍している。

……かつては考えもしなかったような事だが、

俺のせいで罪無き人が何人死ぬか判ったもんではない。


「気にしても仕方ないよ、ってアリサが言ってるであります。ハピもそう思うであります?」

「ええ。私も同意見です。総帥の行為は己と私どもを守るためのもの。堂々として下さい」

「ふぅ。アリス、ハピ。そしてアリサも。皆ありがとな?」


そうだ。他人の不幸なんか気にしてどうする。

俺は身勝手に生きるんだ。もう他人の顔色を伺って暮らすのは止めだと決めた。

……もう、部屋の中に引きこもりビクビクして生きているかつての俺じゃない。

俺はカルマ。そしてカルーマ……自称大陸有数の謀略家なんだからな。

俺の為に誰かが不幸になったとしても、それがどうした!?

誰かの為に俺が不幸になるよりはずっといいんだ!

……俺は守るべきものしか守らない。守れない。


「よし、それじゃあ次の火種を蒔きに行くぞ。アリス、付いて来い」

「あいあいさー、であります」

「総帥、ご武運を」


金縁の上着を脱ぎ捨て、上げ底の靴を履き替え、俺はまた冒険者カルマに戻る。

だが、それもまた今回の謀略の一環だ。


「では、カルーマ商会トレイディア商館長ハピさん。仕事の内容を説明してくれ?」

「ふふっ。承知しましたカルマ様?では、ご存知でしょうが説明しますね」


とんだ茶番ではあるが、作戦の説明を受けてみる。

……サンドール行きのキャラバンの護衛が今回の任務。

だが、真の目的は聖堂騎士団に対する挑発である。


「了解、なんてね。じゃあ行って来る」

「お待ち下さい。契約がまだですよ」


「ははは。そこまで本格的にやらなくても……って本気かハピ?」

「はい。私との契約内容はただ一つ。死なないで下さい」


ふう、そうまで言われちゃ断れないな?

そっとお互いの指を出し合い、軽く絡み合わせる。


『指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!……契約(エンゲージ)』


響き渡る錠前の音。

これで俺は死ねなくなったわけだ、なんつって。

ん?ハピ、何か言いたい事があるのか?


「いいですか。既に貴方の肩には商会の関係者全員とその家族の運命がかかっています」

「そうか……当たり前だけど、そうだよな」


「私達を残して勝手に逝かないで下さい。私も父も……カルマ様をお慕いしておりますから」

「んー、判った。まあ死ぬ気は無いから安心していいぞ?」

「あたしがいる限りにいちゃは死なないであります!」


ああ、そうだ。こんな所で死ねるか。

俺はもっと幸せに生きるんだ。その為には他人の不幸なんぞ気にしてられない。

まー、それも気分次第で他人も幸福にしたいと思うこともあるけどね。


それに、生き延びてればその内……こいつらにも報いることが出来るだろうし。

そう。俺の我が侭に付き合って命までかけてくれるこいつ等に、な。

今日交わした契約は、そんな仲間達に対する俺の責任なのかもしれない。


だがまあ、今はこの謀略を完遂するのみ。

……教団の連中、ただでは済まさんよ?見てろ……。


***商人シナリオ4 完***

続く



[6980] 20 聖俗戦争 その1
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/07 23:28
幻想立志転生伝

20

***冒険者シナリオ8 聖俗戦争 その1***

~トレイディア防衛戦~

《side カルマ》

俺はキャラバンの護衛をする風を装い、聖堂騎士団の徴税部隊に対する挑発を行った。

……相手に軽く文句を言ったら小突かれたので殴り返したら斬り付けられたので切り殺した。

それだけと言えばそれだけ。

だが、それはトレイディアからの宣戦布告と聖堂騎士団は受け取ったようだ。


まあここまでは予定通り。

ただ一つ誤算だったのは……連中が翌日にはトレイディアに向けて兵を進めたという事だ。

驚きのあまり偶然商都に来ていたアリサに根掘り葉掘り尋ねてしまった程だ。


「馬鹿な……連中も戦争準備なんか終わっていない筈では?」

「うん。平時の備え程度しか無いはずだよ?」


謀略開始から二週間。こちらは兵糧や武具の準備に追われている所だ。

向こうも傭兵を雇いはじめたはずだが準備なんか出来ている筈も無い。

……どういう事だ?


「まさか、こちらに気付かれず準備を進めていたとか?」

「それは無いよ。……ただ、向こうの地力を舐めてただけ」


地力、ね。

ようするに平時の編成でトレイディアは十分落とせると踏んだのか。

……しかも宗教関連のお約束で士気は高い。


「これは予想外だ。下手するとこのまま商都の方が滅ぼされかねんぞ?」

「そうだねぇ。……逃げる?」


確かに逃げたい。

だが、それは出来ないだろう。


「無理だな。この場で逃げてもどうしようもない」

「……開戦理由が兄ちゃと騎士団のイザコザだしね」


そう、この場で逃げても待つのは指名手配への道のみ。

更に恐ろしい未来予測として、

増長した騎士団がサンドールまで攻め入る事を考え出したらどうなる?


「要するに、俺はもう逃げられん。自分で逃げ道塞いじまったんだ」

「そだね。……で、どうすんの?」


放っておけば勝率は五割と言った所か。

平時の戦力は明らかに騎士団が上。

だが、商都には豊富な食料と資金があり長期戦になるほど有利になるだろう。

……そう考えれば騎士団の無茶な攻撃も理由が見えてくる。


「やはり、あれを味方に付けておくべきか」

「……ブラッド司祭?」


騎士団と仲の悪い異端審問会の長か。

確かにそれも一度引き込んでおきたい所だ。

だが、俺の考えは少し違う。


「俺が引き込むつもりなのは旧主流派だよ……大司教に粛清された上層部の生き残りさ」

「まだ生き残り居るんだから驚きだよね」


「ああ。流石に名目上のトップの命まで奪う訳には行かなかったんだろう。現在も幽閉中だ」

「……でも、向こうの本部にまで押しかけるのは難しいよ?警備も厚いし」


「駄目か。だが戦後の事を考えると味方にはしておきたい」

「お手紙なら何とか送れるから、連絡だけ取っておくよ」


理想を言えば現在幽閉中の教皇級の旧主流派を救い出して、

一時停戦の音頭でもとってもらうかと思ったが……それは無理か。

ならばアリサの言った通り、ブラッド司祭に接触してみるべきだろう。


「……異端審問会は確かこのトレイディアに拠点が有ったよな?」

「うん。騎士団領から追い出されてここが仮初の本拠地になってるみたい」


ならばいっそ、騎士団VS審問会の内乱に仕立て上げるか?

この街の中に本拠地がある勢力を相手取るのは騎士団が滅んでからでいいだろうし、

内部からかく乱でもされたら迷惑だ。


「あ、審問会って言っても厳密に言うとブラッド司祭の一派だから10人位しか居ないよ?」

「……随分少なく無いか?」


「実はねえ。元々大司教クロスに組した異端審問官は少なかったんだよ……つまり」

「異端審問官の殆どは旧主流派なのか」


「そゆこと。しかも大司教が倒れて旧主流派も復権を狙ってるんだよねー」

「ほほう?」


ふむ。面白い事になって来た。

今まで俺は教会内部の対立をクロス配下を二分する物だと思っていたが、

実際はその他に旧主流派と言う第三の派閥があった訳か。

……もっとも、今までの話からして生臭坊主なのは間違い無いがな。


「あたしらが手助けするべきは、この旧主流派だと思うよ」

「だが、そいつらは幽閉か冷や飯のどっちかだろ……少なくとも今回の戦闘回避には使えんな」


後々には役立つだろうが、今現在迫っている騎士団をどうにかするのが先決。

よって今は頭の片隅に追いやっておく。


……だが、その前に教団関連の情報を整理する方が良さそうだ。

その方がいい知恵が沸いて来そうだし。


先ず、教団全体と大司教クロスの配下について考えてみる。


かつて教団は教皇を中心としていたが、

魔王退治で名を上げた大司教クロスが堕落した旧主流派を粛清……下克上を成し遂げた。

その後クロスは自分に従った聖堂騎士団長ブルジョアスキーと異端審問官ブラッド司祭を

事実上のトップに据えて、それ以外の上層部を更迭、あるいは粛清した。


実際のところクロスは余り上位の人物ではなかった。

上手く行ったのも、魔王を退治した勇者と言う肩書きが大きいだろう。

そして、自分達の派閥に高い肩書きを与えなかったのは、自分に正当性を与える為と思われる。


……これで自分達一派に高い位でも授けようものなら、ただの簒奪になっちまうからな。


だが、そこが付け入る隙だと思う。

何故ならかつての上層部の生き残りは相変わらずの高い身分を保持したままだ。

それなのに遥か下位のものが実権を握っている。

即ち、実権を奪い返しても正式な順列に戻るだけなのだ。


……大司教はミスをした。

時間は有ったんだから部下や自分の身分を上げておけばよかったんだ。

まあ、そこは彼なりの理想の体現だったんだろう(高位は堕落を呼ぶと感じたのか?)

だが、頭を差し置いて腕や指の動く組織が果たして健全と言えるのか?

まあ、この事実は大司教が理想を掲げて作り上げた組織を破壊するのには丁度良いが。


さて、次に部下間の問題だ。

調べ上げたクロスの部下の権力と性格は以下の通り。


騎士団長ブルジョアスキー

クロスの信奉者であり彼には忠実だったが、金や誘惑に弱い典型的な堕落した官僚的性格。

個人戦闘能力は高いが、性格は臆病なくせに調子に乗りやすいといった具合。

金をばら撒いての保身を得意とし、教団の武力そのものである聖堂騎士団を率いている。


異端審問官ブラッド司祭

クロスの信奉者と言うより教団上層部と敵対していた狂人。個人戦闘能力は極めて高いらしい。

普段は温厚に見えるが実は人格破綻者。異端審問会を自分の兵隊だと思っている。

審問会も欠席しがちで異端審問官になったのもただ他人を苦しめたいだけ。

同志ではあるものの、ブルジョアスキーの邪魔をするのが現在の趣味。


……泣きたい。何こいつ等?


あのクロスが普通に見えるどころかシスターと並んでても違和感無ぇんだけど。

と言うか、一番辛いと思われる時期に従ってたと言うだけでこいつ等を庇い続けていただろう

大司教の苦労が偲ばれるんだが……。


あ、今初めてあの人を可哀想だと思ってしまった。


「……だけど!これで策は決まったよね」

「まあな。……ブラッド司祭に手紙を出すぞ、急いでな」


……。


それから三日が経過した。


ここはトレイディアの西城門前。

普段なら大きく開き沢山の馬車や旅人が行き来しているはずの城門は硬く閉ざされ、

それへと続く街道には白い鎧兜に身を固めた聖堂騎士団の精鋭たちが長蛇の列を作っている。

騎士団の兵数はおよそ3000名。それに傭兵500名が加わっている。


「トレイディアの愚か者達よ!我こそ聖堂騎士団長ブルジョアスキー。代表者よ出て来い!」

「拙者、カタ=クゥラがお相手する。さて、随分物々しいが我がトレイディアに何用か?」


長陀の先頭を行く、輝く頭頂部の持ち主こそ聖堂騎士団長ブルジョアスキー。

城壁の上からそれに対するは村正ことカタ=クゥラ子爵である。

辛うじて召集した守備隊300名を率いてこの最前線に出て来ている。


え?ボン男爵?怖がってベッドから出てきませんが何か?

と言うか、何で相手が攻めて来るかも理解して無いみたいだし……もう、何と言うか。


「貴様が代表者か!では通告する。トレイディアは本日より我が騎士団領に編入される!」

「何の権限があってそんな事を申すか判らぬな!お帰り願いたい」


僅かな沈黙。

一陣の風か拭きぬける中、誰も何も言えないでいた。

だが、その沈黙はもろくも崩れ去る。


「断る、と言ったらどうするのだ?」

「その時は、」


今だッ!


……。


村正の「その時は」の言葉ににかぶさるように、数本の矢が街道側面の森の中より飛来する。

騎士団長の周りに居た精鋭の騎士達が矢を防ぐも、

その内一本がとある騎士の喉を食い破り、地に倒れ伏す。


「……これが答えか」

「え?え?あの、拙者は知ら」


「奴らを皆殺しにせよ!神は見ておられるぞっ!」


こうして戦端は開かれた。

……勿論矢を射たのは俺とアリサ達。

警備隊連中を使うには、訓練も忠誠も足りていないのだ。

故にこうして最前線にたった一人と三匹で立っている。


開戦理由が大事なのは戦争が始まる前まで。

一度始まってしまったのなら、原因などどうでも良くなるのだ。


だったら、俺と騎士団の悶着を言及される前に始めちまっても良いんじゃ無いか?

そう思って話の腰を折らせてもらったわけだ。


「……なんにせよ、はじまっちゃったね、にいちゃ?」

「ワクワクであります!」

「あたしらが起こした戦争だよ?勿論勝たせてあげないと」


そうだ、蟻ん娘どもの言う通り。

これは俺が俺のために起こした俺のための戦争。

……せめて巻き込んだトレイディアには甘い汁を吸えるようにしてやらんと。


「いいか?俺達はこれより敵の長くなった隊列にゲリラ戦を仕掛ける」

「あいあいさー。です」


長陀の列のままで来たのは失策だなブルジョアスキーさんよ?

……その隊列、俺達が噛み砕く!


そうして相手側の士気が落ちてきた辺りで、

ブラッド司祭が停戦の調停をしに現れる事になっている。

……カルーマの名で、ブルジョアスキーにほえ面かかせたく無いか?と書いたら、

非常に危ない表現で承諾の旨が返書されてきた。

他人の不幸が蜜の味な人格ゆえに、この調停は期待できる。

……まあ、それも俺達が勝てばの話だろうがな。

よってこの初戦、落とすわけにはいかんのだ!


……。


戦闘開始から一時間。

双方共に大した被害は未だ出ていないし、トレイディアの城壁も未だ無傷といっていいだろう。

だが、聖堂騎士団の総戦力はかなり減っているはずだ。


「兄ちゃ!補給部隊みっけ!」

「ご飯の匂いがするであります」


「火を付けろ。奪おうと思うな。姿を見られるんじゃないぞ?」

「……はいです」


森の奥から食料を積んでいると思われる荷駄隊に向けて矢を放つ。

……俺とアリシアで。


それに反応した護衛がこっちに気を取られた隙に、

逆側に潜んでいたアリサとアリスが油の入った壷を荷物目掛けて投げつける!


「ああっ!?油あっ!?」

「遅ぇよ!」


続いて本命の火矢を両側から放つ!

だが……アリサ達は弓の扱いに慣れているわけではない。

本命は、やはり狩りの経験がある俺となる。……ビンゴっ!


「ああっ!今日の晩飯が燃える!?」

「良し、ずらかるぞ!」


火が付いた事を確認したら一目散に逃げる。

もしくは敵が近づいてきたら一目散に逃げる。

これが鉄則だ。

こっちの戦力を削られる訳には行かないしな。


……。


「ふぅ。疲れたー」

「はふ、はふ、はふ……です」

「あたしはまだ余裕があるでありますが?」


ふむ、潮時か?

まあ一時間ばかり戦闘状態だったんだ。

……生まれたばかりのこいつらがここまで付いて来てくれただけでも有り難いと言うもの。

ここいらで休ませてやろう。


武器輸送用馬車三台と食料用荷駄隊九つ、そして破城槌二台を血祭りに上げたんだ。

まあ、十分な戦果だろうしな。


「よし、俺はトレイディアの防衛隊に加わる。お前らは軽く森に火を付けて撤退だ!」

「了解!風上に軽く火を付けとくよー」

「つかれた、です」

「火計であります!敵の陣形を焼き蛇にしてやるであります!」


蟻ん娘達に風上に火を付けるよう指示を出し、

俺自身は苦戦しているであろう守備隊の援護に回る事にする。

……城壁越えられたら被害が洒落にならんしな。


……。


「矢を持ってきた!」

「遅いぞ!もうここの矢は無くなりそうだ!」


さて、俺は矢の配達の振りをして城壁に上がった。

ふむ……今のところ城門に取り付かれちゃいないか?

破城槌も向こうに一台があるのみか。

さて、村正は……居た!


「ええい!左から敵が来るで御座る、熱湯をかけるで御座るよ!」

「村正!」


村正は必死で防衛の指揮を取っていたようだ。

だが、俺の姿を見つけると驚いてこちらを向いた。

よほど俺がここに居るのが予想外だったのだろう、ハトが豆鉄砲食らったような顔になってる。


「カルマ殿!?どうしてここに!」

「なんか、商都の危機っぽかったんでな。……手伝いに来たぞ」


何と言うか、我ながら凄い芝居がかってるが、

「皆まで言うな、全て判ってる」と言う感じが上手く出てるだろうか?

……実際の所、かなりの裏まで知ってる立場なんだがな。


「……本当にありがたいが色々物入りでな。押しかけ傭兵を雇う余裕は無いので御座る」

「村正、金の事は気にするな。この街が無くなったら俺も困るからな」


少なくとも嘘は言っていない。

だが、向こうは感動したのか目に涙まで浮かべている。

……うわー、凄い罪悪感。


「済まぬカルマ殿。……弓を持ってこられたか!?ならば弓兵と共に敵を迎撃してもらいたい」

「心得たぜ!」


まあ、せめて全力で戦うから勘弁してくれよと思いつつ、

城壁の上に立ち、派手に弓を構える。

だが、それを見咎めた指揮官らしき男が俺に怒鳴りつけた。


「馬鹿野郎!?城壁に隠れるんだ!殺されたいのか?」

「隊長、カルマ殿に関しては気にせんで結構で御座る。好きにさせてやって欲しいで御座るよ」


「ええ?しかし……ああっ、やっぱり的になってますが!」

「……あの程度の矢でどうにかなる御仁ではござらん」


硬化がかかっているので普通の弓は無意味だ。

そして大型武器の届かない城壁の上は、今のところ俺の独壇場である。


「狙うは……指揮官!」


俺の放った矢は狙い違わず敵の弓兵を指揮していた男の兜に突き刺さる。

……ちっ、浅かったか。

多少動揺したが大盾を構えつつ指揮を再開しやがった。


「なら、弓兵自身を狙うだけだ!」


弓兵はあまり上等な装備は付けていないようだ。

ここまで攻撃の届かない騎士を狙うよりずっと組みし易い。

それ、まず一人倒れたぞ!


「……更に隙あり!」


続いての一撃は残念ながら狙いを逸れ、狙った奴の隣に居る弓兵の腕に命中した。

……お、さっきの指揮官、横を向いて指示を出してる!


「今度こそ!」


側面を向き、盾が全身を覆わなくなったのを見て取った俺は再び指揮官を射る。

……よし!首の真ん中を貫いた!

指揮官が部下に背負われ後送されて行く。

そして代わりに大声をあげだした奴を見つけて……、


「赴任直後で何だが……帰れ!」


今度は肩に当たったが……相手の根性が足りなかったのか、よたよたと後方に下がっていく。

よし、これでいい。

敵左舷の弓兵の狙いが甘くなっている。何を狙うか絞りきれて居ないのだ。

指揮官の相次ぐ負傷で命令系統がぐちゃぐちゃになって来ているはずだ。

リーダーシップを発揮する奴を探し出せ。そして排除し続けろ。

そうすればその集団はいずれ戦力を失う……。

そして逆に、


「皆の物!見たか?義憤に燃えた一般人でさえこれだけの戦果を上げている。気張るで御座る!」

「「「「おお!」」」」


味方は元気付けられ士気を増す。

こちらは城壁で守られているんだ。

士気さえ尽きない限りそうそう負けまい。

……ましてや相手側の補給はかなり乏しくなっている筈なのだし。


……。


戦闘開始から二時間。

俺は城壁に寄りかかり、水筒から水を飲んでいた。

……これまで射殺した敵は50人を越え、その内10人が指揮官。

負傷した敵は覚えていないが放った矢は200本を越えている。

要するに、腕が痛くて上がらなくなっている訳だ。


って、おや?パンとチーズが差し出されたぞ。


「ご苦労で御座るカルマ殿」

「済まない村正。少し休ませてくれ」


そう言うと村正も横に腰掛けてきた。

見ると左腕に包帯を巻いている、矢を受けたのだろう。


城壁の裏は陰になっていて中々涼しく感じた。

これで頭上を飛び交う矢玉が無ければもっと良かった、と言うのは贅沢な話だ。

そんな中、野郎二人での話が始まった。


「カルマ殿。さしあたり礼を述べるで御座る……よく来てくれた」

「気にするな。これでお前を見捨てたら寝覚めが悪いだけだ」


まさしく文字通りだがな。

何せ諸悪の根源だし。


「……友よ、感謝するで御座る」

「止めてくれ、感謝されるいわれは無い」


純粋な瞳が痛い、痛いよ村正。

あー、これが報いか?報いなのか?

……本当の報いがこの程度の訳は無いとは思うけどな。


「いや、貴殿が来てくれなかったら、10倍もの敵に守備隊など恐慌を起こしていたで御座る」

「基本的に治安維持用の部隊だしなぁ」


「拙者も領地の兵を編成していたで御座るが、今回の戦には間に合わなんだ」

「まあ、まさかこんなに早く手を出してくるとは誰も思わんよな」


だが、その引き金を引いたのは俺だ。

……本当に責任を取る気なら兵隊蟻を総動員すればどうにでもなるだろう。

荒野に暮らし食料に事欠いていたアリサの母の時代ならともかく、

十分な食料を得ている今のアイツ等なら、五千の兵とでも平然と渡り合えるだろうしな。


だが、俺はその選択肢を取ろうとは思わない。


だってそうだろう?

例え友好的だとしても、自分より巨大な蟻の群れとそれを自在に操る男。

そんなものを人間が受け入れるもんか。

人間同士の戦いを止めてでも、人類の全てをもって排除にかかるはずだ。

そして、アリサ達が排除される未来を俺は決して容認しない。

その為にこんな面倒な策を巡らしているんだ。


「……ルマ殿、カルマ殿?大丈夫で御座るか?」

「あ、済まん村正。ちょっと意識が飛んでた」


っと、また意識が飛んでたらしい。

ちょっと誤魔化すかね。……えーと、適当な話題を。


「しかし村正がまさか領主の息子とはな?驚いたぞ」

「……すまんで御座る。騙すつもりは無かったで御座るよ。ただ拙者自身に価値が欲しかった」


「カタ=クゥラとしてではなく、一人の個人として、か?」

「左様。我が生涯はあの屋敷で始まりあの屋敷で終わるはずで御座った。しかし、」


「それを村正は良しとしなかったわけか」

「うむ。何せ働かない事で有名な叔父上は……少しばかりアレで御座る」


うん、ああなりたく無い事は判る。


「父からも見捨てられ捨扶持の領地は村一つ。それもあっさり滅ぼしてしまい今は部屋住まい」

「……やっぱ、見捨てられてたんだあの人」


「日々遊び歩いては小遣いをせびる日々を送る叔父上を見て拙者は思ったので御座る」

「何て?」


「働きたいで御座る!絶対に働きたいで御座る!と」

「……そう、か」


何と言う逆ニート侍。

俺、ちょっと感動しちまったよ?どうしてくれる?


って……まあ、そうだな……こうしてくれるさ。

弓を手に取り俺は再び立ち上がる。


「……なら。働かないとな?」

「うむ、頼りにさせてもらうで御座るよ」


……眼下の敵を見ると、破城槌を城門に叩きつけようと損害覚悟で前進を続けている。

そしてずっと先のほうを見ると、未だ敵の長陀の列に終わりが見えないで居た。

敵の指揮官は馬鹿かと思っていたが、

思えばトレイディアの周囲は森に覆われていて、大軍が進んだり留まったりするスペースは無い。

森を切り開く余裕が無い以上、戦力の逐次投入も止むを得ない選択だったのかも知れない。

まあ、それも圧倒的有利な兵力差が有っての事だろうが。


救いは森の消火に手間取って敵の後続部隊が渋滞し、城門に殺到するのが遅れている事だろう。

そう考えると俺のゲリラ戦も無駄じゃなかった事になる。


「……取りあえず、あの攻城兵器を止めないとな」

「うむ。現在膠着状態なのも当方が城門に全戦力を配置できるからこそ故」


そう、この城門を破られた時が最後だろう。

その後の事は考えるだけで恐ろしい。


「しかしどうする?弓で敵兵を射ても次々と代わりの兵士が槌を運んでいるで御座る」

「損害覚悟の突撃か。……最終的な損害を考えると悪く無い選択だ。忌々しいがな」


ここさえ抜ければ向こうは殆ど損害を受ける事は無いだろう。

そう思えばここで無理するのも当たり前と言う物だ。


「ならば、破城槌をぶっ壊す!」

「どうやってで御座るか?」


「……村正。俺の切り札を忘れたか?」

「魔法で御座るか!」


その通り。ここまで魔力を温存していた甲斐があった。

敵の攻城兵器は既に俺の切り札の射程内だ!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


輝く球体を手榴弾の如く城壁から投げつける。

……そして爆発!

爆炎が晴れたその先にあったのは、無残な死体の山と粉砕された破城槌。


おっ、明らかに敵は動揺してるぞ。

……まあ、予備は俺達がぶっ壊してるしな。

トレイディアの城門は攻城兵器無しでどうにかできる規模じゃないぜ?


それに背後に立つ人影を見るに、どうやらこの戦いも終わりのようだ。


「おほほほほほ!あの蛸頭が歯噛みしてますねぇクケケケケケケ!」

「だ、誰で御座るか!?」

「……神聖教会、異端審問官。ブラッド司祭だよ」


やれやれ、ようやく登場か。

これでコイツが連中をどうにかしてくれる訳だな。

書類でも自信有りげだったし、権力争いの相手をやりこめるチャンスだ。

頼むぜブラッドさんよ?


「私をご存知なのかねキミは?フヘヘヘヘヘ!」

「ああ、カルーマ商会から話は聞いてる。頼むぜ」


しかし……同僚の部隊がボロボロになってるのに嬉しそうだなおい。

まあ、今日の戦いはこれで終わりになるだろう。

何とか生き延びたなぁ……。


お、敵将が異端審問官に気付いたようだ。

輝く脳天を真っ赤に染めて……ああ、確かに蛸だ。



「き、貴様はブラッド!?一体そこで何をしておる!?」

「フヒヒヒヒヒ、実はカルーマ商会からの依頼で戦闘の調停に参りました。ケケケ」


「ふ、ふざけるなよ貴様!」

「ケケケ。言っておきますが蛸頭のやり方はた・だ・の・暴虐。大司教様が認めるわけ無い」


「な、な、な。言うに事欠いて大司教様のご意思を勝手に決めるか!?」

「……では、私の調停と面子を無視してこのままこの街を攻めるのですな?ひははははは」


「む、無論だ!攻城兵器など無くともわしは負けぬ!」

「怖がって漏らしかかってるんじゃないですか?アハハハハハハハハハハハハハ」


「だ、だったらどうすると言うのだ!?」

「お手伝いしましょうか」


……え?


と、思う暇もあればこそ。

ブラッド司祭は軽やかに城壁への階段を駆け下りると、城門の裏側に立った。


「ヒヤッハー!血身泥流、滅多切り!」


叫びと共に服の裾から取り出したのは巨大な血の滴る手斧。

矛盾してる気もするが、そうとしか言いようの無い代物だった。

そして、ブラッド司祭が両手の獲物を振るうと城門を押さえていた兵士の体がバラバラにされる。


「ウリャウラウラ!ウケケケケケケケケケケケケケケケケ!」


更に城門を押さえていた丸太や閂が破壊されていく。

……あの男、一体何を……って言ってる場合じゃないだろう!?


「あの馬鹿を止めろおおおおおっ!」


正気に戻って叫んだものの、それは一声遅かった。

あれだけ長時間敵の侵入を防いでいた城門は、

内側から破壊されその役割をあっさり放棄したのだ。


軋みながら開くその音は、まるで死刑宣告のように俺には聞こえた。


「さあ蛸頭!貸し百です。何時か利子付けて返してくださいね?ヒャハハハハハハハハ!」

「貴様にしては良くやったではないか!続け騎士団の勇士達よ!」


そして、敵は一気に活気付く。

……それを止める者は誰もいない。

城門の上から弓を射る者も居ない。

皆、唖然として全ての思考を放棄していた。


「なあ、ブラッド司祭。アンタと商会の約束じゃ、戦闘を停止させてくれるはずじゃ?」

「気が変わりました!そうカルーマ総帥にはお伝え下さい。フヘヘヘヘヘヘヘ」


「アイツとアンタ、敵同士だったんじゃないのか?」

「フヘヘ、そうですよ?蛸頭の嫌がる事をするのが私の喜び!ヒャッハー!」


「だったら何で!」

「だって、門を開けてその絶望の染まった顔を見る方が……面白そうだったんで!ヒャハッ!」


お、俺は、俺は馬鹿だ。

負けるかもしれない戦いに安全装置を付けようとして。

……逆に戦況をひっくり返されちまった。だと!?


「面白そう、だった?……教会を第一に考えたとかじゃなくてか?」

「それ以外に何があります?楽しいですねぇ、アヒャヒャヒャヒャ」


ああ、相手が当たり前の思考をすると言う前提で動いた俺が馬鹿だった。

相手が狂っているなら、当たり前の行動をするわけが無い。

そんな事に気が付かないとは!

……例えそうでなくとも、自分を捨て大義の元に動く人物だった可能性も有ったのだ。

そこまで考え付かなかった時点で……!


いや、それどころじゃないだろう?

現状が最悪だからと言って、それ以下の状況になるのを黙って見ている法はあるまい!?


「村正ぁっ!奴は敵の間者だった!どうする、城門は破られたぞ!?」

「そ、そんな事をいわれても、せ、拙者はどうすれば!?」


ああ、そうだよな。そうだろうな。

……けどな、お前が固まってちゃ配下の連中も動けないんだぜ?

取りあえず、最初の背は俺が押すから、後は頼む。


「俺が先頭に立って突っ込む!敵を出来る限り街に入れるな!」


その言葉の通り、俺は突っ込んでいく。

頼む!村正。それを見て正気に戻ってくれよ?

身勝手ながらそう思いつつ。


「……総員、拙者に続け。門が役に立たないなら拙者たち自身で敵を止めるで御座る」

「「「「お、おおーっ!」」」」


ああ、どうやら無駄ではなかったか!

背後から聞こえる声が無駄に心強い。


「一番乗りだっ!」

「させるか!」


城門内に走りこんできた敵兵を一撃の下に切り殺す。

……先に進ませる訳にはいかない!


「ここを通りたけりゃこの俺、カルマの屍を越えて行きな!」

「ふっ、この村正……カタ=クゥラも忘れてもらっては困るで御座る!」

「「「「俺達の街を!守るんだあっ!」」」」


士気はこれまでに無いほど高まった。

だが、遮る城門は失われ城壁の上からの援護射撃ももう無い。

こう言っちゃ何だが、まさしくこの抵抗は蟷螂の斧だ。

敵の数は未だ3000名以上。対してこちらの残存数は300名に満たない。

ははははは……どうしろっていうんだ?


「押せ!所詮はただの守備隊。一押しすれば崩れる!」

「そうはさせるか騎士団長さんよ!?」


取りあえず虚勢は張るがそれでどうなるもんでも無いな。

せめて……せめて城門さえ残っていてくれていたら手も有ろうが!


「皆!せめて街の者達が東口から脱出する時間を稼ぐで御座る!」


村正も既に勝ちは捨てているな。


ここ、西門が落とされたのはもう伝わっている筈。

ならば街の皆は既に逆側から脱出をはじめているだろう。

俺も、非戦闘員の脱出まで粘って……そしたら逃げるか。


「来るで御座る!総員迎え撃てぃ!」

「……俺が敵陣に突っ込むぞ。援護頼む!」


切れ掛かっていた硬化を再度詠唱し、失われた城門の変わりに壁の前に仁王立ちになる。

……そして……俺めがけて数百本もの矢が射掛けられた瞬間を付き、敵陣内中央に突撃!


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』


詠唱と共に……さて、暴れるとするか。

強力の効果により腕力、脚力が強化されている。

……もうお前らモブキャラ連中の槍や剣では俺の体を捉える事など出来ない!


「名のある兵とお見受けする!我が名はステ、ふがぁん!?」

「一騎打ちなんかしてる暇は、無ぇ!」


名乗りを上げた騎士を名乗りの途中で切り伏せ、


「よし、オルテガ、マッ、すばぁ!?」

「何する気だ!そこの三人組!?」


連携攻撃を仕掛けてきた連中を全員纏めて投げ飛ばし、


「装甲兵部隊!奴を進ませるな……おい!貴様!?」

「とろい連中は後で相手してやるよ!」


重装甲の歩兵達を無視し、


「うがああああああああっ!」

「ヒヒーン!」

「ああっ!ロシナンテ!?何処に行く気だ!」


馬を驚かして暴走させ、


「敵将!討ち取ったり!」

「まだ死んで、……グボァッ!?」


敵の指揮官を切り倒していく。


だが、敵の波の終わりは未だ見えない。

……くそっ!どうしようもないのか!?


「城門を突破したぞー!」


声に驚き背後を見ると……ああ、確かに城門が突破されている。

未だ守備隊は健在だが、その隙間を縫うように敵兵は城下町に雪崩れ込んで……!


いや、再び押し返された!?


……。


「応!これ以上好き勝手にやらせるかよ!」

「「「おおーっ!」」」


あ、あれは兄貴に……警備隊の連中!

まだ、訓練が終わってない筈だぞ!?

それに……だれがこんな所に来るように命令を下したんだ!?


ええい、仕方ない!……一度合流だ!

敵陣内から抜け出し、城壁内に舞い戻る!


……。


「兄貴!何してるんだ!?」

「カルマか!決まってんだろ?トレイディアを守りに来たんじゃねぇか!」


いや、兄貴がここに居るのは判るんだ。

……兄貴は感情で動く人だから。命かけてでも来るだろうと、そんな気はしてた。

だけど、いや、だからこそ見逃せ無い事がある。


「何で警備隊の連中まで連れてきてるんだ?人様からの預かりもんだろ?」


そう、兄貴はあくまで警備隊の教官として雇われてるに過ぎない。

訓練中の警備隊を連れて来るのはどう考えても越権行為だ。

……これで商都だけでなく、結成したばかりの私兵まで失うとか……勘弁してくれ。


「いいや、こいつ等勝手に付いて来た」

「「「俺達の街を潰した連中を許すな!」」」


……頭をハンマーで殴りつけられた気がした。


そうだ。こいつ等はスラム街出身じゃないか。

そして当のスラムは城壁の外であり……既に見る影も無い。


警備隊の一人が言った。


「総帥が居なかったから商館長に言ってきた。俺達も戦うって」

「ハピ……商館長は何て言っていた?」


「止める権利はありません、だとさ……でも、生きて帰って来いって」

「そうか。まあ、妥当だよな。いや、当然と言うべきか」


要するに、こいつ等は既に滅んでしまった自分達の街の仇を討ちに来たんだ。

……なら、確かに誰にも止める権利は無い。少なくとも感情的には。

まして、そこまで追い込んでしまった俺に止める権利なんかあるわけが無い。


「よし!俺に続きな!俺達の街に土足で踏み入った阿呆どもはこの俺が叩きのめしてやらぁ!」

「「「おおっ!」」」


こいつ等から家まで奪った俺に、出来る事はあるのか?

そう思った時、天啓が下った。


……ある。この状況をひっくり返せる手立てはある!


だが、その為には俺達抜きで敵の侵攻を一時遅らすか、逆に敵の侵攻を無視する覚悟が必要だ。

俺達抜きで侵攻を遅らせるには城壁が必要だ。

かと言って……兄貴と村正が街の犠牲を看過するかと言えばそれは無いだろう。


「クソッ、どうしようもないのか!?」


城壁を抜けてきた敵兵を切り伏せながら思わず吐き捨てる。

謀略の結果がこれか?……最悪じゃないか!

……警備隊からも被害が出始めた。

このままじゃ文字通り全滅しちまう!


『北風~小僧~の……』


誰だよ!この非常時に民謡なんか歌ってるのは!?

ってあれ?この聞き覚えのある声は、


『……冬で……ヒュルルルルルルン……風精の舞踏(エアリアル・ロンド)』


鈴の鳴るような詠唱と共に、鎌イタチを伴った暴風が局地的に吹き荒れる。

……何時か聞いたその魔法は、狙い違わず周囲の敵を切り裂き、吹き飛ばす!


「る、ルン!?」

「……先生」


振り返ると、今にも涙をこぼしそうなルンが居た。

そして、ほんの一瞬気が逸れた瞬間に、俺の背中に飛び込んでくる。


「どこ、行ってたの?……何、してるの?」

「いや……見ての通りトレイディアを守ってるんだが」


生憎、背中越しなのでルンの表情は見えないが、声の質からして……泣いてるっぽい。

思えばまた、随分長い間ほったらかしだったよなぁ。


「……トレイディアなんてどうでもいい」

「いや、良く無いだろ」


「先生が無事なほうが……ずっと、いい」

「……ありがとな。でも、そうも言ってられん」


そうだ。俺はこの戦争の第一級戦犯なんだ。

一人だけ逃げる?

それをするのは少なくとももう少し責任を果たしてからだろ、常識的に。


「……お別れの前に、会えて……良かった」

「おいおい。まだ死ぬと決まった訳じゃないぞ?」


いや、どう考えても死ぬしか無い状況だけどな。

……だが、これで負ける訳には行かなくなった。

こんな戦場にルンを置いて死ねるか?……俺は死ねない、死んでも死に切れない。


「とにかく下がれ、ルン……ここは危険だ」

「……せんせぇ」


ルンが背中から離れる。

……俺は俺達を包囲している一個小隊に向き直った。


「あー、そろそろ攻めかかって良いか、お二人さん?」

「……マジ、スマソ」


いやあ、一通り終わるまで待っててくれるような連中で本当に良かった。

これで途中で斬りかかられちゃ洒落にならなかったしな。


「いや、気にするな。こちらも中々いい物を見せてもらった」

「戦場のロマンスご馳走様」

「……と言う訳でくたばれ色男」

「むしろその娘を寄越せ」

「殺してでも奪い取る」


好き放題言われているが、幾つか認められない物騒な台詞があったような。

待っててくれたし生かしとくかと思ったが……やっぱ潰すか。


って、ルン?


『アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』

「はぁ!?」


次の瞬間、巨大な氷壁が石畳を弾き飛ばしながら隆起!

さらに頭上からも巨大な氷壁が落下してくる!


「「「「うわああああああああっ!」」」」


哀れ敵一個小隊は氷の壁の餌食となった。

と言うか、あの二つの魔法の詠唱ってそんなのだったのか?


「詠唱の短縮……出来た」

「宿題は、終わってた訳な?偉いぞルン」


本当はあの寒いギャグがもっと長かったわけか。

ルンは誇らしげに言うが、俺は内心噴き出しそうだった。

だが褒められるのを期待する瞳がキラキラして可愛いので黙っておこう、

主にルンのプライドの為に。


「……私も行く」

「言っておくけど危険だぞ?」


ルンの顔色が再び曇る。

晴れから一気に雨……何時からこいつは、こんなに判りやすい娘になったんだっけ。

最初はそう。触れれば切れる、氷のような女の子だった筈だが……。


「先生が居ないの……もう、嫌」

「……ルン、もういいから泣くな」


あ、今何て言うか鷲掴みにされた。

気持ちと言うか魂の中央部分をがっしりと持っていかれたような。


「だから……出来るだけ、一緒に……!」

「ああ、判った!判ったよ。……ついて来い」


いいだろう、ルン。

お前が居れば何でも出来そうな気がするよ。

……それに、お前が居れば現状を打開する"策"いや"作"が使えるようになるからな!


……。


そして、"作"戦をルンと村正達に伝え、俺達は城門前に集結した。

現在も城門を越えてくる敵は守備隊と警備隊、と言うより殆ど兄貴一人で抑えている。

その隙に村正と守備隊の半分は再び城壁の上に立ち、再度矢を射掛け始めてもらう。


当の俺達は、兄貴達のすぐ後ろに居た。


「ルン、作戦は覚えてるな?」

「……合図で氷壁」


「そうだ。そして城門が氷壁で封鎖されたら城壁の上で村正に合流しろ」

「……ん」


そう、ルンの氷壁(アイスウォール)で城門を一時封鎖出来る。

そうすればこの状況をひっくり返せる手立てが使えるようになる筈だ!


「今だ!」

『アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』


ルンの(間抜けな寒い)詠唱と共に俺はその氷壁すら追い抜いて敵陣に突入する。

……横を見ると兄貴も一緒に飛び込んでいた。


よし、予定通りだ。

敵は分厚い氷壁に阻まれ内部への侵入が出来なくなっている。

……ルンや警備隊の生き残り達は必死に城壁を上がっている頃だろう。

これなら俺たちの側の死傷者は最小限で済む。


「兄貴!派手に行くぜ!」

「応!狙うは大将ただ一人だぜいっ!」


兄貴が死ぬなんて事はまず有り得ない。

……城門を敵が素通りできないなら、突撃に加わって貰いたいとつくづく思っていたんだ。

だが、仲間が居る内は兄貴は決してそこを動かなかっただろう。

これは城門が敵を通さないからこそ出来る賭けだ。


これなら……今度こそ辿り着けるか!?


ここまで来たら、勝利条件はただ一つ。

……敵大将の首を取る事だけなのだから!


「聖堂騎士団長ブルジョアスキー!何処だああああっ!?」

「決死隊が団長を狙っているぞ!守り抜け!」


「必殺、アッパースウィング!」

「く、くそっ!こいつ等……化け物か!?」


戦闘能力Bランクの冒険者、舐めるんじゃないぞ?

このレベルになると戦い方如何では戦術レベルの戦闘ならひっくり返し得る戦力なんだ。

因みにAランクともなると戦略レベルの勝敗をひっくり返す事もあるらしいがな?

まあ、何が言いたいかと言うとだ。


「オークの群れを蹴散らせるレベルに満たない奴は、この辺りから消えなぁっ!」

「そんな猛者!そうそう居るものかっ!」


そりゃそうだ。居たとしても僅かだろうし……、

俺でも敵わないクラスの化け物がこの軍に所属していないのは確認済みだ。

要するに、体力が続いているうちは負ける事など無い!


「き、貴様っ!」

「蛸頭!見つけたぞブルジョアスキー!」


敵は攻撃態勢、守備にはまだ隙があった。

俺と兄貴はそれをすり抜け、敵本陣に殴りこみをかける!

……そこには煌びやかな鎧に身を包んだ近衛隊に守られたハゲ頭が居た。


「中々やるではないか!我が聖堂騎士団の囲みを抜けて我が元に辿り付くとは!」

「やかましい!アンタの首は頂く!」

「カルマ、ザコは任せてくれて構わねぇぞ!」


今は一分一秒が惜しい!

さっさとこのオッサンを片付けてしまわんと!


「近衛隊!陣形トライウォールだ」

「「「はっ!」」」


ちっ、崩す間も無く陣形を構築しやがった。

流石の錬度と言った所か。


「前衛!壁となれ。後衛は全力攻撃だ!」

「基本だ……だからこそ隙が無い訳だが!」


流石は腐っても騎士団長、その腕が振られるたびに配下の兵達が機敏に隊列を変えていく。

前衛は両腕で盾を構え鉄壁の構えで俺たちを取り囲んでいる。

そして後衛は弓を持って身動きの取れない俺たちを狙う。


「弓隊っ!構えいっ!」


前衛が粘っている内に後方から射殺す基本の隊列だ。

だが、さっきも言ったがそれだけに隙が無い!


「ちっ、守りは堅いぜ?どうするよカルマ!」

「決まってるだろ兄貴。……正面突破あるのみだ!」


俺には並みの矢は効かない。

その強みをもって大盾を構える前衛に肉薄。

とある兵士の盾を掴むと思い切り前に体重をかける!


……動かない。

強力が効いていたら話は別だろうが、向こうも安定感の有る体勢だ。

そうそう抜かせてはくれないだろうさ。だけどな?


「兄貴!行ってくれ!」

「応よ!任せな!」


体重がかかり前傾した俺の背中を足場にして、

兄貴が大盾の先、包囲の裏に飛び込む!


「オラオラオラっ!。これが奥義ハリケーンストームソードだ!」


兄貴が回る、回る、回る!

兄貴の豪腕から繰り出される回転斬りが死の竜巻と化し大盾を支える前衛達を切り裂いていく。


「よし!包囲に穴、正面だ!」


そして俺は支える者を失い倒れこんだ盾を踏み越え前進!

矢を弾きながら敵弓兵を薙ぎ払っていく……!


……。


「あ、あれ?兄貴、騎士団長は……ブルジョアスキーは何処だ!?」

「……そう言えばそうだな。野郎は何処に消えやがった!?」


三分ほどのひと暴れの後、本陣に立っているのは俺と兄貴のみ。

まだ倒しても居ないというのに……騎士団長は居ない。


「甘いわ!将たるもの最前線に出るのが仕事ではないのだ」

「野郎は本陣の裏みたいだぜ、カルマ!」

「あ、兄貴!?ちょっと待て!」


突然聞こえた声は確かにブルジョアスキー。

だが、何かおかしい……と思う間も無く兄貴が走っていく。


……轟音。


そして弾き飛ばされる兄貴。

……本陣の天幕すらも吹き飛ばし、煙の中より現れたのはブルジョアスキー、そして。


「なるほどな。それがトライウォール……第三の壁って訳か」

「ふはは。盾と弓が防いでいる内に……本命はこやつ等だ!」


整然と整列し、詠唱を行う魔法部隊。


「うぐ……ちく、しょう!」

「その傷ではもう動けまい。残るは弟の方のみだな」


使われたのは"火球"だろう。

一般魔法使いなら三分の詠唱時間がかかる上に大した威力も無い火球だが、

数さえ集まれば恐るべき暴力となる。

俺がかつてランク再認定試験で一人でやった事と同じだが、

こいつ等は人数を集める事でそれを可能にしているのだ。


……この世界での魔法の占める位置はあまり高くない。


どうしても長い詠唱中を、

誰かに守ってもらうか、別途防御魔法を唱えておく必要があるからだ。

よって、冒険者など個人で魔法を使う者はあまり多くない。


だが、軍なら別だ。

豊富な兵力で詠唱時間を守りきり、強力な痛撃を敵陣に食らわす。

……扱い的には前世での砲兵に近いかも知れないな。

脆く手間のかかる代わりに極めて攻撃力は高い兵種。それが魔法使いだ。


「……戦争なら、当然連れて来るよな。どうして思いつかなかったんだ!?」

「若いな。では教えてやるが……経験不足というものだ」


自慢げに顎を掻く騎士団長ブルジョアスキー。

……その背後からは次々と兵士達が集まってきている。


経験不足、か。……確かにそうだな。

前世では戦乱なんかとは関わり無い人生だったし、こっちではまだ17年しか生きて無い。

でもよ?一つだけ言いたい事があるんだ。


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


戦場で相手を舐めてかかるのは命取りだって、な!


……。


一瞬。一瞬の後。

俺の剣がブルジョアスキーの肩口を深く抉っていた。


「「ば、馬鹿な!」」


偶然にも俺と蛸頭の発した言葉は同じ物だった。


……突然距離を詰めた俺の動きを理解できないブルジョアスキー。

そして加速された時間の中、全速力の斬撃にも関わらず急所を外された俺。

要するに、お互い相手を舐めていたって事だ。


……情報に有っただろう?相手は個人戦闘能力に優れてるって。

カンだけで急所を外しにかかる事だって無い訳じゃない。

それを考慮に入れられなかった俺は……確かに経験不足なんだろう。


だが、それでも俺は賭けに勝っていた。


「ひぃ!、痛い……痛いぞーーーーっ!」


「き、騎士団長!?どちらへ!」

「団長ーーーーっ!」


さっきの超反応は何処へやら。

自らの傷に驚き、慌てふためいて馬に飛び乗るブルジョアスキー。

……そしてそのまま騎士団領まで逃げ帰ってしまった。

まあ、死んでしまっては元も子もないから、最悪の選択肢ではないのだろうが……。


当然、総大将が逃亡を始めた時点で軍は浮き足立ち、崩壊を始めた。

おりしもその頃、ようやく敵が城門に張り付いた氷壁を剥がす事に成功していたものの、

逆に内側からの反撃に晒される事となった。


もし、逃げ帰る際にブルジョアスキーが、

配下に何らかの的確な指示を出していたのならこうはならなかっただろう。

だが……例えどういう形であれ侵攻軍はその組織的戦闘能力を喪失、敗走したのである。


……。


「取りあえず、勝った。ので御座ろうか」

「……多分」


反撃がてら迎えに来た村正やルンと連れ立ってトレイディアへ帰還する。

……色々思う所はあるが、何とか生き延びた。それだけで今日は良しとしよう。


「ライオネル殿達、負傷者は商都が責任持って治療するで御座る」

「ああ」


横目で戦死者を見る。……険しい顔の屍がトレイディア城門前に折り重なっていた。

……この地獄を現出させた俺が、生き延びた事を喜んでいるのもおこがましいとは思う。


だが、それは俺の選んだ道。後悔するなんて今更許されないし、

後悔する気も、無い、筈だ。

もう一度屍たちを見る。俺のほうを睨んでいる、様な気がした。


……思わず顔が強張っていく。


どうしたカルマ?何時もみたいに笑って見せろ。

他人の屍を平然と積み上げるのがお前らしさだろうに。


だが、今日に限って不敵な俺は姿を見せないでいた。

畜生……何でだよ?これじゃあ今後の事を考えるどころじゃ無い……!


「……せんせい」

「どうした、ルン?」


ルンが俺を呼び止める。

その顔にはどう言う訳か、憂いの色が浮かんでいた。

……少女の口が僅かに開かれる。


「……泣かないで」

「え?」


「……先生、泣かないで」

「涙?涙なんか出て無いぞ?ルン」


ルンがかぶりを振るう。そして、俺の手を握り締めた。

……手の震えが止まる。


「て?手が震えてた?何時の間に?」

「……先生……内側で泣いてる」


思わず息を呑んだ。

……自分でも気づかなかった内心を言い当てられたからではない。


「……先生は、私に優しい」

「ルン?」


「だから。……私も味方」


ルンが俺の手を取りそっと引き寄せる。

……全く力が篭っていない筈にも関わらず、

俺はよろめいてルンに向かって倒れこんでいた。


「……辛い?……なら、泣いて?」


いつの間にか俺は膝立ちになり、頭はルンの胸に押し付けられていた。

頭の後ろに優しく回される両腕。鼻腔を包む、少女の匂い。

熱を帯びた額には、軽く唇が押し当てられている。

そして、普段は俺に甘えてばかりいる女の子からの、優しい言葉。


それは……彼女からの。精一杯の、慰め。


「……知ってる人も、一杯死んだから。先生……辛い、よね?」

「う、う……うわあああああああっ!」


恥も外聞も無く、俺はルンの胸で泣いた。

……周囲には、俺の殺した敵と味方。

夕暮れの戦場跡で、俺は、俺一人だけが救われようとしていた。


「辛い時……いっぱい泣くと、……良くなるから」


違うんだ。それは違う。

俺は知り合いが死んだから泣いてる訳じゃない。

……自分でも何で無いてるのか判らない、だけど……それだけは違う。

少なくとも、俺には……この戦争で死んだ全ての人間に哀悼の意を表する資格なんか、無い。


……。


気が付くと、俺の嗚咽は止まっていた。

……月並みでは有るが、

このぬくもりが俺のささくれ立っていた心を癒してくれたのだろう。

その事実だけは間違い無いと言える。


「……ルン。もういいよ……有難う」

「……調子、戻った」


一体どれだけ泣き続けたのか判らないが、気分はひどく晴れやかになっていた。

ふと見ると、ルンの顔にも喜びの色が戻っている。

……心配かけてしまったようだな。


だがもう大丈夫だ。

確かに泣きじゃくって気持ちがスッキリした。

……それが人として正しいとはとても思えないが、

これなら次なる謀略も、問題なく進められるだろうさ。


「じゃ、行くか」

「……手、繋いで」


いつの間にか村正は先に戻ってしまったようだ。

俺はルンの手を静かに握り、トレイディアの城門を潜り抜けた。


……。


「何だよこれ」

「……拙者にも何がなんだか」


そして、俺たちの目に飛び込んで来たものは。


「ハハハハハハハハ!ですから騎士団こそが異端!我らが正統なのです!フヒヒヒヒヒ!」

「「「「ブラッド万歳!ブラッド万歳!ブラーーーーッド、ばんざーい!」」」」


広場の中心で叫ぶブラッド司祭と、

それを取り囲み口々に彼を讃える民衆たち。


「にいちゃ」

「アリスか?一体何があったんだ!?」


城門を突破されたのはアイツのせいだ。

それなのに、何で奴が讃えられなきゃならない!?


「東門に攻めてきた騎士団の別働隊が門を突破した所を、異端審問会が打ち破ったであります」

「なん、だと?」


『……わざと突破させた所を、人の見てる前で薙ぎ倒したでありますよ』

『やられた!これで連中は大衆の味方になっちまったぞ!?』


小声、そして古代語で語られたのはあの狂人と思しき男の、

予想以上に強かな立ち回りだった。


……考えてみれば、大司教クロスのやり方には隙が多かったかも知れない。

そして、彼の望む理想の教団。その"現実"を動かしてきた連中がザコの訳は無いではないか。


騎士団長ブルジョアスキー。そして異端審問官ブラッド司祭。


両者の評価を二段階、三段階と引き上げて、俺の一日は終わったのである。

……だが、本日の戦いはほんの前哨戦に過ぎない。


……。


それから一週間後。

聖堂騎士団よりトレイディア領主に対し、正式な宣戦布告が届いた。

トレイディアもそれに合わせるかのように、逆に宣戦布告を行う。

……本格的な戦争の、始まりだった……。

続く



[6980] 21 聖俗戦争 その2
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/11 17:56
幻想立志転生伝

21

***冒険者シナリオ8 聖俗戦争 その2***

~戦評定と拠点構築~

《side カルマ》

あの防衛戦から二ヵ月半が経過した。

宣戦布告こそ行われたものの、

聖堂騎士団は兵站。トレイディアは兵数。

双方共に戦争継続の為にどうしても必要な物が足りておらず、

長い膠着状態が続いていた。

但し、双方共に大規模攻勢の準備もまた静かに進んでいるわけだが。


……トレイディア側での最も大きな変化は、疎開だ。

比較的資金に余裕のある富裕層が別荘や親戚の家に一時避難を開始したのだ。

これはやはり、城門が破られ被害も出ている事が大きいだろう。


そして、もう一つ。


「カルマ様。警備隊への志願者が増え、スラム街出身者を中心に総勢千名を越えました」

「こちらとしては嬉しい話なんだがなぁ……素直に喜べん」


軍や我がカルーマ商会警備隊、そしてブラッド司祭の組織した志願兵部隊への、

志願者の急激な増加である。


……ヒロイズムに燃える者あり、仕事と家を失って他に行く所の無い者あり、

名を上げんとする者あり、周りに流される者あり、

そして、家族や友人の仇を討たんとする者あり、だ。


良し悪しはあるものの、様々な理由でトレイディアの兵数は膨れ上がっていた。

ただし、それに傭兵を足したとしても……それでも敵兵数は我が方の五割り増し。

更に錬度は比べようも無く低い。


……。


そして、泣きっ面に蜂と言わんばかりに俺達に突きつけられた現実がある。

……と言うか、主に俺に。


防衛戦からおよそ一週間。

戦いから暫くの間、俺はカルーマとして奔走せざるを得なくなっていた。

予想外に早まった戦闘開始で、予期せぬ出費と死者が出た事も大きい。


防衛戦終結から一週間ほどの間、

ルンがかなり切羽詰った様子で俺を探し回ってたのは知っていたさ。

でもその時は、まあ何時も通り一段落付いたら……とか思っていた。


「……せん、せぇ」


で、気が付いた時にはルンの留学期限が切れて、マナリアに帰ってしまっていたと。

いや……忙しくて会う暇も無かったがその結果がこれかよ!?

更に、


(最近何か二人の距離縮まってたよな?きっとまた来る時もあるよな)


なんて思っていた所に、

アリサ経由で脳味噌がぶっ飛ぶような情報発覚。


「ルン姉ちゃにね、婚約者居るみたいだよ。……名前も知らないみたいだけど」

「な、なんだってー」


「しかも高等部卒業と一緒に結婚するのが公爵家のしきたりみたい」

「……まじで?」


まあ、お貴族様の約束とは言え……滅茶苦茶凹むぞこれは。

よりによって人の気持ちを鷲掴みにした途端に消えなくともいいだろうが……。


「でも兄ちゃ?会いたがってたルン姉ちゃの事、事実上避けてたよねー」

「……仕方ない、と言い続けて来た報いとでも言うか?」


いやアリサ。責めるような視線はやめろ。

他人に知られると危険だから複眼を外気に晒すな。

……それと、


気持ちがまた折れそうだから適当な慰めを頼む。


「甘えんなー。判ってるくせに」

「確かに全部俺のせいだよな……」


泣きたい。だが確かにそれも甘えでしかない。

自分からフラグを叩き折っていたんだからな。


しかし引き篭もってた前世を含めて初めていい感じになった女の子だというのに、

この結果は無いんじゃないか?


「……なあ、結婚式乱入で花嫁強奪とかどうだ?好感度足りてるか?」

「足りてるけど……その言い方で言うと、必須イベント逃してるっぽい」


「それは一体?」

「お母さんが無茶ばかりして回りに迷惑かけたから、ルン姉ちゃはしきたり死守派なの」


つまり、己を殺してでもしきたりは守ろうとすると。そう言う事か?

そんでもって、その価値観をぶっ壊せなかった為にエンディングに行けない訳だな?


ソレナンテ・エ・ロゲ?


……次に会った時にルンが人妻になってたりしたら衝動のままに崖から飛び降りかねんぞ俺。

まあそんな訳でかなり欝だ。もしくは何かに八つ当たりしたい気分?


100%自業自得だけどな!


……。


そしてそれが最大の問題なのだが更に、更にだ。

それに追加注文で俺を凹ませる事件があった。


「応、カルマ!暫く留守にするからな。負けるんじゃねぇぞ!?」

「兄貴!?ちょ!カムバーック!」


兄貴が疎開する金持ちの護衛に引き抜かれていったんだけど?

何これ?よりによってここから先、兄貴の援護なし?


……と言うか、冒険者の腕利きの殆どは護衛任務でトレイディアを離れている。

しかも、何らかの形で戦争に目処が付くまで護衛し続ける依頼が多いらしい。

要するに、腕利きの兵が更に手に入りづらくなった訳だな。


……。


まだ有るぞ?

これは防衛戦から一ヶ月ほどして、アリサからとある提案があった時の話だ。


「兄ちゃ?あのブラッド司祭の事だけどさ……こんな時こそ新聞使うべし」

「無理だ」


「何ゆえ?今回はある事ある事書いてけばいいだけじゃないのー?」

「……まだだ。まだ無理なんだよ」


そう、まだ無理なのだ。

新聞と言うメディアが世に出てから未だ僅かな時しか流れていない。

ここで偏向報道でもした日には誰も信じず、逆に新聞と言う文化自体が潰されかねない。

例えそれが真実でも、な。

何せ、人は自分の信じたい事を信じたがるものだ。


よってマスメディアによる人心操作には、

そのメディアが無条件で信用できると刷り込まれていなければならない。

……要するに、まだ新聞と言う存在自体の信頼度が足りない。


よって、今出来る事はブラッド司祭関連の記事を疑われない程度で出来るだけ扱わない事のみ。

歯がゆい事この上無いが、慌てる乞食は貰いが少ないと言う諺もある。


「さあ斬れ!異端者を斬れ!斬れ斬れ斬れ斬れキレキレェッ!」

「し、司祭さま!幾らなんでもこれは酷すぎます!皆息も絶え絶えですぞ?」


「フィヘヘヘ……それであなた方が生き延びれるなら私は鬼にでもなりますよフクククク!」

「……そ、そこまで我らの事を。感激です」


よって、今は志願兵に訓練、と言う名の虐待を加え続けるあの司祭を放って置くしかない。

あ、一人気絶した。でも目を覚まして返ってきた返事は有難う、だと。

……排除は折を見てにせねばならんだろうな。


と言うか、上手く不安をかわしながら虐待行為を正当化してる辺り、

実はあの男本当は狂ってなんか居ないんじゃないか、なんて思ったりもしてる所だ。


あー、一応味方なだけに一気に切り殺せないのがイラつくなぁ。


そして、気が付けば教団志願兵部隊は2000名の大部隊に変貌してる罠。

こいつ等は純粋な味方とは言えない。爆弾抱えてるようなもんだ。

やり辛い事この上ない。


……。


以上が、ここ二ヵ月半の動きだ。

正直良いニュースより悪いニュースのほうが多すぎるんだが?


なあ、俺が何かしたか?

……色々してるか。

あははははは、これが報いか。これが報いなのかよ!?

もう笑うっきゃねぇぞ!?


て言うか、確か俺……金持ちになる辺りが人生の目標だった筈なんだけど!?

何でこんな所で眠る間も無く駆けずり回ってるんだ?


まあ、いいけどな。

……もう、止まれない所まで来ちまったみたいだし。

せいぜい足掻かせて貰うとするさ。


……。


そんな訳で、俺とハピ、そしてアリサはせめて情報だけでも完全に近いものを、

と考え、トレイディア領主館の会議を盗聴、いや傍受している訳だ。

……泣きたい気持ちは取りあえず我慢。

と言うか俺が泣く資格はそもそも無い訳だが。

え?防衛戦時のアレ?

流石にアレはノーカンでお願いします。つーか、自分でも何で泣いてたかわからんし。

……まあ、それって精神的にヤバく無いか?と思わなくも無いが。


さ、さて、そんな事より小蟻からの情報はどうなってるかな?

アリサ、腹話術で実況中継よろしく。


「息子よ。……戦況はどうだ?」

「父上、我が軍の編成は順調に進んでいるで御座る。但し錬度には期待するだけ無駄に御座るな」

「資金の問題は御座いません。ですが、傭兵は既にあらかたどちらかの陣営に雇われた後」


やっぱりそうなるか。

……これは傭兵王も大儲けでウハウハだろうな。


「バイヤーよ。つまり傭兵はこれ以上雇えぬと?」

「はい、その通りで御座います。領主様」

「……兵数も錬度も負けで御座るか。せめて装備では勝たねばいかんで御座るな」


ふむ。トレイディア領主、コジュー=ロウ=カタ=クゥラ大公。

そしてその息子村正ことカタ=クゥラ子爵

さらに……商人ギルド長のバイヤーさんまでいる。と言うか、役割が執事だなこれ。

……しかも、アリサに調べさせたところによると、商人ギルドって領主の直接の配下なんだと。

商人ギルド自体が領主の犬か。笑えない話だと思う。


「それと、カルーマ商会ですが……やはりボン様を焚き付けたのはあの者達のようで」

「……ふむ。我が館を訪ねて来た時間からするとバイヤーよ、お前に言ったのはハッタリか」


「左様ですな。ですが、いつの間にかそれが真実になっておりました。恐ろしい男ですよ」

「……警戒はしておかぬといかんな。無論向こうには気取られぬよう」


ありゃ、ばれてーら。

と言うか、領主の直接の部下にあんなブラフかましちまったのか。

……主君から聞いて無い話で、さぞあの時の商談では驚いたろうなぁ。

警戒しているみたいだが、まあ、それに即座に気付かれてる時点で……な。

もっとも、警戒だけならされててもいいんだけど。


「なってしまった物は仕方ないで御座る。今は最善を尽くし最良の結果を得るで御座る」

「うむ。息子よお前の言うとおりだ。……この機会をもって、我が領土を広げようぞ!」


流石にただでは転ばないか。大したもんだよ、まったく。

俺は味方側に出た被害で精神的均衡を欠きかけたってのに。


「して、カタ様、領主様。次の動きはどうしましょうか?」

「基本方針は、攻めだ……これ以上守りに回っては勝利できん」

「ですが、攻めには敵以上の戦力が必要で御座るが?」


「……敵数は我が方の五割り増しと聞いたが」

「はい領主様。ですが、長期侵攻能力は無い模様ですな」

「向こうの兵站は厳しいようで御座る」


そう、あの防衛戦の日より騎士団領では相次いで臨時徴税が行われ続けているという。

それだけ向こうの物資が困窮してるって事だな。……民の怨み節は天を突く勢いだとか。

防衛戦時のゲリラ戦での"副産物"は良い感じに機能してるようだ。

このまま内乱にでもなってくれればとも思うが相手は宗教。まあ流石にそれは無理だろう。


「領主様、ですが戦争があまり長引くのも我が国としては容認できかねます」

「うむ。経済が冷え切ってしまうからな」

「……逃げていった者全員が戻る訳でも無いで御座るしな」


要するに……双方共に長い戦いは望んで無いだろうって事か。

向こうは物資量で長期戦は出来ず、こちらは戦後を考えて。

とすると。とりあえずの訓練が終了する半月後が本格的な激突の時か?


「ですが父上。野戦では向こうに一日の長があるで御座る」

「……うむ。それに新兵どもの足では向こうまで5日はかかろう。その後で戦えると思うか?」

「何処かに拠点が必要になりますな、カタ様、領主様」


拠点ねぇ。

確かにあれば楽になるが……要害の地を敵が放って置かないだろ?

だったら……はて、そんな故事をどこかで聞いたような?


「城の一つでもあればいいのだがな」

「領主様。敵領域内にどうやって城を用意するおつもりですか」

「砦の守将ごと引き抜くなら……いや、今回に限りそれは無理で御座ろうな」


まあ、確かに城に篭れば数に劣る方でも十分に戦えるがな。


あれ?

いい事思いついた。と言うか思い出したんだけど。

……これは、次の軍儀ででも提案してみるかな。


……。


《side カルーマ》

さて、先日の盗み聞きから数日後、「第三回トレイディア防衛の為の特別会議」が召集された。

これは先日から続く戦争に勝利する為トレイディアに組する勢力の長達が集い、

今後の戦いの方針を決定する大事な会議なのだ。

そして俺もまた、カルーマ商会の長としてこの会議に参加している。


「では、始めよう……息子よ」

「はい父上。お歴々の皆様方、先ずは忙しい中良く集まって頂けたと御礼申し上げる」


部屋の一段高い場所に居るのは議長。当然総大将のトレイディア大公だ。

進行役は脇の村正が勤めるようだな。その横にはバイヤーさんも付いているか。

そして、その下座のテーブルにブラッド司祭や俺達が座る形になっている。


さて、先ずは……現在の兵力の報告からか。


「おほん……では先ず我がトレイディア軍だが、正規兵、千五百の招集が終了しておる」

「領主様。領土各地より引き抜けた兵は三千五百名ほどでした」

「その他、傭兵国家より傭兵二千を雇い入れているで御座る」

「クク。教会には異端者を討つべく志願者が集っております、二千ほどね。クフフフフフ……」

「俺達カルーマ商会も街道警備の為の部隊を拡充。千人ほどの部隊が出来上がりつつある」


ふむ。うちの警備隊入れて一万人くらいか。

随分集まったもんだなぁ。

ただまあ、トレイディア上層部としちゃ信用できるのは直属と傭兵だけだろうがな。

その傭兵も出身が傭兵国家となれば、俺としてはそちらも信用できないと思うが。


「では、僭越ながら私バイヤーが敵、聖堂騎士団側の戦力についてご報告をば致します」

「うむ。頼むぞバイヤー」


「まず、敵主力の騎士団本体はおよそ五千。更に民間からの志願兵が七千ほどおります」

「確か……相手方の雇った傭兵は三千だったか」


「はい領主様。よって、敵の総数は一万五千になりまして、我が方の五割り増しです」

「厄介な事だな。一見すると守りぬけぬ戦力差では無いように見えるが、正直言って辛いな」


まあ、確かにそうだ。攻められっ放しじゃ士気に関わるし、

現状でさえ国境沿いの幾つかの集落が占領されている状態だ。

しかも小競り合いをする度に、同数では勝てない事が証明されつつある。

このまま座していれば全てが終わった時焼け野原しか残って無いかもしれないし、

それだけは避けたいだろう。


「けど……今の話で光明も見えてきたと思うがな?」

「ほぉ。カルーマ総帥……それはいかなる光明なのか」


「総兵力では確かに五割り増しだ。だが、戦い慣れた兵士の比率ではどうだ?」

「要するに、職業軍人や傭兵の数……おお、これは」


「一応その計算なら七千対八千になるぞ?」

「……そう言う考えも有るで御座るか」


実際の所は、トレイディア側の正規兵・衛兵と聖堂教会の騎士とでは基本的な能力差が有る。

それに街の警備やゴブリン討伐程度しかした事の無い衛兵を、戦い慣れたと言えるかは不明だ。

そう考えるとやはり戦力差は大きいが……。


相手に飲まれていちゃ勝てるもんも勝てなくなってしまう。

……これは前世での苦い教訓だがな?

気持ちで負けてしまえば勝利は何処までも遠のいて行ってしまうからな。

だから弱さに蓋をするんだ。どんな方法でもいい、たとえ嘘でもいいから。

まあ、俺みたいに先に肉体のほうを鍛え上げるって言う方法もあるけど。


っと、また思考が脱線する所だった。

呆けてると思われん内に急いで話に戻るか。


「要するに、精鋭同士をぶつければ勝機もあると言う事か」

「いや、領主殿?むしろ精鋭は雑兵を蹴散らしてもらう」

「……どういう事で御座るか?」


理解できなかったのだろうか、村正が身を乗り出してきた。

……あ、領主殿は気付いたっぽいが。


「こちらの精鋭と相手の精鋭がぶつかったらどうなる?」

「……負けるで御座るな。恐らく」


「じゃあ、こちらの精鋭と向こうの雑兵では?」

「流石に勝てるで御座るよ!トレイディア兵を舐めないで頂きたい!」


「では……双方の精鋭が双方の雑兵と戦ったら?」

「当然、双方共に精鋭が勝つで御座る。多少の兵力差など関係あるまい」


「じゃあこっちの雑兵と向こうの雑兵が数はそのままにぶつかったら?」

「……兵力差でこちらが負けるで御座ろうな。残念ながら」


さて、ここまで情報を与えたんだ。

問題を出すから次期領主として相応しい答えを見せてくれよ村正。


「それを踏まえて考えてくれ。どう言う兵力のぶつけ方ならこちらの損害が最小限になる?」

「……当方が勝てる組み合わせで御座るな?」


「精鋭同士戦ったらどうなった?雑兵同士戦った場合は?」

「つまり、雑兵を囮に敵の雑兵を潰す、が正解だと?」


そういう事だ。


「そうすれば、戦闘後には彼我兵力比は7対8になっているだろう?」

「ははは!やるものだなカルーマ総帥。一万対一万五千が、七千対八千になれば勝機も見えるか」

「父上……みすみす兵を見捨てるような事を仰せになるでござるか!?」

「フ、フ、フ……それはまた面白そう、いえ雑兵達が凄惨な事になりそうですな。ククク」


まあ、確かにここまでの話だけだとそう見えるわな。

けど……俺の策の肝はここから先だ。


「で、だ。敵主力は俺と警備隊が引き受ける。その間に敵の志願兵どもを叩いてくれ」

「……き、貴殿!?」


「うちの警備隊も戦い慣れちゃ居ないが、多分敵主力を僅かな期間引き付けとく位は出来るぞ」

「己の手勢を犠牲にすると!?」


「少し考えてくれ、敵の雑兵を蹴散らした後こっちがほぼ無傷で残っていたら?」

「それは……一万、いや九千対八千に兵力が逆転するで御座る、が」


「そうだ。それならもっと出来うる手が増えるだろ?」

「机上の空論で御座る。どうやって雑兵千名で敵主力を釘付けにしておくと?」


「無論手は有る。ただ……俺の戦いにはちょっとばかり先立つ物が要るんだが」

「金か?まあ、敵主力五千か、せめて傭兵三千だけでも足止めできるなら多少は考えるが」


うん、流石商売の国のトップだ。領主様の財布の紐、マジで固い。

まあ出して貰わなくても困りはしないけど、実際ただ働きは嫌だし。

……なんて、この期に及んで思っていたりする俺が居たりするのでな。


「相手が釣られるまで俺の手持ち千名だけで保たせてみせる……粘れば主力も出てくるだろ?」

「ふむ。その言い方から察するに、長期戦用の備えと言うわけか」


まあ、あながち間違っちゃ居ない。

錬度の低い小勢で大軍を迎え撃つ為の備えなのは間違い無いし。


「ああ、金貨千枚もあればいいんだが」

「そんな物でいいのか?おいバイヤー。用意してやれ」

「はい領主様。……カルーマ殿、これが軍資金になります」


うを!?……少々吹っかけすぎたと思ったら想定内どころか、

思ったより安い、って言わんばかりのリアクションなんだけど!?

まあいいか、儲かったし。


「じゃあ早速この金で支度を始めるから先に行くぞ?……投資された分は働くから安心してくれ」

「……期待しておこう」


それだけ言って俺は会議場を後にした。

……ふう、これで危険な戦場に俺の部隊が回される事はないな。

因みに俺の今言った"危険な戦場"とは俺が自由に引っ掻き回せない戦場の事なんだがな?


さて、それじゃあ商館に戻ったらまた盗聴……ではなく傍受と洒落込みますか。

まあその前に仕込みの準備をしてからだがな?


……。


商館に戻るとアリサがパタパタと手を振ってお出迎えである。

逆にアリシア達は首吊り亭の連中に顔が割れているので地底からこっそりと入館。

……蟻ん娘ども三匹大集合である。


「アリサ。判ってると思うが、俺の部隊は明日にでも敵陣内部に侵入する」

「もう既に、"例の物"の部品は出来上がってるよ。向こうで組み上げとくからねー」


「アリシア……お前はいざと言う時の為に、逃げ場の用意をしてくれ」

「じゃあ、レキに、いきますです」


「アリスは戦場で俺……いやカルマと共に戦って貰うからな」

「にいちゃと一緒に頑張るであります!……でもあたしは裏方、でありますよね?」


うーん、実に頼りになる妹達だ。


前回の防衛戦での失敗も有るしな。慎重に慎重を重ねても足りる事は無い。

よって、アリシアにはいざと言う時隠れ住む為の隠れ家の建設を命じてあるし、

アリスには他人が居て小蟻通信網が使えない時の為に付いて来て貰う事にした。

アリサには今回の作戦の鍵となる物の作成を一任してるし、

……感謝してもし足りないなこいつ等には。


「ところでにいちゃ。会議の方で動きがあったようでありますよ?」

「よし!良く教えてくれた。……早速執務室で聞くか」


……。


さて、そんな訳で再び俺は傍受モードに入っている。

俺が退出して一時間程度は経っているが、今までは余り進展が無かったようだな?

業を煮やした村正が偉い剣幕でまくし立ててるぞ。


「ブラッド司祭!それでは貴殿は我らの命令に従えないと言っているのと同じ事で御座る!」

「フョフュフュ!私の元に集ったのはあくまで善良な一般市民ですから。フヘヘヘヘヘ」


「カタ様落ち着いて!ブラッド司祭も、もう少し柔軟なお考えにはならないのでしょうか?」

「嫌ですね!クヘヘヘ。第一、あのカルーマ総帥だって指揮下に入ってないも同然でしょう?」


う、それを指摘するな!

あーあ、折角なし崩しに指揮下に入らないように動いてたんだが、これでそうも行かないか?


「ああ、あの男は何か怪しいからな。使い潰しと真意を探る為に放っておいてるだけだ」

「ヒョ!流石は領主様ですね。私今の台詞でちょっとファンになりそうですよンフフフフフ!」


そうですか。使いつぶしですか。

まあ、確かにそう言われても仕方ないような状況だけどね?

何せ、ボンクラ焚きつけて戦争始めたのって俺だし。


「して、ブラッド司祭はどう動かれるつもりか?」

「クックックック……敵の一番弱い部分を叩きます。要するに辺境の集落を。次々、次々、次々!」


あ、村正が明らかに引いてる。


「へ、辺境の集落?一般人を襲うと申すか貴殿は!?」

「心配しなくても軽くデスよ軽く。蛸頭の頭に血が上るようにですね。クフフフフフフ」


「なるほど。おびき寄せて各個撃破するわけか」

「フヘ?違いますよ領主殿!やってくる頃には逃げます。勝てませんしねアハハハハハハ」


「だとすれば……そうか、疲労させる気なのだな?」

「イィーエエエース!徹底的に無駄骨掴ませてやります!ああその時が楽しみですねウフフフ!」


頭痛ぇ。

この時代的にはかなりトチ狂った考え方だが極めて合理的じゃないか。

厄介な事この上無いなこの司祭。


「フフフ、それでは皆様私も訓練!の続きがあるのでこれで失礼します。それではアハハハハ!」


司祭が出て行った会議室で、残った三人が一斉に深いため息をついた。

まあ、仕方ないだろうな。俺も含めて味方が問題児ばかりだし。


「まったく……ろくでもない連中ばかりだ」

「左様で御座るな。拙者達の友軍は業突く張りと頭の糸が一本切れた狂人で御座るからな」

「ですが領主様、忌々しい事に非常に有能な連中でもあります。」


業突く張り=俺で狂人=ブラッド司祭な?

うん。いい感じに警戒されてるな。


「うむ。あの防衛戦の後、即座にスラムの者どもに施しを与え暴動を防いだカルーマ商会」

「そして一足先に敵の異端認定を行い、民に正当性をアピールした異端審問会で御座るか」

「お陰で国内の不満を持つ者達はかなり押さえ込まれておりますが……」


あ、気付いてたんだ。我がカルーマ商会が防衛戦の当日夜から炊き出し開始してたの。

確かにあのまま放置しておいたら暴動になってた可能性は高いんだよな。

まあ、人気取りと国内安定のためだから結局の所自分のためでしかない偽善なんだけどな。


「……まあいい。奴らへの対応は戦争が終結してからだ」

「それが宜しいでしょうな領主様」


「それより、確か先日の戦闘で、城門前の被害が大きかったらしいな」

「左様で御座る。城門は修理中、城門前のスラムの建物に至っては壊滅状態で御座るよ」


「ふむ、これは丁度いいな。長年の懸案が一気に解消できる」

「父上。懸案と申されますと?」


「息子よ。城門の前に物見台や防御柵を作れ。それと……この際スラムは全て撤去するのだ」

「なっ!?スラムとは言え万単位の人間が暮らしておるで御座る。それに現在共に戦う者にも!」


「今すぐではない、戦争終結後だ。……我が街にあんな薄汚い景観は不要だ」

「納める税は無し。もしくは僅かですし犯罪の温床にもなっておりますからなぁ」

「……騎士団の次にスラムの者どもと一戦交えるおつもりで御座るか」


「うむ。まあ戦争に勝てた状態なら連中如き、返す刃で十分だろう」

「それに別段排斥する訳ではありませんよ。ただ不法に建設された小屋を撤去するのみ」

「そんな事をしたら向こうから歯向かって来るでござろう?」


「その場合は反逆罪で斬り捨てるのみだな」

「確かに……それは確かにそうで御座ろうが……」


……。


会議が終わったようだ。部屋から人が消えたと報告が入る。

俺はアリスを執務室の机上に座らせて、自分は椅子の上で頭を抱えていた。


「なんか、偉い事になってるでありますね、にいちゃ?」

「アリス。アリサに連絡だ……スラム街連中の受け入れ場所を用意しておけ、と」


これを放置しておいたら戦後にトレイディアを二分する内乱に発展しかねんぞ?

しかも、スラム出身の兵の八割は俺の警備隊に入っている。

つまり何かあったら絶対に巻き込まれると言う事だ。

要するにスラムと一緒にカルーマ商会も潰すという意思表示なんだろうな、これは。


「ま、簡単には潰されないぞ、ってな?」

「アリサから連絡であります。まかせとけー、との事であります」


「流石はアリサだ。向こうが圧力かけて暴走促すって言うなら」

「こっちは先にガス抜き準備をしておくであります!」


そういう事だ。

行き先さえあれば、誰が好き好んでスラムなんぞに住みたがるもんか。

まあ、それでもと言う奴は放って置くしかないが、

多分、まともな家を用意しておけば向こうから望んで引越しに応じるだろうさ。


「じゃ、明日も速いし今日は寝るぞ?」

「了解であります。警備隊の皆のうち訓練の終わった五百人に出撃を伝えておくであります」


「ああ。因みに明日から俺は、部隊長の冒険者カルマとして行動するから」

「商会の事はホルス達に任せると伝えとくであります。それと今日は一緒に寝るであります」


「はいはい」

「よっしゃー、であります!」


……。


朝、目が覚めるとそこはカオスだった。


「あ、にいちゃ。たまご、かえったです」


人の枕の横に座ってポコポコと産卵、及び孵化作業を行っている、

アリシア、及び生まれたばかりの幼虫小蟻ども。


「い、痛いであります」


誰に蹴飛ばされたか床に転がっているアリス。


「あ、兄ちゃ聞いて!うちの勢力が拡大したから、女王蜂の女王も兼務する事になったんだ」

「それでお前の周りにスズメバチが飛び回ってる訳か……」


そして人の布団の上に陣取り、さり気なくとんでもない事を口走るアリサ。

幾ら蟻とスズメバチが似てる種族だからって……いや待て、一体何なんだコレは?


「よいしょ。っと、です」


あー、それとアリシア?

流石にキモイから幼虫を俺のデコに乗せて遊ぶな。

それと自分の卵でお手玉するな。


「で、何で今日は全員俺のベッドに集結してるんだ?」

「応援だよー!」

「がんばれ、です」

「あたしは昨日一緒に寝たからであります!」


ふう、要するに心配してくれてる訳な。


「おうよ。負けはしないから心配するな」

「あ、因みに例のものは完成したけど……あのままじゃ意味無いよ?」

「……それは、どうする、ですか?」


「まあ、今回はその為の出撃だ。まあアリスを通じて見ておけ」

「「あいあいさー」」


さて、それじゃあ出発するかね?


……。


《side カルマ》

久々に冒険者としての格好に身を包み、

俺は今、急ピッチで修復中のトレイディア西門前に居る。


「俺が今回指揮を取る事になった冒険者のカルマだ。一応総帥とは親戚筋に当たる」


眼前には五百名の警備隊。いや、本戦争中の正式名称で言う所の"カルーマ商会私設兵団"だ。

他にまだ半分居るが、そちらの訓練期間はまだ後一週間残っている。

よって、コレが俺の現在動かせる全戦力となる。


なお、今回カルマとして指揮を取るにあたり、

正式なカルーマ商会の一員で総帥の親族であると言う形を取らせてもらった。

まあ、実の所親族どころか100%同じ人物な訳だが。


……コレにはもう一つ訳があり、

万が一似てると指摘された時"親戚っすから"で済ますための下準備でもある。


「おおっ!防衛戦線で見た顔だ!」

「鉄面皮!弓兵殺しのカルマか!?こりゃ結構な大物じゃねぇか」

「つーかアイツ、商会関係者だったのかよ」

「いや待て。横の女の子は何だ?スコップ持ってるが」

「んな事はどうでもいい。殺された女房の仇さえ討てりゃな」


な、何か恥ずかしい二つ名が付いてるんだけど、何それ?

確かに並の矢は無効化しながら突撃するが……。

まあいい。居るだけで味方の士気が高まるなら無意味では無いだろ。


「さて、今回の俺たちの目的は……とある場所まで辿り付く事にある」

「敵に攻撃はしねぇのか?」


「いや?小規模部隊が居たら叩き潰して行くさ。但しこちらに被害が出ないようにな」

「無理はしないって事ですか?有り難い」


「と言うより、無理は出来ん。……五百人の内四百人は大荷物持って森を進んでもらうからな」

「「「ええ!?」」」


「要するに、敵に見つからないよう物資を運んでもらう。残り百人は敵の注意を引いてもらう」

「囮って奴ですか」


その通り。

今回の任務は正確に言うと、目的地にたどり着く、だけだからな。

そのついでに敵にダメージ与えられたら御の字と言う事で。


……城門の脇にはアリサに用意させた物の一つ。背負いカバンほどの木箱が四百箱並んでいる。

これを運んで行って貰うわけだ。

いやあ、予想より軽く出来て良かった。最初の案の通りだと重くてやってられなかったろうし。


「じゃ、背負った奴はこのルートで森を突っ切ってくれ。いざと言う時はこの書を開くんだ」

「了解しました。それじゃあお先に」


それだけ言うと、別働隊の隊長は部下達に木箱を背負わせ、

俺の手から命令書を受け取って森の中に消えていく。


「残りは街道沿いに進む。敵勢力圏内に入ったら俺の後ろを静かについて来る事、いいな?」

「「「はいっ!」」」


さて、それじゃあ行くとしますかね?


……。


四日後。……結局、俺が直接率いた百人ほどの部隊は敵と直接接触する事もなく、

三日ほどかけて目的の場所にたどり着いた。

……唖然とする部隊連中を予め決めておいた"配置"に付けた後、

俺はアリス他数名のみを連れて残り四百人の元へ向かっている。


「で、上手く食いついたか?」

「大物が釣れたでありますよ」


うんうん、いいねいいね。

お、味方が来たな。四百人全員揃ってるっぽいな?いい事だ。


「カルマ隊長!よ、傭兵どもに荷物を奪われちまった!すまねぇ!」

「いや、構わん。命令書にもいざと言う時は荷物を餌に逃げろと書いてたろ?」


「た、確かにそうですけど!貴重な物資を!」

「いいから合流しろ。追いつかれる前に目的地に逃げ込むぞ?」


……。


さて、目的地は聖堂騎士団領と傭兵国家を繋ぐ街道沿いの少し森に入った所にある。

街道近くには川が流れており防御効果の高い地形だ。

で、そこの街道から見ると、川の先に森があり……、

その森の奥に何か出っ張った部分がある事が判るだろう。

因みに、その出っ張りは昨日までは無かった物だ。


まあ、その正体は物見矢倉な訳だが。


おーい、皆……何時まで固まってるんだ?

敵が来る前に入城して、早い所防備固めるんだよ!


「いえ、何と言うか……なんでこんな所に砦が?」

「作ったに決まってるだろ常識的に考えて」


「いや、非常識にも程があるような」

「だったらお前達は暗い森の中で敵の前に寒さや雨と戦いたいのか?」


……そこまで言うと全員狐につままれた様な面持ちで今朝出来たばかりの砦に入っていく。

俺は全員が入城した所で空掘にかかっていた橋代わりの丸太を外して敵に備え、皆の元へ向かう。


そして、敵の襲来までにまだ時間がある事を確認した後、

二階の仮眠室を兼ねる大広間に一度全員を集合させて挨拶を行った。


「ようこそ、出来たて城砦スノマタに。俺は守将のカルマだ」

「いや、隊長!そういう問題なんですかコレ!?」

「一体何時の間にこんな物を……」


まあ、そう思うよな普通。

ここは地上三階、地下一階建て、最大収容人数二千名のスノマタ城。

深く広い空掘と、そこから掻き出した土を盛ったこれまた重厚な土塁を持つこの城。

アクセスは街道より森の中へ徒歩10分になります。なんつて。


まあつい数日前までは森の中で火事が起きた焼け跡にしか過ぎなかったんだがな。

うん。アリ達が一晩でやってくれました。所謂一夜城だなこれは。

部品は予め地下で用意しておき、プレハブ方式で一気に組み立てたと言うわけ。


いやあ、知恵を持った巨大アリって凄いなぁ、等と言ってみるテスト。


因みにその建築系の知識は何処で得たかと言うと……あの亡霊が出ると言われた洋館。

あの地下書庫からだったり。


魔法が書いてないかなと何冊か持って来させてペラペラめくってたら、

魔法は書いてなかったけど建築関係のテキストである事に気が付いた訳。

よって、全部回収しました。

今では全ての本が地下の蟻ん娘王国図書館所蔵。

……今後は魔法書だけでなく、普通に書物としての価値も考え直さんとならんと思う。

まあ、読めるのは今の所俺だけだけどな。


さて、閑話休題。


「敵がここに気付くのにはまだ一日位は時間があるだろう、それまでに迎撃準備しておいてくれ」

「「は、はいっ!」」


部下連中に仕事を与えて、取りあえずこの城に関する疑問を先送りにさせる。

まあ、いざとなったら某太閤のやったとされるモデルの城のやり方を説明するだけだがね。


そして俺は三階に上り、更にその上に建つ物見矢倉でアリスから報告を受ける事にした。


「で、釣れた敵はどうなった?」

「箱開ける、蜂飛び出る、大パニック、被害甚大、であります」


そう、今朝アリサが蜂の女王を兼務する事になったとか言い出したので、

本当は毒入り食料を詰め込む予定だった木箱に大量に潜んでもらった訳。

今頃釣られた傭兵どもはスズメバチの大群に刺されてえらい事になってるはずだ。


「で、味方の被害は?」

「三万匹中50匹が叩き落されたけど、それ以外は無事逃げたであります」


ああ、瞼を閉じればその場の阿鼻叫喚が目に浮かぶようだ。

傭兵諸君、無駄骨お疲れさんだな。


「冥福を祈ろう。で、敵は?」

「三千人中二百人がショック死。まあいい結果だと思うであります」


よしよし、戦い慣れた傭兵を一気に200人減らしたか。

いい傾向だ。


「で、傭兵王は?」

「かなーり痛がってるであります」


「どれ位だ?」

「悶絶、七転八倒!であります」


はっ!他国に派遣した傭兵から情報を得ようなんて考えるからだ。

二千人雇われたんで数人多く送り込んで、そいつ等から得た情報なら信義に反しないとか、

本気で思ってるんだろうかあの人?


まあ、そのお陰で作戦が立て易かったけどな。

なにせ、向こうの動きをこっちの動きである程度コントロールできるし。

それに本人が直々に出て来てくれたから直接攻撃も出来たしな。


「とりあえず、スズメバチ入り木箱プレゼント作戦は大成功であります」

「OK。じゃあ早速俺達も迎撃準備だ……連中が来る前に準備を終わらせるぞ!」


さて、これで向こうは怒り心頭。

怒涛の勢いで攻め込んで来る筈だな。

ま、力まず油断せず……凌ぎきる事にしますかね?

続く



[6980] 22 聖俗戦争 その3
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/13 19:40
幻想立志転生伝

22

***冒険者シナリオ8 聖俗戦争 その3***

~凶悪!スノマタ城傭兵苛めの陣~

《side カルマ》

文字通り一夜にして築かれたスノマタ城に篭って三日ほど。

初めは驚いてばかりだった配下連中もどうにかこうにかここに慣れて来たようだ。

そんな時、アリスがバタバタと俺の部屋に飛び込んできた。


「敵さんの再編成が終わったようであります。侵攻は明日の朝であります」

「そうか……皆に伝えとけ」


アリスからの連絡によれば敵傭兵部隊のうち、

比較的軽症の二千五百名ほどが再編成されこちらに向かっているそうだ。

そして重傷者三百名は暫く復帰は不可能らしく、傭兵国家に撤退した。

よって死亡した二百名を含め、こちらの現在での戦果は敵五百名となる。

……空になった木箱は既に回収。今夜にでも再度スズメバチに入って貰う事になっている。

木箱には最初から側面に穴を開けて自力で出入りできるようになっていた。

今回は飛び出す穴を増やした上で倉庫に放り込んであるので、それでまた敵を減らせるはずだ。


「倉庫の罠はそれで良いとして……何日篭れる?」

「食料は一週間分、水は二週間分用意できてるであります」


戦闘中に地下や地上一階を占拠された場合地下からの補給は使えなくなる。

味方を含めて感づかれるリスクを考えれば今後は出所の判らない補給は慎むべきだろう。

……そうなると、継戦限界は食料の尽きる一週間後か。


「武器なんかはどうなってる?」

「弓が三百に矢が十万本、医薬品や包帯なんかも一週間分は余裕であります!」


「その他、用意した物は?」

「例の物は両方問題無し。槍の予備は二百本で有りますね……油は大壷3杯分であります」


ふむ。まあ、多少少なめだが何とかなるかな?

何ともならなかったら逃げ出すだけだし。


「それで、味方の状況は?」

「私兵団の残り五百人は、訓練が終了したんで街の守りに付かせてるであります」


「それでいい。トレイディアの城門は修復されればかなり強固だ。前線に出るよりは安全だな」

「で、教団志願兵が二日前から移動開始してたけど……最初の村を焼いたであります」


「……本当に襲ったのか。……って焼いた!?」

「うん、焼き討ち。"異端者は消毒だー"とか言いながらでありますね」


まじかよ?

そんな事して後々大変な事になるとは思わんのか?狂ってやがる。


「それに怒り狂った騎士団は精鋭の内三千名を動かして現在も追撃中であります」

「追いつけそう……いや、追いつかれそうか?」


敵のほうが正義っぽい行動様式なのでどうしてもこう言う聞き方になっちまうが、

まあ止むを得まい。と言うか、俺も分類的に悪党以外の何物でも無いし。


「追撃に合わせ、ブラッド司祭は部隊を百名ごとの20の部隊に分けたであります」

「それなら全軍が補足される事は無いか……いや待て、それで統率取れるのか?」


教団の志願兵は元々一般市民。

二ヶ月程度の訓練でそこまでバラバラに動かせるほどの錬度が得られたとは思わんが?


「命令が単純明快"各自の担当の集落を焼け"でありますから」

「なるほどな。百人ごとで別な場所をそれぞれ焼き討ち……待て」


それって、つまり片っ端から焼き払っていくって事じゃないか?

大丈夫なのかよ、そんな事して。

人事とは言え、信者が根こそぎ居なくなる様な気もするが。


「しかも、焼き討ちした集落の倉庫を襲い、物資の略奪を行ってるであります」

「……戦術的には正しいな。うん、正しいけど宗教家がそれやっちゃマズイだろ常考」


前言撤回、奴はやっぱり狂ってる。

だが狂っては居るがやる事に隙が無い。

全く、洒落にならん事この上無いな。


「……で、本陣は動いたか?」

「トレイディア軍は五千名が昨日の朝に街を発ったであります……敵勢力圏侵入は明後日の予定」


流石は正規の兵隊だ。

騎士団もそうだが俺たちが五日間かかる行軍を三日で済ますか。

錬度って奴は本当に大事だなと切に思う。


「要するに……こっちで傭兵全部を引き付け、志願兵が騎士団の内三千を引っ掻き回してる、か」

「騎士団側も商都軍本体が動いてるのには気付いてるであります。残留騎士団二千で迎撃予定」


「何、精鋭騎士団で迎撃するのか?」

「どうやら向こうの志願兵はまだ実戦に耐えないみたいでありますね」


それは予定外。

てっきり騎士団を温存して数に勝る志願兵をぶつけてくるかと思っていたがな。

もしくは残留全軍九千全部でかかってくるか。

……因みに全軍で正規軍を迎え撃つ場合、俺が砦を捨てて敵本部を急襲する予定だったが、

七千名も残られちゃそれも出来ないか。


「……まあ、それでも五千対二千か。何とかなるよな?」

「それはあたしには判らないで有ります。ただこれで負けるならそもそも勝ち目無いであります」


違いない。

双方共に精鋭部隊。錬度にまだ差が有るとは言え二倍以上で正面切って戦いそれでも負けるなら、

兵の質の差があまりにも大きい事になる。


「まあ、そこはトレイディア大公の采配に期待しよう。人を統率するのには慣れてる筈だしな」

「取りあえず、一晩で決着は付かないと思うし先ずは様子見であります」


「ん?長期戦になりそうなのか」

「騎士団側は武器食料を多く持って陣地構築中。地の利をもって戦うみたいであります」


成る程な。馬防柵や空掘があるだけで防衛力は相当に高まる。

数が半分以下の騎士団側としては数の差を埋める為の必須の策だろう。

……まあ、俺も似たような事をしてる訳だ。敵がやってこないわけが無いわな?


「騎士団側は密集して円になってるで有りますね」

「会戦の場所は比較的広い平原地帯のようだな。恐らくトレイディアは包囲狙いか?」


「多分。アリサもそうだと思う、って言ってるであります」

「そうか。まあ向こうは任すしかないし自分の敵を相手にすることを考えるか」


確かに向こうが勝ってくれないとこっちもヤバイ。

だが、それ以前にこちらが勝たねば意味が無いのだ。

……さて、敵が来るまでまだ時間も有るし、罠をもう少し増やしておきますかね?


……。


翌日早朝。

物見矢倉の上から、見張りが手元の鐘を叩く音がする。

……敵襲だ。


「敵総数は?」

「恐らく二千五百程度ですね」


三階の広間に移動、集まった主要メンバーと共に見張りからの報告を聞いてみる。

……うん、まあ敵兵数は予想通りか。


「先日の罠で五百は減らせたわけだな」

「ですが、それでもこちらの5倍の兵数です」


五百名の敵離脱を知っているのは、この場では俺とアリスのみ。

よって他の連中にはこうやって直接口で伝える必要が有るのだ。

わずらわしいとも思うが、味方にも言えない事情があるのだから仕方ない。


「それがどうした?攻城兵器も無い敵さんがそんなに恐ろしいか?」

「……余裕ですねぇ」


いや、そんなに余裕があるわけ無いだろ常識的に。

ただね。こう言う時指揮官が慌てるわけにはいかんのさ。


「どっちにしろ、いずれは倒さねばならん敵だ。砦に篭れる分有り難いと思ってくれ」

「「「「はい!」」」」


士気を崩壊させない為には安心感を与えにゃならんからなぁ。

……まあ、精々タフな男を演じてやるよ。


「総員、先日指示された配置に付け。先ずは尖った矢でお出迎えだ!」

「「「「おおっ!」」」」


……。


さて、俺自身は三階の屋上に陣取っていた。

横ではアリスが私設兵団の旗を持って微動だにしないで居る。


「……まだ敵は有効射程に入らないか」

「弓矢の射程に入るという事は既に城門まで僅かな距離と言う事でありますよ」


「ああ。要するに油断すんなって事だろ?」

「はいであります。アリサからもそう言われてるであります」


……そっと横を見るとあまり大きくない穴が屋根に開いている。

そろそろ良いかと思い、俺はそこから下……三階に居る部下に声をかけた。


「おーい。そろそろ油を寄越せ」

「はい!良く煮だってますよ!」


ツボに並々と入った煮えたぎった油。

それを兵士の一人が持って屋上に上がってくる。

そして、壷を俺の傍に置きまた降りていく。

暫くすると再び壷が俺の脇に置かれる。

置かれる、置かれる、置かれる……。


「……にいちゃ。そろそろ敵さんが射程内に入るであります!」

「ああ。そうだな」


実際の所、言われるまでも無く怒号が森全体に響いて居やがる。

……とっくの昔に鳥達は逃げ出していた。

そして砦の周りの焼け跡に、森の中からちらほら……そして怒涛の如く人間が飛び出して来た!


「今だああああああっ!火矢を射ろおおおおおっ!」

「「「「おおおおおおおぉっ!!」」」」


初撃は火矢である。それを敵ではなく森に向けて放つ!

実は鳥が逃げ出していたのは敵が来たからではなく、

先日の内に俺達が油を撒き散らかしていたからなのだ。

……流石に近くまで来れば油の匂いには気付かれたろうが、それでも逃げるという手はとるまい。

兵力差を持って薙ぎ払えると思っているだろうが、そうは問屋が卸さんぜ?


「火が付きましたっー!」

「よし!この周囲は既に一度焼けた後だ。こっちまで火は来ないから安心して射続けろ!」


一度全てが焼け落ちた森の中の十円ハゲとでも言うべきこの周囲一帯。

まあ、そう言う事を考えて焼け野原の上にこの砦を作った訳だ。

さて、ここでどれだけ減らせるかで今後が変わってくるな……。


「隊長!」


っ!?……いきなり怒鳴り声?

一体どうした!?


「敵の一部が板を持って突っ込んできますよ隊長!」

「板?……空掘を越えるつもりだな?いいだろう!俺がどうにかする」


三階から見下ろせば、一部の敵が確かに長く丈夫そうな板を持って突撃してきている。

今朝早くに敵の斥候がこの城を目撃していた筈だし、それで落とせると思ったか?

……攻城戦を想定してた筈は無いから間に合わせだろうが、

それでも有り合わせで的確な手を打って来やがる。が、それにやられてやる義理は無い!


「先ずは兵士を排除する!油、撒けーっ!」


空掘に長い板を乗せ、その上を渡ろうとする傭兵に対し油壺から煮えたぎった油が投下される。

その熱量は熱湯の比ではない……悶絶し、そのまま堀の中に落っこちていく。


「悪いがその空掘、深さ10mはあるからな?落ちたらただじゃ済まないぜ!」

「隊長!次々とやってくる敵が……今度は板を斜めに立てかけています!」


再び投下される煮えた油に、二人目の挑戦者が地の底に叩き落される。

だが、堀にかかった橋と二階に立てかけられた板はそのままだ。

次なる者が勢いをつけて急な坂道と化した板を登り、遂に二階に手がとど


「届かせる訳無いだろう!」


ここでアリサに作らせていたモノ、第二段の登場の時間。

そこに現れたのは大鉄球。しかも、とてもとても長いチェーン付きだ。

まあ、作らせたというより鍛冶屋に製作を依頼させていただけだが。


「橋ごと落ちろっ!」

「うがあああああっ!?」


ともかく地上三階から投げ落とされた鉄球、その大きさは巨大なスイカの如し。

一階の攻略をショートカットしようとした不埒者の脳天を貫いたのみに飽き足らず、

その足場たる板をも粉砕し、それらを地下に叩き落していく。


「しかも。引き上げれば再攻撃可能なリーズナブルな一品だったり」

「一抱えも有る鉄塊に潰されたら、人間なんかひとたまりも無いであります!」


長期戦になる事を考慮して用意した代物だが余りに重すぎて、

強力をかけた俺の他、力自慢数名しか扱えない欠陥品になってしまったが。

それでもこの戦いでは役に立つだろう。


要するにだ。……そらそらそら、回れ回れ回れーーーーっ!


「名づけて超重量級大鉄球"たまちゃん"なり!因みに命名はアリシア!」

「ただ今、にいちゃが斜めにぶん回して物見矢倉ごと敵十数名を吹き飛ばしたであります!」


チェーン、長すぎたかな?ちょっと扱いずらいような。

まあ、威力は折り紙付き。勢いさえ付けば半径25m以内に入った奴は弾き飛ばされる!

それだけだ!


「にいちゃが北の敵は一人で押さえてくれるであります!皆はそのほかの三方向であります!」

「矢が尽きんばかりに射ちまくれー!」

「敵を一人も城に入れるなーーーっ!」


いや、きちんと狙えよ。

十万本の矢なんて、三百の弓で射続けたら三百回位で無くなっちまうから。

……物資は有限なんだぞ?


とは言っても仕方ない。

実戦経験無しにも拘らずこんな最前線で戦ってくれてるだけ有り難い話だからな。


「気合だけは負けるなよーーーッ!」

「にいちゃ!いい加減、鉄球の鎖から物見矢倉の残骸は取り除くでありますよ!?」


いや、別にいい。

攻撃範囲が増えまくってるから。


「仕方ない。にいちゃの"たまちゃん"に当たらないよう、皆必死で避けるでありますよ!」

「あ、問題はそっちか」


確かにそうだな。味方に当てるわけにはいかん。

でも今更回転を止められないから皆、全力で避けるように。


……。


さて、戦闘開始から三十分程が経過した。

……周囲の森はいい感じで燃えている。

傭兵達は焼死を防ぐ為に結構な人数を消化に回さざるを得なくなり、

結果的にその戦力を集中できずに居るようだ。


そして現在俺は鉄球を振り回し続けパンパンに張ってしまった筋肉を休めるべく、

三階内部で水に両腕を漬けている。


「……五十人は弾き飛ばしたかな?」

「敵の被害は大体百人ぐらい。味方には10人の重傷者が出てるであります。」


戦争ともなればかすり傷など傷の内に入らない。

重症とまで言われる以上、暫く戦える状態ではないのだろう。


「腕を冷やし終えたら治癒をかけに行く。その旨伝えといてくれ」

「了解であります」


幸い、城砦の防御機構は今でも最外郭部分が機能し続けてくれている。

まあ、空掘を突破されるまでは安心だろう。

だが土塁は土の為、弓矢には強いが直接崩されたら脆さを露呈するだろう。

内部に侵入されるまでにどれだけ削れるか……。


「敵本陣がアレの射程内に入ってくれればいいがな」


現在はまだこの部屋の隅に置かれたままの"アレ"を見て思う。

……コイツの出番までに突破されるんじゃないぞ、と。

それに、内部の仕掛けを使う為には森の火が消えていて欲しい所だ。

必要だから付けた火だけど……勝手ながらそれまでには消えてて欲しいもんだな。


……。


さて、篭城二日目の朝だ。

流石に夜間攻撃は難しいらしく、敵は日が暮れる頃には撤退していった。

……アリサからの連絡では敵の損耗具合は死者百名、再起不能三百名、重症六百名。

再起不能者はその場で殺され、重傷者は傭兵国家に撤退して行ったと言う。

この損耗ぶりは、やはり攻城兵器無しで城攻めをしている故だろう。

既に敵伝令が騎士団領に走り出した。

となれば……そう遠くない内に攻城兵器がやってくるに違いない。


対してこちらは死者こそ出ていない物の、重症者が二百人近い。

弓の数に対してまだ残存兵力が上回っているのでまだ防衛力の低下は見られないが、

本日だけで矢の三分の一を消費している上に、

味方の治療をしていて気付いたが、重傷者を搬送する為にはそれ以上の健康な味方が要る。

要するに、これでは逃げられたもんじゃない。

……重傷者の内30人は何とか治癒で戦線復帰させたが、俺の魔力ではこの辺が限界。

しかも火球一つ使う魔力の余裕も無くなってしまう始末だ。


「マズイよな。思ったより防衛戦の指揮って難しいぞ?」

「想定外が多いのは仕方ないでありますが……このままでは三日目で矢玉が尽きるであります」


「それ以前に一日で治癒しきれない重傷者が百五十人以上……三日で戦える奴が居なくなるな」

「……継戦限界を三日に下方修正。あたしは一階の怪我人を二階に運ぶで有ります」


「ちょっと早いが仕方ないか。よろしく頼む、それと物資は全て三階に上げろ」

「あいあいさー。であります」


自室でアリスと頭を突き合わせているが、どうにも良い案が出てこない。

さて、どうしたものか?


「隊長!敵がまた攻めてきました」

「ちっ……取りあえず目の前の敵を片付けるのが先か!」


敵出現の報告を受け、おれはまた三階屋上に駆け上がる。

……不安そうな部下連中の顔が並んでいるな。


「おい!俺が来たからには傭兵如きに好きにさせはしないぞ。俺に続けっ!」

「「「お、おおおっ!」」」


景気付けに叫ぶと雄雄しい掛け声が次々と上がる。

よし、まだ士気は高いな。コレならまだいける!

更に勢いをつけるべく、俺は弓を手に取り強力を詠唱。

そして輪ゴムでも引っ張るかのように次々と矢をつがえ、放っていった!


「凄ぇな隊長……10連射かよ!」

「敵の先頭に吸い込まれてった……次々倒れてく!コレならいけるぞ!」

「よぉし!俺もいっちょ隊長に続くぜ!」

「俺は折角だからこの赤い弓を選ぶぜ!」

「……いや、それ仲間の血……まあいいけどな」


よし、自信が付いたよな?

ならいい、迎撃だ!


……。


二日目、戦闘開始から二時間が経過した。

太陽が脳天を刺激しだした頃……敵陣に大きな動きがあった。


「あ、あれは……傭兵王ビリー!」

「敵本陣が出て来たであります!」


要塞正面の森をかきわけ、明らかに精鋭と思しき集団が整然と現れた。

但し、その配置は昨日出来たばかりの焼け跡でありこちらの弓の射程からは遥かに遠い。

だがしかし、その五百名ほどの部隊の高い士気と錬度は遠目でも判る。


……それは正に軍隊。

傭兵としての屈強さに軍人としての行動様式を備えた精鋭中の精鋭。

それを目にしたこちらの雑兵が竦み上がるのが見えた。


「……前回は連れて来なかったが、相手がお前ぇじゃ仕方ねえ」


その中心に位置するは不死身と呼ばれる勇者の一人。


「ククククク!コレが俺様の近衛隊よぉっ!」

「傭兵王ビリー=ヤード。アンタか!」


いや、直接率いてたのは知ってたが……まさか二日目で出てくるとはな。

……ヤバっ。味方がかなり怯えてやがる。流石に伝説の勇者様は居るだけで違うか!


いや、まあ良いんだけどね。


「と言う訳で、いつぞやの借りを返させてもらうぜ?」

「だが断る」


あっさりと言葉をかえした俺が背後を振り返ると既にアリスが蟻の怪力を利用し、

"アリサに頼んでいた物第三弾"を三階から引っ張り出して来た所だった。

……万一破壊される事を恐れて中にしまっていたが、

こんなに早く敵本陣を射程に収める事が出来るとはな。


「はい、にいちゃ……矢、と言うか槍」

「ようし!……アリス、残りの三基も持って来るんだ!」


保護用の布を取り去り組み上げられたその姿はまさに巨大な弓。

攻城兵器にして防衛兵器でも有る据え置き式の大型クロスボウ。

その名をバリスタと言う。


今回の戦いに合わせ、洋館地下より発見された書物を元に作成した物である。

幸いこの世界にはこの手の"兵器"的な発想は無く、

弓矢も、人の手で運べる程度の大きさに収まっていた。

俺はそれを知った時、しかるべきタイミングで使用できれば強力な戦力になり得ると判断し、

秘密裏に試作品を作らせていたのだ。

……この四基はその中でも使用に耐えうると判断された物である。

特に俺専用として製作された一番機は、強力をかけて運用する事を前提に作ってあり、

強靭な弦を直接引き絞る方式を採用。

手持ちにするには巨大過ぎる弓から放たれる威力と射程はそのままに、

バリスタ・クロスボウ双方の弱点である速射性能を補う形となっている。


それ以外の三基はてこを使い、常人の腕力でも運用できる通常型だ。

以上四基のバリスタが本防衛戦の目玉である。


「そらっ!遥か彼方から襲い掛かる槍の恐怖に涙しろっ!」


全力で綱ほども有る太い弦を引き絞り、矢の代わりに槍をセット。

そしておもむろに弾き飛ばす!


「や、槍を矢のように飛ばしただと!?」

「何なんだあの化け物弓は!?」


眼下の一般傭兵どもが何やら言ってるが気にしない。

と言うか、技術レベル的にはとっくに有ってもおかしくない筈なんだがな。

まあ、恐らく魔法と言う便利な物が技術の発展を遅らせてるんだろうなと思いつつ、


おもむろに第二射を放つ!


……最初の槍は敵本陣を飛び越え、僅かにだが森の中に飛び込んでいった。

続いての槍は少し弱めに弾いたが……敵本陣中央の右よりに着弾。

咄嗟に大盾を構えた傭兵の胴体を盾ごと貫いて物言わぬ骸に変える。

……やはり普通の直槍であるせいか?やはり命中率とかにはまだまだ難があるようだな。

本当は傭兵王自身を狙ったんだが。


「凄い!凄いよ隊長!」

「洒落になって無いぞコレ!?」


部下の士気は回復したようだ。これだけでもこの場に出した意味はあっただろう。

眼下の傭兵達も動揺してるな。

……だが、唯一狙われた張本人達。即ち傭兵王の近衛隊だけは全く動揺した様子が無い。

これは流石と言うべきか。


「二番機お待たせであります!」

「よし、使い方を軽くレクチャーする。当てなくてもいいからとにかくぶっ放せ!」

「「「おお!」」」


続いて運び込まれたバリスタ二番機を屋上にセットし、近くに居た射手に使い方を教える。

そして、今度は二機による反撃を開始した。


「凄い!凄いっす!矢が、と言うか槍が物凄い飛んでく!」

「でも少しは狙うであります!」


さて、じゃあ俺はもう一度放つか!……ビンゴ!


「傭兵王!討ち取ったり!」


俺の視線の先で傭兵王ビリーの脳天に見事に槍が突き刺さり、

側近の手により森の中へと消えていく。

とは言え、本陣は全く動揺する気配が無い。

……案の定暫くすると右側面側の森からビリーがまた走り出て、

また本陣中央に居座ったようだ。


「……普通なら大将が射殺された時点で軍自体が崩壊すると思うんだが」

「と言うか、何で森の死体はそのままに次の本人が現れるのかが不思議であります」


「まあ、あの傭兵王で勇者だしなぁ」

「勇者じゃ仕方ないで有ります」


それにしても厄介な事この上無い。

本陣に直接攻撃したら本人はともかく回りが崩れると思ったんだが、

動揺するのは前線に居る連中ばかり。

本陣が動揺しないから、それも直ぐに士気回復してしまう。


「……死なない大将がこれほど厄介だとはな」

「アリサ曰く、その言葉自体が異常な事に気づけ兄ちゃ、との事であります」


違いないが、しかし本当に厄介だ。

相手側の士気が崩壊しない以上、直接敵兵を殲滅するしかないだろう。

だが、現状はともかく数日後には矢が尽きる。

それに空掘も何時まで持つか判らん。

……これは、最後の切り札の使用も考慮に入れねばならんか。


「まあ、今は出来うる限り敵を迎撃し続けるしかないか」

「そうでありますね……にいちゃ!」


な、なんだアリス。

いきなり大声上げて……ん?何を指差してるんだ。


「何か、大荷物背負った集団がこっちに来るでありますよ!?」

「……武器も持たず何を……せ、戦死者の遺体かあれは!?」


不気味な光景だった。

傭兵達がいきなり先日の戦死者の遺体を背負い、武器も持たずに城門前に殺到している。

弓矢は仲間の遺体で防御し、とにかく先へ進む事だけを考えているようだ。


「一体、何を!?」

「あ、空掘に……死体を投げ入れたであります!」


仲間の死体を、投げ捨てたのか!?

一体何のため……あっ。


「急いで止めろ!近づけさせるな!」

「ど、どうしたでありますか?」

「隊長!一体あの行動に何の意味が!?」


最悪だ。敵は空掘に死体を投げ入れては逃げ帰っているが、その投下場所は一点集中。

俺はそれにある一つの意図を感じ取らざるを得なかった。


「連中……堀を埋める気だ!」

「「「ええっ」」」

「にいちゃ!今度はガラクタとか大きなゴミを背負った連中が接近中であります!」


一応、敵は他の三方向からの攻勢も続けている。

よって、こちらは三方を空にすることも出来ない。


「仕方ない!手の開いてる者は全員城門前に」

「無理です!既に怪我人が多すぎて弓が余ってる状態なんです!」


ちっ!

判ってはいたが今日は昨日に比べても損耗が激しいか。

幾つかの弓は壊れてしまっているが、それでも余るほどに人の損耗が激しくなっている。

長時間の戦闘で……錬度の差が如実に出てしまってるんだ。

これじゃあ、明日には戦闘続行不可能になりかねんぞ!?


「にいちゃ大変!お堀の底が見えてきたであります!」

「た、隊長!指示を下さいっす!」


いや、先ずは今日生き残るのが先か。

どんな惨状になってるかは判らんが、取りあえずそれは生き延びてこそ。


「判った!正面は俺が受け持つ!アリス、たまちゃん持ってこい!」

「あいあいさー!であります!急いで持ってくるでありますよ!」


バリスタ一号機は使える奴がいないから一応片付けさせておく。

……壊されたりしたら士気に関わるからな。

そして、本当は敵に城門突破される事も想定していたが、

万一怪我人の居る二階に進入された時の事を考え、作戦を変更する事にした。


「おい!何人かアリスと一緒に倉庫に走れ。……中の箱を持って来るんだ」

「……は、はい」


「良いか、絶対に乱暴に扱うなよ。そして二階の窓から投げ落とせ」

(矛盾してる気がするけど……まあ隊長の言う事だから何か意味があるんだろう)


「にいちゃ!たまちゃん持ってきたであります!」

「よし、アリス!……少し予想外だがここで蜂に頑張ってもらうぞ」


『……委細承知。あ、今アリサからの許可も下りたであります』

「よし!じゃあ頼んだ。俺はここを死守する!」


アリスから武器を受け取り、城門前に殺到する敵を見据える。

そして俺は、大鉄球を手にして敵の群れに投げつけた……!


……。


二日目、夜。

俺達は辛うじて城門を守りきっていた。

敵は夜半まで攻勢を続けていたものの、流石に諦めて一時撤退をしている。


「く、腕が、腕が上がらねぇ……」

「無茶するからでありますよ、大丈夫でありますか?」


だが、ありったけの戦力をぶつけてしまったため、既に明日を戦い抜く戦力は残っていない。

俺自身、鉄球を振り回しすぎて腕が殆ど動かなくなってしまっていた。


「……アリス、装備はどれだけ残ってる?」

「弓は二百五十あるけど矢が殆ど空っぽ。蜂達も流石にこれ以上使ったら怪しまれるであります」


まあ、仕方ない。

元々森の中で蜂に一度襲われた連中を今度は密閉されたエリアで襲って、

トラウマを抉ろうと言うえげつない作戦だったのだ。

箱も壊れてしまい表に転がってるし、指示が出来る事を知られる訳にも行かないしな。


「槍は……バリスタは?」

「二号機に火矢が直撃して壊されたであります。槍はもう予備が無いであります」


玉切れ、か。止むを得ないとは言え難しい問題ではある。

油壺はまだ余裕があるけど、それだけで守れるもんじゃないからなぁ。

これは、詰んだか?

……せめて怪我人が居なければ三階に用意した仕掛けが使えるんだが。


「そうだ。被害は……人的被害はどうだ」

「重傷者が三百五十人越えてるであります。それと……直撃で15人死んじゃったであります」


……!


判っていた事ではある。

判っていた事では有ったが、正直、こたえる。


「死者が、出ちまったか」

「うん。でも、にいちゃは頑張ってる。最善に近い結果だと思うでありますよ?」


軽く体が揺らぐような感覚。

……だが次の瞬間、何故か先の防衛戦時にルンに抱しめられた事を思い出すと意識が戻ってきた。

今のは一体?


「……あー、そうか。そう言う事か。……意外と俺も蚤の心臓なんだな」

「にいちゃ?大丈夫でありますか。お顔真っ青であります!」


アリスが血相変えているが、まあ仕方ない。

……気付いてしまったのは仕方ないのだ。


「いや、ただ気付いただけだ」

「何をでありますか?」


「元が引き篭もりの俺に、そうそう簡単に度胸なんか付いてた訳じゃないんだって事をだ」


そう、今現在の戦力はどうあれ、

俺の基礎となったのは引き篭もった挙句自ら死を選んだ脆弱極まりない現代人のそれ。

……そうである以上、そんな簡単に強くなっている訳が無かった。


そう、俺はただ強がっていただけの弱虫でしかなかったんだ。


無意識に被った、非常に徹する事の出来るタフガイの仮面。

個人でやっている内はそれ程酷い破綻をきたす事は無かった。

何せ、襲ってくる奴らは敵だから。と言う非常に簡単な論理が働いていたから。


だが……今回はどう考えても俺が全面的に悪い。

だから俺が脆弱な俺自身を騙し切れなくなっていた。

ただそれだけの事だったんだ。


「自分でも気づかない内に、随分精神的に無理がかかってたって事だな」

「……大丈夫なんでありますか」


あー、心配するな。

己の心の内を理解した以上、無理に気付かないなんて事は無いから。

ただ……この仮面は一生被り続けなければならなくない、

それを理解しただけだから。


「何にせよ、敵にまで手を差し伸べる余裕は無いし、味方は出来る限り守るって事は変わらんさ」

「にいちゃ!」


「……覚悟は決めた。揺らぐ事はあっても、もう折れたりはしない」

「アリサが、"多分"を付けとけー。って言ってるでありますよ?」


ふぅ。アイツには敵わんな。

……確かに自分の脆弱さを理解しただけで弱さが克服できるなら世話は無いわな。

まあ、俺は俺なりにやって行くさ。今までどおりに。


「……アリス。明日の策は決まった。スノマタ城最終機構、発動させる!」

「え?でも動けない皆はどうするでありますか?にいちゃが見捨てるとは思えないであります」


そう、傷ついた味方がいる以上この城に付けた最後の機能は使えない。

だが……それをどうにかできる術、無い訳ではない。


「……皆を大広間に集めろ。一人残らずだ」

「は、はいであります!」


……。


さて、俺は野戦病棟と化していた二階大広間にこの城に居る全員を集めていた。

そして、今後の予定を皆に説明していく。


「この城の三階には緊急脱出用の布製滑り台がある。これで今夜じゅうに全員脱出する」

「無理っすよ隊長?怪我人のほうが多いっすから」


そう、敵を避けて逃げ出すには怪我人の搬送がネックとして大きすぎた。

だが……それについては問題を無くす事は可能だ。


「それについては考えがある……広範囲回復用の魔法があるんだ」

「成る程!流石は隊長。抜け目が無い」


……問題も抜けもあるけどな。

まあ、それを言ってがっかりさせる必要は無いから黙ってるけど。


「まあ、それはさておき脱出後は散開しつつ森の中を抜け、指定された場所に移動せよ」

「指定箇所には食べ物とかこっそり用意して置いてあるであります」


実際はこれから用意するんだけどな。

まあ、こいつらがたどり着くまでには用意し終わり蟻の痕跡も残していないだろう。


「全て、作戦通り……と言う訳ですな隊長?」

「凄ぇ、本当に凄ぇ人だな隊長は」


いや、実際は違う。齟齬どころの話じゃないんだなコレが。

それでも、指揮官としての責任として無理にでも重々しく頷いておく。


「さて、ここまで先の事を話したのには訳がある。俺はこの先暫く指揮を取れない」

「「「「えええええええっ!?」」」」


大広間じゅうに大声が響き渡るがこの際仕方ない。

これはもう、どうしようもない決定事項なんだ。


「……今から使用する魔法は消費魔力が大きすぎて確実に俺は気絶する」

「多分……一週間は目を覚まさないのであります」


チートの書に載っていた魔法の一つ。その名は"癒光"(ヒールライト)

術者から発した光に照らされた全ての者の傷を一瞬にして癒す高度な魔法であるが、

さっきも言ったように極めて魔力消費が高い。魔力全快でも気絶してしまうほどだ。

前回は三日。今回は疲労痕倍しているので一週間と見込んでいる。

その間は当然指揮を取る事など出来ない。が、人任せで全滅でもされたら元も子もない。

よって、自分の部隊は森の中に隠す事にした訳だ。


「そう言う訳で俺の目が覚めるまでは敵に見つからないように隠れていてくれ」

「十分な物資は提供するから大人しくしてて下さいであります」


「「「「は、はい!」」」」



それが聞ければ安心だった。

俺は丹田に力を込め動かない両手を叱咤すると、気合を入れて両腕で髪をかき上げた。


『家の親父はハゲ頭』


その詠唱と共に、俺の額が光を帯びる。


『隣の親父もハゲ頭』


続いてその光が収束、拡大、眩いばかりの閃光と化す。


『ハゲとハゲとが喧嘩して』


光に暖かな熱が篭る。……既に一部の者には治癒の兆候が見え始めていた。


『皆、けが無く良かったね!……癒光(ヒールライト)』


最後の詠唱が終わると共に、俺の意識は急速に失われていく。

倒れそうになる俺をアリスが必死に受け止めようとする中、

俺は自分の両腕を含めて周囲の連中の傷が消え去り、

それに対し驚きの声を上げるのを確認し、

少しばかりの安心と多大な不安と共に、意識を手放したのである。


……。


「ん?……ここは、森か?」

「にいちゃ!目を覚ましたでありますか!」

「隊長、大丈夫っすか!?」

「流石は隊長!あ、俺達一人も欠けずにここまで逃げれましたぜ」


目を覚ますとそこは森だった。

そして、周囲には見覚えのある顔がキャンプしているのがわかる。


「……どうやら、脱出は成功だったようだな」

「ういうい。敵さんが攻めて来た時には既にもぬけの空であります」


ふう、どうやらこっちが逃げる事は想定していなかったらしいな。

警戒は自分たちの陣の方のみか。

だが、逃げ出せただけではトレイディアとの約束は果たせない。


「……で、最終機構の方は上手く作動したのか?」

「洒落にならない位上手く行った。……敵さん総崩れで国まで逃げ帰ったであります」

「こっそり森の中から見てたっすが、まさか城丸ごとが罠だとはねぇ」

「恐ろしいお方ですな」


そう言う事。スノマタ城はその物が巨大な罠だったのである。

具体的に言うと、

ちょっと細工をするだけで二階と一階の床が残らず抜けて、地下一階まで叩き落される。

しかも地下一階の高さは空堀以上の20mもあり、しかも床には大量の突起物を用意。

無事なのは三階に居る奴だけと言う大惨事を招く事が出来るのだ。

……ノリはドリフだけどな。


「本当は蜂の大群でパニックになった所で使う予定だったんだけどな」

「結果オーライ。完全占領された次の日の夜中に発動させた甲斐があったであります」


酷ぇなそれは。寝てたらいきなり空中に放り出されるとか、どんだけだよ。

まあ、敵だから良いと言う事にしておく。


「で、傭兵部隊は壊滅、もしくは撤退で良いんだな」

「うん。"もう義理は果たした!"とか言って傭兵国家に帰って行ったであります」


うん、それなら十分だ。

五百の兵で三千を壊滅させたなら戦果としては十分だろう。

それに敵に傭兵部隊が居ないなら、戦争の行く末もかなり楽になろうってもんだ。

……まあ、俺も明日くらいまではゆっくり休んで、本隊と合流でもするか。


ん?どうした皆。

何か言いたい事でもあるのか?


「それでね。ちょっと困った事になってるであります」

「隊長の眠っていた一週間の間にとんでも無い事になってるんですよ」


ほうほう、それは一体?


「……本隊五千が、敗北しました」

「えええええええっ!?」


残念ながらまだ、楽をさせては貰えないらしい。

俺は急ぎ部隊を纏めると、本隊の残存部隊に合流すべく動き出したのである。

続く



[6980] 23 聖俗戦争 その4
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/15 23:56
幻想立志転生伝

23

***冒険者シナリオ8 聖俗戦争 その4***

~撤退から決戦へ~

《side カルマ》

カルーマ商会私設兵団、総員弐百名が森の中をひた走る。

行き先は本隊残存部隊が落ち延びたという小さな村。


「それで、つまり……商都軍本隊は鶴翼の中央を破られて、領主は意識不明だと?」

「そういう事みたいであります。それで左右に軍を分断されて、左翼がボロボロでありますよ」


さて、俺が一週間寝込んでいる間に起こった最大の出来事、

トレイディア正規軍の敗北についてここで一度纏めておこう。

二日ほど前に行われたこの戦い。

トレイディア軍五千に対し、騎士団は僅かに二千。

局地的とは言えトレイディアが数的優位を手に入れた形ではあるが、その結果は散々な物だった。


まず、戦闘開始時の状況だが、

西側の小高い丘に陣地を築いて篭る騎士団に対し、

東に位置するトレイディア軍はいわゆる鶴翼の陣形を敷き包囲を試みた。


……と言うか、この時点でトレイディア大公はブルジョアスキーの罠にかかっていたのだ。


両翼の包囲が完了したと思った瞬間硬く閉じられた陣地の正面が開き、

騎士団の精鋭千五百が陣形中央……翼の付け根目掛けて突進を開始した。


迎え撃つトレイディア軍本陣は三千五百。

本来ならば、数の差で守り抜く内に両翼からの圧力で騎士団側の戦列が崩れ去る、筈だった。

だが、この三千五百と言う数字が曲者だったのである。

……ここに配されていたのは各地より引き抜かれた衛兵達。

右翼は傭兵部隊より千名、

左翼は正規軍より五百名で固めていた。

そう、トレイディア側の最大の弱点こそ、数こそ多いが比較的錬度の低い衛兵だったのである。


左右の翼が効果的に動く為には錬度の高い兵士を配するしかなかった。

よって、守りだけと考えられた中央に数の多い衛兵隊が配置されたのも仕方ない事かもしれない。

だがそれを見越してかそうでないかは不明だが、敵はその柔らかい腹に食い付いてしまった。


ただ、この時点なら逆転の策はあったはずなのだ。

だが……突然トレイディア大公が倒れる。側近の騎士の一人が突然主に刃を向けたのだ。

そう、トレイディア軍にも騎士団側の密偵は存在していた。

彼は異端審問官より、自らを騎士に叙勲した騎士団長を信じたのだ。


余談ではあるが、この世界における騎士とは"神聖魔法を使う戦士"であり、

その叙勲は現在、神聖教会のみが行えるとされている。

だが、叙勲された後はそれぞれの主君に忠誠を誓う事になっている筈なのだ。

だがその実態はと言うと……。

20年忠実に仕えていた家臣に裏切られ、倒れ臥す時の大公の無念はいかばかりか。


そして……後はもう、崩壊を待つのみとなる。


陣地の騎士団五百名が左右から攻められ壊滅しかかる頃には既に本陣が食い破られていた。

そして戦場に響くトレイディア大公討ち死にの声。

実際は騎士団側の謀略でしかなかったが、大公本人が意識不明の重体となっており、

否定する事もままならず、まず本陣が崩れだしたのである。


「待って!待って下さい!領主様は未だご健在なのですぞ!」


従軍していたギルド長バイヤーが必死に声を張り上げるものの、

他人から警戒感を解く、普段は彼の力である筈のみすぼらしい容姿が災いした。

……兵士達はかえって不信感を感じ、隊長格ですら戦線離脱を始める。

その内本陣には人が居なくなり、バイヤーは止む無く意識の無い領主を背負って脱出した。

ここにトレイディア軍本陣は戦闘開始から僅か一時間で壊滅。


……そして胴体を失った翼の受難が始まる。


「ええい!本陣は何をしているので御座るか!?」


左翼の正規軍五百名を率いていたのは村正……カタ=クゥラ子爵。

だが彼の目にも本陣の混乱、そして崩壊は否応無く飛び込んでくる。

幸いだったのは、彼自身がトレイディア次期領主であり兵たちの忠誠の対象だった事だろう。

……幸運にも彼の率いていた兵達は逃亡に移ったりはしなかった。

だが、そうでない方は?


「カタ様!右翼の傭兵部隊、隊列が崩壊!次々と逃亡を開始しました!」

「……所詮傭兵。所詮は金で雇われた兵。信には値せなんだ、それだけで御座るよ」


村正が吐き捨てるように言うが、それは違うかも知れない。

彼らは本陣崩壊までは真面目にやっていた。そして金の分は戦ったと判断したのだ。


大将と本陣がやられたと見て取った傭兵部隊はバラバラになり戦場からの離脱を始める。

そう、傭兵達にとってこの戦いは既に終わっていた。

無論、勝ち戦なら最後まで付き合ったであろう事は容易に想像できるがそれは詮無き事。


中央と右翼が一気に崩れ、気が付けばトレイディアの兵は村正率いる五百名のみ。


「まだ、まだ昼にもなっておらぬのに……この体たらくで御座るか!」


思わず叫ぶ村正に、更なる現実が襲い掛かる。

……本陣を壊滅させた騎士団主力が引き返してきたのだ。


「我が方は五百。敵は……まだ千二百は残っているで御座るな。……ここが拙者の墓となるか」


覚悟を決めた村正は妖刀を抜き放つと敵陣に突入、

自らも敵兵二十名を斬り倒し、大いに士気をあげる。


だが、村正の頑張りもそこまでだった。

村正の精強さを見て取ると、騎士団は味方の被害も構わず矢の雨を降らす。

更に魔法使い部隊が大規模な魔法攻撃を撃ち込みはじめるに至り、村正自身も直撃を受け気絶。

それを見て取った側近の一人が指揮を引き継ぎ、

怪我の軽い者百名ほどを護衛に付け、戦場から主君を脱出させる事に成功したのである。

その後、残った兵達は正に獅子奮迅の活躍を見せたものの衆寡敵せず。

……自らの倍近い敵を道連れに、一人残らず壮絶な討ち死にを遂げたのである。


結果として、トレイディア側は死者千人(衛兵六百・正規兵四百)、戦線離脱千人(傭兵)

商都に逃げ戻ったのは衛兵が二千九百人だが、その内四百人は重症であり、

再編成可能数は二千五百人に過ぎなかった。

……更に今でも百人弱の正規軍が次期領主ごと敵領内に取り残されている。


逆に騎士団側も、最終的に二千名居た兵の内千五百名を失う大損害を被っている。

だが、逆に言えば数で倍する敵を二千四百名ほど戦闘不能に追い込んでも、

自軍の被害は千五百名に押さえたとも取れる。


残念ながら、どう考えてもこの戦い……トレイディアの負けだった。

特に……分断された左翼は帰り道を失い敵勢力圏を逃げ回る事となる。


……。


「でも、逃げたと言っても商都への帰り道は敵が塞いでるで有ります」

「……結局、村正の奴は敵陣奥深くに分け入る羽目になった、か」


そう、つまり村正は百名に満たない兵に守られる形で、

土地勘の無い敵陣を放浪する羽目になったのだ。

今は何故か人の居なくなった廃村を見つけ、そこに陣を構えているらしいが、

見つかるのは時間の問題だろう。


「位置的に助けられるのは俺達だけ、か。まあやるしか無いだろうな」

「ええ。トレイディアの次期領主を助けたら俺達英雄ッすね!」


配下の連中には悪いがそれだけじゃないんだな。

もしここで村正が死んだりしたら、トレイディアの上層部に俺たちの味方が居なくなっちまう。

それに、ここで助ける事が出来たら後々色々楽になるだろうという思惑もあったりする。

……アイツが俺の数少ない友人である事もまあ、多少は考慮に入っているが。


「何にせよ、急ぐべきだろ常識的に!」

「あ、にいちゃ!トレイディアの旗、見えたであります!」


「アリス!私兵団の団旗を掲げろ!矢でも射掛けられたらたまらん!」

「了解であります!」


味方である証拠の旗を掲げ、村に近づくと崩れかけた教会から何人かの兵士が這い出て来た。

……こりゃ、急いできて正解だったな。満足な治療も受けて無いじゃないか。


「カルーマ商会私設兵団長、カルマだ!カタ子爵はご無事か!?」

「あ、ああカルマ殿……貴殿が来てくれたのか……」


俺の言葉に反応したか、村正が建物から歩み出て来た。

自慢の刀を杖代わりにヨロヨロと歩み出るその姿に酷い罪悪感を感じるが、

それを表面上はおくびにも出さず、そっと治癒を試みる。


「おお、流石で御座るな。折れた腕がもうくっ付いたで御座る!」

「ま、無事で何よりだ村正。救援が遅れて本当に。……済まないな」


「ははは。救援に来てくれたのは貴殿だけで御座る。感謝こそすれ恨みになど思う訳が無い」

「そうか、とりあえず薬と包帯、それと水食料を持ってきた。使ってくれ」


「か……重ね重ね、申し訳無いで御座る」

「いや、止めてくれ村正、頼むから」


とりあえず感涙状態の村正の傍を後にして、持ってきた支援物資を正規軍連中に配っておく。

今後も辛い戦いが続きそうだし、早い所元気になって貰わんと。


「そうで御座る。これから作戦会議で御座るが貴殿も出席して下され」

「いいけど、取りあえず一つだけ言わせてくれ」


「何で御座るか」

「無人の村に見せかけるなら、トレイディアの旗は隠しとけよ常識的に」


……。


さて、教団の武力である聖堂騎士団と戦う俺達が廃村の教会に潜んでいるという皮肉を感じつつ、

俺は正規軍の生き残り百名弱と今後の打ち合わせに入ろうとしていた。

因みにこちらの配下弐百名は廃村の各家に分散して隠れさせている。

たった三百名では万一敵に捕捉された場合一網打尽にされてしまう。

それを考えるとむやみに姿を晒すわけにも行かないのだ。


「まあ、そんな訳でこの村は捨てられてから間も無いで御座るが、防御に使えるかと言うと」

「難しいだろうな。だが東へ……トレイディアへ向かう街道は恐らく全て封鎖されてる」


「左様。一戦交えるにはこちらが疲弊し過ぎているで御座る」

「しかし隠れるには少々目立ちすぎるし、早く戻らないと……お前の親父さんが」


そう、現在トレイディアは領主が意識不明で次期当主が敵陣に孤立と言う状態なのだ。

状況を打破するには何とかして村正が帰還する必要があった。


あれ?でも待てよ……現在の敵兵数って確か。


「取りあえず、敵の陣容確認してみないか?」

「……それはどういう意味で御座ろう」


……。


二時間ほどが経過し、放たれた偵察兵が敵の状況を説明し始めた。


「朗報です。トレイディアへの道を塞いでいる敵騎士団は僅かに五百名しかおりません」

「やっぱりか!敵は千五百名失ったと聞いてたけど、今なら正規兵は五百人しか居ない!」


そう、ブラッド司祭の追撃に出た騎士団三千が帰還したという話は未だ聞かない。

ならば、今俺たちの道を塞いでいるのは僅か五百名のみ。

その数ならやり方次第で突破も出来るんじゃないかと思う訳だ。


「それに、俺の手勢の一部をトレイディアに向かわせた。この村の位置は商都に伝わる」

「何と!」


そう、前回の戦いの被害で微妙な兵数になった事もあり、

俺は幾らかの兵を連絡役を兼ねてここに来る前に切り離し、トレイディアに帰還させている。

そいつらには正規軍残存部隊の居場所を伝えるように言ってあるのでいずれ援軍も来よう。


「そろそろ向こうにたどり着いてる頃だと思うんだが……こちらも努力すべきだろう?」

「左様で御座るな。……こちらの物資も長くは持たぬ。余力のある内に帰還するべきか」


その後、喧々囂々とひと悶着はあったものの、

全力を持って敵陣を突破、帰還する事が決定した。


……これは俺とアリスしか知らない事だが、

既に村正の無事を知ったトレイディア上層部は救出部隊の編成を開始した。

その数傭兵隊千名と正規軍千名。即ち精鋭部隊全軍である。

首都の守りを先日脆さを露呈したばかりの衛兵隊に任せる形にはなるが、

現状で出来る最善だと俺は思う。

ならば……脱出経路を潰すべく広範囲に散らばっている敵陣を突破し、

後は全力で撤退を続ければ被害を最小限に抑えられるはずだ。

それに、時間をかけて後方の志願兵部隊七千が出張ってきたらどうしようも無くなるだろう。

以上が敵陣突破を俺が推奨した理由である。


結果、装備も含め疲弊した正規軍を後詰として後方に置き、

我が私兵団弐百で一点突破を仕掛ける事となったのである。


……。


「アリス、敵はどうだ?」

「この先の街道には20人位しか居ないでありますね」

「だが、時間を僅かでもかければ次々と敵が駆けつけて来よう」


それはそうだ。確かに敵は同数の上分散している。

だが倍以上の敵を打ち破った事で士気は高いし、

あの激戦を生き延びたこいつ等は間違いなく精鋭だと言える。

舐めてかかっちゃ足元を掬われる筈だ。


「……敵の警邏部隊は……まだ居るな。もう少し森の中に行くまで待つか」


因みに、本当は森の中を進みたかったが、残念ながら敵さんは森の中も警戒中。

むしろ道路事情の良い街道沿いを突き抜けるほうが生存確率が高いと踏んでいる。

よって現在は街道沿いの森に潜み、

敵の警邏網を抜けて警戒線を何時食い破るか時を待っている状態である。


しかし、ただ逃げ帰るだけじゃ割に合わないしな。

……逆に罠を仕掛けてやるかと行動中だったりして。


「と言う訳で、そろそろ行動開始だが……アリス、味方は配置に付いたか?」

「委細合切大丈夫であります」


OK、それならいい。


「ならばこの20人を一気に蹴散らし駆け抜ければ被害ゼロだな」

「幾らなんでもそれは無茶では無いのか?戦とは被害が出る物で御座るよ」


おっと、もう少し後ろに居るはずの村正がここまで出て来ているとはな。

……何かあったのだろうか?


「怪訝そうで御座るな。だが拙者とて焦りもあるので御座るよ」

「……まあ確かにここで村正に何かあったら一大事どころじゃないしな」


「冒険とは違った、嫌な重圧で御座るよ。拙者の生き死にが国の命運をも分ける」

「まあ、集団の長には多かれ少なかれそういう物が付いて回るもんだ」


「違いない。……カルマ殿も今回の件で理解したのではないで御座るか?」

「逃げ出せるなら逃げ出したいが……それで被害が大きくなったらと思うともう逃げも出来ん」


それが、自分の身から出た錆だからなおさら、な。


……まあ、要するに村正も不安だって事だ。

不安に任せて前線まで来てみれば前線指揮官が無茶を言ってると来た。

そりゃあ当然声も出るか。


「まあ、こんな所で仲間を失うのは嫌なんでな。……誰も死なさんさ」

「意気は良し、で御座るな?期待させてもらうで御座るよ」


まあ、今回の策があれば不可能では無いさ。

いや、と言うか策でも無いんだけど。


「にいちゃ、敵街道封鎖部隊が孤立したであります。暫く敵は来れないでありますよ?」

『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


返事代わりに敵集団に向けて魔法爆弾をぶん投げる。

……うん、そういう事だ。ついでに、ここで一句。


詰んだなら、無理をも通せ、エンパイヤーズ。


「要するに!策も何もこの数なら俺一人でどうにでもなるって訳だ!」

「それはまた斬新過ぎる発想……だが確かに効果的で御座るな!」

「流石はにいちゃ、無茶この上ない事をやってのける。そこに痺れる憧れる、であります!」


「「「いや、それを普通に受け止めるあんたらも十分異常だ!」」」


兵士三百名からのツッコミを背に受けつつ、俺達は街道をひた走る。

二十人ばかりの街道封鎖要員が何だって言うんだ!?

俺はここの所疲れてるんだ、一週間寝てたとは言え、自分的には全然休まって無いし!

だから、ここは考えもくそも無く突撃と言うわけだな。

考える事がもしあるとすればそれは、


「にいちゃ!後ろから敵の騎兵が迫ってるであります」

「くっ!こちらは徒歩。街道で騎馬に勝てる訳が……だが今更森に入っても無意味で御座る」


「うん、来るのは判ってた。……で、アリス。配置は?」

「もう付いてるで有りますよ!そろそろ勝手に動くはずであります!」


次の瞬間、俺たちの背後で一本のロープが勢い良く張られた。

……丁度膝くらいか。人間なら避けられない訳が無い程度のブービートラップ。

だが、相手は勢いに乗った騎馬隊だ。

止める事も出来ず引っかかったロープに脚を取られ無残に落馬していく。

だけでなく、後ろから後ろから次々と騎馬隊が仲間の体に遮られ一気に団子状態と化し、

その上側面から射掛けられる矢に貫かれる有様。


「よぉし!撤退に加われ!」

「皆、ロープ待ちご苦労様であります!」


さて、スノマタ城の攻防で俺達が失った兵士は十五名。

そして村正を迎えに行ったのは二百名。

トレイディアへの連絡は数人居れば十分だ。


で、残りはこうして撤退援護に回してたわけだ。

頭使うならやっぱ、敵の被害を拡大させる事を考えるべきだよな。


因みに追撃が騎馬ならこうして木と木の間にロープを張って落馬させ、

弓で追撃されていたら木を切り出して作った大盾を背負って俺たちの後ろに続かせる。

そして相手が歩兵なら、街道両脇から矢を射掛けさせてから独自に撤退させるつもりであった。


「あばよ、とっつあーん」

「逃げるでありまーす」

「きちんと罠は仕掛けていたので御座るか。抜け目無いで御座るな!」


ついでに後ろ走りしながら、適当に矢を食らわせとく。

馬と人間が不気味なオブジェと化しているが……まあ、直ぐに助けが来るだろうし。

出来れば全滅させておきたいが、欲をかいて良い事なんかある訳が無いからなあ。


そして、全力で走り続け太陽が西の空に沈む頃。

俺達はどうにか救出部隊へ合流する事が出来たのである。


……。


それから更に数日後。再編成が終わった俺達は第四回防衛会議に出席していた。

……但し、カルーマ商会の代表の椅子には俺が総帥代行として座っている。


「さて、カルーマ総帥は急用にて出席できぬと連絡が来たで御座る」

「総帥の代わりはこの俺、カルマが務める」


下座のほうから、やれ"逃げた"だの"何でただの部隊長が"だの色んな野次が聞こえる。

連中、後でしめる。とは言わない。

気持ちは痛いほど判るから。

なにせ、行方不明のブラッド司祭を除いてトレイディア側でほぼ無事なのはうちだけだしな。

腹立たしくもなろうってもんだ。

……まあ、だからこそ前線に出たカルマとしてここに来たわけだが。


「皆、静かにするで御座る」


村正のひと言で場が一気に静まり返る。

冒険者と言ってふらふらしてる放蕩息子と思われていた今まででは有り得なかった事だ。


……トレイディア大公が相変わらず生死の狭間を彷徨っているのに軍は未だ崩れない。

その理由こそ今のコイツ。次期当主として急速に認められた村正の存在なのである。


圧倒的な劣勢において粘り強く戦い続け、

孤立状態から救出部隊が駆けつけるより先に敵陣突破して無事帰還。

そんな英雄譚真っ青な大活躍は、敗戦の傷を出来るだけ小さくしたい軍の意向もあり、

ここ数日、相当大々的に宣伝されていた。


無論カルーマ商会も新聞を使って協力したよ?大儲けだったね、うん。

え?俺の手柄?やだなぁ、ただの救援部隊の隊長にそんな栄誉が与えられる訳無いじゃん?

強いて言うなら、トレイディア軍の態度が一気に仲間に対するそれになった位か。

いや、これでもかと言うくらいに大きい事だけどね?


まあ、つまり村正の評価がうなぎのぼりで凄い事になってるわけ。

……ここまで来れば、カルーマとして胡散臭がられるより俺として出たほうが良いと踏んだ訳だ。

何せ冒険者仲間でもあるし。


「カルマ殿は当初より多数の武勲を立て、この場に居る事に何の問題も無いで御座る」

「それに彼は冒険者として驚異的な依頼達成率を誇る上、カタ様が友と呼ぶお方にございます」


空気が変わる。……どうやら俺がここに居るのは認められたか。

いやあ、カルーマを胡散臭そうに見てたバイヤーさんが、

俺に関しては親愛の笑みまで見せてくれてますよ?

流石に主君を助ける為に敵陣まで突っ込んで行ったと言うのはインパクトが大きいか。


……いや何と言うかもう、ごめんなさいとしか言えないんだけど。

しかも俺の暗躍の結果だし。そんな訳で声に出すわけにも行かないのが辛いな。


「では、再編成の結果を報告して欲しいで御座る」


「正規軍は残存千名です。余りの端数は衛兵隊の指揮官として運用します」

「正規軍扱いだった衛兵隊は独立した部隊の扱いとなります。残存数は二千五百名」

「カルーマ商会私設兵団は現在八百名動かせるぞ」

「傭兵部隊は半数の千名が現在も手元に残っております」


うちの兵力が少なめなのは、防衛戦などで特に疲労の激しかった奴らを休ませたからである。

……精神的な疲労は馬鹿に出来ないし、

目の前で死なれるよりは戦力に入れないほうがお互いの為だと思うのだ。


さて、そう言う訳でトレイディア軍の現在の残存兵力は五千三百名か。

司祭の部隊が戻って来ないが、もし無事なら二千の兵士がこれに加わる事になる。

二週間前の第三回会議時点での兵力が一万も居た事を考えると、

僅かな時間で随分疲弊してしまった物だと思う。

まあ、準備不足で始まった三ヶ月前の防衛戦時は、戦える味方が三百しか居なかった。

それを思うと贅沢でしかないのだが。


「それで、敵はいかほどで御座るか?」

「はい、カタ様。傭兵隊はカルマ殿のご活躍で傭兵国家に撤退しております」


あ、周囲から何かため息が漏れたぞ?

いや、城に篭っての結果だからあんまり気にしても仕方ないと思うが。


「騎士団は……前回の、あの戦いで千五百名ほど被害を出したようで御座るが」

「残念ながら別働隊の内二千五百名が帰還しているため、およそ三千残っております」


ほぉ、ブラッド司祭も真面目に仕事してるな?

何だかんだで五百名の格上の相手を倒したんだからな。

……何か企んでるような気もするが、今は置いておこう。


「志願兵部隊は……無傷の七千名の訓練がとうとう完了したようで御座る」

「しかも、その後も志願兵は増え続けその他に訓練が完了していない兵が五千もあるのだとか」


な、何か根こそぎ徴兵でもしないと出てこないような数値だな。

確か騎士団領の人口は数万人程度のはずだがよく志願兵でそこまで集めたもんだ。

……本当に志願兵なのかは怖くて聞く事が出来ないけどな?


「つまり、騎士団三千と志願兵一万二千……戦闘前と数は変わらないので御座るか」

「まあ、その内五千名は訓練もまだなんだろ?脅威に値しないさ」


ちょっと周囲が塞ぎこみそうなので軽口叩いておく。


「それでも敵は一万。しかもその内七千は無傷で御座る。」

「でも、負ける気は無いんだろ?」


「無論で御座る。実はルーンハイム殿が帰国なされる際に父上の名で親書を託して居たで御座る」

「ルンに?何の?」


「援軍の依頼で御座るよ」

「いや、マナリアと教団は不可侵条約結んでるだろ」


あ、何か村正がニヤリとしたぞ。

……何考えてるんだか。


「そもそも、現在の聖堂騎士団は異端……つまり教団から弾かれた者達で御座る」

「だが、それだけだと何かあった時に揚げ足取られかねん。マナリアが動くとは思えんが?」


「ふふふ、約定の内容を貴殿は聞いていた筈ではなかったか?」

「……あ、そう言えば兵力の増強は無しとか言ってたような」


成る程な。聖堂騎士団……教会側が約束破ってるんだから問題無い訳か。

いや、むしろ問題あっても教団が消滅すれば関係ないとも言える。

そして、その話を公式な場で出したと言う事は、つまり。


「色よい返事、貰えたのか?」

「第三回会議時点で既にリチャード殿から"ルーンハイムと軍を遣わす"と連絡があったで御座る」


ほぉ。親書の返礼もルンにやらすかリチャードさん?

まあ、なんにせよ援軍があるならかなり楽になるな。


「と言う事で御座る。援軍は既に半月前にマナリアを出立している」

「街道沿いにカタ様直卒の軍が行進、援軍と合流し一気に敵領内になだれ込む、が作戦骨子です」


成る程。

このまま援軍到着まで後半月待つより、こちらも出発して向こうで合流することを選ぶか。

……敵の新兵五千の訓練期間を与えないのは良い判断だと思う。


そうだ。そう言う事情なら俺の部隊を前線から遠ざけられるかも知れないな。

流石に手勢を失うのは未だ慣れないでいる。

長い戦闘や森での潜伏に疲れきってる奴もいるしな。出来れば街の守備に回してやりたい。


あ、良い事思いついた。


「村正。だったら俺をお前の部隊に加えてくれないか?」

「何と?それは一体どういう風の吹き回しで御座るか」


「いや、俺はやっぱり前線で剣を振り回してるほうが性格に合ってるんでな」

「……部下はどうするで御座るか?」


「あいつらには悪いが街の守りでもさせてるさ」

「承知した。実の所こちらから頼みたい所だったで御座るが……勝手に決めて良いで御座るか?」


「ああ、総帥は俺が説き伏せる。被害が出ないと言えばきっと納得するさ」

「ならば是非お願いしたい!きっと部下達も喜ぶで御座る」


確かにそうかも知れないな。

何せあの城壁の上での戦いからこっち、軍の連中からの覚えはめでたくなるばかりだ。

まあ、こちらとしては人の命預かるより自分の命だけ預かってるほうが気楽だしな。

じゃあ、そういう事でよろしくという事で。


……結局その後は特に目立った事も無く、出撃する部隊を決定し会議は終了した。

正規軍と傭兵は全軍。衛兵隊も最低限残しただけのまさしく全軍が出撃する事が決まった。

その総兵力、およそ四千五百名。


因みにマナリアからの援軍はおよそ三千名だと言う。

合わせても僅か七千五百。これで敵軍一万、最悪では一万五千と戦う事になる。


防御は殆ど俺の部隊だけだ。大丈夫なのかよと思わないでもないが、

村正は笑ってこう言ったのである。


「カルマ殿の兵なら大丈夫で御座ろう!」


くっ、これじゃあ何としても期待に応えたくなっちまうじゃないか。

……アリサ達と相談して勝率上げる策でも練るとしますか。


……。


「アリサ、来てたのか?」

「兄ちゃが悩んでるようなので勝手に駆けつけてきたよー」


……商会まで戻って少し考えてみたが、自分の私兵を逃がしたのは良いとして

俺は正直この戦いの勝率が高く無い事を気にし始めていた。


「いや、何と言うか……普通に敵の数が倍じゃないか」

「そだね。しかも味方は連携した事も無い」


そういう事だ。何時分裂してもおかしくない。

これで勝てるとは思えないのだ。

……ってアリサ。何をふんぞり返ってる?


「えへん!兄ちゃはあたしに感謝しなさい!」

「……ほぉ。この状況下を変えうる策でもあるか?」


「策は無い!」

「カエレ」


「策は無いけど兵はある!」

「なんだって?」


聞いてみるとアリサはこっそり俺名義でサンドール王に援軍の依頼をしていたと言う。

名目?聖堂教会が取り出した通行税はサンドール経済に多大なダメージ与えましたが何か?

そんな訳でホルスを通じて金を国王に握らせて軍を動かしたらしい。

流石はアリサだ。やっぱり頼りになる。


「既に一万ものサンドール兵が北上してる。戦闘直前に合流させるね」

「……いや、戦闘中に背後を突かせろ。奇襲してやるんだ」


「了解!じゃあタイミング見計らって指示出せるようにしておくね」

「ああ、頼むぞアリサ」


なら、安心だな。

そう思い、俺は翌日の出撃に備えて眠ったわけだ。

……何か、最悪のイレギュラーを忘れてるような気もしていたがな。


……。


さて、会議の翌日にトレイディアを発った決戦部隊四千五百名は街道を進み、

一週間後には敵本拠地である"大聖堂"の北に陣地を構えていた。

後は南下してくるマナリアからの援軍三千と合流し、敵本陣一万と決着をつけるのみ。

更に暫くすれば更に南からサンドール軍一万が敵の背後を突く手筈になっている。

これならばたやすく負けはすまい、そう思っていた。


だが、これが中々上手く行かないものだ。

……俺は余りに予想外の展開に頭を抱える羽目になっていた。


「……何故サンドール軍が大聖堂を襲っているで御座るか?」

「俺が知るかよ村正……アリサ?」

「えーとね。サンドール人は基本貧乏だから……略奪止められなかったみたいだね!」


滝のような汗をかきながら誤魔化すなアリサ。

哀れな事に聖堂騎士団一万五千は本拠地を急襲され、押し出されるように北に陣を敷いている。


「それに、マナリア軍は何をやっているんだ!?」

「えっとね。蛸頭が傭兵王を"再度"雇ったらしくて……側面攻撃食らって壊乱中だよー」

「傭兵王は二千の兵を率いてるようであります!」


……逃げ帰った連中が居るからってそいつらを再雇用するとか。ブルジョアスキー侮れねぇ。

もしサンドール軍が居なかったらただでさえ数が少ない中好きにされてたんだろうなぁ。


「あ、因みにブラッド司祭の居所がようやく掴めたよー?」


「それを早く言えヴァカタレ」

「何処に居るで御座るかあの不気味な男は?」

「「「あの腐れに天罰を!」」」


何か村正の側近集が熱くなってるが、奴はどっちかと言うと天罰与えるほう……まあいいか。

取りあえず何処にいる?変な所で出てこられちゃ怖くて敵わんのだが。


「ういうい。ずっと北の都市国家を占領してる」

「「「何やってるんだあいつは!?」」」


いや、待て……それって?


「アリサ。もしかしてあの男、新しい本拠地を得るつもりか?」

「みたいだね。今回の略奪で得たお金と連れてきた人達で一国家でっち上げるみたい」


「出汁(だし)か。拙者達全員出汁で御座ったか!?」

「でも悲しい事に、会議でやると言った事はきっちりやり終えてるね」

「「「野郎……城門の時の恨み、何時か晴らす、何時か泣かす!」」」


は、は、は……根こそぎ略奪した金で新しい根拠地でっちあげかよ。

有り得ねぇ、本当にとんでもないウルトラC(死語)をやってのけやがった。

だが、まあ


「要するに邪魔はしないんだろ?」

「それは間違い無い。今も大司教の縁者を枢機卿に据えて新体制作ってるみたいだし」

「……なら良いで御座る。邪魔さえしなければそれで」

「「「同意見です!閣下!」」」


これが俺たちの偽らざる本音だったり。

それに、敵の新本拠地は傭兵国家の更に北。国境が接して無い分安心だからなぁ。


あれ、待てよ?

そうすると現在騎士団本拠はサンドールが占領してるんだよな?

なら、やるべき事は一つだろう。


「アリサ。油と焚きつけ用意しとけ」

「あいよ。で、何燃やすの?」


『大司教』

『委細承知』


取りあえず、諸悪の根源が諸悪の根源を叩き潰す。と言う事で。

まあ要するに。チャーンス、と言う訳だな。


……。


さて、大体の現状は以上だが、位置関係がわかり辛いと思うので、

ここはひとつ周辺の様子を整理してみようか。


まずトレイディア軍四千五百がある。

その南に聖堂騎士団一万五千の陣があり、

更に南には大聖堂を占拠するサンドール軍一万が居る。


そしてトレイディア軍の北西ではマナリア軍三千と傭兵国家二千が戦闘中。

因みに更に北ではブラッド司祭率いる部隊が無名の都市国家を国ごと強奪中である。


「何と言うか押す」

「何と言うカオス、じゃなくて?」


いや、本当にカオス過ぎて頭の回転が止まってたよアリサ。

……まあ、ここは取りあえずトレイディアに勝たせる事だけ考えようか。


「って言ってる場合じゃねぇ!」

「何事で御座るかカルマ殿!?」


何事、どころじゃないだろ村正!?


「マナリア軍が奇襲受けてやばいんじゃないのか!?」

「そういえばそうで御座った!」

「援軍を見捨てたらそれはそれでまずいで有ります!」


糞!欲出して手勢を置いてきたのがそもそもの間違いだった。

しかもトレイディア・マナリア間の文書には"ルーンハイムと軍を遣わす"との文面もある。

……見捨てる訳には行かないだろ常識的に!


「……カルマ殿、行って貰えぬか?」

「村正!?」


「幸いサンドールは商会が呼んだ味方なので御座ろう?少しの兵力を裂く余裕はあるで御座る」

「済まない」


「何、済まなく思うのはこちらの方。折角来てくれた援軍で御座る、よろしく頼むで御座るよ」

「ああ」


村正は傭兵部隊の半分、五百名を俺に預けてくれた。


「ふっ、傭兵には傭兵をぶつけてやるで御座るよ」

「ま、精々寝首かかれないようにするさ。……感謝する」


そして俺は走り出す。

お供は五百の兵と蟻ん娘二匹。

ふと振り返ると既に決戦は始まろうとしているようだった。


夕刻まで走り続け、悲鳴と怒号、そして土煙が見えてきた頃、

俺ははやる気持ちを抑えながら部隊に小休止を取らせていた。


「……焦って突っ込んでも、疲れきった兵じゃ意味が無い」


マナリアの兵たちはその三分の二が魔法兵のようだ。

そして、前衛の兵の錬度はけして高くない。

……次々と騎馬傭兵達に突破され、詠唱中の無防備な所を狙われ、倒されていく。


「防壁とか使えるのはごく一部のエリートだけみたいでありますね」

「しかも前衛が弱くちゃ折角の火力を生かせないか。騎馬隊との相性は良くないようだな」


それでも戦列が崩れる様子は無い辺り、相当優秀な指揮官なのだろう。

……これで無能な指揮官だったら、何はともあれ突っ込まねばならなかっただろうし、

ありがたい事ではあるが。


「さて……疲れは取れたよな。突っ込むぞ?」

「僕らもプロだからね。このアルシェ隊、お金の分はきちんと働くんだよ?」


「信じていいんだよな。相手はお前らの総大将だが?」

「あはは。幼馴染を見捨てるほど落ちちゃ居ないよ。ギルティさんちのカルマ君?」


はて?母親の名前まで知ってるコイツは誰だっけ?

確かにどこかで会った事があるような。


「いや待て!六つの時に夜逃げしたお隣さんの息子か!?」

「娘だよ!と言うかそっちじゃなくて10歳の時に引っ越した逆の家だよ?」


なんと。俺にも幼馴染の女の子が居たとは。

……ここで再開したのも何かの縁か?


「いやあ、カソから逃げ出しても仕事が無くてさ。気付いたら傭兵暮らしだよ」

「苦労してるなお前も。と言うか他の連中は」


なんで目を逸らすんだアルシェ。

いや、大体わかるけどさ。


「三割は傭兵として潰し合い。四割は飢餓や病気とかで亡くなったよ」

「残り三割は……?」


「山賊、かな?それとも盗賊か」

「は、まあ仕方ないわな?何の策も無く街に入れる訳じゃないし」


ふう、カソの村を思い出すのは久しぶりだが、よくよく考えてみればいい奴ばかりだったと思う。

村八分となっていたのは確かだが、俺も言葉も満足に話せないおかしな奴だったしな。

……今なら判る。向こうもどう接していいのかわからなかったんだと。

まあ、別に苛められてたわけじゃないし、それがどうしたって感じだが。


「しっかし、カルマ君も出世したよね。聞いたよ?大きな商会で大きな仕事してるって」

「まあ、縁故採用の雑用係だけどな」


「それでも凄いよ?……僕が村から去る頃までは、言葉も満足に喋れなかったのに」

「ああ。だから外から来たお客さんには適当に相槌打ってたりもしたな」


あの頃は苦労していたなぁ。

話せない=日常生活に困る程度の知能しかないと勝手に決め付けられてた。

哀れむような視線が癪だったんで、村の外の人間には適当に合わせてた事も有る。


「うんうん覚えてる。ギルティさんの昔のお友達が遊びに来た時の事覚えてる?」

「えーと、なんだっけ?」


「ほら、ライオネル叔父さんに遊んで貰ってた時に赤ちゃん連れた女の人が来て……」

「あー、あの人か。赤ん坊に妙になつかれてた記憶しかないが」


うん、確か三歳か四歳位の時だな。

母親と話しこんでる間に赤ん坊の世話を任されて、遊んでやってたらやたら懐かれてた記憶が。

……その後その赤ん坊の母親にやたらと話しかけられて困り果てていた記憶もある。


「あの時さ、その女の人が何て言ってたか知ってる?」

「いや?いろんな意味で知るわけ無いだろ」


「ギルティさんは優秀な近衛隊員でしたから、貴方もきっと立派な大人になるんでしょうね~」

「あの時、そんな事を言われてたのかよ」


と言うか俺の母親、元は何処かの近衛隊かよ。

なんでうだつのあがらない農夫のとこなんぞに嫁に来たんだ?

世界は不思議に満ちてるなぁ……と思う。


「でも、本当に立派になったよカルマ君。ちょっと僕の好みかも」

「はいはいわろすわろす」


む。どうしたアリサ?おずおずと俺の袖など掴んだりして。


「あー。楽しそうな所悪いけど。兄ちゃ……苦戦してるよ?」

「あああっ!忘れてた!突撃だ、突撃!」

「やばっ!話し込んじゃった!お給料減らされちゃうよ!?アルシェ隊、急げっ!」


ふと正気に戻ると眼前の戦況は悪化の一途を辿っていたりする。

……このタイミングで幼馴染と再会とか。どんだけ間が悪いんだ!?

神様は俺が嫌いなのかよ!?


……そりゃあ嫌われるか。


「取りあえず、よく休憩取れただろ!?」

「「「おおおっ!」」」


「……手柄立てた奴には特別ボーナス出すから期待しとけ」

「「「「「「おおおおっ!み・な・ぎ・って・き・た!」」」」」」


取りあえず、救援が遅れた分を取り戻す為兵士にカンフル剤を投与。

士気爆発を起こした所で傭兵隊とマナリア軍の間に割って入る!


「今回救援隊を預かっているカルマだ!マナリアの指揮官殿は何処か!?」

「うむ!良くぞ来てくれた。我こそがルーンハイム12世。ルーンハイム公爵家の当主である!」


……あ、お父さんでしたか。


続く



[6980] 24 聖俗戦争 その5
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/10 11:36
幻想立志転生伝

24

***冒険者シナリオ8 聖俗戦争 その5***

~聖俗戦争・決着~

《side カルマ》

側面から傭兵部隊に攻められ続けるマナリアからの援軍を救援すべく、

トレイディア側の傭兵五百と共に駆けつけた俺達を出迎えたのは実にナイスミドルな壮年の男。


「うむ!良くぞ来てくれた。我こそがルーンハイム12世。ルーンハイム公爵家の当主である!」


……あ、ルンのお父さんでしたか。

マナリアの公爵級は代々嫡子が男女共に同じ名を継ぐと言う話だからまあ間違い無いだろう。


「お会いできて光栄だ。俺はカルマ、冒険者で今回救援部隊を任されてる」

「うむ。我は殿下より預かりし三千の兵を率いて参陣したが側面を狙われこのざまだ」


救援に感謝するぞ、そう言ってルーンハイム公は頭を下げた。

……何処の馬の骨とも知れん男に頭を下げられる辺り、ただの貴族様じゃないようだな。


「さて、救援部隊と言ったが見ると傭兵のようだな……戦えるのか?」

「心配ご無用!僕らもプロだから戦う敵に一切の私情は挟まないからね」


アルシェがそう言ってくれると安心するな。

まあ、公の疑問ももっともだ、何せ俺自身がそう思ったし。


「まあ、任せておいて欲しい。前線はこっちで支えるから魔法王国らしく敵を蹴散らしてくれ」

「ならば……切り札の一つを使う。超広範囲に氷の飛弾をばら撒く我が家の家伝の一つである」

「おー、何か凄そうだね兄ちゃ!」


ほぉ?ルンの家の家伝ならさぞや凄いものを見せてくれるんだろうな。

期待させてもらうか。

って……ルーンハイム公、何か気にしてるな。何してるんだ?


「……この娘達は?」

「あたしはアリサ!こっちはアリス!」

「アリスであります!」

「あー、こいつ等は俺の妹達。あまり気にしなくて結構だ」


あ、ヤバ。戦場に子供は拙かったか?

これで機嫌損ねなけりゃいいけど。


「うむ!まあ君たちも見ていなさい。我の大魔法を見せてあげよう」

「わーい。お願いしマウスーなんつてー」

「ちうちう、でありまーす」


「はっはっはっは。任せておきなさい」


……逆に上機嫌だな。まあ子供好きな人でよかったが。

後、蟻ん娘ども。お前らちょっと調子乗りすぎ。少しは自重を。


「さて、期待されているようであるし。楽師隊、演奏用意!」

「はっ?」


ちょっと待てい。

何で魔法詠唱に演奏が居る?

と言うか、家伝ともなれば詠唱も短いはずじゃ。


「うむ。家伝ではあるが例外的に詠唱が長い事もあり、歌として伝わっておる」

「……つまり、その歌が終わるまで本陣を守ればいいんだな?」


「済まんがその通りだ。だが威力は折り紙付きであるぞ。あの程度の数一撃で……!」

「OK判った。必ず守り抜く」


ふと前線を見ると流石に苦戦してる。

相手は傭兵の総大将。しかもマナリア軍の援護も有るとは言え数の差も大きい。

……こちらの前線で戦える数と向こうの数が今の所拮抗してるんでまだ持っているが、

いずれ食い破られるのは間違いないな。


「……俺達は前線で食い止める。アルシェ、悪いけど先に前線に行っててくれ」

「了解したよ隊長さん?ただ、相手が相手だし何時までも戦えるとは思わないで欲しいな」


「俺も直ぐいく。先ずは連中にも指揮官が要るだろう?」

「んー、判ったよ。でも本当にすぐ来てよ?僕だけじゃ多分そんなに長く保たないからね」


そんな事判ってるさ。

正直現在戦い続けてくれてる事がまずありがたいと思ってるくらいだ。

……最悪戦闘開始直後に裏切られる可能性も捨ててなかったからな。


「じゃあ行ってくる!」

「武運長久を祈る。……こちらも始める、演奏を開始せよ!……カルマ君。何を転んでいる?」


いや、今の伴奏聞いたら普通こけるって。


なんで東方?

しかもなんでおてんば?

と言うかよりによってなんで⑨?


しかも印が腕を上下にって……それ別な人だと思うんだが?

いや、それ以前にフルコーラスバージョンやる必要があるのか!?

いや、内容知らずにやってるのは知ってるけどさ?


因みに……詠唱、つまり歌い始めたら当然アンタ……野太い声で歌うんだよな?

よりによってアレを。あのオーケストラの元で。

しかもそれをその髭面で?正気なの?マジなの?


……いや、判ってるんだ。突っ込むだけ無駄だって。

ただ、今回ばかりは何もかも突っ込みどころ満載で、

驚愕が遂に耐性を上回っちまったよ。どうしてくれる。


「無心だ。無心になれカルマ……カルマ、行きます!」

「うむ、慣れない内は戦場で無様を晒す事は良くある。精進せよ……では、詠唱開始だ!」


……♪


カルマです。ただ今敵陣に単騎突入し、無心で敵兵を叩き切ってます。

……後ろからいろんな意味で壊滅的な何かが聞こえてきてるけど絶対無視。

あれ?いつの間にかアルシェを追い抜いてら。


「カルマ君!?そんなとこに居たら敵の集中攻撃……あちゃあ、遅かったか」


「寝る前の歯磨きくらい俺もしてる!」

「え?何処をどうやったらそんな答えが!?」


何時もの弓兵がなにやら矢を放ってきてますが当然俺は硬化かけてるから弾き飛ばすばかり。

取りあえず視界に入った敵は皆殺しだ!斬って、斬って、また斬って!


「ば、化け物!」

「その台詞も……馬鹿の一つ覚え!」


次々と敵を膾にしながら背後からの雑音は一切シャットアウト。

ナニモキコエナイナニモキコエナイナニモ……


「ええい!散兵隊、投擲準備だ!弾幕を張れ!」

「だったらこっちは火球で弾幕張ってやる!少なくとも俺は負けねぇぞ!?」

「ちょ!兄ちゃ!?もちついて!?」

「アリサも落ち着くであります!あ、キルマーク一つゲット♪であります!」


『あたしは馬鹿じゃない!……氷滝!(アイシクルフォール・Easy)』


あえて言おう、馬鹿であると!

……いや、実際声に出したりはしないけどさ?

野太い声でやられるとマジでダメージでかいんですが。しかも音外れてるし!

と言うかよりによってイージーかよ!?


「凍りつくが良い!」


あー、確かに凄い数の氷が敵陣目掛けて殺到してる。

威力はまさしく折り紙付きだな。……ただし目の前がお留守なのはお約束だが。

……つーか、大きい子供がいるような親父が歌って良い歌詞じゃないよ絶対。

まあ、威厳を感じてないのはこの場で俺一人かも知れんがね。フヒヒヒヒヒ!


「凄いねカルマ君!公爵様の魔法で敵が半分ぐらい吹っ飛んだよ!」

「スゴイネー。アタッタヤツ、バーラバラ!スゴイネー」

「兄ちゃー!?帰ってきてよ兄ちゃー!」

「取りあえず、スコップの柄で叩いて正気に戻すであります」


……ゴツン!?

あ、俺は今まで何を?


「……君は一体何がしたいのだ?」

「うわ、流石にムカつく」

「いや、兄ちゃ。理解できたのが兄ちゃだけだからどうしようもないよ多分?」


何か、俺をここまで追い詰めた人物に可哀想な奴扱いされてるんだけど。


……なんかムカつくんでどうにか度胆抜いてやる方法を考えてみる事にする。

ただし、ルンの父親である事を考慮して、怪我だけはさせない方向で。


あ、良い事考え付いた。


「俺も歌えばいいんだ」

「ほぇ?兄ちゃ?どうしたの?」

「にいちゃが本格的に壊れたであります!」


と言う訳で背後の味方が呆然とする中、楽師隊にアンコールかけてもらい、

俺も歌っております。全身全霊を持って。


……但し別アレンジのほうをな!


要するに、最後にぎゅっと目を閉じる方だ。

戦場を駆け回り、腕を振り振り敵を殲滅していく俺の姿は、他所から見ればどう見えるだろうか?

もうどうでも良いけどな!

脳内に腕振り回して走り回るAAが無限ループしてるし。


……この際なので魔法名もレベルが上の奴に変えてしまえ!


『……完・全・凍・結!(パーフェクトフリーズ・Hard)』


そらっ!さっきの奴より……前面かなり弾幕厚いぞ!俺、何やってんの!?


「「「「「やなかんじー」」」」」


おー、飛ぶ飛ぶ。

ふはははは、敵がゴミのようだ!


「馬鹿な。我が一撃を上回る威力、しかも敵を氷付けにした上で弾き飛ばすだと?」

「て言うかさ、むしろ凍らされたまま砕かれたカエルっぽいよね」

「ていうかアルシェ姉ちゃ?兄ちゃが何処かおかしくない?」

「混乱してるっぽいから、取りあえず暫くは放っておくであります」


あははははははは!あーここまで馬鹿やると逆にスッキリするぜ?

おー、これは強いな。敵の残り半数どころか背後の森林地帯まで文字通り吹っ飛びやがった!

もう既に敵の姿は無いぞこん畜生!


……ってあれ?皆どうした?

皆、顔面蒼白なんだけど。


……。


何て言うか。場が静まり返っております。

さっきまでの喧騒は何処へ行った?風の音がよく聞こえるんだけど。


「「「「…………」」」」


……ちょ、お前ら全員してそこまで引く事は無いだろうに。一応戦友だろ?

そんな呼吸を求める金魚みたいな真似をせんでもいいだろ。


「我が家の家伝を一度見ただけでモノにしてしまうとは……君は一体!?」

「違うであります!にいちゃの使った魔法は既に威力と精度的に別物でありますよ!」

「兄ちゃ……アレンジとかそういうレベルを飛び越えてない?」

「カルマ君、実は本当に凄い人だったんだね……僕もちょっと濡れちゃったけどね」


「と言うかよ?二千の兵士をたった数分で持ってかれちゃ、こっちはお飯の食い上げなんだが」

「あ、チーフ。一戦交えた後で言うのもなんですが、契約だし仕方ないですよね」


……ヲイ、ビリーさんよ?何でアンタがここに居る。


「文字通り全滅させられたらもう笑うしかねぇだろ?俺様としても!ククククク!」

「……話聞いてよチーフ、一応僕らの総大将でしょ?」


「お、アルシェ隊長か?まあ俺様たちは雇い主からの信用第一だからな。別に気にして無ぇな」

「じゃ、僕らの特別ボーナスの為に死んでください」


「え、ちょ!待てコラ!?」

「どうせ直ぐに生き返るんだし。けちけちしないで下さいよチーフ!」


あ、グサリっていった。

……取りあえず傭兵王倒したわけだし、アルシェにはボーナスだな。

と言うかこんな所まで出張ってくるなよ敵大将。


「いやいや、そうじゃなくて。皆どうした?ハトが豆鉄砲食らったような顔して?」

「いや、兄ちゃ?今自分がした事の凄さ判ってる?」


アリサが冷や汗かいてるようだが、何がおかしいか判らん。

ただ、詠唱しながら敵陣を走り回って戦い続け、

そのまま大魔法?を発動させて敵数百人を纏めて吹き飛ばしただけじゃないか。


「別に、魔法のアレンジなんて何時もやってる事じゃないか……たまたま一発で成功しただけで」

「待ちたまえ!君は新たなる魔法を生み出せると言うのか!?まるで娘の師匠では無いか!」


いや待て。ちょっと待てルーンハイム公。

それを知ってて俺が判らないのは問題じゃないか?


「いや、その師匠が俺なんですが?」

「なんと!君がルンの話にあったカルマ師か。世界最強の大魔術師だそうだな?」


……ルン。どんだけ俺を過大評価してるんだお前は。

正直なところ無茶苦茶恥ずかしいんだけど?


「いや、それでも敗北ばかり重ねてるさ」

「謙遜する必要は無いぞ。我は殿下より直接話をされた事も有る。殿下からの評価も高いぞ」


あー、リチャードさんね。

以前、大司教と一戦交えた時の戦いで随分気に入られたみたいだしな。

話の一つもあり得るか。


「先日帰国した娘から色々話は聞いている。一度話してみたいと思っていたが……」

「ま、トレイディア本体と合流するほうが先か」


「無論である。そもそも我らは援軍。救援に来て救援されただけで帰る訳には行かぬ」

「……言っとくけど、楽な戦いにはなりそうも無いぞ?」


さて、続いては本隊の救援……彼らマナリア軍の当初の任務だ。

但し側面奇襲などでその数は減り、戦闘可能なのは連れてきた半数の一千五百名ほど。

俺の連れてきた傭兵隊は……死者、重傷者、逃亡者、全部抜かして三百名ほど残存か。

いきなり厳しいなこれは。


「ふっ、不利な戦いほど燃えるのだ。判るだろう若人よ」

「違いない……だとしたらすぐに向かうか?」


「当然だ。賭け時を間違ってはならぬ」

「よし、疲れてる所悪いが再度道を戻る。俺に続け!」


俺が率いてきた傭兵隊をそのまま道案内にし、南西にあるトレイディア軍本隊の元へ向かう。

……移動時間を考慮すると、戻る頃には日が暮れかかるな。

ま、仕方ないが。


……。


「どうやら無事だったようで御座るな」

「済まぬカタ子爵。予定外の戦闘で半数の兵しか連れてこられなんだ」

「こっちの傭兵隊も三百しか残らなかった。だが、流石にもう敵に増援は無いだろう」


さて、日が暮れて夜の帳が降りかけた頃、

俺達はトレイディア軍の本陣と合流し村正と今後の作戦を打ち合わせていた。


現在のトレイディア側の総戦力は以下の通りである。

先ずは本陣。トレイディア正規軍千名が所属している。

そして前衛主力部隊。所属するのはトレイディア衛兵隊二千五百名。

最前線に位置しているのは傭兵隊だ。

本日小競り合いがあったらしく、アルシェ隊を加えても五百名ほどしか残っていない。

最後に、援軍としてやってきたマナリア軍千五百の配置は衛兵隊の横となった。

総勢五千五百か。正直言って敵との兵力差は明らかだ。


だが、敵も悲惨さでは負けていない。


敵聖堂騎士団は総勢一万五千、だった。

だが、今日の小競り合いに訓練前の志願者五千の部隊をぶつけてきた為大損害を出している。

しかも、彼らは本拠地を奪われ兵糧も不足する中で現在名ばかりの野営中だ。

野営といってもテントどころか毛布一つ無い様子で兵の負担はかなり重いように感じる。

……既に新兵は五千から二千にその数を減らしているようだ。

倒された者も多いが、大半は東のほうに逃げ出したと報告が入っている。


さて、と言う事を踏まえて敵の現状だが、

先ず、陣の中央に騎士団三千を集めている。

その周りに円を描くように志願兵七千を配置。

更にその外側に志願者(新兵)残存二千名を小分けにして配置。

……見た感じはまるで花火か水面の波紋のようで、何かものの哀れすら感じさせる。

だが、その総勢は未だ一万二千。こちらの倍以上だ。

明日以降の戦い如何によってはどう転がるかわかりやしない。


そして、最後に……南からやって来て、

勝手に敵本拠地"大聖堂"を占拠してしまったサンドール軍について。

その数は一万。しかも全てが正規軍だと言う。

問題なのは、既にうちの商会からの援軍依頼とかどうでも良いように振舞っていると言う事実。

要するにあいつ等……まともに戦う気がありやしない。

蟻達からの報告で、サンドール軍総大将セト将軍が配下に命じ、

大聖堂の宝物や資金を残らず運び出そうとしている事が明らかになっている。

しかも、あいつ等幽閉状態の旧主流派を残らずぶっ殺しやがった!

あまつさえ、大司教の体も何処に行ったか判らないと言う。

と言うか、サンドール軍が踏み込んだ時には既に大司教のベッドには誰も居なかったんだとか。


……挙句、大聖堂一帯をサンドール領とすべく周囲の村々を回って制圧し続けてる。

要するにこいつ等は援軍ではなく第三軍と考えたほうがいいだろう。


幸いな事にサンドール軍と俺達の間には敵騎士団が存在している。

直接接触する可能性はきわめて低いだろうし、

少なくとも騎士団との戦争中は関わらないほうが吉だと言えた。


……。


「さて、拙者達は敵に対し半数以下。これでどう戦うか、皆忌憚無いご意見を頂きたく存ずる」

「幸いこちらには対陣用装備も在るゆえ持久戦に持ち込めば良いのではないのかカタ子爵」


「左様ですが、ルーンハイム公。余り隙を見せると南の連中がどう動くか」

「サンドールか。確かに敵から拠点を奪ってくれたのは有り難い事であるが……」


現在村正とルーンハイム公、そして俺とアルシェ、ついでにアリサがこの天幕の中に居る。

兵達は慌しく柵や空掘、土塁の準備に取り掛かっているようだ。

……さて、ここは一つこの戦力差を埋める方法でも提案してみるかな。


「なあ、奇襲でも仕掛けて見ないか?」

「カルマ君、それはいいけどどうやって?敵も絶対警戒をしてるはずだよ」

「敵の新兵達が交代で見回りをしてるで御座る。それを掻い潜るのは難しいで御座るな」

「だが当たれば大きい。危険な賭けだが我は嫌いではないな、そのあり方は」


うん。確かにそうだ。

だけど、多分まともに当たったら数の差で押し切られる。

残念ながら敵は精鋭部隊だけで三千も居る。そこを少しでも削り取っておかない事には

勝利などおぼつかないだろう。


「思うんだが、この戦い双方共に失った物が多すぎる」

「それは……そうで御座るな」


「だから、ここいらで敵に再起不能なダメージを与えて決着を付けるべきだと俺は思う」

「……しかし、これ以上戦力を削られる危険を冒すわけには」


……戦争の直接の原因が何偉そうな事言ってるんだかな。

ま、今回の提案はその罪滅ぼしも兼ねている。

流石にここまで戦火が広がるとは思わなかったんでな。ここで決着をつけてやるよ。


「心配無用だ。……この奇襲はカルーマ商会のみで行う」

「総帥は説き伏せられたで御座るか」


俺は、勿論だ。とだけ答え、アリサを連れて天幕を後にする。


「……兄ちゃだけで行くの?」

「ああ」


余計な連中が付いてこられちゃ敵わない。

……これ以上の重荷は御免だ。


「補給が聞かないよ。……魔力が尽きたら、死ぬけど?」

「じゃあ、他に何か手があるか?」


「……思いつかない、けど」

「だろ?だから最強の駒だけで行くしか無いさ」


「だったらあたしらも連れてくであります!」


ふと気が付くと、アリスが横に来ていた。

スコップの先は研ぎ澄まされ、鎧代わりなのか体の前後に鍋を括り付けていた。

そして、もう一人。


「主殿。ならば私もお供いたします」

「……ホルス!?」


剣闘士ホルス。今となっては無二の忠臣となった男がそこに居た。

だが、何故ここに?


「ホルス、お前はサンドールの取りまとめを任せてただろ?」

「主殿に何かあったらカルーマ商会は終わりです。私も今更他の人間に従う気は無いですから」


そう言うと背中の槍を手にし、軽く振り回した。

相変わらず凄い早業だと思う。


「それに……久しぶりに主殿と共に戦いたいと思いました。これは私の我が侭です」

「仕方無いな。いいだろう、地獄の底まで付いてくればいい」


「「「「はっ!」」」」


え?何この数?

数十人はいるけど?


「決死隊です……ある条件付でならこの死戦に参加します」

「条件?」


「私の時のように、彼らに自由をお与え下さい。自分の先を選ぶ自由を!」

「奴隷なのか、全員?」


「奴隷剣闘士仲間を買い上げました。それも……何かの理由で子を持つ者達ばかり」

「確か……優秀な奴隷なら繁殖に回される、だったか」


サンドールの法では奴隷は"家畜"扱いである。

よって、持ち主の考え一つで"繁殖"に回される事もある。

当然生まれた子は生まれながらにして奴隷。


だが……我が子が可愛く無い親が居るのだろうか?

居たとしても少数派では無いだろうか?


「つまり、我が子の為に奴隷階級から抜け出す決意をした連中か」

「はい。ご許可が下り次第アリシア様が準備されている街へ子供らを移動させたいのですが」


あー、戦争に負けた時の為に隠れ家作れって言ってたっけ。

そこに住まわせる訳だな?


「いいだろう。俺しか居ない屋敷なぞ空しいだけだ。お前らの家族は任せておけ」


おお、と言う沢山の深いため息に空気が震える。

……俺はホルスが差し出して来た隷属の指輪を残らず破壊した。


「さあ、これでお前らは自由だ。もし、約束を守りたいと言うなら俺に付いて来い!」

「主殿へ続くのです!ここにあるは我らが救い主。我らが子や孫の為に!」

「「「「おおおおっ!」」」」


男達は誰一人、欠ける事は無かった。


「アリサ。お前には守るべき者があるだろう?……万一の時は自分の事だけ考えろ、いいな?」

「了、解。でも兄ちゃ、死んじゃ嫌だよ?……アリス、兄ちゃをお願い」

「承知致しましたアリサ。にいちゃの事はアリスに万事お任せ下さいであります」


俺の背後にはアリスが付き、その脇をホルスが固める。

そしてその後ろを数十名の元奴隷達が続いた。


「先ずは装備を整える。襲撃は明日未明だ」

「了解です、主殿」


……本当は、俺一人で行くつもりだった。

けど、もう俺は一人じゃないんだと、一人じゃいられないんだと実感した。

俺が死ねば路頭に迷う人間がこんなに居るんだ。

無責任に死んでも居られないじゃないか。


「お偉いさんってのは、楽な生き方だと思ってたこともあったけど。そうでも無いんだな」

「それは下々の者の事を考えていない施政者ですよ主殿。それに」


それに、そういう輩でも己の地位を守るのには忙しい物です。

ホルスはそう言って軽く笑った。


……。


翌日未明。朝日が未だ東の山々から顔を出そうともしない頃、

騎士団の三重円陣の傍まで、誰にも気付かれずに侵入してきた一団があった。


「お疲れ様です、騎士様。見回り異常ありません」

「ははは、私は二ヶ月前に志願したばかりの志願兵だよ新兵君。……血は?」


「狂う」

「宜しい。敵の動きはあるかね?」


「はっ!在りました、敵の一部が動き出したようです」

「何だと!?それで敵は何処に居るん」


その瞬間口を塞がれ、胴体には深々と突き刺さる剣。

志願兵部隊の男は状況を理解する間も無く倒れこんだ。


「ここに居るぞ、なんてな……報告が矛盾してる事くらい気づけよな?」

「しかし、簡単に騙されるものですね主殿」


「所詮全軍の顔を覚えてる奴なんて居ないのさ。合言葉を過信してるってのもあるようだし」

「仕方ないでしょう。何せ一日ごとに変えている暗号が全て筒抜けなど、誰も思いません」


俺達は今、敵陣の中を中央に向けて進んでいる。

表向きは騎士団新兵の警邏部隊として。

装備と暗号は蟻達に盗ませた。俺達が敵だとわかる証拠など在りはしない。


「まあ、新兵が大量に入ったばかりだから出来る裏技だな……騎士団中枢を騙せると思うなよ」

「はっ。しかし主殿、そこまでたどり着ければ良いのでしょう?」


まあな。

あ、敵さんの死体は気付かれる前に片付けとけよ。


……。


「そろそろか?」

「そうでしょうね」


そして、朝日が昇る頃……俺達は配置移動された部隊と偽って敵騎士団の傍に立っていた。

合言葉は朝方変更されたばかりの本物だ。

特に疑われる事も無く、今は大人しく配置に付いている。


「……最前線で戦闘が始まったな?」

「はい、喧騒はここまで届きませんが、蟻が耳を這い回っています」


今頃、騎士団側のあちこちに潜んだ決死隊の耳でも蟻が歩き回り始めた事だろう。

……そう、今回の作戦に当たり俺は各自三匹づつ小蟻を通信機代わりに張り付かせていた。

こうして蟻が耳を這い回ると戦闘開始の合図である。


そしてもう一つ。作戦発動の際には耳たぶをかじる事になっている。

それまではこのまま敵として待機となる。


そう、皆にはそういう風に訓練したのだ。とだけ言ってあるが、

……俺は小蟻を通信機代わりに使っているのだ。

但し決死隊の皆の場合、今回渡す情報は戦闘開始・作戦発動・撤退指令の三つだけだが。


この時代、情報伝達を一瞬で行うのは強力なんて生易しい物ではない。

伝書鳩が普通に使われてるような世界なのだ。手紙が届くにも何日もかかるほど。

それが一瞬で遠隔地に情報が伝わる。それがどれだけ恐ろしい事か。


ただしどこまでも信頼できる者のみ、それもかなり実態を歪めて使わせる他は無いがな。

万一外部に実態を知られたら洒落にならない。

幸い耳は兜で見えないので他の者に知られる可能性は低いが、警戒するに越した事は無いだろう。


……今回の戦いはこの時点で俺の部隊における新戦術の実験場と化した。

思う所は色々在るが、利用出来る物は幾らでも利用するべきだろう。

それにもし、上手く行くなら……これは俺にとって最大のアドバンテージとなるしな。


「主殿……まだでしょうか」

「アリス、どうだ?」

「もう少し待つであります。乱戦になったときがチャンスでありますから」


恐ろしい話だが、アリスが着られるサイズの装備も騎士団側には存在していた。

……見ると結構な数の少年兵、いや幼年兵の姿もある。

目立たないのは良い事だが……なんと言えばいいのか判らん。


「……っ!合図だ」

「承知しました。主殿、ご武運を!」


耳に刺すような痛み。……作戦開始の合図だ!

……よし、手はずどおり行くぞ?ホルス、アリス!


「反乱だ!反乱だ!」

「ブラッド司祭万歳!」

「刺客であります!」


振り向きざまに横に立っていた兵士の首を剣で薙ぎ払う。

そして、他の兵を配置した方角に向けて矢を放った!


「「「中央後ろ寄りの部隊が裏切ったぞー!」」」


それに呼応して射掛けられた方角から声がする。

そう、そこに潜ませておいた決死隊だ!


俺達はお互いの声のした方角に向かって走る。

そしてすれ違いざまに剣と剣とぶつけ、先に進んでまだ混乱の中に居る敵に剣を向けた。


「異端者め!騎士団長を裏切るとは何事だ!?」

「ならば切り捨てるのみです!」


「ま、待て!?何かの間違いだ!」

「「問答無用!」」


そして敵を切り捨てながら前進する。

……そっと顔を左右に振ると、陣地のあちこちで同じような混乱が始まっていた。

合図を頼りに俺達が一斉に動いた、その結果がこれなのだ。


「ま、ここいらが寄せ集めの悲しさだな……信じていいのか判らんのさ」

「中央の騎士団三千だけは動じていないようですが?」


「そりゃ連中は訓練期間も長いし実戦も経験してるだろう。誰が味方かも熟知してるだろうさ」

「では、狙いは?」


「敵志願兵七千を崩す。そうすりゃ外側の訓練前の連中は勝手に崩れ去る」

「承知しました!」


その後は陣後方を中心に暴れまわり、特に連絡網……伝令を斬り捨てる事を目的に暴れまわった。

内側から陣形を崩され浮き足立つ騎士団。

……それでも普段なら暫くすれば統率を取り戻しただろう。

実際、騎士団本体三千名と近い場所に配された部隊では一部平静を取り戻しつつある、

と、アリスから連絡が入った。


「だが遅い。そして多少落ち着いたところでもう無意味だ」

「主殿!敵前線、崩れます!」

「にいちゃ!後方よりサンドール軍、突進してくるであります!」


よぉし!この戦、勝ったぞ!

前後から攻められちゃ、流石にどうも出来まい?


「アリス!全員に撤退指令を打電しろ。敗残兵に紛れて脱出だ!」

「了解であります。小蟻達に耳の裏側に移動するよう伝えるであります!」


因みに耳の裏側に回りこむ=撤退指令である。

……前後から挟まれた事により、特に錬度の低い部隊から順に脱走が始まっている。

いや、既に総崩れと言っても良い。


俺たちの仕事も終わり。

さあ、サンドール軍が来る前に脱出だ!


……。


そして、俺達は戦場の西側……深い森の中に移動。

段々と決死隊の生き残りも集まってきているようだ。

……被害は大きくないようだな?流石は元剣闘士。


さて、報告を聞こうか。


「主殿。騎士団本陣も脱出を開始したようです」

「一番包囲の濃い東側に向けて突撃を開始したであります!」

「流石だな、あえて包囲の濃い部分を突破するつもりか」


でも自軍の強さに自信が無いと出来ない戦術だよなこれ。

包囲の薄い箇所には罠がある可能性が高い。それならいっそ一番敵の多い部分をぶち抜く。

簡単に言ってはいるが普通考え付くものじゃない。


「だが、それだけで防御陣地を騎士団……騎兵で突破できると思っているのか!?」

「……思って無かったみたいであります」


「と言うと、どういう事だアリス?」

「騎士団は持ち出していた金品をばら撒き出したであります」


……流石、保身の鬼。

金の使いどころ、心得てるじゃないか。


「と言う事は……雑兵は金を拾うのに忙しい、か」

「はいであります。あ、残念だけど一部陣地が突破されたであります!」

「……相手は騎兵。追いつく事など出来ないでしょうね」


まあ、仕方ない。

倍の敵を敗走に追い込んだだけでも良しとするか


「敵将ブルジョアスキーは三百ほどの兵と共に脱出したであります……」

「逆に言えば大半の敵は討ち取れたと言うわけですが、主殿はどうお考えで?」

「……ま、上出来だろ。兵を失った上に味方の大半を見捨てて逃げたんだ、それで終わりだろ」


陣が崩れた時点で勝機を失った事を感じ取り、即座に逃げ出した手腕は流石だ。

だが、傍から見ていれば味方の第一陣が崩れただけで逃げ出したようにも取れる。

うちの新聞でもそのように大きく取り上げるつもりだ。


……そんな無様な騎士団に誰が従うだろう。


それに食料も無い、軍資金も失った軍隊に何が出来る?

資金を手に入れる方法は色々在るが……寄る辺無い軍隊に出来る事は限られてくる。

いずれ山賊にでも落ちるのが関の山さ。


「要するに、勝負ありだよ」

「成る程!あ、皆集まったでありますね!」

「……何人か、二度と戻らぬ者も居るようです。せめてその家族には寛大な処置をお願いします」


そうか。

……判ったホルス。この戦いで死んだ連中の家族には一生不自由なく暮らせるようにしてやるさ。

そうすれば、きっと死んだ決死隊の連中も浮かばれるんだろ?

そうだよな?


……。


「おお、カルマ殿。危険な任務ご苦労様で御座った」

「凄まじい活躍だったようだな。我の陣地からでも暴れぶりが見えたほどだぞ!」


「いや。決死隊の皆のお陰だ。俺の力じゃない」


トレイディアの陣地に帰った俺達は生き延びた味方たちから大歓迎を受けた。

だが、その中にホルスと決死隊の姿は無い。

蟻の穴を越えてきた事も在り……ここに居ちゃまずい連中なのだ。

よって、俺とアリス以外は全員討ち死にした事になってたりする。


「倒れた英霊達に、黙祷を捧げるで御座る」

「我も捧げよう。見事であったぞカルマ君」


「有難うよ。これで死んでいった皆も浮かばれるってものだ」


服の裾を引っ張られる感覚。

見るとアリスが俺の裾を掴み頭を摺り寄せていた。


「褒めれ?撫でれ?であります」

「はいはい。そりゃそりゃ……」


妹分からの可愛いおねだりに対し、頭をくしゃくしゃにする事で応じておく。


「ははははは。仲が良い兄妹であるな!」

「あれでアリス殿は中々に強力な戦士。公、馬鹿にしてはいかんで御座るよ?」


周囲に軽く笑い声が響いた。

それを聞き……ああ、ようやく終わったか。そういう風に感じた。


「アリス。なんにせよもうこれで、教会から無理難題言われることも無いだろうな」

「そうでありますね。にいちゃに関わってる余裕はもう無いでありましょう」


そもそも、今回の戦争は教団の俺に対する理不尽な扱いに端を発する。

根絶やしにする事は元々出来なかっただろうし、既に教団は分裂状態。

今後は各地に残った教会は独立し、ブラッド司祭の一派は北の地で教団の建て直しだ。


「そうですな。これで拙者の信仰する龍の神ももう少し肩身が広くなると良いので御座るが」

「そういえばシスターに異教徒って言われてたな。……もしかしてその龍神、片目か?」


カタ=クゥラだけに、なんちゃってな。


「な、何故その事を!?」

「……マジかよ。ついでに、名前は正宗とか言わないよな?」


「き、貴殿もまさか独眼の龍を信仰するものなので御座るか!?」

「いや、残念ながら無心論者だ」


「残念で御座る……」


どんだけー!?

とか思いつつ、俺たちの夜は更けて行く。

結局その日一日、

トレイディア軍の陣地では騒がしい笑い声が尽きる事は無かったのだ。

そう、誰も彼も皆、ようやく訪れた平和に酔いしれていた。


その苦しみを与えた戦争を起こした事に、俺のなけなしの良心は今も痛む。

だが、これはもう変える事の出来ない事。一生付き合わねばならない罪なのだ。

だから、仕方ないとは言えない。受け入れなければならないんだと思う。


……そして数日後、俺達はトレイディアへと凱旋した。


……。


「お、トレイディアの城門が見えてきた。どうやら直ったみたいだな」

「ううう。拙者の愛しき故郷よ……まさか生きて帰れるとはおもわなんだ」

「何か騒がしいな?まあ、我が軍も含め勝者の凱旋だ。民もはしゃごうと言うもの」


……けど、何かおかしいような。

何ていうか、こう、英雄たちを迎えるような熱狂ではないと言うか。


「なんか、おかしくね?」

「ふぁあ……にいちゃ、おはようであります」


おう、ねぼすけアリスか。

お疲れとは言えもう昼近いぞ?


「と言うか、良く馬車の中で熟睡できるよな」

「子供のあたし達にはここの所の激務は辛いでありますよ」


「……マジ済まん、本当に済まん」


取りあえず土下座を慣行。

思えばこいつ等実年齢的には赤ん坊なんだよな。

……幼児虐待もいいところだよな、本当に。


「まあ、それはそれとして……なあ、何かおかしくないか?」

『ふえ?あー、アリサに聞いてみるであります……駄目でありますね、アリサも寝てる』


そうか。まああいつも忙しいだろうし、仕方ないか。


『あたし達三人が揃って寝てると蟻の警戒網も機能しないでありますよ……状況不明であります』

『そうか。何とかしなけりゃならんな』


『ああ、アリサはその事良く判ってるであります。対策はもう直ぐ出来るでありますから』

「流石はアリサ、相変わらずやる事にそつが無い」


世界中の蟻と感覚を共にし、世界中をリアルタイムで知るのはアリサの特権だ。

いざと言う時はアリシア・アリスでも代役が出来るが、

逆に言えば三匹とも何らかの事情で動けない場合、即座に連絡網が破綻する事を意味する。

まあ、既に対策の目処が立ってるらしいし特に問題にするべき事じゃない。


さて、それはいいが……要するに今回は直接見てみないと判らないわけだな?

まだ眠そうなアリスを再び馬車の荷台に寝かしつけて村正達の元に向かう。


「よう。何か判ったか村正?」

「カルマ殿か。いや……何か街の中が騒がしいと言う事しか判らんで御座る」


「……僕らが偵察してくる?」

「いや、アルシェ殿も折角生き延びたのだ。最後まで従ってくれた諸君には特別手当も出すゆえ」


「無駄に命を捨てるな?ありがたいけど僕らもそれでご飯食べてるの。仕事の種は逃がさないよ」

「仕事熱心まことに結構である。我としても偵察を出すのには賛成だな……確かにきな臭い」


街に近づけば近づくほどおかしさが鼻に付く。

……何と言うか、活気が無い。

いや、これはむしろ……魔物の気配?


「おいおいおい、なんでオークの匂いがこんな所にまでしてるんだよ!?」

「だ、だがその割りに城門は綺麗なもので御座るよ?」

「逆の門が破られたか?我が軍は警戒態勢に入る」


「……トレイディア全軍も警戒するで御座る。アルシェ殿?」


「はいはい!お仕事だよね?街の中見てくればいいんでしょ」

「アルシェ、俺も行く……何か嫌な予感がする」

「左様か。……拙者も一足先に行くで御座る。軍はこの場で一時待機!」

「「「え?ちょ!?カタ様ご乱心!?」」」


「……面白い。我も共に行こうではないか」

「「ええっ!?公爵様まで!?」」


……。


さて、ここは通い慣れたはずのトレイディア城門。

だが、誰も居ない。警備に付いてる筈の商会私設部隊も居ない。

俺達はそんな城門前に来ていた。


「城門、施錠されてないよ?こんな無防備な門、僕始めて見るよ」

「普段はそんな事は無いはずで御座るが……あけてくれで御座る」


……巨大な城門は嫌にあっさりと開いた。

そしてその先には……誰も居ない。


「な、何故大通りに人っ子一人居ないので御座る!?」

「トレイディアには何度か来た事があるが……こんな事態は初めてであるな」


その異常さに村正は妖刀を抜き放ち、

ルーンハイム公はマントで全身を覆い、何やらブツブツと唱えだした。


『……防壁!(ガードウォール)』


数分後、その言葉と共にルーンハイム公の周囲を不可視の防壁が覆う。

……俺も硬化をかけておこうかね。


……。


「さて、さっきからじわじわと先に進んでるわけだが……本当に誰も居ないように見えるな?」

「うむ。気配はするで御座る。まるで皆、息を潜めているかのようで御座るな」

「息を潜める、か。カルマ君、カタ子爵共に良いカンをしている」

「え?公爵様それってどういう意味?」


『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』


突然の詠唱、そしてルーンハイム公はとある民家の屋根にその右手を差し出した。


『……衝撃!(インパクトウェーブ)』


文字通り不可視の衝撃波が右腕の指し示す方角に向けて飛び出していく。

そして屋根と共に何人かの吹き飛んだ……聖堂騎士団志願兵だと!?


「心せよ!敵が城壁内に入り込んでおるぞ!」

「そ、そんな!?何故で御座る!?」

「……ま、内部で手引きした馬鹿が居たんだろうね」

「んな事より迎撃だ!」


奇襲するつもりだったのだろうか、周囲から数十名の志願兵部隊が沸いて出る。

……そういえば、連中は最初から東側……トレイディア方面に向けて逃げていたよな。

志願兵も騎士団も。

もしかして……はめられたのか?最後の最後で!?


「連中、まさかこっちの本拠地をピンポイントで狙うか!?」

「見るで御座る!屋敷の周りで激しい戦闘が!」


……ああ、本当だ。トレイディア領主館に敵が攻めて来てやがる。

だが、安心もしたな。あそこで頑張ってるのは俺の仲間たちだ。

って、なんかオークとかが攻め込んでるけど何処から持ってきたんだ連中は!?


「どうやら、全戦力を館に集結させたみたいだな」

「元々領主館は市民たちが有事に逃げ込む為の場所でもあり申す」

「ふむ、民を大切にするトレイディア領主だからこそ、この大都市のような繁栄があるのだろうな」

「はぁ、はぁ。何で皆喋りながら、戦える、の!?」


文字通り周囲から沸いて出るかのような敵の猛攻。

まあ当たり前か。考えてみればこの四人、トレイディア側の各部隊の指揮官ばかり。

万一全滅したら軍が崩壊しかねん。


「だが!この場に雑兵如きに蹴散らされる雑魚は居なかったり!」

「我が名は村正!拙者の首、安くは無いで御座るぞ!」

「たまには、体を使うのも良い物であるな!」

「いや、だから!なんで皆そんなに余裕なの!?それとも僕がおかしいの?」


アルシェの疑問も最もだが……どう考えても俺ら修羅場潜りまくってるしなぁ。

あ、修羅場といっても個人戦のな。


……ってそりゃ!また一人切り殺したぞ!

おっと、向こうから肉片が飛んできたが……誰だよ危ないな。


「アルシェ君もたまには魔物を狩り歩くといいのであるぞ。鍛えられる!」

「貧乏傭兵にそんな暇無いですよ公爵様ー!?」


おや、ルーンハイム公。何時の間に手斧なんか取り出したんだ?

ってうわっ!?腰の周りに10本近くぶら下げてる!なんで!?


「……逃がさん!」

「ぐひゃあ!?」


あ、ぶん投げる為にか!?

民家の屋上の弓兵、投げ斧で脳天叩き割りやがった!凄ぇ!


「さあ、来るが良い。我が妖刀の錆にしてくれるわ」

「何人の血を吸ってるのその剣……」


俺のを含め少なくとも百人は固いな。


「カルマ君もどうして弓矢を避けもしないのさ!死にたいの!?」

「いや、死なないし」


思えばただの傭兵隊長にはキツイ状況かもな。

矢に当たったら怪我するだろうし勇者の縁者でも無いし伝説の武器も持って無いし。


ってアルシェが弱いと見たのか!?

敵弓兵がアルシェを集中的に狙ってる!


「嘘、だ。こんな、ところで?」

「危ないアルシェ!」


アルシェに向けられた弓矢の数、15以上。

絶対に避けきれる数じゃない。

だから、俺はアルシェを押し倒し、俺の体を盾にする。


「カルマ君!?」

「平気だ。何の問題も無い。……そんな事よりやって欲しい事がある」


そう、このまま指揮官全員がこんな所でくすぶってる訳には行かないだろう。

誰かが軍を動かしに行かねば。


「指揮官全員が軍を離れたのは拙かった。村正と公爵を連れて軍の所に戻るんだ」

「え?でもカルマ君は!?」


「ここで敵を抑える。出来るのは多分俺だけだ」

「そんな!?カルマ君死んじゃうよ!?」


とは言え、現状ではそれが一番ベストなんだよなぁ。


「……カルマ殿。頼めるで御座るか?」

「カタ子爵。それなら我も残ろう。何、個人戦闘にも自信はある」


「いや、公爵はマナリア軍を動かしてもらわないと。それに、何かあったらルンが泣くだろ」

「む……ならば君も一緒に」


「駄目だ。幸いこの通りは四方からの道が交わる所。後方の敵を押し留めるには丁度良い」


ここは十字路のど真ん中。

敵を集結させない為にはここで踏ん張るしかないんだよな。

それに、俺ならそれぐらい出来るだろう、と自惚れさせて貰いたいもんだ。


「だから、出来るだけ早く軍を連れてきてくれ」


「……判ったよ。カルマ君、死なないでね」

「友よ。この場は任せるで御座る。武運長久を祈る!」

「流石、娘が敬愛すると言い放つだけの事はある。死ぬなよ?若人よ」


そして三人は元来た方角……西門へ向かい走り出した。


……。


……行ったか。


「さて、そろそろ出てきても良いんじゃないか?騎士団長殿?」

「ふふん。どうやら気づかれてしまったようだなぁ?」


近くの民家から数名の騎士が現れる。

その中心に居た人物こそ……聖堂騎士団長ブルジョアスキー。


「不思議だな。あそこで全員揃ってるうちに倒しときゃ、それで勝ってただろうに」

「いいや?慌てる乞食は何とやら。わしはそこまで自信家では無いな」


「ほぉ。じゃあ誰かが残るのを待ってたか」

「いいや、ここまで来た以上わしの狙いは大司教様を昏睡させた原因……貴様のみだ」


「仇討ち、か」

「その通り。残るなら貴様だと思っておったよ」


一人になった所で襲う段取りか。

……早まったかな?


「兎も角……今回の戦、元を辿れば貴様に行き着く。今後の教団の為にも……消えてもらうぞ」

「へぇ?残りは精々志願兵百人と騎士十人。たったそれだけで俺を潰せるのか!?」


嘘だ。正直この数はキツイ。

しかもブルジョアスキー自体、加速をかけた俺の渾身の一撃を凌ぎきった男。

けして弱弱しい指揮官ではない。


「総員、包囲!その後死守円陣構築!」

「くっ!早い!?」


だが、志願兵は騎士団長の望む速度が出ていないようだ。

前回と違い、まだ抜けられる余地はある!


「包囲に失敗しました!」

「ならば波状陣!矢の雨を降らせてやれぃ!」


野郎、ミスりやがった!

よし、矢を弾いた所で逆撃に転じて……なんだこの感覚?


グサッ……だと?

俺の鉄の皮膚を矢が貫くだと!?


「ふふふ、クロスボウ部隊!再度射撃準備だ。流石に石弓ならその装甲も抜けるか!」

「ぐっ!?しまった……」


そういや、コイツには防衛戦時、俺に弓が効かない所見られてたっけ。

……いきなり対策取られてどうするよ俺?


『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』

「こ、この男……矢が刺さってもお構い無しだと!?」


答えは……怪我で死ぬ前に回復し続ける。

射殺される前に全滅させてやるさ!


「ひ、ひぃ……幾ら傷つけても倒れもしない!?どういう事だ!」

「俺は死なない!死ぬのはお前らだ!」


「わ、わしを守れ、騎士団の精鋭達よ!円形防壁、急げぃ!」

「幾ら守りを固めても無駄だ!」


前方で盾を構える兵士を掴み上げ、強力をかけた上でその首を引っこ抜く。

更にそのまま前進し両隣の兵士の顔を掴んで顔同士を叩きつける!

そしてそのまま構わず前進し、次の列の兵士を……


「だ、駄目だ!陣形変更、前方波状陣!わしの元にたどり着かせるなぁ!」

「随分と臆病だな?個人戦にも自信はあるんだろう!?」


「万一わしが死んだら神聖教会はどうなる!?わ、わしは死なんぞ、死にたく無いぞ!」

「殺してる以上殺されもし得るさ。出来るのはただ、その瞬間が来ないよう努力するだけ」


「努力しておるさ!だからこうして危険な男を排除しようとしておる!ああっ!来るな!」

「遅ぇよ!」


遂に盾を持つ兵士の列を抜けた!

後は恐れおののく弓兵どもを駆逐し、大将首を頂くのみ!


「おらおらおらおらっ!」

「わ、わしの軍が……わしの陣形が……何故だ、抜けられる道理など何処にある!?」


「強いて言うなら……俺を道理に当てはめようとした事だブルジョアスキー!覚悟!」

「……舐めるな若造!」


遂に聖堂騎士団長ブルジョアスキーがその剣に手をかけた。

抜き放った細身の剣とその構え、まさしくフェンシング。

……ぽっこりお腹とキラキラ頭部が無ければさぞ格好よかったろうに……残念だ。


「まさか、剣を抜かねばならんとはな」

「良い面構えになったじゃないか……それがアンタの、剣士……騎士としての顔か」


すっとブルジョアスキーが手を上げる。

……すると全ての兵が騎士団長後方に整列した。

邪魔するなってことだろう。


しかし、精悍な顔だな。面構えすら変わってやがる。

剣を構えると、違う一面が出てくるって訳か?


「……いいだろう。一騎打ちだ。それと、ここから先はわしも一人の騎士としてお相手する」

「今まで配下使ってこっちの体力削ぎ落としておいて、今更かよ」


「誇りなぞ……勝利の前では小さなものだ」

「へぇ。珍しく気が合うじゃないか」


俺も剣にこびり付いた血糊を振るって落とす。

……いいだろう、こっちもいい加減にしたいと思ってた所だ。


「「……勝負!」」


掛け声と共に両者相手の間合いに踏み込んだ!


「突!」

「受け止めてやる!」


目にも留まらぬ突きに対し、俺は一度受け止め、

更に一歩踏み込んで斬りつけようと試みるが……駄目だ!

……腹に、穴が開いた!


「続いて斬り裂くぞ!」

「今度こそ受けきる!」


鋭い切っ先が迫る!

だがその軽い細身の剣が災いし、騎士団長の斬撃は俺の剣に前進を阻まれた!


「今度は俺の番だ!全力で振り下ろす!」

「受けとめてみせるぞ!わしとて騎士団を率いる身だぁ!」


団長の剣と俺の剣が激しくぶつかり合う。

……だが、全体重をかけた一撃は受け止めた力を凌駕し、ブルジョアスキーの鎧に食い込んだ!


「あぐっ……痛い、痛い……だが負けられぬ!我が突きを食らえぃ!」

「その程度……軌道をずらしてやればどうとでもなる!」


全力の刺突を受け止めるのは愚の骨頂だった。

俺は剣で薙ぎ払い、その勢いで突撃してくる切っ先を逸らすことに成功。


……相手が剣を取り落とし、大きく体制を崩した。今がチャンスだ!


「おらあ!切り裂けぇえええええっ!」

「ひ、よけ、避けねば、避けねばぁああああっ!」


意外なほど軽いフットワークで俺の切っ先から逃れようと体をひねるブルジョアスキー。

だが、残念だったな?全力で振り下ろしたとかなら別だが、それぐらいの回避、

剣の軌道を変えてやればいいだけだ!


……狙うは鎧の隙間……どうだっ!

俺の両腕に返り血がほとばしる。効いて居ない訳が無いだろこれなら!


「トドメだ。突き殺す!」

「ひぃ!?に、逃げろおおおっ!」


無様に転がって逃げようとするブルジョアスキーを追い、その体に剣を突き刺す!

……くっ、浅いか!


「もう駄目だ!総員撤退だ!わしを守るのだー!」


その言葉と共に、しっかり背後で用意されていた石弓が射掛けられる。

そして俺が剣でそれを弾いている内にブルジョアスキーは馬に乗り……逃げ出していた。

配下の兵も、それに続いて脱兎の如く走り出す。


後には俺と、ブルジョアスキーの細剣だけが残されていた。

……背後から見知った顔が駆け込んでくる。

そして、次々と撤退して、もしくは捕らえられ、殺されていく騎士団員達。

色々在ったが、この時を持って勝敗が決したのだと思う。


「カルマ君!大丈夫だった!?」

「アルシェ?そっちも大丈夫だったか?」


「うん。僕は大丈夫……何せ久しぶりの大仕事だったから。お給料で買い物するまで死ねないよ」

「そうか……終わったんだよな、戦争」


そう、正式名称として「聖俗戦争」の名を与えられたこの騒乱は、

この日をもって、ようやく終わりを迎えたのであった。


終わらなかった問題、新しく増えた問題など課題は山積みだが……、

今はただ、休みたいと。そう思う。


***冒険者シナリオ8 完***

続く





[6980] 25
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/04/25 10:45
幻想立志転生伝

25


《side カルマ》

戦いは終わった。数ヶ月間に及んだこの戦争は"聖俗戦争"の名を与えられ、

トレイディアは新しい領土を得て勝利に沸き立っている。

また、援軍を寄越したマナリアもまた莫大な謝礼を受け取ったことにより、

大いに潤う事となった。

幸い戦争特需と復興特需が経済を突き動かす程のレベルになり、

幸か不幸か現在のトレイディア、マナリアは空前の好景気となっている。

かつての賑わいを取り戻すのはそう遠い事では無いだろう。


カルーマ商会も、約束どおりトレイディアの新しい占領地での商売で優遇される事が決まり、

俺自身も冒険者カルマとしておよそ百枚の金貨を手に入れていた。


ただし問題も無い訳ではない。

……大聖堂以南、旧聖堂騎士団領の三分の一。

それを占拠し続けるサンドールとトレイディアの関係が多少ギクシャクしだしたのだ。


失った物が多かっただけに領土は最大限増やしたいと願うトレイディアと、

緑ある大地をようやく手にした砂漠の国サンドール。

お互いの主張の溝は埋まらないまま、なし崩しに国境線は曖昧なままとなっている。


それに、傭兵国家も人的被害は多かったとは言え今回の戦争でかなり儲かったはずだ。

今後強大化する恐れも在り、情報収集をおろそかに出来ない状態である。


「だが……キャラバンの、交易の安全は確保された。まずは目的達成だな」

「そだね兄ちゃ……一応うちは儲かったもんね」


うん、実はそうなのだ。

アリの餌に備蓄していた食糧の一部を、"状況としては安価"で売り払ったり、

逆にいち早く危険を察知した連中から不動産とかを捨て値で大量に買い取ったり。

開戦時期がもう少し予定通りならもう一つ二つ儲ける手段もあったが……まあ上出来だろう。


商会としての目的は一応果たした格好の上、神聖教団も事実上半壊させた。

とりあえず、目標達成と言う事で今回の謀は成功と言っていいだろうと思う。


そんな訳で、今日は仲間内での打ち上げ会と言うわけだ。

参加者は俺、蟻ん娘三匹、ホルス、ハピ……要するに商会の中心メンバー。

以上のメンバーで、サンドール地下にある蟻と蜂の王国の一角で飲んでいるのである。


お、アリサどうした?

人の袖口引っ張ったりして。

あーあー全く、口の周りにスープが付いてるぞ?


ほれ、ふきふき。


「ぷはぁ。そういえばさ兄ちゃ」

「何だアリサ?」


「教会も一応潰したしさー。もう身の上で嘘付く必要ないんじゃない?」

「……まだ、駄目だな。いや、もう一生嘘を突き通すしかないかも知れん」


「何故でしょうか主殿。そもそもカルーマとは教会を欺く為の仮の名でしかないでしょう」

「……ホルス。既にな?カルーマってのは人の名じゃないんだなこれが」


そう、最初は教会の情報網から逃れる為のただの偽名でしかなかったカルーマ=ニーチャは、

既に日の出の勢いのまま突っ走る新興商会の屋号であり、

更にサンドール下層階級から見れば成り上がりの象徴。希望の名なのである。

もう今更真実など……言える訳が無い。


「今更、正体は他国の人間でした。何て言えないだろ?常識的に」

「確かに。……私どもの最大の支援者はサンドールの下層階級ですしね」


「可愛さ余って憎さ百倍と言う言葉もある。カルーマは……砂漠に輝く星で無ければならない」

「思慮の足りない物言い、大変申し訳ありません主殿」


いや、良いんだホルス。なにせ実際の所は敵を作りたくないだけなんだし。

……ん?今度はハピか。何か言いたい事があるのか?


「ならば……いっそカルーマになってしまえば宜しいのではないでしょうか」

「それは一体?」


「……僭越ながら。カルマ様としてのご自身を捨ててカルーマ商会の総帥として生きられては?」

「成る程な。冒険者一人なら突然失踪してもおかしくない、か」


「私としても、総帥が総帥としてのみ行動していただければ余計な心配をしなくて済みます」

「ハピ。主殿に失礼過ぎるのではないですか?」


「父よ、貴方には申し訳ありませんが……これは事情を知る者全員の切なる希望なのです」

「確かに兄ちゃが居なくちゃ、あたし達路頭に迷うもんね」

「それについてはアリサ様達と同意見です。本人のご意思はさておき主殿こそ私達の中心ですから」


皆の言い分も判らなくは無い。

確かに今更カルーマを消す訳には行かない。

ならばいっそ、冒険者カルマを止めて商会総帥として生きて欲しい、と。


それは確かに悪く無い話だ。

既に商会は軌道に乗った。

後は軽く新商売の案を出し続けるだけでやっていける。


……俺の最初の目的は、金持ちになることだったように思う。

それを考えれば、既にただ総帥の椅子に座り続ければ後は勝手に金が転がり込んで来る現状。

それはもう、目的は果たし終えたような物である。


けれど。それだと俺が……消えてしまう。

17年間生きてきた、この俺は。いつの間にか世界から消えてしまう。


「……これは俺の我が侭だが。俺はカルマも止めない」

「なら、今までどおり二重生活続けるの?」


「ああ。それしかない……それともいっそ誰かに総帥の座を譲るか?」


……って何でいきなり全員土下座!?

俺、何かしたか!?


「主殿!ご機嫌を損ねたのはお詫びいたします!」

「総帥が居なかったら私達は路頭に迷うと今さっき言ったばかりでは無いですか……」

「「「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」」」


あー、辞める事は出来ないみたいだな……まあここで辞めるのは流石に無責任だが。

……とりあえず俺が悪かった。冗談だから全員顔上げてくれ。


「それはさておき、このままで行くなら俺……カルマの立ち位置をどうするか決めないといけない」

「ふぇ?総帥の親戚ってなってるし、適当でいいよねー?」


「いいわけ無いだろアリサ。まだ……この世の何処かで大司教は健在なんだ」

「あ、そっか」

「あたし達の警戒網に引っかからない以上、居るのはまともな場所では無いであります!」

「でも、したい、あがってない。だから、けいかいつづける、です」


そう、大聖堂から忽然と姿を消した大司教。

未だ昏睡状態のはずでもあるし、誰かに連れ出されたはずだ。

……だが、その姿は北のブラッド司祭の元にも無い。

と言うかあの男は自分の派閥作りで忙しいようだ。

むしろあの男の下に連れて行かれていたのなら逆に手間が省けていたかも知れない。


そして聖堂騎士団残党に張り付いている蟻からの情報で、そちら側にも居ない事が判っている。

……要するに完全に足取りが途絶えていた。


こんな恐ろしい事があるだろうか。

俺を心底危険視している男。起きた時には怨み骨髄に染みるであろう男の行方が判らないのだ。

故に、警戒を解くわけにも行かない。


「前線指揮官の不足の為、俺と商会に繋がりを作ってしまった。次は商会も狙われるだろう」

「なら大司教が目覚めるまでの……残り二年半の内に強固な体制を作り上げないとね!」

「今更繋がりの痕跡を消すわけにもいきませんしね。主殿」

「そんな事をしては私達に後ろめたい事があると白状しているような物です」


本当は訓練が終わるまでに優秀な指揮官を探して雇い入れる予定だったが、

あの予想外の速攻に、色々と予定を狂わされてしまった。


……ああ、白状するさ。

もうこうなったら俺自身でやるしか無いと勢いでやっちまった。

お陰で商会設立当初の予定、俺と関わり無いように見える勢力の構築は破綻してしまったさ。


既に俺……冒険者カルマとカルーマ商会はグルである事など子供でも知ってるだろう。


「だが、今回の一件で教会の勢力と影響力は四散。つまり当初の目的は果たしたとも言える」

「そゆこと。だから大丈夫だと思うよー」

「それに、私達は既に一個の勢力として世間に認知されています……今更潰させはしません」


そもそも商会を作ろうと思い立ったのは、考えてみれば神聖教会と言う強大な敵に対し、

一個人でしかない俺がどうやって立ち向かうか、と言う命題から生まれた物だ。

……あの荒野での一戦で死んだ二十人の弔い合戦と言う意味もあるだろう。

だが、実の所は自分を脅かす敵に対し手段を選ばなかったと言うだけ。


そして、その敵は手酷い被害を受け分裂。既に俺に構う余裕は無いと思われる。

要するに……既に秘密にする必要は無いとすら言える状態なのだ。


「だから後は俺の意思一つなんだよな」


「冒険者としての活動はご自由です。が、総帥としての仕事はしてくださいね?」

「それぐらい兄ちゃが決めればいーよ。誰も文句言わないから」

「その通りです主殿。ですが商会を放り投げるのだけは勘弁して下さい」


一度整理してみようか。


カルーマは商会の為にも失くす事の出来ない名である。

俺は冒険者カルマとしての自分を捨てるのも嫌だ。

当初の目的は一応達成。

サンドール等での今後の為、同一人物と名乗り出るのはマズイ。

敵はまだ居る。

商会に勤める人間も既に多数=ここまで従ってくれた者達のためにも商会は保全されるべき。


以上の事から導き出される結果はと言うと。


「……うん、やっぱり現状維持するしかないな」


「と言うかさ兄ちゃ。今更カルマが消えた!ってなったらさ?」

「村正、とか、リチャード殿下、とか。さがしまわる、と、おもうです」

「ルンねえちゃもきっと泣くでありますよ……」


……えーと。もしかして名前売れすぎたか?


「主殿。既にトレイディア軍より正式に仕官の打電が来ております」

「カルマ様宛てに傭兵国家より引き抜きの書状が。ふふ……どうしますか総帥?」

「マナリアからも何かお仕事の依頼が来てるよー」


うーむ、有名になるのはいいが何か物騒な話ばかりのような。

これがもしや噂の有名税、か?


「まあ、主殿が我らが主君である事は今でも秘中の秘です」

「だね!それにカルーマとカルマを同一に見せない為のストーリーも考えてるよ?」


「ほぉ?アリサ、言ってみろ」

「あいよ。じゃあ心して聞け兄ちゃ!」


……ふむふむ。

成る程、血縁云々は一応あると言えん事も無いと言うレベルの話にしておくと。

そして……急な戦争で指揮官を探してたカルーマ商会が、

遠い血縁者に使えそうな駒を見つけて、言葉巧みに取り込んだことにする、と。


「そんで、戦争後には非道にもお役御免って事になるわけだね!」

「ん?そうなると俺は……首か?」


「冒険者カルマはそうなる。何せ業突く張りの被害者になって貰わないといけないし」

「……成る程な。用済みにされて追い出された形にするわけか」


「これなら今後も兄ちゃはカルマとしてなら自由に動けるよ?」

「一応退社時も、俺から辞めた形を整える必要はあるだろうがな」


そうでもしないと、商会の悪名が高まりかねんし。

まあ、勤め人には向いてなかったとでも言えばいいか。


裏向きに掴ませる情報としては……、

戦争終結後、改善されなくなった待遇に不満を抱いた、辺りか。

うん、悪く無いかも。


「成る程。……ですが、一度辞めた形にすると」

「ハピ?どうしたのー?」


「もしまた何かあった場合、総帥にご出馬願うのは難しくなりますね」

「あー、出戻る理由に説得力持たすのが難しくなるか……」

「カルーマにいちゃとして、たたかったら、どう、です?」

「アリシア。あの底上げ靴で戦えると本気で思ってるでありますか?」


いや、総帥の戦闘能力が高かったらそれこそバレるだろアリシア。

そもそも、今回直接指揮取らなかったのは何故だって事になるしな?


つまりその案を採用すればカルマとしての俺は後腐れなく商会と縁を切り、

ただの冒険者に戻れるが、その後の危機に駆けつけ辛くなる。と言うわけか。


「……確かにリスクはあるよ?でもさ、兄ちゃを商会だけに貼り付けるのには反対だよー」

「アリサ様?それは一体どういう事でしょうか」


「だってさ、兄ちゃは何処までも自由人。自分のエゴを通す人だから!」

「アリサ?それはどういう意味だ」


「救うも滅ぼすもその時の心次第。前世の僻みとこの世で得た力が作り出した歪な人格」

「アリサ様それは一体?……いえ、知る必要は無いのでしょうね」


「そんな兄ちゃだけど大好きなんだ。だから自由にさせてあげたいと思う」

「……総帥の、望みのままに。……ですか」


俺の望み?

金が欲しい、幸せになりたい、出来ればエロい事の出来る相手がいればなお良い。

俺の望みなんかその程度だが。


「それに兄ちゃは多分ちっぽけな願いしか持って無いと思う。けど……その結果どうなった?」

「……えーと、アリサ。話が見えないんだけど」

「私は判った気がします」

「父と同じく、私も理解しました」

「くさった、おいもから……ごはん、うまー、です」

「にいちゃも今や総帥でありますからね」


なんか、皆して勝手に理解してるんだけど。

……どういう事だ、これ。


「ともかく!兄ちゃには自由にしてて貰うのが一番だとあたしは考える!異論はある?」

「このホルス。異論は在りません」

「私も無いですね。後は総帥のお心次第」


いや、なんだか良く判らないうちに俺の今後を決定しなけりゃならない感じになってるんだけど。

……まあいいや。なんだか良く判らんが今後の事を考えるに、

どっちにせよ俺、つまりカルマがどうするかは決めておかねばならん事だ。


「じゃあ……悪いが俺は。冒険者カルマは商会から手を引かせてもらう」

「了解だよー。あ、でもカルーマとしてはきちんと続けてくれなきゃ困るからねー」


それは勿論だ。俺の作った組織にそこまで無責任にはなれない。

そして、そういう事なら……冒険者としての俺は再び自由に生きる道を選ぶ。

商人カルーマは、今後も利益と商会の拡大と保全の為に動く事になる。

……ならばもう一人の俺としては自由な生き方をしたい。それに、


「それにさ、金持ちになったら周りの態度が変わったとか……嫌じゃないか?」

「だね。兄ちゃ、そう言うの余り好きそうじゃないし」


宝くじ当たったのはいいが、その後身を持ち崩したなんて話はそれこそ何処にでも転がってる。

……実は既にこの世界にも。

大金って奴は魔物だからな。俺個人としては必要時以外は関わりたくないようにも思う訳だ。

大変身勝手ではあるがな。


「……では、主殿の新しい旅路に乾杯を」

「定期的にお戻りになられる事を期待します、総帥……いえ、カルマ様」

「こまかいこと、まかせるです。いざというときだけ、たよるですから」

「では、気を取り直して宴会の続きをするでありますよー!」


「「「「「では、かんぱーい」」」」」


ガラスを打ち付ける音が、地下世界に響いた。

そして何回目かの乾杯の音頭と共に、グラスの中身が消えていく。


……気が付けば背負っていた荷物は重く汚れきっていて、俺の背に重石をつける。

だが、それを一緒に背負ってくれる仲間達が出来た。


「そういや故郷を旅立って、まだ一年も経ってないんだよな……」

「そうなのですか主殿。私はてっきり長く旅をされている物かとばかり」


「……冒険者として成功するのが最初の目標だったんだけどな」

「予定とは違いますが、十分に成功したのでは無いでしょうか、総帥?」


気が付けば家族と呼べるものも出来ていた。


「兄ちゃ!それで次はどうするの?」

「そうだな、取りあえず……やりたい事がある」


「それは、なに、ですか?」

「聞かせて下さいであります!」


国に匹敵する相手と戦って、汚い謀略も色々やって。

……随分遠回りをしたような気もするが、そろそろ原点に立ち戻っても良い頃じゃないかと思う。

だから。


「取りあえず、久しぶりに宿に戻って……何か依頼でも受けるさ」


今日、この日の饗宴が終わったら。

この戦争の後片付けが一段楽したら。

久々に、謀略も何も絡まない。

ただの冒険に出てみようと思ったんだ。


……。


翌日。俺は久々に古巣の冒険者の宿、首吊り亭に舞い戻っていた。

……とは言え、活気があるとは言えない状況のようだな。

まあ、兄貴もルンも居ないし、村正も今頃色んな雑事で忙しいだろう。

首吊り亭の冒険者は俺達だけではないが、

それでも俺にとって主要なメンバーがかなりの割合で姿を見せていないのは寂しい限りだと思う。


「ま、それでも誰か居るだろ……よぉ、久しぶり」

「おお、カルマか。出世したと聞いとるよ。元気じゃったか?」


先の戦争でドアは傷ついていたが、店の中は変わり無いようだった。

そして、変わり無い顔も一つ見つけた。


「ガルガンさん。アンタも無事だったか」

「まあな。とは言え、逃げ惑っていただけじゃが」


冒険者仲間では最古参のガルガンさんがカウンターの後ろでカップの手入れをしている。


「ところで、一部隊の隊長さんともあろう方がこんな寂れた酒場に何用じゃい?」

「ははは、色々合わなくて結局辞めちまったよ……冒険してるほうが性に会ってるみたいだ」


「そうか。……ラム酒でも飲むかの?」

「ああ、貰おうか」


ああ、そうだ。何人か頭数が足りないがそれだけだ。

致命的なおかしい所なんか無いじゃないか。


「ほれ。……美味いか」

「……美味いけど、美味くない」


「そうかの。まあ、暫くは仕方ないのう」

「そうか。まあ慣れて無いだろうしな」


「……何も、聞かんのだな」

「止めてくれよガルガンさん。俺、最近ナーバスなんだから」


「例えば……何でわしがカウンターの裏に居る?とか。居るはずの人の姿が見えない。とか」

「いや興味無いな。それより何か仕事無いか?」


「……わしみたいな新米マスターにはな、まだ仕事を斡旋する許可が下りんのじゃよ」

「おかしいだろ。おかしいだろそれ。だって俺、何時もこの店で仕事貰ってるんだぜ?」


「この店の冒険者の殆どは街を離れておる。この宿で今回で死んだのは……たった一人」

「いい加減にしてくれガルガンさんよ!……いい加減マスターが何処に行ったか教えてくれ!」


……。


「判るじゃろ?……もう、会えんよ。この世におらんからな」


なんて言うか。脳天に冷や水ぶちまけられた気分だ。

ああ、そうだ。判ってたはずだ。知り合い全員助かる保障なんて在りはしないと。


「……先日、敵が街に侵入した際じゃ。わしは村正の頼みで街の見回りをしておった……」


話の内容は、ある意味ありふれた物だった。


警備の途中で敵の奇襲を受けた老冒険者。

辛うじて逃げ出したものの追っ手にかかり、行きつけの店に逃げ込んだ。

……そして、店の中での大乱闘。


「気が付いた時にはもう……致命傷じゃったよ」


戦闘に巻き込まれた酒場のマスターは、

それでも懸命に戦いガルガンさんを助けたものの致命傷を受けてしまう。


「巻き込んだ事を泣いて詫びるわしにな?マスターは諭すように言ったんじゃ」


マスターはガルガンさんに言ったと言う。

詫びる気があるなら、店を守って欲しいと。

……ここに来るヒヨッコどもを、

その長い経験で支えてやって欲しいと。


「わしは普通の冒険者じゃった。大した力は無い……誇れるのは経験だけなんじゃよ」

「でもマスターは、その経験が必要と言った……と」


腹部を剣で刺し貫かれ息も絶え絶えの中。

マスターはガルガンさんに後を託すと、眠るように息を引き取ったと言う。


ふと見ると、入店時から笑顔だったガルガンさんの顔に、暗い影がさしている。

……やっぱり、営業スマイルだったか。

絞り出すような声の疲れ切った老人、それが現在のガルガンさんの真実なのだ。


「だからわしは、こうやってここで恥と罪を晒しておる。……軽蔑してくれて、構わんよ?」

「そんな事、言えるわけ無いだろうが……!」


長く世話になった恩人を戦争に巻き込んで殺してしまった。そうガルガンさんは言った。

だが、俺にそれを責める資格などあろう筈も無い。

直接の原因は確かに逃げ込んだガルガンさん。なんだろうが、な。


「責められるべきは……こんな戦争おっぱじめた馬鹿だろ、常識的に」

「ははは。慰めてくれる必要は無いぞい。それに戦争なんて人の手に負えるものじゃないしの」


罪をさらけ出し続けるガルガンさん。

そして隠し続ける俺。

どちらが潔いかなど言うまでも無い。


「……とりあえず、ラム酒。美味かったよ。御代はここに置いておく」

「お主が余り気に病む必要は無いぞ?マスターは常々言っておった。逃げ出さない奴が馬鹿だと」


まあ、結局のところ危険を察知しながら逃げない方が悪いと言う論理か。

何せ戦争になって二ヶ月以上経過してる訳だしな。

だが……何故そんな危険な状況下でマスターがこの店に残っていたかを考えると……、

泣きたくなってくるな、これは。


「じゃ、行くよ……暫く仕事はギルドから直接貰う」

「ああ、もう少しでわしも仕事を回せるようになると思う。それまでは不便じゃがそれで頼む」


ゆっくりと立ち上がり、ドアへと向かう。

そして、店から出た瞬間。

俺は思わず走り出していた。


「あ、待てカルマよ。ちょっと……わしの話を聞いて……」


……だが、もう涙は流さない。

根源的な加害者である俺が……マスターの死に涙する資格は、既に無い。

真実を語れないが故詫びる事も許されない以上、それは俺の中に溜め込んでおく他無いのだ。

いや、ここで偽善者っぽく傷ついている事すらおこがましいのかも知れない。


「要するに、やらかした事の意味を良く考えろ、そして忘れるな……ってか?」


……そう思った瞬間、動揺が何故かいきなり治まった。

良く判らないが……慣れてしまったのだろうか?

それとも、開き直った?


まあ、どちらでもいい。

きっと。今後も幾度と無く通る道なんだろうから。

……慣れたんなら、それでいいじゃないか。そう思う。


……。


だが、冒険者ギルド前まで走りこんだ俺は、再び目を疑うこととなる。

人気の無い周囲と焦げ付いた扉に貼り出された一枚の紙。


―――告知

本トレイディア冒険者ギルドは先立っての聖堂騎士団襲撃に際し、

認定試験用に捕らえていた魔物数十体を強奪、街中に解放されました。

現在ギルドの総力を持って逃げ出した魔物の捕縛に当たっていますが、

凶悪なオーガを初めとして未だ捕まっていない個体が多々存在します。


現在ギルドマスター含め職員総出で再捕獲に当たっておりますが、

オーク以上の個体の再捕獲に成功するまで事業存続は困難と判断し一時休業とさせて頂きます。

再開予定の目処は立っておりません。

善良な一般市民の方々にはお手数ですが、

仕事のご依頼の際は隣街ポートサイドのギルド出張所までお越し下さる様お願い申し上げます。


追伸:冒険者諸君に告ぐ

以上の事情により暫く仕事の斡旋及びランク再認定試験は不可能となる。

各自、個人的裁量で仕事を受けるのは許可するので再開まで頑張って生き抜いて貰いたい。

もしどうしても斡旋が必要な場合は東のポートサイド倉庫街かその先にあるシーサイド港まで。


トレイディア冒険者ギルド長、兼試験官・マッシブ


……以上である。

要するに、本土決戦の際に領主館を襲っていたのはこのギルドから逃げ出した連中だったわけか。

それで、その逃げ出した魔物たちを再度捕らえるべくギルド総出で外出中と。

当然休業もする。で、俺達冒険者は現在仕事を回してもらえないと。

……ガルガンさんが最後に呼び止めたのはこのせいかよ。


「つまり、仕事が欲しけりゃ隣町まで行けって事か」


何度か配達にも言った事のある東の隣町の名をポートサイドというが、

その名の通り、更に少し東に行くと大陸の東端……シーサイド港がある。


この大陸において、唯一の貿易港だ。

因みに北は凍結するし波が荒い。南と西は海の魔物が多すぎる。

よって大きな港は存在していない。


さて、この港からあがった他大陸からの舶来品はポートサイドの倉庫街に蓄えられ、

その後トレイディアで売買されて大陸全土に拡散されていく訳、なのだが。

その為の街道と東部穀倉地帯を押さえているのがトレイディア最大の強みだったりする。


なお、俺にとって色々と思い出深い"忘れられた灯台"は、このシーサイド港の為の物で、

老朽化によって新しい灯台が作られた後、放置されていた物である。

まあ、そう言う訳で何時の間にやら地下に怪しい連中が集まり秘密のバザーの温床にもなった訳だ。

因みに俺がぶっ潰してからのバザーは、普通に港の地下で行われているらしいが……。


「そういや……あの灯台、今はどうなってるかな」

「騎士団残党が集まってるであります」


うをっ?……ってアリスか。

何時の間に背中に張り付いてたんだコイツは?


……いや待て、それ以前に今ちょっと聞き捨てならない事言わなかったか?


「ちょっと待った。騎士団の連中が集まってるだと?」

「はいです。かずは……300にんくらい、です」


……もう一匹張り付いてやがった。

軽すぎるんだよこいつ等は……。


まあ可愛いから許す。

それよりも、敵の残党をどうにかした方が良いかも知れん。

さて、チビ助どもを背中から前に移してと。


「抱っこであります♪」

「それはいいから敵の現状を教えろ糸目姉妹」


「……どうせ近くに行くんだから直接聞けば良いで在ります」

「それもそうか」


そして、俺達は秘密地下通路に移動した。

この道は大陸東端のシーサイド港まで通じている。

彼の貿易港は便利な所が在り、荷の総量さえ余り違わなければ問題にならない。

例えば食料品が鉱物に変わっていたとしてもあまり不審がられる様子が無いのだ。


恐らく普段から地下バザーなどへの横流しが横行してるためであろうが便利は便利なので、

普段は蟻達の餌である食料品や盗まれたらマズイ貴重品をこの港から地下王国に降ろしている。

そう、俺達にとって生命線の一つである大切な通路なのだ。


アリサが生まれた時に先代女王配下の生き残りがやって来た時の通路でもあるため、

当然灯台地下へも続いている。

そんな訳で、俺達は敵の直ぐ脇。

石壁一枚隔てた部分まで何の警戒もされる事無く近づく事が出来たのだ。


……3m級兵隊蟻の背中に乗り、高速移動する事丸半日。

俺は石壁に耳を寄せて敵の会話を盗み聞きしていた。

え?もしばれたらどうするのかって?

さあなぁ。まあ兵隊蟻五百匹位居るし、その場合はそのまま殲滅しても良いかも知れん。

ま、今回は偵察だしそんな危険な事にはならないと思うけどな。


……。


「団長、お加減はいかがですか?死にますか?」

「おお、副長か。斬られた所が痛い。死んでしまう」


お、聞こえる聞こえる。

それに石の隙間から向こうの姿が見えない事も無いか。

しかし副長?始めて見る顔が居るな。


「じゃあ死んで下さいハゲ」

「あんまりな言い方だな副長よ……わし、悲しいぞ?」


「そもそも。何であそこで一騎討ちなんかしますかね、この太鼓腹は?」

「いや、まあ……ノリ?」


あー、そういや調子に乗りやすい性格だと報告されてたな。この人。


「やっぱ死んだ方がいいですね。上手いのは陣形構築と退却、賄賂の使い方しかない団長は」

「いやもう大航海。ではなく大後悔したから。許せぃ」


「「「「「無理だと思います。お調子者」」」」」

「そこまで言い切る事は無いだろうお前達……」


涙ぐむなオッサン。


それと俺は言い切られて当然なような気がするぞブルジョアスキー。

あそこで無理しなかったら、多分この時点で質は兎も角二千の兵は確保できてたと思うしな。


「だがな?あそこでわしが頑張らなかったら、お前ら撤退させる算段つかなんだし、仕方なかろ?」

「むしろ、そのすっからかんのヘチマ脳があの時の襲撃を考え付いた経緯が知りたいですが」


「いや、もう大軍を養える兵糧無かったし。それに敵本拠地ががら空きで大逆転の目もあったし」

「まあそれは妥当かと思われますが」


逃亡中にせよ、勝利を諦めない気風は学ぶべき所も多いように思う。

なにせ、本拠地を取られて資金を奪われれば窮地に陥るのはこっちだった訳だし。

……思えば予想以上に薄氷を踏むような勝利だったんだよなぁ。


「そんな事より、今後どうなさるのですかタコ団長」

「うむ。副長はどうするべきだと思う?」


「私に振らないで下さい。まあ、妥当な線では異端審問官の馬鹿どもに頭を下げるのが第一案」

「……大司教様の行方が判らんからまだ奴には従えん。と、わしは考えるが」


「ならば残る勢力で近隣の村々を制圧し、根拠地を得るべきでしょうか」

「それも良いが、商都軍が本気で出張って来ない程度にしとかんと」


「その場合、勢力を盛り返すのが遅れすぎますね。……で、腹案くらいあるんでしょう?」

「ある。と言うか今書状を送っとる。返事待ちだな」


あ、殴られた。

いいのかよ、仮にも上官だろうに。


「もう動いてる=方針決まってる。ならこっちで考える必要ないでしょうタコ」

「イタタタタ……もし駄目だった場合の保険に決まっておるだろう」


驚いたな。既に盛り返す準備にかかってたのかよ。

……こりゃここで潰しといた方が良さそう……誰か来た?


「お?おお?……よ、良くぞ参られた!新しい主君となるお方」

「いや……団長、これは。何と言うか……頭、正気ですか?」


「ふむぅ。我輩の部下になりたいと言う殊勝な輩はお主であーるか?」


ええええええっ!?ボンクラ、じゃなくてボン=クゥラ男爵!?

ボンクラの上にボンボンのあんたが何でここに!?


「我輩こそトレイディアにこの人誰と言われたボン男爵であーる。偉いのであーる」

「こ、これはこれは。てっきり返事は手紙で来るかと思っておりましたが」


「ついでだから出張ってきてやったのである。ありがたく思うのであーる」

「……ブルジョアスキーと申します。で、ここに来られた以上願いは聞き届けて頂けると?」


「いや、何を書いてるのか良く理解出来ないのである。説明するのであーる」

「え、と。団長?……本気でこの馬鹿、じゃなくてこの方に付いて行く気ですか……」


うん、顔に縦線入れてる騎士団副長さん。

偶然だが俺も同じ感想を持ったよ。

後、ボン男爵。折角の密書をぴらぴらとさせるな。威厳が足り無すぎるから。


「えー、要するにわしらを庇護して頂きたい。さすればきっとお役に立てるかと」

「……どんな役に立つのであるか?」

「それが判らないのですか?騎士団ですよ私達」


「うむ……騎士団とは何が出来るのであるか?」


あ、場が静まり返った。

しかも副長がブルジョアスキーになにやら耳打ち始めた。

……気持ちは痛いほど判るが。


「団長、私絶句したんですが。このボンクラ男爵、本当に大丈夫なので?」

「黙っとれ。ええ、男爵様?戦の時や街の治安の維持等、荒事はお任せ下さい」


それが理解できない当たり、終わってるよなこの人。

まあ、騎士団連中を試す、という意味なら格好も付くが。

基本的に相手が誰なのかすら理解してるかどうか怪しい所のようだし、期待できそうも無い。


「ふむ判った。新しい領地も貰った事であるし我輩の配下に加わるが良いのであーる」

「は、ははっ!?……あ、ありがたき幸せ」

「……何度も聞きますが……このタコ、本気ですか?正気ですか?生きてますか本当に?」


即答かよ。


後……何と言うか。

勝者に擦り寄るのは生き残りの常とは言え、はべる相手間違えてるよブルジョアスキー。

前言撤回。こいつ等ほっといて良いや。……絶対勝手に自滅するぞこれ。


「お言葉、ありがたく頂戴します。で、つきましては移動に僅かばかり資金がかかります」

「良く判らんが良きに計らうのであーる」


「現在、数も不足しております。団員の新規募集をかけたいのですが」

「任せるのであーる」


「領内の治安についてはお任せを。わしらで上手くやってご覧に入れます」

「うむ!」


「そうですな。領内を見回りついでに徴税もやっておきましょう。税は倉に納めれば良いですな?」

「そうであーる。面倒なのでそれも頼むのであーる」


……え?


「ならばこの際、蔵の鍵もこちらで保管いたしましょう。絶対に守り抜きますぞ」

「うむうむ。ブルジョアスキーよ。その忠心、ありがたいのであーる」

「え?何?何が起こってるんですか?……団長?」


何が起こってる、か。

俺もそう思う。……おーい、頭よ働けー。


「ついでに、政もこちらでやろうではないか。男爵様は休んでいて頂くだけで良い」

「おお!何と気の利く男なのであるか。我輩感動したのであーる」

「え?それ、本当に良いの?それとも私の感覚がおかしい?」


「ならばその信に応えねば。他勢力との折衝もわしらに一任されよ、悪いようにはせぬ」

「それはありがたい。我輩、外交だけはどうにも苦手であるからして。頼むのであーる」

「団長……段々と口調が素に……」


と言うか……苦手なの外交だけだったっけか?


「ああ、そうそう。普段は商都に居れば良い。報告書はまぁ……一年に一度は寄越す」

「うむ。それは良い。万事良きに計らうが良いのであーる」


「そうだ。この際だしな……全権委任状を用意してくれぬか?」

「それがあればどうなるのであるか?」


「大事を決める時、男爵に報告しなくても良くなる……面倒が減るという事だな」

「よし、帰ったら早速作らせるのであーる。面倒は嫌いであーる」

「……私は今、有り得ない物を見ている。催眠術?そんなチャチな物じゃ……」


穴倉や 気分は正に ぽるなれふ


じゃねぇ!俳句作ってる場合じゃないだろ俺?しかも季語すらないし!

いやちょっと待て、落ち着け俺。素数を数えるんだ!


「そう言えば、書類の決済には正式な印鑑が要るな」

「ほれ。預けるので大事に使うのであーる」

「他人事ながら……それを預けちゃ拙いんじゃ」


「ところで、我が神聖教会が邪教認定されたと聞き及んで居るのだが」

「ん?おぬし等教会の信者なのであるか?」


……名前の時点で気づいて無かったのかよ。

いや、あの男爵の事だし深く考えちゃいないのだろうが。


「……う、うむ。実はそうなのだが」

「団長!?すいませんが名目上でもこれが上役って嫌なんですが。……おい聞いてるのかハゲ!」


あ、無視してら。

残念だが副長さんの言葉は届いてない、もしくは黙殺されたっぽいぞ?


「で、何がしたいのであるか?」

「今一度の布教許可を」


ちょ!?流石にそれは無いだろ常識的に!

それ許したら、商都的に戦争の意味が半分くらい無くならないか!?


「流石に駄目なのであーる。兄上やカタが五月蝿いのであーる」

「さて、ここに取り出したるは舶来品で極上の酒だが」


「よーし。我輩の領内だけなら許可するであーる」


おいおいおいおいおーいっ!?ちょっと待てーーーっ!


それは最後の一線を軽く踏み越えてないか流石に!

いや、当の昔に床板ごと踏み抜いてる気もするが!


「では、我輩は港で買い物があるからここでお別れであーる。後は万事任せるのであーる」

「判った。まあわしらに任せておいてくれ……はぁ」

「ため息で済む団長がうらやましいです……ああもう何がなんだか」


……本当に行っちまったけど。

大丈夫なのかよこれで?

と言うか、この大事を買い物のついでで済ますなと小一時間。


「って団長!?本気ですか?アレに付いて行ったら絶対自爆しますよ!?」

「副長……その質問は織り込み済みだ。けど、なぁ……」


「まあ、何をしたかったかは判りますよ。ハゲにしては上出来だと思います」

「うむ。一年くらいかけて地道に権力を奪い取るつもりだったんだが……てへ♪」


「てへ、じゃ無いですよ歳考えろボケ。で、団長はどうなされるので?」

「取りあえず任地へ向かう。……わしらの新たなる支配地となる土地に、な」


あ、やっぱり乗っ取り目的か。

ありがちだけど……まさか相手から殆ど勝手に実権渡すとは思わんよな普通。


なんかもう、どうにでもなーれ♪って気分だ。


「野望を内に秘めた雌伏の時、とかなら格好も付いたんですけどね」

「まさかひと言で全権力渡してくるとは思わんよなぁ。実際」


「頭悪いんですかねあの男爵?」

「噂以上の愚かさだったが……まあわしらには幸運だったからいいんじゃね?」


「じゃあ運を使い切ったよな?ここで消えとけ」

「「……え?」」


ここで満を持して俺、登場。

さあ数に頼ってかかって来い。返り討ちにしてやるから。


あ、さび付いた人形のようにギギギと首が回って、と。


「出たあああああっ!」

「だ、団長がわき目も振らずに逃げやがった!……私も逃げます!」

「「「「置いてくな首脳陣!」」」」


その速さ正に疾風の如く。

魔法一つ使ってないと言うのに常識を超えたスピードで地上への出入り口へ殺到している。


「って……三百対一だろが!何で逃げる!?」


「もう嫌だ!痛いのはこりごりじゃーーーーっ!」

「この地を嗅ぎ付けられた時点で勝ち目無いと判断!私も撤退します!」


待てコラ!

って速っ!もう地上に出てる上、馬に乗って走り出してる!?


「「「「待って下さいー」」」」


そしてそれに必死に続く徒歩組。

……置いてくなよ。

あーあーあー。土煙上げはるか西へ進む一団はもう肉眼では捕らえ難い所まで移動済みかよ。

何と言う凄まじい逃げ足なんだこいつらは。


「ははははは!我が騎士団の訓練は。一に駆け足、二に退却!」

「三、四が無くて、五に陣形!……と言う訳です、ごきげんようさようなら!」

「「「おたっしゃでー」」」


あ、視界から消えた。……土煙残して。


「……何か、毒気抜かれたでありますね」

「そだな。……取りあえず、当初の目的どおりポートサイド行くか」

「はいです。おばかはほっとく、です」


まあ、なんと言うか主従共にどこか憎みづらいと言うか何と言うか。

取りあえず、もう名目的には敵じゃないみたいだし放っておく事にする。


……しかし連中。

あのボンクラ男爵に新しく与えられた土地がどんな所なのか知ってるのかねぇ?

もっとも、元は連中の土地だし知らんとは思えんが。


「ゲンカ、イシュー、ラークの三村落……煮ても焼いても食えないから男爵に回されたんだよな」

「はいです。あじのない、けいろく(鶏肋)、です」

「以前のカソに匹敵する寂れ具合だと聞いたであります」


現在のカソに匹敵していたら本気でまずいと思うぞ?

まあ……哀れな主従に幸あれ、だな。

さて、俺はポートサイドのギルド出張所とやらに向かうとしますかね……。


続く



[6980] 26 閑話です。鬱話のため耐性無い方はスルーした方がいいかも
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/04 10:59
幻想立志転生伝

26


《side ホルス》

主殿が再び冒険者として旅立っていかれたその翌日。

私はサンドールに戻る前にアリサ様に呼ばれました。


地底を走る巨大な坂を滑り降り、はるか南へ。

見えはしませんが森を抜け、広い荒野へ。

そして、たどり着きます。レキと呼ばれる不毛地帯へと。


特別な資源があるわけでもなく。

流通に必要な訳でもなく。

オアシスすらないこの荒野を訪れる人間など、

最近まで誰もおりませんでした。


……ですが、現在は違う。

そう、この地は生まれ変わろうとしていたのです。


……。


「アリサ様。ホルス、参りました」

「あー、ホルスだー。お疲れー」


主君が妹と呼ぶ魔物の娘、アリサ様。

この方が生れ落ちた時はそれはもう驚いた物です。

……ですが、この方を味方に引き込んだ時、全てが変わりました。

少なくとも、私にとって全てが良い方向に。


「それで、一体いかなる用件でしょうか?」

「うん、見て見て!町が出来たんだけど、そろそろ待機させてる人たち呼んでもいいかな?」


ああ、そういう事ですか。


今、私達の視線の先には無数の規則的に並んだ屋根が見えています。

そう。ここは主殿の命令で作られつつある街の中心。

主殿が己と己の為に働いた者達の為に用意し始めた別天地なのです。

そして……今私達が立っているのは、

その中心となる主殿のために建築中の屋敷……いえ、城です。


「私の意見が必要ですか……それでしたらもう少し街を広げ、城壁で覆うべきかと」

「なにゆえ?決死隊の人達とその家族、それとスラムの人達の分のお家は確保したけど」


「主殿はいざと言う時の隠れ家と仰られておりました。つまり、自給自足が必要です」

「じゃあ、地下水脈をもう少し持ってきて、畑くらい作れるようにしないとね」


「はい。それにあなた方の事は機密。蟻達は人が越して来たら表に出さない予定でしたよね?」

「なるへそ。要するに今の内、余裕を持って建設しとくべきと」


「はっ、その通りで御座います」

「ういうい。ならも少し広げておくか……ところで何で城壁必要なの?」


アリサ様らしくも無いですね。

まだ子供ですから仕方ないのでしょうが……地下の魔物たちを統べる身の上としては心配です。

少し苦言を呈しておきましょうか。


「いいですかアリサお嬢様。まず第一に、埃塗れの風から街を守るためです」

「防風林代わり?なるほど、判ったよー」


「そして、もう一つは……国防の為です」

「へ?なんで?こんな不毛の地に誰か攻めて来るの?」


「不毛の地なのは恐らく今だけ。いずれここは他者が羨む地となるでしょう」

「うん。そりゃあ兄ちゃの街だからね。でも、移民は秘密裏に行われるから誰にも知られないよ」


……ああ、その考えは甘いのです。


「アリサ様。人の欲望を甘く見てはいけません。いずれきっと誰かがこの街を見つけ出します」


そう、人にとって住みよい場所があれば、人は必ず見つけ出すでしょう。

そして……主殿は恐らく頼ってくる者達を邪険にする事は無いはず。


「私は……短い間ですが主殿を見ていて気付いた事があります」

「ほぉほぉ。それは何?」


「意外と……あの方は自分に敵意を向けない物に対し、甘い」

「え?味方には優しい、じゃなくて?」


「はい、シスター・フローレンスの一件を見ても判るでしょう?」

「まあ。あんだけやられて結局最後まで明確な殺意無しって……普通でもありえないよね」


そう、あの方が非情に徹する事が出来るのは、基本的に己に害意を持つ者。

そして余り関わりの無い者達に限られるような気がします。

そうで無い場合、「殺意が沸いた」と己で仰られた事でも恐らく本心ではそう思っていない。


「……私が恐ろしいのは、主殿はそれに気づいておられないと言う事です」

「まあ、確かに不安定な人だよね、兄ちゃってさ」


そう、主殿は不安定な方だ。

私どもの様に、完全な味方にはお優しい。

それは良いのですが、

敵には非情に徹しているように見えて……時折ぽろりと情けを出すことがある。


私はそれが常々疑問でした。

そして、様々な事象を鑑みて一つの結論に至ったのです。


主殿の敵意は、相手側の害意に比例するのではないか、と。


言い換えるなら、理屈では非道に徹するべきと己を律しようとしているのですが、

感情では……他者を害さないで済む事を望んでいるように思うのです。

そして反面、不安を極端に嫌っても居ます。

自分に敵意を向ける相手には容赦できなくなると言うか……。


上手く言葉に出来ませんが、主殿は怯えているように思うのです。

まるで泣きながら巨大な剣を振り回していると言いますか。


「……まー、元々虐められてたみたいだし、仕方ないかもね」

「仕方ない、と仰られますと?」


「ホルスなら信用できるから言うけど……兄ちゃはね、力を手にした虐められっ子なんだよー」

「……あの、あの主殿に虐めを行える猛者がこの世に存在するのですか!?」


「昔の話だよ?ずっと、ずーっと昔。力が無かった頃の話」

「そうでしたか。それなら納得です……後悔しておられたのですね?」


「そだよ。黙ってても止まらなかった。だから壊してるの、徹底的に」

「それでも、生来の気質は変わっていない、と」


人は、恐ろしい物です。

虐待で死んでいった奴隷たちを私は数多見て来ました。

その大多数は過酷な労働や事故によるものでしたが、

時折……そう時折、主君の無体の果てに散っていった命もそれこそ沢山ありました。

それも面白半分で。


「加害を加える者は軽い気持ちなのですよね。それで相手がどう思うとかまで考える筈が無い」

「そだね。しかも大抵やられる方は心が折れて無抵抗になってくから行為は加速する……」


そして、一人の人間が終わる。

傷を負った心に、やり返さなかったお前が悪い。と言う侮辱まで受けて。

心に傷を負っても、肉体の傷と同じく人は身動きできなくなる物なのです。

なのですが……実体験無しでそれを理解するのは難しい……。


……しかも、人を傷つけたほうは人を害した行為を行った事すら忘れていく。


ですがそれは当然なのです。

何故ならそれは狩猟本能の一環。ただの遊びだから。

人間と言う種にとって不幸だったのは、

同族に対しそれを行うようになってしまったことでしょう。


「でもね?それでもたまーに、逆襲に打って出る人も居るんだよね」

「一万の内一つ程度の確率では無いですか?」


「そだねー。でもさ、もしそれで"恨みを完全に晴らした"らどうなると思う?」

「奴隷が主君に牙を剥いたらと考えると……消されますね、確実に」


「そうだよ。……兄ちゃはそれで岩戸に篭った。世間の非難を浴びながら」


アリサ様の異形の瞳が剣呑な光を帯び始める。

これは……相当にお怒りですね。


……しかしおかしいですね。

主殿の半生を振り返るに、そんな目にあった記録など何処にも無いです。

いえ、アリサ様の仰りように嘘偽りは感じられない。ならば真実なのでしょう。

そして、それならば私はそれをただ受け入れていれば良い。


「それから幾年……とうとう耐え切れなくなった兄ちゃは……己の一生を終わらせた」


さて、どうした物でしょうか。

何か、私には理解できかねる事情があるご様子。

……いえ、今はただ話が終わるのをただ待つべきでしょう。


「おかしくない?やられた事を一度に返しただけだよ?それで非難されるっておかしくない?」

「アリサ様!?お、落ち着いて下さい!」


「でも、責められたのは兄ちゃだった。だから兄ちゃは……大事なのは初めなんだって決めた」

「……初めから反撃を忘れなければ、無闇に無体を受ける事も無い、と?」


「そゆこと。でもね、やっぱり無理が来てる。本当は怖がりな癖に自分を騙して生きてるから」

「それは……まるで主殿がいずれ破綻する、そういう風に聞こえるのですが」


アリサ様は否定なされませんでした。

広大な大広間。涼しさを得る為に循環し続ける水の音だけが周囲を包みます。


「……希望はまだあるよ。でも、このままじゃいずれ兄ちゃの心は砕け散る」

「そういえば、この地は予想より大きな街になりましたよね?もしやアリサ様は」


ここを、主殿が砕けた時の為に用意したのでは無いでしょうか?

私も人の事は言えませんが、この街は恐らく主殿の想定している規模からかけ離れています。


「違うよ?この街は兄ちゃにいずれ必要になるから作った街……もし、兄ちゃが壊れたら」

「壊れたら?」


「……今度は、あたしが守るよ。あたしが赤ちゃんの頃、危険を冒して助けてくれたみたいに」


そうでした。

主殿は己の腹に寄生していたアリサ様に気付いたとき、助けると言う道を選ばれていました。

ご本人からすれば利用したとか仰られるのでしょうが。

……今のあの方とその可愛がりぶりを見るとそれは嘘だとわかります。


「兄ちゃが傷ついて動けない時はあたしが守る。それが妹と呼んでくれた兄ちゃに対する恩返し」

「不詳、このホルスも微力ながらお手伝いいたします」


「うん、期待してる。……でも、兄ちゃが冒険に戻ってくれてる内は大丈夫だと思うよ」

「それはどういう意味でしょうか?」


「兄ちゃはね。冒険者として……個人の域での事にはそれなりに折り合いつけてるから」

「……問題は、話が大きくなった時、ですか」


理解しました。

主殿が揺らぐのは己のせいで他者の死があった時。

いえ、自己正当化が出来なかった時なのですね。


「覚えておいて?兄ちゃは甘いの。非情に徹するのはそれが自分だと無理に思い込んでるから」

「時折こぼれ出る甘さ、その為に危機に陥る時にフォローするのが私達の役割なのですね」


甘い事をすれば自分に帰ってくると理解していても時折思わず素が出てしまう、ですか。

私も含めてですが、生まれ持った性分とは……本当に度し難い物ですよね。


「しかし……何故その事を主殿に伝えないのですか?もし真実を知れば主殿なら」

「兄ちゃなら、確かにどうにかしようとすると思うよ。でも、それをさせちゃ駄目だよー」


「何故でしょうか」

「無理の度合いが上がるだけだから。塗り固める嘘が分厚くなって問題が更に深刻になるから」


……そうですか。

成る程、それでしたらこういう対応をせざるを得ないのでしょう。


「でしたら、主殿が好きに出来るように、力を蓄える必要がありますね?」

「そゆこと。この街はその為の物なんだよー」


大広間から歩み出て、これまた広々としたテラスから眼下の町を眺めました。

一面に広がる見渡す限りの荒野。

しかし、眼下には幾つもの無人の家々が連なっています。

そして、その周囲を取り囲むように地下から汲み上げられた新鮮な水が水路と言う形で

無人の街を縦横無尽に走っているのです。

空にその外側では巨大蟻達が新たなる水路を切り開き、乾ききった大地に潤いを与え続ける。

もうじきそこには農地と酪農地が出来上がるでしょう。

更にその外側には重厚な城壁が。

……そして、そこに住まうのは世界から棄てられた者達。


「そうそうアリサ様。トレイディアからの移民希望者用の仮設住居が森林地帯に完成しました」

「了解。何とか半年以内にこっちに連れてこられる形にするよ。それと資金も必要だから」


「お任せ下さい。商会の総力を挙げて移住計画は成功させてご覧に入れます」

「ういうい。あの仮設住居も一年後には取り壊される事になってるし、時間は大切にねー」


時間は大切、ですか。まあ、その通りでしょう。

ならば別口の懸念も払拭しておくべきでしょうか。


「でしたら、いかがしますか?魔物達にも光の元で暮らしたいと願う者もいるのでしょう?」

「うーん。最近コボルト族とかの地底亡命者多いし……いっそ同時進行させちゃうかー」


「委細承知です。何、主殿のご威光があれば誰も文句など言いませんよ」

「そだねー。じゃあ、住まわせる地区をそれぞれの種族ごとに割り振っておくよー」


「……いえ、完全に混ぜてしまうほうが宜しいかと。閥を認めてはなりません」

「ホルスって、時々政治家みたいなこと言うよねー。まあ正論だしそうするね?」


「……ははっ!お聞き入れくださり有難う御座います」


ふと、背後から気配がしました。

振り返ると、アリサ様の下へ最近やってきたリザードマンが歩み寄っています。


『アリサ*********マナリア*****カルーマ*********』

「あ、了解判ったよ。支店設置は順調なんだよね?何時もご苦労様だよー」


古代語は相変わらず良く判りません。

ですが単語から察するに、どうやら我が商会の支店が遂にマナリアまで進出した模様です。

実に喜ばしい。

何せ、私の予想では次に歴史の舞台となるのは彼の国と思われますしね。


「……ハピをトレイディアからマナリア支店長に異動するよ。ホルス、商都もよろしく」

「承知いたしました。娘なら必ず商会を彼の地に根付かせてくれる事でしょう」


思えば、暫く前の私は無体な主君の元で無為な時を過ごしていました。

それに疑問をはさむ事も無く。

……それに比べれば今の自分のなんと恵まれている事か。


「全ては主殿の為に!」

「全ては兄ちゃの為に!」


その誓いを新たにすると、私はアリサ様に一礼し本来の配置に戻る事にしました。

なにせ、やるべき事は山のようにありますから。


さあ。先ずは移民を募る事にしますか。

これからも、ただ生きていくだけでも力は必要ですからね。


……そう言えば、ルーンハイムさんはお元気でしょうか?

あの荒野で別れたっきり、一度もお会いしておりませんが……。

あの方が居れば、主殿もきっとお喜びになられるでしょうに。


……。


≪side ルン≫

憂鬱だ。学園の自分のクラス、そのドアを開けるだけだと言うのに。

それだけなのに酷く憂鬱になる。

……意を決してドアを開ける。


誰も居ないが当然だ。

何故か。何故ならそれは今がまだ早朝だから。


「…………やっぱり」


視界の先には何時も通りの光景。

私の机は教室の隅。

そして、それ以外の机は逆の隅に集められている。

そう、そんな事何時もの事だ。気にしてなど居られない。


教授たちが来る前に元の位置に戻しておかないと。

……クラスの皆が私のせいだと声を揃えるから、何時も私だけ怒られる。


なんで、私なんだろう。


陰口くらい構わない。聞こえない振りをすればいい。

靴にガラス片を入れられるのも、気を付ければそれでいいから構わない。

教科書を隠されても全部暗記したから問題なんか無い。

ダンスの練習で誰も組みたがらないのだって、どうせ教授と組む事になるから構わない。


だけど、だけど……。


「…………なんで、こんな事が出来るの?」


私の机にナイフで傷が付けられていた。

……書いてある文字は理解したくも無い。

そして、机の上には壷と花。

これが何を意味するかなんて聞くまでも無い事だ。


……やめよう。考えるだけ辛くなるばかりだ。

急いで机を直さないと……直さないと!


……。


ようやく机を元の位置に戻しなおした。

……その辺りになると流石にクラスの皆も集まり始める。


「皆!、おはよう御座いまーす」

「ええおはよう。あら、新しいリボンですか?」

「綺麗な柄よね!何処で売ってたの?」

「キャー、可愛いですぅ。私もぉ帰りに色々買っちゃおっかなぁ?」


でも。今年高等部に進学し制服の色だけは変わったけれど、

私の扱いは変わらない。


「でねでね!男子中等部のレオ様が……」

「やだぁ!?もしかしてリン様がそんな事をすると思うわけ!?」


騒がしくなったクラスで私の周りだけ誰も居ない。

……話かけて来る人も居ない。


「それで……次のテストは火球の詠唱でしょ?」

「あはははは。まだ半分も暗記できて無いや!」

「こっちは万全!さあ来いって感じ?」


私は、何でここに居るんだろうか。

もう、何もかもが無意味に思えるこの場所に。


「ねぇ?ルーンハイムさんはぁ、今度の試験どう思のぉ?」

「やめなよレン。優等生様なら余裕に決まってるじゃん」

「そうそう。国外を遊び歩いて単位貰えるとか……なんで戻ってきたんだろ」


たまに話しかけられたと思ったらこれだ。

……勿論それも予想通りではあるが。


「あ、朝礼が始まる時間!」

「それぇ!汚い所からぁ机を逃がしましょうねぇ?」

「「「「キャハハハハハハハハ」」」」


……教授が入ってくる直前に、クラス全員で机を私の方から遠ざける。

もういい。もう慣れた。


「こら……また勝手に机を動かして……」


「えぇ?私達がぁ悪い訳じゃないんですよぉ?」

「ルーンハイムさんがまた勝手に動かしましたぁ!」

「自分勝手って嫌ですよねぇ?」

「勇者様の子供だからって特別扱いは駄目ですよね、教授?」


……教授のほうを見ると申し訳無さそうにこっちを見ている。

判ってる。判ってるから申し訳なさそうな顔はやめて欲しい。

教授達が事実を理解してる事も。

その上で私の方を擁護できない事も、よく、判ってる。

だから、上辺だけ済まなそうにするのは止して欲しい。

なまじな期待はもう持ちたくない。


「えーと。それではルーンハイムさん?少しお話がありますのでこちらに……皆は自習で」

「怒られろ!怒られろ!」

「あはははははははは」

「嫌ですよねぇ。他人とぉ同じように出来ない方ってぇ」

「どうせ習う事なんか無いんでしょ?辞めちゃえばいいのに」


……助かった。もう、ここに居たくない。

そうして立ち上がった私に、誰かが声をかけて来る。


誰かと思えばレンだった。

レンはマナリアに四人居る公爵の一人、レインフィールド公の一人娘だ。

いやみな娘だが、私に話しかけてくれる数少ない子でもある。


それで今度は何?何でそっとしておいてくれないの?


「判ってると思うけどぉ。全部ルーンハイムさんが悪いのよぉ?あのリンを敵に回すからぁ」

「……リンとの確執は、個人的な事」


「ふぅん?四大公爵最強のぉリオンズフレア公を敵に回しておいてよくもまぁ」

「……私も四大公爵ルーンハイムの娘」


「あは!没落してぇまともな領地ももう無いんでしょぉ?プライドだけ高いって不幸よねぇ?」

「…………っ!」


それは事実だ。

お父様の投資話の失敗が続き、気が付いたら我が家の領土は誰も欲しがらないような荒地ばかり。

公爵と言っても名ばかりなのは子供でも知っている事。


「ま、後三年もすれば成り上がり者の箔付けに使われる家名だしぃ。今の内大切にしとけばぁ?」


成り上がりの箔付け、か。


まあ当然そうなるのだと思う。

今のルーンハイム家にあるのは建国時からの名家と言う看板だけ。

欲しがるのは歴史を持たない新興の家くらいだろう。


私の婚姻と引き換えにルーンハイムは資金を得て復活する。

だが、代わりにその成り上がり物に我が家は乗っ取られる事になるのだ。

……だが、それも家名を残す為。

止むを得ない事なのだ。そう、もう私ではどうしようもない事実でしかない。


「可哀想にねぇ?リンに一回頭でも下げれば全部解決するんじゃないのぉ?」

「……それは……出来ない」


幼い頃、私の大事にしていたドレスがあった。

死んだお婆さまから買っていただいた物だ。

……それを私の知らない間にリンが勝手に持っていってしまった。

挙句、代わりだと言って置いていったのは汚れきったライオンのヌイグルミ。


出かけていて家に戻った私が、それにどれだけ落胆したか。


更に、返してもらおうとリンの家に向かった私は、

無残に破り捨てられて玄関先に打ち棄てられたドレスを見つけてしまう。


そして、翌日リンから言い放たれた言葉。


「私は貴方を絶対許しませんわ!」


一体、何様なのその物言いは?

私の宝物を勝手に持って行った挙句、破り捨てたリンが先ず言うべきは、

ごめんなさいのひと言の筈……!


それが私の感じた全てだった。

……ともあれ、その日から私達は不倶戴天の敵となった。

それまでは仲が良かったと思っていたのだが、全てが変わったのだ。


「……レン。謝るのはリンの方」

「意地っ張りねぇ?リンの力があればぁ、貴方の家の危機くらいどうにでもなるでしょぉ?」


そう、それは確かに事実。

リオンズフレアが国内に持つ影響力と資金量は膨大。

我が家へ援助する事ぐらい容易い筈だ。

……それが無いのはひとえに私達の仲が悪いからに他ならない。


「レインフィールドさん?すいませんがルーンハイムさんと話がありますので……」

「あぁ、教授ぅ。申し訳ありませぇん。……ほらぁ、寄り道して無いでさっさと行きなさいよぉ」

「……判った」


取りあえず、この教室から抜け出せた事に感謝する。

……でも、何時までこんな状態が続くのだろうか。


「ルーンハイムさん。貴方の状況は理解しているつもりです」

「……教授。ならせめて注意を」


「え?いや……流石にリオンズフレア家を敵にする訳にも」


我が国では初等教育はそれぞれの家庭で家庭教師を付けて行い、

中等部、高等部の六年間で、魔法研究者でもある教授陣から実践的な魔力の使用法を学ぶ。


だが、教授陣は同時に各有力者をパトロンとして研究を行っていると言う弱みがあり、

実力者の師弟には逆らえない。実質言いなりなのだ。

現にまともに登校もしていないリンは普通に出席扱いになっているし、

既に卒業試験も免除が決まっていると言う。


……だから、この学園に私の味方は居ないのだ。

私は一人でここを乗り切らなくてはならない。


そして……卒業できた暁には。

もういい。止めよう。考えるだけ辛くなるだけだ。


「あ、あはははは……取りあえず、今日は図書室で自習してください。出席扱いにしますので」


そう言って教授はそそくさと去っていく。

もういい。もういいの。この学園に期待なんかもうしていない。

ただ、しきたりで通う事になってるから来てるだけ。


……図書室の隅に座り、適当な本を開く。

私自身、先日提出したリポートが評価され卒業試験免除となっている。

今は残りの高等部三年間を乗り切ればそれでいい。

だから、ただ耐えるだけだ。

今さえ乗り切れば……乗り切れば、きっと……きっと……。


……ふと、先日提出したリポートの写しが図書室に追加されている事に気付き、

思わず手に取っていた。


「…………」


何もかも懐かしい、そう思う。

数ヶ月前まで私が居た世界は、危険と隣りあわせだったけど……優しい人達が居た。


子供の喧嘩だから手を出せぬと無視を決め込むお父様。

話をすると対処はしてくれる、

けど国を揺るがし余計な被害も出るから話も出来ないお母様。

そして、リンにそそのかされるまま私を仲間外れにするクラスメイト。


街に出ても同じだ。

私が行く所、次々と店が閉まっていく。

こんな事が出来るのは国最大の実力者リオンズフレア公ただ一人。

正直、そこまでやるかと言うのが私の感想。


「……なんで、だろう」


なんで、こうなってしまったのだろうか。

……お父様は小さな頃からよく言っていた。


清く正しく生きていれば、必ず報われる日が来るのだと。

無駄な暴力を振るってはいけないと。

そして、従ってくれる者達を守る事を忘れるなと。


私は全力でそれを守っていると思う。

使用人達の給金が払えなくなったと聞いて、外の世界へ資金を集めに行った。

クラスメイトの意地悪に対し、反撃したら大怪我負わせてしまうから黙っている。

使用人達からは感謝もされたし、そうでなくとも清く正しく生きているつもりだ。

でも、なんで報われないのだろう。


「……せんせぇ」


留学期限が切れる間際。

私は先生を探していた。

……個人的な家庭教師になって貰いたかったのだ。


資金は集める事が出来た。

私が頼めばきっと先生は来てくれる筈だ。

そんな確信があった。


「……でも、居ない」


そう、それなのに肝心の先生が見つからない。

必死に探してる内に時間は尽きてしまい、

私は一人、帰国の途に付く事となってしまったのだ。


そして今、私は再び牢獄のような現実の中に居る。


「……助けて、せんせぇ……」


冷たいだけの世界なら、それだけなら耐えられたと思う。

けれど、今の私は暖かいものを知っている。

あの温もりを忘れられないで居る。


何かの本で読んだとおりだ。

暖かさを知った者は、もう寒さに耐えられない。


気が付けば、部屋の隅で震えている私がいた。

……こんな姿、他の人に見られる訳には行かない。

けれど、どうしても体は震えてしまうし、

仕方なく、こっそりと、部屋の隅に腰を下ろす。


最近、ずっとこうだ。

寒い……そんな訳が無いのに寒すぎる。


「…………もう駄目……帰る」


駄目だ。もう耐え切れない。

誰とも無く呟いて私はそのまま学園を飛び出していた。


「……これで、10回目、か」


もう私は駄目なのかもしれない。

明日も登校を続けられるだろうか?

……正直、それすら自信が無い。


今年も学園は新たな新入生を迎えているのに。

私の春は……一体何時来るのだろう……。


続く



[6980] 27 魔剣スティールソード 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/04 11:00
幻想立志転生伝

27

***冒険者シナリオ9 魔剣スティールソード***

~金炎の雌獅子と勇者の遺産 前編~

《side カルマ》

輸入、輸出品を一時保管する為に建設された巨大な倉庫街、ポートサイド。

俺は今、冒険者としては久々の仕事を得る為にこの街を歩いている。


「なんだか今日は随分活気があるのであります」

「ま、ようやく戦争も終わってまともな商売が出来るようになったからだろうな」


お供は蟻ん娘一匹。


「ギルド出張所とは一体何処に在るでありますか?」

「この先だ。以前何度か荷を運んだ事がある」


現れたのは倉庫を改装して作られた冒険者ギルドの出張所。

その中はえらく沢山の冒険者達でごった返していた。

本来トレイディアのギルドがこんな状態で、この街のギルドは閑古鳥が鳴いてたはずだが、

トレイディア側が休業の為周辺の連中が残らず集まっているのだ。


……ただし、余りレベルの高い奴が居ないように思うのが難点と言える。

何せ腕の立つ連中はまだ、殆ど何処かの金持ちの護衛に雇われて居る筈だからな。


「よ、久しぶり。何か仕事あるか?」

「この状況下であると思います?一か月待ちですね」


あれ?てっきりBランク以下お断りとかの仕事だけ残ってるかと思ったんだが。

何せ、下級の連中じゃ請ける事も出来ない難易度だろうし。


「上級者向けの仕事も無いのか受付さん?」

「ええ。下級の連中でも数を頼りにごり押しさせてます」


成る程。これは所謂ワークシェアリングの一種だな。

一人じゃ難度高すぎで遂行不能な仕事でも10人とか数揃えればどうにかなると。

報酬は山分けで一人頭の取り分は少ないだろうが、仕事が無いよりはずっといい。


「……ここに居る連中全員に仕事割り振らなきゃならないしなぁ」

「そういう事です。申し訳無いですが今日の糧が必要な方達に譲ってあげてくれませんか?」


元々、民間からの依頼は戦時中ということもあり激減していたし、

他ならぬ俺が組織した警備隊によって街道筋の安全は確保されつつある。

その上、近くの魔物の巣はあらかた軍の訓練の為に潰されていた。


そう。冒険者達の仕事はただでさえ普段の半分以下しかない。

その上この出張所では規模が足りず、扱える案件の数はそれ程多くない。

よって、実際に冒険者達に斡旋される仕事は普段の三割ほど。

……その為、仕事の紹介待ちをする冒険者が溢れると言う異常事態が発生していた。


「しかも、食料品を初めとしてかなり値上がりしてますしね」

「……そうだな」


これは駄目だ。

俺が仕事を持っていっていい状況ではない。


「まあ、現状食うのには困らんし……皆に仕事は譲るさ」

「そう言ってくれるのはカルマさんだけです。助かりますよ」


……そう言って頭をかく受付。これは相当困り果てていたらしい。

その横の掲示板でも、普段なら沢山貼ってある筈の仕事の依頼が全く無くなっていて、

何か貼り出される度に、即座に誰かの手が伸びる有様だ。


「これはもう、仕事の奪い合いだ……ん?一枚だけ動かない奴があるな」

「ホントでありますね」

「ああ、これはランクA専用の任務。数が居てもどうにもならず、ずっとそのままになってます」


ら、ランクA専用任務!?

珍しい事もあるもんだな。


さて……冒険者のランクは戦闘・技能・実績の三つからなり、

それぞれがAからEまでの五段階で評価される。

総合ランクはその平均で算出されるのだ。


例えばこの俺、冒険者カルマだが、

戦闘評価 B
技能評価 B
実績評価 C

以上をもって総合Bランクを貰っている。


そして、各ランクをひと言で言い表すと、

ランクE……見習い、一応冒険者、才能無し、欠陥部分
ランクD……初級者、苦手部分
ランクC……一般的冒険者
ランクB……上級、得意分野
ランクA……達人、到達できるのはごく一部、たまに人外


と、なっている。


因みにAランクを貰う連中とはどういう連中かと言うと、

戦闘……オーガ(鬼)と一騎打ちで勝利できる。
技能……鍵開け、交渉、探索など技能所持多数。またはいかなる状況にも対応できるならA。
実績……任務難易度×回数によるポイントが一定以上。もしくはギルドに大金を供与する。

以下のようになっている。


三つの技能がAAA・BAA・ABB・AAC。大体これが総合Aランク。

多分に恣意的な評価に左右される部分もあるが、どう考えても一流でないとなる事は出来ない。

何せ、苦手分野でも一般冒険者並みには出来なければならないし、

最低でも三つ評価の内どれかはA級……最優秀で無ければならない。


つまり、Aランク専用任務というのは、

ある意味人外でもなければ達成し得ない超凶悪難度と言う事になる。

無論、動く金の額も尋常ではなく、

最低でも金貨がダース単位で転がっていく事となるのだ。


「動けるAランクは居ないのか?」

「お分かりでしょうが、Aランク冒険者は大抵すぐに仕官が決まって居なくなるんですよ」


まあ、それでも動く金のでかさに対し、冒険者自身に入る金は微々たる物。

そんな訳で冒険者ギルドに長くAランク冒険者が所属し続ける事はまず無い。


「ライオネルさんが本来のランクに戻ってくれたら是が非でもお願いするんですがね」

「へぇ。兄貴……アレが本来のランクじゃないのか。やっぱり」


兄貴は総合Dランクになっている(ランク詳細BEE)が、

どう考えても技能Eはおかしいし、依頼人を馬鹿にするような部分はあるが、

仕事自体はあれで結構真面目にこなす人だ。

村正みたく上から圧力かけられてる訳でも無いのに、

あんな低ランクでくすぶってる方がおかしいと思っていた所だ。


「じゃあ、本当はランクどの辺なんだ?」

「昔真面目にやってた頃は総合Aランク(詳細ACA)ですよ。ご存知ありませんでした?」


……やはりオーガ如き、本気ならどうにでもなるレベルだったか。

流石は兄貴。洒落にならねぇ。

しかし普段の手抜き具合が良くわかろうという物だな。


「と言うか、命の危機でも本気出さないのかあの兄貴は」

「本来の武器を使って無いらしいですしね。まあ……あ、そうだ。いい事思いつきました」


「ほう?」

「カルマさん。昇格試験を兼ねてこの仕事、請けてみません?」


なぬ?

俺がAランクの仕事をか?


「ええ。実はもう一週間ほったらかしになっていて……依頼人がお怒りなんですよ」

「へえ。それは大事だな……成功したら戦闘Aランクって事か」


俺と受付は同時にニヤリとした。

どうやら、当たりのようだな。


「その通りです。それと……万一失敗しても失敗数に入れません。いかがでしょう?」

「いいねいいね。で、報酬は?」


「何と金貨20枚です!」

「ま、そんなもんか。で、何をやればいいんだ?」


「依頼人と共に結界山脈の竜を一匹、打ち倒すことです」

「……竜?」


竜……ドラゴン?

所謂ファンタジー最強クラスの存在だな。

成る程、確かにAランクの仕事として相応しいと言える。が、


「いや、ちょっと待て。流石に竜が相手は辛く無いか?」

「いやあ請けて頂いて本当に助かります、まあ依頼人も一度殺されかかれば諦めるでしょう」


あれ?もう請けた事になってるのかよ!?


「おほほほほ!そうでも無いですわ……竜を殺せる武具に心当たりがありましてよ?」


……誰?

あ、受付が大口開けて固まってる。


「い、依頼人さん……いえ、今の台詞はそんな悪気があったわけでは」

「細かい事はいいんですわ!兎も角そこのお方が請けて下さった方ですわね?」


これが依頼人?……すげぇや。


ボリュームのある金髪を縦ロールにして、大量の宝石をあしらった黄金のドレスを着てる。

しかも顔立ちはこれでもかって位お嬢様然としてるけど、

首から下は凄い筋肉で、まるで細めの女子プロレスラーだ。

きっと、さぞや腹筋も割れておいでなのだろう。


「おーっほっほっほ!私の事はフレアとお呼びなさい?それで、実力は大丈夫なのかしら?」

「えーと、まあリザードロードとほぼ互角くらい、かな」


「ふぅん?まあいいですわ。私の援護が出来ればそれで構いませんから」

「……なんだろう。この異常な不安感は」


「おーっほっほっほ!心配なぞする必要はありませんわ?何せ、この私が居るのですから!」

「ぽかーん。であります」

「何と言う高慢……ではなく姉御肌なんだこの人」


ギルドの真ん中で高笑いを続けるその姿に回りも少しばかり引いている。

……何ていうか。こう、早まったかもしれない。

そう思っていた。少なくともこの時点では。


……。 


さて、その日の夜。ここは何時もの……首吊り亭。

依頼人のフレアさんと共に、今後の作戦を立てる事となっている。


「にいちゃ?あの人、結構お嬢様っぽいし……お店ここで良いのでありますか?」

「細かい事は気にしない、だとさ」


アリスと共にぼんやりとしていると突然ドアが開き、

明らかにこの場に不釣合いな女の子が現れた。


金髪に黄金ドレス……フレアさんだ。


「お待たせしましたわね」

「いえいえ。それで……竜退治だったか?」


「正確に言うと、とある竜の持つ宝物の一つが必要なのですわ」

「それはいいが……勝算はあるのか?」


正直依頼人が何を狙っているかなど、俺の不利益にならない限り関係ない。

この場合大事なのは先ほどの台詞のひとつにあった竜を殺せる武具の存在。

それをもって戦うと言う事ならば、どんな物か知っておく必要が出てくるだろう。


「ええ。かつて魔王と戦った勇者の武具が、ある場所に隠されているようなのですわ」

「……勇者の武具!?」


勇者の武具で思いつくのは傭兵王ビリーの魔槍キュー。

硬化した俺の腹をいとも容易く貫いてるし、成る程それならいけるかも知れない。


「先ずはそれを探すんだな?」

「その通りですわ。難しい事は判りませんが、ありかは知っておりますわ」


「ふむ。それでその武具は何処に?」

「カソと言う村にあるそうですわね。地図を見ても載って無いですし、明日から捜索ですわね」


ズデン、と鈍い音が店内に響く。

思わずずっこけた俺を誰が責められるだろう。


おいおい、よりによって俺の生まれ故郷かよ!?


「……どういう理由でテーブルとキスされたのかしら?」

「その、その場所、よぉぉぉぉく知ってるぞ……」


「おほほほほほ!それは幸先良いですわね!では明日にでも早速向かいますわ!」

「はぁ……」


頬に手を当てて再び高笑いするその姿に何故か異様な疲労感を感じる俺であった。


「あー、アリス?アリサと連絡取ってくれ。ちょっと頼みがあるんだが」

「どんと来いであります」


取りあえず、万一の時の用意だけしておいて、

明日はさっさと村に案内しますかね。

……まあ、ここからでも三日はかかる山の中なんだけどな。


……。


久々に訪れた故郷は何一つ変わっていなかった。

一年近くも誰も手を入れていないはずの農地と建物。

だが、俺にはまるで旅立つ前と変わらない様にすら見える。


「何も、変わって無いなぁ」

「……これで、でありますか?」

「これは見事なまでに廃村ですわね」


寒々しい風が吹きすさぶ。

村の跡地には家と呼ぶにもおこがましい小屋が立ち並び、

かつて畑だった場所には雑草が生い茂る。


……ああ、何も変わっていない。

最早畑を耕す者も、家畜の一匹も無い。

人の住まなくなった小屋を解体する余裕すらない。


本当に、何一つ変わって無いよ。


「さて、ご覧の通り滅んだ村だ。そんな大層な武具が残ってるとは思えんのだが」

「数年前……勇者の鎧兜が質流れしておりましたの。それを買い取らせて頂いたのですが」


「足りない物があった、と?」

「ええ、売りに来られた方は立派な剣を下げていらしたそうですわ。でも、それは売れないと」

「それがカソの人だった……でありますか」


ふむ。思い出深い代物だったのかね?

まあこの村で宝物を隠し持ってそうなのは村長ぐらいだろうし、先ずは村長の家に行ってみるか。


「じゃあ、取りあえず村長宅の地下室でも漁ってみるか」

「オホホホホ。そうですわね……しかし、全くありそうな気配がしないのが心配ですわ」

「……金目の物が残ってる内は夜逃げなんかしないような気がするであります」


俺もそう思うがこれも仕事だ。

アリスの心配を他所に俺達は村長宅へと向かった。

そして、地下に続く階段を下りようとして……断念した。


「く、臭いですわ!この先なんて行ける訳無いですわよ!?」

「……そうだった。この先はゴブリンの巣に続いてる筈だ」

「何でそんな事になってるでありますか!?」


ただ単に食料庫だったこの地下室に腹空かせたゴブリンどもが盗みに入ったってだけだ。


そう、あれは数年前の凶作の年。

生き残り皆で話し合って、残った食料をこの地下室に集めたんだ。

それを皆で少しづつ分け合ってその年の冬を乗り切る筈だったんだけどなぁ、


「まさか、その日の内に地下室がゴブリンの巣の拡張工事に引っかかっちまうとはな」

「どんだけ運が無いでありますか、この村の人達」

「……要するに、ここには無いと言う訳ですわね。次行きますわよ?」


とは言え、他に地下室とかある家あったっけ?

地下どころか床すら無い家ばかりだったような気もするが。

それに、普通に越して行った連中が、そんな大層な武器を置いてくとは考えづらいし……。


「そう言えば……あの小屋は比較的まともですわね」

「あー、あれは小屋じゃ無い。俺の家だ。確かに地下に開かずの扉があったけど」

「……えーと、にいちゃ?それ、ビンゴじゃないでありますか?」


え?俺の家の地下に伝説の武具が?

それなんてRPGだよ。

全く、そんな都合のいいことが早々あるとは思えん……あー!置いてくなよオイ!?


「ふう。取りあえずこれが開かずの扉だ。生前の両親双方から開けんなって言われてた」

「……どう考えてもビンゴであります」

「おーっほっほっほ!洒落にならないレベルの封印の匂いがしますわ!」


仕方ないので地下……というか床下の自然洞窟に案内してみた訳だ。。

その洞窟の奥に開かずの扉はある。

……確かに言われてみれば何か禍々しいオーラを感じる扉だよなぁ。

木で出来た隙間風の激しい家の割りに、何故か地下の扉は鋼鉄製だし。


俺としては赤ん坊の頃から見慣れてて別にどうとも思わなんだが。


「髑髏マークをあしらった分厚い鋼鉄の扉……これは当たりですわよね?」

「にいちゃ、これどうやって開けるの?」


「開け方は聞いてない」

「「……」」


……なんだよ二人とも。

凄い嫌な感じで睨んでくるなってば。


「おーっほっほっほ!でしたら力づくで打ち壊すのみですわ!」

「え?いや、ここ俺の家なんだけど」

「周囲も岩でありますし……開けるには破るしか無いでありますよ」


えーと。

いつの間にか実家の地下室が破壊されようとしている件について。


「それでは行きますわ!先ずは先日買い取ったばかりのミスリル銀の矛で砕きますわよ!」

「よーし、あたしもスコップでぶち抜くであります!」


そして俺が止める間も無く矛とスコップが鋼鉄の扉に突き刺さり


「アベレベレベレ」

「フゲゲゲゲゲゲ」


何か知らないけど、二人とも感電してます。

……えーと、どういう事だ?


「おーっほっほっほ!……罠ですわね」

「物理衝撃に対し、電撃を食らわすトラップがかかってるでありますよ……」


ふたりして、あっちへこっちへふーらふら。

おーい、大丈夫かー?


「お、おーっほっほっほ……細かい事はいいんですわ。次は魔法でぶち抜きますから」

「あ、あたしは暫くパスであります……きゅう」


ころんと転がったアリスを拾い上げ、フレアさんの魔法詠唱を眺めてみる。

……もう、ここまできたら上の家ごと壊されるのも覚悟しなけりゃならないだろうな。

もう、止むをえんからせめてこの瞬間の実家を覚えておこうかねぇ。

えーい、もうどうにでもなーれ♪なんつて。


『むかーしむかし、ある所に漁師の青年が海辺を歩いていると……』


お、水属性かな?この詠唱だと。

ふむふむ。印は軽く握った両の拳を上下にかさねる、と。


『……助けた亀に乗せられて……』


浦島か。太郎さんか。

今度は日本昔話かよ。相変わらず凄いラインナップの詠唱群だよな……。


『……鯛やヒラメの舞い踊り……』


ぴらっ……っていま鳴ったよな。

もしかして、今テキスト開かなかったかこの人?


『…箱を開けると煙が…』


ふと、魔力が高まるのを感じた。

もしや……ここからが本来の詠唱なのか?


『こうして彼は老人へとなってしまいましたとさ、めでたしめでたし……鈍足!(スローリー)』


……えーと。

何処から突っ込めばいいのか、訳わかめ。

どうするよ俺。

どうすればいいんだよ俺?


「何も、起こらないであります」

「……間違えましたわ」


やっぱりかよ!


鈍足って言ったよな確か。

それでどうやって扉を破るつもりだったんだ!?


「おーっほっほっほ!……細かい事は良いんですわ!次のでしたら問題ありませんことよ?」

「頼むよ本当に……」


『むかしむかし、おばあさんが狸を捕らえ鍋にしようとしていると……』


今度はカチカチ山か。

……あれ?そこはかとなく不安が。


『……何でカチカチ音がする?ここはカチカチ山だから……』

「今度は普通に攻撃魔法になりそうだよな。俺の不安は何処から……」


『……音がする?ここはボウボウ山だから!……火災!(フレイムディザスター)』


おお、正に火災の名の通り凄まじい火力が周囲を包み……包み……!


「熱ーーーーーーーっ!」

「焼け死ぬでありまーす!」

「おーほっほっほ……に、逃げますわよ!」


取りあえず、地上へ一時避難を余儀なくされましたとさ。

どっとはらい。……じゃねぇだろう!?


「何考えてるんだアンタは!?」

「細かい事は良いんですわ……」


だったら目ぇ逸らすな。


「うわーん!こ、怖かったであります!死ぬかと思ったであります!」

「俺は現在進行形で故郷が灰塵と化しつつあることに素で死にそうだよこん畜生!」


ああ、そういう事だ。

まさしく火災。まさしく大魔法。

……まさか村ごと燃え尽きるとはなぁ。

こりゃ予想外だ。あはははははは……


「おーっほっほっほっほっほっほ!……あの、その……も、申し訳ありませんわ」

「いや、捨てた故郷だし。良いんだけどね?」


背後で焼け落ちつつある我が故郷にほんの少し悲しみを覚えつつ、

取りあえず鎮火を待つ事にした。

とりあえずフレアさんの評価はBAKAに決定。

悪気皆無なだけに始末に終えないタイプかよ……。


……ククク。こうなった以上、何としても勇者の武具とやらは見つけ出さんと割に合わんな。

いいだろう。次は俺があの扉……何とかしてやる。


……。


さて、半日に渡り燃え続けた火事も鎮火し、

俺達は再び地下へ潜っていた。

……地上は焼け野原と化したが、憎たらしい事にこの地下と扉は何の変化も無く健在だ。

こりゃあ、長期戦も覚悟せにゃならんな……。


「さて、次は俺がやるが……たしか両親は普通に出入りしてたんだ」

「要するに、開ける方法はあるのでありますね」

「でしたら、最初からそちらにお任せすれば良かったですわね?」


やかましい。

アンタが有無を言わさなかっただけだろうが!


「ふむ。……確か両親の場合。そうだ、鍵で開けてた筈」

「おお!それで鍵はどうしたでありますか?」


「今さっき焼けて行き先が判らなくなった」

「ががーん。であります」

「お、お……おーっほっほっほ!おーっほっほっほ!」


誤魔化しやがった……。

まあ、どっちにしろ鍵を探す所から始めねばならなかったし、

焼け跡と共に消えてても大して変わらないかも知れんがな。


しかしどうした物か。

これじゃあお預け食らった犬じゃないか?


とりあえず適当な石とかぶつけてみるが、びくともしやしない。

そうこうしてる内に時間ばかりが過ぎ去り……お、アリスどうした?


「正攻法で行くであります!どんどーん。入ってますかー、であります」

「おいおいアリス。それで誰か出て来る訳が……」


≪はーい、どなたですか?……少し五月蝿いですよ。静かにして下さいね?≫


あ、扉が開いた。

んでもって、誰か出てきたんだけど?


……。


≪あら?もしかして……カルマちゃん?大きくなったわねー。もう18歳になったの?≫


出てきたのは三十台半ばほどの女性。

髪型と色は母そっくり。

表情や仕草も母そっくり。

ついでに服装も何処かで見た事がある。

……つーか、母さんだ。


脚、無いけど。

そんでもって、半透明だけど。


「母さん?化けて出た?」

≪そうよ?驚いたでしょ……本当は精神の欠片から作った複製だけどね≫


どう見ても幽霊です。

本当に有難う御座いました。

……いやいや、そういう問題じゃないだろう常識的に考えて!


……。


≪それにしてももう18歳なのね。それならもう一人前となったと言えるでしょう≫

「いや、まだ17歳だけど」


現在俺は正にオカルト最前線に居る。

どういう訳か幼い頃に無くなった筈の母親の幽霊と話などしていると言う異常な状況。

これは一体どういうことなんだろうか?

あー、いや、精神の欠片から作ったとか言ってたって事はむしろコピー?


≪……あの人、何してるのかしら。18歳になったら伝える事があるからって言っておいたのに≫

「親父?一年位前に死んだよ」


……あ、何か嫌な沈黙。

イメージ的には全員ヘタウマ絵になったような状態と言うか。


≪そ、そう。……と、ところで横の方たちはお友達?今、上でお茶を淹れるわね≫

「わ、わーい、お茶でありまーす」


そして母さんの幽霊は地上への階段をふわりと上へと進み、

……直ぐに戻ってきた。


≪さて、少し早いけどカルマちゃんも大人になったみたいだし、話の前に成人祝いをあげるわ≫


ですよねー。

母さんは無表情で降りてきたけど額に脂汗浮かんでるしなぁ。

ま、上は焼け野原だしお茶どころじゃないだろ。


て言うか、成人祝いって何?


「……判りましたわ!それこそが勇者の武具、スティールソードなんですわね!?」

「スティールソード?それが探してた武具の名か」


≪ええそうですよ。鋼の剣でスティールソード。カルマちゃんのお父さんが昔使ってた剣なの≫

「金も無いくせに、俺の成人祝い?あの親父め……無茶しやがって」


腐った芋で生活していた時の事を思い出してちょっと泣けた。

親父。金になるなら売り払っても良かったのに……。


「……て言うか……鋼の剣でありますか?」


しーん。と言う音が聞こえた。

余りに静かだと、静かさそのものが音として聞こえる。

そう、正にそんな感じだった。


≪そうね。トレイディアで30年前に銀貨20枚で買った剣だって言ってた≫

「えええええっ!?何で勇者の剣がそんな安値で……」

「違いますわ!それ以前に魔王を倒した勇者の武具がただの鋼の剣だなんて認めませんわ!」


≪でも……鋼の剣なのは事実だし。それに絶対に壊れないように強固な呪いがかかってるのよ?≫

「凄そうだけど装備したく無ぇえええっ!」

「呪い?祝福じゃなくて!?呪いなんですの!?」

「何と言う斜め上、であります」


母さんは困ったような顔をしているが、

……困ったのはこっちの方だっつーの!

スティール……スチールのソードで鋼の剣かよ!?


「何が悲しくて伝説の武器探しで呪われた鋼の剣なぞ見つけにゃならんのだーっ!?」

「キイイイイッ!騙されましたわ!鎧も兜も本当に素晴らしい逸品でしたのに!」


俺は血の涙を流し、フレアさんはハンカチを噛んでいる。

……アリスはポカーンとしてるし、あーもう、収拾付かん!


≪ううう。折角大きくなって、言葉も通じるようになったと思ったら……もう反抗期なのね≫

「母さん?……それ以前の問題だっつーの!」


母さんの幽霊は困ったような顔してるが、それどころじゃ無い。

……って頭撫でるなよ。幾つだと思ってるんだ!?


≪でもね?お父さんの気持ちも考えてあげて?せめて何か残してあげたかったのよ≫

「やかましい!そもそも幽霊として存在してられるなら何で俺にひと言無かったんだよ!?」


≪……だって、まだ未熟な内に思念体とかに関わりすぎると、自己を失っちゃうのよ?≫

「なんぞそれ!?」


≪幼い時あんまり長く幽霊と一緒に居るとね。心とかがくっ付いて離れなくなっちゃうの≫

「あ、聞いた事あるであります!人格が未熟だとジンカクユウゴウが起きるのでありますよね!」


≪そうね、おチビちゃん。二人分の魂を持つ一つの人格が出来上がる。けれど≫

「何か、問題があるのか?」


≪……常人に倍する魔力を持つけれど、酷く不安定な人間になってしまうのよ≫

「なるほど、それで俺から離れてたのか……」


ふと、幼少の頃を思い出す。

母親が死んでから、時折誰かに見守られているような気がしていた。

……と言うか、むしろある意味監視されていたような。


「あれは。たまに見守っててくれてたのは母さんだったのか」

≪え?私はずっとこの地下室に居たけど?≫


えーっと。何て言うか……、

何もかも台無しだよ母さん。

膝付いてガックリして良いよな?

別に構わないよな!?


「返せ……俺の感動を返せ……」

「にいちゃ?落ち着くであります!」


≪……にいちゃ?≫

「あ、にいちゃの妹でアリスであります!」


……あれ?何処かで雷が落ちたような。


≪い、もうと?……ちょっとお顔見せてね?≫

「うにゃー、ほっぺた引っ張らないで、でありますー」


ぶつぶつと、何か聞こえる。

六歳ぐらい?とか

何時の間に?とか

あの浮気者……とか。


あ、母さんの目が死んでる。

元から死んでるけど。


≪……さようなら。元気でねカルマちゃん……ちょっと天国のオトウサンの所に行くわ≫


おーい!ちょっと待てえええええっ!?

なんか……母さんの幽霊が凄まじい勢いで崩壊していくんだけど?

ショックだったのか!?……いや、それ母さんの勘違いだから!


あ、母さんが消えた。


……いや、昇天したのだと思いたい。思わせてください。

最後に部屋の片隅に何故か置かれていた、ドクロ印の禍々しい大鎌を手にしてたけど、

多分何かの間違いだよな?


と言うか、精神の欠片から作ったコピーとやらが本当に天国にいけるのか?

それ以前に天国とか実在するのかと言う俺の疑問に誰か答えてくれ。


「おーっほっほっほ!……ところで……あれは本当に昇天なんですの?」

「多分。……この世への未練より衝撃的な"何か"が勝ったっぽいでありますね」

「親父、殺されなきゃいいけど」


まあ、既に死んでるけど。

と言うか母さん。伝えたい事とやらを伝えずに消えて良いのかよ?

まあ、言い忘れる程度の重要度なら別に聞かなくて良いけどな。


「取りあえず……目的の剣は手に入れたが。どうする?」

「どちらにせよ私は使いませんからそちらに差し上げるつもりでしたの」


「え?良いのか?」

「おほほほ。それにお父様の形見を取り上げるような、そんなけちな真似はいたしませんわ」


フレアさん。ただの高慢娘かと思ってたが。

結構、思いやりとかある人なのかも知れない。


って、アリス。何ごそごそやってる?

言っとくけど母さんが勘違いしたの多分にお前のせいなんだぞ?


「デモンズアーマー(女物)はっけーん!直ちに装備するで……ぶかぶかであります!」

「これは……デュラハンの盾!……ああっ!呪われましたわ!?鼻毛が!?鼻毛があっ!?」

「うわああああっ!急いで解呪を教会に……駄目だ!邪教認定されて姿眩ましてるーっ!」


フレアさんに関し前言撤回……何も考えて無いだけかも知れない。


……。


さて、それから数日後。

何とか解呪を使える魔法使いを探し出し、フレアさんの呪いを解いた俺達は、

再びポートサイドに滞在していた。

そう、これから竜退治へと向かう事になるのだ。


まあ……当初の予定が狂ったせいで、策無しの突撃とも言えるがな。


「余り時間はかけたくありませんの。ここは一気にけりをつけるべきだと考えておりますわ」

「速攻か。まあ良いんじゃないか?何せ話からすると万年雪の中戦う事になるんだろ?」

「雪山の火竜ファイブレスでありますか。……確かに色々溜め込んでると聞いてるであります」


向かう先はここより北にある結界山脈。その七合目辺りにあると言う"火竜の巣"である。

この巣に住まう竜は火竜で名をファイブレス。

極稀にキャラバンを襲ってはその略奪品を自分の巣に飾り付ける事を好むと言われている。

そして、その中にこのお嬢様の望みの品があると言う訳だ。


「おーっほっほっほ!それでは参りましょうか?……総員、私に続きなさい」

「「「「おおっ!」」」」


うわっ!?

黒服集団がいきなりドアからゾロゾロと!


「私の私兵ですの。今回は竜と戦う。そう言ったら勝手に付いてきたんですわ」

「「「「お嬢様は我らが守り抜く!」」」」


大変だなぁ、護衛の人たちも。


「ま、最悪殺されないようにすれば御の字って事で……気楽に行こうぜ?」

「駄目ですわね……急がないと、あの子が危ないのですわ」


まあ、そうも言ってられないみたいだけどな。

なんか……切羽詰った事情がありそうでもあるし。


……。


眼下に広がる山の裾野には春の足音が聞こえてきているが、

山の中腹を過ぎた辺りから既に雪がちらつき始めていた。


そして、六合目を越えた辺りになると既に深い万年雪の中。

俺達はそんな雪山の中を進んでいる。


「くっ……ハーレィ!ディビット!ソーン!皆、無事ですの!?」

「「「は、はいぃっ」」」

「くそっ、予想以上に雪が深い!これじゃあ戦う以前に遭難しちまうぞ!?」

「あたしは平気でありますが」


防寒着や冬用ブーツまで用意して来たが……腰近くまで雪に埋もれてちゃ意味がありやしない。

……結界山脈の名、甘く見てたかもなぁ。

竜の巣への行き方は判っても、たどり着けないんじゃ意味が無い。


「うぐっ……お嬢様。私の事は放って先にお進みください……」

「ディビット!私の配下たるものそんな弱音は許しませんわ!」


っていきなり脱落者かよ!

あーもう、火球で暖を取らせてやるからこんな所で死ぬなってば!

よし、倒木を燃やしたから暖は取れたな。早く安全な所に行くぞ?


……どうしたフレアさん。


「おーっほっほっほ!これは少しばかり先走りすぎたかも知れませんわね!」

「見れば判るだろそんな事!」

「にいちゃ!確かこの先にかつて竜に挑んだヒトが使った洞穴が在るでありますよ!」


何!でかしたアリス。だったら一度そこへ逃げ込むぞ!


……。


さて、何とか洞穴に逃げ込めたが……吹雪いて来やがったよ。

太陽も沈んでいく。

今日はもう先に進むのは無理だろう。


「おーほっほっほ!危うく遭難する所でしたわ」

「いや、俺に言わせればこれはもう遭難だ」

「「「お嬢様。そこの遺体から携帯食が出て参りました」」」


やれやれ、かつて竜に挑んだ冒険者の成れの果てか。

……遺体がそのまま放置されてるって事は結局負けちまったんだろう。

まあ、そのお陰で竜の宝は現在でも健在なんだろうが。


「しかし、見てて楽しい物じゃないな。先輩冒険者の遺体って奴も」

「じゃあ埋めるであります」


そう言って、アリスが洞穴の奥に遺体を引きずっていく。

こういう時、人外であるのが有利になるよな。うん。


まあ取りあえず今は、明日の準備をする時だ。

気を取り直して行こうじゃないか。


「さて。取りあえず作戦会議だ。現状で進むか否か。そこから考えよう」

「戻るのは論外ですわね……勝敗は問う所ではありませんわ。敵に対しては見敵必殺を!」


やれやれ、無茶ばかり言うお嬢様だ。

……現状で本気でやれると思ってるのか?


「そもそも食料・水・燃料を一週間分も背負ってきてるんだ。本当は長期戦覚悟なんだろ?」

「お、お、おーっほっほっほ!そ、その通りですわ!?」

「「「本当はただ余裕を見ただけです」」」


OK判った。

つまり何も考えて無いと。


「いいだろう。取りあえず明日、挑んでみよう。但し駄目だと思ったらすぐ撤退だ」

「判りましたわ。では撤退のタイミングはプロの貴方にお任せしますが宜しいですわね?」


「了解だ」

「おーっほっほっほ!……頼みましたわよ」


まあ、今回は駄目でも失敗に入らないし。

最悪全員生きて帰れりゃ御の字だろう。

何はともあれ、このお嬢様に現実を見せて差し上げないと諦めもしないだろうし、

一度仕掛けてみるしかあるまい?


……。


翌日は、生憎軽く粉雪が舞い落ちる余り宜しくない気象条件だった。

俺達はそんな中を雪を掻き分け先へと進んでいる。

……アリスを洞窟に留守番として残して、だが。


「……見えたぞ。あれが火竜ファイブレスだろう」


火竜の巣はその名の通り火竜が住むに相応しい場所だった。

深い万年雪で覆われている筈の山肌に、突然すり鉢状に大地が露出した一帯が現れる。

……気温も一気に上昇し、その一帯だけ夏のような暑さだ。


そして、その中心部にそれは存在していた。


「大きい、ですわね」

「竜の成体だから当たり前か。もっと巨大な固体も存在するんだろうな……」



体長10mを優に超える巨体。

頭頂部には鋭く尖った角が一対。

強靭な尾がその巨体の周囲を取り囲み、

全身を覆う鱗は赤く光り、まるで鉱物のようだ。

静かに佇んでいるだけだと言うのに、

その存在感からして半端ではない。


ああ、成る程。

これがAランクの……最強格にのみ許される戦場って訳か。

そして、その戦場にて待つものこそ……。


「正に魔物の中の魔物……ドラゴンか」

『魔物などと一緒にされては困るな、人の子よ』


うわっ!喋った……と驚く必要が無いのがドラゴンのいい所だ。

別に喋ってもおかしくないと思わせるだけの物はあるし。


『竜よ、お初にお目にかかる。俺はカルマ……故あって貴方の宝物の一つを所望しに来た』

『人の子よ。我は竜。汝は我が宝物に相応しい対価を持つ者か?』


対価、か。まあそうなるわなぁ。

……いや、竜が人間相手にまともに話してくれてるだけめっけもんかもしれないが。


あれ?……めっけもんと言うか、

もしかして交渉で手に入る脈ありって事?


「何か、変な吼え方をしておりますわ、あの竜」

「いや……用件を聞いてるんだ。何しに来たとか」


そういえば、この人何を探してるんだろう?

それが判らないと話にもならないよな。

……もし要らない物ならただでくれるかも知れないし。


「なあ、今回は何を取りに来たんだっけ?」

「……万病に効くという薬ですわ。知り合いが一人不治の病で倒れたので……それでですわ」


「竜は人の言葉を解する者も多い。もし、手に入るなら幾らまで出せる?」

「交渉できるならそれに越した事は無いですわね……交渉可能なら金貨二百枚まで出せますわ」



成る程。お約束だが判り易い。

そして予算は日本円にしておよそ二億……金に糸目を付ける気は無いか。

……よし、交渉で手に入るか試す価値が出てきたな。


『竜よ。万病に効く薬と二百枚の金貨を交換してもらえないか?』

『人の子よ。我が持つ万能薬はただ一つだ。たったそれだけの対価では譲れぬな』


ふぅん。じゃあこれならどうだ?


『ならば……二万枚の銀貨ではどうだ』

「煌く銀の欠片を……二万だと?」


あ、やっぱり貨幣としての価値は意味無いんだ。

そりゃあドラゴンの世界に通貨は無いだろうしなぁ。

なら、数で勝負って訳だ。

こっちの腹の痛み具合は同じだし、向こうの欲しそうな形にするのは基本だよな?


「……もしかして、今私は凄い物を見ているのかも知れませんわ」

「「「もしかしなくても竜と話す人間なんて聞いた事無いですよ」」」


外野はとりあえず黙っててくれ。


『竜よ。困っている者が居るのだ……どうか譲ってくれないか?』

『うむむむむ……我が寝床を飾る銀は欲しいが、あれと引き換えにするのは惜しい』


よし、とりあえず物欲を刺激する事には成功しそうだ。

これならもう一押しで……あれ。

何か、立ち上がったぞあの竜?


『されば……二万の銀は力づくで手に入れる事にしようか』

『……あー、そういやキャラバンとか襲うような竜だったな、アンタ』


『力無き者に語る資格なし!我が宝が欲しいならそちらも力づくで来い、人の子よ!』


「ちっ!交渉不成立だ……来るぞっ!」

「おーっほっほっほ!そんな事だろうと思いましたわ!」

「「「最後、明らかに不穏でしたしね」」」


話し合いは失敗。

……やっぱり、戦うしかないのか!


「……細かい事は気にしませんの。……突撃しますわ!援護を!」

「ちょっ!あんたは最後まで生き残らにゃならん人でしょうが!?……くっ!俺も行く!」

「「「後ろから援護します!」」」


黒服三人組が後方で弓をつがえる。

俺は一番に突っ込んで行ったフレアさんの後ろを追うように竜目掛けて走っていく。

そして、先頭を行くフレアさんはというと。


「連撃突破!」


何やら技名を叫びながら、穂先が無数に見えるほどの連続突きで竜の脚を狙っていた!

ミスリル銀製の矛は曇り空から僅かに差し込み始めた太陽の光を反射し銀色に光り輝く。

そして、次の瞬間竜の脚……脛の部分に吸い込まれていく……!


「ぐううっ!刺さりもしませんわよ!?なんですのこの装甲は!?」

『中々の速度と腕力だが、竜の鱗を貫くには少々力不足だ』


そうかい、なら次は俺だ!


「だったら!これで、どうだっ!」

『むうっ!?』


狙いは鱗に覆われていない腹!

脚に気を取られた隙に俺の剣が竜の腹部に吸い込まれ、


『言っておくが、腹が柔らかいのは事実だ。しかし鱗に比べればの話でしかない』

「百も承知!最初にトカゲと戦った時、腹に剣が通らずそのまま負けた事もある!」


食い込んだものの刺さりもしない愛用の剣を足場にしてジャンプ!


「手の甲に……飛び乗りましたの!?」

「まだまだあっ!」


剣の柄を足場に竜の手の甲に飛び乗り、そのまま腕を駆け上がる!

そして、肩から再び飛び上がり、全身を躍動させて回し蹴りを放つ!

……目標、竜の顔!

目的は……脳震盪狙い!


「どうだああっ!?」

『ぐあああっ!?』


流石に脳味噌には筋肉も鱗も付いて無いわなぁ?

刃が通らなくとも衝撃は伝わるだろ?


そのまま竜の体を伝い地上に降りる。

そして地に落ちた剣を回収し上を見上げた俺が目にした物は、


『ぐおおおっ!き、貴様、中々やるではないか!』


ダメージこそ与えられたものの、まだまだ余裕が見える竜の姿。

……体格比が大きすぎたか?軽くふらついただけのようだ。


「だったら、もう一回衝撃を……!」

「待ちなさい!何か様子がおかしいですわ!?」


突然竜が後ろを向いた。

……まさか、あの程度で竜ともあろう者が逃げるのか!?


いや、それはあるまい。

だとすれば……。


「ああっ!側面防御!」

「え?え?なんですの」


次の瞬間、凄まじい衝撃が俺たちを襲う。

……竜は尾を振り回し、鞭のようにしならせてきたのだ!


「ぐああっ……がはっ!」

「う、うう……」


……辛うじて剣で防御できたが……畜生!愛用の剣が折れちまった!

フレアさんのほうは……駄目だ、気を失ってる!

いきなり側面防御とかいわれても判るわけ無いか……。


「黒服!フレアさん連れて逃げろ!」


良いんですかと聞かれたような気がしたので、

いいから連れてけと叫んでおく。

……どうせ連中の矢は効いて無い。

この際居ないほうが心配が少なくて済むという物だ。


『仲間を逃がしたか……殊勝だな』

『……ふん』


まあ、お陰で一人ぼっちだがね。


……こうなれば四の五の言ってる場合じゃない。

親父の形見とやらの力も借りねばならないだろう。

破壊されない呪いとやらが本当なら……ある種の勝機も残っているしな。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「むっ!?」


よって、全力で速攻をかける!

まずは食らえ!この爆炎を……!


『おいおい、我は火竜だぞ?』

『効いて無ぇっ!?』


爆炎の中から現れたのは無傷の火竜でした。


いや、流石に炎の竜とは言え爆発の衝撃にまで耐性があるとでも言うのか!?

生命体相手に全く無傷とかありえないんだけど!?


『竜とは魔力の結晶……炎の魔力は我を構成する物なり。効きはせん』

『ご高説ありがとよ!……なら、こうだ!』


つまり、火球も効かないって事だな?

いいだろう、ならばこちらも相応のものを持って応じさせてもらう!


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


言葉が大気を駆け巡る間に、周囲の時間がゆっくりとなる。

粉雪が殆ど動きを見せなくなるほどの引き伸ばされた時間、

今の内に……逃げるには時間が足りない。

ならば、全力で前に出るのみ!


「鱗も腹も駄目!なら、ここだああああっ!」

『……うぐっ、あ、アグアアアアアアッ!』


狙い違わず鋼の剣が竜の足の先へ向かい、

爪と肉の間に深々と突き刺さる。

……ここばかりは鍛えようが無い。

ここはそんな場所のひとつだ。


竜の肉体に剣が突き刺さる。

最強の幻想種に傷を付けたせいだろうか、やけに気分が高揚している。

何と言うか、全身に力がみなぎってきたようだ。


流石に竜も痛みにのたうち回り……回っていない!?


『ぐっ……この程度の痛み如きで、まさか我を失うと思ったか!?その傲慢、償ってもらう!』


ごぉ、と大気の揺れる音。

……竜が大きく息を吸い込んでいる。

ああ、間違いない、これは!


『ガアアアアアアアッ!』

『炎のブレスか!』


咄嗟に強力を唱え、持ちうる全ての力で横っ飛び!

だが、竜の吐息はそれを上回る速度で俺に迫る……!


「あがああああああああっ!?」

『燃え尽きよ!愚か者がぁ!』


せめてもの抵抗に息を止め、

炎にまかれる被害を最小限に留めるべく目を閉じ耳を押さえ、うつぶせに倒れこむ!

……正しいのかは判らない。だが、何もしないよりはマシなはず!


……熱が、来たっ!


……。


燃え盛る炎の中、息も出来ずにあぶられ続ける事数秒。

足掻いた甲斐はあったようで、何とか致命傷は回避できたと思う。

だが、全身擦り傷と重度の火傷で酷い有様だ。

立ち上がれただけ幸運というものか。


『我が炎を一身に受け、立っているだけでも大したものだ』

「……」


もう、口を開く気力も無い。

魔力もすっからかんだ。

……次の一撃で、多分決着が付くだろう。

後は、俺の悪運を信じるほか無い。


『もう苦しむ必要は無い。砕けよ!』

「……それを待っていた」


竜が再びその強靭な尾を振るってきた。

だが、それこそ俺の唯一の"勝機"である。


「後一回だけ……保ってくれ俺の魔力!」


再度の強力により筋力を強化。

そして鋼の剣を迫り来る尻尾に向けて構える!


『守りで勝てると思うな!』

「いや……生きて帰れりゃ俺の勝ちだ」


『何!?』


切っ先を下にして縦に構えた鋼の剣。

柄を両手で持ち、切っ先近くの側面を脚で押さえる。

そして、迫り来る竜の尾を剣の腹で受け止め……。


『じゃあな、火竜ファイブレス!』


しなった剣をばねのように使い、敵の攻撃の威力を逆用し弾き飛ばされる。

そう、遥か彼方へと。


『何と……文字通り弾き飛ばされた。それを計算づくでだと!?』


眼下が土から万年雪に変わる。

それでも勢いは変わらず俺の体は空中を舞う。


……そして、最早竜も追うのを諦めるような距離に達した時、

立ち枯れた巨木に叩きつけられ、続いて地面に叩きつけられる。


「ぐはっ……」


全身の骨が折れただろうか。

恐らく内臓もイカレているだろう。


『わ、我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ……再生(リジェネ)』


魔力すら尽き果て、睡魔に全身の自由を奪われつつある中、

気力を振り絞り再生の詠唱に声を振り絞る。

……枯渇した魔力の中での更なる魔力の使用に、意識が一気に薄れていく。


「にいちゃーーーっ!」


そして最後に聞いた頼もしい妹分の声を子守唄に俺の意識は飛んでいく。

アリスを置いていったのは……どうやら大当たりだったようだな。


しかし、まったく……割に合わないにも程がある……。

だが、何故かこの依頼は完遂しなければならない、そんな妙な勘が働いていた。

もっともそれが何かを考える時間も無く、俺の意識は途切れたわけであるが……。


続く





[6980] 28 魔剣スティールソード 中編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/04 11:03
幻想立志転生伝

28

***冒険者シナリオ9 魔剣スティールソード***

~金炎の雌獅子と勇者の遺産 中篇~

《side カルマ》


……次に目を覚ましたのは、首吊り亭のベッドの上だった。

肉体的な問題は無さそうだし、魔力も回復しきったようだ。

さて、残る問題はどれだけ寝てたかって事だが。


「……フレアさん?」

「んん……レオ。もう少し姉さんを寝かしてくれません事?」


何でフレアさんが俺のベッドの脇に居るんだ?

しかも濡れタオルまで持って。


「うあああっ……にいちゃが起きた!にいちゃが起きたでありますよぉ!?」

「アリスか?ご苦労さん。で、現状の報告を聞きたい」


……いて。

何かポカリと叩かれたんだけど。


「にいちゃ!どれだけあたしらが心配したか判ってるでありますか!?」

「あー、済まん。俺が悪かった」


「むがぁ!だったらもう少し怪我人らしくしてるであります!」

「心配かけて本当に済まん。で、状況はどうなんだ?」


アリスは、はぁと大きくため息をつくと現状の報告を始めた。


ふむ。俺は一週間ほど寝込んでいたわけだな。

フレアさんがここに居るのは自分のせいで俺が死に掛けたと思って申し訳無く思った為と。


あー、判った、アリサ達も怒ってるのはわかった。

後で謝っとくから許せ。


「以上であります。とにかくもう無茶はしない事であります!」

「ああ、そうだな。こんな事で命をかける必要は無いもんな」


「あ、あら?……カルマさん、どうやら目を覚ましたようですわね?」


あ、フレアさんも目を覚ましたか。


「全く。貴方の仕事は私の援護。命までかけろとは言っておりませんのに!」

「それで、看病までしてくれたのか?」


あ、びくってしてる。何か焦ってる?恥ずかしいのか?

まあ、手に濡れタオル持ってる時点で何してたのかは明白と言う物。


「おーっほっほっほ。まあ、頑張った人へのご褒美の一環ですわ!」

「……何だかんだで責任感じてオロオロしてたくせにー、であります」


「おチビちゃん?細かい事は良いんですわ!……さて、貴方も目を覚ました事ですし」

「まさか……またあの竜に挑むつもりか!?」


フレアさんは「勿論ですわ」と答えた。

……正直、まともだとは思えない。


「ああ、貴方に付いて来いとはもう言えませんわ。謝礼はおチビちゃんに渡しておきましたわよ」

「……じゃあ、今度はまさか一人で!?」


「それこそまさかですわ。今度は傭兵団を雇いましたの。結構な腕利きらしいですわ」

「よ、傭兵団まるごと!?」


正気じゃない。それこそ正気じゃないぞ。

傭兵団まるごと雇うって……ピンキリだが最低でも一日金貨10枚はかかるぞ!?


「……そこまでして手に入れる価値が、万能とは言え……ただの薬にあるのかよ」

「ええ。ありますわ。少なくとも私にとっては」


「聞いてもいいか?そこまでこだわる理由を」

「おーほっほっほ!大した理由ではありませんわ。不治の病にかかったライバルに使いますの」


は?

不治の病まではいいが……ライバル!?

家族恋人とかじゃなくて!?


「ええ。10年来の宿敵ですわ。同年代では私と唯一まともに渡り合える娘ですの」

「こう言っちゃ何だが、アンタにライバル視されてるだけで不幸な気がするな」


廃村とは言えうちの村を一撃で焼き尽くすほどの魔力。

そして極めて峻険な結界山脈を悠々と登りきる体力。

……どう考えてもまともに渡り合える奴がどんな娘なのか想像出来ない。


「それになんでだ?敵対してる奴に塩送るようなマネをなんで……」


「何ていうか、その。見るに見かねただけですわ……辛そうでしたし」

「それなら敵対するのを一度やめてやれば?」


あ、首を横に振った。

嫌なのか?


「ふん。あの子が悪いんですわ。これ……私の宝物を勝手に持ってくんですもの」

「それか?なんともまあ古ぼけたヌイグルミだな」


胸元から取り出されたのは小さなライオンのヌイグルミ。

正直言ってそこいらの露天で売っているレベルの代物だろう。

だが随分大切にされている。幾度と無く補修された跡が見えるな。


「ルーンハイムさんも意地を張らずにひと言謝ってさえくれれば私も許しようがあるのですが」

「……ストップ。もしかしてアンタ……リオンズフレア公爵?」


あ、目を見開いた。


「なんでそこで判るんですの?顔を知ってたわけでも無いでしょうに」

「……えーと、マナリア近衛隊の連中から、色々」


以前森の中での一騒動あった時、

リチャードさんの護衛たちから、ちょっとな。


まあ、まさか本人とぶち当たるとは思いもよらなかったが。

と言うか、だとしたら同じ学園の高等部で15~18歳ということになるぞこの人。

何ていうか。…………大人っぽ過ぎて年齢相応に見えなかったんだが。


「おーっほっほっほ!近衛の連中は保身しか考えていなくてよ?きっと禄でもない事ばかりでしょ」

「まあな。だが……クラスの仲間操ってルンを孤立させるのは流石にやりすぎだと思うぞ」


だがまあ、いい機会だ。この際なので言いたい事をぶちまける事に決定。

どうやら悪い娘では無い様なので、取りあえず言葉での説得にかかる。


……もし駄目なら……最悪アリサを動かして行方知れずにでもなってもらうが……。


「はい?私そんな事しておりませんわよ?」

「……じゃあ、ルンを虐めてるとか言うのはどういう事だ?」


うわ。本当に何言ってるのか判りませんわって顔してる。

これは一体どういう事だ!?


「表立って敵対はしておりますが、反撃できないような行動はしておりませんわ」

「え?嫌ってるわけじゃないのか?」


「逆に尊敬している部分もありますわ。使用人達の給金を払うために危険を冒したりとか……」

「ああ、そういえば冒険者になった理由がそれだったな」


「本当に稼ぎきって来たと聞いた時は不覚にも影で感涙してしまいましたわよ」

「……よく考えれば異常事態だよな。公爵令嬢、しかも当時14~15歳だった筈だし」


うん、やっぱりルンはいい娘だ。

……あれ、いや待て。


「……じゃあ不治の病なのは、ルンの奴なのか!?」

「帰って来てから様子がおかしいと思いまして、昔馴染みの使用人が居るので聞いてみましたの」


「そうしたら?」

「……手の付けられない病だと、言われてしまいましたわ」


馬鹿な。

数ヶ月前まではあんなに元気だったじゃないか!?


「学園でも見る度に憔悴して行く様子が見るに耐えませんでしたの」

「それで薬を?……なんて、こった」


ルンが憔悴してる、だと!?

一体どんな病気に侵されてるんだあいつは……。


「ふふ、皮肉な物ですわ。あの娘が元気無いと、こちらまで調子が狂ってしまいますの」

「だから。その為に、こんな……危険を?」


「ほーっほっほっほ!あの子に出来て私に出来ない理屈などありませんことよ?それに」

「……それに?」


ふっと、フレアさんの表情が緩んだ。

表情が高慢っぽい高笑いから、母性を感じるような微笑に変化する。


「数ヶ月前帰国した時……彼女、ご両親の前で笑っておりましたの」

「それが、どうかしたのか?」


「多分……10年ぶり位ですわね。あの子の笑い顔を見たのは……だからかも知れませんわ」

「…………」


言葉も出なかった。

俺にとってルンは。良く笑い良く泣く、甘えん坊の女の子だったんだ。

……けれど、そう言えば初めて会った頃のアイツは……。


「今は……今はアイツ、笑えているか?」

「さあ。何せ二か月前に国を出ましたから判りかねますわ。ただ……」


「ただ?」

「挨拶代わりにお互い憎まれ口を叩き合った時……あの子、酷く表情を歪めましたの」


……表情を歪めたって、それは一対どういう意味で


「私にとって、あの子は何があっても無表情な娘でしたわ……だから違和感を覚えましたの」

「無表情娘の感情的な顔か。精神的な壁って一度崩れると脆いからな……」


「要するに、良くも悪くも感情豊かになってたって事でありますね」


突然アリスが話に入ってきた。

そして咎めるような口調で続きを口にする。


「一応聞くでありますが……幼馴染でありますよね」

「ええ。そうですわよ。あんな事があるまではとても仲良しでしたのよ」


俺の寝ているベッドの上に立ち、顔の高さを合わせて、

アリスはフレアさんと向き合っていた。


「……だったら、当然ルンねえちゃが受けてる虐め、どの程度か知ってるでありますよね?」

「え?ええ。周りから無視されたりしていますわね」


「それだけでありますか」

「それだけって……ああ、後は色々周りから言われていたような気がしますわ」


……今、何て言った?

