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[6875] とある武具職人のVRMMO
Name: クラム・チャウダー◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/02/25 20:47
アイアンソードが売れた。
今日露店に並べた10本の中でも一番出来の良い物だった。武具作成スキルを極めた私でも100本に1本の出来だ。そこらのNPCが売っているものに比べて攻撃力と耐久力が1,3倍といえば誰にだって業物であることを理解してもらえるだろう。……自分で自分をほめるようで恥ずかしいのだが、ちょっと人に自慢したくなるほどの出来だったということで勘弁していただきたい。
……所詮、アイアンソードと言ってしまえばそれまでなのだが。

ところで購入してくれたのはいまどき珍しい、明らかに初心者とわかる可愛らしいお嬢さんだった。
いや、当然プレイヤーの実年齢はわからない。あくまで言動と初期装備の外見から判断したに過ぎない。
彼女は露店買いが初めてだったらしく、NPC売りとの性能差に驚きを通り越して戸惑っていた。
私に直接「こんなにも差があるのはなぜですか?」と尋ねてきたくらいだ。
あまりの初々しさに思わず笑ってしまった。
自作の装備品は作成者のプレイヤースキルによって性能が変わる、基本的に店売りよりも強いと教えてあげると彼女は「そうなんですか」と納得してお礼の言葉とともにお辞儀した。
少し大げさだと思ったが笑顔で言われて悪い気はしない。左頬に出来たえくぼが印象に残る笑顔だった。

――気付けば私は彼女とそのまま雑談していた。
聞けば初期装備のアイアンソードが壊れてしまったので買いに来たとのこと。
私は少し驚いた。
初期装備のアイアンソードは他の鉄製品に比べて耐久力が高めに設定されている上に、壊れる頃には別のもっと強い武器を使っているのが普通だからだ。
そのことを指摘すると彼女は恥ずかしそうに言った。
「道に迷ってしまって街に帰れなかったんです」
なるほど。私も初めたばかりのころに覚えがあった。
この『クレナシオン』はVRMMOである。それまでVRとまったく縁がなかった私はマップ表示の仕方がわからず、持ち前の方向音痴を発揮してしまったのだ。
そしてわけもわからずモンスターに囲まれて……。
最初の町への第一歩が「死に戻り」なのは私くらいだろう。
死に戻ると武器や防具は全てその場に落としてしまう。私は開始早々にステテコパンツ一丁で街中を歩く羽目になった。
その点、彼女はこうして町に辿り着いている。私に比べればずっと優秀である。
そう話すと彼女ははにかみながら否定した。

結局、彼女は並べた中で一番出来の悪い(それでも店売り品より性能は良い。ほんの少しだが)ものを手に取った。理由は値段である。
性能が良いものはそれなりに値が張る。
私の作ったアイアンソードも値段を一つ一つ変えて設定してあった。
一番出来の良いものは店売りの2倍の値段だ。彼女が手に取ったものは店売りと同額である。
正直、売れるとは思っていない。そもそもアイアンソードが売れない。
なぜなら前述の通り、アイアンソードを買いかえることなんてまずありえないからだ。
ぶっちゃければ需要が無い。
なぜ、そんなものを店頭に並べているかというと完全に趣味で作ったものを暇つぶしに並べていただけだ。そもそも売る気もなかったということである。
他においていためぼしい武器はすでに完売。これらのアイアンソードは絶賛売れ残り品。
このまま売れなければ全てNPCに売りに行くだけである。
まぁそれでも製作者としては、作ったからには誰かに使って欲しいという思いがある。
(関係ないが、プレイヤーが作った武器には製作者の名前が刻まれる。たまに街中やフィールドで私の名前が刻まれた武器を振るうプレイヤーを見かけると無上の喜びを感じる)
だから私は一番出来の良いものを彼女に同額で売ることにした。タダで渡しても良かったのだが、プロ(私はこのゲームを鍛冶屋のロールをして遊んでいる。本当に武具製作のプロというわけではない。リアルの私はしがないサラリーマンである)として対価を貰わないわけにはいかない。何より初心者に甘くしすぎてゲームバランスを崩すのも問題である。

彼女はなにやら慌てて遠慮したが、暇つぶしのお礼だと言って半ば無理やり渡した。
すると彼女は何度もお礼を述べながら町の外へ去っていった。

しばらくして彼女の名前を知らないことに気付いたが、客との会話なんてそんなものである。
私は残りの商品をすべてNPCに売り払うとログアウトボックスへと向かった。




本日の売り上げ

銀のジャイアントアクス 2k×1
シルバーランス     1,5k×2
シルバースピア     1k×2
ストームブリンガー   1M+世界樹の枝×1+オリハルコン×1
聖剣アナスタシア    2M+アダマンタイト×1
アイアンソード     50G×2+100G×1

計10本



[6875] 第二話 彼の目指すもの
Name: クラム・チャウダー◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/02/25 21:03
ギルドに誘われた。
そのとき、私はいつもの場所で露店を開いていたわけだが、彼は並べた自信作達には目もくれず、私の隣に座り込んできた。
そこでギルドに入らないかと切り出してきたのだ。彼の名はアルバートと言う。

私は武具職人として幸いなことにいくつかのお得意様を抱えているのだが、今回勧誘してきた相手もその中の一人である。彼のギルドは8人と言う少人数にも関わらずこのクレナシオンではかなり有名だ。
その理由はクレナシオンで月に一度、大規模な大会が開かれることにある。

戦闘職向けに開かれる三種類の大闘技会。
生産職向けに開かれる品評会。

この二つが月ごとに交互に行われ、彼のギルドはこのうちの大闘技会のチーム戦において常に優勝候補に名前があがる。
何故、そんな超実力派チームにしがない職人の私が勧誘されているのかと言われれば、ギルドマスターの彼とリアルで友人だからと言うほかない。
というか、私をクレナシオンに引っ張り込んだのが会社の同僚である彼だ。
最初のお得意様も彼で、実はこれまでも何度かギルドに誘われている。
いつも断っていたので最近は誘われなかったのだがどうしたのだろうか。
ともかく今回の返事もいつもどおりだった。
「ありがたい申し出だけど遠慮しとく。何度も誘ってもらって悪いけど」
「なぁ、別にリア友だからってわけじゃないと何度も言っているだろう?
 お前の腕が必要なんだ」
納得いかない様子で食い下がってきたアルバート。
人の良さそうな顔と戦闘時の勇ましさがギャップを産んでゲームでありながら大勢のファンが存在する男。
だが、今は変装のための目元に穴をあけた紙袋をかぶり、ステテコパンツのみの格好である。正直、隣に座って欲しくない。変態にしか見えない。
普段の装備は5種類の竜鱗で彩られた鎧と、魔術刻印が成された隕鉄とミスリルの合金製ハルバードという一目見て高レベルプレイヤーとわかるものだ。
ちなみに彼のハルバードは私の作品だ。(自慢したくなるほどの(以下略)
「頼むからギル専になってくれよ。募集かけてないって言っているのにギル専希望のメール出してくる奴が多すぎて困ってるんだ」
ギル専とは所属したギルド専門にアイテムを製作する生産職のことだ。低レベルではまず見かけないが、上位のギルドではほぼ確実にお抱えの職人がいる。
彼のギルドは有名どころにしては珍しいことにギル専のメンバーを抱えておらず(というか全員が戦闘職で生産スキル持ちが一人も居ない)その枠を狙う輩が多いらしい。
生産職にとって上位ギルドのギル専は一種の夢である。ギルドの名が売れている=自分の名が売れるということだからだ。
現実世界でいうとこのお抱えブランドというところだろうか。
ギル専の作品は基本的に一般には出回らないので、中にはそのギル専の生産品欲しさにギルド加入を申請するものがいるほどである。
よってアルバートのチームにギル専として誘われるのは武具職人としては光栄なのだが……。
「私の目的を知っているだろう? お前のギルドじゃあ方向性が違いすぎる」
「『僕の考えた最高の武器』だったか? そんな中学生が考えるようなもの目指してどうするんだよ」
「まぁ自分でもいまさら厨二病か、と思わなくも無いが……職人としては誰でも夢見ることだと思う。それにこの『クレナシオン』なら作れるかもしれないだろう?」

