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[43682] 【完結】神サマ☆ばとるろいやるっ(◍>◡<◍)~殺伐異世界変~
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/25 18:36
ちょっぴり殺伐☆めぐり逢いファンタジー♪


・更新は不定期です。
・様々な登場人物が出てきます。
・ジャンルは、ファンタジー+特殊武器バトルのつもりです。

 ※完結しました。ありがとうございました。



[43682] 第1話 月下麗人
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/02 18:55
 月の光に照らされた、ある草原地帯。夜風に揺れる緑が白く染まり、神々しく輝いている。
 その神秘的空間には今宵、異物が混じっていた。
 静寂に泥を塗るかの如き人間達の闘争だ。
 数十人程の鎖帷子を身に着け武装した髭面の男達が、草原のある一角にて苦悶の表情を浮かべ倒れている。すでに戦闘不能の状態、健在な者は僅か三名だ。
 皆、剣を持った太い両手はガタガタと震えている。驚愕と焦燥が入り混じった彼らの瞳の先にいるのは、革鎧を纏った褐色肌の小柄な少女だ。
 頭の後ろに束ねた赤色の艶やかな髪が、冷たい風で揺れた。絵画のように整った可愛らしい面立ちの
彼女は、腰に手を当て堂々とした様子で立っている。
 その余裕気な態度が気に入らないと、リーダー格の面長で長身な男が情けない声で叫ぶ。

「小娘如きがよくもやってくれたな。ここまでしておいてただで済むと思うなよ」

 負傷して呻く仲間たちを流し見た後、赤髪少女へ向かって長剣を向ける。

「何その被害者意識満載なセリフは。そっちが先に仕掛けてきたんじゃん」

 少女はため息を吐くと、体を覆う革鎧とは同一色でない、青白く光った幾何学模様が全体に意匠された金色の籠手を装備した右手で、かゆくもない頬をかく。
 そんな彼女へ面長な男がもう我慢ならないと、長剣を構えて駆け出した。

「舐めやがって! 覚悟しろッ」
「やれやれ。怖気ついて逃げるの思ったのに、またこれを使わないといけないなぁ」

 だるそうに言った彼女が丸く大きな黒色の双眸を真剣の色に変えた瞬間、首筋に赤色の文様が浮かび上がった。また同時に突如としていくつもの淡い緑黄色の光球が、少女の周囲を取り囲むようにして一瞬だけ出現したのだ。
 駆けていた男がその異様な光景を前にして、思わず足を止めた。

「畜生ッなんだってこんなガキが聖人なんだ」

 世界で彼女のような者を形容する言葉を震えた唇で呟いた彼は、恐怖のあまり歯をガチガチと鳴らす。

「もう泣きそうになってるじゃん。でも許してあげないからね」

 容赦しない姿勢の少女は、金色の籠手と同一の青白く光った幾何学模様が刻印された鞘から、剣ではない何かを取り出した。

「15歳の女一人に徒党組んで襲い掛かってきた君たち全員、神々の聖遺物で懲らしちゃうからね」

 確かに何かを取り出したが、握られたソレの形状は少女以外には視認できない。彼らには両手で空を掴んでるようにしか見えなかった。
 自身がしたように何かを向けられた面長の男は冷静さを完全に失い、

「クソがぁぁぁぁッ!」

 雄たけびをあげながら自暴自棄に突っ込んだ。
 振り上げられた長剣を透明な何かで迎撃するする少女。硬質なモノ同士がぶつかり合う音が、夜の草原に響く。

「うぉりゃッ!」

 二撃目。力任せに横振りされた剣を少女が薙ぎ払い、

「しまッ!?」

 面長な男の長剣が弾かれる。
 少女はスキを見逃さない。

「そそいのそいッと」

 彼の脇腹に渾身の一撃が入る。
 防具等意味はなかった。脇腹を抑える間もなく口から泡を噴き出して倒れこむ。
 ふぅっと一息はいた少女は、一連の流れを立ち尽くし呆然と眺めるしかなかった残り二人に視線を定め、

「さぁてと、あとは君ら二人だけだね」

 不適に笑んだ。
 男二人は身体を震わせながらも覚悟を決めたのか互いに顔を見合わせた後、剣を構え少女と対峠する。

「終わるか、これで終わってたまるかよッ。おい、同時に仕留めにかかるぞ」
「おおよ! クソガキッ今度こそ覚悟しろよ」

 己を鼓舞するように声を荒げて同時に突進してきた二人に対し、

「それッ。よいしょッと」

 少女はその無茶苦茶な剣戟を華麗に避ける。

「大人しく聖遺物を寄こせッ」

 そして、

「嫌だね」
「グガッ!?」

 一人目、

「これは大切なものなんだよん」
「ハギィッ」

 二人目の後頭部へ目にもとまらぬ速さで透明な得物で打突――戦いは僅かな時間で終わった。
 少女は不可思議な得物を鞘に納めた。そして、首筋の赤い文様が消える。

「はい終了っと」

 大勢の男達が倒れた周囲一帯を一瞥して、脅威が消えさったことを確認した少女は、両手を夜空に伸ばして大きく背伸びをした。

「さてと、邪魔者は蹴散らしたし、一人旅再開としますかぁ」

 気分よく呟く少女。湧き出ていた戦いの気はすでに消えていた。
 彼女は倒した大勢の男達を踏まないよう器用に避けながら戦闘をしていた一帯を抜け、踊るように歩いていく。
 神秘的な月の光へ照らされた草原に静寂が戻る。
 夜は長くまだ明けないようだった。



[43682] 第2話 温泉と人助け
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/02 22:51
 快晴。太陽の恵みを存分に受ける森の中の一角で、天を目指すように湯気が立ち上っている。
 大自然に湧き出た小さな温泉だ。様々な形状の植物に囲まれた源泉は動物達も癒しを求め立ち寄る場所だが、今日は見慣れない来訪者がいた。
 昨夜この森の隣の草原で戦っていた小柄な赤髪少女だ。
 彼女は昼間から一糸まとわぬ姿になり、森の中に湧き出た天然の湯に浸かってた。

「う~ん、最高。まさか森の中に温泉があるなんて。あぁ、最高だなぁ」

 巨岩に背を預け、褐色の華奢な身体を自分で抱きしめて喜びを体現する。
 表情は至福に満ちていた。

「全身がとろけるねぇ。気持ち良すぎて溶けそうだよぉ」

 すらりと伸びた足先をばたばたさせながら両手を頭に回す。
 そしてさんさんと輝く天を仰ぎながら、昨夜の出来事を改めて思い出した。

「それにしても昨日も疲れた。ホント物騒な国だなぁ、これで襲われるのは何回目だってんだよ」

 休息のひと時ではあるが渋面になる。
 毎日のように荒くれ達から襲撃され憂鬱になっていた。

「皆、これが欲しくてたまらないんだろうな。まぁ当たり前か、なんたって神様の持ち物だもんね」

 意味深に言う赤髪少女が近くに置いた金色の籠手と透明な得物を収めた鞘を流し見た。
 それぞれに刻まれた面妖な幾何学模様が青白く光っている。

「こんな兵器が大陸中に散らばってたなんて。そりゃ国も人もやっきになって探すし奪おうするよね」

 今は自分の所有物であるのに、この場にあるのが信じられないといった面持ちだった。
 そして、残念そうに嘆く。

「けどこんなに騒がれるんじゃ長くはいれない。昨日から考えてたけど、やっぱり帰ろうかな」

 不満げに足先で澄んだ湯を蹴ってバシャバシャと音を立てた後、気だるそうに立ち上がった。

「さて、そうと決まれば上がろっと」

 天然の温泉から出た彼女が湯手で身体を拭き下着を履こうとした、その時だった。

「どなたかッ! 助けて下さい!」

 どこか遠くから何者かが叫ぶ声が聴こえたような気がしたのだ。
 赤髪少女の動作が一瞬止まる。

「え。人の声、か!?」

 確証が持てない。
 それほど森の奥地ではないのだが、自分以外の人間がいるとは思えない。

(気のせい、だよね。動物の声かな)

 僅かな違和感が残るものの着替えを再開する。

(結構なところまで来たけど、いざ帰るとなると面倒だなぁ。仕方ないけど――)

 心中で考え事していた最中、今度は確かに聞き取れたのだ。

「あッ――また聴こえたッ!? やっぱり人だ」

 人間の若い女性の悲痛な叫びが。
 赤髪少女は下着姿のまま周囲を警戒する。この天然温泉に声の主がそのまま向かってくるわけではないようだが、距離は近づいているようだ。
 そして――

「待ちやがれッ」

 野太い怒号も次いで聴こえてきたのだ。
 ただ事ではないと判断した彼女は、着替えを途中で切り上げると金色の籠手と装備し、透明な得物を入れた鞘を持ってそのまま声のする方向へと駆けだした。
 そうして声の方向へ走り出している間に、

(あれッ!? こんなところに道があったのか)

 高い木々の間から木漏れ日が差し込んでいる。
 森の中ではあるが、人が通るために整備されたであろう道に出たのだ。
 赤髪少女は辺りを見渡すと、声の主と思われる者達を発見。やはり込み入った状況であると踏んだ彼女は、大樹に隠れながら様子を伺うことにした。

「えぐぅッ」

 一人は赤髪少女よりも背が高く、つばの大きな白いボンネット帽を被った、肩まで綺麗な茶髪を伸ばした若い女性だ。
 転んでしまったのか黒い布地のドレスは泥まみれであり、痛めた足を抑えて、苦悶と恐怖が入り混じった表情で、逃げ道の方向に立ちはだかるたくましい筋肉をむき出しにした禿頭の男を見上げている。

「さぁ姉ちゃんよ、追いかけっこは終わりだ。お前が隣町で頑張って売り切った薬湯の元の売上を黙って渡してくれればそれで済むんだ。俺を怒らせてくれるな」

 男は肩で息をしながら自分勝手な要求をし、当然茶髪の女性は反発する。
「嫌ッ。何故あなたなんかに大切な売上金をッ! これは渡せませんッ」

 涙を流しながら精一杯睨みつけたが、筋肉禿男は更に苛立って声を荒げた。

「なら話は終いだ。少しばかり痛いが我慢しろよ、無理やりでもぶんどってやる」

 拳を鳴らしながら茶髪の女性に近づいていく。

「ヒッ!?」

 迫る暴力に怯え、真っ青な顔でガタガタと震える女性。
 そこで――

「ハイハイそこでやめて~。まーた賊か、いくら何でも治安悪すぎでしょこの国」

 吐き捨てるように言いながら、下着姿の小柄な赤髪少女が茶髪の女性と筋肉質な男の間に、割って入った。

「何だこのガキはぁッ」

 男はいきなり下着姿で出てきた妖しい彼女へ面食らったものの、すぐに怒鳴り声をあげて威嚇する。

「いかついおっちゃん、か弱い女の子を襲ってそんなに楽しい? 喧嘩相手を探してるなら、あたしがしてあげるけど」

 怯むことなく言い切った赤髪少女へ激昂し、

「はぁッ!? ざけんなッ、お前みたいなガキに――」

 掴みかからんとするが、彼女が装備している金色の籠手と手に持った鞘に刻まれた幾何学模様が目に入った瞬間。驚愕で動きが止まる。

「な、お前!? 嘘だろ」

 目の前の生意気な少女が畏怖の対象となった。
 その小柄な身体が大柄な自身よりも大きく見える錯覚を起こしてしまう。
 赤髪少女はいたずらっぽく笑うと、意気揚々に鞘を男の眼前に突き出した。

「本当だよ、これはあたしの聖遺物さ。わかるよね、これの使い手をなんていうのか」

 男は「うはぁッ」と素っ頓狂な声を出して慌てて後ずさった。
 茶髪の女性へ傍若無人な振る舞いをしていた勢いはなく、情けない顔をして逃走体制に入っていたのだ。

「こんなチンチクリンが聖人だとッ!? く、覚えてろーッ」

 男は抵抗することもなくそう叫ぶと、走ってこの場から退場した。

「早ッ!? ま、昨日みたいに戦う手間がはぶけたからいいけど」

 あまりにもあっけなく終了したため半ば呆れてしまった少女だが、先の男が叫んだ言葉を思い出して憤慨する。

「それにしてもチンチクリンて失礼だなぁ。あたしの成長はこれからなんだよッ」

 言い淀み、薄紅色の唇をしぼめて起伏の少ない胸元を両手でさすった。
 身体の成長に翻弄されるその様子は年頃の娘そのものである。
 そこで、

「あ、あの」

 声を掛けにくそうにしていた茶髪の女性が、聖人と呼ばれた赤髪少女へ意を決して話しかけた。

「おぉ、間に合って良かったよ~」

 赤髪少女はくるっと振り返り、理不尽な暴力から救うことの出来た女性を気にかけ駆け寄る。

「本当にありがとうございました。さっきの人に意味のわからない因縁をつけられて、いきなり
追いかけられたんです――イタッ」

 心からの礼を言いながら立ち上がろうとする茶髪の女性だが、未だ続く両足の痛みへ顔を歪める。
 赤髪少女はすぐに彼女の足の様子を確認した。

「あなた、足を怪我してるじゃないか。こりゃ痛そうだ、腫れあがってる」
「くッ、大丈夫です、これくらい」

 茶髪の女性の強がるが足は動かせない。
 赤髪少女は彼女を救うために金色の籠手を使用すると決めた。

「無理はしないで、そのままでいて」

 右手に付けている金色の籠手を女性の傷ついた両足に添える。
 すると赤髪少女の首筋に赤い紋章が出現。周囲に緑黄色に光る粒子がいくつも出現していき、それが籠手の先に集まって眩くきらめいた。
 二人の視界が白く染まる。
 思わず閉眼した女性が数瞬後、恐る恐る瞳を開けると、痛みと外傷は嘘のように消えていたのだ。

「凄い。痛くないし腫れも跡形なく消えてるわ」

 目を丸くして驚嘆の声を漏らす茶髪の女性に対し、赤髪少女は太陽のような笑みを浮かべて返した。

「綺麗さっぱり治したよ。もう痛くないでしょ?」
「はい! ありがとうございます聖人様」

 茶髪の女性は畏敬の眼差しで聖人と呼び、少女に手を合わせ崇める。
 対して当の本人はそこまで感謝されることに慣れず、羞恥に頬を染めた。

「様なんてそんな。聖人って言うけど聖遺物を持ってる以外は普通の人と同じだよっ」

 手をぶんぶんと振って謙遜した後に、女性の手をとって立ち上がる手助けをした。

「聖遺物を所有しているなんて神に選ばれし証拠です。本当に助かりました。あの、お名前は」

 立ち上がった茶髪の女性に心からの謝意、そして名を尋ねられ聖人少女は照れながら頭をかき、自己紹介をした。

「ユウ・アンセムだ。様なんてつけないでユウでいいから。で、君の名前は?」

 問われた茶髪の女性は、

「私はシーナです。ではユウさん、さっそくですが是非お礼をしたいので、森を抜けたところにある私の村まで来ていただけないでしょうか?」

 名を教えた後、聖人少女ユウの両手をとって謝礼の申し出をする。

「お礼って! そんな、当然のことをしたまでだよ」

 重ねて謙遜するがシーナは納得がいかず、ユウと顔が接触するまでの距離まで近づく。

「いえ! 是非ともさせて下さい」
「是非ともね。う~ん、ではお言葉に甘えることにするよ」

 ついに折れたユウ。
 そこでシーナは、恩人へ礼ができることを喜んだものの、

「やった! では案内します――!?」

 聖人少女の恰好への違和感を今更ながら認識し、慌てて指摘する。

「ユウ様。その、まさか服を着ずにここまでッ!?」
「え、あ――そんなワケないよッ。急いで来たから服も鎧も着るの忘れてた!」

 遅れて下着姿のままの自身にハッと気がついたユウは顔を真っ赤にし、持ち物を全て置いてきた天然温泉の場まで、全速力で戻っていったのだった。



[43682] 第3話 ファーストコンタクト
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/03 11:17
 大地から湧き出た湯の熱を帯びた木々の香り。透明な源泉の湯気が立ち込める安らぎの空間。
 加工された木材で建設、整備されたここは、人間が作った屋内浴場だ。
 そして大人数が入浴すると想定された大きな風呂の中で、本日二度目の入浴を堪能する聖人少女、ユウがいた。

「気持ちいい~。運動後の温泉は最高だねぇ」

 湯手を乗せた頭の後ろに両腕を回して、しみじみと呟く。

(日に二度も湯あみするなんてね。これもシーナがこの村自慢の温泉付き宿屋の店主の娘だったからこそだ。人助けもしてみるものだなぁ)

 心中では善行だけではなく見返りにも満足し、にんまりと笑うユウ。
 天窓から差し込む夕日をみながらほっと一息つく。

(そろそろ野宿も飽きた頃だし、ふかふかベッドにも入りたかったからいいタイミングだったね)

 彼女はシーナが住む村への招待を受け、彼女の父親からも娘を救ってもらったことを感謝され、シーナの希望もあり父親が経営する温泉宿へ一晩無料で泊まることになったのだ。

(満足満足――お、他のお客さんが入ってきた)

 緩む口元。浮かれるユウは自身の反対側へもう一人湯に浸かったことへ気が付いた。

(えぇ!? めっちゃ綺麗な人じゃんか)

 その女性は、まごうことなき美人だった。
 紫水晶のような切れ長の瞳と流れる絹糸を思わせる黒髪に、黄金比を満たす顔。透き通るまでに白い美肌を朱色に染めたその色香。同姓であるユウも目が奪われた。
 しかし――

(あんな顔に生まれたなら人生楽しいだろな……おぉ!? まさか、あの人の右腕のアレって!?)

 美しい容姿への感心が、彼女が右腕につけているある物への関心に変わり、ユウの視線が鋭くなった。

(腕輪だけど、あの模様は……間違いない、聖遺物だッ)

 自身が所有する聖遺物と同様の文様に違いなかったのだ。

(あの人も聖人なのか。でもこんな外れの田舎村にいるってことは、この国の国境警備の兵士……いや、野良傭兵の可能性もある)

 まじまじと黒髪の女性を見ながら考察するユウ。
 そして彼女は気づく。

「それかあたしみたいに一人旅を……ハッ」

お互いの視線が交錯していることに。

(てかあっちもわたしのこと見てるじゃん!?)

 訝し気な視線を向けられ、挙動不審なまでに首を曲げる赤髪少女。
 そして口笛を吹くという暴挙まで成してしまう。

(どうしよう!? まさかここで戦うことは――げ、スピカがない。部屋に置き忘れてきちゃった!)

 頭をかきむしる。
 所有愛用している透明な得物は、宿屋二階の自身が宿泊する部屋のベッドの下に隠したまま持って来なかったのだ。
 まさか同様に聖遺物を持つ者と旅先の温泉で遭遇するとは思わなかったのだから。

(ってもう上がるのか!? こっちに来るじゃん)

 心身共に癒されるはずの空間で、極限まで緊張してしまう。
 ユウはどうやり過ごすべきか迷ったが、顔を伏せて黒髪の女性が通り過ぎるのを待つとした。

「…………」

 小柄な十代の少女の過度な憂いなど知らない黒髪の女性は、グラマラスな体を隠すことなく堂々と去っていった。

「ほっ。何も起きなくて良きだ。それにしてもあの子――」

 不安が解消して顔を上げたユウだが、

「大きかったなぁ。こっちが自信なくしちゃう程に」

 自身の慎ましやかな胸に手を当てながら、先の女性の惜しげもなく晒された豊かな乳房を思い出して、ため息を吐く。
 そこへ湯の温度を確認しに来たシーナが、ユウに声を掛けるが――

「ユウ様、湯加減は……ユウ様!? 大丈夫ですか!」

 現実逃避に湯へ潜ろうとするユウをのぼせて溺れたと勘違いし、駆け寄った。

「あ、シーナか。大丈夫だよ、ちょっと考え事をしてただけさ」

 顔を出して笑みを見せる貧乳少女。
 シーナはそれでも心配そうにユウを見つめる。

「そうでしたか。気分でも優れないのかと」
「いやいやそんなことない。ここの温泉も最高だよッ」

 首をぶんぶんと振り、加えて嬉しそうな声色を作るユウ。
 そんな彼女の反応を見て、シーナは心配が杞憂だったと胸を撫でおろす。

「なら良かったです。私、ユウ様の具合が悪くなったと勘違いをして」
「あははは。ねぇ、ちょっと……聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」

 ユウが浴槽から身を乗り出してシーナへ耳打ちする。
 赤髪少女の心中は、黒髪の聖人女性への興味で埋まっていた。

「あの、さっきすれ違った人のことなんだけどさ。おっぱいが大きくて綺麗な、あの」

 自身の控えめな胸元を、両手で大きく包むようにして豊かな乳房を再現するユウへ、

「あー! 確かに大きかった、あの聖人様ですか」

 シーナが顔を赤らめて納得する。
 ユウはその女性の容姿を再度脳裏に浮かべ、見たままの印象を語った。

「うん。不思議な雰囲気を持った人だなぁって。まるでこの世のものと思えないくらい」
「ですよね、とても綺麗なお方です。結構前から滞在されてるんですよ」
「そうなんだ。でも何でだろうね」

 ユウの疑問にシーナが答える。

「それが、湯治のためこの村に立ち寄っているそうです」
「成程……ってことは、野良の傭兵かな」

 う~んと唸り何かを考えているユウへ、シーナが悲壮感漂う面持ちで語った。

「随分前からこの辺りも物騒になってしまって。以前は湯治場としてそこそこ栄えていたこの村も、客足が遠のきました。実は村の長老がその方に村の警護を何度もお願いしたのですが、断られ続けていたんです」

 村の現状と神秘的な女性との繋がりを明かされたユウが、

「成程ね。聖人が用心棒になってくれると心強いだろうね。でも彼女は、多分どこの国にも村にも属さないフリーの傭兵だと思う」

 見解を述べる。
 彼女の高潔な雰囲気の第一印象から見えた決めつけではあるが。

「やはりそうでしょうか。それであてがなくなって王都へ騎士団の方に警護を頼めないかと使者を出したのですが、ずっと帰ってこないままで」

 嘆息を漏らし項垂れるシーナ。
 ユウまでも悲しい気分になるが、冷静に考察する。

(ガルナン王国は傭兵団の団長上がりの新興気鋭の聖人王が治めると聞く。以前この地を支配していた傲慢な一族を根絶やしにして、理想の国を建国すると宣言した話は聞いてたけど、まだ地に足がついてないのか、外れの村までは気にかけられないんだろうか)

 聖人となった者が同じ志を持つ者達と組み、または財力を持った者が専属の傭兵として聖人を雇い聖人を有さない国を攻め滅ぼし、新たな国を建国する話はもはや珍しくない。
 普通の人間を武神へ変える聖遺物によって幾度となく繰り返されられてきた歴史であるが、このガルナン王国を治める者はその強さが段違いであるともユウは聞いていた。
 同様の存在である彼女も大いなる力には責任が伴うと、幼い頃から聞かされてきた言葉を思い出し、感慨深く夕焼けから夜空に変わった天窓を見つめた。
 そんな彼女を見て、しまったと慌てるシーナ。
 客人の気分を沈めてしまったと思い、すぐさま話題を変えた。

「あ、そういえば! ユウ様はなぜガルナン国領内とはいえど、こんな辺境の地に?」

 率直な疑問だった。
 浴槽から出て腰掛けたユウは、あっけらかんとした調子で答えた。

「あたしさ、お隣のデューン王国から来たんだ。これでも王国騎士団に所属してるんだよね」
「ユウさんがデューン王国騎士!?」

 素っ頓狂な声を出して驚き後ずさるシーナ。
 当然の反応だった。この国とは同盟関係ではない。むしろ対立関係にある国の兵が目の前にいるのだから。
 彼女はそれから不可解な面持ちでユウを眺めるが、聖人少女はシーナを安心させようと、両手を振って否定する。

「心配しないで。別に諜報活動しにきたワケじゃないから」
「では、どうして?」

 重ね尋ねられたユウは「それがね」と恥ずかしそうに頬をかくと、どこか遠くを見るような目をして明かした。

「実はあたし、家出中なんだよ」
「家出、ですか」
「うん。出る前の話だけどさ、あたしの父さん、騎士団の偉い人で聖人でもあったんだけど歳も歳だからって娘のあたしに聖遺物を継承したんだ。その時あたしはすでに騎士団へ入ってたけど、父さん直々の訓練があまりにもキツくて耐えれなくなって、それでね」
「なんと……そうだったのですか」

 理由を知り納得したものの、言葉に詰まるシーナ。
 恩人であるユウが諜報員であるハズもなくてほっとしたが、軍事的抑止力といった兵器同然の扱いを受けることにもなる聖人となった者の苦悩はわからない。
 ユウは故郷を思い出しながら、独り言のように語り続ける。

「父さんどころか騎士団、王様も騒いでるだろうなぁ。貴重な聖人がいなくなっちゃったんだから……けど、流石にもう帰ろうか。ここら辺はシーナの言う通り物騒だし、やっぱ聖人は歩いてるだけで騒がれるしね。何より皆心配してるだろうし」

 やれやれといった感じで溜息混じりに笑いながら立ち上がるユウ。
 前を湯手を隠した彼女はシーナへ振り返ると、丁寧に礼を言った。

「そろそろ上がるよ。ありがとね、ただで泊まらせてくれて」
「そんな! 礼をするのはこちらの方です。助けてくれて本当にありがとうございました」

 心からなる感謝の意を述べ、深々と頭を下げるシーナ。

「ゆっくりとお休みなさいませ」

 そんな彼女に手を振ってユウは浴場から出た。
 そして簡素な脱衣場で着替え始めた赤髪少女は、同じ聖人だった黒髪美女の顔をもう一度思い返していた。
 覚えがあったのだ。この大陸に生きる者ならば、一度は聞いたことのある話へ出てくる当人の顔に。

(してもあの人の見た目、もしかして――いや、まさかね)

 そんなはずはないと心中で軽く否定したユウは欠伸をしながら、今夜はぐっすりと寝て休息しようと心に決め、脱衣場を後にした。



[43682] 第4話 焦熱の出会い 前編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/04 18:39
「うーん。むにゃむにゃ、もう食べれないよう」

 年季の入ったベッドの中で幸せな夢を見るユウ。
 幾日振りに人間らしい睡眠を取る彼女だったが、その幸福な眠りは妨げられることとなる。

「う、あれ、朝か……うわ暑ッ!?」

 思わず目を覚ました。
 体――否、部屋全体が妙に暑い。季節はまだ春になった頃でもあるにもかかわらず、この室温は異常だった。

(いくらなんでも暑すぎでしょ。一体何だってんだ!?)