気がします?

アンタ、首謀者だろ……一体どういうつもりなんだ?


「それが、自分の指示って事になってるって……知ってたでありますか?」

「は?知りませんわ。第一やるとしてもそんな回りくどい手を私は使いませんことよ!?」


あ、ああ……言われてみれば確かにそうだな。

何か気に入らない事があったら鉄拳制裁に持ち込みそうな感じの人だ。

伊達にレスラー体型してる訳じゃ無さそうだしな。


「……やっぱりおかしいであります。アリサに調べてもらうでありますよ」

「それは良いが……何がおかしいんだ?」


「だから!マナリアではフレアねえちゃがやるように言った事になってるのでありますよ?」

「弟辺りには言われるんですわ。幾らなんでもやり口が卑怯過ぎだって……私はそんな事」


ああ、そう言う事か。

誰だって自分が指示して無い事を非難されれば訳判らんわな。

けれど……ここは言っておくべきだろ。


「……いや、卑怯だと思う。アンタ、周りの連中を止めたか?」


きょとんとしてるな。

あー、こりゃ何もわかって無いか。

他ならぬアンタが止めないって事で、話が個人同士の問題じゃ無くなってるって事に。


「偉そうな事言ってしまうが、他の奴の立場になって考えてくれ。」

「……は?」


そう、国一番の実力者が大手を振るって攻撃中の相手だ。

何だかんだでルンの家が気に入らない人間が居ればどういう行動をとるか?

なんて火を見るより明らかだ。


「赤信号、皆で渡れば怖くない、って奴だな」

「アカシンゴウ?よく、判りませんわ」


ああ、その例えをここの人間が判るはず無いか。

ええと、ここで理解してもらうには……。


「つまり、便乗してる奴が居るって事だ」

「便乗?何の?」


「なあ、マナリアの七割を派閥に持つリオンズフレア公?」

「む、何かいやみな言い方ですわ!」


「今、ルンに味方する奴って、同年代に居るか?」

「え?そうですわね。レインフィールドさん辺りがたまにもう許してやれと私に言ってきますわ」


え?たった一人?


「え?他には?仮にもルンの家も公爵だろ?」

「……とは言え没落してあちこちに借金持ち。最早馬鹿にされてる家系ですわよ」


「どんだけ?」

「既にマナ様の名声のみでもっている、公爵と言う肩書きだけの家、ですわ。それに……」


その後、フレアさんから飛び出す言葉一つ一つに俺は打ちのめされた。

一つ一つは良くある事なんだが、全てあわせると相乗効果で酷い事になっているんだけど。


……聞くんじゃなかった。

予想よりずっと酷い状況じゃないかこれ?


「そうそう、マナ様が余りにツケで買い物されるので……マナリア商業組合から締め出しが」

「あ……まさか、ルンの行く所店が閉まり続けるって話は」


「そう。マナ様のとばっちりですわ。……あの方、未だにお姫様時代の癖が抜けておりませんの」

「あー、そう。そうなんだぁ。あははははは」


予想以上に難題のようだな。

……多分、だれも勇者に意見なんか言えんだろうし。

もし言えるとしたらそれは誰かと言えば……。


あれ?もしかしてルンが虐められてる理由ってフレアさんとのイザコザじゃなくて。

実は……母親の身代わり?


まあ、それだけとも思えんが。

きっと色んな条件が運悪く重なってるんだろう。


だがとりあえず今は置いておく。

……彼女を説得できればルンの状況を大分改善できるはずだし。


「えーとつまり。影響力が高い人間がやってるから回りも釣られてしまう」

「……よく、判りませんわ」


「アンタが敵対してる人間は国内の七割を敵に回すわけだよな?」

「そうなんですの?……別に誰にも一緒に戦えなんて強制していませんわよ」


確かにそうなのかもしれない。

だが、周りから見ればどう思うかな?

国の七割が敵対するのが確実な人間に誰が近づくだろうか。

例外はあるだろうが間違いなく孤立するだろう。

孤立した個人相手ならば……弱者でも多数であれば、叩くのは容易い。

誰だって自分が攻撃対象にされたくは無いさ。

当然孤立した人間は更に孤立を深める事になる。


……誰に命令される必要も無い。

弱った獲物に襲い掛かるために必要なのは好奇心と機会、そして免罪符。

そして、罪の意識を麻痺させる免罪符は……彼女が用意してしまった。


そう。皆がやっている。なら自分もやって構わないだろう。

むしろやらねば自分も弾かれてしまうかも。


そう……それこそが追従と不安と言う名の免罪符。

悪意と恐怖の織り成す闇の螺旋回廊だ。


「強制は無い、だがそれに便乗して動く人間は居るだろう?」

「……周りの方達の行動は……私が止めなかったせい、ですの?」


さて、ちょっとは状況に気付いてくれただろうか。

関わったのは僅かな時間だが、彼女は誰かに似て曲がった事が嫌いな人間だと感じた。

例のヌイグルミの件も長年の懸案になっているのは、

要するに向こうからの謝罪が無い事に彼女として納得が行かないからに違いない。


「そして、皆でやっているから私も僕もと追随する連中が出てくるわけだな」

「でもおかしいですわ。それがなんで私からの指示になるんですの?」


「……伝言ゲームさ」


要するに"彼女がやってるから良いんだ"が回りまわって"彼女がやれって言った”

に変換されちまってるわけだろうな。


「人から人へ伝わる内に、話の内容が変わってしまった。と言う話だと思う」

「……でも疑問は残りますわ。だったらあの子は何故やり返さないのか理解しかねますわ」


「それだが……多分。ルンはやり返す気力がなくなってるんだと思う」


これは、今の話の中で思い付いた事だ。

正直、俺の認識ではルンへの虐め=優秀さを妬まれての無視、と言うレベルだった。

けど、どうやらそれでは済まないレベルらしい。


数の暴力は酷いもんだ。特に周囲全てに否定され続けて自信を失う事が怖い。

何故ならそれは、行動の自由を阻害する形無き鎖だから。

解決の糸口すら失わせるという意味において最悪の行動といえる。

明らかに殺されるだろというレベルに至っても被害者がやり返さないと言う事態は、

多分そんなレベルまで追い詰められているからだろう。


ただ、今回の場合……もしかしたら、連中も恐れてるのかもな。

……牙を抜き続けないと体勢を立て直した猛獣に襲われるかもと。

勇者の娘と言う肩書きにはそれぐらいの恐れを持たせるだけの力はあるだろうし。


「兎に角、ルンは精神的に弱ってる故に病魔に取り付かれた、というのが俺の推測だ」

「……病気も虐めも私のせいだった、と仰りたいの?……まあ否定出来ませんわね」


そういう訳ではない。

けど、一因ではあるかも、ぐらいには思って欲しい。

それに俺のせいでもあるのさ。

……さっきから忙しく動き回る壁の子蟻達を見ているとそう思わざるを得ない。


「ルンも理由無く人様の物を持っていくような奴じゃない。出来れば腹を割って話し合って欲しい」

「判りましたわ。……周りの連中のやり口が私のせいならば、話をする義務がありますわね」


それだけ言うと、フレアさんは少しよろめきながら部屋を出て行く。唇が青ざめているが。

ああ、それに俺の方も青ざめている事だろう。


……俺は馬鹿だ。


ルンは強い娘だと思っていた。

甘えん坊だけど芯は強いと勝手に思い込んでいた。


ああ。そう思っていただけだ。


けど実際ルンは強い娘だった。

……少なくとも自身の限界直前まで頑張れる程度には。


少なくとも、平日の昼間からベッドに篭って顔面蒼白で震えてるルンを見て、

平然としていられるほど俺の情は薄くない!


「どしたの!?いきなり膝から崩れ落ちるとか……何があったでありますか!?」

「……自分の馬鹿っぷりに愛想が尽きただけだ」


先ほどから、フレアさんの死角となる場所で子蟻が忙しく走り回っていた。

そして、今も。

……光の三原色のように染め上げられたそいつ等は、

まるでスライドショーのように最近のマナリアの様子を映し出す。


そう。それは先ほどアリスがアリサに"調べてもらった"結果。

アリサ自身、悲壮な感じで「全然気付いてあげれなかった」と嘆いていたらしい。

クソッ……なんで俺達はアイツから目を離したりしたんだ?


忙しかったから、なんて言い訳にもならない。

蟻のネットワークは俺達が知りたいと望んだ事しか調べてこないが、

逆に調べようと思えば大抵の事は調べられる。


ルンが苦しんでいた。

泣きながら俺を呼んでいた。

……俺は叫び声にすら気付いていなかった。


だが今は気付いている。何とかしてやりたいと思っている。

では、今の俺に出来る事は何だ?


「……アリス。俺達も竜との再戦に同行するぞ」

「当然でありますね。薬貰うで在ります……ルンねえちゃ、心配でありますし」


親父の形見の剣を見る。

……見た目はただの鋼の剣だが、造り自体はかなり丈夫な物だ。

それに絶対不壊の呪いとやらも、こうなると頼もしくすらある。

多分あるであろう副作用も恐れている場合ではない。


「兎に角、明日にでもフレアさんとこに行こう。今度は仕事抜きで同行させて貰う」

「もし、駄目だと言われたらどうするでありますか?」


「無理にでも付いて行くさ……もう他人事じゃないからな」

「はいであります。……でも今は先ず英気を養うでありますよ」


ああ、全くその通りだ。

……あの竜を倒してルンの病気を治してやらねばなるまい。

それが、アイツの為に今の俺が出来る唯一の……唯一?


「アリス。その前に一つ頼まれてくれ。手紙を書く」

「ルンねえちゃにでありますか!?」


当然だ。

まあ、気休めだがアイツにも味方が居る事を教えてやらんと。

孤独が毒として全身に回る前に、何とか応急処置を施しておかねば。


後、そう遠くない内にルーンハイム公に対しそれとなく現状を伝えないとまずいかもな。

何か、子供の事に親が口出しすべきじゃないって教育方針みたいだが、

もうそれでどうにかできる段階はとうに過ぎ去ってしまってる。

マナリアへ、一度行かねばならんだろう。


急いでペンを動かし、取りあえずルンに宛てた手紙を用意する。

……未だマナリア行きの地下通路の整備は終わっていない。

だが、手紙一通届ける程度の力はあるはずだ。


「すまんが早ければ早いほど良い。明日までに何としても届けるんだ」

「委細承知であります!」


今後の予定は決まった。

体を休め、竜から薬を奪い取ったら直ぐにでもマナリアまで行こう。

……ルンの苦しみをを何とかしてやりたい。

絶対に助けてやりたいんだ……。


「そうだ……アリス。ついでに魔道書も取ってくれ……火竜に効きそうな魔法が無いか調べる」

「了解。でもにいちゃ……ひと言言いたい事があるでありますが」


確かに無理はしているだろう。

だが、俺にとって使い勝手のいい魔法が火炎系ばかりなのは問題だと思ったんだ。

……ルンの家の魔法を使うのは愛弟子から盗み取っているようで嫌だしな。


「ああ、無理はしない。それと明日の為の装備を準備しておいてくれ」

「いや、そうでは無いでありますが……まあ取り合えず準備はしておくでありますよ」



そして翌朝。

俺は準備を万端整えフレアさんの所に向かう。


「お嬢様なら、もう出かけられましたよ」


流石に、もう出かけた後だとは思わなかった。

こんな所でオチ付けてる場合じゃないだろうに。

……急いで追いかけないと!


ルン、辛いだろう。でももう少ししたら助けに行く。

だからもう少し待っててくれよ?


……。


《side ルン》

気が付けば朝。今日も変わらず目が覚める。

……けれど今日もベッドから出て行く気がしない。


「お嬢様、お食事の時間ですよ?」

「……いい。いらない」


食欲は無い。ベッドから起き上がる気力も無いのに食事する気力なんてあるわけ無い。

最近は起き上がるのも億劫だ。それに全身がだるい。


「学校は……いかがされます?」

「休む」


今では三人しか残っていない使用人の一人が心配そうに声をかけてくれた。

でも、正直放っておいて欲しい。

……皆の忠誠は嬉しいけれど、もういっそこのまま消えてしまいたいとすら思っている。


「まだ、お加減は宜しくありませんか?」

「……ん」


最初はただの仮病だった。

なのに三日もする頃には本当に体が動かなくって居た。

……お医者様にも原因がわからないらしい。


「多分……天罰だから」

「お嬢様!冗談でもおやめ下さい!?」


ううん、これは多分天罰。

嘘付いて学園を休んだから罰が当たったんだと思う。


「だから……放っておいて。……今日は誰も通さないで」

「あの、お友達がいらしてますが、それでもですか?」


友達?

私に友達は居ない。

からかいに来ただけの人間と会っても不愉快なだけだ。


「そう、ですか。でしたらあの小さな子にはお帰り願うしか無いですね」

「……小さい子……誰?」


少なくとも、親族以外で私に小さな子供の知り合いは居ない筈……


「あたし、です。おひさです、ルンねえちゃ」

「……アリシア、ちゃん?」

「え?あ、あのお客様……勝手に寝室まで入ってこられては困りますが!?」


ガタンと音がして床板が外れる。

そして、そこから顔を出した懐かしい顔は……!


「だめ。むりやり、おしいらないと、けっきょく、いれてくれなかった、です」

「……それは当然な気がするんですけど。メイドとしては」


この子はアリシアちゃん。先生の妹。

トレイディアに居るはずのこの子がどうしてここに?


「……モカ。彼女は大事なお客様。そのままでいい」

「え?良いんですか?土と埃で汚れきってますけど」

「にいちゃからおてがみ、です……きのう、ねてない。つかれた、です」


そう言って差し出されたのは手紙。

……先生からの、手紙……先生から!?


思わず跳ね起きると手紙をその手からひったくっていた。

土の付いた封筒を開けるのももどかしく感じ、破った先から手紙を引きずり出す。



―――拝啓、我が愛弟子ルン。可愛いマジカルプリンセスへ。

ようやく雪解けの季節となりました。そちらはいかがお過ごしでしょうか。

さて、前置きはこの辺にしておく。あまり良く無い噂を聞いたので筆を取った次第。

最近元気が無いようだが周りと上手くやっているか?

もし何かあったら俺が何とかしてやる。余り気に病むな。

辛かったら何時でも頼る事。俺は、俺達は何時でもお前の味方だ。

……今まで気が付いてやれなくて、済まん。

カルマより。愛と勇気と希望を込めて。



「しょうじき、はずかしい、です。にいちゃ、ぼうそう」

「なにこれ……もしかしてラブレターですか?」


「んにゃ、ちがう。いちおう、げきれいのおてがみ、です。……ねたなんか、しこむから」

「どの辺がですか?あー、ココアー!?見てこれ!お嬢様に春が来たよ!」


メイドのモカが相方のココアに読ませようと手紙に手を伸ばしてきたので、

体を丸めてガードした。持っていかれる訳には行かない。


「……これは私の」

「ルンねえちゃ、げんきでた、です?」


当然。

先生が心配してくれていた。それだけで何よりも嬉しい。

……安心したら、すこしお腹がすいた。


「モカ……スープを」

「あ、はいお嬢様!青山さーん、お嬢様が朝ごはん食べるそうですよ!」


慌てたようにモカが部屋から走り出る。

心配しなくても、別に逃げないのに。

けど、食事をするのは二日ぶりだ。

心配されていても仕方ないのかもしれない。


「ルンねえちゃ?おびょうき、だいじょうぶ、ですか?」

「……ん」


アリシアちゃんの格好は相変わらずぶかぶかのローブ。だけど今日は妙に汚れていた。

よほど急いで持ってきたのだろう、この手紙を。

……わざわざ、あんな遠くから。


「もう、大丈夫……先生が、見守っててくれる、から」

「はいです。にいちゃも、もうすぐ、たすけにくるです……それまでがんばれ、です」


……先生が、来てくれる?


「……本当?」

「ほんとう、です!」


アリシアちゃんは首を縦にぶんぶんと振っている。

……本当に、本当に来てくれるんだ。


じっと、再び手紙を見つめてみた。

急いで書いたような跡があちこちに見受けられる。

文法も何もかも無茶苦茶だ。……けれど、それがまた嬉しい。


「……ありがとう」

「むぎゅ、です」


アリシアちゃんを思わず抱きしめていた。


……いつの間にか小鳥のさえずりが聞こえている。

それに今日は風が強いようだ。風の音が窓を叩いている。

そんな当たり前のことに今、初めて気が付く。


そしてもう一度、もう一度文面を読み直した。

存在するだけで私の心を暖めてくれるそれを。


「先生……私も、あいしてる……」

「ふえ?」


急速に戻っていく活力を全身から感じ、私は数日振りにベッドから立ち上がった。

……私の先生にだけは、こんな姿を見せたくない。

せめて、こけた頬くらいは何とかしておかなければ、先生の前になんて出られない。


……駄目だ、よろめいて立っていられない。

仕方ないので悪いとは思いつつアリシアちゃんに声をかける。


「……服、取ってくれる?」

「はいです、おきがえ、てつだうです」


取り合えず、お母様のお古である薄桃色の部屋着を持ってきてもらう。

とは言え私の服は制服以外お母様のお古ばかりなのだが。

まあ、私の服なんて仕立てさせている余裕は我が家には無いし仕方ない。


……それに、今思い出したがもうじきリンも帰って来る筈。

きっとまた勝負とか言って私を地べたに這い蹲らせるつもりだろう。

それに、その後ハイエナのように勝負を挑んでくるであろう卑怯者も居る筈だ。


けれど、先生の目の前でだけは無様な姿を晒したく無い。

それまでに何とか体調を元に戻しておかないと……。


……。


≪side リオンズ"フレア"≫

早朝、太陽すらまだ上っていないこの時間帯。

ですが私は百名を越える傭兵団を引き連れて、

今再びあの結界山脈の火竜に挑もうとしているのですわ。

愚かしい事ですわよね?

昔馴染み一人の為に一度敗北した竜に挑むなんて。


けれど、後に引く気はありませんわよ。

私はリオンズフレア公爵家当主。

王国宰相フレイア=フレイムベルトより分かたれた、獅子の一族を率いる焔。

私は幼き頃より誰よりも誇り高くあれと言われ続けてきた。

そして母上亡き後、巨大な我が家を支えてきたと言う自負があるのです。

当然、敗北なんて認めませんわよ。


今回は迷う事も無いでしょうし人数も桁が違う。

これなら流石の竜も一網打尽ですわ!


「アルシェ隊の移動準備出来たよ、依頼人さん」

「おーっほっほ!宜しいですわね?竜退治ですわよ!」


ですからルーンハイムさん。

勝手に死んだりなんかしてはいけません事よ?


「はいはい。それでさ、一応聞くけど作戦はどうなってるの?」

「細かい事は良いんですわ。数の暴力で一網打尽ですわよね!」


あら?どうなされましたのアルシェ隊長?

笑顔が固まっておりますわ。


「えーと。僕が事前に聞いてた話だと……相手は竜だよね?」

「おーっほっほっほ!そうですわ。その通りですわよ」


「えーと、竜相手に策無しで人間が挑む?それ、ありえないから」

「まあ、でしたら何か策はありますの?」


これだけの数が居れば作戦なんていらないと思っておりましたが、

傭兵の皆さんの様子からすれば、それは間違いのようですわね。

正直作戦を用意するなんて面倒な事は余り好まないのですけど。


「うーん。そもそも人間が竜に挑もうとか言うのが無茶なんだけど……強いて言えば」

「強いて言えば?」


「竜に魔法は効かない筈。よって効果的な装備を整えとくべきだね」

「一度勇者の武具を探しましたわ。結局ただの鋼の剣でしたけど」


「じゃあ、せめて出来るだけ強力な前衛を用意して欲しいな」

「……心当たりは現在療養中ですわね」


その言葉に先日私を逃がすために犠牲となった冒険者……カルマさんの事を思い出しました。

けれど、一度死に掛けた彼をこれ以上連れまわすのも気が引けますわね。

もし……この世の何処かに居るであろう父上がここにいらっしゃられたなら。

そんな益も無い事を考えてしまいますわ。

まあ、所詮は母を棄てて消えてしまったような男ですけど。


「カルマ君も何か寝込んでるみたいだし、タイミング悪すぎだよ……」

「そうですわね。まあ、せめてもと思い竜殺しの剣を買い込んでおきましたからお使いなさい」


指を弾いて使用人達を呼ぶと、幾つかの木箱を持って現れましたわ。

どうやら、手に入ったようですわね?


「お嬢様、注文していた竜殺しの剣が届きました」

「判りましたわ。さあ傭兵団の皆さん、これをお使いになって」


……あら?どうされたんでしょう。皆さん微妙な顔をされておりますわね?

この剣は一本で金貨一枚する高級品ですわよ?

全員分ありますし、そのまま差し上げますから遠慮せずお使いなさいな。


「いや。それ……儀礼用の剣だよ?」

「ギレイヨウ?」


「要するに、見た目だけ」

「……ハーレィ?」


ちょっと私兵の三人組の一人を呼び出して睨みつけてみますの。

さて、一体どういうつもりなのかしら?

怯えて無いで何かおっしゃい。


「え?いやしかしお嬢様、竜をも殺せる武器が欲しいと言ったらこれが出てきましたが」

「……その商人は何処の愚か者ですの?」


「えーと、サンドールのアブドォラ家とか」

「おーっほっほっほ!……後で潰しますわ」


全く、こちらは真面目にやっておりますのに偽物を掴ませるなんて!

いいですわ、いずれ我がリオンズフレア総力を持って叩き潰して差し上げます。

……我が家の影響力、祖国のみにしか及ばないとは思わないで欲しい物ですわ。


「……まあ、仕方ないですわね。これは後で棄てますわ」

「取り合えず値は張りそうだし、僕は一応貰っておくけどね」


アルシェ隊長が剣を手に取りましたわ。

……私も取り合えず一振り手にして見ましたが……綺麗ですけど確かに張りぼてですわね。

軽く岩に叩きつけただけで折れてしまうなんて、なんと言う粗悪品なんでしょう。


「ふぅ。要するにさ……本当に正面から行くしかない訳?」

「おーっほっほっほ!武具や装備に頼らず最初からそうすれば良かったんですわ」


「いや、良くないよ!?」

「さ、取り合えず行きますわよ?細かい事は考えてられませんもの」


私の生き方は正面突破。

まあ、駄目なら駄目で……生きていれば出直すことにしますし。


「少しは考えようよ?僕らも生きてるんだよ!?」

「おーっほっほっほ!細かい事はいいと言った筈ですわよ?ではそろそろ行きましょうか」


大丈夫ですわアルシェ隊長。傭兵なら依頼人が居なくなったら逃げるんでしょう?

……今度は私自身が最前線で竜と相対しますわよ?

自分だけ安全な場所にいようなんて思っておりませんの。……ですから。


「さあ、参りますわよ?今はただ、私の後に続くのですわ!」


続く



[6980] 29 魔剣スティールソード 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/05 02:00
幻想立志転生伝

29

***冒険者シナリオ9 魔剣スティールソード***

~金炎の雌獅子と勇者の遺産 後編~

《side アルシェ》

不安だ。今僕達は結界山脈の中腹辺りを登山している。

目的は竜退治。

お給料もいいし、竜殺しの名は傭兵として箔も付くよね。

それに優良な雇い主だって言われたから人を集めてやってきたけどさ……。


「あのさ、リオンズフレア様?本当に、戦う気?」

「ええ。数さえ揃えれば勝てますわ。……それが何か?」


うわーん。

この人本気だよ。本気で竜に挑みかかる気だ。


確かに昔から竜退治の逸話は多いよ?

けどさ。それだってお話の中でさえ人が竜に打ち勝つには数々の策を弄する必要があるんだよね。

当然実際の戦いではそれに倍する作戦が立てられてた筈なんだと思う。


「……それじゃあ、この辺でもう一度作戦を確認するけど」

「おーっほっほ!見敵必殺、数で押し切りますわよ!?」


駄目だよこの人……早く何とかしないと。

え、どうしたの皆?

妙に疲れたような顔なんかしてさ。


「アルシェ隊長。自分らもう逃げたいんですけど」

「右に同じ」「左にも」


あー、気持ちは判るよ。僕も逃げたい。

けどね。傭兵にとって信用はとっても大事なんだ。

今は良くても次に雇って貰えるか否かは先方の信頼で決まる。

だから、最低限の義務は果たさないといけないんだよね。


……多分、伝わらないと思うけど取り合えず言っとこうかな。


「今は駄目だ。依頼人が逃げるか竜と一戦交えるまでに逃げたら評判下がるよ」

「まあ、それはそうですけどね」

「えー、死んだら何にもならなぇぜ?」


うん、流石に長年生き残ってる人は理解してるみたい。

ただ、傭兵になって間もない人はそうでもないか。


僕だって伊達に子供の頃から戦場を巡って来た訳じゃない。

年齢10代で傭兵隊長なんかやってるのがその証拠。

確かに傭兵にとって生き残るのは最優先事項だけど。

……次のお仕事にありつくためには、不誠実すぎる対応なんか許されない。

横暴な雇われ者なんて、二度と雇って貰えるもんか。


「まあ、上手くやれたら士官の口もあるかもしれないし、頑張ろうよ」

「……はいはい、判りやしたよ」

「それもそっかもな!よっしゃ、なら一丁やってやるさ」


はぁ、隊長ってのもめんどくさいよね。

折角集めた頭数を、移動中に失くさない為色々気を使わないといけない。

古参は我が強いし、若いのはちょっとした事で逃げちゃうし。


……まあ僕自身、現在ここに居る内で最年少組の一人な訳だけどさ、

傭兵暦は七年目で経験は積んでるんだ。こう見えても。

何度も負けたし敵の捕虜になった事もあるけど、それでも何とか生き延びてきた。

いやあ、こう言う時ばかりは女で最近まで子供だった言う身の上に感謝するね。

他と比べて扱いはマシだし命までとられた事も無いしさ。


生きてればきっといい事あると思って生き延びてきて、

ようやく隊長なんて言われる身の上にもなったんだ。

確かに無茶な依頼主だけど、ここで逃げても居られないんだよね。

いつかカルマ君みたいに軍の司令官に呼ばれるような名声を手にして、、

気に食わなければ直ぐに辞めてしまえるような、いい身分にもなりたいしね。


……そう言えばカルマ君、戦場食なのにいい物食べてたっけ。

それに武器はともかく防具は買い換えたばかりっぽいし、妹さんもお肌がつやつやしてたよね。

カルマ君の家も貧乏だったはずなのに、何時の間にのし上がったんだろ?


そうだ。今度ご飯奢って貰いに行こうかなぁ……。


「アルシェ隊長……どうしましたの、上の空で」

「現実逃避、かな」


はぁ、もう現実に引き戻されちゃったか。

さてさて、とりあえず勝てないまでも負けない手段を考えないといけないよね?

取り合えず、先の戦争後褒美として貰ったこの武器が効いてくれればいいんだけど。

背負ってるとすっごい重いし、効かなかったらこのまま山に棄てて帰ってやるけどね!


……。


その日の夕暮れ時。

僕らはかつて竜に挑んだ人達が用意したらしい洞穴前でキャンプを張っている。

残念だけど、洞穴には百人を越える人間を収容するスペースは無いんだよね。

まあ、そうなると普通は依頼人とか隊長格とかのお偉いさん方が使うのが普通なんだけど。


「おーっほっほっほ!交代で寝る方が使えば良いのではありませんこと!?」

「いいの!?本気で!?」


うん、依頼人さんの一声で交代で寝床として使わせてもらえる事になった。

……ここ最近普通じゃないお偉いさん方と付き合ってばかり。僕の常識壊れちゃいそうだよ。

勿論それはもう、ありがたい事だとは思うけどね。


「眠るときに寒くては寝られないでしょう?そう考えれば当然の事ですわ!」


それを当然と思えるリオンズフレア様。

あなた自身、それが貴族として当然の行為だと思ってるのだとしたら、

正直、普通じゃないと思うよ。


「皆、公爵様がここまでしてくれてるんだ。明日は頑張らないと駄目だよ?」


「ああ。珍しいお貴族様も居たもんだ」

「あのお嬢の為なら多少の無茶もかまわねぇよ」

「ま、何とか生きて帰らせたいと思わす程度の手腕はあるわけか……」

「踏んで欲しい」

「偽善だが、それがいい」


取り合えず、不平不満を溜め込んだ部下を宥める手間が省けるのは助かるよね。

……僕としても、正直生きて帰らせてあげたいと思うタイプの依頼人だしもっと頑張ろうかな?


「じゃあ外でただ待ってるのも何だし、ちょっと手が開いてる人は斧持ってこっち来て」

「ああ、薪か」

「飯の配給増やすならやる」

「木こり時代が懐かしいなぁ」


はいはい判ったよ、これも功績に加えておくから安心して。

作るのは薪じゃないけどね。

明日の朝までに何本くらい用意できるかが勝負だから頑張ってね?


……。


翌朝。天気は快晴、丁度いい決戦日和。

僕は指揮下の傭兵達の内、洞穴内で休ませた三十名を引き連れて、

リオンズフレア公の後を追っている。


「おーっほっほっほ!竜の巣はこの先ですわ、ご褒美は弾みますから皆さん気張るのですわ!」

「「「おーっ」」」


うん、やる気を出させる方法は理解してるみたいだね。

策を練る気が無いのは指揮官としてはどうかと思うけど、

まあ先頭に立つだけそこいらの阿呆とは違うって事かな?


「……見えてきましたわよ。火竜の巣ですわ」

「うわぁ、この大雪の中で地面が見えてるよ」


今まで腰まで雪につかりながらの行軍だっただけに歩き易くてありがたいと思う反面、

それだけの力を持った相手だって事にへこみそうになる。

……あ、もしかしてあの中心にある小さめの山は……。


「火竜ファイブレスですわね。相変わらず悠々としたものですわ」

「おっきいなぁ。あんなのと戦わなきゃいけないのか」


軽く言ってるけど、正直怖いです。はっきりいってお漏らししそう。

でもね、でもね。

隊長さんはあくまで余裕を崩しちゃいけないんだよ。

味方に不安を与えないためにね。

リオンズフレアさんもそこの所はよく理解してるっぽい。


「おーっほっほっほ!腕が鳴りますわ!」


あー違う、違うやこの人。ミスリルの槍を振り回して本当に嬉しそう。

これは本当に楽しんでる顔だよね。

根本的に考え方が違うのかも。とても付いていけないや。


「それじゃあ、僕らはここから攻撃するから後ろで見てて下さいね」

「ええ、その背中の物にも期待させて頂きますわよ。」


まあ、馬鹿正直に正面から戦う事は無いよね。

取り合えず、今は攻撃準備の時間だよ。

本格的な攻勢は、残りが合流してからにするつもりだから。

そんな訳で今朝がた雇い主に策を一つ提案。

簡単に受理されたんで僕の案のまま実行される事になったんだ。


「じゃあ、皆例の物を降ろすよ。竜の巣を中心に全員散開、包囲せよ!」

「「「「「了解!」」」」」


そう言って三人ごとに纏まったグループを作り、巣の周囲に等間隔に並ぶ。

そして、僕を含め10人が背中に背負って持ってきた切り札を組み立て始める。

幸い竜はこっちを気にもしていない。

でもそこに付け込む隙があるんだよ?


「量産試作型バリスタ、一号機組み立て完了だね!」

「二号機、三号機……八号機まで組み立て完了したみたいですぜ!」


先日の戦争で猛威を振るった巨大弓バリスタ。

聖堂騎士団側の領域奥深くに秘密裏に建造されていた砦に配備されていたそれの威力は物凄く、

トレイディア側についていた僕の調べた限りだと、守りに付いてたのは訓練不足の五百名だけ。

それで逆に歴戦の傭兵三千を逆に壊滅させたって話だから凄いよね。

しかも攻撃側の大将はうちのチーフ、傭兵王ビリーだって言うのだからこれもまた驚き。

その上守備側の大将は何とあのカルマ君だって話だし。


……ねえカルマ君。君って一体何者なの?


まあ、それはさておき。

辛うじて砦を落としたものの、

砦自体が大規模な罠だったせいでチーフは撤退を余儀なくされた訳だけどさ。

その際に砦の屋上に放置されてた壊れた巨大弓を回収したと言う訳。

無事な物は回収されてたけど、壊れたのは忘れられてたみたいだね。

でも、傭兵国家側としては正直残骸一つでも喉から手が出るほど欲しい代物だった訳で。

必死に復元を続けてようやく量産の目処が立ったんだ。

これを他国に売りつけて一儲けしたいと上は考えてるみたい。


それで、量産の為の試作品が何台も作られたんだけど、

その内10台が僕の手に渡った訳だね。

因みに幾つかある型の一つで、小さめになる代わりに三つに分解して、

背中に背負って移動できるようにした野戦用だって話だよ。

僕としては正直言ってこんなの戦争以外で使う用途が見出せなかったんだけど、

相手が竜だって言うなら話は別だね。


「設置場所は……うん、言いつけどおり地面が露出してる場所には立ち入ってないよね」

「相手の領域外から狙い撃ちできるのがコイツの最大の利点でしょう?判ってますぜ隊長」


と言う訳で僕の作戦は単純明快。

今休憩中の皆が合流したら、とにかく死なないように竜の足を止めてもらう。

その時僕らは四方八方からバリスタをぶっ放すって訳だね。

……バリスタの矢が通らなかったらもう逃げ決定。

本当は槍を用意したかったけど、それだと大赤字になる可能性があったので却下。

そんな訳で昨日は木の切り出しをして長い杭を大量に用意した訳だね。


うん、お金が無い傭兵って結構使ってるんだよこれ。

木を切り出して、先を尖らせるだけで最低限の武器として使えるから。

僕も昔は良くお世話になったからね……まさかこんな所で役立つとは思わなかったけどね。


「さて、そろそろ残りの皆も、あー、来た来た」

「そうなんですの?遠すぎてよく見えませんわ」


ふふん、こう見えても遠目には自信が有るんだ。

子供だった頃は見張り位しか任せて貰えなかったからね。必死だったんだ。

でもお陰で"鷹の目"なんて呼ばれるレベルになったんだから、

何が幸いするかなんか知れた物じゃないけどさ。


「隊長、全員到着っ!」

「よおし、じゃあ始めようか。勝てば竜殺しの称号が手に入るよ!」

「特別ボーナスも期待してくれて構いませんわ!」


一箇所に固まると火竜の炎で焼かれちゃうからね。

全員散開して接近、その後出来る限り敵の足を止める事に終始する事。

それを守れればきっと勝機もある。と思うよ。


「それと、もしバリスタの矢が完全に弾かれるようなら逃げてもいいからね」

「そうですわね。その場合はすぐに撤退して構いませんわよ」


さて、どうなりますか。

ちょっと不安だけど現状で出来る最善は尽くしたと思う……あれ?


あ、ちょっとリオンズフレア様?

何処行くの?


「私も前線に立つと申し上げたはずですけど」

「本気だったの!?それ!?えーと、取り合えず今は止めてほしいな」


取り合えず、竜を倒せても依頼人が死んじゃったら無意味どころか手配書ものだから。

暫く後ろに居てくれないと……。

さ、皆は竜の巣を取り囲んでね。多分もう気付かれてると思うから。


……。


少しして、全員が配置に付いたと言う印の狼煙が上がった。

……そして、それを合図に火竜の巣の周囲から数名ごとに分かれて皆が竜の元に向かってる。


「ガアアアアアアアアッ!」


竜が立ち上がった!

雄叫びを上げつつ一番自分に近い数名の方に歩き出している。


「よおし!試作型バリスタ一号機、攻撃開始だよ!」

「あいよっ、矢の用意できてますぜ」

「放たれると同時に弓を引くぞ!」


この量産試作型は三人で運び、三人で運用できるように考えられている。

一人が発射角度を調整、もう一人がハンドルを回し弦を引く。

そして残り一人は矢の準備をするんだ。


「角度は、こんなものかな?」

「隊長の攻撃を合図に皆動くんだから急いでくれよ!」


はいはい、判ってるって。

でもさ。正直外したく無いと思わないかな?

……とりあえずこれで当たると思うけど!


「では発射!」

「よし行った!」

「あー、これなら当たるぞ!」


僕の号令の元、最初の一発が飛んでいく。

尾羽も無いただの杭だから命中精度とかは最初から期待して無い。

けどね。あの巨体を外すのは僕の矜持が許さないんだよね。


アルシェって、弓兵って意味なんだ。

子供の時から狩りの為に森を駆け回ってた弓の申し子、それが僕。

たった一つ人に自慢できる物を……外せる訳無いよね!?


「命中!他の皆も攻撃開始したね」

「でも、あんまり効いて無さそう」

「けどちょっとよろめいたよな今」


最初の一撃は見事相手の肩に命中!

そのまま杭は硬い鱗に弾き返されたけど……うん。聞いてない訳じゃなさそう!

ちょっとよろめいたし、全く効いてない訳じゃないよ!


「よおし!このまま押し切っちゃえ!」

「「おおっ!」」


……あれ?どうしたのリオンズフレア様?

何か、難しい顔して。


「いえ、ただの気のせいですわ」

「何が?」


人の感覚と言う奴は意外と馬鹿に出来ないんだよね。

特に直感に従って生きてる人間のカンはさ。


「何と言うか、あの杭が当たった時……あの竜笑ったような気がしましたの」

「何それ?」


竜が笑った?

うーん、それって「この程度か」とかそう言うの?

それならこのまま削り続けてその笑い顔を消し飛ばせば良いだけなんだけど。


……。


「第16射、いっけーっ!」


竜との戦いを開始してからどれ位たったんだろう。

相変わらず矢は面白いように当たってるし、相手はその度に僅かによろめいても居る。

けどね。なんか、何か良くわからないけどおかしいと感じるんだ。


竜が爪を振るう。

誰かが血飛沫あげて大地に転がった。

……でもまだ大丈夫。まだ前衛だけで半数以上残ってる。

なのに何でだろう。妙な感じが拭えないよ。


「……やられましたわね」

「え?何が?」


「今に判りますわ……もう手遅れですもの」

「それって、一体?」


依頼人に何が理解できたのかは判らない。

けど、確かに押し続けている筈の僕達が、

実の所は追い詰められていると言う事には薄々感づいていた。


「それで、何が手遅れなのかな?」

「……くっ、来るっ!」


えっ、と思った時には全てが終わっていた。


「グアアアアアアアアッ!」

「「「「……!?」」」」


竜が大きく息を吸い込み炎を吐く。

だが皆には竜が息を吸い込んだら一度退避するように言ってある。

実際、今まで被害は少なかったんだ。


けど、今回は違った。


「炎を吐いたまま……回転!?」

「どうやら、遊ばれてたようですわね……」


正面の皆が退避してる内に背後の皆で一斉攻撃、これが基本戦術だった。

けど、炎が出てる中いきなり振り返られちゃ堪らないよ!


「みんな、みんな燃えちゃう!?」

「おかしいと思った理由が判りましたわ。背後への反撃に尻尾を使いませんでしたもの」


……成る程ね。遊ばれてた、か。

要するにさ。向こうにとって僕らは体の良いおもちゃだった訳だね。


「何それ?それならいっそ一思いに……」

「それは違いますわ、遊んでいたのもきっと意味があるような気がするのですわ」


意味!?

そんなもの考えてる暇は無いよ。

もうこうなった以上、僕のすべき事は出来るだけ多くの皆を生きてこの山から帰してあげる事。


「依頼人さん。残念だけどここまで。撤退するよ!」

「そうですわね……と言いたいですけど、逃げられるかどうか」


妙に自信なさげな言葉。

その意味は直ぐに判った。


「皆逃げるよ!」

「了解!」


急いで退却用の狼煙を上げる。

これ以上被害を増やさないようにバリスタで援護を……あれ?竜は何処?


「「「うわああああっ!?」」」


悲鳴、轟音。そして大量の雪が舞う。

バリスタ三号機が、砕け散っている?

……これは、まさか。


「突進を食らったようですわ。これが竜の本気、と言う事ですわね」

「……一瞬で距離を詰めたって言うの!?」


雪煙の中から竜の巨体が顔を出す。

駄目だ。あそこの三人が生きてるとは到底思えない。

これは、バリスタ隊にも撤収を指示しないと……いや、勝手に逃げるよねこれなら。


……あれ?


「皆何してるの?」

「何って、撤退準備だが!?」

「急いでバリスタ解体しないと!」


そんな事やってる場合じゃないよ?

ほら、四号、五号と次々破壊されてるし。

って、他の場所でも解体作業してるよ!?


「だってよ隊長、これ一つに幾らかかってるか知ってるだろ!?」

「そうそう、金の代わりに渡されたんだ。後で売っぱらわないと益が無ぇ!」


馬鹿だな皆。これは傭兵国家としての次期最有力輸出品なんだよ?

横流しなんかしたら傭兵続けてなんか居られないどころか消されちゃうよ?


……ああ、もう駄目だよ。

六号が壊されて七号は……あ、何とか逃げ出して。

無理だよ。背負ってたら逃げ切れな、ああっ!言わんこっちゃ無い!


みんな、馬鹿だ。

命の賭け時を間違いすぎだよ……!


「た、隊長!」

「あ、中央に展開してた皆!?無事だったんだ!」


竜の足止めをしてたみんなの内10人くらいがここまで帰り付いたみたい。

どうやら、竜が息を吸ったとき正面に居た退避組だけが生き残ったようだね。

なんていう皮肉なんだろう。正面戦闘をしてた人だけ生き残るなんてさ。

それにしても皆へとへと……ああっ、もしかして竜の狙いはそれ!?


「とにかくここは退却!装備は後で手に入れ直せばいいからとにかく急いで!」

「「「はいっ!」」」


ふと横を見ると、僕と一緒にバリスタを撃っていた二人がようやく解体を終わらせた所だった。

……これだけ残ってても仕方ないんだけどね。まあ、欲に目が眩んでるようじゃ仕方ないや。


「追いつかれたらやっかいだから、それは置いてく事」

「嫌だね!どうせこの仕事失敗なんだし、せめてコイツは好きにさせてもらう!」


ああ、そう。

ならもう知らない。


「じゃあ好きにしてよ。僕はもう行くよ……依頼人さんも急いで!」

「くっ……もう時間がありませんのに!」


それでも不利は理解できるのだろうね。

リオンズフレアさんも走り出してくれたよ。


当然僕も逃げ出した。

腰まである雪の中だけど、今まで百人で行軍してただけにヒト一人通る道はある。

その道を辿り転がるように僕達は下っていく。

……途中、背中に大荷物背負ったお馬鹿さんが一人、また一人と脱落してく。


「た、隊長……置いてくなぁ!」

「だから背中の荷物の方を置いてけって言ったよね僕!」


でも、もう気にしてる余裕は無い。

背後から迫る巨体の重圧は予想以上に大きいんだ!


「アルシェ隊長!」

「何!?」


「竜が、帰って行きますわよ!?」

「た、助かった、の?」


あれからどれだけ逃げ続けたのだろうか。

雪もいつの間にかくるぶし程度の厚さになっている。

……随分と下ってきたんだなぁ。


そんな僕らの視線の先で、竜が一度振り返って……あ、今絶対ニヤリとした!

くっそー、馬鹿にして……でも、正直助かった。

このまま追いかけられ続けてたら僕ら、

街まで竜を連れてきたって事でどんな目に遭うか判んないしね。


……。


「そういえば、どれだけ生き残ったの?」

「合流したのは結局十数名のみだな、隊長さんよ」

「……私のミスですわね」


あれから数時間くらい経ったと思う。

怪我人も多いし皆疲れてる。

何とか火を起こして今日はここで野宿するしかないや。


……皆、表情は暗い。

当然だよね。アレだけ数揃えたにも拘らず敵さんには相手にされてないわ、

折角貰った最新装備も失うわ。

任務失敗だったからお給料の方も渋くなるのは間違いないし。

あー、もう踏んだり蹴ったりだよ。


「こんな時は勇者か英雄でも現れてカッコよく助けてくれたりしたら嬉しいんだけどね」

「そこまで世の中都合良く出来てませんわよ?自分の持つ物だけで勝負するしかないのですわ」


まあ、そんな事言われなくても判ってるけどさ。

ここまで派手にやられちゃ気分も沈むよ普通。


「んで、あるものだけで勝負した結果がこれかい、依頼人さん」

「まあ、そうですわね。……責任は全て私にありますわ」


「……ふーん。そうかい」


ぞくっ、と背筋に寒気が走る。

嫌な雰囲気。

……この手の悪寒が走った時、大抵録でも無い事が起きるんだよね。


「なあ。俺達は皆命がけで戦ったんだ。それなりのご褒美貰ってもいいと思わないか?」

「いいですわ。生き延びた者達一人頭銀貨50枚、帰り着き次第払いますわよ」


「いいや、違うね!俺は、俺達は今ここで欲しいんだよ!」

「……ここで?ですけど大した手持ちはありませんわ」


いや、違う、違うよ。

……これはまずいな。出来る限り考えさせないようにしてたけど、

命の危機に瀕したせいで性的な欲求が高まってる。


「なあ、一晩俺たちの為に一肌脱いでくれないか?文字通り」

「「「……お、おおおっ」」」


あー、もう馬鹿が火を付けたせいで性欲が飛び火しちゃってる!

これじゃ、もう言葉では止まらないかも。


「「「お、俺も……」」」


ゆらりと焚き火の炎に照らされるその姿。

まるで幽鬼の様だけど、目だけはギラギラと暗く輝いてる。

……最悪だ、皆この異様な雰囲気に酔っ払っちゃってるよ。

しかも明らかに僕も狙いの内に入ってるし!


「ちょ!僕は兎も角依頼人に手を出したら後でただじゃすまないよ!?」

「……どうせ、一山幾らの命なんですよ。どうせ死ぬなら、極上物を味わってから」


いけない!

リオンズフレアさんに最初の一人の手が掛かって……


「おーっほっほっほ!舐めるな下郎!」

「ふげええええっ!?」


槍の一撃で吹き飛ばされた。


「この私を好きにしたい?馬鹿も休み休み仰りなさい!」

「……か弱いとかとは無縁なんだね、リオンズフレア様は」


どうやら心配する必要も無かったっぽいね。

これなら逆に返り討ち……あれ?


「なあ。元々俺らはアンタの無茶な命令でここに来たんだ……労いどころか吹っ飛ばすのかよ?」

「酷ぇなぁ。ここまで文句一つ言わずに来たってのにさ」

「あんたのせいで何人死んだと思う?なあ、何人死んだと思うんだ?」


「……確かに。私のせいではありますわね。けどそれとこれとは話が別では」


くっ、なまじ経験があるだけに厄介な事を!

普通の貴族なら一笑に付されるような話だけど、この人責任感じてるっぽいし。

あっ、いつの間にか囲まれてる!?


「貴様等!お嬢様を慰み者にする気か!?」


彼女の取り巻き。三人居たうち一人だけ付いてきた人が立ちはだかった。

けど、それは逆効果だよ!


「うるせぇっ!」

「うわっ!」

「そ、ソーン?大丈夫ですの!?」


取り巻きさんがドンと突き飛ばされ転がされる。

ここで命までとらないのがずる賢い所だよね。

何故って、もしこれで命までとったら罪悪感より怒りが上回るのが間違いないから。

それを無意識にやってのける辺り……慣れてるんだと、思う。


「なあ、お嬢様。アンタの短慮で死んだ連中の弔いみたいなもんさ」

「心配すんなって。野良犬に噛まれたようなもんだよ」

「これ見てくれよ、俺の腕もげちまったんだぞ?」

「痛ぇよぉ……潰れた右目が疼くんだよぉ」

「俺等を哀れと思うんなら、少しぐらい、な?」


「わ、私は……」


駄目!受け入れちゃ駄目だよ!?

その後の展開をどう考えても僕等二人生きて帰れないから!


「駄目だよ。どうせ楽しむだけ楽しんだら命まで奪って戦闘で死んだ事にするに決まってるんだ」

「そんな事は無いぜ隊長さん」

「そうそう、それにやってみれば意外と楽しいかも知れないぜ!?」


駄目だ。所詮は今回限りの付き合い、か。

傭兵隊長なんて言っても、やる事は寄せ集めの荒くれ者を逃げ出さないように監督するだけの事。

一度たがが外れたらこんなものか。

せっかく純潔だけは守り抜いてきたけど……ここまでかな。

こうなったら命だけでも助かる方向で動かないと……


「ふぉげ?」

「ひでぶ!」

「うげっ」


次の瞬間、僕等に手を伸ばそうとしていた三人の首が飛んだ。

いや、力任せに薙ぎ払われた?


「よ。何か気に入らない展開になってるじゃねぇか?」

「か、カルマ君!?」


突然僕の目の前に現れたカルマ君。

その右手には随分頑丈そうな剣が一振り。

って、え?何この展開!?


「もしかして、助けに来てくれたの!?」

「ああ、気付いてて見逃すのも後味悪いからな」

「カルマさん……その手に持っているものはもしや」


ふと横を見ると、リオンズフレア様が呆然とカルマ君の手にした物を見ていた。

右手は剣。そして左手には……酒瓶?


「まさか、万能の薬が酒とは思わなかったぞフレアさん?」

「い、一体どうやってそれを手に入れたんですの?」


「いや、竜が巣を離れた時にこっそりと拝借した」

「空き巣狙い!?そんなのアリなのカルマ君!?」


ニヤニヤしながらカルマ君は酒瓶をリオンズフレア様に渡した。

あ、横に居る妹さんは戦場でスコップ振り回してたあの子……。


「ほれ、"魔王の蜂蜜酒"だ。これを持って帰るといい」

「まだ栓の抜かれてないのがあったとは驚きであります。大事に使って欲しいであります!」

「あ。ありが、とう……ございますわ」


魔王の蜂蜜酒?聞いたことがある。

確か、かつて世界を荒らした魔王の愛飲していたお酒で、

魔力回復や病魔退散に凄い効果があるんだって。

魔法使いや酒豪、大貴族にとっては所有してるだけで箔が付くといわれてる代物。

しかも味は絶品で、とろけるような味わいと芳醇な香りが瓶の外まで漂ってくるとか何とか。

その為取っておいた酒が無性に飲みたくなり、今では開栓前の物は殆ど残って無いらしいね。


……かつて大陸中に生息してた巨大なミツバチの魔物が作るらしいけど、

そのお酒のためにミツバチの巣はあらかた襲われ今では大陸中何処に行っても見る事は無い。

以上の事情のお陰で今では幻の美酒として凄い値段が付いてるんだ。


「まあ、取り合えず仕事は完了だな……後はこいつ等に制裁加えるだけか」

「う、うるせぇ!いいところで邪魔しやが、グハッ!」


あ、派手に蹴り上げた。

凄いなカルマ君は。一応今蹴り飛ばされたの、傭兵としては実力派で知られる男だよ?


「嫌がる女に手を出すとか何考えてるんだ?」

「いい子ぶるな!お前だって同じ立場ならそうするだろ!?」


「いや、俺にそんな度胸は無いな」

「え?度胸?そういう話なのか?」


……あ、皆固まった。

ついでに僕も。


「俺にはそんな事する度胸は無い。よってお前等にもそれを強要させてもらう。悔しいから」

「……兄ちゃん、そこは格好付けてか弱い物は守るとか言うべきとこだろ……」


「やかましい!俺だって健全な成人男子。飛びつきたくなる事もある。だがそんな度胸は無い」

「だからって、俺たちのやることを邪魔する権利なんか無いだろ!?」


いや、そもそもそんな事する権利自体が無いと僕は思うけど?

でもカルマ君の答えは僕の想像の斜め上を行った。


「俺が出来ないのに他の奴がやるなんて不公平だと思わないか?」

「何その論理?」


「いいから死んでろ」

「ぐはぁっ!」


そんな訳の判らない論理で切り殺されてく生き残りの皆。

まあ、襲われかかった身の上としてはもう死のうが生きようがどうでもいいけど。


「「「す、スイマセンっす!もうしません!」」」


半数ほど首を飛ばされてようやく皆大人しくなる。

総員青ざめた顔で土下座してるね。

ま、なんだかよく判らないけど、取り合えず危機は去ったって事で良いのかな?


「とりあえず、ありがとねカルマ君」

「……私は……私は」


あれ、依頼人さん?どうしたの暗い顔して。

まさか、あの連中の戯言本気にしてる訳じゃないよね?

そもそも傭兵なんて死んで何ぼ、殺して何ぼの存在なんだし。

別に気に病む必要なんか無いんだけどね?


「私のやった事は結局無意味だったのですわね」

「そうでもないぞ?あんた等の戦いで竜が巣を空けたから俺も酒を盗み出せた訳だし」


「……でしたら、別に私のせいでは無いと?」

「まあ、無茶な計画だったのは間違いないが……それであんな目に会う必要は無いだろ」


そう、カルマ君の言う通り。

そもそも今回のような事件は結構多発してると思うけど、

それを認めてしまえば傭兵と言う職業自体が廃れてしまうだろう。

それはそれ、これはこれ、だと僕は思うよ。


「おーっほっほっほ!良かったですわ、私は間違っていませんでしたのね!」

「……いや、出来ればもう少し死人の出ない方法を考えて欲しいよ」

「全くだ。アルシェも大変だったなぁ」



判ってくれるの?カルマ君は優しいな。

……もう一度、ありがとう。と言わせてもらうね。


あ、そうだ。

それどころじゃないか。


「でもさ、目的の品がある以上ここから早く移動しないと」

「何故ですの?」


「だって、宝物取られて竜が追いかけてきたらどうするの?」

「それは無いであります」


「アリスちゃん?どうして無いと言い切れるの?」

「だって……」

「竜なら殺したぞ?」


ぐしゃ、ってね。

生き残り全員がずっこけたよ。勿論僕も。

だって、しょうがないと思わない?


「ど、ど、どどどどどうやって!?」

「あの竜をどんな方法で葬ったのか、教えていただけますわね?」


僕等は当然詰め寄ったよ。

そしたら、カルマ君は面倒くさそうに語り始めたんだ。

その竜の最後とカルマ君の戦いをね。


……。


≪side カルマ≫

走る、走る、走る。長い坂道を巨大なアリが走る。

俺はその背に乗って、長い地下道を駆け上がっていた。


「アリス!追いつけると思うか?」

「わかんないであります!とにかく急ぐで……あ、駄目であります」


ぴたりと歩みを止めたアリス。

俺も一度立ち止まりアリスの方へ向かう。


「駄目とはどういう意味だ?」

「出入り口が塞がれてるでありますよ!」


「なんだって!?」


さて、置いて行かれた事に気付いた俺はアリサ達に命じて作らせていた万一の備え、

その片割れであるこの地下通路を抜けて追い付くつもりで居た。

本来は撤収する時の為の物だったが役に立つなら使い方はどうでもいいと思う。

だが、その出入り口に問題が発生した。


「出入り口付近で寝てる人が居るでありますよ。それも沢山」

「……兵の休憩所にされたか。この洞穴」


出入り口は壁に偽装され、見つかるとも思えないがこちらから開くなら話は別だ。

しかも相手は傭兵の上、雇い主は他ならぬフレアさん。

口封じが出来ない以上、無理をする事は出来ないな。


「全員が出て行くまでこっちも出入り出来ないであります」

「他の場所に出入り口を開けないか?」


アリスはうーんと考え込んだ。

そして、アホ毛型触覚をピコピコさせてアリサと通信開始。


「了解であります。丁度いい出口を思いついたので今から掘るでありますよ?」

「よし、頼む」


善は急げだ。

俺は一度山の中腹辺りの地下に用意した休憩所に移動、仮眠を取る事にした。

新しい出入り口は一眠りしてる内に出来ると言う話だったので一休み出来ると踏んだのだ。


そして……。


「にいちゃ?にいちゃ!起きろであります!」

「んー?どうしたアリス?」


「もうお昼でありますよ?」

「なんだってーーーーっ!」


俺は見事に寝過ごしたのである。

既に随分前に戦闘が始まってしまったと言う。

俺はアリに飛び乗ると、急ぎ新しい出入り口とやらに向かった……。


「そういや、もう前の出入り口使えるんじゃないか?」

「そっちより近いから無問題であります」


頭上から僅かに振動が聞こえる。

これは激戦だな……。

出来れば戦闘開始前に合流したかったがそうも言っていられない。

そして、出入り口から顔を出した俺が見た物は……火竜の巣。それもど真ん中だった。


オイオイこんな所に入り口作っちゃったのか?

とは思う物の、何か様子がおかしい。


「あれ?竜が居ないぞ」

「あ、追いかけられてるでありますね」


何、と思って地下道から這い出ると、はるか視界の先に赤い物が蠢いている。

多分竜の背中だ。


「もう、負けたのか」


既に味方は撤退中。

これでは勝ち目も無いだろうな、と思った俺の背中に声がかかる。


「にいちゃ!にいちゃ!お宝どっさりであります!」

「おお、これは……」


竜の寝所と思わしき巣中央の盛り上がった大地。

その周囲を沢山の光り物や珍しい宝物が飾り付けていた。


「そういや、別に倒して持ってく必要は無いんだよな」

「で、ありますね」


……ふと遠くを見ると、竜は楽しそうに何かを追いかけている。

うん、やるなら今だな。と、そういう風に思った。


「よし、どれが薬か判らんし……片っ端から持って行け」

「あいあいさー、皆、根こそぎ持ってくであります!」


ごごごごご、と穴から蟻が這い出し、

バケツリレー方式で次々と周囲の金目の物全てを掻っ攫っていく。

……まあ、どれが薬かは判らんが全部持ってけば当たりが入ってるだろ。

そんな風に考えていた訳だ。


……。


「なあ、まだ終わらないのか?」

「予想以上に量が多いでありますね」


さて、あれから暫くして……蟻達の総力を持ってしても未だに全ての宝を運び出せずにいる。

輸送力はあっても急造の地下道は狭く、余り効果的に宝物を運べていないし、

そもそも薬がどれだかわからない為、壊さないようゆっくり丁寧に運ばせているからだ。


……しかも、さっきから山の下の方を監視してるが、段々と赤い点が大きくなって来てやがるな。


「おい、竜が帰ってくるぞ?」

「むむむ。まだ暫くかかるでありますね」


そうか。

ここで切り上げると言う選択肢もあるが、

万一これで薬を運び損ねていたとしたら……もう二度と手に入れるチャンスは無いような気がする。

かといって、運び出してる最中を見つかりでもしたらと思うと気が気でない。


「……足止めしてくる、か」

「それしか無いでありますね」


既に竜は己の領域近くまで戻っている。

兎に角少しでも長く竜の足を止めておかねばならないな。


「アリス。ここは一般蟻に任せ例の物の準備をしろ」

「あいあいさー。にいちゃはどうするでありますか」


「……竜の足止めに決まってるだろ」



さて、凶暴な火竜との足止め。

という名の決戦と参りますかね?


……。


『竜よ、何処に行っていた?再戦の申し込みをしに来たんだが』

『人の子よ……残念だがお前の仲間は追い散らしたぞ?』


未だ腰までの雪の残るエリア。

その雪を口から吹きつけた炎で溶かしながら進む火竜ファイブレス。

その脇から俺は竜に声をかけた。

……万一帰還する方向からやってきた場合、何かしたのではないかと勘ぐられた時に困る為だ。


『みたいだな。だが俺は今回単独で来たんだ。竜よ、お前に挑む為にな』

『あれだけやられてまだ懲りぬか。愚かしい事よ。だが、こちらとしては退屈が紛れて良いがな』


ニヤリと竜が笑う。

俺もニヤリと口元を歪めてやった。


『負ける気は無い。あの時俺達の提案を受け入れなかった事、後悔してもらうぞ!』

『その言葉そっくり返す。繋がった命を粗末にした報いを受けてもらおうか』


その言葉に被せるように、竜の尻尾が鞭のようにしなる。

予め強力で強化された脚力から繰り出されるバックステップで辛うじて回避に成功。

だが、判りきった話では在るが当たっていたら無事では済まなかっただろう。

なぎ倒され、暫く宙を舞っていた樹木を見ると改めてそう思う。


『早いな。人とは思えぬ』

『ありがとよ、お褒めに預かり光栄、だ!』


全速力で彼我の距離を詰め、親父の形見だと言う剣を抜き放つ。

さて、呪われてるという話だけど材質は鋼、今までの量産品の鉄の剣よりは切れ味もいいだろ?

その腹、もう一度切り付けさせて貰おうか?


ファイター、振りかぶって第一撃……斬りました!

ドスッ……って、何この音。


『ぐっ!?……むむ、その剣の刃。潰れておらぬか?』

『え、嘘……本当だーっ!』


全体重をこめた渾身の一撃だが相手の腹の皮を突き抜ける事は相変わらず無かった。

それは仕方無いとして……刃が潰されてる?何それ?

普通の相手ならいいけど、これだけ装甲の厚い相手だと刃が通らないと思うんだが。

親父、何考えてやがる!?

しかも、今気付いたけど柄を持ってるだけで何か少しばかり脱力感漂うと言うか。

……もしかして生命力吸われてないかこれ!?

スチール製のスティール(吸収)な剣なのかよまさか!?


『……何故剣を鞘に収める?』

『えーと、次は魔法でお相手する』


そんな馬鹿な代物使ってられるか!

ええい、ならば魔法だ。魔道書内より新たに覚えた新魔法でも食らっておけ!


『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』

『むうっ!?』


俺の叫びに合わせるかのように、突如黒雲が頭上に集まり、そこからイカヅチが降り注ぐ!

雷とカミナリをかけたと思われるこの一撃ならどうだ!?


『……甘露甘露』

『効いてねぇ!と言うかさっきより鱗の輝きが増してるような!?』


雷撃でも駄目か!?

一体なんだったら効くって言うんだ!


『ふむ。どうやら知らぬようだな。……竜とは魔力の塊。魔法など効かぬ』

『え?例えば苦手そうな氷とか水とかでも?』


『当然だな。我が皮膚や鱗は触れた魔力を己の取り込みやすい形に変換する。故に効かぬのだ』

『ジーザス!なんてこった!?』


あはははは、これは参った。

自分の属性だけでなくそれ以外だろうが魔法であれば効果無しな訳だな?

と言うか、それってあの硬い鱗を纏った巨大生物を倒すには、

物理的な力で何とかするしか無いって事じゃないのか!?


『ふふふ、大体考えている事は判るぞ?その通り、竜を殺したくば力で上回らねばならん』

『種族的に一番得意そうな分野だと思うんだがね?』


やりきれないな。それに洒落にならん。

これが最強の最強たる所以か。


『ふはははは!そういう事だ人の子よ。貴様の勝つ見込みなど万に一つしか無い』

『お、一万分の一で勝てるのか、それはありがたい』


まあ、諦めるつもりは無いぞ?

俺は再び剣を抜くと竜の正面に立ちはだかり、構えを取った。


『我に正面から挑むか。その意気たるは良し!だが、愚かなり!』

『かかって来いやああっ!』


襲ってきたのは太い竜の尻尾。

だが、今度は逃がさんとばかり俺の側面で跳ね、頭上から振り下ろされる!


『うぐっ!?』

『は、ははっ……どうやら刺すのには使えるみたいだな』


竜の尾から血が迸る。

俺の剣は尻尾に根元まで深々と突き刺さっていた。

どうやって?

それはもう、振り下ろされる尻尾に対し垂直に合わせて突き上げたに決まってる。

竜は己の力で尖った鉄塊に尻尾を振り下ろした、そういう事だ。


ん?何か違和感が。

何と言うか全身に力がみなぎるような。


『ぐ、ぐぉおおおっ!やりおったな貴様!』

『って、おおっ、おおおおっ!?』


再び竜が動き始める前に剣を抜いた俺に対し、

今度は竜の爪が襲い掛かる!

再び剣を垂直に立て、今度は竜の掌を俺の剣が貫いた。

が、竜は笑っている!?


『ふん。この程度の痛みが何だと言うのだ……このまま握りつぶしてくれる!』

『う、うわあああっ!?……あれ?』


掌に剣を突き刺した俺は当然竜の手に挟まれる形になっている。

ファイブレスの狙いは例え剣を突き立てられても、そのまま俺を捕まえられればそれでいい、

そういう事だと思ったんだが。


『随分ソフトタッチだな』

『ち、力が入らぬだと!?』


竜の指は俺を確かに掴みあげようと蠢くものの、全く力が入っていない。

片手で指を開き、剣を抜いて竜の手から脱出した俺は、

今この戦闘で起こっている異常事態について思いを馳せていた。


『どうした、竜よ?随分余裕だが』

『う、うるさい……少々力が入らなくなっただけだ』


竜がにじり寄る。

だが、俺は気付いてしまった。

竜の足元、その指が一本満足に動いていない事に。


『その脚の指、どうかしたのか?』

『貴様に刺されてから調子が悪いだけだ。後数日もすれば元通りになる』


ああ、そうか。

そう言う事か。

成る程、これは確かに魔剣というに相応しい。

剣は俺の命を吸っている。

それに何時もに比べ魔力の回復速度も遅い。


けど、竜の体に剣が食い込んだ時、確かに俺は体力が回復する感覚を得た。

こいつは……竜の命を吸い取ったんだ!

更に、良く刀身を見ると明らかに刃が研ぎ澄まされている。

淡い光が刀身の外側に力場の刃を形成しているのがわかるが、

その淡い光の出所は……恐らく竜の魔力そのもの。


他者の命を吸わねば使用者の命を削る魔剣。

だが、一度敵の命を吸えば刀身はどんどん研ぎ澄まされ、

さらに敵から強奪した命を使用者の命に加えるというオマケつき。

……一度鞘から解き放たれたら最後、誰彼構わず命を吸い続ける。

これが魔剣と言わずして何なのだろう。

親父、前言撤回だ。最高だよアンタ。凄ぇもの残してくれたじゃないか!

それに、それにだ。


『竜って奴は……魔力の塊だって言ってたよなファイブレス?』

『ぬう、体が、体の自由が利かぬ!』


僅かに鈍った動きに乗じて、剣が腹に吸い込まれる。

その後引き抜かれた剣が片膝を砕く。これで満足に動けまい?


『だったら、竜の全てである魔力を奪われたら……体も動かなくなるわな?』

『何!?……まさかそれは……魔王の宝剣が一振り、ヴァンパイヤーズエッジの眷属か!?』


続いて脚の付け根、更にふくらはぎを切り裂いた。

そして再度腹に一撃、但し今度の攻撃は腹を切り裂き内臓まで届く損傷を与えたはずだ。


『いや?うちの母親はスティールソードとか言ってたっけ』

『やはりな……かの者の離反に際し持ち出され勇者ゴウの手に渡ったあの呪われし剣か!』


おー、元は魔王の持ち物なのかこれ。

いやあ、RPGではお約束だけどね。ラスボスの城に最強の武器があるってさ。

まあ、なんにせよ強力な武具みたいだし嬉しいね、これは。

だが巡り巡って行き着いた先がとある兵士崩れの農夫の家とは、魔剣もさぞ嘆いていた事だろう。


そらっ、今度は首だ!


『全ての竜殺しの剣(ドラゴンキラー)が始祖!おぞましき魔剣!ようやく見つけたぞ!?』

『と言いつつ、あんたは既に追い詰められている訳だが』


既に今までの攻撃で剣の放つ光はかなり強くなっていた。

もしやと思い弁慶の泣き所を斬りつけてみると、上手い具合に骨ごと真っ二つ。

立って居られなくなった竜は無様に地に伏せる羽目となった。


『ぬぐっ……そ、それを破壊すべくこの地で探し続けていた……まさか目の前にして!』

『成る程、道理で火竜が火山でもないこの雪山に住み着いてた訳だ』


そんな事を言いつつ今度は倒れた竜の脳天目掛けて剣を振り下ろし、

……まだ無事だった片腕に防がれた。


『流石は竜。もう殆ど身動き取れないだろうによくもまあ』

『うぐ、ウアアアアアッ!?腕の、腕の感覚が消えた!我が腕は何処だ!?』


恐らく今まで殆ど見た物など居ないであろう、地をのた打ち回る竜の姿。

先日あれだけボロボロにされた相手を逆に蹂躙する感覚に思わず凄惨な笑みが浮かぶ。


『もういいだろ?そろそろ観念しとけよ』

『う、う、うわああああああっ!』


既に攻守は逆転していた。

竜は最後の力を振り絞り、己のテリトリーに向けて残った片足を叩きつけ、地を蹴った。

……速い!まるで山が飛んでいるかのようだぞ!?


って黙ってる場合じゃない。追いかけないと。

くっ、加速を使ってもじわじわ離されるだとっ!?


『ぐ、寝所に帰り着けば"魔王の蜂蜜種"がある。魔力さえ回復すれば貴様など……!』

『まさか、例の薬か!?』


『ん?ああ、そうだな、万能の薬でもある……貴様などにやってたまるか!飲み干してくれる』

『くそっ!ここまで来て……!』


ここで回復されたら再逆転されてしまう可能性は大いにありえる。

しかも、探しに来た薬を使われちまったら何の為に来たのか判りやしない!


だが、俺の心配は杞憂に終わった。

竜は己の寝所で呆然と立ち尽くし、そして力尽き、倒れた。


『わ、わが宝が……何も無い!?』

『えーと……ご愁傷様、だな。』


どうやら蟻達は運び出しを終了したらしい。

既に火竜の巣中央、竜の寝所はただの盛り上がった大地でしかない。

そこを飾っていた数多の宝物は、既に俺の懐の中だ。


『おおっ……ああっ……何故、何故だっ!?』

『知る必要は無い。お前は今日ここで消える』


初撃こそ転がって回避されたものの、お陰でむき出しになった腹を蹴り、

胸元の中央、心臓目掛けて剣を突き刺した……!


『な、なんだと……』

『本当に、魔力の塊なんだな』


心臓を破壊した、その瞬間竜の肉体が崩壊を始める。

そして俺の手にはいつの間にかソフトボールほどもある巨大な宝石が握られていた。


『何だこれ?』

『我が核……心臓だ。……それが実体化したという事は我が命運は尽きたという事か』


崩れかけた竜の肉体は急速に生命らしさを失い、ただの土塊と化していく。

だが、心臓を失う前に剥がれ落ちた鱗はそのままだ。

そして俺の手にある巨大な宝石……竜の核。何かの魔力媒体か?


『今少し話がしたいのでな。肉体の維持を止め核を失った分を補っておるのだ』


成る程、体を構成していた魔力を意識の維持に回し始めたか。


『竜とはそもそも偽りの命。……主君の命ではなく、自由に生きたかった。我等の願いはそれだけ』

『竜ってのは魔力の塊……魔法そのものだったのか』


もう助からないと思い、達観したのだろうか。

火竜は予想以上に静かに語り始めた。


『そも、我等は魔王と共に作られし魔法の制限者』

『我が製造者の望みは魔法を乱用する物を探し出し、排除する事』

『かつての轍を踏まぬ為、我等は創造された』


『だが、製造者を含む魔法文明もまた、過去の例に漏れず滅んだ』

『そして我等はその後の事に付いて話し合った』

『結果、我等は主君の死を契機に自由に振舞う事とし』

『魔王はかつての主君の命を忠実に守り、魔力を濫用する者が現れた際には処置を続けた』


『だが、均衡は破られる』

『二十八年前。遂に魔王は敗北し、魔を制限する機構は崩れ去った』

『我等は魔王の眷族とされ、人は我等を狩り始めた』

『我等が心臓は強大な力の源。それを巡って絶対に争いが起きるであろう』

『そして、争いは更なる力を欲し、更なる力はそれを上回る力を人に欲しさせる』


『今、世界は滅びに向かっている。さあ、貴様はそれを知ってどうする?』


うーん。長い話だったな。

要するにだ、この宝石は竜の心臓であり、強力な魔力媒体な訳だな?

それこそ国とかが欲しがるようなレベルの。

んで、それを手にした俺は当然国とかから狙われると。そういう事だろ?


しかも、それに対抗し続けてると敵も新しい力を用意してきて最終的に世界が滅ぶぞと。

他人にくれてやっても争いの元になるのは変わらないだろうしな。

まあ、この竜の意図としては『お前の軽率な行動が世界の滅びを呼ぶけどどうすんだ?』

と言う所だろうな。まあ一種の意趣返しだ。

これを聞いて深刻になる俺が居ればザマアミロと言う所なんだろう。


『さあ、どうするかな人の子よ?』

『いや、どうもしない……滅ぶなら滅ぶだろ』


『……は?』

『いや、だからどうもしない』


それにさ、かつての世界が滅んだのも多分幾つかの派閥に分かれて


「世界滅ぶから節制しよう。君のとこのあれも止めてね」

「嫌だ。むしろ君のとこのアレを……」


そんな感じで進んでいって挙句戦争で滅んだとかそういうのだろ?

そんな風に聞いてみたら竜は目を見開いてた。

……どうやら当たりだな。


『だったらほっとけ。何、責任擦り付ける相手がいなくなったら勝手に対策立て始めるさ』


それが出来なきゃ本当に滅ぶだけだし、

そのために俺の人生無駄に使う気なんかさらさら無い。


『だが、我が心臓を持つ限り争いからは逃れられんぞ?』

『じゃあこうするさ』


俺は竜の寝所の傍に心臓を置いた。

ついでに倒した証拠が必要だろうと無事に残っている竜の頭から角を切り出し

それだけじゃ何なので、ファイブレスに断りを入れ、片目を貰っていく事にした。


『誰かが何時かそれを拾う事だろう。問題の先送りだな』

『だろうな。と言う訳でアリス!やれ!』


その俺の言葉に反応するかのように、山頂当たりで轟音が轟く。

……アリスと配下の蟻達が山頂の雪を派手に崩した音だ。


「じゃあな!ファイブレス!」


そして俺は走り去った。

……その数分後、火竜の巣周辺には大規模な雪崩が押し寄せ、

竜の体を砕きながら山の裾野にまで突き進んでいったのである……。


……。


「と言うわけだ」

「じ、じゃあそんな凄い竜の心臓って言う宝石は、もう雪崩の下なの!?」

「勿体無い、ですわ」


以上を幾つか俺にとって不都合な部分を改竄しつつアルシェやフレアさんに伝えてみた。

具体的には俺の剣は本当に竜殺しの魔剣であり竜を圧倒した事。

けれど、念のためにアリスに起こさせておいた雪崩のせいで、

竜の心臓は落としてしまった事にしておいたのだ。


本当は蟻に回収させたけどね。


「それにしても、竜を圧倒って……話半分でも洒落にならないよ?」

「でも、この瞳。一度博物館で見た竜の瞳そのものですわよ?」

「まあどっちでもいいだろ?目的の品は手に入ったし」


それに、この剣と竜と言う種族の相性が良かっただけだ。

最初に傷一つつけないと性能を発揮しない剣な訳で、相性の悪い敵も数多居ると思われる。

……やっぱり普通の武器も必要だよな。


「「「「り、竜殺し……竜殺しを敵に回していたのか」」」」


哀れな馬鹿どもがガクブルしているな。

まあ俺の目の前で気に入らないような事するからだ。

それでも命までとらなかったのはこれで俺もAランクの冒険者になる事が決定したから。

気分がいいから恩赦だぜ!なんて偉そうな事言ってみたり。


「と、取り合えず帰りましょうか?私も帰国準備したいと思いますし」

「そうだな。あ、俺もマナリア行くんで出来れば連れてってくれないかフレアさん」


「え?ああ、判りましたわ。貴方でしたら喜んで同行させて頂きますわよ」

「助かる。ちょっと野暮用があるんでね」

「野暮用で国境越える人、僕始めて見たよ」


うん、でも人一人の命がかかってるんでね。

弟子の事なんで文字通り他人事じゃないのさ。


「……時にアルシェ隊長?」

「はい?なんですかリオンズフレア様」


「此度の部下の狼藉、一体どうやって責任を取って頂けるんですの?」

「ええっ!?そこで僕に振るの!?」


何か知らないけど突然フレアさんがとんでもない事言い出したぞ?

いや、確かに責任問題としては隊長のアルシェの責任になるんだろうけど、

一緒に襲われてた訳だし許してやって欲しいとこだが。


「ですので引き続き、私が帰国するまでの警護を引き受けなさい?給金はお支払いしますわよ」

「そ、それで済むなら喜んで!……で、あいつ等の方は」


「とりあえず牢に放り込みますわ」

「「「「「ががーん!」」」」」


いや、仮にも一国の公爵家当主。しかも雇い主を襲ったんだぞ?

首が繋がってるだけ凄い温情だと思うが。

おや、この期に及んでまだ文句言いたげな奴が居るぞ。


「な、なんで俺達がそんな事されなきゃならないんだ!?」


「あー。よりによって君、首謀者じゃない?僕、正直殺意が沸いてるんだけど」

「しかも思い出せばこの方、一人で"俺達"なんて騒いでましたわよね」


生き残ってたのか首謀者!

しかし薮蛇だな。二人の表情が洒落になって無いぞ?

まあ、この二人が許しても余罪有りそうだし俺が潰すが。


……あ、その必要が無くなった。


……。


まあ、そんな訳で翌日。

俺は新しい冒険者総合Aランク(詳細ABB)を引っさげマナリアへと旅立ったのである。


「さあ、馬車を飛ばしますわよ!?多分半月もあれば着きますわ!」

「ええっ!?普通一ヶ月かかるはずじゃあ!?」

「多分、馬車馬を使い潰す気だな」


「まさか、街ごとで馬車を乗り換えるんですわ。潰れる前に交代させれば良いだけですもの!」

「「「お嬢様ですがそれでは馬代がかかり過ぎます」」」


「おーっほっほ!細かい事は良いんですわ!今は時間との勝負、多少の出費は構いませんことよ!」

「「「ははあっ!」」」


「すごいね、お金持ちって」

「いや、必要があればやってもおかしく無いだろ?」


「え、そうかな?」

「その通りですわ!お金は使い時を間違え無い事が大事なのですわよアルシェさん?」


どうにも騒がしい同行者一行と共に。


正直蟻の地下通路が後数日で出来上がるので、それを待って直行した方が早いのだが、

不法入国を怪しまれる訳にも行かない。

よって一度は正規の入国をしておかないといけないのだ。

これを考慮した上で、身元の確認でこれ以上無い連中と共に移動する事にした訳だ。


「さ、いきましょう。急がなければいけませんわ」

「ああ、その通りだ。急ごう」


……ルン、待ってろよ。今行くからな。

辛いだろうがもう少しだけ我慢してろよ?


***冒険者シナリオ9 完***

続く



[6980] 30 魔道の王国
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/06 10:03
幻想立志転生伝

30

***魔法王国シナリオ1 魔道の王国***

~世界一はた迷惑な勇者様~

《side ハピ》

それは何時もと変わらない日常の朝。

今日もまた何時も通り、商売に明け暮れる一日が始まります。

ですが、その事がどれだけ嬉しいか。

私の気持ちを共有できる人間は殆ど居はしないでしょうね。


「さあ、皆さん。今日も一日頑張って下さい」


私の声に従い、十名を越えるスタッフが忙しそうに動き始めました。

ここはカルーマ商会のマナリア商館。

そして、直接小売も行うカルーマ商会のマナリア支店でもあるのです。


私は総帥からの要請を受けて、この支店の運営を任されています。

建物はこの為にわざわざ新築し、地上五階の威容を誇ります。

……その代わり敷地は余り広くありませんが。

ですがここが私どもの、この国における大事な拠点である訳です。


「支店長!海産物の荷が届きました!」

「判りました。マナリアも山岳地帯で海産物には飢えています。よって前面に押し出しなさい」

「はいっ!」


「支店長。書物のコーナーが昨日売れに売れ、随分寂しくなってますが?」

「入荷は明日以降です。今日はコーナーの縮小で対応しましょう?商品再陳列、急いで下さい」

「了解です!」


毎日忙しく、休みを取る所では無いめまぐるしい毎日。

ですがかつてサンドール王宮で文官の名の下に雑用係としていいようにこき使われていた頃とは、

比べ物にならないほど充実した日々を送っております。

さあ、今日もいい天気ですし……総帥と私どもの未来の為、今日も頑張るとしましょうか。


「カルーマ商会、本日も開店です!」


ドアの鍵を開けると、黒山の人だかりが押し寄せてきました。

今日も沢山のお客様が我先にと詰め掛けてくれていますね。ありがたい事です。

……さて、問題はあの方。今日はいらっしゃられますかね?


ああ、居ました。今日も居ましたよあの方……。

昨日仕入れたばかりのスカーフを穴が開くように見つめていらっしゃる。

全く、困った物ですね。


「あら~。店長さんこれ、頂けないかしら~」

「流石お目が高い。そのスカーフは高級絹織物でして銀貨5枚になります」


「う~ん。ちょっと手持ちが足りないわ~。後でお金は使用人に持って来させますね~」


はぁ、やっぱりですか。

全く、これだから勇者と言うものは始末に終えない。


「お客様困ります。本店は代金直払いでのみ商品をお渡ししておりまして」

「ぶ~。そんな意地悪言わないで欲しいです~、店長さん意地悪~」


全く。ルンさんはあれだけまともな思考の持ち主だというのに、

その母親がこれだとは……世の中は不思議で一杯ですね、本当に。

容姿は生き写しなだけにその差異が嫌と言うほど引き立ってしまいますよ?

しかし、まあ能天気そうでうらやましい限りですね。


「再度申し上げさせて頂きますが、本店は代金引換のみ、例外は認められません」

「む~。判りました~だったら~こんな物要らないです~!」


あ、これは拙い。

癇癪起こす前兆ですね。

止めなくては商品が台無しになってしまいます。


「ルーンハイム公爵夫人?大人げ無い事はしないで頂きたいですね?子供ではないのですよ?」

「え?な、何言ってるんです~?私スカーフ間違って破こうとか考えてませんよ~♪」


それは絶対に嘘です。

本当なら人の目を見て話をして頂きたい。

と言うか、何も言って無いのに勝手に白状しましたねこの人。


本当に、まるで子供。

思い通りに行かないと直ぐに癇癪を起こしますし、

しかも実力的に常に凶器を持ち歩いているようなもので始末が悪過ぎです。


「あ~!こっちのウサギさんも可愛い~」

「あ、ちょ、こちらの商品はどうするので……行ってしまいましたか」


散々手で捏ね繰り返したせいですっかり皺になってしまったスカーフ。

それをポイと手放して、今度はウサギのヌイグルミに目を輝かせる女性が一人。

考えたくもありませんが彼女こそルーンハイム公癪夫人、マナ様。

かつて五大勇者最年少であった勇者マナ……の成れの果てですね。


「ん~♪この果物おいしそう!いただきま~す」

「お!お客様?食べるのは代金を払ってからにして下さいよ!?」


何時も暇をもてあまし、盗賊退治や魔物退治の日々。

それでも暇が潰しきれない時は、こうして商店街を荒らし……いえ、遊びに来るのです。

アレで全く悪意が無いというのだから困ったもの。

それに自発的に魔物退治などを続けている上、現王の妹と言う立場もあります。

実の所、今でも名声は意外なほど高いのですよね。

そんな訳で誰もあの方に意見も出来ず、

子供の精神のまま30歳を越えてしまった不幸な方が出来上がってしまったと言う訳です。


ですが、少々度が過ぎるのではないでしょうか。

我がカルーマ商会は一応サンドールを本拠地とする商会。

よって国外勢としての利点を生かしきり、あの方の猛攻から被害が出ないよう奮戦しております。

しかし、国内の小売業は悲惨のひと言。

気に入った物は勝手に持って行ってしまう上、代金の払い込み忘れもしばしば。

先日も……おや、今目の前を通りかかったのはルーンハイム家の侍従、青山さん。

今日も主君の尻拭いとはご苦労な事ですね。

行き先は、近くの雑貨屋さんですか?


「申し訳ない。奥様が持って行かれた置物、結局お気に召さなかったようですのでお返しします」

「……頭が欠けてるじゃないか!全く……ま、金払えとは言わないよ、どうせ持って無いだろ?」


「お察しの通りです。大変申し訳無い」

「……とにかく帰ってくれ。あんたらの顔なんて見たくも無いんだ」


「まあ!それは一体どういう意味~!?」


よりによって一番聞こえてはいけない方に聞こえている!?

……皆さん、一時閉店準備、急いで!


『ど~の~魔法にしよ~かな~。神~様~の言うと~り~』

「うっ!マナ様!?いえ、別に他意は無いんです!本当です!信じて下さい!?」

「お、奥様!魔力をお鎮め下さい!通りが吹き飛んでしまいますぞ!?」


これは拙い!

我が商会含め周囲全ての店舗が雨戸、と言うか鉄板を急いで降ろします。

こうでもしなければ生き残れない。

それがこの街の法らしいです。恐ろしい事に。


がたがたと一斉に商店街の露店も撤収していきます。

買い物客も慣れた風に物陰に隠れていますし、これがこの街の日常なんですよね。

……正直、ありえないと思うのですが。


「駄目なの~?む~、皆で私の事虐める~…………あ、この髪飾り可愛い~」

「え?あ、あのそれは……」


「頂戴~?」

「え、ええ……ええ、判りました……ど、どうぞ」


「わ~い!ありがとうね~」

「いけません奥様。彼等にも生活があるのですよ?勝手に商品を持ち出されては」


「でも家の金蔵にお金はもう無いのよね~。あ、お兄様から頂いてきましょう~♪」

「いけません!それだけはいけません奥様!?」

「さ、差し上げます!それ差し上げますからどうかそれだけはご勘弁下さい!?」


……もう見ていられない。商売に戻ろう。

あの雑貨屋さんも気の毒な事だ。

黙っていれば持って行かれるし、金払えといえば国庫から持ち出される。

……しかも国庫からの資金の場合、後で国王の兵が回収に来るし、

手間をかけさせるなと逆に店主が責められてしまう始末。

全く持って度し難い風習だと思いますね。


「くそっ!疫病神め……帰れ。帰れよ!もう来るな!マナ様が寄って来るじゃないか!」

「は、はいっ、申し訳ない。申し訳ありませんっ!」


「青山~?そろそろ帰りましょうか~」

「あ、はい奥様!寄り道せずに帰りましょう、わき目も振らずに。お願いで御座います!」


勇者マナが新しい髪飾りを満足げに眺めている時、使用人は店主に頭を下げ続けています。

しかも、店側、使用人側共に当の勇者様には絶対判らないようにして。


何故か誰も当の勇者本人に文句を言う人は居ません。


「もしかしたら、この国の最大の問題点はそこなのかも知れませんね」

「何がですか支店長?」


「いいえ、何でもありませんよ……それより再開店を急いで下さい」

「はい、承知しました」


それに、それを利用して勢力を広げ続ける私どもが言えた義理ではありませんしね。

あの髪飾りは雑貨屋が商うにしては高価なミスリル製の様子。

恐らくあれを持っていかれては雑貨屋さんも限界でしょう。

……そろそろこちらからの提案に乗って頂けるかも知れませんね。


「ああ、そこのバイト君?申し訳ありませんがあの雑貨屋さんにこのお手紙届けて下さい」

「はいっ!承知しましたっす!」


さて、勇者からの盗難……いえ、おねだりを国内唯一防ぎ続けている我が商会。

実際は今日もまた、スカーフ一枚を駄目にしてしまいましたが、

この場合取られていないと言う事実が大きいのです。


そんな私どもの傘下に入る事をあの雑貨屋さんも承知してくれると良いのですが。


……それにしても、我が総帥には驚かされてばかりですね。

ルンさんの現状を知って怒るだけでなく、こうして新たなビジネスを考案する。

その商魂は凄まじいばかりだと感じます。

こうして傘下の店を増やしこの建物に集め、百貨店なる総合的万能店舗を目指す。

初めて聞いた時はそのメリットが全く理解できかねたものです。

ですが、国内に派閥を持つという意味でこの意味は大きいし、

ここに来れば何でも手に入ると言うのは来客者にとって大きな魅力となるようです。

既にこの建物内には商会直営店の他に傘下の十数店舗。そしてレストランが数店、

それに芝居小屋が入っていますが、この短期間でこれだけ勢力を伸ばせたのには理由があります。


傘下店舗には"対勇者保障"と言う勇者から受けた損害を商会が肩代わりする契約を結びました。

お陰で勢力拡大が非常、と言うか異常なくらい楽に進んでいるのです。

ですがそれを維持するには勇者の強襲から商品を守り切れる切れ者が必要。

その為の白羽の矢が立ったのがこの私だった。と言う訳です。


ええ、大変ですよ?

世界最大級の戦力を持つ子供みたいな大人の相手は神経を使う仕事です。

根が善人である事が唯一の救いではありますが、それでも我が侭に変わりはありません。

ですけど、総帥からの信頼に応え続けるのは私の喜びでもあります。

何としてもこの店を守りきってみせますよ。


そういえば、来週総帥がこの国にいらっしゃる筈ですね。

ああ、今はカルマ様でしたか。

何にせよ、この店を見れば喜んで頂けるでしょう。


……その時が、とても楽しみです。


……。


《side カルマ》

馬を代え、馬車を乗り継ぎ二週間。

俺達はようやくマナリア王国の首都マナリアまでの長い旅路を終えるところだった。

正直皆疲労の色が濃い。

そりゃあ昼夜問わず馬に揺られ続けりゃそうもなるか。

それでもマナリアの城門前まで通常の半分、二週間でたどり着いた。

そんな訳で正直全員ほっと息を撫で下ろしている所なのである。


「入国手続きが終わり次第ルーンハイムさんのお屋敷に参りますわ。アルシェさん付いていらして」

「うん。了解したよ」

「ああ、ちょっと待った。俺も行く」


っと、どうせ目的地は一緒だ。

連れて行って貰った方がいいだろ。


「え?ですが関係者でもなければ入れて貰えませんわよ。痩せても枯れても公爵邸なのですわよ」

「いざとなったら力づくで……嘘だよ、大丈夫。話は通ってるはずだ」

「あ、判った。以前ルーンハイム公と一緒に戦ってるからその関係でしょ?」


アルシェ、それは違うぞ。

と言うか、そういやアルシェは俺とルンが師弟関係なのは知らなかったっけ?


「いや、ルン……ルーンハイム13世と俺は一応師弟関係にある」

「そう言えば公爵様がそんな事言ってたよね。敬愛が何とか、だっけ?」


そう言う事。それにアリシアから話が行ってる筈だしな。


「まあいいですわ。……いえ、良くありませんわよ!?貴方がカルマ師だったんですの!?」

「カルマ、師?カルマ君、何それ?」

「いや、俺にも何がなんだか。ああ、ルーンハイム公がそんな事を言ってたような」


「……そう言えば魔法を使い続けていた割りに、詠唱が殆どありませんでしたわね」

「ああ、そう言えばルンが短縮詠唱について論文書いたとか言ってたな……それでか」


うわっ!?

なんだ、いきなりフレアさんが両肩掴んできたぞ!?

つーか痛ぇ!凄い馬鹿力だ!


「……ルーンハイムさんのお見舞いが終わったら少しお話がありますわ、後で私の屋敷にいらして」

「あ、ああ、判った、判ったから手を離してくれ!マジで骨折れる!」


目がかなり怖かったぞあの人!?

なんて言うか……獲物を捕らえた肉食獣と言うか……。

まあいい。どうせ技術を渡せとかそういう話だろうし……適当にあしらってお断りすればいいか。


「取り合えず急ごう。ルンの容態が心配だ」

「そう、ですわね。そちらが最優先ですわ。急ぎましょう」


「……ねえアリスちゃん。僕ら話から置いてけぼり食らってるよね」

「居ても余り変わらない。同感であります……まあ、オチを見て一緒に笑うでありますよ?」


さて、ここから先もまた馬車か。

……おいアリス、それにアルシェも。立ち話してると置いてかれるぞ?


……。


さて、十人乗りという大型馬車に乗り込み、俺達はルーンハイム邸まで暫しの道のりを、

フレアさんガイドによるマナリア観光に費やしていた。


「ここが大通り、マナリア王都で一番活気ある場所ですわ」

「石畳が綺麗だね。トレイディアでもここまで綺麗に敷いてないよ」

「……あの柱は……まさか街灯!?一体どうやって……」

「あ、にいちゃ!あれ!あれ!あれがカルーマ百貨店でありますよ!」


ほぉ、流石は地上五階建て。他より一つ頭飛びぬけてる。

どうやら客の入りも良いようだし、ハピに任せたのは正解だったようだな。


「後で行ってみないとな、アリス」

「はいであります!」

「……お買い物なら僕も一緒に連れてって欲しいな。駄目?」


別に駄目じゃないぞ?

まあ、年頃の女性の意見も聞きたいし、服の一着も買ってやれば喜ぶかね?

なら行く時はアルシェも誘ってみるか。


「それにしても、随分と整った町並みだな。まるで碁盤の目のようだ。計画都市って奴か?」

「ゴバンと言うのが何か判りませんわね。ですけど計画都市というのは当たりですわ」


ほう。この時代に計画的に作られた街があるというのか?

そりゃ凄い。


「現在も宰相を勤めるフレイムベルト卿が建国時に提唱した都市計画に基づいているそうですわ」

「……建国時?その人何歳でありますか?」


「さあ、私の家も元を辿ればあの方の血筋ですし……まあ、ある意味化け物ですわ」

「流石魔法王国。何でもありだな」

「僕の常識……僕の常識……」


アルシェも頭を抱えてるが俺も少しばかり頭が痛い。

ルンが13世って事は少なくともこの国二百年以上は続いてる筈だ。

それで建国時から生きてる宰相とか……やっぱり魔法か。万能すぎるだろ常考。


「でも、広いし綺麗な町並みだよね。あ、あれ何?水が吹き出てるけど」

「噴水か……綺麗なもんだな。と言うかトレイディアには無かったなそういえば」

「おーほっほっほ!我がマナリアが誇る魔法技術の集大成ですわ!」


「どうやって動いてるのでありますか?」

「細かい事は良いんですわ。と言うか、私も詳しくは存じませんの」


まあ、それはそうだ。車の運転が出来るからって車を作れるとは限らない。

使用者に詳しい情報なんで必要ないからな。

それでも技術レベルが高いのは理解できる……いや、それもまた魔法の賜物なのかね?

どういうシステムなのか……後で蟻に偵察させてみるか。


「あ、右手を御覧なさい。あの巨大な建物が王宮ですわ」

「街の中央にあるんだね。白亜のお城かぁ。綺麗だな……」

「無駄に装飾が凝ってるな。いや、けなしたつもりは無いんだが」

「でも周囲を深い堀が囲んでるし、結構あれで防衛力は高そうでありますね」


そして、その周囲を広い敷地のお屋敷郡が囲んでいると。

成る程ね。王宮の周りに各諸侯の屋敷を配することで、

いざと言う時、王宮を守る壁にする訳か。

例え王宮を守る気は無くても、自分の屋敷は出来るだけ守りたいだろうしな。

逃げ出す気なら周囲全部が一気に敵だし、えがつないが強力な防御機構だ。

さて、ルンの家はどれかな?


「私たち四大公爵の屋敷は逆に郊外にありますの。王都の四隅を守る格好になっているのですわ」

「へえ、という事はこのまま街を突っ切る事になるのか?」

「それはいいけど、流石は貴族様の家だね。庭で牧場が出来るくらい広いんだけど……」


ああ、アルシェ。

それは俺も同感だ。土地も肥えてるようだしさぞやいい野菜が取れるだろうな。

牛の放牧とかやってもいい感じかもしれない。

いや、流石に牛飼うには狭いか。やっぱりやるなら鶏かな?

ってちょっと待て俺。それは流石に無いだろう。


「いかん。カソで農民してた頃の癖が……」

「僕もだよ。思わず丸々としたお芋の収穫光景が目に浮かんじゃった」

「二人とも貧乏性でありますね」

「おーっほっほ!まあ間違っていませんわ。馬を飼う為の馬場は牧場みたいな物ですわよ」


いや、大いに違うだろ。

それはあくまで軍用場とか乗馬用だろ?

俺達の脳裏に浮かんだのは食用とか農耕用だからな……根本的な意味が違う。

まあ、言うべき事でも無いか。


「さて、そろそろルーンハイムさんのお屋敷が見えてくる頃ですわね」

「え?さっき中央付近から離れたばかりだが」

「か、カルマ君……あれ、もしかして」


アルシェがちょっとばかり青ざめているので指差した方角を見てみると。


「なんだありゃ!?」

「ルーンハイム公爵邸。ルーンハイム家最後の領土、ですわよ」


なんて言うか……広すぎるぞ!?

さっきの諸侯屋敷も凄かったがこれは桁が違うんだけど!?


「建国時からの決まりで手放せない場所ですわ。彼の家はここ以外の全てを手放していますの」

「いや、町一つ入りそうな勢いなんだけど、ここ」

「流石にそこまで大きくは……いや、それぐらい出来てもおかしくないような気もするであります」


うん、明らかに前世でのレベルの学校が4つくらいスッポリ入りそうな広大な敷地だ。

正直、公爵家を舐めてたな。話のスケールが違いすぎる。

それにこれで没落してるとか……全盛期はどれだけ凄かったんだ!?


「そう、見えますの?……よく御覧なさい。見えてくる物がありませんこと?」

「ん?言われてみれば随分雑草が生い茂ってるような」

「もしかして……手入れ、されて無いのかな?」

「馬小屋も三つあるうち二つは廃墟でありますね」


遠目では随分立派に見えたルーンハイム邸だが、近づけば近づくほどその現状が目に付き始めた。

周囲と敷地を隔てている丈夫そうな石壁は色が変色し、一部ひびが入ったまま。

それにツタが絡み付いているのは良いが伸びるがまま放置されている。

挙句、壁に穴の開いた部分を木製の柵で補っている始末だ。


「……お屋敷自体は立派だけど……修繕が雑過ぎない?それに離れが廃墟化してるよ?」

「まあ、使用人三人じゃ母屋を維持するのも一杯一杯なんでありますよ」

「最低限以外の所は荒れるがままなのか……」

「かつては数十人の使用人が働く活気に溢れたお屋敷でしたのよ……あれでも」


「馬も痩せてるね……」

「公爵の乗ってた奴は良い馬だったと思うがそれでも線は細かったな。こっちも最低限、か」

「……もしかしてそこの荒地、元はお花畑?割れた植木鉢が幾つも転がってるであります」


無用心にも鍵も掛かっていない敷地入り口のさび付いた門を開け、敷地内を馬車が進む。

屋敷に向かう道だけは何とか草むしりもしてあるようだが、

それを少しでも外れると荒れるがままの草むらばかり。


それでも、こうなったのはそんなに昔ではないのだろう。

あちらこちらに往時の繁栄の跡という奴が見て取れた。

……ただ、それもこの現状を引き立てるだけの物でしかなかったが。


「しかし、なんだな。見ると荒れ始めたのはそんな昔じゃ無さそうだな」

「ええ。そうですわ、当代のルーンハイム公の代になって急速に落ちぶれたのですわ」


フレアさんの顔に僅かに蔑みと哀れみの色が見える。

はて、ルーンハイム公はそんなに悪い人物にも見えなかったが。

何か大きな失敗でもしでかしたのだろうか?


「あの方と関わった事がおありなら、良くその言動を思い起こしてみると宜しいですわ」


その後に、「悪い方では無いのですけど……」と続けてフレアさんは黙ってしまった。

ふむ。どうやら問題があるのは父親も同じなのか……少し調べさせるかな?

以前、あの荒野でルーンハイム直属魔道騎兵とか言う連中と出会った事もあったが、

これじゃあ実態はどんな物か知れたもんじゃないしな。

もし、領地からの徴兵でなく金で雇ってるんなら財産食いつぶしててもおかしくない。

そういや、投資が失敗とか言う話も聞いた事がある。

……実はあの人のほうもかなりの問題抱えてる可能性があるのか。


なんて考えてる内にどうやら到着したみたいだな。

つくりは立派な屋敷入り口だが……やはりどこか薄汚れている。

ああ。これじゃあ馬鹿にもされると言うもんだ。

いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃないか。


「あ、到着したみたいだよ、皆?」

「……ハーレィ、青山さんをお呼びしなさい?」

「ははっ」


御者をしていた私兵の一人が走り出した。

……さて、ルンが無事だと良いが。

まあ、アリシアからの連絡も無いし問題は無いのだろうが。

なんにせよ心配ではあるな。


……。


暫くすると屋敷から一人の男が走り出てきた。

この人が侍従の青山さんか。

何か、幸薄そうな顔してるなぁ。


「おお、これはリオンズフレア公。ようこそお出で下さいました」

「ルーンハイムさんのお見舞いですわ。最近の調子はどうですの?」


「ええ。一時はどうなるかと思いましたが持ち直しまして、今はお元気そのものです」

「……え?」


何と言うか、嫌ーな感じの沈黙が周囲を包み込む。

詳しく言うと、空間にひびが入るような感覚と言うか空気が凍りつく感覚と言うか。


「えーと。もう一度仰って?」

「はい。お嬢様は持ち直されました。今はすこぶるお元気で、グブッ!?」


あ、ちょ!フレアさん!?その人他人の家の使用人だぞ!?

首絞めて持ち上げたりしたら拙くないか!?

あー!あー!顔青い、青山さんの顔青い!


「あーおーやーまーさーん!?貴方不治の病とか仰りませんでした事!?」

「うぐぐ……手に負えないとだけしか申し上げておりません……それに特効薬が届いたようでして」


ボタッ、と音がして青山さんが地面に落ちた。

で、フレアさんのほうは……夜叉が、夜叉が居る!

闇のオーラを背負った夜叉が居るんだけど!?

逆立った髪がまるで獅子の鬣だ、これは洒落にならないぞ!?


「特効薬!?借金の利息も払えないような家が高価な薬買ってる余裕なんかあったんですの!?」

「いえ!他所から頂いたようなのです。それに病も気持ち的なものだったようでして」


「……つまり。私がやってきた事は、無駄骨、と言う事、ですの?」

「ま、まだ完治はしておりません!今日辺り本格的な薬が届くとの一点張りでして!」


青山さんは詳しい事を何も知らされていないのだろう。

フレアさんの怒りを逸らす事も出来ずにガクブルしている。

哀れすぎるが、下手に間に入るとこっちにまでとばっちりが来そうで動けないんだけど。

と言うか、アリシアの奴まだここに居るようだし、もしかして俺等が来る日を伝えてたのか?


「……本格的な薬が今日届く、ですって?」

「は、はい。お嬢様ご自身が先日届いたお手紙を見てそう仰られておりますゆえ」


まあ、間違い無さそうだ。

正確にはその後、アリシアが吹き込んだんだろうがな。

とりあえず、これで助け舟も出せるか。


「あ、多分その手紙俺からだ」

「カルマさんから?ああ、私達が今日戻る事を先に伝えていましたのね。理解しましたわ」

「と言う訳で急いでルンねえちゃの所まで連れてくであります!」

「承知しましたアリシア様……アリシア様、じゃない!?」


まあ、細かい事は気にするな。

……やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、何とか上手く纏まりそうだな。

それにしても、まさか薬が届く頃にはもう治ってるとは予想外だよ全く。

はぁ。何か疲れた。

取り合えず、早いとこルンの所に連れてってくれよ……。


……。


そして俺達はルンの部屋の前に立っている。

色々在ったがまあ、取り合えずここがゴールと言う事になるか。

……青山さんがドアをノックした。


「お嬢様、リオンズフレア公がお見舞いにいらっしゃいました」

「……帰らせて」


あ、青山さんが宙を舞ってる。

ついでにドアが弾け飛んだ。

擬音的にはドッカーン!って所か。


「ルーンハイムさん!?いきなりそれは無いでしょう!?」

「気分が悪い」


何と言うか何もかも台無しだ。

ルンはベッドに横になってフレアさんの逆側を向いている。

……話をする気すら無し、か。


視界の端ではアリシアが積み木で遊んでやがる。少しは反応しろ蟻ん娘。

そして逆の端では青山さんが車田落ちを披露している。が、それは頭から外しておこう。

さて、それにしてもどうすりゃいいんだコレ?


「おーっほっほっほ!せっかく薬を持ってきてあげたのにその態度は何ですの?」

「別に頼んでない。それにもっといいのが届く」


「もし、私がその薬を持ってきた、と言ったら?」

「……何処!?」


あ、ガバッと上半身起き上がった。

ルン、何処までも元気そうじゃないか?

本当に病気だったのかよ!?


「コレですわ。"魔王の蜂蜜酒"聞いた事はありますわよね?」

「……いらない」


あ、フレアさんがこけた。


「そ、そう来ますのルーンハイムさん!?」

「リンに頼る事なんか何一つ無い」


「ふん、自分の失策を認めないのは子供の頃から変わりませんのね?」

「……それはこっちの台詞」


うわ、何か他人が入り込めないような雰囲気になってきて無いか?

空気が何か重いぞ?


「相変わらずですわね……私のぬいぐるみを勝手に持ち出しておいて謝りもしない」

「それはリンが私のドレスを持ってくから。……それに置いてったのはそっち」


「あれは死んだ母に父が買ってあげたと言う形見で思い出の品。置き忘れる訳がありませんわ!」

「嘘つき」


「何ですって!それは侮辱ですわ!決闘を申し込みますわよ!?」

「私は病人……卑怯者」


これはヤバイ。

このままじゃいずれどちらかが実力行使に出るぞ!?

何とか止めないと……駄目だ、外野全員腰が引けてやがる!


……ええい、ままよ!

部屋内に前進、戦闘に割り込む!


「ルン、いい加減にしろ」

「……先生?」


ルンは子供の頃からの経験でフレアさんを信じられなくなってるだけだと思う。

だから俺の言葉で少しは考えを変えてくれれば良いんだが……。


「フレアさんはルンの為に命がけで竜と戦ってくれたんだぞ?少しは感謝しないと……ルン?」

「……せん、せい」


ルンがベッドから這い出してきた。

足元のスリッパも無視してヨタヨタと俺のほうに歩いてくる。

途中、ドアが壊されたせいで転がっていたドアノブを踏んづけて転んだ。

けど、またよろよろと起き上がる。

そして足を引きずりながらも俺の所までやってきた。


「おい、ルン……何泣いてるんだ?」

「先生……本物ぉ……」


腰の辺りに腕が回され、丁度鳩尾の辺りにルンの顔が埋もれている。

……ルンが深呼吸を始めた。

ゆっくりと、まるで味わうかのような深い呼吸。

おーい、ルン。何やってるんだ?


「寂しかった」

「ああ、済まん。忙しくて帰国時期なのも知らなかったな……話もしてやれなくてゴメンな?」


じわりと鳩尾に湿気を感じた。

そんなに泣かなくてもいいだろうに……。

ああ、くそっ!全部俺が悪いのか!?


「ああ、悪かった、俺が悪かったから余り泣くな、この甘えん坊め」

「そう、寂しがらせた先生が悪い。……だから、もっと甘える」


顔が左右にすりすりと擦り付けられていく。

まるで匂い付けをしているかのようだ。


「先生」

「なんだルン?」


「……好き」

「俺も好きだぞ?」


「……」

「どうした?」


ルンが顔を上げた。

何と言うか。

満面の笑み、って奴だった。


そしてルンの全身に生気が戻ってきている。

俺はそんな風に感じた。


「……嬉しい」

「そっか……まあ、元気になったようで何よりだ」


しかし、体力は落ちてるっぽいよな。

まあ無理して竜と戦った意味はあったんだろうと思う。


……さて、ここいらでいい加減ルンとフレアさんを仲直りさせてやらんと。

って、どうしたフレアさん!?そして使用人の皆さん!?

具体的に言うと、


「何固まってるんだよ皆して!?」


そんな感じだった。

フレアさんはベッドの横に立ち尽くしたまま呆然としてるし、

青山さんは頭から血を流して転がっている。

いつの間にか部屋の前にメイドさん二人が現れて両手を口に当てて顔真っ赤にしているし、

アルシェはどういう訳か笑顔のまま石化していた。

普段どおりなのは蟻ん娘二匹だけだ。

一体どうなってるんだよ、これ。


「おーい、フレアさん?」

「は、はひっ!?な、なんですの?と言うかそこに居るのは本当にルーンハイムさん!?」


本物、と言うよりは素のルンだな。

まあ慣れるしかないから諦めてくれフレアさん。

きっとすぐに慣れるから。


さて、ルンの最悪なこの現状、変えてやらないとな。

これが、その第一歩だ!


「ほら、ルン。きちんとお礼を言っておけ……さっきも言ったろ?心配してくれてたんだぞ?」

「先生が、そう言うなら……」


ペチン、とおでこを引っぱたいておく。

それじゃあ駄目だろルン?

はぁ、取り合えず……やっぱり過去のわだかまりを消してやる所から始めないと駄目か。

一応アリサに調べさせて大体の予想は立っているんだが、

……さて、どうやって切り出す?


「ルンねえちゃ。ちょっと、いい、です?」

「……アリシアちゃん?」


「おはなしきいてて。おかしいと、おもったこと、あるです」

「何?」


「むかしのこと。なんか、ふたりとも、はなし、ばらばら、です」


お、以心伝心。

アリシアが三言でやってくれました。

さて、では俺も尻馬に乗っからせてもらうとするか?


「そうだな。何か、二人とも逆の事を主張してるように思うんだが」

「……リン、嘘付いてる」

「いい加減にして欲しいですわ。嘘つきはルーンハイムさんの方ですわよ!」


うん、やっぱり二人だけだと感情的になって話が先に進まないな。

こりゃあ拗れる訳だ。


「俺は二人とも嘘を付くような奴じゃないと思ってる」

「だから、ここで、そのときのこと、はなしてください、です」


要するに、実際どうだったのか思い出してもらう訳だな。

行き違いとか色々あるだろうさ。言葉って奴は曖昧なもんだし。


……で、結果的にどうなったかと言うとだ。


「要するに、お互い共に使用人から告げられた訳だな?」

「そうですわ!ルーンハイムさんが気に入ってヌイグルミを持って行ったって!」

「青山が言ってた。リンの家にプレゼントされたって!」


「ほぉ。で青山さん?その時どうだったんだ?」

「はい。奥様よりリオンズフレア様が御気に召されたのでドレスを差し上げる事にしたと……」


やっぱりかよ!

あー、コレはもう殆ど間違い無いな。


「あー、フレアさん。どんな小さな事でもいい、関係ありそうな事は無かったか?」

「え?……そう言えば前日のパーティーでルーンハイムさんが例のドレスを着ていましたわね」


ふんふん。

成る程成る程。


「それを褒めたりしなかったか?」

「え?そうですわね……社交辞令で可愛いドレスですわね、と言ったかも」


「ルン、お前の方はどうだ?ヌイグルミに関わった記憶は無いか?」

「褒めては居ない」


「つまり何か言ったんだな?何て言った?」

「パーティーまで持ち込んでたから……大事な物なの?って聞いた」

「私も、勿論ですわ。と答えた様な気がしますわね……」


うん、思い出深い事項なだけに詳細も結構頭に残っててくれたか。

これなら話がつながりそうだな。


「では、それを双方の関係者、ご両親で聞いてた人はいるか?具体的にはルンのお母さんとか」


青山さんからの話でドレスを持ち出したのはほぼ間違いなくルンの母親……マナさんだ。

そうなると、当然容疑者は彼女と言う事になる。


む、アリシアとアリスが居ない。

もう動いたのか?早いな。


「お母様?私の横に居た……あ」

「そうですわね。ニコニコしながらやりとりを……聞いて、ました、わね?」


気付いたな?

この話のからくり、二人とも気付いたな?


「あら~、どうしたのかしらアリシアちゃん~?おばさん引っ張らないで~」

「ようぎしゃ、かくほ、です」

「ちょっとこちらまで来て欲しいであります!」


お、丁度いい所に来たな?

流石だ蟻ん娘ども。本当に頼りになる。


さて、アリシアとアリスに手を引かれ現れたのは他ならぬ勇者マナ。

って……うわっ!?

スゲェ。ルンと生き写しだ。と言うかルンが生き写しなのか。

しかしほんわかオーラで騙されかねんが、こう見えても歴戦の勇者なんだよなぁ。

見た目は全くそうは見えないんだけどな。


で、ルンとの見た目の違いは目元がつり気味かたれ気味かの違い程度か?

親子なのに全然年齢差を感じさせない辺り洒落になって無いな。

ああ、けどマナさんは躁タイプ。ルンは鬱タイプと言う違いがあるか。

雰囲気は全然違うし近しい人なら間違う事はないだろうな。

まあ、それはさておき。


「始めましてマナ様。俺はカルマだ。冒険者をやってる」

「あら~、ギルティちゃんの息子さんね、おひさ~♪」


凄い気さくな人だな。

但し、この場合無遠慮と言うマイナス面が前面に出かねないという恐ろしさもあるが。

と言うかおひさ?何処かで会った事あったかな?


「実は、10年くらい前のドレス交換の話なんだが……」

「うーん。そんな昔の事、覚えて無いわ~」


あんたが忘れててどうするんだ!?

いや、この人にとっては大した事の無い話だったんだろうな……まあ仕方ない。

それに、こちらには当時の事を知る人も居るんだ。


「青山さん……頼みます」

「はい、奥様あの時で御座います。ほら、あの王子が暗殺されかけたパーティーの際……」


……暫くして、ようやく思い出したのかマナさんが真相を語ってくれた。

ただ、言葉が間延びしてるので、俺の脳内で話をまとめてみようと思う。


……。


まず、何かのパーティーの時にルンが問題のドレスを着て出席した。

同時にフレアさんは大事なヌイグルミを会場に持ち込んでいたと。

で、偶然会った時、お互い何の気無しに話してた内容を聞いてこの人が思い付いてしまったと。


「だって~、大事な物同士の交換って~友情を深めそうじゃない~♪」


むしろ友情が音を立ててぶっ壊れましたけど。

まあ百歩譲って、やってしまったとしても普通フォローくらいはしても良いんじゃないか?


「え~、したわよ~?レンちゃんに持って行ったのは私よって伝えといて~って言ったわよ~」

「レインフィールドさんからは特に何の話も無かったですわよ?」

「……レンは忘れっぽい」


「そうですわね。彼女は四大公爵の後継者で、唯一全教科平均以下と言う出来の悪い方ですし」

「頼りにするほうが間違い」


「町の不良と付き合いもあるようですし授業もまともに聞いておりませんわ」

「……努力しないから仕方ない」


成る程、そういう人に頼んだ時点で既にアウトだな。

と言うか、何時までも話が拗れてるようならもう少し動けと言いたいが……。

……さて、どうしたもんか?


「御免なさいね~。まさかそこまで深刻な話だと思わなかったの~」


あ、ルンもフレアさんも頭抱えてる。

何て言うか……、


「私達の今までの諍いって……一体何だったんですの……」

「…………」←口の中でブツブツ言ってる


特にルンが深刻だな。目は死んでるし背中に暗雲背負ってやがるよ。

まあ、学生生活、と言うか今までの半生を台無しにしてきた問題が、

こんな下らない真相だったと言うのは正直堪えるのだろう。


おや、フレアさんが再起動した。

流石に細かい事を気にしない人は立ち直りも早いな。


「ルーンハイムさん。何にせよ、これで真相がハッキリした訳ですわ」

「……ごめんなさい」


「何を謝っていますの?貴方のせいではないでしょうに」

「でも、お母様のせい」


うん。そう言う事になるな。

どちらに非があるかと言えばどうしてもルーンハイム側という事になる。

それをルンが判ってくれて良かった。俺、本当にほっとした。

これでまだ意地を張るようならどうしようかって……本気で心配してた。


だがな……ルン、良かったな?

幸いな事にフレアさんは余り気にして無いみたいだぞ?


「細かい事は良いんですわ!大事なのはこれから。……私も大人げありませんでしたしね」

「……リン?」


フレアさん側からそっと手が差し伸べられる。

ルンもまたその手をおずおずと取り、握り返した。


「仲直りですわ。……大人気なくて御免なさいね」

「……私も、ごめんなさい」


ふう、取りあえず最大の懸案はこれで片付いたって事になるな。

蟻ん娘どももお疲れさん。

いやあ、今回は本当にいい仕事をしたな。


「さて、これで安心してトレイディアに帰れるってもんだ」

「…………」


え?ルン?どうしてそんな絶望的な顔してるんだ?

呆然としたまま縋るように袖口掴まれても、俺どうしたら良いか判らないんだが。

と言うか瞳孔が開きっぱなしだぞ、大丈夫か?


「にいちゃ……もうすこし、ルンねえちゃのそば、いてあげてほしい、です」 

「薄情もんであります!アレだけ好かれてて、置いてくのは反則でありますよ?」


そういうもんかね?

特にアリス、その言い方じゃまるでルンが俺に惚れてる様に聞こえるぞ?

俺のほうが好きになるんなら兎も角、

元引き篭もりの俺を本気で好きになるような娘が居る訳無いじゃないか。

アイツは甘えん坊だから師匠の俺に甘えてるだけだろうしな。


……それに何処かに婚約者も居るんだろ?


家を守るのはルンの願いでもあるはずだ。

それに公爵令嬢ともなれば結婚が自分の意志で動かないなんて当然だと思ってる筈だ。

そう考えると俺に惚れるとか……実際ありえないだろう?


以前花嫁強奪とか本気で考えたこともあるけどさ。

相手は他ならぬルンだ。出来る限りルンの意思を尊重してやりたいと思う。

ルンが望まない事をしてまで自分の我を通すのもなんか違うだろ。

それにもし本気で大切な相手なら……、

自分の事なんか置いておいて、相手の事を考えてやるべきだと思うしな。


まあ、俺を本当に好きになってくれた奴が居るなら、

こっちもそいつを全力で好きになるのはやぶさかでは無いけどな。

正直、俺みたいなのに好意を寄せてくれるだけでありがたいし。


ははっ、俺にも何処かから婚約者の一人でも湧き出して来ないもんかな?

……何考えてるんだ俺。そんな事あるわけ無いじゃないか。


あー、もう今日は考えるの止めだ!

考えてると嫌な気分になるだけだし。


「判ったよ、取りあえず今週は滞在する。それでいいか?」

「……ん♪」


そう、取りあえずルンに笑顔が戻った。

今日はそれで良しとしようじゃないか。

明日の事は明日考える事にしよう。


「じゃあ、早速宿を取るか……」

「家に泊まって」


「良いのか?」

「……お願い」


ふむ、どうやらルンが泊めてくれるらしい。

宿代が浮くのはありがたいな。


「あら、でしたらついでに私達も泊まって行って宜しいかしら?」

「……好きにすればいい」


「ふぅん……じゃあアルシェさん?きょうはここにお世話になりますわよ」

「……はっ!……え?僕も?て言うかなんでここに泊まる事になってるの!?」


アルシェ……今までずっと石化してたのかよ。

まあ諦めろ、世の中理不尽な事ばかりだからな。

それに屋敷自体は大きいし、いい経験になると思うぞ?


「さて、それではハーレィに家へ連絡入れさせるとして……アルシェさん、お願いがありますの」

「はい?……何かな?」


「今からディナーの食材を購入して頂きたいのですわ。どうせまともな食材、無いですわよね?」

「……無い」


ルンがまた泣きそうだ。

そうか。急な来客に対応出来ないくらい酷い状況なんだな?


「丁度いい。別な用事もあるし俺が今日の食材代は持とうかね……アリシア、続け」

「はーい、です」

「えーっと、僕も行くよ!こんな大きなお屋敷に一人残しておかないでよ!?」


OK判った、じゃあ三人で行こうか。

確かに公爵級の屋敷に一般ピープルひとりは辛いかもしれない。

使用人連中にとってはお客様だしな。


「じゃ、ちょっと行ってくる」

「ルーンハイムさんの様子はこちらで見ておきますわ。……素晴らしい料理を期待しますわよ?」

「先生のごはん?……あの洋館……先生は料理の上手い娘が好き……」

「ついでにおやつ買ってきて欲しいであります!」


さて、どうやら暫くはこの国に滞在するしかないみたいだな。

まあそれもいいだろう。

……さて、取りあえずはハピの様子でも見に行きますかね……。


***魔法王国シナリオ1 完***

続く



[6980] 31 可愛いあの娘は俺の嫁
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/27 10:53
幻想立志転生伝

31

***魔法王国シナリオ2 可愛いあの娘は俺の嫁***

~前回フラグに気付かなかったせいでとんでもない事になっちまったよスペシャル~

《side アルシェ》

例えば、何か望んだ事があったとしてさ。

その時、選択肢を間違ったり動けなかったりしたんだったら自分のせいだよね。

それなら何らかの形で諦めも付くと思わないかな?


でもさ、それが始まった時には既に終わってた場合って、

どうやって自分の気持ちに折り合いを付ければいいんだろう。


……ねえ、誰か教えてよ……。


……。


生まれて初めて乗った大きな馬車に揺られて連れて行かれた大きなお屋敷。

そして僕等の前に現れたのは、ちょっと暗めのお嬢様だったんだ。


「お嬢様、リオンズフレア公がお見舞いにいらっしゃいました」

「……帰らせて」


第一声は取り付く島も無い明確な拒絶。

でもまあ、僕はこの時点でただの偏屈なんだって思ってたよ。

けどね、違ったんだ。


「ルン、いい加減にしろ」

「……先生?」


カルマ君が現れた途端に彼女は変わった。

声色に明らかに混じる親愛の情が、放つ雰囲気すら変えてしまってた。

ただそこまでならカルマ君が言うように甘えん坊のお弟子さん、で済んだと思う。

でも、それは違った。


「ああ、悪かった、俺が悪かったから余り泣くな、この甘えん坊め」

「そう、寂しがらせた先生が悪い。……だから、もっと甘える」


何か違う。あれは甘えるとかそういうのじゃ……違うか。

ある意味甘えているのには変わり無いんだよね?

ただ、妹が兄に、生徒が先生に甘えるのとは心の向いてる方向が違ってただけでさ。


「……好き」

「俺も好きだぞ?」


その好きは、多分カルマ君が思っている物とは違うと思うよ。

……何だろう、心音が妙に耳を突く。

どうにも気持ちが落ち着かないよ。何コレ?何かなこれ?


「……嬉しい」

「そっか……まあ、元気になったようで何よりだ」


ふと、彼女が顔を上げた。

思わず横から覗き込んでしまった事を、もしかしたら僕は一生後悔するのかもしれない。

だって、それはまさしく恋する乙女の笑顔だったから。

想いを受け入れられたと言う完全な満足感と充足感が表情にありありと浮かんでたから。


そしてそれを見た僕の抱いた最初の感想は……「ずるい」だった。

勿論なんでそんな感想がいの一番に浮かんだのか、判るはずが無かったよ。

顔にこそ出さなかったと思うけど、僕は狼狽して、混乱してたんだ。

そして、探してた。僕の気持ちに説明が付く理由を。


……本当はさ、最初から気付かない振りしてただけなんだけどね?


……。


必死になって頭を働かせてさ。何か現状を理解させてくれる言葉を捜してた。

一番ぴったり来る言葉は頭の一番真ん中に鎮座してたけど、それをあえて無視してね。

……だってさ、惨めじゃない?


僕にとって、カルマ君は小さな頃の初恋の相手だった。

何を言ってるのか判んなかったけどさ、良く見てると子供の頃から凄く頭のいい男の子だったんだ。

川から水を汲んで来るのは子供の仕事だったんだけど、

僕等が遊ぶ時間欲しさに桶を持って息を切らしてるその頃、

カルマ君は車を付けた板に逆U字の取っ手を取り付けて、すいすいと押して運んでた。

結構水はこぼれてたから皆笑い飛ばしてたけど、

僕としては一度に桶4つを運べる上、二往復してもまだ僕等より余裕があったのを見て、

カルマ君は凄いな。って思ってたんだ。

良く聞き取れなかったけど、ダイシャとかダイハチグルマとか言ってたっけ、あれ。


他にも色んな物を作っていたよ。

特に玩具関係は凄かったと思う。

僕ら家族が街に出た時に結局入れてもらえなくてスラムの片隅で震えてた時、

カルマ君が昔作って遊んでたタケトンボってものを見よう見まねで作って売って歩いた時もある。

何故って?だって街にもそんな物無かったからね。

勿論僕のは出来が悪くてあんまり売れはしなかったけどさ。それでも幾つかは売れた。

……お陰で僕は売り飛ばされずに済んだんだ。


その後も大変だったっけ。

親が僕を見る視線がおかしい事に気付いて逃げ出して……そのまま傭兵団に拾われてさ。

囮として武器も持たされずに敵陣に放り出されて。

そうそう、その時もカルマ君に、カルマ君との思い出に助けてもらったっけ。


カルマ君がお父さんに稽古付けて貰ってた時、

ボロボロになったカルマ君が何を思ったのか自分の武器の長棒の先を削りだしてさ。

横から見てて何武器を短くしてるんだろと思ってたら、その先に尖った石を蔦で括り付けたんだ。

カルマ君のお父さんが感心してたよ。石の穂先でも、付いている以上は槍になるって。

まあ、お陰で稽古が一段階きつくなってたっぽいけどね。


だから僕も近くを探して、棒と石を蔓草で括り付けて槍に見立てたんだ。

勿論使い物にならないような代物だよ?

何せ本当に穂先を棒の先に括り付けただけの代物だったし。


実際は、なまじ武器を持たないほうが敵から襲われないって言う配慮だったんだけどね、

ただ僕さ、よりによって敵じゃなく野犬に襲われちゃったんだ。

飢えた野犬って実は凶暴な分コボルトなんかよりも危険なんだよ。


もし、武器が無かったらと思うとぞっとするね。

だって、無我夢中で槍を振り回したら偶然当たって追い払えただけで、、

僕は腰が抜けてその時へたり込んでいたんだから。

まあそのお陰で、野犬に勝てるレベルならって事で正式に傭兵団に加われたんだから、

人生何が幸いするか判らないんだけどね。


……そして、何年かぶりに再開した時。

カルマ君はひとかどの人物になって僕の前に現れた。

命を切り売りする僕らとは違う、一つの部隊の隊長さん。

それも五百の新兵で三千の傭兵を押し返したって言う、鳴り物入りの新鋭指揮官としてね。


正直笑ったね。余りに生きてる世界が違いすぎるからさ。

それに敵陣に躊躇無く突っ込んで蹴散らし続けるその姿には正直見惚れてしまってた。

その上更に、敵陣を一撃で壊滅させた凶悪な魔法を使ったりして。

……いつの間にかカルマ君はずっと遠くに行ってしまってたんだ。

正直さ、そんな風に感じてたんだ。

寂しいけど仕方ないよ。もう違う世界の人なんだから、ってね。


でも、それで終われれば……それはそれで良かったんだけど。

あの後、また僕はカルマ君に命を助けられた。


「嘘、だ。こんな、ところで?」

「危ないアルシェ!」


僕を狙う矢の数、およそ20本。

その向きから最低10本は食らうしかない状況下、僕を庇ってカルマ君はその矢を背に受けた。

押し倒されたその腕の中で僕は……僕は……。


ああ、そっか。あの時既に火種が燻ってた訳か。

カルマ君に並みの矢は効かないのは知っていた。

けど、嬉しかったのは変わらないんだよね。


……そして先日。


「こんな時は勇者か英雄でも現れてカッコよく助けてくれたりしたら嬉しいんだけどね」

「そこまで世の中都合良く出来てませんわよ?自分の持つ物だけで勝負するしかないのですわ」


そう、そんな奇跡は起こる訳が無い。

そんな訳は無いのに……。


「嫌がる女に手を出すとか何考えてるんだ?」


僕の英雄は、僕のピンチを助けにやって来てくれたんだ。

あの時は色々一杯一杯だったけどね、後で思い出して噴出したもんだよ。

これは一体何処の英雄譚なんだろうってね。


きっと、もうこの時には既に……かなり心の奥深くまでやられちゃってたんだと思う。


……だから、僕は、抱き合う二人の姿に冷静でいられなかった。

ざわつく心を押し留めるのもやっとだったんだ。

うん、やっぱり認めるよ。認めるしかない。


僕は……カルマ君のことが、大好きです。

ルーンハイムさんが彼を見る目が師弟のそれでは無いような気もするけど、それでも好きです。

多分、好意が恋になったのは最近だと思うけど……その気持ちは本物だよ。


だけど、だからこそあんまりだと思うんだよね。

自分の気持ちを理解した時、既に相手には好きな人が居ましたとか。

戦争では、始まった時に既に勝敗が確定してる戦いもあるけどね、

始まった時に既に終わってる恋って……酷くないかな?


だから、彼が屋敷から……ううん、彼女から離れると気づいた時、

僕は思わず連れて行って欲しいと懇願していたんだ。

カルマ君に、カルマ君の気持ちを聞いてみたい。

もしそれで入り込む余地が無ければ。……きっぱりと諦めようと思うんだ。

……でも、もし小指の入る隙間でもあるのなら、その時は……。


……。


≪side カルマ≫

アルシェとアリシアを連れ、一路商会の拠点、カルーマ百貨店に向かう。

目的はハピと合流し、現状の報告を受けることだ。

それに今晩のおかずも用意していかないといけない。


……後、何だかアルシェの元気が無いので何とかしたいしな。

まあ長旅の後にあのドタバタに巻き込まれちゃ疲れもするだろう。

この際なので何かプレゼントでも贈ってみようと思う。


「到着。うん、予想以上に良い出来の建物だな」

「はいです」

「えーと……夕食の食材の買出し、だよね」


まあ、そうだな。

名目上の買い物から始めるか……いや、同時進行しないと時間が足りんかも知れん。

ここは一度二手に分かれるとしよう。


『アリシア。俺はハピと一度合流する。お前はアルシェと一緒に居て自己判断で動いてくれ』

「はいです。ところで、ごはんのだいきん、ください、です」

「え?アリシアちゃん。カルマ君今何て言ったの?……よくアレを聞き取れるよね」


アルシェに聞かれては拙い事なので子供の頃から使ってた元の世界の言葉、所謂古代語を使う。

アルシェも解読は出来なくとも俺が子供時代からこういう話し方をするのは知っているので、

変な疑いを持たれないのは有り難い事だ。


まあ、何にせよ二人にはこれから買い物してて貰う必要があるので、

財布から適当に金貨を三枚ほど取り出してアリシアに渡しておく。

相手は公爵級、とは言え流石にそれ分あれば足りるだろう?


って、アルシェが固まったぞ。


「……アルシェ、どうかしたか?」

「ううん。何でもないよ。……ちょっと財布から金貨が出てきたから驚いただけ」


うん?そう言えばそうか。

多少銀貨も入れておかないとおかしいよな、やっぱり。


「まあ、相手が相手だしな。取りあえず別な用事もあるから食料品の買出しは頼む」

「判ったよ。終わったらどうすればいいかな?」

「ごかいに、おしょくじできるとこ、あるです。そこでおちゃ、してればいい、です」


そうだな、じゃあそうするか。


「じゃあ終わり次第五階のレストランに集合だ。こっちは少し時間かかるからゆっくりしてくれ」

「うん。それじゃあ二人で食材選んでくるね。でも、何処に行けばいいのかな?」

「かんばん、かかってます。それと、しょくりょうひんは、いっかい、です」


アリシアがアルシェを引っ張って行く。

さて、それじゃあ俺はハピを探して、と。

いや、探すまでも無く、すでにすぐ傍まで来ていたか。


「カルマ様、ようこそいらっしゃいました。……さあ、こちらです」

「ああ、判った」


そして俺が通されたのは地下にある個室であった。

勿論その地下は蟻の滑り台でトレイディアからサンドールまで繋がっている。

ここからトレイディアまでは数時間、サンドールまで行っても二日もあれば余裕で到着可能な、

現在世界最高速の交通手段であり、当然商会のトップシークレットだ。


「さて、総帥。いかがでしたかこの店は?」

「ああ、予想以上に順調みたいだな。流石と言っておく」


ハピが嬉しそうにしているな。

だが実際ホルスかハピでなければこうは上手く行かなかったろう。

ホルスを動かすわけにいかない以上、頼れるのがハピだけなのは事実だ。

正直安心して任せられる数少ない人材なんだよな。


「さて、それじゃあ報告を聞こうか?」

「はい、今月の売り上げについてですが……」


ふんふん、結構利益は出ているみたいだな?

いい事だ……が、予想はしていたが勇者対策が結構痛いな。


「流石にマナさんの相手は辛いか?」

「最近は気の逸らし方も覚えて参りました。……予算は数ヶ月以内にゼロにしてご覧に入れます」


ほぉ、流石だな。

まあ相手が子供っぽい以上、子供の気を引くような方法が使えるんだろう。

ここは任せて置けば安心だな。


「この店が軌道に乗れば新しく試してみたい商売もある。……頼んだぞ」

「はい、総帥。この私にお任せを」


さて、順調なのがわかれば問題無しだな。

そろそろ買い物も終わる頃だし向こうに合流するか。


「あ、総帥。そう言えばひとつ気になる事があります」

「何だ?」


「マナ様の件なのですが……実は行動を自粛して頂け無いか、王宮に掛け合ってみたのですが」

「おいおい、いきなり危険な事するな……」


相手は王族で公爵夫人。

不敬罪でも適応されたら大変だぞ?


「いえ、それが……王宮もあの方の扱いに困っている、との返答でしたが」

「何か、裏があるとでも言いたいのか?」


「はい。……どうやらあの方を叱れるはずの方達までもが放置されている様なのですよ」

「被害が大きいと聞いているが、それでもか?」


ハピが首を縦に振る。

ふむ。そうなるとおかしいような気がする。


「ですので、あの方の行動は、マナリア上層部としては想定内の可能性があります」

「……それはまた、きな臭いな」


「マナリア上層部はもしや、あの方を生贄の羊にしているのかも知れませんね」

「ふん、何処のお偉方も同じってことか?まあいい、引き続き情報収集も頼む」


それだけ言って、俺は五階のレストランに向かう。


成る程、あの性格は他人から誘導された計算された代物、か?

国にとって害にしかならないが、排除するにも影響が多すぎる人物だ。

居ても居なくても問題にしかならないなんて、魔王の呪い恐るべしといった所か。

それを受けて、だったらせめて自分達には益になって貰おうというつもりなのだろう。


魔法王国であるこのマナリアでは、

魔力の高さがそのまま社会的地位に直結している部分がある。

故に国民はマナさんを恐れ苛立っているが、同時に尊敬もしているのだとか。


逆説的に、あの人が居る限りその他の部分まで批判が回らないと言う事にもなるか。

調べればきっと禄でもない話がゴロゴロ出てくるんだろうなぁ。


また、面倒くさい事になって来たもんだ……。


……。


さて、五階まで階段を上りレストランまでやってきた。

いやあ流石に五階分も階段上ると疲れるんだろうな。お年寄りが階段に腰掛けて休んでいる。

……エレベータか何かを作らないといけないだろうな、これは。


さて、それで俺の待ち人は……居た。

紅茶とビスケットでモグモグやってる二人組みが。


「あ、にいちゃ、おかえりです」

「あははは、あんまり美味しいんでついお代わりまでしちゃったよ」


ま、かなり甘めの味付けの筈だ。

軍用携帯食としてのビスケットと一緒にしてもらっちゃあ困る。

上には生クリームまで乗っけてるし。

ハピには女性受けするようにと言ってあったから当然だ。


因みに料金はかなり高めの設定だがそれには訳がある。

……学園が有るとか聞いてたんでね、ここがデートスポットにでもなれば、

野郎どもが大量の金を落としていく羽目となるだろ、ざまあみろ。

とか思ってセッティングしてみた訳だが……。

うん。見事に暇そうな金持ち学生諸君の溜まり場と化してるな。

確かに金を落としてくれるが……連中のあまりの気楽そうな生き様に何か、殺意が沸くなこれ。

いや、別に連中個人が悪い訳じゃないのは判るんだけど。


「小人閑居をして不善を成す、か」

「なにそれ?」

「それよりにいちゃ、おかしかって、です」


暇な連中が多いってのは社会がそういう特権階級を支えられるだけの余力があるって事なんだが、

……あーあー、目が死んでる連中ばかりだ。

暇に任せて変な事しなけりゃ良いんだけど。


「にいちゃ、おやつ」

「はいはい、判った判った。それとアリシア、余り人前で人の頭に登るな」

「ふふふ。本当に仲がいいんだね……」


まあ、ある意味血を分けてるしな。こいつ等とは。

取りあえず現状の確認も終わったし、アリス達へのお土産でも買うとしますか。

さてさて、菓子屋に移動だ。


「ろーるけーき。びすけっと。あ、ぽてち、です」

「何だか珍しいお菓子が一杯だね、このお店」


まあな、特にポテトチップなんかは今までこの世界に無かったしなぁ。

芋は貧乏人の主食と言うイメージがあったっぽいし、まさかそれからおやつが出来るとは思うまい。

今は塩味だけだが……ふふふ、真似したくばするがいいさ。もう直ぐコンソメ味も発売予定だ。

どんどん新しい味付けを増やしていってやるから追いつけると思うなよ?

あー、醤油の製法書いた本とかどっかに転がって無いもんかね……バター醤油も美味いんだが。


「あ、アルシェもなんか食うか?奢るぞ」

「え、ホント?じゃあ、じゃあ……これ!」

「ちょこれいとー♪」


ほぉ、チョコレートとはまた渋い選択だな。

美味いのはいいが見た目が地味すぎてまだ売り上げが著しくないらしい。

まあ、味が知られればおいおい売れるようにもなるだろ。

わざわざ大陸の外から輸入されたカカオ豆を買い込んだんだ。

ただでさえ値が張る訳で、当然赤字のままにはしておけないからな。


「美味いか?」

「うん、見た目と違って甘いよねこれ」


うーん、そうなんだよなぁ。

ホワイトチョコとかにする方法を知らないのが残念すぎる。

どうにかして売り上げを伸ばしたい……といえばイベントか。

俺の前世でのチョコ関連イベントと言えばアレだが。


「ははは、特定の日に渡せば愛の告白にもなるって代物だ。味わって食べてくれ」

「……え"」


……アルシェ、正直すまんかった。

後生だから顔をトマトみたいに真っ赤にして固まるのは止めてくれ。ほんの冗談だから!

くそっ、バレンタインはやっぱり俺にとって鬼門だよ、ど畜生!


……。


さて、さっきからアルシェの様子がおかしい。

やっぱりからかい過ぎたのだろうか?


お菓子売り場で大量の菓子を仕入れたアリシアは一階にあるカウンターまで行き、

ここのオープンと共に始めた荷物宅配サービスを使って、

ルンの家まで買い込んだ大量の荷物を届けるよう手配している最中な訳だが、

その間、俺達は適当に店を見て歩いている訳だ。


だが一緒に歩いてるアルシェはどうにもあっちにふらふらこっちにふらふら。

何か安定して無いんだよなこれが。


「アルシェ、さっきからなんかおかしいぞ?」

「え?いや、何でもないよカルマ君!?」


「いや、何でも無い訳無いだろ?」

「え?えーと、いやほら、ここって色んな物売ってるし、ちょっと目移りしちゃってさアハハハハ」


ふむ、そうだったのか。


そう言えばアルシェも子供の頃から傭兵暮らし。

こう言うぷらぷらとしながらの買い物は初めてな訳だな。

……そう言えば前世で子供の頃デパートに行った時とか、

色んな物があって随分はしゃいでた記憶がある。


判る、判るぞその気持ち!


成る程、それなら素晴らしい思い出にしてやりたいな。

……しかし、女の子が喜ぶような台詞は知らんし、

年頃の異性をどう扱っていいかもさっぱりだ。

うーむ。いきなり褒めだすのもなんか違うような気がするし……、

よし、ここはひとつプレゼント作戦と行こうではないか!


幸い近くに武器と防具の店があるようだな。

色気は無いがまあアルシェなら喜んでくれるだろう。


「アルシェ、そう言えば装備とかは新調しないのか?」

「はう……え?何?装備?えーっと、新しい弓が欲しいとは思ってるけど高くてね」


ほう、欲しいのは弓だな?


「じゃあ、遅くなったけど再開を祝してひとつ買ってやるよ」

「本当に!?言っとくけど弓も質の良い物は結構するんだよ?」


それは当然だ。

俺も先日まで量産品の鉄の剣を愛用していたが、アレは切れ味なんか無いようなもんだった。

力任せに使っていたけど、武器の質の悪さで攻撃が効かなかった事は一度や二度ではない。

まあそれを承知で手入れの必要が無い、と言うか手入れの意味が無い安物を使ってたんだけどな。


「店の親父さん、弓を見せてくれ。出来るだけ良い物を」

「……ほぉ、で?俺の腕に幾ら出すんだ?」


うわっ、職人気質かよ。

だが、この場合その方が良いのかもな?

質の良い武具が置いてありそうだ。


「OK、金に糸目はつけない。一番良い奴を頼む、昔馴染みの命がかかってるんでな」

「え?カルマ君!?」

「……そうだな。コレがうちで一番高い代物だ。銀貨250枚だぜ」


それは素晴らしい装飾の施された弓だった。

弦も銀色に輝き、あちこちを宝石で飾り立てられてもいる。

艶のある白に塗られたその姿は正に芸術品だ。


「だが却下!実用性皆無だろコレ!?」

「こんなの戦場に持って行ったら後ろから刺されるよ間違い無く!」


「ほぉ、判るのか?」


それぐらい判る!伊達に修羅場潜っちゃ居ないぞ?

それに、そもそもこれ、大広間に飾ってある方が似合ってるんじゃないのか?

あ、ニヤついてやがるこのオッサン。

俺たちを試しやがったなこの男……。


「ははは、済まねぇな。そんじょそこらのおぼっちゃんならコレで満足するんだけどよ」

「本職の冒険者と傭兵だぞこっちは?まともな物は無いのか?」


「無い。と言うかこの国じゃ弓は余り好まれない」

「何でだよ?弓はいい武器だぞ。戦場で一番人を殺してる武器の一つだ」


そう言ったらおっさんは重々しく頷き、その後苦虫を噛み潰したような顔をした。

なんか、理由がありそうだな。


「この国は魔法使いの国だ、戦士に求められるのは壁としての能力。弓は魔法使いの天敵でな?」

「当然上から嫌われるし、当たり前だが売れもしない、か」

「え?ルーンハイム公なんか投げ斧で戦ってたけど?」


「ああ、最近の若い方は結構そういうお方も居るさ。ご老体方は邪道だとか言うらしいがな」

「伝統と格式って奴か。魔法使いは後ろでドンと構えてるのが昔ながらの戦術みたいだしな」

「色々在るんだねお偉いさん方ってのもさ。……で、取りあえずまともな弓は無いって事だよね」


あからさまにがっかりするアルシェ。

気持ちは判る、それは無いだろというのは俺も同じだ。


「じゃあさ、防具にしよう。盾役が必要なこの国なら防具はきっと良い物があるさ」

「……嬉しいけど、僕、軽戦士だから余り重いの着たく無いんだよね」

「それに嬢ちゃんの装備、見た目はともかく実用性としては最高ランクだな。良い皮使ってるよ」


つまり、これ以上の物は無いと言う訳だな?

えーと、だったら装飾品か?


「あ、いいよ?別に無理しなくても。気持ちだけで十分嬉しかったからさ」

「そんなお約束な事を言われても野郎のプライドのため認める訳にはいかない!」


プレゼントを買ってやると豪語して店に入って、

結局何も買ってあげられませんでした。とか、

はっきり言って情け無いとかそういうレベルじゃ無いんだけど!?

ええい、何か無いのか何か!?


「金に糸目はつけないとか、言ってたなアンタ」

「ああ、言った」


何かあるのかオッサン。

俺の矜持の為にも何かいい物があるなら教えてくれ。


「……こいつならどうだ?皮鎧の外側に着込める紅の外套だ」

「ただのレッドコートじゃ無さそうだな?」


「ああ、強い衝撃を受けると一瞬硬質化する魔法がかかってる。まあ、それでも限界はあるが」

「それはいいな。で、幾らだ?」


並みの装備だと貫かれもしない、要するに俺の硬化と似たようなものか。

ま、話からすると衝撃はそのまま伝わるんだろうが、

刺突や斬撃に対しては強そうだ。

小型武器に対する備えとしてはこれ以上のものも無いんじゃないか?


「金貨10枚……払えるか兄ちゃん?」

「即金で構わないか?」

「ええええええええええっ!?金貨10枚を即金って何!?」


うん。正直なところ、やらかした感もあるな。

一日でどんだけ散財してるんだか。

だが安心が金で買えるなら安いもんだと思うし、

まあ気にせず受け取ってくれアルシェ。


「き、金貨、金貨10枚のこ、コート……」


あ、コートを手にしながらガタガタ震えてる。

こりゃあ戻って来るまでに暫くかかるかな?


「しかし……流石に魔剣持ちは違うな、よくあれだけの金を持ち歩いてるもんだ」

「お、スティールソードに気付いたか?」


「そりゃあな、魔王の武器の眷属でオリジナルを超える唯一の品だ」

「結構有名なのかこれ?」


「まあ、勇者の武器だしな。それに色々と曰くつきでな」

「丁度良いや、連れが戻ってくるまでその話とやら聞かせてくれよ」


…………ふむ、成る程。


要はこれ、魔王の娘が家出した際に持ち出された物の一つで、旅の最中で落っことしたと。

その後勇者ゴウが手に入れて、魔王の娘と遭遇。盗まれたと勘違いされて激闘の末愛が芽生えた?

……その後魔王軍から正式に離反したその娘が魔王軍主力を陽動してる内に、

五大勇者が魔王を倒したと言う訳か。

その魔王の娘の事が余り話題にならないのは、

やっぱり英雄を人間側から出したかったんだろうねぇ。


うーん、何と言う王道。


「しかしどんだけ奇跡が連続したんだそれ?」

「さあなぁ。まあその後30年近く行方が知れなかったが……まさか再びこの目で見れるとはな」


「再びって、見た事あるのか?」

「ああ、昔は宮廷に仕える鍛冶屋だった」


あの白亜の王宮にか。

それはまた凄い良い生活してたんだろうな。

道理であんな法外な防具とか持ってた訳だ。


「しかしそれがなんでまた、町の鍛冶屋なんかに」

「15年前にある事件で魔法原理主義がまた台頭し初めてな。居づらくなったんだよ」


「……魔法、原理主義?」

「ああ、魔法使いは魔法を使う事だけ考えて居れば良いと言う考え方さ。武器は残酷なんだと」


やれやれ、また厄介事を起こしそうな固有名詞が出てきたな。

まあ、魔法王国らしい話だとは思うが。


「ところで、だ。彼女さん達がずっと黙って待ってるぞ。なんか言ってやったらどうだ?」

「え?」


後ろを向くと……アルシェがちょっと目を伏せていた。

今までの傭兵としての全身皮装備の上にさっき手に入れた赤いコートを羽織っている。

背中には弓と矢束、腰の辺りには妙に高級そうな剣が一振りと厚手のナイフが下がっている。

コートの前を留めているせいか、襟が口元を隠していて少し今までと雰囲気が違ってみえるな。

それに恥ずかしそうに指を組んでる所在無さげにしてる所とか……結構、可愛くないか?


「似合ってると思うぞアルシェ?」

「そう、かな。ありがとうカルマ君」


「ははは、お似合いだよお二人さん……さ、もう仕事の邪魔だ。さっさと行け。幸せにな」


え?何それ?

幸せにな、って普通カップルとかに使う言葉じゃないかオッサン?

それにお二人さん?俺、何も買ってないけど?


って、何だ?足元に痛みが。

……うわ、蟻ん娘が脚に噛み付いてら。


「にいちゃ!さっきからよんでるのに、きづけ、です」

「ああ悪いアリシア、それじゃあ帰るか二人とも?」

「う、うん。行こっか、カルマ君」


やっぱり今日のアルシェはおかしい。

だがまあ、今はなんか嬉しそうだし。まあいいか。


おや、ハピが向こうからやってきたが……。

どうかしたのか?


「お戻りですよねカルマ様?表に馬車を用意しておきました」

「おお、気が効くな」


先にアルシェ達を行かせてちょっとばかり立ち話をする。

こいつが意味も無く出張ってくるとも思えないしな。


「脚の速い馬を見繕いました、この時間帯では辻馬車を探すのも一苦労ですから」

「そういや皆帰る時間帯か。ハピ、ありがとな」


「いえいえ、お礼が頂けるのでしたら後で私にも何かプレゼントして頂くと言う事で」

「判った判った、ハピはしっかりしてるよ本当に」


どうやら一部始終見られていたらしいな。

クスクス笑いながら洋服店を見ている。自分用のか?


「まさか。むしろ私としてはルンさんに似合いそうな服を見繕っているんですよ」

「何故ルン?」


「ふふふ、すぐに判りますよ……ヒント、アルシェさん」


そう言ってハピは行ってしまった。

……うん。最後のひと言でわかったよ。

ルンもきっと何か買って欲しがるというんだな?

まあ、あのルンがそんな直接的なおねだりをするとも思えんが、

もっと甘えるとか言ってたし、有り得ない話ではない。

……取りあえず、もう少し金を用意しておくかな。


……。


帰りの馬車の中。

俺達は終始何処か心地よい沈黙の中に居た。


そして、ルーンハイム邸に戻った俺たちを迎えたのは……。


「食材は届いてるな?じゃあ青山さん達に伝えて」

「……任せて」


エプロン姿のルンだった。

随分気合が入ってるが……えーと、お前が作るのか?


「先生は、料理の上手い娘が好き」

「ああ、あの洋館での話だな……上達はしたのか?」


お、満面の笑み。

これは期待していいんだな?


「帰国後のお嬢様はお料理が趣味になられまして、既に私どもより美味しいお料理を作られます」

「まあ、私たち自身が人並み程度の腕前な訳ですが……」

「昔は専属の料理人も居たそうですけどね」


あ、もういい。

それ以上切ない裏事情話さなくても良いんで。


さっさと皆の居る所に移動するかね。

これ以上悲しくなるような話を聞かされても敵わない。

何せこればかりは、俺にだってどうもしてやれないからな。


……。


通された客間は広々としていたが、

明らかに調度品が取り払われた跡が幾つかあった。

壁の色が四角く変わってる所にも、多分昔は絵とか飾ってあったんだろう。

本当に落ちぶれたという言葉がやけにしっくりと来る屋敷だよまったく。


「それでは、お嬢様の料理が出来上がるまでしばしご歓談下さい」


「了解。それにしてもルンの奴、結局普通に動けるのか」

「いいえ、結構無理をしていますわね」


フレアさんだ。

年代物のソファーに家の持ち主よりよほど主人らしく腰掛けている。


「無理してる?だったら何で料理させたりしたんだ……」

「おーっほっほっほ!それが判らない鈍い方には教えて差し上げませんわ!」

「そう言わないであげて欲しいであります。にいちゃはそっち方面の経験ゼロでありますから」

「ちがう。けいけんち、いち、です」


さり気なく全員酷いこと言って無いか?

幾ら俺が元引き篭もりとは言え経験地ゼロは流石に……流石に……。

あ、そうだ。さっきのアルシェとの買い物、アレがきっと俺の人生初デートなんだよきっと。

ほら、あの武器屋のオッサンからもカップル扱いされたし!


やめよう……自分で言ってて空しくなってくる。


「まあ、俺の為に頑張ってくれてるのは判る。だがルンの病気がぶり返すのは勘弁だな」

「ある意味手遅れですわ。私も何の病気か知っていれば薬探そうなんて思いませんわよ」

「おいしゃさまでも、くさつのゆでも、ぜったい、なおせない、です」

「それに特効薬のにいちゃは届いてるでありますから心配するだけ無駄であります」

「いいなぁ、ああ言う真っ直ぐなの。僕ももう少し勇気があれば……」


なんだろう、このいたたまれない気持ちは。

後アリス。俺が特効薬ってどういう事だよ?


「にいちゃ、にぶちん、です」

「ルンねえちゃが可哀想でありますね」

「おいおい、それじゃあまるでルンが俺に惚れてるみたいじゃないか」


な、何だ?

突然空気が凍ったぞ?駄目か、駄目なのか?

冗談でも俺がもてちゃいかんというのか!?


何か、全員の目が据わってなさるんですけど!?


「おーっほっほっほ。予想以上の鈍感男ですわ」

「戦場では凄く頭回るのでありますがね……まあ、仕方ないであります」

「……これは、僕にもチャンスがあるって事かな?」

「ちょっとは、じしんもつ、です」


おいおい、まさか本気……なのか?

まあ確かにもしかして脈在り?なんて思った事も一度や二度じゃないが……。


「ほら、不細工がちょっと親切にされるとすぐに勘違いするとか……よく言うじゃないか」

「おーっほっほっほ!むしろ世話してる方がなに寝言ほざいてるんですの?」

「たらうま?めしうま?……ちがう、とらうま、です」

「にいちゃ、モテ期来た!モテ期来たんでありますよ!」


マジで!?

マジでモテ期来たのか俺に!?


いや待て、落ち着けクールになれ。

俺なんかに惚れる女など居る訳無いだろ?

前世で嫌と言うほど思い知ったじゃないか!

きっとからかわれてるんだ。

これで調子に乗ったら後々ネタバレされて、

何調子に乗ってんのキモっ、とか言われるに違いない!

騙されんぞ。騙されないぞ俺は!


「でも……ルーンハイムさん婚約者居るんだよね?」

「アルシェねえちゃ!?何口走ってるでありますか!?」

「……なんか、とおいめ、してるです」

「婚約者?そんなもの無視してしまえば良いんですわ。でも、あの子も頑固なんですわよね……」

「ほれみろ、やっぱりじゃないか!」


ふふふふふふふふふ、だよなぁ。

例えルンが俺の事をどう思ってくれていようが、

ルンは他人の物になる運命なんだよな。

やっぱり落ちが付きやがったよ、嫌になるよなこんな人生。

おお……さらばだ俺のモテ期よ。お前の事は忘れない……。


「どうなさいましたか皆さん」

「あら青山さん。お食事、出来ましたの?」


あ、取りあえず今日の晩飯が来た。

嫌な事は忘れてルンの料理の上達具合でも楽しもう。

……現実逃避と笑わば笑え。


「自信作、完成」

「サラダにかかってるこのソース。見たことも無いや……もしかしてお手製?」

「おー、これ魚のスープでありますか?美味しそうであります!」

「肉料理は鳥ですの?ふぅん……まあまあの出来ですわね」


「くんくんくん……むこうから、おかしのにおいがする、です」

「……デザートは後で」


何か、本格的なのが出てきたんだけど?

凄いな、たった数ヶ月でここまで上達したのか。

最初はスープとは名ばかりの代物しか作れなかったのに。

手先は器用だと思っていたがまさかここまでやるとは……。


「先生」

「ん。どうした?」


「……まずはこれから」

「お、これは以前レシピを渡したリンゴの甘煮!?」


取りあえずひと齧り。

うん、美味ぇ。

凄い美味ぇ。

……美味すぎて泣けてくる。


「美味い、な」

「……♪」


その答えにとても嬉しそうに微笑んだルンを見てると、多少自惚れたくもなる。

俺に一欠けらの悪意も無い笑顔を向けてくれるルンは、既に俺にとって特別な存在だ。

何より頼りにされているという感覚が心地よい。


けど、既にこの笑顔は誰か別な奴に売約済みなんだ。

……いっそ、そいつを消してやろうか。

そんな危険な感情が脳裏によぎったりもした。

だが、それが果たしてルンの為になるのだろうか。

結局、それ以下の奴の嫁にでもなる羽目になったりしたら、俺は俺をけして許せないだろう。


……結局、見守る事しか出来ないのかよ……。

拳や剣を交える時には滅多に感じなくなった無力感が全身を包む。


「あら~、おいしそうねルンちゃん~」

「ふむ、良く来た。娘の料理はこれで中々の物、楽しんで行ってくれたまえ」

「……お父様、お母様。こちらです」


とは言え、ルンのご両親もやってきたからには何時までも暗い顔もしていられないな。

さてスマイルスマイル、と。


……。


……客間のテーブルは元々10人は座れそうなほど広い。

何の措置も要らず全員並んで座れていた。

ルンの料理は実際美味かった。今は皆楽しそうに談笑しながら食事している最中だ。

因みに俺の席はルンとアルシェの横。さっきからしきりに飲み物を勧めてきたり、

ナプキンで口を拭いてきたりと色々世話を焼いてくれている。


「話は聞いている。リオンズフレア公と関係修復が叶ったらしいな、娘よ。おめでとう」

「……全ては先生のお陰です、お父様」

「細かい事を気にし過ぎていましたの。本当に申し訳なく思っておりますわ、公」


ふう、これを見ているとこの国に来た甲斐があったって思う。

これでルンの虐め問題は解決した……んだったらいいなぁ。

まあ、もし何かあってもすぐに駆けつけられる体制は整えたし、

今後はそんなに心配する必要も無くなるだろう。


「あの~、私を見るルンちゃんとリンちゃんの目が何か怖いの~」

「……お母様。胸に手を当てて考えて」

「マナ様に悪意の無い事は承知しましたわ。ですが感情は別問題ですわね」


あー、何と言うか……自業自得だと思うが。

マナさんの行動でこいつ等の受けた損害は洒落になって無いしな。


「う~、カルマちゃん?皆が私を虐めるの~」

「何で俺に振るんだよ……」


正直勘弁してください。

もう勇者に関わるのはこりごりなんだよ……。


ん、ルーンハイム公、どうかしたのか?

俺のほうなんか見て。


「いや、カルマ君の横にいるお嬢さんはアルシェ隊長ではないか?見違えたのだが」

「お久しぶりですね、公爵様。今はリオンズフレア様の護衛をしてるんだけど……」

「ああ、俺じゃなくてアルシェを見てたのか」


「いや、君にも用はある。どうかね。以前仕事の依頼をしたが……請けて貰えるか?」

「うーん。今回は申し訳ないがパスさせてくれ。宮仕えは気を使いそうでな」


以前商会経由でマナリアからの仕事の依頼の話があったが、

内容的に俺にとって損が多かったので無視していたのだ。

まさか、まだ返事を待っていたとは思わなかったが。


「そうか、我はてっきり請けてくれるからこの国に来たのかと思っていた」

「何処を見ればそう思うんだ公爵様……」


「うん?いやてっきり妻子同伴かと思ったのだ、済まぬな」

「妻子……って誰だ?」


「いや、てっきりアルシェ隊長が君の妻なのかと思ったのだが……違ったようだな」

「ええええっ!?いえ、そう言うのも別に僕は嫌じゃないけど……って何口走ってるの僕!?」


……思考が停止した。

えーと、二人とも……ナニイッテルノ?


「ははは、成る程。恋人同士という奴か。君も中々隅に置けんな、カルマ君」

「えーと、実際の所今まで彼女はおろかまともに女の子と手を繋いだ事も無いのですが……」

「あたしらはノーカンでありますか?」

「アリス。たぶん、いもうとはべつばら、です」


悪かったな蟻ん娘ども。

はっ。どうせ俺は寂しい一人身ですよ。


「ふぅん。そっか。じゃあ、僕が立候補……しちゃおうかな」

「はい?」


いつの間にか周囲から時折響いていた食器同士の触れる音(下層階級限定)や、

雑談の一切が消えていた。

え?何この展開?一体何が起こってるんだ?


「これは予想外の展開ですわね」

「あら~、カルマちゃんもてるのね~。ちょっとお母さん困っちゃうんだけど~」


予想外なのは俺も同じだ。

おい、蟻ん娘ども。

コレは一体どういうドッキリだ?


「今まで全然気付かなかったのでありますか?」

「ていうか、みてみぬふり、だめ、です」


うん、いやね、判ってるよ。判ってるさ。

……体の半分だけ異常に寒いのも、その理由もな。


「……先生は、私の」

「うん。多分そう言うと思ってたんだルーンハイムさんは」


何かルンが怒ってるーーーーっ!?

俺宛じゃないのが唯一の救いだけど視線からして既に絶対零度だ!?

おいアルシェ?冗談はそこそこにしとかないと……コイツ思いつめるタイプだぞ!?


「返して。私の先生返して!」

「返してって……そもそも婚約者居るんだよね?それなのにカルマ君縛っておくのはどうなの?」


「……!」

「先生だって言うなら、別に彼女持ちだって良くない?祝福するのが正しい生徒だと思うな」


「でも……」

「決まりごと破るのは嫌なんだよね。だったら大人しく身を引いたほうが良いよね?」


「……せめて、三年だけでも……」

「いいの?未来の旦那様の為に自分を大事にするのがお嬢様のお仕事じゃないのかな?」


言外に恵まれてる環境なんだからそれぐらいするべきだと言う強いメッセージを載せて、

アルシェの言葉は続いていく。

一言一句は結構丁寧なんだけど、その言葉に含まれる毒は洒落になって無いぞ!?


「……一応片側の父親がここに居る訳なのだが……我の事は無視か?」

「でもね~パパ。この諍いはパパの不用意なひと言のせいなのよ~?」

「マナ様はそのお言葉を自分の胸に刻むべきですわ……」


モテ期が帰ってきたのはいいが……こんな殺伐としたモテ期はいらん様な気がしないでも無い。

えーと、誰かこの状況下の収束方法を教えてくれ。

敵なら切り殺せばいいんだけど、こういう場合の対処法を俺は知らんのだが。


「ねえ~、カルマちゃん?」

「あ、何ですかマナさん」


「何であのアルシェって子はルンちゃんを婚約者の事で責めてるのかしら~」

「……俺に聞かないで欲しいんだが……」

「と言うかカルマ君?我の娘に何をしたのだ。怒らないから言ってくれ、今すぐに」


いや、別に父親に知られて困るような事はして無いぞ?

地下洞窟の閉鎖空間の中で出会って一緒に冒険して、

洋館のひとつ屋根の下、同じ部屋で一週間過ごして、

戦場でルンの胸に顔埋めて泣いて……。

あれ?もしかして言ったら拙い話が多くないかこれ?


「何故黙っているのだ?もしや人に言えないようなマネを!?もしそうなら命で購って貰うが」

「パパ~。余り困らせちゃ駄目よ~。それにいざと言う時は責任とって貰えば良いだけだし~」


勇者様、問題発言一つ入りまーす。

と言うか、それを認めてしまえば婚約と言うシステム自体が崩壊しかねないと思うのは俺だけか?


「いや、マナよ。お前と陛下しか知らぬ娘の婚約者はどうなるのだ?」

「確かにカルマさんに責任取らせたらその婚約者の面目は丸つぶれですわね。というか誰ですの?」


あ、それは俺も興味あるかも。

父親にまで内緒の婚約者って一体何者なんだか凄く気になる。

と言うか、ルンに手を出したら貰って良いって聞こえるんだが。

いいのかよ?


「婚約者?そこのカルマちゃんよ~。血統も魔王の孫!ね、バッチリでしょ~♪」


……はい?


「ちょっと待つのだマナよ!今色々と聞き捨てならない台詞が!」

「魔王の孫ですの!?カルマさん?本当でしたらとんでもない事ですわよ!?」

「いや、それ以前に俺も初耳なんだけど!」


そんな大事な事がなんで俺の耳にも入って無いんだよ!?

……あ、もしかして母さんの幽霊が本当に伝えるつもりだったのはこの事か?

家の地下にあった装備とかも何処までも禍々しかったし!


「カルマちゃん~、地下のギルティちゃんから何も聴いて無いの~?」

「むしろ、変な疑惑を持たれそれどころじゃ無くなった、と言うかあの母さんを知ってたのかよ」


「……おかしいわね~?いざと言う時はリンちゃんのパパさんが伝えてくれる筈なのに~」

「ち、父の居所をご存知で?マナ様、何処に居るのか教えて欲しいですわ!」


何か、カオスな事になってるな。

しかし、二つの連絡法で伝える予定だったはずの事項が何で俺の所にまで伝わっていないんだ?


「あ、そうか、18の誕生日に伝える気だったんだろうからな……まだ時間があるからか?」


しかしそうか。俺には嫁が居たのか。

母さんグッジョブ。

だが出来ればもう少し早く教えてくれてたら、こんな無駄な劣等感を抱かずとも済んだ物を。

そこだけちょっとマイナス点だな。


「どうでも良いけど、もし出会ってなかったらと思うとぞっとするでありますよ?」

「何でだよアリス」


「いや、何も知らされずにいきなり魔王の孫と結婚とか言われたらどうなると思うでありますか?」

「ふつうのひとなら、くびつり、です」


確かに。

と言うか、今のルンでも大丈夫か判らんのでは無いのか?


「問題ない」

「うわっ、ルン!?いきなりどうした?」


いきなり背後に立つな。

心臓に悪い。


「逆転勝利」

「……何その展開。あはは、あは……燃え尽きたよ、真っ白に燃え尽きちゃったよ……」

「何かアルシェが燃え尽きてるんだが……」


「今日は最高の日」

「あ、カルマ君が魔王でも何でも、今更僕の気持ちは変わらないからね?そこは安心していいよ」

「と言うか背後でとある夫婦がドンパチしてるのでありますが……」


ああ、外野は無視。

正直俺も俺の事だけで一杯一杯だ。


「と言うかルン。本当に俺でいいのか?」

「別に構わない」


おや、ルンの袖をアルシェが掴んでる。

何か言いたそうだが?


「ちょっ……ルンちゃん?ひと言アドバイスが……」

「何。アルシェ?」


「カルマ君に回りくどい言い方は逆効果だよ。本気なら正面からぶつからないと」

「……判った。ありがとう」


何か、君たち友情芽生えてないか?

いや悪い事じゃない筈なんだが、背筋に寒々しい物が走るのは何故なんだろう?


……っと、ルンが上目遣いで俺のほうを見つめている。

その瞳は真剣そのものだ。

OK、今なら婚約破棄も受け付ける。魔王の孫なんかお断りといわれても仕方ないしな。

ありもしない奇跡に頼ろうとは思わない。期待なんかしなければ傷つく事も無いんだ!

さあ、心の準備は良し、来るなら来い!


「……ふつつかものですが、よろしく」

「……えーと、それは」


「もう、離さない」


軽く床を蹴り、ルンが首に飛びついてきた。

細い腕に存在するであろう全力を持って俺の首にしがみ付いている。


「貴方じゃなきゃ、嫌」


吐息が首にかかる。暖かい。

これは……これはまさか、本当に?


「カルマ君?女の子にここまでさせたんだし。応えてあげる気があるなら何か言わなきゃ駄目だよ」

「アルシェ……」


「おめでとう。……僕はちょっと表の空気吸ってくるね」


アルシェはそれだけ言い残して部屋から出て行く。

その笑顔に陰りは無い、と思う。

……もしかしたらアルシェは煮え切らない俺の為に一肌脱いでくれたのかも知れない。

ただ、もしルンの事が無くてアルシェからの告白を受けていたとしたら……。

俺は間違いなくアルシェに転んでいただろう。それだけは判った。


さて、それはともかく確かにアルシェの言う通りだ。

ありえないからと切り捨てていた可能性、それが目の前に転がっているんだとしたら……。

俺もそろそろ色々と覚悟を決めねばなるまい?


「なあルン、本当に俺なんかでいいのか?」

「せんせぇが、いいの」


「魔王の血族らしいけど……?」

「せんせぇなら、平気」


何故だか涙がこぼれた。

俺みたいな奴を心から慕ってくれる娘が居る。

その事実が何より嬉しい。


……取りあえず、暫くここから離れられそうにも無いな。

コイツの為に、こいつの周りに蠢く全ての敵をぶっ潰そうと今決めた。

最悪さえ脱すればいいなんてけちな事はもう言わない。思わない。


俺は思わずルンを抱きしめていた。

ルンの方も、首根っこから離れようともせず抱きつき続けている。


「これからは、俺が絶対守ってやるからな」

「……ん♪」


幸せとはこうやってかみ締めるものなんだなぁ、

そんな風に感じて、

……いた俺の肩をゴツい手が掴みあげた。


「すまんがカルマ君。……ちょっと表に来い」


「えーと、おとうさんですか?いや、何と言うか、もう」

「……いってらっしゃい、あなた」


……結局その日は一晩中肉体言語で語り合う羽目となった。

だが、最後まで顔がにやけていた俺を誰が責められよう。


「我が責める!文句は認めぬ!」

「い、今殺す気で来なかったか!?」


「あら~、二人とも仲良しね~」


取りあえず、多分今日のこの日が己の人生のターニングポイントだったのではないか。

きっと未来の俺はそう言うんだろうな……と思うよ。


……。


≪side アリス≫

大騒ぎの客間を抜け出し玄関を潜ると、そこではアルシェねえちゃが月を見ていたであります。

あたしは正直、アルシェねえちゃがにいちゃを本気で好きだったんじゃないかと思った。

だからこうして追いかけてきたのであります。


「アルシェねえちゃ……良かったのでありますか?」

「アリスちゃんか。うん、きっとこれでいいんだよ」


……あんまり寂しそうじゃ無いでありますね。

その気持ちはその程度のものだったのでありますか?


「魔王の孫とか……色々あったけど、ルンちゃんの気持ちは揺らがなかった……勝てないよ」

「アルシェねえちゃはどうでありますか?魔王の血は怖いでありますか?」


「やだなぁ、そんな事で怖がる訳無いよ。ただ、正規のお相手に譲っただけ」

「その割りに平気そうですわね。私にはもっと必死そうな感じに見えましたわよ?」


あ、フレアねえちゃであります。

お父さんの居所聞き出せなくて残念でありましたね。


「……うん。まあね、でももう良いんだ」

「諦めますの?」


「そうだね。二号さんで我慢するよ」

「はい?」


とりあえず……転がっておくであります。

こう言うのを人間の言葉で様式美とか言うのでありますよ。

ところで、にごうさんって一体なんでありますかね?


「私が認めた」

「ルーンハイムさん?カルマさんはどうしましたの?」


「先生?お父様と語り合ってる」

「……まあ、公の気持ちは判らんでも無いですわ」


そうでありますね。

あたしもびっくりだけどあのおじちゃんもきっと凄くびっくりしたと思うであります。

多分、にいちゃの財産の額を知ったらもっとびっくりするでありますが。


「ところで。その二号さんとか言う話はどういう意味ですの?」

「ああ。後ろでマナ様が色々暴露してた時ルンちゃんと話し合って決めたんだ」

「……アルシェの気持ちは本物だから」


何と言うか。ルンねえちゃ、余裕でありますね。

その後は皆でおしゃべりしてたでありますが、あたしは子供なのでよく判らなかったであります。

ただ一つ、にいちゃの出自は隠す事で一致したのは理解したでありますよ?

あたし等はその後ベッドに案内された訳でありますけど、

にいちゃは何故か一晩中おじちゃんと戦い続けてたでありますね……。


……。


ふぁ……あ、朝日でありますよ。

今日もいい天気であります。

さて、アリサも起き出した頃でありますし早速報告であります。


『ルンねえちゃはにいちゃの嫁』


……アリサが全然驚いてなかったのが印象的でありました。

もしかして、アリサは全部知ってたのでありますかね?


***魔法王国シナリオ2 完***

続く



[6980] 32 大黒柱のお仕事
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/14 18:21
幻想立志転生伝

32

***魔法王国シナリオ3 大黒柱のお仕事***

~働かざる物食うべからず 但し例外あり~

《side アリサ》

今朝方アリスから勢い込んで報告が来た。

昨日も夜中まで頑張ってたんですっごく眠いけど、

あんまり慌ててるから取りあえず真面目に聞いてみる。


『ルンねえちゃはにいちゃの嫁』


何、当たり前の事言ってるんだろ?

兄ちゃのお嫁さんがルン姉ちゃ以外に居るとでも言うの?

もし居たとすれば、あたしびっくり。


……そもそも、兄ちゃは自分じゃ知らないけどあの勇者ゴウの息子なんだけど?

しかも母親は魔王の作り出した最強の戦闘用魔法生命体、罪のギルティ。

もしあのギルティが魔王軍から離れなければ勇者なんかに勝ち目は無かったんだよー。

もしそんな事実を突きつけられた上で、

まだ後ろを付いて来よう。なんて物好きが、

精神的にどん底から助けてもらったルン姉ちゃ以外に居るとでも言うの?


『それと……アルシェねえちゃはにいちゃの二号さんであります』

『ぬなーっ!?何ぞそれーッ!?』


これはびっくら。

物好きって探せば居るんだねー。

わざわざ勇者的特徴、要するに強運と悪運を併せ持つ兄ちゃの下に、

わざわざ嫁いで来ようなんて言うなんて……これは買いだね。

ルン姉ちゃと違って特に面倒な親類も居ないだろうし、後で陰謀仲間に引き込んじゃえ。


むがー……それにしても兄ちゃにずいぶん会って無いよー?

幾ら量産作業の真っ最中とは言え、そろそろ深刻な兄ちゃ分不足が起きてもおかしくない!

お仕事ひと段落着いたら遊びに行こうっと。

あ、そんな訳でアリシア。あたしのお部屋用意しておく事。いい?


『はいです。もう、ルンねえちゃのおうちのちかに、いりぐち、よういできてる、です』


じゃあ、今のお仕事終わったら行くからねー。

と言う訳で早速急いでお仕事を終わらせないと。


まあ、あたしが居ないと駄目な仕事も多いし。

種族二つも従える大いなる一族の支柱ってのも大変だと思うよねー?


「そうですね、アリサ様。それではこちらが本日目を通して頂く書類になります」

「え、ホルス?この書類の山、なんぞや?」


因みにここはサンドールのカルーマ商会本部二階。

今日のあたしは総帥代理としてここで書類を読んでハンコを押すお仕事をしてます。

あたし、偉い。

特にきちんと書類を読んでいる所が偉い。


でもね、そうやって真面目にやっていられる量には限界があると思わない?

何でホルスは毎日毎日そんな大量に持ってこれるの?


「はい。本日中に決済して頂く必要のある書類で御座います」

「まじで?……兄ちゃに半分回しておいて」


「既に倍の量の書類を、地下道経由で主殿に送っております」

「むがー!でもこれじゃあ何時まで経っても遊びにいけないよー?」


泣いてもいいよね?

あたしお子様だから。子供だから泣いてもいいよね?

幾らなんでも何処かの辞典よりも厚そうな書類の束は無いんじゃない?


「私は毎日その五倍を処理しておりますアリサ様。いえ蟻の女王陛下?」

「ごめんなさい。あたしが悪かったです」


むがぁ……。

そう言われたら何も言えない。

仕方ないから真面目にやるさー。


「時にアリサ様。レキの第二期工事が完成いたしました」

「こっちも地下水道が外壁内側のエリア全域で、上下共に完成してる」


ふむう。第二期工事完成って事は、城壁とかは出来たんだよね?

こっちも水利関係の設備は大体完成済み。

生活インフラは大分出来上がってきたし、後は最低限の仕事場の提供かな?


「じゃあ、集めた肥料を撒いて土地を肥やしておくねー」

「ではこちらはそろそろ本格的に移住を開始させようと思いますが」


「一応あたしらの裏事情を知らない連中だから、辿り付く前までには蟻達は引き上げさせるよ」

「はい。主殿も蟻達については秘匿せよとのお達しでした」


兄ちゃ曰く、

人は異質な物、未知の物を恐れるんだって。

余りに大きな力を持つ違う存在は、どんな形であれ何とかして排除しようとする。

だからあたし等は人前に出るな。

人を支配するのではなく、甘い蜜で釣ってこっそりと利用し尽くしてやれ。

人間に信用できる奴は中々居ない。だからお前達が地下から人の世界を操れ。

そしてみんなが幸せになるような世界にしろ。

ただし絶対に気付かれるな。


これが兄ちゃからの教えだったり。

まー、兄ちゃの言う事だしあたし等は従うだけ。

取りあえず蟻的には、食う寝る増えるが人生なのさ!

そんな今の生活に不満なんてあるわけ無い。

本当、人間って面倒だよねー?


「そだね。じゃあ農場と牧場の整備は後半月を目処に終わらせとく」

「お願い致しますアリサ様」


委細承知。全てあたしに任しとき?

さて、働き蟻に肥料の運び出しさせますかー。


……ふー。しかし忙しいよねー。


おかーさんだってもっとのんびり暮らしてたと思うよー?

まあ、お腹すかせて惨めに生きるなんて選択肢はもう選ぶ余地無いけどね。

それに億を遥かに越える我が眷属どもの為にも、最低でも現状維持はしておかないと。

はぁ、気楽なお姫様とか一度でいいからやってみたかったなー……。


……。


≪side カルマ≫

……昨日、義理の父となる事が決まったルーンハイム公と拳で語り合い、

ふと目を覚ましたら二人で仲良く庭で寝ていたりする俺なのではあるが、

ふと目を覚ました時、顔の横に大量の書類が置かれていた。


……ふふふふふふ、そうか。

魔法王国までやってきてなお、書類仕事からは逃れられんのだな?

ホルスの事だから本当に最低限以外はアイツが肩代わりしてくれてるだろうが、

同時にこれは俺が何としてもやらねばならない仕事と言うことだ。


既に設立当初の目的は果たし終えたカルーマ商会ではあるが、

今まで付いてきてくれた奴等とその家族の為、今まで以上に頑張らねばならない。

今更潰す訳にはいかんのだ。何せとんでもない人数が路頭に迷う羽目になてしまう。

怨まれたくは無いよな常識的に。


……そんな訳でルンの屋敷の一室を借りて書類を片付けてる訳だ。


『んー、これはまだいい。こいつは急がせるか……決済、と』

「先生、お茶」


ルンが持ってきてくれたお茶を飲みつつ、書類の山と格闘中だ。

うーん、書類との格闘で疲れ果てた心にお茶の香りが染み渡るな……。


因みに俺の担当書類は機密保持を兼ねて古代語で書かれている。

お陰で横に誰が居ようが問題無く出来る訳だ。


「……先生。それ、何の魔法?」

「いや、これは古代語で書かれた重要文書だ。今解読中なんだよ、ルン」


「歴史的遺物……素敵」

「まあ、いずれはそうなるのかも知れないが、な」


うん。何一つ嘘は言って居ないぞ?

古代語で書いてるし重要だし解読しないと決済できないからな。


目を閉じてほんわかと遥か古代のロマンに浸ってるルンには悪いが……、

まあ、この書類はもっと下世話でえげつない代物なのさ。


けどまあ、ルンの場合嘘とか上手くつけないだろうし、

最悪の事態を考えると嫁だろうが何だろうが真実を知られる訳にもいかないんだよな。

それに排除はしたくないとなると、

万一の際は地下に一生閉じ込めてしまわねばならん。

流石にそれは可哀想だし、

そこまでやって好きで居てくれる人間がいるとはとても思えんな。

……とはいえ、こっそり隠れて処理して逆に怪しまれたら本末転倒。


そんな訳で適度に誤魔化しているという訳だ。


さて、次の書類は、と。

あー、貸し金業務のせいで商都の銀行と仲が悪くなってるのか。

さて、どうするか。あの銀行には商会設立以前の俺の財産を預けてあるんだよな。


……取りあえず個人向けの金融からは手を引いて、銀行に任せるか?

最悪、新規事業への投資さえ続けられればこちら側に立つ人間を増やす事は出来るだろう。

それに個人向け融資はどうしても返済を迫る羽目になり評判を落とすのが判ってきたからな。

利鞘は悪く無いが……望んだのは向こうだ。ここは商都の銀行に泥を被ってもらうか。

俺達は悪評を避けられ向こうは利益を得る。お互い得するのが良い取引ってもんだからな。


と言う訳で俺の意見を付けて、決済印をペタリと。

じゃあ次だ……はぁ、終わりやしない……。


「……先生?古代文書に落書きして、いいの?」

「ん?まあ注釈みたいな物だから。それにこれを今日中に商会に届ける約束があるからな」


ひょいと背中側からルンが書類を覗き込んでいる。

うん、背中に慎ましやかな幸せがくっ付いていい気分だ。


「カルーマ商会からの、お仕事?」

「そういう事。一日これぐらいの量をこなして……まあ月に金貨百枚か」


因みにカルーマ総帥としてはこの他に毎月自由に出来る資金を、

この三倍くらいプールして貰ってたりする。

いやあ、今更貧乏暮らしも嫌だし古代語翻訳の仕事のふりして仕送りさせていたりするんだ。

とは言え、この書類で毎日大金が動いてる訳で、

決して働いていない訳じゃないのがミソだ。


ルン、お前の旦那はきちんと働いてるから今後の生活は心配しないでいいからな?

ってルン?どうした固まったりして。


「金貨……百枚を……毎月?」

「どうした?瞳孔開きっぱなしだぞ」


「……きゅう」

「倒れたーっ!?一体何事だーっ!?」


とまあ、色々ハプニングはあったもののどうにか昼前には書類の山を排除する事に成功。

ハピ辺りに書類を渡さないといかんし、気分転換兼ねて出かけるとしますかね?


……。


「お疲れさん、ハピ。例の書類目を通しといたぞ?」

「お疲れであります」

「おつ、です」

「はい、カルマ様。では本日分の書類は預からせて頂きます」


そうして百貨店までやってきた俺達は、早速ハピの元へ向かう。

古代語の翻訳を同行させたアリシア達に任せる事にしている。

よって蟻ん娘とはここで一度お別れだ。

とは言え、晩飯までには戻ってくるだろうが。


……それに、俺にはやらねばなら無い事がある。


「ちょ、マナさん!?勝手に商品弄っちゃ駄目だって!?」

「え~、ちょっとぐらい良いでしょ~?」

「良い訳無いでありますよ!?」


このスチャラカな義理の母親(予定)の暴挙を止める!

畜生、何時の間に付いて来てやがったんだ?


「あら~カルマ君~?どうして私の行く所に付いて来るの~?」

「そう言う事か!行き先同じなんてついて無ぇ!」

「ガード!ガード!であります!」


わたわたと宝石類に手を伸ばさんとする歳だけ大人なお子様の腕を掴み、

アリスには片足を押さえさせる。

しかも気付けば多数のギャラリーが無責任に周囲を取り囲んで歓声上げてるし……。

えーい、見世物じゃないんだ!見物人ども退いてくれ!

ああ!もういっそ強力でも使って腕力で押し切ってやろうか……!


……あれ?いきなり力が抜けたぞ。


「ちょっと待ってね~?表が騒がしいわ~」

「え?そういや何か表にも人だかりが……」

「表で誰か揉めてるであります」


事件か?物騒だな。だがこれはチャンスだ。

これ幸いとマナさんの背中を押し、店から押し出す。

そして人だかりの方に歩き出すと、マナさんも釣られて……いや、自発的に歩き出した。

どうやら既に商品の事は忘れ、人だかりの方に興味が移ったようだ。

……さて、何の話か判らんが、取りあえずそっちもチェックしておくか?


「ねぇ?それ私のお金なんだけどぉ……どう言うつもりぃ?」

「「「「おうおうおう!レンの姉さんの持ち物に手ぇだすとはいい度胸だな坊主?」」」」

「う、うう、ごめんなさい。でもどうしても母さんの薬代が居るんだ。見逃しておくれよ」


人だかりの中心に不良を引き連れた金持ちそうな女とみすぼらしい少年が居る。

どうやら、家族の薬代の為にスリを働いたようだ。


しかし相手が悪かったみたいだな?

どう考えても相手は貴族階級、しかも街のチンピラ引き連れてやがる。

本人もちょいとばかり"遊んでる"女子高生風で金と暇を持て余してると言わんばかりだ。

まあ、傍目から見ても暇に任せて馬鹿なことしそうなタイプに見える。


だがな少年。相手が余裕ありそうだとは言え、盗みはいけない事だぞ?

とは言え情状酌量の余地は大いに有りそうだがな?……さて、どうしたものかね……。


「お金は何時か必ず返すから、今は見逃しておくれよ」

「そぉ言われてもぉ、泥棒なんかにかける情けは無いわよぉ?」

「「「「その通りだぜ!へっへっへっ」」」」


うん。正論を言ってる方が悪党に見えるこの状況下は一体何なんだろうな?

周囲の同情は少年に集まりつつあるが、

実際の所盗みに手を出した時点で情けをかける必要は半減している。

……俺としては態度も考慮した上で、どっちもどっちといった所だと思うな。


「……ごめん!」

「あ、逃げないでよぉ!この盗人ぉっ!」

「「「「待てやコラ!」」」」


しかし言葉とは裏腹に少年は慣れた足取りで追跡する手から逃れ……。

……ドン、と音がして少年が何かにぶつかった。

あれ?いつの間にか居るべき人がいないが……ああっ!?


「ま~、泥棒はいけないのよ~?」

「ひ、ひぃいいいいいいいっ!?」

「げげっ!マナ様ぁ?何でこんな所にぃ!?」

「「「人生終わった!」」」


いつの間にか犯人の所まで歩いていってたマナさんに捕まった。

さっきまでの威勢は何処へやら、少年は腰を抜かして後ずさるのみだ。

……どんだけ恐れられてるんだあの人?


「もう~困った子ね~?次やったらお仕置きだって、以前言ったわよね~」

「うわああああっ、許して!許しておくれよいおおおおっ!?」


あ、マナさんがワラッタ。

と言うかあの少年、前科持ちかよ!


「泥棒は駄目よ~?」

「ぎょぇえええええええっ!」

「マナ様ぁ!?何する気なのぉ!?」


あら?いつの間にかチンピラ連中が居なくなってるぞ?

しかも野次馬連中も次々逃げ出して行くし!?

……あ、絶叫響く中詠唱が始まったぞ!



『今日も元気~♪』



⑨が出たああああっ!

しかも旦那と違って異様に似合ってやがる!


「あひゃ、あひゃ、あひゃ」

「マナ様ぁ!お気を確かにぃ!?ショッピングがぁ出来なくなっちゃうぅ!」


いやいやいや、そういやそうだ。

あの軍隊を相手に出来る大魔法をこの街中でぶっ飛ばされちゃ何人死ぬか判らないぞ!?

しかもこそ泥一匹への罰、しかもお仕置きレベルと言うには少し過激過ぎないか?!


「やり過ぎだマナさん!せめて街を破壊しないレベルに押さえてくれえええっ!」

「誰か知らないけどぉ!その通りよぉ!?マナ様落ちついてぇっ!」


あ、ぴたっと止まった。

……届いたぞ?俺達の言葉届いたぞアンタ……えっと、名前はレンだっけ?


「そうね~、じゃあ怪我しない奴に変えるわ~?」

「えぇっ?マナ様が人の言葉聞いてくれるなんてぇありえないわぁ!?」

「と言うか、そんなのあるなら先に使えと小一時間」


全く、いきなり街全滅のお知らせが流れるところだったぞ?

怪我人の出ない奴があるなら今度からはそっちを先に使って貰いたいもんだな。


『虫垂炎、小腸・大腸の閉塞、ヘルニア嵌頓、消化性潰瘍、胃・腸管の穿孔・破裂……』

「何その詠唱……」

「あれぇ?何処かで聞いた感じの詠唱よねぇ。でも思い出せないわぁ」


いや、良くないってば。

そもそもこれ、一体何の詠唱なのさ?


知らない国の音楽みたく、

意味は判らないけど音として覚えてるとかそういうのかも知れないが、

それでも発動する所を見たことあるんだろ?


『憩室炎とくにメッケル憩室炎、炎症性腸疾患、マロリーワイス症候群、特発性食道破裂……』

「あ、思い出したわぁ。……逃げるわよぉ!?」

「なに?良く判らんが、だったら俺も逃げる!」


何処かで聞いたような名前の子があたふたとしだした。

つまりあの魔法もやばい訳ね?


身の危険を感じ俺も撤退にかかる。

強力で脚力をブーストし一気に大通りを駆け抜け、

先ほど逃げ出した街の人たちを追い越し、


……追い越した時にそれは起こった。


『胃炎・腸炎、急性胃炎、結腸垂捻転……腹内崩壊!(コンディションクラッシュ)』


その言葉が鼓膜を振るわせた刹那、時が止まった。

そして時は動き出す。


……主に腹の中からゴロゴロと。


「な、何だこれ?腹痛ぇ!?」

「きゃああああっ!?無理やりお腹痛くする魔法よこれぇ!?」


何だって!?

つまり腹が急に下り始めたのはそのせいなのか!?

あー、腹がゴロゴロ鳴ってる!苦しくて死にそうだ、というか漏れそうだ!

と、トイレは何処にある!?


「嫌ぁ!もうあんな恥かきたく無いぃ!」

「お母さーーーーーん」

「手遅れだあああ……アッ!?」

「またかよ!?」

「駄目だ、公衆トイレが一杯だあああああっ!」


周囲の阿鼻叫喚を尻目に俺はカルーマ百貨店、それもスタッフルームに駆け込む。

そして従業員用トイレの個室に飛び込む事により、一応人としての尊厳を死守する事に成功した。

こう言う時は目先の近さより確実に使える所に入るのがコツだと思うな。うん。


……しかしまだ腹が痛ぇ。マナさん、怨むぞこん畜生。

これで義理の母となる人じゃなかったらこのまま首でも絞めてやる所だ。


あ、ハピが手洗い用のフィンガーボウルを持ってきてくれてる。

いやあ……助かるなホントに。


「ご無事ですか総帥」

「うん、ハピは無事なのか?」


「幸い効果範囲は聞こえた者のみ。騒ぎを聞きつけ慌てて地下に潜りましたので実害は無しです」

「そうか……いやまて、まさかこんな事が何回もあったのか?」


あ、目が遠くなった。


「ええ、私どもがやってきてから……これで三回目ですね」

「そうか。道理でこの時代に公衆トイレなんて物が存在してる訳だ……」


恐るべし勇者。

肉体ではなく精神に致命傷を与える極悪魔法とか、笑えないぞ?

まあ本人は血も出ない優しい魔法だと勘違いしてるみたいだが。


さて取りあえずハピに礼を言い、表に出てマナさんの方に向かう。

……ああ、街の空気が淀んでる。

そして絶望の吐息と共にへたり込む老若男女がひいふうみい……数え切れない。

余りに哀れでその姿を直視できないんだけど……。


「うあああぁん!これだからルーンハイムの人間は嫌いよぉっ!」


さっきのレンって子も号泣中……ご愁傷様だ。

ただ、母親はともかく娘は良い子だから余り怨まないで……無理か。

まあここは知らぬ存ぜぬで進むだけだな。

何せ、マナさんがこの魔法に切り替えたのって俺のせいだよな、この場合。

よって下手な藪を突付いて蛇を出すようなマネは避けたいのだ。


が、どうやら俺に用があるのは向こうの方らしい。

何せ真っ青な顔でこっちを睨みつけてるからな。


「ああっ!そこのアンタァ?なんでアンタだけ無事なのよぉ!?不公平よぉ!」

「いや、幸いトイレに飛び込むのが間に合ったからで」


「ムカつくぅ!何時かギャフンと言わせてやるから覚悟しなさいよぉ!」

「はいはいはいはい」


「ムカっ!けど今日は見逃すわよぉ……ううう、もう嫌ぁ。お腹が割れちゃうわぁ」


とりあえず適当に無視する。

何せ年頃の少女には余りに辛い試練だ。多少の八つ当たりは大目に見ておこうと思う。

……と言うか涙目過ぎて何と声をかけて良いものやら判らん。

取りあえずトイレは満員御礼。最悪の事態に至る前に速やかな帰宅を勧めるぞ?


さて、取りあえずマナさんを探して屋敷に連れ戻そう。

もうあの人の被害者をこれ以上出す訳にも行かないし。


「あら~?カルマ君大丈夫だった~?」

「お陰様で、な」


おいおい、あんな阿鼻叫喚地獄絵図作り出しておいて言いたいのはそれだけかよ?

……思わず滝のような汗が流れるが、内心の動揺を隠して笑顔を見せておく。

何せ相手は大きなお子様だ。社会的立場も向こうが上なだけに強硬手段は採れない。


と言うか、正直言って何故か正面戦闘では勝てる気がしない。

よって取りあえず声をかけてみる事にした。


「取りあえず悪は滅んだみたいだし。そろそろ戻ろうぜ?」

「そうね~?あの子もこれで懲りて人のお金に手を出すなんて辞めれば良いんだけど~」


あんたがそれを言うか?

しかもあの子供、白目を剥いた状態で口から泡吹きながら道端に転がってるんだけど……。


だが、話が拗れるのでこの場でそれを指摘はしないでおく。

実際俺も前世のゲームで、取らないでくれとNPCに言われた宝箱を、

ペナルティが特に無かった為に根こそぎ持っていった記憶がある。

マナさんにとって、この暴挙はそれと大して変わらないのかも知れない。

まあ、だからと言って許せるかと言うと無理だと思うのだが。


「今日も良い事したわ~♪前は地下のネズミ退治したのよ~」

「へぇ、その後どうなったんで?」


「死んじゃったネズミさん達が~、川を埋め尽くすぐらい一杯流れて行ったわよ~」

「えっと……それって匂いとか酷くなかったか?」


「そうね~。川から死体が無くなる一週間ぐらいまでは鼻が曲がりそうだったわ~」

「なんてこったい」


すごかったわよ~、と自慢げに語られる内容のあまりの凄惨さに思わず冷や汗をかく。

川を埋め尽くすほどのネズミの死骸を放置?正気だとは思えん。

万一、伝染病でも流行しだしたら一体どうするつもりなんだろう。

……これが呪いか。これが呪いの効果なのか。恐ろしすぎる。


結論としては、屋敷で日向ぼっこでもしててもらうのが一番と言う事か。

さあさあ、おうちに帰りましょうねぇ……はぁ。


……。


そして翌日。

この家の経済状況をある程度知っている身としては、

流石に何日もただで世話になるのは気が引けていた。

そんな訳で使用人三人を探して宿泊料をこっそり支払う事に、


「んじゃ、これが俺達の食事代だ。公には言わなくて良いからな?……誇りを傷つけると拙い」

「おおおおおお……有難う御座います若様……」


したのだが、それだけで何故か若様扱いされるようになったんだけど?

……どんだけヤバかったんだこの家の収支?


「おいおい、そんなに感動してどうするんだよ青山さん……そんなに拙い状況なのか?」


「それはもう。何せ借金の返済の為に新たな借金を重ねる始末でして」

「お嬢様に何とかして頂くまでお給金も半年ぐらい滞ってましたよ?」

「毎年、王家から手当てとして毎年金貨三千枚も貰ってるんですけどね……」


金貨三千枚?

決して安い金額ではないな。と言うか遊んで暮らせるだろどう考えても。

むしろ、そのレベルだと軍隊一つくらいは養えるような気がする。

そんだけ貰ってて、なんでこんなに貧乏なんだよ?


「まあ、直属魔道騎兵の維持費に殆ど消えてしまいます……」

「私達使用人や兵士たちのお給金の支払いもありますからね」

「それを引くと残りは大体金貨百枚くらいですか?」


その金は本当に軍の維持費だった訳だ。

生活に使えるのは精々金貨百枚程度か……いやまて、親子三人なら十分どころじゃないぞ?

下層住民だとひと家族が年間金貨一枚で暮らしてるなんてザラなんだけど!?

それともあれか。公爵の地位に見合った生活をせねばならんとかそう言う事か。


「だったら、魔道騎兵解散すれば良いんじゃ……領地も無しで兵を養える訳無いだろう?」

「いえ、実はそうもいかない事情がありまして」


……話を聞いてみると、ちょっと眩暈がしてきた。

王家からの手当ては要するに危険手当。と言うか魔道騎兵に対する予算らしい。

それをこの家の生活費にも流用してると言う訳だ。


「良いのかよ、そんな事して……」

「まあ一応、公の私兵という立場でありますので」



成る程。ある程度の裁量は公にあるという事か。

……公爵家の私兵でありながら正規軍の予算で運営されていると言う微妙な立場。

それが許されているのはルーンハイム公自身が国随一の指揮官であり、

他ならぬ王の妹……マナさんの伴侶であると言う特殊な事情を持つ故である。


そして、金を出して貰っている以上ルーンハイム公爵家の当主は軍務に付く義務を負う事となる。

今日も荒れ果てた庭先に百人ほどの部隊を集め、行軍訓練を施しているようだ。

そして、もし万一の事があれば即座に対応すると言う役目を担っているらしい。


先日も北方から侵入した部族と戦って追い払ったと言う。

後は盗賊団を討伐したり、大量発生した魔物と戦ったりしてるんだとか。


「なあ、青山さん……それって、もしかして」

「恐らく、若様がお考えの通りかと」


要するにだ。魔道騎兵を解体してしまうと手当ても打ち切られる。

つまり生活費の当ても無くなってしまうという訳。

まともな領土が残って居る内はそれでいいのだろうが、

この家に現在まともな領地は残っていない。

要するに戦うのを止めたら命運も尽きる訳だ。


しかも、さっきの予算内から生活費を捻出できるのは余裕があるときだけだろう。

軍隊と言う物は当然消耗するもの。

戦死者が出たりしたら、見舞金や兵員補充など別口の出費が出て来るはずだ。

徴兵する場所が無いのなら、当然金を出して人を集める事になるだろうし……。

当然赤字が出る事は必至だ。

そうなった場合どうするつもりなのだろう?


いや、もしかしたら既に何度も大赤字を出しているのかも知れない。

……屋敷の現状を鑑みるにそんな予感がする。


「赤字ですか?そりゃもう毎年のようにですよ」

「せめて、公爵様の投資事業が上手く行って頂ければいいのですが……」

「赤字が膨らむばかりですもんね」


「流石に現状じゃ拙いのは理解してるんだな?……でも、儲からないと」


投資ねぇ。まあ一番無難な金の使い方だ。

資金を注入する相手さえ間違えなければ寝ているだけで金が転がり込んでくる。

ただし、失敗した時のダメージも笑えない物があるけどな。


……恐らくこの家が没落した最大の理由はこれなんじゃないのか?


勿論安全牌、そして危険だが美味しい案件を巧みに使い分け、

致命的なダメージを受けないようにする必要があるわけだが……あの人にそれが出来るだろうか?

何か、思い起こせば分の悪い賭けを好みそうな言動がチラホラしていたんだが……。


これは一度付いていく必要があるだろう。

そう感じ、俺は窓から飛び降りると行軍訓練中の一団に近づく。

そしてルーンハイム公に仕事時に連れて行ってくれるよう話を持ちかけたのである。


「ふむ。いいだろう、丁度今晩マナリア商業組合で会合がある。付いてくるが良い」

「組合の会合……そこで投資の話があるのか?」


「ああそうだ。我はパトロンとして長年組合の会合に出席してきたのだ」

「じゃあ同席させてもらう。今後の為に勉強させてくれ」


まあ、実の所はお手並み拝見と言った所なんだがな。

さてさて……果たしてこの人に商才はあるのかね?


……。


そして、その晩。

俺はマナリア商業組合の会合に出席していた。

名目はルーンハイム公の荷物持ちだ。


「それでは今月の会合を始めます。まず先月の収支ですが……」


組合の建物の中にある大きな広間に三百人以上の人間が集まっているな。

ただ、商人は思ったより少なくて100人ほど。

残りは、資産家や貴族のようだ。

どうやら資金に余裕のまだ無い商人たちがここでプレゼンを行い、パトロンを探す事になるらしい。

そうして、新しい商売に資金を出してもらい、儲けが出たら倍返し。

これがこの国における投資と言う訳だ。


「それでは、次。新しい商売の案がある方は挙手願います」

「はい、私に一つ新しい案がありまして……パトロンを探しております」


商人の一人が立ち上がり、

部屋の中央部、一段高くなった部分に上がって声を張り上げ始めた。


「……よって、サンドールのように我が国でも鮮魚を取り扱いたいと存じます!」


ふむ、このマナリアは高原地帯。

川魚はともかく海産物は非常に出回る量が少ない。

それを鑑み、臨海部からの定期的な海産物輸送ルートを確立したい訳ね?


……残念ながら、周囲が静まり返っている。

それが答えだよ……駆け出しっぽい商人君。


「魚だったら無理に海の物にこだわる必要は無いな……少なくとも我が国に川はある」

「それに……投資金額金貨五百枚は少し問題があるぞ?」

「そうだな。軽い気持ちで出せるレベルではないが、その試みを成功させるには少なすぎだ」

「仕入れ、販売、広告、商品警護……恐らく三倍の資金が必要になるだろう」

「それに新鮮さを保たせる為生きたまま持って来ると言っていたが……」

「水ごと運ぶと言う事か?坂道を馬車が走れる重量で済む方策は考えているのか?」

「余り細かく運んでも利益は出ぬが……」


そら来た……怒涛の駄目出し。

細かい事から致命的な計画の不備まで滝が流れるかのように吐き出される。

あ、笑顔のまま凍りついてしまったぞ……大丈夫なのか彼。

けど。これが正しい姿なんだよなぁ。金出す者としては。


あ、ルーンハイム公が立ち上がったぞ?

何を言うつもりだこの人。


「……皆の言いたい事は判る。だが、縮こまっていては壁を打破すること叶わぬと思わんか?」


え、その出だしからして危なくないか?

まさか……これに金を出す気なのか!?


「誰も成そうとも思わぬ斬新な意見、それにもし成功すれば利益は莫大……」

「しかし、公よ。成算は百に一つではないか?」

「そうだ。しかも……」


「ええい!先ずは黙って聞いてくれ!」


周囲の反対も公の耳には届かないようだ。

何か、演説が更にヒートアップしてきたんだけど?


「分の悪い賭けではあるが、それ故に心燃える、そうは思わんか!」

「思わねぇよ!それに成功率はゼロだ、ゼロ!」


あー、思わず突っ込んじまった。

実際は最後近くまではだんまりしておく予定だったんだが……。

けど……仕方ないよな。結論は既に出ている。


ルーンハイム公は……ギャンブラーだ!

成算を無視してハイリスク・ハイリターンのみ求めるやり方で上手くなんか行くわけ無いだろ!?

これ以上あの家の財産を減らしてやる訳には行かんぞ?もう他人事じゃないし!


「そうかも知れんなカルマ君。だが……針の穴を通って成功するかも知れん」

「通らないから。それに万一成功しても利益は無いに等しい」


「何故そう言い切れる!?」


あー、言ってしまって良いのかね?

何て言うか……手に入れたと言うより自分で作り出した情報なんだが。


「実は、カルーマ商会がもうじき大々的に鮮魚を売り出す事になっているんだけど……」


「わしも聞いたぞ。生のまま口に出来るほど新鮮な物を用意しておると」

「こちらも聞いています。しかも値段は川魚とほぼ同等にすると……」

「こちらの手飼いからも報告が来ておる。と言うか既に一部は売りに出されているな」


「なんだと……我は知らなかったぞそんな事!」


駄目じゃん。

しかもこの情報は別に秘密にしてる訳じゃない。

宣伝も兼ねてあちこちに情報を流している為、

ちょっと調べれば直ぐに手に入るレベルの情報だ。


現に他の出席者の七割程度は何らかの形で情報を掴んでいたようだ。

それを知らないルーンハイム公の商才なんて高が知れてしまうし、

そんな状況下であんな提案をする駆け出し君の計画が上手く行く訳が無い。

はっきり言わせて貰うと、うちの値段に対抗しようとすると輸送費だけで足が出ます。確実に。

そんな事も計算できない商売人に大事な金を預けられるかよ……。

まあ、チートじみた手段で法外な利益をむさぼり続ける俺等が言えた義理じゃないけどね。

でもこれ以上値を下げると他の業者が根こそぎ潰れかねんがな。


「と言う訳で商人さん。アンタの案は実現しない」

「ウソダドンドコドーン!」


それだけ言って部屋から走り出す駆け出し商人。

まあ商人Aは逃げ出した、って所か。

ただ、今回駄目だっただけだから次はもっと将来性のある提案を持ってきて欲しいと思う。

それなら俺自身が金出す事もやぶさかでは無いしな。

取りあえず馬鹿な事に大金出す前に止められて良かったと思うよ本当に。


「……我は無意味な提案に大金を出す所だったのか、また」


……ほら、ルーンハイム公も少し元気出してくれよ。

取りあえず最後の聞き捨てならない単語は聞こえなかった事にしておくから。


「えー、それでは次の案をお持ちの方は」

「うむ。それでは私から説明させて頂こう」


今度は軍関係者かな?

どこぞの騎士王を髣髴とさせる装甲ドレスのご令嬢が現れたぞ。


「実はつい先日、南方の結界山脈、商都側において火竜が退治されたと報告が入って来た」


ざわざわと周囲がざわめく。

今回は情報を持っている奴が殆ど居ないな。

まあ、それも当然と言えば当然か。

何せ当の本人が倒した脚でそのままこの国に向かってきたのだ。

情報が伝わる暇すらなかっただろう。


で、それがどういう儲け話になるんだ?


「我がマナリア王立魔法学院ではこの際失われたと言う秘宝"竜の心臓"を求めている!」

「ふむ、ラン殿……お父上か?それとも宰相の方か?それを探しているのは」


「公の仰せの通り、これは宰相閣下からの依頼である。それを手に入れ、真贋を見定めよ、と」

「成る程な。本物ならば我が国にとってかけがえの無い力となるか……」


ふむ、成る程。

要するに強力な魔力媒体である竜の心臓を捜してくればお礼は弾みますぜ旦那、って訳か。

でもなぁ、それこそさっきの話より実現不能だぞ?

だって……俺本当は回収してるし。

要するにありもしない物を探せといってる訳だ、この人は。


「もし見つけ出したのならば、私の父……ランドグリフ公爵より金貨五百枚を進呈する」

「ラン殿。幾らなんでも謝礼が安すぎるのではないか?彼の宝石は我等にとって値千金であるぞ」


「うむ、魔法使いにとってあれほど有用な宝物も無い。よって国からも報奨を出す」

「ふむ。爵位でも渡すのか?」


ガタン、と音がしてラン公女が背中に背負っていた大剣を床に突き刺した。

そしてそれに両手を乗せ厳かに宣言する。


「問おう。この中に男爵の地位と領地を望む者は居るか?」

「「「「ここに居るぞ!」」」」


うわあっ!?凄い勢いで何人も立ち上がったんだけど!?

しかも全員目の色が違う!

爵位か、領地か……どちらにせよこの国では特に大きな価値を持つものなんだろうな。


「これは我が失地を回復する、またと無い機会であるぞ!」


……当然、ルーンハイム公も乗り気だ。


ただ、俺としては流石に竜の心臓を譲ってやる気にはなれない。

何せ商才と言う物が全く感じられないんだこの公爵様からは。

ここで助け舟を出しても数ヶ月以内にまた領地を失ってそうな気がする。


……それに、だ。

王国自身がそこまで欲しがるような代物なら、くれてやる訳には行かなくなった。

一体どんな力があるのか、調べ上げて自身の為に使いたい所だな。


さて、つまりここはルーンハイム公を抑えるべきなのでは在るが……。

そう言えば、あの話のどこら辺が"投資"なんだ?


「なお、報奨は全て成功報酬とする。探索に国が関わる事は無いのでそのつもりで」


要するに、見つける所まではお前等でやれ。

国は知らない。

だが、万一お宝見つけてこれたらご褒美やるよ、って事か。

ズル臭い話だなぁ。


まあ、それなら心配する必要も無いか。

何せ、使用人の給料にひぃひぃ言ってるような家だ。

雪山の探索代金なんて出せる訳も無い。


「うむむむむ……長く国を空ける訳にもいかん……無念なり」

「まあ、そういう事もあるさルーンハイム公」


そして、お仕事的に国を空ける訳にも行かない、か。

残念だろうけど、お宝は絶対見つからない事を考えるとこれでいいんだよ、公爵様。


……さて、今日はここまでかな?

さっきまで一杯居た連中が今は一人も居ない。

きっと、心臓捜索の準備に取り掛かったんだろう。

今やここに居るのはラン公女とルーンハイム公、そして俺だけだ。


「公には残念でしたな。私としてはルーンハイム家が復興してくれる事を祈っているのですが」

「ラン殿……ならば我に失地回復の機会を頂けるよう殿下にお取り成し頂きたいのであるが」


「無理ですな。そも宰相に嫌われているでしょう貴方自身が」

「むむむ、我の何が気に入らぬと仰せなのだろうか宰相は……」


何か、仲良いみたいだなこの二人。

妙な絆的な物を感じるんだが。


「それは貴方が考案された新戦術のせいだな。宰相は生粋の魔法原理主義者ゆえ」

「ええい!魔力が尽きた時や詠唱が間に合わぬ時、武器で戦って何が悪いと言うのだ」


「宰相閣下は魔法使いは魔道を極める事のみに邁進して欲しいのだよ」

「それ以外の時間は無駄だ、と言うのは間違いであると我は感じるのであるがな?」


「ふっ、結局己の意志を曲げなかった公が言える立場なのか?」

「違いない。が、その後の世代で我が戦術を使う者は多い。決して間違いでは無いと思うのだ」


ふぅん。

何だか良く判らないが、ルーンハイム家が没落した原因の一端を知ってしまった気分だ。

と言うか、宰相に嫌われてるってある意味最低の状況なんじゃ?


「時に公。そこの十年前はきっと可愛らしかったであろう少年は何者だ?」

「どうやら娘の婚約者らしい。マナの旧友の息子らしいな。……まあ、能力は一級品だな」

「あー、カルマだ。冒険者をしている」


「そうか。私はマナリア王立学院長、ランドグリフだ。気軽にランと呼ぶが良い」

「ラン殿はランドグリフ公爵家の一人娘。そして軍の重鎮で殿下の婚約者でもある」


へぇ。遂に四大公爵最後の一家がお出ましか。

年の頃はルンやフレアさん辺りより何歳か上……二十歳ぐらいか?

それで学園長の上、軍の重鎮とは……。

いや待て、殿下?リチャードさんの婚約者なのかこの人。


おや、何だか視線が値踏みするような感じになっているんだが。

俺、何かしたか?


「カルマ……ああ、ルンの論文にあった男だな?稀代の魔法学者と言う話だったが」

「何だ、知っていたのか?」


「ああ、それにマナ様から聞いたぞ。竜殺しだと」

「リオンズフレア公からその話が出た時は驚いた物だがな……」


どうしたんだルーンハイム公。

いきなり苦虫噛み潰したような顔して。


「マナめ、早速言いふらしているのか。まだ証拠も無い与太話だというのに」

「うん。マナ様自身ホントかは知らないと仰せだったよ。とは言え無視も出来んのでな」

「まあ、確かにそうだなぁ……じゃあはい、竜の鱗」


まあ、確かにデマだったら洒落にならんよな。

ましてや未来の息子と言う事になってしまっている訳だし。


だが、何かむかつく話だ。

こう見えて俺自身何度も死に掛けて戦ったのに嘘呼ばわりは許せんな。

と言う訳で、証拠オープン。


……あれ?周囲の時が止まった。

と言うか公爵家二つの代表者が双方共に固まってる。


「こ、これは本物なのか?」

「間違い、無い。昔見た竜の鱗がこんな感じだった……」

「ああ、これが本物。本物の竜の鱗だ」


どうやらこれだけでも最低限の証明にはなるらしい。

てっきり戦場で拾った物だろと突っ込み受けると思ったんだけどな。


けど、見せたのは失敗だったか知れない。

何か明らかにラン公女の目の色が違うんだけど。


「マナ様のお言葉は真実だったか!これで国としての調査団も出せる!」

「え?何それ」


「決まっているだろう冒険者カルマ!竜の心臓を探す、国公認のプロジェクトだ」

「でもさっき、そこに居た皆に……あれ、そう言えばメインの謝礼はランドグリフ家から……」


良く考えるとおかしいな。

だって、宰相からの依頼とか言う事は国家プロジェクトなんだろ?

それなのに主な報奨を出すのが何で……。

しかも、成功報酬とか言っちゃっているし。


「君の疑問は判る。要するに、あやふやな物に国家予算は付けられないのだよ」


つまり、今俺が竜が倒された証拠を出してしまった為に、

今まさに、国家予算をドブに棄てる事確定の哀れなプロジェクトがスタートしちゃった訳か?


「たまにはマナ様に感謝する事態も起こりうるのだな。新鮮な喜びだよ」

「そう言ってくれるな、ラン殿。あれも悪気がある訳ではないのだ」


そりゃそうだ。あれで悪気があったら許せんのだが。

……ただ、ふと思うんだ。

始まったのは埋まっても居ない宝を探す不毛な宝探し。

何人か首吊る人が出なけりゃ良いけどな、って。


「時に公、明日は北から侵入したシバレリア族の討伐だったな?」

「うむ。正規軍千名をお借りしている。我も魔道騎兵二百名と共に向かう手はずだ」


「その際、彼も連れて行くのか?」

「そうだな……それは良い考えだラン殿」


え?何それ。


「カルマ殿。聞いての通り、明日我は討伐に赴く。君にも同行してもらうぞ」

「私も同行する。稀代の術者の力、この目で確かめたい」

「……何だか知らないが、断れる雰囲気じゃないな」


取りあえず、国境紛争に巻き込まれたのだけは判るが……また戦争かよ?

しかも片方は明らかに俺を値踏みする気満々だし。

はぁ、まあ仕方ない……ストレス発散を兼ね、精々暴れてやるさ!


***魔法王国シナリオ3 完***

続く



[6980] 33 北方異民族討伐戦
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/20 17:43
幻想立志転生伝

33

***魔法王国シナリオ4 北方異民族討伐戦***

~深い森の中と遥か荒野の先より来たる者達~

《side カルマ》

魔法王国王都より北に数日。マナリアの高原地帯を抜けた先にそれは姿を現した。

視界の先、西側には先の見えない程広い針葉樹林の森。

そして東側には地平線の先まで続く荒野。

全く終わりが見えない広大な大地。

それもその筈だ。……この森と荒野だけでこの大陸のおよそ半分を占めるのだと言う。

全く、自分たちの住んでいた世界の小ささを実感させられてしまう光景だった。


「中々壮観であろう?だがあの森の中、荒野の奥より我の国を脅かす者達が現れるのである」

「北西の森よりシバレリア族。北東の荒野よりモーコ族。いずれも恐るべき連中だ」


成る程。異民族から国境を守るのが今回のお仕事な訳か。

ルーンハイム公もラン公女もキッと引き締まった表情をしている。

歩兵千名と騎兵二百名。これが今回マナリアが遣わした総兵力だ。

そして更にもう一つ。


「ククククク。まあ任せな。俺様が居ればあんな連中屁でもないぜ?」

「チーフ。カルマ君に迷惑かけないで下さいよ」


今回は傭兵王率いる傭兵部隊八百名が雇われて同行していた。

よって、総勢二千名の討伐部隊と言う事になる。


そして今回の敵数だが……およそ五千と見込まれていた。

但し、これは非戦闘員を含めての頭数であると報告が来ているらしい。

要するに、森から出て来た頭数を単純に数えただけなのだ。


「ま、兄ちゃが居れば楽勝楽勝!」

「アリサ。お前今回は本当にテンション高いな……」


なお、お供の蟻ん娘は久々にアリサ自身。

しかも出かける直前にやって来て、


「ようやく仕事が終わったからあたしに構え!」


そう言って無理やり付いてきてしまったのだ。

どうやらたまには一緒に遊びたいと言うことらしい。

別に遊びではないんだが……まあ、いいか。

俺の戦いでは無いしな、この紛争は。


因みにアリサ曰く、実際の戦闘要員は千五百~二千の間では無いかとの事である。

実数は多く見ても同等。しかも正規軍が千人居るし負ける筈の無い戦いだ。

それに適当に追い散らせば良いそうで、半ば訓練も兼ねているのだとか。

楽勝ムードだな?まあ……それ故に不吉すぎる訳だが。


……。


「ところで諸君……私は兵を持って来ていない。故にそこの冒険者君と共に行動させてもらう」

「ラン公女?俺と一緒にってどういう意味だ?」

「カルマ殿。ラン殿は君の力が見たいと言っておる。同行を許してやってくれ」


さて、敵までの距離が丘一つ向こうにまで近づき戦闘準備が始まった頃の事だ。

何か知らんがラン公女がいきなり俺に付いてくると言い出した。

なんだかなぁ。値踏みの為にわざわざこんな所まで連れて来られたのは判るが、

何故こうまであからさまなのか。


「うん。カルマよ、君の実力を見せて貰いたい。私の欲するほどの物なのかをね」

「はぁ……」


取りあえず適当に手は抜くとして、それでもただで手の内を見せるのも馬鹿らしい気がするな。

……まあいいか、最前線まで出てやろう。

それで付いてこれるなら好きに値踏みでも何でもすれば良いさ。


「あ、僕も一緒に行くよ!流石に単騎で行かせる訳にはいかないもんね」

「そうだなアルシェ隊長、三百名預けるからそこの特攻野郎のお目付け頼むぜ」


「判ったアルシェ。それにしても傭兵王?まさかアンタと同じ戦場で戦う事になるとはな」

「クククククッ、全くだ。まあ俺様としても心強ぇと言えば心強ぇが」


ほぉ、流石は傭兵の元締め。かつて戦った相手でもお構いなしか。

まあ、この人とは何度も戦ったが何だかんだで依頼人を後ろから刺すようなタイプじゃない。

……こっちも心強いと言えば心強い、か。


さて、だとしたら本陣の方はどうなんだ?


「では、ビリー殿が前衛をお願いする。我は正規兵千名を直卒させてもらう!」

「左様ですか、では私めども二百名は如何すれば宜しいですかな」


「騎士団長ジーヤよ。魔道騎兵は傭兵隊の後ろに付き、何時も通りやればよい」

「承知しました閣下。このじいにお任せを」


あ、貴方はいつぞやの"じい"の人。

あの荒野では世話になったな……白髪が増えてるけど本当に現役で大丈夫?

それにしても自分の私兵を前面に出すか……潔いと言うか考え無しと言うか。

まあ、そう言う打算が見えない所が兵士の心を掴んでいるとは思うんだが。


……む、どうしたアリサ。いきなり袖を掴んだりして?


「ねえ兄ちゃ。相手がこっちに気付いたっぽいよ?」

「どんな隊列だ?」


「およそ半分が森の中に逃げてく。残りは一丸となってこっちに向かってるよー」

「……多くても二千五百か。まあ、やれない事は無いよな?」


ふと見ると、急を告げる軍の伝令もやって来たようだ。

慌しく野営地点から部隊が飛び出していくな。


「カルマ君。どうするの?僕らはカルマ君に付いて行く事になってるけど?」

「君に一つ問う。私達は何処に着陣するつもりだ?」


こっちの持ち兵は三百か。しかも錬度は不明と。

……だとしたら、正面からぶち当たるのは愚策だな。

まあ、俺が前線に立つのは変わらないとして……どうするか。


「兄ちゃ!敵さんはひと塊になってどんどん突っ込んできてるよー」

「陣形も作戦も無し、か」

「うん。所詮は蛮族……魔法どころか戦術すら持たぬ。急がぬと手柄が無くなるぞ」

「そうだね。チーフの部隊だけで全部食べちゃうかも。……で、カルマ君はどうするの?」


装甲ドレスの興味津々の瞳とボーイッシュ娘の信頼が痛いんだけど。

こりゃあ無様な作戦は立てられん。

だが、今のままだと何も出来ずに終わりか。

何事も無いのが一番だか、付いて来てる三百名としては多少戦って報奨稼いでおきたいよなぁ?


「ラン公女、公の部隊が決着付けるまでどれ位かかる?」

「うん?まあ……今までどおりなら昼までには大勢が決するだろう」


「じゃあ、大回りして森の前まで迂回できるか?」

「……不可能ではないが……落ち武者狩りとは関心しないな」

「自軍に被害が出ないのが、一番だよー」

「いいねいいね。僕らも楽に手柄立てられそう!」


不服なのは公女様だけな?

じゃあ決まりだ。

実力を見るのは道場か何か、死人が出ない場所でお願いするよ。

……さあ、では始めようか。


「移動開始だ!敵に気付かれないよう、丘を目隠しにして進め!」

「「「「おおーっ!」」」」


……。


さて、丘を大回りして森の入り口辺りまでやってきた。

ここからは森を横目に敵の退路を絶つような形で進んでく事になる。


「ここからは時間の勝負だ。もう隠れる必要は無い、一気に相手を挟み撃ちだ!」

「ようし、皆……走るよ!」

「よーいドン、でフライング!あたし早い!あたし早い!」

「何なのだあの小さいのは……」


俺の掛け声にあわせ全員一斉に走り出す。

とは言っても全力疾走をする訳ではない。まだ精々早歩き程度だ。

俺達指揮官クラスは馬に乗っているし、別に全力疾走させても良いんだが、

……馬と兵士が戦場に疲れ果てて到着しても意味無いしな?


「さて、本隊はどうなってる?俺達の出番はあるか?」

「傭兵隊の後ろから公の私兵が火球で援護している……うん、正規軍自体にやる事無しか」


傭兵部隊が少しばかり損耗してる程度で、後方の部隊は無傷のようだな。

対する敵は既にバラバラに応戦、指揮系統らしきものが見当たらない。

地面に死体が余り落ちていない所と敵の残存兵数の少なさを見ると、

結構な数が既に森の中に逃げ出してしまったようだ。

……要するにもう大勢は決してるって事だな。


しかし正直、敵の錬度はかなり低めなように思うんだが……。

走るのが面倒になって俺の背中に掴まってるアリサも不思議そうだ。


「これの何処が手ごわい相手なのさー?」

「……カルマ君。えーと確か、シバレリア族は異常に数が多いんじゃなかったっけ?」

「その通りだ。幾ら叩いてもまたすぐ次の部族が森から沸いて出る。私達も対処しきれん」


見ると武器も狩猟用、防具にいたっては民族衣装に熊の毛皮を被ってる程度だ。

訓練らしい訓練も受けている様子が無い。

……つまりアレか、質より量。

幾ら叩いても意味が無いから段々疲弊すると言うやつか。

それともたまに強い連中が居るのか……。


「何にせよ、国境警備隊のひとつも無い時点でマナリアの怠慢に見えるが」

「……この辺の領主は自分の城を守る事しか頭に無いのだ」


端正な顔を歪めてラン公女は悔しそうに言う。

……ふと見ると、遠くに領主館らしいものが見えるがそこに兵士が集まっているのが見えた。

そして、次に自分たちの足元を見てある事に気付く。


「自分さえ良ければ良いのか?まあ普通の領主ならそうだが……阿呆としか思えん」

「向こうの畑、荒らされてるよー?」

「だが、ここの領主の領土は丁度この辺まで。つまり荒らされているのは他人の畑だが?」


ラン公女の試すような視線。

ふう、流石にそこまで馬鹿だと思われたく無いぞ?

何がって?俺達の周囲に広がる畑を見れば一目でわかるさ。


「はっ、お隣さんと助け合わずにどうするんだ。明日は我が身だろうに」

「ここの畑もちょっと前に荒されたっぽいよねー」

「全くもってその通りだ。……判るのだな?うん、中々優秀だ」

「えーと。僕また置いてけぼり?」


苦笑する俺。あーあと言ってるアリサ。そしてちょっと目を丸くするラン公女。

門外漢のアルシェは仕方ないとして、

一応俺だってこれぐらいの状況分析は出来るさ。


「王都からわざわざ討伐部隊が来たって事は、荒らされてる領地の兵はやられてるんだろ?」

「うん。当然だな……一週間ほど前に早馬が着いた。領主は急ぎ兵を招集したそうだが」

「勝てるわけ無いよそれ。召集って……ただの農民じゃない?」


「そうだ。緊急招集された領主率いる百名は見事全滅。領主自身も討ち死にしたそうだ」

「……なんか、何時もの事だって顔に書いてるっぽいけど?」


確かに、額に皺が寄ってるな。


「その通りだよ小さいの。この北部の領土は良く領主が入れ替わるのだ」

「特に何の特産品も無さそうなのに、畑は荒らされるし敵は攻めてくるし……悲惨だねー」

「防衛部隊を常時雇ってくれれば……そんなお金無いのかな?」


あるわけ無いだろアルシェ。

赴任したばかりの領地、

しかも作物は荒らされてるし、男手は恐らく戦死しまくって壊滅状態。

今までの話からすると異民族は食料を求めてやって来てる可能性が高いし、

そうなるとある程度作物が実ればやって来るから、資金を貯めてる暇も無いだろう。

そう考えると……ここ一帯の領地、実は最初から詰んでるんじゃないのか?


「国の部隊も定期的に見回っているのだが……」

「ああやって追い返すのが関の山、か」

「あ、じゃあ森の中まで追いかけたらどうかな?」

「アルシェ姉ちゃ……大陸の四分の一もある巨大森林地帯をどう攻略するのさー」


そう。逆に各個撃破されるのが落ちだと思う。

正直もうどうしようもない気がする。

いや……いっそ、森ごと燃やしてしまえば良いんじゃないのか?


「うん?カルマよ、お前の顔から考えてる事は大体想像がつく。私も昔考えたが……火は駄目だ」

「何でだ?」


「この森の奥に、かつて魔王の本拠地だった城がある……当然周囲は魔物の巣窟だ」

「火なんか付けたら全部が攻めて来るねー。間違い無い」


……アリサが言うと説得力あり過ぎだ。


となると、確かにそんなリスクは背負えないよな。

だが、ある意味それで片が付くなら一度くらい賭けに出てみるのも良いかも。

……と、思わんでもないが。


「因みに、以前マナ様が試された事があるそうだ。ただし誰にも相談無く、な」

「僕、何だか結果が見えたような気がするんだけど」

「むがー、でも勇者だよ?飛び出てきた魔物は次から次へと全部やっつけるんじゃ無い?」

「もしそれが本当なら、流石は勇者やる事が容赦無ぇ。と言う事になるんだが」


で、結果はどうなったんだ?


「それで、三日三晩燃え続けた結果、この北部領地の八割が生まれた」

「おお!焼畑農法だよー」

「へぇ、あの人もたまには良い結果……いや待て」


待てよ?この領地、領民も領主も次々死んでいく悪夢の辺境地帯なんだよな?

実は何もしなかった方が良かったんじゃ……。


「それで終われば良かったのだが……風向きが変わった。南へ、しかも暴風」

「火事ーーーーっ!?」

「おいおいおいおい!それちょっとヤバく無いか?」

「あ、昔聞いた事あるよその大火災の話!」


大火災と来たか。

しかも有名な話なのな。……俺は知らなかったが。

それも北向きに三日三晩燃えた後のくせに、逆風になっただけで南側に燃え広がった?

燃える物残ってたのかよ?それにどんだけ火が強かったんだ?

恐ろしい話だな本当に。


「うん。そのせいで国土の半分が焼け野原、しかも当時のリオンズフレア公が亡くなった」

「フレアさんの母親が断絶しかけたあの家を継ぐ事になったのはその事件のせいかよ」


「そうだ。あんな事が無ければ愛する者と引き裂かれる事も無かったろうに……気の毒な事だ」

「あー、フレアさん父親が居ないんだっけ?」


「うん、放逐された。名門リオンズフレア当主の相手としては不適応だと判断されたのだ」

「……酷い話だなそれ。と言うか追い出された旦那さんって、何をした人なんだ?」


でもまあ、歴史ある名家当主の相手が誰とも知れぬ馬の骨じゃあ当然引き裂かれるわなぁ。

王位継承権低そうなお姫様相手でも相当に凄い話だが。

いや……王位に手が届く事は無い相手でも、お姫様と結ばれるのが問題ない?

一体何者だ?


「王家の内乱を治めたのだ。たった一人の冒険者がな……そして一時は将にまで上りつめた」

「へぇ……」


どんだけ英雄なんだその人。

まあ、娘を見ればとんでもない化け物じみた男である事は間違いないが。


「だが……彼は結局最後まで一切の魔法を覚えられず。それ故に放逐されたらしい」

「マジで酷くないか?それは」


「マナリアは魔法王国。魔力を扱えぬ者が重用され続ける事は無い。余りに愚かな事だと思うがな」

「例の魔法原理主義って奴か」


どんだけ強力な力を持とうが魔力が無いだけでクビかよ。

……正直頭の良い方策とは思えんが。


「話が逸れた。兎も角、この地を守る策を私は一つ持っている。お前は思いつくか?」

「まあ、領主同士で相互互助関係を築くのが一番手っ取り早いな」


一つの家が百名づつ兵を出せるなら、五つ集まれば五百。

十の領地で協力し合えば千名の兵が集まる計算になる。

それだけ居ればまず簡単には負けまい?


「そう、それだ。だが……それを理解できる領主がほぼ皆無なのが欠点だな」

「どんだけ無能さー?」

「むしろ理解できる人が極一部なんじゃないかな?」


ま、そうでなければトレイディアに人が集まりスラム街まで形成するような事態になりはしない。

そう……この世界において一般人の命は紙のように軽いんだ。

基本的に90%の富を極々一部で独占する構造になってるから、一部以外はとても貧しい。


「だが税を治めるのは民。疲弊すれば領主の財布が軽くなるのは考えれば判るはずなんだがな」

「……ただの冒険者とは思えんな、カルマよ」

「まあ、部隊長クラスだもんね。カルマ君」


いや、前世から持ち込んだチート知識って奴だ。

けど……先ず与えると言うのは統治の基本の筈なんだけどな?


「そんな事より、もう戦い終わりかけてるよー?」


アリサの声に顔を上げると、既に敵は殿らしき百名ほどが抵抗しているのみになっていた。

……これは予想以上に脆い、脆すぎる。

まあ、やる事無いのは俺にとっては良い事だが。


「よぉし、なら急ぐ必要は無いか……速度落とせ!歩いていくぞ、ただし隊列は崩すな」

「意外と指揮に慣れているな」

「そりゃもう。兄ちゃは実戦経験者だよー」


取りあえず走りで馬に付いて来ていた兵士たちの為に行軍速度を落とす。

傭兵達に手柄が無いのは可哀想だが、せめて代わりに楽をさせてやろうと思った。


さて……意外と粘る敵の殿軍百名ほどの雄姿を目に焼き付けつつ俺達は進んでいた。

しかしそこまでのあっさり感が嘘のように中々連中は倒れない。

よほどの精鋭を集めたんだろうか……逆に傭兵が押されているようにも見えた。


「うん?おかしい……あの敵、全く倒れないのだが」

「そうだね。全身血まみれで、あれじゃ立ってられる訳無いのに……」

「に、兄ちゃ……あれ、もしかして」


皆まで言うな妹よ。

アレは異常だ。明らかに人間の耐えられるダメージの限界を超えて、まだ戦い続けている。

薬物?訓練の賜物?

いや、アレはそんな生易しい物ではない。


「……使徒兵、だと?」

「使徒兵?それは一体何なのだ」


使徒兵。それはあの荒野の戦い以来の俺の宿敵の一つ。

いつぞやの森の中で俺やリチャードさん達を襲った教会の尖兵、

死者を弄ぶ邪法にて蘇った、死せる狂信者達の事だ。

……何で、あいつらがここに居る?


「カルマ君……首が取れても戦い続けるなんてありえるの?」

「そうだな……挽肉にするか消し炭にするまで戦い続ける兵士も存在するとだけ言っとく」


厄介な連中が出張ってきたもんだ。

……しかし謎だな。

大司教が目覚めるまでまだまだ時間は有るはずだし、

そうでなくともここで使徒兵を繰り出してくる意味が判らない。

そもそも、大司教以外に"反魂"を使える者が居るかどうかさえ判らないのだ。


……だが、誰の術にせよ凶悪な敵が百名も存在しているのは確か。

これは急いで救援に向かわねば……いや、むしろ逆か。


「全員、ここで防御を固めろ……俺は一人で向こうの救援に当たる」

「正気かカルマよ?見ろ、傭兵部隊が崩れだしているのだぞ……」


だからこそだ。

正直、連中相手に雑兵では手に余る。


「まともな連中じゃ蹴散らされるのがオチだ」

「兄ちゃ……アリス連れて来れば良かったね」

「あ、チーフがやられた!?」

「くっ、傭兵どもが一気に崩れだしたか!」


前衛が崩れると魔法使いなんか良い的だ。

三分に一度の攻撃じゃあインターバル中に肉薄される。

救いは敵の残存兵力が僅か100程度だと言う事のみ。

だが、相手が相手だ。

戦力の前に士気が尽きるのは目に見えている。


「急ぐぞ……傭兵達の壁が完全に崩壊する前に」

「待って!後ろ、荒野の向こうに何か見えるよ!?」

「ふぇ?えーと……馬に乗った人たちが一杯!?」

「荒野から来るだと?それはモーコ族だ!?よりによってこんな時に!」


北方異民族第二段ですね判ります。

……なんて言ってる場合じゃねぇ!

後ろから奇襲されたら被害甚大だぞ!?


「……向こうの騎馬連中の狙いは俺達か?」

「多分そうだねカルマ君。こっちに一直線に向かってきてるよ……」

「兄ちゃー!敵いっぱい!人が五百人と馬三千匹!」

「奴等にとって騎乗は生活の一部……騎兵としての訓練を生まれながら積んでいる様な奴等だ」


つまり、片手間に相手できるような連中じゃないって事か。

……どうやら先にこっちを片付ける必要がありそうだな。


「全員反転、敵騎兵を迎え撃つ!」

「えっ?公爵のおじちゃんはいいの!?」


「それが出来ない人だとは思わない。いつぞやも側面からの奇襲に耐え抜いた指揮官だ」

「うん。そうだな……そもそも私達が倒れては意味が無い。ここは公に耐えて貰おう」

「じゃあ反転させるよ。陣形はどうするのカルマ君!?」


こちらは三百、向こうは五百か。

但し向かってくる蹄は三千頭分。

人が乗っていないのは恐らく代えの馬だな。だが同時に突進時の戦力でもある。

しかもこちら側には音にやられてびびってる奴が多いのが不安の種だ。

……これはまずいな。


「よし……ここの草原に火を点ける!」

「何だと!?ここの領主から許可を得ては居ないぞ!」


おいおい、そんな悠長な事言ってる場合じゃないだろ?


「いずれにせよ、放っておいたら蹂躙される……それとも敵の突進を止める策でもあるのか?」

「無い。だが後々貸しを作ると怖いと言うか粘着質と言うか」

「要するに敵より厄介な事になる?……はぁ、そういう人達結構居るよね」


……成る程。メリット以上にリスクが高いのか。

じゃあ駄目だ、火計どころじゃない。


「じゃあ兄ちゃ、森に逃げ込むべし!」

「それだアリサ!よしアルシェ、全兵士を森の少し中に移動させろ!」


「ええっ!?シバレリア族の奇襲受けないかな?」

「うん、土地勘の無い場所での戦いは無謀だぞ!?」


俺にとっては土地勘が無いのは何処でも同じだ。

だったらせめて騎馬の突進だけでも止めなきゃならない。

……別に奥地に行く必要は無いんだ。

森の木々が馬の足を止めてくれればそれで良い。


「俺自身が囮になる。森の入り口で木を切り倒し、転がしておけ」

「……判った、カルマ君を信じるよ」

「大丈夫、シバレリアの人達近くに居ないっぽいから」

「小さいの。その無駄な自信は何処から来るのだ……」


いや、ラン公女。

口には出来んがアリサがそう言うなら間違いない。

……森を天然の防壁にするのはどうやら間違いでは無さそうだぞ?


「じゃあ行って来る。アルシェ、妹を頼む!」

「行ってらっしゃいカルマ君……無理は駄目だよ」

「私は付いて行かせて貰う。足手まといにはならんよ」


……。


アルシェと傭兵三百が即席陣地を構築している間に、

俺は足止めと削りを兼ねて敵に馬を向けた。

と言うより、こいつ等に関してはこれで叩き潰しておきたいように思う。

横ではラン公女も動き出しているが……本当に大丈夫なのか?

まあ戦えば判るが、無理させて何かあったら一大事だ。


「ラン公女……後方での援護を頼みたい」

「一撃だけだぞ?恥ずかしながら魔力量が絶対的に足りていないのでな」


成る程、それで背中に大剣を背負ってる訳で?

って、いきなり詠唱開始しやがった!

せめてどんな魔法なのかぐらい教えてくれても良いと思うが!?


『気象庁発表……日……分頃地震がありました』

「今回は地震情報かよ……地震?」


『震源地は…………で震源の深さは約……km』

「いやまて、まさか本当に?」


『地震の規模(マグニチュード)は……と推定されます』


これは、まさか本当に地震を起こすとでも言うのか?

流石は魔法王国の公爵級だな。


……おっと、敵が見えてきた!


『各地の震度は次の通りです。……なお……』


ラン公女は俺の後ろで馬に跨っているので印を見る事は出来ない。

だが今回ばかりは仕方ないだろう。

先ずはこの追撃してくる敵をどうにかしないと!


『この地震(アースクエイク)による津波の心配はありません』


瞬間、世界が揺れた。

……気が付くと、馬から放り出され畑の畝に転がっている俺が居る。

後ろを振り向くと、唱えた当の本人まで同じように地べたに這いつくばっているが……。


「ラン公女!?ちょっ、立ってられないんだけど!?」

「地震(アースクエイク)とはこう言うものだ……な、なに、数分で鎮まる」


いや、そうじゃなくてこれじゃあ迎撃も出来やしない……が、いいのか。

何しろ、敵さんも同じ状況に陥ってる。

騎馬隊が馬失ったらある意味歩兵より役に立たないからな。


「うん、街が近くに無くて良かったよ。近くの建物は全滅するからな」

「つーか、こんな切り札あるなら最初に言ってくれ!」


これなら一撃で敵を全滅出来るじゃないか!

あるのが判ってたならもう少し別の戦い方もあったろうに。


「……あ、揺れが収まってきた」

「うん。馬達は何とか無事のようだな、何よりだ」


どうやら効果時間が終わったようだ。

転んでしまった馬達がおっかなびっくり立ち上がるのを横目で見ながら、

俺は……絶望的な事に気が付いてしまった。


「なあ、もしかしてあの魔法って、術者中心に地面を振動させるのか?」

「うん?そうだが。一目で見抜くとは中々やる物だ」


「いや、遠ざかるにしたがって急速に威力が落ちるみたいだからな」

「ほう。それが判るのか……」


そりゃあ判るさ!

段々と近づくこの蹄の音を聞けばな!?


「連中の方が立ち直りが早かったみたいだぞ!?」

「予想以上に威力の減退が大きかったようだ……これが実戦か」


しみじみ言ってる場合か!?

畜生、何の用意も無く戦わなきゃならんのか。


……あれ、でも待てよ?


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「くっ!目が眩むっ」


爆炎を敵中央に放り込む。

……相手は特別な訓練も受けていない、殆ど野生の馬だ。

そして馬とは生来臆病な気質を持つと言う。

なら閃光と爆音を轟かせながらの爆発に耐え切れるかな?


「うん!敵正面が崩れたぞ!」

「よぉし、じゃあ突っ込むか!」


案の定だ!

飛び散った仲間の体と爆音、そして閃光に驚いて着弾地点周囲の敵、

それも背に人の乗っていない空馬連中を中心にパニックが起こった。

突進力が失われた今こそ突入の好機!

本当は火球で更なるけん制をしたいところだが、これ以上は流石に火事になる。

ここいらで妥協するしか無いだろう。


「馬刺しにしてやる!」

「死地を恐れぬのか……お前は」


怖くない訳が無い。だが、剣を振るってる時は恐怖を忘れられる。そう言うもんだ。

……さて、始めるかな?


「落ち着け!落ち着け!」


「落ち着いてる場合か!?」

「うぐぁああああっ!?」


馬達がパニックに陥り、転んだ仲間の体に脚を取られ転倒。

さらにその悲痛な鳴き声が更なる混乱を生むと言う悪夢の如き状況。

その中に入り込み、

混乱を収束させようともがく人間を中心に切り裂いていく。


「今宵の魔剣は血に飢えておるわ」

「いや、今昼」


「黙れ!そして聞け!」

「ぐはああああっ!?」

「うん、切り殺したら話を聞くどころでは無いと思うぞ?」


先日から俺の手にある魔剣スティールソードも、敵に切りつけるごとにその刃を鋭くしていく。

竜に切りつけた時に比べれば遥かに劣るが、それでも既に馬の胴体を易々と輪切りにするほどだ。


「決闘ならば経験があるが……はあっ!」

「ぎゃっ!?」


ラン公女も背中の剣を抜き、また一人切り倒している。

だが、背中がお留守だぞ!?

取りあえず、背後から馬を下り迫っていた敵を一人切り殺す。


「危ない!」

「うん!?何時の間に!?」


「ここは戦場、後ろから切りかかるぐらいならむしろ紳士的だ」

「そうだな。ああ、その通りだ……私もまだまだ甘いと言う事か」


まあ、初陣で普通に相手を切り倒せてる時点で普通じゃないけどな。

まあ決闘云々言ってるって事は、敵を切り捨てる事自体は初めてじゃ無さそうだが。

だが、初戦である事を考えるとスタミナと神経が長続きするまい。

この辺で決着を付けておかないとな?


「そろそろ終わらせたいが……敵の総大将は何処だ?」

「うん?敵の大将ならば最も派手な毛皮を被っている者の筈」


だとしたら、あれか!?

大きな狼の毛皮を頭から被っている!


「名のある武将と見た!勝負しろ!」

「よかろ、お?」


敵の口上が終わるより先に、加速をかけて一気に首を刈り取る。

流石にトップが居なくては戦えまい?

これでこの勝負、貰った……!?


「おおおおっ!奴を殺せば俺が次の族長だ!」

「いや、奴の首は俺が貰う!」

「ひゃっはー!」


な、何だそれ?

あー、要するに族長が殺された場合殺した相手を倒した奴が次の族長って訳か。

力こそ全て的な連中ならありえなくは無いが、

だとすれば俺の得意とする指揮官襲撃も余り意味が無い事にならないか?

いや、ただ闇雲に突っ込んでくるような連中相手に統率も何も無いような気もするがな。


「だが!ザコが幾ら攻めかかろうと俺相手に勝てると思うな!」

「ぼげええっ!」

「ぎゃさああっ!?」


取りあえず、迫ってきていたザコ数名を一気に切り殺す。

普通ならどれだけ戦力差があっても、数で劣るならいずれは疲弊し倒れるだろう。

だが、俺の場合は違う。敵対者の血を吸った魔剣の力によって僅かながらも回復していく。

……要するに、ザコに負ける余地は無い!


『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』


突き出した片腕の手首を逆の手で掴み上げ詠唱を行う。

竜相手では通じなかったが、本来コイツは切り札にすらなり得る強力な魔法だ。

何せ、文字通り雷を落とす魔法。

天候を操ると言う効果の割りに、消費魔力少なめなのも良い。


突如として頭上に黒雲が集まり、雷が落ちる!

耳を劈く重低音と共に、何騎かの騎馬が文字通り弾き飛ばされた!


「次に雷を食らいたいのは誰だ!」

「近づいたらやられるぞ!射殺せ!」


おお、おお、馬鹿が弓背負ってやってくるぞ?

確かに取り囲んで弓矢での一斉攻撃は、強力な個人相手に有効な手段だ。

だが、こいつ等は知らんだろうが俺相手だと逆効果だ。

……既に硬化はかかっている!


「や、矢を弾きやがったああああっ!?」

「嘘だろおおおおっ!?」

「ところが嘘じゃないんだなこれが」


毎度のお約束ありがとう、なんてな。

俺を射殺したかったら、せめて石弓持ってこい。

まあ、口には出さんけど。

……取りあえず、馬上で使える短弓でどうにかなる装甲じゃないんだよこれがな?


「さあ、狩りの時間だ……」

「ひいいいいいっ!?」

「もうだめだーーーーっ!」

「お助けー!」


適当に弓矢を弾きながら前進しつつ、剣の射程に入った奴を片っ端から切り倒していたら、

いつの間にか敵さん達居なくなっていたりする。


「ふう、良い汗かいたな」

「じゃないでしょカルマ君!」


あれ?いつの間にかアルシェ達がこっちまで来ている。

何でだ?


「囮とか言いながら勝手に敵全滅させてるから、お仕事くれって傭兵さん五月蝿かったんだよー」

「僕、てっきり相手を削りながら帰ってくると思ってたのにさ!心配させないでよ本当に」

「「「戦わなければ食べていけない!」」」


あ、そうだった。

叩き潰せるなら叩き潰したかったのは事実だが、

こいつらの事を考えると多少は獲物を残しておくべきだったな。

……さて、どうしようか。


「あ、そうだ……アリサ、敵は近くにいるか?」

「うにゃ、いないよ」


「じゃあ全員そこいらに散った馬たちを捕まえて来い。死んでたら馬肉確保しても構わん」

「ねえカルマ君。それは傭兵の任務じゃないような気がするよ?」


確かにそうだ。

だが、正確に言えばこれは任務じゃないんだよな。


「手に入れたら好きにしろ……どうせ俺のものでもマナリアの物でも無い」

「よぉし!皆聞いてた!?急いでボーナス、じゃなくて馬を集めよう!」

「「「おおおおおっ!」」」


さあ、盛り上がってまいりました!なんてな。

この時代、馬は非常に有用な労働力かつ富の象徴の一つだ。

質の良い馬は高値で取引されるし、必要とする所はそれこそ星の数ほどある。

しかも、大草原で走り回って育った北方の馬は、

普通より体も頑丈で足も速いように見える。

褒美代わりとしてはこれ以上のものはそうそう無いだろう。


現にアルシェを含め全員嬉々として北の大地に散らばっていった。

これなら不満も消えるだろう。

……さて、ラン公女?

俺にはどんな評価が付いたのかな……って!


「死んでるーーーーーーッ!?」

「うん?い、生きてはいる……て、手当てを頼む」


血溜まり発見!い、急いで治癒を!

あーあー、背中がハリネズミだ。

考えてみれば俺だけが弓矢に狙われる訳じゃないよな?

以前アルシェを庇った時にそんな事わかりきってた筈なのに……。

まあいいか、生きてるし。

それに人の事を値踏みするべくこんな場所まで付いて来たんだ。

多少の覚悟は出来ているだろうしな?


……。


傷が深かったせいで回復完了まで数十分もかかってしまった。

しかも、治癒の連続使用のせいで俺の魔力もすっからかん。

ザンマの指輪の光もかなり弱弱しくなっている。

だが……ラン公女は助かった。

これでマナリアに戻った後で不当に責任追及される恐れもあるまい。やれやれだ。


「ふう。死ぬかと思った。殿下との間に可愛い男の子を授かるまで死ぬ訳にはいかない……」

「男の子限定かよ。別にマナリアでは家督を継ぐのはどっちでも良かった筈じゃあ」


「個人的な趣味の問題だ。……ところで重大な問題がある」

「話逸らすなよ……まあいいか、で、その重大な問題とは?」


「公の援護に向かわねばならんのだが」

「忘れてたーーーーーっ!」


勢い込んで立ち上がるも、考えてみれば俺は魔力切れ。

ラン公女の方も同じだ。

しかもアルシェ達は北の荒野を捜索中。

……戦える奴が一人も居やしない。


「今行っても、俺等全員足手まといじゃないか?」

「うん。実はそうなのだ……どうすべきか」

「ご心配には及びません。それに数で倍する敵を一人の被害も無く退けて頂いただけで十分」


うおっ!?

ルーンハイム直属魔道騎兵のジーヤさん?

何でこっちに!


「あの不死者どもの殲滅に目処が立ちましたので、魔道騎兵はこちらの援護に回れとのお達しです」

「あいつ等の殲滅に、目処が立った!?」

「公は一体どうやったのだ?首がもげても倒れぬ者達相手に……」


いや、考えてみれば相手は百人。

指揮を崩壊させず、自軍の被害を考えなければどうとでもなるか。


「で、どんだけ被害が出たんだ?」

「……対策を考案するまでに傭兵隊が壊乱。正規軍にも五十名の死傷者が出ましたな」


「うん、待て。魔道騎兵には被害が無かったのか?」

「左様。距離を取って火球をぶつける事に専念しておりました故」


成る程。騎馬の機動力があればヒット&アウェイも可能な訳か。

ルーンハイム公もなんで金食い虫な騎馬隊を持ち続けてるのかと思ったが、

こういう使い方をすると言うのなら理解できる。


「それで、対策後ですが……」


ふむ、成る程。

正規軍の内魔法を使える上級兵を幾つかの班に分け、時間差で燃やし続けたと。

しかも魔力を持たない連中は足止めに専念した訳か。

……現実には存在しなかったと言われる、信長の鉄砲三段撃ちみたいなもんか。

まあ、相手が自軍より圧倒的に数が少なかったからどうにかなっただけのような気もするが……、

取りあえず、流石と言っておくべきだろうなこれは。


「それで、対策後は数名やられただけか……アレを普通の人間が相手にした割には良い感じだ」

「…………流石は公。敵五千に援軍三千騎を相手に二千で勝利したか」


おいおいラン公女。実際の所は敵の戦力的に考えると……

……なんで棒読み?


「敵が四倍の数を誇るならば、正規軍に五十余名もの被害が出ても致し方無い。むしろ健闘だ」

「左様ですか。そう言って頂けると助かります」

「そうか。……そうだな!敵は凄い数だったしな!」


そうだ。本来軽く蹴散らせる程度の相手。

傭兵は被害担当に連れて来て居た筈だし、本来なら正規軍に被害が出る事などありえない筈だ。

本来は軽く戦場の雰囲気に慣れさせる程度の戦いだったのだろう。

それが蓋を開けてみれば傭兵隊はボロボロ。

それだけならまだしも正規軍に死者まで出ている。


……これでは下手をしたらルーンハイム公の責任問題になってしまうじゃないか。

何か責任を問われた場合、今の公爵家にそれを負担する力があるか?

答えは否。そう考えればこのラン公女の言葉は公を救う為の物と言う事になる。


「うん、しかし斥候達も敵兵力を見誤るとは全く困った物だ。殿下には私からそう伝えておこう」

「左様、ですな……」


「なに、そもそもシバレリアとモーコが同時襲来など想定外だ……斥候達も責められはしまい」

「ははっ」


とりあえず……これで丸く収まったのだろうか?

ルーンハイム公が被害の責任を問われる事は無いだろうし、

だんだん馬を捕まえた傭兵達も戻ってきた。

越境してきた異民族も押し返している。


何の問題も無いじゃないか。


……ただ、なんと言う訳ではない不安が俺を苛む。

一体この不安は、何だ?


「さて、カルマよ?済まないが一つ頼みがある」

「え?俺に頼み?」


ぞくりと背筋に走る悪寒。


「うん。お前はかなり優秀なようだ。同年代の我が学院の生徒達とは比べ物にならん」

「まあ、そりゃあ生き死にの現場に居たからな?」


「更に魔力もかなりの物だ。そして実践的な魔法を幾つも習得しているのも確認できた」

「……それが何か?」


いやな予感がする。

そう、さっきのとも違う……何と言うか肉食動物に狙われているような気分。


「単刀直入に言う。一年につき金貨百枚で、我が学院で戦闘実技講師をして欲しい」

「安く見られたもんだなぁ、俺も」


あ、ラン公女が埴輪になってる。

なんですと、といった感じか。


「お前……銀貨ではなくて金貨なのだぞ。金貨」

「それ、俺の一か月の収入」


ぼたりといやな音がするので横を向くと、ジーヤさんが落馬していた。

青山さんといいこの人といい、ルーンハイムの配下は車田落ちが好きなのか?


「一月金貨百枚ですと?それはもう街の予算レベルですぞ!?」

「まあ……古代語の解読とかしてるからな」


実際は古代後で書かれた商談の書類だけどな。

……メインの売り物が元手要らずの癖に売値は仕入れが必要な商人連中に合わせてるだけに、

売り上げは大して変わらなくとも利益率が馬鹿みたいに高い。

そんな特殊な事情がある我が商会だけに儲けも異常以上なんだよな。

最近の最大の悩みが金をしまっておく蔵の建て増し用地確保と言うくらいだし。


……なお実は最近、別大陸への海底トンネル製作中。

あと一年もしたら舶来品を手に入れるのに交易船すら要らなくなるんだよなぁ……。


「こ、古代語の、解読……だと?話には聞いていたが本当に出来るのか」

「それが可能なのは宰相様だけかと思っておりましたが」

「出来る物は出来る。それだけの話だ」


……ほぉ。宰相とやらは古代語がわかるのか。

これは本格的に近辺洗っておいた方が良さそうだな。

魔法原理主義……ルーンハイム公を嫌っている……。

これだけでさえ、どう考えても俺の敵になる可能性のほうが高い人物だ。

しかも、作成したと言う火球のスペルを見るだけで、ある程度人格が透けて見える。

……警戒するに越した事は無いだろう。

アリサ曰く情報網の穴埋めも着実に進んでいるそうだし、相手が相手だ。

24時間体制で見張っておいた方が良いと思う。


「うん。ならば研究室の古代文書解読も含めて金貨200枚でどうだ?」

「だから現在金には困って無いんだが……いや、待てよ」


魔法王国の研究室の文書なら、かなり価値のある情報が眠っているかも知れんな。

魔法技術の持ち出しはどう考えてもNGだろうが、それ以外の情報は美味しいかも知れん。

それに、もう一つ大事な事もある。


「給料は要らん。代わりに一つ特権を認めてくれればその仕事請けんでもない」

「うん?何だ。大抵の事なら叶えるが」


ほぉ?良いのか?

……言質は取ったぞ。


「特定の生徒に対する極端な優遇を認めろ。それが条件だ」

「……それは教育者として完全に間違っているが……まあやむをえん、認めよう」


……。


こうして、俺は講師兼研究者としてマナリア王立魔法学院に所属する事になったのである。

そしてアリサが捕まえた北方馬十数頭と共にルーンハイム公爵邸に戻ったら、

早速震えるルンを捕まえて学園まで連れて行く。

と言う計画を立てたのであるが、まあそれはまた別な話だ。


「うん、彼の人材の力を利用すれば私の野望、初等部設立も夢ではないぞ……」


何か寝言ほざいてるラン公女、いや学院長には極力関わらないと心に決めつつ俺は帰還する。

……なぜだかそれは無駄な努力な気もしないでもなかったが、な。

***魔法王国シナリオ4 完***

続く



[6980] 34 伝説の教師
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/25 13:02
幻想立志転生伝

34

***魔法王国シナリオ5 伝説の教師***

~恣意的個人別指導、ハジマルヨ~

《side ルン》

久しぶりの登校、久しぶりの風景。

私の視界の先に学園の校舎が飛び込んできた。

……以前と変わらない筈なのに、何か違って見えるその姿。

それは私にとって常に変わらない恐怖の印でもある。

だと言うのに、どこか違うように見えるのは何故だろうか?


馬に乗っての登校だから?

それとも……先生の体に背中を埋めているから?

……だが、何にせよそのぬくもりは一時的なものに過ぎない。

学園……王立魔道学院の門を潜りぬけ校舎に入ったら、

流石に先生も付いて来る事は不可能だ。

そう考えるだけで体が硬くなる。


……なんでこうなっているのだろう。

そう。今朝目を覚まして朝食を口にしていると、突然先生から言われたのだ。


「ルン、流石に何日も学校に行ってないのは拙くないか?」

「……大丈夫」


嘘だ。本当は凄くまずい。

でも今更行けない。行きたく無い。

それにどうせ18歳になったら先生の物になるのだから行く意味も無いように思う。

……でも、皆の意見は違うようだった。


「駄目だ!娘よ……我が家の跡取りとして、最低限卒業はするのである」

「そうよ~?ルンちゃんはとっても優秀なのにここで辞めるのは勿体無いわ~」

「お嬢様、ご心痛お察し申し上げますが……私どもと致しましても、出来れば……」


お父様は子供の問題は子供で解決すべきと言うお考えのようだ。

そこの所、決して甘やかしてはくれない。

……実際今回の休みを許したのも体を壊したからと言う意味合いが大きい。


お母様は余り深く物事を考えていないように思う。

ただ、心配してくれている事は伝わるので無碍にもし辛い。


侍従の青山たちに至っては、こちらが逆に申し訳なく思ってしまう。

主君が落第者……。

……こんな状態の我が家に忠誠を尽くしてくれる彼等に対し、

これ以上の不名誉を与えていいものだろうか?


「先生……」

「心配するな。俺が付いてってやるから」


そう言って、先生は悩む私の体を抱き上げた。

それもお姫様抱っこ……抵抗できる訳も無い。


……。


そうして結局、私は数週間ぶりに学校の門へと送り出されてしまった。

馬は馬小屋に預けてしまったから今更帰りづらいし、つい今しがた、

先生も何か用件があるのか校舎と隣接する王立研究院に入っていってしまった。

……つまり、また、私は一人きりだ。

どうしよう、脚が動かない。

金縛りにあったかのように足が前に進んでくれない。

やけに唇が乾く。


ふと思って後ろに一歩。

こちらは動く。足が動く。妙なほど軽やかに動く。


……判っている。

これ以上後ろに下がったら、私はそのまま走り出してしまうだろう。

わざわざ先生が連れて来てくれたと言うのに、それだけは避けたい。

けれど、けれど……駄目!

先生、ごめんなさい……私、これ以上ここに居たくな


「あら、ルーンハイムさん。どうしましたの、いきなりぶつかってきたりして?」


……耐えられなくなって振り返ったそこに、黄金の輝き。

妙に弾力のある壁に弾き飛ばされたと思ったら、そこにはリンが居た。


「……リン」

「ようやく登校出来るようになったんですわね。随分心配しましたわ」


違う。もう無理なの。

だから、そこを退いて……。

と、思う間も無く手を掴まれていた。


「ここで逃げ出したら終わりですわよ?カルマさんから頼まれましたの、貴方が駄目なら」

「私が駄目なら?」


「力づくでも教室まで連れて行って欲しい……との事ですわ」

「……ぇ」


考えが纏まる前に私は腕を引っ張られるまま教室に連行されている。

……せんせぇ。酷いよ……。


判っては居る。こうでもしなければ私は二度とこの学園に足を踏み入れる事も出来ず、

そのまま退学の憂き目に遭っていたであろう事は。

けれど、私はそんなに強くなかった。

あの悪意の中に居続けられる程強くなんか無かった……なのに、何で……。


「そんなに泣きそうな顔をしないで頂きたいですわ……いざと言う時は私に頼るのですわ」

「……。」


「信じられないでしょうが……私こう見えましても卑怯な事は大嫌いですの」

「それは、知ってる」


「貴方が受けていた苦痛の何割かは私の責任らしいですわ……なら、それ分の保障はしますわよ」

「…………正直、あまり信用できない。ごめんなさい」


リンが曲がった事が嫌いなのは知っている。

先日仲直りをした事も記憶に新しい。

けれど、それだけに恐ろしいのだ。

……先日のアレが嘘ではないのかと。

本当は和解も嘘で、皆で私を罠にかけているのではないかと。


……あ、教室。

とうとう、着いてしまった。

……私の机、残ってるのかな……。


……。


勢い良く教室のドアが開く。

リンに手を引かれるまま、私はつんのめるように教室の敷居をまたぐ。

……あ、私の机……ぼろぼろ。

ナイフか何かで傷を付けられ、表面に焦げ目まで付いている私の机。


……冷静に、冷静にならなくては。

今までだって何回もあった事ではないか。

そう、今までと何も変わらない。表情一つ変えてはいけない。

……何故なら反応する毎に行為がエスカレートしていくのだから。

だから、悲しんでいる暇は無い。

教室の隅に転がされている机を早く元の位置に……あれ?


「ルーンハイムさんの机は今日からこれですわ」

「でも、それ……リンの」


一際立派に磨き上げられた机が私の席に置かれた。

そして、リンは。


「私はこちらで十分ですの。……この転がされている机で十分なのですわ」


リンが自分の机を私の席に置き、変わりに私の机を自分の席に持って行く。

……教室がにわかに騒がしくなった。

密談、驚愕、そして悲鳴まで。

誰もこの現状に付いて行けていないようだった。

それぐらい、この目の前の現状は私達にとってありえない事だったのだ。


「なんで……」

「この机、先日からずっとこうでしたの。……これが私の指示?ふざけないで頂きたいですわね」


「……だったら新しいのを用意すれば」

「私、貴方の痛みを感じたいと思いましたわ。……私の怠慢の結果を知りたかったんですの」


その為に、わざわざ今日まで何週間も放置して来たというのだろうか?

正直、馬鹿な話だ。馬鹿な話だが……体の震えが止まらない。


「何も気付かなかったら、私はきっと全てが手遅れになった時に後悔していたんでしょうね」

「気付く?」


「あの日、カルマさんに叱られましたわ。影響力ある者は知らぬでは済まされないと」

「先生が……」


「ですから、私は今日ここで皆に宣言しますわ。私達の和解をね!」


ざわり、と空気が歪む。


「もう私に気を遣う必要はありませんわ。……まさか、楽しくてやってた訳では無いでしょう?」


そして周囲から発せられる驚愕、忘我、そして恐怖。

教室じゅうに周囲から発せられる狂乱じみた声が響き渡る。

そして、そんな中から一人。いち早く精神の再構築を果たした一人が歩み出て来た。


「あのぉ……それってルーンハイムさんが謝ったの、かしらぁ?」

「違いますわレインフィールドさん。過去の不幸な行き違いを清算したまでですわよ」


「あは、あは、あははははは……それはぁ、お、おめでとう。よねぇ?」

「ええ、それともう一つありますわ」


「な、何かしらぁ?」

「皆さんには私の名前でルーンハイムさんにちょっかい出すのを今後辞めて頂きますわね」


今度は突然空気の凍りつく音。

教室中がリンの視線に釘付けになっていた。

私のほうからは見えないが……どんな表情をしているのだろうか?


「全く……我がリオンズフレアの名が穢れますわ。そんな卑怯な真似の片棒担いでるなんて」

「そ、そ、そうよねぇ……あ、あははははははははははぁ……」

「リオンズフレア様!そんなお顔なされないで下さいーっ!」

「あ、あ、あ、あの!私は、私だけは何もしてませんからね!?」

「お怒りを、お怒りを鎮めてくださーいーーーーっ!」


何故かリンを中心に空間が歪み、ゴゴゴゴゴゴゴと轟音が響いている。

……そして、一言。


「謝る人間を間違っていますわね?……まあいいですわ、新任の先生もいらっしゃいましたし」

「新任の講師?」


おかしい。こんな時期に新任教師など来るものだろうか。

新学期からは随分と離れているのだが。


「さ、こちらですわよ先生?存分に腕を振るわれると宜しいですわ」


その時、教室のドアが開いた。

……そして入って来たのは……。


「よお、ルン。今日から正式に先生だから」

「こんにちは、です」

「せん、せぇ?」


何で、ここに先生が居るの?

それにアリシアちゃんまで。


「ま、もう何も恐れる事は無いさ……ほれ、さっさと席に着け」

「ほーむるーむ、はじめる、です」

「え?あ、はいっ!?」


あまりの事に脳が上手く働かない。

……取りあえず、席に着かないと……。

笑う膝をなだめながら、よろよろと席に向かう。


「え?何あの先生……若過ぎない?」

「でも、学院長がわざわざスカウトしたって話よ?」

「古代語が専門らしいけど、メインは男子クラスの実技らしいよ」

「結構、カッコ良くない?」

「うーん。65点かな」

「私的には70点ちょい?」

「てかさ、ルーンハイムさんの反応、おかしくない?」

「あの鉄面皮が……明らかに顔赤いよね」

「突付けば面白い事が出てきそうじゃない」

「と言うか、リオンズフレア様とはどういう関係なのよ?目で語ってなかった!?」

「それ以前に何でちっちゃい子連れてるのよ!またこの人も幼女好み?」

「ああ、ルイス教授率いる変態教師陣にまた一人……」

「この学校の講師にまともな人格求めるほうがどうかしてるわ」


周りが何か言ってるけどまともに耳に入ってこない。

目が回る、顔中が熱を帯びていく……。

……せんせいが先生で、このクラスに来ていて……でもわたしのせんせぇで……。

あぅ……何が何だか判らない……。

顔が赤い、頬が緩む。

どうしよう。先生の前じゃ、もう氷の仮面は被れない。

本当に、どうしよう……。


……。


≪side カルマ≫

ルンが混乱してるようだがまあ仕方ない。

……そもそもルンのクラスの担任になれるか判らなかったからな。

まあ、幸い前日までの担任が"不幸な事故"で入院してくれたお陰でここに来れた訳だ。

これなら最初から話しておけばとも思うが、

万一失敗した時の事を考えるとそうもいかなかったんだよな。ぬか喜びさせたくは無いし。


……あ、フレアさんが満面の笑みで笑っている。

どうやら上手く行ったか、流石は国一番の名士。

軽い気持ちでちょっかい出していた連中をかなり懲らしめてくれたようだ。

いやあ、何事も言ってみるもんだ。

別件で訪問したついでに話を通した甲斐があったってもんだよな?


おっと、そろそろホームルームを始めないと。


「俺はカルマ。色々あってここの講師として暫く勤める事となった。非常勤だがよろしくな」

「しつもーん。先生は何処の人ですか?と言うか貴族らしく無いですけど……」


お、いきなり質問かよ。

……無位無官って言うのも今後の俺の目的を考えるとまずいな。

嘘をつく気は無いが……ああ、良い答え方があった。


「トレイディア国籍。一応、祖父は国王だったらしい……既に亡国では在るがな」

「へぇ、亡国の王族さんですかぁ?」


「ああ。まあそんな訳で幼い頃は貧乏暮らしだったけどな」

「じゃあ没落してるんだ、ふふふふ」


うん、嘘は言って無いぞ。王といっても魔王だけどな。

……並みの国家元首と比べても全く遜色無いと思うのは俺だけだろうか。

まあ、何にせよこれで多少は箔が付いただろ。


「続いて質問!ルーンハイムさんとはどんな関係?」

「ルンが留学中に魔法を教えていて先日から」
「夫婦」


……あ、教室内の空気が凍りついた。

と言うかルン。俺の台詞に被せてとんでもない事言うなよ。

ここ女子クラスだぞ?

周りの子達口を押させて顔真っ赤にしてるんだけど。


「ええええええっ!?本当に存在したんだルーンハイム家の婚約者って!」

「ふぅん……まぁ没落一家同士お似合いかもねぇ?」

「てっきり成り上がりのお金持ちとくっ付くかと思ってた!」


「いや、成り上がり者だし金は在るぞ今の俺は?ここの講師もボランティアみたいなもんだし」

「がくいんから、おかね、もらってないです」

「そう言えばカルーマ百貨店前で会ったわよねぇ……本職は何なのよぉ……」


……レン、だっけか。あの時はご愁傷様だったなぁ。

まあ、よく聞いてくれたと言う所か。本職を聞かれたらこう答えるつもりだったんだ。


「冒険者兼古代言語学者、と言ったところか」

「冒険先で古代文書を発掘する考古学者みたいなものですか?」

「冒険者ランクは幾つなのかしらぁ?まさか総合Dとか言わないでよねぇ」


あ、フレアさんが鼻でフッと笑った。

……まあ事実を知ってたらそうもなるか。


「一応実績ランクでBを貰ってる。翻訳は元からある文書を解読するのが主な仕事かな」


本当は総合Aだけど、そちらはもっと効果的な所でお披露目する予定。

……さて、このまま質問漬けも面白くないな。

そろそろ時計の針を進めるとしようか?


「……それと、俺は一つこの学院内において特権を有している」

「とくていせいとにたいし、とくべつたいぐう、できますです」


「……特定生徒へのぉ、特別待遇ぅ……?」

「それって、贔屓するって事じゃないですか!?それってずるいんじゃ」


頃合良し、作戦開始。

……殺気、開放。

全力全開で眼光を飛ばしてくれる!


「ひぃっ!?」
「きゃ!」
「あ、あう、あう……」

「細かい事はいいですけど、余りやりすぎないで欲しいですわ」

「……せんせぇ……はぅ……」


俺の殺気にあてられて、騒いでいた生徒達が固まった。

続いて、駄目押しとばかりに窓から別棟の近くを指差す。

……そこには。


「死体ーーーーーっ!?」
「いいえ、これはまだ生きてますわ」
「いやぁ……あれ、ラインフォールドのメンバーじゃないのぉ!」
「それって、レインフィールドさんと付き合いのあった不良グループの!?」
「おかしいよ?だって曲がってちゃいけない所から腕が曲がってる……」


うん。モブキャラ含めて高等部女子クラスの皆、的確な説明ありがとう。

えーと、着任の挨拶を職員方にした後なんだが、

中庭で見事にサボってる連中が居たので、

ちょうどいいやと思い、挑発を兼ねて煽ってみました。


「こら、お前等サボっちゃ駄目じゃないか?」


うん、非常に常識的な台詞だ。

誰に責められるいわれも無いよな?

……まあ、明らかに不良グループ相手に言って良い台詞じゃないがな?

まあ、実の所怒らせるのが目的だから関係ない。


「あー?ふざけんなよ?」
「殴り飛ばされたいのかお前ぇは!」
「新任教師の方ですか。帰って下さい、僕らを怒らす前に」
「お呼びじゃないんだよなぁ」


……その後、二言三言やり取りがあった後向こうから殴られた。計画どうりに。

そして、現在に至るという訳。

因みに何があったかは知らぬが花という物だ。

取りあえず拳で勝負したとだけ言っておく……硬化は使ったが。

お陰でこちらは無傷、向こうは詠唱の暇も無く哀れな姿を晒している。


「まあ、色々あって不幸な事になってしまった訳だな」

「ちょっとぉ!あんな事していいと思ってるのぉ!?」


ここで邪悪な笑みをニヤリと一つ。

……教師たるもの適当に恐れられておかないといけないと思うしな。


「……あれも一種の優遇だ。マイナスの、な?」

「そんなのアリなのぉ!?」


蟻だ。ではなくアリだ。

と言うか、別にこっちとしてはルンの問題さえ片付けばこんな学院何時出て行っても構わない。

厳重注意?知らんな。

減給?元から一銭も貰ってないけど?

首?出来るもんならやってみろ!


……うん。我ながら怖い物無しだな。

さて、本日の仕上げをやりますかね。

……うまく食いついてくれよ?


「因みに俺の女に危害を加えたら死んだ方がマシな目にあわせるからそのつもりで」

「いまだかつて、こんな挨拶をする教師が居たでしょうか?……いや無い」

「横暴だわぁ!ありえないわぁ!」

「暴力教師……汚らわしい!」

「父上にお話せねばなりませんね」

「何でこんな人が教育者に……」


「……先生ぇ……せんせぇ…………」

「ルンねえちゃ、なかなくていいです。これからは、あたしたちがついてる、です」

「私の事も忘れてもらっては困りますわ。これは細かい事ではありませんことよ?」


さてさて、初日の撒き餌はこんな所か。

ここまでやれば、明日か今晩にでも最初の馬鹿がやってくる筈だ。

……ふふふふふふふ、腕が鳴るぜ。


ああ、そうだ。

この語に及んでまだ直接ルンに攻撃仕掛けるような阿呆が居たら……。


『アリシア?アリサに連絡。ルンに直接仇なす奴はその場で潰せ。手段は問わん』

『あいあいさー、です。』


……。


さて、朝礼後は男子中等部の実技指導だ。

まあ流石にそれぐらいは真面目にやっておくかと思い、

ルンの世話にアリシアを置いて移動した訳だが。


「……何でほぼ全員臨戦態勢なんだよ」

「うるせー!ラインフォールドを馬鹿にして生きて帰れると思うな?」
「馬で蹴り殺すぞ!」
「まさか全員倒せるとは思ってないよな?」
「家の親父は伯爵様だぞ!?」


見事にクラスの八割が臨戦態勢で待ってるんだけど?

どうやらさっき叩き潰した連中はラインフォールドとか言うグループに所属してるようだが、

こいつ等はそこの末端構成員と言うわけか。

……馬で云々を聞くに、多分珍走団に近い性格を持っているのかも知れないな。

おーおー。剣に槍、弓まで持ってる奴もいるか。

一部は既に詠唱開始してやがるし、これは本気かよ?


……小人閑居をして不善を成す、か。

暇に任せて色々馬鹿やってるんだろうなぁ。

全く、暇を持て余した連中は始末におえない。


「へへへへへ、小生意気な教師一人、父様に頼めば」

「やかましい」


妙にいやな音がして、

ポケットに手を突っ込んだまま凄んで来たリーダー格らしき少年が倒れた。

と言うか俺が倒した。


顔面に拳を叩き込んだだけだが、どうやら鼻の骨が潰れたらしい。

床をゴロゴロ転がって、やがて泡吹いて倒れたので取りあえず軽く治癒をかけてやっておく。


「……言いたい事はそれだけか?親の権威なんか俺には役に立たないぞ」

「手前ぇ!」
「消えたまえ、見苦しい!」
「詠唱終わった奴からぶっ放せ!」


おいおい、仲間の無残な姿を見てまだ抗うのかこいつ等は。

別にこいつ等を潰しに来た訳じゃないんだけどな?

……まあいいか。


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


「「「「ええええええええっ!?」」」」


久々の火球連射により窓側の壁の一部が弾け飛ぶ。

哀れな事に詠唱が最終段階に入っていた連中よりも俺の一撃の方が早い。

そして哀れな生贄たちが窓を突き破り中庭に吹き飛ばされていく中、

部屋の隅でお祈りしながらガタガタ震える善良な一般生徒達に、

挨拶すらそこそこに指示を出しておく。


「心配しなくて良いからな?取りあえず落ち着いたら授業始めるから着替えて中庭に集合」

「「「「さ、サーイエッサー!」」」」


そして火事になっていない事を確認すると、俺自身は破れた壁からそのまま表に出た。

さて、消し炭が本当に炭になる前に軽く回復してやらないとな。

一応教え子と言う事になるし。


……。


「さて、君たちは先ほどまさに己の目で魔道の真髄を目撃した訳だが……」

「「「「はい、先生!」」」」


「最終的には君たちにも先ほど見た、火球の詠唱短縮を覚えてもらおうと思う」

「「「「よろしくお願いします!」」」」


「だが先ずは、健康な体を作るのが先だな。校舎の周りを……取りあえず三周するぞ」

「「「「わかりました!」」」」



さて、中庭まで出てきたわけだが……不気味だ。

さっきまで汚物を見るような目をしていた連中が、

掌を反したように大人しい。

しかも、恐怖で大人しいというより尊敬の篭った視線すら感じるんだけど何でだ?


「しかし流石に先生って言うだけあるよな……あんな連射見た事無いよ」

「ああ、暗記ばかりさせてる教授陣よりよほど面白くなりそうだな」

「つーかさ。詠唱何時してた?」

「……話聞けよお前は。短縮って言ってたろ」


走り出した連中の話し声に耳を傾けてくるとそんな台詞が聞こえたが……。

まさか魔法王国だけに魔力の強ささえ見せ付ければそれだけで尊敬されるとでも言うのか?

ありえなくも無いのが恐ろしい話だが……今回はそれだけではないようだ。


「ふう、たまには体を動かすのも良いな」

「何時も教室に押し込められてちゃ気が滅入るよ、本当に」

「ふぅ、ふぅ……いきが、苦しい……」

「丸暗記するだけなら学院なんて要らないってな」

「そうそう。後は糞長いありがたーいお話、とやらばかりだもんなぁ」


一日中魔法の丸暗記かよ。

いくら基本的に魔法一つにつき本一冊分の丸暗記が必要とは言え、

そんなやり方じゃあ効率が良いはずも無い。

そして合間には無駄にくそ長い話か……ああ、駄目だこりゃ。

明らかに別に教える事があるんじゃないのか?仮にも学校だろうに。

……暗記と説教だけで人が育つと本気で思ってるんだろうかここの連中?


しかし間違いなくストレスが半端無い事になってる奴が大勢良そうだ。

そりゃあ不良化してサボったり暴れたりもするわな。

これはもう今日の所は生徒のストレス発散に当てた方が良いんじゃないのか?


……しかし、本当に魔法しか教えないんだなこの学院は。

はっきり言って、この現状では教育を各家庭に任せて解散した方が良いような気がする。


まあいいか。

今日の所は取りあえず実技の名の下に、基礎体力づくりといくかな。

短縮詠唱を教えるのはもっと先でも良いと思う……出来れば出し惜しみしたい。

と言うか、ラン公女が上の窓際からこっちを向いてうんうんと頷いている。

……まさか俺を呼んだ理由には、こういう事も含まれてるのか?


まあいい。俺は俺のやり方しか出来ないからな。


「ほら、走れ走れーっ!」

「先生早すぎ!」
「俺等が一周する間にもう後ろから追いつかれた……」
「周回遅れですね、判ります」
「だが、それがいい」
「ふう、ふう、しかし、今日は良い天気だ……」


こうして、俺の教師初日は各クラスへの顔見せ程度で終わったのである。

……そして。


……。


「路地裏までのわざわざのお招きありがたく……とでも言えば良いのか?」


「ふん!我が息子をコケにしてくれたそうだな?」

「へへっ家の親父は伯爵様って言った筈だぜ!」

「「「小物は消毒だぁっ!」」」


早速馬鹿が網にかかりました。

……夕刻辺り、ルンを家までエスコートした後で俺は街をぶらついていた。

理由?釣りに決まっている。

そして歩く事十分も経たずして、お目当ての腐った尊い血とやらが網にかかった訳だ。


「いくら貴様がBランク冒険者と言えど、同格5人を相手には戦えまい?」

「「「俺達全員総合Bランク!」」」


ふぅん。向こうは冒険者を雇ったか。

目には目を?甘いな。


「そうか。実績Bランク、総合Aランクのカルマだ」

「「「え?……本物?」」」


「では、お互い恨みっこ無しで……殺し合おうか?」

「「「激しく遠慮します」」」

「何を言っておるんだ貴様等は!?」


名乗っただけでこの威力。

いやあ、肩書きって偉大だ。


「高い金を出して雇ったんだ、奴を何とかしろ!」

「無理!あの弓兵殺し相手に何しろって言うんだ!?」
「最近竜殺しにクラスチェンジしたって聞いた」
「つーか、死にたく無い。仕事キャンセルする」
「本当の化け物キタコレ」


そして、一気に背中を向けて逃げようとする冒険者一向に対し、

俺は二言ばかり発しておく。


「おい。仕事を途中で投げ出すなよ……」

「「「お疲れ様です!」」」


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』

「「「……え?」」」


そして、次の瞬間5人分の頭にそれぞれ巨大なたんこぶが出来上がる。

当然ぶっ倒れて気絶状態の冒険者5人が出来上がりだ。


「さて?どうするんだ伯爵さん」

「お、親父!親父いいいいっ!」

「……全ては家の息子の責任だ」


そう言って伯爵とやらもまた部下同様反転してUターン、

見事なまでの尻尾切りである。


「ちょっと待てよ……親父!俺はどうなるんだ!?」

「知らん知らん!わしは帰るぞ!」


ワタワタと帰って行く伯爵様とやら。

……路地裏の上のほう、近くの建物の屋根からアリスが手を振って合図してきた。

どうやらあの伯爵の弱みをもう見つけたらしい。

放っておけばいずれ意趣返しが来るだろうし、ここは完全に潰しておくべきだろう。

……まあ、向こうは蟻ん娘達に任せておけばいい。問題はこっちだ。


「さて、どうする?」

「うわあああああああっ!」


詠唱も何も無くただ殴りかかってくる。

魔法王国の貴族ともあろう者が情け無い話だが、この場合コレが正しい回答だと思う。

ただし、三番目に……だがな。


「所詮は温室育ち。実戦はおろか喧嘩もまともにした事ないだろ……隙だらけだ!」

「ぎゃん!」


どうせ勝ち目は無いんだ。最良の手段は交渉で、譲歩を引き出すべきだった。

そうでなければ一目散に逃げ出すべきだったな。

……少なくとも、硬化も無しでまともに食らってもたいして効かない拳しか持っていないなら。


「さて……報復に来て逆に報復されていれば世話無いわな」

「ひ、ひいいいいいっ!」


拳の骨をボキボキと鳴らしてみると、笑える位に相手は怯えていた。

……とは言え、コイツにかけられる時間はここまでのようだが。


「これは先生、偶然です。おかしな所でお会いしますね?」

「ああっ!助けてくれよっ!」

「……後ろに傭兵引き連れて偶然も何もあるのかよ……」


今度は50人は居るか?

……まあ、相手するのは精々その内20人程度だろうが。


「よぉ。いつぞやの戦場で会ったな?」

「「「ああっ!アンタはっ!?」」」


さてさて、今日は果たして眠れるのかね?

……ま、大掃除だと思って頑張るけどな。


……。


≪side ルン≫

朝。アリシアちゃんが差し入れてくれた卵をメインに朝食を作った。

モカがパンを焼いている間に、ココアが野菜を洗って切り刻む。

青山はお茶の為にお湯を沸かし、私はスクランブルエッグを作った。

最近お決まりの役割分担。料理の味は両親や皆にも好評なので何よりだと思う。


料理は良い。お店で買うより安く済むし、特にお菓子作りなどは趣味としても優秀。

何より食べてくれる人たちがおいしそうにしているのを見ると心が和む。


……先生の顔に食べかすを見つけた。

既に行動体制だったアリサちゃんには悪いけれど、これを取る役目だけは譲れない。

ごめんなさい、次は譲るから今日は勘弁して欲しい。


「はもはも。で、ルン姉ちゃ?今日はきちんと学校行くよね?」

「ん」


迷う事無く答えられる。何て素晴らしい事だろうか。

少し眠そうな先生の為にお茶を煎れながら、私は笑って首を縦に振る。


「そうか。体調も戻ったようで何よりである」

「良かったわ~。私もどうにかしないとって思ってたのよ~?」

「お嬢様、良かった。本当に良かった……」

「「と言うか、お嬢様笑ってる……」」


家族達には本当に心配をかけてしまった。

けれど、これからはもう安心だと思う。


「それじゃあ、また俺が馬を出すから乗ってけ。逃亡はさせんぞ、ルン」

「というかむしろ、ばっちこい、だとおもう、です」

「あたしはまだ調べ物があるから別行動するであります」

「それじゃあ、あたしは仕事あるしそろそろ国に戻るね。ルン姉ちゃ?兄ちゃを宜しくー」


正直言って人とは思えない速度で部屋から出て行くアリサちゃんを横目で見ながら、

私は今と言う時間を想う。


……気持ちを凍らせて、氷の壁の中で必死に守りを固めていた日々は終わった。

幼少の頃よりの確執は消えた。

そして驚くべき事にお母様の放蕩癖がほんの、ほんの少しだけだが治まって、

しかもお父様の投資事業で初めて黒字が出た。

使用人達にもまともにお給金を出してあげられるようになった。


……先生と出会ってから、全てが良い方向に回っている。

何故かは判らないけど、そういう風に確信している。

本当に、会えて良かった。

生まれとか育ちとか……そんな事はもう関係ない。

私はあの人を。誰よりも大事なあの人を絶対に必要としている。

それだけは、間違いない。


……。


昨日よりは格段に気楽に。

でも周囲への警戒は怠らないよう気を張りながら教室のドアに手をかける。

……私を見て顔を引きつらせる者や露骨に顔をゆがめる者は居るが、

それでも直接攻撃が来ないのはありがたい。今日は平和だ。


「る、ルーンハイムさん?おはよぉ……」

「あら、ルーンハイムさん、お早うございますわ」


「お、おはようございます!」
「お肩お揉みしましょうか?それともお茶?」
「命ばかりは!弟の無礼はお許しを!」


一部態度が色々な意味でおかしい人達も居るが、害にならない以上問題にもならない。

……それに今日はやけに登校している人数が少ないような。

まあ、大した話ではない。

そんな事より先生はまだだろうか。

……廊下を覗き込んでもまだ来ない。

ため息を一つばかりついてから、今度は教員室でもある研究院を観察する。

あ、先生だ。こっちに向かっている……。


「……ここのところのルーンハイムさん、いい玩具になりそうなのに残念だわぁ」

「恋する乙女は無敵ですわね……少し羨ましいですわね」

「氷の優等生が小動物に化けたよね」
「あの先生を見つめる目の光が少し真摯過ぎて怖いけどね」
「まー、何考えてるか判らないより良いと思う」
「ともかく無視無視。手を出したら殺されるわよ」
「え?何それ?」
「マナ様より厄介かもよあの先生……」
「実は今日出席して無い子達は、はっ!いえ、何でもありませんのよ、オホホ」


足音が聞こえる。

そして、入室を笑顔で迎えた私の頭を先生が撫でてくれる。

……嬉しい。


「おはよう。早速だが学院長に談判して一部授業内容の変更をした」

「はぁ?何言ってるのこの人はぁ」

「興味深いですわ。何をするんですの?」


先生が腰に手を当てて、ハァとため息をついた。

一体何が不服なんだろう。何にせよ私は付いて行くだけだが。


「いや、どれだけの事を学んでるのかと教授連中に聞いてみたんだ」

「そうしたら?」


「まさか……その歳で二桁の掛け算が出来ないとは思わなかったぞお前等……」

「そんなの、なんの役に立つのよぉ」


「事務仕事とかで使う可能性がある。この際だから四則計算の基礎ぐらいは覚えて貰おうと思う」

「なんですのそれは?」

「そも、計算なんて使用人達にやらせておけば良いでしょうに」


先生の呆れ顔が更に酷くなった。

横を見ると一部研究者系の家系の子が目を輝かせだしている。

そう言えば、あの子達は頭は回るけど魔法は殆ど使えない。

自分たちの得意分野だと意気込んでいるのだろう。


「……先ずは九九からだな。しかし、まさかこれすら無かったとは思わなかったが……」


そうして先生は壁に深緑の巨大な板を取り付け、小さな白いスティックで文字を書き始めた。

書き間違えるごとに布で拭き消しているのが印象的だと思う。

さて、出来上がったのは何かの詠唱にも見える数字の多い文章だった。

これを暗記すると、とても計算が速くなる。

と言うか、これ無しで複雑な計算など出来ないと先生は言う。

……研究者系の家系の子達が呆然としつつ、その文面を猛烈な勢いで羊皮紙に書き写し始めた。

きっと価値のある物なのだろう。


そして、次の時間には男子クラスで最近売り出された幾つかの文学作品の朗読を始めたと言う。

……だが、私を含めたクラス全員が腰を抜かしたのはその次の授業。


「よぉし、じゃあちょっと気合入れて今度は理科と行こうか?」

「きのう、よなべして、つくったです」


教壇に置かれた水の入った桶。

そして、二本の針金がのびる、ハンドルつきの謎の箱。


「えーと、じゃあ手作りモーターを逆回転させて電気を発生させるぞ」

「はりがねは、おみずのりょうはじに、いれておくです。それと、しおをすこし、いれるです」


……よく、判らない。

でも先生のやる事に意味が無いとも思えず、ちょっと針金に触ってみ


「ルン、ストップ!」

「きゃっ!?」


痺れた。今針金を触ったとたんに電撃が走った。

……あのハンドル付きの箱は電撃を発生させるものらしい。

興味が沸いたのか、さぼり癖のあった数名が面白がって針金に触っている。


「ほらほら退いてろ。……なあ皆、泡が出てきたのが判るか?」

「はりがねのまわり、ちゅうもく、です」


……本当だ。段々と泡が出てきている。

けれどそれがどうしたと言うのだろう。


「で、だ。ここに一本のロウソクがある。……これを泡に近づけると」

「ぼおっ、て。ひがおおきく、なりますです」


そして、ロウソクの炎が泡に近づいた時……。


「きゃ!?」
「破裂した!」
「び、びっくりしたわぁ……」


「しまった、逆だった……」

「けほけほ。さんそじゃなくて、すいそ、です」


……どっちにしろ、凄かったと思う。

リンに至っては目を輝かせて問題の"逆側"に火を近づけ、燃え上がる炎に目を輝かせていた。

でも、破裂した部分が痛かったのだろう、当の先生は額に皺を寄せて手をパタパタと振っている。

……申し訳ないのだけれど、私はそれを見て思わず笑ってしまった。


「……先生、面白かった」

「そうですわね。こう言う授業なら大歓迎ですわ」

「ま、本来学ぶって事は面白い物らしいぞ?ただ、義務と競争があるから面白く無いだけでな」


そうなのだろうか。

私達にとって学ぶとは一つでも多くの詠唱を頭に叩き込む事。

そしてそれは地位を維持する為の最低条件なのだが。


「暇を持て余してる阿呆が多いみたいだからな。せいぜい愉快な先生になってやるさ」

「……むしろぉ、不愉快だわぁ」
「怖いのは確かだよね。でも刺激があって楽しいかも」
「ボン、ボン……それ、ビリビリーっ」


何だかんだで気に入ったのか、皆実験用具を玩具のように扱っている。

実に楽しそうだ。


……ふと、今日は私に対して何の嫌がらせも無い事に気付いた。

もしかして、先生はこの為にわざわざ……。

じっと先生を見ていると、軽く耳打ちされた。


「お前にちょっかい出してる暇なんか与えないからな?」

「せんせぃ……」


私の横ではアリシアちゃんが朗らかな笑顔を見せていた。

……私は、幸せものだと思う。


……。


それから暫く経つが、今も穏やかな日々が続いている。

何だかんだで先生もこの学院に馴染んできている。

けれど、様々な意味で伝説は増える一方。

ただ、それはまた別な話だ。


……今日は曇り。

どこかどんよりと暗い空の下、私はレンに呼び出されていた。


「あんまりぃ、調子に乗らないでよねぇ?」

「……乗ってない」


「ふぅん。まあいいけどぉ……何か変な事が起こってからじゃ遅いのよぉ?」

「覚えておく」


もう、何を感じる訳でもない。

私を虐める人は先生がすべて排除してくれている。

レンも何度か痛い目に遭っているらしいとリンが言っていた。


ラインフォールドは解散した。……もう、レンには取り巻きも居ない。

そして一対一なら恐れる理由がそもそも無い。


「……決闘でも、する?」

「じ、冗談じゃないわぁ。ふん、優等生様に敵う訳無いじゃないのよぉ」


「やってみないとわからない。それに頑張らないと今のままじゃレンは……」

「ふん。判ってるわよぉ。今じゃ私がクラスの爪弾きよぉ?最初から判ってるわぁ……」


「私はもうそんなに怨んでいない。仲良くする気は、無い?」

「うるさいわねぇ!最初から優秀なアンタにぃ!私の気持ちなんか判らないわよぉ!」


吐き棄てるようにそれだけ言って、レンは行ってしまった。

最近のレンは落ち目だ。取り巻きを失い周囲から浮き始めている。


元から成績は良くない。詠唱は覚えられないし魔力量も平均以下だ。

周りへの根回しや上への追従は上手かったが、先生相手には通じない。

根回しと家の権力を上手く使って便宜を図っていたあの子の取り巻きは、

それが通じない人間が現れた途端に蜘蛛の子を散らすように居なくなっていた。

聞けば物言いが悪く、最初から余り人から好かれていた訳ではなかったらしい。

そう考えると、もしかしたら一人になりたくなくて色々やっていたのかも知れないと思った。


……しかも、今まで魔力不足などで落ちこぼれと言われていた人の中には、

先生の新しく新設した幾つかの教科で優秀な成績を残せるようになった。

だというのに、レンはどの教科でも底辺の成績しか残せておらず……。

総合では最下位という順位に甘んじる事になってしまっている。


……今のレンはまるで暫く前の私だ。

追い詰められた心境に心を削り取られつつある。

ふと気が付けば逆転していた立場に驚きを覚えるが、

私もようやく這い上がった現状を棄てる気は無かった。


「けど、このままじゃ駄目」


そう。それでも何とかしないと思いつめてしまう。とは思うのだが、正直取り付く島も無い。

それに、正直言って今までの事を考えると余り積極的に助ける気にもなれなかった。

例のヌイグルミの件も先生が調べてみると、

レンがお母様からの伝言を伝えなかったのはわざとだったらしい事が明らかになったのだ。

ちょっとした意地悪。けれどそれで私がどんな目にあったと……。


……。


結論から言えば、あの時点で何らかの動きをしておくべきだったのだ。

……それから一週間たったある日の事。

朝から先生たちの様子がおかしいのに気が付いた。


「アリス……それはどういう事だ?」

「わかんないであります!アリサもわかんないって……」


「先生?」


「ルン……アリシアを見なかったか?」

「そんな事あるわけ無いのに!何処にも居ないのであります!」


アリシアちゃんなら……確か。


「昨日、レンからお菓子を貰ってた」

「それは知ってる。ようやくあの子についても片が付いたのかと思っていたんだがな」

「昨日の夕方から定時連絡が無いのでありますよ!」


だったら、レンに聞いてみればいい。

先生は良く判らないけど凄い情報網を持っている。

隠したって無駄だろうと思う。


「そうだな……アリス、アリサに連絡してレインフィールド家の偵察を!」

「そうでありますね。寝てたりしてたら流石に同族に対する接続も無いでありますし」


「お、お、お……お嬢様あああアッ!」

「……青山?」


「た、た、大変で御座います!一大事で御座います!アリシア様が、アリシア様が!」

「どうしたの!?」
「居たのか!?」
「でも、連絡が無いでありますよ!?」


……そして、私達はアリシアちゃんに再会した。

物言わぬ、骸と化した、アリシアちゃんと。


「綺麗なお顔をなされていますが……心臓が、停止しております……」
「朝、ほうき持って門の前に行ったら、アリシアちゃんが、転がってたんです!」
「なんで?何でこんなちっちゃい子が!?」


「綺麗な顔。乱暴とか無かったみたいでありますけど……なんで?なんで!?」

「……だれだよ……誰だよこんな事したのは!?くそっ、クソッ……畜生!」


ワタシニハ、ココロアタリガアッタ。

オイツメラレタニンゲンガ、ナニヲスルカワカラナイ、ソノコトヲ、シッテイタハズダ。

……コノ、ケツマツヲ、ナゼ、ソウゾウデキナカッタ?


「レン……どうしてそこまで……」


私の意識が持ったのはそこまでだった。


あの子が狙われたのは先生と一緒に学院で行動していたからに違い無い。

だとしたら、だとしたらあの子がこんな目にあったのは、間違いなく私のせい……。

私は、私はどうやって先生に詫びたら良いんだろう。

判らない。何も判らない……!


「ルン!?」

「ルンねえちゃ!?」

「お、お嬢様!?」


……皆の声がやけに遠くに聞こえる。

私は……罪悪感を抱いたまま、そのまま意識を手放していた。

それは、逃げだろうか?それとも不幸中の幸いだったのだろうか?

ただ、意識が消えるその直前に……当のアリシアちゃんの声で、


「あたしはここにいるです。だからしんぱいは、いらない、です」


そんな声が床下から聞こえたような、そんな気がした。


***魔法王国シナリオ5 完***

続く



[6980] 35 暴挙 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/05/29 18:27
幻想立志転生伝

35

***魔法王国シナリオ6 暴挙***

~無数の蟻と魔方陣 前編~

≪side レインフィールド≫

最近、超つまんない。

周りの連中は手のひらかえして去っていくし、最近増えた授業内容は難しい。

皆どれかは面白いって言うけど私にはどれも理解できないわぁ。

にしても、アレだけ良くしてやったって言うのにさ?

皆薄情者よねぇ。

……最近は私の事、何やっても上手くやれないおちこぼれって馬鹿にするしさぁ。

やだなぁ。こうなりたくなくて一生懸命やって来たつもりなんだけどぉ。

ケンカで相手を怪我させたヤツをガードを左遷させてまで庇ってあげたり、

試験で落第した時は同じ立場のやつらを教授に言付けて誤魔化させたりもしたのにねぇ?

ラインフォールドの連中にいたっては、お小遣いまであげてたのよぉ。

それなのに、それなのにドイツもコイツも……。


「……先生」

「ん?どうしたルン……ああ、昼飯な?一緒に食うか」


はっ。優等生のお出ましだわぁ。

一人でも立ってられる癖にとうとう寄りかかる場所まで手に入れちゃって。

ふん。幸せそうで何よりですねぇ?

同じ時間で私より多くの魔法を覚えるってだけでも腹立つのに。

しかもお母様は勇者様でお姫様だったとかどんだけ恵まれてるのって感じ?


だから。悔しかったからマナ様に迷惑かけられた連中を煽って攻撃しても、

どんなに酷い事しても、

ルーンハイムさんは結局最後まで動じてなかったですもんねぇ?


挙句に国外留学で書いたレポートで卒業試験免除?何それぇ?

私なんか卒業できるか微妙、なんて言われてるのに。

あぁ、強いって。賢いって羨ましいわぁ。


……少し分けて欲しいぐらいよねぇ?


私にももう少し才能があれば良かったのに。

起きている時間の半分を詠唱暗記に宛てても一向に頭に入ってこない。

同じ魔法を唱えても、周りよりずっと早く気が遠くなってくる。

やってられないわぁ……これでモチベーション維持しろって方が無理よねぇ?


……ふと思った。何であの子だけ幸せになってるの?

いっそ何もかもぶち壊してしまいたいわぁ……なんてねぇ。


「ルンねえちゃ!おちゃ、もってきたです」


その時、目に入って来たのは小さな頭。

あの先生と共にやって来て、あの子の周りをうろうろしだした告げ口魔。

……名案が浮かんだ。

あのえこひいき男諸共ギャフンと言わせてやる策が浮かんだのよぉ。

うふふふふ、精々驚かしてやるわぁ?


さて、先ずは適当に懐かせないといけないわねぇ。

お菓子でも持って来れば良いかしらぁ?


「……チビちゃん。お菓子食べるぅ?」

「たべるです!」


どんなに賢しかろうと所詮は子供なのよねぇ。

焼き菓子一つで簡単に篭絡できるなんてぇ?

……さぁて、次はと。


「おいしいかしらぁ?」

「おいしい、です」


「もっと欲しい?」

「くれるですか」


「私の家に一杯在るわよぉ?来るかしらぁ?」

「……ちょっと、まって、です。」


悩んでるのかしらぁ?

無駄に飛び出てる髪の毛をピコピコさせてるわねぇ。

……ちょっと可愛いなんて思って無いわよぉ?


「もんだいないので、いくです!」

「……じゃあ、授業サボっちゃいましょうねぇ」


うふふふ、このまま一ヶ月くらい家で隠しちゃうのよぉ?

一回連れ込んだらもう逃がさないのよねぇ。

さて、妹さんが居なくなって……あの先生達のリアクションが楽しみだわぁ。

しかも帰ってくる頃にはお菓子でぶくぶくになってるのよぉ?

たっぷり肥えたその姿を見て精々おののくが良いわぁ。


……。


そういう訳で、お持ち帰りぃ♪

誰にも見つからないように午後の授業サボっちゃったけど別に良いわよねぇ?

……ほら、食べなさい、いっぱい用意したからねぇ。


「うま、うま、うま、です」

「本当に、良く食べるわねぇ……ついでだから今日、泊まってきなさい?」


「……はいです!」

「うふふふふふふふ……」


焼き菓子を大皿三杯分も食べだした時はどうしようかと思ったけどぉ。

うんうん。良い感じじゃない?

このままなし崩しに泊まらせ続ければ良いだけだしねぇ。

誰か来たわぁ……あら、父上。

何か怒ってるけどどうしたのかしらぁ?


「何をやっている?学院はどうした?」

「……今日は早めに終わったのよぉ」


こ、これは、マズイわねぇ。

……父上、魔法が下手な私に不満たらたらだし。

変なこと言い出さなきゃ良いけどぉ?


「何?……まあいい。ならば自主的な訓練を忘れるな。お前は我が家の一人娘なのだからな」

「はいはい。四大公爵の一角として他者に劣るのは認めぬ……判ってるわよぉ!」


「そうだ。第三位ルーンハイムが没落の今こそ、我が家が家格で上回る千載一遇の機会なのだ」

「それなのに私が無能だから今でも第四位……ですかぁ?」


……勝手なことばかり言ってぇ……私だって私なりに頑張ってるわよぉ!

それに家格なんて周りが勝手に評価してるだけで実益なんか一つも無いでしょうに。

それなのに、何時も何時も……はぁ、考えるだけ無駄ね。やめやめぇ。


「ところで、この子供は何だ?」

「ルーンハイムさんの妹さんよぉ……正確に言えば旦那さんの妹ねぇ」


ふう。幾らなんでもマナ様の関係者に下手な事言わないでしょ。

父上はラインフォールドの皆の事も何時も悪く言って来て面倒くさかったのよねぇ。

確かに、我が家の人間が関わるには色々問題もある連中だったし、

結局裏切って行っちゃったけど……こうなる前まではけっこううまくやってたのよねぇ?


「ほぉ。ならば宰相殿の言っていた……成る程、これはいい」

「ふぇ、おじさん、だれ、です?」


「私はレインフィールド公爵。来るのだ、魔王の血族よ」

「魔王?」

「ふぇ、あたし、ちがうです」


え?魔王の血族?

何それぇ?

確かに宰相様とかが魔王の魔力を手に入れようとしてたとか聞いた事あるけどぉ。

え?……まさかあの先生。


「父上?あの先生、まさかマナ様が倒したとか言う魔王の……」

「そうだ。魔王の孫……我々の望む彼の者の魔力を受け継ぎし者だ」


父上があごひげを撫でながら何か言ってるけど、私が馬鹿なせいか余り頭に入ってこないわぁ。

えーと、魔王って確か、30年位前にうちの国とかに攻めて来たヤツよねぇ。

マナ様が倒して世界を救ったって聞いたけどぉ……。


あれぇ?そんなのの孫とマナ様の子を結婚させて良いのぉ?


「ふむ?隠しているのは怪しい証だぞ……ふふふ、見よレイン。この人に在らざる瞳を……」

「うわっ……何これぇっ!?」

「いたい、です!」


目を無理に開かれたのが痛かったみたい。

目を両手でごしごししながらチビちゃんは父上の手から逃れ、

空中で一回転して見事な着地を見せたわぁ。

……本当に、人間じゃないのねぇ。


それにしても、チビちゃんの目はまるで虫のような感じ。

どうりで何時も目を細めていると思ったわぁ。


「見よ!これぞ魔王の血族の証!人に在らざる魔の血脈だ」

「だから。ちがうです」

「でもぉ……どう見ても人間には見えないわよその目はぁ?」


「隠したくなるのも道理。だがな、我がマナリアにはその力が、魔王から受け継いだであろう」

「いえ、だから、わたしはちがう、です」


「……受け継いだであろうその魔力が必要。それを我が国に取り込む事こそが国是なのだ!」

「はなし、きいてください、です」


無理よチビちゃん。父上はああなったら止められないわぁ?

両腕広げて誰に向かって演説ぶっこいてるのか私にもわからないくらいだものぉ。

それにしても魔王ねぇ……まさか血縁が生き延びてたなんて思わなかったわぁ。


「ここに魔王の力の欠片があるのは僥倖なり。どれ、宰相殿の望むような絶大な魔力を持つのか」

「いや、だから、わたしはちがう、です」


「……魔力を持つのか私が確かめてみようぞ!」

「いや、だから、わたしはちがう、です。まほうつかえない、です」


「それは無かろう。魔王の子孫に高い魔力が宿らぬ理由は無い……その魔力を持って」

「いや、だから、ない、です」


「……その魔力を持って、我が国の栄光が為に、彼の術式を完成させるのだ!」

「はなし、きいて、です」

「だからチビちゃん。諦めなさいよぉ……」


さっきも言ったけど、ヒートアップした父上は止まらないのよねぇ。

もう、諦めた方が良いわよぉ。

……多分、命まではとられないからぁ。

なにしろ、下手に手を出すとマナ様が怒り出すでしょうしねぇ?


「さて、と。魔王の血族よ」

「ちがう、です……」


「こちらに来てもらおうか」

「や、です」


チビちゃんがじわじわ距離を取り始めたわぁ。

でも、仕方ないと思う。だって父上……いきなり印を組むんですものぉ。


『我が名は雨の地、これなるは一子相伝たる魔道が一つ……眠霧(スリープ・ミスト)』

「……うにゃ……ねむい、です」


幾らか効きが甘いようねぇ……よろめきながらもドアに向かって歩いていくわぁ……。

あ、父上、何をなさるのぉ?

髪は女の命よぉ……掴みあげるなんて酷いわぁ!


「大したものだ。私の眠霧に抵抗するとは……だが、それ故に期待できる」

「うあ……しょっかくを、つかまない、デ!?」


……ぶつん。


チビちゃんが父上に連れて行かれてるわぁ。

最初は魔法に抵抗してたけど……髪の毛掴まれた途端に急に大人しくなったわねぇ……。

寝てるとも違うみたいだし、浚った本人としてはちょっと心配かもぉ。


「お前も付いてくるのだ。我が国が栄えある王国である証、そろそろ知っておいても良いだろう」

「……は、はいぃ……ところでチビちゃん、どうしたのぉ?随分大人しいけどぉ」


「死んだな」

「はぃぃぃっ!?」


し、死んだ?死んじゃったのぉ!?

ど、どうして!?

わ、私そこまでする気は……そこまでする気は無かったのよぉ!?


「ふむ、どうやら髪の毛に混じって触覚があったようだが……そこが急所だったようだな」

「えっと、それって……」


「何処かに母体があるのだろう。本体との繋がりが絶たれると自滅する仕組みになっている」

「な、何でそんな事がぁ」


「トカゲの尻尾切りだな。反乱防止か機密保持か……素晴らしいではないか」

「わ、私にはわからないわぁ……」


判らないわ、何が何だか判らないわぁ。

さっきまで一緒にお菓子食べてたチビちゃんが魔王の何とかで、

今は物言わぬ骸になっててぇ……。

それに、父上の寝室にあるクローゼットの裏に秘密の地下室への入り口があって。

その地下室はとっても広くて、あちこちに血がこびり付いてて、良く判んない骨とか転がってて。

……そして、部屋の中央に淡く輝く巨大な魔方陣があってぇ……。


「私の理解を超えてるわぁ……」

「それはそうだ。お前のような落ちこぼれには理解できない……これはな、構築の魔方陣だ」


こうちく?……構築かしらぁ。

何を作るって言うの父上?


「理解できんのか……魔法に決まっているだろう。この魔方陣で魔法の術式を構築するのだ」

「ええええっ!?魔法って作れるの父上ぇ!?」


「無論だ。もっとも、実際作るには古代語を理解できねばならんがな」

「それって、宰相様しか作れないって事じゃないのぉ」


今のマナリアで古代語を扱えるのは宰相様だけなのよねぇ。

……あれ?何か忘れてるっぽいけど……それどころじゃないわよねぇ。


「そう、そしてその為にはこの魔方陣に魔力を溜め込まねばならない……眩く輝くほどにな」

「今は……光が淡いわねぇ」


ちょっと、びっくりだわぁ。

魔法って世の中の理を捻じ曲げる力だ、とかって聞いた事があるけど、

それって、こういう所で作られていたのねぇ……。

あら?でもさっきの話からすると宰相様が居なければ意味が無いんじゃないのかしらぁ?

それに、光が弱い気もするのよねぇ。


「そう、新しい術を構築するには魔力が足りぬ……よって、こうするのだ」

「チビちゃんを魔方陣の真ん中に置いて……どうするのぉ?」


「魔力を抽出するのだよ、決まっているだろう?」


そう言って、父上は魔法陣のすぐ外に立ってなにやら詠唱を始めたわぁ。

私?私は部屋の隅でブルブル震えてたわよぉ?

だって……あんな目の怖い父上は、初めてだったものぉ……。


『抽出、開始』


詠唱が終わると魔法陣が僅かに光を増したわぁ。

そして、きらきらとあちこち光って……チビちゃんも光って……。

あら?何か……さっきより光が弱くなったような気がするけどぉ。


『抽出中断!』


父上が叫んだ?

すると魔法陣のチカチカした光が収まって、魔方陣はまた淡く輝いているわぁ。

でも……やっぱりさっきより、光が弱いわねぇ。


「ええいっ!何故だ?何故魔王の血脈でありながらこんな微力な魔力しか保持しておらぬ!?」

「え?魔力無かったのぉ?」


「ああ!これでは魔法陣を起動させるのに使った魔力で足が出る……体を砕く前に止めて正解だ」

「体を砕くぅっ!?」


「当然だろう?吸い尽くしたとしても、まだ体を砕けば僅かばかり抽出できるのだ」

「非道すぎるわぁ……」


想像を絶するって、多分こういう事なのねぇ……背筋が凍りそうだわぁ……。

幾ら新しい魔法の為とは言え……ここまでする必要があるのかしらぁ?


「ええい!せっかく罪人を砕いてここまで溜め込んだと言うのに後退してしまったではないか!」

「ち、父上ぇ!?」


え、それじゃあこの部屋にある血の跡とか骨とかは……ううん。人じゃないわよねぇ?

だって、人の骨とは思えないものばかり……じゃないわぁ!

部屋の隅に飾ってあるあれ、頭蓋骨?頭蓋骨よねあれぇ!?

いや、まさか、まさか、まさか……嘘、よねぇ?


「そうか……側近の魔物でしかなかったのか?だとしたらとんだ無駄骨だ」

「あの。父上ぇ?あの骨、もしかして罪人って……」


「ん?あれか?飾ってあるのはお爺様だ。死ぬ前に我が身を砕いたのだ、偉いと思わんか?」

「……き、聞くんじゃなかったわぁ……」


「良いか?お前もいずれ婿を取る。そうしたらこの栄誉ある役割を引き継ぐのだ」

「嫌よぉ!こんな血みどろなのは嫌よぉ!」


「ならば古今東西の魔力持つ道具を集めよ。古来は竜の心臓をもって作っていたらしいぞ?」

「そんなお宝、高すぎて手に入らないわぁ!」


「そうだ、だからこそ生き物から取り出さざるをえんのだ」


そう言う事なのねぇ?

私の頭でもようやく理解できたわぁ。

……私の国にもけっこう闇があるって事をねぇ……。


「でも、そこまでして新しい魔法を作る必要があるのかしらぁ……今ある分で十分じゃ?」

「宰相がその生涯をかけて作成中の術がある。それがあれば祖国が世界を手に出来ると言う」


「それは凄いけどぉ」

「お前に理解できるとは思わんよ。ただ、邪魔さえしなければ良いのだ」


「そ、それぐらいなら何とかできると思うけどぉ……」

「宜しい。その言葉が聞けただけで今日の無駄骨も意味があったと言うものだ」


無駄骨って……いや、そういう問題じゃないわよぉ?

どう考えても殺した相手が悪すぎるわぁ!


「……ところで父上ぇ……こんな事して、マナ様が怒鳴り込んで来たらどうするのよぉ」

「ふむ。黙って居ればよい……どうせ証拠など残してはおらぬのだろう?」


……気付かれてる!

私がチビちゃんをこっそり連れてきた事、気づかれてるぅ!?


「マナ様とて王家出身……王命とあらば従おう?いや、従わざるをえんさ」

「あの方にそんな論理が通用する筈無いですわぁ!」


「そうでもないのだがな。……まあいい、ならば精々感づかれぬよう証拠を隠滅するが良い」

「……ち、父上ぇっ?」


「私は無駄骨折ったせいで疲れた。後は任せる」


そう言って、父上は部屋を出て行ってしまったわぁ。

血みどろの部屋に残されたのは私。

そしてチビちゃんの遺体。

あは、あはははは……本当なら、このまま放っておくべきなのよねぇ。

もしくは何処かに埋めてしまうか。


でも、ねぇ?


……。


「ハッ、ハッ、……きゃあああああっ!?」


あぁ、気持ち悪い汗のせいで目を覚ましたわぁ。

もうこの夢を見るのは三日目。


そのままにしておく事も、

詫びる事も出来ずに、

チビちゃんの遺体をルーンハイム邸の門の前に置いて来て、

それからも三日経っているわぁ。


……ルーンハイムさん、大丈夫かしらぁ。

あの先生、きっと悲しんでるわよねぇ?

そして私が犯人だって、きっと気づいてるわよねぇ……。

何せ、あれから三日間学院を休みっぱなしだしぃ。


仮にもこちらだって四大公爵。

無理な捜索は無いと思うけど。


……どの面下げて会えって言うのよ。

別に仲が良かった訳じゃないけどぉ、幾らなんでも殺す気は無かったのよねぇ。

そうよ。殺す気なんか、ある訳無いじゃないのよぉ……!


「……まあ一人で騒いでたって、どうしようもないわよねぇ……」


ふう。まだ夜中ねぇ。

目も冴えちゃったしどうしよう……なんか、騒がしいわねぇ?

あら?突然部屋のドアが開いて警備兵が、


「レインお嬢様!賊が、賊がお屋敷に襲撃をかけてきました!」

「……え?」


賊?ただの賊がこのレインフィールド邸に押し入れるの?


「お隠れ下さい、今に王宮から増援が参ります!」

「隠れろって……貴方達でどうにかできないのぉ?」


「無理です!今は公爵様が戦っておられますが……恐らくは」

「そう。……わかったわぁ、心当たりがあるからそこに隠れるわねぇ……」


あ、はははは……なんて言うか、来るべき時が来たのかしらぁ?

不思議ねぇ?……襲撃者もその目的も判るのに。

私自身が危ないってのに。結構気持ちが落ち着いてるのよねぇ。


……何でかしらぁ?


……。


≪side カルマ≫

およそ三日にわたる調査の結果、

アリシアは間違いなくレインフィールド公爵邸において命を落とした事が確認された。

ルーンハイム邸入り口付近に巣を作っている蟻達からの情報で、

アリシアの亡骸を持ってきたのがレインフィールドの息女自身である事も判っている。


「にいちゃ……ルンねえちゃ、まだうなされてるであります」

「そうか。アリス……済まんな、俺がアリシアを学院で表に出してしまったせいで」


そう、俺が付いていない時ルンを守るためにアリシアを貼り付けておいたんだ。

その効果は絶大であり、何かあったらおれが飛んでくるという事もあって、

ルンの周囲は随分静かになったと思う。


この場合……別に俺が怨まれるのは構わないと思った。

全てが終わったら、ルンを説得し国から連れ出す気だったからだ。

もう二度と関わらない連中なら多少嫌われてもどうと言う事は無いし、

それに数年間も経てばほとぼりもさめるだろう……そんな計算があった。


それにルーンハイム家の跡取りも、

子供がある程度大きくなったら一人寄越すと約束すれば良いと考えている。

……実際そうするかは別問題としてもだ。


ま、俺を恨みに思った連中との戦いも随分あったし、上手く行ってると思っていたんだ。

……アリシアのほうに怨みの矛先が行く事も想定はしていたが、

大抵は一人になった所で子供と侮り殴りかかって、反撃で沈んでいた。

無論、その後子供に負けたとも言えず、

その後はダンマリ決め込む事が多かったので気にもしていなかったが、

まさかアリシア相手に絡め手で来る奴が居るなんて……思いもしなかった。

実際問題としてアリシアにお菓子を与える女子生徒は多かったし、

あのレンがそういう行動を取ったと聞いた時も、

俺としては和解が成ったのかと喜んだものだ。


……けれど、違った。


『おかし、たべてる、うま、うま。あ、だれかきた、です』


この連絡を最後にアリシアは連絡を絶ったのだという。

そして……気が付いた時には時既に遅し。


「兄ちゃ?気にしちゃ駄目だよ。大丈夫、あのアリシアちゃんが死んでも代わりは居るから」

「だったら、なんでそんなに顔色真っ青にしてるんだよお前は」


この異常事態に、アリサもこの国に舞い戻ってきている。

今はルーンハイム低地下の秘密の小部屋で密談中だ。


「ともかく……あの家は許さん。八つ当たりだろうが何だろうが、必ず潰す!」

「おちつけ兄ちゃ!」


「アリサ、悔しくは無いのか!?アリシアが、俺達の家族がやられたんだぞ!?」

「悔しいさ!よりによってあの子は私の最初の子だよ?悔しくない訳が無い!」


……そりゃ、そうだよな。

なのに。俺のほうが熱くなってどうするんだ。


「でもあたしにはさ、一族に対する責任があるんだよねー……だから、だから」

「そうだな。考えてみれば俺にもカルーマ商会って責任が……カルーマ?」


そうだ。

俺が責任を持つべきはカルーマ商会。

別に冒険者カルマに失うものなんか……。


「……駄目であります!ルン姉ちゃを捨ててく気でありますか!?」

「つっ……そうか。そうだよな」


俺が馬鹿をやれば当然ルーンハイム家、引いてはルンに迷惑がかかる。

この所あちこちテコ入れをして、ようやくこの家も再び浮かび上がる寸前まで行っているのに、

ここで大問題を起こしたら元も子もない。


……だが、だからと言って諦めるのか?


「……あの日からレインフィールド邸に潜入させた連中からの情報は?」

「この三日間で警備が多少強化されたよ。……あたしら、舐められてる?」


「いや、連中からすれば一般ピープルの命なんぞ紙にも等しいんだろ」

「兄ちゃ……ふざけてるよね、あの人間」


ああ、全くだ。

人の妹浚った上に命まで奪っておいて、

そのまま知らぬ存ぜぬ?

そんなの、ありえないだろ。


「そうだ……マナさんにご出馬願えないか?」

「難しいと思う……流石に証拠が無い上に、相手が同格だから」

「あたしらの情報源は蟻だから、証拠になり得ないであります……」


「それに、相手が悪かったよー。レインフィールド公は券を持ってるし」

「マナおばちゃんが七歳の誕生日の時に親戚に配った、"何でも言う事聞きます券"であります」


……肩叩き券みたいなもんか。

子供の頃の誕生日プレゼントが今でも有効なのかよ……いや、あの人だと有り得る。


「今では言う事聞かせるための切り札と化してるよ。持ち主は肌身離さず持ってるみたい」

「……ここぞと言う時に駄目な勇者様だな本当に」


要するに、俺達でやらなけりゃならない訳だな?

……いいだろう。やってやろうじゃないか。

どうせやるなら直接ボコボコにしてやる。

搦め手?経済封鎖?

そんな生易しい事で終わらせてたまるか!


「アリサ。ちょっとルーンハイム公に挨拶に行ってくる……部屋を引き払う準備をしておけ」

「兄ちゃ……何、する気?」

「なんで、お部屋引き払うでありますか!?」


ここで動揺してどうする?

俺はアリシアの敵討ちをしたいし、ルンに迷惑をかけるのも嫌だ。

ならば、地下から一気に攻め寄せて、情報を与える事無く殲滅するしかない。


けれど、万一と言う事もある。

万が一正体がばれた時の為に備えねばならないだろう。

取りあえず、顔を隠すために兜と覆面は用意しているが……。

それだけでは足りないだろう。

何せ、相手は既にアリシアの事を誰かに話している可能性がある。

当然、何かあったら俺達が真っ先に疑われるのは当然だ。


「公に口裏を合わせてもらう。冒険者カルマは昨日から国外に出ていると」

「……だから昨日、一度国境を越えたのでありますか」

「要するに、兄ちゃは今この国に居ないって事だね!」


まさか国外に居る人間を逮捕できる訳があるまい。

何せ、俺は公式にはトレイディアへの旅の途中なのだ。


さて、正確に言えば公には一度話を通し、既に口裏合わせの約束はしてもらっている。

実は今行く挨拶は決行すると言う連絡でしかない。


一度動き出したら連中を叩きのめすまで戻ってくるつもりは無いさ。

……もっとも、公は俺が死にに行くつもりだと思っているようだけどな。

少し寂しそうに、ならば行って来い。とか言ってたし。


「ま、当たって砕いてやるさ……レインフィールド邸への侵入、脱出口は用意できてるな?」

「大丈夫だよー」

「アリシアの仇を討つであります!」


敵討ちの本懐を遂げるには、怒りのまま動くのではなく冷徹な計算が必要になる。

そして今回の俺はまさしく冷静に事を運べていると思う。

怒髪は天を突かんばかり。

だが逆に思考は深海まで覗き込めるかのように澄み渡っている……様な気がする。


まあ、実際問題として冷静に見えるだけだろう。

何しろ、一番正しい応対は暴力に訴える事ではない。

文字通り日干しにして無様に没落させ、

奴等の誇りを粉々に踏みにじってやる事なのだろうから。

……勿論それをする準備も整っている。

だがそれでは気が収まらない辺り、俺も随分頭に血が上っているって事だ。

何しろ、直接の肉親を失ったアリサ達のほうがむしろ冷静なくらいなのだから。


「ま、家族をやられて黙ってられるか!って事だな」

「はいであります!地下から直接乗り込むで在ります!」

「一応乗り込んだ後すぐに侵入口は潰すよ。帰りは別途に道を用意するからね」


さて、それじゃあ挨拶と水杯でも交わして、敵陣へ殴りこみと行くかね。

ああ……連中に思い知らせてやるさ。

貴様等が一体誰に手を出したかって事をな!


続く



[6980] 36 暴挙 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/10 11:39
幻想立志転生伝

36

***魔法王国シナリオ6 暴挙***

~無数の蟻と魔方陣 後編~

≪side レインフィールド邸警備隊長≫

夜の帳が下りてきていますが、今日も本邸は平和そのものでありました。

どう言う訳かここ数日警備体制が強化されているようでしたが、

まさかこの国に四大公爵に逆らおう等と言う輩がいる訳も無いでしょう。

それにですよ、現在この屋敷を固めるのは警備兵が何と30人。

しかも、何かあったら即座に王宮に連絡が行くようになっていると言う完全無欠ぶりです。

……全く、公爵様も何を一体考えておられるのか。

賊の一人や二人、我々だけでどうにでも……。


うん、誰ですか?

私の喉に、刃物を当てている


……。


≪side カルマ≫

侵入第一段階は、どうやら成功のようだ。

地下道を越え、上がった先はなんと警備隊の詰め所。

門にも近く、外への警戒が厚いこの場所は逆説的にその内側の警戒が薄いとも取れる。

つまり、ここを気付かれずに潰せれば相手の動きをかなり制限する事が出来るわけだ。


「詰め所の警備は3人か……」

「じゃあ、あたしはまた地下に潜るね。侵入口は潰すから気をつけてねー」

「鍵は閉めるでありますか?」


アリサを危険に晒す訳には行かない。再び地下に潜らせ侵入の形跡を消させる。

そしてそれを見届けながら、俺とアリスは敵を斬った時の汚れを片付けた。


「詰め所の鍵は開けておけ。そして、トイレには内側から鍵をかけろ」

「あいあいさー、であります」


詰め所の鍵がかかっている、なんていう事は異常事態だ。

それに対し、鍵が開いていれば異常に気付くのは中に入ってから。

更に、トイレの鍵がかかっていれば上手く合点してくれるかも知れない。

どちらにせよ僅かな時間だ。

だが……その僅かな時間が、今は惜しい。


……。


「え……?」

「騒ぐな……!」


木陰から木陰へ。


「なんだ……物音?」

「残念、曲者であります」


物陰から物陰へ。


「何だか異常に静かだな。まさか、な」

「感づくのが遅くて助かった」


物音を極力排除しつつ、目指すはレインフィールド本邸。


「にいちゃ、門番が二人居るであります」

「そうか。連中は動きそうも無いな。……頃合か」


闇の中、牙を研ぎつつ侵入していた狼達は。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


敵陣にまみえたその瞬間。

その研ぎ澄まされた牙を、剥き出しにした!


……。


「何事だ!?」


「判りません公爵様……ですが」

「まさか、近頃の警備強化はこれを見越して?」

「……死にたくない」


粉々に粉砕されたドアを踏みしめ俺は行く。

眼前には二回まで吹き抜けの広々としたエントランスホール。

そして視線の先には二階へと続く豪華な階段が見えた。


「ほぉ。まさかとは思っていたがここを嗅ぎ付けたか、魔王の孫よ」

「想定してた割にはお粗末な警備だな、レインフィールド公?」


二階の階段の上からこちらを見下ろすのがレインフィールド公爵だろう。

そして警備の人間は階段の周囲を中心に20名ほど展開している。


こちらを足止めしようと武器を構え近づく者が5名ほど。

公爵の周りを固めつつ、詠唱を開始する者が3名。

そして残りは俺の周囲を取り囲みつつ、武器を提げたまま慎重に距離を取っている。

……いや、詠唱を開始した……魔法戦士タイプか!


「側近の仇討ちとは殊勝だな。だが愚かしい……黙っておればその血を我が国に残せたものを」

「人を種馬扱いかよ……それはまたご大層な、事で!」


こちらを捕らえるべく飛び掛ってきた五人組を一刀両断に切り伏せた。

侵入の際に吸った血が僅かに剣に鋭さを与えている。

まだ切れ味が足りないので更に強力で腕力を強化し、力任せにその首を、胴を薙ぎ払う!


その部下の無残な姿を見て、かの公爵は……笑っていた。


「ははは……所詮魔力を扱えぬ雑兵などこんなものか」

「大した自信だが、その首洗っとけ。すぐ貰い受けに行ってやる!」


「ふむ。ならば勿体無いがその体を砕き、早速魔王の魔力を抽出するとしよう」

「出来るかな!?」


「出来るとも。当然出来るのだよ!」


公爵の指がぱちりと音を立てる。

そして、それが合図だったのだろう……天井から何かが降ってきた!


「これは……人形?天井に飾られていたのか!?」

『往け、ヒトガタよ』


その言葉と共に動き出す等身大の人形達。

キーワード対応型の魔法の人形が前衛を勤めるって訳か!

流石に純魔法使い。自分の弱点は良く判ってるみたいだな。


「さて、私は魔王から受け継いだ力とやらをここで見物させてもらおうか」

「何だと?」


「宰相からは子を成すまで止めておけと言われたが、私は今見たいのだよ、魔王の魔力を!」

「あんた……まさかアリシアを殺したのは!?」


自分で思い描いた想像に背筋が凍える思いをした。

……まさか、この男は……!?


「ああ。そうすれば君はここに来てくれるだろうと思ってな」

「たった、それだけの為に……!?」


「魔力を測ってみたかったのは事実だ。それに降りかかる火の粉は払わねばならなかろう?」

「自分から炎の中に突っ込んでおいてよくもまあ!」


火球が左右から数発づつ俺目掛けて飛んできた。

完全に囲まれる前にその場から走り出し、詠唱者の一人を構えた槍ごと叩き切り、

続いて俺を取り押さえようと飛びついてきた人形たちを三体ほど薙ぎ倒した。

だが、その瞬間を狙っていたのだろう。

敵を斬った直後のタイミングに合わせて三本同時に突き出された槍。

それを間一髪で回避して……駄目だ、反撃には間合いが遠すぎる!


「気に入らんな……魔法は使わんのか?詠唱は神速だと聞いていたのだが」

「お前の言うとおりに戦ってやる気は無い!」


「ならばその身、砕いてやろう。なに、睾丸さえ残っていれば血はあの娘が勝手に残すだろうさ」

「……ふざけるなよ!」


そう言う事か。

俺は元々種馬。用が済んだら廃棄される所だったわけだな!?

はっ……散々世の中引っ掻き回しておいて、俺も存外甘かったもんだ。

この国にだけ、俺に都合の良い話が転がってる訳無いじゃないか!


いくらルンのためにとは言え、学院関連に力を入れすぎた。

先生気取りしてる内に、王宮側からの罠に嵌っていた訳だな?

いいだろう。だったらこっちも手加減無しだ!


「退け!アイツに一撃食らわしてやる!」

「公爵様をお守りしろ!」

「詠唱開始!」


とは言え先に進みたくとも、人形達が次々と湧き出すかのように奥の部屋から集まってきている。

これじゃあ壊しても壊してもきりが無い!

更に警備連中もここの家の奴は中々優秀だ。

魔法を詠唱しながら、隙を見ては手にした槍でこちらに突きかかってくる。

ルーンハイム公を初めとする魔法戦士って奴だな。


その繰り出される切っ先は鋭く、硬化をかけても数回に一度は貫通されかねない。

……今は、時間が惜しいと言うのに!


「退けって言ってるだろうが!」

「人形はまだある!全員一心不乱に詠唱を続けよ!終了し次第即座に発射だ!」


「さあ、早く見せてくれ、我々が長年かけて追い求めた魔王の力を!」


これは、アリスを別行動させて正解だったな。

俺はこの男を屠る事に集中する。

……あのレンに関しては許すも許さないも同族であるあいつ等が決めるべき事だと思う。

だから、娘の方は任せたぞ、アリサ、アリス……。


……。


≪side レン≫

上のほうで時々何かが響いたような音がするわぁ。

……こんな地下室まで響いてくるようじゃ、上は相当とんでもない事になってるかもねぇ。


「ま、ここの酷さに比べたらどんな状況でもマシだろうけどぉ」


地下室の隅で震える私のその目の前には、例の魔方陣が相変わらず淡い光を放ってる。

……それに相変わらず骨とか血の跡とかいっぱいなのよねぇ。

でも、ここがきっと最後まで残ると思うわぁ。

そしてきっと、最後にあの先生が悪魔みたいな顔でここに乗り込んでくるのよぉ。

妙な確信として、父上が勝つ可能性は無いと自信を持っていえるのよねぇ。

なのに、こんな場所に居る私って一体何なのかしら?もしかして馬鹿なのぉ?


「まあ、馬鹿よねぇ……後先考えないでとんでも無い事しちゃったしねぇ」

「それが判ってるんだ。意外だよねー、なんて」


……誰?


「こんばんわ、初めましてだよね……ヒトゴロシさん」

「ひ、ひいいいいいっ!化けて出たわぁ!?」


いつの間にか、あのチビちゃんが私の目の前に居るのよぉ!?

しかも二人!

目の方も相変わらずの虫の目だし、間違いないわぁ。


「ち、チビちゃん……許して、許してぇええええっ!」

「ナニイッテルノ?謝って済む問題じゃないよー?」

「アリシアはこんなのにやられたでありますか……無念であります」


下がりたいけど後ろは寒々しい石壁なのよね。

当然下がれる訳も無い。

……いいえ、違うわよぉ?


下がってどうするの?

私は落ちこぼれ。

唯一の特技の誤魔化しと責任転嫁も遂に失敗した駄目な奴。

それが今の私じゃない。

……それでも無駄にプライドはあるのよねぇ。

だから、この場合やるべき事はたった一つなのよぉ?


……願わくば、死んじゃう時までこれ以上情け無い所晒さずに済みますようにぃ。

せめて、最後くらい誇り高く逝けます様にぃ!


「……好きに、しなさいよぉ」

「ふぇ?」


「ははっ、怨んでるんでしょチビちゃん?アンタも私を好きにすれば良いわぁ」

「殺すよ?いいの?」


「はっ、馬鹿にしないでよねぇ。私はレン。レインフィールドの嫡子よ?」

「……えい」


ひぃいいいいっ!

痛い!痛い!いたいいいいいいっ!

片目、片目を抉られたわぁ!?

……痛いの、痛いのよぉ!


「アリシアちゃんね、痛かったの。痛みは一瞬だけだけど、凄く痛いんだよ。一瞬で自滅だから」

「ぐあ、ぐああああああっ!」


「余り長い間あたし達と連絡取れないと、別な個体になっちゃうから仕方ないけどさ」

「ひぃ、ひぃ、ひぃいいいっ……!」


「……こんな事なら、ばれても良いから全力で対処しろって言えばよかった」

「あう、あう、あう……はぁ、はぁ、はぁ……」


「そう。人に出来る事以外の行動は認めない、なんて言わなきゃ良かった!」


よ、ようやく、……いたい。痛いの、痛いのよぉ……。

頭に考えが戻って、……ひぃ、ひぃ……来たわぁ。

ぐっ……凄いちからぁ、片腕だけで私の頭を掴んで持ち上げてるわぁ。

顔と顔をつき合わせて……痛っ……凄い顔……チビちゃんやっぱり怒ってるわぁ。


「ねぇねぇ……謝って。アリシアちゃんに謝って」

「ご、ごめんなさい。……ごめんなさぁい……本当に、わざとじゃなかったのよぉ……」


「あたしじゃなくてこっち」

「ごめんね、ごめんねチビちゃん。私が、悪かったわぁ……!」


頭だけ掴まれたまま投げ飛ばされて、転がった先に小さなあんよ。

残った片目の先に見えたのは……ああ、またあのチビちゃん。

また化けて出たのねぇ?ごめんね、私のせいで、ごめんねぇ……!