このクレナシオンに私が嵌ったのはその自由度の高さである。
といっても空が飛べるなどといった、行動の自由度ではない。むしろそのあたりは他のVRMMOとあまり変わらない。
このゲームの特徴は想像力がゲームに反映されるという特殊なゲームシステムを実装していることだ。
例えば剣を鍛えるときに、より具体的に想像しながら行うと通常より切れ味の良い武器が出来たりする。戦闘時もより具体的に自分の動きや流れをイメージしながら動くとクリティカルが出やすくなったり、威力が上がったりする。
もちろん、想像したとおりのものが出来るわけもなく、その辺はスキルレベルやそのときの状況、プレイヤーの想像力、そしてリアルラックなどによって変化する。
ぶっちゃけると通常は気持ち、想像したものに近い程度の効果しかない。
だがスキルを極め想像力を極限まで働かせれば極稀にだが、ユニークアイテムが出来たりするのだから侮れないのも確かなのだ。
元々VRはプレイヤーの脳に処理を任せているところがある。
それを応用した技術らしい。
「だから最高の素材を揃えて最高の技術で挑戦してみれば、もしかしたら出来るかもしれないだろ」
そのために戦闘スキルを完全に捨てたのだ。素材から完成まで全て自作する。最高の武器を作るために。
「たとえそうだとしてもまず無理だとおもうがなぁ。お前の求める最高の素材ってのはクレナシオンのことだろう?」
「それも素材候補の一つだが……」
「個人戦優勝商品の武器を鋳潰さないと手に入らない素材なんてどうやって手に入れるんだよ」
優勝商品の武器は大会時に使用禁止となるほどの性能を誇る武器だ。まず鋳潰すなんて考えられない。
もし、私がギル専になるとしたらそのギルドに個人戦で優勝できる実力者、それも武器を譲ってくれる奇特な人物がいるときである。
アルバートのギルド『夕暮れのクラシック』はチーム戦を目的としたギルドだ。
個々人の実力は高いがそれでも全員が個人戦では10~50位くらいの間をうろちょろしている。
徹底した役割分担と惚れ惚れするような戦術、何よりアルバートの統率力。それが彼らのギルドの真価である。そしてメンバー全員が個々の目標よりもチームの目標を優先するきらいがある。
ギルド自体はアットホームな雰囲気で仲が良いのだが、私の夢へは若干遠回りになりそうなのだ。
アルバートには教えていないが最高の武器を作るために、最高の使い手にも出会いたいと思っている。最高の動きを見ることで想像力を強化したいのだ。
よって入るならば個人線で優勝できるような実力のあるプレイヤーが所属していながら、ギル専の居ないギルドにしたい。そんな都合の良いことがそうそうあるわけないのだが。
「まぁ、なんとかするさ」
「なんとかねぇ。まぁ、気が変わったら教えてくれ。他のメンバーもお前なら歓迎するとさ」
「本当にありがたいね。申し訳なさで胸が苦しいよ」
「じゃあ入ってくれよ」
鼻息で紙袋を揺らしながら詰め寄ってくるのは止めて欲しい。
「それとこれとは別だ。ところで、話はそれだけか?」
「そうそう、新しい武器を頼みたいんだが」
「もう壊れたのか?」
あのハルバードは耐久性にも自信があったのだが。
「いや俺じゃなくて新しいメンバーのなんだが……」
……驚いた。ここ2年は同じ8人で続けてきた彼らに新メンバーが加わるとは。
「珍しいな。どんな人なんだい?」
「この間、千年樹海でチーム戦の練習をしていたら迷い込んできてな。町への帰り方がわからないっていうから助けてあげたんだが、なんかうちのチームの奴らと仲良くなってたんでそのまま加入してもらった」
「……本当か?」
「マジだ。で、そのギルドから加入祝いに武器を送ろうと思うんだが」
至極真剣な声音で返された。顔色は紙袋でわからない。
千年樹海を一人で歩いていたことはそれなりの実力者なのだろう。
が、それでもアルバートのアバウトさには呆れてしまう。が、その人の良さは好感が持てた。
「まぁいいか。で、何を使う人なんだい?」
「片手剣だな」
「剣か。盾は?」
「持ってないな」
ということは素早さ重視か。
「前使っていた武器は?」
素早さ重視でクリティカル狙いなら切れ味重視の武器。
手数で戦うのなら若干の攻撃力と耐久力を重視しなければならない。
どちらにしろ、軽い素材で作るべきだろう。
私があれこれと素材と出来上がりの武器の形を想像していると、アルバートの口から今日一番のサプライズが飛び出した。
「アイアンソードだ」
……。
「いや、冗談じゃないからな?」
よほど私の顔はゆがんでいたのだろう。焦ったようにアルバートが訴えてくるが私は到底信じられなかった。
「千年樹海で出会ったんだよな?」
「あ、あぁ」
「アイアンソードで?」
「あ、あぁ」
詰問口調で詰め寄ると、アルバートはしゃがんだまま後ずさりし始めた。
「そんなバカな」
千年樹海はアイアンソードで切り抜けられるような場所ではない。夕暮れのクラシックのメンバーならばソロでも十分探索できるが、アイアンソードでとなると流石に無理だ。というかそんな酔狂なことをする奴は居ない。居るとしたら死に戻り覚悟の裸装備で特攻する奴くらいだ。どれだけマゾなのか。
「その人はluckかAGI極振りなのかい?」
運が良いか、回避率が高ければ戦闘せずに逃げ回れるかもしれない。そう思って聞いたのだが……。
「いや。INT以外のバランスだと」
「それで戦える姿が想像できないんだが」
どう考えてもステータスの振り方を間違えている。普通、前衛戦闘職ならばAGI型かVIT型に別れる。STRに振るのは当たり前。よって防御面を選択するのだが、命中率に関係するDEXは必要最低限で抑えておくのが普通である。バランスよく伸ばすのも選択肢の一つではあるが、それにしたってAGIとVITの両方を伸ばすと言う意味である。
基本的にパーティプレイで役割分担が重要になるMMOでは自然とそういう極端なステータス振りになることは生産専門の私でも知っている。
要するに樹海という高レベルダンジョンをソロ探索なんて出来るわけがないステータスなのである。
「そうだな。実際に見てみないと信じられないよなぁ。俺もステータスを聞いたときは聞き間違いだと思ったし……あ、あとレベルは30な」
ますます、たちの悪いいたずらにしか思えなくなってきた。30なんてアルバートの半分以下だ。そんなレベルでのバランス型でどうすれば樹海を歩けるというのか。
「それが本当だとしたら私はどんな武器を作ればいいんだ……」
今まで特注品は要望が無ければそのプレイヤーの戦闘スタイルに合わせて作ってきた。
今回のようなケースは初めてだった。
まずバランス振りのせいで要求ステータスに引っかかり、装備できる武器に限られるだろう。
そもそもレベル制限にすら引っかかるかもしれない。
それ以前に30LVまでアイアンソードを使い続けるとはどういうことか。どれだけ修理を繰り返したんだ。
確かに30LVなら店売り品よりもカスタム品(プレイヤー製)を求めるようになり始めるころではあるが、それでも大抵は露店売りのもので済ます。だからそんな低レベル向けの特注は受けたことが無い。
何よりその戦い方が想像できないのでは方向性も決められない。
非常に迷惑な依頼だ。多分こんな難題を受けたのはクレナシオン中で私くらいではないだろうか。
「……実際に会ってみないとなんとも言えないな」
我ながら渋い顔をしていたと思う。けれど、心のどこかで難しい依頼にワクワクしている自分も居た。やはり職人として、プロとして、難題に挑戦したい気持ちがあるのも確かなのだ。
「そうか。明日ギルドのメンバーで狩に行くんだが彼女もくる。そのときに来てくれ」
「わかった。場所は?」
「漆黒の回廊」
アルバートがこともなく告げたダンジョンは明らかに30LVのプレイヤーが行くような場所ではないが、千年樹海に比べれば難易度は下だ。
私もいまさら驚かず頷いて返すと、彼は苦笑いしながら「まぁ、明日になればわかるさ」と言って去っていった。

その後もしばらく露店を続けていたが、客も来ず、なんだか気分が高揚しているのもあって、倉庫から適当にインゴットと木材を掴んでさまざまな武器を作った。
スキルは極めてあるが、ときおりこうして発注や店頭用以外に武器を作る。
システム的には関係ないが、腕を磨くというか、鈍らないようにするというか、なんだかそんな気がして剣をうつ。
このゲームはイメージが重要だ。迷信やジンクスももしかしたら効果があるかもしれない。
結果、出来上がった大量の武器の処分に困ることになるのだが、今日はなんだか気にならなかった。










本日の売り上げ

重撃のミスリルランス(魔術刻印あり)    30k×1
ヒヒイロカネ製ダブルポールアクス     25k×1
銅のサーベル               500G×1
メテオハンマー              10k×1

計4本



[6875] 第三話 彼女の戦い方
Name: クラム・チャウダー◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/05/15 02:51
待ち合わせに遅刻した。
会社で私の担当している新人のフォローをしていたら帰宅が遅くなってしまった。
などと言い訳はできない。
何故なら家に辿り着いたときはまだなんとか間に合う時間だったからだ。
遅刻の理由は私の手配ミスだ。前もって誰かに護衛を頼んでおくか、アルバートあたりに一緒に連れて行ってもらうのを忘れていた。

実は私のプレイヤーLVはアルバートよりも若干上だ。
戦闘せずとも素材の加工や武器の生産をすれば作成アイテムのランクに応じた経験値が手に入る。
特に生産職特有の二次スキル『大量生産』を使うと大変効率が良い。
一つあたりの経験値と質や成功率が少し下がるかわりに一度にたくさん作れるため、時間をかけずに稼げる。そのかわりスキルの上昇量は微々たる物だが。
だから、いつのまにかアルバートよりも上のレベルになっていたときはびっくりした。
この方法にも難点はある。
特にスキルレベルが低いときに行うと失敗作や劣悪品が大量に出来てしまい、返って損をする。何より金がかかる。

私がLVがアルバートより高いにも関わらず漆黒の回廊まで一人で行けないのは、ステ振りにある。
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このように私のステータスは恐ろしく偏っている。
まず一番高いステータスがDEXの時点で戦闘には向かないことがわかっていただけると思う。
生産スキルの多くはその成功率をスキルレベルとDEXの値で求める。
さらに高品質品やユニークの発生率にはLUCが関わっているという噂がある。
そして荷物の持ち運びに少しばかりのSTRが必要なのでこのようなステータスになった。
おかげで防御力は皆無だ。STRもさほど高くないので装備品も限られる。
ステータスも装備も微妙。戦闘スキルも無い。
そんな有様なのでいつも遠出するときは誰かしらに護衛を頼むのだが、今回はそのことを完全に失念していた。
何がプロだ。こんな当たり前のことを忘れるなんて。
結局、私はアルバートへ迎えに来てもらえるようにメールを送った。
ニヤニヤしながら私に向かってくる彼の顔を見つけたときはあまりの不甲斐なさに死にたくなった。


