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[4424] ダンジョン、探索しよう!
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:18
 腰に下げた小刀と刀のうち、刀の柄を軽く握りながら歩く藤堂修貴は、周囲に溶け込むように気配を殺していた。

 場所はアークアライン学園第二迷宮"君と僕との出会い"だ。得てして、初めてその名を聞いた生徒がそのセンスを疑う名を持つこのダンジョンの命名は現在の学園長がしていた。彼曰く、今の妻と出会ったのがこのダンジョンだったらしい。

 地下十五階、三層からなるこの迷宮はこの学園で尤も人気の高いダンジョンだ。一般的な戦闘者養成学園と同じく一回生から六回生で構成されるアークライン戦闘者養成学園において、全ての回生が好むこのダンジョンに、今日も今日とて一人寂しく修貴は潜りその刀を振るっていた。

 彼が現在息を潜めているのは地下十二階、つまり第三層"熱き想い出の日々"だ。初めて修貴がこの階層に辿り着いた時の感想は、上回生の言った通りだったのかと、ため息が漏れた程度だ。

 その学園長の若き思い出が詰まった迷宮のこの階層は中々に歯ごたえが硬すぎる場所だった。

 第二層と比較すると生息しているモンスターの格が上がっている。四名近くのパーティを組んでの探索ならば、修貴ほど消耗しながら進むことはないのだろう。だが、友人が少なく、一人で探索している修貴にはこれ以上は命を捨てる覚悟がいる。結果、十一階を踏破し、十二階中盤で、修貴は学園迷宮の特徴である安全性の確保のための各階の階段毎に設置されたテレポーターに引き返すことを選んだ。

 まあ、いい。

 口を動かさずに心の中でつぶやく。一人で第三層一階である十一階を踏破出来たのは収穫だった。これも単に自身の索敵能力と隠形能力の賜物だ。計五度の戦闘は初手において相手に気づかせることなく、奇襲に成功したのも大きい。

 修貴の戦闘スタイルは戦術科の人間にはあまり良い顔をされない戦い方だ。探索科に属し、自らを常にダンジョンを探索するシーカーであるという意識を徹底した結果、修貴が辿り着いた戦闘方法は、気づかれない、気づかせない、戦わせないだった。相手の間合いを探り、相手の死角を奪い、相手の呼吸を騙す。あたかも影に潜むようなアサシンの如き戦闘スタイルは圧倒的な力を有さない修貴にたった一人迷宮に潜る力を与えている。その戦い方はまさしく、友達が少なく一人で迷宮に潜る陰険な野郎との誹りを受けても仕方がない。

 兎に角、だ。今回の十一階の踏破はそれが少なからず形になっていることの証明になった。自然と笑みが浮かぶ。

 修貴は引き返す前に自身が持つアイテムを確認した。ヒールドロップAが残り二つに、ヒールドロップSが一つ。パイの葉が二枚に、ソライスの粉が三袋。火炎瓶が四つに氷結玉が二つ。加えて、もしもの生命線である水龍の陣が一つ。後は、今回の探索で得たものと、食料と水だ。これは一度の戦闘でダメージを負ったとしても問題ないアイテム残量だ。だが、本来ダンジョンに潜るならば、帰りを考えると明らかに少ない。

 十一階を無傷とは言わないが想定以上のペースで踏破が出来たため、調子に乗って此処まで来てしまったのだ。加えて、このペースは学園付属の迷宮だからこそ出来る行為だ。各階に設置された転送テレポーターは人の手が多く入った迷宮にしかないのだ。また、学園迷宮のように各階に設置されてはいない。

 そして、いくら十二階と十一階を繋ぐ階段にテレポーターがあるといってもこのアイテム残量では、帰り道は行き以上に隠形と索敵に力を入れなくてはならない。シーカーとしての実力が試されると言い換えれば聞こえはいい。しかし、アイテムの確認を怠ったことを鑑みれば、シーカーとして失格だ。

 修貴は壁に隠れるようにしながら歩みを止める。配布されている魔道工学が作り上げた携帯端末のマッピングを呼び出すと、帰りの道を確認し、頭の中で何処にモンスターが居たかを照らし合わせる。移動している可能性と、死体に集まるという習性をもつ第三階層から見かける死々蝶デッドフレッシャーを回避するルートを探す。一本道は仕方がないとしても、大量に集まっている可能性がある死々蝶を相手するのは骨が折れる。火炎瓶の個数を考えれば一度が限界であろう。

 帰りのルートを決めながらも周囲の索敵行為と、自身の隠形は忘れない。特に足を止めている時に徘徊しているモンスターに気取られると厄介だ。パーティを組んでいると見張りをつければ済む話だが一人ではそうはいかない。

 だからこそ、修貴の索敵スキルと隠行スキルは学園内でも飛び抜けて高くなっていた。

 帰り道を決定する。一本道が一つあるが、そこで何処かのパーティが戦闘を行っていない限り、死々蝶が集まってきていることはないだろう。そのときは運がなかったと思うしかない。少なくとも、修貴はそこでモンスターと戦闘をしていないのだ。










ダンジョン、探索しよう!










 十字路の中央を二体の甲殻蜥蜴の亜種であるハードドラゴンが周囲を揺らすように歩いていた。体長は修貴の二倍近い。天井の高いダンジョンでしか見ない飛竜と比較しても遜色ない大きさだ。ドラゴンと呼ばれるだけのことはあり、この第三層においてアークアライン学園新聞部が発行している第二迷宮用攻略本"ドキッ!? 君と僕とが出会ったら!"の手ごわいモンスター十選に入っている。

 この攻略本の表紙を見た瞬間、修貴は買うか悩んだ。だが、一人での、いや、どんなパーティであろうと探索において情報は必需品なため、周りの視線と格闘しつつ買った。表紙の絵師はその手の大きなお友達に大人気の絵師であると知ったのは買ってからカリムという数少ない友人に指摘されたからだ。なんでも、この表紙に変わったのは二つ上の代であるとは噂で知った。

 その攻略本においてデフォルメされたかわいい挿絵と共に、ハードドラゴンの弱点は甲羅と首の付け根が尤も狙いやすく、やわらかいとされていた。それでも硬度は高く、鉄製の武器を使用している場合はエンチャント必須と記されていた。修貴の刀はハードダイト製だが、エンチャントはない。だが、切れ味に関してはアダマンタイトの防具を斬って見せた実績がある。

 しかし、首の付け根を狙うのは抵抗がある。それによって一匹を殺したところで二匹目が居る。歩いている二匹の位置を確認すれば、一匹目を殺したあとにアダマンタイト製の剣をも折った尾が跳んでくるだろう。ブレスがないだけ良心的だという攻略本の注釈もあったが、それは複数人のパーティならばの話だ。

 逃げたいのが本音だが、この十字路は越えていかなければ成らない。戻ってやり過ごす手もあるが、すでにグリーントロルを回避してきた後だ。それをして挟み撃ちの目にあったならば涙目ではすまされない。

 ここで、この二匹を仕留めるのは安全を考えた上で必須だ。

 ハードドラゴンからの修貴の立ち位置は後ろ。間合いに踏み込み、その首を両断したとしてもその時点で二匹目に気づかれる。そうしたら、どうするのか。ハードドラゴンの死角を考慮したうえで仕掛けられるのは二匹のうち僅かだが後方を歩く一匹のみだ。その位置でその首を刎ねたら次は、もう一匹の甲殻か、尾が跳んで来る。それを斬り捨てることは修貴の実力では無理だ。

 ハードドラゴンの他の弱点は目だという。小さな的である目を狙うのは難しい。技としては突きをすることになるが、裏を取っている状況では狙うのが難しい。

 ならば、此処で右か左に曲がることを望みたいが、二体の歩みを見ている限りそれは無理だった。それにこの十字路ならば戦闘をする場所として十分な広さがある。戦うならばここだ。

 他の手としては、意識を一度自分に向けさせ、一気に駆け抜ける。悪い手ではない。だが、この先の部屋は行きで確認したときローグコボルトの巣であった。短い距離ではないため、気づかれるとは思わないが、巣の周りに居た場合駆け抜けるという行為はハードドラゴンに後を追われた場合不利になる。

 十字路の右から一匹のホワイトバットが飛んで来るのが修貴の索敵に引っかかる。下手をすれば修貴がハードドラゴンに気づかれかねない位置取りだ。

 しかたがない。小さく念じる。刀の柄に手を掛け、ホワイトバットを考慮した上で踏み込める間合いを作り上げる。ホワイトバットには気取られぬよう隠形を濃くし、息を潜める。ホワイトバッドが出す探知波の範囲を慎重に見計らいつつ少しずつ進む。

 だが、ホワイトバットはあろうことか、ハードドラゴンの上を悠々と抜けていった。

 なるほど。笑みが浮かぶ。気付かない俺が悪い。上空は死角か。

 ホワイトバットが逃げもせず飛んでいるのはそういうことだったのだ。

 そろそろ、修貴もハードドラゴンの単純な呼吸を掴めてきた。そして、攻め手も思いついた。ならば、仕掛ける。すでに、前方を行くハードドラゴンはこの広い十字路を抜けそうだった。これ以上は仕掛けるタイミングを逃すだけだ。

 いつでもアイテムを使えるかを一度確認し、抜刀をした。そして、とんと音も立てずに修貴が間合いをつめる。後ろをのっそりと歩いているハードドラゴン斜め裏に修貴は立つと、綺麗な弧を描き垂直に刃を振り下ろす。斬った手ごたえを感じるも、刀を構え直す暇などなく、投げるように手放す。首が落ちていくのにすぐにもう一匹が気づく。投げた刀の位置を確認しながら修貴は上に跳び、氷結玉を一つ取り出し、その背から投げつける。投げる瞬間にハードドラゴンが尾を左右に振るが宙にいる修貴には届かない。

 氷結玉は揺れる尾にあたり冷気を振りまきその尾を凍らせる。着地した修貴は小刀を抜刀し、ハードドラゴンの横を滑るように抜ける。唐突な事態にハードドラゴンは暴れようとするが凍った尾が数秒邪魔をし、横を抜けた修貴と目が合った。

 小刀がその右目を貫き、更に修貴はそのまま抉ると、手を離し投げた刀の位置に跳ぶ。

 ハードドラゴンの絶叫が迸った。舌打ちしたい気分に駆られるがそのような暇はない。修貴は予め位置を確認しておいた刀の柄を蹴り上げ手に取ると、視界を奪ったことで作った右目の死角を利用し、ただ、がむしゃらに体を揺さぶるハードドラゴンの首を落とした。


「ふぅ」


 一呼吸。すぐにこの場を離れるべきと、判断する。先ほどの絶叫に引かれローグコボルトがやってくる可能性が高い。その名が示す通りやつらは戦闘後の場に現れ、死んだ死骸を剥ぎ、体力を消耗したシーカーを襲う。

 ハードドラゴンの甲殻に視線を運ぶ。本来ならこの甲殻を剥ぎたいところだが、場所が悪い。ローグコボルトの巣には距離があるが徘徊しているやつらがやって来るだろう。

 修貴は刀の血を払い、鞘に収め、死体から小刀を引き抜くと索敵をしながら気配を殺す。そしてまた、帰り道を歩み始めた。




*   *




 ハードドラゴン以外に計三つのモンスターの集団と戦闘を行うも、十二階テレポーターまで辿り着いた修貴は、そこでやっと気が抜けた。ダンジョン内で安全地帯である階段に一人で幾度もの死線を潜り抜け辿り着けたのだ。気を抜かないほうが難しい。常に自分一人で全ての行為をしないといけないというのはそれ程までに精神を削る。

 だからこそパーティが求められるのが、それを上手くこなせなかった修貴に全ての責任がいくため文句をつけることは出来ない。

 アイテムを確認すれば、残ったのは水龍の陣のみだ。

 仮にあと一回戦闘を行っていればかなりきつくなっていただろう。水龍の陣を消費して逃げ切ることは出来るが、水龍の陣は非常に高価だ。現段階では手に入れることが二度とないとさえ思っても間違いがないかもしれないアイテムだ。出来ることならば使わないほうがいい。

 周りに誰も居ないことを確認すると呟く。


「それにしても、一人は効率が相変わらず悪いなぁ」


 消耗に対する割が合わない。回収できる勝利品も一人だと回収限界が低い。さらに魔法が使えないためアイテムで補うこととなり費用対効果もかなり低い。

 もっとも、全て修貴が悪いのだ。友人が少なく、ダンジョンに潜るときは決まってパーティを組める相手が居ないときばかりという間の悪さ。それに付け加えて、ぼやいている癖に、この男は一人でダンジョンに潜ることに取り付かれているところがある。

 けして一匹狼を気取るわけでもなく、一人で探索する魅力に取り付かれているところがあるのだ。その精神をすり減らし一歩一歩を進むというスタイルが気づけば好きになっていたのだ。

 それを自分自身で理解して、修貴はパーティではないことに軽い文句を言っている。それは、ただの戯言なのだ。


「はあ、さっさと地上に戻るか。あーと、今何日だっけ?」


 テレポーターを操作しだしたところで、修貴は携帯端末を取り出し、日時を確認する。天馬の月、十七日、アウラの曜日。時間は20時を示していた。


「あ、カリムとの約束、明日だ。失敗したなぁ」


 数少ない友人との約束をすっぽかすわけにはいかない。

 だが、その約束はこの"迷宮都市ヴォルヴァ"の中央に存在する、神話の時代の一つ古エッダ時代に誕生した迷宮"ヴァナヘイム"に潜ることだった。

 この事実はあることを教えてくれる。それは今回の後処理と探索のための準備を考えれば、時間は足りないという事実だ。

 加えて、カリムは修貴にとって数少ないパーティを組める相手であり、この街に来て初めて出来た友人でもある。それに、いくら一人で潜るのが好きだからといって一切パーティを組まないわけにはいかない。ゆえに、誠心誠意謝るしかないのだ。


「はぁ、やっちゃったなぁ」


 深くため息を修貴は吐くと、テレポーターを操作し、アークアライン学園第二迷宮"君と僕との出会い"第三層"熱き想い出の日々"地下十二階から姿を消した。





* * *

コンセプトがどう考えても迷宮×学園です。本当にありがとうございました。
いや、だって書き手が少なかったから、ついカッとなって書いた。今は反省している。

続くかは、俺にはわからない。

2009/03/01
もろに続いてる件を詳しく。

*****
修正 2009/02/08
改稿・修正 2009/03/01
修正 2009/06/21



[4424] その2
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/02/08 06:52
 迷宮都市"ヴォルヴァ"。広大な土地を迷宮のように入り組ませ、大小様々なダンジョンをその内部に含む自治都市だ。そして、そのダンジョン数は、世界中の半分は此処にあるとさえ言われている。それはけして誇大表現でもなく限りなく事実と認識できる。古エッダ時代の大迷宮"ヴァナヘイム"、五賢神時代の塔"バックスの祈祷塔"などを筆頭に様々な時代のダンジョンが存在し、またそのダンジョン研究のために研究機関や教育機関を数多くこの街は保有している。

 特に戦闘者養成学園はこの街だけで七校存在し、その七校が常に鎬を削りあっている。戦闘者養成学園はその名の通り多くの戦闘者、軍人、傭兵を輩出している。だが、この迷宮都市においてはそれだけではない。学科として探索科が設けられ、探検者シーカーを育てているのだ。

 そのため迷宮都市にある、七つの戦闘者養成学園は各々がダンジョンを所有している。それが更にこの街のダンジョン数を増やしているのは語るまでもない。例えば、アークアライン学園には三つの迷宮が存在する。第一迷宮"走れ! 奴等よりも速く!"。第二迷宮"君と僕との出会い"。第三迷宮"アラインの試練場"。この計三つ迷宮を所有し、所属の学生たちが日夜潜りモンスターたちに挑んでいる。

 このように戦闘者養成学園が所有するダンジョンや、上位教育研究機関が保有する神話の時代のダンジョン。また、街が管理する古のダンジョンが大量に存在するこの特異な街は、誰が言い出したかは定かではないが迷宮都市と呼ばれているのだ。

 この迷宮都市の規模は学園都市"トート"、魔道の都"リ・ヴェネフィル"、シグフェズル帝国帝都"ガイゼル"、ブリトリア王国王都"アルビオン"の四つを含め世界五大都市の一つに上げられるだけのことはあり、巨大だ。数多く存在するダンジョン。そして、そこに潜る各国の戦士にシーカー。加えて、一攫千金を狙うフリーの様々な人種を合わせ、混沌都市とさえ比喩される程に膨れ上がっているこの街は、いつでも巨大な顎を開き人々がやって来るのを今か今かと常に待ち構えている。

 そんな街の中央西側に位置する大迷宮"ヴァナヘイム"に最寄の位置にある道具屋"ワーズワーズ"の前で少女はやれやれと肩を揺らした。


「ま、そのくらいは見逃してあげよう。しかし、となると今日一日は準備に費やしたほうがいいね」

「面目ない。本当に……ごめん」

「次からは、じゃ遅いんだ。あの時の失敗を忘れてはないだろ? 大体、勢いに乗ってのダンジョン探索はシーカーにとって危険なんだ。あの時もそれがあったのは否めないはずだ。まあ、確かに勢いは大事だけどね。引き際はしっかりと見極めないと」


 肩口まで伸びたブロンドの髪をポニーテイルに纏め、理知的な光を宿した華のある少女、カリム・フリードは藤堂修貴の情けない表情を見ながら軽く嗜めた。

 がっくりと項垂れるように謝る修貴に、カリムはやれやれと肩を揺らすと、手を握った。


「こんな会話していても、時間が勿体ないだけだね」


 修貴に聞かせるようにそう呟くと、着込んだ紺色のレザースーツを揺らす。

 さてと、呼吸を一つ。修貴の手を握っていない左手で、ワーズワーズを指をさすと、握った修貴の手を引き、ここに立っていても仕方がないと急ぐように他人の視線をなぎ払い勢い良くワーズワーズに道具の買い揃えのために向かっていく。


「さっさと揃えて潜るよ」

「わかってるから、引っ張るな!」

「うん? 君は何をそんなにあわてているのかな? 人通りが多いんだ行くよ」


 ニヤニヤと笑みを顔に貼り付けるカリムは修貴の手を力強く握り多くの人々の前を堂々と歩いていく。対する修貴はいつも一人で居る悲しさか、異性に堂々と手を握られる状況に対する視線を被害妄想的に受け止め、連れられて行くのであった。









ダンジョン、探索しよう!
その2









「火炎瓶を十、冷凍玉に雷撃針、風来枝も十ずつで、クナイを四十か。ソライスの粉に魔除けのベルもいるな……。えーと、あとヒールドロップに、と。カリム、マジックドロップは買ったのか?」

「当然だよ。僕は魔法剣士なんだからね。だから、君も攻撃アイテムを大量に買わなくてすんでるんだろう?」

「だよなぁ。本当に助かってる。と、超力湿布もいるな。十くらいかな?」

「それと、強魔丸を買ってくといいよ」

「あー、そうだな。高いけど、あった方がいいよな」


 カリムの指示に素直に従い修貴は強魔丸を一瓶追加する。一粒で、使用者の魔力と抗魔力を強化するこの丸薬は高価ではあるが、魔法の才能を持たない者のダンジョン探索には必需品だ。特に難度の高いダンジョンに潜るならば、中の魔物達が魔法、魔力を使ってくる。その時に少しでも抗魔力強化できるならばしたほうが良い。

 他にも何がいるのかと修貴は品を確認しながら、思い出したようにカリムに話し掛ける。


「予定だと、十日間潜りっぱなしだろ? 何階くらいまで行く気なんだ? あと、食料と水はどのくらい用意したんだ?」

「修貴の所為で九日間だけどね。ま、二十階は最低でも行く気だよ。食料は十日分は用意してあるから十分足りてる。多いくらいさ」


 その台詞を聞いて修貴の手が止まる。"ヴァナヘイム"は最高位の難度の一つに上げられるダンジョンだ。それを一階からのスタートで二十階まで一日二階以上のペースで進むといわれれば驚くのも無理ない。

 無理だろという、視線を修貴が投げかけるとカリムは、ニヤリと笑ってみせる。


「問題はないよ。現在最深攻略階地下四百十二階で、層は十階ごとに変わって、大きく変化するのが五十階ごと。テレポーターは十階ごとに設置されてる。そして、地下五十階までは、君でもパーティを組めば辿り着ける階層だよ。まして、僕を誰だと思ってるんだい? これでも、ヴァナヘイムは三百十階までは潜っているんだ。心配することはないよ」

「まあ、お前の心配はしてないさ。それにカリムの言うとおりなんだろうよ。ただな、俺らだと実力が釣り合わないから逆に心配なんだ」


 カリムはもう二度と失敗はしない、心配ないよと再度、修貴に告げる。カリム・フリード。現在、アトラス院に在籍している若きシーカーだ。彼女は修貴と同年代であり、同時期にこの街にやって来てフィヨルニル学園に入学したが、単位を早い段階で確保し短期卒業をした。そして、教育機関であり研究機関でもある迷宮調査学院アトラス、通称アトラス院に在籍している。

 学園を卒業した彼女の実力は間違いなく、才能を持つ一握りの戦士たちに並び立っている。それを、修貴は嫌というほど知っていた。

 だからこそ、実力の兼ね合いが取れていないこの二人組みパーティを組むことがいつも不安なのだ。加えて、ヴァナヘイムに挑むということもありより大きな不安を抱えているのだ。

 実力が釣り合わないものは互いの力量を測りにくい。特に下位にいるものは上位に居る者の実力が高いということは理解が出来るがどの程度高いのかが理解できない。そして、パーティを組んでいる以上、どちらかがどちらかに合わせることが多くなってくる。もちろん、合わせるのは実力が高い側だ。これでは実力が勿体ないだけだ。そして、低い実力のものは、より高い実力を見誤るという悪循環が起こりかねない。


「君はいつもそういうけどね。初めてはともあれ、何だかんだと今となっては、僕たちは上手くいているだろ?」

「それは、そっちが合わせてくれてたのと、そこまで上級ダンジョンじゃなかった。今回は、ヴァナヘイムだろ。今まで通りとは行かない」

「ふむ。連携という意味ならば、僕は君の動きを知っている訳だ。問題は特にない。それに、感知、索敵技能は僕より修貴の方が高いじゃないか。特に君の戦い方は、上位の敵とも一人ではなければかなり有効だ」


 それは、そうなのかもしれない。だが、と修貴は肩を落とす。場合によっては修貴自身がカリムの足枷になりかねないのだ。一度、修貴は足手まといになった苦い記憶がある。修貴にとっては一番の問題だ。親友であるカリムに修貴は面倒を掛けさせたくないのだ。

 その修貴を見て、カリムがニヤニヤと笑みを浮かべた。


「もう、昔とは違うんだ。安心してほしいね。僕が大丈夫だといっているんだしね」

「……わかった、信じるよ。じゃ、何で三百階まで行っている潜っているダンジョンに俺と一から潜るんだ? 俺と潜るなら他の場所でも問題なかっただろ?」


 ニヤニヤとした笑みが、ニヤリと歪む。


「実は、僕は君と潜るのが大好きなんだ」

「……な、え? は?」

「予想通りの反応ありがとう。冗談だよ、半分くらいは」


 そこで一度カリムは言葉を切り、実はと更に続けた。

 地下二百十二階、でカリムはある物を見つけた。小さな部屋で、そこには英雄の剣は此処より続く塔に捧げたと、新エッダ時代の言葉で記されていたのだ。その言葉の意味は現在アトラス院で研究されているのだけど、と含みのある笑み浮かべたカリムが言う。

 修貴は眉を寄せる。古代の遺品の探索に行くということはわかるが、それはその階層を調べたほうが速いはずだ。


「ん。いや、僕はね。それで確信したことがあるんだ。九十八階で出会ったレッドドラゴンいたんだけどね。そいつはある物を持っていたんだ。ニーベルゲンの指輪。ま、レプリカだったけど。それがあった」

「いや、何を確信したんだ?」

「ニーベルゲンの指輪は僕の家の家紋なんだよ。見たことあるだろ? そいつに付属するように"フリードの血を引くものよ、汝、求めるならば塔へ行け。三つの数字が並ばぬ処に塔へ道はあり"とこちらも新エッダ時代つまり、ネーデリア語で封入されていた」


 つまり、と修貴は深く考え、カリムに言葉を返す。


「探し物の手がかりをやっと見つけたのか」

「その通り。思ったより早かった。実家に残されていた文献を初めて読んだときは、こんなに早く手がかりがつかめるとは思えなかったからね」

 そして、とカリムが言葉を続ける。


「これを探すときは一緒にと約束しただろ?」


 嬉しそうな笑顔を浮かべるカリム。

 修貴はその表情で、カリムと親友になったころを思い出した。



*   *



 藤堂修貴とカリム・フリードが出会ったのは戦闘者養成学園フィヨルニルの入試会場だ。

 当時からすでに修貴は人見知りし、誰かに話しかけるのを苦手としていた。そのため誰も知り合いのいないヴォルヴァで話し相手も見つけることなくただ一人で座っていた。そこに話しかけてきたのがカリムだった。カリムの人当たりのよさと、戦闘者養成学園の入試を受けることが出来る最低年齢であったことも手伝い、何とか修貴はカリムと会話をすることが出来た。

 結果として、修貴はフィヨルニルを落ち、アークアラインに合格しため、その縁は修貴にとっては切れたものと思っていてのだが、カリムと再度会ったのは入学してすぐのことだった。

 兄から貰った刀以外に必要なアイテムを買出しに行ったときに、カリムとそこでばったりと出会った。

 修貴はそこでフィヨルニルに落ちたことをどう伝えるか悩み、顔を赤くしたがカリムは特に気にするまでもなく再会を喜んだ。それが、今につながる大きな縁となった。

 人見知りをし、親交が少ない相手に話しかけるのが苦手な修貴は気づくと、アークアライン学園の同期の生徒で、友人と呼べたのは強制的に組むことになる初パーティのメンバーの僅か三名だけで、その結果多くの時間を他学園の生徒であるカリムと過ごすようになっていた。これを手助けしたのは、カリムが優秀すぎるため同期の仲間とあまり時間を共有しなかったということであった。

 そして、決定的に仲が深まったのが二人で初めて一つのダンジョンを踏破したときだった。

 街が管理する最も簡単で、易しい"初めの一歩"という全地下五階のダンジョンだ。生息しているモンスターもそこまで強くはなく、ある程度戦闘慣れした人間ならば特に問題なく最下層に辿り着ける。

 カリムはこの時すでに大人顔負けの実力を持っていた。だからこそ、それがこの時の二人には仇となった。

 修貴の実力はカリムの足を引っ張り、カリムは修貴の実力を見誤った。それが、決定的な失敗だった。

 "初めの一歩"地下五階に生息している、アルペンリザード。このダンジョンにおける最大の敵だ。本来の生息地は高山なのだが、元々実験施設でもあったこのダンジョンで繁殖に成功していた一種だ。体長は現在の修貴と同じほどで、魔法に対する耐性以外にこれといった特徴はない。

 だが、当時の二人には大きな障害となった。

 五階の踏破の帰り道に出会った五体の群れのアルペンリザード。魔法の力押しを多用していたカリムにとって、このアルペンリザードは厄介だった。だが、攻めの姿勢を一切崩さす、剣と魔法を駆使して戦ったが、修貴が足を引っ張り、カリムは判断を誤った。

 今ほど知識もなく、準備に対して時間も掛けなかったため助かったのは行幸と言えた。

 氷結の下位魔法をカリムは唱え、アルペンリザードを押し切ろうとする。だが、リザードどもは怯まず、カリムに飛び掛る。それを守るように斬りかかる修貴。横一線に振られた刃は一体のアルペンリザードを確かに倒すも、体が泳いでしまう。それではカリムを守れないと判断した修貴は無理やりにアルペンリザードの前に飛びだした。

 そこに二体のリザードがカリムから狙いを変更し飛び掛ると、修貴はあっさりと押し倒される。

 それで、カリムはあっさりとパニックに陥った。


「修貴ぃ!」


 その叫びを修貴は今でも鮮明に思い出せる。修貴の戦い方が現在の形に近づいた因果だ。忘れるわけもない、シーカーとしての戒め。そう思いつつ、それを最近忘れかけていたのは修貴自身が実力に対しての自負を持ち出していたのが原因だろう。

 襲い掛かられているにも拘わらず、カリムは修貴を襲うリザードに狙いを変えて魔法を放とうとするが、それは悪手でしかなく、二人の状況をより悪化させるだけに終わる。襲い掛かってくるアルペンリザードから気を逸らしたカリムも修貴と同じく飛び掛られた。

 その後は、カリムの必死の抵抗と彼女が此処に来るまでに培ってきた実力がパニックでありながら彼女を救った。簡易な爆発魔法で、リザードに衝撃を叩き込み引き剥がすことに成功しとっさに距離を取る事が出来た。そして、運がよかったのは、その爆発音と叫び声に呼ばれ来たこのダンジョンの各階に五人配置されているダンジョンの監視者の一人に助けられたのだ。

 これは真実、行幸だった。他のシーカーでは助けてもらえたかは怪しい。街が抱える初心者ダンジョンだからこその出来事だ。通常のダンジョンに監視者などいない。仮にいたとしても、各階に配置など出来はしない。

 結果として、両腕を折るだけで済んだ修貴と、怪我こそ負わなかったが自分がまだメンタル的に弱いことを突きつけられたカリムはその帰りを言葉少なく歩んでいた。二人を守るように周囲を確認するドワーフの初老の監視者は二人から一定の距離を保っていた。

 カリムがポツリと漏らした。


「……僕は、ここに来るまでに色々やって来た。父上や兄上に鍛えられたつもりだった」

「カリムは、強いと思う。おれ、何か、役立たずだった。やっぱり、おれなんて、そんなもんなんだ」


 まだ、小さな体で自嘲するように修貴は言った。


「修貴は、僕を助けようとしたんだ。自信満々な僕を」


 カリムは言葉を切り涙をこらえると、超力湿布を張られた修貴の両腕に目を移した。


「ねえ、今回はダンジョン制覇できたけどこのざま。僕には目標があって、で、で……!」


 堪えようとする涙は溢れ出す。

 修貴はそのカリムを見つめると、言葉を失ってしまいそうになる不甲斐ない自分に活を入れる。おれなんて、その程度。父や母や、周りそう言われてきた事が目に浮かぶ。だが、励まし、シーカーになりたいという夢の手伝いをしてくれた兄のお前は出来る子だよという言葉を思い出す。

 搾り出すように言葉を捜し修貴は口を開けた。


「もし、もしだよ。カリムの目標を、がんばる、時は、さ。今度は、二人で、今回みたいじゃなく──」


 痛みではなく、悔しさではなく、カリムにつられるわけではなく、やっと変われそうな自身がいることに気づいたことに修貴は涙を流しながら、言葉を続けた。


「──絶対に成功させて、走り抜けよう」


 カリムの視線が修貴と絡んだ。


「約束?」

「うん」


 それが、二人がこの時した約束だった。



*   *



 思い出すと、修貴は苦笑してしまう。あれは本当にあったことなのか。酷く自らには不釣合いでドラマチックな話だ。変われたというもの、対人技能はあの時から、あまり上昇していない。シーカーとしての行為に関しては問題ないが、友人を作るという意味では一切変化していない。だが、あの時のあれがなければ今の修貴がいないのも事実だ。

 そして、カリムはその約束の話を今、持ち出した。


「魔剣の可能性は高いのか?」

「そうだ、高いとも。本当はもっと早く修貴に伝えたかったんだけどね、遅くなってごめん」

「いいよ。なら、さっさと会計を済ませよう。話すことは多そうだ」


 安全性は確かに心配だ。しかし、それ以上にあの約束は修貴にとって大事だった。時間を掛けて進むことは出来るだろうが、カリムはそれを良しとしないはずだ。約束は目的であると同時に手段でもあるのだ。安全性は落ちるが、それを考慮しても早いに越したことはない。仮に修貴の実力が不足していたのならば、そこで何か対策を行うしかない。

 それに、確実性と安全性を考慮に入れるならば、修貴と時間を掛けて進むぐらいならば、アトラス院の仲間とカリムはパーティーを組むはずだった。

 あの約束は修貴にとって大事なように、カリムにとっても大事だったのだ。二人で、一気に駆け抜ける。それが約束だ。

 それを明確に理解ができ、修貴は笑う。


「修貴、この後の話は何処でする? 僕は松葉通りにある、フィルノートをお勧めするよ」

「それは、任せるよ」


 カリムはそう返した修貴に偶には君が選んで欲しい、この甲斐性なしと溢した。





* * *

想定外です。何を間違ってこんな方向に進んだのか。俺には理解できない。びっくり。勢いで書いてるからプロットがないのが痛い。
あと、この世界の単位の設定を上手く文章か出来なかったのを謝ります。ごめんなさい。実力不足でした。

それにしても、続いてしまった。

*****
修正 2009/02/08



[4424] その3
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/02/08 06:54
 大迷宮"ヴァナヘイム"第一層"ミッドガルド"地下一階。レンガ造りの壁に、鬱蒼と伸びた蔦が絡まり、何処からもともなく水が跳ねる音が響き渡る階層だ。これは、地下五十階までの第一層を貫く滝"ビルレスト"の音である。


「滝の周りはどうなっているんだ?」

「ビルレストの周囲は穴になってるよ。あまり近づくべき場所ではないね、特に初めてヴァナヘイムに潜る場合はさ。下の階から、たまに飛行型の魔物がやって来るから、気をつけなきゃならない」

「そうだな、俺がいるし、行かないほうが無難だな」


 修貴の言葉にカリムは今はまだね、と付け加えると、広い部屋の周囲を見回した。

 部屋には焼ける匂いが充満している。その地に崩れている四つの焼死した異形は、クルールプラントと呼ばれる食虫植物型のモンスターの成れの果てだ。


「火力、強すぎだ。俺の仕事なかったぞ」

「こいつ等は、刀で戦うには分が悪いよ。魔法で燃やすのが一番。それに、発見したのは修貴だから仕事はしてるさ」


 カリムは、クルールプラントが完全に沈黙しているのを確認すると、この部屋に他のモンスターが近づいてきていないかを修貴に確認させる。修貴は、気配探知と呼ばれるスキルを自己の周囲に広げていき、首を縦に振った。


「この階層には魔法のステルスモンスターは居ないから、問題はないね」

「なら、さっさと剥ごう。こいつ等は何を持ってるんだ?」

「実だよ。クルールの実。食べると発狂する。興奮剤とかによく使われてる」


 カリムはおもむろに死骸に近づき、炎の魔法でも燃やされないよう花弁に守られた実をダガーを使いむき出す。それを確認した修貴も習い、実を取り出す作業に掛かった。腰に下げた小刀を抜き、ざっくばらんに切り分けると、実はすぐに見つかった。

 血を吸ったように赤い実を確認すると、カリムに渡す。渡されたカリムは収納袋"ビックストマック"その実を収めた。魔道工学の発展と共に誕生した、シーカー必須アイテムともいえるこの空間拡大型の袋は長期間の探索には重宝する。だが、その分収納量が多い物は修貴にとって、高価すぎるため所持していない。それを買う金があるのならば、武具に金を使用したほうが効率がいいのだ。

 カリムは自身が剥ぎ取った五つの実と、修貴が剥いだ四つの実を収納袋に収めるとダガーを仕舞った。


「さて、修貴。この階には特に疑問がある場所がないから、最短経路で次の階に行くけど狩りたいモンスターでもいるかい?」

「いない。カリム、確認しておくけど疑問がある階は、地下二十八階、三十九階、五十階、七十二階でいいんだよな?」

「そうだよ。他の階層はマップの通りの最短経路で、行く。モンスターの感知は任せるよ。発見したら、すぐになぎ払うから」


 修貴はその言葉に頷くと、カリムと共にこの部屋を後にする。

 そこからの階段までの道は殆ど一本道だった。前方と後方の気を配りながら、進んでいく。足元に伸びた蔦を払いながら、進んでいけば、すぐに道は開けてくる。カリムが持つ携帯端末のマッピングは本人が一度潜っている以上、間違ってはいない。楽な道程だった。

 やがて見えてきた階段の周りには四人組みのパーティがいた。その雰囲気は疲れ果てているというのがピッタリだ。これで、この階で出会った二つ目のパーティだなと、修貴は心の中で漏らし、そのメンバーを確認する。制服であろう服装からすぐに自分と同じ学生であるということに気づく。学年はわからないが、雰囲気からして下級生ではないだろう。年下のパーティがこの迷宮に挑めるとは思えない。


「カリム、どうする?」


 小声で、カリムに話しかけるとカリムは難しい顔をしたいた。


「面倒になりそうだ。彼ら、フィヨルニルの生徒だ。しかも、僕と同期。実力を考えれば、このダンジョンのでも上層なら問題はないとは思うけど……」


 どうにも、歯切れが悪いカリムに、修貴は勝手に納得することにした。飛び級をし、すでに卒業をしたカリムは同期とは仲が特別いいことはないのだろう。だからこそ、カリムは修貴と仲が良くなったとも言える。

 逆に、飛び級をした同期が有名になっていないと考えないのも無理があるだろう。だからこそ、歯切れが悪いと考えられる。

 その四人が居る場所は階段前の安全地帯。下の階に進むには滝の穴に飛び込まない限り、絶対に通らなければならない場所だ。

 そろそろ、向こうもこちらに気づく距離だろう。いくら、安全地帯とはいえそれなり周囲には気を配っているはずだ。さて、どうなるかと修貴は肩を落とすと、こちらに視線を向ける四対の瞳を見た。









ダンジョン、探索しよう!
その3









「カリム・フリード。どうして、二人なんだ? なんだったら、俺たちと行くか?」


 何処か馬鹿にしたニュアンスが含まれたその言葉にカリムは、瞳を細めた。


「二人じゃ、きついでしょ? そっちの人が、どのくらいの実力か知らないけど、私たちと同年代みたいだし、一緒に進まないかしら?」


 魔法使いであろう、少女の言葉に篭められた意味を意図的に無視し、修貴は反応をしないことを決めた。

 どうやら彼らは、これ幸いとカリムの力を借りる気のようだった。わからない話でもない。カリムならば、ある程度の階層までは一人で突き進める実力を持っている。安全を考えれば当然の話だ。修貴自身、ここまで来るのにしたことは、モンスターの探知ばかり。倒した魔物も、不意打ちで三体しとめただけだ。


「カリムさん、人数は多いほうが戦力になるよ。僕たちも、この階をここまで来てある程度魔物たちの実力もわかってるからね。役に立つはずさ」


 カリムが、面倒そうに、彼ら四人を見渡す。

 同年代で、実力のある面子が確かにそろってはいる。だが、彼ら四人が出来ることはカリム一人で事足りる。足りてしまうのだ。確かに役割分担をすればより効率は上がるだろうが、それは実力が拮抗していての話だ。全ての面で、彼ら四人より秀でているカリムにとっては彼らの申し出は、ありがたくもなんとない。

 何より、即席のパーティでは連携なんてものは持ってのほかだろう。せめて、修貴のように一つでもカリムを上回る何かを持っているのならば、考慮の価値があるが、それさえない。あって、肉壁にでもなってもらうしかない。

 断るのが、一番賢い。だが、けして仲が良いわけではない同期とより、仲が悪くなるのは、同期にいる友人にも迷惑が掛かるかもしれないと思えば、少し気が引けた。だが、ここはダンジョンであり、学園付属のダンジョンや、初心者向けのダンジョンに比べ、明らかに命危機が跳ね上がる。実力的には問題はないが、そういった類の可能性は減らせるなら減らすべきなのだ。


「修貴、断るけど、いいよね?」


 彼らに聞こえないよう小声、カリムは修貴に言葉を投げかけた。修貴は頷く。それ確認したカリムは、彼ら四人に対し口を開こうとしたが、修貴がそれを遮っていた。


「すまないけど、これは俺とカリム、二人でこのダンジョンを潜ろうという話なんだ。断らしてもらう」

「ん? あんた誰だよ」

「見ての通り、カリムの仲間だ」


 不審そうな視線と、不満そうな視線が集まるのを感じながら、修貴は自嘲する。だがら、俺は友達が少ないんだよな。


「さ、カリム。先に行こう、特に休憩もいらないだろ?」

「あ、うん」


 カリムを連れ、修貴は階段に足をかけ早足に歩いていく。下手に、立ち止まって話し込むことがあれば時間が勿体ないだけだ。まてよ、と言葉がかかって来ているが修貴はそれを無視する。カリムの知り合いだというならば、不満を持たれるべきなのは、まったくの接点がない修貴だ。

 相方が進んでいくなら、カリムは追うしかない。これで、少なくとも悪感情を抱かれるのは修貴のはずだ。

 地下二階に降り立ち、カリムが着いてきているのを確認し、後ろからどうやら追ってきている気配を感じる。合わせて前方のモンスターの気配を探りつつ、修貴はカリムに言葉を投げる。


「この先の斜め右前方に何か居るみたいだけど、走れるか?」

「走るよ。最短経路は真っ直ぐだから、一気に駆け抜けよう。魔物の巣もないはずだ」


 カリムが頷くと、二人はレンガの道を駆け出した。



*   *



 流石に追って来る様子はなかった。マップを知らないダンジョンを駆け抜けるような馬鹿ではないようだった。仮にそうだとしたら、よりお断りになるだけだ。足手まといは居ないに越したことはない。


「それで、修貴。……ありがとう、でいいかな?」

「どうだろうな。もしかしたら、悪い方向に向いているかもしれない。本当に会話が下手だよ、俺。もう少し言い方があったのに」

「いいと思うよ。僕は少なくと修貴のそういったところ嫌いじゃないから」

「それこそ、ありがとう、だな」


 まあ、何はともあれ厄介ごとは簡単に済んだわけだ、と修貴は嘯いた。

 気配を殺すことよりも、駆け抜けることを優先したのは正解だったようで、二人は魔物に遭遇することなく、階段からの距離を稼ぐことに成功していた。だが、これは同時に階段に逃げ延びるのに時間を要するという事実でもあるが、そこはそれほど心配はしていない。

 この階層付近でカリムに敵う魔物は居らず、まして、修貴が率先して索敵を行っているため、不意を付かれる事もない。そういった意味では、雑魚を相手にするときの二人の相性は良かった。

 見回すように、修貴は周囲を確認する。修貴の感覚に引っかかる魔物は付近には居ない。だが、歩き回っている魔物が居る場合は別だ。


「カリム、一度マップを確認しよう」

「そうだね。モンスターハウスに突撃、なんて馬鹿げたことはしたくないからね」


 カリムが自身の携帯端末を取り出し、マッピングを表示する。

 表示されたマップを覗き込むと、現在の道からの直進したとき、滝に突き当たることが分かる。それ以前の十字路で右に曲がれば、クルールプラントの林があるらしい。左に曲がれば、階段への経路になっているようだった。


「ここを、こう行って、ここは何の巣だ?」

「そこはファイアフォックスだね。大人しいけど、戦うとなればそれなりに強いよ」


 となると、と最短の安全な経路を求める。


「ここで、滝の横を通る必要があるな。ならいっそ真っ直ぐ行って、飛び越えるとか出来ないのか?」

「無理だよ。飛行系の魔法で飛び越えたって話は聞くけど、あれすごく大変なんだ。バランスがぜんぜん取れないからね」


 危険だと先ほどの階で話していたばかりのところを絶対に通らなければならないことに修貴は苦笑しつつも、そうかと頷き、カリムは携帯端末を仕舞った。

 二人は一度、周囲に気を配る。目だった変化はない。さらに、修貴は二度目の周囲の索敵を行うが、引っかかる気配はない。

 大丈夫みたいだね。カリムの言葉に修貴はもう一度頷く。

 走ることをせずに、二人は丁寧に歩き出す。レンガの壁を伝うように歩いていく。魔物が通った痕跡がないかを確認しつつ進んでいく。十字路を左に曲がり、その先で右に曲がる。そうこうしながら、入り組む道を歩いていくと、数刻が経ち、滝"ビルレスト"に接近したときに修貴は足を止めた。


「ずっと、気配が少ないと思ってたが、一匹、滝のほうからでかい何かを感じるんだが……」

「ビルレストの滝から? 滝の付近に住み着いている魔物は居ないはずだけど……。気をつけたほうがいいね。下の階層から上がってくる可能性が高いのは飛竜だからね。この階のモンスターたちは、飛竜がやって来たら隠れる。そういう意味では、僕たちがまったくといっていいほど遭遇しなかった説明はつく」