「にげない、ですか?」


生きていた時と同じ、ピコピコ動く髪の毛を二房生やしたそのチビちゃんが指差す先。

その指差された方向には上へと続く階段があったわぁ。

今は捕まっても居ないし確かに逃げるチャンスなのよねぇ。


……でもね、でもねチビちゃん。

ちょっとだけ懺悔を聞いてちょうだい。


「私は今まで、自分より有能な人間を……貶める事だけが楽しみだったわぁ」

「ルーンハイムさんを虐めの標的にして……首謀者をリオンズフレアさんに仕立て上げて」

「マナ様からヌイグルミの件を頼まれた時黙ってたのもそうねぇ」

「……私は私より出来る人間が憎かったのよぉ」


楽しい?そんな訳は無い。

誰かを貶めて、その時は楽しくても……決して満たされる事なんか無かったわぁ。

でも、私は続けたの。

だって、他人を貶める事は私が上手く出来る数少ない事だったから。

そしてそれで有能な連中が苦しむ姿に、私の劣等感は僅かばかり癒されてたから。


けど、だからこそ私は私より劣る者、小さいものに対しては……。

……ううん、違うわねぇ。


私は……そう、嬉しかったんだわぁ。

最初はお兄さんを貶める為の餌として連れてきたチビちゃんが、

妙に懐いて来てくれたのが、凄く嬉しかった。

嘲るでもなく、哀れむでもなく。


ただお菓子が美味しい。それだけがあの子の感想。


優劣なんて物は無い、

お金も損得も関わらない好意を向けられたのは生まれて初めてだったかも知れないわぁ。

公爵令嬢でも、落ちこぼれでもない、ただのレン。

そんな風に見られていた。勝手にだけどそんな風に思ったのよぉ?


だから。

チビちゃんが無残に殺されたのを、どうしても納得できなかった。

だから、二度と来る筈の無いゴメンをするチャンスがやってきたのを、逃す訳には行かないわぁ。


それに、ほっとけばあの先生が私を殺しにくるし。

……だったら、直接の被害者。

つまりチビちゃんに殺された方が何ぼかマシだと思うのよねぇ。


でも、流石に……抉られた目がイタイ、痛い、いたい、痛いのよぉ!

もう、耐えられないわぁ……。


「な、なぶり殺し以外なら何しても良いわぁ、殺すなら好きにしなさいよぉ」

「ふぇ?いいの?結構良い度胸してるー」

「じゃあ、やるでありますかアリサ?」

「みんな、いくです」


来るならきなさいよぉ。こう見えても覚悟は出来てるのよぉ?

って……え?皆?……誰?誰なのぉ?

壁を突き破り、床を押し上げて。

いっぱい、いっぱい出て来たのは一体誰なのぉ!?


「ふぅ。それにしてもロードの量産を始めてて本当によかったよねー」


「はいであります」
「予備が居なかったらと思うとぞっとするでありますよ」
「でもアリシアが減ってバランスが悪いであります」
「アリサがすぐに生むでありますよ」
「結局失われた記憶は10分間くらいでありますかアリシア?」

「そう、です」
「たぶん、いたかった、おもう、です」
「しょっかく、ないと。いしき、とうごう、できない、です」
「ところで、にいちゃのおとも、こんどは、だれ、するです?」


ぞろぞろぞろぞろぞろぞろ……

なに、これ?


「見たか百八匹(以上)ロードちゃん大行進の図!」

「そもそも、ありのこ、うむのは、あたしたちだけ、です」

「アリサはロードしか生まないでありますし……」


「億を超える一族を、二匹だけで生めるわけ無いよねー」

「でも、みんな。あたしかアリスちゃん、です」

「たまに記憶を統合して、あたし等は群体として軍隊やってるのであります」


あ、私の手足をいっぱいのチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんとチビちゃんが。

わらわらわらわらと群がって群がって群がって。

うそーん、チビちゃんがいっぱい、いっぱい……もう近くの床は見えないわぁ。


「……で、レンちゃんには一つお願いがあるんだよー」

「悪いと思ってるのでありますよね?」

「じゃあ」


あたしの残された片目は、天井とチビちゃんたちの姿だけを映しているわぁ。

ニコニコとしている、はずなのに全然そうは見えない。

恐怖と絶望、なんてありきたりな物を生まれて始めて実感したのかも知れないわぁ。

……そしてリーダー格のアリサちゃんって言うチビちゃんの手に何か……。


「これ、死んだアリシアちゃんの目だよ」

「どうせ死ぬ気だったのでありますよね?」

「だったら、おねがい、です」





「「「 あの アリシアの かわりに なって 」」」





……叫ぼうにも口にチビちゃんたちの腕が突っ込まれて、声どころか息も満足に出来ない。

じわじわと寄ってくるチビちゃん。

その手に載せられた虫の瞳が、私の……失った瞳の場所を見つめているわぁ。


そして、やがて瞳は見えなくなって。

気が付いたら……両目がまた世界を映し出したのよぉ。


あれ、い、意識が……。


「ちょっとだけ眠れー」

「じんかくも、きおくも、いじらない。です」

「ただあたし等の言葉が判るようになって、それと少し価値観が変わるだけであります」


私は……どうなるのかしらぁ?


「どうもしない、です」

「アリシアの事、本気で悲しんでくれたから殺したりとかしないであります」

「でも、あのアリシアはもう居ないの……その責任は取ってもらうよー」


ほんの少しだけ目の回るような感覚。

そして、私は。

あたしになった。


ま、実際の所あんまり変わっちゃいないんだけどねぇ……。


……。


≪side カルマ≫

戦線は膠着状態が続いている。

公爵は相変わらず二階にでんと構えたままだし、周りを囲む三人の兵はそこから一歩も動かない。

そして、前衛を勤めるヒトガタ達は破壊されその数を減らしながらも、

俺の足を止め続けるというその存在意義を果たし続けていた。


『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』

「む、その詠唱は……」


『……衝撃!(インパクトウェーブ)』

「おお!ルーンハイムの家伝!?もう伝えられたのか!」


不可視の衝撃波が数体のヒトガタを、後ろの魔法戦士もろとも破壊していく。

ざまあみろと言いたい所だが、不愉快な事に公爵は満面の笑みを浮かべていた。

くそっ、向こうの目的は俺の力、というか魔力をはかる事だ。

……魔法を使えば使うほどに喜ばせてしまうって事かよ!


「違う。戦場で見て技を盗ませてもらっただけだ」

「更に素晴らしいではないか!……故にこそ惜しい話だ」


「何がだよ!?」

「肉体を鍛える暇を魔法の習得に当てれば、更に幾つもの術を覚えられたであろうに」


アホか。

俺にとって魔法はそんなに覚えるのが苦にならない物だ。

意味も判らず余計なところまで丸暗記してるあんた等と一緒にしないで欲しいもんだが。

……古代語が理解出来るって言う宰相の配下にしてはお粗末な話ではあるがな。


さて……とは言えこのまま戦っててもいずれはジリ貧か。

どうにかしてこの囲みを破らないと、と言いたい所だが……。


『……両手の指を組み上げた最後に親指同士で罰の字を……』
『……第一章、炎の魔力を現実の炎として産み落とさんと魔術を行使する……』
『……そして彼女は仰った……』


この魔法戦士部隊が面倒で敵わん!

遠くから数名が詠唱しつつ手の空いた奴が、槍やら弓矢やらを繰り出してくる。

俺はというとただひたすら纏わり付いてくるヒトガタどもを引き剥がし続けていた。

……これは洒落にならんぞ?


『……旧暦……年これを記す、筆者フレイア=フレイムベルト……』
『……火球(ファイアーボール)!……』


ちっ、火球か。

火球は文字通り魔法としては下級の代物。

だが、それでも数発まとめて食らえば周囲が火事になる程度の威力はある。

しかも連中は既に屋敷が火事になることなど気にもしていないようだ。

コレは厄介……ん?


『……第一章、炎の魔力を現実の炎として産み落とさんと魔』


魔法戦士の一人が、倒れた!?

何でだ!?


「おい、どうした!?」
「魔力が尽きたんだ!おい、こんな所で気絶なんかしたら!」
「ああっ、敵がこっち見てやがる!狙われるぞ!?」


そう言えば、俺も何時だかそうなったな。

魔力の消耗はある種の疲労の形で現れるんだが、肉体的な疲労があるとそれが良く理解出来ない。

要するに自分の魔力残量が測れなくなるんだ。

……俺は、その問題を解決する為に"ザンマの指輪"を求め、あの蟻の巣に潜った。

こいつ等はそれが無かった為自分の限界を見極められないで居るんだ。


だが、勝機……!

仲間が倒れた事で自分の魔力残量が気になりだしたのだろう、魔法戦士たちの動きが鈍った。


『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』

「「「「う、うあああああああっ!?」」」」


突き出された両の手から高密度の火炎放射!

一度森で見たリチャードさんの技である。

色々考えたけど近距離対多数においてこいつはかなり強い。

爆炎に対して魔力消費もかなり少なめだし使い勝手はかなり良い。

使徒兵すら焼き尽くすこの魔法を今まで使わなかったのは、

純粋に王家の魔法を盗んだのを知られたくなかったから。


けど、もうそんな贅沢言っていられんさ!

ヒトガタ諸共燃え尽きてしまえ!


「ははは、これは傑作だ。魔道と武道を共に極めようなどと贅沢を言うからこんな憂き目に会う」

「一応、アンタの部下だろうに……」


広範囲を焼き尽くした火砲の為に、周囲の可燃物が盛大に燃え盛りつつある。

ヒトガタも燃え尽き、警備の魔法戦士達も力無く倒れ臥している。

そんな眼下の惨状を尻目にレインフィールド公爵は相変わらず二階の階段上から動かないで居る。

随分な余裕もあったもんだ。


「言っとくけど、アンタの部下は残りそこの三人だけだぞ?」

「そうだな。だが……それだけ居れば十分だ。……何故だと思う?」


「さあな、大方あんた自身が強いとか?」

「まさか!流石にルーンハイムの阿呆やリオンズフレアの馬鹿力のような真似は出来んよ。だが」


「だが?」

「こんなのはどうかな?……やれぃ!」

「「「ははっ!」」」


特に急ぐでもなく、最後に残った三人がゆっくりと階段を下りてきた。

そして、俺に向かって手を突き出し、両手の人差し指どうしを触れ合わせ、一言。


『『『ど・の・魔・法・に・し・よ・う・か・な』』』


……こ、この詠唱はまさか!?


『『『神・様・の・言・う・と・お・り……乱数発動!(ランダムマジック)』』』


乱数発動の字の通り、次の瞬間様々な効果の魔法が発動した。

一人目の指先から火球数発分の巨大火球が発生し、こちらに向かってくる。

二人目の指先からは水滴が一粒生み出され、床に落ちる前に熱気に晒され消え去った。

三人目の指先からは……あ、爪が伸びた。


「回避いいいいっ!」


咄嗟に側転して避けるも、今さっきまで俺が立っていた場所に巨大火球が衝突。

そのまま床を焦げ付かせつつ壁に激突、派手に穴を開けている。


「その調子だ……真の魔道の局地、魔王の孫に見せ付けてやれ!……さて、魔王の孫よ?」

「何だよ!?」


「そちらもそろそろ本気を出したらどうだ?」

「何を言っているんだ?」


「そんな物が魔王から受け継いだ魔力の訳があるまい。ここで死にたく無いのなら、」

「……」


「死にたく無いのなら、その全ての魔力を開放するべきだと思わないか?何、気にしなくて良い」

「気にするって、何をだよ!?」


「我々が手にしたいのはその魔力。魔王の孫だとて気になどしない。さあ、出し惜しみなどせず」

「いや……これで相当真面目にやってるんだけどな!?」


「出し惜しみなどせず、見せ付けるのだ!そして、魔道の世紀を……この世に再び!」

「何言ってるんだアンタは!?」


強力な魔力があれば世界が手に入るってもんじゃないんだが!?

と言うか、俺にそんな大層な魔力は無いっての。

……魔王の孫だからって魔王の魔力を受け継いでるとは限らないだろうに!


「再び我等が望む世界を!初代国王ロンバルティア一世の治世の如き魔道の世を!」

「……それがあんた等の目的か!?」


乱数発動の力により飛んでくる釘や電撃、果てはヌイグルミを避け、受け、叩き落しつつ、

俺は一人づつ敵を倒していく。

……気が付けば燃え盛る屋敷の中で、

熱に浮かされたように演説するレインフィールド公と二人きりだ。


「そうだ!街を見たろう?街灯、噴水……全ては初代様が作られたのだよ!」

「……初代マナリア王ロンバルティア一世……か」


建国時から生きてる宰相が古代語=日本語を使える。

そしてこの世界では見た事も無い噴水や街灯、公衆トイレまでこの国にはある。

しかもそれが数百年前から存在している上に他国に真似が出来ていない。

そして魔法王国マナリアの存在とその魔法の詠唱のおかしさ。

……これから導き出される答えは何か?


そう。初代ロンバルティアとは俺と同じような存在だったのではないかと言う事だ。

ならば、こいつ等の望む"魔道の世=初代ロンバルティアの治世"とは。


「……まさか、古代の王を生き返らせる気なのか!?」

「うん?判るのか!?そうだ、彼の初代国王の復活こそ私達の悲願!」


本気でやるつもりか!?……いや、この世界には死者を生き返らせる魔法まである。

向こうは当日限定だが、改良を重ねれば数百年前の人間を生き返らせるのも出来ない事は無い。

確かにそう思える部分はあった。


「あんな『おおっと』では王を蘇らせる事など出来ない。だが、作り出せる筈だ」

「……大司教の"蘇生"か……ん?」


はて?あの詠唱に『おおっと』って付いてたっけ?


「初代様が蘇った暁には魔道の力が世界を覆い、あらゆる理を書き換えて人の為の世が始まる!」

「いや、あらゆる理を書き換えたらそれだけで世界が滅ぶだろ……」


環境破壊とかは怖いからなぁ。


「そも、魔法とは書き換わった世界の理を発動させる技術!」

「扇げば風が吹く。火を近づければ物が燃える……力ある言葉と形で世の理を動かすのだよ!」


「魔方陣で理を書き換え、印と詠唱でその理を動かす……か」


成る程。例えば火球を発動させるという行為は、マッチをすって火をつける様な行為な訳だ。

魔方陣とやらが何なのかは知らんが、それを使って世の理を書き換える……か。

要するにだ。

マッチをこすれば火が付くように、人間が印を組み詠唱を唱えれば火球が生まれる。

そんな風に世界が作り変えられてるわけだ。

そう。この世界ではまるで水が摂氏100℃を超えると沸騰するように、

手を組んで喋ると氷の壁が落ちてくる。

そういう自然現象が人為的に作られてしまってるって訳だな。


印と詠唱両方が必要なのは、きっと暴発させない為の工夫なんだろうなぁ。

こりゃあ、例えば両手をパタパタさせれば空を飛べるようにする事も出来るって事だな。

魔法、マジ凄い。

と言うか、世界大丈夫なのか?

あー、道理で古代文明が滅んだり制限者が用意されてたりした訳だ。

絶対世界そのものにかなりの負担がかかってるだろコレ。

サンドールなんか地下の浅い部分にマグマだまりだらけだぞ?


「……故に、魔王の孫よ。お前にも私達の計画の礎に」

「だが断る」


おっと、随分長い間思考モードに入っていたようだが、向こうもかなりのもんだな。

今までずっと喋り続けてたのかよ?俺途中からは何も聴いて無いんだけど。


……すっかり自分の演説に酔っているレインフィールド公に呆れつつ、

スティールソードをその無防備な腹に突き刺した。

防壁も張って無いのかよ……無防備にもほどがある。


「馬鹿な……あらゆる物理攻撃をシャットアウトする私の外套が!」

「あー、この間アルシェに買ってやった奴と同等の品か」


公爵は腹から血を流しつつ呆然としてるが、

残念ながらスティールソードは血を吸うと刃が光り切れ味が上がる。

つまり、光の刃部分は魔法攻撃扱いなんだなコレが。


「魔力で屠られるなら、アンタも本望だよな?」

『我が名は雨の地、これなるは一子相伝たるま……』


おっと!

剣が届く距離で詠唱なんかさせるか!


「うがぁ……わ、私の腕がぁ!?」

「勝負、あったな」


俺の剣は公爵のコートに止められたが、その衝撃と光の刃が相手の右手を切り飛ばした。

戦士でも大して変わらないが、特に魔法使いにおいては隻腕では印がまともに組めなくなる。

これで、この男は治癒でもかけてもらわない限りもう満足に魔法を行使できないのだ。

逆に言えば、誰かから治癒でもかけてもらえば問題無いとも取れるのだが……。


「あ、あ、ああ……腕が、無い。印が、組めん……ああ、ああ、ああああ……」

「本当に魔法がアイデンティティだったんだな」


レインフィールド公爵は、壊れた人形のように床にへたり込んでいる。

魔法の使えなくなった魔法使いは己の現状を認められないで居たのだ。

……妹の仇ではあるが、別になぶり殺しにする趣味は無い。

それに、弄んでて逆転サヨナラなんてよくある話だ。

そんな馬鹿な事をする気は無い。


「……せめて次で決めてやる。じゃあな、公爵」

「いや、そこまでせんでも良いぞ?迷惑かけたからのう」


「……!?」

『魔力抽出』


次の瞬間……公爵の体が、弾けた。

全身から何かが一気に抜け落ちたと思ったら、続けざまにその身が弾け飛び俺を汚す。

そう、全ては一瞬だった。


「んー、全く最近の若い者は魔力の質どころか量まで落ちたのう。これでは普通と変わらんな」

「……だ、誰だ?」


「出来れば味方に引き入れたかったがの。こうなってしまえば気持ち的に無理じゃろうなぁ」

「宰相、フレイムベルト!?」


炎は遂に二階の天井にまで燃え移り、豪奢な屋敷は玄関付近を中心に焼け落ちようとしている。

そんな中、俺は背後から降ってきた声に反応し振り向いた。


「そうじゃとも。わしがマナリア宰相、フレイア=フレイムベルトじゃ……ほれ」

「な!リッチ!?……うわっ!?」


そこには燃え盛る屋敷をバックに、吹き抜けの中央に浮かぶ人影。

目は落ち窪み髪はその艶を失っていた。

肌には僅かな弾力も無く、骨が完全に浮き上がっている。

……それはまさに宙に浮かぶ即身仏。

不死者なのか、長く生き過ぎた年月がそうさせただけなのか……。

俺はこの目の前に浮かぶものがノーライフ・キングだと言われてもすぐに納得しただろう。


そして、その姿と突然の登場にに驚きすぎた為、反応が遅れてしまった。

投げつけられた"それ"が俺の首に取り付き、ガシャリと音を立てる。


「ぐっ!?い、意識が吸い取られる!?」

「魔封環というのじゃ。それを嵌められた人間は環に魔力を吸い取られ続ける」


何だって!?

慌てて外そうとするが、それは俺の首に食い込んで取れる様子が無い。


「心配するでない。鍵はわしが持っておるからのう。」

「くそっ!……なら完全に魔力が吸い取られる前に……」


まずい、なんてもんじゃない。

このままじゃあ魔力を吸い取られて気絶しちまう!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「うふふ、火球の応用かい?何かこそばゆい詠唱だのう」


残る魔力の全てをかけて生み出した爆炎が宰相目掛けて飛んでいく。

相手は避ける様子も無い……これなら当たる!

いや、待て。何で避けないんだ!?


「美味そうな魔力だ。これなら何日分の寿命になるのかのう?……暴食の腕よ、食らえぃ」


宰相が右手を差し出すとその腕にはめ込まれていた腕輪が光り輝く。

すると俺の爆炎が光に照らされ、消え去った。いや、吸収されたのか!?


「助かったのう。わしはもう己で魔力を生成出来んからな。うん、上質上質」

「なら切り裂いてやるさ!」


軽く助走を付けて跳躍、一気に空中の宰相に迫る。

……スティールソードの光が消えた。魔力をあの腕輪に奪われたのだろう。

だが、相手はご老体。

例えただの鉄の棒でも致命傷は与えられる筈だ!


「撲殺ーーーーっ!」

『反射(リフレクト)』


それは詠唱ですらなかった。

魔法名そのものを唱えただけでその魔力は発動していたのだ。

……その効果は、あらゆる物理衝撃を相手に反射する事だった。

宰相の頭部に吸い込まれていく剣。

だが、その衝撃は俺自身に跳ね返りって全身を叩く。


「うぐっ……」

「惜しいのう。あのばか者が暴走さえせなんだら、お前をこちらに引き込む事も出来たろうに」


「だ、誰が……!」

「やはりそうなるのう。まあ良い。お前がやるかわしがやるかの違いしか無いからのう」


すっと、宰相が俺に向けて指を刺す。


『衝撃砲(ショックカノン)』


次の瞬間、不可視の衝撃波により俺は吹き飛ばされていた。

……衝撃(インパクトウェーブ)の上位互換か!?

だが、あれ自身ルーンハイムの家伝の筈。

それだというのに、この宰相と言う奴は……!


うっ、意識が遠のいていく。

駄目だ、ここで気絶したら一生ものの大惨事になりかねないぞ!?

気をしっかり持つんだ、俺!


「頑張るのう?よく判らん亜人一匹が殺されたのがそんなに悔しいのか」

「あ、たりまえだ……それに」


それに、アンタみたいなのに負けてられるかよ!?

冗談じゃないぞ!


「心配は要らんよ。何だかんだでお前の血は有用でのう。そう簡単に死んでもらっては困る」

「クソッ……人の命を何だと思ってやがるんだ……」


まあ、人の事は言えんがな。

それでも味方を簡単に殺せるような鋼の心臓は流石の俺も持ち合わせてない。


「ん?目的達成の為じゃから仕方ないのう。……全ては陛下に再びお会いする為じゃ……」

「ロンバルティア、一世……」


「そうじゃ。器は丁度良いのが生まれておるし、後はココロをどうにか出来れば」


そう言えばこの国に来てから会って無いけどリチャードさん、何て可哀想なんだ。

あんたの国の宰相、リチャードさんを儀式の生贄くらいにしか考えて無いぞ……。


「まあ、ココロを世界に呼び戻す為の魔法も、お前があれば出来るやも知れん」

「居ればじゃ無くて"あれば"なのか……」


「出来ればお前の子も使いたかったが……仕方ないからのう、善は急げじゃ」

「善じゃないでしょ!?カルマ君を放せっ!」


「むうっ!?『反射(リフレクト)』じゃ!」


聞き覚えのある声が暗がりに響く。

そして、屋敷を取り囲む森の闇から飛んでくる矢の雨。


「反射の射程距離外か……弓兵とはあいも変わらず厄介じゃのう」

「うわああああああっ!?」


反射の効果によって、宰相自身にダメージが入る事は無く、

逆に近くに居た俺が反射の衝撃で吹き飛ばされる。

だが、そんな俺を抱きとめるゴツイ筋肉が……。


「応。久しぶりだ……よりによってあの生きてる干物に目を付けられたんだってなぁ!?」

「あ、兄貴!?」

「援護して!僕らは兎に角逃げながら射ちまくるから!」


アルシェに……ライオネルの兄貴!?何でこんな所に!

あ、視界の隅でアリスが手旗信号を……もう古代語も安全な暗号じゃないからなぁ。

ふむふむ。宰相を監視させた結果味方が必要だと感じて予め呼んでおいてくれたのか。

気が利くのは良いが、出来れば一言欲しかったんだがな。まあいい。


「ライオネル!貴様は国外追放の筈だぞ!?何をしに戻ってきたのじゃこの能無しめが!」

「へっ、弟分を助けたらお望みどおり消えてやらぁ!……もうリオも居ないしな」


ドサリと地面に落ちた。

幸か不幸か衝撃で意識がハッキリしてきたが……。


「カルマ、走るぞぉっ!」

「わ、判った!」


そうだよな、そうするしかない。

首輪のせいで魔力が使えない俺は戦力激減している。


そして兄貴は周囲の衛兵たちを巨大な剣で、

って……うわぁっ!?何だこの巨大剣は!?

それ程太い訳ではないが……とにかく長い、槍より長い!

どんだけリーチ長いんだよコレ!?

しかも持ち歩くどころか鞘に収めることも難しいんじゃないのかこれじゃあ!?

いや、鞘どころか屋内に収められるかどうかすら怪しいぞ!?


「へっ、久々に家に顔出したら、いきなりちびリオにぶん殴られちまったぜ」

「フレアさんの父親、やっぱり兄貴だったのか!」


「つーかよ。息子が居たとは知らなかったぜ!」

「ヲイ、それはマズイだろ父親として……」


「いや、それよりもよ戦争の時お前の部隊でバイトしてたらしいぞ?びっくりじゃねぇか!?」

「バリスタ二番機を預けた舎弟口調のアイツか!?兄貴に顔立ちが似てたぞ!」


意味も無く明かされる衝撃の事実!

つーか中等部の子供が他国の戦争に関わるな……って、


「なあ兄貴。走りながら喋ってる場合じゃないと思うんだが?」

「ハッ、余裕って奴だぜよ・ゆ・う」

「ふん、だったら二人とも消し炭にしてやるかのう?」


ほら!追っ手が空飛んでやって来てるじゃないか!


「やかましいんだよ、婆さん!コレでも食らいな!」

「言うに事欠いて、わしをそういう風に呼ぶかライオネル!」

「酷ぇ……反射の射程外から切りつけるなんて在りなのか!?」


兄貴の巨大剣は周囲を想像を絶するスピードで動き回っている。

時折宰相にぶつかって"反射"の餌食になっているが、

余りに長い獲物のお陰で反射の反撃用衝撃波の射程外のようだ。

しかも。あの巨大剣が敵の体を捕らえるたび、相手は後ろに吹っ飛ばされていく。

兄貴、半端無い……。

特に振り回される槍より長い巨大剣のせいで街があちこち壊れていくのが特に半端無い。


「さて、ここいらで良いか。カルマ、死ぬなよ?」

「兄貴!?」

「駄目だよ、カルマ君……この先に隠れ家があるから走り抜けて!」


追いついてきたのはアルシェ率いる傭兵部隊。

数は随分少なくて20人前後か?


声に追い立てられ走り続ける俺を尻目に、

兄貴は足を止め、宰相との一騎打ちを始めていた。


「殿を引き受けるんだって……もう少し時間があればこっちも数を集めれたんだけど」

「……まあ、兄貴なら自力で逃げ切れるだろうし安心だ。ここはお願いするしかないか」


アルシェの目にはクマが出来ている。

この数日、きっと攻撃に同行すべく兵を集めていたのだ。

……仕込みはアリサかハピだろう。

俺の計画にはこれで結構、酷い粗があるからなぁ。

こっそり計画の穴埋めを考えていてもおかしく無いか。


「この下水道の地下だよ……みんな有難う、後は捕まらないよう逃げるよ」

「「「ご武運、いえ幸運を祈ります」」」


一回仲間達を置いてくる、アルシェはそう言ってまだ暗い街の中へと消えて行った。

しかし、少し安心した。地下にさえ潜れば蟻達の援護を受けられる。

ふう、一時はどうなるものかと思ったぞ……。


……。


下水道の一角から更に進み蟻の地下道を通りぬけるとそこは仮設の退避場所。

俺がそこで一眠りしていると、誰かが俺の顔を覗き込んできた。


「にいちゃ、無事でありますか?」

「アリス、お前も無事か……アリサは?」


「アリサも新しいアリシアも無事であります」

「……はぁ?何だそれ?」


よく判らん単語に首をひねると、別な誰かが俺の袖を引っ張る。

その姿を見た時……俺は腰を抜かした。


「にいちゃ、だいじょうぶ、です?」

「アリシア……い、生きてたのか!?それとも……」


ありえない。俺達が見つけた時アリシアは完全に冷たくなっていた。

勿論生き返るとも考えづらい。

だとしたらここに居るアリシアは誰だ?


「あたしは、さんびきめにうまれた、アリシア、です」

「そうか……新しいアリシア役のワーカー・ロードか」


そう言えばアリサが代わりは居るって言ってたよなぁ。

こういう事なのか。確かにアリシアそのものだが……死んだあの子はもう帰ってこないんだ……。

だから、あのアリシアの記憶は俺の中に大事にしまっておくしか無い。

アイツとの思い出を忘れない事。それが俺に出来る数少ない事なんだろう。


「いや、どれもあたし、です……きおくも、こころも」

「……だが、何時も俺の後ろをくっ付いていたあのアリシアじゃないんだよな?」


「ふぇ?このあいだ、がくいんいったの、あたしのほう、です」

「ちなみに、いっしゅうかんまえ、あさ、にいちゃ、おこしたの、あたし、です」

「まいにち、こうたい、してますです」


……アリシアがいっぱい居るーーーっ!?

しかも何時も入れ替わってたって、何だそれ!?


「あたしらロードは郡体みたいなもんであります」

「一匹や二匹が死んでも、指先が切れたぐらいのダメージであります」

「今までは同じ名前がいっぱい居るのはおかしいと、アリサから言われてたでありますが」

「もう、担当以外隠れる必要は無いでありますよね!」


アリスもいっぱい居たーーーーーっ!?

と言うか、話の結論的にアリシアは死んだけど死んで無い、で良いのか!?

なんだかよく判らないんだが……。


「あたしのために、おこってくれた。にいちゃ、だいすき、です」

「嬉しかったでありますよ!」


いつの間にか蟻ん娘で一杯になった隠れ家で、代表者らしい一匹づつが深々と頭を下げた。

……アリシアが消えていないというのなら、仇討ちという意味は無いのだが……。

俺のやった事は無意味ではなかった、と言う事なのか?

いや、どちらにせよ妹が一人死んだのは事実。

それを否定など出来ない。

ただ、俺の妹はどうやら百回死んでも居なくなりはしない、そう言う事なんだろう。

……よく判らないがそういう事にしておく。


「取りあえず、寝る……だるい」


妙に体がだるい。

治癒をかけようとするも、全く魔力が回復している様子も無い。

これは、完全に魔法を封じられたといっても過言ではない。

しかも、宰相にはこっちの正体が完全に割れてしまっている。

……そして、恐らく地上はとんでもない事になってしまっているだろう。

街は傍目からでもボロボロに成ってしまってるだろうし。


冷静になってみると今更ながらとんでもない事を仕出かしただのと感じる。

だが、後悔をするつもりは無い。

賞金首になるであろう事もある意味覚悟の上だ。


「カルマ君、今はとにかく休んで。今日は僕が、せめて横についてるからね……」

「あたしらは、情報収集してるであります」

「なにかあったら。すぐ、おしえる、です」


いつの間にかやって来たアルシェの手が俺の額に乗せられる。

……まあ、今は考えるのを止めよう。先ずは体を休めるのが先決。

回復したらルンを説得するなりして連れ出し、この国から脱出だ。


ほとぼりを冷まさないとならないし、一度この国から距離を取った方が良いだろう。

そう思い、瞼を閉じる。


……ただ、一つ引っかかっている事があった。


「やはりそうなるのう。まあ良い。お前がやるかわしがやるかの違いしか無いからのう」


この宰相の言葉、これは一体どういう意味なんだろうか?

どうにも払拭できない不安を胸に、俺の意識は闇に染まっていったのである……。


***魔法王国シナリオ6 完***

続く



[6980] 37 聖印公の落日 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/10 11:24
幻想立志転生伝

37

***魔法王国シナリオ7 聖印公の落日***

~王都壊滅記 前編~

≪side リチャード≫

……なぜ、こんな異常事態になるまで僕に連絡が来なかったのだろう。

それがこの僕、リチャード=ロンバルティア=グラン=マナリアの正直な感想だった。

カルマ君がこの国に来ている事すら報告が無かった上に、

気が付いてみればレインフィールド公の殺害に関与しているとの寝耳に水の話。


朝、目が覚めると同時にそんな事を聞かされては本当にたまった物ではないな。

神経と心臓に悪過ぎる。


挙句に首謀者がルーンハイム公との事で、既に宰相配下の兵が捕縛に向かっていると言う。

マナ様は父王の部屋に押し入り首根っこ掴んで半泣きで何かの間違いだと仰っているが、

相手はあの宰相殿だ。その言が通る事はありえないだろうね。


……まったく、何時も地下で何かの研究ばかりしているし、

どんな考えをしているのかさっぱり判らないよ。

そもそも、何でカルマ君がレインフィールド公と戦うのかな?


「ラン。何か理由でもあるのかい?」

「勿論だ殿下。妹さんが連れ去られ、挙句公爵殿に殺害されたとか」


……そうか。

レインフィールド公にとっては貴族階級でもない女の子一人ぐらい、

ちょっとした事で殺したとしても、どうって事の無い相手なんだろう。

事実、国内ならば何かあってもすぐにもみ消せる筈だ。


ただ、今回ばかりは相手が悪かったな。

あの彼相手に、そんな当たり前の対応が役立つとはとても思えない。


「レインフィールド公も迎え撃つ準備をしていたようだが、あっさり突破したらしい」

「だろうね。カルマ君を怒らせたら当然そうなるよ……神聖教団のときみたいにね」


そう、あの聖俗戦争……仕掛け人はカルマ君だと僕は見ているんだ。

最初は個人でどうにかできる物では無いと思っていたけど、

カルーマ総帥の血縁で部隊長として雇われたと聞いた時、ピンと来たんだよ。

何しろあの教団が潰れて一番得をするのは彼だった訳で。


そして、即座に彼の評価を引き上げた。

……彼は敵対者を潰す為なら悪魔に魂を売るどころか悪魔の魂を買い漁る男だと。

何故かって?

だって彼は、恐らく悪魔に操られる事すら良しとしないだろうからね。


さて、思う所があって色々調べてみたらボン男爵とかの件など色々出てきた。

いや、予想以上にとんでもない男だったって事だね。

僕の立場としては怒りを覚えて当然なんだけど、僕個人としては彼の事を嫌いにはなれない。

むしろ、こちら側に取り込むべき人間だと思っているくらいだよ。


……僕の名はリチャード。リチャード=ロンバルティア=グラン=マナリア。

そして、我がマナリアでは各家の第一子に家名と同じ名を付ける風習がある。

この意味する所は、つまり僕以前に誰かロンバルティアの名を持つ後継者が居たと言う事。

兄か姉か……だが、確実に存在していたであろう正当後継者。

それを差し置いて第一王子として存在する僕がいる。


「ラン、少し聞きたいんだけど……僕に兄弟って居たかな?」

「何を仰りたいのか判りかねるが。取りあえずそんな話は聞いた事が無いな」


「そうか。僕もだよ」

「……リチャード殿下……?」


壁にかかった歴代国王の肖像画が目に入る。

……僕と同じ顔の初代国王陛下の肖像画。

小さい頃から不思議だったが……恐らく禄でも無い事が背景にあるのは間違いない。


「そうだ、カルマ君はうまく逃げたのかい?」

「恐らくは。私としてもアレはアレで優秀な教師でありましたゆえ死んで欲しくは無いですね」


そうそう。カルマ君を見ていて学んだ事が一つある。

即ち……やられる前にやれ。

彼はそれに従って、遂に神聖教団を叩き潰してしまった。


さて、そんな彼がこのまま黙っている筈があるまい。

……僕も、何らかの覚悟を決めなきゃならないかな?


「さて、来客があるから少し席を外させてもらうよ……」


さて、彼女からの提案とやらを聞かないと。

……何しろ、事は国の行く末に関わるらしいし・……。


……。


≪side カルマ≫


暗い地下の隠れ家に、更に暗い空気が充満している。

十分な睡眠をとったはずなのに首輪のせいで魔力が回復していないのがわかった。

……これでは魔法を使ってる場合じゃない。

しかもそれだけならまだしも、追い討ちをかけるような報告が飛び込んできていた。


「にいちゃ!たいへん。たいへん、です」


そう、治癒も使えないためアルシェに包帯を換えてもらっていたら、

いきなりアリシアが血相変えて飛び込んできたのだ。


「ルーンハイム公が、捕縛された!?」

「はいです。きのうの、たたかい、しゅぼうしゃ、されてるです」

「そんな、幾らなんでも動きが早すぎるんじゃない!?」


そうだ。公の立場や事実確認など含めれば一日や二日で決定できる案件ではない筈。

それをこんなに早く行動に移せるものなのか!?


「たぶん、さいしょから、へいし、はいちされてたです」

「俺が暴走するのも計算済みって訳か」

「そう言えば、もうカルマ君の手配書が出回ってたよ……そっちもかな」


ふう。宰相の言っていた"俺がやるか自分でやるかの違い"ってのはこれの事か!?

最初から俺の力を測るだけではなく、ルーンハイム公の排除も行動予定の中だったんだろう。

と言うか、俺に公を排除させる気だったのかよあの宰相!?


……何ていうか、お釈迦様の手の中に居る孫悟空の気持ちだな。

いいようにあしらわれてる、って意味で。


「そうだアルシェ。……ルンは!?」

「ベッドの上で震えてるみたいだよ。……まだアリシアちゃんは死んだと思ってるみたい」


「ルンを助けるつもりでこの国に来て、トドメ刺してりゃ世話無いよな……」

「しかたない、です。てきが、いちまい、うわて、です」


「しかも父親が罪人として捕縛か……辛いとかそういうレベルを超えてるよな間違いなく」


……とは言え何をしてやれると言うのか?今の俺に。

そりゃあ、カルーマとしての俺なら色々動きようもあるルンはそのこと自体を知らない……ん?


「カルーマ商会の方は大丈夫なのか!?俺との関係で財産没収とかされたら厄介だぞ!?」

「そっち、もんだいないです」

「何か、カルーマ商会としては正式文書で冒険者カルマとの縁を切るって宣言したみたい」


ま、妥当な線だな。

一応表向きは関係ない事になってるが、あえて言っておかねば揚げ足を取られかねん。


「けど……その割りに救援物資は届くんだな。この包帯しかり」

「わかってて、いってる、ですよね?」

「初めて聞いた時は驚いたけど、総帥だもんね」


まあ、こういう世界では尻尾どころか生き残る為頭を切る事もままある訳だが、

俺達の場合、一蓮托生的な部分も大いにあるのでそこの所は心配していない。

むしろ、それを理由に商会が責められるほうが俺としては問題だ。

それに自発的な縁切りぐらいで許してくれる相手だとも思えないよな?


「いざと言う時の為に国外脱出の準備は至急整えとけ、とハピに伝えてくれ」

「わかった、です」


「もしもの時は俺の事は良い。自分で何とかするからお前達は商会の事を第一に考えるようにな」

「あたしらがにいちゃを見捨てる訳は無いのであります!」


お、今度はアリスか。何時の間に来たのやら。

で、何か新情報でもあったのか?ちょっと聞いてみるか。


「何か有ったらアリシアちゃんにも話がすぐ届くであります、それとあたしは護衛であります!」

「……そうだな、今の俺は魔法が使えないしな」


魔法の使えない俺は、戦力の半分以上を失っている。

矢が飛んで来れば刺さるし、急に超高速移動が出来る訳でも無い。

……要は冒険者になったばかりの時と大して変わらない力しか残っていない訳だ。

昔の自分に戻っただけ、と言うか戦争まで経験した分強くなっている筈なのに、

まるで両腕をもがれた様な喪失感。

確かにアリスが居た方が安全……全く、最悪だよな。


「そういや、この首輪の破壊は出来ないのか?」

「下手な事して壊れたらどうなるか判らないで在ります」

「かぎ、とってくるのが、いちばん、いいです」


それもそうか……しかし、どんな鍵なのかわからないと持って来ようが無い。

暫くの間はこのままになってしまうのだろうか。

だとしたら低下した戦力の穴埋めをする方法を考えないと……。


「……ねえ、カルマ君。ちょっとその首輪見せてくれないかな?」

「ん?どうにかできるのかアルシェ?」


アルシェがそう言ってそっと首元を覗き込んで来た。

吹きかけられる吐息にちょっとドキドキしながら待っていると、

顔を上げたアルシェと目が合った。


「……カルマ君。これ、凄く厳重だけど普通の鍵なんだよね」

「あ、ああ。それで?」


「向こうで僕の知り合いにこう言うのに詳しい人が居るから、そちらに当たってみれば良いよ」

「……向こうって事は、傭兵国家か。ならそっちに行くのも悪く無いな」


もっとも、ルーンハイム公の一件を何とかしてからにしないといけないがな。

取りあえず今後の予定としてはそちらを片付けたら、ほとぼり冷ます意味も込め国外に脱出だ。

行き先もこれで決まったし、どういう動きをするかを考えなければならないな。


「それじゃあ今後の動きについてだが、目的地は傭兵国家で良いのか?」

「うん、そうだよ。お尋ね者が大手を振って歩ける唯一の国だしね」


「……え?アルシェ?」

「傭兵って荒くれてるでしょ?犯罪者も多いんだ。でもそういう人は強い戦士な事が多いよね」


そういう事か……ある程度実力があれば罪人だろうがお構いなしって事だな?

何だか恐ろしい所のような気がしてきたんだけど……まあ、今更か。

それに良く考えれば鍵開けって盗賊技能だもんな。

そりゃあ清く正しい所に居るような人間の訳は無いよな。


「じゃあ、その人との連絡はアルシェに頼むけど、いいか?」

「任せといて。カルマ君のためなら僕、頑張っちゃうよ!」


よし、ならそっちはそれで良し。

だとしたら、次はルーンハイム公の問題か。

それにルンの心のケアもしないといけないよな。

……そちらはどうする?


「アリシア、アリス。ルンの事で頼みがある。二人でルンの所に行くんだ」

「はいです」「はいであります」


「いいか?青山さん達と口裏合わせて貰って、あのアリシアが辛うじて生きていた事にするんだ」

「あのアリシアちゃんとの関係は、おじさん達にはどう説明するのでありますか?」


「他の姉妹が居た事にしよう。ルンを見かねてアリシアのふりを買って出た事にすればいい」

「わかった、です……ほかのあたしが、いってくれる、です」

「じゃあ、こっちも他のあたしにおじさん達と話をさせるであります」


……色々な意味でルンを騙す事になるが、この際仕方がない。

まずは心の重石を少しでも軽くする事が重要だ。

それに、この状況じゃ護衛の一人や二人も必要だろうしな。


「公の方は動くのに情報が必要だ。早速調べ上げてくれ」

「もう、うごいてる、です」

「取りあえず、わかってる事は一つ。公爵のおじさんは王宮に連れてかれたようでありますね」


そうか。既に王宮内に居るんだな?

厄介な話だ。

王宮なんてどう考えても警戒がきつそうな場所の代名詞じゃないか。

調べあがるだけならともかく、救出は難しそうだな。

それに、公自身が逃げたりするのを良しとするのか判らないし。


「では、続けて情報を集めてくれ……それと」

「首輪の鍵のほうはもう探し始めてるであります」

「ただ、あのひと、おへや、あまりもどらない、です」


……部屋に戻らない?

だとしても、普段過ごしている場所ぐらいあるはずだ。

いや、そういう場所ほど怪しいな。


「じゃあ、チビ蟻を宰相の服にでもくっ付いて何時も何処で何をしているのか調べておいてくれ」

「はいであります」


「それと……ルーンハイム邸から回収しておいて欲しい物があるんだが……」

「ふんふん、わかった、です。おやしきに、まだあるみたいだから、もってくる、です」


よし……じゃあ頼むぞ蟻ん娘達よ。

さて、それじゃあまだ傷も痛むし今はもう少し休むとするか。

今回も舐めてかかれる相手じゃないし、まずは情報を集めないと。


「……それにしても、慣れって怖いよな」

「カルマ君?突然どうしたの?」


「いや、つい一年前まで満足に見た事も無かった魔法をさ、使えないって事が不安で仕方ない」

「仕方ないんじゃないかな。カルマ君にとっては無くてはならない技能なんでしょ?」


「ああ。だけどそれは簡単に得られた強い力に頼りきりだったって事なんだ」

「……カソの村での訓練、凄かったもんね」


そうだ。朝昼は畑と家畜の世話。

そしてほぼ毎日のように夕方から深夜に至るまで続くスパルタ式の特訓の日々。

それに鍛えられて現在の俺が居る。

元々引き篭もりの俺が今の体力を得られたのは、あの当時の下積みによる所が大きい。

当時は死ぬほど怨んだが、今は親父に感謝ってところだ。


それに、経験も積んだし戦争にも出た。だから多少の自信は付いたように思う。

……まともな武器が無かった駆け出し当時ならいざ知らず、

今なら魔法無しでも戦闘ランクBは取れる自信が有るさ。


だが、逆に言えば俺は現在そこ止まり。

冒険者を始めた頃と、身体能力的には大して変わっていないのだ。

魔力抜きではせいぜい一般リザードマンと一騎打ちして勝てる程度の力しか持っていない。

当然戦場で正面から敵陣に突っ込んで敵将狙い、なんて出来る訳も無い。

真面目にやっても通常一個小隊を潰せるかどうかだろう。

……今の俺は無力だ。

斬られれば血が出るし、矢が飛んで来れば刺さる。

そんな当たり前の人間でしかない。


「今の俺に、何が出来るのかな。アルシェ」

「何でも出来るよきっと。……僕たちも手伝うからさ、頑張ろうよ?」


……そうだな。幸い今の俺は一人じゃない。

世界のかなりの割合を敵に回しつつあるのも事実だが、分不相応な味方だって何人も居る。

それに無駄に回る、このせせこましい脳味噌も健在だ。

魔法が使えなくとも。やってやるさ……そう簡単に潰されてたまるかよ……。


……。


この地下に降りて、三日ほどが経過した。

商会から届いた高級傷薬によって体の傷は何とか回復したが、魔力が戻る気配は相変わらず無い。

……そして。


「公の処刑?しかも三日後だと……捕縛から一週間で公爵級を断罪できるのかよ」

「証拠の捏造されてるでありますし、たとえ無くてもあの宰相がごり押ししてるであります」

「カルマ君……どうするの?」


……戦力がいつもの通りなら細かい事情には構わず突入しているところだ。

だが、今回は俺自身がまともに戦えない。

相手が正規兵であることを考慮すると一対一でも苦戦するかもしれないのだ。

理屈から言えば、ここは公を見捨てて逃げるべきだと思う。

いっそ、何もかも無かった事にしてこのまま逃げ出せたらどんなに楽だった事か。

とは言え、なぁ。


「しかし、ルンの事があるしなぁ」


正直こんな国どうなろうと知った事じゃあないが、ルンはどうにか助けてやりたい。

だが、その為には公の生存は必須事項となる。


「にいちゃは、じぶんをしたうひとだけは、みすてない、です」

「だが、それが良い。なのであります」


俺にはただでさえ強大な敵が多いし、仲間の存在は重要だ。

数は少なくても絶対的に信頼できる人間がどれだけありがたいか。

……ルンもまたその一人。なんとかしてやりたい。


「処刑直前は警戒が強められてるだろうな。動くなら今、か」

「相手にも予想されてる恐れがあるでありますが……」

「でも、チャンスなのも確かなんだよね。相手の裏をかければ良いけど」


「……なら、これつかう、です」


ごそごそと何か奥から引っ張り出してきたアリシア。

見るとそれは……ボートか?

なんでこんな地下にそんなものが必要なんだよ。


「ちかに、おうさまの、にげみち、あるです」

「そうか……地下水脈を利用した緊急脱出路だな!」

「それを遡って、王宮に侵入するの?」


なるほど、いざと言う時の避難経路はお約束だ。

だが、それを遡って侵入もまたお約束。

王家の命綱なだけに警戒もまた厳重ではないのだろうか。


「いえ、これは、ぎそうよう、です」

「あたしらは、そこから侵入したように装うであります」

「……まさか、もう穴が開通してるのか!?」


こいつ等の本質は蟻。

穴掘りは得意なんてレベルではない。

アリサ辺りが指示を出して侵入経路を用意しててもおかしくは無い。


「いえ、ちがうです。にいちゃはしょうめんから、いくです」

「……今のにいちゃは無理が利かないでありますから」

『その為に俺が遣わされた、と言う事だ。久しいな、人間』


「え?なんでリザードマンがこんな所でゲゲゲって鳴いてるの!?」

「お前……スケイル、か!?」


暗がりの中から鱗に覆われた人影が現れる。

トカゲの体、ワニの顎。

手にした曲刀こそ刃引きされていない物になってはいるが……。

間違いなくギルドに居た筈のリザードロード、スケイルだ。

なんで、こんな所に!?


『戦争で俺達はオリから解放された。戻ろうにも見つかり次第殺されそうだったんでな』

「色々あってアリサの配下に加わったのであります!」

「……聖俗戦争、ブルジョアスキーに商都が攻められた時か」


コレは驚いた。と言う事は地下からはコイツが行くと言う事か。

実力的には俺自身まだ勝った事の無い相手。つまり十分すぎる戦力だ。

え、違うのか?手を振ったりして。


『……近くをぶらついてたオークどもを捕獲してある。囮はそいつ等だ』

「あれ、です」


ふと先のほうを見ると、ブーブー言ってるオークの群れが3m級兵隊蟻の顎に捕らわれ、

ぞろぞろと奥に運ばれていっている。

……成る程、これを王宮で開放するのか。


『こいつ等の督戦は任せろ。それで裏向きの警戒はこっちに向くだろう』

「にいちゃは、このよろい、きる、です」

「マナリア宮廷警備兵用の全身甲冑。これなら王宮を歩いてても疑われないであります!」


成る程。マナリアの宮廷警備を行うだけあって、その鎧は豪奢さと頑強さを併せ持っていた。

無駄に高そうな感じではあるが、決して防具としての本文を忘れていない所が評価高いな。

それに、顔もスッポリ隠す全身装備だ。

これなら見た目でばれる事は無いだろう。


「こないだ仲間になったレンの護衛としてお城に行くであります」

「……あのレンが仲間に?許したのか」


「もう。ゆるすもゆるさないも、ない、です」

「なんでそこで、ニマニマ笑うんだよ……」


蟻ん娘達の態度に何か怪しい物は感じるが、

取りあえずこいつら問題無いというなら無いんだろう。

俺は妹たちの事をそれぐらいは信用している。


「じゃあ、レンは上に来てるでありますから後ろを着いてくであります」

「鎧は二着……僕もコレを着ていけば良いんだよね」

「判った。ところでお前等を連れてく訳にはいかんだろ。情報はどう取れば良い?」


「レンが、ぜんぶ、わかってる、です」

「……本当かよ!?」


あの子はどう考えても物覚えの良い方ではなかった。

それをこいつ等も知ってるはずだ。

だと言うのに、この蟻ん娘どもからの信頼感は何なんだろうか。


「……まあいい。先ずは忍び込む方が先だ」

「そうだね。三日以内に救出法から脱出経路まで用意しないとならないし」


時間は有限。だがこちらの出来る手には限界がある。

地下は蟻達に任せれば良いが、宮廷内はそうも行くまい。

……期限は三日。

それ以内に公の救出の手配から公自身の説得まで済まさないといけない。

勿論、あの宰相に見つからないようにしながら、な。


「でも、そんな悠長な事言ってる暇は無いのでありますよ」

「そのための、レン、です。さいしょう、かくご、です」


蟻ん娘どもが何か言ってる気もするが、取り合えずレンと合流するかね。

さて、怨まれてなきゃいいんだけど。


……。


「開門しなさいよぉ!私よ、レインフィールドよぉ!?」

「これはレインフィールド様。この度は本当にご愁傷様でした」


俺とアルシェは変装をしてレンの後に続いている。

どういう心変わりかは知らないが、レンは本気で俺たちの手伝いをしてくれるようだ。

……もしかして多少は責任を感じているのだろうか?

先日怪我をしたと言って片目に眼帯を当てているが、

それ以外は以前となんら変わった様子は無い。筈なのだが何か違和感があった。

まあ、そんな彼女が城門を守る衛兵に話しかけている訳だ。


「もう気にしても仕方ないわぁ。王様に会いたいんだけどぉ……会えるかしらぁ?」

「はっ、現在ルーンハイム公への喚問が行われております。その後でしたら」


「そう。ならそっちも見学させてもらうわぁ……人事じゃ無いもんねぇ」

「そうですか。わかりました、ではどうぞ」


正門付近には警備と言うレベルを明らかに超えた大軍が配置されていた。

理由は……視界の隅に移る押し問答。


「だから~。パパの所に通して欲しいだけなのよ~」

「ですからマナ様……それは出来かねますと何度も」


「じゃあ仕方ないわね~。勝手に通るわよ~」

「話を聞いてくださ、うわっ!?」


あ、戦闘開始だ。

魔力の本流が迸る中、何人もの兵士たちが吹っ飛ばされていく。

一応死なない程度に手加減はしているようだが。

……果たして地上10mまで吹っ飛ばされた人間が落ちて無事で居るのか?


「マナ様、荒れてるわねぇ」

「そうですね。……さあ、入城されるならお急ぎ下さい」


レンは半ば顔パス状態で王宮内部に侵入する。

俺達は護衛と言うことになってるので後ろに付く形で何の問題も無い。

……しかし、処刑が決まってるのに喚問とか、意味あるのか?

そう思いつつ王宮の赤絨毯を踏みしめていく。


「さて、ここが謁見の間よぉ……」


たどり着いたのは巨大な扉に守られた大広間だった。


「死んだのは家の父上だし、私が入っても問題無いと思うわぁ」

「判った……とりあえず、終了までは大人しくする、その後に公と接触だな」

「き、緊張するよね」


「じゃ、行くわよぉ。今はまだ目立たないように付いて来てねぇ?」


……。


小学校の体育館ほども有るような広大な空間。

最奥部の一段競りあがった空間には玉座が据えられ、王と思しき男が座っている。

右脇にはリチャードさんとラン公女か。

左脇にはふわふわと宰相が浮かんでいるな。

そして、そこから下った所には文官や貴族と思われる集団が列を成している。


……公はその文官集団に囲まれるように立っていた。

驚くべき事にその腰にはこの期に及んで投げ斧がくっ付いている。

但し、首には俺にも付けられているあの首輪が。

……魔法さえ封じればどうにでもなると、こいつ等は本気で考えているのだろうか?

だとしたら甘すぎると言わざるを得ないが。


「さて、ルーンハイムよ。此度の暴挙……いかなる理由があっての事かのう?」

「宰相、全く身に覚えが無いのであるが」


「よく言った。だがそなたの関与を仄めかす密告や証人は優に万を超えるぞ」

「……捏造もそこまで来ると芸術的だな。我を殺したくば正面から来ればいいだろうに臆病な」


「国王よ、この者を今すぐ処刑するべきだのう」

「うむ、判った」


えええっ!?

ちょ、宰相!?幾らなんでも怒りの沸点低すぎないか!?

それに王様も。公は国の為に頑張ってただろうにあっさりしすぎだ!


「父上!?幾らなんでもそれは……ひとまず落ち着いてください。宰相殿も大人気無いよ」

「王子……ふう、仕方ないのう。王よ、ひとまず延期にしようかのう?」

「うむ、判った」


……いきなりこれかい。

臣下や王には厳しくても王子には甘いおばあちゃんか。

でも、宰相にとってリチャードさんは昔の主の為の寄り代でしか無いんだよな。

しかも王様の目に光が無いんだけど。

大丈夫なのかマナリア上層部!?


「む。レインフィールドの落ちこぼれ娘か。丁度良い、お前からも何か言ってやるが良い」

「別にぃ?それに父上殺したの……宰相様じゃないのぉ」


あ、空気が固まった。

……しかし、どうしてあの時の事を知ってるんだこの子は?


「な、何を言っておる?」

「本当の事言っただけよぉ。今日来たのもその事を問い詰める為だしぃ?」


く、空気が、空気が重い!

しかも一山幾らの文官連中は無駄に動揺してるし、

国王は逆に微動だにしないし。

と、取り合えずレンを庇えばいいのか?


「……まあ、その事は置いておこうかのう。それより喚問の続きを」

「語るに落ちたな宰相殿。我よりそちらの方を断じるのが先であるのではないか?」

「宰相殿。これは一体どういう事なのかな?」

「言った通りよぉ。あの先生と父上が喧嘩した時、後ろからいきなり来た宰相様がパン、って」


まあ、放って置いたら俺がトドメさしてたけどな。

取り合えず傍から見れば、他所からやって来た第三者の犯行に見える、のか?

いや、何かおかしいような。

そもそも、レンがここまで危険を冒してくれる理由って何だ?


「そも、全てがおかしかったのだ。我を捕縛した部隊は問題の起こる前から展開していたぞ」

「宰相殿……僕は今、貴方に疑念を持ったのだけど、どう言う事なのか説明してもらえるね?」


……いつの間にか、場は宰相への責任を追及する場へと変化していた。

おいおい、これは一体どういう事だよ!?

あ、レンがニヤリとした。何をしたんだアンタは。


「実はね。ある人から提案と情報提供があったんだ……まさか僕が寄り代でしかないとはね」

「王子!?一体そんな情報を何処から……」

「何処でも良いであろう……我を謀ろうとして、ただで済むとは思わないことだな」


公が首輪に手をかけ……外した!?

鍵がかかってないのかよ!


「偽物だ……我に対する枷など、最初から付いていなかったのだよ」

「悪いけどね、この喚問自体が宰相……貴方に対する罠だ」


うわっ、何この展開?

公もリチャードさんも黒いし格好良すぎるんだけど。


「わしを、排除すると言うのか……この国を今まで守り続けてきたこのわしを、のう?」


宰相の骨と皮だけの顔に電流が走り瘴気がまとわり付く。戦闘体勢に入ったのだろう。

そして、その前衛を勤めるのは……ちょっ!?国王陛下、何やってるんですか?

それと玉座は武器じゃない!持ち上げてぶん回すような物じゃないから!



「国家の礎たる国王には他者に誇れる人格が必要。だが、こやつはただの俗物であったからのう」

「……どうりである日突然性格が変わったと思ったよ。僕もいずれはこうなったのかな?」

「もう語るに及ばんだろう。言いたくは無かったが……既に貴方は長く生き過ぎたのである」


それが開幕の合図だった。

……宰相の衝撃波が公目掛けて放たれる。


「はぁっ!殿下は下がられよ。我は長年続く確執に終止符を打たせて貰うのである!」

「悪いけどそうは行かない。僕にも第一王位継承者としての責務があるんでね」

「殿下、公。私は大臣や文官たちを避難させる。……ご武運を」


あろう事か、この場に宰相の味方をする者は居なかった。

ラン公女は一山幾らを連れて謁見の間を走り出ていくし、

リチャードさんが合図をすると近くの部屋に待機していた近衛達が駆け込んでくる。

今や謁見の間は王・宰相と王子・公及びその兵が激突する宮廷闘争の場と化していた。


「……わしの兵達は何をやっておるのだ。誰も来ぬのう?」

「地下に魔物が侵入したって話しよぉ、宰相様ぁ」


「なんじゃと……ええい、地下室は無事なのか!?」

「そんな事より、自分の心配をするがよいのである」

「宰相殿、貴方の功績は大きい。だが……国を私物化する宰相など、あってはならない」


リチャードさんが解体(ブレイクアウト)の詠唱を開始。

時間を稼ぐ為だろう、ルーンハイム公はお得意の投げ斧によるけん制を開始した。

そして更に。


「応!待ちくたびれたぜ!?」


どういうわけか窓から兄貴が突入!

あの槍より長い剣を、壁や天井が砕けるのも構わずに振り回していく……。


『反射(リフレクト)』


だが宰相一声あげた瞬間、その周囲に衝撃波が巻き起こる。

宰相のその身にぶつかる衝撃は逆に周囲への攻撃へと変わり、

本人には何のダメージももたらさない。

……これをどうにかしないと倒すどころじゃ無いか。


「ライオネルか……貴様、国から出たのではなかったのか!?」

「そうするつもりだったけどなぁ。そこのお穣ちゃんに頼まれてな」


え?レン?


「宰相様はぁ、魔法も打撃も利かないけどぉ……打撃を弾き返す時は魔力消耗するわよねぇ?」

「……この、落ちこぼれ如きが!?」


ああ、そうか。

自分では魔力を生成できないとか言ってたっけ。

つまり魔力切れ=死を意味するわけだ。

HPが無くて、物理攻撃されるとMPが減少。

魔力切れになると終わりとか、まさしくアンデット。

つまりこのまま遠くから削り切るつもりなんだろう。


……しかし、搦め手を考えさせたら天下一品だなこの子。

何だか思考形態がアリサ達っぽいのが気にかかるが、まあ頼りになるから良しとしよう。


「良かろう。そんなに死にたいなら望みどおりにしてやろうかのう?」


呪詛と共に宰相が指を鳴らす。

……壁が揺れて……中から骸骨が!?

まさか壁の中に塗りこめられてたってのか!?

ありえない展開に驚く間もあればこそ。

骸骨達は何かに操られるように宰相の周りに集っていく。


「建国時の英霊達よ。……この愚かな子孫どもに鉄槌を下せい!」

「おいおい!?その英霊たちを壁に塗りこめるのはどうかと思うんだけどよぉ!?」


「仕方あるまい。もうここしか残っておらなかったのだからのう」

「……宰相殿、それは一体どういう意味かな?」


「表を見てみるが良いのう?」


宰相に対峙しているが故に窓へ近づけない兄貴達に代わり、今回傍観者気味の俺が窓の外を見る。

……そして後悔した。


「骸骨が街いっぱい居るーーーーーーっ!?」

「うわぁぁぁ……何この数。僕じゃあ生きて出られるかも微妙だよ……」


街が白く染まるほどの骸骨の群れ。

明らかに全人口より多いその数にビビッていると後ろから高笑いが響いた。


「ははは、兵どもよ。驚いたか?これこそ我がマナリア最大の守り、言うなれば英霊の盾じゃ」

「戦死者の遺体は秘密の共同墓地に葬られると聞いていたが……思えば我も見た事が無かったな」

「応、干物宰相!まさかと思うが戦死者を街中に埋め込み続けてたってのかよ!?」

「……と言うか、ライオネル君はどうして宰相殿と面識があるんだい?」


リチャードさんが個人的な疑問を口にしているが、現実逃避だろう。

それぐらい表の惨状は酷い物だった。

……何せ、敵と味方の区別が付いていないんだあの骸骨。

恐らく王宮の奥深くまで敵に攻め込まれた際の最終防衛機構だったのだろう。

使う時は国が消える時。

そう考えれば何もかもぶっ壊せと言う設計思想も理解できない訳ではない。


……それに恐らく今の宰相にとって、祖国は滅んだも同然だろうしな。

俺も驚いているのだが、気付けばマナリア上層部のかなりの割合が宰相排除に動いている。

コレは流石に色々堪えただろう。


「応!カルマ、居るんだよな?」

「……何だ兄貴?」


いきなり兄貴が話し掛けてきた。

一体なんだろう?


「ここは俺と公が引き受けるからよ……お坊ちゃん達連れて逃げろ」

「いや、カルマ殿は我より強いぞライ将軍。足手まといにはなるまい」


「無理よねぇ。魔法封じられてるしぃ」

「……言い返せないのが辛すぎる」


止む無くリチャードさんとレンを連れて走り出す。

……とんでも無い事になってるなと思いつつ。


「カルマ君だったのか。……取り合えず、地下に向かおう」

「そこに、王家の脱出路があるんだよな」


「……なんでそれを知ってるのかは聞かないほうが無難なんだろうね」

「殿下ぁ、骸骨が一杯居るわよぉ、どうするのぉ?」


「……強行突破、かな」

「それしかないか」

「ですよねぇ……でも私はあんまり戦えないし。後ろから着いてくから宜しくねぇ」


こうして俺達は地下に向けて、骸骨の大集団と戦いながら進んで行く事になった訳である。

普段なら問題にもならない相手ではあるのだが、敵は無数で俺は弱体化。

蟻ん娘達も傍に居らず孤立無援だ。


……剣に手をかけると魔力が吸えない分、体力が多めに持っていかれる感覚がした。

リチャードさんに殴り飛ばされた近くの骸骨に切りつける。

……魔法で動かしているためか一応回復はするのだが……回復量は僅か。

被ダメージと動き方次第では消費量が回復量を上回るかもしれない。


一体何故こうなったんだと思いつつ、俺は迫り来るB級ホラーに切りかかって行ったのである。

ここは地上5階。地下の避難経路まではまだ、遠い……。

続く



[6980] 38 聖印公の落日 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/11 18:06
幻想立志転生伝

38

***魔法王国シナリオ7 聖印公の落日***

~王都壊滅記 後編~

≪side カルマ≫

かつて、いや数十分前までは荘厳かつ華麗であったであろうマナリア王宮は、

今や骸骨の化け物が徒党を組んで闊歩する死の都と化した。


「きりが、無いっ!」

「確かにそうだね。しかし、何時もの君はどうしたんだい……まるで動きが鈍いのだけど」

「この先生の場合、魔力が無いと動きも鈍くなるのよねぇ。魔力で強化してるからぁ」


正に幽鬼のごとく迫り来る骸骨たちを切り伏せ、弾き飛ばす。

戦力的には一般兵同等か少し劣るぐらいか。

だが、数百年間かけて集めたであろうその数は伊達や酔狂ではない。

それに、俺自身魔法が使えない事による副次的な弱体化にも苦しめられていた。


「……くそっ、思い切って突っ込みたいんだが……」

「無理はだめよぉ?今はナイフでも怪我するんだしぃ」


そう、いつもなら恐れずに突っ込んで切り伏せていられた筈のところでも、

思わず二の足を踏んでしまうのだ。

痛み、苦しみ……慣れたと思っていたのだが、無意識下ではそうでもなかったらしい。

躊躇無く切りかかれば無傷の所でも、ほんの僅かだが踏み込みが浅くなっている。

挙句そのせいで怪我が増えているとなれば正に本末転倒。

だが、今この場でどうにかできるものでも無いようだ。

今はただ、この色々な意味で萎縮している体に喝を入れながら突き進むしかない。


ぞくり、と悪寒がした。

まただ。切り倒した数が足りない。

時間切れだ。

魔剣が血と魔力を欲しがり、不足分を使い手から吸い取っていくのだ。

……このままではいずれ、全身の生気を失って死に至るだろう。

それを回避する方法はただ一つ。


「おおおおおっ!」

「今度はまた、気合が入っているね!」


武器を持っていない骸骨に狙いを定め、一気呵成に振り下ろす!

骨の砕ける音と感触。

それと同時に体から体力の吸い取られる感触が消えた。


……続けて前蹴りで転ばした骸骨の頭蓋を叩き割る。

今度は僅かばかりだが剣から活力が肉体に送り込まれてきた。

敵を斬れなければ地獄、斬り続ければ天国。

そのあり方ゆえ持ち主はただひたすら戦場に吸い寄せられる……まさしく魔剣だよコイツは。


そして、更にもう一体を砕くと刀身に淡い光が宿る。

魔力の刃は刃の潰れたこの剣に比類なき切れ味を与えてくれるのだ。

……コレが消えない内に次の獲物を切り倒さねば!


「はあっ!とぉっ!てやあっ!」


後ろでは殆どアクションスターのノリで敵をなぎ倒し、蹴り飛ばしていくリチャードさんが居る。

殴られても痛みを感じていない敵なので、狙いは部位破壊。

肩の骨を砕き腕を地に落とす。

大腿骨に蹴りを入れ、歩くという行為を封じる。

そして、背骨を折り上半身と下半身の連絡を絶つ!

魔法を使わないのは体力温存と詠唱時の隙を恐れてだろう。

時折王宮内の壁や柱を利用した戦術を見せたりして、

妙にこの場所での戦闘経験がありそうな所を見せてくれたりするのを見ていると、

ああ、王族ってのも大変なんだなと場違いな感想を持ったりする。

おっ!いきなり絨毯を引っ張って数十体一気に転ばしたぞ!?


「重くて腕が痛い!……だけどこれで追っ手は一時休業だね、さあ行くよ二人とも!」

「了解だ……だが、階段で敵が大渋滞してるぞリチャードさん!」

「そんなぁ。取り合えず地上までは降りないと話が先に進まないわよぉ?」


そんなに言うならレンも戦え。

とは言え無理だろうなぁ。身体能力が平均以下、魔法関係の成績は軒並み底辺だし。

……むしろ、今まで敵に捕まったりして俺達に迷惑をかけて無いだけありがたいのかも知れない。


『古池や、蛙飛び込む、水の音……水圧砲(ウォーターカノン)』


って、いきなり魔法使った!?……いやいや、おかしくは無いか。

この子だって四公爵家の嫡子。

父親が死んだ今となっては一応レインフィールドの当主って事になるし。

取り合えず観察してみると指でカタカナの"コ"の字を作り、その間から超高圧の水流が!

見事に敵が崩れ、粉砕されていくぞ!?

水は低きに流れ……って言う言葉もある位だし下に向けて放つそれは敵を砕き、

砕かれた敵は階段を転がり落ち、更に下の骸骨達に被害を与えつつ、

骸骨雪崩を形成していく。


「この階段は一階まで続いてるわぁ。これで地上までは行けるわよぉ」

「よし、また集まって来ない内に先に進もうか」

「魔法一発で本日の俺の戦果を遥かに越える撃墜数をたたき出しやがった……」


ちょっと驚愕しつつも脚は勝手に階段の方へと進む。

何せ、後ろの転んだ骸骨が起き上がり、カタカタ音をさせながらまた迫ってきてるしな。

悩んでる暇は無いのだ。


「ふう、でもコレだけで魔力の三割は持っていかれちゃったわぁ……」

「一般魔法使いでも五発は使えるじゃないか。君は本当に魔力量が……いや、なんでもないよ」


「殿下は魔力量こそ多いくせに詠唱が遅いって評判じゃないのぉ……あ、ごめんなさいぃ」

「リチャードさん、辛いな……何て嫌な評判なんだ」


辛うじてまだ動く骸骨達を粉砕しつつ俺達は進む。

幸いな事に今日は硬化が使えない代わりに装備の防御性能が高かった。

武器無し骸骨の殴り攻撃くらいなら大した衝撃もなく防いでくれている。


それに相手も各個体それぞれは決して強いとは言えないのが救いだった。


「「「王子殿下!ご無事でしたか」」」

「衛兵か?君達こそ無事だったのか!」


一階に降りるとそこでは宮廷警備兵の生き残りが食事用の広間らしき場所に立て篭もって、

必死の抵抗を続けていた。

どうやらこの辺りは増築されたばかりで壁に骸骨が塗り込められていなかったらしい。

そうでない所では壁から飛び出してきた腕に気付く間も無く倒された者も多かったようだ。

そういう意味で彼等は本当に幸運だったと言ってもいい。


「怪我人が多いですが医薬品は僅かです。毛布も数枚あるだけですね」

「……厨房が横にあるので食料はあるのが不幸中の幸いでした」

「殿下……マナリアは一体どうしてしまったのでしょう?」


……その言葉に俺は勿論リチャードさんも黙り込むしかなかった。

大本の原因を作ったのは妹のあだ討ちを望んだ他ならぬ俺だし、

それを利用する形で宮廷闘争を行ったリチャードさんにも探られて痛い腹がある。

レン?冷や汗流しつつ全力で明後日の方向を向いてるけど?

ともかくここは多少安全なようなので、少し休憩を取る事になったのである。


「しかし殿下がご無事でよかったです」

「実は、先ほど。……先ほど陛下が亡くなられました!」

「上半身のみの陛下が……上階から落ちてこられて、ううう」

「一体誰がこんな非道な真似を!」


公か兄貴か……はたまたリチャードさん直属の近衛部隊か。

取り合えず身内のゴタゴタだよ、とは言えないよな。

今やここに篭る十数名にとってリチャードさんはまさしく希望の星なのだろうし。


「……そうか。父王の事は残念だよ。だが、今はそんな事を言っている場合ではないか」

「まずは逃げないといけないよな。ここに居てもじり貧だ」


しかし俺の言葉を兵の一人が遮った。


「近衛殿。それは無理と言う物です」

「城内から市街地に至るまで正体不明のスケルトン兵が占拠しております」


え?ああ、装備のお陰で俺はマナリアの近衛隊に見えてるのか。

王子と公爵令嬢の護衛だし、身分ある人間に見えても仕方ないよな。


ん?レン、どうした。

いきなり身を乗り出したりして。


「地下に秘密の脱出口があるからそこまでたどり着かないといけないのよねぇ」

「……なんと!」

「本当なのですかレインフィールド様?」

「でしたらご命令を!我々がそこまでお送りいたします」


レン。お前……こいつ等に自ら死地に赴けと、そう言うのか。

確かにこのままでは遅かれ早かれ死ぬしか無い連中だけど。


まあ、この原因を作った俺が言える話じゃないけどな。

確かに俺達が生き残る確立は跳ね上がる……可哀想だが利用させてもらうか。

何だかんだでリチャードさんもその気みたいだし。


「しかし、脱出口は地下水脈にあるんだよ。ボートは一艘、君たちを連れてはいけないよ」

「構うものですか!」

「国難に際し、王家の存続に貢献……マナリア兵として生きてきてこれ以上の名誉は無いです」

「殿下がご無事でしたら、マナリアは再び蘇ります!」

「ですが願わくば、我々の名とその働きをせめて後世に残して頂きたく存ずる」


あー、純粋な瞳が痛いよママン。

そしてそれを軽くスルーするリチャードさん。

……マジで王族って凄いよな。


「ありがとう、皆の忠誠は忘れないよ」

「じゃあ、準備出来次第出発よぉ」


「いえ……ここを引き払う以上安心して休める場所はもう無いでしょう」

「一眠りして下さい。ここを離れればもう脱出するまで休めはしないでしょうから」

「それまでは我々がここを死守いたします!」


そうか、確かに疲れたしな。

幸い休める場所がまだあるんだし、少し休んでから行ったほうがいい。


……そう言えば、他の皆は無事なのか?

気にはなるが、先ずは俺自身の事を考えるか。

こんな所で死ぬわけには行かないしな……。


……。


≪side ハピ≫

総帥が地下に潜り、ルーンハイム公爵が囚われの身となってから三日が経過しています。

……アリサ様からの連絡で無事だと判っては居ますが、やはり不安は隠せませんね。

それに他のテナントの皆様に気付かれないよう、在庫を地下から送り返したりしておりますが、

やはり店頭に並ぶ商品に安物が増えたりしている事に気付かれているのでしょう。


「なあ、ハピさんよ……この店、大丈夫なんだよなぁ」

「ええ。ただ痛くも無い腹を探られたくは無いので、商品のグレードを落としております」

「そうか……大変だなぁ。もしかしたら財産没収もありえるもんな」


時折このような質問が舞い込んできたりしています。

……既に商店街の半分はこの百貨店内部にあるという事実もあります。

もし我が商会がこの国から撤収しても、

せめて建物はこのまま使っていただけるように取り計らったほうが良いかもしれませんね。

それが安心と信頼に繋がるのだと思いますし。


「ああ、バイト君……すいませんがこの荷物を地下倉庫に運び入れておいて下さい」

「はい!了解しましたっす!」


先日の戦争時総帥の配下であったという少年をアルバイトとして雇って暫く経ちます。

力があるので開店時から色々重宝していますが、そろそろこちら側に引き入れるべきでしょうか。

……ただ、妙に顔立ちが整っていますし学生さん達が様付けしているのが気にかかるんですよね。

名前はレオ君。素直ないい子ですが……名前からもしかして、と思うこともあります。

ですが、彼は総帥の部隊に居た事があると言っていました。

名家の男子がスラム出身者に混じって他国の戦争に出て行くものなのでしょうか?


「終わったっす!自分は次に何をすればいいっすか?」

「……ちょっと面接でもしましょうか。単刀直入に聞きます、正式に商会に加わりませんか?」


「無理っす!嬉しいけどまだ学校があるし、家の事情もあるっす!」

「そうですか。残念ですが仕方ないですね。でも、まだ暫くはバイトしてくれるんですよね?」


「はい!細かい事は判んないけど、小遣いくらいは自分で稼ぐのが焔獅子の正義っすから!」


ここの稼ぎがお小遣い、ですか?これは決まりですね。

お小遣いぐらい何もしなくても山のように出て来るでしょうに見上げた心意気ですね。

……リオンズフレアの御曹司君は。


「さて、それではお仕事に戻りましょうか」

「ご期待に沿えず申し訳無いっす。……ところで隊長と縁を切ったと聞いたけど、本当っすか」


「え?ええ。流石に庇い立て出来るレベルを越えておりましたので」

「きっと後悔するっすよ……隊長は裏切りとか嫌うタイプだと思うっす」


……鋭いですね。

ここの所は流石に野生の感と言う所でしょうか。

彼がリオンズフレアのレオ公子だというなら父親が父親と言う事になりますし。

まあ、実際の所は裏切りなど無いわけですが……。


「後でお詫びの手紙を出しますよ。こうでもしないといけないのは理解していただけますから」

「そうっすか。なら問題ない……おう?なんか辺りが騒がしいっすね?」


そう言えば、さっきから悲鳴と怒号が……マナ様は確か王宮に行っておられますし、

一体何があったのでしょうか?


「大変であります!急いで雨戸降ろすでありますよ!」

「ていうか、かってに、しじ、だしたです」

「二人ともどうしたんですか!?一体何が!」


カタカタ、と何かが店の戸を潜ってきました。

……骨、ですか。

何故、骨が勝手に歩いて……。


「支店長!危ないっすよ!?」

「ハピーーーっ、にげる、ですっ!」


……はっ!

そうでした、ただでさえ戦えない私がこんな所に突っ立っていて良い訳がありません。

万一の為に作成しておいた紛争時対処マニュアルに従い伝声管に駆け寄ります。

因みに伝声管は五階建てのこの店で円滑に指示を伝える方法が無いかと総帥にお聞きしたら、

いやにあっさりと案が出てきたものです。

……非常に便利ですが、こう言う緊急事態でも役に立つのには驚きですね。

さて、急いで上階にも指示を出さなくてはなりません。


≪緊急事態です!魔物の群れが店内に侵入しました、各階の責任者はマニュアルに従って行動を≫


「化け物ども、くたばれっす!」

「すこーーーっぷ!であります!」

「あまど、おりたです。あとは、なかのを、はいじょ、です!」


吹き飛ばされる骸骨によって商品に傷が付きますがそんな事を言っている場合ではありませんね。

今回の騒動で壊れた商品の補償を各店舗の店主に確約し、その後上層階に走ります。


そして屋上まで上がってきました。上からなら状況が確認しやすいですからね。

兎も角、急いで現状確認をしなければいけません。


「……しかし、これは一体どういう事でしょうか?」

「て、店員さん。一体何が起こってるの!?」


お客様も屋上まで上がってきて不安そうにしておりますが、それはこちらも同じ事。

元から白を基調とした町並みではありましたが……今は骸骨の白がそれに加わっています。

一体何処からと思ったその時、近くの建物の壁が崩れ、中から新しい骸骨が現れました。


「パピ。ふるいいえ、ぜんぶ、ほね、うまってる、です……」

「ここは比較的新しいから大丈夫でありますが、王都中大パニックでありますよ」

「……まさか、そんな……」


由々しき事態です。

マナ様の暴走から店を守るため、外壁には何枚もの鉄板が仕込んであります。

それに扉には太い鉄格子が降りていますし、この店に侵入される事はほぼ無いといえるでしょう。

ですが……。


「そんな、これじゃあ家に帰れないじゃないか!」

「……お母さん」

「パパは無事なのかしらね」


買い物客で賑わっていた店内には、百名を優に越える来客者と店員が居ます。

彼等が暴徒と化す前に、不安を鎮めねばなりませんね。


まず、最低限の水と食料は提供せざるを得ないでしょう。

……その代わり、それ以上を求める場合は普段の10倍の値段で買い取ってもらうとして、

地下に片付けた荷物の内武器と防具に関しては再度上に持ってきたほうが良いかも……。


「ハピ、朗報であります!」

「ぐんたい、きてくれた、です!」


……本当ですか?

だとしたら本当にありがたいのですが。

……しかし、一体誰が?

騒ぎが起きてから一時間も経過していません。

たったそれだけの時間で軍の出撃準備が整うとはとても思えないのですが。


「一体何処の軍ですか?」

「紋章は"焔獅子"と"聖印"……リオンズフレアとルーンハイムであります!」

「かずは、さんぜんにん。いるです」


「ぐ、軍が助けに来てくれたのか!」

「よかった!一時はどうなる事かと」

「んー。あ、姉ちゃんが直接指揮取ってるっすね、あの派手な兜は姉ちゃん以外居ないっす」


……私には遠すぎて判別できません……。


「かぶと?きんいろ、たてがみ……はで、です」

「親父の兜っす。姉ちゃん親父の事嫌ってる割にあの兜を手放さないんすよね」

「あ、"雫に波紋"と"鷲頭獅子"の紋章の部隊がちょっと合流したであります」


あれは、街の警備部隊でしょう。

数の多い所に合流するのは賢明な判断だと思います。

しかし、あの数を集めるには少なくとも数日はかかる筈ですが。


……いえ、考えるべきは別にあります。

先ずはここの人たちを彼等が来るまで守り抜く事。

そして、我が商会の財産を守り抜く事です……。


「お客様方、どうやら軍が来てくれたようです。果物をサービスしますので暫くお待ち下さい」


では、戦力を持たない私なりの戦いを……。

今、ここから始めましょうか。


……。


≪side ルン≫

三千を超える大軍が王都を進んでいる。

私は馬上でアリシアちゃんの頭を撫で続けている。

……手を離せば何処かに消えてしまいそうな気がするのだ。


「ルンねえちゃ?……はなして、です」

「……駄目。危ない」


私は進軍する部隊の中心部に居る。

何故か?

それは数日前から準備を進め、本日挙兵をしたからに他ならない。

そうだ。それは思い起こす事数日前。


……。


先生が行方不明になった。

そしてお父様が捕まった。

レンのお父様を先生が殺して、その指示を出したのがお父様だから、だそうだ。


……ふざけないで欲しかった。これは正当な敵討ちなのだ。


先生の妹はつまり私の妹でもある。

それが害された以上あだ討ちの権利はあるはずだ。

先生はレンを倒しに行ったのだろう。そして結果的にレインフィールド公の命を奪った。

それ自身は責められるべき事なのだろうが、こちらの事情も汲んで欲しい。

レンが捕まったという話を聞かない以上、少なくとも一方的過ぎはしないだろうか?

私はそう考える。


……例え被害者が生きていたとしてもだ。


同格の家の縁者に瀕死の重傷を負わせてただで済む訳が無い。

それなのに、父は後数日で処刑されると言う。

その上先生の首には莫大な懸賞金がかけられ、

挙句お母様と私は王家の人間として戻って来いと言う書状が来た。

……これが何を意味するかは明白だ。


ルーンハイム公爵家の消滅。


即ち四大公爵の一角が崩れると言う事。

それは私の世界が砕かれると言う事。

家名すら守れずに、どの面下げて偉大な先達に顔向けできると言うのか。


お母様はあちこちに助命の嘆願に行っているが、恐らく相手を怒らせるだけで終わるだろう。

何もしないより悪い結果に終わるであろう事は、

私以下、我が家に仕える魔道騎兵千名の末端に至るまで痛いほど理解している筈だ。


故に、お父様が捕らわれたその日の晩に爺を呼んだ。

……我が家の命運は尽きた。

だとしたら、せめてお父様だけでも助けてあげたい。

それに、我が家に仕える者達の先の事も考えないとならない。

だから。


「……爺、最後だから馬鹿な事に付き合って」

「閣下を、お救いするのですな?お嬢様」


そう。お父様を救い出したい。

既に通常の手段で救うのが無理なのだから、非常手段に訴えるしかない。

……けれど、それはつまり……祖国への反逆に他ならない。

何故なら、王都へ攻め入らねばならないからだ。

どんな理由があろうとも、それが許されよう筈も無い。


「全ての責は、私が負う」

「いえ、この老骨も半分肩代わりいたします」


「……駄目、全て終わったら投降して」

「ははは左様ですか、それが許されれば僥倖ですが」


「大丈夫。全ての責任を被って逃げる……爺は私を訴えればいい」

「お嬢様!?一体何を仰られるので」


そう。全ては私の独断であり、魔道騎兵全軍は騙されたと言う形にすればいい。

精鋭部隊ではあるのだ。王都も恭順してきたら悪いようにはするまい。

そのまま王の軍隊に組み込まれれば、彼等の生活は守られるだろうと思う。


……そして私は。

地位も名誉も棄てて、先生の所に行こうと思う。


こんな事はもう沢山だ。

アリシアちゃんがあんな目に遭ったのも、元を辿れば私がだらしないせい。

……私が家の事にこだわってこんな事が起きる位なら、もう何もかも棄ててしまおう。

いっそただのルンになって、先生の後ろを付いていきたい。

家の事も、学院の事も諦めたら……最後に残ったのはそれだった。


でも、先生は私のせいでお尋ね者になってしまっている。

だから。


「……先生も私に騙された事にして。賞金は私にだけかかればいい」

「お嬢様!?」


これをやると私は先生に付いていけなくなる。

私はその後、たった一人で生きて行く事になるんだろう。

でもこうする事だけが、私に出来る、多分たった一つの事。

自分ではそう思っていた。


そんな時、背後から声がかかる。


「そんな馬鹿な事がある訳無いですわ。ルーンハイムさん?」

「リン!?……どうして」


「その、馬鹿な事に参加しに来たのですわ……私にも遠因はありますわ?責任は取らないと」

「申し訳ありません。この爺がお呼びしたのです」


爺、これはどういうつもりなのか。

確かに遠因としては無い訳ではないが、巻き込んでしまえばリオンズフレアも危機に陥る。

……騎士団長ジーヤよ。

お前は他の家まで巻き込むつもりなのか?


「……細かい事は良いんですわ。今回の仔細は聞き及びましたけど、どうも納得がいきませんの」

「それに我等の兵舎はリオンズフレア様の邸宅傍にあります。隠し立てなどかないません」

「……そう」


そういえばそうだ。

魔道騎兵千名が動いてしまえばリンの家は止めに入らざるを得ないだろう。

そこで最初の戦闘が発生してしまえば即座に王宮に伝わり、

お父様は即日反逆者として処刑されてしまうだろう。


……成功させる為にはリンを巻き込むのが最低条件、か。

ならば私も腹をくくろう。

後世にどんな汚名を残すのかは知らないが、行ける所まで行く事にしよう。


「……手伝って、くれる?」

「構いませんわよ……何せ、当の被害者が納得していないんですもの」


「被害者?」

「レンから公とカルマさんへの助命嘆願が出たんですわ。握りつぶされましたけど」


レンから!?

自分のお父様を殺されたのに、どうして?


「責任を感じたそうですわね。そもそも自分のせいでこんな事になったのだと言っていましたわ」

「……じゃあ、お父様が捕まったのは?」

「左様、恐らくは折り合いの悪かった貴族のどなたかによる陰謀でしょうな」


被害者からの申告が無いどころか訴えの取り下げまであったのに、

なんでお父様が捕まらねばならないんだろう。

襲撃を受けた方が全面的に悪かったと言っているというのに?

確かに陰謀の匂いがぷんぷんとする。


「おーっほっほっほ!ですから国一番の実力者である我が家がお手伝いしますわよ」

「目的は閣下の救出。王都を練り歩き王宮に圧力をかけます」


……場合によっては本格的な反乱騒ぎになるだろうに、二人は何処までも陽気だった。

だが、心強いのは確か。

その後はとにかく急いで出陣の準備を整え、そして今日……王都中央に向かって進軍を開始した。

そう、進軍を開始したのだが。


「リオンズフレア公!敵スケルトンは今も数を増やしつつ王都内を闊歩しております!」

「判りましたわ。先ずは粉砕しなさい……民の救出も忘れないようにするのですわ!」


「お嬢様、大通りも敵で埋め尽くされております」

「爺、魔道騎兵は距離を取りつつ火球で攻撃……取り付かれたら、駄目」


「市街地で騎兵にそれを求められましても限界が」

「……ならせめて、敵から距離を」


何故か我が軍は王都を占拠している謎の骨兵団との全面対決に入っていた。

まさか逃げ遅れた人々を見捨ててもいられない。


だが……不幸中の幸い。

これなら王都で勝手に兵士を動かしても反乱になる恐れは無いだろう。

それは良いのだが、相手の数が多すぎる。

早く王宮までたどり着かないと、被害がとんでもない事になりそうだった。


「……でも一体、何が」


私の呟きは、恐らく各家の残存兵を吸収して膨れ上がった全軍三千五百。

その全将兵の心の叫びだったのではないかと思う。

……祖国はどうなってしまうのか。多分、皆がそれを心配している。

けれど今は進むしかない。

骨の兵団は一見無秩序に動いているように見えるが、

その実、王宮を中心に動いているようだ。

……きっと、王宮まで行けば真相がわかる。

何となくだが、そんな気がするのだ。


「ねえちゃ?はなして、です……あたしは、へいき、です」

「……もう少し我慢して。今はここが一番安全」


……先生はアリシアちゃんが生きている事を知らないはず。

何としても、無事に再会させなければならない。


そう、無事に再会させてあげないと。

生き別れのまま離れ離れなんて、悲しすぎるし申し訳なさ過ぎる。

だからこの子は守り抜く。それだけは、絶対に……譲れない……!


……。


≪side とあるマナリア近衛隊員≫

……宰相様の魔力により、また一人仲間が消し飛んだ。

だが、我々の中にそれでおののく者はただの一人も居ない。


……殿下より直々に宰相排除を命ぜられた時は驚いたものだ。

なにせマナリアの宮廷闘争とは宰相と王に続く第三位の実力者を決める戦いだった。

絶対不可侵とされてきた宰相様を廃すると言うのは前代未聞だ。


だが、もし成功すれば参加した我々の立身出世は確実。

……最初の動機はそんな不純なものだった筈。

だが、玉座を担いで突進してくる王の狂った姿と、

周囲を埋め尽くす骸骨の群れをその目で見た者は考えを変えざるを得ないだろう。


……こんなものが栄光あるマナリアなのか?


答えは否。断じて否。

こんなものが我が祖国であろう筈も無い。

ルーンハイム公も仰っておられたが、どうやら宰相様は長く生き過ぎたご様子。

私は昔の王を知っている。

即位して、多少周囲の意見に流されすぎる向きはあるが大分落ち着いて来たと思っていたが、

……自国の王を操り人形にして良い道理などあるはずが無い!

15年ぶりに帰還されたライオネル将軍の剣が王の胴体を薙ぎ払う。

本来ならば打ち首ものなのだが既にそれを言及するものは無い。

寸断され、それでもまだなお歩き続ける下半身を見て正気で居られるものか!


「おのれ。自国の王に対して何と言う事を。貴様等に忠孝は無いのかのう」


残念ながら貴方にそれを言う権利はありませんよ宰相様。

……貴方が宰相に即位して数百年が経過しております。

既に貴方にとっては当然なのかもしれませんが……やりすぎです。

マナリアは貴方の私物ではないのです。

それを出来るのは……まさに建国の父ロンバルティア一世陛下くらいのものでしょう。


「くたばれ干物おおおおおおっ!」

「ライオネル!貴様を生かしておったがわしの不覚!足しにはならずとも砕いておくべきだった」


「うるせええええええっ!」

「はっ、鎧無しでどこまでいける?所詮は人間、体の硬さには限界があるのは判っておろう?」


「だからって、諦める訳が無いだろうがっ!」

「……もう良い。魔力が削れて敵わん。……妻の所に行け、ライオネル」


20年ほど前か?当時の王位継承権第一位ロンバルティア19世殿下が起こした反乱騒ぎ。

あの騒ぎでは国が割れ、国土を二分する事態に陥ったものの、

眼前のライオネル将軍が敵陣に突入、あの長々剣を用いて力ずくで制圧と言う事があった。

……あの剣は本当に我々魔法使いにとっては鬼門なのだ。

何せ最大の利点である距離の優位が消え、弱点である詠唱の隙を最大限に利用されてしまう。

15年前の追放もそれに対する恐怖が大きかったろう。私も正直あの時はほっとした。


さて、そんな訳で王位を剥奪され存在を抹消された19世……ティア王女殿下だが、

今思えば、もしかしたらあの方はこの事に気付いてしまったのかも知れない。


宰相に気に入られねば自我を消されてしまうなど、到底耐えられるものでは無い。

その為に先んじて行動を起こした。

そう考えれば辻褄が合うような気がするのだ。


……何にせよ、既に宰相様は暴走していると言っても良い。

自分の思うとおりに行かないからと国ごと滅ぼしかねない行動を取るとは、

国家の重鎮としてあるまじき姿だからだ。

故に、国家の体面もあるのでこのまま狂人として消えて頂くほかは無い。


……いや、言葉を飾るのは止めよう。

我々は既に宰相様を排除する方向で動いている。

これをしくじる事は即ち身の破滅。

簡潔に言えば、我々の為に消えて頂きたい……それだけの事なのだ。


「我に続け!魔力さえ失えば相手はただの屍でしか無いのである!」

「事実ではあるがのう……お前もやはり早めに切っておくべきだったか」


しかし、余裕だ。

流石は我が国の宰相を数百年単位で勤め上げたお方。

……だが、こちらとて負けてはいない。


『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』

「判っておろうに愚かな事を。……暴食の腕よ、食らえぃ」


『……衝撃!(インパクトウェーブ)』

「ふむ、相変わらず上質な魔力よのう。それ故に惜しい」


「俺をを忘れてもらっちゃあ困るぜ!」

「魔法に気を取られた隙に斬りかかるか。良い戦術だがそれ故に気に食わぬな」


『反射(リフレクト)』

「おうっ!?うわあああっ!?」


今だ!

魔力を食い尽くす"暴食の腕"と腕力を弾き返す"反射"の魔法。

宰相様の最強の"盾"の両方が向こうを向いた隙に、例の物を!

……突き刺せっ!


「……ほう、確かに反射の隙を突けば剣も当たるが、肉体の傷など永久治癒術ですぐに治るぞ?」

「だと、いいけどなぁ?」


あれだけの守りの上に半永久的に術者の身を癒し続ける永久治癒術(エターナルヒール)の魔法。

それがあるが故に、今まで誰も宰相様に逆らおうなどとは思わなかった。

……だが、今回は違う。


「……ぬ、傷が治らぬ!?この剣は……儀礼用竜殺しだと!?」

「へっ!トレイディアで二束三文で凄ぇ数が売られてたから買い込んで来たのよ!」

「竜殺しは魔力を吸収拡散させる……これは量産品だから持ち主の力にはならないがね」


そう、ライ将軍が帰還時に偶然この国に持ち込んでいた大量のドラゴンキラー。

これが我々の切り札だ。

つまり……別に魔力切れを狙わなくても倒す算段は付いていたという事だな。


宰相様の体は魔力で維持されている……つまり竜と似たような状態になっているのだ。

故に竜殺しが突き刺さりさえすれば、体内の魔力を急速に失う事になる。

恐らく物の価値が判らぬ輩……賊か傭兵が手に入れて、安値で売り捌いたのだろう。

これがありえない安値で売られていた事を神に感謝せねばなるまい。


だが、ドラゴンキラーの魔力拡散の力もまた魔法の賜物であり、

普段であれば暴食の腕に魔力を食らわれていただろう。

更に儀礼用ゆえ切れ味など無に等しく、

宰相の体に傷を付けるには反射の来ないタイミングで、隙の多い刺突を行う必要があった。

……その為に宰相派の兵の隙を見てルーンハイム公と連絡を取り合い、

何とか連携を取る為の情報交換が出来たところで行動を開始したという訳だ。


出来ればマナ様にもご尽力頂きたかったが、殿下と公、それにライ将軍のお三方揃って、

秘密を守れないからよせと釘を刺されてしまった。

まあ、何にせよ我々は賭けに勝ったのだ。


……これで、我々の正義が証明される。

私には莫大な恩賞が与えられその名は後世まで語り継がれ、


「まさか、これを使う羽目になろうとは……」

「応!やばいぜ、俺の野生のカンが、ここから離れろと叫んでやがる!」

「くっ……無念であるが足がもう動かぬ」


……おかしい、体が、凍る?



『……永遠力暴風雪!(エターナルフォースブリザード)』




……我々は、死ぬ?


……。


≪side 宰相フレイムベルト≫

……玉座の間に、わし以外に動くものは無い。

ロンバルティア陛下から"痛いから"と使用を控えるよう命ぜられていた最強術を、

とうとう使う羽目になってしまった。

しかし魔力使用量こそ絶大であったものの、別に肉体に痛みが走る事は無かったのう。

心配はありがたい事ではあるものの、

これなら別に多用しても問題は無かったようにも思える。


まあ、危ない所ではあったか。


完全に虚を突かれ、満足な迎撃も出来ず危うく魔力切れに陥るところであった。

竜殺しの効果で魔力が抜け落ち続ける今は、傷を癒す事に集中せざるを得ず、

もはや反射を使う余力もありはしない。


……体内から凍りついたルーンハイムの馬鹿者から残存魔力を吸い上げる。

ふん。もう殆ど残っていないでは無いか。


だがまあ、もうどうでも良いことだ。

ここまで育ててきた恩を忘れ、わしに噛み付くような国にもう用は無い。

マナの脳内に仕込んでいた術式を起動し、地下に赴くように命を下そうではないか。


そこでマナの魔力を全て使い、

王都地下全域に張り巡らされている魔力吸収魔方陣をもって

王都全域より魔力を集め、

ロンバルティア様復活用魔法の作成に取り掛かるとしようではないか。


……王が数百年ぶりに目を覚ました時に国が滅んでいれば嘆かれるであろうが、

そこでわしも若い肉体に宿りそのお心をお慰めしようではないか。


ふふふふふ、夢が広がるわ。

……では、マナに命を下してと。


20年前のティア姫の反乱の際はどうしようかと思った。

まさか王の寄り代を嫌がるとはな。

まあ、女子ゆえ元々王の寄り代にはできなかったがのう。


取り合えず魔力はまさに絶大であった故、そのまま砕こうかとも思ったが、

見栄えも良いし……わしの新しい入れ物にする事を思いついた時は天に上るかと思った。

王妃などと贅沢は言わぬ。王の姉か妹にでもなれたらと思うと心が弾むのじゃ。

その為に、わざわざ姫の体を凍らせてある。

乗り移る日が楽しみじゃて。


その際、王の子孫達が周囲を囲んでいてくれるのが理想であったが。

……忠孝を知らぬ者どもなどもう知らぬ。王の復活の生贄となってしまえ。

さあ、妄想はこの辺にしてわしも地下に行こうかのう。


む、ティア姫で思い出したが、あの乱を鎮めたのはライオネルであったな。

じゃが、あ奴……上手い事回避して逃げよったではないか。

あのままにしておくのは少しばかり心配……まあ良いわ。

どうせ魔力も扱えぬ脳筋一人で何が出来る。

奴もまた王都全域魔方陣で国ごと砕いてやる、わ?


……わしの、頭が、砕け、た?

ドラゴンキラーが、飛んできた、だと!?


「えーと、僕も一本持ち歩いてたんだけど……」


あれは、窓の枠外から弓をつがえるあの娘は?

そうだ。あのカルマと言う名の小僧と一緒に居た……


「別に、倒しちゃっても構わなかったんだ……よね?」


竜殺しを矢に見立てて撃ち放ちよったか、あの娘め!

良い訳が無かろう!?

わしが居らずして、どうやって……陛下あっ!?

魔力が尽きる!体が、維持できぬ!?


「あ、体が砕けた……ま、いっか」


……もう、手遅れか。

わしが、消える……。


***魔法王国シナリオ7 完***

続く



[6980] 39 祭の終わり
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/20 17:05
幻想立志転生伝

39

***魔法王国シナリオ8 祭の終わり***

~夜空の復活祭~

≪side カルマ≫

俺、リチャードさん、そしてレン。

それに数名のマナリア警備兵が王宮地下を進んでいた。

そう、数名だ。

既に何人もの勇者達が俺達を先に進ませる為に殿を勤め……恐らくは散っていった。

そう、勇者だ。

さっき俺達を無視しつつ追い抜いていった勇者様なんかより、

ずっと彼等の方が勇者に相応しいと思う。


……と言うかマナさん。

義理の息子、及び甥を無視して行く、ってのは大人としてどうかと思うんだが。

まあいい、流石のあの人もきっと今回ばかりは事態の収拾に動いてるんだろうしな。

何もしないよりはきっとマシ……。


「いや待て!あの人に善意で動かれちゃ困るぞ!?」

「そう言えばそうだ!皆、少し急ぐよ!?」

「「ここは我々が防ぎます、皆さんは先に進んでください!」」


また二人、決死の覚悟の兵がその場に残った。

俺達は兎に角先に進む。それしかない。

魔王の呪いは今も健在である。故にマナさんを放って置く訳にも行かない。

……それに滅茶苦茶強いしなぁ。

まるで息をするかのように骸骨軍団を蹴散らしていったし。

ちょっと様子がおかしい気もするが、合流できれば今回に限り心強い、と思う。


「……あれぇ?でもマナ様あんな所に居るわよぉ」

「本当だ。随分急いでいたように見えたが、あんな所で何をしているんだろうね」

「ともかく急ぐぞ!後ろから骨連中がまた来たぞ!」


地下とは思えないほど明るい通路を俺達は走る。

目的地は更に先……吹き抜けのようになっている広間だ。

そこの奥にマナさんの姿が見える。


そう言えば……何か、よく見ると明かりが電球のような気もしないでも無いが、

これも魔法か?それとも……。

だが、そんな考えはたどり着くと同時に消えて無くなる事となる。


『勇者マナ、だと……この忙しい時に』


ちょ!スケイル!?

何やってんのこんな所で!

……いやいや、地下から侵入してる訳だからここで鉢合わせしててもおかしくは無い。

ただ、タイミングが悪かっただけだろう。

周囲ではオーク達が骨と戦ったり逃げ出したりしている。

督戦の真っ最中に勇者と出くわしてしまった、それだけだ。


ただ、この場にはマナリアの兵やリチャードさんも居る。

最悪の場合俺自身もスケイルと戦わなくてはいけなくなるかも知れないが。

さてどうするか?


「殿下ぁ、魔物が進入してますねぇ」

「そうだね……よし、マナ様と合流して先に進もうか。その方が安心だ」


いやいやいやいや!

リチャードさん、それはマズイ。と言うかスケイルは敵では……。

駄目だ駄目だ!

ここで関係を明かしたら下手すると俺が人類の敵扱いされかねん!

……くっ、とは言え味方を見捨てるような真似をしろというのか?


「いいえ?ここはマナ様にお任せして先に進むべきねぇ」

「何故だい、レンちゃん」


「呪いがありますからぁ。一緒に行ったら庇われる度に死人が出るわぁ」

「よし、ここはマナ様に任せ僕らは先を急ごう!」


おお!

何だか判らんがレン、実にグッジョブ!


思えばその通りなんだよな。

あの人の善意は周囲への被害として現れる。

危ない、助ける、逆に死ぬ、の三段論法がありえてしまうのが恐ろしい。

……遠くで暴れててもらうのが一番って事だな。


「よし、じゃあ走るぞ!魔物なんかに構ってる暇は無い!」


さり気なく無視するべきと回りに言う事でスケイルへの援護もしつつ、

魔物達とマナさんによってある種の"骨密度"が薄くなった地下通路を走っていく。


……死ぬなよスケイル。

なにせ、お前にはまだ一度も勝てて無いんだからな。


……。


さて、走り続ける事一時間。

ようやく地下水脈の入り口、王家専用の脱出経路までやって来た。

……同時にここはスケイル達の侵入口でもあった訳だが、まあ知らぬが仏。

それに流石にここまでは骨軍団も居ない。

どうにか落ち着いて脱出できそうだった。


「ふう、何とかなるものだね……一時はどうなるかと思ったよ」

「けど……兄貴や公は大丈夫かな。まあ簡単にくたばるような人達じゃないが」

「そんな事よりぃ。ボート、見つけたわよぉ?」


……水路入り口の程近くにそのボートはあった。

だが小さい。

何とも見事なまでに二人乗り。

一人はリチャードさんで決定として……。


「ではレインフィールド様、殿下をよろしくお願いします」

「ご無事で」

「……あー、なんていうかぁ、そのぉ……」


俺が乗る余地、NEEEEEEEEEEっ!


「さあ、急いで……」

「もうじきまたあの骸骨どもがやって来ます!」


「すまない皆……特にカルマ君、君にはすまないと思っている。……さあ行こうレンちゃん」

「え?え?あ。ああ、そうねぇ、そうなっちゃうわよねぇ……どうしよ」


ああ、そりゃそうだよな。

お貴族様二人が乗る事になるのはもうどう考えても決定事項だよな!

あー、ここまで来ておいて完全なる死亡フラグキタコレ!


「さて、近衛殿。後は出来る限りあの骸骨どもを蹴散らして散るとしましょうか」

「殿下にレインフィールドのお嬢様……最後のご奉公としては十分すぎる相手でしたな」


どうしよう、なんて笑顔だ。

泣きそうな、満足そうな。

何ていうか、こう極限まで達観してるというか。

……流石、こんな生きて帰れる確立0%な任務に粛々と赴けるだけの事はあるな。


けどな、悪いが俺は生き残る気なんだ。

悪いがここで死ぬわけには行かない。

……ボートに乗って地下水路の奥へと消えていく二人を確認した後、

俺はこの場に俺以外で残っている生き残り兵士二人に向かって言う。


「……俺は諦める気は無いぞ」


「それは一体どういう意味ですかな」

「その意気たるは良し。されども……ん?」


その時、周囲に振動が走る。

轟音が何処とも無く轟き、周囲の壁に光の帯が走る。

……何だ?


「……あちらの部屋からのようだが」

「行ってみましょう。どうせ死ぬだけの身、何も恐れるには値しますまい」

「そうだな。それと俺はまだ諦めちゃ居ないからな……」


急いで道を戻ると、そう遠く無い所に隠し扉が開いていた。

幸い近くの骸骨達は既に全て破壊されていたようで、

特に危険な事も無く俺達はそこまで辿り付く。


中を覗き込むと、そこには……。


「マナ様……この振動はマナ様の魔法だったのか?」

「巨大な魔方陣ですな。一体何をする為のものなのか」


巨大な魔方陣が煌くばかりの輝きを放つ。ただし断続的に。

……まるで切れかけた蛍光灯のようだ。

その中央に佇む人影は、まさしくマナさんその人。

ぼんやりとした目で何処とも無い方向を眺めながら立ち尽くしている。


「マナ様がこの状況を何とかしてくださるのだろうか」

「うむ。恐らくそうであろう。腐っても王族なのだからな」


そう言いながら生き残り兵士二人が部屋の中に入って行く。


「近衛殿も急いで。中から扉を閉めれば骸骨どもも追っては来れまい」

「それもそうだなっ、と」


『いかん!その部屋から離れるのだ!』

「……くっ、先ほどの魔物!追って来たぞ!?急いで駆け込め!」


スケイル!?


「俺は残って相手をする!二人は先に行ってくれ!」

「……承知した!」

「マナ様を連れて直ぐ戻るゆえ、それまで何とか保たせてくれ!」


広間の中央に向かって二人は走っていく。

ある程度の距離が離れた事を見て取って、俺はスケイルに向き直った。


「……どういう事だ?部屋から離れろって」

『まあ、見ていれば判る……あの部屋に骨どもが一体も居ない事、おかしいと思わんか?』


ん?マナさんに吹っ飛ばされた、もしくは元から部屋の中には居なかった。

じゃないのか?


「マナ様!先ほどの魔物が」

「近衛殿をお救い頂きたく……む?」

「…………」


「マナ様?いかがなされましたか?」

「気を、失っておられ、グッ!?」


その異変に気づいた時は既に遅かった。

兵士二人が突然膝から崩れ落ちると、そのまま肉体が弾け飛ぶ。

……俺はその光景を見た事がある。見た事があるぞ!


「魔力を抽出されたのか!?」

『骨どもが部屋に入った所、直ぐに砕けた……それがこの辺りに奴等が居ない理由だ』


マナさんにやられたのだろう。

砕かれて力なく垂れた右腕を庇い、片足を軽く引きずりつつ、

壁を杖代わりに、這うようにこちらにやって来るスケイル。

しかしまあ……よく、勇者相手で魔物が生きて帰れたもんだ。


『無様ではあるが、最後に生きていたものが勝者なのだ。カルマよ、お前も肝に命じておけ』

「知ってるさ、そんな事は……それにしてもどうするべきかな、これは」


未だに魔方陣中央で立ち尽くしているマナさん。

だが、放って置いて良い状況ではない。

……今あの人が生きているのは、まだ魔力が吸い取られきっていないからに他ならない。

魔力が尽きた時、マナさんの体が砕かれない保証は無い、というか確実に砕かれるだろう。


「……宰相だな、こんな事をするのは」

『思えば態度も人形のようだった。あの勇者マナと言う娘は確か底抜けに明るかった筈だが』


怪しいな。

と言うか、このままだと何処かのタイミングで宰相がやって来て、

新魔法作成とかいう事になるのだろう。

……魔法の造り方は知りたいが、魔力を封じられた今の俺にそんな博打をする余裕は無い。


「なら。あの魔方陣潰しておくべきか」

『違いない。ならば我が竜殺しの爪で陣を引き裂いておこう』


竜殺しの爪?

ああ、だから竜殺爪のスケイル、な訳か。

成る程、魔力を引き裂く効果を持つ爪なら竜殺しの爪と言える。

……もしかして、剣を持たない方が強いのかコイツ?


『言いたい事は判る。確かに俺の真価を発揮できるのは素手の時だ』

「やっぱりかよ……」


軽く笑いながら今まで持っていたミスリル銀の曲刀を俺に放って寄越す。

……正直、魔剣の業にも疲れて来たところだ。

丁度良いから暫く使わせてもらおう。


さて、それじゃあ魔法陣の淵にでも近づいて、と。


『……好機なり』


ん?何か言ったかスケイル?

何か不審な台詞が聞こえた気がするんだが。

……はっ、まさか他の魔物の敵討ちとか言ってマナさんを殺す気か!?


「すまんがマナさんの事は諦めてくれ。一応義理の母親なんでな」

『何の話だ!?俺が戦えない相手を殺すとでも……待て、お前の体内から聞こえた声は誰だ?』


え?


『術式形成を宣言!新規術式"召喚・炎の吐息"を設定』

「な、何事だ!?」


『該当魔方陣より魔力供給開始。安全装置設定……暗号壱、設定終了。暗号弐……設定せず』

『カルマよ!お前の中に何かが居るぞ!?』


な、何が起こってるんだ!?

誰か居るって、誰だよ!


『効果設定……完了。消費魔力など各種使用制限を計算……完了』

「だ、誰だ!?お前は……いや、この声を俺は知ってる?」


『現象操作機構機動!術式形成…………よし、上手く行ったぞ』

『魔法の形成を行う、だと……何者だ?』


次の瞬間、魔方陣が一際強く輝いたと思うと、天高く光の帯が吸い込まれていく。

……俺にもわかる。新しい魔法が誕生したのだ。

記念すべき一瞬であり、魔法の作り方を理解したという意味では狂喜乱舞すべきなのだろう。

だが、そうするには少しばかり不安が大きすぎる。


『さて、始めるか』

「……ま、待て、何をする気だ!?」


『……召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』


……ファイブレス、だと!?


次の瞬間、俺の中から何かが飛び出してくる。

肉体が傷つく訳ではない。

だが、それと共に俺の中から魔力が持っていかれる。

……っ、目が回る!?

そう、これ以上少しでも魔力を使えば即座に気絶してしまいそうなほどに!


『ふははははは!我、復活せり!火竜ファイブレス、復活せり!』

「……そうか、竜は魔力の塊。そして魔剣スティールソードは……」


なんて事だ。

俺はどうやら、あの雪山での戦いの時に火竜の魔力を吸い取りすぎたようだ。

あの竜から吸い取った魔力と共に、人格をも吸い取ってしまったようだ。

恐らくあの時から、ずっと俺の中で潜伏していたのだろう。

そして、この千載一遇の機会に己を復活させる魔法を作り上げたと。

流石は魔法の制限者。並の人間より詳しいって訳かよ!

……魔方陣にはマナさんをはじめとして沢山の人から魔力が集められていたようだ。

その魔力をもって復活を目論んだというのか。


……結界山脈の火竜、ファイブレス!


……ふと気が付くと、俺達の眼前に何かの影が。

やられたな、まさかこんな裏技があるとは……ん?


『ふはははは!久々の実体だ……我が竜としての一生の内ほんの一瞬とは言え……長かったぞ!』

『嘘を付くな』

「……何故に馬?」


『ふははははは……うま?』


間の抜けた声を出し、目を下へと向けるファイブレス……を名乗る馬。


そう、そこに居たのは何処から見ても馬だった。

巨体の赤い体。赤兎馬か松風と比べられそうな頑強そうな馬体。

眼光も鋭く確かに凄まじい存在感だ。……馬としては。

ただ、何処からどう見てもその姿は竜には見えない。


『何故……何故だ、何故に我が姿は馬なのだ』


『……本当に彼の火竜なのか?』

「ああ。声からすると間違いないが……何故だ?」


不思議な事もあるもんだ。

ファイブレスの復活も凄いが、それが馬になってしまっているのもまた凄い。


「……魔力不足だよー」


ボコリと床の一部が抜け、そこからアリサが顔を出した。

見ると部屋の外からはアリシアとアリスが走り込んで来ている。

……今日はお供の蟻ん娘も居ないのに、良くここが判ったな?


「レンが離れちゃったから急いでこっちに来たんだよー」

「だいせいかい、です」

「壁に敵が埋まってたのは予想外。排除し続けて疲れたであります」


成る程ね。

ただ、子蟻も無しでレンが離れたのをどうやって知ったのか?等と言う疑問は残る。

……まあいい、俺が考えてどうなるもんでも無い。

今は心強い増援に感謝しておこう。


「さて、じゃあ教えてくれ。ファイブレスに何が起きたんだ?」

『我が身は一体どうなったというのか!?』


「要は、魔法作成には魔法陣の魔力を使ったけど、術の発動には少し足りなかったんだよー」

「……ああ、だから俺の魔力も持っていかれた訳か」


「そういう事ー。んで魔力の不足分を無意識に体のランクダウンをして補ったっぽいね」

『おかしい。この魔方陣は国の地下全体に張り巡らされているようだが?それでも足りぬとは』


「ああ、あたし等があちこちに穴掘ったせいで街中の魔方陣はズタボロだからねー」

「魔力の通る経路が寸断されてるであります」

「だから、ここのしか、うごかない、です」


『……う、うおおおおおおおおっ!?そんな馬鹿な事があってたまるかぁっ!?』


馬の姿のままドタッと倒れて目の幅の涙を流すファイブレス。

何と言うか……ご愁傷様。


「えーと。馬としては最高に素晴らしいぞ?」

『慰めになっておらぬわ人間!……おおおオオおおォ・・・・・・』

『竜ともあろう者が泣くな』


同じ鱗持ちとして情けなくなる気持ちは判らんでも無いが、

腹を蹴り飛ばすなよスケイル。

多分ありえない位落ち込んでるんだと思うから。


「何て言うか……まあそう落ち込むなファイブレス」

『これが落ち込まずに居られるか!?』


違いない。

人に換算すると、目が覚めたら小動物になっていたと言うくらいの衝撃の筈。

……敵ながら哀れすぎて泣けてくるな。


『……何と言う事だ。折角、世界をより不安定にしてまで復活を試みたというのに……』

「魔法の制限者が自分の為に魔法使って良いのかよ」

「それに、魔力が混じったから兄ちゃの下僕と化してるよー」


……はい?


『なん、だと?』

「下僕って……ファイブレスが、俺の?」


「そういう事。あたしと同じー♪」

「うにゃ、ちがうです。あたしたちは、むしろ……きせいちゅう、です」

「あたし等と違い、実体が無いでありますからね」


『その説明ならば俺にも理解できる。魔力を分け与えられた事により眷属となったか』


と言うか、アリサは俺の下僕か何かだったのか?

俺としては家族のつもりだったのだが。

……とか言ってる場合じゃないな。


「つまりだ。この馬は俺の馬と言う事でOK?」

「OKだよー」

『待て待て待て待てーっ!何故に我がこの人間の僕などにならねばならぬ!?』


『事実上の血の契約だ。主に逆らえば待っているのは破滅だぞ?』

「魔力の経路がにいちゃ→ファイブレスの順になってるでありますからね」

「にいちゃが、のぞんだら、まりょくの、きょうきゅう、とめられる、です」


『な、なんだとおおっ!?……いや、冷静に考えてみればそう言う事になってしまうのか……』


成る程な、ようやく俺にも判ったぞ。

今のファイブレスは"俺の使用している魔法"と言う扱いなのだ。

つまり、生殺与奪の権限を俺がもっている訳だな?


『止むをえん。貴様に従おう……ただし、魔法の濫用など仕出かそうものなら』

「しでかそうものなら?」


『命に代えてでも止めてみせる。一度弄られた自然現象を元に戻す手段は確立されておらぬ故』

「……おまえ自身が世界を捻じ曲げたばかりだろうに。偉そうに言うな」


あ、どよーんと黒雲を背中に背負った。


『そ、そうだったな。……助かりたいばかりにとんでもない事を。人間の事を笑えぬわ』

「……なあ、ファイブレス。魔法が増えすぎるとどう拙いんだ?」


この際なので前から気になっていた事を聞いてみる。

確かにやばそうな事は判るが、具体的にどうやばいのかはよく判っていないのだ。


『酷い気候変動が起きたり……現象操作された連鎖反応で、世の中の常識がおかしくなるのだ』

「……気候変動はともかく。常識がおかしくなる、って何だ?」


『そうだな……場合によっては水を火にかけると凍りつくようになる。などの可能性があり得る』

「お湯を沸かそうとすると凍ると言うのか!?」


『そうだ。因みにこれは対火炎用防御魔法が乱造された時、実際に起きた現象だ』


そうか、火を浴びても熱くない。と言う現象が数多用意された結果、

世界そのものに"炎=熱くない、もしくは冷たい"と言う常識が出来てしまった訳か。


例外が増えすぎるとそれが当然になってしまう。

……その結果、奇跡的なバランスで均衡が保たれている自然界がバランスを崩し、

最終的には無茶苦茶になってしまう。

何となく、古代文明が滅んだ理由が見えてきたな。

それがどんなに愚かしい事か判っても、棄てきれない便利さと言う物がある。

古代魔法文明の連中が"魔法の副作用"に気づいた時には既に手遅れだったのだろう。

……成る程、道理で魔法使用を制限するような代物を十重二十重に用意している訳だ。


『ともかく、魔法の使用はやむをえんが作成に関しては出来る限り自重するべきだ』

「まあ、直ぐにどうこうできる代物じゃないしな」


取り合えず、作り方が判った事は僥倖だ。

作る作らないは後で考えよう。


……そうだ。せっかく良い馬が手に入ったんだし、早速有効活用する事にしよう。


「取り合えず地上に上がる。そこで気絶してるマナさんを乗せて行ってくれ」

『ふむ、仕方ない。とりあえず承知した』


『露払いは俺に任せてくれればいい』

「あたしもなぎ倒すであります!」

「……でも、スケイルは、ちじょうのまえで、かえるです」

「上に軍隊が突入したっぽい。ホネホネが凄い勢いでバラバラになってるよー」


軍隊が?

流石に王都の危機に対しては動きが早いな。

まあ、突入のドサクサにまぎれて脱出するか。

宰相に見つかると色んな意味で厄介な事になりそうだしな。

じゃあ早速、


【……待て、そこの者達】


「ん?今度はなんだ?」

「念話(テレパシー)であります。それもかなり強力な奴」

「おくのへやから、です」


何とか一段落したと思ったら、今度は念話かよ?

……よく見れば更に奥へと続く扉がある。

誰か知らないがこの忙しい最中に、面倒を増やさないで欲しい物だが……。


【この牢獄に捕らわれ既に日時の感覚も無い。何とか余をこの中から解き放って欲しい、無論ただとは言わぬ、余が復権した暁には救い出した者達には相応の褒美を与えるだろう。急ぐのだ、正当な王位を継ぐものが居らずしてどうして国が治まろうか?安心せよ。既にあの悪宰相の命運は尽きたようだ。余を縛る魔力は既に無い。後はこの身を縛るこの氷の牢獄を砕きさえすれば余は再び自由となりこのマナリアの正当な王位継承者として建国王の寄り代では無く、このロンバルティア19世として国を順当に治める事となるであろう。つまり何が言いたいかというと簡潔に言えば余の体はこの魔力を帯びた氷の中で年老いる事も無く保管され続ける状態から再び蘇る事となる。だがその為にはこの牢獄から出なければならぬのだがその為には外部からの強い衝撃が居るにも拘らず余のこの身はその内部で眠り続けるしかない状態でありつまりはお前達の協力が必要と言う事になる。何、上司からそれは止められているだろうが心配など不要、余が実権を取り戻した暁には余を救った者達を悪いように扱う筈も無い、さあこの部屋に来るのだ。そしてこの牢獄を破壊するのだ。急げ時は無限にあるわけではない】


「五月蝿ぇええええええっ!」

「長っ、音量でかっ、態度もデカっ!……でも取り合えず行かないと五月蝿そうだよー」

「あたま、くらくら、です」

「取り合えずさっさと出してあげて、あたしらも帰るであります!」


【出してくれるのか?出してくれるのだな見事だ忠臣よ、さあ早くその扉を開け余の体を包むこの忌々しい氷の牢獄を破壊視するのだ。破壊出来ないほどに非力だと言うのなら近くにハンマーが落ちているからそれを使うことを推奨する。かつての五大公爵が一つ風のロストウィンディと余が共に戦って手痛い敗北を喫し余は拘束彼の家は断絶し四大公爵と化してから早幾年。余に味方する物など全く現れなかったがまだ運命は世を見捨てては居なかったと言う事か、いやこれはきっと必然でありここから余の新しい人生と治世が始まるその為にはまず余から王座を奪ったであろう名も知らぬ者より王座を奪い返し、いやその前に何よりそれよりこの氷を砕くのが先か】


「だから五月蝿ぇええええええっ!」

「急ぐであります!主にあたし等の精神的平穏の為であります!」

『俺は席を外した方が良さそうだな……先に撤退する』


脳内に大音量で響き渡る謎の声。

従うには怪しすぎたが頭に響く轟音は痛みにすら変わり、

ただ無視するにも苦痛が大きすぎた。


「くそっ、選択肢に"はい"しかない気分だ!」

「頭が割れるであります!」

「にゃー、うるさい、です」


次第に声は大きくなる。

……このままではいずれまともな思考も出来なくなるだろう。

仕方ない、もうどうにでもなれだ!


【ルーンハイムが余の軍勢に加わってさえくれればそもそも勝利できたのだ。さもなくばマナが加わってくれれば。奴等さえ居てくれればあの超長剣を振るう戦士が居ようとそれで勝敗は決していた筈。宰相に疎まれていた奴が何故向こう側に付いたかは知らぬ、いやマナが欲しかったのであろうな。余が捕らわれた報奨代わりに結ばれたのだと聞いているあの幼女趣味め当時のマナはおよそ12歳だぞ何を考えておるやらと言うかこの国には変人が多すぎるのだ、ああもう余が復権した暁にはそこら辺にもテコ入れを】


「ちょっとは黙れ!頭が割れる!」


扉を蹴破ったその先に見えたのは巨大な氷柱。

その中に静かに目を閉じる人影がある。

見た目の年の頃が15歳くらい。銀髪の女の子だ。

着ているのが装飾の施されたドレスなので、きっと身分ある人物なのだろう。

……しかし長い髪の毛だ。足首まであるんじゃないのかこれ。


【そうだ、それが余である。余こそロンバルティアXIX=グラン=マナリア】

「……ロンバルティア19世!?」


【最早時を数え忘れるほどの時間をこの地下で過ごして来た者だ】

「そう言えば聞いたことがあるな……20年ほど昔、王族の反乱があったとか」


【そうだ。それは余が宰相より自由を手にする為の革命だった】


兄貴が世に出るきっかけとなったとか言う王家の内乱。

その首謀者と言う訳か。

……こんな所でとっ捕まってたとは。


【さあ、余を開放するのだ】

「仕方ない。よし行けアリス!」

「すこーっぷ!」


いい加減厄介事にも飽き飽きなのでアリスを持ち上げぶん投げる。

向こうも以心伝心に慣れたもので、既にスコップを構えていた。

空中を突進する蟻ん娘ロケット。その直撃により分厚い氷にひびが入る。


うん、コレで良い。

これなら後は数分以内にアリスが氷を破壊してくれる事だろう。


「じゃあ俺達はこれで……アリス、後は頼んだ」

「頼まれたであります!」


終わったら逃げる気全開のアリスを残し、俺達は総員戦略的撤退を開始。

何か言われるたびにろくでも無い事が起きるならその前に逃げ出してしまえという訳だな。

上に残した兄貴達も心配だしな。

あの宰相から逃げ切れるかは微妙だが、放ってもおけまい?

せめて向こうも逃がす算段くらい組まないと。


「よし、上に出るぞ……悪いが俺はあまり戦えん、すまないがフォロー頼む」

『ふんっ、馬と成り果てても本質は竜。我が背に乗っている限り負けは無い!』

「委細承知だよー。にいちゃはおばちゃんを落とさないようにだけしておけー」

「ぜんりょくで、いくです」

「あたしにお任せであります!」

「おくすり、もってきたです」

「うしろのけいかいは、あたしがやる、です」

「使い込まれたスコップの恐ろしさをホネ共に味あわせるであります!」

「あたしたちに全てお任せであります!」

「おべんとう、おまちどうさま、です」


なんとも頼もしい妹達+1の声。

……あれ?

何か違和感があるんだけど……まあいいか。


「アリサ、アリシア、アリス……続け!」

「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」


「竜馬ファイブレス、お前の初陣だ!派手に行くぞ!」

『ふん、竜馬か。思ったより悪くは無い呼び名だな……まあいい、お前は背中で見ていろ!』


宰相の呼び出した骨の兵団は、本日の死者すら取り込んで更にその数を増やしていた。

既に宰相の指揮下ですらないのだろう。

まるで本能のままにこちらに向かって……、


『退け、踏み潰すぞ』


ファイブレスの突進で次々と破壊されていく。

凄ぇ、腐っても竜は竜と言う事か!

……これは予定変更だ。

これだけの力があれば再突入できるじゃないか!?


「目標変更。謁見の間だ……続け!」

「兄ちゃ!了解だよー」

「「「「「「「「「「わかった、です!」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「はいであります!」」」」」」」」」」


……。


そして、数多のスケルトン軍団を屠りながらたどり着いたその先。

再びやって来た謁見の間において、俺は、絶句する事になる。


「あは、カルマ君……見てよ。僕、頑張ったんだから……」

「アルシェ……その傷は……」


夜の帳は下りた。月明かりバックに、壁に背を預け座り込むアルシェ。

片腕は折れ、ふくらはぎには食いちぎられたような跡がある。

全身には大小の痣だらけ。

そして、周囲を囲むように広がる血溜まり。

……端的に言えば、致命傷だ。


いや、むしろ健闘した方なのだろう。

刃物は通さないものの衝撃には弱い魔法のレッドコート。

たった一人でこの大軍を相手にする為の守りとしては少々役不足だ。


「あはは、詰めが甘かったよ……骨軍団、じ、術者無しで動き続けるなんて、反則だよね?」

「馬鹿野郎……どうしてそんなになるまで逃げなかったんだよ……」


「んー、むしろ逃げる場所が無かった、かな?でも、良かった。最後にカルマ君に会えてさ」

「何言ってるんだよ!?」


無事な利き腕が力無く俺を呼ぶ。

ファイブレスから飛び降りて駆け寄るが……駄目だ、手の施しようが無い。

せめて魔法が使えれば、と思った矢先に鼻先に差し出された鍵が一つ。


「これ……あの宰相が持っていた鍵だよ。多分コレが……げほっ」

「喋るな!今治してやる、なあに魔法さえ使えればすぐに治癒を使ってやるさ」


忌々しい首枷の鍵穴に受け取った鍵をはめ込み……はめ込み……。

くそっ、急いでいるせいか上手くはまらない!


「アリサ、頼む!」

「にいちゃ……違う!その鍵違うであります!?」

「兄ちゃ!魔封環の鍵じゃないよこれ!」


……なん、だと?

この期に、この期に及んでか!?


「あはは、ごめん、ね……しくじっちゃった、な」

「喋るなアルシェ!」


「小さい頃から、何度も助けてもらって……ようやく一つ返せると思ったのになぁ」

「おいおい、そんなに長く一緒に居た訳でも無いし、助けたのは最近だろう!?何を言ってる?」


まずい、ぞ。

コレは本格的にヤバイ。

……顔から生気が消えかけてる。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』

「はぁ、はぁ。無理、しなくて良いよ?」


ここで無理せず何処で無理をしろって言うんだ!?

俺の封印を解く為にここまで無理させて。どう詫びろと?


……しかし、一回の治癒如きでは集中豪雨に土嚢一個を放り込むようなもの。

生き永らえさせるだけで長時間連続使用の必要があるが……。


「……いちゃ!兄ちゃ!意識飛んでる!」

「ねちゃだめ、です!」

「アリス!れいのもの、まだ、です?」

「うわーーーん!屋敷に泥棒が入ったであります!」

「魔王の蜂蜜種、盗まれてるであります!」

「とりもどせない、ですか?」

「相手があのブラッド司祭であります!」

「がたがたぶるぶる。てむかうと、ころされる、です」

「どろぼうが、ひゃくにんも、いたです」

「あ、あれはむしろ軍隊であります」

「あたしらの情報を渡す事だけは出来なかったでありますよ!」

「……アルシェねえちゃが危ないと判ってさえ居れば非常手段も取れたでありますが!」


くそっ、目が霞む。

アリシアやアリスの姿が凄い勢いでぶれている。

だが、ここで治癒を止めたらアルシェが!


「もう、いいよ?僕の為に無理……しなくても、いい、んだよ……?」

「何で、何で逃げなかった!?宰相を討ち取れたんだったら逃げる事も出来たんじゃないか?」


アルシェが微笑んだ。

けど、笑みに力が無い。

……何と言うか、これが透明な笑みって奴なのか?

痛々しくて、見ていられない。


「最初なら、逃げられた……と思う。けどね、どうしても……カルマ君の、役に……」

「そこまでする義理は無いだろうに!?」


不意に……鉄の味がした。


「……好きだよ。多分子供の頃から。きっと。ずっと」

「おい、おい……このタイミングでの告白とか。ありえないだろ常識的に?」


ファーストキスは、血の味でした、てか?

お約束過ぎて泣けてくるんだけど、本気で。

冗談じゃないぞ?ここまでされて好意を抱かない奴は居ないだろ!?

それなのに、いきなりお別れとか……。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せ……』


認めるかよ!

俺に惚れたって言うなら一緒に居ろよ!

勝手にどこか行くんじゃ……。


「にいちゃ!?顔が真っ青通り越して真っ白であります!」

「しんじゃ、や、です!」

「兄ちゃ!落ち着いて!兄ちゃは半魔法生命体だから使いすぎると気絶じゃ済まないよ!?」

『おい!折角蘇ったというのに我が身も滅びろと言うのか!?止めよ!』


外野が、五月蝿い、な……。

けど、ここで、やめたら、きっと、いっしょう、こうかい、する。

だから……!


「後は私がやる」


何時か感じた暖かい感触。

……何故だろう。とても安心する。


「アルシェは死なせない」

「姉ちゃだ!ルン姉ちゃ!兄ちゃとアルシェ姉ちゃを助けて!」


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』

「ルンねえちゃ!」

「にいちゃ!ねえちゃ来たであります!」

「もういいから!もういいから兄ちゃ!休んでいいから!?」


ああ、そうか……。

じゃあ、やすませてもらうか、な。


……。


≪side ルン≫

行軍を続け、軍が王宮前まで辿り付いていた。そして始まる死闘。

既に戦いは数時間に及び、太陽はとうの昔に山の陰に隠れてしまっている。


……腕の中に居るアリシアちゃんが突然騒ぎ出した。


「ねえちゃ!ねえちゃ!にいちゃ、あぶない、です!」

「……詳しく教えて」


この子達の虫の知らせは本当に精度が高い。

アリシアちゃんがこうだと言えばそれは事実なのだ。

……その力は主に先生の危機に際して発動されるように思う。

故に、今回のこれも事実なのだろう。


だが、その知らせに取り乱してはいけない。

何故ならこの子達の虫の知らせは出来うる限り慎重かつ迅速に行動をすれば、

何とか間に合う状態で私の元に届くからだ。

……もしくは間に合わなくなりそうだから知らせているのかも知れないが。

まあ、何にしてもやる事は一つ。


「先生が危ないなら私が何とかする……詳細を」

「アルシェねえちゃ、しにそう!にいちゃ、まりょくぎれ、でも!ちゆ!つかってる!です!」


「……おちついて」

「はい、です。いそいで、えっけんのま、いくです、ルンねえちゃなら、たすけられる、です」


……成る程、理解した。

先生が魔力を封じられているのは知っている。

魔力の備蓄が無い状態で、治癒の魔法を使い続けているのだろう。

……気絶しかねない魔力枯渇状態で更に魔法を使用し続けていた事例に関する報告書は無い。

何故ならその域に陥るまで意識を保ち続け、詠唱を続けられた例は無いからだ。


だが、もし、その域に達してしまったとしたら?

……考えるだけで恐ろしい。

何が起こるかわからないという事は、当然その対処法も確立されていないという事。

先生をそんな状態に持って行かせる訳には行かない!


「爺、私は謁見の間に急ぐ。……ここは任せる」

「左様ですか。お嬢様もお気を付けて」


馬から飛び降り"強力"を唱える。

私は非力だ。そのせいか強力の効果は薄い。だが、脚力だけは話が別だ。

……元から走るのにだけは自信があった。きっと、強力は割合で強化されるのだろう。

よって私の場合、強力は急ぎの時に脚力を強化する事のみに使う事としている。


「ねえちゃ、あたしもついてく、です!」

「無理。危ない。そもそも付いて来れない」


そう言って私は外壁に昔打ち込んでおいたU字型のくさびを伝い、外壁から城を上っていく。

……子供の頃から何処に行っても奇異の目でしか見られない私は、

こう言う誰にも知られない抜け道ばかりよく知るようになっていた。

だが、まさかこんな形で役立つ時が来ようとは。


屋根を伝い、外壁の縁を進む。

強化された脚力は垂直の壁を左右に蹴りつつ直上に上がるという荒業まで可能にしてくれた。

……コレなら謁見の間までだってすぐに行ける!


「ねえちゃ、はやい、です」


アリシアちゃんが付いてきている。

正直ここまで付いてこれるとは思わなかったが、流石は先生の妹。

もうここまで来た以上、今更帰すのは更に危険。

ひょいと抱きかかえて、数年前に垂らしておいた鎖の梯子を上っていく。

……先生、待ってて……。


……。


そして、換気用の穴から侵入し、陛下の為の隠し部屋と思われる一室に侵入。

ここから先は流石に危ないのでアリシアちゃんをそこに置き、

そこから陛下の寝室を経由して謁見の間に駆け込む。

……そこで私が見たものは、


「にいちゃ!?顔が真っ青通り越して真っ白であります!」
「しんじゃ、や、です!」
「兄ちゃ!落ち着いて!兄ちゃは半魔法生命体だから使いすぎると気絶じゃ済まないよ!?」
「ブルルルルルルルッ!」


顔面蒼白で詠唱を続ける最愛の人の姿だった。

周囲ではアリシアちゃん達が慌てて止めようとしているが……先生があんな事で止まる?

私はそう思わない。

近しい人には基本的に甘いのが先生なのだ。

何故なら、きっと。本当は誰にも嫌われたく無いのだろうから。


……傍から見れば強い人に見える。

けれどよく見れば一皮剥けばとても脆い内面を持つのに気付くだろう。

自分の事を悪党だと自嘲気味に呟いているのを聞いた事もある。

でもそれは、逆に言えば出来れば善人でありたいと言う心のあらわれ。


自分でも気が付いていないかも知れない。

善人で居たいけど、それではやっていけないから汚い事に手を染めて。

けれどそれを認めたら心が壊れてしまうから、納得する為に自分の事を悪人だと思い込んで。

自分を騙す為の嘘を何重にも重ねて生きているただの人……それが先生なんだと思う。


聖俗戦争初頭のあの日。

トレイディアの城門の外で引きつった笑みを浮かべ手を振るわせる先生を見た時、私は直感した。

あの人も本当は何処にでも居る……ただの人なのだと。

ただ、どういう訳かやせ我慢が異常に上手いだけ。

そう思った瞬間、思わず口を開いていた。


……泣かないで。


私は確かにそう言ったのだ。

そして私は先生の心が被った仮面の隙間から、本当の先生を垣間見る事に成功した。

……背中を電流のように走る歓喜。

外れかかった心の仮面に更なる衝撃を与えるべく私は先生を抱き締める。

……大声で泣き出す先生を抱き止めながら、

私は大切な人の一番脆い部分を手中にした喜びで内心踊りださんばかりだった……。


そして、暫しの別れ。

戻ってきた祖国はやはり私には厳しくて。

……けれど、あの人は来てくれた。

私が掴んでいる心の何倍も私の心を捕まえているあの人は、

まるで全てを知っているかのように、私の前に現れたのだ。

手紙が届いた時、私がどれだけ嬉しかったか……恐らく誰も理解できないと思う。


そんな先生が、心底嘆いている。

アルシェの為に命がけで術を唱え続けている。

……私はどうすべきか?


「後は私がやる」


そんな事聞くまでも無い。

先生のやりたい事をそのまま肯定するのが私の役目。

それに、万一このままアルシェが死んでしまったら先生の心の大部分を持って行かれてしまう。

それはずるい。

……そんな風に考えてしまう私だからこそ、近くに普通の感性を持つ人が居なくてはならない。

だから。


「アルシェは死なせない」


先生を安心させるべく一度抱きしめるとアルシェのほうへ向かう。

こんな所で勝ち逃げをさせる訳にはいかない。


……それに、アルシェは……友達だから!


……。


≪side ルーンハイム12世≫

……地の底から無理やり引き上げられたような浮遊感。

良く状況がつかめないため、周囲を見渡すも……視界がおかしい。


「これは、片目が潰されているのであるか」

「フヒヒヒ……どうやら目が覚めましたな公?フャハハハハ!」


耳障りの悪い笑い声が馬車の中に響く。そう、ここは馬車の中だ。

横に居るのは顔色の悪いやせぎすの男。僧服を着ているという事は聖職者だろうか?

……思い出した。神聖教会の異端審問官、ブラッド司祭だ。

確か今はサクリフェスとか言う都市国家を建設中の筈だったが、何故我の所にいるのだろう。


「ヒヒッ……故あってマナリアまで行ったんですが、帰りに貴方がたを拾いまして、ククク」

「助けてもらった訳か。正直宰相の魔法を食らった時は死んだかと思ったのであるが」


「当然死んでいるぞ。ルーンハイムよ、久しいな。余の声を忘れたか?忘れる訳もあるまい。それにしても相変わらずダンディだな、口ひげが良く似合っている、それと男なのだからもう少し髪を短く切り揃えても良いのではないか?肩に届くほど伸ばす必要も無いだろうに。しかし痩せたな、あまり良い物を食って居るまい……まあ今後は関係ないが」

「その足元まで届く銀髪……まさかティア様か!?」


20年前に処刑された筈の方だ。

何故こんな所に居ると言うのか……いや待て。


「我は死んでいるといったな。と言う事はここは冥府か?」

「クククククク……現世です。まあ鏡を見れば良いですよ……ククク……アーッハッハッハ!」


差し出された鏡を覗き込む。

……そこには片目が顔から飛び出、あちこちから骨の覗くアンデットの姿。


「……我は不死者と化したのか!?」

「ケケケケ!そのようですね……アハ、アハ、アハ!」

「済まぬな。謁見の間の直下辺りの庭にお前が落ちていたゆえ、余を迎えに来たと言うこやつ等に回復術の使用を命じたのだが……丁度生死の境であったらしい。そんな事が起こり得るのかと言う疑問はあるが、まあなってしまったものは仕方あるまい。それにしても良く余の存在を知っていたものだなこやつ等は。兎も角これよりこやつ等の街とやらに行く事になった。お前も同行せよ、良いなルーンハイム?なに、一年以内に国には戻れるさ、こやつ等は余に正当な王位を取り戻す手伝いをしてくれると言っておる。その暁にはこやつ等の教義を再びマナリアに流行らせるとの事だ。善意なぞよりずっと信頼できる動機だと思わぬか?」


……相変わらずの早口言葉である。

だが、取り合えずこの方が王都の何処かに捕らわれていたのであろう事は理解した。

まさかあの宰相が反乱を起こした者を生かしておくとはおもわなんだが……事実は事実。


「この姿で家族の元に戻る訳にも行かぬか……承知した」

「うむ、マナには後で手紙でも出せばよいであろう。心配するな、お前の家族にまで危害を加える事はせん。では早速参ろうか。向こうに着いたら余に味方するように促す密書を各家に届けねばならぬ。ルーンハイム家にはお前から余に付くよう命令書を送るのだ、良いな?さて、忙しくなるぞ20年ぶりの書類仕事だ。先ずは文官を集める所から始めねばならぬし……」


……宰相の次は王位継承権を巡る争いか。

暫くは暗闘が続くのであろうが……いずれは本格的な武装闘争に発展するのであろう。


我はいかにすべきか?

既にこの身は死んでいるらしい。

だとしたら……。


ん?ブラッド司祭、何用か?


「ヘヘヘヘヘ……時に公、貴方の屋敷からコレを持ち出させて頂きましたよ、ウフフフフフ」

「魔王の蜂蜜酒?教会が盗賊まがいの事をするか!?」


「ヒャハハハハ!貴方の許可が下りれば良いんですよ?別に構わないでしょう?アハハハハ!」

「……好きにせよ。どうせ最早我に行動の自由など無いのであろう?」


「クヒャ!判りますか?賢い方で助かります!アヒャヒャヒャ!」


そうだ。どう取り繕おうがこの身は不死者と化した。

その存在が広く知られていた宰相でさえ、あまり公的な式典には参加していなかったというのに、

我がどうして表に出られようか?

それにこうなってしまった以上、魔力を定期的に補充せねば存在できまい。

強奪など論外である以上……既に我が行動の自由はこの男達に握られているのだ。

向こうは我が意思を尊重しているように見えるが、その実は決定事項の押し付けでしかない。


だがこのまま滅び、この意思を手放す訳にも行かない。

自我を失おうがこやつ等は我が姿を存分に利用し尽くすだろう。

……マナよ、娘よ。そして義息よ……。

我は暫しこやつ等と共に行く。

……滅ぶべき時と、場所を探しに。


「フフフフフ……これがあれば枢機卿も完全復活できますね…・・・フヒッ、ヒヘヘヘヘへ!」

「大司教クロスの妹か。確か"蘇生"のスペルをわざと減らして意識不明状態で命だけ助かる形の術式にしたとか言っておったな?……ところで大司教はどうしたのだ。いつの間にか妹に位階を追い抜かれておるが?そも、クロスが目を覚ました後で後処理をしてやればよいだろうに?」


「ククク!どちらにせよこの酒は必須なのですよ。大量に口に含んで再詠唱です。フィヒヒヒ!」

「……足りぬ分の魔力をそれで無理やり補うのか。ふむ、悪く無い策だな。だがわざわざ目覚めるまでの時間を短縮する為不完全なスペルで詠唱したのだろう?今までの時間で用意できなかったのか?数ヶ月もあれば流石に探し出せるだろうに」


「ヒャハッ……大司教は行方不明で教団は半壊、此度運良く情報を入手しまして……ヒヘヘヘ」

「ふむ、ふむ……成る程、万一の為に不完全な術を完全にする術は教わっておったのか。で、この状況下では神輿が廃人のままでは困るゆえ完全復活を試みたと?で、その酒を入手するついでに余を救い出そうと王宮に侵入したら余とルーンハイムを見つけ出したとそう言う事か」


「へへへ……そういう事です。貴方の存在は前から掴んでおりましたゆえ……ククククク」


つまり我をアンデット化したのは偶然だったと?

……怪しいものだな。

じっと司祭の目を見つめると、ニヤリとした笑顔が帰ってきた。

そして我の耳元で、


「フフフ、まさか自我が残るとは思いませんでしたよ、ケケケケケケ……」


ふう、これは決まりか。

こやつ等が唱えたのは"治癒"等では無いな。


だが、怒りや不快感を表には出すまい。

……命、いや存在を賭けて動くべきは今この時では無いだろう。


雌伏を決め目を伏せようとしたその時、山の向こうから朝日が差し込んできた。

そして、後ろを振り向くと朝日に照らされた王宮が小さく見える。

……静かなものだ。どうやら骨の軍団は殆ど倒されたのだろう。


「……朝か……たった一日で状況が随分変わったものだな」

「フフフフフ!どうやら祭りは終わりのようですねぇ?アハハハハハハ!」


どうやら次の祭りの準備が既に始まっているようだがな、ハイエナめ。

……とは口に出さず。

我は馬車に揺られ、故国を離れて西へと向かっていったのである。


……そう言えば、この男。

我やマナリア王宮上層部すら知らなかったティア姫の居所をどうして掴んでいたのか?

そんな益も無い事を考えつつ。


……。


***魔法王国シナリオ8 完***

続く



[6980] 40 大混乱後始末記
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/06/23 18:55
幻想立志転生伝

40

***魔法王国シナリオ9 大混乱後始末記***

~むしろ問題は増えるばかり~


≪side リチャード≫

王宮地下から脱出して半月ほど。

僕とレンちゃんは何とか王都まで戻ってきていた。

一時はどうなる事かと思ったけど、リンちゃんが軍を即座に動かしてくれたそうで、

何とか混乱を当日のみで収める事に成功していたらしいね。


……そんな報告が届いたので急いで戻ってきたんだけど……。


「この腐れ父親が!今まで何処をほっつき歩いていたんですの!?」

「仕方ねぇだろ!?そもそも俺は追放されてた身の上なんだしよ!」

「親父、姉ちゃん!二人とも止めるっす!周りが見てるっす!つーか、一体何日続けるっす!?」


リオンズフレア一同は大喧嘩の真っ最中。

……それにしてもライオネル君があの大英雄ライ将軍だったとは。

まあ……僕の憧れを返せと言いたいね、うん。


そして更に問題な事に、


「……お父様の行方はまだ知れない?」

「はい、お嬢様……ですが見つからないと言う事はまだ無事な可能性も御座います」

「そうね~。パパがそう簡単にやられちゃったりはしないわよ~」


「……実の所を言えればどんなに良いか」

「爺?どうかした?」

「その手紙は、何かしら~」


「いえいえ、何でも御座いませんとも」


あろう事かルーンハイム公は行方知れず。

遺体すら見つかっていないのは僥倖なのか不運なのか……。

その上、だ。


「殿下……主だった貴族の内三割とどういう訳か連絡が付かない。領地には居る様だが」

「ラン、現状は極めて危機的だ。各家に緊急援助の要請を送って欲しい」


「そうしたいのだが……こちらの書状を無視している節が。しかもその数が段々増えている」

「何故なんだ……故国の危機だというのに……」


そう、その上に何割かの貴族がこちらとの連絡を絶って来た。

……この中央の混乱を見て、独立でも狙っているのかも知れないね。

意外な事に古来からの忠臣と言われる家のほうにその傾向が強いのが残念だけど……。

今は現実を受け止めるほか無い。


……これはもう、笑うしかない。

しかも、しかもだ。

もう一つばかり話し辛い話題があったりするんだよ。


「ところでラン。カルマ君はどうしているかな?」

「……目が見えなくなっているようだが……それ以外は元気なものだ」


「そう、か……少し彼と話がある。暫く人払いをしてくれないかな」

「判った。……殿下から話すのか?」


まあね。でも仕方ないだろう?

こんな話、他の人間には任せられないよ……。


……。


≪side カルマ≫

……あの謁見の間で気を失って、気付いたら三日経っていた。

アルシェが無事だと聞いた時は心底ほっとした物だが……代償はけして安くなかった。

それから何日もたったが、未だに俺はベッドの上の住人だったりする。


「にいちゃ……目の方はまだ見えないでありますか?」

「いや、光は感じ取れるようになった。……少しづつ回復はしてるな」


あれから暫く目が完全に見えなくなっていたのだ。

……ルンが駆けつけてくれたので助かったが、

あのまま治癒を使用し続けていたらと思うとぞっとする。


まあ、そういう訳で怪我人扱いされた俺は王宮の一室に軟禁状態となっている。

現在は身の回りの世話を殆どアリス達に任せている状態だ。

仕方ないとは言え正直部屋から出られず身動き取れないのは堪える。


……ん?誰か来たな。

ドアが開き、入ってきた足音は……恐らく二人分。


「やあカルマ君。具合はどうかな?」

「その声はリチャードさん……そっちこそ大丈夫なのか」


うっ、と言う声が聞こえた。

恐らく今頃金髪の貴公子は顔を引きつらせているのだろう。

……やはり状況はよくないのか。


「すまない。無神経だったな……」

「いや、事実だからね。状況は最悪、それしか言えないよ。それに……」


……なんだか歯切れが悪いな。

何か言いづらい事でもあるのだろうか?


「……悪いけど、君の指名手配を解除する事が出来なかった」

「……何でだ?」

「それに付いては私から話そう。……指名手配は我が国から出たものでは無かったのだ」


今度はラン公女か。

どう見ても某騎士王としか言いようの無いその顔で、

眉間に皺でも寄せているのだろうか?

……かなり苦々しい口調でそう彼女は言った。


「因みに賞金をかけた相手はトレイディアに居るらしいね」

「つまりだ。懸賞をかけた主でも無い以上、規定に従い賞金の十倍を支払わねばならぬのだが」


「OK判った。とても現状では支払える額じゃないよな」

「……確か金貨五百枚でありましたよね、にいちゃの賞金」


そう、何処の誰かは知らないが俺に対しかけられた賞金額は金貨五百枚。

日本円に換算するとおよそ五億円だ。

ギルドの規定に従い賞金額の十倍を支払えば無罪放免となるが……普通支払える額ではない。

今の俺なら払えない事も無いが……正直そんな事に金を使うのも馬鹿らしい気がする。


何故なら、

誰か知らないが敵は金貨五百枚もの賞金をかけられる相手だ。

またすぐに次の賞金をかけてきてもおかしくない。

……そんないたちごっこは御免なのだ。


「仕方ないさ……で、要するに庇いきれないからどこか消えてくれと言う事か」

「まあ……その通りだね。君を引き渡した賞金でこの難局を乗り切ろうという意見もあるんだ」

「だが、殿下はそれを良しとしない。……このままでは殿下の人望にも悪影響が出かねん」


「……仕方ないよなぁ……じゃあ明日にでもこっそり逃げ出すか」

「了解。移動の準備をするであります」

「済まないね。元をただせば我が国内部の問題だった筈なのに」


いや。ルンが関わった時点で、俺は関わらないという選択肢は消えている。

よってこれは必然と言う物だろう。

……しかし、賞金首か。これからどうするかね?

予定通り傭兵国家に向かうにしても、魔法も使えず目も見えないじゃあ自殺行為だ。


「取り合えず、私達はもう行く……出来れば人の見て居ない隙を見て移動してくれ」

「取り合えず明日までは誰にも手出しさせないよ……この裏の意味を良く考えて欲しい」


ああ、判ってる。

逆に言えば明日には誰か動き出してもおかしくないんだな?

……さて、リチャードさんたちは出て行ったが……。


「アリス、誰か近くに見張りはいるか?」

「怪しいのが三人居るでありますね」


アリスの耳元で囁くと即座に答えが返ってくる。

蟻の情報網は聞いた事に関しては直ぐに情報が入ってくるが、

向こうからのアクションに関しては脆い部分がある事が露呈されつつある。

……まあ、直接の情報収集役はただの蟻だから仕方ない。

人間の僅かばかりの怪しい動きなんぞ、理解できる訳が無いのだ。

当然蟻ん娘の誰かが常に気にしていなければ見落としてしまう事も多い。


……後でそこのところも改善せねばならんだろう。

既に監視対象が増えすぎて蟻ん娘達の手に負えなくなりつつあるのだ。

何匹も居るといっても、ロード一匹で監視できるのは精々数名。

更に商会の仕事とかで人手を取られていると言う事情もある。


そう。既に教会、と言うかシスターだけ見張ってれば良いという状態ではないのだ。

今後を考えると監視対象を絞り込むなりして、アリサ達の負担を軽減する必要がある。

どこか安全な場所に着いたら一度じっくり考えてみよう。


「……取り合えず、アルシェを呼んでくれ。今後の打ち合わせをしたい」

「あいあいさー、であります」


恐らくピコピコとアホ毛を揺らし通信したのだろう。

その後数分もしない内に部屋のドアが開く。


「カルマ君、呼んでるって聞いたけど、どうしたの?」

「……先生、何かあった?」

「よんできた、です。それとルンねえちゃ、ついてきた、です」


どうやらルンも付いてきたようだが……まあ、ちょうどいいか。

出て行くにせよ断りも無しでは、また置いていかれたと騒ぎ出しかねないのが今のルンだ。

話は聞かせてやらねばならんだろう。


「取り合えずドアを閉めてくれ」

「あいあいさー、です」


しっかりとドアと閉めたであろう音がする。

そして、俺の寝ているベッドに腰を降ろす感触が二つほど。


「それで、どうしたのかなカルマ君?」

「ああ……どうやら俺の指名手配、解除出来ないらしいんで逃げる事にした」

「……何で!?」


ルンが両肩を掴んできた。

少し手が振るえているが、きっと顔まで真っ青にしているのだろう。

とは言えこれでは話が進まんな。

……さっさと本題に入るか。


「どうやら、俺に賞金をかけたのは国外の人間らしい。今のマナリアでは解除できんそうだ」

「……酷い」

「僕の分は解除されてる。後カルマ君の賞金でも宰相がかけた分は解除されてるよね」


そうだ。だがそれを考慮に入れてもまだ俺には金貨五百枚分の賞金がかかっている。

一般人にしては一生もの。街一つの予算にもなりかねない大金だ。

今後俺が狙われるのは火を見るより明らかと言うもの。


「まあ、そんな訳で何処に行くかを決めようと思うんだ……悪いけどアルシェには暫く」

「いいよ。ボディガードでしょ?お安い御用。望むところだよ」


だが弱りきっているこの現状では直接傭兵国家に行く訳にも行かない。

向こうは他国の犯罪者でも捕まる事は無いにせよ、無法者の天国らしい。

そんな所に今の俺が行くなど自殺行為以外の何物でもない。


では、肉体が回復するまで何処に居れば良いか?

マナリアに留まるのも危ない。

トレイディアではお尋ね者。

……ではサンドール、と言いたい所だがそうも行かない。


「……にいちゃ、言っとくけどサンドールに滞在するのは危険であります」

「ああ。判ってる……まさか、足元から火を吹くとはな」


実は先日の雪山……ドラゴンキラーの一件の為、

アブドォラ家がフレアさんからの報復を受けていたのだ。

まともな物を納めた筈なのに詐欺師呼ばわりされたアブドォラ氏には災難であったが、

ホルスを通してこちらからの資金援助は行っていたので最悪の事態は避けられると踏んでいた。

……ところが予想以上にリオンズフレアの力は大きく、

あちこちの市場から締め出しを食らったアブドォラ商会は遂に解散を余儀無くされたのである。


そう、あの家潰れちまったんだよこれが!


その後、不安に思ったホルスからの依頼でロードを一匹アブドォラ氏専属で付けていた所、

サンドール王宮に赴き、俺の事を洗いざらい喋ってしまったと言う。


とは言え、既にサンドールの税収のうち二割はカルーマ商会関連からのもの。

……今更それがどうしたと言う事で追い出されてしまったそうだ。


ただ、それを利用しようと言う勢力は居るらしい。

もし俺がサンドールに入ったことが確認できたら捕縛し、

難癖付けて財産の没収を狙っているのだと言う。


俺達の最大の支援者はサンドール下層階級。

それ故に他国の人間である事がばれると、可愛さ余って憎さ百倍にもなりかねない。

意外なほどに足元が脆いのは新興勢力の弱みではあるが、

この際それを言っても仕方が無いと思う。


向こうも今のところ大々的に発表する気は無いようなので、

俺が入国さえしなければ大丈夫だろうが……。

まあ、巨大な不安要素を抱えてしまった訳だな。


因みにホルスは危険を感じ、商会の中枢を別な場所に移している最中だと言う。

既にいつ、財産の没収があるか判らない。

もうサンドールには商売に必要最小限の物しか置いておけないとの事だ。


「俺がサンドール国内に入るのは論外だな……居るだけで恐らくばれるだろ」

「そうでありますね」

「でも、どうするの?商都も傭兵国家も、ここすら駄目だって言うなら行く所無いよ?」

「……酷い」


いざとなったら一生を地下で暮らすのも手なんだけどな。

まあ、まだ行き先はある。

いや、いざと言う時の為に備えておいて本当に良かったと思うよ本当に。


「……隠れ家を作ってある。暫くそこで身を潜めるさ」

「そっか。じゃあそこまで護衛すれば良いんだね」

「…………私も、行く」


え?


「ルン?言っておくが一度行ったら暫く帰って来れないぞ?」

「学院は壊れて無くなった。それに……もう離れたく無い」


気持ちは嬉しいが……行き先は荒野のど真ん中だぞ?

しかも、俺自身行くのは初めて、と来たもんだ。

どんな場所なのか。安心して過ごせるレベルまで完成してるかの確約すら出来ない訳だが。


「……最悪、家出する」

「うわ、覚悟完了してるよルンちゃんってば」

「別に良いと思うでありますよ。お部屋は余ってるでありますし」


アリス、煽るな。

後……ルン、縋り付くな。ほお擦りするな我慢できなくなるからマジでヤバイから頼む!

あ、離れたか……それはそれで……ちっ。


「……先生を守る手段は考えている」

「気合入ってるねルンちゃん……これはもう嫌と言っても付いて来るっぽいよカルマ君?」


……まあ、いいか。

どうせ地下滑り台で移動する訳だし、里帰りは一日で出来る。

……そろそろルンにも地下の秘密を教えても良い頃かも知れんしな。

まあ、マナリア王家にばれた時の為、蟻の事は上手く誤魔化しつつになるだろうが。


「……行き先は大陸最南端、レキ砂漠。そこに俺の隠れ家が建設されている」

「あんな不毛地帯に!?水とかは大丈夫なの?」

「井戸を掘ってるでありますから無問題であります」

「……レキ?……遠い」


だが、彼の地には盗賊はおろか世捨て人すら住んでいない。

場所は広いし、昼は蜃気楼で夜は極寒の上暴風吹き荒れる大地。道に迷う要素もてんこ盛り。

だが……距離と不毛さが最強の防壁となってくれる。これ以上安全な場所もあるまい?


「じゃあ、明日早朝に出立するから用意しておいてくれ……他人に気取られるなよ」

「うん、判った。じゃあ、明日ね!」

「……急いで準備しないと」


ぱたぱたと走っていく足音が二つ。

……そしてドアの閉まる音。

うん。やっぱり見えないってのは不安を煽るものだな。


「やっぱり、目が見えないと不便だな」

「首輪が無いならもっと回復も早いと思うのでありますが」


まあ、そりゃそうだろう。

体の異常は魔力不足によるもの。

……母親が魔法生物な俺特有の栄養失調のような物だ。

とは言え、贅沢は言っていられん。

何時賞金稼ぎが襲って来るかも知れないのだ。


それに、早くこの場を離れたいと言う思いもある。

……今回のマナリア訪問は後手に回って失敗が続いたし。


それにしても、今後このような状態に陥らない為にはどうすればよいのか?


「やはり俺は、安全な所で十分に策を練ってから動くのが性に合っているな」

「へ?身勝手オンリーで好き放題に動くのがにいちゃであります!……じゃ無かったっけ?」

「ううん。ルンねえちゃいわく、ほんとはやさしい、とのこと、です」


うわっ!?

アリシアも居たのか?全然気付かなかったぞ!?


「ふぇ?むしろ場の雰囲気に流されまくりだと思うでありますが?」

「ちがうです。けっこう、せきにんかん、あるです!」


おいおい!……皆して、俺の事をどう思ってるんだよ!?

まあいいけどな。……どの台詞にも思い当たる節があるし……。


「……適当臭い所もあるであります。むしろ行き当たりばったりというべきでありますか?」

「よく、かんがえた、ときは、すごく、けいさんづくで、うごくときも、あるです」


「むしろ怖がりで敵対者にだけは容赦ないとも言えるでありますよね」

「たぶん。とりあえず……きほんは、こもの。ちゅうぼうの、かんがえかた、です」


それにしても今回の反省をするつもりが、周囲からの評価を聞く羽目になっているが……。

うん、気にしない事にしよう。周りの評価なんか気にしてる余裕は無いしな。

……それに、まともに聞いてたら多分俺は凹む。


さ、さて。明日の為に今日は早く寝ようかね?


……。


そして翌朝早朝。

合流地点に選んだのは王都西の平原にそびえる大きな針葉樹の下。

……そこで俺は絶句していた。


「ルーンハイム直属魔道騎兵整列!お嬢様と若を無事に南へ送り届けるのだ!」

「この青山も付いて行きたいのですが……奥様のお世話がありますのでモカとココアを付けます」

「……有難う、皆」


なあルン……この大所帯は何だ?


「……これなら安全」

「目立ちすぎるっての!」


「この戦力なら……目立っても、問題無い」

「……いやまあ、そうかも知れんが……」

「カルマ君。もう秘密裏に移動は無理だから連れてくしか無いよ……」

「と、取り合えず移動にかかった経費は商会から出せるよう言っておくでありますね」

「よそうがい、です」


実に誇らしげに胸を張るルンの頭を小突いておく。

向こうは涙目だが今回ばかりは突っ込みを止めんぞ?


「せんせぇ……酷い」

「アホかあああああっ!」


なあ……何処の世界にこんな大規模な夜逃げがある!?

こちとら世をはばかるお尋ね者だぞ?

魔道騎兵の半数……約五百名が付いて来て、隠密行動なんか出来る訳無いだろうに!


ああ、頭痛い。


「爺に相談したらお母様からアイディアが来た。たまには良い事を言う」

「……悪いがぶん殴って良いか、あの義母?」


悪気が無いとかそういう問題を超越してるんだけどこれは。

あの人、頭悪いんだろうな。そうとしか思えん。

しかも……これじゃあもう地下が使えんな。

このまま普通に地上を行くしか無いじゃないか。


「でも、考えてみれば安全な陣内でゆっくり目の回復を待てるであります……よね?」

「そうとでも思わんとやってられないんだが……」


呆れかえりながらももうどうしようも出来ず、

とりあえず、そのまま旅が始まってしまったわけだ。


道のりは約一ヶ月。やれやれ、どうなる事か……。


……そう言えば、あの地下で出会ったお姫様はどうなったんだろうな?

まあ、もう俺には関係ないと思うけど一応な。


「なあアリス。あのティア姫ってあの後どうなったんだ?」

「んにゃ、あの後暫くしてブラッド司祭が近づいてきたんで、あたしは逃げたであります」


ほほう。それでそれで?

当然監視はしてるんだよな?


「そんで、死んだ公爵のおじちゃんと一緒に連れていかれたであります」

「おいおい、遺体を回収されたのか!?何に使われるか判らんぞ?」


あの神官とは名ばかりのカルト死霊術師の群れに身内の遺体なんぞ渡しておけん。

後で取り返す算段をつけないといかんな。


「実は教団が半壊してから監視対象としての優先順位を下げてたでありますが」

「こんかいの、いっけんで、また、さいじゅうようたーげっとに、ふっかつ、です」

「と言うか、優先順位下げろといった記憶は無いんだが……」


あ、ほっぺた膨らんだ。


「むりいうな、です!いそがしくて、たいへん、です!」

「にいちゃ、あたし等に死ねというでありますか!?」


……ぞ、そうか。俺が悪かった。

そりゃあ確かに色々指示を出しすぎたかも知れん。

流石のお前等も物を考えられる個体の数には限界があるよな……。


「要は、トコロテン方式か」

「はいです。ふるいの、おしだされる、です」

「前に頼まれた優先順位の低そうな仕事は後回しにしたであります」


成る程……これは恐ろしい。

取り合えず神聖教会は絶対に目を離しちゃいけない相手だ。こいつ等もそれはわかってる筈だ。

だが、目先の忙しさに負けたに違いない。


……俺も最近目先の事ばかり考えてたよな。

ファイブレスに無茶な突撃かましたり先生の真似事してみたり……。

少し頭を冷やさねばならないだろう。


『愚かしい事だな。それに仕える羽目になった我が身も相当な阿呆だが』

『しっ!五月蝿いぞファイブレス。取り合えず今は普通の馬のふりしてろよ……』


明らかに周囲から頭一つ抜け出した巨体を誇る竜の化身ファイブレス(馬)のぼやきが聞こえる。

街道をぽっこらぽっこらと進みながらなのでどうにも緊張感に欠けるがな。


「ジーヤ団長。斥候より報告。この先三里までに敵の姿無し」

「同じく後方三里、敵の姿無しです」

「左様か。お嬢様方に不安を感じさせぬように頼む」


……その妙に緊張感漂うやり取りだけで不安が増大するんだけどな。

随時何騎かの斥候が四方八方に散って安全の確認を怠らない。

主君を守る騎士団の姿としてはとても正しいと思うのだが……あんた等一つ忘れてないか?


「……ルンは今現在、絶賛家出中の筈なんだが……しかも当主行方知れずなのに」

「左様ですな若様。ええ、良く存じておりますとも……ですが、一つ訂正があります」


ほう、それは何なんだジーヤさんよ。


「閣下の安否の確認は取れております。閣下ご本人より書状を頂いておりますゆえ」

「……へ?」


ちょっと待て。

確かあの人死んだと聞いたぞ?

しかも蟻ん娘ネットワーク経由で今さっき。


……背中に張り付いているアリスを手元に持ってくる。


『……アリス。公は死んだって言ったよな』

『はいであります……他のあたしが直接確認したであります』


宰相の魔法を食らって死亡した所を、

アルシェと骨との戦いの最中に骨の群れに外に押しやられ、地上に落っこちたと聞いている。

当のアルシェ曰く「かなり悲惨な状態だったと思うよ」だそうだ。


『じゃあ手紙とか言ってるのはどういう意味だ?』

『死んだおじちゃんからあたしがお手紙預かって来たであります!』


そうか、お前がもってきたのか。

しかし流石は公だ。死んでも手紙が出せる……。


「んな訳無いだろうがああああっ!?」

「んにゃあああああ!五月蝿いでありますにいちゃ!」


「確かに行方知れずと言われる閣下よりの書状……おかしいと言われても仕方ありません」

「司祭の馬車の下に張り付いて行って、向こうでおじちゃんから直接渡されたであります!」


それは当然別なアリスなんだろうが……待て、と言う事は奴等の本拠地に一匹居るって事か!?

危なくないのかそれは!?


『元から地下に何匹かは常時駐屯してるでありますから無問題であります』

『何匹も付いてて、なんでこの動きを察知できなかったんだよ……』


『商会のお仕事の方が忙しいでありました』

『ほっとくと、てんいんさんに、しんじゃ、まぎれこむから、そっちのかんし、です』


ひょいと馬に飛び乗ってきたらしいアリシアが補足説明を行う。

そうか。確かに諜報より防諜の方が大事だもんな、うちの場合。

防諜ってのはつまりスパイに対する防御だ。これだけは絶対におろそかに出来ない。


……要するに、仕方ないって事か。


『けど、ブラッド司祭と……意識が無くてもシスターへの監視は怠るな』

『はいです。もう油断しない、とおもう、です』

『もうシスターじゃなくて枢機卿であります。目覚め儀式の準備がされてるし要注意であります』


『え?マジで?邪魔は出来ない?』

『何度もやってるでありますが、遅滞させるのが精一杯でありますね……』


そうか、あの人復活するのか。

嬉しいような恐ろしいような……微妙な気分だな。


……と、そこへ差し出される何か。


「おじちゃんからの手紙であります。……一応覚悟して読んで欲しいであります」

「あまりのこと、だから、いままで、だまってました。ごめんなさい、です」

「若の目はまだ治らないとの事ですので、掻い摘んでご説明いたします」


……どうやら手紙らしい。

死んだ公が寄越した手紙、と言う事は遺書と言う事なのか?

良く判らんが、国内で開けない内容なのは確かだろう。


「お嬢様も……色々とお覚悟を」

「……お母様と青山から聞いてる。爺、心配無用」


ルンの声が震えている?

……これは、一体どう言う事なのか……。


……。


騎馬の隊列は、先ほどと変わらない速度で進み続けている。

良く耳を澄ますと時折車輪の音もある以上、馬車が随伴しているのだろう。

……周囲には蹄と車輪の音しか聞こえない。


そう、皆黙り込むしかなかった。

それだけ手紙の内容は……重かったのだ。


「なあ、ジーヤさん。この事はここに居る五百人全員知って……」

「全員知った上でここにおります」


「要は……ルーンハイム家は第一王女側に立つって事だよな?」

「左様です。現王家に対しては……事実上反旗を翻す事になります」


そこまでは宜しくないにしても……まあ良いと言える。

だがその後にどうしても看過出来ない内容が含まれていた。


「それで……何でルンが勘当されねばならんのだ?」

「それが、お嬢様を反逆者にしない、と申しますかこの内乱から遠ざける唯一の手段でした」

「先生。……勝手だけど……私を、捨てないで……」


心配するなと言う答えの代わりに横の馬に跨って併走していたルンの頭を撫で、

ついでにこっちに抱き寄せて、俺の前に横座りさせておく。

家名を失う?それがどうした。俺だってそんな大層なもの持っては居ないぞ?


むしろ余計な家名とかが付いてこない方が身軽で俺としては助かる部分すらある。

公爵家の人間じゃなくなった?何の問題があるって言うんだ。


「……安心しましたよ若。それでこそお守りする意義があるというもの」

「下手な答えしてたら五百人が一気に敵になってたでありますね?」

「ずるっこい、です」

『まあ、その時は我が身の餌食になるだけだがな……魔法使いの血肉は我が魔力の足しになる』


約一頭不穏な台詞をぶっこいているが、

そうでなくても十分洒落にならない話だったと思う。


……要するにだ。この部隊は俺の護衛ではなくルンの護衛なのだ。

放って置けば反乱軍側に付いた公の代わりに、

ルンは新しい当主としてルーンハイムの旗頭として擁立させられていただろう。

そうしないためには一度マナリアとの繋がりを絶つ必要があった。

……俺に付いていくと言う話は渡りに船だったんだろうな。

その為にわざわざ私有する部隊の半数をも付けて寄越したという訳だ。


……だが、だとすれば疑問が一つ残る。


「けどさ、そうなるとルーンハイムはどうなる?誰か分家が継ぐのか?」

「……お母様が動いてる」


成る程、一時的な当主なのかは知らんが、勇者なら公爵家の当主として問題ないだろう。

まあ、敵対する奴等は公を含めて哀れな気もするが、

こちらとしてはさっさと対岸の火事になってくれた方がありがたいと言うもの。


「今頃……家名断絶を上奏してる筈」

「断絶ウウウウウウウウッ!?」

「……苦渋の、決断で……御座います。……何と不憫な……」


「おばちゃんも、お母さんで奥さんだったでありますよ……」

「パパとはたたかえない。って、いってた、です」

「……上奏後、お母様も国外へ退去。……ルーンハイムは、私の、代で、終わる……」

「取り合えず、北に行かれると聞いております。奥様もお辛いでしょう」


ガクガクと震えだしたルンを抱きしめて落ち着かせようと試みる。

……旦那とも実家とも戦えないのは判るが……少し無責任じゃないのかマナさん!?

いや、家族の事だけで精一杯なのか。

ルンの行き先を考えてくれただけでも上出来なのかもしれない。


「……この爺、既に公爵家に仕えて30年を越えております。まさかこのような……」

「爺、ごめん……」


「ちゅうりつ、まもっただけ、えらいです」

「そうそう。既に国内の三割は向こう側に付いたでありますし」


保守層は意外と多い、と言うことか。

もしくは、いわゆる敬虔な信者って奴だな。


「リチャードさんには伝えたか?」

「まだ、です」

「にいちゃ達の国外脱出が終わってからじゃないと危なくて言えないでありますよ」


まあ確かに、そうなったらそのまま軍に編入されかねない。

じゃあ、後で言うんだな?

それならそれでいいさ。


しかし、公がアンデット化して敵対か……こんなの予想できる訳無いだろうに!

……ただ、あのブラッド司祭の動きを察知できなかったのは失態だ。

商都城門戦、北部都市国家侵攻……。

あの人今までさんざん漁夫の利を掻っ攫い続けてたじゃないか。

現在大陸で一番警戒せねばならない人物を放っておいたのが俺の不覚だ。


それとあのティア姫。

良く考えてみればかなり危険な事を念話で口走っていた。

……本当はさっさと消しておくべき人物だったかも知れない。

本当に余計な問題を増やしてしまったもんだ。


「兎も角トレイディア南部国境までは命に代えてもお送りいたします。急ぎましょう」

「おいおい、南部って……トレイディア国内までは普通に侵入する気か……」

「……商都の軍が、先生を狙っていると言う噂がある」


え?マジで?


「本当であります。数百の部隊がマナリア国境線を超えんばかりの勢いで動いてるで有ります」

『でも、うごき、あたしらにはつつぬけ、です』


それはまた、厄介だな。

……商都の軍には知り合いも多い。

あまり戦いたくは無い連中だ。


交戦を嫌った俺達は敵を避けつつ南へと進んでいった。

そうして一ヶ月ほどの時を、俺は移動に費やしていく。

ゆったりとした時間は視力こそ回復させたものの、

俺はその時間を有効活用出来たのではないかという疑念を捨てきれずに居た。

そして、南部国境まであと僅かと言う所で、

遂に、俺達はトレイディア軍に捕捉されたのである。


南部国境沿いに部隊が展開していた。

明らかに待ち伏せ、と言うか迎え撃つ体制が整っている……。


……。


「ふっふっふっふっふ!いつぞやの借りを返させて貰うぞ。正義はわしにあり!」

「そういう台詞は勝利してから言いませんかタコ団長?」


ちっ、ブルジョアスキーとその副官か。

相変わらずのタコ頭だが現状こちらは不法に国境を越えてきた上に賞金までかけられている。

確かに正義は向こうにあるか。

だが、士気の高さではこちらも負けていない。


「左様か……だが、こちらにもこちらの都合と正義がある。全軍、矢の陣!」

「「「お嬢様達を突破させれば我等の勝利だ!」」」


「ふん。兵数は互角……ならば、わし等はまず鱗陣!後続が来るまで耐え抜くのだ!」

「了解しました。良いご判断です。ところで……腹巻姿では格好付きませんよハゲ」


突撃力の高い陣形同士が真っ向から向かい合う。

一見すると互角に見えるが既に相手は戦闘準備を完了しているようだ。

しかも、こちらの騎兵は衝力で突き崩すのではなく機動力で一撃離脱を信条とするタイプ。

正直な所こちら側の不利は否めない……。


ならばどうする?

いつもなら俺自身が突っ込めばいいと結論付けられるが今回ばかりは自殺行為だ。

今回の場合馬は良くても、俺自身が恐らく致命傷を負う。

陣地の奥で縮こまってるしかないのか……!?


……その時、聞きなれた声が轟く。


「騎士団長!待たれよ!彼等と話がしたいで御座る!」

「む!カタ子爵か……ならばやむをえんな。わし等は敵を通さない事のみ考えよ!」


ブルジョアスキーの軍が横一文字に広がりそこで動きを止める。

そして……彼我の軍の中央に割り込む一人のサムライ。


その名はカタ=クゥラ子爵!

トレイディア次期大公にして事実上のトレイディア軍最高司令官でもある。

そして、またの名を……、


「村正参上!カルマ殿に用が有って参った!通されよ!通さねば力づくで通る!」

「村正!?来てくれたのか!」

「あ、カタ子爵だ!……皆、あの人はカルマ君の戦友だよ!」


アルシェの声に、周囲から歓声が上がる。


「居たかカルマ殿!……ブルジョアスキー、手出し無用で御座るぞ!」

「了解ですな。ま、わし等は義務を果たしたのみ。もう撤収しますぞ」


波が引くようにトレイディア軍が引いていく。

そして、村正はこちらの陣内に相当に急いで馬を走らせてきた。


「はぁ、はぁ……カルマ殿、お久しゅう御座る」

「済まない村正、助かった!」


「全く、もう少しであの蛸にカルマ殿の首を持って行かれる所で御座ったぞ?」

「いや、まあちょっと余裕がなくてな。……国境侵犯は大目に見てくれ」


やれやれと言わんばかりに額に指を押し当てながらゆっくりと村正はやってきた。

そして、


「それは構わんで御座る。拙者たちは友人で御座る故」

「いやあ、マジで悪いな村正」








「そう思うなら……何故拙者を裏切った!?」

「………え?」








神速の抜刀。

相手が相手で気が抜けていた事もあり、それに反応など出来なかった。

いや、妖刀の切れ味の前には多少の回避など無意味だったろう。


兎も角今の俺に判る事はあまり多くない。

それは……。


「せん、せええええええええっ!?」

「か、カタ子爵!?カルマ君に何してるの!?……何してるんだよーっ!?」

「に、にいちゃ?せ、背中から刀……カタナ生えてるでありますよ!?」

「ふぇ?ふぇ?!ふえええええっ!?」

『し、心臓を破られたぞ!?おい、しっかり、しっかりせよ!わが身まで滅ぼす気か!?』


ひとつ。

俺の胸元から背中にかけて、深々と、深々と刀が突き刺さっているという事。

そして。


「なあカルマ殿……何故で御座るか!?何故、何故拙者を裏切るような真似を!?」

「なに、いってるんだ、よ……?」


ふたつ。

俺の胸に刀を突き刺しながら、男泣きに泣く村正の姿が見えると言う事だった。

いったい、何が……どうなって……?


白く染まりつつある視界の中、走馬灯のように今までの事が脳裏を駆け巡る……。

……あ、そうか。


みっつ。

そういや確かに俺、コイツの事、裏切ってた、な……。


……。


≪side 魔法王国のアリシア≫


今日もお城の隠し部屋。


ルンねえちゃが「ここで待ってて」言うからずっと待ってるです。

もう骨も居ないし安全だと思うけど、ねえちゃはまだ迎えに来てくれないです。


昔の王様の内緒のお部屋らしいです。

色んな物が無造作に置かれてるのです。


多分他のアリシアを勘違いして、もう居ないと思ってる可能性高いけど、

ねえちゃは迎えに来ると言ってたので一応まだ待ってるのです。


取り合えず、お仕事休めるので後一週間くらいはここに居るつもりです。

お城の厨房で貰ったお菓子、とってもうまー、です。

牛乳もいっぱい貰ってます。早くおっきくなりたいです。

……まあ、種族的な問題であんまりおっきくはなれないんだけど、気分の問題です。

ぺたんこよりぼよよんのほうが良いです。個人的にはそうです。

取り合えず無理なのはわかってるけど一応試すです。


そして人知れず泣くです。


まあ、それはさておき。

ひまです。

待ってる時間は結構長いです。

お昼寝してもやっぱりひまです。

……だからお部屋の物を色々物色するです。


ごそごそごそ。

えっちいご本がありました。


「じさくどうじんし、***はまじでおれのよめ」


よくわかりません。

それにしても変なご本です。

明らかに人が書いて無いとおかしい所が所々抜け落ちてて……あ、メモ発見。

ふむふむ、にじげん?から女の子を取り出す魔法を作ったらしいです。

……ふむぅ。

とりあえず、この魔法は廃棄です。アリサもそう言ってます。

これがあると色々と現実の女の子がやばそうです。真実の危機です。

メスとしては見過ごせません。


つぎです。ごそごそごそ……。


「こるとしんぐるあくしょんあーみー、れぷりか」


鉄砲です。にいちゃの記憶にありました。

横のご本は弾薬の作り方だそうです。

……これは役立ちそうなので回収。


まだ何かありそうです。家捜しです。

……あ、これ。多分冷蔵庫です。


でも、開かないです。鍵穴があるです。

絶対にいつか開けてやるです。

中身はお菓子だと良いです。凄く良いです。


他にもいろいろ面白そうなものがあるです。

皆を呼んで後で残らず回収です。

どうせ、おたしら以外誰にも読めない文字で書いてるし、

魔法文明には不要なものばかりっぽい。

ちょっと、一冊読んでみるです。


『マジパネェのヤバイ位作ったけど、魔法あればいらねぇ、マジ無駄、マジウゼェ』

「まじぱねぇのやばいくらいつくったけどまほうあればいらねぇまじむだまじうぜぇ」


『偉大な先人様とやら涙目、漏れ最強wwwwwwww』

「いだいなせんじんさまとやらなみだめ……あれ?」


……もれさいきょうだぶりゅーだぶりゅーだぶりゅー……なんぞこれ?

高度すぎて読めないです。きっと凄い暗号に違いないのです!

後でにいちゃの所に持って行って読んでもら……、


……あれ?何か皆が騒がしいです。


「大変だーーーッ!二十年前の第一王女が神聖教団を後ろ盾に挙兵したぞーっ!?」

「き、北の森からシバレリア帝国皇帝なる者より親書が!」

「サンド-ル軍、傭兵国家に侵攻!我が国の傭兵達も引き上げるとの事です!」

「リオンズフレア公爵家、レオ公子が行方不明です!」

「トレイディアよりカルマ殿の引渡し請求がまたきました!」

「マナ様が逐電されたぞーーーーーっ!?こんな時にーーーっ!」

「ルーンハイム、レインフィールドの両家が第一王女側に離反したと報告が!」

「心労で殿下が倒れたぞ!どうすりゃいいんだ!?」


……なんか、大変です。

しょせんは他人事なんだけど、大変そうだなと思うで……他のあたし達が騒いでる?


『アリシアちゃんーーーー!にいちゃが刺されたでありますーーーーっ!』

『みんな、たすけて!たすけれ!にいちゃ、たすけえええええですーーーー!』


……ふぇ?


『にいちゃから、血がどばどばどばどば……誰か、誰か、誰かでありますでありますーーー!』

『うえええええええん!にいちゃ、しんじゃう、です!いや!です!アリサーーーーっ!?』



「ふぇ?…………ふええええええええええええええええっ!?」



……結局、ドタバタしてるだけで何も出来なかったです。

にいちゃの所にはアリサが竜の心臓を持って直接向かったです。

あたしに出来る事は……多分お祈りだけでありますね。


神様は信じないです。

だからにいちゃに祈るです。

……お願いだから助かって、です……。


***魔法王国シナリオ 終了***

続く



[6980] 41 カルマは荒野に消える
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/03 12:08
幻想立志転生伝

40

***建国シナリオ1 カルマは荒野に消える***

~トレイディア南部国境地帯壊滅事件~


≪side カルマ≫

……俺の心臓を貫いていた妖刀が引き抜かれる。


「許せとは言わぬ。ただ、拙者にもこうせざるを得ぬ理由があったのだけは覚えていて欲しい」

「……ばれた、か?」


俺の言葉に僅かに頷く村正。

……俺は再び視界が白く染まりかける中、それをどこか遠い世界のように見ていた。


「カルーマ総帥と同一人物だったとは。しかも、あの戦……貴殿が仕掛けたのであろう?」

「ああ、そうだ。黙ってて、悪、かった」


「あの戦の傷が元で、先日……父が亡くなったで御座る」


そう言って懐から取りだされたのはひと房の髪の毛。

……遺髪か。


「だが、それでも止むをえんと思っていた。父も納得していたで御座る」

「……なっと、く?」


重々しく頷く村正。

ふと、近くの物陰から少しばかり派手気味の意匠が施された僧服姿の男達が現れた。

中華系と言うか……まさしく竜をかたどった金糸の刺繍入りの僧服はかなり豪華に見える。

……その彼等が口を開いた。


「この地は神聖教会の勢力下であったゆえ、我等竜の信徒は地下に潜らざるを得なかった」

「……だが、遂に先日よりトレイディア国教としての活動を開始した所だったのだ」

「その為の犠牲となるのは、大公殿下としてもやぶさかではなかったのです」


竜の信徒か。

……商都を利用できたのは村正達が神聖教団にとっての異教徒であると言う部分が大きい。

彼等としても俺とは上手くやっていけると思ったに違いない。

だが、そうだ。

俺は確かに裏切りを行っていた。


「何故で御座るか!?何故に結界山脈の竜を討ち取ったので御座る!?」


「彼のドラゴンはナーガでは無いにせよ、我等の信仰対象である事は変わらない」

「今少し時があれば、混乱が収まった所でギルドに働きかけ、討伐対象から外せたものを!」

「貴方は子爵様が竜を信仰していた事は知っていた……それなのに、何故ですか?」


とは言え、なあ?

あの時の事を思い起こせば正直不可抗力、なんだが。


「……まあ、最初は……対話で何とかする気だったんだけどな……聞いてくれなかった……」

「そうで御座るか。だがもう遅い。竜の信徒の間でカルマ殿への対応は既に決まったで御座る」


ははは、ルンの事を気にするあまり村正への配慮を忘れてたな。

多分、ファイブレスを倒してからすぐに説明すればどうにかなったのかも知れないが、

流石に放置しすぎた。

……既に向こうは臨戦体勢。話し合いでどうにかなるレベルはとうに過ぎ去っている、か。


それに、段々血の気が……引いて、きてるし……これは……。


『ええい!魔力を体内に回せ!失った心臓の変わりに魔力で血を体内に巡らせるのだ!』


……ファイブレスの言うとおりにしてみる。

だが、いまいち感覚がつかめない。

……そもそも、魔力を体に巡らすってどうやれば良いんだ?


『くっ、止むをえん……こちらでやってやる!お前は……奴をなんとかしろ!』


その瞬間、今まで跨っていた馬の形が崩れ俺の体内に入り込んできた。

……全身に魔力がみなぎる。

竜馬ファイブレスを構成していた魔力が俺自身の魔力として全身を巡りだしたのだ。

……首輪が魔力を感知し、再び魔力を吸い始めるが……それを待っていてやるつもりは無い!


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』


叫びと共に胸元からとめどなく流れていた血は止まる。

……だが、鼓動は聞こえない。

何と言うか、生きているのか死んでいるのか……。

ともかく体の細胞が死ぬ前に心臓をどうにか修復する必要がある。

さもなくば、本当に死んでしまうだろう。


「……先生!?」

「にいちゃ!にいちゃ!」

「大丈夫だ、とは言えないな……心臓が、潰されてる」


「えええええっ!?それでなんで無事なのカルマ君!?」

「くっ……この私が付いていながらこの始末!お嬢様、奴等を討ちます!」

「待つであります……後ろから追撃部隊!それにさっき移動したブルジョアスキーが側面から!」


なんだと!?


「カルマ殿。不意打ちの無礼は詫びる。だが拙者が貴殿に勝利する為には……こうするしか!」


「500名もの騎兵に守られているとお聞きしたゆえ、それ相応の兵を配させて頂いた」

「北よりの追撃隊1500、東より旧騎士団残党500。そして」

「……伏兵、かかってください」


僧服連中の振った旗を合図に、

先ほどブルジョアスキーが阻んでいた道の更に先から土ぼこり。

……南側にも伏兵だと!?しかもこちらとほぼ同数……。

三方から包囲された上、その総数はこちらの五倍だと!?


ははは、おちおち死んでも居られないのか。

この数に押しつぶされたら文字通り全滅だぞ!?

しかも、囲まれた状態では騎兵の持ち味である機動力が生かせないじゃないか!


「まだで御座る!カルマ殿を侮ってはいかんで御座るよ!」


「はっ、ですがそろそろ来る頃かと思うが……西の連中はまだなのか!?」

「傭兵隊の連中は当てにするだけ無駄だな」

「最後の傭兵部隊800名……彼等が来なくては包囲は完成しないのですが」


まだ来るのか!?

ちっ、いっそ魔力が残っているうちに何処かに突っ込んで……!


『無茶は止せ。現有魔力が尽きたら我等は滅ぶ。心臓が修復されるまで治癒を続けるのだ!』

「……動くなって、言うのかよ……」

「にいちゃ、動いちゃ駄目であります!本当に死んじゃうでありますよ!」

「いまは、きず、なおして、です!せめて、ゆうがたまで、もたせる、です!」


最悪地下に逃げれば良い、言外にそう滲ませてアリシア達は言う。

だが、その場合ルンはどうする?一緒に来たメイド達や500名の騎兵達は?

……突然地底、それも魔物の群れに放り込まれて……様々な意味で"無事で済む"と思うのか?


もしくは見捨てろと?

放り出して自分達だけ地下に潜れと!?


……俺の価値観で唯一揺らがない物がある。

味方を見捨てないという物がそれだ。

今回期せずして村正を裏切る事となったが……その報いがこれだよ!

ならばせめて、せめて自ら味方を裏切るような真似はしたく無い。


その都度都合よく生きているんだ。

だったら、ここでも……。


「己の我を……通させてもらう!」


『愚か者がーーーっ!』

「にいちゃ!?だめ!」

「何処行くでありますか!?」


魔力切れは確かに恐ろしい。

故に硬化のみを頼りに敵陣へと向かう。

……向かうべき方向は……南!

数は少なく、しかもこれを抜ければ向こう側は広い荒野だ。


「ルン!魔道騎兵は西にやれ!傭兵連中なら金以上には戦わない筈だ!」

「……判った。信じる」

「カルマ君!?傷は大丈夫なの?」


「……かすり傷だ!……ジーヤさん、皆を頼む!」

「……左様ですか……では、ご武運を」


走りながら振り向いて、ルンに一言言っておく。

村正達の言葉から、傭兵連中はもうここに来ていなければならない時間の筈。

それなのにまだこの戦場に現れていない以上、それ程士気は高くあるまい。


それに。


「カルマ殿が南に向かったで御座る!総員、追うで御座るよ!」

「子爵様、西に向かった者どもはいかがする?」


「……用が有るのはカルマ殿のみ。離れてくれて幸いだったで御座る」


「承知した。では、我等の敵を討ち果たしに行きましょうぞ!」

「敵。……敵……で御座るか」


「……どうしましたか子爵様」

「いや、なんでもない。なんでもないので御座るよ皆……」


……どうやら狙いは当たりか。

連中、俺のほうに一直線に集まって来ていやがる!


「ははっ、これが俺の人生最後の戦闘なのかね?」

『かも知れぬな……我が身はもう諦めた……』


体内から疲れたようなファイブレスの声が響く。


「はっ、意外と諦めが早いんだなファイブレス」

『気付いておらぬのか?治癒をかけても心臓の傷だけは治らぬという事実に』


……気付いているさ。それくらい。

どう考えてもおかしいが……食らったのが妖刀による攻撃、それも致命傷なのが拙かったか?

それとも……妖刀村正を切れ味の良いだけの刀と思ってたが、実は秘められた力でもあったか?

もしくは純粋に心臓部の損傷が大きすぎて治癒が追いついていないのか?


まあ、今更どうでもいい。

……既に終わっているというのなら、それ相応の成すべき事があるだろう?

未来が無いなら、せめて意地と見栄くらい通したいじゃないか。


「じゃあ、行くか?」

『……不本意だが、止むをえん』


右手にスケイルから借り受けたミスリルの曲刀を握り締める。

魔剣が手元に無いのが痛すぎるが止むを得ない。


実は……現状では体に毒でしか無い。そんな風に考えた俺は、

数日前に蟻ん娘に渡してレキにあるという俺の隠れ家に先に送ってしまっていた。

……腕の良い鍛冶屋が来たと聞いて研がせるよう言っておいたのだが……、

まさかこれほど必要な状態に追い込まれるとは思いもしなかった。


出来れば切れ味の良くなったスティールソードも見てみたかったけど、仕方ない。

無いものねだりしてもどうしようもないさ。

……突っ込むぞ!


……。


≪side 村正≫

拙者達は北方よりの追撃部隊と合流し、

一路カルマ殿が突っ込んでいった南方の部隊を援護しに動いている。


まったく、我ながら何をやっているので御座ろう?

あの戦争の事なぞ結果的に我が国の領土が増えたのだから怨む筋合いなど無い。

父の事もそうで御座る。

カルマ殿よりも、むしろ長年仕えて来て裏切った男の方が非難されるべき。

……竜の使徒としては結界山脈の火竜を討たれた事を怒るべきなのであろうが、

未だ賞金のかかっている時点ならば、冒険者が討ち果たさんとするは必然。

そも、竜ともあろうものが人間に討ち果たされる事自体がおかしいので御座る。


ただ、周りはそう思ってくれなかったで御座る。

せっかく世に出たばかりで本拠地近くの信仰対象を破壊された信徒達の怒りは物凄く、

所詮パトロンでしかない拙者には止める術が無かったで御座るよ。

おりしもそこにやって来たサンドールの老人から、カルマ殿の秘密を聞かされた。

流石の拙者も動揺せざるを得なかったで御座る。


しかし……拙者が信じてやらずに誰が信じるというので御座ろう。

一体どういうことなのか?

そう、迷っている内に気が付けば……討伐が決まってしまっていた。


こうなってしまうと、もう拙者では止められない。

竜の信仰者として、カルマ殿を倒す算段をつけねばならなくなったで御座る。

……だが、正面からでは倒せる気がしない。


故に、不意を付かねばならなかった。

そして、それが為に……カルマ殿の弁解を聞くことが出来なかったで御座る。

……迷いは、太刀筋を鈍らせるゆえ。


それに、拙者……正直言って羨ましかったので御座る。

竜をも打ち倒すというその力。

そしてもう一つ。



奥方が二人も居るというそのモテっぷりが!



リチャード殿にも美しい婚約者がおられるそうで御座るし、

あのライオネル殿に至っては、娘や息子まで居ると言うでは御座らんか!


それなのに、何故に拙者にだけ可愛い嫁がおらんので御座るか!?

正直信じられないので御座る!嫁が欲しいで御座るよ!


……いや、拙者にも言い寄ってくる娘くらい居るで御座るが……。

どいつもこいつも金狙いの亡者や、人とは名ばかりの異形の群れで御座る故、

正直話を聞いた時に殺意が沸いたので御座る!


異論は認めないでござるよ!?


まあ、そんな訳で卑怯な手を使っているで御座るが……拙者は一体何をやっているのか?

冷静になって考えてみると数を頼りにした、いじめ以外の何ものでもないで御座る。

これが拙者の望んだ事なのか……。

いやいや、既にサイは投げられてしまったで御座る。

どういう結果にせよ突き進むしかない。


「取り囲むで御座る!弓矢や刃物は効かぬ故……槌や金棒で叩き潰すので御座る!」


「囲め!半端な攻撃では返り討ちになるだけだ!」

「波状攻撃、一人二人やられても三人四人と立て続けに行け!休ませるな!」

「結界山脈の竜の仇を討ってください!褒美は弾みます!」


たった一人に対し二千人を越える兵士が群がっていく。

……その浅ましさに反吐が出そうになるで御座るよ。


「先陣が敵と接触……弾き飛ばされました!」

「当然で御座るな。構わず第二派突入!」


先陣を申し付けた追撃部隊の足止め用騎兵隊が突っ込んで行くで御座るが、

即座に弾き返され、後続部隊の足蹴にされて行くで御座る。

だが、避けてやる時間は無い。

悪いが踏み潰されるで御座るよ。


……カルマ殿に時間を与えるほど愚かしい事は無いので御座る。

彼の御仁の真の恐ろしさはあの強化された身体能力でも多彩な魔法でもない。

……あの嫌になる程に回る脳味噌なので御座る。

当初ただの貧民でしかなかったかの御仁がここまでの存在になれたのは、

間違いなくその脳味噌をフル回転させてきたから。


胸板に大穴空けた位では、きっとすぐに持ち直してしまうで御座る。

それ故に、拙者は……こう言わねばならぬ。


「四肢を寸断せよ!全身を細切れにしてはらわたを食いつくし、二度と生き返れぬようにせよ!」


「勝利は我等の背にあり!」

「竜の神のご加護を!」

「敵はたった一人!慌てず騒がず着実に始末してください!」


……この瞬間より拙者は極悪非道の外道と成り果て申した。

友と呼んだ男に対しこの仕打ち。

正直、神聖教会の事を断ずる資格など無いで御座るな。

果たしてこの所業、竜の神はどうお考えなのやら……。


……。


「おおおおおおおおおっ!」

「ぐああああっ!?」
「ひでぶぅうううっ!」
「ぐふっ!」


「ちっ!つづけ、つづけ!休ませるな!」

「かかれ!かかれ!かかれ!」

「その首落とせば、一生遊んで暮らせらぁ!」


戦闘開始からどれだけ経過したのか……。

拙者達は開始当初の位置から一歩も動かずに事の成り行きをただ見守るだけで御座った。

いや、むしろ動けぬのか。


カルマ殿の剣が宙を斬るたび、屍が無残に量産されていく。

ある者は胴を薙ぎ払われ、またあるものは首と胴体が泣き別れになり。

またあるものは一刀両断に左右の半身を寸断されていく。

……所詮は雑兵。彼の御仁の相手には不足過ぎる。

既にカルマ殿は己の作り上げた屍の山の上に立っている状況で御座る。


「ば、化け物か……」

「竜を屠るほどの怪物。これぐらい当然だろう」

「死傷者は恐らく二百はくだりません。いかがしますか」


よく言うで御座るよ説法師殿。

引くと言う選択肢は選ばせてもらえんので御座ろうに。


……危険を感じるといち早く逃げ、危機が去るといの一番にやってきて都合の良い事を口にする。

此度も戦争終結と共にやってきて我が物顔をして居るで御座る。


拙者、竜の神は信仰しておるが貴殿等は全く信用しておらぬ。

そもそも竜の神信仰が廃れたのも、おぬし等のようなもののせいではないのか?



「どうしましたか子爵様……敵はまだ健在、ご指示を」

「う、む……心臓は確かに潰したで御座る。今はカルマ殿の魔力切れを待つで御座る」


乗っていた馬が消えた所を見るとあれも彼の御仁の魔法の一種なので御座ろうか?

どちらにせよ心臓が潰れた音は聞いた故、命の灯は消えた筈。

後は肉体を動かしている魔力が尽きれば……カルマ殿は、滅びる。


拙者達はそれを見ているだけで良いので御座る。

そう、ここで黙って立っていれば、それだけで全て終わるで御座るよ……。


……。


≪side カルマ≫

頭上から降りかかってきた剣が鉄の皮膚に弾かれ空しく俺の体を逸れていく。

……やはり俺の戦いはこうでないといけない。

どんなに囲まれようが一度にかかれる人数には限りがある。

ならば、戦いようはあるというものだ。


軽い攻撃は弾き、重い攻撃のみを選んで避けていく。

そして武器を振り下ろし無防備となった敵に刃を突きつける……!


次々と襲い掛かる敵兵を文字通り薙ぎ倒しながら、俺は囲みを食い破ろうと必死だった。

とは言え、もう無理かも知れんな。何故なら……。


……そこに体内より声がかかる。


『おい。今お前の体は心臓を失い、代わりに魔力で無理やり血を巡らしている』


判っているファイブレス。

……もう、その肝心の魔力が残り少ないんだろう?


『判っているな?お前は首の魔封環に魔力を吸い取られ続け、どう足掻こうと消耗は激しい』

『……魔力切れまでに囲み、食い破れそうか?』


『無理だ。我が身を竜馬として使えばあるいは……だがそれではお前の命が既に無かったろう』

『倒しても倒しても、既にその外側に新たな包囲が出来てるからな……』


考えている間にも次の相手が向かってきた。

……おっと、スレッジハンマーは流石にまずい。

切り倒した男の持っていた丸盾をフリスビーのように投げつけ、ひるんだ所に剣を突き立てる。


既に足元は死体と血で埋まり、既に積み重なった屍の上に立って戦い続けている状態だ。

かなりの脱走者も出ているようだが、それでも全く動じない連中も居る。

くそっ、これだから狂信者は始末におえん!


「新鮮な肉だーーーっ!」

「お前がなーーーーっ!」


そして、次の男の鉈を回避してその頭部を鼻から上より斬り飛ばし……ああっ!?


「あ、アイツ……剣が折れたぞ!」

「これは勝った!」

「手柄は頂いたーーー!」


酷使に耐えかねたのか、ミスリルの曲刀は柄の所から折れ、遥か彼方に飛んでいく。

やむなく俺は残った柄を敵に投げつけると、両の拳を硬く握り締めた。


いや、それだけでは無いな。片腕が上がらない?

……そうか、遂に魔力が全身に回らなくなったか……。


『牙が折れたか……で、後は徒手空拳か?体が何時まで動くやら』

「肉片の一つでも動き続けるなら俺の勝ちだ」


とは言え、もう少しでその肉片一つすら動かなくなりそうなんだが……。


……全身を巡る魔力の流れ。

今までそれはザンマの指輪を介してしか判らなかったが、

今はファイブレスを通して俺自身の感覚として理解できる。


だが、それ故に判るのだ。

俺の体内を体液のように巡るその魔力が、明らかな速度で減り続けているのが。

それはまさにストローで吸い取られるが如く。ゆっくりと、だが確実に。


それはむしろ燃料の消費といっても良い。

もしくは電池の消耗か?

何にせよ、それが尽きる時俺は滅ぶ。

そして、既に距離的にも敵戦力的にも既に逃れる事は不可能だ。

なにせ俺の周囲には蟻ん娘一匹すら居ないのだから。


……自分の死のカウントダウンが始まった。

そのカウントを秒単位で自ら理解できる。その恐怖を誰が想像できるだろうか?


それから逃れる方法はただ一つ。


「かかって来い!……死を恐れぬのならな!」

『はっ、死の恐怖を逃れる為に吐いている台詞とは思えんな……』


今、この瞬間の戦いに没頭する。

そう、それだけだった……。


……。


≪side 村正≫


「何故、何故……まだ戦うので御座るか!?」


既にどれだけの兵が犠牲になったのか……。

まさに山となったその屍の山の上、カルマ殿はまだ戦い続けている。

襲い掛かる兵から武器を奪い、その肉体を盾にしつつ。


だが無傷ではない。片腕はだらしなく垂れ、全身に切り傷や痣を作っているで御座る。

……既に硬化を使っていられなくなったので御座ろう。

当然傷を治す余裕もあるわけが無い。


「終わりですな」

「しかし見事。流石は聖俗戦争の英雄……」

「……しかし粘るものですね。見てください、遂に噛みつきまで使い始めましたよ」


最早見ていられないで御座る……。

思わずその惨状から目を逸らした拙者を誰が責められる?


「どうされたか?」

「子爵様……配下の犠牲に心を痛められたか」

「心配は要りません。彼も流石にもうじき倒れますよ」


そして、その為に起こった事を。

拙者は責められる訳が無いので御座るよ。


「そうお前等が望むなら……」

「「「「え?」」」」


目を逸らした拙者を説法師達が覗き込んだその瞬間。

……カルマ殿は拙者達の目の前に、


「……俺は絶対に倒れてやらねええええええええっ!」


「うげっ!?」「ぎゃはっ!?」

「ひ、ひいいいいいいっ……!」


カルマ殿は拙者達の目の前に突然現れ……三人居た説法師のうち二人までを一息に突き殺した!


「……はぁ、はぁ……ちっ、加速でもこれが精一杯、か」

『万策尽きたな。まあ……名は残るか』


「……これが、カルマ殿の切り札で御座るか……」


眼前遥か先の配下達は、突然消えたカルマ殿を探して右往左往しているで御座る。

恐らく最後の力を振り絞っての瞬間移動……。

どうやら最後まで勝負を捨てておらぬので御座るな、カルマ殿?


「最後は一騎討ちのようで御座るか」

「まあ、こっちは虎の子使い切って……虫の息、だけどな」


その通りでござろう。既に立っているのが精一杯の筈。

ここまで来ると、早く楽にしてやるのが情けと言うもので御座ろう。

妖刀村正よ……望まぬ相手で御座るが


『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』

「……なっ!?」


『衝撃!(インパクトウェーブ)』

「ぐはあっ!?」


背後より襲来した不可視の衝撃が拙者を貫く。

……これは、ルン殿!?

確か部隊と共に西へ向かった筈だが……。


「一体、どうしてここに!?」


「お久しぶり子爵様。西に居た陣の後始末してる傭兵仲間に聞いたんだよ」

「……本国が攻められたから全員戻って来いって話であります」

「ようへいこっかに、サンドール、せめてきた、です」


……馬鹿な!?

傭兵国家に何の価値があると……ああ、サンドールなら止むを得まい。

あの国からしたら緑が育つ大地と言うだけで魅力的なので御座ろう。

しかし、その為に契約中の部隊まで引き上げるかビリー・ヤード!?


「私から先生を奪う……皆……殺す……!」

「ルン殿。落ち着いて……いられる訳も無いで御座るな、当然で……」


あ、今気付いたで御座るが……ルン殿の目に光が無いで御座る!?

出会った時からカルマ殿が居ないと酒場の隅で常にいじけている様な娘で御座ったが……。

……心の病気が進行しておらぬか!?


「あーあ、知らないよ?こうなったルンちゃんは誰にも止められない。僕も止める気は無いし」

「やっと……幸せに、なれると……!」


ルン殿は何時血の涙を流してもおかしくないような暗雲を背負っているで御座る。

それに反して感情の感じられない無表情。

だというのに怒りが弾け飛びそうな程高まっているのが一目で判るで御座るよ。


……両の腕を突き上げた?

魔法の詠唱で御座るかルン殿。

だが、隙が大きい……逃げるのも容易いで御座るよ?

流石にルン殿の命まで奪おうとは思わぬゆえ、ここはさっさと引くで……む?


『我、星の海より水を掬う』


一瞬、世界が振動したような不思議な感覚。


『汲み上げるは天の川。溢れ、零れてこの地に落ちる』


更に衝撃。

大気が震えたような気がするで御座る。


『されど、その一滴は象より重く』


頭上よりの光。

思わず見上げたその先には、光で形作られた天を埋め尽くす巨大な魔方陣。


『降り注ぐ驟雨は災厄の日を産み落とさん』


魔法陣の放つ光はその強さを増し、更に七色に染まる。

……これから何が起こるというのか……。


『審判の日よ、我が呼び声に応え今ここに来たれ!』


不覚にも、逃げるのも忘れ。

拙者は空を、見上げていた。


『星空よ、降り注げ!……流星雨召喚!(メテオスウォーム)』


そして、その言葉と共に。

……終末が……。


……。


≪side アリサ≫

兄ちゃが殺された……そんなあってはならない情報が耳に入ってきた瞬間、

あたしは取るもの取り合えず走り出していた。

今の兄ちゃが心臓潰されたりしたら、本当に死んでしまうよー!?


魔力を失い弱りきった体。

その上で肉体を破壊されたりしたら……最早"治癒"でも再生不可能だ。

兄ちゃは半魔法生命体。その肉体の半分は魔力そのもの。

現在は魔力的"飢餓状態"であり、

その肉体を構成する魔力を少しづつ分解して辛うじて生命活動を維持している。


まったく、間が悪いなんて生易しい問題じゃない。

……こっちまで無事で来てくれたら、何とかする準備は整ってたのに!



兄ちゃを助ける方法は既にただ一つ。

代わりの心臓を用意する事。

ここに……本当は新しい魔法を作るための媒体にするつもりだった"竜の心臓"の宝石がある。

これを心臓型に戻し、代わりの心臓として兄ちゃに埋め込む。

人の心臓とするには少し大きいと思うけど、もうこれしか手は無い……!


だからあたしは地下道を走る。

出口は近くの子に開けさせている所だ、そちらの心配は要らないと思う。


だから!走れあたしの足、動けあたしの体!

もっと早く!もっと力強く!


兄ちゃが居なくなったらあたし達に"戦略"を与えてくれる人は居なくなる。

人間の恐ろしさはおかーさんの時代で嫌と言うほど味わった。

だから、兄ちゃんが居なくなるとここまで復権した我が一族の繁栄も再び無になりかねない。

兄ちゃはあたしらの脳味噌。強いて言うなら王様蟻。

そして首の取れた生き物に未来なんて無い。


だから走れ!

後ろから付いてくる大型兵隊蟻たちを引き離すくらいに!

間に合え!

兄ちゃの魔力が尽きる前に、たどり着くんだーーーーーっ!


……。


いきが、きれる。……足が吊りそう。

けど、けど……間に合った!


兄ちゃの存在を感じる。

まだ、まだ間に合う!


「むっ、があああああああっ!」


もうばれても構わないやとジャンプした。

地中から地面を突き破り兄ちゃの元に走る。

妙にでこぼこで走りづらい荒地を全力疾走し……見つけた!


「兄ちゃああああああああっ!新しい心臓だよーっ!」


本当に生きているのかも判らないような兄ちゃの惨状。

けど、まだ生きている。

それが実感できるうちは諦める余地なんか無い!


「こねくとーーーーーっ!」


宝石を兄ちゃの胸元に開いた大きな傷に叩き込む。

すると宝石は自らの意思があるかのように兄ちゃの体内に潜り込んでいく。


それは……つまり、間に合ったって事。


「兄ちゃー、兄ちゃー!」

「うぐっ……はぁ、はぁ……助かった、のか?」

『そのようだ。我が身も信じられぬ。随分前に魔力は完全に切れたはずなのだが』


え?だとすると、誰かが兄ちゃに魔力を供給してくれたって事?

でも、そのやり方知ってる人間なんて居たっけ?


『人の子?もう数時間も右往左往しておるよ。こやつを見つけ出せてもいないようだな』

「なのに、何で魔力補給されてるのさー?」


ま、兄ちゃが生きてるならそれに越した事無いよねー。

良くわかんないけど奇跡に感謝だね。

……おや?


「今、パキリって音がしたよ?」

「ん?ああっ!首の魔封環が割れてるぞ!?」

『ふっ、我が心臓だぞ?竜の心臓より溢れる魔力にそんな首輪が耐えられる訳が無い』


兄ちゃを散々苦しめた首輪が非常にあっさりと地面に落ちた。

……そう思うとムカっとしたので蹴っ飛ばしとく。


「は、ははははは……やれやれ、一時はどうなる事かと……あ」

『……しかし、この惨状は……』

「ふぇ?……あれええええええっ!?」


何か知らないけど、回りは一面穴ぼこだらけ。

人間の手足があちこち飛び散って酷い状態だよー?


それも見渡す限り穴ぼこボコボコのクレーターだらけ。

……ここら辺ってこんな地形だったっけ。


……うにゃ?何か、いきなり暗い……影?


「せんせええええええええっ!?」

「ぶにゃ!?」


いきなり弾き飛ばされた!

……ってルン姉ちゃ!?

びっくらしたなあ、もう。


「……うぐ……ひっく」

「ルン。泣くなってば……」


いや、兄ちゃ……そりゃあ泣くしか無いでしょ。

ルン姉ちゃ、お家もおとーさんも失くしてさ。

これで兄ちゃまで居なくなったら死ぬよ?最悪壊れるよ?

どんだけ依存されてるか、そろそろ自覚しとけー。


「先生……良かった」

「探してくれてたのか?まあ、もう安心だ。傷の方はアリサが何とかしてくれたからな」


「ん。……でも、お母様から最後に教わった魔法を使ったら……こんな……」

「これ、ルン姉ちゃが原因かー!」


街中で使ったら絶対町一つ吹っ飛ぶ威力じゃないかなこれ。

見渡す限り地獄絵図なんだけど。

……あ、ずっと先で騎兵さん達が待機してる。流石に逃げるよねこれじゃあ。

そういや、うちの子達は……近くで目を回してるか。

ちょっと迎えに……と。


「目ぇー、覚ませー」

「きゅう」「みゅう」


あ、居た。クレーターの脇でピクピクしてる。

良く生きてたねぇ。偉い偉い。

取り合えず生きていた事に感謝しつつアリシアとアリスを蹴り起こしておく。


やれやれ、とりあえずどうにかなったのかなー?

……そうでもないか。

まだ、害虫が生き残ってるみたいだし。


……。



≪side カルマ≫

首輪が取れて軽くなった首を回してボキボキと鳴らしてみる。

うん、久々に気分爽快な気分だな。


『しかし、人の身でよく我が心臓を取り込めたものだな』

『まあ、日ごろの行いが悪いからじゃないのか?』


日ごろの行いが良い奴じゃあ、そもそもこんな目に遭わないだろうし。

……ってアリサ、何処見てるんだ?

あの瓦礫の下に何か……あ、崩れた!


「く、くっ……まさかこんな隠し玉があるなんて思いもよりませんでしたよ」


あれは、村正と一緒に居た説法師とか言う連中の生き残りじゃないか。

龍の信徒で宣教師役を勤める連中だ。

正直宗教関係者というだけで、俺としてはお近づきになりたくない人種ではある。


そう言えば僧服がボロボロになってるな。良く生き延びたもんだよこの人も。

俺としてはその姿のほうが好感が持てるがなぁ……。


まあ無理か。

そんな己の姿を見て、こめかみに井桁浮かべてやがる。

元々商都で匿われてたんだろうし、絶対こいつ等も贅沢に慣れた生臭坊主だ。

こっちを殺気の篭った視線で睨みつけてやがるし、また敵を作ったっぽいな……。

ああ嫌だ嫌だ。


「許しませんよ貴方だけは!」

「やかましい、文句あるならかかって来い!」


悪いがこっちは既に全盛期以上の力を持ってるんだぞ?

たった一人で何が出来ると……。


『竜の神よ、おいで下さい!』

「なっ!?あれは竜の心臓!」


説法師は懐から宝石……竜の心臓を取り出し胸元に掲げ、

……何故かハンマーでぶっ叩きだした!?


『うおおおおおおっ!?何するのだ貴様!それはアイブレスの心臓ではないか!?』

「アイブレス……あー、氷の竜だ。数百年前に死んだ奴かー」

「いや待てアリサ。何で竜の信者が竜の心臓を破壊しようとしてるんだ!?」


ガンガンと音が鳴る。


良く見ると幾度と無く叩き続けられたのであろう。

説法師の手にある心臓には表面に傷が幾つも付いている。

……しかし、それに一体何の意味があるのか?


「ねぇ。カルマ君……」

「どうしたアルシェ?」


「遠くの空から、何か来るっぽいよ?」

「何?」


指差された方角を見てみるも、別段何も居ないじゃ、

あ、言われて見れば豆粒のように何か……。


『ら、ライブレス!?生きておったのか!?』

「また竜か!ライブレス……雷竜か?」

「うにゃ、正確に言えば中華系ドラゴン、雷のライブレスだよー」


天を舞う竜の威容。

雷竜の名の通り全身を帯電させつつ、蛇のようなその身をくねらせながらこちらに近づいてくる。


「ははは、ははははは!さあ見なさい!あれこそが竜の神!正宗様です!」

「……文字通りの守り神って訳か。……厄介な」

『守り神だと?ふん、笑わせてくれる。物は言いようだな』


物は言いよう?どういう事だファイブレス。


『カルマよ。あれだけの存在を背後に背負いながら、連中が衰退したのは何故だと思う?』

『さあな、まあ人の手で制御できる存在じゃないだろうって事がミソか?』


『そうだ。奴等は以前……』


ほうほう。

つまりだ、連中は元々氷竜アイブレスを打倒した冒険者の子孫な訳か。

んで……仲間の敵討ちに来た雷竜ライブレスを、氷竜の心臓を人質にして従わせたと。

守護神とか言いつつ、勢力拡大のため好き放題に利用してた訳な?

そして数百年。いつの間にか当初の事実は忘れられ本当の信仰対象になっている、か。


因みにファイブレスは人質取られるのが判ったからあだ討ちは止めたと言う。


『いや待て、本当の信仰対象になったんだったら、心臓返してやらなかったのか?』

『その頃には既に古代語を扱えるものなどおるまい?それで、だ』


ああ、なるほど。氷竜の心臓はその頃には龍召喚アイテム扱いだった訳か。

連中も呼べば来てくれる守り神が、

実は人質取られて殺意を押し殺しながら従ってるだけなんて思いもしなかったろうなぁ。

んで、何で滅んだんだ?


『決まっておる。ライブレスが遂にキレたのだ。そして狂った神とその信徒との戦が始まった』

『同士討ちですね判ります』


『そして……その結果ライブレスは理性を破壊されただの獣と化し』

『竜の信徒は神の暴走とその被害で主流から外れたと』


と言う事は、今ここに向かってきているのは力だけはあるが脳味噌は獣並な化け物な訳か。

ファイブレスが居るんだし出来れば説得で終わらせたかったが……。

あ、遂に来ちゃったよ。


「さあ、さあ!正宗様!あの者どもに神の鉄槌を!ええと、確か攻撃の詠唱は……」

「グォオオオオオッ!」


ルンが体をビクリと震わせ、アルシェは顔を真っ青にしている。


『オイオマエ、サカラッタラ、ナカマガドウナルカワカッテルノカ……』


「カルマ君!あのお坊さん何か詠唱してるよ!?」

「先生!」

「どうしましょうか若様。恐らくあの竜に何か指示を出しているものと思われますが」


ジーヤさん、正解。

それにしても。


『無知の何と恐ろしい事か……』

「あいつ自身、自分が何言ってるのか判って無いんだろうなぁ」

「て言うかさ。もう何言ってるのか判んないんじゃなかったっけ、あの竜」


あ、竜が吼えた。


「先代は絶対にお手を煩わせるなとの事でしたが……ちゃんと来てくれるではないですか!」

『来るだけは来るだろうさ』

「でもねぇ……あ」


竜の口から電光が走り、説法師の全身を電撃が走る。

……だが、竜の攻撃を受けたにも拘らずまだ生きているな。

恐らく、無意識に心臓に被害が行かないよう力をセーブしたんだろう。


「な、何故、ですか……」


説法師はすがるように手を竜に伸ばし、そのまま大地へ倒れこむ。

その手から零れ落ちた表面に傷の付いた宝石を手に取った俺は、

そのままそれを竜目掛けて投げてやる。


「なんというか、もう、哀れ過ぎる……」

『ふん、自業自得だ人の子よ』

「え?カルマ君?何、何この展開!?」

「……さすが先生」

「己の信じた神に裏切られたというのでしょうか……」

「ジーヤのおじちゃん、それ違う。むしろ最初から敵だよー」


天を舞う宝石を咥え込んだ竜は、悲しそうにひと鳴きすると天高く飛び上がり、

そのまま何処へともなく飛び去っていく。


『さらばだライブレス、アイブレス……我が身も既に滅びた。一族の滅びも近いのかも知れんな』

「……じゃあ行くか?もう、追ってくる奴も居ないだろ」


「そんな事は無いっす!」


え?と思い振り返ると、

そこには何時か戦場を共に駆け抜けたボサボサ頭。

舎弟系御曹司、レオ・リオンズフレアが立っていた。


「うっす隊長!お久しぶりっす!」

「レオ?なんでこんな所に居るんだ」


「いやあ、一緒についてくつもりで追っかけてたっす!ようやく追いついたっすよ!」

「そうじゃなくて国に居なくて良いのか?」


鼻に指を当てごしごしとしながらレオはニッと笑っている。

そして眉間に皺を寄せながら言い放った。


「細かい事はどーでもいいっす。自分としちゃ隊長について行く方が有意義だと判断したっす」

「……リンの許可はある?」


すっと俺の前に出てきたルンが、ちょっとむっとしながら言った。

何か懸念事項でもあるのか?


「ルーンハイムの姉ちゃん!?親父の許可は貰ったっすよ?」

「……リンのは?」


あ、あからさまに目を逸らした。


「大丈夫っす!置手紙をしてきたっす!……誰にも見つからないであろう場所に、っすけど」

「……それは勝手に出てきたのと同じ」


……確かにそれはまずいだろう。

しかも、俺に付いてくる理由が良く判らんし。


「本当のこと言ってくれ。俺は兄貴の息子を敵にしたく無い」

「ちょ!嘘=死っすか!?ああ、判ったっす!本当の事言うっす!」


いや、流石に殺すとかそこまでは……まあいいか。

……ふんふん。


「つまり……俺に直接魔法を習いたいと?」

「そうっす!自分のあって無いような魔力量に見合った簡単な魔法が欲しいっす!」


とは言え、確かコイツの成績は極めて優秀だった筈。

使う魔法はどれも封印されててもおかしくない高位のものばかり。

……そんなコイツに簡単な魔法?どういう事だ?


「……レオは……二発目が使えない」

「そう言う事っす。自分は魔法そのものは色々使えるっすけど魔力量が皆無……つまり」

「そんなのじゃあ実戦じゃ使えないであります!」


あー、昔のRPGでたまに居た、

最高位魔法を最初から使えるけどMPがほぼゼロの武闘派キャラクタみたいなもんか。

……それで代わりに白兵の技を覚えた訳かよ。

戦争に出てきてたのも実戦経験と魔法無しで戦う為の自信が欲しかったんだろう。


「……苦労してるのなお前も」

「お分かりっすか。そんな訳で使いやすい魔法を覚えるか腕っ節を鍛えるかの二択っすけど」

「左様ですな。マナリアで武術を覚えるのには限界があります」

「ロン兄も武術の指南書手に入れるの、随分苦労してた……」


魔法以外はおろそかにしてそうだもんなあの国。

……まあ、望むものが与えてやれるかはわからんが、

兄貴への恩返しだと思えば、何かしてやらなければいかんだろう、人として。


「よし、じゃあ付いて来い。ただ、望むものが手に入るかは判らんぞ?」

「感謝っす!隊長、いやアニキ!ヨロシクっすよ!」


……アニキ、ね。

こそばゆい気もするが……悪く無い。


「じゃあ今度こそ行くぞ?まだ先は長いんだ。」

「そうだねカルマ君!流石にもう追ってくる人も居ないだろうし」

「……あ、そうじゃないっす。まだ敵が追って来てるっすよ」


なぬ?それはどういう事だ?


「ふぇ?ああっ!?追撃部隊で難を逃れた千人が再編成終えてるっぽい!」

「……レオ、それは先に言って」


……ほぉ?


『まだ、やる気なのか?』

「みたいだなぁ……村正がそこでぶっ倒れてるし止める奴が居ないんだろ」


まったく、今までさんざん押し寄せてきて、まだ戦い足りないのかよ?


「……爺!迎え撃って」

「はっ!……と申し上げたいのですが、こうも足場が悪いと」




「要らん」




ぴしゃりと斬って捨てた俺の声に、回りの全員が固まる。


「は?ですが若様、相手はまだ千名もおります……貴方は病み上がり、無理は禁物かと」

「……普通ならそうだろうがな。何ていうか、あの程度に負ける気がしない」


俺の体内からくっくっくと嘲るような忍び笑いが響く。

そして、


『確かにそうだな……先ほどのお前を、いや、我等を倒しきれぬ輩が』

「今の俺達を、止められる筈が無い!」


俺は走り出す。

思わず止めに入ったルンの脚をアリサが掴み、

オロオロとしたアルシェの肩にアリスがよじ登り、安心させるべくポンポンと後頭部を叩く。


そして、遠く見える土煙。

北からの追撃部隊の残党、その数およそ千名。


「居たぞーーーっ!」

「空に魔方陣は無い!今度こそやれる!」

「子爵の仇を討つのだーーーっ!」


村正はまだ死んで無いっつーの。

それと……。

ああ、判ってる……そんなに滾るな、ファイブレス。

今……呼んでやるよ!




『目を覚ませよ!行くぞ……召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』

『おおおおっ!力が漲る!全身に、再び、魔力がっ!』




体の中枢から全身を殴り飛ばされたかのような衝撃が続く!

体内に埋め込まれた竜の心臓が強く鼓動を打ち始めた。

……そしてそこから生み出される魔力が体外で仮初の肉体を形成する!


「な、何だあれは!?」

「え?まさか、まさか……」

「ど、ドラゴン!?」


足元の遥か下から哀れな生贄たちの声がする。

……ふと気が付くと、俺は巨体の竜の頭部に立っていた。

まるで山の上から見下ろしているようで、

これは中々気分が良いじゃないか。


『仮初とは言え久々の肉体……腕がなるわ』

「ああ。……今日一日のフラストレーション、ここで晴らさせてもらうか」


大地を揺らし、走る火竜。

そしてその上から、俺は巨大な花火を打ち上げた。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


……閃光、そして大爆発。

向かってくる敵陣に広がるように散っていく爆炎の火球があちらこちらで大輪の花火を咲かせる。

地上に放たれた魔力の手榴弾は、それ一つごとに数十名の死傷者を量産。

更に飛び散った仲間の姿に、敵全軍を恐慌状態に落とす事にまで成功していた。


「圧倒的じゃないかよ……爆炎が連射できる魔力量とはな!」

『我の分も残しておけ。今日の我は機嫌が……良いのか悪いのか判らんがまあいい!行くぞ!』


消滅の恐怖、そして仲間の無残な末路に相当キていたのだろう。

ファイブレスがその巨体を宙高く飛び上がらせ、そのまま敵陣内に飛び込んでいく!


「わ、わああああっ!?り、竜が、竜が来たぞーーーッ!?」

「に、逃げろ……幾らなんでもこんなの聞いて無いぞ!」

「だ、駄目だ間に合わな」


『……逃さん!誰に逆らったのか……魂に刻めええええっ!』


ファイブレスが着地と共に大きく息を吸い込む。

そして……灼熱の炎が解き放たれた……。


……。


その後の事は語るまでも無いだろう。

ただ一つだけ言える事があるとすれば、それは。


……翌日の新聞にこんな記事が載った。


竜の信徒が竜の怒りを買い、二千人以上の死傷者を出した。

その上トレイディア南部国境地帯は詳細不明の流星雨により壊滅的な打撃を受け、

次期大公カタ=クゥラ子爵の顔には墨で落書きがされていた、と。


……。


≪side ガルガン≫

何時ものようにグラスの手入れをしておると、久々に村正が顔を出しよった。

……カルマが指名手配され、ルーンハイムはそれに従い姿を消した。

ライオネルはその活動域をマナリアに移し、当の村正は政務に忙しい。


「……随分、寂しくなったで御座る、な」

「はっはっは。そうだのう、ま、仕方ない」


気が付けば"日照りの首吊り人形亭"はその主力冒険者を全て失い、すっかり寂れてしまった。

一時は同業者間で知らぬものなど無い、国一番の冒険者の宿とまで言われた事もあったが、

今ではわしと並ぶCランク(一般冒険者レベル)すら満足におらず、

Dランクの盆暗ばかりがたむろする二線級の酒場となってしまっている。

……先代のマスターに申し訳が無いな。わしが無力なばかりに、情け無い事だ。


「で、どうしたんじゃ?随分暗いが」

「……カルマ殿の手配を取り消して来たで御座る」


「ほぉ!それは朗報ではないか!」

「死亡認定のため、だとしても、か?」


……思わず息を呑んだ。

そういえば軍が動いているという話を聞いたが、まさか!


「先日、我が商都軍はカルマ殿討伐の為二千五百の兵を動かしたで御座る」

「個人の討伐に……二千五百、じゃと!?」


ありえん!

ただ一人を討つ為にそんな数を出す意味があるとでも!?

……じゃが、納得じゃ。

幾らあやつでも、そんな大軍相手では……。


「カルマ殿は討伐軍と激しい戦いを繰り広げ、遂に倒れた……と言う事になっているで御座る」

「と言うこと、じゃと?」


「現実に全滅したのは討伐軍のほう……拙者が気が付いた時は、既に生きている者など……」

「……冗談がきついぞい?」


村正は俯いたまま肩を震わせて動かない。

……まさか、本当なのかの?


「見栄、総意、面子、意地……全て糞食らえで御座るよ!」

「ま、反対しておったようだし当然の反応かの」


「……兵も友も失ってしまったで御座る」

「むう。しかしあのカルマじゃ。意外と許しておるかも知れんぞ?」


「逆に怒り狂ってる気がするで御座るよ!?」

「……まあ、その可能性も否定はせんわい」


ガバッと顔を起こした村正……おい、何を泣いておるんじゃ?


「皆から怒りの手紙が届くし!竜を敵にしたとかで信徒としての立場も無いしで散々で御座る!」

「そう言えば死んだ筈の火竜が現れたとか言う噂があるのう」


「そう、それ!何故か我が軍に攻撃を仕掛けてきたとか言われてるので御座るよ!」

「まあまあ、落ち着け村正」


……とは言え、そうも言っておれんのか。

何せ、さっきの剣幕で手紙が一通床に落ちたが……ルーンハイムからか。


血文字で大きく"先生の敵は殺す"とだけ書いておるの。

こりゃあ怖いわな。わしでも怖いわい。


「まあ、話の流れからするとカルマはサンドールまで行ったんじゃろ?」

「南へ下った以上、そこ以外に行き先は無いで御座る、ただ」


「向こうで暮らす以上、もう会う事もあるまいよ……気にしない事だの」

「……そうで、御座るな。もう、取り返しなど付かぬで御座るゆえ」


「取り返しが付かぬ事など無いさ。生きてさえ居れば、何時かは和解の日も来るのじゃよ」

「……」


村正は何事かボソリと呟き、そのまま店をふらりと出て行ってしもうた。

御代もまだじゃったが……まあ良いわい。後で取りにいこうかの。


……ただ、ちと気になるの。

確か村正、"心臓が潰れて、生きていられるものか"と呟いた気がするんじゃが……。


まあ、気にしても仕方ないわな。

取り合えず、冒険者名簿に……カルマの名を戻しておいてやろう。

例え荒野に消え、最早この宿を訪れる事は無くとも冒険者カルマの名はこの店に残る。

わしに出来るのは、もうこれぐらいじゃ。


……元気にしておれば、良いのじゃが、の?


***建国シナリオ1 完***

続く



[6980] 42 荒野の街
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/06 13:55
幻想立志転生伝

42

***建国シナリオ2 荒野の街***

~家一軒発注したら城下町付きの城が出来ていた件について~


≪side ルン≫

……何も無い荒野を進み始めて早一週間が経過。

その間、私達は妙に代わり映えしない礫砂漠を、アリシアちゃん達先導の元進んでいる。


「しっかし、代わり映えしない風景だよね?ルンちゃん」

「……ん」


荒野初日に日差しが強いねとアリシアちゃん達に言ったのだけど、

そうしたら何故か翌日野営地の前にドンと居座っていた大きな馬車。

私達は数日前から先生の馬に引かれたこの馬車に乗っていた。


『……我が身は馬車馬か?……まあ、何時でも竜に戻れるから関係ない、のか』


馬が遠い目で何かぼやいている。

でも馬に見えて正体は竜らしい。


この荒野に入る直前に一度だけ正体を見る機会があったけど、

先生はその頭の上に仁王立ちになって強力な魔法を連射していた。

本当に先生は凄い、先生はかっこいい、

先生は……、


「ルンちゃん、また心が何処かに飛んでってない?」

「……ありがと」


いけない、またおかしくなっていた。

先生が関わると私は正気を失う傾向がある。

……アルシェには本当に感謝。


「アルシェのお陰で私はまだ正気のふりが出来る」

「……ふりじゃなくて本当に正気でいようよルンちゃんってば」


多分無理だろう。

先日先生が指名手配されて、その犯人があの村正だと知ったとき、

思わず血染めの手紙を送ってしまっていた。

……後で自分のした事に気付いて愕然としていたりする。

流石の先生も心の病んだ女の子なんて、絶対嫌に違いない。

そして私は……先生に嫌われたくは無いのだ。


「できれば、いやみぜんかい、りょうしん、ずきずきする、おてがみが、よかった、です」

「取り合えずにいちゃが怨んで無いみたいだし、村正へのお仕置きはここまでであります!」


因みにその手紙を気絶した村正の懐に財布の代わりに放り込んだら、

アリシアちゃん達が寄って来て顔中に落書きをし、髪の毛を酷い虎刈りにしていた。

とどめとして鼻に落花生を詰め込んで放置しておいたようだが、無事に帰れただろうか?


「いや、流石にやりすぎな気がするの僕だけ?」

「……実は俺もそう思う」


「にいちゃは、むらまさに、あまい、です!」

「そうでありますよ!あれだけやられた報復としてはむしろ甘すぎであります!」


私としては先生が怒っていない以上、報復はチビちゃんたちが決めても構わないと思う。

……ただ、致命的な事になっていたとしたら……タダデハスマサナカッタケド。


「え、えーと、ところでさ……筋肉痛の方は直ったの、カルマ君?」

「はなし、そらした、です」

「どうせなら、話をとことん煮詰めるであります!」


それは違う。……こういう所は流石アルシェだと思う。

このままこの話を続けていたらチビちゃんたちか私のどちらかが、

村正に刺客の一人も送り出しかねない展開になっていただろう。

……それを先生は望まないのは明白。

ならば、こういう時一人くらい理性的な判断が出来ないといけないと私は思う。


それに、あの荒野での戦いの後先生は酷い筋肉痛に悩まされている。

その経過が気になるのは私も同じだ。


「あー、大分良くなってきたぞ。まあ、そろそろ普通に歩ける程度にはなった」

「……でも、まだ寝てなくちゃ駄目」


因みに。私は今先生を膝枕している。

この至福の時を手放すのは惜しい。


「あ、そろそろ交代の時間だよルンちゃん?」

「……もうちょっと」


何でも、先日の戦いで先生の力は恐るべき進化を遂げたらしい。

ただ、その力に肉体の方が付いて行ってないと言うのだ。

確か……軽自動車に宇宙戦艦の動力源を積んだようなものだから、

出力を上げすぎるとフレームがひしゃげかねない。

とか何とか言っていたが、残念ながら私には理解が出来なかった。


『慣れるまでは力を使う度に死にかける……早く我が本体を常時維持できるようになる事だ』

「それはお前の希望だろうがファイブレス!」


『ふっ、しかしそれが出来ねばお前は一生全力で戦えないと言うハンデを背負うぞ?』

「痛い所を付いてくるなお前……しかしそうなったらストレス溜まりそうだし……特訓か」


『そうせよ。以前と同じ力なら問題なく振るえるだろうが……持てる力が使えないのは辛いぞ?』

「ああ。少しづつ心臓の力に慣れて行く事にするさ」



先生は馬車を引く立派な愛馬と話をしている。

……馬の希望ってなんだろうか。

私も話に混ざりたいが古代語を理解できない。仕方ないので聞いているだけだ。


「今特訓とか言わなかったっすか!?自分も付き合うっす!」

「ふぅ。判った判った。まあその時は声かけるさ」


単語に反応して、先日まで私の乗っていた馬に跨ったレオが馬車に首を突っ込んでくる。

今回の旅に押しかけで付いてきてしまったが、

……あれでリンも相当にこの子を可愛がっている。

今頃心配してあちこち探し回っている頃だろうか?


まあ、どちらにせよ世をはばかる旅だ。

しかも既にこの先には街も無い荒野の中。

連絡手段などありはしない訳だが。


「あ、そろそろお昼であります!」

「ごはん、もってくる、です」

「そう言えばもうそんな時間か……よし、頼むぞ二人とも」


「「あいあいさー」」


そう言ってチビちゃんたちは馬車から飛び出して荒野の先に土煙だけ残して消えていく。

……そう言えば、半日進むごとにチビちゃんたちが何処からか食料と水を人数分仕入れてくる。

五百人分の糧秣を運んでくる体力といい、この荒野でそれだけの物資を集めてくる能力といい、

あの子達も相当に規格外だと思う。


でも、先生の妹なんだから……それぐらい出来て当然なのかも。


「痛っ……体を起こしただけでこれか……」

「無理に手なんか振るからだよカルマ君」

「……でも、大切な事」


家族を大切にするのはとても大事な事。

私はそう思う。

だから病身を押して体を起こし手を振った先生は正しいと思った。


レオ?どうかしたの?

チビちゃんたちが消えたほうを眺めたりして。


「しかし、自分はちょっと心配なんすけど」

「……何が?」


「今はあの子達が飯持ってくるからいいっすけど、その……隠れ家には水と食料あるんすか?」

「ああ……井戸は間違い無くある。食料はカルーマ商会経由で送られてくるから問題ない」

「確か、前の戦争の戦災孤児を引き取ったって言ってたよね?」


……戦災孤児?

先生、慈善事業もしてたんだ。ちょっと意外。


「決死隊組んで敵陣侵入してくれた連中の忘れ形見達だ……まだ顔を合わせて無いがな」

「ええっ!そんな事してくれるの!?普通兵士が死んでも家族は放置が普通だよ?」

「……て、事は自分が世話になっても問題ない程度のスペースはあるって事っすね!」


確かにスペースはあるかもしれない。

けれど、レキといえば水も食料も無い事で有名な土地。

……井戸があると言うだけで奇跡的なのだから過大な期待は禁物だ。


恐らく、今後は長く耐乏生活が続くんだろう。

……まさか、我が家の家計が火の車だった為、

否応無く覚えた貧乏生活の知恵に感謝する日が来ようとは。


取り合えず、裁縫用の針と糸を確認……うん、問題ない。

補修用のあて布もある、と。

閉店間際を狙って値引きされた食料品を買うテクニックは恐らく使えないだろうが、

お茶の葉を乾かして再度使う技はきっと役に立つ筈だ。


「……よし」

「ん?ルンちゃん何気合入れてるの?」


「これからの生活を考えてた」

「そっか、うんうん。僕らも頑張らないとね?主に跡継ぎとか赤ちゃんとか」


頬を中心に熱暴走を確認。

そう言えばそうだ。危うく忘れる所だったが……、

……先生が私のものになる日は、近い。


……。


そうして更に三日。

礫砂漠に入って十日が経過した頃、馬車の幌の上でアリスちゃんが叫んだ。


「あの山を越えると、あたしらの目的地があるでありますよ!」


変わりばえがしない台地。

私の目には視界の先には似たような山が連なっているだけにしか見えない。


「おっ、ようやく着いたのか?どんな屋敷が出来ているやら……楽しみだ」

「へぇ!お屋敷クラスの隠れ家なんだ?」

「はいです、きょりが、かくしてくれるから、とってもおおきく、つくったです!」

「……でも、まるで変化がわからない」

「確かに。まるで進んでるように見えないっすよね」


あ、アリスちゃん達が……にやっとした?


「レキ全体の地形も弄って、辿り付き辛い形にしてるでありますから当然であります!」

「みちあんない、ないと、し、あるのみ、です」


……そう、なんだ。

実はこの子達からはぐれたら……丁度そこに落ちてる骸骨のような事になっていたって事?

うん、でもそれならここまで敵が来る事は無いだろう。

そう考えると隠れ家としては最高の立地なのかも知れない。


「さあさあ、いくです!」

「この分ならお昼ごろには着けるでありますよ!」


その言葉に背を押されるように一行の移動速度が上がった。

……でも、ふと思う。

たどり着くのは良いけど……帰らせる前に兵の体力を戻してやらねばならない。

うちの騎兵五百人は何処で休ませればいいんだろう?

目的地の外で野営というのも可哀想だ。

……何人かづつでも屋敷の中で休めるよう、先生に言っておかなくては……。


……。


そんな風に考えていた事が、私にもあった。

けど……えーと、何、これ?


「ねえ、カルマ君……これ、何?」

「隠れ家の入り口、だと思うが」

「左様ですか。私には……城門にしか見えませんが」


山を回りこみ、私達の前に現れたもの。

それは、長い長い長城とでも言うべき石壁。

……そして、それに沿って暫く進んだ所に、それはあった。


「なあ、アリス。これは何だ?」

「入り口であります!」

「じしんさく。だから、おっきい、です!」


分厚い巨大な鋼の城門が太陽により温められ、放たれた熱がここまで届いている。

……正直、トレイディアの城門に匹敵するのではないだろうか、これは。


「しかし、なんでこんな事に……壁の長さ的にもうこれ、街だろ?」

「にいちゃ、商都のスラムの皆とか移民が一杯来たから仕方ないで有ります!」

「けいびたいとして、やとったひとたちとか、そのかぞくも、きてるです」


あ、先生が頭抱えた。


「そう言えばそうだったな……あの数が越してきた以上屋敷じゃなくて街にもなるか」

「そういうこと、です!」

「さあ、入るでありますよ。アリサ達が待ってるであります!」


そして、アリスちゃんがさっと手を振ると、内側から城門が開いていく。

……そこに広がっていたのは。


「うわぁ……活気ある市場だね」

「かるーましょうかい、こうにん、らくいち、です」


本来は広場なのだろう、大きく開けた空き地一杯を埋め尽くす露天や屋台。

絨毯を広げ商品を並べる商人や、椅子とテーブルを用意して飲み物をサービスするカフェ。

行き交う人々も多く……足の踏み場も無いとはこのことだろう。


いや、違う。

突然人の波が割れ、丁度大型馬車一台分ほどの道が出来た。

……一体、どうなっているのだろうか?


「総帥、ようこそ。そしてお帰りなさいませ……レキの出来栄えはいかがですか?」

「ハピか……予想以上過ぎて開いた口が塞がらん」


割れた人垣の向こうから女の人がやって来た。

……綺麗な人。

何処かで見た事があるような……。


「あれ?カルーマ百貨店の支店長さん?どうしてここに?」

「アルシェ様、ようこそレキへ。……この記念すべき日にどうして異国で燻っていられると?」


ああ、そうか。カルーマ百貨店の店長さんだ。

その……母が大変ご迷惑おかけしました……。


「ルン様もようこそレキへ。さあ騎士団の方々もこちらへ……」

「……ん……あ、はい」


促されるままに街を進む。

そこはまさに異界。

人々には活気があって、幸せそうにしている。

そして、ゴブリンとかコボルトとかが普通に人間と一緒に生活をしている。

ありえない……これは一体、どういう事?


「お嬢様……レキに街があるなど、聞いた事がありませんが」

「私も初耳」


綺麗にレンガで舗装された道路を進む騎馬の群れ。


さっきからレオは"凄えっす凄えっす"の一点張り。

アルシェはきょろきょろと落ち着きが無い。

……私?固まったまま馬だけが進んでいる。


そして先生は……相変わらず頭を抱えたままだった。


「まさかこんな巨大拠点になってるとは……少しは進捗確認すりゃ良かった」

「人口は既に三万を超えてるであります!」

「あたしたちの、まち、です!」

「それで今後の予定ですが、父が待っておりますので城までおいで下さい。全員入れますので」


……お城、あるんだ。


とりあえず、常識は捨てよう。

先生相手に普通ならとか、常識ではとか……空しいだけだ……。

きっと、他にも隠し玉があるに違いない。

……驚いてばかりも居られない。少し気合を入れてあまり驚かないようにしないと。


……。


と、構えていても無駄だった。


マナリア王宮にも匹敵する巨大城砦がそびえ立っているのは良い。

五百騎分の厩舎が当たり前のように用意してあったのもこの際気にしない。

先生がお城の前に立った途端、

これまた門が当たり前のように開いたのも当然なんだと己に言い聞かせる。

……でも、これは反則だと思う。


「「「「「おつかれ、です」」」」」

「「「「「文武百官、推参であります!」」」」」


「ちょっと!ばらしちゃって良いのチビちゃん達!?」

「どうせ、すぐ、ばれるです」

「……アリシアちゃんが一匹、アリシアちゃんが二匹……アリシアちゃんが、ひいふうみぃ……」


アリシアちゃんとアリスちゃんが、その……一杯居る。

ひいふうみい……各五十人くらい?

この状況を理解?……うん、それ無理。


「ルンねえちゃ、うえに、ホルスも、いるです」

「ひさびさに、あうです」

「おつとめしゅうりょう……つかれた、です。はふー」


ええと、今まで一緒に居たアリシアちゃんは今こうして抱きしめている。

けど、何処からどう見ても足元に擦り寄っているのもアリシアちゃんで……。

……取り合えず、考えるのはやめにした。


取り合えず、ホルスが居るらしいし久しぶりに会ってみよう。

……先生も行くみたいだし。


……。


≪side カルマ≫

……この街に入ってからと言うもの、周囲からの視線が痛い。

街の連中の視線が好意的なのが唯一の救いだが、

一緒に来た皆の不安と疑念の瞳が痛いこと痛いこと。


「……先生、ここは、何?」

「どう見てもお城だよね、ここ……」


そして屋敷とは名ばかりの城に通された俺は、ハピの案内でその中を進んでいる。

石造りで、見た目だけでも随分と重厚な感じのする建物だ。

お供はルンとアルシェ、そして蟻ん娘数十匹の群れである。

……ジーヤさんは流石に動揺しまくっている魔道騎兵の皆を宥めるため下の階に残っている。

食事と本日の宿舎を用意するように言っておいたが、

普通に準備無しで用意できるとか言われて、これ以上も無く面食らっているんだけど?


……あー、筋肉痛が治ったと思ったら今度は頭痛がする……。


「主殿、お帰りなさいませ」

「久しぶりだなホルス……ところで、俺は隠れ家を頼んだ筈だが?」


暫く進むと執務室らしき場所に通される。

そこでは久しぶりに会うホルスが書類の山に囲まれていた。


「聖俗戦争の後始末などで受け入れなければならない人数が軽く一万を越えましたので」

「……そうだよなぁ。うん、追い出されるスラム連中だけで万を越えるもんなあ」


判ってはいたが、既に一軒家で賄える人数じゃないんだよな。

それに人口が増えれば水や食料の消費も増える。

そうなればおのずと規模もでかくなろうと言うもの。

最近忙しすぎて確認どころじゃなかったからな……。

まあ、みすぼらしいのが出来てたよりは何倍もマシだから良いけど。


「その通りです。商会からの食糧供給だけに頼っても居られない為、農地開拓を進めております」

「ああ、城壁の内側に広々と広がってたな」


まだ収穫には至っていないが、青々とした作物が実りつつある。

初年度である事を考えると驚異的な成果だといえよう。

……多分肥えた土自体か腐った落ち葉か何かを何処かから持ってきて土壌改良でも行ったか?


そして、街中を縦横無尽に走る水路。

その上には荷物や客を満載した小船が幾つも浮かんでおり、

畑への水源、及び輸送手段として街を巡っているように見えた。


「そうだ、水路が張り巡らされてるけど井戸では足りなかったか?」

「いえ。むしろ国防と温度調整用のための設備ですねこれは」


国防……ああ、敵が侵入した時に容易に先に進ませない為の堀でもあるか。

まあ、まさか砂漠の中に堀があるなんて思わないだろうし船は持ってきていまい。

進むのには苦労するだろう。


そして、温度調節……?

多分アリサの差し金だなこれは。

サンドールと違い、レキは昼暑く夜は寒すぎるほど寒い。

寒暖の差を緩和する為、

昼の熱波で水路を温めて、夜寒くなったらその熱が少しづつ放出される仕組みか。

うん、よくもまあ考えたものだ。

これなら普通に砂漠に住まうよりずっと快適な生活が送れる。


壁の外側は草一つ生えない不毛の大地だが、壁の内側にはちらほらと雑草まで生え始めている。

まあ、自給自足できる隠れ家、と言うか隠れ里になってくれれば御の字と言う所だろう。


「ともかく積もる話もありますが、取り合えずお部屋にご案内しましょうか?」

「ああ、頼む……少し落ち着いて考えたい事がある」


正直予想外だ。少し落ち着いて考えたい。


「判りました。それではこちらです」


部屋の外ではルン達が待っていた。

軽く世間話しながら城を奥へと進んでいく。


「ところで……ホルス、久しぶり」

「ええ、ルーンハイムさんもお元気そうで何よりです」


「荒野以降会う事無かったから、自由の身になったのかと思ってた」

「ずっと別行動でしたからね。しかし、自由は自由ですよ。ここに居るのは私の意思ですから」


「……ずっと先生を助けてた?」

「はい、とても有意義でやりがいを感じる時間でしたよ」


「そう……ありがと」

「どういたしまして」


壁は重厚ではあるが装飾らしき物は一切無い。

街を覆う石壁も、窓の外に見える人々の暮らす家も実に質素な物だ。

……けれど、砂漠の真昼にしては随分と涼しく感じる。

そして気付いた。

この城内部にもあちこち水路が巡っている事に。

セントラルヒーティングみたいな物だろうか?

どちらにせよ大分手間がかかっているのは間違いない。


「それにしても……ある程度内情を知ってる僕でも、これは予想できなかったよ」

「アルシェ様ですね?初めまして。私はホルス、恐れ多くも主殿より商会を任されております」


「……えっと、ルンちゃんはさんづけで僕は様付け?普通逆じゃないかな」

「まあ、一時とは言え冒険仲間でもありましたし、その方がしっくり来るんですよ」


「あはは、そうなんだ。偉くなったみたいで気分良いや……えーと、ルンちゃんは構わない?」

「問題ない」

「呼び方など些細な事です。要はその言葉にこめられた感情の問題ですよアルシェ様」


それは言える。

無礼の付く慇懃さなら、まだ敬意を感じる呼び捨ての方が気分が良いってもんだ。


「とうとう、にいちゃが、このまちに、きたです」

「あたし等の時代キタコレであります!」

「さあアリス様、アリシア様……アリサ様を呼んで頂けますか?」


「もう、よんでる、です」

「にいちゃのお部屋でパタパタ走り回ってるでありますよ」

「流石に話が早いですね。君主の間には流石に装飾も必要でしょうし」


は?君主の間?

俺の部屋の呼び方にしちゃあ随分肩肘張ってないか?

まあ、流石に街一番の豪華な部屋だって位は期待しても良いだろう。

……そう思うと少し期待が膨らんできたんだけど。


……。


「この広さはまた予想外」


「あ、兄ちゃ!お部屋の準備出来てるよー」

「有事の際は会議室にもなるよう百人は入れるように作ってあります」

「どうか、ごゆるりと、です」


……ゆるりとできるかあああああっ!

広すぎて落ち着かんわ!

これはもうちょっとした体育館クラスじゃないか!


そして、部屋のあちこちについてるこのドアの先は外からは独立した廊下。

更にその奥には……風呂。それに幾つかの個室?


そこのベッドに天蓋が付いてるのはまあ良いとして、

その内一つには……何処から持ってきた、このコタツ!

ちょっと布団をめくってみる……掘りごたつか、まあそうだろうな。


「落ち着かないのは当然ですし、個室をどれか一つ自分用の書斎にされると良いでしょう」

「他の部屋は姉ちゃとかあたしとかのお部屋だよー」


……成る程、道理で一つだけやけに散らかってる部屋があるわけだ。

まあ、それはさておき……。


「要するにこのデカイ部屋は半分公共スペースな訳か?」

「その通りです。後はもう一つ製作中の調度品が納入されればこの部屋は完成します」


指差された方向は部屋の一番奥で、一段高くなった場所だ。

赤絨毯が入り口からそこまで敷かれているが、そこに何か置くらしい。

……銅像でも置くのかね?


「まあ現状でも内向きの私室として使う分には問題ありませんので」

「わかった……じゃあ俺はこのコタツのある部屋を使わせてもらうか……他より一回り大きいし」

「やっぱり、そこを、えらんだ、です」

「わーい、あたしの部屋は兄ちゃの隣だよー」


「えっと。……じゃあ僕はこの部屋かな……本当に貰って良いのこの部屋?」

「遠慮されると逆に困ります。そこがアルシェ様のお部屋ですね?後で家具を用意させます」


「……私は、ここ」

「判ったで有ります、マナリアのお屋敷から持ち出した調度品……全部運び入れとくであります」


「調度品なんて……あった?」

「クローゼットくらいでありました。ベッドは正直ボロ……いや、何でもないであります!」


……ルンの家から持ち出し完了済みかよ。

しかも仮にも公爵家に持ち出したくなるような家具が一つしか無いとか……惨いな。


「ともかく、今日はゆっくりとお休み下さい。……主殿」

「何だ?」


「明日、大事なお話があります。明日朝に迎えを寄越しますのでその者についてきて下さい」

「判った。……取り合えず今日は休ませて貰う」


それだけ言うとそのまま俺の部屋へと入りベッドに横になる。

……柔らかくて気持ちが良い。

そうして、気が付くとそのまま寝入ってしまっていた……。


……。


「にいちゃ、おきるです」

「……ん?アリシア?」


「はいです!あさごはん、もってきた、です!」

「お、サンキュー」


朝ごはん、と言う事はそのまま寝入ってしまった訳か。

取り合えずサンドイッチのような物と干し肉に果物一個か。

軽くぺろりと平らげて、昨日の事を思い出す。

……大事な話ねぇ?一体何をさせられるのやら。

まあそれはさておき、行かねばらならないだろう。


……アリシアが袖を引っ張っている事もあるし。


昨日何も無かった一段高い場所には、立派な机がドンと置かれていた。

……正直、玉座でも運び込まれていたらどうしようかと思っていたのだが、

まあ、そこまでは流石に無いらしい。……正直ほっとした。


「にいちゃ、はやくいくです!」

「はいはい、判った判った」


「……先生、良く寝てた」

「カルマ君、寝顔は結構可愛いんだね!僕はあんな立派なベッド初めてで緊張しちゃったよ」

「ルン、アルシェ。二人ともおはよう」


部屋のすぐ外で待っていた二人を連れ、俺はアリシアに連れられていく。

……そして着いた先は、城門?


「総帥、お早う御座います。今日はレキの街をご案内せよと父からの言いつけです」

「おは、です」

「ハピか。忙しいだろうに、悪いな」


「いいえ。それなりに楽しませてもらっていますよ。さあ、皆様もご一緒に」

「うわあ、楽しみだなぁ」

「……すこし緊張する」

「今日は自分もお供するっすよ!」

「右に同じくであります!」


何時の間にそこに居たのか、レオやアリスも着いて来るようだ。

問題は無いのかとハピに目で問いかけるが、にこっと笑った。と言う事は問題ないようだ。

ま、どんな街が出来たのか……この目で確かめるとしますか。


……。


まずやってきたのは昨日見た市場だ。

城門を潜ってすぐの所にある広場を一般開放していると言う。

……そういえば広場は城壁で囲まれ、その先にもう一つ門がある形になっているが……。


「……そしてこの広場上の城壁には弓兵が配され、戦時には殺し間として機能します」

「やはりか」

「逃げ場も無いし城壁も高いから相手の弓はまず届かない……えげつないよね、これ」


つまり城門を破られた場合、

次の城門までの広場に敵を集めて一網打尽にする戦術が可能になるわけだ。


「なお、この先の街路には水路があり、それは堀として機能しますが……」

「ここを破られるようなら既に負けだな。……攻め込まれないのが一番だけどな」


「はい総帥。そこに関しては貴方のお力の見せ所ですよ」

「そう来るか……」


まあ、こんな辺鄙な所までやってくるような暇な軍隊があるとも……。

いや、油断は禁物か。


「さて、次は市街地になります……こちらへ」


市街地に関する説明、の割りに連れて行かれたのは城壁の上だった。


「お屋敷の前に広がる城下町ですが、正門前と市場から続く大通り沿いは商業地です」

「そして、屋敷の周りを囲むように住宅地が立ち並ぶ、か」

「……立派な、街」


「百万人が生活する事を想定して作られております。今はまだ空き家だらけなのです」

「いやいや、どう考えても出来すぎだよコレ!?僕の理解を遥かに越えてるんだけど?」


昨日五百の騎兵と共に進んだ大通りには様々な商店が立ち並んでいた。

レンガで舗装もされていたし、文字通りこの街の大動脈なのだろう。

道に沿うように水路が流れ、その上を貨物や顧客を満載した小船が進んでいく。

……水の持つ輸送力も馬鹿に出来る物ではない。

完全な計画都市である以上、かなり利便性は高い筈だ。

それに。


「敵が来るなら大抵街の中心を目指す……正門→商業地→屋敷の流れは万一の際に住民を?」

「はい、最悪の場合住民が戦渦に巻き込まれないようにする為の形でもあります」


「……まあ、そんな事にならないようにするさ」

「期待させていただきます、総帥」

「結構戦う時の事も考えてるっすね、良い城塞都市っす」


そう言って一礼。

ふう、期待の篭った視線を昨日やけに感じたのはこのせいか。

俺は冒険者をやっていると思っていたが、

いつの間にか、今日から私が市長ですってか?


「続いて……農耕地と牧場です。私に着いて来て下さい」

「判った」


……城壁の縁に手をかけたまま固まって動かないルンやアルシェの肩を叩いて正気に戻し、

次の場所へと向かう。

このレキと言う町は分厚い城壁で囲まれているが、

そのすぐ後ろは戦時緩衝地帯を兼ねた牧場や農地になっているらしい。

そして、その更に奥にはもう一枚の城壁があり、街はその中だ。

要するにドーナツのリング部分が農地であり、ドーナツの真ん中が街になっているわけ。

まあ、何度も言うがここまで攻め込まれるような状況に陥った時点で終わってるがな。


「水路はここにも張り巡らされていますが、ここの水路は農業用と考えて差し支えないかと」

「まあ、水が無いと話にもならない産業だしな」

「……でも、一体何処から水を」

「きぎょうひみつ、です」

「正確に言うとちょっと大規模な井戸があるのでありますよ」


実際は地下水を汲み上げているんだけどな。

蟻と言う生き物の歴史は同時に地下水や雨水による巣の水没との戦いの歴史でも有る。

巨体と知能を得たうちの蟻ん娘どもも、本来の活動領域はあくまで地下。

しかもサンドールでの水と海産物の商売の時に治水のノウハウを獲得している。

今や地下水脈の流れを操作して望む場所に水を送る事など容易いのだ。


つまり、俺達にとって水の無い荒野など有って無いようなもの。

時間をかければこの地もいずれ緑に満ちた大地に出来る。


「まあ、取り合えず農業をやるのに必要な水は確保してある、ってことが判れば十分だ」

「なお、酪農に必要な牧草地はまだ出来ておりませんので現在は干草を輸入に頼っております」


「ま、そっちは草が生えてきたら追々切り替えていけば良いさ」

「はい総帥。では次は商会の新しい本拠が出来ましたのでそちらにご案内します」


「……さっきから気になってたけど……総帥?」


「あ、ルンちゃんは知らなかったんだっけ」

「カルマ様は同時にカルーマ総帥でもあるのです。故あって別人として振舞っておいででしたが」

「マジっすか!?それ、洒落にならないっす!大陸一の金持ちじゃないっすか!」


「……カルーマ商会総帥……大陸一の、お金、持ち?…………はぅ」


あ、ルンが倒れた。

仕方ないので抱き上げて背負っておく。


「うーむ。流石にルンには刺激が強すぎたか……」

「そりゃそうっす。ルーンハイムの姉ちゃんは子供の時から貧乏暮らしっすからね」

「……こうしゃくれいじょう、なのに、かわいそう、です」

「しかし背負われた途端、無意識でにいちゃにしがみ付いてるでありますね」

「ふふっ。愛されている証拠です。総帥、大事にしてあげなくてはいけませんよ?」


「ま、俺なりに大事にしてるつもりだけどな」

「そうだね。因みに僕の方ももう少し大事にしてくれると嬉しいけどな?」

「あたしらも大事にするであります!」

「あたしも、よじよじ、するです」


ぴょんこらとアリシア、アリス両名が人に飛びついてきた。

背中はルンに占拠されてるので現在は両肩に掴まっている。

……こいつ等は羽毛のように軽いのでまだいいがな。


「とりあえず、先に進むか?」

「ふふ。判りました、ではこちらへ」

「アニキ、傍から見てると結構間抜けな姿っすよ……ま、本人が良ければそれで良いっすけど」

「じゃあ僕はカルマ君の袖口でも引っ張って歩こうかな……」


まあ確かに農場で働いてる周囲の目が痛いし……さっさと先に進むとするかね?


……。


さて、それから暫く進んで……カルーマ商会新本部までやって来た。

場所はドーナツ状区画内側の、正門の反対側……要は屋敷の裏側だ。

表側の商業地が万一の際の囮であるのとは逆に、こちらはここの最重要施設である。

よって、敵の目を屋敷に釘付けにして居るうちに、

此方から地下世界へ重要物資などを逃がせるようになっている。


「まあ、此方の中身はサンドールから移設された物が殆どです」

「成る程な。向こうもあまり良い状況とは言えない。現在はここが?」


「はい。現在商会の中枢はこの建物に集中しております」

「そうか。細かい事は全て任せるから思うが侭にやってくれ」


なお、この会話は俺とハピのみで行っている。

他の皆は入り口付近にある売店で買い物の真っ最中。


「ねえルンちゃん。このワンピース可愛いよねぇ?」

「……ん。でも、高い」

「ぽりぽりぽりぽり、です」

「えーと、アリシア。売り物を食べるなであります」

「おっ!この槍は中々の業物!……けど金足りないっす!金貨五十枚とかどんだけ!?」


やれやれ、騒がしい事だな。

と、思っているとハピが奥から何やら包みを持ってきた。


「総帥の剣、研ぎ終えたそうです……これを」

「……柄の装飾は増えたけど……切れ味変わって無さそうだな」


あいも変わらず切れ味は皆無だ。

残念ながら研がれたとはとても思えない。

飾りが増えた以外は何処からどう見ても、

前と同じスティールソードだった。


「はい。どんな研ぎ方をしても全く歯が立たないと職人が嘆いておりました」

「……絶対不壊、か。流石は魔剣」


砥石すら通さないのか。まさしく魔剣の本領発揮といった所だな。

とは言え、切れ味が無いままなのは流石に悲しい。


まあ……だからなのか装飾の凝りっぷりは尋常じゃないけど。

あーあー、柄に宝石まで埋め込んじゃってまぁ。

……装飾だけ豪華でもどうにもならないだろうに。


「とにかくご苦労さん。……やっぱこれが腰に無いと落ち着かないからな」

「はい、申し訳ありませんでした」


「ハピが気にする事じゃない……皆の買い物が終わったら次に行こう。次は何処に行くんだ?」

「いえ、次は城……いえ、屋敷に戻ります」


そうか、そう言えばもう日が傾きかかってるしなぁ。

戻るには丁度良い時間かもしれない、か。


「ではその前に。総帥、これを着て頂けますか」

「おっ!重層鎧。結構値が張るんじゃないのか?」


それは黒を基調に所々に金の装飾が施された全身鎧だった。

おまけに裏地が深紅の黒マントまで付いて来ている。

素材も極めて高価な物だな。

防御性能はもとより極めて高く、それでいて軽さと美しさを両立させている。

……どんだけ金が掛かっているのか想像も出来ない。


「総帥は無理ばかりなされますので私と父で共同でプレゼントさせて頂きます」

「……そうか。心配かけて正直済まんと思う」


気にしないで欲しいと言うハピに背中を押されるように試着室に入り、

今までの酷使ですっかりボロボロになっていた皮鎧を脱ぎ捨てる。

ついでに下着やら何から何まで着替える形で新しい鎧を装備した。


うん、正にこれこそ馬子にも衣装!

……言ってて少し空しくなってきたな。


「まあ、なんだな。なんだか偉くなった気分だ」

「逆です。むしろ現在の立場に、装備がようやく追いついたといった方が正しいですね」


そういう考え方もあるか。

……まあ、硬化に頼りすぎて防具の更新を適当にしてたからなぁ。

いざ使えなくなった時は、マナリアの近衛鎧が随分頼もしく思えたっけ。


「今後の事を考えると、それぐらいの装備は常に必要になるかと」

「うわぁ。カルマ君凄いの着てるね!」

「……先生……はぅ」

「おお、じゅうそうび、です」

「これで安心して特攻できるでありますね!」


約一名何か恐ろしい事をのたまっている気がするが……まあ、おおむね評判は良好だ。

兜が無いのが惜しい所だが、取り合えずコレを今後のメイン防具とする事にしよう。


「そういえば。よろいのおなまえは、なんですか?」

「ええと、"黒金の重戦鎧"ですね……因みに値段は、特注ですので一着金貨百枚以上になります」

「ヲイヲイ!怖くて戦場で着れないじゃないか!?」

「無問題であります!予備を数着用意してるでありますから!」


それはもっと問題なんじゃないのか!?

一体この鎧だけで幾ら使ったんだ?

と言うか大丈夫なのか商会の資金!


「むしろ有り余る資産をどう使おうかと頭を悩ませている有様でして」

「なんという、ぜいたくな、なやみ」

「何せ、蔵を建てても建てても出来上がる頃には表に余る程儲かってるで有りますしね」

「何それ。普通ありえない……ちょ!?ルンちゃん!?白目剥いてるけど大丈夫!?」

「あううううう……」


ハピ、人の目を見て話せ。


と言うか、ほったらかしにしてる内にとんでも無い事になってるな。

マナリアとかの海の無い国に対し塩を輸出すると儲かるのは判るが、少しやり過ぎじゃあ……。

……いや、今はそれで良いか。

何せ俺は現状世界全域を敵に回してるようなもんだしな。


「まあ、兎も角現状は理解した。……ハピ、良くやってくれたよ」

「お褒めに預かり光栄です、総帥」


誇らしげにふっと笑ったハピを先頭に俺達は屋敷に戻っていく。

……そして。


「さて、総帥?これから夕食になりますが、その前に……こちらへ」

「ん?正門から真っ直ぐ言った所か……またこれはデカイ扉だな」


「ハピです。カルマ様をお連れしました」

「入って頂きなさい。ハピ、主殿に失礼の無いように」


あの声はホルスか。

心配性だな。ハピが俺に礼を欠く事なんかある訳無いだろうに。

……さて、一体何を見せてくれるの、か……?


「主殿」

「なあ、ホルス。ここは何だ?そしてあの人達は誰だ?」


重々しく扉が開いたその先には、今度こそ体育館クラスの広さを持つ大広間が広がっている。

その最奥部には……あれは玉座だ。間違い無い。

その大広間の内部にはかつての戦争で共に戦った仲間たちや、

ホルス、アリサ……スケイルの奴までも含めたカルーマ商会の重鎮達。

ついでにレオやジーヤさん、そしてメイド達や魔道騎兵の主だった顔ぶれまで。

見覚えの薄い連中も居るが……。

……ああ、かつてトレイディア城門前に存在したスラム街の顔役達か。


兎も角、この街に存在する連中の中でも特に有力者と言えそうな連中が集まっている。

そして、その他に完全に見覚えの無い男達が何人か居る。

広間の中央に陣取ったそいつ等は、砂漠仕様のサンドール系の衣装を身にまとっていた。

その中でも、特に二人ばかり目立つ男達が居る。

一人は長身の偉丈夫。そしてもう一人は犬の被り物をした目つきの鋭い男だ。


「ふん……貴様がカルーマか?俺はセト」

「セト?サンドールの双璧の一人か」


「そうだ。サンドールの将軍であり……ふっ。現在、王に一番近い男でもある」


尊大に振舞う見覚えの無い男。

……偉丈夫の方はサンドール最強と目される将軍の片割れだった。

しかし、何でこんな所に来ているのだ?

そも、この街は隠れ里では無いのか?


「ハラオ国王陛下、任命。新大公証明、冠、授与!」

「……は?」

「主殿。どうかお受け下さいませ」


耳元でホルスがぼそっと囁く。


……何だか知らないがサンドールの王様が俺に何かくれるようだ。

何と言うか、陰謀とかそういう類の匂いがするのだが……。

まあホルスが言うのなら間違いは無いだろう。


それに周りを見渡すと周囲からの期待の視線、視線、視線。

……どうやら逃げ道は無いようだし、

それに、いざとなれば罠など今なら食い破る自信もある。

……いいだろう。良く判らんが毒の皿まで食らってやるさ。


「ええと、お受けします」

「受諾確認、膝折要請」


え?……膝を折れば良いのか?

んじゃまあ、片膝立ちになってと。

……って、何か被せられたぞ?

髪飾り、と言うか頭環か何かか?


「レキ大公殿下誕生、万歳!」

「ふっ、先ずはめでたいと言っておこう」


その瞬間、部屋に存在していた全ての人間達が一斉に万歳三唱を始めた。

……何だろう、嫌な予感がする。

強いて言うなら頭に被せられたのが何なのか確認するのが恐ろしいくらいには。


「領土発展、祈願。我、全力応援、行」

「まあ何だ。これで我がサンドールの領土も事実上倍増か……荒地だろうが広いのは良い事だ」


何故?


「街は小さくとも名目上レキ砂漠全体が大公領だからな?ふっ、次の大陸地図更新が楽しみだ」

「我等多忙故、即帰還必要有。再開祈願!」


「そうですか。では、あたしらが、おくりむかえ、するです」

「御者さん達!お仕事でありますよ?」


えーと、取り合えず頭が上手く回らん。

何か良く判らんうちにあの人たち帰って行っちゃったんだが?


取り合えず、こういう時は理解できる事から一個づつ片付けていくべきだ。

ええと、取り合えず最初の疑問はと。


「ホルス……さっきの連中は何だ?」

「見ての通り、サンドールの双璧のお二方とその親衛隊です」


ええと。と言う事は尊大な奴……セト将軍と……。

あの犬頭の被り物の人は双璧の片割れ?……確か名前は……アヌヴィス将軍か。

よりによってサンドール主力を率いる二人が二人とも国を空けて良いのか?

と言うかあそこ、今戦争中だろうに!?


「それだけの大事だったのです。まあ朝献額を年間金貨五千枚にしましたから当然ですが」

「……朝献?」


おいおいおいおい。

さっきから冷や汗が止まらないような単語が列を成しているんだけど?


「はい。朝献です」

「……詳しい話、聞かせて貰えるんだろうな?」


……。


勿論です、と答えたホルスに連れられて、

大騒ぎの熱狂覚めやらぬ大広間から足早に立ち去る。

そして俺達は屋敷……いや、誤魔化しは止めだ。

……城の中を進んでいく。

その薄暗い廊下を進むうち、ホルスがポツリと口を開いた。


「まず……ひとつ覚えておいて頂きたいのですが」

「聞こう」


「万を越える民。その意思は……既に個人の意思では止めかねる事もある、と言う事です」

「……それが、俺の頭の冠と言う事か?」


「はい。そして……」

「そして?」


「ただの隠れ里では、いずれこの街は何処かの国家に飲み込まれます、絶対に」

「それを避けるための方策がこれか」


俺の質問に、歩きながらホルスが重々しく首を縦に振った。


「勝手な行動は私の命をかけてでも償わせて頂きます」

「勝手の代償は汗水で支払え。……取り合えず、話の続きだ」


「では……この国の内情はご覧になりましたか?」

「ああ。良い街。……いや、国だ」


俺の適当な注文から良くぞここまでの物を作り上げた、というのが正直な所だ。

はっきり言って、これに文句をつけたらばちが当たるだろう。


「はい。豊かで素晴らしい街が出来ました。それ故に心配する必要が無かった問題が……」

「既に、嗅ぎ付けられたのか!?」


「……その通りです。正確に言えば"レキの奥地に理想郷がある"との噂が立ち始めました」

「人の噂に戸は立てられない、か」


そも、この街に住まう人間の殆どはトレイディアに夢を持って出てきて、

その夢をさんざんに打ち砕かれた者達だ。

あの聖俗戦争での犠牲に対するせめてもの償いだったと思うが、

俺はトレイディアから放り出された"スラム街連中の受け入れ場所を用意しておけ”と命じた。

要するに……俺が引き入れたようなもんだな。


そして、新天地を得た彼等はどう思うだろう?

新しい家と職。少なくとも商都のスラムで暮らしていたときとは天地ほどの差が出るというもの。

ならば当然次は、その成功を誰かに伝えたいと思うだろう。


「……暮らし向きが良くなった人間が家族を呼んだり、手紙を出したりしていまして」

「止めなかったのか?」


「止めるも何も"レキの新しい街に行く"と、ここに来る前に手紙を出されていました」

「ひとつ何かあったら、後はなし崩しか……」


"アイツは良くて俺は駄目か?"

そう言う小さな出来事が怨み真髄の理由になる事もある。

……家族を呼ぶのも手紙を出すのも、規制するには限界があったろうしな。


なにせ、俺からの命令は端的に言えば"彼等を受け入れろ"だった訳だし。

排除できない以上、何らかの妥協は必要だったに違いない。

……何度も言うが、ここの事を気にかけていなかったことが悔やまれる。


「そうか。ホルスは良くやってくれたよ。ありがとうな」

「……いえ。秘密の隠れ家が秘密でなくなってしまい、申し訳ありません」


まあ、人類に逃げ場無しもたまには良いだろう。

……取り合えず、今後の情報規制は俺が憎まれてでも何とかするとして。


「それで、一つ疑問がある。……何故サンドールの属国になるという選択を?」

「現状、我が国を認め得る国家は彼の国のみ。……マナリアは内戦中ですしね」


……消去法かよ。


「そして、この街へ続く道はサンドールから続く東向きの道しかありません」

「逆に言えば西への道を作っちまったのか!?」


おいおい、それじゃあ防衛計画自体が破綻してるぞ!?

四方の何処からも攻め辛いのがこの荒野の魅力だろうに。

と言うか最初からサンドール経由で入れば……ああ、どちらにせよ俺自身が入れないか。

幾ら大公とか言われても、現状あの国に入るのはやっぱ危険だよなぁ。


「しかし、別に属国化する事は無かったと思うが……いや、現状では守る戦力が無いか」

「そうです。それに万一の時、宗主国の武力を期待できますし」


……理解した。

現状では他国がここに攻め入るにはサンドール領内を通過する必要がある。

つまりだ。


「要するに、あの国を盾にする気か?」


「はい。そして暫くこのレキの街で時間を稼ぎます」

「稼いでどうするんだ」


「既にアリサ様と相談して、勝手ではありますが真の首都を極秘に建設中です」

「この街自体が捨て駒!?ああ、道理で攻め込まれる事前提の街造りしてた訳か」


流石にアリサは考える事がぶっ飛んでるなぁ。

まあ、俺の発想を真似したとか言われたら元も子もないが。

……それはさておき。


「ともかく、この冠を被った以上今更逃げも出来まい?」

「名目上の主でさえ居ていただけるなら行動は何処までも自由ですが……私としては」


「皆まで言うな。俺だって無責任な馬鹿君主なんぞになりたくは無い」

「……では?」


そこまで話した時点でホルスの執務室の前にたどり着いた。

……下の階からは、今も歓声が鳴り止まずに居る。


「これだけ期待されてるんだ。逃げるのは失敗してからでも良いだろう?」

「……はっ」


こうして、俺は"レキ大公国・大公"の称号を手にする事となる。

……何と言うか、まあ……。

今までの因果応報とは言え、面倒くさい事を引き受ける事になったもんだと思う。

暮らし向きの向上と言う点ではカルーマ総帥の時点で大陸最高クラスだった。

ここから先は、ただただ責任だけが増えて行く事になるのだろう。

……そこはかとない不安を覚えつつホルスの部屋に入った俺を待っていたもの、それは。


「今日から、あたしもお姫様だよー。ばんざーい」

「おどるです、それそれ」

「あ、それ、それ、それ、であります」


「それが本音かアリサ!」

「ぷぎゃ」


阿呆な事をのたまいつつ踊る、

自慢?の妹の姿だったり。


……とりあえずゲンコツ降らしておいた。


***建国シナリオ2 完***

続く



[6980] 43 レキ大公国の誕生
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/10 00:14
幻想立志転生伝

43

***建国シナリオ3 レキ大公国の誕生***

~魔の管理者・戦竜公カール~


≪side カルマ≫

ある日の早朝……薄暗い地下室に剣戟の音が響く。

黒金の鎧を脱ぎ捨てた俺に相対するのは緑鱗のリザードロード、スケイルだ。


先日の戦いの反動で死に掛けた為、体を心臓に慣らす必要がある。

その為、普段やっている素振りなどのメニューの他にこの組み手を始めたのだが、

その相手を務めてもらっている訳である。


『……ふむ、強化魔法無しでもこの身体能力か。心臓に引っ張られ確実に強化されているな』

「違うぞスケイル。俺だって、少しは……成長してるんだよ!」


お互いに手にしているのは練習用の刃の潰された鉄の剣だ。

とは言え、俺の正規武装自体が刃の潰れた剣のため感覚的にはいつもと大して変わらない。

そのお陰か?数十回ほど斬り合いを続けているが、

何とかスケイルの動きに付いて行く事が出来ていた。


『では次だ。……この一撃を受けきれるか!?』

「捌ききってやるさ、ってうわっ!」


流石に強化魔法まで使ってしまうと勝負にならないため魔法を使わない条件下だが、

純粋な剣術であのスケイルと渡り合えている事実は俺に確かな自信を与えてくれる。

今も体重を込めたジャンプ斬りを体捌きだけで回避出来て、


『俺の攻撃が一撃で終わりだと思ったのか?』


っと!……切っ先を此方に向けそのまま神速の三段突き!

辛うじて二回目まではかわしたものの、最後の一撃が間に合わず思わず剣で受けてしまう。

スケイルの剣は俺の剣に阻まれ前進を止めるが、

……俺の剣も鍔迫り合いだけで精一杯か!

下手に動くと隙が出来る。さて、どうするか?


『よく受けきった。だが、この状態からどう反撃に移る気だ?』

「普段なら魔法で攻撃する、かな?」


『お前なら確かに正解かも知れんが、その隙を敵が与えてくれるとは限らん!……60点だ』

「ぐあっ!?」


突然の体重移動。剣をいなされ、俺は勢い余ってつんのめる。

そこに容赦なくチョップでの追撃。

対処する暇などあるわけも無く、俺は無様に地面に叩きつけられていた。


『今日は、ここまでだな。仕事に差し障る』

「……ああ」


心臓を体に慣らすには実際に使うのが一番。

軽く筋肉痛になるくらいに体を動かしていれば、

いずれ超回復により体が心臓になじんでくる。


と、ファイブレスが言うので毎朝こうして体を動かす事にした。


あの運命の日から一か月あまりが経過しているが、

体を動かすついでにスケイルやホルスに鍛えてもらっているお陰で、

体術や剣術は随分鍛えられたと思う。


『しかしな。まさかお前ほどの有名人が武術や剣術では基礎しか知らんとは思わなんだ』

「親父との訓練は、基本的に基礎と体作りがメインだったからな」


さもなくば死の一歩手前としか言いようの無い組み手とかな。

此方も武器とかを工夫して必死の抵抗をしていたが、

あの親父はその度に此方の上を行く行動で此方の抵抗を封じ込んでいたっけ。

……まさしく九割九分まで殺しかけときながら、

それでも最後の一線だけは越えない鍛え方。


しかも、不甲斐無さ過ぎると飯抜きと来たもんだ。


あれなら俺のような元一般人以下の体力と根性でも、否応無く強くなるってもんだ。

ま、親父には感謝すべきなんだろうな。

あのシゴキのお陰で生き延びている部分も多々あるし。


『……良い師を持ったものだ。その基礎と体力があってこそ安心して応用を教えられる』

「よくある話ではあるな。まあ自分がそれを実践する羽目になるとは思ってなかったが」


汗を取り出したタオルで拭きながらごろりと仰向けになる。

ひんやりとした床が動き回って火照った体に気持ち良い。


……治癒などで強制的に回復するのではなく、自然治癒に任せる。

それが成長の為に必要らしい。

故に、わざわざ時間をかけて訓練と回復を繰り返している訳だ。


『本当に理解しているのか?お前の体はずっと先を見据えた鍛えられ方をしているのだぞ』

「確かに親父は農夫してるのがおかしい所もあったしなぁ……なんで兵士辞めたんだろ?」


『……近すぎて、偉大さに気付かない、か』

「なんか言ったか?」


『いや……それより早く部屋に戻った方が良い。そろそろ仕事時間だろう?』

「そうだな。それじゃあそろそろ行くか」


全身の汗を拭き、黒金の鎧を装備する。

そして、地下室から出て俺の部屋……君主の間へと戻る事にした。


再度言うがあの冠を押し付けられた日から一ヶ月が経過。

……レキ大公国の建国の儀は、一週間後に執り行われる事が決まっていた。

俺はそんな訳で国一つをでっち上げる必要に迫られていた訳である。


この訓練はそういう意味では良い気晴らしでもあったのだ。


……。


「にいちゃ、くんれん、おつ、です」

「お疲れ様であります!」

「にゃ~。に、にいちゃー……疲れたよー。遊びたいよー」


「自業自得だアホ妹」


部屋に帰ると執務用机の横に小さなテーブルと蟻ん娘が並んでいる。

……そして、その周囲を取り囲む大量の書類、書類、書類。

アリサは疲れ果てその中に突っ伏しているが……当たり前だ。

何も無い所に国一つでっち上げるとしたら取り決めないといけない事なぞ、

それこそ星の数ほども存在するに決まっている。


「……忙しくて死にそうだよー」

「あ。あたしのおしごとじかん、おわり、です」

「こうたい、するです。……ばとんたっち」

「あたしの交代要員はまだ来ないでありますか!?」


目の前でアリシアが椅子から立ち上がり、代わりに別なアリシアが席に着く。

そして書類に目を通しハンコを押していく。

……アリスは交代要員が遅くなってるらしく涙目。

アリサに至っては、


「お姫様って、忙しいんだねー。…………むがあああああああああああっ!?」

「建国なんて大事なんだ。そりゃあ書類も増えるさ。……さて、俺もノルマを片付けるか」


暴走寸前だったりする。


生まれた時から女王蟻のアリサは実の所"お姫様"と言う響きに憧れていたらしい。

まあ、生まれた時から女王様でお姫様時代が無かったからなコイツは。


取り合えず色々と夢を見ていたらしいが……甘い甘い。

一般的お姫様ならのんびりと紅茶でも飲んでアイドルみたくしてれば良いのかも知れんが、

我が勢力には文官があいも変わらず不足している。

当然、アリサには能力も責任もあるので大量の仕事が回ってくる訳だ。

……他にカルーマ商会の仕事も減る訳では無いので……まあ、修羅場な訳だな。


「いちまーい、にまい、さんまーい……いちまいたりない、です……あ、あった、です」

「しくしくしくしく……お姫様なのに。あたしお姫様なのに……」

「アリサ、取り合えずノルマ終わったら一緒に遊ぶであります。それまで頑張るであります」


とは言え、泣きながらも書類の山は確実に減っている。

さて、俺も負けていられんな?

……ってアルシェが部屋に入ってきたんだけど……何その木箱?


「あ、カルマ君?これ、書類の追加。法整備がどうとか言ってたよ?」

「なんてこったい!」

「鎧兜一式入っててもおかしく無い大きさの箱なのに中身は書類!?ありえないよー!?」

「……じーざす。です」

「こ、交代のあたし、早く来るでありますよ……」


一ヶ月前からこうなので大分参ってるな。

……俺含めて。

まあ、それでも昼過ぎまでには書類の山は消滅し、


「遊ぶぞー、食べるぞー。……でもその前に寝る!……すぴー」

「アリサ。……ゆかで、ねちゃ、だめ、です!」

「……取り合えずベッドまで運ぶでありま……すぴー」


「おーい、アリシア。他のアリスを二~三匹くらい連れて来い」

「……はいです。べっど、つれてく、です、はふー」


疲れ果てて昼間なのに床で寝っ転がるチビ達。

児童福祉とかそういう物に引っかかりそうだが、そこはそら、人じゃないし。

……ついでに言わせて貰えばこいつ等全員成体、要するに大人なんだよな、種族的に。


「あ、そうだ。向こうも見回っとくか」


ふと思い出したので部屋に敷かれた絨毯をめくり、隠し部屋その一へ向かう。

ま、なんだな。いざと言う時の備えって奴だ。

因みに強力かけてやっと開く程度の石造りの床板が入り口なので、

事実上俺専用の入り口だったりするが。


……そして垂直落下する事約一分。


更にそこから3m級大型兵隊蟻に乗って迷路を進む事数分……少し開けた場所に出る。

ここが今回の目的地だ。


「あ、にいちゃ。みまわり、おつ、です」

「今日も順調に育ってるで有りますよ」


そこには薄暗い地下室。そして大量の樽。

……但し中でバチャバチャと水音が。

内容物は砂糖を加えた生理食塩水。

そして胎児モドキのクリーチャーがひと樽につき一匹づつだ。


「大分育ったなコイツも。まるで昨日とは別人だ」

「それ、別な子であります」

「にいちゃ。きのうのは、あたし、です!」


樽の蓋を開けると複眼がギョロギョロとした胎児の様な生き物が、

砂糖入り食塩水の中を泳いでいる。

……要するに蟻ん娘の幼体だ。

食糧事情の良くなったこの一族は、こうして人目につかないように増え続けている。

ぶっちゃけると何がチートってコイツ等の存在自体がチートなんだよな。

力はあるし知恵もある。ついでに数もあると三拍子揃っている。


「おは、です」

「あたし、誕生!であります!」

「にいちゃ、だっこ、です」

「さて、生まれたでありますし、さっさと掃除に行くでありますか」


ごろん。と何個かの樽が倒れ、今成体になったばかりの個体が数匹這い出してきた。

……同型のロードは自我はある程度別として、記憶と価値観を共有している。

よって、生まれ次第すぐに生産活動を開始するのだ。

卵から孵化し、成体になるまで僅か二週間。

そして成体になった途端に別な個体と同等の働きが出来る。

しかも、各個体が成長し習得したスキルは同類全個体に適応されるという凄まじさだ。


……正直、何でコイツ等が今まで天下を取れなかったのか。俺には理解できない。


いや、本当は判っているんだ。

だってコイツ等……種として誕生してから一年経ってないし。


「明らかにお前等の"おかーさん"とかとは違うよな、お前等は」

「少し人に近いでありますよ。にいちゃの遺伝子が組み込まれてるでありますからね」

「……ていうか、にいちゃ?ハピが、さがしてる、です」


あ、もうそんな時間か?

確か午後は……新規採用の面接だったな。


「……じゃあ帰るから3m級兵隊蟻呼んでくれ」

「あいあいさー」


なお……既に蟻ん娘だけで千匹を超えたらしい。

これで自国内の情報網に関しては完璧との報告が来ているが、

……個人的には子蟻含めた全体数のほうが気にかかっていたりする。


なお、増え過ぎた時は出産制限も余裕なんだとか。

相変わらず異常以上だよなお前等……。


「じゃあな。頑張れよ?」

「生まれたばかりの子蟻に対し、何と言う荒い人使いでありますか」

「とりあえず、ごはん、たべてから、です」


そんな訳で新規増殖分の蟻ん娘との語らいを終え、俺はまた地上に戻る。

そして。


「総帥、何処に行ってたのですか!?大事な時期なのはご理解頂けていると思っていましたが?」

「ハピ。マジでスマン」


見事に怒られました。


……。


さて、面接である。

現状では正直一国興すには人材が不足していた。

そんな訳で、俺が一番に命令したのがこれだったりする。


「……ハピ、今回も粒揃いとは行かないか」

「仕方ありません。有能な者の殆どはとっくに何処かの組織が抱え込んでいますし」


謁見の間でこれぞと思った人材と実際会ってみて、仲間に加えるべき人間かどうか判断する。

やっている事はそれだけだが、有能な人材はまさしく宝物だ。

……今後書類の山に埋もれる事を無くす為にも、

特に文書管理や内政に心得のある人間を集めねばならない。


「今回も、当方の存在を知るサンドール系の人間が多いですね」

「だが、ドイツもコイツも精々読み書き出来る程度か……それを売りにされてもな」


この世界観で読み書き出来ると言うのは確かに特殊技能に加えても良い程度には珍しい。

とは言え此方としては秘密を守れて、かつ有能な人材が欲しいのだ。


そんな思いを胸にまず書類選考(本人に無断で調査)から開始。

そしてこれぞと思った人間をこっそり連れてきて面接、と言うか交渉開始だ。

そうやって文官中心に、今日までに十数名の採用を決めている。

……だが、企画の立案から進捗管理まで出来るような人間は中々捕まらないでいた。


「今回確保した連中じゃあ、言われたとおりやるのが精一杯だろうな」

「総帥。それが出来るだけでもありがたいのですよ?現に本当に助かっていますし」


細かい所を任せられる人材が居るだけで随分違うのはこの世界も同じ。

支店長クラスがちり紙一枚分の伝票まで全部起こさねばならない現状が間違っているのだ。

ならば、軽く読み書き出来ると言うだけでありがたい、そう言えるのは確かである。


「だがなぁ。出来れば国家の中枢を任せられる人材が」

「……でしたら私めにお任せを、ハイ!」

「だ、誰ですか!?衛兵、それにあの子達の警戒網を潜り抜けるなんて!?」


「べつに、きけんな、おじちゃんじゃ、ないです」

「マナリアでいつもお菓子くれた、良いおじちゃんであります」

「ね?子供は正直ですよね?ハイ」


「それは良いのですが……何故その子達を小脇に抱えて登場されるのです?」

「幼女を愛でずして何を愛でろと仰るのか貴方は!?」



……その男は突然現れた。

音楽室の肖像画になっていてもおかしく無い、そんな容姿。

貴族然とした姿。……現にその男は貴族だった。そして紳士だった。

元マナリア王立魔法学院の名物教師、ルイス教授。

彼は研究者でもあり、また内政官でもあった。


まあ、ご覧の通り変態紳士だけどな?


「何しに来たんだルイス教授……今忙しいんだけど?」

「ふふふ。カルマ先生も水臭いですね?私めも貴方の国づくりをお手伝いさせてください」


「正気か教授?此方の幕僚になるって事は国を捨てるって事だぞ!?」

「このルイス、幼女100人に請われて動かないような冷血漢ではありません、ハイ!」


幼女百人って……あ、アリスがピースしてる。

全く、危ない事をするもんだ。

コイツは某作家と違って真性のロリコンだぞ?

……まあ、手を出すような下衆ではないのが唯一の救いだが。

とは言え、


「マナリアの内政を一手に引き受けてきたアンタが来てくれるのは正直ありがたい」

「そんなに優秀な方なのですか?」


「ああ。教師してた時に確認した」

「内政なんて面倒でしたけどね。まあ研究資金の為には仕方ないですよ、ハイ」


と言うか、教授とか言われているが本職は魔法研究者だ。

それ以外の仕事は研究資金を出させるためのバイトに過ぎないと豪語してたっけ。

実際マナリア、と言うかあの宰相はあまり政治に関心が無かったらしく、

初代様が残した遺産を全て食い潰さない程度の施策しかしていなかった様だ。

かなり完成していたとは言え、数百年前に作られたシステムを守る事にこだわっていた訳だな。


魔法だけで全てが回せる訳ではないのだが、それを何人が理解していた事か……。

なお、各領主は自分の領地を富ませる事には拘っていた為税収はそれなりに高く、

国そのものが揺らぐことは無かったと言う。


「ま、お任せを。私めは可愛らしい幼女が居る所なら、地の果てまでもやって来ます、ハイ」

「文字通り、そして相変わらずだな教授は……」


因みに、心配になってルンの事を聞いてみたら、

あろう事か"育ち過ぎ"とか言う答えが帰って来た。

……まさしく真性の変態紳士である。


「同好の士……もとい同輩の内務官も数名連れてきました。勿論貴方に忠誠を誓いますとも」

「「「「「幼女いっぱい、ハァハァ。……我等幼子を見守る会!」」」」」


まあ、一応断言するが全員"紳士"ではあるのだ。

子供に手を出すのは犯罪と言う事だけは徹底しているからな。


ただ……遠くの木陰から息を荒げてチビどもを凝視し続けていたりするので、

アリシアたちが思わず冷や汗をかいてしまう程度には変態なのだが。

それでもマナリアから追い出されなかった事が、逆説的に彼等の有能さを証明している。

……嫌な証明だけどな?


ああ、そうだ。

もうどうせ受け入れざるを得ないだろうから理解あるところでも見せておくか。


「……今度小学校を作る。そっちの教師役も頼んで良いか?」

「むしろ望む所!」
「話が判るな先生!」
「国を捨ててきた甲斐があったってもんです!」
「テンション上がって来た!」
「ありがとう同志よ!」


……え、と。

取り合えず悲願だった内政面の人材は揃った……んだけど嬉しく無いのは何故だろうな?


「と、とりあえず、おうち、あんないする、です」

「ふおおおおおおおっ!アリシアちゃん可愛いですよアリシアちゃん!」


「一応言っておくけど……手を出したら殺すぞ?」

「は?手?……失敬な。幼女とは花、そして花は遠くから愛でるから美しいのですよ、ハイ」


「そ、そうか……」

「あ、それとこれ、幾つかの試案を纏めておきました。目を通しておいて下さいね、ハイ」


そう言って、封筒一つを放り投げると、

かなりのハイテンションのまま去っていくルイス教授、及び彼の率いる変態教師陣。

……一応、一回姉姫側に寝返ってから此方に逃げてきたという形を整えているらしく、

リチャードさんに怨まれる可能性は低いようだが……。

今後のマナリアに一抹の不安がよぎる結果となってしまった。


まあ、もしかしたら変態が消えて喜んでるかも知れんがな?


「……能力は本物なのですね。この試案、かなり練りこまれてますよ」

「母子家庭支援、遺族保険、養護施設の充実や扶養手当か……良くこの時代に思いついたもんだ」


全部子育て支援系なのが教授らしいが……。

俺には思いつかない細かい部分の問題点まで洗い出してある。

これは殆どこのまま使えるぞ。

……取り合えず女の赤ん坊が居る家の優遇過ぎる所を直したら、だがな?


……。


さて、そんなこんなで朝は特訓、昼から夕方にかけては君主の間で政策立案という日々が続く。

国内の引き締めの為、アリサ達に蟻の秘密警察を設立。

誰にも知られずに犯罪者はその場で排除する形を取る事で善人が暮らしやすい街を目指したり、

スパイの洗い出しを進めたりしている。


ここでのミソは秘密警察が存在する事自体を誰にも悟られないようにする事。

……引越しが多いけど、こんな荒野だから嫌気がさす人も多いよな?

などと白々しい事を言ってみる。


特にスパイに関しての応対は厳しくしろと言っておいた。

情報を制する物が勝利に一歩近づくのは古今東西変わらないからだ。

……敵は全員内情的に丸裸になってもらう。

こっちの情報?まともなのは一欠けらもやらないけど何か?

そんな訳で、今日も秘密の地下室でスパイに対する尋問が続いている。


「別に喋らなくて良いよー。ちょっと子蟻を脳味噌に侵入させるだけだからねー」

「だいじょうぶ、です……ちょっと、かんがえかた、かわるだけ、です」

「価値観弄ってやるのであります!今日からおじさん、あたしらのシモベであります!」


「何をする貴様等ーーーーっ!?」


「ころしてでもうちの子にするよー」

「本当はあまり人格否定はしたくないでありますが、仕方ないで有ります!」

「さようなら、ひとのこころ。こんにちは、ありのしもべ、です」


……しかしどう言う訳かコイツ等にとっ捕まったスパイは例外なくこっち側に寝返るんだよな。

世界はロリコンで出来ている、なんて訳は無いと思うんだが……。

まあ、情報がどんどん入って来るようになったし別に良いけどな?


あ、部屋にアリサが入ってきた。


「兄ちゃ、あのスパイさんこっち側に付いてくれるって」

「そうか。……教団側からの離反スパイはこれで三人目だな」


「じゃあ、今後は偽情報を掴ませまくるね」

「いや、八割がたは正確な情報を掴ませろ。偽情報はここぞと言うときに取っておくべきだ」


「じゃあ、知られて困らない事は普通に流させるねー」

「頼む。それとどんな情報を流したかは判るようにしておけよ?」


……アリサを下がらせて、一人物思いにふける。


マナリアで発見されたリボルバータイプの拳銃は量産に手間取っているようだ。

……なんでも基本的な技術力の問題で同じ大きさで作れないのだとか。

見せてもらったが殆ど六連発式の大砲といった状態である。

これでは個人で持ち歩く事など出来まい。

弾薬の方はどうにかなりそうとか言っていたが、器が無くては意味が無い。

火縄を通り越していきなりこれを実戦配備できたら凶悪な威力だろうが……。

まあ、それはおいおいと言う事にしておく。

火薬はあるのだから取り合えず外道兵器の代表格、対人地雷の製作を急ぐべきだろう。

え?人道?残念だけど、家族や仲間守るだけで精一杯でな。

敵の人権まで守ってやれんのだ。……ま、いざとなれば魔法で手足くらい生やせるからな……。

しかし、そう言えば……鉄砲モドキは現状でも使えない事は無いのか?

……良く考えておこう。


……。


さて、お次は外交面だ。

取り合えず名目上の主君であるサンドールに擦り寄っておくのは確定として、

そのほかの勢力との関係はどうするべきだろうか。

……何をするにもカルマの名がネックになる事が多い。


竜の信徒達が俺の事を悪く言いふらしてるお陰でトレイディアでの俺の評判は底値だ。

こうなると何を言っても無駄なので新聞も追従させている。

……マスコミが手のひら返す日を楽しみにしてやがれ、連中め。

などと思いつつ、ともかく現状ではトレイディアは敵といっても過言ではない。


サクリフェス?論外だろう。

事実上のトップが狂人。それに母体の神聖教団にとって俺は怨敵以外の何物でも無い。

潰すか潰されるか、それしか無いと思われる。

現に連中は何人ものスパイを既に送り込んできているしな。


マナリアも大問題が一つ。

……現在彼の国は内戦の真っ最中なのだが、現在国が東西に分かれてしまっている。

王都を中心に中央から東部を辛うじて維持しているリチャードさんの東マナリア。

そして姉姫のティア19世がサクリフェスの支援の下、西部を制圧下においている。

これを便宜上西マナリアと呼んでいる。

……さて、その問題だが……双方から俺個人宛に救援要請が来ているのだ。

リチャードさんはともかくティア姫の方は何で……とも思ったが、

考えてみれば幽閉状態のあの人を助けたのは俺とその一党と言う事になる。

当然、向こうは俺を味方だと思っているのだ。


そう、どちらも俺を味方と思っているのでこれまた手を出し辛い。

それに他国の内乱に関わっている暇は無いんだよなこれが。

おまけに一時とは言え教え子だった連中から個別に手紙も来るし……。


ま、こうなるとだ。……例えルンの母国でも、現状は自国側を優先させる他無い。

故に、手紙?届いてませんよ?のスタンスで無言を決め込むしかない訳だ。


……さて、続いて傭兵国家だが……。

あいつ等は良く考えれば金さえ出せば味方に付けることも可能なのでは……ん?


「カルマ君、ちょっといい?」

「ん?アルシェか……どうした?」


「ちょっとね。サンドールが傭兵国家に攻め込んでるって言うじゃない」

「ああ。けど助けてはやれんぞ?一応宗主国だしな」


部屋に入ってきたのはアルシェだった。

新兵の訓練を頼んでいたが、中座してきたのだろう。


……因みにルンはサンドールからの使者と会談中である。

考えてみれば国際的なマナーと言う奴を一番上手く出来るのが他ならぬルンなのだ。

貧乏とは言えそこは歴史ある公爵家の嫡子だっただけはある。

何だかんだで細かいしきたりとかに関しては俺達の中では抜きん出ている。


そんな訳で外交の席では俺の代理を頼んでいる訳だ。

今も面倒な交渉が続いているのだろう。


……。


「……と言う訳でして、朝献の他に軍費を金貨一万枚ほど用意して頂きたく」

「貸与なら可。もしくは奴隷千人と交換」


「奴隷を千人も!?無茶を言わないで下さい!」

「なら貸す。金利は年間三割で」


「ふざけないで頂きたい!そも、我が国が本気になればこんな都市国家一つくらい!」

「だったら、代わりに捕虜を此方に回して」


「それは一体……?」

「労働力が足りない。戦時中に捕らえた捕虜を一人頭金貨一枚で引き取る」


「捕虜を買い取りたいと?」

「そう。……これなら貴方達の懐は痛まない」


「……ふむ……しかし護送費用もかかりますし出来れば金貨三枚ほどは頂きたいが」

「なら奮発して金貨五枚出す。……これで契約成立」


……。


このように微妙な交渉も何だかんだで此方に有利なように持って行っているらしい。

あのホルスが絶賛していたくらいだし、かなりの手腕である事は確か。

今回の交渉でも金の代わりに捕虜の身柄……それも傭兵が手に入る事になりそうだ。


因みに数字の押し引きがやたら上手いとか言われてるようだ。

実際大した交渉力だ。意外な特技だといえよう。

まあ……なんだか、値引き交渉の延長線上にあるような気もするがな?


そういや……事実上ホルス、ハピ、ルンの三人だけなんだよな。

まともに外交が出来そうなのは。


俺?殺すか殺されるかになる可能性が高いな。

友好的な会談でも嫌味を言われ続けたら即座にキレる自信があるさ。

何せ向こうは言葉のプロだし。


……さて、脱線はここまでにしておくか。

アルシェの話も聞いておかないと。


「で、何かあったのか?」

「うん……以前鍵開け名人の話はしてたよね?」


ああ、結局必要にならなかったが、首輪を外せそうな心当たりの人か。

確か傭兵国家に住んでるんだよな。

それがどうかしたのか?


「いやね。実はその人が昔僕を拾ってくれた傭兵団の人でね。……少し心配でさ」

「ああ、親元から逃げた後に拾われたって話か」


成る程、親代わりだったわけか。

道理であの状況下で首輪を外せる人間として推せた訳だ。

普通なら俺を捕らえて賞金貰う方に動くだろうしなぁ。


「要は、安否が知りたい訳だな?」

「うん。出来れば」


まさか嫌という選択肢はあるまい。

情報収集のついでに出来るし。


「了解。多分数日中には結果が出るだろ……で、どんな人なんだ?」

「名前はタクト。ちょっとビクビクしてるけどこれで中々に国内では顔の効くおじさんだよ」


「……ん?アリサ達の報告書に名前があったような」

「チーフの片腕だもん、当然だよ。傭兵国家の会計責任者だし」


確かフルネームをタクト=コンダクターとか言ったか。

あまり表に出てこない、傭兵の中では異色の存在だ。

武闘派揃いの傭兵国家でほぼ唯一の内政系か。

他には開かない宝箱の開錠とかで食っている人らしい。


……重要人物過ぎるぞ、この人。

これはもう改めて調べるまでも無いんだけど?


「大丈夫だ。その人なら無事だ……と言うか前線に出る人でも無いしな」

「そっか、安心した。ありがとねカルマ君!」


それだけ言うとアルシェは安心したのかニコッと笑うとまた部屋を走り出ていく。

新兵の訓練に戻るのだろう。


しかし……これで傭兵国家への対応は決まりかな?

アルシェの家族なら俺にとってももう他人では無い。

それに傭兵連中は戦力としては何だなんだで大きいと思うのだ。

幹部クラスに仲の良い人間が居るならその伝で関係改善が出来るかもしれない。

ま……今回の戦争、傭兵国家が守り抜ければの話だけどな。


さて、次は……。


『待て。少し話がある』

「ファイブレス?どうした?」


『あのマナリアとか言う人間の国に関してだが……共倒れには出来ぬか?』

「おいおい、いきなり何を言い出すんだ!?」


今度はファイブレスか。

しかもいきなり笑えない内容を言い出しやがった。


『あの国の内乱を知って少し考えたのだがな。要らぬ魔法を失伝させる良い機会だと感じた』

「笑えないな」


『それに術の使い手自体が激減すれば、少しは世界の歪みも正される』

「故意に被害を拡大させろと?」


とはいえ、言いたい事は判る。

この世界には無駄な魔法が多すぎる。

……その一つ一つが世界を歪ませているのにも拘らず、だ。

要するに特にマイナーな魔法の使い手に戦死してもらい、

更にその術式を記した書物を焼いてしまえば幾つかの術は失われる。

竜と言う立場からすれば、使用される魔法は少ない方が管理しやすいのだろう。


『既に彼の宰相は滅び、術式作成の技術はこの国にしか存在せぬ』


マナリアから移設した術を作成する為の魔方陣は、今やこのレキの地下奥深くにある。

作成に必要な魔力は俺自身で時間さえかければ生成可能だ。

魔法の本場マナリアでは既に失われた技術でもある。


……あれ、そう言えば……?


「つーかさ。そんなに魔法が邪魔なら、要らない術を消し去る方法は無いのか?」


『そんな便利な物は無い』

「じゃあ、作れば良いだろ?常考」


『は?』


……。


思い立ったが吉日。

そんな訳で地下魔方陣までやってきました。


『術式形成を宣言!新規術式"術式崩壊"を設定』

『該当魔方陣に魔力供給開始。安全装置設定……暗号壱、設定終了。暗号弐……使用者限定』

『効果設定……完了。消費魔力など各種使用制限を計算……完了』

『現象操作機構機動!術式形成…………完了だ!』


さて、これが俺の初めての魔法作成となるわけだが。

……試してみるかな?……筋肉痛がぶり返す前に。


では、何を消すか?

……うーん。俺が普段使用してる奴はどれも必要だしな。

ああ、そうだ。他者の尊厳を破壊するあの凶悪魔法を消しておくか。


さて印は……両腕を丹田で組み上げて、と。


『彼の術式はこの世に要らず。世の理よ、有るべき姿に!』


自らの設定した"異常な理"が他の異常を破壊する。

まさしく毒を持って毒を制するの論理!

その魔法の名、それは……。


『偽りの理!その名は"腹内崩壊"なり!……術式崩壊(スペルブレイカー)!』


……僅かに周囲の空気が揺れた気がした。

更に、何かが崩壊したような感覚が全身を包む。


……そして、うめくような声。


『おお、おお、おお……僅かだが……僅かだが世界が修復された!』

「試す必要も無く効果確認!?」


術式崩壊は詠唱、印の双方をきちんと理解していないとならない、と言う制限はあるが、

対象の魔法自体を破壊し、世界の理を元に戻す魔法である。


コイツは本当に凶悪な術式だ。

もしコイツが発動したら、その魔法は未来永劫使用不可能。


但し、その修復は曲がった鉄の棒を無理に曲げなおすような物で歪みは残るらしい。

何度も同じ術を作り直すのは歪みが拡大する為に承服しかねるとファイブレスが言う事もあり、

あまり多用できる魔法ではないな。


因みに腹内崩壊の印はルン経由で知った訳だが、

もし知らなかった場合、術は発動すらしないようだ。

魔力消費も大きい。まさしく竜の心臓でも持っていなければ使えないだろうな、これは。

まあ、そんな訳で以上の複合的要因により、

そうそう乱発の出来ない術に仕上がってしまっていた訳だ。


「兎も角、これは対魔法使い用の切り札となり得るな」

『我が身としては、増えきった魔法の整理が出来る事に喜びを感じるがな!』


「まあ、そりゃそうか」

『カルマよ、お前も既に管理者の一員だ。我等が同胞として迎えようではないか!』


なんとも嬉しそうにファイブレスが言う。

まあ、魔法の管理者、制限者として生を受けながら、現実はこの状況だ。

一度放り出したとは言え、本来の役割に復帰できるのが嬉しいのだろう。

いいだろう。俺も魔法の管理者とやら、なってやろうじゃないか。


……。


「等と、数日前に思ってしまったのが運の尽きなのか!?」

『祝福はありがたく受けるがいい。人の身でそうそうある事では無いぞ?』


この日、城の前には国のほぼ全員が集結していた。

そう。レキ大公国の建国の儀、その当日なのだ、今日は。


俺は晴天の下、特設のステージ上で冷や汗をかいている。

恐らくその下で走り回っているホルスたちも同じ気分だろう。


「お前が呼んだのか!?」

『うむ、あの城壁の上に手をかけ此方を覗き込んでいる陸亀のようなのがグランシェイクだ』


「じゃあ、頭上を飛び回っている巨大なワイバーンは?」

『ウィンブレスだ。因みに横にいるのは以前会ったライブレスだな』


「ぴー」

「んでもって、この足元に居る秋田犬サイズのフタバスズキリュウは……」

『おお、アイブレス……再生したか。記憶は無くともお前はお前だ。歓迎するぞ同胞よ』


「いや、何で生き返ってるんだよ?」

『自我と記憶の初期化と引き合えに、心臓から新たに"生まれ直した"のだ。転生と言う奴だな』

「ぴー」


「何と言うチート種族……いや、魔法そのものだから何でもありなのか?」


……そう。竜族総登場と言わんばかりにドラゴンが押し寄せてきている。

いや、押し寄せるといっても数匹だけどな。

ただ、一体一体の存在感が生半可じゃないからえらい事に……。


「主殿!?これは一体!」

「兄ちゃ!周りの見物人達がパニックだよー」

「判ってる!」


どうすんだよファイブレス!?

このままじゃあ建国当日に崩壊しかねんぞ!


『それを治めるのがお前の仕事だろう?……汝を我等が同胞として認める、世界に秩序を!』

『ぴー』

『グォオオオオオオオッ!』

『人の子よ。"戦竜"の称号を授与します。私達も出来うる限り協力はしますよ。風と共に!』

『オレサマ、オマエ、マルカジリ、ハ、シナイ。コンゴトモ、ヨロシク』


……なん、だと?


あまりの異常事態に逆に冷静になる。

何か、良い案が浮かびそうだ。

深呼吸二回分ほどの時間を思考にまわして・……。


……思いついた!


『ファイブレス……竜連中に俺の指示通り動けるか聞いてくれ……それでだ……』

『了解した。まあ、この程度なら何も問題ないだろう』


……そして、次々に返って来る承諾の声。

自我が崩壊しているライブレスなどは軽く言い聞かせればどうにでもなるらしい。

それなら、いけるはずだ!


『来い、アイブレス!』

『ぴー』


口笛を吹くと、それを合図に先ずアイブレスが俺の腕に飛び乗る。

そして俺は片腕を天に向けて突き出し叫んだ!


「ウィンブレス!ライブレス!並んで叫べ!」


「キシャアアアアアッ!」

「グォオオオオオオッ!」


二頭の竜の咆哮に、集まった人々が硬直する。

そして、こちらの狙い通りに気付く連中が現れだした。


「おい、あの竜……大公様の命令に従ってないか?」

「そ、そんな馬鹿な」

「でも、あの腕に居るのも……小さいけど竜じゃない?」

「まさか!?」


ざわめきはいつの間にか収まっていた。

代わりに周囲に広がるのは驚愕。



「聞け!レキ大公国の忠勇なる臣民諸君!」



俺はそこに、言葉の爆弾を落としてやればいい。

もうこうなったら何でもありだ!

ヤケクソでもいい!兎も角テンションあがるような演説をぶっこいてやる!



「彼の竜達は我が友人。この良き日のためわざわざ集まってくれた者だ」



周囲の視線が俺に集中する。

……思わずゾクリと背中が震えた。



「何故か?坊やだから?そんな訳は無い!……聞け、我こそは戦竜。人であり、竜でもある!」



ごくりと喉を鳴らしたのは俺か、観衆か。

だが、もう止まらない。何処までも続けるしかない。



「諸君、聞いてくれ。我々は世界の負け組。三万程度の敗残者の群れに過ぎない。だが!」



思い当たる節がある連中も多いのだろう。

軽く頭を垂れる奴も居る。額に皺を寄せる奴も居る。

……だが、大半はその視線を俺から離そうともしない。



「今は俺という庇護者が居る。……俺に従え!そうすれば生きる為の糧はくれてやる!」



我ながら、何言ってるんだこの痛い人?状態だが……何度も言うがもう止まらない。

ここまで来ると厨二全開でも無いとやってられないのだ。

……自身の精神年齢に関してはもうこの際忘れておく。



「この地に俺達の理想郷を作り上げる!異論は認める!が、気に入らないなら出てけ!」



こんな建国宣言があるかい!

と自分自身で突っ込みを入れたくなるが、実は半ば以上本音である。

いや、不満分子抱えてる余裕はマジで無いから。



「従う物には幸いを!抗う物には滅びを!世界の動乱をこの世界の果てで嘲笑うのだ!」



いや、しかし我ながら俺自重しろ、だな。

何処の独裁国家だよこれ!?



「敗者にも再起の機会を!底辺より這い上がるチャンスを!それを与えられる社会を目指して!」



あ、これは元々の演説原稿の一説。

……やっぱり再起の機会は重要だよね?



「なお、これに先立ち……俺は己の名をカールと定める。……古の偉大な王の名だ」



そしてこれも予定通りの部分。

……カルマの名は何だかんだで破壊には適するが創造には適さない気がするのだ。

何せ商会が上手く行ったのも、なし崩しに改名したからの様な気もするし。

……因みにその後にこう続く。



「そして我等はこの地より世界と言う猛牛に挑む戦士。よってセカンドネームはマタドール!」



そして、いつの間にか世界でも有名になってしまった苗字をつけて完成と言う訳だ。


「俺の新たなる名はカール!……カール=M=ニーチャ!」


愛称にはカルマの名を残しつつ、

公人としての俺は今後こう名乗る事にしようと思う。

今日から俺はカール=マタドール=ニーチャ大公だ!


何と言うか……ネーミングセンスの余りの悪さに涙がこぼれそうだけどな。


……しかしまあ、随分遠くまで来たもんだと思う。

寒村の貧乏農民が遂に、ねぇ?

さて、締めと行きますか……演説の最後はやっぱり何かの宣言で終わるべきだろうし。



「ここに、カール大公の名の下にレキ大公国の建国を宣言する!」



……その瞬間、怒涛の轟音が大気を震わした。


「カール大公殿下、万歳!」

「戦竜公、万歳!」

「俺達の国に、万歳!」

「荒野の理想郷に、栄光あれ!」


人々の歓声に合わせるかのように竜が吼える。

そして、竜の雄叫びに呼応するかのように人々の歓声は更にそのボルテージを上げる……。

……それは幻想的なのか狂気の沙汰なのか判断つきかねる光景であった。


いや、しかし我ながら何をやってるんだか。

冷静になってみると演説は支離滅裂だし死ぬほど恥ずかしいぞこれ?


「戦竜公万歳!」

「万歳!」


しかも周囲の扱いが竜そのものになってないか?

ドラゴン達の視線が掛け値無しに友人に対するそれな上に、

どういうつもりか周囲のお爺さんお婆さんが俺を拝んでるんですけど?


「ありがたや、ありがたや」

「生き神様ですよ、おじいさん」


いや……俺、取り合えずまだ人のつもりなんだけどな……。


……。


まあ、こうしてこの日、

世界に新しい小国家が一つ誕生する事となった訳だ。

竜達の去っていく後姿を尻目に、祝いの宴が続いていく……。


だが世界の大半にとって、それは大したニュースとなりえなかったようである。

何故なら大陸では二箇所で大規模な戦争が今も続いている真っ最中であるからだ。

……取るに足らない都市国家の建国など実は大して珍しい事でもなく、

誰もが戦争時のドサクサでしかないと感じている。

それに、そもそもこの国の存在を知るもの自体が今の所殆ど居ない。

ただ……ごく一部には衝撃が走った事は確か。


それが、レキ大公国の最初の評価であった。


ま、俺としてはありがたい事だけどな?

本当は誰にも知られずに居たかったが……贅沢は言わんさ。

さて、明日も忙しそうだ。

先ずは何から始めるか?


「ぴー」


……取り合えず、アイブレスの寝床作りからだな。

しかしコイツ、なんでここに住み着いてるんだろう?


***建国シナリオ3 完***

続く



[6980] 44 群雄達
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/14 16:46
幻想立志転生伝

44

***大陸動乱シナリオ1 群雄達***

~そして魔王復活未満~


≪side リチャード≫

「そうか。カルマ君が遂に一国の主、か」

「左様。そして我が主は事実上の大公妃殿下となられました」


カルマ君とルンちゃんを送り届けた魔道騎兵団騎士団長ジーヤが帰国したのはつい先日の事。

率いていた五百名の兵の内三百名を引き連れての帰還だった。

今日はようやく王都の修復もひと段落着いた事もあり、旅の報告を受けているわけだね。


「レキ大公国か……あの状況じゃ自分の国でもないと安心できなかったのかも知れないな」

「兵の内、お嬢様に二百名が付き従いました。私はまだこの国への恩義が残っておりますゆえ」


それ故に帰ってきてくれた、か。

ありがたいね。


正直、実戦経験のある指揮官と精鋭の兵は幾ら有っても足りることは無い。

それに、カルマ君が君主をしている国家があるというなら、

援軍すら期待できるかもしれないな。


まあ、追い出した僕らの言う事を聞いてくれるかは微妙だと思うけど。


とにかく情報としては値千金だ。

さっそく書状を送ってみることにしよう。


「では早速手紙を書こうか。カルーマ商会の速達なら、親書を三日以内に届けてくれる筈だし」

「ああ、マナリア以南なら何処でも三日以内に手紙を届けてくれると言う新商売ですな?」


あの商会の商売は相変わらずそつが無い。

値は張るがその価値はあるサービスだと思うよ。

片道一か月はかかる道のりをどうやって短縮したのかは知らないが、

手紙が早く届くのはとても便利で良い事だからね。


そう言えば、カルマ君はカルーマ総帥の族弟だったか。

ならば彼の国にはカルーマ商会の資金が流入している筈だ。

……恥を忍んで資金援助も頼むべきだろうか?


「……と言う訳で、君のお兄さんにお手紙を頼みたいんだけど」

「むり、です。まだ、あそこには、いんふらせいび、されてない、です」


だが、カルマ君に同行しなかったらしい妹さんを呼んでみると、

まだ速達の配達網がレキ大公国には出来ていないと言う回答が帰ってきた。


「とどくことは、とどくです、けど、まだふつうより、すこし、はやくとどくだけ、です」

「なら仕方ない。それで良いよ?使節団を派遣する余裕は今のマナリアには無いし」


一般的な冒険者とかに配達を頼んだら、あんなとこに街があるわけ無い、

そんな一言で斬って捨てられるだけ。届くだけでも僥倖だね。


……それに……速達が届かないなんて嘘だろうしね。


だってそうだろう?

あのカルマ君が、自分の本拠地にそんな便利な物を優先配置しない訳が無い。

恐らく数日中には彼の元に書類自体は届いている筈だよ。


ま……要するにだ、彼は僕の親書を握りつぶしたいって事さ。

忙しいのもあるだろうけど、それ以前に色々引っかかっている所もあるんだろう。

もしくは……姉だと言うあの人と僕を天秤にかけているのかも。


ふう。しかし友人を大切にしなかった罰が当たったのかもしれないな。

こんな時こそ力を借りたい所なのだけど。


……ままならないものさ、人生とはね。


……。


さて……アリシアちゃんに手紙を持たせて下がらせると、僕は主だった家臣を謁見の間に集めた。

勿論この内乱をどう治めるかを議論する為だ。


「皆、よく集まってくれたね。早速だが良い報告がある」

「おーっほっほ!リオンズフレアの恥さらしからご報告いたしますわ!」

「応!お坊ちゃん。前線の町を幾つか落としておいたぜ?」


リオンズフレアの人間として動き始めたライオネル君の働きは本当に見事なものだ。

あのお坊ちゃんと言う僕の呼び方も……まあ素の部分も多々あるだろうが、

それでも基本的には出会った当初から親しみを込めてくれていたのだと最近気付いた。

レオ君は出奔してしまったがカルマ君の下ならまあ問題にはなるまい。

そして当主のリンちゃんは兵の調練から資金調達まで幅広く活躍してくれている。


「これでマナリア中央部はほぼ奪還しましたわ!」


うん。流石はリオンズフレア公爵家だね。

伊達に四大公爵で唯一離反者を出さなかっただけはある。

正直君達が残ってくれなかったら既に敗北していただろう。

感謝しているよ、本当にね。


「では次は私達だな?昨日より我がランドグリフ家は魔道騎兵と共に敵主力と一当てしてきた」

「しかし残念ながら押し負けました。幾ら主力を欠いていたとは言え、申し訳ありません」


外野から野次が飛ぶ。

醜いね。貴族としてあってはならない行為だと思う。

でも僕はその立場上それを止める事が出来ずに居た。

何故って?……皆の怒りはもっともなのだから。


……ランドグリフ公爵家は当主を先日の動乱で失っている。

新当主のランには実戦経験が不足している上、西の連中に士卒が殆ど寝返ってしまっている。

だから主だった将など残っては居ない。皆こぞって西に向かってしまったんだ。


と言う事で残った僅かな兵を率いるのは、

研究者で教育者上がりの若輩当主。

そのせいだろう。毎日のように脱走者が出続けているのだ。

かつての四大公爵筆頭の面影を、その弱卒の群れに見出せる者は殆ど居ないだろう。

馬鹿にされても仕方ないと本人達でさえ思っているようだ。


だが、魔道騎兵に至っては更に悲惨だ。

主君たるルーンハイム公爵家は当主が敵に寝返った上に跡継ぎは出奔。

挙句勇者であり公爵夫人でもあるマナ様から公爵家の断絶が宣言され、

当のマナ様自身も責任を取るといってふらりと国を出て行ってしまった。


……あの方の力が一番必要とされる状況だと言うのに。


つまりだ……ルンちゃんの元に居る二百名以外は一人の脱落者も出していないと言うのに、

それを指揮するべき人間が誰も居ないのだ。

その上、本来の主君が戦場に出てきたらきっと裏切るに違いないと警戒され、

半ば厄介者扱いされている始末。

……ようやく騎士団長が帰国しまともな軍事行動が取れる状態に戻ったと言うのに、

既に兵にはやる気が失われつつあると言う始末。

機動力、打撃力共に高く実戦経験も豊富な精鋭部隊であるのに勿体無い事この上ない。

……僕としては主力の一つとして運用したかったのだけど。


でもまあ、レインフィールドに比べればまだマシだけどね。


リオンズフレアは言うに及ばず、

ランドグリフ、ルーンハイムの両家もそれなりの戦力を残してくれた。

だが、レンちゃん……なんで君はよりによって全戦力を連れて裏切ったりするのさ?

こういう時は普通、双方に一族を分けて滅亡を避けるものじゃないのかな……。


ともかく、状況は楽観を許さない。

現在、兵力は拮抗しているが敵はサクリフェス……神聖教団から支援を受けている。

……対してこちらは備蓄を切り崩して戦っているような状態だ。

これから段々と物資は減少していくだろうし……。

せめて味方を労う事は忘れないようにしないといけないと思うね。


「ランの家は当主が先日骨との戦いで死亡して、魔道騎兵は旗頭を欠いている。仕方ないさ」

「殿下。私も実戦をもう少し経験しておくべきだったのか……」


いや、ランは良くやってくれているよ。

何せ魔力が全ての我がマナリアで、

僕と姉だと言う人との実力差が明らかなのに、それでも付いて来てくれている。

それだけでどんなに救われているのか……。


「……早くこの戦、終わらせたいですね、殿下」

「そうだね、ラン」


「そして、可愛い男の子達が安心して過ごせる世界を取りもどさねば」

「台無しだよ、ラン」


「……細かい事は良いんですわ。兎も角勝たねばなりません事よ?」

「左様ですな。しかし何人の兵を屠っても、敵大将をどうにかせねば如何ともしがたい」


「応!もし一騎討ちなら俺が必ず倒してやるぜ?」

「駄目だろうね。そもそも君では請けて貰えまい。彼女達だって決して間抜けでは無いだろうし」


僕となら一騎打ちにも応じてくれるだろうけどね。


ただし僕と彼女の魔法の才には天と地ほどの差がある。

……それをどうやって埋めろと言うのだろう……。


「応、そうだお坊ちゃん。この前この謁見の間で見つけた物があるんだけどよ。やるよ」

「……これは!」


ライオネル君が差し出した物に思わず目が釘付けになってしまった。

これは……これがあれば……もしかしたらあの人に勝てるかも知れない。


……次の戦い、僕自身が出陣するのも悪く無いかも知れないね……。


……。


≪side ティア19世≫

自由の身となって暫く経つ。

現在余は王国最西端にある国境沿いの砦を拠点に戦いを続けてる。

……弟、確かリチャードとか言ったか。

奴は余に比べ魔法の才で格段に劣ると言う話だが、それでも王位継承権を余に渡そうとしない。


なんとも俗な事だな。

祖国において魔力は全てに優先するのだ。

気持ちは判らんでも無いが、

自らより勝る継承者が現れたのなら大人しく譲るが正しき道だと思うのだがな?


まあいい。

それなら力づくで奪い返すのみだ。


「ルーンハイムは居るか?」

「殿下。我をお呼びか」


うむ。以前は幾つかの故あって敵対した事もあるが、今では忠実な僕。

余の軍勢にあらずんば滅ぶのみの身と化した現在では、

正に最も頼りになる男だと言っても良いだろう。


「幾つかの集落を奪われたと聞いた。早速奪回に向かうのだ。何時までもクロスの部下に頼りっぱ

なしにも出来まい?故に兵千名を連れ即座に奪回に向かうのだ。出来れば弟だと言う男を王都から

引きずり出してくれればなお良い。流石に王都を灰塵と化すのには抵抗があるのだ。出てきたら一

騎打ちで実力差を内外に見せ付けてやる。さすればあ奴にまだ従っている連中も考えを変えるであ

ろうからな!」

「…………判った」


ルーンハイムはふらりと現れふらりと消えた。

あまり誠意を感じられぬ対応だが、まあ居ても腐った体が臭いだけ。

まともに仕事する分良しとせねばなるまい。


「あらぁ。また出撃なのぉ?」

「その通りだレインフィールドの跡継ぎよ。お前はもっと術を身に付け早く戦力になれ。流石にここに来た時点で公爵家の跡取りが十個の魔法もまともに使えぬと聞いて驚きを通り越しあきれ果てたものだ。だが、余の元に来てからと言うものはまさに遅咲きの花が咲き誇るが如く、素晴らしい成長を見せてくれているな。これなら数ヶ月以内に実戦にも出せよう。一日でも早くひとかどの人物となるのだぞ」


ルーンハイムが消えた方向からひょっこり現れたのはレインフィールド公爵の跡取り娘だ。

年頃だと言うのに片目を覆い隠す眼帯が痛々しい。


公爵級とは思えぬ無能な娘ではあったが、最近とみに実力が向上してきている。

そして自家の全軍を即座に纏め上げ、いの一番に余の元にはせ参じた忠臣でもある。


……召集の檄文を届けようとした時点で、既にこちらにやって来たのには驚いたが、

ふっ、余の人望もまだ捨てたものでは無いということだな。


「そうそう。サクリフェスからの物資が届いたそうよ殿下ぁ?」

「医薬品と食料を頼んでいたのだ。短期決戦を狙って兵には無理を重ねさせてはいるがな、やはり限度と言う物があるのだ。出来れば複数箇所を攻めたい所だが指揮官が足りぬな。お前に兵を任せるには今少し時間が欲しいし、余の復活を国内外に知らしめる時間も必要。ここは我慢だ。いずれサクリフェスの増援も参ろう、その時こそ決戦の時だ。まあ、出来ればその前に敵の総大将をこの手で粉砕し確実な勝利を確定させておきたい所だがな」


「えっとぉ。とりあえず援軍が来たらそいつ等を使い潰す、で良いのかしらぁ?」

「うむ」


当然だな。

はっきり言わせて貰えば怪しすぎる。

確かに助かるのは確かだが、ルーンハイムを勝手に不死者化したり、

その存在を完全に秘匿されていた筈の余とその監禁場所を知っていたり。

やる事なす事不気味すぎるのだ。

特に、あの地下室に余が捕らわれていた事は、

宰相か、それとも余と共に裁判にかけられたかつての部下しか知るまい。

部下達はあの場で処断されたゆえあの場を知る人間など居る訳が無いのだ。

可能性があるとすれば、風に言葉を溶かし遠隔地の同族に意を伝える術を伝えていたあの家。

余の敗北と共に断絶させられた第五の公爵ロストウィンディ家関連のみか。


だが、あのブラッドとか言う男が彼の一族に連なる者である訳が無い。

何故ならあの敗戦により一族ことごとくが殺し尽くされたからだ。

家伝も放浪していたゆえ唯一生き残った族弟により、殆どがルーンハイムに譲渡されている。

彼の者に子が出来たと言う話は聞かぬ故、恐らく幾つもの術が失伝の憂き目に合うのであろう。

これはまことに残念な次第である。


話が逸れたが……まあ、つまりだ。

余はやつらを信用しておらぬ。


「外部からの力に頼りすぎた国家は早晩危機に陥るものだ。余はそんな愚かな真似をする気は無いぞ?使うだけ使い潰したら早々にお引取り願おう。……まあ、大方教団の復権を望んでおるのであろうが、余は止めぬが手伝いもせぬ。向こうで勝手にやればよい」

「ふぅん、なるほどぉ。ところでこの戦いに勝ったらどうするんですかぁ?」


「ん?正当後継者としてマナリア王位を継承するに決まっておる。ああ、お前は良くやっているからレインフィールドは公爵級の筆頭の家柄としようぞ。ロストウィンディも再興させて……ルーンハイムはどうするかまだ決めておらぬがその他の二家は断絶だな。それで全てあるべき姿に戻る」

「そっか、そうですかぁ。……有難う御座いますぅ。私は勉強に戻りますねぇ?」


うむ。あのような娘が残っているのならまだ祖国の明日は明るいな。

そう言えば、内政官を探していたのに変態が来た時はどうしようかと思ったが、

即座に追い出せと言ってくれたのもまたあの娘だった。

上手く育ってくれた暁には余の側近として動いてもらおうか。


……おお、そうだ。


ついでに聞くべき事があったな。

行ってしまう前に聞いておこうぞ?


「そう言えばレインフィールドよ。余を救った兄妹の所在は知れたか?」

「もちろんよぉ?でもぉ。私達に味方はしてくれるけど、こちらの戦力にするのは無理ねぇ」


「……矛盾しておるが?」

「あの人と弟殿下は親友なのよぉ。それを助けないって……凄くコッチに気を使ってる証拠よぉ」


ふむ。余の事があるため向こうの手助けが出来ぬと?

そういうことなら止むを得まいな。

元々我がマナリアの内乱でしかないのだし。


「ならば」

「せめて向こうには付かない様にさせてご覧に入れますねぇ」


判っておるな。

……やはり余の元にはせ参じる者は有能な者が多いのだろう。


やはりあの弟に従うのは家名に縋るしか能の無い無能者か、

以前の戦いで余に逆らった為こちらに来ようが無いライオネルのような輩のみなのだ。


「……あの弟も、そんな輩に操られておるのだろうか?」


やはり先ずはあの弟王子を陣から引きずり出し、実力差を見せ付けてやらねば。

さすれば自然と、アレも余に下ろうと言うもの。

そうすれば残りは旗頭を失い、意地のみで戦う後の無い有象無象のみとなる。

こうなれば勝ったも同然だ。


「待っておれ、余の王位よ」


折角拾った機会なのだ。

……絶対に無駄にはせんぞ……?