道すがら遅れた理由を説明させられていたら、なぜか仕事の話になった。
アルバートは商品企画の人間で私は営業の人間だが、商品を売り込む人間がその商品を知らないのでは話にならないので彼とは顔を合わす機会が多い。
その縁でクレナシオンに誘われたわけだが、最近は彼も私も新人の担当になったことでよく話をしていた。
互いに初めて新人の面倒を見る立場となったので通じるところがあると言うかなんというか。
要するに新人に対する愚痴なのだが。
やれ敬語が出来ない奴が多いだの、あいつが自分の担当じゃなくて良かっただの、イエスばっかりで主体性がないだの、安請負しすぎて自分の仕事が終わらず残業している新人を見ていられずに、手伝って残業してしまっただの。
そんな内容が主だ。
ここまで全てアルバートの発言である。酷いことを言いつつもなんだかんだ面倒見が良い奴だ。
「お前はなんかないの?」
「私の担当の子は優秀だからなぁ」
オークソルジャーに追いかけられながら返す。
幸いなことに私の担当している新人は一人だけで非常に真面目だった。
「強いて言えば真面目すぎて断られるたびに落ち込むことくらいかな。それも最近は少なくなってきたし」
新人のうちはクレームや断られるストレスをうまく処理できずに悩むことが多いものだ。
なのだが、彼女はその解決方法も最近見つけたようだった。
本当に優秀すぎて私のやることが無い。
「でも今日は新人のフォローしてて遅れたんだろ?」
話しながら自慢のハルバードで群がるオーク共を吹き飛ばしている。
たった一払いで吹き飛んだオーク全てが消滅した。
「そんなにたいしたことじゃないよ」
オークの棍棒を巨匠のハンマーで弾き返しながら答える。腕が痺れた。豚はなおもしつこく迫ってくる。なんだこの差は。
「いや、でもお前が約束に遅れるなんて珍しいじゃないか」
のんびりとドロップ品を拾い集めながら聞いてくるアルバート。
「まぁ、なっ! ふんっ」
オークの棍棒を転がり避ける。耳元を掠める風切り音が心臓に悪い。

――基本的に優秀な彼女だが唯一クロージングが苦手だ。焦ってしまい、それで契約を断られることも多かった。
今日もそのことで営業先から逆に彼女を心配するメールを頂いたのだ。
その営業先には私がお礼のメールを送り、後日彼女自身にお礼のメールと菓子折りを持たせるつもりだ。
その営業先は彼女のことを気に入ってくれたようなので次に営業をかけるときも彼女が担当してもらうことになるだろう。おそらくだが次は上手くいくだろう。
ともかく彼女を呼び出し、何か仕事に関して悩みは無いかと話を聞いた。
「焦ってしまって……」と言い出したのでメールのことを話した。
契約も大事だが相手に好感を持ってもらうことのほうが重要だ。もっと自信を持って行こう、などと言っていたら待ち合わせギリギリになってしまったのだ。
彼女は真剣な顔で頷いていたので何の心配も無い。というか、余計なおせっかいだったかもしれない。
「先輩してるねぇ」
「お前ほどじゃないさ。それより早くこいつをなんとかしてくれ。あいにく豚は趣味じゃないんだ」
私に飛びかかろうとしたオークが「ほいさ」という言葉と共に消し飛んだ。

そうこう話しながらモンスターを蹴散らし(主にアルバートが)、逃げ回っている(主に私が)と漆黒の回廊についた。奴はピンピン。私はボロボロ。これが格差社会か。



さて。
漆黒の回廊は私が拠点にしているダーレスの城下町から東へ行き、ワルツ草原とキモモの森を抜けたところにある。
漆黒の回廊は黒い石柱が並ぶ一本道のダンジョンだ。ここを進むとバールン寺社というダンジョンへと行ける。
ここまでの道のりで私が一人で出歩けるのは草原だけといえば私の戦闘力の無さが(以下略

回廊の入り口にはすでにメンバーが集まっていた。
何度かあったことのある夕暮れのメンバーが二人に奇妙な格好のプレイヤーが一人。
「遅れて申し訳ありません。入用のときは格安で承りますので」
私はまず遅れてしまったことを詫びた。こういうとき生産職は便利だと思う。
「ホント!? やった~♪」
わざわざ♪のエモーション付きで返してくれたのは夕暮れの後衛補助担当ミカンさん。
とんがり帽子に箒といかにも魔女といった感じの格好ながら、なぜか光属性魔法やパーティのステータス補助魔法を唱える人だ。
明るくフランクな人なのでチームのムードメイカーでもある、とはアルバートの評価。
私にとってはお得意様の一人である。
後衛魔法職の彼女が私のお得意様というのは不思議に思われるかもしれないが、私は最高の武器を作るために宝石細工や魔術刻印のスキルを上げてある。そのため補助効果の高いアクセサリーなどをたまに依頼されるのだ。
「いいってギルさん。仕事だろ? しかたないさ。リアルで忙しいのにゲームでまで急かすようなことはしないよ。でも値引きはよろしく」
のんびりとした口調でこたえてくれたのはスーダラさん。心の中でお気遣いの紳士と呼ばせてもらっている。本人には内緒で。
基本的にのんびりとした人なのだが目聡い人なので頼りになるらしい。夕暮れの副ギルマスである。
その大柄な体をイグニシウム製プレートメイルに包み込み、ミスリルとプラチナの合金製ツヴァイハンダーを担いだ男だ。
その巨体から繰り出される両手剣の一撃は豪快の一言。
ちなみに彼のツヴァイハンダーは他人の作品である。
スーダラさんも私のお得意様の一人ではあるが、お得意様が私の武器ばかり使ってくれると限らないのも事実なわけで。
敵にあわせて複数の獲物を持つのは一般的だからなんの不思議もない。
全部私のところで揃えて欲しいと思わなくもないが。

「で、だ。彼女がウチの期待の若手ナンバーワンホープだ」
若手も何も彼女以外新メンバーなんて居ないだろうに。
「トリス・マックスウェルです」
姓まで名乗ってくれたその人は白いワンピースに肉球スリッパ、アイアンガントレット、そしてヘッドギアにモノクル、さらには豚鼻(アクセサリーの一種)というなんともちぐはぐな格好をしていた。
腰には確かにアイアンソードを佩いている。
「私は」
「あのときはありがとうございました!」
「えっと……?」
「ミナギル・アットマークさんですよね!?」
彼女が小首をかしげながら口にした名前は確かに私のキャラクターネームだ。
あらかじめ教えていたのかという意味を込めて隣のアルバートを見たが、彼は戸惑った様子で首を横に振った。他の二人も同様だった。
「……失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」
ゆえに私の名前を、しかも姓まで知っているということは私が彼女に自己紹介したことがあるか、私から武器を買ってくれた客の一人ということになる。
しかし私はトリスという名前にも、こんな珍妙な格好の客にも覚えがなかった。
これほど脱力感を誘う格好の人を忘れるわけが無いと思うのだが。
首を捻っていると彼女が「えっと、これに書いてあったので」と言いながら腰のアイアンソードを外して、鞘から少し抜いて見せてくれた。
……そんなことをせずとも彼女の装備欄を見ればわかるのだが。
確かに彼女のアイアンソードの刀身には小さく私の名前が刻まれていた。
私が作ったアイアンソードを持っている女性なんて一人しか知らない。一月ほど前に出会った初心者の女性だ。
あんなに初々しく礼儀正しかった女性がこんな一人チンドンヤと同一人物だというのか。
――しかしながら現実はいつも非情である。たとえVRであっても。
「……あぁ、その節はどうも」
怖くて服装に触れられなかった私は間違っていないと思う。
間違ってないとは思うのだけど間違いなく臆病者だ。
私に「ハイっ! あの時は本当にありがとうございましたっ」なんて元気にお辞儀する彼女が眩しい。例え豚鼻でも。
あの印象的なえくぼも記憶と一致したが、今は豚鼻とモノクルのインパクトに負けてしまっている。貴女に何があった。
なんだかやるせない気分になっていると、横でアルバートがしたり顔で頷いた。
「なんだ、お前だったのか。道理で長持ちするわけだ」
「いやいや、その考えはおかしい」
作り手としては嬉しい言葉だがいくらなんでも私のアイアンソードはそこまで凄いものじゃない。
どれだけ高品質でも元の1,3倍程度。1~2ランク上の武器に並ぶくらいだ。30まで使い続けていられる代物じゃない。
「なんだか愛着が沸いちゃって……」と彼女もこれまた嬉しいことを言ってくれるが、愛着だけでこんなところに持ってこれるものではないはずだ。
「ねーマスター。ギルさん来たし、もう始めよー?」
ミカンさんの提案にアルバートは頷いた。ギルさんというのは私のニックネームらしい。
「よし、それじゃあ行こうか」そう言って歩き出すパーティ。
……パーティ?
『なぁアルバート。歓迎会でプレゼントすると言っていたが、彼女には秘密なのか?』
件の彼女、トリスに聴こえないようにウィスパーチャットを使用してアルバートに話しかける。
『そのつもりだけど?』
『だとしたら私がここにいるのは不味いんじゃないか? 狩に来ているのに戦闘に参加しない奴が居たら不思議に思われるだろ』
『それなら大丈夫だ。お前はスーダラの武器を作るために、彼の動きを観察しに来てることにしてあるから』
「マスター、ギルさーん? 置いてっちゃうよー」
「おぉ、今行くぜ」
アルバートが軽く返事して三人を追いかける。私もそれに続いて暗闇の中へ足を踏み入れた。
『見てろよ? 彼女の戦い方には度胆を抜かれるぜ』