 カリムは一度、自分の装備を確認する。一対一でも飛竜は勝てない相手ではない。だが、今は修貴がいる。足手まといになるとは思わないが、ヴァナヘイムに住む飛竜は、外界の飛竜に比べ強力だ。場合によっては手痛いダメージを負いかねない。

 カリムの装備、それは黒竜の皮から作ったレザージャケット。ミスリル製の杖の役割を兼ねるバスタードソード。その柄には魔宝珠が埋め込まれている。首に下げられた呪い除けのアミュレットに、腰の道具は全て、いつでも使える状態だ。

 修貴もカリムに習い自身の装備を一度確認する。ハードダイト製の刀に、耐魔版アークライン学園制服、九回練成版。正直、防具に関してはもう少しいいものが欲しいがこれは仕方がない。その分、学園の工房で九回及ぶ強化練成を行ってあった。いつでも使用できるように道具はカリムと同じく、腰につけてある。

 装備として、過不足はない。


「修貴、その気配は今、どうしてる? 深く探れるかい?」

「やってみる」


 集中し、自己の感覚を伸ばすように探る。目に見えるわけではないが、簡単な動きぐらいは把握できる。わかるのは、忙しなく動いている巨体。だが、こちらに向かって動いている気配はない。いや、モンスター以外に何かが居る。他の魔物が捕食されようとしているのかと、判断しそうになるが、気づく。これは、人が戦っているのだ。

 修貴の顔に浮かぶ難しい表情にカリムも表情を厳しくする。


「どうだった?」

「たぶん誰か、戦っているみたいだ」

「それは、まずいかも知れないね」


 飛竜は下の階から上がってきたモンスターだ。この階のレベルより明らかに高い。場合によっては戦っているであろうパーティは格下の可能性がある。

 対等や格上ならば、彼らが勝つのを待って進むべきだが、階層が浅い場合はなんとも言えない。


「修貴、確認できるところまで進もう。判断はそれからだ。それまでにその魔物が討たれるならばよし。そうではなく、戦っているのがパーティであって、負けそうならば加勢する。いいね?」


 了承の意を示す修貴。窮地に追い込まれるシーカーがいた場合、救えるならば救うのがカリムのスタンスだ。中には危機に陥ったシーカーをおとりにする者もいるが、過去の経験がカリムにそれを許さない。

 そして、二人は滝に向かって進みだした。





* * *

……カリム強すぎ。バランスブレーカーだよ。
あと、どうにも起承転結がハッキリしない。もう少し一話で緩急をつけれると嬉しいだけどなぁ。

思いのほかノリノリで書いている俺に正直驚いてる。

*****
修正 2009/02/08



[4424] その4
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/02/08 06:55
 今回の探索は確かに、楽な道程になるとは始めから思ってはいなかった。途中、カリム・フリードに出会い、テンポこそ崩れたが、まだ上層、手間を取ることはないと判断していた。つまり、彼らはダンジョンでは何が起こるかわからないという事実を、完全に忘れていた。如何に実力があろうとも、如何に下調べをしていようとも、それは常に起こりえる可能性を孕んでいる。

 特に、ヴァナヘイム第一層ミッドガルドは、その階層を貫く滝が流れている。その滝は、地下二階において、道を両断し行き来の自由を少なからず奪っている。そして、それは不慮の事故を運んでくることが多々あるのだ。


「リア! やつに気を取られるな! お前は補助に専念していろ!」


 彼らのパーティリーダーであるカークは滝の音にかき消されぬように声を張り上げた。

 彼らを阻むように飛ぶのは一体の翼竜。名をワイアーム。地下五十階に生息するモンスターだ。その特徴は強靭な羽根による突風と、ドラゴンに劣らないとされる、火炎のブレス。ワイアームはただ、純粋に強い。

 ワイアームが中空に向かって吼える。モンスターの咆哮は、得てして魔力を微少ながら含んでいる。今の叫びは威嚇の叫び、それは相手を怯ませる力を持っている。だが、カークたちはその咆哮を耐えて見せると、即座に反撃に移る。

 下級雷撃魔法が、ワイアームに飛び掛る。それに合わせるように、カークともう一人の前衛、ルイが両側から追撃を仕掛けた。

 ワイアームはもう一度咆哮をあげる。今度は先ほどよりも多くの魔力の篭った、術式破壊の叫び。雷撃はそれに打ち消されるが、その隙に二人が襲い掛かる。その翼に向かって振り下ろされたカークの刃は、あっさりワイアームの強靭な体に弾かれた。ルイの槍はその翼を貫くことなく、押し返された。


「硬い! 静! エンチャントはまだか!?」

「待って。あと少しで、出来るから! リア、下級魔法の術式強度じゃ、咆哮に打ち消されるわ! 時間を掛けて強度の高い術式を編んで!」


 カークは弾かれた体勢のままワイアームから距離を取る。ルイもそれに習い、ワイアームから間合いを取る。

 弓を引くように翼を引くワイアーム。その動作は次の行動を容易に予想させる。


「カーク! 突風が来るよ! もっと、離れないと!」


 ルイが、声を張り上げた。

 だが、次の瞬間にはワイアームが放った突風に体を運ばれ、強制的に距離が開く。そして、強烈な突風は、少なからずのダメージを蓄積する。

 カークは呻く様に歯軋りをした。


「クソ! これじゃ、近づけないだろうが!」

「カーク! 隙を作って逃げるしかない!」


 冷静なルイの言葉にカークは頷いてみせる。仲間の様子を見渡せば、リアと静、両名の魔法使いは先ほどの突風を逃れていた。そして、静の武器エンチャント魔法の準備も終了しているようで、カークと視線が重なると頷いた。

 カークとルイは二人を守るように剣と槍を構える。


「武器に宿れ、氷の精よ! アイスエンチャント!」


 魔力が白い光の筋を描き、二人の武器に宿る。これで、ワイアームに武器が通らないということは少なくなるはずだ。

 開いた距離を楽しむようにワイアームが旋回する。ワイアームが飛んでいる位置は、滝によって分かたれた、カークたちが届かない位置となる。そして、離れた距離での動作を、ルイの視線は逃さなかった。ワイアームの口は明らかに炎を溜めていた。


「カーク! ブレスだ!」


 ルイの声には恐怖が滲んでいた。逃げ場が少ないこの場所でブレスを、それも滝に両断されたこの場所では、彼らには逃れえる手立てはない。救いがあるとすれば、距離が離れたことによってブレスが彼らに届くまでに時間が掛かることだ。しかし、それでもこの状況はあまりに絶望的だった。

 やがて、ワイアームが完全に向こう岸で動きを止め、ブレスを吐き出す動作に移った。

 そして、その時、四人の視線はその裏の通路より、現れたシ-カーをハッキリと認識させた。

 一歩。ワイアームは気づかない。

 二歩。刀を握ったシーカーは滑るようにワイアームに近づくが、気づかない。

 三歩。その裏に、もう一人シーカーを認識する。

 四歩。シーカーはワイアームの尾の付け根に向け、刀を振るった。










ダンジョン、探索しよう!
その4









 目に映った光景は、完全に不利な状況だった。数刻前に出会った四人組みのパーティはこの第一層で最も気をつけなければならない敵と不運にも出会っていた。

 旋回し、ブレスの動作に移るワイアーム。その翼竜は修貴とカリムに気づいた様子はない。

 滝によって分けられた道のこちら側に飛んできたワイアームを確認したカリムは、修貴に頷いて見せた。

 音もなく、修貴は動き出す。ワイアーム、その情報はカリムから聞いていた。弱点はその尾の付け根であり、弱点属性は氷。修貴は腰の袋から冷凍玉を一つ取り出す。刀を左手で握り、右手で冷凍玉をいつでも投げれる状況であることを認識し、より気配を殺しワイアームに近づいていく。

 カリムが小さく、呪文の詠唱を始めた。

 一足一刀の間合いまで、修貴は距離をつめ、ぶれることなく、宙を飛ぶワイアームの尾に刃を振るった。


「────!」


 ワイアームが震えるのが分かる。しかし、そのブレスの溜まった口を開こうとはしないのは修貴にとっても新鮮であり、脅威であった。怒りを覚えたワイアームはその獲物としていた四人組みから、自らの尾を切り落とした存在に意地で持って吐き出さなかったブレスを吐く事を決め、その首を足元に向けようとした。対する修貴は冷静に、そのワイアームの炎の零れる口に向け冷凍玉を投げた。

 ブレスが一瞬ではあるが、開放された冷気とぶつかった。

 修貴はその隙にワイアームの拡散したブレスから逃れてみせる。狙いもつかず、冷凍玉によって幾分弱体化された火炎は、無造作に広がるが、逃れる場所は確かに存在していた。

 気持ちがいいほどに、不意打ちは成功していた。しかし、不意打ちをもってしてもワイアームは修貴一人では手の負えない敵だが、今回はカリムがいた。


「舞い上がり凍てつけ、氷の精たちよ!」


 氷の上級魔法、ディフューズスノウがワイアームを襲う。滝の周囲を燃やしていた炎たちはかき消され、その氷の粉たちがワイアームに纏わりつく。カリムは魔法を唱えた直後に魔法使いの杖としての役割も果たしていたバスタードソードの柄を握り締め、その間合いを踏破する。

 もがき苦しむワイアームは近づいてきたカリムに注意を向けることも出来ず、カリムはそのバスタードソードを唐竹割りに振り下ろした。

 綺麗な弧を描くその剣筋は遮られることなく、ワイアームを両断した。

 修貴が作った短時間で、カリムは実力を見せ付けた。実際には魔法を使わなくても倒せたのだろうが、安全策だったのだろう。誰の、と聞かれれば、俺か、と気づき、修貴はため息を溢した。


「カリム・フリード……」


 カークの声は滝音にかき消されるが、助けられたカーク達、四人の視線がカリムに集まる。

 同年代とは思えない強さには修貴も感嘆するしかない。この少女いったいどうしてここまで強いのかと目の前にいる四人でなくとも驚くであろう。

 カリムがバスタードソードを仕舞うのを修貴は確認し、刀を鞘に納める。どうやら、カリムはワイアームよりも彼らの安否を先に確認するようだった。ならば、修貴は魔物が近づいてきていないかを確認するのが優先だろう。

 滝つぼに落ちるぎりぎりの所までカリムは歩を進めると、対岸にいる四人に声を投げる。


「大丈夫かい? だれか負傷者はいる?」

「……おかげさまで助かったさ。ブレスを食らわないですんだ」


 数刻前の素っ気ない態度がカークの脳裏を過ぎるが、パーティの恩人であり下手なことを言うのは失礼だった。その程度礼儀は四人とも持ち合わせていた。

 四人が、対岸ではあるがカリムに近づき、滝を挟んでその視線を合わせた。


「ありがとう、カリムさん」


 静はそう言ってから、思い出したように修貴に視線を向けた。カリムの強さが印象には残ったがブレスの脅威から四人を救ったのは修貴だった。


「それに、あっちの彼にも、言うべきね」

「そうだね、呼ぶよ」


 静の台詞にカリムは頷き、修貴を手招きで呼ぶ。


「どうした? この周辺には何もいないみたいだったけど?」

「お礼だってさ」


 修貴はどんな表情を浮かべるべきか分からず複雑な表情を浮かべると、人当たりのよい笑顔を浮かべたルイが修貴と視線を合わせた。


「ありがとう、助かったよ。それしても、カリムさんと一緒にいるだけあって、あの不意打ちは凄かった。よく、あの間合いまで気づかれないものだね」

「あ、いや、まあな」


 なんと返していいものかと考えるも言葉は思いつかない。こういった時に会話能力が低いことが修貴には悔やまれる。

 その修貴を尻目に、カリムと四人は礼と幾つかの言葉を交わし、滝から離れていった。


「修貴、とりあえず、ワイアームを剥ごう」

「ああ、そうだな」


 結果として、大して言葉を交わすこともなく修貴は彼らを見送ったのだった。



*   *



 順調だった。驚くほどに順調に進んでいた。地下二階でワイアームに出会うというハプニングこそあったが、それ以降の探査は実に順調に進んでいた。現在、地下四階中盤、探索初日でありながら、かなりのハイペースで進んでいる。


「楽だな、本当に。修貴と潜ると索敵が本当に楽だよ。見落としがここまでないと、吃驚するね」

「それぐらいが、取り柄なんだ。何せ、普段が一人だから」


 修貴は基本的に一人でダンジョン探索に出ることが多い。それだけに、不意打ちを食らわないというのは生命線だ。不意打ちを貰い、倒れてしまえば誰の助けも借りられない。地下二階のときのように誰かが助けに入れる状況は稀だ。

 だからこそ、修貴のスキルは誰の助けがなくても戦えることに特化している。といえど、それがパーティを組んだときの妨げになることはない。


「さて、この辺りはボーパルバニーの領域だったね。修貴、索敵を頼むよ。今日中に五階に進む階段に辿り着きたいからね」

「わかった。それにしても、首狩り兎か」

「そう、修貴みたいな戦い方をしてるあの兎。この階層にいるのは、種族はブラッドバニーだね」


 ボーパルバニー科ブラッドバニー。首狩り兎の中でも好戦的な変種である。特徴は、血に濡れたような赤毛と、吸血行為だ。ボーパルバニーは種として気配を隠す傾向がある。それは、このブラッドバニーにもいえる。

 不意打ちでもって首を落とす、ボーパルバニーは何とも修貴に似た戦い方をしているが、違いとして集団で行動しているというものがある。そういって意味では、修貴より余程厄介だった。

 歩きながらも、神経を研ぎ澄まし、気配を探る。小さな変化も些細な変化も逃さないよう、周囲を探っていく。気配を消すのが上手い相手ならば、気配を探るよりその周囲の違和感を探ったほうが効率がいい。すると、その先に気配に気づけるのだ。

 カリムは、修貴が気配を探っているのに対して何もしない訳ではない。一撃必殺を是とする首狩り兎を前に無防備になるのは馬鹿のすることだ。修貴ほどではないとはいえ、カリムも気配察知のスキルは持っている。それを使い、襲われたときに備えをしていた。


「カリム、次の右曲がり角の隅に、何かいる。たぶん、首狩り兎だ」

「本当に、よく見つけるね。僕にはさっぱりだよ」


 発見したからといって急ぐことはない。下手に急げば、相手もそれに疑問を持つ。ペースを変えず、歩いていき、修貴が半歩カリムより進むようにしていた。そして、修貴は曲がり角に到達したとき、相手を見ることもせず刀を抜き放った。

 けして得意ではないが、いざという時のために習得しておいた"居合い"。すぐに動けるよう体を緊張させているとはいえ、相手により速く一瞬の不意をつくには向いている技だ。何より、速度がある。鞘走りによって高められた剣速は首狩り兎の一振りよりも速く、一匹のブラッドバニーの首を跳ね飛ばした。

 その数は四匹。一匹目を仕留めたところで、生き残っている残りの三匹が修貴の首目掛け、その凶刃を振るう。兎本来の姿に、奇妙に伸びた触角とその鋭利な歯。その触覚は刃としての機能を持ち、容易に首を刎ね、その牙は鋼鉄さえもをバターをナイフで切るが如く切り裂く代物だ。すでに振るわれたその触覚はカリムが力強い一撃を持って二匹のブラッドバニーを巻き添えに切り落とした。

 居残った一匹は、半歩遅れて現れたカリムに、過剰に反応し、居合いによって一匹を切り伏せた状態から刃を返した、修貴の一振りを避けきることが敵わず、その腕を落とされる。

 対峙する、手負いの首狩り兎と二人。

 唸るような、ブラッドバニーに二人は油断なくその武器を構える。けして、気を抜いていい魔物ではない。かりに気を抜けば、一瞬でもってその首が宙を舞う。

 カリムが先に動く、そのバスタードソードを器用に操り、その牙を封じ込めながら最小限の動きで首狩り兎を追い詰め、ブラッドバニーがその触手を振りぬこうとした瞬間に、突きを放ち、その小さな体ごと壁に叩きつけ絶命させた。


「これで、全部かな」

「ああ、そうだ。これでもういないはずだ。首狩り兎は、緊張するな」


 ふう、と一息をつき、壁に修貴はもたれ掛かる。その手は汗でべっとりと濡れていた。ワンテンポでも遅れて攻撃をすれば、その首を持っていかれたであろうと思うと背筋が寒くなる。居合いの技がなければとてもではないが先手は取れなかったであろう。

 刀を鞘に納め、修貴は手を拭く。カリムはバスタードソードを仕舞い、すでにブラッドバニーの触手を切り取り、その歯を抜いて保存していた。


「居合い、もう少し勉強すべきだな。かなり、危なかった」

「そう? 悪くない一撃だったと思うけど?」


 修貴はたいしたことないと首を振り答える。


「極めるとかは言わないけど、いざという時の札くらいにはなるからな。特に今回みたいにお互いが気づいている時は便利だからな。居合いの道場にでもいってみるかな」

「そっか。さて、そのためにも速く攻略していこう。さっきも言ったとおり今日は地下四階の下り階段で休むのが目標だよ」

「明日は五階からか」

「そうさ。さくさく行こう。休むなら安全地帯がいいからね。魔除けのベルや魔除け結界を使うのは勿体ない」


 修貴はカリムの言葉に頷き、階段に向けて二人で進みだした。







* * *

今回も、カリムさんの活躍で終始した気がする。
主人公は修貴君です。なぜか、あまり活躍してません。

……いつかきっと活躍してくれると、俺は信じている。

*****
修正 2009/02/08



[4424] その5
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/02/08 07:36
 探索二日目。すでにカリムと修貴は地下九階まで辿り着いていた。修貴にとってこれ以上とないハイペースの探索だった。初めて潜る難関ダンジョンでこれほどのペースを維持し、突き進めるのはカリムの実力が突出しているという事実の賜物だというのは、修貴にとってすれば何とも歯がゆい事実だ。

 戦闘の相性も、シーカーとしての組み合わせもけして悪くないのは修貴も分かっていたが、驚くべきことにここまで来るのに修貴のアイテムは殆ど消費されていない。発見した魔物の数々はカリムが率先して倒してしまうからだ。

 修貴にとってダンジョンから得る物欲的な結果という意味では旨みは出ているが、実力を付けたいという意味ではあまりに命の張り合いがなさ過ぎることに修貴は軽くため息を吐く。確かに、手に汗を握るモンスター達もいる。だが、本当に命の危機を感じるような魔物はこの二日で三度しか出会っていなかった。巨大な集団とぶつかれば話は別なのだろうが、大集団を発見して戦闘を回避しているのは修貴の仕事だった。

 これでは一人で、学園付属のダンジョンである君と僕との出会い"に潜ったほうが余程、刺激になっていた。

 カリムに、ヴァナヘイムを一緒に探索しようと言われたときはどれだけの危機が待っているのかと考えたが、カリムと共にいるという事実が上層でのそれを見事に打ち消してくれている。だからといって、カリムに休んでいてくれというのはシーカーとしてナンセンスだ。

 これは、カリムとの約束を守るためと割り切るのが一番だろうと、修貴は思うことにする。またいつか、上層に一人で挑みに来ればいいのだ。その時は、今とは比べ物に為らないほどの緊張感があるだろう。下手をすれば、一階進むのさえ一日では足りないかもしれない。

 そう考えれば考えるほど、今のペースは理想の斜め上を走っていた。


「破竹のペースだな、本当にさ」

「そうだね。今日中に十階はいけるかどうか怪しいけどね。辿り着けるならそれに越したことはない。十階にはテレポーターもあるからね。もし、消耗していれば一度地上に戻るつもりだったけど、必要ないね」

「まーな。吃驚するぐらい順調だよ。これだったら、三十階いけるかもしれないな」


 うん、カリムが頷く。


「十階を越えたあたりから、もう少し出てくるモンスターの質も上がるけど、このペースなら問題はなさそうだ。それに、僕としてはだね。出来れば今回の探索で二十八階には辿り着きたい」

「ああ、言ってたな。二十八階、三十九階、五十階に七十二階か。確かに二十八階には辿り着きたい。となると、三十階は目標になりそうだな」


 修貴の言葉に再度、うんとカリムが頷いた。

 このペースで進んでいけば、九階の制覇は地上時間の深夜になることが容易に予想がつく。それでも、速過ぎると考えられるペースではあるが、より進んだ地点で一日を終えるために九階入り口の階段で夜を明かすという手をすでに放棄してしまった。そのため、時間的体力的なものを考慮に入れた結果、この辺りで安全地帯を探すのがベストだった。

 カリムが、自身の携帯端末を取り出し、マッピング"ヴァナヘイム"地下九階のマップの画面を映し出す。隙なく埋められたその地図を横から修貴が覗き込むと、近くに泉がある事が見て取れた。


「その泉、モンスターの巣か?」

「ここはストーンカの水のみ場だったはず。魔除けのベルでも使って一晩明かしても大丈夫だとは思うけど」

「水生の魔物は何かいる?」

「いないはずだよ」


 悪くないが、魔除けのベルを確実に消費するのは嬉しくはない。他の場所はとマップに目を落とす。

 カリムも思い出すように画面を指でなぞる。


「ここの部屋、確かファイアフォックスが住み着いてはずだけど、今はどうかな?」

「だいぶ前のことだろ、よく覚えてるな……。ま、行ってみるか」


 そうだね、というカリムの返事に修貴も頷く。カリムは携帯端末を仕舞う。

 そして、二人は目的の場所を目指し歩き出す。そうすると、一時間も経たないうち目的の場所まで辿り着いた。道程で、何度も付近のモンスターと対峙はしたがカリムの実力か、修貴の慣れかはさておき、二人は事なきを得ていた。

 その場所は五人ほどの人がそのまま座り込めるほどの大きさを持っていた。

 修貴があたりの気配を探るが、反応はない。ここに辿り着くまでにモンスターの巡回ルートを確認したがどの集団もここにやって来る事はなかった。あとは、ルートを外れて彷徨っているモンスターに気をつければ良いだけだが、ここに来るまでに付近にいたモンスターの大半をカリムが狩ってしまったためそこまで神経質になる必要はない。

 懸念されていたファイアフォックスの巣ということもなく、一晩を明かすには丁度よい場所だった。


「ここでよさそうだね」

「そうだな。寝るのは四時間交代でいいか?」

「かまわないよ。順番は、僕が先に見張っておくよ」

「じゃ、それに甘えることにするさ」


 二人は、火を焚き、カリムの収納袋から簡易な寝具を取り出した。

 準備を終えると、二人分のコップと干し肉を続けて取り出し、カリムは修貴に渡した。受け取った修貴は水を一口飲むと、いただきますと一言つぶやき、干し肉にかぶりつく。カリムも修貴のようにかぶりつきはしないが丁寧に一口づつ食べていった。

 焚き火の周りに咀嚼音が小さく響き、やがて止まる。


「さて、先に眠る。襲われたときか、時間がきたら起こしてくれ」

「うん。まあ、仮に襲われても修貴ならかってに起きそうだけどね」


 カリムに頼むと一言言うと、修貴は刀をすぐ取れるところに置き、毛布に包まると先に眠りについた。










ダンジョン、探索しよう!
その5









 カリムは、すでに寝入った修貴の顔をぼんやりと眺めていた。

 親友であり、相棒である修貴とはこの街にやって来てから本当に長い付き合いになった。この街で一番初めに出来た友人であるということが手伝い、共に初めての危機を味わったあのダンジョンに挑んでいなけけば現在の関係は築かれていなかったであろうことは、容易に予想がついた。

 あの経験はカリムのシーカーとしての本質に居座っている。

 実力に溺れてはいけない。仲間を大事にしなければいけない。そうだ、あの時、間違いようがなくカリム・フリードは藤堂修貴に助けられ、藤堂修貴は傷を負った。あれは、兄弟達と物心ついたときから剣を、魔法を学んできたカリムには衝撃だった。

 フリード家はシグフェズル帝国の武家の名門だ。その血筋は新エッダ時代の英雄譚にも登場するジーク・フリードの流れを汲んでいる。魔剣ノートゥングを担い、百を越える戦場を渡り歩き、神を飲み込む邪竜ファフナーを討ち滅ぼしたその人の血脈だ。

 その血筋は帝国では並ぶものなき武家として力を振るっている。だからこそ、あの時カリムは己の力を過信していた。幼かったといえば、その通りではあるが、命のやり取りでそれは通用しない。

 ああ、そうだとカリムは小さく笑った。この血筋だからこそ僕はここにいる。その家名であるがゆえに強制させられる道程、兄たちのように、学園都市トートの勇者養成学園に進まず、この迷宮都市にやって来た。これは間違いなくフリードの血脈だからこそだ。ただの武家の名門であったなら、兄たちと同じ道を進んでいた。

 実家において、カリムは家にあるジーク・フリードの文献を読むのが好きだった。剣や魔法の訓練の合間にいつも読み漁っていた。偉大なる祖先の冒険譚はどれもこれもが心が躍った。そのうちに、自分もいずれその道を歩みたいと願うようになっていた。そのためにつらい訓練をこなしていた。

 だが、フリード家の者は常に帝国軍への道を常に歩んでいた。学園都市から帰ってきた兄たちは皆、そのまま帝国士官学校に入学し帝国軍仕官となった。女であるカリムさえも、両親はその道を歩ませようとしていた。いや、いずれその道にカリムも進む。

 だからこそ、せめてとカリムは学園都市ではなく、この迷宮都市にやって来た。ジーク・フリードの冒険譚に憧れ、迷宮ヴァナヘイムに眠る可能性を持つ、魔剣を見つけるという目的を持ってやって来たのだ。もちろん、ジーク・フリードがこなした様なダンジョンの踏破にも憧れがあったのも事実だ。

 フリード家の所有する文献に小さくだが載っていた魔剣の在りか。それがヴァナヘイム。兄や父たちは、あるとしたら見つかっていると一笑にしたが、カリムはどうしてもそう思えなかった。そして、祖父に訴え、学園都市ではなく迷宮都市にやって来た。

 祖父は幼い孫の願いを聞き入れ、この迷宮都市にカリムを行かせたが、条件があった。十八歳までという期限だ。カリムはあと二年で十八になる。そう考えれば、現在の状況は実に順調だった。手がかりを見つけ、それに向かって邁進している。

 カリムはそっと修貴に近づいた。


「順調だ。修貴、きっと君に出会ってから僕はずっと順調に進んできた。六年という期間に焦ることなく歩んできた」


 始めは焦りがあったけどね、と付け足し、カリムは眠っている修貴の頬を撫でた。

 目的をより明確に目指せたのは、修貴との約束があったからだ。カリムは、そう信じている。


「ねえ、修貴」


 カリムは優しい声で名を呼んだ。


「僕は君に感謝してる。本当に、本当だ。こうして、ここで共に僕の目的に向けて歩んでいけることに感謝してる」


 何を眠っている相手に話しているのか。それも、まだその目的が完遂したわけでもないのに、僕は何をしているのか。


「まだ、先はあるけど、君といるとそれもすぐに思えるんだ」


 ははは。何だ、僕はどうしようもない女だな。約束の果てが近づいてきた所為で不安なのか。


「本当に、もうすぐ約束は果たせると思う。今回の探索は無理だとしても、次か次の次できっと、僕は目的に辿り着く」


 こうして、君が聞いていないのを利用して問いかけるのだ。


「たとえ、約束を果たしても僕たちは相棒だよね」


 カリムは、右手人差し指で修貴の唇をなぞった。そして、その指で今度は己の唇をなぞる。

 嫌になるほど感傷的になっている。カリムはそれに気づき苦笑する。順調すぎるのが怖いのだ。学園を飛び級で卒業し、アトラス院に入り、このヴァナヘイムの下層にまで到達した。そして、目的に向けての手がかりを手にいれ、修貴と共にここまでやって来た。後が怖いほどに順調だ。


「修貴」


 もう一度名前を呼ぶ。

 僕は、目的を果たしたとき先ほどの問を君に投げかけなければいけない。カリムは、修貴を知っている。修貴の性格を考えれば何も問題はないだろう。しかし、それでも今聞くのは不安だった。けじめをつけ、次に進めるようになって口に出し、答えを聞きたい疑問だった。


「僕は、君の事を──」


 刹那の瞬間、カリムはスローイングダガーを一本取り出し、投げた。


「はあ、修貴のことになるとどうも気がそれてるね、僕は」


 見張り番だというのにと、言葉を続けバスタードソードを手にカリムは立ち上がり、周囲を確認した。

 モンスターの群れということもなく、どうやらあっさりと逃げていったようだった。


「まったくもって、どうしたものかな」


 カリムは修貴の顔を覗き見た。




*   *




 石組みの道を歩きながら修貴は手を一歩前を歩く青年に引かれていた。青年が浮かべる表情は厳しかった。


「修貴、いいか。次、あいつら何か言われたら、ちゃんと兄ちゃんに言うんだぞ」


 ああ、これは夢だ。修貴が迷宮都市に来る以前の夢だ。まだ、皇国で初等訓練塾に通っていた時代の夢だ。ぼんやりと夢の中で夢だということに気づき、修貴は奇妙な気分に包まれた。

 兄の手に引かれる幼い修貴は、下向き肩を落とし小さな歩幅で歩いている。兄、藤堂修一はその修貴に合わせ、その大きな体に似合わぬ歩幅で歩いている。


「なあ、修貴。今度は何を言われたんだ?」


 酷く優しい声で兄が問いかける。

 そうだ、この時は初等訓練塾の同級生たちに夢について言われたのだ。

 修貴は幼い時、下級ではあるが武士の家の生まれでありながら、体が強いほうではなかった。両親たちは修貴に対して年の離れた兄である修一のように武人であることを求めていたが、それは幼きときは適わなかった。そのため、両親たちは日頃から修貴に不満をぶつけていた。

 その行為を諌める兄は修貴が初等訓練塾に入学するころには朝廷に仕え、あまり家に帰ってくることがなくなっていた。

 だからだろう、外に何かを求めるよりも、一人で修貴は兄に買ってもらった異国の冒険物語に夢を見るようになっていた。シーカーという職業を夢見るようになったのはその所為だ。

 だが、現実には体が強くはない。そして、外とあまり関わりを持たなかった修貴はいじめに合ったのだ。


「……お前には、……無理、だ、って言われた……」

「無理? 何が無理なんだ、修貴?」

「……冒険者に、なること」


 兄が驚いた表情を浮かべる。この時初めて夢を打ち明けたのだった。


「修貴は、冒険者になりたいのか?」

「……うん。でも、お前は刀も握ったこともないくせに、体も小さいくせに……って」


 いじめられたときを思い出した、幼い修貴は上ずった声で兄に打ち明ける。

 その修貴に対し、兄は足を止め、修貴の肩を掴み正面から向き合った。背の差を補うために屈み、柔和な表情を浮かべ修一は修貴の顔を覗き込んだ。


「無理じゃないさ。目指すんだったら、兄ちゃんは修貴のこと応援するぞ」

「ほ、ほん、とう?」

「おうさ! 大事な弟の夢だ。こいつは、適えなきゃ男が廃るってもんよ!」

「でも、僕、体、弱いし……」

「でももへったくれもねぇぞ、修貴! 成りたいんだろ?」

「う、うん……」

「声が小さいぞ、もっと大きく!」

「うん!」


 兄は立ち上がり、良い返事だと笑みを浮かべ修貴の頭を撫でた。

 勢いが強く、修貴は頭を押し付けられるような形になるが、兄、修一は気にも留めず修貴の頭を撫で続ける。


「いいか、修貴。兄ちゃんが出来る限りのことはしてやる。だからな、お前もしっかり努力するんだ。今日、いじめてた連中を見返すように努力するんだぞ」

「……わかった」

「よし、約束だ」


 兄の朗らかな声を聞き、幼い修貴はやっと笑みを浮かべた。

 この後、修貴は勉学で持っていじめをした者達を追い抜くが、友達は増えはしなかった。だが、間違いなくこれが今日までの修貴の活力となった。そして、約束というものに重きを置くようになったのもこのときからだ。

 やがて修貴は、兄の手の感触を夢の中で感じながら、自分が目を覚ますの実感した。




*   *




 修貴が目を開けると、カリムと視線が重なった。


「……おはよう、修貴」

「……交代だな、カリム」


 頭の置かれている部分の感触が明らかに、レンガのそれではない。修貴はその感触を確かめるように一度、二度と頭を揺り動かした。


「くすぐったいよ、修貴」


 どう考えても膝枕ですありがとうございました。

 寝ぼけたまま思わず意味が分からない言葉を口走りそうになるがそこはぐっとこらえて見せる。


「見張りの方は?」


 柔らかいなと思いつつ、大事なことを聞く。けして、膝枕だよどうしよどうしよめっちゃ柔らかいよつーか膝枕だよ俺には縁遠いものだと思ってたよまじかまじなのか、とテンパっているわけではないのだ。本当だ。信じてやって欲しい。


「ん。一度、鉄蝙蝠が来たけど、切り殺したよ」

「そ、そうか。起こしてくれればよかったんだが」

「気持ちよさそうに寝てる人間を起こせるほど、僕は意地が悪くはないさ」

「ごめん」


 とりあえず、修貴はこの太ももの感覚を脳裏に刻み付けると、名残惜しいと感じる自分を切り伏せ、起き上がる。

 見張りを交代しなければいけない。カリムにも睡眠が必要だ。

 それに魔物がやってきたのに起きれなかったことを鑑みればどれだけ深く眠っていたかがわかる。カリムが横にいた所為で安心しきっていたのだろう。一人ならば、それは致命傷につながってしまう。

 起きなかったのは、べ、べつに膝枕が心地よすぎたってわけじゃないからね。

 修貴は勤めて冷静にカリムと視線を合わせる。


「代わるよ、カリム。今度は俺が見張る」

「んー、そうだね」


 どこか、名残惜しそうなカリムの言葉に修貴は首を傾げると、先ほどまで包まっていた毛布を渡した。

 ありがとう、と言って受け取るカリムの表情の軟らかさにそんなに眠かったのかと、修貴はかってに結論付けると刀を手に取り周囲を一度、索敵する。

 そんな修貴にやれやれと、カリムは心中で呟き、修貴の心遣いに甘えることにした。







* * *

その、何だろう。俺は何を書いているのか。

*****
修正 2009/02/08



[4424] その6
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 11:42
 失敗だったと、母親の形質をよく引き継いだハーフエルフであるアルマはため息を吐いた。この迷宮都市で初めて組むことなったパーティはどう考えても失敗だった。

 一人目はよかった。自分と同じく迷宮都市で一旗上げるためにやって来たご同輩、アレッシオ。何でも屋の冒険者からシーカー専門に蔵変えをしたハーフホビットという変り種。同類であるということもあり、すぐに馴染んだ。お互いにそれなりの実力も持ち合わせていたためなんら不満はなかった。

 だが、次が失敗だった。この街を根城にする人間の二人組み。迷宮都市でも中堅どころのシーカーであり、始めは何ら不満はなかった。

 ある程度の期間を過ごしてきて見えた実態はどうだ。共にダンジョンに潜ってたら何のことはない。向上心もなく、戦闘の危険な部分を上手いこと誘導し自分たち二人に引き受けさせているのだ。しかも、すでにこのダンジョンのマップは地下四十二階まで埋まっていると言う。

 戦闘はまだ良い。そうされてしまったのは自らの未熟を恥じるだけでいいのだ。しかし、しかしだ。この人間の二人組み、アントンとデリックはあろうことか、負傷したパーティを見つけると阿漕な商売をするではないか。

 アルマは冒険者の中の部類でもシーカーという分野を少しではあるが神聖視していた。シーカーたちはダンジョン内において助け合うという鉄則があると、全てがそうでないにしろ守られているものだと思っていた。アイテムを渡すときに金を取るとしても、足元は見ない程度の良心があると信じていたのだ。

 だがどうだ。現在パーティを組んでいるその二人は、追い込まれているパーティを見ると高く回復アイテムを売りつけ、場合によってはマップを売る。それだけならば、アルマは我慢が出来たかもしれない。冒険者として地上で依頼を探し、時にはシーカーに混ざることもあったが、そうやって生きてきたアルマは騙される方も、方だという認識は少なからず持っていた。

 この二人は騙すのではない。マップを渡し、少しの正しい情報を教えるのだ。高く売りつけたサービスとして。そうだ、少しなのだ。勘違いを起こしてしまうような少しの情報を与えるのだ。それも、このダンジョンに初めて挑んでいるだろうシーカーにだ。

 そして、誤解したシーカーが危機に陥ったところを救い、足元を見るのだ。生計を立てていく上で狡猾な人間だ。だが、より先へ進みたいという向上心を持つアルマにとってこの二人と組んだのは失敗以外の何物でもなかった。それは、アレッシオも同意することだった。

 今のところアルマが確認した被害者は中堅パーティが二つに、学生パーティが三つ。どれもこれも、このダンジョンに初めて挑んだ者たちだった。

 このダンジョンの情報を集めれば、二人がこのようなことを続けている理由は確かに見えた。

 大迷宮"ヴァナヘイム"は難関ダンジョンと呼ばれているが、中堅でも初めの地下五十階までならば、慎重に慎重を重ねれば到達出来ないこともない。だが、それ以降はまさしく、化け物たちの巣窟だという。

 アルマは、パーティを募集するときヴァナヘイムに挑んでいることを優先に探していた。見つけたこの二人は、他のダンジョンではなく、ヴァナヘイム上層をメインに生計を立てている阿漕なシーカーだったのだ。

 まったく持って、失敗だ。


「アレッシオ、今回の探索が終わったらあの二人から離れない?」

「そうだねぇ。僕としても、やってられないよ。人のことをシーフとして扱ってるのに、いざとなったら前衛をやらされるなんてね」


 軽い距離を先行し、周囲を窺っているアントンとデリック。その二人に聞こえぬよう、アルマとアレッシオはひそひそと、会話を続ける。


「馬鹿みたいよ、本当に。よりによって学生まで対象にしちゃってさ。シーカーとして誇りはないのかしらね?」

「シーカーというより、あの二人は阿漕な冒険者のお手本だよ。まったく、大人気ない。ま、止めない僕らも僕らだけどね」

「それは言わないで。嫌になるけど、高い授業料だと思ってもらいましょ。私たちも、反発してここに置いてかれたくないもの」

「そう、だね。ボーパルバニーにあった日には、死んじゃうからねぇ。まったく、嫌になる」


 二人は、そうして話しているとアントンとデリックがまたカモを見つけたようであることにアレッシオが気がついた。

 見えたのは少年と少女の二人組み。片方は学生服を着ていることから、戦闘者養成学園の生徒であることは間違いないだろう。それも、よりによって二人ときたものだ。いくら上層だからといって、学生二人組みにどうにかなる場所ではない。

 ならば、パーティとはぐれたとでも考えるべきだろう。もしかたら、魔物に襲われ仲間を失ったのかもしれないが、二人の姿格好からそれはないな、とアレッシオは判断を下す。


「相変わらず目がいいわね」

「それが、僕の仕事だからね。トラップ解除にモンスターの気配察知。ああ、そうさ。これを本当ならやらないといけないのに、あの二人僕を矢面に立たさせてさぁ」

「はいはい。愚痴はいいから。あの哀れな子羊さんの被害が少しは和らぐようにしてあげましょ」

「そうだねぇ。ああ、あの女の子かわいいなぁ。アントンの奴、下手なことをしないといいけど」


 アルマとアレッシオをデリックが呼んだ。二人はやれやれと肩を揺らし、アントンが嬉しそうに見ている少女と、彼にとってはおまけであろう少年の下に歩いていった。

 それにしても、とアレッシオは思った。随分と物々しい少女だ。少年のほうはアレッシオでも肉眼で確認しないと居ないのではないかと錯覚しかねないほどに気配が薄い。

 その姿からなんとなくだが想像したことを、アレッシオはアルマに伝えた。

 今回は、あの二人の思い通りにいかないかも。


「だったら、おもしろいんだけどねぇ」


 アルマの台詞にアレッシオも同意する。結果として片棒を担ぐことになってはいるが、やはりあの二人がやっていることは気持ちがいいことではないのだ。

 アントンは全員が合流したことを確認すると、自信を持った声で少女、カリム・フリードに話しかけた。

 場所は、ヴァナヘイム地下十九階。カリムと修貴がヴァナヘイムに挑み、五日目だった。










ダンジョン、探索しよう!
その6









「二人だなんてどうしたんだい?」


 何だ、こいつらと修貴は視線を細め観察した。気配は事前に察知し、カリムには伝えてあったが、挨拶程度ならばあるかもしれないが、堂々と正面から話しかけてくるとは思いもよらなかった。止まっていることから休憩でもしているのかと思ったがそうではなった。

 少なくと、今の台詞から読み取るに修貴が昔よく言われていたことだとは察することが出来た。一人で、学園のダンジョンに潜っていると仲間はやられたのかと、遭遇したパーティに聞かれることがあった。今でこそ、学園内ではあいつは一人で潜っている変わり者だということが定着し、何も言われることはなくなったが、二人でもどうした言われかねない人数なのは確かだった。

 だが、心配によってかける言葉ではあるが、修貴にはどうにも、この目の前の男が胡散臭く感じた。

 カリムと一度視線を合わせると、カリムも似たようなことを思っているのが読み取れた。


「仲間とはぐれたのかい? ああ、もしそうなら大変だ。なんなら、マップを売ってあげてもいい」


 二人が返事をしないことをいいことに男が、言葉を続ける。

 カリムは、その前に一度全身を舐め回すような視線に気がついていた。男の横に居る男の奥に二人居るのがわかるが、その二人の申し訳なさそうな視線からろくでもない手合いであることが予想がついた。

 大方、修貴の制服姿と、カリムの容姿から年齢を推測しふっかけようとでもしているのだ。


「いらないよ、そんなもの。だいたい、僕たちは元々二人パーティだ。はぐれる仲間いない」

「二人組み? そいつは豪胆だな、お嬢ちゃん。そっちの坊主とだけじゃ、不安だろうに。それにだ、この先ボーパルバニーの巣穴があるんだ。二人だと危険だぞ」


 男はどこか下種な笑いを浮かべた。


「なんだったら、俺たちが手伝ってやってもいい。ああ、何だったら二十一階のテレポーターまでご一緒しようか?」


 修貴は男がそう言った瞬間、後ろのエルフ、いやハーフエルフの女性が露骨に嫌な表情を浮かべたのに気づいた。

 そして、修貴は男に視線を運ぶと口を開く。


「あー。手伝いとかいらない。俺たちで、攻略してこそ価値がある」

「坊主。そうは言うがな。命あってのだろ?」


 男が不機嫌そうに、声のトーンを落とし修貴に言った。

 それに対し、カリムが修貴に喋るなと合図をする。


「いらないものはいらないんだ。ボーパルバニー? それがどうした。たかだか首狩り兎だ。確かにここらに生息するブラッドバニーは獰猛だが、あの毛並み。隠行は上手いが、姿が目立つ」

「そいつは、本の知識かい? 本物のあいつらは、そんことを言ってもなかなか見つからないものさ。何せ、うちのアレッシオでさえ、すぐには発見できない。あいつは、半分ホビットなんだぜ? それなのに、そうやすやす発見できないんだ。わかるだろう、お嬢ちゃん」


 男の最後の言葉に、カリムは表情を消していく。

 修貴はカリムがこういった弱みに付け込む相手が嫌いなのを知っていた。実家の影響もあるのだろうが、カリムは強者だ。命をかけた戦闘でもない限り、弱みに付け入るのを好む必要はないのだ。

 修貴はこれは長くなるなと、ため息を見られないように吐き、一度周囲を索敵しようと思い立つ。この男が言うおり、確認したカリムのマップではボーパルバニーの巣穴はこのすぐ近くだ。こうして会話をしているうちに寄って来る可能性は低くはない。

 自己の感覚を研ぎ澄まし、伸ばし、全てを探る。違和感はすぐに見つかった。もう、いるじゃないかと目の前の暢気なパーティに悪態をつきたくなる。

 修貴はボーパルバニーが気づかれたことを察しないよう、一呼吸し即座にカリムに言葉を投げる。


「カリム! 居るぞ! そっちのハーフエルフの人! 気をつけて」

「修貴! 援護を」


 修貴の言葉にバスタードソードを握り、迅速な対応を見せるカリム。そして、呆けたような反応のハーフエルフに対し、ハーフホビット、アレッシオは修貴の言葉にすぐに周囲の索敵を行いハーフエルフに飛び掛った。


「アルマ!」


 叫びと共に、ハーフエルフ、アルマを押し倒すと、先ほどまでアルマの首があった部分を鋭利な触手が過ぎ去っていった。


「な、なんだ! ガキが!?」


 修貴の唐突な叫びと、カリムの神速の行動に置いてかれた男が、修貴を止めようとして、もう一人の男に止められる。男の相方は少なくと、カリムに話しかけていたこの男よりは直ぐに現状を把握していた。