 違和感。
 まるで周囲が燃えているかのような熱気である。パキパキと何かが軋む音さえしてるのだ。
 ユウは目を擦り、覚醒しないまま無理やり起きる。
 異変を確かめるべく部屋の戸を開けると――

「げッ火事だッ!?」

 一瞬で目が覚めたユウ。
 本当に燃えていた。灼熱に晒されている宿屋の柱が、廊下が、木造の建物が尋常でない熱気で軋んで折れ、崩れている。
 彼女は慌てふためきながらも絶体絶命の現状から脱出をするに思考を切り替える。
 衣服や革鎧はいつ何時でも不測の事態に備え、肌に付けたまま寝ていた。
 すぐさま振り返り、自身の得物を探す。

「早くここから出ないとッ……あぁもうわたしの相棒はどこ!?」

 そう言いながら布団の中に隠していたことをハッと思い出す。

「そうだここだよあったあった! よし――って、窓から行くしかない、か」

 荷物を持ち窓際へ寄るユウ。
 そして彼女は凄惨な光景を目の当たりにし、

「何がどうなって――なッ!?」

 衝撃のあまり顔が青ざめた。
 繰り広げられる惨たらしい有様。漆黒の甲冑を纏った者達が馬で駆け、村の家々を松明の炎で焼いていた。動転して出てきた住人達を性別年齢関係なく剣で一振りに命を摘んでいく。
 戦争で犠牲になる民衆そのもの。まさに虐殺だった。

「夜盗の焼き討ちか!? でも、あの甲冑は――」

 見覚えがなかった。ガルナン王国騎士団の者達が纏う甲冑でもない。

(考えてる時間はないな。焼け死ぬ前にここから飛び降りないとッ)

 ユウは窓を開けると、助走をつけて二階から飛び降りた。
 持ち前の身のこなしで上手く受け身を取り、立ち上がって聖遺物を展開する。

(なんとか大丈夫か。くそ、奴らは一体何者だッ)

 瞳に映るは黒い悪魔達に刈り取られていく罪なき人々。
 そしてユウは気づく、

「そうだッ! シーナはどこだ!?」

 刈り取られる対象には彼女が救った茶髪の女性も当然含まれていることに。

「シーナッ」

 泣き叫び許しを請う人々の嗚咽と絶叫と残酷に燃える炎が燃え盛る音が支配する世界で、ユウは声の限り叫ぶ。
 すると探し人の声はすぐに返ってきた。

「ユウ、さん」

 今にも消え入りそうだったが、精一杯の力を使って絞り出された声だった。

「近くだッ」

 宿屋の入り口方向から聞こえてきたとユウは判断し、向かう。
 そこには、寄り添いあって仰向けに倒れていたシーナと彼女の父親がいた。
 駆け寄るユウは二人の状態を見て血の気が引いた。

「ユウさん、ですよね」

 腹部を裂傷し、出血多量のシーナが恩人の名を呼んだ。

(そんな……シーナ、彼女はもう)

 もはや彼女の命は風前の灯である。
 若年いえど旅先で聖遺物狩り等の賊の仲間割れや、彼らに襲われ殺された人々を見てきた彼女にはわかった。
 シーナは助からないと。

「シーナ。あたしだよ、ユウだよ」
「ユウさん。いきなりあの騎士達が現れて、私と父さんを」

 僅かに残る力でユウに手を伸ばすシーナの手を、ユウはぎゅっと握る。

「もう喋るなッ。やってやる、助ける! コクーンで治すからッ!」

 彼女の父親も同様に裂かれており、もはや力尽きたのか目を閉じている。
 それでも、可能性があろうがなかろうが関係なかった。助けを求められ、断る道理など毛頭ない。
 コクーンと呼んだ右手に装備した籠手を、シーナの傷ついた腹部に翳す。
 するとコクーンの周りに緑黄色に輝く光の礫が彷徨い始めた。
 そして次の瞬間に切られた臓器が、傷が徐々に塞がっていくが――

(あぁ……クソッ! ダメだッやっぱり遅すぎたんだッ)

 間に合わなかった。コクーンの能力、治癒を使用しようが、もはや命が消える方が早かった。
 シーナの瞳は虚空を描いていた。父親の方も顔色が白い。
 絶命しているとは明白だった。
 最悪の可能性を考慮していたとはいえ、目の前で先まで会話していた者らが亡くなり、足に力が入らずへなへなと崩れるユウ。大粒の涙がこぼれ出る。
 シーナ――彼女との関係は昨日危機を救った後、彼女の住む村に案内してもらい、お礼として父親と切り盛りしている温泉宿に泊めてもらい何度か会話を交わした、それだけの仲だった。
 だが――

(何呑気に寝てたんだあたしはッ! もっと早く異変に気がついて起きていたら、この親子を、村の人達を奴らから救えてたんじゃないのかッ)

 後悔。
 嗚咽を漏らしながら「こうじゃなかった未来」を想像するユウ。
 悔しさのあまり地面を思いっきり叩く。一日だけ触れ合った者だろうが、出遅れようが、理不尽な暴虐の前に倒れた者達を一人でも救えない現実を悔やみきれない。
 そこへ、

「何だこのガキはッ。まだ殺し漏れがいたか」
「目撃者は一人も残してはならん。奴もろとも消せとダムド様の命令だぞ」

 黒い甲冑を来た騎士達が二名、ユウの存在に気がつき駆けてきた。
 切っ先に赤黒い血が付いた槍を向けられた聖人少女は、彼らが何を言ってるか聴こえない。
 むくりと起きあがり、ゆっくりと振り返った。
 首筋に赤色の文様が浮かび上がる。天真爛漫な赤髪少女はそこにはいない。
 殺気を纏い、無表情ながらも爆発しそうな墳怒の念を抱えた一人の復讐者がいた。

「どいてよ」

 猛火を背に冷たい声色で言ったユウは、人間が想像し刻むことはできない青白く光った幾何学模様が刻印された鞘から透明な得物、スピカを取り出した。
 緑黄色の光球が彼女の周囲に現れた瞬間、

「何だと――う、コイツ!?」
「まさかッ! 奴の他にもう一人いやがったぞッ!?」

 漆黒の騎士達が仰天する。
 彼らは何やら、想定外の事態が起こり酷く狼狽している様子だったが、

「そこをどけといったんだよッ!」

 ユウには関係ない。
 飛ぶようにして、彼らに向って得物を振り上げる。

「うッ!?」

 一人、

「ぐぁッ!」

 二人。
 ユウの武器が見えず動転し、迎撃すら間もならない者達を瞬にして吹き飛ばした。
 炎上する宿屋へ吸い込まれていくように落下していく。
 秘められし少女の剛力――ではない。人々に聖遺物と呼ばれているものがユウの強い感情に呼応し、答えた結果の威力だった。

「ハァ、ハァ、く、ゲホゲホッ」

 冷静さを取り戻した少女は黒煙に呼吸を乱した。
 そして状況の把握に努める。

(村中が大火事だ。こいつらは何者なんだよ。とにもかくにも、早くここから抜け出さないとあたし自身も危ないッ)

 ユウは村の中央を見据えた。

「確か近くに石畳で覆われた広間があったはず。そこを経由して村から出よう」

 取るべき行動を定めた彼女は、回復の聖遺物でさえも救えなかった親子を今一度見やった。

(さようなら。生きてここから出たら必ず君と父と……村の皆に祈りをささげるよ)

 浮かぶシーナの笑顔。
 ひと時ではあったが世話になった彼女の遺体を暴虐の炎に晒すことへ抵抗はあったが、だからといってこのままでいることはシーナも望んでいない。
 ユウは悲しみの涙を振り切り、二度と振り返りはせず走り出した。

「だぁぁぁッ!」

 向かう途中で襲い掛かって来た謎の漆黒騎士らを難なく撃破する。
 ユウは死の煙が充満する村を全力で走りぬき、石畳に覆われた村の広間へひとまず辿りついた。
 周囲から泣き叫ぶ者の声や馬のいななきが響く。

「あれはッ!?」

 炎へまかれないそこには、漆黒騎士達が五人。
 そして、彼らを従えるように中央へ一名、他の者とは違い赤黒い鎧を装備した大男がいた。

「ほぉ……これはこれはッ。まさかもう一人、聖人がいたとはな」

 異様な雰囲気を放つ大男がユウを発見して下卑た笑みを浮かべる。
 両の拳には、青白く光る幾何学模様が刻まれた紫色の革のような素材で出来た手袋を装備しているが、それは植物の棘にもみえる突起がいたるところについた毒々しい外見だ。
 彼もまた聖人と呼ばれる者だった。

「お、お前はッ!?」

 騎士数名に敵の親玉らしき聖人と対峙し、緊張と怒気でいっそう表情を険しくするユウ。
 問われた大男は、スピカを正眼に構える彼女を軽くあしらうようにおどけた調子で答える。

「俺か? ガルナン王国特務部隊の隊長ダムドってもんだ、聖人のお嬢ちゃん」

 すんなりと明かされた、男と騎士らの所属組織――

「ガルナン王国だと。お前ら、自国領内の村に夜襲をかけたっていうのかッ!?」

 事実を知ったユウは、驚愕と戦慄のあまり顔色を失う。

「あぁ。我々としても国の端っこだろうが繋がりが薄かろうが大切な民草を根絶やしにするには大変心苦しかったが、これには深いワケがあるんだよ」

 村人の命をひとかけらも想っていない様子で言いながら、赤黒い鎧のダムドが自身らの目的について語り始めた。

「お前も現代に生きる聖遺物の使い手なら、エレナという名に聞き覚えはあるだろ」
「エレナって、不老の魔女と言われた……あの!?」

 仰天のあまり驚倒しそうになるユウ。
 聖遺物の使い手どころか、その名は彼女が生きるこの大陸に生きる者達の大半が知っている程だった。
 そんな彼女の反応が愉快なのが、ダムドはニヤニヤと妙な笑いを見せながら核心に触れた。

「10日程前か、この村にエレナが滞在しているとの情報が入った。我が王も半信半疑で調査に部下を派遣したのだが、かの女が付けている聖遺物からしてエレナ本人だと判明したのだ」

「そ、そんな……あ」

 驚きながらもユウには心当たりがあった。
 同じ浴槽で入浴した美しい黒髪の女性である。

(凄みのある雰囲気の黒髪の女性なんていっぱいいるだろし、まさかあの人がって思ったけど)

 本物だった。
 呆然とするユウを尻目に、ダムドはエレナについて憎々しげに語り続ける。

「どこぞの国の傭兵として参戦したかと思えば、はたまた違う国に移ったりと。そんな気まぐれにこのルアーズ大陸の勢力図をかき回す女。百余年近く経とうが姿が変わらん不気味で凶悪な者が未だ生きていおり、最近になって我が国内をうろついているという」

 ダムドは両の紫色の握り拳をぶつけ合わせ、ユウを睨みつけて言い放った。

「奴は必ずや我が国に歯向かい禍をもたらすだろう。狩るには絶好の機会、逃すものか」
「エレナが眠るだろう頃を見計らって、何の罪もない村の人達もろとも焼き殺そうっていのがお前らの目的か」

 狂気の視線を受けてもユウはひるまない。身勝手な凶行への怒りはもはや爆発寸前だった。
 そんな聖人少女の殺気を意ともしないダムドは、焼いた村を、狩られた人々を心底面白そうに見渡しながら、天に両手を掲げながら返した。

「正解だ、嬢ちゃん。俺達だって奴を甘く見ていない。だから貴重な兵を失わんよう奴が警戒せずお眠りする機会を狙い業火で焼き尽くす。この村の者は生贄だ、化け物を殺すためのな」
「酷すぎる。お前らの王はひどでなしかッ」

 十五の少女とは思えない気迫と怒号。
 ダムドは肩をすくめながら自身の王の異常な価値観を、さも当たり前のように論じる。

「ガルナン王国繁栄の人柱となれるのなら、むしろ喜んで死ぬべきだというのが我が王の考えだ。それに聖遺物使いとなった者にただの人間が従うのは当たり前だろ。嬢ちゃんだって心の底ではそう思ってるはずだ」
「違うッ。あたしが聖遺物を持っているのは、力ずくで人を従わせるためじゃないッ」

 否定。
 父親の過酷な修練から逃げ出した聖人少女ユウ――彼女はやっと心の底から初心を思い出した。

(あたしが聖遺物を継承することを受け入れたのは、大切な人達を守るためなんだッ)

 迷いが消え頑強となった意志。
 赤い紋章を首元に発現させたユウはスピカを構え、戦闘態勢に入った。

「じきにわかる……さて、そろそろ死合うか。お前達は見てろ、神に近しい者同士の決闘を」

 ダムドが周囲の部下に呼び掛けながら紫色の棘拳を構える。
 互いの周囲を取り囲むようにして緑黄色の光の礫が一瞬だけ出現した。



[43682] 第5話 焦熱の出会い 後編
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Date: 2020/11/24 11:09
「お喋りは終いだ。柄から先がない剣、か? どんな聖遺物か知らんが――ッ!?」

 先手必勝。言い終える前にユウがダムドの懐に踏み込んだ。

「はぁぁッ!」
「うぉぉッ!?」

 横薙に一閃するが、掠るだけで捉えられない。
 ダムドは瞬時に危機を察知し、重厚な鎧を身に着けているとは思えない俊敏な動きで回避したのだ。
 追撃を止めないユウは飛び跳ね、頭部目掛けてスピカを振り下ろした。

「確かに当たったぞッ!? 見えない得物かッだが俺も――」

 狼狽えるものの、意識を切り替えて棘の紫拳でユウを迎え撃つ。
 聖遺物同士の激突衝撃に閃光が発生し、戦闘を眺める騎士達から驚嘆の声が漏れる。
 そして、

「うわぁぁぁッ!」
「クハハッ。他愛もないッ」

 ユウは力負けして石畳に弾き飛ばされる。
 ダムドは勝ち誇り高笑いをした。

「これこそが我が聖遺物アトモスよ。次は跡形もなく砕いてやる――いくぞッ」

 ダムドが鎧を纏った大柄な体躯とは思えぬ速度で駆けだした。
 ユウは叩きつけられた痛みを堪えて立ち上がる。

(これが聖人との戦い。いずれ機会がくるとは思ってたけど、キツいな)

 焦燥と熱気に汗を流す。
 実は彼女にとって同じ聖遺物を扱う者との戦闘は初めてだった。母国の騎士団にも聖遺物を使う者達はいるが、味方とは訓練でも戦ったことがない。
 怒りに囚われたまま戦闘開始したものの冷静さを取り戻した現在、種類形状は違うが同じ神々の聖遺物という人知を超えた力を相手取る脅威に、戦慄を覚えていた。

(あたしだって同じ聖人なのに、怖い……けど負けられない。絶対負けられないんだ)

 迫るダムドの振り上げられた拳を回避すべく横に飛んだ。
 拳は空を捉えたものの、勢いそのままに石畳を巻き込んだまま地面に直撃した結果、恐るべき衝撃でその周囲が吹き飛んだ。

(なんて威力だッ!?)

 粉々になった石畳の破片と土埃が舞い上がる。
 ユウはその破壊力に恐怖し、更に距離を取るべく後方に飛んだ。

「楽しいなぁ。力で全てをぶち壊すのは楽しい。クヒ、次は外さんぞ」

 毒々しい拳で大穴を作った張本人は振り返り、狂気の笑顔をユウに見せる。
 そして聖人少女を倒すべく走り出した。

(ハッタリじゃない。奴は決めに来るッ!)

 灼熱に囲まれながらも背筋が凍る感覚に苛まれ、足が震える。
 それでも、なんとかなけなしの勇気で己を奮い立たせた。

「だぁぁぁッ!」

 スピカを振るい勇猛果敢に攻め立てるも、

「透明な得物とはやっかいだが」

 寸で見極め避けられる。

「手の握りと動作を見ていれば剣筋の予測はつくッ」

 そして透明で視認できないはずのスピカそのものが、ダムドの紫色棘両拳で捉えられてしまった。

(捉えられた!? くッ、なんて力だッ!)

 びくともしない。
 大男と少女――聖遺物同士の優劣ではなく、単純な腕力勝負のみでは圧倒的にユウが負けていた。

「やはり実体そのものはある。刃はない、剣というより棒か……しかし興冷めだな。貴様ではこの聖遺物の使い手に相応しくないッ」

 興さめ。
 スピカを握るユウごと軽く持ち上げる。

(しまった――!?)

 ユウは血の気が引いた。
 今更手を離したところで間に合わない。彼女はこれから待ち受ける未来が想像できてしまった。

「このまま叩きつけてくれるッ」

 残酷な結末を告げる赤黒い鎧の聖人が、思いっきり両腕を振り上げようとした刹那――

「ぐぁぁッ!」

 どこかで断末魔の叫びが響いた。
 そしてダムドの足元へ、鎧ごと「高温過ぎる何か」に焼かれて絶命した騎士が飛ばされてきたのだ。

「何ッ……ついに来たのかッ!?」

 焼け焦げた死骸を見て興奮の声を出したダムドは、彼の部下が飛んできた方向へ狂気じみた視線を向ける。

「エレナだッエレナが来たぞぉぉッ――ぐぉッ!」

 悲鳴。
 自らが追い立てた村人のように逃げ惑う漆黒の騎士が、後方から飛んできた火球を受けて倒れた。
 炎に巻かれ転げまわる彼に追撃の火球が直撃し、またも焼かれた死体が出来た。
 ダムドだけではなく、捕らわれのユウ、残る騎士達――全員の視線が彼が逃げてきた方向へ注がれる。
 灰色の煙の中から、緑黄色に光る粒子群と共に、口元を抑えて咳き込む涙目の黒髪美人――エレナその人が出てきたのだった。

「ケホッゴホッ……ったく、どこのどいつなの、わたしの安眠を妨害する大バカ者は」

 切れ長の瞳を怒りに染めたエレナが周囲の者達を睨みつける。
 グラマラスなボディラインが出る黒いローブを纏った彼女は、右腕に青白い幾何学模様が刻まれた腕輪をつけており、その艶やかな黒髪に綺麗な蒼い薔薇の髪飾りを挿している。
 炎に囲まれた村の広間へ突として浮世離れした雰囲気を漂わせ現れた彼女に依然としてダムドに捕らわれたままのユウは、幼き日を思い出していた。

(この人がエレナ、昔父さんから聞いた通りの見た目だ! やっぱり温泉にいたあの人かッ)

 力尽きたフリをしながらまじまじと不老の女傭兵を眺める。
 もはや興味の対象が移り変わり、死の恐怖から平静さを取り戻したユウに注意を向かないダムドが、実在する畏敬の存在へ気を更に高ぶらせた。

「こいつがエレナか。ガキの頃に見た姿と何も変わりやしねぇ、こりゃ本物の化け物だぜッ」
「うわぁッ!?」

 聖人少女をいらなくなった物みたいに放り投げるダムド。
 ユウは一瞬狼狽えたものの、すぐに意識を切り替え空中で態勢を整えて着地する。

(危なかった。彼女が来なかったら死んでたな、あたし)

 そして安堵のあまり足の力が抜け、尻もちをついた。
 完全敗北し、ゴミのような扱いを受けたとてユウには関係ない、結果として自身は生きている、それが重要だった。

(悔しいけど、もうあたしにできることはない。エレナ……最強の聖人と言われ戦場で打ち立てた様々な逸話は本当か、離脱して確かめさせてもらうとしますか)

 対聖人との初戦闘で、死に等しい敗戦を喫して無力を実感。
 戦意喪失の聖人少女は、本物のエレナの戦闘を見守ることに決めた。よろよろと立ち上がり、焼かれた村内で奇跡的に火がまかれていない家々の陰へ移動する。

「さて、ここからが本番だ。クク、このダムドあろうものが震えておるわ!」

 ダムド。彼もまた自身が信じる主君のためと武功を立て続けた聖人であり、歴戦の猛者だ。
 そんな彼が、嘘か誠か百余年前から戦い続けていると言われるエレナといざ対峙してみれば、未知との遭遇に対する畏怖に無敵と謳われた存在と戦える戦士としての高揚が交わり、いよいよ震えが止まらなくなった。生き残っている彼の部下達はもはや呆然と戦いを眺めるだけである。
 震える指先をエレナに向けたダムドは、上擦る声で問う。

「一応確認するッ。貴様が右手の腕輪聖遺物で火を風を水を地を操る不老の女傭兵、エレナで違いないかッ!」
「大体合ってるんじゃない。見た目は貴方達に似てるけど、私達に老いという概念はないし」

 腕組しながら不機嫌そうに秀麗な眉をひそめるエレナが答えた。
 彼女の常識をその場にいた人間達は理解できず、誰もが困惑の表情を浮かべるしかない。
 そして、次は彼女の方からダムドへ問いかけた。

「これで満足? 用が済んだならお別れでいいかしら」
「ふざけやがって、本物の化け物が……ハルバーン王に代わりこのダムドが大陸の秩序を乱す貴様を今日ここで処刑してくれるッ!」

 会話終了。
 早口で捲し立てながら宣言したダムドが両拳を腰の上方に構え、駆け出した。
 エレナが額に手を当てため息をついた後、彼女の周囲に緑黄色の光球が複数現れ、慌ただしく舞いだした。
 鋭い眼光を迫るダムドへ向けた彼女は、右手を前方に突き出しながら今一度訊く。

「ふーん。で、誰がわたしを殺してくれるって?」
「俺がだよ! この帝国特攻部隊隊長、ダムドォォッ!?」

 名乗りながら拳を振りかぶった瞬間だった。
 ダムドが突然の出来事に目を見開く。
 いきなり地面が崩れ出し、そのまま大地が鳴動して地盤が沈下したのだ。大柄な自身をすっぽりと包む
巨大な落とし穴が出現して転落していく。

「ぐぉぉッ!? これは一体ッ!」

 ダムドとてあっけにとられるしかない。
 摩訶不思議なエレナの聖遺物の効力を身を持って知った時にはすでに遅かった。
 死の宣告が始まっている。
「あなたバカなの。地を操るって、わたしがどうやって戦うか把握してるくせに突っ込んできてそのままドボンって。やっぱりソレ、ただの人間が使うモノじゃないわね」

 ダムドを見下ろすエレナ。
 氷のような冷たい表情をしており、突き出された右手の先には、聖遺物特有の幾何学模様がそのまま飛び出したような青白い印が出現している。

「き、貴様ッ。やってくれたなッ!」

 兜の中で歯ぎしりをして悔しがるダムドに、エレナは冷酷かつ真実の言葉を続ける。

「もう結果はわかったハズよ、ただの人間がわたし達の武器を使おうが、感性が優れているかよっぽど修練を積まないと本当の力は引き出せない。そしてあなたの使い方は最悪よ」
「不意打ちで何がわかる! 殺す、殺してやる」

 敗北を認めたくないダムドが跳ねるように立ち上がり喚き散らす。
 不老の女傭兵はこれ以上のやりとりは無用と判決を下した。

「そう。じゃあもう容赦はしないわ、輪廻の渦の中で後悔なさい」

 青白い印から閃光が迸り、小さな岩程の大きさのをした火球が現れる。
 それは凄まじい速度でダムドの元に打ち出された。

「なッ!? うぁぁぁぁッ!?」

 絶叫と共に大穴の中が炎上。

「ちくしょぉぉぉあぁぁぁッ」

 エレナは一撃で攻撃の手を緩めることなく、部隊長が絶命するまで様々な形状の火球を打ち込んだ。

(なんて強いんだ。最強なんて言われるワケだ。この人が不老の女傭兵エレナか!)