しばらく進むとモンスターに出くわした。

腐りかけた体に赤い鎧兜を纏うゾンビ系モンスター『落ち武者』が2体。
半透明の体を点滅させながら襲い掛かってくるゴースト系モンスター『忍び寄る者』が2体。
筋骨隆々。その背丈は私の2倍はあるであろう鬼のような悪魔系モンスター『人喰鬼』が1体。
まだこちらには気付いた様子は無い。
「先手必勝だ、ミカン頼んだ」
「あいさ~。『祝福の吐息』っと」
私達全員の体の回りを光の粒子が取り囲んだ。STRとVITの上昇効果だ。
普段、戦闘なんてしないのでこのまとわり付く光に違和感を覚えてしまう。
ただ、それは私だけでなくトリスさんも同じようだった。
物珍しそうに腕を振ったりしている。
と、ここで敵さんも私達に気が付いた。うめき声を上げながらこちらへ向かってくる。
「こんなもんかな。じゃあ打ち込むよー。『光の飛礫』!」
ミカンさんが叫ぶと彼女の周りにこぶし大の光球が出現し、敵後方の忍び寄る者に向かって飛んでいった。
同時にアルバートとスーダラさんが武器を構えてそれぞれ落ち武者に切りかかった。
あとには観戦気分の私とおろおろしているトリスさん。そして人喰鬼が残った。
「あ、トリスは鬼ね」
アルバートが忘れていたとばかりに首だけ振り向いてトリスさんに指示した。
落ち武者と切り結びながら。余裕だな。
流石にオークのように一撃とはいかないが、彼らのレベルならまず負けるわけが無いからな。何気に手を抜いているようだし。
ただ、私は彼らほど余裕で居られなかった。自身の弱さだけでなく、彼女の実力が未知数だからだ。
人喰鬼はこのダンジョンで近接キラーの異名を持つモンスターだ。私なんてまともに戦ったら一撃で昇天できる。
「トリスさん、一人で平気?」
「な、なんとかしてみせます」
自信なさげに自信満々の台詞を吐かれても、頼っていいのかわからない。
だから、いざとなったら囮ぐらいはやろう。そう思っていた、このときは。

「……嘘だろ」
目の前の戦闘が信じられなくてなんども目をこすった。
あれはもはや別のゲームだ。私達とは次元が違う。
そういう戦い方を彼女はした。

敵の金棒や膝を足場にして頭上を飛び越える。
切りつけざまに敵の股座を潜り抜ける。
石柱を蹴り飛ばして移動する。
一時たりとも立ち止まらず、その動き全てに斬撃が伴う。
そのトリッキーな動きに、鬼は付いていけずなんどもターゲットを見失って見当違いの場所を攻撃する。そのたびに体を斬りつけられる。

決して彼女の動きが特別素早いわけではない。
離れてみている私からすれば何故、鬼は彼女を獲られえられないのか不思議なくらいだ。
推測はできる。彼女の戦い方は想定外の動きなのだろう。

このゲームの戦闘は地に足をつけた二次元的発想に基づいている。
彼女のような三次元の動きにはついていけないのだろう。
VITを上げれば防御力が増え、AGIを上げれば回避率が上昇する。
だからAGI型もVIT型も武器や盾で立ち止まっての殴り合いになるのが普通だ。
いちいち体を動かして敵の攻撃を避けるより、そちらのほうが楽だから。
モンスターの攻撃はプレイヤーの体をすり抜ける仕様だ。
リアルで言うホログラムのようなもの。HPの数値が減るだけ。
迫力はあるので初心者は目を瞑ったりするが、一度食らえばそれがなんともないことに気付く。
私のように防御も回避も出来ない人間だけが、転がって避けるなんて無様な動きをするのだ。
彼女のように張り付いて戦う人間は想定の埒外なのではないだろうか。
というか、あんな戦い方どうすれば思いつくのか。
きっと彼女には鬼が木偶にみえているのだろう。
ゲームシステムに喧嘩を売るような戦い方に合わせた武器なんて私に作れるのか?
まったく思い浮かばないのだが。

「どうだ、凄いだろ」
いつのまにか隣に来ていたアルバートが声をかけてきた。
どうやら呆気にとられていたようだ。他の戦闘も終わったようでミカンさんとダーレスさんもすぐ傍で彼女の戦いを見物していた。
「なんど見ても信じられないよなぁ」
「ほんと、トリスちゃん凄いよねー」
凄いなんてものじゃない。チートだと疑われても仕方が無いくらいだ。
「で、どうだ。作れそうか?」
「余計に難しくなった。正直に言って私の手には負えない依頼だ」
「そうか……。だが、俺はお前以上に適任者は居ないと思うんだがな」
「なんでだ?」
「まず、お前以上の武器職人を俺は知らん」
「それは買いかぶりすぎだろう。シド・マークとかいるじゃないか」
「いや奴は有名だがギル専だろう。それに俺は面識ない。なにより、お前が奴に劣っているとは思わん」
チーム戦3連続優勝、そして個人戦1位のプレイヤーがいる巨大ギルドのギル専と同レベルか。しかも奴は前回の品評会で優勝していた。
「さすがにそれは買いかぶりすぎだろう」
「そうか? お前と奴と何が違う。スキルは極めたんだろう? あいつにあってお前に無いのは知名度だけじゃないか」
アルバートはわかっていない。確かにシステム的にはスキルを極めた私だが、以前、奴の作った武器を見てその差を思い知された。
呪文刻印や武器の形状、素材選び。その組み合わせ方、そして完成形の発想力。
どれもが私より上だった。これが頂点なのだな、と納得もしてしまうほどに。
「なんか、やけに誉めてるけど、お前、最高の武器を作るんだろ?」
「そうだが」
「なら、お前しかいないだろ。最高ってことはシドを超えるってことだし。それにその様子じゃシドの武器は最高の武器じゃなかっただろ?」
「……む」
確かに彼の武器はすばらしかった。このゲームを始めてから彼の作品以上の武器を見たことが無い。性能、見た目、独創性。すべてがぬきんでていた。
けれど、なぜかそれが最高だとは思わなかった。
「まぁ、やるだけやってみてくれよ。どんなにへぼくたって、アイアンソードよりはマシだし」
アルバートがそういったのと同時に鬼の姿が粒子になって弾け飛んだ。
かなり疲れた様子でこちらに向かってくるトリスさん。
確かにアイアンソードでは辛そうだ。自分より強い敵を倒せてもあれでは長く持たない。
そう思いながらミカンさんとスーダラさんに賞賛されて照れた彼女を眺めていたら、アルバートの呟きを耳に入った。
「それに彼女もお前が作ったのが嬉しいだろうしな」
どういうことだ?と問いただしたが彼は「気にするな」と肩をすくめて三人の方へいってしまった。


結局その後も休憩を挟みながら数回戦闘を行った。
そのあいだ私は彼女の観察を続けた。
それなりに武器作りのきっかけになりそうなものをいくつか見つけたが、どうにも不安である。
狩が終わると彼女のレベルは32になっていた。
わずかにだが30よりも選択の幅が広がったのは助かる。
別れ際にとても良い笑顔で「これからよろしくお願いします」と言ってくれた。
アイテム分配も終えて町へ帰還すると私はさっそく在庫を確認しにいった。
あれこれと考えているが、素材がないのでは話にならない。
大体30LVで扱える素材は全てそろっていた。在庫も結構ある。あとは想像力を働かせるだけだ。
その日、ログアウトしてからも私の頭はそのことで一杯だった。
気付けば不安はなくなっていた。





本日の売り上げ

Priceless



[6875] 第四話 彼らの流儀 その1
Name: クラム・チャウダー◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/05/15 02:50
第4話

飲みの誘いを断った。
今までゲームのためだけに飲み会を断ったことはなかったが、今回ばかりはそうもいっていられなかったのだ。
武器の製作に取り掛かって今日で六日目。
自前の工房に武器の山が出来上がってしまった。
単純な組み合わせでならば1000本は優に作成できるだけあった素材も、残り半分を切った。
それでも納得のいくものは出来ていない。
確かにどんなものでもアイアンソードよりはマシになるだろう。
でもだからといって妥協できない。
そんなことをしたら、私をシドよりも上だといったアルバートはもとより、『ギルドからの贈り物』を任せてくれた夕暮れメンバーの信頼を裏切ることになる。
頼りにされたからには期待以上の成果で応たい。
また、今回の依頼を完璧にこなせれば、『最高の武器』に近づけるのではないか、という期待もあった。
今まではスキルを磨き、極めてからは単調な毎日だった。
もちろん、お客の様々な依頼にこたえることは簡単ではなかったし、武器も作り続けてきた。最高の素材集めにも手を尽くしている。
けれど進歩していたと断言できないのも確かなのだ。
率直に言って、今ここに最高の素材が揃っていても『最高の武器』を作る自信がない。
出来たとしても性能が最高なだけの、凡百と同じ武器だろう。それはきっと、私以外の誰が作っても、スキルさえ極めていれば作れるようなものだ。
私が目指すものはそんなものではない。『僕が考えた最高の武器』なのだ。
だから歓迎会が明日に迫っているにも関わらず、いまだにハンマーを握り続けていた。

システムに従い、赤く熱したインゴットに渾身の気合でハンマーを振り下ろすこと数十回。光と共にインゴットの形が変化していき素材アイテム『両刃の刀身』が出来上がった。
それと前もって作っておいたグリップを組み合わせると、二つのアイテムが溶け混ざっていく。
そして出来た塊をイメージした形になるように、さらに気合を込めて何十回も叩く。
やがて一瞬のまばゆい白光の後に一本の片手剣が完成した。