 カリムが触手を振りぬいたブラッドバニーに対し、神速をもって間合いを埋め、バスタードソードで両断する。そのカリムを襲おうとする、さらに次のブラッドバニーの鋭利な歯を修貴が刀で弾く。

 修貴とカリムが位置をスイッチすると、カリムは簡易呪文を詠唱する。


「風よ、切り裂け!」


 中級疾風魔法を簡易呪文で発動させ、命からがらブラッドバニーの攻撃から逃れている修貴を守ってみせる。

 ブラッドバニーは刻まれるが、それで簡易呪文に打ち倒されるほど弱くはない。風の刃から巧みに逃れ、修貴の首を今一度狙おうとしたブラッドバニーは、素早く間合いを詰めた修貴によって逆に首を刎ねられる。

 そして、カリムはその剣技をもって更にもう一匹のブラッドバニーを倒して見せた。

 そこで一旦、この場の間合いが仕切りなおされる。修貴は発見した瞬間に行動に移ったため、一体何対のブラッドバニーがいるかを確認する。残り、三匹。死体を含め、六匹のブラッドバニーに襲われたことになる。

 おいおい。きついぞ、これ。

 現状完全にお荷物を四人背負っている。いや、カリムの視点で見れば、五人ではないかと修貴は思い直す。せめて、負荷を掛けないよう戦わなければならない。


「修貴、一匹引き付けて。僕は残り二匹を狩る」

「わかった」


 修貴は腹をくくる。柄に力強く握り過ぎないことを意識する。修貴の理想の戦い方は自然体だ。力んでしまってはいけない。

 カリムが、神速の踏み込みでブラッドバニーに斬りかかる。修貴は合わせ、滑るように一匹に挑みかかった。




*   *




 おいおい。何だよ、これ。

 アレッシオは思わず目を点にした。まさか、自分よりも速く、少年がボーパルバニーに気づいたことも驚きだったが、それ以上に少女の戦闘力は非現実的に見えた。正確には、少女の外見の年齢に対してはあまりに高い。実は見た目通りの歳ではないないのかもしれない。

 これほどの剣術。速度。魔法の展開。それは全て超一流と呼んで差支えがない。このレベルの戦闘を見たのは、何年前になるのか。冒険者として、アキーム地方の暴虐神バルバロイの眷属である魔族との戦争に加わり、勇者アレクサンドルの戦闘を遠巻きに見たとき以来だろう。少女の実力は勇者アレクサンドルに及ばなくとも、アレッシオが関っていたような依頼には居ないレベルだった。

 三匹を瞬く間に倒した二人の少年少女は、間合いを計り、残り三匹に対し即座に撃って出た。

 少女の神速の踏み込みは、電光石火という言葉が嫌でも浮かぶ。本来、ボーパルバニー系統の魔物の攻撃はこちらが対応できない程速いと比喩されるが、これでは、対応できないのは、ブラッドバニーだ。

 その巨大なバスタードソードを驚くほど巧みに操り、二匹のブラッドバニーを危なげなく倒すと、相方である少年に少女は加勢する。

 アレッシオはとりあえず安心した。少年の索敵能力は尋常ではないようだが戦闘力は少女とは比べるまでもないらしい。この年代の少年少女があのような戦い方をされては立つ瀬がない。

 少年と向き合っていたブラッドバニーが少女に気を取られると、少年はすかさず見事な隠行を行った。アレッシオも、初めから居ると認識していなければ騙されてしまうレベルのそれに、戦闘力が低いことを帳消しにする才能を見た気がした。

 少年は、少女に気を取られたブラッドバニーに気取られることなく、ボーパルバニーの十八番である首刎ねをして見せた。

 何これ。

 アルマは上に覆いかぶさったアレッシオをどかそうと声を掛けようとしたが、少年少女の戦闘結果があまりにもあんまりだったため声が出なかった。そして、見た目に似合わぬ強暴さを持った少女に畏怖が生まれる前に、アルマは笑いがこみ上げてくることに気がついた。

 アルマの肩が震える。

 アレッシオは急に震えだしたアルマに何事かと視線を向けるが、自分が覆いかぶさったままだということに気づき飛び上がった。


「くく。くく。だ、駄目……。無理」


 アルマは呆然と間抜け面を晒しているアントンとデリックを指差すと、大きな声で笑い出した。


「馬鹿みたい! く、くははは。あはは。ははははは!」


 同時に、虫のいい自分を心の中で嘲るが、やはり、笑うことを優先させた。

 アレッシオはアルマの馬鹿笑いにを見ているうちに、少年と少女の手際とアントンとデリックの間抜けっぷりに笑い出してしまった。


「ははは。あははは。アルマ! アントンとデリック、馬鹿みたいじゃないか! どっちが守ってやるんだ?」

「くふふふ。そりゃ、ねぇ、アレよ。ふふふ。二人に決まってるじゃない!」


 戦闘を終えた少年と少女は顔を見合わせ、笑い出した二人においおいと肩を竦めたが、アレッシオとアルマの笑いは止まない。

 そうしているうちに、アントンは顔を真っ赤にさせ吠える。


「て、てめらぁ! 何笑ってやがる!?」


「いやだって、無理。ふふ、無理。腹筋が捩れちゃう」

「ほんと、駄目だ。あはは。僕の腹筋が、駄目になるよ」


 デリックも馬鹿にされていることに対し、怒りに身を任せ剣を抜いた。アントンもそれに倣い、剣を抜く。

 それにを見た少年と少女の視線が細まる。

 少女はバスタードソードを手に、少年は刀を手に笑いが収まらない二人の前に出るとアントンとデリックを威嚇した。

 その行動にアントンとデリックは更に顔を紅潮させ、怒りのあまり歯軋りをする。


「クソ!」

「ちくしょう!」


 この少年少女、とくにカリムと呼ばれていた少女の実力はどう見積もっても、彼ら二人が敵う領域に居なかった。

 だからこそ、アントンとデリックの取れる行動は限られている。ここで、詰問され報復されるのは二人にとって好ましいはずがない。結果、二人は逃げ出した。




*   *




 修貴とカリムは、逃げ出した二人を追うことなく、やっと笑いが収まったアルマとアレッシオに視線を向けた。


「えー。その、なんだ?」

「修貴、僕に聞かない。まあ、とりあえず。この二人をとっちめてみようか」


 え、とアルマとアレッシオは顔を見合わせ、待って待ってとカリムに懇願した。


「そう、あの二人を止められなかったことはごめんなさい。その、虫のいい話だってことはわかるけど」

「そう、だね。虫のいい話だ。君たちに実害がなかったとはいえ、同じパーティを組みながら僕らはあいつらを止めなかった」


 謝られたカリムはやれやれと肩を揺らし、二人に続きを話すように促した。


「ま、一言で言ったら私たちが馬鹿を診たって言う話。見る目がなかったの。パーティを組む相手をしっかり吟味しなかったからこうして、あんな奴らの片棒を担いでた」

「ふーん。彼ら、僕たちにしようとしてたようなことをやっていた訳か」

「カリム、どうしようもないさ」

「わかってるよ、修貴。ああ、わかってるとも。でもね、嫌いなんだよ、ああいう類は」


 カリムの不機嫌さを修貴は宥め、二人に更に続きを促す。


「ま、見ての通りだよ。その、なんていうか、ありがとう」

「本当に、虫がいい。自分たちで出来ないから誰かが止めてくれてありがとう? 何を言ってるんだ」

「カリム。誰もが強くないんだ」


 修貴の一言にカリムはわかってるとも、と小さく呟いた。

 アルマとアレッシオはその一言に下唇を強くかみ締める。そうだ、自分たちが弱いから片棒を担いでしまったのだ。だが、反抗する機会はあった。そう考えれば、二人は本当に虫が良かっただけだ。

 諦めたようにアルマは小さく笑った。


「本当に、本当にね。ああ、もう最低ね。……一つ訊いていいかしら?」

「何を?」

「あなた達の名前。今回のことは私たちの意気地のなさが原因ね。だから、罪滅ぼしとは言わない。ただ、忘れないようにしたいの」

「被害を被ったのは僕たちじゃないけど?」

「そうね、でも」

「わかってるよ。けじめだ。僕の名はカリム・フリード」


 え、とアルマの顔が驚きに染まる。フリード。フリードとなれば、アルマが知るフリード家は一つしかない。アルマの母国である帝国のフリード家だ。それと同時に、園と強さに納得をした。フリードの血筋なのだ。

 アレッシオはアルマの驚きには何も言わなかった。


「俺は、藤堂修貴」

「私はアルマ・ブルーメ。ありがとう。カリムに、修貴」

「僕はアレッシオ・パリオーニだ。ありがとう」


 どういたしましてとカリムが返答し、最後に言葉を付け足した。


「君たち二人で、二十一階まで行ける?」

「──お願いするわ」


 アルマとアレッシオはカリムと修貴にこれで頭が上がらなくなった。

 アルマとアレッシオ、二人がこの迷宮都市ヴォルヴァにやって来て一月を越えた。その月日は上手くは進んではいないため、盛大にため息を吐く。そして、これからも実に難儀な生活が待っている気がしてならなかった。







* * *

今週末更新できるかわからないので更新です。
相変わらずカリムが強すぎ。

*****
修正 2009/06/21



[4424] その7
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 11:45
 それはそれ、これはこれというのは冒険者を続けていくうちでアルマにとっても、アレッシオにとっても必要な技能だった。贅沢を言っていられないときは多々ある。特に命を掛ける仕事が多く存在する冒険者という職業はいつまでも暗い雰囲気を引きずるのをよしとしない職業だ。

 確かに非があるのはこちらだとは分かっているが、だからといって気まずい雰囲気を引きずるのはアルマの性には会わない。


「カリムさん? んー、カリムちゃん? どっちで呼んだらいいと思う?」

「どちらでも構わない。長い付き合いになるわけでもない。このまま、十九から二十階の階段までいったら今日は休んで、明日すぐに二十一階のテレポーターまでいくから」

「つれないこと。やっぱりフリードっていうとお堅いのね」

「僕の家系は関係ないだろ」

「いやね、帝国出身者としてはフリードの名は興味深いのよ」


 純粋にカリムの家系について興味があるアルマはそっけないカリムの対応に苦笑した。仕方がないのは分かっているが、やっとあの二人から解放されたのだ、もっとフレンドリーに進んでいきたい。即席とはいえ、パーティなのだ。

 事実、アレッシオと修貴は特に気まずいということはなく話している。ただ、修貴の会話何処かぎこちない。人見知りでもしているのだろうと、アルマは勝手に思うことにしていた。


「ところで、ここから下り階段まで今日中に行くっていったけど、目算はあるの? マップがあればすぐかも知れないけど、私たち持ってないわよ」


 家系関連の会話をメインに続けていても雰囲気は良くならないと判断し、アルマは実利的な話をすることにした。


「マップならあるよ。ほら」


 カリムは自身の携帯端末のマッピングを見せる。

 そのマップを、アルマは覗き込む。それにつられる様にアレッシオも覗き込んだ。

 そのマップは隙なくすでに埋まっていた。右下に表示されている階数とその次に進むという文字から、アレッシオは疑問が浮かんだ。


「何階までマップ持ってるんだい?」

「地下三百十階まで」

「…………え?」


 これは、なんと言う間抜けか。口にはしなかったがアレッシオはそう思った。本当に、あの二人は間抜けではないか。マップを売る相手を完全に見誤っている。完全に下層攻略組みだ。すでに三百階に到達している人間が、なぜこのような上層にいるのか。事前の情報収集では最前線は四百十階だという、まだそれでも完全制覇をされていないと言うのは驚くべきダンジョン、ヴァナヘイムだが、その攻略が停滞しているのには訳がある。三百五十階以降、一部の者しか先に進めないからだ。

 この事実と見合せば、カリムがもつマップ三百十階はほぼ前線といって過言はない。

 あの実力を鑑みれば、確かに妥当だろう。だが、それは修貴という学生が相方では辿り着けない階層だ。修貴は確かに将来更に強くなるだろう。だが、現状ではカリムの相方としては役者不足は否めない。


「その、これは好奇心なんだが、一つ質問をしてもいいかな。ただ、気を悪くしたら、ごめんな」

「何かな?」

「君たちは何でこの階層を二人きりで潜ってるのかな? 特にカリムさん、君の実力、それにマッピングの様子の限り、もっと下層まで他のパーティで潜ってそう──ってぇ!? アルマ何をするんだ!?」


 カリムに疑問を投げかけていたアレッシオの後頭部をアルマが叩いた。

 そのまま、首に手を回し、耳元に囁く。


「あんた、それくらい察しなさいよ。どう見てもあの子、あっちの子に気があるじゃない」

「え? いや、そうかも知れないけどさ。それだけしゃ、わざわざヴァナヘイムに潜る必要ないって」

「いやね。他にも、二人だけの秘密があるかもしれないじゃない。いいわよね、若さって」

「アルマ、君って人はね。やれやれ、迷惑をかけておいてもそれか」

「それを言ったら、あんただって自分の好奇心のために質問してるじゃない」


 う、とアレッシオは言葉につまり、特に表情が変わっていないのを見て安堵する。

 確かに、色恋沙汰と何か別のものが混ざり複雑で、他人に言いたいことではなくなっているのかも知れない。アルマに言った通り、迷惑をかけたのだ。好奇心で質問はするべきではなかった。

 ただ、と少しカリムと言う少女に同情することにする。アレッシオが話した限りでは修貴という少年は、どうやら彼女に対し、そういった類の感情を持たず、ただ信頼すべき親友、相棒、相方として見ている節があった。

 まあ、アルマの言葉ではないが彼らは若いかと、勝手に自己完結し苦笑する。


「それで、アレッシオ」

「まだ、あるのかい?」

「あんたの見立てじゃあの二人どんな感じ? 彼女、アレだけ実力に差がある相手を好いてるみたいだしどうなの、あっちの少年は?」

「あのね、アルマ。君って人は……」


 実に楽しそうなアルマの表情に対し、アレッシオはその切り替えの早さだけは見習うことにしようと、ため息をついた。

 それに、これ以上くっついて話していると何かを疑われかねない。ただでさえ疑惑の相手とされても文句を言えないのだ。共にテレポーターまで送ってくれると言った相手に疑われるようなまねは大変よろしくない。

 そう判断し、アルマから離れたアレッシオは、カリムと修貴が自分たちと似た会話をしていたということに気づかなかった。


「修貴、あの二人出来てるのかな?」

「いや、俺に聞かれても……」










ダンジョン、探索しよう!
その7









 バスタードソードが、レンガを突き破り現れたブリックワームの頭部を斬り捨てた。緑色の異臭を放つ体液が切断面から零れ落ちる。人の頭よりも一回り大きい、そのワームの頭は重力に従い、ワームが食いつぶしたため崩れた煉瓦の上に転がった。

 煉瓦の中に潜む、この人間の大人ほどの巨体を誇るワームも頭部を失えば行動することは出来ない。


「気をつけて、ブリックワームは体液に毒を持ってる」

「りょーかい」


 カリムの注意にアルマは警戒しながらも、軽く応えた。

 本来ならば、地中から不意撃ちをもらい、危険なモンスターではあるが、こうして襲い掛かってくるのが分かっていれば、それほど危険な相手ではない。それでも、何処から飛び出してくるのか自身では把握できないというのは危機感を多少ではあるがもたらしている。

 だが、自らではないとはいえ、こちらにはその場所、その飛び出すタイミングすら把握している仲間が居るのだ。

 アルマは極められた気配察知による索敵スキルの圧倒的な有用性を初めて実感していた。アレッシオと共にダンジョンに潜ることでその有効性を多少なりとは理解していたつもりではあったがこれはその比ではない。

 なるほど、これはすごい。実力を補って有り余る利点だ。不意を取られない、どころか不意を取る事が出来るというのが確実に出来るというのは、シーカーや冒険者にとっては涙が出るほどの利点になる。

 修貴という少年は、確かにカリムという少女に実力的に釣り合っていない。彼と彼女が正面から斬り合えば、一振りで決着となるだろう。それは、アルマの見立てであるが、アレッシオも同意することだ。しかし、正面からではなければ、特に場所が指定されていなければ、修貴というシーカーは厄介極まりない。

 ボーパルバニーがより賢くなった存在というのが、彼を表すに相応しいと、アルマは考えた。きっと、修貴はそのどこかに鋭い触覚と、牙を持っているに違いないと想像したところで、あまりの余裕に苦笑しそうになった。


「カリム、右の壁の中に一体いる。まだ、出てくる様子がないが、裏を取るつもりだろう」

「修貴、そいつの対応は任せる。体液には気をつけて。他は?」

「このまま四歩先に二体埋まってる。頼む」


 カリムが隠れているだろうワームに向けて前進し、修貴が不意を打とうとしているワームの対応に移った。

 そして、その連携の取れた二人の戦いには加わりにくいと、アレッシオはため息をつく。守られているだけというのは、プライドと良心が文句を言うが、入り込む余地がない。お互いにその戦い方を把握し、熟知した戦術は下手に手を出して崩さないほうがよほど正しい。それでも、アレッシオはその耳でブリックワームの動きこそ察知しているため、何もしないのは躊躇われる。出来ることをしようと判断し、アルマに一度視線を向けた。

 余裕を持って行動していたアルマもアレッシオと視線を合わせ頷いた。

 それにしても、カリムと修貴、二人を見ているとアルマとアレッシオは自信を失いそうになる。

 カリムはまだいい。あれは次元が違う。

 だが、修貴はそうではない。手が届く位置にいる。いや、総合力だけで見れば二人のほうが上のはずだ。短剣で修貴と斬り合えばアレッシオは負けないだろうし、術でアルマが戦えば修貴は手も足も出せない。だが、シーカーとして戦えば負けるだろう。修貴は気配を察知し、そのまま戦いに移行でき、尚且つ高レベルの隠行スキルを持っている。だからこそ、低くはないがけしてこのダンジョンに挑むには高いと言えない剣術の技量でも前衛として戦っていられる。

 本当にまさかだ。アレッシオに比べて十以上も年下の少年がどうしてこれ程の技術を持っているのか。もしかしたら、東方の噂でよく聞くニンジャなのかもしれない。彼らはその肉体一つで全てを行うという。むしろ、防具など邪魔だとさえ噂にはある。きっとあれだ。修貴はまだ若く未熟なため防具を付けているのだ。ニンジャの修行の真っ最中なのだ。将来の彼はきっと、裸で最強なのだ。何も装備しなくてもACが下がるのだ。まて、ACって何だ。

 アレッシオは一度、頭を左右に振る。だが、だからといって、負けてはいられない。裸で最強になるのは将来のこと、現在の修貴はどう見ても防具を付けた未熟者。そのような状態の相手に負けているわけにはいられないのだ。

 それにしても、ニンジャ恐るべしと、アレッシオは笑ったがすぐに顔を引き締める。

 アレッシオはスローイングダガーを腰から一本抜き出すと、いつでも投げられる体勢で待ちに入った。

 アルマはカリムが直進するのを注意深く観察しながら、精霊に話しかけ始めている。

 そして、カリムが近づいてきたの気づいたブリックワームが、煉瓦を食い破り猛然とカリムの足に元に飛び掛った。


「ノームよ、ワームの動きを止めて」


 ハーフエルフのアルマは土の精霊であるノームに話しかけた。エルフは総じて精霊との相性が良い。その形質はハーフエルフのアルマにも引き継がれている。そうして、アルマがノームに話しかけると、ワームが破壊した煉瓦が形を槍のように変え、ブリックワームを捉えてみせる。

 カリムはその隙を逃すことなく、二匹同時に一刀でもって断ち切って見せた。

 アレッシオは、飛び出してくるのを息を潜め待ち構えている修貴にあわせ、ダガーに加え更に火炎瓶を取り出していた。

 ブリックワームは修貴がすでにその存在を感知し、刀を振り下ろせる状況とは露知らず、煉瓦から飛び出した。飛び出した瞬間に振り下ろされる刀。その一刀はその首こそ切り落としはしなかったが、その胴体を半ばまで斬った。

 修貴は切り口から飛び散る体液から逃れるように、後ろに大きくステップを踏む。アレッシオはそれに合わせダガーを投げる。ダガーはワームの眼球に突き刺さり、その死角を奪った方向から、手にしていた火炎瓶で燃やし止めを刺した。

 燃えるワームの死骸を尻目に修貴は裾についた体液に顔をしかめる。何度も練成し強度を上げた制服の裾が溶けていた。毒ということだが、とんでもない毒らしい。肉体に染み込んで人体に影響を与えるのではなく直接に溶かすものを毒と呼んでいいのか迷うが、修貴はとりあえず体液がついた部分を短刀で切り落とすことにした。


「こんなもんかな?」


 アレッシオが周囲の音を確認しながら言った。


「こんなもんでしょ」


 アルマはノームに周囲の状況を尋ねながら言った。


「こんなもんだね」


 カリムは残心をしながらバスタードソードを鞘に収め言った。


「こんなもんか」


 修貴は切り落とした裾に触れないようにしながら、周囲の気配を探り言った。

 ブリックワーム四体が現れた場所は煉瓦が崩れている。その崩れた煉瓦を避けるようにワームの死骸を確認したカリムは小さく頷いた。即席四人組みパーティの第一戦目としてまずまずの戦果だった。




*   *




「あっさり辿り着いたわね」

「あっさり辿り着いたね、確かに」


 アルマとアレッシオは二人顔を見合わせ確認しあった。

 場所は地下二十階に続く階段だ。周囲を見合わせても先客もいないようであった。


「どうやら、アントンとデリックの二人はここまで辿り着いてないみたいね」

「まあ、そうでしょ。いくら慣れてるからってあの二人の実力じゃ無理だろうね」

「本当にそういう意味では、カリムちゃん愛してるありがとう、だわ」

「アルマ、君の軽口は本人の前で言うことなのか?」


 迷惑をかけているため強く出ることが出来ないアレッシオに比べ、アルマはここに来る道中も含め、初めこそ殊勝に振舞っていたが、すぐに軽口を叩くようになっていた。特に、カリムに絡むような軽口が多く目立った。

 アレッシオにも分からなくはない。これだけ実力を持ったシーカーとパーティを組むことなどまずはないのだ。出来る限り話をしたいというのは分かる。だが、アルマの会話の方向性はどうも違っている気がしてならなかった。どうにも、色恋沙汰の話がしたいらしい。

 その話が仮にカリムの逆鱗に触れたらどうするのかと、アレッシオは手綱を握るほうの気持ちも知ってほしいものだった。

 だが、アルマは笑って答えるのだ。大丈夫、大丈夫。

 その言葉には理由がある。アルマの見立てとしてカリムは修貴との仲をどうにか発展させたいはずだ。アレッシオと修貴の会話と、自らが話した感想としてはどうにも修貴という人間は色恋沙汰が苦手らしい。だからこそ、カリムは発展させたいはずだとアルマは予想しているのだ。


「若いっていいわ。本当に」

「はあ……。あのね、アルマ。あんまりかき回したら駄目だぞ」

「なーに、大丈夫よ。仲間を見る目はなかった私だけどね、色恋沙汰なら負けないわ」

「誰に言ってるんだ、誰に。ほら、あそこの二人はもうキャンプの準備を終えてるから、僕らもさっさとしよう?」

「ふふふ。寝る前にじっくりと根掘り葉掘り聞かなくちゃね。ああ、そうだ! 見張り番は私とカリムちゃん。アレッシオと修貴君でいいわね?」

「いや、君は何を言ってるんだ?」


 安全地帯とはいえ見張りは必要だ。他のパーティがいつやってくるかもわからない。そして、稀にだがぎりぎりまで寄ってくる魔物もいる。

 加えて、アルマが言った組み合わせは受け入れられるだろうとアレッシオはため息をつきたくなった。今の組み合わせなら、こちらが見張られるという意味合いでも問題はない。すでに問題を起こしているのだ。多少の監視を自分たちが受けなければならないことぐらいはアレッシオは理解していた。

 だが、それにしてもだ。


「ふふふ。あんなかわいくて、強いとか反則よね。プラスして、恋の真っ最中とかこいつはやばいわ。ああ、楽しい」


 駄目だこいつはやく何とかしないと。

 アレッシオは迷惑をかけた側として強くそう思った。そして、アルマ以上に仲間を見る目がないという事実にアレッシオは打ちのめされそうだった。







* * *

間が空いてしまいましたが更新です。
どうにも、主人公にスポットがあたらない。ふしぎ!
*****
修正 2009/04/23
修正 2009/06/21



[4424] その8
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 11:50
 アルマは修貴とアレッシオが寝静まったのを確認すると、修貴の寝顔をじっと見つめているカリムに視線を向けた。

 カリムの表情は柔らかい。ああ、とアルマは声を上げるそうになるがぐっと堪える。かわいい。これはかわいい。正直に反則だと思った。若さってずるい。カリムのような時期がアルマ自身にもあったことを思い出すと顔がにやけてしまう。

 それにしても、アレだけの力を持つ少女も、少女なのだと実感できるのはいい事だ。実力者の中には心を削り境地に到達しようとしている者たちもいる。そう考えれば実に人間味に溢れている。

 そっと足音を忍ばせ、カリムの横に立つアルマ。

 焦るな、焦るなよ私。これだけ美味しそう、もとい楽しそうな状況にいるのだ。ことを焦ってしまっては元も子もない。始めから相手の感情は正の向きに向いていないのだ。始めは差し当たりのないことから、じっくり攻める必要がある。


「ねえ、二人でただ無言ってのも寂しいから少し、話をしましょ?」


 カリムは修貴の寝顔から視線を外すと、アルマに顔を向けた。修貴の寝顔を見ていたときの柔らかい表情は鳴りを潜めている。

 わかりやすい。にやけてしまいそうになる。だが、やっぱりそこは我慢だ。


「……まあ、いいか。かまわないよ。ただ、話すといっても何をだい? フリードの家については特に話す気はないよ」

「ちょっと興味はあるけど、いいわよそれは。ただ、疑問があるのよ」

「疑問?」

「そう、アレッシオじゃないけど、私もどうして二人だけで潜ってるのか興味があるの。まあ、話す気がないならないでかまわないけど」


 まずは、こんな疑問でいいだろう。理由なんて半分くらいは目に見えている。だから、残りの半分について軽くでも話せればいい。

 それでまずは警戒を解いていくのだ。


「二人だけか、まあ、そうかもね。そうだね、修貴は少人数が好きなんだじゃ、駄目かな?」

「修貴君が? へえ、それはまたどうして?」

「ちょっと、変わってるんだ」


 アルマは内心を見せることなく、へぇと相槌をうった。

 ふふふ。心の内でアルマは笑う。理由付けはそう持ってきたのか。変な理由ではあるが、まあいい。このまま修貴の話をしていけば、カリムの食いつきはいいだろう。いい傾向だ。上手く誘導して根掘り葉掘り。ふふふ。


「修貴は普段から一人でダンジョンに潜ることが多くてね。学園のほうでも偶にパーティを組むみたいだけど、殆ど一人で済ませてる」

「ああ、そういえば、修貴君学生だったわね」


 学生とは思えないレベルの索敵だったため忘れそうになっていた。


「でも、一人って大変だと思うのだけど、どうなのかしらね?」

「しんどいさ。普段、修貴は、おれは友達が少ないんだっていつも肩を落としてるけど、僕の見立てでは少人数の大変さが好きにも見えるけどね。一人で潜るってのは、正直、友達がいないからという理由で続けられることじゃない」


 好きな相手のことは良く話す。

 さあ、どんどん話していこうか、とアルマは頷き笑みを浮かべる。


「やりがいを見出してるのかしらね?」

「かもね。好き嫌いもあるだろうけど」


 確かにとアルマは返事し、ふと、思いついたとばかりに少し大げさな動作を行う。

 そうして軽い口調でカリムに言葉を投げかけた。


「そうだ、いいこと思いついたわ。私はアレッシオのこと、カリムちゃんは修貴君のこと。お互いに話していかない?」

「……そう、だね。ただ、黙ってるのもつまらないか」


 計画通り。乗ってきった。さあ、さあ、きっちりきっかり話してもらおう。アレッシオについて話すなど言ったが付き合いはけして長くはない。そこまで深い話はアルマは出来はしない。だが、カリムは違うだろう。アルマはほくそ笑む。しっかり誘導すれば、色々と聞けるのが目に見えているのだ。

 人の色恋沙汰は菓子にも似た甘い果実だ。

 朝を迎えるまでにじっくりとアルマはカリムから話を聞きだしてやる気だった。










ダンジョン、探索しよう!
その8









 修貴は朝起きてから軽い居心地の悪さを感じていた。保存食で朝食を取り、カリムと今日の方針を固め、二十階に降り立ってから、どうにもカリムの雰囲気が違う。一晩で何があったかはわからないが、女性陣二人の仲が随分と深まっているようだった。

 それは悪いことではないだろう。昨晩、修貴もアレッシオとシーカーとして色々と話した。アレッシオは修貴の気配探知について訊き、修貴はアレッシオのこれまでの冒険者としての活動を聞き入っていた。

 だが、女性陣二人はそれとは違うように感じる。

 とりわけ、アルマからの修貴に向けられる視線が随分と暖かいものを見るようになっていた。それに対してアレッシオは苦笑しているだけだ。

 実害がない以上文句を言うのはお門違いだろう。

 修貴は小さくため息を吐いた。


「ねえ、カリムちゃん」

「何かな?」


 カリムの反応が明らかに昨晩と違う。棘ではないが、鋭さが明らかになくなっている。


「二十一階までに、何か危ない場所はある?」

「ビルレストの滝に近づくから、下から何か上に上がってきてないか気をつけるくらいだね」

「確か、ワイアームだったかしら?」

「そう、ワイアーム。僕だけだったら問題はないけど、修貴を含めて君たちだけだと少し厳しいかもしれない」


 へえ、とアルマが反応し、アレッシオが疑問を浮かべたように歩きながら手を上げた。


「質問いいかな?」

「どうぞ」

「ワイアームは外の翼竜に比べるとどう違うんだい?」

「そうだね。ワイアームは古エッダ時代の翼竜であり、現代の通常生息している翼竜に比べ肉体の強靭さはもとより、魔力を持ってる。より、ドラゴンに近いんだ」


 ま、知能はドラゴンと比べると雲泥の差だけどと、カリムは付け足した。

 修貴は対応が完全に軟化しているカリムに、自分が寝ている間に何があったか疑問を浮かべる。アレッシオは自分に対する反応まで柔らかくなっているため、アルマが何かを話したのだろうと思うと頭が痛くなってきた。だが、今はワイアームの話だ。


「神話の時代の翼竜か、やっぱり一筋縄じゃいかないんだろうな」

「そうだね。僕なら一刀両断に出来るけど、修貴やアレッシオさんじゃ難しいね。尻尾の付け根辺りが柔らかいけど、致命傷には至らない」

「出会ったら、逃げろか。参考になったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 アレッシオはカリムから満足いく話を聞いたところで、物音に気がついた。この一本道の先から僅かだが聞こえてくる物音。足音だろう。数が多く、少しづつ音が大きくなっている。

 距離が離れているのだろう。修貴が察知するよりも速く、アレッシオの耳が物音を捉ええていた。


「修貴君、この先を探ってくれない? 何か音がする。集団かもしれない」

「わかりました」


 修貴はアレッシオに言われたように、前方に対して集中的に探りを入れる。数は六前後、距離はまだ離れている。だが、かなりの速度で近づいてきていた。

 速い。猛然とこの一本道を修貴たちに向かって走っている。すでに、肉眼でも確認が出来る。完全にこれは察知が遅れたといってもいい。少し、会話に気を取られ過ぎていたのだろう。

 相手が走っていたからというのはただのいい訳だ。


「カリム、来るぞ!」

「アルマ、精霊の準備を」

「まかしてよ、修貴」

「わかってるわ、アレッシオ」


 四人は戦闘体勢に移った。




*   *




 六体のストーンカの群れは猛然と走っていた。ストーンカ。牛に似た一つ目の猛獣はその二本の角を前に突き出し、目前の全てを押しつぶすように走り続ける。そして、その皮膚は鉄で出来ているとされ、その突進の破壊力を増す材料となっていた。

 修貴たちの目前に迫ってきたストーンカは止まる素振を見せる気配はない。

 修貴の特性である、不意を討つという行為が完全につぶされた形だ。一本道である以上、気配を殺したところで、ストーンカはその一つ目で修貴を見つけ出すだろう。地力が試される状況だ。

 カリムは修貴を一瞥すると、ストーンカの突進に自ら突っ込んだ。

 バスタードソードが弧を描き振り下ろされる。鉄の皮膚を悠然と切り裂いて、一体のストーンカの首を斬り飛ばす。ストーンカ達は一体がやられた程度でその足を止めはしない。カリムは残りのストーンカ達の突進から逃れるように地面を蹴り跳び上がる。バスタードソードは下を走るストーンカたちに対し垂直に立てる。

 自らの突進の威力によって更にもう二体のストーンカが両断された。

 だが、残り三対はカリムをすり抜け、修貴たちに向かう。

 修貴は刀を手に、一歩踏み出す。

 余裕はない。不意を討ち、混乱させ倒すという選択肢はすでにない。ストーンカはその体をぶつけるように走っている。修貴は刀を寝かせ、突きを放てる体勢となる。鉄の皮膚が切り裂けないわけではないが。確実に切り裂けるわけでもない。

 狙うは一点その一つ目。

 アレッシオは修貴の行動に合わせ、ダガーを握る。最悪、カリムがストーンカを倒せる時間を稼げればいい。アルマに視線を向け、合図を任せる。彼女の精霊による攻撃が合図となる。


「シルフ!」


 風が舞う。この地下迷宮で空気が形を変え、刃となりストーンカを襲う。だが、その鉄の皮膚を切り裂くには及ばない。だが、少なからずダメージは与えられる。

 修貴とアレッシオが動く。

 アレッシオは一体のストーンカを引き付けるように、ダガーを振るい、その体を軽業師のように宙に舞わせ、ストーンカの突進を避ける。勢いを逃され、その突進方向さえアレッシオに狂わされたストーンカは壁にぶつかり、煉瓦を削る。だが、まだ、倒れはしない。

 修貴はストーンカの角を掻い潜り、その刀で瞳を串刺しにするが、突進の威力を逃しきれずに、隙が生まれた。

 カリムの横を通り過ぎたストーンカは三体。アレッシオが一体を引き付け、修貴が一体を串刺しに、一体は隙の生まれた修貴に昂然と突進していた。

 しまったと思う暇もなく、強烈な一撃に修貴の意識が飛び掛る。

 角がわき腹を抉り、鉄の塊の突進が肋骨を折ったのが鮮明に理解できる。耐魔用に練成した学生服ではストーンカの物理的な攻撃力を軽減することなどできはしない。だからこそ、修貴は常に攻撃を貰わないようにしていた。

 突進を受けた修貴は、刀を手放し転がった。下手に刀を握っていても追撃を貰いかねない。


「修貴!」


 カリムの声が上がる。修貴の視線には弾丸のように走り、修貴を襲ったストーンカを縦に両断するカリムが写る。

 修貴は痛みを堪え、腰からヒールドロップを取り出し口に含んだ。自分自身の体勢を整え、骨が可笑しな形で固定されないように、地面に寝転がる。

 最後の一体のストーンカはアレッシオに集中しているあまりに、アルマに時間を与えすぎたようだ。数を集めたシルフによって切り裂かれ、怯んだところをアレッシオにその一つ目を一突きされ倒れていた。


「修貴、大丈夫!?」

「……ああ、何とか」

「すぐにヒールをかける」

「いや、魔力が勿体ない。ヒールドロップと超力湿布でどうにかなる」


 ストーンカを倒したアルマとアレッシオが修貴とカリムに近づいてきた。


「修貴君、そこは好意に甘えるところよ」

「だね、普段から少人数なんだろ? 体調は万全にしておかないとね」


 アルマとアレッシオの言葉に、修貴は反論を思いつくことも出来ず、カリムのヒールを受け入れた。

 修貴はヒールを受けながら、体の調子を確かめ、大丈夫だと判断できたところでカリムに声をかける。


「ありがとう、カリム。こんなもんだ」

「うん、こんなもんだね。心配したよ。完全に直撃だった」

「ああ、失敗した。あそこは時間を稼ぐべきだった」

「そうかもしれないけどね。それよりも、修貴。君は防具をどうにかするべきだ。このレベルの敵じゃ、その制服は紙みたいな物だ」

「まあ、な。耐魔用に強化してあるから、物理的にはからきしだし。となると、金が無くなる。普段一人だからアイテムに金をつぎ込みたいんだけど」

「装備も大切だよ」


 だよね、と回復した修貴はおどける様に立ち上がり、カリムに大丈夫だと示した。

 安心したカリムは、防具、防具かと呟きアルマを見た。

 アルマはカリムの発想に気づき、色気はないがこの二人には丁度いいだろうと頷いた。




*   *




 二十一階階段テレポーター。ストーンカに出会った以降は順調に進み、この日の午前中には四人は二十一階に到達した。

 何組も、テレポーターから入ってくるパーティを見送るとアレッシオとアルマはテレポーターを操作する。まずは手持ちの携帯端末PADを登録し、今後この階からこられるようにする。

 流石に二人で来ることはないだろうが、これで、二十一階から始めることが出来る。

 ふと、そこで修貴とカリムに対し、アレッシオは疑問が沸いた。カリムはすでに完成したマップをかなりの階層まで持っている。昨晩、修貴との会話では探りたい階があるといっていたが、それではわざわざ一階から探索を始める必要はないはずだ。

 思いついた疑問を投げかけると、アルマは何だそんなことと、笑っていた。


「ああ、それは俺の我侭かな。折角なら始めからマップを埋めたい」

「修貴、それだけじゃないよ。始めから慣らさないと、修貴はここ初めてで危険だからね。それに、修貴のレベルアップを考えれば始めからの方がいい」

「そうか? 殆どカリム一人で倒してて、俺は楽しすぎな気がしてたけど?」

「いや、それでもここのモンスターは単体でも普段修貴が潜ってるダンジョンより強力だよ」


 それに、とカリムは口にこそしないが心の中で付け足す。約束のために二人で一歩づつ進めるならばそれに越したことはない。

 成る程、とアレッシオは頷く。そんなアレッシオにアルマは耳打ちをした。

 もちろんそれだけではない。そう言って話すアルマにアレッシオは首振った。そういうのは無粋だ。えー、と呟くアルマを傍目にアレッシオはありがとうと、言葉をカリムと修貴に返した。


「本当に助かった。それに本当にごめんな。迷惑をかけた。次はもっと人を見る目を養っておくよ」

「そうね。迷惑をかけてごめんなさい。お返しといっては何だけど、カリムちゃん、相談があったらまた聞くわ」


 相談? と修貴はカリムを見た。一体何の相談か検討もつかない。

 それと、とアルマが今度はカリムに耳打ちをした。

 プレゼントに防具ってのは悪くないと思うわよ。本当はもっと色気がある物の方がいいけど。だから、いつまでも制服の練成したのより、いっそお揃いにしてみるとかもね。ちょっと高いかもしれないのはネックだけど。

 カリムはお金は心配ないと首を振った。

 修貴はカリムとアルマが何を話しているか想像をすることも出来ず、アレッシオを見た。

 アレッシオはきっと君のことだと言う事も出来ず、苦笑した。これはカリムに同情すべきなのだろう。

 アルマとカリムの会話が終わると、アレッシオとアルマはまと、機会があったらと言って地上に戻った。

 それを見送ったカリムと修貴は視線を合わせる。


「嵐のようだった」

「僕には有益だった」

「そうなのか?」

「そうなんだ」


 二人は笑うと二十一階を踏破するために歩き出した。







* * *

勢いで書き出したわりにしっかりと続いています。
いつになったらひと段落がつくのか。年内にひと段落つけばいいのですが、今のペースじゃ無理なきがするorz。

*****
修正 2009/06/21



[4424] その9
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 11:55
 懐かしい匂いがすると、その存在は体を久方ぶりに動かした。

 この者にとってごく最近、その身の兄弟というべき存在が打ち倒されたことを知っていたため、ついにかという気持ちが何より強かった。このような穴倉に閉じこもり幾星霜かと思える時を過ごした果てに、やっと、やっと来たと言える時が迫ってきているのをこの者は肌で感じ取っていた。

 いったい外の時はどれほど過ぎ去ったのだろうか。この者の親が人に討ち滅ぼされ、いったいどれほどの時が経ったのだろうか。

 喉を揺らし、この者はいつかを回顧する。

 兄弟が討ち滅ぼされたのは、この地に、この血に相応しい者がやってきたという合図だ。

 兄弟は最後の戦を楽しむことが出来たのだろうか。この迷宮の穴倉のみを住処とすることを許され、その時の流れの殆どを生きるため、睡眠に宛がうことを望まれ、その果てに兄弟は命の灯火というやつを燃やすことが出来たのだろうか。

 あの人間のように燃やすことが出来たのだろうか。

 この者は、その巨体をぐるりと揺らした。

 兄弟はこの者よりも強い力を持っていた。その兄弟が討たれた以上、自身の死も必然であるはずだった。


「────」


 空気を揺らす咆哮を上げる。

 死だ。死がやってくる。

 父のように。兄弟のように。あの人間のように。

 絶対たる存在であるはずの種族に死がやってくる。

 最後の灯火は盛大なほうがいい。燃え上がるように、灰になりたい。ああ、と笑った。人とは違う笑みであるはずなのに、まるで人間のようにこのドラゴンは笑った。盛大に人とは比べものにならない喉を揺らした。

 あの人間に随分と毒されたものだ。兄弟もきっとこんな気持ちだったに違いない。そうでなければこのような穴倉でその生涯を使い潰す価値がない。

 父はだからこそあの人間に滅ぼされたのだ。神を食らいその身が竜神になろうと、この気持ちを知らないからこそ討ち滅ぼされたのだ。そうだ、何かを知ることが出来なかった父が哀れで仕方がない。

 ああ、命とは燃やすものだ。その果てが如何に長かろうと燃やすことを忘れた命に先があるはずがなったのだ。長き時の果てに、ドラゴンはそれを悟った。この者は確かに命を燃やすことを忘れた神代の終焉に立ち会うことは出来なった。だが、それでも神代の終わりを悟っていた。

 そして、来るだろう。あの人間の血筋はきっと来る。間違えようがなく来るだろう。

 ドラゴンはその翼を広げた。

 このレッドドラゴンのためだけに空間拡張の魔術を持って作り上げられた場所は、巣穴であり、宝の座であり、この者の決戦場だ。血で血を洗う決戦場だ。抉り取るように作られたこの決戦場はドラゴンの巨体をして、あまりに広い。まさしく決戦の神殿だ。

 眠りこけていた肉体に力を入れ、ドラゴンは死した兄弟と自らの先を想った。

 兄弟は喋ることを嫌っていたため、殆どあの人間とあの者の血を引く者に話しかけることはなかったのだろう。ならば、代わりに話すのも良いかもしれない。戦う前の華となるだろう。自らのための盛大な手向けとしては相応しい。

 咆哮を再び上げる。


「────」


 さあ、来るがいい。

 さあ、やって来るがいい。

 我はファーブニルの子。

 汝はフリードの血筋。

 いつかの決戦を再現しよう。

 我が、兄弟とも再現したのだろう。

 ならば、我と再現してくれ。

 まだ見ぬ愛しき者よ。宿敵よ。

 そして、先にあるものを掴んでみせよ。


「────」


 ドラゴンは咆哮を木霊させる。魔術的に完全に隔離されたこの空間でいくら咆哮を上げようと迷宮には届かない。だが、その魂はきっと届く。

 ドラゴンは決戦のために再度、浅い眠りついた。

 決戦の時は近い。










ダンジョン、探索しよう!
その9









 探索九日目。修貴とカリムは地下二十八階まで辿り着いていた。臨時パーティを解散し、すでに二日たった二人だが、ペースを乱すことなく丁寧にここまで辿り着いた。ヒールドロップや、マジックドロップなどの回復アイテムは極力使用をしないように努力しながら進んでいたためアイテムの消耗は激しくない。ただし、修貴はすでに攻撃アイテムである火炎瓶と氷結玉は使い切っていた。

 残りの攻撃アイテムはクナイ九本、風来枝四本に雷撃針六本、加えて切り札であり奥の手でもある水龍の陣が一つ。

 目標といえる地下三十階制覇を考えれば乗り切ることが出来るであろう残量だ。ペースとしてけして悪くはなかった。


「修貴、二十八階に違和感がある場所があるって言ったの覚えてるよね?」

「ああ、あとは三十九階、五十階に七十二階だろ? 確か、三十九階と七十二階のマップには空白が在ったよな?」

「その通り。ただ、二十八階、五十階は変わった場所があるんだ。昔から指摘はされていたみたいだけど、どうにもならなかったらしい」

「なるほど」

「ただ、ね。僕が九十八階でレッドドラゴンと会ったって言っただろ?」


 そういえば、と修貴は思い出す。

 ハッキリと言ってしまえば今回、カリムと修貴がこうして二人で潜っている最大要因といっても間違いがない話だった。


「まあ、そいつとの出会いは偶然だった。本来すでに攻略された階層にどうしてあんな化け物がいたのかは正直に言って分からなかったけど、そいつと戦った場所と似た印象を受ける場所が二十八階と五十階にはあるんだ」

「それってさ、その二つが一番のあたりと考えていいんだよな」


 そうだね、とカリムは頷く。

 そして、ここはすでに地下二十八階。気を引き締めて行く必要がある。

 修貴は周囲に気を配りつつ、カリムの話を頭の中で繰り返す。


「なあ、カリム。そのドラゴンはどのくらいのやつだったんだ?」

「古代種だよ」

「……そうか」


 流石と言うしかないのだろう。カリムが修貴とではなく、アトラス院において組んでいるパーティの話は聞いたことがあった。神代にその名を轟かした天狼族の戦士に、エルフとドワーフのハーフという驚くべき錬金術師。そして、年齢不詳のダークエルフの魔女。聞いているだけで関りたくなくなるような組み合わせだ。

 そんな面子に掛かってしまえば、古代種のドラゴンでさえ、どうという事はなかったのだろう。それにしても、カリムのパーティは濃いな、と修貴は今更ながらに再確認した。

 まさかとは思うがそんな面子だからこそ倒せた古代種のドラゴンに自分も出会うとは考えたくもない。カリムなら対処が出来るかもしれないが、修貴では実力が足りない。


「で、そのドラゴンはどうなったんだ?」

「ん。ヴィクターとルナリアがマジックアイテムの開発材料にしたみたい」


 錬金術師ヴェクターと魔女ルナリアの手によって作られたマジックアイテムとはいったいどんなものなのかと興味が引かれる。修貴が使っているハードダイト製の刀も元はカリムのつてで錬金術師ヴェクターがお遊び作ったものを安く買ったのだ。

 これだけの刀を鍛えることが出来る鍛冶師にして錬金術師であるヴェクターが作るマジックアイテムとはいったい何なのだろうか。


「なあ、どんなものを作ったか、知ってる?」

「知らないんだ。何かすぐに売り払ってお金に変えたみたいだから」

「そうか。ちょっと興味があったんだがな。古代種のドラゴン製のマジックアイテムか。いったいどのくらいの値段で売れたんだろうな」

「さあ、僕にはわからないよ」


 カリムの言葉を聴きながら修貴は、刀を抜いた。

 カリムが修貴を見ると、修貴は頷いてみせる。


「この感じはストーンカだ」

「ストーンカね。修貴、今度は突っ込んで倒すなんて暴挙はしないでよ?」

「わかってる。あれは俺のミス。ミスはなくすものだろ?」

「そうだね。信頼してるよ。数は?」

「四だ」


 よし、とカリムは頷くとバスタードソードを引き抜いた。




*   *




 地下二十八階、ビルレストの滝北西の広間。そこは煉瓦の隙間から伸びた草木が壁にコントラストを描いていた。

 カリムは表情を悩ませ、その広間の奥の壁と睨み合っている。草木の一部を燃やすと見えた煉瓦に刻まれた紋章に対し、カリムは叩いたり、押してみたりと何度か簡単なことを試していた。


「何か、わかりそうか?」

「あんまり。たしか、この紋章はジーク・フリードに付き添っていた戦乙女の紋章だったはずなんだ」


 コンドルと剣を象ったその紋章は、戦場に立つ戦乙女に相応しい威容を持っているといっていい。ただ、どうしてそんな紋章があるのかと修貴は聞きたかった。戦乙女自体は新エッダ、古エッダ時代をとおして登場しているが、ジーク・フリードは新エッダ時代の英雄であり、このヴァナヘイムは古エッダの迷宮なのだ。

 深く聞きはしていないがそれだけはずっと修貴にとっての疑問だった。


「なあ、訊いていい?」

「何をだい?」

「いや、どうしてジーク・フリードに関するものがこの迷宮にあるのかをさ」

「ああ、そのこと。ジーク・フリードはね、自身の従者であり、伴侶であった戦乙女ブリュンヒルデとこの迷宮で出会ったらしい。勇猛果敢にこのダンジョンに挑んだんだね。そして、死後、自分をこのヴァナヘイムに埋葬して欲しいと言ったそうだよ」

「へえ、そんなんだったのか」


 民間伝承としてのジーク・フリードの英雄伝にはその死後について触れているものはないという。だが、その血筋であるフリード家には資料としてそれが残されていたのだろう。だったらと、疑問が更に浮かんだ。

 修貴はカリムに近づき、自らもその紋章に触れながら言葉を発する。


「なあ、どうしてフリード家は今までヴァナヘイムに挑まなかったんだ?」

「いや、挑んだ人もいるらしいよ。ただ、成果がなかったそうでね。それに、気の遠くなるほど昔の話だ。神代の時から存在する迷宮だよ? 墓荒らしにあっていない可能性のほうが低い」

「あー、なるほど」

「まあ、それでも僕は挑みたかったんだけどね」


 だからやる気にもなるってものだよ、とカリムは付け足した。口にはせずに心の中で呟く。それに、約束だ。あの約束がある。それがあれば、きっと僕は何だって出来る。何だってやり遂げられる。

 修貴と一緒に行くのだ。見つからないなんてのは嘘だ。

 しかし、と頭を悩ませる。九十八階では偶然だった。あんなドラゴンと出会うとは欠片も思っていなかった。だったら、今度はいったいどうしたらいいのだろうか。こつこつと、紋章を叩いた。


「カリム、何かさ文献とかになかったのか? こうさ、ブリュンヒルデだっけ? に関ることとかさ。この紋章がそいつの紋章なら関りありそうだろ」

「ブリュンヒルデ? うん、そうだね。何か、何か、か」


 修貴も、カリムと同じように考える。皇国出身である修貴にとって戦乙女は馴染み深いとは言えないが、簡単な知識はある。

 例えばだ、戦乙女は自身が定めた主人が戦場に出る前に必ず祝詞を捧げると言う。その祝詞はその戦乙女によって変わるという。

 ふむ、と修貴は頷く。祝詞は面白いかもしれない。だが、カリムが知っているだろうか?