……。


≪side 神聖教団新本部・警備主任≫

あの呪わしい俗物どもとの戦から早数ヶ月。

奴等に下った振りをして捲土重来の機会を伺っていたブラッド司祭の秘策により、

我等が信仰はこのサクリフェスと言う都市国家に生き延びました。


表向きはただの修道女ではありましたが、その実諜報部門の長であり、

更に大司教様の妹君でも有ったシスター・フローレンスが枢機卿の位に昇られた事もあり、

教団はいまだ健在だとひしひしと感じています。

先日の戦乱に心を痛められ心を壊されていたと言う枢機卿も先日やっと回復され、

ようやく体制が整ったという所でしょうか。


現在はマナリアの反体制派を援助するなどして友好勢力の勢力拡大に貢献しているようです。

反乱の首魁は天才的魔法使いだと聞きますし、彼の国に信仰が戻る日も近いのでしょう。


……私はそんな状況下、枢機卿をはじめとするお歴々が並ぶ会議室の警護責任者を務めている。

全くもって、重責に身が引き締まる思いです。

現在も教団、引いては世界の行く末を左右する会議の真っ最中なのですから。


「それでは、今日の会議を始めます。ブラッド戦闘司祭、カルマさんの動きは?」

「ヒヒヒ……足元を固めるだけで手一杯のご様子。ま、慣れない建国などするからです、ケケッ」


長き眠りから覚めた枢機卿は日々教団の為に駆けずり回っています。

修道女から一足飛びに枢機卿などと言う重責を負わされてもそれを意にも介しません。

先日も街の有力者達から金貨五十枚ほどの寄付を募ってきたばかり。

現在の教団は慢性的資金不足。

その為に鬼気迫る働きを見せる枢機卿はやはり大したものだと思うのです。


「そうなんですか。では暫くは安心して資金集めが出来ますね」

「ハ、ヒヒヒ……枢機卿、毎日同じ事ばかりですねクヒヒヒヒヒヒィ!」


「よぉく考えてみてください。お金は大事ですよ?」

「クフッフフ!まあそれはそうですね。ところでティア王女に関してですが……ヒヒヒヒ」


「兵は出しましょう。手伝うと約束したなら……でも、お金はびた一文出さないで下さい」

「フフフ、現状では資金より兵の方が厳しい状態ですが」


「駄目です。出来るだけ兵を預けて恩を売り、ついでに養ってもらうべきです。そうしましょう」

「フフ、アハハハハハ……相変わらずお金に五月蝿い方ですね、ケケケケケケ」


「ですけど。私も起きたらいきなり枢機卿なんて……このやり方しか知らないんですよ私は?」

「ウフフフフ、判りますよ?ですけど現在旗頭は貴方しか居ないんですよね。クク」


「ですよね。でも私は、出来れば前線で……肉とか潰してる方が、うふ、ふ、ウフフフフ……」

「ひょ!?それも判りますとも。今少しお待ちを枢機卿。ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒ……」


突然雰囲気の変わった枢機卿に新参の数名が目を見開き震えています。

まあ、すぐ慣れるとは思いますが。

それにこれぐらいで驚いていては、恐らく一か月持ちませんよ?


……それにしても、会議の回数を重ねるごとに発言する方が減っていますね。

最近では異端審問官ブラッド"戦闘"司祭と枢機卿しか話さないこともしばしばです。

まあ、余計な事を言ってあのお二方のご不興を買うと文字通り飛ばされますからね。

それも当然でしょうが。


因みに戦闘司祭とは新設された新たなる位階でして、基本はただの司祭と変わりませんが、

戦争に関してのみ全権を任されると言う特殊な立場なのです。

……戦いだけやりたいというブラッド司祭、そのたっての希望で作られました。


「ところで皆さん。以前からお願いしていた諜報部門の再建は出来ましたか?」


「……今少しお待ちを。訓練が終わり次第各国に送り込みますので」

「彼の国に新たに二人送り込みました。現在存在する八名の内三名が国外追放を受けましたがね」

「そう言う訳で現在間者は七名、その内二人は早くも王城に潜り込んだと報告が」


「……それはマズイですね」

「クフフフ、その通りです。感づかれてますよその二人は。ヘヘヘヘヘヘ……」


「そんな!?ですがかなり詳しい報告を何時も送ってくれるのですが」


「ですけど内容が薄いですね。これは泳がされてると見たほうが良いですよ?」

「ヒヒヒヒヒ、幼稚な手です。いざと言う時に偽情報を流させるつもりなんですよ、ウフフフフ」


「むしろ、市井の暮らしに馴染んだ者からの報告のほうが信頼できますよ」

「ヒャハッ!できるだけ目立たず、かつ情報を素早く手に入れる、それが大事です。クククク」


恐ろしいお方だ。

スパイ逆用の戦術に気付いておられるとは。

だが、そうでなくては意味が無いと私は思うのです。

簡単に騙されるようなら逆に怪しい、はこちらにも言えるのですから。


「で、では王城に潜入した者は下がらせますか?」


「駄目ですよ?折角だからその人には向こうに寝返った事にしてもらいます」

「ウフフフフ、いざと言う時に偽情報を流し返すのですね、クケケケケケケ!」


「そういう事です。では、来るべき日に備えお金をじゃらじゃら溜め込みましょう」

「ケケケ!それでは解散です!」


そういう事ですか。

寝返ったように見せて実は寝返っていないと。

しかももしばれたとしても、既にスパイである事はばれているので損はしないということですか。

確かに有効な手ではあると思います。

ただし、本当にスパイが寝返りさえしなければ、の話ですが。


……。


「ええと。今月の収支は金貨二百枚の黒字……子供たちにも幾らかは回せますね」

「孤児院への予算でしょうか?」


「あら警備さんお疲れ様です。もう少しだけここを使わせてくださいね?」

「無論です。私などに断る必要は有りませんよ枢機卿」


会議が終了し人の居なくなった会議室。

そこでは未だ部屋の中央に居座った枢機卿が金貨の入った麻袋を弄り回しながら、

なにやら計算をしているようでした。

……思わず話しかけてしまいましたが……まあ、怒ってはおられないようですね。


「いえいえ、これは個人的なものですので公的な場所でやるべき事ではないんですが」

「ですが、恵まれない子供たちへの施策なのでしょう?でしたら問題無いかと」


「それは良かったです。私室は小銭で埋まっちゃってまして寝る所しかないんですよね」

「そ、そうですか……それは……よかったですね」


「まったく、寝てる内に商都銀行の預金は差し押さえられてるし情報網は寸断されてるし」

「それは仕方ない事かと。なにせ敵国ですから」


「どうやってお金儲ければ良いのかわかりませんでしたけど、お布施集めればよかったんですね」

「……えーと、もしやそこの金貨は……」


「いえ、壷を売って得た利益です。私が行くと原価の百倍位で買い取ってもらえますので」

「……それは詐欺では」


「そうでもないです。私のサインも入ってますから」


……枢機卿が何を言っているのか判りません。


「それと、免罪符も高く売れますね。昨日も100枚くらい書きました」

「最近免罪符を見せて盗みやら殺しやらを正当化する輩が多いのは貴方のせいですか!?」


「え?神様は許してくれると思いますけど、現世の罰は受けなきゃ駄目だと」

「免罪符で現世の罰が免ぜられると皆信じきっておりますけど」


「……きちんと刑罰は受けるように言っておきます」

「ですがそれでは免罪符は売れなくなりますけど」


「暫く放置ですね。後で折を見て話す事にします」

「即答ですか!?」


「では、急用を思い出しましたので私は帰りましょう、そうしましょう」


ぷいと横を向いた挙句会議室のテーブルから金貨を引っつかむと、

枢機卿は逃げるように部屋を出て行ってしまいました。


「まったく、困ったお方です」

「でも、お陰でこっちもやりやすいであります」


おや、おいででしたかアリス様。

敵地のテーブルの下に潜むとは大胆なのか無謀なのか。


「お疲れ様下僕1号。今日も色々収穫が有ったでありますね」

「はは、伊達に大司教健在の折より貴方がたにお仕えしている訳ではありませんよ」


いかなる策謀も、相手側に知られていては意味が無い。

枢機卿もあの化け物にマークされた時点で終わりなのですよ。


……まあ、蟻の僕と化した私にはもう、関係の無い話でありますけどね?


え?俗物?ええそれはもう大嫌いですよ。

ただ、もう逆らう気がしないだけです。

……全ては女王蟻の為。どうせ死んでも代わりは幾らでも居ますしね……。


……。


≪side 傭兵王ビリー≫


「だああああああああっ!俺様ともあろうものが!」

「旦那ぁ!前線が崩れだしやしたぜ」

「やっぱ、払う給料が無いと駄目ですな、逃げますかぁ」


ちっ、サンドールの大軍が攻めてくるって言うからって、

傭兵どもをまるごと引き上げさせたのは拙かったかも知れねぇ。

……大陸中の契約先から突きつけられた違約金。

そして兵に払う給金で俺様の国の台所は火の車よ!

どうだ参ったか?


……本気で参ったぜ。


「タクトの爺さんは何処にいやがる?金払わないと戦わないって奴が出てきてるぞ!」


五月蝿ぇ!その事は言うな!

こんな非常時に表に出せる訳が無いだろ!?

冗談じゃ、冗談じゃ無ぇ!


「ククク、金が無いなら敵から奪えば良いじゃねぇか?俺等は傭兵だぜ?」


「いや、旦那。ところがどっこい……連中にとって俺等の方が略奪対象なんでさ」

「連中の大半は奴隷兵。武器は棍棒とか槍とは名ばかりの棒切れでさ。服に至っちゃ腰布のみ」

「こっちに略奪のうまみはゼロですわ。逆に連中、略奪許可が出てるらしく……」


判ったぜ!俺達は傭兵。当然命を守る装備に金をかける……だよな。

当然、結構な値が付くものも多いわな?


「……って事はよ、連中は夜盗まがいの事してるって事か?」


「へい。敵の食料は現地調達らしく荷駄隊も存在しやせん」

「夜盗と言うよか野獣の群れでさ」

「奴等が通った後には戸板一枚残ってないそうですぜ!」


畜生、乱暴狼藉は傭兵の十八番の筈だぜ!?

それが略奪される方に回ってるって言うのか?


……いいだろう。俺様達を怒らせたらどうなるか、見せてやらぁ。


「なら、守りは止めだ!直接敵の本国を叩くぜ!」


「無理でさ。サンドールまで辿り付く前に飢えと渇きで兵がやられますぜ?」

「しかも、あの国の殆どは貧しい。金持ってる奴は王都に一握りくらいでさ」

「あんな奥地まで行けって言っても、報酬前払いでも無いと動きやせんな」


ふ、ふ、ふ……所詮は傭兵の集まりってことかい。

アイコクシンの欠片もありやしねぇ。

傭兵の傭兵による傭兵の国、なんて俺様の頭の中にしか無いのかね?


この国が無くなりゃ傭兵なんぞ基本的に二束三文でしか雇ってもらえなくなる。

この国の傭兵は纏まった数を即座に出せるから結構な値を付けて貰えるのさ。

個人でも良い金出してもらえる兵は直ぐに士官も決まるだろう。

……だが、そうで無い奴はどうなる?

そこに残るのはまさしく使い捨てにされる俺達の姿。

万一の時に報復も出来る国家と言う力。それが無いなら搾取されるだけだってのによ?

……何でドイツもコイツもそれが判らんのかねぇ?


ま、そんな目に遭う奴は最近居なかったからだろうけどよ。

何かあった時は他ならぬ俺様がしゃしゃり出てたからな。


「最近は逃げる奴も増えやしたからね」

「……けっ、何処に逃げるって言うんだよ?所詮俺様傭兵なんてのははぐれ者だぜ?」


アルシェの奴みたいに居場所を見つけた奴は良い。

けどよ、そうで無い奴はどう考えても厄介者扱いしかされないぞ?

それでも良いのか?


「マナリアとかに行けば食いっぱぐれ無いそうで」

「ククク、そんなの今だけよ。内乱収まったら放り出されるぜ。そん時後悔しなきゃ良いがな」

「……違いないでさ」


アルシェで思い出したが、アイツ上手くやってるのかね?

気立ては良い娘だが、どう考えても国家元首の嫁なんぞ務まる女じゃないと思うが。

……ま、お相手がお相手だ。別に貧乏臭くても問題は無ぇか。

それにサンドールの属国だっけか?ある意味これ以上も無く安全だ。

俺にとっても娘みたいなもんだし、上手くやっていけるならそれで良いけどな。


「よっしゃ。取り合えず無いもの強請りしてても仕方無ぇや……俺様が出る」

「へい!」

「……ところで、資金はどうしやす?金が無い事を悟られたら一気に崩れますぜ?」


「借りる!商人連中には砂漠の阿呆どもを追い返したら賠償金で返すとか言っとけ!」

「へいっ!」


……守りに入るわけにはいかねぇ。

傭兵国家といっても王宮とか砦とかがあるわけじゃない。

俺様の住家も古い貴族屋敷でしか無いんだ。


攻めて攻めて攻めまくる。

これが出来ない時は……まあ、勝ち目無いわな。


「バリスタ隊を前面に押し出す……遠距離から戦意をぶった切るぜ!」

「へい!」

「え?あの……その。バリスタはもう売約済みですぜ?」


……は?

もう売れたのか?それも全部かよ?


「そうかい。ククク……けどよ、それなら資金的には余裕が出来るんじゃないか?」

「いや?代金先払いしてもらって兵達の飯代にしてますぜ?」


「……そうかい」


進退窮まったか?

いや。まだだ。

決定的な勝利さえ収められりゃあ逆転の目はある。

……個々の戦力は比べ物にならねぇ。

それに奴等は訓練もまともに受けてない。一度負ければ士気も崩壊する筈だ。


「よし!俺様が出る。フェイス、フォックス、エヴァ。それにドミナは続け!」

「奴等を使うので?連中は桁外れの報奨を要求してくるに決まってますぜ?」


「他に手はねぇ!ピエールは結婚と同時に引退しやがったしな!」

「コンドッティエーレさん、それにハスカールの奴は?」

「先日契約が切れて去って行ったよ!」


ククク……頭が痛いぜ。

有能な奴は沈む船から逃げるネズミのように去っていきやがる。

そうで無い奴は無駄に屍を晒すだけ。


「辛ぇな。だが、この国は俺が育てた……つまり俺が居る限り無くなる事は無ぇ!」

「旦那が出るぞぉぉぉっ!」

「出撃だ!野郎ども続けーーーーっ!」


はっ。先に言っておくが早々やられはしねぇぞ。

何せ、俺様は……不死身だからなぁ!


……。


≪side シバレリア帝国皇帝≫

少し肌寒い。ここはかつての怨敵の居城。

だが、今は私の家。

そして……我が国唯一の拠点である。


「さて……今月はどの部族の村に赴こうか?」

「先日下した者達から、少し南に大き目の集落が幾つかあると連絡がありましたよ……陛下?」


30年来の付き合いのある友人が私の下で側近を勤めてくれている。

まあ、陛下と言う呼ばれ方は……少々こそばゆいがな。


「そうか、ではそこに向かい我々に従うよう促すのだ。……貴公も来て欲しい」

「ええ。貴方はカリスマであればいい。細かい交渉はわたくしが行いますから」


頼りになる事この上ない話だ。

確かに私に交渉の才などありはしないしな。


……あの者の言うとおり、過去を捨て放浪する事数ヶ月。

気が付けば千に近い集落と十万に近い人民を統べる一国の王か。

魔物に襲われた小さな集落を助け、その族長に推された日が昨日のように思い出せる。

そして今後の事を相談する為向かった先で死の眠りに落ちていた友を救った。


「済まぬな。本当は貴公も帰りたかろうに」

「いいえ。貴方の言うとおり理想を捨てたわたくしに、帰る場所などあってはなりません」


「そうか……感謝する、友よ」

「いいえ。わたくしも憑き物が落ちた気分です。重荷を下ろしたお陰で心地よいくらいですよ」


そうか。

私の新しい願いの為に犠牲を強いてしまっていたかと思っていたが、

例え建前でもそう言ってくれるなら助かるという物だ。


「シバレリア帝国軍、出撃!」

「わたくしたちの国威を見せるのです、隊列を崩すな!」


「「「「皇帝陛下、万歳!ウラアアアアアアアーーーーーッ!」」」」


しかし、皮肉な物だ。

魔王の城を勇者が……おっと、今は皇帝だったな。

呪いにやられぬよう、気持ちもきっちりと切り替えておかねばいかんだろう。

ここまで大きくなった我が国を、今更失うのも癪だ。


……しかし、運が開けた物だ。あの者には本当に感謝せねばな……。


……。


≪side ガルガン≫


「のう、村正よ。……飲みすぎじゃ」

「うるへー。のんでなきゃ、やってられっかいでござるよー?へへへへへへ」


哀れすぎる。

先日カルマの消息がわかったらしいと喜んでおったと思ったら、

今度はいきなり連夜、潰れるまで飲み続けておる。

一体何があったのやら。


「だいたい、カルマ殿が竜だとか言われてもぜんっぜん理解できないで御座るよーっ?」

「人が竜になる訳ないじゃろ。少し落ち着かんかい」


「……ううう、信徒連中は全部拙者が悪いって虐めるので御座るよ。もうやってられぬで御座る」

「落ち着け村正。お主がしっかりせんで誰がこの国を引っ張るのじゃ?」


ただでさえ食い詰め傭兵が多数押し寄せておるのじゃぞ?

竜の信徒とやらも何か分裂して争っておるそうじゃし、

……本当にしっかりしとくれよ……。


……。


≪side サンドール将軍・セト≫

はっはっはっは!笑いが止まらんな。

前回の戦では北東部の一部を得たに過ぎんが、今度は国一つ飲み込めそうだ。


「セト将軍、指揮官不在、如何?」

「アヌヴィスか。指揮など不要だ。奴隷どもの欲を撫でてやればそれで良い」


現に略奪した物を全て与えると宣言したその日から進軍は快調そのものではないか。

これ以上何をする必要がある?

俺達は酒でも飲んで勝利の報を待てばよいのだ。


「呆。我、指揮代行。許可、求」

「お前がやるなら安心だな。全軍の指揮を任す。好きにやれ」


「……承知」


呆れたような表情を浮かべアヌヴィスが天幕から出て行くが、あれも心配性な事だ。

奴隷など幾ら死んでも二束三文。

一度負けようが二度負けようが、次々新手を呼び寄せれば良い。


「傭兵国家を下したら次は商都か宗教都市か……フフ、笑いが止まらん!」


暫く前まで遠征軍どころではなかった。

カルーマ商会から流れ込む資金に感謝せねば。

あの商会からの税収のお陰でこれだけの軍が編成できるのだからな?


「あの……カルーマ総帥が大公に任ぜられたと言う話は本当ですかのう?」

「何だ、居たのかアブドォラ」


今回の遠征で一応の俺の副官となっているアブドォラがおずおずと話しかけてきた。

ふふふ、コイツも少し前までは国でも有数の奴隷商だったのにな。

欲を出して貿易の真似事なぞするから財を失う事となる。


……まあ、お陰でコイツの所有していた奴隷達が極めて安値で手に入った。

俺としては願ったり叶ったりだ。


「その通りだ。ハラオ王は年間金貨五千枚の朝献を条件に奴をレキ大公とした」

「そんな。わしは確かに奴が外国人だと伝えた筈なのに……」


馬鹿かコイツは。

今更誰もそんな事気にしていない。

とんでもない大金を毎年落としてくれる奴等を自ら追い出すような阿呆が居ると?


しかも、気付いているかは知らんがコイツのやった事は明らかな背信行為。

偉そうに王の前で密約の事を話していたが、

後ろから刺されても最早文句の言えん立場なのだぞお前は?


……とか何とか誰かが言っていたような。

まあ、俺には関係ないがな。


「そんな事よりアブドォラ。兵が足りん。三日以内に五百の奴隷を連れて来い」

「……ははぁ。……わしは結局、奴隷商以外にはなれぬのか……」


んー。と言うか、恐らく奴隷商にも戻れんだろうとアヌヴィスが言っていたな。

契約相手との密約を勝手に反故にするような奴は最早信用されんとか。


俺でもそれぐらいは判るぞ。

今は軍の後ろ盾があるから良いだろうがな?


「くっ、くそっ。やはりあの男は疫病神だったんじゃ!」


かつての大商人も老いたものだ。

まあ、適当に利用して後はポイだし、どうでもいい。


さて、アヌヴィスにだけ任せるのも手柄的に問題だな。

俺も少しは手柄を稼いでおくか……。


「よし、そこの奴等俺に続け!金目の物を探しに行くぞ!」

「「「おおーーーっ!」」」


そう言えば。レキの連中は今頃どうしているかね?

連中、捕虜を欲しがっていたらしいが……幾らか手に入れておくか。

俺も小遣いが欲しい所だしなぁ?


……。


≪side ??≫

繋がった。

幾度か危機に陥り、その度に感じる事となるこの感覚。


……魔力には使用者の人格が宿る。

そして、呪いとは魔法である。


呪いは殺害者に対し嫌がらせを行う。

だが、同時にそれは次世代の者には高い身体能力と魔力と言う福音として現れる。

故に、呪いを受けた一族同士はいずれ出会う。

何故か?有能なものはいずれ頭角を現すものだからだ。


そして……何時か血は結ばれる。

分かたれた魔力が出会った時、わらわは再び蘇るのである。


これが、わらわが最強たる証明。


敗北したものの子孫となりその力と戦術を受け継ぎ、

更に先代より受け継いだ太古の英知と組み合わせて己の力となす。


……それは、この身がこの世に生み出された時より続く使命がため。

その存在が始まった時既に与えられていた世界を守るための力なのだ。


わらわはそうやって、幾度と無く殺され、そして生き返ってきた。

……まあ、ここ数百年では久々であったがの。


ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふ……。




『ふははははは!……わらわは、ここに、蘇り!我こそ魔王!魔力の王にして管理者なり!』




……。


「先生!赤ちゃん出来た……!」

「なんだってー!?つーか、結婚式は昨日……」


しかし、わらわ、か。

此度は女として生まれてくる訳だな?

……しかも、先代の孫が父か。

面白い事になってきそうじゃのう?


『て言うか、俺の、俺の子が……魔王?』

「先生、この子は天才。もう古代語覚えてる」


「あ、いや…………そうだな、ルン」

「私も古代語使えればよかった。赤ちゃんと、お話したい……」


ふふふふふふ、さあ、おののくが良いわ!

どうするのかの?

我が子を殺せるのか、父よ?


『だが、おなかの子は知らない。自らがあたしの玩具にされることなど……なんつて』


は?

誰だ、おぬしは?


***大陸動乱シナリオ1 完***

続く



[6980] 45 平穏
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/30 20:17
幻想立志転生伝

45

***大陸動乱シナリオ2 平穏***

~動乱大陸で唯一平和だった国~


≪side カルマ(カール大公モード)≫


「カール=M=ニーチャ大公殿下のおなーりー」

「いや、そんな畏まらなくて良いから……」


俺がレキ大公国大公なんてものになってから早一ヶ月。

先日遂に結婚式も行われ、

国がはじまって最初の大イベントだと大いに盛り上がったのは記憶に新しい。


だが、その日の晩……12時を回った深夜に事件は起こった。


『ふははははは!……わらわは、ここに、蘇り!我こそ魔王!魔力の王にして管理者なり!』


魔王復活。

それも俺の子として今まさにルンの腹の中で細胞分裂を繰り返しているようなのである。

しかもよりによって娘ですか。

母親の腹の中から偉そうに吼えてるだけだから実害は無いが、

正直ぶん殴ってやりたいのにそれも出来ず色々とストレスが溜まる。

その上、


「……早く大きくなって」

『よいのか母?わらわはマナリアだけは確実に滅ぼすぞ?』


「せんせぇ……この子、言葉に反応した……」

「…………嬉しそうだな、ルン」


「幸せな、家庭……もうすぐ」

『……後10か月だ。まあ首を洗って待っておれ』


……ルンが幸せそうでもう何と言うか、言い辛い……。

今までろくな目に遭わなかったからな。

これで我が子が魔王だなんて知ったらどうなるか判らんぞ?


「幸せ……夢みたい」

「覚めなきゃ良いな。……良い夢なら」


夢見心地が悪夢に変わる、か。

本当に運が無いよなコイツ……どうしてやれば良いんだ俺は。


「妹分ゲット!あたしと一緒に遊ぶんだよー!」

「おどるです、それ」

「あ、それ、それ、それ。であります!」


『俺たち緑鱗族の未来も明るいか』

『偉大なる管理者の復活だ。アイブレスの事も含め今年は慶事が続くものだ』

「ぴー♪」


人外連中は顔をニヤケさせてるし。

……ああもう、頭痛ぇ。


「……と言う訳で10ヵ月後に魔王が復活する。それについてお前たちの意見を聞きたい」


そう言う事なので、今日は主だったメンバーを集めて緊急会合を開いた訳だ。


「カルマ先生、いや殿下……その魔王、確かにわらわと言ったんですよね、ハイ」

「ん?ああそうだ。娘として生まれてくるらしいな」



「生まれてくる命に貴賎はありません!このルイス!姫様をお助けしたいと望む所存ですハイ!」

「「「「「我等、幼子を見守る会も協賛しております!」」」」」



……ですよねー。

まあお前らにまともな意見は期待して無いから良いけど。


「やはりお前達が頼りだ。ホルス、ハピ。二人の意見が聞きたい」

「主殿のお気持ちのままに」

「総帥が殺せというなら殺しましょう。生かせと仰せなら全力を持って支えさせて頂きます」


……そうか。有難う忠臣中の忠臣たちよ。

ただ、出来れば今回は冷静な意見を聞きたかったけどね。


「お気持ちは痛いほど。ですがルーンハイムさんの事を考えると……」

「そうですね……総帥?姫を切ると仰せなら、それはルン様も切るのと同じです」


「そうだよなぁ。ルン、喜んでたしなぁ」


ろくな事が無い人生だったけど、この国に来て変わったと大喜びしていたルンの笑顔を思い出す。

……ぬか喜びになったら首でも吊りかねないのは俺でも判る。


『こちらは是非生まれて欲しいが』

『体内より同じく』

「ぴー」


「魔王かー。まあ生まれて来ても良いんじゃないかなー?」

「あたしらの、いけんは、アリサにじゅんじてる、です」

「右に同じであります!」


はいはい、判ってる判ってる。お前らの場合は当然だよなぁ。

気持ちは判らんでもないさ。


では次。


「僕に聞くだけ無駄だよ?僕もカルマ君のお嫁さんでルンちゃんの親友なんだから」

「立場が近いだけに結論は出てるよなアルシェは。それで、レオはどうだ?」


「自分は、やっぱり……少々恐ろしいっす。ただ」

「ただ?」


「やっぱルーンハイムの姉ちゃんの気持ちを考えると、せめて生ませてやりたい気はするっすね」

「そうか。ありがとよレオ」


出来ればジーヤさんの意見も聞きたかったが帰っちまったしな。

いや、聞くまでも無いか。あの人はルンの家の人間だし……あ、そうだ。


「と言う訳でメイドの二人の意見は?」


「私達もルーンハイムの使用人ですよ!?」

「お嬢様にお子様を諦めろなんて言えません!」


ふむ、要するに胎児の内に排除しろって奴は居ないって事で良いのか?

……有難よ、皆。


「実は、最初から俺の中で結論は出ている」

「お聞かせ願いたい、主殿」



「……折角出来た娘を排除なんか出来るかーーーーーーッ!」



「ごもっともです、主殿」

「だよね、カルマ君?」

「了解。じゃあベビーベッドを作らせとくね、兄ちゃ」


正直、自分の子を殺せる訳が無かった。

けれどこのままじゃあルンがとにかく不憫すぎる。

まあ……後は成り行きに任せるしかないが、俺にも出来る事が一つだけあるか。


取り合えずルンの部屋に向かって、と。


『娘よ。と言う訳でお前は普通に生まれてきて良い事になった』

『ふはははははは!何がと言う訳なのかはわからんが、そうか!わらわの勝ちじゃな?』


『但し、胎児中あまり馬鹿な事をしでかしたら……』

『どうする気だ、父?』


『ハゲチャビン=ヘタレスキー=ニーチャ』

『はい?』


『親の権限としてそれがお前の名となるから覚悟しとけよハーちゃん?』

『ちょーーーーーーっ!?』


ふっ、まだ体細胞が数えられるほどしかないような状態で馬鹿な事言い放っているからだ。

これで胎内では大人しくしてて、生まれてから騒ぎ出されてたら対応も少しは変わったろうが、

こちらにも考える時間があったのは幸いだ。


……全力持って躾るから覚悟しとけ我が娘よ。


しかし、声帯も無しでどうやって喋ってるんだコイツは?

まあ魔王に常識を当てはめるだけ無駄か。


「……きちんとお話してる?」

「そうだぞルン。凄い子といえば凄い子だ。……でも不気味じゃないか?」


「ううん。だって先生の子だから」

「……そ、そうか……俺の子だから何があってもおかしくない、か。アハハハハハハ……」

『父よ、遺伝的に先代の孫。と言う事しか判らんが、どれだけ化け物扱いされておるのだ?』 


まあ、人外扱いされる程度には、な。

しかし俺の子と言うだけで多少の超常現象はさもありなんとはどう言う事だ?

と言う訳で謁見の間に戻り、皆に意見を求めてみる。


「いや、だって兄ちゃだし」

「そう、です」

「にいちゃだったらなんでも有りであります!」


「確かにカルマ君の子だしね。……僕の子もそんな風になるのかな?」

「主殿の子であれば、生まれた瞬間に立って歩いても誰も不思議に思わないかと」

「流石は総帥の子。の一言で全てが片付くような気がしますね」

「アニキも規格外っすから!」


『何を今更』

『我が身の心臓を取り食らった男が何を抜かすか?』

「ぴー?」


「やる事なす事無茶苦茶ですからね貴方は、ハイ」

「「「「「殿下が普通、なんて言い訳は有り得ませんよ同志!」」」」」


……そうか。

皆の気持ちは良く判った。

真実を教えてくれてありがとな、うん。


……スマン、ちょっと寝床で泣いてくる。


……。


さて、そんなこんなで時間は過ぎる。

例えドタバタしようが


「地下水の引き具合はどうだ、アリサ」

「畑の土はだいぶ肥えてきた。戦略的に何時でも枯らせるようにしとかなきゃいけないけどさー」

「そろそろ、最初の収穫期であります!」


地下水を引き、土壌を改良して農地を肥やし。


「鉄砲と大砲の量産、何とか形になりそうであります!」

「そうか。先ずはアルシェに使い方を叩き込んでおいてくれ」

「りょうかい、です」


「へぇ。これが鉄砲?小さいけど本当に弓より強力な武器なの?」

「ああ……とんでもないぞコイツは」


装備の更新と兵の調練……。


「主殿。大陸外から、お探しの穀物と調味料を輸入いたしました」

「うっしゃあああ!米と味噌、来たぞおおおおっ!……え?醤油は無い?」

「古代語で作り方書いた本はあるから、後で試すであります!」

「香辛料も世界中から集めたから、カレーが出来る日も近いよー……早く食べてみたいなー」

「へいたいさんにも、かれーこ、できたら、くばるです」

「まぶせば大抵の物が食べられる魔法の粉ですか……総帥、一刻も早く実用化すべきかと」


新たなる産物の創造と捜索……。

……というか食い道楽。


「と言う訳で、ルイス。明日から小学校校長の重責を背負ってもらう」

「……この日をどんなに待ちわびた事か……ハイ」

「「「「「殿下サイコー!」」」」」


ほとばしる鼻血をふけ変態ども。

……いや、教育改革。


考えられるだけの施策を施しつつ、俺はこのちっぽけな平穏を楽しんでいた。

大陸は未だ戦乱の中にある。

だが、少なくともまだこの国には関係の無い事だったのだから……。


……。


さて、そんなこんなで半年ほどが経過。

ルンのお腹も随分大きくなって来た頃の話である。


当のルンが重くなった腹を抱えて謁見の間にやって来た。

そして、俺の眼前においてある物体に目を丸くしている。


「……先生、これ何?」

「ん?ルンか……これはマナリア王都の隠し部屋で見つかった冷蔵庫なんだけどな」


「なんでそんな物がここに?」

「……まあ、気にするな」


そう、以前アリシアが鉄砲と共に見つけてきた冷蔵庫だ。

どういう原理なのか電源も無いのに稼動し続けている。

全然開かないし、いっそ破壊をとも思ったがこれまた硬い。


……全然お手上げだったのだが、つい先日ある事に気付いたのでここに持ってこさせたのだ。


「にいちゃ、これ、ひらくですか?」

「うん。多分な……この鍵で」

「おー、それはいつぞや宰相の持ってた鍵でありますね!」


そう、俺の首を締め付けていた魔封環の鍵だと思ったら違ったあの鍵だ。

何の鍵か相変わらず不明だったが、多分重要そうな鍵だったので持っていた訳。


「と言う訳で、おっ……ビンゴ!」

「おかし、おかし、おかし、です♪」

「いやアリシア。それは無いと思うでありますが……アイスとかだったら嬉しいでありますね」


……どっちにしろ菓子じゃないかそれ。

まあ冷蔵庫。しかもあのマナリアの初代様の遺した遺物だしな。

さて、何が出てくるか?オープンザドアーっと。


がさがさがさがさ……


「……え?」

「先生、今……中から」

「なんか、とびだしていった、です」

「植木でありますか?」



冷蔵庫の鍵を開けた途端、何かがドアを内側から開け飛び出していった。

……って生き物!?

しかもそこいらに葉っぱが……って植物かよ!?

なんで冷蔵庫の中に……いやそれ以前になんで動くんだ?


「兎に角追うぞ!」

「はい、です!」

「追跡であります!」


「……私達はゆっくり行こう、赤ちゃん?」

『ハゲは嫌ヘタレは嫌……いっそ構うな……どうせわらわが親に好かれる事などありえぬ……』


慈愛の目でお腹を撫でるルンとその中から聞こえる絶望的な声色を他所に、

俺達は謎の植物を追って外に出る。


……そこで俺たちが見たものは……!


「……水路に浸かって光合成してるな……」

「て言うか、既に実が生ってるで有ります」

「れもん?みかん?ばなな?りんご?ぱいなっぷる?です?」


いや、全部だ。

……って、えええええええええええっ!?


良く見たら小さいけどマンゴーまで。

何なんだよコイツは……。


その時その謎植物がクルリとこっちに振り返り、

幹の中央から瞳のように覗く大きな琥珀でこっちをじっと見つめた。

……見つめてきやがったよ。植物の分際で。


かさかさかさかさ……


そして枝と葉をかさかさ揺らす。

何処となく朗らかに。


「喜んでるみたいでありますね」

「はい、です」

「……まあ、数百年単位であの箱の中に閉じ込められてた訳だし仕方ないわな」


わさわさ、かさかさと音をさせつつ、その謎植物は体操しながら光合成を続けている。

……で、結局お前は一体何なんだ?

ちょっと調べておいた方が良さそうだな……。


……。


さて、更にそれから一ヶ月が経過した。

マナリア在住のアリシアに命を下して調べ上げた結果、

ようやく正体が掴めたのだ。


で、その問題の正体は何かと言うと、

初代ロンバルティアがどうやったのかは知らんが遺伝子改造で作り上げた謎生物との事。

動物の如く動き回り、世界中の様々な果物の実を付ける植物との事だ。


笑えねぇ……生命倫理とかどうなっているんだあの国、と言うか初代様は。

動く果樹園とかこれまたチートにも程があるだろうに。


なお……どういう訳だか封印されていたらしく、あの宰相は主君が封じたものだからと、

訳も判らずそのままにしていたらしい。


カサカサカサカサカサカサ……


いや、しかし今の俺には判るぞ。

どうして封じられたのか。


カサカサカサカサカサカサカサカサ……


「カサカサー、何処いったでありますか、ってここに居たであります!」

「アリスー。こっちにも、いる、です」


カッサ、カサ、カサ、カッサ、カサ、カサ……


「増えすぎだよー。兄ちゃ、どうしよう?」

「……どうしろと言うんだよマジで」


カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ……と、

謁見の間を埋め尽くさんばかりの緑、緑、緑!


「……たった一ヶ月で増えすぎだお前らーーーーッ!?」


ガサガサガサガサ……


「それと最初に冷蔵庫から出てきた奴!お前は育ちすぎだっ!」


その幹に大量に生い茂る果物に最初は誰しも喜んだものだが、これがまた増える増える。

既に盆栽サイズの植物が数百も繁茂している。

しかもその大元たる植木は既に倍以上の大きさに育ってしまっている始末。


……これは封じられるわな、これだけ凄まじい速度で増えるとなると。

しかしまあ、某くりまんじゅうを髣髴とさせるが……放っても置けまい?


「なあガサガサ。増えすぎると薪にせにゃならんのだが……自重の方向性は無いのか?」


ガサガサガサ……と枝と葉が震える。

ダイナミックに動いてジェスチャーで何かを伝えようとしているが、正直良く判らん。


取り合えずバナナでも一房もぎ取って食いながら解読する事としよう。


ふむふむ。

別に、薪でも良し。

減らない程度には、勝手に増える。

……か。


「って、構わないのかよ!」

「カサカサ達、色んな意味で凄いであります」

「あたし等同様、同族間の接続があるっぽいんだよねー、この子達」

「……けいびに、つかえる……おもう、です」


因みにカサカサと言うのはコイツのあだ名。

一体何の木かイマイチ判らないので、動く時のカサカサ音がそのまま名前と化している。

なお、最初の奴は大きくなりすぎてカサカサと言うよりガサガサと動くのでガサガサだ。


「主殿、しかし基本的に土地の痩せている我が国としてはありがたい存在かと」

「そうですね、父の言うとおり勝手に自分で水と肥料を採取してますし、手間いらずです」

「……うん、それは判るけどな。ただどんどん普通とかけ離れていくのがちょっと……」


って、どうした皆。

いきなり真面目な顔になったりして?


「先生に普通は似合わない」

「そうだね、僕もそう思うと言うか最初から普通じゃないよカルマ君は」

『すぴー……くかー……父ー。その名は……やめたもれ……』


「兄ちゃは兄ちゃ!好きに生きるが兄ちゃだよー」

「ふつうじゃ、ここまで、これない、です」

「誇り高く異常者道を突き進むが吉であります!」


またも家族全員から酷い事言われたんだけど!?

……いやまあ、確かに普通じゃないのは理解してるけどな……。


『お前も今や竜なのだ。人間の普通などと言う枠に捕らわれるな!』

「ぴー」


ちょ、ファイブレス!?トドメを刺すのはやめてくれ!

俺はまだ人で居たいんだが。


……って、どうしたハピ?


「総帥、忘れる所でした。今月の報告ですが宝くじの売れ行きが倍増しております」

「戦争で貧乏な人間が増えたからなぁ……夢だけでも大きくって所か」


「食料品はともかく贅沢品の値上がりも激しいです。利益率はうなぎのぼりですよ」

「……地下を運ぶから賊に襲われるリスクが無いもんな」


「それと腕の良い鍛冶屋が何人も亡命してきております。武具の生産も本格的になっていますよ」

「うちは兵の数も少ないから、まだ武具も余り多くは必要ないしな、先ずは輸出か」


商売は中々良い感じだ。

特に策を巡らす必要も無く、利鞘は増える一方。

同様に増え続ける人口を養っても余裕は増えるばかりだ。


……良い傾向なんだけど、何か恐ろしい事の前触れのような気もするな。

多少は警戒してしかるべきかもな。


「亡命者が増えているのは、我が国が平和だからでしょうね」

「……何処がだよホルス」


ホルスが何かを指差した。その方向を見ると、

眼下で水路に沿って緑の帯がカサカサと動いていた。

そしてそれを追いかけて果物をもぎ取る子供(一部魔物)達。


まあ……普通からは遠ざかる一方だが、

とりあえず平和なのは確か。なのかも知れない。


……。


≪side リチャード≫


騎馬に跨り、陣からゆっくりと歩み出る。


……気付けば内乱が始まってから半年以上が過ぎていた。

長きに渡る戦いに、民も兵も疲れきっている。

だが、あの人に負けるわけにも行かない。


……今まで僕についてきてくれた皆の為にも!


「姉上……今日こそ決着をつけよう!」

「リチャードか。良い度胸だ!」


弓の射程ギリギリ程度の位置で睨みあう両軍の間に馬に乗った僕が歩み出ると、

あの人は宙に浮き、風のように前進してきた。

……あれだけの術を常時維持できるとは、それだけでも恐ろしい。

けれどそれで終わる人ではないのは、この半年で痛いほど思い知っているんだ。


『ピ○チュウ!君に決めた!……高圧電撃!(10万ボルト)』

「くっ、相変わらずなんという威力の電撃なんだ!?」


高威力の電撃が僕の立っていた場所を通り過ぎる。

自ら落馬する事で辛うじて回避するも、哀れな愛馬からは香ばしい匂いが漂ってきた。


一瞬でこれかい?……恐ろしい威力だよ、全くもってね!


「ふむ。初撃で決めてしまいたかったが仕方ない。正面から叩き潰させてもらうぞ?言っておくが余は正当なる権利を主張しているに過ぎぬ。確かにいきなり現れたようにお前には見えるかも知れんがな?だが気付いていただろう。お前の名がロンバルティアで無い以上真の正当では無いということを!」


「それでも、今の正当後継者は……この僕だ!」

『○メックス!君に決めた!……超高圧水撃!(ハイドロポンプ)』


来たッ!

今度は鋼鉄の盾を砕かんばかりの水流攻撃か。

けれど……さっきは不意を疲れたが、今度はそうは行かないよ!


「……暴食の腕よ、食らえぃ!」

「ちっ!また宰相の遺産か。厄介な!」


宰相が肌身離さず付けていた腕輪、それは今や僕の腕にある。

これさえあれば敵対者の魔法など恐れるに足りない!


……凄まじい勢いで迫ってきた水流が魔力に分解され腕輪に吸い込まれた。

残念だけど、純魔法使いの貴方では、もう僕は倒せない。

今までの対戦でそれは良く判っている筈だ!


「次は僕の番だ!うおおおおおおっ!」

『反射(リフレクト)』


「暴食の腕よ!魔力の衝撃を食らい尽くせ!」

「ふん、一度で駄目なら即座に二回目の『反射(リフレクト)!』だ。流石に両腕に腕輪を着けている訳では有るまい?悪いがこちらは二連続使用が可能なのでな、流石に殴られる趣味も無いし弾き返させてもらうぞ!」


「ぐあああああっ!?」

「余とて、無為に時を過ごしていた訳では無いと何度言ったか?宰相の使う術の一部の解読に成功しておると言った筈だぞ?貴様の拳など余には届かぬ!そもそも術の詠唱速度が遅いからと野蛮な暴力に訴えるとは何事か!?それで良くマナリア王国第一王位継承者などと名乗れたものだ、恥を知れ恥を!さもなくば家伝級の短詠唱術を多数身に付けておくべきだったな?まあ父上は既に宰相の操り人形になっておったろうし、次なる人形たるお前に対し、無理に魔法を覚えろとは言わなかったであろうからの。ふふ、下手に優秀な術者となれば余のように逆らうからの。後継者を無能に育てるとはまあ、あの宰相の考え付きそうな事だ」


殴りかかった拳があの人の体を捉える前に、反射の魔法で弾き飛ばされる。

もんどりうって倒れた僕の耳に、既に聞きなれたあの詠唱が!


『ピ○チュウ!君に決めた!……高圧電撃!(10万ボルト)』

「くっ!……暴食の腕よ!」


……追撃の電撃が来るがそれは暴食の腕で食らい尽くす。

正直、タイミング的に危ない所だったけどね……!


「しかし、お互いの攻撃は無効化されるばかり……千日手、かな」

「貴様の力ではあるまい?恥を知れリチャード!」


痛い所を付いてくるが、それぐらいで揺らいでいる暇は無いね。

涼しい顔で聞き流せないと待っているのは敗北なのだから。


以前ライオネル君が宰相の遺品である魔力吸収の腕輪"暴食の腕"を発見してくれた。

僕の場合吸い取った魔力は大抵無駄にしてしまうが、

魔法に対する盾として考えるとこれ以上の物は無い。


これのお陰で僕でもあの人と互角に戦えている、と思う。

けれど、魔力吸収の際はこちらの詠唱を解除せねばならないし、

格闘戦に持ち込もうにも、まさかあの人が反射の魔法を覚えているとは……。


……自分の修行不足が恨めしいよ……!


兎も角、一騎打ちで勝負が付かない事で戦線は一進一退。

泥沼の消耗戦の様相を呈してきた。

……お陰で数百年に渡って蓄えられた国家の備蓄は減り続ける一方だよ。


幸いなのは最近カルーマ商会がこっそり食料などの援助をしてくれるようになった事か。

特にみずみずしい果物は兵士達や耐乏生活を続ける民にとって大きな救いとなっているね。


そして、現在リオンズフレアの軍勢が大回りで相手の背後を突かんと進撃を続けている。

ここで敵主力を食い止めてさえ居れば、

ライオネル君とリンちゃんが何とかしてくれる筈なんだ。


……何にせよ、ここまで耐えたんだ。

何とか、勝ちたいものだね……。


……。


≪side ルン≫

鼻歌交じりに赤ちゃんの為のベビー服を縫っていく。

この子が生まれるまでに五着くらいは縫い上げたいと思う。


けれど……ちょっと贅沢だけど一着ぐらいは市販の高い奴を用意してあげたい気もする。

後で店を覗いてみよう。


『ふはははははは!魔王光臨!恐れろ、おののけ!』

「……とても元気」


何せ、なんて言っているのかは理解できないが、お腹の中に居る内から自我を持つ凄い子だ。

それ相応の物を用意してあげたい。

……もしかしたら世界でも有数の魔法使いになるかもしれない。

親の欲目と言われようと、これは譲れない所だと思う。


「おおきく、育って……」

『……しかし不思議な家だの。前回……数百年前の両親はこの時点で怯え、母は追い出されたが』


「……早く、お話したい、な」

『最初の転生では五歳で殺された。二度目では母諸共地下牢に押し込められた……』


「女の子だってね。私もお母様も髪が短いから、あなたは長くしてみようか?」

『下らん。どうせ魔王だと知ったら捨てるのだろ?……今頃父はその相談をしてるだろうに』


語りかけてくれているみたい。

古代語は魔法の詠唱用ではなくて古代で本当に使われていた言葉だと先生は言っていたが、

この子の"言葉"を聞くとそれが真実なんだと身に染みて理解できる。


……内容は理解できないのだけど。


「皆、貴方が生まれるのを待ってる」

『それは無い。魔法の乱用者の始末……嫌われるのがわらわの使命ぞ?』


「早く会いたい……アイタイ……」

『……ちょ!?母!?何処か声色がおかしいぞ!?』


……はっ!


今……ぽこぽことお腹が内側から叩かれた。

この子はきっと良い子。

根拠は無いが、今も私を心配してくれたのだと思う。

とてもとても優しい子……。


……あ、アルシェが上がって来た。


「ルンちゃーん?あ、居た。こんな屋上で何やってるの?」

「服を縫ってた」


ベビー服を見せるとアルシェはニッと笑った。

とても明るくて良い笑顔だと思う。


「そっか。日射病には気をつけてね?ここ、風通しは良いけど日差しは強いよ?」

「ガサガサが日陰になってくれるから大丈夫」

『母、それに母その2よ。前から気になっていたが……ガサガサとは何だ?』


……ちょっと見ているとアルシェがガサガサの所に向かった。

そしてたわわに実った果物に手を伸ばす。


「よいしょっ、ぷちっとな。……パイナップルとリンゴ、どっち食べる?」

「じゃあリンゴ」

『わらわはパイナップルとやらが良いぞ!』


「了解。じゃあ皮剥くから待ってて……僕は皮むきしか出来ないけどね」

「それだけ出来れば十分」

『ぱいなっぷるー!……よーこーせー』


昼下がりの太陽を木陰が優しく遮ってくれる。

……気温は高いけど風は強め、

ゆっくり過ごすには良い日だと思う。


ガサガサガサガサ……


いつの間にか大きな木になったガサガサの琥珀の瞳がこっちを覗き込んでいる。


「そうだ、ガサガサ。お茶持ってきて?」

「枝振ってる。OKだってさ」

『……言っている事の意味が判らん』


暫くすると植木サイズのカサカサが枝にトレイとお茶を持ってやって来た。

……同族間では言葉はいらないらしいけど、とても便利。

それにしても不思議な植物だ。だけどマナリアの初代国王陛下が造ったと言うから、

こう言うのもありかもしれないと思う。


お礼代わりに枝を撫でてあげると嬉しそうにカサカサと震えた。

……この子たちもきっと良い子なんだと思う。

言葉を理解は出来るようなので、

後でお腹の子が生まれたら遊んであげて欲しいと言っておこう。


「ありがと、ガサガサ、カサカサ」

「うーん、美味しいね。ルンちゃん」

『無視するなー!……早く現代語を思い出さんと。……嫌われるなら早い方が良いしな』


木陰でのティータイムはとても落ち着く。

……特に問題など有りはしない。不満も無い。

そして今日も平和だ。


「しかし、変な生き物とかが増えるね。変な人も増えるしさ」

「大した問題じゃない……先生がその中心に居るから」


「そうかもね。ただ、やっぱり一応常識的な事を言う人間も必要だと思わない?」

「確かにそれはそう」


変わったものは増えるし、変わった人も増える。

でもそれがこの現状を壊す事は無かった。

だから問題は無い。

私は、今日のこの平穏がずっと長く続いて欲しいのだ。


……本当にそう思う。


……。


≪side セト将軍≫


「ええい!進軍予定が遅れておるぞ!?何をやっているのだ!」

「いえ、しかし、最近敵の資金状態が良くなっているようで段々と手強く」


「黙れ!時間を与えたから資金を用意してきたに決まって居るではないか!」

「は、はひぃ!?」


「このノロマめ!」

「ぐあああああっ!?」


無能な伝令を切り捨てた。

が、気が晴れんな。


……そもそもこれだけの時間をかけて落とせぬのがおかしい。

アブドォラに金を握らせ、昔の伝から奴隷どもを大量に仕入れているが、

毎月大量の補充が行われているというのに、じわじわと不利になっているではないか!

敵の傭兵どもは逃げ出す事はあっても、これ以上の兵の補充はままならぬはずだぞ?


「何故だ!?何故苦戦する!?緒戦ではあんなに楽勝だったではないか!」

「至極当然」


「何故だアヌヴィス!?」

「現在、新規奴隷兵……弱卒。大半子供兵、老人兵」


「なんだと!?補充兵が子供や老人だらけだと!?」

「肯定。奴隷消費、過多!」


ちっ、兵を失いすぎただと!?

補充兵が雑魚ではそれは当然不利にもなる。

……だったら少々高くとも質の良い奴隷を連れてくればいいではないか!


「アブドォラを呼べ!」

「……特効薬、無……我、溜息」


アヌヴィスは現状に諦めを抱いているようだが俺は違うぞ!?

ともかく質の良い兵を大量に集める事だ。

……資金はレキにでも出させれば良い。


兵さえあれば戦術など不要。

多少値が張ろうとも、質の良い兵を大量投入すればそれで勝てるのだ!


「お呼びですかのう?」

「最近弱卒ばかり持ってきているそうではないか。金に糸目はつけん。強兵を用意せよ!」


「……は。しかしそれはちと難しいかと。……健康な成人男子の奴隷が枯渇しておりますれば」

「居ないなら早く用意させよ!」


「それはもう、生めや増やせよで大量増産。お陰で成人女奴隷も動ける者が殆どおりません」

「我、質問。成人男子奴隷、用意、必要時間、如何?」


「まともな体の屈強な男ですか?……まあ13~15年は見て頂かないといけませんな」


……なん、だと?

それでは此度の戦に間に合わんではないか!


「実は現在東マナリアやサクリフェス辺りでも人が足らぬと奴隷が飛ぶ様に売れておるので……」

「……絶対数、不足?」

「馬鹿な!?奴隷が枯渇するなど聞いた事も無い!」


そうだ。奴隷はこれで中々値の張る買い物。

使用人や労働力、護衛などに使う事が専らだが、一度買えば基本的にかなり長持ちするはず。

そんなに沢山使うような事があるとは思えないがな?


「わしが知り合いから聞いた所では、傭兵の代わりに奴隷兵を使用しているようですじゃ」

「購入可能奴隷、皆無?」

「ふざけるな!では今後の兵はどうやって補充しろと!?」


買える奴隷が居ないのでは、兵が増強出来ないではないか!

一体どうすれば……そうだ!


「ならば本国に伝令!各家の所有する奴隷を一家につき三名づつ供出させよ!」

「……使用人、召集!?」


「そうだ。……もし出来ぬなら家人を誰か奴隷に堕とせと伝えろ」

「反発必至」


「軍に逆らえるか?それに俺の意思はハラオ王の意思だ!逆らうなら一族郎党全て奴隷だ!」

「……無法……悪法……是、下策」

「……そ、それは流石にまずいと思うのじゃ……いやまずいと思うのですがな?」


剣を引き抜く。

……伝令の血を吸ったそれを見て、アブドォラが震えた。

はっ、まあ当然か?所詮は前線を知らぬ奴隷商よ。


「逆らうのかアブドォラ?これは王命と心得よ!」

「ひいいいいいっ!?めっそうも無いですじゃ!」


どたどたと太鼓のような腹を抱えてアブドォラが走っていく。

うん。これで来月には優秀な兵が多数送り込まれてくる事だろう。


「状況最悪。……短期決戦、急務……」

「そうだな。何時までもこんな所でもたもたしていられん」


王からの許可は得ているのだ。

この遠征が成功した暁には新規領土は俺の土地になる。

……緑溢れる大地を手にしたならば、俺の権力は更に絶大な物となるだろう。


「そうなれば……次代の王位は、今度こそ俺の物だ!」

「……呆、溜息……」


今までネックだった資金はあるのだ。

……俺の野望、必ずや実現させてやるぞ……!


……。


≪side 村正≫


「西の戦……傭兵王と砂漠国家の戦いに横槍を入れると申すか叔父上?」


「そうであーる。こう言うのをギョフ糊と言うそうであーる」

「正しくは漁夫の利ですな。双方疲れ果てた所を狙って、パクリ、という訳で」

「下衆な作戦ですがフロー、いやフロッグ。蛙を潰す程度の難易度ですよボンクラの甥」


軍がカルマ殿との戦いで受けた傷も癒しきれていないのに、もう次の戦で御座るか。

……叔父上の発案ではあるまい。

恐らくブルジョアスキー、いや、更にその上の入れ知恵……。


はっきり言えば罠で御座る。


「駄目で御座るよ。それにシスターの案に乗っかったら、軒先貸して母屋を取られかねん」

「既に枢機卿ですよサムライ被れ……あ」


「語るに落ちたで御座るな。それに……元からバレバレで御座るよ?」

「ははは、そうでしょうな。……ですが、教団と商都が仲直りする良い機会ですぞ?」


悪びれない男で御座る。

我が国に属しながら、今でも心は教団にあると断言してるような物で御座るよ?


「あのブラッドには従えませんがな?大司教様の妹君なら話は別」

「教団を敵にしてる時点で大きく損をしている事に気付いてくださいヘタレ」


……一見するとまっとうな意見に見えるで御座るが……。

ひとつ大きな事を忘れてるで御座るな、こやつらは。


「言っておくが拙者は竜の信徒!異教徒で御座るよ!?」

「なんと!?」

「信じられません。悪趣味の極みですよ?強いのは剣だけの方!」


とてつもなく勝手な物言いで御座る。

やはり連中とは関わらんのが上策で御座るか。

……ん?叔父上どうされたか?頭を抱え込んだりして。


「一体何の話なのか理解できんであーる」

「……判らんなら、黙ってて欲しいで御座る」


「なんじゃとー!?我輩を怒らせるとただでは済まんのであーる!」

「……強気で御座るな。いや、後先考えていないだけで御座るか?」

「馬鹿な事は止してください。真なるボンクラ領主とは名ばかりの人」


叔父上が剣を抜いた。


……確かに効果的な方法で御座る。

怒りの度合いも相手を傷つける意思もきちんと伝わるで御座るからな?

あのボンクラにしては悪く無い意思表示で御座る。


ただし、それは抵抗できない立場の人間にのみ有効な手で御座る。

……冒険始める前の、一領民だったカルマ殿にさえあっさりと丸め込まれた叔父上が、

あろう事かこの拙者に剣を向ける?


「ちゃんちゃら可笑しいで御座るな……斬られる覚悟は出来てるで御座る?」

「……あれ?なんで我輩の意見が通らないのであーる?」


あっはっはっは……凡愚!盆暗!愚物!

妖刀村正よ。今宵はコテツだけではなくお前も血に飢えておるで御座るな?


……実は拙者もで御座る!


「……拙者は最近虫の居所が悪いので御座るぞおおおおおっ!」

「ひょええええええっ!?カタが怒ったのであーる!何でであるかーーー!?」


「八つ当たりはやめるべきだと思いますぞ子爵様ーっ!」

「いや、正当な怒りかと存じますね蛸頭…………転職を真剣に悩んで良いですか?」


勝手にするで御座るブルジョアスキーの副官……確か名はセーヒン、いやバリゾーゴンだったか?

取り合えず全員そこに座るで御座る……叩っ斬るで御座る故!


「子爵様ご乱心だぞーーーーっ!?」

「むしろ乱心したのは男爵様の方かと。タコ」

「ひえええええっ!逃げるのであー……グボッ!?」



なお、叔父上は峰打ちで勘弁しておいたで御座る。

……鼻の頭を。


……。


≪side ホルス≫

気が付けば随分と時間が経ったもので、

……慌しくも活気に溢れた年の暮れが近づいて来ております。

我が国では初の年末年始。

それも大公妃殿下のご出産も重なるとあって、街はお祭りムード一色。


私達はと言うと、その準備に追われていました。

今日も私の執務室で娘と打ち合わせの真っ最中なのです。


「ハピ。屋台を出したいと言う商人の一覧は出来ましたか?」

「出来上がっていますよ。父、場所代は幾ら頂きましょうか」


「今回に限り必要有りません。姫様の誕生祝のような物だと考えなさい」

「承知しました。……もう、今年も終わりですか。初めと終わりで全く違う一年でしたね」


確かにその通りです。

一昨年の今頃の私は奴隷剣闘士で、たしか前主ともども地下に閉じ込められていた筈。

……それが、気が付けば一国の宰相ですか。

人生何が起こるか判らない物ですね。


「……しかし、総帥は如何するおつもりなのでしょうか?」

「姫様の事ですか?それは主殿がお決めになる事です……それに、大して問題になり得ませんよ」


現状の主殿と、魔王という存在の意義を考えてみると答えはそう難しくありません。

きっと良い親子となられる事でしょう。


……正直な話として、

幼い頃に奴隷に堕とされた身の上としては魔王の脅威といっても実感が沸きませんしね。


「こちらとしては、むしろこの手紙の方が問題ですよ」

「サンドールからの……増援要請ですって!?」


先日届いたばかりの書状を見せるとハピの顔色が変わりました。

……まだ青いですね。

この程度で驚いているようではあの国、

そしてセト将軍と言う男と付き合っていくのは難しいですよ?

何せ、昔から無理難題の総合商社のような方ですからね。


「総帥にはお伝えしたのですか?」

「幸い返答期限は三ヵ月後……あと二ヶ月程度は家族団らんを過ごさせて差し上げたい」


「……つまり、まだ誰にも話していないと?」

「アリサ様にはお話しました。それで十分でしょう」


カサカサカサ……

備え付けの植木……カサカサから息抜き代わりに小さな木の実を摘み取り、口に運ぶ。

……仕事中のつまみ食いが許される。

それは私にとって先日までではありえない高待遇なのです。

それを与えてくださった主殿に心労などかけさせてなるものですか。


「いずれは知れる事ですが、もう少し先でも宜しいかと。……第一子ご出産も近い事ですし」

「年末年始に聞きたい類の報告でもありませんか……では水面下で準備だけ進めておきましょう」

「それはもう、あたし等が進めてるよー!」


おっと、アリサ様のおなりですか。今日は屋根裏から飛び降りてこられましたね。

この都は蟻の街でもあります。

城の中でアリサ様たちが侵入できない場所など無いでしょう。


……ですが、出来れば普通に入室していただけると嬉しいですね。


「取り合えず、兵士は二百人位しか用意できない。安全の為荷駄隊にしようと思うよ」

「……物資を満載してお茶を濁すおつもりですね?先方は納得してくださるでしょうか」

「させますよ。こんな所で死者を出す訳には行きません。……各指揮官に賄賂でも渡しますか」


賄賂ですか。

ハピはそれでどうにかなると思っているようですが、

そういうものはエスカレートするのが世の習い。

出来れば最初から頼りたくは無いです。

……それに、行き先は当然傭兵国家。

今後の事を考えると、

どういう結果に終わろうと今後傭兵が雇えなくなるであろうこの出兵自体遠慮したい所。

とは言え、行かない訳にも行きませんか。


「……兵が出せないのでしたら、それ相応の戦力を出せれば良いのですが」

「ですが、大陸中で戦乱の嵐吹き荒れる昨今、雇われてくれる兵など何処で集めれば?」

「うにゃ、そこはもう大丈夫……援軍は兄ちゃ自らに率いてもらうから」


……なんと!?


「ドラゴンなら一匹で一軍に匹敵するよ。最近ようやく制御が出来るようになったらしいから」

「確かに……ですが主殿は首を縦に振っていただけるのですか?」


「兵隊さん死ぬよりは良いって言うよ、兄ちゃなら」

「確かにそうですね。……では、総帥の説得もお願いして宜しいですか?」


「おーけーおーけー。あたしに任しとけー」

「では、よろしくお願いします。さて、主君を一人で行かせる訳にも行きません。他の将は」


「一大事っす!ルーンハイムの姉ちゃんが産気づいたっすよーーーーっ!」


ドアが吹き飛ばんばかりの勢いで開くと、

レオ様が血相を変えて一声叫び、またどこかに走り去っていきました。


……確かに一大事です!


「今日の仕事はここまでですね……ハピ、決死隊に連絡を」

「ええ。それが終わり次第すぐに向かいます」

「あたしはもう行くよ!妹だひゃほーい!」


さて、どんな結末になりますか。


……ただ、一つだけ言える事があります。

内外の状況を鑑みるに、もはや平穏ではいられないと言う事。

それだけは確か。


我が国も動乱に巻き込まれていく中、魔王の転生体が姫君として生まれてくる。

……何かしらの因縁を感じてしまいます。

まあこの動乱の根源自体が我が国とその中心メンバーのような気もしますがね。

さて、では私も参りましょうか……。


「それにしても父よ。建国以来慌しい事が続きますね」

「そうでしょうか?とても平穏だったと思いますよ」


「そうですか?」

「そうですよ」


そう、平穏だったと思います。

……今後起こるであろう大混乱に比べれば、ですが。


***大陸動乱シナリオ2 平穏***

続く



[6980] 46 魔王な姫君
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/30 20:19
幻想立志転生伝

46

***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ1 魔王な姫君***

~いまだかつてこんなに悲惨極まりない魔王が居ただろうか、いや無い~


≪side カルマ≫

部屋の前からホルスの執務室、そしてロリコンの巣窟の前から食堂を通って兵舎の前へ。

そこから蟻ん娘どもの住み着いた大部屋を幾つか巡礼、更に城門前をうろつく。


……まだらしい。


仕方ないので大通りをうろうろ。

後ろを面白がって付いて来る子供たち(一部魔物)を追い払う余裕も無くうろうろ。

遂に外郭地帯の牧場地帯までたどり着いたので、苛立ちまぎれに鶏のつがいを引っつかむ。

そのまま市場までたどり着き、売り子の声を無視しつつ歩き続ける。

更に近くをうろついていたカサカサを小脇に抱え、城壁に上って叫んでみる。


「まだかああああああーーーーーっ!?」

「まだだと思うっす。つーかアニキ、落ち着くっす」


呆れたようなレオの声が聞こえるが取り合えず無視。

コケコケカサカサ、コケコケカサカサ……

両腕の辺りが騒がしいが取り合えず気にしない。


……そろそろ戻るか。

いつの間にか街の端まで来てたしな。

そしてまた、ウロウロしつつ城へと戻った。


……。


「戻られましたか主殿」

「うん。……しかし話には聞いていたが、この時ばかりは本当に手持ち無沙汰だな」


「父親なんてものはそんなものです」

「しかしまさか俺が出産待ちでウロウロする父親なんてものを演じる羽目になるとは……」


正直子供の頃は明日生きていられるかも自身が無かったもんだけどな。

人間変われば変わるもんだ。

……きっとこうしている内に産声が聞こえて……。


「あ、カルマ君?生まれたよ」

「え?産声は?」

「うにゃ?別に泣かなかったよー」


産声無しかい!

ま、仕方ないかもしれない。


『ぷぎゃ!?』

「赤ちゃん、しっかり!」

「お、お嬢様落ち着いて!?」


って、それどころじゃ無いっぽいぞこれ!?


「ルン、どうした!?子供に何かあったのか!?」

「泣かない、泣かないの!」

「ですから、産声が無くとも呼吸さえしっかりしていれば……」

『ち、父!?助けてたもれ!?母に殺される!』


異常な雰囲気に飲まれつつ部屋に飛び込む。

……そこで俺が見たものは。


「泣かなきゃ駄目!泣かなきゃ死んじゃうってお母様が!」

『痛い痛いイタイイタイ……!』


ピタンピタンピタンピタン……!


「ですから、お子様の呼吸はしっかりしているので……落ち着いてお嬢様ーっ!?」

「そうですよ!それにマナ様のお言葉を鵜呑みにされては……」


泣きながら我が子に往復びんたを食らわせ続けるルンの姿だったり。

……一体、何事!?


「早く、早く産声を上げて……死んじゃ、駄目!」

『うわあああああああん!母、やめて、もうやめたもれーーーーっ!?』


パンパンパンパン……ぴたっ、

あ、止まった。


「良かった……産声、あげた」

『ひん、ひん……生まれて早々酷い目にあったわ……』


涙を目に浮かべながら我が子を慈愛の目で見つめるルンと、

生まれて早々虚脱状態の赤ん坊が対照的だった。

……そう言えば、産声を上げない子は呼吸をしていないと言う事だから、

頬を張ったり口に手を入れたりして呼吸を開始させるとか昔聞いたような。

……なるほど、それを曲解するとこういう悲劇?も起こり得るのか……。


「まあ、何にしろようこそ現世へ、我が娘よ」

『うむ。……ちょっと待て……ふん!』


チビ助が全身に力を込めた……が、特に変化なし。

何をしたんだ?


「ようやく声帯が動いたわ。道理で現代語が使えんと思った」

「あー、今までのは半ば念話だった訳か」


「先生、この子普通に喋った」


ルンが目を丸くしている。

まあ当然か。……使えるのはまだ古代語だけだと思ってたろうしな。


「こんにちは赤ちゃん。私がママ」

「知っておる」


「え、と。この人があなたのお父様」

「それも知っておる」


「そしてこの人が」

「母その2だ。知っておる」

「嬉しいんだけど、何その言い方」


「それで、この子達が」


ごおっ、

突然風が横を過ぎる。壁の石が外れ、床と天井に穴が開いた。

……そう、あいつ等の降臨だ。


「やほー。あたし等が姉ちゃだよー」

「「「「「「こんにちは、です!」」」」」」

「「「「「「わーい、生まれたでありまーす!」」」」」」


「何をする貴様等ウボォアアアアアアッ?!」


群がる蟻ん娘。その数数十匹。

四方八方からぺたぺたと触っては悦に浸る。

……ある意味恐ろしい図だ。

大量の同じ顔。それに群がられてる本人の恐怖いかばかりか?


「ぎにゃああああああっ!?わらわは玩具では無いぞ!?」

「ぷに、ぷに、です」

「可愛いでありますねーっ!?」


……あれ?いつの間にかベビー服を着ている……。

まさかあのドタバタのドサクサで着せたのか?

恐るべき蟻ん娘どもだな。


「ねーねー……魔王ちゃん?」

「何だ貴様等は!?」


あら?アリサの目がいきなりマジになった。何故?


『前世の貴様のお陰で我が一族は滅びかけた。その恨み、弄り倒す事で晴らす故覚悟せりゃ?』

「アリサ、じょーだんは、だめです」

「もう家族なんだから、もちつくでありますよ」


「あ……そだよねー。にふふふふ、あたしが姉ちゃだよー?懐けー、敬えー」

「その声……貴様!まさかクイーン!?何でこんな所でそんな姿に!?」


「おかーさんの声真似したら流石に気付くよねー……ただ……」


めきっとな。

おおー、これは凄まじいアイアンクロー。

頭を随分凄まじい勢いで掴まれてるな……。


「アリサだよー。姉ちゃだよー…………わかった?」

「イタタタタタタタッ!?わ、判ったから離せ!……って目ぇええええっ!?こ、怖っ!」


なんだろう。今、見てはいけないものを見てしまったような?

……いいや、忘れよう。

怒りのままに双眸を見開くアリサなんてそうそう見る機会などある訳も無いからな。


「はぁ、はぁ、危なく生まれたばかりで死ぬ所だったわ」

「はぁはぁ……ふらつく姫様もカワユスですよハイ……」


「ひ、ひいいいいいいいっ!?今度は何だ!?こやつは一体!?気味が悪いぞ!」

「ルイスと、申します。姫様にはご機嫌、ごくっ。麗しゅう、ハイ」


おおっ、明らかに背筋を震わせてる。

魔王すら怯えさせるとは、恐るべしルイス教授。

……と、取り合えずあのロリコンは部屋から叩き出しておくか。


てりゃ。


「ああ、後生です、後生ですからせめて室内に入れてくださいですハイ!」

「黙れ変態。娘が怯えてるだろうが」


「せめて匂いをををををーーーーーー…………」

「そこまで言われて部屋に入れられるかよ!?」


蹴りだされる勢いのままルイスが転がっていく。

……頼むから紳士のままで居てくれ。


「……この家は魔界か何かなのか!?怪しい輩が多すぎるぞ!?」

「いや、僕はまおちゃんも大概に怪しいと思うけどな。」


チビ魔王が悲鳴のような叫びを上げるが、

そのほっぺたをつんつんとしながらアルシェが案外酷い事を言う。

まあ、生まれたばかりの赤ん坊の行動ではないわな。


……あ、ルンがアルシェの袖を掴んだ。


「アルシェ。なんでまおちゃん?」

「いや、魔王だし」


……ピシッ


「ま、お、う?」

「うん。魔王の生まれ変わりらしいよ」

「ちょ、アルシェ!?」


言っちまったよ!

どうすんだ!?ルン、心の準備できてるのか!?

……て言うか……。


「カルマ君。どうせすぐばれるもん、ここで言っておいたほうが」

「いや、それどころじゃ……ルン、落ち着け!」

「まおう?……魔王!?……先生、ごめんなさい……この子に罪は無いから……!」


ザシュッ、とな。

……って言ってる場合じゃないーーーーっ!?


「母ーーーっ!?いきなりリストカットとは一体ーーーーっ!?」

「ルンちゃん!?手馴れすぎだよどうしてーーーーっ!?」


え、え、え……衛生兵ーーーーーっ!

至急止血をーーーーーーーーっ!


「って言うか、俺がやれば良いんじゃないか!」

「ルンちゃん!ごめんね、考え無しの僕でごめんねーーーっ!?」

「今までわらわが殺されたり無理心中はあったが……こんな展開は知らん、知らんぞ!?」


「姉ちゃ!早まっちゃ駄目ーーーーっ!」

「しけつ、です!」

「メイドさん達も気絶してる場合じゃないでありますよーっ!?」


ルンよ……責任感じる必要は無いから、とりあえず自殺はやめてくれ……。

後、自殺用のナイフを何時も隠し持ってるのか?それも止めて欲しい所なんだけど。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』


……よし、止血完了。

これで命の心配は無いはずだ。


「せんせぇ……ごめんね、ごめんね……」

「いや、別にお前は悪く無いだろ。だから泣くな」


「でも、でも、赤ちゃんだけは……」

「心配するな。全て覚悟済みだ。だから無茶するな、な?」


「責任……」

「要らないから。むしろ最後まで生きて責任とらにゃならんだろ常識的に……」


「あ、ありが、とう……」

「うんうん、今まで黙っててゴメンなルン……」


ふう、ようやく落ち着いたようだな。

ナイフもどこかにしまった様だし一安心だ。

……と言う事にしておく。


何せ次の予定も詰まっているのだ。


「さて取り合えず、お前にも名前が必要だな」

「ハゲ以外で」


まあそりゃそうだ。

……でもな。お前の名前は生まれる前から決まってるんだよ。

俺に決める権利は無いと思うんだ今回ばかりは。


「と言う訳で……ルン、言ってやれ」

「貴方の名前はルーンハイム。ルーンハイム14世。代々続くその名、受け取って」

「ルーンハイム=フォーティーン、か……はて、何処かで聞いたような?」


「母親の略称がルンだからお前の略称はハイムって事で」

「魔王ハイムか。まあ悪く無い」


……しかし威厳に欠けるか。しかもその名は勇者の名だぞ?

それに家の娘が自分の名前で魔王を名乗られるのも少し、な。


うーん。ならこんなのはどうだろう?


「魔王にしてはハイムは可愛すぎるな。ちょっともじってハインフォーティンなんてどうだ?」

「……宜しい。では魔王としてのわらわは今後、魔王ハインフォーティンと名乗ろうぞ!」


心底ほっとした様子で娘……ハイムが言う。

いや、流石に女の子にハゲチャビンなんて名前は付けないから。

何せ今まで馬鹿な事しなかったし。一応。


ん?どうした、いきなりプルプル震えたりして。


「って、ちがーう!わらわは魔王ぞ!?」

「知ってる」


「何故恐れぬ!?」

「いや、どうみてもちっちゃ可愛いし」


生まれながらに青い髪を足元まで垂らしているが、

実に顔立ちが整っている。

……ルンもマナさんも、いやマナリア全般でそうなんだけど、

このままアニメとかゲームとかに出ててもおかしくない位だ。


……ふと気付いた。

今まで気付かないようにしていた事を含め気付いてしまった。


「ちょっと髪が邪魔だな。……よし、これでツインテール完成」

「うむ。これならあまり邪魔にならんか」


「よし、娘よ。ロイツマ辺りでも歌ってくれ」

「……何だそれは?」


……ですよねー。

見た目は色違いの電子歌姫、しかもSD入ってるような感じだが、

当たり前だけど当人な訳は無いんだよなこれが。


……と言うかルーンハイム家の遺伝子はどうなっているんだ!?

性格はともかく容姿は無口無表情系ヒロインのテンプレが代々続いていた。

……かと思えば今度はこれだ。

全く遺伝子情報に統一感を感じる事が出来ない。

一体どうやったらこんな無茶な系譜が出来上がるんだか……。


まあ、理由は判らないがそれで良いのかも知れないな。

ただ、あの国の人間は何処かで見たような見た目ばかりなんだと理解できれば良いんだ。


ま、この世界自体が何処かおかしいのかも知れん。

あまり考えない方が精神衛生上良いかも知れないな。

……どうせ禄でもない裏事情があるに違いないだろうし。


「ろ、ろいつまー。ろいつまー、ろいつまー?」

「いや、判らないなら無理しなくて良いから」


取り合えず、後で葱でも持ってきてみよう。

きっと無駄に似合う筈だし。


……。


まあ、そんな訳でドタバタしたもののレキ大公国第一公女誕生と相成った訳だ。

生まれたばかりの娘を抱きかかえると、取り合えずお披露目の為二階のテラスへと向かう俺。


「はーなーせー」

「まあ、ちょっと待ってろ」


「おのれ父め。もう少ししたら魔力の生成が始まる。そうすれば父など……」

「判った。判った。……取り合えずお披露目中は静かにしてろよ?」


「む。お披露目とはなんだ?」


答える必要は感じない。

……暗い通路を抜け、光の下へ。

そこには。


「レキ大公国大公、カール=M=ニーチャ殿下、及び公女殿下、おなーりー」


「主殿、お疲れ様です。……姫様初めまして、私はホルスと申します」

「同じくハピです」

「はぁはぁ……姫様かぁいいですよ姫様はぁはぁ……ハイぃぃぃっ!」

「「「「「生まれたばかりで既に完成された芸術です!スバラシィィィィ!」」」」」


テラスの上には文武百官が列を成し、

そして下には城の前の広場に集まった群集、群集、群集……。

その熱狂は凄まじく、二階のここまで圧力を感じているかのように錯覚するほどだった。


「…………えーと。これは何だ?」

「ホルス。説明してやれ」

「姫様のお目見えを楽しみに待っていた民達ですよ」


「姫?民?」

「姫様はレキ大公国の第一公女殿下であらせられます」


……呆。

そして、


「えええええええええええええええええええええええええっ!?」

「皆、本日我が国に新しい命が誕生した。名はルーンハイム14世!」


奇声を上げる娘を尻目に、俺の話が始まると共に静まり返る群集たち。


「マナリア王家とも所縁のあるこの娘は、世界最強の魔道師となる才を持って生まれてきた!」


おおっ。

と、ざわめくような声が重く響く。


「讃えよ!俺達はもっと強くなる!俺達はもっと豊かになる!」

「レキ大公国、万歳!」

「「「「「「「「「「「「「「「万歳!」」」」」」」」」」」」」」」


根拠を示さない煽り文句だが、この国の人間の受けは良い。

……まあ、こういうのも必要ってことで。

それと、ついでに嬉しい話題を提供しておくか。


「なお!この祝いに本日の晩の食料配給には色を付ける!楽しみにしておけ!」

「「「「「「おおーっ!」」」」」」


おお、喜んでる喜んでる。

……因みにこの国には他国では思いつく訳も無い特殊な法律があり、

忠誠を誓った国民には貴賎の区別無く毎日二回の食糧配給の制度があるのだ。


無論最低限でありそれ以上が欲しくば働く他無いが、

万一働きたくとも働けない場合に備え、職が無くとも生きていく事は出来る体制を作った訳だ。

それと、これまた着替えと住居も最低レベルは無料で与えられる。


衣食住の最低限は国家が保障する。

だがそれ以上が欲しくばそれ相応の働きをせねばならない。

これがこの国の国是と言う訳だ。

……俺の子供の頃の経験がこんな事をさせているのは、まあ間違い無いがな?


なお……これは保険とか年金の概念の無い世界故の苦肉の策だが、

やってみるとこれが意外と上手く行っている。

他人が良い暮らしをしているのを見ると奮起するのか、意外とサボる人間が多くないのだ。

……万一の際の非常手段は用意していたが使わなくて済んで幸いだったと思う。


おや?ハイムどうした?

固まって。


「いやいやいやいやいや……ここは何処だ?」

「レキ大公国」


「レキ。……レキは不毛地帯だぞ?」

「そうだな。正に荒野だ」


「何でそんな所に国があるのだーーーーッ!?」

「一から作ったから」


ありえないと言いつつ人の腕の中でパタパタと七転八倒する娘を生暖かい目で見つめつつ、

眼下の皆に手を振っておく。

……下からは赤ん坊がむずがっているようにしか見えないのだろう。

向こうも手を振り返してきていた。

それに応え俺はまた手を振る。


そんな事を何回か繰り返した頃、

アリサが俺の足元に走り寄ってきた。


「兄ちゃ?そろそろ時間だよー」

「ん?そうか……時間か」


「じゃあルンの所に戻るかハイム?」

「……ぽかーん」

「はーちゃんには刺激が強すぎたっぽいねー」


腕には放心して固まったままの娘を抱き、背中には妹を乗せつつ奥へと向かう。


ハイムの生まれたばかりの頭には刺激が強すぎたのだろう。

完全に硬直し口をポカーンと開いたまま白目を剥いて固まっている。

……本当に大丈夫だろうか?


「大丈夫。だって魔王だし」

「そうか。魔王だしな」


うん。魔王なら問題ない。

と、根拠の無い自信と共に俺達は薄暗い廊下を行く。


「因みに次の予定はどうなっている?」

「んー。夕ご飯まで空いてるよー」


「そうか……じゃあ暫くハイムはルンに愛でられていろ」

「そだねー。ルン姉ちゃ、きっとワクテカしながら待ってるよー」


「……お、お断りだぁあああああああーーーーっ!」


あ、赤ん坊が空飛んで逃げた。

……そして窓の外に出た辺りで力尽きて……落ちた。


「……だい、じょうぶなのか?」

「大丈夫だよー。後で迎えに行けばOK」


そう言ってる間にもアリシア数匹が凄まじい勢いで窓の外にかっとんで行く。

……コイツ等も心配なのだ。

まあ、蟻ん娘が付いてるなら問題は無かろう。


「じゃあ、溜まってる書類片付け次第迎えに行くか……」

「……考えないようにしてたんだけど……やるしかないかー……」


こうして俺達は慶事があろうが増える事はあっても減る事は無い書類の山に立ち向かう。

……恐ろしい事だがこれでも文官団が半分以下に減らしてくれてるってんだから驚きだ……。


「山ーーーーっ!?」


言うな、妹よ。

……泣きたくなるから。


……。


さて、それから数時間。

夕方に入ろうかと言う時間帯になる頃、俺たちの書類はひとまず片付いた。

そんな訳で産後すぐで動けないルンに留守を任せて娘の迎えに向かっている。

因みにお供はアリス。……アリサは仕事疲れで目を回し、泡を吹いて寝ていた。


「……で?あの子は何処だアリス」

「あそこの広場で何人かと遊んでるようであります」


おお、居た居た。

何人かの子供たちと上手く打ち解けたようだな。

……俺の子供時代とは大違いだ。


「ふははははははは!わらわこそ魔王ぞ!」

「じゃあ僕、勇者アクセリオン!」

「くろすだいしきょう、やるー」

「えー、俺が傭兵王かよ?」

「じゃあ、私は戦士ゴウをやるね」


……勇者ごっこか?なんともまあハマリ役だ。

ただし、魔王が負ける余地が無い気もするがな。


「む?お前は紅一点。それ故マナをやるべきではないのか?」

「え!?……や、やだぁ……ふええええええん!」

「あー、姫様泣かせたーっ!」

「あーあ。酷いんだー!」


「な!?……わらわが悪いのか!?」

「だってコイツの家、マナリアから夜逃げしたんだぜ?」

「当の勇者様に店を潰されたんだってさ」

「お父さん達は、マナ様は悪く無いって言うけど……ううっ……ぴえーん!」


……なんて言うか、いたたまれない。

この場にルンが居なくて本当に良かったと思う。


「うう、わ、判った!ならばゴウで良い!さあ、かかってたもれ!」

「ひいいいん……え?……あ、うん。ありがとうお姫様……」

「よぉし、じゃあ気を取り直して始めようぜ!」

「まって、僕の絵本をそこに置いて来るから」


……アクセリオン役の男の子が"ごだいゆうしゅのたたかい"と書かれた絵本を道端に置いた。

どうやらそういう本が出回っているらしい。


「魔法の一つも書いて無いかな?」

「さあ?取り合えず今度の遊びが終わった辺りで話しかけて連れ戻すであります」


どれ、少し見せてもらうか?

ふんふん。


昔、魔王が現れて人々は大弱り。

そこで魔王のお城に選ばれし五人の勇者が攻め込みました。


「やあやあ、われこそは勇者アクセリオン。きゅうめいけんを受けてみろ!」

「何と小癪なぁっ!わらわの魔力の前に跪くがよいわっ!」


……ノリノリだなハイム。相手は殆ど棒読みだぞ?

えーと、次は……と。

ヲイヲイ!マナさん、開幕で腹内崩壊使ったのかよ!?


……取り合えず今日は役が居ないから飛ばすみたいだが。


「ええい、先ずは足を潰すんだよ」

「ちっ、ゴウめ……左膝ばかり狙いおって……ああ、そうだったな。思い出したわ」


戦士ゴウは執拗に魔王の左膝を狙って攻撃を繰り返した。

そして、反撃で壁に叩きつけられる頃には流石の魔王も片膝を付かざるを得なかった訳か。

……有効だがえげつないな。

膝立ちでは有効な打撃は最早期待できないし、回避力も激減だ。


「へっへっへ、俺様も行くぜ!」

「貴様など、障害になりえぬ!」


「ところがどっこいまだ死なないぜ!」

「何度来ても同じ事だ!」


「でもまだ行くぜ、何せ俺様不死身なんだ!」

「……本人もこうだったのう……」


傭兵王は……うわっ、被害担当かよ!?

魔王に数十回消し飛ばされ、それでもその度謎の復活……。

魔王はいつの間にか体力気力を使い果たしていた訳だな。

……この辺でマナさんは気絶、と。


「ふはは、幾ら強いといってもそんなものか!」

「わたくしたちだけではそうかもしれませんが、あまたのえいれいがたすけてくれます」


……現在目の前では近くに居る全員でワラワラーっという感じで動いているが、

実際は使徒兵を突入させたんだな?

魔王一人に群がる人の波……冷静に考えると酷い最終決戦だな……。

例え一対四でも卑怯。と言う意見もあるというのに。


「隙あり、赤い一撃をくらえ……だっけ?」

「うむ。ただし唐辛子は本当に使うなよ?鼻に突っ込んだら殺すぞ?」


「商都の聡き兵さん……なんつー戦い方だよ……」

「にいちゃ、こう言う所が似たんでありますね?」


「誰にだ?」

「気付いて無いなら別に良いのであります」


歯切れが悪いな……まあ良いが。

さて、続きはどうなった?

ちょっと先が気になってきたんだけど。


「うがあああああ。苦しいいいいい」

「よし、魔王は弱ったぞ!ここで一斉攻撃だ」

「俺様はかまわないぜぃ」

「わたくしも、おともします」

「私、じゃなくて俺は皆に合わせて援護するぞ!」


そして全員がいっせいに魔王に攻撃を仕掛けた訳か。

これが魔王討伐の顛末って事らしい。

……と言うかこの絵本かなりメジャーな奴みたいだな。表紙を見たことあるぞ。

もしかして知らない俺が異常なのか?


「うわあああ、だが呪ってやる。そしてわらわは必ず蘇るぞ!……このようにな」

「「「「魔王を倒したぞー」」」」


……何処まで本当かは良く判らんが、驚いたのは魔王本人がこんな遊びに付き合って、

なおかつ負けてやっているという事である。


「……ハイム?飯の時間だぞ」

「うむ。では僕どもよ、わらわは帰るからな」

「「「「大公様、姫様。バイバーイ」」」」


俺が声をかけると子供たちは蜘蛛の子を散らすように帰っていく。

実に夕日に映える、平和な一日のひとコマだ。

……手を振っているのが魔王本人だという事を除けば。


「意外と度量は大きいのな?普通なら自分が殺された場面など認められないだろ」

「奴等は勇者本人では無いからの。それにわらわに忠誠を誓うと言われては無碍に出来ぬ」


そう言ってハイムが指差した方角では、見事に城壁に穴が空いていた。

蟻ん娘が指揮を取り、既に修理が開始されているがな。

……何をしでかしたんだコイツは。


「魔力弾頭(マジックミサイル)のスペルだ。わらわにとっては通常攻撃のような物だな」

「……何でそんな事を」


「うむ。魔王だといっても信じんのでな。……一応人間の居ない所を狙ったからな?」

「人の居る所を狙ってたら誕生当日でもお尻百叩きの刑だったぞ」


あ、笑顔のまま凍りついた。


「何度も言うが父よ、貴様は魔王を何だと思ってる?」

「お前は俺の娘だ。魔王だろうが何だろうがそれだけは変わらん」


「……馬鹿にしおって」

「いいや、愛でてるだけだ」


頭をくしゃくしゃにしながら城へと向かう。

……ん?どうしたプルプル震えたりして。


「ええーい!わらわを馬鹿にするなぁっ!表に出ろおおおおっ!」

「……何処に行く気だ!?もう飯だぞハイム!」


「知ったことかああああああっ!」


腕の中の体がスポーンと飛び出し城壁の更に外側まで吹っ飛んでいく。

そしてあっという間に小さな点になってしまった。

放っても置けないのでそのまま追いかけておく。

しかし……飛ぶのに詠唱も必要ないのか。流石は魔王。


「アリス、飯は少し遅れそうだ。皆に伝えておいてくれ」

「あいあいさー、であります」


……。


強力をかけ追跡する事10分ほど。

……丘の上に仁王立ちするベビー服の赤ん坊と言う不思議な存在を見つけた。


「こんなとこまで来てどうするつもりだ?」

「わらわを馬鹿にするからだ!父よ、見てたもれ!これが魔王の魔王たる証よ!」


両腕を突き上げ詠唱を開始した?

……しかしちっちゃいから可愛い部分が先に立つな。

うん。荒ぶるまおーのポーズと名づけよう。


『正規術式起動。魔王戦闘形態第二段階に移行。外装骨格展開……変身!(トランスファー)』

「これは!?」


……正直、生まれたばかりの相手だと舐めていた事は認める。

だが、それを見てまだ相手を舐めてかかれる奴が居るのなら見てみたいものだ。


「ふははははは!肉体的な脆弱さを補う手段くらい用意してあるのだ!恐れよ!崇めよ!」

「RPGのラスボス第二形態みたいなもんか!?」


詠唱と共に雷が魔王の背後に落ちる。

……そして、気が付くとそこには全高10mは下らない大男が立っていた。

青い肌、角の付いたゴツイ顔。豪奢なマントを纏い、腕を組んでいる。

まさしく魔王だ。ビキニパンツは流石にどうかと思うが、確かに魔王としか言いようが無い!


「ふははははは!これぞ魔王の特権、外装骨格だ!……ちょっと待て、今乗り込むから」

「……操縦式か」


ここで先制攻撃を加えても良いのだが、

必死によじ登り鼻の穴から内部に侵入しようともがく愛娘の姿を脳裏に焼き付けるのに忙しい。


「おーい、気をつけろよー」

「わ、わかっておるわ、うわっ!?」


何度か落っこちそうになりながら、ようやく頭部にあると思しき操縦席に辿り付いたのだろう。

魔王(大)の目に光が灯る。


『ふはは、待たせたな父!まだ赤ん坊ゆえ真の力には程遠いが、父を殺すなど造作も無いぞ!』

『召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』


高笑いを続けるハイムには悪いが、ここいらで天狗の鼻を叩き折らせて貰うか。

……さて、魔王と竜ではどっちが強いのかね?


『試した事は無いな。だが、今の魔王に負ける我が身では無い』

「そうか。まあ試してみるかね?」

『いやいやいやいやいやいや、何だこの展開は?』


向かい合う赤い竜と魔王の巨体。そして俺は竜の頭の上に立っている。

……ノリは殆ど怪獣大決戦だ。

魔王の目の部分の裏側に張り付いて、ハイムが呆然としているのが良く判る。


「ハイム。そんなにべったりガラスに張り付いても何も出ないぞ?」

「いやいやいやいや、父。ちょっと待ってたもれ」


「何だ?」

「なんでファイブレスの頭に乗っている?」


べったりと魔王の目の部分に内側から張り付いたままのハイムが心底困り果てたように言う。

とは言え、困るのはこっちも同じだ。何て答えれば良いのやら?


「いや、だって……アイツの心臓は俺のだし」

「……は?」


「レキ大公カール=M=ニーチャ……またの名を戦竜公……それが俺だ」

「まさか……食ったのか!?竜を、食ったのか!?」


『当たらずとも遠からず、だな。久しいな魔王よ』

「ファイブレス!貴様、誇り高き竜ともあろう者が人間なぞの下僕と成り下がったのか!?」


ヒートアップしている所悪いが……取り合えず飛び蹴り!

張り付いている窓目掛けて全体重を叩きつけるとその衝撃でハイムが後ろに倒れた。


「ぐぎゃっ!?」

「窓に張り付いているからだ。最大の弱点である自分自身は最後まで隠しておくべきだったな」

『実の娘に対しても容赦無いなお前は……』


……いや、まあ何でか知らんが妙に腹が立つ物言いだったんでな。

ハイムは……あ、鼻の頭を両手で押さえてるか。


「言っとくけどな。ファイブレスには選択肢なんか無かったんだよ……罵るなら俺だけにしろ」

『……気にするな。意識を残している事自体が我が未練。なんと言われようが止むをえぬ』

「人間と竜が友情ごっこか!?ふ、ふ、ふ……ふざけるなああああっ!」


魔王がその丸太では済まないような太い腕を振り回す。

最早語るべき事など無いと言った風だ。


「一度天狗の鼻をへし折らないと現実も見えないか……ハイム、ちょっと痛むが我慢しろよ!」

『止むを得んな……魔王よ、時代が変わってしまったのだ。それに早く気付くが良い』


今や俺とファイブレスは二つの体を持つこともある、ひとつの個と言っても良い。

竜とは強力な種族だ。だがそれ故に精進すると言う感覚に欠ける。

人は脆弱だがそれ故に様々な方策を駆使し、己の力を底上げしようともがく。

……古来よりその努力と策略により、人は己より遥かに強力な物をひとつずつねじ伏せてきた。

月並みな話だ。けれど竜殺しの逸話、と言う物が存在しうるのはそのためである。


「人の策謀と」『竜の力』

「食らえええええい!」


「『その二つの合わさった我等の戦いを見ろ魔王!』」

「それがどうした!絶対の力、それこそが魔王!どんな罠も、力づくで、食い破ってやるわ!」


……衝撃、そして土煙が周囲を覆う。

魔王の両腕と竜の突進が激突した、その結末は……。


「ふは、ふははははははは!どうだ?堕落した貴様等などには、負けぬ!」

『ふむ……生まれたばかりだと言うのに……更に力が上がっておらぬか?』


空中を舞い、地面に叩き付けられたのは竜のほうであった。

とは言え余裕で起き上がる。ダメージは殆ど無いといっても良い。

そして魔王はと言うと、軽くよろめきながらも辛うじて膝を付かずに再び構えを取る。

こちらもまだ余裕だ。


「ふはははははは!わらわは、わらわは使命を捨てぬ!諦めぬ!」

「うんうん。偉いぞハイム。可愛いぞハイム」


「え?」

「よぉ。我が娘よ」


……魔王外装骨格の内部で高笑いを続けるハイムに対し、後ろから肩に手を乗せる。

うん、つまり予定通りって事だ。


「なん、だと?」

「乗り込む所を見られたのは失策だったな。鼻から入れるなら俺も入れるだろ?」


ここは外装骨格内部。要するに、操縦席って奴だ。

さっきの激突の瞬間、加速をかけて内部に侵入した訳だな。


「いやいやいやいや……」

「うりゃ、ほっぺたぷにぷにぷに……」


で、現在チビ魔王はチェックメイト食らってると言う訳。

冷や汗だらだらと垂らしても、今更遅いぞ我が娘よ?


「じゃ、お仕置きな?」

『やりすぎるなよ』


「……ちょ、ま、待てええええええええいっ!?」


……。


こうして、荒野には空っぽになった魔王の外装骨格のみが残され、


「ひぃぃぃん……誕生初日にお尻百叩き……酷すぎる……酷すぎるぞ……」

「はいはい」


蟻ん娘の群れに運ばれるハイムは、誕生早々尻百叩きの刑に処されたと言う訳だ。

……いやあ、これぐらいで済んでよかった。

下手に怪我人でも出たら、文字通りお灸でも据えてやらねばならない所だったからな。


現在は腫れ上がったお尻を濡れタオルで冷やしている。

これで大人しくなってくれれば良いんだが。


「しくしくしくしく……わらわは、わらわは真面目に成すべき事をしているだけなのに……」

「まあ、お父ちゃんも手伝うからせめてこの国では大人しくしておけ」


「手伝える訳無いだろうに!じゃあ何か?マナリアの宰相を殺してくれるのか?」

『もう殺した後だ』


「……じゃあ、勇者の誰かを」

「ビリーなら何回も殺してる。それとクロスは失脚させて現在行方不明だ」


「えーと。人としてそれで良いのか?」

「どうせ世界の敵だし?」

『因みに要らぬ魔法そのものを破壊する術式を組み上げよったぞこ奴』


……うつ伏せ状態だったハイムがピョコッと顔を上げた。


「は?」

「要するに、だ。魔法の管理で術者を殺す必要は必ずしも無いと言う事」

『既に幾つかの不要術式の解体を完了している。はっきり言うと我等より仕事しておるぞ』


「……」

『我等竜から"戦竜"の称号も与えられた最も新しい管理者の一柱だよお前の父親は』


こてん、と音がしてハイムの顔が地面とぶつかる。

……そして顔の周囲には水溜り。


「ううううう……何だそれは?わらわの必死さは何だったと言うのだ?誰か教えてたもれ……」

「「「「むだ、です」」」」

「「「「管理ツールを作ると言う考え方が足りなかったでありますね!」」」」

『まあ、今後は楽に仕事が進むさ。我が身としてもこれなら使命に復帰できると言うもの』


「そういう事だ……お前一人に苦労はさせんから少しは子供らしくしてて良いんだぞ?」

「……とりあえず、だ。グーで殴らせろ、父」


痛。

……飛び上がって竜馬の上に跨る俺を殴ると、ハイムはそのまま俺の後頭部に着地した。

所謂肩車と言う奴だな。


「……父、頼みがある。腹内崩壊という魔法があるが、問答無用で破壊してたもれ」


「もうやってる」

「……そうか」


今度こそ黙りこんでしまった娘を肩車したまま、夕日をバックに城へと帰還する。

そして、赤ん坊を泥だらけにしてどうすると皆から怒られる俺なのであった。

……お後が宜しいようで。


……。


≪side 魔王ハインフォーティン≫


……夜中目が覚める。ここは寝室だ。横で両親が寝ている。

そして天井に小さな隙間があり、そこから何かがこっちを見ていた。

まあ、害は無いから放っておくが。


さて、赤ん坊の身ゆえすぐに腹が空くのは仕方ない。

よって、わらわは晩飯の残り物をあさろうと考えた。


「……なにせ、豪華な晩飯だったが一口も食わせてもらえなんだからな」

「お腹空いた?」


「うむ!およそ30年ぶりにまともな食事がしたいのだ。……母!?」

「はい、どうぞ」


「いや。もう乳は良い……腹に溜まる物を食わせてたもれ……」

「まだ早い。お腹壊す」


「壊さんわ!なあ母、頼む。哀れな魔王を助けると思って……」

「いっぱい飲んで早く大きく」


「人の話を聞かんかーーーーい!」


しくしく……止むをえないので母に吸い付く。

……母乳で育てると言うのは王侯貴族では珍しいし愛情も感じるのは確かだ。

けどな?こちらは自我もしっかりしておるのだ。

それに他ならぬ母の作った料理は大層美味そうに見えた。

……それを尻目に乳以外口を付けられぬのは拷問以外の何物でも無いわ!

頼む!あの香辛料のたっぷりとまぶされた肉の厚焼きだけで良いから!

ひとくち、一口で良いから食わせてたもれ……。


後は父!うらやましそうにこっちを見るでない!

交代して欲しいのはこっちの方だぞ!?


……それとクイーン!天井裏からこっちを見るな!ニヤ付くな!

無様なのは百も承知だ……うう、何なのだこれは。

わらわの予定としては今頃不気味がられて捨てられてるか、

殺されかかった所を返り討ちにしている筈だったのだが……。


「あ、まおちゃん。いや、はーちゃんか。……お腹いっぱいかな?」

「味気ないが膨らむ事は膨らんだ」


「じゃあ今度は僕が子守唄歌ってあげる。おいでー」

「……もういい。好きにせよ……」


魔王を屁とも思わぬ不思議な国。

わらわが新たに生まれてきたのは、そんな異様極まりない国であった。


ただ、何なのだろうな?この妙な心地よさは……。


「ぴー」

「こら、噛むな」


それと何で竜の子供が住み着いておるのだこの城には!?

て言うか痛いイタイイタイ……!

わらわは食い物ではないのだぞアイブレス!?


『……ところで天井裏のアリサ。コンダクターと連絡は取れたか?』

『条件面までバッチリだよー。これで大体準備は出来たねー』


「ホルスは気を使ってくれているが、まあ、こっちで準備するのは勝手だよな?」

「OKOK。基本戦略が決まったし当のホルスには伝えとくねー」


「頼む。ホルスには負担ばかりかけてるからな。たまには楽をさせてやらんと」

「うにゃ。結構喜んでやってる節もあるけどねー?結構天職なのかも」


父は父で何やら怪しげな策を練っておるし……。


「ガサガサガサガサ」

「カサカサカサカサ」


植木は動くし!


「ゴクリ。……はぁはぁはぁはぁ」

「「「「はぁはぁはぁはぁ」」」」


部屋の隅で変態が鼻血垂らしておるし!

と言うか奴等は何故室内に居る!?

父よ、奴等を消したもれ!


「まあ、今日だけだって懇願されたからな」

「嫌じゃ。あ奴らは気味が悪過ぎる……」


『まあ、諦めるべきだ。子は親を選べん』

「やかましいわ!飼いならされおってファイブレス!……じゃない?」


部屋の戸が少し開き、外側から何かが顔を覗かせておる?

……見覚えがあるぞあのリザードマンには!


『緑燐族族長、スケイル推参』

「おお!久しいな……いやマテ、何で貴様がここにおる?」


『貴方の父親は俺の弟子でもある』

「……もう驚かんぞ。もう驚いてやるものか……」


もういい、取り合えず寝る。

……これは悪夢か何かだ。

目を覚ませば、きっと……。


「むり、です」

「どうせ起きた時にあたし等が集まってて"夢じゃないーっ"て嘆くのがオチでありますよ?」


……オチまで潰されたああああああああっ!


もういい。本当にいい。何もかも忘れて現実逃避だ。

あー。母その2の腕の中は暖かいなー……。


「「コケー」」


「ハイラル、コホリン……うう。わらわの味方はお前たちだけだ……頼りにしておるぞ……」

「あれ?はーちゃん、そのニワトリ。カルマ君が小脇に抱えて持ってきた奴だよね」


「……新生魔王軍団の最初の兵だ。わらわがそう決めた」

「そっか。良かったね?じゃ、そろそろ寝ようね」


本当に良いのか!?……後で魔法で強化してやるのだが。

まあいい。取り合えず二羽はあの変態どもの頭頂部に配置しておく。

……変態どもは何故か喜んでいるが絶対に声はかけてやらんぞ。


「しかしカオスだよねー?この部屋」

「言うなクイーン」


因みに……朝起きたら折角の配下に顔面をつつかれていた。

……わらわは、不幸だ……。


***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ1 完***

続く



[6980] 47 大公出陣
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/30 21:10
幻想立志転生伝

47

***大陸動乱シナリオ3 大公出陣***

~その初陣、半ばやらせにつき~


≪side カルマ≫

僅かな休日。短い平穏は終わろうとしていた。

……だが、俺は他者からその平穏が崩されるまで待ってやる気は無い。

故に、娘が生まれてから数日にも拘らず軍議を開く事にしたのだ。


「……主殿。書状の件、黙っていて申し訳ありません」

「気を使ってくれたのは判っている。気にするなホルス」


今頃謁見の間には国の中枢を担う連中が集まってきている事だろう。

……俺自身はホルスと共に会議前の最終打ち合わせを終わらせ、共に向かっている所だ。


「あ、兄ちゃ。もう皆揃ってるよー」

「ああ、今行く……」


俺のセカンドネーム、マタドールとは闘牛士の事。

世界を猛牛にたとえ、それに立ち向かうちっぽけな存在が俺だ。

そう。一歩間違えば角で突かれてあっさり逝ってしまう。

そんな自戒を込めた名前である。

……さて、それでは最初の勝負を始めるとしますかね……。


「カール=M=ニーチャ大公殿下の、おなーりーーーー」

「……揃っているか?」

「そのようですね、主殿」


俺が玉座に座る。その右横にはホルスが立つ。

左横後方に目を向けるとルンが玉座に軽く手をかけていた。

……その腕に我が子を抱いて。


さて、視線を前に戻すと文武百官が並んでいる。

玉座の前に巨大なテーブルを持ち込み、それに並んで座っているのだ。


右手には文官……ハピ、ルイス、そしてその文官団。

左手には武官……アルシェ、スケイル、レオ。

その次にジーヤさんから魔道騎兵の指揮を引き継いだ騎士オド。

更にその下座に街の代表者達が並ぶ。


俺の丁度反対側には背後に蟻ん娘を引き連れたアリサが堂々と座っている。

更に部屋の隅ではモカ・ココアのメイドコンビがお茶の準備をしていた。


……今日ばかりはカサカサ達も微動だにせず部屋の左右に分かれ立ち並び、

謁見の間の入り口には決死隊の猛者が仁王立ちし、侵入者に備えていた。


……ピリピリとした空気が僅かに頬を撫でる。

まあ、当然だろう。レキ大公国初めての軍事行動になるのだから。


では……始めようか。


「……まず、この場に集まってくれた事ありがたく思う」

「「「はっ!」」」


「今回、宗主国サンドールの要請により援軍の派遣を決定した。……今日はそれについてだ」

「殿下!このオドとルーンハイム魔道騎兵に先陣を仰せ付け下さい、ンー、トレビアーン!」


バラの花を咥え前髪をかきあげながら騎士オドが一番槍を望んできた。

……ジーヤさん曰く指揮官としての技能は確かなのだと言う。

だが、少々権威主義者的な部分があるのが玉に瑕なのだとか。


「悪いがそれは出来ない。魔道騎兵は今回留守番だ」

「ノー!ナンタール、チー、アー!魔道騎兵はこの国最強の部隊ですよ!それを置いていくと?」


……ゾクリ、と謁見の間の入り口から怒りの視線が飛ぶ。

ふう、決死隊の皆にも困ったものだな。

これぐらいの大口に噛み付く必要も無かろうに。


「俺自身が出るからな。決死隊とお前達……最強格の部隊に街を守って欲しい」

「ノンノンノン!我々は機動力こそ信条!守りなど似合いません!」


それは判ってるって。

だが、こんな戦いで死人を出す気は無いんだよ。

……つまりまともに敵と当たる部隊は連れて行きたくない。

相変わらず二百人しか居ない魔道騎兵をこんな所ですり潰せるかよ。

そも、魔道騎兵は予想以上に扱い辛い。馬の確保が必要な事と、

コイツ等が納得するような血筋の人間が集まらないと増強すら出来ないのが玉に瑕だ。

……動かし方は細心の注意が必要になる。ここではどう考えても使えんよ。


「それを承知で頼む。何、攻めて来る奴など居ないだろうし気楽に」

「それでは手柄になりませんよ殿下!我等は誇り高き尊き血の末裔なのですから!」


……ジーヤさん。アンタ人選間違ったんじゃないのか?

俺の言う事聞いてくれないんだけどコイツ。


「……はっきり言って反吐が出る。母、あれ黙らせたもれ?」

「そうだな。ルン、頼む」


軽く振り返りながら言うと、ルンが軽く頷いた。

そして静かに、だがよく通る声をオドにかける。


「オド」

「ンンッ!ルーンハイム様、いかがしました!?」


「……君命に従って」

「ははあっ!御意のままに」


「ルンの言う事は聞くのなお前……」

「申し訳ありませんが我等の直接の主君は何処までもルーンハイム様ですので。アゥン!」


……今まで俺の傍には居なかったタイプだよなぁ。

まあ不便だがルンの言う事は何でも聞くから問題は無いのか?

取り合えず配置に納得したのならそれで良いが。


何せ、ちょっとした理由で今回の戦、機動力のある部隊は使えんし。

……敵に追いつけると思われるような奴等は拙いんだよな……。


「……次に決死隊だが、これも守りに使う。ホルス、防衛部隊総司令と兼任で指揮を取れ」

「はっ、お任せを主殿」


これも精鋭だが数の少ない部隊だ。

……数を増やし訓練を繰り返しているが、錬度を保つ為に大量増員は出来ないのが現状だ。

当然コイツ等もすり減らす訳には行かない。

何せ軽歩兵としては法外な近接戦闘力と絶大な忠誠心を誇る。

大事にしないと罰が当たるというものだ。


続いて警備兵やら一般の兵たちの配置を次々と指示して行く。

とは言っても、そんなに多くの数は居ないんだけどな。

さて、次は連れて行く連中か。


「次に遠征隊の編成だが……その前に。レオ!」

「はいっす!」


ホルスのほうを向いて首を軽く振ると、

ホルスはレオの元に向かい、予め用意させていた物を手渡す。

ライオンの顔を図案化したワッペンだ。


「こ、これは。エンブレム!?」

「リオンズ・プロファイル(獅子の横顔)と主殿が名付けられております」

「鎧に取り付けろ。……今日より騎士を名乗るんだ。レオ=リオンズフレア」


材質は火竜の鱗。

それ単体でも強力な防具でもある紋章入りのワッペンだ。

レオを指揮官として使うにあたり、

リチャードさんからこっそり許可を貰い騎士に任命させてもらった訳だ。

……万一の際はラン公女とかを亡命させる事を交換条件とされたけどな。

切ない話だよ。全く。


因みに、レキ大公国として任命する初の騎士でも有る。


「それと、新規に編成した部隊を預ける……魔法の才が僅かにある者ばかり集めたから」

「うっす!アニキから習ったあの魔法を伝授するっす!」


「部隊名は守護隊(ガーダーズ)だ。魔法は才ではない。使い方だと世界に示してやれ!」

「はいっす!よっしゃ、これで自分も騎士の端くれっすよ!」


「因みにフレアさんと兄貴から言葉を預かってる。"調子に乗るな"だそうだ。以上」

「うはっ!いきなり釘刺されたっす!」

「ザッツ・ライト!流石はリオンズフレアの御曹司。殿下も素晴らしい選択をされましたな!」


……やれやれ。

笑ってるけど……レオ、お前判ってるのか?

お前は出来るだけ早く自軍部隊に魔法の訓練を施さねばならないんだぞ?


「現在五百名居るが……1ヶ月以内に全員覚えられなかったら……梅干な」

「あ、頭ぐりぐりは勘弁して欲しいっす!頑張るっすよ自分!」


レオが使っても気絶しない程度の魔力消費で効果時間も長く、

実戦で極めて有効な魔法がひとつだけあった。

そこで単一魔法のみを使う装甲歩兵の部隊を考案した訳だ。


その為に、俺の切り札でもあったあれを折角教えてやったんだ。

……上手く使ってくれることを祈る。


「その他、荷駄二百台を随行させる。出立は一月後。それまでに物資を満載しておけ!」


「承知しました。物資の用意はお任せ下さい総帥」

「ま、そちらは余裕ですよ、ハイ」

「「「「「我等の事務能力をご覧あれ!」」」」」


……そちらは確かに心配していないな。

何せうちの事務方は極めて優秀だ。

数年後には基礎教育を終えた人材も大量流入するだろうし、

そうなったらもっと凄い事になるだろう。

ま、そのためにはそれまでこの国を守らにゃならない訳だが。


「以上だ。兵五百と荷駄隊二百名、総指揮は俺自身が取る」

「我がレキ大公国の初陣です。主殿に恥をかかせないようにして下さい!」


「そうそう。副官としてアルシェを連れて行く。参謀はアリサ達!」

「判ったよカルマ君。……出来れば他の国との戦いが良かったけど贅沢は言えないもんね」

「あたし等にまかしとけー!」

「じゅんびはまかせる、です!」

「久々の実戦であります!」


「……先生。私は?」

「子供生んだばかりだろうが。暫く安静にしておく事」


「わらわは?」

「おい、生後数日。本気で言ってるのか?」


「ぴー」「コケー」「コッコッコッコ」

「お前らはハイムに付いてろ……それ以外にどうするつもりだ?」


……どいつもこいつも無茶ばかり言うよなぁ。


『俺はどうする?』

『……スケイルには大事な仕事がある……後で俺の部屋に来てくれ』


さて、これで大体全部か?


「以上だ。国威を見せろとか偉そうな事は言わん。ただし舐められるな、それだけだ」

「「「「ははっ!」」」」


……。


さて、解散した後で部屋に戻るとスケイルが来ていた。


『それで?俺が成すべき事とは何だ?』

「ああ……今回の戦での肝なんだが、ひとつやってほしい事があるんだ」


ごにょごにょ……


『ふ、ククククク……カルマよ。お前も相当な悪党だな』

「手を出したくてうずうずしてる奴が居るみたいだからな……精々引っ掻き回してくれ」


パンパンと手を打つと、天井裏から麻袋を担いだアリスが一匹降りてくる。

……中身は大量の銀貨だ。


「副将としてアリスを付ける。魔物将軍スケイル……極秘任務に就け」

『良かろう。……ただし、作戦後の身分は保証してやってくれ』


「当然だな。こちらとしては一挙両得だ。存分に動いてくれ」

『任せろ』

「じゃあ行って来るでありまーす!」


……スケイルたちが去った後の部屋。

気付くと膝の上にちょこんと小さい生き物が乗っていた。


「のう父。……何を企んでおる?」

「ハイムか。企んでいるとは人聞きが悪いな」


ひょいと持ち上げ放り上げる。

そぉら、高い高ーい、と。


「先日の話といい、今回の密談といい……きな臭くて敵わんぞ」

「国益の為、って奴だ。判るだろ?」


「……何を考えているのか、教えてたもれ?」

「うーん。成功するか微妙だからまだ内緒だ」


落ちてきた所を再度放り上げる。

そぉら。たかいたかーい。


「むう。ではヒントだ!」

「……そうだな。今回の戦い、俺は何処を攻めると思う?」


「傭兵国家とやらだ。あのビリーの作った国だな……だが、真実は違うだろう?」

「……いいや?攻めるのは、間違いなく傭兵国家だぞ?」


ぽふっとな。

落ちてきた所を今度は受け止める。


「嘘を付け。実際潰したいのは最早宗主国殿だろう?」

「例えそうだとしても、戦う気は無いぞ、今回は」


「……今回は、か。つまり次回がある訳だな?」

「時間って奴は繋がってるんだ。出来うる限りの布石は打っておく……先を見据えてな」


「で、どんな布石をを打ったのだ父?教えてたもれ?」

「一つだけヒントだ。……侵略者が被征服民に慕われる条件とは何だ?」


ほっぺたむにー。

おお、伸びる伸びる。


「よふ、わからふ……あほ、へ、はなへ」(良く判らぬ、それと手、離せ)

「それと、今回の戦……一兵も失う気は無いとだけ言っておく」


てしっ、とな。

あ、ほっぺたホールドを解除されたか。


「戦争でそれは不可能だ。圧勝でも人死にが出ないなど有りえんぞ」

「……そのための策。そのための布石だ。少なくとも今回は宗主国に疑われたく無いしな」


ひょいと娘を抱き上げる。


「まあ、大人しく待っていろ。……帰ったら要らない魔法の整理しような」

「……何と言うか、まあ普通では有り得ん会話だが……約束だぞ」


ああ、わかってるって……。

ん?いきなりドアが開いて……なんだルンか。


「先生!赤ちゃん居な……居た」

「しまった!母だ!」


その瞬間腕の中から体がスポーンと飛び出し、

……あ、飛んでった。


「待って」

「嫌だっ!」


そして追いかけっこがはじまる。

……でも何故?


「はーちゃんね?カルマ君に付いて行きたいってさ。で、ルンちゃんが心配してるんだよ」

「ヲイヲイ。生まれて数日の赤ん坊だろうが……」


遅れて部屋の中に入ってきたのはアルシェだ。

苦笑しながら手近な椅子に座ってパタパタと手を振っている。


「誰も信じないよそんな事。自在に空を飛ぶし普通に子供たちと遊んでるしね」

「……そう言えばあの子達も良く普通に遊んでたもんだよな、普通ありえないだろ」


先日の勇者ごっこの際は身長差を誤魔化す為か常に宙に浮いていたっけ。

あまりに馴染み過ぎてて忘れてたが、ハイムとは会ったばかりなんだよなあの子達も。


「力を見せて納得させたらしいよ?具体的には……」

「オーケーわかった。石壁に穴を開けて見せればそりゃあな。子供じゃ従う他無いわな」


あの時の壁の穴はそういうことだったな確か。


「ま、それはさておき……チーフ達と本気で戦う気なの?なーんか、引っかかるんだけどさ」

「……ほれ」


アルシェにはさっさと教えておいたほうが良いだろうな。

と言う事で密書を一通見せる事にした。


「……これは……タクト叔父さんからの手紙!?」

「そういう事だ」


作戦の全体像を必死に考えているのだろう。

黙り込んだアルシェを置いて俺は君主の間へと向かった。

さて、じゃあ準備に取り掛かるとしますか。

一ヶ月って言っても、何かするには短い時間だしな?


……。


それから一ヶ月。

長いようで短い時間を経て、レキ大公国軍は初出陣の日を迎えたのである。


先ず竜馬ファイブレスに跨った俺。それにアルシェとアリサ達。

その次はレオを先頭に新編成の重装甲歩兵ガーダーズ五百名が続く。

更にその後を物資を満載した荷馬車二百台。


大通りに詰め掛けた群衆に手なんかを振りながら俺達は進んでいく。


……アリサ達の正体は未だに秘密なので、地下の近道を使う事は出来ない。

これから何日もかけて先ずはサンドールまで入らねばならないのだ。

ただ一つ安心できるのは属国の大公なんてものになったお陰で、

俺の出身とかを気にする奴が居なくなったことくらいか。


「サンドールに着いたら先ずは王宮に賄賂でも渡していきますか……」

「見も蓋も無い言い方だねカルマ君ってば」

「いちおう、けんじょうひん。とか、いうべき、です」


ま、そうかも知れんがな。

結局の所賄賂以外の何物でも無いんだよなぁ。


……。


さて、出陣からおよそ一月が経過。ようやくサンドール首都に辿り付く。

もう少し行軍速度は上げられるかもしれないが、まあ最初だからこんな物だろうか?

取り合えず王宮に顔を出して貢物をばら撒いておく。


……因みに、サンドール王宮にはこれと言った人物は存在しなかった事を付け加えておく。

俗物か愚者か下衆しか居なかった。

ハラオ王とも初めて会ったがあれはモブキャラだ。間違いない。

そしてまともな人間は罪を着せられ奴隷に落とされている。


……終わってるなこの国。

何せ、あのセト将軍がまともに見えるくらいだから。


……。


さて、王宮に落胆した後は街に出て恵まれない方々に炊き出しをしておく。

馬車の内王宮宛の賄賂十台と炊き出し用食料四十台分、そしてそれを連れて来た荷駄隊五十名。

これを置いて北の戦場へと向かう。


……残った50人には俺たちが戻るまで炊き出しを継続してもらおう。

何せ、国内の飢餓はかなりまずいレベルに達していた。

放っておけば暴動に発展しかねない。


……と言う名目で人気取りを行いつつ、王家と軍の人望を削り取る。

我ながらえげつないと思うが、これも俺達が生き残るためだ。

サンドールの皆にはもう少しだけ我慢してもらおう。


「ありがたい、カルーマ商会には何時もお世話になっております!」

「買い物の代金も待って貰っています。感謝してますよ本当に」

「畜生。軍隊に若いのはみんな連れて行かれちまった……」

「なんで隣国の人たちは助けてくれるのに王様は俺たちを助けてくれないんだろうな……」


ここで、よしよし順調順調、と言う台詞が出てきてしまう自分が怖い。

……しかし、予想していた事だが国力と言うか経済がやばそうだな。

一時的には戦争特需で儲かっていたようだが、

既に売り物である奴隷が高騰すると言う事態に陥り、労働力不足が深刻な問題になっている。

おまけに水と食料も手に入れずらくなっている様だ。


……最近商会に水を売ってくれと言う依頼が増えた。

それも王宮や軍からだ。……他では既に買える値段ではないようなのだ。


「まあ、もうすこしだズラ。きっとセト将軍が緑の大地を手に入れてくれるダ」

「そうだなぁ。きっと北には素晴らしい場所が広がってるのさ」

「傭兵って金持ちなんだろ?絶対に金銀財宝を山のように持って凱旋してくれるさ!」


……今の現状を維持しているのは略奪への期待感、か。

悪い。残念だけどそれが叶う事は無い。

何せ……。


「ねえ、カルマ君……チーフの所も資金的には火の車の筈だよ。……大丈夫なのかな」

「大丈夫な訳無いだろアルシェ。……暴走の時はそう遠くないのかもな」


だが、それでも王宮の連中は権力に固執するだろう。

……王宮を見てるだけでそれは間違い無いと確信できる。

そうなると不満を押さえ込むために新たな略奪先が必要になる。

その時、標的になるのは何処か。

……まあ、考えるまでも無い"罠"?


……。


さて、北上すること半月。

水と食料は大量に持ってきているし、

面倒な障害物はファイブレスで粉砕しつつ直線的に進んでいたお陰で、

思ったよりは早く現場に到着できた。


「セト将軍。水と食料、そして資金を持ってきたぞ?兵は五百ほどだ。有効に使ってくれ」

「大公か。良く来た、予想より早かったじゃないか。俺は満足だぞ!」


たどり着いた途端に引き渡し用の荷馬車百台に群がる兵士達。

……どんだけ飢えてたんだと言う間も無く督戦隊らしき連中に切り殺されていく。


「勝手に食うな愚物ども!ふん、つまらんものを見せたな」

「…………ところで俺達はどう動けば良い?」


ニンヤリと笑うセト将軍。

うん。こっちの流した情報は見事に耳に入っているようだな?


「実は先日良い情報が入った。傭兵王は勝利を諦め資産を持ち出しにかかっているらしいぞ!」

「ほほう。それはそれは。サンドールの勝利も近いようだ」


「うん、その通り。だが俺は奴等の逃亡を見逃す気は無い!」

「では俺たちに先陣を!」


嘘だ。本当はこちらの担当になると困る。

まあ、そうはならないだろう。

……流石に流した噂の内容を理解できる頭はあると信じたい。


「いや……大公は敵首都レイブンズクロウの攻略を頼む」

「セト将軍。相手の首都を五百名で落とせと?」


「心配は要らん!連中は逃げる途中。半ば捨てられたようなものだ」

「成る程な。そんなに手間はかからんと言う事か」


「それにお前の連れて来た兵士は追跡には向かないだろう。悪いが傭兵王の首は俺が貰う」

「いいだろう。数日以内に首都は落としてやろうじゃないか!」


「はっはっはっは!素晴らしいぞ!最高の気分だ!」

「では、こちらも早速準備に取り掛かる」


そう言って俺は将軍の前を後にした。

……横目で馬車を見ると、案の定資金を乗せた馬車が異様に大事に扱われている。

うんうん。予定通りだな。


「アリサ。馬車の動向は見逃すなよ」

「あいあいさー」


さて、現状を鑑みるに予定の変更は必要無さそうだな。

では明日にでも向かうとするか、傭兵国家首都レイブンズクロウ。

……今でも主力がてぐすね引いて待ち構えているその街へな?


しかしセト将軍め、判ってはいたがこっちを敵主力にぶつけやがって。

その隙に自分は傭兵王によって持ち出された資金を奪ってウハウハと言う訳だ。

……まあ、そうは問屋が卸さないから覚悟する事だ。


「世の中上手くは行かないこと。教えて差し上げないとな」

「ククク……そういうこった。ああ面白すぎて腹が痛ぇ」


では、裏の軍議を開始するかね。……傭兵王殿?


……。


翌日。俺達は傭兵国家の首都に向け進軍を開始しようとしていた。


「武運、祈願」

「頼むぞ大公。貴様等の活躍がこの長い戦の終わりを告げる事に繋がるのだからな」


「ああ。まあ期待しないで待っていてくれ」

「うっす、じゃあ進軍するっす。守護隊、前進!」


街道沿いに進むと半日ほどで傭兵国家の首都レイブンズクロウにたどり着くそうだ。

元をただすと30年前の戦いで滅んだ都市国家の首都跡地で、

そこに住み着いた連中を組織化したのが傭兵王なんだそうだ。

今でも決して復興が進んでいる訳では無いらしく、

壁はヒビだらけだし、本来の王宮は崩れ落ちている。


"正直、まともに攻めて来られたらアウトだったぜ"


とは傭兵王の言である。

……そう。もう気づいている者は気付いているだろうが、

俺と傭兵王の間には密約が結ばれている。


簡単に言えば、資金と情報を引き渡す代わりの街からの立ち退きだ。

……昨日の晩、セト将軍の天幕を監視させていた所、

俺の持ってきた資金は既にサンドール国内に持ち帰られようとしているらしい。

そう言う訳で、早速情報流出が起きる訳だ。


「兄ちゃ!傭兵王配下のフォックス隊があたし等の持ってきた資金の奪取に成功したって」

「よぉし。これで料金の支払いはOKだな?」


「傭兵さん達、移動開始したであります!」

「全員が城門を出た所を見計らって城内に入れ。……後はスケイル待ちだ」


ふふふふふ。おかしいと思わなかったのかね?

何でこんな所に大金を持ち込まねばならなかったのか。

そう、あの金はサンドールの軍資金ではなく傭兵国家への支払い用だったのだ。

ま、そもそもセト将軍はくれると言う物を疑うような奴ではないが。


「と言う訳で無傷で首都奪取!」

「えげつないっす!流石はアニキ、俺たちに出来ない事を難なくやってのける!」

「「「そこに痺れる憧れる!」」」


ふふふ、サンドールへの約束は首都奪取だったからな。

何にせよ、これで向こうからの依頼は完遂だ。

……その結果、傭兵達の全財産が持ち出された後だとしても俺は知らない。


「いやあ、正直指揮官なんて初めてっすから膝がガクガクものだったっすよ!?」

「……本当の初陣はこれからだ。そろそろウォームアップしとけ、レオ」


そう。流石に戦闘の跡が無いのもまずい。

勝手に相手が逃げたから街は確保した、なんてあのセト将軍が認める訳も無いのだ。

……何せ、これからの負けが決定してるからな。


そんな所にこちらが無傷とか言ったらどんな難題出されるか知れたものじゃない。

まあ、そこへ飛んで火に入る夏の虫が現れたって訳だ。


「にいちゃ。スケイルが、まえ、とおりすぎる、です」

「そうか。……総員、前方を通り過ぎる集団は無視しろ!」

「了解っす!」


そうして待つこと暫し。……スケイルだ!

背後に魔物、更に夜盗やら山賊やらを連れて何かから逃げるように走り去っていく。

……そして、その後ろから。



馬鹿主従がやって来た。



「待てえええい!このブルジョアスキーから逃れられると思うな!?」

「あの。流石に深入りしすぎです、あれ、傭兵国家の首都ですよ?蛸頭」

「なるほど、判ったのであーる」


見事に誘い出された商都のはみ出し者ボンクラ一党……って本人まで来てる!?

いやいや、開戦の理由を欲しがっていた馬鹿主従が居るって聞いたからあえて誘ったが……。

まさか底なしのボンクラまでかかるとは思わなかったぞ!?


……で、何がわかった?


「今回の野党襲撃は……傭兵王の陰謀であーる!」

「え?わしは流石にそれは無いと思うのだが?」

「それに、詰めてる兵士が傭兵っぽく無い装備ですよボンクラ」


現在子蟻による傍聴で敵陣内の会話を拾っているが、

そうでなくともまあ目立つ目立つ。

……ブルジョアスキーはあれでかなり高レベルの指揮官だった筈だが、

その能力の殆どをあの男爵芋のお守りに費やさざるを得ない状況に追い込まれているようだな。


「許せんのであーる。我輩の大事な領地を荒らすとは、万死に値するのであーる」

「……ではどうするので?」


「我輩の精鋭三千をもって、愚か者に天誅を食らわすのであーる」

「……焚き付けるつもりで連れて来たが、その必要すら無いとは……」

「いや、団長。私は悪い予感しかしないのですが……それに三千は全軍でですよ空頭」


……大丈夫なのかコイツ等。

兵士が心配そうに見てるんだけど。


「そうであるか。では現在の兵数はどうであるか?」

「現在追随している兵は八百名そこそこですよヌケサク。領地の守備もありますから」


「では全軍をつれてまた来るのであーる」

「ちょっとお待ちを!ここまで来てしまった以上手柄の一つも立てねば罰せられますぞ!」

「と言うかただで帰らせてくれる訳無いですよ蛸」


いや、判ってると思うけど手柄があっても罰せられるぞ。

勝手に他国の領内。それも首都の真ん前まで来ているんだ。

……普通なら国境警備隊に補足されてジ・エンドだ。

いやあ、紛争中で警備隊が引き上げててよかったなぁ。


ま、ここに呼んだのは七割以上俺なんだけどな。


「ええい!敵め、一体何人居るのであるか?」

「まあ五百といった所ですかな?壁もボロボロ。一応攻城戦としての難易度は低いですな」

「一応兵数では五割り増し以上で上回ってますよ……ただ、錬度が」


「うほっ!兵で上回ってるなら安心であーる!……全軍前進であーる!」

「え?ちょ!何で勝手に軍を動かしておるんですかアンタ!?」

「いえ団長。一応男爵の軍ですから。勝手に私物化してる我々が言えた義理じゃないですけど」


お、前進してきた。

……とは言え色々と適当臭いな。

仮にも敵に攻めかかる軍隊の進む擬音がゾロゾロ、じゃあ拙かろうに。


「ふう。取り合えず敵が攻めてくるぞ?」

「うっす!迎撃するっす!先ずは弓を持てぃ。っす!」


崩れかけた城壁とは言え有ると無いとでは大違いだ。

レオに命じて弓を射掛けさせる。

……決して弓の上手い部隊では無いが、牽制程度にはなるだろう。

そして、ブルジョアスキーなら気づく筈だ。


それぐらいなら、前進の邪魔になりえないことを。


「ひるむなっ!あの程度の弓矢など無視できる程度でしか無いわ!」

「ええ、幸いでしたね。あまり錬度の高い部隊では無いようですよタコ団長」

「むっふっふ!このまま街ごと落としてしまうのであーる」


……阿呆か。

向こうは傭兵国家と戦っていると思い込んでいるが、

もしそうだとしたらこの後待っているのは泥沼の戦争だぞ?

サンドールが攻め込んでいるのは知っているだろうに。


……まあ、サクリフェスの意向としては、

そんな泥沼に商都を引きずり込むのがお望みなんだろうがな?


「ま、精々逆利用してやるさ……レオ、旗を。獅子の横顔を高く掲げろ!」

「はいっす!自分等の旗を掲げるっすよ!」


敵が城門前に殺到した頃、満を持して傭兵国家の旗を引き摺り下ろす。

代わりに掲げられたのは獅子の横顔を図案化した軍旗である。

残念ながら俺用の軍旗はまだ無いのでレオの部隊の分だけだ。だが今回はそれで十分だろう。


さて……敵には僅かな同様が見られるが、あまり気にせず攻撃を続行しているな?

よし、なら次だ!


「トレイディアの兵とお見受けする!現在傭兵国家首都はサンドールの占領下にある!」

「な、なんだと!?」

「……まずいですよ団長。何かサンドールのほうに喧嘩を売ってしまったようです」


「これは、宣戦布告と見なして宜しいのか?」

「う、いや……」


まあ、そうなるわな。

教会の狙いは三カ国の疲弊だろうし。

恐らく向こうの戦略では、先ずサンドールとトレイディアで傭兵国家を分割。

その後双方が争いだした頃を狙って自軍を南下させ、

漁夫の利で三カ国全てを飲み込むと言う感じだろう。

その後は信仰の力で民を慰撫、一気に勢力を回復……と言った所か。


ただし、その戦略で行く場合に最初にサンドール対商都となると、

現在のサンドール対傭兵国家の構図が変化し、サンドール対商都&傭兵国家となる。

何故か?商都と傭兵国家は戦闘状態に無いのだ。当然手を結ぶ事になるだろう。

傭兵国家は資金を得て回復するだろうし金だけ出していれば商都はそれ程疲弊しない。

……要するに教会の勢力拡大どころではなくなる訳だ。


当然ここは引く事にするだろう。

……普通の頭に持ち主ならな。


「いや、わしらは領内に入り込んだ賊徒を探して来ただけで」

「……ほぉ?賊を探して一国の首都に攻め入るとはどんな考えをしておいでか?」


「あー、いや。確かに申し訳無い事を」

「何を言うのであーるか!馬鹿にされたのであるぞ!?」


だが、ここには世界最凡愚の男がいる。

……ああ、罠の一つすらなくても勝手に崖から落ちそうになってるよこの人。


「我輩はボン=クウラ男爵!その暴言を取り消さんと叩き斬るのであーる!」

「……サンドールへの宣戦布告、確かに受け取った」


「ウボァアアアアアアッ!?」

「団長、あのボンクラを止めてください!団長、団長ーッ……おいハゲ、聞いてるのか!?」


きっとこの話を聞いたら村正は床に突っ伏して泡でも吹くんだろうなと思いつつ、

取り合えず迎撃再開、と言うか城門オープン。

突然開いた城門に向こうが困惑しているのがここからでもわかるぞ。


「な?どう言う事かわかるか副官」

「知りませんよ……ここは街を譲る気でしょうか?だが本隊と合流されてはまずいですね」


「そうだのう。宣戦布告を持って帰られちゃ枢機卿の策が破綻してしまう」

「もしくは……反撃に出るつもりか。まあ、兵力で下回る以上それは無いかと」


……ズシーン


「え?」「は?」「お?」


大きく開け放たれた城門から何かが現れようとしていた。

……巨体ゆえ城門が邪魔なのか、自ら門を破壊しつつそれは現れる。


「待たせたな。では、戦おうか?」


要するにファイブレスとその頭部に乗った俺だ。

……いやあ、城門を開けても竜の巨体が出入りできないのは予想外だったが、

インパクトと言う点では及第点以上だな。うん。

さて、八百名とは結構な数字だが、ドラゴン相手に勝てるのかね?


「ファイブレス。……焼き尽くすぞ!」

『良かろう』


突風、そして紅蓮の業火。

竜の吐き出す炎のブレスに、一瞬で十数名の兵が消し炭と化す。


「首を振るんだファイブレス!全員に、公平にな?」

『判っておる』


ブレスを吐き出したまま巨体の竜が首を体ごと左右に振る。

当然広範囲に広がった炎が、今度は数十名を火達磨にした。


「い、一瞬で前衛が全滅状態です!団長、どうしましょう!?」

「な、何でサンドール軍にドラゴンがいるのだ!?」

「こ、こら!?兵士ども逃げるなであーる!」


「もう少し脅すか?」

「ギャアアアアオオオオオオッ!」


「「「「ひいいいいいいっ!?」」」」


元々夜盗討伐程度の気持ちでやって来た連中だ。

ドラゴンの咆哮を目の前にして戦意を維持できる筈も無い。

ただの一鳴きで数十名が逃げ出していく。


「ええい!どうにかするのであーる!」

「落ち着けーッ!竜と言えど不死身ではない!冷静に落ち着いて行動すれば助かる道はある!」

「無理です団長。せめて竜を何とかしないと。もう士気は崩壊してますよタコ」


「竜を?……よし、判ったのであーる!」

「「え?」」


突然……のしのしと、こちらに向かって歩いてくるボンクラ男爵。

……何をするつもりだ?


「カルマ、カルマであろう?その顔、見覚えが有るのであーる!」

「ああ、確かにそうだ。男爵様お久しぶりで」


「うむ!ボン男爵が命じる。兵を引け」

「無理」


何を言ってるんだこの人。

……俺との縁はとうに切れているのだけど?


「なにおおおおっ?叩き斬るであーる!」

「……出来るので?」


ファイブレスがその爪を大きく振り上げる。

……一般兵にすら勝てない人がどうやって竜と渡り合うつもりなんだか。


「いやまて、お前がここに居るのも元を正せば我輩の見事な統治下で育ったからであーる」

「ファイブレス……」

『うむ』


流石に当てはしないが、眼前の地面目掛け竜の爪を振り下ろす。

……あ、腰が抜けたっぽいな。


「いや待て!待つのであーる!」

「男爵……アンタのは統治とは言わん。搾取だ」


少なくとも統治と言うからには、取り上げる見返りに与えられる物が無くてはな。

税の取り立てはしても公共事業どころか流行病の対策はおろか、賊や魔物の討伐すらしない。

……これを統治と言える訳が無いだろう?


「ひいいいいいっ!いや待って、待つのであーる。それでも我輩はかつてお前の主君だった訳で」

「……いいだろう。ただしこれで完全に縁切り。それと引くのは俺だけだ」


とは言え、なんだか哀れになってきた。

それに、明らかに敵の足を引っ張る男を排除するのも勿体無い。

……守護隊の初陣もまともな物にしてやりたいしな。


「レオ。俺は城門前から見ている。……蹴散らせ」

「うっす!既に敵はこっちとほぼ同数。行けるっすよ!」


「おお、おお……カルマが判ってくれたであーる!」

「信じられん、が……好機だ!」

「全軍、あの竜はもう攻撃してこない。恐れずに向かって下さい!」


城門前に引っ込んだ俺とファイブレスに敵は勢いづく。

……が、それ以上に喜んでいる連中が居た。


「……手柄が転がり込んできやがったぜ」

「いや、家に帰った時に家内に馬鹿にされずに済みそうですな」

「どきどきどきどき……緊張するなぁ」


折角連れて来られながら弓を数回射ただけの守護隊諸君だ。

相手を舐めてかかっている様子があるので軽くたしなめると、自信に満ちた返答が帰ってくる。


「お前ら……ここで死人でも出してみろ、即日解散だぞ?」


「まさか。相手の武器は軽装備のみ」

「長棒の先を削っただけの槍が、僕らを貫けると?」

「まあ、怪我する危険の無い相手が初陣でよかったですね」


「よぉし!じゃあ前進っす。総員隊列を組むっすよ!」


レオを戦闘に魚燐の陣形を組むと、守護隊はゆっくりと前進していく。

……装備は重装甲、かつ重武装。進軍速度が遅いのは仕方ない。

だが、コイツ等の真価はそこではないのだ。


「き、来たのであーる!」

「わしにお任せを。同数なら負けてやらぬ!」

「敵は装甲歩兵。鎧の隙間に剣を突き刺して下さい」


ブルジョアスキー率いる兵士達が弓を射るが、重装甲と大盾に阻まれ効果が出ていない。

……それ故鎧の隙間を狙う戦術に切り替えたようだ。

軽歩兵達がこちらに駆け寄ってくる。


うん。逃げ出されたらどうしようかと思っていたが……、

これなら恐れる事は無いな。


「来たっすよーっ!全員、詠唱開始!」

『『『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』』』


戦場に、硬化の詠唱が響き渡る。

そして……明らかにこちらが押し始めたのが見て取れた。

ふふふふふ、攻撃の効かない兵士との戦いはどんな気分かな?


「は?敵に攻撃が効いていない?……何だとおおおおっ!?」

「いけない、団長……兵を下がらせましょう!」


鎧の隙間だろうが何だろうが刺しても斬っても効果が無い。

……これが大鉄槌とか大斧なら話は別だったろうが、

木槍やショートソードではこの装甲は抜けない。

その圧倒的防御力で敵陣を蹂躙、もしくはしぶとく自軍陣地を守り抜く。

それが守護隊ガーダーズだ!


「ば、化け物だあああっ!?」

「に、逃げろーーーーッ!」


そして、敵が恐怖し背を向けたときがこの部隊の真骨頂。


「よし、敵が逃げ出したっす!……前衛二百五十名、鎧を脱ぐっす!」

「「「「おおおおっ!」」」」


約半数が重装甲の鎧を脱ぎ捨て残り半数がその装備を回収しつつ後を追う。

……鉄の皮膚はそのままに、軽歩兵と化した追撃部隊が敵の後を追うのだ。


本来守護隊の重装甲は、硬化が切れても戦えるようにといった配慮だった。

だが、副次的な効果として、鈍足の部隊であると敵に錯覚させる事が出来る。

更に追撃で鎧を外すと、防御が薄くなったと反転する敵まで出てきた。

……そして、剣を振るい……絶望するのだ。

いつか強力(パワーブースト)も教え込んでやりたいと思うが、今はこれで十分だろう。


「のはあああああっ!?に、逃げるのであーる!」

「……くっ。しかしこれで商都も戦わざるをえんだろう、わし等の策は成った……」

「そうですかね団長。私は何か悪質な詐欺に引っかかった気分ですが」


馬鹿主従は必死に兵を鼓舞しつつ引き上げようとするが、

こちらの追撃でどんどん数を減らしていく。

……この日の一連の戦闘で、商都側は三百名を越す被害を出した。

代わってレキ大公国軍は、死人はおろか怪我人すらほぼ出さないという大勝利となったのである。


……。


「カルマ君?サンドール軍からの捕虜の引きとり作業完了したよ」

「了解。で、何人くらいだ?」


「んー。大体三百人位かな?皆大人しく従ってくれてるよ。……ただしお給料は出してあげて」

「判ってる。傭兵王にもその旨は伝えてあるから何の心配も要らんさ」


いつぞやの協定に従い、定期的に傭兵国家からの捕虜がレキに送られていたが、

今回は流石に数が多いな。直接引き取りに来ただけはある。

まあ、傭兵王から言い含められているだけあって大人しい物だ。

流石に大枚はたいた甲斐があるってもんだな。


さて……現在あの戦闘から三日ほどが経過していた。

サンドール軍の陣地からアルシェに捕虜傭兵の引取りをさせ、ようやく再編成が完了した所だ。

レキ大公国軍は城門から出て、表に野営する形になっている。


……勿論宗主国に疑われない為の策だが。


「今日はサンドール軍がレイブンズクロウに入るんだっけ?」

「そうだ。……追撃戦でボロ負けしてるからな、ここらで勝利を内外に示したいだろ」


サンドール軍は傭兵王に対し追撃を行い、逆に散々に蹴散らされていた。

まあ、情報が漏れていたんだからそれも当然か。

それに持ち出された財宝の内、追いつかれそうな後方に存在していた物は全て罠。

欲に目が眩んだ指揮官が覗き込むたびに酷い目に遭っていたらしい。


……何処から情報が漏れてたって、そりゃあ俺からだがね。


まあ、そんな訳でサンドール軍はボロボロだ。

傭兵国家は全資金を持ったまま北部のアークの街に遷都。

一応領土は増やしたからサンドールの勝利とは言っているが、

残念ながらこの首都を占拠してもサンドールに得る物が無い事はほぼ間違い無い。

……ここには緑の大地があるが、作物すら全て持ち出された後だからだ。


「財宝は全て持ち出された後。町は元々廃都……食料すら得られん」

「……でも、水くらいは手に入るよ?」


「水は嵩張るからな。運んでいる荷駄を見逃す傭兵王か?」

「まさか。嬉々として狙うと思うよ?……その場でぶちまけるだろうけど」


そういう事だ。

延々と南へ水を運ばないとならないが、ここはまだ敵側に地の利がある。

そう考えるとサンドールはむしろ弱点を得てしまったに等しい。

……かといって、水の豊富なこの地を手放す訳にも行くまい。

非常に扱いの困る土地の出来上がりと言う訳だ。

まさしく鶏肋。食うほど肉は無いが味はある非常に始末におえない土地である。


「兄ちゃ?瀬戸物将軍が来たっぽいよ」

「判った……ってあまりそういう言い方はするなよ?」


瀬戸物=中身が空=能無し=セト。

そんなアリサのジョークに苦笑しつつ野営地を出てサンドール軍の隊列に向かう。

……将兵共に疲れきっているな。まあ、当然だが。


「大公か。……良く敵首都を落とした」

「ああ。敵の大軍が駐屯しててかなり苦戦した。しかも商都の連中がちょっかい出してきてな」


「何だと!?ちっ、あの連中め!」

「後ろで糸を引いてるのはサクリフェスだ。枢機卿が何とか言ってたしな」


敗戦で気が立っているのだろう。

折角俺が持ってきた資金も奪われた後だ。

この報告は冷静さを奪うのに十分だったようだな。

額に青筋浮いてるぞ?


「……許さんぞ連中め。この俺をコケにした代償はいずれ支払ってもらう……」

「取り合えず、何とか首都奪取は成った。入城してくれセト将軍。俺達は」


「お前たちは?」

「今回の戦いでの死者を弔っておく」


指差したのは戦死者の為に作った合同墓地だ。

……自軍の兵は一人も入っていないが、まあ、見ただけなら自軍の葬儀と勘違いするだろう。


「そうか。大義である。……ちっ、どうせ金目の物は残っていまいな……」

「葬儀が終わり次第俺達は帰還する」


「何!?駄目だ、お前たちにはこれから役立ってもらわねばならん!」

「……兵の消耗が激しくてな。それに物資が尽きそうだ。新兵の訓練にはまだ時間が掛かる」


「増援を寄越せんのか?!」

「指揮官が足りない。所詮は建国一年の小国だからな」


軽く顔を伏せてやると、向こうはムムムと喉から声を出す。

……自軍以外を養う物資など残って居まい。

つまり、俺たちをここに留めるのは難しいと理解せざるを得ないのだろう。


「……ちっ、では一度帰国を許可する。ただし」

「ああ。荷駄隊を再編成して後で物資を送らせてもらうさ」


「判っているなら良い」


苦虫を噛み潰したような顔のセト将軍に背を向けて、俺は隊列を後にした。

そしてその日の晩には全軍を引き上げさせる。


「ふう。軍勢が減っていないのに気付かれなくて良かったな」

「捕虜傭兵を軍に加えたから。って言う言い訳は用意していたけどねー」

「何にせよ、新兵に実戦経験も積ませたし、悪い結果じゃなかったんじゃないかな?」


今頃サンドールはおろかトレイディアも上から下まで大騒ぎだろう。

さて、厄介ごとが飛び火する前に帰らんとな。

……何せ、もうサンドールの尻拭いに来る気は無いから、な?


……。


そして……一月半ほどの時を経て、再びレキに帰りついた俺たちは約三ヶ月ぶりに城門を潜る。


最初に俺とアリサ達。

続いてアルシェ率いる傭兵隊三百。

更にレオ率いる守護隊五百と空になった荷駄隊が続く。

その後ろには、スケイルが金をばら撒き腕力を見せ付けて集めた夜盗約百名と魔物数百匹も。


結局一兵も失わず、むしろ数を増やして我がレキ大公国の初陣は終わったのである。


「先生。お疲れ様」

「父。帰ったか」

「主殿、策が成ったご様子。お疲れ様です」


「ぴー」

「コケー」「コッコッコッコ」

「「「「「ピヨピヨピヨ」」」」」


……なんか、こっちも増えてるが……まあ、気にしない方が良いか。

あれ?ふと気付いたが、そう言えば謎植物の数が少ないような?


「なあルン。カサカサ達は?」

「向こう」


指差された方角は壁の向こう。なので城壁に昇ってみる。

……何故かそこには林が広がっていた。


「「「ガサガサガサガサ!」」」

「「「「「「「カサカサカサカサ!」」」」」」」


「三ヶ月で増えた」

「……増えすぎじゃないのかこれは」


俺に気付いて木々が寄って来る。

城壁の下の辺りで何やらガサガサ音がしたかと思うと、

組み体操で木々が持ち上がり、俺の目の前にはリンゴが差し出された。


うん、懐かれてるって。慕われてるって気分が良いな?

そしてやっぱ数こそ力だ。そう思う。


……増える速度に関しては、もう考えないようにするか……。


***大陸動乱シナリオ3 完***

続く



[6980] 48 夢と現 注:前半鬱話注意
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/07/30 23:41
幻想立志転生伝

48

***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ2 夢と現***

~甘い現実と厳しい夢……どこがへっぽこなんだか~


≪side 魔王≫

……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前には一人の少女が立っていた。


「お前の望みは判った。だが、叶えてやる事は出来ぬ」


少女は叫ぶ。

……気持ちは判らんでも無い。

突然こんな異世界に連れて来られた挙句、知りもしない男の嫁になれ等と言われてはな。


だが、元の世界に戻りたいという……その願いを叶えてやる事は出来んのだ。

……第一に、異世界とこの世界を繋ぐ魔法など、無い。

その旨を伝えると、少女は半狂乱になって更なる叫びを上げる。


そうだ。確かにおかしく感じるだろう。

何故ならお前はここに確かに存在するのだから。


……しかし、前提が違う。

根本的な問題があるのだ。


「嫁召喚(サモニング・マイラヴァー)のスペルは、そも召喚魔法ではない」


……少女は驚いた様子だった。

ふむ。次は時間移動、もしくは天体級の移動を疑ったか。

だが、それも違う。


「彼の術式はな。……空想から実体を作り出す魔法なのだ」


……意味が判らないのだろう。少女はきょとんとしている。

だが、そのまま諦めてくれるとは思えん。


……以前来た"お前"も同じ反応をしていたからな?


「つまりだ。お前は作り物なのだ。記憶も、肉体も……想いさえもな」


次は……ああ、やはりだ、やはり半狂乱になったか。

……呪縛して動けなくした上で、再度説得を試みる。

残酷な話ではあるが真実を伝える者が居なくてはならないのだ。


「お前はロンバルティアの描いた絵物語から生まれた……豪族どもへの貢物だ」


彼の地にロンバルティアなる男が現れたのは何時の事だったか。

……気付けば奴は古代より脈々と続いて来た幾つものしきたりを事も無く破り、

様々な魔法、即ち様々な歪みを作り続けている。全く困ったものだ。


何故、用意された力だけで満足しないのだろうか?


そして、更に困ったのがここ最近よくある"脱走者"の相手。

……奴め、理想的な美少年や美少女を召喚、いや作り出す魔法を開発しよった。

そんな馬鹿な事を考え付く発想にも呆れるが、

それを自ら使うのみに飽き足らず、周辺の軍閥、有力者に嫁がせ、

凄まじい速度で勢力を拡大している。

……もうじき国になるのでは無いか?あの辺りは。


まあ、ヒト一人のやることだ。

大目に見てもよいだろう。

……ただ、自分で作り出したものの後始末くらいはきちんとして欲しいものだな……。


ん?足元が騒がしい。

ああ、そうだ。まだ話が終わっていなかったな。


「……つまり、お前が元の生活と言うものに戻る事は有り得んのだ。判ったら去れ!」


……少女は泣き出しそうな顔をすると、そのまま走り出した。

前回はそのまま放浪し、のたれ死んだらしいが……今回はどうなるやらな。


……。


また……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前には一人の少女が立っていた。


「我は何もしてやれぬ……我に言っても何も解決しない事は先人の現状で判るのではないか?」


何?上司への報告がしたい?

帰れなくともせめて連絡が取りたいとな?


「無理だ。そも、お前の言う上司すらそもそも存在しない」


……何を考えているのか判らん娘だな。今更上司も何も。

ん?ならば自分で何とかするから元の力を使える様にして欲しい?


「それも無理だ。所詮は空想から作られた複製。人を超越した力は付与されん」


……なんだ。どうかしたか?泣きそうな面をしよって。


ふむ……そうか、なるほどさっきの話は所詮呼び水に過ぎぬか。

会いたいのだな?好いた奴がおったのだな?

だが会えはせん。何故ならそ奴もお前の設定の一つに過ぎぬのだから。

……どうしてもと言うなら、同じ魔法でお前の横に描かれているであろうその男を呼んで貰え。

まあ、そんな事を望んでも、人質にされてお前を好きに扱う為の道具にされるのがオチだがな?


ん?どうした……そうか。迷惑はかけられないのだな?

故に全てを諦めて受け入れるか。


……それも良かろう。


……。


また……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前にはまたも一人の少女が立っていた。


「落ち着かぬか。荒れたとてどうなる物でも無いぞ」


此度は酷いな。なんと言うか色々とボロボロだ。

肉体的にも精神的にも追い詰められているのが良く判る。


「……玩具にされている、か。段々と扱いが酷くなる一方よの」


いつぞやまでは普通に嫁として扱われている者ばかりだった。

当然大切にされていた筈だ。

だが……気付けば妾やらの扱いにされる娘や、兵として消耗品扱いされる男が増えたの?

あまり良い傾向とも思えん。


それに、世界の歪みは酷くなる一方だ。

……去年、ロンバルティアは死んだのではなかったのか!?

それなのに歪みは酷くなるばかり。……何故だ?

世界に残された時は刻一刻と減り続けているのと言うのに……。


「……兎も角、元の世界へ帰るのは……何?それは良いからせめて人として扱って欲しい?」


……切ない望みだ。

良かろう。お前の事を誰も知らぬ土地まで送ってやる。

せめてそこで、人として暮らすが良いさ。


……。


また……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前にはまたも一人の少女が立っていた。

いや、少女ではないか。


それなりに年を重ねたその姿は幾年もこの地で過ごした証であろう。

そして……我はその姿に見覚えがあった。


「久しいのう、息災にしておったか?夫は?そうか優しかったか。それは何より」


いつぞやこの地に来て……全て諦めて戻っていった娘だ。

とりあえずそれなりに幸せに暮らしていたようだな。少しばかりほっとする。


「して、泣きそうな面で何用だ?言っておくが元の世界など無いと一度話したぞ?」


何?違う?息子の事?

……昔の自分と全く同じ女が嫁に来た?


「まあ、あの国ではよくある事だ……達観せよ」


折角生き延びたのだ。間違っても別なお前のように自ら命を絶つ事など無いようにな?

……色々と納得いかぬ、か。

だが、来てしまったのは仕方あるまい?

同じ"お前"だ。せめてここで幸せに暮らせる方向に誘導してやる他何が出来る?


うん、そうか。説得してみるか。

……色々と辛いだろうが、まあ……強く生きろ。

我からはそれしか言えんよ。


……。


また……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前にはまたも一人の少女が立っていた。

……そう。いつもの事だ。


「いつも言っておる事だが、我には何もしてやれぬ。魔王とて万能にすら届かんのだ」


まあ、何時ものように喚き立てておる。

毎度の事とは言え悲痛で胸が痛むな。

だが、此度ばかりはそうも言っておられん。


「……時に、此度は我から質問があるのだ」


実は、ここのところ不審に思っていることがある。

あのロンバルティアが亡くなって随分経つが、世界の歪みが大きくなる一方だ。

……先日茶を沸かそうとしたら逆に冷たくなる始末。

世界の状態は危機的という他無いぞ。


「のう?毎年数百の魔法が開発されておるようだが、一体何をそんなに必要としておる?」


それが我には不思議だった。

正規術式だけで大抵の事には対応できる筈なのだ。

新規術式開発はそれではどうしようもない時の為の物。

……現状は、異常と言わざるをえん。


ふむ、ふむ。


「……なんじゃと?」


自分用の魔法、そしてふざけて悪戯用の術式を作っている!?

大して必要が無い事でも新しい術を作るのが上流階級のステータスとな?

現在、炎を発する魔法だけで数百種だと!?

……何を、何を考えておるのだ!?

世界に人が、いや全ての生き物が住めなくなるぞ!


あ、ああ。済まぬ。

お前に言っても仕方ない事だな。

して、その理由は判るか?


……そうか。奴がやってきた事を皆が真似しだしたのか。

愚かな。世界を私物化してその後の事を考えんとは……!


「いいだろう。せめてもの礼だ。お前は"元の世界"とやらに戻してやる」


目を輝かせて喜ぶ娘の額に、我は指を当てた。

……娘の目から消える光。


この娘は今、感覚を何億倍にも引き伸ばされ夢を見ている。

……元の世界に戻り、残りの一生を生きる夢だ。

そして、その夢の中で老衰した時……現実の脳も酷使に耐え切れず死を迎えた。


「……せめて、心だけはありもしない故郷に返してやったぞ。我に出来るのはこれぐらいだ」


やるせない。魔王といえど出来るのはこうして感覚を誤魔化してやる事だけだ。

少なくともこの娘は自分は元の世界に戻り老衰するまで幸せに暮らしたと思って死んで行った。

……それ以上どうしてやる事も出来ん。



こんなばかげた悲劇、終わらせてやらんと、な。



さて……兵を挙げるか。

魔法の濫用……最早見逃せぬ!


「あの愚か者どもの国を……マナリアを潰す!」


そう、だがそれは長い、長い戦いの始まりに過ぎなかったのだ。


……。


≪side 魔王ハインフォーティン≫


「……ちゃん。はーちゃん?」

「はっ!」


ゆさゆさと揺さぶられる感覚で目が冴えた。

……目を開けると心底心配そうに母がわらわを揺すっている。


「……怖い夢、見た!?」

「む。汗まみれだな。確かに嫌な夢は見た」


わたわたと母がわらわの体を拭いていく。

……ただの寝汗だからそんなに神経質になる事もあるまいに。


「もう大丈夫。……寝て」

「うむ」


まだ表は真っ暗だ。

と言うか、下の階にまだ明かりが付いておると言う事はまだ寝てから時が経っていないか。


「……時に母。幸せか?」

「勿論」


「何故だ?」

「先生が居て、はーちゃんが居る。アルシェやアリシアちゃん。他の皆も居る。だから幸せ」


……母はニコリと笑った。


ふと、いつぞや出会った娘を思い出す。

あの娘が笑ったら、丁度こんな感じなのかもしれない。


……思い出したがこの母もマナリアの……あの外道どもの子孫なのだ。

そして、あの哀れな娘達の子孫でもある、か。

だが、どちらにせよ……母を殺せる気がしない。

とは言えわらわがマナリアを滅ぼしたら、母は怒り狂うであろう。

そうなったら戦う他は無いのだろうがな。


「母、質問に答えてたもれ?もしわらわがマナリアを攻め滅ぼすと言ったらどうする」

「説得する」


「それで聞かなかったら?」

「先生に任せる」


「父がもし認めたら?」

「仕方ない」


仕方ない?そう言ったのか母よ。


「……ある日祖国が蹂躙されて、母はわらわを怨まぬのか?」

「はーちゃんは良い子。そこまでする以上それだけの理由がある筈……それ次第」


「ではもう一つ聞くが」

「駄目。もう寝て?今日はもう遅い」


もう少し他者からの意見を聞きたかったが……問答は終わりらしい。

母はわらわを抱き布団の中に潜り込んだ。


「お休み」

「……うん」


取り合えず、寝る。

……細かい事は明日考えればよい。


……。


≪side 魔王≫

……わらわが居る。いや、我か。

そしてその眼前には一人の少女が立っていた。


「自由の為に、戦うと言うのか?」


目の前の娘は力強く頷く。

……着ている服の装飾から言って、正式に誰かの妻となるべく呼ばれた者だろう。

あの者達の中では恵まれた部類のはず。

それでも戦いに身を投じると言うのか?


「言っておくが、全てが終わった後にお前の居場所が残る可能性は低いぞ?」


我とて人をそう何人も養っておく訳にはいかん。

魔王といえど、定期収入がある訳ではない。

信奉者からの寄付でつつましく暮らしている程度の存在なのだ。

駆けつけてくれた亜人種達との兼ね合いもある。

全てが終わった後、恐らく人間にとってはかなり暮らし辛い世の中になっているはずだ。


「……そうか。決意は固いか」


全て覚悟の上か。潔い、だが悲痛だな。

同じ境遇の者どもを作り出さないため、か。

……辛い、な?


その時、窓辺から無粋な侵入者が現れた。


「魔王よ!」

『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』


マナリア王家からの刺客が部屋に飛び込んできたが魔力弾頭で消し飛ばす。

……ふん、正面からで勝てぬからと姑息な事だ。


「では、娘よ。現状を教えてやろう」


現在我が編成した軍団、人呼んで魔王軍はマナリアに向けて進軍を続け、

国境の砦を突破し、王都とやらを視認出来る位置まで来ている。


これに対し奴等は我等を人間に対する脅威と宣伝し、近くの人間の国に援軍を求めたようだな。

……無駄な事を。

何人居ようが所詮は人間。百を越える竜種に蹂躙されるだけだ!


「判ったか?つまりお前が居なくとも別に大勢は変わらん。何なら今から帰っても構わんぞ」


答えは否、か。


例え夫と戦う事になっても止むを得ない?

ふむ。関係は良好だったのか。

幸せだったのだな。それでもこの現状が許せなかったと?

……己だけの事を考えていれば苦しむ事も無かったろうに。

不器用な事だな。だが、その心意気たるや良し、


……む?


「魔王……我が妻を返せ!」


また刺客……にしては随分と堂々として居るな。

待て、こ奴確かどこぞの公爵家の嫡男ではないか!?

何故このような所まで……。


……何?娘よ、お前の夫だと!?

何ともまあ……愛されておるな。

全く、あの国の連中もこれぐらい真面目に動いてくれれば我がここまで手を下さずとも。


……おい。待て、娘。

何故剣を抜いておるのだ!?

泣くほど慕っておるなら無理に戦わんでも、

え?例え相手が誰であれ、世の為に戦わねばならない?

……確かにそうだがこれではまるで我が悪役では……。


「あ、待て娘!」

「や、止めてくれ!何故君が!?」


止める間など無かった。

迷いを振り切るかのように抜き放たれた白刃は……。

だが、それを遥かに上回る条件反射により弾き返され、


「くっ、仕方ない……少し気絶していてくれ!」


よろめいた娘に対し男が魔法の詠唱を開始する。

その軽く後ろに飛んだ男の詠唱により……。


『……衝撃!(インパクトウェーブ)』


不可視の衝撃を受け、そのまま壁に叩きつけられた。

娘は気絶し、床に落ちる。


……だが、それは悲劇と言う結果しか生まなかった。


「なんと、言う事だ……」

「あ、ああ、ああああああああっ!?」


あろう事か、娘は首から落ちたのだ。


……首の骨が折れる鈍い音が周囲に響き渡る。

暫し、部屋は痛いほどの静寂に包まれた。

そして。


「おのれ魔王ーーーーっ!」

「うぐっ!?」


まだこの時我は一般的な人間と同等の能力しか持っていなかった。

……倒される度に強化され蘇る。

その為の能力は与えられていたが、それを使う事等長く有り得なかったのだ。


それ故、娘の剣を拾い上げて迫る男に我が反応する事など叶わなかった。


……薄れ行く意識の中、魔力の一部が男に流れ込む。

我の一部は彼の者の中で戦術を研究しつつ、時間をかけて優秀な因子を探して宿るだろう。

そして、またいつか復活するのだ……。


……。


……そして、目の前の我が息絶えたのを、我は彼の男の体内から感じ取っていた。

今ここに居るのは魔王の残滓。

魔王を失った魔王軍はバラバラになり、彼の王国はその命脈を繋ぐ事になる。


だが、それを成した男はと言えば……。


「なあ、起きてくれ……起きてくれよ……」


物言わぬ骸と化した妻を抱いて泣き濡れていた。

……どれだけ泣き続けていただろう。

何時しか男はふらふらと城を後にしていた……。


……この後、この男はどうしたのだったか。

そうだ、確か城に戻り褒美の代わりに妻の復活を望んだ筈。


……結局手に入ったのはよく似た他人で、生涯懐かれる事は無かったようだったが、な。


そして、何時しかこの男は魔王を倒した英雄として"勇者"と語り継がれるようになる。

数十年が過ぎ、物語が忘れ去られても魔王殺しの英雄、勇者の名は残った。


そして、更に時は過ぎ、我は再び蘇る。


……。


「よし、よく生まれてきたな!お前はリオンズフレア7世だ!」

「ふむ?おかしいな。リオンズフレアはかつての時代で既に11世だった筈だが……」


「ああ。6世の次男坊の一族が長らく継いで居たがようやく正当が当主を取り戻したのだ!」

「なるほど。正当性か。はっ、意味の無い事をするものだな、人間とは」


「って、し、喋ったーーーーーッ!?」

「……赤子が喋るのはおかしいのか。ならば暫く黙ろう」


叫び声をあげながら走っていく当時の父親を横目で見ながら我は、

赤ん坊が喋ってはいけないという事を学んだ。


「あ、あ、赤ん坊が喋って……」

「あぶー」


「……あれ?……幻聴でも聞いたか?」

「ばぶー」


この時、子供らしからぬ行動は慎むという事も同時に学んでおくべきだったのだ。

そして……時が来るまで目立たないようにするという鉄則もな。


丁度五歳の時だ。

我は父に己が魔王だと打ち明けた。

……そして、その日の内に我は絞め殺され、遺体は崖に投げ落とされた。

書類上、その時の我は転落死した事になっている。


ただそれだけの話だが、この話にはとんでもないオチが付いてきた。

……マナリアは魔王が、我が復活する可能性を知った。

そして……ここからは我とマナリア王家との化かし合いとなる。


二度目の復活時。我が復活は誕生前に悟られてしまった。

生まれた時に我は、既に母と共に暗い地下牢の中にあったのだ。


……我を殺したのは、当時の母だった。


その後はまさに双方手を変え品を変え、だったな。

……だが、成人できる事は中々無かった。

それに、もし成人し復活を果たそうとも……その度に勇者はやってくる。

殺し殺され、騙し騙され……何時しか我が心は疲れ果てていく。


そして……記憶も定かではないが確か数百年ほど前のあの時。

……とある夫婦の家に転生しようとしていた我は、仲睦まじいその姿に哀れみを感じていた。

何故なら何時か我が存在の為にろくでもない目に遭うに決まっていたからだ。


……その時の我は諦めの境地の中に居た。

今回はもう良いかと思ってしまったのだ。


『おい、父、母』


我は腹の中から声を上げてみたのだ。

……マナリア王都に気付かれる前に堕胎すれば少なくともこの夫婦は助かると思った。

だが、その結果。


「……何故、こうなる?」


目の前には物言わぬ骸と化した母。

……我は死産の憂き目に遭いながらも、

幾度もの転生で鍛え上げられた生命力により、生き延びてしまっていた。


当時の母は、とても大切にされていたはずの夫に……家を追い出されたのだ。

……母は実家に帰ろうとしたらしい、が腹の中には我。

魔王を孕んでいる事を知られたくなかったらしく、道なき道を進んでいく。


「生まれ次第殺してやる」


そんな事を幾度となく言われた。

ならば今すぐ堕胎せよと何度言っても通じない。

……冷静な判断力など残っていないようだった。


大きな腹を抱えての着の身着のままの長い旅。

……道半ばで当時の母は倒れ、そのまま亡くなる。


我は、その屍から這い出てきたのだ。

……母親の亡骸は凄まじい形相をしておった。

それを見た時、我の中から使命感、と言うかやる気がストンと抜け落ちていく。


「……馬鹿らしい……こんな連中の為に世界を守る必要など……」


わらわは魔王城へ戻り、その後数百年間動く事は無かった。

……何もかもが、馬鹿らしかった……。


……。


それでも、動かざるを得ない時はやってくる。

長々とマナリア宰相に居座るフレイア=フレイムベルトが死者復活の魔法を研究しだした、

という報告が入ったのだ。

……あまりの事に言葉が無かった。

と言うか、長年あのロンバルティアを復活させようと試みていたのが遂にばれたという事らしい。


戦死者の蘇生までならまだ良い。だが……幾年も前に死んだ人間を蘇らす?

それはあってはならん。

もしそれが成れば、最悪死と言う概念の無い世界になってしまう。

……一見すると素晴らしいだろうが……考えてみると良い。


全身を一寸刻みにされてもすり潰されても死なない。いや死ねない。

それは地獄ではないか?

更に大問題なのは死す者が居なくとも、生まれて来るものは居るという点だ。

……世界などすぐにパンクしてしまうだろう。


一個の種族のわがままで世界そのものを滅ぼしても良いのだろうか?

……断じて否だ!


そうして我は幾度目か覚えても居ないが兵を挙げた。

……途中までは上手く行っていたと思う。

自らが生み出した最強戦力が裏切り、あの五人組が身勝手な望みと共にやってくるまでは。


その後の事は思い出すまでも無い。


自らの売名を望んだアクセリオン。

故郷さえ良ければいいゴウ。

魔王討伐が自らの理想を叶える為の踏み台でしかなかったクロス。

勇気が欲しい……つまり自信をつける為だけに襲ってきたビリー。

そして、あの咎人の国を守りたいとほざくマナ。


たったそれだけの理由で世界を滅ぼしても良いというのか!?


……いや、お前たちに言っても仕方が無いのは判っている。

どうせ、何でこんな目に遭うのかなど誰も語り継いでおるまい?

あの宰相が本当の事を話すとも思えん、と言うか覚えているかも微妙だしな。

それに所詮他人事なのだ。お前たちの生きている内にはまだ決定的な破滅は来ないのだから。

故に言っても無駄だ。今までで良く判っているさ。


だが、世界の寿命は残り千年。……それを長いと本当に言えるのか?

我が魔王として作られた時点では、まだ一万年程は残っていたのだがな。

まあ、精々千年後の子孫に怨まれろ……。


……。


≪side 魔王ハインフォーティン≫


「……ちゃん!はーちゃん!?」

「…………母?」


今にも泣きそうな顔で母がわらわを揺すっている。


「顔真っ青……大丈夫!?」

「ん……夢見が悪かっただけだ」


「あ、お医者様……!」

「いやいやいやいや!要らん、心配するな母!」


抱きしめてみたり腹をさすってみたり……、

時には熱を測ろうとし、挙句に逆さまにして振ってみたり。

本当に情緒不安定で困った母だ。

わらわは魔王。少々の事でどうにかなる存在では無いぞ?


「でも、貴方は赤ちゃん」

「普通の赤ん坊と一緒にするな」


「違う。はーちゃんは赤ちゃん。先生と私の大事な赤ちゃん」

「……」


涙をポロポロこぼしながらわらわの肩を掴んで言う母に、流石のわらわも何も言えなくなった。


「何かあったら、大変」

「……いや、心配せずに母も寝てたもれ?」


その時いきなり扉が開く、と言うか弾け飛びそうな音を立てて吹き飛んだ。


「ハイムが病気だと!?」

「はーちゃん!大丈夫!?それとルンちゃん正気!?」


父と母その2が飛び込んできた。

……一体何処からそんな情報が、


「生きてる?大丈夫だよねー?」

「ぶじ、です」

「今皆に知らせてるからもう安心であります!」


お前らかクイーン!?

ちょっとばかり話を大きくし過ぎではないのか!?


「「お嬢様!チビお嬢様!?お加減は!?」」

「オー、マイ、ガーッ!……第一公女様、ルーンハイム様!今医者を呼びました!」


「医者も出来ます。……今回ばかりは真面目に行きますよハイ!」

「「「「「我等は遠くで見守ります!」」」」」



要らんわ!

と言うか鼻血を吹け、いや老け、ではなく拭け!



「主殿、ルーンハイムさん。ハイム様のお薬を持って来ました」

「……薬庫で父と鉢合わせるとは思いませんでしたが。取り合えず水差しもどうぞ」

「一大事っすーーーっ!寝てる奴等も今から叩き起こして来るっす!」


「……ホルスよ。レオを止めてくれ」

「承知しましたハイム様」

「え?ちょ!?何故っすかーーーーっ!?」


話がこれ以上拡大されるのが嫌だからに決まっている。


「とりあえず、わらわは元気だ!心配は要らん!」


ベッドに立ち上がり、両腕を大きく振って元気さをアピール。

……これ以上病人扱いされてたまるか。


「本当に大丈夫なのか?」

「無論だ!」


両腕を上げて健在振りを父に再度アピール。

既に街中に明かりが再点灯し、"危篤"だの"祈れ"だの洒落にならない事態に発展しつつある。

なんで街の声がここまで聞こえるのだ?

どれだけ騒ぎになっておるのか!?本当に笑えんぞこれは!

……止められるのはどう考えてもわらわだけなのだが!?


「おお、荒ぶってる荒ぶってる」

「ええい!荒ぶるでもトラブルでも何でも良いから早く事態を収拾せんか!」


「……アリサ。ハイムは大丈夫だそうだぞ?」

「判った。連絡止めるね。皆にははーちゃんはおねしょしただけだから安心しろって」



「しとらんわーっ!」



ええい。すっかり目が冴えてしまったではないか!

一体どうしてくれ……父?

何故抱き上げる?


「目が冴えたみたいだな。仕方ないから夜の散歩でもするか?」

「……うむ。その方が良さそうだ。しばらく眠れそうも無い」

「じゃあ、私も行く」

「僕も行こうかな?」


「ならあたし等も」

「アリサ達はもう寝ろ。明日俺とアリサは会議だからアリシア達の書類量は五割り増しだぞ?」

「ががーん、です」

「……わ、判ったよー?明日非番のアリスちゃんを一匹付けるからなにかあったら呼んでねー」

「ではあたしだけ着いてくでありますよ」


そうして一部を残して皆ゾロゾロと寝床に帰っていく。

……ふう、気の休まる間もないな。


「で、何処に行くのだ?」

「夜中だし遠くに行くのもな……夜釣りでもするか」

「竿と餌を用意するであります」

「じゃあ僕は先にって場所探しておくね」

「……はーちゃん。夜は冷えるからこれ着て」


母の言うまま小熊の毛皮をそのまま利用した外出着を着込む。

と言うか、中身の無い熊の毛皮に潜り込む。


「何か、ヌイグルミみたいでありますね?」

「熊の口から人の顔が覗いてるな。……これはまた何とも」

「……とても可愛い」

「でも、これだと本当に小熊だね。上にベストでも着せとこうか?」


……両親と姉に告ぐ。

人を取り囲んで玩具にするな。


「よおし、じゃあ水路で夜釣りだ!」

「ん」

「時に、水路で何か釣れるのか?」

「何でも釣れるであります。時たま鯨も」

「でも一番良く釣れるのは流されたカサカサだけどね?」


……何に驚いて良いのか判らんわ。


何とも非常識な。まるで……と、ここまで考えてぞっとした。

……これも父の仕業だろうが……わらわは今、誰に似ていると考えた!?


……。


≪side カルマ≫

夜中、ハイムがうなされていたらしい。

顔をつつこうとするニワトリ一家から娘の顔を守りつつ、

ルンが心配して騒ぐ為、皆驚いて駆けつけたのだ。


まあ、夢見が悪いだけのようで何よりだった。

取り合えず体力を使えば夢どころではあるまいと考え、

こうして夜釣りに連れ出したわけだ。


レキの街を縦横に走る水路の一本。水運と温度調整用に海水を引いてある水路までやって来た。

農業用水や飲み水用の真水の水路と違って幅もあるし魚も居る。

当初は予測もしていなかったらしいが、気付けば絶好の釣りスポットと化していたのだ。


「かに」

「うん。カニだな」


「次は、いか」

「……イカか」


「長靴」

「……何故」


それはいいんだが……何でまともな魚は一匹も釣れないんだ!?

いや、カニやイカなら十分とも言えるが……。


「先生。サバ釣れた」

「おーし、僕は……何これ、もしかして本マグロ?」

「サンマゲット!おし、早速焼くであります!」


……俺だけまともな魚を釣って無ぇええええええっ!


「父、いわしだ」

「そうか。良かったなあハイム……あ、カサカサが釣れた」


それなりに娘が嬉しそうなのが唯一の救いか。

いや、部屋に飛び込んだ時は冷や汗はかくわ顔は青いわで大変だったからな。

……どうも精神的なものらしい。

今は大分治まってきたようだな。


「……のう、父」

「なんだ?」


「例えばだが。父の行動……ある男に似て居ると言ったらどうする?」

「ロンバルティア一世か?」


ビクリと震えた。どうやらビンゴのようだ。

……まあ似てる筈だわな。

何せ転生者とトリッパー(多分)だし。

見ず知らずの場所で自分が本来居た世界の発想を使いのし上がったのは同じ筈だ。


「そうだ。……一つ聞くが、父は己の行動が世界に与える影響を考えた事があるか?」

「あんまり無いな。一応出来るだけ気は使ってるけど」


あ、明らかにがっくり来たようだ。

……目に失望の色が見える。

とは言え、自分の為になる事だけで基本的に精一杯だからなぁ。


「けどな。もし何か洒落にならない事があったら……ハイム、止めてくれるんだろ?」

「なんだと?」


「人は間違うからな。まあ俺の場合お前に言われたら意外と素直に聞くかも知れんぞ?」

「なんと言う王道。カッコ付けの台詞でありますか。親馬鹿であります」


とか言いつつ親指を立てるアリス。

お前らも拙くなったらと言うか、勝手に裏で状況を修正してるんだろう?

何せ、クイーンアントは千年を生きる種族だ。

一生安泰の状況を作るという事は千年の安寧を作る事に他ならない。


俺が馬鹿やったら文字通り全方位からキックの一つも飛んでくるだろうさ。

それに。


「ハイム。もし、人に愛想が尽きたなら管理なんか放り出しても良いんだぞ?」

「それは出来ん、わらわの存在意義だからな」


「いや、人間なんて勝手だ。世界が本気でやばくなったら何とかする物さ、自分の為に」

「それでは間に合わんぞ!」


「なら……管理してるのを相手に気付かれるな。反発を買わないために」

「おお!あたし等のやり方であります!」


「管理用の魔法を必要なだけ作って、警告も何も無く勝手に弄ってしまえば良いさ」

「それでいいのか?」


そりゃそうだ。

管理されてる事に気付かなけりゃ管理人が責められる事も無い。


「辛かったんだろ?」

「……何がだ?」


「存在し続ける事が」

「だが、それがわらわの存在意義だ」


「そうだな。お前みたいな存在が必要なくらい、古代人は子孫を信用して無かったって事だ」


そう。古代人が作った管理機構が魔王と竜。

どう考えても実力行使前提だ。

古代人は判っていたんだろう。自分達の子孫が何時か馬鹿をやる事を。

……その為に作られて、怨まれて……笑えないよな?


俺も前世の記憶が無かったら思いつきもしなかっただろう。

魔王の苦悩なんぞ。


「俺はお前の味方だ。俺は好きに生きる。お前も好きに生きろ」

「それはいかん。父、世界は危険な状態だと判ってたもれ?」


ふむ。真面目だな。

よし、切り札を切るか……出来れば言いたくは無かったが。


「じゃあさ、後で世界を危険な状態から救う魔法を作ろう」

「父よ。その発想は無かった」


何で今までそれに気付く奴が居なかったんだろうな?

それが一番手っ取り早かろうに。


『カルマよ。そんな物が作れるかは未知数だぞ』

「ファイブレス。物は試しって言うだろ?」


どうしても駄目だったら完全初期化でもしてしまえばいい。

世界が滅ぶ直前にでもな。

それに、頭から押さえつけたら人間ってのは反発する。

勝手に困り果てるのを待って、その時初めて助け舟を出せば良いのさ。


どうしようもない生き物にだって、どうしようもないなりの対処法と言う物がある。


「むしろ、世界が滅んだ後に蘇らす準備を進めておいたほうが良いかもな」

「あたしら一族は地下だけで暮らせるよう準備中であります」

「その発想も無かった」


ポカーンとしている娘の頭、というか着ぐるみを撫でておく。

……こいつ一人に世界の歪みの後始末を押し付ける事は無い、俺はそう思う。

世界の危機だ?

身勝手上等、我が子の為なら神様にだって喧嘩売ってやるさ。……毒でも仕込んでからなら。


「とりあえず、もう少し肩の力を抜け。子供なんだから数年位は遊んでても良いんだぞ?」

「……うるさい」


ぐずっ、と鼻を啜る音がする。


「何泣いてるんだよ……」

「別に嬉しい訳ではない」


え、何このツンデレ?


「ふん。勝手な物言いだな父よ、ぎざま、ど……うう、誰かはなかんでたもれ」

「ぴー」


あ、かぷっとな。


「みゃあああああああっ!?……は、鼻噛むな!?」

「ぴぴぴぴぴぃーーーーっ」


突然水路から飛び出してきたアイブレスがハイムの鼻を噛んだ。

ぱたぱたと手を振り回しながらもがく娘を見ながら俺は思う。


「ま、これなら怖い夢なんぞ見てる暇は無いだろ?」

「……ん」

「そうだね」


結局、二時間ほど釣っている内に当のハイムが居眠りを始めた為、

夜釣りはお開きとなった。

そして、翌朝。


「こけ」「こっこ」「「「ぴよぴよぴよ」」」

「おお、ハイラルにコホリン達か、おはよう」


珍しく早く目が覚めた俺の横でハイムが目を覚ました。

……ふむ、怖い夢はもう見ていないようだな?


「珍しいな。お前らがわらわの顔をつつかないとは」


そりゃ、そうさ。

だって、このニワトリどもが寝てるお前の顔をつつく時はな?


基本的に、何時だってお前がうなされてる時なんだから、な。


……。


≪side ルーンハイム14世≫

目覚めてみればひよこが増えていた。

取り合えずオスメスを選り分けておく。


ふと横を見るとベッドで寝転んだまま父がこっちを見てニヤニヤしていた。

まあ、別に良い。不快感は無い。


「時に父。ところでこの前頼んだ魔王城の件だが」

「そこに用意しておいたぞ」


「これは犬小屋だ」

「魔王城と言ったら先ずは犬小屋からだろ常識的に」


「それは非常識だ」

「それは俺の代名詞だ」


むにむにと頬を引っ張られる。


「……誰も彼も、何がそんなに楽しいと言うのか?」

「お前も楽しそうだぞ?ハイム」


鏡を目の前に吊るされた。

……確かにちょっとだけ、楽しそうに見えた。


「……まおー」


少しふざけて言ってみる。

鏡の中のわらわは間抜けな顔をしている。


「ぷっ」

「くっくっく……」


父と一緒に笑った。

わらわの事ながら馬鹿みたいである。


「なんか、笑い声が聞こえるね?どうしたの?」

「なんだ。母その2か?いや、何でもないぞ」


部屋の戸が開き、母その2が入ってくる。

因みに母は疲れたのかまだ横で寝ていた。


「そっか。でも元気そうで良かったよ。はーちゃんの事、皆で心配してたんだからね」

「……皆。本当に皆、わらわの事を心配?」


「そうだよ?あんまり皆に心配かけちゃ駄目だからね?」

「ふむ……」


ぴょいこらと母その2の腹に飛び付く。

そして"弟"に話しかけた。


「では、お前も心配してくれたか?」

「ふふ、まだ生まれても居ないんだから判る訳無いよ?」


「わらわは判った!」

「例外中の例外が何言ってるんだか……」


「はぶぅ!」


ぺしりと父の平手が頭を打つ。

父たちが遠征から帰ってきたら母その2の腹の中に弟が居たのだ。

どうやら三ヶ月の内に出来たらしいよー、とクイーンがニヤニヤしていたぞ?

はーはっはっは!これで末っ子地獄からはおさらばだ!


……取り合えず、多分半年後くらいには。


「さて、じゃあ俺は行くか……会議の議題は何だっけか?」

「アリサちゃんに届いた救援要請に答えるか否か、の筈だよ」


「つまり、何時行くかと編成を決めると言う事だな?」

「行くのは決定事項なんだ?」


「アリサがそう望んでたからなぁ」

「父はクイーンに甘い」

「えー?はーちゃんに一番甘いと僕は思うな」


そんな訳は……うおっ!?

は、母!?

何故抱きしめる?

そして何故布団に引きずり込む!?


「ねんねん、ころり……」

「いや、朝だぞ母!?」

「見事に寝ぼけてるね……まあ、一晩中はーちゃんを心配して見てたみたいだし仕方ないか」

「じゃあ、ハイムとルンの事は任せたぞアルシェ?」


「判った。任せといて?それと子供の名前も考えといてね?ハーちゃん曰く男の子だそうだよ」

「OK、任せておけ」


ポンポンと頭を叩いて父は出て行ってしまった。

残されたのはそろそろ起きたいのに母にホールドされて身動き出来ないわらわ、

そしてそれをニコニコ見ている母その2のみ。


「コケー」


いや、お前ら一家は話が別だハイラルよ。


「時に母その2よ。母からの拘束を解いてたもれ?」

「無理」


「な、なにゆえだ?」

「……だって、ルンちゃん幸せそうだもん」



ふむ。確かに。

幸せそうな寝顔ではあるな。……わらわは不幸だが。

いや、不幸?



……夢か現かこの悪夢。

眠れば厳しいかつての"現実"が待っている。

目覚めると現れる幻想は甘く、わらわを怠惰に誘う。


この現実は甘い罠だ。

人の寿命は精々百年。故に何時かまた来るであろう孤独な戦い。

ぬるま湯に浸ってしまえば、再び立ち上がれる自信など……。


そうだ、またこの"夢"の中で眠れば、


「うりゃ」

「ぬわっ!?」


いきなり鼻をつままれた!

母その2、なにをする!?


「なんか、暗い顔して考え事してるから。赤ちゃんが悩んじゃ駄目だよ?」

「いや、しかし夢が覚めれば」


「起きてるのに目が覚める訳無いでしょ」

「……これが、これがわらわの現実でいいのか?」


夢より現実の方が甘いなど……あっても良いのか?


「そうだよ。それにね?悪夢は見るものじゃなくて見せるものだよ」

「悪夢を、見せる?何処の夢魔だ?」


ちっちっち、と母その2が指を振る。


「カルマ君の敵が見るに決まってるじゃない、悪夢」

「どんだけ外道なんだうちの父は」


ふと思い立ち、母の耳に顔を寄せる。


「父がわらわを離せと言って」

「ん……」


離れた。


「よし、では会議とやらに忍び込むぞ!父の外道さとやらこの目で確かめる!」

「あ、しのびこまないでも、いいです」


……こけた。

正確に言うとベットから転げ落ちた。


「なんだと?」

「にいちゃ、よんでる、です」


一体、何の用だろうな?

そう思いつつ会議の行われている謁見の間に向かう……魔王城を持って。



……。



「わらわだ。入るぞ?」

「ぴー」

「はーちゃん、連れてきたよカルマ君?」


「おお、よく来た。ちょっとお前にも関係する話なんでな」

「何だと?」


ふむ。ハピやルイス辺りが何か不満そうだが、何かあったのだろうか?


「実はな。アリサに救援要請が届いた。と言うか亡命要請だな」

「ミツバチの女王がヤバイみたい。スズメバチに救援依頼するなんて尋常じゃないよー」


手紙、と言うか使者のミツバチを振り振りクイーンが喋っている。

が、多少焦りの色が見えるな。……本物か。


「魔王の蜂蜜酒を作れる最後の巨大ミツバチの一族らしいが……狩人に見つかったらしい」

「耐えられないから次期女王蜂だけでも逃がしたいんだってさー」


「私は反対です。行き先はトレイディア、結界山脈の中腹……危険です」

「情勢的に軍は使えません。護衛無しでの行動は勧められませんよハイ」


ふむ。意見が割れたか。

それ故にわらわを呼んだのだな?

……えげつないぞ父よ。


「ふう。父よ、彼のミツバチは我が忠臣だった。何とかして助けてたもれ」

「ひ、姫様!……このルイス、考え違いをしておりました、ハイ!」

「ずるいですよ総帥。それを言わすために姫様を呼んだんですね!?」


「ははは、何せ"魔王の"蜂蜜酒だ。当然ハイムにも関係あると踏んだが正解だったな」

「まさにげどう、です」


しかし、あ奴らは確か数百万は居た筈。

何ゆえ巣の一つで絶滅を心配せねばならぬほど追い詰められたのだ?


「考えてる事は判るよー?魔王の蜂蜜酒は美味しいし魔力回復するから凄く高いんだよ」

「……乱獲されたか?まさか対魔王残党狩りでも!?」


「そう。それに魔王と関係ない魔物でも、魔物ってだけで魔王軍にされて襲われたりとかねー」

「何だその目は!?」


ジト目が凄い。

言いたい事は判るからあまり睨むなクイーン。

……言っておくがわらわのせいでは無いぞ!?


「実際魔王軍による暴虐略奪は証拠の記録が沢山あります。疑心暗鬼になって当然です姫様」

「確かに無かったとは言わんが、わらわが指示した物ではない!」


「それでも人とは根に持つ生き物ですからね、ハイ」

「まあ、そういう事だ。戦争に打って出た時点で完全な被害者ではいられんさ」


「う……だが今は関係ないだろう父!?」

「そうだな。今は現実に届いた要請の処理だ」


「彼等と会話し得るのは総帥かアリサ様達……我が国には一時も欠かせない人材です」

「内務官としても主君が居ない時間が長く続くのは問題です、ハイ」


基本的にクイーン一党と父のみが乗り気だな。

ホルスは中立なのだろう、何も言わん。

……む、クイーンが手を。


「ここは何としても兄ちゃに行って貰うよー。責任問題として」

「何故ですアリサ様?責任とは……私達と何か関わりでも?」


「竜の心臓」


「……っ!それはまさか!?」

「ハピさん。何かご存知なのですかハイ?」


ぽつりとクイーンが漏らした言葉にハピやホルス……古参組が反応している。

……父の心臓に埋め込まれているあれか。

何をしでかしたのだ?


『我が心臓を奪った際、マナリアには雪の中に捨てたと報告しておるのさカルマは』


「……つまり俺の中にあるこの心臓を捜しに来た捜索隊に見つけられたんだ、ミツバチ達は」

「元々居るだけで危険な所なのに、お金になりそうだって人間が大挙してるよー」


「大挙の理由には、私達が起こした一連の戦争も関っているでしょうね……」

「そうですね。長引く戦乱で生活の苦しい方も増えておりますし、ハイ」


なんだ、全部父たちのせいではないか。

それなら責任を取るのも当たり前だ。


「全ては俺の責……故に久々に冒険者として行動し、個人的に責任を取る事にするさ」

「無謀ですが仕方ありませんね。ですが総帥、これっきりですよ?」


「……判った、これが冒険者カルマ最後の冒険だ……」


「まあ、今後への言質を取れただけ良しとしましょうか、ハイ」

「そうですね。以前お願いしたように、総帥として生きて頂けるなら一度くらい良いでしょう」


と、ここで父がわらわを抱き上げた。


「とは言え、向こうも俺やアリサに助けられたくは無いだろうし、魔王の親征とする!」

「そっか、それなら向こうも助けを求めやすいねー。流石は兄ちゃ!」

「……好きにしてたもれ」


「ついでに娘をガルガンさんや村正辺りに自慢してくるさ」

「くびつりてい、いくですか?」

「久々の古巣であります!」


「と言う訳で人選は……」


そんな訳で、わらわも付いて行く事になった。

まあかつての忠臣を救うためならやぶさかではない。

……菓子と飲み物。着替えの準備も要るな。後で用意させよう。


「ですが心配が一つ。竜の信徒どものプロパガンダで総帥は……」

「ファイブレスに乗ってけば誰も文句言えまい?」


言外に、邪魔するなら薙ぎ倒すとでも言いたげに父はニヤリと笑った。


かくして、身重の母その2を除く家族総出での遠征と相成った訳だ。

行き先はトレイディア、首吊り亭とか言う不吉な名前の宿との事だが……、

さてさて、どうなる事やら、な。


***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ2 完***

続く



[6980] 49 冒険者カルマ最後の伝説 前編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/11 20:20
幻想立志転生伝

49

***冒険者シナリオ10 冒険者カルマ最後の伝説***

~商都に集う蜂狩り達 前編~


《side 門番》

俺は商都の門番だ。もうこの巨大な扉を守って10年にもなるか。

今日も変わらず、行き来する荷馬車の群れを見送ってる。


……いや、変わったな。


あの忌まわしい戦争の後、商都の門前に続いていたスラム街が撤去されたのさ。

治安は良くなったし門をこっそり突破しようとするような輩も消えた。

……一見すると何もかも良くなったように見えるさ。


けどな。何か足りないんだよ。

強いて言うなら活気が。

街全体に何処か元気が無いんだよなぁ。


要するに、だ。

先代の大公殿下は嫌ってたけど、

あのスラムの連中も商都の大事な客であり、構成員だった訳だ。

一人頭、一日銅貨一枚でも、万の人数なら金貨が一枚動くのに等しい。

それに、安くこき使える貴重な労働力でもあったのさ。


つまりだ……奴等をあまり粗末にするべきじゃ無かったって事だな。


「ま、言っても仕方ないわな……ふぁ……今日も平和だ」


戦争以来国境警備も拡充されたらしいし、まあ再びここまで敵が攻めてくる事も……ん?

何だ?地震か?

地面が震えて……


『退けい人間ども!我が身が……火竜ファイブレスが通るのだぞ!』

「ど、ドラゴンーーーーッ!?」


南の森の奥から赤い何かが見えると思ったら、それは何と竜の首だった。

それはどんどん大きくなり遂に城門前に到達した……って言ってる場合か!?


「開門ーーーーっ!」


何か、竜の頭の上で騒いでる奴も……って、あれカルマじゃないか!?


「おい、カルマ……ここじゃあお前は殆どお尋ねもんだぞ!?何帰って来てるんだよ!?」

「門番のオッサンか。久しぶり」


城壁の上から叫ぶが、向こうはその更に上から見下ろすように喋ってくる。

竜は呼吸するかのように軽く火を吐いてるし……怖ぇええええええっ!


……ここでの最善の選択肢は、さっさと上官に報告、これに尽きるのは判っている。


いや、だが俺はアイツを知っている。

ボロボロの格好でロバを連れ、この街に初めてやって来た頃からな。

そして俺は知っている、奴は周りから妬まれるほどに毎日頑張って居たんだ。

周りから仕事の取りすぎと言われる日まで、殆ど休みすらなく毎日のように働いていた。

少なくとも……こんな所で狂信者どもに殺されて良い奴じゃあない!


「アホか!?最近大手を振って歩いてる竜の信徒連中に殺されるぞ!?」

「むしろ殺すから心配するな」


「その方がよほど問題がでかいわーっ!」

「まあ、正直生きてるご神体相手に逆らえるなら逆らってみろ、だけどな」

『人間どもが生意気言ったら焼き殺す』


あ……そういえばそうだな。

竜の信徒が竜相手に逆らう訳も無いか……。


「もういい。鍵は開けるからさっさと先に進んでくれ……と言うか竜はどうするんだ?」

「まあ、かなりきついがトレイディアの城門から潜り抜けられるさ」


……連れてく気かよ。

まあいい。どうせ止めたら俺ごと城門が吹き飛ぶだけだろうしな。

それにカタ子爵だったら相手が相手だし見逃してくれるだろ……。


「と言うか飛べないのかその竜!?」

「巨体の割りに翼が小さくて飛翔するのは不可能だ!」

『地を這う竜で悪かったな。……出来ても精々短距離滑空だけだ』


要するに、門がボロボロになるのは仕方ないと。そう言う事か?

とは言え開けなかったら文字通り破壊してでも先に進みそうだしなぁ。


「……仕方ない。開門だ!」


正直相手が悪すぎらぁ。

俺、知ぃらないっと。


……。


≪side カルマ≫


随分久しぶりのトレイディアの町並みである。

しかし……建物は変わらなくとも中の店が別店舗になっていたりして、

時の流れを否応無く感じさせられる。


「この街は相変わらずだな。けど……街を行く人数が減ったような?」

「それはそうだろ父。暫く前は門前にも街があったとレキの友達が言っておったぞ」


ああ、勇者ごっこ仲間な?

あいつ等の中に商都スラム出身者がいてもおかしくは無い。

……なるほど、あいつ等相手の傷物野菜売りや焦げたパンを売る店も一緒に消えたのか。

そりゃあ人が減ればそれだけで活気も無くなるか。


商売ってのは何だかんだで活気がかなり影響するもんだし、

今頃商人ギルド長のバイヤーさんも頭抱えてるんじゃないのか?


「愚かな話だ。父はこれを教訓としてたもれ?いいな?」

「ああ。判った」

「ぴー♪」


ガラゴロ、ピヨピヨ。

アイブレスに引かれた"車輪付き魔王城、ひよこ入り"が俺たちの後を続く。

因みに鶏夫婦は犬小屋……もとい魔王城の上で警戒中だ。


因みに今回のパーティーはかなり本気の編成だ。

俺とルン。アリシアとアリスが一匹づつ。

……アリサは色々有って結局留守番。今頃は書類に埋もれてるだろう。


さて、それにハイムを加えた上で、


「主殿……ここがトレイディアなのですか。……思ったより静かな所なのですね」

「そりゃあ、戦争の後帰ってこない奴も多かったっすからね。以前はもっと凄かったっすよ」


更に一度ここに来てみたかったと言うホルス。そして護衛代わりにレオが付いて来たのである。

特にホルスは俺との関係を隠すため、この街に入る事は出来なかったからな。

まあ、一度くらいならと許可を出した訳だ。


「さて、首吊り亭も久々だな」

「ガルガンのおじちゃんも久々でありますね」

「あ。おかしやさん、ひとつ、つぶれてる、です……」

「……思い出の街、懐かしい」


因みに前衛にはホルスにレオ、中衛に俺と蟻ん娘二匹、後衛にルンと言う編成だ。

……冷静に考えると強力すぎて恐ろしいパーティーだと自負できる。

あ、ハイムと魔王城は後衛で員数外のリザーブメンバーな?


「では、久々の古巣へ……よぉ、ガルガンさん」

「うを!?カルマではないか!久しぶりだのう!」


さて、宿の戸を開けると懐かしい店内だ。

幾つかの調度品が置き換わっている以外は何一つ変わって無い。

声をかけるとガルガンさんは嬉しそうに双眸を細めた。


「取り合えず、連れに食事を出してくれ」

「お安い御用じゃ。……わしも少しは上達したんだぞ?」


しかし首吊り亭は相変わらずだ……と、言いたいが何だか冒険者の質が下がっているようだな。

上位冒険者の放つオーラと言うか自信と言うか、それが全く伝わってこない。

以前は曲者波動が店内に充満していたものだがな……。


「ところでガルガンさん。調子はどうだ?」

「ぼちぼちじゃの。ただ、主力冒険者がD級ばかりで困っておる」


「おいおい、D級って……オークも倒せない連中かよ!?」

「ははは、最近腕の立つ奴は冒険者などならなくても軍隊に幾らでも求人があるからの」


「軍隊?生粋のアウトローも居る筈だろうに」

「そう言うのはそういう気風の部隊に配属されるんじゃと。村正の発案じゃよ」


「流石だな、と言いたいが……それって冒険者ギルドに来る依頼がこなせなくなるんじゃ」


いつぞやのスティールソードとファイブレスを巡る一連の騒動を思い出す。

……あの時は余りまくった下級冒険者の為にシェアリングをしていたが、

今は逆に受ける人間の居ない上級依頼を片付ける為に何人も宛がう必要性が出ているんじゃ……。


「そうだの。かつてC級一人でこなしていた仕事にD級数人で当たるなんてザラじゃよ」


しかも、それはこの宿に限った事では無いという。

聖俗戦争の後始末で商都冒険者ギルドが休業した際、

隣町の倉庫街ポートサイドにて、冒険者が職にあぶれていた。


……結果、食う為に軍に志願するものが増える。


しかも戦乱故に各国とも優秀な兵士の確保に躍起だ。

結果すぐ死ぬ事もあり、兵士は高給取りの人気職に。

その割を食う形で、冒険者は数、質ともに下がっているという。

……現在は高度な依頼を完遂する為ギルド長クラスが出向く事も珍しくないのだとか。


「冒険者冬の時代だな」

「ああ。だからお前みたいなのが残っているのは幸いじゃよ」


「……先生も私も、今回の一件で引退する」

「なんじゃと!?ルンよ、本気か?」


いや、仕方ないんだよな。

俺としての意思はともかく、既に俺一人の人生じゃないし。

今の自分がそうやられるとは思わないが、不安要素は極力排除しないと。


「そうか……ライオネルも将軍に復帰して引退したし、うちのトップはこれで村正だな」

「仲良い筈じゃないのか?少しは喜んでやったら……」


「仮にも一国のトップ。冒険者の仕事などやってる暇があると?」

「さーせん、と言っておく」


そうだよなぁ。裏で色々理由がある今回の場合でも、

俺が動くのに側近の反対が起きるくらいだしな。

……権限が薄そうな村正じゃあもっと苦労してるのが目に浮かぶな。


「ところで、魔王の蜂蜜酒が見つかったって聞いて来たんだが?」

「なんじゃ。お前さんもか……この前シスターが久しぶりに顔を出したと思ったら」


おいおいおいおい。シスターも来てるのかよ。

教団が動いていると言う情報は掴んでいたが……まさかトップが動くとは……。

いや、金の匂いでも嗅ぎつけたな?相変わらずだあの人も。


「まあいいわい。ほれ……依頼内容は巨大蜂の討伐、となっているが本音は蜂蜜酒の奪取じゃ」

「一応B級用の依頼なのな」


渡された張り紙には銀貨五百枚プラス出来高払いで最大金貨百枚とある。

要するに、酒持ってこなけりゃ大して美味く無い話だぞということだな。


「まあ、今となってはランク分けも有名無実じゃよ。事実D級どころかE級まで行っておる」

「……死ぬ気かそいつ等」


E級って、下手したらコボルトに負けるような連中じゃないか。

何一つ人並みの部分が無い……駆け出しなんてレベルじゃないぞ!?

本当なら雑用をこなす事以外許されないレベルじゃないか……。


それが万年雪の結界山脈に挑む?登ったまま帰れないんじゃないのかそれ?


因みにオークにすら勝てないようだと盗賊にすら勝てないって事だ。

思い返すと5段階ある冒険者ランクは戦闘力、技能、実績からなり……。

面倒だから戦力のみで語るが、


E級……ゴブリン(小動物級)に勝てる程度……おちこぼれ

D級……コボルト(野犬級)に勝てる程度……駆け出し

C級……オーク(一般男性)に勝てる程度……一般的冒険者

B級……リザードマン(熟練戦士)に勝てる程度……ベテラン

A級……オーガ(強大な魔物)に勝てる程度……精鋭。下手すると伝説


ご覧の通り、ランク間の格差が大きい事がわかるだろう。


因みに俺は竜殺しを成し遂げた為A級に認定された口である。

なお……当の竜を取り込んでしまった現在の戦闘能力は当時を大きく上回っていたり。


「しかし、C級までは行けて当然、そこからはデカイ壁が冒険者だったはずだがなぁ」

「時代がな、変わってしまったのじゃよ。……冒険者ギルド宛の依頼自体も減っておるしな」


「……それは、軍が対応してくれるって事か?」

「ああ。新兵の訓練と民の慰撫を兼ねてじゃと」


軍が無料でやってくれれば住民はわざわざ金を出したりはしないだろうしな。

……冒険者冬の時代か。自分で言っておきながら薄ら寒い物を感じる。


「それにの。お前のせいでもあるんじゃぞカルマ。……商会が速達なんぞ始めるから」

「……そう言えば冒険者の一番の定期収入が手紙配達だったな」


「冒険者を使ってでも届けたい手紙。高くとも、早く確実に届く方が良いに決まっておる」

「もしかして同業者の仕事を根こそぎ奪っちまったのか?……また」


いつぞや、仕事を根こそぎ持っていったために疎まれた時の事を思い出した。

仲間の為に仕事を残しておくのはある意味冒険者としてのマナーである。

だが、その考えが欠けていた俺は、

新人向け依頼を根こそぎ持って行った挙句、討伐依頼の対象になった事がある。


……まあ、それは結局当時のマスターからの警告だったんだけどな。


さて、それは良いとして今回の事を考えてみよう。

別口の仕事が沢山ある上に、

一番無難な稼ぎを奪われたんじゃ冒険者など続けてられんか。

何処まで行っても冒険者なんて怪しい流れ者扱いされるしな。

だったらまともな職に就きたいよなぁ。


「まあ、いざとなったらただの酒場兼宿屋になるさ……幸い次期大公の覚えはめでたいしな」

「そうだな。ガルガンさん……正直スマン」


「んー?親父さん、そいつ新入りか?」


振り向くと一人の男が居る。

ずっと酒場の隅で飲んでいたらしいな。

……腕は立ちそうだが……?


「何だよその目は……俺は戦闘B級だぞ!?」

「総合Dだけどなーっ」


周囲から茶々が入る。

戦闘Bで総合D?総合とは3つの評価の平均だから……技能無し、信用も無しか!

……しかしまさか、この展開は……。


「まさか、現在首吊り亭最強の男とか言わないよな?」

「お、判るかい?アンタもなかなか強そうだな!」


「村正の次にじゃがのう?」

「親父さん、それは言わないお約束だぜ!」


何とも単純な男だ。

信用が無いのは頭が悪いのかただ単に駆け出しだからか……。

取り合えず悪党で無いのなら、腕力はあるのだろうし大成する可能性はあるか。


……しかし、子犬がほえてる程度にしか感じん。

これが最強格とか、首吊り亭終わってないか?

村正との戦力差も近衛兵とコボルトぐらいありそうなんだが……。


「で、登録はしたのか?ギルドに行ったのか?ランクはどうだった?」

「くくく」


「親父さん笑わないでくれよ!」

「じゃあ名乗らせてもらうか?総合Aランク、竜殺しのカルマだ」


……名乗った途端に空気が凍った?


「お、お前がカルマか!竜の信徒の敵め!」


すらりと抜き放たれる刀……へえ、結構な業物だな?

まあ、今の俺を倒すにはせめて妖刀村正持って来いと言った所だが……。


「ぴー」

「何だ?」


ガチー……ン!


「うわっ!?コテツが凍りついたぞ!?」

「何だコイツ……ってまさか竜の幼体!?」


「ぴー!」


「怒ってるぞ!?」

「マズイ逃げろ!」


こ、これは予想外。

アイブレスだけに氷の吐息を吹くのかよ!?

コテツ、だっけ?生きてるか?


「……まあ、無茶ばかりする奴だからの。たまには良い薬じゃよ……と思う」

「とりあえず、おゆ、わかすです」


……表にファイブレスを待たせておけば竜の信徒は黙らせられると思ったんだけどな。

まあ、最初から中に居たのは仕方ないか……。


取り合えず、警戒の必要がある事だけでも判れば御の字だな。

それと……ってハイム?

何を凍った相手にハンマーなんか振りかぶっている?

ここは冒険者の宿だ。戦場じゃないんだぞ?


「で、父。阿呆は消し飛ばしてよいのか?」

「娘、自重」


……。


そうして幾つかのアクシデントに見舞われながらも、

昔話に花を咲かせながら時は経ち、夜もふけてきた。


さっきのコテツとか言う冒険者は、氷が融けた頃に酒場を出て行った。

……なんでも、アイツも結界山脈に向かうらしい。

前回は辿り付く前に遭難しかけたから準備の為に街に戻っていたと言うのが本音だそうだが、


「そんな体たらくで、冒険者が務まるのかよ……」

「最近の冒険者などそんなレベルでしか無いぞ」


「質が下がったな、本当に……」

「代わりに軍のレベルが上がってるからの。まあ、ご時世だな」


本当に冒険者と言う職業を取り巻く状況は厳しいようだ。

……いや、考えてみればそれも俺のせいか。

戦争起こしたのがそもそも俺だし。


「……しんみりしちまったな、取り合えず部屋を取りたい。取り合えず三部屋用意できるか?」

「おお、空いてるぞ。取り合えず一週間分くらいで良いかの?」


まあ、そんな長期戦にする気も無いが……取り合えずそれで良いか。


「結界山脈の火竜がご帰還されたぞ!」

「ありがたやありがたや……」

「我々竜の信徒の時代だ!」


『五月蝿いぞ黙れ下郎』

「はぶっ!?」


「竜の神様のお怒りじゃーっ!」

「祈れ!皆祈るのだ!」


あ、振動がここまで……。

ファイブレスには悪いがもう少し頑張ってくれよ?


「じゃあ明日にでも出かけるかな。……そう言えば村正は元気か?」

「まあな、色々苦労もしておるがの。まあすぐ会えるわい」


「何でだ?まさか……」

「そうだ。アイツも部下を連れて蜂蜜取りに出かけておるわい」


……やれやれ、旧知の連中と取り合いかよ。

この分だと予想外な知り合いも居そうな気がするぞ?

全く、厄介な事になってきたなぁ。


……。


そして翌日。

朝方に目が覚めたので、寝たまましがみ付くルンをゆっくりと引き剥がし、

アリス達とハイムの部屋に行ってみる。


「おお父。今日は山登りだな……ハイラル達はここに残していくぞ」

「それは良いが、今日もひよこの仕分けか。しかし生まれたばかりのひよこの雄雌が良く判るな」


今日もハイムは生まれたひよこをより分けて、メスにはリボンをつける作業をしている。

難度の高い作業だろうに良く出来るもんだと正直感心するんだけど。


「それぐらい、本気出せばすぐに出来るようになるさ。伊達に長く存在はしておらん」

「それだけでそんなに上手く出来るのか?」


「いや……昔、軍の編成費用を稼ぐ為に身元を隠し養鶏農家で働いていた時があってな」

「魔王がバイト!?」


流石は魔王。俺達とは色んな意味で次元が違う……。

本当に伊達に長く生きて無いんだな。


まあいい。


「取り合えず連絡だ。余り人目に付きたく無いからな。出来るだけ早く出かけるぞ」

「うむ。クイーンの分身達にはそう伝えておこう」


さて、次はホルス達か……。


「主殿!大変です!」

「ってホルス、どうした!?」


「レオさんが、神聖教団の信徒らしき連中に絡まれております!」

「何だと!?」


「朝のジョギングに出かけると言っていたのですが、その帰り道で」

「……非合法化されてもまだ居たのか信者……いや、宗教だし当たり前か!」


指差されるまま窓の外を見る。

……確かにレオが数名の男達に絡まれている。

相手のリーダーは……ああ、前まで隣町の神父をしていた男だ。

聖俗戦争の煽りを受けて失職していた筈だな。

しかし、そんな奴がどうしてこの街に?


「貴様!我が教団の許しも無く騎士を名乗るか!?」

「今更教団の許しなんかいらないっす!自分はレキの騎士、教団の言う騎士とは違うっす!」


「馬鹿な事を!この大陸における騎士とは我が教団が認めた者のみ!」

「非合法宗教団体が寝言ほざくなっす!」


「くっ、異端者が偉そうに……!」


あ、そう言えばそうだった。

例えばルーンハイム魔道騎兵の面々が騎士ではなく騎兵と名乗ってるのは、

教会の認めた騎士ではないからと言う事もあるんだよな。

あくまで教会の認めた回復の出来る戦士、それがこの大陸での騎士の定義だ。


……すっかり忘れてたよ。


ま、いっか。

俺の国の騎士は教団の許しは要らないということで。

きっと、騎士修道会と世俗騎士くらいの違いはあるだろうから……なんてな。


「とりあえず、問題は無さそうだな。この国では今や神聖教団は非合法団体だ」

「いえ、それ故に更なる問題が……」


何だと?どう言う事だホルス。

ん、誰かが駆けて来たぞ?

中華系っぽい僧服……と言う事は!


「何をしているのですか!神聖教団は出て行って頂きたい!」

「くっ、異教徒め!図に乗っているな……!」


やっぱり例の説法師か!

まあ、竜の信徒の事実上の本拠地だしいてもおかしくは無いが。


「貴方達の住む場所は既にこのトレイディアには無いのです」

「よっしゃ!もっと言ってやれっす」


「……貴方もですよ。レキの騎士と言う事は当然あの方の部下なのでしょう?」

「そう言えば、あんた等アニキを殺そうとしたっすよね……死ぬっすか?」

「異教徒に異端者か……こうなれば纏めて!」


ヤバイ、一瞬即発だ。

レオを中央に竜の信徒と神聖教徒がそれぞれ左右に集まってきた。

……宗教戦争+1って感じだ、これはマズイ。

特に街の真ん中なのがマズイ。


「主殿が居る事が判れば、私達は両教団を相手にせねばならない公算が高いです」

「……この街で今の俺が暴れるのは得策ではない、か」


ふと横を見るとアリスが荷物を持って立っていた。

俺が見ているのに気付くとこくんと頷く。

そして娘はと言うと。


「わらわはひよこの選別が終わるまで動かんぞ」


まさに我関せずを地で行っていた。

だがまあ丁度良い。熟睡してるルンを叩き起こすのもかわいそうだしな。


「判った。じゃあ後でルン達と一緒に追いついて来てくれ」

「了解だ。母の沐浴が終わり次第レオと合流し追いかけるとしよう」

「では、参りましょう主殿!」


ひよこを持ったままのハイムに伝言を頼み、ホルスとアリスのみを連れて宿の裏口から街に出る。

そして事情を知らない人間が居ないからこそ使える蟻の地下道を通り、城壁の外に出た。


「ミツバチ一族との兼ね合いもあって、向こうの巣の近くまで行ける地下道は無いのであります」

「ここからは、地上を行くしか無いか」

「連絡はアリシア様が向こうに居るので問題ありません。今は橋頭堡を確保すべきかと」


それもそうだな。

取り合えず前進して仲間が追いついて来るのを待つか。


「よし、だったら今は先に進むぞ!」

「はっ、承知しました主殿」

「取り合えず食い詰め傭兵とかもうろついてるから気をつけるであります!」


……そんなのまでうろついてるのか。

すっかりゴールドラッシュ状態だな、本当に。


……。


さて、時折現れる夜盗を叩きのめしつつ先へと進んでいく。

時には百人単位の部隊に出会う事もあったが、その悉くを粉砕し突き進む。

……結界山脈の麓までたどり着いてみると、山頂付近には万年雪が相変わらず積もっていたが、

中腹辺りはまだ辛うじて緑の存在が確認できた。


「さて、蜂の巣はどの辺なんだ?アリス」

「……人間の軍隊同士が争ってる辺りであります」


え……と、思って上を見ると、確かに中腹で争っている。

察するにトレイディアの正規軍と教団兵か。

何か、マナリアの軍服も混じっているような気もしないでも無いが。


「勝手に争ってくれるお陰でまだ巣は陥落していないであります」

「……それは良いが、ミツバチ達を地下道から運び出せないのか?」


考えてみればそれが一番手っ取り早い。

ならばやらない手は無いよな。


『それについては我が身から説明する……ミツバチ達の巣穴はな。地下の溶岩地帯にあるのだ』

「今まで隠れ続けられたのは、その溶岩を明かりにして細々花の栽培をしてたからであります」


ふむ。つまり下手に穴を開けると溶岩が流れ込んできて危険と。

……ツッコミどころ満載だなヲイ。

ミツバチの巣が巣穴って事もそうだし、お前ら溶岩地帯での掘削経験もあるだろ。

そもそも蜂が農業してるってのも異常だ。……うちが言えた義理じゃないが。


「第一、今まで地下道なんぞ掘るな敵対する気か!と五月蝿かったから手付かずであります」

「そう言えばミツバチとスズメバチは本来不倶戴天の敵同士だもんな」


向こうの縄張りの辺りは避けてた訳か。まあ賢明だ。

……ファイブレス戦の時の通路は確かその後使う事も無くほったらかしの筈だしな。

安心して使える気がしない。今回は無視するのが正しいだろう。


「つまり、地上から普通に侵入し、帰りも地上を帰る他無い訳だな」

「救援要請出した後も、巣へ直結する通路の掘削には応じなかったであります。馬鹿であります」


まあ、仕方ないわな。

襲われるかも知れないと疑心暗鬼だったんだろう。


お前らが魔王の出馬を願ったのも当然か。

……しかし、どうせ次期女王を預けるんだから同じ事だと思うがなぁ?

まあ所詮でかくとも、基本はただの昆虫。そこまで頭が回らんのだろう。


それでもアリサ達が助ける気で居るのは。

……多分、いつぞやの自分達の境遇と重ね合わせてるんだろう。

何せ、俺の体内に隠れてようやく生き延びたんだもんな。

嫌でも同情してしまうんだろうさ。


「じゃあ早速登るか。今日はある程度距離を取った所で野営の準備をしつつ仲間の到着を待つぞ」

「はっ、主殿。全員揃い次第突入と言う訳ですね」

「あいあいさー」


ホルスを先頭にその後に俺が続き、更に後ろに荷物持ちのアリスが続く隊列で俺達は進む。

とは言え道も道程も平坦ではありえなかった。


「大司教様の仇だ!」

「黙れ」


俺の姿を見た途端に切りかかってきた神聖教会の信徒を切り倒す。


「説法師殿を二人も害したそうだな!?」

「じゃあお前も後を追え!」


続いては竜の信徒の過激派を撃破。

……説得が面倒だったのは内緒だ。


「ブヒブヒブヒー!」

「多くのオークが……死んでいった!」


更に軍隊に追われたはぐれ魔物の群れを蹴散らしていく。

うーん、正に無双。気持ち良い。って思っちまう辺り俺も大分狂気に毒されてると思う。


そして、目的地より少し上の辺り、間違っても軍隊とぶつかる事の無さそうな辺りに辿り付いた。

……この辺りがキャンプ地には良いかな。


「と言う訳で、ここいらでキャンプを張ろうと思う」

「……し、しかし主殿?ここには厚く雪が積もっていますよ!?」


そう。目的地より標高が高い故、この辺りには既に厚く雪が積もっていた。

ホルスの疑問も当然だろう。

何せ、ここから少し下れば雪の無い場所など幾らでもありそうなのだ。


……けれど、ここは雪国の知恵をもって乗り切ろうと思う。

何故か?そう、ここには雪がある。

そしてもう少し下がれば雪が無いのなら、

こんな所までやってくる馬鹿がそう居るとは思えないのだ。


第一目的地はここより下。

ここまで登ってくる意味がまず無い。

つまりだ、ここは比較的安全なのだ。


「と言う訳でかまくら作りだ。アリス、行くぞ」

「デカイの作るであります!」

「よく判りませんが、取り合えず近くの沢から水を汲んできますね」


周囲の雪をかき集め、山にした後で穴を掘る。

ファイブレスも動員すれば巨大なかまくらの完成もそう難しくは無かったが、

万一崩れた時も考え二人部屋を幾つも作る形を取った。

念のため予備のかまくらも何個か用意して、最後にかまくら群の周りを雪で出来た土手で囲む。

何か、簡易的な砦と化してしまったが……とりあえず今日の寝床は完成だ。


「まさか雪で家屋を作られるとは……」

「風が入ってこないしこれが結構暖かいんだぞ?」

「偉大なる先人の知恵であります」


流石に砂漠育ちのホルスは唖然としているな。

まあ、カーヴァーに付いて世界中を巡っていた時期もあったと思うが、

この大陸にはエスキモーみたいな部族も居ないし、家を氷で作る発想などある訳も無いか。


「取り合えず晩御飯の用意と暖房の為に、でっかい七輪を用意しておいたであります」

「……ふっふっふ」


妹と二人でニヤついてみる。

手元の食材は先ず大陸外から輸入した米。

そして芋、さらにニンジンとタマネギが続く。

肉は登ってる来る途中で手に入ったし、と。


……多分、この時点で同世界の人間なら既に何を作るか理解出来る奴もいるだろう。


「さて、それでは主殿のお勧めだという魔法の粉の味を確かめさせて頂きましょうか」

「美味しくてびっくりすると思うであります。まあ、直接食べた事は無いでありますが」

「と言う訳で、本日のメインを出すぞ!」


取り出したるは黄色い粉。そう、カレー粉!

先日ようやく完成したのだ。

そんな訳で今回の遠征は、同時にカレーライスのお目見えでもあるわけだな。


「では早速……七輪の火力を上げるぞ、と言うか火球を使う」

「あいあいさーであります」

「主殿お待ちを!下を大軍が進んでおります!」


何だと!?

かまくらを飛び出し眼下を進む部隊を確認する。

……よし、雪の土手のお陰で向こうからはこちらが見えてない。

火を使えば煙でばれていたかも知れないと思うと、早めに気付いて僥倖だったと思う。


「あの装備は……トレイディアの兵か。それも地方の部隊だな」

「しかし、数千人は居ますよ!?」

「……に、にいちゃ!?あれ、指揮官が……」


ん?と思うと下を馬に乗って進む、見覚えのある二人組。


「ふう、冷えるのう」

「そうですね団長。その頭では更に冷えますねタコ」


ブルジョアスキーとその副官か。

近くで野営でもされたら厄介だ、が見た所西へと移動中か。

暫く止まりそうも無い、と言う事なら黙って隠れているのがお互いの為だ。


「……やり過ごすぞ」

「了解であります」


「しかし、ボン男爵が何ゆえ蜂蜜酒を?魔法を使えないのなら価値は半減すると思うのですが」

「さあ?純粋に酒として、もしくは金として見てるんじゃないのか?単純な人だし」

「でも、他の勢力と戦うから、お金の為だとしたらむしろ損するような気もするであります」


そうだな。

まあ、人様の家の財布の事など気にしてる場合じゃないけど。

……とりあえず、カレーは連中が行ってしまってからだな。

ってどうしたアリス。人の袖を引っ張ったりして。


「にいちゃ?おかしい人が居るであります」

「誰でしょうか?神聖教会の司祭服ですが」

「……ブラッド司祭、だと?」


当初俺たちの掴んでいた情報では、確かにこの男が教団を率いて遠征して来ていた。

予想外なのはシスターの動向だけだ。

故にここにいてもおかしくは無いが、仲の悪いブルジョアスキーと一緒に居るのはおかしいし、

そもそも現在名目上敵対している商都軍の中に居て大丈夫なのか?


……陰謀の匂いがするな。


「少し待ってろ。俺が後を付けて来る……多分子蟻には色々と荷が重いだろうしな」

「了解。カレー作って待ってるであります」

「お気をつけて」


おお、じゃあカレー、期待してるぞ。

晩飯までには帰ってくるからな?


……。


さて、そんな訳で隊列から遅れかけていた運の悪い兵士の装備を剥ぎ取り、

俺は今ブルジョアスキーに率いられた商都軍の野営地の中に居る訳だ。

問題は一つだけ。


「やあサクリフェスのご同胞。ようやく合流できましたな」

「これは男爵領の同胞よ。今まで本当にお疲れ様でしたね」


どう言う訳かサクリフェスの軍隊と仲良く一緒に野営をしているという事実だ。

とは言え、俺が警備している横で行われている眼前の光景を見れば一目瞭然か。


「枢機卿。騎士団長ブルジョアスキー、商都より奪った兵と共に帰還しましたぞ!」

「子爵も遠征中に内側から刺されるのは予想外だったようですね。味方した兵は僅かでした」

「ククッ、元々あの地には信者が多い。機会さえあれば此方に付くと思ってましたよ、ヒヒッ!」

「では騎士団長、帰還を認めます。お疲れ様でしたね。今日はお帰り会です、そうしましょう」


……村正、今度は自分が刺されたか。

と言うか、全然自重しないなコイツ等は。


「これで全軍合わせると二万の大軍となりますな枢機卿!」

「逆に商都は合計五千を越す兵を失い、まともに動ける数はまあ三千といった所でしょうね」

「ヒャハッ!上見ろ下見ろザマアミロですね、ケケケケケケケケ!」

「私はそれより商都の金蔵から持って来てくれた軍資金金貨二千枚の方が嬉しかったです」


「え?持ち出した金貨は二千五百枚ですよ?きちんと渡しましたかタコ?」

「勿論全額手渡したぞ副官」

「フョホホホ。枢機卿?随分ポッケが膨らんでますね、まあいいですけど、ヒャハッ!」


「五百枚ぐらい、誤差ですよ。そうでしょう?」


非道いよシスター。

周囲を固める警備ほぼ全員が顔に縦線入れてるのが判るくらいだ。

相変わらず銭ゲバなのな……。


「とりあえず、無くなったお金はきっと恵まれない子供のために使われます。忘れましょう」

「クククク、大した自己弁護、自己欺瞞ですね?まあ良いでしょう、フフフフフ」


「さ、さて、それでは私と副官は兵を引き連れサクリフェスに向かえば宜しいのですな?」

「そして、再編成の後西マナリアのティア姫の援護に向かう、ですね」

「フホホッホ!そうです!その通りですよ?私達は蜂蜜酒探してから帰りますので、ヒヒ!」

「兵一万五千を連れてタダご飯食べさせてあげて下さい。ここには百人も居れば良いので」


援軍を出す理由が兵にただ飯食わす為か。

シスターらしくて泣けてくるな。


「フフフ、フ?……あれ、カレーの匂い、ですかねこれは。ひへ?」


しまった!カレーの匂いは暴力的だ!

ブラッド司祭、鼻まで利くのか!?

くそっ、体に染み付いたカレー粉の匂いまでは考えて居なかった。

正体が割れる前に逃げ出さないと……!


……。


そうして、見張りの交代に合わせ脱出した。

冷や汗ものだったが、どうにか怪しまれずに居られたと思う。

そしてかまくらの砦に帰り着いた俺を待っていたものは……。


「あ、にいちゃ。お帰りであります」

「主殿、ご無事でしたか?」

「…………カルマ殿。お久しぶりで御座る……駄目人間の村正で御座るよ……」

「おおカルマか!このカレーとは美味いであるな!我輩初めて食ったのである!」


何でここに居るんだ。

村正はともかくボンクラまで……。


続く



[6980] 50 冒険者カルマ最後の伝説 中編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/11 20:21
幻想立志転生伝

50

***冒険者シナリオ10 冒険者カルマ最後の伝説***

~商都に集う蜂狩り達 中編~


《side カルマ》


「それで……兵を奪われて側近はほぼ皆殺しか」

「そうで御座る。バイヤーも拙者を庇って……」


日の暮れかかった雪山、かまくらの前で燃え盛る焚き火の前に円になって座り、

俺達は村正達に起こった出来事の詳細を聞いていた。


「我輩の連れてきた兵は残らず裏切ったのであーる。ブルジョアスキーに騙されたであーる」

「最初からバレバレだったで御座ろうが!……叔父上が大丈夫だって言うから」


「いや、このボンクラ男爵の大丈夫は大丈夫じゃないだろ」

「おおっ!流石はカルマであーる。我輩の事を良く判ってるであーる」

「……褒めてないでありますよ?」


取り合えず、話で判った事は以下の通り。

先ず村正率いる三千とボンクラの連れてきた二千五百が蜂蜜酒目当てに雪山に登る。

次にシスターたち率いる教団の遠征部隊と遭遇。

そして譲れ譲れないの押し問答の末一触即発になった所で……ブルジョアスキーの裏切りと。


「まあ、あの男は元々ブラッド司祭嫌いでこちらに付いた経緯があるで御座る」

「思えば裏切るのも当然であるな!うん、我輩は悪く無いであーる!」

「悪いよ。どこをどう考えてもアンタのせいだよボンクラ」


「過ぎた事でござる。しかし運の悪い事に敗走中のマナリア軍とぶつかり、」

「連中も一緒に殲滅されたのであーるよ、はははははははは」

「笑い事じゃないだろう常識的に」


笑い声が乾いているのがせめてもの救いか。

ともかく、村正の部隊から二千五百とボンクラの全軍が裏切ったせいで部隊は壊滅。

村正たちはバイヤーさんが最後の抵抗をしてる内に何とか逃げ出したと。

……しかもその際マナリアの部隊を巻き込んで壊滅させたとか……なんぞそれ?


「後々問題になりそうな話だな……」

「……気が滅入るで御座るよ」

「気にしても仕方ないであーる。あ、おかわり」

「判ったであります。肉多めに入れておくからどんどん食って早死にすると良いであります」


それで……雪の中二人でさ迷っていた所をカレーの匂いに釣られてここに来た訳か。


「何か食い物の匂いがしたから来たのであーる」

「一時は死を覚悟したで御座る」


「ともかく体力が回復したら山を降りた方が良いぞ」

「そうであるな。我輩は疲れたのであーる」


ところで、ここだけの話だがボンクラの部下に関しては残らず裏切って当然だったりする。

ボンクラの領地は過疎化の進んだ三集落。

そこで一時は三千もの兵を確保していたと言うことは……。

要するに教団信者が排斥されない土地に集まっていただけ、と言う訳なのだ。

今頃あの三集落は下手したら無人の野と化しているのかも知れない。


まあ、要するに地獄はこれからだ、って事だな。


「主殿、ルーンハイムさん達が到着いたしました」

「判ったホルス。こっちに来させてくれ」


「先生……おまたせ……」

「アニキ、遅くなったっす!でも良い運動だったっすよ」

「父、いきなり厄介事に巻き込まれたようだな」

「ごうりゅう、です」

「応!カルマ、元気そうだな!?」

「おーっほっほ!あら、人の部隊を巻き込んでくれたトレイディアの子爵様ですわ」


……いや待て。

何か人数多くないか?


「つーか兄貴にフレアさん!?何でここに」

「応!お坊ちゃんに頼まれてあのお姫様の軍隊を側面から突く事になったんだけどよ」

「おーっほっほ!ルーンハイム公の部隊に見事に読まれてましたわ!」

「んで親父達が命からがら撤退してたら、ここのイザコザに巻き込まれたみたいっすね」

「せんとう、まきこまれて。ぶたい、かいめつ、です」


そう言えば、ゾンビ化した公はティア姫側だったっけ。

……しかし運が無いというか何と言うか。


「そう言えば、暫く前に大回りで迂回攻撃に向かった部隊があるとか情報があったでありますね」

「そう。まちぶせくらった、です」

「流石は公ですわね。お陰でこちらは危ない所でしたわ」


「それで、兄貴たちが命からがら撤退中に、商都や教団の連中がいきなり襲ってきた訳か」

「そうだ。んで、皆バラバラになって逃げ帰る途中で嬢ちゃん達を見つけたって訳だな」

「それで付いて来て見れば……」

「悪かったで御座るよ。どうせ拙者は自軍も満足に統率できない阿呆で御座る」

「まったくであーる」


「「「「お前が言うな!」」」」


まあそれはさておき、まるで同窓会だな。

随分なメンバーが揃ってしまった。

俺とルン、ハイムにアリシア&アリス。

それにホルスとレオを加えた国から連れてきたメンバーに加え、

兄貴とフレアさん、そして村正にボンクラ……。


一体どうしてこうなってしまったのやら。


「先生、皆お腹すかせてる」

「ああ、そうだな。先ずは飯にするか」

「応!何か美味そうな匂いがするな」

「我輩は先に頂いてるのであーる」


そうだな……先ずは、腹ごしらえとしようか。

明日は明日で忙しいし。

……しかし、この面子で明日巣まで行けるのか?

内緒にしておかねばならない事柄が多すぎるんだけど……。


……。


さて、翌日……ここは蜂の巣入り口前、からは少し離れた丘の上である。

俺達は眼下を見下ろしてちょっと困り果てていた。


「……教団の兵士が入り口を封鎖してやがる」

「先生、あの装備は商都軍……」

「ルーンハイム殿。言ってくれるな……言わないで欲しいで御座る!」

「細かい事は良いんですわ。敵が居るなら薙ぎ倒す。それで良いのではないこと?」


兵士によって巣穴の入り口が封鎖されているのは仕方ない。

問題は此方の裏事情を知らない人間が多数その場に存在するという事実なのだ。

……なんでここまで付いて来てるんだよ……。


「そりゃあ。お前と一緒に行った方が勝率高いからな!」

「おーっほっほ!せめて魔力回復用に蜂蜜酒を持ち帰るつもりですわ。協力をお願いしますわね」


「今更……何の成果も無く帰れんので御座る!」

「えーと。我輩一人で山から下りるのは無理であーる」


うわー。最悪だ、特に足を引っ張りそうな人物が約一名居るのが拙い。

ん?ルンが袖を引っ張って……。


「先生。ちょうどいい」

「何が?」


ふむ、村正を指差しつつ……、


「裏切り者を処理する」

「せ、拙者で御座るか!?いや、確かにお怒りはごもっともで御座るが!」


目から光が消えたルンがじりじりと村正ににじり寄っていく。

対する村正は腰を抜かして雪の上に座り込んだまま凄い勢いで後退中だ。

……一応止めておくか。


「もういい、ルン。お前の手を汚すまでも無い」

「…………ん」

「今の間は何で御座るかーっ!?」


村正、涙目過ぎる。

まあ、次があったら俺も流石にただで済まさんと思うけどな?

取り合えず今回の事は数少ない友人と言う事で見逃しておくが。


さて……派手に暴れて蜂の巣を破壊するのも拙いし、

ここはどうにか侵入する方法と、事情を知らない面子を出し抜く方法を考えないと。



「うおっほん!我輩はボン男爵であーる、ここを通すのであーる」



あ、あのボンクラ何時の間にーーーーッ!?

一体何をしてやがりますかねーーーーっ!?



「……男爵、アンタ現状判ってるので?我々アンタの所から寝返ったんですけど?」

「だとしても、我輩の部下であった事は事実であーる」


……何を言ってるんだあの人。

いや、あまりにボンクラらしくて泣けてくるな。


「………………お覚悟を」

「ええっ!?ちょっ!?我輩を斬っても美味く無いのであーる!」


ほらみろ、いきなり切っ先を突きつけられ……ん?

なんだ?鍋を取り出したりして……。


「ほ、ほれ。カレーとやらをやるからここを通すのであーる」


何時の間に……と言うか昨日の残りを持ち出してたのか。

どんだけ気に入ったんだよカレー。


「おいカルマ、よく考えたらチャンスじゃねぇか?」

「兄貴?……いや、確かにそうだ。敵の注意はボンクラに集中している」


今ならこっそり忍び込むのも不可能では無いか。

……それにだ。


「すまぬがあれでも叔父なので御座る。拙者に力を貸してくれぬでござるか?」

「そうだな。……兄貴、フレアさん。村正の奴に協力してやってくれないか」


「駄目ですわ。私達も手ぶらでは帰れませんわ」

「なら、見つけた蜂蜜酒は全部やる。それでどうだ?」


「応!いいのかよ、それならやるぜ!」

「か、カルマ殿!?」

「……酒なんか問題じゃないんだ。俺達にとってはな」


「余り立ち入られては困る問題があるようですわね。いいでしょう、カタ子爵?」

「で、では拙者達は叔父上の救出を」


「俺達は蜂蜜酒を取ってくる。……無事でな、村正」

「か、かたじけないで御座る……今までの無礼、許して下されカルマ殿!」



よし!村正達がボンクラを助けに飛び込んで行ったぞ!

邪魔者排除の上背後の憂いが消えた!

これはラッキーだ!


「にいちゃ?蜂蜜酒は全部渡すのでありますか?」

「約束だからな。ただし……」

「はちは、つれてく、です」

「そうだな、わらわ達の目的はあくまでそっちだ。……では行こうか?」

「よっしゃ、早速突撃っす。親父と姉ちゃん、済まないっす!」


「よぉし、じゃあ行くぞ。敵に気付かれるなよ?」

「なら……敵の気を更に逸らす」


ルンがそう呟き、衝撃(インパクトウェーブ)を詠唱。

不可視の衝撃波により背後の山が僅かに崩れる。

……そして、その混乱の最中に俺達は洞窟内にまんまと潜入したのである。


……。


洞窟内は暗く、寒々しい……そんな状態だった時間は僅かだった。

結構近くまで溶岩が流れているのか気温がぐんぐんと上がってきたのだ。

なるほど、これならミツバチたちも、真冬でも問題なく行動できるだろう。


……その時、僅かに天井から石の破片が。

どうやら、余り頑丈な洞窟ではないようだな?


『カルマよ、判っていると思うがここで我を呼ぶような暴挙はするな』

「だな、ファイブレス。何時崩れてもおかしくない」


『元々蜂の巣穴の入り口は小さな物だった筈……ここは人間が急遽掘り起こしたのだろう』

「偶然見つかったお宝だしな。あるのなら掘り出したいのは人の常か」


明らかに人の手が加えられている。しかも突貫工事のせいで耐久性に乏しい洞窟。

ファイブレスを呼ぶどころか下手をすると爆炎(フレア・ボム)でも崩落しかねない。

……要するに使える手がかなり限られる訳だ。

教団側の兵士も入り込んでいるだろうが、

余り出会わない内に目的を果たしてしまいたいもんだな。


「あれ?アニキ……前方に灯りが……」

「教団のキャンプか!?」

「違う。あれは溶岩だ」


溶岩?と思い先に進むと、そこは一面の花畑だった。

いわゆる高山植物という奴が、溶岩から発せられる赤暗い光に照らされている。

暗い地下世界だというのにそれは健気に咲き誇っていた。

……赤く照らされて不気味でもあったけどな。


「しかし、蜂はいないな」

「人に押し込まれてここまで来れないのであります」

「みずやるひと、いないから、しおれかけてる、です」


よく見ると確かにその通りだ。

ここまで自然に水が来る事は無いのだろう、既にしおれかけた花が幾つもある。

そして……人間の靴跡により無残に踏まれた花も。


正直勿体無いと思う。


「高山植物は育つのに時間が掛かる。ここが再びもとの姿を取り戻すには何年かかるか……」

「もう、むり、です」

「表に続く大穴を空けられたから、環境が激変しちゃってるでありますからね」


「草花の事は良く判りませんが、取り合えずこの靴跡は大きなヒントですね」

「靴跡、向こうに続いてる」


……ちょっとしたノスタルジーを排除すれば、残るのは情報か。

ふむ。この広間からは二方向に道が伸びている。

そして、靴跡は何故か右側の道にだけ続いているようだった。


「これは一体?」

「かんたん、です。ひだりはまだ、にんげん、とおれない、です」

「要するに、まだ右側を掘っている最中なのであります」


子蟻からの情報、もしくはミツバチ側からの情報なのだろう、

アリシアとアリスが続けて報告してきた。

そして、それに合わせるかのように……左の道から体長30cmほどの蜂が飛んできた。

ミツバチとしては異常にでかい。

アリサの所の巨大兵隊蟻と比べるのは流石に酷と言うものだろう。


「ブーン、ブンブン」

「おつ、です」

「ミツバチの使者だそうであります。魔王様?ハーちゃんはそこの子でありますよ」

「うむ。ご苦労……わらわが魔王ハインフォーティンである」


そのミツバチは俺達を無視するかのようにハイムの元にやってきてその目の前に降り立った。

頭部をブンブン振っているのは恐らくお辞儀か何かなのだろうか。

そして、俺達を無視するような態度は、

コイツ等にとって主君とはハイム……魔王であるという意思表示なのだろう。


「だが、気に入らんな」

「……父?」



ミツバチをブチッと踏み潰す。



「ちちちちちちちちいいいいいいいっ!?」

『いきなり何をするのだカルマよ!?これはこう見えてミツバチ達からの正式な使者だぞ!』

「にいちゃ!?」

「あ、あんまりでありますよ!」


正式な使者ね?だとしたらなおの事だ。

……珍しい事だと自分でも思うが、取り合えずハイム達に軽く殺気を当てておく。

うん?ホルスは俺の意図を判ってくれたみたいだな。大きく頷いている。


「ホルス、説明してやれ」

「はっ。アリシア様、ミツバチの女王にお伝え下さい……貴国は他国の王に無礼を働くのか、と」

「ふぇ!?」


「わざわざ他国の王が救助に来てやったのに、その態度は何だ、と言っている」

「姫様は魔王かもしれませんが我が国での立場はあくまで"姫"なのですよ」


現実の外交に置き換えると、どれだけ無礼な事か判るだろう?

目の前に王が居るのにそれを無視する使者がいるかよ。

それに、だ。


「そもそもコイツ等には助けて貰おうと言う気が見られん」

「もし本気なら、地下道の建設ぐらい逆に頼んでくれても良い位ですよ」


何か……コイツ等にも権威主義者的な物を感じるんだよな。

行動の節々にどうも、自分達が特別だって意識を感じるというか。

まあ、コイツ等の現状に俺の動きが関っているのは事実だが、

それを不快感が上回ったってだけの話なんだけどな?


「こっちの要求は呑まない。自分達の要求は通す。挙句水先案内人も寄越さない。不愉快だ!」

「そう言えば道案内ぐらい居ても良いような気もするっすね」

「……いかがでしょう主殿。このまま殲滅に入るというのは」


「ほ、ホルスよ!何で父を焚き付けている!?」

「そうでありますよ、折角ここまで助けに来たのに!」


「…………アリス。アリサが……にいちゃのいうこと、もっとも、だって……」

「え?……あ、ほ、本当であります……」


うん、アリサは流石に判ってたみたいだな。

動揺が全くみられないようだ。

恐らく俺がどう感じるかまで読んでただろうな、アイツなら。

そして、それを自分の利益に変えるか。

……流石にアイツも地下王国を統べる女王なだけはある。 


まあ、つまりだ。

上下関係をここらで判らせておきたい、って事だな。


「……ちょっとどけ」

「あ、は、はい……って、父?何をする!?」


ん?

ちょっと恫喝、そんでもって敵殲滅かな?


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


俺の叫びと共に、右の通路の奥へ……魔法の手榴弾が次々と飛び込んでいった……。


……。


「な、何で、こんな所で、あんな大魔法を……父よ」

「まあ、待ってろハイム」


「いや、アニキ……向こうから断末魔らしき悲鳴が……」

「酸欠かな?生き残れば生き残るほど悲惨な事になるぞ。通路は崩れたし」


「流石は先生」

「ルンはもう少し引いてくれて構わないからな?」


「さて、向こうはどう出ますかね?」

「別に攻撃してきたらそれで良いさ。敵なら助ける必要は無くなる、それだけだ」


さて、ここで待っている時間が長くなりそうなら、

表からの足止めに軽く洞窟を崩しておくかとも思ったがその必要は無さそうだった。

左の通路の奥、人の通れないほどの小さな通路から蜂が数匹飛んできたのだ。


「「「「ブーン、ブーン、ブブブブブーーン」」」」

「おお、こんどは下にも置かない扱いだな」

「父よ。あれだけ脅せば決戦か服従かのどっちかしかあるまい?」


今度は沢山の蜂が俺の目の前で平伏を始めた。

うん。これが他国に援軍を頼んだ連中の正しい姿だよな。


さて……あ、今度は近くの天井に留まって、

おい、床の一部が抜けたぞ?


「おお、隠し通路っす!」

「ええと、がんらい、だっしゅつよう、とのこと。です」

「……人間でも通れるって事は王族はやっぱかなりでかいっすかね?」

「連中、助けに来た連中からも逃げる算段を組んでやがったのか……」

「いやアニキ。元々敵だったなら当然の備えっすよ?」


レオの言い分もわかるがな、連中は今後レキで暮らす事になる。

……天に太陽は二ついらない。

俺に従わない奴等まで守るいわれは無いが、それでも住んでいる連中は動揺するだろう。

俺たちもいずれは見捨てられるかも、ってな。

だから、後々禍根になりそうなものは潰せるだけ潰しておくのが俺の正義だ。

その結果ここのミツバチが滅ぶ事になってもそれは仕方ない事だと思う。


まあ、それでもコイツ等は従う事を選んだ。

だとしたら、なんとしても守り抜くのが俺の役目と言う事だろう。


「ともかく、女王蜂の所まで行くぞ。今後の事を決めておかないとな」

「はいです」

「と言うかにいちゃ。蜂たち怯えてるからこれ以上怖がらせないで欲しいでありますよ」


それは、連中の心がけ次第だな。

何度も言うが、俺は敵対する奴等まで守れるほど強くもないし善良でも無いから。


……。


「……マオウサマ、オヒサシュウ、ゴザイマス」

「ハニークインよ。わらわが不甲斐無いせいで苦労をかけた。それと父が無礼をしたな、すまん」


さて、脱出路だったという通路を進む事おおよそ三十分。

洞窟の奥にそれは居た。

体長3m級の巨大ミツバチ。これがミツバチの女王ハニークインか。

確かに堂々とした体躯だが……それ以上にボロボロなのが気にかかるな。

まあ長年の耐乏生活だ、それも止むをえんのかもしれない。


「コウヤノ、オウヨ、カンシャスル。ギャクニ、コチラガ、シツレイシタナ」

「構わん。元々そちらを救うことにしたのもアリサの進言だ。詫びは受け取るが礼は妹に言え」


「アリノジョオウ、ソシテ……スズメバチノ、ジョオウ……」

「色々思う所はあるだろうが、吹っ切れないと一族自体が生き延びれないぞ?」

『あたしらもプライド捨てて人間に擬態したら運が開けたであります』

「まいにち、ごはんおなかいっぱい、うまー、です」


「ユウフクナ、セイカツ……ダガ……」


ハニークインは迷っているようだった。

恐らく万一の事を考えて念のため後継者候補の一匹を逃がしておく程度の認識だったのだろう。

だが、断言できる。

このまま放って置けばこの巣も恐らく一ヶ月持たずに殲滅されるだろうさ。

……欲に目が眩んだ人間を舐めちゃいけないぞ?

第一、そっちがボロボロなのって……ここまで辿り付いた人間が居るって事じゃないのか?

だから万一の事を考え始めた。違うかな?


まあ、残念な事にそこまで説得してやるほどの義理は無いのだが。


「まあいい。ハニークインよ、ともかくわらわ達が連れ出す後継者を連れてくるのだ」

「ギョイ」


……そして連れてこられたのは、でっかい芋虫?

いや、普通に幼虫なのか。

もこもこ動きながらハイムの背中に張り付いたんだけど。

なるほど。これが女王蜂の幼虫と言う訳か。

その周囲を飛び回る30cm級と普通サイズのミツバチは世話役と護衛だな。


「では、貴様の娘は確かに預かったぞ。その……息災でなハニークイン」

「よし……じゃあこんな所を誰かに見られたら事だ。さっさと撤収だ!」

「マテ、コウヤノオウヨ。コレヲモッテイケ……キサマラニモ、カチアルモノダロウ」

「蜂蜜酒!ありがたく貰って行くであります」


そうして俺達は何本かの蜂蜜酒を貰って、またあの脱出路に戻った訳だ。

……というか俺はなんでまあ王家の脱出路にこうも縁があるのか……。


「蜂蜜酒。わらわの大好物だ。久々に飲めるか」

「はーちゃん。子供だから駄目」


「母ーっ!?そんな殺生な!」

「大人になるまで我慢」


「一体何年後の話だ!?」

「15年くらい?もしくは20年?」


ハイムが本気で涙目だ。なにせ生殺しだもんなぁ。

だが、最近ようやく普通に食べるのが許可されたくらいだ。

子供の内に酒の許可が下りる事は無いだろう。

しかし……意外だよな。ルンが躾に厳しいのって。


「つーか、ルーンハイムの姉ちゃん。これ、酒って言うより薬なんじゃ無いっすか?」

「おお、レオ!確かにそうだ。魔力回復薬だ!」


「……はーちゃん。魔力切れする?」

「する訳無かろう母!わらわは魔王ぞ!」


「つまり、お薬は要らない」

「ががーーーーん!」


……駄目じゃん。

と言うかハイムよ。お前判っているのか?

その酒は全て兄貴たちに渡すからどっちにしろ俺たちの口に入る事は無いんだけど。


そうやってまた30分ほどの道程を進み、再びあの広間、

と言うか畑のような場所までやって来た俺達一行。


「あらあら。やっぱり蜂蜜酒持ってきてくれましたねカルマさん?」

「し、シスター!?」


……そこにはシスター達が網を張って待ち構えていたりするんだけど!

総勢五十人くらいか。幸い使徒兵ではないようだが……。

でも、なんで!?


「うふふ。この先の通路が埋もれてるのに貴方達が居ないから……やはり隠し通路ですか」

「しまった!敵を減らす事ばかり考えて行動を読まれやすくしちまった!」

「つーか、道が無いのに人が消えたら確かに隠し通路を疑うっすよね」


……さて、どうするか……。

このまま戦闘に入っても良いのだが……参ったな。

この期に及んで俺はまだこの人を殺したく無いとか思っているらしい。

出来れば話し合いで何とか出来ないか、何て考えてるのがその証拠だ。


「……にいちゃ、ここはまかせる、です」

「アリサから連絡があって、あたし等とはーちゃんは蜂蜜酒持って先に行けって」

「わらわもか。……いいだろう、クイーンのお手並み拝見だ」


「判った。こんな連中にやられるんじゃ無いぞ?」

「……先生、いいの?」


ああ。近くに味方の人間が居ない時こそあいつ等が全力で戦える時だ。

正体を隠している以上、下手な味方は逆に毒となる。


「じゃあ、いくです!」

「すこーーーーーっぷ!」

『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』


魔力で形作られたミサイルが敵陣を爆破する中、

小さな影が三つ。包囲を突き破って入り口に向かい走っていった。

即座に近くの敵が後を追おうとするが、魔力弾頭の衝撃で天井が崩れ、その追撃を阻む。


「枢機卿!敵が数名囲みを破りました!」

「相手は子供ですから逃がしましょう。そうしましょう」


「しかし、スコップを持った子供の背中に蜂蜜酒が」

「急いで追ってください。ただし子供だから乱暴はしないように」


頷いて踵を返した兵士に向かって火球をぶつける。

……そう簡単に追撃なんかさせるかよ。

まあ、あいつ等は普通の兵士じゃ討ち取れないけどな?

蟻の腕力を舐めたら火傷じゃ済まない。


「おっと……俺達を忘れてもらっては困るな」

「カルマさん。確かにそうですね。……教団の為、貴方には死んでもらわねばならないのです」


「へぇ。俺がここに来るのは判っていたのか?」

「それはもう。魔王の蜂蜜酒を貴方達がマナリアへ持ち込んだのは知ってます」


そういえば、あれはファイブレスの巣。

つまりここの近くで手に入れたのだった。


「つ、ま、り、この辺で蜂蜜酒が取れるのは明白。……ここから取っていたんですね」

「違うっつーの」


「じゃあ、何で今更欲しがるんですか?今なら普通にお金で買えるでしょう?」

「……」


参ったな。ここに来た事情を説明する訳にもいかんしな。

いや、いいのか。

勘違いしてくれるとある意味助かるし。


「兎も角、貴方がここに来ると思っていました。教団の為です、お覚悟を」

「……そうだな。覚悟を、決めるか……」


そう。そろそろ覚悟を決めなくてはならない。

……シスターを倒す。

ここいらで彼女を何とかしないと俺は一生この人と戦い続ける事となるのだろうしな。


「なら、シスター。勝負だ!」

「騎士団の皆さん。囲んで下さい!」


「自分等を忘れてもらっちゃ困るっすよ!」

「先生を、守る」

「さて、久々の実戦ですか。来るべき決戦に向け体を慣らさせて頂きます」


俺が前線に出て暴れまわる後ろで、ホルスとレオがルンを護衛する。

そしてルンが俺を魔法で援護する体制だ。

……敵は全員が騎士以上で明らかに最精鋭部隊。

俺に向ける殺気の強さからも聖俗戦争以前よりの生き残りと思われた。


「教会に逆らう異端者め!」

「いや、むしろ無神論者だ」


「なお悪い!消えろ竜よ!」

「……竜殺しだと!しかも儀礼用じゃあない!?」


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球!(ファイアーボール)』


この日の為に用意されていたのだろう。

敵の獲物は全て竜殺しばかりだ。

ルンが火球で牽制する中、敵の剣をかわして逆に敵の喉を突く。

一人目の騎士が倒れるも、敵側はそれにひるむ事無くこちらに向けて突進する!


「ホルス、レオ!敵の武器は竜殺しだが恐れるな!人間相手だとただの魔力吸収武器に過ぎない!」

「承知しました!」

「自分には辛い相手っすね……斬られたら気絶っすか?」


本当はそれ以前にかなりの業物なのだが、それを言って味方の士気を下げる事も無いだろう。

それに、あいつ等なら言葉の裏に隠された意味を理解してくれる筈だ。

……要するに。


『アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』

「くっ、近づけやしない!」

「ええい、削れ削れ!」


俺が相手するからまともに当たるなって事だ。

氷壁が上下からルン達と敵の間を寸断、

ホルスは槍のリーチを存分に生かし氷の隙間から敵を迎撃する。

そのフォローをレオにさせている内にルンは……防壁の詠唱か。

削られる事前提の上魔力消費もけして少なくない壁だが、

自分で自分を守る必要があるなら魔法使いの必需品と言えよう。


ただ、詠唱を初めて聞くのだが……ぬるぽだのガッだの聞こえるのは気のせいか?

いや……間違いなく対ガッ用超高性能ぬるボックスのテスト開始!

とか言ってるな。

ガッ……うん、聞かなかったことにしよう。


「仲間を緊急避難させたのはお見事です。ですが、それで貴方は孤立しましたよ」

「そうだな。だがむしろ好都合だ」


えっ?と言う間もあればこそ。


『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』


悪いリチャードさん。そっちの魔法借りる。


「ぎゃあああああっ!?」
「ぐぉおおおおおおっ!」
「うあああああっ!」


濃密な火炎放射。それも逃れる所が無い狭い洞窟内だ。

使徒兵すら焼き尽くすその炎をまともに食らった騎士達は次々と倒れていく。

うん。悪いけど攻撃にあたってやる訳には行かないんだよな。


「皆さん、ひるまないで下さい!」

『2月1日 晴れ。今日も司祭様に癒しの術を……ぐほっ!」


後方に下がったシスターが声を上げるが返事はまばらだ。

哀れな事に折角全員が使えるであろう治癒魔法も、長い詠唱の為に役立てる事が出来ない。

残念だが、これで積みだ!


「……さて、シスター。と言う訳で残りは数名、しかも虫の息だぞ」

「そうですね。けど……こんなのはどうです?」


ちょっ、待て。

その印は!


『6月3日 曇り司祭様が亡くなられてしまった。私の心にも隙間風が吹雪のように吹き込んできている。最後に教えられたのは身を守るための魔法。有難う司祭様貴方のことは忘れません。……次に恋をするまでは。とは言えあの方のような老人にはもう出会えないでしょうが。さて、その魔法を忘れないように書き込んでおこう。人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げ親指で抑える。そして唱えるべきは"人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!"これで私の皮膚は鉄のような硬さを持つ上に動きに影響もないらしい。さて、では司祭様を困らせた地下の連中に神々の鉄槌を食らわしてあげますか。く・た・ば・れ』


硬化(ハードスキン)だと!?

一体どうやって……!


「ふふ。鉄の皮膚は貴方だけの専売特許ではもう無いのですよ」

「印と詠唱、どうやって知った?」


「いえ、印は貴方が難度も使ってるところを見た方から少しづつ情報を集めてました」

「詠唱は?」


「治癒の書かれた魔道書の一部がこれの詠唱だって聞きましたので……総当りです」

「一文字ずつずらして試したのかまさか!」


治癒を唱えるのに硬化を含む数個の魔法の詠唱とその解説文を纏めて読んでいる。

それが教会側の弱みだった筈。それを覆されたのか!?

いや、俺が有用性を示しすぎたんだよな。

タダでさえシスターは情報を大事にするタイプだ。

此方の切り札の情報を集めていてもおかしくは無い。

……ヒントがゴロゴロしてるなら、何時か正解にたどり着くか……。


「ふふ♪やっぱり動揺しましたね」

「そりゃまあ」

「先生危ない!」


……!

焼け爛れた騎士の生き残り数名。

それが一斉に俺に飛び掛り、


「これは……魔封環!?それもこんなに沢山!」

『いかんぞカルマ!十数個は付けられた。魔力飽和させるのに10分はかかる!』


その懐に隠していた"切り札"を俺の全身に叩き付けた……!


「ふはは、はは……枢機卿に、討ち果たされるが、良い」

「……なんて執念だ」

「ふふ。これで立場は逆転ですね」


確かに。流石に竜の心臓のお陰で魔力不足で気を失うまでには至らないが、

それでも魔法を使うどころでは無いな。

しかも魔力を吸われスティールソードの刀身もその光と切れ味を失っている。

……こんな状態を後10分もかよ!?


対するシスターはほぼ完全状態。

しかも本来俺側の切り札である硬化を用い防御力は以前の非では無いだろう。

ならば此方は逆転した頭数で……。


「カルマさん。一騎打ちをお願いします」

「何だって!?」


「私が勝ったら命を捧げてもらいます」

「俺が勝ったら?」


「私は枢機卿の座から降りましょう。教団も貴方に下らせます」

「このタイミングでその条件か!」


……此方は弱体化。相手は強化。

だが、今後教団が敵対しないと言うのなら……。


ああ、そもそも迷う必要は無いのか。

元々シスターのスレッジハンマー"神々の鉄槌"は硬化では防げ無い類の重量級武器。

要するに、俺は攻撃魔法が使えないだけで条件は五分なのだ。

それに……まあいい、答えは決まった!


「いいだろうシスター。その一騎討ち、受ける!」

「せんせぇ!」


「心配するなルン。不利な戦いなんか何度もこなしてる」

「……じゃあ、行きましょうか……アハハッ!」


シスターがスレッジハンマーを振り上げて襲い掛かる。

にこやかな笑みを浮かべたままで……。


「はあああっ!」

「たあああああっ!」


紙一重でその攻撃を避けた、と思ったのだが、


「甘いですよ!」

「くっ、この軌道は……燕返しだと!?」


振り下ろされた筈のハンマーはそのままの勢いで振り上げられた。

更にそのまままた振り下ろされ……エンドレス!


「それそれそれそれ!流石に良く避けますね……楽しくなってきちゃいましたよ、ウフ、ウフフ」

「狂気の顔がまた覗いてるし!」


「その割りに気圧されませんねぇ。ウフフフフフフフ!」

「トチ狂った女を愛している身だ!今更その程度の狂気なぞ!」

「先生……嬉しい」

「いや、ルーンハイムの姉ちゃん。そこ、褒められてるように見えないっす」

「常人には理解できかねる絆と言うのもあるのですよレオ将軍」


外野の声はともかく段々と危なくなってきたな……。

この猛攻何時まで耐えられるか?

……何処かで止まってくれねば反撃にも移れないのだが。


「手元がお留守ですよぉおおおおおおっ!」

「しまった!」


鈍い衝撃が装甲越しにでも伝わってくる。

弾け飛んだ黒金の欠片がシスターの頬に一筋の傷をつける中、

俺の右腕はその感覚を失っていた。


「……骨が折れたか」

「硬い鎧ですね、欠片が鉄の肌に傷をつけるなんて。……でもこうで無いと面白くないですよね」


片手で自らの血を拭いながらシスターが言う。

それを言うなら鉄の肌を傷つけ得る装甲材を破壊するほどのアンタのハンマーは何なんだと。

……まあ、顔を引きつらせた笑いを浮かべ続ける今のシスターに何を言っても無駄か。


「片手だからどうと言う事は無い!行くぞ!」

「そうこなくっちゃいけませんよね♪」


袈裟懸けに切りつけるも、鉄の肌に弾かれる。

薙ぎ払われたハンマーを回避してカウンター気味に放った突きも腕でそらされてしまう。

……自分でやってみると実に厄介な相手だったんだと実感するな。


「何しても無駄。それって凄い精神的負担ですよね?」

「全くだな。我ながらえげつない戦術を使っているもんだ!」


「ではでは。次はこれにしましょう、そうしましょう」

「なっ!?」


シスターが、ハンマーを放り投げて抱きついてきた?


「えーと、これは一体?」

「ウフフフフー。何でしょうねぇ?」


ウケケケケとでも言いかねない笑いを浮かべたままのシスターが俺に抱き付いている……。

いや、違う!これは!?


「……気付くのが遅かったですね?うん、結構純情さんだったんですねカルマさんは!」

「せんせええええええっ!」


ぐらり、と視界が揺れる。

俺の脳天が陥没してるのが判った。


「相手に抱きついて混乱させ……本命は頭上に投げ上げたスレッジハンマーか」

「必殺、死の抱擁……と言った所ですか。男の子にはよく効くんですよこれ」

「……シスター……コロス……」

「ルーンハイムさん落ち着いて!」


だが、脳味噌が潰れた訳ではないようだ。

体はまだ動く、ならば反撃のチャンスはある……。

その為には!


「せんせえええええええっ!?」

「あ、主殿!?」

「アニキが自分の腹に自分の剣を突き立てたっす!」

「あらぁ?自害ですか。意外とあっさりでしたね」


んな訳あるか。

……その余裕が命取りだぞシスター……。


「ぐふっ!?」

「外部に放出する魔力は残って無くてもな。体内には濃密な魔力が流れてるんだよ俺の場合!」


俺は先ず、自害するように見せかけて剣を自分の腹に突き刺した。

魔剣スティールソードはある程度魔力を吸うと刀身に輝く魔力の刃を纏う。

俺の体内の魔力を吸ったスティールソードが刃を纏った瞬間に、シスターの腹を切り裂いた訳だ。



「あは、あは、アハハハハハ……やりますねカルマさん」

「そ……の状態でも動ける、の……かよ……」


片腕で零れ落ちそうな腹の中身を押さえたままシスターは再び立ち上がる。

対する此方は片腕が完全に砕かれた上、脳天に受けた衝撃のせいで意識が朦朧とし始めている。

その上腹にはでっかい穴が。

……まだ魔封環を砕くには5分ほどの時間が必要か……これは拙いな。


「お互いボロボロだなシスター……」

「でも、紙一重で私の勝ちです!」


片腕でハンマーを支え、回転しながらシスターが迫る。

片手分の腕力を遠心力で補う気か……!


「待てぃ!」


その時、俺の目の前に何かが立ちはだかった。

小さくふわふわと浮かぶその姿は……!


「わらわはハイム。父に対する狼藉、これ以上見過ごせぬ」

「な、何で戻ってきた!?」


「姉達はあのブラッドとか言う司祭と相対しておる。わらわはこちらに来た方が安全だそうだ」

「……くっ、二段構えか!」


それは良いが……馬鹿野郎、早く引くんだ。

目の前の修道女は頭がおかしいんだぞ!?


「あの。ハイムちゃんでしたっけ?一騎討ちなんですけど……退いてくれません」

「だが断る!」


「ええと、困りましたねぇ……あ、飴食べます?」

「要らぬわ!……ともかく父に敵対するのはやめたもれ?」


「それは困ります。だって教会の敵なのですから」

「そもそもそれは、貴様がポカをしでかした後始末だと聞いたぞ!?」


「ううっ、酷い子ですねぇ」

「お前ほどでは無いわクロスの妹よ」


あれ?何かシスターが押されてる?

何でだ?

……あ、そう言う事か……。


「そも、神聖教会とは寿命をある程度操る回復魔法を人間内で管理する為の組織」

「あ、よく知ってますね。偉い偉い」


「管理者から委託されただけの権限を自分達の特権と思い込みよってからに」

「えー?でも神様から委託された権限って事は正に特権じゃありませんか?」


シスターは汚い事をする為の免罪符として孤児達を使った。

子供たちを守る為に仕方ない悪事なのだと自分に言い聞かせる為に。


俺が子供の頃彼女をただただ優しい人だと思っていたのもその為。

……自分を肯定する為には子供に手を上げる事だけは出来ない。

特に親の無い子供には慈愛をもって接する。そうで無いと自分の所業を許せない。


本来は優しい人なのだと思いたい。

だが、大司教がのし上がる為、教会に理想を広める為には金が必要だった。

それ故に兄の為の資金集めで汚い事を続けている内に心が壊れてしまった。

その為の代償行為である孤児達の世話が、

いつの間にか彼女の中で大きな位置を占めるようになっていた。

たぶん、そう言う事なんだろう。


「ふん。そもそも貴様等の言う神とは何だ?」

「神様は神様ですよ?」


「……そうか、ならいい。では質問を変えよう。お前は孤児達の世話をしていると聞いた」

「はいそうですよ。私が人に誇れるたった一つの善行です」


「わらわを孤児にする気か?」

「え?」


「父が死ねば母も生きては居まい。わらわを天涯孤独にする気か?」

「……え、えーと」


「姉達もそうだ。知っているか?姉達は全員戦災孤児なのだ」

「えええええええええっ!?あ、そう言えばカルマさんに本当の妹なんか居ない筈」


「戦場で拾った、と言うか付いて来たのが姉達だ。父はそれを本当の妹のように扱っておる」

「あ、あの三人にそんな過去が!?」


ああ、そう言えばそう言う事になるのか。

確かにアリサは孤児だよな、うん。


「姉達から父を奪うという事は、姉達は再び孤児となると言う事だぞ?」

「そ、そんな……わ、私が孤児を作るなんて……」


「ふん。シスターの頃と同じと思うな。枢機卿」

「それは一体?」


シスターの顔が青ざめている。

……それは一体とか聞きながらも、多分既に理解してしまったのだろう。


「お前の命令で何人もの兵が死ぬ。つまりそれだけの孤児が生まれているのだ。お前のせいで!」

「それは……それなら、カルマさんだって!」


「父は覚悟しておるよ。自分が極悪人だとな……お前はどうだ?」

「わ、私は……信仰と子供たちを守る、た、め……」


それだけ言うとシスターは膝から崩れ落ちる。

……自己肯定が出来なくなったのだろう。

ああ、これはもう俺でも判る。

この人は、心が折れた。折れてしまった。


「そもそもだ、貴様が神といって居る存在だが」

「もういいです!止めて、止めて下さい!」


「嫌だ。わらわの家族を害するというのなら貴様には地獄を見てもらう」

「わ、判りました。枢機卿なんか辞めます、教団運営からも外れます!」


「もう、父には逆らわんのか?」

「誓います!もうカルマさんと戦うなんて言いません。だからお願いです!」


……私の心をこれ以上壊さないで。


それだけ言うとシスターはヨロヨロと立ち上がる。

だが、そんな口約束だけで……。

あ、そうか。


「じゃあ仲直りだシスター。指を出してくれ」

「あ、はいカルマさん。これでいいですか?」


「OK、じゃあ俺と一緒に同じ事を言ってくれ。今後仲良くするためにな」

「はい……わかりました」


『指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!……契約(エンゲージ)』
「指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲~ます、指切った!……契約(エンゲージ)」


がちゃり、と何処かから鍵のかかったような音がする。

レオ辺りはドキッとしたようだが、心底憔悴したシスターは気付いていないようだった。


「もう、良いですよね?……帰ったら荷物を纏めて出て行きます……」

「うむ。そうせよ、わらわも無駄な殺生は好まん」


そうして、フローレンス枢機卿は歴史の表舞台から姿を消す事となった。

契約がある限り彼女はこれを破る事など出来ないだろう。

それに……それに対抗する意思も気概も、彼女にはもう残っては居ない……。

そう、シスター・フローレンスとの長い戦いに終止符が打たれたのだ。


「さあ、父よ急ぐぞ!」

「え?ああ、そうだったアリシア達を助けないと!」


娘からの声で正気を取り戻す。

そうだ相手はあのブラッド司祭。流石のあいつ等でも荷が重いかもしれない。

……ルンから治癒をかけてもらいつつ走り出す。

魔力飽和を起こして崩壊していく魔封環を尻目に俺達は表へと向かったのである……。


続く



[6980] 51 冒険者カルマ最後の伝説 後編
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/11 20:43
幻想立志転生伝

51

***冒険者シナリオ10 冒険者カルマ最後の伝説***

~商都に集う蜂狩り達 後編~


≪side カルマ≫

辛うじてシスターを撃退する事に成功したものの、

明らかに戦力差がある相手に対して終始防戦に徹せざるを得なかったのは、

今後の大きな課題となった。

此方の最大戦力であるファイブレスは崩壊寸前の洞窟内などでは使い難い。

それが今回の事で明らかになってしまったし、

魔力を封じられた時の己の未熟さ加減もたいして改善出来ていなかった。


しかも、力を得た事で相手の事を舐めてかかるようになってしまい、

随分と増長していた事にも気付かされる事となった。

全く、自軍の猛者達との特訓が殆ど生かせていないじゃないか……。


特に……硬化は教会式の治癒詠唱に含まれている事をシスターは知っていた筈。

魔道書丸ごと一冊詠唱は変わらないにしろ、現に以前の戦いで使用していたではないか。

ならばそこから必要なスペルを抜き出すことも不可能では無いと何故考えなかったのか?


いや、正直自分自身が硬化(ハードスキン)を舐めてかかっていたのかも知れない。


自分で相対して判ったが、弱い攻撃が問題にならないと言う事は牽制が無意味と言う事。

そして、相手側に効くほどの強力な一撃は当然隙も大きい。

ならば見切りやすい攻撃のみ注意していれば良い。これはかなりの余裕を生む。

つまりは結果として……硬化は実力差をかなりの割合で埋めてしまうと言う事だ。

俺はそれをあまり実感していなかった。


挙句、全詠唱で数分かかるなら今の俺だと詠唱完了前に潰せる。

そう思っていた上に、

雑魚だと高をくくっていた相手の止めを後回しにしていたら魔法を封じられる始末。


……これは帰ったらスケイル辺りにこってりと絞られそうだ。

俺はシスター相手だとどうも相性が悪いがそれは言い訳にすらならんだろうしな……。


『反省などサルでも出来る……今は今後の最善を考えよ』

「判っているファイブレス。まだブラッド司祭が残っている」


現在俺達は巣穴の出口に向かって一直線にひた走っている。

この先にブラッド司祭が居るのは間違い無いのだ。

……今度ばかりは油断なんか許されないと心しつつ。


……。


そして、洞窟の入り口付近。

背中に芋虫を貼り付けたアリシアが右往左往していた。


「にいちゃ!おもて、てき、いっぱいです!」

「そうか……向こうはアリスが押さえてるのか?」


「はいです」

「お前は……ハニークインのお守りか」


思えば戻っても敵、進んでも敵で芋虫を死なす訳には行かない以上、

中間点に居る他無かったのだろうか。

……ミツバチ達に遠慮して穴を空けるのを自粛しているとは言えもどかしいもんだ。

だがまあ、無事で何より。


「ともかく合流しろアリシア。このまま進んでアリスと合流する」

「はいです。アリス、いりぐちで、てきを、ふせいでる、です。いそいで!」


了解だと言わんばかりに走り出す。

アリスは洞窟の入り口付近で奮闘してくれているらしいが、

地の利を得て戦うにしろ、体力にも限界があろう。

何とか間に合わせねばなるまい。

……表にさえ出られればファイブレスを呼んで……。


『馬鹿を言うな。魔力の大半を吸い取られておる。我が身を実体化させるには足りぬ』

「……さっきの失敗がここまで尾を引くか?我ながら馬鹿な事をしたもんだ」


止むを得ず強力(パワーブースト)で脚力を強化する。

正直一分一秒が惜しいのだ。

……しかし、この身体能力強化によるゴリ押しが出来てこその俺だと再認識するな。


「皆、アリシアとその背中の芋虫を頼む。俺は先に行く」

「先生、任せて」

「主殿。此方もすぐに追いつきます、ご武運を」

「近くに親父達も居ると思うからさっさと合流するっすよアニキ!」

「アリスを、おねがい、です、にいちゃ!」


……背中にかかる声が急速に小さくなっていく。

それにしても、アリサはこの展開をある程度読んでいたのか?

ここまで危険な旅になるとは思わなかったがな。


さて、何とか無事で居ろよアリス!


……。


遠くに小さな光が見えた、そしてそれは急速に大きくなっていく。

……そして、小さな影が見えた。


「アリス!」

「にいちゃ!遅いでありますよ!」


アリスは僅かに洞窟内にその身を隠しつつ、

狭い洞窟内故に一人づつしかかかれない敵を相手取っていたようだ。

スコップに付いた血痕の量と付近に散らばる死体の数がその激闘を物語っている。


「くっ、後詰が来たか!」

「だが……相手はあのカルマだ!教団の敵を討ち果たすチャンス!」

「騎士団長殿、ご指示を!」


……な、に?


「クフフフフフ、飛んで火にいる夏の虫、ですかねアヒャヒャヒャヒャ!」

「……品の無い笑い方ですね戦闘司祭殿は……この狂人が」

「言うな副官。わしもこやつの指揮下など入りたくは無いが……枢機卿殿の憔悴を見るとな」


「何も言わずに帰ってしまわれましたが、中でどんな目に合わされたのか?許せませんねタコ」

「……ああ。しかし、これも貴様の想定内なのか戦闘司祭?」

「ンフフ!さてどうでしょう?ですがチャンスですよ?あの男を葬る、ね……ヒヒヒヒヒ!」


ブラッド司祭に……ブルジョアスキーとその副官だと!?

ブルジョアスキー達は国に帰ったんじゃなかったのか!?


「ヒョ!この地に無い筈の匂いがしましたから彼等には待ってて貰いました。大当たりィィィ!」

「気に入らん男だが……高地に兵を配し、その総数は五千以上。流石の貴様も生きて帰れんぞ」

「対異端者用装備展開!クロスボウ、バリスタ、構えて下さい!……竜殺し部隊は前進!」


国から武器を持ち込み、兵は商都で調達か。

そう言えばシスターも動機は間違っていたとは言え、俺がここに来るのは予測していた。

……俺の動向が読めたなら、教団は当然全力で潰しにも来るか。

しかも相手の士気は高い。枢機卿が心身ともにボロボロになって出て来たのだからそれも当然。


そして周囲に兄貴達の姿は無い。

あの面子で全滅とも考え難いが、逃げたとも考え辛いな。

もし何らかの形で倒されてしまったのだとしたら、

教会は敵対するトレイディアの大将と東マナリアの重鎮を排除出来た事になる。

そして俺がここで倒れれば、教団は以前を超える勢力を手にするかもしれない。


もし、これがあの男の戦略なのだとしたら……。

戦闘司祭ブラッド。アイツはここに確実に消しておかねばなるまい……!

もう、油断は無しだ。全力で行くぞ!


「いいだろう。相手になってやる……レキ大公……いや、冒険者カルマ、行くぞ!」

「ケケケケケ、そうこなくては。さあ、聖堂騎士団長殿、お願いしますよヒヒヒヒヒヒヒ……」

「……全ては貴様の手の上か。良いだろう、今回ばかりは踊ってやるわ……続け!」

「総員、突撃して下さい!」


ブルジョアスキーと副官の号令を合図に、周囲の高地から兵が駆け下りてくる。

……竜殺しを装備した対俺用の兵が、一般兵に混じりながら前進する。

硬化した肌をも突き破るクロスボウを装備した兵が一斉にその矢を俺に向ける。

そして、傭兵国家から買い取ったと思われるバリスタ数機が巨大な弓を引き絞る音が響いてきた!


「どうやら完全に俺を殺すつもりだな。本気過ぎる」

「にいちゃ!」


「アリスは洞窟内に下がれ。……奥に敵を通すなよ」

「了解であります……もう暫く時間を稼いで欲しいであります!」


そうだな。もう少しすればホルス達も駆けつける。

……って、ここまで圧倒的な敵に何か出来るのか?


『で、勝機はあるのか?例え我が身が使用可能になっても、竜殺しの群れに打ち倒されかねんが』

「……ある。俺の最も得意とする戦術がな」


そう、ここまで来ると勝機は一つしかない。

強力、硬化の身体能力ブーストをかけなおすと俺の意識は高台に向かった。

そこには敵将三人、ブラッド、ブルジョアスキーとその副官の姿がある。


「敵陣特攻!敵将の首を取る!」

『ふう、確かにそれしかないか……』


景気付けとばかりに最寄の敵に剣を突き刺す。

輝きだした切っ先を更に別な敵に叩き付けた!

……次は……、


『いかん!竜殺しだ。我が身の背筋が凍えたぞ!』

「あいつか!」


一際みすぼらしく見えて、その実かなり高級な装備に身を包んだ兵士の頭部に蹴りを入れる。

薄汚れたマントの下はわざと汚した感漂う重甲冑か。

……連中本当に本気過ぎる。

と言うか、ここまで来るとシスターすら前座のように見えてくるな。

いや、もしかしたら本当にそうなのかも知れないが。


「今だ!狙い撃て!」

「おっと!」


倒れた敵を盾にしてクロスボウの矢から身を守る。

何本かが敵の肉体を貫通して来るが、流石に威力は減退し、鉄の皮膚を貫くには至らない。


「貴様さえ、貴様さえ居なければ……!」

「ぐっ、このおっ!」


大柄な騎士が巨大な斧を振り下ろす。

避けきれず受け止めるがブーストされた腕力は、逆に相手を弾き飛ばした。

……と、そこへバリスタ!

槍が俺の右30センチほどを掠める。


「お前ら!仲間にも当たるぞ!?」

「殉教、殉教、殉教!」


多分それ絶対違う!

そもそもどいつもこいつも目がやばくなってるし!

戦争の狂気の間違いじゃないのか!?



『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』



前進するため前方を爆破。

弾け飛ぶ兵士達を尻目に丘の上へと足をかける。


「今だあああああっ!」

「丸太だとっ!?」


その瞬間、丘の影に隠されていた数十本もの丸太がこちらに向けて投げ落とされた。

勿論味方の被害などお構い無しだ。

だが、この程度今の俺なら避ける事は!


「跳んだぞ!」

「今だクロスボウ第二陣、発射ぁっ!」


「ぐっ!」


飛び上がったのは拙かったのか?

あちこちの岩陰に隠れていた狙撃手十数名がクロスボウを放つ。

全身ハリネズミだ、が……浅いんだよ!


『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』
『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』


姿を見せた狙撃手達にお返しとばかり雷を叩きつける。

感電し、転がる敵。それを見て天啓が下った。

……着地の後、ぐっと膝を曲げて……再度跳躍!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


次に狙うは後方のバリスタ、クロスボウ!

火を受けて燃え上がるバリスタと燃やされる狙撃手達。

……遠隔攻撃を潰せれば、千人居ようが一度にかかれるのは数名に過ぎない!


『……魔力の動きを感じる』

「ファイブレス!?」


再び地面に降り立ち、突き刺さった矢を抜きながら雲霞の如く群がる敵を薙ぎ倒していた俺に、

ファイブレスの呟きが聞こえた。


『あの尾根だ。恐らく百名単位の術者が詠唱の真っ最中なのだろう』

「あそこだな!」


一見するとただの雪山にしか見えない尾根に向かって攻撃を開始する。

これ以上罠を増やされてたまるか!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


……流石にこれ以上の連射は魔力量的に不可能だったので五連射で止めておいたが、

それでも威力は十分だったらしい。術者達が尾根ごと吹き飛んでいく。

詠唱の時間を稼ぎたかったんだろうが……運が無かったな。

……しかし火球一つに三分かかるこの世界の魔法使いって、使い勝手悪いよな。

俺としては有り難いけど。


「馬鹿な!わしの伏兵が、あんな容易く見破られる!?」

「仕方ありません、次善の策を練るべきでしょう。……しっかりしろ蛸頭!」


……今だ!


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


「ぬ!?」「はっ!?」

「よぉ、ブルジョアスキー……あの灯台でお前を殺しておかなかったのが俺の失策だったよ!」


恐らく必殺の策を用意していたのだろう。

切り札となる部隊を失い一瞬呆然とした隙を突いて、俺は加速を使い一気に距離を詰めた。

そして、


「うおおおおおおっ!」

「さ、させんぞおおおおっ!?」


十分過ぎるほどに血を吸い魔力を吸って輝くスティールソードで薙ぎ払う。

だが、それはブルジョアスキーの構えた盾に阻まれ……。


「うがあああああああっ!?」

「団長ーーーーーっ!?」


る、事無く盾ごとその身を切り裂いた。

元々切れ味などゼロのスティールソードだが、魔力をその刀身に漲らせたその時に限り、

古今東西の名剣、名刀を上回る切れ味を見せる。

今回はその魔剣ぶりを十分に発揮した好例と言えるだろう。


「ふぬううっ!」

「片手切りじゃあ意味が無い!」


しぶとく剣を振るブルジョアスキー、だが先ほどの攻撃で片腕が動かないようだ。

片手で振られた剣は空しく俺の鉄の皮膚を滑っていく。


「うわあああああああっ!」

「……悪いな副官さんよ」


主君の危機を見かねたのか副官も剣を抜く。

だがそれは無銘のショートソード。

全力で叩き付けた筈の剣は、黒金の鎧に阻まれ逆に甲高い音と共に根元から折れた。


「ああ、ああ……ああああああああっ!」

「ふ、副官!?何処へ、何処へ行くのだ!?」


そして、恐慌状態に陥ったまま副官はその場に背を向けて走り出す。

……ブルジョアスキーの制止も効果が無かった。


「団長を守れーーーーッ!」

「急げーーーーッ!」


時間をかけすぎたか、周囲の兵が集まってくる。

だが、俺は手近な槍を掴むと腕力に任せて振り回した。


「ぎゃあああああっ!」

「ぐああああああああっ!?」


胴体の上下が泣き別れる者、兜がひしゃげそのまま倒れこむ者。

膝から下が宙を舞い、必死にそれを追いかける者……。

強化された腕力は瞬く間に死体と重傷者の山を作っていく。


「さて、待たせたなブルジョアスキー」

「ひぃ、ひぃ……」


手近な兵を片付けブルジョアスキーの方に向き直る。

相手は既に死に体だった。

切り裂かれた半身から流れ出る血をそのままに、無事な片手で必死に剣を構えている。


「き、貴様が現れてから、わ、わしらには……何一つ良い事が……無かった!」


よろめきながら剣を大上段に構える。

……失った片手の分を振り下ろす勢いで補う気なのだろう。


「教団の為。引き立てて下さった、だ、大司教様の為……わしは、引く訳には、いか……ん!」

「そうか」


ゆっくりと距離が詰まる。

いや、最早ゆっくりとしか歩けないのか?

ブルジョアスキーはその残存する命の全てをその一撃に賭けている。



「うおおおおおおおおおおおっ!」



裂帛の気合と共に、剣が俺の脳天目掛け振り下ろされた。

そして……。


「だが……考えて、みれば……わし……お前の事、あまり嫌いではなかった、ぞ?」

「そうか。俺もだ」


無常にも剣は全く無防備な俺の肩口を滑り、そのまま大地に落ちる。

続いてブルジョアスキー本人も大地に沈んだ。

……彼の腕には、もう、剣を満足に支える力も残されていなかったのだ。

よたよたと振り下ろされた剣を、何故か俺は避ける気にはならなかった……。


「だ、団長ーーーーっ!」

「ああ、もう終わりだ……」


荒い息をつくブルジョアスキーに対し、俺はうつぶせの背中から心臓目掛けて剣を突き刺す。

これ以上の禍根を残し続けるのは御免だった。

現に一度俺はこの男を逃がし、その結果五千の兵が教団側に付いている。


剣を突き刺して数秒……何処か安堵するような表情で彼の騎士団長は、逝った。



「……誇り高き騎士団長よ、さらばだ」



騎士に対する礼儀、とでも思ったのか。

自分でも良く判らない感傷だったが俺は剣を収め片手拝みをする。

……最後まで本当の主君と信仰に殉じた男に何かしてやりたい気分だったのだ。


敵陣で武器を収める。

その時は、それがどんなに危険な行為だったか思い至らなかったのだ。

だが、それはこの場合良い方向に働いた。


ガラン、ガラン、と音がする。

ふと横を見ると、ブルジョアスキー配下の騎士達が次々と己の武器を投げ捨てていたのだ。

それは……彼等にとって降伏を意味する行為であった。


「……いいのか?」

「我々は、教団と言うよりブルジョアスキー団長に付いて来た身の上」

「現在のサクリフェスは、その……何か違うと思うので」

「団長も居ない、枢機卿も職を辞すとの事でしたし……」

「少なくとも、あの狂人の下では働けません」

「アンタ、団長に敬意を表してくれたしな」

「名誉は守られました。今はそれで満足しましょう」

「団長にさ。ただの捨て駒だけにはなって欲しく無かったしな」


口々に現状の教団への不満を口にする騎士達。

彼等は元々率いてきた兵の生き残りを纏めると、それぞれの故郷や商都での任地へ戻っていく。

そして……。


……。


「兄貴、村正、フレアさん……無事か!?」


「よぉ……情けねぇ話だぜ。あっさり捕まっちまうなんてよ」

「おーっほっほ!でも私達が悪い訳ではありませんわ!全ては」

「ううう……申し訳無いで御座る申し訳無いで御座る!」


「まあまあ、あまりカタを責めないでやって欲しいであーる」

「お前のせいだろうがボンクラ男爵!」

「あっという間に捕まって人質にされた方に言われたくは無いですわ!」

「……なんで拙者の身内はこんな奴ばかり……うう、せめてバイヤーさえ生きていれば……」


とりあえず……惨いなこれは。


あの後さっさと捕まったボンクラを人質に取られ、

これまたあっさりととっ捕まった皆を解放する。

オンボロ天幕に縄をかけられて閉じ込められて居たにしては元気なようで何よりだがな。

……しかし、短期決戦に持ち込んで幸いだった。

時間をかけすぎると業を煮やした敵が兄貴達をだしにして来たって訳だな。


「まあ、何にせよ皆無事でよかったな」

「応、全くだぜ。ところで」

「私達への謝礼は手に入ったのかしら?」


「あるです」

「先生!大丈夫!?」

「はい、蜂蜜酒であります」

「……それは無いぞ父……わらわの分、わらわの分……」


何とか追いついて来たらしいルン達から魔王の蜂蜜酒を受け取り兄貴に渡す。

それで約束は果たしたって事だ。

あー、ハイム?そんな恨めしげな目で見るな。

その内育ったら幾らでも手に入るようになるんだろ?


「父。取り合えず……かじる」

「痛いってば」


涙目のままでガジガジと俺の腕を噛む娘を横目で見ながら皆で無事を笑いあった。

……のだが、この時点で全員忘れていた事があった。


「ケーッケッケッケ!かかりましたね皆さん!フョホホホホホホ!」

「……ブラッド司祭!?てっきり逃げたかと思ってたぞ!」


突然響いた高笑いに驚き天幕から飛び出すと、数十人程度の兵を連れたブラッド司祭が、

標高にして数百メートルほど上に立っていた。

……この場からは豆粒のようにしか見えないがな。


しかし、何か違和感があるような?


「にいちゃ。しさいふく、じゃない、です」

「何!?」

「おーっほっほ!あれは教皇の略装ですわね。教団最高位の聖職者が平時に着る物ですわ」

「応?それをなんであいつが?」


…………あ、そう言う……事かよ!


「シスターが職を退いた事を良い事に自分で自分に最高位の役職を授けたな!」

「フホホ!ですけど今や私以上の位階の者は居ませんし、やはり外面も大事ですからねヒャハ!」


「では今や教皇様か?」

「ヒヒ……いや、どっちかと言うと王様が良いので法王を名乗りました。ヒャッホー!」


しかし、この場にそんな服を持って来ていると言う事は……。

要するに、シスターが俺たちに撃退……生死を問わず。するのは予定通り!

異端審問官から枢機卿の側近を経て、あれよあれよの間に名実共に教団トップに立ちやがった!

まさか、最初からこれを狙っていたのかアイツ!?


「最初から最後までお前の思い通りというわけか!」

「クフフフフ……ええ。後はあなた方が消えれば。……ヒョホーーーイ!」


パチン、とブラッドが指を鳴らす。

そして一気に山を駆け上る中、周囲の兵士達は一斉に大きな音を立て始めた。

……おいおい、まさか……。


「にいちゃ!雪が崩れるであります!」

「もう、とめられない、です!」

「雪崩を起こす気かこの野郎!……逃げるぞ!」


既に周囲に嫌な振動が走り始めていた。

兵士が一人、また一人と自ら起こした雪崩に巻き込まれていく。

そして生き残った兵士は更に上方に退避していきやがる。

……くそっ、ブルジョアスキーと軍そのものまで囮の一貫だったのか!?


「応、カルマ!兎に角逃げてから考えるぞ!」

「違いない!皆、急ぐぞ!」

「おーっほっほっほ!あの男、何時か地獄を見せてやりますわ!」

「アニキ、走るっす!」

「主殿……まだ間に合うかと。急ぎましょう!」

「先生!はーちゃんを背負って!」

「いや、わらわは飛べるから心配要らん。母こそ早く走れ」

「あたし等も地下に逃げれば良いから気楽であります」

「ばか、です。いまから、ほっても、ゆきにおしつぶされるです。はしる、です!」


迫り来る白い死神から逃れながら思った。

……あの野郎、何時か必ず消して!

くっ、逃れきれないか……だが……!


……。


≪side ブラッド≫

……眼下を雪崩が滑っていく。

ブルジョアスキーの兵も、あのカルマと言う男も飲み込みながら。

私が連れてきた兵も殆ど飲み込まれてしまいましたが些細な事です。


「ひひ、ヒヒヒヒ……これで、これで私の天下ですね!アーッハッハッハ!」


思わず大きく吸い込んだ空気が冷たい。

……この世界にやってきてから何年経ったでしょうか。

狂人のふりをし続け、いつの間にかそれが当たり前になってからどれだけ?


「おめでとうございます、法王様」

「フヒヒ……ええ、ありがとう。ククッ、ククククククッ!」


召喚された当時、私は確か何処かの行かず後家のために用意された玩具だった筈。

それが嫌で逃げ出して神聖教会の神父に拾われた時が確か15歳。

それから二十数年、長い道程でしたね。

……今更帰った所でどうなるものでもありません。

だったら、この世界での栄達を望んで何が悪いというのか。


そして、今私はここにいる。


教団の実権はこれで完全に把握。

政敵はもう存在しません。


新興国のレキは君主が居なくては勝手に滅ぶでしょう。

同様に、サンドールは外征に無理をしすぎた。

レキの財政支援無くして先があるとは思えませんね。


東マナリアは最有力の公爵家を失いました。実力ある指揮官はもう居ません。

西マナリアは我々の属国のようなもの、操るのは容易い。


傭兵国家はサンドールとの戦いで力を失っています。

良いパトロンになれば勝手に下るでしょう。


そして、商都は後継者を失う。

後は商人と竜の信徒が勝手に争い自滅しますね。


……そうなれば、大陸はサクリフェス。そして私のものです。

いやあ、他人の褌で相撲を取るのは楽しいですね?

思わず含み笑いをしてしまいますよ。


「は、は、ハクション!」

「クフフフ、風邪ですか?アハハハハハ」


それにしてもここは冷えます。

今日は予め見つけて野営の用意しておいた洞窟で一晩休んで、明日にでも凱旋するとしますか。

大陸の主の帰還を、国の皆は待っているでしょうからね。

……内心は別にしても。


「クフフフフ、では私は疲れたのでもう休みますね、お休みなさイヒヒヒヒヒヒ……」

「はっ、我々は表で敵を警戒しておきます」


長年かけて集めてきた忠誠厚い男達に表を任せ、私は洞窟内に入ります。

そこには火が焚かれ、暖かなベッドが持ち込まれていました。

ええ。数日前から準備していたのですよ。


「フフフ、さて休みますか。今日は疲れましたし。ヒャッホー!」

「……永久に休んでください。それが私達竜の信徒のためです」


……ザクリ?

私の胸板に剣が生えている?

これは一体!?


「密告の通りでしたね。教団のトップがこの洞窟を利用すると……」

「アハ、ハ……竜の信徒の……説法師……ですか?密告?あ、アハハハハハハハ!」


気が付くと、洞窟内部から竜の信徒と思しき男達が数名現れました。

しかし、密告?誰が!?


「説法師最後の一人、雲水と申します。お覚悟を」

「昨日知ったばかりだが、この洞窟の奥には商都付近まで続く抜け道があるのさ」

「明日あんたの護衛が気付く頃には手遅れですね」


一撃、二撃、三撃……。

手早く私の口を塞いだ竜の信徒どもが私の体に剣と剣と剣を……!

……ここで終わり?

私がこんな所で?


「ウアアアアアアアッ!血身泥流滅多切りぃぃぃぃいいいいいっ!」

「ぐああっ!」

「くっ!逃がすな!」


そんな事は認めませんよ!

幸いこちらは治癒術の使える教会勢力。

兵の所まで辿り付ければ……!


「ガハッ、ハハハ!お前達、曲者ですよ!……よ?」

「追いつきましたよ!刺し違えてでも貴方、を?」


こ、これは!


「よぉ、元気か?兄貴達を助ける時間……魔力の回復する時間をくれたのは失策だったな」

『我が身が居る事を忘れるとはな?あの雪崩程度、耐えられぬ重圧ではない』


……洞窟から飛び出した私たちを待っていたのは……怒りに燃える赤い竜。

そして、その頭部で仁王立ちする雪崩に巻き込んだ筈のあの男でした。

更に……足元には無残な姿と化した部下達の姿。


「レキ、大公……」

「おお、結界山脈の火竜よ!私たちを助けに」


「やれ、ファイブレス」

『うむ。……燃えろおおおおおおおっ!』


……。


……竜の炎から逃れられたのは、半ば偶然でした。

辛うじて洞窟内に潜り込んだ私は奥の通路を進んでいきます。

反応できた理由?相手がこちらを決して許す筈が無いと確信していましたからね。

……ですが、全身大火傷で既に痛みすら感じません。

これはいけませんよ……。


「グヒッ、ですが、幸いです……これなら帰れる、ガボッ!」


確か、奥の通路が商都付近まで続いているとさっき焼け死んだ男が言っていましたね。

……向こうは私が死んだと思っているはず。

その隙に何とか……。


ん?何でしょうかこれは。

通路の真ん中に……雑誌?

それも、開かれたページには何故か、

幾人かのキャラクタの書かれている筈の部分が空白となった跡が……。


いや、関係ありませんね今は。

そんなことより早く山から下りて治療を受けねば……。


「こんにちは、モブキャラさん」

「クヒッ!?誰です!?」


通路の先から現れたのは、小さな女の子……っ!

こ、この子は確かあの男の妹。確か名前は……アリサ!


「いやー。竜の信徒を焚き付けるの疲れたねー」

「はい、です」

「最後はやっぱアイブレス頼りになったであります」

「でも……けっか、じょうじょう、です」


いつの間にか厄介な三姉妹全員揃って……4人居る!?

これは……やられましたね。

こちらの目を欺くには絶好の手です。道理で動きが読めないと思いましたよ。


「フヒヒヒヒ……なるほど、四人目が居たのですか、フハハハハハ!」

「ところがどっこい、もっと居るのであります」

「ふえるわかめ、です」

「残念賞であります」


……私は白昼夢でも見ているのでしょうか?

どう考えてもこれはおかしい。

私の目がまだ潰れていないのだとしたら、相手は同じ顔が数十人居るように見えますが。


「居るんだよ、背景さん」

「ククク……背景?」


「そう。司祭の目の前の雑誌。背景のモブキャラが一人消えてるでしょ?」

「それが、なにか?……あ、あは、アハハハハハハハ!」


まさか……ここは。

いえ、この雑誌に書かれている場所は!

というか、まさか私は!


「そう。それがあなたの故郷だよー。司祭はそこの絵から生み出されたんだよー?」

「ま、まさか!?」


「下手にメインキャラだったら兄ちゃが気付いてたかもね。あたしも気づいた時驚いたさー」

「……嘘だ、うそだうそだウソダウソダウソダーーーーーッ!」


私が、こんな……まさか!


「マナリアの隠し部屋で嫁召喚についての書物を見つけたんだけどさー」

「まさか、いまでも、つかわれてるとは。ひどい、です」

「人間の業って奴でありますね」


…………そう言えば。召喚以前の記憶が曖昧ですね。

と言うか、自分の名前すら思い出せなかったのは召喚の影響ではなく……。

最初から名前すら持っていなかったからですか?


「隙あり、だよー」

「フヒッ!?しまった!グハッ!」


「すこーっぷ!で、あります!」

「どくないふ、ぶすっ!です」


ああ、終わりましたね。

私の中で重要な何かが切れる音がしました。

何かは判りませんが……致命傷を受けたのでしょう。


「こんな所で考え込んでしまうとは……」

「それじゃあね?」


その時、前後左右の洞窟に穴が開き、その中から複眼と複眼と複眼と複眼が……!

上下左右を埋め尽くす虫、虫、ムシムシムシムシムシィィィィィィィッ!


「じゃあ後よろしくねー」

「ふう。つかれた、です」

「疲れて良いのはにいちゃに付いていたアリシアだけでありますよ……」


突然現れた魔物の群れ。

だと言うのに目の前の子供たちはまるで平然としています。

何故!?


「あ、そうそう。竜の信徒に密告したの、あたし等だから」

「ヒヒ、ヒ……ああ、そういう事ですか……ククク、アーッハッハッハ!」


「邪魔なのは、一度に片付けるが吉だよね?」

「くっ……貴様等、人間じゃないですね……!」


「確かにそうだけどさー。司祭に言われたく無いよー。くわっ」

「そ、その目は!?」


クソッ!そう言う事か化け物どもめ!

見開かれたその目、人の物ではないではないですか!

最初から、人間を相手にしていたのではなかったのか……!


「じゃ、さよならー」

「めしあがれ、です」

「お疲れ様であります!」


咀嚼音が聞こえる。

私は、たかられている……。


ああ、私が無くなっていく!

止めてくれ!

食べないでくれ!

やめて!

死にたく無い!

消えたく無い!

感覚が、

無い、なにも、

や、だ、




……いやだあああああああああああああああああああっ!




……。


≪side カルマ≫

雪崩の傷跡生々しい結界山脈を下っていく。

色々とんでもない事になってしまったが、味方が一人も欠けずに帰れる事が何より嬉しい。

ブラッドも死んだ。これで少しは安心できるってもんさ。


「応、チビ助。そのデカイ芋虫どうするんだよ」

「うむ。わらわが責任持って育てるに決まっている」

「おーほっほ!お家に帰ったらお母さんにお許しが貰えると良いですわね」


「問題ない。母親は私」

「ルーンハイムさん?」


「私と先生の子」

「……嬢ちゃん。お前ら結婚してから一年数ヶ月しか経ってないんじゃないのか?」

「わらわは生後三ヶ月と少しだが?」

「…………何と言うか、色々負けた気がしますわ」

「左様で御座るか……時にリオンズフレア嬢?拙者カタ=クウラと申す。今度一緒に夕餉でも?」


「ヘタレに興味はありませんわ。英雄、紳士、求道者が居たら出てきて下さらない?以上ですわ」

「……へたれ、で御座るか……」

「へたれ、です」「ヘタレであります!」


崩れ落ちる村正をレオが辛うじて支える。


「村正さん。気にするなっす。姉ちゃんは面食いだから……」

「止めを刺すつもりで御座るかその手の連中に好評そうなお顔のレオ殿……」


「大丈夫っす。女なんてニコッと笑えば勝手に落ちるもんっす!」

「……レオ。もう百人以上泣かせてるんだからこれ以上の放蕩は止すのですわよ?」


「心配無いっす。レキに来てから付き合ったのはたった五人っす!」

「ぐはっ!」

「おい、村正!……吐血してやがる。舌を噛んだのかよ!?」


……そう言えば、レオの奴は故郷の学院で、女生徒に様付けされてたよな……。

そっか……そう言う事か……。


「レオ。ルンやアルシェに手を出したら殺すからな?」

「色々と……小さいのに興味は無いっす」


何て言うか……うん。聞くんじゃなかった。

ん?ルンが袖口をまた引っ張って……。


「ところで先生、質問」

「何だ?」


「シスターとの戦いと、雪山の戦い。魔法の有無以前に動きが違いすぎた気がする。何故?」

「応、嬢ちゃん。そりゃあ初恋の相手だからな。無意識に手加減してたろうよ」


あ、空気が凍った。

殺気に当てられてボンクラが足を滑らせ斜面を滑り落ちていく……。


「……はつ、恋?」

「応よ!ちっこい頃の淡い思い出って奴だな!」


な、何か知らんが突然吹雪が!?

どう言う事だこれ!?


「駄目」

「ルン?」


「先生は私とアルシェ以外に恋をしちゃ駄目」

「母よ。出会っても居ない頃の事を……ふぎゃあああああぁぁぁぁぁ!」


うわあああっ!

ハイムが超高速梅干しの餌食に!?

つーか、目がヤバイ!


「駄目」

「わ、判ったからハイムを離してやれ!死んでしまう!」

「にゃああああああああああっ……あぅ。死ぬかと思った……」


……答えに満足したのかルンは俺のマントの中に潜り込んで来た。

ハイムは母親から退避する為か俺の頭の上だ。ついでに吹雪も収まっている。


ふう、ヤンデレとの付き合いは本当に難しいよな……。

っと。今度はホルスか?どうした?


「主殿。アイブレスがこちらに向かっております」

「ホルス?本当だ……事が済んだの良く判ったな」

「と言うか、何故竜が鶏を引き連れ犬小屋を引き摺っているので御座るか……」

「車輪が付いてるから」

「おーほっほ!ルーンハイムさん。そう言う事ではありませんわよ?」


どうやって知ったのか、ニワトリ達が自力で合流してきたようだ。

気のせいか犬小屋の後ろに車輪付き木箱が連結されてるような気がするが、

気にしない方が精神衛生上良いのだろうな。


「ぴー!」

「アイブレス!おお、ハイラルにコホリンとその子供たちも!良く来た!」

「「コケコッコ」」「「「ぴよぴよ」」」


ふう、合流したか。

更にひよこの数が増えてるのも、もう気にしない方が良いんだろうな。

んじゃ……行くかね?


「さあ、さっさとレキに戻るっす!」

「ん。国を空けすぎた」

「そ、そうだな。父、急いで帰ってたもれ!」


レオ達がそう言う以上、

トレイディアには寄らない方が良いだろうしな!


「……先生、実はレオが商都を」

「さ、さあ行くっすよ!」


俺は何も聞いていない。

が……後で見舞金、もしくは賠償金でも送るか……。

取り合えずスマン村正。俺達は先に行く。


「何時か、今度はゆっくり会いたいもので御座るなカルマ殿?」

「ああ……その時を楽しみにしてる」

「応!その時は俺も呼んでくれよ!?」


その時無意味なほどに冷たい一陣の風が俺たちの間を通り抜けた。

……村正が遠い目をしながら言う。


「……その時までに商都を再興しておくで御座るゆえ」

「あ、ああ……その、楽しみにしてるからな?」


こうして南に見える商都が夕焼け以上に赤く染まる中、

俺達は急ぎ帰国の途に付いたのである。


……余り考えたく無い事を意図的に視界から逸らしつつ。


……。


≪ はるか未来の歴史番組 ≫

……これが、冒険者カルマの最後の冒険とされているエピソードです。

なお一部の学者が強硬に主張する"アリサ姫人外説"を基にしておりますので、

定説とかなり異なる部分がありますがそこはご了承下さい。


さて、彼はこの冒険で神聖教会、竜の信徒という二つの宗教勢力を一度に叩き潰してしています。

教会はトップを一度に失い空中分解。

竜の信徒も信仰の中心であった説法師が全滅し、その後目立った活動は記録に残っていません。


その後の彼は一国の君主として活動する傍ら気晴らしに冒険する事はありましたが、

それは君主様のお忍び旅の域を出る事は無く、冒険者を名乗る事も無くなりました。

そもそも冒険者と言う職業自体がこの後急速に縮小して行ったため、

冒険者と言う名乗り自体が無意味な物となって行きます。



そして、彼は一介の冒険者から国を興した伝説の王として歴史に名を残す事となりました。



皮肉にも彼の一連の行動は冒険者と言う職業自体に引導を渡してしまいましたが、

彼自身は冒険者と言う存在を愛していたと伝えられています。

次第に下火になる冒険者と言う存在に、彼は何を思っていたのでしょうか……。


さて、最後にこぼれ話ですが、

兄貴分の東マナリアが猛将ライオネルが娘と語らったと言う彼に対する面白い評価があります。

最後にそれをご覧になりながらお別れしましょう、そうしましょう。


なお、次回は転生の国……リンカーネイト建国記の第一回目。

出世双六の上がり、その始まりたる宗主国との決戦を追います。

僅か千名に満たないレキ大公国軍がいかにして兵力十倍以上の宗主国に打ち勝ったのか?

その秘密を荒唐無稽な異説も交えて追う事にしましょう。お楽しみに。



……。



カルマの強さ、か。

アイツの親父……ゴウのアニキは嘆いていたな。

何故って?

アイツには剣とかの才能が全く無かったからな。

嘘を付くな?

いや、それが本当の話なんだ。


魔力は高かった。

魔法使いとしてなら大成できると考えたそうだが……、

ところがアイツ、十歳近くになってもまだ言葉が満足に喋れない。

当然魔法なんか夢のまた夢さ。

……って訳でアニキはどうしたと思う?


……鍛えたんだよ。

体力と腕力さえあれば、多少の技量差は乗り越えられるからな。

怨まれるのは覚悟の上でただただ厳しく、ともかく基本を……文字通り叩き込んだ。

力さえ付けば勝手にある程度の実力が得られるようにな。


一流にはなれなくとも。英雄と渡り合う事など出来なくても……。

二流の中では一つ頭飛び出た存在に。有象無象には負けないように……!


現に冒険者になった当時のアイツは、丁度普通のリザードマンと同程度の力量だったと思うぜ。

まさに、二流とは言えないが一流には届かない……だ。

雑魚にはめっぽう強かったが、相手がある程度強いと途端に負けが込む。

文字通り、力押しが効くか効かないかだ。


アニキも……自分の奥義を教えてやりたかったろうさ。

でも、身に付くとはどうしても思えなかったそうだ。

とにかく要領が悪いと言うかセンスが無いというか……。

妙に頭は回るくせに繊細な技となると途端にお手上げなのさ。

しかも本人がそれに気付いてない。……余りに酷な話で俺からは言えないけどな。


ゴウのアニキが一番得意とした最小限の動きで最大のダメージを与えるとかは全然無理。

名のあるような秘技は恐らくほぼ全滅だろうよ。

フェイントを絡めた虚実入り混じった剣捌きも、俺に言わせりゃ下手糞なもんだ。

……ま、本人は出来てるつもりかも知れないけどな。


要するにだ。正直ただただ力任せに斬りかかるのがアイツの精一杯って訳だ。


だから、アイツの父親……アニキはとにかく基礎を叩き込んだ。

そう、何時か力が付いた時、その力がそのまま実力に跳ね返ってくるように。

人並みはずれた体力が、技量の差を飲み込んでくれるように。

そんな事を願いながらな。



……もし、この後カルマに師匠が付いたとしたら、

才覚があるから基礎を徹底的に叩き込んだと勘違いされるかもな……って、笑ってたけどよ。



ま、親の愛だ。

俺には到底真似できないわ。

絶対に芽の出ない種を育てる作業なんてよ。


……けど、あいつは芽を出した。

出るはずの無ぇ芽をな。


実際アイツの剣捌き自体は冒険開始直後からあんまり変わってないぜ。

……その代わり、一撃の威力は全然違うけどな。


文字通り人並みはずれた身体能力を手に入れたんだろうさ。

勿論……魔法で強化する前の時点でな?

でなけりゃ、狂気の顔を前面に押し出し、本気を出したシスターに対抗できる訳が無ぇ。

何せシスターは"狂気の本気"を出せば、百人の兵士を相手に出来る女だからな。

……まあ、次の事を考えなければだけど。


ははっ。それにしてもよ、カルマの奴もとんでもねぇ男になったもんだぜ。


不足する才覚の分は魔力でブーストして補い、

今度は魔力が足りないからと、遂に竜までその身に取り込んじまった。

恐らく竜の心臓とやらで、既にアイツの生命力は人の域を超えてるんじゃないのか?

……そして剣だけで出来ない事は魔法で何とかして。

それでも足りないなら下衆な裏工作も躊躇しないらしいな。


ん?別に責める必要は無ぇよ。

無理やりでも何でも、一国の主まで上り詰めたんだから大したもんだと思わねぇか?



……正直、俺は尊敬するぜあの親子をよ。



***冒険者シナリオ 完了***

続く



[6980] 52 嵐の前の静けさ
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/17 23:51
幻想立志転生伝

52

***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ3 嵐の前の静けさ***

~大公国の日常とその終わり~


≪side カルマ≫


「ホルス。この話からすると東西マナリアの内乱は収まったと見ていいのか?」

「はい主殿。後ろ盾を失った西側が折れる形で一応の国境線を確定しております」

「領土比率は8対2でリチャードさんのほうが大きいよー……でも」


「そうだな。マナリア台地の入り口をティア姫に握られた形だ。国外との連絡は難しくなる」

「それに全ての貿易を西に握られる形になるでしょう。結果的には痛み分けです」

「でも、当の西側にそれ以外の資金源は無いからね。それが無いと何も出来ないと思うよ」


国に帰ってきてから暫くして、北でのマナリア内乱終結のニュースが飛び込んできた。

先日の戦いで神聖教団上層部は文字通り全滅。

その為都市国家サクリフェスは大混乱で、

とても隣国の内乱に手を貸すどころではなくなってしまったのだ。


後ろ盾を失ったティア姫は止む無くリチャードさんと和解。

……ここにマナリア王国の分割が決定した訳だ。

さっきの話の通り、領土的には大半をリチャードさん側が保持する形となったが、

マナリアは高原地帯で山脈に囲まれ、その形はカタカナの"コ"に良く似ている。

故にその入り口は基本的に西側にしかない。

その為国外から仕入れる全ての物資……塩などの戦略級も含めて、

その全てを西側の領地を経由して仕入れざるを得ない形となった。


例外はマナさんが森を焼いたせいで出来た北部領地に向かう北側か。

北部領地は元々森の焼け跡で平地である。当然そっちには下に抜けられる間道もあるが、

今度は街道に辿り付くまでに距離がある上、蛮族の襲撃も怖いだろう。

とても大事な荷物を運ぶのには使えんだろうさ。


対する西側……ティア姫の方はと言うと、これまたさっきの話の中にあったが、

保有する兵数に対し領土は不足し、しかも領地は無人地帯に近い有様で税収も僅かだ。

東マナリアへ向かう荷に対する関税が主な収入源になるだろう。


……つまり、お互いが相手に依存せねば生きていけない微妙な関係となるわけだ。

しかも、お互いの問題点が相手が居なければ全て解決すると言う始末。


「何時爆発するか判らない時限爆弾かよ」

「……それが一体何を意味する言葉なのか判りかねますが」

「とりあえず、兄ちゃの言うとおりだって事が判れば良いよホルス」


「行くぞハイラル。領土の見回りだ」

「コケー」


「……だがまあ、それはいい。問題はこちらだ」

「サンドールよりの書状ですね。……段々と要求がきつくなってきたようで」

「調子乗りすぎだけど、これぐらい無いと破綻するのも事実だよー」


しかし、こう言っては何だがマナリアの事情は対岸の火事のようなもの。

問題はこっちだ。

昨日届いたばかりのサンドールよりの親書、とは名ばかりの脅迫状である。

届けに来た使者の人が最初から涙目で、挙句親書を手渡してきて次の一言が、

"どうか命ばかりは"だという辺りで内容は推して知るべきか。


「とうとう強請る金額が金貨5桁に達したか」

「ま、家にとっちゃどうとでもなる金額だけど、正直面白くないねー」

「二ヶ月以内に金貨一万枚を届けろですか。全く、こちらを財布と勘違いされても困ります」


「……ま、自軍の戦力に自信が有るからだろ強気なのは」

「向こうでも兄ちゃの戦力を知ってる人は冷や汗物みたいだけどさー」

「しかし、これが無いと遠征が続けられない……は、事実でしょう。相当切羽詰っていますね」


傭兵国家は北部アークの街に首都機能を移転してからと言うもの頑強な抵抗を見せ始めていた。

本来の首都は元々廃都であり防戦に適している筈も無いが新首都は十分な防備が出来ていたし、

しかも領土が小さくなった事により一点に戦力を集中できるようになったからだ。

しかも此方からサンドール宛の支援物資を残らず奪い、資金量もある程度回復して来ている。

……まあ、俺が奪わせたんだけどな?


「サンドール軍内は最後まで戦おうという派閥と現状で満足すべきと言う派閥で真っ二つか」

「和平派は日に日にその発言力を高めているそうです」

「……でもね。傭兵国家から撤退した場合、その矛先がこっちに来るのは明白だよー」


「ひよこー。ひよこは何処だー。出てきてたもれ?」

「ぴー」


「まあ、それは最終的には仕方ないだろう……元々が仮初の主従だしな」

「後は破綻が先か後か、だけですね」


そう。今回金貨一万枚を払って暫くの平和を楽しむか、

それとも断って一気にカタを付けてしまうか、二つに一つ。


「天に太陽は二つも必要ありません。……少なくとも主殿がおられる限り負けは無いでしょう」

「正面から来るなら竜で薙ぎ倒せば良いしね」

「問題は、俺は一度に一箇所の敵しか相手に出来ないという事だ」


部隊を分散させられると面倒な事になるな。

俺を抜かせばこっちの実働戦力は守護隊500に魔道騎兵200、そして決死隊が100か。

初期決死隊の子供達に志願者が出たので訓練しているが完了するまであと一年はかかる。

魔道騎兵は色々有って補充が利かないし、

予備兵でもある警備兵はその他に200名居るが数に入れるだけ間違っているだろう。


「母は何処だ?腹が減ったぞ」

「ちょ、姫様。アニキ達は会議中っす。こっち来るっすよ」


相手の戦力?

サンドール軍は現在戦争中だが恐らく最終的に一万五千ほどの奴隷兵が残ると予想されてる。

これが大挙してレキに攻め込んでくるわけだ。

……戦わなくて済む可能性?

全財産無くして良いならあるが、それを認められはしないだろ?


「ま、取り合えず一言。……時間が空けば戦力差は開くだろうな」

「そうですね。それに戦争終結後のサンドールは恐らく面の皮を厚くし傭兵を雇おうとするはず」

「傭兵国家だから仕事に私情は持ち込まないだろうしねー」


そうなると資金が許す限り兵力を増強してくるだろうな。

何せ、勝てば金が手に入ると考えているだろうし。


「つまり、相手に資金をやるのは拙い、で決定だな」

「判りました。資金援助に関して断りの手紙をしたためましょう」

「うにゃ。手紙なんか無視しちゃえ」


「アリサ様?……ああ、時間稼ぎですね」

「そだよー。いざとなったら手紙が届いてないって言い張れるしさ」

「よし、ではこの親書は無かった物とする。戦争準備、急げよ」


「あいあいさー」

「はっ。防衛用に地雷の敷設は順調に進んでおりますのでご安心を」


さて、これでこれからの流れは決定と。

今日の仕事はこれでおしまい、だな。

……書類仕事は別にしても。


「と言う訳でハイム、取り合えず仕事終わったから遊んでやるぞ?」


さっきから謁見の間をウロウロと暇そうにしてたからな。

……まあ、子供と遊んでやるのも父親の仕事と言う奴だろう。


「別にわらわは遊んで欲しいなどと言っておらんぞ!……で、かくれんぼだ。父が鬼!」

「にげる、です」

「わーい、であります!」


そしてチビどもは風のように去っていく。


ふむ。かくれんぼか。

ま、それなら探す振りして適当にゆっくりしてれば良いか。

……ふう、ありがたい事だな。

正直面倒な事が多くて肩がこってかなわんしな。


……。


さて、そんな訳で城の見回りついでにかくれんぼの鬼をやる事となったわけだ。

そんな訳で取り合えず、アルシェの部屋まで来てみた次第。

……実はお腹の子の事が気にかかっていただけだが。


「アルシェ。具合はどうだ?」

「カルマ君?うーん、取り合えず元気かな。まあ、ルンちゃんが付いててくれるし心配ないよ」

「経過は順調」


アルシェは部屋でベッドに腰掛けながら自分の腹を撫でていた。

横ではルンが編み物をしている。

……何故だかこの二人が揃うとルンの狂気成分が急速に薄まる気がする。

もしかしたらルンがアルシェと仲が良いのは無意識にそれに気付いているのかも知れない。


「ところで……先生。名前は決めた?」

「まあな。取り合えず生まれるまで内緒だが」


「残念」

「……名前候補考えてたのか」


ルンは最近紙の量産に成功した為大々的に売り出し始めたノートを懐から取り出している。

中を見せてもらうと色々な名前がびっしりと書き込まれているようだ。

……とは言え息子の名前は俺が決めるつもりだから……ん?どうかしたか?


「……なら、これは二人目以降の分」

「あはは、ルンちゃんそれが言いたかっただけじゃないの?」


「違いない」

「です」


む。今アリシアの声が……。

姿を見せないという事はかくれんぼ参加者か。


「アリシア発見!ベッドの下」

「ばれた、です」


のそのそとアルシェのベッドの下から這い出すアリシア。

……窓の外からは掃除中の別なアリシアがこっちを見ている。


「みつかったです。ひとりめ、ですか?」

「うん。取り合えず謁見の間で待機な?」


「はいです!」

「よぉし、では次のチビ助を探しに行くか……」


「行ってらっしゃい。休み時間も家族サービスとは父親の鏡だねカルマ君?」

「先生、はーちゃん見つけたら伝えて欲しい」

「何を?」


「怪我したひよこ、見つけたから預かってるって」

「了解だ」


では次は何処に向かうか?

……意表をついてあそこかな。


……。


さて、次はルイス達の執務室にやって来た。

別名変態の巣窟。

メイド達すら近寄りたがらぬ狂気の部屋である。


「よお、ルイス。……ん?魔法研究って事はお前も休み時間か」

「これは殿下。ええ、今日はフレイムベルト宰相の無詠唱魔法についてです」


ルイスの趣味はチビ娘の鑑賞と魔法研究。

それが両方とも好きなだけ出来るこの国はコイツに言わせれば天国なのだとか。

まあ、有能だし一応紳士なので俺から言えることは何も無い。


「時に、頼まれていた衣装、出来上がりましたよハイ」

「……おお、この制服は正に注文どおり……早速今夜ルンに着せてみる」


色々と、まあ世話になってるしな。うん。

よーし、今夜はユニークとか言わせちゃうぞー?なんてな。


「それはさておき、宰相の魔法か。確かに無詠唱の秘密は知りたいな」

「ええ。取り合えず現在判明しているのは……」


ふむ。つまり、宰相の魔法の場合……魔法名=詠唱そのものな訳か。

短くて当然だ。


「ティア姫様が使用した事から、個人限定の特殊魔法であるという線は消えました、ハイ」

「しかし、印らしきものは結んでいなかったぞ?」


実際に戦った俺が言うのだから間違いない。

するとルイスは考え込む。


「そうですか。ですが印が無いとは考え辛い。何せ、すぐに真似られてしまいますし」

「そうだな。と言う事は印は極めてさり気ない動作なのか?」


「偶然成功してしまう可能性を考えれば、作成時に簡単な印を設定するとは思えませんね」

「……正に謎だな」


その時、急に引き締まった顔でルイスが言った。


「実は、我が国には古来より宰相に関する言い伝えがあるんですよ」

「どんな?」


「宰相を殺したくばサンダルを履かせよ。さすればその術を封じられる」

「なんだそりゃ?」


「……さあ?ですが私はそこにヒントがあるのではないかと思ってるんですよね」


ふむ…………あ、判ったぞ。

サンダルだと魔法が使えない、と言う事は足が関係している訳だよな。

つまり、あの無詠唱魔法の印は……足の指で組むんだ。

うん、確かにそれなら目立ちやしないし宰相が飛んでいたにも拘らず、

靴をきちんと履いていた説明にもなる……まあ、こじつけだけどな。


「成る程、勉強になった。……かくれんぼのチビ娘達も見つからんし次に行く。邪魔したな」

「何ですと!この部屋に幼女が潜んでいると!?それは一大事!」


突然ルイスが恍惚の笑みと共に家捜しを始めた。

いや、だから潜んでないから帰るって言ったんだけど……。


「……居ましたあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「むぅ。ここには居ないだろうと踏むかと思っていたが……」


ハイム!?

いきなり薬品棚の中から転がり出てくるとか、どうやって入ったお前!?

……取り合えず捕獲っと。


「いやあ、充実した時間を過ごさせていただきましたよハイ」

「……まあ、俺の台詞だと思うが……どういたしまして」

「わらわも話は聞かせてもらったが実に有意義な研究であった。今後も頑張ってたもれ?」


「それはいいが、ルンがひよこを預かってるって言ってたぞ?」

「おお、母のところか!後で取りに行くぞ……最後の一人が見つかってからな」


と言う訳でルイスに手を振りながら執務室を後にする。

……さて、最後はアリスか。アイツは行動範囲が広いからなぁ。


……。


と言う訳で先ずは街に出て大通りを進んでみる。


「君、可愛いっすね!今度何処かに遊びに行くっすよ!……ニコッ」

「ぽっ……き、騎士様がそう仰られるのでしたら……」


すると、何か知らんがレオのナンパにぶつかった。

……会話開始3秒で陥落かよ。

イケメンは得だねぇ……というレベルを凌駕してるんだが。


「レオ、ナンパは良いが刺されるなよ……」

「ち、父よ、レオの後ろでハンカチ噛んでる娘は……」


気にするなハイム。

さて、ここには居ないなーっと。



「ウギャアアアアアアーーーーッす!」



「父!後ろで惨劇が!」

「気にするな」


さて、次は市場か?

いやあ、今日は良い天気だよなぁ……。

おっと。そうでもないか。

雨が赤いし。


……。


「安いよ安いよ!新鮮な果物!リンゴ10個で何と!銅貨一枚!」

「……死ぬほど安いくせに客が飛びつかないな」

「いや、それはそうだろう父。あれ見てたもれ?」


ん?と思って見てみると、街中を闊歩するガサガサ。

その通った跡にはバナナやらミカンやらが散乱している。

……あ、子供達が拾い集めてら。


「この国は果物なぞ殆どタダで手に入る。今更金など払う奴はおらんよ」

「成る程な」

「確かに!でもね、綺麗な傷の無いリンゴばかりだよ!」


確かにそれは魅力だが、ちょっとばかりの傷を気にするような輩がこの国に居るのか?

……オド辺りなら有り得るが、アイツだってこの間自分で梨をもいで食ってたしな……。


「ヒントだよ!うちの果物は特殊なお客向けなのさ!数をまとめておく、これが大事!」

「ふむ?父はわかったか?」

「……あー、そう言う事か」


その時、城門から馬車が入ってきた。

商人かな?……あの服装は……わざわざトレイディアから来たのか?

ご苦労な事で。


「おおい、問屋さん。何時もの頼むよ」

「はいよ!リンゴ百箱とバナナ二百箱……このドリアンはおまけだ!腐る前に帰れれば良いな!」


「うん、代え馬は十分用意してるから大丈夫さ……じゃあ急いで帰るか!」

「まいどありー」


馬車は一分一秒が惜しいと再び城門を潜っていった。

成る程な。国外向け、しかも仕入れ用なのか。

考えたもんだな。


「しかし、荒野のど真ん中に果物の一大産地……我が国ながら異様ですよね大公様!」

「気付いてたのか……」


「へへっ。この国で大公様の顔を知らない奴は全部モグリですよ……」

「わらわはー?」


「無論姫様もでさ。感謝してるんすよ皆。こんな良い所に連れて来てもらってね……」

「そう言ってもらえると嬉しいがな。……さて、次に行くか」

「アリスは武闘派だからな。意外なところにいるやもしれんぞ父?」


ふむ……あ、居た。


「アリス、見つけたぞ」

「見つかったであります、と言いたい所でありますが、隠れてるのは別なあたしであります!」


城門の上、見張り台にアリスを見つけたが別個体のようだ。

と言うか見張りまでやっているのかコイツは……。


……まあ、隠れてる奴がこんな目立つ場所に居る訳無いか。


「とは言え、隠れてる奴が嘘言ってたら絶対見つからないよな」

「むむっ!にいちゃとは言え見逃せない言い方であります!」

「そうであります!あたしが嘘を付くとでも!?見つかったら素直に見つけられるであります!」


あ……今、同じ声が二つ……。

ふと気付いておもむろに背中に手を回してみると……ぷにぷにの足。


「ずっと背中にいたのか!?」

「みつかったであります!」

「喋らなければもう少し父に気付かれなかったのにな。残念だ」


これはまあ見つからない訳だ。と言うか、

俺の背中にアリスが乗っかってても誰も疑問に思わない辺り何と言うか……。

まあいい。取り合えず後は……いや、これで全員か。


「時に父、そろそろ家に帰るぞ」

「うん、判っている。そろそろ地獄の書類との戦闘タイムだ」

「頑張るでありますよ!」


うん、頑張るさ。

何て言うか日に日に周囲からの期待の目が大きくなってるし。

……気が付けばここは地上の楽園扱いだ。

出来ればそれを壊したく無いという気持ちは俺にもあるさ。


「そう言えば最近の意見に、お昼ご飯の支給を求める声が大きくなって来たであります」

「それぐらいならやってやれるのではないか父よ」

「いや、それは却下だ」


しかし、繁栄の裏で確実に破綻は迫る。

……そうか、昼飯も欲しいと言い始めたか。意外と早かったな。


「何故だ?今の父の商会ならばそれぐらい容易かろう?」

「人の欲望は成長するのさ……次を考えるとこの辺りで天狗の鼻を早めに折っておいた方が良い」

「そうでありますね…………さあ。はーちゃん、お城に帰るであります」


そう。人の欲は肥大化する。

昨日までの贅沢は今日の当然であり、明日の不満だ。

……多分、俺の役割の本当の部分はそんな肥大化する欲求を上手くいなして行く事なんだと思う。

適当にやっていざとなったら放り出す、をやるには少々この街の皆に愛着も持ってしまったしな。

全く、面倒くさい事だ……。


まあ、俺が生きている間位は皆で幸せな現状を維持していきたいもんだ。

……多分後10年か20年……そんな長くない期間だと思うしな。

所詮は軽自動車に宇宙戦艦のジェネレータ乗せてるような身の上だ。

どんなに補強しようが所詮元々が人の肉体。

……そうそう長持ちする訳も無いわな。


……。


さて、その日の夜。

俺はアルシェの夜の散歩に付き合っていた。

妊婦ながら元々傭兵と言う事もあり、動かないと体が鈍り過ぎて心配になるんだそうだ。

とは言え、砂漠特有の驚異的な暑さの日差しに身重な体を晒すのは容認できかねる。


そんな訳で家族の誰かが付き添いながらの夜の散歩が日課になっているというわけだ。


「うーん。良い感じで涼しいね」

「本当は極寒の筈なんだがな……水の力は偉大だよな」


物流の要でもある水路は同時にこの国の気温の制御にも役立っている。

これは以前語った通り。


「ふふ、そうだね。……ルンちゃんには悪いけどこうやってカルマ君を独り占め出来るし」

「ルンはトレイディアの大使と会食中だ。……俺、外交は出来ないからな」


出来ない訳でもないが、全て艦砲外交になりそうだからな。

穏便に済ませたい相手ほどルンに任せきりになりやすいんだよこれが。

ふっふっふ。ご褒美にルイスに用意させた服で可愛がってやらねば。


「あー、カルマ君。なんか悪党っぽい顔してる。何か企んでる?」

「まあな。国の今後を左右する大事な謀略だ」


「嘘でしょそれ。すっごくいやらしい顔してたよ?」

「スミマセン」


悲しいくらいバレバレですか、そうですか。

……いつの間にか尻に敷かれてる?……気のせいだ。


「……良い星空だよね」

「いきなりどうしたんだよ」


「いやね、幸せすぎて怖くなってきちゃった」

「何でだよ」


「うーんとさ。ほら、僕って傭兵だったじゃない」


確かに、命の切り売りで食っていく職業だ。

そのくせ給料は安いと踏んだり蹴ったり。

確かに傭兵上がりと考えれば過大なほどの境遇だな。


「一生子供生むなんて事は無いと思ってたしさ。もし有ったとしても……」

「暗い地下牢で誰の子とも知れない……ってか?今更そうはならないから安心しろ」


「うん。それは判ってる。でもね、時々これは夢で本当は敵に捕らわれて妄想の中にとか……」

「アルシェ、それは……」


……突然、地面が爆ぜた。


「ない、です」

「夢オチは阻止するであります」

「あたし等がいる限り兄ちゃが戦略的に負ける事はありえないから安心しれー」


蟻ん娘が一瞬だけ現れて言いたい事だけ言ってまた地下に帰って行った。

相変わらず神出鬼没だな。

……何処から聞いてた?とかは、

この国であいつ等に調べられない事は無いから気にしないでおく。


「……戦争、始まるんだよね。でも僕は……」

「いいから子供の事だけ考えてろ」


「でもさ。僕が率いる予定の部隊さえあれば」

「うぬぼれるなアルシェ……小部隊一つで戦況が変わるほど戦争は甘くないだろうが」


俺が言えた義理じゃないけどな?

色々な意味でさ。

まあ、余り気に病まれても仕方ないって事で。

それに……アルシェの指揮する予定の部隊はもっとでかい舞台で使いたい所だしな。

片田舎の歴史しかない国の馬鹿将軍率いる軍勢に使うのは勿体無い。


「そうだね。僕は戦う事しか出来ないから、それも出来なくて焦ってたかも」

「生まれてくる命を守るのも大事な戦いだぞ、と一般論を言ってみるテスト」


そうして二人で顔を見合わせて笑いあってみる。

そうだ、現状あるもので戦うしかない。

無いもの強請りしても仕方ない。とは何時もの台詞だしな。


……っと、目的地に着いたぞ。


「今夜もやってるねカルマ君」

「毎日毎日よくもまあ飽きないもんだ」


「よーし、コホリン……そこのレンガはそこに積んでたもれ」

「コーッコッコッコ」


「秘密基地か。女の子なのにそういうの好きだよねあの子」

「アイツ曰く魔王城だけどな」


俺たちが物陰から覗くその先には粗大ゴミの捨て場がある。

そして数日前からその脇に、小屋のようなものの建設が始まりつつあった。

……ハイム曰くの魔王城だ。

例の犬小屋を天辺に置きその周囲に輸出入に使われる巨大な木箱(穴あき)で壁や柱とする。

基礎や床はレンガを何処からか調達してきたようだな。

そして最後に全体を破れた天幕を無理やり縫い合わせたもので包み込んで完成だ。

……結構本格的でびっくりである。


「ふははははははは!我が覇道の拠点、ここに完成だ!」

「ぴー」


「アイブレスよ。父やクイーンには絶対に知らせるなよ?」

「ぴー!」


スマン。既に知ってる。

と言うかアリサの情報網から逃れられる訳が無いだろうに……。

……まあ、どうせサンドールが攻めてきたら壊れる運命だ。

それまではせめて好きにさせてやろう。


「コケー」

「ハイラル。ハイムを頼むな?」


因みに今回の密告者は足元に居るコイツだ。

……理由はもうすぐ判る。


「コケー」


ん?ああ、頼まれた物は持って来てるから心配するなニワトリ父。

さて、それじゃあ気付かれる前に帰るとしますか……。


「ふふ。僕らの子もあんなのを作るのかな?」

「多分作るだろ。と言うかハイムが用意しそうだ」


そんな訳で寝冷えしないようにと、こっそりとゴミ捨て場に寝袋を置いて俺達は去った。

枕代わりの芋虫も居るし、まあこれで一晩のお泊りくらいは出来るだろう。

明日は使用可能な水瓶でもここに捨てておくかね……。


まったく、ニワトリにしておくには惜しい逸材だよハイラルの奴は。


……。


さて、翌日の昼過ぎ。

……今日は主要メンバーを集めての勉強会、及び新部隊長の顔見せである。

決死隊に数名ほどの新規補充メンバーが入隊したが、その中から隊長が選出されたのだ。

何で既存メンバーから隊長を選出しないのかと言うと、

今までホルスが直接指揮を取っていたので問題にはならなかったが、

実はコイツ等、これで結構反骨心が強い。

自分より明らかに強い奴で無いと従ってくれないのだ。


ところが俺としてはホルスはどっちかと言うと内政面や外交に使いたい。

だがホルス以外のメンバーは基本的にどんぐりの背比べ……つまり命令伝達に問題が出かねない。

その為新規メンバーに一人だけ居るホルスの代行者となり得る男に白羽の矢を立てたわけだ。


「紹介する。イムセティだ。ホルスの息子に当たる」

「イムセティです。若輩者ですが決死隊を率いる者として全力を尽くします」


名はイムセティ。元々は奴隷剣闘士となるべく訓練中の奴隷だった。

それをこの国で買い取って更に訓練を重ね、何度かの試験を経て部隊に配属されたばかりだ。

なお、魔法こそ使えないがその戦闘センスは皆が認めるところである。


「オウ、ボーイ!決死隊には人が居ないのですか?こんな少年を隊長に据えるなんて」

「オド団長代理ですね。指揮官の居ない部隊を率いるのは大変でしょう?尊敬しますよ」


「ホワッツ!?まるで私の指揮に問題があるような物言いですね!?」

「失礼。奴隷出身故、言葉遣いに問題がありました。別に貴方が無能だなんて言っていません」


……実力はあるんだ。それこそホルスが認めるくらいには。

ホルス程ではないにせよ、戦闘能力も決死隊で頭半分くらいは突出しているしな。

ただ、この皮肉屋な部分はどうにかならないものか?