「……これも違うな」

出来たのは波打つような刀身を持つ片手剣、フランベルク。
刀身に使用したのは銀。柄にはハードウッドを用いた。突いてよし、斬ってよしの使い勝手の良い武器だ。
しかし。
このフランベルクも良い出来なのだが、何かが足りないのだ。
失敗が続いている原因はこの謎の違和感だった。

「何が違うんだ? なんでこれじゃ駄目なんだ?」

彼女の戦闘を目にした当初こそ、システムに反した動きに合わせる武器なんて想像もできなかった。
しかし観察しているうちに求められていることは単純なことなのだと気付いた。
彼女の戦い方はステータスとはあまり関係ない。彼女のステータスがバランス型であることがその証拠だ。だから彼女には要求STRが高く重量のある武器よりもバランスが取れている武器のほうが適しているだろう。
軽くて取り回しやすいナイフやダガーのような短剣でも良いだろうが、攻撃力が低いため手数が自然と増えてしまう。
ただでさえ疲れる動きなのだ。手数を減らすためにもある程度の攻撃力は確保したかった。
さらに彼女は最初から片手剣で戦い続けてきたため自然とその間合いに慣れてしまっている。転がりざまに間合いギリギリで斬り付けながら敵の攻撃を避けるという風に、アイアンソードのリーチを最大まで活用するのだ。とにかく当たれば攻撃力に応じたダメージが入る、ゲームだからこその戦い方。
だからきっと敵との距離が今以上に近くなるとあの動きはできなくなる。
よって彼女にあっている武器とは攻撃力も耐久力もあり、それでいて軽い片手剣だと判断した。
けれど、それらを満たしていても私は満足できなかった。
思いつく限りの片手剣を試してみた。
ロングソードから始まり、レイピア、サーベル、シミター、ハルペー、カットラス、グラディウス、ファルシオン、スクラマサクス、ショテル……。
ついには強い、堅い、軽いと三拍子全てそろったロンバルディアの高品質まで何十本も作ったが、それでも何かが足りなかった。
失敗が続けば続くほど、自分には無理なのではないかという不安が段々と増していく。
――もう、諦めよう。きっと何かが足りないなんて、そんなものはただの気のせいだ。
ネガティブに染まる思考を振り払うように、無心でハンマーを振り下ろす。
この一週間、ずっとその繰り返しだ。

もしかすると気負い過ぎているのかもしれない。
……このまま闇雲に作っても納得のいくものは出来そうにないな。
無駄な剣の在庫が増えていくのも空しいものだ。
気付けば銀のインゴットも残りわずか。
銀で出来た武器は大体LV30から装備可能になる。だから銀を中心に作っていたせいだろう。

「……休憩するか」

煮詰まった頭をほぐすためにいったん工房から出ることにした。
広場の噴水のあたりでものんびりと散歩していれば何かひらめくかもしれない。
メニューウィンドウを開いてフランベルクと武具作成用のハンマーをアイテム欄にしまうと、作業着のツナギから私服であるダーレスの民族衣装に着替えた。
む、メールがきている。集中していて気付かなかったか。
開いてみるとお得意様の一人からの依頼だった。今から修理を頼みたいとのこと。
この人は見栄えを気にする人で耐久値が全く減っていなくても頻繁に修理を頼みに来る。
そして優に2時間は居座って自慢話をしていくのだ。
その内容は本人の武勇伝ながら、中々に面白く、しかも私の作った武器への感謝がさりげなく混じっているので、結構楽しみにしているのだが。
彼女は片手間に話しを聞かれるのを嫌うため、その間は一切の作業が出来なくなってしまうのだ。
本人もそのあたりは自覚しているようで、このように前もって連絡してくれる。
大事なお客様なので普段ならすぐさま引き受けるものの、今日ばかりは遠慮することにした。
後日、謝罪の後に最優先で引き受ける旨を記して返信すると、そのまま工房を出て北部にある広場へ向かった。






――つもりだったのだがいつの間にか大通りで露店を覗き歩いていた。


休憩中でも、ついつい市場調査してしまっていたりするあたり一種の職業病かもしれない。
それだけ自分がこのゲームにのめりこんでいることを自覚して思わず苦笑してしまう。

――もう生きがいっていってもいいかもしれないな。ネトゲが生きがいとは我ながらなんとも……。

「あっミナギルさん」

物思いに沈んでいると背後から名前を呼ばれた。
ゆっくり振り返れば、そこには悩みのおおもとであるトリスさんがいた。

「やぁ。こんにちはトリスさん」

彼女はこの間のような不可思議な格好ではなく、レースのついたワンピースにブーツと落ち着いていた。耳元にはイヤリングが小さく輝いている。
なんだか腰のアイアンソードだけが浮いて見えるほど普通だ。
本当にこの間の格好はなんだったのだろう。てっきり彼女のファッションセンスが奇抜なのかと思っていたのだが。

「はい、こんにちはミナギルさん。今日はお店開いてないんですか?」
「ははっ。いつも露天商をしているわけじゃないですよ。それにたまにはこうして市場調査もしとかないと、ね」

「はぁー……ゲームなのに本格的なんですねぇ」

感心したような声だったが、その言葉がなんだか寂しく思えた。

――ゲームなのに。そうだよな。この世界はまやかしで、所詮ゲームだ。そんなところに生きがいを見つける方が普通じゃない。
理性ではそう考えていても、自分の中にそれに否を唱えたがる気持ちがあるのも私はわかっていた。

「確かにゲームですけどね。楽しいことが苦労を伴うのはどこでも同じですよ」

トリスさんが少し驚いた顔をした。ゲーム狂いの狂言の類に聞こえたのだろうか?
もっとも私としては特別おかしいことを言ったつもりはない。
人を楽しませるためにも、自分の目的のためにも苦労するのは現実もゲームも同じだった。
だからこそ、喜びが増すのだ。
しかし、他人が私と同じ価値観を共有できるとは限らないのも当たり前なわけで。
所詮、ゲームだろ。息抜きのためにやるものに熱中してどうする。と言う人だっているさ。そういう人に言葉だけで伝えたようとしたところで共感してもらえるわけがない。
人それぞれである。

――他でもないクレナシオンを始める前の私がそういう人間だったしな。

けれどトリスさんは私の予想とはだいぶ異なる返事をくれた。

「もしかして、ミナギルさんって何かしてもらうよりもしてあげる方が好きじゃないですか?」
「はい?」
「いえ。ちょっと気になっただけなんですけど」
「そう、ですか。んー。まぁそう言われるとそうかもしれません。何かしてもらうことも好きですけどね」
「じゃあ、どうにかしてもらうより自分でどうにかしようと思いますね?」
「いや、まぁ……どちらかといえばそうかもしれないですけど」
「やっぱり!」

一体何が「やっぱり」なのか、私にはさっぱりだ。
首をかしげていると彼女は慌てて頭を下げてきた。

「あ、ご、ごめんなさいっ。あのちょっと知ってる人と似てるなーって思って」

両腕を振り回し、慌てる彼女が少し可愛いと思った。あまりに微笑ましくて。

「別に構いませんよ」

おそらくリアルの友人と私の性格が似ていたから思わず反応してしまったということだろうか?
なんというか……うん、若いな。

「でも確かにミナギルさんの言う通りですね。楽して楽しいことなんてそんなに多くないですもの。考えてみればゲームだけが違うなんてことはないですよねぇ」

彼女は感心した顔で何度も頷きを繰り返した。
それだけで親近感というか、喜びのようなものを感じてしまうのだから私も大概単純な人間である。

「トリスさんはこういうゲームはクレナシオンが初めてですか?」
「はい。VRもこういう他の人がたくさんいるゲームも初めてです」

まぁ、最初からきっとそうだろうなとは思っていたけれども。

「どうしてこのゲームをやろうと?」

VRMMOは年齢制限があり、法律で15歳以下はプレイできないことになっている。
様々な危険性やそのリアリティからの制限(さらに金額の問題もある)だ。
平均年齢が自然と高くなるため、ユーザーには他のMMOやVRMMO経験者が多く、大抵居の場合MMO特有の常識をあらかじめ持っている。
というか、今はVRMMOを応用した事業も増えてきているのでなおさらVRもMMOも全くの初心者という人は少ない。
私もクレナシオンをプレイするまでは一度もVRもMMOも経験したことは無かったが、トリスさん以外にクレナシオンから始めた人とあったことはない。
それにアルバートに誘われなければ私はVRMMOなんて関わらなかっただろう。仕事関係なら話は別だが。
だから彼女がこのゲームを始めたきっかけがなんとなく気になった。
彼女はクレナシオンの何に興味を持ったのだろう?