「戦勝の祝詞とかは?」

「祝詞か。面白いかもしれない」

「わかるのか?」

「もちろん」


 カリムは紋章の前に立ち、息を吸い込む。


「我が祈りは刃の祈り。我が囁きは勝利の狼煙。我が主に捧げるは剣の輝き」


 カリムがその声を張り上げ祝福の祝詞を謳いあげるが、変化はない。違うのか、とカリムは首をかしげ再度、何をすべきかを考える。

 戦乙女独特なものという修貴の考えは面白いだろう。今の祝詞というのも十分に考えられるのだ。かつても、これからも戦乙女が唱え上げる祝詞は唯一つのみ。それは生涯変わらないとされる。

 ならば、他に戦乙女を決定付けるものは何なのか。

 祝詞ともう一つあったはず。それは、祈りだ。祈りの動作だ。だが、動作を感知するのだろうか。


「まあ、やってみないとわからないか」

「どうした?」

「いや、祝詞の次は祈りも一緒に捧げてみようと思ってね」


 カリムは紋章に向き合い、片膝をつき、バスタードソードを低くと自身の前に突き刺した。そして、剣に向かい指で印をきると、剣に向けて先ほど度と同じように祝詞を捧げた。


「我が祈りは刃の祈り。我が囁きは勝利の狼煙。我が主に捧げるは剣の輝き」


 最後にもう一度、指で印をきる。

 反応は返ってこない。今の一連の動作がブリュンヒルデの祈りであるが当てが外れたようだった。カリムは紋章に背を向け、修貴に向き直る。一度ため息を吐くと修貴と視線を重ねた。


「弱ったね。何か、良い手はないのかな。それとも実は何とも関係ないという落ちじゃないだろうね。……修貴?」

「……裏、見てみろよ」


 修貴が表情を変えたことに気づき、カリムは言われるがまま後ろ向いた。

 そこには扉があった。紋章を中央に据えた扉が伸びた草木をちぎり捨て、現れていた。


「……案外、いけちゃうものだね」

「……そうだな」


 カリムは深く深く呼吸をした。




*   *




 ドラゴンは目を覚ます。

 扉の鍵が外れる音がした。

 ああ、ついに。ああ、やっと。

 最後のときが訪れる。最後の戦がやって来る。

 何を語り。何をブレスに篭めようか。

 古代種のドラゴンは神代の終わりに終わることが出来なかった。だが、つにその最後がやって来ることだろう。

 爪で語り。牙で歌い。そのブレスで想いを伝えよう。

 レッドドラゴンの最後の決戦がやっと来る。

 そう、全てはあの契約を果たすために。







* * *

厨二病乙。ポエム乙。わかってはいるんだ。でも、たまに書きたくなる。困ったものです、厨二病。
それにしても、主人公がカリムに見えて仕方がない。
わざと、とくに血筋とか過去とかしがらみのない主人公にしたのが原因ですね。難しい。

*****
初投稿 2009/01/25
修正  2009/03/01
修正  2009/06/21



[4424] その10
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:19
 修貴にとってそれは初めて見る威容だった。今まで見たリザードや翼竜などとは比べものにならない巨体と威圧感。その存在感はそこにいるだけで自らの体を焼き尽くしまうのではないかと錯覚に陥ってしまう。そうだ、これが絶対的な強者だ。生まれながらに全ての生物の頂点に立っている生物だ。どうして、このような存在が人間に敗れるのかと疑問さえ浮かんでしまう。

 ドラゴンとは、創造神が作り上げた神に匹敵する地上最強の生物だ。神話の時代から常に神々と覇を競ってきた唯一の生物。

 ああ、なるほこれだ。これがその匂いなのだ。

 修貴は緊張に手を強張らせながらそれを知った。あまりに巨大すぎる存在に修貴の気配察知のスキルは麻痺していたのだ。

 これがカリムがいるステージなのだ。自分では届きそうもない絶対的な階段の上に彼らは立っているのだ。ただ呼吸することさえ辛いと感じさせる威圧感はいったいどうすれば手が届くというのか。たとえ、修貴が鍛えに鍛えあげ、その力を極限まで高めたとしても届くのだろうか。

 額を大きな汗粒が流れ落ちる。

 カリムや、その他英雄、勇者、そして超一流の冒険者と呼ばれる者たちが闊歩乱舞する世界とはこうも常識の向こう岸に存在するというのか。

 呼吸が速くなる。

 ああ、何だよこれは。

 爛々とぎらつくドラゴンの視線が修貴を横切り、カリムで止まった。

 修貴は恐る恐るカリムを見る。その姿は威風堂々としており、神代において人間でありながら神々と渡り合い英雄と呼ばれた者の血筋に相応しい。細まったその視線はドラゴンを見据えて離さない。


『終ぞ来たかフリードの者よ』

「喋るみたいだね、君は」

『弟は喋らなかったようだな。あれは力は強いがその辺りの機微に富んでいない』

「へぇ、弟だったんだ、あのレッドドラゴン」

『そうだ。我らはかつての竜神が一角ファーブニルの子』

「ファーブニル?」


 ファーブニル。その名はジーク・フリードの伝承で最も有名な話に登場する悪竜だ。古エッダの時代を終焉に向かわせ、新エッダの時代が幕開けとなったのは、かの悪竜が原因だ、と修貴は神話史の授業でかじった事を思い出した。

 神を喰らい、自身が竜神の座に納まったその強大にして凶悪なレッドドラゴンの最後はジーク・フリードとその従者である戦乙女に討ち取られて幕を下ろした。

 そして目の前のレッドドラゴンはその子だと名乗った。

 修貴の口からは空笑さえ漏れてこれない。これは神話の続きだというのだろうか。

 たしかにシーカーを志した原因には、かつての神話の時代に触れてみたいという思いはあった。だが、それはまったくの外から触れてみたい、眺めてみたいということだ。誰が当事者の一人として立ち会うことを望んだというのか。修貴はそこまで命を捨てていない。

 カリムと共に歩いて来たのにはカリムの行く先を見てみたいという多少の好奇心と、何より約束があった。神話の時代に挑みたいなどという願望はなかったのだ。


『フリードの血族、とはいっても貴様はどうやらあの戦乙女に似通っているようだな』

「ブリュンヒルデかい?」

『ああ、その通りだ。あの女だ。我らにこの契約を持ち込んだ女だ。それにしても随分時間が掛かった』

「契約?」

『契約だ。何れ来る私たちの子孫と戦って、だそうだ。あの女は未来視をする女神と何かを話したと思ったらこのようなことを言い出したな。しかし、あれはどれほど前だ?』

「君が言う契約が新エッダ時代のものというのなら、相当に昔だよ。すでに今は神代に非ず。人と眷属の時代さ。肉体を持った神なんて遠い昔の話だ」

『神代は終わったか。なるほど、ならば聞こう、人間。神代の終わりの最もたる出来事は何だったか? 穴倉で時を過ごした身としては、実に興味がある』


 修貴は呼吸を落ち着ける。彼らがこのように会話を重ねている中で一人、落ち着きを亡くすのは滑稽だ。

 カリムは落ち着きを取り戻しつつある修貴を見ると、レッドドラゴンに対し、修貴を示した。ドラゴンの視線が修貴を胡乱気に捕らえる。修貴は止めてくれと叫びたい気分になるが取り繕う努力をした。


「東方に巨大な結界があったてのは知ってるよね?」

『ああ、如何なる神さえも破る事は敵わなかったと聞くアレか。あれは創世の時代の終わりに出来たものであろう? それとその見慣れぬ人種と何が関係ある?』

「彼はその東方出身の人間だ。神代の決定的な終わりは約二千年前の東方結界の消滅だよ」

『ほう、なるほど見かけない人種である理由はそれか』


 レッドドラゴンはくつくつと喉を揺らし笑った。

 どれ一つ、とドラゴンがカリムに言葉を投げかける。


『何か知りたいことはあるか?』

「君の弟が持っていた指輪。アレは何なのか教えてもらえるかな?」

『ああ、あれか。あれならば鍵だ。我が持つもう一つの指輪と共に鍵となるものだ。ブリュンヒルデはそう言っておった』

「鍵、ね。なるほど。ありがとう」


 カリムは礼を言うと静かに呼吸した。

 そして、ドラゴンの雰囲気がガラリと変わる。修貴にとって存在するだけ感じていた強烈なプレッシャーが更に増す。


『誰かと、何かと喋るのは久方ぶりで、なかなかどうして楽しいものだ。だが、いつまでもというわけにもいかん。まだ聞きたいことがあるのかも知れないが、それは全てが終わってからだ』


 ドラゴンはカリムとその大きすぎる瞳で視線を重ね、猛る言葉を放った。


『では、あの女の言葉通り、戦うか』

「そうかい。いいだろう、レッドドラゴン。我が剣の錆にしてやろう」


 カリムは気負うことなくそう言って、バスタードソード引き抜いた。

 プレッシャーに負けぬよう修貴もそれに倣い、刀を抜く。


「────!」


 ドラゴンが咆哮を上げた。










ダンジョン、探索しよう!
その10









 ドラゴンの咆哮は魔力の篭った咆哮だ。聞くものの心を打ち砕き、その身を竦ませる力を秘めている。それを耐え抜いてこそ、初めてドラゴンと戦うことが許される境界線だ。

 修貴はその圧倒的な咆哮の前に体を竦ませていた。

 手が動かない。足が動かない。そして何より、その咆哮で相手との力の差を思い知らされ心が折れかけていた。

 何だこれは。戦うことさえも許されないというのだろうか。

 震える手足。辛うじて落とさなかった刀がガタガタと手につられるように揺れていた。


「修貴!」


 カリムはドラゴンを気にしながらも、修貴を気にかける。駄目だそれははと、修貴は声を上げて伝えたかったが体は命令を受け付けない。カリムに修貴を気にする余裕はないはずだ。そんなことをしていればドラゴンの餌食となる。それが分からぬカリムではないはずだ。

 修貴は必死になってせめてせめて、と邪魔にならぬよう、足手まといにならぬよう体に指令を送る。


『ふむ。構わぬぞ、フリードの血筋。そやつを助けてやるといい。今のはただの確認だ』


 いったいどうしてその言葉を信じれようかと修貴はカリムに叫びたかった。


『ドラゴンは虚言を言わぬ。それくらい分かるだろう?』


 カリムはバスタソードを左手に持ち、修貴に近づくとその右手にヒールの術式を握り締め、修貴の頬を軽く叩いた。

 それによって修貴は竜の咆哮の魔力から解放され、刀を杖の代わりに膝を突く。肩を大きく上下に揺らし、激しく何度も息を吸い、吐き出す。だが、震えそのものは止まらない。


「……馬鹿げてる。カリム、俺は足手まといだ。いるだけで邪魔になる」
『そうだな人間。我はフリードの血筋のものと戦えればかまわない。何ならば、貴様は隅で観戦していればいい。しかし解せんな。その程度の者では我が弟の前に立っていられぬはずだ』


 カリムはレッドドラゴンに言葉を返さない。ただ無表情に修貴を見つめていた。


「カリム、あのドラゴンもああ言ってる。俺は──」


 カリムは修貴に言葉を続けさせなかった。

 バスタードソード地面に突き刺し、修貴の頭を自分の胸に抱きしめ、その口を開かせない。


「修貴。たしか強魔丸がまだ残ってるよね。まずあれを使おう」


 修貴はカリムの腕から離れようとするがカリムは離さない。


「それから、僕が抗魔の魔法をかける。あと、アミュレットもあるからそれを身に付けて。そうすれば、咆哮にも何とか耐えられるはずだ」


 カリムは胸から修貴を解放し、その肩を掴みながら目を合わせた。


「な、何を言ってるんだよ、カリム」


 カリムは冷静ではない。修貴はその意を篭めてカリムに真意を問いかける。

 確かに抗魔の準備を行えば、咆哮には耐えられるようになるかもしれない。だが、それだけ実力差は埋まりはしない。生物としての強者弱者の差は埋まるはずがないのだ。


「ドラゴン。少し待って貰えるのか?」


 命を懸けた戦いの前に何を言っているのかという気持ちはカリムにもあった。だが、吐き出してしまおう。最後の気持ちは全てが終わってからに取って置き残りを吐き出してしまおう。


『ふむ、いたし方がない。我としてもやっとの決戦だ。多少の我慢はかまわぬ。それでより貴様が戦えるというのならばな』

「感謝する」


 だが、だが、どうしても譲れない。これだけは譲れない。

 修貴がいればカリムは何だって出来ると信じていた。


「修貴。僕はね、君がいれば。いてくれればなんだって出来る」


 ああ、そうだとも。その通りだとも。


「君と共に戦えば僕はもっともっと強くなる。どんな敵にだって負けはしない」


 約束がある。ただそれだけではない。


「確かにアトラス院で僕が組んでいる、ヴェクター、ルナリア、オルトの彼らは強い。僕だって敵うかわからないほどに強いさ。だけどね彼らとでは僕は強くならないんだ。確かに彼らも僕の仲間だ。このヴァナヘイムで下層に行けるほどのね。けど、彼らじゃ駄目なんだ」


 アトラス院でカリムが組むパーティは超一流といっていい集まりだ。だが、それではカリムはそこ止まりでしかない。それをカリムはこの歳で感じていた。


「修貴。僕は君がいい。僕の背中を守ってくれるのは君がいいんだ。僕はね。我侭なんだ。だからきっと僕は君に無理をさせる。きっと約束を盾にとって強制するかもしれない。悪い女に引っかかったとでも思ってくれてかまわない」


 カリムは表情を変え、そこで微笑んだ。

 言えた。ずっと思っていたことだ。背中を守ってくれる相方は修貴が、修貴がよかった。

 修貴は呆然とカリムを見据える。

 何だよそれは。震えてる俺が馬鹿に見えるくらい恥ずかしいじゃないか。修貴はカリムの瞳を覗き込みながら震えが止まり、心が落ち着くのが分かった。カリムがここまで思いをぶつけてきたのは初めてだった。

 修貴の口に苦笑が浮かんだ。


『くくく』


 レッドドラゴンが笑った。


『なるほど。似ている。嫌でも似ている。その我侭なところがそっくりだ。戦乙女似かと思っていたがジーク・フリードに似ているではないか。だがどうする? その人間は足手まといにしかならんぞ? 如何に貴様がその者といることで本来以上の力を出せたとしても、足手まといがいてはマイナスにしかなるまいよ』


 カリムはレッドドラゴンの言葉を意に介さず、ただひたすらに修貴を見つめていた。

 苦笑をかき消し、修貴は天を仰いだ。驚くほど高い天井だ。これ程の高さがなければドラゴンが窮屈で仕方がないのだろう。修貴の目じりに涙が浮かぶ。カリムには見せないように、溢さないように天井を見つめる。

 ああ、こんなにも。こんなにもカリムは修貴を必要としていたのか。その事実が嬉しかった。人付き合いが下手くそな修貴自身がこれほどに思われていたなど露にも知らなかった。この程度の実力しかない自分を背負ってまでカリムは約束を共に行こうと言い、約束を守ろうとしてくれている。

 なんて情けないのだろうか。

 竜の咆哮で心を砕かれかけ、もう戦えない。足手まといになるなんて何を言っているのだろうか。

 命をチップにしよう。その気位が足りなかった。

 修貴はカリムの手を丁寧に外すと左手で目元を拭った。そして、強魔丸のビンを取り出し、粒を三つ口にした。


「カリム。補助魔法を頼む」

「──ああ、勿論」


 ドラゴンはその補助魔法の時間さえ待っていた。

 更に、カリムは修貴に抗魔のアミュレットを取り出し、押し付けるように渡した。普段ならば受け取らないそれだが、このような場で言えるはずがない。


『それで十分か? そこの人間はそれで我に届くのか?』

「届けるんだよ、ドラゴン。カリムついでに刀にエンチャントも頼む」


 修貴は初めてドラゴンに言葉を投げかける。

 強者に対する怯えはない。カリムの言葉が何より心を強くしていた。

 チップは命だ。そのくらいで足りるなら喜んで乗せてやろう。

 修貴は刀を地面から抜き立ち上がった。

 カリムはバスタードソードを同じく引き抜き、修貴の刀に氷属性のエンチャントを施し、構えた。


『よかろう。ならば今度こそ始めよう。──決戦だ』


 竜の咆哮が再度轟く。

 修貴は丹田に力を込め、最初の一歩を踏み出した。




*   *




 レベル差は天と地と言うほど知っている。ドラゴンの巨体はそれだけで武器であり、尚且つそれでいて恐ろしく速く動く。だが、最高速に到達できるほどここは広くはない。そして、その始動は修貴にとっては速く感じられ、カリムにとっては遅くはないと感じる程度だった。

 カリムは正面からドラゴンと睨み合い、修貴は滑るように歩を進める。

 修貴の役目はドラゴンをカリムに集中させないことにある。だが、それをするには修貴は攻撃力不足を自覚していた。竜の鱗はそれだけ一級品の盾となる。そんな硬度を誇るものに修貴の刃が通るとは思えない。仮に通ったとしても数振りで刀が折れる可能性を持っている。だからこそのエンチャントだった。多少はマシになるはずなのだ。

 そして、出来ることは嫌がらせだ。

 蝿が飛んでいれば人間は手で払おうとする。だが、簡単には払えない。それだけで人は容易に集中を乱す。ドラゴンに同じ理屈が通じるかは分からないが蝿程度の嫌がらせは出来るはずと修貴は考えた。

 ドラゴンは巨体だ。あの巨体では死角が比較的簡単に出来やすい。そこに付け入る隙があるはずだ。修貴は集中してカリムとレッドドラゴンの動向に自身の動きを合わせにかかった。

 カリムとレッドドラゴンが爪と剣で剣戟を始める。

 一閃、一閃と爪が空中を引き裂き、バスタードソードが空間を両断する。そして、ドラゴンはその巨体を振り回し、更に追撃を加える。カリムは襲い掛かる巨体を蹴ってその勢いで間合いを取り直す。

 修貴はカリムと戦うドラゴンの死角をあっさりと取った。動く巨体は脅威ではあるが、その動きをしっかりと見、何より察知すれば避けられないわけはない。

 動きを読みながら、刀を一閃すれば氷精の輝きと共にその鱗に霜が降りる。

 攻撃は通じた。ドラゴンにとって取るに足りないダメージかもしれない。だが、通じることに価値はある。塵も積もれば山となる。故郷のそんな諺を思い出し、修貴はドラゴンの動きに合わせ次の死角に移った。

 ただ、問題はある。いくら鱗を傷つけたところで塵にさえならなければ問題だ。同じところを何度も攻撃し蓄積すれば問題ないかも知れないがそう上手くはいくとは思えない。ならば、嫌がらせをするにはアイテムでも使うしかないだろう。

 ちくっとさえ感じてくれればかまわない。鱗を切りつけるだけではそのちくっとした痛みにさえならない。なら、と修貴は雷撃針を取り出した。

 刀を左手に雷撃針を右手に修貴は駆ける。

 カリムの広がった間合いに対しドラゴンはブレスを吐き出す。圧倒的な燃え盛る火炎のブレスはカリムに迫るよう広がるが、カリムは氷結魔法をバスタードソードに乗せ斬り払った。

 カリムの目に修貴が映る。修貴はドラゴンの周りを素早く動いている。

 ああ、とカリムは笑みを浮かべた。

 僕は戦える。修貴と共に戦える。修貴はカリムを信じあの距離で纏わり付いている。ならば、カリムも修貴を信じ目前のドラゴンを全力で倒すことを誓う。倒せないはずがない。古代種がどうしたというのだ。

 僕と共に修貴がいる。それだけで十分だ。

 カリムは呪文を唱えながら弾丸のようにドラゴンに肉薄した。

 修貴はカリムの肉薄によりドラゴンが暴れているのに対し冷静に死角から雷撃針を投げた。上手く鱗と鱗の間に刺さりそこに雷撃が迸る。けして安くはないアイテムだ。たいしたダメージこそ期待はしないがそれでも嫌がらせくらいにはなるはずだ。

 案の定、レッドドラゴンはカリムの肉薄を警戒しながら、死角に目を向けた。

 レッドドラゴンと修貴の視線が重なる。修貴は咆哮を受けたときのような衝撃を受けるが丹田に力を込め、無理に笑って見せた。

 修貴に対しドラゴンが翼を広げた。大きく広がった翼はこの修貴のいる空間を押しつぶす刃であった。修貴は仰け反るように、地面を蹴り、地に転がるが肩を切られ、浅い傷を負った。

 だが、それでも致命傷は避けた。問題はない。現実的に考えれば、修貴がドラゴンの一撃を貰えば立っている事が出来ないどころか、それで死んでしまうかもしれない。

 だからこそ修貴は笑った。今度は無理やりの笑みではない。

 面白い。

 そうだ。そうだともこの緊張感だ。常に一人で戦っている緊張感はこれに近い。

 修貴は次の死角を探し、そこに気配を殺し気づかれないように移動を開始する。

 すぐにそれを見つけだし、気づかれずに移動するが、絶えず動いているドラゴンに位置を維持するのが難しい。攻撃が遅ければすぐに位置がばれ、そして、ドラゴンは修貴の攻撃動作に気づけばそれが行われる前に尾を振り、修貴を殺しにかかってきた。

 それをすれすれで察知し避け、もう一度死角を探す。如何に速く攻撃し、避け続けるかそれが課題だ。ただ、その攻撃が蚊に刺された程度にしかならないというのは悲しい事実だった。

 だが、それでも精神が高揚していた。ドラゴンの攻撃は早いが感じられないわけではない。修貴の攻撃は回数を繰り返すほど速く無駄のない動作になっていく。

 修貴はカリムがドラゴンに一撃を入れてくれることを信じ、死線の上で舞うことを決意した。




*   *




 風を起こすアイテムである風来枝を構え、移動した死角から最低限の動作で投げつける。狙ったのは、カリムによって鱗が切り落とされ、肉が見えているところだ。強靭な肉体を誇るドラゴンとはいえ、そこならば多少の痛みは感じる。

 ドラゴンはカリムに対しブレスを吐くと、うろちょろと小うるさい修貴を探しにかかった。

 周りを動き回り、時に刀を振り、攻撃アイテムなどを投げる修貴はその思惑通りにドラゴンの集中を少なからず奪っていた。

 修貴は中々見つからない。投げたと思われる方向を向いたときにはすでに居らず、何処かに移動している。ならば、とドラゴンは考える。気配を隠し、移動しているあの人間は先ほどからドラゴンの死角に居た。

 だからこそ、体を大きく揺さぶり周辺をなぎ払う。だが、それで仕留めた気配は何処にもない。


『小賢しい!』


 修貴は暴れるドラゴンの右後ろ足の死角に居た。暴れる巨体を器用に避け、今一度、雷撃針を取り出した。クナイなどはカリムがもっと鱗をそぎ落としてから投げてやるべき武器だ。今使うべきは数こそ残ってはいないがこの雷撃針だった。

 ドラゴンがカリムの一閃をその爪で弾き、死角となっている足元を見、その口を大きく開いた。

 何処に居るのか分からない。ならば、その周り全てを焼き尽くしてしまえばいい。単純明快で実に確実な手だった。

 ドラゴンは自らが燃えることなど微塵も考えずそのブレスを吐き出す。

 カリムがその動作に気づき、ブレスを押さえにかかるが、レッドドラゴンは自らの肩を差し出すことでそれさせなかった。

 まずは五月蝿い存在を倒すこと。それが先決だ。

 修貴は数少ない雷撃針を捨て、逃げるしかなかった。といっても、逃げる先など殆どありもしない。ドラゴン自らを燃やしてしまうようなブレスをいったいどうして避けきることが出来ようか。

 修貴はせめてと、ブレスの広がりが少ない場所に走りこむ。

 そして、ドラゴンと目が合った。吐き出されたブレスの方向は変わることがないのが救いだった。連続してブレスを吐き続ければカリムにドラゴンが斬られるからだ。しかし、それでも修貴の右半身が軽く焼かれてしまう。防具である制服は燃え上がる。

 修貴はドラゴンから出来るだけ離れた地面に転がり火を消すと、すぐに、ヒールドロップを取り出し、飲み込む。

 だが、距離など物ともしないドラゴンは、その動作をしているうちにその巨体を修貴に覆い被せに来る。

 対する修貴の動作は遅い。無駄を確かに省いた動作ではあるがそれでも遅い。口にするだけのドロップである回復アイテムをもう一個使う時間さえ惜しい。それが、現状の弱点だった。もっと相手の気を引くならば速く。速く。もっと速く、行動をしなければならない。

 相手がその行動をすると気取れないような動作が最高だ。

 修貴はそう思うも、目前に迫る巨体をどうすることも出来ない。

 だが、ドラゴンにそれをさせないのがカリムだった。

 氷結魔法を乗せた一閃をハンマーのように横叩きにドラゴンにカリムは叩き込んだ。カリムの一撃は重く、修貴はその隙に窮地を脱出する。


「────!」


 ドラゴンは咆哮を上げた。

 なるほどどうして。もっと強くなるとは言うだけはあるじゃないか。

 もっと、もっととドラゴンは決戦を大いに楽しんでいた。




*   *




 いったいどれ程避けたか。時間は一刻を過ぎ、修貴の防具である制服は焦げ跡と傷だらけだ。右肩から先は燃え落ちてしまっている。ここまでの探索で幾つか傷が増えたがこの、ドラゴンとの戦いでそんなもの苦にもならないほどの傷が増えていた。

 血のあとがにじみ、ボロボロではあるが致命傷の一撃は貰っていない。そして、修貴の攻撃の成功率も格段に上がっていた。

 修貴は道具袋を探り、すでに攻撃アイテムが水龍の陣以外残っていないことに気が付いた。

 とにかく、まずはヒールドロップSを取りだし口に含んだ。加えて、強魔丸を更に三粒飲み込む。これでビンの中身は空になっていた。

 ドラゴンは修貴に気を取られるようになり何度もカリムの一閃を貰っている。肩の鱗は一部の肉ごと切り取られ、右前足の爪はそぎ落とされ、多くの鱗が切り取られ、その他にもすでに多くの手傷を負っていた。だが、ドラゴンの肉体はそれでもダメージを感じさせない。対するカリムも、その頬には血をにじませ、けして無傷ではないが見掛けだけならば優位には立っているが決め手にかけていた。


『楽しいではないか。こうだ。これこそが血で血を洗う決戦だ』

「…………」

『フリードの者よ名乗れ』

「……カリム・フリードだ」

『我が名はランドグリーズ。ああ、そして、何処にいるか分からんが見事な隠行だ人間。これは我が完全に侮っていた。名乗るがいい。それでその場を攻撃するような無粋なまねはしない』


 修貴は言葉を信用しないわけではなかったが、逃げ切れる間合いに移動しランドグリーズに姿を晒すと、口を開く。


「藤堂修貴。名は修貴だ」

『覚えたぞ。カリム・フリード、藤堂修貴』


 ランドグリーズはゆったりと天に口を向け、咆哮を上げる。

 修貴は疲れた体に鞭を打ち、力を込め咆哮をやり過ごす。カリムはその咆哮の間に自分自身にヒールをかけた。


『最終決戦だ。存分に戦おうぞ!』


 ランドグリーズその首を動かし、カリムと修貴を見た。


「カリム、俺が最後に大きい隙を作る」

「修貴?」

「だからでかいのを頼む。魔力も多くは残ってないだろ?」


 水龍の陣。兄がもしもの時のお前のためにと送ってくれたこの高価なアイテムの使い時だろう。いったいどれ程の値が付くかは知らないが、このアイテムが送られてきたとき心底、二度と兄には頭が上がらないと思ったことを修貴は思い出した。

 だが、使えるタイミングは多くはない。死角に移動し使用したとしても、多くの死角がカリムさえ巻き込みかねない場所だ。

 使うならば正面か。難しい。本当に難しい。修貴が水龍の陣を使用するのが先がランドグリーズの爪が飛んでくるのが先か。覚悟を決めるしかない。体力的にもこれ以上戦っているのは修貴には無理だ。

 死ぬせよ、成功するにせよどちらにせよ最後だ。

 死線の踊りもこれで最後と思い、修貴はカリムに微笑んだ。


「頼むよ、カリム」

「──信じるよ、修貴」


 修貴の微笑みに、カリムも微笑んだ。

 ああ、きっと僕は勝つ。間違いなく勝つ。修貴がいる。そうだ、負けるはずがない。

 カリムはランドグリーズを見据え、必殺の一撃の準備に掛かる。


『面白い! 我が爪とブレス、そして貴様たちの一撃どちらが速いか決着をつけよう!』


 修貴は疲れによって力が抜けた体でゆったりとランドグリーズの前まで歩いていった。歩く本人でさえ驚く程の自然体で近づく修貴に対しランドグリーズはその凶悪たる爪を振るう。高速で近づいてくる爪の軌道が死線の上で舞っていた修貴には感じることが出来た。

 先ほどと同じく自然体で修貴は右にワンステップで避ける。圧力で頬が切れるが気にも留めない。

 ああ、と。心の何処かが笑った。力みの抜けたこの動きを忘れるな。

 ランドグリーズは避けた修貴をその牙で喰らいにかかる。これも、修貴は自然体で避けてみせるが、それでランドグリーズは終わらなかった。そのままカリムを巻き込むブレスを吐こうとしたのだ。

 そして修貴は自然体のまま予備動作もなく水龍の陣を発動させた。

 刀を振るう行為とは違うが、忘れてはいけない動きだった。修貴が知る戦い方に無拍子というものがある。相手に悟られず、予備動作もなく武器を振るうとされる、故郷皇国の武芸の達人が手にした境地。それが無拍子というらしい。それは修貴にとって理想的だった。気配を読み、攻撃を読み、そして死角を奪う修貴にとって、攻撃を読み取られないというのは理想だった。

 疲れた体が想像以上に最高に動いていた。死線の上を舞っていたかいがあったというものだ。

 無拍子というにはまだ粗があった。それでもその攻撃速度と、予備動作の小ささはランドグリーズより速く、水龍の陣を発動させたのだ。

 兄さん。使わして貰います。

 陣が描かれ、そこら大量の水が龍となってランドグリーズに襲い掛かる。その水流の大きさは古代種のレッドドラゴンであるランドグリーズにさえ匹敵していた。


「────ッ!」


 咆哮が上がった。

 圧倒的な水流に対し、抗い跳ね除けようとするランドグリーズ。


「ははは……。耐えるのか水龍の陣。けど、さ」


 修貴はカリムを見た。

 カリムのバスタードソードは異様なほどに電気を帯び、破裂音を鳴らしていた。


「ありがとう、修貴。流石だね。上手いタイミングで使ったものだ」


 カリムが大きく息を吸い込んだ。

 そして、カリムは間合いを踏み出し、水流に抗うランドクリーズに近づく。


「我が一撃は雷神の一撃。我が一振りは雷神が雷。我が意思は雷神が如し。受けよ、我が一撃」


 光明を放つバスタードソードは致命的な力を纏い、力の限り振り下ろされた。







* * *

主人公補正乙。修貴君がやっと主人公ぽかった気がする。
ボス戦でした。ひたすら戦っているだけのお話でした。
すごく書いてて疲れた。戦闘って書くのがしんどいですね。気づけば文章量も普段の二倍。

もうすぐ一段落。いいかげん迷宮×学園の学園を書きたい。

*****
誤字・脱字に文章がおかしいとミスが多発しました。申し訳ありませんでした。
そのため、一部会話が変更しました。
指摘してくださった、にゃあ◆918c329dさん、クロ◆c56270e7さんありがとうございました。
*****
初投稿 2008/12/08
改稿修正 2008/12/09
誤字修正 2009/01/25
修正 2009/06/21



[4424] その11
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 11:59
 世界を雷光が白く染め上げる。連続する破裂音と共にランドグリーズの巨体以上の大きさを形作った雷の剣は黒い影を床に焼き付け、神殿の奥の壁にまでその刃の足跡を残していた。

 振りぬかれたバスタードソードは魔法剣の残り香として薄い紫電を纏っていた。

 それが霧散し、この竜が座した神殿全体を揺らすような音が響いた。


『見事』


 ランドグリーズはその半身を雷光により消失させ、カリムと修貴に言った。

 沈黙の時間が経ち、カリムはバスタードソードを鞘に収め、修貴もそれに倣う。


『まずはこれを受け取るといい、カリム・フリード』


 そう言ってランドグリーズはその口から指輪をカリムに吐き渡した。

 カリムはその指輪を一度拭い、観察する。


「ニーゲンベルンの指輪か」

『聞きたいことはあるか? 敗者は潔く答えよう』

「これともう一つで一つの鍵ってことらしいけど、折角だ何の鍵か聞けるかな?」

『ふむ。その指輪と我が弟が有していた指輪。二つで塔への道は開かれる』

「塔、ね」


 カリムは指輪を落とさないように保存すると、物は試しだとランドグリーズに一つの疑問を投げかける。


「もののついでに、その塔とやらの場所は教えてもらって問題はないかな?」

『地下五十階』


 あっさりと返ってきた答えにカリムは反応に詰まる。まさか、簡単に答えを返して貰えるとは思っていなかった。


『どうした? 鳩に豆鉄砲を撃たれたような顔をして?』

「あー、うん。答え返して貰えるとは思っていなかったから」


 確かにそうだろうと修貴はカリムの言葉に頷いた。まさかダンジョンの目的地を簡単に教えてもらえるとは誰も思っていない。教えてもらうことが出来ないからこそ、シーカー達は自らの足でマップを作り上げ、秘宝の在り処を求めているのだ。

 だが、構わないだろうと修貴は小さく笑った。これだけ戦ったのだ。そのくらいの褒美があっても問題はない。

 ランドグリーズはカリムにそれ以上質問がないことを確認すると、修貴にその顔を向ける。


『トウドウ、シュウキだったか?』

「ああ。その通り。発音を正確に突き詰めると藤堂修貴だけどな」


 言っても仕方がないことだ。東方結界が無くなる以前からこの穴倉に潜んでいた存在が東方の言語を正確に発音することを期待すことが間違っている。尤も、喉を振動させ会話している訳ではないドラゴンだったら、苦にする事無く発音の修正は可能だろう。


『とうどう、藤堂シュウキ、しゅうき。修貴。藤堂修貴。こうだな? 名が後に来るとは珍妙なことよ。東方結界の中は我では想像が付きそうにない世界のようだな。殆ど異世界のように感じる』

「そうか。そういう話はあまり聞かないからそう言われると新鮮だよ。二千年あれば、上手く世界と世界が交じり合うということだな。まあ、偶に発音がどうしても出来ない人ってのはいるけど」

『さて、貴様には何を残そうか? ドラゴンを倒した者は秘宝を得るというのがお決まりだが、我が守っていたのは指輪のみ。東方結界の中の人間と話すという僥倖を死ぬ前に出来たのだ、戦いの楽しさも含め何かを用意したいのだがな。今から何かを用意できるほど我が命は残っておらん』

「俺は、特にそういうのは……。それに何をしたって、大したダメージも与えてない」

『謙遜か。だがな、褒美を取らせないというのは我が誇りに傷が付く』


 二人の会話を見守っていたカリムが口を開く。


「ランドグリーズ。なら、提案がある。僕は貴方の屍を用いて修貴に武具を用意したい。見ての通り彼の装備は貧相だからね」

『そうか。ならば──いいだろう。良き職人を用意するのだな』

「それには当てがあるかね」

『ならば、我は案ずる事無く逝こう』


 ランドグリーズが残された肢体を使い自らの顔を持ち上げた。


「────ッ!」


 死力の咆哮が迸る。修貴は全力で、倒れないよう萎縮しないように体を支える。


『良き戦だった。ヴァルハラでまた会おう!』


 そして、ランドグリーズはその長き生涯に終止符を打った。










ダンジョン、探索しよう!
その11









「終わったね」

「終わったな」

「疲れた?」

「ああ、疲れた。今の咆哮は良く耐えたって自分を褒めたい。意識が飛びそうだった」


 カリムは完全に沈黙したランドグリーズから視線を離すと、体を伸ばした。


「本当に疲れたね。さて、武器の手入れと、この場所が他のシーカーに見つからないようマーキングも必要だ。とてもじゃないけど、僕の持つ収納袋じゃドラゴンは収まらない」

「そりゃそうだな。今日はここで一晩明かして、明日このダンジョンから出ようか」

「そうだね。ここから、二十九階までの階段は近い。あとは二十九、三十階だけど、寄り道をせずに進めば日が落ちる前に三十一階に辿り着くから、テレポーターで出よう」


 カリムの言葉に修貴は頷き、壁際に座るとボロボロになった制服を確認し、刀の手入れを行い始めた。

 明後日からは学園での登録授業の講義が始まる。登録した講義は隠蔽魔法についての授業と上級応急処置術の授業に加えて、神話史4と東方神話史2もある。地上に戻り、講義を受ける準備をする余裕はないだろう。

 講義の準備だけではない。今回、練成を繰り返した制服が防具としての役目を果たせなくなってしまった。次は学園の付属ダンジョンの探索に行くことになるのは予想が付くがそれまでに耐魔に強い防具を用意しないといけない。

 防具といえば、と修貴はカリムとランドグリーズの会話を思い出した。


「カリム」

「ん? どうしたの、修貴?」

「武具が、って言ってたよな?」

「ああ、そうだね。今回の探索の報酬を分けることを考えたらね、ドラゴンを材料にした武具は申し分ないだろう?」

「そりゃあ、そうだけど。というか、いいのか?」

「いいよ。それでもお釣りが来る。報酬の確認に関しては地上で日を改めてしたいと思うけど、っと。ああ、修貴は授業があったね」

「分配作業、すまないけど頼めるか? 本当に悪い」

「いいのかい? 悪さするかもよ」


 カリムはくすくすと笑いながらそう言って修貴の横に腰を下ろした。


「信頼してるからな」

「それなら僕はその信頼に応えよう」


 修貴の何を今更言っているんだという言葉にカリムは笑いを絶やさず返答する。


「で、さ……。言いにくいんだが、その頼めるか?」


 武具のついでに、防具を頼めるのか。それを聞かなければいけない。図々しいのは分かるが、武具防具はシーカーや冒険者の死活問題だ。それが選りすぐれているだけで助かる命がある。