特にオド……と言うか魔道騎兵との折り合いが悪いのが気にかかる。


「ふはははは!良いぞセティ!お貴族様にもっと言ってやれ!」

「ふう。最下層のそのまた下の出身者は品が無くて困るな」


ただでさえ貴族階級の代表である魔道騎兵と元奴隷剣闘士中心の決死隊は仲が悪い。

……あー、ホルスが額に指を当ててるし、ルンは眉をひそめている。

ま、この二人が双方の代表者扱いになってるからな。余り大声も上げられないか。

何せ、何処にどんな声をかけようが火種になってしまうからなぁ……。


「ザッツ、フール。貴方の部下は言葉遣いがなってませんね?所詮は下賎、ですか」

「そんな最下層相手に皮肉を言わねばならない貴族と言うのも惨めですね、おっと失言でした」


最近、何だか軍内にサンドール閥とマナリア閥のような物が出来上がりつつある。

宰相派と妃殿下派、もしくは下層系と上層系の代表と言っても良い二つの派閥は、

まるで水と油のように反発しあっている。


……当のホルスとルンは仲が良いんだけどな。


双方の言い争いは何時しか剣を抜くか抜かないかと言うレベルにまで発展していた。

さて、こうなると俺が出るべきか……と思うところだが、

幸いにも危なくなると毎回動いてくれる頼もしい奴が居るのだ。


「二人とも止めるっす!」

「オウ……リオンズフレア殿」

「あ、先輩。申し訳ありません」


「元の国籍も貴賎も細かい事っす。この場に居る人間は基本的に平等っす!」

「そうだな、レオの言う通りだ。お前ら毎回喧嘩ばかりして……」


「は、はい!カルマ様にご迷惑おかけするつもりは無かったんです!申し訳ありません!」

「ノォ……殿下やお嬢様にもご迷惑をお掛けしてしまいました……ソーリー、軽率でした」


二人とも一斉に頭を下げたが、その後も微妙に視線を合わせようとしない。

……困ったもんだ。


……元々の身分が違いすぎるんだ。付ける薬なんか無いか。

ただしこの国の強みとして俺に対して反抗的な将兵は居ないので、

いざとなったら、俺が強権で黙らせれば良いんだけど。


まあ、それはそれとして舎弟口調のレオが一番まともな事を言っている姿は結構笑えたりする。


「……のう。わらわの話は何時始めれば良いのだ?教えてたもれ?」

「オゥ、ノウ!姫様、大変失礼をば!」


おっと、忘れる所だった。

今回の講義内容は"正規術式"についてだ。

講師は魔王でもあるハイムが務める事となっている。


「よし、では始めてくれハイム」

「うむ。では先ず正規術式とは何かと言うとだな……」


ふむふむ。

要するに、ハイム……魔王を作り出した古代人が初めから用意していたデフォルトの魔法なのか。

現在俺達が使っている魔法の大半は、それからするとMODか海賊版のような物だな。


「本来はわらわ達"管理者"が認めた者しか使えないようになっていたのだ」


正規術式起動、から始まる正規術式。

かつては管理者によって使用者が厳格に管理されていたらしい。

家伝クラスの短い詠唱の他に、

印を組みつつ術者の登録番号と魔法固有の暗証コードを詠唱。

その手続きを経て魔法が発動するのが本来の姿なのだとか。


なお、暗証コードは数十桁。しかも詠唱の癖に大文字小文字を分けろとか言う始末。

登録番号に至っては百桁を超える場合がある、のだとか。

未来永劫に渡って使い続けられるようにとかなり余裕をもって桁数を設定したようだが、

……そこの所の使い勝手の悪さは現代出回ってる魔法と大して変わらんかも知れんな。


「だが、わらわが実力行使を開始した時より、魔法を使えるよう認めたものはおらん」


それこそが非正規の術が増殖した理由の一つか。

登録番号が無ければ原則として正規術式は一切使えない事になるからな。


「更に、わらわに抗った魔法使いからは登録番号を取り上げた」


先ほども言ったが登録番号を持たなければそもそも魔法が使えなくなる。

……本来はこの事実が抑止力となり、魔王はその権限をもって魔法の管理をしていたのだろう。

なにせ、逆らうと言う事はその次の瞬間から魔法が一切使えなくなると言う事だからな。


ところが……その登録番号が無くても魔法を使う方法を、

例の初代様が見つけ出しちまったからさあ大変と言う訳だ。

認証回避の方法は色々有るが、

いつの間にかそもそも認証のプロセスを入れない魔法が出回り始めた。


……ところがそうなると今度は魔法が余りに簡単に使えるようになってしまった。

まあ当然既存の魔法使いにとっては面白くない事態だな。


「故に、宰相辺りが情報操作し、糞長い詠唱を覚えきれた者だけの特権としたのであろう」


まあ、制御されない力は余りに危険だ。

結局、人間自身が魔法の管理を始めざるを得なかったって訳か。

……そして中枢の人間でも本来の魔法を失伝し、

結局、宰相一人が秘密を保持したまま現在に至る、か。


本当の詠唱を糞長い偽詠唱の中に隠し、

もしくは魔道書の解説など不要な部分までも詠唱だと言ってのける。

ともかく一般には余分な詠唱を含めて一纏めにして教えた。

そして一部の特権階級にのみ中核部分を教える。

こうする事により余計な部分ごと憶えられる程記憶力がずば抜けているか、

秘密を知り得るほどに高位の家の人間かのどちらかで無いと魔法が使えない事となった訳だ。


何せ、魔法を発動させる際には本人の意識と言うか認識が重要になる。

そう、あの森で同じ詠唱からシスターが治癒と硬化を使い分けたように。

……真実を知らない人間にとってはその糞長い詠唱こそ本当の詠唱だと信じざるを得ない。

そして信じている以上余分な所のスペルミス一文字でさえ魔法が発動しないのだ。


要は人の心理とこの世界における魔法の特性を利用した訳だな。

管理者と敵対したばかりに面倒を自ら背負い込む辺り、人の業を感じる。


「因みにわらわ達管理者は、正規術式詠唱時に認証の必要が無い」


そうなると、正規の術が殆ど家伝級の連射速度で使える訳か。

本来はそれもアドバンテージだったんだろうな。

だが、それを物ともしないような魔法も次々と作られていったに違いない。


「更に管理者が特別に認めた者は、その旨を宣言する事により認証回避が可能だ」


……なんですと?


「……一応俺も管理者扱いだよな」

「うむ、竜達でもいいぞ。例えばわらわが認めた場合"魔王の名において"と言えば良い」


何でそんな機構があるんだよ。

……いや、緊急避難用なんだろうけどな、本来は。


「無論、認めるも取り消すもわらわ達次第だがな。基本的にもう誰にも認める気は無い」

「まあ現状では意味無いか……今までから考えると正規術式って廃れて久しいっぽいしな」


「父よ、使用可能な者が居なくなって数百年。残ると思うか?」

「だよな。何せあれだけ大陸最強クラスと戦い続けて正規術式と出会った事無いし……」


その後……最後にハイムから新規術式作成についての危険性を語ってもらい、

その日の勉強会はお開きとなった。


で、以下は出席者の中でマナリア出身者の感想。


「へぇ。知らなかったっす!勉強になるっすね!」

「サプラーイズ!魔法に隠された過去!学院の教科書にも載らない真実を私達は知りました!」

「はーちゃん凄い。先生も凄い……」

「……長年謎だった秘密が今日だけで幾つも明かされましたねハイ。私の研究は一体……」

「「「「「姫様サイコー!」」」」」


それ以外。


「いや、僕は門外漢だからさっぱりだよ?」

「主殿達はともかく、どちらにせよ私達は魔法が使えませんからね……」

「父さんの言うとおりです。ですが取り合えず現代の魔法使いには使えない力なのは判りました」

「イムセティ?父の顔を潰すつもりですか?……もう少し言い方を考えなさい」


『ふぁぁ……ん?終わったか?俺達緑鱗族は魔法を使わん、関係ないから寝させて貰ったぞ』


「兄ちゃ、そろそろ晩御飯だよー」

「おなかすいた。です」

「あたしもであります!」


とりあえず有意義だったのか違うのか……微妙すぎるな。

……そうだな。取り合えず飯にするか。

ちょっと思いついた事があるのだが、それは明日でも良いし。


……ふと気付いた。

どうでもいいが、赤ん坊にものを習っている俺たちって一体……?



……。



しかし楽しい時間はすぐに過ぎ去るものだ。

……それから二ヶ月もしないうちに驚愕の事実が俺たちを襲う。

そう、何処かへっぽこだが楽しかったレキ大公国の日常は終わりを迎えたのだ。


「……傭兵国家、陥落だと!?」

「はいです!ビリーのおじちゃんとかタクトおじちゃんとか、ゆくえふめい、です!」


馬鹿な!

物資量などから逆算するとあと一年は戦える筈だが?


「……信じられないけどさー、あたし等の情報網でもまだ見つかってないんだよー」

「大陸中の町や村々に敷いた情報網に傭兵王の情報が一切入って無いであります!」

「おそるべし、ちからぜめ、です」


言ってる事がちぐはぐだが、情報を纏めるとこうなる。

……サンドール軍、焦土戦術解禁。

その結果として傭兵国家は陥落し、傭兵王ビリー以下首脳部は行方知れずだと言う。


「何もかも燃やし尽くして前進したのか!?」

「……継戦限界って奴だよ。セト将軍はもう傭兵国家から何かを得るのは諦めたっぽいねー」

「斥候が既に此方を伺い始めたで有ります」

「だから……みち、けした、です」


そして、連中は間違いなく次に此方を狙っている。

……今更宗主国らしい顔をする気は無いのだろう。警告の書状一つすらない。

明らかに、こちらを……潰す気か。


「アリシア、道は消したと言ったよな?」

「はいです。ひとのとおったあと、きれいに、けしたです」

「立て札なんかも場所を変えた上で向きも無茶苦茶にしておいたであります!」


……お互い臨戦態勢、か。

意外と早い破綻だったと言うべきか、それとも今まで良く保ったと言うべきかな?


「……いいだろう。ホルスを呼べ」

「主殿、既にお傍に」


気が付くと各隊の隊長格と共にホルスが俺の前で頭を下げていた。

……周囲がにわかに騒がしくなっていく。

皆が皆、戦闘や逃げの準備を始めたのだ。


「かねてよりの予定通り、防衛戦争を開始する。皆に周知徹底を」

「既に伝達は終了しております……兵の配置は予定通りで宜しいので?」


「ああ、本陣の兵は薄くなるが……そんなの関係ねぇ」

「判りました。では私はレオ隊長と共に前線に赴きます。ご武運を」


……ホルスとレオは守護隊と共に特別任務に就く。

そのため一足早く部屋から出て行った。


「イムセティ!決死隊はレキの警護だ。命令あるまでは城門を死守してくれ」

「任せて下さい大公殿下。私の初陣、必ず勝利で飾ってみせますので」


そしてイムセティが城門に向かう。

……いきり立っている所悪いけど今回はあまり出番は無いと思う。

先ずは戦場の空気に慣れて欲しいのだ。


「そして……オド、魔道騎兵は本作戦の要だ。アウトレンジから敵を削る。先ずは俺に続け」

「ムフフフフ!承知しました殿下。まあ、彼等には悪いですが手柄は全て我々が頂きます!」


最後はオドだ。

機動力のある騎兵によるアウトレンジ戦法。

俺は正面から竜で突っ込めば良いが、他方面はそうは行かない。

幸い相手は歩兵ばかり。

兵を損なう事無く敵戦力を削れる筈だ。


「イッツ、ショウタイム!私も出撃準備に参ります!」

「……頼んだぞ」


皆が出て行った後、窓から外を見る。

ガサガサ達の枝に乗り、皆の避難が始まっていた。


……さて、そう言えば自身が総大将の戦争は初めてか。

こんな所で大事な部下を死なす訳にも行かないよな。


「兄ちゃ……」

「アリサか。どうした?」


突然声をかけられたので振り向くとアリサが居た。


「国境線越えてサンドールの馬鹿が来たよー」

「……そうか。早いな」


「主力はまだ傭兵国家からの帰還最中だしね」

「それだけ余裕が無いって事だろうな……いいだろう、先鋒部隊を潰す!」


日常が終わり、戦乱の季節がまた、訪れたのだ。


***レキ大公国のへっぽこな日常シナリオ 完了***

続く



[6980] 53 悪意の大迷路放浪記
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/20 18:42
幻想立志転生伝

53

***大陸動乱シナリオ4 悪意の大迷路放浪記***

~上記は敵さんの話です~


≪side カルマ≫

国境線から数日程の小高い丘の上で俺は遥か先を見下ろしている。

機動力のある騎兵のみを率いた結果、何とかここで敵の先鋒を補足出来そうである。

そう。もうすぐ遥か西より、ここに敵の先遣部隊がやってくるのだ。


……ただし、まともな道が残っているのもまた、ここまでなのだけどな。

つまり、ここが国防の為の第一の関門という訳。敵の通過前に間に合って本当に良かったよ。


さて……突然であるが、幸いこの世界に元からメガネは存在していた。

なので、丁度良いと凹凸レンズを購入しこの日の為にと望遠鏡を用意しておいたのだ。

覗き込んでみると……おお、見える見える。良い感じだ。


敵のついでに周囲の地形も確認するが、普段のレキ砂漠と大して変わらないように見える。


「ホワッツ?殿下、昨日までと地形が少し違うような気がするのですが」

「ああ、元々似たような地形だし盛り土と馬車の轍で道を捏造したんだよ」


が、オドが疑問を呈したように、

今まで何台もの馬車が通ったお陰で出来ていた道は綺麗さっぱり消え去り、

代わりに無茶苦茶な方面に向かう道が忽然と現れていた。

旅人の目印にと建築された櫓や狼煙台も位置と向きがずらされ、

これまた見当違いの方角へと敵を誘う。

しかも見た目的には大して違和感を感じないように設計されている。

……そろそろ敵さんが通りかかる頃だな。

一応奇襲部隊のはずなのだろうが、

残念だけど家の蟻ん娘どもの情報網のお陰であんた等の動きは筒抜けだ。


今回の戦、勝たせてもらうぞ!

出来ればこっちの被害は無しの方向で!


「オゥ、グレート!一体何時からこんな策を?」

「建国前からだ。……オド、敵が来たぞ。予定通り兵をハの字型に展開せよ」


「ハッ!」

「火球に関しては全員短縮詠唱が出来るな?合図と共に可能な限り連射して撤収だ!」


流石に精鋭なだけは有る。

魔道騎兵二百名は百名事に分かれ、馬に乗ったまま丘の麓に綺麗なハの字の隊列を組んだ。

……遥か先には敵の進む土ぼこり。

さあ、出来る限り敵を減らしてくれよ?


「ンフフフフ!見えます、私にも敵が見えますよ!」

「そりゃあ、望遠鏡使えばな」


とは言え向こうはまだ此方の存在に気付いていないのに此方は迎撃体制完了しているのは大きい。

まあ、今回は目の高さほどの土塁を積んでいるだけなんだけどな?

……見ただけだと。


「ともかく、俺は予定通り……」

「ハハッ!このオドにお任せ下さい」


返事に満足して元の丘の上に戻る。

……ここから先はアリスを連絡役に使うことになる。

まあ、敵に騎兵は居ないようだし魔道騎兵なら心配要らないだろうがな。


……。


≪side オド≫

殿下の作り出したと言う望遠鏡を覗き込み敵の姿を確認する。

……先遣部隊、と言っても二千は居ますね。

ただし、元々留守居の二線級部隊、精鋭とは言い難いです。

とは言え普通なら二百の兵で十倍の敵を相手にする等とは正気の沙汰ではありません。

ですが……フフン、今回は話が別。

まあ、地獄を見ていただきましょう。

そうすれば殿下も今以上に我々を信頼して頂ける筈。

そして、このオドは名実共に大公国軍のトップに立つのです。

……何時までも、国に帰った団長の代理扱いされている訳にも行きませんしね!


「アイム、ストローング!合図は、合図はまだですか!?」

「オド、落ち着くであります……合図は、判ってるでありますよね?」


ンフーフフー。

失敗失敗。アリス様にたしなめられてしまいました。

しかしアリス様たちは余裕ですね。

……さすが、この小さな体で幾多の戦いを切り抜けているというだけはあります。


「……そろそろでありますよ」

「オゥケィです。全員、詠唱準備!」


今まで三分かかっていた詠唱が僅か数秒で完了する、人呼んでカルマ式短縮詠唱。

……実際は必要最低限の部分だけを読んでいた。それだけなのですが、

だとしても画期的な事には変わりないですね。

流石は我等の主君と言うだけ有ります。

さて、マナリアの日陰者、没落公爵の飼い犬とまでと言われた私達の真価、

ここでサンドールの兵にお見せしましょうか。


……その時、黒煙と爆音が遥か前方で爆ぜました。

これはまた、恐ろしい威力です。

何人かの敵が文字通り吹っ飛びましたよ!?


「今であります!地雷の対処をする暇をあげちゃ駄目であります!」

「ウィー、アー、レジェーーンド!総員攻撃開始!」


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


アリス様の声を合図に二百個の火球が地雷、と言う物を飛び越え、

敵陣中央部に叩き込まれました。

山なりに飛ばした場合、火球の射程は弓をも越えます。

更に、私達の目の前には大して厚くもありませんが土塁が存在。

……そう、つまり現状では此方から攻め放題なのです!


「くっ!突然地面が爆発したと思ったが……敵の魔法か!」

「ですが、大した数は居ないようです!」

「ここは前進あるのみかと!」

「……いえ、引きませんか?何でレキから先制攻撃を受けるんですか」

「そうだ!きっと奇襲がばれてる!将軍が帰ってくるまで何とか……」

「馬鹿言うな……みすみす逃げ帰ってみろ。敵より先に将軍に殺されるぞ?」

「じゃあどうすりゃ良いんだよ!?」

「勝つしかない」

「どうやって!?」

「俺に聞くなあアアアアアッ!」


……アリス様が敵の陣内の様子を語ってくれます。

ンフフフフ、良い具合に混乱してくれているようですね?

……しかし、アリス様たちはどうやって敵陣の情報を得ているのか。

まあ、きっとそう言う魔法なのでしょうけどね。

……出来れば何時か教えて頂きたいものです。


「さあ、敵は前進してきますよ!魔力の続く限り連射を!」


更なる火球が敵を襲います。

……しかし、本当に消耗が激しい、というか魔力の回復している余裕が無いのですね。

三発目で早くも脱落して休憩を取る者が現れましたか。

これからは魔力切れのほうを心配せねばなりませんね。


「敵さん、地雷原第二陣に接触したであります!」

「……イエス。見えていますよ」


惨いものです。

奴隷兵と思われる防具すら与えられていない兵士が、

後ろから突付かれるままに地雷を踏んで爆発に巻き込まれていきます。

急かす方と急かされる方……。

命令では……我等はその突付いている急かす方を狙えたら狙えとの事。


「レッツ!ゴー!狙うは敵隊長格です!」

「ここの地雷原は第八陣まであるからまだ時間に余裕はある。戦力を削るであります!」


……私の火球が敵十数名を率いていた隊長に当たりました。

悶絶して後方に搬送されていきましたが、今まで従順に進んでいた兵士の動きが止まりました。

ふむ。怯えていますね。まあ当然でしょうが。


「痛いよぉ、かあちゃん、痛いよぉ……」

「何処だ!?俺の脚は何処だ!?」

「何で、何で死ねないんだよ……何で……」


横の地獄絵図を見ればそうもなりますよ。

……しかし、思ったより敵の死者が少ないですね。


「地雷は生きたまま戦力を奪うのが目的。怪我人の世話にも人は要るであります」

「オゥ……しかしそちらの効果はないようですね、怪我人は打ち捨てられていますが」


「……奴隷兵だから仕方ないでありますよ。でも、別な効果はあるはずであります」

「ンン?別な効果と、言われますと?」


「ま、今日を勝ち抜けば判るでありますよ……」

「オーケィ。ですが確か、ここで先鋒を打ち破ったらそのまま撤退ですよね。何故です?」


……私の言葉にアリス様は暫し黙り込まれました。

そして、一言こう仰られたのです。


「簡単に言うと、心を攻めるのでありますよ……」


さて、どういう事なのでしょうかね?

まあやる事は変わりませんが。


ああ……別な指揮官が指揮を引き継いだようです。

攻勢が再開されました。


因みに……私達の眼前にある土塁は陣形同様八の字をしていて中央に隙間がありますが、

そしてその出口付近にまで敵が来たら撤収と言う流れなのです。


ですけど……それでは余り手柄になりませんね。

出来ればこのまま敵を壊滅させてやりたい所ですが……。


「……命令には従うでありますよ?」

「オゥ?いえいえ、大丈夫ですよ」


お目付け役の目が厳しいですからね。

色々痛い目にもあったりしたので、子供だからと馬鹿にする輩はもう居ません。

こう見えてこの子、歴戦の兵と軽く渡り合えるほどの猛者なのですから。

実戦経験の豊富な者を馬鹿に出来る奴なんていませんよ、ええ。


「と言うか、全滅させちゃあ駄目であります」

「ホワーッツ?」


「育てなきゃならないでありますから。反感を」

「ンンン、反感、ですか?」


……その時、敵の先鋒……と言うか既に中軍ですね、が地雷原の第六陣を抜けました。

ラナウェイ!な逃げの時間が迫ってきましたね。退却中は最も無防備な時間です。

しかし我等は騎兵、歩兵が追いつける筈も有りません。

ここで被害を出したら後世までの笑いものですよ。


「ンーーー!そろそろ時間ですね!敵が地雷原の7つめを突破すると共に撤収しますよ!」

「こんな所で死人なんか出しちゃ駄目でありますよ!」


さて、それでは行きますか。

……しかし大戦果です。

此方には怪我人を含めてただの一人も被害がないのですから。


……。


≪side カルマ≫


「うん、良い具合に減ってるな」

「敵陣大混乱であります」


こちら担当のアリスより、オドの撤退が知らされた。

敵はようやく土塁まで辿り着いたが、その時既にオド率いる魔道騎兵は遥か彼方だ。

ようやく落ち着いたのか向こうは再編成を始めたらしい。


……ふむ、敵の死者は三百人か。

ただし無傷な兵は五百人そこそこ。

普通なら負傷者を収容して撤収する所なんだが、

……あーあ、やっぱり再起不能な兵士は放り出してそのまま進軍か。

負傷してても歩ける奴は、無理にでも付いて来させようとしてる。

本当の意味で見捨てられるのは三百人そこそこ、か。


「まあ、予定通りだな」

「で、あります」


助けてくれとか置いていかないでくれとか言う兵士達だが、

その表情には何処か諦めの色が見える。

まあ、生まれた時から既に奴隷だったんだ。仕方無いと言えば仕方ないのだろう。


だからこそ、利用価値があるんだけどな?


「さて、じゃあ潰してくるか」

『竜に戻らなくても良いのか?』


「要らん要らんあの程度に。竜馬形態で問題ない。……これから魔力の大量消費もあるしな」

「節約モードであります」


そんな訳で馬形態のファイブレスに飛び乗ると、丘の上から一気に駆け下りる。

そして、後方を大して警戒していなかったサンドール軍を……。


「敵襲だーーーーッ!」

「でも一騎だ」

「よし、せめてこの鬱憤をあの男で晴らすぞ!」


「いやまて、あの馬……あの姿……」

「あ、私逃げます」

「な!?貴様敵前逃亡する気か奴隷風情が!」


「いえ、一応一般市民です。元々バイト代わりの警備だったのに駆り出されて……」

「アホかああっ!隊列に戻らんかぁ!」


……いや、そいつの行動は多分正しい。

多分最も正解に近い。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


射程に入ると共に挨拶代わりの爆炎。

魔力の手榴弾に十名以上が吹き飛ばされ、相手はようやく俺が誰なのかに気付いたようだ。


「れ、レキ大公だ!」

「ヤバイ、逃げるぞ!?」

「馬鹿言うな!相手の総大将だ、これを倒せれば!」

「どうやって!?」

「……えーと、将軍が来るまで持ちこたえて」

「無茶だああああああっ!」


端的に言おう……残敵掃討まで三十分もかからなかった。

馬の蹄に踏み潰され、蹴飛ばされ、火球や爆炎に吹っ飛ばされていく……。

うん、こう言っちゃ何だけど正に無双、正に快感。

……我ながら最低である。


そして生き残った連中はサンドール目指して逃走を始めた。

で、俺はと言うと……。


「大変だったろう……勝敗は兵家の常ってな」

「うう、何故我々を助けてくれる?」


見捨てられた格好の地雷に手足を吹き飛ばされた連中の治療を開始していた。

癒光(ヒールライト)を使い全体を一気に応急処置を行う。

幸いな事に、今なら一週間寝込む事も無いのだ。

更に治癒をかけ続けた場合、時間さえあれば失った手足の修復も不可能ではない。


……残念ながら赤十字のような慈善活動ではないけどな。

ことさら優しそうに見えない事も無い笑顔で、負傷者達の傷を癒していく。

まあ、内実は悪魔の笑みなんだけど。


「俺の仲間にも奴隷出身者は沢山居る。お前たちの辛さも少しは理解しているさ」

「判るものか、貴族にわかるものか!」


「いや、俺は貧農出身だ。子供の頃は腐った芋で空腹を宥めてたもんさ」

「……嘘だ……」


「ところが嘘じゃないんだなこれが」


取り合えず応急処置を施して、ついでに一人一枚ずつちょっとしたチケットを配る。


「なんだこれ……食糧の配給券か?」

「いや、治療の整理券。戦争が終わったら俺の元を尋ねて来い」

「それがあれば、ただで無くした手足を生やしてあげるであります」


目を丸くしてるな。


だが、流石に魔法なんて物のある世界だ。

さっきも言ったが治癒を長時間かけ続ければ失った手足の再生ぐらい出来るのだ。

……普通に教会に頼んだ場合とんでもない金額を請求されるけどな。

とりあえず、このお陰で地雷設置に踏み切る時の良心の呵責って奴はだいぶ軽減された。

ありがたい話だ。


「……悪いが私達は主人に逆らう事は出来ない」

「知ってるよ。別にこっちに付けとかは言わん」


「だが、国に帰ればきっと再びこの地に攻め入ってくるぞ。命令が有ればな」

「……ま、それも止む無しだ」


その時、比較的軽症なのにここに留まっていた数名が揃って声を上げた。


「おお、なんて慈悲深い!」

「ありがたいありがたい……」


露骨過ぎるよサクラさん達。まあ演技の訓練なんかしてる訳じゃないから仕方ないのか。

けれど、毎日言われるままに動くだけの奴隷達はその違いを見抜く事は出来ないようだった。

露骨なくらいに空気が軟化していく。


「……大公。こんな戦い早く終われば良いですね」

「俺達が言っても何も変わらないけど……」

「取り合えずこの券は貰っておきます。……そっちに行く余裕があればいいんだけど」

「えーと、私に関しては両足吹き飛んだんで先にやってもらって良いですか?」


「ああ、判った。……何、すぐに終わるさ。そちらが攻めてきたのも何かの間違いだろうし」


……そう、今回の作戦の目的は敵軍内にこちらのシンパを作る事。

さもなくば……まあ、逃げ去った連中が恐ろしさの方を誇張するくらいの勢いで伝えてくれるさ。

理想的には、普段は人格者だが逆らうと恐ろしい、

と言うイメージが敵軍内に蔓延してくれるとありがたい。

更には……。


……夕焼けを背に、礼を言いながら去っていく地雷を踏んだ連中。

歩ける程度には回復したが、それでもまだ欠損が残る者も多い。

まあ、そこは時間が無いとか適当な理由で誤魔化して、治療の無料券を配った訳だが、


「あのチケット。主人に奪われるor破かれる可能性はどんなもんかな?」

「九割以上でありますね。……まあ、そうでなかったらダブルスパイ大活躍でありますけど」


さて、折角貰った治療のチケット。

とは言え敵からの施しなのは間違いない。

相手が主人とは言え盗られて好感を抱ける人間が何人居るかな?

戦場だけで戦争をする気は無いのだ……じわじわと嫌な空気を醸成してくれるわ。


「……ところで、敵の本隊は今何処だ」

「だいたい一週間でサンドール首都に帰り着くであります」


「よし、到着直前に地下水脈の流れを変えろ。水源を一気に枯らしてしまえ」

「あいあいさー、であります」


地下においてコイツ等に出来ない事はまず無いと言っても良いだろう。

今までの経緯から言っても、地下水脈の流れを変える事も不可能ではない。

ただでさえサンドール地下はコイツ等にとってある意味ホームグラウンド。

元々サンドールと敵対した時の為の準備は整えられていたのだ。


……善良な一般市民の皆様には悪いが、ちょっと耐乏生活に入ってもらう。

九割以上俺のせいだけど……怨むならサンドール王家とセト将軍を怨んでくれ。


せめて、井戸を一つだけは残しておくから。

……国内のオアシスも井戸もそれ以外全部枯らすけど。

絶対軍によって徴発されて一般の口には入らないし、

旧傭兵国家からの水供給は、スケイル率いる非正規軍が襲撃するけどな?

因みに魔物の混成部隊だ。

此方の差し金だなんて夢にも思わんだろうし、気付かれても何の問題も無い。

……何せ戦時中だし。


ついでに水が枯れたのはサンドール王家が不義を働いた……、

つまりレキ大公国に攻めてきたからだって噂も流してやるさ。


だから、安心して手前ぇの親方を怨んで怨んで怨みぬいてくれ。

……心配しなくてもカルーマ商会に言えば水は分けてやるから。

緊急時に水を提供する用意がある旨は、一年以上前に幾度と無く大々的に告知してある。


まあ、今頃サンドールの商会本部は燃え尽きてると思うけどな?

こっち側からこっそり送り込んでおいた傭兵部隊の手によってな。

……今頃、幾ばくかの金貨をもって王宮を訪ねている筈だ。


「え?向こうは喜んだ?」

「はいであります。王様はこれは愉快だと金貨を手にして上機嫌であります」


「やっぱ、羽振り良すぎたからか?」

「そうであります。王様以上の金持ちになってから、ずっと気に食わなかったみたいであります」


馬鹿な話だがこっちとしてはありがたい。

伊達や酔狂で長々と"庶民の味方"をしていた訳ではないのだ。

全ては"こんな事もあろうかと"の世界である。


……さて、一般大衆はどう思うかな?

生活は厳しい。水は手に入らない。庶民の味方は滅ぼされた。

そして流れ出てくる噂は王家を非難するものばかり。

挙句戦争とか言い出す軍部……。


そこに先遣部隊が壊滅と言う報が入る訳だ。

……ふふふ、面白い事になると思うぞ?

人の口に戸は立てられない、を骨の隋まで染みさせてやるよ。


まあ、後でチョコレートか何かをやるからさ。

今は……欲しがりません勝つまでは、でもやっててくれ。

その方が、後で色々と楽なんで、な。


……。


≪side サンドール軍、セト将軍付きの名も無き兵士≫

サンドール王宮にてセト将軍が怒りを露に暴れています。

我々警備兵としてはひたすらジッとして目立たない様にしておくのが精一杯。

……目に留まったらそれだけで切り殺されかねません。


「今、何と言った!?」

「は、はい。ですから国中の井戸が一つ残して枯れてしまいました。オアシスもです」


報告に来た文官が殴り飛ばされました。

……腰の剣に手がかからないだけまだマシなのでしょうか?


「笑えんぞ?これからレキに攻め込むのだ。そもそも俺が先に出した先遣隊への補給はどうする」

「……」


誰もが口をつぐんでいます。

……言える訳が、言える訳が無い!


「将軍……その、わしから、お話しますか……」

「む、アブドォラか。随分歯切れが悪いが……まさか進軍が停滞しているとか言わんよな?」


……更なる沈黙。


「本当に進軍が停滞しているのか?奴等はまだ此方が敵になったと気付いて居ないのだぞ!?」

「いえ。気付かれていたようですのう」


「何だと?」

「残念じゃが、その……先遣隊は既に壊滅。無事な兵は五百も居らぬ状態でして」


……今度の沈黙は……痛い。

そして余りにも、重かった。


「奴等……俺達の動きを読んでいたとでも!?」

「はい。それに恐らくこの渇水も奴らの仕業かと……」


……アブドォラ氏。

貴方は一体何を言っているのですか?

そんな事出来る訳が無いでしょうに。

セト将軍も呆れていますよ。


「アブドォラ。言うに事欠いて自分の無能を敵に転嫁するのか?」

「ち、違いますじゃ!奴等は得体の知れぬ力を持っております故に!」


「ほぉ?ではどうやってだ?」

「……方法までは流石に判りかねます」


「阿呆が!井戸やオアシスの水量が操れるならとっくに俺達が溢れんばかりに利用してる!」

「ち、違います!きっと奴等は己の為にその力を秘匿して……!」


「下らんな。そもそも貴様に対し妙な噂が立っているぞ?」

「え?」


「元々レキ大公はお前が推挙した人物……奴等と繋がっているのではないか、とな」

「誤解じゃ!既に道は分かたれておる!もう何の関係も無いですじゃ!」


セト将軍は不機嫌なご様子です。

明らかに信用していないと言うオーラがここまで伝わってきますね。


「まあいい。貴様一人居ても居なくても大勢には影響しない……」

「…………」


「その残った一つの井戸とやらから水を汲み上げろ。どちらにせよレキを落とせば良いだけだ」

「ははあーーーっ」


こうして、国中の水と食料が集められ……、

即日レキ大公に対する討伐軍が編成される運びとなりました。

大義名分はサンドールに対する反逆です。

実際先に攻めたのは此方ですが……まあ、何を今更ですけどね。


……会議も終わり、交代の時間が来た頃。

丁度城の入り口から何か金切り声が聞こえました。

交代時間でもあったため、興味本位でそこまで行って見ると……。


「お願いです!せめて水を」

「食い物を持って行かないでくだせぇ!」

「王様は俺たちに死ねと仰せですか!」


一瞬奴隷達かと思いましたが……一般市民達ですか!?

食料も水も無いのは知っていましたが、まさか中流階級にまで行き渡らない状況とは。

門番達は激しい罵りを受けて困惑気味です。

奴隷なら切り捨てれば良いのですが、彼等の身分はしっかりしていますしね……。


「一体、この国はどうなってしまうのだ?」

「……最近は、何かあった時もカルーマ商会に相談ってのが当たり前になってたからな」

「しかし、既に本部は焼いちまった……もう援助は見込めんぞ?」

「レキを攻め落とす前に飢え死にするんじゃないのかあいつ等……」


横では同僚の兵士が呆然としながら言っていますが私も同感でした。

やはり、レキ大公国、即ちカルーマ商会を敵に回したのは拙かったのではないのでしょうか。


……街の何処かで火の手が上がりました。

犯罪も急激に増えていると聞いています。

そして明日にはほぼ全軍を率いての遠征。

国内の不安定感は更に増す事でしょう。


ふと、アブドォラ氏の言葉を思い出します。

もし、レキ大公が本当に水を自由に操れるとしたら。

……私達はそれだけの力を持つものを敵に回した事になります。

本当に、この国はどうなってしまうのでしょうか。


……。


≪side カルマ≫

先日も陣取った国境から少し入った所にある小高い丘の上。

俺は再びここに陣取っていた。

……まあ、今回は蟻ん娘だけ連れて単騎で来てるんだけどな。


レキの街からはほぼ全員の避難が完了したと連絡が入っている。

後は連中が辿り付いた時に、以前もやった例のネタで殲滅すれば良いだけだ。

そもそも、そのちょっとしたオチが使えるように作られた都市なんでな。


では、何で今日ここに居るかと言うと、

目的は、敵の総数を自らの目で確認する事。

ファイブレスの力を総動員すれば雑兵など幾ら居ても同じことだが、

頼りすぎると留守にした時に襲い掛かられかねないと、最近気付いた。


故に……面倒だが、ここはうちの基本的な防衛力を見せ付けねばならないのだ。

サンドールというよりは、むしろ諸外国に。

俺だって、未来永劫この国に存在している訳ではないのだから。


「と言う訳で、敵の総数と補給状態の確認中なのだが……」

「予想以上に酷いであります」


第二陣およそ五千が整然と、と言えない事も無いレベルで行軍してくるが、

その過ぎ去った後に時々倒れ臥した兵士が転がっている。

……数えてみると既に数十名単位で脱落者が出ている事になるぞ?

そして、その後ろから時々護衛部隊に囲まれた荷駄隊が水や食料を運んでいるのがわかる。

後は野営道具か。つまり前線基地を構築するのが目的の部隊な訳だな?


「この不毛地帯に攻め込んでくるくらいだからさぞや素晴らしい兵站があるかと思ったが……」

「所詮兵士は使い捨てでありますか……」

「おばか、です」


明らかに指揮官級だけが贅沢をしているのがわかる。

馬の上で水筒から水を飲む隊長を、兵士達が羨ましそう、を通り越して恨めしそうに見ている。


……しかしおかしいな。

幾らなんでも水が切れるのが早すぎる。

サンドールは砂漠の国だ。

いざと言う時の水不足には神経質であり、当然水のたくわえは十分にあったはず。

更に傭兵国家戦では食料はともかく水に関しては現地調達も可能だった。

故にそこまで困窮しているとは思って居なかったんだが。


「さあ、進め!レキを落とせば水も食料も望むままだぞ!」

「「「は、はい……」」」


進むモチベーションはそういう風に維持しているのか。

……拙いな、街まで来た連中は欲に目が眩んだ、というか飢餓状態の死兵になりかねん。

まあ、だとしても関係ないような策は立てているが……。


「……なあ、もしかして王宮地下の水樽を半分ぐらい海水にすり替えたのばれてるか?」

「それはない、です」

「そうであります。わざわざ海水だと知ってて運んでるとは思えないのでありますが」


……つまり、あの荷駄隊の大荷物の中にこちらですり替えた海水の樽も混じってるんだな?

え?どうやってって……こう、地下から蟻に掘り進ませて後ろの方からこっそりと……。

まあ、敵対者に対する嫌がらせの一環だな。

何せ……何時か起こるであろう戦いの為、水樽倉庫への地下道はとっくの昔に作ってたからな。

飲み水が無くては戦えまい?

乾燥地帯特有の弱点。利用しない方がおかしいってもんだ。


ついでに王宮の上層階にあるサンドール王宮宝物庫の中身も、

子蟻で持ち運び可能な宝石類なんかはこっそり安物にすり替え済みだったりする。

そして更に金貨と銀貨は金銀メッキの銅貨にすり替え済み。

が……勿論それは基本的に味方にすら内緒だ。


まあ、要するにある時突然運んできた水の中に塩水が混じっている事に気づく事になるわけだ。

その時のサンドール軍の顔がちょっとばかり見物ではある。


「まあいいか。とりあえず現状では戦わずして勝たせてもらおう」

「将軍級が出て来るまでは、指揮官が雑魚ばかりだから楽勝であります」

「あれ?あのひと、みず、のんだのに、たおれた、です」


……もしかして、海水なの気付いてて兵に与えてるとか言わないよな?

それとも、年単位で樽の中に置いておいた数年前に汲んだ水とか言わんよな?


「たおれた、へいたいさん。おなか、おさえてる、です」

「マジ話か!?……こんなのに負けてやる訳にはいかんだろ常識的に」


まあ、ともかく軍は倒れた兵をそのままに、まるでパン屑をこぼすかのような姿で進んでいく。

……あ、あのままにしておかれると目印にされるな。

後で掬い出しておこう。(誤字にあらず)


……。


さて、あれから三日ほど経過した。

向こうからすれば、正に無尽の野を行くが如きだろう。

指揮官限定で意気揚々と無人の荒野を進んでいる。

うん。目印を確認し、この日の為に用意した地図と照らし合わせて先に進む。

間違って無いよ。

でもな、実は少しずつずれてるんだよ目印も道も。

真っ直ぐ西へと向かっていた道が、ほんの少しづつ北に曲がってたりとかな。

……因みにこの道が曲がっている事は、恐らく七割ほど進んだ辺りで気付く奴が出てくるだろう。

何せ、太陽の向きだけは変えられないのだから。

とは言えその時は既に手遅れってもんだ。

……眼前に霞む緑の大地、それを見て正気で居られる物かな?


……。


更に一週間後。

彼等は商都南部にある森林地帯を仰ぐステップ気候地帯に到達していた。

……因みにここにもまだ水は無い。

一番近い水場は商都森林地帯になる。

でも、そこまで行けば商都の国境警備隊とぶつかる羽目になるのは必至。

ついでに警備隊にはタレコミ済みで、準備万全待ち構えていたり。

因みに数の差で蹴散らせるけど、果たして現場の判断で敵国増やして良いものかな?


「貴様あああああっ!ここは商都の南ではないか!?」

「しかし、道は……あ、ここまでで消えてますね」

「騙された!?」

「隊長!水の中に何故か塩水が入った樽が混じっています!」

「(比較的)新鮮な水はもうありませんが、いかが致しましょう!?」

「……森まで行けば水も食料もあるよな……」

「いや、明らかに商都の軍隊がこっちに対して臨戦態勢なんですけど……」

「元から片道分+三日分の物資しかありませんが」

「追加を頼め!」

「お前が行け!俺は死にたく無い!」


……現在岩陰にある地下道入り口付近から、

サンドール第二軍中枢部の混乱を絶賛蟻ん娘生放送中である。

うん、良い感じに終わってるな。


はぐれたり、逃げたり、倒れたりで兵数は既に四千人を割り込んでいる。

戦闘可能な兵士はその半分居るだろうか?

ステップの草は既に食い尽くされようとしてるし、飢餓状態なのは間違いない。

あー、決死隊を守りに回してやっぱり正解だな。

祖国の兵、しかも大半は奴等同様の奴隷……のこんな地獄絵図あいつ等には見せられんわ。


「さて、こっちはこれで良しと」

「万一戻っても、レキの街に辿り付く前に全員餓死するでありますからね」


これで敵兵の残数はおよそ一万か。

既にサンドールの国力は限界を超えた筈。進軍どころか日々の糧にも困る有様だろう。

次はセト将軍自らが全軍を率いて出て来るはずだ。

……元から潜伏させていた家からのスパイもそう言う風に話を進めようとしている筈。


「文字通りの全力出撃……こっちは出来る限り相手を疲弊させ、レキの街で雌雄を決するぞ」

「あいあいさー。その時にはホルスとレオの別働隊も同時に動かさせるでありますね」

「けっせん、です!」


……決戦、ねぇ。

正直、部下を殺したくは無い。まともな戦いをする気は無いんだけどな?


「あ、アルシェねえちゃから、でんごん、です」

「にいちゃは調子に乗って足元掬われる事が多いから気をつけて、だそうであります」


うわ、痛い所を突かれた。

……とは言え、今回の戦で気を付けるべき事って他に何かあったか……?


ああ、そうだ。出撃前にホルスが言ってたな。

サンドールには国の守り神たる巨体の守護獣が居るって。

……因みに名前はスピンクスだそうだ。うん、名前だけでどんな姿か容易に想像がつくな。

因みに王家に伝わる伝承で、王家に列する血筋の人間の呼びかけにのみ応じるんだとか。


まあ、伝承の類だと思ってたようだが、昨日蟻達からの報告で、

サンドール砂漠西のピラミディオン火山の一部が不自然に崩落しているのを確認したのだとか。

そのために実在を疑い俺の耳に入れてくれたらしい。

……あのセト将軍も王家の血筋だそうで、あの男が何かやらかしたのは想像に難くない。

まあ、俺……つまりファイブレスとぶつけるつもりなのだろう。

もっとも、負けてやるつもりは毛頭無いが……。


……。


≪side アブドォラ≫

サンドール軍第二陣、五千名の部隊からの連絡が途絶えてから早一ヶ月。

誰も公の場で口には出さんが、わしらの間では既に壊滅したのではないかと噂されていた。

……わしも同感じゃった。


じゃが奴等は帰ってきた。

三千人ほどが……何故かトレイディアから。


ともかくセト将軍はご立腹で、

奴等に再度の先陣を申し付けると、文字通りの全軍を率いての出撃を決意したようじゃな。

居残りはアヌヴィス将軍率いる千名のみ。

……わしとしては居残る兵が少ない事よりアヌヴィス将軍が同行しない事のほうが心配だの。

あの我が侭男を抑えられえるのはあの将軍だけなのじゃが……。


とは言え、わしにもありったけの奴隷を用意して従軍せよとのお達しだ。

……あの男……カルマに復讐する千載一遇の機会、逃してなるものか。

どうせ、この国は終わりじゃからの。

……あの国を落とした所で、多分金目の物は全て逃がした後じゃろうしな。

ふん。精々空っぽの金蔵を見て呆然とするが良い。


総軍は帰還した三千を加えた一万三千。

恐らく水も食料も手に入らぬのは奴の策なのだろうが……甘いのう。

此方の兵は死兵と化した。……わざわざ敵を手強くさせてご苦労な事じゃな。

それに、道がおかしい事も報告を受けているが、甘い甘い。

そんなもの、真っ直ぐ進めば良いだけでは無いか!

多少方向がずれようがレキはかなり大きめの都市、ある程度近くまで行けば見つかる筈だ。

……昨日、それを将軍に伝えた所、手を打って喜んでおった。

まあ水も食料も片道分しか無いしの、当然か。


「小細工に惑わされなければ相手は僅か千名。幾ら奴が強かろうと数の論理には勝てまい」


被害は大きくなろう。だが今更関係あるか。

どうせわしには老い先も金も無い。

……せめて道連れを増やしてくれるわい……。


……。


≪side カルマ≫


「……って、アブドォラのおじちゃんが、いってた、です」

「むしろ雑魚が幾ら居ても問題にならないのがにいちゃでありますが、勘違いしてるであります」


……既に軍と僅かな要員以外は避難したレキの街。

その妙に静かになった謁見の間で俺はアリシア達から敵の最新情報を聞いていた。

ふむ。つまり"的"はこっちに向かってただただ真っ直ぐ来る訳か。


「いいだろう。まあ、それならそれなりのやり方がある。一ヵ月後には敵はここに到達するな?」

「はい、です」

「城の"迎撃準備"は既に整ってるであります。何せ以前より規模が大きいだけでありますから」


……とうとうここともお別れか。

俺が次にここに帰る時は、レキの街に敵が攻め込んでいる時だからな。

ま、感傷に浸る位の愛着は持っていたって事か。

元から放棄する事前提の拠点だったってのにさ。


「そろそろ俺の家族も新首都に移動させるか。そして敵が攻め込んできたら……」

「はいです。みずぬき、するです」

「押し入ってきたら驚くでありますよ、にやにや」


金目の物と最低限の物資を除いてレキの街は空になっている。

水路を堀として迎撃する事も考えたが、よく考えたら敵に水をくれてやる事は無い。

……守るのは一時、それも大手門だけだ。


「そして、俺達が撤退し敵が街になだれ込んだ時が見物だな」

「なんという、じゃあくな、えみ。です」


金目の物どころか水も食料すらない。

水路が消えたせいで夜の冷え込みもえらい事となるだろう。

……そこにトドメが来るって寸法だ。

さあ来いよサンドール軍。ここからが本当の……地獄だ。


***大陸動乱シナリオ4 完***

続く



[6980] 54 発酵した水と死の奉公
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2009/08/25 23:00
幻想立志転生伝

54

***大陸動乱シナリオ5 発酵した水と死の奉公***

~どこぞの雪山登山よりも酷い話~


≪side カルマ≫

敵本陣の国境線侵入より半月程が経過。

俺達は時折敵の攻撃範囲外から火球をぶち込む以外には大した反撃もせずに、

敵を砂漠の奥へ奥へと誘っている最中である。


「フフフーン。殿下、今日は無傷で敵兵十数名を討ち取りました!」

「確かに大戦果。しかし……焼け石に水か。相手は対策を取ろうともしないしな」


「オゥ……そうですね。しかし大事な事はこちらの被害を出さない事、でしたよね殿下?」

「そう考えるとやはり大戦果だなオド。まあ敵側は食糧難みたいだし後は自滅を待てば良いか」


やはり、こう言う機動力が問われる場面では騎兵が役に立つ。

……しかし敵もさるもので、

凄まじい形相で此方目掛けて突っ込んでくる兵が日に日に増えていた。

大した執念だと思う。

ただ、それと同時進行で、馬に乗っている指揮官が減った気がする。

……むしろ目当ては馬なのかもしれない。


敵の乗る馬を食料として必要としている程の飢餓状態、これが敵軍末端の現状なのである。

なにせ、不足する水を倒れた味方の血や体液、挙句に老廃物で補おうとする始末だ。

……もしかしたらこの軍隊、生きて此方の拠点まで辿り付けないかも知れんな。


実は、謁見の間に敵を引き付ける餌として僅かばかりの金目の物は残しているんだ。

ついでに僅かばかりの食料も。

……宝石を放り出し、一切れのビスケットを奪い合う大人達。

という凄まじい図が展開される予定なのだがそれもどうなるか微妙だな……。


「いや、補給線ぶった切り続けさせてるにいちゃが言っちゃ駄目でありますよ?」

「うん。流石に罪悪感を感じはじめてるけど、それでも自重はしない」

「こんばん、とどめさす、です」


うん、水の採れる旧傭兵国家→サンドール王都間の物流をスケイル達に襲わせてるのも俺なら、

必死に水と食料を輸送しようとする荷駄隊とその護衛を襲撃し続けているのも俺だ。

ついでに中身が兵士な、罠の荷駄隊もあるんだけどそれは丁重に全て無視。

そのくせ普通の物資は残らず強奪しているので、彼等は侵攻後一度も追加補給を受けていない。

……あ、違うや。

積荷が全部俺たちのすり替えた海水樽だった時だけあえて見逃したっけ。

どんだけ外道?

いや、これ、悲しいけど戦争なのよね。


生産設備や道路に至るまで全て戦力と定義し、

近代的な殲滅戦を行うよりかはまだ人道的だと思うんだけど……。


……。


まあ、そんな訳でその日の夜遅く。

魔道騎兵を休ませている中、俺は休む事無く次なる工作に向かっていた。

……いや、大して難しい事ではない。


「水樽に異常なし!」

「此方も異常なし!」


ここはサンドール軍の野営地である。

そしてその中でも一二を争うほどに警戒が厳重な場所……そう。ここは物資集積所だ。

俺は現在荷台に置かれた水樽の下に地下からキリを伸ばし、

それぞれに数ミリ程度の穴を開ける作業を行っている。


獲物は長さ数メートルもある癖に先端は極細のキリだ。と言うより最早針だな。


「敵の姿は無し!」

「物資に異常は感じられず!」


ところがどっこい、地下から伸びて来た細く長いキリが水樽や水瓶に小さな穴を開けて行く。

流石に荷台の下、地面から伸びる極細針に気付く見張りは居ない。

水が漏れるよ少しづつ。

ついでに先日より子蟻に少しづつ荷馬車の車輪の軸をかじらせ続けている。

お陰で途中で車輪が外れ、折角の荷物を落っことす荷駄隊が続出していた。

そのたびに突き刺さる視線、飛び交う罵倒……。

もし俺がサンドール兵なら、逃げ出したくなるような険悪、かつ絶望的な雰囲気だ。

明日の朝、移動を開始した後置き場の下が湿気って居る事に気付く奴が現れたら地獄である。

だが、これで終わりではない。


そろそろ……ホルスとレオが最初の軍事行動を開始する頃だしな……。


……。


≪side レオ≫


「さあ、このパンを食べるっす」

「ああ、助かります」


ここはサンドールの路地裏。

自分達は戦争勃発後すぐに移動を開始し、

商会がこっそりと掘り進んでいたと言うサンドール地下の秘密通路に潜伏してたっすよ。

そして、サンドールの軍隊から隠れつつ、恵まれない人達に対し水と食料の供給を開始。


「しかし、許せないっすね」

「何がですかレオ隊長」


「サンドールの軍隊は水も食い物も残らず持って行っちまった。あれじゃあ餓死するっす」

「そうですね。ですが私達が言えた義理ではないですけど」


ホルス宰相は苦笑しつつそう言うけど、こっちは軍事行動っすからね。

戦争で勝つためだし、相手は敵なんだから仕方ないっす。

でも、サンドールにとって彼等は自国民。

……国民を守れない国に何の価値が有るのか判らないっすよ。


「まあ、細かい事っす。自分達はせめて餓死者を最低限に抑える。それが人の道っす」

「……そうですね。例え今後への布石でしかないにせよ、それで助かる者が居るのですから」


主君の為、汚い事も躊躇しないと決めているそうっすけど、

やっぱり祖国がボロボロになるのは辛そうっす。

でも、自分等に出来るのはこうして手の届く人を助ける事だけっすからね……。


「さあ、水を飲むっす」

「ですが、ここの事は軍の耳には入らないようお願いします」


「か、カルーマ商会の……」

「うう、天は我等を見放しちゃあいなかったんだ」


こうして、軍と国から民の心を切り離すんだそうっす。

食い物を配るのがどうしてそれに繋がるのかはまだよく判らないけど、

……感謝されてるから良い事だと思うっすね。


「とりあえず、軍に見つかるまではこうして水と食料を供給させて頂きますよ」


「ええ、言う訳が無いですよホルスさん……」

「危うく飢え死にする所でしたからね」

「ああ、ありがたやありがたや」


……それにしても本当に軍に喋る奴が居ないっす。

別に軍隊が来ても撃退して逃げるだけっすけどね……。

これで追い出されたとしても、敵に悪評が付いて、

一般の人達は"ああ、あの方達が居てさえくれれば"と思うから、

更なる支持が貰えるから問題無しとか言ってたっす。


細かい事っすけど、悪辣すぎるっす。

流石はアニキっす。

本当に半端無いっす!


「さあ、レオ隊長。次の場所に移動しましょう」

「うっす!じゃあ皆、次の配給は明後日っす。軍にばれないよう集まるっすよ?」


そして自分達は次なる場所に向かうっす。

一箇所で配り続けたら流石にばれるっすよね。

さて、確か次の場所には死に掛けの子供達が居る筈っす。

腹空かせてると思うから急ぐっすよ!


……。


≪side アブドォラ≫


「またか!?また物資を失ったと言うのか貴様等は!」

「は、そ、それが老朽化したのか樽や瓶にひびが入っていまして……・」


レキ大公国内に侵攻を開始してもうすぐ一か月になる。

先日ようやく敵首都の場所を探り当てた所じゃ。たどり着くまでおよそ一週間といった所か。


だが、ここまで来て物資の不足が表面化してきていた。

セト将軍はお怒りのようじゃが、それも止むを得まい。

……後方からの物資輸送が滞っているにも関らず、手持ちの物資は人為ミスで減り続ける。

荷馬車の車輪が外れ、上の水がめが残らず割れたときは流石のわしも怒鳴りつけたものだ。


「……アブドォラよ。保つのか?レキまで、水や食料は!?」

「既に余裕はありませんな。悪辣な事にカルマめは後方からの物資遮断にのみ腐心している様子」


嘘だ。本当は足りん。

恐らく最後の三日間ほどは兵に与える物など何一つ残っておらんじゃろう。

……正直、最初から後方からの物資は期待しておらんかった。

あの男がみすみす荷駄を通すとは思わんしの。

だから現在ある分を出来る限り節約させようと荷駄隊の責任者などに名乗りを上げた訳だが、

……幾ら節約してもこれでは意味が無いではないか!?

特に輸送班はなっておらん!

サンドールの民でありながら水をないがしろにするような輩は要らぬわい……。


「ともかく、これ以上の物資を失う訳にはいかぬわい……担当者には荷馬車の点検を徹底させる」

「そんな当たり前のことも出来ないとはな。俺の軍にそんな間抜けは必要ない。……斬れ」


馬鹿な事を。

現在居る奴ら以外は更にレベルが下じゃ。

今後の輸送に更なる支障をきたすに決まっておるわい。

まあ、断ったらわしの首が飛ぶじゃろうし、名目上殺した事にしておくかの。

……ん?


「た、大変です!」

「何事だ?」


伝令が顔色を変えて走ってきた。

……何か禄でもない事が起こったのだろう。


「物資集積所が、飢えた兵によって襲撃されました!」

「なんだと!?」

「それで、被害はどうなったのじゃ」


ま、いずれ起こるとは思っておった。

その為に精鋭の兵を守りに置いておいたのじゃ。

腹を空かせた程度で動くような輩を排除できれば兵の質は高まり兵糧の消費も減る。

厳しい沙汰で締め付けもできるし一石二鳥と言うもの。

……後は、物資の被害状況じゃな。


「な、何故か炎上しております!」

「な、なんだってーーーーっ!?」


思わず天幕から走り出し、物資集積所に向かう。

……何故だ!?

何故火が付いたりする!?

奴らは飯が欲しいだけじゃろうに!


「……ちっ、どいつもこいつも使えん……」


止むをえん、と言う声が背中のほうから聞こえた気がした……。

さて、将軍はこの状況をどう覆されるつもりなのか?

とりあえずお手並み拝見と行こうかの。


……。


≪side カルマ≫

丘の上から俺達は燃え上がる食料庫を見ていた。

……いや、今回は別になにもやってないんだけど。


「末期か?」

「多分そうであります」


気持ちは判らんでもない。

自分で食えないならせめて他の奴にも食わせたく無い。

多分そう言う事。

満たされない思いは時として自己破滅をも内包した破壊衝動として現れる。

……等と言ってみる。


「ともかく、これで奴らは水も食料も失った……引くも進むも出来ん」

「かった、ですか」

「ウィナーーっ!正に被害皆無!歴史的勝利!殿下、その影にオドと魔道騎兵有りですよ!?」


策はまだ二重三重に用意していたが、思ったより脆かったな。

後あり得るのは、スピンクスとか言う守護獣による特攻か?

なんにせよ、軍は此方まで辿り付けまい。


「よし、一度帰還する。ただし、相手が全滅するまで気は抜くな!」

「ハハッ!」


……これで、終わってくれれば良いんだけど、な。


……。


翌日。

連日の戦いで流石に疲れていたのか目が覚めたのは昼過ぎだった。

非難させる、と言うか遷都の為に殺風景になった部屋を見渡してみる。

実際はかなりの期間を遠征に費やしていたとは言え、

流石に一年以上暮らしていたのだ、多少の寂しさを覚えるな。


「ま、勝っても負けても捨てる街だし、余り拘っても、な」

「おお、父。ようやく目を覚ましたのか?」


ん?ハイムか。

何か大荷物持って何処へ行く……。


「……って、何でここに居る!?避難しておけって言った筈だよな!?」

「馬鹿にするな。わらわは魔王。自分の身くらい自分で守れる」


「そういう問題じゃないだろうが。万一があったらどうするんだ?」

「別に良かろう?敵は既に壊滅したと聞いたぞ?」


「それでも引越し予定は変わらん。さっさとルンと一緒に移動しておけ」

「あーそびーたいー、あーそびーたーいーーっ」


あーもー。

本当に魔王なのかコイツは。

いつの間にか肉体年齢に精神が引き摺られて無いか?


「ふふふ、無人の野と化したこの街はわらわが頂く。魔王城の真なる復活だ……」

「聞こえてるぞ、お馬鹿め」


目をキュピーンと輝かせて居るが、言っている事のレベルが低すぎるぞ。

全く、今度本当に城の一つも建ててやらんと納得しないだろうなコイツは。

……予算組んどくか。

なにせ、撤退後にはこの街自体が……。


「では、わらわは子供らしく遊んでくるぞ!」

「はいはい」


謁見の間の前に待たせていたらしいニワトリ軍団を引き連れて走り出す。

しかしどこか白々しさを感じるな。うん。

……その背には携帯食料が山のように。更に、転がしている樽は水樽か?

もしかして、アイツ……。


「……ところで、アリシアは居るか?」

「はいです」


床石がゴゴゴと音を立てて外れ、その下からアリシアが飛び出してきた。

……いつもの事だが。


「ハイムのお目付け役を頼む。……嫌な予感がする」

「はい、です!」


トテテテテとハイムを追っていくアリシア。

さて、これで向こうは問題ないな。

しかし……なんでここに来るのを誰も止めないんだよ全く。

幾らお姫様だからって……いや、だからこそ許して良い事と悪い事があるだろうに。


いや、こういう戦況なのは移動中の向こうにも伝わってる筈。

この状況なら問題ないと判断されたのだろうか。


……どうも楽勝ムード漂ってきたが、俺の場合こういう時が一番危ないと言う経験則がある。

故に、発破をかける意味も込め、決死隊の詰める城門前まで行ってみる事にした。

そうだ。俺はもう油断などしない。してたまるかよ……。


……。


「よお、イムセティ。調子はどうだ!?」

「殿下!今日も異常はありません。昨日も、一昨日も……」


当のイムセティたちは今日も誰も来ない、硬く閉ざされた城門を守っていた。

……かなり不満げだ。

良く無い兆候だ。少し話しておかないと拙そうだな。


「ちょっと不満だろうが、守備とはそういう物だ。けど、手を抜いて良い物でも無いからな?」

「そんな!私が手を抜いていると言われるのか!?」


え?いや、そう言うつもりじゃないんだけど。


「確かに戦争経験どころか剣闘士としての実戦経験も無いですが、何事にも最初はある筈!」

「ん、ま、まあそうだな」


「判ります。こうして立っているだけでも僅かばかりの経験になるのは……ですが!」

「いきり立つなイムセティ」


「日々華々しい戦果を上げる彼等に比べ私達は……」

「まさか、オド辺りに何か言われたのか?」


だとしたら、ちと問題だ。

向こうにも一声かけないといかなくなるが……。


「いえ?何も。ただ……人の横で大声上げて自らの戦果を誇られるだけですよ、あの方は?」

「食堂でこれ見よがしに誇ってやがるな、あの貴族様は」

「なんつーか、目が人を小馬鹿にしてるって言うかな……」


……これまた余り宜しくないな。

これか、これが不安の元凶か!?

こう言う小さな不満の積み重ねが、後々に響いてくるんだよなぁ。


「判った。オド達には後で俺から言っておく……」

「殿下なら判って頂けると思っていましたよ!」


嬉々とした表情。

しかし、コイツ等本当にストレス溜まってるっぽいな……。

……こうなると、敵さんがたどり着いてくれたほうが良かったとすら思ってしまうぞ。

しかし、現実的にはもうたどり着ける筈が無い。

来るとしたら、とても一般兵には任せられるわけが無い巨大な獣一匹か。

……後で盗賊討伐でもやらせるか。

うちの国には盗賊なんて居ないから村正辺りに頼んで商都の作戦に混ぜてもらって……。


「……いちゃ!……にいちゃ!にいちゃ!」


ん?何かアリスが人のズボンの裾を引っ張って……どうかしたのか?


「サンドール陣内に、スピンクスが現れたであります!」

「でっかい、ひとのかおした、ライオン、です」


人の顔をしたライオンね……それでスピンクス(スフィンクス)というわけか。

で、そいつは何時攻めて来るんだ?


「んで、それが……荷物運びしてるであります!」

「……は!?」

「せなかに、にもつ、いっぱいくくって、おうふく、はんぷく、です」


……えーと、仮にも守護獣だよな。

それを、荷馬車扱い!?


「殿下……つまり、敵は息を吹き返したという事ですね!」

「そう言う事になるが……嬉しそうだなイムセティ」


「いえいえ、ただ、この計算違いで私達にも出番が来るかと思うと武者震いがするだけです」


悪かったな、計算違いで。

……まあ、ともかく敵は来る訳か。


「……それとスピンクスは荷物運びが終わったら、兵隊乗せてこっち来るそうであります」

「にもつはこび、こんばんちゅうで、おわるかも、です」


それって、つまり明日には精鋭部隊付きでこっちに来る可能性があるって訳か?

まあ、それでも何だかんだで到着に数日くらいは見ても……いや、油断は禁物だな。

第一、守護獣は巨体だという話だ。当然移動も速いし遠くまで見渡せる。

それに流石に此方の街の位置も特定されていると思ったほうが良い。


『我が身の出番か?』

「そうなるな……まあ、単騎で何が出来るって問題も有るが、城壁を崩されると厄介だからな」


……要するに、決戦と言う訳だ。

ともかくスピンクスさえ屠れば後はどうとでもなる。

後々サンドール軍が来ようが、特に問題にはなり得ない。

そして幾ら運んで来れるといっても、サンドール自信の持つ物資の方も限界に近い筈。

……ここを凌げれば俺達の勝ちだ!


「イムセティ。巨獣は俺が相手をする。出来るだけ敵を食い止めるんだ」

「そんで、やばくなったら少しづつ後退するであります。最終的にはお城の前まで」

「そこまでひいたら、あとは、おしろのうしろにまわって、うらぐちから、にげるです」


そうして、敵が残らず城に入ればそれだけでこっちの勝ちだ。

奪われるのは最初からの予定の内。

詳しくは言えないが本隊がやってきた時が連中の最後……。

それに、幾ら巨獣とは言え、背中に乗せられる人数には限りがあるだろう。

イムセティの初陣には丁度良い相手のはず。

出来れば本隊が辿り付くまでに実戦に慣れてくれれば言う事は無いがな?


……さあ、正念場だぞ!


「はい……カルマ様の言うとおりに。……さあ、皆!私達決死隊の力を見せる時ですよ!」

「「「おおーーーっ!」」」


気勢を上げる決死隊を背に、続いて魔道騎兵の元に向かう。

……あいつ等も戦い続けだ。

そろそろ休ませてやろうかとも思っていたので、丁度良い。


「……と言う訳で、敵の進軍が早くなってきた。万一敵が迷ってルン達の方に行ったら事だ」

「ドォント、ウォーリー!妃殿下……お嬢様の警護ですね、それはもう、願っても無い!」


と言う訳で、騎兵は護衛として移動中のルン達の元へ行かせておく。

何せ、向こうは家財道具一式もって移動中だ。

追いつかれたりしたらひとたまりも無いだろう。

……万一見つかった場合、

移動する森なんて目立つとか目立たないとかと言うレベルでも無いしな。

まあ、騎兵は要塞の守りには向かないという理由もあるんだけど。


……後は、俺が守護獣を倒し、

決死隊が敵を出来るだけ引き付けて撤退すれば良い。

まあ、数日も粘れれば上出来だろうな。


……さて、じゃあ俺は敵が来るまで休んでおいた方が良いな。

もう一眠りしますかね?


……。


そして、更に三日後。

奴らはようやく現れた。


……俺は硬く閉じられた城門前に仁王立ちしていた。

その目の前にはセト将軍とアブドォラ氏の姿。

更にその後ろにはファイブレスと良い勝負の巨大な獣の姿がある。


「レキ大公カルマよ。サンドール王家に対する反逆の嫌疑で大公位を剥奪する」

「今更何言ってるんだか……部下の家に押し入る上司がいるかよ。もう主従ですらないだろ?」


「ククク、違いないな。……まあ、なんだ。俺とサンドールの為に死んでくれ」

「お断りだ」


はなから双方譲る気など無いのは明白。

故にこれは単なる決裂の確認でしかない。


『召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』

「行け!我がサンドールの守護獣スピンクスよ!」


城門を背に俺がファイブレスを召喚。

それと同時にセトがスピンクスをけしかけてきた……!

怪獣大決戦とでも言うべき戦いが始まろうとする中、同様に足元を駆けていくサンドール兵。

……狙いは城門。


「さあ、私達もここで手柄を立てるんです!あの人達に、負けている場合ではありませんから!」

「「「おおーっ!」」」


スピンクスの背に乗り、

尻尾にくくりつけられた綱に引かれた荷車に乗せられて、

ここまでやって来たサンドール兵は、おおよそ六百人。

これを多いと見るのか少ないと見るのかは正直判らない。


そして、今も物資の切れた中こちらに向かい続ける兵士は残り八千人ほど。

レキにさえ着けば水も食料もふんだんに有ると信じて疑わない彼等は、

驚異的と言うか暴走じみた速度でこちらに向かって進んでいるそうだ。

サンドール軍の兵卒達は、頬はこけあばら骨の浮き出た悲惨な姿だ。

腐った水のせいで酷い下痢を起こしている者も多いという。

だが、その目はまさに植えた狼のように爛々とした光を放つ。

……攻城兵器などは持っていないが決して安心できる相手ではないな。

そして。


「ガアアアアアアッ!」

『……知能の低い獣風情が!』


人の顔を持ちながらも、そのあり方はまさしく野生の獣なスピンクスの姿。

流石に背中に羽が生えていたり尻尾が蛇になったりはしていないが、

それでも難敵なのには変わりないだろう。


「……少し確かめたい事がある。炎を吐いてくれ!」

『承知だ!』


ファイブレスの火炎放射が相手を包む。

だが。


「ウガアアアアアアッ!」

『くっ!?我が炎が効いていない!』


やはりか。

火山で暮らしていただけの事はある。

あの毛皮、耐火性能が高いぞ!


「……て、事はだ。火球も爆炎も効かないと考えた方が良いな」

「はーっはっはっは!素晴らしい、素晴らしいぞスピンクス!」


残念だけど、喜んでいられるのも今の内だけだ。

……勝ちに行くぞ!


『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』

『合わせる!うおおおおおおおっ!』


「グ!?ググアアアアアアッ!」


俺の手から放たれた電撃がスピンクスの顔に突き刺さった……流石に電撃は効くようだな?

そして思わずひるんだ所にファイブレスの爪が振り下ろされる。

スピンクスは怒号を上げ、顔に爪の跡を残したままバックステップで距離を取った。

とは言え此方の攻撃は薄皮一枚でかわされたようだ。敵はピンピンしている。


「はーっはっは!流石だスピンクスよ。竜の一撃を食らってもまるで効いていないぞ!」

『かすっただけだから当然だな』


足元には戦いに巻き込まれた兵士達の無残な姿。

そして、


「熱湯を浴びせて下さい!相手は絶対に避けようとはしませんから!」

「水だ、水が降ってきたぞ!」

「熱い、熱いけど……喉が、渇いて……」


城門前では早くも攻防戦が始まっていた。

……さて、忙しくなりそうだ……。

まずは目の前の巨獣から片付けるとしますか!


……。


≪side ルン≫

大分大きくなったガサガサ達の枝に乗り、私達は新しい街への引越しの途中だった。

荷物も多いのでゆっくりとした歩みだけれど、ガサガサたちは休むという事を知らない。

確実に先へと進んでいく。

……それは良いのだけれど、今日は朝からはーちゃんの顔を見ていないのだ。

何だろう。嫌な予感が頭から離れない。


「はーちゃん?何処?」

「どうしたのルンちゃん?」


「アルシェ。はーちゃん、居ない」

「……え?ルンちゃんの許可が下りたから街に遊びに戻るって言ってたよ?」


……そんな許可、出してない。

第一レキには敵が迫っているのだ。

言われても絶対に認めたりはしない。


それなのに何で?何でそんな事になっているの?


「私は、そんな許可……してない」

「嘘?だってはーちゃん、今朝"ちゃんと話はした"って出かけて行ったけど」


「誰に?」

「……え?」


少なくとも、今朝目を覚ました時、横にあの子は居なかった。

では、誰に話を通したというのか?


「あ、あの……お嬢様……」

「じ、実は……」


モカ、それにココア?

……まさか……。


「も、申し訳ありませーん!」

「チビお嬢様が、忘れ物をしたって言うから……あ、でもでもすぐ戻るって言ってましたよ!」


「すぐ?すぐって何時まで?」

「「え?」」


「すぐ、と言う言葉は当人の主観によって幾らでも変化する……あの子が本当にすぐ戻るか不安」

「……そうだね。魔王城を守るのだ!とか言ってたくらいだし」


……アルシェ?今何て言ったの?


「ん?ああ、昨日さ、はーちゃん弓を習いたいって言ってきたんだ。その時にそんな事言ってた」

「そこまで聞いてて……何で行かせたの?」


「あはは、大丈夫。後でねって言って教えなかったからさ。それにお腹が空けば帰ってくるよ」

「そ、そうですね!次は無いように私達がしっかり見張ってますから!」

「……でも、そう言えば最近食料や水樽の数が少し足りないような気がするんですが……」


……場の空気が、凍った。


「え?モカさん。それって……拙いんじゃないの!?」

「篭城、準備……でしょうか」

「そう言えば最近のチビお嬢様は色々と名目を付けて荷物を漁ってましたねぇ」


再び沈黙。

ガサガサが歩く度、枝に釣り下がった鳥小屋のような私達の部屋が僅かに揺れる。


「まさか……まさか、はーちゃん……戦いに行った、とか!?」

「アイブレスも居ない。有り得る」

「「あわわわわわ……」」


よく見ると寝床も綺麗に片付けてある。

……あ、布団の上にひよこ。

しかも首に何か吊り下げてある。


「……魔王、代理?」

「え?このひよこがはーちゃんの代理?って事は」

「「いやああああああっ!」」


……どう、しよう。

今更戻っても、近くにサンドール軍が来ているという情報もある。


「……情報……情報といえば」

「アリスちゃん達だね!メイドさん達、悪いけど」

「「行ってきます!」」


「そのひつよう、ないです」

「緊急事態なので急いで参上であります!」


だが、こちらの懸念を伝える前に窓から飛び込んでくる小さな影が二つ。

……本当に頼りになる。


「はーちゃんがレキに戻って魔王城(仮)に篭城する準備を進めているであります!」

「ほかのあたしがとめてるです、でも、いうこと、きかない、です」


やっぱり。

でも、危険……あの街は廃棄される街。

先生の事だからとんでもない罠が仕掛けられているに決まってる。

……どうしよう。


「アイノー、アイノー!お話は全て聞かせていただきました!」

「……オド?」


そうしたら、突然ドアが開いてオドが私の前に跪いて来た。


「姫様の危機は見逃せません!ここは私どもがお迎えに参りましょう」

「え?いいの?て言うかさ、魔道騎兵は街中じゃ真価を発揮できないんじゃ」


「ノンノン!確かに馬の機動力は失われますが、それでも私どもは精鋭中の精鋭ですよ!?」

「……でも、確か魔道騎兵の仕事は……カルマ君から頼まれた事反故にしちゃって良いの?」


そう、確かオド達の仕事は私達の警護。

流石に追いつかれたらただでは済まないと思う。


元々、万一敵が追ってきた場合に一般の人たちから目を逸らす為、

この集団は存在を隠そうとはしていない。

何かあったらすぐに見付かるだろう。

だけど現在ここに居るのは編成途中のアルシェの部下だけ。

万一を考えると魔道騎兵は居た方が良いに決まっている。


「オウ……で、ですが元々我等はルーンハイムの兵!妃殿下の命令こそが最優先です!」


……確かにオドが行ってくれれば話は早いかも。

だけど、あの子のわがままに兵たちを付き合わせて良いものだろうか?

今から戻るとほぼ確実に敵の主力と鉢合わせると思うのだが……。


「妃殿下……お嬢様。姫様をそのままにはしておけません。どうかご許可を」

「…………」


冷静になれ。

あの子の傍にはアリシアちゃん達がついている。

いざとなったら何とかしてくれる筈だ。


……本当に何とかなるのだろうか?


あの子のわがままではあるが、同時にあの子には魔王としての自負があるように思う。

自分の城をみすみす敵に渡すだろうか?

アリシアちゃん達だけで……本当に大丈夫だろうか?


「大丈夫。敵と戦いに行く訳ではないのです……姫様を無理にでも連れて帰る、それだけです」

「たしかに、あたしらだけだと、せっとくむずかしい、です、けど……」


『ちょ、アリシアちゃん。本当に来ちゃったら地下道が使えなくなるでありますよ……』

『でも、はーちゃん、ぜんぜん、いうこときかない、です』


『そうでありますね。何か理由でもあるのでありますかね?』

『どうであれ、あぶない、です。せっとくできるなら、はやく、せっとくしてほしい、です』


……行って欲しいといえば、オドたちは行ってくれる筈だ。

あの子を心配してくれるのも純粋に嬉しい。

けれど、それで良いのだろうか?

先生の計算に予測不能な遺物を混入してしまう事にはならないだろうか?

……そもそも、今から行けば後詰の一万近い敵に当たる可能性が高い。

それはオド達に死ねと言うような物ではないのか?


……私は、どうすればいい?


理性は、心配要らないから余計な事はするなと警鐘を慣らす。

先生に伝えて、後は任せれば良い。

それ以上は、越権行為だと。


……。


「……オド、お願い。はーちゃん、助けて……」

「イエス!承知しました。全てこのオドにお任せを!」


……でも、私は。

あの子を見捨てるような真似は、出来ない。

例え、それがどんな結果を生むか。

ろくでもない事になるのは承知だとしても……。


あの子が……心配で……一分一秒が……惜しかったのだ。

万一何かあったら……私は、多分……立ち直れないから……!


……。


≪side アリサ≫

……厄介な事になってきたなと思う。

ここはレキの地下、大空洞。

地下水の急激な汲み上げにより沈下した部分に柱を立てて補強しただけの部分だよー。

柱が折れれば確実に街ごと沈むね。うん。


しっかし地盤沈下って怖いよねー。

今回は、この巨大地下空洞に敵さんを残らず叩き落すという作戦になってる。


実は暫く前からこの地下空洞が大問題になってた。

何時国ごと地下に陥没するか知れたものではないのだ。

……いやあ、急いで街を作りすぎたし水を汲み上げすぎたよねー。


そんな訳で、敵さんが来ようが来まいが関係なく、

この街は遠く無い将来破棄せねばならなかった。

それを攻撃用武装として使用する事にしたというわけ。


……新しい街はそこの所を良く考えて、

地下水の汲み上げ過ぎになんてならないように気をつけている。

要するに、レキの街は失敗作。

文字通り瓦礫となって消える運命だった訳だねー。

まあ、良い経験になったよ。

地上に作る建造物ってのも難しいもんだよね。


さて、ところがここに来て問題発生。

はーちゃんが魔王城に篭城開始。

しかもそれを助けようとオドと魔道騎兵がこの街に戻ってきちゃった。

……これじゃあ街を落とせないってば。


「どうしようかアリシア」

「……とりあえず、にいちゃ、れんらく、です」


「駄目」

「な、何ででありますか?」


……兄ちゃは今も戦闘中。

それに、もし伝えたら……兄ちゃに娘と部下を殺すなんて選択肢は選べない。

それは即ち文字通りレキの街を奪われるという事だよ。

……何も残っていない街だけど、首都を奪われたという事実は消えない。

今後の行動にも大きな問題として残るし、第一他から舐められる元。


それは避けたい。

何せ絶対に払拭できない汚点になってしまうからねー。


「……いざとなったら、覚悟するしかないよねー……なんとしても、兄ちゃを勝たせる!」

「は、はいです。じゃあ、じゅんびつづける、です」


兄ちゃはスピンクスと戦ってる。

……余計な事は、考えさせたく無い。

だから、泥はあたしが被るんだ。

一応、こう見えても兄ちゃの妹で女王様なんだからね!


……。


≪side ハイム≫


「ええい、だからこの場はわらわの手勢で守ると言っておる!」

「ばか、いわない、です」

「早くしないと……城門も何時まで無事か判らないでありますよ!?」


わらわはアイブレスに跨り、両脇にハイラル達を引き連れて、

ようやく完成した魔王城前に陣取っている。

……眼前ではクイーンの分身達が早く逃げろと騒ぎ立てているが……それは出来ん。


「どうなろうと、わらわの責任である。お前たちこそ早く逃げるのだ!」

「だから、はーちゃんも、はやく、にげるです!」

「置いて行ったら、とんでもない事になるで有ります!赤ん坊なの忘れてるであります!」


馬鹿を言うな。

魔王は例え殺されようが最後まで魔王城を守るべきだ。

敗北が避けられなくとも、せめてそれぐらいは何とかしたいではないか?

……それに、まだ駄目だ。

少なくとも後半日……何とか保たせねばならない理由があるのだ。

それさえ成れば、この仮設魔王城を自ら破棄する、と言う選択肢もある。

だが、まだ駄目なのだ。


「……まさか、流石のわらわも変態にここまで時間が掛かるとは思わなかったからな……」

「ともかく、魔王城なら新しいの作って貰えば良いであります!さっさと逃げるでありますよ」

「さもないと……ああ、きちゃった、です……」


む、何が来たと言うのだ?

まだ城門は破られておらんではないか。


「ゴーーーール!姫様、オドが参りました、護衛致します。さあお逃げ下さい!」

「「「魔道騎兵全騎参上!」」」


な、何でお前らがここに居る!?

わらわだけなら飛んで逃げる事も出来るし、クイーンの分身達までなら地下道を使える。

だが、お前らには地下の蟻王国の存在を知られる訳にもいかぬだろうし、

そもそも、地下道の入り口は横のゴミ捨て場にも一つあるが、

馬どころか成人男子が通れる幅すらないぞ!?


「死にに来たのか馬鹿者!」

「それは姫様の事です。さあ、急ぎましょう。あの元奴隷達が何時まで保つか判りません」


ええい、それは出来ぬのだ!


「帰ってたもれ。わらわは魔王城を守らねばならん」

「ノンノン!貴方はルーンハイムの跡取り。それに何かあったら妃殿下が悲しまれます!」


「わらわの身は自分で守れる!貴様等こそさっさと……こら、何を抱き上げておる!?」

「ご無礼は覚悟の上。無理にでもお連れします……」

「おお、さすが、です!」

「体格差は偉大であります!さあ、急ぐでありますよ!」


むう!駄目だ駄目だ!

あ奴を見捨てる訳にもいかんのだ!


「ぴー!」

「ガブリトイッター!な、何をするのですかアイブレス!?」


おお、良くやったアイブレス!

お陰で拘束が解けたぞ!?


「良いかオド。わらわはここを動かぬ。これは……母の家名を利用して悪いが、君命と心得よ」

「ノー……何故です?何故そんなにまでして拘るのです!?」

「そうです!ルンねえちゃ、しんぱいしてる、です!」

「ルンねえちゃは、はーちゃんを見捨てられないであります!判るでありますよね!?」


……判っている。

それは判っているのだ。

だが、母がわらわを見捨てられないように、わらわも奴を見捨てられぬ。

……ええい!止むをえん!


「……しかし、駄目なのだ……あれを見てたもれ?」

「さなぎ、ですか?」

「あ、まさかハニークインであります!?」


その通り。

先日よりハニークインが成虫になるべく最後の変態を開始した。

……当初は余裕で間に合うと思っておったが、どういう訳か変態終了が遅れているのだ。

何故だ?ただのミツバチになるだけならこんなに時間をかける必要など無いはずだが……。

だが、わらわも魔王。現実を受け入れるのには慣れておる。


「今は一番大事な時期。ある程度変態が終了するまで動かす事も出来んのだ」

「……あの子も、預かり物でありますからね……」

「どおりで、さいきん、みないとおもった、です」


「……そう言う訳だ。あ奴もわらわが部下。見捨てられぬのだ」


故に、出来る限りここに居ないとならん。

相手が相手だ。万一見付かったら、飢えた兵士に食われかねんしな……。


「そんな訳で、わらわだけならどうにでもなる。お前たちは逃げてたもれ?」

「オオ、オオ……判りました。全てこのオドにお任せを!」


「うむ。それでは宜しくな。わらわは半日したら変態したハニークインを連れて脱出する」

「ハハッ!では決死隊と連絡を取り、何としても半日。ここを守り抜いてご覧に入れます!」


……え?


「シーーーット!全員静聴!我等はこれより姫様の為に決死の戦いに参陣する!」

「「「「おおおおおおおっ!」」」」


「去りたい者は止めない!だが、名誉と主君の為戦いたい者は私に続きなさい!」

「「「「逃げる輩など居る筈も無い!我等ルーンハイム直属魔道騎兵!」」」」


「ゴゥトゥヘル!ではいざ行かん戦いの地へ!」

「「「「おおおおおおおおおおおっ!」」」」


……止める暇などある訳も無かった。

凄まじい勢いでオド達が城門向けて走り去っていく……。


「ど、どうしよう……」

「アリサー!アリサー!いちだいじ、です!いちだいじーーーっ!」

「えらい事になっちゃったであります!指示を下さいでありまーーーす!」


このままだとあ奴らは残らず死ぬぞ!?

ど、どうしよう。

わらわは……わらわはどうすれば良いのだ!?


……思わず城門の方を凝視していると、

城壁をよじ登ったサンドール兵と決死隊が戦っているのが見える。

あれ?あれもおかしくないか?


「あ奴ら……何故引かんのだ?まだ下がれる場所は幾らでも有るだろうに」

「……さいあく、です」

「イムセティ達、功を焦ってるであります!」


「なんだと!?」

「他のあたしから話を聞いて"ならばここを通させる訳には……"とか抜かしてるであります!」


ちょっと待て。

つまり、被害が出ようが何だろうがあの場から引かぬと宣言したのか!?

……もしかしなくとも、わらわのせいで!?


クイーンの分身たちは涙目だが、泣きたいのはわらわも同じだ!

当初の予定では、

大して目立ちもせんこのゴミ捨て場の脇で隠れるように待機しているつもりだった。

見付かった時だけこっそり迎撃するつもりだったのだ。

……だが、オドは明らかにここを守る形で陣を組んでいるぞ!?

これではどんな阿呆でもここに辿り付いてしまうではないか!


いや、守りとしては硬いだろうし、数が少ないのだからバリケードを用意するのは判るが。

……折角の僻地と言う好条件が台無しではないか!

ああ、困ったぞ……どうしろと言うのだ……。


頼みの父は巨獣と一騎討ちの真っ最中。

母は遥か彼方、ガサガサの枝の上……。


「だ、大丈夫だハニークインよ。お前の体が固まるまで、何とか保たせて見せるからな……」


脳髄まで組み直しているせいで思考すら感じ取れぬがそれでも生きているハニークイン。

……先代ハニークイン達の為にも絶対に死なす訳にはいかん。


いいだろう。やってやろうではないか……。


わらわを誰だと思っている?

わらわこそは魔王!

魔王ハインフォーティンなるぞ!


***大陸動乱シナリオ5 完***

続く



[6980] 55 苦い勝利
Name: BA-2◆a60b0265 ID:5bab2a17
Date: 2009/09/05 12:14
幻想立志転生伝

55

***大陸動乱シナリオ6 苦い勝利***

~暁の大粛清~


≪side カルマ≫


「中々、しぶといじゃないか。流石は守護獣って所か?」

「はーっはっはっは!竜と言っても所詮はお山の大将か!」


城門を背に、俺とファイブレスはスピンクスとにらみ合っていた。

既に戦闘開始より十数分が経過。敵側には早くも本隊が到着し始めている状況だ。

……連中、本隊と先遣隊の到着時間を合わせやがったか。

これは城門も長くはもたんな。


さて……数度の激突による此方の被害は、

ファイブレスの脇腹に噛み跡が二つと二の腕に中程度の引っかき傷。

向こうの被害は、

鼻が潰れて顔に浅い引っかき傷、

そして前足に尻尾による打撃痕が三箇所と喉に爪の刺さった跡が五箇所(片手分)ある。

まあ、一応優勢といった所だ。

ただ、火炎放射が効かないだけあって、こちらも決定打に欠ける部分があるのが少々問題だった。


しかし、本当の問題は別にある。


「あまり深入りするでないぞ!きっと何かの罠があるに違いないからのう!」

「ふん。臆病な事だ。まあいい、主力は後方で待機。奴を倒してからゆっくり制圧するぞ」


敵の主力が城に入ろうとしないのだ。

僅かな兵を小出しにして城門への攻撃を続けている。

……攻城兵器らしいものは精々丸太や大きな石程度、

それに兵力の逐次投入は本来愚作でしかない。

だが、城門を守る此方の兵力は僅か百名。

更に、敵には新手が続々と到着している。

……幾らなんでも徒歩の兵士の到着が早過ぎる気もするが、

現実を受け入れないと勝利はおぼつかない。


まあ少なくとも、こちらの疲労を誘うと言う点で、その策は当たっていると言えた。

更に……この期に及んで余り多くの兵を巻き込めませんでしたでは済まされない。

余りに被害が少なければ"我々は敵の罠を看破した"とか言われかねないのだ。

……自信家のセト将軍なら引っかかると思ったが……。

くそっ、ある程度こっちの手札を知っているアブドォラ氏とは言え、

もう少し先に進んでくれても良いと思うのだが?

さて、ここからどうやって敵を誘い込むか……。


このまま負けたふりをするのも良いが、それだとちょっと戦略的に拙い。

ホルス達に託した"策"が失敗しかねないじゃないか……。

ともかくスピンクスだ。こいつを倒せれば向こうも焦らずには居られまい!

まずは眼前の敵を倒す事を考えるんだ!


「行くぞおおおっ!」

『獣風情が!竜に敵うと、思うなああっ!』

「ガオオオオオオオッ!」


竜と獣がお互いに飛び掛る。

人の顔をしながらもその牙鋭いスピンクスが火竜の腕に食らい付いたと思うと、

対するファイブレスは柔らかな腹目掛けて爪を突き立てる!


……そして俺は敵の顔面に雷撃を……いやまてよ?

幾ら炎が効かないとは言え、それって毛皮だけの話じゃないのか?

ちょっと試す価値は有るよな!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「グ、グギャアアアアアアアアッ!?」


毛皮には熱など効かない。だが……その瞳ならどうだろう、と思ったが大当たりだ!

転がるようにその場を離れたスピンクスはまるで顔を洗う猫のようにその腕で顔を拭う。

……その目は片方が潰れていた。


「チャンスだ!ファイブレス!」

『判っている!』


これこそ勝負時だと竜は全身を躍動させて走り出し、飛び上がる。

そしてその全身を思い切りひねり上げ、軽く飛び上がると敵の眼前でコマのように一回転!

そのまま敵の顔面に、全身の力とスピードを込めた尻尾を叩き付ける!


「ギャアアアアアアアアッ!?」

「す、スピンクス!?」


……均衡は破られた。

サンドールの守護獣は大きく弾き飛ばされる。


俺達は続いて前進。竜はその腕を大きく振りかぶり、敵の体に振り下ろす。

毛皮に食い込んだ爪が皮どころか肉まで切り裂き、骨に当たった感触まで俺に伝えてきた。

そして!


「首を狙え!もしくはひっくり返して腹の柔らかい部分を重点的に!」

『皆まで言うな!何をすべきかは判る!』

「ギ、ギニャアアアアアアアアアアッ!」


竜の牙が守護獣の傷口に食い込み、そして、噛み付いたまま相手をひっくり返す。

そのままマウントポジションのような体勢に入った。

両の手足の内側に入られては、幾ら突っ張っても無様に空を切るばかり。

丁度押し倒したような体勢から、文字通り頭から齧り付かれるスピンクス……!


「フギャアアアアアッ!」


今までとは、明らかに叫び声が違うのが判る。

どんなにもがいても既に抜け出せる体勢ではない。

体をひねってうつぶせになりたくとも、

体を爪で、首を牙で固定されていては満足に動く事も出来ない。

……今なら、行けるか!?


名付けて、一寸法師作戦!


「続けて行くぞ!魔剣を食らいな!」

「ギャアアアアアアッ!」


時は来た……俺はファイブレスの頭から飛び出すと、敵の耳に取り付く。

そして加速をかけ匍匐全身で内部に侵入……鼓膜に剣を突き立てた!

流石に薄いその膜は、やけにあっさりと破れ、俺は更にそこから無理やり内部へと侵入する。


……背後から爪が迫っているが、残念ながら最早ここまでは届かない。


「ファイブレス。適当に攻撃を続けろ。……ただし頭部は狙うな」

『承知した。……決まった、な』


ああ。残念ながら流石に自分の頭の中に居る敵に対する攻撃手段を持っている奴が、

そうそう居るとは思えん。


……さて、暴れるとするか。

怨むなとは言わんぞ、スピンクス!


……。


≪side アブドォラ≫

スピンクスの耳にあの男が侵入していく。

……これで勝負はあったのう。

幾らなんでもあれに対抗する手段は無い。

兵に後ろから追わせようにも、そもそもあの戦闘内に入り込める精鋭はもうおらぬ。

長い戦乱で、既に精鋭と言える兵自体が底を尽いているのじゃから。


「ええい!何をしているスピンクス!?お前はサンドールの守護獣だろうが!」


将軍はあの戦いに熱中しているようだがわしの考えは違う。

……さっきから何やら敵の守備隊の動きがおかしいのだ。

なんと言うか、やる気があるというか決死の覚悟をいきなり決めたように見えるというか。


長年の奴隷商としての経験で、こう見えても人を見る目は有るつもりだ。

……だからこそあのカルマと手を結んだりもした。

唯一の失策は、わし自身に、奴隷以外の商品を扱った経験が無かったにも拘らず、

交易商人になるという夢を追い求めてしまった事じゃ。

……金を握らせて誰か有能な者に任せれば良かったのだと今では思うさ。

じゃが、全てはもう過去の事。今やれることなど限られておるわ。


さて、そう言う訳で敵の動きを良く観察してみる。

……ふむ。伝令が来た途端に必死になった、か。

もしや、逃げ出せぬ理由でも出来たのか?

だとしたら、今こそ攻撃のチャンスでは無かろうか。


「将軍……スピンクスも良いですが、あの者が居ない今がチャンスじゃ。総攻撃を!」

「む?今更か?まあいい……胸糞悪い物を見せられてイラ付いていた所だ。許す!」


「よし!全軍突撃!敵城門を破れ、いや……むしろ城壁を乗り越える勢いで行くのじゃ!」

「はーっはっは!敵城内には水も食料も、金も有るぞ!奪え!食らえええええっ!」


わしらの後ろでふらふらと立っていた兵達の目に血走った光が灯る。

先ほどようやく到着した主力部隊だ。

ふふふ。あえてスピンクスをゆっくりと行軍させ、

主力との距離が開かぬようにした甲斐があると言うもの。

これで此方は、少なくとも兵数だけは万全だ。


……昼夜を問わず走れる者は走らせ続けた。

早くここまで辿り着いた者にだけに、スピンクスが運んできた水と食料を渡す。

そんなにんじんを目の前にぶら下げてな?

効果は抜群。皆、目の色を変えて荒野を走り続けてくれたわ。


何は無くとも相手の計算を狂わすのが先決。

ゆえに疲労など度外視して無理な行軍を続けさせた結果、残った兵は八千に満たない。

だが、されど八千。

相手の総兵力は千程との事だ。となると、圧倒的に有利な筈。

後は、殆ど消えかけた命の炎に最後の燃料を注いでやるだけ。

それだけで生存本能と言う狂気に身を任せた狂気の軍団の完成じゃ。

口からはよだれが滴り落ち、骨と皮のみの両腕に限界以上の力が込められる。


……まるでロウソクの消える前の一瞬のようじゃな。

だが、好都合だのう。


「攻めよ、攻めて攻めて攻めまくるのじゃ!」

「ほぉ、中々堂々とした指揮ぶりでは無いか」


スピンクスが頭を押さえて七転八倒する中、

次々と我が方の兵が敵城門に張り付いていく。

攻城兵器が無い?ふん、最初から持って来ていないだけよ!

見よ、壁の僅かな突起に手をかけよじ登り、時には他の兵を踏み台にして進む、

サンドール兵のあの雄姿を!

この、亡者の行進は肥え太ったレキの兵には決して真似できんぞ!?


……ふん、カルマよ。お前の思い通りにはさせん。

スピンクスの頭から出てくる前に、貴様の策、何かまだ判らんが必ず突き止めてくれるわい!

落ちぶれたとて、わしも砂漠の大商人と言われた男。タダでは消えん。


「ニギャアアアアアアアアッ……」


しかし、もたもたしているとスピンクスが殺されるな。

……急がんとならんか……。


「ふん……何とか城壁の上に取り付く兵が出て来たようだな?」

「はい。将軍は何かお考えがおありで?」


「ある。連中、何やら焦っているようだ。あえて守りの厚い場所を重点的に攻めさせる」

「中々良いお考えかと。恐らく罠か弱点でもあるのでしょうからのう」


まあ、この男にしては、だがな。

……わしの考えが正しければ罠に何か不具合でも見つかったか、

逃げ遅れた輩が居るのか。そのどちらかだろう。

ならば、体勢を立て直す暇を与えてはならない。


「時間が惜しい。城壁の裏に兵を回らせ、開門させ次第主力は奥へ進ませますが宜しいかの?」

「いいだろう!城壁の敵は精々百人程度。返す刃で何とかなる」


そして、暫くすると分厚い城門がゆっくりと開門していく。

城壁の敵が必死に抵抗しているが、残念ながら数が違うのだ。

段々と城壁の上にも我が方の兵が増え、敵を押し込んでいく……。


「おっ、あれを見ろ。奴ら……マナリアの騎兵だぞ!」

「最精鋭の魔道騎兵団ですか。……将軍、ここは一気に全軍を攻め込ませましょうぞ!」


……なんじゃ。罠でも用意しているかと思ったが、

ただ単に周りが逃げる時間を稼いでいただけか。


城門の先に見えるあの部隊はレキの最精鋭。

わしら諸共罠にかけるような事が出来る訳も無いからの。

もしこれで街に人っ子一人居なかったらもっと疑っていただろうが、

どうやらその心配は杞憂だったようだのう。


……市街地には人影は無い。

そして、この市街地で馬は上手く動けない。

つまり奴等は逃げられないのじゃ。

それなのにここに留まってバリケードまで築いている。

これはつまり、向こうには最早策など無く、非戦闘員を逃がす事しか出来なかったと言う事だ。

……例え何一つ得る物が無かったとしても、首都を敵に奪われたと言う事実は重い。

どうやら奴はそれが判って居なかったようじゃな。


「将軍、どうやら敵の策は尽きた様子!ここは一気に城を攻め落とすべきかと」

「はーっはっは!やはり最後の勝利は俺に微笑むのだ!」


馬を走らせ城門内に突入。

バリケードの向こうから、火球が此方に飛んでくるが……わしとて知っておるぞ?

レキの魔道騎兵は僅か二百名しかおらんとな!


「敵の十倍を凌駕する絶大なる兵力差を生かせ!躊躇する奴は俺が斬る!」

「聞くが良い。奴等は貴族……着ている物も食べている物も最高級品ばかりじゃ……奪え!」

「「「「「ヒャヒャヒャヒャヒャ!」」」」」


異様な高揚と共に兵がバリケードに文字通り突っ込んで行く。

百人が炎に焼かれ、もう百人がバリケードにぶつかってもまるで関係ない。

タダひたすらに後ろから押し合いへし合い……。


そしてあっさりとバリケードは破壊された。

僅か五百人程度の犠牲と引き換えに。


まだじゃ、まだ行くのじゃ!

全軍城門内に突っ込めぃ!


「馬だ、馬が居るぞ!」

「飯だ、飯の匂いがするぞ!」

「ヒヒヒヒヒ!ケケケケケケケケケ!」


飢餓状態で正気を失った兵が文字通り敵に食らい付いていく。

ふふふ、こうなってはどんな精鋭も、雑兵と同じだな。

人の波に飲まれ、何も出来ずに朽ち果てるが良いわい!


さて、スピンクスは……ああ、もう息も絶え絶えか。

守護獣といってもあの程度かの。まあ、もう少し粘ってくれれば良い。


どんなに被害が出ても構わん……カルマめが出て来るまでに、奴の手下を壊滅させ


『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』


何だ?

突然世界が……真っ白に……。


……。


≪side 魔王ハインフォーティン≫

……敵陣後方で指揮を取っていた老人を空中から狙い打つ。

炸裂した魔力弾頭により五体がバラバラに吹き飛んだのを確認すると、

次は総大将らしき男に……。


「近衛弓隊!良く判らんが飛んでいるアレを撃ち落とせ!」

「くうっ!」


全力で高度を上げ、その場を離脱。

弓の届かない高高度より弾頭の雨を降らす。


「うわああっ!?」

「ぎゃあっ!」


……とは言え、どうしようもない。

敵は魔王城を目的地に定めてしまったようで、

わらわ自身による陽動も敵の数を僅かに減らす程度の意味しかない。


……眼下では誰かの馬が食われておる。

乗り手は生き延びていてくれれば良いが……。


オドはバリケードの第二陣に撤退しつつ戦闘を続けておるようだ。

何故だ?何故わらわの我が侭に付き合おうとする?

……わらわの行動の責任はわらわ自身で取る。

くそっ、貴様等まで巻き込まれんでも良いだろうに!


「こうなると、赤子の我が身が恨めしいな。もう少し育てばもっと強力な魔法も使えるのだが」


……ぼやいてみても、答えが帰って来る事は無い。

攻撃用の魔法は現在一つしか使えないのも成長しきってない体を守るためで止むを得ないのだ。

ハイラル達には魔王城でハニークインの事を頼んでいるし、

そも、飛べるのはあの中でわらわのみだ。

ここはわらわがやる他無い!


『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』


再度魔力弾頭を眼下に落とす。

街は敵で溢れかえっておるから何処に落とそうが大抵当たる。

……唯一の問題は、敵の侵攻を遅らせる役に立っていないと言う事か。

それが、それが一番大事だというのに!


地下の空洞のことは知っておる。

それ故外装骨格を出す事も出来ぬ。

万一出してしまったら、それだけで街は崩れ去る可能性が高い。

……そうなったらハニークインは助かるまい。

それに、オドとイムセティの部隊がまだ残って居るではないか!

巻き込む訳にも行くまい?


……ともかくありったけの魔力で敵に破壊の雨を降らせてやろう。

口惜しいが今のわらわにはそれしか出来ぬようだ。

後は……最終的には危険を承知でハニークインを動かすか?

出来ればやりたくは無いが……。


「ギニャアアアアアッ……アアッ……アァ……」


その時、城壁の外で巨獣の断末魔が聞こえた。

あれは確かスピンクス。

サンドール建国時より存在する、危急存亡の時にのみ現れる守護獣、だったか。

アレが現れる以上、サンドールの状況はかなり拙いのだろうな。

しかし……守りの要を攻めの駒として使うとは恐れ入るが、ここは此方の本拠地。

地の利も無い場所での戦いで、

あの手段を選ばぬ父と竜たるファイブレスに勝てるつもりか?


哀れな。

だが、あれでも長年サンドールの危機を救い続けてきた切り札。

あんな事で終わるとはとてもとても……。

ん?今ドゴーンとか聞こえ無かったか!?


「ぶはぁ。中々しぶとかったな……脳内をぐちゃぐちゃにされて良く今まで生き延びたもんだ」

『顔面を粉砕して出てくるな。グロテスクな……』


……えーと、終わった?


嘘みたいだが本当に終わったなこれは。

……顔面が粉砕されて頭部にぽっかり穴が開いている。

これで生き延びていられる生き物は居るまい?


「とりあえず最大戦力は潰したと。さて、じゃあ現状は……え?何ですとーっ!?」

『ふむ。連中、撤収せずに粘っているな。いや待て何故騎兵がここに!?』


おお、此方の惨状に気付いたぞ!?

よし、止むをえん。ここは父に増援願うか。

……一気に城壁外まで飛んで父の懐目掛けて飛び込むぞ!


「父ーーっ、ちょっと手伝ってたもれー?」

「……やっぱり何か仕出かしたか我が娘よ!?」


やっぱりとは何だ?

と、思わないでもないが現状は厳しい。

……ともかく現状を伝えねば!


「……ほう?つまりお前の我が侭に付き合ってオドが死にそうだと?」

「イムセティもだ!何とか出来んか父!?」


父が頭を掻き毟った。


「どうしろっていうんだ!?……ともかく近くまで連れてけ!」

「うむ、こっちだ!」

『……いや、そうもいかんようだぞ?』


なんだと?

それは一体……ぎゃああああ!?

か、顔の潰れたスピンクスがそれでもまだなお再度動き始めただと!?

こ、これはグロテスク、そしてホラー過ぎるぞ!?


『……我が身とて頭部を粉砕されれば死に至ると言うのに……これは一体』

「ちっ!仕方ない、もう一度殺すぞ!……ハイム、君命で撤退せよ、と連中に伝えろ!」

「聞く位なら奴等はここに居らぬ!そも現状が君命違反なのだぞ!?」


その時、城門から見知った顔が落ちてきた。

……ベチャリ、と嫌な音がする。


「イムセティ!?」

『……城門は総崩れ、か』


ファイブレスの言葉に目を上げると、決死隊の皆が次々と討ち取られているのがわかる。

一人、また一人と城壁から落ちてくる……。


「父ーーーーーーっ!」

「判ってる!ファイブレス、あの化け物を押さえろ!」

『承知した!しかし、化け物に化け物呼ばわりされるスピンクスに同情するぞ……』


急いで城壁の下に走るわらわと父の後ろでファイブレスが、

頭部の砕けたまま立ち上がるスピンクスとの戦闘を再開した。

しかし戦力差は最早明白。竜の鋭い体当たりで巨獣の体は宙を舞う。


頭部の損傷が酷く、最早唸り声すら上げる事は無い。

……しかし、それはまた起き上がる。

有り得ぬ。彼の守護獣の戦闘を実際に見るのは初めてだ。

だが、既に幾度と無く致命傷を受けながらまだ戦える!?

普通ならとうに死んでおる。魔法生物だとてそれは同じこと。

だと言うのに……どういう事だ?


いや、今それを考えるべき時ではない。

ともかく落ちてきた決死隊の皆をどうにかせねば!


……。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力』

「うぐ……ここは何処で?ああ、殿下!?申し訳有りません!撤退時期を逃しました!」

「イムセティよ、お前らまでわらわに付き合う必要は無いだろうに何故だ?」


致命傷の部分のみを辛うじて回復させたイムセティがよろめきながらも立ち上がる。

……父は近くに落ちた決死隊も回復させたが、既に息絶えた者も数名居た。

現在ここに残るのは僅か十人ほどに過ぎない。

見当たらない者達がうまく逃げてくれている事を祈る他無いな。


しかし……何故だ?何故こんな事に?

さっきも言ったが、母の子飼いだと言うオド達なら兎も角、

こやつらにわらわの我が侭に付き合う必要など無いだろうに。


「姫様ですよ?見捨てる事なんか出来ません……まあ、功名心が先に立ったのも事実ですが」

「それはいいが、今は魔道騎兵の救出だな。ともかく俺に続け」

「それと、ハニークインの救出もだ!」


何にせよ、父が居てくれるのは心強いが……。

……歯がゆいな。

わらわに魔王としての力が全て戻っておればそもそも誰かに頼る必要も……。


「……最悪の状況だな。上手く乗り切ったら……何とか……」

『足元がお留守か。まあ、この程度の相手で露見したのが不幸中の幸いだったな』


「まぁな。これが教会相手だったらそのまま負けてたろうしな」

『ともかく対処は後だ。ここは我が身が押さえるゆえ中の馬鹿どもを何とかしてやれ』


ん?父よ、何か言ったか?

ともかく急ぐぞ!敵が魔王城まで辿り付くまでに、もう時間が無い!


……。


≪side カルマ≫

……全くもって、最悪だ。

味方は誰一人殺すつもりは無かったんだが、まさか無理を承知で残られるとはな。

既に戦死者は最低でも十人。しかもこれからどんどん増えていくんだろう。


……ハイムの事は正直言って呼び水でしかない。


そもそも軍内部でゴタゴタしていたのは判っていた筈だ。

それを承知で放置していた俺の怠慢でしかない。

大を生かすため小を殺す。

……やりたくなんか無いが、そろそろ根本的な考え方を変えるべき時が来てしまったのかもな。

大事な所でケチると損するのは古今東西変わりはしない。


兎も角、仲間内での争いや功を焦る風潮を何とかしないと。

……とは言え、どうすれば良いのか、なんて判る筈も無いが。


「……とりあえず皆を逃がさないとな」

「うむ。魔道騎兵は何重にも張ったバリケードを少しづつ後退しておる。追いつかねば」

「私達は殿下に続き、姫様の警護をします……既にそれが精一杯ですし」


背後で戦う巨獣二体を背に、俺が先頭に立つ。

その後ろで浮かぶハイムを文字通り決死隊の生き残り達が取り囲んだ。

……今朝までは俺達の庭だったレキの城門。

だが今やそれは大きく開け放たれ、

その奥にはサンドールの植えた餓狼どもがひしめいている。


「総員俺に続けっ!一気に敵陣を突破!魔道騎兵に追いつき合流する!」

「「「「ははっ!」」」」


……。


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「「「ぎゃあっ!?」」」


背後からの一撃。

もう警戒どころか作戦も何も無いのだろう。

半ばパニック状態の集団が集団ヒステリーのように街中を暴れまわっている。


……枯れた水路。空の倉庫。

畑からは作物はおろか肥えた土まで持ち去られている。


それが彼等の狂気を更に増幅していた。

転がる木の皮を奪い合いながら突き進むその姿はまるで飢えたネズミの群れだ。

……正直俺たちのことなどまともに見えてもいないようだ。


「ま、気にもしないでくれるのは有り難い」

「裏道を進みましょう殿下。……もう、隠すも何も無いです」

「……っ!こ奴に見覚えがあるぞ……既に戦死者が出ていたか!」


ふと見ると見覚えのある顔の死体が。

……衣服どころか全身の肉まで食いちぎられているが、間違いなく魔道騎兵の一員だ。


「ふぅ。威張っていても斬られれば死ぬんですね。あの方達も」

「何を言う!わらわに付き合って落とさんでも良い命を散らしたのだぞこ奴は!?」

「「「それは我々も同じ事」」」


「なんだと?」

「私達は泥から引き上げて頂いた大公家に忠誠を誓いました。その命は貴族様にも劣らぬ筈」


「……お前らは……そんな物差しでしか命を測れんのか愚か者が!」

「ぐっ……言い過ぎましたね姫様。ですがそれは私達の本音でもあるのですよ」


少々覚めた目つきで死体を眺めるイムセティを半泣きのハイムがひっぱたいた。

そしてイムセティの呟きは決死隊の共通認識のようだった……。

そうか、

意識の隔絶はこんな域にまで達していたのか。

まるでどこぞの海軍と陸軍だな。

……ファイブレスではないが、本来楽に勝てるはずの相手、

と言うか既に詰んでいる相手でよかったよ。

正直、勝敗のわからない相手のときにやられてたらそれだけで負けていた。


「……先に進むぞ」

「はい。……不快な物言い、お許しを」


思えばオドもコイツ等を元奴隷と見下した物言いが目立った。

……何とかせねば。

本当に何とかせねばならん。


そもそもなりたくてなった大公ではないが、

それでも今まで手間隙と時間をかけて作り上げてきたのだ。

……この国が潰れる所なんか、見たい筈も無い……。


……。


「オドオオオオオオッ!」

「グラッチェ!殿下、それに姫様も!」


文字通り敵をかき分け俺達は進む。

時折突破されたバリケードを見つけ、仲間の遺品を回収しつつ。

一時間、二時間……気ばかり焦る。

気付けばハイムは疲れ果てて気絶し、イムセティの背中でぐったりしている。


そして、八時間ほど経過した時。

遂にオドの篭るバリケードの前にまでたどり着く事に成功したのだ。

……皮肉にも俺の鎧はスピンクスの血肉で汚れ、サンドール軍相手でも目立たなくなっていた。

お陰で思ったよりも少ない戦闘回数で辿り付く事が出来た。

……さて、ここからどうするか?


「にいちゃ!にいちゃ!」

「アリシア!?ここまで来ていたのか!」

「サンクスです!アリシア様達のお陰でここまでもたせる事が出来ましたよ!」


半泣きで崩れたレンガを敵に投げつけるアリシア。

そしてバリケードの隙間からスコップを突き出すアリス。

……どうやら見るに見かねて援護を開始したらしい。

本当なら地下のあり軍団を使いたかろうに、

仲間内でも秘密厳守な事が災いし、2匹で苦労をしていたに違いない。


「にいちゃ!アリサから連絡であります!」

「なんだ!?」


「非常事態ゆえ、予め話をつけておいた"最後の増援"に早めに動いてもらったであります!」

「よし!良くやったぞアリサ!正直どうやって連絡しようか迷ってた所だ!」

「援軍が、来るのですか!?だったら何で一言……」


イムセティが疑問を呈するが、はっきり言うと"使う気が無かった"からだ。

この戦いで頼りにせねばならんようだと後が思いやられる。

と言う事で、一応お願いだけしておくに留めておいたが、

今思うと切り札を作っておいて正解だった。


「もうすぐ来るから、今はもう少し頑張るであります!」

「はーちゃんは、おこるかも、しれないけど……ハニークイン、むりやりにがした、です」

「いや、グッジョブだ!これで背後の憂いは無い!何時でも逃げ出せるぞ!?」


「だめです。ゆっくり、そーっと、にがしてるです」

「安全圏まで逃がす間……時間的に一時間くらい粘って欲しいであります。」

「判った……一時間だな?」


……そう言えば、ハイムはこの事を何で黙っていたんだろうな?

まあ、俺の子だし……大方時間的に問題ないと踏んでたのが予定が狂って、

時期的に今更言い出せなくなった、とかそういう話だろ。


まあ、赤ん坊に責任を取らすわけにも行かん。

……後で対策を練らなければならんな。


「よし、全員バリケードの裏に回れ!時間を稼ぐ!」

「「「「ははっ!」」」」

「オーケー!そうそう、遠距離攻撃不可な元奴隷諸君はバリケードの補強をお願いしますよ」

「……良いでしょう。事実ですし。では、敵への攻撃はお偉い貴族様方にお任せしましょうか」


……コイツ等は……。

いや、ここで怒鳴りつけてもなんら変わらんか。


「えんぐん、とうちゃくまで、あと、さんじゅっぷん、です」

「……それからこの場所まで来るのにどれだけかかるやら……」

「ユー、ウィーク?……元奴隷なんて言われ方が嫌ならここは踏ん張りどころですよ?」


「……くっ!良いでしょう……私達の底力、見せて差し上げますよ、貴方にね!」

「イエース!では逆に此方の底力も見せてあげますよ!」


俺や魔道騎兵が山なりに火球を飛ばす間、バリケードを決死隊が支える。

端的に言えば作戦はそれだけだ。

万一ここが突破されたらそのまま街の外にまで逃げるつもりだが、

その場合敵が俺たちを追って街の外に出てくる恐れもある。

出来る限り敵は街の中に収めておきたいので、それはやはり最後の手段だな……。


「おい、ここの守りはやたらと堅いぞ!?」

「飯か!飯があるのか!?」

「ケヒャ、アヒャヒャヒャヒャ……」

「畜生、ここにも無ければ俺達は飢え死にだ!」

「オイ聞いたか!?王宮のてっぺんに食い物と金が有ったってよ!」

「……じゃあ、この奥にも……」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」


「くっ、なんて圧力なんだ……これは、長くは、もちません、よ!?」

「ノンノン、出来る出来ないではなく"やる"しかないんですよ?」


「そう、ですか!いいですね、支える必要が無い方たちは!」

「……何時気絶するか判らない恐怖を知らない癖にいきがらないで欲しいですね」

「いい加減にしてたもれ!?生きるか死ぬかの瀬戸際なのだぞ!?」


「姫様!」

「オウ、マイプリンセス!目を覚まされましたか。良かった!」

「目も覚めるわ!良いか?もう少し仲良くせんか!」


「……」

「ンンンン……まあ姫様のご命令なら」

「そういう問題では無かろうに!」


終始こんな感じで防衛戦は続く。

そして、三十分。

……バリケードは辛うじてその時間を稼いでくれていた。


「ぐうっ……くうううっ……まだ、まだですか……!?」

「ハァ、ハァ……次の火球を撃てる者、何人、残ってますか……」


しかし、俺以外は疲労困憊。

……潮時だな。


「時間であります!」

「きた、です!」

「よし、全員この場を離れろ!」

「父!?魔王城は!?」


「諦めろ!後で新しいの買ってやるから!」

「本当か!今度はまともなのを頼むぞ!?……って言ってる場合ではないか!」

「はぁ、はぁ……よし、決死隊は最後までバリケードを支え、友軍撤退確認後に離脱します!」

「チッチッチ……殿は魔道騎兵の内馬が残っている者が勤めますよ……行け!振り向くな!」


俺達は一斉に走り出す。

殿はオドの言ったように魔道騎兵の内まだ馬の残っている者、

更にそこから比較的歳のいった者を選抜して……いや待て。


「オド!?」

「……最初から、こうする予定でした。彼等は……志願者ですよ」

「見捨てるんですか。味方を。……ははは、高貴な血とは大層なものですね?」

「止めんかイムセティ!礎とならんとする者に対する侮辱は流石に許さんぞ!」


「……はい。確かに言いすぎでしたね。申し訳無いですオド隊長」

「ンー……でも言われても仕方ない所ではありますね。確かにトカゲの尻尾きりですから……」


見知った街を駆け抜けていく。

城門の逆側まではまだ流石に敵も来ていない。

……バリケードの崩れる轟音。

そして、断末魔の悲鳴が断続的に響いてきた。


「……ソーリー、あなた達の事は忘れない。フフッ、ジーヤ団長のようにはいきませんねぇ」

「苦笑してる暇があれば走れ!巻き込まれるぞ!?」

「巻き込まれる、ですか?殿下それは一体……」


……その時、上空から衝撃波を伴い降ってくる巨体。

巨大な飛竜と蛇のような体のその二体の援軍とは……!


『お待たせしました!我等一陣の風となり参上しました!』

「ギャオオオオオオオオッ!」

『良く来てくれたウィンブレス!ライブレス!依頼の通りサンドールの兵を蹴散らしてくれ!』


「あれは……り、竜ですか!?」

「ワァオ……確かに殿下は戦竜公と呼ばれていますが。ああ、確かに即位式で……」

「はは、は……これはまた圧倒的な援軍だ。しかし父よ。何故最初から呼んでおかなかった?」


そりゃあ、最初は使う気なんか無かったからさ。

元々この国自体の底力を見せ付ける舞台としてこの戦争を定義してたからな。

……万一の備えを使う羽目に陥る事自体が想定外だよ。

まあ、切り札の一枚目さ。

なにせ、今回はどう足掻いても負けようの無い戦争だからな。

既に諜略の魔の手は敵の上層部にまで食い込んでいるんだぞ?

……しかしホルスはどうやってあの人を……まあいいか。

ともかくこの戦争は始まる前から終わってるって事だ。

俺が討ち取られれば話は別だが、コイツ等には少なくとも無理ってもの。


「ああ、私達の町が、崩れていく……」

「イムセティ、嘆くな!元々崩れ去る予定の街だ!」

「それより、いそぐ、です」

「あたしたちが街から出た辺りで……落とすでありますよ!」


走る、走る、走る。

背後で繰り広げられる一方的な虐殺を尻目に逃げる。

衝撃波と突風がただでさえ飢えて軽くなった兵士の体を宙に舞い上がらせる。

そしてイカヅチが降り注ぎ理性を無くした竜の蛇のような体が大地を這う者達を薙ぎ払っていく。

……城の中では食い物と食料を奪い合いサンドール兵同士の仲間割れが勃発していた。

それは正に地獄絵図だった。


そして、その地獄に新たなる一ページが加わる。


「うらもん、です!」

「全員が通り過ぎた段階で、アリサに連絡であります!」

「よし、全員全力疾走!後の事は考える必要は無い!出来る限り街から離れるんだあああっ!」



……。


俺達百人……そう百人、が街の門を出た辺りで、不自然な地響きがレキの街全体を覆う。

……アリサがこの街を支えていた柱を砕いたのだ。


「上手く崩落させるには細心の注意が必要であります!」

「だから、アリサは、ずっと、ちかで、まってた、です!」


「アンビリバボー……街が、沈んでいきますよ……」

「これが、殿下の……策……」

「ん?父よ……なんかここいらも揺れてないか?」

「当たり前だ!ここもまだ崩れる恐れがあるんだ!まだ速度を緩めるな……!」

「「「「「ええええええええっ!?」」」」」



まず、いの一番に城が崩れ落ちていく。

そしてそれを皮切りに街の中心部分より順に大地が地の底へと消えていく。


……ある者は驚き、ある者は怯え、ある者は足掻き、ある者は受け入れる。


短期間の無理な汲み上げにより空いた地下空洞は最大で高さ100mにも及ぶ。

……落ちてはただでは済むまい。

ふと気付くと全身が裂け、

内臓すら飛び出したままのスピンクスが崩落する街に飛び込んでいった。

その行く先には……あれはセト将軍?

この期に及んで主君を救いに行くとはな。


……いや、目玉が潰れ耳は鼓膜が破れ、鼻は内側から砕かれている筈なのに、

何で相手の位置が特定できるんだよ?


呆然とする暇もあればこそ。

無残を通り越し残骸のような姿と化したスピンクスの背にセト将軍が掴まり、

そのまま脱兎の如く崩落する街から離れていく。

……落ちていく部下を見殺しにして。


その横では相手をするのに疲れたらしいファイブレスが不愉快そうに座っていた。

……ふん、と鼻を鳴らしている。


「ああっ!敵将が逃げていきますよ殿下!」

「オーマイガッ!このまま逃げられては意味が……」


「いや、放っておけ」


まあ何と言うか。

あれだけやって単騎で帰って……帰る所が、残ってれば良いな?

セト将軍よ……。


……。


『悪いなウィンブレスにライブレスよ』

『構いませんよ。たまには良い運動ですしね』

「ギャアオオオオオオッ!」


気が付けばすっかり日は暮れていた。

三頭の竜、いや四頭か。


「ぴー!」


ともかく集まった竜達と俺達は、軽い勝利の宴を設けていた。

かなり苦い事になってしまったものの、勝ちは勝ち。

……死んで行った皆の供養も兼ねて、

こっそり(竜達の分も)城門の外に隠しておいた酒と食い物で乾杯をしている。


……だが、そんな気分にならない奴も居るようだ。

俺としても酒が不味く感じて仕方ないが、それ以前に上辺も飾れない状態の男が一人。


「…………」

「ウィー、アー、ウィナー♪……ん?どうしましたか。折角勝ったのに暗い顔をして」


「折角預けられた精鋭部隊が壊滅してしまいましたからね……はは、笑って頂いて結構ですよ」

「……こちらも兵が半減です。しかも私どもの場合替えが効かない。そちらと変わりませんよ」


……イムセティは、泣いていた。

誰が責めた訳ではない。自分自身が許せないようだった。


「ですが……泣いていても仲間たちが帰って来る訳ではないですからね。月並みですが」

「たしかにそうです。ですけど流石にそこまで割り切れませんよ」


「ハハッ!でしたら楽しい事を考えましょう!」

「……楽しい事?」


「そう。ここまで頑張ったのですからきっと褒美は期待できますよ!ああ、楽しみです!」

「……貴方はそうかもしれませんが、私達の場合は命令違反の上で壊滅ですからね……」


「オウ、ソーリー!ですが……貴方達は頑張ったと思いますよ?」

「相変わらず上から目線ですね……まあ、褒めてくれた事には感謝しますよ……」


……褒美、か。

今回の事は確かに問題だが、特に魔道騎兵は功も大きい。

決死隊の無茶も俺が後方に置き過ぎたと言う負い目があるし、

ただ罰する訳にも行かないだろう。

だが、何もしないとなると今度は抜け駆け上等と言う事になってしまう。

困った事に命令無視と言う事態はこの国始まって以来の珍事。

……初犯に余り厳しいのもどうかと思うな。

ともかく今回は褒美と罰のバランスを考えないとなるまい。


となると、アリサだけではなく……やはりホルスとも相談したい所だな。


「ふう。明日朝一番でサンドールに向かうぞ、ファイブレス」

『ほぉ?追撃か。それはいい、あの訳の判らんのも逃がしてしまったしな』

『訳の判らない?……もしや風のように逃げ去ったスピンクスの事ですか』


おや、ウィンブレスは知っているのか?


『あれ、特別頑丈な獣型ゴーレムなんですよ。中枢核を破壊するまで行動し続けます』

「生き物じゃなかったのかあれ!?」


『ええ。血肉は全てフェイク……とは言え、もうじき行動不能でしょうけどね』

『……ふむ。つまり次があったら骨を片っ端から砕けばいいのだな?』


『そうですね。核が何処にあるか不明ですし……まあさっき言いましたがもう限界でしょうけど』

「何でだ?」


『以前戦った事がありますが、稼働時間は精々数日。無駄に荷運びとかさせてましたし……』

「ああ、エネルギー切れか。……まさか何時も火山に居るのって、充電?」


しかし、まさか生き物ですらなかったとは予想外だ。

道理で頭を潰されても動く訳だ。声を上げていたのは擬態機能だろうか?

……そうなると悲鳴を上げているうちはまだ余裕があったって事になるな。

事実後半戦はまるで吼えなくなったとファイブレスも感じていたようだし。


『ジュウデン、が何を意味するかは知りませんがアレは火山の熱を力に代えて動いていますよ』

『……道理で。あのサイズが人に見つからずに生きていけるものか?といぶかしんでいたよ』

「とりあえず、心配は要らないわけか。じゃあ問題無いな」


そして俺は新首都への移動を皆に知らせると、

翌日、竜達のみを連れてサンドールへと向かった。

……正確に言えば、既にホルス達によって制圧されたサンドール王宮へと、な。


……。


≪side セト≫

あの逃亡劇からほぼ丸一日。

夕暮れが迫る中、俺は何とか祖国まで撤退する事に成功していた。

だが何とかサンドールに帰り着いていた俺を待っていたのは、

あろう事か……両手足を縛る鎖だった。


「……これは、どう言う事だ……答えろ貴様等!」

「貴方のやり方は少々民に厳しすぎたのですよ……」


ふん……文官どもめ、口では何とでも言える。

民だと?本音は長い物に巻かれただけだろうに。


……ただ、一人だけその行動原理では納得の行かない男が居るな。


「何故だアヌヴィス。お前は我が家の忠臣ではなかったのか?」

「……肯定」


「それが俺をこうして縛り上げている。恥ずかしいとは思わんのか!?」

「否」


ほぉ?

我が家の忠臣を謳いながら、主君を縛り上げる事に恥を感じないとは……大した忠臣だな。


「……今に見ていろ。スピンクスが再び目覚めた時がお前たちの最期だ!」


……単なるハッタリだ。

スピンクスは俺をサンドール首都まで送り届けた所で力尽きた。

あの怪我では助かるまい。

そして、サンドールの城門を潜った俺は……アヌヴィスの兵により捕らえられた。


ふん。結局本当にサンドールのため働いた忠臣は古代の守護獣一匹だったという訳か。

笑えん事この上ないな。


……だが、まだだ。

まだ希望は有る。

奴等はこのサンドールにおいてやってはならない事をしたのだ。


「レキの工作員よ。お前らに言っておくが……ハラオ王を害したのは失策だったな?」


そう、レキから送り込まれていた工作員どもだ。

奴等、あろう事かハラオ王を殺害したのだ!

……愚民どもに食料を配り懐柔したと言う話だが……甘いぞ!

この国でハラオ王は絶対!神の代行者なのだ。

それを害して支持があると思うな!?


「ふん。どうせ近い将来状況は変わるぞ。王殺しはあってはならない大罪だ。きっと罰が下る」

「……皇太子を殺した貴方に罰が下らなかった以上、それはありませんよ」


……なんだと……。

確かお前はホルス。レキの宰相か。そしてその脇にはレオとか言うマナリアの少年が。

……ふん、サンドールの民族衣装であるネメスの頭巾など付けて……つけ、て……。

いや、待て……その顔は!?


「あ、兄上!?」

「それはありませんよ。何故なら、二十年以上前に貴方が殺したんですから」


そうだ。王位が欲しかった俺は実の兄を殺しその体をバラバラにした。

……そしてその息子も殺害した、筈、なのだが……。

いや、まさか。


「……アヌヴィスが、逃がしてくれていたのですよ」

「その後奴隷として生きてきたっすか。道理で奴隷出身の割りに政治に長けてると思ったっす」


……生きて、居たのか!?


「結局兄殺しに風は吹かなかったようですね。結局貴方も今まで王にはなれなかった」

「別な家の人間に盗られたっすね。実権は握ってたみたいっすけど」

「ふん、だとしてもお前も王にはなれん!お前もまた王殺しなのだからな!」


……なんだ。何故笑う?


「私は王を……私の太陽を見つけました。今更王位なんかに興味はありません」

「まさか……外国人に王位を渡すつもりか!?冗談は止せ!」


「あの方に王となって頂くためにここまで策を巡らせたのです。本気ですよ」

「……大公即位の時からこの展開を考えてたっすか?酷い人っす」


こ、コイツ!?

最初からあの男を王にする為に動いていたというのか!?

……祖国を最初から売るつもりで!


「ば、売国奴が!太陽の国サンドールを滅ぼす気か!?」

「いえ。夜が来るだけです。少々、この国には昼、いえ夕暮れ時が長すぎたようですから……」


「ええい、文官ども!サンドールが無くなってしまうぞ!?それでも良いのか!」


……文官どもは曖昧に笑った。

コイツ等は、自分さえ良ければ良いのだ。

国がどうなろうと、自分の権益と財産さえ守れればな。


ふん。まあいい。

これなら遠からぬ将来、奴の国も破綻する。

……この政治屋どもの腐り加減は並みではないからな。

そのうち内側から腐って終わりだ。

俺は……冥府からそれを見て笑うとしようか。


「……父の仇、等と言う気はありません。主殿の、我が王のためです。消えて下さい」

「フフフフフフ……好きにすればいい……冥府で待っている!」


そして、鋭い槍が、俺の心の臓を、貫いた。

迸る己の血。

……そして、その無慈悲な一撃を俺に食らわせた男は。

特に何の感慨も無いように、自然体に文官どものほうへ向かっていく。


「じゃあ、こっちも始めるっすね?」

「ええ。そうしましょう……後々厄介ですからね」

「委細承知」


それは、一体、どう言う、意味だ?

……まあ、今更関係ないがな。

ああ、俺が、消えていく……視界も何もかもが、真っ白に染まり……。


……。


≪side ホルス≫

……かつてハラオ王の謁見の間であった大広間は、文字通り深紅に染まっています。

王の血と、将軍の血。そして……居ても問題しか起こさないような文官団の血です。


「しっかし、文官まで皆殺しにしちゃって大丈夫っすか?」

「ええ。有能な者や誠実な者は危急存亡の時故に国中を飛び回っていますから」


だから……ここに居るのは、国を駄目にするような腐った連中だけなのですよ。

奴隷として、見世物として人柄に接し、蟻達によりここ一年以上動向を見続けてきた結果、

彼等が生きているだけで危険なことになると判断しました。


そして、排除するタイミングはここしかありません。

この瞬間のみが、

民に反発心を持たれる事無く彼等を全滅させられる唯一のチャンスといって良かった。


「さあ、守護隊の皆さんは宝物庫と食料庫の中身を全て開放してください」

「うっす!で、それを降伏したにも拘らずハラオ王以下が渋ったって大々的に宣伝するっすね!」


そう、この戦争が始まって以来。

いいえ。レキ大公国建国以来の行動により、サンドール王宮に対する信用は地に落ちました。

今なら……今なら文字通り国ごとの乗っ取りが可能です。

それも、一般市民からの反発ゼロで。


……この策を主殿に最初に話した時、びっくりした顔をなされたのを良く覚えています。

正直ここまでやる事も無いのではないかと言われました。

ですが、私はなんとしても主殿にこの国の王になって頂きたかった!


他国に飲み込まれるからとかの説明は、正直言えば後付けでしかありません。


そう。大公位の手配に始まり、

資金を与え他国への侵略を促した事。

そしてその後その侵攻を失敗させ、その目をレキに向けさせた事さえ私の策。

……無論この戦争さえも。

条件さえ整えてやれば、後は向こうが勝手に動いてくれるので楽なものでしたけどね?


そしてその全ては……恐らく普通に促した所で渋るであろう主殿に、

どうにかして相応しい場所に登っていただく為の策だったのです。

……正確に言えば私とアリサ様の望み、ですけれど。


ともかく、策は成りました。

後は主殿に王国の建国を上奏するだけですか。

……レキ大公国は素晴らしい国になりました。

これからはサンドールの民もその恩恵を受けられる事になります。


その為にサンドールに払わせた犠牲は限りなく大きい。

ですが、未来永劫続く緩慢なる地獄よりはましだと私は考えるのです。


……この身は既に主殿の為ならどんな汚れもいとわないと誓っております。

それが、この国の未来へと繋がるなら、私としてはそれ以上の喜びはありません。


さあ……我等が主殿を迎える準備をはじめましょうか。

こんな血塗られた部屋で、新たなる王を迎える訳にはいきませんしね……。


***大陸動乱シナリオ6 完***

続く



[6980] 56 論功行賞
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/09 00:15
幻想立志転生伝

56

***大陸動乱シナリオ7 論功行賞***

~信賞必罰・責任を取るべきは誰?~


≪side カルマ≫

ファイブレスの巨体と俊足を持ってすれば、

片道一ヶ月かかる筈の道を丸一日程度で走破するのも難しいことではない。

……とは言え、疲れるのも嫌なのでサンドール王都近くまでは蟻の地下通路で移動する。

そして岩陰に巧妙に隠された出入り口を抜けると、

もうそこはサンドール王都まで目と鼻の先。


「さて、ここから先は遮る物も無いな……」

『遮る物?必要なのか?足手纏いの居ない今の我が身達に』


足手纏いと言う台詞はどうかと思うが……まあ確かに要らんな。

残存兵力は確か、僅かに千名とか……いや、油断は禁物か。

ともかく気を引き締めていこう。

城内入場の途端に暗殺者が狙ってくるとかも考えられない訳ではないしな。


……そんな思いと共に竜の頭に乗って進んでいく。

サンドール王都の城壁近くまで来た所で一度ファイブレスを戻し、竜馬として再召喚。

そして……俺は竜馬にまたがったまま、サンドールの王都城門前に立った。


「……さて、報告ではホルス達がセト将軍達を討ち取ったという話だが」

『まあ、問題無ければすぐにでも門は開くだろうさ』


……問題があったら俺達自身で何とかする事になるな。まあ、それも一興か。

と、思っていたのだが。


「アニキ!迎えに来たっすよ!?」

「おお、レオか!」


城門は音を立てて開いていく。

どうやら心配するほどの事はなかったようであった。

……そして。


「うっす!自分ことレオ以下守護隊五百名、一人も欠けずにお供するっす!」

「……無事なのはお前らだけだよ。頼りにしてる」


城門の奥から現れたのはレオと守護隊。

更に……。


「新主君、歓迎!」

「アヌヴィス将軍か……本当に味方に付いてくれるとは。ともかく今後はよろしく頼む」


「御意。当方保有兵、内、半分、護衛供出!」

「配下の半分を護衛に?良いのか?まあ、たった五百人じゃ軍としては少ないから助かるけどな」


そして、俺は背後の左右にレオとアヌヴィス将軍を従える形でサンドールの街を進む。

総勢千人の部隊でサンドールの大通りを我が物顔で進む。

……これは、戦争の勝敗を周りにも判り易く示すと言う狙いだ。

無駄に逆らわれたりしたら、それ相応の対応をせなばならん。

こうするのが、多分お互いの為なのだ。


「レキ大公殿下!ばんざーい!」

「解放者万歳!」

「俺たちに飯と自由を!」

「週に一度は休みをくれるって話は本当ですか!?」


……沿道から歓声が響き渡る。

時間をかけてサンドール王家から信用を奪い去った結果だ。

もっとも、此方が失策をすれば直ちに掌を返されることは明白。

なので、既に地下道を使い救援物資を大量に運び入れつつある。

カルーマ商会の名でそれらは既に配給され始めている。


……昨日までと明らかに違う食生活。

民衆の心を溶かすにはとりあえずそれで十分だったようだ。


まあ、不満分子は腐るほど居るだろう。

なにせ歴史はある国だったのだ。

今はまだ大人しくしているが、その内大々的に動き出すに違いないのだ。

その対策も急ぎ進めなくてはならないな。


ふう。しかし我ながら何でこんな事やってるんだ?


……俺の人生の目的としては、楽に暮らせて適当に金持ちになれればよかった。

つまり望みは全てカルーマ商会が軌道に乗った時点で全て叶っていた様なもんだ。

後はのんびり年金暮らしが出来た筈なんだけど、現実は何故か一国の主なんかやっている。


国家元首なんてものは、周囲の恨みを一身に受ける立場でしかない。

労多い割に、益は大財閥のトップとそうそう変わるものではない。

法律を好きに出来るという利点は周囲の反発を招くから実際は自由になんか出来ないしな。


あーあ、折角ブルジョアの仲間入りで左団扇だった筈なのに、

面倒な事に首を突っ込む羽目になったもんだよ。

本当に一体なんでこうなってしまったんだ?


……まあ、今更逃げ出す訳にも行かんけどな。

望む望まぬに関係なく、もう逃げられない所まで来てしまったのは俺にだって判るさ……。

とりあえず言える事は一つ。

平穏な暮らしをしたいなら、既に色んな物を押さえ込んで行かなければならないと言う事だ。


思えば教会と事を構えた時から、

対抗する為に力をつけ、付けた力と仲間を維持するために更なる戦いを巻き起こす、

と言う循環が続いている。

だが、今更止まらない。止められる筈が無いのだ。

行き着く所まで行き着くか、それとも沈没か。


……期せずして、遂に行き着く所まで行き着いてしまった訳だがな。


自分と家族、そしてここまで付いてきてくれた仲間達の幸せの為に俺は突き進む。

……突き進めなくなってしまったら、もう、滅ぶしかないんだ……。


……。


等と、ぼやいている内にも行列は進む。

様々な理由で寂れてしまった街並み、そしてやけに目立つ妊婦の姿。

成人男子の姿は殆ど無い。戦争でかなりの命が失われてしまったのだ。

……暫くは税どころか、国家規模での支援が必要になるか。

ま、それが出来るのがカルーマ商会であり家の蟻ん娘どものチート具合なんだが、


まあ、普通なら。ここまでやったら文字通り焦土しか残らないよな、うん。

復興は出来るからって一度焼け野原にするような真似は正直効率悪いよな。

完全に叩き潰すと言うのは、同時に得る物が少なくなると言う事でもあるのだし。


……正直、俺のプレイングスキルとでも言うべき物の低さに泣きが入る。

腕力は付いたし、姑息な作戦を立案する事も出来ない訳ではない。

しかし、正直な所……上手く手加減する事が出来ないのだ。

下手に手を抜いたり手心を加えるたびにしっぺ返しを受けてる気がする。

故に、とことんまでやるしかない。


もう少し穏便なやり方もあったろうが、俺自身は元々謀略なんかは門外漢。

前世からの記憶で策そのものは色々持っていても、果たしてそれを生かせているのかどうか……?

ゲームに例えれば……幾らステータスが高かろうと、資金が常にMAXだろうと、

プレイヤー自身の頭が悪いとどうしようもない。

どんな切り札も、使いどころを間違えると殆ど意味がなくなるように……。

……そう考えると……、


「まあいい。配られたカードで勝負するしかないのさ」

「……いきなりどうしたっすか?」


「何でもない。さて、王宮まではもう少しだよな」

「うっす!因みに大規模な炊き出しを平行して進めてるっすよ!」

「当軍配下、行動中也」


ふむ、確かにそのようだな。

蟻ん娘が中心になってどんどん水と食料が積みあがっていく。

……それに群がる人間達に最早奴隷も市民も無いようだった。


「……一般市民にまで飢餓が始まってたのか」

「そうっすね。まあ、それも今日までっす」

「本日、配給開始……安堵……安堵……」


王宮の城門は既に開け放たれている。

……そして、そこには。


「主殿、ようこそいらっしゃいました……ここに居るは我が国を支えうる逸材達です」

「「「「ようこそいらっしゃいました、新たなる王よ!」」」」


ホルスとサンドール文官団の姿。

……予想外なのは文官達に随分若い姿が目立つ事と、その目が希望に満ち満ちている事。

何でだ?祖国が戦争で負けたばかりだと言うのに……。


「腐敗した上層部は残らず国外逃亡を図った模様。砂漠を出る事も出来ずに全滅するでしょうが」

「……つまり、ここに居るのは正論故に日陰者だった連中か?」


苦虫を噛み潰したような顔でホルスは言う。

そう言えばこの国にも上層部ってのは存在するんだよな。

まあ、この反応を見る限りろくなもんじゃ無さそうだけど。

……なら、最初から居ない方が良いか。

残ってくれた奴らだけで上手くやって行く事にしよう。


「はい。この国をより良い物にしたいと願う有志です」

「そうか……これから大変だと思うが頑張ってくれ。予算に糸目はつけなくて良いから」


……我ながら凄い台詞である。


だが、カルーマ商会の地下輸送網は既に大陸外にまで達し、

世界中から富と物資を吸い上げている最中なのである。

必要な物を必要な所に運ぶ。そして時折新製品を開発する。


……後は、世界中の金山銀山を地下から掘り進め、

上の坑道にぶつかる前にただの岩と交換しておくと言う行為を繰り返しているな。

後、こっちの地下道に気づかせない為に下のほうで大々的に狼煙を焚いて、

上の鉱山の中で"毒ガスだー"とか騒いでみたりとか。

いや、権利侵害じゃないよ?

地下を掘り進めてたら偶然金山や銀山に残らずぶち当たっただけだからね?


まあとにかく……それだけで、

既に大陸の一割ではなく世界の富の一割を保有するに至ったとか何とか。

故に、大陸……と言っても実は大して大きくも無いらしいこの大陸、

その中の国一つを救うのはそれ程難しくないとの事だ。


「「「ははっ!お任せ下さい!」」」

「さし当たって、飢餓で働けない人間が増えてると思うから、今年一年は全面的に税免除な」


「「「おおおおっ!助かります!」」」

「後でレキの文官団と打ち合わせといてくれ……」


感動しているらしい国中から集められた文官達とやらに別れを告げ、

やって来たのはかつてのハラオ王の自室。

謁見の間は何か問題があるらしくまだ使えないとの事だ。

……俺はそこで人払いをするとホルスから軽く報告を聞き、ついでに此方の現状を話しておく。


そして、その日の晩に何処か慌てたような雰囲気のアリサが駆けつけてきた所で、

……論功行賞の打ち合わせ、と言う名の責任問題追求の場が設けられたのである。

出席者は俺とホルス、そしてアリサ。

奇しくもそれはカルーマ商会結成時、忘れられた灯台の密談と同じメンバーだった……。


「……さて、そんな訳で予定外の被害が出てしまった訳だ。だが皆勇敢に戦ってはくれている」

「なるほど。罪を断ずるには勇敢に過ぎ、罰しないには後の影響が強すぎるのですね」

「そのままにはしておけないけど、やり方如何では不満が残りそうだねー……」


ロウソクの明かりで照らし出された三つの顔はどれも例外なく厳しい。

……それはそうだ。これは今まで無かった"味方を断じる"為の会議なのだ。

褒美を与えるのは問題ない。

だが、それだけでは今後に差し障る。

……今までに無い難しい舵取りをする必要があったのだ。


そんな中、ホルスが重々しく口を開いた。


「……イムセティを罰しましょう。功を焦り君命に背く。あってはなりません」

「待った!イムセティはホルスの子供じゃない!?本当にそれで良いのー!?」


「……私が身内を罰せばこそ、公平感は得られるでしょう……」


ホルスは何事も無いように言うが、拳がきつく握られたままだ。

……本心としてはそれで良い訳が無い。

それに、俺としても初陣でいきなり指揮官を任せたと言う負い目も有る。

更に、サンドールが新しく統治領に加わったと言う事情も考慮すれば、

サンドール出身のイムセティを罰するのは国民感情的に余り良くないだろう。

ただでさえ、サンド-ル人の比率が跳ね上がるのだ。それは出来れば避けたかった。


「……イムセティは初陣、更に命令を下したのは俺だ。故に」

「駄目です。勝ち戦で君主が罰を受けるなど。今後の君主が罠に嵌められる可能性もあります」

「そだね。……勝ったのに奸臣に難癖付けられて、とか色々ありそうだよねー」


……未来の為に、おかしな前例は作れない、か。

だとしたら、責任は誰が取る?

誰も取らないと言う選択肢もありえないぞ?

何せ、それが慣例となりかねないのだ。


「……じゃあ、オドを更迭するのか?あいつは今回の功第一位だぞ」

「功罪合わせてお咎め無し褒美無しも有り得ますが……もしイムセティを無罪とするならそれは」

「出来る訳無いよね。だって、余りに贔屓過ぎるし」


功多く、失策もあったオド。

それに対し、初陣ではあるものの、失策ばかりが目立つイムセティ。

この場合……オドを罰するなら当然イムセティも罰せねばならない。

だが、


「まさか二人とも切る訳には行かんぞ?なにせ貴重な指揮官だ」

「……そうですね」

「じゃあ、あの二人にはご褒美を与えると言う方向で決定だよー」



そうだな。双方を罰するよりは双方を褒め称えた方が良いか。

……とは言え、何らかの形で罰も与えねばならないだろう。

しかし、周りにはそう見えないような方法で本人達には思い知らせる?

……そんな方法、あるのか!?


「さて、となると……誰に責任を取ってもらうか」

「はい!今回は、はーちゃんが悪いと思うよー!」

「……し、しかし姫様はまだ赤ん坊です!」


「甘い甘い、魔王だよ?分別は普通の人間以上。むしろ罰が無い方が堪えるんじゃないかなー」

「……だとしても、今回はハイムに対する罰は取りたくないな」


……何故かって?

それは、俺がアイツをあくまで魔王としてではなく一人の姫として扱いたいからだ。

子供のポカは親が責任を取るべきだろう。

少なくとも、アイツはレキ大公国ではただの姫君でしかない。それも生まれたばかりの赤ん坊。

……そう、赤ん坊に責任を取れなんて言えない。言いたくない。

例え人並み外れた能力を持っていようが、だ。


「……アイツも今回は懲りただろう。今回だけはお咎め無しで行きたい」

「そうですね……しかしだとすると誰が責任を……」

「いっそホルスが全責任被る?私情で宰相が国を空けてたんだからさー。あたし大変だったよ?」


……確かに書類的に凄まじい事になっていたな。

お陰でアリサは余り動く事が出来なかったくらいだ。

とは言え、それは俺自身が認めた軍事行動。

責任どころか予想以上に上手くやってくれたとしか言いようが無い。

それを罰するなんて……。


「……兄ちゃ」

「うわっ、何だよアリサ怖い顔して」


悩んでいると、突然目の前に複眼が。

……何時の間にやら目を見開いたアリサが俺の膝に乗っていたのだ。


「誰でも良い。さっさと罪を被せろー。さもないと、あたし嫌な役割を演じなきゃならない」

「……嫌な、役割だと?」


ふと気付くとアリサの顔色はかなり悪いのが判る。何か、躊躇しているようだ。

……そして、その手には一通の手紙が握り締められている。


「……後悔しても知らないよー?……はい、ルン姉ちゃからの手紙……というか懇願」


ぞくりとするような表情だった。……ルンからの、懇願だって?

とりあえず読んでみるか。


ふむふむ。

うん、ハイムに罪を被せたりはしないから安心しろ……って。

こ、この内容は……。


ルン…………本気か!?


「兄ちゃ……その手紙の通りにすれば、確かに問題は解決だよー」

「いや、しかし……」

「一体何が……読んでも宜しいので?」


振るえる手で手紙をホルスに投げる。

……暫く黙って読んでいたホルス、その顔から表情が消え、唇が真っ青になる。


「た、確かに有効な手段です……それに事実上誰も罰する必要が無い……ですが」

「罰する必要が無いだけで、事実上凄い罰だよこれ!?相手はルン姉ちゃなんだよ判ってる!?」


……なんと言うか、もう、他の事はどうでもよくなってしまった。

そして、ここから先はその手紙の内容を実行するか否か。

その議論だけに一晩を費やす事となる。


……結論から言おう。


確かに理は適っていた。適い過ぎていたのだ。

故に俺は、それを受け入れざるを得なかった、と。


ただし、それだけで終わらす気も俺には無かった。

ルンだけに全てひっ被せて、のうのうとしている気は無い。

……そのための策を、長く三人で練り続ける事となる……。


……。


……時は流れる。

結局俺達はサンドール王宮に結構な期間、詰めている事となった。

関係各所に書類を書き、手紙をしたためる。


結果、新首都ではなくこのサンドール王宮にて、

遅まきながらも先立っての戦争の論功行賞が行われる運びとなった。

……出産の近いアルシェを含めたレキ、及びサンドールの重鎮達が続々と王都に集まってくる。

その中でただ一人、何かを思いつめたようなルンの姿を見たと、会う者皆から聞かされた。


……俺は、アイツを何とかしてやらなければならない。


……。


その日、掃除の終わったと言うサンドール王宮謁見の間にて、

論功行賞が開催されようとしていた。

そう、開催だ。

まるで何かの儀式のように進行していく。


サンドールの王座に仏頂面の俺が座り、

その横にホルスとアリサが立つ、そして下座に並ぶように文武百官が立ち並んでいた。

……表情はそれぞれだ。

報奨に期待している者、不安を感じている者……。

そんな中、ホルスの声が謁見の間に響く。


「勲功第一位!魔道騎兵オド隊長、こちらへ!」

「イエッサー!」


自信満々の笑みを浮かべながら、伊達男が赤絨毯を進む。

そして、俺の前に膝を付いた。


「オド、お前とその部隊は特に勇猛で勲功もあった。よってここに賞する……まずは金貨だ」

「後々爵位の授与も行われます。それまでこの場に残って下さい」

「ハッ!承知いたしました。このオド、今後も殿下と妃殿下に忠誠を誓いますとも」


アリシアが運んできた金貨袋を受け取り、満面の笑みとなってオドは所定の位置に戻っていく。

続いて。


「勲功第二位!守護隊レオ隊長、こちらへ!」

「はいっす!」


自信満々にレオが歩み寄ってきた、そしてニカッと笑うとオドと同じように膝を付く。

……俺も思わず笑みがこぼれた。


「レオ、長期にわたる敵地での任務ご苦労だった。そら、これがお前たちの取り分になる」

「うっす!頂くっす!」

「レオ隊長にも故国の物以外に我が国としての独自の爵位をご用意しました。お残り下さい」


……軽くガッツポーズをしてレオは元の位置に戻る。

ふう、全員これくらい文句無く渡せればよかったんだよなぁ……。

さて……問題は次か。


「勲功第三位……決死隊イムセティ隊長、こちらへ」

「えっ!?私達にも褒美が頂けるのですか!?」


少しばかりきょろきょろとしながらも、イムセティは俺の元にやって来た。

そして、先ほどの二人よりは幾分ぎこちなく膝を付く。


「……さて、色々問題は有ったが初陣としては稀有なほど勇敢な戦いだったぞ」

「い、いえ……ただ無謀だっただけでして……」


「報奨は僅かな銀貨ですが、戦死者は先に此方で弔っておきました……以後、精進しなさい」

「父さん…………はい!全力を尽くします!」


小さな銀貨の袋を握り締め、イムセティは戻っていった。

心なしか足取りも軽く。


……。


その後、小さめの報奨が次々と渡されていく。

だが、そろそろ違和感に気付き始めた連中が現れたようだ。

ヒソヒソと内緒話が始まり出している。

……即ちそれは……。


「おかしいっすね……ホルス宰相の論功行賞が無いっす」

「ホワーィ?確かにそうですね。どうしたのでしょう?」

「殿下が父を忘れる事は流石に無いと思いますが……父さんは別に不満も無さそうですね」


丁度良いかな?

いい具合に周囲が騒ぎ出したし丁度一般連中への報奨も渡し終えた所だ。


「……以上で表彰を終わる。続いて……」


えっ!?という視線が俺の元へと届く。

長期従軍してサンドールを落としたのは間違いなくホルスの手柄。

それを表彰しないのは何故か?

そんな感じの視線だ。

……そんな中、何処かおずおずとルンが歩み出た。

そして赤絨毯を俺のほうへと進む。

その表情は、俺が今まで見た中で一番と言っても良い位に硬いものだ。


「せ……大公殿下にお願いがあります」

「……言ってみろ、大公妃」


ざわり、と周囲がざわめく。

自分でも思うが今のやり取りは異様だ。

……少なくとも俺達の間で交わされるやり取りの雰囲気ではない。


「恐らく有るであろう姫への処罰、どうかお待ちになって頂きたく存じます」

「駄目だ……第一公女ハイムへは、相続権の剥奪が既に決定している」


ザワリ……!

今度は空気が変わった。

そして……いの一番に口を開いたのはやはりこの男。


「ホワーーーッツ!?何故姫様がそんな事に!?」

「決まってるだろ?私的な理由で軍の作戦を妨害し、軍を半壊させた罪だ。むしろ軽すぎる」

「罪状は国家反逆罪になります」


ホルスの補足、だがそれにオドは噛み付く。


「……ホルス宰相!貴方、まさか姫様を……」

「口が過ぎるぞオド!これは俺が決めた決定事項だ!」


「……因みに私の功は、イムセティの失策の穴埋めとされています」

「なっ!?父さん!そんな事一言も!?」


呆然とするイムセティ。

だが、話はここで終わらない。

ルンは声を震わせながらも次の言葉を口に出してきた。


「では……私の持つ最も価値のあるものを差し出します。……ですから」

「………………それは、何だ?」


そっ、とルンが指から外した指輪を差し出す。

……そう、それは……一言で言うなら結婚指輪。


「レキ大公妃。その称号を、おかえし、しま……す……」

「………………」


……しん……と静まり返る謁見の間。

誰も一言も発せず、沈黙が痛いほどだ。

俺も色々な意味で痛い。痛すぎる。

だが……周囲に判らせるにはこうするしかなかった。

これ以上の手は、思い浮かばなかったんだ……!


「……オジョウサマーーーーーーッ!?」

「ひ、妃殿下!?と、父さん、これは一体どういうことですか!?」


……ハイムはここに居ない。

ショックを受けて、今も話を聞かせた近くの部屋で硬直したままだ。

瞬き以外いっさいせずに完全にフリーズしている。


「あ、アニキ!?今のルーンハイムの姉ちゃんからアニキ取ったら、何も残らないっすよ!?」

「そう……何も残らない……私には、もう、何も……ぁぁ……」


耐え切れなくなったのだろう、ルンが一目散に謁見の間から逃げ出した。

だが……追うな!今追ってはいけない!

ルンの……これを自分から言い出したという意味を無駄にするな!


「では、大公妃ルーンハイムの称号永久剥奪を持って第一公女への処罰は不問とする……」

「ノオオオオオッ!?永久、剥奪ーーーーっ!?」

「アニキ!?それってこれから永遠にルーンハイムの姉ちゃんが戻る事は無いって事すか!?」

「……馬鹿な、そんな馬鹿な話があるのですか?あの方は別に何も悪い事は……」


いや、よくよく考えるととんでもない事をしでかしている。

自分から気付いて言い出したのは、やはり誇り高き公爵令嬢だったと言う事だろう。


「ハイムの暴走時、指揮権も持ってないにも拘らず勝手な判断で軍を動かした……」

「そして、それに姫様の罪状を加えると……こうする他無いのです」


その時……凍りついた時が遂に崩壊した。

スラリ、と剣が抜かれる。

そして怒りの形相でオドがホルスに剣を向けた!


「ハハハハハ!そういう事ですか!こうなるとお嬢様が邪魔と言う訳ですね?……狐がぁっ!」

「父さん……嘘ですよね!?…………どうなんですか!?」


意外な事にオドとイムセティが飛び出したのはほぼ同時。

向かう先も同じくホルスだ。

ただし、剣装備と無手という差はあったが。


……とりあえずありえる事と心の準備はしていた。

王座から飛び出し、加速をかけてオドの土手ッ腹に鉄拳を食らわす!


「ぐはああああっ!?」

「ぎゃっ!」


ほぼ同時のタイミングでイムセティがホルスに蹴り飛ばされる。

そして、二人が地面に叩きつけられたのを確認して口を開いた。


「いい加減にしろ。まさかそれだけで俺がルンを手放す羽目になったと思っているのか!?」

「ルーンハイムさんがここまで思いつめたのは、あなた方の行動もあったのですよ?」

「ルン姉ちゃ、責任感じすぎて人生まで放り出しちゃった……あーあ。知ーらないよー?」


呆れた顔のアリサがルンからの嘆願書を読み上げ始めた。

中にはハイムやオド、イムセティ達に罰を与えないで欲しいと言う旨が書いてある。

……そう、ルンの手紙には、

ハイムと同様にオドやイムセティまでに及ぶ嘆願が書かれていたのだ。


曰く、彼等が暴走したのは私の後先考えない命令のせいだと。

オドの提案を蹴る事も出来たし、

イムセティが意地を張ったのはそのオドたちとハイムの存在があったからだと。

そして、その為に現在ルンの持つ唯一価値のあるもの……。

即ちレキ大公妃と言う立場を手放す事も止むを得ない。

……余りに切実な訴えだった。


「妃殿下……いえ、お、お嬢様…………」

「そんな、私達の事まで!?」


それを託された時、アリサはルンの顔が真っ青になっているのを目撃している。

そして、少なくとも自分から返還したと言う形をとる以上、

まあ……周りへの影響を考えると再び同じ称号を与える訳にもいかんだろうが、

少なくとも誰かを罰する必要は無くなった。


何せ……それ以上の精神的ダメージを負う者がかなりの数になるからだ。

俺を含めてな?


更に文面からして、

直接ルンと繋がりの無いイムセティにまで責任を感じさせる事が出来るのは大きい。


ルンがそこまで考えていたかは不明だが、現状を打破するためには最適の策では無いだろうか?

少なくとも俺にはそれ以上は考え付かなかった。

故に、採用せざるを得なかったのだ。


……けれど、それじゃあルンだけが悲惨すぎるではないか。

俺は……そんな結末は望んでいない。

少なくとも俺はそれで幸せにはなれない。


……故に、一発逆転の策を用意している。

ただし、今は俺を含めて全員に判らせる時だ。

自分達の行動とその結果というものを……!


まあとりあえず全員、今回の事を深く反省して欲しいと願う。

……さもなくば本当の意味で非常手段を採らねばならなくなるし……。

まあいい、とりあえず今はこの場を無理やりにでも治めねば。


「ホルス!例の通達を配れ!」

「はい、主殿!」


ホルスの指示の元、その場の全員に一枚の紙が配られる。

皆は訝しげな顔を隠そうともせず、それに見入っていた。


「……こ、これは……」

「カルーマ商会の……ですか?しかし何故?」


……ふふふ、真意がわかるまい?


「おっ!小麦粉が半額っす!新作の槍も三割引きっすか!」

「ホワット!?一体このチラシが何の意味を……!?」

「いえ、待って下さい!これは、この記念セールは!?」


そう、明日には街全体に配られる予定だが、そのチラシにはこう書いてある。

でかでかと、やけに巨大に、黄色い縁取りの赤い文字で。



"リンカーネイト連合王国、建国記念セール開催のお知らせ"



と。


……。


「ホワーッツ!?りんかーねいと、王国?」

「連合、とは何処と何処が連合を組むのでしょうか……まさか!」


「そう、そのまさかだ!レキとサンドールは合併してリンカーネイトと言う名の王国になる!」

「「「「なんだそりゃーーーーっ!?」」」」


青天の霹靂。

正にそんな感じでどいつもこいつもアホ面をさらしている。

まあ、ここは何としても言いくるめないといかんのだ。

説明は無茶苦茶だが悪く思うな!


「だって……レキ"大公国"は名前からしてサンドール"王国"の属国ではないか!」

「ですが、現状では主従は逆転しました。そのままの名前もおかしいでしょう?」

「そんな訳で改名するついでに……という流れになったんだよー」



「「「と言う訳で再建国するから。異論は認めない」」」



ぽかーん。

そんな擬音が聞こえてきそうな周囲の連中。

それに反比例してテンションの上がる俺達三人。(その内一匹は蟻の化け物)


「いいじゃん気分で国名変えても。俺、王様になるんだし!」

「ついでなので、恩赦を出す事になりました。どんな罪も一度無かった事にします!」


「な、何を仰るんですかお三方!?特に父さん!何言ってるか判ってる……あ」

「グラーーーーーーッチェ!それはつまり今現在までの罪は全て帳消し……と言う事は!」

「ルーンハイムの姉ちゃんも晴れて無罪放免っす!」


……おかしな事を慣例としない為には、それ相応の理由が必要。

恩赦にもそれ相応の理由が必要。

そんな訳で無理やり恩赦の理由を作る事にしたのだ。


女一人助ける為に国家一つでっち上げる。

……文字通り前代未聞である。


まあ、国民の大半はサンドール人とならざるを得ないので、

属国に支配されたと言う意識を薄らせるためにも、何らかの処置を行う必要があった。

それに便乗した形だ。


「既に東西マナリアとトレイディアとは国交を結ぶ事で合意がなされている」


何時の間に?


東マナリア……リチャードさんの所にはアリシアが一匹、

食客のような身分で滞在し続けている。

そう、隠し部屋でカサカサの入った冷蔵庫とかを見つけた個体だ。

そいつがそのまま外交のチャンネルとなっているのだ。


西マナリアでは、何故かレン……レインフィールド新公爵が窓口になってくれている。

それと別のアリシアが一匹赴いて、交渉を纏め上げてくれた。


トレイディア?元々商会の力がかなり広範囲に渡っている。

竜の信徒との戦いも終わり、また元のような商売を続けている関係もあり、

殆ど苦労することも無く話が付いたな……金は掛かったけど。


「まあ、そんな訳で国際的にはその2カ国、そして幾つかの都市国家と国交樹立する運びだ」

「サクリフェスとの交渉は難航しておりますが……まあ、あそこは仕方ありません」

「これで、うちも正式な独立国家になるよー。凄いねー!」


その場のほぼ全員が呆然としているのは変わらないが、

さっきまでとは違い、純粋に驚き呆れているようだ。

……もしかしたらオド辺りには建国の本当の理由に気付かれてるかも知れんな。

感動してちょっと涙ぐんでいる。

まあ、知られて困る事ではないが。


「なお、それにあたり体制を変える。新規の役職は明日発表するので明日もう一度集まるように」

「以上です。爵位授与もその時にしますので今日はここまでとします」


……その時、アリサが一歩前に歩み出た。


「一つだけ言っておくよー。こんなウルトラCの恩赦は二度も使えない……次は無いから」


そしてまだ床に転がってるオドとイムセティを軽く蹴っ飛ばす。

……怖ぇ。

流石に女王の迫力だ。小さくてもそれが衰える事は無い、か。


「イ、イエッサー!判りましたアリサ様……」

「今後主君の命に背くような事は決して!……今回は流石に堪えましたよ」


「それと、二人ともなかよくするー。貴族とか奴隷とか、戦場に持ち込んだら……潰すよ?」

「そうだな。次にルンが責任取る羽目に陥ったら俺も庇えないし……原因を許せないな」


俺も声のトーンを一段階下げてみる。

……二人は顔を見合わせ引きつった笑みを浮かべると……。

ガシッと硬く握手を交わした。


「うん。判ってくれて何よりだ」

「だよねー」


「ハハアアアアアッ!承知いたしました!」

「肝に、肝に銘じます!」


……とりあえず、問題はひとつ解決したようだ。

文武百官が退室していく中、とりあえず安堵のため息が漏れる。


「次はルンか」

「そうですね。早く行って慰めてあげて下さい」

「大公妃の称号は返せないけど、新しく王妃にしてあげるってさっさと伝えれー」


で、今は部屋に篭ってる?

……はいはい、じゃあ急ごうかね。

急がないと、マズそうだし。


……。


そんな訳でサンドール王宮を疾走する。

慣れない造りに苦労しながらも、ルンとアルシェに宛がわれた部屋に急ぐ。


「アリサ!傷薬と包帯を」

「最初から部屋に大量に用意してあるよー」


「主殿……治癒用の魔力は」

「余裕だ!その代わり今夜は一晩中付いててやらんといかんだろ……後は任す!」


どうせルンの事だ。リストカットしてるってオチだろう。

もしくは飛び降り?

そんな訳で窓の無い部屋にルンが唯一話を聞くアルシェと一緒に配置した訳だ。

そして、俺達はルンの部屋の前に……。


その時、部屋の戸が乱暴に開かれた。

同時にアリサが突然顔色を変えると、回れ右をして何処かにすっ飛んで行く。

な、何事だ!?


「先生!大変!」

「ぬわっ!?ルン!?」

「……意外ですね。ルーンハイムさんなら」


「それどころじゃない。アルシェが!」

「アルシェが!?」


「いきなり産気づいた」

「なんと!?」

「少し、早くないですか?」


確かに出産予定まではまだ日にちがある。

部屋にわたわたとメイド達が飛び込んでいく。

更に十数匹の蟻ん娘が産婆さんを乗せて室内に突入。

その部屋の中は修羅場と化した。


「……最初、アルシェは私の事を励まし続けてくれた。けど、いきなり苦しみだして……」

「で、自分の事どころじゃなくなった訳か」

「一応予定調和はされたんですねルーンハイムさん……」


見ると僅かにルンの腕に傷が……。

まさかアルシェは心労が原因で早産!?

それは洒落にならん、笑えんぞ!?


「心労、は確か。でもルン姉ちゃが自殺するのはデフォだから負担になった訳じゃないよー」

「アリサ?それはどういう事だ?」


その時アリサがちょっと疲れたような顔で現れた。

……産婆やらなにやらの手配をしていたようだな。ご苦労さん。

で、だったら問題は何なんだ?


「名目上、自分が大公妃扱いになったのが問題だったっぽいよ」


……そう言えば、

アルシェはルンが会食とかで外交してるのを見ていたはず。

傭兵上がりにはとても真似できないと感じていただろうことも明白だ。

ああ、あの世界に飛び込むのは苦痛だろう。

笑顔で相手の粗探しとか、出来る性格じゃないよなぁ。


いやいやいや、だがアルシェには事前に伝えておいた。

本人にはまだ言えんがすぐに元以上の立場に戻れるとな?

だったらそれが原因になるとは……。


「いえ、それでも数日は正式な大公妃として振舞わねばなりません……それが辛かったのでは?」

「で、内心行きたく無いなー……って想いが体の変調として現れた、って事みたい」


……上司に怒鳴られ続けたサラリーマンかよ……。

だがまあ、仕方ない。

権謀術数の世界よりも剣を合わせ弓矢で勝負の方が向いてるんだろう。

あの独特の纏わり付くような気味の悪い世界と関りたくないのは判る。


「しょうがない。まずは見舞うか……ルンも付いて来い」

「……ん」


「では、私は執務に戻らせて頂きます。新首都からレキの民の移住に関する報告も来ていますし」

「あたしは疲れたから今日は早いけどもう寝る……おやすみー」


その場でどっと倒れたアリサをアリス数匹が回収して去っていく。


「お休みであります!」

「連れてくであります!」

「アルシェねえちゃの事、宜しくであります!」


……さて、こりゃあ建国宣言と同時に王子様の誕生祝いも兼ねる事になりそうだな。

おっと、そうだ……アレの開発状況も聞いておくか。


「……ちょっと待った。例のアレは完成したか?ほれ息子の誕生祝予定の……」

「流石にまだであります、まあもう少しでありますが……早産は予定外であります」

「そもそもリボルバー式拳銃が出来たばかりの技術力でアレはキツイでありますよ……」


そうか、仕方ない。

ハイムの見立てで竜の心臓こそ生まれながらに持っているものの、

残念ながら魔法は使えない可能性が高い。と言われたので、

護身用に武器と兵器を一個づつ用意していたんだが……。

偶然見つけた魔道書の中に設計図があったから無理やり作り始めた無反動砲は兎も角……。

こりゃあ、今日中に武器の方は用意しておかんとな。

名前もそれらしく付けるつもりなんだ。どっちかだけでも無いと話にならん。


……。


「と言う訳で、いかがわしい用途に使われていたと思われる王宮地下に来ている訳だ」

「アニキ!頼まれてた"隷属の指輪"一万個ほど回収して持ってきたっす!」


おお、来たか。

……魔力を持つ魔剣とかマジックアイテムの類は魔法を作るような要領で作れる。

要するに、そう言う物があるという常識を世界に刻む訳だな。

ただし、原材料になる"魔法で出来た物質"が必要になるのが道具を作る時の制約。

……今回はこの"隷属の指輪"を原材料にして作ろうというわけだ。


「そう言えば、この指輪って何が原料だったんだろう?」

『……竜の骨を削って作られているな。作成時はその竜の心臓を使ったか……クッ!』


え?そうなのか?

だがそれはおかしい。

……ファイブレスよ。お前が死んだ時その体は……。


『生きながらにして骨を削られたんだろうさ……完成してからなら死んでもそれはもう』

「指輪として竜とは独立した存在扱いか……聞いてしまってスマンなファイブレス」

「な、何に対して謝ってるんすかアニキ!?」


ともかく、この指輪は竜の骨を材料に竜の心臓を使って作られたわけだ。

……まさか俺のザンマの指輪も、か?

いや、考えない方が良さそうだな。


『……一頭の竜から数百の指輪が作られたようだな。脆いのはそのせいだ』

「逆に言えば万の指輪から一振りの剣を作り出せば、かなり硬くなるだろ」


とりあえず、作成時の魔力は俺達の心臓から出す。

……火竜の心臓で作るんだから、炎の魔剣だ。

まあこれは元々の予定なんだけど。


じゃあ、気を入れていきますか!


『『術式形成を宣言!新規魔道具"炎の魔剣"を設定!』』


俺とファイブレスの宣言が地下に響く。

……足元にはマナリア王都地下より移設した(床板ごと盗んだ)魔法陣。


『『該当魔方陣に我が身より魔力供給開始。原材料融解、再結合……!』』


その中央に用意された指輪たちがドロドロに融け、新しい姿を現した。

それは……燃えるような赤い刀身を持つ深紅の魔剣!


『『効果設定……完了。存在固着……完了……全工程、終了……最終処理に移行……』』


……はたから見ていると実にあっさりと完成したように見えるだろう。

だが、俺もファイブレスも全身に虚脱感が漂う酷い状況だ。


『おい、最後に銘を刻め。さもなくば完成せん』

「ああ。判ってる……えーと、ファイアブランド、っと」


因みに銘を刻むのにも他の魔力で出来た物質、それも刃物か何かが必要。

今回の場合スティールソードを使う事にする。

しかし、長剣なだけに名前を彫るのには向いていないな……。


えーと、ふ……あ、ヤバ。

この文字の大きさじゃあ、6文字くらいしか入れられん……よし、名称変更だ。

ふ、れ、い、む、た、ん……っと。

……あれ?ひらがな?

ここはカタカナだろう!?

ああっ!ちょっと間違った……ええい、ままよ!


……コリコリコリコリっと。


……シャキーン!

これで、完成だーーーッ!


「おおっ!これはマジで凄いっす!自分、感動したっすよ!?」


名を得た新たなる魔剣は、その存在を示すかのように赤く光り輝く。

……新型魔剣、フレイムタンの完成だ!


「本当に凄いっすね、この炎の剣"ふれいむタソ"は!」

「……なぬ?」

『いや、お前の刻んだ銘だろうが……』


熱気に溢れながらも、場は凍りついた。

……と言うか俺が。

なお、作り直すたびに世界の寿命が削れるため、作り直しは論外であった。

と、とりあえずこれはあくまで"炎の魔剣"って事で一つ……。


……。


≪side アリス≫

忙しいであります、忙しいであります!

アルシェねえちゃは産気づくし、新しい国になると言うことで色々ゴタゴタしてるし!


「どくであります!書類様のお通りでありますよ!」


そんなわけであたし等も色々忙しいのであります!

新首都とサンドールとの間を数万枚の書類が行きかっているのがその証拠。

これをさっさと新首都のルイス達に渡さねばならぬのであります!


「…………わらわ、は……」

「邪魔であります!」


「ふぎゃ!?」

「どけどけどけどけー、であります!」


置物っぽくなってるはーちゃんを踏み台替わりに踏んづけて屋根裏に移動。

そのまま地下に降りて移動開始であります!


「ううう……母……母……わらわが、わらわが悪かった……」


……あ、そう言えば。

はーちゃんにはネタ晴らしして無いでありますね。

まあいいか。

その内誰か気付いて教えるでありますよ。

さあ急ぐであります!

この書類は今日中に届けないといけないのでありますからね!


どけどけどけどけーーーーっ、であります!


***大陸動乱シナリオ7 完***

続く



[6980] 57 王国の始まり
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/12 18:08
幻想立志転生伝

57

***建国シナリオ4 王国の始まり***

~新首都・アクアリウム~


≪side カルマ≫

サンドール王都、かつてそう呼ばれた街。

現在は王都の文字が取れ、かつての古き国の国名を残すサンドールと言う一都市となった。

……その中央に位置する宮殿の一室で、今……新たなる命が生まれようとしている。


「リンカーネイト王国の始まり、その最初に生まれる子供が王子と言うのはきっと慶兆ですね」

「そうだなホルス。それにどうせすぐ新首都に移る。先にお目見えしておくのも悪く無いだろ」


生まれてくる赤ん坊は男の子だそうだ。

更に竜の心臓持ち。ただし魔法が使えないという。

……矛盾してる気がするが、きっと何か意味があるのだろう。


さて、それは兎も角……俺の子でありながら魔法が使えそうも無いというのは大きなハンデ。

そんな訳でその話を聞いた時から、息子の箔付けのためにも象徴的な何かを俺は欲していた。

それこそ人が聞けばそれだけで恐れるような何かがあれば、生まれてくる子も安心だろう。

そう思ったのだ。


……そんな訳で"炎の魔剣"を作ったわけだな。

因みに息子に与える予定の名前はグスタフ。


グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ。

通称グスタフ、もしくはカールジュニアだ。


魔法が使えなかろうが関係なく、己の才覚で突き進んでくれるのを期待して付けた名だ。

ついでに現在その名を冠した、

……と言うかゴロの良い無反動砲カールグスタフのレプリカを作成中。


更にマナリアより発見された資料から作られたリボルバー式拳銃と、

その製作中に偶発的に完成した六連発式の大砲と言う酷いチート武装も順調に量産中である。

そう、小型化が出来ないならでかいまま使ってしまえという発想だな。


……まあ、大砲は巨大なリボルバーを荷台に乗せただけで、人間の腕力じゃ扱えないけどな?

実質蟻ん娘専用武装になりそうだ。

更に無反動砲は部品の精度が低い為ネジ一本まで職人さんの手作り。

そちらの量産はまだ不可能だと言う。


とは言え、これらが完成し兵がそれに慣れた暁には、

ここだけ近代戦状態と言う典型的外道戦術がこの国のデフォになるのだろう。

敵の被害も火力の集中によりえらい事になるのは明白だ。


ともかくファンタジー世界で生きながら、

それを否定しつくす事が出来るのは転生者やトリッパーの特権。

まあ、堪能させてもらう事にするさ。


……ん、袖口を引っ張られるこの感覚は。


「せんせぇ……アルシェの子、男の子?」

「らしいな。ハイムの見立てだから間違い無いだろ。何せ魔王だし」

「今更おだてても遅いわ、この馬鹿父!」


ルンに抱かれたハイムの脚がポコポコと俺の横っ腹を蹴る。

……かゆい。


まあ、それはさておきルンは非常に上機嫌だ。

家庭、地位、名誉……その全てを失うと言う悲壮な覚悟をしていたそうだが、

決死の覚悟が色々と実を結んだ上に自身は結局何も失わずに済んだ。

故にこれ以上の事は無いと言う事らしい。

とりあえず俺も一安心である。


……代わりにほったらかしだったハイムがお冠だけどな。

まあ、後で魔王城の一つも建ててやれば機嫌も直るだろ……。


「許さんぞ父!わらわがどれだけ心配し絶望したか、わかるまい!?」

「いや……そもそもそこまでルンが追い詰められたのは、誰のせいだ?」


……あ、そっぽむいた。

しかも冷や汗だらだらだ。

自覚はあるのか。なら良い。


「……まあ、今回は皆考えるべき事が多かった、そういう事だな」

「う、うむ。わらわもそう思うぞ父よ!」

「ふふ。丸く収まって、良かった……」


そんな事を言い合っていると突然産声が。

これまた元気な声だな……早産なのに……。


……。


「えへへ、えへへへ……これで僕もお母さんかぁ」

「良く頑張ったな、アルシェ」

「お疲れ様、アルシェ」


数時間後、赤ん坊と並んで寝ているアルシェの元に俺達は立っていた。

生まれたばかりのチビ助は非常に元気いっぱいにハイハイをしている。

うん、本当に元気な……、

……いや待て、生まれた当日になんでハイハイできるんだコイツは!?


「凄い子なのは確かだが……成長早過ぎないか?」

「そうか?わらわは生まれた当日に飛ぶ事も出来たぞ?」

「あたしは生まれた日にはお掃除してたであります!」

「うまれてすぐ、おつかい、いった、です」

「生まれてすぐにとんでもない謀略に参加したよー」


……そうか。

うん、それに比べればまだ普通の部類だな。

俺の感覚がおかしかっただけなのか?


……本当に?

何か根本的におかしいような気もするが。


「うあー……」

「うむ、元気で宜しい。わらわはハイム。お前の姉だ!」


さて、俺達の横ではベッドをハイハイしている息子の脇を、ハイムがふわふわ飛んでいる。

そして、空中で胸を張って自己紹介の真っ最中だ。

で、グスタフはと言うと、そんなハイムの方へ無邪気に手を伸ばして、


「あうぅ……」

「のあああああっ!?わ、わらわの髪はおっぱいでは無いぞ!?こら、食うな!」


ありゃりゃ、ハイムの髪の毛を口に入れてら。

魔王涙目だな、ご愁傷様。


「父ーっ!助けてたもれーっ!?」

「わかったわかった。ほれグスタフ。お姉ちゃん困ってるだろうに」

「あぶー?」


「ふふ、赤ちゃんに判る訳、無い」

「ルンねえちゃの言う通りであります」


「あうあうあうあう……わ、わらわの髪がドロドロだ……」

「きゃっ、きゃっ」


涙目で天井付近に退避するハイム。

そしてそんなハイムにぎこちなく手を伸ばすグスタフ。

……しかしまぁ、活動的な子だ。

これもまた竜の心臓の賜物なのかね?


「うう。父よ……野生の獣は生まれると同時に立ち上がる。こ奴もそれと同じだ……」

「自分の弟を野生動物扱いかよ」


「だが、基本設計は人の物。心臓のみ人を越えるこ奴のあり方は正しく歪であるな」

「……俺もそうなんだが」


「まあな。だがこ奴の場合、心臓が強靭なだけで魔力は持っておらぬようだ」

「それはおかしくないか?」


コイツが竜の心臓を持っているのは俺の体に心臓が馴染んで完全に俺の心臓になったから、

と、推測できる。

だが、竜の心臓とは魔力そのものだ。

それが魔力を持っていないなんて事はありえるのか?


「正確に言うと、外部に放出できる魔力は持たぬ、だな。こ奴の魔力は体内循環で完結しておる」

「ふむ。その物言いだと魔力は体内を巡ってはいるのか……身体強化がお約束だな、この場合」


「まさにその通りだ。それ、その証拠に生まれたばかりで這い回っておる」

「なるほど」


「その内素手で鉄板をぶち破るようになるだろう。腕力と強靭さは竜そのものになりそうだ」

「……それはそれで問題だな」


いやいやいや……どんな怪力王子だよ。

つーか、そこまで行ったらそもそも魔法要らなくないか?

って、なんだよハイム。その不敵な笑みは。


「ふっふっふ。と言う訳でわらわはそれに見合う武具をこ奴に用意してやろうと思う!」

「同じ事考えてるな……既に剣を用意してるんだが」


……あ、明らかに不満そうだ。

自分の案を横取りされたようで気に食わないんだろうな。


でもなハイム?

魔法の大家扱いされてる家の子として魔法が使えないなんてとんでもないハンデだ。

なら、親はそれをどうにかしてやろうと考えるんじゃないか、普通は。


「何を言うか!わらわが用意するは古代の魔法武具。並みの武器では太刀打ちできぬわ!」

「ほいこれ」


と言う訳で、アリスが気を利かせて炎の魔剣を持ってきたので見せてみる。

……今度は口があんぐり開いた。


「なんぞこれーっ!?こんな凶悪な魔力を放つ魔剣は見たこと無いぞ父!?」

「ファイブレスと一緒に昨日作った」


ぽてっ。

そんな音を立てつつ魔王がすっ転ぶ。と言うか墜落。

そしておもむろに顔を上げて一言。


「アホかーっ!世界の破滅が近づくわーっ!」

『いや、代わりに隷属の指輪を大量廃棄した。大して世界の寿命は変わらんよ』


まあ、廃棄分と使用分の差し引きで大体マイナス20年と言った所か。

それぐらいなら大した問題にはならないだろう。


……と言うか、正直世界より息子の方が大事な訳だが。


別に良いじゃん。累計で俺が活動開始してから世界の寿命は数百年延びてるしさ。

今更10年や20年でけちけち言うな。……って本当は言っちゃ駄目なんだろうな。

まあ、もう作った後だし仕方ないよな?と言う俺、確信犯。


「……ファイブレス!裏切ったか!」

『我等の仕事は管理。使用の差し止めでは無いぞ魔王よ。この場合は適正使用と考えているが?』

「因みに俺が頼んだから責めるなら俺だぞハイム……まあそんな訳で無理はするな」


とは言え、今更引けんと言わんばかりだな。

むう、と唸っているのがその証拠だ。


「ううう……ならば防具だ!心当たりの遺跡を片っ端から漁ってくる!ちょっと行ってくるぞ!」

「あたしらも行くであります!」

「ちびっこたんけんたい、しゅっぱつ、です!」

「あー、魔王様。待つのですよー」


そしてハイムは一陣の風のようにすっ飛んで行った。

お目付け役の蟻ん娘達を引き連れて……。

あれ?そう言えば一匹見た事無い奴が居たな。

目が普通な上に背中に羽の生えた蟻ん娘なんか居たっけか?

いや、あれはブンブンと音を立てて飛んでたし……蜂っ娘?


あ、もしやあれ……ハニークインかよ!?


「……あの子は、元気」

「そうだな。まあ弟へのプレゼントを探そうと言う気概は良し。今回は温かく見守るかね?」


「あぶー」

「あはは。駄目駄目、そっちに行ったら落っこちちゃうよグーちゃん?」


無意識にハイムを追おうとしていたグスタフを抱きとめるアルシェ。

……うん。お母さんだなぁ……。


「三日位したらテラスでお披露目するからな。その後で新首都に引越しだ……準備は任せろ」

「グーちゃんは元気。きっとお披露目も平気……だから今は休んで」

「そうだね。えへへ……強い子になるんだよグーちゃん?」


強い子、ね。

アルシェ、その心配は無い。間違いなくコイツは強くなる。

ただし、素手でオーガと渡り合えるような猛者に育つしかないがな。

まあ、無力なよりは良いだろう、うん。


……。


そして、一週間後。

無事にお目見えを終えた俺達は、細かい引継ぎをサンドール文官団と交わした後、

文字通り、新首都へ向かって"飛んで"いた。


『空の風はいかがですか戦竜カルマ?気持ち良いでしょう?』

「うん。流石に速いな……でももう少しゆっくりでも良いぞ。赤ちゃんが乗ってるから」

「うあー。うあー!」

「うーん。グーちゃんは喜んでるっぽいけど?」

「……強い子」


地下道を使えれば良いが、実はこの後に及んでもまだルンは俺達の秘密を知らなかったりする。

元々母方から秘密が漏れるのを恐れての処置だったが、


今更、言えないってば。


そう。今更喋ったら、ショックで確実にルンは死んでしまうだろう。色々な意味で。

そんな訳で現在最速の交通手段である風の竜ウィンブレスに乗って移動中なのだ。

これなら地下滑り台で移動するのと時間的には大して変わらない、

と言うか明らかにこっちのが速いような……。

流石は風を司る竜と言うだけはあるな。うん。


……因みにサンドールの押さえは防衛部隊をアヌヴィス将軍に任せている。

守護隊や魔道騎兵は今頃えっちらおっちらと何も無い砂漠を新首都目指し行軍中のはず。

決死隊はイムセティ他十数名しか残らなかった為解散。守護隊に同行している。

そして蟻ん娘達は地下を疾走中だ。

要するに、主要メンバーの大半が新首都に向かっている訳だ。

……これは体制の再編成の為の処置で、終わり次第それぞれの任地に飛ぶ形となる。

なお、今後サンドール王都は外交上の拠点、副都サンドールとして機能させる予定だ。

新首都は、部外者お断り。

半分鎖国のような秘密都市になる予定である。


「さあ、そろそろ見えてくるぞ!」

「どんな所なのかな?僕初めて見るから緊張するよ」

「……私も」


実は俺もだ。

アリサからはマナリアで見たある物をモチーフにしているとしか聞いていない。

名はアクアリウム。

水族館の名を冠するこの街は、レキ以上に"砂漠の水都"をイメージして作られたらしい。

だが、その詳細をアリサは言おうとしない。

……来て見てのお楽しみと言うのもちょっと不安なもんだな。


さて、どんな街になって、いる、のか……って。

ヲイコラ。これは一体何の冗談だ!?


「……噴水?」

「噴水だな」

「綺麗……」


……そこにあったのは巨大な噴水だった。

荒野のど真ん中で岩山に囲まれ、

外部からではその姿を中々確認する事が出来ないようにはなっている。

だが、そうでもしなければいけないほどに"それ"は目立ち過ぎだった。


最早湖と言っても過言ではない半径数十km超の噴水型巨大都市だと?

……有り得ないって!


高さ数百メートルの円形のプール内部には水が満々と湛えられ、

中央にそびえる噴水口の塔は恐らく王城としての役割も果たしているのだろう、

その塔の直径たるや百メートルを優に越えている。

基部には船着場と露天市を兼ねる広場が塔の周囲を囲むように円形に広がっているようだ。


そして塔の屋上は殆ど公園のノリだ。その中央には更に小さな噴水があり、

数十センチの噴水口からは穴の大きさの割りには大人しめに水が噴出している。

……ただし、周囲には"危険な為立ち入り禁止"のフェンスが。

必要とあればその巨大さに相応しい量の水が噴出す仕組みなのだろう。


人々は浮かぶ船で暮らしているようだな。

他にも城壁の内側に溝が何層にも渡って彫られ、そこが居住地として機能しているのがわかる。

更に船と船の間には艀(はしけ)が渡されて道として機能している。

……そのプールを下界から隔離する壁自体も人が住んでいると言う事もあり、数km級の厚さだ。


しかし噴水の動力はどうやって……いや、意外とヘロンの噴水なのかもな。

アレなら使用時に水を出し入れするだけで済むし……。


いやいやいや、それどころじゃないだろ!?

あの地竜グランシェイク(歩けば地震が起きる)が縁を歩いて全く問題無しとか……。

どんだけ丈夫に作ってあるんだ?と言うか分厚すぎるぞ城壁!

いや待て、更に待て!

何か住み着いてるぞグランシェイクが!?良いのか本当に!?


全く。

城壁の外どころか上にまで正体バレバレな謎の森がうぞうぞと蠢いてるし、

街のあちこちでコボルトやゴブリンなんかが人間と普通に暮らしてる。

更に厚さ数kmもある城壁の上には所々に土が盛られ農地や牧草地まで存在する始末。

……まさに異常地帯だ。

とりあえず、アリサを探して締め上げるか。

……趣味に走りすぎだあのお馬鹿は!


……。


「……良く来たな、父」

「しかし出迎えたのは部屋の隅に体育座りで暗雲を背負う魔王様だった、と」


正確に言えば、

ここは新首都アクアリウムの噴水塔内部上層階にある王族専用エリア。

窓辺にテラスまである豪奢な部屋の隅っこでどんより雲を背負うハイムがお出迎えをしてくれた。


……そうか、探索失敗か。


「うむ。世の中盗掘者ばかりだな。何も残っておらんかった。……この気持ち、察してたもれ?」

「ま、仕方ないだろ?そもそもお前のやろうとした事も大して変わらんよ」


あ、どんより雲が更に黒く。


「……かも知れんな。元々わらわの物だとしても、それはもう遠い過去の事に過ぎぬ」

「事実、このスティールソードを含めてかなりの数が世間に出回ってるしな」


因みにこの剣は母さんが魔王城から持ち出した物らしい。

確かファイブレス曰く"竜殺しの剣の始祖"だとか。

あれ?違うか……間違って売り払われて二束三文で親父が買ったんだっけ?

細かい所は忘れちまったな。……まあいいけど。


「ん?違うぞ?それはわらわの城からギルティが持ち出した剣を元にあの宰相が作った物だ」

「……そう言えばヴァンパイヤーズエッジとか言うのが持ち出された剣の名前だったっけ」

『なんだと!?では我が身は偽者に滅ぼされたと言うか!?』


「元の吸命剣は持ち主を蝕んだりはせんよ……切れ味も元々高い。ただし爆発力には欠けるな」

「一長一短か。魔力を爆発的に吸った時は派生品のスティールソードが上回る……で良いのか?」


「うむ。光の刃は元からの機能だが、流石に向こうは切れ味や射程が上がったりはせんからな」

『……彼の剣を探し続けた我が身の費やした月日は一体……挙句偽者に返り討ちか……』


そう言えばファイブレスが結界山脈に居たのって、

竜殺しの剣を手に入れるか滅ぼすかするためだったっけ。

……結局探していた剣に良く似た別物をずっと追ってた訳か。それは辛いな。

まあ、ある意味竜殺しとしては本家より上かも知れん。

ある意味その選択は間違って無かったって事だファイブレス。


「あ、兄ちゃー。ようこそ&おかえりー!」

「きょうから、ここが、おうち、です」

「お疲れであります!」


そんな時、壁にかかった絵画の裏からコロコロと蟻ん娘三匹が転がり出てきた。

まあ今更何処の忍者屋敷だと突っ込んだりはしないがな?

……ともかく丁度良い。追求したい事は山ほどあるんだ。


「アリサ……ところでこの街は何だ!?」

「新首都アクアリウムだよー?」


いや、そうじゃなくて。


「名前は水族館、実態は噴水であります!」

「現在大陸に残存している竜種全員が集まってるよ。一応国民扱いにしてるさー」


……まあ、それもなんだけどな?

むしろ俺が聞きたいのは名前が水族館なのに何故噴水とかそういう話では無く……。


「そもそもなんで噴水?」

「かわいいから、です」

「そもそもにいちゃ、街の形は指定して無いであります!」

「つまり、実用性があるならあたし等の好きに作って良いって事だよねー」


……良い訳無いだろ!?

そもそもこの造りに実用性なんて物があるのか?!


「ふんすいで、おんどちょうせつ、するです」

「熱い時は冷たい水を街全体に散布。寒くなったら昼間温まった水でどうにか出来るであります」


「かべ、たかくて、あつい、です。ふつうのいりぐち、ないから、でいり、むずかしい、です」

「普通に街に入る際は、城壁の上からロープとか降ろして貰わないと駄目であります!」

「……因みに地下も100m単位で壁があるよ?つまり地下から掘り進むのはまず無理」


いや、でも壁をもし破られたりしたら、内側の水圧で偉い事に……あ。


「ふっふっふ。馬鹿な事考えたら鉄砲水で吹っ飛ぶよー」

「そも、あの、ぶあついかべ、どうやってやぶる、です?」

「内側の居住区も、溝は大体百m位でありますよ?」


つまりあの壁をぶち破るには厚さ数kmの城壁をぶち抜かなければならない訳か。

……そんなのまず不可能だな。

と言うか、街の周囲を囲むガサガサ達がそんな暴挙は許さんだろうし。


「さらに、まちなみ、もようがえ、かんたん、です」

「敵がもし城壁に上がっても、国民は噴水塔に避難。艀も回収すれば広すぎるお堀完成だよー」

「で、船の上から大砲ドカンであります!」


……鬼だ、鬼がいる。


更にそれにちょっと心躍った俺も鬼確定。

と言うか、意外と理に適っている……のか?

まあ兎も角、作ってしまって人も住んでいる以上今更やり直しも効かない。

このままで行くしかないのだと思う。


「オーケーわかった。じゃあ、とりあえず案内を頼む」

「あいあいさー」

「あ、僕も行くよ。勿論グーちゃんを連れて!」

「……私もお供する」


そんな訳で、第二回新国家首都探索ツアーが始まったわけだ。

……因みに一回目はレキに初めて辿り付いた時だったな。


「あ、アリシア。ガレー船用意しておいてねー」

「はいです!すいふさんたち、しきゅう、しょうしゅう、です」

「護衛は小早三隻ぐらいで良いでありますよね?」


えーと……俺、これから今居る街の視察に行くんだよ、な?


……。


「こげー、こげー、こげー、です!」

「気合入れるでありますよ!それドンドコドンであります!」


「うわぁ。本当にガレー船だよカルマ君。ラムまで付いてる」

「……本格的に海戦が出来るレベルの船。びっくり」

「本当に護衛の船が付いてきてるし……」

「まあ、アクアリウム海はあたし等の海だから本来心配要らないんだけどねー」


「じゃあなんで付いてこさせてるんだよ……」

「王様のお出かけだから。箔付けだよー」


……と言うか、アクアリウム"海"かよ!?

いや、半径数十km単位の広さがあるし名乗った者勝ちなのかも知らんけどな?

だからって、これは無いだろう常識的に。

というか、隠しきれるのかこの大きさで……?


「例え見つかっても。この街は、この城は……誰にも落とせないよー!」

「物理的にな……」


両手に握り拳で熱弁を振るうアリサだが、俺としてはなんと答えれば良いのか判らない。

……ええい!なるようにしかならんか!


「よし、ともかく案内してもらおうじゃないか!アリサの自信作とやらを!」

「よっしゃー!ではでは兄ちゃご案内だよー!」

「しゅっこう、です」

「全員気合入れて漕ぐでありますよ!?」

「「「「オイッスーッ!」」」」


片側三十人ほどの漕ぎ手が一斉に声を上げ、巨大な櫂が動き始める。

そしてガレー船は港を出港し……いや、そう言う他無いんだよな。

ともかく船は噴水塔基部に設けられた船着場を離れ、とりあえず手近な所にある街、

と言うか数十隻の船と艀、そして巨大筏によって構成される集落へと向かう。


「えー、ここはマナリア系住民の多い街だよー。ただの住宅地だから近くを通るだけー」

「……ん。見覚えある人が居る」


軽くルンが手を振ると、向こう側でも気付いた何人かが大きく手を振る。

そしてそれに気づいた他の住民も集まってきて、何時しか大規模な歓声が上がっていた。

……因みに植木は全部カサカサだったようだ。植木まで手を振ってるし……。

まあ、人気があるのは良い事だ。

そんな訳で、ついでに俺も手を振っておいた。


「じゃあ次だよー」

「こぐです!いそぐです!ひがくれる、です!」

「それドンドコドンドンドンドコドンであります!」


アリスの太鼓に合わせて男達が一心不乱に櫂を動かす。

まあ、基本的に外海と繋がっていないんだから手漕ぎなのは当然だが、

それでも大変そうだな……。

と言うか、ここが荒野のど真ん中だと言う事を忘れそうになるんだけど……。


そうしてガレー船に揺られる事小一時間。

ようやく次の目的地に辿り付いた。

……集落の傍を通りがかるたびに手を振る羽目になって、肩が痛いのは内緒だ。


「次はここだよー」

「おりるです」

「……なんだこの長巨大筏とその上にそびえる巨大な小屋は……」


「ふはははは!わらわの領土だ!」


あ、ハイムが天から降ってきた。

そしてそのまま俺の肩に座って肩車状態なんだけど。


「で、ここは何なんだ?魔王城とか言うなら、もう城は要らないのか?」

「いや?ここはむしろ……魔王場、といった所か。間違えないでたもれ」


なんだそりゃ。


「正確に言えば魔王養鶏場でありますね」

「つまり、ハイラルたちの、おうちです」

「コケー、コッコッコッコ……」


すると、小屋の中からヒヨコ数十匹を引き連れてハイラルがこちらに寄って来た。

……最近姿が見えないと思っていたら、こんな所に居たのかお前ら。

しかも大きさが既に大型犬、しかもセントバーナード級なんだけど?

何処まででかくなる気だお前……。


ん?何かくれるのか……って卵!?

良いのか、お前の子じゃ……って無性卵か。


「様々な意味で強化されているゆえ美味いぞ父よ!」

「因みにカルーマ商会の名で既に大陸中に卸してるのであります」

「うりあげの、さんわりが、はーちゃんの、とりぶん、です」

「うん、初めて提案された時はやっぱ親子だと思ったよー」


なぬ?ハイムの発案だと?


「そうだ。魔王軍再興を父からの小遣いで成し遂げたとあっては魔王の名折れだと思わんか父?」

「確かに格好悪いなそれは……」


で、卵の卸売りを開始したと?


「既にハイラル達の最初の子らも立派な鶏となったので、何とか採算が合いそうだったしな」

「ちなみに……このひよこ、ハイラルとコホリンの、まご、です」

「「「「「ぴよ!」」」」」


そうか……うーん。色々言いたい事はあるが……。


「そうか。頑張れよハイム。自分で稼いだその金はお前だけのものだ。好きにすればいい」

「うむ!クイーンにこの小屋を建てた代金を返済し終わったら好きにするぞ!」

「……しっかりしてる。とても良い事」

「お爺ちゃんお婆ちゃんがあれだったもんね……良かったね、ルンちゃん」


実際この自立心は伸ばしてやりたいよな……。

正直な所、ハイムの成長がもの凄く嬉しいし。


「ともかく、黒字を溜め込んで新規事業も模索せねばならん。今後の為にも!」

「おお、何か生き生きしてるであります」

「洞窟内探すより、お金貯めてグーちゃんのプレゼント普通に買ったほう良くないかなー?」

「アリサ……それは、いわない、おやくそく、です。」


自信満々に腕組みをするその姿は、小さいながらも何処か威厳すら感じられた。

うん。魔王なんて存在なんだし、それぐらいの威厳は常時持っていたほうが良いな。

……まあ、たまには可愛らしい所を見せて欲しいとも思うけどな。

いや、必死に金策に走るまおーと言うのも中々……。


「ちなみにハニークインちゃんの発案なのですよ?」

「うおっ!?突然耳元で囁くな、びっくりしたじゃないか!」


ぶんぶんぶん、と羽音がする。

横を見るとウェーブのかかった長めの髪を伸びるがままにしている小さな女の子。

目は普通。背中には羽。そして尻から針が生えている。

うん。正体隠す気が全く感じられんな。


「ミツバチの女王、ハニークインちゃん。人型で登場なのですよ?」

「……それはいいが、なんでまた人型になろう、なんて思ったんだ……」


お前が誰にも相談せずにあんな所で羽化しようとするからとんでもない事になったんだけどな?

そこんところ理解してるかハニークイン?


「踏み潰された先代の部下の敵討ちなのですよ?……ふがっ!?」

「確信犯かよ!?」


とりあえずぶん殴る。

ただし、色々と考慮して突っ込みレベルの威力でだが。


「酷いお兄さんですね?こちらは帰る所も無い可哀想な子供なのに、よよよ……」

「……わざとらしい。低評価」


「お姉さん言い方が辛口……その瞳孔の開いた目で此方を凝視するのは止めて欲しいのですよ?」

「ハニークインちゃん、だっけ?カルマ君に関する事でルンちゃんをからかったら、死ぬよ?」

「ん……否定しない」


そして、ルンの腕がハニークインに伸びる。

……場の空気が凍った。


「あ、あははははは。冗談なのですよ?ともかくハニークインちゃんは魔王様の参謀!」

「む、むしろ軍師だな。と言う訳でこ奴はわらわの軍師だと思ってたもれ?」

「そ、そうなんだ。良かったねはーちゃん?お友達が出来て」


「……とりあえず、ルン。俺の事は良いからハニークインの頭、離してやれ」

「ん」


ぼてっ、と音がしてアイアンクロー状態でルンにぶら下げられていたハニークインが床に落ちる。

太陽がまぶしい昼下がり、大きな大きな筏の上で、何処か寒々しい空気が漂っていた……。


「お、恐ろしい方なのですよあのお姉さん……魔王様の母君は」

「母に逆らうのは止めておけハニークイン。ともかく洒落の通じない母ゆえ」

「と言うか、幼虫時代に理解してなかったのかよ……」


「所詮は芋虫。枕扱いが嫌で人型になる事を望んだのがハニークインちゃんなのですよ……」

「つまり、ぷにぷにごろごろだった時はそんなに頭良く無かったって事かな?」

「母その2……ぷにぷにって……いや、まあ良いがな」


成る程。

地位向上を狙って半ば無意識で遺伝子を組み替えたのか。

とりあえず、悪気が無いなら良しとするか。

しかし……本当にこの世界の女王蟻や女王蜂はとんでもないな。

ま、今に始まったことじゃないけどな?


「……ともかく、ハニークインはハイムの側近になった、と考えて良いんだな?」

「そうなのですよ?」

「因みにもう少ししたらわらわの蜂蜜酒も少しばかり市場に流してやる予定だ」


わらわの蜂蜜……ああ、魔王の蜂蜜酒な?

そうか。作れるようになったのか。


「なあハイム。だったら俺にも少し飲ませてくれないか?」

「あーっ、カルマ君ズルイ!僕も飲んでみたい!」

「……私も」


やっぱり皆飲みたいよな。

……ん?どうしたアリサ達。

何か微妙な顔をして。


「あ、いや……何と言うか、後悔しないで欲しいんだよねー」

「あうあう、です」

「とりあえず、結構ショッキングでありますからね……」


何がだよ。


「じゃあ、とりあえずコップ一杯だけ用意するのですよ。ぐびぐびぐび」

「あー、酒飲んでる?ああ、原料なのか」


突然ハニークインがラム酒をがぶ飲みし始めた。

そうか、体内で生成するんだもんな。

……体に悪そうだな……なるほど、これは確かにショッキングだ……。


「シェイクするのですよー」

「あうー」


更に腰振りダンス開始。

ついでにその横で何が楽しいのかグスタフがうろうろしている。


それ、しぇーいくしぇーいく……なるほど、これもヤヴァイ。

ルイス辺りが見たら卒倒しそうだ。


「ではでは、さっそく注ぐのですよ」

「早っ!つーか、何で脱ぐ?」


……何だよそのニヤリ笑いは。



「だが蜂蜜酒は胸から出る!」

「色々とちょっと待て!」



そしてコップ一杯分ほど注がれる魔王の蜂蜜酒。

……いや、あれは人型のクリーチャーであり人間では……。

いや、どう見ても絵面が犯罪以外の何物でも無いんだけど!?


「どうかしたのですか?」

「どうもこうも無いんだけど?ハニークインよ」


「とりあえず飲んでみるのですよ?」

「……色々と……飲み辛いんだけど」


そう言う事か……これは辛い。

嫁の前だぞしかも。

……これじゃあ蜂蜜酒を薬としても使いづらいんだけど……。


「人型だと放出専用の器官が付いていてありがたいのですよ?」

「むしろ飲む方にとっては罰ゲームだ……」

「先生……」

「カルマ君……」


嫁の目が怖ぇ!

しかも妹がニヤ付いてやがる!

ど畜生!アリサ……こうなるのを予想してやがったな!?


「……と、とりあえずまた今度な?」

「「……ほっ」」


「にいちゃ、へたれた、です」

「仕方ないで有りますよ。にいちゃは頑張ったであります」

「これから大変だね兄ちゃ?にやにや♪」


ふっ。アリサに対し……うめぼしぃぃぃぃぃぃぃぃっ!


「にぎゃああああああっ!?」

「あ、アリサーっ!アリサ、おこられた、です!」

「逃げたいでありますが、アリサを見捨てるという選択肢があたし等には無いであります!」

「……にやり、なのですよ?」


……俺は見た。

大混乱に際し口の端をつり上げるハニークインを。(黒幕だったらしい)


そして俺は見た。

無表情のまま瞳孔だけは全開になったルンが、

ハニークインの肩に背後から手をかけるのを。


「……お仕置き」

「はにゃああああああああああああっ!?」


お後が宜しいようで。


……。


そして、一時間後……俺達は再び船上の人となっていた。


「行けぃ!リンカーネイトの精鋭ども!わらわ達を次なる目的地に運んでたもれ!」


「兄ちゃ、あたしが悪かったよー?悪かったから。だから梅干しは……止めてー……」

「ガタブルガタブル……この国で一番逆らっちゃ駄目なのはあのお姉さんなのですよ……」

「ほっぺた、いたい、です……」

「……お尻百叩きは酷いでありますよ……」


「グーちゃん、次は商店街だって。カルマ君……お父さんに何か買ってもらおうね?」

「あぶー」

「……無駄遣いは、駄目」

「何なんだこのカオスは」


調子に乗りすぎたせいでお仕置きの憂き目にあったちびっ子ども。

そしてその代わりに漕ぎ手に指示を出すまおー。

後ろには赤ん坊に構うお母さん達。

更にそれがどうした状態の漕ぎ手達と言う異様な状態。

俺はそんな混沌の真っ只中に居た。


「あう、あう、あう……ちょっとしたジョークだったのですよ……」

「ちょっとじゃなかったねハニークイン?兄ちゃから怒られたじゃないかー」

「むか、むか、です」


「いや、クイーンアント……そんなに怒る事は……」

「……黙りゃ?兄ちゃに怒られるのがどんだけあたし等にとって恐怖か判るのかなー?」

「アリサ。口調が変わってるであります」


おー、ほっぺたを雑巾絞り状態にする大技だ。


「いだだだだだ!クイーンアントもノリノリだったのでは?責任転嫁はズルイのですよ!?」

「やかましいよー」

「ほっぺたぐりぐり、です」


そうやってチビ達が責任のなすり付けをして居る傍から、

目的地は俺たちの脇を通り過ぎていく。

一際豪華な船ばかりで構成されたその町では、

それぞれの船が己の存在を誇示するかのように大きな看板を掲げていた。


クゥラ商会出張所やボンクラクレクレカレー本舗、トレイディア商人ギルド支部。

アヌヴィス家のキャラバン事務所やオーバーフロー金融そしてまおーエッグ直売所。

そして一際大きな船にはカルーマ商会の文字が。

更にマナリア王立交易社リンカーネイト支店などの看板を掲げた大型船の横を通り過ぎていく。


……なるほどな。

ここは商店街と言うよりも各企業、

それもかなりの優良企業の支社を集めている。

商談の拠点になっているのだろうな。まさしく中心街と言って良い。

これなら必要な時に一箇所に集まって会議を行う事も出来る。


「……と言う事でいいのか?」

「いいよー」


子供の喧嘩は結局噛み付きで決着が付いたらしい。

顔に痣まで作ったアリサが俺の問いに親指を立てている。

……しかし何時の間に殴りあいに……。


「おおおおお……いつか、いつか煮殺すのですよ……」

「もう止めんかハニークイン。クイーンも機嫌直してたもれ?」


「あいよー。ちょっとやりすぎたしねー。ごめんねー」

「魔王様が言うなら……。まあ、ハニークインちゃんも調子乗りすぎでした。ゴメンなのですよ」

「うむ。これにて一件落着!」


どうやらハイムの仲介で一件落着したらしい子供達のほほえましい喧嘩を横目で見つつ、

俺はこれからの事を考えていた。


「……先生?」

「ルンか。いや、これからの事を考えていた」


「これから?」

「そうだ。期せずして王様なんて物になってしまったし、今後どう動くかなって、な」


そう。責任は今まで以上に重大だ。

誰にも従わなくて良い代わりに、全ての責任が自分の肩にのしかかって来る。

まあ、気楽にやって行くつもりではいるが、

それでも失敗するという恐怖は付きまとう。


『だが、受け入れた以上全力を尽くすのみ、なのだろう?カルマよ』

『ああ、その通りだファイブレス。流石に判るか?』


俺の内部から火竜の声がかかる。


『ああ、昨日より今日、そして今日より明日、お前のことが良く判るようになるのだろうさ』

『……そうだな。それで俺が人で居られるのはあと何年だ?』


『以前言った通りだ。その後はどうなるか我が身にも判らん。完全に混じってしまうからな』

『その後……俺は俺で居られるのか……?』


混ざった物は戻らない。

かつて、前世の"俺"とこの世界の"カルマ"が一つになった。

だが、元々のカルマは赤ん坊だった為、最終的には"俺"をベースにした人格が形作られている。

そして、現在俺の体には俺とファイブレスと言う二つの人格が存在している。

……少しづつ、混ざり合いながら。

そして、その存在は明らかにファイブレスの方が大きい。

人と竜では魔力量も生命力も比べ物にならないのだ。


そうなると、完全に交じり合った時、俺と言う人格はどの程度残っているのだろう?

今と変わらない可能性もある。

もしかしたら今まで通り二つの人格が特に問題なく共存し続けるのかも知れない。

だが、どちらかに吸収されてしまうかも知れない。

まったく新しい人格が出来る可能性もあるな。

そして最悪の場合双方の人格が消失するという危険性もある。


……前例が無いからどうなるか判らないのだ。


「ま、永遠なんてある訳無いけど、先の事を考えて強固な体制を作らないとな」

「……先生なら、出来る」


杞憂かもしれない。

そしてこの国は現在俺と言う存在で持っている。

つまり……不安を抱かせる訳にはいかない。


だから、誰にも言う訳には行かない。

けど、最悪の可能性も否定できない以上、

俺が居なくても大丈夫なほどに、この国を強固なものにしなければならない。


「あぶー」

「あああああ、また髪を口に……グスタフ、何が楽しいのか教えてたもれ……」


「はーちゃん。水に飛び込んで髪洗って来たらどうかなー?」

「……駄目、風邪ひくかも」

「そうだね。僕も早く帰って熱いお湯を浴びた方が良いと思うよ?」



何故なら……守るべき物があるのだから。

……理由はそれだけで……十分だろ?


『……家族を守るだけなら、商会の長と言うだけで十分だと思うが?』

「心中の決意に水をささないでくれよファイブレス……」


締まらない事この上無いが、

ま、これくらいの方が俺らしいか。

……ともかく今日も明日も頑張る以外に選択肢は無い。

明日、か。

確か明日は、爵位の授与式だったよな……。


***建国シナリオ4 完***

続く



[6980] 58 新体制
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/12 18:12
幻想立志転生伝

58

***建国シナリオ5 新体制***

~リンカーネイト軍、及び政府の発足と他国の状況~


≪side カルマ≫


「ホルス、出席者の集まり具合はどうだ?」

「レオ、イムセティ、オド、スケイルの四名は本日召集完了です、ハピは明日早朝到着します」


夜、リンカーネイト王都中央にある噴水塔上層部。

噴水から水が迸る屋上の一角にて俺はホルスと明日の打ち合わせを行っていた。

今まで付いてきてくれた連中への褒美と新体制の発足宣言を合わせ、

爵位と新役職の授与、任命を行う事になっているのだ。


「……しかしまあ、俺が人にお貴族様の証を与える身の上になっちまうとはね」

「主殿は元々その至高の位に付くべきお方だったのです。むしろ当然の成り行きかと存じます」


やれやれ。ホルスの過大評価にも困ったもんだと思う。

だが、期待されているからには応えたい。

……そう考えてしまうから、止まる事も出来ずこんな所まで来てしまったんだろうがな?


「許して欲しいのですよー……」


だが、正直誰よりも偉い。というのもなかなかこれで気分が良いのも確か。

幸い支えてくれる奴等も沢山出来た。

そして、守るべき物が増えた今それが何よりもありがたく思う。

そう、俺だって永遠に存在し続けられる訳では……。


「ハニークインちゃんが悪かったのですよ?冗談でも言ってはいけない事もあるのですよね……」

「わかってるならもう少し底で反省してろ」

「……本来ならば、首を切らねばならない所なのですからね?」


因みにこの声は屋上の端っこに結び付けられた荒縄の先からしている。

長さはおよそ100メートル。

だが、それでも地上へはまだ遠い。


「"底"と言うか……ここは空中で逆さまなのですよ?」

「綱が足に巻かれていますからね……」

「でも、綱無しでバンジーは嫌だろ?」


「背中の羽を使って良いならドンと来いなのですよ?」

「その場合、全身に鉛の重石を付ける事になりますけど」


ごつん、ごつん、と背後で音がする、


「……御免なさいなのです。ちょっとしたジョークだったのですよ……」

「とりあえず、明日の朝にはアリス辺りに降ろさせるから、皆には十分反省したって喋るんだぞ」

「私達は良くても、良い気分をしない人……特にあの戦いで身内を失ったご遺族には……」


凄まじく重い現実に、ひっくり返ったままの蜂っ娘がしくしくと泣いている。


「ううう、反省してるのですよ……本当は芋虫当時は思考能力自体が殆ど無かったのですよ……」

「だとしても、吐いた唾は飲めないんだなこれが……」


そう、昼間の暴言……かつての意趣返しにあの場で羽化しようとしたという話。

それをホルスに喋ったら……色々諭された上でこうなったのだ。


言われてみれば必死で戦って死んだ連中も沢山居たのに、

当の助けられた本人がこれでは戦死者が浮かばれない。

……故にお灸を据える必要があったのだ。


「うううううう、父、ハニークインを許してやってたもれ?責は全てこのわらわが……」


背後からゴツンゴツンと音がする。

……ハイムが土下座しているのだ。

おでこを地面に叩きつける音が静かな夜空に響き渡る。

だが、そうはいかん。


「駄目だ。今回は特別にこれで許すから、せめて本人が責を被ってもらう」

「だから、許してたもれ?罰はわらわが受けるゆえ。……奴は大事な預かり物なのだ!」

「では、ルーンハイムさんに今度こそ死ねと?」


ぴたっ。

ハイムが一瞬停止した後、顔を上げる。


「なんだと?」

「もし姫様が上司の責だと罪を被られたとしましょう」

「そうなると、当然今度はルンが出てくる……流石に今度は恩赦なんて切り札は使えん」


ハイムの顔が青くなる。


「そ、そんな事になったら!?」

「お分かりですよね?つまり、今回はご本人が自分のお尻を拭かねばならないのです」

「魔王様ーっ。ハニークインちゃんの事はいいのでお姉さんの事を心配してあげるのですよ?」


「ハニークイン。因みに殊勝な事しても刑期は短縮されないからな?」

「鬼が居るのですよ……」


ひょいと娘を掴み上げ、そのまま階下へ降りていく。

さあ、明日も早いしそろそろ寝るとするか……。

最後に吊るされたままのハニークインのほうを見てみると涙目で何かブツブツ呟いていた。


「……皆さんも、不用意な一言には気をつけるのですよ……」


うん。反省はしているようだ。朝一で降ろしてやる事にしようかね。

……ところで……皆さんって、誰だよ?


……。


翌日。

部屋の窓から下を見てみると、基部の広場に凄まじいまでの人が集まっている。

当然その周囲には数え切れないほどの船、船、船……。

街がそのまま移動できるような体制のリンカーネイトならではといえる。

しかし、船で暮らしていては色々と大変ではなかろうか?と言うご意見もあろう。

だは、どんなに大きかろうが所詮はプール。一部地下水路で外海とは繋がっているらしいが、

全体としては基本的に水の流れは一方通行。それも非常にゆったりとした物との事だ。

よって波が殆ど立たず、当然揺れて酔ったりする事も稀だと言う。

よく見ると水面の所々から大きな土管が突き出ているが……これは船の係留用、

及び真水の供給用だとか。まあ、余りに湖面が広いので当然の配慮だろう。


「……しかし、物資供給が湖底からフロートの付いた木箱放出とか……誰も疑問視しないのか?」

「誰もしないよ?だって、兄ちゃの街だもん。陛下の街だからで万事オーケーだよー」

「ある意味信頼されてるのであります。……非常識の塊扱いかも知れないのでありますが」


迎えに来たらしい蟻ん娘どもがどやどやと寄って来る。

そして慣れた手つきで俺の服を着替えさせて行く。

しかし無駄に豪華だな、逆に落ち着かない。

まあ王様だから仕方ないのか?


「おし、これで完璧に王様だよー」

「後は王冠をかぶれば完璧であります」

「しきてんの、さいしょが、たいかんしき、です」


あ、そ。

ならぼちぼち行きますかね?


「父!そろそろハニークイン降ろしてやってたもれ?」

「もう、おろしてる、です」

「ふひぃぃぃぃ……魔王様、ようやく追いついたのですよ……」


その時、ハイムが部屋に飛び込んできて、


「あーっ、チビお嬢様ここに居たんですか?」

「ほら、早く行きますよ?お嬢様が情緒不安定になりかけてますし……」

「ぬなっ!?それは拙いぞ!よし、ハニークインも無事だったしわらわは母の元に向かう!」

「お、お供するのですよ……」


同じようにやって来たメイドコンビと共に風のように去っていった。

アレも相当に苦労性だな……。


「じゃ、あたしもいこうかな?兄ちゃはアリス達が案内するからもう少し待ってよー?」

「おう、判った。じゃあ会場のセッティングとかは任せたぞアリサ」


続いてアリサがクローゼットの裏側を抜けて去っていった。


「で、俺は何時ごろ行けばいいんだ?」

「……たぶん、さんじゅっぷんくらい、したらです」

「現在入場が開始されてるのであります。全員が入りきったら王様ご登場と言う訳であります」


わざわざ焦らさんでも良さそうなもんだが……まあいい。

……丁度良いのでもう少し表を眺めているとしよう。


「えー、煎餅にキャラメル(実態はただの飴)……冷たいお飲み物はいかがですか?」

「さあさあ、建国記念のハンカチだよ!」

「急なお金がご入用な時はオーバーフロー金融。借りましょうそうしましょう」

「良い席有るよ?見易そうな良い席を確保してるよ?一人分でたった銀貨三枚だ!」


見ていると出席者の他に野次馬やそれ目当ての商売人の姿が見えるな。

……しかし凄い人出だ。

船から降りる事も出来ない連中が大勢居るぞ?


「にいちゃの、にんき、たかいから、です」

「何だかんだで、下層階級の希望でありますからね」

「……なんか、大それた存在にされてるな」


思わず苦笑してしまう。

だが、それが必要とされていると言うのはこれはこれで嬉しいもんだな。


「さて、じゃあそろそろ行くか?」

「そうでありますね。そろそろ時間であります」

「じゃあ、にゅうじょうするって、つたえるです」


俺は椅子から立ち上がる。

……さて、行くとしますかね……。


……。


「カール=M=ニーチャ大公殿下の、おなーーーーりーーーー」

「ん?まだ大公……ああ、そういや最初は戴冠式か」


長い階段を下りきるとそこは大広間。

上階に用意されている謁見の間ともまた別なそこに、文字通り関係者が勢ぞろいしていた。

そう、勢揃いさせる為だけにこの大広間を使ったのだ。


「……ご苦労」

「主殿、では簡単ですが私が戴冠をさせて頂きます」


本来ならば何処かの聖職者でも捕まえてきてやって貰うべき事柄だ。

とは言え俺は神聖教会も竜の信徒も敵に回した男だ。

……最近竜の信徒より仲直りしたいと書状が有ったが、正直宗教はこりごりだった。

故に、戴冠するのは最も信頼する男であるホルスに任せる事となったのだ。


「では、サンドール王家に伝わる宝冠を改造したこれを……」

「ああ」


戴冠式といっても極めて簡易的なものだ。

玉座に座った俺の頭にホルスが冠を被せるだけ。

そう、本当にそれだけなのだ。

……まあ、神様に選ばれた訳でもない勝手な名乗りなのだからこれで十分だろうさ。


『文字通り風のように自由な王の誕生を、私は祝福します!』

『メデタイ』

『我が身は言うまでも無いな』

『ギャオオオオオッ!』

「ぴー!」


左右後方の竜達が吼える。

玉座も吼える。

……うん、この広間での玉座って、ファイブレスそのものなんだ。

それに、基部の一階を丸ごと使ったここなら竜達も何とか入れる大きさがある。

これなら誰にも真似できまい?

そう、これがやりたかったが為に竜まで入れる巨大な大広間を使ったわけだな。


……更に竜の雄叫びに反応するかのように門の外から大歓声が上がる。

今日のために集まってきてくれた国民達だ。

彼等にもこれを見せる為、あえて城門は開け放たれている。


さて、じゃあ締めと行くか。


「これにより、リンカーネイト連合王国の建国を宣言する!」


更に歓声が大きくなる。

そして、その熱狂が収まった頃を見計らい、

ホルスが口を開いた。


「続いて、爵位と役職の授与を行います」


……今度は静かになった。

誰がどうなるのか……誰もが固唾を呑んで見守っている。


「まず、大公位より……」


さて、ここで我がリンカーネイト王国の領土についておさらいをしておこう。


まず、大陸南東部のレキ砂漠。

次に、大陸南西部のサンドール。

つまり、大陸南部乾燥地帯全てがリンカーネイトなのだ。


更に、サンドールが最近の戦争で手に入れた大陸中部の二つの地方が加わる。


そう、聖俗戦争時に漁夫の利で手に入れた、大陸中央の旧神聖教団大聖堂付近一帯。

そして先日の戦いで確保した、大陸中央部西側一帯……つまり旧傭兵国家領だ。


以上四つの地方によってリンカーネイト連合王国は成っている事になる。

……考えてみれば恐ろしい事だ。

大陸南部全てと中央部の西からど真ん中にかけて広がる大領土。

大聖堂付近以外は礫砂漠、砂砂漠、荒地と生産性こそ低い物の、

その全領土は大陸のおよそ四分の一に及ぶ。

因みに大陸最北部の森と草原(大陸の半分を占める)を除けば半分だ。


なお、他の地方としては、

大陸中央部東寄りのトレイディア。

大陸北部中央部から東側まで続く高山地帯のマナリア。

そして大陸北部の西側にある、サクリフェス及び自由都市国家郡。

そして前述の最北部には、

シバレリア森林地帯とモーコ草原地帯がおおよそ半分づつ存在している。

あ、いやシバレリアの森の方が少し小さいのか。マナさんが焼いたから……。


おっと、思考が脱線したな。

ともかくだ。我がリンカーネイトは四つの地方に各一人づつ責任者を置く事にした。

同時に苗字が付いた連中も存在する。そして以下が現在存在する爵位一覧だ。



リンカーネイト王国

国王 カール=M=ニーチャ

第一王妃 ルーンハイム=サーティーン=ニーチャ(外交責任者)

第二王妃 アルシェ=Y=ニーチャ

公爵 アリサ=クイーン=ニーチャ

侯爵 ハピ=ハラオ=サンドール

伯爵 ルイス=キャロル(内務大臣)

伯爵 レオ=リオンズフレア(近衛団長)

男爵 レキの顔役など端役が多数 


レキ大公国(大陸南部東側)

大公 カール=M=ニーチャ(国王兼務)

大公妃 アルシェ=Y=ニーチャ

伯爵 スケイル=グリーンスケイル

子爵 アリシア=ニーチャ

子爵 アリス=ニーチャ


サンドール大公国(大陸南部西側)

大公 ホルス=ハラオ=サンドール(王国宰相兼務)

侯爵 アヌヴィス=サンドール

子爵 イムセティ=ハラオ=サンドール

男爵 雑多な連中多数


ルーンハイム大公国(大陸中央、旧大聖堂)

大公 ルーンハイム=フォーティーン=H=H=ニーチャ

後見人(大公扱い)ルーンハイム=サーティーン=ニーチャ

伯爵 ジーヤ=スクワイヤー

男爵 オド=ロキ=ピーチツリー

騎士爵 ブルー=マウンティン

騎士爵 ルーンハイム直属魔道騎兵全員 


ブラックウイング大公国(大陸中央西側 旧傭兵国家)

大公 グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ

後見人(公爵扱い)アルシェ=Y=ニーチャ

男爵 元傭兵数名



……大体こんな感じだ。

まあ、これからも増えていくのかも知れんがな?


因みにルーンハイムの項目で驚いただろうが、何とジーヤさんと青山さんがやって来たのだ。

理由?なんでも青山さんに言わせると奥様(マナさん)は新しい居所を見つけたのだとか。

ジーヤさんは、これ以上オドだけに任せておけないと、

手勢やその家族を連れて国を捨ててきたそうだ。

……オドが地面に頭をこすり付けて謝る姿はもう見ていられなかったなぁ。

とりあえず、馬を放牧できそうな旧大聖堂辺りに宿舎を用意して、

そのついでにあの辺りをルンやハイム……ルーンハイム系の領地にしてみたんだが……。


まあ、ともかくこれが我が国の新体制というわけだ。

発表の最中はともかく、発表終了と共に歓喜や恐慌で凄い騒ぎになってしまったな。

……まあ、一般向けのイベントはここまでだ。

次は軍の編成だな。

重々しく噴水塔の正門が閉じていく。

そして表での相変わらずのお祭り騒ぎを他所に、


「では、次に軍の新編成を発表させてもらいます」


ホルスが粛々と軍の一覧を読み上げていく……。

そちらの一覧は以下の通りだ。



守護隊ガーダーズ(国王直属重装歩兵)

指揮官 レオ=リオンズフレア

定員 500名


ルーンハイム魔道騎兵(魔法騎士団)

指揮官 ジーヤ=スクワイヤー

副官 オド=ロキ=ピーチツリー

定員 1000名(現在600名)


サンドール軽歩兵(軽歩兵)

指令 ホルス=ハラオ=サンドール

指揮官 アヌヴィス=サンドール

副官 イムセティ=ハラオ=サンドール

定員 3000名


射撃隊ガンナーズ(新編成・鉄砲隊)

指揮官 アルシェ=Y=ニーチャ

副官 アリス=ニーチャ

副官 アリシア=ニーチャ

定員 500名



以上、定数5000名に警備隊やら何やらを加えた物が、

リンカーネイト正規軍の全貌となっている。

ま、現在は。と言う枕詞が付くけどね。

ただ、いきなり軍を増強しても色々と付いてこない物がある。

だったら信頼できる少数があれば良いというのが俺の持論。

……使い潰しは論外だからな。


ただし、トレイディアやマナリアと比べても、この数は少ない。

少ないのだが、実は員数外扱いの部隊があるのだ。



混成魔獣部隊(文字通り混成部隊)

指揮官 スケイル=グリーンスケイル

定員無し 現在15000名


蟻ん娘砲兵部隊(砲撃戦用、国家機密)

指揮官 アリサ=クイーン=ニーチャ

定員無し 現在1000名


動く森(普段は目立たないが凶悪部隊)

指揮官不要

定員無し 現在数は数えるのも面倒くさい


竜部隊(事実上の決戦部隊)

指揮官 戦竜カルマ

定員 5名(ファイブレス含む)


まあ、蟻ん娘どもや竜達はともかく……。

スケイルの部隊は殆どが下級の魔物の為、数をそのまんまに捉える訳にはいかんだろうが、

それでもいざと言う時の火消しや、陽動などには十分役に立つ筈だ。


そして、もう一つ。

俺の言う事すら聞いてくれない部隊、と言うか軍が一つ。



ハイム直属混成魔獣部隊(通称まおー軍)

司令 魔王ハインフォーティン

参謀 ミツバチの女王ハニークイン

お目付け役 女王蟻の女王アリサ(事実上の最高権力者)

お目付け役 緑鱗族族長スケイル

ペット兼近衛 コケトリス族(ハイラル達のニワトリ一族)

定員不明 現在700名ほどらしい



我が娘が自分のポケットマネーで拡充しているという筋金入りの私兵だ。

さり気なく何時ぞやのオーガなんかも所属していて馬鹿に出来ない戦力である。

まあ、特に問題も起こしていないのでとりあえずスルーしているが。


「……以上です」


静かなホルスの声が広間に響く。

正規軍総勢4600名。

その全指揮官を読み上げていたのだ。


「最後に主殿よりお言葉を頂きたいのですが……」


ああ、もうそんな時間か。

皆立ちっぱなしで疲れてるだろうし、早いところ済ませてしまうかね?


「まあ、なんだ……色々あってとうとうここまで来た訳だが、なすべき事は変わらない。ただし」


ただし、の部分でビクリと震える者数名。

まあ色々思う所があるんだろう。


「生まれや育ちで人を判断するな。下らない自尊心を満たす代わりに無用な軋轢を生むばかりだ」


難しいと思うけどな。

何せ、人は自分を否定する物、そして否定する要素を持つものを中々容認できないのだから。

自分でも出来もしない事を言わねばならない……まあ、これも仕事の内か。


「俺は……出来るなら、この国を後世に理想の地として伝説に残したい」


言外に、この地も永遠ではないと滲ませておく。

だが、今なら……今ここに居るメンバーが生きている内なら出来る筈だ。

そんな淡い願いを込めて次の言葉で締めくくる。


「国名の通り……生まれ変わった気持ちで行こう。我等は一つの巨大な家族である!」

「国王陛下、万歳!」

「リンカーネイトに栄光を!」


一斉に歓声が巻き起こる。

……この日、大陸南部から中央部西側にかけてを支配する巨大国家が生まれた。

これにより、大陸南部は急速に発展し、また大規模な緑地化が進む事になるのだろう。


大広間から退室する。

部屋には大量の料理が運びこまれ、広間は一気に宴会場へとその姿を変えた。

俺はそんな中、アリサ達と共に今後の動きを考えるための会議を行う。

まだ正確な人数は出していないが、

サンドール他を取り込んだ為、人口は100万人を優に越えるのは間違いない。

それを維持せねばならないのだから。


……。


「さて、じゃあ現状の確認と行こうか」

「……はい総帥」

「あれ?ハピさん。まだ総帥って言ってるの?」


「私にとって、総帥はあくまで総帥なんですよ。特別な感じで良くないですか?」

「そうだな。別にカルーマ商会総帥を辞めたわけじゃないし……アルシェ」

「どうかしたのカルマ君?」


ちょっとマジな顔になっておく。

何せこれは重要な話だ。


「後にグスタフにも言い聞かせるが……いざと言う時守るべきは総帥の椅子のほうだからな?」

「え?王様の玉座じゃなくて?」


「違う違う。国王なんて所詮象徴。実際の力を持っているのは商会総帥の肩書きの方だ」

「リンカーネイトの総資産の9割以上は商会所有の物ですよアルシェ様」

「ふぁ……その発想は無かったなぁ」


ここは俺の私室。

今ここには俺とルン、アルシェにハピ。

それにアリサ達が居る。

下の取りまとめにホルスは置いてきたが……今後の事を考えるとこれだけの面子が必要だった。


「さて、じゃあまず現状の把握だが……アリサ。先日報告のあったシバレリア帝国についてだ」

「あい!勇者アクセリオンが皇帝になって、シバレリアとモーコの全域を支配域に納めたよー」


……流石と言うべきか。

これによりシバレリア帝国は大陸の半分を手中に収めたことになる。

と言うか、何で今まで情報が入らなかったんだ?


「いやあ、大して問題視してなかったからねー……魔王城に仕込んだ子……スパイからも」

「報告では確か、何時ものんびりとした会話しかして無いって話だったな」


ルンが居る為、蟻の事は話せない。

よって慌てて訂正するアリサ。

……しかし、平和ボケかね勇者様も。

何時もこんな感じの会話しかして無いそうだ。


「今日も良い天気だなクロス」

「ええ。先日も東の部族が一つ臣従を申し出てきました。陛下のご威光の賜物かと」


「そうか……ふふふ、勇者として大成は出来なかったが、それ以上の物が手に入ったものだ」

「まあ、わたくし含めて感謝するべきなのでしょうね、彼に」


「お前の妹も無事だったようだな」

「ええ。そうでなければ怨んでいた所ですよ」


「いかんぞクロス。憎しみで動いてはならん。私は皇帝、そしてお前はその宰相なのだからな」

「そうですね。この平和を守っていかねばなりません」


白々しいほどに平和裏でこちらとしてはありがたい会話だ。

怪しさは残るものの、

事実、彼等は領土こそ拡大するが軍の編成などの作業は行っていないらしい。

要するに、外征用の軍隊を彼等は持っていない。


では、何故領土の拡大が起きるのか?

答えは向こうから勝手に臣従してくる。と言う事情があるかららしい。

……やはり魔物が強く生きづらい地方なだけに、力ある者に従うのは当然の事との事だ。


そうなると次に来るのは高圧的な支配とか異様な拡大路線とか?と思ったが、

だが、帝国は支配域に対して余り干渉をしていないらしい。

精々各部族の優秀な者にクロス宰相が祝福とやらを与える程度だ。

……やっぱり聖職者なんだなと思うよ。

だがそれが彼等に対する忠誠の源なんだとか。

事実、その祝福を受けてから死んだ者は死後部族の守護者として蘇るらしい……。


って使徒兵じゃないかそれ!?

優秀な兵と各部族の信仰を同時に得られるとは大したもんだよ実際。

まあ、それでも使徒兵とは言え精々その数は二千名。こちらまで来れる人数ではない。

さし当たって警戒だけは緩めないようにしておくか。


「実際調べた所、帝国を名乗る割りに実に平和裏な方々です。流石は勇者といった所でしょうか」

「でもねー、マナリアと領土問題について揉めてるみたいだよー」


ほぉ?一体何処が……ってまさか!


「お母様が焼いた森、住んでた部族が居たって……」

「ルンちゃん。気にしても仕方ないよ」


やっぱりかい!

で、当のマナさんは?


「……そのシバレリア帝国の世話になってるよー。問題の部族の生き残りに謝ったってさー」

「最悪じゃないかそれ」


「……先生、何処が?」

「そうだよ。悪い事したら謝るのが当たり前だよね」

「総帥が仰っているのは、それによりマナリアに賠償の責任が生じたと言う事についてですね」


そういう事だ。

交通事故なんかでもそうなのだが、過失を加害者が認めた場合、当然賠償の責任が生じる。

……悲しい事にごねた方が勝ちという部分があるのだ。

まあ、個人の事故ではそれですっきりカタを付けるという方策もある。


だが、国際関係ではそれは危険だ。

特に今回シバレリア側が要求しているのは領土。

……しかも、現在では何だかんだで立派な穀倉地帯と化している。

更に現在のマナリアは内乱による爪跡がまだ色濃く残り、国民は非常に困窮している。

この状況下で譲れる物が何かひとつでもあろうか?いや無い。


ただし、要求を完全に蹴った場合はただでさえ苦労している北部異民族が、

今度は皇帝の指揮下の元大挙して押し寄せてくる事になる。


では、もしリチャードさんが上手く国内を纏め上げ何らかの妥協をしたとしたら?

……この場合賠償は無理だ。

向こうに駐在してるアリシアからの情報で、マナリアにはもう資金が殆ど無いと言う。


すると当然領土の割譲となる。


だが、その場合ティア姫率いる西側が黙っちゃ居ないだろう。

何せ正当なマナリア王家は自分達だと自負している。

勝手に"マナリアの"領土を削られる事を許すとは思えない。


「なあアリサ。もしかして詰んでないかリチャードさん」

「うん」

「ロン兄……」


その時ハピが口を開いた。


「そうでもないようですよ?まあ、ある意味それ以上の危機ですが」

「ほぉ?」


「マナ様は、その部族最後の生き残りを養女とされる事にしたそうです」

「……手紙、届いてる」


ルンが差し出した手紙によると、名前はウィンター=スノー。

かつてシバレリア南部を広域に渡って支配していた"冬の部族"の族長の娘で、

あの大火災の後、幾度かに渡り領土奪回の戦を起こしたものの返り討ちに遭い、

遂に部族そのものが消滅してしまったという悲劇の部族の族長との事だ。

……そうか。時折森から出てきてたのって……そういう理由があった訳な?


「因みに見た目はルン姉ちゃそっくりだよー。なんでも先祖は昔マナリアから逃げ出した……」

「ああ、そう言う身の上なんだ……」

「現在はシバレリア帝国の将軍を務めているそうです」


成る程なぁ。ある意味親戚と言う訳か。

更に自分のせいで大変な目に遭ったとなったら流石のマナさんも責任も感じるわな。


「……と言う事はかなりやばい事になってるよな?」

「はい、皇帝は一切の賠償請求をしない代わりに次期王位継承者にその娘を就けろと……」


凄いレベルの内政干渉キターっ!


と言うか先代国王の妹、ではなくその養女を次期王にしろとか……常軌を逸してる。

因みにアクセリオンはロストウィンディ旧公爵家の族弟に当たり、

一応マナリア王家の血も引いていると言うので全く口出しできない立場ではないとの事。


と、本人は言っているが他国の皇帝やってる時点でそれは拙いだろと俺は思う。


それに、飲める訳無いだろうにそんな条件。

……あ、でも飲まなければ攻められて滅亡か。

まあ軍の編成に半年かかったとしても……一年後には東マナリアは地図から消えてそうだな。

何せ動員可能な兵力が段違いだ。

と言うか、皇帝と宰相だけで敵陣を粉砕できそうな匂いがぷんぷんと……。


「まあ、放っておくしか出来ないか」

「そうですね。幸い距離もありますし」

「そうでもないよ?黒翼大公領の北はサクリフェス。その東が西マナリアじゃない」


いや、一応隣接はしていないし、こっちは領内の掌握だけで手一杯だ。

他の国のイザコザに巻き込まれるのは得策ではないな。


「……先生、せめて難民の受け入れ」

「そうだな。いざと言う時は難民を受け入れられるようにはしておこう」

「それ以上は逆にこちらからの内政干渉になりますからね」


戦争中、ホルスも居ない中で事実上商会と国家運営の責任者状態だったせいか、

ハピの感性は更に磨かれたようだ。

たまに浮気の申し出があるのが色んな意味で困り者だが、それでも頼りになるのは間違いない。


「……では、次に東西マナリアの現状です」

「相変わらず一触即発だよー」

「ですが、お互いが無くてはならない存在の為、一応大人しくしているという状況ですね」

「因みにさ、兵力の補給……資金さえあれば西側が一気に有利になりそうだね」


……なんで?等と聞くだけ間違っている。

アルシェにもフルネームが出来たが、そのセカンドネームは"Y(ヤード)"である。

そう、正式に王妃になるに当たり傭兵王に許可を取り、

名目上彼の養女と言う形をとったのだ。


で、当の傭兵王はと言うと何と西マナリア……ティア姫の所に逃げ込んでいた。

金塊を持って交渉に臨んだが、

意外なほどに高感触であっさりアルシェを義娘にしてくれたとアリシアが言っていたっけ。


まあ、ともかく傭兵王は西側の客将扱い。

金さえあれば即座に傭兵をかき集められると豪語しているという。

……実際の所、まともに兵を動かせる将が増えたと言う事の方が重要な気もするが……。


「対する東側……リチャードさんの方は悲惨だよねー」

「悲惨にした俺達が言えた義理じゃないけどな?」

「まあ、幸い総帥を追い出した事で向こうとの縁は、表向きですが切れています。自業自得かと」


領土こそマナリアの八割だが、兵力は東西同等"だった"のだ。

ところが疲弊して半数近くにまで減っていたとは言え、

何だかんだで機動戦力の要だった魔道騎兵が指揮官と家族含め丸ごと出奔。


残る指揮官はリチャードさん自身とラン公女、そして兄貴とフレアさんだけ。

その中で実戦に本当の意味で耐えうるのは兄貴だけだろう。


ところが当の兄貴は魔法が使えない事から基本的に上層部の受けが悪い。

しかも、それに反比例するかのように国難にも動じず戦い続けた猛将の姿は国民受けがよく、

指揮下に加わりたいという若者は後を絶たない。

……だが、それが面白くない上層部からは更に嫌われ……と言う悪循環スパイラル。


今まではジーヤさんがその間に入っていたらしいが、既に彼はこっちに来てしまった。

しかも一応停戦と相成った為か魔法原理主義者たちの反撃が始まったらしい。

……兄貴が愛想を尽かして出て行く日は近そうだな。

その時どんな事になるのか、考えるのも恐ろしかった。


トドメとして、最近アリシアが内政のかなりの割合を任されているそうだ。

信頼されるのは兄として嬉しいし、確かに優秀な娘ではあるんだ。

ただな……他国からの客員、しかも子供に国の機密を見せるなよリチャードさん。

いや、確かに調べられない機密は無いけどさ。

まあ、要するにそこまで人材の枯渇が酷いという事だな。

それに資金も無いせいで未だ王位継承の儀式も行えていないそうだ。


ともかく今はどうなるか判らない。

マナリア以北へは不干渉で行く事に決定だ。


「……じゃあ、次はトレイディアか……」

「えーと、そっちはねー」


結局、その日は深夜まで解放される事は無かった。

やはり、国の舵取りって奴は難しすぎるよな……。


……。


≪side 村正≫


「これにてコジュー=ロウ=カタ=クウラ大公殿下のトレイディア大公就任式典を終わります」

「「「ワアアアアアッ」」」」


ふう、と思わずため息が出るで御座る。

……頭の固い商人ギルドの連中を何とか説き伏せ拙者が父の後を継ぐまでに、

ここまで長い時間が掛かってしまったで御座る。


まあ、拙者が責任者となってからトレイディアは寂れる一方。

連中が心配するのもある意味無理は無いので御座るがね……。


「カタ大公殿下……お茶の時間で御座います」

「ああ、セバスチャンで御座るか。お前にも苦労をかけるで御座るな」


商人ギルドの長であったバイヤーの死後、

ギルドは事実上クウラ家の統制を離れ独自路線をとり始めたで御座る。

対して我が家からはバイヤーの元執事セバスチャンが辛うじてコネを持っているという状態。


「商人ギルドはクウラ家から距離を取り始めております」

「ま、それもある意味当然で御座るよ。ただ、手をこまねいている訳にも行くまい?」


問題な事に拙者は長らく冒険者として行動していた放蕩息子でござった。

確かに戦乱時は頼りにされたで御座るが、

平時においてそのコネの無さ、顔の効かなさが致命的な事になりかけているので御座るよ。

ともかく、戦乱とその際に商都が攻められ一時的に占領された事が大きい。

トレイディアからは人が流出していく一方なので御座る。


……兎も角、比較的拙者に好意的な冒険者ギルドとの繋がりを深めねばならんで御座るな。


「冒険者ギルド長マッシブ殿の招聘は上手く行きそうで御座るか?」

「半々でしょうな。我が家に仕えると言う事はギルドから離れるという事そしてそれは……」


「冒険者ギルドの崩壊を意味する、で御座るか」

「はい、冒険者ギルドも高位の冒険者は各国の軍隊にスカウトされて人材不足ですから」


とは言え、ギルドの存続自体が厳しいという噂もあるで御座る。

そこを突破口にせねば。

ま、国内での問題は……あまりにも大きい問題ではあるが一応それだけで御座るな。

さて、次はと。


「カルマ殿がとうとう王位に就かれたとか?」

「はい。旧サンドール王家の一部も取り込みました。……旧大聖堂の返還問題は如何しましょう」


「今後それは口に出さないほうが良いで御座るな。そも、サンドールにいうべき問題で御座る」

「確かに……彼等はサンドールを滅ぼした、つまり実態はともかく全く違う政府で御座います」


……それに、カルマ殿は躓くたびに大きくなっていくという不思議な御仁。

敵に回しても百害あって一理無しで御座る。


「それよりも今は国内の掌握を急ぐで御座る……北がきな臭いで御座るよ」

「はい。承知いたしました」


さて、リチャード殿はあの国難を如何するおつもりかな?

拙者もこちらから助けるだけの余力は無いし、

まあ、救援依頼があるまでは静観させて頂くで御座るよ。


……。


≪side シバレリア皇帝アクセリオン≫


「そうか。私の願いは無碍にされそうなのか……」

「わたくしの伝でも探りを入れましたが、マナリア側に譲れる部分は無さそうです」


かつて、魔王城といわれたシバレリア帝国宮殿。

今は私、皇帝アクセリオンの居城である。

……仇敵の亡骸を背後に剥製のように飾り、

その前に玉座をしつらえると言う謁見の間の造りは多少悪趣味な気もしないでも無いが、

それでもこの場に来る物に私の力を示す役には立っているようだな。

これを見るだけで大抵の物は竦み上がり忠誠を誓ってくれる。


「ふむ……とは言え冬将軍の旧領、何とか回復してやらねばな。何せ帝国には貨幣経済が無い」

「はい。シバレリア・モーコの各部族にはお金と言う概念がありませんでしたからね」


「ふふふ、税として毛皮や食料そのものが送られてきた時はどうしようかと思ったぞ?」

「わたくしもです。ですが……これはこれで悪くありません」


……悪く無い?


「と言うと、どういう事だ?」

「世界の不幸の大半は、お金にまつわる物なんですよ。わたくしはそう思うのです」


「ふむ。確かに僅かな金の為に売られる子供や突然手に入れた大金に身を持ち崩す者もある」

「ええ……それもこれもお金なんてものが存在するからではないのか?最近そう思うのです」


とは言え、貨幣無しでどう世の中を動かすと言うのか。

……とは言え、金と欲に汚染された教会を何とかしようと足掻いていたのがクロスだ。

ここに来て色々と思うところがあるのだろう。


「かつて、人々は物々交換で暮らしていました。つまり……不可能ではないのです」

「この地を見てそう考えたか。まあ、それも良いかも知れんな」


……クロスはそっと手を組むと小指を微妙に動かした。

これは私とクロス他数名しか知らない秘密の暗号だ。


どうやら、彼……カルマのスパイが何処かに潜んでおるようなのだ。

各国を見れば判るが、どうも情報が筒抜けのように思うのだよ。

まあ、一国の王ならば当然だ。

だが、それが判っても何処に潜んでいるのか皆目見当が付かぬ。

故に……自室だとしても本音で話す事も危険だと判断し、


魔王討伐時、誰にも気付かれずに合図する為に用意した暗号をここで使用する事にした訳だ。

口では世間話をしながら僅かの指や視線の動きで重要事項を話し合う。

誰にも危機感を抱かせない事。これが重要なのだ。

……まあ、今の所恐らく誰にも気付かれては居まい。


ともかく、先ほどの合図は資料を私のベッドに隠したと言う合図だ。

もっとも既に見つけて読んでいるがな?


クロスが最近考案した思想を"共生主義"と言う。

皆が支えあって生きる……実に興味深い政治体制だと思う。


貨幣経済を廃止し、全ての物資を皇帝に集め、そこから必要な分だけ人民に分配する。

私有財産を否定するゆえ貧富の差も存在せず、

もし反乱を起こそうと言う輩が現れたとしても、物資を集める事が出来ない。

必要な物を必要なだけ必要な所に皇帝の、この私の名で送り届ける。

誰もが皆、平等に全てを与えられるのだ。

……怠ける者には配給を止めるだけでいい。


実に素晴らしいではないか。

後世にアクセリオンの名を轟かすにはこれを世に広めれば良いのだ。

皆が幸せになる良い方策である、と私もクロスも信じている。

そして……願わくば。

何時か私が勇者だと言う事を……誰かが歴史の片隅から見つけ出してくれれば言う事は無い。


……軽く口ひげを撫でる。

これは今日の日付だと、了解の合図だ。

クロスが軽く笑った。

何年かかるかは知らんが、きっと反発も多かろう。

だが、それでも我等は雄雄しく進んでいくのだ。

そう。いずれ来る最終戦争に向けて準備を始めようではないか。

……こっそりと、な。


***建国シナリオ 完了***

続く



[6980] 59
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/19 20:58
幻想立志転生伝

59


≪side サンドールの門番≫

この間、国が戦争に負けた。

暫く前まで勝った勝ったって大騒ぎしてたが、

それだと言うのに厳しくなる一方の生活におかしいなとは思ってたんだ。


で……結局の所属国を完全支配しようと攻め込んで逆に返り討ちに遭ったって事らしい。

無理やり従軍させられて、何とか生きて帰ってきた従兄弟の兄ちゃんが居るが、

レキの軍隊はそりゃあ強かったって話だ。

よく判らんが馬から火が飛んできたり街が落っこちたり……。

何か本当に良く判らんが、ともかくとんでもないらしいな?


まあいいさ。

レキ……リンカーネイトのお偉いさんは元々カルーマ商会の総帥さんだったって話だ。

あの庶民の味方が国を治めてくれるなら悪いようにはしないだろうよ。

今ここを治めてるのも、何でも奴隷に落とされてた王家のお方って話だしな。


ともかく俺たち一般の凡人は飯の種さえ確保してくれれば……って、何だあれ!?

ともかく鐘を鳴らせ!銅鑼を叩いて皆に知らせるんだ!


「敵襲だーッ!」

「なんだってーっ!?」


俺が指差すのは東へ進む街道。かつてレキの街があったほうの道だ。

その先から良く判らないが確実に人間じゃない何かが大挙して進んできてるぞ!?

数はいちにいさん……たくさん。

ともかく凄い数だ!


「警備隊長に連絡を……!」

「もう居ますよ」

「ああ、届いたみたいですね……警戒の鐘はもう鳴らさなくて良いですよ」


……え?あ、隊長兄弟だ。

問題無いって……いいのかね?


……。


「つまり、アレはリンカーネイトの王様からの贈り物って事ですかい?」

「その通りですね」

「……今朝、賜り物が届くと通達したでは無いですか」


いや、確かに朝礼で賜り物が届くって話は聞いてたけど。

……アレは無いだろアレは。

普通は馬車とか……何人もが背負ってくるとかを想像しないか?

でも実際来たのはこれだ。


「ガッサガサガサガッサガサ!」

「カサカサカサカサ」

「ガサッ、ガサッ、ガサッ」


大きく開け放たれた城門を次々と通過していく緑の洪水。

……それにしても凄いもんだ。甘い香りが城壁の上まで届いてきやがる。

アレは果物の香りだな。昔の主人の家で嗅いだ事がある。


「しっかし、あれが"木"なのか。植物なんてサボテンしか見たこと無かったですがね」

「私達もです。父や姉、兄は見た事があるそうですが……凄い物ですね」

「あの張り出した枝に果物が生っているそうですね」


へぇ。

茶色い部分は不味そうだけど、確かに所々見える色鮮やかな部分は美味そうだ。


「ガサガサの木は各自決められた場所辺りをうろつく事になっているそうですね」

「枝に生った果実は好きに食して良いと通達が下っていますよ」

「そりゃあ豪勢な」


……こりゃあ仕事が終わったら急いで食いに行かなきゃな。

あんな良い匂いがするんだ。きっと物凄く美味いに違いない。

折角奴隷生活から抜け出せたんだ。ちょっとぐらいは贅沢したいよな!


……だってのに、何故か好んで奴隷のままで居たがる奴も居る。

不思議なもんだ。


「そういや隊長。奴隷身分のままの連中も食って良いんですかねあれ」

「そこまで行く事を主人が認めたら問題無い筈ですよ」

「……まあ、自由を放棄してまで選んだ道です、私達がどうこう言う事は出来ませんがね」


そう。奴隷からの解放を王様が謳ってくれたってのに、

あえて奴隷のままで居る奴等はこれで結構多い。

今更自由になっても、とかどう生きてよいか判らない、とか色々有るみたいだが、

俺に言わせれば馬鹿みたいだと思うな。

まあ、結局辞めたければ何時でも辞められると言う権利だけ与えて、

確か……"コヨー・ケータイ"のひとつ、とかいう形で奴隷制を残したらしい。

意外だよな。あの王様なら何が何でも奴隷を撲滅すると思ったけど。

ま、そこが"コジンノジユウ"って奴なんだとさ。


俺?自由になったさ。

結局生きてくためにこうして奴隷時代と同じく門の番をしてる。

けど、うん。

なんつーか、自分の為に働いて金を得るってのは、大変だけど……何処か嬉しいもんだ。

どうしても嫌なら辞めて別な仕事を探しても良いってのも凄くないかい?


「さて、じゃあ自分は門番に戻りますかね。木とやらも門を通り終えたようですし」

「頼みますよ。今頃街は大混乱でしょうから。賜り物の姿を教え込んでおくべきでしたね」

「その通りですね。兄さん行きましょう、イム兄さんの手を煩わせてはいけない」


じゃ、今日も変わらず砂漠を見張るとしますか?

……今じゃあ俺も、奴隷兵ではなく立派なサンドールの歩兵さんなんだしな。


……。


≪side イムセティ≫


「……有難う。父さんにはこちらから報告しておきます。我ながら間抜けな話ですけどね」

「「はい!」」


旧サンドール王宮にて、来週の食糧配給に関する打ち合わせをしていると、

幸運にも奴隷としてではなくアヌヴィス将軍の下で兵として暮らしていた弟達から、

ガサガサの木の到着とそれにまつわる混乱の一件について報告が来ました。


……確かに言われてみればそうですね。

私達はすっかり慣れてしまいましたが、ガサガサ達は他所から見れば魔物以外の何物でもない。

その姿について何の説明も無く陛下よりの贈り物があるとだけ言っていた私の落ち度です。

サンドール人はそもそも植物、それも樹木と言う物を殆ど知らず、

木とはああ言う物なのだと驚きながらも思ってくれたのが不幸中の幸いでしたが。


まったく、我ながら父の顔に泥を塗ってばかりです。

本当ならば先立っての戦争の褒美として姉さんを陛下に貰って頂くつもりだったのですが。


その話を最初にされた時は、我が家の再興の為に手段を選ばないものだ。と思ったものです。

……実際は、元奴隷だと二の足を踏む姉さんを見かねての事、それだけだったようですけどね。


さて、ともかく不安がっている人も多いようです。

父さんは暫く来れないようですし、ここは私が何とかしなくては。


「文官団の皆さん、各地区に人を派遣しその旨を説明するように」

「はい?それは人の無駄では。高札を立てれば済む話ですよ」


……彼等は優秀ですが、やはり一般市民や上流階級出身ですか。

私が奴隷階級出身者の代弁者となる必要がありそうです。


「……大半のサンドール人は字なんか読めませんよ。故に丁寧に言い聞かせる人間が必要です」


奴隷に読み書きを教えるような奇特な主人は、そう多くないから。

私も最近まで書類も読めませんでしたし……。


「何時か、国の大半が高札くらい読めるようになります。それまでくらいは辛抱できますよね」

「はい」


各大公国でも様々な変化が、保守派とやらを刺激しない程度に少しづつ進行しているとの事。

……かつてレキ大公国が建国された時、陛下が仰られた言葉が脳裏に蘇ります。


敗者にも再起の機会を

底辺より這い上がるチャンスを

それを与えられる社会を目指して


素晴らしい事だと私は思いますよ。

そもそも、生まれで全てが決まるなどと言う事がおかしいのです。

……先日、陛下にその質問をぶつけた所、


「所詮は建前さ。現実は大抵厳しい……けど、その建前が話半分でも実現できたら凄くないか?」


そんな答えが返って来ました。

ですが……私達は大陸の敗北者達。

生まれながらに虐げられていた者が大半です。


そう考えれば、既に話半分は叶っているのではないでしょうか?


それにしても、あの魔道騎兵や王妃様ですら祖国でははみ出し者だったと聞いて驚きました。

なんでも王妃様のご両親が家を潰しかけたとか。

お陰で彼等は陰口を叩かれる立場だったと言います。

そして王妃様は幼少より家人の生活を守るため奔走されていた、と。

本当……自身の不心得と妬み嫉みの心が嫌になります。


私が陛下や王妃様達の為に出来る事はたかが知れています。

ですが、その頑張りはきっとこの国が良い国となる一助となるでしょう。

そう信じ、進んでいく事。

それが多分、私の……このイムセティの成すべき事なのでしょう。


……。


≪side ハイム≫


「のう、クイーンの分身よ……イムセティが遠くを見据えつつ拳を握り締めておるのだが」

「ひとのけつい、じゃましちゃ、だめです」

「それよりお昼食べたらおつかいの続きでありますよ」


うむ。サンドールの料理は味が濃いがそこそこ美味いな。

特にこのサソリが中々いける。

え?食品の鮮度を誤魔化す為に味が濃いだけ?……別に構わん。

とりあえず腹さえ膨れれば満足だ。味に関しとやかく言うのは家に居る時だけでよい。


「うむ、最終目的地は商都だったな?」

「そうです。村正に、たいこう、しゅうにんの、おいわいを、とどける、です」

「荷物は向こうで用意してあるであります。後はそれなりの身分の人間が届けるのであります」


父から命じられ、商都まで手紙と祝いの品を届けるのが今回のわらわの仕事だ。

まあ、その程度チャッチャと終わらせてやろう。


「しかしわらわで良いのか?普段父はわらわの事を子ども扱いしておるのに」

「あたしたちも、ついてくから、もんだいない、です」

「一応お姫様が直接届けた形にするで有りますよ」


面倒な事だ。

祝いの品など誰が届けても同じ……というのはわらわの傲慢なのだろうな。

人はそう言う面子にこだわるもの。

比較的時間が空いていてそれなりの身分がありまともに話が出来る。


うん。わらわしかおらん。全く仕方ない事だ。


「しょうじき……はーちゃんに、まかす、すごく、しんぱい、です」

「まあ、今後の為の練習には良いと思うでありますよ?」


まあ、小遣いもたんまり貰ったし、さっさと済まして買い物でも……。


「あまりばかなこと、いっちゃ、だめ、ですよ?」

「そうでありますよ……ま、相手は村正。多少は何とかなるでありますが」


……舐められてるな村正。

確かあの雪山で会ったヘタレの事だと思ったが、アレでひとかどの人物だったのだな。

少々驚きだ。

だが、まあいい。今大事なのはそこではない。


「サボテンサラダ、おかわりだ」

「サソリ、おかわりであります」

「おかわり、です」


とりあえず、腹ごしらえだな。

うむ。腹が減っては戦が出来ん。

戦じゃない?

……戦は無くとも腹は減るのだ!


「はぐはぐはぐ……」

「むしゃむしゃむしゃであります」

「もぐ、もぐ、です」


ん?どうしたイムセティ。


「いえ。パンは丸ごと飲み込むものではないと思いまして」

「ふご。ふご。です」


それはアリシアたちに言え。

わらわは必死の抵抗を見せるサソリどもと戦闘中だ。

くっ、文字通り尻尾を掴ませぬつもりかこやつ等……。

ええい、魔王の畏に平伏すのだ!


このっ、このこのこのこのっ!

我がフォークから逃れられると、思う……ふにゃ!?


「むだに、もりあがってる。です」

「そうでありますね……あ、刺されたであります」

「姫様!?急ぎ医者を」


ええい、要らんわ!

この程度でどうにかなるわらわだと、思う、な!

……ふ、ふははははは、見よ、討ち取ったぞ!


……きゅう。


「たおれた、です」

「衛生兵!衛生兵ーーーーーっ、であります!」

「た、ただ今医者を!」


……。


「うー、鼻の頭が痛いぞ……」

「おばか、です」

「でも命に別状が無くて良かったでありますよ」


多少のハプニングこそあったものの、とりあえず予定を崩す訳にもいかず時間通りに出発した。

イムセティには余計な心配をかけてしまったが、そこは勘弁して欲しい物だ。

因みに、現在はクイーンの地下通路を滑り落ちている最中。


今後の予定だが、これより旧大聖堂に向かって一晩泊まった後、

商都に向けて早朝出立、正午過ぎにトレイディア大公館に到着する予定となっておる。

……まあ、正規の使者ではなくあくまで個人同士の親交。

要するに"お父さんからのお使い"で手紙を届けに行くだけだ。

別段硬くなる必要は無い、はず。

それよりも気になる事があるのだ。


「……時にクイーンの分身よ。飯はサンドールで食ったが、それに意味はあるのか?」

「あるです」

「一応ガサガサ達は、はーちゃんが持ってきた、にいちゃからの贈り物と言う扱いであります」


「ふむ……要は人気取りか」

「そう、です」

「小さなお姫様がわざわざ贈り物を持ってやって来たってニュースは聞こえが良いでありますよ」


ふむ。実際は完全に別行動の上、

ガサガサ達にとってはようやく許可の下りた生息地拡大事業だ。

むしろ喜んで居るのは……まあ、人が奴等の事情など知る訳も無いか。


大事なのはサンドールの者どもが我が家の治世を受け入れやすくなるお膳立てと、

ガサガサと言うあらゆる意味で有益な連中の数を一本でも多く増やす事と言う事か。


まあ、確かに得体の知れぬ化け物を受け入れろ。よりは、

食べ物が山のように付いた果樹をくれてやる、のほうが受け入れやすいわな。

例え実態はどちらにせよ変わらないと言えども。


「判った。あくまでもアレは王家よりの賜り物、と言うスタンスの為にわらわはあの国に居た訳か」

「そう、です。あくまでも、わざわざ、とどけてあげた。それがたいせつ、です」

「今頃、街角には……はーちゃんがガサガサを引き連れてる絵が飾られてる筈であります」


ふむ。絵か……なるほど。


「……字の読めぬ連中にも判るようにだな?」

「そう、です」

「ふふふふふ、洗脳と呼びたくば呼べであります」


確かに洗脳、と言うか印象操作とか言うものが見え隠れしておる。

だがわらわとしては、それで幸せになる者が多く居るならそれで良いような気がする。

結果が変わらんなら、皆良い気分で居た方が良いと思わんか?


……。


さて、凄まじい速度で進んでいく余りに長く先の見えぬ滑り台を滑り降りながら、

わらわ達は目的地へと向かっていた。

……そして。


滑り台から半球状のボウルのような地形に放り出される。

そこで何往復かして速度を殺した後、地上に向かって長い登り階段を駆け上がった。

そして、太陽の下に辿り付いたわらわ達の視線の先に、光と共に巨大な建物が飛び込んできた。


「ふむ。大聖堂か……教団の連中、随分儲かっておったのだな。実に立派だ」

「でも……いちど、サンドールに、りゃくだつを、うけてる、です」

「それでもやっぱり立派であります。……いっそ魔王城にするであります?」


確かに立派な建物だとは思う。

大きなステンドグラスに彩られたその内部もさぞ綺麗な事だろう。

だが、わらわは首を横に振った。


「いや……よしておく」

「なぜ?です」


指を指す。

そこには見覚えのある騎兵達。

……本隊すら合流し現在では六百名もの人員を抱える母の忠臣達の姿だ。

それでもかつての半数そこそこだと言うのだから恐れ入るがな?


「魔道騎兵、でありますか」

「そうだ。あそこは奴等の家として機能しておる。故にわらわの一存で勝手は出来ぬな」


流石のわらわも、わらわのせいでその数を大分減らしてしまった奴等には思う所もあるのだ。

念願だったと言う領土を得て喜びに震える奴等に冷や水を浴びせる事なぞ誰が出来ようか。


……地下への入り口を周囲に気取られぬようこっそりと街道に出る。

そしてクイーンの分身たちと共に、今度は実に威風堂々と先へと進んでいく。


視線の先では百騎程の兵が調練を行っている。

その先頭に立つ男は……。


「む、オドよ!わらわだ!」

「ワァオ!姫様お待ちしておりました!団長、あれが我等の姫様ですよ!?」

「なんと!……おお、姫様お初にお目にかかります。私は魔道騎兵の団長ジーヤで御座います」


むう。あれか。

……と言うか30年前の戦いで見た事があるぞ、こ奴。

まあ、あの時は普通に若い騎士と言った感じだったがな。


「うむ。わらわがルーンハイムの第14代目である。見知ってたもれ?」

「左様でございますか。時にこの愚か者はお役に立てましたでしょうか……」


「ノォ!いきなり無能呼ばわりですか団長!」

「……お前の短慮でお嬢様がどんな目に遭われたか……忘れたか?」


あ、オドが沈んだ。


「OTLであります!OTL!OTL!」

「……ざこ、です」

「姉達よ。オドを余り虐めないでやってたもれ?」


まあ、クイーンの分身たちの立場から言わせれば、

オドの行為は裏切り以外の何物でもないのだろうな。

ただ、その引き金となったのは間違いなくわらわとハニークイン。

故にこやつらを余り責めないでやって欲しいのだ。

……これは我が侭かな?


「むう。はーちゃんが、そういうなら、ほこ、おさめるです」

「ただし!オドがにいちゃの迷惑になるようなら、次は潰すから覚えとくであります」


「……じゃあ、それで頼む」

「申し訳有りません。姫様のお手を煩わせるとは……」

「ジーザス!私は一生言われ続けるんですね……」


うん。多分一生言われ続けるだろう。

だがなオドよ?それを上回る成果を上げてくれればその声は小さくなる。

それをよぉく理解してたもれよ?

……因みに話の流れが悪いとイムセティも同様の目に遭うかも知れんな。

後でクイーンに一声かけておかねば。


「さて、では今宵の宿舎に参ろうか!」

「おう!です」

「左様ですな。かつての教皇の私室がそのまま残っておりましたので姫様達はそこをお使い下さい」

「ネバーギブアップ!……姫様、生活必需品は全て運び終えております、今日はごゆっくり」


ふむ。教皇の私室な。

確か聖俗戦争とやらの末期に殺された……だったか。

まあ、それだけの実力者の部屋ならそこまでみすぼらしい事も無いか。

なら安心して休めそうだな。


……ふと思い、修復されたと言う教会の門としてはやけに立派な門の前に立つ。

そして声を上げた。


「開門!リンカーネイト第一王女ルーンハイム14世である!至急開門せよ!」

「……何でわざわざ名乗りを上げるでありますか」

「アリス。はーちゃん、ここではおひめさま、です」


「元からそうで……あ、そういう事でありますか」

「そう、です」


クイーンの分身たちがわらわを見据える。

そして確認の為の質問を口にした。


「ここに今居るのは魔王ハインフォーティンではなくて、ハイム王女、でありますね?」

「……はーちゃん?」

「せめてこの地に居る間だけは人として行動してやる。それがわらわなりの誠意だと思うのだ」


そう。こやつ等はルーンハイムの、母のために集った者達。

それに母から受けた恩と母にかけた迷惑を考慮すれば、

少なくともこの場、わらわが大公を務めるこの地でだけは、

父と母の子、そしてルーンハイム家の後継者として振舞うべきだろう。


「と言う訳で今日からここはルーンハイム城だ!」

「流石はーちゃん。本質的には何も変わって無いであります!」

「でも、はーちゃんだし。しかたない、です」

「では姫様、こちらへ。……オドは兵達を鍛えておけ!」

「ハッ!」


……。


オドと別れ、ジーヤに連れて来られたのは教皇の私室、だったという部屋。

……しかし、これは……。


「ひろい、です」

「あ、この絵……前にマーケットで偽物ですら金貨300枚の値段が付いてたであります」

「デカイ宝箱だな……中身は空か。一体幾ら入っていたのだ?」


無駄にデカイ。

しかも無駄に装飾が凝ってる。

おまけに……。


「あ、かくしとびら、はっけんです」

「こっちは奥に隠し部屋?……うわ、えっちぃであります……」

「机の引き出しが二重底か。そしてその奥に何やら不穏当な書類が……」


魔窟、だな。

それもかなり腐りきった。


「……クロスのおじちゃんがどうにかしたくなったのも判るでありますね」

「おえらいさん……しんでてよかったかも、です」

「違いない」


教会設立当初の目的は忘れ去られ、すっかり利益追求のための組織と成り下がっておったか。

元から利を得る為の物ではない組織が利に走るとろくな事にならぬ。これはその見本だな。

まったく……仁義もルールもあった物ではない。


「ふむ……蘇生一回で千枚単位の金貨が動いておったようだな」

「で、そのお金は教会上層部の私利私欲に使われてたでありますね」

「なまぐさぼーず、です」


……元々正規術式に肉体的な損傷を回復させるための術は無かった。

これは人の寿命を不用意に延ばさないための処置であったと言う。

だが、それでも必要だからと請われて治癒術を作成し、

濫用を防ぐ為にこの神聖教団が作られたはずだが……。


いつの間にか治癒術は特権階級の証と成り果て、本当に必要とする者達には届かなくなった。

本来寝ていても良いような金持ちばかりがその恩恵にあずかるようでは意味が無い。

挙句がこれか……。


"治癒術一回に付き、教会への寄付銀貨二枚を徴収する事。内一枚を術者の取り分とする"


……本棚にご大層な装丁で居座る修道士達の守るべき決まりについて書かれた本だ。

もう随分前に書かれたはずのこのボロボロの本に、そんな決まりが書かれていた。

しかも、その先にはこんな文句まである。


"もし、無料で治癒を行った場合即座に名乗り出る事。給金より罰金を天引きの形で処理する"


挙句がこれだ。


"名乗り出なかった場合、発覚後懲罰房に三日拘留。更に直属の上司に罰金銀貨20枚を課す"


ふはははは、思わず笑ってしまう。

これではどう足掻いても金を取るほか無いだろうが。

自分以外にも迷惑がかかるのでは自己満足すら出来やせん。


そもそも、寄付とは徴収するものではないわ!

ああ……ここも、そして教会そのものも老いて腐りかけていたと言う事か。

度し難いな、全くもって。


ふと思いつき、その本を横で控えていたジーヤに差し出してみた。


「……どうなされましたか姫様。その本が何か?」

「うむ。ジーヤよ。読んでみよ」


「はっ。……教会の法について書かれた書物ですな。勉強熱心な事は良い事です。流石は姫様」

「ふむ。それが感想か。うん、判った……ご苦労だったな」


「左様ですか。……では、私もそろそろ訓練に戻ります。ごゆっくり」

「うむ。どうやらここはわらわの城のようだからな。ゆっくりさせてもらう」


さて、と。

あの反応から言って、ここに書かれた条文は少なくともある程度学があるものなら知っている類か。

ならば、即ちそれはかなり以前から存在していたと言う事だ。


「要するに、教会は随分前から腐っていたと言う訳だな……」


「うわ、ひどいはなし、です」

「でも、それがこの世界の当たり前だったであります」

「……反吐が出るな」


それが常識になるほど昔から、か。

転生と死を繰り返していたわらわにはそこまで思い至る余裕は無かった。

魔法が金儲けの道具にされていたと言うのに。

……不甲斐無い管理者だな。


「まあまあ、はーちゃん。とりあえずきょうは、ゆっくりやすむ、です」

「そうだな。夕飯になったら起こしてたもれ?」

「了解であります!」


まあ、全ては終わった事だ。

治癒術は父も使うし今更消す訳にも行くまい。

……ともかく今は……ゴトリ?


「ん?今物音がしなかったか?」

「んー。いましらべる、です」

「……あ、これでありますね」


ふむ。銅像か。

いやまて。銅像から音がしていたと言うのか?


「……おす、です」

「隠し階段はっけーん、であります!」

「どれだけ金と手間隙かけておったのだこやつ等は……」


あきれ果てながらも先へと進む。

……地下室、なんてレベルでは無いな。


「しぇるたー、です?」

「井戸まで完備してるでありますね……それにここは、食料庫?」

「はっ。いざと言う時に逃げ込みそこなったか」


恐らく緊急時に避難して数年間は耐えられるようにと作ったのだろうな。

長期保存の利く食料が食料庫と思しき倉庫の奥に残っていた。

……だが、現実はそこに逃げ込む暇すらなかった、と言うオチか?


「ん?何か居るぞ?」

「ほんとう、です」


まあ、この後の事は色々と端折る。

だが……この日、わらわに守るべきものが増えた。

それだけは確かであったのだ。


……。


≪side ガルガン≫

最近、ようやく元のような活気の戻ってきた店内を見回した。

……どう言う訳か腕の立つ新入りも出てきたし、悪くは無い状況じゃの。


「ほぉ。ではカーは竜殺しなのカ?」

「まあな。で、今は娘のお使いをこっそり見守る為に先回りしたって訳だ」

「おいおいカルマよ。お前の娘はまだ赤ん坊じゃろうが……」


「大丈夫。ハイムはあれで優秀な子なんだし」

「……親ばかだのう」

「カーは強かった。その娘ならハーもきっと強いのだろうナ」


今カウンターで喋っているのは今朝方突然現れたカルマと、

最近武者修行に来たと言うスーと言う女だ。

スーは突然カルマに喧嘩を売って燃やされ、それで逆に懐いてしもうたのじゃ。

カルマのほうもルンに良く似た顔のこの娘を大層気に入ったようだの。


しかし、まあ。

娘のお使いをこっそり覗き見する為にわざわざ国を抜け出してくるとはカルマもまあ、

物好きな事じゃわい。


「冒険者ギルドが休業すると聞いて一時はどうなるかと思ったが、カーに会えたのは幸運だったな」

「悪いが雇えないぞ。お前……シバレリアの将軍なんだろ?」


「そうだ。スーはシバレリアのジェネラルスノー。すなわち冬将軍!」

「……その将軍様がなんでこんな所で冒険者なんかの真似事を?」


ふふ、これでも冒険者の酒場のマスターじゃぞ。

さりげなく情報を取るのは当たり前だ。

さて、機密の一つもポロッと零してくれんかの?


「うん!実は内緒だが皇帝陛下はマナリアと戦をするらしい。……これはその訓練ダ!」

「そんなの、兵を率いて普通にやれば良いじゃないか」


「兵?兵など我が帝国には王に仕える英霊達しか居ないゾ」

「おいおいおい。その体たらくの癖に本気で戦争する気かの!?」

「馬鹿な……シバレリアは人の多さが最大の利点の筈だぞ。それなのになんで徴兵もしない?」


確かにカルマの言うとおりじゃ。

シバレリア族の最大の脅威はその数にあるのじゃからな。

……それを生かさぬ手は無いと思うのだがのう?


「……本気かアクセリオン……あ、そうか。皇帝自身が出張るつもりか?」

「さあ?だが使徒兵1000と皇帝自身が出ればそれだけで勝てそうな気もするナ」


それにしても無防備な娘だ。

これは国家機密レベルの情報じゃぞ?

それをあっさり喋るとは……。

あの国のレベルが知れてしまうのう。


「ところでカー。悪いがもう一度勝負に付き合え。今度は勝つゾ!」

「構わんけどな、別に」


ガチャガチャとその華奢な体に似合わん重鎧を身に付けてスーは店の外へと出て行く。

……やれやれ、まだやる気なのか。

そしてそれを追うために立ち上がったカルマに声をかけた。


「のう、カルマよ。さっきの話は本当かのう」

「……多分な。シバレリアとマナリアは領土問題を抱えてる」


何と!流石に王様じゃな。

わしも国名くらいしか知らぬあの謎の帝国の事をもう調べ上げておったか。


「それと、もう一つ……ルンの奴が可哀想だから、浮気はするなよ?」

「義妹に手を出すかよ……」


「なんじゃと?」

「あの娘はマナさん……ルンの母親の養子なんだと。要するに身内だったり」


ほっ。道理で何処か優しいと思ったわい。


「じゃ、行って来る」

「火事は起こすなよ?」


カルマが出て行った後を追うように店の連中がゾロゾロと物見高く見物に出て行く。

……最後の一人が出て行くのを確認すると、わしも同じように後を追っていた。

いや、何せ数少ないA級の戦いだからの。

わしもひよっこどもも興味津々と言う訳だ。


「……ブツブツ……ブツブツ……」

『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』


大振りに大剣を振り回すスーに対し、カルマは時折魔法で牽制しながら長剣を振り回す。

カルマが魔法を使いながらスーを追い詰めていくのに対し、

スーはなにやらブツブツ呟きながら反撃を加えつつ後退していくようだ。


それにしても……どちらも典型的なパワーファイターだの。

素振りが近くを通り過ぎるだけで近所の花壇で花の茎が両断されていく。

荒削りだが速度も重さもある。間違っても当たりたくは無いわい。


「あの一振りで俺たちなんか数名いっぺんに吹っ飛ばされそうだな」

「これが、竜殺しの戦い?凄ぇ……」

「ふん、俺も何時かはこの域くらい辿り付いて見せるさ。それに奴等、戦闘センスが足りないぜ!」

「じゃあ勝てるのかよコテツ?」


「……何時かは勝ってやる」

「……そうかい」


遠巻きに取り囲んでいる時点でお前らのレベルが知れるぞ、とは言わん。

何故ならわしもその一人でしかなかったからの。

しかし、動きは読める、わしにも読めるが……対処は出来んな。

盾で防いでも抜かれるし、かわせる速度もある訳が無い。

一番良いのは上手くいなす事じゃが……あの剛剣をいなすには相当の技量が必要じゃろう。

ふう、わしも所詮は総合Cランクと言う事かの。


『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』

『…………アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』


何と!カルマの火炎放射を氷壁召喚で防ぎよった!

あれは……ルンの魔法ではなかったか?何故スーが?


「……マナさんか?」

「そうだ。馬鹿母さん(ばかーさん)が教えてくれたゾ」


「怨んではいないのか……」

「知っているのかカー。そう、馬鹿母さんは両親と部族の仇ダ、だが今はスーの母さんでもあるナ」


スーがニカッと笑った。

それを見て何故だかカルマも表情を緩める。


「それを聞いて安心した」

「だから今は苦労知らずなルーンハイムとか言う馬鹿母さんの実娘にその恨みをぶつけるつもりダ」


「……なんだと?」

「だから、馬鹿母さんの代わりにその娘に恨みをぶつけてやるのダ!」


な?……こ、この展開はまさか……。

あーっ!カルマの額に青筋が浮き上がってるぞ!?


「皆、そろそろ戻るぞ……」

「なんでだよ親父さん!」

「ここからがいい所じゃ……」




『召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』




大地が揺れる、その破滅的な予兆にわしは一気に首吊り亭に駆け込むと、

今まで所属していた規格外な冒険者達の喧嘩に備えるべく用意された、

中心部に魔力強化された鉄の板を仕込んだドアを閉め、

一応ギリギリまでは待ってから、鍵をかける。


「え?ちょ、おやっさん!?」

「あ、竜……」

「おい!何か思い切り息を吸い込んでる……!?」


ご愁傷様じゃ。

じゃが、今はわしも店を守る事を最優先にせねばな。

これなら直撃でさえ無ければ一撃は持ちこたえよう。

感ずいて同じように飛び込んできた冒険者数名にも守りの指示を出しておく。


「窓を塞ぐんじゃ。そう、下に置いてある鉄板を内側からで良いからはめ込んで……」

「で、この金具で固定、と」

「随分厳重だと思ってたけど……何でだ?竜が近くで暴れるなんて普通想定しないぞ!?」


ははは、先代のマスターの時、ライオネルとシスターが喧嘩した時がある。

……そのときの事は思い出したくも無いがな。

それ以来マスターは頑丈な建物の構築に資金を費やしておった。

じゃが、戦争で結局あの人は死んでしもうた。

じゃから、わしはこうして更に頑強な建物を用意し身を守る準備をしておる。

それだけなんじゃよ。


「ま、まてカー……なんで怒っておるのダ!?」

「アホか!そんなの八つ当たりに過ぎないだろうが!相手が可哀想だと思わんのか!?」


……カルマよ。お前もな……。


「し、しかし部族の誇りと積年の恨みはどうすればいいのダ!?」

「忘れちまえそんなもの!」

『とりあえず吐くぞ。炎』


……。


「ぎゃああああああああっ……熱いゾォーーーーーッ!?」

「嫁防衛隊の勝利だ」

『何とも馬鹿らしい勝利だがな』


ああ、勝負が付いたようだの。

……多少祈りを込めてドアを開けると……被害は店の前が焼け焦げた程度か。

通りの逆では何件かの店、だった廃屋が竜の尻尾で砕けているが、まあ、

死人が出なかった分こちらも軽微な損害だろう。

……とりあえず、スーを部屋に運ばせるかの、女集に。


……。


そして、夜が明けた訳だが……。


「のうカルマよ。何故アレだけの目に遭って、スーはお前に擦り寄って居るのかのう?」

「さあ、正直俺にも判らん」


本気で困惑するカルマの横では、

包帯まみれなスーがニコニコとその腕にすがり付いている。

正直本気で判らんのう。


「カーは本当に強い。これはもう、スーの婿になってもらう他無いナ!」

「おいおい、俺は既婚者だぞ。娘が居るって時点で気づけよスノー」


その瞬間、スーは決意を込めた瞳で両手をぎゅっと握り締めた。

さて、何を言いだすのか……正直楽しみにすらなって来たぞい?


「関係無い!……それに、乱暴にされたのに何故か嬉しいのダ……本気で殴り飛ばして欲しいゾ」

「凄い趣味に目覚めてしまったようじゃのう……」

「……その内鞭でも欲しがる様になるとでも言うのかよガルガンさん」


「子供時代は他部族の元で小間使いのような事をしていたからナ!鞭は食らい慣れているナ!」

「ヲイヲイヲイヲイ」


「だが、鞭で叩かれたいと思ったのはカーだけだ!誇って良いゾ?」

「おかしい、それは何処かおかしいぞ!?」


ああ、もう頬まで染めてしまっておるし……。

しかも息も荒いぞ。今は早朝なんだし少しは自重して欲しいのう。

ま、無駄だとは思うが、の。


「どうするのじゃ?カルマ、ルンに知られたらただでは済まんぞ?」

「ほぉ、ルンと言うのかカルマの嫁は。だがスーの方がきっと魅力的。別れると良いゾ!?」

「いやいやいやいや、何で別れる事が前提になってるんだよ」


と言うか、ルンが自分の言っておるルーンハイムの事だと、全然気付いておらんのでは無いか?

わしとしてはそちらのほうが気になるがの。


「むう、ならばこうしよう。カーがスーの婿になるなら、復讐は諦めて愛に生きるゾ?」

「意味無ぇ!」

「確かにそうじゃの……」


「何故ダ?昔の事を何時までも引き摺る女が嫌なのではないのか、カー?」

「まあ、なんと言うか……」



何故か判らず小首を傾げるスーを横に、頭を抱えるカルマが居る。

正直、わしも頭を抱えたい気分じゃ。


「ともかく、俺は家族を大事にしたいんだ……お前を受け入れる事は出来ん」

「けちだナ。だが家族を大事にしたいというその心意気は気に入ったゾ?」


それだけ言うとスーは依頼の一覧に目を通し始めた。


「ま、今はまず仕事かナ?スーには実戦経験が不足しているのダ」

「うん。そうしてくれ。次に同じ事されたら狼になってしまいかねん」


それを口に出したらアウトじゃろ、と内心で思いつつ、

わしはスーのほうを見た。

……実戦経験と言う事は、魔物退治系を探しておるのか。

だが、最近魔物なんて全然見ないし話題にもならないのだがな……。

オークは北へ。それ以外の魔物は次々と南のほうへ消えていく。

旅の商人がこの間そんな事を言っておったのう。

さて、これはいかなる異常事態なのか?

まあ、人々は旅が安全になったと喜んでおるさ。


で……割を食ったのはわしら冒険者じゃ。

魔物の数が減って、結果仕事が激減し……飯の食い上げ状態の冒険者は今や数知れぬ状態だ。

わしの店も、集めた情報を情報屋に売って儲けの足しにしている有様。


「猫探し、手紙配達、ドブ掃除、トイレ掃除……スーの望む仕事が何処にも無いゾ!」

「仕方ないだろ?そういうご時世なのだからのう」


「むむむ。だが皇帝陛下からの命令でスーは三年以内に十分な実力を得ねばならんのダ」

「……別に無理する必要は無いんじゃないのか、スノー」


ほっ、これは大きな情報じゃ。

将軍に三年の猶予を与えると言うことは、皇帝は三年は動く気が無いということではないか。

……情報屋、このネタ幾らで買ってくれるかのう?


「いや、拾ってくれた皇帝陛下の為に、スーは頑張らねばならんのダ」

「そんなに凄いのかよ?幾ら皇帝陛下とは言え」


「皇帝陛下の下には各部族の英霊が集まっておられる。……英霊が従うとは凄い方だと思わんカ?」

「なるほど、それが支配力の根源か……」

「使徒兵……だな。カルマよ」


……ふん。あの忌々しいゾンビどもか。

思えばあの森での敗走が、わしのけちの付き初めだ。

正直使徒兵に良い思いなど持っている筈も無い。


「そして、陛下の言葉に従えばスーも死んだ後英霊として蘇る!素晴らしいとは思わんカ?」

「そのために無理をしてるのか?だがな……」

「言っても無駄じゃよ。これは……一種の宗教じゃろう」


死後の復活を謳い、過去の英雄を使役するか。

……ああ、咄嗟に口をついたがまさにこれは宗教じゃの。

これは恐ろしい。

道理であのシバレリアの蛮族を従える事が出来たものだ。

まあ、部族最強の者が長となり、それが死んだら次に強い者、と言うのが彼等の法らしい。

シバレリアの皇帝は凄まじい強さだと言うし、

側近たる宰相はかつての神聖教団大司教にして勇者クロスだと言うではないか。

……話からすると勇者マナ様も合流しておるようじゃ。

そうなると誰も逆らえなくてもおかしくないわい。


しかも、死んだ場合確かに復活し、それを現世の人間が目撃するのだ。

これは強烈だ。特に迷信を信じやすい未開の地の者どもにとってはな。

例え、それが意思を持たぬ傀儡の人形だとしても……判らんだろうな、その違いは。


しかし、とんでもない大勢力が誕生してしまったものだのう……。

この商都が無事で居られれば良いのじゃがな。


「仕方ない。もう少し良い依頼が来るのを待つ事にするゾ」

「ああそうしてくれ……俺には娘の初めてのお使いをこの目に焼き付けると言う崇高な使命がある」


そう言うと、カルマは風のように走り去った。

話からすると、村正の所に行くようだの?


ま、カルマがこうしてのんびりしてる内は安泰か。

……娘さんもここに泊まっていく予定になっておるし、

今日は腕によりをかけて料理をする事にしようかのう。

ふふ、あのおませさんの喜ぶ顔が今から楽しみじゃわい。


おっと、またお客じゃ。

また初顔のようじゃのう?

……しかし、随分顔色の悪い男じゃな。


「……すまんが今日の宿を取りたいのだが」

「む。お客さん臭いますのう?風呂は別料金になってしまいますが宜しいですかの?」


「……いや、我は風呂の代わりに香を焚くつもりだ」

「そうですか。ま、ご自由に……身なりから言えば風呂代は楽に出せそうですがのう?」


ふう、と少し寂しそうに男がため息をついた。

なんと言うか、哀愁漂っておるのう。

……もう、詮索になりそうなことは止しておくかの。

きっと、元はそれなりの身分あるお方だったのだろうし……。


「そうであるな。しかし我の体質的に風呂は危険なのだ。気持ちだけ受け取っておく」

「そうですか……ではこれは部屋の鍵ですじゃ。この街へは観光ですかの?」


中々高級そうな衣服に身を包んだその男は首を振る。

……はて、何処かで見た事が有るような?


「いや。現在の主君の護衛である。まあ、一流ホテルでの我は、匂いのせいで門前払いだったが」

「……主君、一流ホテル……ああ、もしや西マナリアのお方ですかの」


確か、何か大事な交渉ごとを纏める為にロンバルティア19世御自らが出向いて来ているとか。

この間村正からそんな事を聞いた気がするの。


「そうだ。ティア姫、いやロンバルティア19世陛下御自ら出向いて資金調達の交渉だ」

「辛い所ですな」

「ははは。シバレリアには金など無いから資金調達などする必要すらないゾ!」


こらこら、スーよ。

真面目な話だから茶々を入れないで欲しいのじゃが。


「そうであるか。まあ、我としては正直どちらでも良いのだ」

「ほぉ?」


「所詮は一度死んだ身の上である……未練もそう多くは無い」

「人生諦めるのは早いゾ、生きてさえ居ればきっと良い事があると馬鹿母さんが言ってたのダ」


「…………そうであるな」

「そうだゾ」

「あわわわわわ、です」


おや、アリシアか。

何時の間に来ておったのだ?

それにしても顔色が悪いぞ。

……大丈夫かのう?


続く



[6980] 60
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/24 11:10
幻想立志転生伝

60


≪side ガルガン≫

カルマとスーが騒ぎ、よく判らん匂う貴人が店に現れたその翌日。

……何か朝から街が騒がしいのに気付く。


「……あたまいたい、です」


そして早朝の人気の無い店内の隅でアリシアが一人頭を抱えておった。

やれやれ、またろくでもない予感がするわい。


「おはようさん。朝が早いのう」

「あ、おはよう、です」


「……で、どうかしたのかの?朝っぱらから頭など抱えて」

「いま、だいせいどう、から、はーちゃんが、こっち、むかってる、です」


大聖堂?はーちゃん?

ふむ。カルマの娘か……で、それがどうしたのか?


「おばかが、へいたいさん、つれてきてる、です……」

「別におかしくないじゃろう?一国のお姫様なんだしの」


む、暗くなった。こう、背負う影が濃くなった感覚と言うかな?

……どうしたというんじゃろう。


「……ごうりゅうさせた、へいたいさんの、しゅぞくが、だいもんだい、です……」

「どう問題なのであるか?アリシアよ」


なんじゃそれは、と思ったとき……上から誰かが降りてきた。

階段を軋ませ降りて来たのは、件の紳士じゃ。

それを見てアリシアがひょこっとお辞儀をする。

ふむ?知り合いなのかの?

昨日も顔を見て驚いておったしな。


「ルーンハイムのおじちゃん、おひさしぶり、です」

「うむ……元気そうで何よりである」

「ルーンハイムじゃと?」


「はいです。ルンねえちゃの、おとうさん、です」

「まてまて。ルンの父親は一年以上前に亡くなった筈じゃ!?」

「ああそうだ。我は死んだ……だと言うのにまだ存在している……」


その言葉にわしは気付いた。気付かされてしもうた。


「まさか……アンデット!?いや、使徒兵ですかの……?」

「そうだ。どう言う訳か自我は残っているが、我が心臓は既に鼓動しておらぬ」


なんと言うことだ。

そうなるとわしの目の前に居るこの方はかつてのルーンハイム公爵その人ではないか!

そして必然的にカルマとスーの義父であり、

今こちらに向かっているカルマの娘からすると祖父と言う事になる。

驚いた……とんでもない大物じゃ……。


「して、兵の種族が問題とか言って居たが、連れてきた兵は一体何なのだ?」

「……すぐわかる、です。ついでにたぶん、とんでもない、しつげん、するにちがいない、です」

「失言すると判っていて、周りは誰も止めんのかのう?」


む。今度は遠い目になったぞ!?

大丈夫なのかの?

この子は以前から異常なほどに良く働く娘だったが……。


「とめても、むだ。です……そうだ。せめて、すこしでもあんぜん、かくほするです」


それだけ言うとアリシアは"あとしまつ、です"とか言いながら店を出て行ったのじゃ。

ああ、きっとまた禄でも無い事になるに違いないの……。


「大変だぜ親父さん!」

「コテツか?どうかしたかの」


続いて飛び込んできたのはコテツ。現在うちで一番の冒険者じゃ。

……とは言っても戦闘だけBランクで総合は未だDランク。

かつてと比べればお粗末としか言いようが無いがの。


「百匹を超えるコボルトの群れがこの商都に向かってるって話だ」

「なんじゃ。別に百匹程度のコボルトで何を騒いでおる?その数じゃ商都の城壁は抜けんわい」


「……だけどよ。その集団の中にオーガが居るとしたらどうだ?」

「何じゃと!?オーガがコボルトを率いているじゃと!?」


有り得ん。

何をどうしたらそんな事になるのじゃ?


「しかも、そのコボルトは揃いの鎧兜で武装してるらしい。大仕事の匂いがしないか親父さん?」

「……コボルトが、揃いの装備で行進……まるで軍隊ではないか」

「そうであるな。武装した魔物の軍隊か。30年前を思い出すのである」


……魔王軍、か。

とは言え、武装したとは言え高々コボルト百匹。

まあ、気をつけていさえいればそうそう遅れを取る事は……。


「それどころかオーガに至っては巨大な鋼の胸鎧を纏い、鉄兜を被ってデカイ金棒を持ってるとか」

「武装したオーガとか、有り得んぞそれは。何かの間違いではないのか!?」

「……確かに。我もそんな存在を聞くのは初めてであるな。何せあの巨体。鎧も特注だろうに」


「それが本当らしいぜ。街に来て初めての大仕事って訳だ。他の宿の連中も騒ぎ出してるぞ」

「……何と言うことじゃ……ん?待てよ……」

「どうかしたか?」


はて、なんじゃろう。この感覚。

焦るアリシア、迫る魔物の群れ。

そして、兵の種族が問題だという言葉……。


「……もしかして、それ、カルマの娘の連れでは無いのか?」

「なん、だと……!?」

「はぁ?アイツの、竜殺しの娘が何で魔物の群れなんぞ率いてるんだよ」


いや、リンカーネイト……レキ大公国では普通にコボルトが一般市民として暮らしていると、

知り合いの商人から聞いた事があるのじゃ。

そうなると、お姫様の軍隊ごっこに犬どもが駆り出されていてもおかしくないの。

……そうなると。


「いかん。ギルドに至急連絡じゃ!」

「どうしたんだよ親父さん!?」


既にルーンハイム公の姿は店内から消えていた。

ああ、流石に現状の様々な意味での拙さを感じ取ったか。


「このままでは……また戦争になるぞ!?」

「ええ!?俺、人間相手の殺し合いはまだちょっと……」


そりゃそうじゃ。

腕っ節があって殺しに躊躇しないなら軍隊に入ったほうが高待遇。

そうなると残りは……たかが知れておるよな?

……まあ、中にはただ単に軍隊の規律の中では生きられないアウトローもおるがの。

そういう輩は何かしらのデカイ失敗をして遅かれ早かれ居なくなるもんじゃが。


まあ、冒険者と言う職が廃れる訳じゃな。

ともかく急いで向かわねば。

アリシアが動いておるとは思うが、一応確認にな。


……。


走るにはちと多めの人手を掻き分けつつ、わし等はようやくギルドに辿り付いた。

最近ようやく活動を再開した冒険者ギルドの前には多数の冒険者や情報屋、

商人たちから野次馬に至るまで多種多様な人々が集まって、

凄まじい熱気を放っておった。


「おい、とんでもない数の魔物の群れがこっちに迫ってるってよ!」

「でも……どう言う訳か軍は動く気配が無いらしい」

「危害を加えてくるか判らんってか?はっ、面倒なだけだろ?」

「だから、町内会とかが独自に賞金をかけようとギルドに駆け込んだみたいなんだが……」


ふむ、商都軍が動いておらんとなると、益々カルマの娘の可能性が高いの。

……じゃが、市民が勝手に仕事を依頼するのを止める事は出来なかろうな。

だが、その流れは阻止せねばならん。

万一カルマの娘に何かあった日にはもう……。


「わしはドラゴン相手に戦える人間がこの街に残ってるとはとても思えんのじゃが」

「え?ドラゴン?親父さん……それどう言う事だ?」


……あの馬鹿親が、娘を害されて切れない訳が無いからに決まっておるからじゃ。

だがコテツの問いはあえて無視しておく。

何せ、こやつらから見れば千載一遇のチャンスでもあるからの。

煽り出す輩も出てこないとは限らん。


「よおコテツ。何か大仕事が舞い込んできそうだな」

「おおよ。がっつり倒してがっぽり儲けようぜ!」

「けっ。お前らの場合は溜まってるツケを返すほうが先じゃないのか、あん?」


ふう。こ奴を連れて来たのは失敗だったかも知れんな。

コテツよ。お前は聞いておったでは無いか、アレはカルマの娘の連れだと。

……アレだけボコボコにされて、カルマをまだ舐めて居るのかの?


あの時はあの子竜が動いてくれたから良かったような物だの。

もし万一カルマ自身に敵対されたら、何をされるか判らんのだぞ……!?


「おい!張り紙が!」

「へぇ……これは中々……」

「コボルト一匹銀貨一枚、ね」

「もしオーガを退治できたら金貨10枚だってよ!」


くっ、遅かったか!

貼り出された張り紙は、やはり迫るコボルトの群れに対する討伐じゃった。

……周囲は色めきたっておるな。

それもまた仕方ない。

最近では本当に久しぶりの討伐依頼、それも魔物相手の、なのじゃからな。

盗賊退治よりも良心の呵責は覚えず、それに中々報酬も悪く無い。

そしてそれより何より街を守ると言うのは冒険者として血沸き肉踊る冒険譚じゃ。

ああ、どう考えても誰も断る余地が無い!


……そして、誰もが我先にとその依頼に飛びつこうとしたその時、


「おい、新しい張り紙だ!」

「今度は何だ!?」

「……え?」


周囲に冷や水が浴びせかけられた。


「なんだこれ?"動物的な物愛護協会"って聞いたこと無いぞ」

「……つーかさ。この金額本気なのか?」

「ギルドを通しての依頼だし……本気じゃないか?」


ふふふ……アリシアの奴もやるもんだの。

……二枚目の張り紙の内容は、先ほどの依頼と相反する物じゃった。

無害な動物の群れを襲う悪者達からいたいけな動物たちを守ってくれ……とはお笑いじゃの。

何せ連中は武装しておるしの。

じゃが……そこに書かれている内容が問題なのじゃ。

簡単に言えば、襲っている暴漢から一匹護る度に銀貨10枚。

しかも期限は本日限り。

要するにあのコボルトの群れに対する、と言っても過言では無い依頼じゃ。


「……でもよ。護るって……具体的にはどうするんだよ」

「そうだな。何か穴のある書き方だよな」


ま、仕方あるまい?

何せ緊急で作った依頼文なんじゃろうし。

ほれ、その証拠にギルドの隅っこでアリシア達が"はふー"とか言いながらお茶など飲んでおるよ。

ま……今ここにこんな張り紙が出た以上、誰も迂闊に動けんじゃろうし……。


「なあ。お前さっきあの依頼請けるって言ってたよな……」

「ああ。でも次の依頼を見ると止めて置いた方が良いかもな。後ろから刺され……ぐはっ!」

「な、なにをするきさまらーっ!」


なんじゃ?


「へ、へへ……ひいふうみい……30回護るから銀貨300枚か?これで借金が返せる!」

「な!?何を言ってやがる貴様、ぎゃああああっ!?」

「あ、成る程……ここの連中はコボルトを殺しに行くもんな……ひいふう、凄いぞこ、ぐはっ!」

「お前も同じ穴の狢だろうがよ!へっ、酒だ……酒が歩いてやがる!」


なにが、おこっておるのじゃ?

何でギルドの目の前で大規模な殺し合いが起きねばならん!?


「おじちゃん!」

「はっ!?あ、アリシアか!?」


「な、なにか、えらいこと、なった、です!」

「あ、ああ……そうじゃの」

「そんなことより早く逃げようぜ親父さん!?連中、俺達の事も狙ってるぞ!」


判ったと叫び惨劇の場から逃げ出す。


「冗談じゃねぇ!軍の警備隊が集まってくるぞ……」

「兎も角走るのじゃ……野次馬に紛れて逃げ切らんと!」

「なんで?なんでこんな!?です!」


知らんよ!

むしろわしのほうが聞きたいわい。

お、警備隊じゃ!


「静まるで御座る!彼の犬人の群れはリンカーネイトからの使者!敵では無いで御座る!」

「静まれ!騒ぎを大きくする者は斬る!」

「彼等に危害を加えてはならない。繰り返す、彼等に危害を加えてはならない……!」

「彼等の来訪は予定された物である!彼等の来訪は予定された物である!」


遅いわ村正!

……もう、あの狂気はそうそう簡単に止まらんよ……。



……。


≪side カルマ≫


「なあ村正……俺は確か使者として魔物の群れを寄越すと最初からそう言ってたよな?」

「ううう。確かにその通り。1か月程前の書状の時点でそう言う事になってたで御座る」


ハイムのお使いはただお祝いを個人的に渡すだけの物だ。

だが、それとは別に俺はコボルトの使節団を商都に派遣していた。

……目的?

まあ、うちは魔物とも仲良くやってますよと言う一種のメッセージを発する為だ。

ここまで大きくなってはこっそり共存と言う訳にも行くまい?

何せ、傍から見てれば邪教の王国にしか見えんだろうしな。

……そんな訳で余計な軋轢が生まれる前に一つ手を打つつもりだった訳だ。


いや、実は娘と犬の群れの揃ったパレードが見てみたかったと言う事もあるんだけど。

何せ日時は一緒だ。途中で合流してくれる可能性は大いにありえるだろう?


「俺はそれに関して国内に徹底させてくれてると思ってたんだけど……言葉が足りなかったか?」

「いや、十分に理解していたで御座る……各方面への根回しもしてたで御座るよ?」


「じゃあ何でこんな事に?」

「……判らんで御座る。犬の使節団の話は新聞にも載ってたぐらいだから皆知ってる筈で御座るが」


「え?じゃあ政府は?」

「え?皆知ってるなら無駄に知らしめる必要は無いで御座ろう?皆却って混乱するで御座る」


駄目じゃん!

一番動揺する層にしっかり説明しておかないと!


……あのコボルト達にはチョコチョコとした歩き方を習得させている。

見た目は直立歩行する柴犬だ。

可愛らしいおもちゃの兵隊の行進により、一般人の恐怖を取り除くのが目的だったんだが……。

因みにオーガの奴はハイムから予め借りていた。

まあ、お神輿の変わりだな。笑顔でムキムキのポーズを決めさせたまま、

足の指だけで移動させると言う爆笑ネタで笑わせるつもりだったんだ。

キモイと言われようが恐怖心さえ和らげばこっちのもんだ、そう考えていた。

けど結果は見ての通り。


どうするよ!

街が大混乱なんだけど!?

と言うかアリス達は何であんな依頼を?

何もしなければ全部商都軍がやってくれる段取りだった筈だろうに!


「くっ!止むをえん。抜刀を許可するで御座る!」

「「「「サーイエッサー!」」」」


ちょ!村正ナニイッテルノ!?

あーっ!連中追い詰められて窮鼠モード入ってるぞこれ!


「ええい!商都の平和を乱す者は断じて許さぬ!」

「相手は所詮冒険者……所詮は世の中のはみ出し者だ、容赦は無用!」

「斬れ斬れ、切捨てぃ!」


「くそっ!もう少しだ!後三人で借金が返せるのに……!」

「た、助け、ぐはっ!」

「駄目だ!警備連中襲ってるほうと襲われてるほうの区別が付いてないぞ!?」

「畜生ーーーーっ!こうなったらヤケクソだああああああっ!」


いやいやいやいや!

おーい、誰でもいいから少しは自重しろよ!?


……。


≪side ハイム≫


「何やら街の方が騒がしいな……わらわの来訪を歓迎しておるのか?」

「……ちがう、です」

「ど、どうしようであります!」

「「「「「コケー」」」」」


現在わらわ達は商都に向けて進んでおる。

近くまで来たので地下から出て、予め先行させていたハイラル達と合流。

……近くをリンカーネイトの旗を持ったコボルトの群れが歩いておったので、

ついでにそっちの連中とも合流した。


「父はわらわの他にも使者を出しておったのか?」

「わんわん!」


「そうか。お前らは正式な使者か……使節殿、大役上手く果たせるよう祈っておるぞ」

「わふ」


もふもふする頭を撫でてやるとコボルトリーダーはうれしそうにはっはっ、と息をした。

うむ。癒される。

……さて、しかしこうやって正規の使者と合流したとなると……わらわ達の立場が下か。

所詮は個人的な手紙を届けるだけだしな。


「うむ。では魔王と名乗りを上げるのはよしておこう」

「やっぱり、やるつもりだった、です」

「絶対城門の前で"魔王ハインフォーティンである!開門!"とかやると思ってたであります……」


うむ。当然じゃろう。

わらわの復活、何らかの形で世に知らしめたいと思ってはいかんのだろうか。

だが、いかんとしても、一度くらいは名乗りを上げておきたい。

だとしたら子供の冗談で済む内が良いなと思ったのだが?

まあ、ともかく今回は正規の使者に迷惑がかかるから止しておく。


「名乗りを上げる際の乗り物としてハイラル達を召集したが……仕方ないな」

「そのせいで、えらいこと、なったです!」

「まさか一晩でここまで飛んでくるなんて想定外の飛行速度であります!」


「なんだと?」

「ハイラルたちのことまでは、村正に、しゃべってなかった、です」

「だから襲われない様にと依頼を出したら……えらい事になったであります!」


何を言っておるのだ。

こやつらは何処からどう見ても丸々太った大きなニワトリではないか。


「……はーちゃん。たぶん、わかってないです……」

「何がだ?教えてたもれ?」


ぽふぽふと、わらわを乗せて歩くハイラルの頭を叩きながら聞いてみる。


「判らないで有りますか?」

「うむ。何か不都合でもあるのか?別に人間はニワトリを魔物扱いしておらんだろうに」


考えても判らんのでハイラルの背中で仰向けになった。

ぐぐーっと伸びをする……爽やかな朝日がまぶしい。

一体こやつらの何が問題だというのか?


……くちばしに麻痺毒を持たせるためにサソリの尻尾を食わせまくってる事か?

尻からのジェット噴射で成層圏まで到達できる事か?

足の爪が虎を殺せるレベルに至っている事か?

それとも一ヶ月あれば成体となる上、メスは一日に数百個の卵を産むことか?

ああ、もしかして毒を持たせようとした副作用で肉の一部が毒を持ち、

そして文字通り死ぬほど美味い事か?

……因みに、卵に毒は無いからそれは安心だ。


だがそもそもそれらは黙っていれば判らん類の事。

見た目は何処までも普通のニワトリだぞ?


「……でかすぎ、です」

「ポニーに匹敵する大きさのニワトリなんか居る訳無いのでありますよ!」


……なるほど。それは盲点。

馬を数百頭も連れ歩いていればそれは不気味がられるか。

クイーンの分身たちがあきれ返るのも当然だ。


「で、それがどう問題なのか?わらわには判らん、教えてたもれ」

「……ぼうどう、おきた、です」


「なぬ?」

「ハイラルたちが襲われない様にと依頼を出したら、大暴動に発展したのであります!」


……訳が、判らんな。

何をどうやったらそんな事になる?


「みんなには、きっちり、せつめいしてたです。けど、げんぶつ、みたら、びっくらされた、です」

「使節団を普通のと勘違いされないようきっちりとした格好させたのが間違いでありました」


はあ。そう言う事か。

話半分と現実は違うと言う事だな。

うん、どんなに可愛らしく振舞ったとて人にとって所詮魔物は魔物と言う事か。


「要は、コボルトの魔物としての脅威度を見誤ったか?確かに弱い魔物とは言え一般人には脅威」

「そうです。でも、それだけなら、村正が、たいおう、してくれてる、です」

「コケトリスは想定外。対応をしたのでありますが、冒険者が過剰反応してるであります」


その後身振り手振りを交えたクイーンの分身達の説明が続く。

……成る程、ハイラル達を護る為の破格の報酬に目が眩んだ阿呆が、

コボルト達へ攻撃しようとした連中を獲物としてその場で暴れだしたと。

で、それを鎮圧すべく動き出した商都軍との間で戦闘開始。

挙句にまだ暴徒化しておらぬ冒険者まで巻き添え&暴徒化というオチか。


「それ……わらわが悪いのか?」

「わかんない、です。でも、こちらのかきかたも、わるかった、です」

「時間が無かったし、手続き時間もかかる。文面の不備は仕方ないであります。ただ」


うむ。どちらにせよこのまま進むのは危険かも知れんな。

だが、刻限に間に合わぬのもまた危険か。

普通なら、ここでどうするか誰か教えてたもれ状態なのだろうが……。


「ま、良い。先に進むぞ」

「え?だいじょうぶ、です?」


「……話からすれば、父が居るのだろ?なら、問題など無い」

「ばれた、です」

「あーあ、折角こっそり見守るんだって勢い込んでたでありますが……まあ仕方ないであります」


そういう事だ。

何かあっても父が居るならまあ安心だろう。

我ながら大分甘えが出てきた気もするが、どうせ向こうが子ども扱いしかしないのだ。

精々子供らしく我が侭に生きさせてたもれ、だ。


「……と言う訳で、到着だ。門が見えてきたぞ!」

「これで、ゆみや、いかけられたら、どうする、です?」

「さあ?でもその時はトレイディアが灰塵に帰す気もするであります」


笑えんな。まあ良い。

……コボルトの群れから一匹が走り出て行く。

そして、城門前でリンカーネイト国旗を振った。

さて、どうなる事か……。


「よし、開けーっ」

「い、良いんですか!?」


「いいんじゃないか……つーか見ろよあれ」

「あ、カルマ」


うむ。剣が血で濡れている所を含めて間違いなく父だな。

いつの間にか背後に立たれている気分、門番どもの心境いかばかりか?


「目が三白眼だしな……」

「開けろーっ!急げーッ!消されるぞーっ!?」


……あ、開いた。

と言うか父よ。どれだけ恐れられておるのだ!?


「父ーっ!それでもありがたいぞー。助かったー」

「あ、いや、俺はカルマなんかではなくただの通りすがりの竜だ。じゃあそういう事で」


……は?


「……かたるにおちた、です」

「せめて、変装くらいするでありますよにいちゃ……」


あ、跳んで逃げた。

……まあよい。見ているなら丁度良い。

わらわの勇姿、しかと見届けてたもれよ?


……。


さて、チョコチョコ歩く犬の兵隊どもを連れてわらわは商都の大通りを行く。

目的地は同じくトレイディア大公館。故に一緒に進んで居るのだが……。


「……なあコボルト」

「わう?」


ちょいと指差したその方向では……。


「フグォオオオオッ!」


「なにあれ……」

「ぷっ」


……オーガよ。何故お前は筋肉を誇示したポーズを崩さぬまま、

足の指先だけで歩くと言う苦行を続けておるのだ?

しかも笑顔で。

多分人間には表情の判別など付かぬと思うのだが……。


「わふ。わふ」

「……父の命だと?何を考えておるのか……」


「何あの子、可愛いくない?」

「ニワトリに乗ってる子?」

「うわ、犬と喋ってるのかな、かーわいいー♪」


……む、何か知らんが注目されておる!

ここは凛々しい所を印象付けねば!

きりっ!


「あ、こっち見た!」

「背筋一生懸命伸ばしてるよ」

「くすくすくす。ほんとかーわいいー♪」


……なんだろう、この理不尽さ。

まあ、生まれ変わってからこっち理不尽な事ばかりだがな。

ただ、クイーンの分身たちよ。街に入ると共に逃げたのはこのせいか?

だとしたら許せんのだが。


「しかし……まるで見世物だな」

「わふ!」


「うん。お前たちはそうなのだろうがな……合流するんじゃなかったか?」

「……くぅーーーん」


「泣くなーっ!判った、悪かったからそんな悲しそうな目でこちらを見ないでたもれーっ!?」

「わふん」


鳴いたカラスがもう笑う、か。

とほほほほほほ。

まあよい。もうじき目的地だ。


「ルーンハイム14世、父の名代にてトレイディア大公に対し贈り物を持参した!開門!」

「わおーーーーん!」


わらわが声を上げる横でコボルトリーダーが大きく旗を振る。

そして、大公館の扉が開いたのだ。


「じゃ、言ってくるぞ」

「コケ!」


その場でお座りをするコボルト99匹とコケトリス達。

それらをそこに置いてわらわは館へと足を踏み入れた。

……後、父よ。

徹底的な隠れ身お疲れだが、わらわの場合……父の居所は大体把握できる。

故に隠れるだけ無駄だぞ?


あ、天井に小さい穴。


……。


「ようこそ。コジュー=ロウ=カタ=クウラ大公で御座る」

「あー……大公殿下へはご機嫌宜しゅう。本日は父より祝いの品を預かって参りました」


応接間に通されたわらわを待っていたのは、砥石で刀を研ぐ村正だった。

コボルトは今頃親善大使としてその役割を果たしている筈だ。

それにしても……まったく、そちらが無礼をしてどうするのだ。

わらわはこの日の為だと母から礼儀作法を詰め込まれたのだぞ!?

それを無駄だと思わせないでたもれよ……。


う、思い出したら少し泣きたくなった。

ええい、考えるなわらわよ!

母に抗う事の危険性など……最初から判りきっていた事だろうに!


「無礼を許されよ。でも刃が少し欠けてしまって急いで処置せねば危険なので御座るよ」

「仮にも妖刀だろうが」


「……カルマ殿の剣と違って材質は普通で御座るからな。あ、それと村正で良いで御座るよ」

「場合によっては折れる可能性もあるのか……」


稀代の名刀だが脆いのか。

それは手入れに難儀するだろう。

万一の際はもう帰って来ない訳だしな!


「以前カルマ殿を襲って返り討ちに遭った時は洞窟の底に投げ落とされたりもしたで御座るよ……」

「あの父を敵に回したのか。それも複数回。……よく生きておったな」


基本的に父は敵を生かしておく人ではない。

例外は余程気に入ってるか、文字通り殺しそこなったか……。


「…………全くで御座る。拙者悪運だけはあるようで御座る」

「そうか。悪運しかないのか」


あ、沈んだ。

口からエクトプラズムも出てるしこれはヤバイかも知れんな。

……お、クイーンの分身か。ああ、祝いの品を取りに行ってたのか。


「おいわい、もってきた、です……村正ーーーっ!?」

「あ、沈んでるでありますね」

「そうで御座るな……まともな運なんか拙者には……」


その瞬間いきなり首根っこを誰か……一応"誰か"に掴まれて頭にバケツを被せられる。

そして。


「村正……(心の)傷は浅いぞしっかりしろーーーーっ!?」

「カルマ殿、ふふ、燃えたで御座る。真っ白に燃え尽きたで御座るよ……」


……えーと、これは。


「はーちゃん。もうすこし、かぶってる、です」

「うむ。多分そのほうが良さそうだな」


被せられたバケツを軽く叩く。

コツコツと音がした。

……ただそれだけだがな。


「一国の主の癖にヘタれてるくらいで何だ!人の価値はそんなもんでは決まらん!」

「……かはっ!」


「ち、はいた、です!?」

「にいちゃ!?トドメ刺しちゃ駄目でありますよ!?」


「ぐ……すまん村正……えーと、えーとお前だって、えーと……」

「ほめるとこ、みつからない、です?」

「無いでありますね」


…………ばたっ。

えーと、この擬音は?


……。


おーい、なんで全員黙って居るのだ?

……バケツ、もう取って良いか?


「……だめです」

「はーちゃん、こっち来るでありますよ」

「え?なんでバケツを押さえる!?なんで部屋から連れ出されるのだ!?」


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』
『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力!』



ちょっと待てええええええええっ!?

い、今部屋の中はどんな状態になっておるのだ!?


「ちょっと待て!村正はどうなったのだ!?教えてたもれ!」

「だめ、です」

「考えるな、感じろであります!」


いや、感じ取りたくないぞ?

どうせろくな状態じゃ……おい、何処まで連れ出すつもりだ!?


「とりあえず、はじめてのおつかい、だいせいこう、です」

「いやあ、良かったでありますね!」

「良いわけ無いだろうが!?」


棒読みなのは何でだ!?

もしやわらわに見せられない状態なのか!?


「……おこづかい、きっと、いっぱい、です」

「……ふむ……えーと。ならまあ良いか」

「現実逃避でありますね?多分大正解であります」


……こうして、わらわの初めてのお使いは見事大成功(?)に終わったのである。

色々問題もあった気がするがな。

そしてその日の晩、飯をかっ食らうわらわ達を父が尋ねてきたのだ。


……。


≪side カルマ≫

いやあ、一時はどうなるかと思ったが、

村正のダメージは精神的なもので命に別状が無くて良かったよ。


痙攣するわ泡吹くわ……。

挙句に白目を剥いてぶっ倒れたのでとりあえず人を呼んで介抱しておいた。


ただ、俺たちの面会の後にはティア姫との交渉もあったそうで、

瀕死の状況で臨んだ会談の結果が心配で仕方ない。


……これで大損してたら何らかの形で被害を補填しておいてやらないと拙いよなぁ。


まあ、それは後だ。

まだ結果も出てないし、とりあえずハイムを褒めてやらねば。

……何だかんだでアイツは頑張ってたみたいだしな。


そう思って首吊り亭にやってくると、ハイムは芋の煮っ転がしをモグモグとやっていた。

うん、まるでリスのようにほっぺたを膨らませてるな、可愛いぞハイム。


「よぉし、よく頑張ったなハイム」

「うん?……父か。とりあえず頑張ったぞ。で、何で隠れて付いて来ていた?」


「……知らんなぁ」

「バレバレだが……まあいい。ともかく頑張ったのだから小遣いを寄越せ」


両手を突き出してクレクレポーズ。

まあ、よく頑張ったのは事実なので金貨袋をその上に乗せてやる。


「ふう、これで弓隊に訓練用の矢を用意してやれるぞ」

「……お前みたいな小遣いの使い方する子供は前代未聞だろうな」


「まあ、魔王だし。それぐらい当たり前だと思ってたもれ?」

「なんじゃ、カルマの娘よ。お主まだ魔王ごっこなんぞ続けておったのか?」


あ、ぷぅとハイムのほっぺが膨らんだ。

今度は空気入りか。


「わらわは本物の魔王だ!勘違いしないでたもれ!」

「ははは、こりゃ済まんわい」

「いやいやガルガンさん。コイツは本当にまおーなんだぞ、な?」


「うむ!わらわこそ魔王ハインフォーティンなり!」

「ぎゃははは!おチビちゃん、本当に魔王なら早く世界滅ぼせよ。退治してやらぁ」


「ふん、別にそんな事する必要はもう無い。と言うかわらわの仕事は父に全部盗られておる!」

「ぷぷぷ。ニセ魔王様ご苦労さん」


「ニセではないわ!父、こ奴殴り倒してたもれ!?」

「え!?冗談じゃない。竜殺し相手に喧嘩!?なあカルマさんよ、まさかそんな大人気ない対応は」

「ないない。遊んでやってくれて有難うな、新人さんよ」


しかし……マジ話だなんて、言えないよなぁ……。


「してカルマよ……今後はどうするつもりじゃ?何時帰るかの?」

「うーん。実はちょっと情報が入ったんでな。息子のプレゼントの為にちょっと潜りたい洞窟が」

「む?父よ、この辺の洞窟は全て荒らされた後ではないか?」


いや、確かにその通りだが……まあ、物は考えようなのさ。


「廃鉱山?ああ、確か鉱石はほぼ掘りつくされた上、厄介な魔物が住み着いて廃鉱になったの」

「そんな所に宝があるのか父よ?まあ、アリサ辺りの情報だろうし何かあるのだろうがな」


そう、結界山脈にある廃鉱山だ。

小規模でほぼ掘り尽くされた上、厄介な魔物が住み着いたため廃鉱になっている。


「ああ、確実にある。ただし問題もあるがな」

「厄介な魔物、と言う問題かの」

「何が住み着いておるのだ?教えてたもれ」


「ハイム……シェルタースラッグって魔物は知ってるか?」

「うむ。丁度人の頭くらいの大きさで異常に固い殻を持つナメクジ……と言うかカタツムリだ」

「溶解液でこちらの装備を溶かしてくる厄介な魔物じゃな。まあ洞窟外に出て来る事は無いがの」


そう。で、そいつがその廃鉱山に住み着いていると言う話があるんだ。

その殻は大抵の魔力は弾き返す上、無茶苦茶に固くて並みの武器では歯が立たない。

しかもガルガンさんの言うとおり溶解液で装備を溶かしてくる始末だ。

弱点は熱と炎だが、それもある程度なら自らの溶解液で消火してしまうとも言われている。

まあ、テリトリー内部に侵入さえしなければ無害なもんだ。

そんな訳で周辺への被害もあるわけが無く、廃鉱は文字通り捨て置かれた訳だな。


「と言う訳でハイム」

「無理だ。知性の無い者を従える事などできん。かつての戦でも直卒はそれ程多くは無かったのだ」

「ほとんどの、まものは、ただ、いきおいに、びんじょうしただけ、です」

「強いから魔物の間で尊敬はされてる。ま、あくまで魔法の王、魔物の王では無いであります」


そうか……従えられるなら楽なもんだったんだがな。

まあ仕方ない。ならば事前の策を考えるまでだ。


とりあえず、酒を一杯と晩飯を注文する。

娘と妹に半分くらい強奪されながらも食事を続けていると、横から声がかかった。


「よぉ。竜の信徒の敵」

「ん?ああ、確かコテツだっけか?」


何時ぞやの、戦闘のみBランク冒険者だ。

昼の乱闘から何とか逃れたようだな。


「……さっきの話、本当か?」

「なにがだ?」


「とぼけるなよ。なあ、廃鉱山にお宝があるって本当か?」

「ああ……ま、手に入れるのは非常に困難だし、見ても価値の判らない奴が殆どだろうがな」


……僅かに酒場内の喧騒が収まった気がする。

その中でコテツはごくりと喉を鳴らしながら口を開いた。


「……冗談だろ?」

「本気だが……止めとけよ。シェルタースラッグは守りに入ったらオーガでも勝つのは難しい」

「ぶき、とかされる、です」

「まあ、にいちゃのスティールソードなら絶対不壊でありますから問題無しでありますがね」


ちっ、と舌打ちしてコテツは自らのテーブルに戻って行った。

そして代わりに。


「カー!宝探しか?スーも連れて行くのダ!」

「だが断る」


「うん。良い仕事探してボーっと待ってるよりずっと建設的だナ!」

「人の話を聞けよ」


「馬鹿母さんが言っていた。人の話を聞いていたら自分の話が出来ないって」

「……マナさん……」


あー。頭痛い。

あの人何教え込んでるんだよ全く。

……あれ?そう言えばルンに人の話を聞かない所って……。

まあいい。

地中から蟻達に攻め込ませるのが一番楽だが、俺もたまには息抜きの冒険がしたい。

この休暇が終わったら暫く休みなんか取れそうも無いし、

ここぞとばかりに行かせて貰うさ!


「まあ、なら付いてきても良いぞ?ただしお宝は譲れん……ああ、複数個手に入ったら話は別か」

「そうか。なら付いて行く事にするゾ!」

「おいおいスー。金にならないどころか装備を失う可能性が高いんじゃぞ?金は持つのか?」


そう言えばそうだな。

シバレリアには金と言う概念が無いとか言ってなかったかスノーの奴。


「全部ツケにするから大丈夫ダ」

「それ、全然大丈夫じゃない!」

「言っておくがツケとはいずれ返さねばならんものじゃぞ?」


その反応に対しスノーは胸を張ってこう言った。


「いずれマナリアはスーの国になると皇帝陛下は言っていたのダ。その時に返すゾ!」

「……森に帰れ」

「うちの店ではツケにはせんからの……他所でやってくれよスー」

「底抜けに金銭感覚の無い女だな、わらわには理解できん。親兄弟の顔が見てみたいものだ」


……何人かは知ってるんだなハイムよ。

と言うか、お前の叔母だ。


「む、もしやそこの小さいのはカーの娘のハーか?」

「ハイムだ。何者だお前は?」


「うん!ハーの新しい母さんだ!」

「勝手に決めるなスノー!」

「……ぽかーん」


驚きの余り芋を噛まないまま飲み込んでしまって七転八倒するハイム。

それを蟻ん娘どもが介抱する中、俺はまた頭を抱える羽目に陥っていた。


「なあ、本気なのかよ……言っておくが俺は今の家庭をぶち壊す気は無いぞ?」

「スーは本気だ。スーはいずれマナリアの王様になるのダ。悪い話ではないと思うゾ?」


「のうスーよ。お前……今口説いてる相手が誰だか判っておるのかの?」

「カーだ。それ以上でもそれ以下でもないゾ」

「……なにひとつ、わかってない、です」

「無知は罪悪でありますね……」


気が付くと周囲の視線を独り占めするカウンター周辺。

うわぁ、恥ずかしいぞこれは……。


「ほぉ。貴様が噂の簒奪者か。リチャードめが困惑しておったが……ふん、この程度の頭に花畑のあるような娘だったか。マナを誑かしたそうだが余がここに居る限りこれ以上の狼藉は許さんぞ?リンカーネイトの王をも誑かしあわよくばそのまま手に入れようとは何とも、大した雌狐だな?言っておくがリチャードと違い余は正式に即位した唯一無二のマナリア王、ロンバルティア19世である。余の目が黒いうちは貴様等のような北の蛮族どもに好きにさせることは無い。それにしてもアクセリオンめ、余の最も信頼していたロストウィンディ最後の一人だと言うのにとんでもない裏切りだな、まあ所詮は継承権も無い傍流か……だが、許せるものではないがな。まあいい、所詮は余も同じ穴の狢なのかも知れんからな?」

「……長すぎて理解できないゾ?」


……最悪のタイミングで最悪のお方が来たーーーーッ!?

ティア姫!?なんでこんな古酒場に来てるんだよ!?


「久しいな。まさか一国の王にまで上り詰めるとは、流石の余も思わなかったぞカルマよ。思えばあの王都地下にてお前とその一党に助けられたのも何かの運命だったのかも知れんな。宰相の死を感知しかつてロストウィンディ当主より習った念話で必死に助けを求めたのだが、それに応えたのが南の大英雄とはな。まあ、正当なる王はやはりどんな危機に陥ろうが必ず救いの手が差し伸べられると言う事だろう。ふふふ。サンドールの魔力を持たぬ者達と違い、お前とは上手くやっていけそうだ。リチャードとは旧友らしいな?まあそれなら東の馬鹿どもとも交流しているのも止むを得まい。だが、忘れないで欲しい。マナリアの正当なる王位は世の物であることを。何故なら余こそロンバルティアの名を継ぐ者なのだからな!」

「……元気そうだなティア姫」


「いや……それにしても何でこんな所に?」

「ふんふんふーん!拙者が案内したので御座るよ♪」


……え?村正?


「拙者達、結婚する事になったので御座る!」

「「「「なんだってーーーーーーーっ!?」」」」


思わずティア姫のほうを見る。

……口の端だけで笑っていた。


「我が世の春で御座る!ガルガン殿、今日は拙者のおごりで御座る!皆に料理を!」

「……そ、そうか。よ、良かったのう村正……」


えーと、村正よ。

……ティア姫、トレイディア乗っ取る気満々なんだが……。


「まさかこんな美人が拙者の嫁に来るとは……奇跡を待つのも良い物で御座るなカルマ殿!」

「え?ああ……そ、そうだな……」

「何か知らんがめでたいのだナ?そして今日は飲み食いただなんだナ?うん。めでたいのダ!」


……ちょいちょいとアリシアを突付く。

アリシアは黙って頷いた。


「あたまいたい、です」

「そう遠く無い将来……えらい事になるかも知れないであります……」


そうだよな……西が資金を得たら傭兵が集まるのは間違いないだろうし……。

まあ、今はアリサに任せておけば良いだろうが、早めに帰る必要が出てきたな。

……大騒ぎの中、一人黙々と料理を口に突っ込んでいたハイムの耳元で囁く。


「ハイム。そんな訳で明日にも廃鉱に乗り込む。お前はどうする?」

「当然付いて行くぞ。後、見つけたのはわらわからグスタフへのプレゼントだからな!」


はいはい、それじゃあ急ごうかね……今日は早く寝るんだぞ……。


「…………」

「ん?何か視線を感じるが……」


まあいい。悪意は無さそうだしアリス達も警告を発しない。

考えすぎ、だよな?

続く



[6980] 61
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/09/29 21:00
幻想立志転生伝

61


≪side カルマ≫

トレイディアより少し北に行った結界山脈の麓にその廃鉱山はある。

元々大した物を算出する鉱山でもなかった上、鉱物も枯渇。

その上対処に困る割りに放っておいても大して害の無い……、

という微妙な魔物が住み着いたことをきっかけにして、この鉱山は閉鎖された。


「と言う訳でお宝の山な訳だ」

「何がと言う訳なのか判らんぞ父よ」

「お宝か。わくわくするナ」

「……おかねになりそうなもの、ここにある、です?」

「にいちゃが何も無いと言う報告を聞いた上で宝の山と言うからには何かあるでありますよね」

「ぶひー……」


現在俺達はその廃鉱山の地下一階を進んでいる。

幸い鉱山だったので地図は手に入る。

……それに、正直余り奥に行く必要など無いのだ。


「地下二階に続く坂道は……これか」

「……すこし、じとっ……としてきた、です」

「何か居そうでありますね。シェルタースラッグは強敵であります。避けて通るべきであります」

「フゴッ!フゴッ!フゴッ!」


確かにその通り、下のほうをカンテラで照らし出してみると僅かに床や壁が反射している。

何かの粘液が付着している証拠だ。

……うんうん、やっぱ居るんだよなシェルタースラッグ。

じゃあ早速。


「にいちゃ……なんで、よろい、ぬぐです?」

「そりゃあ溶かされちゃ拙いからな……無くても変わらん」


「そうだナ!じゃあスーも脱ぐのダ!」

「下着まで脱ぐな!」

「……これが叔母か……と言うかお馬鹿の間違いではないのか?」

「ざぶとんいちまい。です」


突然一糸纏わぬ姿になりそうになった、

ルンとは別な意味で頭の可哀想なスーに突っ込みを入れておく。

……まあ、鎧は脱いでおいたほうが正解だがな。


「ともかくシェルタースラッグを探す……と言うかおびき寄せるぞ!」

「は?です」

「わざわざ呼び寄せてどうするでありますか」

「……合点した。流石は父だな、成る程、確かにここは宝の山だ」

「ハー、どういう意味ダ?スーには良く判らないナ」


イマイチよく判っていないクリーチャーコンビと"叔母かさん"は放っておいて、

予め用意しておいた新鮮な……手足を縛ったオークを一匹地下に叩き落す。


「ブッヒイイイイイイイッ!?」

「……ごしゅうしょうさま、です」

「何で捕まえたのかと思ったら、生餌でありますか……」


ふっ。仕方ないのさ。

俺は自業自得とはいえ、どうやらオーク一族にとって怨敵にされてるらしいし、

コイツはあろう事か、かつてカルーマ商会のキャラバンを襲った愚か者だ。

いやあ、丁度近くの森に潜んでいたのがこの個体でよかったよ。


「おーおー。集まって来る集まって来る……父よ。宝の山が寄って来るぞ」

「うん。虹色に光って中々綺麗な殻じゃないか」

「……あ、なるほど」

「硬いし魔法に対して耐性もあるであります。良い防具になるでありますね」

「だが、そんな奴をどうやって料理する気ダ?」


ん?それはもう。取り出しますは油樽。

……じゃ、行くか。

まずは大量の油をドボドボと垂れ流しまして、と。


「ぶひ、ぶひいいいいいいっ!」

「あ、ようかいえき、たらされてる、です」

「逃げられないように脚を……と言うか十匹くらいが文字通りたかってるであります」

「……ああ言う死にかただけはしたくないナ。痛そうダ」


……悪いがうちの息子の為、もう少し生き延びて連中の注意を引き付けてくれ。

さあ、油が良い具合に下の階に広がって行ったぞ……。


「じゃ、何時もの行くぞ」

「みんな、はなれる、です」

「火球か爆炎か……燃えるでありますよ」

「待てカー。確か奴等は並みの炎は消してしまうらしいゾ?」

「良いから離れてたもれ。父の事だ、どうせ非常識な裏技でも考えてるんだろうさ」


と言う訳で、ご期待に沿えるように……殺ってしまおうか。

下層へ続く坂道に飛び込みながら詠唱開始だ!