「えっと言わなきゃだめですか?」
「あー、私もちょっと気になっただけです。このゲームではVRもMMOも経験したことない人ってあまり見ないので」

他意はなかった。ただ何となく気になっただけだ。聞かれたくないことならば無理に聞くつもりはない。

「はぁ」

今度は彼女が首をかしげてしまった。
いらん警戒をさせてしまったかなぁ。
そもそもどうして始めたかなんてどうでもいいことだったかと反省する。
よし、空気を変えるべく別の話題を提供しよう。

「こんなところで何をしていたんですか? 私は休憩がてら広場に向かおうと思っていたのですが」

いつのまにか市場調査を始めていたが。まぁ、元々はそういう目的だったのだ。嘘ではない。

「うわ、奇遇ですね! 私も広場に行こうと思ってたんですよー。とっても美味しい甘味の露店があるって聞いたので」

どこか夢見るように言う彼女。本当に目がキラキラしている。なんとも表情豊かな人だな。
ふむ。しかし行き先は同じ、か。

――そのとき、唐突にひらめいた。

彼女の武器を作るのだから、彼女のことを知れば何か掴めるかも知れないではないか。

「じゃあ一緒に行きますか? 何なら私が奢りますよ」
「そんなっ、悪いですよ」

両の手のひらをこちらに向けて必死に振って遠慮する彼女。
しかしそうは問屋がおろさない。

「じゃあギルド加入祝いってことで。それならどうです?」

私はギルメンじゃないが。何でもいい、とにかく畳み掛ける。

「で、でも……」
「まぁまぁ。先輩からの誘いは断るものじゃないですよ。今のうちに精々甘えとけば良いんです。どうせすぐに可愛がられなくなりますから」

心中では必死で、顔は柔らかく。まるでリアルの仕事と同じことをしているけれど、このさい気にならない。
私の台詞に彼女は苦笑いを浮かべた。

「何気にひどいですね……。でも、そういうことなら甘えさせていただきます。ミナギルさんが言いだしたんですから遠慮しませんよ?」

そう言って悪戯っぽく笑う。

「ははは。心配御無用、リアルと違ってこちらでは結構な金持ちですから」

たとえNPCに売っても利益が出る。採取以外は全て自分で行うため原価をとても低く抑えられるのだ。素材がおしゃかになるような失敗もしない。

「私はリアルもこちらもお寒いです。ゲームなのに……」
「ははは、じゃあ行きましょうか。あ、それと私のことはギルでいいですよ。ミナギルなんていちいち呼び辛いでしょう」

そう言って彼女の返事を待たずに広場のほうへ歩き出した。
実は途中から自分がナンパでもしているように思えてきて恥ずかしかった。
道行く人の視線が凶器に感じられる。
多分、今、私の顔は赤いのだろう。こんなに赤面したのはいつ以来だろう。
そういえば、自分からニックネームで呼ぶように、なんて言ったのも初めてだ。
彼女は『夕暮れのクラシック』のメンバーなのでいずれニックネームで私のことを呼ぶようになるだろうことを考えれば、別に今からそう呼ばれても別にかまわないだろう。
などと自分でも意味のわからない言い訳していた。
そんな私の後ろを彼女がついてくる。
遠くに噴水が見えた。
さぁここからが勝負だ。






広場では簡単な演奏会が開かれていた。
幾人かがそれに合わせて踊り、見物客たちがときおり拍手している。
周りには飲食系の露店が点在し、まるで簡単な縁日のようだ。

「今日はお祭りか何かなんですか?」
「いや、ここはいつもこんな感じですね。でも、今日はそんなに人も多くないほうですよ。時々大規模なユーザーイベントの会場になるときもありますが、そういう時はもう、身動きとれないほどの人ごみになりますし」

ええっ、と驚く反応が新鮮だ。ちょっと楽しいな。

「広場には初めて来たんですか?」
「えっと、いつもモンスター倒してたので、広場どころか町の中もほとんど知らなくて……」
「……なるほどストレス発散目的ですか」
「あ、あはは……」

恥ずかしそうにごまかし笑いをする彼女のことが、少しだけわかった気がした。
VRMMOの楽しみ方は人それぞれだが、その中でもっとも多いのはモンスターを倒すことでストレス発散するスポーツ代わりの楽しみ方だ。
この手のタイプは戦闘職に多い。
モンスター相手なら八つ当たりだってできるし、殴ると軽い手ごたえもある。(リアルな感触にすると現実と混同云々という理由で、あえてゲーム特有の非現実性を強調してある。そういった配慮は随所に見られるが、戦闘は特に手が加えられている)
スキルを使えば現実では出来ないような動きで派手な技も繰り出せる。
アルバートもこのタイプで、オークなどの巨大なモンスターを一撃で吹き飛ばすのが爽快なんだ、と言っていた。
あとは何より安全であること(VR技術の危険性の問題は別として)。
他にも現実の肉体は汗もかかないのでシャワーを浴びる必要が無いなど、実際にスポーツをするよりも手軽だからという理由も聞いたことがある。
自宅で出来るというのも便利だ。
きっと彼女はリアルで溜めたストレスの解消法として始めたのだろう。
しかし、なぜ『クレナシオン』なのだろう?
誰かのお勧めか、たまたまVRMMOを探していて最初に目についたのか。
もしかするとだが、よく知らない彼女にしてみればどれも同じに見えたのかもしれないな。

「それも一つの楽しみ方ですよね。実際、そういう理由で遊ぶ人も多いみたいですし」
「ですよね!」

八つ当たりしに来ていると思われるのが恥ずかしい人もいるらしい。彼女もその一人だったということだ。知ってみればなんてことの無い理由で安心したというか、拍子抜けと言うか。
必死で頷く彼女を見ていると、ふと思った。
彼女は実年齢もかなり若いのだろうか。私より年下だろうと思っていたが、会社の新人の子に比べて随分と幼く感じるのだ。
……いや、プレイヤーの実年齢なんて詮索してどうする。
かぶりを振って考えを打ち消す。

「どうかしました?」
「いえ、なんでもないですよ。あ、ほら例の甘味屋ってあそこじゃないかな?」

視界に入った適当な露店を指差す。仄かに漂ってくる甘く香ばしい匂いがあたりに漂っていた。

「あ、本当ですね。……わぁ、クレープ売ってますよ!」

トリスさんは目を輝かすと一目散に走り出した。
意外に活発な人なのだなぁ。もっとおとなしい人かと思っていた。
ともかく彼女の興味を摩り替えることには成功したようだ。
置いてかれた私はゆっくりと後を追いかけた。






クレープを買った私達は近くのベンチで少し休んでいた。

「それにしてもゲームの中でご飯が食べれたり、楽器の演奏が聴けるなんて思いもしませんでした」

ひどく満足気な顔でトリスさんが言った。その手には先ほどまでジュースの入っていたビンがある。
となりにはクレープを消費したことで発生した『紙くず』が4つ落ちている。満足するのも当然だろう。
彼女の名誉のために言っておくが、最初は彼女も遠慮していたのだ。
ただ名残惜しそうに並んだクレープを見るものだから私が強引に買って渡した。
……いくら食べても太らないよ、と余計な一言を付け足してしまったのが間違いだった。
はしゃぐ彼女が可愛かったので別にいいかとも思う。
私は手の中のビンからコーヒーっぽい飲み物を一口飲んでから答えた。
ちなみにこの飲み物、味はコーヒーなのだが水色なので余り好んで飲む人はいない。私はよく露店の合間に飲むのだけれど。

「VRは五感も再現しているからね。その辺もフル活用したかったって公式ブログに書いてあったよ」

特に料理は味だけじゃなく、匂いや食感を個々に設定しなければいけないから大変だろうに。
それにしても、あのクレープ屋は腕が良かった。
以前食べたものは甘いだけだったが、今日のは味も回復量もサポート効果も段違いだった。まだLUC上昇効果が続いているほどだ。店主は料理スキルをマスターしているに違いない。

「でも、料理も出来るんですね。今度やってみようかなぁ」

クレナシオンには非常に多くのスキルがある。
それらは大別すると三つに分けられる。

片手剣や両手斧、火炎魔法などの『戦闘』スキル。
採掘、伐採、武具作成、料理などの『生産』スキル。
演奏、騎乗、掃除などの『生活』スキル。

料理のように境が微妙なスキルもあるが、基本的にアイテムを作り出せるものは生産、加工スキルである。
私はクレナシオンを一番楽しめるのは生産スキルだと思っている。
戦闘スキルと生活スキルが直接関わるものはそんなに多くないが、生産スキルはそのどちらとも密接に関わっているからだ。
人との繋がりがMMOの大きな魅力だし。
ただVRはその性質上、戦闘スキルを取得する人が多い。
トリスさんのようなストレス発散目的だったり、戦士や冒険者、傭兵などのロールプレイ目的だったり、美麗な装備で着飾り、華麗な技で格好良くモンスターを蹴散らす自己陶酔目的だったりと理由は様々だが。
大闘技会が品評会に比べてずっと人気があるのがその証拠だ。
さらに公式イベントで町をモンスターの大群が襲うことがあるので戦闘職の数は全く減らない。
これに対し、生活スキルはユーザーイベントで非常に重宝される。
このゲームはBGMが存在しないので演奏スキルならば飲食店のBGM、露店の客引き、コンサート、公式大会のオープニングセレモニーなど活躍の場が結構ある。
基本的には役に立たないので習得している人は少ないのだが、中には生活スキルだけで文字通り生活しているつわものもいるらしい。

これらに比べるとどうしても生産スキルは確かに地味だ。
ただ、一度やってみればその奥深さに感動する。

「だから、もう少し人気があってもいいと思う」
「なんの話ですか?」
「おっと、こっちの話です。ところでこの間の狩で気になったのですが」

そろそろ本題に入ろう。

「はい?」
「トリスさんはどうしてあのような戦い方をするんですか?」
「皆さん、同じこと言いますね。そんなに変ですか?」

笑いながら言うから別に腹を立てているわけじゃなさそうだ。

「すみません。でもあそこまで激しく動き回りながら戦う人ははじめて見たので、つい」
「んー……しいて言えば慣れですかね? 最初は怖くて必死に避けながら戦っていたんですが、それに慣れちゃって。むしろ、他の人がモンスターの攻撃を怖がらないのが不思議です」