 カリムの無邪気な何かな、という表情に対し修貴は気を引き締め口を開ける。


「武具に加えて防具も、頼めるか? 金は今回の報酬の半分は使ってくれても構わない。いや、足りないなら全部でもいい。まだ生活費には困ってない」


 これは、とカリムは思案する。実は防具を修貴に言わず用意するつもりであった。

 ランドグリーズとの戦いのとき自らがが口走った言葉は、良く考えると恥ずかしい告白だった。ならばついでだ、今度はプレゼントでも渡してしまおうと考えていた。明白に異性として好きですとは言っていないとしても、殆ど言ったようなものだ。戦闘が終わり感情面でも冷静さを取り戻したからこそ思うが、あのときのカリム・フリードは本音を口走るほどに二人での探索という行為に酔っていたのかもしれない。

 だが、それは今考えることではない。

 防具だ。相棒に成ってくれと言った相手に対する防具をどうするかだ。


「そうだね。何だったら防具に関しては、僕がプレゼントしようか?」

「え? いや、それは悪いだろ?」


 言うと思っていた。藤堂修貴はそういう性格だ。


「背中を預けたいって声高らかに、それこそドラゴンの前で宣言したんだ。それくらいはさせてよ」

「いや、だけどな。だからこそ、そこは俺が自分でやるからこそ背中を預ける意味があるんじゃないか?」


 カリムの言葉に修貴は反論する。仮に背中を預ける相棒に成るのならば負担をかけるのは間違っている。


「修貴、僕は我が侭だ。そう言ったよね」

「確かに言ったな」

「だから、悪い女に引っかかったと思って、僕にプレゼントさせろ」


 おいおいと、修貴は刀を整備する手が止まり、自分が笑っていることに気が付いた。

 おいおいと、カリムは自分が随分と横暴なことを言っていることを自覚しながら、笑っていることに気が付いた。

 二人は顔を見合わせると一層笑い、言葉を出した。


「ありがとう、な」

「どういたしまして」




*   *




 刀の整備を終え、最低限の制服の修復も完了させると修貴はカリムともに保存食を食べ、カリムに先に眠ることを勧めた。

 何と言っても今日最も戦ったのはカリムだ。如何にカリムが強かろうと古代種のドラゴンと戦って疲労が溜まらない訳がない。特に魔力をいったいどれだけ消費したのか修気には想像が付かない。

 最後の魔法剣は凄まじかった。ドラゴンの半身を文字通り消し炭にした一撃だ。修貴には到底及びつかない威力を持っていた。

 修貴はカリムが毛布を被り眠りに落ちているのを確認すると神殿の入り口を一度確認した。見張りといっても楽なものだ。この中から、外の気配は探ることが出来ないが、入り口は一つだけ。まずモンスターがやって来ることはない。来るとしたらそれはシーカーだけだ。

 視線を入り口に固定したまま、修貴はランドグリーズとの戦いを思い出す。

 カリムとランドグリーズの戦は間違えようがなく決戦と呼べるものだった。街一つを焼き滅ぼす竜のブレスに、軍隊を滅ぼす魔法剣が乱舞する人外舞踏の中で修貴のようなちっぽけな戦士が混じっていたのだ。

 腕をランドグリーズの屍の方に伸ばし、その屍を握り締めるように手を握る。

 生き残るどころか、時間を稼いで見せた。これは何たる実績か。竜の咆哮にも途中からは最初よりも自分自身の力で耐えるようになった。

 この一戦、いったいどれだけの価値があっただろうか。

 この一戦、いったいどれだけ成長しただろうか。

 カリムにはどれだけ感謝しても足りない。ましてや、刃を交える前のカリムのあの言葉がなければ、修貴は戦えなかった。

 あんな台詞そうそう言えるものではない。修貴ではとてもではないが言える台詞ではない。あの時のカリムは格好良かった。


「本当に、本当に格好良かったなぁ」


 男の修貴がこのざまでは一体どっちが男だよと故郷の兄には言われるだろう。

 眠るカリムに視線を移す。普段はポニーテイルで纏め上げられた髪は解かれ、まばらに散っているがその美しさは損なわれていない。

 美人だった。そんな美人にあんな台詞を言わせるのに相応しい人間だっただろうか。自問する。


「美人で、強くて、賢くて、か。本当にすごいな。御伽噺の勇者みたいだ。ああ、いや。本当に勇者っていうのはそういう存在か」


 噂に名高きアキーム地方の勇者アレクサンドルは格好良く、強くて、賢いらしい。


「まったくどうして、あんな台詞が出てきたのか」


 ずるいだろう。あんな事を言われたら戦うしかない。男とは馬鹿なのだ。喜び勇んで戦うしかないじゃないか。

 このヴァナヘイムに潜る前にこんな台詞を聞くことになるとは思いもよらなかった。それほど大事な関係にしてもらっていたとは想像がつけなかった。修貴にとっては大事でもカリムにとっては分からなかったが、あの台詞を聞く限り、修貴はカリムとの仲を誇ってもいいのかもしれない。


「だったらまずは、強くならないとな」


 足がかりなるものは得た。水流の陣を発動させたときの動きだ。

 修貴が磨くべきは攻撃の出の速さだろう。奪うは戦いにおける先の先。気づかず気づかせずという戦闘方法に加えて何より速い攻撃が加われば、どれだけ有利な戦いが出来ることだろうか。

 あとは、攻撃力だ。対人が専門ではない修貴にとってそれは重要なものだ。

 修貴の攻撃威力は武器の切れ味に多大に依存する。出来ることは技を磨くことだろう。


「まあ、やることは多いか」


 あとは、もっと対人コミュニケーション能力でも上げるべきなのだろう。強くなる上で情報は必須だ。学生の身分ならまだしも、この街を出るようになったら、人とのつながりは重要だ。

 カリムと出会えて本当に良かった。

 出会わなかったら、藤堂修貴は今よりも弱く、強さの壁にさえぶつからなかったかもしれない。


「強くなろう」


 カリムの背中を守れるくらいに強くなろう。

 カリムに笑ってありがとうと言われるくらいに強くなろう。


「刀の意味は戦うことで、ならばそこに意義を付加するのがその持ち主の役目だよな」


 シーカーである修貴が振るう刀はまだ見ぬ何かを見るためだ。そこに意義を増やすのは悪くないことだろう。

 修貴はカリムの寝顔を確認すると、肩をほぐした。ドラゴンを屠った少女の寝顔は穏やかだった。







* * *

更新が非常に遅れました。
あと、ちょっと自分に絶望を。その10の誤字脱字と日本語おかしい部分ありすぎですね。ごめんなさい。
そして、この話の悪いところと自分の日本語能力の是非というあまり見たくないものを見て厨二病してました。

つまり、プロットはしっかり立てましょう。テンポよく話を書くことを優先しすぎて話の積み重ねが薄れてる。やっちまったぜ。

*****
初投稿 2009/01/25
改稿修正 2009/02/01
修正 2009/06/21



[4424] その12
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:03
 探索十日目朝。

 修貴とカリムは食事を取りながら昨日の戦いを振り返っていた。


「そういえば、カリム。何で、ランドグリーズは竜魔法を使ってこなかったんだ?」


 戦っている最中はまるで浮かんでこなかった考えであるそれは、修貴たちにとって有利働いた材料であったが冷静になると疑問が浮かぶ。

 上位のドラゴンは独特の魔法を使う。古代種になれば、それこそ強力な魔法を使用できるはずだった。


「それはたぶん、伝説に曰くファーブニルは神を喰らい竜神となった。だが、全ての竜を越える肉体と魔力を得たが、ファーブニルは魔法を使えなくなった。だから、そのファーブニルの子であるランドグリーズも使えなかったじゃないかな。ま、もっともその分他のドラゴンに比べ強力なブレスに咆哮、肉体を持っていたみたいだけど」


 それを聞くと修貴は、カリムの魔法剣を思い出した。通常の古代種のドラゴンよりも強靭な肉体を持つランドグリーズを吹き飛ばしたあの一撃はとんでもない。

 そんな話をしているうちに二人は朝食を取り終える。

 そして身支度を終え、ランドグリーズと死闘を繰り広げた部屋から出ると、そこにあった筈の扉は消えていた。扉があった場所には紋章のみが残っていた。


「ふむ、これは……。そうだ、修貴。ブリュンヒルデの祝詞試してみて。開くかどうか確認するから」

「俺、覚えてないぞ?」

「僕が教えるからそれを試してくれれば良い」


 それならと修貴はカリムに言われるまま、ブリュンヒルデの戦勝の祝詞を丁寧に唱え上げる。

 だが、壁に変化はない。


「変化なしか。修貴は間違えたわけじゃなかった、となると」


 今度はカリムが同じく戦勝の祝詞を唱える。朗らかに唱えられる祝詞が終われば、修貴のときとは違い、ランドグリーズが眠っていた部屋への扉が紋章が刻まれていた壁に現れた。

 修貴は自分がミスを犯していないかを思い出しながら、首を傾げる。


「うん。ここ、僕にというより、フリードの血筋に反応するのかな。とりあえず他のシーカーにランドグリーズを回収される心配はなさそうだ」

「ああ、なるほど。そういうわけか」

「そういうことだね。以前倒したあのドラゴンがなぜ今まで話題にならなかったかこれでわかったよ。きっと、あっちも同じく僕の血に反応したわけだ」

「ん? そうすると、ヴァナヘイムに挑んだフリードの人がいるって言ってなかったか?」

「そうだね。となると、どういうことだろう?」

「俺に聞かれても、役には立てない」


 謎だね、とカリムは笑う。だが、これで余分な魔力を消費しないでいいことは判明した。あの扉を呼び出すにはフリードの人間である必要がある。カリムなしではランドグリ-ズの屍には到達できないのだ。

 ランドグリーズを回収できないため一度地上に戻ってから再び回収に来なければならない以上、誰かに奪われる心配がなくなったのは朗報だ。


「さて、と。いこうか、修貴」

「そうだな」


 修貴はカリムに返事を返すと、この広間から伸びる一本道の先を鋭敏な感覚で探る。モンスターの気配はない。視覚による確認にでも同じくモンスターはいない。修貴は己の気配察知を過信はしていないが信じている。

 このあたりで気をつけておくべきモンスターはストーンカだ。絶えずダンジョン内を群れて走り回っている奴らは、たとえ現在気配を察知できなくとも、猛烈な勢いで突進してくる。すでにそれを一度、その威力をその身で感じ取った修貴としては一番注意を払っていた。


「特に問題はなさそうだ」

「うん。ドラゴンを倒したというのに、他のモンスターにやられたじゃ、間抜けだからね。慎重に行こうか。それに修貴の今の制服は防具と呼ぶにはお粗末だ」


 その通りと修貴は頷く。

 鋭利な攻撃を仕掛けてくるブラッドバニーのような、避けるか刀か何かで防ぐしかない相手には防具はあまり関係ないが、先ほどから修貴が注意を払っているストーンカのようなその純粋な力で向かってくる相手には防具が重要になる。

 もっとも、耐魔用に練成してあった修貴の制服には殆ど関係ない話ではあった。だが、制服の状態は以前よりも紙になっている。もし突進を食らえば、ヒールで回復できる領域ではすまない可能性がある。

 また、刀も整備したとはいえ、ランドグリーズとの戦いで酷使した。戦闘は出来る限り避けるのが好ましかった。それはカリムのバスタードソードにもいえる。

 必殺たる魔法剣"ミョルニル"はミスリル製のバスタードソードに限度以上の負荷を掛けていた。

 そうして一本道を抜けると、修貴は普段無意識に行っている気配察知の範囲を意識的に拡大し、己が出来る気配察知、索敵技術を最大限に用いてモンスターの気配を探すのであった。

 モンスターの位置がわかれば後はカリムの持つマップと照らし合わせながら、出会わないように地下三十一階を目指すだけだった。










ダンジョン、探索しよう!
その12









 昼の時間を過ぎ、地下三十階も終わりに差し掛かったところで、修貴は足を止めた。


「カリム、この先は滝に近づいていく必要があるよな?」

「そうだね。避けようがない。まだ、距離はだいぶあるけど滝の近くにモンスターかい?」

「この感覚はワイアームだ。数は二匹」


 現状、出会う可能性があるモンスターの中でワイアームは一番の厄介者だ。それが二匹となると面倒であった。


「修貴、マップと照らし合わせて、位置を確認して。避けられないのなら確実に先手を取って仕留めよう。今の君の防具じゃ耐魔効果は期待できそうにない。ワイアームは魔力を少なからず使用するから用心に越したことはない」


 まあ、とカリムは付け足す。


「古代種のドラゴンの咆哮に耐えれるようになってきていた修貴ならばなんとかなるかもしれないけどね。用心に越したことはない、先に補助魔法をかけておこう」


 カリムの補助魔法を受けながら、修貴はカリムの携帯端末のマップと位置を照らし合わせる。

 場所は滝からけして離れた位置ではなかった。滝から伸びる道の広間にいるようだった。その広間は地下への階段に進むには確実に通らなければならない道だ。他のシーカーがワイアームを排除しない限り確実に戦うことになるだろう。そして、他のシーカーの気配はワイアームのいるであろう広間の周囲には存在しない。


「これは、ほぼ戦うのが確実だな」

「場所は?」


 修貴はカリムに見せるようマップの広間を人差し指で指す。


「ここか。ワイアームの動きは感じ取れる? 餌を狩りにこの階まで上ってきたのか、それとも別の何かか」

「待ってくれ」


 修貴は懸命に探る。上位魔法による探知ならば、どのような行動を取っているかまで確認できるが生憎と修貴は魔法を殆ど覚えていない。カリムは使えるには使えるが、修貴に比べ距離も小さく、何より時間がかかる。余程、手練の魔法使いでなれば探索魔法は生身の気配察知に技術に劣る。

 ましてや、探索魔法を極めている魔法使いなど極々一部でしかない。


「あー、近くにファイアフォックスがいるな」

「餌か。そのファイアフォックスの数は?」

「二匹だが、今、死んだ」

「そうすると、丁度食事中だね」


 不意を討つには良い機会だ。


「ペースを上げよう。出来る限り確実に仕留めたい。今、機会としては恵まれている」

「そうだな」


 修貴とカリムは他のモンスターに気を配りつつも、走り出した。

 カリムは走りながらも、堅実にモンスターがいないか視認し、修貴は己の気配察知で死角となる場所を探りながらも、ワイアームを見失わないよう気配を探っていた。

 広場へ道が近づいてきたところで二人は走るのを止める。下手に走れば気づかれかねない。


「修貴、先手を頼む」


 カリムは修貴に囁いた。


「二匹は俺たちから見て、並ぶように食事を取ってる」


 修貴の言葉にカリムは思案し、決断する。


「少し時間を稼げる?」

「ランドグリーズに比べれば」


 修貴は小さく口元を歪ませ言った。昨日の戦闘を思えば翼竜二匹などかわいい物だ。


「頼もしいね。魔法剣で仕留める」

「剣、もつのか?」

「ミョルニルはもう撃てそうにないけど、他の軽めのならば簡単だよ。二匹だから確実に仕留めるために時間が少し欲しいのさ」


 魔法を行使するとなれば確実にワイアームは気づくだろう。一匹ならば、気づかれてもそのまま魔法剣を使って仕留めることは出来るが二匹では確実ではない。

 カリムにとって修貴の安全のためを考えるのならば短期決着が望ましい。確かにランドグリーズとの戦いを思えば修貴がワイアーム如きに遅れを取る道理はないと言える。あの一戦で修貴は確実に強くなっていた。だが、ヒールやヒールドロップで回復できない疲れは溜まっている。

 危険は出来る限り排除すべきなのだ。

 気配を殺し近づいていく修貴をカリムも見習い出来る限り気配を隠し近づいてく。二人の距離は少しづつ、離れていく。

 修貴がやがて広間の入り口に差し掛かり、二匹のワイアームをその視界に納める。翼竜が二匹いる広間は少し手狭だった。

 修貴はその見事な隠形でワイアームの後ろを取るとカリムを一度目視する。その視線にカリムは頷いてみせると、魔法剣の準備に移った。

 二匹のワイアームは鋭敏だった。食い散らかしていたファイアフォックスを投げ捨てると、広間の向こう側で魔法を使用するカリムをその瞳に映し、一匹が咆哮を上げ、もう一匹がカリムに向かい飛び立とうとした。

 ワイアーム二匹の死角を器用に移動しながら保つ修貴は、ランドグリ-ズのものに比べれそよ風のような咆哮をやり過ごすと、飛び立とうとしたワイアームの尾を初日に出会ったワイアームと同様に斬り捨てた。

 飛び立とうとしていたワイアームはまったくの意識の外からの攻撃にバランスを崩し、床に沈む。そして、咆哮を上げたワイアームはその仲間の挙動によって修貴がいた場所を見るが修貴は既に死角に移動していた。

 混乱しているであろうワイアームに対し、修貴は気配を隠し、再度その刃を振るおうとして止め、すぐに移動した。地に伏せたワイアームが尾を切り落とされた怒りに身を任せブレスを放ったのだ。

 だが、修貴にとってそれは丁度いい時間稼ぎだった。

 未だ無傷のワイアームは仲間のブレスによって邪魔をされ、尾を切り落とされたワイアームは修貴に意識を奪われていた。

 修貴はカリムを確認すると魔法剣の効果範囲から逃げ出す。そして、カリムの魔法剣は発動した。

 カリムがバスタードソードを振るえば、その軌道上を風の刃が駆け抜ける。細く薄いその風の刃の切れ味は鋭く、一閃目で仲間のブレスにより動きを止められたワイアームの首をはね、次の一閃で尾を失っていたワイアームの下半身を斬り捨てた。

 咆哮ではなく、下半身を失ったワイアームが苦悶の絶叫を上げる。その叫びは本来の咆哮に比べ、多分の魔力を内包していたが、修貴はそれを乗り越え、地に落ちた翼竜ワイアームの頭にその刀を突き刺した。

 ワイアームの絶叫が途絶え、修貴は刀を抜き、血を払い刀を鞘に収める。


「梃子摺ることはなかったね。良い動きだったよ、修貴」

「本当なら、俺があの首を刎ねれるといいんだけどなぁ」

「それに関しては、修練と武器の強化だよ」

「まあ、そうだよな」


 魔法剣を解き、バスタードソードを納めたカリムはショートソードを抜きワイアームに近づいた。修貴も小刀を抜き、ワイアームの部位の剥ぎ取りにかかる。高く売れる部位、つまりマジックアイテムや武防具として使用可能な部位を剥ぐとカリムの道具袋に納め、二人は短剣を納めた。


「さあ、いこう。三十一階は近いよ」


 カリムの言葉に修貴は頷き、周囲を索敵しながら歩き出した。




*   *




 辿り着いた地下三十階から三十一階に降りる階段を下り、テレポーターを確認する。

 先客がテレポーターを操作し地上へ戻ったのを確認すると、今度は地上からテレポーターによってこの三十一階にやって来る反応が示される。


「タイミングが悪いな」

「そうういう時もあるよ」


 現れたのは四人パーティだった。

 そのメンバーは修貴のボロボロさに驚いたような表情を浮かべ、口を開いた。


「あの、お二人のようですが、何かあったのですか?」


 その質問は筋が通っていた。一人がぼろぼろで二人しかいないパーティを確認して何かあったのではないかと勘繰るのは正しい。仮にそれが普段は現れないような強いモンスターならば用心が出来る。


「ああ、ワイアームが二匹程いてね。撃退はしたんだけど、彼はちょっとドジをしてしまってね」


 カリムが真実ではないが嘘でもないことを話す。わざわざ正直に古代種のドラゴンと殺し合いましたと言って、他のシーカーの不安を煽る必要はない。

 ワイアームならば、それなりに信憑性もあるため四人組みのシーカーはなるほどと頷いた。


「お二人でワイアームを?」

「そうだよ」

「お若いのによくやりますね」


 丁寧な言葉でカリムに話しかけている男はそのカリムの話を聞き、お前たち若い子らに負けるなよと仲間を煽っている。リーダーとして、仲間のやる気を上げたのだろうと、修貴は感心した。

 話に対する礼を言って四人組みはダンジョンに進んでいく。それを見送ったカリムと相変わらずコミュニケーション能力が高くない修貴は顔を見合わせ、テレポーターを操作しだした。

 修貴は自分の携帯端末を取り出し、テレポーターの情報を記入する。これで次回以降も修貴一人で三十一階までのテレポーターが使用可能になった。尤も、一人でこの階層に潜るのは無謀なため使用するのは未来になるだろう。


「さて、地上に戻るよ」

「了解」


 テレポーターが二人を地上に戻す。一瞬の浮遊感の後、修貴とカリムは大迷宮"ヴァナヘイム"前に設置された巨大なテレポーター端末の前にいた。

 太陽が二人を爛々と照らしだす。


「十日ぶりの太陽だ」

「やっと戻ってこれたね。さて、どうする? ここで解散して僕が分配作業を終えてから後日連絡を取るかい? それとも、一度シャワーでも浴びてから何処かで落ち合うかい? まだ昼を過ぎて二時間経ったくらいだ。今回の反省会ぐらい出来るよ」

「そうだな。明日の準備もあるけど、反省会というより、俺の駄目だし会がしたいな。だから、銭湯でも行ってから何処かで話し合おう」

「銭湯? まあいいけどね。じゃ、行こう。近くにあったかな?」


 皇国出身である修貴には馴染み深い銭湯だがカリムには違う。共同浴場という概念が帝国では薄いらしい。

 そう思いながらも修貴は久しぶりの風呂に心を躍らせた。


「あ、先に部屋に戻っていいか? 流石にこの服装だとあれだ」

「そうだね。僕もこの完全武装で銭湯には行きたくないな」


 ならと、修貴は銭湯の場所を普段通うことの多い"蝶々の湯"に指定し、一度カリムと別れた。




*   *




「良い湯だった」


 修貴はビンの牛乳を飲みながら呟いた。

 カリムはまだ湯に浸かっているため、出てきていない。

 蝶々の湯はこの迷宮都市でも一、二を争うほど巨大な銭湯だ。シーカーが多いこの街ではこの手の商売が繁盛している。シーカーたちが拠点にする宿屋にも共同浴場やシャワーが付いてはいるが、それに比べ専門の店のほうがサービスは良い。そのため、人気は絶えずあった。

 待合所の机一つを占領しながら修貴はのんびりと牛乳を飲む。


「お? 修貴じゃん。何してんだ?」


 修貴に声がかかる。修貴は友人が少ない。そのため誰が声を掛けてきたかすぐに気が付いた。


「ルーク。こんな時間に銭湯とは珍しい」

「そういうお前も、こんな昼間に銭湯じゃねーか。ま、どうせよ。ダンジョンから戻ってきたとこだろ?」


 ルーク・バーンは修貴と同じアークアライン学園の生徒だ。数少ない修貴の友人であるルークとの付き合いは学園内において深いほうにあたる。一回生、二回生の間は学園の方針で固定の四人パーティに振り分けられるその初めてメンバーの一人がルークだった。

 ルークは周囲を確認すると、目当てのものが見つからなかったようで、修貴の前に腰を下ろした。


「まだ、うちのパーティのやつら出てきてないみたいだわ。丁度いい、少し話そうぜ」

「かまわないけど」

「じゃあ。何処に潜ってたんだ? 外部か? 学園付属か?」

「外部だよ。そっちは?」

「俺も外部。で、また一人?」

「いや今回は違う」

「となると、ああ、噂の。で、場所は?」

「ヴァナヘイム」

「え? マジか?」

「本当に」


 感心したようにルークは頷く。


「どんな感じだった?」

「相方が強すぎるからあんまあてにならないかもしれないぞ」

「いいって。お前の目からはどんな感じに写った、ヴァナヘイムは」

「俺が潜った第一層の上部は、慎重に行けば上位の学生パーティならどうにかなりそうだった。ただ、ビルレストの滝の周囲に出てくるワイアームには注意する必要がある」

「へぇ」


 ルークが面白そうに聞いているところにルーク、と呼ぶ声がかかる。

 ルークはやれやれと肩を揺らし、修貴にまた学園で教えてくれと言い、席を立った。そのとき、丁度カリムも風呂から上がってきたため、修貴もルークに合わせ席を立つ。


「ん? まさか、あの美人かよ、お前の相方って?」

「そうだよ。って、くっつくな。ルークって呼ばれてるだろ?」


 じゃれ付いて来るルークを引き離す修貴。ルークは、何だよ友達少ない言うわりに上手くやってるじゃねーか、と言いながら、人見知りするわりに上手くやっている修貴に別れを告げ、去って行った。


「修貴、今のは?」

「ああ、ルーク。話くらいしたことがあっただろ?」

「ああ、友人ね」


 湯上りのカリムを修貴は色っぽいなという感想を持って迎えた。







* * *

更新です。
次こそはきっと学園パートに入れる。もう少し、山と落ちが綺麗に付けれるようになりたいです。

*****
初投稿 2009/02/01
修正  2009/02/08
修正  2009/06/21



[4424] その13
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:04
 修貴とカリムは場所を銭湯から近くの食堂に移していた。そして、久しぶりの手の込んだ料理に舌鼓を打ちながら数時間前までの探索の反省会をしていた。


「修貴、君は時々突っ込むよね」

「……たまに。倒せると踏んでいくんだけど」

「確かに、倒してる。けど、敵は一体じゃないんだよ?」


 カリムの言ったとおりだった。今回の探索で一度、ストーンカに突撃を敢行し、一体は倒すものの残っているストーンカの突進の直撃を貰ってしまった。これは完全な修貴のミスだ。普段パーティを組まない修貴の不慣れなための戦術選択の失敗だ。

 パーティを組んでいるためにカバーがあると判断するが、まずその直前に一度仲間に確認を取るべきだった。即席のパーティだったため連携に支障が出ても何もおかしくはない。特に修貴のように少人数、または一人で行動をしているような人物がパーティにいる場合は尚のことだ。

 修貴は焼き魚の小骨を器用に取り除き、あの戦闘において悪かった箇所の動きを思い出しながら、魚の身を一口口に運んだ。塩加減が絶妙で、辛すぎることもなく、味気なくもない。


「今後のことを考えれば、もう少しパーティでの戦闘に慣れたほうがいいかもね」

「そうかもな。学園で何処かのパーティに混ぜてもらう回数を増やすべきか」

「僕が手伝えると楽なんだけどね」

「それは楽すぎるよ。カリムが仲間を募ったら、俺が必要にないパーティが出来上がりそうだ」


 そうだね、とカリムは頷いた。そして、グラタンをスプーンで掬い、口にする。どろりと舌の上で溶ける少し熱めのグラタンは、ほんのりとした甘さが丁度良く、口当たりもいい。


「あ、美味しい」

「うん、ここ美味しいだろ? この店、何食べても美味しいんだ。ただ、驚いたこともあるけど」


 失礼な話だとは修貴も自覚していた。だが、店主について知ったときは驚いた。この店は、たまたま蝶々の湯帰りに発見したこじんまりとした食堂だった。味が良く何度か通うようになり、知った事実があった。それは店主が特殊であるということだ。何処の誰が想像出来ただろうか、魔族の一つに上げられ、戦闘種族ともなぞらえられる闇夜神カインの眷属ヴァンパイアがまさか食堂を開いているとは思いもしなかった。それも、修貴の故郷、皇国の家庭料理からブリトリアやシグフェルズの料理まで網羅しているのだ。

 店主がヴァンパイアだと知ったときの修貴は、反応の方法を忘れてしまった程だ。

 ヴァンパイアが料理を上手にこなすのはまだいい。人とは比べられない程長い生涯だ。料理程度覚える時間はあるだろう。だが、夜と血と闘争をこよなく愛すとされるヴァンパイアがまさか食堂を開いているとは思いもよらなかった。個体数が多くはないヴァンパイアの一人がどうして食堂を開いていると考えられようか。

 カリムが一口二口と食を進めているのを見ると、修貴も大根おろしを魚の上に乗せ、食べる。そして、白米を口にする。良い米を使っている。ふわりとした白米たちは、噛む数を増やせば甘みが口の中に広がる。

 相変わらずの美味しさだった。

 カリムはスプーンを置くとコップを手に取り水を飲んだ。


「で、こうして夢中になって食事を取るのもいいけど、本来の目的忘れちゃ駄目だよね」

「ですよね」

「次は、ランドグリーズとの戦闘についていこうか」


 修貴も、箸を置き水を飲む。


「悪いところか。もう、あれは俺が未熟としか言いようがない」

「それを言ったら駄目だよ。何が足りなかったか考えよう」

「決定力不足だよな。もう少し威力のある攻撃が出来れば、カリムに負担を掛けなくてもよかった」

「あれは役割分担とも言えるよ。僕が削って、修貴が時間を稼ぐってね。とはいえ、攻撃力がもっとあるに越したことはない。じゃあ、どうする?」

「そうだな。武器の強化は当然として、俺の剣術のスキルアップか」

「そうなるね。ただ、僕と修貴では剣術の質が違うから剣に関してはあまり教えて上げられないな」


 カリムの言葉に修貴はそこまで面倒は掛けられないと首を振る。


「まあ、一度居合いの道場の見学にでも行ってみようと考えてるから、その辺りは努力あるのみだな」

「だね」


 修貴とカリムは料理を楽しみながらあれやこれやと今回の探索について話し合った。










ダンジョン、探索しよう!
その13









 翌日、つまり天馬の月、二十九日、ウィンディーネの曜日の朝、修貴は久しぶりである布団の感触から何とか脱出し、顔を洗っていた。

 修貴の住む安い賃貸アパートはアークアライン学園からの距離を考えれば立地条件は悪くない。一時期住んでいた寮比べると、時間はかかるが一人の気軽さのほうが重要だった。金がかからないからという理由で入学当初は寮に入ったが、修貴の性格が寮の集団生活には馴染まなかったのだ。

 シーカーとしての集団行動をするときは何とか問題はないが、普段の生活はどうにも馴染まなかった。

 修貴はタオルを手に取り、顔を拭くと制服に着替える。予備の制服は、ボロボロになった制服に比べると防具としては心もとない。しかし、修貴が通うアークアライン学園は迷宮都市の七校のうち三校が定めている制服着用というを制度を持っているため、制服を着用しなければならない。

 鞄を手に取り、必要なテキストを確認する。そして、刀を手にすると修貴は部屋を出た。

 学園までの道中は慣れたものだ。もう三年以上通っている道だ。行く途中に横切る商店には、早朝からダンジョン探索を行うために、アイテムをそろえているシーカーたちがちらほらと確認できる。また、シーカー相手の商売をメインとする露天商たちも既に準備を終え、店を開いていた。

 商店の外に置かれた商品が目に付く。品名はヒールドロップ(イチゴ味)だった。マジックドロップも他の味が販売されているようで、珍しいものでは竜肉味なる物がある。ドラゴンの肉など食べたことがない修貴はその味を想像するが、どうしてもその味を思いつくことが出来なかった。

 いったい誰が得をする味なのだろうか。ドラゴンを主食にしているような種族など聞いた事がない。

 視界にアークアライン学園の名前の由来ともなった学園第三迷宮"アラインの試練場"が見えてくる。学園では最高レベルのダンジョンなため、修貴が一人で挑むにはまだきつい可能性があるダンジョンだ。もっとも、まずは第二迷宮"君と僕との出会い"を制覇しなければ挑ませてもらえない。

 "君と僕との出会い"は現在十二階中盤までマッピングが済んでいる。新たな防具を用意してから踏破に行くのが正しい選択なのはわかるが、ヴァナヘイムを地下三十一階まで踏破したことで、修貴は予備の制服のまま挑んでみるのも悪くないかもしれないと考える。


「防具? ……そういえば、近いうちに寸法の確認をしてもらわなければいけないか」


 忘れていた。いくら材料があってもオリジナルのものを造ってもらうならば寸法は必須だった。

 学園の校門に辿り着き、修貴は講義用校舎に向けて歩き出す。今回取った授業は上級応急処置術の授業を除いて、全て座学だ。隠蔽魔法は多少実技はあるが基本その理論の勉強になるのは目に見えていた。

 今日受ける授業は神話史4と東方神話史2の授業だ。残りは来月から授業が始まる。今回受ける二つの神話史は多くの生徒が必要ないと斬り捨てる可能性がある授業だが、幾多に存在するダンジョンがその神話の時代のものだと考えれば、予備知識として持っておくべきものだ。謎に直面したとき何かの役に立つ可能性を含んでいる。

 その二つの授業が終わったら一度カリムに連絡を取るべきだろう。防具の寸法などを取らなければいけない。だが、カリムはヴァナヘイムにランドグリーズの回収に出向いている可能性があった。

 となれば、アトラス院に足を運んで聞く必要があるだろう。赤の他人に頼みごとをするという苦手な行為を実践しなければならないかもしれなかった。

 考え事をしているうちに校舎の中の教室に辿り着く。決まった席はないため、適当な机を確保すると鞄を置き、刀を邪魔にならないようにして座った。

 座った修貴に人が近づき、声を掛けてくる。


「シュウキ。神話史3の単位は取れていたのか?」


 声を掛けてきたのはルーク・バーンと同じく初めて組んだパーティメンバーの一人である獣人の円熊族である、ヴィクトール・ズィムリャー・ブラギンだ。熊の獣人であるヴィクトールは巨体だ。修貴よりも一回り以上大きいその体に人当たりの良い笑みを浮かべている。ただ、笑みはいいのだがその容貌は少々凶悪だった。笑みを浮かべていなければ気の弱い子供ならば泣き出してしまうほどだ。


 ヴィクトールは自身の鞄を修貴の前の席に置くとそこの椅子に座り、修貴と向き合い会話をする体制になった。


「取れてるよ。そういうヴィックは如何なんだ? 俺が教えたことは無駄になってないよな?」

「なってないとも。無駄であるはずがないだろう。単位は取れていた。だから──」

「だから?」

「今回の4も頼む。俺に単位をくれ」


 修貴は苦笑する。この獣人の友人は見た目の通り戦闘力は同世代では隔絶したものを持ってはいるが、勉強には弱い。とくに歴史などの座学はてんで苦手だ。こういった学術系の単位も卒業には必要なため、ヴィクトールはどうにか勉強をしているようだが上手くいっていない。

 そのため、彼は修貴に頼ることが多かった。


「ヴィック、始まる前からそれじゃ先が思いやられるぞ」

「む。そう言うがな、俺の今までの実績を思い返せば神話史3の単位を取得できたことが奇跡だ」


 胸を張り言い切りヴィクトールに修貴は首を振る。


「威張って言うことじゃない。クライドが聞いたら皮肉られるぞ」

「クライドか。あいつはな、どうにも意地が悪い。人が聞けば"君はそんなこともわからないのか"と言って来る」


「ああ、似てる。そんな感じだ」


 修貴の初パーティである四人の中の一人クライド・ブラウニングは皮肉をよく言う。修貴も、また一人なのかと散々言われてきた。


「で、今回も頼むぞシュウキ。3の単位が取得できたのはお前のおかげだ。お前は教えるのが上手いからな」

 そうか? と修貴は首を傾げてみせる。人見知りが激しく、知り合い以外と会話がまるで弾まない修貴は教えるのが上手いといわれてもぴんとこない。だいたい、神話史何てものはただ覚えるだけの教科だ。上手くやるコツ何てものはない。

 あるとすれば重要とわかる場所をしっかり覚えるだけだった。


「ん? そういえば、その制服以前のと違うな? ふむ、弱くなっているな」

「相変わらずいい目をしてる。練成していたのがボロボロになったんだ。だから、予備のを着てる。今のままだと、少し学園付属ダンジョンに潜るのも心もとないかもな」

「前のに比べ耐魔力が低いようだな。一人でばかり潜ってるからそうなるのだ。以前から俺のパーティに来いと言っているだろう?」

「いや、今回は一人じゃなかった。純粋に身の丈に合わないダンジョンに挑んだのが原因だよ」

「一人ではない、となると……彼女か。なるほど、遠目で見てわかる実力の持ち主だということを考えれば──ははん。シュウキ、彼女に引っ張られて上位のダンジョンに挑んだな」


 まてと修貴は言いたくなった。いつお前はカリムと会った。いや、遠目で見たとヴィクトールは言った。出会い話したのではなく修貴といるところを見ただけかもしれなかった。

 事実、ヴィクトールは修貴といるカリムを見たことがあるだけだった。


「お前、遠目で見ただけで実力がわかるのか?」

「当然だろう」


 何が当然なのだろうか。確かに見ただけで図れるような力はあるが、いくらなんでもそれだけで明確な実力はつかめない。だが、修貴が知るヴィクトール・ズィムリャー・ブラギンという獣人はそれくらい出来ても不思議ではなかった。

 初めてルーク、クライド、ヴィクトール、修貴の四人で学園第一迷宮"走れ! 奴等よりも速く!"に挑んだときの事を思い返せば何も不思議ではない。初めて見るモンスター相手に戦いもせず実力を見極めるという離れ業をやってのけたのだ。

 いったいどんな目をしているのかと悩みたくなる。

 そうして二人で会話を重ねていると修貴は知り合いの気配を感じ取った。


「ヴィックに修貴、朝から早いぜ」


 教室のドアを開け、そのまま真っ先に二人の元にルークが挨拶がてら近づいてきた。腰には剣を下げ、その横には術者と思われる少女がいた。その少女は修貴の覚えている限りでは、ルークの現在のパーティメンバーだ。

 少女は修貴とヴィクトールに小さく挨拶すると、ルークに先に行ってると言って、他の生徒のグループのところに向かっていった。


「修貴、昨日の続きで教えてくれよ。ヴァナヘイムの雑感をな」

「シュウキ、ヴァナヘイムに潜ったのか。クク、それは制服がボロボロになって当然というものだろう。むしろ、生きて帰ってこれたことを誇るべきだな」

「いいけどな。ルーク、昨日も言ったとおり、第一層"ミッドガルド"は、まあ、俺は地下三十一階までしか行ってないが、上位の学生パーティなら問題はない。ワイアームは危険だけど。うん、ルークのパーティに混じったのがだいぶ前だから何ともいえないけど、ヴィックのパーティなら丁寧に行けば何とかなるはずだ」

「ほう、俺のところならば問題はないか。ペースは予想できそうか?」

「あー、俺はカリムがいたからなぁ。何ともいえない。あ、あとブラッドバニーが危険だ。俺だからアレは問題がなかったんだった」


 ブラッドバニー、とルークが呟き眉間にしわを寄せる。


「ボーパルバニーの変種だよ」


 ヴィクトールとルークが顔を見合わせる。問題がないなんてことは何処にもなかった。ボーパルバニーなどという危険な首狩り兎は対策を立ててもきついと言うのに目の前の修貴は忘れていたと言った。

 これが、一人での探索に拘り、探知能力と隠行能力に磨きを掛けた人間なのだ。


「お前は変人だ。修貴」

「ああ、変態だ。シュウキ」

「何でだよ」

「ボーパルバニーだぜ? それが問題ない? 馬鹿を言うなよ修貴。あんな、不意打ち兎止めてくれよ」

「いや、だから忘れてたって言ってるだろ」


 修貴は俺ならと言ったのだ。これを変態と言わずして何というのだろうか。熟練のシーカーでさえ、時として一撃で首を胴体から切り離され命を失うことがあるモンスターに対し、何ともふてぶてしい言い草だ。

 いや、とヴィクトールは思い出した。最後に修貴をパーティに混ぜて探索に行ったときの変態的な探索技術を思い出したのだ。気配に敏感だといわれる獣人よりも気配に鋭く、お前本当にそれは気配察知なのかと尋ねたくなるほどの鋭敏で広範囲の気配探知の技能を持っていた。加えて、それでいて近くにいるのにスルーしてしまいそうになるほどの隠行を行っていたのだ。

 間違いない。変態がいた。へんたいだ。


「シュウキ、お前は変態だ。俺が保障する。あれ程の索敵技術に隠行技術。誰が如何見ても変態だ。誇ってもいいぞ」

「……誇れないから。変態と言われて誇れないから」


 どう誇ればいいのか。変態的技術をどう誇れというのか。いや、なぜ変態扱いなのだ。

 馬鹿な会話をしていれば時間というものは一瞬だ。神話史の講師が教室にやって来る。ルークは鞄を手に取りじゃあと言い残し、パーティの仲間の元に向かい、ヴィクトールは前を向いた。そして、修貴はいつの間に来ていたのかは知らないがクライドと目が合った。

 クライドは修貴と視線が重なると、鼻で笑った。そして、口だけを動かしへんたいと言った。

 お前もか。あれ、ちょっと待て、お前どうやって俺の気配察知に引っかからなかったんだ。

 当然な話だが、普段の生活では害意、怪しい動きがなければ気配察知は無視される。また、何かに集中していれば無意識の気配察知は薄くなる。ましてや、大勢が居る場所で一人一人に気を配っていたら気疲れしてしまう。

 それを忘れている修貴は変態呼ばわりに動揺していたようだった。







* * *

 俺は死んだ方がいいのかもしれない。推敲不足です。誤字脱字、日本語おかしいなど、本当に申し訳ありません。
 人様に公開しているものでここまで多いのは完全に推敲不足です。正直、推敲が甘すぎました。
 という反省と、ふと思ったことなのですが、文中の名前の漢字表記はミスじゃないでしょうか? 今更直せないのですが、こういったファンタジーではあまりよくないかなと思いました。
 初めに何も考えず勢いで一切何も決めずに書いたのが響いております。
 誰だ、ノリで書いたの。俺か。プロットも、設定も書き出す前に何も決めてないので書けば書くほど、所々、設定面での矛盾など発生しそうで戦々恐々です。
 発生しないようにしていますが、あったら教えてもらえると幸いです。

*****
初投稿 2009/02/08
修正  2009/02/08
修正  2009/02/14
修正  2009/06/21



[4424] その14
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:20
 わからないものだ。クライドは小さくため息をついた。入学当初、担当の教師によって強制的に組まされた最初のパーティはクライドにとって不満しかなかった。

 アレから四年に届こうとしている時がたった。あのパーティは解散したがその仲間とは現在も繋がりを持っている。本当にわからないものだ。しっかりとした実力を持ったヴィクトールに対して不満はなかったが、彼は獣人だった。人であるルークと修貴、二人は完全な格下だった。

 そして今、二人は同世代において上位の実力を有し、ヴィクトールもかつて以上に高い力を持っている。

 なぜ、僕はやつらとのことを引きずるのか。クライドは人以外の種族を嫌っている。意思表示が下手くそなやつは最低だと思っている。明るく楽観的思考を持つ者を馬鹿にしている。だからこそ、わからないものだと思うのだ。

 クライドが今属しているパーティには嫌いな人種はいない。より良くするための意見を述べ、ダンジョン探索においても楽観的になる事なく慎重で、皆人間だった。そして、クライドの指揮の下、体系だった動きをすることが出来る。

 何だかんだと最終的には思い通りに動く仲間たちに不満はない。そう、不満はないはずだった。

 しかし、思い出すのだ。今よりも未熟であった頃に組んでいた四人。その動きを思い出してしまう。不満ばかりだったはずのパーティを思い出すのだ。

 獣人特有の肉体を生かした力押しをするヴィクトール。その脇を固めるルーク。敵を発見する修貴。そして、後ろから魔法で援護する自分自身。

 不満だらけであり、ルークやヴィクトールとは幾度となく意見がぶつかり、煮え切らない修貴には苛立たされたが、悪くなかったと思い返してしまうのだ。もし、今一度パーティを組もうと言われれば頷いてしまう。

 人の心とはわからないものだ。不満が蓄積していたパーティをもう一度組みたいなどと思ってしまう。だが、それは仮に一時的なパーティを組むことはあっても、長期期間パーティを組むことはないだろう。それをクライドは悟っている。

 ルークは己のパーティを見定め、ヴィクトールは仲間を作り、修貴でさえ相方を手に入れている節がある。

 ならば、半端者は自分ではないかと自嘲するしかない。初めてパーティを組んでから、半端者どもと蔑んできた自分が今では半端者だ。

 講師が話す神話の歴史は頭に入ってこない。入ってこなくとも既にその程度のこと、クライドは学んでいた。

 自らが何をしたいのかがクライドには見えてこない。父に言われるままに、やって来たこの迷宮都市"ヴォルヴァ"。世界で最も神話が混じりあった街で、あの父はいったい息子に何を望んでいるのか。わかってはいる。父は円卓の時代の情報が欲しいのだ。