 焼き崩れる村の熱気を受けながら、あんぐりと口を開けてたまま戦闘を見ていたユウ。
 殺されかけた聖人がエレナにとっては相手にならず、赤子の手をひねるかの如く簡単に戦いを終わらせたのだ。
 衝撃のあまりユウは未だ体が動かない。当の本人は炎の攻撃を止めて振り返った。
 その先には、ガタガタと膝をついて震えるダムドの部下らがいた。

「で、あなた達の親玉は朽ち果てたみたいだけど、まだやるの?」

 腰に手を当てながら、凄まじい威圧感を滲ませて言い放つ。
 漆黒の騎士達は武器を捨てると虐められた子供のように泣きながら、一目散に村から逃げ出していった。

「ふぅ、やっと終わったわね……さて、と」

 戦闘を終え一息ついた気だるそうな顔のエレナが、焼け落ちる村々を見回した後、今度は右手を空に向かって伸ばした。

(お次は何をする気だ?)

 脅威が消え去り自身でも気がつかない内に落ち着いたユウが立ち上がり、興味深くエレナの行動を見つめる。
 するとまた発現した幾何学模様の印から鉄砲水の如き水噴流が、天高く打ち出された。
 やがてそれがエレナの匙加減によって空に広がり、小さな村の隅々まで降り注いだのだ。
 エレナが次々と起こす事象にユウは愕然とする。

(凄い。聖遺物で水を意のまま操って雨まで降らすなんて。まるで神様じゃないか)

 雨に濡れながら争いの象徴の炎を諫め続けるエレナが、ユウには神々しく見えた。
 その姿は見惚れてしまうまでに美しかったのだ。
 そうして時は過ぎ――

「――はッ」

 昨夜からずっと張っていた極限の緊張も切れ、気が付いたら立ったまま瞳を閉じていまい、意識がところどころ消失してしまったようだった。
 どれくらいの間そうしていたのか、ユウは覚えていない。世は明けて、始まりの太陽が顔を覗かせていたのだ。村を覆っていた暴虐の炎もすでに鎮火しており、大きな虹がかかっていた。
 ユウが意識を取り戻した時には、エレナは場を後にしようと歩を進めていた。

「待って!」

 慌てて声を掛けるユウ。
 エレナは立ち止まったものの、顔を聖人少女へ向けようとしない。

「何?」
「あの、その……ありがとう」

 やっとの思いで吐き出した言葉は素直な礼だった。
 エレナが介入した結果としてユウは生きている。それは事実だった。

「別に、礼を言われる覚えはないわ。あなたを助けるつもりもなかったし」

 だがぶっきらぼうに返され、ユウはおろおろと戸惑う。
 そのまま歩みを再開したエレナを思わず追ってしまい、めげずに話しかけようとするが――

「エレナ、さん」
「ついてこないで。わたしについてくると、この村の人間のようになってしまうわよ」

 明確に拒絶された。
 もはや立ち尽くすしかないユウは、彼女が焼失した村を後にするまで、後姿を眺めることしかできなかった。



[43682] 第6話 ストーキングDAY 前編
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Date: 2020/11/24 11:09
 澄み切った青が空を彩り、清涼な風が大地に息吹く。
 昨日、この地で起きた惨たらしい灼熱の殺戮が嘘のように見える平和な情景だった。
 快晴の下、人知を超えた戦いの生き証人である聖人少女アメリは、自身のように奇跡的に生き残った者がいないか消し炭と化した村中を必死に捜索したが、それは叶わなかった。
 成果は、奇跡的に自身の置き忘れたバックが燃えずに残っていたのを回収したのみだった。

(やっぱりダメだ。生き残ってる人は一人もいなかった)

 暗い面持ちで壊滅した村を後にした彼女は、ここへ来るきっかけとなった女性を思いだしながら、出会いの森の中を一人でとぼとぼと歩く。

(クソ、呑気に寝てないでずっと起きてれば一人でも助けられたのかもしれないのにッ)

 後悔の念が押し寄せ、項垂れるように顔を伏せる。
 そして立ち止まり、自身を結果的に救い村へ巻かれた炎を全て消して見せた不老の女傭兵を思い浮かべる。

(エレナ、か。彼女は一体何者なんだろう)

 昨日の戦いの最中も、同じ人間にしか見えない彼女がまるでユウ達とは違う存在だという口ぶりで話していた。

(あの人がいないとあたしは死んでた。ダムドとは同じ聖人相手なのに、まるで相手にならなかったし)

 深いため息をついたユウ。
 昨日の対聖人との初戦闘を思い返すと、今でも身震いするまでに恐かった。
 普通の人間相手には無敵の強さを誇っても、同じ聖人のダムドには聖遺物の効力の違いというより、戦士としての力量と経験、覚悟で天と地程の差があったのだ。
 そして命を取られてもおかしくなかったが、そんな実力者を子供扱いするまでに強いエレナと、世には上には上がいるものだと改めて実感していた。
 自身の無力さを歯噛みし、悲惨な出来事を思い出して精神的肉体的にも疲弊するユウだが、少しづつ気を取り直し今後の行動指針を立てようと前を向いた。

(とにかくこの国にはもういられない、早く故郷に帰って色々報告しなくちゃ……でも)

 一部隊がたった一人の手によりほぼ全滅したという恐るべき出来事。遅かれ早かれこの事実が国の中枢部に知られれば、王国騎士団本隊は大々的に動く。
 巻き込まれる前にこの地を去るのが先決とわかってはいるユウだが、頭の中にどうしてもあの美しい黒髪の女性の影がちらついた。

(エレナはあれからどこに行ったんだ……分かれた時は北東の方角へ向かったような)

 関りを拒否されたのだ。これ以上どうしようもないが、彼女の行先が気になってしょうがなかった。

「でも、地図通りだと北東へ真っすぐ向かえば王都方向のはずで、あたしの故郷とは真逆だ」

 言いながらその場で座り込み、バックからお手製の地図と羅針盤を取り出して見やりながらう~んと唸るユウ。
 静寂の中、野鳥のさえずりを聞きながら目を閉じて考える――程なくして彼女は、

「何をやってるんだあたし! 何でエレナのことばっかり考えてんだ!」

 ハッと目が覚めたように意識を覚醒させ、昼間でも人気のない森で叫んだ。
 そした驚いた野鳥たちが一斉に木々から飛び立つ。

「助けてもらったけど、もうあの人と会うことはないんだ。この森を抜けたらすぐに故郷へ引き返さなきゃ。どこかで王国の関係者に見つかっても厄介だし!」

 頬は何故か赤らんでいる。
 自身に言い聞かせるように呟いたユウは、その存在をかき消すように首をぶんぶんと振り、立ち上がった。意識を切り替えた彼女は前方を向いた瞬間、目を見開いて仰天してしまう。

「あれッ!? 嘘ッ! え、エレナ!?」

 ユウは思わず指をさして叫びそうになったが、ハッと口に手を当てた。
 かなり距離はあるが今朝方別れたエレナその人が、エレナの先を歩いていたのだ。

(なんて偶然――けど見つけたぞ。よし、こっそりと後をつけてみよう」

 彼女を見た瞬間、ユウの行動指針が変更された。
 優先順位はエレナが一番となったのだ。
 そうと決まれば赤髪少女は草木に隠れながら、徐々にエレナと距離を詰めていく。ユウには彼女が目的地を定めて歩いているようには見えなかった。エレナは気がつけば整備された道を抜けてふらふらとあてもなく、ただただ歩いていく。
 ユウは無言のまま後をこっそりと着いていった。
 そうして随分と横道を歩いたところでエレナがやっと立ち止まった。
 何かを訝しげに眺めているようだ。
 木陰に隠れたユウも彼女の視線の先を見やり、息がつまるほど驚いた。

(あれは……神々の墓だ。こんなところにあるなんて!)

 エレナの目の前に鎮座しているのは、小さな神殿のような黄土色の建物だった。
 深い森の奥で急に現れたそれは、至るところに聖遺物に刻まれているのと同じ幾何学模様が描かれいる。

(久しぶりに見た。相変わらず、見れば見る程不思議な建物だ)

 ユウが使う聖遺物――スピカを初めて身に宿したのは、彼女の祖父だ。
 まるで神様を祭るために作ったかのような摩訶不思議な建物を、人々は神々と墓と呼んでいたことを彼も幼い頃から知っていた。ずっと昔からそこにあったのに、入り口の扉は閉じられたまま誰も開くことは出来なかった――しかし彼が何気なく出向いたその日、何故か扉は開いていた。
 彼はエレナとユウの目の先にあるものと全く同じ大きさと構造をした小規模な墓地遺跡の奥で、聖遺物とソレを手に取る面妖な衣服を身に着けた骸を見つけた。
 そして同じ経験をした者は彼だけなく、ルアーズ大陸中に大勢いたのだ。
 ユウは久しく見ていなかったので、興奮を抑えきれず胸が高鳴った。

(神々の墓といい、昔の人は聖遺物みたいなワケのわからない兵器をどうやって作ったんだろう)

 聖人であるユウは墓に刻まれている文字を理解できる。
 内容はルアーズ大陸全土で信仰されている神話であると彼女は認識しているがそれ以上説明がつかなく、半ば思考を放棄していた。
 何故このような遺跡が大陸中にあるのか。ずっと封印されていたのに、何故一時期を境にして一斉に開いたのか。そして何故、人知を超えた武器を手に取った者が埋葬されているのか。
 その者は何者なのか。ソレを手に取った者は、何故に描かれた幾何学模様の意味を自然と理解できるようになるのか――

(う~ん――あ! エレナが入っていったぞ)

 聖人となった赤髪少女が考察していた最中だった。
 黒衣の美女は臆することなく、ずかずかと神々の墓へと侵入していった。

(新しい聖遺物が欲しいのかな。でも、荒らされてない神々の墓なんてもうないはずだけど)

 ルアーズ大陸の人々を新時代へと誘った宝物庫は、ほぼ全てが捜索されたとの認識を現代に生きる人々は持っている。
 この森の神々の墓も例外ではなく――

「あ、やっぱりもう出てきた」

 程なくしてエレナが出てきたため、ユウは屈んだ。
 彼女がどんな目的で入ったかは不明だが、滞在時間の短さからして神々の墓の聖遺物と遺体は盗まれた後だったようだ。

(神々の墓もエレナも謎だ……てゆーか、今度はどこに向かうんだろう)

 休みもせず今度は何もなさそうな藪に入っていく様子を見て、ユウは肩をすくめた。

(あたしこそ何やってんだか。このままあの人についていってどうするんだ……まぁ自分で決めたことだけどさ)

 自身も正気ではないなと苦笑しつつ、歩き出した。
 もはや故郷の方向やガルナン王国の動向など気にしたものではなく、エレナという存在に引き寄せられるように自身も行動しているが、その興味の強さにも説明がつかなかった。
 歩いた。敵国要人の行動を探るかの如くエレナと距離を取りながら、人気のない森の中をひたすらに歩いた。
 程なくしてエレナがある場所で立ち止まる。
 そこは――

(崖に出ちゃったし。で、エレナはこんな場所でどうするんだ。こっちはもうヘトヘトだよ)

 弱弱しく言いながら肩で息をするユウ。
 足腰には自信があった彼女だが、休憩も食事もなしに歩き続けたため、そろそろ体力的に限界が近づいていた。
 草むらでしゃがみ込み、汗をぬぐいながら斜め向かいで立ったままのエレナを観察する。

(あれ? 何だか様子がおかしいような……!?)

 彼女の横顔を遠目でチラチラと見ながら変化に気づく。
 不老の女傭兵はそよ風を受けながら、崖の向こう側の雄大な山々を物憂げな表情で眺めている。
 悲壮感溢れる雰囲気の彼女は、そのまま崖の下を見たようだった。

(ちょちょッエレナ、何をしようとして……まさかッ)

 最悪の可能性がよぎり、気づかれることなど考えれずに思わず立ち上がったユウ。

「まさか飛び降りる気かッ!? 早まるっちゃダメだッ」

 血相を変えた赤髪少女の身体が瞬間的に動いた。
 疲労感は吹き飛び、エレナの元へ走り出す。

「エレナァァッ!」

 叫びながら、これ以上ないくらいの速度で激走する。もはや一刻でさえ惜しい。

「――は!?」

 声の方向へ振り返るエレナ。
 必死の形相をした赤髪少女が迫っており、その右手が自身の体に伸ばされていた。

「キャアッ!?」

 突然の襲撃としか思えず頓狂な声をあげて驚愕し、反射的にのけ反るエレナ。
 結果としてユウの右手は空を掴んだ。



[43682] 第7話 ストーキングDAY 後編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:10
「避けたァァァッ!?」

 ユウにとっては想定外の展開。
 ひっくり返った声で喚きながら転び、空を飛ぶような感覚に苛まれた。
 事実、彼女は一瞬だけ宙に浮いた。

「あ」

 間の抜けた声しか出せない。
 ユウはすぐに理解できた。自分が崖から飛び降りたのだと――

「くッ!」

 刹那、瞳を閉じたユウが死を覚悟し生れ落ちてからの記憶を巡らせるより早く、エレナが右手を上げて腕輪型聖遺物の効力を発動させる。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁッ」

 聖人少女が落ちるその先へ、鳴動する壁面から突如として巨大な手の形をした岩石の造形物が、大きな破裂音と同時に飛び出して伸びた。

「なんだこりゃ――あぐッ!」

 出現した手形の崖先に背中から落ちたユウが、痛みのあまりのけ反った。
 間一髪――エレナの対応が後少しでも遅かったら、ユウはそのまま谷底に落ちていき絶命するところだった。

「痛たた。あれ、えッ嘘、助かったの?」

 腰から背にかけて激しく痛むが、それは生きている証拠だった。
 ユウは目を白黒とさせて辺りを見渡し、再度驚き慄いた。

「あれッ! 崖が落ちた先にまたあったのか……あたしって運がいい」

 作られた岩肌とは気づかず呆然と呟きながら、痛みと生きている感動が入り混じった涙を流したユウ。体を少しづつ動かしながら、骨を折るまでの重傷でなかったと認識した彼女は、自身が落ちてきた方を見見上げた。

「そうだった、エレナはどこに――」

 一段目の崖先にはいないようだ。
 平静を取り戻したユウは思い返した。
 落ちる瞬間、瞳に映った愕きの表情。彼女はユウに不意打ちを仕掛けられたと感じたかもしれない。

(どうしよう。とにかく怒らせないように、上手く誤解を解かないとな)

 冷や汗をかく赤髪少女。
 そして痛みが引くまで待った後、岩肌を器用に登り切った。
 意を決して顔をあげる。その先には――

「運がいいとかじゃなくて、わたしが作った崖だからッ」

 腕を組んで立ち、墳怒の形相を浮かべた黒髪美女がいたのだ。

「ひえええぇ!? 聞こえてたのッ」

 不老の女傭兵の聞き耳の精度に驚きつつ敵意に満ちた視線に刺されて身をすくめるユウへ、怒るエレナが更に捲し立てる。

「あなた、昨日村にいた人間よね。こんな険しい崖で不意打ちとはいい度胸してるわ!」
「そのようなことはッ――って、聖遺物で作った!?」

 第一声の内容に今更反応した聖人少女。エレナに慄きながらも、驚嘆の声をあげる。
 自身が登ってきた崖下を確認し、強張っていた小さな顔が微かにほころんだ。

「手の形だ。慌ててたから落ちたところをよく見なかったけど……昨日使った大地を操る力であたしを助けてくれたんだねッ」

 感謝に満ちた表情を浮かべたユウだが――

「勘違いしないで」

 一蹴。

「あのまま落ちていくのを見ていてもよかったけど、昨日結果的に助けてやったあなたが、どんな理由があってここまでついてきて襲ってきたのか興味深いから、ぜひとも理由を教えてほしかっただけよ!」
「ひぃぃぃッ。やっぱり怒ってる!?」

 エレナの剣幕に圧倒され、叱られる子供の用に萎縮するユウだが、

「あなた達の言葉で、こういうのは恩を仇で返すというんでしょ! 本当に卑劣――」

 そこまで聞いた瞬間――弱気な姿勢から一転し、飛び上がって否定する。

「ち、違うよッ! 君がそこから飛び降りようとしてたから止めたんだ!」

 真剣な表情で嘘偽りのない言葉を伝える彼女へ、エレナは一瞬たじろいだものの、

「飛び降りるって、わたしが!?」

 想定外の答えを投げられて困惑の表情を浮かべる。
 ユウはわかってほしくて、更に必死の説明を続けた。

「そうだよ。つけてきたことについては謝るッ。けど崖についた時あなたは俯き下を向いていた。だからッ、命を絶とうとしてると思って、気がついたら駆け出して――」
「あなたは勘違いをしてるわ」
「――は!?」

 あっさりと否定されたユウは、頭の中が真っ白になった。
 半ば呆れ顔のエレナが、崖の向こう側の絶景を指差して続ける。

「わたしはただ、この世界の景色を見ていただけよ」
「世界の景色って……ならあたしは勝手に早とちりをして、勝手に死にそうになってまた結果的に助けられちゃったってこと!?」
「まぁ、そういうことになるわね」

 エレナの言葉を意味を遅れて理解したユウは、己の思い込みの激しさが生んだ勘違いに呆然とするしかない。
 無言のまま頷くエレナを見て、そのまま力なく膝を落とした。
 彼女は、エレナへ迷惑しか掛けていない現実を認めたくなくて頭を抱えたまま、「ごめんなさい、でも違うんです」と誰に言っているのかわからない謝罪の言葉を、うわ言のように呟き出したのだった。
 そんな赤髪少女のおかしな逃避行動に、不老の女傭兵の険しい顔つきが次第に緩み、

「くくく、ふふふ」

 やがて破顔に変わったのだった。

(――って、えぇ! エレナが、笑ってる!?」

 何事かと顔をあげたユウは、その自然体の笑顔を見て驚きを隠せない。
 村で漆黒の騎士達を倒した際に見せた冷酷な顔つきと、今しがたユウに激しい剣幕で怒鳴った様子からして負の感情しか持ち合わせていない人なのだと思っていたが、今の彼女は真逆だ。

(こんな顔が出来る人だったんだ)

 魅力的な微笑みを浮かべて、心から楽しそうに笑っている。

「あなた、結構面白いわね」

 腹部を押さえるまで笑い過ぎて涙目になっているエレナが、彼女なりの賞賛の言葉を伝えたものの、

「そんなに笑わなくたって。勘違いだったけど、あたしは真剣にあなたを助けようとしてたんだからッ」

 馬鹿にされてるように感じ、不満げに頬を膨らませた。
 可愛らしく怒る聖人少女をエレナが、

「わたしを助けようとしてくれたんでしょ、フフ。ねぇ――」

 やわらかにたしなめつつ、

「あなた、名前はなんというの」

 名を聞いた。
 二人の周りを一陣の風が舞い上がる。
 予想外の態度にまたも驚くユウだが一呼吸置おいた後、素直に名を教えた。

「あたしは、ユウ・アンセムだ」
「ユウ、ね。わたしのことは――説明するまでもないわね」

 ユウは静かに頷いた。

「あなたの話はどこまでが本当かわからないけど、小さい頃から色々と聞いてる」

 そう言われたエレナは自身の右腕を軽く上げると、腕輪型聖遺物を至近距離でユウへ見せる。

「目の前でこの力は見たでしょうしね。それでもつけてくるなんて、わたしが恐くないの?」

 不思議そうにユウを見据えるエレナ。
 率直な疑問。しかしユウは本当の意味で不老の女傭兵を恐れていなかった。

「今は怖くはない、かな。むしろあなたは、本当は優しい人なんじゃないかって思ってる」

 昨日今日とエレナとの出来事を思い返しながら、ユウが答えた。
 戦いを終えて炎に巻かれた村を無視することも出来たのに、彼女は雨を降らせて火を消した。
 そして崖から落ちたユウを全力で救ったのだ。

「このわたしが優しい、ですって」

 嘘偽りない言葉を受けて、エレナは紫水晶の瞳を大きく見開いた。
 雷に打たれたかのような衝撃が彼女の身体中を巡る。

「うん」

 ユウが首肯して笑顔を作った。
 面食らう不老の女傭兵は何故だかわからないが、色白の顔がばっと赤くなりしどろもどろになる。

「け、けどねぇ、昨日はともかくさっきは本当に助けたつもりはなかったの。救ってやった者に襲われたと思ってその理由を聞いてみたかった、それだけなのよっ」

 先程までの激昂に満ちた様相から一転し、羞恥心を隠せずばたばたする年頃の女性のようなエレナへ、ユウは実直な想いを更に伝える。

「それでも、だよ。あたしは本心で言ってるんだ」
「はぁ、これ以上言っても無駄ね。人間に優しいなんて言われたのは初めてよ」

 諦めの息を吐いたエレナが恥ずかしそうに俯きながら、もごもごと言った後半の言葉が聞こえず、ユウはきょとんとした顔になった。

「え、今なんて言ったの」

 聞き返すが、

「何でもないッ。というかあなた……限界っぽいけど、大丈夫?」

 またも一蹴され、今度は心配そうな顔をされる。
 その意味がわからず、疑問の声を出す。

「わたしがどうか――あぐッ」

 急な立ちくらみがユウを襲った。全身の力が抜けていくような感覚に苛まれる。

(あ、あれこんなところで疲れが)