自分でもよくわかっていないようだ。
あぁ、彼女は初心者だったか。

「じゃあ戦っているときに何かイメージしていることってありますか?」
「ぷっ、どうしちゃったんですか?」

私が急に真面目に聞きだしたからか、噴出すトリスさん。

「いえ、武器屋としての興味ですよ。仕事柄、色んな戦い方の人に会って来ましたけど、あんまりに型破りだったので」

む。言ってから気付いたが今の発言は失礼だったかもしれない。

「無論、良い意味で」
「良い意味でって何ですかっ」

即座に付け足すと眉根を寄せて怒られた。まったく、言葉と言うものは取り扱いが難しい。

「でも、イメージですか。特には……強いて言えば敵の攻撃をどう避けようとか、どこが斬れるとかそんなことを……」

そこまで言うと彼女は腕を組んで考え込み始めた。
ややあって何かに気付いたように顔を上げると自信なさ気に教えてくれた。

「多分、ですけど。私はきっとこれはゲームだ、と思いながら戦っています」
「ゲームですけど?」

普通に返してしまった私に彼女は苦笑しながら言った。

「ええ、そうなんですけど。でも、クレナシオンってVRだからかリアリティが高くて、皆さんきっと無意識のうちに現実と同じ行動をとってしまっているんじゃないでしょうか」

「ふむ」

簡単に相槌を打つと、少しためらうそぶりを見せてから、私の顔を窺うようにして続けた。

「先に断っておくと、あの決して私が特別ってことじゃなくて、どうしても現実に引っ張られてしまうという意味なんですが。私はゲームだから、現実じゃ出来ない動きが出来ると最初、思っていたんです。だからゲームやマンガみたいな動きを想像して、その通りに動こうとしていたのかもしれません。もちろん意図してじゃないですし、考えてみたらそんな気がするってだけなんですけど」

ちょっと言っていることがわかりづらいのだが、
「つまり、マンガのような戦い方を無意識のうちにしようとしていた、ってことですか?」
「あぁ、はい、多分それであってます。それを続けているうちに今の戦い方に慣れてしまったんだと思います」

これがゲームだからマンガみたいな動きが出来るに違いないと無意識に思っていたから?
いや、そんなバカな。いくら想像力が影響するゲームだからってそんなことあるのか?
第一、彼女だけそうなる理由が説明できない。

「でもそれならもっと多くの人が同じような戦い方をしていても不思議じゃないですよね?」
「あぁっ、そうですよね」

私が疑問に思ったことをそのまま言うと彼女は落ち込んでしまった。
なんだか悪いことをしたようで胸が痛い。

「そういえば、マンガやゲームって例えばどんなのですか?」
「に、『ニンジャ×ニンジャ』や『真・侍無双』っていうアクションゲームを少し……」

少し口ごもりながら挙げたゲームタイトルはスタイリッシュアクションで有名な作品だった。
面倒なステータスやスキルの調整はなく、簡単なボタン操作でゲームの素人でも爽快に遊べる。
ちなみにどちらもVRではない。
何でそんなことを知っているかと言えば私もやったことがあるからだ。
息抜き程度で、クリアすらしていないが。

「もしかして派手な方が好きですか?」

この間の格好を思い返しながら質問したのは言うまでもない。
あれもある意味派手だった。センスはともかく。

「いえ、友達がすかっとするよって薦めてくれたからやってみただけで……でもあんな風に自由に動けたら気持ちいいだろうなとは思いますね」

アイアンソードを使い続けている人が見た目に拘るわけがないか。

「今さらですけど、そのアイアンソード、まだ使っているんですね」

愛着が沸いたとはいえ、そろそろ自分で新しい武器を買っていてもおかしくないだろうに。

「……やっぱり変ですか?」

変だ。なんて、自分の作品を大事にしてくれてる人にそうは言えないわけで。

「修理はどうしてるんですか? それを買いにいらしたときは前のが壊れたからでしたよね?」
「自分でやってます。時々、修理キットで。でもなんだか最近はすぐ壊れるんです」
「あぁ寿命が近くなってきましたか」
「寿命、ですか?」

装備品の耐久度を回復するには修理する必要があるのだが、それには修理スキルか専用の道具が必要になる。それが修理キットだ。修理キットは誰でも使えるのだが、使うたびに耐久度の最大値が減ってしまう。そして最大値が1の状態で耐久度が0になるとその武器は完全に壊れて修復できなくなる。
あとに残るのは『折れた銀製の刀身』や『鉄くず』だけだ。こうなってしまうと鋳潰すくらいしか利用法はない。
スキルの場合は高くなると成功しても失敗しても耐久値が下がらなくなるので大抵の場合は職人のところへ持ち込むのが普通だ。

「私のところに持ってきてくれればよかったのに。そうでなくとも誰か修理スキルを持っている人に頼まないと」
「全然知りませんでした……」

トリスさんは意気消沈してしまったが、意外に多くの人が同じ経験をするのでそれほど恥ずかしいことでもない。それに彼女は知らないが、明日になれば新しい武器が手に入るのだ。……責任重大だな。

そのとき、システムメッセージにLUC上昇効果が切れたと表示された。
と、同時に不穏な気配が近づいてくるのを第六感が察知した。
気がしただけだ。そんなスキルもっていない。

「ミナギルさん? 私の依頼を断っておいて、こんなところで何をしてらっしゃるのかしら」

同時にヒュッという音がした。それも私のごく近くで。

「お忙しいということでしたからご遠慮しましたのに、まさか他の女性と逢引するためだったなんて」

足を踏み鳴らして私達のほうへ近づいてくる女性が一人。
彫金で埋め尽くされた白金とミスリルの豪奢なパレードアーマー。その上で揺れる煌びやかな金髪。
不遜な態度と芝居がかった口調。
何より喉元に触れる黒柄の魔槍の冷たさが、彼女が誰なのかを明確に教えてくれている。
なぜなら、この槍を作ったのは私で、それを用いる人物は一人しか心当たりがないのだから。


「このダーレス軍、ノーザン騎士団長ガレット・マーベラスを欺いた罪、万死に値しますわよ」







[6875] 第四話 彼らの流儀 その2
Name: クラム・チャウダー◆cd275989 ID:62b9700a
Date: 2009/05/15 02:49



第4話<中編>



ダーレス軍という特殊なギルドがある。
何が特殊なのかというと、運営側の管理する公式ギルドであることだ。
ダーレス軍は一般のギルドとは異なり、所属したプレイヤーに様々な特典と権利、そして義務が与えられる。
例えば国からの給金や恩賞、NPC店の値引き、軍属しか受けられないクエスト、各関門の通行料免除、騎馬の無料貸し出し。
さらにパトロールクエスト中であればGMの真似事が出来る上に、制服などの軍属専用装備まである。

しかし代わりに失うものや制限も多い。
まず一般のクエストがサブ、メインの区別なく一切受けられなくなる。
グランドクエストの内容の変化。
月に一度、パトロールクエストのクリア義務。
公式イベント『防衛戦』の参加義務。
義務を果たせなかった場合の強制脱退。
違反行為及び公序良俗に反する行為をした場合の即アカウント停止。
脱退しない限り他のギルドに所属できない。
そしてほとんどのクエストが戦闘有りなので実質的に戦闘職しか入れないことなども挙げられる。

そんな厳しい罰則やデメリットに拘わらず、専用装備やその特権目当てで軍に入りたがるプレイヤーは多く、出て行く者も入って来る者も多いのも特徴の一つだ。

さて公式ギルド『ダーレス軍』は4つの騎士団から成り立っている。
町の四方に騎士団の名称で担当分けされており、それぞれにギルドマスターに相当する騎士団長が存在する……のだが、厳格なルールのために入れ替わりが激しいダーレス軍において騎士団長が変わることは日常茶飯事だった。

――その中で1年もの間、騎士団長の座に座り続けている女傑がいる。

「一応聞いて差し上げますけど、何か申し開きがありまして?」

その女傑が私に槍を突きつけたまま柳眉を逆立てている、ガレット・マーベラスさんだ。
今、彼女の頭上にはパトロールクエスト中であることを示す「patrolling」の文字が浮かんでいる。
そのためか道行くプレイヤー達は私達に係わり合いにならないように距離を取るように歩いている。
……こりゃあ、ちょっとまずいなぁ。

――私は自力で素材を採取できない。一人ではモンスターに狩られてしまうからだ。
だから素材の収集は、基本的に他のプレイヤーからの買い取りになる。
いくら製作した武器をNPC売りして利益が出るといえど、その儲けはごくわずか。
プレイヤーからの買取りは危険度や難易度、希少度によって割高になってしまうので、いくら金があっても足りない。欲しいときに手に入る保証もない。

そこで高額な希少素材や莫大な製作資金の大半を既存顧客、つまり贔屓にしてくれるお客様に頼っている。
NPCに売るよりもずっと高く買い取ってもらえるし、オーダーメイドだから在庫の心配も無い。
自作の武器と交換ならばずっと素材の入手も市場価格より安く済む。
さらに注文を受けるときに前もって欲しい素材を伝えておけば、欲しいときに手に入らないなんてことも少なくなる。

特にガレットさんは北方面でしか取れない素材を持ってきてくれる上に羽振りも良いので大変助かっていた。
ついこの間も北でしか取れない貴重な鉱石『晶隕鉄(クリスタルメテオライト)』の入手を頼んだばかりだった。

だがそれも彼女に信用されているから出来たことである。

信用というものは一日二日で手に入るものじゃあない。
毎日せっせと積み重ねた分だけしか無い。
飛び込み営業なんかが断られる主な理由がこれである。
いきなり来た、しかも見ず知らずの相手との間に信用が存在するわけがないからだ。
逆に信用されていれば仕事がしやすくなり、幅も出る。
有れば便利、ではなく無ければ話にならないことも多い。
だから誰もが相手の信用を得るために努力する。
でも実は、信用を失くさないことのほうが大変だったりする。
信用はその得難さ以上に失い易いものなのだ。