 円卓の時代は暴虐神バルバロイと魔族の一つに上げられる、その眷属バーバリアンとの戦いが主な時代だった。バルバロイと法神ヘレネスは生れ落ちたときから争いあってきたという。法神ヘレネスは人間の王の一人に聖剣を授け、そしてその王は部下に十一人の騎士を従え、バーバリアンと魔王ホロフェルネスとの軍勢と争ったという。

 この神々の代理戦争の一幕を円卓の時代と呼び、最後には暴虐神バルバロイは聖剣を手にした王によってその肉体を打ち滅ぼされた。同時に聖剣の王もまた死して、ヘレネスの手でヴァルハラに上ったとされている。

 クライドの父は異常と言い表せるほど、バーバリアンを憎んでいる。魔族バーバリアンを憎むものは多い。多種多様に存在する魔族の中でもその凶暴性が輝くバーバリアンは幾度となく暴虐神バルバロイの肉体復活のために戦を起こしてきた。それ故、憎まれる理由には事を欠かない。

 バーバリアンの王ホロフェルネスは死しても蘇り、戦を起こす。現在は、小国乱れるアキーム地方で勇者と戦っている。

 バーバリアンの王ホロフェルネスを長きに渡って封じてきたのは聖剣の力だという。その効力は神代の終焉とともに途切れた。再度の封印のために必要な聖剣は、バルバロイとの戦いの果てに行方不明になった。だからこそ、クライドは父の手で父の息がかかったシーカーと共にこの迷宮都市に送られてきた。己を磨き、あわよくば聖剣の情報を手に入れるためにだ。

 しかし、クライドには父が自らに期待しているようには思えなかった。

 この迷宮都市には大陸中の国々の手の者が居る。創世の時代にさえ遡るようなダンジョンが不自然なほど集まっているこの街は、神代を知るには何処よりも近い場所だ。

 研究機関が存在し、ダンジョンに潜るシーカーが何処よりも沢山存在する。ダンジョンにいたっては、誰かが作ったもの以外にも、気づいたら新しいものが発見されたという不自然極まりない事態が発生することがあるのだ。

 そして、発見されたダンジョンであり神代の遺跡は、区切られた時代区分などものとはせずランダムに存在する。同じ場所にまるで世代が違うものが集中しているなど、滅多にあることではない。

 それ故、神代に曰く、この土地は約束の地だったという。その意味を躍起になって探している学者たちは多い。

 そんな狂った土地で魔法の才があるだけのクライドに何が出来るというのか。期待などされているはずがない。

 クライドは一度頭を左右に振る。自虐に入っていった思考が、脱線に次ぐ脱線をしていた。

 講師の授業に意識を向ければ、丁度、円卓の時代についてだった。何よりも、クライドが詳しい時代だ。聞く必要などありはしない。神話史4の授業の前半は円卓の時代についてやるらしい。

 気取られぬようにため息をつくと、聞くふりだけする。

 何がしたいのか。何が見たいのか。父は本当にクライドに期待をしているのか。クライドはその狭間で揺れていた。










ダンジョン、探索しよう!
その14









 神話史4の授業の後の東方神話史2の授業も終え、修貴はノートを鞄に片付けると刀を手に取った。


「シュウキ。この後どうする? 何ならば、どうだ、一戦やらないか?」


 ニヤリと笑みを浮かべてヴィクトールは言った。その相貌に張り付いた笑みはとても人にやらないかと誘いをかける表情ではない。生まれつきの凶悪な顔は、知り合いではなかったら逃げ出したくなるような笑みだ。

 この後の予定と照らし合わせながら修貴は首を振った。


「わるい。この後、行く場所があるから無理だ。ルークでも捕まえてくれ」

「予定があるのか。ならば、いいか。ふむ、ならば俺は、一度第一迷宮にでも潜ってみるか」

「一人か?」

「ああ、体が鈍らないよう五階でも歩き回ってみようと思うが。お前を見習って、索敵技術を磨くのも面白い。お前と組んでいたからこそよくわかる。敵の発見が早いというのはそれだけで武器だからな」

「獣人の敏感さなら、ある程度はどうにかなると思う。あとは、それこそ第六感だからなぁ」


 くく、とヴィクトールは頬を歪める。修貴の言っていることは本当に変態だった。気配を感じるということは生命ならば誰もが少なからずやることだ。だが、その能力を修貴のように広範囲に広げられる者はごく少数でしかない。

 ヴィクトールもただの人間に比べれば、気配には敏感だ。それでもそれは修貴のように広い範囲ではない。獣人であるヴィクトールでさえ広範囲は探れない。そのため、通常の索敵行為は気配を探すというやり方は稀だ。

 例えば、五感が優れている種族ならば気配以外の要素で誰が何処にいるかに気が付く。エルフなどの精霊に好かれた者たちならば、その精霊が教えてくれる。魔法使いならば、探索魔法を行使し発見する。

 しかし、修貴は五感にも頼ってはいるが、それ以上に気配そのものを探るという行為を磨き上げている。

 これを変態といわずして何とするのかと、ヴィクトールは笑う。


「変態は参考にならんから困る」

「まだ言うか。ヴィックが索敵を磨くなら、俺と同じ方向性を行くのが一番なんだから参考に出来るならした方がいいだろ?」

「それは分かるがな。お前、どうやって磨いた?」

「……がんばってとしか」


 ヴィクトールはやれやれと首を振る。どうやってとは聞いたが、ヴィクトールは修貴が気配察知の技術を伸ばしだした初期を知っている。四人の中で最も実力が下だった修貴は足手まといにならぬようにと安全把握の役割を主に果たしていた。そして、気づけば今のようになっていた。

 努力をしたのは分かるが、真似を出来るはずがない。武術の流派によっては気配察知を鍛えるものもあるらしいが修貴ほどの者は中々いないだろうと、ヴィクトールは思った。気配というのは感覚的、概念的過ぎるのだ。


「だから、お前は変態なのだ」

「変態言うな」


 さてと呟き、じゃあなとヴィクトールは修貴に声を掛け、鞄を片手にその巨体を窮屈そうにし扉から出て行った。

 あの野郎、変態変態言い過ぎだ。修貴は一度嘆息し、立ち上がった。鞄を手にかけ、ヴィクトールと同様に教室から出る。行く場所はアトラス院。アークライン学園からは距離があるため、都市内を張り巡らされた路面列車を使用するのが一番だ。

 路面列車は元々、神代において世界が最も富んでいた時代とされる五賢神時代の産物だ。この迷宮都市が迷宮都市と呼ばれる以前に五賢神時代のダンジョン"ナポリ"で発見されたものを、魔道の都"リ・ヴェネフィル"の魔道技術者たちが修復し、世界の主要都市などで見られるようになったものだ。

 修貴は学園から出ると、学園最寄りの路面列車の駅である、道路の一部を高くし屋根があるだけの簡素な作りの停車所に向かい、列車を待つことにした。

 駅には修貴の他に四人が待っていた。服装からすぐにその職業が分かる。手に持った槍や杖、そして、着付けた防具。明らかにシーカー達だった。これから、何処かのダンジョンに行くのだろう。手入れの行き届いた武具防具はそれを教えてくれる。

 何処に行くのかとは思うが、修貴からそれを訊く事はない。また、もし逆に話しかけられたとしても、会話が続かないであろうことは修貴自身が把握している事実だった。

 道に埋め込まれた線路が揺れ、列車が走ってくる甲高い車輪音が聞こえてくる。列車は速度を落としながら駅の前までやってくると止まり、戸が開いた。四人のシーカーが先に乗り込み、お金を払うと修貴もそれに続き倣う。そして、アトラス院最寄りの駅を壁際に貼り付けられた地図で確認すると、修貴は窓際の席に座った。

 戸が閉まると、道路の中央を張り巡らされた路線に沿って列車は走り出す。窓際から目に入る迷宮都市の風景は混沌と言っていい。

 様々な時代の様式、数々な国々の文化が交じり合った建築物の風景。特に、時代ごとの建物はその殆どがダンジョンだ。巨大なホールとして存在感を持つもの。バックスの祈祷塔のように天まで貫くのではないかと錯覚する塔。塔は修貴が乗る列車からも幾本も目に付く。また、城と呼べるものものさえ存在している。

 その多く存在するダンジョンの周りに集まって来たシーカーたち。そのシーカーに対する各地からやって来た商売人。シーカーがもたらす成果を研究する研究所。多様多種のものが交じり合った結果、あまりに無国籍、多国籍な街となっているこの迷宮都市"ヴォルヴァ"。

 始めてくる人間は誰もがその無節操ぶりに息を呑む。

 既に四年近く住んでいる修貴でさえ、驚くことがある。

 列車が走り、景観として流れていく石を使用した帝国式の建物や、瓦を多く使った皇国風の館。目に入ってきた公園には噴水と共に滝が作られるという不自然さが笑いを誘っている。そんな光景を他所に列車は各駅に停車し、やがてアトラス院がある区画の駅にやって来た。

 アトラス院という研究機関があるこの場所は、街の主要なダンジョンに対する交通の利便性に優れている。そのため、各ダンジョンに対する列車の乗り換え地点にもなっている。列車の中にいたシーカーたちは乗り換えのためにこの駅で下車し、修貴はアトラス院に向かうために降りた。

 路面列車の戸が閉まる音が聞こえ、シーカーたちが乗り換えの列車を待っているのを横目に修貴はアトラス院に歩いていった。




*   *




 エルフとドワーフのハーフである錬金術師ヴィクター・フォン・ホーエンハイムはひょろりと伸びた長身を屈め、くつくつと笑っていた。


「これはこれは。ぼかぁ、驚いたよ、カリム。君の魔法剣いったいどんな威力をしているんだろうねぇ。試しに測ってみたいものだねぇ」

「ホーエンハイム。カリムの魔法剣の威力を測るのは構わない。だが、それは消し炭が一つ増えるだけのことだ」

「魔女殿は怖いことを言いますねぇ」

「事実だ。魔法を使わず、魔力をその肉体に溜め続けたエンシャントドラゴンを吹き飛ばす程の威力だ。対抗するには、貴様の魔法技術では無理だ」

「おんや。なら、魔女ルナリア殿の魔法ならばどうでしょうかねぇ?」

「私は手伝わない」


 ダークエルフの魔女ルナリアはヴィクターに素っ気ない言葉を投げつけ、半身を失っているドラゴンの屍に近づいた。

 ここは迷宮"ヴァナヘイム"地下二十八階、ランドグリーズとの決戦が懐かしく感じる神殿だ。カリムはヴィクターとルナリアの両術者を連れ、ランドグリーズの回収に遣って来た。ヴィクターもルナリアもランドグリーズに刻まれた破壊痕を繁々と眺めている。

 三十一階のテレポーターから、ルナリア、ヴィクターの圧倒的火力によってカリムは出番なくここまで辿り着いた。そうして、ここに入る為の鍵としての役割以外でもカリムの出番はなかった。

 ドラゴンの亡骸に対する興味が失せたヴィクターは次にこの空間そのものに目を向けた。


「このレベルの空間拡張はどうやってるんでしょうねぇ」

「流石は神代の魔法ということだ、ホーエンハイム。貴様の作っている魔法袋に施した空間拡張魔法の数百倍のレベルだ」

「それはそれは。素敵な話だ。迷宮自体も空間拡張がされていますが、ここはその比ではないと、魔女殿?」

「そうだ。ここをこうして切り開いた魔法は再現不能だろうな。魔道の都の魔道王と四導師を連れて来ることが出来れば話は別かもしれんが」


 ルナリアは黒のローブの裾を揺らし、その頭に被った漆黒の三角帽子を弄りながらつまらなそうに言った。

 やれやれとヴィクターは首を揺らす。首の動きと共にその手入れを一切していない白髪も揺れた。

 カリムは二人の話が終わったのを確認するように口を開く。


「さて、いいかな? 僕はこいつを回収したいんだけど」

「分かっていますよ、カリム。さっさと回収しようねぇ。魔女殿、空間拡張の術頼みます。維持はぼくがしますので」

「ホーエンハイム。ならば、さっさとその為の空間を用意しろ」


 わかっていますよぉ、と間延びした口調でヴィクターは箱を取り出した。

 箱をランドグリーズの死体の元に置くと、ヴィクターはランドグリーズと箱を中心にペンタグラムの陣を描く。その各頂点には、簡易の術式を刻み込んだクリスタルが置かれていた。


「さあ、お願いいたします」


 ルナリアは飛翔の魔法によって浮かび上がると、陣を確認し魔法行使に移る。術式を展開。詠唱はしていない。理由は術式強度が攻勢魔法のように必要ではないからだ。加えて、詠唱をすればその分だけ時間がかかる。

 ルナリアは杖などの補助器具を使用せずに空間拡張の魔法を箱の中に施す。同時に保存する対象を箱の中に移した。

 補助なしというルナリアの実力が窺える魔法行使が終わると、配置されていたクリスタルは無くなっていた。


「これでいいな?」

「どうもどうも、魔女殿。相変わらず、とんでもない実力で。ぼかぁ、ちびっちゃいそうですよ。四導師どころか魔道王も蹴散らしそうで」

「は、心にもないことを。先代魔道王ならばまだしも、今代魔道王ルインには敵わないであろうことを知っているくせに」

「いんや、たとえ神の目を持つ魔道王ルインでも魔女殿ならば倒してくれそうじゃないですか。ねぇ、カリム」

「知らないよ、そんなこと。僕は魔道王の実力を知らないんだから」


 おや、とヴィクターは首を傾げるとカリムにその力を説明しようとし、ルナリアが遮った。


「そんな事は帰り道で話せ。ここでの目的は達成した。帰るぞ、ホーエンハイムにカリム。ホーエンハイム、貴様はこれからカリムの依頼で忙しくなるのだ。この世の時は無限だが、貴様の時は有限だぞ」

「仕方ないですねぇ。じゃあ、帰りながら話すとしましょうか」


 カリムはヴィクターに気づかれないようため息をつく。この男は博識だが、他人が何かについて知らないときに教えたがるのが玉に瑕だ。

 ルナリアが言っていた依頼で、ふとカリムは気づいた。防具を作るにしても、武具を作るにしても、使用者がいた方がより良い物ができる。ましてや、防具を汎用ではなくオーダーメイドで作るならば、寸法が必要だ。それを、この瞬間まで忘れていた自分自身が少し笑えた。

 帰ったらまずは修貴に連絡を取ろうと思い、カリムは笑みを浮かべる。

 その笑みに気づいた魔女は三角帽子を押し上げそのダークエルフ特有の艶やかな美貌を晒し、くつくつと笑った。







* * *

 ヴィクターとヴィクトールは国による読みが違うだけで同じアルファベットだったような気がする件について。
 ……やっちまった。すっかり忘れていた。しかもヴィックって愛称はどちらかというと、ヴィクターに対する愛称な件について。
 気にしないことにしよう。
 あと、久しぶりにノートPCを起動させました。デスクトップにはオープンオフィスしか入っていないため、ワードによる誤字チェックができないのです。
 そして、ワードによる誤字確認の結果、推敲してるのに誤字だらけ。甘いなぁ、俺。
 デスクトップ用にオフィス買おうかなぁ。高いんだよなぁ、マイクロソフト。せめて、ワードとエクセルとパワーポインタくらい、OSに付けてくれればいいのに。

*****
初投稿 2009/02/14
修正  2009/02/14
修正  2009/06/21



[4424] その15
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:10
 迷宮調査学院アトラスは、迷宮都市に存在する三大研究機関の一つとして、魔道調査研究所ヘルメス、考古学調査機関クロノスと並び立ち、街と各国の支援によって成り立っている研究機関だ。研究機関の中で最もシーカーを確保し、ダンジョン攻略を最優先として行動しているアトラス院はシーカーたちの訓練所を多く有しているだけありその土地は広大だ。

 そのアトラス院の前で修貴はため息をこぼした。

 吃驚する程にこのアトラス院は広い。学園も大概広いと感じていた修貴にはそれ以上に巨大なこの場所に呆れるしかなかった。

 学園のように訓練用のダンジョンだけではなく、研究用のダンジョンも幾つか存在するこの場所は初見から非常に威圧的だ。二本の塔に、窓のない長方形の建物。外部者案内のためのエントランスホール。幾人の研究者が詰めているだろう、六階建ての白い研究所。外から見る限りではダンジョンだと予想が付くが、実際にはわからない円柱の建造物。もしかしたらモンスターの研究に使っている施設の可能性もあった。

 修貴は広い門の前で見える範囲のアトラス院を確認すると、外部受付と書かれた案内看板に沿って歩き出す。

 学生服を着た修貴を奇異の視線で見る者はいない。このアトラス院を含めた研究機関はこの街の七つのシーカー養成の為の学園と密接に繋がっている。アトラス院側から講師として学園に派遣される者や、生徒の中には直接この場所まで質問をするために来る者も多い。

 初めてアトラス院に足を踏み込んだ修貴はきょろきょろと周囲を確認しながら、エントランスホールにまで辿り着く。五つほどある受付には各々人がいた。修貴はそれに気が付くと、深呼吸を一度し、設置されたソファーに座る。

 丁度良かった。事務的な確認作業だが、初めて入る場所はやはり緊張する。その前に一度心を落ち着かせるのはいい機会だ。

 そんな座ったばかりの修貴に声がかかった。


「そこの坊主! 悪いな、ここの受け付け空いてるぜ! がはは、ちょいとフィリアちゃんと話し込んじまってな、悪かった」

「え? あ、はい」


 唐突に話しかけられた修貴は、言葉に詰まる。話しかけてきたのは銀の髪が特徴的な獣人の青年だった。修貴の友人であるヴィクトールと同じくこの青年も獣人らしい肉体を持っている。ヴィクトールに比べ、愛嬌がある笑みを浮かべたこの獣人の青年は修貴の近くまで歩いてくると、自身が先ほどまでいた受付を指差した。


「いやな、フィリアちゃんが可愛くてな。つい話し込んじまったのさ。悪かったな」

「あ、いや。その、べつにかまいません」


 修貴としてはむしろそのまま話していて欲しかったところだ。見知らぬ人との会話は精神力を使ってしまう。


「オルトさん、その子困っていますよ。もう、だいたい仕事中に口説きに来ないでください」

「いやな、フィリアちゃんみたいに可愛い子がいたら口説かなきゃ、失礼だろ? ま、それに俺様だってな、人が来れば止めるくらいの分別はあるさ」


 獣人の青年、オルトは唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。


「はいはい。わかりましたから、どいてください。ごめんなさいね。そこの人、いつもそんな感じだから。さてと、その制服はアークアライン学園ね」

「あ、はい」

「それで、講師の人を探しに来たのかしら?」


 修貴は受付嬢の言葉にいえ、と否定の言葉を返すと用件を述べる。


「あの、カリム・フリードさんはいますか?」


 受付のフィリアがカリムの存在確認をしている最中、オルトが面白気な表情を浮かべ反応した。

 楽しむように修貴を見据えるオルト。

 確認作業を終えたフィリアが修貴の質問に答える。


「現在、カリム・フリードは留守にしています。急ぎのご用件でしょうか?」

「急ぎではないですけど、話しがしたかったので」


 フィリアが修貴に確かめるよう話しているとそこにオルトが割り込んだ。


「お前さん、名前は?」

「藤堂修貴です」


 修貴の名に対しオルトは、大きく頷いた。これは面白い。


「ああ、なるほど。わかったぜ。フィリアちゃん、この少年借りてくわ」

「え? 何をいきなり言ってるんですか。本人の意思も確認せずに」

「だがよ、カリムに用があるなら俺様と時間を潰してりゃそのうち帰ってくるぜ」


 オルトはにこやかな笑みを浮かべながら考える。退屈がてら、受付に遊びに来ていたが思わぬ収穫があった。これで、多少の退屈がつぶれる。

 受付嬢のフィリアは獲物を見つけたようなオルトを見ると、諦めたようにため息をつく。


「どうしますか? 変な事をされない保証はできませんが」

「おいおい、俺様に野郎趣味はないぜ。それとも嫉妬か?」

「違います。オルトさんの所に来ていた獣人の子がいたじゃないですか。あの子みたいにしないでくださいね」

「ありゃ違う。むこうから稽古を付けてくれっていってきたんだ。俺様は軽く撫でてやっただけだ。ま、というわけだ。坊主付いて来いよ。獲って食うわけじゃねぇしな」

「いや、え? その、え?」


 修貴は、この展開についていくことが出来ず、流されるままオルト・シリウスに連れられていく。それは、捕って食われそうな雰囲気だった。










ダンジョン、探索しよう!
その14









 カリム達はランドグリーズの回収を終え、そのままダンジョン探索に移行するわけでもなくヴァナヘイム地下三十一階のテレポーターにより地上に帰還した。ヴィクターとルナリアはあの部屋についてあれやこれやと会話を重ねていた。

 カリムとしては帰りの道中に付き合わされたヴィクターの説明癖から開放されただけで十分な気分だった。

 今代魔道王ルインが持つ神の目、魔眼について至極丁寧に説明されてしまった。魔法神ルインと同じ名を与えられた今代魔道王は生まれながらにかの魔法神が持っていたという魔法眼を持っていたという。その効用は全ての術式、魔力の流れを見るというものだという。

 神代ではその魔力を見る瞳によって魔法を創設したとされるルインの瞳を持つ魔道王ルインは神と同じ名を与えられ、それこそ現人神として育てられたらしい。

 カリムとしては育ちなど興味がないのだが、ヴィクターの説明はいつも脱線するのだった。

 魔道王の力は確かに興味深いものだった。魔法使いや、カリムのように魔法剣を扱うものならば、確かに致命的なまでに行動を読まれかねないだろう。だが、戦う機会などまずありはしない。帝国は魔道王国と友好関係を結んでいる。カリムが将来的に帝国に戻ったとしても戦争になるとは思えなかった。

 ヴァナヘイムからアトラス院の距離は遠くない。歩いても三十分の距離にある。


「ヴィクター、アトラス院に戻って依頼について詰めたいのだけど、何処か寄る場所とかあるかい?」

「いえ、とくに。直接戻ってしまいましょうねぇ。ああ、先に聞いときます。武具防具ということでしたが、武具は刀で?」

「そうだよ」

「刀、と。爪を削りだすか、牙を掘り出すか。ふぅむ、面白い。ああ、それとカリム。貴女のバスタードソード、寿命ですよね。ついでに作りませんか?」

「時間があるなら、頼むよ」

「くふふ。実は、皇国の商人からヒヒイロカネという金属を手に入れましてね。これで、剣や刀を打ってみたいと思っていたんですよ。小量なため中々、使えませんでしたけどエンシャントドラゴンと合わせて使うのは面白そうだ」


 ドワーフの血が半分流れているヴィクターは錬金術師であると同時に優秀な鍛冶師でもある。彼としては、ただマジックアイテムに使うのが惜しかったヒヒイロカネの使用機会に恵まれ、運が良かった。

 皇国以外では東方のオリハルコンとも呼ばれるヒヒイロカネはそう易々と手に入る金属ではない。名前だけは聞いたことがあったカリムとしては、その貴重な金属の使用となると値段が格段に上がる可能性があることが心配だった。カリム自身の心配ではない。修貴の財布の心配だ。防具はカリムがプレゼントするという形で落ち着いているが、武具に関して修貴は自ら支払うつもりだろう。

 仮にドラゴンの素材が余ったとして、それを売り払えば払える額ならば問題はない。だが、いくら古代種のドラゴンとはいえ、素材として優れた部位はほとんど使ってしまうのだ、残った部位が高額で引き取って貰えるとは限らない。

 ヒヒイロカネの相場を知らないカリムとしてはそれが気掛かりだった。修貴の性格では足りないからといって、カリムが払うと言っても聞かないだろう。まして、防具をプレゼントされている身だ。


「そのヒヒイロカネだけど高くはないのかい?」

「カリム。ヒヒイロカネはオリハルコンよりも入手困難度は高い。あれは、東方の魔人マサカドの領地においてのみ取れるものだ。かの魔人が許可を出さない限り、まず市場には流れてこない。相場はオリハルコンよりも上だ」


 カリムの疑問に対しルナリアがヒヒイロカネについて説明する。


「かなり高いな」

「ふふん。カリム、ぼかぁね。それについてはお金を取る気はありませんよ。いやぁね、やぁっといい機会に恵まれたんだ。ヒヒイロカネは刀と相性がいいとも聞きますし楽しみだなぁ」

「それは、借りを作ることになりそうだ」

「別に借りだと思わなくても問題ないんですけどねぇ。まあ、作れる借りは作っておきましょう」


 三人はヴァナヘイムからアトラス院まで歩きながら、刀やバスタードソードの構想を練っていた。

 ヴィクターは笑う。前回はエンシャントドラゴンを魔女ルナリアの要望によりマジックアイテムの製作に当ててしまった。錬金術師であるヴィクターとしてはけして、悪くはなかったが、鍛冶師ヴィクターが囁くのだ。あれで、剣を作りたかったと。

 ヒヒイロカネに関しては、量が多くないため、それこそ短剣でも作ってしまおうか悩んでいたところだ。そう考えれば、今回の依頼は渡り舟だった。

 待ち遠しいほどに楽しみだった。




*   *




「で、カリムとは何処まで行ったんだ?」


 オルトのその一言に、修貴は返す言葉を選ぶことも出来ず口をあんぐりと開け、固まってしまった。

 オルトはその逞しい腕を修貴の首に掛け、ニヤニヤと笑っている。彼がカリムと知り合いなのはわかる。だが、誰だ。オルトという名を修貴はカリムが言わなかったかを探す。聞いたことがある名だ。

 思い出そうと奮闘し、思い至った。オルトという名はカリムがアトラス院でパーティを組んでいる仲間として上げた名だ。天狼族のオルト。狼の獣人だ。天狼族と言えば、東方結界崩壊の前の神代の時代に名を轟かせた一族だ。

 その誇り高いであろう天狼族の青年の言葉に修貴は返す言葉がなかった。


「まあ、あと数年で良い女になると思っていたら、もう相手がいるって言うからな。どんなやつか見たかったんだわ。で、何処まで進んでんだ? 坊主奥手そうだからな。あまり期待はしてないぜ」

「…………」


 修貴は酸素を求める魚のように口を動かす。何をどう答えろというのか。それに相手がいるっていうのはカリムが言った台詞だろうか。

 ぐるりぐるりと頭の中で考えが廻る。


「え? まさか、何もないといわねぇよな?」

「え? ええ!? いや、その、まず、え!? その、何だろう。何も、ないですよ。うん、そうだ」

「落ち着け、坊主」


 オルトは修貴から離れ、ポリポリと頭を掻く。カリムに聞いたとおりの性格だが、これではカリムが報われない。鈍感、いや違う。これはどちらかというと気づかないふりをしているというのが近いだろうとオルトは感じていた。

 大方、釣り合わないとでも思っているのだ。オルトが口説いてきた中には本当に少数だが修貴と似た反応をした女もいた。その大半がオルトの強さと天狼族という名により目を輝かしていたというのに珍しい反応だったため記憶によく残っている。

 だからこそ、余計に追っかけてしまったがカリムもそういう手合いだったかと考えを巡らせる。違う。カリムという少女は選択をすれば、梃子でも動かないタイプだ。

 気づいたらオルトに連れて来られ、まったく想像にしなかった質問をされた修貴がやっと落ち着いてきたのをオルトは確認しながら頷いた。人見知りをするとカリムに聞かされていた通りの性格だったのには驚きはなかった。また、カリムが好いているのだ。こんな性格だが、見るべきところはあるのだろう。


「やれやれ、坊主。人見知りをするのは直した方がいいぜ」

「……すみません」


 修貴とて、いくら初めて会う相手とはいえ、こんな反応は普段しない。だが、いきなり連れて来られ、あのような話題をされれば狼狽する。ただ、狼狽しすぎなのも修貴自身気づいていた。人によっては不快に感じることもあるかもしれないと考えれば褒められたことではない。

 しかし、いきなりあの質問はないだろう。


「本当にどうなんだ? カリムがヴァナヘイムに行って帰ってきたらな、随分と嬉しそうだったからな。確か、坊主と行って来たんだろ? 今日なんてカリムの奴、ヴィクターを連れて早速もう一度ヴァナヘイムに向かったんだぜ?」


 カリムから聞いていた藤堂修貴という少年をオルトが実際に見た感想は何処か頼りなく感じるというものだ。人見知りをするような性格だ。初対面の相手に馴れ馴れしくされるのは苦手なのだろう。とはいえ、カリムから色々と話されていたオルトとしては初対面ながらに親しみを少なからず持っていた。また、馴れ馴れしいのは性分だ。まだ、評価は決まらない。

 いくら頼りなさそうに見えようとも、カリムと共にエンシャントドラゴンと戦ったという。カリムが嘘をつく必要などなく、事実その回収に出向いているのだ。そう考えれば、学生として実力は低くないはずだ。高いと言っていい。


「しょうがねぇな。坊主、ちょっと手合わせしないか?」


 このままカリムについて聞いたところで煮え切らないだけだろう。それなら、体で語るのもオルトとしてはありだった。


「手合わせですか?」

「おう、カリムの話を聞いている限り、面白い戦い方をするらしいじゃねぇか。隠行と索敵だろ? そりゃ、暗殺者だぜ?」

「まあ、そうなんですけど……」


 軽い挑発だったが、本人も自覚はあるらしい。特に怒った様子はない。戦い方を暗殺者だと言われれば怒る人間はいる。それもまた性格だろう。

 まあ、とオルトは笑った。戦ってみれば見えてくるものはある。


「安心しろ、手加減はしてやる。俺様に本気を出させるには、坊主じゃまだまだだ。それにカリムが帰ってくるまでの有効的な時間の使い方だろう?」

「……手合わせ、お願いします」


 修貴にとってもオルトとの手合わせは悪いものではない。カリムと同クラスの実力者と戦える機会など滅多にない。


「ま、楽しませてくれよ」


 天狼族のオルト・シリウス。彼が愛するものは女と酒と、何より戦いだ。







* * *
SO4をXboxと一緒に買いました。


*****
初投稿 2009/02/22
改稿・修正 2009/03/01
修正 2009/06/21



[4424] その16
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:12
 オルト・シリウスは純粋に強い。生物として他を圧倒する。そして、それだけではない。戦いをこよなく愛する彼は、その強さに胡坐を掻くことを是としない。

 生まれながらに与えられたその力をより鍛え、天賦の才を見せた。彼の踏み込みには意味がある。その一歩で相手の間合いを牽制し、自らの射程とする。オルト・シリウスは全ての行動を布石とし、戦闘を駆け抜ける。

 その一足の挙動。その腕の動作。何をとっても無駄ではない。そのすべては勝利という酒を得るためのものだ。

 ここまでの手合わせで修貴は手加減を肌で感じていた。だが、それを忘れて尚、天狼族オルト・シリウスは強い。

 本来ならば修貴が握る刀など叩き折る事が出来るのだ。オルトはそれをしない。それでは藤堂修貴という少年の実力を知ることが出来はしない。戦技、戦術、戦法、その全てが戦いの是非を担う。武具の優劣も確かにある。魔法の効果もある。肉体の強さもある。

 しかし、そんなものを見るために戦うのではない。どれだけ戦う術を磨いたのかそれを何より知りたいのだ。

 オルトは笑った。獣人らしい獣の笑み。

 左半身を引き、右拳を前方に突き出し腰を落とす。両足を開き不動の構えとなる。

 どう攻めるのか。威圧するように突き出された右拳。間合いに踏み込んだものを突き破る引き絞られた左拳。そのどちらを掻い潜り藤堂修貴は攻めるのか。

 先ほどまでの体を慣らすための手加減さえない戦いではない。


「さあ、攻めて来い。俺様にその刃を届けて見せろ」


 修貴は喉を鳴らす。これが実力者。カリムの立つ領域だ。

 まずは気配を殺す。拳を突き出している右から攻めることを決める。背後を、死角を取ることは容易ではない。まだ、相手の呼吸を把握していない。そして呼吸を容易に掴ませてくれる相手ではない。いや、掴めるとさえ考えるのが間違っている。むしろ、先ほどまでの慣らしの攻防で修貴の呼吸が掴まれていてもおかしくはない。

 修貴は滑るように一歩を踏み出す。オルトは笑みを浮かべたまま動かない。なるほど、そういう腹積もりなのだ。

 速度を上げ、そのまま右側を通り過ぎるように動く。オルトは笑みを深めた。素晴らしい隠行だ。視覚から逃れられるとその存在を正確に把握することが出来ない。裏を取られたのか、それともそのまま斬りかかるのか。並みの相手ではわからないだろう。そのために修貴の動きに合わせ、対峙する向きを合わせようとすれば、斬りかかられるのだ。

 悪くない。自らが先に動くことで僅かだが隙を作る。仮にどっしりと構えを取られようと死角を取ることは出来る。相手の気配に対する聡さが問われる戦い方を強いているのだ。

 そう、良い戦い方だ。

 オルトは右拳を肩だけで動かすと、裏拳で刀を弾く。そのまま右足を軸に左のローキック。修貴の位置はわかっている。刀を弾いた方向で把握していた。

 修貴は刀を弾かれ、体勢を崩すと蹴りを避けるために後ろに跳んだ。崩れた状態では完全に避けることが敵わず左の足首に蹴りを貰う。痛烈な一撃だった。防具を付けていない足首は痛みを主張するが、手加減されていなかったならば、骨が砕けていただろう。

 オルトは修貴の位置を完全に把握していたわけではない。見事な隠行だ。ダンジョンなどの遮蔽物がある場所で行われれば気づけないだろう。だからこそ、どんな状況でも次に繋がる動きをとるのだ。

 今の動きで裏拳が当たることがなくとも、オルトはその勢いを利用して攻めるつもりだった。肩を動かした勢いを半身に流し、攻めに持ち込むつもりだった。また、刀が振るわれていても手の甲に刃が当たらぬように配慮もしていた。


「それじゃあ、俺様には届かない。どうする坊主? ここは模擬戦のための道場だ。隠行に頼っても仕方がないぜ?」


 強い。本当に強い。その技術が高いだけではない。その肉体が優れているだけではない。戦術だ。戦い方を何より知っているのだ。刀に対する拳の間合いの取り方を。死角に対する対処の方法を。力を見せたわけではなく、技を披露したわけでもない。

 オルトが本気になれば、今のような攻防は存在しないのだ。その力だけで、修貴の動きに対する対処法を幾つも持っている。だが、それさえなくとも己が実力を示していた。

 修貴は刀を構え直す。足首の痛みが和らぐのを待ちながら、間合いを計る。攻めてこないのはワザとなのだろう。今の修貴ならば畳み掛けるのが容易なはずだ。戦術の次はその技術を見せろとでも言っているのだ。

 刀で斬ると言っても千差万別だ。大きく振るう。小さく振るう。突く。薙ぐ。袈裟切り。

 構えも色々ある。刀身を隠すように構える脇構え。顔の横に刀を立てる八双の構え。鞘に刀を収めた居合いの構え。剣先を相手ののど元に突き付ける正眼。刀を跳ね上げさせる下段。相手を威圧する上段。状況に応じて使い分ける必要がある。

 修貴は刀を正眼、つまり中段に構えた。刀でも、剣でも最も一般的に使用される構えと言っていい。そこから変化をつける者は多いが修貴はただ中段に構え、オルトと対峙した。

 誘われているのだ。見せてみろと笑いかけられているのだ。戦士として、剣士として答えない道理はない。

 思い出すのは二日前の水龍の陣を使ったときだ。道具を使用するのと刀を振るでは些細ではない差はある。しかし、あれが刀を振るうという行為で再現できれば十全だ。その修練を積む時間はなかったが、今やらずにいつやるというのか。

 雲の上の存在が態々降りて、見せてみろと笑いかけてくるならば、やるしかない。

 オルトの虚を突くために修貴は体中に意識を張り巡らし前へ出た。










ダンジョン、探索しよう!
その16









 ほう、と感心したのはオルトだ。最適化された無駄の少ない動きは、歳を鑑みれば悪くない。だが、惜しむべきはその力みだ。それがなければ、刀を振るうという動作まで気取られる事なく辿り着けた筈だ。


「力んでいるぞ」


 そうオルトは声を掛け、刃を右拳で押し返すと引き付けるように体を修貴の正面に入れ込んだ。

 修貴にはその動きは刹那でしかない。満足とは言えなくとも現状で会心の出来だった一振りを流された修貴は、虚を突かれその間合いにオルトの進入を許してしまった。

 オルトは修貴の胸部を本人の主観で優しく押した。


「っがぁ!」


 息が詰まるが、オルトから視線を外さない。外せば終わる。そんな気がした。左手で握った刀を、小さく振るう。大振りではその力を利用されるのがおちだ。


「良い根性だ。人見知りが嘘みたいだぜ?」


 腰を落とし、刀を避けたオルトは修貴から間合いを取ると再度構えなおした。


「さあ、次はどうする? ああ、俺様から攻めてみようか?」


 刀を中段に構えなおした修貴は呼吸を落ち着けようと、大きく肩を震わした。

 オルトはその修貴の呼吸の虚を突き、一足で修貴の裏を取って見せると、気配を隠し踏み込んだ。

 そして、後に跳んでいた。

 修貴は虚を突かれ、裏を取られた。背に目はない。どの向きで攻撃をされるかわかったものではない。その通りだ。修貴はそれを利用し先に一度仕掛けたが、オルトの戦い方の前に打ち破られた。

 ならば修貴は、たとえ気配を隠されようと、磨き上げられたその感覚が正確に相手の位置を把握する。広い範囲の索敵だけではない。如何に不意を撃たれまいと鍛えられた気配に対する感覚は鋭敏なのだ。

 死角を奪われた程度で反応出来なくなるわけがない。


「おいおい。後にも目があるのか? ああ、これが坊主の気配察知ってやつか」


 ならばなるほど。わからない事はない。オルトも似たような事ができる。先ほどは如何様にも対応ができる動きをしたが、本来ならば気配に反応し迎撃しているところだ。特に敵ならば殺気というものがある。獣人ならばそれに敏感に反応する。

 だが、あの瞬間の動作は違う。意趣返しに気配を隠し裏から攻撃してみせた。そこに殺気などない。

 それに気づき反応した修貴はオルトと正面から対峙し、構えなおしている。

 オルトは笑った。ここまで気配そのものに敏感な人間を初めて見た。

 刀を振るう技術は荒削りなところが多いが、隠行と気配察知に関しては一流と言える。いや、気配察知だけならば達人だろう。これに純粋な剣術が加われば、死角を持たない剣士が出来上がる。悪くない。死角に対する対処法は様々だがここまで酷い対処法を実現した者はそういないはずだ。

 あとは、カリムについてどう思っているのかを引きずり出せば目的は果たせる。


「ところで坊主」

「……何ですか?」

「さっきも訊いたけどよぉ、カリムとはどこまでいって──ああ、いや。違うな。カリムのことどう思っているんだ?」

「どう、ですか?」

「おおう。言葉に出せないなら、刀で教えてくれても構わないぜ? ま、単純に好きか嫌いでもかまわないがな」


 がはは、とオルトは笑った。それでも隙は生まれない。

 オルトは修貴を観察する。何と答えたらよいのかと、口の中だけで言葉を転がしている。いざ、問われると煮え切らないタイプなのだろう。先ほど問いかけたときは人見知りの延長だと思ったが、それ以上にはっきりと言葉を出せる性格ではないのだ。

 ならば、とオルトは言葉を選ぶ。これで釣れるとは思わないが、一切反応がない事はないだろう。


「ああ、そうだな」


 オルトは思い出したように言った。本気か嘘かはわからない。


「お前さんが違うってなら、安心して出来るぜ。カリムが帰ってきたら、俺様の部屋に連れ込むか」

「連れ、込む?」

「ああ、まだちょっと若いが。もう頃合だろ。出会ってこれまでずっと待っていたんだからな。収穫時だと思うだろ? ありゃいい女だ。わかるだ──」


 ろ、と続く前に修貴は踏み込んでいた。

 先の先を綺麗に奪った修貴の刃は、見事にオルトの首に吸い込まれそうになるが、当たる直前オルトは拳で弾く。弾くときにワザと小さく弾き、二の太刀を誘い込む。

 早かった。予備動作が削り落とされたその一閃は、完全にオルトの虚を奪い、修貴の刃は首に向かって一直線に伸びていった。だが、修貴の技術はまだ、未熟。後一歩のタイミングとはいえ、オルトに防がれていた。

 修貴は防がれた刀を返し、誘われるままもう一閃。

 オルトは笑った。先ほどの一閃は力みがなかった。驚くほど気づくのが遅れた。もう一瞬でも反応が遅れれば首が飛んでいただろう。誘った一撃であるこの一閃も悪くない。


「若いぜ、坊主」


 オルトは振り切られた懐に潜り込み、修貴の手首を握ると、修貴を床に押し付ける。


「ま、他人の女寝取る趣味はないがな」

「あ……、いや、その、思わず……」

「カリムに相手がいないのなら本気なんだがな。いるなら別だがな」


 がはは、とオルトは笑う。余りにも行動的で笑えた。釣れるにしても、見え透いた安い挑発でこうまで釣れる相手を初めて見た。確かに相手がいないならば、喜んで言葉通りのことを実践するが、わかりきってしまうような相手がいるのだ。

 人見知りの挙句に、他人に思いを伝えるのが下手、いや、臆病なのだろう。戦っている限りでは、戦士としての自信がないわけではないようだった。だが、今までの反応を見る限り雄としての自信が足りてないのだ。

 そして、自信がなく臆病なために奪われるのを嫌がるのだ。


「やれやれ、反応を楽しむ分には面白いが、その辺り少し苛立つな。坊主、もうチョイ自覚持てよ。カリムはお前の女。それでいいだろう?」


 オルトは修貴を解放すると立ち上がった。

 修貴の顔を覗き込むと、口をパクパクと動かしていた。

 剣士として有望な男はもっと自分自身に自信を持たなくてはいけない。オルトはそう考えている。だからこそ、修貴の女に対して煮え切らない態度は苛立ちの対象だ。


「しょうがねぇ、坊主。俺様が色々教えてやる」

「…………あ、え?」

「返事は、はいだ。いいな?」

「……はい」


 オルトは満足そうに頷き、口を開いた。


「まずは、ヴァナヘイムでカリムと何があったかでも話してもらうか。それから、それに対して答えてやろう。どうせ、何かあったんだろ?」


 修貴は口ごもる。何かと言われればあった。だが、出会ってまだ時間が経っているわけでもない相手に話すには醜態が多い。これが、カリムの口から離されるならば問題はないだろう。カリムとオルトはパーティを組んでいる仲間なのだ。

 オルトも修貴の反応を見ると、ふむと呟く。


「カリムが帰ってきてから訊くのとどちらがいい?」

「…………」


 カリムの口から自らのへたれいた状況を話されるのは些か格好がつかない。そんなものは今更といえば今更ではあるが、わざわざ恥を上塗りする気にはなれない。


「場所を変えて話しましょう?」

「そうか、控え室にでも行くか。体を動かし喉も渇いたところだ」


 オルトは修貴の手を掴むと立たせる。着いて来いと示し、道場に備え付けられた控え室に向かった。

 控え室には丁度誰もいない。オルトは用意されている氷入りのポット手に取ると、紙コップに冷えた水を注ぐ。それを二人分用意すると、片方を修貴に渡した。

 オルトが一杯をぐっと飲み干すと、修貴は一口口に含み飲み込んだ。オルトはもう一杯紙コップに注ぐと、備え付けられた椅子に座り、修貴にも座るよう促す。修貴は促されるままに椅子に座るとオルトと対面した。


「さあ、話してくれ。まだ、カリムたちが帰ってくるまで時間があるだろう。仮にもう帰って来ているとしても、回収してきた物の手続きがあるはずだ。それが終われば誰かが呼びに来るだろうさ」

「……わかりました」


 修貴は十日間に会ったことを掻い摘んで話をする。出会った四人組みに、臨時パーティの二人。一番重要であろう、ランドグリーズとの戦闘。そして、そのときの自らの醜態。それに対するカリムの台詞を簡単に言ったときだった。

 オルトは修貴に奇妙な者に対する視線を投げかけていた。


「ちょ、おま。そりゃ、常識的に考えて──」

「常識的に考えて?」

「告白と何が違う」

「…………」


 沈黙が降りた。

 修貴はオルトを見たまま固まっている。オルトとしては、カリムの機嫌の良さを鑑みるに、関係が発展するような何か甘酸っぱい出来事でもあったのかと思っていたが、もっと直接的だった。