 無理もなかった。昨日から現在に至るまで命を懸けた戦いや後味の悪すぎる別れにエレナ追跡と自身を精神的肉体的にも酷使する出来事が相次ぎ、ユウの生命動力が切れたのだ。
 聖人少女は突き抜けるような青空を見たのを最後にバランスを崩して倒れるが、

「やっぱり大丈夫じゃないわね、おやすみなさい」

 エレナの豊満な胸元が受け止めた。
 包み込むような柔らかく大きな膨らみに顔をうずめたユウは心から安堵した気持ちになり、そのまま意識をここではない彼方へ飛ばした。



[43682] 第8話 思惑
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Date: 2020/11/24 11:12
 その場は豪華絢爛と呼ぶに相応しい空間だった。
 ルアーズ大陸を創造したと言われ、広く信仰されている女神を描いたアーチ型の高い天井。
 石造りの床と金銀が装飾された壁。太古の闘争を模した神々の彫刻が置かれ、百の高官が楽に入るくらいに広い。
 鮮やかな赤い絨毯が床一面に敷き詰められたここは、ガルナン王国王城内の玉座の間。
 この国を統べる者は、石段を上がった先の高い背もたれのある純金の椅子に足を組んで座っていた。
 侍従や女官、臣下に囲まれた彼は彫りの深い顔立ちに太い眉毛、そして坊主頭に剃りこみを入れ、青色のガウンに逞しい肉体を包んでいる。
 一目見ただけでは世の人々が想像する王には見えない奇抜な恰好に、不敵な笑みを浮かべる男の名前はハルバーン。傭兵団の長から一国の王へと成った、聖人台頭時代を象徴する人物だった。
 その異様ないで立ちの成りあがり王にべったりとくっついているのは、派手な装飾が施された白色のドレスを着た桃色髪の女だ。
 十代の少女にしか見えない肌質だが厚化粧を施しており、熟した女性の香りさえ醸し出している。
 妖しい彼女はハルバーン王の伴侶であった。周りの視線など気にせず身を寄せ合う二人を含めた全員が、ある者の報告を聞いていた。
 それが一段落ついた後、ハルバーン王がにんまりと笑う。

「確かなのだな。本物のエレナがいたのだと」
「ハッ。逸話通りの恐るべき聖遺物を使用しており隊は奴の手によりほぼ全滅。ダムド様も、殉職されました。そしてやっかいなことに他の聖人も従えていまして」

 兜を外して汗と血にまみれた渋面を出し、息も切れきれに作戦失敗の説明をしていたのは特務部隊所属騎士だった。命からがら逃げてきた彼の漆黒の鎧はほぼ全面が焼け焦げ破損しており、もはや使い物にならない。彼らが敗北した相手との戦闘の激しさを物語っている。

「ワタクシの言った通りでしょ、ハルバーン様。不老の魔女は言葉通り生きていて、今度はガルナンを攻めようとしてるって」

 ハルバーン王の肩へしなだれかかってきた女が、鼻にかかった甘い声で彼に囁く。

「やはり不老の魔女は俺の国に牙を向けると……流石は我が妃、お前のおかげで先手を打つことができそうだ」

 女の桃色の巻髪を愛おしそうに撫でながら、その名を呼んだ。

「なぁミルン。強く美しい俺の女よ」

 ミルンと呼ばれた伴侶は、妖艶な笑みを浮かべて頷く。

「えぇ。かの女を倒すことのできたならば大陸平定など容易いものですわよ、気高く勇敢なワタクシの愛する人、ハルバーン」

 爛々と光る大きな翡翠色の瞳でハルバーンを見つめるミルン。
 麝香の香水の匂いが傭兵王を酔わせる。
 ハルバーンは臣下に囲まれていることなど気にせず、ミルンを荒っぽく抱き寄せて囁き返す。

「あぁ。我らが覇道、共に選ばれし聖遺物によって成し遂げようぞ」
「えぇ。そうと決まれば早急にことを成さないと。もうその辺をうろついているかもですわ」
「だな。ヤスケールよ」

 促されて勢いよく立ち上がったハルバーンが名を呼んだのは、赤い絨毯の両脇に立つ臣下の内の一人――上半身にあますことなく幾何学模様の刺青が入った黒い肌の男だ。
 右耳には、聖遺物の幾何学模様をあしらったような形状の装身具型聖遺物をつけている。
 王に負けず劣らずの筋肉質で長身な彼は、精悍な顔をハルバーンに向けた。

「明日一番に第一隊を引き連れて経つぞ! 待ちかねた不老の魔女捜索だ」
「ハッ」

 ハルバーンは次いでヤスケールの隣に立つ、流水が如く透き通った空色髪の女性に声を掛ける。

「アンジェ!」

 宝石に似た明るい碧眼の彼女は、特務部隊生き残りの兵士の報告が始まる以前から、伏し目がちで浮かない様子だった。
 それでも王に名を呼ばれては無視はできない。
 凛々しく美しい顔を上げ、鋭い光りを放つ聡明な瞳を向ける。

「お前には留守を頼むぞ」

 ハルバーンが絶大な信頼を置くアンジェ。
 愛用の白銀の鎧を身に纏った彼女は片手を胸におき、ゆっくりと口を開いた。

「承知しました」

 感情のない声には疑問を持たず、忠誠の意を見せる自慢の忠臣らを眺めて満足げな表情を浮かべるハルバーン。首につけている輪の形状をした銀色の聖遺物が妖しく光る。
 慢心しきった彼は、後方から発せられた狂気の光が宿る眼差しにも気がつかない。

(ウフッ。長かった……本当に。エレナ、ついに見つけましたわよ)

 歪んだ笑みを浮かべるミルン。
 彼女の心中には永遠の愛を誓ったことになっているハルバーンの姿はなかった。



[43682] 第9話 神様になる試験を受けていたら、いつの間にか時空転移しちゃってました
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Date: 2020/11/24 11:12
 ユウの意識は覚醒した。
 弾力ある柔らかい何かの上に頭を乗せていることを感じた彼女は、重い瞼をあける。

「うぅん、あれ...ここは」
 
 視界に入ってきたのは、

「目覚めたのね」
 
 心配そうにユウを見つめるエレナの顔と、星々の海だった。
 聖人少女は目をぱちくりとさせ、絶景に感動するよりも状況の把握に勤める。

「どうなったんだっけ、あたし――ッてて」
 
 言いながら起きようとした途端に頭痛に苛まれ、頭を押さえるユウ。

「無理はしないで。昨日からの疲れがまだ残ってるだろうから」
 
 優しい口調で促されてユウは頭を戻し、倒れる前の出来事を少しずつ思い出した。

「みたいだね、もう夜か。もしかして...あれからずっとこうしてくれたの」
 
 エレナに膝枕されていたのだと、やっと認識したユウ。
 不老の女傭兵は首肯した。

「流石に場所は変えたけどね、あなたを背負って結構な距離を歩いてきたのよ」
「は!? あたしをおぶったままあの森を抜けるって、エレナさん凄すぎるし...やっぱり優しいや」
 
 ユウが知る女性の限界を越える力と体力に驚きつつも、顔が綻ぶ。
 感謝の言葉に慣れないエレナは羞恥で頬を赤くしながら、顔をそらした。

「うぅ、その優しいって禁止」
「でもありがとうだよ。それだけは言わせて」
「もういいってば...あ、そうだ。ユウ、あなたに聞きたいことがあったのよ」
 
 わざとらしく話題を反らしたエレナにユウはキョトンとしながら、その引き込まれそうな深い瞳を見つめた。

「聞きたいこと?」
「えぇ。あなたは...その剣ともう一つの聖遺物をいつから持ってるの?」
 
 真剣な声色での問いに、ユウは正直に答える。

「父さんから継承してもらったんだ。あたしの一族では爺さんが初めてコクーンを見つけて、それを父さんに継承して。それで今度は父さんがスピカまで見つけて。それでまたあたしにって感じでさ」
「成る程、あなたはそういう経緯だったのね」
 
 継承――聖遺物の所有権を他人に移す行為。
 聖遺物を手にした者は誰だろうが入手した瞬間、手順が頭の中に生まれる。
 まるで幼き頃から習慣化した行動をそのまま覚えているように。

「うん。こう見えてもあたし、騎士なんだよ。普通は見習いの歳だけど、あたしは聖遺物を持つ聖人になったんだから特別にね」
 
 自身の情報を明かしながら、ゆっくりと立ち上がるユウ。
 次いで鎧の胸部左側にワンポイントで入った紋章をエレナに見せるものの、彼女は特に興味を持たず切れ長の瞳を更に鋭くした。

「そう。ならユウ、あなたはソレを持つという覚悟は当然出来ているのよね」
 
 問いただされ、言葉に詰まるユウ。
 彼女が何故いきなりそんなことを聞いてきたのか、そして聖人としての自身の心持ちも深く考えたことなどなかった。

「聖遺物をもつ覚悟、か...」
「曖昧なのね。それを持っている限り、誰と構わず襲われることになるのよ」
「それは、その通りだ」
 
 旅の道中の戦いや初めての死闘を思いだしてユウは俯く。
 自身が聖人である限り、終わりのない襲撃が続くのだ。
「昨日、あなたはわたしがいなかったら殺されて、あなた達人間が聖遺物と呼んでいるソレをはぎとられていたでしょうね」
「うぐぐ」
 
 エレナも次いで立ち上がり、厳しく指摘する。
 反論の余地もないユウは、ばつの悪そうに視線を反らした。
 虫の鳴き声と囁くような風の音だけが空間を支配する。
 エレナがはぁと落胆の息を吐きながら、手を差し出した。

「悪いことは言わないわ。ソレを持つ覚悟がなかったら、父親にしてもらったみたいにわたしへ継承なさい」
 
 実力者からの非常な没収宣告。
 柔和な様相から、いきなり厳しい態度をとるエレナの変化にユウは戸惑う。
 しかし彼女の言葉は現実的だった。どうしたらいいものかと、迷いの感情がこもった声を出す。

「それは・・・」
 
 一瞬考えた後、勇気を出して口を開いた。

「ゴメン、それはできない。未熟なのは認める。でも聖遺物を一族以外の誰かにあげることは考えられないよ」
「そう。まぁ強制してるワケじゃないから、あなたの好きにすればいいわ」
 
 言いながらも腕組みをしながらぷい、と頬を膨らませるエレナ。
 ユウは彼女が本気で怒りを露にしていないことへ胸を撫で下ろした後、最大の疑問をぶつけようと、意を決して声を出した。

「エレナさん。あたしからも質問なんだけど」
「なによ」
「あなたは人間ってあたし達のことを言うけれど、あなたは...あたし達と違うの?」
「そうよ」
 
 エレナは言い淀む様子もなく答える。
 ユウは彼女に対しての好奇心よりも畏敬の念が強まるのを感じつつ、次なる質問を投げた。

「まさか本当なの。じゃあ、不老っていうのは」
「本当よ。わたしは歳をとらない」
 
 嘘と感じられないまでに真っ直ぐな回答。
 自分は今、何者と話しているのだと戸惑いつつも、ユウは浮世離れしたエレナの美しい顔を見つめながら、震える唇を動かした。

「き、君は一体」
「ユウ。あなた、エリアル創世記っていうお話は知ってるわよね」
 
 遮られて逆に問われたユウだが、反射的に答えた。

「知ってる、というかルアーズ大陸に生きる者で知らない人はいないよ。エリアルが作った大陸に天から降りてきた光と闇の勢力が、支給された神々の武器を使って世界の管理者となるべく戦う試験のことだ。勝った方が戦いを見張ってる審判の神様の使いから洗礼の儀を受けるって」
 
 正解、とエレナが満足気に頷いた。

「その通り。聖人とやらになった人間が神々の墓に刻まれている文字を移して作ったもの。内容は途中で有耶無耶に終わってるけど実際はね、試験は未だに続いているの」
「な、なんだって!?」
 
 ユウは耳を疑ったがエレナが真実を言っているのは、表情を見ればわかった。
 腰を抜かしそうになるまで衝撃を受けているユウに、エレナは更に自身の秘密を明かす。

「えぇ。わたしはね、その参加者で光の者なのよ」
「はぁ!? ちょっと待ってよ。そ、そんなことが」
 
 壮大な自己紹介にもはや唖然としかけたものの、真剣な顔つきのエレナを前にして信じないという選択肢はユウの中にはなかった。
 一呼吸置き、これは真実の話なのだとなんとか受け入れたユウは、興奮で高鳴ってきた胸を押さえながら聞いた。

「でも、でもさ! だとしたらなんで戦いは終わってないの」
 
 エレナが渋面になって説明する。

「それがわからない。闇の連中との戦いの最中に何かが起こったことは確かでしょうけど、それが思い出せないのよ。気付いたらわたしは支給されてた武器を持ったまま、この大陸のどこだかわからない渓谷で寝てたわ」
「寝てたって...」
 
 間抜けよね、と自嘲してがくっと肩を落とすエレナ。
 込み入った事情であると認識したユウだが、更なる疑問が生まれる。

「ねぇ、エレナ」
「お次は何よ」
「世界が定まる前から、百年近く前のとある場所に君が時代を越えてきたと考えて、それなら敵である闇の勢力も同じくこの時代にいるってことになるよね!?」
 
 言いながら冷や汗をかくユウ。
 残虐非道、傍若無人、冷酷無比。エリアル創世記に描かれた彼らの特徴はまさに悪人そのもの。
 懸念事項を聞かれたエレナは気を取り直して顔あげると、

「とっくに目覚めてるハズ。傭兵として働いていたのは、戦っていたらどこかで奴らの生き残りを見つけれると思ったからよ。けど、探せど出で来るのは盗った支給品を使って神気取りの人間ばかりで、本物はどこにもいないからどうしようか困ってたけど」
 
 闇勢力の現状と自身のこれまでの行動を語った。
 息を飲むユウ。壮大な歴史の真実についていこうと聖人少女も必死に頭を働かせる。

(神々の墓に書いてある文字は確かに途中で終わってるけど、まさか現実に起こったことで試験そのものが終わってないなんて)
 
 月光に照らされた自身の聖遺物をまじまじと眺めるユウ。
 彼女の一族が使用する前のコクーンとスピカの持ち主は、どちらとも光の勢力の者だったと父から聞いたことを思い出していた。

(でも聖遺物や神々の墓が、そもそもいきなり100年前にぽんと現れたのがおかしいんだ)
 
 まるで夢想家が考えたような兵器が何の前触れなく大陸に現れ、人々の価値観が全て一変したのだ。
 生まれた頃から常識の一部となっていたので何の疑問も持たなかったが、成長するにつれ様々な事柄に疑問を持つようになるのとエレナとの出来事を得て、人々の歴史に突然入り込んできた超越武器はやはり異常なものだとユウは再認識した。

「このルアーズと名つけられた大陸を見回ったけど、わたしが戦っていた大地であることは間違いないわ。ワケわかんない、審判はちゃんと仕事してんのって感じ。もう天から見捨てられてるのかもね」
 
 お手上げよ、とエレナが肩をすくめた。
 そしてユウはここまでの話を頭の中で整理していた途中で、あることに気がついてハッと息を呑んだ。

「エレナ」
「はいはい。質問なら何でもどうぞ」
「じゃあ先代の人達は、君ら参加者の墓を暴いて遺体を売りさばいたり、納められた武器を好き勝手使って神様のフリしたり戦争を起こしてるってことなの」
「よーくわかってるじゃない。ご名答よ」
 
 エレナが不機嫌そうに返した。

「なんてこった」
 
 呆然としかけるユウ。
 神に近い存在の墓荒らしを人間達が大陸全土で行ってきたとは、なんとも罰当たりな話だった。

「試験運営元の神々側にも責任があるわ。本来は試験が終了した後、墓は地中深く封印されるハズ。それがどうしたことか試験が未完のまま人間が生きる時代になったこの世へ、無造作に晒されたんだから」
 
 腕を組ながら怒り顔で不満を語ったエレナだが、その後に「これからホントにどうしようかしら」と消
え入りそうな声で嘆いた。

(まさかこんなバカデカい規模の話になるなんて。どうすればいいんだよ)
 
 一方違う意味で今後どうしたものかと悩むユウ。
 もはや彼女一人では処理しきれない事柄だ。
 唸りながら考えた後、ある閃きが生まれた。

「そうだッ。エレナ、君の今後について提案があるんだけど」
「提案ですって?」
 
 柳眉をひそめるエレナに対し、ユウが苦笑いをしながら言った。

「一緒にあたしの住んでいる国に来てほしいんだ。そこで今後の対策を立てない?」
「あなたの国で、ですって」
 
 他力本願。
 もはやユウ一人では手に終えない状況であるため、他の者、自身の国の者達に助けてもらうことしかできなかった。

「うん。これはわたしの意見。それにわたしの国の王様、国民も国教として、光の勢力を支持しているんだ」
「ほう」
 
 興味み深げに話へ乗ってきたエレナ。
 ユウは話続ける。

「この大陸では二つに分かれてる、といっても大多数の人が光勢力を崇めている。中には過激な思想として闇の勢力を崇めてる人もいる。でも、闇が納めると暗く破滅的な世界になってしまうんでしょ」
「その通りよ。わたしたちが管理する世界は世を中立的な流れにするけど、奴らが支配すると極端な破滅的世界になるわね」
「やっぱりか。それは阻止したい。だから国王に君のことを説明して、支援したいんだよ」
 
 嘘偽りのない本心。
 闇勢力が世界のどこか生きているなら、早急に手を打たなければならないのは明白。その対抗馬の光勢力の者と何の因果か、知り合って話しが出来る関係を構築出来た。
 自国の王なら事情を話した上で考えに賛同してくれる確信もあったのだ。

(世界の命運を託して協力するなら、彼女しかないない)
 
 伝え終えたユウは真剣な表情で返答を――

「その話、乗ったわ」
 
 待つまでもなかった。 エレナは凛とした表情で即答した。

「早ッ!? い、いいの?」
 
 迷いなく答えたエレナに対して、頓狂な声で聞き返したユウ。
 穏やかな表情を見せてくれるようになったとはいえ、こうも簡単に承諾するとは思わなかったのだ。

「今のまま行動しても何も変わらないしどうしようか悩んでたから。それにユウ、あなただからその話を信じるのよ」
 
 エレナがにこやかに言った。彼女もまた、本心での考えだった。
 ユウが喜びの笑みを返す。

「信じてくれるんだね」
「えぇ、私の話も信じてくれたし。人間を信用するのはあなたが初めてだわ」
 
 すっとエレナが右手を差し出した。
 ユウは少し驚いた顔でエレナを見つめる。

「これは、握手かい?」
「えぇ。あなた達の世界でも親愛の証として手を握るのでしょう? わたし達もそうなの」
 
 成る程ね、とユウも迷いなくその手を握った。

「うん! ありがとう。改めてこれからよろしくね、エレナ」
「えぇ。こちらこそよろしく、ユウ」
 
 神の武器を使う人間の少女と光勢力の生き残りの女性との同盟が、人知れず生まれた。
 風が囁く草原地帯。白く輝く満月のみが、彼女達を眺めていた。



[43682] 第10話 ユウとエレナ
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:12
 その日も光がはじけたような青空が広がっていた。
 陽光の下を鳥獣が気持ちよさそうに飛んでる。彼らの独壇場の真下では、人間二人が草いきれのこもる緑の道を歩いていた。
 神に近い存在であり輝く美貌を持つ黒髪の女性と、明朗活発で可愛らしい赤髪の少女だ。
 昨夜、友としての契りを交わしたエレナとユウである。

「ふぅ。大分歩いたわね」

 涼しい顔のエレナが先頭を軽やかに歩く。

「疲れた~。そろそろ休憩しようよ」

 数歩後ろのユウが汗まみれの疲れ切った顔で弱弱しく言う。
 エレナがあきれ顔で振り返った。

「もうへばったのね...まぁいいわ、そうしましょうか」
「君と一緒にしないでよ、まだ昨日の疲れもとれないし。やれやれ、やっと休める」

 どさっと崩れるようにへたり込むユウ。
 バックから皮革を取り出しごくごくと喉を鳴らして水を飲んだ後、しぶしぶ座ったエレナに話しかけた。

「今後の方針をもう一度確認するよ。王様に事情を説明してエレナはあたし達の国が傭兵として雇う。そして国を挙げ闇の勢力の者を捜索、見つけ次第エレナに倒してもらうと」
「その前に見つけれるかが問題ね。まぁ全てが終われば管理者試験の審判が出てきて、それで終わりよ」
「相手側が生きて試験が続いてるなら審判もどこかにいるはずだもんね。時間はかかるけど、聖人と呼ばれてる人を一人一人調査していけば、必ず闇の生き残りは見つけられるよ」

 光と闇の闘争には審判が存在する。
 戦いの勝者勢力の前に現れ、大地を司る神に任命する役目のみに従事しているだけだが、このような参加者誰もが想定していない状況においても、役割を果たすべく数えきれない時が経過してもどこかで待機しているはずだとエレナは信じている。
 ユウもエリアル創世記の内容は、幼少期から嫌という程周りの大人から聞かされ暗記しているため、審判の存在についても知っていた。

「しても――ふわぁ...こんなに天気がいいと眠くなるね。このまま寝ていたいなぁ。ガルナン王国の騎士がまたうろちょろしてるかもしれないのに、くつろいでる場合じゃないとはわかってるんだけどさ」

 欠伸をしながら目を擦るユウが、草の上でごろごろしながら言った。
 そんなユウにつられて寝転がってみたエレナが、自信満々に言い返す。

「大丈夫よ。あんな奴らがまた集まってきたところで取るに足らないし、返り討ちにするわ」
「エレナが言うと頼もしいなぁ。流石は神様の卵だ」
「卵は余計よ」

 その時だ。他愛のない会話をしていた二人は突にして何かを感じ取り、表情を真剣の色にした。

「ちょっと――ねぇエレナ」
「これって...ユウ、あなたも気がついた?」

 大地に耳をつける二人。
 各々が感じた懸念は現実のものであると確信し、顔を見合わせる。

「うん、ここまで振動が伝わってくるなんて。馬の走る音だよ、それも凄い数の」
「盗賊にしては大所帯過ぎるわ。やっぱり追っ手を引き連れて戻ってきたんでしょうね
 
 もはや微かに伝わる地響きだけではなく、数えきれない程の馬がいななき、移動している音がはっきりと聴こえる。
 二人は立ち上がってすぐさま聖遺物を展開し、注意深く辺りを見渡した。


「一体どこから――あ!? い、いた」

 ユウが先に音の発信源を発見し、ぎょっと目を見開いた。

「どこかの兵士か――うぁッ!? あの旗はガルナン王国騎士団だ」

 小高い丘の向こう側から、甲冑に身を包んだ騎士の一団が続々と進軍する様子を発見したのだ。
 先頭の者が掲げているのはこの地を治める国の御旗である。

「王侯貴族の狩猟の護衛ってワケでもなさそうね。あれだけの数、まるでこれから一戦交えるって感じにしか見えないけど」

 真っ青な表情になったユウとは対照的に、エレナは冷静に大軍を眺める。

「ヤバい、こっちに真っすぐ向かってくるよ! どうしよう」

 大軍が規則正しく列をなして、大地を踏み鳴らしながら近づいてくる。
 慌てふためくユウへエレナは面倒くさそうに言った。

「元から逃げられる距離じゃないわよ。あいつら、最初からわたしを倒すつもりできたのかも」
「けど村にいた部隊が全滅したことを知るには早すぎないか。国に連絡する者だっていないのに――あ!」

 言いながら思い当たるフシがあったことに気づき、ユウはハッとした。

「いたよ! 襲撃された村で倒し損ねた兵だッ。もう王へ報告したのか!?」
「そんなところでしょうね。それでユウ、わたしから提案があるのだけれど」

 エレナが数歩前に出て、徐々に近づきつつある軍勢を見ながら言った。

「何さ?」

 そして振り返り、ユウへ自身の考えを伝える。

「わたしは戦だとあれぐらいの数は普通に相手をするけど、あなたは無理をして命を張る必要はない。心配しなくても、片づけたらあなたの住んでる国に向か――」
「そんなの嫌だよッ」