今がその瀬戸際かもしれない。
予想外の事態だが、そもそも少し考えればこの展開も予想できたはずだ。
ガレットさんが空いた時間をパトロールの消化に当てる可能性は決して低くないし、この広場は全軍の巡回ルート上にある。
こんなことも考え付かないほど武器のことで頭が一杯だったのか。
自分のことながら心底呆れてしまう。

ともかく、今の私にとって問題なのは彼女に武器を向けられていることでも牢屋に送られることでもない。
いかにして彼女の心証を損なわずに済ますか、である。

「……申し訳ございません。もしかすると私の誤解かもしれませんが、マーベラス様は私が女性と遊ぶ時間が欲しくてご来店を断ったとお思いになっていませんか?」

首元の穂先を見ないようにしながら答えた。

「でしたら何故、そこの方と談笑していらしたのかしら」

ガレットさんはそう言うと、ちらりと横目でトリスさんを見やって、

「まさか、その方と逢引することが仕事だ、なんて仰いませんわよね? あまりに愉快で手元が狂ってしまいますわよ」

と、続けた。
決して大きな声ではないのに、恐ろしく凄みが効いている。
下手なことを言えば有無を言わさず牢屋に送られてしまうかもしれない。
それが冗談でも比喩でもないあたり洒落にならない。

「気分転換に付き合ってもらっていたのですよ。考えが行き詰ってしまい、気晴らしに散歩していたところ、たまたまお会いしたので」

ゆったりと、意識的に間を置きながら話し、彼女の瞳にしっかりと視線を合わせて不自然にならない程度に微笑む。

ガレットさんは金髪に青い瞳と日本人離れした容姿だが、中の人は日本人らしく、口より目を見るコミュニケーションに慣れている。
クレナシオンは個人の癖も如実に再現している。
彼女は『ガレット・マーベラス』というキャラクターに“なりきっている”が、そういった無意識の部分まで変えられるものではない。
だから無理に勢いづく必要は無い。弱腰にさえならなければきっと大丈夫。

――私にやましい気持ちはない。
目の前のことに囚われすぎて思慮が足りなかったかもしれないが、大事なお客様を軽んじるような気持ちはどこにもなかった。
確かに私の都合で判断したところはあった。けれどそれ以外の他意はなかったのだ。
しかしガレットさんは私に騙されたと思っている。
きっと今の彼女には何を言っても言い訳に聞こえてしまうだろう。

だからこそ余裕を演出する。
もともと口が上手いほうではないのだ。

「ですから、私にマーベラス様を軽んじる不遜な考えはございません」

はっきりと言い切った、の、だが。

――チャリ――

直後、槍の穂先が上着の金具にぶつかり、微かな音を立てた。
思わず下げてしまった視線を穂先からポールを伝い、ゆっくりと上げていく。
蒼い瞳が私を凝視していた。
私の挙動から言葉の真偽を確かめようとしている。
それがわかったから、顔を上げ、睨み付けないように注意して、堂々と見つめ返した。

見つめ過ぎは相手に不安感を与えてしまうものだが、今はその方が助かる。なんせガレットさんは自信の塊みたいな人だから。
しかも、相手の目を見つめるということは、相手に見つめれるということで。

――ここで謝るな。今回のことはあくまで不幸な誤解である。予測しなかったのは私のミスだが、私の行動に嘘は無く、意図したことでもない。
ガレットさんの言いがかりは理不尽なもの。
下手に謝れば彼女の疑念を認めることになり、そうなったら最後、どんなに言い繕っても彼女は許してくれなくなるだろう。それこそ誠実さを欠いた対応である。
どうしても謝りたいのならば彼女の誤解が解けてからだ。

弱気になっていく自分の心に必死で言い聞かせながら、彼女の苛烈な疑いの眼差しに向き合うことしばし。

すぅっとガレットさんの目が細まった。

いつの間にか演奏会も終わっていたようで、聞こえるのは噴水の流れる音と、自分の心音だけになっていた。

「……っ」

ごくり、と隣から息を呑む音がした。

ふとガレットさんの鋭い視線が私から逸れた。つられて私も隣を見てしまった。
そこにはトリスさんが胸に手を当てて。

「あ、あのミナギルさんの言っていることは本当です。さっきすぐそこで本当に偶然お会いしたんです」

見ず知らずの、それも怒気を纏っている人に言ったためか、その声は若干震えていた。
ありがたい援護射撃に感謝の念が沸く。
よし、突撃しよう。

「マーベラス様のお怒りはごもっともです。ですが、それが不幸な誤解だとしたらどうでしょうか。私はマーベラス様が清廉潔白を好み、嘘や不正を嫌うことを存じ上げております。ですからプライベートな時間が欲しくてお断りするのだとしても、その旨を正直に伝えさせていただきます」

ガレットさんは私達の言葉を黙って聞いていたが、やがて目を瞑り、ふぅ、と一息ついた。

「……嘘、ではないようですわね」

先ほどまでの疑い振りや怒気が嘘のように、にっこりと笑って、構えていた槍を下ろしてくれた。

「考えてみれば、貴方の仕事はいつも誠実でしたわ。仕事を言い訳にする人ではありませんわね」

彼女の中で私の評価は上々のようだ。なんだかくすぐったいけれど、笑顔で受け取っておこう。
それにしても、まったく。肝が冷えるかと思ったよ。

「ありがとうございます。次回のご利用を心よりお待ちしていますよ。美味しいハミングクッキーが手に入りそうなんです」
「あら。それは楽しみですわ」

今の依頼がひと段落ついたら探し回らないと。
幸い、作れそうな人には心当たりがある。

「ところで、どうですか? ハヤカゼの使い心地は」
「えぇ、とっても良いですわ。でも……やっぱり少し地味ね。性能はともかく、私が扱うからにはもっと華やかな見た目でないと」
「参考にさせていただきます。そうですね、次は飾り布でも巻いてみましょうか」
「色合いも何とかなりませんの?」
「素材の色合いを活かしてみたのですが、お気に召しませんでしたか」
「黒は私のイメージではありませんわ」
「かしこまりました。次回は染料の使用も考えておきます」

「あ、あの……?」

トリスさんがおずおずと、声をかけてきた。
上目遣いの困惑顔。

突然の登場と詰問。そういえば何一つ説明をしていない。
いかんな、ガレットさんとの会話はお互いがロールプレイしているからか、弾みすぎる。


「あぁ、これは失礼しました」

私はベンチから立ち上がるとトリスさんに向きなおった。

「こちらは公式ギルド、ダーレス軍の」
「ノーザン騎士団長、ガレット・マーベラスですわ」

私が言い終わる前に、自ら進み出て右手を差し出した。
相変わらず押しの強い方だ。

「あ、わ、は、初めまして。トリス・マックスウェルです」

トリスさんは服の裾で右手を拭うと、慌てて差し出された手を握り返した。

「あら。なんだか可愛い人ね」

くすり、なんて笑いかけられた彼女は真っ赤になって黙り込んでしまった。

しかしトリスさんの反応を私は笑えない。
ガレットさんは現実にいれば驚くほどの美人だ。
いくら容姿(グラフィック)を自由に設定できるとはいえ、美男美女を作ろうとすると専門知識や別売りのツールが必要になるので、とても面倒だ。
なので、大概の人はデフォルトから自分だとわからないくらい弄ったところでやめてしまう。
だから、ガレットさんほど“手の込んだ美人”はそんなに多くなかったりする。
私も初めて彼女が店にやってきたときは、見とれてしまい接客を忘れかけたほどに。
あの時は見た目と口調が相まって、映画か何かの登場人物かと思ってしまった。
話しているのが日本語なので吹き替え版を目の前で見ているような若干の違和感もあったりしたが。
それはともかく、とんでもなく美人のガレットさんに微笑まれては、初見ならば見惚れても仕方がない。
彼女の微笑にはそれだけの威力がある。なんというか、見ていて贅沢な気分になる。
作り物だとわかっていても、だ。

「あのぅ、さっきから気になってたんですけど……」
「何かしら?」
「普段からそういう口調なんですか? 変わってますねっ」

――その瞬間、ガレットさんが“ラグ”った。

かくいう私も完全にフリーズしてしまった。あぁ、巡り会わせが悪すぎる。
無邪気に放った一言は彼女がMMO初心者だからこそ。
そしてロールプレイを楽しんでいるところにこういう指摘をされて気持ちが良いわけがない。
しかも今回は相手が悪すぎる。

「マーベラスさ――」
「ちょっと黙っていてくださるかしら」

フォローしようと口を開いたが、先に手のひらで動きを封じられてしまった。

「……あの?」
「トリス・マックスウェル、といったかしら?」
「は、はいっ」

さきほど私を詰問していたときすら比べ物にならないほど低く恐ろしげな声。
それだけで私は悟った。止められない、と。

「貴方のように無粋な方は本当に久しぶりだわ」
「えっ?」

あまりの豹変振りにトリスさんは戸惑った声をだした。
しかしガレットさんは無視して続ける。

「今までにも同じように揶揄する者がいました。けれどもそのほとんどが陰口しか叩けないような小心者。そんな輩を気にするほど私は小さくありません」

そう言いながらガレットさんは右手でウィンドウを呼び出し操作していく。

「けれど貴方のように直接誹謗する者も何人かいましたわ。私はそういった方には慈悲深く教えて差し上げてきました」

言い終えると同時、その手の中に赤と白の手袋が出現した。
彼女はその片割れである赤い手袋で――

「唯一人の例外も無く、その身の程を」


トリスさんの頬を叩いた。



――<<ガレット・マーベラスがトリス・マックスウェルに決闘を申し込みました>>――




――彼女は逆鱗に触れてしまったのだ。








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