 どう考えても告白だ。のろけ、ありがとうございました、としか言いようがない。もう、とりあえず修貴を殴りたくなったが自重した。出会って初日だ。カリムとの会話で話題に上がっていたため、親しみは持ち合わせていたが、修貴は違うだろう。

 オルトの中での修貴の評価が決まった。戦士としては悪くないが、男としては失格だ。

 教えてやると言ってしまった以上、このまま放置する気にもならない。


「坊主、まずは──」


 あれこれとオルトは考え、修貴に話しかけようとしたとき、控え室のドアが開き、人が入ってきた。人が話そうとしているときに間が悪いと、相手を確認して苦笑した。

 空気を読んだような登場だった。


「修貴、来ていたのかい?」


 ブロンドの髪を揺らし嬉しそうにカリム・フリードが入ってきた。

 修貴はというと、先ほどのオルトの言葉を思い出したのかカリムを見て僅かに赤面していた。







* * *
なぜか、SO4を二十時間近くやってから、今、Rise of Nationsをぷれいしてます。核うめぇ。
あと、最近何でこんなタイトルをつけたのか悩んでいます。何も考えてないことが丸わかりなんだよなぁ。

*****
初投稿 2009/03/01
修正  2009/06/21



[4424] その17
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:1829945e
Date: 2009/06/21 12:13
「君から訪ねて来るなんてどうしたんだい、修貴?」

「その、何だ。……防具作るって話をしたのに、それに対して何も決めてなかったから」

「そうだね。それに関しては、抜けてたね。寸法も取らないといけないからね」


 カリムの表情をまともに見ることが出来ない修貴と彼女が話したところで、彼女は視線をオルトに向けた。気の良い男であるオルト・シリウスだが、その行動は破天荒であること多く、やり過ぎも何時ものことだ。

 受付のフィリアから、連れてかれたと聞かされとき生きているかな、と心配になってしまった。なまじ、隠行と気配察知が優れていると話していたことがあったため、オルトの興味を引くのは当然だったと思い返していた。


「それで、オルト。修貴に何をしたんだい」


 カリムは目を細め、オルトをと視線を合わせた。顔を少し赤くし、カリムの顔をまともに見ることが出来ていないのは、何かをされたか、言われたかのどちらか、はたまた両方だろう。オルトならばありえた。


「そう睨むなよ、カリム。美人な顔が台無し、でもないか。それはそれでゾクゾクするな」

「オルト。君って人はそういった言葉を口にしないと生きていけないのかい?」

「がはは。俺様は正直なのだ。なあ、坊主」


 二人の会話を横で見ていた修貴の肩をオルトは軽く叩いた。


「ま、何をしたかと訊かれれば、だ。坊主の実力を試してみたのと──」


 オルトは修貴に視線を一度投げかけ、ニヤリと口元を釣り上げた。


「カリム、お前さんのために坊主に対するお前の感情を気付かせてやったんだが」


 カリムは虚を突かれたように、修貴を見た。

 修貴は唇が渇いたのか、何度も舌で唇を濡らしている。

 カリムはオルトの言葉を吟味する。カリムからの修貴に対する感情。それを露骨にオルトに伝えたことはない。だが、よく話題に修貴を挙げていた。そこから勘ぐられてもおかしくはない。そして、予想されたそれは間違ってもいない。


「……どんなふうに、気付かせたのかな?」


 自らの感情を修貴が把握した。なるほど。修貴は鈍感と言っても間違っていない人種だ。それに対して思いの丈をぶつけるならば、ストレートな言葉が一番だ。それはこの街で出会って以来の付き合いからカリムは気付いている。

 だからこそ明確に好きだと伝えたことはなかった。その言葉を伝える瞬間をカリムは決めていた。それが近づいて来ていたというのに、修貴はカリムが彼のことを好きだというのに気がついてしまったという。


「おいおい、どうしたんだよ、カリム。美人な顔が、ああやっぱり台無しじゃねぇな。その顔もそそるぜ?」

「オルト」

「わかってら。なに、訊いただけさ。ヴァナヘイムはどうだったのか、とな。それにしても、お前の台詞、告白以外の何物でもないだろうが。それに気付かない坊主に俺様がびっくりだ。驚きすぎて、殴りたくなっちまったぜ」


 告白をしたつもりはない。だが、確かに思いを言葉で伝えた。その台詞は修貴以外ならば告白で通じるだろう。要約すれば、一緒に居てほしいという言葉だった。それを告白とするのは道理だ。しかし、修貴なのだ。カリムが知る修貴という人物はその類の感情に疎い。伝えるならば明確にはっきりと言葉にしないいけない人種だ。

 それにしても、まさかと言える。カリムはずっと伝えるタイミングを心に決めてきた。それがこんな形で伝わってしまうとは思っていなかった。修貴はそれ程に鈍感だった。ストレートに修貴が好きだとは伝えたことはないが、そう取られても間違いがない言動と行動を取って来たが、今の今まで気づいて貰えなかった経験則だ。

 本当ならば、修貴とカリムの約束が果たされた時、告白をするつもりだった。それが近づいて来ていた時にこのざまだ。

 しかし、伝わってしまったものは仕方がない。他人の手で伝わってしまったのは悔しいが、過ぎたことはどうしようもない。ならば、後は問うだけだ。

 カリムはすねたような表情を、消すと修貴の名前を呼んだ。

 修貴は引きつけられるように、カリムの碧眼を覗き込む。

 カリムは息を吸い込み、瑞々しい唇を開き、喉を揺らす。


「答え、もらえるかな? 僕は君が好きなんだ」










ダンジョン、探索しよう!
その17









 オルトはおお、と二人の動向を見ていた。けして、見守っているわけではない。状況の推移を楽しんでいるのだ。

 修貴にカリムが好きだということを気付かせたと伝えた時のカリムは露骨に不満そうな表情を浮かべていた。一瞬、まさか違うのかと思ったが、カリムのその後の一言に吹き出しそうになってしまった。

 なぜ、不機嫌になったのか気がついた。自分で伝えたかったのだ。それを横取りされ、表情に出たのだ。

 それによってカリムの修貴に対するスタンスを知った。カリムはしっかりと修貴の鈍感ぶりを知っていたのだ。そして、虎視眈々と告白する機会を探していたに違いない。

 カリムもあれで女だ。好みのシチュエーションを持っていたに違いない。これは少し悪いことをしたのかもしれない。良かれと思ってやったがどうやら、余計なお世話であったようだ。

 だが、それを抜きにし、個人的な感情で現在の状況を見ているのは面白い。

 他人の色恋沙汰に興味があるわけではない。自分が抱けない女の話を見ていて何が楽しいのか。しかし、一二の時から見ていた少女の恋愛事情ならば、少しばかり勝手が違う。

 育ったら手を出そうかと思ったこともあったが、速い段階で好きな相手が出来ていたようだったのだ。その状況次第だと思うようになり今日に至ったわけだ。

 この目の前の少年少女は付き合うだろう。それは修貴という少年を確かめた限り間違いはない。仮に、現在付き合うことがなくとも、カリムはあれであきらめが悪い。欲しいものは手に入れる。そのために努力を欠かさない。それゆえ、いずれくっ付くだろう。

 二人は見つめ合っている。場所が違えばもっとロマンチックに見えるのかもしれない。

 さあ、どうなる。どう応える。


「カリム」


 意を決したような修貴の声。

 流されやすく、自己主張をしない。そして、煮え切らない。今の声にその色はなかった。

 ならば、いいだろう。オルトは笑った。どんな答えを返すかは興味がある。しかし、もういいだろう。へたれだと思いはしたが、少なくとも土壇場でそれを引きずることはないようだ。

 ならば、もう見ていても仕方がない。他人の告白現場など見ていても何が楽しいのか。そのような趣味はオルトにはない。確かにからかうネタにはなるが、見たいものはもう見られたのだ。

 今、声を掛けるのは無粋だろうと思い、からかうネタを仕入れないという殊勝さに苦笑しながらオルトは二人きりにするために控室を後にした。




*   *




 口の中がカラカラに乾く。告白だ。告白されたのだ。そんな己が姿想像したことさえなかった。

 分をわきまえているとは言わない。だが、少なくとも誰かに告白されるなど考えたこともなかった。

 真摯な瞳でカリムは修貴と視線を重ねている。修貴はその碧眼に吸い込まれそうになる。そして、黄金色の髪は本当に綺麗だと、修貴の緊張した思考はカリムのことを思う。

 この街で出来た初めての友人で、親友で。大事な約束を交わした相手だ。

 剣の腕前は修貴の及ぶところではなく、魔法の技術も並みの魔法使いでは話にならない。その両者が加わった魔法剣に至っては何より絶大で、ドラゴンさえ切り捨てる。

 並ぶ道がまるで見えてこない。先日、相方に成ってくれと言われたとき、どうしようもなく心が揺さぶられた。情けない己を殴り飛ばしたくなった。

 そして、その挙句にカリムから告白をされた。好きだ。そう言われた。

 俺は、カリムのことを──嫌いなわけがない。好きかと問われれば、好きと答えるだろう。だが、手が届かないものであると思っていた。親友と呼ばれても、相棒になってくれと言われても、手が届かない人だと思っていた。

 違うだろう。告白をされるではない。

 本当なら、告白をすべきなのだ。

 手が届かないと勝手に思っていた、挙句、手を伸ばしてもらうなどとんでもない醜態だ。へたれだ。

 カリムは、どこまで男前なのか。畜生。格好いい。可愛い。美人だ。

 乾いた唇を舌で濡らす。覚悟決める。


「カリム」


 修貴の言葉にカリムの瞳が揺れる。


「俺は、弱い。それに、流されやすいところもある」

「そうだね。自己主張が足りなところもあるよね」


 ああ、と修貴は頷いた。


「それに、カリムの隣に立っているとき、俺程度でいいのか。迷惑はかけてないかと思うことがある」

「そっか」


 修貴は言葉を確かめるように丁寧に言う。


「でも、さ。一緒に戦ってほしい。相棒になってほしいって言われて、凄く嬉しかった」

「うん」


 修貴は自らを落ち着かせる。


「今回はさ、オルトさんに促されて話して、そして、教えてもらった。そしてら、カリムは直ぐに、選んだよね」

「伝えたかったから。僕の口で好きって言うつもりだったんだ。ちょっと、悔しいよ」


 修貴は正面から見据える。


「だからさ、俺から言わせてもらうよ」

「聞かせて」


 修貴は息を吸い込む。


「好きだ」

「僕も好きだよ」


 修貴は笑った。

 こんな言葉を口に出せる人間だったのかと、修貴は驚いた。ああ、カリムのおかげだ。カリムのおかげ修貴は変わっていける。カリムのおかげで強くなれる。強くなろうと決意できる。


「カリム」

「何、修貴?」

「ありがとうな」


 カリムは首を振る。


「僕こそ、ありがとう。大好きだよ、修貴」


 修貴はカリムの笑顔が悔しかった。告白という行為ですら負けている。

 だから、強くなろう。もっと、強くなろう。堂々とカリムの横に立っていたいのだ。




*   *




「そこの二人、入るのはちょっと待ってくれよ」

「うんん、オルト? カリムが中にいるのでは?」

「だから、待ってくれってな。ヴィクター、ルナリアの姉御。ま、出て来るまで待ってようや」

「シリウス。説明をしろ」


 首を傾げているヴィクターを横目に、ルナリアはオルトに説明を要求する。

 オルトはどこまでも己らしくないお節介な行動に、父親かよと小さくつぶやいた。カリムが一二の頃から彼女を見て来たのだ。まだ幼さが残っていた彼女がオルトの中には記憶として残っている。それが原因だな、と結論を出しておく。


「カリムにとって大事なイベントが発生したのさ」

「……訪ねて来たという、少年か。なるほど。シリウス、貴様が後押しをしたのか」

「まあ、な。カリムは不満そうだったみたいだから、失敗だったかもしれんがな。とはいえ、ああいう手合いは見ていて苛立つから、俺としては構わないのだが。ヴィクター、首を傾げるな。お前はこういうのに疎い」

「それは酷いじゃありませんか、オルト。ぼくだってね、想像が、が、つかないねぇ」


 だろうよ、とオルトは言葉を返す。研究の虫であり、マジックアイテムやそれに準ずるものを愛する変人であるヴィクターにオルトは男女の関係に対する考えを期待していなかった。

 ヴィクターは男や女などの性別が関係のない世界に生きている人種だ。仮に、結婚するような事態となっても、それは研究に繋がりがあることだとオルトは判断するだろう。

 それで、とオルトは会話を一旦区切る。出てくるのを待っている間、ただ、黙っているのは勿体ない。

 オルトはカリムとあの修貴という坊主が二人で倒しというドラゴンに興味があった。どのような戦いの直前の会話と、簡単な戦いのあらましは修貴の口から聞き出したが、その少年ではドラゴンがどれ程の存在だったかまでは把握ができなかった。エンシャントドラゴンが強大な存在だとしても、個体差は当たり前のようにある。魔法が得意なもの。そのブレスを誇るもの。そんな差異は当然だ。

 魔法を使わない個体らしかったが、その肉体強度はどれほどのものだったのか。


「ドラゴンは見られるのか?」

「今、ぼくの研究室で開放してありますがねぇ。見たいんですか?」

「今は遠慮しておくか。とりあえず、どんな感じだったのか聞かせてくれ」


 そうですねぇ、と前置きを発するとヴィクターは話し出す。その表情には笑みが浮かんでいる。説明好きの癖が出ていた。オルトは藪を突っついたのかもしれないと、溜息を溢す。

 ルナリア方に視線を一度彷徨わせるが、そのルナリアはじっと控え室の扉を見つめ、カリムが出てくるのを待っているようであった。

 嬉々としてヴィクターが説明を始める。よりによって古代種のドラゴンについてから解説を始めるその性癖には、文句をつけたくなる。聞きたいのは強さだ。その死体からわかる能力だ。


「ヴィクター」


 名を呼んで、説明を止める。聞きたいことだけ聞ければそれでいい。


「俺様が知りたいのは、カリム達が倒したというドラゴンの客観的情報だ。他種と比べた場合の相対的情報はいらねぇよ」

「おやおや、これはすいませんねぇ。ぼかぁ、一から説明するのが、好きで好きで」


 わかってやっているのかこの野郎と思うが、長い付き合いだ。口にはしない。それにしても、説明好きという性癖に自覚はあったらしい。付き合いの長さの割に気付かなかった。

 ヴィクターを促し、ドラゴンの情報を聞く。

 その情報を聞き終えたころに、カリムと修貴が出てきた。

 カリムの表情は晴れやかで、修貴の表情は決意を持っていた。悪くない表情だ。ああいう顔が出来るやつは強くなる。

 情けないところがばかり目に付いたが、その表情を見られたのは収穫だ。少なくとも、カリムが惚れた理由がないわけではないと確信できたからだ。

 そういえば、坊主が訪ねてきた理由は何だったか。オルトは完全に目的を忘れてしまった状況に笑った。出てきたカリムは笑っているオルトを強く睨みつけていた。そんな表情も、やはり美人であった。







* * *
今回の話ほど、プロットを一切作っていなかったのが失敗だったと思える話はないです。
まあ、学園パートに入ってから話しの長さ全体のバランスが崩れているので、プロットに関する失敗は今更何ですが。
とりあえず、カリムは、修貴にその好きという思いを気付かれると告白するというフラグを所持していました。
そんなわけで、作者は身悶えた。


*****
初投稿 2009/03/08
修正  2009/06/21



[4424] その18
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:14
 ヴィクターの研究室に向かう傍ら、ニヤニヤと視線を送ってくるオルトを尻目にカリムはピッタリと修貴の横に並び、修貴と共にヴィクターとどのようにドラゴンの素材を用いて武器を作るかを話し合っていた。


「刀を作るなら、牙を用いて作ろうと思うのですよ。その辺りはどうかな、修貴クン。ぼくのお勧めとしては、アレだけの魔力を身体に蓄えたドラゴンを使うならば、魔力を発現し易い部位を加工し、魔力伝導用の金属を混ぜてみれば魔法使いのエンチャントなしで魔力の篭った武器を作れるから、それだねぇ」

「あの、それは、その」


 修貴の余所余所しい声にヴィクターは気を悪くすることもなく、言葉を返す。


「何ですか?」

「その場合、切れ味はどうなるのでしょうか?」


 修貴の質問にカリムは頷くと、言葉を継いだ。


「修貴は武器の攻撃力を硬度や、魔力よりも鋭さに重きを置いてるからね。ま、古代種のドラゴンを用いれば切れ味以外の要素は最高位だってのは目に見えてるけどね」

「切れ味ですか。その辺りは加工法しだいです。そうですね、その修貴クンが持っている刀。ぼかぁ作った物ですね? ハードダイトを用いたときにどれだけ鋭く出来るか試作した物です。ドラゴンの牙をしっかりとは確認していませんが、少なくとも、それよりはより切れ味を良く加工できますよ。そうですねぇ、爪も確認したんですが、あれは切り裂くよりも、腕力で捻りつぶすのを効率よくするための物のようだったので、牙の方が良いと判断したんですよねぇ」


 ですがね、とヴィクターは説明を加える。牙も、竜の顎の力を用いていることが前提なため、一概には言えない。

 その話を聞きながら、修貴はちらりとカリムを見る。彼女は悩むように修貴の刀について会話をしている。先ほど、まさかの告白を受けた相手とは思えない。しかし、今までと距離感が違った。少なくとも修貴はそう感じた。

 近い。カリムがこんなにも近くにいる。

 告白された後ということもあり、変に意識してしまう自分自身に修貴は苦笑する。

 苦笑いをしながらダークエルフの魔女が目に映った。三角帽子に、ローブを着た魔女。浮世離れした、修貴が幼い頃読み憧れた冒険譚に出てきても何も違和感がない。その魔女、ルナリアは三角帽子を深く被り、目元を隠している。

 そして、そのルージュを引いたように赤い唇はニヤリ笑みを形作っていた。魔女の目線と思わしき部位は修貴とカリムを捕らえている。


「さて、刀については素材を確かめたらまた意見が変わるかもしれませんねぇ。カリムのバスタードソードをどうしますか? ミスリルが焼き切れかけてますよ」

「ミョルニルを全力で使用したからね」


 カリムは修貴と視線を合わせ華のある笑みを浮かべる。

 修貴の脳裏に思い返される雷の魔法剣。ドラゴンを吹き飛ばす威力を持ったそれは、ミスリルを主体で作られていたバスタードソードを破壊していた。


「ヒヒイロカネを使っての修復になるのかな? 折角だから、ドラゴンの素材で代行してみるのも良さそうだけど」

「そうですねぇ。刀と同じく魔力の伝達にヒヒイロカネを用いて、生きているミスリル部分をそのままに、刃をドラゴンの牙か、爪で作ると良いかも知れません」


 まあ、素材をじっくりと確かめてからですけどね、とヴィクターは夢見心地に言った。

 カリムはそのヴィクターにやれやれと首を振る。流石は研究が恋人な男だ。カリムの感性では測りきれない。いったい今の会話のどこにあのような表情を浮かべる余地があったのか。カリムにはわからなかった。


「あと、僕や修貴に鱗や皮を使って防具も作りたいんだけど。ルナリア、どうかな?」


 ルナリアは、三角帽子を上げる事なく、唇を動かした。質問の瞬間、更に笑みが深くなったことに修貴は気が付いたが、そのことに触れないようにする。触れば薮蛇になる気がした。あの口元はそういう口元だ。カリムもそれに気づいているため、口にはしない。


「あのエンシャントドラゴンは武具にするよりも、防具の方が向いている。アレだけ魔力を溜め込んでいるのだ、上質の防具となるだろう。カリム、お前も作り変えるのか?」

「折角だからね。この黒竜のレザージャケットも悪くないけど、もうそろそろ時期だと思って」

「なるほど。二人分か、古代種としては大きくはないが、通常のドラゴンと比べれば比ではない巨体を考えれば素材は足りるか」


 うん、とカリムは頷く。


「して、カリム。デザインはどうする? お前は今のジャケットのを流用するとして、少年はどうする?」

「お、俺ですか?」

「要望はあるのか?」

「重層な鎧より、動きやすく、軽いものが、いいです」


 修貴の戦いは、丁寧な動き。滑らかな行動が優先になる。ある程度の衝撃を吸収でき、魔力に耐性のある軽いものが理想だ。ドラゴンの鱗をふんだんに用いた強力な鎧は遠慮したい。

 修貴の言葉にカリムはだったらと喜色を浮かべ、案を出す。


「だったら、僕と同じはどうかな?」


 その言葉に、修貴はカリムを上から下まで確認した。肩を並べ、戦っているときもスムーズな戦闘をしていたカリムを思い出す。素早い行動の阻害になっている要素はなかった。慣れもあるのだろうが、悪くない。男女の差異で多少変わるだろうが、思い浮かべたレザージャケットは悪くなかった。


「そうだな。いいかもしれない。デザインなんて俺にはわからないから」

「よし。じゃあ、それが僕からのプレゼントにしよう」


 その発言に、会話に参加していなかったオルトが噴出し、笑い出した。


「ちょ、おま──。付き合いだして、すぐにプレゼントって、おい。しかも、ペアルックって、おいおい」


 それはお似合いなことで、くくく、とオルトは笑う。

 修貴はその言葉に気づいたようにカリムを見た。カリムは迷惑そうにオルトを睨む。更に修貴はルナリアを確認する。魔女の三角帽子は上がっていた。その表情は愉快そうに笑っている。

 その意味を考え、修貴は赤面した。










ダンジョン、探索しよう!
その18









 ヴィクターとオルトがランドグリーズの亡骸を確認している空間はヴィクターに与えられた研究室だ。外部からの見ために対し空間拡張の魔法によって明らかに大きいホールとなっていたが、そのドラゴンの屍はホールギリギリのサイズながら横たえられている。オルトはそれを感心しながら、観察していた。

 半身をぶち抜いた傷跡はカリムの魔法剣だとすぐにわかる。古代種のドラゴンでさえこの様である一撃にオルトは魔法剣の威力がまた上がったことが気がついた。もしかしたら、二人っきりだったため威力が上昇したのかもしれないと考えると、どれだけカリムは坊主のことが好きなんだと小さく呟いた。

 あれか。恋する乙女に敵はないというやつなのか。

 オルトは自らの想像力に失笑してしまう。

 所々、鱗を削るような斬撃の跡があるのは、修貴が戦った名残なのだろう。鱗が削り落とされている部位には、抉るような切り傷もある。

 戦いの足跡を探るオルトの横で、ヴィクターは計器を片手に、爪と牙を比較していた。それに合わせ呪文を唱えると、その魔力を確かめる。それが終われば、オリハルコンで作られたナイフで小さく、爪と牙を削ると、自らのデスクの計測器で更に比べている。

 その横のスペースでは、カリムとルナリアが修貴の寸法を取っていた。

 肩幅を測り、腰の位置を測り、丈の長さを確認している。首に胸囲や、腰周りも測り終えるとルナリアはカリムに言葉を投げかける。


「カリム。お前も、寸法を測りなおすとしよう。前回より成長しているだろう。そのレザーは余裕を持って作った筈だが、丁度よくなっている。若いだけはあるな」

「そうだね。お願いするよ」

「ならば、あちらで測る」


 場所を変え、測るために移動するルナリアとカリム。修貴も釣られるように着いていこうとする。


「少年。着いてくるのはマナー違反だ」

「あ……」


 言われて気づく。修貴は頭を振る。どうもおかしい。


「修貴。見たいならいいけど、僕は二人きりのときがいいな」

「え!?」


 カリムの言葉に修貴が驚くと、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべ待っててよと告げ、ルナリアと共に男性陣から見えない位置へと向かった。

 そうして、オルトが満足げに戦いの残り香を鑑賞し、ヴィクターが一通り欲しいデータだけを取り終え、寸法を測り終えた二人とルナリアは、必要な防具の機能を選んでいるところに、研究室のドアが痛打される音と共に開けられた。


「ルナリア様! ってぇ!? うわ!? ドラゴン!?」


 入ってきたのは小柄な女性だ。胸に掛けられたアミュレットが驚きに揺れる。ルナリアを真似るようなローブ着ているその女性は、ドラゴンが死体であると気が付くと、一度呼吸をする。

 自らの研究室に乱暴に入ってきた女性をヴィクターは確認すると眉を寄せる。


「何故、ぼくの研究室に魔女殿の名前を叫びながら入ってくるかねぇ、ミレリアさん」

「げ、ヴィクター!?」

「げ、って。貴女ねぇ、ここはぼかぁの研究室だよ。何を驚いてるんですか」

「何このドラゴンとか、オルトさん今日も格好いいですねとか、カリムちゃんは相変わらず綺麗で羨ましいとか、誰その子、じゃなくて。ルナリア様! 聞いてください!」


 人の言葉をスルーした挙句、妙に高いテンションにヴィクターは肩を竦めると、ルナリアを見た。

 ルナリアはミレリアに落ち着けと言うと、彼女は肩で息をし、大きく息を吸って言葉を吐き出す。


「"妖精の泉"の百階についに到達者が出たんですよ! 所属はヘルメス院らしいです! 何でも、都市外から最近やって来た魔法使いのようですよ! これで、円卓の時代について一気に開けるはずです!」


 円卓の時代の迷宮である"妖精の泉"。このダンジョンは別名、惑わしの森とも呼ばれ、マップ無しではとてもではないが足を踏み込むことが出来ないダンジョンだ。全ての階層の中央に泉が存在し、その泉に到達することで次の階に進むことができるこのダンジョンは、常に形が入れ替わる。正確には、正しい道筋以外は魔法によってランダムで場所が入れ替わるのだ。

 そして、この"妖精の泉"の攻略は九十九階で止まっていた。上の階への泉こそ発見されていたが、そこからどうしても百階には到達されていなかった。最近では九十九階までなのではという話さえ出ていた。


「あそこの百階か。噂の妖精郷はあったのか?」


 円卓の時代の資料から、妖精郷があるのではと推測されていたため、百階への挑戦者が絶えなかったこのダンジョンの真実を確かめるようにルナリアは問う。


「あったみたいです、妖精郷。正確にはまだ、ヘルメス院から発表はまだされていませんけど、確実みたいです」

「ほう。噂倒れではなかったか。円卓の聖剣を求めている者は多い。目の色が変わるだろうな」

「そうですね。聖剣を法神ヘレネスと共に鍛えた妖精の女王が住んでいるって話ですからね。でも、いるんでしょうかね?」

「さて、わからぬよ。しかし、そうするとアトラスもクロノスも動かねばならないだろうな」

「私は、ヘルメス院の発表しだい行くつもりなんですが、ルナリア様はどうしますか?」


 ミレリアの言葉にルナリアは思案すると、ヴィクターを始めに見た。


「……ぼかぁ、これから忙しいのでパスしますよぉ。興味深くはありますが、まずは目先のものから」

「うん。あんたには聞いてない」


 ルナリアは、次にオルトに視線を移す。


「俺様は興味ねぇな。あそこは正直歯ごたえがねぇ。けど、まあ。ミレリアちゃんが頼むってなら同行するぜ。可愛い子の頼みは断れねぇからな」

「じゃあ、オルトさん。ぜひお願いします!」


 そして、カリムと目線を合わせる。


「僕は、どうしようか。愛剣を解体するからね。予備だと魔法剣を存分に使えない。どうしよっか、修貴?」

「え、俺? いや、よくわからないんだが。クライドとか食いつきそうな話なんだけど……」


 円卓の時代を妙に詳しかった友人を思い出す。性格が悪いあの男は間違いなくこの話に食いつくはずだ。普段から学園外のダンジョンは円卓の時代の物以外興味がないと公言している男だ。

 "妖精の泉"の攻略が長くに渡り止まっていたことを考えれば、ついに攻略されたことには興味を覚える。しかし、そのダンジョンその物には興味を特に持っているわけではない。また、それに挑むにしても防具が心もとなかった。


「そっか。なら、僕は遠慮しておくよ」

「残念。カリムちゃんは駄目か。と、そっちの少年は修貴君だね。覚えた! カリムちゃんと良い雰囲気の子って認識でいい、カリムちゃん?」

「惜しい。つい先ほどから恋人だ」

「え!? 本当に!? 恋人!? いいなぁ。私も欲しいなぁって、つい先ほど!?」

「うん。さっき告白したんだ」


 ミレリアはわお、と驚くとルナリアを見た。


「私は行こう。妖精の女王には興味がある」

「ルナリア様、ありがとうございます!」


 言うが早い、ミレリアは二人分の確認を取ると戦車のように走り、カリムにおめでとうと言って研究室から出て行った。その際に強く開け閉めされたドアが哀愁を漂わせていた。


「ぼくの研究室のドアが壊れるの、いつもミレリアさんの所為なんですよねぇ」

「ホーエンハイム。それはミレリアに請求書を送っておけ。さて、私は早速二人の防具の製作に取り掛かろう。"妖精の泉"に行くまでに作ってしまいたい」


 修貴はその言葉にいくらなんでも無理だろうと思った。発表と準備期間を考えれば、行くまでに長くて一週間だ。一週間で一着でさえ大変であると思われるのに、二着を下手をすれば数日しかない期間で作ると魔女は言ったのだ。

 だが、修貴はその三角帽子を見ていると作れても不思議ではない気がした。何せ、魔女だ。

 神話の時代の冒険譚に出てきても違和感を覚えない魔女なのだ。







* * *
マンションにやっと帰ってきたと思ったら、ネットが死んでました。丸二日以上ネットが出来ないと、健康的な生活になるという事実を知りました。
とりあえず、俺はインターネット中毒なのだと再度自覚をしました。
それと、そろそろ話の方向性を修正したいです。さっさとダンジョンに挑ませたい。

*****
kyasu◆cc473341さんのご指摘のとおり、ペアルックが正解です。
アベックはカップルとかそういう意味でした。てか、そんな言葉死語だよ、俺。
*****
初投稿 2009/03/17
修正 2009/03/17
修正 2009/04/24
修正 2009/06/21



[4424] その19
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/06/21 12:17
 ルナリアは、カリムが現在使用しているレザージャケットの型紙を引っ張り出してくると、その大きさを確認した。


「ふむ。カリムのものは、この型紙の大きさ調整からだな。少年のものは、それ以上に手直しを多く必要か。それと、素材に目を通し、修正する場所を確認せねばならないな」

「ルナリア。それ絶対、"妖精の泉"の探索までに完成は無理だと思うよ」

「やれやれ、この型紙を見る限り、そうだな。だが、一着ならば可能なはずだ」

「いやいや。ルナリア、君はどれだけ仕事が早いんだ。ランドグリーズを剥ぐのだって時間が掛かるはずだ。型紙を作り直して、それに合わせて新しいレザージャケットを一着とはいえ、数日で作るのは無理がある」


 呆れたカリムの言葉に、修貴は魔女といってもやっぱり無理だよな、と落胆半分安心する。数日でオーダーメイドの防具を型紙から完成まで漕ぎ着けるのは非常識だ。

 ルナリアはカリムの指摘に頭を捻る。二着は無理だが一着ならば、と作成過程を考える。依頼は早く、的確にこなす事を心情としているルナリアはデータ観測をしているヴィクターに目を留めた。さっさとドラゴンを素材ごとに分ければ時間は短縮されるはずだ。型紙を本日中に仕上げ、ヴィクターにドラゴンを解体させ、明日から一着目の作成に取り掛かる。

 アトラス所属の防具鍛冶や、手伝いを連れ込めば間に合うはずだ。それに奴らは良い物を作るのに飢えている。


「カリム。やはり一着ならば可能だ。さっさと下準備を終え、古代種のドラゴンで防具を作ると言っておけば、手伝わしてくれと喜び勇んで来る者たちがこのアトラスには多いからな」


 ああ、なるほどとカリムは頷いた。

 ルナリアの言うとおりだ。この街ならば、ドラゴンそのものは珍しくない。上位のドラゴンでさえ迷宮の奥に行けば、鎮座しているような街だ。だが、流石に古代種のドラゴンは多くはない。迷宮都市以外ならば、上位のドラゴンさえ、滅多なことがない限り姿を見せないだろう。そのため古代種のドラゴンに出会うには、古の竜が住むといわれるスケイル山脈に挑むか、迷宮都市外の古いダンジョンに赴き探すしかない。

 この街にせよ、街外にせよ、高難易度のダンジョンに挑み、非常に運がない限りお目にかかる事さえ適わないのが古代種のドラゴンだ。それも、出会えたとしても倒せることは早々ない。カリムは既に二匹もの古代種のドラゴンを打ち倒しているが、それは相手のドラゴンが死力を奮い、その命尽きるまで戦いを挑んできたからだ。

 古代種ほどのドラゴンとなれば、その圧倒的力を持っても、勝てないと判断を下せば逃亡する。ドラゴンは気高い誇りを持つが、座して死を選ぶことはない。そして、それを阻むのは撃ち滅ぼすこと以上に難易度が高い。

 兎にも角にも、古代種のドラゴンの素材は絶対に手に入らないということはないが、やはり貴重なのだ。


「確かに、人員は確保出来そうだ。となると、本当に一着なら出来そうだね」

「そういうわけだ、カリム。ならば、どちらを先に作るかという問題がある。"妖精の泉"に向かえば、長期間戻ってこない可能性もあるからな」


 カリムはその言葉に迷う素振りを見せる事なく答える。


「修貴のやつを先にお願いするよ。僕の恋人の防具は壊れてるからね。それにプレゼントをもったいぶるのは僕の趣味じゃない」

「……いいのか、カリム」


 カリムの発言に修貴は問いかけた。


「いいとも。いいに決まってるじゃないか、修貴。優先すべきはそこだからね。好きな人に喜んでもらえるのは嬉しいことなんだ」

「──ありがとう」


 カリムの台詞を聞きながら、ルナリアはやれやれと首を振る。カリムはどうやら尽くしたくて仕方がないタイプのようだ。それは度を過ぎれば相手を駄目にしかねない行為だが、ルナリアは特に心配しなかった。この若い二人の関係を眺めていれば、問題がないだろう。

 藤堂修貴という少年は人付き合いは下手であるが、自堕落を許す性格ではないことは話しながら気がついた。そして、カリム・フリードという少女は確かに尽くすが、仮に恋人がそれに溺れる事があれば力尽くで、引き上げる人間だ。

 しかし、それにしてもだ。ルナリアは机で熱心にデータを確認しているヴィクターの元に歩きながら思った。

 カリムの発言は素直で直球なものが多い。それに関らず、今の今までカリムの気持ちに気がつけなかった修貴はどれだけ鈍感なのか。人の感情の機微に疎いということはないにも関らず、よく気が付かなかったものだ。

 とはいえ、好意に疎い人間はいる。だが、ここまで疎い人間は少ないだろう。

 しかし、お似合いなのかもしれない。

 好意に気づかない男と、好意を明確に表す女。ルナリアの長い生涯の中に、そんな関係の二人がいても問題はない。

 くく、とルナリアは笑を溢す。若さというのはルナリアほどの歳となると、やはり微笑ましいものだ。ダークエルフの長い生の中でこうして今を強く歩いている者たちと直に触れ合うというのは生きがいといってもいい。

 だからこそ、魔女ルナリアはこの街にいる。混沌渦巻く迷宮都市。欲望と情熱と夢が交差し続けるこの街は魔女にとって何より好ましい。










ダンジョン、探索しよう!
その19









「ああ、もう暗いな」

「そうだね。ずっと、ルナリアとどんな形にするか話してから、仕方がないさ。修貴は用事でもあったのかい?」

「いや、ないよ。それにしても、すごかったなぁ。俺の意見がどんどん最適化されていくんだもんなぁ」

「当然さ。彼女は長き時を生きる魔女だよ。戦闘力だけじゃないんだ」


 カリムは肩を落とし、笑いを誘うように、対して僕たちは戦うことしかできないけどね、と付け足した。

 修貴はカリムの言葉に頷くと空を見上げた。現在はアトラス院からの帰り道、カリムの住む部屋までの道中だ。ルナリアが型紙を作り上げたのを見納めた二人は、まだ、忙しくドラゴンに触れているヴィクターに挨拶をし、帰途についた。その頃になると既にオルトはいなかった。

 アトラス院最寄の路面列車の駅から列車に乗り、カリムが部屋を借りている居住区の駅で二人は降り立ったのだ。

 カリムの住む居住区は迷宮都市に住むシーカーの一等地と言っていい。どのダンジョンにも続く交通手段が存在し、多くの冒険者、シーカー必需品の店が揃っている。そして、花街も近い。男性シーカーたちにとってそれは必要不可欠といっていい。尤も、それはカリムには関係のない話だ。

 居を持たないシーカーや冒険者のための宿屋も、大量にこの区画に存在している。そのため、治安はお世辞にも良いとは言えないが、この土地に住居を得られるのは実力のあるものばかりなため、この居住区に住むシーカーが喧嘩に巻き込まれ怪我をしたという話はほとんどない。あるのはやり返して相手を伸してしまったという結果ばかりだ。

 カリムは学園をさっさと卒業し、この地区に拠点を得た当初、少女であるということが手伝い寄ってくる者たちは多くいたが、今は寄り付く男はこの辺りにやって来た新参者くらいだ。実力で排除したためそうなった。


「修貴、どこかで食事を取っていこう」

「うん。腹が減ったよ」

「さて、この周辺は飲み屋ばかりだからね、何処に行こうか」


 宿屋と飲み屋を兼ねた店舗が多く存在するこの通りを、修貴はぐるりと見渡す。

 多くのシーカーたちが今日の成果に一喜一憂しつつ、食事のために、自らの好む店に足を運んでいる。気の早い連中は既に酔いが回り、喧嘩を始めようとしている。それを周りが煽るように歓声を上げ見守っていた。


「この辺りは相変わらず、何と言っていいやら」

「そうだね、一番冒険者やシーカーが集まってるところだから。学生シーカーが多く集まるところとはちょっと雰囲気が違うね。ま、何事も慣れだよ」


 修貴はこの広い通りに居を構える店を一つずつ、確認していく。種類は様々だ。雑貨店があるかと思えば、魔法道具の専門店がその横に存在し、その二階以上は宿屋になっている。瓦屋根に気がつき、確認すると皇国式の宿も存在していた。その門構えは高級店のそれではなく、宿場町にあるものだ。修貴の生まれた街でも慣れ親しんだものだ。どうやら、その宿には修貴と同じ皇国人が多く宿を取っているようだった。

 カリムは物色するように、通り中に視線を送っていた。そして、修貴の耳にも様々な声が聞こえてくる。

 その多くは、やはりと言うべきか遂に百階到達と噂の"妖精の泉"についてのものが多い。噂の周りは本当に早いようだった。ヘルメス院はまだ、正式発表をしていないが、その攻略をした人物について、皆が会話を交わしている。

 どうやら先ほどの喧嘩はその人物について議論を交わしていたのが原因らしいということさえ、耳に入ってきた。


「うん、ここかな」


 修貴が周囲の会話や、風景を認識していると、カリムが声を掛けた。


「この店にしよう。恋人になって初めて一緒に行く店が飲み屋っていうのは味気ないからね。それに味は間違いなく一級品だ」

「へえ、そうなのか」

「うん。もとはオルトに紹介された店なんだけど、南方のバローニオ料理の専門店なんだ。あそこは料理が美味しいからね」


 バローニオと言われ、修貴は知識を引っ張り出す。料理が旨いという話には幾つか逸話があった。バローニオのどこかの国が、行軍時の携帯料理に神経質なほど気を配り、戦費が嵩みすぎ負けたという話はバローニオの料理にかける情熱を表すのに良く使われる話だ。

 バローニオの料理として修貴が真っ先に思いつくのはピッツァだ。軽食として、気軽に食べることができる。修貴のアパートの近所にあるパン屋のピッツァは本場のバローニオのものにアレンジが加えてあるのだろうが、修貴の口には良く馴染んだ。

 他には、パスタ。麺類であるため、麺さえ用意しておけば修貴でも料理ができる。もっとも、出来るといっても、味は良くも悪くもない。美味しいトマトソースが中々作ることができないのだ。


「この店は何が美味しいんだ?」

「僕が気に入っているのは、リゾットやスープだね。あと、この店、良い葡萄酒もあったはずだ」

「ピッツァあるかな?」

「うーん。あったと思うよ。ま、入ればわかるさ」


 バローニオ料理としてのピッツァを食べたことがない修貴は、実に興味深いことだ。近くのパン屋のピッツァはアレンジであるため、本場のものとは言えない。また、修貴の生まれた皇国の故郷は外国料理の専門店というのが少なかった。

 皇都である桜都にでも行けば別ではあるが生憎、修貴は皇国を出るまで殆ど他の街に行ったことがなかった。

 そのため、この街に来たときは本当に驚いた。吃驚するほど多様多種の文化が入り混じり、様々な国のものがやり取りされるこの街は驚くべきところだ。


「さ、行くよ。修貴」

「そうだな」


 修貴はカリムの後ろを歩きながら、料理に期待を馳せ、カリムはそんな楽しそうな修貴の表情に口元を綻ばせた。




*   *




「美味しかった」

「ああ、美味しかった。ピッツァってあんな感じなんだな。あと、葡萄酒、初めて飲んだよ」

「感想は?」

「口当たりが良かった。純米酒や焼酎とは違うな」

「僕は、純米酒は飲んだことがないんだ」

「だったら、今度は皇国料理の店に行こうか」


 修貴の言葉に部屋への道を歩きながらカリムはうん、と頷いた。

 軽くまわった酔いが心地良い。周りの喧騒が苦にならず、カリムは家への帰り道を歩きながら修貴と手を繋いだ。

 予想外な一日だった。まさか、決定的な告白をする日になるとは、ランドグリーズの死体の回収にヴァナヘイムに出向いたときは思いもよらなかった。修貴に良い武具を用意できるな、その程度の感覚だった。

 蓋を開けてみれば、二人の関係は変化した。変化させる機会は今までもあったが、カリムは修貴の鈍感さを悟って以来、約束を果たしたら告白をしようと決めていた。

 その意味で、オルトに対しては僅かな怒りがあるが、同時に決定的な機会を与えてくれたことには感謝をしている。

 カリムが決めていた告白と今回の告白。どちらが良いかはわからない。しかし、過ぎてしまったことを悔いる気はない。大事なのはこうして二人で歩いていられることだ。大好きな相手と二人で歩く。酷く幸福なことだ。

 きっと、とカリムは修貴に聞き取られないように口だけを動かした。

 ──今の僕なら、ドラゴンどころか魔王だって倒せる。

 難しい技や、伝説の聖剣なんて関係ない。好きな人と一緒にいられる。それは最高で最大の武器だ。

 そうして、喧騒の中を歩いていけば、やがてその喧騒も途絶え、上位シーカー向けに作られた集合住宅区の一軒家の前に辿り着いていた。学園時代に使わなかったために溜まっていた金でカリムが買ったその家は買っておいて何だが、一人で住むにはどうにも寂しいと、感じている。


「修貴」


 カリムは好きな人の名前を囁いた。


「どうした?」

「大好きだよ」


 修貴の顔がアルコール以外の要因で赤く染まるのがカリムの瞳に写る。

 カリムはくつくつと笑みを溢すと、更に続ける。


「この後、どうする?」

「どう、って?」

「わかるだろ? 僕の家の中まで来るかってことさ」


 修貴の頬がより朱に染まる。


「え、ええ!?」

「驚かない。もう、僕の家の前だよ。どうするの?」

「どうするって、あ、明日も朝から講義があるから。その、何だ」


 カリムにとって予想通りの回答だ。


「へたれ」


 カリムは笑いながら言った。


「甲斐性なし」

「う、うう」

「ま、そういう返答だろうとは予想がついていたけどね」

「ごめん……」

「そういうところで謝るからへたれなんだよ、修貴。ランドグリーズと戦っていたときの君はあんなに凛々しかったのに」


 カリムは笑う。これが、大好きな修貴だ。

 だから、かっこいい彼を見るために約束を交わそう。カリムは初めて約束を交わした日を思い出した。


「ね、修貴」

「な、なんでしょうか」

「そんな改まらない。約束を交わそうってだけさ」

「約束?」

「そう、約束」


 修貴はカリムの瞳を覗き込む。


「簡単な約束さ。これからずっと、よろしくお願いしますっていう約束」

「ああ──そうだな。わかった。約束だ」


 カリムの言葉に修貴は頷く。カリムはそんな修貴に笑いかける。


「じゃ、次こそは楽しみにしてるからね」


 え──と修貴が喉を揺らす前に、唇をカリムが奪った。

 時間にして刹那だが、カリムにとってそれは最高に長く感じた。

 唇を離すとカリムは、まだ呆然としている修貴に、お休みと言葉をかけ、自らの家に帰った。すぐにとは言わないが、この家を買ってよかったと思える日がきっと来る。脳裏から離れない唇の感触を思い、カリムは笑った。