 即答。
 エレナが淡々と語った案に賛同できず、ユウは必死に自身の思いを伝えた。

「もうあたしたちは友達だ。エレナを置いて逃げたくない。それに、今こそ借りを返すチャンスだしさ」
「借りって、あなた」

 エレナは困惑した様子でユウに顔を向ける。
 赤髪の聖人少女はいつの間にか取り出していた透明なスピカを握りしめ、決意を訴えた。

「もう覚悟は出来てる! 聖遺物使いとしてのね」

 向けられた熱い眼差しから目を逸らしたエレナは、諦めたように短い息を吐いた。

「その目は、何を言っても無駄ね。いいわ、多少は面倒みてあげる」
「心配無用だよ。勝って一緒にあたしの国へ行こう」
「勿論よ...来たわね。いつでも打っていける準備をなさい」

 エレナとユウは揃って戦闘態勢をとった。
 もはや逃げられる距離ではない。



[43682] 第11話 ハルバーンとミルン
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:12
 迎え撃つ二人の聖人女子を、人を殺すことを考え作られた道具を持った騎士達が囲んでいく。
 見晴らしのよい緑したたる大地に、甲冑で身を守り剣を装備した騎士や槍兵、弓兵が数えきれない程多数。ルアーズ大陸随一と謳われるガルナン王国騎士団である。
 逞しい兵士らを率いる先頭の一団が止まった。
 合図を出したのは、中心人物であろう青鹿毛の馬に乗ったガルナン王国の王ハルバーン。
 他の兵士と違い、一人だけ真っ白な甲冑を着こんでいる。
 頂点に立つ者の風格を漂わせた容貌魁偉な王が風を切り裂く勢いで叫び、再び合図を出した。 
 呼応して兵士たちも声を張り上げて次々と密集陣形を形作る。
 王と一緒に青鹿毛の馬へ乗っている者――彼に寄りかかり胸へ手を回しているのは、白を基調とした豪華絢爛かつ露出度の多いドレスを纏った金髪の女性だ。
 高価な宝石が散りばめられたカチューシャとピアスを付けており、これから舞踏会にでも繰り出しそうな様相である。
 しかし兵士たちは知っている。この場においての実力トップのハルバーンは元より女性の方――妃であるミルンも彼に次ぐ実力の恐るべき存在であると。
 二人はこの大地を創造した神々の力と言われる万能の武器――神々の聖遺物を扱う者の中でも超級の強さを持ち、いよいよ人ならざる領域へ足を踏み入れた者と認識されていた。
 そして、程なく陣形は整った。大将の合図でいつでもことを始められる。
 確認を終え兜を外した禿頭の大将ハルバーンが馬から降り、

「あの格好に右手の聖遺物は、やはり本物だ。驚いたな、わが領地にあのエレナがうろついてようとは」
 
 野性味溢れる顔立ちに真剣の色を宿し、低くはっきりとした声で言った。
 彼の目的はただ一点。十数歩先の位置に立っているエレナ討伐である。

「やはり天運は俺についているようだ。捜索だけで一日を棒に振る可能性もあったが、討伐に移行できそうだぞ、わが妃よ」
 
 続いて降りた彼の愛する女に歓喜の声を掛けた。

「えぇ。不老の魔女討伐、今日は歴史に残る一日になりますわね」
 
 ハルバーンの妻、ミルン――厚化粧を塗りたくった顔を意地悪く喜悦にゆがめながら、殺気を迸らせているエレナに意味ありげな視線を送った。

「我らが目的を達する日がついにきたのだ。大陸支配の最大の障害を今日で取り除く」
 
 ハルバーンが拳を強く握りしめ、今日に至る日々を思い返した。
 ある傭兵団の一兵士でしかなかった彼は放浪の最中、偶然見つけた神々の墓で手にした神々の聖遺物を行使し、着実に武人としての地位を上げていった。
 そうして何十年の時が経過、ミルンと出会ったのはそんな日々の中だった。
 聖遺物使いとしてハルバーンに仕えたいと、どこからか現れて志願してきた彼女に一目惚れをしてしまったのだ。
 出生、そして聖遺物を何故手にしているのかさえ記憶にないという奇妙な女。
 だが長く一緒にいるにつれ、彼女の自分と似たような部分――底知れぬ野心を抱いていることに共感も覚えた。互いが見る未来が同じだと感じたのだ。
 また、彼女が晒し出す独特の色香がたまらなかった。感じたのは自分だけではないのか、最初は得体のしれない存在に心を許すことを反対していた臣下達も、まるで心変わりしたように婚姻を賛成しだしたのである。
 結ばれるのは早かった。妻を娶りその勢いと類いまれなる知略、実力で領土拡大中の彼は、気が付けば誰もが実現できず夢を飼い殺していった覇道――大陸制覇も実現させようとしていた。
 そして最大障害――黒いローブを纏った美女、エレナを倒すことで彼の夢は叶う。

「いよいよですわハルバーン様。ワタクシに約束して下さった大陸制覇がもう少しで手の中に」
 
 甘い声を出して頬を赤らめ、琥珀色の大きな瞳を潤ませてハルバーンの顔を覗き込むミルン。
 ハルバーンは「あぁ、お前に最高の景色を見せてやる」と彼女を静かに抱き寄せて、真っ赤なルージュが塗られた唇へ情熱的な口づけをした。
 二人を囲む兵士達から歓喜の声が、波打ったように草原へ響き渡る。
 愛を祝福する大歓声。戦いすら始まっていないのに、さながら観劇のクライマックスのようだ。
 長い口づけを終えた王と王妃の視線は、再度エレナに向けられた。

「行くぞ。我らが覇道はここから始まるのだ」
 
 彼が付けている銀色の首輪型の聖遺物――五体強靭のジェイドが太陽に負けじと眩しいまでに青白く光る。
 そして、近くに待機していた屈強な兵士が四人がかりで持った大戦斧を、軽々と受け取る。
 うっとりと情愛の余韻に浸っていたミルンへ微笑むと、陣形を組む兵士たちの最前線へ向かって行った。
 
「ウフフ、ちょろいですわ」
 
 瞬間――ミルンの琥珀色の瞳が、爛々と妖しく光る。
 それは獲物を狩ろうとする肉食獣の瞳であった。

「覇道、ですか。本当に楽しみですわぁ、自分の身が安泰だったらの話ですけどね。本当の敵は案外近くにいるものですわよ」
 
 赤い唇がにやりと歪む。

「しっかしここまでうまい具合に踏み台へなってくれようとは」
 
 豊かな巻き髪を機嫌よく指でいじりながら、下卑た笑みを浮かべる。
 ミルンが本当に欲しいのは愛でも男と共に追う夢でもない。もっと巨大な規模で世界を手中に収めることこそ、彼女の望みだった。

「エレナ。やっと会えて嬉しいけど、ここでお別れですわね。世界管理者になるのは我が闇の勢力です。嬲り殺されるその様をよ~く見せて頂戴ね」



[43682] 第12話 激闘間際の再会
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:12
「あたし達は何を見せられているんだ……」

 戯曲のような世界に入り込む男女を遠目で見やり、呆れ顔で苦笑を漏らすユウ。

「気持ち悪いわね。ここでシメて二度と歯向かえないようにしてやるわ」

 冷気のような冷たさと溶岩のような怒りが同居した声で言い、妃と思わしき人物と愛を交わしたハルバーン王率いる待機軍勢を睨むエレナ。

「そっちがタラタラしてるならこっちが――って、え!? ちょっと……男の横にいる女はッ」

 次いで苛立ちに鼻を鳴らした彼女は、青鹿毛馬の隣に準備された豪華な椅子に座わり、兵に派手柄な日傘を持たせたある人物を発見した瞬間に驚きの声をあげた。

「ミルンッ! まさかこんなところで……ユウ、闇勢力の参加者よ。わたしが一番大嫌いな奴だわッ」

 そして数刻した後に確信。
 白いドレスの女を指差して激昂を露わにする。

「うわぁッ――えぇ、なんだって!」

 ユウはエレナが突然大声をあげたので仰天しかけたが、敵の奥方が闇勢力の人物だという衝撃の事実に動揺する。

「あの人が!? じゃあ闇勢力生き残りがハルバーンの妃になったのか」

 言って白いドレスの女性をまじまじと眺めた。

「どっちにしろあたしにとっても好都合だわ。邪魔者を二人まとめてぶっ飛ばせるんだから」

 声を荒げるエレナ。
 先ほどから妖艶な彼女には似つかわしくない物騒な言葉が目立つ。

(まさか国に行く前に敵が見つかるなんて。というか、びっくりすることだらけだけど興奮しすぎだよ)

 感情がせわしないエレナにも苦笑が漏れるユウだが、ここまで彼女が感情を乱される闇勢力の女にも興味が沸く。

(でもあのエレナがこんなに喚く程の相手だ。よっぽどヤバい奴なんだろな)

 どんな因縁があったのかと思案を巡らしながら敵方の様子をを窺っていた最中――

「って来たよ!? 王様が一人で来たッ」

 護衛も連れず単身で悠々と歩いてきた敵軍大将を確認。
 驚愕の声を漏らしながらエレナに視線を移した

「やっと来たか。ホント、随分と余裕なのねぇ」

 溜息を吐きながら腕をポキポキと鳴らすエレナ。爆発しそうな怒りをかろうじて抑えている。
 そうして自身を睨む女性二人と約十数歩程の距離になったところで聖人王が歩を止めた。
 巨大な斧を担ぎ大胆不敵な笑みを浮かべた彼は、緑黄色の光粒に包まれている。
 双方に流れる静寂を断ち切り、聖人王が問うた。

「貴様が無敗の傭兵、もとい不老の魔女エレナだな」
「その認識で間違いないわよ王様。で、要件は」
「単刀直入に言うぞ。貴様を殺しに来た」

 死の宣告。
 エレナは臆せずに言葉を返した。

「結構。で、あなたこそ死ぬ覚悟は出来てるのよね? きったない口づけをした趣味の悪い女と共に」

 罵倒の言葉をかけた王ではなく、後方で待機している白いドレスを着た女性へ射るような視線を飛ばしたエレナ。
 その彼女はどこからか取り出した扇子で自身をあおぎながら、ニタニタと笑っている。
 ハルバーンは妃を侮辱され、眉間に皺を寄せた。

「貴様ァ、俺が世界で一番愛する女を愚弄するかッ」

 怒る禿王が吠える。後方からわざとらしい黄色い声が飛んだ。

「ハルバーン様っ。そこまで思われてミルンは幸せですぅ」

 ミルン――明かされた名前を聞いてエレナの表情が強張った。

(やはりミルンだったわね。ここであったが100年目なんてもんじゃない、絶対確実にここで仕留める)

 決意を新たにした光勢力の生き残りは深呼吸をして自身を落ち着かせた後、聖人王を更に挑発した。

「で、王様。あなたも知ってるかもだけど、まさか戦いの話題で有名なわたし相手に、これ程のただの人間達を犬死させるという愚行を犯すワケではないわよね?」

 ミルンの声援を受けて機嫌を良くしたハルバーンは意気揚々と答えた。

「心配するな、ダムドを倒したという報告は聞いている。ここに集まった兵達は戦闘に参加しない未届け人であるのだ! 貴様を倒し覇道へ突き進む俺を喝采するためのなッ!」

 言って大戦斧を片手で高々と掲げた王へ、大勢の兵達が地響きの如き声を挙げた。
 ユウが大喝采に耐えきれず両手で耳をふさぎ、エレナは腕を組みながら無表情で兵達の歓声が止むのを待った。
 程なくして兵達の声が消える。
 エレナが一呼吸置いて口を開いた。

「わかったわよ。それならばもう一つ、わたしの方からあなたに言っておかなければならないことがあるわ」
「申してみよ」
「さっきも言ったけど、あなたを殺したらその横にいる女も殺すから」

 宣告返し――エレナの表情が変わった。幾多の修羅場や戦を経験してきた人間すら出すことのできない、冷酷無慈悲な戦士の顔つきとなった。
 ハルバーン程の強者ですら直視を避けて冷や汗を出した。
 彼ですら一瞬怯むまで威圧感だったのだ。

(グッ、凄まじい殺気だ。今まで対峙してきたどの強者よりも鋭い。だが――)

 彼も王となる器を有した男。
 このまま蛇に睨まれた蛙では終わらない。
 彼の首筋に赤色の文様が浮かび上がった。


「エレナよ、それは無理な話だ。何故なら俺がここでお前を倒してしまうからだ」
「交渉決裂ね」

 会話終了。
 広大清涼な草原に戦闘の空気が生まれ始めた、その時――

「ハァッ!」

 売り言葉に買い言葉の応酬をしていた二人は気がつかなかった。
 射られた矢の如き速度で駆け出していたユウが、ハルバーンの首元めがけて飛んでいたのだ。
 スピカを一閃したが、

「ヌンッ!?」

 瞬時に反応したハルバーンが紙一重で避けた。

(よけたッ!? クソ、あと少しでッ)

 直撃を確信したユウだったが失敗し、ハルバーンの並外れた反応速度に舌を巻きつつも冷静に着地し距離をとって対峙、スピカを構える。

「ユウッ」

 予想だにしなかった相棒の奇襲攻撃に唖然としかけるユウだが、反撃に出る可能性大の聖人王から目を離さず、いつでも仕掛けれるよう右手を彼に向けた。

(危なかった。魔女の横にいた小娘だな、報告通り見えない剣を操るという聖人か)

 対して平静なままユウに視線を定めるハルバーン。
 奇襲を受けて心乱される様子は微塵もない。
 そして、

「ハルバーン様ァッ」

 怒声と同時に、屈強な上半身をむき出しにした黒い肌色の騎士が一触即発の場へと爆走接近してきた。並みの大人では相手にならない脚力であっという間に聖人王の元へ駆け付けたのだ。

「ご無事ですかッ! お怪我はッ」
「なんだヤスケールか。お前を含めて全員戦いが終わるまで下がってろとあれ程言っただろ」

 血相を変えて心配する彼へ、ハルバーンはやれやれと肩をすくめた。

「王が奇襲を受けたのが見えたんですよッ。お言葉ですがいくら命令といえど、己の立場上このまま何もせず黙っているワケにいきませんッ」

 野太い声で叱責するかのような口調で王へ自身の考えを伝える。
 ハルバーンは慣れたように聞き流し、

「お前は相変わらず心配性だな。まぁよい」

 先ほどからスピカの切っ先を自身へ向けたまま静かな殺気を迸らせているユウへ、怒りと困惑が入り混じった視線を寄せた。

「そういえば貴様もいたな小娘。人が話してる途中に卑怯な真似をしおって。貴様は何者なのだ、その女に金で雇われた傭兵か?」
「通りすがりの旅人だよ。状況を見て、数が少ない不利な方へついただけさ」

 煽るような回答がハルバーンの憤激を買った。

「ふざけおって。どちらにしろ魔女の手先...ならば反逆罪で一族郎党粛清してくれるわッ」
「怖いなぁ。けどわたしはこの国の人間じゃないただの流れだし、反逆罪にはあたらないよ」

大地が震えるかの錯覚を覚える怒声にもユウは怖気づくことなく、負けじと言い返す。

「ガキがぁ」

 聖遺物使いとはいえ、成人も越えていない少女に生意気な口を利かれたハルバーンは激怒し、衝動的に前へ出ようとするが――

「ハルバーン王、童の相手は私が。あなたはエレナとの決闘へ集中してください」

 黒人戦士が彼を手で制して前に出た。

「ククク、俺としたことが...話は終いだ。そろそろ始めるぞ」

 部下に論されて自嘲するハルバーンだが、意識を改めてエレナと向き合った。
 殺意溢れる鋭い視線を真向から受け取る彼女はユウの隣に並んだ。

「なんてバカでかい斧だ。あれは聖遺物ではないけど心してかからないとね、エレナ」
「ったくヒヤっとしたわよ。無茶はしないで」

 心配気な視線を頭一個分下へ送るエレナ。
 ユウは片目を瞑って余裕気に笑んだ。

「エレナこそだよ。さぁ、お互い聖遺物使い同士の決闘へ赴こうか」

 スピカを持った手を挙げてやる気満々に勇む聖人少女が何故だかおかしくて、エレナはクスっと微笑を浮かべる。

「何を言っても聞かないわねユウは。さて、ミルンを倒す前の準備運動とでもいこうかしら」



[43682] 第13話 聖人戦闘 前編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/28 14:01
「参るぞエレナ。我が相棒の切れ味を五体を持ってわからせてやろう」

 攻撃態勢に入るハルバーン。
 一方エレナは戦闘間際であっても聖人としての彼を冷静に分析していた。

(あんなデカい戦斧を片手で担ぐなんて人間のバカ力にも限界がある。あれは身体能力強化系の支給品ね)

 その悠々とした態度にハルバーンの苛立ちは増すばかりだった。

「よそ見している暇はないぞッ」

 先制の一打。
 何の工夫もなく力任せに振られた巨大な斧、それだけで脅威。

「くッ」

 空気を切り裂く風圧音。
 エレナが紙一重で後退する。

「よくぞ避けたッ。これはどうだッ」

 本気に近い一撃を回避したことへの歓喜混じりの声と同時に二撃目を放つ。

(まるで普通の剣を扱っているようなッ。スピードだけは大したものね)

 突きを華麗に避けながら敵を分析し続けるエレナ。
 鬼気迫る表情のハルバーンは斧を轟轟回転させて迫る。

「そらそらそらッ!」

 だが――

「調子に乗るな」

 首筋に赤色の文様を浮かび上がらせたエレナのドスの効いた声と同時に、大地が形態を変えた。
 ハルバーンは突然バランスを崩して前のめりに転倒し、

「ヌォウッ。沼地になっただと!?」

 驚愕。雨でぬかるんでもいない若草が生い茂る地面が、突如として泥沼に変化したのだ。
 泥にまみれ摩訶不思議な現象に狼狽する彼は、上から見下ろす視線にハッと気づく。

「アルケーレスで大地を操らせてもらったわ」

 右手を彼に向けるエレナが、淡々と事象の説明をする。
 反応する前に戦斧を横薙ぎに振るうがーー

「黒焦げになりなさい」

 軌道を読み脅威の跳躍力で直撃を瞬時に回避、アルケーレスの二つ目の力を行使した。

「これはッ」

 伸ばされた白い細腕の先にいくつもの黄緑の光球が収束されていったと同時に、灼熱の衝撃波が発生する。

「うぉぉぉあアッ!」

 標的は当然エレナの目の前にいる男だ。
 焼き焦げるまでに熱い熱風をまともに受け――

「熱い熱い熱い熱いが防ぐ防ぐ防ぐそれがどうしたッ」

 規格外のサイズを持つ戦斧を反射的に目の前に壁として立たせ、寸前で防いだのだ。

「へぇ! でも長い時間は無理でしょ」

 エレナは危機を回避した彼に感嘆の声を出しながらも至近距離で焔の突風を発生させ続ける。
 対して防戦一方のハルバーンは、

「負けん! 女の相手をするには押すだけではなく引くこともまた必要ッ」

 言って斧を持ち上げると同時――人間離れした跳躍力で、浅い沼地と化した自身の周囲から後方へ翔んだ。

「何ですって!」

 想定外。
 行動を読めなかったエレナはハルバーンの脱出を許してしまった。
 熱衝撃波の射程圏内を外れた聖人王は安堵の息をついた。

「上手くいったな。流石は俺だ」
「確かに見事だったわ。大将だけあってバカ力だけじゃないみたいね」
「これくらいでへばるなら王を名乗れん。そして愛する者を守るため、な」

 白い歯を見せると、彼は戦いを優雅に見物してるミルンを流し見た。
 王の心を虜にした女はひらひらと手をふって返す。
 命を賭けた戦いの最中に行われた緊張感のないやりとりに、今度はエレナの方が苛立つ。
 歯ぎしりをしながら、かの妃を睨み付けた。

(イライラしてきた。余裕なのは今のうちよミルン。次はあなただから)



[43682] 第14話 聖人戦闘 中編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:13
 白熱する聖人王対不老の女傭兵の闘争。
 同時に始まるはずだったもう、一方の戦いは――

「なんてやつだ。エレナの攻撃を耐えきるなんて」

 未だに開始せず。
 ユウはハルバーン王の使用聖遺物の秘められた力の脅威に目を見張った。
 彼女とは少し離れた位置にいる強靭な肉体を持つ黒人戦士ヤスケールは腕組みをしながら、瞬きもせず主君の戦いを見つめている。
 双方、闘技場で試合観戦でもしているかのように命のやりとりを眺めていた。
 だがー

(ファイトだよエレナ。こっちもぼちぼち始めるから)

 相棒の戦いを目に焼き付けていよいよ闘争心に火がついたユウは、目の色を真剣に変えた。

(さて、こっちも強い人と戦う心の準備が出来た。やってやるぞ)

 深呼吸し、射るような視線を敵へ向ける。
 相手も同様にユウを睨み、構えているようだった。
 沸き上がる緊張感を紛らわすため、ヤスケールと会話を試みる。

「主張が激しいご立派な入れ墨といい右耳につけた変わったピアスからして、あなたは聖人とみていいのかな」
「その認識で構わん」

 厳かな声で隠すことなく返した黒人戦士が、ユウに問うた。

「こちらからも貴様に聞きたい」
「いいよ」
「貴様は何故あの女と行動を共にする」

 唐突な行動原理への疑問。
 ユウは苦笑する。

「う~ん、それは全部言っちゃうと結構マズいんだよ」
「弱みでも握られているのか、はたまた金で雇われたのか」
「いや違うし勝手に決めるなし」
「では何故だ」

 真っ直ぐな眼差しに捉えられたユウ。

(まさか国に連れて帰るなんて言えないし。適当なことを言っても納得しなそうだなぁ)

 弱ったユウだが、らちがあかないので本心の一部を明かすことにした。

「全部言えないけどただ一つ言えるのは、あの娘は君ら思ってるよりも優しくて、ほっとけなくなるような魅力を持ってるんだ」

 偽りなき本心の言葉。
 ヤスケールは太い眉をひそめた。

「あの冷酷な不老の戦姫がか」
「そうだよ」

 理解できないといったヤスケールの声色にむっとしたユウは、逆に問いた、

「君こそわからない。何であんな冷酷で自分の妻しか見てないようなスケベ王についてるのさ」

 好き勝手言われたヤスケールは怒ることはなく、どこか遠くを見るような目で意味深に語った。

「我が王ハルバーンとは兄弟盃の契りを交わした仲だ。あいつは数多の屍の頂に立つ王としての覚悟を持っている。多少心持が変わろうが、その部分はぶれない。だからついていく...理由はそれだけだ」

 敵方にも複雑な心情がある。
 それでもユウは、ここで大人しく降参するわけにはいかなかった。

「多少って感じではないと思うけど...まぁ心酔してるのはわかった。でも自国の民を非情に切り捨てる奴が王を名乗るなんてありえない、あたしが真向から否定してあげる」

 ユウの首筋に赤色の文様が生まれる。次いで幾何学的模様の鞘からスピカを取り出し、緑黄色力の源泉を纏わせた。

「お喋りが過ぎたな。死合うぞ、小娘とて容赦せん」

 対してヤスケールも眉間にシワを寄せて言った。
 彼が右耳に付けている聖遺物の幾何学模様をあしらった形状の装身具型聖遺物が緑黄色に光る。

「うけて立つ――ってえぇ!?」

 ぎょっとして頓狂な声をあげるユウ。
 それもそのはず。黒人戦士の肉体がベキゴキと聞いたことのない物騒な音を立てて、みるみる内に変化を開始していたのだ。
 呆気にとられるしかない――まるで彼の体の中にいる何かが暴れているようだった。
 衣服がはち切れ肌色も形状、サイズも人間とはかけ離れたものになったヤスケールは異形そのものだ。
 首筋に浮かび上がった赤色の文様が、彼が聖人であることをかろうじて示している。
 小柄な少女と大男という元々あった体格差が、更に比べ物にならなくなった。

「本来なら剣と剣を合わせて死合いたいのだが、何分これがわたしの聖遺物の効力でな」

 厳かな声色と右耳につけた装身具型聖遺物だけは変わらない。
 彼は、

「姿を変えたッ! 狼みたいな化け物になったぁ!?」

 犬のような頭部を持った銀色の毛に覆われた、巨大な獣人となったのだ。

「始めようか小さな剣士よ」

 鋭い犬歯を光らせて笑う獣人と化したヤスケールは、ユウの胴体の三倍以上の大きさがある毛むくじゃらの足で飛ぶように駆けた。

(獣だ、獣の瞬発力だッ!?)