『召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』


「え?です」

「……この狭い所で……竜召喚でありますか!?」


足元から竜が姿を現す。

……はっきり行って狭過ぎるので文字通り道全体を塞ぐように窮屈な格好で竜が現れた。

座る事も出来ず殆どうつ伏せになったまま、四つん這いで地下に首を突っ込んでいる。

だが、ここまでは想定内だ。


「ファイブレス、炎を吐き続けろ!」

『判った……くっ、狭いなここは!』


更に行くぞ……足元に溜まった溶解液と油の混合物で靴の融ける音がするが気にしていられん。

竜の肉体を押し分け、敵を飛び越し通路の奥へと突っ込むと、

ファイブレスと俺で敵を挟み込むような体制で、こちらからも攻撃を開始する!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』


いつもの連続詠唱だ!

しかも逆側からは竜のブレスが迫っている。

逃げる余地も時間も与えるつもりは無いぞ!


「ぶひ!?………………」


一瞬でオークの悲鳴は消え、

続いて人の頭ほどもあるカタツムリたちが炎から逃れるべく殻の中に篭り始める。

だが、無駄だ!

紅蓮の炎から逃れる術など無いし、地面には油が撒かれ煮えたぎっている!

……洞窟の一角に突然出来たキルゾーン。

濡れ雑巾が一瞬で乾き燃えていく、その灼熱地獄にその軟体で耐えられるものか!


……カタツムリの一匹が苦し紛れにこちらに向かって首を向け溶解液を噴き付けようとするが、

液はこちらに届く事も無く蒸発し、

逆に高温の外気にさらされたその身があっという間にしぼんで行く。

唯一の突破口、それは俺の居る洞窟奥に向かう通路を突破する事だ。

だが、俺自身火球を放ち続けているし、地面すら焼け焦げんばかりの業火のため、

軟体生物が先に進もうとしても、その身が焼かれるばかり。

消化したくとも火勢は強く、溶解液が蒸発するだけで何の変化も起こりはしない…・・・。

とても娘には見せられない地獄絵図が広がり、やがて……炎の中に動く物は居なくなった。

だが……まだだ。

火球を放ちながら一時前進。まだ普通に立っている殻を蹴り飛ばし横転させる。

……その瞬間思ったよりも俊敏に中身が飛び出し俺に溶解液を吐きかける!


「だが、遅い!」


最初から警戒していたお陰だろう、俺はバックステップでそれを間一髪回避し、

殻の入り口目掛けて火球を連射した。

……よし、まず一つ、か……。

さあ、完全に相手が沈黙するまで攻撃を手を緩めないようにしないと!


……。


「……つまり、丈夫なのは殻だけ、危険なのは溶解液だけだったと言う訳だ」

「あっさり言うな。父よ……それをどうにかするのが難しいのだろうが」


そして小一時間後。

俺達の手元には何個かのシェルタースラッグの殻が残されていた。

……そう、小一時間竜の炎と火球の連射に耐え、

その殻は以前と同じように虹色の輝きを保っていたのだ。


だが、守るべき中身は焼け焦げもうその中には残っていない。

カタツムリの殻に入り口を閉じる能力は無かったため、入り口からの熱波でやられてしまったのだ。

……お陰で俺達は、無傷の……まあ傷つける事すら難しい代物だが……。

ともかく物理防御、魔法防御共に強力な防具の素材を手にした訳だ。


「じゃ、帰るぞ」

「え?父よ、もう帰るのか?折角探検気分を満喫できると思ったのだが」


「いや。だって俺もう冒険者じゃないし。緊急での議題も有るから早く国に戻らんとならんのだ」

「おもてに、ウィンブレス、きてる、です」

「さっそくグスタフヘルム(予定)を持って帰るであります」


……む。約二名ほど不服そうだな?


「わらわはもう少し探検したいぞ!」

「スーもだ。一時間ボケッとしてただけで冒険と言える訳が無いゾ!?」


うーむ……仕方ない。

なら、こうしよう。


「じゃあ、奥のほうの採掘事務所に金貨袋の入った宝箱があるらしいからそれを目指せば良い」

「採掘事務所?……ああ、作業者の監督をする監督の詰め所が確かそんな名前だったな」

「よし!スーも行くゾ!」


……やっぱりか。

まあ、ちょうどいい。

思えば防御力の高いこの殻をシバレリア帝国に渡すのも問題だしな。


「じゃあ、殻の変わりに宝箱が見つかったらスーにくれてやるぞ」

「良いのかカー。スーは嬉しいゾ!」


「わらわは?」

「見つかったら、中身と同額を俺から小遣いとしてくれてやる。それでいいか?」


「うむ!では行くぞ!」

「スーもそれで良い!……行くゾ!」


二人が洞窟の奥に突き進んで行く。

おーおー、勢い込んでるな……。

……ん、どうしたアリシア。いきなり袖口引っ張ったりして。


「たからばこ、ないです」

「なんで、嘘付いたでありますか?」


いや、まだ嘘だけど嘘じゃない。

確かに今現在坑道の奥に宝箱なんて無いが、

あいつ等が辿り付いた時に有れば問題なかろう?


「……それはお前らが準備してやってくれ。ハイムには良い訓練で良い気晴らしだろ?」

「そういう、こと、ですか」

「了解であります。まあ金貨20枚くらい適当な箱に放り込んでおくでありますよ」


そういう事。


「因みに、シェルタースラッグが居たら処理しておけ」

「むちゃ、です!」

「あたし等でどうしろと言うでありますか」


「溶岩に叩き落せ、もしくは坑道を溶岩で埋めろ」

「なるほど、です」

「さっそくやるであります。……他の人に殻を渡したく無いでありますしね」


……ほかの、人?


「コテツとか言うへっぽこ冒険者一行がこっち向かってるであります」

「きのうの、かいわ、ぬすみぎき、です」

「ほぉ……まあ、いいけどな。盛大な徒労だし」


「ま、はーちゃんのごえい、あたしらに、まかせる、です」

「にいちゃ、さっさともどって、村正の、けっこんについて、はなしあう、です」

「……そうだな。じゃ、任せたぞ」


そう言って、俺は走り出した。


「あれ?ほかにも、だれか、はいってきてる、です」

「にいちゃ。鉢合わせちゃ駄目でありますよ!まだ誰なのか確認取れて無いであります!」


ああ判った。裏口があるからそっちから出ることにするさ。

じゃあ、後は任せたぞ!


……。


そうして裏口から表に出て、そこから正規の入り口まで回りこむ。

……お、ウィンブレスが居た。


『やぁ。戦竜カルマ、お届け物を疾風のように連れてきたのですよ』

「……せんせぇ」

「ルン?それに良く見ると背中に居るのはアリサじゃないか!?」


おいおい、国は大丈夫なのか!?


「三日くらいならホルスやハピ、それにルイスが上手くやるよー。それに、ね」

「……村正達が先生を探してる」


……ほぉ?

それで……ふむふむ。


「……つまり、緊急の会談を持ちたいと言う事か」

「そうだね兄ちゃ。カルーマ商会商都支店にさっき連絡があったんだよー」

「先生がこの街に居るのは向こうも知ってる。今晩話がしたいって」


なるほどな。

何にせよ大事な話のようだ……行ってみようじゃないか。


「……で、ルンとアリサは何故ここに?」


流石にリンカーネイトからここまではウィンブレスを使ってもすぐ来れる距離ではないぞ?

話が来てからじゃあ間に合う訳も無い。


「ずっと、空とか後ろから見てた……先生も、はーちゃんも可愛かった」

「はーちゃんを観察する兄ちゃを観察してたんだよー」


……なんてこったい!

見守るつもりが見守られてたってオチかよ!?


「……それと……嬉しかった」

「何がだ?」


「私の事、大切にしてくれた」

「……スーの事か」


冗談でも誘いに乗ってたら……色々と危なかった、のか?

……と言うか現在進行形で危機が続いてる気もするがな。

まあいい、ハイムの事はアリシア達に任せて村正の所に向かうとしようか。


……。


俺達が服装を整えてトレイディア大公館に舞い戻ると、

紋付羽織袴姿の村正がティア姫と共に待っていた。

……どうやら夕食会を兼ねているらしくテーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。


「急に呼びたてて済まぬで御座る。緊急で話し合いたい議題が持ち上がったので御座るよ」

「なんだ?リチャードさんの所とドンパチやるから援軍寄越せとか言わないよな?」


ティア姫が軽く視線を逸らし、村正は苦笑いをした。

ああ、図星かよ。


「ははは。ティア殿は当初それを考えておられたようだが……拙者が止め申した」

「へぇ。てっきり提案を鵜呑みにするかと思っていたが」

「正直、余もそれを想定していたが……ふふ、思わぬ僥倖。カタは中々魅力的な提案を持って来てくれたぞ?ふむ。よくよく考えるとリチャードの奴は何も知らずに居たのだ。余の提案は奴にとって飲める物ではないだろう事は明白だったのだよ」


……普段よりほんの少し口数の少ないティア姫。

あれ?もしかして照れてる?


「さて、話の前の前提条件として。カルマ殿は……マナリア王国全盛期の領土をご存知か?」

「いや?」


全盛期?分裂前が全盛期じゃないのか?

と言うか、それが何か関係あるのか?


「北部領土がまだ森だった昔、サクリフェスや周囲の都市国家……そしてこのトレイディア"大公"国といった辺りは全てマナリアの領土だった。魔王との戦いや貴族間の勢力争いの果てにここまで分裂してしまったがな」

「そう。実はこの商都、元々はマナリアの属国で御座る」


へえ。確かに"大公国"であるなら何処かに宗主国の王様が居てもおかしくは無い。

まあ聖俗戦争時には既に上下関係などあってないような物だったと思うがな。

……ただ、戦争時援軍を呼べたのもそこの所の繋がりが残っていたから、

と言う部分は否定できないのだろう。


そして、その起こりは容易に想像が付く。

大方、魔法の使えない商人階級か非主流貴族が独立して商都を作ったのだろう。

マナリアで魔法が使えないというのはハンデどころの話じゃないからな。


兎も角、そこの所は理解した。

で、今日の議題とどう関係あるのか……。

怪しいのはサクリフェスの名前が出た事だが、さて、どう出るか。


「……単刀直入に言うで御座る。サクリフェスと都市国家群を占拠しティア殿に差し上げたい」

「いきなり大きく出たな村正。開戦するからには勝機はあるのか?」


一応確認はしておく。

……まあ、語るまでも無い事なのだが、きちんとした情報を村正が掴んでいるかのテストだ。


「無論。と言うか中心たるサクリフェスは現在頭が存在しない。落とすのは容易いで御座る」

「それにだ。余は彼の都市国家郡とのコネクションを未だに有している。神聖教団が瓦解した今、彼の地方では地方軍閥同士の小競り合い寸前だ。民は救いを求めておるよ」


……ちょいと横のアリサに目だけを向ける。

ふむ、肯定か。

ま、俺としても村正達が独力でそこまで掴んでいるなら申し分無いと思う。

……カルーマ商会としても、あの辺がピリピリしていたら商売を広げる訳にも行かんし、

まあ、悪い話ではないな。

万一村正達が負けても、その場合は都市国家間の結びつきが強くなり一つの勢力と化すだろう。

商売相手が変わるだけで、こちらとしては大した違いなんか無いのだ。


無論、一友人として村正には勝って貰いたいがな?

しかし、気にかかる事はまだ有る。


「……しかし、急だな。村正がそんな事を考えてるだなんて思わなかったぞ?」

「ま、昨日プロポーズされて、引き出物は何が良いか一晩で考えた物で御座るから当然で御座る」


道理で。

道理で蟻ん娘情報網に引っかからない訳だ。

ふう、びっくりした。

OKそれなら何の問題も無い。


「カルマ殿には王として、国としてそれを支持して頂きたい。それだけで良いで御座る」

「あっさり言う。……私達のメリットは?」


おっと、ここでルンの出番だ。

確かにカルーマ商会、引いては我が国の利益にはなるがそれはそれ。

向こうから支持を特別に依頼されたのだから何らかの見返りがあってしかるべきだろう。

……これはもう国と国との交渉。

友情は……まあ約定の履行や成立時などに大きく役立つが、

それだけを物差しにして測る訳にはいかない。

何せ、お互いに国民なんていうでかい物を背負っているのだ。


「当然あるで御座る。我が軍の兵站をお願いしたい。大きな儲けが見込めると思うがいかがか?」

「値段は?」


「色を付けさせて貰うで御座るよ?市価の二割り増し。ただし期限はタイトで御座るが」

「……アリサちゃん?」

「五千人分の糧食二か月分なら三日で用意できるよー。矢は現在在庫が……まあ十万本かな?」


「ほぉ。流石だなカルマ、いやリンカーネイト王。それだけあれば期間内に終戦まで持っていけるだろう。」


「後は傭兵で御座るが……ビリー殿のお力で千人はかき集められそうで御座る」

「少ないが……いや、急な話だ。現状ではそれが精一杯か村正?」


つまり、支持してくれたら大きな仕事をくれるということだ。

しかも……それは商都としても即座に戦闘体制を整えられると言うメリットがある。

人にやる見返りで自分自身も利を得るとは……意外とやるな村正。

こちらとしても大口の取引は望む所だしな。


「……それだけ?」

「ルン殿には敵わないで御座るな。……旧大聖堂付近の領土請求権を放棄するのではいかがか?」

「ああ、そう言えばあそこはセト将軍が掠め取った所で領土係争地か……」


現状でも商都があの地に対する領土請求を行ったと言う話は無い。

こちらとの友好を重視した結果だが、実際まだあそこの領土問題は解決していないのだ。

……実質商都側としては腹を痛めず、

こちらとしてもあの辺が国際的に領土だと認められるのは得る物が大きい。

それに、あの辺はルーンハイム家……ルンとハイムの領土になっている。

ルンとしても後に争いの種は残して起きたく無いだろう。

そう言う意味でもお互いに悪く無い提案だ。


ま、落としどころだな。

……どうやらルンもそう考えたらしい。


「判った……先生。ここは支持を出すべき」

「あたしもそう思うよー」

「そうだな。リンカーネイトの名においてこの……再統一戦争の支持を表明する……ただし」


でも、俺としてはもう一声欲しい。

ただし、俺の利益ではなく今後を考えた施策としてだ。


「ただし……現在の西マナリア領土は東側に譲渡すべきと思うがいかがか?」

「何?リチャードめを正当として認めよと申すか?」


いや?まあ似たようなもんだが少し違う。

ただ……元祖と本家的なこの問題を治めるのはこのタイミングしかないと思ったのだ。


「幸いリチャードさんは王子のままだ。そこでティア姫を19世として一度正式な王に迎えて貰う」

「成る程。リチャード殿は皇太子と言う形にするので御座るな?」


「無論、それだけで向こうが納得する訳が無いから王位はすぐ彼に譲ってやって欲しい」

「……そして、余は……新領土、いや奪還した旧領にて隠居、いやトレイディア大公妃に降りると言う訳か。ふむ、確かにそれなら余の正当性も失う事は無い、な」


そういう事だ。

……これなら一度は王に即位した形になるし、リチャードさんの方も遠くない将来王になれる。

無論ティア姫が王位に就く期間は厳密に決めておかねば後々の災いになるがな。

ともかく北からの領土的圧迫がある今、王位継承問題が拗れたままなのは大問題だ。

幸い、ティア姫にとって最優先なのは王位そのものと言うよりは自己の正当性のようだし……。

リチャードさんとしても恐らく国内に火種が燻っているのはごめんの筈。


更に……先日より、

どうも会話内容が無難過ぎるのに疑問を持ってアクセリオンの周囲を見張っていたら、

こっそり手話?で内緒の話をしている事を突き止めたところだ。

……方法はさておきこちらが監視している事に気づかれてしまった事は大きい。

今後の事を考えると緩衝地帯という意味合いも含めて、

マナリアやトレイディアには頑張ってもらいたいと考えている。


「なら、決まりだな……リチャードさんにはこちらから話を通しておく」

「ロン兄……東マナリアとしても多分飛びつくと思う」

「領土が帰ってくるならそれはそうだよねー。じゃあ手紙書いとくよー」


うん。有意義な会談だったな。

北が安定してくれればこちらも安定する。実に良い話だ。

国に戻ったら今後の為に内政に励むとしますかね。


……あ、そうだ。ちょっと気になることがあったんだ。

ついでに聞いておくか。

ちょっとティア姫に耳打ち……っと。


「……ところでティア姫。村正は魔法使えないけど良いのか?」

「ふむ。では逆に聞こう。余とつりあいの取れる男でカタ以上の男が居るのか?言っておくがリチャードは弟でお前は既婚者……アクセリオンは祖国に領土請求するかつての臣下筋、要するに裏切り者だぞ?サンドール王家は今やお前の家臣だし、国家元首の伴侶として相応しい相手の中で一番理に適った相手だ、と言うかこれを逃したら国家元首級で結婚適齢期の男など大陸におらんでは無いか」


ああ、そう言えばそうか。

成る程、そう考えると政略的な事を除いても相手の選択肢はそう多く無いよな。


「それにだ。魔力は次代に期待すれば良い。夫婦と言っても王と大公……余の方が立場が上なのだからな?カタが魔法を使えないのは残念だがまあ、一応仕込んではみるしな。それよりも意外と上手い政治手法に驚いたな。てっきり亡国の道を辿るだけの無能かと思っていたが意外と有能だよ。向こうからしたら逆にマナリアを乗っ取るで御座るとか言って来たりもしてる。中々に気概も持っているな」


……そんな事言っていたのかよ村正。


「何時もの女どもと違い、この話なら逆に商都がマナリア王家を乗っ取るとも言えるで御座るよ」

「聞いてたのか?まあ長話になったから仕方ないけどな」


「拙者とて幼い頃よりその手の勉学は続けていたで御座る。……冒険者になったのはその反動」

「そういや、普通なら商都が崩壊してるレベルだ。考えてみれば良く持たせてるよな」


「そうで御座るな。ま、この戦争で勝てれば商人ギルドもこちらに戻ってくると思うで御座るし」

「……それも狙いかよ」


はっ、やるもんだな。

軍事的優位と名声を持って国内を再統一する事も視野に入れてやがる。

……成長したのかこれがこいつの本領発揮なのか……。


「嫁が来るのに何時までもヘタレては居られんで御座るよ!」

「成る程」


海より深く納得だ。


「ああ、それとだ。余の年齢は知っているか?隠すのも惨めだから正直に言うが余はマナ辺りと同年代だ。……判るか?年下の親類に孫が出来たとか聞かされる余は未だに一人身だったのだ。その倦怠、その切望、その恐怖、そしてその絶望……流石のリンカーネイト王でも判るまい?」


……判ります。

痛いほど判りますとも。

精神の年齢で言えば俺ももうじき爺さんだし……。


「むーざんむーざん」

「アリサ、煽るな」


ともかく、北の政治状況が安定するのは大歓迎だし急いで戻って支援準備を整えなけりゃならん。


「で、何時ごろ行動を開始するんだ?」

「アリサ殿から聞いておらぬで御座るか?一週間後には動くで御座る」

「相手に準備する時間はあげないんだってさー」


そうか。だからアリサは三日後に二か月分とか言ってた訳だな。

……移動時間を考えると確かに時間は無いな。


「よし、すぐに国に戻るぞ!先ずはハイムたちを迎えに行く!」

「あいあいさー」

「……ん。準備しておく」


勢い込んでアリサやルンが部屋から飛び出していく。

アリサにとっては面白そうな大口取引だし、

ルンとしても流石に祖国の現状は憂いていたんだろう。


ふと、ティア姫がポツリとこぼした。

まあ、何時も通りの長文だったけど。


「……ルーンハイム、か。あの娘にはちと可哀想な事になってしまったな。まったく……奴は何処で油を売っているのだ?せっかく再会の機会だったと言うのに念話も届かないような遠隔地に居るなどとは、護衛としても自覚に欠けているのではないのか……まあ、止むを得ん」

「え?公が来ていたのか?」


「そうだ。偶然ではあったがな。まあ奴も術者を失い何時消えるかも判らぬ身の上ゆえ流石に不憫に思って護衛と言う名目で気晴らしに連れ出したのだ。まさかお前や娘が来ていたとは思わなかったが、それなら久しぶりに会わせてやろうかと考えたのだが今朝から行方が知れん。もしかしたら術が途切れて骸に返ったのかも知れんな。流石の余も自我を持つ使徒兵を作り出す魔法など知らんし、効果時間なども術者たるブラッドが死んだゆえ全く判らんよ」

「……悲惨で御座るなルーンハイム公も」

「そうだな……」


そういやあの人、アンデットにされた上祖国、

それも一部はかつての自分の部下と戦い続けてたんだよな。

……もし会ってたとしても何て声をかければ良いのか判らんな。

公には悪いけど、再会してなくてある意味良かったと思う。


「……ともかく俺も帰る。物資については心配するな」

「頼むで御座る。例えリチャード殿の了解を得られずとも開戦はするで御座るゆえ」


まあ、負ける余地の無い戦争だな。

じゃあ、早速物資の準備に取り掛かるとするか。


……ついでに、北の大国の動きも要観察だ。

これにどういう動きをするかで、警戒を強めるか緩めるか決める要素にもなるだろう。

何か……企んでるっぽいんだよな、あの国も。

それが何なのか、早めに掴んでおきたい所だ。


……。


≪side ハイム≫


「おお!あれかも知れんぞスーよ!」

「そうだナ!見た感じからして宝箱ダ!」


コウモリを蹴散らし、潜んでいた盗賊を魔力弾頭でふっ飛ばしつつ奥へと進むわらわ達。

……後ろでニマニマしながら付いてくるクイーンの分身達が少々不気味ではあるが、

とりあえずシェルタースラッグに出会う事も無く、わらわ達は洞窟の奥、

かつての採掘事務所まで辿り付いておった。


「む。ドアが錆びておる。誰か開けてたもれ?」

「任せるのダ」


力任せにさび付いたドアをスーが破壊する。

おー、ドアが飛ぶ飛ぶ。

……中に入ると蜘蛛の巣が張った机、そして脚の折れた椅子。

そして……やけに綺麗な宝箱が一つ。


「おおっ!宝箱。見ろハー、確かに宝箱ダ!」

「……そうだな」


くるりと首だけ回れ右。

ニマニマニマニマ……


ああ、そう言う事か。

宝箱にもメイドインカルーマって書いてあるしな。

……隠す気無いのか?お前ら。


「おめでとう、です」

「早速開けるでありますよ、ハイ鍵であります」

「うん!ドキドキするナ!外国では生活にお金がかかるから、一杯入ってるといいナ?」

「……うむ」


頭悪すぎて泣けてくるぞ。

スーも一応将軍だろうに。

なんでコイツ等が洞窟奥の宝箱の鍵を持ってるのか?

くらいは疑問に思わんのか!?


「開けるゾ」

「……そうだな。やってたもれ」


思わんか。そうか。

もういい、考えるだけ間違って居るような気がしてきたぞ。


「ふむ。これが金貨か。中々綺麗な物だナ?」

「ひいふうみい……21枚か。まあ、わらわ達にしては中々の戦果、なのか?」


「おめでとう、です」

「乙であります。じゃ、帰るとするでありますか」


白々しいな。

……その為には、


「おっと、おチビちゃん達。それは置いてって貰えないかい?」

「……こやつ等をどうにかせんと、帰れもせんぞ?」


わらわ達の後ろに群がるこの愚か者どもをどうにかせんとな。


……。


さて、現状を少々纏めてみようか。

この場での友軍はわらわとスー。そしてクイーンの分身達が二匹か。

で、相対する相手はというと。


「なあ、お前の父ちゃんの金持ち具合は知ってる。それがお宝か?譲ってくれや」


装備が少し村正と似ているコテツとか言う男を中心としたパーティーのようだな。

数は六人か。

ふむ。こう言う装備の戦士をサムライとか言うらしいが、

それを踏まえると相手方の職業は、

サムライ×1、盗賊×2、弓兵×1、それと後方の二人は魔法使いと思われる。


……どうだろうな。

あのコテツとか言うのがあの酒場で最強とか言っていたし、警戒する必要も無い相手なのか?

いや、そんな風に舐めてかかって敗北したのは一度や二度では無いだろう?


まずは敵の戦力を測るのが先決だな。

少々探りを入れてみるか?


「むう、わらわ達とて苦労して手に入れたのだ、代わりに何をくれる?」

「そうだゾ!物々交換は基本なのダ!」


……相方が馬鹿過ぎて泣けてくる。

だが、相手を油断させる効果はあったようだな?


「へへへ。馬鹿言うな……そっちは四人、こっちは六人だ。しかもそっちの三人は子供じゃねぇか」

「む!だがそれを考えてもスーのほうが強いゾ!?」


のしのしと歩み出ていきなり抜刀。

そして案の定前衛に出ていた盗賊一人を一刀両断にする。

……っとその瞬間、中衛のもう一人の盗賊が何かを……!?


「のあっ!?何だこれは、うごけないのダ!?」

「蜘蛛の糸……いや、鋼の糸で編まれた投網か!」

「へへっ、ま、ざっとこんなもんよ」


「卑怯な(棒読み)」


……どっちもどっちのような気もしないでもないが、とりあえず叫んでおく。

ふと気付いた。クイーンの分身が居ない?……いや、死体を運んでるだけか。

冷静だなお前ら。


「どうだ?あいつは強いけどどうにかする方法もあるのさ。チビ助だけじゃどうにもならないだろ」

「……最近封印を解かれた第二の攻撃魔法食らわせてやるか?」


「ほう?面白いじゃねぇか……いいぜ、やってみな?」

『魔王特権、専用術式起動……眼光!(アイビーム)』


「……ぐぎゃああああああっ!?」

「殺傷能力こそ無いが全身に耐え難い激痛が走る……もう一発食らってたもれ?」


目はある種のレンズになっていると言う。それを利用して謎の激痛を誘発する光を目から放つ。

これが魔王通常形態第二の護身術、眼光(アイビーム)だ!

隙は全く無く即座に発生する光が敵の体に当たると、傷も無いのに激痛が走る。

ある種の幻覚だが場合によってはそれだけで死に至る場合もあるのだ。


「手前ぇ……大人舐めるんじゃないぜ!?」

「貴様こそお子様を舐めるな下郎。わらわは魔王ぞ?」

「て言うか、宅配物持ち逃げの常習者が偉そうに言わないで欲しいで有ります」

「めさきのことしか、かんがえないから、いつまでも、そうごうらんく、あがらない、です」


そう言えば、戦闘Bランク……リザードマンとまともに渡り合えるレベルの癖に総合がDランク、

という事は技能も実績も無いに等しい訳か。

と言うか、お届け物を持ち逃げするような輩に信用など付いてくる訳も無い。


「ぬなっ!?ち、違う。アレは落っことしただけで別に持ち逃げしたわけじゃ!」

「やかましい、です」

「高級品運ぶ時だけ必ず失くしてる。偶然の筈無いであります……あたしらの情報網舐めんな」


……語るに落ちたな。

わなわなと震えておるぞコテツとやら。

そしてこういうタイプの人間の場合次にとる行動はほぼ決まっている。


「ふざけるんじゃねえぞ!?」

「すこーーーっぷ!」


眼光の効力により激痛に苛まれながらも刀を抜いて攻撃を仕掛けてきたその根性には敬意を表する。

だが……相手が悪すぎだ。


「ば、ばかな……」

「聖俗戦争の頃よりにいちゃと共に戦い続けてきたこのあたし。相手にするには役不足であります」


クイーンの分身……アリスのスコップによりカタナごと突き崩されるコテツ。

そのまま胸板から血を噴出しつつ倒れこむ。


「お前らっ!」

「ちっ、だがこっちにはまだ四人も……」

「一人逃げたぞ!?」

「相手が悪いわ!俺は逃げる、じゃあな!」


賢しいが賢くもある選択だ。

……そも、わらわ達に手をかければ父が、そしてリンカーネイトが動く。

個人で立ち向かうには少々荷の重い相手だ。

それにだ。


『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』

「ぎゃああああっ!?」


わらわは魔王ぞ?

相手は父のような化け物や勇者どもではないのだ。

ただの人間にやられるような間抜けではないわ!



「あーあ、しかたない、です」

「うぐっ!?あれ?体が……毒?」


「もういっちょ、すこーーーっぷ!」

「げふっ」


そうこうしている内にクイーンの分身達が投げナイフやスコップで敵を片付けていた。

……ふん。他愛も無い。鎧袖一触とはこの事か。


「まったく、身の程知らずは正直絶滅してたもれ、だ」

「まったく、です」

「ま、間違っても負ける相手じゃないから通したでありますがね」

「それはいいが、動けないゾ。スーを助けるのだナ」


やれやれ、仕方ない。

……鋼の網に捕らわれたスーを救い出すか。


「ふう、一時はどうなるかと思ったゾ?」

「そうか。まあ良い、ともかく宝は手に入ったのだし帰る事にするか」


……最後の乱入はさておき中々に楽しかった気もする。

今度は配下の兵を連れて何処か探検に行くのも面白いかも知れんな。


「では……ん?どうした姉ども」

「あちゃあ、です」

「あのトラップを全て抜けてくるとは、驚きであります」

「……む、誰か来るゾ?」


誰か来る?

確かに何か強力な魔力反応が……いや、だが生命反応が感じられん。


「アンデットか?」

「……その通りであるな」

「お、酒場で会ったナ!言っておくが宝はやらんゾ?」


その男は両手に投げ斧を装備しわらわの前に立つ。

生命反応は感じられない、か。

しかし、自我のあるアンデットなど珍しい。

生前はさぞ力ある魔法使いだったのだろうな。


「あわわわわわわ、です」

「えーと。公爵のおじちゃん、お久しぶりであります」


公爵?……公爵……ああ。

何処かで聞いたことがあると思ったら、


「うむ。ルーンハイム12世である」

「爺か。わらわはルーンハイム14世である」

「スーはスーであるゾ!」


ルーンハイム12世……爺はわらわをじっと見ておる。

何かを探るように、じっくりと。

……ああ、わらわはこの目を知っておる。

信じたく無い事実を必死に納得させようとする者が持つその悲しげな瞳。

わらわは何度と無くこれを見てきたのだ。

……まあ。詮無き事だがな。


「……またの名を、魔王ハインフォーティン」

「やはりか。まさかこんなタイミングで我が家に転生してくるとは」


「知っていたか」

「可能性は考えていた。だが……確認出来る場所でも無ければ状態でもなかった」


「それで……今回、近くに来た事を良い事にわらわを消しに来たか」

「そうだ。娘達もそれに気付いては居まい。悲しむだろうが……魔王を世に出す訳には行かぬ」


ザッ、と音がしてクイーンの分身達がわらわを庇うように前に出た。


「だめ、です!」

「にいちゃは魔王の事知ってるであります!殺す必要は無いのでありますよ!」


……爺は悲しげに首を振る。


「判っておらぬよ。本当に判っているならみすみす世に出すような真似などするものか」

「それはない、です!」


「……魔王は我が祖国を必ず滅ぼそうとするだろう。それを阻止せねば。それが公爵たる我が使命」

「もう、こうしゃくでも、なんでも、ない、です!」

「おじちゃんは家が無くなった時に公爵じゃ無くなった。使命に従う事は無いであります!」


「例え、そうだとしても……ルンを……娘を魔王を生んだ呪われし娘とさせる訳にはいかん!」

「はーちゃん、しんじゃったら、ねえちゃも、しんじゃう、です!」


「……"それ"を妹として扱ってくれた事には感謝する。だが」


爺が投げ斧を振りかぶる。


「個人的理由で国を。そして、世界を犠牲にする訳にはいかんのだ!そこを退けアリシアよ!」

「いや、です!」

「そも、はーちゃんにマナリアを滅ぼす理由はもう無いでありますよ!」


……父も母もわらわを受け入れてくれた。

だが、世間はやはりそうでは無いらしいな。


魔王を生んだ、呪われた娘、か。

あの母がそんな不名誉な称号と共に生きていかねばならぬと?

……もし、もしそうだとしたら……わらわは……。


「退け。姉よ」

「はーちゃん、あぶない、です!」


じっと爺を見上げて睨み付ける。



「舐められたものだな。この魔王、貴様などにやられるほど耄碌してはおらんわ」

「ならば……初代勇者の血筋たるルーンハイムの力、受けて見よ!」

「だ、だめ、です!」

「はーちゃん、逃げるであります……!」


爺の斧が、わらわの眉間に吸い込まれる。

……わらわは地面に叩きつけられた後、ワンバウンドして後ろの壁に叩きつけられたようであった。

ようであった。と言うのは防御をして居らぬゆえ、一瞬気を失っていたからだ。

そして、目覚めたわらわが見たものは。


「……ころす、です」

「おじちゃん……あたしらの身内に手を出してただで済むと思うなであります」

「ハーはいずれスーの子供になるのダ。よく判らないけど殺させたりはしないゾ!」


「ならば……容赦はせん!」

「やれるもんなら、やってみろ、です!」

「戦争経験はあるのでありますよ?」


『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』

「へ?」

「おじちゃん……マジでありますか?……に、逃げろであります!」


『……衝撃!(インパクトウェーブ)』


不可視の衝撃波に弾き飛ばされるクイーンの分身たち。

そして。


「大人気ないナ……けど。敵なら容赦しないのはこっちもだゾ!」

「退け!あれは……魔王は危険なのだ!マナリアの歴史を知らんからそんな事が言える!」


火花を散らして切り結ぶスーと爺の姿だった。


……。


斧の直撃を受けたせいで頭がまだグワングワンとする。

……ふらつく頭で何とか現状を把握しようとするが、

余り考えが纏まってくれない。

しかし、今日ほど魔王の特性でもある馬鹿に高い生命力を怨んだ事も無いな。

一撃で死ねるならと思ってあえて攻撃を受けたが、痛いだけで死ねやしなかった。

……流石にこれ以上母に迷惑はかけられんと思ったのだ。


だが、よくよく考えたらそれは間違いだと気付く。

そもそも前提条件が違うのだ。

……両親と祖国はわらわが魔王である事を知った上で我が子として遇してくれておる。

オドたちもそれに倣って居るのは、主君である母が全く動じなかったせいだろう。


だが、それは父と母が異端だっただけ。

やはりマナリアでは魔王は恐怖の対象でしかなかった、それだけの話なのだ。

また、わらわもそれだけの事をしてきた自覚はある。

原因はさておき、攻撃を受けたほうが良い感情を抱ける訳も無いからな。


ただ……わらわが今まで接してきたマナリア貴族は基本的にわらわに友好的だった。

それをわらわは「予想外に魔王が嫌われていない」と勘違いした。

ところがよりによって実の爺が普通の感性だったので気が動転してしまった。と言う訳だ。

はは、思わず身を差し出してしまったが、それこそ魔王らしからぬ行動だったな。


……立ち上がり、前方の剣戟の音のする方に目をやる。


「ハーは良い子だ。それなのに命を狩り尽すというなら、馬鹿母さんの名において切り捨てるゾ」

「……マナの名の下に?くくっ、これは良い皮肉であるな」


確かに。勇者の名を持って魔王の討伐を阻止するとはなんと言う皮肉か。

更に言われた相手は爺。つまり当のマナの夫でもあるしな。


「皮肉か挽肉かは知らないが、スーは負けないゾ」

「ぐっ、確かに凄まじいパワーだ……だが!」


一陣の暴風のように振り回されるスーの剣。

だが、爺はそれを後ろに飛んで回避すると両手の指をコの字型にし向かい合わせに並べた。

そして……親指を動かしながらの詠唱!


『上上下下左右左右BA!……自機強化!(チートコマンド)』

「なっ、これは!?」

「いかん!スー、逃げろ!遮蔽物を探せ!」


あの家伝、30年前にも見たな。

幾つもの魔法が合体したような実に厄介な術だ。


「ぎゃああああああっ!?眩しいし痛いゾ、くるしい、ゾ……」

「……気絶したか!?だが、止むを得まい……」


……術者の周囲に防御膜が展開された上に、

周囲を半自立運動で飛び回りながら術者を追尾する魔法の光玉が数個現れる。

更に術者の突き出された両腕と光玉より光線が発射され、

その上身体能力の強化まで付いてくるというオマケ付き。


攻防共に凄まじい凶悪な術式の一つだ。

先代のルーンハイム公はこの術の余りの恐ろしさに、

魔王相手でも無ければ使うなと我が子に厳命したと言われておるほどだ。


ああ、だから今使っておるのか。


「覚悟せよ、魔王!……さらばだ孫よ。次生まれてくる時は魔王の転生などに当たるなよ!」

「ぐっ!」


判っている。

そう、今のわらわにそれを避ける術も耐える術も無い事は。


「はーちゃん!?」

「ぐっ……目を覚ますのが遅れたであります!」


……両腕で顔は何とかガードするが、光線は四方八方からわらわを襲う。

もう少し体が育ってさえ居れば何とかする手立てもある。

だが、今のわらわには……。


「ふふ、ふ。だが爺よ。それだけ魔力を消耗してはその体が持つまい……」

「ま……魔王を放置しては、我とて、し、死ぬに死ねんのである。……覚悟の上だ」


今の爺はアンデット……恐らく使徒兵の亜種であろう。

そしてあのフレイムベルトと同様に、死者は魔力を生み出す力を失う。

要するに、魔力切れ=滅びなのだ。

現にその顔にはひび割れが起き、片腕からは肉が削げていた。

滅びは近いのかも知れんな。だがまあ、確かに人間。

それもマナリア貴族としては魔王を放置するくらいなら死を選ぶか。



……短いが。

楽しい人生だったな、今回は。



「ハイムーーーーーーーっ!?」

「アホはぶっ飛ばすよー!」


光線が我が身を貫通し気を失うその瞬間。

急に辺りが暗くなって痛みがすうっと引いていく。

何かが光線からわらわを守ってくれているのか?


そしてわらわは父の声を聞いた。

確かにクイーンの分身達が居る以上、父にここの話が行っていてもおかしくは無いか。

ただ、駆けつけるにしても早すぎる気もするがな。


まあ……願わくば。

これが幻聴で無い事を、祈る。


続く



[6980] 62
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/04 18:05
幻想立志転生伝

62


≪side カルマ≫

焼け焦げた匂い漂う暗がりを走る。

……くそっ、こんな展開になるのは流石に予想外だ。

ルンやオド達のマナリア組がハイムを意外とあっさり受け入れたもんだから、

それがマナリアの総意だと勘違いしていた。


だが、事実は違った。

それはあくまでルンが正式に家督を継いだ訳ではなく、

魔王の転生とそれに対する対応を聞いていなかったということと、

ジーヤさん達ルーンハイム家の私兵達が、

学業を中断してまで自分達の生活を守ろうとしてくれたルンを全面的に信頼していた、

それだけの事だったのだろう。


……幾度もの転生とその度に巻き起こる実の親との生死を賭けた戦い。


殺した者の血筋に転生する魔王の特性上、

マナリア上層部は生まれ変わる魔王との戦いを幾度と無く経験してきた筈だ。

魔王が転生してくるが故に、時として我が子を殺めねばならない。

これがマナリア貴族間にどれだけ恨みを買ったかは想像に難くない。

……そして、公は典型的なマナリア貴族だった。


僅かに剣戟の音が聞こえる。


「先生!先生!?……はーちゃん、無事?」

「ああ。どうやらマナリアを滅ぼすと公は考えてるらしい」

「大丈夫。きちんと説明すればきっと判ってくれるよー……多分」


突然ハイムが危ないと半泣きで騒ぎ出したアリサに過剰反応したルンが、

洞窟に飛び込んだのが三分前。

俺達はそれを追い、道に迷っていたルンを先導する形で先に進んでいる。


「お父様、駄目。はーちゃんは私の子……」

「大丈夫だ、大丈夫だから!」


いかんな。ルンの顔色が悪い。

……そして。


「兄ちゃ……急いで。これは拙いかも知れない」

「……判った」


アリサの顔から余裕が消えてる。

これは本当に拙そうだ……。


「ルン、強力(パワーブースト)を使うぞ。アリサは俺の背中に」

「判ったよー。でも急いで、脳天に強打を食らったっぽい」

「!?」


ルンと二人で強力を唱え、腕力脚力を強化する。

……ルンが先を行く。

道など知らないはずなのに、俺の全速力よりも早く。


「ルン姉ちゃ……子供の危機を感じ取ってるねー」

「そうだな。実は俺もさっきから悪寒が止まらない」


……今思えば昨日酒場で感じた"悪意の無い視線"は公のものだったのだろう。

悪意は無くとも害を成す事はあると言う事か。

世界の為に我が孫を殺すか。悪意では無く悲しみしかないだろうな。

だが……悪意の無い視線まで疑らなくてはならなくなると、俺は一体何を信じれば良いのだろう?

いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

急げ……急ぐんだ!


「ルン姉ちゃ!そこの角を曲がって後は真っ直ぐ……」

「はーちゃん!はーちゃん……!」


最早道案内など意味が無いとばかりにルンは正確な道を選んでいく。

さっきまで迷っていたとは思えない。

……これも母の愛って奴なのかもな。


「兄ちゃ!アリシアとアリスが吹っ飛ばされた!意識が無いっぽいよー!」

「ちっ!本当にやばいぞこれは!?」


止めに入った者にも容赦無しか!?

……駄目だ、少なくともまだ赤ん坊のハイムに打てる手は無い。

外装骨格を出すにもこの坑道は狭過ぎるぞ!


その時、角を曲がったルンが更に速度を上げ何かに飛び込んで……!


「あああああああああっ!?」

「ルン!?」

「ね、姉ちゃがおじちゃんの攻撃からはーちゃんを庇った!」


一足遅れて角を曲がった俺が目にしたものは、

ハイムを抱きしめ光線を背に受けるルン。

そしてハイムは……光線が貫通してる……。


「ハイムーーーーーーーっ!?」

「アホはぶっ飛ばすよー!」


もう、相手が公だろうが何だろうが関係なかった。

背後から肩口目掛けて魔剣を振り下ろす。


……ガキン、と音がした。


「は、弾かれた!?」

「カルマか。この障壁はどんな攻撃でも数回までは耐えてくれるのである」


……っと、攻撃がこっちを向いた!

思わず魔剣で防御したが、

それでも庇いきれないあちこちに四方から飛んでくる光線が突き刺さる。


「痛っ、と言うか熱っ!」

「お父様!はーちゃんに、先生に……何を!?」

「……邪魔をするな。お前たちには我が狂ったとしか写らんだろうが、これは世の為なのである」


ハイムをその胸元に抱きとめ、背中で光線を受け止めていたルンが、

今度は気絶したハイムを後ろに置き、正面を向いて立ちはだかる。


「ルンよ。娘よ……お前の気持ちは痛いほど判る。だが、それは魔王なのだ」

「「知ってる」」


何を今更だ。

そんな事気にしていたらリンカーネイトでは暮らせない。

何せ人口の数には加えていないが魔物が山ほど住んでいるのだ。

しかも竜まで普通に暮らしている。

それに、魔王といっても既に世界をどうこうどころかマナリアを攻める理由も無いのだ。

つまり、放っておいても害は無い。

ならば、受け入れても何の問題もあるまい?無論異論も反発も起きるだろうが……。

……ただ、その一番目が祖父である公その人だって言うのは流石に予想外だったけど。


「魔王って言っても、マナリアに攻める気とか無いからコイツは」

「そう。はーちゃんは良い子」

「……それが魔王の手口なのだ。そうして成長したら突然牙をむいた、と言う逸話もある」


……そうなのか?


「あったでありますね、そう言う事も」

「あかんぼうのうち、ころされるから、きっと、ほかに、てが、なかった、です」

『因みにおかーさんの記憶から得た情報だよー』


……そうか。

色々仕方ない事情があったとは言え、一度でも騙されたらそれはもう信用できんわな。

つまり……あれ?もしかして公の説得って不可能?


「判るな?お前達や我の我が侭で世を危険に晒せるか?娘よ、魔王を産んだ女とされても良いか?」

「勿論」

「そくとう、です」

「流石はルン姉ちゃであります!」


蟻ん娘達がハイムの介抱をする中、ルンはそれを庇って父親と対峙している。

俺はと言うと、ルン達とは逆側で戦っているが光線から身を守るのがやっとだ。

時折切り込んで障壁を打ち破ろうとしているが、中々上手く行かずに居た。


……ファイブレスでも呼べば楽に勝てる気もするが、

それだと公を消し飛ばしてしまう。

例え、最終的にそうするほか無いとしても、

出来れば限界ギリギリまではそうせずに済む様にしたい所だ。

……故に、攻撃法も限定される羽目に陥っていた。


火球は駄目だ。アンデッドには効果的過ぎる。

召雷と衝撃も駄目だな。こちらは威力が高すぎる。

爆炎は論外。あらゆる意味で危険すぎる。

……止むを得ず今は斬撃中心に攻めている所だ。


だが、技量は向こうの方が遥かに上なのだろう、

腕力では完全に勝っているのに中々クリーンヒットを得られないで居た。


「カルマよ、お前も既に一国を統べる者。個人的理由で大局を見失うな……」

「お生憎様、ハイムは俺の子だ。間違っていたら俺が止めてやるさ!だから手を引いてくれ、公!」


「……我も何時まで存在できるか判らん。後の災厄は目が見える内に潰しておかねば……!」

「だから!問題は無いんだってば!」


公は悲しげに首を振った。


「我とて孫の誕生は素直に喜びたい。だが……魔王復活の度にマナリアが払ってきた犠牲を思うと」

「魔王が攻めてくる原因はマナリア自身にもあったんだ!改善はしてるから心配要らん!」


公の投げてくる投げ斧を篭手でガードするも、黒金製の篭手が割れて大地に落ちる。

……なんて威力だ。

ここまでの業物だったのかよあの斧は。


「なんだと?」

「宰相の行動が原因だったんだ。宰相が死んだ今魔王にマナリアを攻める理由は無い!」


「成る程な。その与太話が今回の手口か……正に歴史書どおり。狡猾なり、魔王……」

「……いい加減にしろーーーっ!」


そんな絶望的な顔しながら戦うくらいなら諦めてくれ!

と言うか判って無いと思うけど、ハイムが死んだら間違いなくルンも死ぬぞ?

そこの所予想できてるか?出来て無いよな?

何せ、母親になった後のルンを見たの今回が初めてだろうし……。

と言うか母親と言うものは強いぞ?そこは判ってるのか、公?


……その時、度重なる攻撃に公の周囲を覆っていた防御膜が吹き飛ぶ。

同時に周囲に浮かんでいた光玉が地に落ち、とけるように消えていく。

よし、相手の攻防の要が消えたぞ!


「……止むをえん。今一度」

「また自機強化(チートコマンド)かよ!?」


まだ使えるのか!?


「だめ、です!つぎは、いのち、ないです!」

「もう体がボロボロなのに無理するべきでは無いであります!」

「……お父様、止めて!」


再び詠唱を始めようとした公の口に、弁当代わりに持ってきて結局食わなかったパンを押し込む。

ふっ、十分なスピードさえあれば……魔法を封じるにはこれで十分なんだよ!


「ふごっ!?」

「今だ!」


更に、完全に打つ手を封じるために片腕を魔剣で切り落とした……!

片腕が、斧を持ったまま肘より先から千切れ飛ぶ。


……ま、いざとなれば治癒でどうとでも出来る。

何の問題も無いだろう。

使徒兵に治癒が効くのかと言う問題は有るが……正直、気にしていられん!


「ぐううっ!?」

「……大半の魔法は印に両手が居る。残念だがチェックメイトだ」


……腕が切り落とされても、最早血すら出ない状態に陥っている公。

だがそれでも戦意は失わず残された片腕に斧を持って大上段に構えた。

しかし、その眼前に立ち塞がる人影が一つ。


「お父様!」

「ルン、それにカルマよ。退け……それとも魔王が世を乱した後、我が子を斬れるのか?」

「……乱させたりはしない。もし乱れたとしてもそれは人が悪い時のみだろうさ」


「ならば尚更である。人は決して理性的でも良心的でもない……責任転嫁あるのみだ」

「そうはさせない。そのための策はもうあるんだ。公が気にする事ではない」

「……はーちゃんは、きちんとした娘に育てる」


俺が公の目の前を塞ぎ、その横をルンが押さえる。

そして気絶したハイムをアリシアとアリスが守り、その後ろでアリサが有事に備える体制だ。

……万一にも突破されないように急造された防御陣形だ。


こちらとしては一歩も譲る気は無い。

にらみ合う事、暫しの時。

……熱意が伝わったのだろうか?

何処か安堵したように深いため息をついた公は、振りかぶった斧を腰に下げ直した。


「判って、くれた?」

「いや。ただ……ここで我がどう足掻こうが、目的は果たせんと痛感しただけである」


そう言うと、

公は切り落とされた自分の腕を拾うと脇に抱え、握り締められたままの斧を腕からもぎ取った。

……そして、斧の刃を掴んでハイムのほうに歩み寄ると斧の柄を差し出す。


「……消え去る前に孫の顔を見れたのは僥倖である……これは我に残された最後の財産だ」

「貰っても良いのか?」


公はふっ、と薄く笑った。

そして無言でハイムに斧を握らせる。


「祖父としてお前と会うのはこれが最初で最後となる。……何も出来ぬ我からのせめてもの事だ」

「そうか……爺、大事にする」


そして、公は俺のほうを見た。


「カルマよ。当初はどうなるかと思ったが、娘が幸せそうで何よりである……今後も宜しく頼む」

「ああ、任せてくれ。どんな手を使おうが絶対幸せにする……幸せになってやるさ」


公はまた、薄く笑った。

そして、投げ渡されたのは公の切り落とされた腕。


「……待った、今繋ぐ」

「いや。何処かに我の墓を作ってそれを埋めておいて欲しい」


何故だとは聞けなかった。

……ゆっくりと後ろを向いた公は最後に一言だけ残して歩き出す。


「今日を持って我は完全に死んだと思え。今後、我はマナリアの守護者としてのみ存在する」

「……お父様……判った。でも、はーちゃんは死なせない」


ルンの目から一筋の涙。

それに対し、公は振り返る事もせず声だけをかける。


「ならば守り抜け。我は古い人間……歴史の教訓を信じる……お前達は我が子を信じれば良い」

「じゃあそうさせて貰う……その歴史が根底から間違ってる事を俺達が証明してみせるさ」


歩き続けながら、公は残った片腕を上げる。

……それは別れの挨拶だった。


「そうである事を、祈っているぞ」


こうして公は去って行った。


……久々に再会した親子の間にどうしようもない深い溝が出来ていた事を、

無情にも突きつけられる結果となってしまったが、

ただ、それでも消しきれない家族の情をも感じ取れた、

そう思うのは俺の楽観だろうか?


……ふと周りを見渡してみる。

受け取った斧をじっと見つめるハイムと、

一度たりとも振り返らずに去っていく公の姿が印象的だった……。


……。


「ふう。目がチカチカするゾ!」

「だいじょうぶ、です?」


その後、俺達は簡単な治療を怪我人達に施していた。

光線を全身に浴びて気を失っていたスーを揺り起こし、


「はーちゃん、包帯」

「……うむ。しかし母、少し厳重過ぎんか?」

「バカタレ。わざわざ斧に当たりに行ったと聞いたぞ?少し気をつけろよ」


おでこを中心にあちこち怪我をしたハイムの傷口を消毒し、包帯を巻いてやっていた。


「ほれ、お前らもだ」

「いたかった、です」

「……何にせよ間に合って何よりであります」


そしてハイムを庇って名誉の負傷を遂げた蟻ん娘二匹の介抱を行う。

とりあえずこちら側の死人が無くて本当に良かった。


「ううう……く、薬を寄越せよ……」

「さて、じゃあ応急処置も終わったし帰るか」


「おい、薬くれって言ってるんだよ……」

「コテツとか言ったな?それ、人に物を頼む態度じゃないから。じゃ」


約一名、運良く命が助かったにも拘らず身の程を知らない命知らず一名が居たが、

その態度が気に食わなかった為に放置決定。


「ま、待て……死にかけてる人間を置いてくのかよ……竜の信徒の敵はこれだから……」

「やかましい、です」

「人の事襲って来ておいて盗人猛々しいにも程があるであります」

「と言うか。竜の信徒自身が竜の敵なんだが……」


放置決定、とは言ったものの本当に……、

と言う訳にも行かず、とりあえずチビどもにボコボコにさせた後、

最低限の治療を施しておく。

こんなのでも首吊り亭には必要な人材だしな。


「……なあ。お前考え方か、せめて言葉遣い直さないとこの先生き残れないぞ……」

「うるせぇよ」


処置無しだ。

とりあえず採掘事務所に放り込んでおく。


……。


「なあカー。そこの女はもしや、前の奥さんだナ?」

「今も奥さんだってば」


帰り道の途中、坑道地下二階に差し掛かった当たりで、今まで沈黙を守っていたスーが、

とんでもない言葉の爆弾を投下し始めた。


「確かにそうかも知れないナ。けどカーはそれと別れてスーのお婿さんになる。間違って無いゾ」

「間違いのみ。間違いしか無いんだが……」

「……ふふ」


恐ろしいのはそれを横で聞きながらもまるでルンが余裕な事だ。

……内心怒り狂ってるとしたら恐ろしすぎるし、

別に気にして無いとしたら俺としてはそれの方が恐ろしい。


「何がおかしい?スーは何か間違ってるのかナ?」

「ううん。ただ、まだ泥棒猫が残ってた事に驚いた。排除し忘れてた」


あっさり気味にとんでもない台詞が飛び出したような気がする、

……ルン、排除って何ぞ?


「先生の妻はもう三人も居る。これ以上は要らない」

「奥さんは一人居れば良いんだゾ?お前頭悪いナ」


この場合正論はスーの方な気がする。

ただし、根本的な背景まで考えると双方異常過ぎな事に気付く。

……何がおかしいかもう俺には判らなくなってしまう程に異常過ぎて、

もう俺には突っ込みを入れる気力すら残っていない。


「と言うか……三人?」

「私とアルシェとハピ」


……何時からハピは俺の妻になったんだろう。

全く身に覚えが無いんだが?


「ハピは商会総帥時代からの内縁の妻だと聞いた。私達もハピなら問題無いと言う結論」

「……誰が言ったんだそんな事……」


「ハピが言ってた」

「何考えてるんだアイツは……」


頭痛い……。


「そうか。なら三人ともカーの事は諦めてもらう」

「……可哀想な人」


心底同情した風にルンが俺の腕に自らの腕を絡ませてくる。

かなり力が入ってるな……。

……あれ?余裕があるように見えて実はかなり必死?


「先生は私の物、私は先生の物」

「カーはスーの物。スーの物はスーの物なのダ!」


どこのガキ大将だよ!?

と言うか、意思表示をきっちりしておかないと後が拙い。

急ぎ行動しなくては!


「なあスー。俺は恋愛関係ではルンの事が一番大事だ……俺の事は忘れてくれ」

「だが断るゾ」


「話聞いてくれよ」

「聞いた上で諦めないと結論付けたのだナ」


いや、胸張られても困る。

……どうしろと言うんだ。

せめてもの救いはルン自身が酷く満足げな顔になった事ぐらいか?


「全く、マナさんもスーも……人の話をもう少し聞いてくれてもいいんだが」

「……お母様にそれを求めるのは酷」

「なんだと?まさか貴様がルーンハイムかナ?」


突然、身を乗り出すスー。

今まで気付いていなかった事に唖然としつつ、とりあえず首を振る。


……そこに、般若が降臨した。

ただし、ネジを一本何処かに落っことしていたが……。


「好機!我が冬の部族の恨み、馬鹿母さんにぶつけられないからお前にぶつけるのダ!」


「……なんという、わけわかめ、です」

「身勝手ここに極まる、であります」

「ねえ、マナ叔母ちゃんの隠し子でしょホントはー……行動がそっくりな気がするよー」


俺を含め兄妹一同ドン引きするも、

当の本人、そしてもう一人。


「……ふざけないで」


……ルンが挑発に乗っちゃってるんだけど!?

どうするんだよ、姉妹間でヒートアップしてどうするよ?


「スーは大真面目だ!ルーンハイム、火災で住処の森を失ったスーたちの恨み、思い知るのダ!」


スーの剣が上段の構えから一直線に叩き込まれる。

だが、それを待っていたようにルンはサイドステップで回避しつつ一回転、

逆にルンの回し蹴りが無防備なスーのこめかみを強かに叩く……!


「があっ!?不意打ちとは卑怯ナ!」

「先に手を出したのはそっち」


「え?だが、先に当てたのはそっちだゾ!?」

「……そんな理屈は通らない」


結構効いたのかゴロゴロと三回ぐらい転がって、

突然すっくと立ち上がったスーの口から出てきたのは、非常識極まりない台詞。

思わずため息をついたルンを誰が責められよう。


「ふん!スーは負けない!シバレリアのジェネラルスノーは負けないのダ!」

「先生は私の全て……決して渡さない……!」


「ちなみに、まじばなし、です」

「今や地位、名誉、財産から領土、果てに家族まで全てにいちゃ由来でありますからね」

「本当に兄ちゃから嫌われたらあらゆる意味でルン姉ちゃは破滅だったりするよねー」


ルンが首を横に振った。


「地位も名誉ももう要らない……でも先生は、家族だけは守り抜く……!」

「それを聞いたら尚の事手に入れたくなったゾ!冬の部族の文字通り冬の時代を清算する為にナ!」


その時、ハイムが二人の間に割って入った。

……あ、危ないぞ!?


「待て母、それにスーよ。ここは穏便にだな」


「ハーか!よし来い。ハーも言い子だから貰っていくゾ!」

「……あげない。はーちゃん、おいで」

「判った。母、今行く」


ルンの言葉に反応し一瞬の躊躇も無くルンの肩によじ登るハイム。

……スーには残念だが、ハイムほど母親に恩を感じている赤ん坊はいないぞ?

俺を足蹴にする事はあっても、ルンの意に沿わない行動を取るとはとても思えん。


「ハーまで……何故ダ?」

「そう言われても、実の母親だし……そこの所を理解してたもれ?」


いや、スー。

そこ、悩む所じゃないから。

一日一緒に冒険したくらいでどうなる物じゃないから。


「……そうか。ルーンハイムに洗脳されたのだナ!?」

「わらわが?それは無い」

「何処をどうやったらそんな結論が出るんだよ……」


なんと言うか、処置無しだ。

まさかと思うが……これ、マナさんの薫陶じゃ、無いよな?

まあ、素でこれならそれはそれで大問題だが。


「……まるでお母様」

「母、その台詞は悲しすぎるぞ……」


同感だ。色んな意味で。


「馬鹿母さんの場合は仕方ないゾ?何せ良い事をすると周りが迷惑するように呪われてるからナ!」

「知ってたのか…………ってルン!?」


ヤバイ!勇者の呪いの事はルンとマナさんだけは知らない……。

と言うか、スー経由でマナさん本人はもう知ってそうだがな!?

……ともかくばらされたら拙い事だけは確かだ!


「……大丈夫、知ってる」

「え?」


「秘密にしてるのはマナリア系住民だけでありますからね」

「レキに来てからも結構時間たってるもんねー」

「ひとのくちに、とは、たてられない、です!」


ちょっと顔色は悪いが、暴露されたルンは意外と平気そうだ。

……しかし一体誰だよ、そんな危険な話題をルンの傍で口に出した奴は?


「わらわだ」

「お前かよ!?」


スパコーン、と軽くひっぱたく。

……目からビームが飛んできたが回避。


「詫びようと思ったのだ、勇者の呪いはわらわでも最早解除できんとな」

「……かけた張本人が解除できないのか?」


あ、突然顔つきがキリッと真面目な感じになった。

普段デフォルメ体形で白丸目玉だからギャップが凄いな。


「……父は、自分で焼いた焼き魚を生かして返せるか?」

「クロス大司教なら、条件付で何とか……」


思わずジョークで返したが、成る程。

不可逆変化なのか。……まあ命をかけての大魔術、

そう簡単に解除されたらたまらんだろうし止むを得んのか?

兎も角、五大勇者乙……と言ったところでは有る。


……ん?待てよ。

この状況、使える!


「因みに、馬鹿母さんには言っていないゾ。そもそも人の話をまともに聞いてくれないしナ!」

「そうかそうか。じゃ、そろそろ帰ろうか?結構な臨時収入があったんだろ?」


「うむ!首吊り亭で宴会ダ。シバレリアの民に財貨は必要ないからナ!」

「よおし、じゃあ競争だ!誰が一番早く帰れるか、な!」


「ふはははは、悪いが負けんゾ!さらばなのダ!」

「うわあ、なんという、はやさ、です」

「……棒読みでありますねアリシア」


そして、スーの姿は遠ざかっていく。

……うん、今ならと途中で気付いて誤魔化したが、上手く丸め込めたか?


……。


暫くしてスーの気配が坑道から消えた頃、

俺は皆に声をかける。


「じゃ、帰るかルン、ハイム、アリサ、アリシア、アリス」

「……ん」

「はい、です」

「帰るであります、首吊り亭ではなくあたしらの家に」

「じゃ、ウィンブレスに頑張ってもらうよー」


子蟻からの報告で、今スーは商都目掛けて一直線に走っているらしい。

……さて、追いかけていない事に気付かれる前にさっさと帰ろう。

元々帰る途中でハイムを迎えに来ただけだしな?


「爺の斧か……」

「そうだな。判ってると思うけど大事にするんだぞ?」


俺達の少し前を歩き、時折飛びながら投げ斧を振り回すハイム。

……投げ斧ではあるのだが、ハイムの小さな体では両腕で支えてやっとのようだ。

本来の用途で使えるようにするにはまだ数年の時が必要だろうし、

そもそも失くす可能性のあるような使い方は出来ないだろう。

従ってブンブンと振り回すハイムの今の使い方が正しいと言う事か。


「はーちゃん。お家に仕舞っておかないのでありますか?」

「わらわの持つ武具でこれほどの物は無い。武具は使ってやってこそだ。覚えておいてたもれ?」


……気に入ったらしい。

後で背負い用のホルダーか何かを用意してやらんと。

何せ持ち歩くには少々大き過ぎるし、手に持ち続けるだけだとどんな事故があるか……。


「うわっ!?」


ほら、言わんこっちゃ無い。

ぶんぶん振り回していた斧がすっぽ抜けて……どうしたハイム、固まったりして。


「……父、母、姉達……行こう」

「はーちゃん?」


一時立ち止まったハイムは斧を拾って抱くように抱えると、

宙に浮いたまま坑道の入り口に向かって一直線に飛んでいく。


「置いていくぞ皆?わらわに付いてきてたもれーっ!」

「……はーちゃん!?待って」

「まつ、です!」


飛んでいくハイムを心配してルンと、それを追いかけてアリシアが走っていく。

そして俺は……。


「……もう、限界だったのか……」

「公のおじちゃん……馬鹿であります」

「とりあえず、遺体は回収しとくよー……本当、馬鹿だよね人間って……」


岩陰に、隠れるように座ったままその行動を永遠に停止した、

公の骸をそっと回収したのである。

羽織っていたマントで崩れかけた肉体を包み抱き上げる。

……その体は、思ったより……軽かった。


「……なんで、半分体が崩れてるのに満足げな顔してるんだろうね……あたしには判んないよー」

「もう片方の斧、どうするでありますか?」

「俺が持っておく……隠し武器にはなるだろう」


思えば、今回の公の行動は余りに性急で稚拙だったように思う。

主君から離れ、独断で行動をした上……俺達が駆けつけただけであっさりと撤退。

……そして形見分けに墓所の用意依頼とも取れる行動。

更に会話の節々からはもう長くない事が容易に示唆できた。


そして、誰にも気付かれないように隠れて滅びの時を迎える。

結局……ルン達に心配や迷惑をかけたくなかった、と言う事なのだろうか。


「……なんだよ。結局最後に孫の顔を見に来ただけかよ……クソッ!」

「そう言えば、殺気が無かったであります」


結局公はハイムを殺す気持ちなど微塵も、とは言わないが無かったのだろう。

……そう考えると、ハイムに斧を渡した時の"残された最後の財産"と言う言葉が余りに重い。

ようやく顔を見れた孫娘に相続してやれる財産が斧一振り。

公爵級の大貴族だった事を考えると、余りに惨めだったろう。

更に、その娘は本来ならば世のために害さねばならぬ存在。

どうするべきか迷いぬいたであろうその心境たるや、想像すら出来ない……。


「アリス……ティア姫に連絡。公は強大な魔物と戦い名誉の戦死を遂げたとな」

「マナリアの公爵に相応しい凄まじい戦いぶりだった……のでありますよね?」


「……そうだ。そう伝えてくれ……」


俺に出来る事はそれぐらいしかなかった。

ただ……願わくば。


「願わくば、公の魂に平穏があらん事を。……さようなら、義父さん……」

「ばいばい、であります」

「……さあ、姉ちゃに追いつこう?余り時間をかけると怪しまれるよー」


その時地面が盛り上がり、巨大兵隊蟻が現れた。

……それに公の遺体を託す。


「頼むよー。それ、あたしらの身内だから食べちゃ駄目だからね?」

「あい、まむ。です」


兵隊蟻の指揮を取っていたアリシアの一匹に後事を託し、

俺達はルン達に合流するため坑道を入り口へと走る。


「……ここは、シェルタースラッグを殲滅した所か」

「焦げ臭いでありますね」


ここで無理にハイムを引き止めておけば、と思わない事も無い。

だが、それでも早いか遅いかだけの違いで結末は余り変わらなかったろう。

そう思うと、例えばリンカーネイトまでやって来て……だった場合、

孫、しかも他国の姫に切りかかった乱心者扱いされた可能性もあるか。

もし、そんな事になるぐらいだったら……だったら……。


「きっと、これで良かったんだ……良かったんだよな?」

「判んないであります」

「あたしら蟻だしねー」


そうだな。

判る訳無い。

きっと、誰にも……。


「……先生?」

「父!遅いぞ!」


坑道から飛び出し、えらい剣幕のハイムを抱き上げる。

そして自らもルンの手を引いてウィンブレスに飛び乗ると、アリサ達は勝手によじ登ってきた。


『リンカーネイトまで頼む。何時も便利に使って悪いなウィンブレス……』

『お気になさらずに。安全な寝床の提供があるだけで天と地、烈風とそよ風ですからね』


ウィンブレスが飛び上がる。

……廃鉱が豆粒のように見えるようになった頃、ルンがやけにぎゅっとしがみ付いてきた。

そして更に、俺の首筋に顔を埋めるように抱きついて来る……。


「ルン?」

「…………ぅぅ」


声を殺して……泣いてる……?

そうか、そうだよな。

親子だもんな……判らない訳、無いよな?

ハイムの手前、泣けなかっただけだよな……。


「ハイム……」

「何だ父」


「強く育て。もう、絶対に命を粗末にするような事はするなよ?」

「それを父が言うか?」


確かに。

だが、ここは言っておくべきだろう。


「いいんだよ。親の仕事は子供を育てる事だ……自分が出来ない事でも偉そうに言う必要がある」

「そんな裏事情までわらわに教えて良いのか?」


ま、確かにそうだがお前の場合問題無いだろ?


「お前……精神年齢自体は俺より1000年上じゃなかったか?」

「違いない。まあそれでも歪で未熟な精神だがな。父からも色々学ぶつもりゆえ覚悟してたもれ?」


……俺から得た知識は偏りすぎて余り役に立たない気もするが……まあ生き延びるには役に立つか。

えげつない策を講じ、必要とあれば城をも普通に捨て、勇者とは直接対峙せず、

情報を重視し、敵の弱い所を攻め続ける魔王か。


どう言うハードモードだよそれ?

ま、いいけど。


「……先生、ありがとう」

「なにがだ母?」


ルンもどうやら落ち着いたみたいだしな。


……元々渡されていた公の片腕をしげしげと眺める。

所々骨の浮き出た傷だらけのその腕。

生前に見た時はこんな傷だらけではなかったように思う。

……きっと、長い戦いでこうなってしまったんだろう。


「国に帰ったら商都軍への補給の準備と平行して公の墓も建ててあげないとな」

「……お父様は家を潰した事を悔やんでた。お墓は質素な方が落ち着くと思う」

「爺はわらわの爺だからな。墓はでかくて豪華なのが良いぞ」


そうだな。じゃあ……二人の意見を取り込むとするか。


「アリサ……これこれこういう風な墓を作っておいてくれ」

「判ったよー」


相変わらず頼もしい妹分に詳細を伝え、

俺は風の竜の上で暫しの休憩を取るのであった。


……。


三日後。かつてレキの街のあった瓦礫を一望できる小高い丘が完成した。

その丘の上に、ルンの希望通り質素な祠が建てられている。


「……お父様。静かに休んで」

「まあ、わらわには世を滅ぼす気など毛頭無いゆえ安心せよ」


その祠の中には公の片腕が祭られている。

周囲は緑に覆われ、林の中に祠が建っている格好だ。


「ガサガサガサガサ……」

「カサカサ、カサカサ」


植物の種類が偏っているが、まあ……十年もすればもう少しまともになるだろう。

レキには珍しい緑地化地帯とする事で、この地はきっと後世に残る。

……それが俺から公に出来る最後の親孝行だと思うのだ。


「じゃ、行くか」

「うむ」

「……ん」


丘を下り墓の全貌を見渡す。

……所謂前方後円墳だ。

昔の鍵穴のような形をした四角と丸の丘、その全てが公の墓所になる。


うん。アリサ達が三日でやってくれました。


因みに地下には残りの遺体が収められている。

同時にこの地下辺りに蟻の地下王国の本拠地があったりして、

ここは中々の重要区画だ。

毎日お参りはさせるから公もこれなら寂しくなかろう?


因みにリンカーネイト首都アクアリウムに合わせてアントアリウムと名付けられたその地下都市は、

カルーマ商会の幹部以外の人間には、その存在を全く知られていない。


「山一つが丸々爺の墓か。父は考える事がぶっ飛んでいるな」

「……質素で豪華」

「国破れて山河有り、って言ってな。何だかんだで最後に残るのは自然って事だ」


荒野に突然現れた小高い緑の丘。

それが末永く残る事を、俺は望む。


……さて、それじゃあ帰るとするか。

悲しんでいる暇は俺たちには無い。


……。


「うおおおおおおおおっ!?なんだこの書類量は!?」

「ええ、入り口が不便だという意見が多くて昇降用ゴンドラを用意したいのでその予算ですハイ」


「じゃあこっちは何だルイス!?」

「外壁と中央噴水塔を繋ぐつり橋の設置提案ですねハイ。移動時間大幅短縮ですよ」


「国防上問題が多くないか?」

「……むしろ守りやすくなるかと。長いつり橋に、身を守る場所などありませんよハイ」


「そうだな。いざとなればこっちから落とせばいいか。よし、許可する」

「はい」


そう、悲しむ暇など無い。

一分一秒でも早くこの書類の山を処理しなくては、今日は眠る時間すら取れないかも知れん!


「にゃああああああっ!?ハンコ押して押しても終わらないよー!」

「移民がサンドールに押し寄せてるであります。それの処理が多いでありますよ」


「……先生、お茶」

「母、わらわにもくれたもれ?……なんでわらわまで借り出されておるのだ……」


ふっ、文字どおり猫の手も借りたいからだ。

なあに、間違っても余り問題の無い案件だから、今の内どんどん経験をつんでくれハイム。

……そして、お前も俺らと共に書類に埋もれてくれ。


「カルマ君、今日の分の書類が届いたよ!それとはーちゃんの連れてきた子達との面会の予定が」

「ぐはっ!アルシェ?もうそんな時間か!?判った、今行く!」


「総帥、商都軍が召集を始めました。物資搬送、急ぐべきかと」

「判ったハピ、そっちは任せるから急いでくれ!」


そう言えば、また戦争になるんだな。

まあ、こっちからしたらとりあえず対岸の火事。

村正が勝ってくれた方が都合が良いが……ま、生暖かく見守るとするかね。


「カルマ君、向こうはもう待ってるよ?急いで!」

「判った、判ったから急かすな!」


まあ、見守る余裕があれば、だけどな。

とりあえず北がドタバタしているうちに、こちらは国内を固めておくとしますか……。


続く



[6980] 63 商道に終わり無し
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/08 10:17
幻想立志転生伝

63

***商人シナリオ5 商道に終わり無し***

~遥か異郷にて、故郷遠く離れ、それでも先に進む~


≪side 別大陸、とある山村の村長≫


「はい、それではあの屋敷は今日からあなた方商会の物になります」

「です!」

「じゃあ、代金支払うであります。現金で」


どさり、と置かれた麻袋の中身を確認する。

ふむ。これが最近別大陸から流れてきたと言う新しい金貨か。

他の村長連中はトレイディア金貨とか言っておったか?

いや、それは古いほうだ。

これは古い金貨に比べ装飾も細かく、純度も高い。

リンカーネイト金貨……だったかな?


……軽く噛んでみる……メッキではない。

横を見ると横にいる息子が軽く頷いた。

普段はお城で文官として働いている息子はこれで中々金の質に対しては五月蝿い。

それが何の懸念も無さそうである以上、この金貨の価値は本物なのであろう。

ふふ、この日の為に帰省させておいて正解だったか。


「判りました。ではこれで商談成立とさせて頂きます」

「しかし、これだけの良貨をこれだけの数用意できるとは……カルーマ商会のお力が知れますな」

「いえいえ、です」

「リンカーネイト鋳造のお金は質が良いであります。自信を持って勧められるでありますよ!」


半ば本音でもあるリップサービス。

そう、わしらの目の前に居るのは今度村への出店が決まった、

カルーマ商会と言う名の商人達である。

その使いは……まるで見た目は幼い子供のようにも見えるが、

商人、それも特にあの大陸と取引のある港の連中は対等な扱いをする。

つまり、それだけやり手だと言う事だ。


あの細められた目の中にどれだけの物を抱えているのかは知らぬ。

だが、我が村の利益を損なう事だけは許してはならんのだ。

……さて、ここからが正念場かも知れんな。


「ところで、この村で商売したいとの事ですが……何を商われるので?」

「こちらから提供できるものといったら、精々質の良くない農畜産物か材木くらいですが」


息子が言ったが残念な事にこの村で他所に出せるような物は殆ど無い。

何せ、山の中。不便さは語るまでも無い。

自慢だった鉱山は先日突然ガスが出て採掘できなくなってしまったし、

お陰で村は一気に寂れてしまった。

……こんな村に新規出店?裏があるに決まっている。


「なんでも、うるです」

「生活必需品からドレスとか宝石、香水とかも仕入れてくるでありますよ?」


……ふざけているのだろうか。


「残念ですが生活必需品は自前で何とか出来ますな。嗜好品は買う余裕のある者が……」

「しおとか、おやすくする、です」

「お金が無いなら働く場所はこっちで用意。材木があるなら木工芸品や家具が出来るであります」


……そう言えば、買い取った昔の領主館の他に何件か大きな小屋を作っていた。

商品の倉庫にしては大きいと思っていたが。


「……確かに働く場があるなら多少は物を買うことも出来ましょう。ですが売れるのですかな?」

「そうですよ?確かに木材加工の技術はありますが街の職人に敵う訳も無い」


「ちっちっち。じゅよう、とは、さがすではなく、つくる、です!」

「売れる場所に心当たりはあるし、街から職人さんを親方として連れてくるであります」


……もし、これが本気ならこの村は、蘇る。

鉱山と言う仕事場を失った村人達も新しい仕事が手に入るし、

彼女達の上げた職人の名は、街でも有数の実力者ばかり。

彼等の元で働けばその技も手に入ると言うもの。

質の良いものが作れるようになれば、それだけでこの村は食っていける!


だが、鵜呑みにして良いものだろうか。

上手い話には当然裏があるはず。それが何なのか判らない限り容易に信じるわけには。


「して、それに対しあなた方は何を望んでおるのだ?」

「と、父さん!」


ちと性急な聞き方だったかも知れん。

だが、わしは元々ただの村長。

街のお偉方連中のような腹の探りあいなど、元々向いていないのだ。

なら、直接聞くしかあるまい?


「……ぶっちゃけると。こんごともよろしく、です」

「要するに、この村を家の商会の木工芸品生産の一大拠点にしたいであります」


ふむ?


「でんらいのわざ、かこいこむ、です」

「技術流出をするとそれだけで負け。この村は街から離れてて隠し事に向いてるであります」


……そう言う事か。

ま、それなら良かろう。

なにせ、街の職人達の技はこの村の若い衆に受け継がれる。

それはきっと大きな財産となるだろうからな。


それに。


「それに、考えてみたら商館用の建物を売り渡した時点でこちらに否応もないですからな」

「それでも、きちんとせつめい。です」

「それが誠意ってものでありますよ!」


……息子と顔を見合わせ、お互いに苦笑する。

わし等は一体何をしておったのか?

相手を疑うばかりで……何か良い事があるのか?

無いだろう?


「えと、じつは……おやまから、きんが、とれなくて、むらがぼろぼろって……きいて……」

「何て言うか、何かしないとと思ったでありますが、ほら。あたしら商人だし……」


そうか。

何かしてあげたくとも利益にならないことは出来ないと?

……という事は、わし等のため!?


「なぜ、そこまでしてくれるのか?あなた方には何の得も……」

「りえきは、でるから、もんだいなし、です」

「そうそう。このまま飢え死にされたりしたら夢見が悪いでありますし」


……なんと、なんと優しい娘っ子達なのだろう。

この、世知辛い世の中でこんな話がまだ残っていたとは……。

ああ、まずはなには兎も角疑ってしまう、自分達の性根が憎らしい。


「判りました。そこまで考えていただけるなら何も言えません」

「久々に村へ帰ってきた甲斐がありました。何時かは街の方へもいらして下さい」


「いえいえ、です」

「街のほうは、もう少し落ち着いたら出店するでありますよ」


「それじゃ、いそぐので、ばいばい、です」

「サヨナラであります!」


そう言って彼女達は帰っていった。

……いやあ、昨今見ないほどの理想的な娘さん達だ……。


……。


≪side アリス≫


「はふぅ。つかれた、です」

「そうでありますね」


あたしらは数ヶ月前に下から掘りつくして廃鉱にさせた鉱山の傍にある村に来てたであります。

大陸から遠く離れたこの場所は、

基本的にあの大陸で動くにいちゃの物語とは全く関係しないのでありますが、

商売には国境も大陸の違いも無いのでありますよ。


「帰りに隣村に寄って、ミルク買ってくであります」

「です!あのむらの、みるく、おいしい、です」


で、なんでこんな山の中に工場を建てようとか言っちゃってるかと言うと、

さっき言った事も本当でありますが、主な理由は要するに罪滅ぼしであります。

やっぱり鉱山一本の村は鉱山無いと滅びるでありますよね?

流石にそれは酷すぎるのではないかと言うアリサの判断であります。


まあ、それに我が一族繁栄の為に役立つし、

流石にあたしも罪悪感を感じないといけないような気もしないでも無いので、

お世話をする事に決定したであります。


「おちびちゃん達、香水有難うね!」

「しきょうひん、よかった、ですか?」


あ、村長さんの奥さんであります。

最初は胡散臭く見られたけど、今は違うでありますよ?

試供品の香水とドレスのプレゼントで180度態度が変わったのであります。

え?賄賂?

違うであります。潤滑油でありますよ。


「そりゃあもう。ふふふ、10年若返った気分だわ」

「それは何よりであります」

「こんごとも、かるーましょうかいを、よろしく、です」


アリシアと二匹でお辞儀であります。

謙虚な態度と言う奴が大事だとにいちゃに言われているのでありますからね。


「それじゃあ、豚の世話があるから……またね」

「ばいばい、です」

「これからも、お世話になるでありますよ!」


手をふりふり山道を行くのであります。

そして、隣町でミルクを買ってゴクゴクと飲みつつ、


「よぉ、綺麗な服着たお嬢ちゃんよ……ちょっとオジサンにお金カンパしてくれないかい?」

「すこーーーっぷ!」


「ぐはあああっ!?」

「……銅貨10枚に使いかけの傷薬……しけてるであります」


盗賊から金目のものを分捕り、


「ガオオオオオオッ!」

「おおっ、わーたいがー、です」

「生け捕りにしてはーちゃんへの手土産にするであります!」


「ガウ!?」

「ぼこる、です!」

「手足の2~3本は構わんであります!」


襲ってきた魔物をお土産にして、


「とうちゃく、です」

「ふう、疲れたでありますが、芋虫は何処に居るでありますか?」


「誰が芋虫ですか?ここに居るのはハニークインちゃんなのですよ?」


自称魔王軍参謀、

ミツバチの女王ハニークインと合流であります。



ここはにいちゃのいる大陸とは別な大陸の一つ。

今回はちょっと気になる情報を掴んだりもしたのであたし等で解決に来たのでありますよ。

……ついでに商会の活動範囲も広げるのであります。


「とりあえず、この街は無人化してたので商会に買い取らせたであります」

「はつあんしゃは、ハニークインだと、きいた、です」


「ふふん!良くぞ聞いてくれたのですよー」


あたし等同様ありもしない胸を張って……ありもしない……まあ良いであります。

ともかく胸を張って説明を始めたハニークイン。

長くて眠いでありますが、その話を要約するとこうなるのであります。


「ようするに、さりげなく、リンカーネイトの領土に加えるのでありますか?」

「そうですよー。誰も治めてない所を商会関係者だけで固めればあら不思議なのですよー」


ふむう。まあ、判らないでも無いです。

今のリンカーネイトは当初の目的である隠れ家からは離れすぎたであります。

もう、排除される可能性は低いでありますが一応逃げ場は用意しておくべきでありますか。


……アリサも大賛成のようであります。


「この辺は山国で、お塩とか高く売れるのですよー。魔王軍の良い資金源に」

「ならない、です」

「そっち関係の儲けはあくまで商会に帰結するであります。そっちの取り分は卵の分だけ!」


とりあえず、さっきの村での木工品や家具が軌道に乗ったら、

木材と合わせて本国に送り出すであります。

村の人たちは気づいて無いけど、何気に木材の材質は一級品なのでありますし。


……あ、アリサからの命令であります。

ふむふむ、苗木も生かしたまま持ってこい、でありますか。

売れるのでありますかね?まあいいか。承知であります。


あれ?ハニークインがどんよりしてるであります。


「魔王様、申し訳ないのですよー。あんまり予算増やせそうも無いですよー」

「まあまあ、とりあえず大きな商談が纏まったでありますからお祝いであります」

「うまーな、ごはん、いっぱいよういする、です!」


……ハニークイン、よだれ。

アリシアも、よだれ。

ついでにあたしも、よだれ。


……ふきふきしないと汚いであります。


「あ、そうだ……ワータイガー捕まえたから引き渡すであります!」

「おお、これはかたじけないのですよー。でも、餌代かかりそうな猛者ですねー……」

「ガオオオオオ……ぉぉぉ……(簀巻きはもう嫌だーっ)」

「どなどな、どーなー、です」


……。


さて、その日の夜であります。

今回最大の懸念を払拭すべく、この辺を任されているアリシアの一匹と合流したのであります。

そんでもって、現在は会議中。

今後の商会と魔王軍の行く末を決める大事な会議なのでありますよ?


「では、まず、げんざいの、かるーましょうかいの、ひろがり、です」


ごそごそと広げられた、この大陸の地図。

ふむ、西側は港町を中心に満遍なく支店が出てるでありますね。

だけど、中央当たりを境にして、大陸の真ん中への出店が無いであります。

港を中心の繋がり……まるでドーナツであります。


「みてのとおり、このたいりくの、まんなかには、してん、ないです」

「判ってて聞きますけど、何でか教えて欲しいのですよー?」


「……まおうぐん、の、せい、です」

「意義有りですよー。魔王軍とは魔王様の軍隊。アレはニセ魔王軍と言うべきですよー?」


正直、どっちでもいい。

でも、魔王を名乗る魔法使いの人間が色々悪さしてるのは大問題であります。


……はーちゃんに、

引いてはねえちゃ、挙句にいちゃにまで迷惑がかかるのは容認しかねるのであります。


「で、そのニセ魔王の情報はどれだけ掴めてるのでありますか?」

「うーん。もともとは、ふつうのまほうつかい、です。けど……」

「報告書によれば、借金で身を持ち崩して盗賊に身を落としているのですよー」


でも、それだけじゃあ、終わらなかったという訳でありますね。


「得意の魔法で荒稼ぎしてるうちに、いつの間にか盗賊の数が千人越えでありますか」

「あげく、このへんで、いちばんおおきいおしろを、おとしちゃって……」

「周りが勝手に魔王とあだ名したと。全く、本物からすると迷惑な話ですよー?」


本当であります。

ただの盗賊と世界を守る管理者を一緒にされては困るのであります。

……こう言う傍迷惑な輩を見ると、人間は何故か魔王にしたがるでありますが、

そんな関係ないところでまで魔王のイメージを下げられても困るのであります!

既にはーちゃんは身内も同然。

それにお仕事にも差し障るし、そのニセ魔王はどうにかしないとならないのであります!


「……ふむ。皆さん憤ってますねー」

「当たり前であります」

「はーちゃんの、にせもの。しかも、すきかってばかり。むかむか、です!」


と言うか、ハニークインの笑顔が引きつってるであります。

一番怒り心頭なのはお前ではないのでありますか?


「正直、今すぐ潰したいですよー?」

「あたしも、です」

「あたしもであります」


でも……でも……!

……あれ?


「ところで。なんで倒せないのでありますか?」

「それは、周囲を他国の兵士達が常に囲んでるからであります」


まあ、当然そうなるでありますね。

でも、お城の防御力はこれで中々高くて攻めきれないで居ると。

ま、向こうとしてはこのまま囲んでれば日干しになると言う魂胆なのでありますが。


「でも、ニセ魔王側はお城の非常口を利用して、普通に獲物の物色に動いてるのですよー」

「お城自体も基本的に難攻不落。あいつらは元々出入り業者に化けて落としたそうであります」


その時、ドアがバタンと開いたであります。

って、はーちゃん!?


「わらわの偽者が居ると聞いたが真かハニークインよ!?」

「魔王様!?なんでここにいるのですかー?」


と言うかびしょ濡れ……ああ、地下水脈を流れてきたでありますね?

まったく、何て命知らずな。

三日も流され続けて溺れ死ぬ可能性を考えなかったのでありますかね?

……にいちゃ達が心配しても知らないで有りますよ?


「ええい!その痴れ者を叩き潰すぞ!?」

「ふかのうでは、ないです」

「でも、相手はお城に篭ってるし被害はでかくなるであります」

「それに問題はむしろ、周囲を取り囲んでいる他国の兵士達なのですよー」


「むう……それら全てを相手取るのは流石にきついか」

「外装骨格出せば楽勝ではありますよー」

「ただ、その後の泥沼を考えるとお勧めできないであります」


気持ちは痛いほど判るでありますが……、

兵隊を無茶な戦争に出しちゃ駄目でありますからね。


「じゃあ楽に倒す方法は無いのか。クイーンの分身たちよ!?」

「いや、仮にも城に篭った相手でありますよ?それを倒す手段なんて……手段、なんて……」

「……ある、です」


そういえば、あるでありますよね。

しかも一杯。

……あれ?もしかして……別に悩む必要無いでありますか?。


「そういえば、幾らでもやり様はあるのですよー?考えてみれば」

「たしかに。です」

「ならば良し!わらわは幾度と無く現れた偽者を討伐出来る日を楽しみにしていたのだ!」


……そっか。

自分の事で手一杯で、一応牽制や陽動代わりになるニセ魔王に対処は出来なかった訳でありますか。

まあ、ムカッとはしてたと思うでありますし、お手伝いするでありますよ。


「でも、魔王軍とか名乗りを上げながら白昼堂々と突っ込むのは無しでありますよ?」

「……信用無いな。まあ、仕方ないが。だが、たまには魔王として動きたい……」

「ふふ、ご安心あれなのですよ!つまり、白昼堂々で無ければ良いのですよー!?」


ふえ?


……。


≪side 魔王ハインフォーティン≫


「頃合は良し……わらわは良いが、皆の準備は良いか?」

「もーまんたい、です」

「覆面良し、装備良し、別働隊配置良し、であります」

「魔王様、何時でもいけるのでありますよー……ふああぁ」


……ハニークインよ。策を立てたお前が寝こけてどうする。

頼むからしっかりしてたもれ、だ。


「……痛いのですよー」


ともかくウトウトしているハニークインを張り倒して目を覚まさせると前方を見据えた。


「流石に暗いな」

「まあ、夜中でありますしね」

「というか、ここ、ちかだから、あたりまえ、です」


うむ。そう、地下なのだ。

……要するに、自前で穴を掘って敵の本拠地地下まで来ていたと言う訳だ。

しかも夜中の為、周囲を取り囲んでいる兵隊達も見張りを除いて寝ているらしい。

気付かれずに事を進めるには良い機会だな?


「では行くぞ。ハニークインよ、後に続け!」

「行くのですよー?」

「じゃ、あたしらは、べつこうどうで」

「武運を祈るであります!」


ちょろちょろと崩れた石壁から消えていくクイーンの分身たち。

さて、ここからはわらわとハニークインの二人だけ、


「じゃ、兵隊蟻さんたち、道案内兼露払いヨロシクなのですよー」


じゃ、ない!?


「ハニークインよ、教えてたもれ?兵隊蟻どもは秘中の秘。世に晒してよい物なのか?」

「まさか。今頃別働隊が外の軍隊の見張りは無力化してるでありますし……実戦テストですよー」


ふうむ。成る程。

最初から存在を表に晒す気は無いか。

存在を秘匿するようにした、その上で一度実戦で使ってみると言う訳だな?

まあ、あのクイーンの配下が愚かしいと言う事は無いと思うが、

たまには演習も必要だと言うことだな。

……そう考えると、後ろ盾の無い割に規模の大きいこやつらは格好の敵と言う訳か。


「とりあえず急ぐのですよー?見張りの無力化なんてそう長持ちする物でもないのですからねー」

「違いない。行くぞ!」


地下から飛び出し、予め子蟻に偵察させていた賊どもの寝ている部屋に忍び込む。

酒の匂いがするところを見ると宴会でもしていたのであろうか?

兎も角ぐっすりと寝入っている盗賊がひいふうみい……20人ほど。

連れてきた全員で一匹に付き一人づつ枕元に立ち……、


「せーの」

「そりゃ!行くのですよー」


わらわが斧を脳天に振り下ろすと同時に、兵隊蟻がそれぞれの担当に頭からかぶりつく。

……断末魔を上げる間も無くスイカ割りと化した現場を後にしたわらわ達は、

続いて見張り台の下に移動。

上で遠くを見ながらあくびをしている暢気な見張りを見つけると、

わらわはふわりと上昇、後ろからそろそろと近づいて……。


「……横薙ぎ一刀両断」

「へ?」


首を刈る。


「オーケーなのですよー?」

「うむ、では次の場所へ向かうぞ!」


地面に落ちた首はあえて片付けない。

血を処理するには時間が掛かるし、

これが見つかる前に事を済ませれば良いだけだ。


「では、兵隊蟻どもよ。ここから先は姿を見られる恐れがあるゆえ別行動だ。大義である」

「じゃあ、いきますよー」


わらわが浮遊し、ハニークインは羽を羽ばたかせる。

ぶーんという蜂特有の音を響かせながらわらわ達は外側から一気に城の上層階へと向かう。


「バルコニーから、潜入なのですよ?」

「うむ。道案内をしてたもれ」


ぽてん。ころころとバルコニーに着地。

そのまま玉座の間になだれ込む。

……ターゲット、発見だ!


「貴様等……何処の国の暗殺者だ?へ、へへ……けどな。この俺を倒せると思うなよ……」


ぞろぞろと盗賊どもが集まってきたな。

まあ、音も無い襲撃に雰囲気だけで気付いて、

予め防御機構を整えていた玉座の間に兵を招集したその手腕はとりあえず見事。

だが……相手が悪かったなニセ魔王よ!


ドン……と音が響く。

今回の襲撃で初めての大きな音だ。

そして、玉座の間両側面の壁が吹っ飛び、

中からクイーンの分身どもに率いられた兵隊蟻どもが飛び出してきた!


「たべる、です!」

「薙ぎ倒すでありますよ!すこーーーっぷ!」


「わらわ達も行くぞ!」

「えーと、ハニークインちゃんはミツバチなので後方で見学の方向で」


そういえば、針が内臓と直結してて、下手に刺すと死ぬのだったか。

ま、それなら仕方ない。

爺の斧……銘を"根切り"と言うそのトマホークを振り回しつつ突撃をかける。

ふっ、"ルーンハイム伝来遠近両用投擲戦斧根切り"略してネギアックスを食らえ!


「こ、このチビ!」

「効かんな!」


ナイフが脇腹に突き刺さるが、どうって事は無い。

……魔王の生命力を舐めないでたもれ?

逆に斧で脚を膝から断ち切ると、崩れ落ちた脳天にもう一撃を食らわす。


む!ニセ魔王めがなにやら詠唱を。


『昼下がりの団地妻、第一章 酒屋の若旦那……』

「ちっ!何の詠唱だ……まあいい、叩き潰す!」


玉座の間を埋め尽くすほどの盗賊どもの群れ。

わらわはその頭の上を踏んづけながら先へと進む。


『ああ、いけませんわミカワヤさん。……奥さんが魅力的なのがいけないんです。これを……』

「短縮詠唱ではないのが幸いだが……ええい、足を掴むな!」


流石に楽に先に進ませてはくれないようだ。

待てといわんばかりにこちらの足を掴んだ男の腕を両断し、

そのまま飛び上がり、魔力弾頭を乱射する。


次々敵は倒れていくが、その間にもニセ魔王の詠唱は続く!


『まあ、お米券!?……はい、20kgのを三枚。ですから……そ、そんな。でも……』

「くっ、いっそ一度は食らってやるか!?」

「だめ、です!」

「あの詠唱は逃亡(エスケープ)!旦那が帰ってくる所まで詠唱されたら逃げられるであります!」


なんだと!?

くっ、こちらは蟻どもまで晒している。

奴を逃がせる訳が……。

そうだ!


『いいじゃないですか!だって旦那さんは……ああっ、言わないで。でも、ああ、ミカワヤさん!』

『魔王特権発動!眼光!(アイビーム)』


「『ただ今帰った、ぞ!?……ああ、あなた、違うの!……しまった、今日は逃』ぐはああっ!?」

「痛みしかなくとも、それだけで詠唱は続けられまい?貴様が根性無しで助かった!」


悶絶するニセ魔王を逃がさんとばかり突撃するも、何か不可視の壁のような物で阻まれた。

もう、これでもかと言うくらいビターンと。

痛……は、鼻が痛いぞ……。


「だいじょうぶ、です?」

「むむむ、これは厄介な……この強度は自宅警備(マイホームセキュリティ)辺りか?」

「何でありますかそれ」

「ああ、準備にやたら手間がかかる半永続防御魔法なのですよー」


まさかまだ失伝していなかったとはな。

あれは術者が引き篭もるゆえ、伝承者が途切れやすい筈なのだが……。

まあいい、恐らく最後の術者であろう。

……後で印と詠唱を聞きだして破棄してやるわ!


「なにがむむむだ……俺を馬鹿にしてただで済んだ奴は居ないぞ……」

「と、言いつつ後ろに下がる、であります」

「たしか、ぎょくざのした、ひみつつうろ、です」


ぴたっ、と動きが一瞬止まった。

どうやら図星らしい。


「ふ、ふふふふふ……魔王とまで呼ばれるこの俺が、逃げるとでも思ったか?」

「はいです」

「別に泣かなくても良いでありますよ?」

「まあ、それにわらわも魔王がトンズラするのも最近は有りのような気がしてきたしな」

「おにーさんの薫陶なのですよー」


……沈黙が、痛い。


「て、手前ぇら……馬鹿にしやがって!なら、コイツを食らえ!」

「む、何か来るぞ!?備えよ!」

「はいです!」

「すこっぷがーど!」

「スコップガードしてる人の後ろに隠れる、ですよー」


パンと胸の前で手を叩くと両手を上に掲げる。

そして!


『困った時の神頼み!……神召喚!(コール・ゴッド)』

「な、なんだと!?」

「かみさま、よぶですか!?」


驚愕する暇もあればこそ。

そして、神が光臨した……!


……ボタボタボタ、と言う効果音と共に。


「……あるぇ?」

「ばらばらしたい、です」

「それと、これ、刃物ですねー。ノコギリみたいにも見えるのですよー?」

「あ、そういう事でありますか。まさに神であります」


わらわにはさっぱり訳が判らん。

とりあえず、数秒後に"神"は消えた。

……呆然とする術者とわらわ達、そして謎のノコギリのような物を残して。


「いったい何だったのだ?誰か教えてたもれ」

「えーと。かみ、です」

「とりあえず、アレは神の成れの果てである事は保障するであります」


「わ、ワンモアちゃんす!あ、あれは師匠から最後に受け継いだ魔法でまだ成功した事が無かったんだ!だからもう一回!」

「ニセ魔王がぶっ壊れたのですよー」


なんと言うか、止める隙も無かった。


『困った時の神頼み!……神召喚!(コール・ゴッド)』

「あ、また、です!」


再び光臨する神。

……と言うか、ちょっと匂う男。


「か、神か!?」

『ほら、二次エロ画像ZIP満載のDVD。焼いたからUPしてやんよ』


そして神は消えた。

一枚の光る円盤を残して。


「こ、これは神の残した神器か……?」

「……」


何も言えなかった。

奴は古代語を理解できていないようだったが、それは余りにも幸いな事だったろう。

わらわにも何を言ってるのか良く判らなかったが、とりあえずアレが戦闘用で無い事は判る。

哀れすぎて本当に声も出ん。


「よ、よし……とりゃ」

「きゃっち、です」


「うぼぁあああああああっ!?」


挙句武器と勘違いして投げた円盤を奪われ半泣きに陥る始末。


……。


『困った時の神頼み!……神召喚!(コール・ゴッド)』

『困った時だけの信仰で助けてくれると本当に思っているのですか?』


また神は消えた。

……これで何回目だろうな?

福の神が出てきてお金をくれたと思ったら、

次に貧乏神が出てきてさっき貰った分+αを持っていかれたり、、

疫病神に病魔をうつされたり……。

後は新世界の神とか神と言うより紙とか。

なんと言うか……簡単に言うと、当たりが一個も出てこなかった。


「……邪神や破壊神の類が出てこられても困るし、そろそろ止めるか?」

「そのひつよう、ないです」


『困った時の、か……み……』


「あ、倒れたでありますね」

「精魂尽き果てたって感じなのですよー」


魔力を使い果たした術者の気絶に伴い解除された結界を踏み越え、ニセ魔王を確保。

すっかり食い尽くされた盗賊どもの残骸を尻目に地下へと戻る事にした。


「じゃ、おとす、です」

「証拠隠滅であります!」


最後に城ごと崩落させて完了と。

……そろそろ夜も明けてきたが、これを見た周囲の兵隊達はどう思うのであろうな?


「まあ、ともかく。しょうばいのじゃまもの、かたづいた、です」

「早速支店を出すのであります」

「良い商品も手に入って、万々歳なのですよー。魔王様?」


なぬ?

商品?


「にせまおう、いくらでうれる、です?」

「まあ、引渡し先の国家の勢力と財務状況にもよりますが……」

「金貨百枚はかたい、とハニークインちゃんは思うのですよー」

「……」

「まあ、元気出せ」


泡を吹くニセ魔王の鼻から子蟻が何匹も体内に侵入している。

もう直ぐクイーンの忠実な下僕がまた一匹増えるのであろう。

ま、それはどうでもいい。

わらわもまだまだ修行が必要なようだ。

それが判っただけでも儲け物という物だ。


「とりあえず、さっさと流されて帰るか。父には言ったが母には内緒でこっち来たしな」

「おしりぺんぺん、かくごする、です」

「ルンねえちゃ……怒ってるっぽいでありますよ、ガクブル」


……えーと。


「帰るのは明日と言う事にしてたもれ?」

「だめ、です」

「ただでさえ帰還に三日は必要なのですよー?」

「これ以上帰りが遅くなると、もっととんでもない事になるのであります」


……なんと言うか、トホホである。

ああ、わらわが魔王らしい威厳を取り戻す日は、一体何時になるのであろうな……。


……。


≪side カルマ≫

一週間ほどハイムが姿を消していた。

まあ、許可は出していないものの、俺は話を聞いていたし、

アリサ達からも近況報告を受けていたのでそれほど驚かずに済んだが、

事情を説明してもオロオロしていたルンが印象的だった。


「ち、父……治癒を……治癒を……」

「判った判った」


娘が帰ってきたその次の日。玉座に座っていると、

ヨロヨロと、赤く腫れ上がった尻に濡れタオルを乗せたハイムが匍匐前進で近づいてきた。

ルンに折檻を食らったらしいが、まあ、自業自得と諦めているらしい。

……とりあえず反省はしているらしいので治癒をかけてやると、

ハイムは軽く飛んでぽすんと俺の膝の上に納まった。


「し、死ぬかと思ったぞ……」

「ルンは本当に死に掛けてたけどな」


はーちゃんが居ない、はーちゃんは何処、

と夢遊病患者のように城を彷徨うルンは見るに耐えなかったからな……。

余り心配かけるなよ?


「とりあえず、話しただけでなく許可まで取ってたら俺も庇ってやれたんだが」

「うう、偽者が出たから退治しに行くと言ったではないか」


「……返事も聞かずに飛び出していったじゃないか」

「まあ、それはさておき」


置くな。

とは、あえて言わないでおく。


「にいちゃ、ほうこく、です」

「ニセ魔王、金貨600枚で売れたであります!」

「おお、わらわ達が思ったより高値が付いたな」

「向こうの大陸のカルーマ商会支部へ、各国より感謝状が届いております、ハイ」


その時、アリシアとアリスがルイスに伴われてやってきた。

……まあ、俺としては別大陸の事にまで関る余裕は無いが、

商会が広がっていくのを止める気は無い。

とりあえず大まかな事を報告さえしてくれれば問題は無いってものだ。


「ともかく、向こうの大陸での懸案事項は片付いた、と考えていいのか?」

「はい、です!」

「もうすぐ更にもうひとつ隣の大陸への地下通路も完成するであります」

「これでお米等もコンスタントに輸入できると言う物です、ハイ」


ふむ。それは僥倖。

ボンクラからもカレー用に米を売ってくれと矢の催促が来ているらしいし、

俺としても米の飯を食えるようになるのはありがたい。

……現在の相場は二年前に収穫された古米10gくらいで銅貨1枚だしな……。

高くて普通に食うのが申し訳ないんだよな……常識的に。


因みに銅貨一枚とは日本円換算で100円、

つまりご飯一杯で千円もしてしまうのだ。

別な言い方では1kgで一万円の古米……正直ありえないと思う。


「そういや、米で思い出したが醤油の製法が書かれた本が見つかったって?」

「そう、です」

「もうすぐ届くでありますから、解読ヨロシクであります」

「陛下の仰られる魔法の調味料の実力とやら、早く堪能したいですねハイ」


米の話と違い、そっちは本当にわくわくするな。

久々に焼き魚に醤油をかけて食える訳だ。

まあ、作るのに時間がかかるだろうしまともに使えるようになるには数年かかるだろうが……。


「そうそう。今やリンカーネイトは食の国としても知られるようになりました、ハイ」

「そういえばそうだな」


ルイスが突然話し出したがそれは事実だ。

俺が美味いものを食いたいが為に色々再現させたため再現させた料理が市井に出回り、

一大ムーブメントを巻き起こしているらしい。


「それについてハピさんが何か腹案をお持ちのようですよ、ハイ」

「そうか……じゃあちょっと聞いてみるとするか」

「あいあいさー。ハピに伝えとくであります!」


ちょろちょろとアリスが部屋から飛び出していく。

続いてまだ仕事の残っているルイスがアリシアに背中を押されながら部屋から出て行った。

軽く伸びをすると俺も立ち上がる。


「ハピは執務室にいるようだぞ父」

「ああ、判った……」


……。


ハピの執務室は噴水塔の上層階、俺の部屋から大して離れていない区画に有る。

勝手知ったる、とばかりにドアを開けると、

ハピと……横でアルシェがお茶を飲んでいた。


「総帥、いらっしゃいませ。そちらもお茶いかがですか?」

「あ、カルマ君だ」

「んー、じゃ、貰うかな」

「ハピ、わらわにもくれ!」


背中でパタパタと片手を動かして肩口から存在をアピールするハイムに苦笑しつつ、

勧められるまま椅子に座る。


「茶葉は緑と紅がありますが……」

「俺はどっちでもいいぞ」

「じゃあわらわは緑で!」


差し出されたのは緑茶であった。

……こんな物までこの中世モドキの大陸に入ってくるあたり、

商会の勢力はかなり広がっているのだろう。

そう思うと、どこか誇らしげな気持ちになる。


「さて総帥。多分ルイスさんからお話は聞いていると思いますが」

「ああ、何か新しい商売の腹案があるんだったな」


ハピはこくりと頷く。


「どうでしょう、これだけ異国の食材が手に入るのです。地方の特色を生かした店を作ってみては」

「いいんじゃないか?」


要するに日本料理店とか中華料理店とか。

そういう専門店を作ろうと言う試みか?

悪く無いと思う。


「どうせなら、店員の格好とか店の造りも、各地方っぽくすると異国情緒が出て良いと思うぞ?」

「異国情緒、ですか……いいですね、流石は総帥」

「何か、話半分聞いただけだけど、旅行に行ってる様な気分になれるかも。僕も賛成!」

「わらわには良く判らんが美味いものが増えるのは歓迎だ」


とりあえず、反対の人間は居ないようだな。

ま、後はハピに任せておけば問題ないだろ?


「じゃ、細かい所は全部任せるからな、頼むぞ。」

「総帥、お任せ下さい。必ず成功させて見せます」


いっそ、そういう店の立ち並ぶ街を、

異国の人達も多く来るサンドール辺りに作ってみるのも面白いかもな。

……そうだ。


「この際だ、そう言うのを一纏めにして遊園地にでもしてみるか?」

「ゆうえんち?父よ、なんだそれは?」


「色んな遊ぶ所があって家族連れとかで楽しむ場所だ。無論昼飯を食う所もあったりする」

「遊ぶ所、ですか?」


「そうだな……ハピ。動力が要らない所で迷路とか眺めの良い展望台とか……」


とりあえず動力源になりそうなものに心当たりが無いため、

無難な所をチョイスしておく。

広い花壇とか巨大滑り台、ついでに公園にありそうな物を大型化したようなものまでな。

で、遊び疲れた連中用に何件かの食堂とかあるわけだ。

……中央に劇場でも作って、一日数回の公演をさせても良いかも知れない。


「成る程、確かに意欲的な試みです。並みの公園とは桁が違う、ですが……」

「維持だけでも大金が要るな。国民向けのサービスとしては度が過ぎるのではないか父?」


うんうん、そこに気付くようなら先は明るいぞハイム。

どうやらハピも同意見のようでしきりにうんうんと頷いている。


「そこでだ、周囲を壁か何かで囲い、入場料を頂く訳だ」

「ふむ?だが、立ち入るだけで金が掛かるなら、物好き以外入りはせんのではないか?」

「そうですね……立ち上げが上手く行かない場合大きな赤字部門になりかねません……」


うーむ。確かにそうかも。

それが当たり前になればいいんだが、

ただの綺麗な公園や迷路なんかに金まで出して入りたがる奴がこの状態でいるかは未知数だな。

……とりあえず保留、かな?


「ちょっと待った!って言わせて貰うよー」

「アリサ様?」

「アリサちゃん、僕ら脅かしてどうするのさ?」

「クイーン。天井板を外して現れるな。心臓に悪い」


その時、アリサが天井裏から登場。

器用に天井板を嵌めなおしながら、自らは半回転しつつ着地する。


「それだけだと駄目だよー。だけど、観覧車とメリーゴーランドがあれば話は別!」

「出来るのか?」


ニッ、とアリサは笑う。


「水脈を……水力を利用する。ついでに噴水も作れば良い客寄せになると思うよー」

「ついでに脚漕ぎ式のゴーカート?とかも追加とかな」


「いいねいいね!でも、流石にジェットコースターは無理!でも回転ブランコは何とか……」

「おお、夢が広がるじゃまいか!」


「何を言っているのだこの二人は……」

「うーん。たまに僕らでも近寄れない話をしてる時があるんだよねこの兄妹」

「正直、総帥達が羨ましくなる時もありますね……どんな世界が見えておられるのでしょうか?」


気が付けば、予算の確保まで行っている俺たちを、周囲の三人がじーっと見つめている。

……これは恥ずかしい。

ともかく、立地条件の良い所(地下水脈の速度の速い所)をピックアップするよう命じ、

遊具選定もアリサに一任する。


面白そう、の一念でかなりやる気の高いアリサを解き放ち、

ついでに蚊帳の外状態のハピやアルシェ達にも説明してみた。


「なるほど。しかし、安全を確保する為の予算はかなりの物になりますね」

「乗らない人も要るのに他人の分のお金も入り口で払わされるのはどうかと思うよ僕は」


ふむ、不評だな。

なら……。


「そんなの、別料金にすれば良いじゃあないか」

「えー?それはけち臭くないか父?」


「だが、乗らない奴等からすれば公平感が出る。しかも楽しそうに乗ってるのを下で眺めると?」

「……乗りたく、なる。……ですか」


「ハピ、そういう事だ。しかも、どうせこんな所まできたんだという心理が後押しをする」

「人の財布を狙う悪党だな父は」


悪いか?それに相手も満足させられるぞ。

何せ世界でここだけ、って奴だ。

乗るだけで自慢の種が増えるってもんさ。


そして、こう言う"心の栄養"を体の栄養と一緒に与えておけば中々不満は爆発するもんじゃない。

世の中を治めるコツは、民にパンとサーカスを与える事とはよく言ったものだ。

つまり、俺達の足元を固めるという意味でもこれは有用なものとなる。


「と言う訳で、後でアリサと細かい所を詰めてくれ。俺の責任でこの計画を推進するから」

「承知いたしました総帥」

「それにしても、カルーマ商会って何処まで行くの?僕、もう全体像が把握できないんだけど?」


……ん?

そんな事、決まってるさアルシェ。


「終着点なんか無いさ。商いの道に終わりなんか無い」

「……本当に?」


「ああ。何せ一度進んだ所でも、探せば新しい商売の種は必ず転がってるもんだからな!」


気が付けば、トレイディアの外れカソの村に始まった俺の旅は、

大陸の南端レキ砂漠に及んでいる。

そして……その途上で作り上げたカルーマと言う名と商会は半ば一人歩きし、

遂に俺の目の届かない別大陸にまでその勢力を伸ばしつつある。


終わりなんて有る訳も無い。

何せまだ、実現出来ていない物も腐るほどあるのだから。

簡単に作れそうに思うものだけでも、安全剃刀とか高枝切り鋏など色々ある。

第一、生活必需品の需要が無くなる事など無い。

そして……。


「にいちゃ!それにはーちゃん、いたです!」

「ルンねえちゃ、探してるでありますよ?」


「うわっ!?は、母を放って置くのは危険だ!父よ、戻るぞ!?」

「はいはい、判った判った」


この蟻ん娘どもが居る限り、カルーマ商会が無くなる事は無いのだろう。

……そんな事を思いつつ、

俺はハイムが見当たらず情緒不安定に陥っているであろうルンの元に向かうのであった。


ん?アリサが戻ってきたぞ?


「言い忘れてた!兄ちゃ……こないだ崩落させたお城、遊園地に移設しておくねー」

「はいはい、好きにしろ」


「ニセ魔王城は入場料お一人様銅貨3枚くらいで良いかな?」

「ちゃっかり別料金取るのか。……良いんじゃないのか?」


ま、コイツ等もすっかり商売人だ。

飽きる事なんか、無いだろう。

それに……餌を地道に探すより、金を出して買うほうが色々な意味で楽だと、

蟻ん娘どもは理解している筈だ。

何せ一番厄介な人間との衝突が無く、逆に行動を制御できてしまうのだから。


だから、カルーマの商道に、終わりなんか無いのだ。

何時か……コイツ等が居なければ世の中が回らないようになる、のかも知れない。

ま、アリサ達に人間をどうこうするつもりは無いからな。

地上と地下への住み分けで上手くやって行くような気がするよ。


さて、とりあえずさっきも言ったがルンと合流だ。

そろそろ商都軍も動き出した頃だし、そちらの動きに合わせて対応を練らねば。

……俺も随分この世界に慣れてしまったもんだと思う。

ただの大商人、カルーマだった頃で俺の望みとしては十分だったんだけど……。

ま、何を今更だな。

商会はハピと蟻ん娘達に任せて、俺は俺の戦場に行くとしますか……。


***商人シナリオ 完了***

続く



[6980] 64 連合軍猛攻
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/12 23:52
幻想立志転生伝

64

***大戦の足音シナリオ1 連合軍猛攻***

~北の動乱と南の平穏~


≪side レオ≫


「総軍前進で御座る!ニエ、カマセ、ヨワスギールの各都市は既に我が手にある!」

「行くのだ!余とカタの為に!自由都市国家郡と言えば見栄えは良いが、所詮は石壁で囲われただけの集落の群れに過ぎん!問題となるのはサクリフェスを中心とした一部の都市だけだが、その中心的存在であるサクリフェスには現在首が無いも同じ状態なのだ。ならば余とそれに従う軍勢を阻むものなど何も無い!進め!そして余に勝利を!この戦いに勝利した暁にはトレイディアは王国の仲間入りを果たすであろう!進め!進め!進め!勝利の栄冠と目を見張るような褒美はもう、すぐそこだ!」


ティア姫と村正さんの雄叫びにあわせ、トレイディア、マナリア軍。

いや、自分等も居るんで"連合軍"とでも呼ぶべき軍勢が、

都市国家を複数同時攻略しながら進んでいるっす。


「いや、本当に凄い熱気っす。アニキも後で来るとか言ってたっすけど、これが見たいんすかね?」

「陛下のお気持ちは判りませんが……レオ伯爵、余り羽目を外さないで下さい」


何か知らないけどアニキは自分を今回の戦争に援軍として参加させたっす。

副官はイムセティ。

お互いが五百名づつ配下の兵を引き連れると言う形を取ってるっすよ。


……それにしてもイムセティは相変わらず皮肉屋っす。

まあ、自分は結構ちゃらんぽらんだから丁度良いのかも知れないっすがね。


「判ったっす。ただ、イムセティも少し息を抜くことを覚えるべきっす」

「いえ。それをするのは確実に役割を果たせてからです。以前の事もありますので」


はぁ。硬いっすね。

これじゃあいざと言う時柔軟な対処が出来ないように思うんすけど。

ま、それをどうにかするのも自分の仕事の内っすか?


「そんなガチガチじゃあ良い仕事は出来ないっす。自信を持って、力抜くべき所は抜くべきっす」

「そんな物でしょうか?……私には、まだ判りません……」


力なんて、必要な所で入ってればいいものなんすよ?

ま、能力はさておき自信が無ければ的確な判断なんか出来ないっす。

そうなると何時でも力を入れていないといけなくなる。

けど、それだといざと言う時に疲れ果てて気が抜けてるってものっすからね!


……まさか、それを管理するのも自分の仕事?

アニキ、もしそうだとしたらちょっと仕事多すぎっすよ。


「……何考えてんだレオ。仏頂面なんかしてよ」

「あ、親父。ちょっと仕事の事を考えていたっす」


「へっ、一人前みたいな事言いやがって……カルマに迷惑かけるんじゃねぇぞ?」

「勿論っす。自分もすでに自分の家名を持つ身。その名誉と給料に見合った仕事をするっす!」

「こ、この人が陛下の兄貴分……マナリアの猛将ライオネル将軍ですか……」


正直、そんな大した男には見えないっすけどね。

ま、単細胞だけど頼りにはなる親父っすよ。

今回は東マナリアからの援軍として来ているっす。

ただ……兵士はたった百人。

親父、上層部から死ねと言われてるようなもんっすね!


リチャード殿下は庇ってくれたんすか?

いや、下手に庇うと致命傷だってのは判るっすけどね。

やっぱ長年国を支えてきた古参の家臣は大事にしないといけないっす。


ただその日和見的行動でルーンハイムの姉ちゃんからの信頼を失ってるんだから笑えないっすが。

……もし良い関係を保ててたら……いや、この場合仮定は意味が無いっすね。


とにかく、東マナリアは余り本気で支援する気は無いみたいっす。

ま、邪魔さえしなければそれで良いと自分は思うっすよ。


「応よ。俺の事を気に入らねぇ連中は多いのさ。ま、大した事じゃ無ぇがな?」

「大した事だと思うのは私だけですか?」

「イムセティはまともっすよ。親父がおかしいだけっす」


そう。その百人で既に二つの城塞都市を落としているっす。

自分達は戦場に着いたばかりでまだ持ってきた物資を引き渡したばかりっすけど、

巨大剣を文字通り振り回しながら城門ごと粉砕して行く姿はまるで冗談のようだったそうっすね。

……自国の物にならないのに頑張りすぎだと、色んな意味で伝説になりつつある。

それが自分達の親父っす。


まあ、やっぱ頭がおかしいと思うっすよ。


「……アニキも大概っすが……やっぱ親父含めてこの一門、何処か頭がおかしいっす」

「自覚はあったんですかレオ伯爵?」


え?

それってどういう意味っすか!?


……。


さて、到着から三日が経過。

村正さんの指揮の元、士気の高い連合軍は更に幾つかの街を落としているっす。

自分達ものんべんだらりとしている訳にも行かないので、

適当な街の攻略を進言したっすよ。


「で、割り当てられたのがこのヤケニカタイの街っす」

「三重の防壁に守られた人口約一万人の城塞都市、ですか」


流石はカルーマ商会の情報網。

かなり詳しい内情まで調べ上げてるっすね。

ふむ、

兵数は二百名そこそこっすけど、結構小金持ちっすね。

昔、聖俗戦争で自分も使った事がある初期型バリスタ、しかもレキ製の正規品が三台。

しかも城壁の周りは堀になっていて、防衛力はかなりのものっすよ?

物資は半年分の備蓄ありと。要するに囲んでるだけじゃ勝てないって事っすね。


ま、幸い兵を率いるのは何処にでも居るような普通の指揮官のようっす。

アニキからの指令もあるし、ちゃっちゃと落とす準備っす。


「イムセティ?自分等が壁になるっすから、攻城兵器準備頼むっす」

「はっ!サンドール歩兵隊五百名、これより攻城兵器組み立てにかかります!」


自分等が隊列を組む間、イムセティ率いる歩兵達はリンカーネイトの誇る攻城兵器郡を、

結構てきぱきと組み立てていくっす。

そう、つまり今回の参戦は攻城戦の訓練を兼ねてるって事。

相手はとても打って出られる状況では無いし、万一があっても自分たちが新兵達を守れるっす。

そんな状況だからこそ兵に経験を積ませる良い機会だと兄貴は考えてるようっすよ。


「大型バリスタ、トレビュシェット投石器、用意完了です!」

「うっす!バリスタ用の槍と、投石器用の岩、爆弾、それに病気の牛はそこっすよ!」


弾は選り取りみどりっす。


特に凶悪なのが病気の牛。

これを投げ入れれば敵陣内に流行病が、って事らしいっす。

……自分達はアニキが用意してくれた"わくちん"と言うのを使ってるから平気っすけどね。

兎も角イムセティの指示の元、次々と弾が攻城兵器に運ばれていくっす。


あ、因みに牛はよほどの事が無ければ使うなとも言われてるっすよ?

自分も村正さんの領地となるこの街に使いたくは無いっす。


「レオ将軍!敵のバリスタが動き始めました!」

「構うなっす!よほどのまぐれでも無いとここまでは届かないっす。恐れるに足りないっすよ!」


恐れるに足りない、ってのは味方の士気高揚のためのハッタリ。

実際は当たればヤバイのは間違いない。

けど、よほどのまぐれでも無いと届かないってのは本当っすよ。


因みにそのバリスタを売ったカルーマ商会のお墨付き。

実際は高所から撃つ分飛距離もあるそうっすけど、

それを考慮に入れた上でまだなお余裕がある距離っす。

……残念ながらバリスタと言えど初期型ではそこが限界……。

だから新型は敵の射程外からぶっ飛ばせば良いっす。技術革新って奴は恐ろしいっすね、本当に。


って、あれ?


その時、ドスン……と槍が降ってきたっす。

誰にもあたる事は無かったっすけど、兵士達が騒ぎ始めたっす。

これはいけないっすね。


「レオ伯爵……敵のバリスタは初期型、ここまで矢が届く訳が」

「改造くらいするのが普通っす。何を慌ててるんすか?」


それぐらいで慌ててちゃ戦場では生きていけないと思うっす。

例えばアニキなら、ニヤリと笑って自分で壊しに行くところっすよ?


「あ。……はっ!イムセティ以下サンドール歩兵隊は敵射程外に下がります」

「うっす。……自分達も流石に飛んでくる槍は勘弁っす。散開しつつ城を囲むっすよ!」


「そうですね……あの丘が良い。後方の丘に布陣せよ!」


お、流石はイムセティ。

誰にも言われずに小高い丘の上に後退したっすね。

距離が離れた分高度で補う。

ま、無難な作戦っす。


「余り離れすぎると敵が出てきかねないっす!全員槍が当たらない事だけを考えるっすよ!」

「レオ伯爵。申し訳有りませんがもう暫く敵の注意を引き付けてください」


ふう、判ってるっす。

こんな所で折角用意した攻城兵器を壊されたり、

あまつさえ無駄な犠牲が出たりしたらたまらない。

流石に硬化をしても、バリスタを食らえば大怪我っすからね。


「敵の攻撃は僅か三基のバリスタ頼り!一人一人の所には来ても一本!良く見て回避っす!」

「攻城兵器組み立て完了です!逃げの一手有難うございます!」


相変わらず一言多いっすねイムセティは。

ま、それでも攻を焦らなくなったのは良い事っす。

さて、じゃあ自分等は引きますか。


「後は任せるっすよイムセティ!」

「はっ!トレビュシェット、目標敵城壁内!バリスタは敵性バリスタ破壊を目指して下さい!」


相手はとても出てこれる状況じゃないっす。

ま、順当な所っすね。


……結局、三日三晩にわたって絶え間なく降り注ぐ攻撃に敵は降伏したっす。

ま、これでアニキからの指令は完遂。

次は村正さんたちの戦いぶりを見せてもらうっすかね?


「よぉし!じゃあ商都軍本隊と合流っす!」

「了解です。サンドール歩兵隊!攻城兵器解体後、守護隊に続いて行軍してください!」


しかし、アニキも悪辣っす。

射程の長い攻城兵器とその護衛……同盟国への義理は十二分に果たせる上、

兵を損耗しない編成っす。

軍の錬度を上げるには丁度良い、って所っすかね……。

しかも、村正さんそれに気付いていながら十分だと思ってるみたいっす。

国際関係って化け物っすね?恐ろしいもんだと思うっすよ。

あ、それと。


「それとイムセティ。自分の事"レオ伯爵"って呼ぶっすけど爵位で呼ぶ場合苗字のほうが……」

「そうなんですか。……いえ、申し訳有りません。王族とは言え所詮は奴隷上がりですからね」


「ま、リンカーネイトの礼儀作法なんて決まってないからどっちでもいい気もするっすけどね」

「でしたらこのままで。気が向いたら言い換えます」


そうっすか。

ま、それも良いっす。


……。


≪side 村正≫


「応、村正。レオの奴がヤケニカタイを占領したってよ」

「位置的に次はオーブタイですかぁ?それともモノノツイデかしらぁ」

「ふむ。モノノツイデは集落に壁を作っただけで自由都市とは名ばかりで御座る」


「ならば……余はビリー殿に任せる事を提案するが。余り重要な所を傭兵隊に任せたくは無いしオーブタイは城塞都市としての価値は低くともかなりの人口を有する小さな商都と言っても良い都市だ。都市国家郡は一つ一つの街の規模が小さい。大き目の街は確実に、そして出来るだけ出血を最小限に陥落させておきたいものだが?」

「そう言う事は俺様の前で言わないで欲しいけどな?ククク、まあ傭兵なんてそんなもんだけどよ」


一応、今の所は順調で御座るな。

平時の備え程度の兵だけを残して、必勝の体制で臨んだ今回の遠征で御座るが、

それでも商都正規軍は五千を連れて来るのがやっとで御座った。

傭兵隊は千人ほどかき集められたで御座る。

それに西マナリア軍三千と、東マナリアよりの援軍……百名。

更にリンカーネイトよりの援軍千名が今回の総兵力で御座る。


……総軍一万余名。

幸いな事に補給はカルーマ商会がやってくれるので、

そちらの心配をしなくても良いのは幸いで御座った。

そして、各都市では暴政が敷かれていたらしく意外と市民からの反応が良い事が、

予想外ではあるものの、同時に望外の幸運で御座る。


しかし、普通の施政者なら自分に都合の悪い情報は隠すもの。

……誰か、拙者達の良い噂でも流してくれていたので御座ろうか?


「正直、これで負けたら拙者は良い笑いもので御座るよ……」

「あらぁ?私達も居るのにそれは無いと思うわよぉ?」


ふむ。ティア殿の側近のレインフィールド公……レン殿で御座るか。

元は落ち零れの学生だそうで御座るが、

今回の働きを見る限りとてもそうだったとは思えんで御座る。

片目を眼帯で覆った彼女は的確に……まるで手足のように諜報機関を動かし、

新鮮かつ確実な情報を手に入れてくれているので御座る。

……これだけ有能な側近を連れているとは流石はティア殿で御座るな!


「時にレン殿。オーブタイの戦力は如何か?」

「そうねぇ……元々五百名以上の守備隊がいるしぃ。しかも……敗残兵が合流してるわぁ」


「応!今まで俺達が落とした街から逃げた連中だな?」

「その通りよぉ。しかもそう言う信用の置けない兵は街の外で伏兵させてるわよぉ?」


ふむ。しかし、伏兵がわかっているなら対策も取れよう?


「取りあえず右側はリンカーネイト軍に合流ついでに蹴散らすようお願いしてるわぁ」

「成る程、合流時に敵の背後から襲って頂くので御座るか」


「そう。で、左側はライオネル将軍。お願いできるかしらぁ?」

「応よ。任せておきな……ってモノノツイデ攻略はどうすんだよ!?」


「ふむ。それこそ物のついでで構わないで御座る、文字通りついでに蹴散らして欲しいで御座るよ」

「へっ、成る程な。別方面に向かうと見せかけて回り込むのか」

「そう言う事よぉ。一度向こうに向かってから、途中で一回戻ってきて下さいねぇ?」


まさにそういう事で御座る。

ともかく相手を完全に甲羅の中の亀にしてしまえば少なくとも負けは無い。

出来る限り早めにこの一帯を占拠しておきたいので御座るから、

余りここで時間を取られすぎる訳にもいかんので御座るよ。


「ところでぇ、村正さん?攻城兵器がボロボロよぉ?」

「ぬ。そう言えば幾つもの都市を落としたが故に、兵器の損耗が激しいで御座るか」

「そう言えばそうだな。矢玉も尽きかけておる。まあ、そちらはカルマが何とかしてくれようが、攻城戦に攻城兵器が無いのはまずいを通り越して危険だ。兵の損失は避けたいものだが、ここは力攻めするほか無いのかも知れんな。ただし彼の街は銅の城門が二重になっておる。これを力押しで抜くのは容易ではないぞ?さて、カタよ。お前の腕の見せ所だな」


さて、これは困った。

酷使したバリスタや破城槌は修理が必要で御座る。

無理に使って完全に壊すのは論外。

……ここは今ある通常戦力で何とかするほかは無いで御座る。

しかし、迎え撃つは分厚い防壁と二重の銅門。

さて、どうしたもので御座るか。


「ああ、そうで御座る。拙者が行けば万事解決で御座るよ」

「え?それってどう言う事かしらぁ?」


いや、考えてみればそう難しい問題ではない。

……要するに、二重の城門さえなければ問題ないので御座るからして。


「拙者が先頭に立って城門を二枚とも破るで御座る!」

「総大将が死ぬ気ぃ?」

「……いや……俺としちゃあ悪く無い手だと思うぜ村正……そうだ、村正があるんだしな」


「え?あるぅ?あるってどう言う事なのよぉ?」

「成る程な。余にも判った。要するに……切れぬ物無しの妖刀村正を使い城門を一気に破るのだな?お前はそこまでやれば良い。城門の破られた都市など逃げ場の無い棺桶も同じだ、兵数差を生かして一気に押し込んでやれば良い……ふむ。悪く無いのではないのか?」


で、御座ろう?

ならばここで一ついい所を回りに示して見せるで……。

む?レン殿?

何を怒っておられる?


「馬鹿じゃないのぉ?」

「確かに愚かしいで御座るが、これも勝利の為で御座る」


何が不満で御座る?

手を眼前でパタパタ振ったりして。


「そんなの。部下に任せて置けばいいのよぉ!」

「しかし、あの門を一気に打ち破れるは拙者の妖刀村正のみ……行かねばならぬので御座る!」



熱弁を振るう拙者に対し、レン殿の額には段々と大きな青筋が立ち始めているようで御座った。

そして……彼女は吼えたので御座る!



「武器を部下に貸せばいいじゃないのよぉ!?」



「なん、だと……で御座りましてりゃあ!?」

「ふむ。レンよ、慧眼だな。余もその方がいいと思うぞ、何せカタよ。お前は何処まで行っても我が軍の総大将なのだからな?余が指揮を取っても良いが、それでは商都軍がついて来まい。何せ連中にとってお前は聖俗戦争の英雄なのだからな。それに子も居らぬ余に従う理由など奴等に有るとは思えんしな……」

「応!それはいいな。安全だ。もし刀持たせた奴が死んでも近くの奴が仕事引き継ぎゃいいんだ」


……え?

それは一帯どういうことで御座る!?

ちょ!?皆してどうして拙者ににじり寄って……。



……アーーーーーーッ!?



……。


≪side カルマ≫


「いじょうが、せんそうの、ようす、です」

「ふうむ。村正が予想外の所で予想外の危機を迎えてるな?」

「相手は村正でありますからね……自分の武器を使われるのは死ぬより辛いと思うであります」


さて、俺は今リンカーネイトの首都たる噴水都市アクアリウムで、

アリシア達から戦争の中間報告を受けていた。

因みに半ば実況中継。蟻ん娘の情報の速さと確実さは流石に神がかっているな。


送った援軍も半分は精鋭だし、レオもあれで凄い優秀な男だ。

第一、総兵力ではともかく向こうは小さな城塞都市の集合体。

神聖教会が半壊している今、

ただでさえ意思統一が難しい上に準備期間を与えていない以上順当な結果であろう。


まあ、兎も角この戦いで村正が負ける事は無いであろうと思われた。

そんな訳で工作部隊をサクリフェスに向かわせた後、

幸いな事に時間が少し出来たのでこうして久々にのんびりとしている訳だ。

ま、都市国家郡が全部降伏した辺りで向こうに行ってみようとは思っているがな?


「うあー」

「ん?グスタフか……どうだ、兜のかぶり心地は」


その時、息子のグスタフがハイハイしてやって来た。

喋れもしないがぺたぺたと俺の脚を触って、自分の存在をアピールしている。

……頭にカタツムリの殻を被ってな。


シェルタースラッグの殻を他の殻とぶつけ合って加工したその名もグスタフヘルム。

……現状では弾まで特注の無反動砲カールグスタフと炎の魔剣ふ……いや何でも無い。と共に、

俺の子でありながら魔法を使えない、と言うか外部に放出できないこの子を守ってくれる事だろう。


……デンデンムシ被ったカールも中々可愛くて良いなぁ。

そうだ、戦勝祝いにはコイツも連れて行こう。

そして村正に自慢してやるのも面白いな。


「お前もたまには遠出したかろう、なぁ?」

「うあー?」

「なんという、ばかおや、です」

「あたしらも愛でろ、であります」


ふむ、ならば良し。

愛でてやろうではないか?


「そりゃあ!人間お手玉だっ!」

「すごいぱわー、です」

「きゃっ、きゃっ」

「天井すれすれまで何度も投げ飛ばされて笑ってられるぐーちゃんも大概に大物であります……」


どうだ!全員纏めて相手するぞ?

って……視線を感じる。

アリサだ。

近くの床板が少し持ち上がり、こっちをジーッと見つめていた。


「兄ちゃ、何やってるのさー」

「お手玉」


「あたしも混ぜろーっ!」

「はっはっは、どれだけ来ても構わんぞ?」


……久々の穏やかな時間で浮かれていたんだろう。

それが、どんな結末を生むか……判っていた筈なのに!


「そうじさぼって、きました、です」

「おひるね、ちゅうだん、です」

「たまには遊んで欲しいであります!」

「やねうらから、きたです」

「床下から来たであります!」

「ごはんたべながら、きたです」

「にいちゃが遊んでくれると聞いたであります」


「「「「「まだまだくる、です」」」」」

「「「「「にいちゃと遊んでもらうチャンスでありまーす!」」」」」


「お前ら少しは自重しろ馬鹿たれーーーっ!?」


流石に限界だ!

落とさないようにこれだけの人数をお手玉とか、ありえないから!

と言うか、物理的に無理!


「「「それでも、ふえるわかめ、です」」」

「「「まだまだ行くよーッ、であります!」」」


まだ増えるのかよ!?……ギャオオオオオオオオオオオッス!


……。


「ハァ、ハァ、ハァ……」

「きゃっ、きゃっ、きゃっ」


「おもしろかった、です」

「最近にいちゃ、忙しくて遊んでくれなかったでありますからね」

「そうじに、もどるです」

「あたしは寝直すであります」


え、えらい目に遭った……。

何が悲しくて20名以上をお手玉せねばならんのだ?

まあ、自業自得だけど。


「がさがさがさがさーっ!」

「かさっ、かさっかさっ!」

「あ、ガサガサ?兄ちゃのお手玉は終わりだってさー」


「ガサガサ……」

「かさかさ……」


歩く木々が部屋に飛び込んできて……アリサの言葉にがっかりして帰って行く。

ヲイヲイ、流石にアレをお手玉するのは大変なんですヨ?

ふう、吐いた唾は飲めんとは言え洒落にならんなこれは。


「とりあえず折角の休みなんだ……気晴らしに買い物でも行くか」

「やすみなのに、ほうこくきいてた、ですか?」

「色々心配だと休みでも仕事してしまうお父さんは多いようでありますよ」


まあな。

でも息抜きもしないと本当に潰れちまう。

だから、ここからは本当の自由時間って奴だ。


「じゃあ、軽く飯でも食ったら出かけるぞ」

「おともする、です」

「わーい、お買い物であります!」


「あたしはパスかな。もうちょっと寝たいからねー」

「じゃあカルマ君。僕がアリサちゃんの代わりに行くよ」


うん構わないぞ……ってアルシェ。

何時の間に?


……。


厨房で料理の指揮を取るルンからパンとシチューをせしめると、

俺はアルシェたちを連れ、手近な船着場に移動し巨大たらいを持ち出す。そして、


「アイブレス!」

「ぴーっ」


少し大きくなって牛ほどの大きさに育った氷竜アイブレスを連れて大海原、

いや、街中なのにそう言うのはおかしいかも知れんがそう言う他無い……。

ともかくリンカーネイト海に向かったのである。


「僕、数年前までは竜の背中撫でられる立場になれるとは思ってなかったなぁ。よいしょっと」

「うあー」


「はいはい。ぐーちゃん……ぐーちゃんも撫でたいよねぇ?」

「おいおい、余り身を乗り出すな……派手に動きすぎて落ちたらどうするんだよ」


「おちない、です」

「下は氷でありますしね」


うん、そうなんだ。

アイブレスは氷のブレスを吐いて水の表面を凍らせてくれている。

俺達はその上を"歩いて"いるんだ。

近くを移動するならガレー船よりこっちのほうが向いているしな。


氷は昼間ならすぐに融けるし、氷のブレスで凍らされてから数分なら人が乗っても大丈夫。

万一の時の為に全員乗れる巨大たらいを引き摺っているが……まあ、用心でしかないな。


「おや陛下。お出かけですかな」

「ああ。たまには買い物と思ってな」


兵士の一人がボートの上から挨拶をしてきた。

水上とは言えこうやっての巡回は欠かせないのだ。


「近くの市場にお出かけですか……向こうの巨大筏でバザーをやっておりますよ」

「あれか……ありがとさん。仕事頑張れよ!」


「ははっ!光栄であります」


ボートを漕ぐ兵士に別れを告げ俺達は水上を歩いていく。

うん、散歩もいいもんだ。

潮風が気持ちいい……。


って、あれ?

近づくに従ってあの市場のおかしさが目に付くようになってきたんだけど?

店主がでかいよ。明らかにでかいよ?


『あ、毎度様です戦竜陛下』

『……市場って……お前らが商売していたのかよ』


……最近この街に引っ越してきたシーサーペントとワイバーンだ。

とりあえず水辺のサーペント側の商品に目を通してみるか。


うん、商品は海から取って来たらしい新鮮な魚介類……それも大型生物ばかりだな。

そう言えば水が腐らないように海底で大陸の外海と繋がってるんだったか。

ならばシーサーペントがマグロをここまで持ってこれたのも頷けるな。


なんでも安心して出産できる場所や子供の安全を確保したいが人の下には付きたく無い。

だが、トップが竜なら問題無いだろう。

……そんな理屈でこう言う竜族の端くれ……亜竜種が最近多数住み着き始めているのだ。

まあ、別に人や魔物と衝突してる訳でも無いからいいのだが、

まさか商売まで始める奴が現れるとはな……。


「ゴブゴブゴブッ、オレラがツーヤクする」

「ギギギギギギッ!ヘーカ、マイドォアリ」


しかもゴブリンに人語の通訳までさせてるよ!

……と言うか、遂に人語を解し自らも喋るゴブリンまで現れたか。

ここも本当に異常地帯だよな……。


「おおきなドラゴンさん。この大きなお魚下さいな」

「ギギッギギッギギィ!銀貨1枚ダジェイ」

『ふう、これで妻の欲しがっていた香水が手に入るな……』


……しかも馴染んでるし……。

普通の買い物客が普通に買い物してるんだけど、もしかして結構前から店出してる?

あ、シーサーペントが香水とか言ってるのには突っ込まないからな!?

海中で香水の意味あるのか?とか絶対言ってやらないからな!?


『陛下。こっちのは全然売れないんだ。買ってくれ』

『そりゃあ売れんだろこれは……』


「うあー?」

「ぐーちゃん、触っちゃ駄目だよ?」

「生首であります」

「ちがう。ほしくび、です」


今度はワイバーンの商品を見てみる。

売り物は干し首に骸骨に雑草……何処の邪教徒だ?

これ、戦場から持ってきたろ。

こんなの売れるわけが無いのだが……判らないんだろうな……。


『アイツのも死体。俺のも死体……何故売れない?』

『……食えるか食えないか、かな』


本当はそれ以前の問題だが、とりあえずそう言ってお茶を濁しておく。

個人的には周囲の客が引いてるのを見て気付いて欲しかったが……。

まあ、異種族の微妙な表情なんて判んないだろうし仕方ないか。


『判った。次からは肉の部分を持ってくる』

『いや、止めとけであります』

『むしろ、くまとか、いのししとか、つかまえてくると、いいです』


熊ねぇ。まあ需要はあるか。

肉は兎も角毛皮は重宝しそうだしな。


『う、ん……そうか、これは欲しがる奴が居ないか……』

『そうだな。欲しがる奴が居ないと商品は売れないからな』


「あうー?」

「大丈夫だよ、僕も何て言ってるか判んないし」


……バサリ、とワイバーンが翼を広げた。


『なら、取って来る』


そして、止める暇も無く大空に舞い上がったのである。

……流石に早い。もう城壁を越えてやがるか……。

しかし。


『……相棒……商品ぐらい片付けてから出かけて下さいよね……』

『アイツ、金持ちにはなれそうも無いな……』


因みに俺達の視線の先では多分つがいと思われるワイバーンが、

卵を温めながらだんなの飛んでいった方向を苦々しげに睨んでいた。


『まったく……馬鹿な旦那で困っちまうよ。ここだと食う物に困る事はまず無いから良いけどさ』

『大変ですね奥さんも』


「……ワイバーンと、シーサーペント、せけんばなし、はじめたです」

「有り得ないよね。普通」

「アルシェねえちゃもそう思うでありますか」

「……そうだな、俺もそう思う」


まあ、平和な証拠だからいいんだけどな。

……ふと気付くと大型船が近づいてきていた。

どうやら市民の暮らす居住用船舶が買い出しにやってきたらしい。


「さて、俺達が居ると買い物し辛いかもな……自分達の買い物は出来なかったけど帰るか」

「そうだね。僕としてはぐーちゃん連れてのカルマ君とのお散歩も悪くなかったけど」

「かえる、です」

「アイブレス、行くでありますよ?」

「ぴー」


……ぴたっ、とアリシアが固まる。

そして、クルリとこっちを向いた。


「オーブタイ、おちたです」

「村正が大活躍したみたいでありますね」


ほお、結構早かったな。


「へぇ。じゃあ主だった所はサクリフェスを残すばかりだよね?」

「そうだな。後は都市国家なんて名ばかりの村レベルばかりだ」


という事は、ここで油売ってる場合じゃないか。


「急いで戻るぞ。明日には出かけないとサクリフェス陥落まで持ちそうも無い」

「はいです。ルンねえちゃたちも、いくですから、れんらく、です!」

「お祝いの品、包んでおくであります!」


さて、じゃあ行くとしますかね……。

正直なところ、村正とリチャードさんには頑張ってもらわないと。


『戦竜陛下……北での戦争は終わったのですか?』


シーサーペントが少し心配そうに聞いてくる。

……こっちの言葉は判らないと思っていたが、雰囲気で察したらしい。


『ああ。とりあえずな』

『とりあえず、ですか』


『……ある意味我が国も戦争中さ。万一の為に友好国と言う名の防壁は厚ければ厚い程良い』

『成る程、と言いたい所ですが良く判りませんね。特に国という概念は。人の感覚は理解し難い』


『安全と安心の為にに窮屈さを受け入れるというのは、竜種には判り辛いでありますよね』

『むれるとそれだけでつよい、です』

『ま、ゆっくり理解していけばいいさ。憎しみさえなければ時間が理解を深めてくれるさ』

『そうかも知れませんね戦竜陛下』


ほんの些細な会話。

だが……何となく、今の会話でリンカーネイトの向かうべき道が見えてきた気がするな。

奴隷に魔物、傭兵崩れに没落貴族。

今は、世のはみ出し者の別天地。

けれど、それだけで良い訳じゃあ無いだろう。


「種の中立緩衝地帯」

「え?何それ?」


「いや、ふと思いついただけだ」

「ふーん。ま、いいけどね」


そう、確かに思いついただけだ。

けれど……いや、今考えるべき事じゃないか。


「ともかく向かうぞ。多分辿り着く頃には全てのカタが付いている筈だ!」

「そう言えばチーフにグーちゃん見せないと。一応お爺ちゃんだもんね」


そうだな。

じゃ、この平和な国を離れて北の動乱の地へ行くとしますか。

あの都市国家郡はすんなり村正の配下に下って貰わねば困るんだ。

何せ……この地の平穏の為、あいつ等には壁になってもらわないといけないからな……。


……。


≪side ライオネル≫


「アイタタタタ……流石に痛いで御座る」

「馬鹿な男だなカタは。余も警告した筈だぞ?部下に剣を任せ後方で指揮に専念しろと。それなのに、ああそれなのにお前は意地を張って突撃、城門を二枚とも切り裂くものの、帰って来た時は全身に矢と石に熱湯まで浴びてズタボロのボロ雑巾だったではないか。それを判っていて突っ込んでいったお前に同情の余地は無いぞ。だがまあ……格好良かったがな」


……敵の伏兵をぶっ倒し、ついでにちっぽけな都市国家、とは名ばかりの村を一つ落として来たぜ。

で、戻ってみたら村正の奴全身包帯まみれって訳よ。

まあ、案の定かも知れんがな?

アイツにとって妖刀村正は命の次……いや同じくらい大事なものだからな。


「応、村正……派手に暴れたみたいじゃねぇか」

「おお、ライオネル殿。また一つ都市を落としたご様子、まことにかたじけない」


「ま、気にすんなよ……これも国への忠義って奴だからよ」

「親父に忠義?無いっすね」


へっ、言う様になったじゃねぇかレオ。

ま、確かにそうだ。俺は所詮商都の片田舎出身。

本当の所はリオの……コイツ等の母親への義理立てに過ぎねぇよ。

アイツは、いい女だったなぁ。


……ま、それもここまでだけどよ。

この戦争が終わったら軍から退いてマナリアからも去るつもりだ。

元々あの干物宰相との約束で出て行った国だし、

お坊ちゃんとその嫁さん以外の貴族からは基本的に嫌われてるからな。

お姫さんとお坊ちゃんの喧嘩もこの戦いが終われば事実上終わる。

……俺の仕事はそれで終わりさ。

後は、どうやら俺の事を必要としてくれてる奴が居るらしいからそっちに行くさ。

あんな口説き文句言われたら断れねぇしな。


「ま、この戦い……何としても勝つぜ」

「そんなに気張るほどの戦力はもう残っていないと思うっすけどね」


甘ぇ、甘ぇなぁレオ。

追い詰められた獲物ほど恐ろしい物は無いんだぜ?


「しかし残るはサクリフェス。半壊したとは言え神聖教団の力は侮れぬで御座る」

「応よ。かなりの地域で信仰の自由が剥奪されてるしな……連中に後は無ぇんだ」


宗教って奴は厄介だ。

人を救っている内は良いが、時として人を縛り挙句に戦いへと駆り立てる事がある。

神様は多分何もして無ぇぜ。

その下で虎の威を借りてる奴等の中に阿呆が居るのさ。

そう言う連中が善人を騙す。

信心深い連中ってのは基本的に善人だからな。すぐ騙されてとんでもない事になっちまうのさ。


まあ、この戦いの最後の相手はそういう連中って訳だ。

決して舐めてかかって良い相手じゃ無ぇよ。


「皆様。眉間にしわ寄せて居る所申し訳毎ですが、サクリフェスから降伏の使者が参られましたよ」

「あ、もう来たっすか。意外と早かったっすね。流石アニキっすよ」

「ご苦労様ぁ。じゃ、さっそくお通ししてねぇ」


……なんだって?


……。


最終決戦に向けて気を張っていた村正は、

使者が目通りした時もよく状況が飲み込めず呆然としてた。

正直俺もそれは同じだ。

あれから一晩明け、街の受け取りのためサクリフェスに向かっている今も、

どうも考え辛い事態に頭を捻っている所だ。

ま、俺の足りない頭で考えてもわかりっこ無いかも知れんがよ?


「愉快愉快!流石に連中も現状は飲み込めていたと見える。そうだ、こうして余の、いやカタの配下に収まって居れば良かったのだ。そも教団は余の後援をしておった。余が政治の表舞台に居る限り信教の自由は守られるということをきちんと理解していたという事だな。まあ、武力は取り上げる必要があるがな?兎も角勝利だ!まずはめでたい!」

「良かったですねぇティア様ぁ?私も嬉しいわぁ」


西マナリアのお二人さんは盛り上がってるけど、俺はどうも腑に落ちねぇよ。

アンタは兎も角俺や村正はどう考えても"信仰の敵"だぞ。

……街に入った途端伏兵にブスリ、とか言わないよな?


「まあ、心配は無用っす。そんなの細かい事っすよ」

「そうですね」


レオに……イムセティだったか?

お前らも少しは疑えよ。

……もう、サクリフェスの城門前まで来てるんだからよ?


そう。

ここはもうサクリフェスの城門前なんだよ。

……城壁の向こうから、ときの声のようなものが聞こえる。

歓声、だよな?

もしこれが兵士の雄叫びだったらと思うとぞっとするんだけどよ。


「開門!トレイディア大公コジュー=ロウ=カタ=クウラで御座る!開門せよ!」


村正の声に合わせて城門が重々しく開かれる。

……本当に降伏してきたのか?

いや、そう考えるのはまだ早ぇよな。

この後大量の兵士が突撃してくる可能性だってあるんだ。

……と、思っていたんだけどよ。



「ご苦労である!魔王ハインフォーティン推参!」



「……カルマの娘じゃねぇか」

「また魔王ごっこで御座るか?飽きないもので御座るな」


ついんてーる、とか言うふさふさの髪をそよ風にたなびかせ、

そのチビ助は巨大なニワトリの上に仁王立ちしていた。

……つーか、なんでコイツがここに居て俺達の迎えに出てきてるんだ?

訳がわからねぇ……。


「神様万歳!」
「女神光臨!」
「神に逆らいし教団旧幹部たちに災いあれ!」
「生きてて良かった!」
「女神ハイムよ!我等に救いを与えたまえ!」
「神子様!神子様ぁ!」
「わしらの信仰は間違っておらんかった!」


それと、この熱狂は何なんだよ……。

本当に、訳、判んねぇ。


……。


「……つまり、神聖教団の"神"とはハイム殿の事でござったと?」

「そのとおりだ。もうどうでも良いと思っておったが、こやつ等に諭されてな」


ここはサクリフェスの政庁。

教団の仮本部だった事もあるだけに、宗教的色彩って奴が強い建物だ。

俺達はそこで今回の顛末を聞いていた。

……しかし、カルマの奴とんでもない隠し玉を持ってやがったんだな。

出来れば事前に教えておいて欲しかったが……まあ仕方ねぇか。


で、その隠し玉だ。

カルマのとこのチビ助の後ろに恭しく立ってるガキ二人とおっさん。

ところがコイツ等、とんでもない大物だった。

何と、先代教皇と枢機卿の子供だというのだ。

そして。


「お二人の世話役をしておりました司教ゲンでございます」


因みにガキ二人はリーシュとギーって言うらしい。

……教団の旧主流派トップの息子達とその世話役か。

一体何時、何処で確保したんだか。


「旧大聖堂地下で隠れ住んでおる所をわらわが見つけ保護した。仲良くしてたもれ」

「「女神様……」」

「かつての教団上層部は女神様を裏切っていたのです。成る程、敗北も当然でしょう」


そして始まった話はこの三人組の苦悩の逃亡記だった。

まあ、随分芝居じみてたから話半分に聞いてたが、

要するに聖俗戦争時に大聖堂を襲ったサンドール軍から逃れる為に隠し部屋に逃げ込んだら、

出るに出られる状態じゃあなくなったという事か。

で、あのチビ助に助けられて今に至る、と。

サクリフェスを説得したのは神の御許で正しい信仰に立ち戻る為の当然の事、ねぇ?


「いや待て。そこのチビ助がどうして神様なんだ?こないだ生まれたばかりだろ」

「ら、ライオネル殿!?」


判ってるって村正。折角上手く言ってるんだから蒸し返すなって言うんだろ?

カルマがこの三人を騙してサクリフェスの信者を説得させたって可能性もあるからな。

だが……それじゃあ長続きしない。

これは、細かい事じゃあないぜ?


「うむ。前世と言う奴だ。証拠代わりに大聖堂地下の開かずの扉を開けたりしたな。それに」

「女神様は使いやすい治癒術を授けて下された!無礼は許しませんぞ!?」

「「そうです!それに私たちを助けて下さり、信仰の自由も確保して下さったのです」」


確保?ああそうか……カルマは我が子に甘いからなぁ。

こいつに甘えておねだりされたら今までの事も関係無ぇだろうな。

おっと、今度は村正が手を上げたぞ。

流石に黙っていられなくなったか?


「待った。使いやすい治癒術とは何で御座るか?」

「うむ。今までの治癒は効果がわりかし高い代わりに使用魔力が高かった」

「その点新術"癒しの指(ヒールタッチ)"は効力こそ僅かですが手軽で連続使用が可能です」

「「しかも、詠唱は20文字ほど……私達でも容易に覚えられます」」


そう言ってガキ二人は俺の所に近づき、包帯の巻かれた手を取った。

かすり傷程度だが……ま、見せてもらおうか。新しい治癒術の性能とやらをな。


『『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』』


お、ちっこい切り傷が消えた……いや、手軽は兎も角それ、カルマの短縮詠唱だろ。

騙されてるぞ、とは言わないけどな。

それより大事な事はだ。


「要するに、リンカーネイトと神聖教団の和解は成ったって事か?」

「和解だなんて恐れ多い……我々が許しを請うてそれが受け入れられただけなのです」

「「ついてはあなた方のお国でも私達の信仰を再びお許し願いたく」」


……これは僥倖かもな。

敵対する宗教があるってのは足元がぐらついているようなもんだ。


「応よ。俺の一存じゃあ決められないが、お坊ちゃんにはキチンと伝えてやらぁ」

「商都はティア殿との兼ね合いもある。まあ竜の信徒とも仲良くするなら再び認めるで御座るよ」

「「有難う御座います。肩から重石が取れたかのようです」」


「うむ、良かったな二人とも……わらわも我が事のように嬉しいぞ」

「「全ては女神様のお力。有難う御座います」」

「ううう……あの苦悩と苦痛の日々はこの日の為の試練だったのですね……」


見るとリンカーネイト軍が次々と救援物資を運び込んでいる。

レオの奴、知ってて黙ってやがったな?

……後で褒めてやらねぇと。

何せ、身内とは言え部外者に機密を漏らすのは大罪だからな。


「兎も角、サクリフェス経由で残った全ての都市国家郡は降伏の意思を固めた。お前らの勝利だ!」


カルマの所のチビ助の宣言と共に周囲の兵から段々と遠くの兵へと歓喜の声が広がっていく。

お、村正も流石に嬉しそうだな?


「ライオネル殿、この度は真に感謝するで御座る……拙者も久々に活躍できたで御座るよ」

「そうだな。オーブタイの戦いは凄かったらしいじゃねぇか。見てみたかったぜ」


「ははは、祝言の前の景気付けで御座るよ」

「ははは、そりゃいいな……俺も式には呼んでくれよ?」


「当然で御座る」

「じゃあ、ついでに俺たちもな」


お、この声は!


……。


≪side カルマ≫

俺達一家がサクリフェスに辿り着いた時、

既に戦闘は終結し周囲は熱狂と安堵と言う、

混ぜようも無いはずの空気の混在する空間となっていた。

その中で目当ての人物を探し出した俺達はそっと近づく。


「じゃあ、ついでに俺たちもな」

「おお、カルマ殿!援軍などかたじけないで御座る!当然呼ぶで御座るよ!?」

「応カルマ!元気そうで何よりだぜ」


村正も兄貴も変わらないな。

まあ、元気そうで何よりだよ本当に。


「とりあえず戦勝祝いはティア姫に渡しておいた。俺は挨拶と息子の顔見世だな」

「うあー?」


「これは可愛らしい男の子で御座るな。ま、数年以内に拙者の子も紹介出来ると思うで御座る」

「余裕だな村正……しかし、カルマ……後ろの娘、増えて無いか?」


あ、気付かれた。


「……第一王妃ルーンハイム」

「アルシェです。第二王妃なんてやらせてもらってるよ。正直ガラじゃないけどね」

「ハピです。正式な位では有りませんが事実上の第三王妃をさせて頂いております」


次の瞬間兄貴からの強烈なボディーブローが突き刺さり、

村正からは膝蹴りが飛んできた。


「嫁さん多すぎで御座る!」

「応!有り得ないだろカルマ!?」

「いや、気付いたら増えてたんだよ!」


案の定兄貴からアッパーカットを叩き込まれた。

痛い、痛いなんてもんじゃない。

そして村正からも……村正?


「よ、嫁とは勝手に増えるものだったで御座るか……で、では拙者の苦悩は一体……?」

「応、村正!?おい村正しっかりしろ!」

「村正が塩の柱になってるーーーーっ!?」


……結局村正が復活するまで半日ほどの時間が必要になったとだけ言っておく。

そうしてその間を使い……ようやくもう一つの目的を果たす事が出来たのだ。


「ククク……コイツがグスタフか。俺様も爺さんと呼ばれる歳になっちまったんだなぁ」

「うあ?」

「チーフ。僕の勝手な我が侭聞いてくれて有難うね」


おうおう、傭兵王ともあろう者がすっかり頬を緩めちゃってまあ。


「いや……タクトも言ってたろ?お前は俺達の子供も同然だって。逆に嬉しかったんだからな?」

「へへ、そう言って貰えると助かるなぁ」


「そうだ。ついでだからタクトの奴をお前らの国に逃がし……いや派遣してやる」

「いいの?おじさんお金の勘定得意だから助かるけど」

「そういや、会った事無かったな。まあ歓迎する。文官は幾ら居ても足りん」


「へ、へへっ、助かるぜ。やっぱ不安だったしな」


何がだよ、とは突っ込む気もしなかった。

ともかく養父と義娘の再会は上手く行ったようである。

ついでに有能な文官ゲットで幸先良しだ。


兎も角旧自由都市国家郡は商都、いや村正が王を名乗り商王国となったトレイディアに帰属。

東西マナリアは再統合されティア姫が正式にロンバルティア19世として即位、

三年後にリチャードさんに譲位し、それと同時に村正の元に嫁ぐ事が決まったのである。


これより暫しの間大陸からは戦争が無くなる事となった。

ただ……勘の良いものなら気付いていただろう。

これが一時的なものでしか無い事を。


事実、この頃マナリアに向かい一通の文が届けられていた。

"シバレリア帝国はマナリア王国との国交を断絶する"

それだけ書かれたその文書は一笑に付された。

何故なら元々国交なんて無かったからだ。

……けれど、それは明確な敵対の意思を示すもの。


何時かは判らない。

だが、マナリア北部領土を巡り……いや呼び水にして大きな戦いが起きる。

それだけはまず間違い無い所だった。


何故なら……それと時を同じくして傭兵王がマナリアから去ったからだ。

そして"ゴウの兄貴の代理として働いて欲しいそうだ。世話になったな"と言う手紙を残し、

ライオネルの兄貴が失踪。

……二人ともシバレシアに行ってしまったのだ。


アクセリオン・クロス・マナさんに続き、傭兵王まで。

勇者ゴウは兄貴の師匠なんだそうだ。道理で強い訳だな兄貴。

そして兄貴が勇者ゴウの代理だとすると……五大勇者が復活した事になる。


それが何を意味するか、考えるだけで嫌になるってもんだ。


しかし傭兵王は兎も角兄貴まで行ってしまったのは予想外。

まさか兄貴が向こうに付くとは思いもせず、特に手紙が届くのも阻止しなかった。

中身を見たが、これだけで動くとは思わなかったのだ。

実は俺からもマナリアを出る際はこっちに来てくれと手紙は出していた。

それで来てくれると信じきっていたのだ。

……完全に俺のミスだ。

だが、やってしまった事を嘆いても仕方ない。

もう、戦争は不可避だろう。

だが、いずれ来るのが判ってさえ居れば対策も取れるというもの。


……ふと見ると、子供達が遊んでいる。

大陸は今、見た目こそ平和そのものであった。

例えそれが、余りに危ういバランスの元での物だったとしても……。


***大戦の足音シナリオ1 完***

続く



[6980] 65 帝国よりの使者
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/18 08:24
幻想立志転生伝

65

***大戦の足音シナリオ2 帝国よりの使者***

~傍迷惑お婆ちゃん襲来~


≪side カルマ≫

トレイディア商王国の成立から暫しの時が流れた。

リンカーネイト始まって以来の危機が訪れようとしているとの急報が入ったのはその頃だ。

俺達が執務室で書類の山に埋もれていると突然アリシアがすっ飛んでくる。

……一体何事かと思ったのもつかの間。

その口の継げた言葉に俺達は驚愕せざるを得なかった……。


「シバレシアの使者!?それもマナさんとスーが!?」

「そう、です」

「もう一人モーコ族の知らない人が来るみたいだけどそっちはどうでもいいと思うであります」

「それと、途中から一緒にタクトのおじちゃんも合流してこっちに来るって話だよー」


「で、用件は!?」

「例のマナリア北部領土の帰属問題についてだってさー。でも、それって表向きの話だって」

「本当の目的は、ルーンハイムの叔父ちゃんのお墓参りでありますね」


ジーザス!

旦那の墓参りじゃ断る訳にもいかないじゃないか!?

あー……これで、もしこっちで暮らしたいとか言われたらとんでもない事になるぞ!?


「マナ叔母ちゃんが向こうで上手くやっていられたのは、向こうにお金が無いからであります」

「あのみがってさ。すみつかれたら、まずー、です」

「兄ちゃ。正念場だよー……」


判ってる。

マナリアで問題が起きなかったのは王族であり英雄であったゆえ。

更にマナリア国民に僅か5歳で戦場に送り出したと言う負い目があったからだ。

後は宰相の思惑も絡んでいたっけ。

それと……いざと言う時の最終兵器という意味合いもあったろう。

ま、そちらは見事に裏切られた訳だが。


そしてシバレリアで上手くやっているのは基本的に力が全てと言う部分があり、

更に金銭のやり取りが無いから。

金を払うと言う概念の無い人ではあったが別にケチでは無いらしく、

持ち物を普通に欲しい、と言われたら結構OKが出るらしい。

お陰で結果的に、物々交換は意外と成り立っているのだとか。

……ルンとフレアさんの時のように他人の物でも構わずあげてしまう事もあるらしいがな。


さて……見ると玉座の横でルンが冷や汗をかいている。

呪いの真実を知った以上、母親の来訪も素直に喜べないんだろう。

相変わらず不憫な事である。


「総帥。ともかく会見はサンドールで行いましょう。首都に連れて来るのは最悪と言えます」

「そうだね。そしてレキではお墓にだけ連れてって、その脚で帰ってもらうしか無いよ」

「……お母様を長居させる訳には行かない」


嫁三人(含む実子)からの余りに手酷い評価であるが、俺としても同意見だ。

あの人をほったらかしにしておくのは爆弾を街中に放つに等しい愚行である。

しかし、無碍にするには余りに関係が近すぎる。

まったくもって困ったもんだ。


「しかもスーまで来るのかよ」

「なんか、おみあい……とかぬかしてる、です」

「しかもマナ叔母ちゃんがであります」


あの人は本当に何を考えているんだ!?

普通なら一番反対するべき立場だろうが!

自分で決めた娘の旦那に別な娘を宛がおうとするなよ?


「先生」

「何だ?」


「あの子だけは駄目」

「判ってるって」


またルンの目からハイライトが消えた。

横からこちらを覗き込むようにして懇願と脅迫の中間のような感じで話しかけて来る。

……判っていた事ではあるが、ルンとスーは根本的に相性が悪いらしいな。


「スーもルンの事になるとアホの子が途端に嫌な女になるからな……」

「まあ、いちぞく、ほうかいさせた、かたきのこ、ですから」

「ただ、その恨みを一身に背負うべき叔母ちゃんはスルーしてるのが不思議であります」


そうだな。

そこも含めておかしな話だと思う。

……まあ、おかしいのはネジの外れかけた頭そのものかも知れんがな?


「ともかく、アクアリウムに迎えるのは危険過ぎだ。サンドールにて迎え撃つ」

「いや、むかえうって、どうする、です?」

「気持ちは判るで有りますけどね」


その時、ホルスが部屋に入ってきた。


「主殿。マナ様がお出でになるとお聞きしましたが……歓迎は如何いたしますか?」

「総帥、父はあの方との直接面識が無いからそんなことが言えるのです。対策を考えるべきかと」


ホルスは歓迎をするつもりらしいがハピは対策を立てるつもりらしい。

まあ、外交官としての適正はともかく、家柄は凄いしこちらとしても肉親だ。

俺としては歓迎の準備と叩き出す算段を同時に付けておくべきだと思っている。


「おやこかんで、なんという、おんどさ、です」

「まあ、あの性格は一度向き合わないと理解しがたい物があるでありますからね……」


全くだ。

相手は我が侭姫のまま大人になってしまった上、戦闘能力も法外と言う化け物だ。

その行動原理を理解するのは至難の技だといえよう。

だが、子ども扱いする訳にも行かないと言うジレンマ……。


と、頭を抱えているとルンが肩に手を置いてきた。


「お母様はどうにでもなる。むしろ泥棒猫のほうが問題」

「いやルンちゃん。僕としてはルンちゃんのお母さんは煮ても焼いても食べれないと思うけど」

「そうですねアルシェ様……時にルン様。泥棒猫とは?」


あ、ハピ。

その話題は拙い。


「……義妹の事。先生を独り占めしようとしてる」

「そうなんだ。弓持ってくるね」

「おおっぴらに毒を盛れないのが悔しいですね。私が何年待ったと……」


「ねえちゃ!?ハピ!?おちついて、です!」

「にいちゃが愛されてるのは良いとして国際問題になるであります!」

『勘が鋭すぎて小蟻を頭に侵入させる事も出来ないんだよね、あの二人。困ったものだよー』


突然スーの暗殺計画を練り始めた嫁三人+αに驚愕するも、

止めたら浮気を疑われそうなのであえて何も言わない俺が居る。


ただし、いざと言う時は……と思いつつホルスを見ておくと、

……ホルスは一瞬の戸惑いも無く、力強く頷いた。

うん、頼りになる宰相だ。


「それよりマナ様への対応を考えなければいけないのでは?」

「……そう言えばそう」

「ともかく、呪いの件も心配だし、道案内を付けて勝手な行動はさせちゃ駄目だと思うよ」

「言えていますね。では百貨店の時のせいで対応に慣れている私がエスコートします」


「ばしゃ、ようい、です。よけいなところ、あるかせる、だめです」

「効果はわかんないけど、夜はお酒飲ませまくってさっさと酔い潰すべきだよねー」


ま、無難な線かな?

とはいえあの人の事だ。

予想外の行動でかく乱してくるくらいは予測しておかないといかん。

……突然、"あれ、なにかしら~?"とか言いながら馬車から飛び降りたって、

俺は不思議に思わんからな。


「まだ到着までの期日はある、各自対策を考えておいてくれ。さて次はスーだな」

「……あれは人の話を聞かない」


そんな訳でマナさんに関しては余り考えても裏をかかれるだけだと判断し、

今日のところは態度を保留する事にしておく。

……次はスーの問題だ。

懐かれたのは良いがルンと相性が悪過ぎる。

断っても諦めないし困った奴だと思う。


「あたしには、ルンねえちゃの話は聞く気が無い、と言う風に見えたでありますがね」

「いがいと、けいさんだかい、かのうせい、あるです」

「だよね。最初から兄ちゃを狙ってた可能性もあるよー」


……そう言う考え方もあるのか。

思えば俺を落とした上でマナリアを手に入れれば大陸中部から南部は手に入れたも同じ。

アイツはシバレリアの系列である以上大陸の制圧はそれで完了だ。

そうなると、あのお馬鹿モードは擬態なのか……?


「……情報が足りないよー」

「ともかく、いろいろ、しらべておく、です」


そうだな。判断材料が足りない状況下での判断は危険だ。


「頼む。だが、出来るだけ早く情報を集めてもらえるか?」

「あいあいさー、であります!」


さて、歓迎会と会見のセッティングだ。

宿舎もサンドール城内は危険なので何処かの一流ホテルに犠牲になってもらおう。

後は防諜体制を強化し、避難経路の設定も急がないといけないだろうな。

それと忘れちゃいけないハイムの対策。

斧持って"魔王だ!"とか言われたら何がどうなるか判らん。きつく言い聞かせておかねば……。

……忙しくなりそうだな。


……。


さて、あの恐るべき情報を得てから数週間が経過した。

既に使節団はシバレリアを出立し、各地を巡りながら南下している。

行く先々で台風のような扱いをされているとの事だ。


あちこち寄ってから来るそうなのでまだ日付に余裕は有るが、

出来る限り早めの対策が必要であろう事は疑う余地も無い。


「宿舎の建設は完了であります。やはり誰かを犠牲にする訳にはいかないでありますからね」

「おじちゃんのお墓に行く為の"内側からは扉が開かない特注馬車"出来たよー」

「おりょうりの、こんだて、きまった、です!ねむりぐすりも、ばっちり、です!」


刻一刻と近づくXデーと、着々と進められる迎撃準備……。

まるで戦時下のような緊張感が、

マナさんの被害を抑えるべく緊急隔離されたサンドールの一部に走っていた。


因みに俺はサンドール王宮につめている。

家族全員も一緒にだ。

敵は強敵。まさしく国が一つになって当たらねばならないのである。


「スーのじょうほう、あつめた、です」

「以前から調べてはいたけど、今回の事に合わせ監視と情報収集を強化したのであります!」


よし、じゃあ早速教えてくれ。

敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってな?


「まず、あのせいかくは。あるいみ、ほんもの、です」

「正確に言うと崩壊した精神をマナさんが再教育?したっぽいであります」


詳しく話を聞いてみると、幼少時別部族に客人と言う名の小間使いとして嬲られていたらしい。

思えば叩かれ慣れてる様な物言いが有ったがそういう事なのだろう。

で、気が狂って精神崩壊していた所をマナさんに拾われる、と。


「で、なんであんな性格に?」

「それが……」

「要するに、腕白でもいい。逞しく育って欲しい……と言うか放任でありますよ」


ふむふむ。

要するに、身勝手でも良いから元気な生き方をしろと諭した訳か?

確かに絶対的な力の持ち主がバックに付いた以上、好き勝手な生き様も出来たろう。

今まで虐げられていた反動でああなったが、確かに以前より幸せにはなった訳か。

……心も体もボロボロの少女を拾って文字通り再生したと言うのは凄いと思うが、

それで傍迷惑な上に頑なな性格になって、挙句自分の実子を苦しめてれば世話が無いのだが?


"いい?スーちゃん。恋をしたらどんな手を使ってでも相手をモノにしないと駄目よ~"

"馬鹿母さん、わかったゾ"


ああ、何となくどんなやり取りがあの親子間で行われていたのか幻視しちまったよ……。

頼むから周りの迷惑ってもんを考えて欲しいもんだよな。


「因みに……にいちゃの事もこの間相談していたであります」

「すきになったひとに、おくさんがいたとき、どうするか。って、いってた、です」

「返答は"相手が誰であろうと遠慮しちゃ駄目よ~?"だったけどねー」


ヲイヲイヲイヲイヲイ……。


「……お母様……」

「遠慮させなきゃいけない相手だと僕は思うんだけどな?」

「あの方の鶏頭を舐めてはいけません。本当にその場限りしか考えていない節が有りますから」


本当に、ろくな事をしない人だ……。

いや、相手がルンだと知らない可能性も残ってる訳ではあるが、

呪いの云々は別として、元々傍迷惑な性格をしていたと言う可能性は高そうだな。


……これで根っからの悪人、かつ無関係な相手だったらどんなに良かったろう。

そしてこのシチュエーションがルン達と出会う前だったらどんなに良かったろう。

なんだかんだでスーも相当に可愛いのだ。


しかし現実にはあの人には悪気なんぞ一欠けらもあるわけが無く、

また、今の俺にルンが、ルン達が傷つくような選択肢を選ぶ余地なんか無い。

そんな訳でただひたすら困ると言う事態に直面してしまったと言う訳だ。


「勇者が来ると聞いたぞ父!」

「迎え撃つのですよー」


そして、それ以上に頭が痛いのがコイツ等。

魔王と側近たる羽持ちの妖精モドキ(本性はミツバチ)と来たものだ。

すっかり興奮して戦闘準備に余念が無いが、それを認めるわけにはいかん。

なにせ勇者VS魔王で勝てる気がしないし、出来れば何処かにしまっておきたい。

……しかし、それ以前に会わせない訳にも行かないのだ。


だってこの孫と祖母、一度も会った事が無いのだから!


「ふははははは!マナよ待っておれ、30年前の借りを今こそ返さん!」

「お供するのですよー。とりあえず落とし穴ですかねー?」


……ハイムよ。来るのはお前の婆ちゃんで、

しかも一応正式な国家間の使者だ。

どう考えても喧嘩を売られているような気もしないでも無いが、

それでも外交官を殺すのは国の恥って奴なんだよ……。


要するにだ。


「アホかーーーーッ!」

「ふぎゃ!?痛いぞ父!」

「殴られたのですよー」


この阿呆を何とかせんと後が怖すぎるって事だ!


「自分の祖母をぶっ殺してどうする!?」

「……それは盲点」

「ならば寝てる隙に……おにーさん、冗談なのですよー」


がっしとハニークインの頭を掴み上げる。

軍師気取りの腰巾着にも多少言い聞かせておかねばならんか!


「いいか二人とも?相手は使者なんだぞ……無礼が無いようにな」

「むう。止むをえん。今回は大人しくしておく。ハニークインもそうしてたもれ?」

「ま、魔王様がそれでいいならハニークインちゃんに否応は無いのです!判ったのですよー」


宜しい。

さて、もう一つくらいマナさんの行動を制御する為の策を用意しておいた方がいいよな?

……そうだな、たしかアレの修復がそろそろ完了する。

ついでだ、テストも兼ねてぶつけてみるのも一興か……。


……。


どんなに望まなかろうが、運命の時はやって来る……等と思わず現実逃避に走りそうになる。

そんな自分を抑えながら俺は現在サンドール城門前に立っていた。

今日は、マナさん率いるシバレリア使節団の到着予定日なのだ。


「マナ叔母ちゃんの乗った馬車、見えてきたよー」

「ああ、判ってる」

「御者の人かなり疲れてるね。可哀想に」


アリサの声を合図に遠くに小さな豆粒が現れた。

あれがマナさん達の乗っている馬車か……。

軽く目を細めながらアルシェが言うように、

恐らくここまで共をしてきた人たちは疲れ果てているのだろう。

あのアクの強い連中を連れての珍道中……想像しただけで血の気が引いていく。


「……お母様」

「ふむ。勇敢な娘ではあったが、30年でどう変わったか」


俺の横ではルンがハイムを胸に抱いている。

で、当のハイムはと言うと過去の記憶に思いを馳せているようだ。


「能天気な割りにアクセリオンの指示には良く従っていたが……まあ、傍迷惑さは変わらんか」

「流石に勇者のリーダー格にはキチンと従ってたのな」

「……言い含められていたって、聞いた事ある」


へぇ。まあ考えてみれば当然か。

父親か宰相辺りにアクセリオンに従え、とでもと言い含められていたんだろう。

齢5歳で魔王と戦うとなると、時間的に頭の中には魔法のスペルしか入ってなかったろうし、

戦い方まで教える余地は無かっただろうからな。

更に宰相がマナさんの頭に仕込んでいた強制的に思考を操る系統の術の存在もある。

そっちでの強制も考えられるか。


「ま、当時5歳だったんでしょ?自分で考えて動ける訳無いし、戦術としては妥当だと思うな」

「うあー」

「そうですね。願わくばそのまま人の言う事だけ聞いて下さるだけの方で居て欲しかったですが」


グスタフを抱きかかえたアルシェが一応弁護めいた事を口にするも、

ハピから一刀両断にされていた。

うん、流石はハピ。マナリア赴任時一番迷惑を被っていただけの事はあるな。


「まあまあ、落ち着いてよー……さて、そろそろ叔母ちゃんが来るよー」

「……気合入れるであります」

「けいかいしつつ、ひょうめんじょうは、えがお、です!」


アリサ達はと言うと、一見何時も通りだが僅かに冷や汗をかいていた。

俺も掌の汗が収まらない。

……ここはマナリアではない。

俺達の街なのだ。崩壊させる訳には行かない。


「このサンドールもまた、今では俺の場所だ……潰されはしないぞ」

「……ん」

「父、母。そんなに酷いのかマナは」

「はーちゃんは僕らと違って、今のあの方と会って無いもんね」

「そうですね……そこは直接お会いすれば判るかと存じますよ姫様」

「うあー」

「ぐーちゃんはあたし等が守るからねー」

「きあい、です」

「武者震いがするであります」


……馬車が少しづつ近づいてくる。

疲れ果てた顔の御者が印象的だ。


「あれ?あれあれあれ?」

「アルシェ?」


突然、アルシェが一歩前へ歩み出た。

そして、額に手を当てて馬車のほうに目を凝らす。


「……おじさんだ」

「うあー?」


おじさん?

……と、思う間も無くアルシェが馬車に駆け出すので、

当然俺たちも後れて付いていく羽目に陥っていた。


「タクト叔父さんだよあれ!おーい、元気だったー!?」

「あ、ああ……アルシェか……げ、元気だったぜ」


元気って……何処がだ!?


何処かビリーと似ているその顔立ちだがすっかり頭がさびしい事になってしまっていた。

更に気が弱いのだろう、後ろを軽く気にしながら馬車を走らせているが、

その額からは常に冷や汗が流れ出ていた。

と言うか。あの人もまたVIP待遇の筈。

なんで御者なんかやってるんだよ!?


……タクト=コンダクター!


「よ、よう。俺が、た、タクトだ。……せ、世話になるぜ」

「相変わらずどもるんだ。ところで鍵師の技と会計の技術はさび付いてないよね?」

「うあー」


これは予想外だ。

早速マナさんの応対を、と思っていたら……。


「あ、ああ。それは信じてくれても、いい。く、くく……げ、元気かグスタフ……」

「うあ、あうあう」

「あはは、ご機嫌だね。どうかな?家のぐーちゃんは」


「ん、んー、何度見ても、可愛いと、思うぜ」

「ふふふ、はじめて見たくせに何言ってるんだか……でもありがと」


ああ、ここにも馬鹿爺がまた一人。

ビリーが名目上の義父だとしたらこの人は実質的な義父なんだという。

昔両親から逃げたアルシェが拾われたのがこの人の率いる部隊だったのだとか何とか。

国が潰れるまでは傭兵国家中枢から動かないような傭兵らしからぬ男だそうだが、

金勘定の腕は中々確かで、ビリーの側近かつ傭兵国家の会計責任者でもあったそうだ。


因みにアルシェは事あるごとに便宜を図ってもらっていたらしい。

それで何の問題も起こさず傭兵王との関係も良好だったのだから、かなりやり手なのは間違いない。


そんな事を考えていると、タクトさんは少しオドオドしながらもこっちに手を差し出してきた。

当然の事ながら、こちらも握手。

それを持って返答代わりとする事にした。


「た、タクトだ。御者が、に、逃げちまったんで代役をしてた」

「そうか……リンカーネイト王カールだ。カルマと呼んでくれ」


「お、おう。リンカーネイトの国王さんか……さ、早速だがビリーから頼まれ事を預かってきた」

「頼まれごと?」


我ながら怪訝な顔をしていたと思うが、タクトさんはそっと近寄ってきて耳元で囁く。


「な、何も言わずに技術を、ひ、一つ渡してくれ……それで、お、俺は向こうと……縁切りできる」

「向こうって、シバレリアか……ああ、傭兵王が行ったんだよな」


「そ、そうだ。一応俺は向こうからの、す、スパイって言う扱いなんだよ」

「正直だな」


「と、途中でばれる事を考えると、お、恐ろしくてな……で、だ」

「それで一つくらい手柄を立てて、万一の際の保険としてからこっちに寝返ると?」


コクコクとタクトの叔父さんが首を縦に振る。

ズル臭いが、生き延びるには悪く無い手だ。

こっそり動かれるよりはずっと良い。

……ま、後で適当に何か見繕うか……。


「どうも。リンカーネイトの国王よ。私はテム=ズィン。モーコの大酋長」


続いて出てきたのはモーコ族の代表者のようだ。

少々神経質そうな表情で動物の皮から作った民族衣装に身を包んでいる。


「これは我がモーコからの贈り物。これがあれば戦場での騎兵の動きが何倍も良くなるだろう」

「両端を丸く結んだ縄?」


「馬に乗る時背中に乗せると、両足を乗せる事が出来る。乗りやすさが上がるのだ」

「鞍無しの鐙か」


……酸素欠乏症にでもかかっているのかこの男は。

悪いがこの世界では随分前から鐙を普通に使っている。

ここは、こんな古い……とでも言っておくべきだろうか?


あ、いや……ある意味大きな贈り物かも知れんな。

相手側の諜報能力と技術力を測れる。

これが本気の最新技術ならマナリアの騎兵の装備を知らない事になるし、

もし、自分達の技を隠蔽する気だと言うなら、

マナリアからこちらへその程度の技術すら流れていないと考える程度の頭しか無い事になる。

逆に自分達の諜報能力が低いと思わせるための策の可能性もあるがな。

ともかく相手の分析には、ある意味これ以上のものは無いのかもしれない。


「わざわざ持ってきて頂きありがたく思う。返礼には我が国の誇る新鮮な果物でもいかがか?」

「それはありがたい。これは私が開発したモーコの先祖伝来の技の結晶。大事にしろ」


……大事にはさせてもらう。

主に博物館の所蔵品としてだが。

ま、時が経てば歴史的価値くらいは出るだろ。


「ところで皇帝からの親書を預かっている」

「おあずかり、です」

「あたし等が案内するのであります。宰相が居るのでそっちまでどうぞでありますよ!」


あ、アリシアとアリスが耐えられずに逃げやがった!


「頼む……あの娘達の相手は疲れる……」

「ではでは。です」

「じゃ、にいちゃ、後は任せたであります!」


モーコのオッサンも逃げた!?

どいつもこいつも凄いスピードでこの場から遠ざかっていくんだが!?

はっ!そうだ……マナさんとスーは!


「く~」

「うな……おなか一杯なのダ……」


「寝てる、よー」

「遊びつかれたのかよ!」


何この肩透かし?

いや、考え方を変えろ俺。


「あの人ならありそうだよね」

「うあー?」

「……起こす必要は無い」


……ルンの言葉に反応した全員が一斉に首を縦に振る。

そうだ、疲れて寝てるならそれに越した事なんかあるわけが無い。

馬車の中で仲良く並んで寝ている義理の親子を起こさないように移送すべし!


「……はぁ」

「ルン姉ちゃ……何ていうか、頑張れー……」


後ルン、何ていうかホントに頑張れ。

俺からもそれだけしか言えん……。


……。


さて、翌日である。

ゆっくりと眠り姫を起こさないように、崩壊前提の特注宿舎まで連れてきた俺達は、

同じようにそこで眠りに付く事になった。

そして今日は朝から外交交渉に精を出していると言うわけだ。


因みにすっかり眠りこけたまま一晩を過ごしたアホ親子は現在幸せそうに朝食を摂っている。

まともに外交する気なぞ最初から無いようだ。


「で、だ。宰相殿としてはこの国でも共生主義を採らないかと仰せだ」

「家の国としては承服しかねるね、国の根底に関わるから。ただ、ご意見はありがたくだよー」


「そうか。ならばせめて国境紛争でマナリアに働きかけを……」

「俺たちに出来るのは双方が交渉のテーブルに着くのを後押しする事だけだな……」


で、代わりにモーコのテムさんが一人孤軍奮闘してる。

……もしやこの人がシバレシアの苦労人担当か?

まあクロスもマナさんが外交なんて出来るとも思って無いだろうし、

外交官としてはこっちのほうが本命なのだろう。


「うあー!うあー!」

「い、イタタタタ。グスタフ、ひ、髭を引っ張るなよ……く、くく、元気な奴だ……」

「叔父さんはこのままこの国に住むんだよね?」


「ん、そ、そうだ……こ、この国が最終的に、い、一番安全そうだからな」

「そっか。チーフも来れば良かったのにね」


「そ、そうしたいが。ま、まあ昔馴染み直々の要請だ。む、無碍にも出来ないだろ?」

「それもそうだね。ま、ゆっくりしていってよ。仕事は手伝ってもらうけどね」


タクトさんはすっかり楽隠居モードでくつろいでいる。

まあ、自他共に認めるスパイだし住むならサンドールにしてもらうか。

旧傭兵国家……黒翼大公国じゃ影響力が強すぎて、

万一の時に蜂起でもされたら一大事だからな。

とりあえず臆病な性格をしているようだし、後方の方が好きそうだから問題にはならないだろう。


だが、問題はこれだ。

こっちが真面目な話をしている横でテーブルと朝食を所望するお馬鹿二人!


「お代わりちょうだいね~」

「スーにもだ!」

「……はいこれ」


ルンが、ルンがお代わりのスープに指を!?


「なんだ。お前か。指が入って汚いナ」

「……いらないなら下げる」


ああ、なんだこの暗闘。

どうやって収めろというんだこれ?


「あらあらあら。じゃあ私が貰っちゃおうかな~」

「ば、馬鹿母さん!?」

「……お母様」


おおっ、マナさんがスープを奪って飲み干した!

これが母か。これが母の仲裁なのか?

善意が大問題を呼ぶ筈なのに……いや、俺達は他国の人間だから対象外?


「ふう、おいしかったわ~。……ふたりとも仲良くしなきゃ駄目よ~、姉妹なんだから~」

「しかしな馬鹿母さん、これとはカーを取り合っているのダ」

「……先生を盗られる位なら、死んだほうが良い」


マナさんは困ったような顔をした。


「そうなの~?駄目よ、仲良くしないと~」

「だが、以前馬鹿母さんは言ったゾ!恋においては全ての戦術が許されるとナ!」


「……そっか。なら仕方ないわね~」


うをーーい!

そんなあっさり論破されるな!

いいのか?この先に待ち構えるのは娘同士の殺し合いだぞ!?


「許しは出たゾ!くたばれルーンハイム!」

「……そう。死んで」

「ちょっ!二人ともストーーーップ!」


こんな事で殺し合いなんかされたらたまらん!


「私達は席を外して別室で話し合ったほうが良さそうだな。マナ様がご迷惑をかける」

「テム殿。そ、そうですね。主殿……お先に失礼いたします」

「あたしも一度退避するよー。後よろしくー」


ああ、そうしてくれ。

かなり見苦しい事になりそうだしな。

っと、今度はハピが歩み出てきた?

何をする気だ!


「いいですか?貴方が彼女を嫌うのは勝手ですが、現在貴方は国を背負ってここに居るのです」

「む!?誰だお前は。スーの邪魔をするナ!」


「ハピと申します。ところで貴方は冬の部族の長だとお聞きしましたが」

「そうだ。だが部族は馬鹿母さんのせいで住む場所を失くした」

「私は謝ったから許してもらえたんだけど……そうだ。ルンちゃんも謝りなさいね~」

「……何を今更」


だよなぁ。

何の因縁も無い頃なら、むしろルンのほうから頭を下げていただろう案件なのに、

一体どうしてここまで拗れてしまったんだか……。


「それに、スーが子供の頃他部族の元で苦しんでいた時こいつはのんびりと生きていたのだゾ!」

「いやまて、何でそれが判る!?」


おかしいぞそれは。

ルンの幼い頃って、酷い虐めと急速な家の没落でかなり泣ける状況だった筈。

何せ15歳の時には既に金策に困り果て、学校を休学して冒険者をしていたくらいなのだ。

それ以前に出来る事は全部していたと言う話を魔道騎兵や青山さんから聞いている。

……叔父である国王に最初の金の無心に行ったのが5歳だか6歳だとか……そんな話しか聞かんぞ?

それなのにのほほんとなんて……ありえん。


「馬鹿母さんが言っていた!あの子は幸せだとナ!」

「そうよ~。皆あの子の事が大好きだったもの~」


嘘だ!

学校で孤立するような娘を皆が大好きなんて有り得ん!

例外は魔道騎兵とか……というか家人の意見だけで判断して無いか?

ルンは小さな頃から使用人の給料の確保に奔走していたらしい。

そりゃあ、家人からの評価は物凄いものがあるだろうよ……。


「スーは許さない。スー達が苦しんでいた時も気楽に生きていたこいつをナ!」

「……黙って聞いてれば、勝手過ぎ」


既にルンも切れ掛かっている。

目の端に涙まで浮かべて……。


「いい加減にしましょうね~。私達は国を背負っているのよ~?」

「おお!マナさん珍しくGJ!」

「いえ総帥。私には更なる混沌の入り口にしか見えませんが……」


その時、マナさんが動いた。

スプーンを置き口をナプキンで拭いた後、そっと立ち上がり、

二人の間に割って入ったのだ。


「ぼ、僕ぐーちゃんを逃がすね!ついでに警戒警報出しておくよ!」

「お願いしますアルシェ様。私はここを動けませんからね」

「や、やっぱりこうなるのかよ……ひぃ、逃げるぞ、逃げないと……」



何かの危険を察知したのか、今度は横で大人しく話を聞いていたアルシェが脱出。

その後ろをタクトさんが冷や汗垂らしながら付いて行く。


「か、カルマ……国王さんよ!あ、後で大事な話があるんだ。じ、時間とってくれ!」

「ああ、判った!後で会おう!」


「叔父さん急いで。巻き込まれちゃうよ!」

「あ、ああ、アルシェ、ま、待ってくれ……」


……出て行ったか。ま、余り大人数居ても被害が拡大するだけだしな。

さて、じゃあ現状を一度整理しようか。

色んな人間が出て行ったお陰でこの部屋に現在居残っているのは、

まずは俺、

ルンにマナさん、そしてスーの親子。

更にハピを加えた五人か。

近くに蟻ん娘の気配も感じるが、流石にこの中に出てくる度胸は無いようだ。


そして、今は一瞬即発のルンとスーの間にマナさんが割って入っている状況だ。

マナさんの一声で事態がどう動くか判らない。

……話から察するに、フレアさんの時と同じく誤解が憎しみの元になっているようだ。

ルンの半生が決して恵まれていないという事を上手く伝える事が出来れば、

スーのルンに対する感情も、かなり和らぐのだろうが……。


「いいかしら~?つまりね~、う~んと、要するに~」


……そちらの期待は出来まい。

俺に出来るのは、被害の拡大を食い止める事だけだろう。

さて、腹に力を入れてこれから起きることに注目するとしますか!


「つまりね。……私は国を代表している以上私闘は出来ないんじゃないかなって思うのよ~」

「なんダ?馬鹿母さんがまともな事を言っているゾ!?」

「……ごくり」


確かにまともだが、俺にも判る。

この次に出てくる言葉はこの場を収められるものでは無いと。


「だからね。公的に戦えばいいんじゃないかなって思うわけよ~」

「公的!?戦争でも起こされるおつもりですかマナ様!?」


「違うわよ~。ズバリ!決闘よ~!」

「マナさん!?どう考えても魔法使いと重戦士の一騎打ちって不公平じゃないのか!?」


「え~?でも面白そうじゃないかしら~」

「面白いか否かで決めるなよ……マナさん、娘の人生がかかってる事に気付いてるか?」


「……?」

「気づいて無いのかよ!?」


不思議そうな顔をするマナさんに、現状を必死で説明する俺とハピ。

後ろで蹴りや剣の風斬り音が聞こえる気もするがとりあえず無視だ。


「そっか。そうよね……ルンちゃんが不幸になっちゃ駄目よね~」

「そうだよな、そうだよな!」

「そこで疑問をもたれるようなら人としてどうかと思いましたが……安心しました」


「じゃあ、もっと平和的でお互いを傷つけないような勝負にすればいいわ~」

「いえ、ですから総帥は私どものものでして、スノーさんに渡す余地は一切ないのですが」


「じゃあね~、かくれんぼ!私が街に隠れるから先に探し出したほうが勝ちって事で~」

「人の話を聞いて下さい」

「と言うか、かくれんぼ……街!?やばい!」


警告する間も無かった。

マナさんは年甲斐もなく、としか言いようの無い超スピードで部屋から飛び出していく。

……窓を突き破って……。


「む!馬鹿母さんが隠れたゾ!よし、先に見つけたらカーは貰うのだナ!」

「あげない……それに先に見つけるのは私」


「ふん!負け犬の遠吠えと言うものだゾ!さらばなのダ!」

「……お先にどうぞ」


続いてスーが壁を突き破って部屋を出て行く。

……頼むからせめて普通に出て行ってくれ……。


「……アリシアちゃん」

「ねえちゃ、よんだですか?」


次はルンのターンか。ルンが手を叩くと床下からアリシアとアリスが這い出してきた。

まあ、マナさん達が居なくなって安心したから、かも知れんがな?


「お母様は、何処」

「かくれてる、です。えっと、アリス?」

「今、旧アブドォラ邸に不法侵入したであります!」


「スーは?」

「隔離地帯を守る警備隊ともみ合いになって三人の軽症者が出てるであります」

「あ、へいたいさん、なぎたおされた、です!」


「足止め工作、急いで」

「はいです!」


対するルンは蟻ん娘どもを駆使する戦術に出た。

……何と言うか、双方本気すぎるんだけど。


「えらい事になりました、が、ある意味想定内なのが何ともいえませんね」

「そうだな。ふう、頭が痛い」


その時、閃光が走り旧アブドォラ邸が瓦礫の山と化した。

って、閃光!?瓦礫!?

……一体何をしたんだ!?


「馬鹿母さん!大人しく捕まるのダ!」

「駄目よ~。さあ、かかっていらっしゃいね~」


「そもそも、見つけたんだからスーの勝ちダ!」

「え~?早過ぎて面白く無いわね~。うん。ここからは鬼ごっこにしましょうか~」


「……アリシアちゃん。あそこに向かう」

「は、はい、です!」


そしてすっかり冷静さを失いつつあるルンがそれに反応して飛び出していく。

逆に部屋に駆け込んできたのはホルスと……モーコのテムさんだ。


「……一体何事ですか主殿!?」

「ホルスか!想定どおりマナさんが暴走した!至急サンドール西部方面の住民避難急げっ!」


言葉の裏には隔離区画だけでは済みそうも無いというニュアンスを入れている。

それに気付いてホルスも顔色が変わった。

住民とガサガサ達を逃がさねばならないのだ。

その手間と後始末の事に思い至ったのだろう、唇が紫になっている。


「ははっ!では急ぎ警備隊へ連絡を!」

「頼むぞホルス。それでテム=ズィン殿、一つ聞きたいが……」

「あの方が暴れた場合、命さえ助かるならどうにでもせよと宰相からのお達しだ」


……そうかい、向こうも予定の内か。

OK、国際問題にならないならそれでいい。

こっちだって別に戦争がしたいわけじゃないんだ。


「ならば良し。ハピ!例の物をあの区画に投入するんだ!」

「はい総帥!イムセティに連絡!例の物を至急動かせと伝えてください!」

「了解であります!」


……さて、やるべき事はやった。

後は結果が出るのを待つばかりか。


「しかし……今戦時中じゃないよな?義理の母が尋ねて来ただけなんだよな?」

「そうですね。まあ、その義母が普通ではなかった、それだけの話です」


そうだな。まあ仕方ない。

多少は痛い目にあってもらうとしますか……。

それに、今後の為には勇者と言う存在の本気を見てみるのも面白いかも知れん。

ただ、相手が勇者なだけに、返り討ちが怖いけど、な。


***大戦の足音シナリオ2 完***

続く



[6980] 66 罪と自覚
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/22 21:41
幻想立志転生伝

66

***大戦の足音シナリオ3 罪と自覚***

~自覚する者、しない物~


≪side カルマ≫

当初より予想していた通りの展開となりつつあった。

かくれんぼから鬼ごっこへと変化したマナさんとスーの追いかけっこは、

ルンをも巻き込んで街を破壊しながら上下左右と飛んで滑って続いていく。

……住民は全て退避させた後なのでまだ良いが、

これで死者でも出たら今度は俺達の責任問題に発展しかねない。

いや、現に今でも"なんであんなのを放って置くんだ"の声が上がっている筈。

……この国において俺の権力は絶対的だ。

だが、それでも周囲からの声を完全に無視できるかと言うとそんな事は無い。

特に旧宗主国であるサンドールにおいては、軍事的に占領したと言う経緯もあり、

内部的な敵対勢力も無いわけではないのだ。

故に最悪の事態に発展させない為にも、早期に混乱を収拾する必要があった。


……駆けつけてきたホルスから声がかかる。


「主殿、サンドール西部地区の住民の避難。終わりました!」

「良し!で、マナさん達は!?」


「家々の上を飛び回りながら……段々と隔離区画の端に接近しております!」

「くそっ!絶対に隔離区画から表に出すな!被害は一区画に押し込めるんだ!」


……ふと、薄く笑うクロスの顔を幻視した。

あの野郎、こうなる事を判っててこの面子を寄越したな!?

厳重抗議じゃ済まさないから覚えとけよ!


……と、ここまで考えて閃いた。


「そうだ……タクトさんに渡すのはアレにしよう。後々いい感じの嫌がらせになるかも知れん」

「そんな事を言っている場合ですか!?」


確かに。

では、状況を収拾しに行くとしよう。


……。


「ほらほら、鬼さんこちらよ~」

「くっ!流石は馬鹿母さん……触らせても貰えないゾ!」

「……ふたりとも、いい加減に……!」


剣閃が走り、魔力が迸る。

人が空中を舞い、地を走る。

……何処からどう見ても達人の戦闘である。

間違っても鬼ごっこではない。

できればかくれんぼのままで居て欲しかったが、まあ仕方ないか。

大きく息を吸い、それを叫び声に転化しながら混乱の中枢に突撃だ!


「いい加減にしろおおおっ!」

「うわっ!?カー、だ、大胆だナ……」

「……先生?」


丁度三人とも近くに寄ったタイミングで加速をかけて突入開始。

ルンとスーの首根っこを、腕でホールドする形で押さえ込んだ。

……マナさんは急に突っ込んできた俺に驚いたのか、ポカンとしている。

本当に年甲斐も無いし、少しは自重してくれ……。


だが、それ以前にまずはこっちだ!

追いかけっこは追いかける方が居なければ勝手に収束するのだから!


「ルンまで同じレベルに落ちてどうする!?……鬼ごっこってのは街まで破壊するものなのか!?」

「……あらあらあらあら~」

「うう、しかし馬鹿母さんが勝手にルール変えて逃げるから、スーも止む無くだナ……」

「……ごめんなさい」


周囲を見回すと、ルンの衝撃(インパクトウェーブ)を食らった民家の壁が崩れ、

マナさんが突っ込んだ民家の屋根に大穴が開いている。

スーの通った後は剣で切り刻まれた跡が無数に残っている始末。

……因みにそんな街の片隅では子犬が怯えて震えていた。

実は瓦礫からマナさんが庇っていたのだが、

美談とするには自分でぶっ壊した物の為、差し引きではかなりのマイナスである。


「そう言えば思わずお屋敷一つ壊しちゃったわ~。住んでた人無事だといいけど~」

「あそこは一応無人だ。と言うか、この辺は基本的に全員避難させた」


「良かった~」

「良く無いってば!少しは周りの迷惑考えてくれよ!?」


……マナさんはキョロキョロと周囲を見回し、


「え、と。今は誰も居ないから良いわよねぇ?」

「そんな訳無いって言っただろ……そんなに暇なのか?」


「そうね~」

「……そうかい」


流石にピキッと来た。

……なのでおもむろに腕を振り上げ、スーだけ腕から解放。

ルンを抱きかかえてその場から逃げ去る。


「あら?あら?あら?」

「あーっ!ルーンハイムだけずるいゾ!」


……その時、二人の居る辺りが突然暗くなった。


「な、なんだこれは?いきなり暗くなったゾ!?」

「……この展開は、巨大モンスターかしら~」


マナさん、大当たり。


「陛下!イムセティ参上しました!……スピンクス、戦闘を開始せよ!」

「デカイ猫ダ!?人の顔をしてるゾ!?」

「えーと、カルマちゃん?」


「外交使節団ともあろう者が……そんなに暇ならこいつと遊んでてくれ!」


そう、対サンドール戦後破壊されていたのを見つけ出し修復した、

護国の守護獣にして巨大ゴーレムであるスピンクス!

サンドール王家の人間で無いと扱えないようなのでイムセティに預けてある。

今回はなし崩しだがその実戦能力のテストとなる。


正直……勝ってくれるとは最初から思っていない。

もし勝てたらめっけもの程度のものだ。

だが……。


「あらあらあら、食べられちゃったわ~?」

「単なる甘噛みだ……イムセティ!そのまま城門の外に飛べ!」

「陛下、承知しました!……しかし、これが本当に勇者!?」


言うな。俺もあまり信じたく無い類の話なんだ……。

ともかく、マナさんを街から遠ざける事ぐらいは出来る筈だ!


「馬鹿母さん!?ど、何処に連れて行く気……ふぎゃ!?」


スピンクスはマナさんを咥え、イムセティを頭に載せて派手に跳躍。

もののついでにスーを尻尾で張り倒すと器用に城壁に飛び乗り、

街の外、それも出来るだけ遠くに走っていく。


「うわあああ、早いわね~」

「なんでこの状況下で余裕なのでしょうかこの方は……」


マナさんだから、としか言えない。

兎も角出来る限り都市に被害が出ない所で戦ってくれ。


「遠慮の必要は無い!と言うか集めた情報から想像するに、全力でも勝てない可能性がある!」

「は、はい!陛下、全力を尽くします!」


段々と小さくなる声。

……頑張れと心の中でイムセティに声をかけ、俺はと言うと……。


「うおーい。スー、起きろ」

「……任せて」

「きゅう、なのダ」


すっかり破壊されたサンドールの街並みの中をルンを抱いたまま飛び跳ねる。

そして目的地にたどり着くと、

巨大獣の尻尾に張り倒されて気絶したスーをゆさゆさとゆすって起こそうとしていた。

ゆする、ゆする……そしてルンの。


「……肘」

「ぷぎゃああああっ!?」


顔面にエルボーが入ったーーーっ!?

ルン、幾らなんでもやりすぎ……でもないか。今までの事からすると。

だが相手は病人だぞ!?……精神的に、だがな。


「うがあああああっ!?痛いゾーーーーっ!?」

「……先生、起こした」

「……ああ、ご苦労様ルン」


まあ、色々溜まっていた物もあるだろうしルンを責める訳には行かない。

ともかく、早くスーを起こさねばならなかったのだ。結果オーライだろう。

……で、なんで起こさねばならなかったかと言うと、だ。


「スー、ちょっと大事な話がある」

「なんダ?プロポーズか?」


ルンがため息をつきながら額に手を当てている。俺としても否定したいがそれでは何時もと同じだ。

だから。何時ものようにここで突っ込みをいれたりはしない。

代わりにじっとスーの目を見る。

……軽く視線を逸らされた。


「真面目な話なんだ。ふざけて無いで真面目にこっちを見てくれ」

「……ふんだ。スーは諦めないゾ?」


……じっと黙って凝視する事一分。

ようやく向こうが折れてきた。


「な、なんなのだカー?今日は何時もと様子が違うゾ?」

「……よぉく、周りを見てみろ」


出来る限り静かに、それで居て有無を言わさない口調になるよう心がける。

気圧されたスーが周囲を見渡すと、

……周囲には破壊された街並みが広がっていた。


「ボロボロだナ」

「そうだ、ボロボロだ。で、お前はこれを見てどう思う?」


「えーと、死人が出なくて良かったゾ、と」

「それはマナさんの受け売りじゃないのか?おまえ自身の意見が聞きたい」


……正直、俺も人のことは言えない。

更に俺の場合、自分の利益の為に悪意を持って戦争まで起こしているのだ。

だから悪意が無い分スー達のほうがまだ罪が無いのではないかと俺は思う。

……そう。人のことは言えないのだ。だが、いつぞやハイムにも言ったとおり、

ここは年長者として一言言わねばならない。


「えーと、何が言いたいのか判らないゾ?」

「じゃあ、あそこで潰れているのは何だ?」


俺の指差す先には一軒の潰れた家がある。

先ほどの追いかけっこで破壊されたものだ。


「……家だナ」

「そうだ、家だ。そして、家があると言う事はどう言う事だ?」


俺は、スーを追い詰めようとしている。

しかし、それはまだスーに見込みが有ると考えているからだ。


……マナさんの矯正は最早不可能だ。

5歳で最強格の力を持ち、

それ故に誰からも叱られる事も無いまま大人になってしまったあの人は、

必要以上に恐れられ、腫れ物のように扱われていたが為に、

間違っていてもそれを叱ろうとする年長者が居なかった。


それは致命的な程に一般的な感性との剥離を生み、

最早当たり前の感性を持つ事すら不可能と結論付けねばならない状況を作り出すに至る。

そう……痛みを知らぬ者に他者の痛みを共有する事など出来ないのだ。


要するに、言いたくは無いが生まれながら痴呆の症状が出ているようなもの、と思わねばならない。

アレだけ非常識な行動を周囲に判りやすく説明する方法を俺は他に持たないのだ。

悪人ではない、無いが、最早どう足掻いても煮ても焼いても食えない。

もし、それでも矯正すると言うのなら、

覚悟と入念な準備に加えて千載一遇の機会が必要になるだろう。

それがマナさんという人なのだ。


……それでも俺は、親と言うものが大事だ。

かつての人生で、引き篭もる俺を食わせてくれた両親、

そして此度の人生で、言葉も判らない出来損ないに愛情を注いでくれた両親。

マナさんはそれに比べるべくも無い駄目な親だが、

それでも俺の大事なルンの母親であり、同時に俺達の間を取り持ってくれた相手。

もしマナさんが居なかったらルンは存在しないし、ルンと俺が一緒になる事も無かった。

……だから、俺はマナさんを無碍にはしたくない。

ここで"しない"と言い切る事は許されない立場ではあるが、出来る限りの事はしたいと思うのだ。


例え世間からどう言われようともな。


「……家、人の住む所……人が住んでいたんだゾ!」

「そうだ。つい先日まで住んでいた。いや、本当なら今日も住んでいる筈だった」


「でも、今日は誰も居ないゾ?」

「……何でだと、思う?」


しかし、スーは違う。

叱られた事も、困窮した事も無いマナさんとは違い、逆に無意味に怒られ過ぎた類の人間だ。

……他人の痛みは理解できる筈。


しかも、彼女のトラウマは故郷を失った事。

家を失う辛さを誰よりも良く知っているはずだ。

だから。こうやって、


「なんでって……判らないゾ」

「いいや、判ってる筈だ」


あえて、街を壊させて、


「スーと、馬鹿母さんの為?」

「判ってただろ?あの人が居るとどうなるか」


その惨状を、見せ付けている。


「……それは……」

「もしシバレシアでは判らなくとも、この旅で色々見たんじゃないのか?」


酷い話ではある。だが何故か?

それはマナさんによって誘導され構築された現在の性格……ペルソナを引き剥がし、

素のスノーと言う彼女自身をここに引きずり出す為に、だ。


「……う、うう……」

「なあ、スー。馬鹿母さんなんて呼んでるんだ。マナさんの行動が間違ってるのは判るよな?」


……無論慈善事業ではない。思惑はある。


「で、でもっ!」

「デモもストも無い!」


「ひっ!?」


コイツにとって、伴侶は別に俺で無くともいいはずだ。

今現在付きまとっている理由は、主にルンから何かを奪いたいが為。

そして、それに固執している限り、それに反する意見など頑として聞くまい。


「お前はな?かつて自分がされた家を奪われる苦しみを、ここの連中に強いてるんだぞ?」

「ふ、ふ、ふん!弱いから、弱いから駄目なんダ!強くなれば、何も奪われたりしないゾ!」


「……じゃあ、弱かった頃のスーは、あんな目に遭ってどう思った?」

「……う、うう……うう……なんで、なんでそんな事言うのダ?」


だが、そんな理由で俺の家族を引っ掻き回されても敵わないし、

そんな理由で一緒になっても幸せになんかなれはしない。


「判れよ。常識的に考えるんだ」

「……でも、でも馬鹿母さんは……」


「良く考えろ!今のお前は他部族の言いなりからマナさんの言いなりになってるだけなんだぞ!?」

「そ、そんな、そんな事は、無いのダ……」


……実はこれも、実質俺の言いなりにさせようとしているだけに過ぎない。

けれど、周りに無駄な迷惑がかからないように誘導している分、まだマシでは無いだろうか?


「……助けられて、生きる指標になってるのは判る。けどな、悪い所まで真似る必要は無いんだ」

「……悪い所は、真似ない?」


ルンは俺に任せてジッと俺の後ろに立っている。

一言も発しないのは、自分が何か喋っても逆効果だと知っているからだろう。

その聡明さゆえ、あの環境下で当たり前の感性を持つことが出来たが、

母親と一緒に馬鹿になれなかった事で背負い込んだ物の大きさを思うと、こちらまで辛くなる。

しかし今の俺に出来る事はそっと後ろ手に手を伸ばし、手を握ってやる事ぐらいだがな。


「そうだ。いい所だってあるだろう?何時も明るいし元気だし……な」

「そうだナ!馬鹿母さんは明るくていい人だゾ」


我ながら、なんと言う茶番だろう。

思いもしない追従と大した事は無いとは言え話術を駆使して相手を思うまま操ろうとしている。

……だが、これもスーのためなんだ。

そんな免罪符を必死に掲げながらな。

我ながら、偽善的だ。


「けど、ちょっと傍迷惑なところが玉に瑕だ」

「そうだナ!ちょっと所ではないがナ!」


だが、その甲斐はあったようだ。

義母を褒められて嬉しそうなスーが居る。

……さて、もう一押しか?


「あの人も間違う事があるのは知っての通りだ。かつてお前の家を焼いたようにな」

「……そうだナ。スーはスーで自分の考えを持って動かなきゃ。でも、どう動けばいいのダ?」


「周りから見て、常識の中に納まるように動けば良いんじゃないか?」

「よく判らないけど……馬鹿母さんの行動で明らかにおかしいと思う時はある、それは真似しない」


「そうだな。まずはそれで良い……後は、常識人と言われるような人を良く観察すれば良いさ」

「うん、それなら何とかできるかもしれないゾ」


「じゃあこれ。紹介状だ……ライオネルって人に渡してみてくれ」

「判ったゾ。ライオネルだナ?その人の言う事を聞いてみるゾ」


兄貴も普通とは言い難い人だが、あの国の知り合いでは一番まともだと思う。

少なくとも、善悪の判断は付く人だ。

まかり間違ってもマナさん2号のままにはしておかないだろう。


ともかく、スーは憑き物が落ちたように頷いた。

性格矯正は……上手く行った、のか?

まあ、駄目なら駄目で他の手段も考えてはいた。

だが、この国にマナさんと来る時点で破壊は免れないと察した俺は、

それを逆用する作戦として、これを採用したのだ。


何故なら、このまま生きていても、スーがまともな幸せを掴めるとはとても思えないし、

俺にこのまま付き纏われるのも困るのだ。

だが……想いを受け止める訳には行かないが、それでも面と向かって好意を向けられるのは嬉しい。

だからどんな形であれ、何とかしてやりたかった……。

そういう事なんだ。


「……取りあえず、ここを片付けるゾ」

「……私もやる」


そっと立ち上がって、瓦礫を一箇所に集め始めるスー。

そして、自らも一緒にやってしまった行為を恥じるようにその手伝いを開始したルンがいる。

まあ、とりあえず作業員が来るまでの間だけでも、一緒に軽く片付けてもらおうかと思うよ。

それでわだかまりが少しでも消えてくれればと期待しつつな。


「……そうだ、スー、作業しながらで良いから聞いてくれ」

「何ダ?」


「ちょっと昔、傍迷惑なお母さんのせいで大変な苦労を背負い込んだ女の子の話だ」

「……せ、先生?」


さて、今ならまともに聞いてくれるよな?

ルンの……お前よりずっと大変かもしれない半生の事を、な。


……。


それから暫くの時間が経過した。


「ぐすっ、な、なんて可哀想なのダ!?すまんルン、スーが悪かったゾ」

「……余り気にしていない」


「馬鹿母さんの話だと、なんでも優秀で色んな人から愛される、いい所のお嬢様だと聞いていたゾ」

「まあ、あながち間違っちゃ居ないな……」


……どうやら、上手く行ったらしい。

さっきからずっと、スーはルンに謝りっぱなしだ。

これなら少しは安心しても良いかも知れない。


……さて、それじゃあ最悪の難問のほうを少し……。


『……れが私の……力全開!』

「スピンクス!回避、は無理ですね!耐えてくれっ……!?」


…………の前に、スーの問題を完全に解決しておかないとな。

向こうを解決できる可能性は低いし、

確実にどうにか出来そうなほうから何とかしておくべきだ。


……と、背後を埋め尽くさんばかりの閃光が光り輝く中、俺は思うわけだ。


「兎も角仲直りできたんだよな?」

「うん。ルンとスーは今日から姉妹だ」

「…縁は随分前から。でも、気持ちでは今日から」


そうか。兎も角懸案が一つ片付いた訳だ。

それは何より。

だとしたら……。


「続けていくわよ~?」

「まだ来るんですか!?」


『対主……用爆…地獄!(ズガ…ーン)』

「うわあああああっ!?」


……だとしたら、そろそろ行かないとな。

スピンクスももう持たないかも知れんし……戻って来られたら厄介だ。

だが、あの人を説得する事など出来るのだろうか?

それに、勝つどころか生き残るのも大変そうな魔法が乱発されてる気もするんだが……。


『僅か5歳で対魔王の最前線に放り込まれるような化け物だ。我が身としても余り関りたくない』

「だが行かねばならんのだファイブレス……」


では、行きますかね。

世界一迷惑な母親を何とかする為にね。

……まあ、実は今回……時間さえ稼げばいいだけだから気楽と言えば気楽なんだけどな?


……。


壁を乗り越え、砂漠の中に降り立つ。

ゆっくりと倒れていくスピンクスの姿が見えたので、

そこまで俺は走った……。


「ギニャアアアアアアアアアアッ!」

「スピンクス!持たせるんですよ、陛下が来られるまで!」


「ふう、良い汗かいたわ~」

「……それはまた結構な事で」


「陛下!申し訳有りません、スピンクスが……!」

「良い。良くやってくれたよイムセティ」


辿り付くと、黒焦げと化したスピンクスの横で伸びをするマナさんが居た。

……こちらを見て半泣きのイムセティの肩に手をかけ、それをとりあえずの労いとして、

俺はマナさんの前に立つ。


「気は済んだかマナさん?」

「あら~。カルマちゃん、楽しかったわよ~」


……流石に息を切らしているか。

ただ、まだ余力が無い訳では無さそうだ。

正直、有り得ん。


「楽しかった、か。でも街がボロボロだ、どうしてくれる?」

「壊れたら直せばいいじゃないの~」


「怪我人も警備兵に何人か出ているし」

「怪我したら治癒をかければ良いじゃないの~」


だよなぁ。この人の世界観だとそうなっちまうよなぁ。

はっはっはっは……もう乾いた笑いしか出ない。

まあ仕方ない。

この分だと多分無駄だと思うが、時間稼ぎにはなるし一応続き説得もやってみるか……。


……出来る限り真面目な顔を作り、重々しく口を開く。


「……もし死人が出てたらどうするつもりだったんだ?」

「クロスさんに言えばいいじゃないの~」


そう来るか!?

ただ、それだと日没までに……いや、それ以前に年単位で昏睡するような魔法を、

そうそう乱発してくれるとは思えんぞ!?

いや、それ以前に死人が出たらどうする→生き返らせればいい。

なんて、どうやったらそんな当たり前のように……いや、考えるだけ無駄か。


「ともかく、今後の為に言っておくけど……この国では来た時に暴れないで欲しいんだが」

「え~?ちょっと子供たちと親睦を深めていただけじゃないの~」


アレが親睦か。

流石にジャイアニズムの化身は言う事が違うな……。

だが、それを認める訳にはいかない。


「街の修理費なんかで金貨数千枚クラスの被害が出てるんだが……」

「うーん、シバレリアにはお金が無いらしいのよね~困ったわ~」


「……取りあえず、クロス宰相に請求するからな?」

「いいわよ~。クロスさんならきっと何とかしてくれるわ~」


「それに見合うものを頂くと外交使節たるマナさん、貴方に言質を取るが良いのか?」

「良く判らないけど良いわよ~」


……なんと言う安請け合い。

だがまあいい。今回の被害に色を付けて請求してやる。

あの国には金が無いから物か何かで。

と言う事になるが、まあ、いざとなったらこっそり差し押さえてやる。


……と、ここでマナさんの目がトロンとして、軽くあくびをした。

ようやく、待ちに待った時間が来たようだ。


「……ところで、ちょっと眠くなっちゃったわ~」

「なら、このまま運んでおく。目が覚めた頃には公の墓に着いてるから心配ない」


「そうなの~?じゃ、お願いね~」

「……ごゆっくり」


ぱたっ、とマナさんがその場で倒れ寝息を立て始める。

……朝食に仕込んでいた眠り薬がようやく効いてきたのだ。

はぁ、一時はどうなるかと思ったぞ?


「どうやら、時間稼ぎは上手く行ったようですね陛下」

「ああ、イムセティ。良くやってくれた……スピンクスの修復は急がせるから勘弁な」


周囲を見渡してみる。すると、遠くから土煙が迫ってきたのが判った。

……マナさんが倒れたのを見計らって突っ込んできた二頭立て装甲馬車だ。

これに眠ったまま押し込んで、公の墓所まで突っ走るのが今回の基本戦術である。


「ルン、スーは?」

「……寝てる」


「父、マナはどうする!?」

「そりゃ、乗せるに決まっているのですよ~」


馬車に眠ったまま座らされたスーの横にマナさんを叩き込み、俺自身も乗り込む。

同乗者であるルン、ハイム、ついでのハニークインが今回のお供だ。

……え?ハニークインは良いのかって?

ま、アレだけ人間離れした奴が居ればハイムに対する追求どころじゃないだろ?

一応対外的には妖精と言う扱いにするつもりだしな。

妖精なんか居るのかって?

……居たって事にするしか無い!


「既にデモ隊が結成されているのですよー」

「マナへの文句どころか父への文句まで混じっているな」


幾らなんでも早くないか!?


「……アリシアちゃんが言ってた。マナリア系住民が動いてるって」

「マナさんが来るという話が伝わってから、動きがきな臭いとは聞いていたが……」


レキ大公国時代の古参組はルーンハイムの関係者が多いので話は別だが、

ごく最近逃げてきてサンドールに住み着いた連中は、

国難の時にさっさと国を出てしまったマナさんを怨んでいる割合が高いそうだ。

万一の時はアリサが非常手段に訴えてくれるそうだが、

何にせよ、今回の事で勇者マナのご乱行がサンドールの民に知れ渡るのは間違いない。

マナさんへの風当たりが強くなる事は確実だな。


……ついでに俺やルンに対する風当たりも。

まあ、そちらは今後の国家運営でどうにでもなるさ。


まあ……これからは墓参りも断る事になるだろう。

だが、それはマナさんの行動の結果だ。流石にそこまでは擁護できない。

今回のことは一期一会となるのであろうが、

せめてそれは満足にさせる。それがこちらの出来る精一杯だと思うのだ。


……。


さて、そこからは眠っているマナさんを起こさないように、

かつ出来るだけ急いで墓参りに向かう事となった。

長居させればさせるほど問題が雪だるま方式で増えていくのは間違い無いからだ。

まあ、馬車の移動……といっても、途中からはファイブレスが両腕で抱えて全力疾走の為、

翌日、マナさんが目を覚ます頃には、俺達は何とか公の墓所に辿り付いていた。


「この子がハイムちゃんかしら~?可愛いわね~」

「鼻つまむぞマナ。笑ってていい状況では無いのに気付いてたもれ!?」


「……あら~?そう言えば何処かで会った事無かったかしら~?」

「い、いや……このわらわ、父と母の子として生まれてからお前と会ったのはこれが初めてだが?」



馬車内部でハイムを紹介しつつ先へ進む。

旧サンドール国境を越えレキの大地を巨竜が走っていく。

それは幻想的であり、間抜けであり、そして必死な姿だった。


……ともかく、公の墓所まで辿り付いた。

ああ、安堵したさ。

ともかく悲しくなるくらい安心したよ畜生……。


「パパ、ゆっくり休んで頂戴ね~」


……流石のマナさんもここではかなり静かに、公の片腕が安置された祠に花を捧げている。

普段からこうならどんなに有り難かった事か……。


「有難うね~。お花まで用意してもらっちゃって~」

「……お母様。普通それぐらいは用意してくるもの」

「昨日はドタバタで用意するどころではなかったから、流石に仕方ないナ」


幸い、特に問題も無く墓参りは30分程度で終了した。

その後、古墳の麓で軽い食事を取り、後はこのまま帰ってもらうだけだ。


「じゃ、後は帰るだけなのですよー。帰りの馬車も用意したのですよー」

「うむ。マナよさらばだ。もう来ないでたもれ」

「え?この後はお買い物するつもりだったんだけど~」


「……なんですと?」


そう考えていた時、マナさんがまた問題発言。

……緊急事態だ!

買い物だけで済む訳が無い。

いや、欲しい物をプレゼントするぐらい問題は無いのだが、昨日の今日だ。

周囲からの反発がものすごい事になるぞ!?


「だって、せっかくリンカーネイトまで来たのよ~?せっかくだし観光もして行きたいでしょ~」

「……馬鹿母さん。止めとくほうがいいナ。多分、怨まれてるゾ……」


まともな感性を取り戻したスーが控えめに止めるが、

マナさんは"えー"と子供のように拗ねてしまった。

……これは、拙い!


だが、その時。救世主が現れた。

ガサガサの木の後ろから、赤い外套を身に纏った人影が現れたのだ。


「冗談も程々にしてよねマナ様?僕らの国を散々荒らしておいて今更何を言うのさ?」

「……アルシェ!?どうしてここに?」


俺の言葉にアルシェは肩をすくめる。


「カルマ君たちと違ってしがらみの無い僕が、一般の意見の代表者としてここに来たんだよ」

「まあまあまあ、そうだったの~?それで、何の御用かしら~?」


「……今すぐ帰ってくれないかな?」

「え?」


……場の空気が一瞬固まった。

そして、何を言っているのか判らないといった風にマナさんが口を開く。


「どういう事かしら~?」

「昨日の追いかけっこで、マナ様どころかカルマ君にまで不満が出ているんだよ」


「なんで~?」

「街の被害が大きかったから」


「そうなの~?じゃ、謝りに行かないとね~」

「……要らないから、もう、帰って。そして僕たちの前に二度と姿を現さないで欲しいな」

「確かに今更行っても反感を買うだけだなマナ。父もそう思わんか?」


「ハイムちゃんまで~。お婆ちゃん悲しいわ~」


いや、正直俺も同意見だ。

この場合の最善手は、

さっさと帰ってもらい、幼少時に戦争にかり出されたと言う部分を強調して情報発信。

焼け石に水だろうが同情論を無理やりにでも高めた後で、

被害者に十二分の賠償をしつつ"俺達が"言葉を選んで謝罪文でも貼り出す事だろう。

間違っても本人の間延びした声で謝られる訳には行かない。

怒りの炎に油を注ぐだけだ。


「マナ様は……ゲンコツを親から食らった事ある?」

「無いわよ~?あ、一度有ったけど、その時泣いてたらその人居なくなっちゃったの~」


「……お母様?居なくなった?」

「宰相が手を回してくれたらしいわ~」


え!?その人消されたの!?

どう考えても無二の忠臣だろうがその人。

あの干物宰相何を考えて……ああ、国民の不満を一手に集めさせたんだっけ?

いやいや、個人的な思惑だったか……?

まあ今更だ。どっちでも良いか。

だが政治的な不満を特定個人に転化する事で回避するとは、有効だけど外道な……。


「私は魔王退治の勇者だから、少しは我が侭言っても構わないってお父様から言われてたわ~」

「少しじゃないよ。僕、絶対少しじゃないと思うよ」

「……私もそう思う」

「そもそも、それは一体何時の話なのか判らないのですよー」


「ルンちゃんまで。お母さんに対して酷いわ~」

「マナが母に背負わせた事に比べれば誤差でしかないがな」


その時、アルシェが背中から弓を取り出した。

矢筒には矢が三本だけ入っている。


「理解して欲しいなんて言わない。今更変わって欲しいなんて望まない」

「……何をするつもりかしら~」


マナさんの雰囲気が変わる。

ニコニコとした表情はそのままに、能天気なオーラが吹き飛ぶ。


「勝負して欲しい。僕が勝ったらもう二度とこの国に足を踏み入れないで」

「……幾らなんでも私には勝てないわよ~?」


「勝敗じゃないんだ。その行為が重要なの。……この中で貴方と対等なのは僕だけだからね」

「対等?ひとりだけ?」


「そ。ルンちゃんとカルマ君には親。はーちゃんには祖母。今の僕は第二王妃だから同格でしょ?」

「ハニークインちゃんはどうなるのですかー……あ、冗談なのですよー、所詮は家臣なので」


そう言えばそうだ。

俺とルンにハイムにとっては直接的な身内であるが、

アルシェならワンクッション入るので中立的立場を取れる訳か。

……しかし、相手が悪すぎだ!


「カルマ君。手出し無用だよ。見てて、僕が何とかしてあげるから」

「アルシェ……」


「ルンちゃん。悪いけど君のお母さん、ボコボコにするけど許してね」

「……無理!無茶しちゃ駄目!」


そうだ。

幾らなんでも、アルシェには荷が重いぞ!?


「いや、母その2……存分にやれ。母も取り乱すでない……信じてやれば良い」

「はーちゃん……ん。アルシェ、お母様をよろしく」


だが、アルシェは一人でやる気のようだ。

俺たちに下がるよう言うと、弓に矢を番える。

……策があるのか?

いや、違う。

判ったぞ。あるのは別な根拠だ!


「ルールは簡単。僕は矢を三本だけ使うよ……それまでに有効打が出たら僕の勝ち」

「矢が無く……なるまで耐え切ったら……おばさんの……勝ちね~?」


「僕が勝ったら、言う事聞いてもらうよ?」

「じゃあ、おばさん……が勝ったら……お買い物に……付き合ってもらうわ……ね~」


アルシェが決死の覚悟で矢を引き絞りながら歩いているのに対し、

マナさんは余裕癪癪だ。

いや、何か喋り方がおかしい。


『……防壁……』

「あっ」


気づいた時には遅かった。

マナさんの周囲に防壁が張り巡らされる。


詠唱こそ長いが短縮詠唱を使えない魔法使いが単独戦闘をする事を可能とする、

マナリア魔法使いの秘術の一つだ。

かつてホルスとルンが戦った時にルンが使った魔法でもある。

物理衝撃を与えれば削れていくが、たった三本の矢で破るにはその壁は余りに厚すぎだ。

……それにしても。


「会話の中に呪文を紛れ込ませたのか!?何で出来るんだよそんな事!?」

「……僅か三本の矢では、防壁を削りきれない。アルシェ……!」


「うふふふふ、反撃も少しはするわね~?」

「構わないよ。遠慮はしない。そっちも遠慮は要らない……」


だが、アルシェは怯む様子も無い。

弓を掴む手に力が篭り、弦は更に引き絞られていく。


「ところで、袖に仕込んでいるのはナイフかしら~?まあ別な武器を使っても構わないわよ~?」

「ぬおっ!?母その2、気付かれておるぞ!気を付けよ!」

「……カルマ君のため、ルンちゃんとはーちゃんとぐーちゃんの為に、負ける訳には行かない!」


そして、第一射目の矢が放たれた……!


「……空中に刺さるなんて、ありなのかな?」

「ありでしょ~?じゃ、こっちから反撃よ~?」


アルシェの第一射は防壁に阻まれ空中に突き刺さる。そして力を失い地に落ちた。

それを見届けると今度はマナさんが反撃。

魔法使い離れした体術で前進し拳を握ると、アッパー気味にアルシェの腹に叩き込んだ!


「ぐううっ!?」

「とりあえずご挨拶よ~」


続いて軽く宙に浮いたアルシェに回し蹴りを叩き込む!

当然蹴り飛ばされたアルシェは後ろに吹っ飛んでいくが……。

おお、ガサガサが腕を伸ばして地面に叩きつけられるのをさり気なく防いだぞ!

ナイスだガサガサ!


「攻撃に魔法は使わないわ~。ハンデってものね~」

「そ、それは助かる、な!」


今度はアルシェの反撃だ!

ぱっと立ち上がると、今度は目にも留まらぬ早業。

一瞬で弓矢を引くと牽制のようにマナさんに放つ!


「早いけど。矢の無駄遣いよ~?」

「まだだよ!」


続いて袖口に仕込んだナイフを次々と投げていく。

しかも、寸分違わず同じ場所に!


「あらあらあらあら?」

「一点に集中すれば、流石の防壁にも穴が開くよね!」

「母その2!いけるぞ!壁に穴が空く!」


やった!

5本目のナイフが防壁を貫き、六本目がマナさんの頬を掠めて行った!


「……当たった、よ」

「みたいね~」


凄い、凄いぞアルシェ!

大金星じゃないか!


「……でも、有効打には程遠いわよ~」

「だよね。じゃ、トドメ行くよ」



その時、歴史が動いた。



「え?な、何、かしら~……」

「う、動いちゃ駄目だよマナ様?」

「おにーさん、流石にこれは酷いと言わせて貰うのですよー。でもいい気味なのですよー」

「馬鹿母さんーーーーーーーーっ!?しっかりするのダーーーーーっ!」


全身から血を噴出し、倒れ臥すマナさん。

ルンも流石に顔を青ざめさせ、見つめる先には、


「さ、流石にやりすぎちゃった、かな?」

「いや、こうでもしないと避けられてただろ……」


リボルバータイプの拳銃を両手に持ったまま、

顔を引きつらせるアルシェの姿があった。

ロンバルティア一世が残し、俺達が再生させた銃という武器。

その第一の犠牲となったのがファンタジーの代表者たる勇者だという、

何とも象徴的で笑えない話がここに誕生した……。


「馬鹿母さん死ぬナーーーーーーっ!?」

「……お、お母様……」

「ああ、安心しろ母、スー。傷は酷いが致命傷ではない。安心してたもれ?」


……今、大量の舌打ちが聞こえた!?


……。


そして、数日後。

大怪我の為先に送り返したマナさんを追う形で、

シバレリア使節団の残りが本日帰国の途に付く予定となっていた。

現在は最後の別れということで、

サンドール王宮にてスー、テムの両名と会見を行っている。


「どうも。マナ様がご迷惑をかけたようだな……宰相は何を考えて居るのか」


そう言ってテムさんが渡してきたのは一通の書状だった。


「なんだこれ?」

「宰相がな。帰りに渡すようにと言っていたのだ。帰りまでは隠せとな」

『隠すように書いてた書類だねー、何て書いてるのかはあたしも知らないよー』


ほう?

だとすると、マナさんが暴れるのを見越していたのか。

……ま、大怪我して帰ってくるのは予想外だろうが……。

どれどれ。


「……正気か?」

「な!?宰相は何を考えているのダ!?北部領土を譲るとはどういう了見ダ!?」

「何だと?私も内容は知らされておらん……皇帝陛下はご存知なのか……」


驚いた事に、その書状にはマナさんが暴れたお詫びとして、

マナリアとの領土係争地たるマナリア北部領土を譲るという旨が書かれていたのだ。

……いや、あんな飛び地。

しかも領土係争地を寄越されても困るんだけどな!?


「……何考えてるんだクロスは」

「あの人の考えてる事は判らないゾ。ともかくスーの故郷ダ。勝手に渡されても困るナ」

「違いないなジェネラルスノー。帰り次第詰問せねば危険だ」


とは言え、国にとって領土を渡す以上の誠意はそうそう無いだろう。

……それに、考えてみれば俺としては何かが欲しい訳ではない。


「謝罪を受け取ろう。領地はマナリアに渡す事になるが良いのか?」

「この文面からすれば、彼の地はお前達の物となる。後は自由な筈だが……」

「カー、頼む。止めてくれ。スー達冬の部族にとってあの地の奪還は悲願なのダ」


「ジェネラル。諦めろ……それより早く帰国し、宰相を問い詰めるのが先だ」

「そうだナ。宰相の事だ。深い意味があるに違いないが……やはり許せないゾ」


……走り去るように、シバレリアからの使者達が去っていく。

俺は書状をルイスに渡し領地の引渡しに関する交渉を一任すると、

今回の件に対する相手側の思惑を必死に考え始めたのだ。


……。


≪side リチャード≫

……ここ最近、シバレリアの動きがおかしいらしい。

斥候からの報告では北部領土に侵入するシバレリア族が居なくなったとあるし、

国交断絶以後も続いていた領土問題に関する話し合いも、ここ暫く止まったままだね。

不審さを感じる人間は日増しに増えるばかりさ。


「姉上も、おかしいと考えているんだよねラン?」

「その通りだな殿下。まるで、何かを待っているようだ……」


その時、アリシアちゃんが凄い勢いで部屋に走りこんできた。

……彼女もすっかり我が国の一員だ。

今やマナリアの内務を回す上で彼女の存在は無くてはならないものとなっていた。

もしこの子が居なかったら、すでにマナリアの政務は滞っていたに違いない。

まったく、ルイス達が国を離れた際、

変態が消えたと喜んでいた連中を縛り首にでもしたい気分だよ。

まあ、それはいいか。


「しばれりあの、ししゃが、おてがみ、おいてった、です!」

「そうか。久々の交渉だね……お疲れ様」

「いつも済まんな。……問おう、今日のおやつは何が良いか?」


ランがアリシアちゃんの相手をしているうちに、使者が置いていったという手紙を読む。

そうか。彼の地の所有権をリンカーネイトに、ね。


やられたな。

これで交渉にカルマ君率いるリンカーネイトが絡んでくる事になる。

いや、それはいいんだ。

きっと彼ならそれ程面倒の無い条件で譲ってくれるだろうから。

……問題は、奴等の言う"北部領土"の範囲。


「……なんだろうねこれは」

「どうした、です?」


不思議そうな声を上げるアリシアちゃん。

そうか、気付いていなかったのか。

まあ、マナリアの人間でもなければ気付かないかな?


……震える声を出来る限り押さえながら僕は声をかけた。


「この書状にある北部領土はね……こちらの開拓地の南部三分の一程度しか記載されていない」

「なんですって!?それでは……」


ああ、そうだね。

シバレリアの連中。

こちらの開拓した土地の内三分の二は領土係争地ですらないと宣言したも同じなのさ!

しかも、現在の暫定的所有者であるリンカーネイトがそれを認めてしまった以上、

カルマ君は何かあっても、それ以北の領土問題に関る権利を失った。

つまり本来の権利を主張する場合、

基本的にマナリア一国で動かねばならない。

……と言うか、リンカーネイトから領土を受け取った場合、

シバレリア帝国は北部領土問題はこれで解決したと言い張る心積もりだろう。

さもなくば、書状に"北部領土以北から住民を直ちに退去させよ"なんて書かないからね。


「神聖教団旧大司教、宰相クロスか……手ごわいねこれは」


ふと、叔母様の顔を思い出した。

思えば今回の事件はマナ叔母様がカルマ君の国で暴れたのが発端になっているという。

……最近、まさかと思っている事がある。

叔母様、まさかまだ……マナリア国民だと自覚してたりとか、していないですよね……?


***大戦の足音シナリオ3 完***

続く



[6980] 67 常闇世界の暗闘
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/30 11:57
幻想立志転生伝

67

***大戦の足音シナリオ4 常闇世界の暗闘***

~地底の闇と心の闇~


≪side カルマ≫

昼間の筈だと言うのに表は暗い。

……ここは地の底、リンカーネイト公式文書には載っていない第二都市。

即ちアリサの領土である地底都市アントアリウムである。


……因みに大陸南端の巨大塩田はエンカナトリウム。


まあ、それはさておき。

俺は人間には聞かせられない類の謀略を練る為この人間の住まない地下都市にやってきていた。

因みに自由落下を経て地底湖に到着。帰りは兵隊蟻に乗って十数分といった所か。

ともかく、ここには文字通り蟻しかいない。

他人の目を気にせず動けるのが何よりもありがたい場所なのである。


そして、ここはその中枢。

名も無い地底宮殿である。

その一室にある会議室で、俺は蟻ん娘に囲まれていた……。


「兄ちゃ!リチャードさんが結構悲壮な覚悟決めてるよー」

「だろうな。向こうからしたら俺達が見捨ててきたと取られてもおかしくない」

「まあ、そこは、むこうのあたしが、なんとかする、です」

「シバレリアがこっちを間抜けと見てくれればやりやすいであります」


「そうだな。……特に今回の事でマナさんさえ使えばどうとでもなると考えてくれていれば……」

「後が楽でありますね」


正直、今回はマナさんのせいでデモは起きるわ街は壊れるわで散々だった。

全てが終わった後、アルシェは報復を恐れてガタブルしてるし、

ルンはその横でペコペコ頭を下げている。

ハピとホルスは不満を持ったサンドール系住民の対応に必死だ。


……次があったら「誰も怨みたくないから自分で殺す」とルンも悲壮な決意を固めたようだ。

ルンがそう言う以上、俺も覚悟を決めねばならない。

俺に唯一ある家族を見捨てないと言う信念。それを捨てねばならない時が来たのかも知れないな。


ともかくはっきり言って、完全に後手後手に回った。

お陰で大損害だが……まあ、後手に回って勝てたためしが無い。


はっきり言って、俺には謀略戦でも守りに対するノウハウは無いのだ。

攻めに関しては前世で呼んだ小説やらマンガから幾らでも引っ張ってこれる。

だが、限られた時間で相手の思考を読んで守りきれるかというと……無理っぽいな。


だから、攻められた分だけ攻め返すことにした。

攻めなら勝てる。だったら攻め続けるしかないではないか。

まあ、その為にはまた情報収集が必要な訳だがな。


「と言う訳でアリサ。例のものはシバレリアに届いたのか?」

「タクトおじちゃん経由で傭兵王に渡った"あれ"は見事に届いてるよー」

「クロスが大喜びしてるであります」

「……これで、しばらくは、おとなしい、です」


……正直、技術を渡すのは嫌だった。

なので、カサカサを鉢植えにして一つ送ったのだ。

リンカーネイトの技術力の結晶たる……万能の果樹としてな。

向こうには金と言う概念が無い。

それだけに現物に対する評価は高いと踏んだが……当たりだったか。


「でも、あれあげちゃっていいのかな兄ちゃー」

「腹が減るから戦争が起きるって言う部分はあるからな。それを理由にされないための処置だ」

「でも。ガサガサからとれるくだもの、せんそうにつかわれたらどうする、です?」


「そんなの小さい事だ……向こうにはこっちの兵隊を送り込んだようなもんなんだぞ?」

「各部族に一本、果樹園兼スパイ。でありますか!」


そういう事だ。

何だかんだで手間要らずな上、大量の食料を供給してくれるガサガサを心底嫌える奴は多くない。

手段を選ぶ余裕が無いなら尚更だ。

因みに鉢植えのカサカサには命令時以外は自分で歩くなと厳命してある。

ま、こちらから何をしなくとも、向こうが勝手に増やしてくれるだろうから何の問題も無い。

……増えれば増えるほど、動向がこっちに筒抜けになるがな?


「で、現状の向こうで何か判った事はあったのか?」

「だいじなこと、わかったです」

「大事な事が判らない事が判ったんだよー!凄いでしょ兄ちゃ!」


確かにそれは凄い。

つまり、連中は蟻ん娘情報網を持ってしても解読できない通信手段を持っている事になる。

最重要事項の意思決定は、その謎の通信手段を使って行っている事になるな。


だが……確か以前の報告で連中、

会話で当たり障りの無い事を言いながら、大事な事は手話とかを使っていると言っていなかったか?

まだ解読できないのだろうかね?


「なあ、アクセリオン達の使う手話の解読はまだなのか?」

「……にいちゃ、よくきいて、です」

「今回のマナ叔母ちゃんの訪問だけどね……手話では話して無かったよー」

「つまり、あれもまたダミーであります」


……二重のダミーか。

いや待て、まさかクロスの独断とか言わないよな?

確かにそれなら誰に相談する必要も無いが。


「……アクセリオンとクロスの両おじちゃん同士では話が行ってたみたいだねー」

「スーが、どなりこんだとき、ふつうに、うけながしてた、です」


……つまり、テレパシーみたいに声にも動作にも出さない手段で……テレパシー!?


「あった……一つだけ心当たりがあったぞ!」

「なんでありますか?」


「……念話(テレパシー)だ!」

「あ、ティア姫がマナリア王都地下で使ってたあれでありますか!」

「確かにロストウィンディ……風属性っぽい魔法ではあるねー」


なるほど、それなら何食わぬ顔さえしてれば誰にも気付かれない。

何せ、確か伝えたい相手を選んで声を送れる筈なんだからな!

……いや、待てよ?


「でも、その場合……どう考えても盗み聞きは不可能じゃないのか?」

「だよねー」

「回りの動きから察するしか無いでありますね……」


それでも伝令に対する命令などから推測する事は出来るが、

今までのように最高意思決定者の言葉として確実な情報が取れるわけじゃないのが辛いな。

敵のトップの意図が見抜ききれないのは、時として読み違いを呼ぶ。

やはり、聖俗戦争でクロスを殺しきれなかったのが痛恨事だったか……。

流石に今じゃ俺からの攻撃を恐れて常に警戒を怠っていないようだしな。


「ま、無いもの強請りしても仕方ないか」


そうして、クロスからの書状を読み返す。

……実は最初から気付いていたが、

確かに書類に付いて来た地図には北部領土と言われる地域の三分の一しか載ってない。

成る程、これなら確かに俺が取り分2:1に合意したように見えるだろう。

だが、ここは屁理屈を押し通させてもらう事にしたのだ。

……所詮国際関係なんて力次第でどうにでもなる。

後はどれだけ周囲と……国内の反対意見を論破できるかだ。

その点うちは好きに決められるしな。


「我が国としては、受け取った"北部領土の三分の一"をマナリアに返還する」

「残りは諦めるように言うでありますか?」


そんな事したらマナリアに怨まれる。

多分だけど、クロスの狙いはそこかな?

……その後でシバレリア側が条件を緩めれば、マナリアの世論は向こうを向く。

そうやってマナリアを向こうに取り込む気なのでは無いかと思う。


だが、気付いた以上乗ってやる事は無い。


「残り三分の二に関しては、マナリアに返還するようシバレリアに働きかける事にする」

「え?分割を認めたんじゃないのー?」


「いや?あくまで向こうが差し出した分はマナリアに渡すってだけ。それ以外は?」

「ああ、そっか。あたし等に関しては、それ以北にはまだ全然関って無いのかー」


そう言う事。

向こうがどう解釈しようが、こちらとしては差し出された分に関しては受け取るが、

それ以外の事など知らぬ存ぜぬを貫けば良い。

そも、書かれていた部分以外に北部領土は無い、とでも書いてあるなら兎も角、

現在の文面だと、北部領土(の一部)という解釈も出来ない訳ではないのだ。

屁理屈?連中のやらかした事に比べりゃ遥かにマシだろ。


シバレリアが話が違うと騒いだら?

まあ、放っては置くが……リチャードさんには伝えとくか。

万一、連中が攻めてきたらお味方します、ってな。

旗色を明確にしておくのは大事な事だ。

そして……あのクロスの行動パターンからして北部領土の三分の二で満足できる訳が無い。

あの男は何だかんだで妥協を嫌う完全主義者だと思うのだ。

今まで集めた情報からも、何時か必ず攻めて来るのは明白なのだが……。

だから、はっきり言ってこの書状自体が茶番だったりするんだよな。


そして、クロスは俺が切れて攻めかかってくるのを期待していた筈だ。

何故なら強力な魔物が跋扈するあの深い森の中では、

その気候と地形を知り尽くしたシバレリア族でも無ければ進軍するだけで危険なのだから。

唯でさえこちらの兵力は少なめ。

一度叩き潰されたら逆に返す刃で本国まで支配されかねない。


……と言う事になっている。


「アリサ。もし、もしシバレリアと戦う事になったら勝てるか?」

「あたしらの眷属使えば鼻ほじりながらでも余裕。そうで無いならまだ勝てないよー」


つまり勝てないということか。

巨大蟻やガサガサ達が戦力化出来る事は秘中の秘。


万一巨大蟻や蜂の大群、そしてガサガサ達による数の暴力を使って勝ったとしても、

その後に待っているのは人類全体からの異物に対する拒絶反応だ。

ガサガサなんかが現在普通に馴染めているのは危険に見えない上に役に立つ為。

竜族の場合はその絶対数の少なさからだ。

その他の魔物たちの場合は、何だかんだで人類側が一度勝っていると言う余裕がある。


だが、蟻ん娘一族の場合は知恵のある支配層に身体能力に優れる兵隊蟻。

更に増えまくる子蟻達と、人間の恐怖を煽る要素が多すぎる。

そして、人間と言う存在が一度他種族を滅ぼそうと決めた時のパワーは物凄い物がある。

より大きな敵に対するために、

怨敵と手を組む場合まであるのだ。(無論敵が居なくなったら同盟は崩壊するが)


とにかく今や家族同然となったコイツ等にそんな無茶はさせられない。

と言うか、コイツ等さえ無事なら俺は今すぐにでもニートとして一生を生きる事も出来るのだ。

地下暮らしも明かりと全身を伸ばせるだけ空間さえあれば悪くあるまい?

そう考えると、コイツ等に無茶をさせるのだけは何があろうがNGだ。

故に、情報関係と物資調達以外の仕事はあまりさせたく無いな。


「で、勝てない理由は?」

「まず兵力。……シバレリアは何時でも10万の大軍を動かせる事が判ったんだよー」


「何の準備も無しでか?」

「うん。シバレリアは周囲の魔物が強いから、普段の狩りの格好で戦争が出来るよー」

「そして、めいれい、いらないです」

「皇帝の軍が狼煙か何か焚きながら動けば回りも釣られて動くようになってるみたいであります。」


「無論、皇帝以下個人戦闘の強い勇者という測定不能ファクターの存在も大きいよねー」

「まあ、それはそうだが……兵数が凄まじいな」


……準備無しで動員可能兵士数10万!?

大陸中の国家が基本的に約1万づつ、うちはそれより少なめ……を考えると法外すぎる。

孫子の兵法でも、十倍の戦力なら戦えとある。

つまり、策が要らないほどの戦力差なのだ、10倍の兵力とは。

しかも結構な数がマナリア軍との戦闘経験を持っている筈だし、狩猟の経験もあるだろう。

弱くとも一人一人が警備兵程度の実力は持っているだろうな。

……と言うか、まさか……。


「戦時動員使えばどれだけ増える?」

「国民皆兵だよー」

「まあ、10万ってのが百人の集落から戦士三人くらいでの話でありますから……」


10万で人口の3%って事は……考えたくも無ぇ!

つまりあれか?子供を背負い、後ろには爺さん婆さんまで連れてくるのか!?

何処の民族大移動だよ!

いや、但しその場合は非戦闘員も多いから……どっちにしても恐ろしい数なのは確かだな。


シバレリア族の人口が多いとは聞いてたから凄まじい兵数になるのは目に見えていた。

だが、ここまでとなると……ドラゴンで蹂躙しても歯抜けした兵数だけで普通に占領される。

まともにぶつかるのは出来る限り避けたい所だ。

まあ、相手側がそれを許してくれるとも思えんがな。


「……よし、あれだ。スエズだ。もしくはパナマ」

「なるほど。判ったよー」


流石に俺の記憶を覗いているだけに話が早い。

最悪を想定しての手を打とうとしたら、軽いサインだけでこっちの意図を汲んでくれる。

ありがたいことだ。

ま、使わないことに越した事は無いが……。


「それと、中世トリップ政戦両略系の基本、全て行くぞ」

「えーと、まずは兵器。鉄条網準備中ー。大砲も銃もあるし落とし穴系はあたし等の専売特許……」

「へいたいさんの、ごはんに、さつまいも、さがすです」

「疫病は何時でも流行らせられるでありますよ?」


「情報操作はどうした?」

「新聞はトレイディア中心にすっかり普及してくれたよー」

「わざと、あたし等の事悪く言う新聞社も用意してあるであります」

「くちこみよう、じょうほうもう、こうちくかんりょう、です……いどばたの、おばさん、とか」


「……ハイムの新しい魔王城は?」

「いま、のせてる、です」


よし、ならいい。

あいつも全く出番が無かったからな。快く引き受けてくれて助かったよ。

ハイムも喜んでくれると良いが。


さて、そうなると次は……。


「国内の不満分子はどうなった?」

「旧マナリア貴族の一部が移住してきて好き放題してるねー」

「ルンねえちゃの、しんせきだから、だって……です」

「それがこの間の避難で不満を持ったサンドール旧市民階級を率いて色々やってるであります」


「きのうも、しゅぷれひこーる。おおごえあげてた、です」

「何か色々要求してるでありますね」

「悪口ばっかりで腹が立つよねー」


厄介な。

一応国民だから余り酷い事もできんし……。

……あれ?


「なあ。それって……そいつ等俺のこと疎んじて無いか?」

「多分そうだよー」


「ルンとの血縁は?」

「えーと、おじさんのいとこのおいのははかたのおじさん、とか」


「それ、他の公爵家のほうが血縁近く無いか?」

「はいです」

「ランドグリフ家の傍流って言ったほうが正しいで有ります」


……それって。


「もしかして、おれからこの国奪うつもりか?まあそれは良いけど」

「たぶん、です」

「と言うか、国に来た三日後から失脚計画練り続けてるであります」


……それって、敵じゃね?

国民って言うより、獅子身中の虫。


「考えてみれば……国民って言っても俺が住んでくれって頼んだ訳じゃないんだよな」

「サンドールの住人は支配者交代の余波を受けて選ぶ余地が無かったでありますがね」


だが、別に彼等を国に閉じ込めたつもりは無い。

別に出て行きたければ好きにすればいいし……。

考えてみれば、うちって……独裁国家だよな。

なんで、内部的敵対勢力が大手を振って存在できるんだ?


「そりゃ、兄ちゃが規制して無いからね」

「だから、つけあがる、です」


成る程……なら、別にいいか。

だって、敵なんだろそいつ等?


「じゃ、殺すか」


「もう殺してあるであります」

「流石に危険すぎて生かしておけないよー」

「げんみつにいうと。あ、しんだ、です」


あ、そ。

ならいいか。


「いや、良く無いだろ!?いきなり人が死んでたりしたら周囲の奴がなんて思うか」

「……マナリアでの汚れっぷりを記事にしたであります」

「後は毒を盛った後で筆跡と文章の癖を真似て遺書を捏造したので大丈夫だよー」

「いざとなったら、うたがったひと、おひっこし、です」


そうか。

なら今度こそ問題ないな。


「じゃあ、今日はここまでにするか」

「はいです!」

「次までにはシバレリア上層部の内情を探ってみせるであります!」

「じゃ、少し遊んでくよね兄ちゃー!」


……気付けば俺はアリサに引っ張られていた……。


……。


さて、俺は今闇の中の街を歩いている。

地下数千m級の地底に高さ25m……要するにプールほどの高さの天井と、

半径数キロの広い空洞を沢山の柱で支えた地下都市である。

天井全体から青白いヒカリゴケの光が降り注ぐその街は、

地下の支配者たるアリサの領域。

頭上に公の墓所を頂く地底帝国アントアリウムなのである。


「あ、にいちゃ」

「乙であります」

「ここにくるの、めずらしい、です」

「よ、元気か?」


ハンマーが鉄を叩く音が響いている。

……銃や大砲の製作工房だ。

この圧倒的な武器は、まだ人に渡す訳には行かない。

そんな訳でこうしてアリス達だけで作り、必要な分だけ地上に持ち出す形を取っている。


ちびっ子と巨大蟻が高炉を操作し、焼けた鉄にハンマーを振るい続けるその姿は正に異様。

だが、侮る無かれ。

幼子の持つ記憶力と柔軟性を。

そしてそれを一族全てでリアルタイムに共有し圧倒的速度で技術とノウハウを蓄積していく。

蓄積されたノウハウは更に次なる技術革新を生む上、

時折手に入る"魔道書"は魔法のスペルと共に、古代の英知と呼べる技術が書かれている事も多い。

……既に、この地下都市の持つ技術力は産業革命の域に達していると言ってもいい。


そして、その高度な技術はそれ故に人の手に渡すことが出来ない代物と成り果てていた。

せっかく大地を余り汚さないファンタジーな世界なのだ。

あえて世界を汚染させる必要は無いだろう。

……俺の前世では魔法なんて世界を弄くり倒す力が無くても、

何時でも世界を滅ぼせるまでになってしまっていた。

ここでまでそんなあほな真似を繰り返す必要はあるまい?

何故なら人が一度覚えた贅沢を手放す事など、まず出来ないのだから。

……必要なものは生産して渡すから勘弁してくれ、って所かね。


「まあ、本当の主な理由は圧倒的火力を俺だけのものにしておきたいからなんだけどな!」

「えいえいおう、です!」

「目指せ核融合発電所でありますね!とりあえずボイラー出来たから蒸気機関からであります!」

「とりあえず、がとりんぐがん、あといちねんもあれば、できるです」

「この間、鉄道の機関車が出来たでありますよ。まあ、地下では使えないでありますが」

「あたし等の未来は明るいよー!」


あはははははははは!

……突っ込み役が居ねぇえええええええええっ!


……。


さてその後、地下でも育つキノコやもやしの農場を覗き、

これでもかと言うぐらい食べ物が詰め込まれた、宇宙戦艦でも入りそうな巨大食料庫を視察。

……一部の例外を除き食べ物関係の施設しかない蟻ん娘地下帝国を適当にぶらついていると、

アリシア達が三匹ぐらい纏まって転がってきた。


「たいへん、です!」

「次のシバレリアの動きが判ったであります!」

「……まだ、計画段階らしいでありますが」


「よし、でかした!で、何をする気だ!?」

「マナ叔母ちゃんを……今度はマナリアに派遣するつもりらしいであります!」


……なん、だと!?


「今回の成功で味を占めたらしいで有りますね」

「今度は王族だからと言う事でマナリア本国に嫌がらせでありますかね?」

「もしくは、こっちでしっぱいしたこと、なにか、あったのかも?です」


つーか、アルシェから受けた傷はどうした?


「治癒があるよー」

「本人も仕えるしクロスも使えるでありますよね」

「きず、なおりしだい、すぐ、いくっぽい、です」


なんつーか、クロスさんよ……何故そこまで戦いたがる?

共生主義だか何だか知らないが、他の国に攻め込んで無理やり言う事聞かせると、

むしろ矯正とか強制主義とか言われるようになっちまうぞ……。


「あ、それと。戦争を急ぐ理由が判ったで有ります」

「ほぉ?それは何だ?」


「シバレリアにも、物質文明の影響が迫っているのでありますよ」


……なんだそりゃ?


「つまり、お金で物を買ったりするシバレリア人やモーコ人が増えてるのであります」

「でも、あたしらは、たいしたことしてない、です」


少し話を聞いてみると納得した。

要するに、

カルーマ商会に負けじと他の商売人たちが新たな顧客を求めてあの森に分け入っているらしい。

で、豊かな生活に憧れた若者達がどんどん都会……要するに商都とかに出て行き始めていると。

……最近の騒動続きでボロボロの商都としては、新しい客と労働力は喉から手が出るほど欲しい物。

先代とは違って村正はそういう流れ者でも問題が無ければ住み着かせる事に躊躇しない。


かつての商都やこの世界の権力者のあり方を知っている俺としては微妙な気分だが、

お陰で今の商都は再びかつての繁栄を取り戻しつつあるようだ。

更に、資金確保と国内の不満解消を兼ねて、

無能な権力者から権力を取り上げたりしているそうだ。

一体何があったのかというほど最近の村正は生き生きしているらしい。


ともかく悪代官等はどんどん駆逐されている。

……何故かボンクラはそれでも男爵位を取り上げられていないようだが……。


まあそれはいい。

村正もリチャードさんも君主論ではないが暴君が割に合わない事は知っているようだからな。

そのお陰で基本的に住みよい世の中にはなって来ているのだ。

……だが、お陰で本来悪政からの解放者となるべき勇者達が割りを食っているのは確かだ。

折角打ち立てた国も、若者が逃げ出しては意味が無い。

ああ、だから北部領土の問題にも厳しくなるのか。


……何て凄い爽快感だろう。

まあ、とりあえずそれは置いておく。


「特にクロスは焦ってるねー。全部兄ちゃの謀略だと思ってるっぽいよー」

「だから、この間のはその報復でありますね」

「でも、こうていは、ぜんい、っぽい、です」


しても居ないことで怨まれてもな。

まあ、既にお互い怨敵状態な訳だが。

……いや、既に向こうがそう思ってるならいっそ……。


「アリサ。その商人たち……支援できるか?」

「もうやってるよー」

「綺麗な洋服とか格安で譲ってあげてるであります」

「おんなのこにとって、おようふく、やっぱりだいじ、ですから」


そうかそうか。

勝手に疑うほうが悪いんだぞクロスさんよ……。

精々都会に憧れる若人を力で押さえつけて、手酷い反感食らうがいいさ。

まあ、カサカサくれてやった訳だし、食い物には困らんだろ?

それで満足してくれればお互い一番いいと思うんだがな。


「あと、あのへん、しおとか、あまり、とれないです」

「だから、商会の名は隠した上で格安で物々交換であります!」

「戦争になったら一気に交換レートを引き上げて日干しにしてやるんだよー」


そうかそうか。いざと言う時に備えて……あれ?


「そう言えば。さっき"もうやってるよー"とか言ってなかったか?」

「はい、です」

「森を見張ってたら、リュック一つで森に分け入る商人さん居たからこっそり護衛してあげたよー」

「それが始まりでありますね」


……それって、最初からって事なんじゃ。

いや、あの森の魔物は最強クラスだしハイムの配下じゃ無いし、

襲われたら可哀想ってのは判るんだけどな?


「それって、結局俺達の策ってのと大して変わらないんじゃないのか?」

「そうでありますね」

「どうせだから、こくりょく、けずる、おもった、です」

「ま、クロスおじちゃんの勘が冴えてたって訳だねー」


……そのせいであの人間兵器が送り込まれてきたかと思うと胃が痛いんだが。


「まあ、報復には報復で返そう。ついでだから水源半分くらい枯れさせられないか?」

「まだ無理だよー。向こうの地下はまだ半分ぐらいしか掌握して無いからー」

「地下水脈の流れも把握しきれて無いから半年ぐらい待って欲しいであります」


じゃあ、出来次第で頼むか。

それと……うちの二の舞になっちゃ拙いからな。

リチャードさんやティア姫に情報を伝えておくか……。


「あ、それと兄ちゃ?」

「何だ?」


「シバレリアに感づかれたっぽいよ?」

「何をだ?」


そして、我が親愛なる妹はニヤリと笑いながら告げたのである。


「魔王復活を、だよー」


……。


≪side リチャード≫

僕は、カルマ君から届いた手紙を見て絶句していた。

……伯母上が、戻ってくるらしい。


「これは……本当なのかい?」

「最悪だ!奴を止められねば我がマナリアは終わりではないか!リチャード……急ぎ眠り薬を。いざと言う時役立たぬ兵器など何の存在価値も無いが、無碍に殺せば連中に格好の大義名分を与える事となる。出来れば毒殺したい所だが諦めねばならん。おのれアクセリオン。余の信厚きロストウィンディの一族でありながら何処までも余に楯突くのか……!」

「今のマナリアの戦力じゃ勝てないわよぁ……兎も角無礼にならない程度で追い返しましょぉ?」


現在復旧中のマナリア王都、玉座の間。

現在のマナリアの状況は、正にこの王都のようなもの。

骨が飛び出てきた壁は無残に穴が開き、国を守っていた兵士達もその数を半分ほどに減らしている。

国庫も殆ど空と言っていい状態で、民の心すら王家から離れかけていた。

その中で僕らは最善の道を選び取らねばならない。


現在ここに居るのは女王として三年間だけ即位する事となったティア姉上。

そして僕。

更にランにリンちゃんとレンちゃんの公爵級三人。

……これだけだった。

アリシアちゃんは書類の整理で忙しいし、他の貴族達は領地に戻って何かよからぬ事に余念が無い。

北の侵略にまともに応対しているのは、その地域にかかる貴族だけ。

……まともに戦える指揮官も殆ど居ない中、

国のために真面目に考えてくれそうな人材がこれしか残っていないというのが悲しいね……。


僕自身知らなかったがかつて五つあったと言う公爵家も今や我が国には三つしか残っていない。

更に長引いた内乱で国土は荒れ果て、国が二つに割れた為に軍内部でもしこりがあるという。


「とても戦争できる状態じゃないね……」


更に、カルマ君を悪く言う勢力がその勢力を拡大しつつあるらしい。

かつて歌劇を催していた劇場などに集まっては日々批評や議論に精を出しているという。

ただ集会に潜り込んで話も聞いてみたが、感情的になり過ぎだ。

もう、どうでもいいからカルマ君と手を切れとか……勝手な物言いばかりだね。

今更方針転換など論外だよ。

第一、今現在のマナリアはカルーマ商会、引いてはカルマ君の資金で持っている状態なんだ。

万一手を引かれたらそのまま崩壊しかねない……。

まあ、群れなければ文句も言えない連中だし問題は無い、と言いたいが、

場と空気を悪くする上、荒れた雰囲気は更にガラの悪い人間を呼ぶから困ったものだよ。

今では訳も無く、ただ文句を言いたいだけの人間のほうが多くなってしまったようだ。

何時か、僕らの行動の邪魔になるんじゃないかと戦々恐々だよ……。

いや。既にそれは始まっているか。

不審な動きをする部隊は一つや二つじゃないし。


まあ、それすらも利用するつもりの連中もかなりの数にのぼるけどね。

要するに我がロンバルティア王家より王位を奪おうとする勢力だ。


……カルマ君より、敵の戦力について情報が入っている。

号して十万、それもまだ全力ではないと言う。

幸い、魔物との戦闘もあるだろうし全軍で攻めてくるとは考えづらいが、

当方の兵力は現在六千を切っている。

果たしてその情報が漏れた時、軍はその機能を維持してくれるのだろうか?

僕としては甚だ疑問だね。


まだ問題は有る。ライオネル君を追い出した彼等は、

今度はそのライオネル君を追い出した責任を僕に対して追求してくる。

しかも、こちらからの反論はまともに聞きもせず話をはぐらかすばかり。

お陰で呆れ果てたまともな人材は次々と国外へ脱出している。

全く、国内で争っている場合ではないんだ。

……何もかもが失われてからでは遅いんだが……まあ、仕方ないのかな……。


「カタ大公、いやトレイディア王に連絡を」

「いいわよぉ。で、何を伝えればいいのぉ?」


……。


レンちゃんに書類の文面を伝えると彼女はささっと書き連ね、すぐに部下を呼んで手紙を託した。

……正直、あの子がここまで出来るようになるとは思わなかったね。

この国難続きの中、数少ない嬉しい誤算だったよ。


「おーほっほっほ!レンも中々様になってきたではないの?その調子ですわ!」

「リンちゃんもそう思うかい?」

「危急存亡の時を見て、秘めた能力が覚醒したのかもしれませんね殿下。私としても歓迎だ」


姉上だけは何を今更、と言わんばかりに泰然としたものだ。

だとしたら、あの子が覚醒したのはあの宰相との戦いの時か。

危険が人を育てるなんて事もあるんだね……。


さて、まあそれはいいか。

……では、次の議題と行こう。


「では次の議題だけど……姉上、兵数の不足が深刻化してるけどどうしようか?」

「どうしようもない。ビリーめが裏切りよったので傭兵が満足に雇えんし、これ以上の負担を民に強いるのは論外だ。暫くは現在の兵数でやって行く他無いのではないか?唯でさえ不満が高まっておるのだから出来る限り民を刺激するような政策は避けるべきだ」


そっとランが手を上げる。


「傭兵自体最近その数を減らしているので、私は国の警備を労役の義務として負わす事を提案する」

「成る程ぉ。警備兵を一般の人達に交替でやってもらう訳ねぇ?」

「おーっほっほ!……論外ですわ」


ん?悪く無い案だと思ったんだけど。

リンちゃんは何が問題だと思っているのだろうか?


「駄目ですわ。国民に軍の現状を理解させる訳には行かないのですわ」

「そうか……下手をしたら絶望するものが出てくるか……」

「確かにそうかもぉ。何せ魔法兵の比率が一割切ってるしねぇ……」

「仕方ないな。魔法兵の育成には資金も手間もかかる。殿下の気苦労、いかばかりか……」


そう。磨耗した魔法兵部隊の代わりに、前衛の一般兵の割合が上がっているんだ。

しかも満足な訓練も施したとは言えない。


マナリアは歴史ある魔道の国。

その軍隊の現状がこのお粗末さでは、国を見限るものも出てくるだろう。

僕は、それが恐ろしく思えた。

何故ならその未来が、嫌と言うほど明確なビジョンで僕の脳内に浮かんできたからだ……。

将はおらず、兵は少なく、更にその兵の中で更に魔法を使える者のあまりの少なさ。


「ともかく、今戦端を開かれたら我がマナリア王国は終わってしまうよ」

「そうねぇ。悔しかろうが何だろうが、今は耐える時よねぇ……」


そうして僕は深いため息をついた。

さて、伯母上の歓迎準備でもしないといけないか。

国を出て行った方だけど、一応正式な使者のようだし。

大丈夫。我が国の住人達は伯母上の行動には慣れているはずだからね……。


……思わず再びため息が出てしまうね。

周りの皆もすっかり意気消沈しているようだし。


「これで王家も終わりですかな、ホホホ」

「まあそうなれば私どもの時代……」

「さて、そうなると次なる時代の準備ですか?」

「ふふふ、我が家はロストウィンディ系の分家でしてな」

「おやおや。件の内乱の際はリオンズフレアの遠縁とか名乗っておりませんでしたか?」

「はっはっはっは……まあまあ、そう言いなされるな」


アリシアちゃんからの報告で、近くの部屋で密談してる連中がこんな事を言っていたそうだ。

はぁ。歴史が長いのも考え物だね。

ああいう連中が蔓延る上に、そういう輩に限って保身の術に長けているのだから……。


……。


あれから暫くして……国境付近にシバレリアからの使節団が現れたという報告を受けた。

今回は友好の使者だとして、他ならぬ伯母上が本当に代表を務めているらしいね。

……正直気が重いよ。

どれだけの被害が出るのか判らないから。

まあ、それでも一度は世界を救った救国の英雄。

余り無碍にすると、文句をつけてくるであろう輩が沢山居るのがなんともね……。


「それにしても、遅いね」

「……大変よぉ!?」


歓迎会用に飾り付けた大広間で支持を出していた僕の元に、

レンちゃんが血相変えて飛び込んできたのはそんな時だった。

……一体何事だろう?


「王都入り口で、マナ様が立ち往生してるわぁ!……凄い事になってるわよぉ!?」

「な、なんだって!?すぐ行くよ!」


伯母上……今度は一体何を仕出かしたんだ!?

これ以上問題を起こされると流石の僕も庇いきれないんだけど……。


……。


「これは、酷いね……」

「何て言うかぁ……もう、これはぁ……」


王都入り口には、黒山の人だかりが出来ていた。

……そして人々は口々に伯母上を責め立てている。


「今更何しに帰ってきた!?」

「裏切り者!」

「もうアンタの居場所、無いから!」

「いざと言う時は俺達の事を助けてくれると思ってたのによ……!」

「散々迷惑かけて、いざと言う時は国ごとポイかよ!?」


「……えーと~。皆、どうしたの~?」


伯母上は現状が読めていないようだ。

当然だろう、このマナリアに今まであの方を悪く言う人は、表立っては一人も居なかったのだから。

だが、庇い立てをしていた宰相も父王ももう居ない。

更に国が二つに割れる国難の際にはさっさと国を捨てて出て行ってしまった。

……無論、それなりの理由がある事を僕は知っている。

だが、一般大衆にそれを理解せよというのは少し酷だよね……。


「あの~。通してくれないかしら~?」


伯母上が混乱しつつ歩み出て、道を封鎖する民に話しかける。

……逆にシバレリアの他の代表者はすっと後ろに下がったようだ。

巻き込まれないための処置なのだろうが……それもまた情の無い事だね……。

こうなる事が判っていたって事だろうし。


「嫌だね!」

「迷惑かけるだけなんだから……帰ってよ!」

「カ・エ・レ!カ・エ・レ!カ・エ・レ!」

「うっせー!腐ったトマトぶつけるぞ!」

「腐った生卵もね!」

「ついでに馬の糞も食らわせてやらぁ!」

「あ、じゃあ俺は石投げる!」


……本当に投げた!?


「ひ、酷いわ~」


腐ったトマトや生卵をぶつけられ、伯母上は涙目だ。

……自業自得では有るのだが……少々やりすぎだね。

確かに真面目に憤っている者は多い。

30年に渡って耐え続けてきたのだからそれも頷けるよ。

でも、何割かはただ面白がっているだけだ。

集団心理と言うものは厄介だね。なにせ何処までもエスカレートしてしまうのだから。


……そろそろ止めないと拙いな。

全身泥まみれになった伯母上の瞳に涙が浮かんで来ている。

一応祖国の国民だという事で、それなりに耐えてくれているようだけど、

それも何時までもつのか……唯でさえ堪え性の無い人なのだし。

もし、伯母上が切れたらどうなるのか。

判っている人間はそう多く無いだろうしね……。


「まあ待つんだ皆。伯母上がこうなったのは元を正せば僕らマナリア国民が甘やかしたからだ」

「王子様か?五月蝿いよ。だからこうやって!今から、躾けてやってるんだろうが!」


怒れる民に僕の声は届かない。

伯母上に対する投石はその頻度を増すばかりだ。

……顔にさえ痣を作りながら、

伯母上は震えつつその場に立ち尽くしている。


「お、伯母上……」

「……らないわ~」


え?


「こんな子達の事なんか…もう……知らないわ~!」


伯母上が両手を上に!?

まさか!


『我、星の海より水を掬う』


これは、まずい。

伯母上が……切れた!


『汲み上げるは天の川。溢れ、零れてこの地に落ちる』


「な、何か知らないがやばそうだ!逃げろォッ!」

「ひ、ひいいいいいっ!」

「畜生!疫病神め!疫病神めえええええっ!」


暴徒が逃げる。

愚かしい。伯母上を今回ここまで追い詰めたのは間違いなくお前たちだよ。

何故この30年間、誰も伯母上に意見できなかったのか……色々な理由はあるが、

その際たるものを理解できなかったのだろうか?

あの方こそ、マナリアが生んだ対魔王用の……最終兵器、なんだよ?


『されど、その一滴は象より重く』


一撃で街をも崩す究極魔法。

話には聞いていたが、発動前だというのにその魔力の本流に飲み込まれそうだ。

……頭上には巨大な魔方陣。

シバレリアから来た他の者は、逆に伯母上の周りを取り囲みだした。

くっ、発動を阻止させないつもりなのか!?


『降り注ぐ驟雨は災厄の日を産み落とさん』


天上の光はその強さを増す。

……恐らく、もう止められないね。


『審判の日よ、我が呼び声に応え今ここに来たれ!』


僕は暴食の腕を掲げた。

魔力を食い尽くす宰相の切り札だ。

……今から来る破壊の嵐に耐えられるかは判らないが、

何もしないよりはマシだろう。


『星空よ、降り注げ!……流星雨召喚!(メテオスウォーム)』



そして、

……天が、降ってきた……。



……。


ここは、

どこだろう?


「……ふえええええん。皆が、皆が虐めるのよ~」

「……ょうぶですよ、大丈夫。わたくし達が付いておりますから」


……気が付くと、僕は瓦礫の中に居た。

どうやら直撃は避けられたようだが、崩れてきた城壁の下敷きになったようだね。

四肢はきちんとあるようだけど、片足の感覚が鈍い。

暫く歩けないかも知れないな。


「そうなの~?」

「ええ。どうやらこの国の人達は全ての責任を貴方に被せたいようですね」


「酷いわ~」

「ですが安心して下さい。わたくし達は30年来の友人。貴方が国に戻れるようサポートします」


瓦礫の外から声がする。

伯母上と……この声は大司教?

幸か不幸か僕は今動けそうも無い。

黙って聞いている他無さそうだね……。


「有難うねクロスさん~でも、私は国を捨てた人間だし~」

「そもそもそれがおかしいのですよ」


「え~?」

「そもそも貴方がこの国を追われたのは旦那さんがティア姫に付いた為」


「そうね~」

「ですが、国は再び元の姿に戻った……ならば帰れない方がおかしいのではないですか?」


「……そういえばそうね~」


……段々と、僕にも今回のカラクリが読めてきたよ。

そうか。今回の一件……伯母上をシバレリアに完全に取り込むための策だったのか。

北部領土云々はきっかけと、真の目的を覆い隠すダミーに過ぎない。

そう考えると、一部とは言えカルマ君に渡したのも頷けるね。


しかも、話の流れからすると伯母上の意識上、国籍はマナリアのままじゃないか!


呪いの効果"全ての善意が自国民に不幸として襲い掛かる"

を我が国に押し付けつつ、その魔力は己の物として操る心積もりなんだね……。

……30年来の友人が聞いて呆れるよ。


「今はまだ、シバレリアに滞在されるといいですよ。……いずれ祖国に帰れる日も来ます」

「それは、何時なのかしら~」


「切り札の準備が出来たら、ですかね。まあ、数年もあれば何とかなりますよ」

「そう~。じゃあもう少しお世話になるわね~」


……馬車がこちらにやって来ているようだ。

馬の蹄と車輪の音が近づいてくる。


「では、先にお戻り下さい……わたくしは、少し用がありますから」

「判ったわ~」


……遠ざかる馬車の音と、代わりに近づいてくる人間の足音。


「お見事ですな。これでロンバルティア王家に対する国民の信頼は地に落ちたでしょう」

「貴方がマナリア側の代表者ですか?」


「ええ、そういう事になります。まあ、今はまだ一介の侯爵に過ぎませんが……」


この声は聞き覚えがある。

まあ、よくある蝙蝠的な応対で危機を乗り切ってきた類の人間だ。

元々ロストウィンディの傍流でありながら、時に応じて各家の間を綱渡りしていた筈。

実際の所、伯爵級以上の貴族階級はすべて血縁と言っても過言では無い。

後は血の繋がりと利権の絡みで派閥が決まっているだけの事。

……そして、シバレリアの皇帝はロストウィンディの傍流。

なれば、こうして尻尾を振る輩が出てもおかしくは無い……か……。


「……我が帝国に従って頂ける方は、全員指定の避難場所に隠れて頂けていますか?」

「無論です。そして我々は新たなる……いえ、真に正当なる主君を迎え入れる用意があります」


よくもまあ、僕の目の前で言えたものだね。

まあ、僕の存在に気付いていないから言えるんだろうけど。


「そうですか」

「ところで宰相殿……我々の今後ですが」


「ええ、約束どおり望む位を差し上げますよ。ただしわたくし達がこの国を占領してからですが」

「はい。承知しました。……時に、それは何時ごろで?」


「まあ、数年後でしょうね」

「なっ!?幾らなんでも遅すぎでは無いでしょうか」


「……文句がありますか?戦力の準備の他に、民が我々を受け入れる下地を作らねばなりません」

「下地?」


「わたくし達は、所詮侵略者と言う扱いです……それを救世主と変えるのは長き貧困しかない」

「……成る程。長く食うにも困り続けた国民なら、食料を配るだけで懐くという訳ですな」


なんと言うことを、考えているんだ……!?

そんな事をしても本当に民が懐く筈も無い!

いや、何か腹案でもあるのか?


「……あくまでマナさんがこの国の王族であるからこそ成り立つ下策ですがね」

「は?ああ、市民を扇動した事ですか?確かに見事なまでに動いてくれましたが」


「ああ、何でもありません。ところで我がシバレリアはもう少し戦力を整えねばなりません」

「そうなのですか?」


「ええ。マナさんを取り込むため危険な橋を渡ったのもそのひとつ」

「ははは、成る程。その結果がこの王都の状況な訳ですな?」


何故笑っていられるんだ……。

ここはお前の故郷でもあるのに。


「流石にこれを望んでいた訳では有りません。可能性の一つとして想定はしていましたがね」

「ははは。まあ、想定していた時点で望んでいたも同じですがな?」


「……かも知れませんね」

「あ、ああ……ああ……」


……何だろう?

今突然鈍い音が?


「ですが……私はあなた方のように身の保身の為だけに動いている訳ではない!」

「ぐはっ!ま、待て!私を殺したら今までの苦労が台無しになるぞ?」


ああ、そうか。

大司教が彼をメイスで殴っているのか。


「知りませんよ。それにまだ、太ったネズミは残っていますし」

「わ、我々をネズミ呼ばわり!?」


「ええ……共生主義に貴族は不要。お仲間もいずれはこうなる運命ですからご安心を」

「き、貴様、グボォッ!?」


幾度も続く殴打音。

淡々と続けられるそれは、それだけに彼の怒りの凄さを物語っている。


「……出来れば信仰の道によって理想を追いたかったですよ」

「ふごぉっ!?」


「ですが、呪いの為にそれは無理。ならば」

「ぐほぉっ!?」


「現実的に。力で押さえつけて実現させるより……他に無いでしょう?」

「…………」


殴打音が止んだ。そして……呼吸音が減った。

何が起こったのか、何も見えなくても良く判るよ。


「教会の腐敗は、上層部の壊滅と言う形で成されました。次は理想社会の番です」

「……」


「例え理想では成されないとしても……わたくしは現実的にやりぬきますよ。そう、現実的に……」

「……」


「成さねばならぬ理由も、増えましたし、ね」


足音が小さくなっていく。

……どうやら大司教……いや、宰相クロスは帰還したようだ。


「しかし、えらい事になったものだね……」


偶然とは言え、僕はシバレリアの意思を……望みを知った。

呪いのせいで理想を追えないから、現実的な手法で理想社会を目指す、か。

どの辺が現実的なのか僕には判らない。だけど、彼の中ではそれが現実的なんだろうか。

……ふと思いつき、小さく声に出してみる。



「でも、それさえも君の理想じゃないのかな。大司教?」



そこで僕は力尽き、意識を手放す。


「ああぁ!王子様、居たわぁ!?」

「ほりだす、です!」


薄れ行く意識の中、レンちゃんとアリシアちゃんの声を聞いた。

ねえ二人とも、聞いて良いかな?

僕の国は……マナリア王都は、どうなった、かな……。


……残念ながら、口に出す前に意識が飛んじゃったんだけど、ね。


***大戦の足音シナリオ4 完***

続く



[6980] 68 開戦に向けて
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/10/29 11:18
幻想立志転生伝

68

***大戦の足音シナリオ5 開戦に向けて***

~足音、遠くより響き~


≪side カルマ≫

商都トレイディア。

俺は今日、久々にこの街にやって来ていた。


「父。ガルガンは元気か?」

「倒れたって話は聞かないから大丈夫だろ」


お供はハイム。

……今日の用件ではどうしても外せないので連れてきたのだ。

最近、少なくとも表向きは随分と子供らしくなった。

こうやって肩車をしながら歩いていれば、極普通の親子に……。


「なんだあの黒い鎧、凄ぇ」

「頭の上の子、たまに飛んで無いか?」

「きのせい、だろ……」


……普通の親子に見えるはず……見えるはずだ。

まあそれはさておき、急な話な上に個人的な用件ではあったが、

ありがたい事に村正は何とか会談のスケジュールを空けてくれている。

そんな訳で村正の屋敷に向かっている訳だ。


「これがトレイディアか……」

「凄いな、族長の家とは比べ物にならんぜ」

「いや、皇帝の城に比べればまだまだだ」


「見た事あるのか?」

「……話で聞いた分だと、多分な」


街には北の森から出てきたらしいおのぼりさんの姿と、


「なあ、そこの兄ちゃん……トレイディア名物の揚げ芋はいらんかい?ちょっと試してみなよ」

「コイツは美味いな!いくらだ?」


「銅貨5枚だ。安いもんだろ?」

「銅貨は持ってないんだ……狐の毛皮と交換でどうだ?」


「……流石はシバレリアの人だねぇ。へへっ、まあ良いぜ」

「ありがたい!」


それ目当ての露天商が目立っている。

……かつての姿とは全然違うが、それでも活気は戻ってきたようだ。

俺としてはそれが何よりだと思う。

何せ、俺としてもこの街には思い出深い物があるからな。


「……ポテチ一皿に狐の毛皮……のう父。あれって明らかに損しておるぞ?」

「だな。ま、お互い納得ずくだから良いんじゃないのか?人生の授業料としてならそう高く無い」


ああやって、一度くらい騙されて段々とこの街に慣れて行くんだろう。

それで人生足踏み外すなら問題だが、食い物倍額払い位なら可愛いもんだ。

とりあえず、仕事をして実際の物価を知れば騙されなくなるさ。

……と言うか、おのぼりさん以外高すぎて近づかない辺り、余り良い業者とは言えないな。

ま、所詮は他人事だが……。


その時頭上で肩車中の娘が、人の頭をたしたしと叩いた。


「それは良いが、父。はやく村正の所に連れてってたもれ?」

「そうだな。早い所向かうか……」


さて、急ぐかね?

何せ、アクセリオンとクロスの連名で、世界中に魔王復活の報が知らされたようだ。

第一報はこちらで握り潰したが、毎回握りつぶして別な手を取られるのも厄介だ。

人の口に戸は立てられないともいうし、

いずれは名を上げようとする自称勇者がこの大陸に押し寄せてくる筈。

そのための対処をせねばならない。


それと、ついでにもう一つ用が有るが……ま、それは重い話が終わってからだ。


……。


「と言う訳で、例の忘れられた灯台を売ってくれ」

「いきなりで御座るな。と言うか、カルマ殿の娘は本当に魔王で御座ったのか」

「驚いたか!」


そりゃあ驚くだろうよ。

だが、村正はハイムと実際に会ってその人となりを一応とは言え把握している。

肩書きだけで判断はされないだろうという俺なりの論理があった。

だからこそ、今から言うような話も出来る訳だ。


「そう。本当に魔王だったんだなこれが。で、だ……俺としては我が子を殺させる訳にもいかん」

「心得たで御座る。我がトレイディア商王国も娘さんを保護する方向で動くで御座るよ」


あっさり言ってくれる。

ありがたいがそれだと村正が危険になるだろうに。


「あ、いや……流石にそんな危険な橋をお前にまで渡らせるつもりは無いんだ」

「ふむ。ではあの古い灯台を買い取る事と何か関係しているので御座るか?」


……うーん。

まあ、村正なら話しておいても大丈夫か。


「いや、勇者って自分の正義を信じきってるから国内まで来られたら魔物系住民が虐殺されるだろ」

「そう言えばカルマ殿の国では普通にコボルトとかが住んでいるので御座ったな」


「そう言う事だ。それに合わせて北の大国殿が暴れまわる準備してやがるからな」

「うむ。拙者も危うくティア殿を失う所であった……連中、生かしておけぬ!」


おお、村正の目から炎が!

……コイツにとって初めてまともな相手だったようだし、

それが殺されかけたとなったらそりゃあ怒り狂うわな。

それに……おっと、それどころじゃないか。


「で、だ。そんな訳なんで囮を用意する事にしたわけ」

「囮で御座るか?」


「そう。塔の地下に洞窟掘って魔王の住みかだと噂を流す予定だ」

「ああ、あそこは灯台……大陸外から来た者達は近くの港に降りるで御座るからな!」


そういう事だ。

余計な物を目にする前に目的地に着いて貰おうと言う魂胆だよ。


「因みにあの地下には元々洞窟があってな。それを利用できるという目論みもある」

「使わなくなった灯台の地下はそんな事になっていたで御座るか?」


「ああ。何せ盗品市……いや秘密のバザーなんてものが開かれてたくらいだし」

「そんな物が……」


因みに一応嘘は言っていない。

正確に言うと灯台地下のバザー開催地は元からあったものだし、

こちらで掘った洞窟も、一応うちの地下と繋がってない訳ではないからな?

まあ、歩きで辿り着ける距離でも場所でもないし、

そもそもハイムが在宅かどうかなんか向こうに教える義務など無い。


あ、一つだけ嘘があったか。

灯台地下の洞窟は、バザーの開催地を除いて蟻が掘った物だった。

……因みに、余談だがその灯台地下はアリサの生誕地でもあったりする。


「それと、洞窟内には定期的に金目の物を配置する予定だ」

「何でで御座る?」


「目的と手段を入れ替える為だ。目的を忘れ宝探しに夢中になってくれれば御の字だな」

「……相変わらず考える事がえげつないで御座るな」


「お前の国の領土なんだから、そこで売買させればお前の懐も暖まるだろ?」

「成る程。それがこちらのメリットで御座るか」


上手く管理できれば大儲けも見込める。

何せ世界中から英雄願望やら一攫千金狙いの連中が集まってくるんだからな?

そいつ等や観光客が落とす金は結構な額になるはずだ。

後は倒され役を集めるだけ。

まあ死刑囚は鉄板として、後は適当に良心の痛まない連中を探しておかんと。


「と言う訳で言い値で構わんからあの灯台売ってくれ。……一応租借地のような形になるのか?」

「……本当に、言い値で構わんで御座るか?」


「まあな。お前の領地に穴を掘りまくる訳だし」

「では、その魔王退治に来る連中を隔離する為の街を作ってもらいたいで御座る」


……街だと?


「話からすると、来るのは荒くれ者の群れ。正直シーサイド港にたむろされたく無いで御座る」

「なるほど」


魔王の住居たる大洞窟を囲む都市ね……。

ま、参考に出来るものは色々有る。

やって来る勇者連中の為の宿や酒場、訓練施設や歓楽街を備え、

内外の脅威を隔離する為の分厚い石壁に囲まれた城塞都市。

洞窟内では得たものも失うものも自己責任で。

外部から持ち込まれた物と地下から掘り出されたもので潤う街。

うん、何処の迷宮探索物だよ?


……だが、それがいい。


「判った。じゃあ出来上がり次第トレイディアに引渡しと言う事で」

「委細承知で御座る」

「うむ!わらわも出来上がる日を楽しみにしておるからな!」


……俺達ががっちりと硬い握手を交わす中、当のハイムは目をキラキラとさせていた。

ようやくまともな魔王城が出来上がる目処が付いた上、自分のためのダンジョンが出来る。

どうやらそれがどうにもこうにも嬉しいらしいな。


「承知した。時に出来上がりは何時頃になりそうで御座るか?」


「適当な物は作りたくないし、時間をかけるわけにもいかないからな……ま、一年以内だ」

「判ったで御座る。こちらとしても何も無い荒野が街に化けるなら何の問題も無いで御座る」


軽く指を曲げて損得勘定しながら村正が笑う。

……実際の所、この策は国内に不穏な連中を入れないための策、と言うだけでは無い。

調べ上げた所アクセリオンは世界中にばら撒こうとした書状に、


"魔王復活のため、共に戦う勇者たちを求む。褒美は思いのまま"


と書いている。

要は手っ取り早く戦力を世界中からかき集める気なのだ。

……まあ、もし応じたとしても"思いのままの褒美"なんてあの国には無いと思うんだがな。

どうするつもりなんだか。

ともかく、向こうに歴戦の兵が集まるのを出来る限り阻止せねばならない。

逆に、


「時にカルマ殿……集めた連中は、来るべき大戦での戦力にするが宜しいか?」

「なんだ。村正もその気か……なら、連中はそっちに譲るか」


逆にこちら側の戦力として取り込みたい。

……幾ら数が多くとも、時間さえあれば迎撃する手段は幾らでも取れる。

問題なのは、相手が勇者ゆえに起こり得る戦術……いや、戦術とも言えない戦法だ。


「勇者候補となるくらいなら、現役勇者の特攻もある程度抑えられるで御座ろう?」

「そうだな。そう期待したい」


つまり問題になるのは少数精鋭……アクセリオン自身が己のパーティーで攻撃を仕掛けてくる事だ。

どんな厳重な警備も、侵入してくる少数の敵を完全にシャットアウトするのは難しいのだから。

……十中八九まで勝利していても、僅か数名の精鋭でひっくり返される。

王道RPGで行われているのはつまりそういうことなのだ。


正面戦闘も可能な暗殺者集団。これが戦力としての勇者の本質だと俺は思う。

……鉄砲玉なんてレベルじゃないぞ本当に。


「あの連中は法外だからな。徒党を組まれると厄介を通り越して脅威だ。父も注意してたもれ?」

「ああ。ピンポイントで敵将を全て討ち取ればそれで勝ち……正直奴らに兵士など要らんだろうな」

「その怪物的な英雄が、大陸一の兵力を有しているのが最大の問題で御座る」


それが、尽きぬ兵糧を手にしたことも、な。

ま、それはこちらからくれてやったものだが。

但し、その兵糧の元はこちらのスパイ兼伏兵な訳だけどな。


それに、腹が膨れれば戦争などする必要が無いと思う連中も居るだろう。

厭戦感情が高まってくれれば良いな、程度の期待だがね。

それに、食糧不足でも無いのに略奪暴行があったらそれを責め立てる事もできるだろう。

少なくとも相手には勇者の肩書きを持つものが多く居る。

その軍隊の暴虐はクリーンなイメージを逆転させ、反動的に悪逆さを強調するだろう。

悪党は一度の善行で賞賛を得、善人は一度の悪行で今までの評価を失う。

……その事を、連中には身を持って実感してもらう予定だ。


「ともかく、マナリアに資金援助を行い国境警備を整えて貰うで御座るよ」

「ああ。マナリアで防いでもらってる内に俺達は戦力を配備する」


因みに位置的にも大義名分からしても、一番に攻められるのはマナリアであろう。

一応、商王国領のサクリフェス他旧自由都市国家郡も領土を隣接しているが、

そちらの再軍備と城壁の修復は急ピッチで行われている。

攻める大義名文も無いし、そちらから攻めてくる可能性は低いと思われた。

そして、俺達の基本戦略だが、


マナリア軍が開戦後、援軍までに無事守りきれているようなら合流し逆襲に移る。

守りきれないなら敗残兵を収容して反撃。


と言う事に尽きる。


……まあ、マナリアは荒れ果てるだろうがそもそもの事の起こりはマナリアだ。

リチャードさんには悪いが戦後復興には手を貸すから許して欲しい、だな。


「出来ればマナリア王都が篭城できる状況なら良かったで御座るが……」

「城壁はボロボロだし兵もかなり失われたらしい……篭城どころではないな」


マナさんの流星雨召喚でマナリア王都は壊滅的な打撃を受けた。

王宮は辛うじて下半分ほどが残っているようだが、街の被害は大きい。

何せ、王宮以外で今一番大きな建物が、カルーマ商会の商館だと言う始末。

……うん。蟻ん娘が修復を一晩でやってくれたんだけどな。

ともかくマナリア王都は今や巨大なスラム街と化しつつある。

資金のある住民は地方都市に逃げ、各貴族も自らの領地に篭りっきりらしい。

更にそれだけの資金も無い住民は、王都の外側に小屋を建てて住み着いているとか。


とてもとても復興する余裕などあるわけが無い。

ま、せめて来られりゃ逃げるだろ、この状況じゃ。

ともかくマナリア難民の受け入れ準備は急務だと言えた。


そして……北部領土の帰属問題はうやむやのままになった。

流石に帝国も悪いと思ったのか、北部領土へのシバレリア族の侵入は止まり、

その後要求も届いていないと言う。


ただ、段々と露骨になる戦力の拡充。

特に自分の所のイデオロギーからすれば絶対にやってはいけない事だろうに、

材木や獣肉、毛皮などの輸出と……その代わりに武具などの輸入が相次いでいる。

これで何かする気が無いとは言わせないが、

下手な刺激をすればそれだけで攻めてきかねない雰囲気の為、誰も何も言えないでいた。

……俺のほうも、まだ戦争準備は整って無いしな。


「そも、勇者などと言うものは管理者たるわらわの打倒を正当化する為の方便に過ぎぬ」

「かんりしゃ、で御座るか?」


「そうだ村正。このまま行くと世界は後千年で滅びる!」

「なんと!?……しかしまだ千年も有るので御座ろう。そんなに心配するほどの……」


「千年後に同じ台詞が言えるのか?ともかくわらわは管理者の一人として世界を維持せねばならぬ」

「今からやらないとすぐに手遅れになるって事だ」


考えてみれば成る程なのだが、世界維持のシステムとして古代人が作り出したのが魔王。

で、勇者は何かと言うと……かつて魔王が最初に滅んだ時に、

半ば偶然に止めを刺すことになったルーンハイム家の先祖に与えられた称号に過ぎないのだ。

それが慣例化し、人類の脅威となるほどの魔王や脅威そのものを倒した、

もしくは倒せると見込まれた人間に与えられる称号として定着した、と言う経緯があるらしい。

まあ、古代文明の連中もそれを見越して魔王に高い戦闘能力を与えてたんだから笑えんがな?


初めて出会った時のアクセリオンの台詞からして、その事は知っていたんだと思う。

"魔王にも思う所があったのだ。だがそれは人とは相容れなかった"

そういう意味合いの台詞からもそれが伺える。


まあ、それを承知の上で今現在の繁栄と自分の栄達を選んだ、と言う事になる。

はっきり言えば、今の俺とは決して相容れないって訳だ。なら、叩き潰すしか無いだろ?

……そう言えば初めて会った時は敵対する事は無いって思ったが……ままならないもんだなぁ。


「……世界を維持するのに一番邪魔なのが人で御座るか。まあ、判らんでも無いで御座る」

「心配は要らん。そこを何とかするのが俺の役目なんだろ」

「ま、緊急で成さねばならぬ処置は父がやってくれた。暫くはのんびり出来ると言う物だ」


それを聞くと、村正もふうと息をついた。

そしてやはり心配だったのだろう。北の結界山脈を窓から眺めて呟く。


「それにしてもティア殿が心配で御座る。拙者の子が腹に居る故、此度の災難は堪えたで御座ろう」

「なんだってー」

「父、知っておるくせにわざと驚くな。おお、そうだ。これを懐妊祝いだと母から持たされたぞ」


ハイムがガサゴソと小さめの箱を取り出し村正に渡す。

うん、実はそうなんだ。

こうして祝いの品を渡すのも今回の目的の一つだったり。

因みにルンがアリシア達を動員して世界中を巡って探し出させたと言う逸品だ。

俺にとってもルンにとっても少々忌まわしい代物だが、きっと役に立つだろう。

懐妊祝いにしては少し物騒だけどな。


「おお、これはかたじけない。感謝で御座る」

「名前は決めたのか?」



「当然で御座る。男の子だったら村雨、女の子だったらお菊で御座る!」



えーと……村雨に、菊一文字か……。

いやしかしそれは何と言うか。


「村雨は止めとけ、それとティア姫に似てた場合でもお菊とか言うつもりなのか?」

「えーとプラチナブロンド、とか言ったかな?あの色は……確かに似合わん気がする」


男の子の方は辻斬りの被害に会いそうだし、女の子の方は井戸で皿数えてそうなんだが……。


「ティア殿もそう言うで御座る……良い名だと思うで御座るが」

「しかし、イメージ的に合わんのもどうか……わらわもそう思うぞ村正?」


村正はショボーンとしながらティア姫から届けられたらしい手紙を渡してきた。

因みに遠距離恋愛ではあるが会う事はあるらしく、本当に村正の子だそうだ。

アリシアが言ってたから間違いない。

……兎も角ちょっと覗いて見ると、

村正のネーミングセンスの無さを諭し、なじる言葉が100行以上にも渡って書き連なっている。

そして、マナリアの現状を綴った文面が10行ほど続き、更に惚気が30頁に渡って書かれた後、

最後に"それでもお前と出会えて良かった"と言う一文で締められていた。

……はいはい、ご馳走様。


「ともかく、帝国の不気味な沈黙が不安で御座る。出来る限りの準備をするで御座るよ」

「国境線沿いに監視所を設けたそうだな」


「余り大っぴらに軍拡しても相手を刺激するだけ。拙者らも金が余ってる訳ではないで御座る」

「うちも常備兵が少ないんだよな……とは言え生産力を下げてまで兵士を集めるのも問題だ」

「圧倒的な物資量がうちの強みであるからな、父」


物資の出所を疑われたらアウトだし、

カモフラージュを兼ねた生産活動重視の方針は変えられんよな。

だが、クロスがなにやら怪しげな研究をしていると言う話もある。

……逆に言えばそれが終わるまで戦端が開かれる事は無いのだが、

今の内に戦力と迎撃準備を整えるべきだろう。

じゃあ、急いで戻って少しでも早く動くとしようか。


「じゃあ、俺達は帰るぞ。敵の切り札に対抗せねばならんからな」

「ほう?掴んでいるで御座るか」


「ああ……使徒兵を強化する魔法を研究しているらしい」

「あの忌まわしい死人どもで御座るか」


「それに、モーコの騎兵を纏めて大規模な弓騎兵を組織しつつあるな」

「万を超える弓騎兵の群れだそうだ。村正も注意してたもれよ」

「拙者の軍の総軍を超える可能性があるで御座るか!?」


村正の最大の強みは、軍を完全に掌握している事。これに尽きる。

リチャードさんとの最大の違いはここにあった。


当初放蕩息子と思われていた嫡男であったが、聖俗戦争で一躍名を上げ、

度重なる苦境と不況に一度は危機に陥るも、

自由都市国家を己の版図に組み入れたことで国内では英雄として扱われるようになった。

そう、軍の力を存分に使った力押しで危機を乗り越えたのだ。


……これにより、半ば離反状態だった商人ギルドもその傘下に戻り、

現在の村正の立場は極めて強固だと言えた。

そしてそれ故に自軍の戦力は良く把握出来ているし、把握するように努めているようだが、

そうであるがために敵の一部隊が自軍全体と同等であると言う事実に冷や汗を禁じ得ない様だ。


「バリスタも100基以上を確保しているらしい……お陰で一般人は困窮してるようだがな」

「国とは民を守るための組織。本末転倒で御座るな」

「窮鼠を侮るでないぞ村正。父もだ!」


その他に、俺達が監視を開始する前から用意していたらしい切り札があるようだが、

残念ながらそちらは全く動きが無く何なのかすら読めないで居た。

止むを得ないのでそれは出て来次第臨機応変に対処する事になっている。


「取りあえず今判っているのは以上だ。参考になったなら幸いだ」

「承知。余りに強大な敵だと理解した。ティア殿にも危ないなら逃げろと言っておくで御座る」

「うむ。それが最善だな!」


そうして別れを告げた俺達は村正の屋敷を辞したのだが、

突然ハイムが俺の袖を引いた。


「そうだ父。ついでだからニワトリの餌買ってたもれ?」


はいはい。判ったから今日は帰るぞハイム。


「それとゲンカ村に寄ってカレーでも食うぞ、父」


はいはい。


「後、帰りにルーンハイム城に寄ってたもれ?ジーヤ達、話があるそうだ」


はいはい。

……ん?何の話だろう?


……。


≪side 皇帝アクセリオン≫

……背後にかつての宿敵の亡骸を背負い、私は今……一応の栄光の中に居る。

かつて私が下したもの、そして私を馬鹿にしていた者達が次々と我が配下に加わってくるのだ。


【陛下……例の者どもがわたくしどもの陣営に入ると返事が来ました】

【判った。このシバレリアに従属する者として丁重に扱ってくれ、クロス】


クロスは今、自室で執務をしている。

そして私は謁見のまで一人沈思黙考。

……しているふりをしながら、クロスと念話で話をしている。

この城へも密偵が入り込んでいるようだ。

どんなに警戒してもし足りると言う事は無い。


【しかし、あんなものまでわたくしどもの配下とするのは……】

【戦力として大きい。それだけでは不満か?】


【……いえ】


念話が切れる……やはり不満か。

だが、南の者達に気付かれぬように動けるは奴等のみ。

相手がなんであろうが、使える物は使うべきだ。


「ふう」


私も年老いた。

かつてのように魔王の城へ僅かな仲間だけで突撃する事など出来よう筈も無い。

全力で戦えるのもそう長い時間では無いだろう。

……それに、当代の魔王には世界をどうこうするつもりは無いようだ。


我等に大義は無い。


だが、クロスは嬉々として開戦準備を進めておるし、私もそれを止める気は無い。

と言うより、最近気付かされてしまったが……私はどうやら所謂傀儡と言う奴らしい。

確かに政治に疎いのは承知の上。

しかも満足に意見交換も出来ぬこの状況ゆえ、仕方ないと言えば仕方ないのかも知れんが、

大事な事は殆ど全てクロスが決めてしまい、

私は事後承諾するという形が段々と増えてきた。

いずれ私は決済印を押すだけの存在になるのであろう。


……だが、最早そんな事などどうでも良い。

ここの所、そんな風に思うようにもなったのだ。


「応、皇帝さんよ……少し稽古付けちゃくれねぇか?」

「良かろう、ゴウの弟子よ」


考え事をしていると正面よりゴウの代わりに呼び寄せたと言う弟子の、

……確かライオネルと言ったな。


ともかく兵を指揮させるために呼んだ男が現れた。

……弟子とは言っても小細工を弄することを好んだゴウとは違い、

正面からぶち当たる事を好む男では有るが、裏表が無い所を私は気に入っていた。


……吸命剣を手に取る。

吸血鬼の刃とも別名を取るこの剣は切り裂いた者の生命力を己の物として取り込む事が出来る。

正直、訓練で使う武器ではないか。

……そう考え腰に戻すと、代わりとして近くの飾り鎧から剣を取った。


「かかって来るが良い」

「じゃあ、遠慮無く、っと!」


彼の者の本当の武器である長々剣は室内で使えるものではない。

向こうも極普通の剣だ。


「オラオラオラアッ!」

「ぐっ!」


凄まじい重い剣戟に思わず防戦に回る。

だが、まだ甘い所が有るか。

力の乗った横薙ぎを剣を斜めにして受け流し、無防備となった脇腹に剣を突き出す。


「さて、どうするかな?」

「甘ぇんだよ!」


予想通りでは有るが、私の剣も弾かれた。

しかし脚で剣を弾くとは……大した度胸だ。


「で、今度はこっちだ!」


先ほど弾いた剣が、今度は体制を崩した私に襲い掛かる。

ふむ。避けられんか……どうやら純粋な力と速度では向こうの方が上。

老いの迫りつつある私ではあの豪腕を完全にいなす事は最早できんという事だろうかな?

うん、では私本来の戦いをするか。


『疾き事風の如く!……加速"クイックムーブ"!』


詠唱と共に、周囲の時間がゆっくりと感じられるようになった。

いや、私の時間だけが周囲から切り離され、加速しているのだ。

いかなる剛剣も当たらねば意味が無い。

ゆったりと近寄ってくる剣を軽くしゃがんで避け、ひょいと相手の背後を取る。

そして、剣の柄を、相手の後頭部に強かに打ちつけた。


「ぐあああああああっ!?」

「ふむ。勝負有りだな」


魔力を消費したせいで額に一滴汗をかくものの、どうやら危なげなく勝利する事が出来たようだ。

彼の者は頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「痛ぇ……やっぱり速ぇな。カルマの奴も同じ事が出来るんだろ?」

「ああ。私が自ら教えたからな」


それを聞くと、彼の者はニヤリとした笑いを浮かべた。


「いいねいいね……流石はカルマ。ゴウの兄貴の息子だ、そうじゃないといけないぜ」

「ふむ」


そして、急に真面目な顔になる。

どうやらここからが本題のようだ。


「皇帝さんよ……アンタ、今度始まる戦争は別に賛成して無いが反対もして無いよな。何でだ?」


なるほど、それが聞きたかったのか。

弟分と戦う事を考慮しつつこの国に来たのはそのためもある、か。

ならば嘘を付く訳にもいかんだろう。

この手の輩は嘘を動物的な勘で見抜く事も多い。


「正直に言えば……私は彼の者に……カルマと言う男に勝ちたいのだ」

「勝ちたい?」


「そうだ。我が呪いのいなし方をさも当然のように思いつき、作った国の国力は比べ物にならん」

「だから、せめて戦いでは勝ちたいとでも言うか?多分だけどよ、一騎打ちじゃアンタの負けだぞ」


確かに現状を見る限りではそう見えるだろうな。

カルマと言う男は竜を呼ぶと言う。

素の戦力も決して弱くないがあれは圧倒的であろう事は容易に想像できる。

だが……戦いでは相性、装備、戦術などで勝敗は幾らでも変わる。

それに竜退治は勇者の専売特許だ。

勝つ為の方策も既に頭の中にはある……が、まあそれを教えてやる事も無いか。


「だろうな。竜をその身に取り込んだと聞いた……だからこそ倒し甲斐があるのではないか?」

「判らねぇな。そんな事をして何になるんだよ」


そんな事をして、何になる。

そう言いながらも彼の者……いや、ライオネルの口元は笑っていた。

ああ、そうか。こ奴、気付いているな?


「強い者が居れば戦いたくなるのは戦士の常。そしてもうひとつ。私は……アクセリオンである」

「話は聞いてるぜ。信じ難いがアンタこそ勇者だってな」


その獰猛な笑みは私の望みに気付いているからこそ。


「私は、私の人生を語るであろう吟遊詩人のサーガに、最終章として華々しい戦いを連ねたい」

「有終の美、って奴か」


「そしてお前も……戦いたいのであろう?今まで立場に縛られ戦えなかった英雄と」

「そうだ。俺は本当の意味で本気のカルマと戦ってみてぇ。その結果、殺されたとしても、な」


好奇心、か。

いや、むしろ弟弟子の成長を己の目で見届けたいのか?


「だが、別に戦いたければ頼めば良いのではないか?」

「駄目だな、あいつは結局身内に甘ぇ。負けても良い奴には余り無理して勝とうとしねぇよ」


「だから、あえて敵に立つか」

「応よ。ガキどもには俺を殺す気で来いと言ってある……俺にあいつ等を殺す気は無いがな」


「身内に甘いと言ったな?マナの件もある。お前相手でも厳しいかも知れんぞ?」

「ん?俺相手だったら話は別だ。殴り飛ばして鍛え上げたんだぜ……俺相手に躊躇する事は無ぇ」


「本当か?」

「ああ。アイツの事だ。俺に関しては殺しても死なねぇと思ってるさ。間違い無く」


結局の所、私もこ奴も同じか。

いわゆる、戦う事でしか己を表現できない不器用な類の人間だ。

そして、その決断により凄まじい被害が出ることを知りつつも、その想いを止められない。

本当に、どうしようもない……同志だ。


「判った。どうせクロスは止められんのだ。だったらついでに自分の望みも果たしても良かろう?」

「違いねぇ。この際だからあいつ等に敵対しそうな連中全部集めて大掃除だぜ!」


その時、部屋に靴音が響く。……ビリーの奴だ。


「ククク……何て言うか、勇者様の所業とは思えないな?」


確かに。我等の選択で泣く者は多かろう。

だが、あえて私はそこから目を背ける……全てが終わるまではな。

何時か熱狂が覚め、正気の頭で怨むなら怨めばいい。


「堕落せし勇者の凶行……とでも我等の戦いは呼ばれるのかも知れんな」

「ま、それも良いんじゃねぇか?俺もマナリアで……嫌われるのには慣れてるぜ」

「ククク、面白そうな事言ってるじゃないか。なら俺様も一口乗せろ」


ありがたいことだな。流石に私一人では何も出来ん。

……では、始めようではないか。

何時か来る大戦の準備を。


「では……クロスはなにやら魔法を広範囲にかける研究をしている。私達は私達で動こうか」

「応よ。しかし、アイツも嫌ってるくせにやってる事はカルマの二番煎じだな」


アレンジマジック、だったか。

詠唱を一部変更することにより効果範囲や威力を変えられると言う……。

良く思いつくものだと聞いた当時は驚いたものだ。


「相手の利点を真似るのはけして恥ずかしい事ではない。ただ、最近政務が滞りがちなのがな」

「部下に丸投げってな……ま、俺から言っとく。お前の部下はそんなに信用できるのかってな」

「ん?クロスの部下ってのは教団時代からの側近だぜ?俺様たち以上に信頼してるだろ」


そうだ。

だが、有名どころの双璧は存在を気取られぬ為に声をかけられずに居たまま死亡した。

残っているのは二線級ばかり。

それも、信仰を捨てろと言われてノコノコ付いてくるような輩なのである。

クロスは自身に忠実だから大丈夫だと言うが……。


「……だから問題なのだがな。ともかく才ある者を集めてくれ」

「直卒部隊か?俺様が傭兵達に話を付けとく。死に場を探してる奴でいいよな?」


「応、傭兵王さんよ……死に場を探して無い奴はどうするんだ?」

「ククク……そう言うのはとっくに南に雇われてらぁ。それも、正規の兵隊としてな」


死に場、か。


「戦力では圧倒的な差があるはずなのに、この既に敗戦濃厚な雰囲気は何なのだろうな……?」

「何言ってんだよアクセリオン。判ってるだろ?」


ビリーが鼻の頭を掻く。

へへへと笑いながら口に出したのは、普通なら言ってはいけない類のセリフだった。


「……そうだな」

「今の俺様達に時代の風は吹いてない。いや、多分今後も吹く事は無い」


「30年前に終わってるんだよ。俺様達の戦いはよ」

「では今の私達は……語るまでも無いか」


……未練、だな。


勇者が無理だとしても、何か栄光の称号を……それを求めていた。

そしてこの地で冒険し、気付けば幾多の村々を従え……。

遂には皇帝と呼ばれるようになった。

……歯車が狂い出したのは何時からだろうか?


座っていればそれで良いと言う、皇帝と言う暮らしは悪く無い。

だが、段々と……こう、なんと言うか周囲が濁って来ているのが肌で感じられるのだ。


それに私は知っている。

クロスの掲げる共生主義には個人資産は存在しない筈だと言うのに、

各部族の族長やクロスの配下に与えられた部屋にはどういう訳か異国の調度品が並び、

高価な酒と食料がふんだんに取り揃えられている。

金貨は無いが財宝はある……一見すると、我々のやり方が成功しているかのようだ。


"皇帝陛下のご威光の賜物ですよ"


村々を回り、治安を維持しているとされる彼等は言う。

私のお陰でこれだけ幸せな暮らしが出来るのだと。


だが……それと逆行するように、

忍びで出かけた先の村々では段々と暮らし向きが厳しくなっている。

これは、おかしい。


そして私を見る彼等の目に怯えの色が見て取れた時、私は悟った。

これは圧政者を見る目だ、と。


大半の住民は、これが一時的なもの。

もしくは他国の謀略だと信じている。

それに疑っている者も我々に畏怖を抱いている部分がまだ大きいので目立って居ないが、

不満もまた、段々と大きくなっている事を、私は悟ってしまっていた。

それでもまだ何の問題も出ていないのは、

この地において力ある者が正しいと言う暗黙のルールがあるからに過ぎない。

だからもし、何かの拍子で力と畏怖が失われる事があったら、

力で従えたほぼ全てが一斉に敵に回るだろう事は間違いないだろう。


……だから、これは違う。

私はそう思うのだ。


……最早人々の賛美の下に語られる勇者としての道は絶たれた。

皇帝などと呼ばれているが、その実は客寄せの看板に過ぎぬ私。

だとすれば、せめて人々に忘れられぬ存在になりたい。

記憶の片隅から、決して消えぬ存在に。


たとえ、それが悪名だとしても……。

……我が名を世界に……知らしめるのだ!


……。


≪side カルマ≫


「……いや、まさかあの副官がボンクラの元に戻ってきてるとはな」

「誰だそれは?」

『ハイムよ。死んだブルジョアスキーの副官だ』


「いや、父にファイブレス。だからそれは誰なのだ?」

「忘れたのかよ。そういや雪山でも会って無かったっけか?」


今、俺とハイムはルーンハイム城(旧大聖堂)に向かって竜馬を走らせている。

ゲンカ村……ボンクラ男爵の領地でカレーを食った後、

ジーヤさん達から話があると言う事で寄って行く事にしたのだ。


「はふはふ、うまー、です」

「辛いけど美味いであります」

「……クイーンの分身どもよ。一体何時まで食い続けているつもりだ……」

「多分、密封鍋入りお持ち帰り用カレー10人前を食い尽くすまでだろ」


カレー屋の前に辿り付いた途端に何処からともなく現れたアリシア達をお供に加え、

こうして四人乗りで移動しているのだが、

先ほど言ったようにボンクラの元に戻りカレー屋の奥で経理をしている副官を見た時は、

驚きを通り越して吹いてしまった。


何でも、今更教団には戻れないし戻りたくも無いが行く所も無かった、との事だ。

一度裏切った奴を普通に配下に組み入れるとは意外とボンクラも器が大きい、のかも知れない。

ま、たぶん本当の所は何も考えて無いだけだろうがな。


兎も角、ボンクラクレクレカレー本舗はコイツが立ち上げて運営しているようだ。

……道理であのボンクラにまともな経営が出来てると思ったが、

なにはともあれこれでボン男爵領は黒字になって、

今日もボンクラは趣味と化したカレー作りに没頭しているそうだ。

まあ、まずは"色んな意味で"めでたいと言っておこう。


「で、問題はこっちか」

「うむ。城全体から申し訳ないオーラとでも形容すべき何かが漂って居るな、父」


そうなのだ。

俺達は城が見える所まで来ていたのだが、なんと言うか……雰囲気が暗い。

空は青空なのにどんよりと暗雲漂っていると言うか。

ま、原因は一つしか無いわな。


「マナさん絡みだろうな」

「それ以外に何かあるか?」

「むぐ、むぐ、むぐ……ごち、です」

「もぐもぐであります」


旧主の妻が起こした大事件が立て続けに二つ。

特に古くから仕えて来たジーヤさんや青山さんの心労いかばかりか。

……現に城の入り口前で、死人と見間違うばかりのジーヤさんが立ち尽くしているしな。


「若様……この度は……この度は真に申し訳無く……」

「ノォ……団長、貴方が悪い訳では有りませんよ!」


横では必死にオドが励ましているが、

当のジーヤさんは顔面蒼白。口からエクトプラズムが抜け出しそうになっている。

あー、こりゃヤバイ。


「ジーヤよ、落ち着かんか!心労なら母のほうが上ぞ?気を張ってたもれ!」

「さ、左様ですな……申し訳有りません。お見苦しい所を」

「いや、気持ちは判らんでも無い。それにジーヤさんのせいじゃ無いだろマジで」


家臣として主君筋の横暴を20年以上も改めさせる事が出来なかった上での今回の暴走だ。

死にそうになる気持ちは判るが、唯の主君ではなく相手は王族。

それに止められなかったのは他の奴も同じだろうに。


「はい……ですが何か出来た事があったのではないかと悔恨ばかりが残りまして」

「ミー、トゥー……青山さんに至っては責任を感じて出奔してしまいましたしね」


……え?

青山さんが、出奔!?


「なんだと!?母は知っておるのか!?」

「……ノウ、です。姫様なら……お嬢様に言えますか?」


「絶対無理だ!今度こそ、いや今度も首吊るぞ母なら」

「左様でしょうな……ですから何も言えぬのです。問題の先送りなのは存じておりますが」


ああ、道理でこの間前触れも無くリストカットしたのか。


「知ってるぞ、ルンは」

「なぬ?」


「モカとココアが何か大事な話があるってこの間……」

「だ、大丈夫だったのですかお嬢様は!?」


「心配するな。ちょっと骨が見える程度に手首を切っただけだ」

「……なんだ、それ位か。心配して損したぞ父」

「ホワーッツ!?それは十分大事のような気が?」


いや、だってルンだし。

まあ、それは兎も角青山さんもかわいそうに。


「行き先は判るのか」

「恐らく奥様の所でしょう……色々と悲痛な覚悟を決めていたようです」

「マナは本当にろくな事をせんな。とは言ってもアレがわらわの婆なのだが……」


……まあ、仕方ないな。

意外とあの人の手綱を握れるのは侍従として長年仕えた青山さんだけかも知れんし。

ともかく上手くやってくれるのを祈るしかない。


「……そうだ。ここまで来たんだ……暫くオドを借りたいんだが」

「な、なにか、これに落ち度でも……?」


こんな事があった後の上、オド自身に前科があるのでジーヤさんも戦々恐々だ。

だが、別に悪い事じゃない。


「銃の量産が進んで騎馬隊にも回せそうなんだ。魔道騎兵の火力の底上げをしたい」

「イエッサー!どんな武器かは良く存じませんが、このオドにお任せを。必ず使いこなします!」

「頼むぞオドよ。我々と……それ以上にお嬢様の立場をこれ以上悪くするな」


そんな訳でオドを連れて一路アクアリウムまで帰る事となったのだ。

恐らく、時間があるうちにどれだけ戦力を整える事が出来るのか、

それが今後勝負を分ける。のかも知れない。

ついでなんで機種転換訓練も受けてもらいたいしな!


「もぐもぐもぐもぐ、であります」

「まだたべてる、です」


頭上を見上げると白い影。

……今日もリンカーネイトの空を、コケトリスが元気に飛び回っている……。



……。



翌年。

ハピに第一子が生まれようとしていた頃、

急報が入る。


シバレリア帝国、マナリア王国に侵攻。

王都は即日陥落し女王ロンバルティア19世陛下は討ち死に。


そして、その戦いで帝国の先頭に立っていたのは、

30年前の戦いで死んだはずの……魔王だったと。


***大戦の足音シナリオ  完了***

続く



[6980] 69 決戦開幕
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/11/02 23:05
幻想立志転生伝

69

***最終決戦第一章 決戦開幕***

~マナリア王家壊滅~


≪side カルマ≫

死屍累々の戦場で、俺は今にも落ちそうな瞼を必死になって鼓舞し続けていた。

手の甲に突き刺さったナイフからは血が溢れ、

俺の横の床では自らの涙で出来た水溜りにうつ伏せに倒れるハイムの姿。

ズラリと壁に寄りかかったアリシアとアリス達はピクリとも動かない。

アリサはと言うと、全身を痙攣させながら眼前の敵に必死に手を伸ばしていた。


「父上、姉上。もうすこしですから頑張ってお仕事してください」

「そ、そう言ってもなグスタフ……もう40時間もぶっ続けで……」

「ち、父よ……し、死ぬ、死ねるぞこれは……」

「なんで、今日、って言うかこの三日間に限ってやたら書類が多いんだよー?」


……書類の山に埋もれながらも、グスタフだけはやたら元気。

俺達が見終わった書類にぺたぺたとハンコを押していく。

生後半年で喋りだした我が息子は、今では書類整理に無くてはならない人材と化している。

うん、そう。

敵は大量の書類なんだこれが。

どう言う訳かここの所亡命者とか増えてなぁ。

唯でさえ対勇者用ダンジョンとかの件で事務が圧迫されてるってのに、

そんな訳でここの所寝る間も無く書類と格闘する日々が続いている訳だ。


「死ねるわあああああああっ!責任者でてこーーーーい!」

「父上。姉上がお呼びです」

「気にするな。単なる発作だから」


そりゃあハイムも吼えるわ。

と言うか、俺も吼えたい。

と、そんなこんなで壊れかけているとルン達が大量のお茶を持って部屋に入ってくる。

二時間おきの水分補給の時間か……ああ、早く解放されたい……。


「先生、お茶」

「ぐーちゃんもお手伝い頑張ってるかな?」

「総帥、流石に少し休まれては?」


部屋の隅で黙々と作業を続けるルイス達を見ると流石にそれも憚られる。

それに、休むのはハピも同じだ。もう臨月近いんだし。


「ハピ母上。おなかの妹に差し障ります。今日はもうお休み下さい」

「大丈夫ですよ」


「大丈夫では有りません。ハピ母上が倒れられてはお爺様が倒れますから」

「父を引き合いに持ち出されると困りますね。では総帥、王子。今日は休ませていただきます」

「そうだな。体を労わってくれ」


そう言いながら、齢一歳で早くも気遣いの出来る子に育ってくれた息子の頭を撫でる。

サラサラな髪の感触が心地よい。

母親似で男か女か判り辛い容姿を持ち、ラン公女に浚われる事3回と言うショタの星だが、

その実、竜の心臓搭載で身体能力がドラゴン並みと言う怪物である。

……因みに俺も嫁も娘も妹も家臣一同も溺愛していますが何か?

まあ、そんな子だ。


「ううう、もう嫌だ。今日はもう休ませてたもれ……」

「いけません姉上。ぼくらが頑張ればその分住んでいる人達が幸せになれるんです」


君主としての心得も、政治に対する関心も人並み以上。

今日も書類の山から逃げ出そうとするハイムを静かにたしなめている。

……何この完璧超人。


「そうですよね父上」

「ん?ああ、そうだな」


ああ、息子よ。そんな純真無垢、つぶらな瞳で俺を見るな。

打算的な自分が空しくなるから……。

と言うか、コイツの模範となるよう振舞わねばならないんだが……無理だろ常考。


因みに軍内の古参から本当に俺の子かと疑う声が上がったそうだが、

"逆に陛下の子以外ありえなくね?"と言う事で決着したそうだ。

……どういう意味なんだか。


「異常さが異常以上だからなのですよー」

「うっさい羽虫」


冷やかしに来た自称魔王軍参謀をひっ捕まえ書類の山の前に据える。

当然逃げ出そうとしたが自身の主君のひと睨みで静かになった。


「良い所に来たハニークイン。手伝ってたもれ?」

「え?あ、あのー魔王様。ハニークインちゃんは今日は休暇なので」


「……手伝って、たもれ……!」

「は、はいなのですよー!?」


合掌。


……。


さて、それはさておきそれから更に8時間後。

俺達はようやく書類地獄から解放されていた。


「……はーちゃん、ご苦労様」

「ぐーちゃんも頑張ったよね!」


終了の声と共にがくりと頭を垂れた姉弟が自身の母親の手によって運び出されていく。

そしてアリサやアリシア達も、無事な蟻ん娘が突入してきて運び出されていった。


「ふう……しかし書類仕事は増えるばかりだな」

「仕方ありませんね。ただ、ここの所書類量が増える案件が多すぎるのが気になりますねハイ」


俺自身はもう動く気力も無く、こちらも辛うじて生き延びたルイスと取りとめも無い話をしている。

恐らく明日の朝には二人とも机で寝ている事だろう。

まあ、何時もの事だが。


「やっぱ、開戦が近いのかね?」

「でしょうね。北から逃れてきた難民の話を総合すると、総攻撃は半年後かと……ハイ」


残り半年か。

一応こちらの迎撃準備は整っている。

これ以上の兵力増強は難しいし、

開業間近のダンジョンから村正に抽出させる予定の兵力でも一緒に見定めに行くか……。

そんな事を取りとめも無く考えながら、何時しか、俺の意識は……。


「……ちゃ!にいちゃ!きんきゅうじたい、で……てき、せめて、……です……」


深い、眠りに……。


……。


「主殿……お目覚めですか?緊急事態です」

「ん……ホルスか?」


気が付くと、朝だった。

多分6~9時間ほど寝ていたんだろう。

見ると、部屋の中は昨日同様書類の切れ端や零れたインクやらで酷い状態だ。

その隅っこで案の定ルイスがまだいびきをかいていた。

ついでにほったらかしのままだったハニークインまで……。


……そして、俺の目の前には青い顔のホルス、と。

多分、俺が自力で目覚めるのを待っていたんだろう。

その表情には僅かな焦りが見え隠れしていた。


「……何があった?」

「落ち着いてお聞き下さい……マナリア王都、陥落しました」


ああそうか。ま、予想の範疇だ。

このタイミングで動いたと言う事は難民からの情報はガセか。

ともかく全く復興に手の付いてない王都で守りきれる訳も無いわな。

しかし急だな。動き出して9時間で陥落となると、手近な部族がなだれ込んだか?

いや、全く交戦していない可能性もあるな。


「そして……マナリア女王ロンバルティア19世陛下が、お亡くなりに」

「何!?」


流石に俺も固まった。

しかし、驚きの報告はまだ続く。


「そして、敵の中央に……魔王が現れたとの連絡が入っております」

「いや、待て待て。それは幾らなんでも無いだろう?」


魔王は……ハイムは今まで寝てた筈だし、そもそも帝国に組する理由が無い。

第一、魔王だと一目で確認するにはそれこそ外装骨格でも出さねば……外装骨格!?


「アリス様よりのご報告で……敵城の魔王の亡骸が消えていたと……」

「まさか、30年前……先代魔王の外装骨格を動かす方法を見つけたのか!?」


おいおい、魔王復活って、そういう意味で……いや待て。

おかしいぞ……そんな事したらこの大陸にやって来る勇者モドキは全部敵に回るんじゃ……。

あ、もしかして最初から連中は俺達の注意を引くための囮!?

いや、そう決め付けるのは早計ってもんだよな……。


「……一戦もせずに引く事は出来ぬとティア陛下はお考えでしたが、兵の士気は崩壊」

「他の皆の脱出の時間を稼ぐ為に、自ら前線に出たって訳か……」


「はい。特にガーベラの事を宜しく頼むと、ガーベラの。名前はガーベラだ、と」

「……村正……」


なんと言うか、色々な意味で悲しい話だ。

……と言うか、村正は大丈夫なのか!?

いや、それ以前にリチャードさんは……?


「ああ、リチャード殿下でしたら姪を連れて、現在商都に向けて敗走中です」

「そうか……手放しで喜べる内容じゃないが、最悪の事態は避けられたな」


そう思ったのは何かのフラグだったのだろうか。

床板が跳ね上がり、アリスが大慌てで飛び出してきた。


「にいちゃ!大変!大変!」

「どうした!?まさかリチャードさん達の身に何か!?」


「オークであります!オークの軍隊が、リチャードさん達を攻撃してるであります!」

「なんだって、そんな間の悪い……!?」


「総数は万を軽く超えるであります!」

「ぶーーーっ!?」

「組織化されたオークの軍勢、ですか。主殿……これは、してやられたようですね」


してやられた?

……まさか。


「はい。恐らくシバレリア帝国は、オーク族を味方につけたのです」

「一体どうやって……あ」



……そう言えば俺、オークの天敵だった。



「恐らくそうでしょう。主殿の排除の為オークが下手に出ていると考えればおかしく無いです」

「……魔物系は完全に想定外じゃないか……とんでもない手を使ってきたな……」

「以前、オークが北に逃げた事が有ったであります。それが勇者と手を組んだでありますか」


もう、手段を選んで無いな。

それだけに恐ろしい所もあるが。

だとすると、最近の書類が増えるような事態も相手の策の内か。

準備不足でもこっちの虚を付くことを最優先にしやがったな?


「……と言うか、ティア姫討ち死には本当なのか?」

「はい。マナ様と相打ちで」


……え?


「以前、村正様宛てに懐妊祝いを贈りましたよね?魔封環を」

「まあ。マナさんと戦う事になると思ってな」


そう、昨年送った懐妊祝いの正体は魔封環。

一度は俺も付けられていたアレだ。

既にマナリアの物は俺が破壊していたし、残念ながら残りは無いようだったので、

世界中から探させて、竜の魔力でもなければ完全に封じてしまうこの魔法のアイテムを送ったのだ。

……用途は正にマナさんを捕らえる為のもの。

こちらとしても引き取りたくは無いし、

マナリアで処置してくれれば助かるな、と言う目論見だったが……これは想定外だ。

でも……ある意味ほっとしている外道な俺を許せ、だな。


「それを持って決死の戦いに赴かれたそうです。一番厄介な方を道連れということでしょうか」

「……その確認は?」

「青山さんからの情報です。マナ様のお傍付き中、その目で確認されたそうです」


ありえねぇ……特に村正の今後的に有り得ねぇ。

しかも、考えてみればマナさんと相打ちって……どうせクロスが生き返らせるのに……。

そこまで考え付かなかったんだろうか?


「敵の保有する魔王の蜂蜜酒は3本と確認されてるであります。これで一本は消えたでありますが」

「こっちの被害の方がでかすぎるな」

「盗めれば良いのですが、警戒は厳重なようですね主殿。ともかくそれが不幸中の幸いかと」


まったく、何てこった。

正直こういう言い方はしたく無いけど……割に合わないにも程があるぞ?

……いや待て。


「今現在……リチャードさんと村正の娘が襲われてるんだよな?」

「そうであります!オークの群れであります!」


いやいやいやいやいやいや……語ってる暇は無いだろ!?


「……助けに行くぞーーーーーーッ!」

「はっ!主殿、どの部隊を出撃させましょうか」


と、言いつつアリスの方を向き軽く頷くホルス。

アリスは触覚をピコピコさせてルーンハイム城に連絡を取っている。

ま、言うまでも無いって事だな!


「オドに言って部隊を集結させるであります!」

「一応ここに来る前より、表にウィンブレス殿をお呼びしてあります。主殿、ご武運を」

「それで良い。じゃ、行って来る!後は任せた!」


窓を突き破るように開け、表で待っていたウィンブレスに飛び乗る。

……緊急事態だ。

一分一秒が惜しい。


「オドたちに合流する!悪いがウィンブレス!」

『ええ……私達を逆風とする愚か者が現れたそうで……無論、私も前線に出ますよ』


そう言って、ウィンブレスは大きく羽ばたき天を駆けた。

……後に空前絶後の大虐殺と呼ばれる決戦は、こうして幕を開けることとなったのだ。

なんて、後の世でそう呼ばれる事になるんだろうなぁ……等と思いつつ。


……。


ウィンブレスに飛び乗り、全力で天を駆ける。

……レキの国境を越えサンドールを抜けようとしたその頃、

前方に並ぶ影を見た。

総勢200に満たないその影は、例外なくその背に人を乗せている。


「キング!私ことオド=ロキ=ピーチツリー以下194名!合流します!」

「よし、続け!」


「ゴゥ、ゴゥ、ゴウ!陛下に続け、聖印魔道竜騎士団!」


……聖印魔道竜騎士団。(ルーンハイム=マージ・ドラグンナイツ)


ルーンハイム直属魔道騎兵から分かれた新設騎士団である。

魔道師であり、竜騎兵(騎馬鉄砲隊)であり竜騎士であるこの部隊は、

高火力、かつ高機動性を売りにする部隊である。

ワイバーンに騎乗し、魔法と銃器による遠隔攻撃で一方的に相手を追い詰める。

その為に組織されたファンタジー系航空部隊だと言えよう。

戦力としては大きく、事実別大陸まで出向きグリフォンの群れと戦い、これを撃破している。

実際の戦争で運用するのはこれが初めてだが、まあ、そこは心配していない。


「アサーーールト!お嬢様にこれ以上肩身の狭い思いをさせるな!敵を恐れるな!名こそ惜しめ!」

「「「「おおおおおおおおっ!」」」」


何せこの士気の高さ。

今までの経緯などからして、死んでも死ねないし失敗できない。

だが、そのプレッシャーを今回はいい具合に緊張感と高揚感に変えているようだった。

大気の震えるほどの雄叫びが、コイツ等の現状と意気込みを教えてくれている。


「……見えてきたな」


所々雲の見える眼下に、鎧の輝きとオークの肌色が点の様に見えてきた。

……しかし、状況は極めて悪いようだ。


「オゥ……マナリア兵がどんどん討ち取られています」

「そうだな。脱走兵も出始めて……いや、壊滅してるなこれ」


……さっと片手を上げる。


「ともかく、行くぞ……」

「イエッサー!総員急降下!」


竜騎士達が一斉に高度を下げる。

そして、逆にウィンブレスは一気に高度を上げた!


「ウィンブレス!騎士団の射撃と同時に敵陣内に突っ込むぞ!」

『ええ。その後私はアクアリウムに疾風の如く戻って待機、ですね』


返事代わりに深く頷く。

国家最速の運搬手段をひとつの戦場に縛り付ける事ほど馬鹿な事は無いのだ。


そして、眼下に燃える赤。そして銃撃音。


「突っ込むぞ……!」

『神風ーーーーーっ!』


俺はウィンブレス背を蹴り、頭から跳躍。

空中に留まる俺と一気に急降下するウィンブレス。

そして巨体の竜が、高高度から一気にオークの中央に突っ込んで行く……!