 今日は良い日になった。だからきっと、明日はもっと良い日になる。そんな気分だった。







* * *
間が空いてしまいました。申し訳ありません。
やっと一日が終わったっぽい件について。ついでにバローニオってどう考えても……。
あと、誤字脱字だらけだぜ! フゥーハハハ。いや、本当にごめんなさい。
あと、いいかげん。方向修正しなくてはいけない。


*****
初投稿 2009/04/24
修正  2009/06/21



[4424] その20
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/08/24 00:13
「ヴィクターの坊やは、どうも奇抜に走ろうとすンなぁ?」

「いえいえ、ゲンさん。ぼかぁ、特に奇抜にしたつもりはないんですがねぇ?」

「緋緋色金を伝導物質に使うなンぞ思うのは、そうは居らンぜぇ」

「ぼくだってですねぇ、ヒヒイロカネで一振り刀を打ってみたいとは思いますよ。ですがねぇ、量が手に入らない」

「カカカ、それは当然もンだ。あれは将門公の許可なく手にすることは出来ん。皇国の皇王その人でさえ、頭を下げんと将門公は緋緋色金を与えんのだからな」

「魔人マサカドねぇ。東方結界が崩壊する前から生きてる人ですか」


 ヴィクターの言葉にアトラス院に所属する初老の鍛冶師、黒部厳は顔に刻まれた深い皺をよせ、手にした図面の一部を叩いた。


「しかし、どうやって加工するつもりだ? 緋緋色金の通常加工は厳しいぞ?」

「だから、こうしてゲンさんを呼んだのですよ。作るなら、最高のものが作りたいですからねぇ」

「カリムの嬢ちゃんの片手半剣の改造と、こっちの太刀は何だ? ルナリア殿が言っておった古代竜なのだろうが、なぜ太刀?」


 そう言って、更に一言、うちの馬鹿どもが古代竜の素材触れたさに、ごっそり鍛冶場から連れてかれたぞ、と厳は続けヴィクターを見る。

 それは魔女殿に言ってください、とヴィクターは返し、前置きとして、剣の方が相性が良いのは知っていますと続けた。


「いえ、ねぇ。そのドラゴンを狩って来た子の武器が刀なんでよ。ああ、ゲンさんと同じ皇国の子ですよ」


 それに、面白そうでしょうとヴィクターはそのひょろりとし体を揺らしながら笑った。

 ふうん、と厳はその厳つい表情を崩す事なく、図面を見入る。

 竜の魔力を利用した太刀。その魔力の伝導体として、少ない緋緋色金を用いている。刀身は爪を利用し、一部牙を混ぜるようだ。長さは通常の太刀より幾分か大掛かりなものとなっているが、狭いダンジョンで使うにしても困る程のものではない。

 ギミックとしては、素材が持つ元々の魔力が常に刀身を強化し、切れ味、強度を増すようになっている。また、使用者が魔力を流すと刀身が持つ竜の魔力が反応し、刀身の温度が上昇に、炎まで噴出すようだ。


「こりゃ、完全な魔具だな。太刀より魔具だ。嬢ちゃんの片手半剣は杖としての役割を考えた結果なんだろうが、この太刀の作りは太刀とは言えねぇなぁ、坊や」

「いや、まぁ、そのですねぇ、折角のドラゴンでしたのでつい、ついですねぇ」

「悪いとは言ってねぇよ。しかし、並みの使い手が持ったら太刀の強さを己が強さと勘違いしかねンぞ? ああ、いや。古代竜と殺り合うような輩か。なら、問題はねぇか」


 厳の発言にヴィクターは肩を竦めると、どのような経緯でそのドラゴンが持ち込まれたか話し出した。

 要点と、カリムと共に古代竜と戦った藤堂修貴についてヴィクターが話し終えると、厳は図面を置いた。


「何だ、するとまだ、未熟ってか。それでも、その隠行と気配察知は相当なもンなんだな?」


 面白そうな奴だなと厳は笑った。

 二つの技能が如何に優れているとはいえ、それだけで古代竜という神代の産物の前に立った。それは酔狂で無謀極まりない。カリムという稀代の戦士が共にいるからといって、安々と出来ることではない。

 面白い奴だと評するには十分すぎる伝聞だ。会ってみるのも一興かもしれない。


「皇国出身で、太刀を使うとなりゃ、流派はどこだ? 知ってるか?」

「知りませんよ。親しいのはぼくではなく、カリムですからねぇ。だいたい、皇国出身者以外が知っているような流派はえーと、ミカゲイッシンでしたっけ?」

「そりゃ、御影一刀流だろう。ま、あそこは何時だったか、魔王をぶっ殺した流派だからな」


 けっ、と厳は不貞腐れたように口を窄めた。厳は鍛冶師ではあるが、剣士でもある。良い刀を打つには刀を使えなければ意味がないという師の下で学んだ流派は心身夢想流。他国に知れ渡る皇国三大流派の一つ、心身陰神流の流れを汲む流派だ。

 三大流派ではないということが手伝い、こうして皇国の流派の話となっても、自らが納める剣術流派の話は上がることがない。わかっている事だが、己が納める流派に自負を持つがために、いつも悔しい思いをする。誰か、うちの流派で派手に活躍する奴はいないなのか、と愚痴りたくなる。自らが活躍するという選択肢はない。歳もあるが、それ以上に鍛冶師であるからだ。


「しかし、今の話を聞く限り、三大流派じゃなそうだな。ンまぁ、色々かじった独学の線もあらぁな」

「だから、ぼくに同意を求めないでください。ぼかぁ、皇国の剣術については詳しくありません。聞くなら、オルトでも捕まえてください。彼なら、手合わせをしていたようですから」


 やれやれ、とヴィクターは肩を竦め、で、と聞き返した。


「それで、手伝って貰えますか?」


 厳はニヤリと笑みを浮かべ、おう、と返答した。










ダンジョン、探索しよう!
その20









 "妖精の泉"百階到達の噂が迷宮都市中を早馬のように駆け巡った三日後である、精霊の月二日ノームの曜日の昼過ぎ。

 本日の授業を終えた修貴は学園の演習場で刀を振っていた。

 学園中は"妖精の泉"攻略の報で持ちきりだ。そのため演習場は空いていた。この分だと学園付属ダンジョンも人は多くないだろうと判断出来る。タイミングによっては人が多すぎることもあるがその心配は必要ないだろう。

 まずは、ダンジョンに挑む前に体を温めることに集中する。

 修貴の剣術の基礎は、兄が納めていた天道一心流を兄から手ほどきを受けたものだ。それを土台に、迷宮都市でのダンジョン生活で身に付けたものを上乗せしている。そのため、元の剣術とは別物になっていた。

 学園内には皇国出身者で、皇国三大流派である天道一心流を納めているものもいるが、彼らが修貴の剣筋を見て流派がどこか気づいたことはない。

 一振り、二振り、と刀を振り下ろし続け、素振りによって体が温まってきたところで、修貴は素振りを切り上げる。

 今回のダンジョン探索の目的は、魔女ルナリアが見事に丸二日で作り上げた防具を装備しての探索だ。試着は既にしている。装備したままカリムと訓練を一度した。あとは、普段通りのダンジョン探索が出来るかどうかだ。

 演習場から更衣室に移動し、ダンジョン探索のための準備をする。朝のうちに、必要な道具は用意しておいたため、今から購買に行き補充する必要はない。

 制服を脱ぎ、ジャケットを着る。一度、二度と腕を動かし感触を確かめる。これだけ高価な武具を装着するのは少し緊張する。刀を腰につけ、道具袋を装備し、中身を確認する。携帯食糧に水、ヒールドロップに、属性攻撃アイテムも最低限揃っている。半日で帰ってくるつもりのため、量は多くない。

 携帯端末を手にし、マッピング画面を呼び出す。ダンジョン選択画面でアークアライン学園第二迷宮"君と僕との出会い"を選択し、十二階途中まで埋められたマップを確認する。気をつけるべきモンスターを思い出すと、携帯端末を袋に入れ、更衣室を出た。

 更衣室から"君と僕との出会い"に向かって歩いていると、声がかかる。


「うん? シュウキか? おおう。その格好はまた、随分と赤いな」

「は、なんて格好だ。修貴、お前の趣味はそんな色だったのか? そうすると僕の認識が間違っていたんだな」


 厳ついヴィクトールと不機嫌なクライドの二人だ。


「ヴィックと、……クライドか。まあ、その自覚はあるんだけど。やっぱり、赤いよな」

「ああ、赤いぞ。新しい防具を手に入れたと言っていたが。赤いな」

「確かに赤い。貴様がそれだけ自己主張を出来るようになっていたとは、本当に僕は認識を改めるべきか。いや、それとも貴様の成長を喜ぶべきか?」


 赤い赤い、と言われ修貴は肩を落とす。赤いのは仕方がない。ランドグリーズはレッドドラゴンだ。当然のように赤い。それに文句をつける訳には行かない。何せ、古代竜なのだ。そんな赤いという理由で使うのを止められるような品ではない。それに、加工が施してあるため目立つ赤色ではない。それがせめてもの救いだ。

 クライドは、修貴に近づくとレザージャケットの素材を確認するように肩に触れる。ヴィクトールも面白そうに修貴を見て回る。


「ふぅん。いい素材を使っているな、何の皮だ?」

「ドラゴンだよ、クライド」

「ドラゴン、か。リザードもどきではなく、真性のドラゴンだな。手に入ったから防具にしたのか。ならば、色をごちゃごちゃ言うのはナンセンスか。とはいえ、赤いがな」

「うむ。赤い」

「……二人は、これから妖精の泉に行くのか?」


 ヴィクトールは修貴の言葉に頷く。不機嫌そうに神経質な表情を浮かべるクライドが、お前はどうすると言葉を返した。


「俺はこれから、"君と僕との出会い"に潜るけど」

「あの頭が痛くなる名前のところか。修貴、貴様は第二迷宮の単位取得がまだ終わっていなかったんだな。一人で攻略するきか?」

「そうだけど」


 クライドがヴィクトールと視線を合わせる。


「趣味はとやかく言わんが、シュウキ。第二迷宮の単位取得条件をクリアするときは気をつけろ。最下層の属性ジャイアント三種の撃破だ。パーティならば対策は簡単だが、一人では厳しいぞ」

「わかって一人だから、問題ないさ」


 そうか、とヴィクトールは頷くとじゃあな、とクライドと共に正門に向かっていった。

 その後姿を見送ると、修貴は第二迷宮のエントランステレポーターのもとに辿り着き、携帯端末を接続し、地下十二階に転送された。




*   *




 学園第二迷宮"君と僕との出会い"に前回挑んでから十日以上経っている。その時間はけして長いものではなかったが、ヴァナヘイムという上級ダンジョンに挑んだため、随分前のことに思えた。

 ヴァナヘイムに比べれば、気配察知は厳しくはない。だが、だからといって油断は出来ない。ヴァナヘイムのときと違い、今は一人だ。二人という人数も非常に少ないが、それ以上に少ない一人での探索だ。常に気を配っていなければ、不意を打たれてしまう。

 気配を常に探る。感覚を鋭敏にし、耳や音だけではなく、気配という不確かなものに気を配る。

 後方向、通って来た道をグリーントロルの巨体が歩いているのを感知し、前方にホワイトバットの小さな気配をいくつか見つける。

 修貴は進む速度を上げる。ホワイトバットは相手を音波によって探るのを得意としている。もうこちらを発見している可能性もある。そして、仲間を呼ばれれば厄介だ。一匹一匹はこの階層では最弱と言ってよいが、パーティを組まない修貴にとって数で来られれば辛い相手だ。数に有効な範囲攻撃を道具に頼るため、ホワイトバット程度に道具を消耗したくはない。

 気づかれていることを前提に修貴は走る。最低限音を出さない歩法で滑るように進み、三匹のホワイトバットを一足一刀の間合いまで、数歩のところで柄に手を掛け、間合いに捕らえた瞬間、抜刀。一匹目を両断する。

 きぃ、とホワイトバットが甲高い声を放つ。音波による範囲攻撃だ。もっぱら相手の探知に使うそれを応用した攻撃は、けして高威力ではないが、以前の耐魔のみを優先した制服では多少のダメージを感じていた。しかし、今回は痛みさえない。このレザージャケットにとってはこの程度の攻撃は攻撃ではないのだろう。多少の痛みを覚悟して、斬りかかった修貴にとって、それはありがたかった。

 返す刀で更に一匹を切り捨て、最後の一匹へ肉薄。音波攻撃が効かないと気が付いたホワイトバットは逃走しようとするが、修貴はそれを許さず、刀で串刺しにした。

 刀の地を払うと鞘に収める。短刀を抜き、ホワイトバットの牙の切り取り作業に移る。最低、ヒールドロップを消費することを考えていたがその必要がある消耗ではない。


「ふぅむ。魔力の上乗せによる、聴覚ダメージも一切なかった、か」


 剥ぎ取りながら周囲の気配を探り、安全を確認し呟いた。

 そういったダメージを避けるために耐魔を強化した制服を今まで装備していたが、このレザージャケットはその耐魔練成された制服以上の耐魔性能、防御性能を持っている。古代竜の皮を使用しているのだから当然といえば当然だ。加えて、体の切れも良かった。

 流石は膨大な量のドラゴンの魔力を含んだ防具ということだろう。

 カタログスペックとしては、このレベルのダンジョンでは勝負にならない性能だろう。一人での探索を好む修貴としては嬉しい限りだ。これで生存率がより上がる。カリムには頭が上がらない。

 いくら自分たちで素材を集めてきたからと言って、これ程の防具をプレゼントという形で手に入れてしまったのは、幸運以上に恐縮だ。それをカリムに言えば、怒るだろう。ならば、修貴としては彼女のために出来ることを考えなければならない。

 修貴は十二階攻略のために再度足を進める。

 周囲を丹念に探知し、危険を排除する。気配を殺し、甲殻蜥蜴の群れをやり過ごし、息を潜め、グリーントロルが一匹で徘徊していたのならば、後ろからその首を掻っ切った。如何に攻撃力が高いトロルといえど、気づかれる前にその首を断てば敵ではない。それが群れでなければ尚のこと。

 精神が削られる。隠行と気配察知は神経を次々殺いでいく。

 だが、それが心地よかった。これこそが、一人での探索の醍醐味かもしれない。カリムに背中を預ける安心感とは違うそれは、修貴が好むものだ。そんな自分が危ない奴に見えて仕方ないのはご愛嬌だ。

 それなりに進んだところで携帯端末を取り出し、マッピングを確認する。以前埋めた半分から更に全体の四分の一が埋まった。時間はまだ、たっぷりとある。新しい防具のおかげで消耗も少ない。また、前回ヴァナヘイムに挑んだのも原因だろうが、出会うモンスターが弱く感じてしまう。

 だからと言って急ぐのは寿命を縮める行為だ。しかし、このまま行けば十二階はあっさりと踏破出来そうだ。

 残りのアイテム残量には余裕はあるが、今回はこのまま十二階をクリアし、十三階に下りたら帰ろうと、決める。今回はあくまで防具の初陣だ。無理な攻略が目的ではない。

 修貴はカリムとのヴァナヘイム探索で間違いなく、強くなった。防具も強化され、地力も上がった。気配を殺す術はより洗練され、気配察知はより鋭くなった。刀を振るう技術はより速度が増している。

 それらを実感しながら、修貴はどうやってカリムにこの恩を返すかを考える。

 カリムは──相棒であると同時に、恋人になった。なら、デートにでも誘うべきなのか。

 しかし、修貴はそういった類に関しては無知なのだ。

 そして、どうすればカリムを喜ばすことを頭の片隅で考えながら、修貴は地下十三階に辿り着く。この探索はそれだけ余裕を持って進むことができたのだ。修貴自身も驚く、成長だった。







* * *
すいません。シド星で文明を育んでいたら、小説を書く時間がなくなっていました。
忙しいのに何してるんだろう、俺。


*****
初投稿 2009/06/21
修正  2009/08/24



[4424] その21
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/08/24 00:48
 修貴が、地下十三階のテレポーターより帰還した頃合は既に日が落ちた時間だった。

 この新しい防具の性能は今までとは世界が違った。物理防御力は比べるまでもなく、魔法防御力も圧倒的だった。初級魔法で攻撃された程度では、意識せずとも防いでしまうだろう。流石はドラゴン。流石は古代種といったところだ。

 だが、不満も残った。色合いだ。ダークレッドのこのレザージャケットはダンジョンでは目立つ。敵と相対したときは苦にならないが、遠距離において視覚が発達したモンスターでは発見される可能性が高い。如何に気配を消そうとも、視覚的に発見されてはご破算だ。

 対抗策としては、現在取っている講義の一つであるステレス、ハイド系統の魔法がある。だが、もっと簡単なのは色を変えることだ。

 このことについては一回、この防具の製作者に相談すべきだ。今、その本人がダンジョンに行っている以上何時になるかはわからない。


「ま、"君と僕との出会い"に潜っている限りは困らないか」


 修貴は更衣室に歩きながら呟く。

 このレベルのダンジョンならば問題にはならない。最下層のジャイアントに挑むときに、もしかしたら問題が発生するかもしれないが、ジャイアントは感覚が鋭い存在ではない。あわてる事ではない。

 更衣室でレザージャケットを脱ぎ、制服に着替える。消耗した道具を確認し、レザージャケットを鞄に入れる。

 刀の手入れを行うかと思案したところで、腹が空いてきたことに気が付いた。時間は丁度夕食時だ。学食以外のどこかで晩飯を食べることを決める。刀の手入れはその後でも遅くはない。今は最低限の手入れだけでいいだろう。

 簡易な繕いのみを行うと、刀を鞘に収める。そして、鞄を背負い修貴は更衣室から出た。

 学園内に生徒は余り残っていないようだ。演習場では訓練している者もいるがもはや少ない。

 校門から学園を出ると、修貴は銭湯に出かけることを思いついた。そうすると必然的に銭湯の近くの店がいいだろう。部屋に戻るのが遅くなるなと、と小さく苦笑する。

 すぐに思いつく食堂はヴァンパイアの開いた食堂──月光だ。何とも闇夜神の眷属らしい店名である食堂は値段も質も上質だ。

 目的地が定まれば、あとは交通手段をどうするかだ。路面列車に揺られて行くのもありだが、距離を考えれば徒歩で行けないこともない。しかし、歩いていくかは悩むべき距離でもある。まして、先ほどまでダンジョンに潜っていたのだ。疲れはある。

 どうするかと考えながら歩いていくと丁度、列車が駅に近づいてくるのが見えた。

 いいタイミングだ。ならば、乗っていくと決断し、小銭を用意すると路面の駅に入る。修貴のほかには誰もいない。周りを見渡しても、路面列車に乗る人物はいないようだった。

 走行してくる列車は外部から見ても混雑しているようには見えない。この様子ならば座れるだろう。

 ごとごとと、揺られてやってきた列車は駅で停車し、その入り口を開ける。テンポよく列車に乗り込み、小銭を払うと車内を見回す。乗っているのは十人に満たない。ゆったりとした空間が広がっている。込んでいるときは立っている事さえきついが、空いていればこの程度だ。

 修貴はジャケットの入った鞄と刀が人に当たらないように気をつけながら、席を探し座った。

 列車はドアを閉め、速度上げつつ前進していく。

 驀進しだした列車に揺られていると、すぐに目的の駅に辿り着いた。窓の外には巨大な銭湯、蝶々の湯が見える。様々な地方の文化の坩堝と呼べる土地に皇国の文化が溶け込んでいるのを実感させられる瞬間だ。それにしても、列車は便利だ。歩けば距離があるはずだが、こうして低料金の乗り物があればすぐに辿り着く。故郷にはこんな便利なものはなかった。

 列車から降りると大通りを抜け、蝶々の湯が見えなくなる路地に入ると、目的地であるこぢんまりとした食堂に修貴は荷物を持って入店した。

 店内には七人の先客がいた。その全てが顔に覚えがある常連客だ。

 一人席のカウンターに腰掛け、声を掛ける。


「すいませーん」

「あいあい。お、修貴君。いつもの?」

「いつもので」


 にこやかな店主は、血のイメージが付きまとうヴァンパイでありながら、赤髪を三角巾で纏め、エンプロンをしている。その姿は好青年にしか見えない。そして、人見知りをする修貴でさえ話せるほど人辺りも良い。常連客には楽しげに話しかけている。

 だからこそ、笑顔と共にヴァンパイアと聞かされたときは非常に驚いた。


「はい、お水」

「ありがとうございます」

「そういえば、前来たとき強そうな女の子連れていたよね」

「え、はい」

「彼女、どのくらい強いの?」


 興味深々といったように訊いて来る辺りはヴァンパイアらしいといえばらしいのだろう。


「すごく、強いですよ」

「すごくか」

「すごくです」

「具体的には?」

「ヴァナヘイムとか最前線に挑むくらいには」

「それはすごい。エースだね。で、修貴君との関係は?」

「えーと」


 修貴は少し、口ごもる。堂々と恋人ですというのは少し気恥ずかしい。しかし、恋人は恋人だ。それははっきりとさせておくと良いはずだ。

 口を開け、喉を震わせ答えようとしたところで、声が挿まれる。


「会計を頼む」

「あ、はいはい。エトガーさん、今いきますねー。じゃ、修貴君、料理ちょっとまってね」


 どうやら、答えそびれたようだった。










ダンジョン、探索しよう!
その21









 ヴィクターはカリムの愛剣であるバスタードソードの状態にため息を溢した。魔力伝導のミスリルが完全に焼け切れている。壊れきっていないと思っていたが、どうやら違ったようだ。いったいどのようにしたら、このようなことになるのかと問いかけたい。ミスリルは、オリハルコンやヒヒイロカネといった最高級の素材にこそ及ばないが、高級素材だ。

 古代種のドラゴンさえ一刀両断にするような威力の魔法剣の恐ろしさが窺える。


「あーあーあ。読み間違え召したねぇ。ばらして見たら、こんなことになっているなんて」


 既に魔法使いの杖としての機能も壊れている。魔法剣の効率化の働きも死んでいる。これでは切れ味の良いただの剣だ。

 このバスタードソードの図面に破損場所の印を付けていく。


「どうしましょうかねぇ。ゲンさん、ヒヒイロカネのこういう加工出来ますか?」

「あン? 見せてみろ」


 図面と、実物を比べながら考え込む。


「まぁ、出来るな。それよりよう、この刀身もイカレてンぞ。魔力でひでぇことになってンな」

「ええ!? そうですか? ちょっと魔力計を取ってきます」


 取ってきた魔力計で刀身の状況を調べると、ヴィクターは首を振った。


「これも取り替え、あれも取り替えじゃあ、もう作り直しですねぇ。このクラスのバスタードソードが魔法剣一発で駄目になるとは。いままでは、全力でミョルニルを撃ってなかったということですか」

「カカカ、魔女殿や狼小僧もそうだが嬢ちゃんも大概化物だな」


 厳つい顔を歪ませ、厳は笑った。そして、加えるよう言う。


「まあ、折角、古代竜の素材があるンだからよう、良い物を造ろうじゃねぇか」

「楽しそうですねぇ」

「そりゃ前回、おめぇさんたちが古代竜を手にしてきたときに呼ばれなかったからな」

「あの時は、アトラス院のパーティとして出向きましたからねぇ。マジックアイテムの作成用に一部何とか残すのが限界でしたよ」


 あの時のことは自らに責任はないと、ヴィクターは暗に言った。

 そりゃそうだと、厳も頷く。しかし、加える様に首を振る。


「俺ンとこにゃ、何一つ流れてこねぇンだよなぁ」

「アキームのオラジュワン王国に売却でしたからねぇ。あの国、年中バーバリアンと戦争していますから」

「アキームつったら、タイムリーなことによう。勇者アレクサンドルが、この街に来るって話だぜ」

「噂でしょう。まあ、妖精郷が発見されたことを考えれば、おかしくはないですがねぇ。とはいえ、アキーム地方一帯の魔族に睨みを効かせいてる勇者が動くかは微妙な気がしますがねぇ」


 厳はヴィクターに同意するように頷く。魔族と一括りに語ってしまっているが、人間に敵対的な魔族は現在、少なくもないが多くはいない。ヴァンパイなどは人間の社会に溶け込んでしまっている。敵対的な存在として名を馳せるのが、魔族バーバリアンと、冥神アデスの眷属リッチの中の一体である不死王ウルなどだ。

 不死王ウルは他のリッチの力を借りる事なく、己が配下のスケルトンやアンデットの軍勢を率いて、幾度も魔道王とその配下たる四導師の軍勢と矛を交えていた。現在は、現魔道王ルインの手によってその身を十二に分割され、眠りについている。

 それは置いておきと、厳がバスタードソードを持ち上げる。よく手入れされ、使い込まれた剣だが、完全に機能を喪失したその姿は、鍛治師として感受するものがあった。

 カリム程の力を持つ戦士ならば、今回のように古代竜などの強大な存在と戦をする機会が必然的に増える。合わせて、破壊的な一撃を放つ機がやって来る。それを照らし合わせれば、高級素材のミスリルとはいえ、この剣は繊細な造りだった。魔法使いの杖としての機能を併せ持たせたのが原因だ。


「図面でもそうだが、坊や。お前さんはよう、細工を施しすぎやないか? だから、こうして耐えられりゃしない」

「それが理由で耐久力が落ちていると言われれば、そうなんですがねぇ。この位しなければ、カリムの力量に合う剣は打てないですよ」


 厳はバスタードソードの魔力伝導部を確認し、剣を置くと、図面に一本の線を引く。


「ここは、こうでいい。緋緋色金でしっかり支えりゃ、問題はねぇ。ついでに、この鍔の辺りに竜の魔力炉の加工したもンでもつけときゃ大丈夫だろ」

「そうすると、大掛かりなものになりそうですねぇ。いはやは、なら図面を引きなおしてみましょうか。厳さんはその間に、刀の方をよろしくお願いしますよ」

「任せとけ。ああそうだ。ついでに、一回、刀の依頼主に会っておきてぇな」

「依頼主はカリムです」

「あン? ああ、そうか。そうだったな。刀の持ち主になる小僧っ子に会うにゃ、どうしたらいい?」

「カリムに頼んでください」


 厳はヴィクターの言葉にそうだわな、と返答し、席を立ちつとカリムを探しに行った。




*   *




「ンで、カリムの嬢ちゃん。呼んでくれねぇか?」

「──そうだね。本人に会ってみるって言うのは大事かな」

「そりゃそうとも。どの流れを汲む剣術かも確認しておきてぇからな」

「それに関しては、確か、基礎は天道一心流だ。本人は原型が残ってないって言っていたけど」


 そうか、と厳は相槌を打つ。

 話を聞く限りでは、正面からの戦いを是とする皇国三大流派の流れとは合わないのだろう。どのような太刀筋なのか俄然興味がわく。対人、対魔のどちらよりも、ダンジョンで戦うことを想定した剣というのは皇国にはない剣術だ。

 多くの我流が混じっているに違いない。または、この迷宮都市特有の対ダンジョンの剣技と融合している可能性もある。


「刀はどんな風になるかな、厳さん」

「ヴィクターはちぃと面白おかしく設計してたが、俺としてはよう、もっと刀らしくしてやるつもりだ」

「刀らしく?」

「そうさ。刀は斬るもンだ。まあ、変わった機構も良いが、切れ味をしっかりとしてやらなきゃな。それはそうと、嬢ちゃんの片手半剣はひでぇ有様だな? ありゃ一体どんな規模で魔法剣を使用したンだ?」


 カリムは小さく首を傾げる。バスタードソードをヴィクターに渡した時の言葉では、魔力伝導のミスリル取り替えるだけのはずだ。


「剣が魔力で狂っちまってたぞ」

「そんなに? 全力でミョルニルを撃ったんだけど」


 全力、全力ねぇ、と言詞を舌の上で転がす。そうなると完全に剣が使い手に追いついていなかったということになる。無理やり魔法剣を使ったのかと厳が尋ねれば、カリムは首を振り、しっかりと準備してから使用したと答える。

 強力な魔法を短時間に短縮して使用した結果、杖が使い物にならなくなったという話とは違う。本当に、本人の能力に見合った剣ではなかったのだろう。


「こりゃ、ヴィクターの坊やも大変だ」

「そうかな」

「そうともよ。あの片手半剣はよう、良い剣だ。名剣って言っても良い。それが、魔法剣の使用に耐えうりませんでしたと来たらよう、更に業物を造るしかねぇ」


 カリムは苦笑しながらブロンドの髪を揺らした。

 新しい剣が手元に帰ってくるのは時間も、お金もより掛かりそうな事柄だ。そうなると当分は予備の剣を使用しなくてはならない。これもミスリル製ではあるが、今まで愛用してきたものに幾ばくか比べと劣る。ましてや、その愛剣さえ必殺の魔法剣に耐えることが出来ないとなると、予備では言わずもがなだ。

 手加減すれば問題はないのだろうが、最上級の難度を誇るダンジョンの最下層などに潜るとき、それは頂けない。いざという時の一撃の有無では心構えにも、安全にも影響が出る。剣が完成するまでは、アトラス院から斡旋される高難度の依頼は避けるべきだ。挑んで出来ないことはないだろうが、それでパーティを組む相手に面倒をかけてはいけない。


「弱ったね。そうすると、ヴァナヘイム下層とバックスの上層攻略はお預けかな」

「まあ、嬢ちゃんなら問題はねぇンだろうが、それが無難といえば無難だな」

「仕方がないね。まあ、今は新しい防具も待っているところだし、問題はないか。丁度良いから装備を一新してしまおうかな」

「おお、そうか。なら、アンブレラのババァの処にでも顔を出しておけよ。良い呪い避けが手に入ったって言ってたぜ」


 厳はこの迷宮都市に存在する高級呪具店の名を出す。

 カリムはルナリアと知り合ってから足を運ばなくなった店の名を聞くと、頷いた。魔女ルナリアが余りにも器用だったため、呪術具などを殆ど彼女の作ったものを使用していたが、彼女以外の職人が作ったものに触れるのも悪くはない。

 アンブレラならば、掘り出し物が見つかるかもしれない。


「じゃあ、修貴に今度アトラスに来るように伝えておくよ、厳さん」

「おう、任せたぜ。ああ、ちゃんと装備は持ってくるよう言っておけよ」

「わかった」


 カリムは厳に挨拶をするとその場から離れた。

 揺れるブロンドの髪を見送ると厳は、楽しくなってきたと厳つい顔に似合わぬ笑みを浮かべた。







* * *
遅くてごめんなさい。
シド星の重力から解き放たれません。
あと、ポケモンが欲しい。メガテン新作が欲しい。
しかし、時期が悪いという罠。


*****
初投稿 2009/08/24



[4424] その22
Name: 山川走流◆f1f61d82 ID:957db490
Date: 2009/12/06 21:53
 魔法・呪術道具専門店アンブレラ。専門店と冠するだけのことはあり、その品ぞろいは豊富だ。東は皇国から、西はブリトリア王国までのマッジクアイテムが揃っている。その中でも多いのが魔道の都で開発されたものだ。

 魔道工学技術と魔法理論の先端を行く魔道帝国此処に在りとは、このことなのだろう。

 カリムは各種類ごとに揃え、並べられた魔法道具を見て回る。値段と共に添えられた簡易な説明を流し読みをしていくと、皇国の特色が強く出ているものがおかれている棚で目が止まった。

 儀式召喚系と解説されたそれは、在庫数一と表記されていた。

 見覚えのある呪術具だ。つい先日派手に使用されたところを目撃していた。薄い紙のようなものに幾何学模様を幾重にも刻まれたそれは、"火龍の陣"と名が記されている。説明文の上に書かれた値段を視界にいれると、使い捨ての道具にしては驚くほど高額だ。流石に最高級の素材を用い作られた武防具やアミュレットに比べれば値段は落ちるが、並のシーカーや冒険者の手が出る値段ではない。

 修貴が持っていた水龍の陣。カリムは修貴から兄が送ってくれたものだと聞いたことを思い出した。とっておきの手として修貴がお守りのように所持していたのは、この値段に見合った効果だからなのだろう。

 目の前にあるのは水龍ではなく火龍であるが、威力はカリムが目にしたそれと変わらないはずだ。古代竜を押し流す暴力を魔法準備の時間もかけずに行使出来るというのは魅力的だ。

 なるほど。弟のことが大事なのだなと、想像し和む。その気持は兄と弟がいる身としてはわからなくもなかった。ただし、カリムの兄弟は血筋のためか心配するほど弱くはない。兄弟が息災なのは定期的な手紙のやりとりでわかっている。

 そんなことを考えながら商品を見ていた彼女に皺がれた声がかかる。


「おや、久しぶりじゃないか。フリードの娘っ子」

「お久しぶりです」

「それに興味あるのかい?」

「はい」

「皇国の六条機関の知り合いから仕入れたんだものでね、天竜のブレスを再現する物だよ」


 強力無比なドラゴンのブレス。それを具現化、召喚する魔法道具らしい。そう言われてみれば、古代竜相手にあれだけの効力を持つことも分からないことではない。皇国において竜といえば、東方結界内で独自の生態系を営んでいた天竜であり、その力は古代竜に劣らない。

 カリムは天竜と実際にまみえたことはないが、その実力は歴史が証明している。


「なるほど。使い捨てでこの値段も、納得か」

「いんや、安いねこの値段なら。なにせ、天竜の鱗を使ってるらしいからねぇ」


 それは使い切りのマジックアイテムに使う素材ではない。

 カリムは驚きながら、火龍の陣を丁寧に観察する。薄いか紙のようなものに魔法陣が描かれていると思っていたが、これは鱗らしい。鱗を薄くしたものに陣が彫られているのだ。


「ふふふ、皇国ならではのものよなぁ。彼処はドラゴンと仲良くしてるからね。天竜たちも頼めば鱗を売ってくれるって話だよ」


 店主の老婆は好々とした笑を浮かべながら、言葉を続ける。あの国は結界崩壊から二千年経ったっていうのに未だ神代の香を残している。長く生きる魔人に、現人神。加えて天竜にいくつもの眷属たち。

 行ってみればわかるけどね、彼処は驚くべきことが多いのさ、と締める。

 カリムは頷き言葉を返す。


「機会があれば行きたい場所だね」


 いろいろな意味で、と心中で一言付け足す。

 冒険という意味でも一度は足を向けた居場所だが、それ以外でも理由は尽きない。


「ところで、娘っ子や買うのかい、それ?」

「ふむ」


 さて、どうしようか。

 カリムは修貴の姿を思い浮かべ言葉を口にした。


「取っておいて、もらえるかな。多分、欲しがる人がいるんだ」

「へぇ、そうだね。かまわないよ。ただしあまり長くは待てないからね」

「ありがとう」


 カリムは笑った。ちょうど、修貴と買い物をする理由が出来た。










ダンジョン、探索しよう!
その22









 カリムに呼ばれアトラス院に来た修貴は縮こまっていた。人見知りする性格も影響し、厳つい鍛冶師が何よりも恐ろしく感じてしまう。


「おめぇさんが、古代竜と戦ったねェ? ンの割にゃ、謙虚だな」

「あれは、その、ほとんどカリムが戦っていたようなものです、から」

「おめぇ位の年で、古代竜と殺り合って生き残ったなら、もうちと高慢なもンなんだがねぇ」


 壮年を過ぎてなお、活力を感じさせる肉体を持つ厳は上から下までじっくりと修貴を観察する。体は鍛えられている。覇気がある人種かと問われればそうではない。カリムに比べ明らかに劣っている。いや、これは比べる対称が悪い。カリムと比べるのが間違だ。

 厳自身、カリムと同じ年の頃を比べれば勝負にはならない。彼女のような天才は比較の対称として不出来だ。

 まあ、とにかくと厳は修貴から話を聞き出すことを優先する。


「流派は?」

「基礎は、その、天道一心流です」

「ンのわりに、話を聞く限りらしくねぇ戦い方だな」


 ついでに性格もと付け加える。天道一心流。天道と名乗るように、その戦い方は正々堂々正面から敵を打ち破ることにある。それは精神的なものや道徳観の教えも含んでいる。そのため、その戦い方、あり方は修貴とは結びつかない。


「その、本当に基礎だけです。体捌きや、足の運びを主に学んだくらいで、あとは我流です」


 兄から修貴が教わったのは本当に基礎だけだ。残りはすべてダンジョンで学んだ。ましてや、一人でダンジョンに挑むことを好む修貴の剣術はその行為に対応し染まっていったのは当然の理だ。

 特に、天道一心流のような剣術は一人でのダンジョン探索には向いていない。この流派は敵と相対し正面から戦うことを想定している。


「ふン。ほとんど我流みてぇなもンだな。ンまぁ、聞くだけじゃ、わからんか」

「あ、はい」


 ほれと、厳は用意しておいた数種類の太刀を示す。ヴィクターから聞き出しておいた修貴が使っている太刀と同じサイズのものだ。数を揃えたのは重心と重さが違うためだ。腕の力で刀を振るのか、剣の重さで振るのかそれを確認する。

 天道一心流は腕力でもって刃を振り下ろす術理を掲げている。しかし、我流と呼んで差支えがないであろう修貴がどのように刀を扱うかで鍛造すべき太刀も変わってくる。

 選び、素振りをするように促すと修貴はおずおずと左端に置いてある太刀に手を伸ばした。

 修貴は遮蔽物がない場所に移り、手にした刀を構え振るう。一振り、二振りと素振りをする。重い。重心もまた、剣先に寄っているため、剣に振り回される感覚が手に残る。


「確かに、基礎は天道一心流か。ただ、剛剣を使うってわけでもねェな」

「ええ、その、そうです。俺の、戦い方はその、初速が大事になりますから」

「じゃあ、こっち使ってみろ」


 修貴は今の振りだけでわかるものなのかと感心しながら太刀を換え、再度構える。明らかに軽い。重心も先程に比べ、剣先に近くはない。

 青眼に構え、素振りをする。振り応えは悪くない。ただ、今度は重さが足りない気がした。これでは、重いモンスターに重量負けする可能性がある。必ず相手を斬ることができるとは限らないのだ。


「その顔は、軽すぎるって表情だな」

「え、いや、その、はい」

「怯えンなよ。別段怒らねぇ。まあそいつには軽量化の魔術付加がされてるからな。実際の重量よりは軽く感じるはずだ。しかし、そうなるとこいつか」


 さらに別の太刀と持ち変える。

 今度はしっくりと来る荷重が腕にかかる。中段に構えに振る。この程度の重量ならば、中段の構えも苦にならない。初めに試した刀では長い時間青眼で構えるのは無理だった。


「こんなもンだな。あとは、そうだな」


 修貴が太刀を返すと厳はにやりと表情を歪め言った。


「立ち会ってみるか」


 この行為ほど解りやすく相手を測る手段はない。


「怯えるなよ。なに、手心は加えるさ」




*   *




 修貴は相手に分からないよう苦笑した。まだ二度目だが、ここに来る度に模擬戦をしている。

 今度の相手は同じ皇国人であり、太刀の使い手だ。刀の打合などにはならないだろう。


「さて、心身夢想流皆伝、黒部厳だ」

「えー、と……」


 厳は苦笑い。


「まあ、名だけ名乗っておけ」

「あ、はい。藤堂修貴です」

「おう。じゃあ、はじめるか」


 二人は道場で相対する。ギャラリーと言う訳ではないが、カリムも二人の立会を見に来ていた。

 勝ち負けが重要な試合ではないが、どちらが勝つかカリムは考える。純粋な実力では比べるまでもなく厳の方が上だ。まず、年季が違う。だが、修貴の剣は良くも悪くも正道ではない。生き残る、勝ち残ることに特化した剣だ。

 個人的な恋人としての意見を言えば、勝って欲しい。だが、現実的には難しい。修貴の剣はこうした正面からの立会の剣術ではない。

 そこで思いつくことがあった。アンブレラのこと思いついたのだ


「始める前に一ついいかな?」

「ン? どうした嬢ちゃん」

「いやね。修貴がもし勝ったら僕としては、修貴にご褒美があっていいんじゃないかと思ってね」

「いや、カリム。これはそういう事じゃないと思うんだが」


 修貴の疑問に対し、厳が笑った。


「いいじゃねぇか。面白い。その方が坊主もやる気でるだろう? こっちとしてもやる気があった方がいい。俺からもなンかやろうかねぇ。ま、ガチの本気じゃねぇから大それたものはやらねぇがな。カカカ」


 厳はそう言いながら上段に構える。修貴も合わせ、中段に構えた。

 勝ってよ、修貴、というカリムの声援に修貴は内心を引き締め、相手を観察する。

 ガッチリと鍛えられた相手の上段は威圧感がる。一歩でも踏み込めばすぐに振り下ろされるだろう刃が潰された太刀は下手に当たりどこが悪ければ相当なダメージになることは容易に想像ができる。

 じりじりと、修貴は間合いを測る。相手は己より強い。それは嫌というほどわかる。わかるが、相棒で、恋人の前で無様を晒すわけには行かない。カリムもああ言っているのだ。できれば勝ちたい。

 できればという考え方にはっとする。

 いや、そうじゃない。勝つ。そう思うことが大事だ。カリムに並ぶほど強くなるのならば、その思いがなければ始まらない。

 どう攻める。甘い踏み込みでは即座に負けるだろう。勝つためにはどうすればいいのか。

 出来ることを考え、選択肢を作る。修貴の剣術は初手の速さと不意打ちが基本だ。そのために無拍子とも言われる術に手を出し、気配を殺すことを覚えた。あのドラゴンに挑んだ時の己を思い浮かべる。

 厳は修貴の挙動を見逃さない。隙ができれば、一歩でも踏み込めば振り下ろす心持ちでいた。

 それまでは不動。山のように動かない。修貴の呼吸を逃さず、動きを測る。

 修貴が構えを下段に動かす――隙だ。

 厳は迅速だった一瞬で踏み込み振り下ろす。修貴の下段からでは対応出来ない。だが、その木刀は前触れ無く、厳の木刀を弾いた。いや、厳が弾かせた。そうしなければ一本を取られていた。

 なるほど、誘ったか。厳は気づくが知ったことか言わんばかりに弾かれた木刀を強引に構え直し、修貴に追撃を仕掛ける。あの状況から木刀を弾いてみせた剣速は瞠目すべきだがそれだけでは意味がない。修貴はまだ、次の太刀を繰り出す用意が出来ていない。

 ン――と、違和感。相対している筈、修貴の呼吸が掴めない。

 それがどうしたと二の太刀を仕掛ける。違和感があるからといって攻撃を緩めることはしない。この場合それは悪手だ。

 修貴は最初の合わせ技が通じなかったことに驚嘆を感じざるを得なかった。下段からの一手はかなりの出来だった。しかし、弾かれた。そして、そのまま追撃を掛けることができないどころか、己が追撃されかけている。

 ならばと、息を潜め、間合いをずらす。次の一太刀がくる瞬間だが、半歩誤魔化すことに成功する。

 振り下ろされた木刀は体を掠め過ぎていく。真剣ならば、浅く斬られていた一閃だが、これは一本を取るか取られるかの模擬戦だ。修貴は出来た隙を逃さずに間合いをつめ、木刀を厳に突きつけた。


「ン。やるじゃねぇか。上手くズラしたな」

「毒刀や、少しでも太刀が長いものだったら駄目でしたけど、ね」

「そうだな。うち流派の技に剣圧を伸ばすものがあるが、そいつを使われても駄目だな。だが、よくあの瞬間外したな」


 厳は修貴の評価を改める。手心を加える必要のない相手だった。

 弾いた感触では攻撃力不足を感じたが、それ以上に速い。あの状況から厳よりも速く木刀を返してみせた。その初速の速さは利点だ。予備動作もほとんどなかった。なんとなくだが、修貴の目指しているものが見える戦い方だ、


「無拍子に、理想的には無形の構えだな? 難しいぞ」

「そう、ですね」


 困難だとしても。カリムの横に立ちたいならばその程度こなさなければならない。

 悪くない。この小僧、悪くない。厳には鍛えるべき太刀の形が見えてきた。







* * *
いとりあえず生きてました。
信長の野望・天道をプレイしていたら、はや12月。
メダロットがDSで販売と聞きつけテンションが上がったりしていたら12月。
ポケモンをしていたら12月。
忙しい時期なのにこんなことばかりしていたら12月。
遅くなって申し訳ない。


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初投稿 2009/12/06


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