 突進してきたヤスケールを反射的に回避。
 すれ違いざまの攻撃をスピカで防御する。

(なんて鋭い爪ッ。くらったらひとたまりもない)

 刃物をはじく音が響く。
 ユウはゾクっとした。的確に首を狙ってきたソレは一撃必殺になりうるものだ。

「凌いだか! 少しはやるようだッ」

 ユウの抵抗に歓喜するヤスケールが巨大な足を振り上げた。

(蹴りまで織り交ぜてくるなんて――けど)

 心臓の鼓動が早まるも、ユウは冷静に蹴りを避ける。
 そしてその足を、

「わたしの得物は見えないからねッ」

 冷静に打突。

「む――グァッ!?」

 鈍痛に獣人が吠える。
 ユウは一撃を当てたことにも気をぬかず、すぐさま距離をとった。
 一方ヤスケールは激痛にいつまでも打ち震えず、ゆっくりとユウの方へ振り返った。

「効いたぞ。透明な聖遺物とは聞いていた。成る程、剣筋がまるで予測できなかった」
「知ってたんだね。まぁエレナを追ってきたんだし、一緒にいたあたしのこともばれてたか」

 目を丸くするも、納得して苦笑するユウ。
 ヤスケールは赤く腫れ上がった自身の右足を見ながら解説するように話続ける。

「しても刃ではなかった。まるで棍棒にでも叩かれたような。だがこれくらいなら問題ない」

 顔を上げ、前方にいるはずのユウへ伸び上がった爪を向けたが――

「次はない」

 目を見開いたヤスケール。
 彼の視界からユウは消えていたのだ。
 彼女は、

「余所見してんなッ」

 一瞬の隙をついてヤスケールの真横に移動していたのだ。

「ヤァッ」
「グゥ」

 二撃目。脇腹に一閃。

「頑丈だろうが倒れるまで何回だって打ってやるさッ」
「ぬぅぅッ」

 まともに受けた打撃に、ヤスケールは痛みのあまり声も出ない。

「まだまだ」

 三撃目は胸の中央に。

「あぐぅ」
「ハァァッ! そのまま倒れろ――」

 トドメをさすべくユウは地を蹴って、ヤスケールの頭部目掛け――

(握られただとッ!?)

 それよりも早く、ヤスケールが両の手のひらでユウのスピカを捉えたのだ。

「貴様の手元の動きを読んで試してみたのだが、正解だったようだ」

 スピカを掴まれたままユウは空中でじたばたとするしかない。

(またダムドと同じ対策で防がれた!? 流石ガルナン王国の聖人、でも――)

 動揺するユウだが、彼女もこの状況は想定済みだった。

「流石だね。けど、それで全てを知った気になっちゃだめだよ」

 掴まれたまま両足を持ち上げ、

「あたしはもうあの時のあたしじゃないッ」

 ヤスケールの頭部を思いっきり蹴り上げた。

「うぐッ!?」

 面喰らう獣人戦士は思わず握っていたスピカを離した。
 ユウは顔を蹴った反動を利用してヤスケールの真上へ飛び上がり。

「今度こそッ」

 太陽を背にして、脳天目掛けてスピカを振り上げ急降下。
 その瞳は、聖遺物使いと戦い勝利する覚悟を宿したものだった。

(ほうッその眼――ッ。お前は腹をくくることが出来ているということかッ。ならば)

 ユウのスピカは届くことはなかった。
 何故なら、

「うわぁッ!?」

 真上を向いたヤスケールがタイミングを合わせて透明なスピカの先を噛みつき、降下からの攻撃を防いだのだ。
体勢が崩れたものの、スピカの柄を支点にして瞬時に空中でバランスを取り怪物の鼻元に着地し、足場にする。

「牙でスピカを! ぐッ、びくともしない!?」

 危機一髪の状況に柔軟に対処したユウだが怪物の咬筋力が凄まじく、その細腕で全力を出しても動かない。
そして、

「お遊びは終わりだッ」
「ってえええッ!?」

 ヤスケールは思いっきり首を振り、その反動でユウを空高く放り投げたのだ。
 このまま墜落しては、直撃する箇所によっては死は免れない。
 危機的状況は、激戦を繰り広げていたエレナの視界にも入った。



[43682] 第15話 聖人戦闘 後編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:13
「ユウ!」

 相棒のピンチに顔を真っ青になり悲鳴が出るものの、

「好機献上感謝ッ」

 死合相手は隙を逃してくれない。

「チッ」

 だが、

「賢しいマネをッ」

 ユウはアルケーレスを展開し、大斧を片手に迫るハルバーンへ水霧を打ち出して目を防ぎ、離れた。
 相棒の安否を確認する余裕はこの男の前ではないと再認識したエレナは、苦虫を噛み潰した顔でハルバーンへ向き直った。

「驚いたな。数多の猛者を打ち取ってきた不老の魔女が、手下の危機を気にする心持ちがあったとは」

 心底意外そうに言う聖人王に、エレナは渋々同意した。

「正直、あたしも驚いてるわ。あなたに言われると腹がたってしょうがないけど」
「貴様と小娘の間に何があるかはわからんが、まぁよい。あながう者には死あるのみ」

 言い切る頃には戦斧を横薙ぎに振るったハルバーン。

(速いッ)

 エレナは戦いが始まってから一番の鋭い一振りを反射的にしゃがみ混んで、紙一重で回避する。

「あッ!?」

 しかし勢いそのままに足を挫いてしまい、尻から転んでしまった。
 ハルバーンは好機に笑い斧を振り上げた。

「無敗の傭兵もここまでかッ」
「しまった」

 もはやこの一撃で勝負を決めると、気合いを入れて振り下ろした。

「お前じゃなくてこの俺が大陸の覇者なのだッ」

 だが、

「大きく出たわね、あたしたちの武器を借りてるだけのクセに」

 圧倒的優位な状況の最中ドスの効いた声が耳に入り、射るような視線に撃ち抜かれた聖人王は攻撃中でも背筋が凍った。

(なんという威圧感ッ!?)

 心が乱れ、渾身の一撃はエレナの衣服をかするのみに留まる。

「悔い改めなさい」

 翳された右手から放たれたのは、怒りの風だった。

「ヌゥッ!? 突風を起こしてッ」

 瞬間、暴風が出現してハルバーンを襲った。

「ウォォォォッ!?」

 またも視界を奪われる。
 それでも、

(うっとおしい。俺は止まるわけにはいかんのだ)

 前進することで全てを勝ち取ってきた王に後退の二文字はない。

「だりぁややぁやあッ」

 またも大斧を壁にしたまま、嵐に近い程の風圧をものともせず、エレナに向かって全力疾走する。

「俺の覇道の邪魔をする者は」

 寸前まで近づくが、

「跪いて」

 またも大地を泥状に変えられ、足元をすくわそうになるが、

「地面をッ――二度も同じ手をくらうかぁッ」

 すかさず飛び跳ねた。
 そして刃先で叩き切るのではなく、横振りして斧刃の部位でとうとうエレナを捉えた。

「大陸制覇ァッ!」
「うぐッ」

 直撃。エレナは絶痛を感じながら吹き飛ばされた。
 その光景を目撃したユウが、今度は自身が悲痛な叫び声をあげた。

「エレナッ!?」

 数刻前、エレナと同様に投げられたものの空中で態勢を立て直し、地表へ上手く着地していたのだ。
 戦闘から意識の離れた時間を彼女の相手が見過ごすはずもなく――

「終わりだッ」

 巨獣ヤスケールが自身のかぎ爪で強襲する。

(しまったッ)

 全身が凍りそうになる程の焦りを感じる前に刃が迫ると確信したユウは、直感的に体の位置をずらし、

「指の隙間から避けたかッ!?」

 直撃から脱がれた。
 衣服が掠ったのみに留まったのだ。
 瞬時に後方へ跳ねて態勢を整える。

「あっぶな~い。ギリギリだった」

 思わず呟いた。
 足はガクガクと震えていた。咄嗟の判断が遅れていたら間違いなく絶命していたからだ。

「よそ見のスキがあったとはいえ、即死を回避した咄嗟の判断と瞬発力。野良にしておくには惜しいな」

 毛むくじゃらになった太すぎる腕を組み、賞賛の言葉をこぼすヤスケール。

(褒められてんのか貶されてるのか――けど、かなりヤバいねこりゃ。正直勝てる気がしない)

 球粒の汗をぬぐいながら、ヤスケールとの圧倒的実力者を感じて苦笑するユウ。

(してもエレナ――やられてしまったのか!? 助けにいきたい...でもコイツ相手に向かう余裕は)

なかった。
性に合わない器用な真似をしようとしては、今度こそ殺されてしまうだろう。

「あちらも決着がついたようだな。流石は我が王よ、不老の魔女を宣言通り打ち取った」

ヤスケールは離れた位置で勝ち鬨をあげている主君を見やり、嬉しそうに言う。

「王が配下の者に道を作ってみせたのだ。ならば我も必ず続かなければなるまい」

 戦いを終わらせるべく、駆け出す姿勢を作ったヤスケール。
 殺気を迸らせる彼を前にして、ユウの動悸が激しくなる。

(クソッ震えがッ。エレナ、どうやら君を故郷へ連れていくことは――けどッ)

 しかし彼女の闘志の炎は消えていない。

「次の一撃で終わらせてやる」

 死の宣告を受けて尚、駆けだしたヤスケールを戦士の瞳で捉える。

「最後まで足がいてやる。ただでは終わらせないッ」

 自身を鼓舞するように叫んだ彼女は、スピカを構えて迎え撃つ心持だ。
 そして配下の戦う様子を眺めながら聖人王は、

「ヤスケールの方も終わるか。不老の魔女よ、貴様の手下も難なく打ち取れそうだ」

 すでに勝利を確信。
 敗者として見ているエレナに向かってほくそ笑んだ。

「くッ、あが」

 ユウのように木から飛んだ猫の如く態勢をとれず、地面へ真っ逆さまに落下したエレナ。
 急所は免れたものの、腰から落下直撃。痛絶のあまり地べたに這いつくばるしかできない。

「しても、俺の攻撃を受け宙に放られ落ちたなら、並みの人間ならすでに息絶えているハズ。その耐久力も他に持った何らかの聖遺物の力か?」

 感嘆の声を出して探るハルバーン。
 荒い息を吐きながら激痛の連鎖に顔を歪ませるエレナが、吐血しながら言った。

「そんなワケないでしょ。痛ッさっさと終わらせなさい」
「意外に潔いな。まぁ数多の戦闘を繰り返してきた者同士、すでに勝負あったとは理解出来ているだろう」
「流石ですわ我が王ッ。あなたこそ最強です」

 横から入った妃からの黄色い歓声を受けたハルバーンは、億劫もなく夜伽の誘いを叫ぶ。

「ミルンよ、今宵は寝かせんぞ。腰砕けになるまで抱いてやる」

 高笑いをした聖人王は巨斧を担ぎながらエレナへ振り替えり、勝ち誇った顔で言った。

「さて、今生に言い残すことはあるか?」
「あんたはあの女に騙されてる」

 言い終えた直後に返された言葉がハルバーンの顔を憤怒の形相へ変える。

「最後まで我が妃を愚弄するか、貴様はッ」
「忠告してやったのよ。素直に受け取りなさい」

 絶望的状況でも何を企んでいるのか余裕気な様子も気に入らず、ハルバーンが斧を振り下ろそうとした瞬間だった。

「もうよいッ! 失せろッ」

 肉が裂ける音と同時に、彼の首元から血液が噴流のように出た。

「な、あ、え?」
 
ハルバーンは、自分の身に何が起こったのか理解するのに時間がかかった。

「最後の最後だったのに、爪が甘いわね」
 
 歴戦の雄である彼も、慢心と怒りに囚われて気がつかなかったのだ

「人間の武器でも持ってみるものね」

 エレナが胸元へと手を伸ばし、衣服の内側に忍ばせてしたダガーを持ったことに。

「グァァァッ!?」

 絶叫に血吹雪が舞う。
 そして遅れて激痛が彼を侵食していく。

「さよなら。わたしが戦った神具使いの人間ではあんたが一番強かったわ」

 ハルバーンは首元を抑えながら、ゆっくりと膝から倒れ伏せた。
 最後に笑んだのはエレナだった。
 彼女は力を振り絞ってなんとか立ち上がる。腹部を抑えてその場が離れるべく歩き出す。

「ハルバーン王ッ」
「大変だ! 魔女に首をやられたぞ!」
「出血多量だ!」

 周囲を取り囲んで勝負の成り行きを見ていた兵士達が、主君が突然窮地へ陥ったことで半狂乱になる。
 阿鼻叫喚の有様は最前の者達から後方まであっという間に連鎖していき、草原地帯は悲鳴と怒声で溢れかえった。

「ハルバーンさまッ、そんな」

 衝撃的光景を呆然と見ることしかできなかった王の愛した者は、持っていた紅茶のカップをわざとらしく落とし、そのまま瞳を閉じて崩れ落ちた。
 自身の体を痛めぬように芝居がかった様子で崩れたとは、誰も気が付かない。

「王妃ッ!? お気を確かに」

 護衛の兵士らも慌てて駆け寄るも、彼女はショックで気を失ってしまったかのように見えていた。
 激変する状況の中、逆転勝利した相棒を見て、まずはほっと息をついたユウ。
 彼女は兵士たちが集まる前に、ハルバーンが倒れた場所から大分離れたようだった。

「エレナ、やったのか。生きてあいつに勝ったんだね」

 そして忠臣はユウへの突撃を途中終了し、血相を変えて進路変更する。

「ハルバーンッ」

 獣人の咆哮。
 彼は全速力で先に倒れた王の元へと駆け寄った。
 先にその場へたどり着いた者達はエレナを追う気力もなく、泣き崩れることしかできなかった。

「しっかりしろハルバーンッ」

 獣人状態を解除して人間の姿に戻った彼は、青ざめた主君が意識を失わないように激を飛ばすように叫ぶ。

「俺としたことが、ぐ」
「喋るなッ。く、血が止まらん」

 言われて黙る聖人王ではない。止まらない血が流れる首元を抑えがらも笑みを消さなかった。

「よもや聖遺物でもなくただの短剣を隠し持っていたとは。あの女、流石は歴戦の傭兵というところか」

 限界は近づいていた。
 彼の眼が霞み、言葉も発せられなくなる。

「もう喋るな! 絶対に助けるぞッ」

 ヤスケールは幾多の修羅場を共にくぐり抜け、同じ夢を見た彼をここで失いたくはないと切に願った。

「全軍退却! 全軍退却だッ。王の治療を最優先とすッ。王都へ急ぐぞッ」

 となれば行動開始。立ち上がり、腹の限り大声を出して軍勢に指示を出す。
 王を失いパニック状態となっていた兵士達だが、ヤスケール決死の叫びを受けて次々と行動に移っていく。
 死生を懸けたある聖人らの戦闘は、ここで終了したのだった。



[43682] 第16話 戦いの後
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/24 11:13
 地響きを立てて退却していく軍隊。
 ユウはよろよろと歩をとめて膝をついたエレナの元に、急いで駆け寄った。

「エレナ、エレナッ――」
「ユウ。勝った、わよ」
「エレナ――うッ...なんて傷だ」

 彼女は満身創痍だった。
 白く綺麗な肌は打撃攻撃、落下による影響で青アザや裂傷だらけ、このままではエレナとて命に関わるのは明白だ。
 ユウはしゃがみ込み、迅速にコクーンを展開させる。

「待ってて。あたしのコクーンで治療するッ」
「く、あたしとしたことが随分手こずったわね」
「だから黙ってて!」

 負傷した箇所に翳しながら、エレナのダメージの深刻さに憂いた。

「傷が深い。擦り傷とはワケが違う。あたしの力でこんな傷は...いや、治すんだ! エレナはあたしが救う」

それでも諦めやしないユウ
緑黄色の光に照らされたエレナの顔は苦し気だった。

「こんなところで、目が、霞んできちゃった」

精一杯の笑みは彼女の強がりだった。

「目を閉じたらダメだエレナッ。閉じたら死んじゃうッ!?」

 生死の境をさ迷い始めた彼女へ必死の形相で生きろと訴える。

(もう誰も死なせはしないッ)

 ユウの脳裏に、必死の治療も虚しく亡くなったシーナを始めとする「襲撃されたあの村の人々の顔」が浮かんだ。

(体力の消耗にコクーンでの修復が間に合わない...グ、まだだ、まだ終わっちゃいない)

泥に汚れた頬に、涙が伝う。
ウは自身か涙を流しているのだと、やっと気がついた。

「まだまだ...あたしの限界はこんなもんじゃない。エレナ、頑張って」
「はぁはぁはぁはぁはぁ」

 空いた左手でエレナの手を握る。
 彼女は瞳を閉じて力なく握り返した。全てをユウに委ねたのだ。
 ユウは最大限に集中し、コクーン使用のみに全神経を注ぐ。

「あぁ!」

 そして、最悪な未来は一つも考えなかったユウの想いは叶う。
 冷たかった彼女の左手が、次第に熱を帯びていくのを感じたのである。

「よし、細かい傷もだんだん塞がっていくぞ」
「う、」

 彼女の閉じていた瞼が動き、寝起きのような声をあげた。
 治療成功したと確信したユウに焦燥感は消えていた。
 声の限り呼び掛ける。

「エレナッ!」

 傷一つなくなったエレナは瞳を開けて、ユウに答えた。

「ユウ。わたしは――どうやら生きてるみたいね」
「具合はどうだい。コクーンで治したんだ。どこも痛くはない?」

 言われて慎重に上体をあげ全身を見やった後、感嘆の声をあげた。

「確かに見た感じだと傷は塞がってるように見えるわ」
「良かったぁ」
「けど」

 安堵の声をあげたのもつかの間だった。エレナが渋面になる。
 ユウは不安な顔になり聞き返す。

「けど、って?」
「あなたではコクーンを使うにこれが限界ね。身体の中身までは全快といかないようだわ」

 痛みを感じたのか、苦しそうに腹部をさするエレナ。

「嘘ッ!? 大丈夫じゃないじゃん! もっかいコクーンで」

 衝撃。
 ユウは慌ててコクーンを展開しようとするが、

「聞きなさい、ユウ」

 エレナに制されて手を止めた。

「は、ハイッ」
「あなたはコクーンを自分なりに最大限使ってくれた。でもこれ以上はあなたの力ではどうにもならない...それでも一つ手がある。コクーンであたしを眠らせなさい」

 いきなり想定外な説明をされ、ユウは更に混乱した。

「コクーンで眠らせる!? そんな機能あったのコレ。一体どういう――」
「聞きなさい」

 またも制される。

「ハイッ」
「いきなり言われてワケがわからないでしょうけど、わたしの言うことを聞いて柔軟に対応して。頭の中で感じればできるハズよ。それに眠るのは、自分で自分を直すためだから」

 頭痛がするのか、エレナは顔をしかめて頭を抱えながらユウの知らなかったコクーンの効果と自身の意図について語る。

「そ、そんなとこできるの?」
「自然治癒よ。わたし達は眠りに時間を割けば、あなた達人間よりも早く傷を治すことができる。まぁそれも、ユウが命に別状ない程度にはわたしを治してくれたから出来るのだけどね」

 半信半疑のユウへ補足。
 聞いた彼女は先よりは納得したものの、肝心な事柄について聞いた。

「な、成程。でもさ、それってどのくらいかかるの?」
「そうね。このくらいの損傷だと、一年はかかるわね」
「い、一年も!?」

 愕然としたユウへエレナは冷静に語り続ける。

「そうよ。身体の中のことを治す技術はまだあなた達にないから、眠って治すしかない。それもあなた達に合わせて昼起きて夜眠るなら体の治癒力が傷の進行へ追い付かないから、コクーンであたしを眠らせる。そのための機能だから」
「成程ね...でも良かったよ。眠るだけで君が治るのなら」

 今度こそ安堵の息をはくユウ。
 エレナは苦笑しながら腹部を抑えて言った。

「試験では長期戦になる際に使われる場面もあるみたいだけど、まさか幾億の時間が経った後の世界で使うとは思わなかったわ」
「君にとっては想定外の連続だね」
「全くだわ。それでユウ、次はあたしを頑張って運んでほしいのだけど、大丈夫かしら?」

 痛みを堪えながらエレナが上目遣いでユウを見た。
 ユウはエレナの近くで後ろ向きになり、背中に捕まるように促した。

「勿論だよ。君の傷に比べれば、あたしは全然平気だ。ほら、どうぞ」
「ありがとう。ある森まで行ってほしいの。そこには――」

 ユウはすでに彼女の意図を予測していた。

「神々の墓がある。森自体にも人は寄り付かないし、荒らされた墓に入る人もいないだろうし安全だね」

 自身の考えをすでに読んでいたユウへ、エレナは驚きながら首に手を回した。

「あなた、知ってたの」
「ちょっと前につけていたって言ったよね。君を探して森に入った時、そこから出てくる君を偶然見たんだ。そこからついていったんだよ」
「そういうことだったのね。全然気が付かなかったわ」

 気配に気が付かないくらい集中するのも危ないわね、と自分自身に苦笑いするエレナ。
 事情を明かしたユウは、彼女をおぶって立ち上がった。

「よいしょっと」
「ふーん。あなた、見かけによらず力はあるのね」

 小さな背中にしがみつきながら、感嘆の声を漏らすエレナ。

「騎士団にいた時から鍛えてたからね。戦いの後で本調子ではないけど、君をおぶるくらいなら無問題。さぁ、行こうか」

 聖人少女は戦場と化した草原から移動すべく、ゆっくりと歩を進めだした。
 そして戦闘時は晴れていた天候にも変化が訪れる。

「雨だ」

 思わず呟くユウ。
 数日振りの降水だった。それでもユウ達にとっては嬉しくない。

(人をおぶってるのに歩きにくくなるじゃんか。激しくなる前に急がないと)

 疲れた足に心の中で鞭を打ったユウは、ペースを上げた。
 そして。

「ユウ。この大陸の情勢は、大きく変わるわよ」

 無言だったエレナが、ユウの耳元で囁やくように言った。

「だろうね。ハルバーン王はあの傷だと亡くなるだろう。ガルナン王国も今までみたいに強気な感じではいられないな――けども」

 本当の敵は王ではないという認識が、もはやユウの頭の中にもあった。
 エレナの宿敵のような存在をわざわざ探さずとも、あちらの方から姿を現したのだ。

「ミルン。次はどんな手を打ってくるかしら。流石にすぐには動かないだろうけど、その時にはわたしの力が必ず必要になるハズ。だから一年後、あたしを起こしに来なさい」

 真剣な声色での要請に、ユウは迷うことなく首を縦に振る。

「わかった。あたしもそれまでにもっと力をつけてくるよ」

 ヤスケールとの戦いを思い出して唇を噛むユウ。
 覚悟を決めたとはいえ、実力面ではまるで勝負にならなかった。
 強大な異能に打ち勝つ戦闘力を手にするとユウは心中で強く誓った。
 そんな決意を新たにしたユウへ、