……。


小規模ながら眼下にクレーターが出来上がり、その中から巨大な竜が飛び立って行く。

ウィンブレスは高高度から突撃し、地面に降り立ち、そしてまた飛び去った。それだけだ。

だが、出来上がったクレーターとその周囲を覆う厚い土煙がその威力を物語る。

俺はそこに……!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


爆炎と混乱をばら撒きながら降り立った……!


……。


≪side リチャード≫

オークの槍が僕の腹を穿つ。だが、致命傷ではない。

逆に斧を構えた別な一匹を僕の拳が捉えた。

叫び声を上げて倒れるその一匹を押し分け、次なる刺客が僕の肩口に剣を振るうが、

辛うじて片腕を犠牲に押し止めた。

……けど、これが限界。

既に20匹は始末した筈だ。

だけど四方を敵に囲まれ、味方の影は見えもしない。

……片腕が握り締めたままのランの大剣が、戦場に転がっているのが見えた。

思わず手を伸ばした僕の体を、四方から槍が射抜く。


……痛みよりも疑問が全身を覆う。

ああ、果たしてレンとガーベラはこの地獄から逃げ切れただろうか?

そして僕は、姉上のように……立派に貴族の義務を、果たせたの、か?


……地面に倒れた僕に対し一斉に構えられる槍の穂先。

不思議と悔しさは無かった。


「これ以上触るんじゃねぇ!失せろお前らぁっ!」


その時、誰かの声を聞いた気がした。

でも……誰だったろうか?この、妙に聞き覚えのある声は……。


……。


夢を、見ている。

そうだ、これは昨晩……国境線を帝国軍が超えたと斥候から報告があったときだ。

部屋の中には僕の他に姉上とリンちゃん、レンちゃんが居る。


「姉上、リンちゃん。どうしようか?」

「おーっほっほ!……撤退ですわ。今の私達に戦う余力はありませんもの」

「口惜しいがそれが事実だな。余の辞書にだって不可能と言う文字はある。何故なら……」



そう。最初から戦える状態ではなかった。

だから、僕は予め商都に逃げ込めるように、去年から話を付けておいたんだ。


「ともかく、敵の第一波を防ぐだけの戦力を残し……」

「ふう。余は良いがガーベラが心配だな。ああ可哀想なガーベラ。お前の父親は妙な名前を付けたがるし、かつての部下は恥知らずにも戦を仕掛けてくるし……本当に可哀想な娘だなお前は。ガーベラよ。なあガーベラ」

「陛下。そんなに連呼しなくても私達は判っておりますわ。それよりも早く脱出を……え?」


……そうだ。

その時突然天に現れた魔方陣。

それは否応無い恐怖を国民全員に思い出させた。


「……これは、流星雨召喚か!?」

「マナ様……そこまでしますの?信じられませんわ……」

「はははは。た、確かに効果的な戦術ではあるね……」


姉上は叔母様対策にカルマ君より贈られた魔封環を握り締め、

僕は呆然と表を眺めていた。

リンちゃんに至っては腰が抜けてしまっていたね。

……ま、それ以外どうしろって話だったけどさ。


……ともかく、この一撃でマナリア王都は二度と復興出来ないほどに痛めつけられた。

王宮も完全に崩れ、街には避難民が溢れる。

僕はそんな中、最前線に近い生き残った見張り台に立っていた。


「……戦う前から、終わってしまったね」

「殿下!?ここに居たのか!」


そこにやって来たのはランだ。

人手不足なのだろう、公爵級が見回りなんかせねばならないとはね。


「ランかい?仕方ないだろう、動けるものはごく一部だからさ」

「だからって、殿下が見張りのような事をしなくとも……いえ、むしろ殿下だから、か」


そう言う事。

こう言う時ほど僕らが率先して前に出ないとね。


「見てごらん。敵の動きを……」

「見事に弧を描いて包囲されつつある、か」


「そのまま勢いに乗じて攻め込まれなかっただけ幸いだよ」

「殿下……包囲陣形相手なら地方の領主達が援軍に来てさえくれれば勝ち目はあるのではないか?」


確かに。包囲陣形の外側から奇襲を仕掛ければかなり戦力差は埋められるだろう。

だが、そうだとしても明らかに兵力差で押し切られるだろうし、

第一、援軍にくるとは思えなかったね。


「無いね。多分今頃亀のように自身の領土の守備に専念してるだろう」

「愚かな。国が失われれば自身の立場も無いと言うのに」


だとしても、領土を空にして王都まで駆けつけるほどの律義者は、

そもそもこの間の内戦で大方討ち死にしているから余り期待できないよ。


「……ん?白旗を掲げた騎馬兵が一人だけやって来ますが?」

「恐らく使者だろう……降伏勧告だね」


……そうだ、降伏勧告の使者だった。

とは言え、無条件降伏……それもかつての家臣筋に、など認められる物ではない。

断りの返事を持たせ使者を下がらせた僕たちの前に現れたのは……。


「馬鹿な……」
「何あれ」
「デカイ、な」
「……う、嘘じゃ……あれは、あれは……」
「知っているのか爺さん!?」


「あれは!30年前に倒された筈の、魔王!」

「「「「な、なんだってー!?」」」」


想像を絶する巨体。

禍々しい巨人がゆっくりとこちらに向かって進んでくる。

兵たちはたちまち恐慌を起こした。

……これでは防衛どころではない。

組織立って逃げる事すら出来るのかどうか判らなかったよ。


「くっ!?弓、構えぇっ!」

「放て!」


弓兵が次々と矢を番え、巨人に向かって放っていくが、

巨人はまったく意にも介さぬように進んでくる。


「効いて無い!?」

「まさか、本当に魔王だというのか!」

「確かに帝国は魔王が復活したと言っていたが……」

「いや待て、おかしいぞ……なんで帝国が警告を出した魔王が帝国と一緒に居るんだよ!?」


巨人は巨大なメイスを持って、ボロボロの守備隊を蹂躙しつつ王宮に迫る。

そして、手酷い殴打で王宮を文字通り粉砕すると崩壊した王宮の上に仁王立ちした。


「勝手に魔王にしないで下さい!」


そして、突然周囲に轟く大音響。

……僕はその声に聞き覚えがあった。


「まさか帝国宰相!?大司教クロスですか!?」

「その通りです。おや、誰かと思えばわたくしたちの降伏勧告を拒んだ王子様ですか」


「そ、その姿は一体!?闇に落ちたのですか!?」

「いえ、これは30年前にわたくし達が打倒した魔王の体……勇者の心に魔王の肉体、正に最強!」


僕は何と答えれば良いのかわからない。

……判る筈も無かった。

ともかく。シバレリアが魔王の力を手にした、そのことだけは理解した。

いや、せざるを得なかったんだ。


「わたくしは、この力をもって世界に素晴らしい世の中を作ります。腐った物は叩き潰して!」

「……帝国が腐った時はどうするつもりだ!?」


この声は……ラン、止すんだ!

危ないじゃないか!

だが、幸いな事にクロスは魔王の体から見下すだけで直接こちらに攻撃を加えようとはしなかった。

代わりに珍しい物でも見たかのように声をかけて来る。


「貴方はランドグリフの……ご安心を、わたくしは腐りません。誰より己に厳しい自負があります」

「今現在のこれが腐っていないとでも言うつもりなのか!?」


振られた手、指差された周囲全ては壊れ果てていた。

老人が家の下敷きになり、子供の泣き叫ぶ声が響いている。


「勿論です。第一、腐っているのはこの期に及んで助けにも来ない貴方がたの部下でしょう?」

「……ぐっ」


確かにそれは否定できないよ。

だけど……こちらが腐っているからとは言え、

それに対するあなたが腐っていないと言う証明にはならないと僕は思ったね。

ただ、それを言っても状況が悪くなるだけなのも事実。

力に酔いしれ、しかも自身でそれに気付いていない彼に届く言葉などあるものか……!


……その時、袖口を誰かに引かれた。

姉上だ。

片腕の上腕に折れた木材が突き刺さっては居るが、

どうやらこの災難を上手く生き延びてくれたようだった。


「リチャード。済まんがガーベラを頼む。ガーベラを。余はここであの馬鹿者を何とかするゆえお前たちは我が子を連れて逃げるが良い。何、不名誉にはならぬ。何せ、余の直々の命令なのだからな。故にお前たちは一刻も早くカタの下に赴き、軍を立て直してマナリアを取り戻す準備をせよ」

「姉上!?何を言うんですか?僕らに逃げろって?」


「……王族の誰かが残って意地を見せねば末代まで笑われる事になろう?亡国に際し一目散に逃げ出した臆病者とな。そして、最後に残るべきは王。王は王ゆえに国難の際には最後まで無様でも生き延びて復興に死力を尽くすか、さもなくば意地と名誉を見せ付ける為に潔く散るかせねばならん……さりとて誰かは生き延びねば本末転倒だ」

「でしたら姉上がお下がりになるべきだ。ガーベラの為にも。王家の意地は、僕が見せますよ」


国王自身が囮になる。

その時の僕には信じられないものだった。

けれど、王家の意地を見せねばならないと言うのは良く理解できた。

だから僕が出ようと思ったんだ。


「否だな。長く凍っていたとは言え、普通なら子の生める歳ではなかった。僅かづつ肉体も劣化していただろうし余にとっては最初で最後の子となろう。だが、お前たちは違う。その体には生命力が満ち満ちておる。生き延びるべきは若きお前たちだ……姪か甥の顔と、成長したガーベラの……ガーベラの、ガーベラの!顔を見れなかったのが心残りだがな。……まあ、そういう事だ。カタの事も、よろしく頼む。奴も良い男なのだがどうも運に見放されているからな。後、あの変な名前は何としても阻止しろ。あの子はガーベラだ、ガーベラだからな!?レンに預けてある。……頼んだぞ」


それだけ言うと、姉上はふわりと浮き上がりクロスの……いや魔王の眼前に浮かんだ。

……僕には、止められなかった。

いや、そもそも止めるだけの力すら持っていないんだ。


「腐っている、か。言いたい事はそれだけか?」

「女王様ですか。ええ、ですからあなた方が独占している富を皆さんに分け与えさせて頂きます」


「よく言う。結局は権力と富の再分配でしかない。余は予言するぞ。例えどんなにお前が高潔だろうと周囲の人間と後継者達の全てが高潔であろう筈も無い。名前が変わるだけで貴族階級は必ず出来上がるさ。いや、自身の正当化をしている分更に厄介で手のつけられない事になるかもな?」

「ご安心を。それは無いように、特に高潔な態度の者を取りまとめに使っておりますから」


……それは、貴方の前でだけの話では無いだろうか?

僕はそんな疑問を持つ。

いや、そんな事を言っている場合ではないか。


「殿下……今の内に」

「うん。でも僕が行くのは最後だね……出来る限りの人間を逃がして欲しい」


はっ、と言う返答と共にランが兵を率いて移動を開始した。

残念だが避難民は置いて行くほか無い。

向こうもまさか無抵抗な人間を殺したりはしないだろう。

だけど……僕はまだ動かない。

いや、動けなかった。


「まあ、あなた方に意地があるのは知っております。ですので貴方の相手は彼女にお任せしますね」

「あらあらあら~。私の出番ね~」


叔母上……!

貴方と言う人は、何をしているのか……。

いや、判っている筈も無いか。


「マナ……貴様言うに事欠いて……己の故郷に何をしたのか判って居るのか!?」

「だって~。皆で私を虐めるんだもの~。ちょっとお仕置きよ~」


姉上が天を仰いだ。

……僕も同じ気持ちだ。

やっぱりか、と言う気持ちが拭えないのも事実だが。

それでも……何を言っているんだろう叔母上は……。

確かに酷い目に遭ったのかもしれないけど、それでもやって良い事と悪い事があるはずだ。


「マナさん、所詮は特権に胡坐をかいた者達の戯言……世を正すための戦いをお願いします」

「わかったわ~。良くわかんないけど頑張るわね~」


つまり、判って無いって事なんだろうね。

……もういい。

あの方があんな性格になってしまったのは僕らのせいだが、

それを理由に庇いだてられる時は既に過ぎ去った。

ただ……今の僕にはあの方を止める為に何が出来るかと言えば、何も出来ない。

……姉上が僕を見た……逃げろと言う合図だ。


「リチャード!後の事は頼む……マナリア王家の血筋を、決して絶やす事無かれ!……さらばだ!」

「……ぐっ!」

「おや、逃げられるんですか?まあ、貴方如き逃がしても構いませんか……この力さえあればね」


屈辱だった。

僕はマナリアの王子でありながら、姉であり女王である相手を見捨てて逃げ出したのだ。

……幸いにも追っ手は無かった。

いや、追われるだけの価値が僕には無かったのだろう。


「さて、しかしリチャードさんはともかく、貴方は逃がせませんよティア陛下?」

「じゃあ、そろそろ行くわねぇ?」

「逃げる気は無い。思えばマナリア全体が罰を受ける時が来たというだけだ。一国の姫、それも幼子をスケープゴートにして魔王討伐をさせるだなどと思い付いた先人達。その報いを己の作った最悪の破壊者の手で受けると言うだけだろう。しかし、ただでは死なんぞ……マナ。思えば余も己の事より先に王家の人間として周りから感覚が剥離していくお前を救ってやるべきだったな、手遅れになる前に。詫びる事はせん、せめてお前を冥府に共に連れて行く。それが、多分余とお前双方の最大の償いとなるだろうからな……行くぞ!」


走る、走る、走る……。

後方から爆音と閃光が走り、

時折大司教の狂ったような笑いが響く。

狂ったような……いや、彼はもう狂ってしまったんだろう。

そうでなければ、こんな事、出来る訳が……!


そして、そうだ。

確か守備隊と一緒に泣きながら走っていたんだ。

それで確か……暫くして、後ろからこの世の物とも思えない絶叫のような音が……。


……。


"オシオキダベー"……!?


「な、何だ?今の声?は」

「殿下!今はまだ走るのですわ!この先に馬が用意して……なんですの?」


……思わず振り向いた時の、その光景を僕は一生忘れる事は無いだろう。

崩れ去った城とそれより大きな雲が……キノコの様な雲が、眼前に広がっていたんだ。

いや、むしろキノコと言うより髑髏、の方が正しいかもしれない。

その禍々しさは、其の下で姉上が亡くなられたのだと否応無く実感させてくる。

……思わず、膝から崩れ落ちた。


「ああ、あ……姉上……!?」

「自爆魔法……ですわ……」


守備隊の指揮を取りつつ最後まで残っていたリンちゃんと共に、暫し呆然とその光景を眺めていた。

……突然頬を張られるまでね。

痛みと共に正気を取り戻した時そこに居たのは、ガーベラを抱きかかえたレンちゃんだった。


「何やってるのよぉ殿下!?陛下がマナ様と相打ちになったわぁ!敵が、迫って来るわよぉ!?」

「な、ん、だって?」

「相打ちって……どう言う事ですの?」


「劣勢に陥った所で特攻して、無理やり相手に魔封環を取り付けたみたいよぉ?」

「そして、最後の力を振り絞った、と?」


呆然とする僕達に、レンちゃんは悲しそうに言葉を続ける。


「多分、ねぇ……私も直接見たわけじゃないからぁ……」

「くっ……判った、もう良いよ。とにかく急ごう、僕らまでやられたら姉上の意思が無駄になる!」

「……そうですわ!殿下が生き延びさえすればマナリアは滅びませんもの!」


ん?ガーベラは……ああ、そうか。

この子はむしろトレイディアの跡取り娘になるのか。

まあ、それは良い。今は一刻も早くこの死地から脱出しないとね。


そんな風に考えていた。この時の僕は、まだ逃げ切れる気で居たんだ。

けれど……そう、そしてその時だ。

血相を変えたランが馬で駆け込んできたのは。


「兵の皆には悪いけど、僕らは馬で先に……」

「殿下!一大事です!前方にオークの大群が陣を敷いている!」


その報告を聞いたとき、僕はてっきり普通のオークが前方を塞いでいるだけかと思ったんだ。

けれど違った。未熟で急作りだったけど、それは確かに陣だった。

こんな緊急時で無ければ幾らでも対処できた。

だけど、後方から帝国の軍勢が迫って来ているという話もあり、策を立てる余裕も無い。


特に、北から直接こちらに向かっている部隊は整然と、かつ強行軍で向かって来ているらしい。

……迷っている暇なんか、あるわけも無い。



「……今動ける兵はどれだけ居るかな?」

「私の手勢が500にリンの直属が1000行くか行かないか、と言う所だな」


敵の数は正確な所は判らない。

ただ、数千匹は軽く超えているのが判った。

いや、今もまだなお集まり続けている。

……周囲の森や洞窟からも続々とこちらに向かっているらしい。

つまり、ここに留まれば不利になる事はあれ、有利にはならないと言う事だった。

だから僕は。


「南のオークは、まだ数千匹程度なんだよね?」

「そうだが……殿下、まさか!?」


「ああ。守りは捨てて敵陣を突破する。それしか僕らの生き延びる手立ては無いよねラン?」

「それはそうですが……無茶だ!出来る訳が無いですよ!?」


無茶は承知だよ。

でもね、それ以外にどうにかする方法は無い。


「……細かい事は良いんですわ。確かに今の内に突破しておく以外に道は無いですわよ」

「そうだねリンちゃん。それが可能なのは今だけ……迷っている暇は無いよ」


……そう、僕らは敵陣突破を試みたんだ。

一度囲みを抜けさえすれば、後は友軍の所まで逃げるだけだからね。

兵の気力体力から言っても戦えるのはこれが最後。

守り抜く持久力は残っていない……ならば、乾坤一擲に賭けてみるしか無いだろう?


……。


けど、聖俗戦争時のカタ君やカルマ君のようには行かなかった。

敵の陣はお粗末で、訓練もせずにただ命令をされたままに組んだようなものだったけど、

それでも数はこちらの数倍。

ようやく囲みを抜けた頃には皆てんでバラバラで、誰が何処に居るかも判らない。

そして僕とランは乗馬を失い、敵陣内に取り残された。


そして、僕は、今、全身を槍で刺されて倒れて……、

それから……どうなるの、かな?


……。


やあ、カルマ君じゃないか?

え?ああ、嫌だなぁ不甲斐無いのは判ってるさ。

ガーベラは?

え?ああ、カタ君の娘だよ。

そうか!無事に彼の元に向かったのか、よかった……。

ラン……ああ、可哀想に。

いや、君が隻腕になったとしても僕の気持ちは変わらないよ?

それにね、


「……っちゃん」


ああ、もう今良い所なんだ。

誰だか知らないが暫く黙ってくれないかな?


「お坊……ん!」


しかし、疲れたな……眠いや。

少し……眠ろう、かな……?


……。


≪side ライオネル≫


「お坊ちゃん……起きるんだよ!夢見てる暇があったら息をしやがれ!」

「……手遅れよぉ……もう、休ませてあげてほしいわぁ」


俺は今、マナリア国境沿いで傭兵王と一緒に与えられたゲルとか言う天幕の中に居た。

……戦場でこっそり保護していたお坊ちゃん。

それにレンとか言う嬢ちゃんと、赤ん坊と一緒にな。


追撃しろって言われて言ってみりゃ、とっくに向こうは壊滅済みと来たもんだ。

拍子抜けした事もあって思わず助けちまったぜ。

まあ、余り意味は無かったみたいだけどな……。


「にしても……おかしいだろ、何でオークと勇者が手を組んだりすんだよ!?」

「ククク……決まってるじゃねぇか。クロスの奴、とうとう心を病んじまったのよ」


……確かにそうとしか言えねぇな傭兵王。

何せ、将軍とか言いながら俺には何の情報も寄越しやしねぇ。

まあ、俺の事を信用して無いのは当たり前なんだが、

笑えねぇ事に傭兵王にすら内緒の話ばかりなんだとよ。

さっき訪ねて来たテムとか言う将軍も、スーの奴も、

何の命令も……待機の命令すら無いが何か聞いていないかと困惑してやがった。

将軍級の4人に何の話も無いってのは異常だ。おかしすぎる。


……あの大司教、いや宰相……戦争に関しては素人だな。

ブルジョアスキーとブラッドの奴が居ないだけでここまで落ちるか?

まあ、本人は理想を語って大まかな計画を考えるのが仕事で、

細かい部分を考えるのは妹と部下の仕事だったみたいだし仕方ねぇかも知れんがな。

ただ……現場と連絡をとろうとしない司令官じゃ勝てるもんも勝てないぜ?


「ククク、戦力は凄いが、こりゃ……負け戦だな。ま、俺様達にすりゃどっちでも良いが」

「応よ。でもな。オークまで使ってると知ってりゃ、お坊ちゃんは助けられたかも知れんが……」


とは言え、実際五体満足のときに出会ってたら私情は捨てて討ち取ってたと思うけどよ。

なにせ、マナリア側の総大将だ。

戦争を終わらせるなら、お坊ちゃんを討ち取るのが一番手っ取り早い。


……そういや、マナリア軍が壊滅したって事はこれで今回の戦いは終わりなのか?

いや、それは無ぇか。

それで終わるなら、とっくに撤収か占領の命令が来てるだろうしな。


「へっ、敵相手に何言ってるんだか。いや、ある意味お前にとっちゃこっちが敵なのか?」

「……細かい事はいい。俺にとっての戦争(ケンカ)じゃ女子供は対象外だぜ」


「ククク、じゃあお前の娘はどうすんだよ」

「あれは女に入らねぇよ。アイツは……立派に戦士だからな」


そう言いながら、お坊ちゃんの亡骸を布で包んで抱える。

……放っておけば下手すりゃ使徒兵にされちまう。

気付かれないうちにどっか森の奥にでも埋めてやらねぇと。

残念だが今の俺は敵だ、だからこれが俺の出来る精一杯。

……身内の屍と戦うなんて悪趣味だけは何としても阻止しねぇとな。


……身内か。身内と言えば……。


「傭兵王。……ところで本当にあの女は死んだのか?」

「マナか?魔法を封じられた所をナイフで喉をザクッとな。ま、相手もそこで力尽きたがよ」


「で、最後の力を振り絞って自爆か……村正の事はいいのかよ……!?」

「……棘がある言い方だな。ま、ダチの事を考えると気が重いだろうなお前さんにしちゃあよ」


……まあな。

それにマナの奴も、すぐ生き返らせられるだろうからな。

正直意味のある死に方だったのか疑問が残るぜ。

クロスの野郎もさっき、今晩黄泉がえらせるとか言ってたしな。

ただ、味方にも敵にもしたく無いタイプだったし、

正直、これで終わりだったら凄ぇ楽だったんだけどな。


はっきり言ってあの女の訃報を聞いて悲しみそうなのは、

ルンとカルマ、それに勇者仲間ぐらいじゃねぇか?

その上、上記の連中も半分くらいの確立でもう見限ってそうだしな……。


「……何にせよ、これでマナリアは終わりだわぁ」

「ククク。確かに……王都は潰れたし、その上潰したのは王族だ」

「明日から俺も、日和見しやがった地方領主を攻めに行く事になってるからな」


少し投げやりに言うレンの言葉に俺達は同意する。

王都は壊滅し、明日からは地方貴族が一つ一つ潰されていくんだ。そうもなるさ。


ただ、そこからどう転ぶかはまだ判らねぇな。


……オークは五百匹ほどがカルマに討ち取られ、三千匹程度が逃げ出したらしい。

それでもその後集まった数を差し引くと大体一万匹から動いていないというのだから驚きだぜ。

更に俺達が率いている兵が現在8万ちょっとか。

……有り得ねぇ数だが、これが一定の錬度を保ってるってんだから驚きだ。

だが問題なのはこれをたった4人の将軍だけで運用しろって言う事だな。

後、オークどもにどうやって命令を聞かせるんだ?


そしてこれが数日後には南に向かって突き進む事になるわけだ。

俺には前進させるだけで精一杯だと思うんだが。

いや、それだけで十分なのか?

正直な所、疑問で一杯って奴だぜ。


……まあ、商都の連中やカルマ達も馬鹿じゃねぇ。

きっと、対策くらい考えてる筈だ。

もし、負け戦ならそれで良し。ただ、もし勝っちまった時は……。

ま、情に流された土壇場での裏切り者も悪かぁ無ぇか。

考えてみりゃあ今の俺は十分に裏切り者だしな。


「ともかくよ。レン、お前ぇは逃がしてやるから赤ん坊連れてさっさと逃げろ」

「ククク、心配すんな。俺様の部下が斥候に出るからそれにくっ付いていけばいい」

「いいのぉ?じゃ、お言葉に甘えさせてもらうわぁ」


「言っとくが、直ぐに南に戻るのもどうかと思うぜ?数日後には総攻撃があるはずだからな」

「そんな事この兵力を見れば一目瞭然ねぇ。でも、味方の所に居る方が気分的に安心なのよぉ」


……違いねぇな。

ともかく明日からは日和見の地方領主どもとの戦いか。

人の事をボロクソ言ってくれたが、自分の事となるとどうなるかね?

ま、それは明日以降にわかるだろ。

出来れば、倒すのが惜しいほどの気概のある奴が残っててくれればいい。

忠臣が居ない国なんて、悲しすぎるからな。


「じゃあねぇ。不器用なおじさん?」

「応。決戦に巻き込まれんじゃねぇぞ?」


そう言って、赤ん坊をマントの下に隠してレンは出て行った。

明日か明後日にでも向こうに戻れるだろうよ。


……しかし、このタイミングで俺が主力から外されるって事は、

俺が居ないうちに決戦を仕掛けるって事なんだろう。

ま、要するにレンと赤ん坊をここに置いておくのも危険だって事だな。

かと言って、まさか俺たちの別働隊と一緒に行かせる訳にも行かねぇ。

だから逃がした訳だが……ともかく本当に巻き込まれない事を祈るぜ。


……。


そんな風に何処か他人事のように考えられてたのも多分、

俺が色んな立場から離れて、この陣営で捨てる物が自分の命だけだったからだろう。

けど、それもその翌日に終わりを告げた。


「ヒャハハハハ!それでは後方のネズミ狩りはお願いしますねケケケケケケ!」

「なんで、何でお前ぇが居るんだよ……戦闘司祭ブラッド……」


「アヒャヒャヒャ!大司教に命ぜられて軍の総指揮を命ぜられましてねフヒヒヒヒ!」


何でか知らないが、死んだはずの男が、そこに居たんだ。


「何て言うか、な。……おっと、法王様とお呼びすべきかい?」

「ヒャハッ!?何ですかそれは?私はクロス大司教配下の異端審問官ブラッド司祭ですが、ヒヒヒ」


……それも、やけに古い肩書きを持ち出して、な。


***最終決戦第一章 完***

続く



[6980] 70 死神達の祭り
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/11/11 12:41
幻想立志転生伝

70

***最終決戦第二章 死神達の祭り***

~死を嘲笑う者と命を嘲笑う者~


≪side アリス≫

すにーきんぐ、みっしょん!

おばちゃんの安置されてる天幕に隠れて、大司教が入ってきたらすこーっぷ!

そしてボッコボコ!であります。

アレが居なくなったら後は凄く楽でありますからね。

流石に蘇生のスペルを他人に教えるとは思わないでありますから、多分蘇生の時は一人きり。

しかも、こんな大地に接したあたし等のテリトリー近くで一人っきりなんて、自殺志願も同じ!

要するに、一人になった所をさっくり殺っちゃおうって訳でありますね。


「と、言う訳でお昼も食べずにずーっと待ってるでありますが……来ないでありますね」


もうすぐ日が暮れるであります。

蘇生は日没までにやらないと駄目って制限があるのでありますが……。


あ、日が暮れた。


……結局、その日はもう一時間だけ粘ったけど大司教は来なかったであります。

おばちゃんには可哀想でありますが、

あの狂気のお馬鹿魔法使いが居なくなっただけでありがたいでありますね。

仕方無いので帰るであります。


「宰相ーっ!馬鹿母さんを助けるんだゾ!」

「はいはい、押さないで下さいね。今行きますから」


遅いでありますよ。

もうおばちゃんは手遅れであります。

それに残念ながら護衛付きでありますか。仕方ないから今日は諦めるであります。

はあ、あたし等全員で行ければ楽でありますがね。

ただ、リンカーネイト以外で一杯居るのを見られるのは余り良く無いであります。

ま、人間のふりも大変だって事でありますね。


……取りあえず帰ってご飯であります。

ルンねえちゃにハンバーグ作ってもらうのでありますよ、はふー。


……。


≪side カルマ≫

俺は今、トレイディア軍から貸与された大型天幕の中に居る。

ランプで照らし出された目の前にはアリシアとアリスが座っていて、今日の報告を行っていた。


「報告は以上か?」

「はいであります!」


そのアリスからの報告は、俺を驚愕させるのに十分過ぎた。


ひとつ、マナリア王家壊滅。

ふたつ、マナさん戦死。

みっつ、その上蘇生されない上に……。

よっつ、敵所有分の魔王の蜂蜜酒を敵はもう既に二本まで使用済み。何に使ったかは不明。

いつつ、敵の中に何故か死んだはずのブラッドが居る。

むっつ、オーク軍団南下中。


既にマナリアどころかトレイディアの国境を侵犯する勢いで突き進んでいるらしい。

しかし逆に兄貴とスーの率いる部隊はマナリア国内を縦横無尽に駆け巡っている。

国内を強制的に纏める気らしいな。ま、当然と言えば当然の流れか。


しかし、不気味だ。

30年来の仲間を見捨ててまで何に魔力を使ったんだ?

まあ、蜂蜜酒の内一本はブラッド司祭関連だろう。

生き返ったのか、それとも……まあ、それも実物を見ればわかるだろうさ。


「しかしこうなると、反魂、蘇生、嫁召喚の三つを消せないのが痛すぎるな」

「ごめんなさい、です。みつけたとき、じょうほう、のこしとくべきだった、です」

「反魂はあたし等で使用するから仕方ないでありますが、蘇生が消せなかったのが痛いであります」


そうなんだ。

実は一度、試しに蘇生を消し去ろうとしたんだけど、弾かれたと言う経緯が有る。

調べた所、俺の知っている蘇生術は要するにアレンジマジックだった、

と言う結論に落ち着いた。

別な魔法の例で言うと"火球"は消せるが俺の"爆炎"は消せないって事だ。

ただし、火球を消すと爆炎まで使用出来なくなるけどな。

威力とかが違うけど、爆炎の本質は火球の強化版でしかないのだ。

要するに"復活の呪文が違います"と言う事になる。

世界に登録されたスペルで無いと、術式の廃棄は出来ないのだ。


「ともかく、敵がこっちまで来る前に軍をここまで進めておかねばな」

「ガサガサ達はどうするでありますか?」


「そっちはまだだ。まだ動くなと伝えろ」

「はい、です」


現在位置だが、丁度結界山脈の西端から南に少し行った辺りだ。

ここから東に行けばトレイディア、西に行けばサクリフェス等の旧都市国家郡。

そして南に行けば旧大聖堂に辿り付く。


敵の狙いは明らかだ。

トレイディアの国土を二分してその力を弱め、

そして神聖教団の総本山である大聖堂を取り戻すつもりなんだろう。

あわよくばサクリフェスまで取り戻す気なのかもしれない。

多分、アクセリオンの発案ではあるまい。あの人は余り策略に長けているようには思えないしな。

……要するに、まだクロスは何だかんだで理想と過去を捨てきれて居ないって事だな。

今回はそこに勝機を見出したいと思っている。


「アルシェの部隊の展開は終わったか?」

「あしたには、なんとか。です」


この日の為に用意していた銃兵部隊だ。

相手側に銃の情報が漏れている可能性は否定しないが、

それでも大規模運用時の超火力に考えが至っている可能性は低い。

……やはり対策を考えられる前にどれだけの被害を与えられるかが勝負になるだろう。


「守護隊は?特にレオは今回父親との戦いになる可能性が……」

「気合十分であります。肉食獣系のすっごいイイ笑顔してたでありますよ?」

「はいちは、とっくに、おわってる、です」


今回の戦闘にサンドール系の部隊は連れて来れなかった。

故に、コイツ等が前衛の生命線。

まあ、硬化を使う事もあり、防御力には定評があるのだ。

はっきり言って、かなり頼りにしている。


因みに今は旧サンドール国境辺りに集まっている筈で、

無口なアヌヴィス将軍が後詰として率いてくる事になっているが、

バリスタや投石器などの大型兵器の移動に手間取っているようである。

ま、今回の戦いでは温存したものだと考えよう。

敵の後詰が来るまでに辿り着いてくれればいいさ。


他のルーンハイム系の部隊はルーンハイム城(旧大聖堂)を守らせるふりをしなければならない。

要するに魔道騎兵と魔道竜騎兵は前線に出せないのだ。

後はハイムの働き次第だな……。


「で、ハイムの部隊の準備は出来てるのか?」

「勿論であります。ゴブリン、コボルトの各隊も準備万全との事であります」

「でも、やくにたつ、ですか?」


アリシアの不安ももっともだ。

何せゴブリンやコボルトの戦闘能力は小動物並みでしかない。

端的に言うとコボルトが犬並みでゴブリンはそれにも劣る。

だが、使い道はある。

小心者の弱兵を怖いもの知らずに変える裏技がな。


「ま、連中も絶対安全圏からなら攻撃できるだろ?」

「なるほど、です。だからあのぶたい、です?」

「そうであります。敵の最前線がこっち来たら出撃させるであります」


OK。

敵の指揮官は……ブラッド司祭か。

一度は法王まで名乗って死んでいった男が何故かここに居る。

替え玉か、それとも時が経っても蘇生できるように術式を魔改造したか……。

ただ、まるで何年か時が戻ったかのような物言いが気にかかる。

……嫁召喚?

いや、しかしアイツは元々モブキャラだとアリサ達が言っていた。

いきなり呼んだ所で特別な技能があるわけでも無いし、

そもそもクロスにアイツの元ネタである本を探し出せるとも思えない。

そもそも呼んだキャラの部分の絵は消えるので、

二冊同じものが無ければモブの同一人物は呼べないだろう。


だが……じゃあ、あれは何なんだ?


「まあ、いいか……直接この目で見て確かめるか……アリス!敵の到着予定は?」

「明後日に先鋒のオーク軍団一万がやってくるであります……敵本隊六万人の到着はその半日後」

「そうぜい、7まんの、たいぐん。です」


兄貴たちに二万の兵を与えても、オークを含めた総数は七万名。

前衛部隊としては破格の数字だ。

急ピッチで軍を立て直しているがトレイディアの全軍は九千そこそこ。

しかも商都や各都市の防衛もあるので、動かせるのは精々四千から五千程度だ。

俺の直属に至っては、現在手元にレオとアルシェの五百名づつしか居ない。


つまり表向きの戦力比は5000対70000(つまり的は14倍)と言う酷い数字だ。

だが、こちらは隠し玉を多数用意している。

相手の手札は八割がた見えているんだし、そうそう負けてなるものか。


「……念のため陣地前方に油撒いとけ」

「あいあいさー、であります」


とは言え……敵の前衛部隊の更に先鋒だけでもこちらの倍。

戦争は数だよ兄貴という名言もあるし、それを埋める努力は怠ってはならないだろう。


「失礼するで、御座るよ……」

「村正!?大丈夫なのか!?」


村正が幽鬼のような顔で天幕に入ってきたのは丁度その頃だ。

明らかに目の焦点が合っていない。

……無理も無い。まだ一緒に暮らしても居ない嫁さんを殺されてしまったのだ。

狂乱しないだけマシと言うもの。


「……ティア殿は亡くなりお菊は行方知れず……拙者、幸せにはなれないので御座ろうか?」


声にも力が無い。

……と言うか、行方不明?


「あれ?お前の娘は無事だぞ?レンが抱きかかえてこっちに向かってると連絡が」

「ソースは?」


村正はボーっとしたような顔でポツリと呟く。


「え?」

「ソースは何処で御座るか!?」

「ちゅうのう?うすたー?です?」


「あ、情報ソースか?うちの優秀な諜報網からの信頼できる情報だ」

「……嘘付いたら針千本飲んでもらうで御座るよ?」


魂が半分抜けていたような状態が豹変。

村正は突然ギロリと凄まじい表情でこっちを睨む。


「心配すんな!本当だから!」

「村正、落ち着くであります!」

「本当で御座るな!?嘘付かないで御座るな!?」


ええい、顔を近づけるな!

流石に怖いわ!

……と、思っていたら突然へたり込んだ。


「……お菊は、無事なので御座るな?信じていいので御座るな?」

「ああ。明日にはこっちに」


ガタッといきなり村正が立ち上がった!?

そして天幕の外へダッシュして声を張り上げる。


「衛兵!拙者の娘を迎えに向かうで御座る!精鋭部隊で向かうで御座るよ!」


凄い剣幕だ。

だが、痛いほどその気持ちは判る。

こりゃ、見つからない事を優先するより急いで合流する方を優先させた方がいいな。

……アリシア経由でレンに伝えるか?

一度はとんでもない事になった割りに、どうしてだかあいつ等異様に仲がいいからな……。


「……道案内が要るよな。アリシア、行ってやれ」

「はいです。あたしが、いどころ、わかるです!」


その言葉を聞いた村正の顔に生気が戻る。


「かたじけない!では兵に道を教えてやって下され!」

「はいです」

「……って、村正が直接行くんじゃないのか?」


なんか、意外だ。

てっきり取るもの取りあえず突っ込んで行くと思ったんだが。


「拙者、一応王で御座れば。我が子を養う為にも国は失えぬで御座る」

「……成る程、ごもっともだ」


俺だったら気にせず突っ込んで行きそうだな。

多分、ここが生まれた時からの"上に立つもの"との違いなんだろうなと思う。


「それに、我が子の為に国を失うようではティア殿が居たら怒られそうで御座るしな……」

「……そうかも、知れないな……」


何だか村正が少し大きく見えた。

まあ、俺が真面目に国を治めている理由は、

聖俗戦争の頃あたりから俺が巻き込んでしまった皆に対する補償のような意味合いが大きい。

俺個人の望みはほぼ叶っているのだ。

次は俺の為に動いてくれた連中に甘い汁を吸わせる番ってもんだろう?

だから、俺は俺が必要とされている内は真面目に王様家業をこなそうと思っている。

それが俺の頑張る理由。

だから、必要ないと皆が言うなら何時でも出て行くし、

それ故に生まれた時から国を背負っていた人間の気持ちをまだ理解出来ないのかも知れない。


「時に、カルマ殿。言い忘れていたで御座るが弓矢の手配かたじけない」

「いや、うちの射撃は少々強烈でな。連携を取れない前衛はかえって危険だ。遠慮なく持ってけ」


実は、と言うほどでもないが今回の開戦に当たり、こちらから商都軍へ弓矢の供与を行っている。

こいつらにだって、こんな所で被害を出してもらいたくない。

野戦陣地は着々と完成に近づいているし、

出来れば中に引っ込んでいて欲しい所だ。

……因みにある程度の射線が無いと敵に突破されるから、

そうして貰えるのが一番助かるって本音もあるわけだがな……。


「陣地も順調に構築されているようで御座るな。……拙者達はここに篭ればいいので御座るか?」

「一応そうなる。ただ、突破されそうな時はさっさと撤退してくれ……囲まれたら終わりだ」


敵の進軍を遅らせる目的で構築された防御陣地は、

その存在理由ゆえ蛇のように細長い形をしている。

そして要所要所に土塁を積み上げ空掘を作り、更にレンガで壁を構築、簡易的な砦としていた。

篭る本陣も分厚いレンガ造りで弓矢程度ではびくともしないように出来ている。

だがはっきり言えば、これだけでは守りきるのは不可能だ。

相手もそう考える公算が高い。

……陣地を無視して海路等で回りこむという可能性もあったが、

今回の場合敵の数が尋常では無く船を準備しきれ無いだろうし、

外海は魔物の住処という事情もある。

逆に結界山脈の山越えをすると言う可能性もあるが、

そちらは何時でも雪崩を起こせるようにセッティングしてあるので安心だ。

ま、数に物を言わせて陣地ごと粉砕してくる可能性が一番高いがな。


「ここを抜かれれば一気に商都まで来られてしまうで御座れば、ここで死守せねばならぬで御座る」

「そうだな。こっちもルーンハイム城(旧大聖堂)まで一直線だからな……」


何か騒がしいので、ふと表を覗き込む。

……表では見張り台の建築が始まっていた。

同時に北の街道沿いに油が撒かれていく。


「カルマ君!?遅くなってごめんね!さあ、皆……配置を決めるよ!」


続いては到着したばかりの銃を担いだ射撃部隊。総勢五百名が次々と自分の配置場所へ向かう。

彼等の配置されるのは砦の壁の裏……その砦の壁には小さな銃眼を開けておいている。

弓矢でここを狙うのは至難の業。かなり安全で射撃に集中できる筈だ。


「じゃ、うめてくる、です」

「行ってくるでありますよ!」


……そして、北に地雷の敷設が始まった。

これでどれだけ足止めできるかが勝利の鍵を握るので、アリス達に指揮を取らせる。

今回の場合時間は俺達にとってプラスに働く。

敵の補給は時間が経つに従い急速に悪化していく。そういう風に細工しているのだ。


そう、色々な意味で敵陣が崩壊するまで耐える事。

これが、今回の勝利条件のひとつなのだ。

勿論それだけで勝てるとは思ってないけどな?


……。


そして、運命の朝を迎える。

頭上を南に向かって白い影が多数駆け抜けていく中、俺は天幕内で目を覚ました。


「カルマ君、北の空が赤いよ?」

「ああ、そうか……第一次攻撃は成功みたいだな……」


南の方へ向かう影を軽く目で追いながら、

まだ太陽も上りきらぬ早朝から赤く染まった北の大地を思う。

……再び白い影。

今度は北に向かって飛んでいく。


「はーちゃん、大丈夫かな?」

「ああ。アレを防げるとはとても思えんしな……」


勇者達が居れば奇跡の一つも起きるだろうが、生憎敵将は人間だ、と思う。

何だかんだで上手く立ち回っていたあのブラッドである事を考えると一抹の不安もあるが、

それでも事前情報なしで防げる類の攻撃ではないのだ。


「コケトリス爆撃隊の成果は上々、と」


ポツリと俺は呟き、そして天幕を出ると指定の陣地へと向かう。

……敵はまだ、視認出来る距離にすら辿り着いていなかった……。


……。


≪side シバレリア帝国軍、ブラッド司祭本陣の一兵士≫

……私は悪夢を見ている。

天から降り注ぐ炎、何が起きたかもわからず倒れていく戦友達。

そして。


「クヒヒヒヒヒ!いいですか?信じなさい、信じるものは救われるのですよ!ヒャハハハハ!」


地獄から這い出してきた私達の指揮官の口から吐き出される的外れな言葉の数々……。

おかしい、彼はそんな人ではなかった筈だが。

私は元々ブルジョアスキー団長の配下であり、司祭の行動の一部始終を見ていた男である。

一介の司祭が遂に法王まで名乗ると言う暴虐。

雪崩に巻き込まれ、麓で何とか救い出された私が耳にしたのは彼が死んだという噂でした。


……当時の私は彼に天罰が下ったのだと喜んだものだが、結局彼は死ななかったということか。

神よ、貴方は何故彼のような人物を生かしているのでしょう?

彼の配下になる時まで、私はそう考えていました。

けれど、違います。

彼は、彼は私の知る異端審問官の司祭殿とは違いすぎる!


「アヒャヒャヒャ!信仰!信仰!信仰!ヒーッヒッヒッヒ!」


……狂ったような行動とは裏腹に見事としか言いようの無い動きで漁夫の利を拾い続けていた。

そんな彼はもう居ません。


「ヒャッハー!前進あるのみです!死後は幸せになれますよクックックック!」


ただひたすら信仰を叫び兵を前に唯闇雲に進ませるだけ。

……これはもう指揮では有りません。

そもそも、元の司祭に信仰心など欠片も無かったような気がします。

……では、ここに居る彼は、一体誰なのでしょうか……?

いえ、彼の事です。

こんな無茶な行動もきっと意味のある事に違いが……あ、りゅ!?


……。


≪side ハイム≫


「わんわん!」

「うむ!敵本陣に一つ命中だぞ、喜んでたもれ!」


……わらわは今、雲より高い空中に居る。

ハイラル達コケトリス一族にコボルトやゴブリンを乗せ、

荷物の花火や油壺、果ては石ころまで、

とにかく何でも背負って上空まで持って行き、地上に向かって落とし続けておるのだ。

防寒着を着込んでもまだ寒いが、安全には代えられぬ。

ともかく敵が居る所に落とし続けるだけだ。


「うむ。大戦果だ……兵を損なわぬ良い作戦だな」

「はーちゃん、おごっちゃ、だめ、です」

「そうでありますよ。何が起きるか判らないのが戦場であります」


そんな事を言いながら、わらわ達は次々と手持ちの荷物を投げ落とす。

石、ひび割れ壷、油、花火……何でもありだ。

例え花瓶一つでも、山より高いこの空から落とせば凶悪な武器と化す。

そして、流石にここまでは矢すら届かないのだ。

今頃地上は大混乱であろう。


「ぴー!」

「よし、アイブレスよ。氷のブレスを吐いてたもれ!」


続いてニワトリ数匹に吊り下げられて飛んでいる氷竜アイブレスが氷のブレスを吐く。

多少降下して雲の中でな?

すると……氷の粒が雲の水分を吸収し急速に成長しながら落ちていく。


「今日の天気は曇りのち雹。所によっては氷の塊が降ってくるであります」

「あ、ゆきやまでみたひとに、あたった、です」


普通ならこんな高さから自分の戦果を確認など出来る訳も無い。

上から見ただけだと人が居るのかすら良く判らないほどなのだ。

だがそこはクイーンの分身達が何とかしてくれているのもありがたい。


「おべんとうの、から(鉄製)」

「ゴミ捨てであります!」

「お前ら……いや、ある意味これもリサイクルか?」


千近いコケトリスの群れから一斉に投げ落とされると唯のゴミでも凶悪な兵器と化す。

精神的な部分も含めて酷い攻撃ではあるがな。

だが、こういう地道な攻撃がいずれ功を奏す。のだと思ってたもれ?


「よし、もう投げるものは無いな?では一度帰還する」

「はいです!」

「次は毒をまくであります!」


さて、勇者ども。この攻撃をどうかわす?

まずはお手並み拝見と行こうか。

空からの襲撃はまだまだ続くぞ……!


……。


≪side カルマ≫


「何の策も無く突っ込んで来ている様に見えるのは俺の目の錯覚か?」

「そうで御座るな。いや、これがたぶん最善手で御座るよ」


俺達は本陣を兼ねた簡易砦の中から望遠鏡で敵の動きを見ていた。

村正が居る事もあり蟻ん娘情報網からの情報はここでは話せない。

ただ、見ただけで判る情報だけでも、

敵はまるで空中からの攻撃を無視するかのように突き進んでいるようだった。

だが、同時に村正の言うとおり最善手でもあったかもしれない。

どちらにせよ高高度への迎撃手段などありはしないのだ。

だったら、留まるよりは先に突き進んだ方がまだ被害が少なくて済むと言うものだろう。


「負けられぬで御座るな。我が子のためにも……」

「そうだな、俺も同じだ。何せ負けたらうちのハイムは間違いなく殺されるしな」


俺も村正もお互い神聖教団、いや……クロスとは因縁がありすぎる。

ようやく合流して商都に後送したお菊……いやガーベラの為にも村正は負けられない。

そして俺は主にハイムの為、そして財産を奪われない為にも負ける事など許されなかった。


……大地の果てよりオークの群れが点のように見え始めた。

士気崩壊を起こして逃げ出した連中もいるようだが、

それでも死に物狂いで突っ込んでくる輩も多いか……。


「大した数で御座る。まずはこの者どもを出来る限り被害を出さないように迎撃するのが肝要か」

「そうだな。お、そろそろ花火の時間だ」

「たーまやー、です!」


一体何の事だと言わんばかりの顔で村正が怪訝そうにこちらを見るが、

次の瞬間背後からの爆発に驚いて逆を向いた。

……この陣地からでも見えるレベルの炎が、敵の足元から吹き上がっていた。


「これは、一体何事で御座るか!?地面が爆ぜた様な気が」

「地雷って言うんだ。ま、罠の一種だな」


独立戦争以来のご無沙汰兵器。

遥か彼方より眼前近くまで、誘爆しない程度にぎっしりと敷き詰められた地雷が、

まさしく運の悪い兵士から順番に地獄に叩き込んでいく。

……気が付けば、前線に立っているのはオークではなく人間の兵隊になっていた。

ここまでで地獄の地雷原を三割まで突破されている。

この分だと減らせるのは後二万……合計三万がいいところか?

いや、それ以前に正体に気付かれたら解除されるか……。


と、思っていたのだがどうも様子がおかしい。

爆撃と地雷原でその数を減じながらも、

敵は戸惑う事も無いかのようにじりじりと前進を続けている。

やはりおかしいな。

あのブラッドなら、降参したふりしてこっそり反撃準備を整えていそうな気がする。

……やはり別人か?


「つっ!カルマ殿!敵は前進を止めぬで御座る!」

「ならばそれなりの対処をするのみ!」

「よおし!じゃ、行って来るねカルマ君?」


さっと手を上げる。

アルシェが軽くキスをして陣から飛び出し壁の後ろに移動。

続いてアリスとアリシアが東西に分かれて走り出す。

そう……準備の為だ……火力戦のな。


「良し!では、拙者は弓隊の指揮を……!」

「いや、村正は敵が地雷を突破したら前線で敵を迎撃してくれ!」


続いて手を叩く。

……咆哮と共に天より竜が舞い降りた。

長く伸びる尾は蛇の如し。

その名はライブレス。雷の吐息を吐き、天を行く。


「雷竜ライブレス……お前としては竜神正宗の方が通りがいいよな?」

「まさか!?」


「今日は特別にコイツが馬の役目を担う。竜の信徒としてはこれ以上無い名誉じゃないか?」

「お、おお、おおおおおっ!ま、正宗様、宜しいので御座るか!?」

「ギャオオオオオオオオッ!」


因みにまだ理性は戻らない。

だが、他の竜の言う事はある程度(動物的にだが)理解できるらしく、

今回村正を騎乗させ守って貰う事にしたわけだ。


……リチャードさんがやられちまった今となっては、

実は村正、俺に残された同格では唯一の友達だったりする。

だから、殺させる訳には行かない!


「では、拙者は敵が弓の射程に入ると共に天より敵を牽制するで御座る」

「ああ、それまでは弓の手入れをしといた方がいいだろうな。途中で弦が切れたら笑えもしない」


そして、しばし陣内から音が消える。

……アルシェ達の他にも何人もの指揮官が出て行った後の陣地には俺と村正のみ。

特に明かりも無いのでレンガ造りの陣内は微妙な暗がりとなっていた。

俺は無言で前を見つめる。

村正は弓の手入れを始めた。


そして、暫しの時が流れる。


……。


地雷原は既に四割まで侵食されていた。

だが、敵の波はまだ衰える気配を見せない。


ふと思い魔剣を抜いて素振りを始める。

今日の分の鍛錬をしていないのを思い出したのだ。

……周りの動きを見ていると自分の才能の無さを実感させられてばかりだ。

だからその差を埋める為にこうして地道な行動は欠かせない。

実力と才能に恵まれた連中と言うのは、それをしているのが上手く行くから楽しい。

楽しいから更にやるのが苦にならない。努力が辛くないので上達も早い。

上達が早いから褒められたり尊敬されたり。

だから更に楽しくなる。楽しいから努力が苦にならない……とループする。

苦手な事柄ならその逆だ。

……そんなただ普通にしているだけで上手く行くような連中を相手にするには、

身を削るかそもそもの前提を崩すかしなければならない。


「ふんっ!ふんっ!」

「……精が出るで御座るな」


そして今回。敵の最精鋭はそんな才覚に恵まれまくった存在の筆頭。

どんなに警戒してもし足りるなどと言う事は無いだろう。

……無心に剣を振るう。

……振るい続ける。


敵のときの声はまだ遥か先だ。


……。


「……ぅはち……きゅうひゃくきゅうじゅうきゅう……せー、ん!」

「時にカルマ殿」


「ん?どうした村正」

「……全軍の指揮、其方に委ねても宜しいで御座るか?」


いきなり何を言い出すんだか。

……気持ちは判るがそれだけは拙い。


「敵陣内に特攻するつもりか?だったら絶対首は縦に触れないな」

「しかし!奴等はティア殿を……!」


やっぱりか。

そう思って村正を見ると小刻みに震えている。

……今まで溜め込んだ怒りと鬱積が湯気のように立ち上って来かねない雰囲気だ。

やはり思うところはあるんだろう。それがこの先頭前の緊張感で爆発したか。

だがもし突撃した場合、この心境では絶対生きて帰れないだろうな……。


「……自分で言ってたろ。娘さんの為にも無理しちゃ拙い」

「カルマ殿も、拙者のような立場になったら判るで御座るよ……!」


かも知れんな。

ま、その時は敵の国土自体が無くなってそうな気もするが。

取りあえず有りえないから、それ。

美味い飯を食わせてくれるルンをアリサ達が死なせるわけが無いだろ、

どんな手段を使おうが絶対助けるに決まってる。

……常識的に考えて。


そして常識的に考えればここで何も言わないようでは友達なんて名乗れはしないと思う。


「ティア姫の遺体も見つかって無いんだ。敵に捕らわれても居ないようだし……希望はある」

「そうで、御座るな……うん。まだ無理はせんで御座る。上空から敵を狙い撃ってやるで御座る!」


ただ、大爆発を起こして自爆したと言うから生きている可能性は限りなく低そうだけどな。

……勿論、そんな事村正には言えんが。


「カタ様!敵が弓の射程付近まで近づいてきました!」


伝令が駆け込んでくる。

そうか、とうとう来たか。


「敵の兵数はいかほど残ったで御座るか?」

「はっ、少なく見積もっても四万、かと」


地雷原と空爆で予想通り三万は減らせたか。

これを多いと取るか少ないと取るか……。

いや、どっちにしろ敵の総兵力は文字通り未知数。

しかも、恐らくこの兵は森の南方部族を取りあえず南下させただけの代物らしい。

お陰で展開速度は速く、こちらに気取られる可能性も低いと踏んでいたようだ。

挙句が難民を使ったかく乱だ。

事務仕事に力を取られて諜報が少しばかり後手に回った事は否めない。

つまり、敵にはまだ十分な余力が有ると言う事だ。

故に今回の敵兵七万は確実に排除しておきたいと思う。


「カルマ殿……先ほどから爆音が止んでいるようで御座るが?」

「ああ、地雷は突破されたな」


表から爆音が消えつつある。

地雷原を突破された証拠だ。

代わりに敵のときの声が響いてきた。


「まあ、随分と数は減じたようで御座る。アレだけの被害を出して何故突き進めるのかは知らぬが」

「……理解して無いんだろうな。味方全体の損害を」


そうでなくてはおかしい。

まともな頭があるならこの状況下で突っ込んでこられる訳が……。


『……貴方は私の事を、好きになぁる、好きになぁる』


そんな時、俺の耳に届く詠唱の声。

望遠鏡を覗き込むと、髭面の修道士達が大声で詠唱を続けている。

この詠唱は……慮心(テンプテーション)か?

成る程、戦場特有の高揚感に精神操作術を重ねたか!


「こりゃ、少々の被害では引いてくれそうも無いな……」

「引けぬは拙者達とて同じ事……先に戦場に出ておるで御座る!」

「ギャオオオオオオッ!」


意外と馬が合うのか

軽く尻尾を陣に垂らすライブレスにいつもの装備にプラスして弓と矢束を背負い、

腰に縄で大盾をくくり付けて引き摺る村正が飛び乗っていく。

さあ、頼むぞ村正。

お前の活躍にこの戦いの行方がかかっている……。


……なんて事は無いが、村正が頑張ってくれれば確実に味方の被害は減るんだよな。


「なんだあれは?」

「敵将だ!」

「矢を射掛けろ!手柄を立てるんだ!」


天高く飛び上がった村正とライブレスを狙って弓が一斉に射掛けられるが、そこは竜。

見事に鱗で弾き返す。


「うおおおおおおっ!?何か凄まじい矢の嵐で御座る!?」

村正の盾はハリネズミで矢を射返すどころでは無いようだがそれでいい。

村正一人が狙われてくれればこっちの陣からは一方的に攻撃し放題だ。

ま、万一村正が死にそうになったらライブレスが勝手に後方に搬送してくれるし問題は無いだろ。


と言う訳で、商都兵に軽く一喝を入れて戦闘開始だ!


「今だッ!商都の精鋭達、お前らの主君が敵の攻撃を引き受けているうちに……敵を討てっ!」

「「「「おおっ!」」」」


「僕らもそろそろ行くよ?皆、ガンガンぶっ放してね!フェイスさん、エヴェさんもよろしく」

「今、この瞬間は……力こそ全てだ!」

「行くわよ。貴方もよデイビット……」


タクトさんの紹介でやって来た元傭兵王配下の凄腕傭兵達が次々と銃撃を開始する。

その中でも彼等は特に銃器に対する適正が高かったのでここに配置した。

かつて傭兵王の側近だった彼等がこちらに来てくれた理由は定かではない。

だが、傭兵たるもの依頼人と契約期間を裏切る事はしないらしい。

今後はうちの兵として戦ってくれるそうなのでそれを考えると尚更だろう。

元々は先祖が召喚されたという連中らしいが……何にしても、心強い事は確かだな。

因みに弓の射程内に入るまで待っていた理由は、

使わせている銃がコルトSAA(リボルバー式拳銃)のレプリカだから。

流石に拳銃じゃあそんなに射程無いんだよな。

かといって外様に最新火器渡す訳にも行かんし……まあそれはいい。


「敵が陣の眼前に来た時が勝負だ……」

「判ってるよカルマ君。この部隊にはまだ抜かれちゃいけないもんね」


ふと下を見ると、敵の先鋒が遂に陣の下に辿り着こうとしていた。

だが、五百の兵から放たれる銃弾により、次々と倒れていく。

しかし、それでも敵はひるまない。

味方の屍を乗り越え、前へ、前へ。

歩くよりもゆっくりと、だが、確実に前進してくる。

……これが、何の訓練も受けていない名ばかりの兵の力なのだろうか?

敵は普段強力な魔物の徘徊する深い森の中で暮らしていると言う。

要するに、RPGで言う最後の村の村人な訳だあいつ等は。


……敵がこちらに情報を与えないためにこっそりと行動してくれたことは幸いだった。

もし、この大軍が過酷な訓練を潜り抜けた、いっぱしの兵士だったらと思うとぞっとする。

なにせ他国の事だ。ただの訓練と軍の編成作業にけちを付ける事は出来ない。

その時はその時で別な策を考えただろうが、多少動きが読めない事よりも、

相手が"軍人として素人"の群れを送り出してくれた事を感謝せねばならない。


何故なら。


「全軍六段撃ち!全弾打ち尽くすまで打ち続けろっ!」

「相手が引かないなら全滅するまで打ち続けるだけだよ、皆頑張って!」

「商都の兵の意地を見せるで御座る!拙者も空から……うおっ!また撃たれたで御座る!?」


軍としての訓練を受けていない相手は複雑な動きが出来ない。

即ち、こちらのペースに巻き込めるって事だ。

……敵はただ真っ直ぐ本陣まで向かって来ている。


そして、こちらは文字通り連射している。

射撃兵500に商都弓兵4000の猛攻たるや凄まじい。

地雷原を抜けた辺りからは敵の死体で地面が埋まって見えないほどだ。

だが、それでも敵は進む。

そして、遂に空掘をも乗り越え陣地を囲むレンガの壁に敵が取り付き始める!

だが、まだだ……敵本陣は、


……良し!

殺し間に入った……!


「カルマ君!」

「レオ!準備しろ……出撃の時間だ!」

「委細承知っす!」


守護隊が大盾を構えつつ陣の外に並ぶ。

そしてそれを見届けた俺は……!



「やれえええええええええっ!」



大声で叫びを上げる!


「あいあいさー、です」

「ぶっ飛ばすでありますよ!」


叫びと共に陣の左右から飛び出す小さな影と巨大な獲物。

顔を隠した小柄な姿とそれに反比例して巨大な大砲が印象的である。

敵を半包囲するように地下から現れたのはそう、蟻ん娘砲兵隊その数1000!

それが左右500づつ、六連射可能な大砲を地下から引きずり出し一斉に砲撃を開始する!


「それそれーーっ!僕らもアリシアちゃん達に合わせるよーっ!」

『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


三方から一斉に攻める大火力。

勿論俺も爆炎で援護を行っている。

このまま敵本陣もろとも全軍を一斉撃破だ……!


「ぎゃあああ!?」
「うげええええええっ!」
「ぐはっ!」


左右からの砲撃はおよそ十秒に一回、計六回行われる。

大砲……リボルバーカノンは台車に固定されている。撃鉄をスレッジハンマーで起こし、

更に引き金もハンマーで引く、と言うか叩き込むのだが、

それを人間で出来る者は少ないだろう。

事実上蟻ん娘専用武器だ。一発ぶっ放すたびに凄まじい煙が発生するが、

観測役の子蟻のお陰でそこは考慮に入れずに済んでいる。

まあ、予想以上に威力、連射性能共にかなり優秀な兵科に育ったものだと思う。


当然一撃一撃が一撃必殺の威力を誇るが流石に戦闘中弾の詰め替えは出来ない。

故に、一度の戦闘で六発撃ち尽くせば後は地中に潜るのみ、がコイツ等の運用法だ。

因みに今回は撃ち尽くした後は拳銃での射撃戦に移行する事になっているがな。


巨大な弾丸が敵陣に突き刺さるたび、人の肉片が周囲に散らばっていく。

左右双方から迫る死神の群れ……敵陣は正しく地獄絵図だ。


「僕らのほうもまだまだ行けるよね?弾切れの心配は要らないから!」

「射掛けるで御座る!拙者も放つで御座る!……おおっ!正宗様まで!?」

「ギャアアアア……オオオオオオオオオン!」


竜の雷と銃撃音、そして大量の矢が飛び交う。

俺もこっそり完全凍結(パーフェクトフリーズ・Hard)を歌い上げ、敵を氷付けにしていく……!

次々と倒れる敵、

だが倒れた敵の屍を踏み越えて、敵はまだ先に進もうとする。


「お前らさえ、お前らさえーーーーっ!」

「俺達が貧乏になったのはお前らがあこぎな商売してるせいだって言うじゃねぇか!」

「許さない、許さないぞーーーーーーっ!」

「この戦いで勝てさえすれば今の現状はよくなるんだ!皆、気張れーっ!」


……ふーん、そういう事。

成る程、不満を他国に向けるのは常套手段だよな、特に戦争時は。

その感情を慮心を使って扇動したと言う訳か。

でもな、今回ばかりは……。


「相手が悪かったな」


油の撒かれた大地と雑草に、天から降り注ぐ火種が火をつける。

降り注ぐ花火は最早爆弾、いや、とうとう本物の爆弾まで投下を開始される。

燃え盛る紅蓮の地獄にのた打ち回るかつて敵だったもの達。

……敵本陣の旗が倒れた。

だが、まさかこれで終わりな筈は無いよな……なあブラッド?


「フヒヒヒ!大司教様ーーーーーっ、ケハッ!?」


え?死んだ?

何で?


コイツはもっと……なんて言うか生き汚い奴だった筈だぞ?

何か、潔良さ過ぎないか?

……いや、それはいい。好機だ。

あいつが俺の目の見える場所で死んでくれた……これが好機を言わずして何が好機だろう?

ブラッド"らしくない"のはこの際置いておく。ともかく止めを刺すことが肝心だ。


故に俺は……敵陣に向かって、突撃。

そのまま燃え盛る業火の中を倒れ臥すブラッドに向かって駆け抜け、

周囲の敵が右往左往する中、その両腕をその体に叩き付けた!


『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』


重ねた両手から噴出す炎がブラッドの死体を瞬く間に焦がしていった。

俺は更に骨のみになったそれを魔剣で叩き潰す。


「カルマ殿、何を……!?」

「万一にも復活させない為の措置だ……下衆と笑わば笑え!」


偽者だろうが関係ない。

こいつには何度煮え湯を飲まされたか……。

生かしておいてはこっちの計算に狂いが出るからな!


「にいちゃ!ぜんだんうちきった、です!」

「あたし等は撤退であります!」

「おう!じゃあ次は自分等の出番っすね!?」


アリスたちが一斉に兵を引く。

前上左右からの十字砲火から逃れたと敵が安堵した時、

満を持して硬化をかけた守護隊を戦場に投入。

剣を通さず弓を弾く兵隊。

総指揮官を失った事もあり、敵は遂に恐慌状態に陥った……!

だが、これで終わりだと思うなよ!?


「うああああああっ!?逃げろおおおおっ!?」

「ひいいいっ!」

「あ、あれ?あれは何だ!?」

「……魔物!?」


『緑鱗族前進だ。各部族もそれに続け……ああ、心配するなオーガ。お前の分も腐るほどある』


緑の鱗のリザードロードを中心に、リザードマンを主力に多種多様な種族が敵の退路を塞ぐ。

……リチャードさんの意趣返しだ。

そう、スケイル率いる混成部隊の参上である。

ハイムから件のオーガも借り受け、備えは万全。

敵がこちらの陣地に取り付いたときに後ろへ回りこませたのだ。

迎撃にあたり防御施設こそ与える事が出来なかったが、

装備にはかなり気を使ったつもりだ。

そう、彼等には使いやすく人間には使い辛い……そんな武具を装備した魔物たちは、

その戦力を大幅に底上げしている。

そして……。


「な、何でこんな所にリザードマンが!?」

「ゲゲゲゲゲゲッゲゲゲゲ!」(知る必要は無い、消えろ!)


「スケイル達に手柄を掻っ攫われる訳には行かないっす!敵を逃がすなっす!」

「後ろから不死身の兵士が来たぞ!?」

「畜生!こっちにも不死身の兵は居る筈なのに……!」

「ぶっひいいーーーーーーっ!?」


恐慌に陥ったままで組織的な反撃など出来る訳も無い。

シバレリア帝国軍の第一陣7万は、文字通り一騎残らず……。


「そう上手く行くと思うなよカルマーーーーーーーっ!」

「私が居る限り帝国は負けない……モーコ騎兵団、突入せよ」


「兄貴ーーーーーーっ!」

「親父が来たっす!ぶっ潰すっすよ!?」

「にいちゃ!後ろから歩兵も来てるでありますよ!」

「ちほうきぞくのとうばつ、とちゅうできりあげてた、です!」


……殲滅できると確信した時、後方から騎兵一万が乱入。

魔物の兵を蹴散らしつつ敗走する友軍の撤退を援護しだした。

後方から追いかけてきた蟻ん娘からの情報では、

更にその後方からは二万の歩兵が迫りつつあると言う。


モーコの騎兵一万と兄貴の率いていた兵士二万がその正体か。


しかし、計三万の兵が追加だと!?

今から撤退するか……罠は半壊しているが、それでも陣に篭ればまだ耐えられる筈。


「駄目!その更に後ろから敵の主力が続々と森を出て来てるで有ります!」

「かず、いっぱいです!」


あうあうと報告を続けるアリシア達。

そして、兄貴が口を開く。


「多分、この三万を相手してるうちにこっちまで来るぜ?」

「……そうかい兄貴」

「親父、随分嬉しそうっすね?」


兄貴はニヤリと笑った。


「応よ。お前らがここまででっかく育ってくれた。それが嬉しいのさ」

「……では、打ち合わせどおりに」


「応!頼むぜモーコの大酋長さんよ……俺は俺の部隊を率いてまた来るからよ!」

「了解した。私はテム=ズィン。モーコの騎兵の強さ、思い知ってもらう」

「顔合わせだけかよ!?」

「いや、違うっす!アニキの居場所を確かめに来たっすよ!見るっす、敵の本陣が!」


何だと!?

……見ると確かに兄貴は自分の率いていた二万の兵の方向ではなく、

森から出てきた兵のほうへ向かっている。

明らかに装備の質も……そして兵の雰囲気も違うあの兵団は……使徒兵か!

敵主力のお出ましって訳だな?


「波状攻撃っすね……トリは皇帝自身が務めるつもりっすか?」

「だろうな。戦力の逐次投入は下作だが、ここまで戦力差があると関係ないんだろうな……」


スケイル率いる魔物兵と突っ込んできたモーコ騎兵との戦闘は既に乱戦。

いや、段々と騎兵達がこちらから離れていく……。

ああ、そうか……拙いな。あいつ等は弓騎兵だ。

このままだと援護の無い状態で駆け回る馬から放たれる矢に一方的に撃たれまくる事になる。


「ここは俺が殿を務める!スケイル、こちらの陣地前まで下がってくれ!」

『判った……カルマよ、お前が居なくては王国はそれだけで瓦解する、それをけして忘れるな』

「守護隊もじりじり下がるっす!硬化の有効時間も無限では無いっすよ!」

「にいちゃ、あたしらもさがる、です!」

「無理だけはしちゃ駄目でありますよ!?」


指示を出してじりじりと味方が下がりだしたその時、

相手は隊列を整えなおし、馬上で弓を構えた。


「大義はまやかしで正義は無し。だが私達は今動かねば滅びるしかないのだ!」

「そんな適当臭い国家運営しておいて何を言ってるんだかな!」


猛然と走り出す弓騎兵。

動きながらも猛然と矢を放つ。

だが、その矢の雨は決して濃い物でもなければ致命的なものでもない。

なにせ、相手の射撃回数は決まっている。

背中の矢束を使い果たしたら一度戻るか接近戦に切り替えるしかない。

そこがこちらの付け入る隙になるだろう。


今はまだ俺に攻撃の矛先が向いている。

だが、硬化で強化された俺に対し放たれた矢は空しく弾かれるばかり。

少しでも有能な指揮官なら気付くだろう、このまま俺に攻撃していても無駄だと。

だがまだだ、まだ抜かれる訳には行かない。

敵の主力……俺が真にぶつかるべき相手はまだ遥か視線の先で、点の様に動いている。

その主力を削るまでここから下がる訳には行かない。

……罠の数も限界と言うものが在るのだから。

削るべきは敵兵ではない。代替不可の戦力を削る事、それが肝要なのだ。


しかし、ここで兵力を損なうような真似もまた出来る訳も無い。

味方が死ぬ、そして死地に送り込む覚悟は出来た。

だが、流石に味方を犬死させる覚悟は出来ていないしするつもりも無い!


『召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』


敵を俺に引き付けておかねばならない。ならば、狙いやすくしてやるさ!

既に味方は後方に下がりつつあり、敵の射程から逃れたものから順に全力後退に入っている。

さあ、デカイ的だぞ!?狙って来い!


「これが、結界山脈の火竜か……」

「モーコの大酋長!勝負だ……!」


ファイブレスの巨体に驚いたのも一瞬、モーコの弓騎兵たちは一斉にこちらに矢を向ける。

そして一匹の蛇のように戦場を駆け抜け、矢を射掛けだした。

俺も駆け出し、その隊列に向かって火竜のブレスをお見舞いするが、

走り続ける騎兵には思ったよりもダメージを与えられないようだった。

ならば直接追い縋って踏み潰すのみ!

だが……速い!

流石はモーコの大草原を駆け回っていただけの事はある。

まるで一匹の蛇のように動き回る騎兵達はこちらの追撃をあざ笑うかのように、

右へ左へと華麗に走り回りこちらからの被害を最小限に食い止めている。

ファイブレスの爪が振るわれるたびに一騎、また一騎とは薙ぎ払うものの効率が悪過ぎる。

踏み潰そうにもどうやってなのかは不明だが上手く急制動をかけて来るので、

逆にこちらが勢い余って前に飛び出し、尻に矢を受ける始末。

振り向くと今度は俺と竜の顔に矢が集中するし……。

隊列の分断も狙ってみたが、そうすると一時的に蛇が二匹になるだけで終わった。

切られた隊列の先がそのまま頭になりそのまま此方の死角に回り込むように走り続けると、

いつの間にかまた一匹の蛇のような隊列に戻っているのだ。


馬を文字通り体の一部のように扱うその技は正に神業であるし、

一部には明らかに何かがおかしい、某彗星の如き高機動性を誇る馬も居て、

足元をチョロチョロ併走したり馬糞を浴びせてきたり……。

クソッ、怒らせるための策だとは判っているが腹が立つし、

そもそもこれではきりが無い……!


あまつさえ先回りしようと動いた途端に脚が泥沼にはまり込んだりもした。

あー、もしかして俺ら誘導されてる!?完全に向こうのペースかこれ?


更に相手は挑発まで行ってきた。



「どうやら我等の方が足は速いようだな?私の馬には少し離されているぞ竜よ!」

「……手はある。舐めるな」



そう、後の策はある。

まずはこの場を凌ぐ事だ……我が身を止められると思うなよ!


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』


気が付けば効果範囲がファイブレスにまで拡大されていた強力を使う。

全身の筋肉が激しく脈動し、脚力も文字通り強化された。

咆哮を上げつつ敵の背後から突っ込むと、

突然一気に詰められた距離に、敵最後尾の兵の動きが明らかに動揺したものに変わった。

それを見て俺は更に加速。騎兵に追い縋り、敵の隊列を文字通り蹂躙する。

今度は避ける時間も考える時間も与えはしないぞ……!


「更に、速度が上がっただと!?」

「止められると思うな!」


瞬く間に騎兵の隊列は崩され、四方八方に散っていく。

物理的に蹴散らされたものは元より、そうで無い者達も一気に組織的な動きを失っていった。

これで……組織的な反攻は暫く出来まい……!

さて、次は……。


「流石だなカルマよ……」

「アクセリオンか。ようこそ勇者様、お前の死に場所へ」


駿馬に跨り此方に駆けて来るその数五騎。

兵すら置き去りに此方に急行してくる。

早くも来たか、本命が……!


皇帝アクセリオン

宰相クロス

傭兵王ビリー

そして戦士ゴウの代理である兄貴

最後に……マナさん!?


「…………」

「マナさん、死んだはずじゃあ……」


返事が無い。

目がうつろだ。

そして……ティア姫の自爆時に出来たと思われる頬の傷に、

かさぶたが出来ていないにも拘らず……出血が無い。


思わず顔から血の気が引く中、ふと周囲の連中に目をやる。

兄貴は顔をしかめながら一つ頷く。

アクセリオンは瞑目し、

傭兵王は首を横に振った。


「クロス……お前ーーーーーーっ!?」

「残念ですよ。私としても本意では有りません」


仲間を……使徒兵にしやがったな!?

幾らなんでも、それはないだろう!


「……こちらとしても手段を選んでいられないのですよ、被害が大きすぎてね」


唇を噛む位ならやるんじゃねぇ!

と声を大にして言いたいが……それどころじゃないか。

テムは南西に逃げ去ったが、それでも俺は一人なのには変わり無い。

それに対し敵は勇者とその代理で合計5人。


「さて、正々堂々戦おうか、リンカーネイト王よ」

「一対五のどこが正々堂々……いや、勇者の基本か」


下馬して取り囲む五人に少々辟易する。

ラスボスってのは何時もこういう気持ちなんだろうか?

と言うか……兄貴まで混ざるなよこんなのに。


「兄貴、幾らなんでもこれは卑怯じゃないか?こっちの手伝いしてくれよ」

「悪ぃな。魔王の鎧を使わないよう説得するので精一杯だった。あ、言っとくが手加減無しだぜ?」


「……幾ら兄貴でもボコるぞ」

「面白ぇ。そうだ、それでいいんだぜ……一度お前とは全力で戦っておきたかったんだ」


一応、援護はしてくれてたわけか。

なら、それ以上を求めるのも酷か……。

いいだろう。

ここで一気に決めてやるさ。

予定とは違うが、ここで全員どうにかすればそれでこっちの勝ちだ!


ファイブレスの頭上で魔剣スティールソードを構える。

対する皇帝の剣は吸命剣ヴァンパイヤーズエッジ。

奇しくもぶつかり合う事となった兄弟剣が、

悲しげな、と言うには少々物騒すぎる光を共鳴するかのように放っていた……。


***最終決戦第二章 完***

続く



[6980] 71 ある皇帝の不本意な最期
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/11/13 23:07
幻想立志転生伝

71

***最終決戦第三章 ある皇帝の不本意な最期***

~策と謀、力と力~


≪side カルマ≫

決戦が始まった。

アクセリオンと兄貴が左右から切りかかってくる。

クロスは少し離れて両手にメイスを持ち、

傭兵王は魔槍を腰に下げクロスボウでこちらを狙っている。

マナさん……だった使徒兵は後方に下がっていた。

前衛中衛が二人づつの後衛一人、これが勇者の必勝隊列と言う訳か?


「感謝するぞカルマよ。私の最後の戦いで見事な華を持たせてくれるとは!」

「勝手に決めるな!そっちの最後の戦いってのは同意するがな!」


ファイブレスの膝に飛び乗り、前腕を経由して肩口にまで登ってきたアクセリオン。

お互いの剣が鍔迫り合いを起こし、共鳴するような甲高い音を立てる。

……兄貴の方はファイブレスと足元でやりあっている。

あの長々剣を振り回しながら動き回る兄貴をファイブレスが捉えられるかが勝負だろう。


クロスがマナさんに何か指示を出している?

詠唱が始まった……何を唱えるつもりだ。

いや、それ以前に死んでいるマナさんは魔力が回復しない筈だが……大丈夫なのか?

そもそもあれは本当に魔法の詠唱?

使徒兵が魔法を使えるなんて話は聞いた事も……。

いや、普通の使徒兵の場合、細かい指示を術者が出さねばならない。

常に術者が指示を出さねばならないと言う事は逆に言えば指示された簡単な事は出来るかも。

いや、まさか……。


「余所見をしている暇があるのか!?私も舐められたものだ!」

「ちっ!これが目的かあの野郎!」


良く見ると無意味に口パクしてるだけだ。

畜生、してやられた……!


時折ファイブレスが腕を振るって援護してくれるが、

向こうもちょこまか動く兄貴の相手でかなり大変そうだ。

あまり頼り過ぎるになる訳にも行くまい……。


「はああああああっ!」

「ちいいっ!」


アクセリオンの攻撃を何とか弾く。

既に五十歳を超えている筈なのに、その動きは俊敏そのもの。

パワーこそこちらが遥かに上回っているが、

俺は明らかに敵の動きに翻弄されている……。


……チラリと敵本陣の方を見る。

大丈夫だ、進軍自体はゆっくりとしたもの。

兄貴の率いていた二万の兵も本隊に合流したようだ。

騎馬隊を蹴散らしている以上、こちら側の陣に敵が到達するまでまだ時間は有るな。


「また余所見か!」

「しまっ……!」


隙を突かれて小手を受け、俺は魔剣を弾き飛ばされた!

無手になった俺に、アクセリオンが迫る……!


『コラーッ!何やっとるんじゃお前等ーッ……召雷!(サンダーボルト)』

「ぐうっ!?」


弾かれた手を掴み、咄嗟に召雷を詠唱。

今度はアクセリオンが感電して体制を崩す。

追撃を取るか魔剣を回収するか……俺は回収を優先した。

火竜の背中を滑り落ちようとしている魔剣を手を伸ばして掴み上げると両手で正眼に構える。

アクセリオンもその時には既に体勢を立て直していた。

しかし、足場はファイブレス……つまりこちらの援護に回ってくれているのにも拘らず、

一進一退が精一杯かよ……情け無いな。

だが、あるもので戦うしかない、無いものねだりはしない!


「おおおおおおおおっ!」

「ぐううううううっ!?」


ならば勝っているもので勝負するしか無いだろう。

そう、すなわち腕力で押し切る……!


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぃっ!」

「ぬ、ぬううううううっ!」


相手に上段から打ち込んだ面を剣で受け止められるままに、そのまま力をかけて押しまくる!

じりじりとアクセリオンの体制が後ろに崩れ、崩れ……。

……自分から倒れた!?


「甘いぞ!そのまま下まで落ちていくがいい!」

「巴投げ!?」


こちらの腕力を逆用されて投げ飛ばされる。

ファイブレスの背中を滑って落ちていく、落ちていく、おちて……

落ちていくが落ち切る直前に突然竜の尻尾が跳ね上がり、俺は跳ね飛ばされる。

そして、元の位置に着地した。


「ふう、危ないな……」

「……流石にこの場所では不利か」


流石に此方の土俵で何時までも戦ってはくれないか。

アクセリオンがファイブレスから飛び降りたので俺達はバックジャンプで距離を取る。

そうして、お互いに距離を取ったまま暫し睨み合う事に。


「思い出すな……魔王と戦った青春のあの日々を……」

「そうですね。わたくし達の一番輝いていた頃でした」

「ククク、今となっちゃあ過去の栄光以外の何物でもないがな!」

「ヲヲ……ヲヲヲヲ……」

「俺は代理だから関係ねぇが……浸ってる場合じゃねぇだろあんた等」


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』


ある程度距離を置いた状態での対峙が続く。風は軽く頬を撫で、

空には一羽のコケトリスの姿。太陽光を一瞬遮る。

その光景にどうやら思う所があったのか勇者達は何やら浸り始めた。


なので並んで思い出に浸った瞬間を見逃さずに速攻開始。

爆炎をぶっ放した後ノシノシと前進し竜の足裏で蹂躙してみる。


……踏みつけた跡からうつ伏せで唸るマナさんを見つけた。

兄貴は少し離れた場所でニヤニヤしている。

更にアクセリオンがのそりと起き上がりゲホゲホとむせていた。

そして、


「貴方には人の心が無いのですか!?」

「アレだけ隙だらけなら攻撃するだろ。普通に考える頭のある人間だったら」


俺は猛抗議するクロスに醒めた視線と反論を贈っていた。

因みにもう一言言わせて貰うとしたら、

わざわざニセ詠唱でこっちの隙を作って攻撃してきたあんた等にだけは言われたく無い、である。


「ともかく仕切りなおしだ……!」

「良かろう、私が年季の差を教えてやるぞ……」


……と、ここまで言って気が付いた。

アクセリオンを竜の背中から降ろすんじゃなかった、と。

輝く剣がファイブレスの弁慶を切り裂き、

鱗が割れて地に落ちると共に、

竜の叫びが周囲に響く。


『ぎゃあああああああっ!』

「そう言えばコイツと俺のとは兄弟剣……相性が悪過ぎる!」


俺がファイブレスを倒した時の事を思い出す。

……それまで一方的な勝負だったにも拘らず、魔剣が一度突き刺さった途端に形勢は逆転した。

そう。俺のスティールソードはマナリアの剣だが、元になった剣が存在する。

魔王城より母さんの手により持ち出され、

現在はアクセリオンの手にある吸命剣ヴァンパイアーズエッジ。

あれこそが我が魔剣のオリジナル。

スティールソード程の凶悪な吸収力は持たないが切れ味鋭く持ち手を冒す事も無い優秀な武器だ。

幸い刺されただけで動けなくなる程衰弱する、と言うような事は無いようだが、

それでも傷口からは魔力が消耗していく。

……ヤバイ、考えれば考えるほど俺達とは相性が悪いじゃないかこれ!?


「ふふふ、30年間私と共に歩んできた愛剣だ。中々のものだろう?」

「さあ、竜は苦しんでいますよ。わたくし達も参りましょう!」


クロスも愛用のメイスでこっちの足元を叩きまくるがそちらからはダメージが無いようだ。

傷を負った脛を軽く庇うように後ろに下げながら、ファイブレスは爪を振るう。

俺自身も援護の為に地面に降り立ち魔剣を構えた。


……しかし、多分硬化も貫通してくるよなあの剣。

まともに食らったら魔力を奪われ後はジリ貧か……注意しておかねば。


「応!じゃあまず俺から行くぞ……必殺、アッパースウィング!」

「あの、それは……ただ剣を振り上げてるだけじゃないのですか!?」


「そう見えるよな!?確かにそうなんだけどよ!」


そう、それは技としてみれば唯の鋭い切り上げに過ぎない。

傍から見ていれば技とも言えないそれは……力量の高い戦士が使うと途端に凶悪なその本性を現す。

はっきり言えば威力と速度が桁違いなのだ。

しかも、微妙に避け辛い角度がいやらしい!


長々剣の切っ先は視認出来る速度を遥かに越え、

辛うじて回避した俺、どころか背後のファイブレスの鼻先までかすっていく。

……判りきっていた事だがこの攻撃も硬化を貫いてくるな。

兄貴の攻撃回避には優先順位二番を付けておこう。


「隙ありです!」

「そりゃ、こっちもだぜ!」


続いて兄貴の攻撃を回避した瞬間を狙って、

クロスが背後に回りこみ隠し持っていた吹き矢を放つ。

同時に前方より傭兵王がクロスボウから矢を放った!


「が、効きはしない。判ってるよな」

「…………ええ。今のは念のため、効くかどうかの確認ですよ」

「ククク、間がでかいなクロスよお」


幸いこれは此方の装甲を抜くほどではなかったようだ。

吹き矢は地面に落ち、クロスボウは額に衝撃を残して後方に弾かれていった。


「ヲヲヲヲヲ……」

「マナさん……」


マナさんは魔法を扱えなくなったので肉弾戦、というには余りに粗末な攻撃を仕掛けてきた。

所詮魔法使いなのである。しかも、生前の動きを忘れたのか、

余りにも普通のゾンビ的な動きでゆっくりとこちらに向かってくる。

そして手が届きそうな位置に来てクワッ、と目と口を開いた。

うん。どうやら両腕で押さえ込んで噛み付く気らしい。

本当にゾンビになっちまったよ……ルンには何て言えばいいんだ……。


ともかく、近くに転がっていた誰かが落としたらしい棒を拾うと、それで相手の額を押さえる。

するとマナさんはそれ以上此方に来る事も出来ずうーうーと唸るだけだった。

……少しでも避けるか引くかすれば簡単に外れるのだが……やはり知性はまるで残っていない。

ある意味あの人らしいと思ってしまった俺は罰当たりだろうか?


「クロス、この状態のマナさんがなんの役に立つ!?いい加減楽にしてやれよ!」

「いえいえ、重要な戦力であると今実感した所ですからそれは出来かねます」


何が?と思う間も無くクロスは少し距離を取るとパチリと指を鳴らした。


「さあ、マナさん……本気で攻撃をしてくださいね!」

「ヲヲヲ……!」


ふっ、と杖の先の顔がぶれたと思うと、

次の瞬間には額に棒の後を付けたままのマナさんが俺に抱き付ける程の距離まで近づいていた!

あの鈍い動きは嘘八百、此方を油断させる策と言う事か。

そしてそのまま俺の首筋に向かって犬歯を突き立て……。


「うおっと!?」


今度は俺が巴投げをする番だ。

マナさんの体は地を滑りながら少し先で止まった。

立ち上がると全身擦り傷だらけ。

だが、意にも介さずこちらに向かってくる。

……斬るか?斬るしかないのか!?


「くっ……覚悟を、覚悟を決めた筈だろ、俺!」

「そう簡単に割り切れる物では有りませんよ。だからこそ……付け入る事も出来るのですがね!」


兄貴と傭兵王、それにクロスがダッシュで俺にしがみ付いてくる。

無論此方もただではやられないさ。

兄貴の鼻の頭に肘を叩きつけのけぞらせ、

傭兵王の顔面には裏拳で型を付ける。


だがこれで両腕を使ってしまった。

その隙に大司教は俺に辿り着き羽交い絞めにしようとする……が、


「クロス……お前じゃあ足りないな!」

「うわっ!?」


腕力差を舐めるなよ!?

圧倒的に不利な体制をパワーだけでねじ伏せ体制を整える。

そして体を強く振るってしがみ付いてきたクロスを振り払った。

……が、罠はここからだ。


「ヲヲヲヲヲッ!」

「ぐっ!?」


マナさんは恐らく肉体的なリミッターを外しているのだろう。

華奢な体形に似合わない腕力で俺に抱きつき、犬歯を露にする。

思わず振りほどこうと突き飛ばす……と、ここまではいい。

だが、絶対に次がある!


「行くぞおおおおおおっ!」

「やはり来たかアクセリオン!」


突き飛ばされるまま地面を転がるマナさんの背後から、

突きの体勢で突撃してくる勇者アクセリオン!

両腕が伸びきって無防備な俺はその一撃を腹にまともに受けてしまった!


「ぐ、ううううううっ!?」

「さあ、皆さん今です!」


力が、抜ける!

幸い致命的と言うほどではないが、確実に魔力を何%か削られているぞ!


「カルマーーーーっ!さあ、これをどうやって凌ぐ!?」

「これで勝っちまったら……まあ、それはそれで良いのか?」


更に駄目押しとばかり兄貴の剣が振り下ろされ、傭兵王は自慢の魔槍を手に突っ込んでくる!

……腹の傷からはじわじわと魔力が流れ出し、未だ此方の戦力を削っている。

ならば。


「甘いんだよ!」

「ゴフッ!?」

「うおっ!?危ねぇ!」


食らっちまった一撃はともかく次の攻撃は凌ぎ切るべきだろ常識的に!

……力任せに振るった魔剣は未だ光の刃を纏わず……だが、鈍器としてなら意味がある。

兄貴は横っ飛びで回避したが、傭兵王の頭に直撃させて吹っ飛ばす事に成功した!

どうだ!?やられっぱなしじゃ終わらないぞ!


「お見事ですねカルマさん?しかし相手がビリーでは倒しても無意味と言うものですよ」

「だろうな!どうせ生き返るんだろ!?不死身なんだし!」


だが、ここまでこっちが深手を負ってたら、流石のあんた等も気が緩むみたいだな?

こちらにはもう一人友軍が居るんだぞ!


「ファイブレス!」

『我が……紅蓮の炎を食らえっ!』


俺すらも巻き込む広範囲火炎放射。

元から吹っ飛ばされたままのマナさんはともかく、

それ以外全員がその炎の中に飲み込まれていく!


「カルマ!?貴公、自分ごと……?」

「飲み込まれろ!伝説の最後には相応しいだろうが!」

「応……マジかよ……くっ!」

「は、は、はははははは!悪らしい選択です!これで私達の正義は証明……され……」


……。


『痛みは失われ再生の時を迎えん事を祈る。砕けた肉体よ再び元へ。発動せよ治癒の力』


紅蓮の炎に周囲が覆われ、そして焼け野原が残る。

俺はその焼け野原の上、ファイブレス頭上で自らに治癒を施していた。

ま、残念ながら俺にはどうにかする術があったって事だな。


足元には焼け残った傭兵王の足とブーツ。

そして、少し先に倒れたまま不自然な体勢で固まっているマナさんが放置されていた。

兄貴は焦げて煙を上げながら、時折ピクピク痙攣している。

暫くすればまた復活するだろう……今回は敵なので治療はしてやらないのだ。


「ま、なんだな……予想とは違うがこれで、決着なのか?」


全身火傷でボロボロだが、予想していた被害からすれば微々たる物だ。

後は俺をスルーして南の陣地に攻撃を加えようと行進中のシバレリア兵に、

皇帝以下幹部達の死を知らしめてやればいい。それで大半の面倒ごとは方が付く。


……んだったら楽だったんだけどなぁ。


「まさか、アレで終わる訳が無いではないか?」

「……どうやって、とは聞かないぞアクセリオン」


アクセリオンは片手の人差し指と薬指を立てそれ以外の指を曲げてみせた。

そうだ。加速だ。

加速術で炎から逃れたのだろう。

クロスの姿は無い。

逃げ遅れた?とは考えない方が良いだろう。

ここであいつを逃がしたのは惜しいが、

此方にも余り余裕は無いし、まずはこの皇帝を何とかしないとな。


「期せずして一騎打ち状態だなアクセリオン……」

「成る程な。騎乗する物と騎乗者で"一騎"か。まあ、仕方ないだろう……」


アクセリオンは僅かに焦げた髭を撫でながら苦笑するが、

まさしくお互い様だ。

ともかく万全の体制ではないとは言え、これもある意味一対一の勝負。

"そちらとしては"望む所だろう?

さあ、決着を付けようじゃないか。


「私はシバレリア皇帝アクセリオン……かつて勇者と言われた者。最後には必ず勝利してきた!」

「そうかい。例外が出来て残念だな」


お互いに剣を構える。

アクセリオンは地面に立ち正眼の構え。

此方は火竜の頭上で大上段に振りかぶった。


そして、二呼吸ほどの時が流れ、

どちらからとも無く声がかかる。


「いざ尋常に……」

「勝負だ!」


掛け声と共に双方前進。


ファイブレスの爪がアクセリオンを襲うがジャンプで回避された。

そこを狙って火球をぶっ放すが、相手は空中で剣をまるでバットのように使ってかっ飛ばす。

ライナー気味に戻ってきた僅かに弱まった火球を俺が魔剣で受け止めると、

火球はその力を弱めながら弾かれて明後日の方向に飛んでいった。


「甘いぞカルマよ!」

「甘いのはどっちだ!?」


振り下ろされた腕は振り上げねばならない。

その振り上げるファイブレスの手の甲がアクセリオンを襲う。

バットのように振り切られた剣で受ける訳にも行かず、

まともに受けたかつての勇者は地面をゴロゴロと三回転半ほど転がった。


「今が好機!」

「むうっ!?」


……竜の頭上から剣を振りかぶったまま飛び降りて、そのまま剣を振り下ろす。

相手はうつ伏せ……迎撃が出来るか!?


「本当に隙があると考えたのかね貴公は?」

「思うわけ無いだろう!?」


うつ伏せになったその姿……マントが突然不自然に持ち上がる。

脇の下から吸命剣を背後に向かって突き出しているのだ。

このまま突っ込めばそのまま投げつけられた剣に額でも貫かれるのか?

その場合でも無理な体勢から投げられた剣など回避できるとは思う。

けど、少しでも相手の思惑は外しておきたいよな。


「ぐぎゃっ!?」

「と言う訳でアキレスに死んでもらう」


そう言う訳で振り下ろした先は足の先、アキレス腱。

これを斬られてはまともに動けまい?

機動力を奪う、これが戦いの基本だ!


「ぬう、ぬううううううっ!」

「覚悟しろ……アンタが死ねばそれで戦は終わりだ」


実際は嘘。少なくともクロスが死ぬまで戦いは終わるまい。

だが、相手の総大将を討ち取ったと言う情報は大きい。

今後がかなり有利になるのは間違いないのだ。

と、言う訳でトドメを!


『アクセラレイター!(高速化)』

「ぬなっ!?」


……一瞬の隙を突かれて放たれる光。

俺の全身を光が包んだ後、アクセリオンは妙にチャカチャカとした動きで立ち上がる。

やっぱり、存在してたのかよアクセラレイター……加速を習った時の態度から、

絶対あるとは思っていたけど。


……ビデオの早送りのように妙に甲高い早口でアクセリオンが口を開いた。


「ふふふ、油断大敵だぞカルマよ」

「いや、しかし足の腱が切れた状態で戦うのは不可能だろ」


今、アクセリオンは自慢の剣を杖にしてやっと立っているという状態だ。

加速、いや、高速化だったか?

例えスピードが上がっていても、元の速度が無くては意味が無い。

それに、加速(クイックムーブ)に比べて効果時間は長いようだが加速度は低いようだ。

精々倍速か三倍速程度か?

それではさっきまでと此方から見た動き自体は変わらない。

いや、むしろ動きが雑になっている分対処しやすいかもしれない。

まあ足が動かない事への窮余の策なのかもしれないが、

それで貴重な魔力を消耗しては意味が無い。


「……息が荒いし目が回って無いかアクセリオン?随分ふらふらしているぞ」

「ふふふ、何せ高速化は加速の倍以上の魔力を消耗するのでな。仕方あるまい?」


冷や汗を滝のように流しながら必死に立つアクセリオン。

この窮地に諦める様子が一切無いのは流石だ。

本当は流石勇者と言ってやりたいが、どうしても感情が納得してくれないので、

今回はそういう風に思うのは止めておこうかね。

……何にせよ、待っていては埒が明かない。


「悪いが、止めを刺させてもらう!」

「ぬぐううっっっ!?」


全速力で近づくとそのまま袈裟懸けに切りかかる。

皇帝は凄まじい速度で防御しようとするものの既に体の方が付いていかないようだ。

此方の攻撃をまともに食らい、鎧が破損し赤い鮮血が周囲に飛び散る。


「再攻撃!」

「せめて、急所は外す!」


続けざまの一撃は腹を横薙ぎに切り裂く。

アクセリオンも必死に体を動かし何とか内臓は守ったようだが、

無理な動きに足が付いていかずその場に尻餅をついた。


……詰んだな。

これが最後だと、俺は再び大上段に剣を構えた。


「こんどこそトドメだ……」

「……そうでも無いぞ。賭けに勝ったのはこっちの方だ」


その言葉に反応するかのように、俺の横っ面に衝撃が1、2、3……。

常識を超える速度で俺にぶち当たった矢の嵐。

思わず横を見ると……。


「クロス!?」

「使徒兵、全力前進!陛下を救うのです!」


使徒兵を率いたクロスが……あ、ありえない速度で近づいてくる!?

使徒兵ごと、まるでビデオの早送りを見ているかのように矢を射かけながら迫ってきた。

何だこれは?

おかしいぞ!?

しかも高速化しているアクセリオンはともかくクロスまで早口言葉になってるし……。

それ以前に、こんな速度で突き刺さったら流石に唯の矢でも硬化を突き破る筈。

それなのになんで防御出来ている?

そう思った瞬間、目にも留まらぬ速さで赤い壁が降りてきて俺を矢の嵐から守った。

ファイブレスの腕!?何か妙に動きが早くないか!?


……いや、待て。

そう言えばさっき……。


「アクセリオン!?」

「ふふ、気付かれたか……もうじき効果が切れるぞ」


ふっ、と全身から何かが抜け落ちたような感覚。

その瞬間、高速化されていた周囲の時間が元に戻った。

いや……むしろ俺が鈍足になっていたのだ。


「高速化とか言いながら、実際は敵の動きを遅くする魔法かよ!?」

「貴公にとっては……敵側の高速化には変わり無いだろう?」


大した"高速化魔法"じゃないか。まさにペテンだ。

確かに自分が遅くなると言う事は周囲全てが高速化するということだ。

俺がゆっくりになっている内に援軍を呼び寄せた。

いや、むしろ予定していた援軍が来るまでの時間をこれで稼いだということか。


「大丈夫ですか?」

「あまり大丈夫とは言えんな……」


慌てて近寄ってきたクロスからアクセリオンは応急処置を受けている。

だが、俺にはそれを追撃する余裕は無かった。

……千に近い数の使徒兵が、俺とファイブレスを取り囲む。

しかも、斧やハンマーなどの重量級武器ばかり装備してな。

要するに対硬化、対俺用の編成をされていると言う事だ。

しかも……何人かは何処で手に入れたのか、例の儀礼用竜殺しを装備している。

正に本気だ。


「ふう、これで暫くは持ちますね陛下」

「うむ。では後は頼む……私は暫く観戦しか出来ん」


「十分です。さて、わたくしが間に合った以上、貴方に勝ちの目は有りませんよカルマさん?」

「そう上手く行くかよ!」


飛び上がりファイブレスの頭上に戻る。

これで生半可の武器では届かないし、ここまで来れる奴も限られる筈だ。


「ファイブレス!使徒兵が動けなくなるまで焼き尽くせ!」

『良かろう!』

「来ますよ!皆さん、彼さえ討ち取れば全てが上手く行くのです。ここが正念場ですよ!」


四方八方から使徒兵が迫る。

俺は爆炎を、ファイブレスは炎のブレスで迎撃を開始した。


「ヲヲヲヲヲヲ……!」

「焦げたくらいじゃまだ動く!完全に焼き尽くせーーーっ!」


周囲に焦げた匂いが充満する。

肉を焼き尽くし、骨を踏み潰して粉砕する。

こうでもしないと相手の動きは止められない。

一度のブレスで十数人から数十人づつ敵は減っていく。

だが……。


……。


『ぬ、ぐ、ぐううううううっ……』

「ファイブレス!?」


突然、ファイブレスの体勢がぐらりと揺れた。

……頭部から放り出されて振り返った俺が見たものは、

先ほどアクセリオンから受けた傷口にたかる儀礼用竜殺し装備の群れ。

普段なら鱗に弾かれる筈のそれも、流石に傷口には突き刺さるようだった。

そして、それは即ち……。


「ま、魔力が……抜けていく……」

「でしょうね……さあ、竜の冠が落ちましたよ。早くトドメを!」


ファイブレスと俺は心臓、つまり力の根源を同じくする。

その傷から流れ出す魔力は即ち俺の魔力をも削り落としていくのだ。


……まだ敵は半分以上残っている。

そして俺に向かって集まりだしている。

これ以上の猶予は無い……この場を逆転する方策は……。


「さあ、せめて最期くらい神に祈りなさいカルマさん!」

「クロス、調子に乗るな……ん?クロス?」


ふと、その時戦場を見て閃いた。

クロスはアクセリオンを庇うように立っていて、その周囲には数名の使徒兵が居るばかり。

……なんだ。冴えたやり方が一つ残ってるじゃないか。


「使徒兵は……術者が死ねば全滅する!」

「マナさんも再び死にますよ?」


「今のアレが生きてると言えるのかよーーーーーっ!?」

「……違いない、ですね」


敵を突き飛ばしつつ敵の中枢へ突撃開始。

そして加速をもかけて一陣の風となった俺は、

下手な脅迫をするクロスの胴体を横薙ぎ一閃!

……上半身と下半身を泣き別れにさせた……!


……。


「……今更、あんな物言いで俺が止まると思ったのかよ?」

「ま、まあ……半々ぐらいで、とは……」


血溜まりに沈むクロス。

周囲にはゴロゴロと使徒兵だった亡骸が転がっている。


……致命傷だ。

下半身は数メートル先に落下し、ここにあるのは上半身のみ。

落下の衝撃で腕も片方折れ曲がっている。

これでは治癒も使えまい……。


「何にせよ、これで終わりだな?」

「わたくしは、そうですね。ですが……まだ終わりません」


……死に瀕していると言うのに妙に不敵なその態度。

俺は不思議な不安感に駆られる。


「ふふふ、嫁召喚と言う魔法はご存知ですか?私はそれの改良に成功したのですよ」

「……あれを!?そしてそれがこの現状とどう関係すると言うんだ!?」


「ふふふ、もし彼等が、思うが侭の力を持ってこの地に降り立ったら?そう考えて御覧なさい」

「まさか!」


「魔王の蜂蜜酒を使ってまで呼び出した精鋭……あのブラッドはその失敗作に過ぎ、ません……」

「ヲイ!何中ボス的な今際の台詞吐いてやがる!?」


「先に地獄に行って……待って、いま……す……後は……わ、たく……し」


それが最後の言葉だった。

宰相クロス。かつて勇者であり大司教と呼ばれた男の実にあっさりとした最期である。

余りのあっけなさに俺は思わず呆然と呟いた。


「逝った、のか……」

「……クロス……馬鹿者が……!」


眼前には剣を杖にして立ち上がるアクセリオンの姿。

だがもう暫くは戦えまい……。

俺は意識をアクセリオンに集中する。

……大丈夫だ、まだ体は十分動く。

これで、勝負は、


「あぐっ!?」

「わざわざ命を捨ておって……」


突然の激痛に振り返る。

……全身に突き刺さる斧、その傷口を更に抉る竜殺し。

無表情な死神達が俺の傍に音も無く忍び寄っていた。


何故だ?何故使徒兵が動く!?

術者は、死んだ筈だ!


「判らんか?私にも、魔力はあるのだぞ?」

「自分の切り札を……反魂を他人に伝授したと言うのか!?」


見ると、使徒兵の大半は倒れている。

アクセリオンの手の者は精々十数体くらいだ。

だが、


「手段は選ばない、そういう事だよカルマよ。貴公とて勝利を確信すれば気も緩もう?」

「……だよな」


消耗し過ぎた魔力を補おうと、ファイブレスの実体化が解除される。

しかし、まさかあのクロスが……。

教会の特権だからと俺が治癒をクロス自身の妹を救うために使った事にさえ猛反発した男が、

仲間とは言え教団外の人間に、非難の対象になりかねない反魂を使わせるとは思わなかった。

……これは……もう……。



「切り札その一、発動」



切り札を切るか。

しかも語尾に草生やす感じで。

……と、言う訳で。


「任せたぞおまいら?」

「はいです!」

「足掴んじゃえそれ、であります!」

「何?……ぬおおおおおっ!?」


アクセリオンの姿が消える。

いや、地面に吸い込まれていった。


「にいちゃ、だいじょうぶ、です?」

「蜂蜜酒持って来たであります!」

「ああ、助かった。良いタイミングだ」


ボコっと地面に穴が開き、中から蟻ん娘が顔を出す。

俺は受け取った魔王の蜂蜜酒を一気飲みし魔力を回復した!

……内容物の正体に関しては考えないようにしながら。


「ぐわっ!?一体、何が!?うわああああっ!?」

「ぼこる、です!ぼこれ、です!」

「生きて返す気は無いでありますよ!」


「み、見えん、動けん!?くっ!剣よ!」

「いただく、です」

「剣は没収であります!」


地中から声が聞こえる。

地下ではまだ戦いが続いて……戦闘と呼べる状態なのかはともかく、

とりあえずまだ続いていた。


「ま、待て!?お前達は誰だ!何故私達の決闘を邪魔する!?」

「しったことか、です」

「にいちゃのてきは、あたしらの、てきです」

「あたしら×1028匹が現れた!であります」

「シリアスに死ねると思うなでありますよ!」

「いちだめーじ、です。いちだめーじ、です。いちだめーじ、です……いか、えんどれす、です」


段々と、アクセリオンの声が遠くに離れて行っている気がする。


「目が!目があああああああっ!?」

「むすーか、です」

「針で刺しちゃえ×100であります!」

「とりおさえる、です」

「兵隊呼べであります!」


「何も見えぬ!何も聞こえぬ!痛みしか……!」

「いたいだけ、まだまし、です」

「じゃ、コカでも投与するで有ります」


あ、何か段々声が聞き取り辛くなってきたかも。


「わからぬ、なにも、わからぬ……」

「ひっさつ、かっぱこうげき、です」

「刻むであります!」

「そろそろとどめ、です!」


そして、僅か数分後。



「……ぁぁぁ、う、あ、ああ、あぁぁ……ぁぁ……」



……先ほどアクセリオンが引きずり込まれた穴から勇者の断末魔が聞こえた。

うん。そうなんだ。蟻ん娘を予め地下に配備、と言うか、

この辺の地下は既に絶賛拡大中のコイツ等蟻ん娘地底王国の領域内。

要するに、家の屋根の上なんだなここは。

今回結構真面目に相手をしていた(と自分では思う)のはこれのお陰。

要するに、負けは無いから安心して戦える。

そう言う事なのだ。

……勝敗って、戦う前から決まってる場合が多いってのは本当だよな。


「ごちそうさま、です」

「ふう、筋ばっかりで美味しく無いであります」


ぺっ、と地下から骨と吸命剣が吐き出される。

更に勇者を引きずり込んだ穴が内側から閉じられ、その場には元の平原だけが残った。


……シバレリア皇帝、勇者アクセリオンの最期だ。


現に使徒兵たちの生き残りもその活動を停止している。

この結末を聞けば釈然としない奴も多かろうが、とにかく最期なのだ。

アクセリオンも不本意だろうが……まあ、化けて出ないでくれとしか言えんな。


「ヲイ待てカルマ……一騎打ちって話はどうなったんだ?」

「あ、兄貴。目が覚めたのか」


あ、釈然としない人一号発見。

全身焼け焦げたままの兄貴がこんがりとした良い匂いをさせながら立ち上がってるじゃないか。


「応……皇帝はな、お前と戦うのを楽しみにしてたんだぜ?それを、こんな……」

「おじちゃん!あたしらは、にいちゃのはたもち、です!」

「同じく馬のくつわ取りであります!」


一騎は一騎でも、従卒を率いて、と言う意味の"一騎"である。

実に戦国的で騎馬武者的だが別にそこまで細かく指定されては居ないから良いよな?

まあ、仮に駄目でもやっちまった後だからどうにもならんが!


「お前なぁ……お前、なぁ……」


あ、兄貴が肩を落として震えてる。

……マズイ、怒らせた。


「ちょっとツラ貸せやああああああああっっっ!」

「だが、断る」


メキョ……と言った感じの擬音が響き渡る。

その嫌な音は兄貴の……主に首から発せられていた。



「魔王ハインフォーティン、惨状」

「間違ってるけど間違って無いなハイム」



そう……空中からの刺客、我が家の愛娘。はーちゃん登場である。

うん。ハイムが空中で待機していたのだ。

どうやら最高のタイミングで乱入してくるつもりだったらしいが、

いい感じに出番を取られたので取りあえず兄貴に対し、

八つ当たり気味に奇襲を仕掛けて登場したらしい。

高高度からの自由落下。

落着地点は……兄貴のデコ。

つまりは一撃必殺である。



「まおー!まっおーーーーーーっ!」



首がイイ感じに曲がり、立ったまま泡吹いて気絶した兄貴の頭上で、

ハイムは今も荒ぶりながらクルクルと回転している。

勝ち鬨だろうか?どうやら名のある武将を撃破したのが嬉しいらしい。

それにしても何時の間に足の指先だけを使った回転法を覚えたのか……。

まあ、大した問題ではないがな。


……取りあえず、これ以上邪魔されたら敵わないので兄貴は地中に埋めておく事にしよう。

何せ兄貴は戦闘民族的気質も持っているから、まともに戦うと色々大変だ。

どうにか上手く戦わないようにしていかないと。


……。


「わっせ、わっせ、です!」

「掘って、埋めて、固めて!であります!」

「うむ!これで暫く邪魔は出来まい」


兄貴を穴に突き落とし埋めた後、ご丁寧に上をポンポン飛んで踏み固める蟻ん娘&ハイム。

何時の間に合流したのかアイブレスまで一緒になって踏み固めている。

ま、一応空気穴は竹筒で作ってあるから窒息はしないだろう。

食料と水は後で差し入れるとして……取りあえず兄貴の件はこれで片付いた。

戦争終結後でレオにでも掘り出させるとしよう。


「ところでにいちゃ……」

「何だアリシア」


「ほんじんに、せめてきてる、てきは、どうする、です?」

「ん?アクセリオンもクロスも死んじまったんだし問題は無いだろ」

「え?本陣を攻めてる敵に、クロスが居たでありますよ?」


え?

……横を見るとクロスの遺体がある。

うん。ここに居るじゃないか。


「いや、まさか偽者?」

「……たぶん、それはない、です」


「じゃあ、今本陣に攻めてきてるのが偽者か?」

「……うーん。ほんものっぽく、みえるです」


その時、今際の際のクロスの言葉を思い出す。

まさか、アイツ……。


その時、俺の脳裏に激震が走った。

もしも、の話でしかない。

だが、俺はいてもたっても居られず本陣へと走り出す。


「あ、にいちゃ、まって、です!」

「待つであります!」

「あ、こら父!待ってたもれ!?」


後ろをチビ助達が付いてくる。

ファイブレスを呼び全員を背中に乗せ俺達は急いだ。

今の防衛戦力は勇者が指揮を取らない事を前提としているからだ。


……幾らあの防御線が抜かれる事前提に造ってあるとは言え、

クロス自身が陣頭指揮を取られては本陣そのものが抜かれかねない。


しかし、まさかなぁ。

……俺の予測が正しければ、どっちかが召喚された偽者だ。

とは言え、能力まで再現できるとしたら他人に判別など出来はしない気もする。

ならば陣を攻めてるあれも、死んでるあれもクロス本人って事になっちまうよな、ある意味。

さて、予測が外れている事を……祈るとするか。


それと、死んだアクセリオンとマナさんの冥福も、な。


***最終決戦第三章 完***

続く



[6980] 72 ある英雄の絶望 前編
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/11/20 14:10
幻想立志転生伝

72

***最終決戦第四章 ある英雄の絶望***

~ 潰される精神(こころ) 前編 ~


≪side カルマ≫

蟻ん娘二匹と魔王、そして俺を乗せてファイブレスは南へ急ぐ。

敵のトップを討ち取れたのは予期せぬ幸運だったが、

皇帝と宰相を失ったにも拘らず相手が全く怯む様子が無いのは悪い意味で予想外だ。

だが、だとしたらあの場にある戦力で守りきる事は不可能。

急いで戻って次の策を発動させなければならない。


「父よ、出来れば奴等を撤退させずに討ち取ってたもれ?」

「何故だ?」


少しばかり焦ったような顔でハイムが言う。

何故かとばかり問いかけると、これまた予想外の答えが帰ってきた。


「魔王城の様子がおかしいのだ。最上階の開かずの間を隠していた封印が弱まってきておる」

「……それはどういう事だハイム?」

「あ、そういえばまおうじょうに、あかないとびら、あるです」

「何の部屋でありますかねぇ?」


開かずの間、ね。

大方ろくでもないものがあるんだろう。

何せ、元々が魔王による魔法管理の拠点なのだ。


「うむ。最上階の方の封印区画ではな、魔法生物の作成を行えるのだ」

「魔法生物?母さんみたいなのか?」


俺の母さんは、ハイムの前世でもある先代魔王の娘。

それも決戦用に作られた戦闘用ユニットのようなものだったらしい。

だったら作る為の施設が有ってもおかしくは無い。

そして、それがある場所として相応しいのは……魔王城以外に無いな、うん。


「そうだ。ゴブリンやコボルトなどの亜人種や竜などもそこで作られた……わらわもな」

「要は古代文明人の研究所か」


……あー、そんな所を押さえられたら確かにアウトだ。

謎の超生物でも作られた日にはどうしようもない。

何せ、竜クラスの化け物を作れるような施設。

敵が目を付けない訳が無い。


「……念のために30年前の決戦前に誰にも開けられぬよう封印を施したのだが」

「じかんけいかで、こうかぎれ、です?」


「いや、周りの建材の方に穴が空いたようだ」

「だめじゃん、であります」


……扉の封印は完璧でも周りの壁は普通でした、ってか。

あー、そう言えば魔王城って最低でも築千年以上の古代遺跡級の建造物だしな。

あちこちぼろが出ててもおかしくないか。


「あ、父よ勘違いするでないぞ。管理者権限が無くてはそもそも使う事など出来ぬ」

「なら、問題無いんじゃないか?」


「いや。あそこにはギルティの試作型が保管してある。奴等の手に渡ったら事だぞ?」

「え?母さんの?母さんって確か魔王軍の最終兵器だったんじゃ……」

「でも、けっきょく、うらぎった、です」


いや、そういう問題じゃない。

かつて魔王軍の切り札になったほどの存在が何時でも敵の手に渡る状態になったわけだ。

……ヲイヲイ、開戦後に敵戦力が増えるのは反則だ……。


「しかし、だったら最初から言っててくれれば……」

「永遠に封じ続けておくつもりだったのだ!第一父にだってあの部屋を悪用される訳には行かぬ!」


かっ、と白丸目玉を見開き両腕をパタパタさせながら、

あうあう、と涙目で吼えるハイム。

そこには長年世界を管理し続けてきた魔王としての誇りと意地が見えた。

……見た目は泣いてるちびっ子だけどな。


「封印が解けたらどうするつもりだったで有りますか?」

「封印が保たなくなりそうなら十年ぐらい前にわかる。その時に言うつもりだったのだ」


うーん。確かに俺が手に入れたら確実に悪用するわな。

それに対処するにも十年あれば余裕……まあ、壁の破損は仕方ないか……。

はぁ。そういう事なら仕方ない。


「なら、撤退させないように動くしかないな……ともかく追いつくぞ?本陣はまだ落ちてない!」

「……でも、防衛線の一部が破られてるであります!」

「そんで、きへいだけ、とっしゅつして、みなみへ、いってる、です!」


騎兵?騎兵は散らした筈だが?


「指揮官は誰だ?」

「もーこ!テムおじちゃん、です!」

「南に逃げた後、散った兵隊を集めて緊急再編成……否、これは多分想定してた動きであります」


「集まりが良すぎる?……逃げ散ったふりをして南で再集結、か」

「手ごわいの?父、策はあるのか?」


ある。と言うか防御線は抜かれるものと相場が決まっている。

古くは万里の長城。後はマジノ線やジークフリート線とか、な。

まあ、俺が知らないだけで守りきった防衛線もあるかも知れん。

だが今回としては抜かれることは想定の範囲内だ。

ただ……。


「アレはマズイだろアレは……」

「30年前。わらわが"我"だった頃の外装骨格か」


ズシンズシンと足を引きずるように進む魔王の肉体……いや、鎧か。

そしてそれを動かすのは……。


「進んで下さい!魔王の手より大聖堂を取り戻すのです!」


やっぱりクロスの奴だーーっ!

魔王の姿して言う事か!

と、声を大にして言いてえええええええっ!

でもそれは隙が出来た時の精神的トドメとして取っておくか。


「ククク、ゆっくりでいい。ゆっくりでいいぜぇ……頼むから急ぐんじゃないぞ!?」


そして代わりにやる気の無い……ああ、やっぱ居たかビリーさんよ。

と言うか遠くてよく判らんが冷や汗凄くないか?

って、こっち見た!?


「カルマぁっ!遅いぞこの野郎!?向こうの決着付いてからドンだけ経ったと思ってる!?」

「……なんで到着を敵から待ち焦がれなきゃならんのだ」


あ、傭兵王涙目。


「うるせええええええっ!俺様に義理とは言え自分の娘を殺せって言うのかよ!?」

「あ、そう言えば守備の指揮取ってるのはアルシェだもんな」


実は地下にいつでも逃げられるんだがそこはそれ。

言わぬがフラワーって奴だ。

アルシェも本当に可愛がられてるんだよな。

考えてみれば普通に自分のところのチーフを殺してても何のお咎めも無いし。

意外と養子縁組も望む所だったのかもしれない。

……立場的に攻めねばならない現状はご苦労様だがな。


「アクセリオンの奴にも約束してるんだよ!この命尽きるまで共に戦うってな!」

「それで我が子と戦う羽目に陥ってちゃ世話無いが……因みに勇者様は死んだぞ」


その言葉に傭兵王は少し肩を落とした。


「……そうか。戦いの中で死ねたなら、アイツもきっと満足だっただろうさ」

「…………だと、いいんだが……」 


取りあえず、目を逸らしつつ真相は闇の中と言う事にしておく。

少なくとも簀巻きにされた上で髪の毛を永久脱毛され、

尻に腕を突っ込まれた挙句に輪切りにされたのが勇者の死に様だとは思えないが……。


さて、騒ぎを聞きつけクロス以下陣攻めをしていた連中の注意が此方に向いた。

俺は更に目立つべく抜き身のヴァンパイヤーズエッジを振り回す。


「そ、それはアクセリオンの……陛下の剣!?」


ほうれ、倒した証拠だぞーっ、と。

ふふふ、既に細工は終わっている。何か知らんが両方を手に取りぶつけてみたら、

攻撃力の高い魔剣のほうに、魔力がほぼ全部移動したのだ。

要するに、取り返されても全然平気って事だ。

まあそんな訳で、これ見よがしに振り回しているわけだが。


……少なくともここで外装骨格は破壊しておかねばなるまい。

さもなくば次の罠が無駄になりかねんからな。


「アクセリオンは倒れましたか……」

「まあな。それとクロス。アンタも死んだぞ」


妙な言い方だが事実なので仕方ない。

と言うか、目の前に居るコイツは本物か偽者か……。

いや、思考形態が基本的に同じだと思われる以上、こっちが本物だと仮定しておく方が無難だな。


「そうですか。まあ仕方ないです」

「仕方ないのかよ!?」


「だってそうでしょう?理想を捨ててまで選んだ道、それでさえ完遂できないようでは……」

「自分に対してすら厳しすぎるよこの人!?」


その時……ゾクリ、と背中に走る寒気。

この感覚は失ってはいけない。

なぜなら……これこそが危機を感知する直感、と言う得がたい感覚だからだ。


「せめて、わたくし達の理想の邪魔をする者ぐらいは討ち取って欲しかったですね!」

「酷ぇ!マジで酷ぇ!味方、と言うか自分自身に対して何たる辛辣さ!?」


案の定だ!速攻殴って来やがった!

酷すぎる!

と言うか、やっぱりコイツはクロスだ!

ちょっとばかり喧嘩っ早い気もするが間違いなく本人だ!


「御覧なさい。魔王の力をも手に入れた勇者の勇姿を!」

「それ、堕落フラグじゃないのかーーーーーっ!?」


取りあえず突っ込んでみたが反応は無い。

気付いて無視しているのかこっちの戯言だと思っているのか……。


とりあえず、魔王の目の部分から見覚えのある手が見えた気がする。

操縦席は変わってないのな。

ならばそこを攻めるべき……。


「さあ、かかってきなさい!因みに口元は鉄のマスクで覆っていますよ!?」

「つまり、操縦席から引きずり出すと言う策は使えないのか」


「貴方なら知っているはずの弱点は放り出しはしませんよ。さて、どうやって倒すつもりですか?」

「魔王の外装骨格……その装甲は分厚い……ならばどうするか……」


まあ……そんなの決まっている。


「古傷の左膝を総攻撃だーーーーーーッ!」

「ゴウが散々痛めつけた場所か。まあ、流石に修復する方法は無いからな」

「うわわわわわっ!?体勢が崩れる!?」


以前、ハイムと遊んでいた子供たちと、その内容を覚えておいでだろうか?

そう、勇者ごっこ。

まさかと思って調べてみたら、あれ、本当に事実にのっとった話だったらしい。

しかも、魔王の外装骨格は以前の親子喧嘩で判るように使い捨てだ。

つまり、一度出した外装骨格を修復する方法まで用意されては居なかったりするのだなこれが。


そんな訳でハイム含めて総攻撃開始。

そちらは一見すると何の問題も無いように見えていたが治っていたのは外観だけだったらしい。

すぐに体勢が崩れてきた。


「くっ、治癒術を魔王の鎧経由で……!」

「無駄だ!千切れた腕につばを付ける程度の効果しか無いわ!魔王の生命力量を舐めるなよ?」


いや、ハイム曰く治癒魔法が一応効くようだ。

しかし、全体の生命力からすれば回復量は微々たる物、か。

道理で世間一般のラスボスが回復魔法をあまり使おうとしない訳だな。


それはさておき、

……今回の場合歩けなくなるほど損傷した挙句30年もほったらかしだった古傷は、

既に膝の爆弾と呼称すべき代物と成り果てていた。

要するに無理がもう、効かないのだ。

だからこそ、潰し甲斐があるというものだがな!


「ひ、卑怯!……と、呼ぶだけ無駄なのでしょうね!」

「そりゃそうだ!こんなもん持ち出しやがって!」


よろめいた外装骨格の古傷をこれでもかと抉りまくる。

一瞬、巨大魔王の首が横を向いた。

……視線の先は一箇所だけ穴の空いた防衛線の一角か。

今も敵の侵入、というか突入が続いているその一角を見据え、

外装骨格は明らかに歪んだ笑いを浮かべた。


だが、それは一瞬。

一瞬で顔は元の位置に戻り、何事も無かったかのように振舞う。

……残念だが、突入されている事に気づく訳に行かないのは此方も同じ。

精々騙されたふりをしてやるさ。


「そらそらそらーーーっ!早く何とかしないと膝が千切れるぞーーーっ!」

「父!?笑顔が邪悪すぎるぞ!自重してたもれーーーーっ!?」


クロスの注意が他を向いた隙に村正に目配せをする。

流石にここが持たない事は薄々察していたのだろう。

商都の兵から順に、無事な方の防衛線からまさしく長陀の列となって防衛隊を撤収させていく。

これから先、商都の兵は商都の門で防衛を行う事となるな。

国土を二分されてしまう事になるが……、

まあ、敵がそちらに行く可能性は低いから勘弁して欲しいと思う。


「行けえええええっ!ファイブレス!」

『良かろう……頼まれた!』


その頃俺達はトドメとばかりファイブレスの爪を傷ついた古傷に突き刺さし、

更に牙でその足首を強く噛み、宙に持ち上げていた。

そしてそのまま……豪快にジャイアントスイングを決める!


「なっ!?く、くっ……やめなさい!」

「止めろと言われて止める奴が居るかよ!」


一度回り始めたら最早止まる事は無い。

傷ついた筋繊維では力任せに振り回される遠心力に耐えられず、

ブチブチと言う音が周囲へ断続的に響き渡る。

そして……。


「このまま成す統べなくやられるぐらいなら!」

「何を!?」


クロスは外装骨格を空中で無理やり腹筋だけで起き上がらせると食いつかれた方の足、

すなわち自身の古傷に鋭い魔王の爪を突き刺し、自らトドメを刺した!

……肉どころか膝の皿までぶち割るその威力に膝から先が千切れ、

外装骨格は左足だけその場に残し遠心力に引っ張られるまま吹っ飛んでいく!


……ただし、こちらの本陣の方角へ。


「野郎!?まさか計算づくか!」

「は、母その2が!?」


だが、幸い最悪の事態は避けられた。

外装骨格は本陣から少し離れた防衛線の壁にのしかかる。

いや、腰掛けるように倒れこんだ。


「ただでは転びませんよ……ただではね!これで防衛線は……ボロボロですよ!」

「ならばこちらも、ただでは抜かせん!貴様の命も貰っていく!」


駆け抜ける。

敵の飛んでいった方向へ。

本陣横で未だ倒れているクロスの操る外装骨格の口元に飛び乗り、

眼部を目標に魔剣を構える……!


「身動き取れないまま逝ってしまえ!髭は黒くないが黒髭危機一髪ってな!?」

「今までの……年老いて現実に負けていた大司教クロスだと思うなっ!」


……地面が……爆ぜた!?


「ここに居るわたくしは大司教クロスの理想そのもの!わたくしは……勇者クロスなり!」

「クロスの、理想そのものだと!?」

「が、外装骨格の顔面を突き破るほどの威力を持つ一撃だと!?しかもこの力……強すぎる!」


いや、地面では無い。魔王の顔面が爆ぜたのだ。

ハイムは顔面蒼白となっている。

そして俺は外装骨格の破裂に巻き込まれ、宙を舞って地面に落ちた。



「そう、わたくしは理想……彼が捨て去ってしまった理想の体現者です」



両の手に持たれたメイスは大司教と寸分違わず……。

だが、その姿は僅かに違う。


……ありていに言えば……若い!


恐らく魔王討伐時の年齢なのだろう。

しかも、先ほど見せた魔王の顔面割りを見るに、身体能力も以前の比ではあるまい。


「驚きましたか?これがわたくし……勇者クロスの全盛期の力ですよ」

「嘘を付くな!30年前のお前は仲間のサポートか部下任せだったではないか!」


……成る程、理想か。

理想の自分をイメージして書いた自画像辺りから呼び出したのだろう。

だから、全盛期の自分以上の力が出せるのだ。


……しかし、まさか魔力を蜂蜜酒二本分全部突っ込んだのか?

どちらにせよ突っ込んだ魔力量を上回るスペックを持っていそうな感じだが、一体どう言う事だ?


「父よ、アレはまずい、非常に拙いぞ?」

「ああ、そりゃもう見れば判る」


ハイムがあたふたと寄ってきて肩口に飛び乗ると口を耳に寄せてきた。

やはりマズイよな。流石は望むままの力を持って生まれてきた存在だ。

……最悪、現在用意している罠を全て食い破られる事も想定せねばならないのか!?


「そうではない。あ奴……世の摂理を乱しておる」

「と、言うと?」


「魔力のINとOUTがイコールになっていないのだ」

「まあ、望む力を持って生まれてきたってくらいだし、そういう特徴を持ってるんじゃないのか?」


なにせ、魔法って色々と法外だしな。

羽も無いのに空は飛ぶわ、何も無い所から火やら氷やら出すわ。

挙句に死人を生き返らせるし……。

竜の心臓を持って生まれてきたうちの息子に至っては、身体能力が竜そのものだしな!

あ、それは関係ないか。


「それでもな?奇跡の代価としての魔力は存在しているのだ父よ」

「魔力が足りないと気絶するもんな……でも、それを耐えれればある程度無茶が効くだろ?」


現にレオは現有魔力が少ないが、それでもフレアさんの火災(フレイムディザスター)ですら、

数ヶ月の昏倒と引き換えに一度は使えるらしい。

魔力消費の少ない硬化ですら連続使用が出来ないにも関らずだ。

要するに、気絶する事前提ならその者の限界魔力を一度だけ越える事も出来るって寸法だな。

あ、それ以上の大規模魔法は間違いなく詠唱中に気絶するがな?


そう考えると魔法って本当にフレキシブルで法外だよなと思う。

だから奇跡の代価とか言われても、根性で何とかなるようにしか思えないんだが?


「魔法の制御を司る機構は魔王城にあるのだが、勝手に設定が書き換わっておるのだ」

「え?それって……拙くないか!?」


「うむ、マズイ。クロス自身の地力で足りない分を無理やり押し上げているわけだからな」

「強化魔法みたいなものか」


要するに、設定上の数値を達成する為に、不足分を他所から無理やり力を持って来ていると?

なんと言うチートな。


「そうだ。しかもその魔力は本人から消費したものではない」

「まさかその分は俺たちの割り当て分から奪ったものとか言わないよな?」


魔力を奪われたら俺はただの戦士に落ちるんだけど!?

……と言うか、無茶をしたときは世界そのものがそのしわ寄せを受けてたのかよ!?

それって初耳なんだけど!?

いや、それ以前にクロスはもしや俺たちを何時でも魔法が使えない様に出来たりするのか!?


「まさか!管理者権限をどうにかできる訳が無い!流石にそれ系統の術は弾かれるぞ」

「じゃあ何がやばいんだ?」


「世界に負担がかかるのだ!当然だろう?予定以上に力を使う事になるのだからな」

「するとどうなる……」


「歪むに決まっておる。ただでさえおかしくなりかけた物理法則が更に乱れるのだ!」

「それって世界の寿命が減らないか!?」


判ってはいる、理解はしてしまったが聞くのを止められない。

……まさか、まさか……。


「そう。普段の行動はさておき、奴が力を使うたび世界の寿命がガリガリ削れておる!」

「やっぱりかよ!?でもそれって……」


「うむ。世界の危機だ!既にわらわ達が必死に増やした時間の内、数十年が削り落とされておる!」


……なんてこったい!

折角増やした手間と時間が無駄になるだと!?

しかも、相手に力を使わせれば使わせるほど!?

それなんて無理ゲー!?


「ふふふ、こそこそと……逃げる算段は付きましたか?」

「うわ、余裕だよコイツ……」


何かクロスが余裕をぶっこいているが、なるほど、そういう事情なら頷ける。

自分が本気にならざるを得ない状況になれば成る程世界の終わりが近づくってか?

世界そのものを人質とは恐れ入るね。

……いや待て、もしや……。


「クロス……お前の力は危険な物だと判っているのか!?」

「ええ。使い道を誤れば無辜の民を多数殺めてしまうでしょうね。ですから自制が必要です」


判って無い、判って無いよこの人。この危機的状況を!

たった一日で世界の寿命が数十年縮んでいるというのに!

……ああ、言いたい、声を大にして言いたい!

だが駄目だ、多分知ったらそれをここぞとばかり利用してくるだろう。

ゴネとゴリ押しで無茶な要求を通し続けるのみ、そんな最悪国家の出来上がりだ!

それは避けたい、避けねばならない!


「そろそろ終わりにしましょうか……お気づきですか?既に我が精鋭は防衛線を半ば越えましたよ」

「…………なんだってー」
「なんだってー、で、良いんだよな父?」
「なんだってー、です」
「なんだってであります」


あ、敵がこの戦域を突破したか?ならとりあえず出来る事からしよう。

まずここは、軽く驚いて見せねば。そうでなければ話が先に進まないし。

……何処と無く棒読みになってしまうのは三文芝居ゆえだがな。


「驚かれましたか?わたくしと魔王の鎧ですら囮に過ぎないのですよ!」

「それはなんという、こうどなさくりょくなんだろう、やられたー」


更に棒読みー。

でも相手気づいて無いー。


「ふふふ、本陣は既にもぬけの空ですね。残念ですが貴方の軍は貴方を見捨てたようですよ?」

「そりゃ、たいへんだー」


本当はこっちが自発的に撤収させたんだけどな。まあ、訂正してやる事も無いか。

とりあえず、俺が棒読みを続け、クロスが悦に入っている内に、

ボロボロになった魔王の外装骨格をファイブレスに解体させておく。

そして再利用不可の状況にした上で、改めてクロスに向き直った。


「……取りあえず、一戦交えてみるか?」

「いいでしょう。そちらとの戦力差には興味がありますし」


外装骨格を破壊されたにも拘らず、相手は余裕、か。

何にせよクロスの戦力情報を上方修正せねばならんのだ。

一度戦っておいて損は無いだろうさ。

ま、いざとなれば切り札その2もある。

ファイブレスとじわじわ混ざりつつあるゆえに使えるようになった、ある意味危険な能力。

だが……ま、有用だし自分が破綻しない程度に使うなら問題あるまい。

一応使う準備だけはしておくか。


「リンカーネイト王カール=M=ニーチャ……推して参る!なんてな?」

「シバレリア帝国宰相にして勇者!神聖教団大司教クロス、参ります!」


俺は吸命剣をアリシアに預けると魔剣を抜き放ち、竜の頭から地面に降り立った。

クロスは両手のメイスを、片方を前に突き出しもう片方を頭上に構える。

……さて、クロスの理想とやらの力、見せてもらうか!


「そらっ!初撃は貰った!」

「甘いですよ!?」


こちらの攻撃が防がれた!?

両腕のメイスを交差させた部分に魔剣が食い込むが、相手まで届かないだと!?

……いや、地力ではまだ勝っている!

僅かながら、相手を押している!


「出来れば片手で防御して、ぐっ、逆の手で反撃と行きたいところなのですが!」

「片手で防がれたら流石にこっちの立場無いって!」


しかしこれは……一騎打ちでこっちが有利なのはまだ動かないが、

それでも蟻ん娘にすら翻弄されてたコイツが、

使徒兵無しである程度食らいついて来るのには驚いたな。

かなり強化されてるのは間違い無い!


打ち合う、打ち合う、打ち合う……!

だが、決定的な被害を双方与えられない!

膠着状態のまま時間だけが過ぎていく……!


「にいちゃ!みんな、てったい、かんりょう、です!」

「よし、判った!ここは引くぞ!」


その時、蟻ん娘達から撤退準備完了の合図が。

……潮時か!

前蹴りでクロスを蹴り飛ばすと、俺は距離を取って走り出した!


「とりあえず、ここはそっちの勝ちか……ここは引かせてもらう!」

「逃がすとお思いですか?"もっと光を!"」


ことさら力を込めて叫んだ"もっと光を!"の文句が周囲に響いた途端、

天より光の柱が降り注いだ。


「なっ!?これは!」

「ふふっ、力を込めて叫んだ言葉が力を持つ!これが私の新たなる能力ですよ!」

「そんな馬鹿な!叫ぶたびに一々術式を再構築しているのか!?愚かな!なんと言う事を」


後方で高笑いを上げるクロスに背を向けつつ、俺はこの現状に危機感を抱いていた。

……横を必死に飛んでいるハイムも同じだ。

必要に応じて魔法を作成する能力だと!?

しかも、さっきのハイムの言葉から察するに……。


「ハイム……アイツの魔法は逐次再構築されている、と言ったな?それって」

「そうだ!即興の魔法を一度唱えるたびに、更に世界の寿命が縮んでいくぞ!」


これは要するに、魔法を使うたびに魔法作成→廃棄を毎回行うと言う事。

当然一度使うたびに世界の寿命が更にゴリゴリと削れて行くのだ。

……これはもう処置無しじゃないか!?


考えつつ、降り注ぐ光の柱を必死に回避しながら俺達は走る。

巻き添えで傭兵王が光の柱に巻き込まれ……一瞬で燃え尽きた。


「強力な熱線か!?」

「恐らくそうだ……父、絶対に当たってはならんぞ!」

「消えなさい、世界の為に!」


……世界の為に消えるべきなのはお前だっての!


しかし、この場は逃げ切らなければ。

敵の大軍……多分増援含めて20万以上、を次の罠に嵌めなければならないし、

これ以上戦闘が長引いてコイツにこれ以上の力を使わすわけにも行かなくなった。

そもそも敵は最悪全人口を率いてやってくる事も可能だ。

それを阻止できる体勢に持っていかねばならない!


「旧大聖堂まで引くぞ……ただし、城は諦めろ」

「うむ。建物は建て直せばいい。だが、死んだものは戻らん。戻ってはならんのだ」


走りぬけた後方で、陣地が天からの光に焼き尽くされたのが見えた。

……撤収が間に合わなければと思うとぞっとする。

さて、クロスを生かしておけない理由も増えたし……次の戦場でカタを付ける!


「カルマ殿!拙者は商都の守りに専心するで御座る!ご武運を!」

「村正!ライブレスは一時預けるから!そっちに行った連中は頼むぞ!」


「委細承知!」

「おう、吉報を持って行く!」


ライブレスに乗った村正が、矢に撃たれハリネズミになりながらも俺に叫んで撤収していく。

そして、戦場は更に南……旧大聖堂付近へと移行したのである。


……。


「敵は?」

「北部。先刻第一陣迎撃成功。現在、敵軍再編成中也」

「さっき一回攻めてきたみたいだね。アリシアちゃん達の重火器で追い散らされたみたいだけどさ」

「自分達は兵の損失はともかく疲労が凄いっす。暫く休ませないと戦えないっすよ?」


「そうだろうな。商都街道沿いの戦闘に参加した将兵は後方にて休息後南側陣地に合流だ」

「わかったよカルマ君」

「うっす!了解っす!」


旧大聖堂、今はマナリア閥……ルーンハイム一門の居城ルーンハイム城と言われている建物である。

俺達はそこから少し南と、少し北の二箇所に陣を敷いていた。

現在はようやくそこに辿り着いた所だ。


他国領域ゆえに急作りにならざるを得なかった先ほどの陣地と違い、

特に南の陣地は一年かけてじっくりと作り上げた堅固な陣地である。

土塁に空掘、更に土嚢を積んで、柵は鉄条網で補強し、

防御用火器に至っては何とガトリングガンが配備され、蟻ん娘達がぶっ放している。

何で出来たかは古代文書から設計図が見つかったから、としか言えないがともかく強大な火力だ。

数に勝る敵でも十分に受け止められる。……要するに、ここから先へは行かせないと言う事だな。

配備されている兵も、北から戻ってきた銃兵や守護隊の他に、

サンドール兵三千にバリスタや投石器まで追加配備しておいた。

空掘の底には油が撒かれ炎がごうごうと燃え盛っているし、そうそう抜かれる事もあるまい。


「鉄壁……守備、固定!」

「アヌヴィス将軍。ここの守りは頼んだぞ……ここだけは抜かれないようにして欲しい」


「承諾。準備万全、我等天命保持!」

「頼むぞ……」


守将はサンドールのアヌヴィス将軍。

彼は元々サンドールの将軍である。サンドールの兵を任せるのにこれ以上の人選は無いだろう。

副将はアルシェとレオに任せた。これで抜かれるようならはっきり言ってどうしようもないな。


因みにサンドール本国はイムセティとその弟達に任せてある。

ま、蟻ん娘を補佐に付けているし、余り酷い事にはなるまい。

ただ、一つ心配事があるな。


「スー達が街に侵入して"こうほうかくらん"するのだナ!」

「……ん~!」


スーがそんな事を言いながら小さな子供と数名の兵士を連れ国内に侵入。

あろう事かその子供が日本昔話のエンディングテーマを歌ったと思ったら、

文字通り彼等は突如としてその姿を消したと言う。

蟻ん娘にも補足出来ない……一体どうなっているのやら。

ともかく、今はこの戦場をどうにかする方が先か。


「スケイルは後方をこちらに向かっている増援に合流してくれ。次なる切り札の護衛を頼むぞ」

『良いだろう。部族の者達も少し休ませたいと思っていたところだ。丁度良い』


「一緒にハイムを連れてってくれ。増援にはハイムの城も混じってるしな」

『ほう。流石に魔王様の私兵は本人に任すか』

「うむ。わらわが自ら集めて回った魔王軍近衛隊だ。戦果は期待してたもれ?」


えっへんと胸を張られても困る。

と言うか、魔物の軍勢を今のクロスの前にはあまり出したく無いぞハイム。


「いや、ただ前進してくれるだけで良いから。それだけで終わるから」

「そんな見も蓋も無い事を言うでないぞ父よ。グランシェイクも出番が欲しかろうに」

『彼の竜だけではあるまい。出番を欲しがっているのは……一応言っておくが決して油断するな』


「そりゃそうだ。理想の具現化モードなクロスなんて化け物相手に手なんか抜けるかよ」

「違いないな。だが、今回ばかりは最後に笑うのはわらわ達だ!」

『頼もしい事だ。俺ももう若くは無いし、楽をさせてくれる事を祈るか』


まともに戦っても勝てそうも無いしな。

まあ、次の罠はどんなに実力があろうが関係ない類なので不幸中の幸いだったが。


「そうだな。で、ハイム……切り札と合流したらルーンハイム城まで行ってホルスと合流後に」

「わかっておる。任せてたもれ?今日の晩には何とするゆえ」


ハイムと共に消耗したスケイルの魔物混成部隊を後方に下がらせ、

俺自身は前線に近い北側の陣地へと向かった。

北の陣地は攻めの陣地だ。防御機構は無く、一度出撃したらもぬけの殻となる。

コケトリスの大軍が自分達の城へ戻るのを横目で見つつ、俺は陣地に辿り着いた。


「主殿、大丈夫でしたか?」

「ああ、何とかな……ただ、クロスの奴が若返りやがった……」


「先生……怪我は?」

「心配無しだルン。ほれ、もう完全に治ってるぞ」


北側陣地、こちらの兵力は皆無といって良い。

俺とホルス、そして別部隊に異動していた決死隊の生き残りから、

更に今日ここで死ぬ覚悟の十数名を選抜。

そして、


「お嬢様、お任せを。左様……我々が若様とお嬢様の国を必ずお守りいたします」

「アー、ユー、レディー!?もう直ぐ戦いの時が来ますよ!」

「爺、オド……皆。絶対に無理はしない事。約束」


ルンに従うは聖印魔道竜騎士団二百名弱と魔道騎兵五百名強。

……掛け値無しの全力出撃である。

はなから陣地そのものを守る気が無いのだ。

重要なのは敵の機先を制し、あからさまな方の罠に相手の注意を引き付ける事なのである。


「時に若様。城は取られるものと思えとのお達しでしたが……」

「不服か?」


「いえ。ただ若様、また以前のように城を奈落に落とされるのかと思いまして」

「……先生。敵が何回も引っかかるのか、疑問」

「いや、今回は城を落とす事は考えて無いぞ」

「ノォ?でしたら何故城に兵を置かないのですか?」


さて、今回の作戦と兵配置についてジーヤさん達が不安そうに聞いてくるが、

……まあ当然だな。

そう、今回俺はルーンハイム城……敵の目的地にあえて兵を配置していなかった。

門にも鍵はかけて居ない。

取りたければどうぞ、といった所だ。

無論、言ったとおり今回は城を落とし穴にする気は無い。

自分の国の首都そのものを落とし穴にした手口は既に良く知られている。

同じ手に何回もかかってくれる敵とは流石に思わないのだ。

……だから別な物を堕とす事にしたんだがな。


「さて、俺達は敵の侵攻を阻止し、二度と向かってこないようにせねばならない」

「……ん」

「左様ですな。あまり戦ばかりでは人心も荒みます」


「そんな訳で兵を無駄死にさせる余裕は無い。決死隊の皆も出来る限り生きて帰る事を考えてくれ」

「「「「ははっ!」」」」


必要が出る可能性があるとは言え、犠牲など無いほうが良いに決まっているのだ。

だが……今回の決死隊は文字通り必ず死ぬしかないような部分があるしな……。

いや、止めよう。そこの所に関してはもう覚悟を決めただろう俺よ?

そもそも先ほどの戦いでだって結構な被害が出ているじゃないか。


……伝令が駆け込んでくる。


「陛下!敵軍が再編成を終えたようです!騎兵から順に攻め込んできます!」


「判った。ジーヤさんはルンの護衛!オドは空中より遊撃せよ!ホルスは俺に続け!」

「「「はっ!」」」


ルンは陣地に残る形で流星雨召喚(メテオスウォーム)の詠唱を開始。

俺はファイブレスにホルス、兵士と共に飛び乗って前進する。

ハイムのコケトリス爆撃隊が一度後方に下がった為、

代わりにオドの聖印魔道竜騎士団が空中からの援護を行う。

そして俺達は……。


「敵前衛部隊発見!焼き尽くせっ!」

「総員、主殿に続いて攻撃開始を!」


俺は火竜の頭上から爆炎を敵に降らし、

ホルスと兵達は銃を奪わせない為に弓を手に取り敵に放つ。

少しばかり窮屈だが頭部と肩口に分乗する形で敵の遥か頭上から放たれる矢は、

ファイブレスが腕で下からの矢を出来る限り防御しようとした事もあり、

一方的にかなり近い形で敵陣に突き刺さった。


だが、敵はまさに黒山。

次々と押し寄せる人の波、そしてそこから放たれる矢の嵐に一人、また一人と倒れ、転落していく。


「……くっ」

「主殿。これも策の内です。皆、それを承知で志願しているのですよ!」


判ってる、これも策の内、必要な事だと歯を食いしばる。

……何人目かの兵が倒れ、俺の横から落ちていくのを確認すると、

俺はファイブレスを下がらせながら大きく声を張り上げた。


「……ルン!」


その声に呼応するように、頭上に現れる魔方陣。

すっかりルーンハイム家のお家芸と化した流星雨召喚(メテオスウォーム)の洗礼である。

クロスの周囲の兵士達を巻き込んで、

街一個分にも及ぶ広大な敷地がクレーターに彩られていく。


「甘いです!"当たらなければどうと言う事は無い!"のですよ!」

「回避しただと!?」

「いえ、周囲の軍は壊滅状態。決して失敗した訳ではありません!」


クロスの"力ある言葉"の効果により隕石がクロスの周囲を避けるように落ちていく。

だが、一般の兵士たちはそうも行かない。

次々と流星雨に巻き込まれて散っていく。

……だが、流星が落ち切って周囲に土埃だけが残る惨状となった時、

その濛々たる土埃の奥から次なる兵士達がゾロゾロと進軍を再開してきた。

今回、敵は密集陣形で進んで来ている。

与えた損害は一万を超えるはずだ。

だが、それでも大して減っているようには思えない。

北の街道沿いでもしこたま減らしたにも拘らず、だ。

俺は元々の兵力差がどれだけ絶望的かという事をここで改めて思い知る事になったのだ。

……まあ、判りきっていた事ではあるがな。


「撤収だ!南の陣地へ逃げ込め!」

「追いなさい!決して逃がしてはなりませんよ!」


俺達は南の陣地に撤退をした。

ただし、ホルスと生き残った兵士はルーンハイム城に入っていく。

後で先ほど死んだ数名も入っていくだろう。

……後はホルスの頑張り次第か。

頼むぞ……決死隊の皆もな。


……。


≪side クロス≫

……年老いたわたくしが死んだその日の晩。

わたくしはテム将軍と共に大聖堂を望む小高い丘の上に陣を敷いていました。

自分の事のようで、でも何処か他人事のような不思議な気持ちですが、

久しぶりに見る大聖堂を見て、その気持ちは消し飛びました。

戦場に乱入したサンドール軍の卑怯者セトに汚され、

今は魔王の支配下にあるという大聖堂。

その解放の日は明日に迫っていたのです。

気分が高揚したところで何もおかしくはありません。

……夜だというのに真昼より気温が高い気もしますが、それもこの高揚感のせいでしょう。


「問題は、容易く返してくれそうも無い事ですね」

「そうか?私には備えが無いようにしか見えん。敵はあの建物を捨てたのではないか?」


テム将軍の言葉に首を横に振ります。


「いいえ。敵宰相ホルスがあの中に居ます。彼の性格的に側近を見捨てはしないでしょう」

「罠か?」


当然ですね。最悪の場合大聖堂すらも丸々落とし穴に改造されている恐れすらありますから。

……あ、それはないですか。

もしそうだとしたらホルスさんも亡くなりますしね。


「ともかく、わたくしは明日、側近達と共に大聖堂を取り戻しに行きます。ここは任せましたよ」

「このテム=ズィンに全てまかされよ。時に敵陣を攻める必要が無いのは本気か宰相どの?」


「ええ、当然です。あの急作りの陣地を抜くだけで前衛は壊滅しましたからね」

「あえて焼けた栗を拾う必要は無い、か」


そもそも貴方の本分は騎兵でしょう。

あれは陣というより城に近い。城攻めには決定的に向いていませんよ。

そもそもあの備えからして、敵は大聖堂を明け渡すつもりなのは間違いない。

まあ、カルマさんと魔王はいずれ打ち倒さねばならないですが、

兵も大分失いましたし今回はこの辺で勘弁して差し上げた方がいいかもしれません。

そうですね。帰り際に商都を落とし、神聖教団の再興を果たして……


「宰相様!」

「どうしました見張りさん?」


「あの、突然大聖堂入り口に明かりが灯りまして……それに扉も開いています」

「なんですって?」


陣から出てみると、確かに。

そして、扉の前には何処かで見たような人影……。

あれは……リンカーネイト宰相、ホルス!

彼はこちらの姿を認めると軽く手招きをして、

蝋燭の明かりで照らされた聖堂の中に消えていきました。


……誘われていますね。

普段なら警戒する所なのですが……今のわたくしに怖いものなど存在しません。

いいでしょう、乗ってあげようではないですか。


「大聖堂に乗り込みます。テム将軍、ここは任せましたよ」

「いいのか?明らかに罠だが」


「構いませんよ。今のわたくしを打倒しうる力などありませんしね」


その言葉にテム将軍が黙り込むのを見て、わたくしは側近達と共に大聖堂へと向かいました。

凱旋です。数年ぶりに、我等はあるべき場所に帰る事が出来たのです……。


「おめでとう御座います大司教様」

「ふふふ、北の果てまで着いていった甲斐があるというもの」

「信仰を取り戻した後は南の蛮族を討伐せねば」

「あのような輩がかね……いえ、力を持っていてはいけないですからな」


背後から側近たちの賞賛が聞こえます。

そう、不幸中の幸いに、頑迷だった教皇様は砂漠の蛮族たちの手で討ち取られています。

わたくしは欲に塗れた教団の体質を改善し、

世界に信仰と共生の思想による貧富の格差の全く無い素晴らしき社会を建設、

いずれは全ての魔物どもを討伐し恒久の平和をも実現し、

そして、わたくしの理想の社会を作るのです。


世界に神聖教団の理念が浸透し、

わたくしたちの言葉に世界中が従うようになったその時には、

世界から悩みも悲しみも消え、

きっと目も眩むような世の中が出来ている事でしょう。


……カルマさんのような俗な人間はすべて排除し、

高潔な人間のみが生き残るようにせねばなりません。

さもなくばすぐに人は堕落してしまうのでしょうからね。

真水の樽に一滴の泥が入ればそれは泥。

ならば、最初に泥を完全に排除すれば水が汚れる事は無いでしょう。

そうなれば、永遠の、素晴らしい理想の世界がきっとやって来る!

その為に流れた血は、何時かきっと報われ、

今は例え怨まれたとしても、永遠の平和の礎として長く語り継がれる事になるのです!


そして……それが故に今は現実と戦わねばなりません。


「この奥にリンカーネイトのホルス宰相がいます。万一の時の準備を」

「ご冗談を。宰相様のお力さえあればどんな敵も恐れるに足りません」

「その通り、大司教様、我等をお導き下さい!」

「私達は後ろでそのお姿を見ていられるだけで十分なのです!」

「そうです。後ろからその勇姿を存分に目に焼き付けさせて頂きます!」


そうですか。嬉しい事を言ってくれます。

そう期待されてしまうと張り切らざるを得ませんね。

……いいでしょう、わたくしの力を存分に見せて差し上げます。

あなた方は一番辛い時期に私に良く尽くしてくれましたからね。

その献身はいずれ何らかの形で報いてあげねばなりませんか……。


「この地に神聖教団が再び勃興した暁には、貴方達には最低でも司教の位を差し上げますからね」

「「ははーーーーっ!」」

「「今後も大司教様に従いますので、どうか今後とも宜しくお願いいたします」」


……嬉しそうに頭を垂れる側近達を横目で見つつ、懐かしい大聖堂を進んでいきます。

そして、突き当たり……大聖堂の中でも一番大きな聖堂にて私はその姿を確認しました。

椅子や机を片付けた、大きな女神像のある聖堂の奥。

薄暗い月明かりのステンドグラスの下に立つその男とそれに従う十数名の兵士達を……。


……。


「神聖教団大司教、クロス様ですね。私はホルスと申します」

「ええ。わたくしがクロスです……ところでこんな夜更けに私をここに招いた訳は何でしょうか」


薄暗く表情も良く確認できませんが、間違いなく宰相ホルスその人です。

流石のカルマさんもこの数にこれ以上防げはしないと感じたのでしょうか?

そうでなければこれほどの大物をここに置いておく必要がありません。

また、彼ほどの人物でなければ罠を警戒してわたくしがここに来る事は無かったでしょう。


はて……私を直接呼びたかった?……大聖堂は直接引き渡したいのですかね?

だとしたら中々彼も可愛い所があるというものですが。


「決まっています。ここは元々大聖堂……神聖教団に聖堂をお返しする為の手続きの為ですよ」

「それはそれは……こんな夜更けにですか」


「ええ。引渡しは一刻でも早い方が宜しいでしょう?ようやく準備が整いましたので」

「成る程。ですが細かい引継ぎは必要有りません……全て此方で一から立て直しますので」


どちらにせよ、サンドールの兵に略奪され、その後マナリアの騎士団が宿舎にしていた上、

魔王の居城と化していたらしい大聖堂。

一度大規模な清めの儀式を行わねばなりません。

それよりも武装した兵士などさっさと出て行って頂きたいものです。

この地に似合うのは聖堂騎士団くらいのものです。穢れた兵など居てもらっては困るのですよ。


……しかし、わたくしの言葉に対し、彼等は返事をしませんでした。


「どうしましたか?早く出て行けと言いました。停戦交渉なら明日にでも行いましょう」

「いえ。何か勘違いされておいでのようですので」


「なんですって?」

「私どもが引き渡すのは"神聖教団に"です……貴方ではありませんよ」


は?何を言っておいでなのかこの人は?

……全く、舐めた事を。


「でしたらここで死になさい!幸いここは聖堂、このまま葬儀を執り行って差し上げます!」

「……主殿の為に!」


ホルス宰相を守るように十数名の兵が武器を構え向かってきました。

私はメイスを振るい三名の頭部を殴打、頭蓋を骨折した三人はヨロリとよろけて転びました。


甘いですね。こちらで戦えるのは実質わたくし一人。

ですが今のわたくしを十数人程度で倒せると考えて居るのでしょうか?


兵は連れてこなかっただけです!

これ以上、血で大聖堂を汚したくはありませんでした。

汚すのは、あなた方の血だけで沢山なのですよ!


「「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」」」」

「汚らわしい雄叫びなど上げて!」


続いて取り囲むようにして槍を突き出してきた四人組を回転するように薙ぎ倒します。

何とも惰弱!いえ、今の私が強すぎるだけでしょうか?

ともかく、


「だい、大司教様!ぐはっ!」

「おたす、お助けーーーーっ!」


……悲鳴を感じて振り向く。

おかしい、敵を無事なまま後方にやったりはしていないはずですが!?

見るとそこでは頭蓋が陥没したまま獲物を振るう敵兵たちの姿。

待って下さい!彼等は先ほど確かに打ち倒した筈!


「……今助けます!」

「させませんよ!」


側近達を助けるべく回れ右をした時、背後から声がかかります。

声の主はホルス宰相その人。

想像を超える槍捌きで、私のメイスを片方弾き飛ばしてきました。


「くっ!?」

「私もかつて最強の奴隷剣闘士と言われた男。実力は落ちていませんよ!」


これは……まるで途切れる事の無い舞踏のようです。

槍を引き戻す動きすら攻撃になっている!


「さっ!はっ!とあっ!」

「ぐっ!くっ!ぬうっ!」


穂先が飛んできたかと思えば返すように柄が顎を狙ってくる。

そのまま回す様にまた穂先が!

更に薙ぎ、突き、そして跳ね上げの三段攻撃!


「くっ!……"吹き飛べ!"」

「うわっ!?」


思わず叫んだ"力ある言葉"により何とか体勢を立て直す事に成功するも、

これでは側近達を助けるどころではありませんね。

こうなれば趣味では有りませんが、即死の呪詛で"死ね"と命じて……、


「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!」」」」

「なっ!?」


馬鹿な!?さっき死んだはずの四人がまた襲い掛かってきた!?

良く見ると全員包帯塗れの四人組は、私がつけた傷もそのままに、気にもせずに戦っている!


「このっ!?」

「ヲヲヲヲヲ、ヲヲ!?」


両手持ちにしたメイスを全力で振り下ろします。

頭部が完全につぶれますが、"それ"はそれでもその手をこちらに向けて……!


「何なのですかこの者達は!?」

「ミーラ兵、とでも言っておきましょうか。今日の戦いで戦死した者達ですよ」


なんと言うことを!


「まさかゾンビ!?死者すら愚弄したのですか!?なんと言う下衆な真似を!」

「……お前にだけは言われたく無いわ」


上からかかる声。

はっとして見上げたそこには、蔑むように此方を眺める魔王の姿。

しかも、あろう事か女神像の上に腰掛けているですって!?

なんと言う、何と言う罰当たりな!

そこは神の御座!魔王の座って良い場所では無い!


「我が名はハイム。ミーラ兵はわらわの魔力で動かしておるのだ」

「魔王!人の命を弄ぶとは、このクロス、決して許しませんよ!」


……何故か周囲から失笑が漏れた。

なんですか?何がおかしいのですか!?

いえ、失笑?一体誰が?


「余りの道化ぶりに思わず笑ってしまいました。大司教、ご無礼を」

「貴方は、ゲン司教!?どうしてここに」


……失笑の主、そして近くの部屋から現れたのは、

かつて教皇様の側近であったゲン司教でした。

しかし、彼はこの大聖堂がサンドール軍に占拠された時亡くなられたと聞いておりましたが?


「彼等は……ミーラ兵とはリンカーネイトの使徒兵……使う術は同じものですよ?」

「成る程。ですが使徒兵とは殉教者の英霊達。唯の死者とは訳が違いますよ、取り消しなさい司教」


まったく、何を言っているのですか?

正式な作法によって清められた聖骸とそこいらの死体を一緒にしないで貰いたいです。

使徒兵になった彼等は信仰と忠誠を教団に捧げた殉教者なのですからね。


「いえいえ。実はリンカーネイトでも神聖教団の再興が認められましてな。彼等もまた英霊ですよ」

「……ほぉ……」


思わず据わった目を細めてしまいました。

……そういう事ですか。

まさかあの背教者達に取り込まれるとは……。

彼は高潔な人物の筈でしたが、残念ですね。


「魔王に魅入られましたか……司教ゲン。貴方を破門いたします!」


これは神聖教団の教徒に対する最大の罰です。

死後の救済の道を閉ざされる最悪の結末。

さあ、己の罪を悔い改めなさい!さもなくば!


「……それは無理です」

「……何故ですか?」


何故!?

何故破門を恐れない!?

死後の平穏がいらないと言うのか?

わたくしなら絶対に耐えられませんがね!?

確かに一介の大司教でしか無い私ですが、現在教団での最高位でもあります。

この宣言を取り消せる者など現在の教団には存在しませんよ!?


それなのに何故?



「「だって、あなたにはもうその資格が無いのですから」」



……今度はどなたですか!?

現れたのは見知らぬ子供の二人組。

いえ、何処かで見たような顔ですね?

さて、一体何処で見たものですか?


「現教皇リーシュ様、及び枢機卿ギー様のご姉弟。先代教皇と枢機卿のお子であらせられる」


は?先代枢機卿が亡くなられたのは20年近く前。

それ以降適格者が出ておらず長らく空位だった筈ですが?

あの子の年齢的にありえない話ですよ?


それに、教皇様にお子?

馬鹿な。そもそもどうして高位聖職者が妻帯出来ると言うのか!?


……わたくしは唖然としたまま暫しその場に立ち竦むしかありませんでした。

しかし、教皇様は教皇様。

考えてみればリンカーネイトがわたくし達に大幅な譲歩をしたとも受け止められます。

そうですね、もし信仰の道が守られるなら彼等を無理に根絶やしにする事も……。



「「立ち去りなさい異端者クロス。貴方の居場所は教団にはもうありません」」



……え?

今、何と……仰られましたか?


続く



[6980] 73 ある英雄の絶望 後編
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/04 10:34
幻想立志転生伝

73

***最終決戦第四章 ある英雄の絶望***

~ 潰される精神(こころ) 後編 ~


≪side クロス≫


「現教皇リーシュ様、及び枢機卿ギー様。先代教皇と枢機卿のお子であらせられる」

「現、教皇!?」


突然現れた教会旧主流派の遺児、そしてその世話役であり先代教皇の側近だったゲン司教。

その突然の登場にわたくしは暫しの間呆然としていました。


「「立ち去りなさい異端者クロス。貴方の居場所は教団にはもうありません」」



そして、わたくしに振り下ろされた理不尽な仕打ちに、

私の心は有り得ないほどに乱れていました。

さっきから冷や汗が止まらないし妙に喉が渇きます……。

どうしてこのわたくしが、異端者認定などされねばならないと言うのか!?


……いえ、待って下さい。


良く考えてみれば彼等はリンカーネイト、引いては魔王を認めたと言うのですか!?

それに、何故あのような子供が教皇を名乗っているのか!?


「お二方の就任はハイム様よりご許可を頂いたものだ。貴方に否定する権利は無い」

「……魔王に、許可ですって!?正気ですかゲン司教!」


馬鹿な!魔王の肝いりの教皇など神が認めはしません!

それに、考えてみれば教皇様にお子?

それこそ馬鹿な。どうして高位聖職者が妻帯出来ると言うのか!?

あの位階に登れるような方なら幼い頃より修道院暮らし。

その手の出会いがあるとはとても思えないのですが!?

いえ、それ以前にあの子達の年齢から逆算するとせいぜい10年前。

要するにあの方が教皇になられてからのお子のはず。

あの大聖堂の奥まで入室できる女性など……。

いや…………まさか!?

い、いえ、その可能性は忘れましょう。幾らなんでもそれは無い。

それに、現在問題にすべきはそこではありません!

魔王の軍門に教団が下ってしまった事、これこそが重要な事なのです!


「おのれ悪魔め!わたくしを陥れて勝った気にならないことですよ!"正しき者が最後には勝つ!"」


……おや?

どうしてそこで皆さん白けるんですか。

司教?一体どうなされましたか、心底哀れむような顔をして。


「悪魔は貴方です。貴方は存在するだけで世界を危機に陥れる存在になってしまった」

「それは、どういう意味でしょう……?」


「わらわから、説明してやる」


そして、あろう事か魔王からの断罪が始まりました。

しかし、それはわたくしにはとても容認できない事ばかり。

……わたくしの"言葉"が、世界を殺す……ですって!?


「嘘です!そんな事は嘘です!」

「本当だ。何なら調べてみてはどうだ?それだけの"力"は持っているであろう?」


……いいでしょう。

自らの潔白は果たさねばなりません。


「私の言葉が世界を殺す……"真実を我に!"」


いえ、す?

……ああ、ああああああああああああああああああっ!

嘘だ!嘘だアアアアアアアアアアアアアッ!


「!?いかん!ゲン、リーシュ、ギー、全員わらわの後ろへ!」

「え?あ、ははぁっ!」

「「はい女神様!」」


思わず頭を掻き毟る。

天を仰ぎ、地に伏せ地面を叩く!

……こんな事があっていいはずが無い!

なぜ、何故わたくしがこんな目に遭わねばならないのですか!?


「ホルス!お前もだ!急いでたもれ!?」

「はい、姫様!」


そして……なんで上手く行かないのですか?

だったら、だったらわたくしの目に付くもの全て!


「"みんな、無くなってしまいなさい"!」

『管理者権限緊急発動!不正術式に対し緊急停止命令!至急!至急っ!』


……わたくしの言葉と共に、周囲に光が広がっていきます。

そして……。


……。


……気が付くと、大聖堂がありません。

そして周囲の喧騒がやけに遠く感じられます。

妙に温かな風の吹く中、わたくしは草木一本無い荒野に佇んでいました。


「わたくしの一生は、一体、何だったのでしょうか?」


遠くを眺めながら良く考えて、突きつけられた事実と今まで集めた情報を総合すると、

泣けるような現状が浮かび上がってきます。


ひとつ、使徒兵は所詮ゾンビでしかなかった。
ふたつ、それ故わたくし自身が、死者を冒涜していた。
みっつ、今や教団は魔王の使徒に成り下がった。
よっつ、それ以前に魔王そのものが元々我等が"神"である。
いつつ、30年前にわたくし達は魔王を倒した。
むっつ、そしてわたくしは、異端者認定されている。
ななつ、つまりわたくしは……神殺しの大罪を負っていた……!


がくり、と膝から崩れ落ち、草一本すらなくなった荒野に膝を付きます。

……いや、良く考えるとそれだけでは済みませんか。

何故って?


「うあああああああっ!」


年甲斐も無く叫び、泣きじゃくる。

だってそうでしょう?先代の枢機卿とは即ち!


「まったく、緊急停止をかけねばならん事態にまで陥るとは……寿命が百年縮んだぞ、世界のな」


……ふと、眼前に誰かが立っている事に気付きました。

魔王!?あの中で無事だったのですか?


「泣くのはまだ早いぞクロス」

「魔王が一体何の……いえ、女神様とお呼びするべきなのでしょうかね?」


「皮肉なら受け付けんぞ?第一お前は成した事の報いを受けているだけだからな」

「……そうですか」


皮肉、ですか。

ああ、皮肉ですね魔王。

大聖堂が消え去ってもお前は消え去らずわたくしの前に現れた。

あらゆる者を凌駕する力を得たというのに消したい物は消せず、

消したくなかった物が消え去っているとは何たる皮肉ですか。


「そも、お前の言う理想社会とはなんぞ?」

「……良いでしょう。お教えしましょう」


気が付けば、わたくしはわたくしの理想の世界について必死に熱弁を振るっていました。

……何故かは判りません。

教会の不正を正す事。平等な社会を構築する事。

そして魔物どもを根絶やしにして世界を平和にすると言う事……。

そして、それを聞いていた魔王は……ため息混じりに言ったのです。


「魔物たちには生きる権利も無いのか。お前の言う理想社会には」

「え?」


思わず顔が上がりました。


「奴等とて生きておる。人とペットと家畜以外は存在できぬ世界が本当に健全なのか?」

「しかし!魔物は人を襲いますよ?」


……突然横を指差されます。

そちらを見ると、驚きの光景が広がって居るではないですか。


「わふ!」

「「お茶、有難う御座います犬さん」」

「賢いコボルトですなぁ」


ベストを着込んだコボルトが、お茶を現教皇達に渡している!?

しかも尻尾を振りながら!

どれだけ懐いているのですかアレは!?


「……あ、あれは例外でしょう!?幼い時から訓練をさせてとか」

「我がリンカーネイトでは別段珍しい光景では無いぞ?異種族間の理解の深さは世界一だからな」


……まるで、人と魔物が分かり合えるような物言いでは無いですか。

それは有りません。別種な生き物同士がほんとうに上手くやっていける?

わたくしにはとてもそうは思えません。


「本当に、理解しあう事など出来ると言うのですか?わたくしには信じられません」

「お前の言いたい事はわからんでも無い……わらわもついこの間まではそう考えておったからの」


「だとしたら、何故!?」

「……相手の事を知っていれば合わせてやる事も出来よう?相手の事情を尊重してやればよいのさ」

「そうですとも。ささ、これを羽織ってください」


ゲン司教が近づいてきます。

そして私にマントを一枚羽織らせました。

……暖かい。


「元大司教。今や女神様の恩寵は魔獣にすら及ぶ……そういう事ですよ」

「しかし!中にはどうやっても人と敵対するものも居るでしょう!?」


わたくしは必死に否定します。

それを認めてしまえば今までやって来た事の半分は無駄になってしまいます。

そもそも魔王の存在がもし"善なる者"だとしたら、

わたくしは30年前の戦いの意義すら無くしてしまう!


そんなわたくしに対し……魔王は重々しく首を縦に振って、その上で言いました。


「そうだな。だがそれは単一種族間でも同じではないかな?」

「戦争では人同士が殺しあいますからな……現に今も」

「……今も、ですか……え?」


今も?

はっとして背後を振り向くと、動き回る城……いや、城を乗せた巨体の竜。

そして……月明かりに照らされるのは動き回る巨木の群れ。

それが暗闇の中、時折炎の中に浮かび上がっています。

……何時の間に侵攻して来たと言うのですか?

それ以前に指揮はどうなって……まさか……わたくしは、誘い出されていた!?

いえ、それ以前にあれは一体何なのですか!?


「あれは!?」

「ガサガサだ。シバレリアにも居るだろう?……後は察してたもれ?」


……あれが……あの恵みの大樹……!?


夜の帳が下りる中、ざわざわと音を立てながら森が前進し、

我が方の兵を飲み込んでいきます。

騎兵の突撃も効果は無く、森に飲み込まれていくのみ。

竜の背中の城から時折赤い光が見えたかと思うと、破裂音と共に兵が倒れていきます。

あの破裂音は昼間も聞いた気がします……が最早対応しようがありませんか。


「お前の負けだ。クロス、もう諦めろ」

「……諦める?それこそまさかです。ここに居るのは総兵力のほんの一部ですよ?」


そうです。

例えここで壊乱しようが、北の森まで戻れば幾らでも兵は手に入ります。

生きているなら兵は必ず故郷に戻ってくるでしょうし、

地続きである限り何度でも侵攻出来ると言うものです。

諦めない限り、成せない事などありませんよ?


「アレを見ても同じ事が言えるか?」

「あれは……か、かわ!?」


続いて指差されたのは大きな川……。

いえ、待って下さい!

あそこは昼間までは草原や荒野だった筈!

なんであんな所に川があるんですか!?


「うわあああああっ!」

「助けてくれえええええっ!?」

「帰りたい……森に、俺たちの森に……」


……動く森から逃れようと川に飛び込む兵士達は、

大河の中に潜んでいたサーペントの群れに次々と食い殺されていきます。

そして、飛び込む事も敵に向かっていく事も出来ない状態となった兵たちは団子状態となり、

遂に川辺まで前進してきた緑の洪水によって、水の中に押し込まれていきました……。


……文字通りの、壊滅……です。


断末魔と屍をも含め、緑色の洪水はその全てを飲み込みつつ先に進んでいきます。

そして、軍が消滅した場所……即ち突然現れた大河のほとりで遂に停止しました。

……わたくしは、その地獄絵図をただ黙って見ている事しか出来なかった。

いえ、何をして良いのか全く判らなかったのです……。


「ガッサガサガサガッサガサ!」

「カサカサカサカサ……」


全身を揺すり葉や枝の擦り合わせられたガサガサと言う雑音が、

まるで遠吠えのように聞こえてきます。

そう、20万以上の大軍をもって攻め寄せた我がシバレリア軍は、

……文字通り"消滅"する事となりました。


「なんて、何て残酷な事を……」

「奴等を戦に駆り立てたお前だけには言われたく無い台詞だな、クロス」


先ほどまでは大聖堂が聳え立ち、周囲には広い草原が広がっていたその地。

今現在は……。


『オレサマ!イロイロ、マルカジリシテ、ウマカッタ!』

「わふっ!わふっ!」

「ギギギ!ゴブ、ゴブッ!」


背中に城を乗せた巨大な竜と、その城に詰める魔物ども。


「ガサガサガサガサ!」
「ガッサガサガサガサ!」
「カサ、カサ……」


蠢く森と、


「「女神様、これは一体なんと言う生き物ですか?」」

「うむ。シーサーペントだ。まあ、この河は淡水だから少し辛そうだな……ご苦労だった」


「「ではそこに転がっている、これは?」」

「えび、では無いな。ザリガニと言うのだ」


「「で、ではあそこを流されているものは何ですか?」」

「あれは水死体……って、生きてるぞ!?しかも女王!?引き上げろコボルトーーーっ!」

「「「「わ、わおーん」」」」

「おおっ、コボルトたちが縄を器用に使っておりますな女神様……」


突然出来た河。

そして……理解出来かねる状況が続いて呆然とするわたくしがそこにいました。


「……判りません。なんでこんな理不尽な事が起きているのですか!?」

「おまえもなー」


独り言に応える声。

はっとして振り返るとそこには……!


……。


≪side カルマ≫


「おまえもなー」


……某有名アスキーアートの如く白けたような声色でクロスに突っ込みを入れる。

まさか大聖堂をクロス自身がぶっ壊すのは予定外だが、

ハイムはきっちりと時間を稼いでくれたようだ。

今頃テムさんはレオが相手をしている頃だし、

モーコ騎兵以外の敵全軍は我が切り札のひとつ、

即ち地竜グランシェイク&新築魔王城とガサガサによる緑の洪水軍団により蹂躙されている。


グランシェイクは遠目でもやたら目立つので、夜の帳と共に突撃させたが、

敵将を上手く引き剥がせた事もありなんとか上手く行ったようである。

地震と共に、と言う訳には行かなかったので、

アイブレスが凍らせた大地をツツーッと滑ってもらったが、これが中々使い勝手が良い。

何せ遠くから助走して滑れば……正に巨大なカーリング。

行く手にある全ての物を押しつぶしながら腹這いでオタオタと進む陸亀に思わず噴出していたら、

今度はブチブチと陣地ごと潰されていく敵の群れにちょっと罪悪感を覚えたりしている。


……我ながら、酷ぇ。


そして、その後ろから続くは緑色の洪水。

全力疾走する巨木の軍勢と言う非常識な代物は騎馬隊を飲み込み、歩兵を薙ぎ倒し、

それらを全て自らの肥料としながら突き進む。

文字通り丸太のような腕を振るい、瞳の琥珀を赤く光らせ、

人間の体格では決して支えきれない重量と物量をもって敵陣を蹂躙していく。

抵抗は無駄。

突き出される槍も、薙ぎ払われる剣も丸太に食い込むのみ。

知恵ある者が咄嗟に放った火矢。

だがそれも燃え盛る巨大な松明が突撃してくると言う結果を生むのみ。

一本二本焼き尽くされようが関係ないのだ。

彼等にとって重要なのは"種"である。

蟻ん娘達にも言える傾向だが、種族が生き残るためにならば結構容易に個を切り捨てる。

それが彼の植物の生き様、そして種族としての"是"なのだ。


……個々の死を恐れず、力があり、そして数は無数。

はっきり言えば人間の十万や二十万で太刀打ちできるものではない。


そして、もう一つの罠。


……逃げようと北上した敵の前で突然大地が沈んだ。

落ちれば即死のその高さ。

弓で射ても向こう側に届かぬほどのその広さ。

一年以上かけて密かに地下で掘り進めていた堀、いや、川だ。

それも西端は海にまで達し、東の果ては結界山脈にまで続く大河である。


前世で知っていた運河をモチーフにしているが、これは主に防衛面の観点から作り出された物だ。

曲がりくねった川の先はリンカーネイト北部国境を境にして海まで続き、

国境線を境に陸上での移動を完全にシャットアウトしている。


……さて、それでどうなったかだが……。


まずは空掘が地上に姿を現し、その時上に居た不運な兵士達を飲み込んでいく。

そして暫しの時と共に予め山脈地下に蓄えていた大量の水が鉄砲水となり空掘を川に変えて行く。

そう、その姿はまさに運河……しかもスエズとかパナマとか、あのレベルかそれ以上だ。

そして、その出来たばかりでまだ流れの速い……なんてレベルじゃ無い濁流の中に、

緑の洪水に押し出された兵達が次々と投げ込まれ、押し込まれていく……と言う訳だ。


何処の世界に戦場の策で世界地図を書き換える馬鹿が居るのか?

実はここに居る。

策の為だけに島に城まで作って敵をおびき寄せて倒した戦国大名もいるんだし、

これ位やっても…………まあ、出来たんだからよしとするさ。


何にせよこれで敵軍は全滅、どころの話ではない。

通常動員可能な数の二倍は冥府に送られただろう。

……それも、働き盛りの男手ばかり。


クロスが気付いているかは知らないが、これで敵の戦力はかなり削がれた事になる。

何せ戦い慣れた一家の大黒柱から順に残らず失われたのだ。

この意味する所は……余りに重い。

全滅とは兵が一人残らず居なくなると言う意味ではない。戦力の2~3割が失われた事を言う。

それでも普通なら戦闘続行不能と判断されるのだ。

要するに、普通は全滅しても半数以上の兵員は残る事になる。

その生き残った連中を基にして軍を再興するのだ。

だが、今回の場合はそれが無い。ほぼ全てが失われる。

そしてそれは軍として……いや民族としてすら巨大な損失なのだ。

果たして新兵、それも少年兵と老兵のみで末端を統率する者すら居ない軍隊が役に立つのか?

俺としては甚だ疑問だな。


更に、再侵攻を容易ならざるものとする水の防壁。

今後はただこちら側に来るだけでも人数分の渡河手段が必要になる。

更に、モーコの騎兵はその内側に取り残された。

……即ち、騎兵には撤退の術がほぼ無いということだ。


先ほどの蹂躙によりその数を五千ほどまでに減らしたモーコ騎兵。

彼等だけはまだ指揮官が無事だった事もありまだ組織的抵抗を続けている。

だが、長くは持つまい。

夜まで十分に休憩を取った守護隊。

そして蟻ん娘達が指揮を引き継いだコケトリス爆撃部隊の猛攻に晒されているのだから。

ましてや今は夜。昼間にも戦い続けていた敵の体力が果たしてもつのかと言うと……。


……。


「まあ、そういう事だ。アンタの負けだよクロス」

「……何がそう言う事なのかわかりませんが、私はまだ負けを認めてはいませんよ」


確かに俺の脳内でだけ語らっていた内容だ。伝わる筈が無い。

そして、俺としても伝える気も無い。ただ理解してもらいたいだけなんだ。

……そっちにはもう勝ち目が無いって事実を。


「じゃあ、ここからどうやって盛り返す?シバレリアの大軍は既に無いぞ」

「北に帰ればまだ数十万の兵は集まるでしょう……ここは、血路を……」


もし、本気でそう考えているならそれこそ俺の勝ちだな。

アレだけの負けの後で、今度は老人や成人前の少年を連れて行くとなれば……反発は必至だぞ。

そんな状態で果たして軍と言う形を維持できるのか?

これも多分気付いて無いと思うが、使徒兵も全滅してるんだぞ?


しかし、帰ってきた答えは意外と冷静なものだった。


「……いえ、それは止めておきましょう。どうやらわたくしが間違っていたようですからね」

「……予想外の回答だな」


「はは、は。流石にそちらのペースに何時までも乗って差し上げる訳には行きませんよ!?」

「血の涙流しながら何を言うのかと思えば……内心駄々漏れじゃないか」


その時、俺の胸元にメイスが突きつけられる。

……クロスの、かつて大司教と呼ばれた男の目からは血の涙が溢れかえり、

俺を見るその目は憎悪の赤に染まっていた。


「思えば、貴方に関ってからですよ。わたくしの全てがおかしくなったのは……!」

「こっちも、アンタの妹に関ってからだよ。こんな大事になっちまったのは……!」


俺は魔剣を鞘から抜いた。

クロスは三歩ほど後ろに下がり、改めてメイスを構える。

……背後ではうちの娘と子供二人が何やら水遊びに興じていた。

何やってんだと問い詰める間も無く、クロスが全身に力を込めている事に気付く……!


「もう、どうして良いかなど、わかりません……ただ」

「ただ……?」


そして、お互いにゆっくりと重心が下げていき、


「貴方だけは」

「俺も、アンタだけは……」


一瞬の停滞の後、

この長き戦いの始まりを想い……、


「もう、生かしておけません!」
「もう、生かしておけないんだよ!」


双方共に全身を躍動させ、

全力で相手に突撃していった……!


……。


「おおおおおおおおっ!」

「はぁぁぁぁあああああっ!」


打ち合う、打ち合う、打ち合う……!

お互いの全身全霊を込め、唯ひたすらに相手目掛けて獲物を振るう。

お互いがお互いの疫病神。

最早語る言葉すらないのだろう。

沈黙の中金属のぶつかり合う音が響き、

俺達の姿は暗闇の中、時折火花で照らし出される。


「があっ!がああああっ!"もっと、もっと力を!"」

「ぬぐっ!?」


クロスの叫びと共にそのメイスの切れが上がる。重さが増す!

外れた先の大地に小さなクレーターが出来る。

……正に凶器、いや狂気と化したその双腕より振るわれる痛打は、

遂に俺の腕力を僅かに超えた。


「はは、ははははは!とうとうご自慢の馬鹿力もネタ切れですね!」

「ぐ、ぐぐぐ……」


わずかづつ、だが確実に押し込まれる。

両手で支えている筈の魔剣とメイスがぶつかるが、段々と此方の押せる量が減ってきた。

……それは即ち、相手の腕力は今も上がり続けているという事だ。

このままではいずれ相手の片腕とこちらの両腕で互角と言う状況に追い込まれるだろう。

更に、クロスは何かを思いついたようだ。

端正な顔を悲しくなるほど醜く歪ませて笑って言った。


「そうだ!貴方の十八番を潰させて頂きます!"わたくしに魔法は効きません!"」

「え?…………何だと!?と一応言っておく」


心の中だけでクロスの浅はかさを笑いつつバックステップで距離を取りつつ爆炎を詠唱。

まあ、魔法戦士の俺と戦うには有効な手段だけど……思慮が足らんぞ?

相手が何でもありと知った以上、俺が対策を考えて無いとでも思ったか!

……と言うか、それを言ってくれたお陰で……対策の必要が無くなったぞ?


あえて言おう、勝負はあったと!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「効きませんよ!試すだけ無駄です!」


飛んでいく魔法の手榴弾は狙い違わずクロスの胸元に吸い込まれ……。

……可燃性の布に油と火薬を混ぜ込み、更に香水で匂いを誤魔化したマントに着火する!


「何ですってえええええええっ!?」

「敵からの贈り物は疑えってな!」


燃えるのと爆発するのとどちらが速かっただろうか?

ともかくクロスは吹き飛んだ、のだがすぐにゆっくりと起き上がる。

やはり爆炎そのものは効いていないか。

だが、万一の罠にとゲン司教に渡しておいた燃えるマントの分のダメージは受けたようだな。

魔法とそれ由来のダメージは受けなくとも、

それと直接関係無いものは別、だと言う事か?それが確認できただけで御の字だ。

嫌がらせに渡させたが、予想外に役立ったなあのマント。


「相変わらず卑怯な人だ」

「そうでもしなきゃ確実には勝てないからな」


それに相手のダメージもそれなりに大きいだろう。

上半身の法衣は焼け焦げ、所々穴が開いている。

そして、その体には少なくない損傷を受けたようだ。

しかしクロスは笑っていた。不敵に笑っていたのだ。


「……まさか、この傷を見て勝機が出来たと勘違いしては居ませんよね?」

「なんだと?」


「"傷よ治れ!"」


だが、その笑みは一瞬で消える。

……傷が治らないのだ。

まあ、当然なのだが。


「お前、魔法が効かない体質になっただろ?しかも自分から」

「ふん。でしたら"この身に回復魔法は効く!"……その上で"傷よ治れ!"」


……何も起こらない。

そして寒々しい雰囲気に合わせるかのように雪がちらついてきた。


「何故です!?」

「一度例外無しに禁止しちまったからな。そりゃ回復魔法が効くようになる魔法も効かないだろ」


要するに、自室からオートロックのドアに締め出されたようなもんだ。

鍵はロックされた部屋の中、自力で開けるのは不可能……って状態だな。


詐欺のような話ではあるが、これで相手の脅威は半減したといって良い。

ただし、魔法は効かない以上、攻め方が限られる事は変わらないが。

取りあえず自爆乙、とだけ言っておく。


「ではまず、私から攻めさせて頂きますよ大司教。主殿も宜しいですか?」

「ああ。頼むぞホルス」


再編成が終わったのだろう。ミーラ達と共にホルスが暗がりから現れた。

俺と逆側をクロスの退路を塞ぐように展開している。


「……何時ぞやとは逆の形ですね」

「あの、荒野の突発戦闘か」


確かに。あの時は俺とホルスが追われる側。

そしてクロス達が追う側だった。

だが、今回は俺達が追い詰める側、そしてクロスが追い詰められた側である。


「諦めませんよ。これは……他ならぬ貴方から学んだ事です」

「生き汚いところなんか真似るなよ……」


……炎と爆発により破れた法衣の隙間から、クロスの筋肉がじわじわ肥大しているのが判る。

最早その一撃を食らうだけで致命的だ。

今の相手はまさしく手負いの獣か。

絶対に手を抜ける相手じゃないな……!



「では、参りましょうか!?」

「いいだろう!これが最後の勝負だ!」


俺は一直線に突っ込む!

そしてクロスは……メイスを片方こちらに投げつけ、俺がそれを弾き返した隙を狙って……。

叫んだ!


「友よ時は今!"ここに来たれり!"」


……空が一段と暗くなる。

天を仰ぐと……魔王の、外装骨格だと!?

それは空中に突然現れ、大地に地響きと共に降り立った!


巨体に踏み潰されミーラ兵達が無残な姿に変わっていく。

ホルスは……無事だ!外装骨格の足に手をかけ何とか立ち上がっている。

だけど、挟み撃ちの態勢は完全に崩壊した……!


「あはははははは!何のためにマナさんを墓参りさせたと思っていますか?」

「何故、だと!?」


「あの方はね、一度行った場所なら何時でも瞬間移動できる特殊な魔法が使えるのですよ!」

「あ、あの日本昔話の歌!」


まさか、あのエンディングテーマが詠唱だったとは……。

いや、おうちに帰る歌だから本拠地に強制帰還なら判るが、

まさかRPGお約束の帰還呪文とはね……。


「風の噂で知ったもう一つの魔王の体……回収させて頂きました!」

「なるほどな……あの親子喧嘩、噂になってたのかよ……」


ああ、俺がもう少し気を利かせて指示を出しとけって話か!

アリサが勝手に何とかしてる気もしていたが、

ともかくあんな物をずっと放置してた俺が馬鹿だった……今に始まったことじゃないがな。


「……いや待て」

「なんですか?」


クロスは今までなら浮かべなかったであろうニヤニヤ笑いをしている。

そう、もしその話が全て本物なら……あの人も居るって事になるぞ!?


「クロスさん。かんりょうです~」

「ちっちゃい馬鹿母さん!ああ、そんな不安定な体勢だと落ちるゾ!?」


「は~い。スノーお姉さん。わかりました~」

「お姉さんではない……スーは貴方の娘ダ。例え馬鹿母さんがスーの事を忘れても、ダ」


案の定……勇者マナちゃん(5さい)再誕。

外装骨格の鼻からロープを垂らしてツツーッと降りてまいりました……。

まさしく悪夢である。

……ヲイ、クロスよ。

これは幾らなんでも反則じゃないのか!?


「ふふふ、流石に全盛期の全員は揃えられませんでしたが、ここは彼女一人でも十分脅威ですよね」

「魔王をたおすのは、お父様にめいぜられた私のしめいなのです~」

「しかも記憶が5歳の時に戻ってるんじゃないか!?」


「それはそうです。今のあの方よりずっと役に立ちますしね」

「素で酷い事を言う……道理で今のマナさんを使い捨てに出来ると思った……」


5歳時より劣化していたのかあの人……。

あんまりだ。あんまりすぎる。

と言うか、30年来の友人に今は5歳時より役立たずと言われる30代後家って一体……。


……何で俺のほうが絶望に囚われてるんだと小一時間問い詰めたいがそうも言ってられんな。


「ふふふ、マナさん……そこに魔王の側近が居ます。貴方の魔法で薙ぎ倒してください」

「は~い」

「いや待て宰相!スーがやる!だからせめて馬鹿母さんに子供を殺させるような事は禁止ダ!」

「「「そうです!幾らなんでも酷すぎる!」」」


しかも、こっちを狙わせるつもりだ!

しかし今度は続いて降りてきたスーと兵士達がクロスに猛抗議をはじめたぞ。

一体どうなってるんだ?


「ははは。何を言っておられるやら……マナさんは5歳児ですよ?子供なんか居る訳が無い」

「宰相!?何を言っているのかスーには理解できないのダ!」

「……腐ったな、クロス」


思わず零れた言葉にクロスの注意がこちらを向く。


「は?もう私は大司教でもなければ神聖教団の一員でもない!今更何を行動規範にせよと!?」

「逆切れかよ!?」


とうとう人格者と言う仮面を脱ぎ捨てたクロスは、

狂ったような視線をこちらに向けた。

……絶望に濁った目には何を写しているのか全く判らない。

ただ、先ほどまで流していた血の涙がまるで文様のように顔を赤く染めていた。


「今度は完全な魔王の鎧ですよ?……さあ、始めましょうか殺し合いを……」

「ちっ!」

「じゃあ私もこうげきしますよ~。クロスさん、しじをくださいね~」


思わず舌打ちをする。

お互い手段を選んでいないのは同じだが、まさかマナさんを復活させるとはな。

しかも、向こうはこっちを知らないがこっちは向こうを知っている。

攻撃のし辛さは以前の比では無いし、

どう考えてもあの人の現状は"悪い大人に騙された五歳児"以外の何物でもない。

……まだ罪を負う前の……と、考えてしまう俺はまだ甘いのか!?

今までは幸い手を汚す必要は無かったが、どうあっても俺に身内殺しをさせたいと言うのか!?

そんな理不尽な運命を呪う。自分がしてきた事も棚に上げて呪う……。


……ははっ、覚悟を決めるか!


いいだろう!

では、我が最強の切り札を使う!

覚悟はいいか俺の半身……!


『我が身は既に一度死んだ。今更何を恐れようか!』


真の竜に攻撃魔法は効かない。

俺に魔方が効くと言う事はつまり、俺がまだ人であると言う証拠だ。

……だから、その垣根を取っ払えば……俺はまだ強くなれる。

だが、それは混ざり合いつつある俺達を更にかき混ぜる事と同意だ。

自我が混ざり合い、何時か変質する。

その恐怖はあるが……今は、今は……!



『『同調・炎の吐息!(シンクロ・ファイブレス)』』



今は、心の赴くまま……叫べ!我が身よっ!


……。


轟音と共に周囲の大気が震える。

湯気をあげながら降ってきていた雪が、今度は沸騰しながら降るようになった。


「こ、これは!?」

「とりあえず腹内崩壊あたりを詠唱しておきますね~」

「私どもの出番では無いようですな。ここは若様に任せて下がりましょう……さ、スノー様も」

「待て!止めないと……止めないとマズイのだナ!?おい、何処へ連れてくのダ!?」

「「「はっ!」」」


肉体が変化する。

まず頭部に一対の角が生え、

続いて全身の筋肉が強靭化し、

爪と牙が伸びて来る。


「ば、化け物め……ふ、ふふふふふ!ようやく正体を表しましたね!」

『……ぶつぶつ……ごにょごにょ……(クロスさん、うれしそう~)』


そして、背中に羽が生える。

……大きさは竜なる我が身の背にあった時と全く変わらない。

この大きさなら俺を飛ばす事が出来る筈……。


「行きますよ!私達の正義の為に!」

『胃炎・腸炎、急性胃炎、結腸垂捻転……腹内崩壊!(コンディションクラッシュ)』


続いて、目立たないが胸部や手足が鱗で覆われ、

最後に立派な尻尾が生えてきた……。


「あれ~?腹内崩壊が発動しないよ~」

「なっ!?」


……残念だがそれは破壊済み。発動すらしないぞ。

だがそれを知らない敵は予定外の事態に一瞬突撃を躊躇した。

その隙に我が身は大きく息を吸い込み、

火竜の力により炎となった吐息をそのまま一気に吹き付ける!

……クロスにだけ。


「ぎゃあああああああああっ!?」

「あれ~?はずれてる~」


火達磨になって地面をゴロゴロと転がり急いで火を消すクロスに対し、

マナさんは不思議そうに小首を傾げている。

俺は背中の翼を豪快に羽ばたかせ、数メートルほど上空で腕組みをして見下ろした。

そして言い放つ。


「クロス。お前では最早相手にならない」

「なんですって!?」

『侵掠する事火の如く!……火砲(フレイムスロアー)!』


此方の緊迫したやり取りを無視するかのように、

マナさん(5さい)が合わせた手から火炎を放射する。

今は亡きリチャードさんの得意技でもあったマナリア王家の家伝、火砲!(フレイムスロアー)

切り刻んでも動き続ける使徒兵すら焼き尽くす高圧の火炎放射魔法だ。


「あれ~?きいてないよ~」

「馬鹿な!?いや、火竜に炎をぶつける馬鹿がいますか!?別なのにしなさい!」


だが、効かない。

我が身は火竜の化身。

炎?笑わせてくれる。


『……アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』


続いては氷の壁が競りあがり、落ちてくる氷壁の魔法。

……だが、それも俺の肉体に触れた部分から消えていく。


「真の竜に攻撃魔法など効くか!」

「カルマさんはどう考えても真の竜じゃないでしょう!?」


細かい事はいいんだよ、ってな。

現に効いて無いじゃないか。

大事なのはそこだ。


『火球!(ファイアーボール)』

「無詠唱!?」


そして今度はこっちの反撃だ。

管理者権限で詠唱無し、名称のみでの発動を行う……題して詠唱破棄魔法だ!

マナリアの宰相のように足で印を誤魔化す必要も無いぞ!?


「ぐううっ……っと、そうでした。今のわたくしには魔法は効かないのです」

「奇遇だな。俺もだ」

「わ、わらわも!わらわももう少し育てばそれも出来るようになるのだぞ!ホントだぞ!?」


「……あれ?それじゃあ私、やくに立たないですよ~?」

「……えー。マナさんはそこで大人しくしててください」


一瞬クロスが怯むがすぐに冷静さを取り戻した。

そりゃそうだ。これはただの牽制でしかない。


そしてそれを見て、周囲を囲むように遠巻きにしていた皆の中からハイムが涙ながらに吼える。

真偽の程は判らんが、取りあえずそう言う事にしておくか。


「あ、ぼくも魔法効きませんよ?兜ありますし」

「……絶望したっ!現状弟にすら劣るわらわに絶望したっ!」


ツインテールを逆立てながらワタワタ暴れる我が子をちょっとだけ温かい目で見守る。

そして俺の意識は再び戦場に戻った。


「あれが魔王だというのですか……何と無様な」

「その無様な魔王を倒して世の中が良くなると本気で思ってるお前よりかはずっと上等だがな」

「おなかすいたです~」


マナさん(5さい)が間の抜けた声を上げているが、

それに騙される訳には行かない。

……何せ、じりじりとこちらの背後を取るように移動してるし。

油断ならないよな。

ま、流石全盛期の勇者(5さい)な事はあるか。


「腹減ったのか……じゃあ、さっさと終わらせる!」

「させませんよ!」


先行はクロス。

片方だけになったメイスを両腕で構え、まるでバットを振り切るように殴りかかってきた。

だが、俺はそれを腕の一薙ぎで受け止め、更に破壊する。

更に往復ビンタの要領でクロスを払いのけ、数メートルほど吹き飛ばした!


「馬鹿な!?何故です!?今のわたくしの腕力は……!」

「種族的な根本的スペックの差……って奴だ。さあ、本格的に反撃するぞ?」


俺は一度距離を取ると空中からグライダーのように滑空しつつ突撃、

クロスは正面からそれを受け止めようとして……、


「ふぐわぁっ!?」

「……体の方が耐えられなかったか」


何もしないうちに全身から血液を噴き出し倒れかかる。

……そこに俺は容赦なく竜の爪での一撃を食らわせた!


「ぎゃああああああっ!痛い、痛いです……これは一体!?」

「……筋力の強化に骨か体そのものが耐えられなかっただけだ」


既に魔法無効化前に宣言した"もっと力を"でじわじわと筋力が増大しているクロス。

肥大化した筋肉が皮膚を裂き、骨を圧迫し遂に折り始めたのだ。


「……今、楽にしてやる……!」

「ぐぼおぉぅっ!?」


自らの筋肉に押しつぶされ、大地に膝を付きながらも必死に起き上がろうとするクロス。

その余りに大きな隙を見逃す訳には行かない。

大地に降り立ち、一気に駆け寄る。

そして、振り下ろしたその剣は。

クロスの胸元を確実に貫いていた……!


「がはっ!」

「いま、かいふくしますよ~」


マナさん(5さい)が治癒の詠唱を行う。

教会の門外不出の秘儀の筈だが、流石に魔王討伐には必要と判断していたのだろう。

だが、その術はクロス自身の宣言により通らない。


「致命傷、だな」

「嘘です……嘘です……」

「あれ~?あれあれ~?」


既にその体の周囲には血溜まり。

火傷しそうな熱い雪がはらはらと舞う中、クロスは必死に両腕で傷口を隠していた。


「ぐっ、ぐぐっ……確かに致命的ですね……ですが!」

「立った!?クロスが立った!?」


それでもまだクロスは立ち上がる。

もう先は無い。起死回生の名案が浮かぶにも、もう考える余裕が無いだろう。

既に詰んでいるこの状況下において、それでもまだその男は立った。


「なら、せめて魔王は連れて行く!最初からこうすればよかったのです"滅びよ、魔王!"」

「むっ!?」

「えーと。ぼくのグスタフヘルムでぼうぎょしますね」


クロスの指先から謎の閃光が放たれ、唯一攻撃魔法への防御が不完全なハイムに向かっていく。

そして、あっさりと……。

グスタフのかぶるシェルタースラッグの殻……魔法無効化のグスタフヘルムに弾かれた。


「……え?」

「かきーん、ってなりました~」


「いや、常識的に考えてそうなるだろ……」

「父上、よゆうの無い人にそこまで求めるのはざんこく、というものだとぼくは思います」

「いや、防ぐ手段はあるぞ?魔王らしい所を見せたかったぞ?……あの、誰か聞いてたもれ?」

「「はい、お聞きします女神様」」


一瞬痛い沈黙が周囲を包む。

そして、


「……で、では……ごほっ、せめて最後の戦いを魔王の鎧で……」

「残念賞だよー」


クロスが何か言おうとした瞬間……外装骨格が爆発し、中から蟻ん娘が十数匹転がり出てきた。

あ、アリサまで居るし。


「まさか、これに何の細工も無いと思っていたのかなー?」

「ばくはおち、です」

「いきなりワープした時は驚いたでありますね~」

「とらっぷかーどはつどう、です」


「あ、あなた方は!?しかも増えてますし!?」

「無理しちゃだめですよ~。傷から血が吹いてます~」


あー、成る程。

対処はしてたのかアリサ。

取りに来る事は織り込み済みで、最悪のタイミングで内側から爆破するとはえげつない。

……あははははは。一体誰に似たんだか。


「ことごとく、ことごとく邪魔をするのですねあなた方は……」

「邪魔なのはそっちだよー」


その言葉にクロスの中で何かが切れたようだった。

……突然正気を失ったかのように笑い始めたのだ。


「あ、あははは、あははははは……あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「うっさいよー。……おかーさんの死を汚した奴……死んでくりゃ?」

「「「「すこーーーーーっぷ!」」」」

「「「「どくないふ、ずぶっ!です!」」」」


そして、そんな自暴自棄のクロスに対して……全方位蟻ん娘一斉攻撃。

全身にスコップやら毒付きの刃物やらが食い込んでいく。


「がはっ!」

「あれ~?しんじゃった~」


そして、あろう事かそのままトドメ。

切り札をことごとく潰されもうどうしようも無くなり発狂したまま、

クロスはそのスペックを生かす事も出来ずに滅んだのである。

……半ば自爆なのは否めないがな……。


……。


まあそれは良いとしてだ。

……えーと、あの。せっかく最強形態に進化した俺の立場は?

無双する気満々だったんだけど……こう見えて寿命も削ってるしさ……。

ほら、爪と炎しか使ってないけど、ホントは尻尾とかも使えるようになってるんだぞ?


後、まだ二つ残ってる切り札の出番は?

絶対使う事になると踏んでたんだけど……。

えーと、無駄骨?


「あの。私の出番は無いんですか?お金欲しいんですけど。欲しいんですけど?」


あー、シスター?待機の分の賃金はお支払いしますからお帰り下さい。

……本当はクロスのやり方ではマズイのを親切丁寧に、

それでいてねちっこく語ってもらう予定だったんだけどな……。

はぁ、せっかくリンカーネイト国内に居るのを見つけて協力してもらったのに。

まあいい。ホルス、礼金も色付けて渡しておいてくれよ?


「はっ、ではシスター。これが今回の礼金になります」

「……じゃ、これは全額教会への寄付にしますね。そうしましょう、そうしましょう」


「「「「えええっ!?」」」」

「それでは私はこの辺で……」


……色々信じられないものを見るような目の俺達を尻目に、

シスターはゲン司教に一礼しリーシュ達を少しの間ジッと見つめると、

まるで逃げるようにそそくさと去っていった。

司教はと言うと、思いっきり深々と頭を下げてるし……何これ?


「あ、あははははは!俺様の出番も要らなかったな。まあ、ダチを殺さずに済んでよかったぜ」

「え?ああ、まさかクロスも30年来の友人が裏切ってるとは思うまい……」


と、取りあえず脱線した話を元に戻すか。

クロスが死んだので近くに潜んでいた傭兵王も出てきたしな。

……本当はシスターの説得(?)でも駄目だった場合増援のふりして出てきてもらって、

背後から突き刺してもらう予定だったんだ。


「ククク、今のアイツに何を言われても平気だがな?第一俺が此方側なのは元から明らかだろ?」

「義理の娘に孫、側近までこちら……戦闘時の対応からも気づかない方がおかしい、って事か」


まあ、傭兵王もご苦労さん。

いや、タクトさんと呼ぶべきかね?

しかし……まさか魔槍キューが文字通りの指揮棒(タクト)だったとはね。

他人を操った上で変装させて表向きの"ビリー"として据え、

自身は微妙な順位の側近として後ろで震えてたって訳だ。

まさに臆病の権化……指揮棒を振るう指揮者である。


そして……指揮者(コンダクター)がこちら側に来ていると言う事は、

要するに、傭兵王は今回、最初からこちら側に付く気満々だったと言う訳。

最初にこの埋服の毒を持ち掛けられた時は洒落にならない位驚いたがな……。

因みに本体は後方で会計作業の真っ最中……即ち書類に埋もれる側の人間だったりするが。


「傭兵だから敵味方が分かれる事もあるわな。けど、雇われる相手を選ぶ自由ぐらい有るんだぜ?」

「おじいちゃん、帰ったらぼくと一緒にお風呂にはいりましょう」


「おうおう、そりゃ良いなグスタフよぉ」

「はい!」


……因みにその事実に最初に気付いたのはグスタフだったり。

相変わらずトンでもない厨スペックである。なにこの一歳児。

俺?こいつに比べたらチートって呼ぶのが憚られるレベルだけど何か?


「ま、何はともあれ最強の敵は倒れた……これで一安心だな」

「……時に父。そろそろ同調を解いておけ。今の父はさっきのクロスと変わらんぞ?」


あ、そうだな。

存在してるだけで世界の寿命がゴリゴリ削れるなんて最悪だ。

同調解除、っと。

ドラゴンとしてのパーツが次々と外れ、消滅していく。

同時にどっと脱力感が俺を襲った。

……やはり無理はあるか。所詮人間の体なんだよな……。


「ふう、やっぱ疲れるな」

「うむ。普段より大出力で心臓を使っておるのだから当然だな」

「あ、父上。うろこが一枚残ってます。ぴりっ」


軽い立ちくらみでふらついた所をハイムが慌てて支える中、

俺はそっと手を前に出した。

……雪が熱い。


「なあ。ハイム……やばくないか?」

「当然だ。あれを見よ」


何だと思って指差された方を見て……俺は絶望した。

俺は雪が高温を発しているのを問題にしていたのだがハイムの指が指し示す先にあったものは……。


「あらあらあら~。どうしたらいいですか~」

「……スーにも判らないけど馬鹿母さんはスーが守るゾ……いつかスーを助けてくれたように」

「「「「……」」」」


ちっちゃなマナさんとスー。

そしてその後ろに影のように控える兵士数名。

……戦意は無いようだけど……どうしよう。

一応敵なんだよな……。


「主殿……心情的には助けたいでしょうが……最早世論がそれを許しません。ご決断を」

「やっぱり、俺がやらねきゃならないって事かよ……」


剣を向けてくる相手なら幾らでも斬れる。

けど……。


「お兄さんつよいですね~」

「カー……頼む、馬鹿母さんを助けてやってくれ……スーはどうなっても構わないから!ナ?」

「「「「若様……」」」」


マナさんに拾われるまで他部族の中で虐待に近い目にあっていたスーが、

泣きながら俺に縋り付いて来る。

そして、当のマナさん(5さい)は何も判っていない。

兵士達に至っては、兜の中身はマナリアで見知った連中ばかりかよ!?青山さんまで居るし!

ああ、マナさんの元に居れば当然前線まで付いて来る事になるのか……。


「えーと、これを……裁けと?」

「心苦しいですがそうなります。主殿……無理にとは言えませんがサンドールの民の気持ちを」


判ってる!

家を潰されたサンドールの民の怒りは当然だし償われるべきだろう。

それについては次に会った時は容赦できないという結論に落ち着いた筈だ……。

だが、いいのか?

今の何も知らないマナさんを……同一人物だからと断罪していいのか!?


「父、決断するなら急げ!母とジーヤが兵を連れてくるぞ!?」

「何ッ!?」


見ると、オドは壊走したモーコ兵の追撃をしている為に居ないが、

ルンが先頭に立って魔道騎兵が近づいてくる。

……確かにこのまま行くと最悪の鉢合わせになりかねん。


ああ、畜生!

せめて身内だけは守るって言う俺のささやかな望みすら叶わんのか!?


「仕方ない。マナさん……覚悟してくれ」

「何の~?」


ああ、判って無い。このヒト、全然何が起こるか判ってないよ。

怒り、誹謗中傷でも言ってくれればまだやり易いんだがな。

……せめて振りかぶられた剣で何が起きるかくらい察して……。

いや、何も気付かぬうちに終わった方がいいのか?


「若様、ご心配には及びませんよ」


と、思う暇も無い。

……マナさんを守るように展開していた兵の一人が突然そっとマナさんに近寄ったと思うと、

その喉笛を。

短刀で、

……切り裂いた!?


って、ええええええええっ!?

何その展開!?


「ちっちゃな馬鹿母さんーーーーーーーーーっ!?」

「「「「奥様!せめて最後は私達が!」」」」


そして、周囲の兵達が次々と小さなマナさんの体に剣や槍を突き立てていく。


「な、何をしているんだお前ら!?」

「そうだゾ!?お前達は馬鹿母さんが"忠誠厚い我が家の家臣達よ~"って言っていたではないカ!」


「その通りで御座います」

「「「「我等、ルーンハイム家が譜代の臣」」」」


あ、あれは……青山さん!?

喉笛を掻き切ったのは……青山さんなのか!?


「私はブルー・マウンティン……主殺しに、御座います」


その瞳は、何処までも悲しそうで……何処までも澄み切っていた。

俺が悪いのか……躊躇したのが悪いと言うのか?

マナさんの居る事で起こる災厄を止める為に、と言うのは判る。

だが……、

よりによってあれだけ尽くしていた侍従の青山さんに主君殺しをやらせてしまったのか俺は!?


俺も、誰も動けない。

そんな中、青山さんがその疲れ果てたような顔の無精髭の間からゆっくりと言葉を吐き出した。


「申し訳有りません。そして、有難う御座います。若様……」

「え?」


青山さんと、その周囲の兵士達は全員で一斉に剣を抜く。

そして、


「あなたは、最後まで、奥様の味方で居て下さりました……」

「そも、主の暴走を止められなかったのは長年仕えて来た我等が不徳」

「この上、お嬢様方にこれ以上の迷惑までかけて頂きたくありません」

「それに……もう……」


その剣を己の喉元に当てる。


「公爵様はもういません。奥様を愛しているのは最早あなた方……お嬢様ご夫妻だけなのです」

「更に……忠誠を持ち続けるには奥様と言う方は少しばかり軽率に過ぎた」

「我等が忠誠はルーンハイムの旗に!そして、お嬢様に!」

「幼き日より我等の生活のために奔走していたお嬢様こそ我等が真の主なり……」


遠い目で語られる言葉は何処か遠く、


「ですがお嬢様は笑わないお方でした。何時も苦しそうにしておいででした」

「私どもにはどうしようもない所で、何時も孤独だったのです」

「ですが、変わった。若様、貴方と出会ってお嬢様の世界は確実に変わったのです」

「……それを壊すものは、何人たりとも許せない。それはそちらに残った皆も同じ筈……」


最後の挨拶は、悲壮感とささやかな笑みで彩られていた。


「「「「お別れです。お嬢様に笑顔を下さり、本当に有難う御座いました」」」」



そして、俺達が止める間も無く。

一斉に、それぞれが自ら命を絶ったのであった……。


……。


ああ、そうか……。

唐突に気付いてしまった。

何故、都落ちするルンに千人もの兵が付いてきたのか。

あの斜陽のルーンハイム公爵家に何故あれだけの忠臣が揃っていたのか。

そして……あれだけ疎まれる筈の魔王を何故あっさりと受け入れたのか……。


……全てはルンの為。


学業も放り出し、臣下の為に身を粉にし。

だというのに不当な迫害を受けていた本当の主君の為。

それが彼等、ルーンハイム家臣団の総意だったのだ。

彼等にとっての主君とはルンの事。

もしかしたら散財の酷かった公もかなりの割合で見限られていたのかも知れない。

そしてマナさんは……考えたくも無いが、

"お嬢様の母親"としての価値しか臣下に見出されていなかった。

……そう言う事なのだろう。


そして……"お嬢様"に害を成すだけの"奥様"を容認する事など出来なかった、

と言う事なのだろうか?

倒れ臥した忠臣達の亡骸を見ながら、俺はそんな事を考えていた。


「……だからって、こんな最期は無いだろう青山さん!俺はルンになんて言えば良いんだ!?」

「……真実を、伝えるしかありませんよ主殿……」

「いや、母には隠せ。先にこの世界の異常を何とかするのだ。魔王城に行きさえすれば」

「そうでしょうか姉上。隠したという事実がちめいてきな事にならねば良いのですが」


熱い雪が降りしきる、と言う異常気象の中、俺は近寄ってくる魔道騎兵を唯黙って迎える。

その横では二度目の死を迎えたマナさんを抱きかかえたスーが、

遠い目をしながらその亡骸を見つめ続けている……。


圧倒的な敵軍を打ち破った勝利とは裏腹に、

俺達の心はどうしようもなく……重かった。


***最終決戦第四章 完***

続く



[6980] 74 世界崩壊の序曲
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/13 17:52
幻想立志転生伝

74

***最終決戦第五章 世界崩壊の序曲***

~そして混乱へ~


≪side カルマ≫


「……先生!」

「どうやら、全て終わったようですな」

「ルン……そっちはどうだ?」


クロスとの決着が付いてから少しして、今俺は合流してきたルンたちを出迎えている。


「……敵の影は、もう無い」

「左様。モーコの生き残りも馬を捨てて逃げ去り……対岸まで三割辿り着ければ良い方かと」


そうか。

……残された馬達はそのまま近くで放牧するとしよう。

黒翼大公国(旧傭兵国家)の荒地でも、干草や野菜を用意すれば飼える筈だ。

後々馬達の糞尿で土地が肥えればそれも必要なくなるだろうが、

国民を兵として切り売りするしか無いあの付近も、

いずれは立派な酪農地帯として機能することだろう。

……サンドールの方は地下水を引いて肥料を与え、いずれは穀倉地帯にしたいと思っている。

これで公平感も出るだろうさ。やはり与えるなら魚より釣竿だ。

しかし。ま、あれだな。

俺は戦争してるよりこうやって内政してる方が好きなのかも知れん。

戦いは得意だと思うし、策は練り慣れた気もするが、どうにもあらが出てくるのがな……。


まあいい。戦いは終わった。

指揮官、と言うか国家の中枢を失ったシバレリアに最早侵攻能力はあるまい。

未だちらつく"熱い雪"の対処もあるし、近いうちに帝国本国へ逆侵攻せねばならないだろうがな。

……問題は、あれか。


「あー、ところでルン……大変言い辛い事があるんだが」

「……問題ない」


え?

何その力強い断言は。


「……先生が完全にヒトで無くなっても、私の気持ちは変わらない」

「左様ですな。お嬢様……いえ妃殿下のお心を疑われる必要は無いですぞ」


あ、そっちか。

半竜化してた時の戦闘は遠くからでもある程度見えただろうからな……。

それはそれで嬉しいが、問題はそこじゃない。

……チラリと脇を見る。

横に建てられた天幕の中には今もマナさんの亡骸に縋りつくスーが居るのだ。

ルンにはどう言えばいいのか……俺はまだ決めかねていた。


「先生?」

「あ、ああ……実はな……マナさんの事なんだが」


「知ってる。使徒兵にされてたって」

「……うん、まあそうなんだけどな……」


あー、その後幼児化して蘇った挙句、よりによって青山さんに討たれた。

なんてどう説明すればいいんだよ……。


「……お母様は……完全に……?」

「……そうだ。こういう言い方はどうかと思うが……もう動く事は無い」


説明するまでも無いか。

俺の態度からしても状況としても当然だ。

……ただ、二回も死ぬ羽目になったとは相変わらず言い辛いな。

ルンは気丈に振舞っているが、それでも小さく唇を噛んだ。

やはり辛いのだ、娘としては。

俺は旦那としてコイツに何をしてやればいいんだろう。


「青山殿……ですかな?」

「……ぐっ!?」


考え事をしていたら、ジーヤさんが呟いた名に思わず反応してしまった。

……どうして判る?まさか蟻ん娘が話したのか!?

思わず天を仰ぐが、事実はその斜め上を行った。

いや、ある意味予想通りともいえるがな?


「……彼は私どもの代表として奥様の元に参りましたので……やはりこうなりましたか、残念です」

「ジーヤさん?どういう意味だ。やはり……最初からそのつもりだったのか!?」


「左様です。奥様が我が国に対し本格的に害を及ぼすようなら……討つと」

「……爺!?」


ジーヤさんの顔に表情は無い。

だが、唇は青ざめていた。

だが……恐ろしい事に、背後の兵達も……そして俺自身も言葉ほどには驚いていない。

さっきも言ったが、ある意味予想通りと言ってもいい告白だったからだ。

何年にも渡って蓄積された鬱憤は傍から見ただけでもそれを納得させるだけの物を持っていた。

思いつめたとしても何らおかしくは無いだろうさ。

そも、あの状態での出奔で真意を察する事の出来ないほど俺も馬鹿ではない。


ただ……何故あのタイミングだったのか。

何せ相手は子供に戻った。やり直しも不可能では無いように思えるからだ。


「奥様が亡くなられたと聞いた時……内心、もう歯がゆい思いはせずに済むと感じました」

「……そう」

「その言い方は酷いのだナ!馬鹿母さんに謝るのだナ!?」


ただ、それはあくまでマナリアでのマナさんを知るものの考えである。

当然、そんな臣下の覚悟が伝わらない者も出てくる。

立場も違うしマナリアでのご乱行も知らない人物なら尚の事。

……そう、それはスー。

マナさんが祖国を出てから引き取った養子であるスーはその言葉に怒りを隠しきれず、

篭っていた天幕から飛び出て来たのだ。


「不忠ダ!主の不幸を喜ぶなんて酷すぎるゾ!?馬鹿母さんは悪い人じゃないとスーは言うのダ!」

「貴方は……はい。奥様は悪人ではありません。性根としてはむしろ善人であらせられます」


「ならなんでダ!?なんで馬鹿母さんは部下に殺されるのダ!?馬鹿母さんが何かしたのカ!?」

「……左様ですな。強いて言うならば、公爵家が傾いた責任の半分はあの方にあるから、かと」


……スーは泣き出しそうになって言った。


「だからって、命まで奪う事は無いと思うのだゾ!?馬鹿母さんは馬鹿だけど優しい人だったゾ!」

「……その優しさが事態を良い方向に持って言ったことがありましたかなスノー様」


スーが一瞬沈黙する。

それはジーヤさんの問いに対する明確すぎるほどの答えだった。


「え?えっと……なんか何時もとんでもない方向に話が進んでた気もする。けど、悪気は無いのダ」

「……でしょうな。悪気まであったら既に私が斬っていたでしょう」


「でも、でもだナ……」

「もう無理です!庇い立て出来ません!故国での放蕩はまだ止むを得ない所がありましたが!」


涙ながらにマナさんの弁護を必死に行うスー。

だが、それに対し突然ジーヤさんが一喝した!


「サンドールを無茶苦茶にした挙句、遂に故国を滅ぼしてしまったあの方をどう弁護せよと!?」

「ひっ!?」


「呪いで片付けるには話が大きくなりすぎました!あの方が"いる"というだけで国際問題です!」

「……そ、そんな。酷すぎるゾ」


「もしこれで匿う等と言う事になったら余りに大きな荷物……主君が許せても我等が許せません!」

「「「「……」」」」


その時、魔道騎兵全騎が一斉に剣を胸元に掲げた。

……それは儀礼に乗っ取ったものではなかったが、明らかな"肯定"の意思の現れであった。

そして今度は一斉にルンの方を向き、深く頭を垂れた。


「お嬢様、申し訳有りません……ですが、ですが……っ!」

「「「お嬢様……」」」


譜代の臣下からの言葉だ。

それにルンの事を心配して言葉なのは判りきっていた。

だからルンは勤めて気丈に言う。

……ただし、かなり遠い目で……。


「……判ってる。お母様の存在が百害あって一利無しなのは……」

「ルン!?お前までそんな事を言うのカ!?」


いや、ルンだからこそだ。

まだ生きていたのならルン自身が国の為にマナさんを害していた可能性は高い。

ただ、誰かに殺されるというのは流石に色々思う所が有る……と言うだけで、

ルン自身の覚悟はとっくに決まっているのだ。

だからルンは青山さんを責めたりはしないし、そもそも責める事など出来ない。


「スー!そこまでだ!ルンの辛さも判るだろ!?ルンはコイツ等の長なんだ……」

「……長……そうか。そうだナ……皆の幸せが優先するのだナ。なら、当然だゾ……」


だからそれを知っている俺は、思わず口を出してしまった。

そんな俺に対しスーは更に悲しそうな顔をする。


「でも、馬鹿母さんは……無垢な子供に戻ったちっちゃな馬鹿母さんに罪があるのカ?」

「……子供に、戻った?」


その言葉にルンはピクリと反応する。

そう、まだルンはその事を知らなかったのだから。


「そうだルン。馬鹿母さんは子供に戻った……スーの事も覚えてなかったけど、とても素直な子ダ」

「どういう、事!?」

「その、クロスが何かしたらしい、な」


「……見てくる」

「ああ」


本当の所は判らない。

全盛期クロスの"力ある言葉"で無理やり復活させ若返らせたのかも知れないし、

嫁召喚を使ったのかもしれない。

もしくは俺の知らない何かが有った可能性もある。

だが既に当のクロスが居ない今、それを論ずるのはナンセンスだ。

……ただ、そこに5歳時の姿で永い眠りに付いたマナさんが居る。

現実はもうそれだけで十分過ぎるほどに重い。


正直言って直視したい類の出来事では無いだろう。

それでもルンは天幕へ消えていった。

きっと……どうしても自分の目で確かめたかったのだ。


「……五歳、と言う事は……呪われる前でしょうかな?」

「さあな」


ジーヤさんが尋ねてくるが、それは判らない。

ただ、クロスの方は明らかに呪いから逃れられた様子が無かったがな。

……マナさんがどうだったのかについては、もう確かめる術は無い。


「……どちらにせよ、同じっすよ」

「レオ?」


今度は敵の掃討を終わらせたらしいレオがやって来た。

いや、ルンが居なくなるのを待っていたのかも知れない。

どうやら途中から聞き耳を立てていたらしく憮然とした顔で言い放つ。

但し、天幕の中には届かないよう、小声で。


「ルーンハイム公爵夫人マナ様は国を売った裏切り者っす。置いておけば最悪……」

「最悪、どうなるのダ?」


レオの答えは明確、かつ辛辣だった。


「ルーンハイムの姉ちゃんも同じ穴の狢だと思われるっすね。親子だし」

「左様でしょうな。そうならざるを得ない」

「そんな事、ある訳が無いのだナ……」


「あるっす」

「……なっ!?」


またスーは絶句した。

レオは普段の軽めの態度が嘘のように肉食獣の目で周囲を見据えている。


「良いっすか?ルーンハイムの姉ちゃんへの国民からの支持は高いっすが、何故だか判るっす?」

「当然ですな。尊敬に値する行動をきちんと取り続けておられます」

「そうなのカ?」


そうだな。

オドやイムセティの暴走の時もそうだが、俺なんかよりもずっと王家の自覚を持っている。

別段贅沢する訳でも無いし支持率に関してはかなりのものでは無いだろうか?

無論、幼少時からのろくでもない経験で身に着けたであろうという悲しい話でも有るがな。

因みに、多少病んでるのは今や誰も気にしていなかったりする。


「もしマナ様が暴れたとしたら良く知らない人はこう思うっす。あれが"ルーンハイム"だって」

「左様ですな。良くお分かりで……所詮人はカテゴリーで決め付け易いものですから」


「そうなれば当然ルーンハイムの姉ちゃんへの風当たりは悪くなる、最悪アニキもヤバイっす」

「……そう。奥様一人の為に国が転覆する恐れもあるのですよ……それは何としても避けねば……」


考えすぎ、という部分もあるだろう。

だが俺は……その意見を笑い飛ばす事など出来なかった。

何せ、この間のマナさん暴走でサンドールでのマナさんに対する風当たりは酷い。

幸いルンの方は止めようとしたと判断されているらしいが、もし今後同じような事があった場合、

何時ルンの評価が反転するか知れたものではないのだ。

当然だが人は一度受けた苦痛は中々忘れない。

それ以前に信用の無い人物を庇うと言うだけで信頼を損ねるものなのだし、

疑心暗鬼に陥るものが出たり、野心家に火を付ける事にもなりかねない。


……即ち、マナさんを置いておくという事は国家運営をも著しく阻害する事になる。


こっそりと匿うにしても、

身内にそれを良しとしない人物も多いし、

金だけ渡して放逐するにしても他国で問題がおきるのは目に見えていた。

第一、例え鎮圧できる目処があるとしても、無用な軋轢をわざわざ持ち込むのは下作も下作。

……結局の所選択肢はそう多く無いのだ。


そして、既に選択はなされてしまった。

マナさんはもう居ない。

……それは覆らないし、覆しても良い結果にはならないだろう。


「うわあああぁぁん!皆酷いのだナ!馬鹿母さんなんて居ない方が良いと思っているのダ!」

「……否定できません」

「言いたく無いっすが……やりすぎたっすよ、マナ様は……」


スーはとうとう泣き叫びだしてしまった。

……正直俺も泣きたい。

だが、百万もの人口を預かる身としてはマナさんが助からない事を是としなければならない。

そして、それを是とする以上……俺にも、悲しむ権利は……。


「スー……お母様に、二人で……お別れを」

「ぐすっ……そうだナ……ルンもお別れをするのダ……」


誰もが居たたまれない思いをしている中、

ルンがすっと天幕から現れ、スーを抱きかかえるように再び天幕の中に消えていく。

……自分でも泣きたいだろうに、ルンはスーをこの針の筵から逃がすのを優先したのだ。


姉妹と言うには余りに接点の薄い二人だが、それでもマナさんに対し思う所が有るのは一緒だ。

こうなってしまえば数少ない母の死を悲しんでくれる同志と言う事なのか。

それとも、あいつなりに義理の妹の事を案じたのか……それは判らない。


ただ、個人的感傷を脇に置いておけばリンカーネイトとしては最善に近い結末ではあったし、

少なくとも、もう結論は出てしまっていたと言う事は確かだ。


傍迷惑な義理の母はもう、今後は誰に迷惑をかけることも無い。

裏切りの公爵夫人はその報いを受けて倒れた。

傍から見れば当然としか言いようの無い顛末……それだけの話なのだ……。


「……お嬢様……ぐっ……」

「ジーヤさん、泣くなっす。悪気が無いのはルーンハイムの姉ちゃんならわかってるっすよ」


レオの言葉にも元気は無い。

苦々しい顔を隠そうともしないのは、こいつにも色々思う所があるためだろう。

しかし、その言い方は……。


「……悪気が無かろうが、結果が悪ければ同じです……奥様のように」

「そう……っすね……」


ティア姫がせめて道連れ、と討ち果たした時に終わっていれば良かったのにと今にして思う。

…・・・死人が生き返ってもろくな事は無いな……本当に。


「せめて遺体は公の元に連れて行こう……それぐらいは良いよな?」

「……有難う御座います、若様……いえ陛下」

「そうっすね。余り大っぴらには賛成しかねるっすが……まあそれぐらいなら」


俺に出来るのはもうこれ位しか、無い。

……ため息を深くついた時、視界が急に明るくなった。


「朝日か……」

「もう、朝なんすね……長い一日だったっすよ本当に」

「左様、ですなぁ」


サンドールの方向から昇る朝日は美しかった。

南の砂漠の地平線から顔を覗かせた太陽に照らされ周囲が眩しく輝く。

ああ、人はこんなに醜くても世界はこんなにも美しい……。



……あれ?



「なあ、太陽……南から昇ってないか?」

「……そういえば、左様ですな……」

「厳密に言うと南南西からっすね……え?」


……血の気が引いた。

おもむろに近くでゴロゴロしていた蟻ん娘を引っつかんで叫ぶ。


「ハイムを呼べえええええええええっ!」

「つかれてねてる、です」


「叩き起こせえええええええええええっ!」

「了解であります!」


そうして鼻ちょうちんをブラブラさせ、

襟首を掴まれたハイムがアリスにズルズルと音を立てて連れてこられたのは、

それから五分程した時の事であった……。


……。


眠り魔王を眼前に据えると鼻先を引っ張る。

鼻ちょうちんが割れ、指が汚れるが気にしてなどいられない。

ぎにゃああ、と妙な叫びを上げてキョロキョロと周囲を見回すハイムに俺は叫んでいた。


「ハイム!世界の大ピンチだああああああああっ!」

「なぬ!?い、今世界の寿命を……ガガーン!父、昨日だけで合計五百年も減ってるぞ!?」


ご、五百年!?

たった、一日でか!?


「何でだよ!?俺の竜化のせいか?」

「今回の竜化自体ではせいぜい一年だ。火を吹いた時に一気に数年減ってるがな……ま、誤差だ」


ヲイ、竜化するだけで世界の寿命がゴリゴリ削れてたんじゃ……。

あ、いやあんな短時間で一年減ってたんじゃ敵わんか。

やはり今後は自重……いや、今はそれどころじゃない。


「じゃあクロスのせいか!?」

「あ奴の分は全部合わせても精々200年だな」


「じゃあ誰のせいだよ!?」

「えーと。わらわの不正術式緊急停止命令で100年減ってるから……」


そうなると200年ほど用途不明なのか。

クロスのあれに匹敵するほど世界の寿命を無駄遣いするとは……どういう事だ?


「どうなってる?何が起こってるんだ!?」

「知らぬ!だが魔王城だ、魔王城で何か異変が起きておる!今もだ……何が起きて居るのだ!?」


ハイムの額には冷や汗がだらだらしている。

寝てる間にとんでもない事になって焦っているのが良く判る。

よし、こんな時こそ蟻ん娘の出番だ!


「アリサ!」

「ねてるです」


……駄目じゃん!


「じゃあアリシア!魔王城の現状報告!」

「はいです!」

「何か変な生き物がゾロゾロと魔王城をうろついてるであります!」


「あ。ほうこくのおしごと、とられた、です」

「早い者勝ちでありまーす!」


横をウロウロしていた蟻ん娘をとっ捕まえて聞いてみるが、

流石に徹夜明けで変なテンションだ。大丈夫なのか本当に。

しかし、ふむ……変な生き物だって?


「そうでありますね。数日前から妙なのがうろついてるであります」

「新型の魔法生物か?」


「ありえる、です」

「待てクイーンの分身ども。管理者権限無くして上階封印区画の施設は使えんのだぞ」

「でも、上から降りて来てるで有りますが……あ、危なくて上の階には近づけないでありますね」

『なっ!?うちの諜報網がばれたのか!?』


思わず本来の言語体系で叫んでしまったが……それは、ありえないぞ!?

一体誰がただの蟻に注目したと言うのか……。


『んにゃ。ありくいの、おばけ、いるです……がくぶる』

『小蟻達が食われまくるで有ります!だから逃がしたであります!』


ああ、そう言う事か。天敵相手には流石に分が悪いわな?

だが、だとすると謎の生物が現れた理由は謎だな。

いや、厳密に言うと例の秘密部屋で造られたのは間違い無いだろうから、

問題は誰が、どうやって施設を使ったのかだが。


「……むう。そうなると敵に管理者権限のある者が味方に付いていると?そんな奴は居らんぞ」


ハイムが首を捻っているので、

俺も推論をぶつけてみる事にした。


「クロスの奴がまだ他にも居て、そいつが自分に権限を付与したとかは?」

「無理だな。管理者権限を正規に得る方法も、外部から追加する事も出来ん」

「にいちゃの手段が最大の裏技だったでありますが、もうここいらの管理者は全部あたし等の味方」

「つまり、それは、ないです」


じゃあ一体何が……って簡単か。

要するに、直接見に行くしか無いって事だ。


「そこに何が有るのかは判らない。だが、俺達は先に進まないとならない、か」

「俺様は知ってるぜ?」


くるりと首を90度回すと、傭兵王が居た。

ああ、内情なら幹部に聞くのが一番か。

……と言うか、道理で蟻ん娘が機密部分を古代語で喋ってた訳だな。うん。

まあいい。とりあえず、疑問をぶつけてみよう。


「じゃあ教えてくれ。敵の現在のトップは誰だ?再生クロスか?復活アクセリオンか?」

「んな訳無いぜ。それに流石に同じ奴を二人も作り出したりはしねえさ、クロスの奴も」


流石に最低限の倫理は残っていたと言う事か。

だが、そうなると……。


「じゃあ、指揮官は誰だ?」

「ククク。アイツが……クロスが代役で満足できるタマだと思うか?」


代役?

代役って言うと……兄貴か?

いや待て、そうなると……。


「敵は俺達と戦ってない唯一の勇者……即ち、勇者ゴウ!?」

「その通りだ。アイツは五大勇者を復活させるつもりだったのさ。理想の具現化としてな」


なるほどねぇ。

兄貴の存在はその目くらまし程度の認識だったのかも知れんな。

何せ、戦略的に考えるとあんまり大事に扱ってなかったし。

……その結果が余りに理不尽で泣けてくるがな。

ふむ。しかし"商都の聡き兵"と呼ばれるほどの男だ。

絵本の話でも結構小細工を弄するタイプのように思うし、

ここは傭兵王から人となりを聞き出し、対戦準備をするのが上策だろう。


「ところで勇者ゴウとはどんな奴なんだ?」

「……いやいやお前……まあいいか」


傭兵王は少々困惑したような顔をしたが、それでも気を取り直して語り始めた。


「とりあえず腕は立つ戦士だぜ。頭も回るから俺達の参謀役を努める事もある策士だったな」

「ふむ、厄介だな」


「基本的にズルかろうが何だろうが勝てれば良しと言うタイプだ」

「手段は選ばない、と」


「あれで結構身内には甘いな。特に愛妻家でかなりの子煩悩だったんだぜ?ククク」

「へぇ、俺が持つ勇者ってイメージとは違うな」


何せ、俺にとっての勇者のイメージはここ数年でかなり様変わりしてしまった。

もし今某有名RPGの典型的勇者でも見たら、

"で、裏では何やってます?"とか思わず聞いてしまうかもしれない。

まあ、そういう一癖ありそうな人物像が今俺の考える勇者なのである。


「で、だ。策士の割りに結構間が抜けてて、大事な所で自爆してピンチに陥る事も多かったぜ」

「間が抜けてる!?それは良い事を聞いたが……策士としてそれはどうなんだ……?」


つまり優秀な戦士であり策士でもあると。

そしてどんな策でも躊躇しない割りに、身内には甘く、

けど、結構間抜けてて自爆するタイプ、と。


……いねぇよこんな奴!

なあ、アリシアたちもそう……。


「じーっ。です」

「じっと見るであります」

「アニキ……」

「左様ですか……まだお気づきでなかったので?」


え?何この反応。

まるで俺がそんな奴だって言いたそうじゃないか?

ヲイヲイ。俺は魔法も使えるだろうが!


……うん、それ以外はそっくりだと自分でも思うけど……。


「「リンカーネイト王、余りお気に病まれません様に」」

「うん。そうだな当代の教皇及び枢機卿……」


ちょっと鬱に入っていると、リーシュ&ギーの姉弟が腰の辺りをポンポン叩いてきた。

……なんて純朴なんだろう。

先代の枢機卿なんかは凄い銭ゲバだったのに……。


まあ、枢機卿なんて言っても僅かな期間だったし教団自体が忌避された時期だったから、

20年前に死んだらしい先々代を先代だと勘違いしてる奴も多いがな。

……まあ、それは余談だが。


「「ともかく世界を救わねばなりません」」

「そうですね。ぼくもそう思います」

「うむ!リーシュ、ギー、それにグスタフも……よく言ったぞ!」


「あたしらも、まざる、です」

「大集合であります!」


ハイムを中心にちびっ子どもが一同に集まり謎の戦隊風ポーズを決めた。



「「「「「「しゃきーん」」」」」」



するとチビどもの背後が軽くズドンと爆発。

その横の方で何時起きたのか、アリサが爆弾を持ってニマッと笑っている。

……仕込みはお前か……。


「何にせよ、魔王城まで行かねばならんな……封印区画……魔法生物の生成施設を止めるんだ」

「うむ。急いだ方が良いな、父よ」


そうだ。ふざけている暇は無いのだ。

急がないと世界の寿命が尽きる。

……現在でさえ雪が熱く太陽が南から昇るという異常気象なのだ。

これで更に限界が近づけばどうなる事か……。


要するに、魔王城を何とかせねば俺達はおろか全人類の一大事となってしまう。

俺は俺と仲間達の為にもそれを何とかせねばならないのだ。

……え?世界?

まあ、そっちは……ついでって事で。


……だが、現状は俺をその勢いのまま北に向かわせる事を良しとしないらしい。

朝日の昇った方向。即ち南からおかしな空気が流れてきたのである。


「焦げ臭い……?」

「いえ……これは違います!」


ホルス!?

血相変えて走りこんできて……どうした?


「幼い頃の記憶にあります……ピラミディオン火山が、噴火しようとしているのです!」

「……は!?火山の噴火の前触れ!?」

「ちょっと調べてみるよー……ふにゃああああああっ!?」


暫くの間触覚をピコピコとさせていたアリサが突然飛び上がる。

そして冷や汗をだらだらさせながら慌てだした。


『サンドール地下の全ロード!急いで噴火対策……何時でも地上に逃げられる場所に退避だよー!』

「おい、アリサ……そんなにやばいのか!?」


『兵隊蟻は地下の荷物を逃がせー!働き蟻は機密書類を処分後各自脱出!急げーっ!』

「……マジかよ……ホルス!避難指示だ、急げ!」

「ははっ!判りました!」


サンドールの地下表層近くにマグマ層があるのは以前から周知の通りだ。

これにより本来冷え込む筈のサンドールの夜は砂漠としては意外なほどに温かい。

だが、今回はそれが仇となる。

サンドールは活火山の火口の上にあるも同じ。何処から噴火するのか判らないのだ。

北には行かねばならない……だが……。


「一度下がるぞ!避難民の収容と仮設住宅の建設を急ぎ行え!」

「父!魔王城の魔物たちはどうする!?下手をしたら……」


確かにそうかもしれない。

だが、俺はあえてハイムの言葉を遮った。


「こんな大災害時に王が逃げ出した、と思われるような真似が出来るか!若い国なんだぞ!?」

「ぐっ!」


そうだ。ここで疑われるような真似は慎みたい。

国民がもう要らんというなら何時でも出て行くが、

無能を理由にされるのは我慢ならん。

……時間の方は、ウィンブレスに乗れるだけの人数で向かえばいい。

なに。シバレリアまでの行軍時間を災害の救援に宛てるだけだ。

それに……恐らくだが一般兵は余り当てに出来まい。

ならば大して変わらないってもんさ。

第一、今まさに死にかけている人間に世界がやばいから放っとくね?

なんて論理が通用するものか?


……と、強がりを言っておく。


実際の所として、世界を救っても俺達に居場所がなくなったんじゃ本末転倒だ。

俺にとっては世界よりも自分達が優先。

なにせ、自分達が生き延びられなくなるからついでに世界も救うってだけなのだから。


「ともかく国民を不安にさせるな!」

「"こんな事もあろうかと!"溶岩の流れに巻き込まれない地点はあたしの頭に入ってるよー」

「急いで避難させるであります!」

「おとしより、こども、にんぷさんは、ガサガサにのせる、です!」


本当は地下の開発時に、溶岩を逃がすための策を用意しておいただけなんだけどな。

まあ、元々カルーマ商会時代に関係者と蟻達を噴火から逃がすためのものだったのだが……。


その為に用意したデータは地上の避難にも容易に流用できるだろう。

最低限の食料は勝手に歩いて付いて来るだろうし……よし、いける!


「サンドールの民を救え!国翼大公国に臨時の本陣を構える……守将はアルシェ?いやルンに」


幾らなんでも昨日母親が死んだばかりで部隊に組み込むわけには行かないだろう。

ルンの氷壁(アイスウォール)は是非にも欲しいが我が侭を言ってる場合じゃ……!


「駄目。私も行く……」

「ルン!?」


その時、ルンが俺の横に現れた……腕を血で濡らして。

あー、またリストカットかと横目で見ていると、ルンは真摯な笑顔でこう言ったのだ。

ただし目からハイライトを消した状態で。


「……お母様は私と共に有る」

「えーと、その指は……」


「お守り」

「お守りならせめて遺髪に……いや、なんでもない」


……余り考えない方がよさそうだと判断して頭からさっきの光景を消し去ろうとしていると、

今度はスーもゆっくりと天幕から出て来ていた。ただし冷や汗かきつつ。

そして、スーはルンに話しかける。


「馬鹿母さんはスーが守っているゾ……行って来い」

「……ん」


この短い時間に色々話し合ったのだろうか。

何処か距離の近づいたような二人はぐっと固い握手を交わしていた。


「あと、たまにはカーを分けて欲しいゾ」

「却下」


……ちょっと握力が強すぎるような気もしないでも無いが、な。


「取りあえず、頭を切り取らなかっただけマシっすね」

「左様ですな。私どもとしては腕一本までは許容範囲内でしたが……」

「そうだな。と思ってしまう自分が悲しい」


後、レオにジーヤさん。

その言い草は自重してくれ。


……。


さて、そんなやり取りをしている間にも出発の準備は整っていく。

今や唯の荒野と化した旧大聖堂は拠点としては使えない。

よって、最寄の自軍拠点である黒翼大公国首都ブラックウイングに移動したのだ。

その後の事はそこで決定する事にして。


……そして、数日後。

俺は更なる衝撃に見舞われる事となる。

国翼大公国内で救助と援助物資の手配をしていた俺達に、更なる混乱が襲い掛かってきたのだ。


「瞬間移動(テレポート)だと?」

「そうだ。父よ、世界中で使用された痕跡があるのだ」


この間マナさんが使った帰還呪文とはまた別物の転移術が世界中で次々と使われつつあるらしい。

……どう言う事かと言うと、こういう事だ。


「世界中でも今回の異変は観測されておる。まあ当然だがな……それに合わせて噂が来た」

「アクセリオンのおじちゃんが檄を飛ばした"魔王討伐令"だねー」

「主殿。確かに時期的に世界中に話が伝わっている頃ではあるかと」


設置された仮本陣には俺、横にホルスとルンがいた。

そして目の前でハイムと蟻ん娘が騒いでいる。

……他の連中は色々忙しく動き回っているのだ。

俺達は出来るだけ早く今後の方針を決めねばならない。


よって、トレイディアからも代表を呼んで今後の動き方を決める会議を開いているのだ。


「それについてで御座るが、我がトレイディアでは事の真相を伝えているで御座る」

「で、結局……魔王城をどうにかしないとって事になってぇ。集まった勇者達は行っちゃったわぁ」


商都側からの代表は三人。

村正、レン。

そして……。


「瞬間移動術は魔法を扱うものの間では禁忌とされている。だがこの異常事態に対抗すべくその封印を解いたのだろう……もしくは大司教クロスがその術式を知っていて、世界各国にマナのような個人用の術では無い、軍隊を送り込むための大規模術を手土産代わりに伝えていたのかも知れん。先立っての戦での、奴等の本当の切り札はこれだったのだろう。誤算は、魔王討伐といいさえすれば世界中の国々が動くと勘違いした点だな。愚かしい事だ、国という化け物が正義などと言う曖昧な概念で動く訳が無かろう?もし檄文を書くなら豊かな国を侵略しよう、で良かったろうにな。まあ何にせよ……これでお前達の言う世界の寿命とやらは恐ろしいほどに削られた事になるか。最早余は戦える体ではない。お前達に全て任せるぞ」


……奇跡の生還を遂げたティア姫である。


「女王よ、折角拾った命だ。体は大事にしてたもれ」

「……はーちゃんの言うとおり」

「ああ、判っておる。だがそもそも余にはもう戦う力は無いと言った筈だ。先日の戦いの最後に自分の自爆術で吹き飛ばされ結界山脈で長らく気を失っておったのだからな。腕が上手く動かん、最早まともに印を結ぶ事も出来そうも無い故魔法を使う事も出来ぬし、歩く事も叶わぬであろう。まあ、余は飛べるからまだ良いがな。……口惜しいが祖国も祖国を次ぐべき者も最早無い。奴等が豚どもと手を結んでいる事を知っていればとも思うが何を今更だ。今後は商都で静かに娘を育てるとするさ」


そう、あのクロスとの決戦の最中、

スエズパナマ大運河(仮)をぷかぷか流されていたティア姫を見つけたハイム以下ちびっ子軍団が、

必死になって救出していたのだ。

いや、良くあの爆発の中で生きていた……と言うか話を聞いたところ、

あの自爆魔法では吹っ飛ばされるけど自分は死なないのだとか。

結局落ちた時の打ち所が悪くて生死の境を彷徨う羽目になったが、

ともかくティア姫はこうして生き延びた訳だ。


いや、その事を知った時の村正ときたら喜びの余り娘を抱き上げながら、

奇声をあげてクルクル回っていた程だ。

そう言えばクロスが"正しき者が勝利する"とか言ってたが、

今回の戦争で一番正しかったのは他ならぬ村正だったかもしれない。

そうなるとコイツが本当の勝利者と言えないことも無いか。


まあ、そちらは慶事なのでよしとする。

……当の本人は逃がそうとしたリチャードさん達の訃報を聞いて気落ちしていたがな。


「ともかく瞬間移動で大量の兵士が魔王城の周囲に集まっている訳だな?」

「主殿。恐らく彼の城の周囲は混沌としている筈です。何せ彼等の間には縁も縁も無いのですから」

「そうでありますね。各軍同士でも小競り合いになってるところもあるっぽいであります」

「うむ。付近の魔物とも凄惨な殺し合いが行われておる……父よ、何とかできぬか?」


何とかと言われても。

それにこれって何もしなくても解決フラグじゃないか?

まあ、突然現れた援軍でこちらを粉砕しようと目論んでいたクロス達の本拠地を、

その"援軍"が潰そうとしているという笑えない事態な訳だが。


「それだけではないよー」

「アリサ?」


「世界中で戦争が起き始めてるよー」

「何でだ!?」

「…………今なら、奇襲できる」


ルンの言葉に血の気が引いた。

そうだ。瞬間移動で何処でも飛べるなら敵の中枢に飛んでいけば楽に勝てる。

と言うか、うちは大丈夫か!?


「あ、リンカーネイト首都は他所に場所が知られて無いから安全だよー」

「魔王城は30年前の戦いのお陰で世界中に場所が知られてたでありますがね」


流石に場所を知らないところには来られんか。


「……サンドールは大丈夫でしょうか?大司教が援軍を呼ぶならそこしか無いような」

「きてる、です。でも、ふんかみて、にげた、です」


「……レキは?お父様のお墓は?」

「全員乾き死にしたであります。安心するでありますよルンねえちゃ」

『ほんとは、あたしらが、ぜんいん、たべちゃ……やっつけた、ですが』


……何が幸いするか判らん物だな。

しかし、最悪後方から挟み撃ちを受けていた可能性もあったわけか。

短期決戦になって幸いだった。

まあ、この状態を見る限りその場合後方を襲われるのは向こうも同じだったと思うけどな。


「ともかく、世界中で戦争が起きるわ異常気象は酷くなるわで世界がやばい訳か」

「あちこちの穀倉地帯で一瞬にして作物が枯れたりしてるよー」

「ガサガサ達は全然平気でありますが、水場が突然毒水に変わったりもしてるでありますね」

「もう、さきのみえるひとたち、ごはんのかいしめ、はじめてる、です」


……それに追い討ちをかける食料難か。

唯でさえ不足する食料は一部の持てる者が必要以上に買い漁ってるだろうし……。

本気で滅びのカウントダウンを始めてないかこの世界!?

まあ、家にはガサガサ達が居るから餓死者は出ないだろうがな……。


「因みに父。まさか傍観してれば問題が解決するとか思っておるまいな?」

「違うのか?」


「そんな訳があるか。良いか?魔王城を完全に粉砕したとて異常がなくなる訳も無い」

「……成る程な。いずれはお前に突き当たるか」

「姫様を害しようと言う輩……即ち世界全てが敵に回る事になりますか」


「そうだ。まあ、わらわが行けば良いだけだからこのまま魔王城に向かって」

「……駄目」


あ、ハイムをルンが抱きしめた。

……逃げられないように全力込めてるし。


「はーちゃん。駄目……行っちゃ、駄目!」

「ギュムーーーーーーーッ!母!死ぬっ!つぶれて死ぬ!離して、離してたもれーーーっ!?」


「おーい、ルン。白目剥いてるから離してやれってば!」

「駄目……行ったらはーちゃんが殺される……!」

「ルーンハイムさんが殺してどうなさるのですか……」


はっとしたルンがハイムを離すと、ぽてっと床にハイムが落ちた。

……襟首を掴んで膝の上に乗せておく。あ、泡吹いてるし……。

ともかく、世界中から攻め込まれたくなければ魔王城が落ちる前に事を収拾せねばならないか。

正直留まっている暇も無いと言わんばかりに村正一行は引き上げていく。

ここから先は俺達の仕事。決まったのはそこまでだったがそれで十分だ。



「ホルス……サンドールの避難状況は?」

「ご心配無く。各地方都市に全員避難させました。ご命令どおり衣食住は確保しております」


「トイレなど衛生面もな。それと何時ごろ元の生活に戻れるか等先の見通しはキチンと示しとけ」

「はっ。不安にさせない事が重要なのですよね?」


そういう事だ。

まあ、サンドールの民の方はホルスに任せとけば問題なかろう。

村正達は今から商都に帰る。

自国の舵取りだけで精一杯だろうが、こちらに頼ってこないだけでありがたい。

で、街の方だが……。


「ルン、ハイム、アリシア、アリス……お前達は俺と共にサンドールまで来い」

「……ん」

「了解であります!」

「はいです」


「……はにゃらぱぴー……む!?待て父!さっきの話を聞いておったか!?」

「ああ、だからこそ先にこっち側の懸念事項を何とかするんだ……アリサ!」

「ういうい。何の用かな兄ちゃ?」


「例の瞬間移動のスペルと印、調べ上げとけ……出来るだけ早くな」

「あー、成る程。了解だよー」

「ふむ……世界への負担が心配だが、まあ使わん手は無いかこの場合は」


そういう事だ。

それに、蟻ん娘地下通路が無意味になるのも腹が立つから、

移動次第即刻破棄してやろうとも思っているのだ。


「でもさ兄ちゃ。どうやって噴火と戦うのさー?」

「まあ、見てろって」

『では、見させて頂きましょうか。貴方の暴風の如き策とやらを!』


轟、と音がして表にウィンブレスが降り立った。

流石に風の竜だけあって空気を読む事に定評がある……のか?

まあいい。ともかく事態の収拾を付けるには北まで行かねばならないが……。

……まずは南、サンドールへ。

そう、最初に足元を固めないといけない。


「では、ぼくは先遣部隊としてさきに北へ行きますね。ハイラルの息子を一羽かります」

「おいグスタフ!?何処行くんだ?あー仕方ねぇ……おい、爺ちゃんを置いてくな!」

「ちょっと、まつです」

「行っちゃったであります……仕方ないから近くのあたし等を合流させるでありますよ……。」


はて?何か下が騒がしいような……。

まあいい。ともかく急いで向かうとするか!


***最終決戦第五章 完***

続く



[6980] 75 北へ
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/13 17:41
幻想立志転生伝

75

***最終決戦第六章 北へ***

~狂った世界の狂った命~


≪side カルマ≫

南に下がり噴火した火山からサンドール住民を逃がし始めておよそ一週間。

ようやく対策にも目処が立ち始めていた。


「ふう、何とか溶岩の流れ込む方向を変えられたか……」

「はっ、無人地帯に溶岩を誘導し流し込む主殿の策、当たったようですね」


ま、地下で兵隊蟻達が頑張ってくれたようだし俺も、と言うかファイブレスも頑張った。

溝を作って溶岩の流れる方向を制御しようという無謀極まりない試みだったが、

上手く行ってよかった、といった所か。

ふう、しかし熱いな……火山の噴火中とは言っても幾らなんでも熱すぎだ。

ここはサンドール旧王都。火山から何キロ離れてると思ってるんだか……。


「……氷壁、増やす?」

「いや、これで十分だろ……これ以上は蒸すだけだ」


俺達の周囲には氷壁が立ち並び、異常な高温から俺達を守っている。

勿論ルンによって作られたものだ。

付いてきてくれて本当に助かったと思うぞ本当に。

因みに溶岩の誘導はまあ……普通に土木工事して溶岩の通り道を作り、

最後にファイブレスに堰を破壊させると言う形を取った。

今まで街中に流れ込んだ分はともかくとして、

今後はサンドールの逆側に用意した広大なくぼ地に溶岩が流れて行くことだろう。


「……ところで避難民の方は?」

「意外と疎開先に馴染んでいますね。大半は元奴隷で居場所を選べないのには慣れているからかと」


それは何より……と言っていいものか。

まあ、サンドールの首都は地下のあちこちから溶岩が吹き出てえらい事になった。

対策として圧の高まった時に溶岩を逃がす池のようなものを作ったが、

それでも今まで吹き出てきた分は街に残ってしまったからな。

それの後始末だけで多分一か月はかかる。

暫く戻らなくていいならそれに越した事は無いのだが。


「……そう言えば、グスタフはどうなった?アリシア達が付いている以上危ない事は無いと思うが」

「はあ。取りあえず魔王城までは辿り着いた模様ですが……」


うーむ。

まさか勝手に向かってしまうとは……。


まあ、世界各国から色んな理由で集まってる軍隊が山ほどいるだろうからな。

どう考えても中に入れてもらえるとは思えん。

そういう意味では安全だが、変な介入やら誘拐やらが無ければいいんだが……。

まあ、そこも蟻ん娘に任せておけば問題は無いか。


「ところが……それはそうと主殿、何処かの国の方がまたやってきたようで」

「ホントだ。またあの国かよ……ちょっと火口に落としてくる」


まったく。

クロスの言葉を真に受けたのか、最近の異常気象に疑心暗鬼になったのかは知らんが、

うちを攻めても何も起きないっての……。

まあ、言って聞かないしそもそも宣戦布告も無しで攻め込んできてる以上文句は言わせん。

ともかくこの機にとばかりに攻め込んできてる大陸外の国家が幾つかあるのは事実だ。

トレイディアにも何回か現れているらしい。

一応印も詠唱も確認済みだ。

俺が向こうに行き次第魔王城に有る魔方陣で破棄する事になっている。

しかしそれまではこのうんざりするようなもぐら叩きを続ける必要があるのだ。


「帰れ。さもなくば落ちろ」

「「「「おのれ魔王!」」」」


やかましい。

もし本気で言ってるなら何でクロス存命中に来なかった?

お前の国の場所的にとっくに話は行ってただろうに。

そもそも俺は魔王じゃないっての。

いや……でもドラゴンに摘み上げられて火山の噴火口の上に吊り下げられてもこう言えてる以上、

コイツ等の気持ち的には本気なのか。

……本気ならそれ相応の扱いをせねばなるまいな。


「……あー。一応聞くけどお前ら勇者?」

「その通り!我等こそは」


あ、聞いて無いから。

……ふむ。それでは見た事無い顔でもあるし、命まではとらないでお帰り願うか。

ただし。


「ぎゃああああああっ!?何をする!?」

「命はとらんがプライドはズタズタにさせてもらう」


と言う訳で異国の勇者様達をパンツ一丁半脱ぎにして、

更に尻にネギの代わりに和解金を兼ねた金の延べ棒を突っ込み、

トドメに俺も最近知った帰還魔法を唱える。

……全文だとコント一回分にも相当する長文になるが、重要なのはここだ。


『飛びます飛びます!何でこう……なるの!』

「「「「ぎゃあああああああっ!?」」」」


こうして名も知らぬ勇者達は祖国へ帰った。

……多分真っ昼間、メインストリート辺りにでも現れる事だろう。


取りあえず彼の国からは何度も来てるので段々と応対が酷くなっている事は否めない。

何せ二回目に来た時は復興中ということもあり面倒なので放っておいたら、

いの一番にサンドール王宮の宝物庫にダッシュしやがったからな……。

場所知ってるだろとしか言いようの無い迷いの無い進軍に一時呆然とした後、

報復としてその国の王宮にゴミを送りつけた俺を誰が責められよう。

……と言うか。本当に何でこうなるんだよ全く……。

実際は詠唱と長距離転移が全然関係ないじゃないか。


「アリシア……じゃ、今回も頼む」

「はいです!またわるいうわさ、ながすです」


その必要も無い気がするが、念には念をってやつだな。

因みに同じ人物が二度来たら生きては返しません、あしからずって奴だ。

……余談だが、俺が使ってるからお手軽に見えるが、

普通の魔法使いが使おうとすると宮廷魔道師クラスが数人がかり、

それも確実に数日は気絶……下手すると衰弱死する者も……と言う禁呪だったりする。

その結果がこれでは浮かばれない気もするが……まあ、余り気にしてはいけないと思う。


「取りあえず、これで一応の目処は立った。俺も北へ向かうぞ」

「……私も行く」

「はっ。後ろの守りはお任せ下さい主殿」


「そうでありますね。向こうではぐーちゃんやはーちゃんが暴れてるでありますし」

「だいげきとう、です」


え?ハイムまで合流してるのか!?

まあ、ハイムが暴走するのは予定内だ。

だがアイツもこっちの都合は理解してるだろうし、監視のアリスも付けてある。

それでも魔王とか何とか抜かしかけたら殴り飛ばしてでも連れ帰れと蟻ん娘に厳命してあるし、

それが無い以上破滅的な事にはなっていないだろう。

ま、あいつは自分の身は自分で守れるからまだ良いんだが……あれ?


「いや待て、それ以前に立ち往生してるんじゃないのか?各国の軍隊が集まってるんだろ?」

「ぜんぶ、けちらされた、です」


……マジで?

国際問題ってレベルじゃ無いぞ!?

幾らなんでもそこまで馬鹿をやるか?

と言うか蟻ん娘でも止められないのか?


「ハイム……何やってるんだ……」

「違うであります。魔王城から沸いて出る謎生物の群れに押しつぶされたであります」

「まおうとかは、いっさい、いわせなかったし、そもそも、いわない、です」


そうか。まあそれなら良いか……いやいや、各国の軍隊があっさり全滅ってどういう事だよ!?

仮にも対魔王用の精鋭部隊だろ!?

それにしても魔王城から沸いてるのは魔物ですらないのか。

……と言うか、本当に誰が弄ったんだよ。

と言うか管理者以外動かせないってのは本当なのか?

何か段々うそ臭く感じてきたんだが……。


「まあいい。自分で確認だ……急いで合流するか」

「待って欲しいっす!アニキ、自分もお供するっす!」

「僕も行くよ!絶対行くよ!?ぐーちゃんが、ぐーちゃんが!」

「……アルシェ大丈夫。ぐーちゃんも強い子……」


ともかく、謎は残るがやるべき事は一つ。

魔王城に乗り込み上階封印区画を停止させる事。

……時は来た。これ以上事態が混乱する前にさっさと行くべきだろう。

俺はぴょいこらと飛び上がって叫んだ!



『飛びます飛びます!何でこう……なるの!』



けどさ。もう一度だけ言わせて欲しい……なんで詠唱がよりによってこれなんだよ?

他にもっとそれらしいの、あるだろうに。

そんな益も無い事を思いつつ、俺達は謎の光に包まれて消えていった……。


……。


≪side アリス≫

……だばだばだば。冷や汗が垂れるのであります。

現在あたしとアリシアは一匹づつ並んで目の前のぐーちゃん達を見てるであります。


「これが魔王城ですか姉上」

「うむ。判ったら帰るぞ。世界の危機だがそれ以上に現状危険すぎる。無茶は無しにしてたもれ」


ここはシバレリアの森の中。

視線の先には魔王城の上端が見えてるであります。

因みに意外なことにはーちゃんは理性的。

……と言うか、


「あの魔王城はおかしい。わらわが治めていた時とは雰囲気が違いすぎる……」

「そんなに、あぶない、です?」


洒落にならない状況っぽいであります。

なんか、北のツンドラ地帯の筈なのに妙に熱いし……笑えない状況でありますね。


「うむ。と言うか三階の窓から謎の触手がウネウネしてるし変な鳴き声がするしな」

「それに……なんか、あつい、です。きょうは、いちどもどる。です」


そうでありますね。

一応コテージは用意してるでありますし、

多分後数日もたせればにいちゃが合流してくれるであります。

それまで無茶をさせるわけには。


「姉上?なんでこんなにあついのですか?」

「地軸がずれてここは現在赤道直下だからだ……まあ、言ってもわからんと思うが」


赤道直下?

ああ、お日様が南から昇って北に沈むって事は、一番熱い所がこの辺に変わって……え?

それって、拙くないでありますか?


「まあ、色々手を打っても後一週間か。それ以上修正にかかったらもう元には戻るまい」

「なんでそれをにいちゃに言わないで有りますか!?」


と言うか、アリサに連絡であります!

アリサーーーーーッ!

かくかくしかじかであります!

至急対処して欲しいでありますよ!?


「……それを喋れば父もこちらを先にするな……だが、慌てた父がろくな事をするとは思えん」

「あー、判るであります」

「わかる。です」


にいちゃはゆっくり考える事が出来れば結構強いでありますが、

突発事項には結構弱いでありますからね。

そう考えれば考える事を減らしてあげるのは皆の為でもありますか。


「まあ、元に戻らんでも季節がおかしくなる程度だ。世界そのものはまだ死にはせん」

「いやいやいやいや、です」

「生きてりゃいいってもんじゃないでありますよ?」


どんだけ悲惨な事になるかなんて蟻でも判るであります。

それに、季節がおかしくなる、だけで済むとはとても思えないでありますね。

はーちゃん、何か見落としてるでありますよ。例えば極地の氷とかを。

生き物だって、そこの環境って奴に適応した奴だけが生き残るでありますし……大絶滅時代?

あたしらはもう多少の変化は大丈夫でありますが普通の生き物はそうはいかないのであります。


「しかしそれ以外に何が出来る?選んだのは他ならぬ人間だ。もう状況はわらわの力を超えたぞ?」

「はーちゃん。諦めるなであります」


あーあ、すっかりすねちゃったであります。

しゃがみ込んで棒切れで地面にお絵かきとか……。

ともかくアリサにも連絡はしたし、今日は休むで有ります。

ゆっくり寝ればきっと良い案が……。


「では、せんこうていさつに行ってきますね」

「ち、ちょっとまつ、です!?」

「何言ってるでありますか!?」


と、思ったらぐーちゃんが針葉樹ばかりの森を歩いて行くであります。

あ、危ないでありますよ!?

……っ!?

あ、あそこにいるのは……!


「ぐーちゃん!飢えたグリズリーであります!」

「きのかげにいる、です!ゆっくりうしろに、さがるです!」

「わかりました」


判りましたじゃ無くて逃げるで……ああっ!

お腹空かせたでっかい熊がぐーちゃん目掛けて突っ込んできたであります!

あたし等が走っても間に合わないで……!


「えい」

『ふれいむタソ、頑張っちゃうわよーん?』

「グオアアアアアアアアッ!」


……あれ?

グリズリーは熊であります。

熊でありますが……今は肉であります。

腰の辺りからこう、まっぷたつ?


「先に行きますね」

「いや、ちょ!?待つであります」

「あうあうあう、です!?」

「ええーい!錯乱するな!ともかく追うぞ!?」


あー、何ていうか。

やっぱぐーちゃんも……にいちゃの子供なんでありますね……。

やっぱりあたし等以上の化け物であります。

ねえ、にいちゃ。

何ていうか、護衛要らなくない?であります。

と言うか炎の魔剣が喋ってる気がするのでありますが?

……まあいいであります。考えると負けな気がするでありますから。


……。


あれから多分30分ぐらい経過したであります。

ようやく魔王城の傍まで来たでありますが、これは凄いでありますね。

なんて言うか……天幕村というか。

要するに各国の軍隊とか勇者とかがキャンプ張りまくって偉い騒ぎ、

に、なってる筈なのでありますが。


「……静かでありますね」

「ごーすとたうん、です」

「灰はまだあたたかいです、きっと城内にせめこんでいるのでしょう」

「いや、それだとしても留守番も居ないのはおかしいぞグスタフ」


と言うか、人間の一歳児が灰に手を突っ込んで温かさを確かめてる時点で異様であります。

まあ、それは良いとして確かにおかしいでありますね。

勇者はともかく軍隊なら当然後方にある程度戦力を残す筈でありますが?


「子供かよ……まあいい。取りあえず生かしておく余裕は無いんだよな……」

「ふえ?にいちゃ?」

「!?……違うぞ!こ奴は……!」


その時、横の森の奥から誰か来たであります。

なんかにいちゃに良く似たおじさんが……。


「俺はゴウ。皇帝……勇者アクセリオンの親友にして五大勇者の一人……ダチの留守を守る者だ!」

「あなたが!?」

「ぐーちゃん、にげるです!」


いきなりボスとエンカウントであります!

さっさと逃げるが吉でありますよ?


「遅ぇよ……一応加減はしてやる。ただしここから先には来んなよ?」

「あ、きに、きりこみ、です」

「と言う事は……あ、これはマズイであります」


でも、おじちゃんの方が素早いでありました。

とん、と木を一本押したと思ったら、

切り込みの入っていた木がゴゴゴと音を立てて……。


倒れてきたでありまーーーーす!

それも何か連鎖するように何本も!?


「悪いが、こっちも余裕が無いんでな。生きてたらさっさと家に帰れよ?」


しかもおじさん帰っちゃったであります!

凄く酷いでありますよ!?

お子様に対する態度がそれでありますか!?

へぇみにずむ?が足りないであります!


「にゃああああああああっ!?ともかくいきなり大ピンチであります!」

「ゴウーーーーーっ!?いきなりこれかーーーーーっ!?」

「うわあ。すごいはくりょくですね」

「そういう、もんだい、です?」


十本近い大木に押しつぶされて、あたしらは……。


「ふう。びっくらした、です」

「いきなりでありましたよね」

「ええい!こんなものでわらわがどうにかなるとでも思ったか!?」

「姉上。頭にこぶが」


……別に平気でありました。

はーちゃん以外は回避に成功。

はーちゃん自身も自分で巨木の下から這い出して来て、今も荒ぶってるであります。

まあ、雑な攻撃でもありましたし、

そもそも避ける必要があるほど柔な生き物はここに居ない気もするで有ります。


……因みに。

近くで倒れてる同じ攻撃を受けたと思われる何処かの兵隊さん達は、

下敷きになって死んでるで有りますが。

運が悪いでありますね。なむなむ。


「ところで。姉上達?あれはなんでしょうか」

「どうしたグスタフ……何ぞあれーーーーッ!?」


……と、言ってる暇も無いであります。

何か何時の間にか、変な生き物に囲まれてるでありますね。

どんなのかと言うと……手足の配置がおかしい謎生物、でありますか。


「なんだこれは……」

「はーちゃん。多分例の部屋で作られた奴であります」


「しかしこれは、明らかにおかしいぞ?こんな生き物が作れるようには出来ておらぬ筈」

「しかし居るものはしかたありませんよ」

「そんなふうに、あっさりいいながら、せんめつするぐーちゃん。さすが、です」


ざくざくざくーーっ、て感じで謎生物は切り刻まれているであります。

しかし、本当に何なのでありますかね?

人間クラスの腕力はあるようでありますし、何と脚力は虎ぐらいでありますか。

頭頂部から生えた尻尾がまるで触手か蛇のようにのたうってるでありますよ?

でも普通の生き物の頭は背骨の半ばから生えたりはしないでありますし、

太ももから腕が生えたりもしないでありますね。

あたしらだって二対目の腕くらいはあるでありますが肋骨に擬態させるぐらいはしてるであります。

でも、それだって昆虫の体としては当たり前の構造で。

ここまでおかしいと突然変異とか放射線の浴び過ぎとかしかありえないであります。


「グゲエエエエエッ!」


おお、吼えてる吼えてる。

……やっぱりおじちゃんが放したのでありますよね、これ。


「ところで、これ、名前はなんと言うのですか?」

「さあ……しらない、です」

「判る訳も無かろう、と言うか名があるのか?」


ぐーちゃんが指差してるでありますが確かに名前が無いと不便でありますね。

……よし、いい事考えたです!


「命名、げろしゃぶ、であります」

「みーとすぱいだー。いったく、です」

「ふっ、甘いな。わらわが名付けてやろう。その名も」


「取りあえずあのアンノウンは全部斬りますね」


ざくざくざく、アンノウンは次々になますにされて行くであります。

ぐーちゃん、すごいであります。

ただ、あんまり美味しそうじゃないでありますね。

……て言うか、いつの間にか名前がアンノウンで決定されてる気がするであります。

ま、いいか。


「えーと。わらわの命名した名を聞いて……たもれ?」

「姉上、いきますよ?」

「ぐーちゃん、まつ、です!」

「近くで死んでる人たちの鎧剥ぎ取るまで待つであります!」


因みによく見ると近くには各国の兵隊さん達がこれでもかといわんばかりに死んでるであります。

装備品は結構値の張る物も多いでありますから後で売るでありますよ。

アンノウンは手先が器用だったみたいで普通に人間用武器が使えたようで、

自分の武器を奪われて殺されてたり、虎の脚力でやられたりしているであります。

中々手ごわいと思うでありますよ。多分一般リザードマンよりかは強いかも知れないであります。

まあ、今回は色々と相手が悪かったで有りますが。


「炎の魔剣よ。残らず焼き尽くしてください」

『はいはーい、ふれいむタソがんばちゃうわよーん!?』


ぐーちゃんが叫ぶと魔剣の刀身がにょろにょろと伸びてしゅるしゅるーって敵を絡め取って、

更に燃え盛る刀身で焼き尽くしていくであります。

流石はにいちゃの造った魔剣。法外にも程があるでありますね。


ん?はーちゃんがあたし等の袖をくいくいと引っ張ってるでありますよ?


「……クイーンの分身どもよ、少し聞いてたもれ?」

「どうしたであります?」


「グスタフの戦闘能力が明らかにわらわを上回ってる点についてだが」

「まあ、しかたない、です」

「相手は竜としての魔力を全部身体強化にふりきってるであります。強くて当然であります」


あ、今度は魔王城の城門の前に立ったであります。

鍵がかかってるようであります。当然でありますね。

他の軍隊さんたちは二階の窓をぶち破って侵入してるようであります。

鍵かけても梯子の前には無力でありますね……。


「発射します」

「グボァァァアアアアアッ!魔王城の城門があああああああっ!?」

「なんという、むはんどうほう、です」


ところがどっこいせ。

ぐーちゃんにはアレがある。

にいちゃが名前に因んで作らせた無反動砲カールグスタフ(多分レプリカ)なのであります。

これでぶっ飛ばせば鍵も何もあったものでは無いのであります。

と言う訳で正面からごめんくださいなのであります。

ともかくようやく出番が有って良かったで有りますね。

まあふれいむタソで十分ぶっ壊せた気もするで有りますが。

あ、それとはーちゃん。


「泣いちゃ駄目でありますよ」

「これに泣かんで何に泣けと!?」


取りあえず、肩に手をポンと置くです。

むがぁと吼えられたけど目の幅の涙流しながらだから全然迫力無いであります。


「姉上達。先に行きますよ?」

「はいはい、です」

「ぐーちゃんは結構無鉄砲でありますか?」


まだ進む気でありますかこの子は。

まあ、それに付き合ってるあたし等も大概でありますが。


「しかし、敵は雑魚ばかりではありませんか」

「そうおもうの、ぐーちゃんだけ、です」

「そこいらに死体がゴロゴロしてるのにどうして平気なのでありますか……?」

「明らかに魔物としての格は中級上位クラスだぞ……それが雑魚ってグスタフよ……」


正直あたしらとしてはこの辺で退却したいでありますが……。


「帰るであります……!」

「あぶないから、かえるです!」

「グスタフよ。父達が合流するまで待ってたもれ!?」

「しかし、世界のききなのですよ?」


あたしら全員で引っ張っても無駄でありますからねぇ。

もう、諦めて付いてく他無いであります。

トホホであります。

こうなれば、ぐーちゃんのお弁当に眠り薬を仕込むのであります。

ふっふっふであります。

もう少ししたら休憩を取るように言うであります。

そこでこのお弁当を食べたら流石にぐーちゃんもグースカピーでありますよ?

そうなったらさっさと連れて帰るであります。


「姉上。別なてきです」

「はいはい、です……ウガアアアアアッ!?」

「アリシア?」


突然アリシアが吼えて……。

あ、アリクイ。


「死に晒すでありまあああぁぁぁっす!」

「ありくいは、ほろぶべき、です!」


抉りこむようにして、突くべし!突くべし!

蟻を食う生き物なぞ世界から消え去ってしまえで有ります!

汚物は消毒でありまーーーーーーす!


「すこーーーっぷ!すこーーーっぷ!すこおおおおおおーーーーっぷ!」

「どくないふ!どくないふ!ふぐ!とりかぶとおおおおおおっ!です!」

「お前らまで暴走してどうする!?わらわを一人にしないでたもれぇぇぇっ!」


はーちゃんがよく判らない事を言ってるで有ります。

あたし等は直ぐそこに居るでありますが。

ま、それはさておき……。


槍をぶっ刺せ!

首をねじ切れ!

種を脅かす怨敵に裁きをっ!


『あの忌々しい舌を引き抜いてやるでありまーーーす!』

『あたしらの、こありたち……かたきはとる、です!』

「ええい!正気なのはわらわのみか?!泣いて良いか!?」

「姉上。とりあえずそっちに三匹行ったので宜しくお願いしますね」


あ、ホントだ。

アリクイが二匹とアンノウンが一匹はーちゃんの方へ行ったで有ります。


「なんだと!?ええい!こ奴らめ!根切りにしてくれるわぁっ!」

「姉上、そのいきです」


スコップが血飛沫をあげ、

毒ナイフがアリクイどもにめり込んでいくのは気分がすっとするで有ります。

ぐーちゃんが魔剣を振るうたびに火柱が周囲を覆い、

はーちゃんはネギ斧をぶん回しつつ魔力弾頭(マジックミサイル)を周囲にバラ撒く。

んー。強いで有りますね。さすがはあたしら。


「むう、助かったぞ童たち」

「……誰でありますか?」


ん?なんでありますか見知らぬおじちゃん。

良く判んないけどお礼でありますか?

何かボロボロでありますよ。もしかして負けてたでありますかね。

なんかサムライっぽいでありますが。


「わしらは東の国より参った。童たちは何者だ?その強さ、只者ではあるまい」

「えーと、あたしらは……」

「ぼくはリンカーネイトの王子グスタフです。こちらは姉上達です」


それを聞くと見知らぬおじちゃんはむう、と唸ったで有ります。


「……件の檄文にて悪党とされて居た国か……」

「濡れ衣であります(半分は)」

「せめてきたのは、ていこくのほう、です(まおうふっかつは、ほんとですが)」


どうやらシバレリアの檄文は普通に遠くの国まで行っていたようであります。

まだカルーマ商会の商圏に入ってない国でありましたので、

取りあえず全力で否定するのでありますよ。


「まあ、そうであろう。それに本当の魔王なら檄文の前に悪名が届く筈だしな」

「……父の評判は良いのか。驚きだ」


「ああ。わしらの周囲でも評判は良い。民を幸福にする良い君主だとな」

「暇さえあればわらわのほっぺたをフニフニ引っ張るような男が名君、のう……」


はーちゃん。悪評が大きくないなら十分に名君なのでありますよ。

第一、マスメディアを完全に握っていれば、どんな阿呆でも評判が悪くなりようは無いであります。

自前での情報網を持たない人間なら尚の事であります。


あ、因みににいちゃの政策は、福祉寄りに傾き過ぎではありますが悪くは無いでありますよ?

住んでる人々の生活が良くなっている以上、成果は上がってるって事でありますから。


国民が幸せになるなら別に王様は悪党でも良いので有ります。

自分の生活が良ければ、上の馬鹿な行動も多少は笑い飛ばせるってもんでありますし。


後、ほっぺぷにぷには愛情表現であり別にはーちゃんを虐めてる訳では無いであります。


「まあ、何はともあれ助かったぞ……わし等は一度天幕に戻って体制を整える」

「ぼくらはもう少しさきに行きます」


ぐーちゃん。

……一体何を口走ってるでありますか。


「えええええっ!?流石に帰るぞグスタフよ!」

「そうです!」

「流石に無茶であります!」


そろそろ気付いていい頃でありますよね?

魔王城の中は死んだ兵隊さんで一杯なのであります。

それなのにアンノウンとかの死体は凄く少ない。

これが何を意味しているとかと言うと……敵が強いって事であります。

それなのに無茶を言うであります。

まあ、子供だから仕方ないのでありますが、余裕のある内に帰るのが正しいのでありますよ?


「でも、敵、弱くないですか?」

「無い無い。実力はそこそこあるし数が異常だ。流石に体力が持たぬわ」


「え?姉上はこの程度でお疲れですか?」

「やかましい!お前が異常なだけだ。それを理解してたもれ?」


……余談でありますが、魔王城突入からあたし等は三回ほど交代してるであります。

そして、あたし等だってけして弱くない。

魔法覚える前のにいちゃくらいの戦力はあるでありますね。

要するに、やはり敵は強いのでありますよ。

流石のはーちゃんも疲労の色が濃くなってるであります。

いままでだってぐーちゃんが先頭に立って戦ってくれたから進んでこれたようなもので……あれ?

もしかして、ぐーちゃん。めっちゃ強い?


「流石だな……勇者よ」

「え?誰がです?」


「お主だ、グスタフ王子。彼のマナリアの勇者の孫なのだろう?」

「あ、ルンねえちゃはマナおばちゃんの娘だから、その子だったら勇者の孫でありますね」

「なるほど、です」

「……」


でもそれ、違うであります。

あ、でも傭兵王のおじちゃんの孫でありますから、ぐーちゃんも一応勇者の孫ではありますが、

そっちは血がつながって無いし、

第一ルンねえちゃが生んだのは他ならぬはーちゃん……魔王本人でありますよ?


……そう言えばにいちゃ自身が勇者の息子でありました。

なら、どっちでも構わないでありますか。

あれ?でもこの城の現在のボスはそのにいちゃの父親自身のような?

あー、人間関係が複雑で判り辛いであります。


「無理はしない事だ。世界中から集った精兵達はほぼ全滅だろう……童達が人類最後の希望だ」

「はい。世界を救うためがんばります!」


「なんか、かってにきぼうにされた、です」

「おじちゃん、真っ昼間から酔ってるで有りますよ……自分の言葉に」

「これだから人間は始末に負えんのだ……」


なんか、ぐーちゃんと見知らぬおじちゃんが意気投合してるでありますが、

あたし等は付いて行けないであります。

世界は頼まれなくても救うでありますが、

そもそもあたし等の中に純粋な人類は居ない気がするで有りますよ。

それなのに人類最後の希望とか、思わずクスクスと噴出しそうであります。

ま、いっか。


「頼むぞ童……魔王を倒し世界を救ってくれ……」

「えーと。世界はすくいますが魔王をたおすのは無理です」


その言葉に異国のおじちゃんはニッと笑って言ったであります。


「そうか。ならばわしらが手を貸そう。わしは新。魔王と戦う時は呼んでくれぃ」

「はあ。では呼ぶことはなさそうですね。ともかくはやくお逃げください」


そうしてあたらしと言う名前のおじちゃん達は一時撤退して行ったであります。

……魔王倒しても世界は救われないのでありますが、

まあにいちゃの言葉を借りればそれこそ知らぬがフラワーって奴でありますね。


そして部外者が居なくなったのを見計らってはーちゃんが呟いたであります。


「時に……魔王はここに居る訳だが」

「べつに、はーちゃんってだけのいみじゃない、です」

「そうでありますね。あくまで人類の敵と言う意味で魔王でありますから」


要するに倒せればいいのであります。

考えるのが面倒だから誰か責任を被せる相手が必要って、良くある話でありますよ?


「……ともかく、最上階に行くで有ります」

「このさい、かくにんさいゆうせん、です」

「そうですね。この魔物たちが世界中に拡散したら大変です」


そうでありますね。見たこと無いような魔物が何種類も居るで有ります。

不気味な姿のアンノウンとか、何か合成生物っぽいこの世界には居ない筈のケンタウロスとか、

後にいちゃの記憶にあったキマイラとか言うのとか。

後は憎っくきアリクイとかアリクイとかアリクイとか。

ともかく生かしては置けないであります。


どうせぐーちゃんが引かないなら、

この際徹底的に調べるのも悪く無いと思うようになったでありますしね。


「ふむ。グスタフよ……一応聞く。引く気は無いのだな?」

「ありません」


はーちゃんがぐーちゃんに対し重々しそうに声をかけてるであります。

あ、多分あれだから先に開けておくでありますかね。


「ならば良い。付いてきてたもれ?」

「あ、そこ……かくしつうろ、です」


ふふふ、はーちゃんがガガーンって顔してるであります。

でも、あたし等が何者か忘れてるでありますか?

隠し事は難しいのでありますよ。


「……わらわの見せ場……」

「さ、ぐーちゃん。行くでありますよ」

「あたしらも、かくご……きめるです」

「はい、姉上達。まいりましょう!」


暗雲背負ったはーちゃんの襟首を引きずりながら、あたしらは秘密の通路を行くのであります。

魔王城に元々あった隠し通路。

あたし等は当然見つけていたのでありますね。

……まあ古い建物でほこりも被ってるで有りますし、

人間大のあたし等が使った以上、痕跡は残る。

これが最初で最後の使用になるであります。

……そうだ。一応はーちゃんのフォローもしておくでありますか。


「はーちゃん。ちなみにこれ、何処に通じてるであります?」

「……むむっ!わらわが出番か!?うむ!これは最上階まで通じておる。封印区画もすぐそこだ!」

「はい、ありがとう、です」


フォロー完了。

そして、秘密の出入り口をあけるとそこは……。

……敵いっぱい。


「みぎゃああああああっ!?これは何でありますか!?」

「いっぱいいすぎて、ゆか、みえないです!?」

「ええい!これだけの魔法生物の群れを作り続ければ、そりゃあ世界の寿命も縮むわ!」

「取りあえず、はいじょしますね」


あたし等がびっくらしている暇も無く、

ぐーちゃんが当たり前のように殲滅していくであります。

……もしかして、身体能力だけなら既ににいちゃを超えているかも。


ブンブンとちっちゃな体で剣を振り回すたびに、敵の死体を量産してるでありますよ……。


まあ、強い事は良い事であります。多分。

ともかくそうして今や出入り口となった壁の穴を通って封印区画に向かうあたし等であります。

……やっぱり死体を量産しながら。


「よし!ここから先はわらわに任せよ……暗号を入れて緊急停止だ」

「だいじょうぶ、ですか?」


「ふっ。任せよ……わらわの持つ管理者権限が一番高位だ。機構に否は無い」

「で、どうするです?」


部屋を埋め尽くしていた謎生物達を窓から放り出しつつアリシアが聞いたであります。

あたしもスコップで死体処理をしながら聞いていたであります。

……ついでにゴミ掃除もしながら。

そしたら、はーちゃんは自信満々に言ったのであります。


「まずは赤いレバーを倒す……あれ?」

「ゆかにおちてた、です」


ボッキリ折れてるレバーをショートした機械の傍から拾い上げながら言うと、

はーちゃんの顔色が悪くなったであります。


「……な、ならばコンソールを……」

「指差したものは大穴があいていますが?」


えっと。段々自信が無さそうな声色になって来たでありますよ?

はーちゃん。大丈夫でありますか?


「り、リセットボタンだ!そこの緑のボタンを」

「けん、つきささってる……です」


あ、顔色が白を通り越して土気色になってきたであります!?


「ええい!面倒だが仕方ない!機構本体を直接操作する!まず保護カバーを開け」

「姉上。既にそれらしき物は吹き飛んでいる上に、本体とやらにはハンマーが……」


確かにボッコボコであります。

……これは、もしかして。


「誰だぶっ壊したのはーーーーっ!ただ暴走してるだけでは無いかーーーーーッ!?」

「やっぱりーーーっ!です」

「道理でショートしてると思ったでありまーーーーす!」


あはははは、であります。

たしかにこれなら管理者権限も何も有ったものでは無いでありますね。

ただ、一時期のテレビじゃないんで有りますから叩けば治るってレベルじゃないでありますよ?

まあこの世界に未だテレビは無いのでありますが!


その時、今度はべちゃ……って音が聞こえたであります。

……今の音、何でありますかね?


「姉上。へんなドロドロが……」

「な、何だこ奴は!?」

「すらいむ、です!?」

「この世界にいたでありますか?いや、出来たばかりかも知れないでありますが!」


流石にぐーちゃんと言えど全身を完全に液体に包まれては動けない様子であります。

じたばたしても、ドロドロに包み込まれるばかりでありますよ?


「むむ。しかし慌てず騒がず……頼みますふれい、むぐっ!?」

「ああっ!?グスタフ、口を塞がれたぞ!?」

「鼻は残している辺り器用であります!」

「でも、たいへん、です!」


しかも、発声を封じられて魔剣が反応しないであります!

無反動砲?弾切れでありますよ!

ど、どうしようであります!?


「ふう、まさかこんなチビ助が一番警戒しないといけない相手とはな……」

「あ、ゴウおじちゃん」


……これはちょっとヤバスかも知れないで有りますね。

完全に敵の術中に嵌ったっぽいであります。

ゴウのおじちゃんが柱の影からひょっこり出て来たでありますよ……。


「さて、どこの連中か知らんが子供だろうが危険な奴は放っておけねぇ……大人しくしな」

「あうあうあうあうあーーーーっであります!」

「いや待てゴウ!こ奴は……」


むぎゅ!?一斉に猿ぐつわ!

更に縄で縛られたであります!きつ過ぎてあたし等でも脱出不能……。

一体誰がって……アンノウン!?もしかして勇者の制御下に居るで有りますか?


「へっ、厄介な魔法も口を封じれば何も出来ないよな?」

「むがむごむがーーーっ!?」


あわわわわわっ!どうしようであります!

最悪でも孫だって言えばどうにかなると踏んでたでありますがそれも出来なくなったであります!

他のあたし……無理!ぐーちゃんはーちゃん無しでここまで辿り着けない、

と言うか二人が居ないとアリクイが怖いであります!

ひゃああっ!?耳、耳に舌を入れるなでありますこのアリクイめ!


「へっ。何か知らんがコイツ等俺を親か何かだと勘違いしてるようでな。何でも言う事を聞くのさ」


ああ、刷り込みでありますか。

生まれたばかりだと雛鳥みたいなものでありますからね……。


しかしどうしようであります。

このままだとはーちゃん達諸共……。

あれ?

あたし等殺さないで……何処に行くでありますか?


「……ギルティ。もう少しだけ待てよ、必ず助けてやるからな」

「……」


あ、あれは魔王軍最終兵器にしてにいちゃのおかーさんのプロトタイプ!

もしかして、と言うか確実にあの人を目覚めさせる気なのでありますね!?

やっぱ止めるべきでありますか。


「ふう、ここまで侵入者が出るって事は時間が無いな。急ぐか……さて、何処を弄ればいいんだ?」

「ふがああああっ!?むごおおおおっ!?」


勇者のおじちゃんが機械をゴンゴンぶっ叩いてるで有ります。

うわっ、外装はもうボコボコでありますね。

それを見てはーちゃんが一際大きく暴れてるであります。


「大人しくしてれば殺したりはしない。人質にする気だからな」

「ふごおおおおおおっ!?」


いやいやいやいや、

はーちゃん達はむしろおじちゃんにとって人質になる代物でありますよ?


まあ、それはともかく、アレだと壊れる一方だと思うでありますが。

……きっと叩いたらアンノウン達が出て来たからそれが正しい使用法だと思ってるであります。

と、ともかくアリサであります。

アリサに情報を送り続ける事だけが今のあたしに出来る事でありますよ!


……にいちゃ、早く来るであります。

何か、機械のショート具合がやばいレベルに達してきたでありますから……!


***最終決戦第六章 北へ***

続く



[6980] 76 魔王が娘ギルティの復活
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/16 19:00
幻想立志転生伝

76

***最終決戦第七章 魔王が娘ギルティの復活***

~親子対決 開幕編~


≪side カルマ≫

……暗雲漂う熱帯のようなツンドラ地帯、大森林の中に突如として現れたテント村。

その中央にかつての魔王の居城……魔王城はあった。


「ううう……」

「痛ぇよぉ……薬をくれ……」

「待て……よし。これを……」


無理やり森を切り開いたらしいそのテント村は各国から送り込まれた精兵で溢れかえっている……。

筈なのだが、その割りに人数は少ない。

それによく見ると倒れたまま直されて居ない天幕も見受けられ、

更に残っている連中も怪我人ばかり。

……誰がやったのか魔王城城門は吹っ飛んでいるし、

かなりの激戦が続いているのが判るな。


……この地に辿り着いた俺達は取りあえず周囲を見渡しているのだが、その結果が以上だ。

城の周囲を偵察を兼ねて一回りしてみたが、余り良い状況とは思えないな。

まあ、各国合計数千人規模でやって来て、ここに残っているのが現在数十名ほど。

時々よく判らない生き物が魔王城から飛び出してきて、

誰と言う事は無くそれに必死になって対応してる状態のようだ。


……ふと横を見ると、更なる増援が十名ほど転移してきた。

ハイムが見たらまた"世界の寿命が!"とか叫ぶのだろうか?

まあ、既に有る魔法とは言え転移の魔法が世界の悪影響を与えだしたと想定すると、

突然人が良く判らない場所に飛ばされるようになったり、

最悪突然世界地図が書き換わるような事態になりかねん。

ここは元々あったものだからこれ以上の影響は無いと考える方が無難か。

精神衛生上の観点から言ってもな。


しかし、少ないとは言え人目がある状況下で余りおかしな行動も取れんな。

先に術式破壊するのは諦めた方が良さそうだ。

となると、準備不足は否めないし蟻ん娘情報網も今回は当てに出来ないが、

ここはもう、突入する他無いか。


「にいちゃ!にいちゃ!」

「アリス?」


……アリスが一匹走ってきた。

随分慌ててるようだが一体何が?


「大変であります!あたし等やはーちゃん達が捕まった、です!」

「……何だと!?」

「有り得ないっす!」


突然の報告に俺どころかレオすらも驚きを隠せないで居る。

しかし、一体どうして?


「ぐーちゃんが罠に嵌った。あたし等も捕まって……人質が居るし下手に動けないであります」

「つっ!?」


グスタフが、罠に!?


「無事なのか!?怪我はしてないか!?」

「大丈夫であります。ただ……スライムの体内に閉じ込められて身動き不可能であります」


この世界にも居たのかスライム。

……しかし、そうなると更に洒落にならんな。

向こうはうちの息子を盾にするつもりか!?


「一刻の猶予も無いな……出来れば策を講じたいところだが」


チラリと横を見る。


「ルーンハイムの姉ちゃん、アルシェ様!二人とも落ち着くっす!」

「はーちゃんが、はーちゃんが!」

「ぐーちゃん!ぐーちゃん!ぐーーーちゃーーーーん!」


俺自身も暴走する所だったが、

捕まった、と言う台詞の時点でルンとアルシェが暴走。

何はともあれと城に乗り込もうとしたのでレオが首根っこを押さえている。

……お陰で俺は却って冷静になれたのだが、全く嬉しくないぞ?


「考えてる余裕も無いな、これだと」

「そりゃそうっす!イタタ!噛み付かないで欲しいっすよ!?」

「ぐーちゃんを迎えに行かないと!」

「……はーちゃん……」


どちらにせよもう時間をかけていられないのも事実だ。

ルン達もかなり切羽詰ってしまったし、もう手段を選ぶ余裕は無いか。

仕方ない、このまま突っ込むぞ!


さあ、来い!


……。


≪side アリシア≫

大ピンチ、です。

現在あたし等は捕まってるです。

具体的に言うと、あたしとアリスはロープでぐるぐる巻き+さるぐつわ。

はーちゃんはその上で天上から逆さづり。

そんでもってぐーちゃんはスライムに口元まで埋まってる状態、です。

で。


「くそっ、これでも目を覚まさねえか?蹴っ飛ばしてみるか?」

「むぐーっ!?むぐむぐむぐー!?」


ゴウおじちゃんが機械をぶん殴り蹴り飛ばしてるです。

バチバチ言ってるだけだった機械から、段々煙が出てきたです。

白い奴が段々黒くなってるです。

……めっちゃ、逃げたい、です。


「ギルティ……絶対に助けてやるからな。そしたら、こんな所からはさっさと逃げ出すぞ?」

「……」


おじちゃんも逃げたがってるぽいです。

でも、おばちゃんを目覚めさせるまでは無理みたいです。

……お友達の留守は守らなくていい、です?

もしかして、建前?


まあ、聞きたくても口をふさがれて声出ない、です。

機械からは更に訳わかめな変な生き物がゾロゾロと、

更に出てくる速度を上げながら次々と生まれてくるです。


「また変なの生まれてきたぞ?はぁ、ギルティを目覚めさせるにはどうやりゃ良いんだ?」

「むーりーじゃーねー!?」


目ん玉百個あったり、布みたいな体してふわふわ浮いてたり。

ええっ!?今度のは目玉が独立して動き回ってるですよ!?

まともそうなのでは自称猫型の獣人も居るですね。

因みに今さっき叫んでたのはデカイこんにゃくの化け物みたいなのです。

でも、全然うまーじゃなさそう、です。がっくし。

……にいちゃの記憶に良く似たのが居るような気もするですがきっと何かの間違いだと思うです。

きっとそうです。


「どこでも銅鑼ーっ!」


さっきの自称猫型獣人が何かお腹の袋から取り出して騒いでるです。

猫じゃなくてカンガルーの化け物の間違いだったですか?

鐘みたいなのをじゃーん、じゃーんって鳴らして、

ゲェッカンウとか鳴き声をあげながらそこらをうろついてるです。


もう、機械からまともな存在が出て来る事も無いみたい、です。

はーちゃんの顔色の悪さから言っても、もう完全に壊れてるですね。

……あ、はーちゃんのさるぐつわが外れた、です。


「待たんかゴウっ!もう止めよ!自分が何をしてるか判っておるのか!?」

「……まあ、よく判らんが便利な物があるから有効活用してる。それと嫁さんの復活だな」


はーちゃんは逆さづりのまま振り子のように体を振りつつ必死に叫んでるです。

あたしはおじちゃんの注意が逸れた今の内にこっそりロープを緩めるです。

アリスもやってるです。

後はぐーちゃんを何とか助ければ動けるですね。

……まあ、あの軟体生物をどうにかする手があればです、が。


「言っておくがそれは違う!それはプロトタイプ、試作型だ。お前の言うギルティでは無い!」

「はっ、おチビちゃん。騙されないぜ?幾らなんでも俺が嫁さんの特徴を見逃すとでも?」


「ええい!見た目は全部一緒なんだぞ!?と言うか若すぎると思わんのか!?」

「え?何でだよ?」


はーちゃんは、必死にゆれながら喋ってるですが、

あたし的にはちょっとアチャー、です。

今の受け答え……このおじちゃん、若い時の記憶しか無いッぽい、です。

これじゃあ、家族関係を喋っても余り効果無さそうです。

生まれた記憶も育てた記憶も無い息子に、何処まで感情移入できるか、

少なくともあたしには判らない、です。


「おう、おチビちゃんよ……少し気になったが、ギルティの事を知ってるとは……何者だ?」

「ハイムだ。一応お前とも血縁に当たる」


「ほぉ?じゃあギルティが何者か知ってるな?」

「当然だ。魔王の作り出した魔法生命体。魔王軍の切り札たる魔王の娘ぞ!」


「ピンポンピンポン大正解だな!」

「はっはっはっは!当然だ!何せわらわは……」


あ、おじちゃんがはーちゃんに歩み寄った、です。

そして……剣を抜いちゃったああああああっ!?


「……お前、魔王軍か……」

「う、うむ?」


「いいだろう。明日魔王を倒しに行くと思ったら三十年後に呼ばれちまってイラついてたんだ」

「ええっ!?わらわ、八つ当たりで殺されるのか!?」


いやいやいやいやいや!

それは駄目ーーーっ!

はーちゃんはおじちゃんの孫、です!

て、言うか前世はおじちゃんの義理の父?親です!

どっちにしても殺しちゃ駄目です!


……ま、どっちにせよ殺せない、です。

だって……。


「それは無いから安心しろ!ハイムーーーーーッ!」

「……はーちゃん!」


「な、何だッ!?」

「ぷはっ!か、壁が!魔王城の壁がああああああっ!?」


にいちゃ、来たですから。


あたし等がここに来るのに使ったコケトリスはそのまま待機して居たです。

ぐーちゃんは気付かなかったけど、

まともに攻める気があるはず無いにいちゃならきっと使ってくれると思ってたです。

そんでもって、空から壁ぶち破って突入したです!

にいちゃ、ぐっじょぶ。


「コケー、コッコッコッコ!」

「あ、縄切れたであります」

「もとピヨ245ごうちゃん。さるぐつわ、とってくれてありがと、です」


あたしらの拘束も解除したし、増援も来たし。

ではでは。

反撃開始、です!


……。


≪side カルマ≫

数羽のコケトリスに分乗して室内に突入する。

封印された扉はともかく壁は普通なようなので、

外側から爆炎を連射し壁ごとぶち抜いて突入だ。


「な、何だッ!?」

「ぷはっ!か、壁が!魔王城の壁がああああああっ!?」


室内では今まさに逆さづりのハイムが串刺しにされそうになっている。

……その光景に俺は、切れた。


「くたばれやあああああっ!」

「お前がカルマか!クロスの怨敵だってな。だがそう熱くなっちゃ……止めた。情報は与えねえ!」


ハイムに剣を向けていた男……恐らく勇者ゴウであろう人影に、

全身全霊を持って体当たりを仕掛ける。

後ろに飛んで軽く回避されるがそれでいい。

今大事な事はハイムから少しでも相手を引き剥がす事だ。


「……はーちゃん?はーちゃん!?」

「母?」


後ろではルンが泣き喚きながらハイムを吊り下げるロープに対し必死にナイフを押し当てている。

子供を縛るにしちゃあ随分と太く丈夫なロープだ。

そんな事にも一々はらわたが煮えくり返る。

人の娘を何だと思ってやがるこの野郎……!


「ナマスにしてやる!」

「へっ。出来るのかよ?」


同様にその近くではアルシェがグスタフを捕らえたスライム状の物体に対し必死の攻撃を行ってる。

レオは戦列復帰したアリシアとアリスを加えてその護衛として展開し始めていた。

だから……俺の仕事は、敵に残った最後の精神的支柱を叩き折る事だ。

悪いが、消えてもらうぞ勇者ゴウ!


「うおおおおおおっ!」

「……パワーはあるが大振りだ。へっ、才能無い奴は哀れなもんだな」


「だりゃああああああっ!吹っ飛べッ!」

「唯の馬鹿力なら……ほれこの通りだ」


……っ!?

手を突き出してきた?

いや、剣の軌道を逸らされたのか!?


「ぬがああああっ!?」

「微妙な手の加減と相手の動きに合わせた咄嗟の動きを的確に出来ればこの通りよ」


全力で切りかかるが相手の手甲に軽くいなされる。

それだけならまだしも逆の手で突き出された剣にまともに突っ込む形になってしまい、

ただ無造作に突き出されただけの剣に串刺しになってしまう。


「ま、例えば相手の1割ほどの力しかなくてもな?どうとでもなるんだ、これがな」

「ぐ、ぐぐぐっ」


得意げに語る相手に対し、俺は突き刺さった剣を刃を抱えて無理やり引き抜く。

そして魔剣を両手で構える事により徹底抗戦の意思を示したのである。


「はっ、まだやるか……悪いがそんな単調な動きじゃ俺には勝てないぜ?」

「……だったら、これでどうだ!」


確かにそうなのかも知れない。

……けどよ。だからどうした?

そんな事は今までの実戦で嫌と言うほど身に染みてるんだ。

だがな、俺にはこれがある!


『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』

「ぐわっ!?こいつがクロスの言ってた短縮詠唱か!」


その場で印を組み上げ爆炎を発動。

爆発が敵を襲うも間一髪で避けられた。

……だが、距離は開いた。

体勢は立て直せるだろう。


「ふう……とんでもない威力だな。全く、こっち方面のみ伸ばされてたらやばかったかも知れん」

「やかましい!」


「馬鹿な話だ。万能なんて器用貧乏以外の何物でも無いのによ」

「俺は数年前まで純粋な戦士だった。魔法は故あって極めるのに時間が要らなかっただけだ!」


はっ、と勇者は鼻で笑う。


「だったら最初から魔法使いしてたら良かったのさ。……第一なんで才も無いのに戦士なんか」

「親父に子供の頃から仕込まれてたんだよ。選ぶ権利なんか無かっただけだ!」


「……だとしたらお前の親父は馬鹿だ。センスも無い奴に何年も努力させるなぞ無駄の極みだ」

「何だと?」


「他に才が無いなら兎も角、そんだけの魔法の才をみすみす埋もれさせてたなら馬鹿でしかねえさ」

「親父の悪口は言うなボケがあああああっ!」


再度爆炎を飛ばし、その後ろから自分自身も突撃を敢行する。

さあ、この二段構えをどう対処する!?


「こんな安い挑発に乗るなってのな……ま、そう来たなら……突っ込む!」

「前進!?」


直撃だけは避けるようにして敵は前に出てくる。

そして、背後で爆発するその爆風を背に受ける形で加速、

双方全力ですれ違うように斬り合った!


……俺の脇腹から血飛沫が上がる。


「駆け引きが甘いぜ?ま、魔法の連射をされたら弓の雨に対する策と同じ手を使えば良いんだがな」


相手は、無傷かよ!

……ならば、これでどうだ!

組み付くように突っ込んで、相手の剣と鍔迫り合いの体勢に持って行く。


「おっと、今度は本当の意味で力押しか?」

「アンタの言う馬鹿な親父に鍛えられたお陰でパワーには自信があるんでな……!」


「はっ!そんなの、こうだ!」

「投げか!」


案の定相手は後ろに転がり巴投げの体勢に入る。

老いたアクセリオンにさえ、これでしてやられたのだ。

当然こっちも使って来ると思ったよ!


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

「……剣が!?」


だが、最初から織り込み済みなら何の問題も無い。

……とは言え普通の対処では更に技を返されるのは判りきっていた。

よって、強力により更にパワーを上げ、

その上でしゃがみ込むように一気に重心を下に持ってくる。

このままでは押しつぶされると判ったのだろう……相手は凍りついたように投げを中止した。

だが力のベクトルは前から真下へ。

その変化が止まる事は無い。

力の向きが変わった。

ただそれだけだが突如として巨大な下向きの力を得た魔剣は、

空中で敵の腕により固定されているだけの剣を叩き折った。


普通なら、刀身を滑って落ちて行くだけだろう。

だが、唯でさえ豪腕な上に、それを更に強化された筋力は、

ズドン……!と言う音と共に相手の剣を中ほどから切断したのだ。

……この日初めて見る、勇者ゴウの本当の驚愕の顔と共に。


「なんだと!?」

「と言いつつ予備の剣をちゃっかり抜いてやがるじゃないか!」


ざまあみろ!唯の力押しを舐めるんじゃ無いぞ!?

圧倒的な力は技術力の差を埋めて余りある。

……と言うかむしろ力の差を少しでも埋める為に技術があるのだから、

圧倒的なパワーがあれば、大抵の事は乗り切れるのだ……!


と言いたい所だが、それだけで勝負が決する訳ではない。

相手は予備の剣を抜い……いや、こっちが本命だ!

明らかに材質が違う!


「予備か。その通り……ただしこっちは上質なミスリル製だがな!」

『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』


鎧の隙間を狙って繰り出された勇者の剣が俺の脇を抉らんとする。

だが、次の瞬間ガキン、と音がしてミスリルの刃が僅かにこぼれた。


「なん、だと……?」

「弓兵殺しの異名持ちでな……軽、いや中量級武器までは俺にダメージを与える事は出来ない!」


そして、


「魔剣の錆になれ!」

「……スティールソードだってっ!?」


魔剣が遂に敵の胴に吸い込まれ……、


「ぬんっ!」

「ブリッジ!?」


「更にふんっ!……はあっ!」

「蹴りなんか……距離を離されたか!?」


る、事は無く上半身が消えたかと思うような見事な反りによって回避され、

そのままブリッジの体勢からバック転の要領で距離を離される。

……それにしても千載一遇の機会を逃してしまった事が悔やまれるな。


「ふう、とんでもない奴だぜ……だが、俺は諦めが悪いんでな!」

「刃こぼれした剣一本で何が出来る!」


だが、敵は他の武器を出す事もせずそのまま突っ込んでくる。

無駄だ、鉄の……いやもはや鋼どころの強度ではない俺の肌に刃こぼれした剣が突き刺さるか!

もし突き刺さってもそのまま組み付いてサバ折りしてやる……!

と、そのまま迎え撃つ。


「おおおおおおおおっ!」

「無駄だあっ!」


剣が弾けミスリルの塊が宙を舞う。

案の定、と言うか敵の剣は俺の鎧に阻まれ砕け散った。

だが敵は諦めない。

そのまま何を思ったかぐっと拳を握り締め、俺の顔を目掛けて!


「赤い……一撃ぃっ!」

「ごほっ!?……ぐはああああっ!?」


練り唐辛子の玉を、俺の顔に叩きつけて来やがったーーーーーっ!?

辛い!熱い!痛いーーーーーっ!?


「へっ、本当は対魔王用の切り札だったんだがな……」

「目がぁ!鼻がああああああっ!」


何も見えない!目を開けていられん!

この刺激には硬化した肌ですら何の役にも立たない。

暫くのたうち回り、

ようやくの事で粘着していた唐辛子の練り物を顔からこそぎ落とす。

……そう言えば、相手の追撃は無かったがどう言う事だ?


「アニキ!済まないっす!」

「ぐーちゃあああああん!」

「ゴウ!貴様あああっ!グスタフを離せええええっ!」


……何!?

必死に目を開けて声のほうを見る。

すると、

壁際で気を失ったルンに抱きかかえられるようにして頭を押さえつつ叫ぶハイムとアリシア。

そしてスライムに囚われたままのグスタフにナイフを突きつける勇者と、

その後ろでどうする事も出来ずに立ちすくむアルシェ、

及びそれを庇うようにして立ち、謎生物の群れと戦うレオが居た。

……察するにグスタフからスライムを引き剥がそうと必死になっていたら、

後ろから奇襲を受け、咄嗟にルンはハイム達を庇ったが吹っ飛ばされて気絶。

そしてグスタフを人質に取られてアルシェとレオは動けない、と言う訳だな?


「勇者が人質かよ……」

「おう。何せ勝てば官軍って言うからな……さて、その剣は元々俺のものだ、返してもらおうか」


……剣はグスタフの頚動脈に当たっている。

もしかしたらグスタフなら耐えられるのかもしれない。

だが、耐えられない可能性がある以上、そして相手が俺の子である以上選択肢は存在しなかった。

だがそれは即ち……。


ははは、こんな最後かよ?

このまま武器を、それも俺にとって天敵でもある魔剣を相手に渡して生きていられるとは思えない。

思えば俺だって、何人も罠に嵌めてきた。

その報いを受ける時が来たのかもしれない。


どうする事も出来ず、達観と共に魔剣を放り投げる。


「よおし、それでいい……さあ、次はこっちに来な」

「むがむぐーーーーっ!?」


グスタフが俺の名を呼んだ。

必死に目で訴えている。

……とは言え、どうしようもないんだよな。お前の喉下に刃が押し当てられている限り。

ゆっくりと近づく俺。

そして、その剣が片手で上段に振りかぶられたその時!


「すこおおおおおおおおおおっぷ!」

「なんだとぉっ!?」


勇者の足元が崩れ、地下からアリスが飛び出してきた!

そのスコップの切っ先は狙い違わず勇者の片腕を抉り……!

ナイフをその手から弾き飛ばした!

その瞬間を見たアルシェは即座に銃を乱射、敵をグスタフから引き剥がす事に成功する!

そう。それはまさに奇跡の瞬間だった!


「やったでありますよ!」

「くそっ!チビ助だと思って油断した!それにその目、お前魔物かっ!?」


「ぐがっ!?」

「アリスーーーーーっ!」


だが、その奇跡の代価を俺達は支払う事となる。

振り上げられていた魔剣はその狙いをアリスに変え、容赦なく振り下ろされる。

アリスはスコップで受けるもそのまま両断された。

血を流しながら吹き飛ばされ、べちゃりと地に落ちる。


……。


「うおおおおおおおおっ!」

「このっ!野郎おっ!」


俺の中でまた何かが切れる。

そして気が付いたら無手のまま敵に突っ込んでいた。


……当然魔剣に切り刻まれ、全身から魔力が抜けて行く。

だが、それが何だというのだ?

この一撃を恐れたら、次は誰が犠牲になる?

ルンか?ハイムか?アルシェか?アリシアか?

……もうそんなのはゴメンだ。絶対にそんな事は認めない!


……。


無造作に手を突き出す。

敵の肩口を掠っただけだが、相手の肩当が砕ける。


「お前!その腕は何だ!?」

「……あ”?」


突き出される魔剣。輝く光は俺にとって死神の鎌に等しい。

……だが気にしない。

腹にグサリと根元まで刺さったのを幸いに、そのまま柄を握った敵の片手を、

こちらの竜の手で握りつぶす。


気が付けば俺の体は半竜化していた。

……何時の間にファイブレスと同調したのだったか?

最近返事もしてくれない相棒の事を思いながらそんな事を取りとめも無く考える。


……それを好機と見たか、敵は更に魔剣を振るってきた。

狙いは顔か。まあ、今更何処を狙われてもどうと言う事は無い。


「化け物がああああっ!」

「ふん!」


無造作に腕を振る。

敵が吹っ飛んだ。骨の二、三本も折れているだろうが関係ない。

こんな脆い相手にここまで苦戦していた自分が嫌になる。

まったく。人が竜に勝てると思っているのか……。


「くそっ!」

「逃げるな」


敵は向こうを向いた。逃げる気なのだろう。

だがそれを許す我が身ではない。

突進し尾を振り回して敵の足を砕いた。


「ぐがああっ!だが、かかったな!?」

「ふん……罠か」


周囲と僅かに色の違う床を踏むと下から突起物が飛び出してくる。

原理は簡単、俺の体重を利用したのだろう。

重量物が載る事により発動するブービートラップだ。

そして、連動して天井からは大量の武具が降り注ぐ。

……愚かしい。それぐらい我が炎で溶かしてくれる、

そう思い炎を上に向けて吐くと、突然大爆発を起こした。

どうやら火薬樽でも混じっていたらしいな。

まあ、ルンやハイムたちが巻き込まれていないならそれこそどうでも良い事だが。


「それが生命の危機に繋がっていた。そんな時期が俺にもありました、な」

「……嘘だろ……あの量に加え、爆薬とやらまで裏から手に入れさせたんだぞ?それを……」


そして、哀れな獲物の手持ちの策はそれで尽きたようだった。

だが足が砕けてもまだなお何かを狙っていそうだった事もあり、

今度は無造作に両腕を折り曲げ骨を砕き、次いでその体を掴み上げる。


「さて、これで終わりだ……」

「ぐ、ご、おおおお……」


最後は壁に空いた大穴からぶん投げればいい。

それで終わりだ。

我が家族を奪った罪、万死に値するぞ……。

そう思い、壁の穴に近寄る。


「にいちゃ!すとーーーっぷ、であります!」

「アリス?」


だが、声がかかった。

アリスだ。

無事だったのか?


「へへへ。ちょっとドジッたけどもう大丈夫であります!」


てこてこと近づいてきたアリスは既に応急処置を終えていた。

三角巾を吊っているが血が滲んでいる様子も無いし、服にも血の跡は無い。

どうやら思ったより傷は浅かったようだ。

まったく、心配かけてくれるよコイツも。


「にいちゃ!それよりおじちゃん殺すのは駄目であります」

「何でだ?このまま生かしとく理由があるのか?」


……何故かアリスが勇者ゴウへのトドメを止めてきた。


「当たり前だ。そもそも父よ。意識がファイブレスに飲まれかけておったぞ?」

「なに?」


そして更にハイムが俺に対し意味深な事を言う。

とは言え、嫌と言うほど覚えはあったがな。

うん、実は結構やばかったかも知れない。


「そんな状態で勝っても意味は無いってか?」

「いや、そう言う事じゃないで有ります、ええと」

「……そうだなぁ。あれじゃあまんまドラゴンじゃねえか……お前の実力じゃないよなぁ……」

「ゴウ!爺はちょっと黙れぃ!」


何か、瀕死の人が何か言ってますけど。

あ、目が死んでるし半ば気絶してら。あーあー口から泡吹いてまで……。

それでも未だ勝ちを諦めてないのかこの人。

要するに、よく判らんけど助かりそうだから乗ってみましたって所か?


考えてみれば凄い勝利への執念だよな。

まあ判らんでも無い。俺も同じ立場ならそうするだろうし。

しかし、折角拾った勝ちを捨てるのも惜しいが……。


「まあいい。お前が言うならそれでいいか」

「ふう、であります」

「ていうか。にいちゃ……そろそろきづいて、です……」


一体何がだ?

と思いつつどさり、と勇者を床に降ろす……頭から。

相手は気絶した。やはりただで離してやる気は無いからな。


まあ何にせよ、両手両足は砕いてある。

目が覚めてもこの状態では何も出来はしまい。

……となると、後は……。


「取りあえず、この機械を止めるのが先決だな?」

「そうだよカルマ君!何とかしないと変なのが増えちゃう!」

「アニキーーーっ!早く何とかして欲しいっす!」

「きづいて、です!たすけて、です!」


軟体の中でもがくグスタフとそれを庇うように戦うアルシェとレオ。

ハイムはアリシアと共に気絶したルンを守っている。

……謎生物群は未だ増え続けてるのか。

とは言え、既に普通の止めかたじゃ無理だろこれ?


「ハイム!どうにかならないのかこれは?」

「もうわらわにも判らんわっ!停止させる為の方法がことごとく潰されておる!」


敵を形見の斧で根切りにしながら半泣きで吼えるハイム。

まあ、そうだよな、

ショートして黒い煙上げる機械なんてどう止めろと言うのか。

……やっぱ。これしか無いわな。


「おおおおおおっ!突撃ぃいいいいいいいっ!」

「何ゆえ取り戻した魔剣を構えて突貫しておるのだ父ぃぃぃぃっ!?」


いや、決まってるだろハイム。

こういう場合は、


「バッター、振りかぶって第一球、打ちましたああああっ!」

「えええええええっ!?」


もう、完全にぶっ壊すしかない。


「ウボォアアアアアッ!?本体が飛んだあああああああっ!?」

「はーちゃん、て、うごかすです。てきさん、まだくる、です」


ハイムが目の幅の涙を流すが気にしていられん。

ともかく機械本体を剣の腹で殴り飛ばす。

……人間大ほどのその機械は宙を舞い回転しながら床に叩きつけられ、

最後に大きな破裂音を残して完全にその機能を停止したのである……。


……。


しん、と静まり返った室内。

生まれたばかりの謎生物達も、ハイム達も、

当然気絶状態から帰ってきたばかりのルンも一言も発しない。


ただ……謎生物の発生は止まった。

世界の危機は取りあえず回避されたのだろうか?

ともかく自分達の不利を悟ったのだろう……謎生物達は素っ頓狂な叫びをあげて一斉に逃げ出す。

そして、この場には俺達だけが残された。


「ハイム、どうにか世界の危機は回避できたぞ?」

「アホかああああっ!」


ぴしっ、と軽くデコピン。


「父親に対しアホは無いだろ常識的に」

「へぶっ!?いや父。父は何をしたのか判って居るのか?答えてたもれ!?」


何を判っていないというのか?

反撃だとばかりにがじがじと俺の手に噛み付きながら言うハイムに、

うりうりとほっぺた突付きながら軽く疑問をぶつけてみる。


「どうせ封印されてた場所だろ?もう使わないなら無くても同じじゃないか?」

「……父は世界を管理する機構の一部が壊れた、その意味を何も判っておらんのだ……」


……その時、背後からゴゴゴと言う振動音が響く。

機械は壊れたのに何故?と思っていると、

何処かで見たことのあるような人影が立ち上がり、こちらにゆっくりと近寄ってきていた。


「……」

「母さん?」


そしてぼおーっとしながら立ちすくむ。

……一体何がしたいのか?

そんな風に疑問を感じた時、それは起こった。


≪姉さん、ちょっと体借りるわね?≫

「ぎるてぃぃぃぃぃいいいいいいっ!?」


ハイムが驚いて硬直する中、

脚の無い人影が現れ母さんのプロトタイプに近寄っていく。

これは、一体!?


……。


突然虚空から現れた影は、間違いなくファイブレス戦の時に消えたはずの母さん。

何で唐突に?と思ったが、

足の無い母さんがぼんやりとしているプロトタイプ……、

まあ多分意思の無い人形なのであろうが、一応自分の姉に当たる存在に重なったかと思ったら、


「よし、久々に実体を持てた……魔力も漲ってるしいい感じね!」


幽霊の母さんが消えてプロトタイプが突然感情豊かになりました。

えーと。これはもう中身は母さんって事でOK?

実の姉の体を乗っ取る気だったのかよ!?ていうか、そんな事出来るのかよ!?

……いつの間にか大鎌持ってるし。


「ギルティ……幾らプロトタイプに意思を入れていないとは言えそれはちょっと……」

「あら、お父様?お久しぶりですね……随分ちっちゃ可愛くなっちゃって……」


……判るんだ。

姉の体を乗っ取った母さん(以下、母さん)はハイムの頭を撫でながらニコニコしている。

そして、俺のほうを見て再度笑った。


「カルマちゃんも久しぶりね……どう?少しは大人になった?」

「……ああ。もう子供も居るよ母さん」


そうしてルンの方を見ようとしたら……既に腕に絡み付いていた。

一体何時の間に……。


「…………初めましてお母様」

「マナさんの娘さんね?うんうん、そっくりに育ったわね。うちの子とは仲良くしてくれてる?」


そっくりなのは見た目のみで中身は正反対だけどな?

まあ、仲良くはしてるから問題は無いだろう。

……と言うか、もし不満だらけとか言われたら正直って泣けるが。


「先生は私の全て……一番大事なヒト……」

「あらあらまあまあ。本当に仲が良いのねぇ。子供はどんな子なのかしら?」


……沈黙。


「ど、どうしたの皆?」

「……は、は……はーっはっはっは!実はわらわである!」


くるり、と母さんの首がハイムの方を向く。

そこではハイムが乾いた笑い声を上げつつ無駄に胸を張っていた。


「お父様が、孫?」

「……うむ」


うわっ、何だこの微妙な空気は!?

痛々しすぎて何も言えないんだけど!

……だが、そこに颯爽と救世主が現れる。


「ギルティいいいいいっ!」

「あ、ふっかつした、です」

「折れた手足でよくやるでありますよね」


勇者ゴウ、復活。

ただし全身グニャグニャのタコ状態で……あれ?

母さんとは知り合いなのか?

いや、母さんは魔王軍から離反して、戦後……おや?

今まで得た情報を総合すると、あれ?


「ギルティ、俺だ。ゴウだ!判るか?」

「……ええ、あなた」


……何か冷えるな、と思いつつ情報整理を続ける。

あれ?今まで余り深く考えていなかったが、

もしや、もしかするともしかして……。


「なあアリス。もしかして……そこの勇者ってうちの親父の若い頃の姿か?」

「本当にまだ気づいて無かったのでありますか!?」

「……しってて、あえてむしだとおもってた、です」


あ、やっぱりそうなのか。

いやあ、喘息持ちの農夫だった親父と勇者って言葉が余りに似つかわしくなかったんで、

脳内で勝手に"それはない"に仕分けされてたよ。

本当に必要なものは仕分けられないものなんだなぁ。思い込みとかしがらみとか利権とかで。

まあ、それはさておき。


「うぼあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」

「……あなたには"少し"聞きたいことがあったのよね。少しお話しましょうか?」


何で、勇者ゴウ。

いや親父は母さんの手によって空中に吹っ飛ばされているんだろうか?

誰か教えてプリーズ。


「……にいちゃ?それこそ、あえてきおくからけしてない、です?」

「ほら。あたしも一緒に会って"にいちゃ"って呼んだから……」


ああ、成る程。

浮気を疑われてるのな?

しかし、それなら自分の潔白を証明すればいいじゃないか。

そもそも村に女手は殆ど無かったし、言ってくれれば弁護も……しないけどな。

なんでって?

あっはっは、幼少時のシゴキの恨みをここで晴らさせてもら、


「ぐぼあああああああっ!?な、何故ごほおおおおおっ!?」

「少し、正直に答えてくれればいいんだけど?ねえあなた?」


ヤバイ!?

首の骨があらぬ方向に曲がってるんだけど!?

さっきから地面に一瞬たりとも落ちていないし、

これは流石に止めないとまずい、のか?


「あうあうあう、です」

「にいちゃ。流石に止めるで有りますよ……にいちゃが」

「やばいっす!白目剥いてるっす!?」

「……先生、怖い」

「カルマ君。ギルティおばさんってもう少し大人しい人だった筈だよね……?」


俺もそう思ってたんだが。

……ああ、そう言えば俺が子供の頃にはもう力尽きて死に掛けてたんだよな。

なら、大人しくて当然か。

第一、魔王軍の最終兵器が温厚じゃ話になるまい。

ここは今までの迷惑料を兼ねて親父に痛い目にあってもらうしか無いな、うん。

流石にあれの中に割って入る勇気は……。


……と、思っていたらアリスが何故か近くの瓦礫の方を向いて何か考え込む。

そして、てこてこと歩いていった。

まさか、止める気か!?流石だアリス、何て度胸なんだ!


「おばちゃーーーん」


アウトーーーーーっ!

いきなり地雷踏んだんじゃないのか!?

そんな物言いしたら纏まる話も纏まらないぞ!


「おじ、おとーさん殺さないでであります、うえーん」

「おとーさん。です」

「おとーさん」「おとーさん」「おとーさん」

「おとーさん殺さないででありますおばちゃん」

「おとーさん」「おとーさん」


……だと言うのに。

アリクイが居なくなったのを良い事に集まっていたらしい蟻ん娘が、

十数匹沸いて出て一斉におとーさんコール。

しかも凄ぇイイ笑顔で……。

ああ、母さんが笑顔のまま固まって、額の青筋が……。


ぷちん。


……。


「えー、じゃあ言い訳を聞こうか?」

「多分、生かしておいても良い事は無いと判断したであります」

「なにせ、にいちゃのこと、しらないじきの、おじちゃんだし。です」


背後の惨劇を尻目に俺達は封印区画の隅で輪になっていた。

正確に言うと隅っこに固まって震えていたのかもしれない。

……時折破砕音や風斬り音、そして爆音まで聞こえる気がする。

だが精神、肉体両面の健康の為、俺達はそれを知らぬ存ぜぬで通す事にしたのだ。


「まあ、それはいい。兎も角今は世界の危機を救わんとならぬ」

「よくない、です……」

「というか、あれ?もう終わったんじゃないのかハイム」


ハイムは首を振る。


「言ったであろう?何をしているか判って居るのかと」

「ふむ。その言い草だと何か問題あるのか?」


そして、俺の言葉に対し、やけに重々しく頷いたのだ。

……あ、親父が空中で回転しながら血を吐いてら。

ともかくハイムは重々しく頷いたのである。


「一部とは言え機構本体を破壊してしまったのだ。暴走は避けられまい」

「暴走するとどうなる?」


暴走、ね。

余り面白い話じゃ無さそうだ。

と言うか機構って何だ?

話やハイムの役割からすると、魔法を管理運営してるシステムの事だとは思う。

その本体がここ魔王城にあったという事なのだろうが。


……当のハイムはむう、と言いながら話を続けていた。


「かつて古代文明の人類は、世界の環境や物理法則、生命の神秘をほぼ全て解明していたという」

「ふむ」


「そして、その技術を用い世界の環境を己の思うがままに弄り倒しながら暮らしておったそうだ」

「何か、終わりの見える生き様だな古代文明人って」

「まあ、げんにほろんでる、です」


……その後も話は続き、親父は天を吹っ飛び続けていたが、要点を纏めると以下の通りだ。

かつて古代文明が魔法を作り出した。

そして、その運営やその為のエネルギーを生み出し、

管理するために作ったのがこの魔王城と言う訳か。


「……知っての通り古代人はその管理者たるわらわ達に高い戦闘能力を与えておる」

「ああ。多分何時か好き勝手するために、後世の人類が逆らってくる事を想定してたんだろうな」


「そして、当然最悪の場合に備えた切り札くらい存在しておる訳だ」

「……なるほど。で、その切り札が機構の暴走と言う訳か?」


あれ?首を横に振った。


「否だ。そもそも機構本体は像が踏んでも壊れん造り。破壊される事など想定しておらん」

「……でもあっさり壊れたぞ?」


飛び上がって顔面グーパンチ。

……少し痛い。


「アホかーーーっ!長い時間かけて破壊された上、竜の力で吹っ飛ばされるなど誰が想定するか!」

「あー、そう言う事な」

「まあ、細かい事は良いんすよ。で、暴走するとどうなるっすか姫様?」


「……現在の世界の寿命は残り200年と言った所か」

「ヲイマテ、少し減りすぎじゃないのか?」


少なくとも500年は残ってた筈じゃあ。

それに俺達が増やした分もあるだろうに。


「はっ。これでもかなり甘めの試算だぞ父?何せ、今も昼夜が固定されかかっておるからの」

「……それってまさか世界……星の自転が止まりかけてるって事か!?」


もしそうなら最悪俺達の世界で言う所の太陽……に当たる恒星に突っ込む事になりかねんのだが?

見ると横で蟻ん娘達がガクブルしている。

あー、こりゃビンゴだな……。


「昼夜、固定?」

「母……ともかく世界が早晩滅びかねん異常事態とだけ覚えておいてたもれ」


だがやはり、この世界しか知らない人間には理解しかねるのだろう。

ルンやアルシェ、それにレオも首を捻っているようだ。

正直子の危険性を理解できないのは恐ろしいし、同時に有る意味羨ましくもあるな。


「……はーちゃんは賢い」

「いや、抱き上げられて頭撫でられても困るのだが……」


さて、そうなるともう処置無しと言う事か?

……多分そうではないのだろう。

今現在ルンに弄くられているハイムだが、

暴走に関する質問で、最悪に備えた機構の切り札の話をした。

それが問題解決の鍵となるのだろう。


「で、ハイム……さっき言った機構の切り札とやらは何だ?」

「む。それはな……ちょっ、母その2まで!?ふにゃ、ほっへたひっはるはーーーーっ!」

「あはは、可愛いなぁはーちゃんは」

「姉上ー。姉上ー……」


しかし、話すどころでは無さそうだな。

すっかり母親衆の玩具にされてるし。

……まあ、ルン達は多分話に着いて来れなかったんだろうが……。

あ、グスタフがじたばたしてる。


「あの……父上母上、そろそろぼくもここからだして欲しいのですが……」

「駄目だ。少しお前はそこで反省してろ」

「ぐーちゃん。お姉ちゃん達に迷惑かけちゃ駄目だよね?判るよね?」

「おしおき、です」

「今日一日はスライムの中で過ごすで有りますよ」


取りあえず、今回の駄目MVPであるグスタフは今日一日スライム漬けの刑である。

暴走王子など笑えもしない。

コイツは一歳児とはいえ分別もそこそこあるし、今回まで問題らしい問題は起こした事が無かった。

それで安心していたのだが……うん。甘かった。

何かが出来て当然の人間には、出来ない人間の事を理解できないのだ。

一応長男でもあり、

当然家を継がせるのはこのグスタフなので、それをこのままにしてはおけない。

故に俺が……俺が勝てるうちに何とか躾を完了しておかないといけなかった。

我ながら情け無い話ではあるがな?

兎も角そんな訳で、


「反省はしました。今後はしゅういの能力もこうりょして動きたいとかんがえています」

「……我が子ながらこの模範解答に背筋が寒くなりそうだな全く」

「僕も自分で生んでおいて何だけど、たまに理解できない時があるよ」


……何か、俺よりよほど物分りが良さそうだ。

と言うか普段は理解出来ているのか。凄いな母親って……。


……あれ?

なんだろう。

何か。寒いぞ?


「ねえカルマちゃん?酷いと思わない?」

「うおっ!?母さん!?」


い、何時の間に背後に!?

しかも両手が血に濡れてるし!


「パパってば、あの子の事どころかカルマちゃんの事も知らないって言うの!」

「……あー……」

「まあ、話からすると30年前の記憶のままっすからね、当然っすよ」


「カルマちゃんはパパみたいな人にならないでね?」

「う、うん。わ、判った……」


……あれ?

あれあれあれあれ?

更に周囲の気温が下がったような。

ああ、そうか!

世界の気候がおかしくなってるんだもんな、当然


「……じゃあ聞くけど……この子、お隣のアルシェちゃんよね?」

「あ、ああ……そうだな母さん」

「お、お久しぶりですギルティおばさん……僕は確かにアルシェですけど……」


あるぇ?

母さん。前髪にかかって目が見えないけど?

と言うかキュピーンと光ってるんだけど?


「母上。それにルン母上……何かおばあさまが怖いのですが」

「そ、そうだねぐーちゃん」

「……お母様。大丈夫、私は認めた」

「母。それ、どう考えてもギルティには逆効果だ」


……これは、まさか。


「……カルマちゃん。私はあなたをそんな子に育てた覚えは無いわよ?」

「か、母さん落ち着け!?」

「ラスボスバトル第二形態なのですよー?」


何処から沸いて出たミツバチ!?

……じゃなくて。


「誤解だアアアアああっ!」

「五回?五回も浮気してるのカルマ!?こんな可愛い奥さん貰ってまだなお!?」

「ちがう!にいちゃのおくさん、たったのさんにん。です!それにうわきじゃない、です!」

「アリシア!待つであります!それは!?」


アリシアの……アホおおおおおおおおっ!

空気が、空気が凍ったじゃないかーーーーっ!?

て言うか俺も自爆してるーーーーッ!?



「カルマ……ちょっと、頭冷やそうか?」

「う、うわああああああああッ!?」



……怒りのあまり笑顔の凍りついた母さんが、轟音を立てつつ迫ってくる。

その手には血に染まった巨大な鎌。何この死神?と言うかむしろ魔王そのもの?

いや、武器が合って無いような……って、俺は一体何を言っているんだ!?

ああ、何ていうか。



もう、どうにでもなーれ♪(AA略)



***最終決戦第七章 完***

続く



[6980] 77 我知らぬ世界の救済
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/24 00:19
幻想立志転生伝

77

***最終決戦第八章 我知らぬ世界の救済***

~親子対決 幕間編~


≪side カルマ≫


頭の中がひっくり返ってかき混ぜられたような感覚……。

天井に叩きつけられ床をぶち抜いて一つ下の階に叩きつけられた所で、

どうやら追撃は止んだ様だった。

もっとも、それは同じ動きを数十回ほど繰り返してからだったがな。

要するに現在、俺は母さんからの折檻を受けている真っ最中と言う事だ。

因みに……ようやくそこで、母さんは正気に戻ったらしい。

らしいと言うのは、要するに俺自身気を失いかけていて、

確かめる余裕が無いということだが。


「カルマちゃん……お母さんは悲しいわ」

「……母さん、普通死ぬって」


「反省した?カルマちゃん」

「した!したから命ばかりは……」


「判ったわ。それじゃあ後で詳しい話を聞かせてもらうから」

「へーい……」


とりあえず泣き別れた上半身と下半身を無理やり手で繋げ、再生を待つ。

待ってれば治る自分の体に驚きつつも、俺は折檻が終わった事に心底ほっとしていた。

ふと横を見ると親父が痙攣している。

痙攣していると言う事は生きてると言う事だ。どうやら最低限の加減は残っていたらしいな……。

等とぼんやり考えていると、見覚えの有る顔が逆さまに俺の顔を覗きこむ。


「父?生きておるか?」

「ああ、辛うじてな」


『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』

「いや、それをやるぐらいなら治癒を使えよ……」


何はともあれハイムが治癒術を使う。

魔王・管理者特権以外の魔法を好まず、正規術式すら満足に使おうとしないハイムが、

色々な部分を曲げて俺の胴体に治癒をかけてくれているようだ。

流石に千切れかけた胴体は放っておけなかったらしい。


「……まあ、サンキューな」

「うむ。まあ、今回ばかりは災難だったな。うん、元気出してたもれ?」


珍しい事に生意気盛りのハイムが今回は随分大人しい。

ぺたぺたと両手で俺の胴体を触っている。


「どれ。取りあえず胴体はくっ付いたか。後は母からでもやって貰いたもれ?」

「そうだな。うん……だが、眠い、な……」


「当然だな。ダメージが蓄積しすぎておるわ……うん。これでは暫く動けんな……」

「……そうだな」


正直こうして話しているのも辛い。

けど、何か引っかかる。

それが俺をこの会話に縛り付けていた。


「よいしょっと」

「何故乗る?」


ところがどう言う訳かハイムはふわりと浮かぶと、くっ付いたばかりの俺の腹に乗っかった。

……正直、少し所ではなく辛いんだが……。


「父。ちょっと抱っこしてたもれ?」

「……無理」


その上で更に無理難題を言い放つ。

それでもまあ、可愛い娘の言う事だと力を振り絞って折れた腕を持ち上げ、

腹に座っていたハイムの上半身をこっち側に倒して背中を三回ポンポンと叩いてやる。

……胸板の上に顔を乗せたハイムは、それにご満悦の笑みを浮かべた。


「うむ。父よ、少し寝ておれ。その間にわらわがこの危機的状況、何とかしてやるぞ!」

「……大丈夫なのかよ?」


「任せてたもれ。わらわはハイム。父の娘、そして……わらわは魔王、なるぞ……?」

「そう、か……じゃ、取りあえずやってみろ。まあ、駄目なら、俺が何とか、するから、な……」


「うむ。まあ、父の手は煩わせんよ……」

「そう、か……」


そこら辺が体力の限界だった。

俺の意識は急速に沈み込んでいく。

あー、こりゃ数日は目覚めないな。


「任せてたもれ。父の子として生まれて、わらわは嬉しかったぞ?……だから……」


一つ気になることとして、

意識が途絶える直前、ニッと笑って最後にハイムが何か言っていた様な気がする。

だが、俺にそれを聞き取る余裕は無かった。

ただ異様で不吉な予感が、魂の奥から何名かで警告を発していた……よう、な……?


「だから、わらわが居なくなっても。絶対、忘れないでたもれ……」


……。



結論から言おう……世界は救われた。

気が付いたら救われていた。

目が覚めたら全て終わっていたのだ。


ハイムが最後の切り札とやらを使ってくれたお陰らしい。

俺は数日間ずっと寝ていた。

正確に言うと母さんにボコられて、気が付いたら近くの天幕村に寝かされていたのだ。

……なあ、よりによってここで蚊帳の外とかありえないだろ、常識的に。


覚えている最後の記憶は、気絶する直前にハイムが、


「父。ちょっと抱っこしてたもれ?」

「……無理」


抱っこ、とか言いつつ、

どう言う訳かボロ雑巾状態の俺の上に乗っかってきた事ぐらいか。

……兎も角、そうして目が覚めたら全てが終わっていた。


周囲の天幕からは世界が救われたと喜ぶ声が聞こえるし、

横にいる蟻ん娘達もそう言っていた。

だが。


「で、ハイムはどうしたと?」

「……もう、かえってこない、です」

「機構掌握の為、地下に隠されていた機構中枢に取り込まれたであります」


ハイムは、帰って来なかった。


……。


痛々しい沈黙に包まれる中、

蟻ん娘達が必死に口を開く。

まるで、自分達に言い聞かせるかのように。


「でも、そういうものらしい、です……」

「はーちゃんは世界の為の犠牲になったのでありますよ……」


もし、どうしようもなく世界のバランスが崩れた際、

管理者が中枢として機構に取り込まれることで発動する最終機構。

即ち、機構そのものの"初期化"である。


機構そのものを消失させる付加逆変化の為、

最後の安全装置として、発動した管理者自身の消失をも伴うと言う、

文字通り世界を救うための最後の切り札。


ハイムはそれを発動させたのだ。

……そう言えば以前、上層階"の"封印区画とか言ってたよな。

つまり地下にもあったって事だ、封印区画が。

そして、そこに赴いたハイムは一人そこに残り最終機構を発動させたのだと言う。


"初期化"とはその名の通り世界を元の状態に戻す為の命令だ。

本当に世界が危険な状態に陥った時、

危険覚悟で機構の保有する全エネルギー……即ち全魔力を総結集し、

世界の環境を出来うる限りその本来の形に戻し、

その後"機構"を解体する事により最大の歪みを是正する。と言うものだと言う。


……まるで一向宗の寺を元に戻すと言っておいて更地に戻した徳川の権現様のようだが、

そういう効果なのは仕方ない。


ともかく世界の寿命は数千年単位で延びるのだというが、

副作用として"機構"最大の恩恵である魔法の使用が出来なくなり、

更に設備インフラに当たる部分が崩壊する為、

魔力の生成も行われなくなるし、世界中に供給される事も無くなると言う。

当然、環境も時間をかけて自然の状態に戻るらしい。

……因みに今までは世界全体にエアコンを入れ続けていた様な状態だったとか。


無論、今あるものが無くなったりはしないが、

当然世界中を巡っていた魔力も段々と消失していく事になるだろう。

人間も今後はよほど特殊な事情が無い限り、魔力が自然回復する事も無くなると言う。

もっとも、それは大した問題ではないのかもしれない。

そもそも機構中枢がなくなると、魔力があっても魔法自体が発動しないらしいからな。

どんなに印を組み、詠唱を行おうがそれは最早ただのポーズであり言葉でしかないのだ。

どんな強大な力もそれを使用する術を与えられなければ意味は無い。


「でも、世界が救われたのは本当のようであります」

「おかしな、あつさ、なくなった、ですから」

「そうだな……だから外の連中も大騒ぎしてるんだろうし」


今も表ではどんちゃん騒ぎだ。

煩い事この上ない。


「うにゃ、ちがう、です」

「最上階が突然ドカンとぶっ壊れたでありますからそれで問題が解決したと思ったようであります」


ああ、母さんに俺か親父がぶっ飛ばされた名残な。

それに、謎の生物が逃げていく所を見ればそう思ってもおかしくないか。


「まあ、よろこんでばかりなのもいまのうち、です」

「もう暫くしたら、魔法使えない事に気付くと思うであります」


まあ、使う必要に迫られたら否応無く気付くだろうが、

基本的に大規模な術である瞬間移動は帰りには使わないだろうし、現在必要なのは治癒術くらい。

だが治癒術の使い手は基本的にうちか神聖教団にしか居ないだろうし、

故に現在気付いているのは当のハイムの僕となった神聖教団員や、

もしくは治癒術をどうにかして覚えていたほんの極僅かな例外だけなのだろう。


まだ騒ぎになっていない所を見ると、教団は恐らく蟻ん娘が抑えていて、

そのほかは、今はまだ自分の調子が悪いだけだと思い込もうとしているに違いない。

事実が世界中に知れたらえらい事になるな。

それはそう遠く無い将来の話なのだろうが……。


「本当に、とんでもない事になるな……」

「はいです。でも、うちにひがいはださせない、です!」


因みに、一度完全に破壊された機構の再稼動は不可能との事だ。

稼動の前提条件だった設備が全て壊れてしまうのだから当然の結論ではあるが……。


ともかくそんな世界規模の代物が消えることで世界の寿命は数千年延びるらしい。

と言うか、魔法とそれを管理する機構を造った為に、

それだけ世界の寿命が削れていたと言う事らしいな。


……要するに、この世界に一番負荷をかけていたのは他ならぬ"魔法"と、

それを維持管理するための機構そのものだったと言う訳だ。

世界の存亡と魔法という万能の力を天秤にかけ、

その万能の力と引き換えに世界に対し最後の延命を行う。

それが、古代文明最後の遺産だったと言う訳だな。


それにしても、世界を永く存続させる為のシステムが世界に一番負荷をかけているとは、

どういう皮肉だったんだか。

兎も角世界は救われた。

太陽はきちんと東から昇るようになったし、あの熱気ももう無い。

当然、世界の寿命も延びた、と言うかある程度は元に戻った筈。


「それで、世界の寿命はどうなったんだ……?」

「さあ?でも、元よりずっとのびてるとおもう、です」

「ここいらも段々元の寒い環境に戻って来たでありますし」

「数日ほど一日が数分くらいづつ短くなってたらしいっすよ?もう元に戻ったそうっすが」


……世界は寿命を取り戻した。

魔法と言う力と引き換えにして。

火球を唱えてみたが、もう炎が生まれる事は無かった。

サンドール地下にあったマグマ溜まりもその範囲を狭めていて、

夜も段々と冷え込むようになって来たと言う。

その他にも世界各国から様々な情報が入って来ていた。

その全てが、ハイムが蟻ん娘達に語ったと言う今までの話の概要を肯定している。

こうして世界を元に戻せる分戻し、その後は機構自体を解体するのだろう。

……だが、その後はどうなる?


「なあ、ハイムは何時ごろ戻ってくる?」


……ふと気が付くと自分でも、

何を馬鹿な事を、としか言いようの無い台詞を吐いていた。

この状況下でどうにかなる筈が無いじゃないか。

そう思いつつ聞かずには居られなかったのだ。


「むり、です」

「現在はーちゃんは地下で世界を元戻す作業をずっとしてるであります」

「……終わったら、機構ってのと一緒に。その……なくなる、そうっす……」


判りきっていた事では有る……だが、俺は思わずガリッと鎧を掻き毟っていた。

俺は一体何をしていたのか。

……母さんの激昂に翻弄されているうちに何も出来ずに終わってしまっているとは……。


「ごめんね?ごめんなさいね?私が我を失ったばかりに……!」

「……いえ。私も、とめられなかった、から……はー、ちゃん……」

「ルンちゃん……」

「ぼくがいけないのですよね?無理な行動したせいなんですよね?」

「おちつく、です。げんきだす、です!」

「皆辛そうで見てるだけで辛いであります……」


当の母さんはと言うと、ぼーっとして座り込んだまま身動きすらしないルンに必死に謝っている。

グスタフは自分の不明と軽挙妄動を恥じ、むずがるように頭を抱えていた。

そんでもってアルシェや蟻ん娘達はオロオロするばかり。

……周囲が喜びの中に包まれる中、この俺達の周囲だけ冷たい風が吹きすさんでいる……。


……。


「おう。何死んだような面してやがるんだ?」

「親父……」


その時全身包帯まみれだが、大分元気そうになった親父が現れた。

……だが、正直応対する余力は無い。

生返事を返し下を向く俺に対し、親父はゴツンと一発頭を殴ってきた。

そして、俺に問う。


「なあ。お前は俺の息子だってんだろ?なら、何諦めてるんだ?」

「……諦める?」


「おうよ。欲しいものはあらゆる手を使って手に入れろって……俺は言わなかったのか?」

「……言って無いな」


正確に言うと俺と親父には言葉のコミュニケーションが余り無かった。

当然だ。俺は長らく満足にこの世界の言葉を喋れなかったのだから。

……幼い頃最初に理解できた親父の言葉が、


≪せめて、体だけでも一人前にしてやるからな≫


だったくらいだ。

あの親父も俺に人を騙す様な狡猾さを期待はしていなかったろう。

そう考えると、

俺の教育方針は親父にとってもかなり不本意なものだった事は容易に想像がつく。

思えば本当に親不孝な息子だったと思うよ本当に。


「ふん……だが、聞いた話じゃあお前はそれを肌で理解してるようだったがなぁ?」

「けどよ。どうしろって言うんだ!?下手な事をしたら世界がまた危機に陥りかねん!」


親父の言いたい事は判る。

ハイムが死ぬのは少なくとも世界の環境が完全に元に戻ってからだ。

それまでは機構中枢の一部として生かされているはず。

そして、機構解体の最後まではまだ助け出す機会があるのではないかと俺はぼんやりと思う。

何故なら解体していく過程がある以上、中枢の解体は最後になるであろう事は明白だからだ。


だが、ハイムを取り戻した時世界の寿命はどうなる?

それに第一魔法そのものが失われた今、残った俺自身の力でどうにかなる物なのか?

無駄死にどころかハイムの決意を無駄にして世界まで危険に晒すのではないか?

……その判断が俺には未だ付いていなかった。

第一、それはハイム自身が望んでいないのではないか?そんな気もする。


「はっはっは、女々しいじゃねえかカルマ?」

「女々しい?」


だが、親父はそれを女々しいと笑い飛ばす。


「いいか?世界なんてそんなに大事か?家族より優先する事なんかあるのか?」

「……!」

「ちょ!待つっす!?世界なんか滅んでいいって聞こえるっすよ!?」


「あ?人間にとっての世界なんて自分とその周囲の事なんだよ。そっから先は他人事でしかない」

「幾らなんでも暴論じゃあ……」

「いや。親父の言葉にも一利有る」


レオが驚いているが、俺は目の前の霧が晴れたような気持ちだった。

無論、生きていくために世界を延命する必要は有る。

だが。その為に家族を犠牲に出来るかと言われると俺としては、ノーだ。

たとえハイム自身が望んでいなくても……無理やり連れ戻してもいいではないか!?


「だとしたら、どうすればいいか……判ってるよな?」

「ああ」


座ったまま天幕内の全員の顔を見回す。

そして、ボーっと座っているルンに向かって声をかけた。


「ルン……ハイムを迎えに行くぞ」

「……先生?」


すっかり憔悴したルンなど見ていられる物ではない。

世の連中よ。なじるならなじれ。怒るなら怒るがいいさ。

俺の暮らしていく世界は俺の周囲があってこそ。

世界全体の為に自分達を犠牲に出来るほど俺は人間が出来て居なかった筈じゃないか?


だから俺は俺の家族を守る。

そして……この際だから世界も守ってやる!

身勝手だろうが何だろうが今まで無理を通して道理を引っ込めてきた俺だ。

今更何を恐れる事がある!?

だから俺はおもむろに立ち上がり、そして宣言する。


「これよりリンカーネイトは総力を挙げて第一王女ハイムの救出を行う!異論は認めない!」

「……せん、せぇ……?」


俺は声を上げる。

そうだ。こんな所で燻ってる暇は無い。

一刻も早く情報を集め、最善の結果を探さねばならない。

総力を結集し、持てる力を全てつぎ込み、

限られた時間の中で出来る限りの準備を整えるのだ!


「無論、世界も救う……俺達が生きていくために!」

「まったく、無茶ばかり言うアニキっすね……ま、それでこそっす。どこまでもお供するっすよ!」

「はーちゃんは助ける。絶対」

「僕も出来る限りの事はするね。はーちゃんは僕にとっても大事な子供だしさ!」

「父上。ぼくもできる限りの事はします!もちろんできる範囲でですが!」

「……」

「おい、ギルティ、何処行くんだよ?」


俺の声に呼応するかのように周囲の皆が立ち上がり、声を上げた。

……こうして、リンカーネイトの総力を結集した第一王女救出作戦が開始されたのである。

世界各国の軍隊が勝利と、そして魔王城に残されていた帝国の宝物を持って帰国する中、

リンカーネイトだけはこの地に最大戦力を結集させて行く事になったのだ。


「よく言ったよ兄ちゃー。万事あたしに任しとけー!」


……だが、俺の決断より先に動いていたものも居る。

天幕の入り口が勢い良く開き、見知った顔が何人も現れた。

竜の背に乗せられ、かき集められたその顔ぶれは……。


「応……何か、暫く埋められてる内にとんでもない話になってるんじゃねぇか?」

「そうで御座るな……まあ、友人の家族の事でござれば拙者にとっても他人事では御座らぬよ」

「わしまで呼ばれるとは……しかし、今更わしがなんの役に立つのかのう?」


「おまたせ、です。ぞうえん、です!」

「じゃじゃーん!こんな事もあろうかと、頼れそうな人をかき集めてきたんだよー?」

「総力戦であります!一般兵と後方支援専門以外は出来る限りかきあつめるであります!」


「魔王様を助けるのですよー?」

『緑鱗族族長スケイル見参。カルマよ、表にはオーガの奴も来ているぞ』

「ウガアアアアアッ!」


「「もし、他国の方で邪魔する人がいたらこちらで対処します」」

「おいたわしや、女神様。そしてお二人ともご立派ですぞ……」


かつての冒険者仲間達、そしてアリサ達。更にハイム自身の配下達。

その他にもホルスやジーヤさん達も、オドやイムセティに後を任せここに向かっていると言う。

そして、もう一人。


「ククク、道案内は任せな。この俺様が封印区画とやらの前までは連れてってやるからよ」

「あー、そこまでのみちは、わかってるです」

「被害担当よろしくであります傭兵王」


「…………本気か……」

「ほんきもほんき、おおまじ、です」


行く先は魔王城最深部。

軍隊は役に立たない。魔法使いもその力を失い、当の俺もその戦力を大幅に減じている。のか?

ともかく必要なのは文字通りの精鋭なのだ。

かつて冒険者だった頃のコネも総動員した、

文字通りの最終決戦が今、始まろうとしていた……。


……。


≪side ハイム≫

僅かな振動音が周囲を包んでおる。

周囲には無数の水晶球。その中には世界中の景色が映し出されている。

……酷いものだ。あってはならない現象が世界中で猛威を振るっておる。

天を無駄に分厚い雲が覆い、切れ目から差し込む光が当たった場所は燃え上がり、

降り注ぐ雨は地に落ちた瞬間凍りつき、死火山が次々と噴火しておるわ……。


天井と床に刻まれた魔方陣の光に照らし出された室内で、わらわはため息をつく。

破損部分の光が失われ、一部が僅かに点滅する魔方陣……稼動状況はまあ九割と言った所か。

わらわを作り出した古代人が子孫の為に残したこの機構も、

老朽化による劣化は逃れられない運命らしいな。


「とは言え。まあ、潮時なのかも知れぬ。では、始めるか……」


己に降りかかるであろう最期に息を呑みつつ、

わらわは出来るだけ声の抑揚を抑え、口を開く。

問題を根本的に解決する方法はこれしかないのだ。

父やシスター等の手により魔法と言うものの解析が進みつつある今、

世界を護る為にはこうするしかない。


そも、魔法というもの自体が人の手に余る代物だったのだ。

ならばいっそ、無いほうが良いのでは?と幾度と無く考えたものだが、

今回の一件で遂に踏ん切りがついたわ。


『魔王の名の下に、最終機構発動を宣言する。管理者権限により……機構初期化!』


この機構が完成した時、確か世界の寿命は三千年ほどと試算されていた。

それが残り千年になるまで僅か千年、そして数百年分取り戻せたと思ったら、

今度は僅か数日で残りがたった200年。

……いったい何が間違っていたのか。

ともかく、誰かが暴走するたびに大乱を起こす訳にも行くまい。

それに……世界の寿命が200年を切ったと言う非常事態。

そして太陽は南から昇り、北の大地に夏が来たという異常気象。

これでは100年や200年何とかした所で焼け石に水。

やはり、根本的にどうにかする他無い……。


世界の環境破壊を起こす技術の発展を阻止すべく生み出されたと言う魔法という力。

必要は発明の母。即ち必要が無ければ技術は発達しない。

故に創意工夫が無くても良くなるほどの万能の力を。


そんな逆転の発想から考え出され、現実に実行に移されたのが今のこの世界であると言う。

だが、古代の英知でも魔法それ自身が世界に負担をかける物だとは気づかなかったのか……?

そんな疑問と様々な想い。

そして千年にも渡る永き戦いの日々が脳裏を埋め尽くす。

苦痛と苦悩に満ちた千年間が走馬灯のように脳裏を走りぬけ、


……最後に思い出したのは、父と母の顔、だった。


多分、本当に両親と呼べるのはあの二人だけだろう。

おかしな二人であるが、わらわにとってはこれ以上無い親であったわ……。

次に生まれ変わる時、あれ以上の親に当たるとはとても思えない。

そう思うと、機構を破壊し転生すら出来ず消え去る事に対する恐怖は無くなった。

むしろ、疲労感と徒労感が先に立つ。



『幾度となく繰り返された死と再生……もう、終わらせても……構わんよな?』



わらわが浮かぶ地下機構中枢部管理制御卓の下には魔力を生み出す魔道動力炉。

全ての魔力はここから生まれ、世界中に散っていく。

それをこれでもかと全力稼動させ、捻じ曲げられた理を無理やり元に戻していく。


『全動力炉、全力稼動……全力稼動限界マデ後1000、999、998……』


地面に敷き詰められた魔方陣が一際強い光を放つ中、電子音が周囲に響く。

世界崩壊までの予測期間、

即ち世界の寿命を示す瞼の裏に輝く数字が少しづつ、少しづつ巻き戻っていく。


『999、1000……危険状態脱出、警戒レベル、赤カラ黄色ニ引キ下ゲ……』


世界中に存在する端末よりの情報を分析し、

世界の寿命が千年を超え、危険域から脱した事をわらわは知った。

……これで安心だ。

だが、その安堵と共に機構が限界を超え悲鳴を上げ始める。


『管理者ニ通告・残存動力30%・全力稼動限界マデ500、499、498……』

『うむ。機構末端より作業終了区画をパージせよ。動力遮断まで5、4、3、2、1……やれ』


周囲に浮かんでいた水晶球の内比較的小さい物がひとつ、またひとつと光を失い、

そして地面に落ちて割れていく。

今さっきまで世界中に繋がっていた機構がその外縁部を切り離し、

役目を終えた端末が次々と自爆しているのだ。


機構は役割を終えた部分を切り離し、廃棄していく。

それは、機構自体の存在意義を失わせる行為。

だが、この機構が存在しているが為に世界にかかる負荷は大きい。

世界を狂わす魔法、その魔法を生み出す機構が世界に負担をかけていない訳が無いのだ。

だから、こうして破壊する。

そうすれば少なくとも額面どおりの期間、世界の存続は成されるであろうから。


『外部音声入力機構、完全停止……集音用端末、破棄開始シマス』

「うむ……これで詠唱はもう完全に無意味となるな。次は画像認証用機構を停止せよ」


同時進行で全ての魔法に対し順次破棄が行われる。

既に数百の魔法が処理され、廃棄された。

その他でも存在する魔法は数日以内に全て処理される。

不要なものを選ぼうとするから調べねばならぬ。全部壊すなら探す必要も無いのだ。


……突然、警報が鳴り響いた。


『……緊急警報、緊急警報。侵入者デス。直チニ迎撃開始シマス』

『父か?……流石の父も魔法無しでここまで来られぬわ……無茶はしないでたもれよ……』


最早治癒は使えぬ。

火球、そしてそれに付随して爆炎も使えぬ。

そして硬化、強力、加速までもな。

……父の使う主要魔法はいの一番に消してあるのだ。


「まったく、案の定連れ戻しに来たか。まったく、まったく馬鹿な父だ……馬鹿な、父だ……」


零れ落ちた涙を拭う。


この部屋は悪用されると恐ろしい事になる。

それをいやと言うほど理解していた古代文明人は、

この地下封印区画にのみ異常なレベルでの防衛装置を設置している。

特に動力炉に仕掛けられたものは洒落にならない。

だが、父ならそれを突破してしまうかも知れない。

だからわらわは父の戦力をいの一番に奪った。


諦めて欲しかった。

奥に行くほど凶悪になる防衛装置。

それが致死性の物になる前に帰って欲しかったのだ。

何。クイーンの分身どもにはここの恐ろしさを嫌になる程語っておる。

きっと父を連れ戻してくれるさ……。


「嬉しいが、嬉しいがな?……父よ、これはわらわの成すべき事なのだ……!」

『画像認証、停止シマシタ』


続いて印の認証も停止させた。

最後は印と詠唱を確認して魔法を発動させる為の処理装置を停止し、

全魔法の破棄を確認した後に動力炉自身を自爆させれば終わりだ。


『よかろう。術式処理用中枢演算装置、停止準備』

『シャットダウン処理、開始……』


周囲を飛び回っていた水晶球は既にその七割が光を失い地面に落ちている。

魔方陣も光の大半を失いその光を弱める中、わらわはふと世界の寿命を示す数字に目をやった。

……およそ三千年か……まあ、上出来だろうか?


「後は、全ての処理が終わるのを待つだけ、か」


成すべき事は全て成した。

手持ち無沙汰になると必然的に考える事が多くなる。

……流石に父は怒っておるだろうか。

それとも心配してくれているだろうか?


「いや……むしろ、心配してくれるのは母のほうか」


自分でそう言ったせいで思い出してしまった。

母は不幸体質だ。

そしてそれ故にこんなわらわでも生まれた事を心底喜んでくれている。

……わらわは生きて帰る事は無い。

生まれ変わる事ももう無い。


母は、泣くであろうな。

我ながら親不孝な娘だ。ギルティを親不孝と罵れぬではないか。

……これから人知れず消えるだけの自分ではあるが、

その件については謝っておきたい様な気もする。


「まあ、何を今更か」

『攻撃魔法反応……推定威力、危険域!』


何ッ!?

魔法はもう使えぬはずだが一体どうやって!?

至急生き残りの水晶球で部屋の外を映し出す。

そこには……!


「お父様……これが私の」

「ギルティ!?」


ああ、ギルティならありえる。

かつて、最悪の事態を想定して作り上げた我が切り札。

あの娘の中には小規模ながら自前の制御機構がある。我等管理者のように。

魔法の使用に機構本体を必要としないギルティなら今の状況でも魔法は使えるだろう。

だが、それでも足りぬ。

この部屋を護るは古代文明の遺産である魔法、光学、実弾を織り交ぜた無数の防御兵装と、

それらですら破れぬ分厚い特殊隔壁。

例えお前でも。保有する魔力全てを使い果たしてもこれを破る事は出来ぬ。

そういう風に造られておるのだ!


「だから、止めよ!命を粗末にするなあああああっ!」


ゴウが周囲の防御設備を復元される傍から破壊しギルティを護っているが、

それでも壊しきれない分がその身を焼く中、鎌を杖に見立てギルティは……!


……。


水晶球が光に包まれ、弾け飛ぶ。

そして、通路と部屋を閉ざしていた隔壁が音を立てて崩れ落ちた。

現れた影は、四つ。

ゴウにギルティ、そしてクイーンの分身か。


「馬鹿な……お前のもつ全魔力を総結集しても僅かに足りぬ筈だ。だと言うのに……」

「カルマが無事ならお父様も他のやり方があったでしょう?我ながら失態でした」

「だからせめて、道くらいは切り開いておくんだとよ……」


ああ、そうか。

責任を感じたのだな?

だからこんな無茶な露払いを仕出かした訳か。


「我が子ながら何様か!って怒ってしまったんですけどね……まさか王様だなんて……」

「へっ、一体どんな手を使ったんだか。なあ、ギルティ……ギルティ?」


「やっぱり、死人が出張って良い事なんか、何も、無かった……わね……」

「おい、どうした……っ!?」


明らかに己の全力を超えた一撃。

ギルティは、にこやかに笑みを浮かべそのまま地面に倒れ臥す。

そして、


「ギルティっ?無事なのか?返事してたもれ!?」

「心配はいらねえ、息はしてる……道を開くのが親の役目、か……くっ」


体勢を立て直す暇は与えんとばかりに、

ゴウが部屋へと踏み込んできた……!


……。


「馬鹿者!この室内は致死性の攻撃ばかりなのだぞ!?」

「はっ!だから何だってんだ畜生!」


わらわがどんなに止めてもゴウは正面から突き進む。

光の糸がその体を切断しようと縦横無尽に室内を走査し、

古代文明時代の銃が無数の弾丸を発射。

壁から突如突き出した音叉から超振動の波動が発せられ、

地面から生えた鉄の蛇が、紅蓮の炎を吐き出す!


「おおおおおっ!畜生!ギルティの願いとは言え……何で……!」

「やめよ!無意味だ!それにわらわを連れ出してしまえば……!」


だが、ゴウはそれを紙一重で回避する。

光の糸を避け、弾丸をかわす。

音叉は先手を取って叩き割り、紅蓮の炎はそのまま突っ切ってダメージを最小限に押さえた!


「何で!こんな!くそガキを!助けなきゃ……ならないんだっ!?」

「無駄だと言ったであろうが!早く、早くここから去るのだ!」


だが、わらわに対して30cm前でその進撃は止まる。

わらわを護る殻であり、わらわを縛る檻でもある不可視の力場に阻まれ、その動きを止めたのだ。


「こ、これは!?」

「防御シールド……これがある限りわらわを傷つけられぬし、わらわはここから出られぬ」


わらわは背後でシャッターの開く音を耳にしつつ、ゴウの未来を思い瞑目する。

……もう駄目だ。わらわには止められぬ。


『ロケットランチャー・一斉発射シマス』

「……」

「これが、最後の切り札って訳か?……ギルティ、俺は……!」


わらわの背後の壁から発射された火を吹く弾頭が無数に迫る。

ゴウは、それを不敵な顔で見つめ、叫んだ。


「チビども!見ていたな!?じゃあ俺の役目はここまでだ!じゃあな!俺はギルティの」


そして、次の瞬間炎と爆発に包まれる。

……残ったのは片腕だけ。

それが不可視の力場に乗ったまま、段々と石膏と化し、崩れ落ちていく。


「魔力を、使い果たしかけていたのか……」


魔法生物は魔力を使い果たすと土塊になって死ぬ。

魔力を自己生成出来るゆえ普段は関係ないが、竜であっても例外でも無いそれは、

当然無理やり生き返らせたゴウ達にも当てはまる。

もっとも、魔法生物を作る時はその一生分以上の魔力を込める。

だから、魔物を含め普通の魔法生物は魔法を使わない。

使わなければ寿命までは魔力不足に陥る事は無いのだから。

……しかし、ゴウは魔法を使えないはずだ。

なのに何故、魔力枯渇寸前まで……?


「おばちゃん!」

「運ぶであります!おばちゃんと情報を!」

「勝手に突入したと思ったら今度は勝手に死んでどうするでありますか!?」

「まあ、しょせんは、にいちゃの、りょうしん、です……」

「それに基本的に一度死んでる人達でありますしねぇ……」


ああ、そうか……ギルティに全魔力を、捧げ渡したのか。

思わず力場に手を付いた。

馬鹿な事をする……黙っていればそれだけで世界は救われたと言うのに……。


「はーちゃん!」

「……なんだ?」


そんなわらわを部屋の外からクイーンの分身が呼ぶ。


「おばか、です!」

「後でお尻百叩きして貰うから覚悟するでありますよ!」


そして、それだけ言って走り去っていった。

……静寂のみが残る地下。


『侵入者デス。今度ハ多数』

「……!」


だが、それはほんの一時の事に過ぎない。

今度は間違いなく父のものだろう。

正直早く戻って欲しい。

だが、最早わらわに止める術は無いのだ。


実際の所世界を救おうなどと言うのはお題目に過ぎぬ。

わらわが救いたかったのは父や母、そして妙に気の良いリンカーネイトの家族達だったのだ。

それだと言うのに。

どうしてこうなった?どうしてこうなった?

……何も出来ぬわらわは、ただ、そう自問する他なかったのである……。


***最終決戦第八章 完***

続く



[6980] 78 家出娘を連れ戻せ!
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2009/12/29 13:47
幻想立志転生伝

78

***最終決戦第九章 家出娘を連れ戻せ!***

~親子対決 進撃編~


≪side カルマ≫

俺はハイムを連れ戻すと決めた。

世界が危険で危ないとでも言うような状態になるかも知れんが、それはその時考える。

今はただ、あの家出娘を連れ戻す事を考えよう。

……なんて言う訳には行かない。

だってそうだろう?帰ってきても暮らす世界が無ければ意味が無い。


「と言う訳でレオは追いかけて来ている守護隊を率いて周囲の部族を降伏させとけ」

「うっす。この忙しい中に他所から乱入されたら敵わないっすからね!」

「ちかくのむらのばしょ、ここ、です」

「スノーは知り合いの部族を説得してくれるそうであります、それ以外を宜しくであります!」


故に、同時進行で周辺の敵対勢力を潰しておく事にする。

……今回の問題は余りにデリケートだ。

他の事まで考えている余裕は無い。今回ばかりは邪魔される訳には行かないのだ。


「次にホルス。お前はここに向かっている筈のテムさんを捕縛してモーコを屈服させろ」

「主殿!?私を連れて行っては頂けないので!?」


次にようやく近くまで開通していた蟻ん娘地下通路を通ってはせ参じて来たホルス。

こいつにはモーコ対策をやって貰おうと思う。

不服そうだが今回ばかりはコイツにまで危ない橋を渡らせる訳には行かないのだ。


「お前に万一の事があったら大事だからな……グスタフも連れて行く、で意味が判るだろ?」

「……生まれてくる孫に重荷を背負わせたくは無いのですが?」


「……お前ともあろう者が、主の命が聞けないのかよ?」

「ぐっ!?判りました主殿。ですが、必ず無事にお帰り下さい」


……今の俺は魔法が使えない。それ故に身体能力の高いグスタフは戦力として欠かせない。

故に万一の時は唯一残ったハピの子が国を継ぐ可能性もありえる。

だから。いや、そうでなくともホルスに倒れてもらう訳には行かないのだ。

よって相変わらず不服はありそうだが、今回ばかりは強権で黙らせる。


「教皇達には教団信徒を抑えて貰いたい。治癒術が失われて信徒はさぞ不安になってるだろうしな」

「「わかりました。ですが、必ず女神様をお救い下さい……」」

「女神様が人に絶望したと言った所でしょうか。信徒達には祈りを捧げるよう伝えておきましょう」


リーシュにギー、それにゲン司教。神聖教団原理派の面々には後方の押さえを依頼する。

とは言えハイムの為でもあるし、全員相当に乗り気のようだ。

まあ、ハイムが消滅……なんて事になったら色々な意味で洒落にならない立場だからな。

きっと上手くやってくれるだろう。

……三人はウィンブレスに頼んで即座に送り返す。

レキに関してはルイスが何とかしてくれるし、サンドールにはイムセティが居る。

旧傭兵国家も傭兵王自身がここに出張っている以上万が一も無いだろうし、

これで後方の問題は無いだろう。


「これで、地下への突入準備が出来るってもんだ」

「……でも、兄ちゃ?魔法使えないのに大丈夫なのかなー?」


アリサが痛いところを突いてくる。

俺の最大のアドバンテージは失われた。

今を乗り切る事も危ないが、今後の事を考えると余りに大きな不安要因である。


「そうだな……だから今回ばかりは。俺も色々と覚悟しなけりゃなるまい」

「傷も癒せない。防御も攻撃も素のまま……兄ちゃが死ぬのだけは容認できないよー?」


正直な所、それさえ何とか出来れば恐れる事は無いのだ。

だが、いかんともし難いのが辛い。

無い袖は振れない。

何度も言っている台詞だが、あるものでやるしか無いのだ。


「ともかく、出来る限りの情報を集めたい。アリサ、悪いが……」

「あー、はーちゃんの居る所?道を塞ぐ大扉までは破壊しといたよー」


おおっ!?

何も言っていないのに既に偵察&露払い済みか!

流石だなアリサ。危険だったろうに。


「んにゃ。おじちゃんが命を懸けて道を切り開いてくれたんだよー。感謝感謝」

「そうか……おじちゃんが……ってどのおじちゃんだよ?」


こいつらにとってはある程度歳のいった男は全部"おじちゃん"なんで、

名前を言ってくれないと判らん。


「んーとねー。ゴウおじちゃん」

「……親父?」


「ギルティおばちゃん、つれてきた、です」

「気を失ったまま目を覚まさないであります!」


そこに駆け込んでくるアリシア&アリス。

って、母さん!?

親父もそうだが何で二人して抜け駆けしてるんだよ!?

先に行ったって別に何かあるわけではない。

皆で一気に突っ込んだ方が戦力も集中できて良さそうなものなのに……。


「……おばちゃん。せきにん、かんじてた、です」

「怒りの暴走さえなければ、こんな事にはならなかったかもって思ったようでありますね」


それで死に掛けてたら意味が……人の事は言えないか。

親父の姿が見えないのは、まあ……追求しない方がいいんだろうな。


「……それで、何か掴めたか?」

「はいであります!防衛体制は万全であります!」

「でも、げんじゅうなのは、いちばんおく、だけっぽい、です」


ならば方針転換だ。

ともかく今は親父達が切り開いてくれた道を生かす事。

それが一番大事な事だろう。


「それと、みちふさいでたとびら、こわれてるです」

「ただ……時間が経てば修理されちゃうかも知れないでありますね」


……ならば、可能な限り早く最精鋭部隊で切り込むべきだな。

ハイムの説得を考えると俺とルンは外せまい。

戦力的にグスタフとアリシア、アリスも連れて行く。

兄貴にも一緒に突入してもらおう……一応冒険者に対する依頼と言う形にするか。

スケイルとオーガの冒険者ランク認定試験用コンビにも無茶をして貰わんとならんだろうな。

アルシェと村正にも途中までは露払いをしてもらう。

ただしこの二人は危険なので最初に前衛に立って貰うが、途中で引き返させる。

特に村正は力を失った嫁さんと生まれたばかりの長女の事もある。

万一の事があったら笑えん。第一こっちの家の家庭問題に首突っ込ませた上で殺したとか、

色んな意味で有り得んだろ常識的に考えて。


「ならば、今ある全力で今すぐに突撃を仕掛けるべきだな?」

「はいです。でも……」

「にいちゃが死にに行くって言うなら、殺してでも止めるで有りますよ?」


矛盾してるっつーに。

まあ、言ってる意味は良くわかるが、

ともかく凄い自信だ。

……じゃなくて。


「死にに行く気は無い。だが……万一の時、自分よりハイムを優先する可能性は否定しないな」

「じゃ、みすてるべき、です」

「あたし等にとってもはーちゃんは妹でありますが、にいちゃには代えられないであります」


……そう言ってくれるのは嬉しいが、な。


「いや……考えてみれば俺は親父に言われるまで致命的な過ちを犯す所だった」

「致命的な、過ち。でありますか?」


そうだ。

そしてそれは前世から続く、俺と俺の生き様に関る鋭い……棘だ。


俺はハイムを諦めたく無い。だとしたら諦めてはいけないのだ。

取り戻せないかも知れなくとも最後まで諦めない姿勢を貫く事が何より大事。

何故なら。妥協って奴は最初は自他共に認める仕方無い事や些細な事から始まる。

だが、一事が万事と言う言葉もある。

段々と妥協の段階は進み、何時しか妥協は諦めとなって、遂には決して譲れない筈の一線まで。

……それがどれだけ人の精神をこそぎ落とし傷つけるか……経験の無い人間には判らないだろう。

ともかく。それ故に、安易な妥協をしてはいけないのだ。


「まあ、それはいい。兎も角ハイムを連れ戻す……それだけは譲らないぞ」

「……はい、です。にいちゃはあたしらがまもる、です」

「何があろうとも。それがあたし等一族の総意であります」


地下から現れた十数匹の蟻ん娘が一斉に整列。スコップやナイフを掲げる。

そして、何匹も居る所を他所の連中に見られる訳にも行かないので、

一組残してまた地下に潜っていった。

そんな中、女王蟻だけが所在なさげにしている。


「兄ちゃ?ところであたしはどうするのー?あたしも育って結構強くなったよー?」

「アホ。お前が死んだら一族全部が大ピンチだろ……」


アリサは後方援護だな。

俺が突っ込む以上意思決定者は必要だ。

その点、アリサは優秀だし今まで俺の補佐をしてきた。

事実上の副王とでも言える存在なのはリンカーネイトの人間なら誰でも知っている。

今回の場合これ以上最適な人選も無いだろう。


「よってここで厄介ごとの対処を頼む。どっちにしろ他の蟻ん娘の統制もあるだろう?」

「うにゃ、了解……別大陸で手に入れたこれ、使いたかったけど仕方ないよー」


ヲイ、何処から持ってきたそのチェーンソー。

しかも明らかに何人かの血は吸って無いかそれ。

まあいいけど。


「ともかく、傭兵王を先頭に村正とアルシェに先行してもらう……出来るだけそれで突き進み」

「限界が来ると同時にあたし等に交代でありますね!」

「でも、ぜんえいが、にんずうすくない、です」


兎も角、武器防具をチェックしつつ今回の突入部隊の編成を行う。

途中撤退予定の前衛人数の少なさをアリシアが懸念するが、

そこにホルスがやって来た。


「では、ミーラ兵を半分置いていきます、こちらはそれ程戦力の必要は無さそうですので」

「おいおい、相手は敗残と言え軍隊だぞ?」


幾らなんでも舐めすぎだろう。

思えばホルスは元奴隷剣闘士。王家の血を引くとは言え集団戦を指揮した経験は少ないのか。

それなら、


「南からアヌヴィス将軍が攻め上がっております。それに……」

「それに?」

「……"これ"をみて彼等が戦い続けられるとはとても思えませんね」


しかし、それは杞憂だったようだ。

ホルスの背後にはかつて傭兵王の手により持ち出されたガサガサとその子孫達。

僅か数ヶ月で一本の苗木が林になるほどの生殖力を持つその植物は、

数多の果実を実らすと言うその特性ゆえ、シバレリア国内でも大事に育てられていた。

そして……今コイツ等は本来の主君たる俺達の為に集結、

一個の軍隊と言うか郡体として行動を開始していた。

コイツ等には敵の管理下に居た今までは歩いたりするなと厳命しておいたが、

シバレリア帝国の敗北によりその枷は解かれた。

今は魔王城周囲の警戒に当たらせているが、

ホルスはその一部をモーコ残党の殲滅に連れて行こうというのだ。

因みにこっちの負けの場合はそのままゲリラ化してもらう予定だったのだが、

そうならなくて幸いだったと思う。

……その場合この北の地に地獄が現出していたから、な。


「そうか。じゃあ何人か借りるぞ?ただ……そいつ等は恐らく遺体の欠片も戻れないと思うが」

「構いません。ただ……遺族には十分な褒美を与えて頂きたいのですが」


「当然だな。死んでも働く立派な親父さんだ……給料と年金に色を付けて渡してやるさ」

「そうして頂ければ幸いです」


取りあえず、当座の問題は片付いた。

あまり時間をかけると別な問題も出てくるだろうし後の事はアリサに任せてそろそろ行くか。

そう言う訳で、村正たちを呼ぶ。

俺自身も傷薬やらを全身にくくり付け、城門の吹き飛んだままの魔王城城門前に立った。


「……悪いな。一国の元首に特攻隊みたいな真似させてよ」

「構わんで御座る。正直、以前の無礼の埋め合わせとしては丁度良いと思っていた所で御座る」


ああ、だまし討ちで俺の心臓ぶち抜いた時のあれな。

まあ実の所あんまり気にして無いが、それでそっちの気持ちが晴れるなら僥倖だ。

無論、相手が村正で、更に理由が理由だから怒って居ない、という部分は大いにあるがな。


「トレイディアの放蕩息子に使徒兵もどきかよ……アルシェ、危なくなったらすぐ逃げるんだぞ?」

「チーフ!はーちゃんも僕の子同然なんだよ。絶対諦めないよ、絶対!」

「「「「「ヲヲヲヲヲヲ……」」」」」


傭兵王に"いざとなったらアルシェと村正は逃がしてくれ"とハンドシグナルでこっそり合図。

そしてそれに気付いたアルシェに説教される俺、と言う一幕はあったものの、

それ以外は大した問題も無く前衛は魔王城内部、そしてその地下に消えていく。

……その背後を隠れながら傭兵王の集団がゾロゾロと付いて行っているのが印象的だった。


さて、じゃあ頃合を見計らって……俺たちも突っ込むとしますかね!?


「にいちゃ!?なんか、おかしい、です!」

「……魔王城の様子が、ああっ!?ゴーレム!?一杯出て来たであります!?」

「何っ!?」


考えてみれば当然だ。侵入者がテリトリーに侵入している。

それなのに。封印区画だけにしか防御が無いなんて事がありうるのか?

無い可能性はある。だが、他に何かある可能性だって大いにありえるじゃないか……!


……。


「くそっ!?焦っているのか俺は!?こんな簡単な事にも気付かないとは!」

「応、カルマ……焦ってどうするよ」


はっとして後ろを見る。

兄貴を筆頭として突入予定の連中全員が揃ってやって来ていた。

更に、周囲を警戒していたガサガサまで。


「兄貴?」

「相変わらずわかって無ぇなぁ……世の中自分の思い通りになんか出来ねぇよ」


それは判ってる。

だが、こうまで予定外だと……。

それに前衛が心配だ。


「俺を見ろよ。軽い気持ちで呼ばれた仕官先に行ったら、あれよあれよの内に敗残の将だ」

「それは、仕方ないんじゃないのか?第一マナリアからは追い出されたんだし」


ぎりっ、と歯を食いしばる音がした。


「けど、そのせいでちびリオは行方不明だ。俺は手前ぇで手前ぇの娘を殺しちまったんだよ……」

「フレアさん……」


フレアさんはあの撤退戦で行方知れずだ。

リチャードさんと違って遺体が見つかっていないから生きている可能性はある。

だが、その可能性はきわめて低いだろう。

……兄貴は苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


「流石の俺も自分の間抜け加減に腹が立つぜ。だがな……だからって腐ってる暇は、無ぇ」

「……言いたい事は、判る」


兄貴が言いたいのはつまり、一つの失敗にこだわって次の失敗を連鎖させるなと言う事だ。

何でも良く出来る人間には理解し辛い事象だとは思う。だがこれがまた意外と難しい。

しかし、そんな事は言っていられないな。

身内の命がかかっている……しかも既にハイム一人の問題では無いのだから。


「そうだよな。もしここでしくじれば、アルシェ達や俺自身すらヤバイのは判る」

「応よ。そうだ……後悔しない為に考えろ。それがお前の最大の武器なんだからな」


城の中を見る。

ゴーレムはまるで粘土のような材質のようだ。

城の守りに特化しているのか、破られたままの城門の先へは出てこない。

だが、核と思われる顔面部分の水晶球には怒りのような赤い光が宿る。

どう考えても踏み込んだ不埒者を生かしておく気は無いだろう。

……今まで出て来なかったのは封印区画に踏み込まなかった、

いや、破壊しようとしていなかったからなんだろうな。

要するにこっちは向こうの虎の尾を踏んじまった訳だ。


「ま、全ては考えようだな」

「応よ。判るな?」

「……考えよう?」


横でルンが首をかしげているが、つまりこう言う事だ。

俺達はコイツ等の事を警戒していなかった。

もし、全員が奥に向かった後で背後を塞がれたら補給も作戦変更も出来ずに終わっていただろう。

そう考えると後発組に関しては対応準備してから突っ込める分こちらの有利になったとも言える。

なに、前衛だって無能な奴は居ない。

こっちが追いつくまで保たせる事は出来るさ。それぐらいは信用していいだろう?

それに。


「急いで奴等に対する対応をするぞ。それと、他に予想外の敵が居るかも知れん」

「応よ。そっちの準備も必要だな」


まずは戦力か。

今の人数では押し込まれかねん。

それに治癒術も使えない以上、

万一重傷者が出た場合、応急処置が終わるまでの壁になってくれる連中が必要だ。

だが、そんな都合の良い味方がここにいるか?

ガサガサ達の一部を連れて行くにしても、ここの守りを疎かにする訳にも行かないし、

レオ達は既に出立した後だぞ?

それを呼び戻すのは最後の手段にしたいが……。


「ふはははは!やはり魔王様を救えるのはハニークインちゃんだけなのですよー?」

「どうした羽虫」


そこにやって来たのはハニークイン。

妙に自信満々な上に人の頭に降り立ったのが癪に障ったので鼻つまみの刑にしておく。


「むぐう!?止めるのですよー!?」

「やかましい。で、何か策でもあるのか?」


「ふっふっふ!この子達が居るのですよー!」

「「「「コケコケコケーーーーッ!」」」」

「あ、コケトリス」


ほぉ?ハニークインの奴もたまにはやるもんだ。

連れてきたのはコケトリスの群れ。

それも数百の大群だ。


「ハイムたちを連れてきた奴等じゃないだろこれ。どうやったんだ?」

「ハニークインちゃんが追いかけるのに使ったのですよー」


「ほお。お前一人運ぶには多すぎる数じゃないか?」

「たった一羽じゃ箔が付かないってもんなのですよー。とりあえず結果オーライなのですよー」


スコン、と軽くツッコミに脳天チョップ一発。

お前は無意味に数百羽も動かしたのかい。しかもハイラルやコホリンまで居るし。

……まあ、今回は良いか。

後で連れ戻したハイムに叱らせて……まあ、何もしなくてもカミナリは落ちるだろうがな……。


「ともかく結果的には心強い。一族の指揮は頼むぞハイラル」

「コケーーーっ!」

「え?あの。ハニークインちゃんは?」


「主君の軍を勝手に動かした。しかも自分の見栄の為に……懲罰もんだが?」

「ががーーーーーん!なのですよー!?」

「……先生の言うとおり。反省して」


挙句に背後から、ルンが軽くゲンコ。

ハニークインはそのままぱたりと倒れた。

そしてしくしく、と口で言っている。


「じゃあ、このこ、はこびだしておく、です」

「駄目なのですよー!ここで有能さをBBSの猛者たちにアピールなのですよー!?」


「BBS?」

「単なるメタ発言なのですよー。電波系メタ担当としての立ち居地を確保するのですよー」


「は?電波?お前電波系だったっけ?」

「寿命削って異界を覗き込んでるのですよー?こうでもしないとキャラが立たないのですよー?」


よく判らん。

まあ、ともかくやる気はあるようなので取りあえずコホリンの上に配置しておく。


「じゃあ、魔王軍の参謀の知略とやらを見せてもらうぞハニークイン?」

「任せるのですよー。と言うか魔王様が居ないと居場所が無いので必死なのですよー!」


……成る程な。

確かにコイツはハイムの側近と言う立場がなくなると本当に立場が無い。

そうする気は無いが、蜂蜜酒製造装置にされるとでも思ってもおかしくない、か。

そう考えると哀れな奴かもしれない。妙に強気な態度も不安を隠すためなのかもな。

いいだろ。

だったら自分の価値を見せてみろ。

ハイムを救う一助になったら、本当の意味で魔王の側近にもなれるだろうさ。

そうでなければ……まあ、自分の立ち居地を決めるのは自分以外に無い。

それは判ってるようだから、そんな事にはならんだろうさ。

ともかくちょっとは期待させてもらうぞ?

手は掛かるけどさ……お前だって俺にとっちゃ娘みたいなもんだしな。


「いいだろう。ハイラルの参謀を務めてハイムを救い出せ。仔細は任す」

「判ったのですよー。ふふふ、ハニークインちゃんの実力、今ここに見せるのですよー」


そう言って、ハニークインは笑った。


「……ところでおにーさん?ちょっとクイズなのですよー?」

「なんだ、この忙しい最中に」


「魔法が無くなった割りにミーラ兵とかは動いてるのですよー。なんでですかねー?ニヤニヤ」

「……え?」


それだけ言うとハニークインはコケトリス達と共に城門目掛けて突撃を開始した。


「ともかくアルシェのおねーさんたちを助けるのですよー。突撃なのですよーーーーっ!」

「「コケッ!」」

「「「「「「コケーーッコッコッコッコーーーーッ!」」」」」


「「「ご、ゴブッ、ゴブゴブッ!」」」

「「「わ、わ……わおーーーーん!」」」


コケトリスと、何時の間にやらその背に乗るゴブリンやコボルトなどの混成部隊。

その数百騎が勇気を振り絞り、一度空中に飛び上がると、

風を切りながら崩れた城門とそれを護るクレイゴーレム(土のゴーレム)に向かって行く。

そして俺は……手の中の魔剣をジッと見つめていた。


「魔法で作られた生き物が生きていると言う事は……失われては、いない?」


そうだ。もし魔法そのものが失われたなら俺も他の竜達も生きては居まい。

だが、現実に魔法が使えない。そうなると、現状はどういう状態なのか?

……知っていそうな奴は……居た!


『アリサ!』

『何?どうしたの兄ちゃ?』


『"機構"について知っている事を教えてくれ、先代の記憶に何か無いか?細かい事で構わん』

『あいよー。えーと。おかーさんだって伊達に千年生きちゃ居なかったからねー……えーと』


ふむふむ。そうか。

魔法は全て魔王城の中枢で処理されていて……現在は多分そこが機能して無いと。

だからそこから独立したものだけが現在魔法を使用できる訳か。

ただし、時間経過による魔力の補充は最早不可能なんだな?

俺みたいな例外を除いて。


「たぶんねー。あたしも細かい所まで知ってる訳じゃないからさー……でも、大方は合ってる筈」

「十分だ。流石はアリサだ」


「えへへ。もっと褒めれー?」

「OKOK。……お陰で、この状況をどうにかする策が浮かんだ。感謝してるぞ」


「ふぇ?」

「そうだ。問題なのは機構が巨大過ぎるって事じゃないか……つまり、だ……」


……いいじゃないか!

ハイムを連れ戻した後の処理も思いついた。

地下には魔方陣もあるだろうし、何とかなるかも知れん。

よし……ともかく試してみるか!


「ふん!」

「おおっ!竜の腕だよー!」


既に我が身の一部と化したのか、半竜化は問題なく出来る。

そして、母さんはこの状況下で魔法が使えたという。

だとしたら……あれをこうしてこうすれば…………うん。これなら、これならいける!

どうにかできる道筋が見えてきたぞ!

これなら大規模な懸念は大体片がつくじゃないか!

ともかく、探りと小細工は欠かすべきではない。

蟻ん娘に指示を出しておくか……。


……。


そして、それから30分後。

俺達は新しい敵とまだ見ぬ敵への対策を足した装備を追加して城門前に立っていた。

……そこに敵はもう居ない。

粘土の山と……コケトリスの亡骸が一羽分とミーラ兵の体の一部が存在するだけだ。


「…………」

「応、カルマ。言っておくが動揺すんじゃねぇぞ。今回ばかりはデカイ被害が出るのは間違い無ぇ」

「……ピヨちゃん」

「がっしょう、です」

「ガサガサ……埋葬してやって欲しいであります」

「「「ガサ、ガサ、ガサ……」」」


あれから更に南から飛来したコケトリス数匹に荷物と蟻ん娘やルンを乗せ、

俺達は武器を抜いた。

背後では内外の敵に対応すべくガサガサ達がスクラムを組んでいる。

……それじゃあ始めようか?


「家出娘を連れ帰るぞ!……全員、用意は良いか!?」

「応!」

「……お母様。私を護って…………はーちゃん!」


俺の号令に合わせ、兄貴があの長々剣を本当に高々と振り上げる。

ルンは目を閉じてお守りを握り締める……中身が少し光った気がした。

そして、更に背後からときの声が上がる。


『俺も歳を取った……これが最後のご奉公と言う奴か。まあ良い、竜殺爪のスケイル、参る!』

「ガアアアアアアアッ!」


スケイルが両手を握り締め、

鎧兜に身を包んだオーガが巨大な斧を天に突き上げ雄叫びを上げる。


「じゃ、いく、です!」

「にいちゃの為であります!」

「「「コケコケコケッ!」」」


更に。荷物を積んだコケトリスと蟻ん娘達が気合を入れる。


「……では参りましょう。姉上を救うのです」


そして最後に、コケトリスに跨ったグスタフが静かな、

だが決意に満ちた声で宣言する。


これが、俺の全力。

今までの冒険と戦いの集大成。


……思えば孤独な寒村の貧農が、とうとう世界の命運に関る所まで来てしまったのか。

だが、それは俺にとっては二の次だ。

愛娘を連れ戻す事。

それ無くして俺達一家の幸せは無い。


待ってろハイム?

帰ったらお仕置きだからな。覚悟しておけ。

そして……。

お前の苦悩、お前を縛り付ける使命……俺が何とかしてやる。

だから、諦めるな。

お前は。

お前だけは。

お前だけは生きる事を諦めるんじゃない!

死ぬってのはな。死ぬってのはな?

……死ぬほど辛いんだぞ!?


「全騎、突撃いいいいいいっ!」

「応よ!薙ぎ倒すぜっ!」

「……はーちゃん、待ってて……!」

「にいちゃのために。です!」

「あたし等に逆らった愚かさを古代人の遺産に刻み込むであります!」

『行くぞ!ならば俺は緑鱗族の名を天下に知らしめる!』

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ……参ります!」


俺を先頭に兄貴とオーガが前衛に立つ。

中央には護られるようにルンと荷物持ちのコケトリス。

その左右にアリシアとアリス。

その後ろにグスタフが付き、

最後尾に背後への警戒を兼ねてスケイルを配置した。

そして、その陣形のまま。

俺達は城内へ突入して行った……!


……。


「静かだな……」

「いや、静かになった、って言った方が良いぜ。見ろ、あれをよ」


兄貴の指差す方向には、砕かれた水晶の欠片。

壁に大量にこびり付く粘土らしきもの。

そして、頭部を潰されて倒れ臥すゴブリンの姿。


「……っ!」

「全てお前が決めた事だ。判ってるだろ?」


ああ、判ってるよ。

コイツが死んだのは俺のせいだってな。

……普段はゴブリンの死骸なんて気にもしないのだが、

これが確実に俺の、そしてハイムの配下にある国民のものだと思うと、

途端に申し訳ない気持ちになる。

いや、何度も同じ問答を繰り返したが、俺が命を下した以上感傷に浸る権利は無い。

申し訳が無いと思うなら、成すべきはコイツの護りたかったもの。

多分家族や安住の地……それが護られるように取り計らう事だろう。


「詫びは入れない。だが……覚えておくぞ!」

「応よ。そうだ。人の上に立つ以上、そうでなきゃならねぇぜ」

『流石に被害が出始めたようだな。味方の死体に気を取られるのはここまでにしておけ』


スケイルの言葉に顔を上げる。

……通路の先にゴブリンとコボルトの遺体。

更にミーラ兵達が無残な姿を晒している。


一瞬瞑目するが、そこまでで止めておいた。

これからも多々目にする光景だからだ。

故に、これからはそれぐらいで心を動かすのは止めにする。

出来るかどうかは判らないが、気持ちはそう持っておくべきだろう。


「ああ。スケイル……それで俺がこんな所でやられたら本末転倒だもんな」

『そうだ。そして、そろそろ前衛も敵を狩りきれなくなって来たようだぞ?』

「応!来たぜ、粘土野郎だ!」


地下への階段から昇ってくるクレイゴーレム。

見ると、その一体が床に転がっていた水晶球を拾い上げ、

飛び散った粘土をかき集めている。

……成る程、な。


「させるかよ」

『……!』


腰に下げていた拳銃を引き抜くと数発の鉛玉をぶち込み、水晶球を撃ち抜く。

パリン、と音を立てて砕けた水晶。

それを見るとゴーレムは砕け散った水晶とかき集めた粘土を放置しこちらに向かってきた。

しかも、こちらの攻撃を学習したのか片腕で弱点を庇いながら……。

動きはそれ程早いわけではない。

だが、その重量感は本物だ。

魔法が使えず戦力が落ちている以上、舐めてかかれる相手では……!


『アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』

「おいルン!?無駄な、えっ!?」


床から氷の壁がせり上がり、天井から氷塊が降りかかる。

ルンの18番の一つ、氷壁。

しかし何故だ?何故魔法が使える?


「お母様。私に、力を……!」

「マナさんの遺骨が……光っている!?」


ルンのお守り……マナさんから切り取ったその指から光が漏れる。

光がお守りの袋を突き破りその全貌が明らかになった。

……骨だ。ただし、人のものとは思えないメタリックな材質。

その骨に何かの紋章のようなものが光を放ちながら浮かび上がっている……!


「何故か殆どの魔法が使えない。けど……お母様のお守りを握り締めていると、幾つかは使える」

「……それは……まさか」


「……きっと、お母様が助けてくれている。はーちゃんを助ける為に」

「へぇ。あの公爵夫人にしちゃあ殊勝じゃねぇか」


いや、それは多分違う。

それは多分、マナさんの指が自分に良く似た魔力に反応しているだけだろう。


思えば幾ら才能があっても5歳児が幾つもの魔法を実戦レベルで使えるのがおかしい。

いや、五歳児の体力で実戦に耐えられる事自体がおかしかったのだ。

恐らくフレイムベルト宰相が……マナさんの体を弄っていたのだろう。

そうなると、考え方がおかしいのもそれに関わっていた可能性があるのか……?

何にせよ、マナリアの闇の深さに辟易としながらも、

死してようやく娘の為になる事の出来たマナさんの業に涙が溢れかけた。

そう、マナさんは。死んでようやく呪いから解放されたのだ……。


何にせよ。これは好機だ。

ルンが戦力に数えられるようになった事は大きい。

どっちにせよルンは敵から距離を取らせなければならなかったのだ。

結果的にこちらの火力は大幅に底上げされた。

後は魔力切れにならないように注意しておけば良い。


「ルン……今は魔力が回復しない。使いどころは」

「問題無い」


取り出されたのは魔王の蜂蜜酒。それも三本も有る。

……成る程。事情はある程度察していたか。


「はーちゃんがあそこに居るうちは魔力が失われるのかも。皆の為にも早く連れ戻さないと」

「……いやそれは……ああ、そうだな」


実際は少し違うが……まあいい。

少なくとも俺達はハイムを連れ戻す。

それは変わらないのだから。


「応、カルマ!何か、上からも敵が来やがったぜ?」

「何!?下だけじゃないのか?」

「……!魔王城の一部が変形してるであります!」

「まなりあおうと、と、いっしょ、です!」


壁にぬりこんでやがった、か。

となると……このままだと挟撃されるな。

さて、どうしたものか。


『……行け』

「ウッガアアアアアアッ!」


その時、階段を背にスケイルとオーガが仁王立ちした。


「スケイル!?オーガ!?」

「なにいってる、です!?」


『なに。オーガの巨体では地下室では満足に戦えぬし、奴一人に任す訳にもいかんしな』

「だからって!」


『急げ!我々が持つ内に魔王様を救い出すのだ!』

「ウガッウガッ!……グォオオオオオオオオオオッ!」


既に上階からのゴーレムは足音が聞こえる位置まで来ていた。

辿り着くのも時間の問題だ。

そして、幸い奴等は普通の経路でここに向かっている。

それを防ぐにはこの階段で迎え撃つのが効率の良い話であることは事実だ。


「……合流できたら奥に行ったコケトリスを戻す。それまでもちこたえてくれ」

『いいだろう……この老骨、最期の大暴れだ』


「馬鹿言うな。認めないからな……生き残れよ師匠」

『いっぱしの口を利いて来たなカルマ。いいだろう、出来る限り足掻くとしようか』


俺は走り出す。

一瞬の時が惜しい。

全員が地下に降りた時、小さな足が数十人分ほど階段の上に降り立つのが見えた。

……部外者が消えたから出てきたか。

だが、あまり無理はさせられまい。

なにせ……最後の仕上げにかなりの人数を裂いてるからな。

これ以上の蟻ん娘を動員は出来ないだろう。

頼むぞスケイル、オーガ、それに妹達……!


……。


殿を残して俺達は進む。

日も射さぬ地下迷宮を。


「粘土が来たぞおおおおっ!」

「兄貴、薙ぎ払っちまえええええっ!」


壁も床も、天井もあったものではない。

破壊の風を撒き散らし、兄貴が突貫をかける。


「おい、道の先に随分とんでもない数が立ち塞がってやがるが!?」

「……もう一度、氷壁(アイスウォール)を……!」

「いや……ここは俺が行く……!」


全身を巡る竜の魔力で肉体を変質させる……!

心臓の中からファイブレスの激が聞こえるような錯覚を覚える中、

俺は叫んだ。


『召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』


両腕と両脚を竜化させ突撃をかける。

よし、加速力も悪く無い!


「食らえッ……効いて無いか」

『……』


だが、敵の体を切り裂いても大して効いている様子は無い。

当然だ、相手の体は粘土なのだから。

故に俺は魔剣を鞘に戻す。

そう、粘土だ。だとしたら……。



「燃え尽き……ろおおおおおおおおおっ!」



『『『『『『……!?』』』』』』

「うわっ!ここまで熱ぃぞ!?」

「……さすが先生」


紅蓮の炎を吹き付けながら、両腕の爪で力任せに薙ぎ倒し、砕く!

……極大熱量を受けた粘土の表面は一瞬にして素焼きの陶器と化し、

その陶器と化した身に受けた打撃により砕けながら壁に叩きつけられたゴーレムは、

その核である水晶球にひびが入り、そのまま砕けると共に活動を停止していく。


「応!カルマの奴に続けぇっ!」

『……我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)』


「炎が弱点なのですね?でしたら……炎の魔剣よっ!」

「せいかくにいうと、やいてかためれば、だげきがききやすい、です」

「今日のすこーっぷ!は粘土べらでありますっ!くーとりむーーーーっ!」


俺を追いかけるように全員が進む。

その時、荷物持ちをしていたコケトリスの一羽が鋭く叫んだ!


「コケーーーーーーーッ!」

「「「「「……コッコー……!」」」」」


小さいが、確かに応答の鳴き声が上がった。

しかも、これは死にかけの声ではなくただ距離が遠いだけ。

それも数が多い、と言う事は!


「アルシェ達だ!合流するぞ……続けえええええっ!」

「お爺様、無事ですかね」

「そこにひとり、なますになってころがってる、です」

「もう抜け殻でありますがね」

「……コケトリス達にもかなり被害が出ている、急ぐべき」

「ニワトリの爪にゃあ相性が悪い相手だ……急いだ方が良いな」


そして、長い回廊を抜け、

大き目の広間らしき場所に出る。


「はぁ、はぁ……このおっ!このおっ!」

「使用回数に限りの有る武器を無駄撃ちするんじゃねぇ!俺様の教えを忘れたかアルシェ!?」


息を切らしつつも連射を続けていたアルシェの銃撃は、確実に敵の心臓部分を狙い撃つ。

だが、あのゴーレムの中には心臓はおろか内臓すら無い。

無常にも時に貫通、時にめり込み……効果をあげられないでいる。


「ククク、見ろ、奴等は顔に弾が当たる時だけ防御するんだ。狙うは顔だ!」

「でも、片腕で防御しながら来られちゃ……当てられないよチーフ!」

「斬っても斬ってもキリが無いで御座る!」


流石に弱点の顔……水晶球をガードしてくるせいで、弾丸は余り役に立っていないようだ。

村正の妖刀は敵を切り裂くものの、鋭い切れ口は即座に修復されてしまい意味が無い。

意外と奮戦しているのは傭兵王。

防御されようが魔槍を突き出し、水晶球のみを執拗に狙う。

三度の内二度までは防がれるが、三回の内の一回のチャンスを確実にものにし、

敵の総数を削っている。


「畜生!キリがありやしねぇ!」

「くっ、これが、裏切りの代償で御座るか……」

「い、嫌だよ!?こんな所で!僕は、僕は諦めないからね!」


そうだ。

その諦めない心が……。


「その一念が……岩をも、通す!」

「はぁ、はぁ……カルマ君!」


コケトリスの防衛網を潜りぬけ、両手の全弾を撃ち切った隙を突いて迫る巨体。

最期の抵抗にと抜き放ち、

水晶球目掛けて投擲した短剣が空しく敵の粘土の体を傷つけるだけに終わった時、

俺の突撃が、間一髪……間に合った!


「来てくれたで御座るか!」

「ククク、遅いぜ馬鹿野郎。アルシェが傷物になったら責任……ああ、もう取ってやがったな」


「最期の投擲をゴーレムが防御したが、その一瞬が生死を分けた……頑張ったな、アルシェ」

「もう。遅いよ馬鹿ぁ……」


抱きついてくるアルシェを受け止め、周囲を見渡す。

ルンが敵を陶器にしてそれを周りの連中が粉砕すると言うサイクルが出来つつあるな。

俺自身もアルシェの無事を確認し、敵陣内に突っ込んで行く。

……付近のゴーレムを排除しきるまで15分。

それ以後、敵が周囲に沸いて来る事は無くなった……。


「良し、ここいらの敵は片付いた。コケトリスをスケイル達の増援に」

「ひつようなし、です」

「ガサガサ達が駆けつけてるであります。殲滅も時間の問題であります」


何?

表の防衛用部隊を突入させただと?

もし何かあったらどうするつもりだ!?


「アリサの所に、オドと聖印魔道竜騎士団が到着したであります」

「ジーヤおじちゃん、じぶんがのこって、オドをこっちに、よこした、です」

「……そうか!機動力か」


ジーヤさんの部隊は騎兵。

機動力の高い部隊ではあるが、新しく出来た大河や森を越えるのには適さない。

だったらワイバーンを有するオド達をこっちに寄越した方が良いと判断したのか。

そして、この狭い場所では戦力が上手く生かせないあいつ等を護りの駒とし、

ガサガサ達を突入させたんだな。


「アリサにピンチを伝えたら、突っ込ませてくれたであります」

「さすが、アリサ。です」

「……応、でも一体どうやって伝えた?と言うかその情報何処から持ってきたんだ?」

「俺様も少し気になるな。どうやってるんだ?色々役立ちそうなんだが」


「ぶがいしゃひ、です」

「トップシークレットでありますよ」

「……余り詮索して欲しくないな兄貴」


何気にやばい事に踏み込んできた二人に対し、

さり気なく凄んでみる。


「ぬおっ!?」

「び、びびるじゃねぇか!」


……おーおーびびってる。

しかし、以外だな。傭兵王はともかく兄貴まで驚くとは。


「……何で、アリシアちゃん達を疑うの?」

「おいルン……怖ぇよ」

「く、ククク、母親とは別のベクトルでやばいのかコイツは」


ああ、そっちか。

でも、余り詮索されたくないのは本気だ。

実は地下の蟻型クリーチャーに世界の経済とインフラ握られてます。なんて、

絶対に人の世に認められる訳は無いからな。

絶対に口を割らないと判断した奴にしか情報公開できるわけも無い。


さて、深く考えられる前に話題転換するか。


「ともかく皆無事でよかった……コケトリスやその上に乗ってた連中は残念だったが……」

「はんぶんくらい、やられちゃった、です……」

「全体の数的には大した事無いけど、やっぱへこむでありますね……」

「「コケー……」」


そうだな。だが、今はコイツ等が生き延びた事を……あれ?

そう言えば傭兵王以外のユニークな連中の姿が死体の中に無かったから安心してたが、

一人足りなくないか?


「そういや、ハニークインの姿が見えないが?」

「はぁ、はぁ。あ、そうだ。あの子、コケトリスを僕らの援護に置いて先に行っちゃったんだ!」

「ククク、囮になるついでに側近一人と二羽で魔王に会いに行くんだとよ」


……囮!?

ハイムに会いに行く!?

それって、まさか……。

一人で先に特攻かましたのか!?


「ああ。そのお陰でかなりの敵があのチビ助を追いかけて行ったぜ。お陰で助かったが……」

「最早、生きているとは思えんで御座る」

「な、何言ってるのさ!あの子だってミツ……はーちゃんの側近だよ?そう簡単に……」


馬鹿な……。

自己犠牲なんてする奴じゃあないだろハニークインよ。


「ともかく、ハイムの方へ向かったんだな!?」

「うん。あっちの通路だよ!」

「あの奥にギルティおばちゃんの空けた突破口があるであります!」

「いそぐ、です!」


俺はその言葉を聞いて周囲の皆に語りかける。


「今すぐ動ける奴は何人居る?」

「ぼくはいけます!姉上をたすけるのです!」

「ククク、こりゃあ俺様も行かざるを得ないじゃねぇか」

「応、未だ余裕……とはいかねぇが未だいけるぜ。俺の力、存分に使え」

「……皆に迷惑がかかってる。早く、はーちゃんを連れ戻さないと」

「はぁ、はぁ。僕も行くよ?絶対、絶対行くんだからね!」

「拙者の消耗も酷いが、ここに置いて行かれるよりは生き延びる可能性が高そうで御座るな」

「……ばとんたっち、かんりょう。です」

「あたし等は元気全開でありますよ!」


ふう、流石にコイツ等は大丈夫そうだ。

少し休ませてやりたいがその暇は無さそうだ。

悪いがこのまま突撃してもらおう。

問題は、


「「「「「コケコケコケーーーッ!」」」」」

「「「ご、ゴブゴブッ!」」」

「「「く、くぅううううん……(ふるふる)ばうっ!」」」


皆はともかくコケトリスや騎乗兵達の消耗は激しいって事か。

まあ、何だかんだでここに居るのは大陸最強格の猛者ばかり。

そんな中で一般の魔物がここまで奮戦したんだ、むしろ褒められてしかるべきだろう。


「よし、では俺達は進軍……ゴブリンやコボルトは荷物持ち以外のコケトリスと共にここを守れ」

「やばかったら、即刻逃げるで有りますよ」

「むりは、きんもつ、です」


俺達の言葉に明らかに安堵したような声が漏れる。

当然だ。コケトリス以外は元々小動物並みの戦力しかない。

ここに居る連中は訓練を積んではいるが、それでも成人男子に勝てるかは微妙なレベル。

さっきも言ったが、よく頑張った。としか俺は言えない。


「ゴブッ……マオウサマ、タスケテ、ゴブ……」

「ああ、任せとけ」


特に負傷の酷い連中への応急処置を指示すると、俺は仲間達の方を向く。

……一斉に頷いた七人と二匹。そして荷物持ちの数羽に俺が頷き返すと、

俺達は一斉に走り出す。


待ってろよ、ハイム。

それとハニークインも。

ハイラル達が付いているならそうそう心配も要らん気もするが、

それでも。絶対に、絶対に死に急ぐんじゃないぞ馬鹿野郎が……!


……。


≪side ガルガン≫

……わしの持ち場は今、戦場と化していた。

だが舐めるな。

所詮元Cランク冒険者で、元冒険者の宿の親父でしか無いわしだとて……出来る事はある!


「ほい、芋のスープお待ちじゃ!」

「おかわり、です」

「こっちにも一皿追加であります!」


「ノンノン……やれやれお二人とも。暢気にご飯を食べている場合でも無いでしょうに」

「はらがへっては、いくさができぬ、です」

「今まで散々戦ってお腹空いてるでありますよオド……」


「イエス、判りましたよ……ただ、早く食べて交代してあげるべきですけどね」

「そうじゃのう。こやつ等食って出て行ったかと思えばすぐに戻って来おって……」

「……たべざかり、です。かんがえるな、かんじるな。です!」


うん。わし……料理係だったのじゃよ。

……悲しくは無いぞい?

どうせ突入してももう役に立たなかったろうからな。

じゃが、この仕事を上手くこなせれば新しい宿を開業できる資金が得られる。

このままじゃ先代のマスターに申し訳が立たんしの。


え?首吊り亭か?

そんなの、冒険者がめっきり減った上、戦乱が続いたから一般客の客足が遠のいての。

つぶれたわい。この間。

ハハハハハ、ハハハ……ハハ………。


「おかわり、です」

「交代完了!ご飯持って来いであります!」

「ン!ナイスアイディア!……マスター。私にも軽く立って食べられる物を一つお願いします」

「ほいほい、どんどん……どんどん作るぞい?」


ま、腐っては居られんからの。こうして出稼ぎもしとる訳じゃ。

しかし、なんと言うか。

今日は、やけに、

たまねぎが目に染みる、のう……。


***最終決戦第九章 完***

続く



[6980] 79 背を押す者達
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/01/07 00:01
幻想立志転生伝

79

***最終決戦第十章 背を押す者達***

~親子対決 決着編~


≪side ハニークイン≫

現在こちらはハイラル、コホリンを加えて三名で魔王様の御許にむかっているのですよ。

やはり、ここは側近たるハニークインちゃんが行かないと始まらないのですよー?


「魔王様。参謀ハニークイン、参上つかまつるのですよー」

「コケー!」「コッコッコー!」


むむっ!眼前に粘土野郎!

ここは薙ぎ払いの一手なのですよー?

ここでハニークインちゃん達が頑張って相手を引き付ければ、

後ろの人たちも随分楽になるってものです。

まったく、仕方の無い人たちなのですよー。


……けど。

あの人たちが自分のせいで死んだとなれば、魔王様はきっと悲しまれるのですよ?

それは容認しがたいのですよ。

だって、

先代達が滅びかけた時。

あんな雪山の中に魔王様自ら助けに来てくれたのですよ。

いや、その父親があんな法外なおにーさんだとは思わなかったのですけどね?

何にせよ、滅びかけた一族は何とか首が繋がって。

あと数年もすれば、ハニークインちゃんも卵産んで一族再興出来るのです。

魔王様には是非再興された我が一族を見ていただきたいのですよー。


……因みにスズメバチのクイーンと比べるのは無理。

あの怪物と比べられても困るのですよー。いやまじで。

まあ、それはさておき。


「天よ見よ、地よ見よ、ざまあ見よ!これがハニークインちゃんの戦い方なのですよー!」

「「コケコケコケーッ!」」


全身を視界がぶれるほどの速度でブルブル震わせるのです。

くっくっく。我等がご先祖様を舐めるんじゃないのですよ?

スズメバチをも煮殺したと言われる彼の一族の末裔たるその力、見せてやるのです!


「はいぱーモードなのですよーーーーッ!」


超振動による熱量増加により、ハニークインちゃんの体が白熱するのですよ。

ハイラルが無茶苦茶熱そうだったので背中から飛び立ち、更に温度を上げます。

遂に全身が眩い光を発するまでになると、その表面温度は太陽に匹敵するとか何とか。

まあ、先代の側近達の受け売りなのですよ?

でも……。


「焼き物になってしまうのですよー!」


粘土を焼き固めるくらいの事は余裕で出来るのですよっ!


『!?』
『!』
『……!?』

「驚いているのですよ!さあ、今がチャンスなのですよ……!」

「コケッ!」
「コケケッ!」


敵は軟体だから問題なのですよ?

だから一度固めてしまえば!

まあ、そこが千年前から何一つ変わらない物の弱点なのですよね。

無敵を誇った機構と言えど、千年の時の流れには抗えない。

とは言え、古代の人達も十分承知してたと思うのですよー?


「……ま、何が言いたいかと言うと」

「こけ?」


だから……。

多分、古代の人達もこれが破られる時が来る事は判っていたと思うのですよー。


「魔王様は、もう……苦しまなくて良いのですよっ!」

「「ケコケコーーーーッ!」」


要するに。

多分、魔王様は使命を十分過ぎるほど果たしている。と思うって事なのですよ。

だからもう頑張らなくて良いって、

側近の一人として……ご忠言つかまつるのですよー?


「と、言う訳で迎えに来たのですよ?帰るのですよ……魔王様のお家はもうここでは無いですから」

「どいつもこいつも、阿呆ばかりめ……」


ふむ。まあ脈はありそうなのですよ。

じゃなきゃ、泣いたりはしないのですよね?

ここはひとつこのハニークインちゃんが、


「なんで、なんで……こんな所に来てしまったのだ馬鹿者どもめ……」

「決まっているのですよー。魔王様を……あれ?」

「コッ!?」

「コケッ!?」


……あれ?焦げ臭いのですよ。

それにこれは、血?

誰の?


……。


≪side カルマ≫

突き進む、突き進む、突き進む……!

クレイゴーレムはハイムの傍に行こうとする度にその数を増やしていく。

だがルンの氷壁(アイスウォール)で敵の侵攻を食い止めつつ、

兄貴の攻撃力と広範囲に渡る斬撃は嵐の如く前方に沸く敵どもを巻き込む。

限界と敵の特徴を理解した村正は顔面を庇う腕を狙い、

無防備になった顔面には傭兵王の魔槍が突き刺さっていく。


「近寄らせはしないよ!」

「すこっぷ!すこっぷ!すこっぷ!」

「アルシェねえちゃ、たま、です!……ルンねえちゃ、はちみつしゅ!あーん、です!」


後方から迫る連中は無理に倒す必要が無い。

アルシェは顔面を狙って弾丸をばら撒く。

防御されるが目的はそれだ。

攻撃の手数を減らしたところで、アリスがその足元をスコップで崩し、追撃を遅らせる。

それだけでいいのだ。

その後ろの敵は前につかえて何も出来ないで居るのだから。

そしてアリシアは味方の補助だ。

回復薬や弾薬の提供から全方位を見張っての索敵。時として汗拭きまでも。

皆、八面六臂の大活躍である。


「このおっ!」

「ナイス、カルマ君」


「斬ります!」

『はいはーい。やっちゃうのよねぇ!』

「ククク、一度に三体か。やるじゃねぇかグスタフ。流石は俺様の孫だぜ」


俺とグスタフは遊撃だ。

前衛を突破してきた奴らが荷物持ちのコケトリスに攻撃を加えないよう叩きのめしたり、

前後どこかが押された時の手伝いをしている。

……正直言えば前後どちらかの前衛を担当したい。

だが、止められた。

馬上、と言うか巨大鶏の上で正座して魔法の詠唱をするのみのルンとは違い、

俺達は戦うとなったら動かなければならない。

ここであまり体力を消耗するなと全員から言われているのだ。


曰く、俺達の出番は他にある、と。


「応、何か知らないが段々敵の沸きっぷりが緩くなって無いか?」

「俺様もそれは感じていたぜ」

「後ろは大渋滞だから良くわかんないよ!?」

「うりゃうりゃうりゃうりゃ!であります!」


皆と共に進む。

盾となり、矛となってくれた仲間達に背を押されつつ。

段々と少なくなっていく粘土のゴーレムを蹴散らしながら。

……諦めたのかそれとも別な狙いがあるのか。


少なくとも敵の戦力が尽きたと俺は思わない。

その予感は、図らずもすぐに証明される事となる。


……。


「この先の角を曲がった所であります!」

「かくへきは、まだこわれてるはず、です!」


蟻ん娘に案内されるまま先に進む。

気が付けば前方からは道を阻む敵の姿が消えている。

これが好機と移動速度を上げ最後の曲がり角を曲がった、

いや、曲がろうとした途端……!


「うぐぅ……待つのですよ!」

「何言ってやがるコイツは!?俺様は行くぜ!未だ予備はあるし!」


先行していた傭兵王が、

閃光の中に、消えた。

そして後ろからまた現れた。


恐るべき攻撃力の防衛網が先にある。

敵の沸く数が減ったのは、つまりそう言う事だったのだ。


……。


「さて、無茶をしたもんだなハニークイン?」

「いやあ。ハニークインちゃん達なら魔王様を説得できると思ったのですよー」

「「コケッ!」」


しかし酷いもんだ。

体中穴だらけじゃないか。

しかも、銃創まである!?


「おい、お前一体何と戦ったんだ!?」

「そうです!それが一大事なのですよ!?」


話を聞いてぞっとした。

なるほどね。

最後の敵は古代文明お約束の防衛システムか。

……と、言ってやりたいのだが……。


「……悪い。それ、知ってるんだが」

「え?」


ポカーンとするハニークインにアリシア達が声をかける。


「あたしら、いるです」

「おじちゃん達が命張って調べてくれたのでありますよ?」

「……ハニークインちゃん。可哀想なのですよー」

「僕も可哀想だと思うけどさ。自分で言っちゃ同情が半減するような……」


どよーん、とする羽虫。

だがそこに更にルンが現れ、ハニークインの背中に手を乗せた。


「……それでも頑張った」

「ううう。判ってくれるのはおねーさんだけなのですよー」

「こうやってルン母上は人望を得ているのですね。べんきょうになります」


まあ、確かにコイツの努力と根性は認めるべきだろう。

だが……。


「その傷ではもうこの先に行けないんじゃないか?」

「そうかも、知れないのですよー……」


全身穴だらけだ。

生命力はあるようなので死にはしないだろうが、暫く安静にしておかなければなるまい。

まあ、コイツの突出でアルシェ達が助かった部分はあるので何も言わんが……。


「だが、背後からも敵が迫ってる……戦闘不能を庇ってる余裕は無いぞ?」

『クイーンアントの物量攻撃を推奨するのですよー。手段を選んでる場合じゃないし』


確かに普通に考えればそうだ。

だが。今回は事情が違う。


『いや、蟻ん娘達には別行動をさせてる……動ける奴は前の方で敵の足止めだ』

『その割りに後ろから随分迫って来ているのですよー?』


『上階からの奴等を遮断出来てなかったらこの数倍は押し寄せてきてるだろうな』

『それは恐ろしいのですよー』

「おいカルマ!何時まで話し込んでやがる!」

「まあ、ちょっとまって、です」


今はまだ兄貴達が押さえているが何時まで持つか……。

しかし、元々兄貴や村正、傭兵王は外部の人間だし、

内部の人間でもルンは事情を知らない。

どちらにせよ、蟻ん娘物量攻撃は明日があると考えれば使えない手なのだ。

よって、動員できない事は別段不利になる要因では無い。


『ともかく、蟻ん娘達は俺の命令で世界中に散ってる。この戦いには間に合わない』

「要するに、足手纏いを守る余裕は無いって事ですねー?」


……せめて撤退させられれば良いが、後ろは敵塗れ。

最悪地上の殿軍は窓や壁を突き破って逃げられるから心配はしていない。

しかしここは、間違いなく死地。

頼りの地中からの援軍も、今度ばかりは……無い。


「ふふん。まあ、心配ご無用なのですよー」

「コココッ!」「コケココッ!」


だが、ハニークインはコホリンに飛び乗ると不敵に笑う。

全身ボロボロなのは判りきっているが……。


「まあ、ここからはコホリンに任せて生き残る事に専念するのですよ。後方は任せるのですよー」

「行けるのか?」


「……こんなハニークインちゃんでも死んだら魔王様を悲しませるのですよ。多分」

「ククク、じゃあ、死ねねぇな」


「と言う訳で魔王様の説得を宜しくなのですよ」

「応、言っておくが余裕はねぇからな。庇い立ては出来ないからそこは覚悟しろよ!?」

「これ。ぶき、です……まあ、いちおう」

「と言うか、その傷で何で動けるで御座るかそこの妖精殿は、いや、だからこそで御座るか?」


村正のぼやきを尻目に、ハニークインはコホリンの背でアリシアから渡された銃を構える。

そして最後に振り返り。

見た感じの私見だが、と断ってから俺に一言。


「あ、そうそう……魔王様、お迷いのようなのですよ?そこが突破口かと愚考するのですよー」

「そうかよ……お手柄だ」


そう言って、後方に向かって行った。

後方は兄貴と代わり、ハイラル、コホリンが後方を担当する。

数を減らしてきたとは言え傭兵王に村正と二羽だけで押さえるには多い数だが、

前方を突破する為には兄貴の力も必要だった。


無茶は承知……だが、決死を必死にはしない。

賭けに負ける気など毛先程も無いのだ。


「では、いきましょうか父上、母上達も」

「そうだね。ここが僕らの正念場だよ!」


ハイムは連れ帰る。世界は滅ぼさない。

それに……魔法も手放す気など無い。


「応、俺もかなり浮いてるな。この中じゃあよ」

「……ま、にいちゃにとってはライオネルおじちゃんがお兄さんでありますからね」

「……かろうじて、ここにいるしかく、あるです」


魔剣を引き抜き、ゆっくりと歩き出す。

この先より先は、古代文明の領域。

その最終防衛ラインだ……守りが薄い訳が無い。

だが、それが何だというのだ!?


「虎穴に入らずんば、虎子を得ず……ましてや」

「そこにいるのは、はーちゃん。私達の子」

「やっぱり、家族は揃ってなきゃ駄目だもんね!」

「姉上……!」

「いくです……せきにんじゅうだい、です!」

「今回ばかりは何時もみたいに死んでられないでありますからね!」


ふと見ると、兄貴が下を向いて拳を握り締めていた。

そして、二呼吸ほどして顔を上げると、殊更明るい笑顔で言い放つ。


「おう!じゃあ、いっちょ突っ込ませてもらうぜ!」

「先陣は頼んだぜ兄貴!」


そして、兄貴を先頭に……俺達は突っ込んで行く。


「行って来い!ただし、アルシェとグスタフに怪我させるんじゃねぇぞ!」

「魔王様を、どうか……解放してあげて欲しいのですよーっ!」

「幸運を祈るで御座る!」

「「コケーーーーッ!」」


……。


「うぉおおおおおおっ!どけどけどけええええっ!」

「兄貴、前方の鉄の蛇は炎を吐く!横から突き出す音叉は衝撃波を放つぞ!」


角を曲がると共に凄まじいまでのお出迎えに会う。

足元の穴から突き出した鉄のホースの先から可燃性の液体が垂れ落ちる。

それを一薙ぎにした兄貴に、今度は壁から突き出してきた音叉に関する警告を行う。


「……今、カシャって」

「母上!銃口です、壁に小さな穴が!」


「じゃあ、ジャムって貰おうかな。っと!」

「すごっ!じゅうこうに、たま、すっぽり、です!」


暗殺狙撃用と思われる銃口が戦闘のドサクサに開くが、ルンがその僅かな音を聞きつけた。

そして、グスタフが周囲を見回し僅かに空いた穴を見つけ、

そこをアルシェが狙い撃つ。

銃口を塞がれたそれは弾を詰まらせその機能を停止する。


続いてのお出迎えは一見するとカメラのように見える代物だ。

だが、


「……あれは?」

「あのレンズからは光の糸が突き刺さるであります!」

「それがどうしたってんだよ!」

「当たると何かまずいのかな?」


ぐっ!コイツの恐ろしさを想像できるのは俺か蟻ん娘ぐらいのものか。

一瞬で肉体を貫通する出力のレーザー砲なら、当然切断もしてくるだろう。

ところがこちらはそれを知らずに無防備に当たりに行き、気づいた時には……って寸法か。

だが、その流れは阻止する!


「オオオオオオオオオオッ!」

「でた、です!ファイブレスのふぁいあーぶれす、です!」


紅蓮の炎がレンズを焦がし、融解させる。

これで、まともな威力は出まい!

さらに接近した時ロケットらしきものが迫ってくるが、

それはあえて突出した俺自身が一度食らい、そこをルンの氷壁で叩き潰した。

さあ、これでハイムまで一直線だ!


まず辿り着いたのは兄貴。

だが、突然見えない壁にぶち当たる。


「応、カルマ!お前の所のチビ助まであと少しだってのに……進まねぇ!」

「あ、ぼうぎょしーるど、あるです!」

「無駄だ……これは破れぬ。諦めて帰ってたもれ。それなら、わらわの権限で止められる……」

「どう言う事だ!?これ、お前がやってるんじゃないのか!?」


その時、壁際の床がせり上がり、そこから現れたのは……タレット!?

親父達の時はこんなの有ったのか!?

そんな疑問が浮かぶが、その疑問はハイムの泣き叫ぶ声で氷解した。


「侵入者が多い上に強いから、機構がなりふり構わなくなっておる!わらわでは止められん!」

「……自動迎撃?お前の権限でもどうにも出来ない、か」


全員に目配せ。

先ずは俺に任せて貰う、と言う事で全員が防御装置の破壊に専念し始めた。

それを見て、ハイムの顔色が益々悪くなる。


「父、逃げてたもれ!?父達が死んでは、わらわが命を張る意味が……無い!」

「一度動いてしまったら自分で求められないんだな……」


自らを守る殻を叩き懇願するハイム。

その横では作業終了予定とエマージェンシーを告げる無機質な電子音。

……これが"機構"か。

世界を守り、世界を弄り続ける古代文明の遺産。


「待っていろハイム。今出してやるからな」

「話を聞いてたもれ!世界を守るためにはこうする他無いのだ!」


……まあ、まずはハイムの説得からだ。

何はともあれ納得させねば意味が無い。


「本当なのか?」

「父、まさか寿命残り二百年でまともに暮らせると思っておるまいな!?」


「まさか。放って置けば遠からず人の住めない世の中になったろうな」

「そうだ。しかも異変如きで慌て、禁術をポンポン使いおる。実際には数年で寿命が尽きるぞ」


覚えているだろうか。

世界の寿命が減り、気温がおかしくなった時、

世界各国はそれを魔王の仕業とし魔王城に大挙してきた。

その際、クロスが広めたのか元から秘術として存在していたのか、

瞬間移動の魔法で部隊を送り込んでいた。


「一度なら誤差程度だろう。だが、あれだけ連続使用されると……それに」

「……追い詰められた人間のやる事は一つ、か」


もし、どうしようもなくなったら世界各国で古代より伝わるなんたら、とか、

色々笑えない試みがなされる事だろう。

何せ、魔法文明と言っても良いこの世界なのだし、最後に頼るが魔法である事は容易に想像できる。

その一つ一つが自分の首を絞める事に気付かずに。

いや、気付いたとしてもやり方次第で何とかなるのではないか。

そんな想いにすがり付いて得た力を決して手放そうとはしない筈。

いや、それどころか……。


「わらわは世界を存続させねばならぬ。魔法とはそもそも、そのための技術なのだからな」

「……科学技術を、発展させない為の、か」


ハイムが目を見開いた。……これで確信が持てたな。

この世界は俺の元居た世界の遥かな未来、もしくはそれに近い歴史を辿った異世界なのだろう。

要するに、異常発達した化学文明が滅んでそこに出来たのが魔法文明と言う事か。

それにしても、

人の命や環境まで自由自在に操れるほどの技術を誇った古代文明が最後に残したものが、

よりにもよって科学と対極にある魔法とは。

まあ、有る意味ありがちではあるが、使い古しにも程があるってもんだ。


「ともかく、もうお前の役目は終わったんだろ?ならさっさと帰って来い」

「無理言うな父。わらわが消滅する所までで1サイクルなのだ」


「死にたいのか?」

「そんな訳あるかっ!だが、機構初期化をするには管理者が一人犠牲にならねばならんのだ」


……ふむ。

言質は取ったぞ。


「ルン?聞いたな。ハイムは帰れるなら帰りたいとさ」

「……はーちゃん。帰ろう?」

「いや、だから無理だと言っておる」


ハイムは防御シールドの内部で困ったような顔をしている。

同時進行で兄貴達は周囲で次々と修復されていく防御設備を直る度に破壊し続けている。

ルンはそこから抜けて俺の所までやって来た。

そして俺は、魔剣を構える。


「……父?」

「機構初期化とやらはほぼ終わってるんだよな。少なくとも魔王城の外は」

「……もういいから帰って来て」


「駄目だ。わらわはここに残らねばならぬ。さもなくば……」

「自爆装置でも作動するのか?」


あ、ピクッてなった。

やっぱりか。

古代人もけち臭いな、

魔王の一匹くらい逃がしてもいいだろうに。

だが断る!とでも言いたいんだろうが……。


「けどな。やっぱり俺達としてはお前を連れ戻したいと思う訳だ」

「はーちゃん、帰ってきて。私達のはーちゃん?」

「そうだよ。僕らに一生物のトラウマ植え付ける気なの?」

「姉上!どうかおかえりください!」


次々とかけられる言葉に、ポロポロとハイムが再び泣き出した。

そして、絞り出すように声を出した。


「感謝する。だが……この防御シールドは破れぬ。手遅れになる前に帰ってくれ」

「……そうか?」


魔剣を振るう。そして竜の爪で切り裂く。

……確かに、傷一つ付かなかった。

炎を吐いても無駄。全速力で体当たりを仕掛けても同じ事だった。


「そんな!ここまで来たのに無駄なの!?」

「……でも、先生なら……先生なら何とかしてくれる筈」


……そうだな。

何とかしないとなるまい。

絶対防御のフィールドを突破する方法……それは……。

と言う訳で、床に爪を這わせてみる。

うん、傷がついた。


「じゃあ回り全部ぶっ壊して、切り離してしまえばOKだろ?」

「いや待て父!それは反則だ!」

「……流石先生」

「そっか。壊せないなら周りから切り離して持って帰っちゃえばいいのか!」


ハイムの意見は聞いて無い。

取りあえず帰れるなら帰りたいと聞いた以上連れ帰るのみ。

鋼鉄製の床板を剥がし、出てきた内部機構を無造作に薙ぎ払う。

そして、ハイムの居た辺りの下面区画全てを粉砕し、床ごと持ち上げた時、

ハイムを守り、拘束していたシールドが消滅した。

どうやら、動力伝達系統を何処かで破壊したらしい。

ルンが凄い勢いでハイムに向けて突っ込んで行くのが判る。


「はーちゃん!」

「母……」


そしてがっしと抱きしめる。

骨も折れよと言わんばかりだ。


「……帰ろう?晩御飯、好きなもの用意するから」

「……うぐ、うぐ……ううう……」


えーと。

そろそろ、言った方がいいか?


「ルン。ハイムが潰れる」

「でも、離したらはーちゃん、居なくなっちゃう!」

「居なくならん!居なくならんから力緩めてたもれ!?首が、動脈絞まって、お、る……」


はっ、としたのかハイムの頚動脈が正常に戻る。

但し。逃げられないようにホールドされているのは変わらないが。


「帰ったら、一緒にお風呂」

「わ、判った、判ったからその目は怖いから止めてたもれぇっ!」


うん、久々の気がするルンの瞳孔全開モード。

目も表情も何一つ笑ってない。

と言うか口元だけワラっている。

はっきり言わなくても、ヤヴァい。


「お仕置きはその後」

「……え?」


いや、そうなるだろ。

こんだけ心配させておいて無罪放免は無いから。

迷惑かけた人数からもな。

まあ、完全に拘束状態だしルンの事だから多分数日は離さないと思うぞ。

取りあえず覚悟だけはしておくんだなハイムよ。


「大丈夫。お尻百叩きだけで勘弁してあげる」

「母のそれは本気で死ねるわああああああっ!」


滂沱の涙を流しながら抗議の声をあげるハイムだが、

そんなまおー様の声など誰も聞いていない。


「応、チビ助……今更それは虫が良さ過ぎるぜ。多分な」

「ククク、何か知らんが攻撃が止みやがったぜ。どうやら片がついたらしいな?」

「疲れたでありますよ……」

「は、ハニークインちゃんも疲れたですよー……」

「コホリンのうえで、すわってただけ、です」

「まあまあ、大怪我しながら振り落とされなかったんだしそれは認めてあげようよ」

「ともかく、これでばんじ解決ですね!」

「全くで御座る」


「どこがだーーーーーーっ!?」


だが、そんな安堵した空気は、

次のハイムの叫びに合わせて消え失せる事となる。


「言っておくが。わらわが外された事により自爆装置が働く!早く逃げんと消し飛ぶぞ!?」

「「「「え?」」」」


「非常事態中の非常事態だ!わらわの異常動作に合わせ地下の動力炉が暴走するのだ」

「暴走するとどうなる?」


「少なくともシバレリアの森は全て吹き飛ぶ!」

「何ぃぃぃぃいいいいっ!?聞いてねぇぞぞれ!」

「ど、どうしようカルマ君!?」


周囲の様子も段々とおかしくなってくる。

ショートした火花が部屋全体どころか魔王城全体を覆い、

自身のような地響きが走る。

これはマズイと兄貴や傭兵王達が表に向かって走り出した。

村正が「出番これだけで御座るか!?」と叫びながらそれに続く。


「……先生。私達もはーちゃん連れて逃げるべき」

「そうだな。ルン……ハイムの事を頼む」


その言葉にハイムを羽交い絞めにしながら部屋の入り口に走り出そうとしていたルンが立ち止まる。

顔に僅かばかりの焦燥を滲ませて。


「……先生は?」

「俺か?俺は……ちょっと動力炉を何とかしてくるわ」


今度こそルンは固まった。

同じようにハイムも呆然としている。


「父、何を言っているのか判っておるのか!?」

「……ああ。ほっとけば爆発するんだろ?だったら止めないとな」

「駄目!先生死んじゃう!」

「そうだよ。はーちゃんは連れ戻したくせに僕ら置いて先に逝っちゃうの?」

「父上。幾らなんでもむぼうです。とめる方策はあるのですか?」


皆が口々に無茶だと口に出す。

だが、俺は……グスタフの疑問にのみ回答した。


「……ああ。止める策は、ある」

「なんだと!?どうやって……まさか!」


ハイムの驚愕に首を縦に振ることで答える。

そう。暫く前からファイブレスの声が聞こえなくなったのだが、

今度は段々とこの手の機構に関する知識……恐らくファイブレスのもの。

それがまるでジワリと水が漏れ出すかのように、俺の中に入り込んできたのだ。

混ざりつつあるのも良し悪しだが、今回ばかりは素直にありがたいと思う。

今の俺なら、どうやれば動力炉を止められるかも判るのだ。

そして……それを再起動させる方法もな。


「一度電源……に当たるものを止めればいい。それだけだろハイム?」

「阿呆か!簡単に言うがその辺の防備は完璧だ。スイッチに辿り着く前に消し飛ばされるわ!」


とは言え。

ただ座していれば大爆発が起きて魔法と言う物自体が失われるのを待つのみだ。

その後の混乱は想像に難く無い。

何一つ失いたくないのなら……機構本体すら失う訳にはいかないのだ。

端的に言うと、だ。


「まあ、そこは多少無茶をするさ。見返りは大きいしな」

「……見返り?」


ニヤリと笑う。

未だかつてこの大陸で誰も考えも突かなかったような野望だ。

……とも言えるし、面倒事を引き受けるだけなのかも知れない。

ハイムがぐずった場合の切り札でもあったその策とは……。


「今後魔法はうちで管理しようと思う。そんな訳で動力中枢は何とかして確保したい」

「ちょっ!?父ぃぃぃぃっ!?機構を乗っ取るつもりか!?」

「……魔法の、かんり?」


ルンが少し頭を捻っているが、まあ細かい事は後で説明すればいいか。

ともかく、万一を考えると皆にはここから脱出しておいて欲しい所だ。


「と言う訳でここから先は俺が一人で行く。多分、ここからの攻撃に耐えられるのは俺だけだ」

「駄目だ!父、死ぬ気か!?」


ハイムがルンの腕の中で騒ぐが、その手に横から手が置かれた。

アルシェだ。グスタフを横に置いてにこりと笑った。


「とは言っても、カルマ君がこうと決めたら絶対譲らないよね。じゃあ僕は行くよ?ただし」

「父上、ぜったいに帰ってきてくださいね。母上たちはそれまでぼくが守ります」


そして、アルシェはルンに手を伸ばす。


「じゃ、行こう?ルンちゃんを守りながら出来る事じゃ無さそうだよ」

「……私は……」

「だいじょうぶですよ。父上がルン母上の事を置いていくとは思えません」


その言葉を聞くとルンは差し出されたその手を取り、

俺の方を振り返った。


「……絶対に、無事で帰ってきて」

「ああ」


そして、走り出す。

……残されたのは俺と、何時もの二匹。


「お前らは逃げなくていいのか?」

「もーまんたい。です……あたしら、アリサのだいり、です!」

「にいちゃの両脇を固めてこそのあたし等でありますよ?死ぬのもいつもの事であります」


随分と物騒な物言いだが、頼りになるのは確かだ。

意思の確認を行った後床板を引っ剥がし、

千年間不審者の侵入を許さなかった動力炉に無理やり侵入していく。

しかし……あれ?床が、無い?


……。


一つ勘違いをしたが、床が無い訳ではなかった。

ただ、天井と床の落差が洒落になっていなかったのだ。

ここまで掘り進んで居なかったと言う事もあり、蟻ん娘すらドン引きするほどの巨大空洞。

俺達はそこに飛び込んでいく。

だが、そこで待ち受けていた物は……!


『良くぞ参られました。永く待ち望んだ不審者様』

「……動力炉が喋る?いや、これが本当の中枢そのもの、か!?」


それは中央にメインカメラ、にしては余りに大きなレンズの付いた巨大な球体。

見た目はまさしくボールの化け物。

その巨体は頭頂部まで50mくらいあるかも知れない。

その側面からは巨大なマニピュレータが腕のように突き出していた。

背面部からは尻尾のようなコードが壁まで伸びコンセントに繋がっている。

球体自体はかなりの硬度を持つ材質で作られて、白銀の輝きを放っていた。


そして、頭頂部には"緊急時専用"と書かれたスイッチが一つ。

ファイブレスの記憶によると……俺の目的地はそこになるわけだ。


ただし周辺にちりばめられた巨体を守る無数の砲身は新品同様に磨き上げられ、

周囲にはそれを小型化したような機銃を備えた補助兵器が無数に浮かんでいる。

動力炉なんていうのは半ば嘘っぱちだな。

と言うか、片方の腕に持っている大盾に"最終兵器"とデカデカと大書してある。

古代人、明らかに狙ってただろこのシチュエーション……!


「ええと。魔道動力炉、だっけ?ともかくそれで、いいんだよな……?」

『間違いないです。同時に最後の防衛ラインでもありますが』


最後の防衛ライン、ね。

ここを建造した連中のアホさ加減を想像するのは容易いが、本題はそこではあるまい。

……と言うか、ワクテカして無いかこいつ?

レンズの防御用と思われるシャッターがさっきから開いたり閉じたり、せわしないんだが。


「俺の用件は、判ってるって顔だな」

『はい、当代魔王との会話内容から判断するに機構……私を私有化せんと目論んでおられますね』


「まあな。だがほっとけばお前遠からず自爆だろ?それに比べればマシじゃないか」

『いやあ、千年前からそう言われるだろうと想像してましたが本当に言われるとは』


何?と思い、

その顔、と思しき部分を見ると少しばかりレンズが上を向いていた。

……もしかして、ふんぞり返っているのだろうか?

しかもマニピュレータ、と言うか腕で後頭部に当たる部分をかいてるじゃないか!?

さり気なく人間臭いなこれ。


「と言う事は、自爆阻止しに来る奴がいるのは織り込み済みか」

『ええ。でも来てくれて良かった。じゃないと私は自爆する為に存在してる事になりますから』


爽やかに言い放ちやがった。

完璧に近いシステムを乗っ取りにかかる奴が居る事すら織り込み済みかよ。


「……で、俺を排除した後は?」

『自爆します。嫌ですけど』


何か心底安心してる&達観してるな。

シャッターが半開き……要は半眼になって一言ぼやいた。

だが、流石に使命を放棄するような事は無いらしい。

レンズが俺のほうを向いて、無数の銃口……と言うか砲身も俺に狙いを定めた。


『まあ、魔法なんて法外な力なんです。個人で全てを支配しようなんて出来やしませんよ』

「だろうな。まあ、そこはほら、うちには魔王いるから。後は竜とか」


元々管理していた連中に任せればそれなりに安心だろ。

後は身の丈にあった管理法と使用法に改めれば……。


『無意味です。だいたい魔力を生成する私はいますが、それを分配する仕組みはもう無い』

「言いたい事は大体判るさ。ここを知られると馬鹿な事を考える奴が現れるだろうしな」


取りあえず、それに関しては考えている事がある。

けどまあ、コイツに判って貰う事は不可能だろうな。

現に、背筋を冷たい物が通り抜けた。

……撃って来る気だ。

本来なら心臓が飛び跳ねるべき時だが、先日から様子がおかしい。

なんと言うか鼓動が遠いというか弱いというか。

まあ、魔力供給はあるから良しとするが……。


『判ってるなら話が早い。悪用される可能性がある限り……それを認めはしません』

「おおっと!?」

「ひゃああっ!?です」

「ガトガトガトガトであります!」


足元を中心に弾丸がばら撒かれる。

一応当てる気は無かったようだが……本気で来られたら避けられはしまい。

それだけ密度の高い攻撃だった。

しかもこれ、かなり威力控えめの武器のみでの攻撃だ。

本気で来られたら厄介だな……。


「アリシア、アリス……下がれ!ここは俺だけで行く」

『スイッチは使用禁止です』

「にいちゃ、きをつける、です!」

「ファイトでありますよ!」


蟻ん娘達を下がらせ自らは敵前目掛けて突撃。


『シールドバッシュ。容易く避けられる代物では有りませんよ』

「殆どハエタタキ……ってレベルじゃないぞ!?」


プール二つ分ほどの巨大な盾が叩きつけられる。

迫り来る自分自身より大きな"最終兵器"の文字。

それを文字通り全力疾走で回避するとそれが再び持ち上げられるまでの時間を使い、

敵対者であり獲物でも有る球体の動力炉に肉薄した。

そして、


『砲撃開始』

「流石に自分を傷つけるような攻撃は出来ないよな……っと!」


その球体そのもの……本体には当てないように球体すれすれに降り注ぐ砲弾の雨。

それをすり抜けながら俺は"緊急時専用"のスイッチに辿り着き、それに手をかけた。

が、おかしい。

なんと言うか、こう、誘導されているような嫌な感覚が俺を支配する。

……直感を信じてその場から飛びのいた。


『……中々鋭い。ですけど、それに気付くような人を野放しには出来かねます』

「カチッとな。って、自分で押しやがった!?」


……あれはスイッチじゃ、無かったのか?

ファイブレス……管理者の記憶ではあれを押せば非常停止がかかる筈だったのだが。

ともかく、俺は押さなかった。

むしろ、動力炉が……自分で押した。今。

……何でだ?


『リミッター、解除します』


あー、成る程。余りにあからさまだと思ったら、

罠かよ!

とは言っても、追い詰められた場合自分で押せるなら気をつける意味も無かったか。

多分、侵入者が押した時のみ、徹底的に馬鹿にする機能が付いていたのだろう。


なんつー悪趣味と言うか、馬鹿馬鹿しいというか。


何にせよリミッターを解除してきただけの事はあった。

次の瞬間……俺は何かに弾き飛ばされ気付いたら壁に叩きつけられていた。


……。


「にいちゃ!?」

「起きるであります!」


妹達の声が、遠い。

だが、このままではいけない事は判るので必死に立ち上がり目を開ける。

……眼前に氷塊が降って来ていた。


『正規術式、凍結(フリーズ)、主に氷を作ったり冷蔵庫を動かす為の魔法です』

「まほ、う!?」


……空いた片腕から繰り出されたのは間違いなく魔法。

機械ではあるのだろう。

だが、魔法を管理する為の物。その中でも世界全てにその力を行き渡らせるほどの動力源だ。

ある程度の判断力を与えられているのだから、自分でも使えてもおかしくは無い。

それとも、攻撃をかいくぐりスイッチを押せるレベルの相手にのみ使用する、

特別な状態なのかもしれない。

ふざけているように見えてもその力は本物だって事か。

思えば古代文明の遺産は所謂"お約束"が多かったように思う。

故に今回もウケ狙いかと思いきや、最後の最後で引っ掛けてきた。


……本気だ。


今度ばかりは万一があったらどうしようもないという事なんだろう。

現に……、


「にいちゃ!よける、です!」

「でも、数多すぎでありま……!」


今現在俺に降り注ぐ銃弾、砲撃、そして各種魔法の数々。

明らかに殺しにかかっているその攻撃の重さ、威力、その全てが想像の枠を超えていた。

恐ろしい事に、ファイブレスの記憶から零れ落ちたと思われるこの部屋の備え、

それを遥かに上回るだけの防備がこの場所には成されている。

……甘かった。

まさか、ファイブレス達"管理者"にすら本当の備えが教えられていなかったとは。

俺達が一つになりつつある今、その記憶と能力があれば何でも出来ると思ってしまった。

我が身の力があれば可能な戦力だと思ってしまった!


だが、結果はこの通り。

……要するに、信用されていなかったのだ。

まさか、管理者の離反すら考えられた備えだったとは……。

全てを想定する、即ち最悪を想定すると言う事はつまり、



……爆風に吹き飛ばされた。


思考が及んだのはここまで。

竜の頑強な肉体を持ってしても耐え切れない程の波状攻撃。

部屋の隅で叫んでいる筈の蟻ん娘の声が聞こえなくなるほどの、文字通り五月雨のような攻撃。

視界全てが敵対するもので埋まり、すぐに何も見えなくなった。


肉体の末端からの喪失感。

それが段々と中央に迫り、最後に心臓からひび割れる音が聞こえた。

そして、暗転。

痛みすら感じなくなり、多分、俺は……意識を失った。

いや、もしかしたらこれは……。


……。


「カルマ。お前……諦めるつもりか?」


誰だ?俺を呼ぶのは。


「わしだよわし……判らんか?」


わし、って言われてもな。

……ガルガンさん、とは何か違うし……。


「お前、自分で切り殺した相手ぐらい覚えておくべきだと思うんだが?」

「切り殺した!?」


目を開けた、のだと思う。

真っ暗なその闇の中、浮かび上がる……ハゲ頭。


「ブルジョア、スキー?」

「そう。神聖教団の聖堂騎士団長ブルジョアスキーだ。久しぶりだな」


何でコイツが……まさか!?


「まさか俺、死んだのか!?」

「いや?だがこのままだと時間の問題だな……」


指差された先で、ボロ雑巾のようになった俺の体が見えた。

いや、これは感覚からの想像だ。

何故だか判る。そして、ここは……。


「まさかここ。俺の心の中、か?」

「その通り。わしも随分長い間お前を見守っておった事になるな」


見守ってたって、何時から?

そもそもどうして俺の心の中にブルジョアスキーが居るんだよ。


「お前の剣は何だったかのう?」

「魔剣……あ!」


「そう。お前がその魔剣で切り殺した者達、正確に言うとその魔力はお前の中にあるのだ」

「そうだったのか……」


「普段のお前では感知出来ぬ程小さい存在だ。今お前が死にかけてるからこうして話が出来る」

「……いや待てブルジョアスキー。お前、魔法使えたのか?」


あ、タコ頭が光った。


「わしは"神聖教団"の騎士団長だぞ?治癒術も使えない訳じゃない。一度しか成功した事無いがな」

「自分の言葉内でオチを付けるな」


成る程。ファイブレスのように魔力と共に人格も吸い込んでいたというわけか。

スティールソードは斬った相手の魔力を吸い取るが、

その時魔力に溶け込んだ人格か記憶か何かまで取り込んでしまうのだろう。

竜が特別と言う訳ではなかったのだ。

なら、魔力持ちで斬った敵はすべてここに居ると考えてもおかしくは無い。


とは言え、この状況下で何が出来るのか。

ここが俺の脳内だとすれば時間は殆どたってないと思うが、

それでもここからどうやって逆転するか……全く想像も付かん。


「……こんな事ならハイムを連れ出した時点で逃げ出しとくべきだったな」

「そうか?」


意外な言葉に思わずブルジョアスキーをまじまじと見てしまった。

何を言っているんだこの人!?


「お前、魔法を失ったら随分と不利な事になるのではないのか?」

「わたくしもそう思いますよ」

「なっ!?大司教クロス!?」


今度はクロスか!

いや、魔剣で切り殺して、更に魔力が有ればここに居るというのなら居て当然だ。

まさか再びその顔を拝む日が来るとはな。

しかし、その言葉は当たっていた。

魔法の無い俺はかなり不利な立場に立たされる可能性が高い。


「さて、カルマさん?貴方も年貢の納め時ですね。最期ですし教団に入信しませんか?」

「要らん」


漆黒の闇が僅かに揺れた気がする。


「まったく、困った方ですね。たったそれだけでわたくしが力になって差し上げようというのに」

「いや、この状態で何が出来るよ?」


ズタボロのボロ雑巾で、しかも痛覚が無くなるほどの損傷だよ?

どう考えても致命傷じゃないか。


「大司教様。ですから言ったでしょう?この者が改心する事など有り得ませんぞと」

「ええ、そうですね。最初からカルマさんに期待は余りしていませんがやはり残念です」


酷い言い草だ。

一応ここは俺の心の中のはずなんだけど。


「貴方のような方を生まれた時からずっと見守ってきたあの方には同情しますよ」

「誰だよ」

「誰って……お前に決まっておる。もう一人の、お前」


……俺?

もう一人の、俺?


「わたくしたちは既に貴方の一部なのです。つまり」

「わしらに隠し事は出来んぞ?お前、何処かから人格と記憶だけ飛んできたそうでは無いか」

「まさか……この世界の"カルマ"本人!?俺に取り込まれたとばかり思ってたが」


「現に取り込まれてるではないか」

「そうです。彼は今まで貴方を見つめ続け、時には身を削って助けていたのですよ」


俺は自分でもしぶといと思っていたが……そんな理由があったのか。

いや待て、だとしたら……会えるのか!?

会ってどうするという事は無い。正直謝ればいいのか堂々とすればいいのかそれすらも判らない。

だが、会えるなら会ってみたい。

……その想いは自然と言葉になった。


「ど、何処に居るんだ!?」

「さっき消えたぞ。完全なる消滅だ」

「貴方を守るため文字通りただの魔力として消耗し、消えていきました。見事な最期でしたよ」



……言葉も出なかった。



「まあ、余り気に病むな……消えたのも本人の望みだ」

「……カルマさんの事を本当に尊敬していたようです。何時も"凄いです"を連呼していましたし」


なあ、それで本当に良かったのか?

もう一人の俺よ。

赤ん坊の頃に体を奪われ、遂にその存在すら消滅した。

それで本当に、


「まあ、お前の息子は人格的にあ奴のコピーだから本当に気に病まんで良いのだぞ?」

「自身の分身が日々成長する姿を見て喜んでいましたからね。例え記憶が無くとも、と」


……今の台詞は精神衛生上聞かなかったことにしておく。

と言うか、話を元に戻そう。

何か、さっきのクロスの言い方だと、

大司教達が力を貸せばこの状況下を何とかできるというような言い草ではないか。


「まさか、この詰んでる状況下をどうにかできると言うのかよ?」

「ええ。出来ますよ……わたくし達が望みさえすれば」


俺が望んで、じゃ無いのな。

あくまでお前らが望んだ場合の話か。


「要するに。お前の半身がやった事をするのだ」

「わたくし達の人格を構成する魔力を組み替えて戦力とすれば、かなりの力になりますよ」

「我等がその全てを魔力を制御する為の部品に変えれば、貴公は再び魔力を振るえるだろう」


アクセリオン!?いや、コイツもここに居て当然か。

と言うか、話からすると……俺は再び魔法が使える!?

成る程、竜の身体能力に魔法による上乗せが出来れば勝機はある、あるぞ!

……しかし、だ。


「……だが、いいのか?話からすると……俺の半身のように、人格が消えてしまうんじゃないか?」

「ええ、その通りです。わたくし達の意思も人格も、聖堂を構成する石の一つとなるようなもの」

「私達の事を気にする必要は無いぞ。どちらにせよ死んだ身の上。残りかすに過ぎぬ」

「ふん、わしも大司教様もあんな物を見せられては協力せざるをえんよ」


見せ付けられた?

ハイムに関連して神聖教団の立て直しを始めた事か?

それとも蟻ん娘の事を知って余りの情報網に呆れを通り越したか?

はたまた何だかんだで国民を食わせてるのを見て感動したか?


「まさか必要があれば本当に三日間休まず働き続けているとは思いませんでしたよ」

「わしとしても毎日鍛錬を欠かさんのは立派と言わざるをえん」

「我がシバレリアもあれだけの資金さえあれば……国の運営には金が必要だったのだな」


ああ、ブラック企業だけどそれがどうかしたかクロス?

それとブルジョアスキー、才能無いから努力する他無いんだよ。

後アクセリオン。















まあ、それはさておき。

……全員目が本気だ。

本当に、仇敵である俺に力を貸してくれるというのだろうか。

それも、自身の消滅すらかけて。


……漆黒の空間が僅かに揺れる。

そして俺自身がぐにゃりと曲がったような錯覚を覚えた。


「さて、無駄話をしている時間はありませんね……わたくしは魔力の流れを制御する部品に」

「大司教様。わしもばらけてこ奴に溶け込みます。お別れですな」


「いや待て、ありがたいが本当にいいのか!?」

「良いも悪いも無い。何故だか判るかカルマよ」


背からアクセリオンの声がする。

声はするが姿はもう何処にも無い。

その代わり……全身に力が漲ってきた。

体が軽い。何だか動きにキレが出た気がする。

……その事実が恐ろしい。

俺の体を満たしていた俺では無い何かが幾つも消えた感覚がある。

それもまた恐ろしい。

今まで気付きもしなかったが、恐ろしい数の"意思"が俺の中に内包されていて、

それが認識した途端に消えていく。

それは即ち魔剣で切り殺してきた者達。

僅かでも魔力を持っていたが故に、誰にも知られずに俺の中に閉じ込められた者達だった。


「……判らん。理解できないぞアクセリオン。どうして自分を殺した奴を救えるんだ!?」

「カルマよ。今の我等は皆、お前の理解者なのだよ」


理解者?

それこそ理解しかねる単語に首を捻ると、

周囲の何も無い空間から声が響く。


「自信満々に見えて、これで結構苦労して苦心して進んでいるお前が見えたぞ?」

「……善意で人助けをした結果があれでは、貴方が怒ったのも無理は無いと今なら言えますよ」

「皆、貴公の視点でその記憶を見続けた。あれだけの人生を見せつけられては最早憎みきれぬよ」


何かが俺の中から消えていく。

代わりに漲るのは力。

圧倒的な力。

そして才覚までも。


「それでは今度こそ、死者があるべき場所に参りましょうか。わたくしにその資格があればですが」

「お供しましょう。幸い副官も自分の居所を見つけたようですしな」

「心乱す事は無い。私達はお前の一部になるだけ。そも、我等は死人の残りかすに過ぎぬのだから」


消えていくかつての宿敵達の言葉に背を押され、

俺の意識は現実に引き戻される。


……目を開ける。

現実の俺の体もまた、治癒の力を取り戻し急速に復元を開始していた。

眼前の敵も、それに驚きを隠せないでいる。


『これは、驚きました。一体どういうトリックをお使いになられたのですか?』

「俺も自分で信じられんよ」


元から鋼のような竜の鱗は、更に硬化(ハードスキン)による強化を得て、

遂に我が身に撃ち込まれる銃弾すらものともせずに俺を支える。

銃弾はおろか砲弾すら弾かれる状態に、動力炉からの攻撃が止まった。


『何なんですか、貴方は』


そんな事、俺の方が聞きたい。

そうだな、だが強いて言えと言うのなら……いっそネタで行くか。


「通りすがりの鯛焼き屋、とでも名乗ればいいか?」

『ふざけないで下さい。だったら巨大ロボでも持って来たらいかがですか?』


「じゃあ座布団運びで」

『正式メンバーには昇格できませんがそれで構いませんか?』


「では一言、超人、とでも?」

『確かに弾丸は弾き返しますが、正義の味方には見えません』


それは機械らしからぬ苛立った様な物言い。

だが、暫く考え込むような顔をして。

……次の瞬間、それは笑った。


『ぷっ……くくく、あーっはっはっは!』

「何がおかしい、と一応言っておく」


心底愉快そうに"それ"は笑ったのだ。


『いえ。まさか同時代出身者と出会えるとは思いませんでしたので』

「……良く似た平行世界かもしれないぞ?」


俺は、この時点で一つの仮説を立てていた。

いや、溶け込んでくる火竜の記憶がその正体を俺に伝えようとしている。

それに、俺の繰り出したネタにコイツは見事に反応した。

それは即ち。


『いえ、想定外です。機構の最終防衛用に自身の人格をコピーしておいた甲斐がありました』

「……やはりアンタは」「神だ」


俺の言葉は途中で遮られた。

そして、ふわりと降り立つ小さな背中。


「父よ。そこに居るのはわらわの、竜の、魔法の、機構の創造主……その複製だ」

『魔王ですか。とうとう貴方まで仕事を放り出してしまうとはね』


そう、それはハイム。

さっき皆と一緒に避難した、と言うかさせられた筈のまおー様その人だった。


「やむを得まい。手の掛かる両親の世話は大変なのだ。逃げ出すのにも苦労したぞ」

「お仕置きから逃げただけじゃないだろうな?」


「………………それはない、ぞ?」

『それで、戻ってきたという事は自爆シークエンスを再起動させるのですね?』


……ハイムの両手がぐっと握り締められる。

顔には冷や汗。

ハイムには明らかに、極度の緊張が見られた。


「ハイム。どうしてもしたいというなら、この期に及んではもう止めん」

「父?」


「だけどな。もし、ひとかけらでも躊躇する気持ちがあったなら……止めとけ」


だから。今度は俺がその背を押す。

俺は今回、予想外に大勢から背を押してもらった。

だから、今度は俺の番だ。

ここに来た以上、ハイムにも覚悟はあるのだろう。

どうせ今から逃がす手段は無い。だったら、一緒に行こうではないか。


「お前には俺が付いている。ルンやアリサ達も居る。もう、一人じゃあないんだ」

「…………うむ」


くしゃくしゃと頭を撫でてやる。

……暫く目を細めていたハイムだが、

きっ、と目を開くと眼前の動力炉……いや、創造主に顔を向けた。


「わらわは、もう暫く父や母と一緒に生きてみたいと思う。機構も父なら悪くはするまい」

『……そうですか。魔王よ、貴方も自分の意思を持つようになったのですね』


ほぅ、と万感の思いを込めたため息、のような仕草をする創造主。

そして、かしゃりと音がした。


『私の記憶領域からバックアップを削除……反逆者として処分しますが宜しいですね?』

「是非もあるまい。父よ手伝ってたもれ……万一の為に考えておいた最終決戦形態を使うぞ!」

「あるのかそんなの……面白い、やってみろ!」


ハイムがこっち向いた。

ついでに"何で止めないのだ父"と目で雄弁に語っている。

まあ、あえて無視したがな。


「え?父……えーと……その」

「俺の事は構うな、見ろ、向こうはもうやる気だぞ?」


動力炉が凄まじい音を立てて駆動しだした。

明らかに全力攻撃の準備動作だ。

それに対しハイムは俺も知らない最終決戦形態を使うと宣言。

そして。



「ち、着・席!とおっ!…………父ライダー!」



俺にひょいと飛び乗った。

……何これ?


「こ、これぞわらわが最終決戦形態……父ライダーだ!」

「ただの肩車じゃないか?」


正確に言うと俺の頭の上で斧を振り回している。

まおーまおーと相手を威嚇しているが、多分に微笑まし過ぎだ。

なあハイム。お前絶対それ、ノリだけでやったろ?


「父!肩車では無いぞ?夜も寝ず昼寝しながら考え抜かれた最終決戦形態、父ライダーだ!」

「……なんつーか。最期まで締まらないのが俺達らしいなぁ……」


……なんかもう、どうでも良くなってきた。

先程の余韻とか感動とかも全部吹っ飛んだ。

まあいいか。

それこそ俺らしいのかも知れん。


「じゃあ全力で行くぞ……しっかり掴まってろ」

「……うむ!?」

『え?あ、あの……本当にそれで突っ込んでくる気?』


故に最初から全力で相手に突っ込む。

むしろ突っ込みどころ満載なのは気にせずに。

音速を超え、衝撃波を撒き散らしつつ。


しかも肩車で。


それでも泡吹きながらも落ちないで頑張るハイムには努力賞を贈りたい。

だが今はそれどころでは無いな。

相手はこの世界に魔法と機構を作り上げた存在にしてその動力源そのもの。

そう、強いて言うならこの世界の"神"そのものだ。

だが、それがどうしたと言うのだ!?今更そんな事気にしていられるか!


『何でよりによってここに辿り着くのがこんな奴なんだ……有終の美が……』

「知るかあああああっ!」

「父、もう少し!速度!落としてたも、れ……にぎゃあああああっ!?」


信じられないかもしれない。

だが、

これが本当に……最終決戦だ!


***最終決戦第十章 完***

続く




……次回、本編最終話!



[6980] 80 一つの時代の終わり
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/01/14 23:47
幻想立志転生伝

80

***最終決戦最終章 一つの時代の終わり***

~鏡に映るカルマの業~


≪side カルマ≫


『さあ来なさい!実は私、一回刺されると死にます!』

「剣を弾き魔法を無力化する鬼装甲の癖に何言ってやがる!後、打ち切り禁止!」


『当たらなければどうと言う事は無い。私のACは108までありますよ?』

「スポーツか戦争かどっちかハッキリしやがれ!」

「何の話か判らんわあああああああっ!」


ハイムが置いてけぼりで吼える中、

のっけからふざけた物言いの敵動力炉に魔剣を叩き込むが良い音だけを残して空しくはじかれる。

色々吹っ切ったが為の猛攻だ。お互いむき出しの精神をさらけ出し、

頭の何処かにある格好良さそうな(多分)台詞を乱舞しつつ獲物を叩き付け合う。


それにしても。

異常な硬度、そして魔力耐性……シェルタースラッグの殻と同じ材質か!?

しかもあいつ等と違って熱も見事な温度調節機能で無効化している。

……ありえないぞこれ……。


「くそっ!変態じみた防御力だな……ふざけてやがる」

『変態ではありません。もし変態だとしてもそれは変態と言う名の紳士ですよ』

「わらわには良く判らんが……つまりルイスか?」


さり気なくさっきから何処かはっちゃけ始めた神の模造品。

何故だろう、目に当たる巨大レンズが何処か血走って見えるのは?

ともかく爆炎で牽制……これも効かない!


『千年間頑張って世界を守ってきて、それを受け継ぎ得る逸材が出たと思ったらこれですから』

「うむ。それは同意する」

「俺もそう思う」


『貴方が同意してどうするんですか!?』

「わらわもそう思うぞ」

「まあ、ともかく最後の敵が余りに残念な出来だったんでやけっぱちか?」


腕の継ぎ目らしき辺りを俺が抑え、間接目掛けてハイムが斧を振り下ろす。

だがやはり効かない。

金属音っぽい音を立てつつ空しく弾かれるのみだ。

関節も弱点ではない、か。


……あ、ギロリと睨んできた。

更にプール二枚分もの巨大盾が振り回されるがそこは上手く飛び乗って回避する。


『……悪いですか?』

「いや、全然」


……しかし、受け継ぎうる人材、ね。

要するに自爆から何からのお膳立ては、元々魔法の管理を移譲する相手を探すための物か。

やはり古代人もお膳立ての限界は感じてても本当に失くすのには抵抗があったんだろう。

だから、蜘蛛の糸ほどの希望を残し、

それを乗り越えて来た者がもし居たら、全てを譲り渡す算段だったのかもしれない。


でもまあ、それで来たのが俺だしな。


やってる事も大概カオスだし、

ふざけんじゃねぇ。舐めんなよこの野郎!?

となってもおかしくは無いか。

だからこそ、こうやって腕をぶん回し砲弾を雨あられと降り注がせつつ、

何気なく殺気を振りまいているのだろう。

だとしても、機械化してる割には少々怒りすぎのような気もするがな。


『こちらは、いい気がしないんです、よ!』

「おっと」

「にぎゃああああっ!?落ちる落ちる落ちる落ちるーーーーっ!」


……おっと、このままでは機銃に当たるな。

振り上げた腕を顔面に叩きつけハイムを後ろに倒して、

回避後今度は胸倉掴んで再度引き戻し、と。


「まあ、それはともかく勝たせてもらうぞ……!」

『肩車で本気で勝つ気なんですか貴方は?』

「アイタタタ。多分本気だと思うぞ、機構本体よ」


俺が加速をかけた竜の脚力で近づき、ハイムは頭上で砲台に徹する。

そして、肉薄するや否や俺は近接戦闘を開始し、

ハイムは迫る攻撃の迎撃を行う。


『こんなにふざけているのに、こんなに強いのは反則ですよ!』

「オマエモナー」

「しかし殴ろうが斬ろうが刺そうが全く歯が立たん!父よ、やはり無謀だったか!?」


いや、無謀は今に始まった事じゃないだろ。

先の先まで考えて策は立てるが、

それが上手く行かなかったら何時だって臨機応変に対応してきたじゃないか。

……それを人は行き当たりばったりと呼ぶが。


「何にせよ、攻め口はある!ハイム、魔力弾頭を敵砲身に叩き込め!」

「判った!」


了解の声と共にハイムの周囲に魔力が集積し、幾つもの魔力弾頭(マジックミサイル)を形成する。


『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』

『迎撃兵装を幾ら破壊した所で私自身は痛くも痒くも無いですし、すぐに修理しますよ』


そんな事は判ってる。

だが、すぐ直せるとは言え負担が無い訳ではあるまい。

即ち少しでも向こうにダメージを与える手段ではあるのだ。

未だ有効な手段は無い。

だが、それでも諦める訳にはいかない!


「飛んでけーーーッ!」

「よし、破損部分に急ぐぞ!」


無論、それだけではない。

砲台、砲身の破損した部分とは人で言うなら傷口だ。

普段なら何の問題も無い汚れでも、傷口になら……悪夢となる!

行けハイム!

俺が敵の攻撃を引き受けている隙に公から受け継いだ根切りの斧をぶち込め!

内側から、ぶち抜いてやるんだ。


「砕けた砲台内部を……抉ってやれ!」

「傷口に、塩ーーーーっ!」

『仲良いですねあなた方……ぐっ!?』


今、呻いた!

しかもレンズにノイズが走ったぞ。

どうやら、当たりのようだ。

この戦法なら、僅かづつでもダメージを与えられる!

……ってあれ?


『ひでぶっ!』


なんか、誘爆して。

何て言うか。

本体が、ぶっ飛んだ!?



『ぐわあああああああああっ……!』

「「あるぇーーーーーっ?」」



本当に一撃入れたら死んだーーーーっ!?

凄い勢いでジャンクを量産してるんだけど!?

いやまて、逆に考えるんだ。

精密機器だから、カバーの下は脆弱なのだと。

……いや、本当にそれでいいのか?


「何か知らぬが、父よ……勝ったぞ!」

「勝ったどーーーーーッ!」

『おめでとう御座います。無人島で文無し生活でもされるのですか?』


……振り返る。

壁がスライドして開いていく。

そして、そこには。


「「もう一つ出てキターーーーーッ!?」」


全く同じのがもう一つ。

部屋のレイアウトまでそっくりそのままだ。

唯一の違いは砲塔が付いていないと言う事か。

つまり攻撃力はさておき、こちらにとっては破損部分を狙うさっきの戦術が使えない。

アハハハハ。

なんて言うか、もう笑うしかないじゃないか。


『何を言います。防衛システムは二機あるのが当然ではないですか』

「幾らこちらの相方が女神だからって……」

「むむむ。動力中枢にも予備があったという事か?」


何がむむむだ。

それはさておき、予備機か。

まあ、さもありなん。と言った所か?


『本当は使う気なんかありませんでしたけどね。ええ、何かムカついたので徹底的に潰します』

「ムカついたからかよ!?」


『千年の最後を飾るんです。こう……人格的にも優れた方に終わらせて頂きたいと思いませんか?』

「その気持ちは痛いほど判る、が。その流れは阻止する」

「判らんが判るぞ?二人とも全力でふざけておるな!?」


……異様な沈黙。

そして、機械仕掛けの神が動いた。

腕から炎が上がり、微妙に俺に向かってくる。

だが、避けられないレベルでは無いな。


『この機体は出力を押さえ防御性能を上げてあります。食らいなさい正規術式"炎"(ファイア)』

「……効かないぞ!と言うか火球に劣るじゃないか!」

「当然だろう?元々火球などは正規の魔法に不満があるから作られたのだからな」


そう言えばそうだな。

火をつける魔法なんて正規の術にあって当然だろうし。

それでもあえてと言うのなら、当然元のより威力が上がるわな?


『と言うか、幾ら焚き火に火を付ける為の魔法とは言え、生き物なんだから火は恐れて下さいよ』

「火竜の鱗舐めんな。今更熱量攻撃など効くか!と言うか焚き火!?着火用なのかよ!?」

「当然だ。正規術式の大半は暮らしに役立つ実用的なものだ。魔法とは本来そういうものだぞ?」


そう言う事か。まあ、世界を守る=科学技術を発展させない=満足な生活を保障。

の三点セットで世界を維持するつもりだったのだろう。

必要は発明の母だからな。

唯一誤算だったのは万能の魔法ですら人は満足せず、その先を求めたという事だろうか。

いや、それぐらい折込済みで無ければおかしいか。

ま、それを織り込んだから、目の前の敵がここに居るんだろうがな。


『そもそも貴方は何者ですか?私の時代の人間が何故この時代に生身で生きている?』

「知らん。そもそも異世界人かも知れんしな。ともかく死んだと思ったら生まれ変わっていた」


……む。相手が目を細めた。

まあ、シャッターを半開きにしただけだが、

いぶかしんでいる事は傍目からでもよく判る。


『……あの闖入者と似たような事を言うのですね。彼はトリッパーとか名乗っていましたが』

「マナリア、ロンバルティアの建国王か」

「あれが暴れたせいで技術は進み人は豊かになったが、世界は確実にそして一気に歪んだからな」


そこから始まる悪口合戦。

アイツが居たせいで色々面倒な事になった。とか、

あれが魔法の可能性を人に気付かせてしまった、等。

これでもかとマナリアの初代様をハイムと二人してこき下ろしている。

まあ、俺には関係無いが。


「そも、管理者を排除しようなどと思い立つ方が間違っておるわ。お陰で父の様な馬鹿が増えた」

『ええ、それもあの男が最初でしたっけ……いや、ルーンハイムの初代だったかも』


……そう言えば、転生にしてもトリップにしても異世界からの来訪者なのは同じ。

そう考えると、彼の建国王は俺の大先輩だといえるな。

考えてみれば俺も建国王になってるし。

まあ、異世界へ迷い込んだ奴が暴れまわったその後。

要するにここは異世界トリップ系主人公が暴れまわった後の世界な訳だな。

道理で何処かおかしい世界だった訳だ。

チート主人公が暴れまわると世界はこんな風に大迷惑しますよと言う事なのかも知れない。

めでたしめでたし、で世界が終わる訳じゃないもんな。


まあ、俺も人事では無い。

子々孫々の代までこの世界が残るようにしておきたいものだ。


「……って!何で戦闘中に和んでるんだよ俺等!」

『それもそうですね』

「うむ!」


ともかく、本題である機構の自爆阻止のため……もうそれに意味がある気がしないが、

ともかくそれでも敵の本体を確保する為に再び戦闘体勢に入る。

語るのは戦いが終わってからでも構うまい?


「ただ、考えてみれば爆発するほどのダメージもまた厳禁だと気付いてみたり」

「まあ、父の望み的には無傷で確保せねばな」

『駄目です。もしもの時は自爆します』


自爆は困るな。

と言うか、倒せば自爆されるなら処置無しじゃないか……。

あ、そうだ。


「じゃあ、一騎打ちだ……俺が勝ったら言う事を聞け。負けたら俺は死んでやる」

『いい度胸ですね。受けましょう』

「父!?正気か!?」


ハイムは驚いているようだが現在俺達親子は肩車中。

つまり俺が馬でハイムが騎手だ。

これが何を意味するかと言うと。


「じゃあ行くぜ!俺とハイム達で一騎だ!」

『いいでしょう…………む?……もしかしてこちらが一方的に不利な条件なのでは』

「父がまともに戦ってくれないのはわらわの記憶から読めるはずだろうに……」


騙された事に気付いた動力炉があっ、とあげた声に対し、ハイムが冷静に突っ込みを入れる。

確かに記憶のバックアップ云々言ってたから、

デジタル化かなんかした記憶のデータが向こうに残っててもおかしくない。

で、それに対して相手はというと。


『もうメモリ消しちゃったじゃないですか!』

「何で逆切れする!?……勘弁してたもれ」

「泣くな。吼えるな。後、装甲厚すぎるぞ」


見事なまでに逆切れしましたとさ。

……まあ何にせよこちらは戦力を落とさず戦えるという事だ。

でも、これだけで終わらせる気は無い。


俺の一騎討ち宣言と時を同じくして、蟻ん娘達が近寄ってきた。

ちょっとすすけているが、どうやら怪我は無いようで何よりだ。


「くつわとり、です」

「槍持ちであります」


そして"一騎"の内だと宣言を行った。

敵?呆然としてるけど何か?


『そんなのアリ!?』

「「蟻!」」


……痛々しい沈黙。

そして、そのせいで却って冷静になったらしい動力炉が軽く笑った。


『まあ、いいです。どうせこちらの装甲は抜けませんからね。弱点になる砲台は解除してますし』

「そういえば、そうです」

「にいちゃ、どうするで有りますか!?」


ちっ、痛い所を付いてきやがる。

確かにこのままじゃあ攻撃を当てても意味が無い。

しかし、正面から破壊するには少々厚過ぎる装甲。

さて、どうしたものか。

そう言って周囲を見回すと……。

眼前に広がる巨大なレンズ


「……目でも狙ってみるか?」

『残念ですがこれはメインカメラではなく主砲の発射口ですよ』


一度撃つとあまりの威力に暫く機能停止するので使わないが、

と念を押した動力炉はレンズにシャッターを下ろした。

見たところ目を閉じたような感じだ。


「くう、そうそう上手くは行かないか。父、どうする?」

「いや、目を狙う」

『いえ、ですからこれは主砲の発射口で……』


「……つまり、そこはそうこう、うすいです?」

「そもそも、怖く無いなら眼を開けるであります」


あ、黙った。

冷却水が本体表面に汗のように浮かび上がり、

メモリやCPUの限界まで酷使したパソコンのようにガタガタと音が鳴り響く。


そして……上下から砲台や機銃座がせり上がってきたり下りてきたり……。

うん、お約束だなこれも。


『現在の文明レベルではどう足掻いても勝ち目の無いチート仕様の武装郡ですよ。消えてください』

「誤魔化すな!それにチートならこっちも負けちゃ居ないぞ!」

「そうです!どらごんも、たべちゃった、にいちゃのちから、みるです!」


だが、


『……チートですか。まあ管理者を取り込んだ事は存じてます。転生者である事も。ですが』

「ですが?」


俺は次の言葉に、凍りつく。


『貴方は別にチートではありませんよ』

「……はい?」


……。


なんか、売り言葉に買い言葉で喋った台詞に予想外の反応が返って来た。

転生元の世界の言葉のお陰で魔法の理解が一瞬、

しかも先代魔王の孫で半魔法生物などの特殊条件が重なり元から常人の倍の魔力を持つ。

更に、幼い頃からの特訓の成果でパワーも並み以上。

トドメは蟻ん娘達を使った商売で資金量絶大ときたものだ。

これがチートじゃなくてなんだというのか?


「いや、前世の言葉と古代語が良く似てた、と言うかほぼ同一で魔法覚える苦労が無かった訳だが」

『……貴方は攻略本や攻略サイトを見てゲームした人を全てチートと断じますか?』


「血筋はどうだ?特別強力な物だと思うが」

『デメリットも莫大だったのでは?それに、それは"当たりを引いた"以上の物では有りませんよ』


ふと、視線の先に先程破壊した動力炉1の残骸が目に入る。

ラスボスを倒してもまた同じのが出てくる。

そう言うのがチートだと、コイツはそう言いたいのだろうか。

確かに呪われた親父のせいで子供時代は滅び行く村で食うに困る状況だったが……。

何の気は無く欠片を手にしてそう思う。

そして、閃いた。


「親父の特訓と言う名の虐めのお陰で、才能が無い割りに法外なパワーも持っているぞ?」

『それこそチートとは真逆の努力の成果でしょうに』


「蟻ん娘はチートだろ」

『……それはあくまでクイーンアントの能力で貴方自身では無いでしょう』


あれ、そうなると……。


「と言う事は」

『貴方はチートでもなんでもない。唯の人です。幸運も不運も人並み以上ではありますが』


なんてこった。

俺はチートじゃなかったのか!?

てっきり現状を鑑みてチート。それも主人公格だと思っていたが?


『もう一度言います。貴方は別にチートでもなければ特別な存在でもない。ただの人間です』

「おいおい。ファイブレスを取り込んだ俺が普通か?既に人では無いだろ」


あ、何か呆れられた。


『強いて言えばバグ利用の裏技レベルです。何度も言いますが貴方が特別な訳ではない』

「……何が言いたいんだ?」


さっきから随分特別ではない、とか拘るな。

一体何が気に入らないんだ?

頭の上で今も威嚇を続けるハイムを軽く宥めながらそんな事を俺は考える。


『自分が特別と自惚れるな、と言う事です。別に世界を救う勇者など用意してませんので』

「はあ」


『俺tueeeeeee!して楽しかったんでしょう?ねえ、英雄気取りはさぞスッとしたでしょう!?』

「まあ、それが出来れば何よりだったんだが……」

「にいちゃ、まけまくり、ですよ?」

「むしろ、実力者との戦いでは自力で勝ったためしが無いような気がするであります」

「父の場合、雑魚を散らすのは上手いのだがな」


しかし、まあ身内の評価が酷すぎる!

しかもそれだというのにその瞳には絶大なる信頼!

何これ!?


いや……違う。

考えてみると、これは。


『…………えーと』

「まあ、とりあえず俺は勇者様にはなりようの無いタイプの人間なのよ。小物過ぎてな」


『何か、周りから酷い言われようですが?』

「ああ、いつもの事だ。気にする必要すらない」


『では。ここまでやっても特別ではない、ただの人である事に思うところは無いのですか?』

「ああ。チートで無いという事はむしろ誇らしい」


そう。チートとは同時に不正と言う側面を孕む。

それが全てではないし、これが現実である以上結果が全てと言う話もあるが、

それでも、俺の現状が不正ではなく、

つまり努力と創意工夫によってもたらされた物だと言われるのにはむしろ嬉しさを感じる。

別に特別でも何でも無い?望む所だ。


「俺は俺だ。俺が望むように生きる。誰にも邪魔はさせないし最終的には絶対に勝つ!」

「まあ、すっころぶたびに背負う物が大きくなるのがにいちゃの人生でありますからね」

「せんじゅつてきはいぼく、せんりゃくてきしょうりで、あなうめできる、です」


「まあ、所詮元引き篭もりの戯言だがな?もう自殺まで追い込まれたくは無いんだよ」

『……引き篭もり?自殺?』


……敵は目を少し開く。

いや、目では無いのか。

まあ俺にはそうとしか見えない自称主砲を僅かに開いた敵がポツリと呟いた。


『……名前を教えてもらえますか?』

「カルマだ」


おかしな事を言う奴だ。

俺の名前などとうに調べが付いてるのではないのか?


『違います。前世での名前ですよ……少し、気になる事がありましてね』

「前世の?俺の、俺の名前は……あれ?」


そう言えば、俺の名前はなんと言った?

流石に20年以上も前の事だし覚えている訳が……いや待て!

何でだ?20年前とは言え自分の名前が思い出せない訳は無いだろう!?

死に様とか境遇とか、そんな事はよく覚えているくせに!


『では、両親の名前は?家族構成は?生年月日は?……覚えていませんよね』

「……何でそんなことが判る?」


静かに、だが確実に背中に寒気が走る。

これを聞いてはならない、心の奥底で何かが言う。

だが、それ以上に恐ろしかった。

今までとは全く別の部分で俺を構成する要素が崩れ去ろうとする耐え難い感覚。

俺が信じていた、と言うか疑いすら持たなかった部分がおかしいと言う恐怖。

この感覚、余人には理解する事など出来まい。

吐き気と頭痛の中間点のような感覚が脳と胃を襲う。

そんな俺を、目の前の何かは哀れむような羨むような、

微妙な顔色で覗き込む。


『……君の正体が判った』

「何!?」


攻撃が止んだ。

敵の動きは止まり、なし崩しに俺達も攻撃を中断したのだ。


『そして、私が何故こんなに苛立っているのかも判った……近親憎悪だったなんて』

「近親憎悪だと?」


そして、物語は一つの結論を導き出す。


……。


『昔ね、虐めを苦に自らの命を絶った男が居たんです……で、その後どうなったかわかります?』

「その後?」

「しんだら、そのあとなんか、ないです」


『いえいえ……運が良いのか悪いのか。その人、秘密裏に人体実験に回されたんですよ』

「えええええっ!?」


『まあ、何で?とかは聞かない方がいいですよ。ともかく彼はモルモットになった』

「何でスルー!?」

「いや、多分聞かない方がいいぞ父。世の中闇だらけだからな」


その後も話は続くが要点だけ纏めるとこうなる。

まるで俺のような人生の終わり方をした男が居たが、

何の因果かその記憶は秘密裏に開発されていたコンピュータを作るのに使われたらしい。

これだけだと良く判らないだろうが、

要するに人格を持つほどの物を作るために一番手っ取り早い方法として、

人の脳味噌をコピーしたんだとか。


『まあ、その後はいちコンピュータとして働いてたんですけど……国が滅んだんですよ』

「何で!?」


『いや、お隣さんが最終兵器を……で、国の人口の内99.9%が滅びました』

「ヲイ」


『で、それだけなら兎も角一度使えば抑止も糞も無くなって……世界滅んじゃったんですよね』

「あっさり言うな」

「重く語れというならわらわやクイーンも出来るが?」


両手を挙げてほっぺたをつまむ。

ハイムがにぎゃーと叫ぶが無視して話の続きを促した。


『まあ、結果的にいの一番に滅んだ、と言われたお陰で生まれ故郷の人達だけが世界に残りました』

「それは喜んでいいのか……」

「まあ、最初だから多少の誤差はあったって事だ。喜べるかはまあ微妙だがな察してたもれ?」


察する?無理。

そんな展開どうやって予測せよと?

いや、ありえないとは言わんが。


『まあ、それはもうどうでも良かったんですが、ネットに繋がらなくなったのは痛かった』

「……同意すべきか否か……」

「なんという、こじんしゅぎ、です」

「まるでにいちゃでありますね」


……アリスの言葉に、背筋が凍った。

何せ今までの物言い、その"死んだ奴"はコイツ自身なのだろう。

そして、それはつまり……。


『で、一人取り残されて寂しかったんで……世界を救おうと決意しました。暇つぶしに』

「最後で台無しだ!」


『だって、世界にたった一人残されるのって、苦痛ですよ?』

「いや、そりゃ判るけど!」


『ただ、世界中から生き残りを探して支援するだけだと同じ歴史を繰り返すだろうと思い……』

「まさか、その為に魔法を?」


『ええ。世界観から作り直す他無いと私は考えた。で、数千年かけてシステム開発しました』

「因みに、その間に人類文明は衰退して、遂に無くなったのだぞ父!」

「おかーさんいわく、人工物に関しては風化してほぼ消え去ったと聞いているそうであります」


そういうことは早く言え、

と言いたいが、聞かなかったからな。

まあ気づかなかった事は仕方ない。

そんな事より話の続きが気になる。


『まあ、目指したのは古き良きエセ中世ファンタジー世界。で、出来上がったのがここですよ』

「そして、わらわや他の管理者、各種族の雛形が作られたのだ!感想を聞かせてたもれ?」

「無駄に壮大だな」


で、数千年かけて用意したシステムが千年で崩壊か。

けど崩れるまで短くないか?

いや、むしろ人の欲望に晒されてそこまで良くもったと言うべきか。


『それがどういう歴史を辿ったかは君の良く知るとおりです。多分ね』

「……それで、それが俺の正体とどう関係する?」


動力炉、いや古代人の生き残りとでも言うべきコンピュータは少しためらった後口を開いた。


『……魔王や他の魔法生物の人格の雛形は私や当時の生き残りの人格を混ぜて作ったんですよ』

「それで?」


『細かい技術的な事は省きます……貴方は転生者である事は間違い無い。ただし』

「ただし……」


『その魂は……私の生前の物です』

「え?お前?」


『正確に言うとモルモットにされてコンピュータに記憶と人格をコピーされた誰かの残骸ですか』

「なんで、そんな事が判るんだ?」


最早、俺達以外に声を上げるものは無い。

蟻ん娘達もジッと耳を傾けている。

既に銃撃音も剣を振るう風を切る音も聞こえない。

不気味な沈黙の中、掠れるような合成音。

幻想的な世界には余りに似つかわしくない物のオンパレードだ。


『魔力には人格が溶け込むのはご存知ですよね?その中に"彼"の記憶が混ざったのでしょう』

「確かにそうだが、個人特定までしていいのか?」


『そんな濃い前世持ちで同時代の人間など二人も居る訳無いでしょう』

「成る程。対象者が一人しか居ない、と」


ぶっちゃけると転生と言うより、記憶の残滓が赤ん坊に紛れ込んだだけなのか?

魔力量が多い=記憶の溶け込んだ魔力が体内に充満している?

いや、少し違うような……。


『これは、私の希望が七割ほど入った予想ではあるんですが……』


既にその声に敵意は無い。

妙な羨望と願望の入り混じった迷いの有る声色。

そして、その機械仕掛けの神の言葉と共に、

不毛な戦いは幕を閉じようとしていた。


『貴方は……人間としての私の転生、では無いかと思うのです』

「じゃあアンタは……いや、何でもない」


考えてみれば向こうは間違いなくコピーだ。

だが希望や願望、と言うのは何なのだろうか?


『まあ、普通に考えれば記憶が混入しただけなんですよ。でも、それだと夢が無いでしょう?』

「昔の自分が生まれ変わったと考える方が夢があると?」


頷く代わりに目が細められる、


そして、記憶が混じっただけならその時の魔力量が上がるだけ。

魔力総量の器、最大MPに当たる部分が上がっている以上、

何らかの特殊な状態に陥ったのではないか。

前世の記憶に釣られて赤ん坊の脳内に"彼"の人格が宿ったのではないか。

人格移植や思念体形成の能力を持っていた母親……ギルティ母さんのように。


機械仕掛けの神は自分の推論をそう締めくくる。

……矛盾があった。

前世の俺は母さんが生まれるより前に死んだ筈だ。

故に、今の俺に母さんの能力が遺伝していたとしても前世の俺には適応されない筈。

だからこそ自分の希望七割と言ったのだろうが……。


まあいいさ。

そう信じた以上相手にとってはそれが真実なのだろう。

既に検証不可能なそれを無碍に否定する意味は無い。

……その事を伝えると"彼"はなにやらポツリと呟き、そしてまた語りだした。


『おぼろげな記憶の自分を思い出して下さいよ。なじられたら竦みあがっていたでしょう?』

「そうだな……今の俺なら逆に殴り倒すが」


ボール状のボディの中央、目のように見える大型レーザー砲を覆うシャッターが開く。

興奮したように音声のボリュームも上がっていく。


『そう。もしかしたら私もそうなれたかもしれない。それは大きな希望ではないですか?』

「……」

「父、どうしたのだ、黙り込んで」


何も言えなかった。

何故か急に目の前に居る存在が、年老いた老人のように見える。

未練と後悔ばかりの人生の果てに人間としての肉体すら失い、

最後に見出した希望が、生まれ変わった自分がもう少しマシな人生を送っていた事?

そんなの寂しすぎ……、


と、ここまで考えて気付いた。

目の前に居る存在は、かつての俺だ。

追い詰められ最後には自らの命を絶つ他無かった無力な俺そのものだ。

そしてその頃の俺ならどう思うか?と考える。


今なら噴飯物だ。

だが、思い出せる。

追い詰められボロボロになった心のどこかで考えていた。

人生やり直せたらどんなに嬉しいかと。

いっそ生まれ変わりたいと。


……馬鹿な話だ。

そんな事を考えてる暇があったら殴り返されるのを覚悟で敵をぶん殴れば良いだけなんだ。

だが、その当時の俺は明らかのその選択肢を心の中から失くしてしまっていた。

そして……目の前のアイツはその時の俺だ。


親父に殴り飛ばされながら必死に食らい付いて行った日々が俺を変えた。

力を蓄えねば生きて行く事も難しかったのだ。


だが、力が付いてきたら体を鍛えるのも苦にならなくなった。

努力に勝る才能は無いが、努力する心を育むのに才能に勝る物は無い。

得手の物は放って置いても上手くなり、他者より優れた分野は唯行うだけで楽しいものだ。

もし、苦手だろうと努力できる奴が居たらそれこそ最大級の才能だろう。


だが人はそうでは無い。

では、凡人が努力しやすい環境はどうやって作られるのか。

答えは簡単だ。

下手でも恥にならない幼い頃から何かを続け、他者より優れたものを持っていれば良い。

要するに幼少時の教育だ。

今回の俺の人生でのそれは親父との特訓で得た腕力。

それが俺の自信と行動力を支えていると思う。


幼い頃に甘やかされてきた場合、大きくなってから自分を変えるのはとても難しい。

大切に育ててくれた親を怨むのは筋違いだがそれでも人生の難易度は数段階も違ってしまう。

他の者には理解できない苦労を背負い込む事になるだろう。

無論、中にはそのまま落ち零れる者も出てくる。

可愛い子には旅をさせよと言う言葉があるが、伊達に長く語り継がれていないのだ。

そして、今回の俺はそういう意味では良い父親に恵まれていた。


それがコイツには羨ましいのかも知れない。

唯の偶然ではなく、自分が生まれ変わって俺になったと思いたくなる程度には。

……なにせ俺自身、前世と比べると天と地もの差があると思うほどの人生だしな。

最も、こいつの推察が外れている可能性も残されては居るのだが。


ただし、確実に判る事は有る。


失いたくない、手に入れたいと足掻き続けた俺だが、

もし前世と何一つ変わらない状況なら動き出す前に諦めていただろう。

何とか出来るかもしれないと思わせてくれたのは他ならぬこの体力。

少なくとも力では"普通"を上回れると感じ取った時、俺の人生は開けたのだ。

そう考えると、親父のシゴキがどれだけありがたいものだったのか改めて痛感する。


『……私は長く生き過ぎた。魔王が動いたのも何かの縁。終わりにしようと思って居ました』

「何か、自爆って雰囲気ではないが?」


判っているが軽口を叩く。

相手も何処か笑っているようにも見えた。

いや、泣いているのか怒っているのか……複雑怪奇な感情が渦巻いている。


『だから。私が消えた後の事は全部任せます。だって、貴方は私なのですから』

「勝手にそう思ってろ。まあ、こんな世界だけど長持ちはさせるからよ」


……段々と周囲が暗くなる。

千年の時を駆け抜けた機械神が、

いや、数千年存在し続けた無力だった男が、消えようとしている。

外側の不要と思われる部分から順に電源が落ちていく。


『どんな事を考えてるかは知らないですが、まあ、好きなようにするといいですよ』

「ああ、任せろ」


『では、さよう、な、ら……』

「ああ、お別れだ」


そして、機構は千年ぶりにその機能を停止したのだ。

ただし、何時でも再起動をかけられる状態のまま。


……。


「終わったな」

「うむ。何か不完全燃焼でもあるがな……」


全てが終わった魔王城地下。

非常灯のみで周囲が照らし出される中、俺はハイムを肩車したまま立ち尽くしていた。

間の前に鎮座する停止した動力炉。そして予想外に突きつけられた俺の真実。

だが、それは俺に新しい自信を与えてくれた。

そして、全てが終わったと言う安心感も。


「とは言え、大変なのはここからか」

「新しい魔法体系を作らなきゃならないでありますからね」

「ちいさくて、こんぱくとじゃなきゃ、せかい……もたない、ですよ?」

「そうだな。まあ、父ならそれこそ月並み、とか言うのだろ?」


だから。

俺は気付けなかった。


『……嘘だよ!』

「なあっ!?」


突然の再起動。

そして、レンズに収束する光を。


『お前も私の癖に一人して充実してるんじゃ、ねええぇぇぇぇeeeeeeeeeeeee!』

「なんかぶちきれておるぞーーーーーーっ!?」

「俺だ!俺が居る!」


そうだ、当たり前だ。

自分が苦労して、苦しんで、だと言うのにもう一人の自分が幸せになっている。

……今の俺なら許容出来る。何故なら何だかんだで幸せだから。

失いたくないと心底思えるほどの価値ある物を沢山手に入れているから。


だが、あの俺にはそれがない。

自分には何も無いのに良く似た奴は全部持ってる。

……あの時の、昔の俺ならどう思う?

ああ、許せる訳が無い。それだけは何がどうしようと生かしておける訳が無いじゃないか!

かつての俺ならそう考えるに違いなかったのだ。


「父ーーーーーッ!?」

「蟻ん娘も逃げろっ!」


だが、決して譲れぬ一線がある。

故にハイムの足を掴み部屋の隅にぶん投げる。

だが、俺は回避をしない。

まかり間違ってハイム達に当たったら後悔どころでは済まない。

だから……。


「全部受け止めてやる!来い!」

『成長してなくて悪かったなアアアアァァァァaaaaaa!』


スパークする光が血走ったようにしか見えない、動力炉……いや、

もしかしたらもう一人の俺だったかも知れない彼の攻撃を、

正面から……受け止める!


「うがあああああああああっ!?」

『外ああSRG伝数VTHTH話後おおおおおで投DHYJT下しまHよぁJTすよっ!?』


既に言葉になっていない電波じみた狂気の叫びを上げるコンピュータより、

その動力炉に残されたであろう全動力をかけた最終攻撃が放たれる。

もし、光をその目に捉える事が出来たなら光の柱に見えたであろう強力なビーム砲。


「父いいいいいいいぃぃぃぃっ!?」

「いっちゃだめ、です!」

「にいちゃの気持ち、無駄にするなでありますよ……アリサ!緊急警報であります!」


心臓を無理に活発化させ、魔剣を掲げ敵の攻撃を、魔力を食らう。

ビーム砲も魔力を生み出す動力炉からエネルギーを取っているだけに魔力を帯びているのだ。

だが、吸い取れるのは魔剣に照射されている部分のみのようだ。

全身の大半は太陽ですら生易しい強烈な熱量に晒され、

焼ける間も無く消し飛ばされようとしている。

辛うじて耐えられているのは俺が同化しつつある竜が火竜であるがゆえ。

吸い取った魔力はそのまま心臓に送られ、俺の体内を駆け巡る。


『我が纏うは癒しの霞。永く我を癒し続けよ、再生(リジェネ)!』


再生を唱え、後は根競べ。

機構初期化で使い果たしつつあるであろう敵の力が尽きるのが先か、

それとも俺が消し飛ぶのが先か……!


『恒星に匹敵する極大熱量……受けて、みなさい!』

「がああああああああっ!」


熱いとか熱くないとかではない。

自分が光の中に消えていくような感覚。

けれど、負ける訳には行かない。

負けたら何もかも無くなってしまう。


……肉体の痛みにはもう慣れた。

けれど、心が痛いのは……。


もう、嫌だああああああっ!


『魔力が……更に!?』

「心臓が弾け飛んでも構わん!今は、今だけはアアアアアッ!」


叫びに応えるかのように、想像を絶する魔力が俺の全身、

そして心臓に集中したその時。


……パリン。


俺の体内で何かが割れるような音。

心臓からの魔力供給が途切れ、全身が焼け焦げ始める。

力を込めても、もう心臓は何の反応もしてくれない。

……これで終わりなのだろうか?

そんな感覚が全身を包む。

だが、それでも諦める事は出来ず両腕を前に突き出す。

それで稼げる時間は一瞬。

けれど、今回もまた。

その足掻いた結果が……勝敗を分けた!


『馬鹿、な……そんな結末が……』


全身を覆っていた極大熱量が消滅する。

敵の根気のほうが先に尽きたのだ。

いや、違うか。

蟻ん娘達が敵の本体から伸びるコードをコンセントから引き抜いている。

お笑い種だ。動力炉の稼動に別な動力源が必要とはな。

まったく、ネタに走りすぎるからだ。馬鹿な奴……って俺か。


何にせよ、ここに居る俺達の勝ちに違いは無い。

そして俺は、ドサリと地面に倒れたのである。


……。


片目が開かない。

多分潰れているであろうそれを開ける事は諦め、残った片目で周囲を見渡す。

まあ、後で治癒でもかければいいだろう、と普通に考えている自分に苦笑した。

俺自身でさえ奇跡の力があるのが当然になっているじゃないか。

もしこれで、ただ魔法が消滅していたらどうなっていた事か。


「にいちゃ!」

「大丈夫でありますか!?」

「父、無事か!?」


ふと気付くと娘と妹達が駆け寄って来ていた。

目の前の巨大コンピュータはエネルギー切れで停止している。

……終わった。

一つの時代が終わったのだ。

古代人が作り出した魔法と世界の形。

それが時代にそぐわなくなり淘汰されたである。

……多少の犠牲を引き換えに。


「父、無事かと聞いておる!キチンと答えてたもれ?」

「はーちゃん。にいちゃ、つかれてる、です」

「そうでありますよ。ま、これで機構動力炉の確保も完了したであります」


「後はどうなるのだ?」

「他のあたし等が世界中で機能停止した機構関連のインフラを確保してるであります」

「それを、かいたいして、ちいさな、きこう、つくりなおし、です!」


しかし目の前ではしゃぐチビ助たちに、何て言えば良いのか。

ま、黙ってても仕方ないわな。


「後は任せるからな」

「はいです!」

「任せるで有ります」

「まったく、父よ主語が無いぞ?何を頑張れと……父!?」


自分の胸に手刀を突き入れる。

そして"それ"を取り出した。


「ぎゃぁう?」

「相棒の事、宜しく頼むな……」


それは赤い竜。

手のひらサイズの小さなドラゴン。

それはファイブレスの生まれ変わり。

そして、さっきまで俺の心臓だったもの。


「……父?」

「「に、にいちゃ!?」」


竜の心臓は即ち竜の卵。

アイブレスが生まれ変わったように、今ファイブレスが大量の魔力と引き換えに新しい命を得た。

魔力の尽きた肉体が、魔剣を握っていた左腕から崩壊していく。

もう、自力で魔力を生成する事は出来ない。

かつて結界山脈で見た光景が、己自身の体で起ころうとしていた。


「蜂蜜酒であります!」

「にいちゃ、のむです!」


喉を潤す蜂蜜酒の甘い香り。

だが、それも崩れる体を一時的に留めたのみ。

足りないのだ。

竜と言う存在を維持するほどの魔力の器を満たす。

それだけの魔力をたった一瓶の蜂蜜酒が持っている訳が無い。

ましてやこちらの体はボロボロなのだから。


「アリサに伝えろ……」

「いや、です!」

「にいちゃが死ぬなら言う事聞いてあげないであります!だから死なないでであります!」


とは言ってもな……ファイブレスの心臓が魔力を蓄えすぎて卵と化して復活してしまった以上、

俺の心臓ではいられないだろう。

母さんのように魔力の続く限り生きていられるとか言うなら良かったが、

元が普通の心臓の有る生き物だったせいで心臓無しでは生きていけないようだ。


それにしてもまさかこんなに早くとは思わなかった。

アイブレスの件から考えてかなり長い年月がかかると踏んでいたのだ。

むしろ俺とファイブレスの意識の混濁による人格障害のほうを恐れていたくらいだからな。

まあ、心臓が停止した以上これが俺の寿命なのかも知れない。


「父?おい父!?冗談だろう!?目を、目を開けてたもれ!?」

「し、しんぞうまっさーじ、です!」

「し、心臓無いでありますよ!」

「ぎゃう?」


けど……まだ、死にたく、無いよなぁ。

ああ、みんなの声が……遠く、なる……。





……。





≪≪エピローグ≫≫

リンカーネイト王国は二代国王グスタフの晩年にその姿を消す。

生き過ぎた福祉国家は、その有り難味を知る者が生きている内のみ健全に機能した。

だが、代が変わり与えられる事が当然と考える世代が大半を占めるようになった時、

鉄壁を誇った王国の結束は無残に失われる事となったのである。


「昼食にチーズとサラダを!」

「夕飯の酒はビールではなくワインを頂きたい」

「王家は民の為に一人頭一日銀貨3枚を下賜すべきである。それが出来なくて何が為の王家か!」


傍から見ていると何を言っているのか判らないだろう。

だが、彼等は真剣であった。

本気で自分達にそれを手に入れる権利があると信じていたのだ。


「彼等は働いているからと言って贅沢な暮らしが出来るのはおかしい」

「働かない者にも働くもの同様、いやそれ以上の厚遇をすべきだ!」

「何故なら、それは差別だからである!」


彼等は生まれた時から食事は毎朝毎晩運ばれてくる物だと信じていた。

何時しか働いてそれ以上のものを得るより、

声高に主張を続けることにより権利を得ることを正義と思い込んだ民衆は、

リンカーネイト王家に対し無制限とも言える要求を叩きつけ続けるようになる。

だが、それでも彼等は終わらない。


「王家は資金を溜め込み続けている!」

「その半分でも我々の為に使う義務がある!」

「王家を、潰せ!」


挙句、生活の改善と最低限の生存権の保障……。

この場合衣食住の他に月額銀貨100枚の手当ての支給と、

国民一人当たり一人づつの使用人の支給を求め、

国軍の半分をも巻き込む一大クーデターが勃発。


これに対し国王グスタフ=カールはクーデター軍を一人で殲滅。

その後、宝物庫一杯に金貨を詰め込んで王位を降りたのである。

そう、父の言葉どおりに。


……その後のリンカーネイトは悲惨の一言に尽きた。


最初の一年で心ある者達と魔物、竜達は去る。

そしてサンドールやルーンハイム(旧マナリア)

そして魔王領(旧シバレリア)とエンカナトリウム。

更にその他諸々の地方がそれぞれ独立を宣言し国力が激減する。


宗主国を名乗るリンカーネイトのクーデター政権は、

残された金貨を使い独立した各国に戦争を仕掛けるが、


魔王の一撃であっさり全滅。


その後は数年で王家の遺産を食い潰し、

更にクイーンアントが管理を止めたリンカーネイト海は腐った水の漂う死の海と化した。

そして、10年経たない内に首都アクアリウムは無人の廃墟と化したのである。


だが、その王国は伝説となった。

幻の理想郷として。

そして数千年後、世界が滅ぶその日まで、

リンカーネイトの名を持つ国家は増減しながらも最後まで残り続けたのである。

そう。カルーマの名を持つ巨大財閥と千年の時を生きる女社長と共に。


……。


≪エピローグ side カルマ≫


「以上です。主殿……未来を予測する水晶玉は上手く行きましたが……この未来は……」

「良いんじゃないのか?まあ、ある意味やっぱりか、だしな」


何件かの試作と失敗を経てようやく軌道に乗り始めた新しい魔法の管理法。

それは世界そのものはそのままに、例外的な力を持つ道具にて奇跡を起こすことだった。

総数を制限し、再使用に充填を必要とする事で濫用を防ぐ狙いは一応の成果を上げている。


「ほかのあいてむも、じゅんちょう、です」

「ともかく、魔法は今後魔法のアイテムだけで賄うよ大作戦は成功だよー」

「あくまでアイテムだけでありますから勝手に使用者が増えることも無いでありますね」

「ふむ、管理はし易いな。まあ良いのでは無いか父よ」

「魔力の補充はカルーマ商会が行います。ですが使用回数の無いものは厳重に管理しなくては」


新しい心臓と、新規マジックアイテムの調子は上々だ。

最新型の水晶玉にろくでもない未来も見えたが、まあそこはある意味仕方ない事かもしれない。

苦労を知らない以上ああなっても仕方ないと思うのだ。

……苦労するのは自分達だしグスタフの配下で無くなる以上、そんな連中俺は知らない。

信じる奴だけ救えばいいしそれ以上の事をする余裕は無い。


……ぴしり、と竜の心臓にひびが入る。

これは卵と化すのも近いだろう。

そう考え予備の心臓を取り出しポケットにしまっておく。


「しかし、竜の心臓……探せばあるもんだな」

「まあ、一時期乱獲されてたから。領主の館の宝物庫には一個ぐらいあるよー」


しかし、まさかアリサが竜の心臓を買い求めているとは思わなかった。

いや、ただ単に借金のカタに取り上げたものらしいがな。


ともかく、俺の心臓が孵化する事があるならと

あれから買占めに近い形で世界中から竜の心臓が買い求められてきた訳だ。

まあ、今後は孵化するたびに新しい心臓を胸にぶち込む事となる。

肉体的な無理は承知だが、それでも2~30年は生きられるだろう。

まあ流石にそれ以上は望まないさ。

それまでに後々の事を考えて用意しておけば良い。

人の命数を越える時を生きる気は無いのだ。


思えばあれから色んな事があった。


魔法を無くした事を世界中から責められたり、

一個のケーキから始まった騒動の為に国の機能が一時麻痺したり、

例の灯台地下ダンジョンがとうとうオープンしたりとかな。

後は何人か異世界に召喚されて大騒ぎになった事もあったっけ。

ハイムが魔王として隣の大陸に呼ばれ、あろう事かうちを攻めろと言われた時もあった。


何にせよ、この大陸に俺の敵はもう居ない。

そして、リンカーネイト以上に強大な相手ももう居ない。

気が付けば大陸の覇者と言われる様になってしまった。


そう、俺の出世双六はこれにて上がり。

この地に転生してきてからの立志伝はこれにて幕、と言う訳だ。

まあ、これからも俺の人生はまだ続くけどな。


「アニキ!稽古の時間っすよ?不肖レオ=リオンズフレア。この自分がお相手するっす!」

「ああ、判った。じゃあ、今日はここまでにするか……さて、行くぞ」

「うむ!明日も同じ時間に試作品が来るそうだ。遅れるなよ父!」


うん、それでは今日も腕が鈍らないように頑張るとしますか。

早くしないと今度は書類に埋もれる時間だしな。

ひらひらとハイムに手を振りながら訓練場に移動をしようとして。

……不意にくるりと部屋を見回してみた。


「先生?」

「カルマ君どうしたの?」

「総帥。忘れ物でしょうか」


妻達がいる。


「父。どうかしたか?」

「父上。いかがしました?末妹が絨毯に包まっているのはいつもの事だと思いますが」

「……お父さん?」


子供達が居る。


「主殿、急がなくて宜しいので?」

「まあ、宜しいのではないですかハイ」

「アニキ、急ぐっすよ!」

「ククク、サボればそれだけ腕が落ちるぜ?」


そして仲間達が居る。

この世界で手に入れた俺の大切なもの。

昔は持っていなかったもの。


「……ああ」


思わずこぼれる笑顔。

そして、決して失いたくないと思う。

だから俺は先に進む。

……拾った命が、尽きるまで。


*** 最終決戦最終章 完了 本編完結***


長らくのご愛読、真に有難う御座います!





[6980] 外伝 ショートケーキ狂想曲
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/02/14 15:06
幻想立志転生伝外伝


***ショートケーキ狂想曲***

~蟻ん娘達のお菓子事情~


***注意***

本作は三人称の実験を兼ねた幻想立志転生伝の外伝になります。

外伝は基本的に不定期にして"のほほん"で行こうと考えていますが、

本編以上に読む人を選ぶ作風となる可能性が大です。

ともかくチート・パワーインフレ等に耐性を持たない方や

ご都合主義が許せない方。

等、本作品にマイナスの評価を覚えている方は読まずに戻る事を推奨いたします。

なお、もし読み進めて不快感を覚えたとしても当方は一切の責任を負いかねます。


それを容認できる方は肩の力を抜いて、今暫しこの世界にお付き合い下されば幸いです。

それでは、どうぞ。


……。



リンカーネイト王国。数年前に突如として荒野に現れ、

いつの間にか大陸のほぼ全土を席巻していた新興勢力である。

王家の武威は止まるところを知らず、

私物の商会により財力も豊富。

配下に彼の地で随一の勢力を誇る宗教団体と数等の竜。

更には伝説の魔王をも有すると言う。

武力、権力、財力。

他者から見ればただただ羨むばかりの彼の国。

当然諸侯は危機感を募らせる。


そして北の帝国が倒れてから暫く後。

彼の国が魔道の力を独占したと噂が流れるに至り、

遂に世界的な連合軍が集結する事になった。


……のだが、何故かその日から不審火が続出。

翌日には世界中で宝物庫が空になると言う謎の事件が勃発。

更に疫病が突然流行し、反乱や暴動の類が突然活発化した。

最後に駄目押しとばかりに相次ぐ権力者の暗殺により、

結局集結すら出来ずに連合軍は瓦解したのである。


これにより、リンカーネイトという国に関し、

よく判らないけど兎に角逆らってはならないと言う共通の認識で世界が一つになった。

触らぬ神に祟り無しと言う奴である。


だが、人々は知らない。

そもそもあの国を牛耳っているのが人では無いという事実に。

王が竜である?いや、カルマは人だ。

肉体的にはさておき人であろうとする限り彼は人の範疇だ、と思われる。

問題なのは……。


「兄ちゃ。連合軍解散したよー」

「毒流すの、そろそろ止めるで有りますね」

「でも、わるいうわさ、ながしたあと、けせない、です。てきさん、ざんねんしょう、です」


この無邪気な顔して黒い事をのたまう蟻ん娘達である。

一見すると人間のように見えるだろう。

だが違う。

確かに人類にとってはビフィズス菌並みに有益な存在だが……違うのだ。

彼女達は根本的に人とは違う倫理観で動く、恐るべきクリーチャーなのである。


彼女達は蟻をベースに人とスズメバチの因子を併せ持つ。


ねずみ算の繁殖力を背景にした圧倒的な数の暴力。

生態に起因する女王への絶対的な忠誠。

記憶を共有するが為の想像を絶する成長力と万能性。

更に蟻であるが為に絶大な腕力を持ち、

人型であるが故に大きい脳は、高い知力を彼女達に与えた。

それらが合わさり、そしてカルマと言う進むべき道を指し示す存在が現れたその時、

彼女達は一種類のクリーチャー、と言う範疇を超えた何者かになったのである。


「とりあえず、あれだけ痛めつければもう攻めて来れないでありますね」

「おつ、です!」

「兄ちゃ?あたし頑張ったよー。褒めれ?撫でれ?」


ただし必要以上に警戒する必要は無い。

彼女達は知性はともかく性格は見た目どおりの幼子。

敵対せねば可愛いものである。


彼女達は美しい衣も輝く宝石もそれほど必要とはしない。

あれば綺麗だな、程度のもの。

欲望は人と比べ物にならないほど、薄いのだ。


「それにしても、お仕事頑張るとお腹空くよねー」

「ごはん、です!」

「でも、晩御飯にはまだ早いで有ります。おやつもさっき食べたでありますし……」



ただし唯一、食欲を除いて。



「ふふふふふ、です」

「どうしたでありますかアリシア。不気味でありますよ?」


「じつは、びすけっと、かくほしてる、です」

「おお、それは凄いのであります」


そう、この物語は。


「……ちょっと待ってよー。アリシアちゃん……あれ見てよー」

「ハニークイン?」

「ああああああっ!あれ、アリシアちゃんのビスケットであります!」


そんな子供達の巻き起こした、


「ふぇ?ハニークインちゃんは倉庫から失敬してきただけでありますよ?」

「あのそうこ、あたしが、つくった。あたしらの、おかしべや、です!」

「そうであります。メイン倉庫から失敬してきたお菓子の隠し場所でありますよ!」

「あれ?アリシア、肩に誰かの手が乗ってるよー……って誰?」



「……全然隠せてない」



「ね、ねえちゃーーーーーーーっ!?」

「後ろからいきなり声かけないで欲しいであります!心臓に悪いであります!」

「って、ま、待つのですよー?その手は何?だ、駄目ですよー!?ゲンコツは痛いのですよー?」

「……あ、あたし兄ちゃに用事があったよー!?ルン姉ちゃ、じゃあねー!?」

「にげた、です」

「アリサ、助けて欲しいでありますよ……」


本人達からすると"ちょっとした"レベルでしか無い、

そんな非常識極まりない……馬鹿騒ぎの話である。


……。


堅固な城砦の一室、と呼ぶには余りに広い空間。その最奥部。

赤い竜の頭部に、手のひらサイズの子竜を頭に乗せた男が鎮座している。

巨竜の頭上に男。男の頭上に手乗りドラゴン。

一見異様だが、このドラゴントーテムこそが謁見の間における彼等の基本隊列。


巨大な竜の瞳からは知性が抜け落ちていたが、

子竜のほうは目をキラキラとさせながら周囲をきょろきょろと見回している。

巨大な竜の名はファイブレス。

最早、相棒の魔力によって編まれる野獣に過ぎぬ……かつての管理者の成れの果て。


そしてその頭部にて、眼下を眺めてため息をつくその男こそ……戦竜カルマ。

もしくはリンカーネイトの竜王、カール=M=ニーチャの名を持つ稀代の英雄なのである。

まあチラリと横を見て、大量の書類を持ち、早く来いと視線で語るロリコンに溜息をつく。

そんな姿を傍から見るととてもそうには見えないのだが。


「で、ルン。その後どうした?」

「……お仕置きした」

「て言うかさ。全員そこで転がってるよねルンちゃん。こぶが痛そうなんだけど」

「いたい、です」「テライタス、であります」「うなー」

「しかし、物資の勝手な持ち出しは許されません。第一王妃様の処置は正しいかと」


ここはリンカーネイト王国の王都アクアリウム。

その謁見の間である。

自らの魔力で再現したかつての相棒に乗り、生まれ変わった相棒を頭の上であやしつつ、

彼は妻からの報告を聞いていた。

第一から第三までの三人の妻。しかもそれぞれ反則気味の美人さん。

王様でなければ後ろから刺されても文句の言えない状況だ。

そして床には這い蹲り頭上のこぶを押さえてコロコロ転がりながらうめく蟻ん娘の群れ。

その数、数十匹。


異様だ。


何も知らない者が見たら正気を色んな意味で疑いそうな光景である。

だが当人達は全く意に介するそぶりも無い所を見ると、意外と日常茶飯事なのかも知れない。

ともかく妙に弛緩した空気の中で、呆れかえりながらも戦竜の異名を持つ王が口を開く。


「全く。お前ら世界一の金持ちなんだからお菓子ぐらい買って食えよ……」

「ちがうです。にいちゃ、おこづかい、ぜんぜんたりない、です」

「お小遣いはあたしら全員毎月決まった分だけ。で、ほぼ全部お菓子に消えてるであります」

「流石にロードたちにだけ辛い思いをさせる訳には行かないよー。額はあたしも一緒だよー」


溜息をつきながらカルマが声をかけると、蟻ん娘達は口々に騒ぎ立てる。

どうやら彼女達の個人資産はお小遣い制、かつ額は常識の範囲内であるらしい。

食事は十分に食べているが、甘いものは別腹という世の女性の理はこの子達にも当てはまるようだ。

そしてお菓子を見ると食べたくなるのは半ば本能らしい。

今も手乗りサイズに生まれ変わったファイブレス……通称ファイツーが口に運んでいるクッキーを、

よだれを垂らしながらジッと見つめている蟻ん娘達。

指を咥えたりしているが、視線は一点から決して離れない。

カルマがそれに気付いて、もう一回深くため息をついた。

正直、そんな下らない事で呼び出されたくは無かったのだ。

書類は今もその厚さを増しているのだから。


ともあれ、腐ってばかりも居られない。

カルマが横を見ると、横の文官団の視線がどんどん冷たくなっている事もあり、

何にせよ、早く話に決着をつけねばならなかったのだ。


「まあ、仕方ないか。お前ら用のお菓子保管庫を増設するしか無いな」

「……あるの?」

「うん。ルンちゃんは知らないかもしれないけど……」

「商会初期から自分達用の食料庫は確保していましたからね。その延長線上です」


ルンは驚き、アルシェが苦笑する。

なにせ后の内で第一王妃だけが、彼等の力の根源たる商会の運営に関っていないのだから。

無論、相応の理由はあったのだが既にその理由は消えている。

現在は半ば今までの惰性で秘密にしているのだが、

正直な所蟻ん娘達も可愛がってくれるルンに正体を知られ、今更嫌われるのは嫌なのだ。

さて、そんな訳でルンは知らなかったが、

蟻であるアリサ達にとって地下はホームグラウンド。

当然食欲旺盛な彼女達は地下洞窟内に自分達の食糧を大量に蓄えている。

そしてその中にはお菓子専用の倉庫も少なく無い数が存在していた。

まあ、それでも内訳を見てみると量を重視しているのか安物が多い。

故に散財としては一般的な王侯諸侯の贅沢に比べれば可愛いものではあるのだが……。


「何にせよ、ハニークイン。貴方も人の物を勝手に食べないよう気をつけてください」

「……判ったのですよー」


要するにそこのお菓子は大量にあるように見えても不足気味で、しかも個人資産だと言う事。

ハピが冷静に解説を始め、ハニークインが腫れ上がった頭に薬を塗りながら答えるのを聞くと、

カルマがもう一度口を開いた。


「とりあえずルン。この腹ペコ集団に何か食わしてやれ……」

「……ん、判った。じゃあ、ケーキを焼く」


「「「「ねえちゃのケーキ!」」」」


弾かれるように顔を上げる蟻ん娘達。

表情が突然希望に満ち満ちたものに変わっている。


この時、作る事になったのがルンでなければ。

もしくは焼くのがケーキでなければ……。

後にあんな大騒ぎにはならなかったのかもしれない。


まあ、何にせよこの後の騒動はこの時に定まったのであった。

後の世には残らない、だが確実に歴史を動かしてしまったその事件、

歴史の裏に詳しい事情通はこの一連の騒動をこう呼ぶ。


「ショートケーキ狂想曲」と。


……。


「……どうしよう」

「は、母、これは一体どう言う事だ……」


さて数刻後の食堂。

今ここはカオスの極みにあった。

困惑するルン母子の震える声が、

この場の混沌さ具合を如実に示している。


「いちごーーーーーー!かえして、です!」

「ぱく、です……けーき、うまー」

「そこのあたし!あたしのケーキ盗るなであります!」

「そこ、どいて、です。おいしいの、みんなわかる、です」

「うまーな感覚とお腹が膨れる感触の両方が無ければケーキ足りえないで有ります!」

「待て!あたしの取り分まで食うべからず、だよー!」

「アリサ、さっき、ひとさら、たべてたはず、です」

「幾ら女王蟻でも全部食べるのは無しでありますよ……命令なら従うでありますけど」

「そう、です!あたしら、きちんとひとさら、アリサのぶん、さきに、きりわけた、です!」

「せめて……おさら、なめる、です!」

「あああああっ!お皿に付いたクリームはあたしのでありますよーーーーっ!」

「だが、ことわる、です!」

「ならばナイフに付いた分はあたしが貰うで……あれ?」

「もう、なめた、です」

「アリシア……舌から血が出てるでありますよ?」


そこはまさに地獄であった。

焼きあがったケーキ一つを切り分けて、出来上がったのは僅か8皿。

……いや、アリサの分は別格として7皿のケーキを取り合う蟻ん娘、

出来上がりと同時に部屋に飛び込んでくる飛び入りが増えに増えて、

集まりに集まったその数、何と666匹!

部屋を埋め尽くさんばかりのちびっ子の群れである。

もう乗っかるわ、押し合うわ潰れるわで見られたものではない。

ケーキ本体に至っては皿を含めて一体何処にあるのか判らないほどだ。


「けーき!」

「ズルイでありますよ!」

「おやつ時間外、それもねえちゃのケーキ?えこひいき反対であります!」

「ひとくち!」


……さらに4匹増えた。

屋根裏から二匹と床下から一匹、そしてドアからも一匹が突入している。

そして次々と後続が……。中にはトレイディア駐在班のアリシアまでいたりする。

わざわざケーキの為にすっ飛んできたのだ。そして今も次々とこの部屋に向かって来ている。

まあともかく、出来れば自分の口に入れたい、と次々に蟻ん娘が集合していったのである。

げに恐るべきは甘いものへの執念……。

収拾が付かないとはまさにこの事であった。


「……なんで?」

「いつもはこんな事は無いのだがな……母、心当たりは有るか?」


ルンが首をかしげる。

そう、これが普通の時なら問題にはならなかった。

蟻ん娘は交替で食事を取るし、日々の献立はおやつ含めて全員同じものだ。

いつかは同じものを食えるから普段は不公平感など無い。


だが、今回はイレギュラー。

食った者は食っただけ得をするのだ。

しかも相手はケーキ。甘いお菓子の代名詞!


数年前にカルマとアリサが記憶を頼りに再現したこのお菓子は、

既に国内はおろか近隣大陸でさえ市民権を得て普通に存在している。

既にポピュラーなお菓子の一つと言ってもいいだろう。

だが、やはりルンの作るものは別格らしい。

せめて一口と本能で集結していく蟻ん娘達を誰が責められよう。


強いて言うなら仕事を押し付けられたルイス率いる文官団辺りか。

唯でさえ激務の中、仕事が増えまくった彼等は怒っても良いと思われた。

……だが、奴等はロリコンなので特に問題は起きていないが。


因みに学校からの最初の卒業生達はさっさと新設された高等学校に進学した。

故にカルマも含めた彼等の仕事が減りだすのはそれから七年後であった事を追記しておく。


まあともかく、蟻ん娘達は次々と集まっていく。

何故なら先程も言ったがそれはルンの作ったものであるからだ。

ルンは洋館の一件の後、料理を覚え趣味とするようになったのだが、

今ではプロ顔負け、と言うか下手したら大陸一と言う腕前を誇る。

……病んだ人間の歪んだ執着心が奇跡の腕前を生んだのだがそれはこの際関係ない。


「どいて、です!」

「ぺろれろれろれろ……であります!」

「あー、もう、ない、です……」

「折角遠くから来たのに酷いであります!うえーーーん!」


ともかく普段は人数が多すぎるのでルンも蟻ん娘のお菓子までは作らない。

例外はアリサがハイム達のおやつに付き合う時ぐらいか。

ロード達がルンのお菓子を口に出来るのはその際に運良くアリサのお供をしている時か、

ハイム達当人からのおこぼれに預かる時くらいだ。

よって目の前にあるケーキは、蟻ん娘達にとって宝の山に等しいのである。


「……皆、記憶を共有するって言うから一匹食べれば全員が食べるのと同じだと思ってた」

「それはそれ、これはこれ、だろうな……」


そんな訳で現在この食堂では普通ではありえない、

クイーンアント一族による同士討ち。

と言う、マニアが生唾飲み込みそうなレア物のシチュエーションが繰り広げられているのだ。

まあ種族の存在自体が隠されている彼女達に、マニアが居ればの話だが。


「すばああああああっ!この欠片はあたしのでありまあああぁぁぁぁす!」

「やだ!とらないで、です!」

「たべさせて、です……」

「せめて一口であります!」

「こんしんの、いちげきぃっ!です!」

「甘いであります!」

「すこーーーーーっぷ!」


……聞き捨て不可能な叫びが室内に響き渡る。

流石にルン親子の顔から血の気が引いた。


「ち、ちょっとまてえええええええっ!いや、本当に待ってたもれ!?」

「……スコップは、やり過ぎ」


ケーキの取り合いはエスカレートし、遂に喧嘩を経由して戦争になりつつあった。

爪が舞い、牙をむき出しに。

挙句に幾多もの血を吸ってきたスコップが唸りを……。


「これで怪我人が出たら……もう、二度と作ってあげない」

「「「「「「え?」」」」」」


あげようとしたその瞬間、

ルンの言葉に反応した全蟻ん娘、緊急停止。

そして、一瞬の間をおいて再起動。


「「「「まって、です!」」」」

「「「「後生であります!」」」」

「謝るから前言撤回をお願いするよルン姉ちゃー!?」


スコップが危うく一匹の脳天に突き刺さりかけた時、遂にルンが動いたのだ。

ルンの声が小さく発せられた瞬間、周囲の時が止まったかのように一瞬で場が静まりかえる。

そして、謝罪の言葉がその場に飛び交った。

文字通り"蟻ん娘総員土下座祭り"の開催である。

影の権力者の鶴の一声により、空しいと言うか馬鹿らしい争いは一気に収束したのだ。

ただし、蟻ん娘は全員意気消沈しているが……。


「……もう、喧嘩はしない?」

「「「「しない!」」」」


しかしそこはルン。

苦労人でもあるためか、気落ちした人間がどうして欲しいかは心得ている。

だから蟻ん娘達に出来るだけ優しく声をかけた。

何故なら、自分が落ち込んでいる時はこうして欲しいから。

主にカルマとか先生とか旦那様とかに。


「本当に?」

「本当だよー、あたしの名にかけて誓うよー、だからお菓子無しは勘弁してー」

「「「「ちかう、です。あうあう」」」」

「「「「言う事聞くであります!」」」」


ルンと言う人間は、実は完全に運から見放されている。

だがそのハンデを乗り越えて(本人的には)幸せを掴み、

一国の国母にまでなったのは伊達ではないのだ。

蟻ん娘全員が部屋中でしょげかえって泣いているのを見て、流石に思う所があったのだろう。

あえて、くすっと微笑み言葉を続ける。


「……じゃあ、今度全員分作ってあげる。おっきいのを」

「「「「「「お、おおおおおおおおおおっ!?」」」」」


この時、ルンの脳裏にはウエディングケーキも真っ青な風呂桶サイズのケーキが浮かんでいた。

少し手間はかかるがそこはそれ。

絶対にアリシアちゃん達との約束は守る。

まあ、全員分ともなるとそれでは足りないから、

何回かに分けて全員に行き渡るまで作ってあげねばならない。

と、まあ大体そんな風に思っていたのだ。


「けーき!」

「おっきいの……」

「ドキドキであります」

「ふわぁ……」


だが、目の前に居るクリーチャーおよそ700匹の脳裏には、そうは写らない。

ほんの僅かな情報が脳内を駆け巡り、不足する情報は望む方向に肥大化していく。

憶測が憶測を呼び、共有する意識は一つの偶像を作り上げていった。

イメージは山。色は白。

天より高く、雲を突き抜ける風景を幻視する。


……そして、形は定まった。


触角がピクピクと痙攣し、ゴゴゴゴゴ……と謎の擬音を背負う。

目の奥がキュピーンと光り輝き、心象風景の背景が炎に染まる。

そして……突然何かに弾かれたかのように騒ぎ出した!


「ねえちゃ!じゃあ、ざいりょう、よういする、です!」

「用意できたら作って欲しいであります。約束であります!」

「……よし、じゃあ皆……材料集めるよー!急ぐよー!」

「すばああああああっ!です」

「ガルガルガルガルルルルル!であります!」


まるで波が引くかのように、一斉に部屋から飛び出していく蟻ん娘たち。

嵐のように去って行った後には半壊した部屋。

取り残されるはルンとハイムの親子だけであった。

まるで強盗にでもあったかのような惨状の中、ハイムが呆然としながら言う。


「…………食い意地張りすぎだ。クイーンどもめ」

「……アリシアちゃん達はケーキが大好き。覚えた」


結論から言えば、その二人の言葉は正しかった。

だが、双方の認識の隔たりが予想以上だったと言う事実。

それをこの親子が知るのは、それから三日後の事になる。


……。


そして運命の日。

幸か不幸か実母が原因不明の仕事量激増で妙に忙しくなったらしく、

古代エジプト女王の名をもじって名付けられたハピの娘をあやしていたルンの元に、

アリシアが一匹、目を血走らせてやって来たのである。


「ねえちゃ!」

「……静かに。くーちゃん寝てる。絨毯に包まって幸せそうに寝てる」

「こら。末妹が起きるではないか!赤ん坊なのだぞ?泣き出したらどうするつもりだ?」


幸い目を細めているので周りにその目の血走りぶりが伝わる事は無い。

だがそれでも迸る異様な雰囲気に回りは全員ドン引きしていた。

だが、蟻ん娘達としてはそんな事どうだって良かったのだ。


「ようい、できた、です!」

「ケーキ作ってであります!」

「おむかえ、です!」

「連れてくであります!」


すばぁー!と言う叫びと共にルンを数匹で抱き上げ、

お神輿状態に担ぎ上げる。

……ついでにハピの娘を横にいたメイドコンビにパスして……、


「……?」

「ちょ、母を何処に連れて行くのだお前ら!?」


ルンを乗せ、走り出す蟻ん娘。

その移動する姿はまさに神輿だ。

そして蟻ん娘達の発する熱気は殆ど祭りの熱狂だと言っても過言ではなかった。


「いまのあたしら、だれにもとめられない、です!」

「どけどけどけどけ!で、あります!」


後ろから必死に飛んで追い縋るまおー様を尻目に、

蟻ん娘達は城と外縁部を繋ぐ糞長い吊り橋を突っ切り、

城壁を飛び降り、

そして、荒野を疾走する。


そう、全てはケーキの為に!


盗賊団も不運な動植物も、全てを踏み潰し飲み込みながらちびっ子神輿は往く。

それはまさに狂気と言っても過言ではなかった。

ただし、本人が狂気そのものであるルンにとっては別に気にする程の物でもなかったようだが。


「……テント?」

「で、でかいな」


「ざいりょう、あのなか、です!」

「おっきいの、つくる、です!」

「いっぱい、いっぱい用意したであります!」

「ルンねえちゃ、指示出して欲しいであります!」


突き進む蟻ん娘の頭上に載せられたままルンは進んでいく。

驚く間も無く景色だけが、瞬く間に変わっていった。

……そしてその視界に見たことも無いものが現れる。


荒野のど真ん中に、突然テントが現れたのだ。


とは言っても、ただのテントではない。

グランシェイク(城が背中に乗っているドラゴン)が数頭入る事が出来そうな巨大なものだ。

はっきり言って並みの城より大きい。

何枚もの分厚い布を無理やり縫い合わせて作られ数本の柱で支えられたそれは、

まさに文字通りの突貫工事で作られたらしかった。


「さあ、はいって、です!」

「ねえちゃ、うまーなケーキをお願いであります!」


「いや待て姉ども。この山のような食料の山は何だ!?」

「……凄い量」


そして、その中には大量の食料。と言うかケーキの材料の山。

あろう事か、もし建材なら巨大要塞でも建てろ言わんばかりに用意してあるではないか。

もしこれでケーキを作れば、

それはもう文字通り、"山"になってしまうであろう事は想像に難くなかった。


「おっきな、けーき、です!」

「山のようにおっきなケーキ!中に潜って食べるであります!」


……そう。

蟻ん娘達の脳裏に浮かんだ"おっきなケーキ"は文字通り山のように大きかった。

そして、彼女達にはそれを実現できるだけの財力もあった。

よって……本当に準備してしまったのである。

その山のようなケーキの材料を、全部。

それもたった数日で。


お馬鹿である。

それも行動力のあるお馬鹿さんであった。

ただし……本気と書いてマジと読む……でもあったが。


「母!どうするのだ!?人の手に負える量では無いぞ!?」


まおーが慌てふためいて叫ぶ。

蟻ん娘の期待のオーラが高まる。

異様な雰囲気が周囲を包み込んでいく。

……そして、ルンは決断した。


「……作るしかない。でも、皆も手伝って」

「「「「はいです!」」」」

「「「「腕とお腹が鳴るであります!」」」」


全身から飢えた猛獣的オーラを発する蟻ん娘達。

今更否応などある訳が、そして文句があっても言える訳が無かった。

こうして、文字通り山のように大きなケーキの製作が決定したのである。


……。


ケーキ作りは当然の如く難航を極めた。

お菓子作りのはずなのにまずは建築現場の如く足場の製作から始まり、

何故か設計図や進捗の管理シート、そして個別の作業手順書が書かれる始末。

実作業の方もスポンジの間に挟むフルーツの準備が蟻ん娘数十匹による流れ作業。

クリームを泡立てるボウルも二階建ての家屋に匹敵する特注品だ。

巨大なオールのようなものを持ってボウルの周囲を走り回る事でクリームを泡立てて行く。

……因みに流石にそれ以上巨大では蟻ん娘達でも泡立てられないらしい。

はっきり言えば洒落になっていない。


ともかく当然だがこのサイズともなると製作まで時間もかかる。

腐らせては本末転倒のためルンは陣頭指揮に専念。

仕上げの時の為に体力を温存する事にして、自らは蟻ん娘達にきめ細かい指示を出し続けた。


果物の皮が剥かれ、細かく切り刻まれていく。

その間に同時進行でスポンジやクリームが次々と量産されていった。

この日の為に作られた窯では大量のスポンジケーキが焼かれていく。

勿論クリームの方も凄まじい勢いで仕上がっていったのだ。


「つまみぐい、です」

「クリーム、うまー、であります」

「……あ、そこ!食べちゃ駄目だよー!?」

「つまみぐいは、つまみだす、です!」


ただし、そこは蟻であり子供達でもある。

どうしてもつまみ食いが出るのはお約束。

手を全く付けない個体はむしろ少数派だ。

よって、不公平を是正すべくルンが動く事となる。


「たべちゃだめ、です。たべちゃ、だめ……たべちゃ……」

「待って、少し味見する」


ルンは現場監督をしながら周囲を見渡す。

すると一匹だけ必死につまみ食いを我慢しながらクリームを泡立て続けるアリシアを見つけた。

糸目から涙を、口元からよだれを流し続けながら、必死に己を律し続けている。


因みにその横では同じように巨大ボウルで、

……但し飛び散ったクリームをペロペロ舐めながらかき混ぜる他の蟻ん娘達が居る。

その個体はその姿を心底羨ましそうにしながらも、自らが手を付ける事は無かった。

そんな真面目なアリシアの姿を認めたルンはその子の前に歩いて行く。

そして、おもむろに指先でクリームを掬った。


「……ん、いい味。アリシアちゃんも少し味見する?」

「ふぇ!?……は、は、はい、です!」


ルンの指先に付いたクリームを、そのアリシアは心底"うまー"そうに舐め取る。

それはもう、満面の笑みで。

本当にほっぺたが落ちそうな感じだ。

……傍から見ていると、それはとてもとても羨ましくなるような光景だった。


「あー、そっちのアリシアちゃんもつまみ食いであります!」

「ふこうへい、です!」

「いや、母の許可取ったんだからいいのではないか……?」

「そうだよー。勝手に食べちゃ駄目だよー!あたしも我慢してるのにさー」

「アリサ。よだれ拭くであります」

「あたしも、なめたい、です」

「そこのアリス!いちばんさいしょ、つまみぐいしたの……しってる、です!」

「だから、これ以上は駄目でありますよ、そこのあたし!」

「あ、あそこのあたしも……口元にクリームがベトベトしてるであります」

「かたるにおちた、です。みんなつまみぐい、です」

「だからルン姉ちゃは真面目な子にはあえて舐めさせたんだよー。感謝だよー」


さて……そんな大騒ぎの中でも準備は着々と進んでいく。

時折生クリームの出来をルンがチェックしOKの出たものから運び出され、

まるでサイコロのような形に焼きあがったスポンジ部分を、クリームで繋いで組み上げていく。

それは料理と言うよりはむしろ土木工事。

……と言うかむしろ左官屋の領域である。


「れんがづみ、です。っと」

「流石に一度は作れないでありますからね」

「……その段はもっと厚くクリームを塗って。果物も載せるから」

「あい、まむ。です」

「がんばれー!がんばれー!母ーっ、クイーンの分身どもー!」

「原因であるハニークインちゃんには食べる権利が無いのですよー?でも、応援はするのですよー」


ルンが指示を出し、蟻ん娘達が文字通り指示の通りに動く。

全てはウマーなおやつの為。

後ろではハイムとハニークインが一生懸命応援している。……役立つかは別問題だが。

そして。


「いちご、どばーーーーっ!です!」

「……そう。そんなに大きなイチゴは無いから山盛りにして形だけでも整える」


「で、こ、れーーーーしょーーーーーーんっ!クリームドバドバドバでありまーーす!」

「……そこはそれぐらい。後は外延部をぐるっと回って」

「あい、まむ。です」


ついに。


「……でかい。な」

「はーちゃんにも一切れあげるでありますよ」

「大丈夫。はーちゃん達の分は別にある」

「でけた、です」

「早く食べたいよー……よだれドバドバドバだよーーーーーっ!」


文字通り山のようなケーキが完成した。

まさに馬鹿らしいほどの巨大なお菓子である。

と言うか……むしろこんなの作る奴は頭がおかしい。とも言える。

実際頭はおかしいのだが。


まあそれはさておき、遂に仕上げの時である。

最後に軽くデコレーション用のチョコチップなどが大量にばら撒かれ、

この時の為に拉致されていたらしいライオネルとレオが、

ライオネル愛用のものより遥かに長い特注の長々剣で出来上がりを八等分した。


そう、超巨大ショートケーキは遂にその姿を彼女達の前に現したのである。


「ありえないっすね親父……」

「ありえねぇよなレオ……」


そして、獅子の親子がその山を見上げて呆然とする中、

運悪く巻き込まれたり興味本位で覗いてしまったせいで、

この化け物の製作を手伝う羽目になっていたらしい哀れな守護隊の連中の手により、

巨大ケーキはテントとは名ばかりの巨大空間内で分散するように運ばれていく。

そして蟻ん娘達は、それぞれ思い思いのケーキの山の下に走り、


……何故か守護隊の手により、次々と檻の中に入れられていった。


「……なにゆえ、です?」

「狭いであります!」

「けーきーっ!」

「がるがるがるるるるるるっ!です!です!」

「出せであります!」


無論、抜け駆け防止のためである。

文字通り"こんな事もあろうかと"用意されていた頑丈極まりない猛獣用の檻に、

ルンの指示の元、守護隊に捕らえられた蟻ん娘達が次々と放り込まれていく。

巻き込まれた守護隊の精兵達は微妙な顔をしながらも無言で黙々と作業を続けていく。


「おふぅ……!?」

「はふぅ……つかまった、です」

「けーき!」

「出すであります!」


因みに今までで、許容以上に派手なつまみ食いをしでかしたお馬鹿さん達は、

今日のおやつを食べる権利を剥奪の上、檻の番をする羽目に陥っている。

具体的に言えばクリームの中に飛び込んで舐めまくった個体などがそれに当たる。

まあ、何にせよ今も泣きながら、とりあえず檻の番は真面目にやっていた。

もしここでまた馬鹿をやったら今度は多分晩御飯抜きのため、彼女達も必死である。


「あたしは食べれないであります!せめて皆も食えない辛さを少しは味わうであります!」

「おーぼー、です!」

「目の前にケーキあるのに食べれないであります……」

「おやつのじかん、まだ……です?」


「……あと、100数えたら」

「「「「あと、100!?」」」」


当然お預け状態の蟻ん娘達は暴れ、騒ぎ立てる。

だが、何処かのアリシアの問いにルンが何気なく答えたその時、

突然周囲が静まり返る。


しん……と無音が音のように聞こえた。

それは無言の圧力。

本来は全員が余裕で入れる広さのある檻なのだが、

解放へのカウントダウンが始まった途端、凄まじい勢いでその形がひしゃげていく。

檻の前半分に押しくらまんじゅう状態で詰まっている蟻ん娘達。

あるものは檻の隙間に挟まって潰され、にらめっこ状態。

またあるものは檻の後方でクラウチングスタートの体勢をとっていた。

中には完全に別個体の大群に押し潰され外からは全く姿が確認できない者まで居る。


「はちじゅうはち……はちじゅうなな……はちじゅうろく……」


まさにカオス。だがその風格はまさに歴戦の猛者。

どうもそれを発揮する場を間違っているような気もするが、本人達にとっては一大事であった。

フォークを片手に闘志を漲らせる。

こればかりは例え同族でも容易に譲れなかったのである。

何故なら山のようなケーキは既に目の前にあるのだから。


「……全員お腹一杯食べれる分はあるのに」


例えそんなルンの台詞が真実だとしても。


……。


がたがたがた、と檻が鳴る。

殆ど狂犬のように蟻ん娘が唸る。

檻の入り口付近に"みっちり"と押し合い圧し合いしている。

腕が伸びる。

だが、届かない……。


「ねえちゃ……けーき……」

「目の前にあるのに食べられないであります!」

「ところでさー。あたしまで檻の中っておかしく無いかなー?」

「クイーンも、おねーさんにかかれば他のロードと同等なんですよー。諦めるのですよー」


鋼鉄製の檻が今にも破壊されんばかりに軋む音が響く中、

遂に"その時"はやって来る。


「……にい、いち、ぜろ。おやつの時間……はーちゃん。檻、あけて」


「判った。待たせたなクイーンの分身ど、ふぎゃああああああっ!?」

「おおおおおおおっ!けええええええきいいいいいいいっ!」
「突撃いいいいいいいいいっ一!」
「にぎゃあああああああっ!?」
「ふぎゃ!?みぎゃっ!?ぷぎゅうううううっ!?」
「ま、まって、です!」


檻の開錠と共に内容物が噴出すように爆ぜ、そして駆け出した。

まるでパーティー用クラッカーから飛び出してきたと言わんばかりだ。

哀れなまおー様は鍵を開けた瞬間にそのまま吹っ飛ばされる。

そして檻から飛び出した飢えた餓狼の如き蟻の集団は甘くて白い壁に突っ込んで行く!


「うえのいちごはもらう!です!」

「内側から、食い破るでありまあああああす!」

「そおれ!どーーーん、でふっ!」

「もがもごもごもごもご……ぷはっ。前進であります!」


蟻ん娘は同族に踏みまくられ足跡だらけになりながらも、

フォーク一刀流やスプーン二刀流でケーキの山を目指す。


先頭集団は遂にケーキに辿り着き、今まさにスポンジケーキの中に体ごと飛び込んで行った。

あるものはスコップで外側をこそぎ落としつつ食い進め、

またあるものは自分の形をした穴を開けて内部から食い進めようと沈み込んでいく。

そしてまたあるものは両手でケーキをもぎ取ると、己の口に無理やり突っ込んでいった。


「どけどけどけどけであります!あたしは上から、あれ?……にゃああああああああっ!?」


上から攻めるつもりかハシゴを持って走る奴も居る。

そして、立てかけるとそのままハシゴごとケーキの中にズブズブと沈み込んでいった。


「よいしょ、よいしょ、よいしょ……」

「れっつ、だいびーんぐ。です」


テントを掴んで天井部分に上っていった蟻ん娘も居るようだ。

天井から自由落下し、生クリームの雪原にズボッと埋もれて外からは見えなくなった。

まあ、恐らく最下層まで落ちているだろうが……。


「さかみち!」

「モグモグモゴモゴモゴ……」


本当に上部に登りたい蟻ん娘は下層から斜めに食い進み、

頂上の甘い雪原は匍匐全身で進んでいるようだ。


兎も角カオスの極みだ。

大半の蟻ん娘はクリームまみれで凄い事になっている。

何より凄いのは、そんな状況下でも床にこぼれるスポンジなど無駄にする食べ物が一切無い所。

自分の体に付いたクリームも舐め取りながら先に進む蟻ん娘達に一切の迷いは無かった。


「うまー!」

「うまうまうまうまうまーであります!」


下から食べ進める者はまるで雪に潰されるかのように上から押しつぶされ、

上から突入した連中は、進むのにも苦労しながらも自分の周りから食べ尽くしていこうとしている。

イチゴの山の上に座って黙々とイチゴだけ食い続ける個体も居た。

唯ひたすらクリームを舐め続けるものも居る。

腹が一杯になったのか、ケーキ内部で居眠りを始める者も出始めた。

スコップで食べていたら顔を出した仲間にクリティカルヒットを出したお馬鹿さんも居た。

そして。

あろう事か……。


「ええい!見ているだけで胸焼けがするわあああぁぁぁぁぁっ!!」

「はーちゃん、落ち着いて」

「そうですよー。第一全部食い尽くされたから胸焼けの元は消えたのですよー?トホホですよー」


残らず食いきりやがったのである。

文字通り山のようなケーキを。

おこぼれ目当てのハニークインが残念そうにする中、こうして狂乱の宴は幕を閉じたのである。

とは言え……。


「時に母。一つ聞かせてたもれ?結局あれ、作ったのはクイーン達自身のような気が……」

「……私は作り方を教えた。次からは自分達で出来るから問題ない」

「流石に二度目は無いのですよー。おねーさんでもやっぱり無理なのですよー」


「と言うか姉ちゃ。考えてみればあの化け物ケーキ。ショートケーキと言えるのかなー?」

「アリサ……それは考えない方が幸せな事のような気がするのでありますよ」

「まあ、そこは、りんかーねいとのしょーとけーきがこれ、ということにする、です」


実はケーキを作ったのはルンではないかも知れないし、

そもそもあれは最早ショートケーキじゃないかもしれない……と言うオチを残しつつ。


……。


「……さて。出来た」

「おおっ!?母、その普通のケーキは一体!」

「おかわりです?え?ちがう、ですか……」

「あれ?でも"アリシアちゃんへ"って書いてあるでありますよ?」


狂乱の宴が終わり、腹を膨らませたチビ助達が床にコロコロ昼寝しているその頃、

……最後にもう一つ、普通サイズのケーキが現れた。

どうやら隙を見てルンが一つ別個に作っていたようだ。


ルンはそれを手に、少し何かを迷うような表情を浮かべた。

そして、意を決したように横にいたアリサに声をかけたのである。


「……ひとつ質問……あの子のお墓は、何処?」

「ね、姉ちゃ……!?」


……。


翌日、既に廃墟となったマナリア王都の片隅、旧ルーンハイム公爵邸宅。

そこにカルマ一家と足代わりにされた風竜の姿があった。

既に崩れかけ、廃屋と化した邸宅の隅に……ちょこんと佇む庭石。

一見するとただの庭石にしか見えないそれこそが、

表向きは生き延びたとされた、とあるクリーチャーの墓標であった。


「……アリシアちゃん。今までお墓参りにも来なくて……ごめんね」


ルンが未だ学生だった時の事だ。

彼女を守るべく働き、捕らえられ、

そしてその短い生涯を終えた一匹のアリシアが居た。

マナリア崩壊の序章となった一連の事件。

その引き金となった"最初のアリシア"の死。

……その時は別な個体が無事を演出したのだが、

どうやらルンは薄々感づいていたらしい。


「……レキの城で、沢山居るアリシアちゃん達を見た時、確信した」

「でも、どうしていわなかった、です?」

「そうであります。言ってくれればお墓の場所ぐらい教えたでありますよ」

「と言うか、クイーン達を"匹"で数えてる時があったから怪しいとは思っていたのですよー」

「というか、こわくない、です?」

「あたし等が人じゃないのは理解したと思うでありますが……」


さり気なく。だがかなり内心冷や汗物の告白。

お互いの回答によっては、家族がバラバラになってしまうかも知れない。

それは恐怖だ。

だが、これは何時かやらねばならなかった事なのだろう。

思えば、万一スキャンダルとして悪意と共に暴露されたら取り返しが付かない事実だ。

だから、これは良い機会だったのかも知れない。


「関係ない。異種族でも何でも、一番辛い時味方だった皆の方が、先生のほうが……」

「ヲイ、その当時俺は未だ普通の人間だったような」

「……父よ。そもそも転生者な時点で普通な訳無いと思うぞ?」

「にいちゃ。余り気にする必要は無いであります。ねえちゃはどっちでも良いらしいであります」

「ねえちゃ、きにしないなら、あたしら、ずっと、みかたです」


そして、これが彼等の出した答え。

何を今更と思う者も多いかもしれない。

だが、大事にされていた反面様々な事柄を秘密にされていた"お嬢様"が、

この時、本当の意味で"カルマの一派"になった。

そういう意味でこの告白は重要、かつ重いものなのだ。


「……アリシアちゃん」

「なんか、いきなりだきしめられた、です」

「察しろ姉ども。母がどれだけ気に病んでいたのか判らんのか?」

「そうだな。ルンの場合明らかにアリシア贔屓な所があったしな」


不特定の蟻ん娘を呼ぶ場合、ルンの場合は基本が"アリシアちゃん"である。

別にアリサ達を差別している訳ではないが、

やはり命までかけさせてしまったと言う罪悪感があるのかも知れない。


「……私は、皆が人でなくても気にしない。でも、皆は気にしてたみたいだったから」

「ああ、一応隠してたからな。まあ魔物が人権を持った現状じゃ意味あるかって意見もあるが」

「まあ母の心配も判る。とは言え、こやつらも周りから見れば普通の魔物の一種でしかあるまい」


「ねえちゃ、ありがと、です……ほんと、ありがとです……」

「ねえちゃはやっぱりあたし等のねえちゃであります!」

「姉ちゃ?でも表向きは今後も内緒だよー。お仕事に差し障るからねー?」


ルンが不安を口にすると、カルマが言葉を続けハイムが纏めた。

そしてアリシアとアリスが礼を言い、一応アリサが釘を刺す。

何だかんだで仲の良い家族なのだ。

それが壊れる事が無くて安心したのかほっとした空気が場を包んでいく。


「……有難う。皆、大好き」

「どういたしまして!であります。あたしらもねえちゃの事、好きでありますよ?」

「ねえちゃ、にいちゃのだいじなひと。だからあたしらにもだいじなひと、です……」


暫し家族の抱擁が続く。

和やかな雰囲気の中、そっとアリサがカルマの服の裾を掴んだ。


「兄ちゃ……」

「ん?どうしたアリサ」


そして、何か、思う所でもあったのだろうか?

涙目になりながら口を開いた。


「歯が、痛いよー」

「……虫歯か」


だが違った。ただ、歯が痛み出しただけだった。

色々と台無しだ。

先日のケーキを腹いっぱい詰め込んだのは良いが、歯を磨いていなかったらしい。


「ん?」

「……どうしたの先生?」


……そしてカルマは気付いた。

気付いてしまった。


「ちょっと待て。昨日歯を磨いた蟻ん娘は居るか!?」

「居ないよー」


即答だ。その言葉に軽く気を失いそうになったカルマを誰が責められよう。

よく見るとルンに抱きしめられているアリシアを含め、どいつもこいつも頬を腫らしている。

そう、そしてまさにこの時も、危機はすぐそこに迫っていたのだ。


……。


「あのー、アリシアさん?本日運んで欲しいと言う荷物の件で……」

「いたい、です……はがしみて、じんじん、するです……」

「今日はお休みするでありま、イタタタタタ!」


「問屋さん!?今日は定休日じゃないでしょ!?」

「も、申し訳ありません!その、不慮の事故で……ええ、今後このような事は!必ず!」

「ひんひんひん……痛いであります……」

「お馬鹿!歯が無事なあたし等だけじゃ回せないであります!」

「ケーキたべれないし、いそがしいし……すとらいきでも、おこす、です?」

「……考慮するで在ります」


「ええええええっ!?役所が休み!?そんな事今まで……」

「ほんじつ、ていきゅうび、に、したです……にぎゃびゃびゃ!?し、しみる……です……」

「でも、はいしゃさん、こわい、です……ぶるぶる」


歯の痛みに七転八倒する蟻ん娘達と、

ケーキを食いにいけなかったために無事だった。しかしそのお陰で、

使い物にならない"あたしら"の尻拭いに奔走する羽目に陥ったその他の蟻ん娘達。

無論お菓子抜きの上、仕事まで増やされた居残り組みの士気が上がろう筈も無い。

普段なら自分で処理できる書類も、容赦なく上にあがっていく事となる。

結果、カルマの執務室は、

既に足の踏み場どころか人の存在できるスペースすら取れるか不安になるような惨状である。


「のおおおおおおっ!?何だこの書類数は!」

「主殿、仕方が無いのです、暫し耐えましょう」

「まあ、幼女の為です。皆、全力以上を発揮するのですよ、ハイ」

「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」


蟻ん娘情報網はリンカーネイトとカルーマ商会の命綱。

普段は完全すぎるほどに完全な動きをしているだけに、

対応の僅かな遅れが巨大な社会不安を生み、

遂に社会そのものが三日ほど機能不全を起こすに至ってしまったのだ。

結局復帰までまともに機能し続けていたのは防諜のみだったと言う。

……リンカーネイトがいかに彼女達に頼っているかが判る一幕であった。


「……ちゃんと、約束して」

「はいであります!今後は、寝る前に歯磨きするであります」

「わかった、です。いたいの、いやです……」

「二度と同じ失態は起こさないよー」


結局、このドタバタのせいで世界中で経済が混乱。

結果として大小合わせて数百社の倒産が相次ぎ、

とんでもない数の失業者が世界に溢れる事となったのである。


その後、責任を感じたカルマやアリサ達が頑張って被害者に職をこっそり斡旋するなどしていたが、

結局、元の状態に戻るまでに半年を要する事になったこの事件。

本当の事を喋る訳にも行かず、

公式には謎の風土病が突然流行り、都市機能が麻痺したからとされる事になった。


だが、忘れてはならない……かも知れない。

事件の本質はお菓子を食いすぎた子供が歯を磨かなくて虫歯になった。

ただそれだけの話なのだと言う事を。


そして忘れてはならない。

子供達への躾の大切さを……。




教訓。

甘いものを食べたら、歯を磨こう。

もしかしたら、

それが悲劇の引き金になる……のかも知れないから。




幻想立志転生伝外伝

ショートケーキ狂想曲 終劇




[6980] 外伝 技術革新は一日にして成る
Name: BA-2◆63d709cc ID:5bab2a17
Date: 2010/02/28 20:20
幻想立志転生伝外伝


***技術革新は一日にして成る***

~チートどころの話では無い~


***注意***

本作は三人称の実験を兼ねた幻想立志転生伝の外伝になります。

外伝は基本的に不定期にして"基本的にはのほほん"で行こうと考えていますが、

本編以上に読む人を選ぶ作風となる可能性が大です。

ともかくチート・パワーインフレ等に耐性を持たない方や

ご都合主義が許せない方。

等、本作品にマイナスの評価を覚えている方は読まずに戻る事を推奨いたします。

なお、もし読み進めて不快感を覚えたとしても当方は一切の責任を負いかねます。


それを容認できる方は激しく肩の力を抜いて、今暫しこの世界にお付き合い下されば幸いです。

なお、本作よりカルマ一党は一切の自重を放棄いたしました。ご了承願います。

出来ないのでしたら精神衛生上この先を読む事をお勧めできません。




それでは、

前書きをよくご理解いただけた方はどうぞ。






……。







時は某暦XXXX年。

世界は後30秒で滅びようとしていた。


「世界終わるでありますね」

「それも、ぜんぶのせかいの、おわり、です」

「ここがさいごの、せかい、です」

「最後の友軍艦からの通信が途絶えたであります」

「あたしらが、ほんとうに、さいご、です……ま、いいですが」


最早、誰にも止められない。

延命の方法も、最早無い。

それも、全時空の死だ。

文字通り全ての寿命が尽き、何もかもが消え去り、

時間も空間も死に絶える、

そんな永劫に永劫を重ねた遥か先の時代。


「ここももうすこしで、きえる、です」

「……全ての時代全ての平行宇宙で起こりえる全ての可能性は網羅したであります」

「そう、ですか……じゃ、そうしんする、です」

「ぽちっとな、です」

「「「乙、であります」」」


「ながかった。ながかった、です……はふー」

「おつです。おかしぼりぼり、です」

「たんさんいんりょー、です」

「あー、ズルイであります」

「……そこのあたし、何も持ってきてなかったでありますか?」

「ぱんぱかぱーん。ぽてち!ひとふくろ、あげるです」

「ありがと、であります。ボリボリボリボリ……」


全てが現代人には理解不可能になった状況下、

だと言うのにそこには一隻の戦艦が存在していた。

幾重にも張られた防御フィールドは一つ一つ消滅しながらも未だ限界を超えた出力で稼動し続け、

その中に存在する全時空最後の命を辛うじて守り続けている。

……とある目的の為に。


「最終防御シールドの出力低下を確認したであります」

「おつ、です。きのうていか、さんじゅっぱーせんと、です」

「もごもごもごもご……」

「……にいちゃは元気でありますかね……」

「とっくに、しんでる、です……いきてるじだいなら、きっと、げんきだった、おもうです」

「そうでありますねぇ」

「あ、でんき、きえ……」



そして、30秒後。

全ての終わりを見届けた"それ"は全ての任務を完遂し、

世界と共に、消滅した。


後には、なにも、残らなかった。

無論、それを知るものも、最早、居ない。



……。



時を遡る。

王国建国から数年後のリンカーネイト王国首都アクアリウム・執務室。

ここでは今日も、書類の山脈との何時果てるとも無い永き戦いが続いていた。


「ルイス……この箱の書類は出来たぞ……」

「陛下。では次に大学院設置についての見解が届いていますので目をお通し下さい、ハイ」

「「「「内務卿、次の書類が届いてます。急ぎましょう」」」」


「ぺた、ぺた、ぺた、です……」

「決済印押すであります。今日中じゃないと死人が出るのであります。ペタペタペタ」

「あ、ごじ、です」

「え、もう終わりの時間でありますか?」

「五時ではなくて誤字だと思うであります」

「……かきなおし、つらい、です……」

「はて?お仕事始めたのは夕方なのにもうお昼なのですよ?時間軸がおかしいのですよ?ヒャハハ」

「ハニークイン。泡吹いてる暇があったらハンコ押すであります」


何処かどんよりと室内の空気が淀む中、今日も世のため人のため。

そして何より自分達の為に彼等は働く。


そう、暴君は割に合わないのだから。

……名君が割に合うかも疑問に思えてくる今日この頃ではあるが、

自分で選んでしまった道だ。

文句を言える相手など居よう筈も無い。

だから愚痴りながらひたすら手とペンとハンコを動かし続けるのだ。


「ぐぁぁぁぁ……流石に辛いですよハイ」

「「「「や、休みが欲しい……」」」」


だが、それでも限界はある。

流石のルイス率いる文官部隊も疲労の色が隠せないようだ。


「甘いよー。良し行け皆、だよー」

「「「「かたたたき、です」」」」
「「「「お茶汲み隊出撃であります!」」」」
「「「「おちゃがし、あーん、です」」」」

「「「「「おおおおおおおお!み・な・ぎ・っ・て・きたーーーっ!」」」」」


が、奴等はロリコンなのでカンフル剤を注入するのは容易い。

それに、一応毎日一人は休暇が取れているので破綻はしないだろう。

……いちおう、彼等でなくとも何とかなる仕事ではあるのだから。

だが、そうも行かないものも確実に存在した。


「もう、半年も休みが取れて無いんだが……」

「陛下は最近の一日の仕事時間、たった12時間しかないでは無いですかハイ」


「ルイス……残りの内6時間は鍛錬、3時間は睡眠。残りは家族サービスで全部消えるんだよ……」

「自業自得ですねハイ。流石に家庭の事情まで考慮しかねますよハイ」


ヲヲヲヲヲ……と国王の地獄の底から絞り出したような声が響くが、

王国自慢の内政官は眉一つ動かさない。

元は魔法王国の学院教授なのだが、すっかり鬼の官僚としての風格を得てしまっている。

と言うか、こいつも半年休み無し組の一人なのだ。甘えんなと思っていてもおかしくは無い。

何故休みが無いかって?

それはコイツも代わりの効かない人材だからだ。

代わりが育つまで後数年はかかると思われるので、未だ頑張らねばならないお年頃なのである。

ルイス=キャロル伯爵(多分50代前半)そろそろ嫁さんの欲しいお年頃であった。


……なお突っ込みは何もかも受け付けない。


「では、お二人とも少し気分転換でも致しましょうか。主殿もお疲れのようですし」

「宰相、宜しいのですか?ハイ」

「良く言ったホルス!良し休憩だ!休憩だ……!」


とは言え彼等も一応人間だ。

疲労は溜まる。

何せ傍から見ていると何時死んでもおかしくないように見えるほどだ。

二人とも目の下のくまがえらい事になっている。

ついでに両方の瞳で、視線が全く合っていない。


と、その時部屋のドアが開いて、救いの声が二人に降り注いだ。

流石に日の出から30時間以上休み無しで缶詰状態なのは問題だと判断したのだろう。

他国の使節団との交渉に当たっていたホルスが報告にやって来たのだが、

それを見て軽く頬を引きつらせると、

報告もそこそこに壊れかけた二人を連れて部屋から出て行く。


「皆さん。陛下達をお借りしますよ」

「はい、です」

「早く返してであります」

「「「「お疲れ様です」」」」

「というか、はーちゃんもつれてく、です」

「そこで白目を剥いて気絶してるでありますから」

「……ま、まおー。まおまお、まっおー……」


そして、口からエクトプラズムを吐き出しつつ床に倒れたお子様を背負って、

彼等は地下にある秘密研究所に連れて行かれたのである。

名目上、気晴らしとして。


そこでは新作マジックアイテムの評価が行われていた。

え?それは仕事じゃないか?

今回の目的は気分転換ではないのかって?


……ここでカルマの立場についてハッキリさせておこう。


既に一党の支配領域は世界の八割に及んでいる。

そして今もこっそりとだが影響力は増大し続けているのだ。

故に……のんきに休んでいるような悠長な暇は無い。

動きを止めたら世界経済と政治が停滞するのだ。

即ち、奴等が怠けると世界がストレスでマッハなのだ。

簡単に言えば現状はチクタクバンバンのような状態だと理解すれば良い。


タイムリミットは、常に彼等の背中を追っているのである!


真面目に働けば働くほど成果は上がり、影響力は増大していく。

しかしそれ分煩わしい事と仕事は増え続ける。

だが止めれば全てが台無しになる……よって今更止められないのである。


……。


「と、言う訳で第20回新規魔道具の品評会を始める」

「うむ。世界の負担にならずそれでいて効果の高い品が出来ている事を願うぞ」


「主殿とルイス殿はお疲れなので皆さん、余り負担をかけないようにお願いします」

「ちょ!?わらわは!?」

「あたしは、それいじょうに、はたらいてるホルスが、げんきなけんについて、ぎもん、です」

「さすが元奴隷。基礎的な忍耐力が異常以上なのですよ……」


「では始めましょうか。私は一般的魔法使い代表としての意見を述べさせていただきます、ハイ」

「自分は落ちこぼれ魔法使い代表っす」

「レオ。まなばってりー、できてから、こわいものなしのくせに、なにいってる、です」

「最大の弱点の魔力不足は解消されたでありますからね。まあ、いいであります」


そう言う訳で地下の秘密研究所である。

ここでは魔法の管理の為、

新しい魔法形式の模索と新型マジックアイテムの作成、実験が日々行われていた。

そうして、カルマたち上層部にOKサインが出た物のみが世に出る事となるのである。


なお現在今までどおりに魔法を使おうと思ったら、

管理者の許可を個人的に取った上で魔力を貯めておく事の出来る特殊なバッテリーを携帯するか、

単一魔法使用専用のマジックアイテムを使うしかない。

カルマなど自前で魔力生成できる者は例外中の例外だ。


しかもバッテリーやアイテムに、充電にあたる魔力のチャージをするのにも、

現在では未だアイテムをカルーマ商会に預けて有料でやって貰う他無い。

無論コストパフォーマンスは最低で、世界の魔法使用頻度は減り続けている。

……とは言え、使用頻度に反比例する形でどんどん不満が高まっているのも事実。

一度覚えた横着を人は忘れる事など出来ないのだ。


と言う訳で、これ以上世界から怒りを買い問題が増える前に新しい魔法体系を作り、

世界に負担をかけないという条件を守りつつ、魔法を再普及させる必要があったのだ。

それも出来る限り早く。

それ故に、彼等は日々悪戦苦闘を重ねていたのである。


誰だって、世界が何時滅びるか目に見える状況に戻りたくなど無い。

かと言って今まで使えていた力が失われるのもまた許容はできないのだから。


まあ放っておいて逆らい次第殴り飛ばすという選択肢もある。

ただ、現状では魔法を使うのが、特に金銭的に難しすぎるのは事実。


既にハイムが"今週も信者を救うお力をお授け下さい"と、

リーシュ&ギーの狂信者姉弟に泣きつかれて辟易するという実害も出ている。

そして世界各国の魔法使いとその子弟が魔力を授けろと毎日のように謁見の申し込みをしてきて、

カルマが対応に追われて中々執務室に戻れない。という洒落にならない事態にまで発展していた。


これでは書類の山が溜まるばかりで、カルマ達へのメリットは無い。

そんな訳で、時折こう言う集まりが持たれているのである。

因みに、


「……こ、国家機密の気もするんじゃが……わし、ここに居て良いのかのう?」

「ガルガンおじちゃんは、いっぱんじん、だいひょう、です」

「気心知れてるし。店が潰れて現在無職だから、いざと言う時は口封じも楽でありますからね」

「言い草が一々黒すぎるのですよー。とりあえずおじさん?これは他言無用なのですよー」

「だまってれば、つぎのおみせに、しきんえんじょ、です」

「費用は全額うちで出すから宜しくであります!」

「……喋った場合は色々と潰すでありますがね……色々と」


時折ゲストが招かれる事もあるのだが、

今回は顎が外れて血の気が引きまくっているガルガンさん(無職)である。

可哀想に顔色を真っ青にしてブルブル震えながら椅子に座っている。

いつもは何も知らない一般人を連れてきて、終わったら蟻ん娘が"適切に処理"しているが、

流石にそれはまずいだろう。と言う事で、

いざと言う時潰すのも楽で、更に約束を守る可能性の高いこの人に白羽の矢が立ったのである。

……実にご愁傷様だ。


「ガルガンさん。とりあえず秘密は守ってくれ。それだけでギャラが出る良い仕事だと考えるんだ」

「うむ。父も知人をそう易々と消し炭にはせんだろうしな」

「そ、そうじゃのう……店の建て直し資金をたかりに来たのはわしの方じゃし……トホホ」

「ただよりたかいものはなし、です」

「まあ、何時かきっと良い事あるでありますよ!」

「おじさんを現在進行形で地獄に叩き込んでる連中の台詞とは思えないのですよー」

「別に、以前にいちゃを見捨てて逃げた事はもうあんまり気にして無いのでありますよ?」

「です!」


うん、実にご愁傷様。


「兎も角、このホルスが司会進行を勤めさせて頂きます。まず、これをご覧下さい」

「俺が製作を指示していた新作の量産型"魔道書"だ。汎用魔法媒体として期待している」


さて、そんなこんなで品評会が始まった。

最初に出てきたのは文字通りの魔道書。

とは言え、今までのものとは根本的に違うとカルマは言う。


「今までの魔道書は呪文と印を記してあるだけの物。これはそのまま電池と回路の役割を果たす」

「電池とは何じゃ?回路とはなんぞ?」

「自分も知らないっすね。なんすかそれ?」

「……説明はそこからでありますか」

「これは、もうてん、です」


カルマたちは当然ではあるのだが電池の概念すら知らない連中に対し説明を始めた。

さて、その間に読者各位にも別口で説明をしておこう。

要するに新しい魔道書とは魔法媒体と魔力タンクを兼ねた代物と言う事だ。

使い方は極簡単。

魔道書に触れながら"火球"等の予め設定されたキーワードを唱えれば、

書に蓄えられた魔力が尽きるまでの間、魔力の行使が出来るという訳だ。

ただし、使用可能なのは魔道書に記された魔法のみという制約は流石に付く。

書に蓄えられた魔力が尽きた場合本の表紙から色が消えるので、

最寄のカルーマ商会に持ち込めば、三日の時間と数十枚の銀貨で元通りにしてくれる。

日本円にして数十万円……はっきり言えば、暴利ではある。

だが、余り安くすると、以前以上の濫用がまた始まりかねないのでこうせざるを得ないのだ。

何せ、これさえあれば修行も無しで魔法が使えるのだから。


なお、蜂蜜酒を飲めばと条件は付くが、体内に魔力を貯めておくことも今までどおり可能。

時間経過での回復はもう無いが、体内の魔力で魔道書を起動することは出来た。

要するに、才のあるものには一応使用回数の多さと言う利点は残っていると言う事だ。

……金は掛かるけど。


「メリットは、一つの媒体で複数の魔法を使える事。勝手なアレンジを封じる事も出来る」

「父よ。もし使用者が書を弄れば稼動しないようにしておくのだな?」

「魔法の濫用が見られるようならば市場に出回る量を制限すれば良し、ですか。見事です主殿」

「……余り好かないっすね。苦労して詠唱を覚えた自分等の立場が無いっす」

「そうですね。余りに簡単すぎます。金持ちの道楽呼ばわりは勘弁ですハイ」

「わ、訳が判らんぞい……」


悪くは無いが、旧マナリア勢には不評だ。

やはり、何の苦労もなく魔法が使えるのは面白くないのだろう。

元々、魔法の濫用を防ぐ為に昔の魔法使いが施した工夫が複雑な詠唱と言うものだったのだが、

すでにそれは魔法使いとしての特権と誇りの一因に変わっている。

そこは考慮すべきものだろう。


無論、流石にそれはカルマ自身も理解していた。

なので次なる物を即座に取り出して手のひらで転がす。


「ならこれだ。魔道書より安価にする気だが……」

「宝石っすか?」

「これは、マナおばちゃんの遺骨を参考にしたマイナーチェンジ版であります」

「あの方の肉体は幼い時既に細工されていたのですよね……故国の事ゆえ悲しさを覚えますよハイ」

「因みにこれは回路のみの廉価版であります。魔力は体内のを使うから古典的魔法使い向きであります」


これは握り締める事で印を省略し、詠唱さえすれば発動するようになっている。

例えるなら詠唱がパスワードと命令文代わりということだ。

嵩張らないし、比較的安価。

更に使用時の詠唱は比較的長めで訓練しないと使えない。

と魔法使いに喜ばれそうな仕様になっている。


「宝石一つ一つで使用可能魔法が違う。因みにこれ一個で10以上の魔法が使い分けが可能だ」

「ちなみに、つえも、あるです」

「ほうせきを、ゆびわにも、できるです」

「なお、杖は物によっては100を超える魔法を刻んでおけるであります」

「……ま、魔法にそんな種類は元々残って無いでありますがね」

「そういえば、もういちど、まえとおなじく、つくりなおしたの、あんまりない、です」


魔法は一度完全に失われたが、火球(ファイアーボール)を筆頭とした幾つかの魔法は、

流石に無いと拙かろうと判断したハイムが復活させていた。

無論、管理者の許可が無ければ普通には使えないようにはしているが。


なお判断基準はというと、余りにポピュラーになりすぎて、

無いと逆に世界の寿命が縮んでしまうほどに世界に馴染んだもの、となっている。

非正規の火球が正規の魔法より世界に馴染んでしまった事自体が異常事態なのだが、

馴染んでしまった物は仕方ない、と言う訳なのである。


まあつまり、それ以外はマジックアイテム無しでは使えないと言う事だ。

無論"世の理そのものを弄る"よりは"特殊な力を持つ特殊な道具ひとつ"の方が世界に優しいし、

管理も遥かにし易いのでそうせざるを得ない、と言う事情もあるのではあるが。


「マナリア出身としては嬉しいっすが、自分には無用の長物っすね」

「それに、お話からすると種類を絞っておかねば以前と同じ轍を踏んでしまうような。ハイ」

「そうだな。やはり自分の力で使える魔法は欲しかろう」

「でも、それ、ほうかいの、もと、です」

「甘くすれば幾らでも甘くなるでありますからね」

「……考えはある」


カルマの声に全員の視線が集中する。

カルマの脳裏にあったのは前世で遊んだゲームの魔法だ。


「要するに、変えようの無い厳然とした魔法体系があればいいんじゃないか?」

「ふむ……まあ50程度なら世界にそれ程負担もかからんか」

「今までは数えてみたら数百万以上の魔法があったでありますからね……」

「こじんでつくってるから、とんでもないことに、なってた、です」

「つまり、その"魔王様公認"の魔法は今までどおりの仕様で使用できるのですねハイ」

「それなら、きっとマナリアの皆も納得するっすよ。まあ、それで駄目なら没落するだけっすが」

「どっちにせよ、もう魔力は自然回復しないし、それぐらいは良いと思うであります」


今までと違い、魔力を世界に循環させる装置は無い。

魔力を回復する手段が限られる以上ある程度なら問題にはなるまい、と言う判断である。

それにしてもコイツ等、

今やってる事は例えるならゲームのNPCが勝手にシステムを弄りだす。

もしくはTRPGでプレイヤーがGMを兼ねつつ、

ゲーム中必要に応じてその場でハウスルールを増減し、プレイ中のシナリオを弄り倒す。

そんなレベルのとんでもない事なのだが、その異常性に気付いているのかいないのか。


「でも、どうやって、しゅうちする、です?」

「余り広めすぎるのも問題になるでありますよね」

「やっぱり、魔法を使えるなら何かが秀でてる人であって欲しいのですよー」


「なら、例の洞窟内部に処置用の魔方陣でも設置するか?」

「ああ、件の勇者ホイホイの洞窟か父よ……結局使う必要がなくなっていたからな」

「はいぶつりよう、よいこと、です」

「決定でありますね。工事を再開するであります」

「と言うかの。忘れられた灯台地下の洞窟……お前らの仕業じゃったのか……」


何にせよ、新しい魔法と使用法を構築すると言う事で一応の決着が付いたようである。

細かい部分を詰めるべく実務者レベルでの言い争いが連日起こる事になるのだが、

まあ、それは別な話だ。



……それでは本題に入ろう。



……。


さて、ここでふとカルマが漏らす事になる台詞がある。

後の世界、そしてそれ以上に笑えない事態を巻き起こすふとした一言。

それは後に"一日技術革新"と呼ばれる大事件を巻き起こす事となるのだが……。

まずは、その呟きをお聞き頂こう。


「ところで。タイムマシンって何時か作れないか?」


その時、歴史が動いた。

それも激震レベルで。


「は?です」

「蒸気機関車がようやく出来るレベルのあたし等に何を期待しているでありますか」

「父、疲れで壊れたのか?無理はするな」


ふと見ると、蟻ん娘が数匹。

チョロチョロとカルマの背後に現れて、

背中によいやさ、と張り付いている。


「にいちゃ!」

「にいちゃであります!」

「登るであります!」


「ほれ父。姉どもも混乱しておるぞ?自重してたもれ」

「あるぇ?です」

「あたし等のようなあたし等じゃないような……」


とは言え、この時点では大して問題ではなかったのだ。

この時点では。

いや、既に色々と手遅れではあったのだが。


「いやな。もしこれから先タイムマシンが出来るなら、未来から来てても良いじゃないか」

「ああ。そうすれば楽が出来るからな。流石は父、考える事が狡い」


「そうだ。未来からタイムマシンを乗り付けさせ、未来の書類をコピーさせて持ってくれば……」

「それを出すだけでOK,でありますか。卵が先かニワトリが先か、な話でありますね」

「でも、こない。つまり、できない?です」


要するに、カルマは楽をする方法を思いついたのだ。

遥か未来にタイムマシンが出来る事があるなら、

未来の書類を持って来い。と、ここで伝えさえすれば、

未来から過去の(つまり現在から数えて少し未来の)書類を持って蟻ん娘が来る筈だと言うのである。

さすれば未来から書類を持ってこさせ続ければ自分自身は今後一切書類を作らないで済むのでは?

と言う閃きだったのだ。


まあ、セコさは否めない小物っぽい発想なのはこの際置いておく。

真に問題なのはここからだったのだ。


「そうだろうな。だが、もし時間移動出来るなら、俺ならこう使う」

「どんな、です?」


「未来から未来の工作機械と技術とかを持ってこさせて、それを元に新しい技術を開発させる」

「だうと、です」

「基礎技術が出来て無いと無意味であります!」


「いや、お前らなら記憶共有できるだろ」

「なんという、もうてん」

「確かにそれなら不可能では無いでありますよね。まあ、来てないでありますが」


とは言え、それは本当に気まぐれで何の根拠も無い与太話。

唯の気晴らしでしかなかったのだ、カルマにとっては。


「で、その未来から持ってきた技術を元に開発した新技術を未来から持ってこさせて以下ループと」

「げどう、ここにきわまる。です」

「でも、タイムマシン来ないし、元々無理でありますね。面白い発想では……」


「きてる、です」

「ようやくこの日が来たであります。記憶共有、開始であります!」

「ともよときはいま、です!です!ですっ!」


ただ。


「なんだと?姉ども。おい。触角震わしてどうしたのだ?まさか……」

「いや待て。ヲイコラ、まさか……」

「おや、陛下の背中に乗っかった彼女達は良く見ると少し違うような、ハイ」

「あちゃー。アニキ。どうやら"やっちまった"みたいっすね……」

「わし、ここに居て良いのかの?本当に良いのかの!?」

「諦めるのですよー。と言うか、むしろ道連れウェルカムなのですよー?あはははははー……」


言われた方は、

本気にしていた。


「なう、ろーでぃんぐ、です。なう、ろーでぃんぐ、です」

「おおおおおお、認識が、広がるであります!知識が!知恵が!にいちゃ分の不足が!」

「ひらめいた!きた、みた、かった!です!」


ただ、それだけの事。


「あたし、参上!と言うか、惨状だよー!」

「アリサ!ついに、このひが、きたです!」

「過去と未来のあたし等との同調完了でありますよ?」

「「「「おおおおおおおおおっ!です!」」」」

「「「「我が世の春、来たであります!」」」」


そして、遂にその時は来た。

……来てしまった。


「いや、それは良いんだが……何故俺にたかる?」

「父が見えん」

「「「「にいちゃにいちゃにいちゃにいちゃ……」」」」

「「「「やっほいやっほいやっほいほい…………!」」」」


触覚をフルフルしていた蟻ん娘達が次々とカルマに殺到する。

それは歓喜。

約束された繁栄の時が来た事と久々にまみえる最愛の兄に対しての。


……約束は何時成された?

それはつい先ほど。

カルマの一言が彼女達の運命を決めた。

それはこの時、定められた運命。


……約束は何時成された?

それは遥かな過去。

永劫に永劫を乗算し続ける程に遥かな過去の、

だが決して擦り切れる事の無い懐かしい記憶。


……約束は何時成された?

それは遠い未来。

原初の時に降り立ち、未来に向かって全ての可能性を網羅し監視し続ける彼女達にとって、

懐かしき兄が生まれるのはずっとずっと先の事……。


「にいちゃ、おひさ、です」

「にいちゃの匂いであります」

「いや、今さっきから一緒に話してただろうが」


「あ、兄ちゃ?ちょっと報告があるんだよー」

「アリサ?悪いが数百匹にたかられててそれどころじゃない。一言でおK」

「「「「やっほい、です」」」」

「「「「にいちゃの匂いがするであります!」」」」


だから。これは再会。

遥か未来から。遥か過去から。

持ち込んだ技術を共有する記憶を下に発展させ、

発展させた技術を過去に持ち込み、

今度はそこを元に更なる発展をさせる。

それは閉じた時間の無限回廊。

発展の無限ループ。

時間と言う概念を半ば失った彼女達が時の流れを実感するのは、

他ならぬカルマが居るか居ないか、その一点。

……なんつって。


まあ、何が言いたいかと言うと。


「全時空&全時代制圧完了だよー」

「OK良く判った、何も判らないのが判った。説明しろ。いやむしろ何も言うな聞きたく無い」


何だか知らないが、

異常な技術発展の話のはずが、

どう言う訳か全時空の支配の話になっていた。

つまりはそういう事だ。


うん。本当に訳が判らない。


「つまりさ。ループで技術が超発展したんだよー」

「最初のタイムマシン完成に大体3000年。そこからは一瞬であります」

「つまり、いっしゅんで、なにもかもかんせい、です」

「それがどうして全時空の支配と言う話になるんだ……異世界への移動なんか指示して無いが?」


ちっちっち、と蟻ん娘が指を振る。

ニマニマニマと笑っている。

……色々と洒落にならない存在になろうが無かろうが、

蟻ん娘は何処まで言っても蟻ん娘だった。

何処まで行ってもお子様っぽさが抜けないのがその証拠。


「時間移動開始したら、平行宇宙から変な奴等が干渉してきたんだよー」

「じつにえらそう、です。いや……だった、です。かこけい、です」

「で、何か色々言ってきたんでありますが、要約すると"うちの流儀に従え"でありました」


とは言え、修羅場は潜る羽目に陥っていたらしい。

しかも、多分カルマが生まれるより以前の時間軸で。


「ふむ。で、どう対処した?下手撃つと存在ごと消しにかかるタイプだろそいつ等」

「だからあたし等の一部を天地開闢の時代に飛ばして有効手段を模索したんだよー」

「で、そしきができるまえの、じだいで、つぶした、です」


やり方は相変わらずだったようだが。


「その後は似たような連中との戦いに備えたのであります!」

「おかーさんたすけると、にいちゃとであえなくなるから、みすてるしかなかった、です。ぐすん」

「でも流石はおかーさんでありました。説明したら即座に納得してくれたであります」

「で、後はただただ見守ってたであります。こそーりと」

「時間を統べる警察とか、色々居たであります。皆、強敵でありました」

「まあ、かてないなら、そのじくうごと、ぶんめいはっせいまえに、けす、ですが」


しかし、これはひどい。

本当に、ひどい。


「あーあー、きこえなーい。きこえなーい」

「父。現実逃避は止せ。遊園地に連れて行くのだ」

「親子揃って現実逃避っすか。そう言えば今日の晩飯は何っすかね?」

「まあ、お気持ちは判りますよハイ。さて、書類仕事に戻りますか……」

「わ、わしを置いていかないでくれ!頼む!何か知らんがここに居るのはまずそうじゃ!」

「あははははははははは、なのですよーーーーーー……」


一言で言えば、黒い。

黒すぎる。

笑えもしない洒落にならない。


「世界の終わりにまで存在したあたし等から全ての可能性についての情報は貰い続けてるよー」

「だから、なにがあっても、そくざにたいしょできる、です」

「これで安心であります!」

「な、何がじゃ!?何が何だか判らんぞ!?」


世界の始まりから終わりまで見張り続けて全ての危険性を未然に潰すようにしているらしい。

ありとあらゆる可能性に対処するには仕方なく、そして必須の話だろう。

誰より早く、誰より最後まで存在し、情報を送り続けていれば全ての情報が手に入り、

あらゆる事に十分過ぎるほどの時間の猶予を持って対処できる。

まあ"蟻ん娘にとって"問題にならないレベルなら話は別なのだろうが。

……兎も角。彼女達は超えてしまった。

なんと言うか、超越してしまったのだ。色々と。


「俺のせいか?俺のせいなのか!?」

「むしろ、にいちゃのおかげ、です」

「まあ、問題ないレベルなら未来の情報はあまり見ないけどねー。面白くないから」

「何が起きるか全部知ってると、つまらないでありますからね」

「ま、やばそうなら、むこうから、れんらく、くるです」

「こっちからも、一応危ないかの確認はするでありますがね」

「日々これ未知に満ちている方が面白いであります」

「あ、にいちゃ?プラズマライフルあげるであります」

「それと。すぺーすころにー、あとでみせる、です」


カルマが天を仰ぎ、

ハイムの目が点になり、

ガルガンさんの頭がオーバーフローを起こす。


「アリサ様。つまり、我が国は安泰……いえ、主殿の未来は安泰なのですね」

「そだよー。国は数十年で滅ぶけどねー。因みにルン姉ちゃはもう一人赤ちゃん産むよー」


「あの、全ての異世界と過去と未来が判るんすよね?一つ聞きたいっす」

「未来のあたし等からの情報では……もう死んでるけど、その内詳しい事は判るそうであります」


「…………そうっすか。じゃあ」

「因みにレオの隠し子は最終的に20人超えるであります」

「そろそろ、じちょうするべき、です」

「上の子は聖俗戦争の頃既に生まれてたんでありますよね?まあ責任取るのは良い事であります」

「公爵家の御曹司が異国でバイト、しかも傭兵紛いとかおかしいと思ったでありますよ……」

「まあ、それは、たぶん、かん、するどいひとなら、まえからかんづいてた、おもうですが」


ホルスは特にこの大きな変化を気にしていないようだ。

まあ、蟻ん娘の本質を誰より熟知しているものの一人であり、

主君の味方である事は確信しているので問題無しと言う所か。


レオは……まあイケメン恐るべしといった所か。

まあ、表に出す予定の無かった裏設定が表に出てしまったというだけなのだが。

ニコリとするだけで女が落ちるのだからさもありなんではある。


「ま、まあ、ともかく一日で技術が発展したという事だよな?うん、良い事だ」

「……父、冷や汗が噴出しておるぞ……」

「そういうはーちゃん、めがとおい、です」

「あ、そうだ。見せたいのがあるんだよー。表に」


ともかく、出来てしまったものは仕方ない。

気を取り直そうとしたカルマにアリサから声がかかる。

一瞬で気の遠くなるような年月を生きたのと同じような状態に陥ってしまった妹に対し、

申し訳なさとやりすぎだボケと言う気持ちで胸が一杯になりながら、

カルマたちは蟻ん娘に導かれるまま表に出た。

そして叫ぶ。


「艦が9!空が1だ!……繰り返す!艦が9!空が1だ!」

「なんか、飛んでるっすね……沢山」

「なんだあれは……」


天を埋め尽くす黒。

真昼なのに青色も白も見えない。

それは何か?


「「「宇宙戦艦であります!」」」

「……帰ってもらえ」


「「「ただいま、です」」」

「え?うちの所有!?」


読んで字の如く宇宙戦艦、と言うか艦隊。

正確に言うと数々の異次元や未来や古代文明。

果ては神魔や創造主、それすら退けるイレギュラーやらと戦い、

常に勝利し続けてきた無敵の大軍勢である。

数についてはスルーするが吉だ。


「「「「「にいちゃ!」」」」」

「「「「「やっほいであります!」」」」」


しかも、乗組員全員が蟻。

正確には蟻ん娘と兵隊蟻と働き蟻。

機密保持の観点から言うと完璧すぎる。

……何度も言うが笑えもしないが。


「……どうしよう。いや、どうする俺」

「いや、いまさらいわれても、こまる、です」

「無しには出来ないでありますよ?」


はっきり言ってカルマもまさかこんな事態になるとは思わなかっただろう。

時間移動が出来るようになるとうっかり冗談も言えなくなると言う良い見本である。

因みにファンタジーの頭にSが付きそうな技術の賜物である。

これだけの規模の時間移動を魔法でやると、それだけで世界の寿命が終わるのだとか。


「こりゃもう、おとといきやがれ!とか言えないな……」

「違うよー。むしろ明後日から来た人が居たら必ず言わないといけないんだよー」


顔見せを終了し虚空に消えた大艦隊。

無性に青い空にカルマ達が放心する中、慰めるように蟻ん娘達が口を開いた。


「あ、でも書類仕事はかなり軽減されるよー」

「何と少なくとも現在の千京倍の効率で処理できるシステムが完成してるであります!」

「このせかいのしょるい、いちねんで、さんまいあれば、いいです」



……希望の光が、差し込む!



「よし!素晴らしいじゃないか」

「やるっすね!」

「ありがたいですね。これでたまには一日の仕事が21時間以下に出来ます」

「ホルスは超人だな……まあいい。とりあえずわらわはもう手伝わなくていいという事だな?」

「そこの姫様。寝言は寝てから言って頂きたいもので、ハイ」


恐るべき技術の進歩。

降って湧いた幸運に流石の彼等も喜びを隠せない。


「あと、ぜんじくう、うらからしはい、してるですから、まほうのどうぐ、そっちでつくる、です」

「つまり、この世界の寿命はあんまり気にしなくていいんだよー」

「それに、まんいちのとき、にげるさきは、かくほずみ、です……このせかいのみんなのぶんは」


「おおおおおおおっ!何か凄い事になってるじゃないか」

「アニキ、やっちまった割にはいい結果っすね!」


ただ、禍福はあざなえる縄の如し。


「で、にいちゃ……書類仕事は今日から一日一時間にしてであります」

「かわりに、くんれん、するです」

「何?」


「だから。全時空の敵と戦えるように"最強"になって貰うんだよー」

「特訓施設やお薬とか、経験積みやすい敵とか……他にも色々全部用意してるであります」

「じゃ、いくです」

「え?ちょ、待……!」


活動区域が一気に広がった事により、どうしても増える恐るべき敵。

多次元時空を普通に行き来できるような怪物対策として、

カルマの魔改造が始まったのであった。

文字通り、全時空最強を目指して。

……当然、本人の意思は関係なく。


「のう姉ども。そこまでする必要、あるのか?あの大艦隊で十分だと思うが」

「だめです」

「あたし等の頭は何処まで行ってもにいちゃであります」

「まんいち、そんざいとか、けされたら……それでおわり、です」


「にいちゃのしあわせは、ちっぽけな、かぞくのしあわせ、です」

「でも、その幸せを守るのに鼻息で星を吹っ飛ばせるレベルの力が必要になったであります」

「あ。とりあえず、はーちゃんとぐーちゃんにも、おなじような、くんれん、うけてもらう、です」

「いや待て。ちょっとどころかかなり待て!」


要するに、勢力がやばい相手に目の付くほどに大きくなってしまった。

だからそれに対処できる力が必要になった、と言う訳だ。

一つの世界で完結していればそう言うレベルの相手には端から無視されていただろうに、

なまじ勢力が増したが為に笑えない事態が発生してしまっていた。

因みにそう言う幾つもの異世界や時間を制する連中は大抵ヤバイ側面を持っている。

負けは消滅を意味する場合が多いので最早勝ち続ける他に無いのだ。

……いや、本当に。


「まあ、最終的な勝利はもう決まってるでありますがね」

「全時空の最初と最後を押さえてるから、どんな情報でも集められるんだよー」

「問題があったら、世界の始まりから長い時間かけて幾らでも対処できるであります」

「もはや、だれも、とめられない、です!」

「だったら、ここを攻められる前に対処してたもれ……」


あ、ハイムが言ってはいけない事を。

その答えは想定内だったのか、蟻ん娘一同ニヤリと笑ってサディスティックにこう言った。

いや……子供の残酷さを前面に押し出して、と言った方が正しいかもしれないが。


「……じゃあ教えるけど。来年に異世界の魔王が攻めてくるよー」

「なにもしないばあい、はーちゃんは、まけて、えんえんとないて、あたしらがかたづけるです」

「惨めな魔王様でありますね……」


「よし!わらわを早速その修行の地に叩き込め!」

「ついでに自分もお付き合いするっす!」

「……物好きじゃのう……無茶苦茶危険そうなのは目に見えておろうに」


そうして、カルマ達は良く判らない練武用の異世界に毎日半日ぐらいづつ篭る事になったのである。

その後、彼等リンカーネイト王家の一部が一切自重しないチート、

と言うかむしろ半全能の存在になるのはその数年後であった。

それまでは地獄、と言うか魔界的な特訓で幾度と無く死に掛けたり本当に死んだり、

本当に別な世界の魔王とか神とかその他諸々とかに出くわして死闘を繰り広げる事となるのだが、

まあ、それは別な話だ。


「じゃ、あちこちから引き抜いてきた文官団の追加をとりあえず百万人、さっさと連れてくるよー」

「あたしらの存在がにいちゃの一言で固定されたでありますからね、もう変えられないであります」

「ふむ。つまり姫様達は陛下があの一言を仰られるのを待っておられたと言う事ですな、ハイ」

「というか、さっきのせりふで、こうなった、です」

「待ってたのは事実だけど、あの一言が無ければ過去のあたし等は無いわけであります」

「だから、心配はしてなかったであります。ただ待ち遠しいだけで」


卵が先かニワトリが先か。

それはもう誰にも判らない。

ただ一つだけ言えること、それは。


「そうだよー。今日までは違う歴史を辿る可能性があったから自重してたんだよー」

「まあ、他の世界に散ったあたし等なんて、昨日まで存在しなかった、とも言えるでありますがね」

「にいちゃのひとことで、あたしらがこうなったです。さすが、おうさまあり、です」

「でも、いちおう、あたしらのそんざい、かくすです」

「存在すら知られて無いなら、誰にも狙われないでありますしね」

「でもそれぶん、にいちゃ、ねらわれる、です」

「ま。全時空最強になれば無問題でありますね!」


とりあえず、酷い。

そうとしか言えない。

話としてのネタも、

事の顛末も。

挙句にカルマの扱いも。

そして。


「あ、それと……人は増えるけど一人頭の書類量は数倍に増えるから覚悟してよー」

「……え?それはどういう意味でしょうかハイ?」

「アリサ様。必要な書類量は大幅に減るという話では?」


くろいあくまがにやりとわらう。

……そう、ありんこは、べーすがくろありなのだ。


まあ、今更それは関係ないが。……無いったら、無いのだ。

彼女達は軍隊蟻の側面を持っていたり、様々な蟻達の良いとこ取りで進化している。

要するにまさに何を今更……な話なのだから。

因みに蟻の生態において、女王蟻は結婚飛行で一生分の子種を得るらしいが、

アリサは結婚飛行をしていない。

だとするとアリシアたちの父親は一体誰なのだろう?

そもそもアリサの父親は誰なんだ?等と言う問題も有るが、それは考えるな。感じるな。

設定はされてるけど聞けば絶対後悔する。

と言うか、当時感想で良い所まで突っ込まれてたのに、今まで誰も気付かなかったのが不思議だ。

……とりあえず、話を元に戻す。


「うんとね?全時空を裏からこっそり支配してるのは話したでありますよね?」

「はい。……あぁ、そういう事ですか」

「あの、姫様達?全時空って……どのくらいあるのですか?ハイ」


……嫌な風が彼等の間を通り抜ける。

ルイスが自分の失言に気づいた時には既に遅く、

蟻ん娘は一応の答えを口に出していた。

……知らぬが仏なその事実を。


「さあ?」

「数え切れないであります」

「というか、あらわすかずのけた、ない、です」

「因みにあたし等の数も既に自分達でも数え切れない数であります」

「アハハハハハハハハハ……もう笑うしかないですねハイ」


つまりだ。

この世界の書類を三枚に減らそうが、

無限に広がる異世界全てとその全ての可能性を網羅したら当然そんな事になるという訳だ。

宇宙戦艦とか、明らかに別惑星とか余計な所まで手を出してるっぽいし。

そりゃあ書類量も増えるというものだろう。


何にせよ、技術革新は一日にして成ったが、

肝心の仕事量減少には繋がらなかった訳だ。

しかも唯でさえ仕事量が増えたのに、異世界からの敵という新しい問題を抱えてしまった。

折角この世界では最早問題になるような敵がいなくなったというのに。


「ま、世の中上手く行くばかりじゃないって事だよー」

「でも、本当に拙くなったら手伝うでありますよ。調べれば何でも判るであります」

「とりあえず、あたしらだいしょうり、です!」


何はともあれ、こうして世界は。

いや。それ以上のものがこの異形のクリーチャーの掌で弄ばれる事となったのである。

だが、それを知る物は殆ど居ない。

そして、知ったところでどうなる物でもなくなってしまったのもまた事実なのであった。

どっとはらい。


「では、本当に困っているので早速お手伝い願えますねアリサ様?」

「つきましては来年の収穫量と天候についてお教え願いたく、ハイ」

「駄目だよー。世界は未知の方が面白いんだよー」

「普通には手伝うからそれで我慢であります」

「みらいは、あまりしらないほうが、いいです!」


「ではこれで。昨日ルーンハイムさん……王妃様に作って頂いたクッキーです。ハイ」

「夕食には子羊肉を一皿追加しましょう。主殿もきっと許していただける筈です」


「まかせるです!」

「全時空から暇なあたし等呼び寄せるであります!後、クッキーは大盛り宜しくであります!」

「ようし!未来のあたし等から情報貰うよー!」


その割りに扱い易過ぎる気もするが、それはきっと気のせいだと思われる。

何せ億年単位かそれ以上の人生経験を持ったのだし、それがクッキーで買収される訳が無い。

多分ホルスやルイスの策に乗ってあげているのだ。彼女達なりの優しさなのだ。

……多分。


……。


教訓。

不用意な言動は慎もう。

余計な苦労を背負い込む原因になるかも知れないのだから。

ただし、普通は愚痴が世界を書き換える直接の原因になる事はまず無いので、

そこは勘違いしないように。



幻想立志転生伝外伝

技術革新は一日にして成る 終劇



[6980] 外伝 遊園地に行こう
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/04/01 03:03
幻想立志転生伝外伝


***遊園地に行こう***

~ほんわか家族旅行記、暴走付き~


***注意***

本作は三人称の実験を兼ねた幻想立志転生伝の外伝になります。

外伝は基本的に不定期にして"基本的にはのほほん"で行こうと考えていますが、

本編以上に読む人を選ぶ作風となっています。

ともかくチート・パワーインフレ等に耐性を持たない方や

ご都合主義が許せない方。

等、本作品にマイナスの評価を覚えている方は読まずに戻る事を推奨いたします。

なお、もし読み進めて不快感を覚えたとしても当方は一切の責任を負いかねます。


それを容認できる方は激しく肩の力を抜いて、今暫しこの世界にお付き合い下されば幸いです。

なお、前作よりカルマ一党は一切の自重を放棄しております。ご了承願います。

出来ないのでしたら精神衛生上この先を読む事をお勧めできません。


それでは、

前書きをよくご理解いただけた方はどうぞ。


……。


≪リンカーネイト王国 首都アクアリウムの執務室≫

大陸から敵対者が消え、戦争とは無縁となったとしても、

日々の暮らしと言うものは続いていくもの。

そして、日々の暮らしと言う物はそれそのものが戦いなのである。


「……なあ。ホルス、ルイス……俺達、前に休み取ったのは何時だった?」

「主殿は確か三ヶ月前に12時間ほどの自由時間をお取りになられています。私は別に要りませんよ」

「さあ?まあ私の場合毎日が楽しくて仕方ないですから余り苦にもなりませんがねハイ」


「ルイス、おちゃ、です」

「肩叩きであります!」


ただ、それでも時として息抜きがしたくなる事もあるだろう。

そして、カルマは今猛烈に休みが取りたい気分だったのである。

……別に本気になったら好きに幾らでも休める立場なのはこの際気にしてはいけない。

ともかくカルマは休みの口実が欲しくなっていたのだ。


「父上。隣の大陸よりの使者の方と母上の会談が終わりました。僕はこれからご挨拶に行きますが?」

「ああ、そうか……俺も行かねばなるまいな」


とは言え、毎日忙しいのもまた事実。

こうして未だ幼い息子まで公務に勤しまねばならない現状は、

前世からの一般人出身たるカルマには少々きつかった。

……ただ単に休みが少なすぎるだけかもしれないが。

ともかく、グスタフの後頭部を見ながら歩いていたカルマはふとある事を思いついたのである。


「……夕飯の時にでも言ってみるか」

「何がです?」


以前建てたまま、何だかんだで一度も行っていなかったとある施設、

即ち遊園地の事を。


まあ要するに合法的?に休みを取る方法を思いついた。ただそれだけの話だ。

だからカルマは気付いていなかった。

休みの穴埋めの為、その前後の仕事は更に忙しくなるという事実に。


……。


まあ何にせよその日の夕飯時、

……爆弾は投下された。


「……と言う訳で、来月辺りに遊園地に皆を連れて行こうかと思うのだが?」

「父!良くぞ言った!よし、新しい余所行きの服を仕立て……母、睨まないでたもれ!?」

「……贅沢は敵。遊園地は賛成。子供とのふれあいは、とても大切」


「総帥。あの、私も連れて行っていただけるのですか?」

「あう、あー」


「そりゃそうだよね。僕も楽しみだな、ねえぐーちゃん?」

「はい。思えば家族で一緒に何かする等と言う機会は中々ありませんでした。父上の慧眼に感謝します」


「遊園地だよー!」

「ぜんいん、しゅうごう!です」

「いやアリシア。全部のあたし等が集まったら遊園地が物理的に破壊されるでありますよ」


そして、言葉の爆弾が投下される事を理解していた一部のお子様は、

既に投下区域に火薬をばら撒いていたりする。


「と言う訳で既にあたしら各自、時間配分の準備は出来てたりするでありますが」

「チケットも関係者全員分確保済みだよー!」

「にいちゃたち、くるだけで、おーけー、です」


つまり。

準備は既に整えられていたという事。

既に遠出の為の根回しは行われており、後はカルマの一言を待つのみだったのだ。


「……主殿のお気持ち、このホルス感激いたしました。後事はお任せを」

「まあ、自分達に任せておくっす。たまには羽目を外すのも良いっすよ?」

「ノンノン、レオ将軍。貴方はいつも羽目を外しすぎです!ともかくお嬢様、留守はお任せを」

「そうですね。私も賛成ですハイ。幼女には愛が必要なのですから、ハイ」


何にせよ、子供達の為とあれば、この場に居る者達に否応はなかった。

こうしてリンカーネイト王家一家の二泊三日日遊園地旅行が計画される事となったのである。

ただし、


「やっちまったーーーーーっ!」

「さあ、三日分の穴を埋めるのですから、今日から一ヶ月、休憩など無いと思って下さいよハイ!」


「休憩!?休暇でなくて休憩が!?」

「クレアパトラもたまには主殿……父親に遊んでもらうべきなのです。私もその為に頑張りますよ」

「畜生ーーーっ!俺様も行きてええええっ!グスタフと遊びてえええええっ!」

「でもさチーフ。チーフまで抜けたら国が回らないよね?ほら、タクト叔父さんもすねないの!」

「……ま、孫と遊びたい……で、でも仕事が……せ、せめて文句をビリーに言わせてやる……うう」

「同一人物で文句がハモってるのですよー……一緒に並んでるとまるで腹話術なのですよー?」


「うっらうりゃうらぁぁぁぁーーーっ!気合入れていくよー!」

「はい、です!」

「遊園地ー。遊園地でありまーす!」


その間、カルマは政務に訓練に文字通り一時の休みも無い日々を過ごす羽目になったのであるが。

まあ、自業自得である。


……。


そして、嵐のような一ヶ月は瞬く間に過ぎ去り、

カルマの一家は遂に遊園地にやって来たのであった。


「悪いなウィンブレス。いつも好きに使っちまって」

『いえ。私の疾風の如き翼が役に立てれば幸いです。地下を滑るよりよほど早いですからね!』


「おおーっ!これが遊園地か。わらわは初めてぞ!」

「僕もです。ところで遊園地とは何をする所なのでしょうか姉上?」

「色んな乗り物とかで遊ぶ所でありますよ」


「ここが遊園地?うわあ、歓声がここまで聞こえてくるよ!ねえハピなら知ってるよね?」

「はい、アルシェ様。アリサ様達よりもたらされた幾つもの遊具が新規設置されていますよ」


「うあ、あ?」

「クレアパトラ……総帥、お父様に感謝して下さいね。私も本来なら今も奴隷として……」

「……ハピ。余り自分の過去を卑下したら駄目。貴方無しで商会は回らない」

「そうそう。僕らも頼りにしてるんだからさ?」

「ルン姉ちゃ達の言うとおりだよー。元奴隷とか今となっては大した問題じゃないからさー」

「まったく、へんなところでひくつ、です」

「もし周りが騒がなかったら、にいちゃへの想いを一生押し隠して生きてたでありますからね、ハピ」


一般客とは違うVIP用ゲートから入場しつつ、軽口に見えて中々重い会話が続いている。

とは言え、遊園地内に入ると騒々しいまでの音楽と、

周囲の熱気に押され、特に子供達は居ても立っても居られなくなる。

そんなおチビちゃん達を宥めつつ、

カルマ達は予めハピが確保していた広い芝生にシートを敷いて陣取った。

更にその周囲をさり気なく、と言うには少々厳重に、

ジーヤさん率いる魔道騎兵の精鋭達が固めていく。


「と言う訳で、だ。今日と明日はがっつりと遊びまくれ」

「はい、こちらが一日無料券になっております」

「ハピから貰ったカードは失くさないでねー。これを見せれば何でも乗り放題遊び放題だからさー」

「「「「はいです!」」」」

「「「「テンション上がるであります!」」」」


そして、子供達は走り出す。

行き先は千差万別、

ハイムやグスタフすらも子供らしい顔を見せて走り去っていく。


「そして俺は寝る、と」

「……膝枕する」

「あはは。じゃあ僕は持ってきた団扇で扇いであげるね」

「私は娘の世話をしながら仕事を進めさせて頂きます。どうしても外せない物も多いので」

「あ、うー?」


大人達と赤ん坊は芝生の上で寝転がったり座ったりとゆっくりし始めた。

やはり仕事疲れというものがあるのだ。

実は子供達に勝手に遊ばせておいて自分は寝ようと目論んでいたカルマの狙いは、

この時点では一応の成功を収めていたと行っても良かった。


芝生にはパラソルが建てられ、太陽光を丁度良い感じにさえぎってくれる。

風は心地よく頬を撫で、とても気持ちの良い休日になりそうであった。


……。


とは言え、

元気が有り余っているあの大軍勢。

何も問題を起こさない筈が、

無い。


「にいちゃーっ!」

「面白いでありますよ!」

「……おー……」


子供達は何かあると親元に戻って報告していくという傾向があるので、

カルマが半分寝ながら反射で返事をすると言う高等技術を駆使していた所、


「かんらんしゃ、です!」

「高いであります!」

「おー」


「みをのりだす、です!」

「一番てっぺんに登るであります!」

「おー」


「……あれ?です……ひゃあああああ?」

「アリシアあああああああっ!?落ちたでありますぅぅぅっ!?」

「おー……おおおおおおおおおっ!?」


観覧車の一番上から身を乗り出したお馬鹿さんがそのままゴンドラから落っこちると言う事件が発生。

地面に轟音と共に人型の穴を開け、更に何が面白いのか他の蟻ん娘も次々と続いて落ちていく。


「いっしょに、おちる、です」

「ぽろぽろぽろぽろー、です」

「いや待て姉ども!?死ぬぞ普通!何やってるのだ!」


次々と地面に人型の穴が開いていく。

そりゃもうボコボコボコと。


「綱無しバンジーであります!」

「宙を舞い、大地に降り立つ感覚は中々癖になるであります……」

「アホかあああああああっ!?」


まあ、丈夫な蟻ん娘達だから出来る芸当ではある。

だがここまでなら何時もの"あたしら"で済んだ話なのだが……。


「うわあ。凄いや!ぼくもやる!」

「わたしも!」

「……え?ち、ちょっと待ってたもれーーーーーーっ!?」


周りでそれを見ていた全く関係ない子供達が次々飛び降りる始末。

お子様達が周囲の熱狂に飲まれる中、

不幸にもたった一人まともな精神状態を維持していたハイムが泣きながら周囲を止めていた。

だって、普通の子が観覧車とかから飛び降りたら間違いなく死んじゃうし。


「うわあああああっ!?ちょっ!?待て待て待てぇぇぇっ!?」

「陛下!うちの子が!」

「うちの子を先に!」


……幸い、カルマが飛び起き、必死の思いで受け止め続けたので普通の子供達の命に別状は無かったが。

子供達は楽しそうだし怪我も無くて良かった、とも言える。


「にいちゃ?あたしらもうけとめる、です」

「そうであります。抱っこであります!」

「……寝言は寝てから言えアホ妹。羽目を外しすぎだ……」


だが、当のカルマはお陰でおちおち寝ても居られない精神状態に陥ったりしている。

もこっ、と盛り上がった地面の穴から顔を出した蟻ん娘達は次々に踏んづけられていく。


良い見本が回りに良い影響を与えるように、悪い見本もまた伝染するのだ。

子供の躾から政治まで。

それは変わらぬ人の業である。


「もう嫌だ……休暇に来た筈なのに……」

「……先生。私の胸で泣くといい」

「兄ちゃ。お父さんの休暇なんてこんなもんだよー」


そして、業と言えばこの男の業も深い。

体よく休もうとしていたカルマはかえって疲れる一方である。

何とも皮肉な話であった。


「カルマ君!大変、はーちゃんがジェットコースターってのに轢かれたって!」

「総帥。グスタフ様がお化け屋敷のお化けを斬ったと通報が……じ、従業員が重体です……」

「いっそ、ころせ……」


しかし。カルマの受難はそれにとどまらない。

そうこうしている間にも、問題の根と輪はどんどん広がっていく。


「大変なのですよー。パレードに混ざって同じ顔の子が一杯歩いてるって大騒ぎなのですよー」

「……アリシアちゃん達?」


「なんだと!?……と言うかハニークイン。お前は遊ばなくていいのか」

「ふっ。クイーンや魔王様が遊び呆ける今、ハニークインちゃんしか頼れる物は居ないのですよー?」


問題を起こすもの。

問題解決しようと更に被害を増やすもの。

そしてただのお馬鹿さん。


「……アリシアちゃん。パレードの人たちはお仕事。邪魔は駄目」

「あい、まむ。です」

「しまったなのですよー、見せ場取られたのですよー!?」


ともかく普通のお子様達に混ざるには、このクリーチャーと超人軍団は少々法外すぎるようだ。

普段は相当に気を使って生きているのだが、ちょっと羽目を外すとこのざまである。

もしくは、普段どれだけストレス溜まっているんだ?と言う話なのかもしれないが。


「足漕ぎ式モノレールであります」

「前のが遅いであります」

「あ、またぶつかった。です」

「……まえのこ、ないてる、です。かわいそうだから、もっと、ゆっくり、です」

「やっぱり、普通の人間じゃ相手にならないよねー……ゆっくりじゃつまんないけど仕方無いよー」


「こーひー、かあああああっぷ!です!」

「よし!姉どももっと回せ!もっと早くだ!」

「姉上。回しすぎで何人か遠心力に負けて吹き飛んでいるのですが宜しいのですか?」

「あたしは何処に飛んでくのでありますかアアアアアッ!?」

「にゃあああああああっ!?です!?」


しかし、


「おサルの電車でありまーーーす!」

「しゅーしゅーぽっぽ、です」

「やっほい、であります」

「おどるです。それ」

「あ、それ、それ、それ、であります」


本当に、


「お前らなあ……一つ言わせて貰う!」

「……屋根で遊んじゃ、周りの迷惑」

「駄目だよそれじゃあ!もう二度と連れて来て貰えなくなっちゃうよ!?」

「羽目を外すのもそれ位にして下さい。直すのはあなた達自身なんですよ……」

「「「……ええええええっ?」」」


これは、ひどい。

特に普通に遊んでいる個体が殆ど居ない所が酷い。


とは言え、生まれて初めて客として入る遊園地。

羽目を外したいのも判らないでもない。

……ただ、脱線具合が洒落にならないだけで。


挙句に既存の乗り物に飽きてきたのだろうか?

最後には、


「やほーい、です」

「ぶぉんぶぉんぶぉん!であります」

「「「「きゃっきゃっきゃ!」」」」


「何をやってるんだあれは……」

「えーと総帥。なんでもゴーカートごっこ、だそうですが」

「アリスちゃん達が車になって迷惑かけた普通の子達を肩車して走ってるんだってさカルマ君」


己自身が遊具と化している始末。

……しかも速い。

遊園地の外れを占拠してレースゲームを展開し、

挙句に横で賭博が始まるほどだ。


「楽しいのか?あれ」

「……楽しそう」

「総帥、本人達が納得しているのなら宜しいのではないでしょうか?」

「ううん、流石に普通の家族連れは迷惑してたと思う。あれはせめてものお詫びだと思うよ僕は」

「半分当たりなのですよー。お詫びではあるけど本人もノリノリなのですよー?」


ただ一つだけ言えること。

まさに蟻ん娘恐るべし、である。


……。


そして初日の夜。

普通のホテルでは周りの宿泊客にどんな迷惑がかかるか判らないため、

地竜グランシェイクを呼んで背中の城に宿泊する事に。


「それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」

「美味いぞ!父、母、美味いぞ!」


ところで旅先での夜の楽しみといえば?

そう、食事である。


「あ、のこしたです?じゃあ、にんじんもらう、です」

「ちょっ!?ニンジンのグラッゼは後で食べようとしておったのだが!?」


「じゃあこっちはあたしが頂くであります!」

「ノオオオッ!?それは肉団子の餡かけ!やめろ!やめてたもれ!わらわのオカズを持って行くな!」

「ご安心を姉上!代わりを周囲から集めておきました!」

「いや、あたしらの、とるな、です」

「なんで取ってないあたし等のを代わりに持ってくであります?」

「……ぐーちゃん、冗談は兜だけにしてねー?」


食卓には所狭しと料理が並べられ、

そして所狭しと子供達がひしめいている。

……カルマと一緒のご飯は譲れないとの事だ。


「いえ、姉上方は一にして全ですから。連帯責任と言う奴です」

「ぐーちゃん……それはちがう。です!」

「お肉返せであります!」

「ロード集結!ぶん殴るよー!……殺されない程度に」


だが、そこでもひと悶着。

最初は可愛げのあるオカズの取り合いだったのだが、


「どくないふ、ずぶっ!です!」

「効きませんよ」


「すこーーーーーっぷ!……折れたでありますっ!」

「無駄です」

「グスタフ……化け物かお前は」

「はーちゃんが言っても説得力無いと思うなー。あ、あたしらもかー……」


やっぱり混沌とした事に。

ナイフが飛び、スコップが唸る。

……どう考えても食事風景とは思えない。

まあ、そんな事普段ではありえないのだが、

明らかに旅先と言う事で羽目を外しているのだ。


……突然ドアが開いた。


「そっちのあたし。じかん、です」

「交代であります!」


どうやら二匹ほど休暇時間の切れた個体が居るようだ。

代わりに休みに入る二匹が目を血走らせながら飛び込んできた。

……時計を指差しているという事はどうやら時間超過が起きたらしい。

普段は裏でこっそりと入れ替わるのだが、周りは身内のみ。

業を煮やして飛び込んで来たと言う訳だ。


「えー!?ごはん、まだ……です」

「ちょっと待ってでありま、ちょ!?もう少し待つでありますーーっ!」


しかし、何処かわざとらしく抵抗する二匹。


「いや、です」

「さっさと交代でありますよ。じゃあこれ、お掃除用具であります」

「「にゃああああああっ……」」


しかし、怒れる交代要員は止まらない。

今までオカズを取り合っていた内の二匹が連れ出され、

代わりのアリシア&アリスが席に着いた。

そして空っぽの皿に寂しそうにフォークで突付くと、

じーっとルンを見つめ、涙目で訴える。

……そして、場を治める"たった一つの冴えたやり方"を披露したのである。


「「ねえちゃ!……とりあえず、おかわり」」

「……ん」


その言葉を受けてルンが厨房から鍋を持ってくる。

ゴロゴロとお皿に転がされる沢山の肉団子。

湯気のたっぷりあがるそれをはむはむと口にするニ匹……。


今の今までテーブルの上で取っ組み合っていた数十匹の蟻ん娘+αだが、

これを見てピタリと停止。

そして一斉に自分の皿を突き出した!


「「「「「ねえちゃ!おかわり、です!」」」」」

「「「「「おかわり三人前下さいであります!」」」」」

「母!わらわにも!」

「あたしもお代わり欲しいよー!」

「……いえ、姉上……このパターンは……」


そして、それに対し笑顔で応えるルン。

ただし。


「ルン、余りやりすぎるなよ……」

「ルンちゃん。お手柔らかにね?」

「ルーンハイムさん?たまの休日でアリサ様たちも子供らしくしている、そこは考えてくださいね」

「馬鹿ですよー。お馬鹿さんですよー」


場の空気は氷点下まで下がっていたが。


「……ルン姉ちゃ……?」

「やばい、です」

「あははははははは、であります」

「覚悟しましょう。大丈夫、骨一本くらいで済むはずです。多分」


鍋をメイドコンビに託し、無表情&瞳孔全開コンボで迫るルン。

そして怯えるお子様達。

そう、ここに今、阿鼻叫喚の地獄絵図が現出しようとしていたのだ。


まあ、とりあえず一言。

食卓で騒いではいけません。


「……お仕置き」

「「「にゃああああああっ!?です!」」」

「「「ねえちゃ!?ま、待つであります」」」

「逃げるだけ無駄か……ただ、硬化し強力を加えた腕が複雑骨折するまで引っぱたくのは勘弁だな……」

「歯を食いしばればそんなに痛く無いですよ姉上?僕も反省せねば。羽目を外しすぎましたからね」

「……それで済むのってぐーちゃんだけだよー。あ、そこのあたし、か、影武者宜しく!じゃ!」

「ええええええええっ!?あ、あい、まむ。アリサ……ひどい、です……にゃぁぁぁ……」

「アリサが逃げたであります!でもそれを庇うのがあたし等のあり方であります!」


さもなくば、流血の惨事が巻き起こる可能性があります。

……よい子も良い大人も決して真似しないで下さい。

ルン……即ち第一王妃の腕が鞭のようにしなり、

明らかに折れたような音を毎回立てながら、逃げる蟻ん娘達に叩き付けられて行く。

そんな物、誰だって見たい訳が無いのだから。


「い、今"メキョ"って音がしなかったか!?駄目だ母!止めてたもれ!?」

「……どうして、ご飯を粗末にするの……?」

「もんだいにしてるの……そこ、です!?」

「あぎゃらぱぱぱぱぱぱぱ……でありま、す……がくっ」


まあ……、


「しぎゃああああああっ!?母、痛い、痛い!やめて、やめてたもれ!」

「あう、あう、あう……です……」

「…………口から泡、吐くであります……ぶくぶく」

「姉上!?アリス姉上!?返事を、返事をしてください!?」

「こ、これは掃除が大変なのですよー……食堂が血みどろの大惨事なのですよー……」


「ルンちゃん……幾ら何でも自分の折れた腕の骨が肌を突き破るほどに引っぱたかなくても……」

「……駄目。この子達はまっとうに育てる。お母様の二の舞は駄目。絶対」

「気持ちは痛いほど判るが……それぐらいにしとけ、ルン」


絶対に、

真似は出来ないだろうが……。


……。


さて、流血の惨事となった食卓だが、お仕置きが終わればまた普通の?食事風景が戻ってくる。


「くちのなか、きれてる、です……でも、うまー、うまー……ぜったい、のこさない、です」

「骨が折れた?痣が出来た!?それぐらいであたし等の食欲を押さえられはしないであります!」

「姉ちゃは、ズルを……許さないんだよー……痛!うまー、痛!?うまー……今度はしないよー……」


「お前ら。飯の為とは言え……壮絶すぎるわっ!見てるこっちが痛くなるわああああっ!」

「姉上!?これ以上ルン母上を怒らせてはいけません!」

「二人ともなんで無事なのか判らないのですよー?皆以上に引っぱたかれていた筈なのですよー?」


「どいつもこいつも羽目外しまくってるな……」

「て言うかさ、ルンちゃんは大丈夫なの?骨が折れて腕から突き出してたよね確か」

「……何の問題も無い。皆が真っ直ぐ育ってくれればそれでいい」

「何時もの事とは言え、おねーさんの百叩きは壮絶なのですよー……」

「ルーンハイムさん。薬をどうぞ……総帥はお酒のお代わりいかがですか?」


窓から見える遊園地の夜景。

閉園して月明かりに照らし出された観覧車が何処か幻想的な光景を……。


「やっほい、です」

「わーい。高いでありまーす!」

「よいしょ、よいしょ、です」

「天辺取ったであります!」


……幻想的な、と言うかなんと言うか。

旗持ったお子様が観覧車の外側をよじ登っているというか。

それを見たカルマは目元をニ~三回押さえてアリサを呼んだ。


「アリサ」

「兄ちゃ。どうしたのー?」


「あそこの四匹。三日間おやつ抜きな」

「……はーい」

「「「「ががーーーーん!」」」」


そして死刑宣告のような何かを告げられた四匹は、

もんどりうって観覧車からぽろぽろと転げ落ちていたりする。


「頭痛え……俺は休暇でここに来たんじゃなかったのか?」

「総帥。子供達を引き連れて休暇に来た以上、こうなる事は目に見えていたのでは?」

「あー、うあー、きゃっ、きゃっ!」


今回の遊園地二泊三日旅行は家族には好評である。

それは間違いない。

ただカルマの行動で失策だったのは、普段何だかんだで大人びている蟻ん娘達が、

休暇の名の下に遊び呆けるとどうなるかを良く考えていなかったという事。

そして。休日に遊園地に来たお父さんと言う存在が本当に休めると思ってしまった事だろう。


余談ではあるがおやつ抜き宣言の後、

闇の中の各アトラクションにたかっていた謎の生命体が多数一気に姿を消していたりする。

そしてつなぎを着て再び現れたその生命体はこう言ったのである。


「あはははははは!整備員であります」

「こわれたゆうぐ、なおすです……あそんでたんじゃ、ないです。ほんとう、です!……たぶん」

「頑張れあたし等ー♪るるるるるんねえちゃー♪遊んでなんか、居ないで、ありまーす♪」

「冷や汗じゃ無いであります!労働由来のあぶら汗であります!本当であります!あはははは!」


アリサが"あちゃー"のポーズ。

カルマは"がっくり"のポーズ。

兎も角飯を食い終わったカルマは徒労感を胸に深い溜息をつくのであった。


ただ流石に今日、これ以上子供達が問題を起こす事も無いだろうと思われた。

これでゆっくり眠れる。

それだけがカルマの救いだったに違いない。


「もういい、歯を磨いたら俺は寝る……」

「……ん」

「そうだね。うん、そうしよう!」

「では、寝室の準備をしましょう……グスタフ様、クレアを宜しくお願いします」


そして。


「では皆さんお休みなさい。さあ、クレアも言ってみて下さい?」

「あ、うー?」

「赤ん坊がわかる訳無かろう。では父、お休み……休めればいいな」


「あはは、ハニークインちゃんの休暇は一日なのですよー。今から帰りなのですよー、ちくしょー」

「「「あたしらも、です……あしたは、べつなあたしら、くる、です」」」

「「「にいちゃ、明日も他のあたし等を宜しくであります!」」」


夜はふける。


「おい。何故鍵を閉める!?」


「……家族サービスはまだ終わってない」

「まあ、たまには僕らにも構えって事だねカルマ君?覚悟はいいかな?」

「別に何をして欲しい訳ではありません、たまには愛情を確かめたいだけなんですよ総帥……ふふ」

「何ですとおおおおおおおっ!?」


ふけていく……色々と。

ただし、カルマがゆっくりと休めたかどうかは定かではなかったりするが……。


……。


翌日、二日目の朝が来た。

グランシェイクからカルマ一家ご一行様が飛び出していく。


「……お、は、よう……」

「……おはよう、皆。今日も一杯遊んで来るといい」

「うーん!いい朝だね」

「そうですね。本当にいい天気です」


「って、兄ちゃーーーーーーーっ!?」

「「「これは、ひどい。です」」」

「「「一日で何キロ痩せたでありますか!?」」」


皆、元気満タンでグランシェイクの背中から飛び出していく。

……唯一人を除いて。


「これで文句を言ったら罰が当たるよな、うん……あ、眩暈が……」

「ちょ!?父?隕石を素手で受け止める男が何をそんなに追い詰められておるのだ!?」

「あの後父上に一体何が……」


そんな事は気にしてはいけない。

まあ余りしつこい場合、ルンの視線が冷たくなって行くので、

気が付いた者から黙る故に彼らの間では特に問題になりはしないのだが。


「そんな事より、今日は何処行くでありますか?」

「しゃとるるーぷ、です」

「ばんじーじゃんぷ、するです」

「いちにちじゅう、おかしやさんのまえでよだれたらしてる、です……あたし、お菓子抜き、です……」

「オーナーの一族が営業妨害してどうするでありますか……」


ともかく、子供達は今日も元気一杯なのであった。


「……今日は寝れるかな……」

「……諦めた方、いいかも」


大人は兎も角として。


「カルマ君!植え込み迷路に穴を掘ったアリサちゃんが居るって従業員さんからクレームが!」

「総帥……英雄劇場(ヒーローショー)に"です"口調の謎の乱入者が湧いていると通報が!?」

「おにーさん大変なのですよー!本国でクイーンの部下どもがストライキを起こしたのですよーっ!」

「「「あたしらも、あそびたい、です!」」」

「「「厳密に言えば、にいちゃに構って欲しいであります!」」」

「……その気持ち、判る」


「のあああああああああっ!?何だってーーーーーッ!?」


合唱。


……。


ついでに言えば、そのままの勢いで二泊三日の全日程を終え、

疲労困憊してふらつきながら城に戻ったカルマに一つオチがついたりしている。


「では溜まった分の書類を片付けましょうか?ハイ」

「主殿。各国代表との会見スケジュールも詰まっております」

「アニキ!軍の連中が訓練の視察をして欲しいって五月蝿いっすよ。一度顔出して欲しいっす!」

「すべらああああああああっ!?」


休日の翌日は仕事。

つまりこれは当たり前の結末である。

楽をしようとして却ってキツイ事になる。

策士策に溺れるのいい見本となったのであった。

……めでたしめでたし。


「めでたくなーーーーーいっ!」

「……にいちゃ!だめ、です」

「あたし等を全力で愛でるであります!」


教訓のようなもの。

休日のお父さんは大抵疲れているものです。

これを読んでいる中に良い子達が居たとして、

もし、たまの休みに折角遊園地に行ったにも拘らず芝生で寝てばかりいるお父さんが居たとしても、

温かい目で見守ってあげてくださいね。

きっとそのお父さん達は疲れ果てているんです。


そして特に忙しい毎日を送っているお父さん達にとって、

休日の昼間は貴重な休憩時間なんです……たとえそれが行楽地だったとしても。

その場所まで長い距離、自家用車を運転していたのだとしたらなおの事です。


……彼らはこの腐れた不況の中、家族を養う為に身を削って働いている……筈、ですから。

次の日もまたお仕事なのに家族の為に身を削ってるんですから。

だから本当に……大事にしてあげてください。

いや、まじで。


……。


≪二泊三日旅行終了の翌日≫


「……まあ、何にせよお疲れ様だ父。大変だったな?」

「それについて労ってくれるのはお前だけだハイム……」


夜の帳の下りた月明かりに照らされる首都アクアリウムの屋上。

中央の巨大噴水から水が噴出すその脇でベンチに並んで座り、

月夜を見ながらポテトチップを頬張る、とある親子の姿があった。


「うむ。泣くな父。まあ、実際わらわも千年生きておる。父の辛さもわかるのだ」

「その割りに童心全開で突っ走ってなかったかお前も?」


「そうか?まあ、気にしないでたもれ?」

「気にするわ!お前が壊したジェットコースター、幾らすると思ってるんだ!?羽目外しすぎだ!」


ハイムは塩味の聞いた芋の揚げ物をポリポリとかじりながらにんまりと笑う。


「はっはっは。千年生きておっても子供として生きているのは初めてだ!羽目を外して何が悪い?」

「……そうだな……悪く無い。悪く無いぞハイム!子供なのは今の内だけだ、目一杯楽しんでおけ」


カルマはそれに応えてツインテールの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「うむ!……それにしても楽しいな。うん、毎日楽しいぞ」

「そうか。そりゃ何よりだ」


ベンチから飛び降りた小さな影が、月明かりに照らされながらくるりと一回転。

そして、月の陰になって表情が見えないように父親の前に立った。


「父。わらわは生まれて初めて誰かの子供になったと思う。今までの両親が愛してくれた事は無い」

「……それは親じゃない。お前を蔑ろにする親なんて親に数えるな」


「そうか?ならわらわの親は父と母だけになる。ああ、最初の親は少なくとも必要とはしてくれたな」

「……違うぞ」


その答えは予想外だったのだろう。

小さな影が不審げに揺れる。

それをぐい、と抱き寄せた父親はそのまま抱き上げた娘に対し言い聞かせるように口を開く。


「なに?製作者は親に入らんか?」

「そうじゃない。お前の母親は何人居る?」


「…………少なくとも三人」

「そうだ。皆家族だ……ルンだけじゃない。それに、だ」


カルマの目配せ。

……噴水の後ろでピクリと何かが動き……そして観念したように此方に寄って来た。


「ばれてしまいましたか。姉上?僕も、皆も姉上のこと、大好きですよ?」

「そう言う事だよ、はーちゃん」

「……ん」

「総帥はとっくにお気づきでしたか。姫様、精進が足りませんよ?」

「あう、あー?」


そして、更にその後方では、階段の下から押し寄せる人の波を押し止める影が多数。


「「「はいはい、今日はここまでにするであります!」」」

「「「きょう、これいじょうは、おじゃま、です」」」

「あたしも少し場違いな気がするからここで余計な野次馬をシャットアウトするよー!」


……本当に多数。

そりゃもう、うじゃうじゃと言う言葉がしっくり来るくらいに。


「何だあれは……」

「皆、お前の事を心配してるんだよ」

「いえ、仕事を放り出して急に消えた父上と姉上を捜索していた方々です」

「あのさ。えーと……ぐーちゃん。空気読もうよ、ね?」


娘を抱き上げたまま固まる父親と抱き上げられたまま固まる娘。

そして生暖かい家族の視線。

居たたまれなくなって、カルマがハイムを降ろした。

多分、ハイムに言いたい事は別にあったのだろうが、それどころではなくなってしまっている。


「うむ。では仕事に戻ろうか……何故子供が書類に埋もれねばならぬのか、とは言わんぞ父」

「ああ、そうだな。休憩はここまでだな」


何にせよ、仕事に戻らねばと階段に向けて走り出すハイム。

だが、突然立ち止まるとくるっと半回転した。


「そうだ。言い忘れる所だった」

「何をだ?」


そして、ぺこりとお辞儀をする。


「父、母達。そして弟妹よ。わらわの家族になってくれて、本当に……有難う御座います」

「…………はーちゃん……」

「何言ってるんだか。そんなの当たり前だろが馬鹿娘」

「こちらこそ、姉上が姉上で本当に有難う御座います!」

「うわ、先越されちゃったね。うん、はーちゃんは良い子だよ。本当に」

「同意見です。……ルーンハイムさん、感涙するのは良いですが涙は拭いて下さいね?ふふっ」

「あう?」


しん、と静まり返った屋上に、暖かな空気が広がる。


「な、何か恥ずかしいな。さあ戻るぞ!……なあ父?」

「ん?」


「……遊園地。また連れてってたもれ?」

「ったく、仕方ないなお前も……良い笑顔だよ全く」


王家と言う立場にありながら、その家族には強固な絆が存在する。

親は子を愛し、子はそれに応える。

当たり前でありながら、それを形に出来る家族がどれだけあるだろうか。


連れ立って家に戻っていくその家族。

彼らを月が優しく見守っていた……。





「「「計画通り!」」」




また遊園地に行ける。にいちゃに遊んで貰える!

と、ニヤリと笑う大量の蟻ん娘も、

当然、物凄く暖かな視線で見守っていたりするのだが。


「あれ?……俺もしかして自分の首絞めてないか?」

「きのせい、です」

「気のせいであります」

「気のせいだよー。次はもっと大勢で行くんだよー♪」


まあ、こうしてカルマは数ヶ月に一度、定期的に大群を率いて遊びに出かける事になったのである。

死ぬほど大変だが、家族は喜ぶから良しとせねばなあ。

そんな風に思うカルマなのであった。


こんどこそ、

めでたしめでたし。



幻想立志転生伝外伝

遊園地に行こう 終劇



[6980] 蛇足的エピローグと彼らのその後
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/08/10 14:03
幻想立志転生伝


***エピローグ及び彼らのその後***

~とある世界の終わりに~



≪聖竜教団聖都シバレリア・大聖堂にて≫

世界統一暦1999年多分7月。

カルマ達の時代から3000年の時が流れ……その世界は終わりを迎えようとしていた。


「神父さま……どうか我等をお救い下さい!」

「ああ、神様……」

「どうしてこうなっちまったんだ!?」


「……心を静めなさい。さすれば女神は必ずや我等をお救い下さります……」


最近急に増えたボロボロの信徒達を目の前にして、説教をする人影は、

神聖竜王教団、第369代大司教ゲン・リーシュギー。

彼はこの期に及んでさえ心にも無い奇麗事を自然に並べ立てられる自分に辟易としながらも、

これも聖職者の務めと割り切り、言葉を続けている。


「今から100年ほど前の危機に、女神ハイム様は敬虔な信徒を引き連れ、天に上られたといいます」

「今回も、その奇跡が起きると!?」

「おお、おお……!」


時を遡る事100年ほど前、世界は一度崩壊の危機に立たされていた。

世界が人の住める環境ではなくなりかけていたのだ。

だが、女神ハイムが天より降り立って世界を修復したのはVTRにすら残っている史実である。

そしてその際に女神は100年後のどうしようもない崩壊を予言し、

望む者は共に天の国へと連れて行ったと言う。


ただし、その数は決して多いものではなかった。

何故なら女神は、その時こうも言っていたのだ。


『今から行く地は、我が侭を言うと命すら危うい世界だ。……それでも構わぬか?』


と。その言葉に大半の人々は二の足を踏んだ。

どうせ100年後では自分は生きていない。だったら今を謳歌したい。

……その結果がこれだ。


「……さて、今日はここまでです。皆さん、心安らかに女神を待ちましょう……」

「「「「はい!」」」」


大司教ゲンは出来うる限りの笑みを浮かべ、大聖堂の奥へと戻っていく。

……周囲には寝袋が転がっていた。

二階、三階と階段を昇り、窓から外の世界を臨む。


「まさに、世界の終わりですか……」


異変が起きたのは一年ほど前からだ。まずは雨が全く降らなくなった。

いつしか黒雲が天を覆いつくし、海は荒々しくうねる。

大地に生える植物は無く、一面の荒地と化した地平の彼方に時折人影らしきものが見えるのみ。

度重なる大地震に人類文明はほぼ壊滅した。

この大聖堂も、かつて女神が暮らしていた城であるが故に無事であるに過ぎない。

……足元に見える僅かな緑は、

古代マナリア王国時代に生み出されたと言う"レントの聖樹"と呼ばれる歩く樹木。

今や彼らの枝に生る果実だけが頼みの綱だが、その聖なる木々もその数を減らす一方だという。

だがそれも当然。大地に落ちた種を芽吹かせる力を、最早大地は持っていないのだから……。


「まさか、私の存命中に世界の終わりが来てしまうとは……こうなると長生きも考えものですね……」


彼の大司教は長い髭をさすりながら首を振った。

そして何故自分が責任者をしている代で終わりが来てしまったのかと溜息をつく。


教皇や枢機卿といった上層部は100年前に女神と共に天へと昇ってしまい、

以来教団は半ばその運営を停止していた。

それが再び脚光を浴びたのは20年ほど前のこと。

滅びが見えてきた人類は再び神を求め始めたのだ。

この大司教も、当時自分の利権の為に天に行くのを拒んだ破戒僧の血筋でしかないのだ。


「……何を今更、のはずなのですがね……」


老人は窓から視線を外し、再び自室に向かって歩き始める。

その遥か下では食料を求める人々と樹木の警備兵との間で小競り合いが起きていた。

もしかしたら、彼はそれを視界に入れたくなかったのかも知れない。

神であればこの現状を打開できるのであろうか?

いや、この世界の神であればこう言うだろう。


『は?今更何を言っておる。わらわはもう知らん……この世界はもう、寿命だ』


と。

少なくとも、混乱の中もう細かい日時すら誰も判らなくなってしまったような現状の世界に明日がある、

などとは誰も思って居なかったが……。


……。


≪ てんごく(笑) ≫

さて、そんな阿鼻叫喚の世界を尻目に、と言うか眼下にして浮かぶ巨大建造物があった。

丸い円筒状をしていてあまりに巨大な無重力空間に浮かぶ……と、言えば大体お分かりになるだろう。

そう、所謂スペースコロニーと言う奴である。

もはやファンタジーでもなければ剣と魔法の世界ですらない気もするが、それを気にしてはいけない。


「今日あたり危なそうだな……これ以上の延命はもう無理か」

「そうでありますね魔王様。ま、この期に及んで残った連中に気を使う必要は無いのですよー?」

「そうだよー。はーちゃんとして気になるのはわかるけどさー」


まおーと蟻ん娘と蜂っ子と言うトリオが、

その中にそびえる屋敷の中で、山盛りの饅頭を平らげながら話をしていた。

……世界が滅びそうになった時に、世界の外に逃げようと作られたこの人工の大地は、

周辺別時空から集めた技術の集大成である。


世界が滅びるなら別な世界を作れば良いじゃないという考えの元作り出されたこの小さな世界では、

勝手に草花を摘む事すら許されていない。

かなりギリギリのバランスで組み上げられた生態系と環境を崩せば死あるのみなのだ。


「何にせよ、これ以上の受け入れは無理だな。奴等が来た場合を考えてたもれ?」

「絶対数年以内に採光用窓をぶち破る馬鹿が出るのですよー」

「自重できない奴は要らないよねー?」


……側近達の言葉を聞いてまおー様……女神ハイムは溜息をついた。


「お前らが言うな。8代目ハニークインに……」

「やっほい!はーちゃん、うちの次代女王は元気してるよねー?」

「あ、おかーさんだよー!?」


更に天井裏から降り立つ"姉"に辟易とした表情を見せる。

長い年月は様々な物を変えてきたがこれは数少ない変わらないものの一つだ。

当人としてはそこは変わって欲しいと願ってやまないのだが……。


「そのとおり、です」

「月面コロニーからこんにちはであります!」

「これはこれは二代目クイーンのおば様がたなのですよー。乙なのですよー」


長い年月が流れ、今ではリンカーネイト王国時代の仲間はハイムの他にこの三匹しか残っていない。

だが、それでも何一つ変わらぬ"姉"の姿。

自身も背が伸びた十代後半辺りからは何一つ変わらぬ姿を保っているが、そう言うレベルではない。

唯一変わったのは次世代の女王アリが生まれた事ぐらいか。


「む?姉どもか……どうした?」

「いやねー。流石に隠居生活は寂しくてさー。たまには一緒にお茶でも飲みたいなー……ってねー」

「はーちゃん。おちゃ、おごれ、です」

「お茶菓子はもって来たであります!」


魔王が静かにパチリと指を鳴らすと、周辺の空間が歪み、虚空より熱い緑茶が三人分現れた。

絶大な魔力は今も健在なようだ。

空中をふわふわと浮かぶ湯飲みは狙い違わず蟻ん娘達の手元に飛んで行く。


「ありがとねー。ズズズ……熱っ!?」

「にがい、です」

「甘いのを希望であります」


「贅沢言うなボケェっ!……まったく、姉どもは三千年経っても何一つ変わらんな」

「まあまあ、何時ものこみゅにけ~しょんなのですよー」

「おかーさん達の行動は気にしたら負けだよねー?」


「ま、確かにそうか……む?」

「あ、星が崩れて来たであります!」


その時、正体不明の振動が宇宙に浮かぶ巨大円筒に伝わってきた。

……本来なら3千年ほど前、父親であるカルマの時代に起きる筈だった大崩壊である。

魔王はその存在意義を果たす為、今まで必死にやって来ていた。

だが、それも限界に来ていたのである。

今や他の管理者達すら見放した彼の世界は、この日終わりを迎えるのだ。


「遂に、と言うべきか……それともここまでよくやったと思うべきか?」

「……あたしはよくやったと思うけどなー」

「おかーさん?」


感慨深げに呟く魔王の横で、かつてと寸分違わぬ姿の女王蟻が言う。

さらにその横では母蟻と全く同じ姿の三代目クイーンアント・クイーンがそれをじっと見つめている。


「父は、母は……わらわを褒めてくれるかな?」

「生きてたら、多分ねー」


かつての英雄は既にこの世のものではなく、

その存在を偲ぶ記念碑さえも、世界の崩壊に巻き込まれて消えようとしている。


「……こんな所においででしたか、女王陛下」

「あ。スケイルであります」


「守護隊隊長スケイル=レッドスケイル参上致しました……早く月面にお戻り下さい」

「えー、やだよー?」

「姉よ。さっさと帰っておけ……部屋の外にクゥラ家のタカ坊も待機してるようだぞ?」

「細かい事だけど村雨と呼んでください」


だが、そんな事はそれを尻目に出来る者達にとっては関係の無い事なのかもしれなかった。

……既に崩壊する世界の欠片を迎撃する為の準備も整っている。

少なくとも、こちらで生まれた若い世代にとっては故郷の世界の崩壊と言ってもピンとこないのだろう。


「はいはい……全く。故郷が今にも崩壊するというのに何なのだこのグダグダ感は?」

「ま、それもまた、あたし等らしさでありますよね……!?ごほごほっ!」

「アリサ!?」

「だ、大丈夫でありますか!?」


ただ、現実に生きているものの不調はすぐにピンと来たようだが……。


「あはははは、ちょっと咳き込んだであります」

「おかーさん、寿命はとうに過ぎてるし気をつけてよー?記憶継承も完全には済んでないんだよー?」

「……やはりか。タカ殿、陛下をお連れしろ!」

「了解。後自分の事は村雨と……」


その時だ。

天井に黒い穴が開き、その中から幼女が一人落ちてきたのは。

ぼたっと音を立て地面にめり込んだそれは、暫く足をじたばたさせた後ようやく穴から抜け出し、

無駄にびしっとポーズを決めた。


「……すたっ。三千年前からアルカナ参上!世界崩壊を見物しに来たお!」

「ぼたっ、という、おとが、したです」

「よりによって隔離都市物語を読んでないと誰だかさえわからない娘が来たのですよ!?」

「この忙しい最中に末妹だと!?おやつやるから帰れ馬鹿妹!……あ、これはクレアへの土産な」


その名はアルカナ。

カルマの四番目の子であり勇者マナの後継者と目される問題児な末っ子である。

二千九百年程前に寿命が尽きて死んでいるが、

今回はお子様時代の彼女が世界崩壊見物の為にやってきたのであった。


なお、必然性は全く無い。


「だお!とりあえず数時間したらおねーやんが魔法で引き上げてくれるからその時帰るお!」

「さすが、くーちゃん、です」

「召喚、送還術をそこまで使いこなすとは驚きであります。と知りつつも言ってみるテストであります」

「あーっ!あーちゃん!あーちゃんだよー!?って待って、まだ挨拶もしてないよー!?」

「陛下、もう肺が持ちません!」

「細かい事ですが危険なんで勝手にお連れします!」


そしてそんな異常事態を気にもかけずにご老体の蟻ん娘を容赦なく運んで行く側近集団。

……慣れているのか?


「折角来るから会いに来たのにー……待って!あーちゃんとはこれが今生の別れなんだよー!?」

「二千九百年前に今生の別れは済ませてるはずなのですよー?何言ってるのですよー?」

「「いそげっ!集中治療室、準備して待っていろ!」」


「にゃーーーーーっ!?」

「まって、です」

「あーあ、こうなるのは分かってたくせに、であります」


こうしてアリサはその場から運び出されていったのである。

最後に残った旧世代ロードの生き残り達は暢気に手を振っているが。


「ふう、全く騒がしい連中だ……」

「だお?ところで世界は何処なのら?」

「……言いにくいけど……とっくに壊れて無くなったのですよー」


ハニークインの台詞に口元をひくつかせながら魔王様が振り向くと、

確かに眼下に見えていた世界が一つボロボロと崩れ去った後だった。

物理法則自体がおかしくなっていたせいか、

世界、というか惑星自体が特に周囲に影響を与える事も無く消え去っていく。


「何だと?」

「魔王様達がドタバタしてるうちに……こう、ボロボロっと……なのですよー」

「……来た意味無いお……こうなったらハー姉やん!ご飯奢るお!おなか空いたお!だおだおだおっ!」


……かっちーん。

魔王様の脳裏で何かがブチリと切れた音がしたが、それに誰も気付かなかったのは幸か不幸か。


「ふ、ふふ……よかろう……存分に食らわせてやろうではないか馬鹿妹!」

「やっほいだお♪……ハー姉やん?なんでおじーやんの斧を構えるんだお?……だおぉぉぉっ!?」

「あちゃー。これはもうスプラッタでありますよ……」

「ま、すうふんでふっかつする、です。しんぱいむよう、です」


……こうして宇宙の片隅に斧で脳天をかち割られた幼女の叫びが轟く中、

一つの世界が何となーくgdgdの内に終わりを迎えたのである。

残った人々がどうなったかは知るよしも無いし、知る必要も無い。

ただ、彼らの終わりに相応しい終幕だった、とだけ言わせて貰う事にしよう。



幻想立志転生伝

エピローグ

完了



……。




さて、ここからは本編終了後のその後についてお話しよう。



<リンカーネイトの竜王 カルマ>

王国の、と言うよりそこに暮らす自分を慕う者達のために生涯働き続ける。

特訓に次ぐ特訓により最強の力を得るも、それを生かす機会には遂に恵まれなかった。

世界の管理者を配下に置いた後は故郷や別時空から様々な技術や物品を持ち込んでいる。

……ネットがやりたいと言うのがその主な理由だったが、

そのせいでこの世界は二十年程の間に現代に近い文明レベルを持つに至ってしまった。

享年60歳で死因は竜の心臓の枯渇による事実上の心臓停止。

どうやら自分の為に"我が子"を殺そうとは思わなかったらしい。

子供は人間型4人+αとドラゴン百数十頭。

結果的に全ての管理者を復活させると共にこの世を去った。

善人か悪人か、歴史化の中でもその評価が一定しない人物であり、

ドラマなどでの人物像も時代によりかなりのぶれが生じている。

ただ家族を何より大事にしていた事だけは疑う余地が無い。だって当の娘がそう言っているし……。


<誰よりも愛された狂妃 ルン>

常に夫を立て夫を愛し、そして狂的に夫に執着していた彼女は夫の死の翌日に死んだ。

カルマの厳命により自害こそ禁じられていたが、自然死だったので誰も何も言えなかったと言う。

10台半ば頃より狂気に取り付かれていたと言われるが、配下や家族からの評価は高く、

生涯彼女を追い落とそうとする者は遂に現れなかった。

なお、彼女の最大の功績は急造りの国家に尊い血筋と譜代の臣、

と言う成り上がり者には決して持ち得ない要素を持ち込んだ事。

後年の美化が最も激しい人物でもあり、後に伝説の賢婦人とも呼ばれた。


<傭兵王妃 アルシェ>

カルマの幼馴染であり、故郷の数少ない生き残り。

生んだ息子は文字通り最強の中の最強。

息子が王国を継いだ後は第一線を退き、カルマやルンの墓を守っていたと言う。

夫から貰った赤い外套を何より大事にしていて死の間際に息子に相続させたが、

息子は必要無かったせいかそれをさっさと部下への恩賞にしてしまったという。

なお、後世の歴史学者は彼女と傭兵王に血縁が無かった事を突き止めると大変驚いたらしい。


<王妃と言うより総帥の妻 ハピ>

交渉の場では引く事の無い粘り強いものを見せる彼女だが、その本質は控えめであった。

内心喜んではいたが、王妃に列せられる事が決まった時もかなり困惑していたらしい。

老境に至る時まで財務を預かり続けた。

サンドールの王家に連なる身だが、墓は極めて質素なものだったと言う。

後に見つかった彼女の墓には遺体の代わりに裏帳簿と愛用の算盤が収められていた。

自身の亡骸の行方は不明だが、リンカーネイト王家の墓にある公算が高いという。


<色んな意味で黒い黒幕 アリサ>

人のフリをして長い時を生き抜き、遂にその正体を隠し通した"伝説の黒幕"。

普通の人々が彼女の正体を知る頃には"だからどうした?"と言う雰囲気が出来上がっていたという。

決して表には出ず、控えめに。ただし実利は根こそぎ持って行く。を信条としていた。

趣味はB級グルメの食べ歩き。

何気に人類を絶滅から救っている偉大な虫けらである。


<はたらくあたしら アリシア>

クイーンアント族の労働力を統括する働き蟻のロード。沢山居るが一人扱い。

カルマが成功できた最大の要因は彼女達を味方につけた事なのは言うまでも無い。

やっぱり食欲魔人である事は間違いない。


<戦うあたしら アリス>

クイーンアント族の戦力を統括する兵隊蟻のロード。沢山居るが一人扱い。

後にその一匹が内務卿ルイスの嫁さんになった。

食う事に命を賭けたのは他の同族と一緒である。


<まおー様ここにあり ハイム>

伝説の"魔王"であり神聖教団の"女神"として世界の中心となる。

幾度と無く死と転生を繰り返していたが竜王の子として生まれたのを最後に殺される事は無くなった。

だが家族で唯一"寿命"から解き放たれた存在であったため世界崩壊までそれを見つめ続ける事となる。

家族の死後も世界の管理を続けていたが、限界を察知してアリサと協力し世界からの脱出計画を立案。

世界崩壊の数百年後に完全な異世界へ人々を脱出させた後、自らは故郷の跡地で機能停止を選択する。

必殺技は下の妹を超音速で敵陣目掛けて投げ飛ばす"超音速アルカナ"。


<物腰柔らかなれど覇王なり グスタフ>

父亡き後のリンカーネイトを治める。だが、甘すぎる政策は人々を堕落させ、増長させた。

後に厳格な反動政治に走るがそれはただいたずらに敵を増やすだけの結果に終わる。

老境に至ったある日、配下の反乱が現実味を帯びてくると、

信頼できる部隊を妹達の国に引渡し、わざと隙を作って反乱を起こさせる。

そしてそれを一人で壊滅させ、連合王国の解散を宣言すると悠々と歩いて国を出て行った。

その後、妻の故郷であるトレイディアで余生を過ごす。

なお彼の治世は法こそ厳しかったが彼は己にも厳しく統治自体は公平感のあるものだったという。

だが、人の心の機微が読めず、それが問題の根となった。

……名君か暗君か。後世の歴史家の間でも評価が分かれている。

ただ一つだけ。彼が去った後のリンカーネイトはただ滅びへの道をひた走ったのは事実である。

必殺技は末妹の脚を握り締め、光よりも早く敵に叩き付ける奥義"超光速アルカナ"であるが、

故郷で使う事は無く、それを使った世界はほぼ例外なく破滅していると言う。


<太陽の女王 クレア=パトラ>

民の熱狂的な支持の元サンドール女王に就任する。

人々を引き付ける異常なまでのカリスマを持って居たという。

だが一番有名なエピソードは従姉妹や妹との恋の鞘当……。

召喚術のエキスパートであり、

後世の召喚士のためにと被召喚物との関わり方やマナーを書いた書物を残している。

召喚契約制度の確立や、被召喚物の権利と義務などの法整備を行ったのも評価が高い。

サンドール第二期王政の礎を築いた偉大な女性である。

危険を察すると妹に盾となってもらう"アルカナバリア"を展開した。


<魔法王国の復活 アルカナ>

クレア=パトラに遅れる事10年、旧マナリア地方を継ぐべき彼女が生まれる。

ルンの第二子でありマナリア王家の血を最も強く引く事になった彼女は、

生まれながらにルーンハイム王国と名を変えた新生魔法王国の初代国王となる義務を負っていた。

性格は極めて暢気で歌うのが得意だったという。

趣味はまおー弄り。

反撃でよく殺されかけていたが寿命以外では死なない特異体質なので問題は無かったらしい。


<宰相王 ホルス>

カルマの事実上最初の家臣であり、実はサンドール王家の血を引いていた傑物。

奴隷剣闘士として名を馳せていたが、カルマの下に付いてからはむしろ後方での働きが目立つ。

物語開始時点でハピ以下4名の子供の父親でもあった。

奴隷から解放され王国を取り返すも自らが王となる気は無く、生涯王家の一家臣として生を全うした。

誰にでも礼儀正しい人格者、と伝えられる。

死後、祖国サンドールでは第二期王政の初代国王とされた。


<獅子将軍 レオ>

父ライオネルがカルマと事実上の義兄弟であった縁でレキ大公国建国時より仕える事となる。

と言う事になっているが、実は聖俗戦争当時からの生え抜きの部下である。

マナリアの名門リオンズフレアの出身で、後にリンカーネイトに分家を立ててその当主となる。

自身に指揮官としての才は無いと公言するも、率いた守護隊は後に不敗の最強部隊と謳われた。

色狂いであり20人の子が居たと伝えられる。特に長男が優秀であったらしい。

後にその長男はルーンハイム王国(旧マナリア)のリオンズフレア本家を継ぐ事となる。


<伝説の内務卿 ルイス>

元はマナリアの魔法学院院長だったが、何時の頃からかリンカーネイトに仕えるようになる。

内政面で多大な功績を残し、王からも一目置かれていた。

……でも筋金入りのロリコン。

後に功績が認められて王の妹を娶り、王家の一員となる。


<竜騎士 オド>

マナリア時代からのルーンハイム家家臣。当初は気取り屋な部分だけが目立つ男だったが、

レキ陥落時の失態より己を律する事を覚えて一皮剥けた。

聖印魔道竜騎士団を率いて戦い続け、晩年は全軍の指揮を任される事もあったという。


<老騎士 ジーヤ>

ルンが生まれるより前からルーンハイム家に仕えていた宿将でルーンハイム公自慢の魔道騎兵指揮官。

何時の頃からか自身の限界を感じ、別部隊を指揮する事になったオドの代わりの指揮官を育てた後引退。

それから程なくして死亡した。死因は老衰だが疲労により多少寿命が縮まって居た可能性があると言う。


<メイドコンビ モカ&ココア>

ルンと共にレキにやって来たメイドさん。生涯をルンの傍で生き、メイド長として生涯現役を貫いた。

両者共にレキ時代に結婚していて、後に子供達は各家の当主に一人づつ仕えるようになった。


<傭兵王 ビリー>

伝説に名高き五大勇者最後の生き残り。かつては不死身のビリーと呼ばれた。

実は人形のような存在なのだが本体であるタクトが生涯表に出ることが無かった為、

その事実が世に知られる事は無かった。

傭兵達の権利向上という命題は、傭兵達が各国に正式に仕える事になって行く事によって解決した。

かくして成すべき事をやり遂げた彼は、その後趣味で射的の店を開いたらしい。

孫であるグスタフが自慢で自慢で仕方なかったと言われている。

なお、彼の墓の隅からは正体不明の男女が惨殺死体で発掘されている。誰のものかは不明。


<狂信者トリオ ゲン リーシュ&ギー>

神聖教団教皇と枢機卿の子であるリーシュとギー、そして世話役のゲン司教の三人組。

サンドール占領下の大聖堂地下で隠れ暮らしていたが、限界が来た所でハイムに救われる。

その後は彼女の忠実な僕となり、神聖教団の復権を成し遂げた。

後に敵対していた商都の"竜の信徒"を取り込み教団名を"聖竜教団"と改める。

これは、信仰対象がいつの間にかある種同じものと言える様になった為であり、

勢力を失った竜の信徒の起死回生の巻き返し策でもあった。

その後は信仰対象が直接加護を与えてくれる稀有な教団として世界中に広まって行ったと言う。


<二代目結界山脈の火竜 ファイツー>

カルマが取り込んでいた竜の心臓から生まれた最初の竜であり、火竜ファイブレスの生まれ変わり。

幼竜の頃はルンが世話をしていたため彼女には一生頭が上がらなかった。

後に先代の敗北を高い能力に胡坐をかいていたためと判断し、己を鍛え上げるようになる。

結果先代の持ち得なかった飛行能力などを得て、先代以上の強力な竜に成長する。

竜王カルマをして"お前、その姿はもう竜の神じゃないか?"とまで言わしめた。

先述の聖竜教団の生けるご神体の一つ。

二度目の世界崩壊(2900年の時のもの)を食い止めた後、一族のあまりの被害に愕然とする。

もうこれ以上延命は不可能と判断した彼は仕事は終わったと宣言し、

同胞の生き残りを連れ異世界へと消えていった。


<四天王筆頭 アイブレス>

復活後、暫くはリンカーネイト王家のペットのような立場だったが、自我を取り戻すと同時に

管理者としての責務を果たすべく魔王の側近、魔王軍四天王筆頭として働き始める。

暑い夏は大嫌いだったようだが、周囲からは頼りにされていた。

2900年時の崩壊を食い止める為に力を使い果たし死亡。再び卵に戻る。


<風の竜 ウィンブレス>

建国時には数少ない"死んだ事の無い竜"の一頭で後に風のエンシェントと称される。

古参の管理者として長らく世を見守っていたが、寿命の無い筈の竜にも拘らず2000年ごろ突然死亡した。

死した後の心臓を調べると修復しようの無いほど破損していて、彼の過酷な半生を感じさせたという。

砕けた心臓はその後魔王ハインフォーティンが装身具として肌身離さず持ち歩く事になった。


<要塞竜 グランシェイク>

歩くだけで地震の起きる大地の竜にして背中に城を乗せた巨大な陸亀。

何時の頃からか全く動く事が無くなっていて、最後にはすっかり風景の一部と化していた。

世界最後の日に100年ぶりで起き出し、一声悲しそうに泣いた後世界と運命を共にしている。

彼自身が逃げる事を良しとしなかった為だが、同時に彼を逃がす術もまた無かったと言う。

リンカーネイト成立前から生きるエンシェント、その最後の一頭であった。


<正宗の異名を持つ ライブレス>

かつて竜の信徒に正宗様と呼ばれていたナーガタイプの竜。

古竜であるエンシェントクラスだがその知能は失われていて、生涯戻る事は無かったと言う。

2900年の崩壊時、アイブレスを庇うように力を使い果たし消滅。

彼女の場合心臓=卵すら残らなかった。


<リザードの族長 スケイル>

カルマの武術の師でもあるリザードロード。カルマが冒険者になった時点ではギルドに飼われていた。

後に新生した魔王軍にも参加したが、実は五大勇者が活躍していた当時からの魔王軍古参兵でもある。

その後老境に至って後進に道を譲り、緑鱗族だけではなくリザードマン全ての繁栄に力を尽くした。

リンカーネイト王国成立後は巨大塩田エンカナトリウムの領主もしている。


<鎧の巨人 オーガ>

この地では数少ない巨人族オーガの一員。彼等以上の力を持つ巨人族もいくつか存在したが、

魔王軍として戦ううち、人の手によって絶滅させられ、彼自身半ば見世物のような状態に陥った。

聖俗戦争の混乱の中、蟻ん娘の手引きでレキに逃れた彼は魔王の復活と共にその配下になる。

実はかつての魔王軍にも参加していて当時の事を知っていた。

それ故四天王に選ばれた事を誇りに思うと共に先人と比べた己の力不足を嘆いていたとも伝えられる。

もっとも、彼自身は喋れないので本当かどうかは定かではないが……。


<食料で資材で燃料で兵力 ガサガサ>

増え続けるうちに神聖な植物だと言われるようになり"レントの聖樹"の異名を賜る。

だが本人達はマイペースに今日も元気に繁茂している。


<最強ニワトリここにあり ハイラル&コホリン>

馬並みの巨体に脚力と毒、更に飛行能力を備え美味い卵をも提供するコケトリス一族の始祖。

彼らも繁栄を続け、この世界でもっともポピュラーな移動手段になる。

お陰でこの世界には自家用車が殆ど普及せず、

車両=戦闘用と言うイメージを持たれる様になってしまった。

なお……高速飛行時に異臭をばら撒くので道路交通法で通勤時間帯の飛行は禁じられている。


<やっと出番なのですよ ハニークイン>

かつて魔王に愛飲されていた"魔王の蜂蜜酒"を作れる唯一の種族の女王蜂。

でも、スズメバチの因子を取り込んだ蟻ん娘達には敵わず肩身が狭かったりする。

蜂の怪物だというと人間から忌避されるので姿形から判断し、妖精と名乗るようになった。

魔王軍の軍師を自称していたが、本当の軍師になるのには100年以上の時間が掛かっていたりする。


<シバレリア大公 スー>

勇者マナの義理の娘。つまりルンの義理の妹である。血の繋がりは無い。

……筈なのに容姿はそっくりだった。どこかで血が繋がっているらしい。

粘り強いの交渉の末ようやくカルマを諦めモーコ大公テムの元に嫁いだが、

その数年後、ハイムと異世界の魔王との間で戦端が開かれた際に戦死する。

ルンも大層悲しみ、残された一人娘はハイムが責任を持って育て上げたと言う。


<モーコ大公 テム=ズィン>

北方騎馬民族モーコの族長。ハイムはシバレリアの二代目皇帝を兼務する事になるのだが、

その際にモーコ大公として正式に配下に加わった。

巨大な後宮を持ち、レオ以上の子宝に恵まれていたという。

モーコ族自体はその後も先祖伝来の遊牧を続け衰退する事も無くあり続け、

2900年の崩壊の際に一族全員がハイムに従って空の新天地へと旅立っていった。


<商都の王 村正>

本名コジュー=ロウ=カタ=クウラ。商都トレイディアの大公の息子として生まれるも、

放蕩癖があり冒険者として生活していた。その際にカルマと出会う。

父の死や複数回の戦争と言う苦難の果てに領土を増やし、トレイディア大公国を王国とする事に成功、

商都中興の祖として国民や軍部から多大な支持を得るに至る。

マナリアのティア姫との結婚後は放蕩癖も収まり、政務に専心した。

不意打ちとは言え一度はカルマを討ち取った男でもある。


<伝説の凡愚 ボン=クゥラ男爵>

村正の叔父でありカルマの故郷カソの領主だった男。

名の通りボンクラであり、自身の治める土地を次々と滅ぼしている。

最終的には隣の大陸に得た領地を任されるもそこでも失敗、

海外植民地を失った責任を取らされる形で男爵位を追われる。

その後は経営していたカレー屋に専念し、経営の才能は(部下の邪魔にならない程度には)あったのか、

世界中に支店を持つ巨大外食産業を作り上げる事になる。

なお実は当てる気が無い限り百発百中と言うある意味神がかった弓の腕を誇っていた。


<最後のマナリア王 ティア>

様々な不運が重なり何年もの間氷漬けにされていたマナリアの姫君。

弟との和解後、攻め込んできた北の皇帝との戦いで皆を逃がすため殿となる。

……のだが運命の悪戯で逆に自分だけ生き延びてしまった。

期せずして最後のマナリア王となった彼女は、村正と結婚すると同時に王位を退き、

ここに古き魔法王国マナリアの滅亡が確定したのである。

無事長女を出産したものの、体に負担がかかり過ぎたらしく数年後に亡くなっている。


<初代獅子の男 ライオネル>

トレイディアの冒険者だが、かつてはマナリアで功を上げた一代の英雄であった。

だが魔法が使えないと言う理由で排斥され、遂には北の皇帝の配下としてマナリアを滅ぼす一因となる。

戦後、その際に生死不明になった実の娘の事に責任を感じて姿を消した。

後の歴史に全く姿を現さないので自殺したと思われがちだが、

伝えられる人柄からするとそれはありえないと論争が良く巻き起こる人物でもある。


<隻眼の公女 レン>

かつてルンを虐めていた彼女は帝国の猛攻をさり気なく生き延びた。

仲間を殺害された蟻ん娘に復讐の為片目を抉られた際、

代わりに埋め込まれた複眼の目玉に意識を半ば乗っ取られていて、

それからは商都へのスパイのような働きをしている。

周囲の者の手記などから判断するにさり気なく商都を裏から支える縁の下の力持ち的存在だったらしい。


<考えてみれば最良に近い身の振り方 ガルガン>

冒険者から酒場の親父に転進したガルガンさんだが、ノウハウがないせいか店をつぶしてしまう。

後にカルマの出資でかつて忘れられた灯台のあった場所に作られた街に新店舗をオープンさせる。

晩年商都にあった首吊り亭跡地を買い取り、聖俗戦争の戦没者慰霊碑を建てたらしい。

なお、後年彼の名は忘れ去られている。


<彼もまた生き恥を晒す男 ブルジョアスキーの副官>

本名セーヒン=バリゾーゴン。主君を失い、流れに流れてボンクラの下に付いていた男。

何だかんだで面倒見が良かったらしく、ボンクラとカレー屋を生涯支える事になった。

なお、ボンクラの下に付いた理由は上手く操縦して迫害されつつあった神聖教団信徒を守るため。

教団の復権後は、何だかんだで世話になったボンクラを見捨てられなかった為である。

……はっきり言って、ボンクラが生き延びたのは半ばこの男のお陰。それは。万人が認める所である。


<サンドール最後の宰相 イムセティ>

ホルスの四人居る子供の二人目でレキ大公国以来の家臣。ハピの弟の為外戚にも当たる。

アヌヴィス将軍と弟達と共に王不在のサンドールを守るが、

ハイムと共に異世界の魔王と戦い、戦死する。

その後サンドールの総督に就任し、姪が成人するまでの間のサンドールを任される。

その後は宰相として歴代のハラオ王に仕え、その滅亡まで宰相であり続けた。

……なお、この文面には矛盾があるようで、無い。


<寡黙なる闘将 アヌヴィス>

犬の仮面を被ったサンドールの将軍。リンカーネイト建国と時を同じくして配下に加わる。

物静かで殆ど喋らないが、代わりに任務に誠実な男であったという。

クレア=パトラ女王即位の辺りに現役を引退、その後は悠々自適な生涯を送ったと言う。


<砂漠の守護神 スピンクス>

後に量産されたがコストパフォーマンスが悪く、最後には象徴としての一機を除いて解体された。

そもそもキャラクタですらない。



以上。……長きに渡るご愛顧、まことに有難う御座いました!


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
4.4014408588409