「ユウ――」
「なに、エレナ」
「あなたと出会えて、本当に良かったと思ってるわ」

 エレナは自然と心からの想いを伝えていた。
 とてつもなく長い間、殺伐とした状況に身を置いていた自身が、こういった感謝の念のような感情を持ったことに自分自身ですら驚いていたのだが、それでも悪くはないと思えたのだ。
 ユウの方も後ろをみやって目を白黒とさせたが嬉しそうに笑みながら前を向き、同様の言葉をかけた。

「こちらこそ、君に出会えて良かった」
「フフ、ありがとう。こんな言葉を人間に言うだなんて思いもしなかった」
「任せてよ。あたし達が必ず君を世界の管理者にしてみせるからね、エレナ?」

 そこで彼女の頭がどさっと右肩に寄り掛かったことへ気づくユウ。
 様子を伺うと、彼女はいつの間にか瞳を閉じて、静かな寝息を立てていたのだ。

「寝ちゃってる。お疲れ様、エレナ」

 ユウはそのまま彼女を持つ手に力を籠め、森を目指して歩み続けた。



[43682] 第17話 新たなる意志
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/26 22:07
 無から生まれ、留まることなく拡大し続ける天上天下。
 遥か彼方に存在している世界の一つ――そこには天上の神々という、超越的力を有した者達がいました。
 そして同じ神々の中でも純粋で道徳心溢れる光の勢力と、傍若無人で残虐な闇の勢力との二つの集団に分かれていたのです。
 その役割は性質こそちがえど「天地創造を成し続ける」こと。
 まさしく彼ら彼女らの存在理由でした。反目する時はあれど、そこだけについては協力しなければなりません。
 地上を創造するにあたり、まず互いの英知を結集し、エリアルという善にも悪にも振り切っていない大いなる力を抱擁した女神を生成しました。
 彼女の役目は、天地の原材料になること――女神エリアルが自らの肉体を犠牲にして、大地を海を草木を起こし、万物の理を降り注ぐことで一個目の地上界はひとまず完成したのです。
 けどこれで終りではありません。出来上がった地上界の管理者が必要だったのです。光側と闇側のどちらかから選出されるとは、言うまでもなく明らか――激しく議論された結果、選定方法が決定したのです。
 それはやはり完全には相成れない二つの勢力の、残酷かつ対決に近い方式。
 試験を監視するは光と闇、どちらにも偏らないようにとエリアルと同じ原理で生み出されたしもべ達――勝利勢力が会場となった地上界を影から治める立場に就く、これを繰り返していくとなりました。
 そうやって、幾つもの地上界が創造されていったのですが……何回目かの試験でのこと。マンネリ化しつつある試験で、ある「刺激」を加えたのですが、それが原因で予期せぬアクシデントが発生してしまいました。
 これはその「事件」が起きてしまった地上界でのお話。

 機嫌一つで瞬く間に色を変える天空が、暗雲の様相を見せていた。
 先刻は快晴であったものの、現在は自然が人間への権威を誇示するかのように、空の各所で雷が轟いている。
 激しさは増していくが、されど怒るだけではなく生命へ恵みを与える慈しみも忘れてはいなかった。
 珠玉の雨粒が人里離れた暗い森の中に降り注ぐ。大地に英気だけではなく、ひと時の安らぎをもたらしているようだ。
 この時ばかりは弱肉強食の箱庭も、つかの間の休戦協定真っただ中であったが、それぞれの巣で身を潜める動物達とは違い、休む間もなく必死に歩を進める、弱弱しい影が二つあった。
 人間だ。一人は成長途中の小ぶりな胸や、ボリュームに欠ける体つきの要所を革鎧で守っている小柄な少女。
 もう一人は黒いローブを纏い、青白い幾何学模様が全体に意匠された腕輪を右手につけた、端正な顔立ちの女性だ。
 小柄な少女は黒いローブの女性を背負っていた。何かに導かれるようにして、たどたどしく歩いている。
 少女は持っていた地図から視線を外し、首を後ろに動かした。頭の後ろに束ねた鮮やかな赤髪は、泥まみれだ。
「ある激戦」を終えたばかりの二人は状態は違えど、身も心もボロボロだった。

「はぁ、はぁ...エレナ、あと少しだ。キミはあたしが必ず助けるからね...」

 息も切れ切れに、エレナと呼ばれた女性に励ましの声を掛けた。

「......」

 けどもエレナは返答しないまま、美麗な黒髪を雨水でべっとりと顔に張り付かせ、事切れたように瞳を閉じている。
 赤髪少女の方は革鎧に亀裂が出来た箇所が幾つもあり、衣服も所々摺り切れてボロ雑巾のようではあったが、人を背負って歩く元気はあった。 
 エレナの方は赤髪少女の首へからませた細腕は力なく、色白の肌は生気を失ったように真っ青で冷たかった。事実、死が忍び寄っていたのだ。

「この道でいいハズなんだ...急がないと」

 可能な限り歩を早める。
 背負っているエレナを助けたい、その一心であった。

「ほら、やっと見えてきた。あとちょっとの辛抱だ」

 彼女だけではなく、自身にも言い聞かせるように呟く。
 そうしてやっとのことで、森の中の目的地にたどり着いた。
 そこは、小さな神殿のような黄土色の建物だった。
 赤髪少女は迷うことなく入り口へ歩を進めた。
 何の素材で作られているかは不明だが、明らかに人工的に作られた開けた空間だった。

 長い間手入れもされておらず、煤や蜘蛛の巣だらけの室内の奥へついた。
 そこには人が入るためにくり抜かれたかのような穴の中あった。
 赤髪少女は深く息を吸った後、そこに入っていく。
 中は驚くべきことに、まるで儀式を行うために整備されたような空間が存在していた。
 異様さを際立たせているのは先の埃だらけの部屋とは違い、この空間全体だけが発光している。
 材質が世界にあるものとは明らかに違っていた。部屋の壁には何らかの意味があるような不思議な形状の文字が羅列されてもいる。
 赤髪少女はこの場に対する知識がすでにあったようで、疑問も持たず部屋中央部へ向かう。
 面妖な彩色が施された祭壇の上に、これまた派手な装飾が付いた大きな棺があった。
 棺の蓋はすでに開けられていた。以前置かれていたであろう骸は無く、中はがらんどうだ。
 血まみれのエレナを抱きかかえて、傷つけぬようにそっと棺に入れる。

 その時――

「ユート、ユート……わたしは、あなたを――」
「え、今なんて!? エレナ、エレナ……!?」

 口元がか細く動いたが、何を言ったのか赤髪少女は読み取れなかった。
 けど気に掛けるより、早くことに取り掛からなければとの気持ちがはやる。
 状況は一刻を争う。

「ここまで辿り着けたんだ。絶対にエレナを死なせやしない」

 赤髪少女は本当の意味で使用する棺桶を探しにここへ来たのではない。
 焦っては元も子もないと、赤髪少女は深呼吸を繰り返し顔つきを真剣の色に変える。

(さて本題だ。長期睡眠療養機能か...エレナはあたしなら出来ると言ってくれた。いきなり本番って無茶苦茶だけど、やるしかないんだ)

 赤髪少女が決意を持ってこれからやろうとしていることは、彼女にとって「気がつかないだけで、実は知っていたこと」だった。
 彼女自身は「ソレ」を長く使用した気でいたが、未だに未知の領域があったという事実に動揺を禁じ得ない。
 一発勝負だった。経験したことのない緊張感が赤髪少女を侵食する。

(意識しろ意識。頭の中で睡眠機能を行使するイメージを固めるんだ)

 無心になり、集中力を高める。
 そして自身の右手に付けている籠手――体を覆う鎧とは同一色でない金色の「ソレ」を、エレナに向けて翳す。それはエレナが持っていた奇怪な腕輪と同様、青白い幾何学模様が全体に浮かびあがっている。
 次の瞬間、赤髪少女の首筋に赤色の文様が浮かび上がった。
 また同時にいくつもの淡い緑色の光の球が、二人の周囲を取り囲むようにして突如出現したのだ。 

(むぐぐ...ここか、それともこうかな――おぉッこれか!?)

 想像世界での試行錯誤の末――赤髪少女は「新たな力の扉」を開く。

(あ...あ、あぁッ!)

 瞬間――彼女の頭の中に、使い慣れた「ソレ」を使用する際に生まれる従来通りのイメージとは異なる閃光が発生した。身体全体にも雷鳴が轟くような過剰な感覚が走る。
 赤髪少女が苦しげな声を漏らし金色の籠手でエレナの手を握った瞬刻、緑黄色の光が籠手へ集まっていき、それが流動するようにして移っていった。

(あれ、出来た! まさかこんな簡単に...凄いあたし。最初から知ってたみたいに出来ちゃった)

 自画自賛と驚愕の感情でぽかんと口を開く赤髪少女。
 高揚感も遅れて生まれる。エレナを救うことが可能なのだと。
 そして暖かい光が発生しエレナが包まれていく。
 次いで彼女の腹部へ重なるようにして、青白く光る幾何学模様の印が出現した。
 なんとも形容しがたい奇跡のような光景。それを行った当の本人は、大粒の汗をぬぐい一息をついた。

(無事に終わりそうだ。神々の聖遺物、今日ほど自分がこの使い手で良かったと思った日はないな)

 赤髪少女は心から思った。
 神々の聖遺物――用途や形状は違えど、人智を超えた力を行使することができる奇想天外な物体である。 
 今しがた謎の力を行使した赤髪少女も棺の中で眠ったエレナも、その使い手であった。

「間に合って良かった。ふぅ、あと少し遅れてたらエレナは、エレナは」

 ひとまずの安心と救えたエレナの名を呟き、赤髪少女は嗚咽を漏らして泣き始めた。
 貯め込んだ想いが大粒の涙となり堰を切ったように流れる。

「うぐっえぐぅ、うえぇ...エレナ! 良かった、君を助けることが出来て」

 彼女との出会いから今に至るまでを思い返し、赤髪少女の体中に様々な感情が駆け巡る。
 結果としてエレナへの「治療行為」を成功させた――だがそれでも、後悔の念が彼女の心を抉った。

(あたしに力があったら、エレナを一年も眠らせる状況にならなかった。どんなに強い奴でもぶっとばしてエレナを勢いつかせることだって。あたしが弱いから、余計な気を使わせて彼女に重荷をかけたんだ)

 自身の無力さも相まって赤髪少女は納得がいかない。
 暗い感情に蝕まれながらも時間が過ぎていくが、それでも彼女は心の中で決着をつけた。
 泣き止んで、物言わぬエレナの顔を再度覗き込む。

「エレナ、本当にゴメンなさい。そしてありがとう、今はそこで休んでいておくれ」

 傷だらけの小さな手で眠り姫の白魚のような両手を、ギュッと包み込んだ。
 そして泣き腫らした大きな瞳を擦る赤髪少女は、無理やりに負の感情を振り切る。

「この大陸の未来のためにも君のためにも、管理者試験を終わらせよう。そのための力が、あたしがいる国にはあるんだ」

 決意を込めて力強く宣言し、迷いもなく立ち上がる。
 赤髪少女には言葉を現実にする「アテ」があった。

(エレナ、あたしの国には歳が近くて中々根性がある二人の子がいる。クセは強いけど...絶対に力になる子達だよ。あたしも修練を積みながらその二人を鍛える。一年後は四人で会おう)

 エレナへと心中で二つの希望について語った彼女は、廃遺跡に似た異様な建物を後にする。
 ゆるぎない意思を瞳に宿らせた小さな戦士が、故郷に向かって駆け出した。



[43682] 第18話 選ばれし若者たち
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/28 12:04
 人里離れた森林。
 どうしても生きれなくなった者達が骸になろうと辿り着くここは、いつしか「屍の森」と呼ばれるようになった。

 鬱蒼と茂るその奥深くに進むと――いつからここに在るのであろう、この世界の物質で作られたものではない面妖未知な遺跡がある。

 人間が集団で営みを始めるはるか昔、洞窟が出来る前から、森が立派に育つ以前からそこは存在していたのだ。

 その神聖さすら感じさせる建造物の終着点には、ある空間への入り口があった。

 普段生き物は、おおよそ蝙蝠か毒虫の類しかいないであろう謎の遺跡だが、今日は何十年振りのかの生者が訪問している。

 普通の人間にしか見えない少年少女の御一行が、闇の中で小さな灯りを頼りに歩を進めていた。

「ふぅ、やっとここまできたな……大丈夫かよ、ルイ」

 右手に持ったランプの炎と同系色の明るい赤髪を黒いターバンで巻き、刃のない変わった形状の剣を背負った黒装束の少年――カリウス・ガリィは、真後ろにいる同年代の少女に気遣いの声をかけた。

「私は平気です、カリウス。これぐらいで弱音を吐いていられませんよ」

 名を呼ばれた華奢な体躯の少女――ルイ・インソムニアは精一杯透き通った声を張って返答する。
 だが、力なく持ったランプの灯りに照らされた可愛らしい小顔は、疲労感満々で覇気がない。
 年季の入った革カバンをやっとのことで背負っている。
 銀の飾りを多用した赤い衣装を着た彼女は、片方の手で気合いを入れるように頬を叩く。
 そして、背中まで伸ばした艶やかな銀髪をかきあげながら、前方を指差して口を開いた。

「神々の墓はもう、目と鼻の先ですよ……いやはや、とうとうやってきましたね」

 瑠璃色の瞳の先にあるのは、奇妙な模様が刻まれた建造物だった。
 模様の線の一つ一つが、不気味に青白く発光している。
 カリウスはルイへ「ああ」と力強い返事をし、奇怪な扉へ視線を向けながら距離を縮めていく。
 そうして、一行は歩を止めた。扉の前に到着したようだ。
 カリウスがふぅっと大きく息を吐き、真っ黒な双眸を和らげてルイと目を合わせた。

「着いたぞ、着いたんだ。旅が始まってどんぐらい経ったんだっけ...まぁいいや。ほんと、色々あったよなぁ」
「ですねぇ。思い返せば、いくつ危険な目にあったことやら。ユウさんの方も別の任務はもう、終わったんでしょうか」
「結局何の任務にあたるか教えてくれなかったけど、あの人だったら心配ないだろ。俺達よりちっちゃいのに強いんだから」
「違いありません。私達が旅立つ前までに稽古で一本も取れませんよね。ちっちゃいですが」

 互いに顔を見合わせ、小さく笑った。
 やっとたどり着いたのだと――降り積もる思いが頭の中を占領する。

「初めての旅にしちゃ距離が長すぎだし任務も重要過ぎる。ユウさんも国王様も俺らを買いかぶりすぎだろ」
「それだけ信頼されてるんですよ。なんたって私とカリウスは神に選ばれし人間なのですから」

 得意げに言い切ったルイは、首筋に赤い紋章を発現させた。

「神サマ、か。まぁ、こんなこと普通の人間にはさせれないもんな」

 肩をすくめながら頷くカリウスも同様に赤い紋章を首筋に発現させる。
 ソレは人ならざる者であるという証の一つだった。
 彼の言葉通り、二人は普通の人間ではない。

「俺らが聖人だからこそ、だ」

 聖遺物と呼ばれる、神の世界の道具と兵器を行使する者達だった。

「聖人、何度呼ばれてもいい気分です」

 鼻高々なルイがない胸を張った。

「それに人知れず隣国でのコソコソ任務ってワクワクが止まりません。無事帰れたら、国上げての大宴会ですよ」
「お前はそればかりだな。ま、ルアーズ大陸南東の我がデューン王国からガルナン王国のワケわからん場所に来れただけでも、聖人依然に自分の足を褒めたいのは確かだがよ」
「ですねぇ、もう足がパンパンですぅ」

 苦労話を交わした後、改めて感慨深く神々の墓と呼ばれる建造物を眺めた二人は、これまでの軌跡を再度回想する。
 聖人の若者二人はルアーズ大陸の南東に位置するデューン王国という小国から、隣国であるルアーズ大陸随一の大国ガルナン王国領内のここ、屍の森の奥へと秘密裏にやってきたのだ。
 デューンを総べる国王とその忠臣であり、二人を戦士として育てた聖人の先輩のユウに命じられたある任務を遂行するため。
 生まれて初めてとなる大きな旅でもあったし、道中には幾多の苦難があった。
 けれども互いに励まし合いながら、無事に目的地まで辿り着いた。
 それには一人旅という名の家出から帰ってきたユウが騎士団への剣術指導の傍ら、彼女同様にデューン王国筆頭騎士となるべく幼い頃から聖人となり生きてきた二人に改めて特別訓練をつけたのが、ここまで命を落とさずにこれた一番の要因だった。

 そんな二人が任された特別任務とは――

「してもこっから本題だぞルイ。まず最初の関門、俺達はこの先で眠る不老の最凶魔女、エレナを――」
「えぇ。ユウ師匠が家出中に知り合い絆を深めた大切なお友達に施行した、約一年に及ぶコクーンの睡眠回復機能を解くんです」

 カリウスとルイ。共に口元をひきつらせ、畏怖の念を込めておっかなびっくりに呟いた。
 まずは第一目的。かつてルアーズ大陸全土をまたにかけて最強と謳われる力を持ち、魔女と言われた女性――エレナを長い眠りから「起こす」のだ。

 当初、二人が年端もいかない頃から現在に至るまで親身になって接してくれるユウ師匠と、身分関係なく接してくれた国王、そして育った国の故郷のためになるなら、なんでもこいと思っていた。
 だが、戦乱の時代を沈める切っ掛けとなる任務であるのだと途方もないスケールの使命を背負うことだと伝えられた際には、心臓が飛び出るくらいに驚いた。

「くぅ」

 カリウスに、

「あわわ...」

 ルイ。
 足が前に進まない。
 神々の墓を前にして、直立不動の状態になってしまっていた。

「実在していた時点で驚くがよ...マジでさ、何年経とうが年もとらない戦場でも恐れられた魔女を起こすって、本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫なワケないでしょ! いきなり国を飛び出したと思ったら帰ってきて、旅先でヤバ過ぎる張本人と友達になりあのハルバーン国王と一戦交えて倒したなんて、どんな流れですかッ」
「しかもそいつはエリアル創世記の中の人って出来過ぎた話だ。いくら強い聖人だってもさ!」
「でも実際にずっと若いままだったそうですし、ユウさんが嘘をつくワケないです...もしやエレナに騙されてるのではッ」

 ユウの旅で起こった劇的な出会いとエレナが語ったという世界の真実に対して混乱し、慄く二人。
 思い出にふける以外に、エレナのことを考えると恐怖のあまり緊張してしまう。
 約百年前、どの国家にも属さず傭兵として神出鬼没に戦へ参戦し始めたエレナは、同時期に突然扉が開いた神々の墓より出土され軍事革命となった超兵器「神々の聖遺物」を誰よりも早く持っており、戦場を圧巻した。 
 また奇怪なことに、何年経とうが歳相応に老けず絶世の美貌を保っているというのだ。
 それは彼女が、この大地に生きる者なら物心ついた頃から知ることになる、エリアル創世記に関連する人物その人――人間ではないからなのだという話だ。
 騎士団の厳しい修練に嫌気がさして国を抜け出し一人旅をしていたユウと知り合い、ガルナン王国を敵に回し、気がつけば無二の親友となったというのだから二人には信じられない。

「うぉお、おおおいルイ! こんなところでビビってたって始まらないんだよッ」

 なんとか状況を打開しようと筋肉質な体躯を縮こませたカリウスが声を震わせる。

 分かりやすいまでに怖がっていた。

「うぇっ!? そそ、そうですよッ。せっかっくここまで来たのに、立ち止まるワケにはいきませんッ」

 不安度大のカリウスの様子に驚き、声を上擦らせるルイ。

「だだだだッだよなぁ! よし、勢いのままにいくぞッ」

 ビビりのカリウスは「くそ、俺がしっかりしないといけないってのに、ルイまでビビらせてどうするんだ」と、すっかり臆病になってしまった自分へ心中で憤慨した。
 一陣の風が神々の墓へ吸い込まれるようにして流れたその時、小心者の彼はなんとか己を奮い立たせ、ルイをリードしようとする。

「とにかく本人を起こして実際に話すまでは色んな話を信じれねぇ。行くぞルイ、ついてこいッ」
「えぇ...というかカリウス、さっきから変です。ちょっと落ち着いて下さいッ」
「何だと!? どう見ても、お、お、落ち着いてるだろッ」
「落ち着いてるように見えませんッ。まるで冬に薄着でいる人みたいじゃないですか。こっちまで不安になりますよ。流石、震え名人なだけはあります」
「震え名人ってなんだよ!? あぁもう行くぞ!」
「最初からそのつもりです」

 軽口を叩きながらも、二人は不安を押し殺して先へ進む。
 生唾を飲み込み、神々の墓へと入っていった。



[43682] 第19話 対面
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/11/29 22:54
「うぉ...凄ぇ。奥は灯りもないのに部屋が光ってるぞ」

 最深の空間に勇むようにして飛び込んだカリウスは、異様な光景へ目を輝かせて部屋を見渡す。
 小心者ではあるが、未知へ対しての好奇心は人一倍であった。

「私達継承世代は聖人なのに入った経験なしの人多数ですもんね。してもなんというか...荘厳です。ユウさんのお話し通りです」

 その後ろを、おっかなびっくりなルイが続いた。
 異様な文字と壁画が隙間なくびっしりと書かれた四方の黄土色の壁面は、ランプの光が必要ないくらい発光している。
 二人は部屋中央に鎮座しているエレナが眠っているであろう派手な装飾が施された棺が、これまた色彩豊かな祭壇の上に置かれているのを確認すると、顔を見合わせ頷き合った。
 神々の墓――人を神の化身とする聖遺物とそれを手に添えた白骨、それらが安置された墓地遺跡はルアーズ大陸中に数十あるとされ約百年程前、突如として入り口が開いたという。

「国々は聖人となった人間を創世記の再来だと手厚く扱い、武神として自国への所属を切望。そして人々は自国領を飛び越え大陸中で神々の墓を捜索してあたった。聖遺物の登場で間違いなく時代は変わったのだ。エリアル創世記の内容はやはり真実――神々の聖遺物は瞬く間に人の価値観を一変させた……」

 ルイが自らの知識を確認するように呟いた。

「それ、ユウさんが教えてくれたルアーズ大陸史の一節だっけ。神様は凄いな、目的は不明だがこんな豪華な墓を大陸中に作りまくったなんて」

 カリウスが納得と言わんばかりに頷く。
 ルイは顔をしかめたものの、しぶしぶ同調する。

「神様なんて本当は信じたくないんですがね。でも、聖遺物を含めた摩訶不思議が溢れていることを見せつけられては、やはり認めざるおえないでしょう」

 話を聞くと実際に見るのではまるで違う。
 人智を超えた荘厳さへ圧倒されるよう、共に目を点にしてしまっていた。

「これが例の文字か。おいおい、あんな文字なんて見たことねぇのにどうしちまったんだ俺は、意味が全部わかっちまうぞ」

 生まれて初めてこの部屋に入るのに壁に書かれた文字は、首筋に刻まれた己の聖痕と同じ種類のものだと不思議に理解できた。
 何の障害もなく頭の中へ文字の意味が流動してくる。

「私も読めます。使用者マハラギ、所属勢力闇の者。授けられしは千里眼の瞬きバルキウス。汝の眼に永劫の真実を――ってこれ、使用者の名前と元にあった聖遺物ですか。成程これを読めるのは私達が聖人になったからなのでしょうね、はぁ」

 淡々と文字を読み上げるルイも、カリウスと同じ驚きに包まれていた。
 そして――

「世界管理者試験」

 発した言葉がシンクロする少年少女。
 部屋の正面奥の壁に刻まれた「世界管理者試験」の全貌を記した文字群を見て、ほぼ同時に生唾を飲み込む。

「エリアル創世記に登場する世界管理者試験について書かれてる。光と闇の勢力が、エリアルの遺体が変化して生まれた聖遺物を手に取って殺し合った話だな」
「そして勝利勢力は試験審判から洗礼の儀を受け、世界管理者となると。脱落しても立派なお墓を作ってもらえるのは……いや、羨ましくないですね」

 神々の壮大な殺戮遊戯に身震いする二人。
 神々の墓は、候補者として戦い命尽きた者を祀えた部屋なのだ。

「けど肝心の試験の終末までは書かれてないです。試験は依然として未完だっていう抽象的言いまわしで締められてますよ。ユウさんが言ってた通り試験は現代に至るまで続いているんですね」
「あぁ。何があったかわからないが、生き残ったエレナに神様になってもらわなきゃ世界は終わるってワケだ。俺らは死ぬ覚悟でそのサポートをする。うぅ、腹が痛くなってきたぜ」

 ルイとカリウスが使命の重さに顔を強張らせる。

「全てが機密事項。改めて、ドキドキマギマギが止まりませんね。私も驚き名人の免許皆伝までいってしまいそうな勢いです」

 ルイが緊張を緩和させるべく変顔を作りでカリウスを流し見るが、彼の頭の中は考察でいっぱいになっており、すでに彼女を見ていなかった。

(光と闇の戦いは何で途中休止になったんだ。それが突然始まったから世界中の神々の墓が一斉に開いたんだろう。スケールがデカすぎて頭が痛くなるけど、とにかくやるしかねぇ!)

 それには彼女自身に関わる深い話があったのだ。

「ルイ、エレナは光の勢力の生き残りだから壁画文字の内容とも辻褄は合うが、そもそも何で大昔の神様試験が現代まで長引いてるんだろうな」
「ユウさんから聞いた話では、頭を打ったのか記憶の一部を失っているそうですが。全てはそこに集約されてるのでしょうね」
「管理者試験参加者だったことは覚えてるそうだけどな。だったら全部思い出すことができたら、試験が未完の理由がはっきりするのか」
「えぇ。けどユウさんも驚いたでしょうね。最強の傭兵と家出の旅で知り合って、その人が実はエリアル創世記の試験参加者だったと。でも、長い間現代いる理由は謎に包まれてるなんて」

 二人は深まる疑問に首を傾げた。
 記憶喪失のエレナを取り巻く事情は複雑多岐である。
 カリウスは腕を組んでますます唸るが、ルイに脇腹をつつかれて我に返った。

「カリウス、全てはエレナさんを起こしてからです。ワケわからない事情だらけで複雑だってことで。立ちんぼのまま唸ってても始まりませんよ」
「おぉ。ユウさんからは大まかな話を聞いただけだし、実際に話してみないことには何とも言えん。まずは任務遂行といくか」
「さっさと取り掛かります。コクーンの力が必要になりますね」
「頼んだぜ、ルイ」

 二人はランプをその場に置いた。
 今度はルイが先導し、カリウスが半歩後ろを歩く。
 神々の墓の異様さに慣れたのか足取りが堂々としていたものの、棺の前に膝を立てた二人は中を覗き込み、またも驚嘆の声をあげる。
 そこには両手を腹の上に置き、瞼を閉じたままの不老の麗人――エレナその人が確かにいた。青白い色の神秘的な模様の印が腹上に発現している。
 真っ黒なローブから見え隠れする雪のように白い肌。肩先まで伸びた毛先がくるくると舞った上質な絹糸かの黒髪と、それを彩るは綺麗な蒼い薔薇の髪飾り――何年経とうと何一つ変わらない彼岸花の如き儚さを思わせる絶世の美貌である。

「この人がエレナ。不老の女傭兵と言われる生ける伝説、か」
「右手につけている腕輪はアルケーレスですね。物質の根源と言われる四大元素と干渉し合い、自由自在に操るという」
「最上位クラスの聖遺物、その力は天元に至るってやつか」
「それにしても綺麗な人です……コクーンの力で身体の中も回復しているでしょう。聖遺物さまさまですね」

 その浮世離れした独特の美しさと装備している聖遺物の強大さに揃って圧倒されていたところ――カリウスは形容しがたい強い感情が突然心の中に生まれる感覚に見舞われた。

(――ん、なんだこの感じは!? 胸が……熱い?)

 胸が高鳴る。何故だか知らないが、彼女とは遠い昔に会っていたようであり、初めて見た気がしなかったのだ。
 そんな記憶や経験もないのに、離れ離れになった大事な人にやっと巡り会えたという愛おしささえも沸いてしまっている。
 カリウスが胸を抑え突然生じた感情に奇妙な戸惑いを覚えていると、ルイがランプを置いて背中にしょっていた年季の入ったカバンから、コクーンを掴みだした。
 見た目は金色の籠手。それを重そうに持った彼女は右手に装着する。
 青白く光った幾何学模様は血液の流れを断面で見たかのように動いた。それは、扉の模様と同一であった。
 ルイは金色の籠手を手に付け「すーはーすーは」と大袈裟な体操をしながら呼吸を整える。

「さてと、やっちゃいますよ~」

 そしてユウが一年前に施したコクーンによる催眠回復術式の解除へと動く。

(なんだったんだ、さっきの感覚は。気のせいだろうか)

 カリウスはむりやりに疑問を押し込めて、「頑張れよ」とルイに呟く。
 ルイは後ろを向いたまま頷き、目を閉じて考え事をしているかの数秒後、再び首に赤い紋章が浮かび上がらせた。
 聖遺物の使い手――聖人としての証である。
 やがて周囲に緑黄色に光る粒子がいくつも出現していき、闇の中を淡い灯りで満たしていく。

(神様――エリアルの燈火、いつ見ても不思議なもんだなぁ)

 カリウスが光の玉の呼び名を呟きながら、興味深げに眺める。
 聖遺物を使う際だけに出現するが、普段から世界中へ溢れている不変的な物質だという。女神エリアルの霊体の一部をルアーズ大陸全土へ振りまいたものだと伝えられている。
 光球は聖遺物が持つ力を使用するための源泉である。いわば聖遺物は、光の玉を原動力として特殊な効力を行使することができる万能の利器なのだ。
 それは遥か昔にルアーズ大陸全土へ伝承された世界創造の理「エリアル創世記」を見て知ったのだが、記述に出てくる内容が実在していることに彼は驚愕した。
 驚いたのはカリウスだけではなく、約百年前聖遺物が発見された当時から生まれた全ての人間であるのだが――

「はぁ――」

 ルイがエレナの腹上に浮かぶ術印へ、金色の籠手に包まれた右手を翳した。
 回復のコクーン。効力は、聖遺物に秘められし回復術式を行使できるというもの。
 神の燈火がコクーンの周りを彷徨い始め、エレナの印へ集まっていく。

「うッ――くぅ、ここからが……何度練習しようがやはりキツイですね」

肉体的負荷がかかるのか、ルイがうめき声をあげてふらつくが、

「おっと。踏ん張りどころだぞ、ルイ」

 カリウスが支えた。

「ありがとうございます。ですよね、修業の成果をここから見せてあげますよ」

 彼はルイの負担を少しでも自分に持ってこれないのが歯がゆい。
 だが彼女も全力を出している。あと幾ばくの時間で印を完全に消すことができるようだ。

(神様ってやつは聖遺物をどうやって作ったんだろ)

 まさしく神の所業の他ならない、奇怪奇跡な光景。
 カリウスはルイを支えながら、背負っている自身の聖遺物をチラリと流し見る。

(ま、俺もその使い手の聖人なんだけどな)

 柄の部分に聖遺物特有の幾何学模様がデザインされた刃のない剣――ルイの使う聖遺物とは形状や用途こそ違えど、同種のものである。

(聖遺物にエリアル創世記に神の燈火と、この世界は不思議なことだらけだぜ)

 そして彼がルアーズ大陸の共通常識となってしまった事柄へ思考している間に、

「終わりましたッ。成功しましたよッ」

 とうとうルイが術印を解除したのだ。
 胸をなでおろした彼女は振り返り、達成感に溢れたように小さな唇を綻ばせる。

「いぇい。どんなもんですか、カリウス。やって見せましたよ」

 ルイはかなり精神を集中させていたようで、陶磁器のような白い肌からはいくつもの玉のような汗ができていた。
 その様を見てカリウスも、幾分か尽きものがとれたような笑みを返す。

「大したやつだよ、お前は」

 二人は拳を合わせた。
 ひとまずは旅の目的の一つ目が完了。二人は嬉しさ半分で、本当に目覚めるんだろうかと心臓の鼓動を早めながらエレナの顔を再度覗いた。
 寸時が経つ。

「ん、うぅん」

 両目をぱちぱちと瞬かせ、エレナが体を動かした。
 一瞬目が合ったカリウスは「うぉうッ!?」とぎょっとして大きく後ろに後ずさってしまい、ルイはカリウスにつられて「キャッ!」と悲鳴をあげて尻餅をつく。
 小心者の若者二人はまだ話してもいないエレナに対して、恐れおののく。
 当のエレナはその間にふらふらと起き上がり、紫水晶のような切れ長の瞳を二人に向けた。虚空を宿したような、生きているのか不安定に感じさせる視線だった。

「ウグッ」
「はぃぃぃぃッ!?」

 瞬間。カリウスがびしっと背筋をただし、ルイもお尻を摩りながら急いで立ち上がった。
 自分達が起こしたくせに、失礼な態度をとってしまったのではと思ったのだ。

「は、初めまして、エレナさん! 自分は……カ、カリウス・ガリィと申しますです。こちらはと!」
「ルイ・インソムニアです! ユウさんにはいつもお世話になって――でなくて私達はユウさんに育てられてそ、その」
「あなたを助けるため十八の歳に旅に出て、強くなりました! 俺達、むっちゃ強くなりました!」
「その通りでございます! 鍛えられたんです……あぁもう! 使命がありましてあなたを復活させ――」

 完全に上擦っていた。誇大に身振り手振りをしてしまい、泡を喰う。
 小胆ながらも様々な危機を回避、打破してきたが、やはり畏怖の対象に違いなかった。
 腕自慢の武人、彼女の力を恐れる国家からの刺客、エレナに返り討ちにされた者は数知れず後世には恐るべき凶悪な人物であった等の逸話しかないのだ。
実際に行動を共にしていたユウから聞いた人間らしい感情のエピソードを聞いても、彼女は恐ろしい存在という印象は根強い 

「うぅ……」

 エレナの瞳に次第と意識の光が宿ってきた。じっとこちらを見つめる二人を交互に見やり、首筋に聖痕を浮かび上がらせる。勿論、神の燈火も出現した。
 次に、右手を翳し――

「え?」

 カリウスが間の抜けた一言を発した瞬間には、彼の頬を何か鋭いモノが通り過ぎ、ぱしゃっという何かが弾ける音がしていた。頬を流れる血には気が付かないまま後ろを振り向くと、壁へ少量の水が広がっていた。

「マジかよ、めっちゃご機嫌ナナメじゃんかッ!?」

 最悪の寝起きである。
 カリウスは、固まった頭の中を溶かすため、全力全開で状況の理解に努めた。



[43682] 第20話 十年振りの目覚め
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/01 17:40
「はにぁ!? 大丈夫ですかカリウス!」

 ルイが慌てふためきながらも、心配して急いで駆け寄る。

「え、え? へえぇぇ?」

 時が少しだけ止まったように、遅れて彼は切られた頬をさする。
 状況が理解できない――否、理解するのが怖かった。

「はわわわわ、カリウス、これって――」
「ヤバイ、みたいだなルイよ」

 引きつった顔を見合わせて、乾いた笑いを漏らしあった。
 エレナの顔は静かな憤怒に染まり、敵を射抜くかの視線を若者達に向けていた。
 彼女の周囲にはエリアルの燈火が慌ただしく舞い、翳された右手の前方には聖遺物特有の青白い術印が出現――空気中の燈火をアルケーレスを通して水分に変換し、ナイフを模した水の塊を形造った。
 ソレがカリウスの頬を傷つけたのだ。
 四元素の理をエリアルの燈火を介して自由自在に操る。魔法という表現が相応しい、アルケーレスの力――

「マジかよぉ! くそッ」

 なんとか現実を理解し、危険に対してどう対抗するか考えたカリウスは、

「ひゃん!?」

 まず狼狽するルイを守るように抱きしめると、彼の相棒――聖遺物ストラトを背から取り出した。
 同時にカリウスの首筋に聖痕が出現し、彼の脳内は火花が散るような感覚で溢れた。

「ストラトの出番だッ!」

 そして、正面に向かって思いっ切り相棒を振るう。
 本来であれば刃にあたる部分が長方形かつ細長い軟質物体で出来ている剣――その柔軟な部分が、一気に上下左右へ膨張し始めた。 
 よじれ曲がった白い物体が、視界いっぱいに周囲を覆っていく。
 聖遺物が円形の壁を形作ったのだ。

「うぉぉぉぉぉぉあッ!? 塞ぎやがれえぇぇぇッ」

 普段はビビリだが、やる時はやる男であるのがカリウス。
 彼が変化の剣でバリヤーを作成した刹那、即席の坊壁へエレナの術印から離れた水の刃物が次々と突き刺さる。
 空気を切り裂くような音を立てた後、ぶすぶすと軟質部分へ吸い込まれた。
 全て貫通直前。必死の形相でストラトの力を行使するカリウスに、

「ちょっとカリウス、何が起きてるんですかぁ! エレナさんかなり怒ってますッ!?」

 錯乱状態のルイが絶叫をぶつける。
 混乱して、前を見ることすらまもならない。

「俺が知るかよ! くそ、挨拶が失礼だったのか――グゥッなんつー激しい攻撃、水が刃物みたいだ!」

 話す暇もなく連続で攻撃をされる。
 少しでも気を抜いたら自分達は串刺しだと、カリウスは防御に集中する。

「エレナさん、私達は敵じゃありませんよ! お願いですから攻撃を止めてください」

 ルイの悲痛な想いも、

「俺達はあんたの友達、ユウの仲間だ。神様になるっていうあんたの使命を手助けしにきた。勘違いか寝ぼけてるならいい加減目を覚ましてくれぇッ」

 カリウス必死の説得もエレナには届かない。
 最初から声が聞こえていないといった様子で、怒涛の連撃を緩めない。

(頑張れ俺、気合を見せろッ)

 それでも攻撃は激しいには激しいが、カリウスに防げないまでではなかった。

(鋭いけど防げないワケじゃないッ)

 彼は脳内のイメージを先鋭化、柔らかに広がった壁を徐々に硬質化させていく。
 自分の意思で自由に膨張、縮小、硬質、軟化を操れるのが聖遺物ストラトの効力だ。
 そうして防壁剣の硬度が増していき、衝突した水流の飛沫が部屋中に散らばる。
 神々の墓での攻防戦が続く――されど、始まりがあるのなら終わりも必ず来る。
 水の刃の激しさが頂点に差し掛かった直後、エレナの攻撃がしだいに弱まってきたのだ。
 徐々に勢いと威力が落ちていく。

「つ……終わったか?」

 とうとう最後の攻撃が止む。
 静寂が漂った後に、人が倒れた音が聴こえた。
 カリウスは硬化を少しだけ解き、エレナの様子を覗き見る穴を開ける。
 そこには案の定、棺の前へ力尽くようにして倒れたエレナの姿があった。

「助かりましたぁ~。やっと止みましたけど、エレナさん、全然動きませんね。もしかして死んじゃったとか!?」

 カリウスに隠れ震えていたルイが、怖ず怖ずと顔半分を寄せた。

「分からん。けども、コクーンの効力で傷は塞がって全快してるハズだし、そんな簡単には...とりあえず近寄ってみようか」

 言いながらカリウスはストラトの防壁形態を全て解き、濡れたそれを鞘にしまう。
 二人は警戒したまま、アルケーレスの攻撃でできた水たまりを避けながら、エレナへと近づいた。
 カリウスがエレナの体勢を整え、ルイが生死を確認をする。

「問題はありません、大丈夫です。生きてますよ」

 ルイの見解は間違いなかった。エレナは呼吸、体温共に問題ない。
 平常心を取り戻したカリウスは思考した。

(もしかしたら、寝てる間に誰か悪い奴が来るかもしれないから、ソレに対する防御行動を寝ながらしていたのかもしれない)

 そしていきなり聖遺物の力を使い、急激に体へ負担がきて倒れたのだと。
 恐らくエレナの力はこの程度ではないともカリウスは考えた。彼女の力が完全に覚醒していたら、二人揃って水のナイフに飲み込まれていたハズである。
 少年少女は状況の平定を確認して、比較的水流の残骸がない乾いた床にエレナを寝かせる。
 落ち着いた後、安堵のあまりどっと汗を流して倒れるように膝をついた。

「危なかった、死ぬかと思ったぜ。けどもひとまずは任務完了、か。さて、あとはエレナを連れて、エフレックに潜入してる間者と落ち合うだけだ」
「えぇ。しかしカリウス、それは明日の話ですよね? 私、私、もう――無理ですぅ」

 ルイはエレナの近くで寝ころがったまま頭を抱え、力なく笑った。
 カリウスは彼女の気持ちをすぐに汲み取った。自身も同じ気分であったからだ。

「あったりまえだろ。今日は終いにしようと思ってたさ、俺も足がくたくただよ」

 疲労困憊である。
 張り詰めた神経での行軍に加えて、聖遺物の行使による身体的負荷。
 ましてやエレナとの過激な復活歓迎会と、心労も二人の精神容量を超えきったのだ。
 ルイは顔の汗を布地で拭った。そして欠伸をしながらいそいそと仰向けになり、

「速攻寝ましょう、カリウス。じゃあまた明日。起こさないでくださいね」

 言い終えてすぐに寝息を立て始めた。
 清々しいまでの早さだ。

「相変わらず寝るの早いなおい。まぁ、俺も限界だけど」

 ルイを言えない。カリウス自身の瞼も重くなってきた。
 最後に彼は、エレナの様子を確認した。
 彼女もルイのようにすやすやと寝息を立てていた。先程の悪夢が嘘のようである。

「呑気なもんだ、あんなことした後だってのにさ。本当に寝ぼけていたんじゃないだろうな」

 それで殺されては笑えないなと、カリウスは苦笑した。
 とうとう睡魔に負けて、彼もルイの隣へ横向きになる。
 薄れゆく意識の狭間、カリウスの心の中で、エレナに対する強い思いがまたも湧き出るように発生していた。

(にしてもマジで意味がわからん。初めて会った人だ、しかも殺されかけたんだぞ。なのに、なんでこんなにも、俺はエレナを……)

 棺で眠るエレナへ瞳を奪われた際に芽生えた、説明のつかない激情は強まるばかり。

 疑問に侵されつつも完全に眠りについたカリウスは、どうしたことか涙を流していた。



[43682] 第21話 ルアーズ大陸史 聖遺物再臨とガルナン王国の興り
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/03 16:59
 ルアーズ大陸の中央に位置するガルナン王国。この国がルアーズ大陸のパワーバランス首位に躍り出て、数十年が経過していた。
 そもそもの神々の聖遺物が突如として歴史に現れてから約百年。万能の利器が夢を現実のモノと為せる可能性を与えた。偶然発見しようが、手にした者勝ちだ。
 神々の聖遺物は剣と弓で雌雄を決する時代に、大きすぎる一石を通じたのだ。
 ある国では国家を相手取り、下剋上を獲ろうとする連中もでてくる始末である。
 故ガルナン王国建国王ハルバーンも、その強大な力に魅せられた一人だった。
 ガルナン王国が興る以前、かの地には元々ヘイラ王国という国があった。
 国を支配する王族は圧政をしき、人々を苦しめていた。
 当時、ヘイラ王国内で活動していたある傭兵団の兵士として命を金に換え一日を必死に生きていたハルバーンは、生まれながらの身分で一生が決まるという世の流れに強い不満を抱えていたのだ。
 喧嘩別れで団を抜け出していた放浪の最中、彼は修行のため訪れた危険な獣が住まう森の中で、偶然神々の墓を発見、エリアルの聖遺物――五体を強靭化させる首輪ジェイドを手にした。 
 聖人となった彼はすぐさま生まれ故郷へ引き返すと、同じ志を内に秘めていた村人達を説得、指揮して自分が前線に立ち、王族が住む城を夜襲――壊滅させて新たな国を興した。
 それからは怒涛の快進撃。ヘイラ王国と同じように理不尽な統治を行っていた周辺国家へ次々と侵攻、統治下に。気づけば混乱極めるルアーズ大陸の情勢を瞬く間に突破していたのだ。
 一国を治め、発展させていく確かな手腕と知略、王たる者が持つ度量にも目覚めていった彼はまさしく天才だった。
 その最中にある情報を手にする。
 広大になった自国内の領地に、ある期を境に戦場からポツリと姿を消していた、百年前から存在すると言われる伝説に近い存在――不老の女傭兵エレナが彷徨い歩いているというのだ。
 真ならば彼がすることは決まっていた。ルアーズ大陸覇者にもっとも近い王と言われる自分を差し置いて最強と言われる女がいつ大陸制覇の邪魔になるかはわからないと――討伐するなら絶好の機会だった。
 そのために自国の民ですら犠牲にすることへ躊躇はなかった。
 目まぐるしい日々の中で、心から愛する伴侶が出来たことも彼を勢いづかせる。
 謎に包まれてはいるものの、自身に惚れ自ら仕えたいと志願してきた女性――聖人女王となったミルンと共に誓い合った大陸制覇を現実のものとするべく、彼は天下目撃人として大軍勢を引き連れてエレナに挑む。
 しかし、激闘の末――ハルバーンは敗北を喫した。
 そのエレナ討伐戦で負った傷が原因で、彼は帰国後すぐに天命を全うした。
 残された未亡人ミルンはその後、悲しむ間もなく国政を引き継ぐ。
 勢いを失うも、他国の追従を許さないことに変わりはない。
 誰もが実現できずに夢を飼い殺していった覇道、大陸統一へと今一番近い国であった。



[43682] 第22話 敵襲
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/09 22:07
 一年前。エレナとユウが、大軍勢を引き連れたガルナン王国聖人王ハルバーンと側近ヤスケールと熾烈な戦いを繰り広げた地――ガムズ平原。
 一年後の今日もあの日のように快晴かつ陽光穏やか、春風で緑の絨毯がささやくように揺れている。
 平和な光景だった。見渡す限りの骸の山はもう跡形もない。
 それでも安寧はいつか崩れる。
 いささか小規模すぎるだろうが、平穏な景観が突如にして殺気だかった空気に侵食された。

「ひぐっ、ひぐっ、おぇぇぇぇぇッ! 野蛮人共しつこすぎですよッ」

 ガムズ平原に吸い込まれる嗚咽。
 ルイが走る。

「ちくしょう馬さえあればッ。こっちは人をおぶって走ってんだぞ!?」

 カリウスもエレナをおぶりながら走る。
 先程まで彼の顔を赤くする要因であった、背中に接触する柔らかい感触を気にする余裕はすでにない。
 二人は必死だった。何故なら、

「待ちやがれ! ガキが使う価値なんてねぇんだ。おとなしく聖遺物を渡せ」
「何かの間違いだぜ。その死体でエリアルの肥やしになるしか価値はねぇんだよ」
「聖人になってミルン様にお仕えするんだ。金が必要なんだッ! 野宿続きで辛いんだッ! だから死んでくれよぉぉぉぉッ!」

 聖人狩りの荒くれ共に追われていたからである。
 欲望純度十割の野太い声が騒がしい。
 その名の通り徒党を組んで聖人を潰し、聖遺物を強奪することを目的とする集団だ。
 屍の森を出てガムズ平原を歩く二人を発見した目のいい男が、カリウスのストラトを確認した瞬間に彼らの思考は統一された。
 今までの旅でもこういった下衆に襲われた経験はあったが、カリウスの奮闘で切り抜けてきた。
 しかし今回は数が多すぎた。エレナを一時的に置いて聖遺物で対処しようが、処理しきれない程だ。
 ここまで大勢の人間を一度に相手にした経験はないのだ。
 そしてルイも――

「私の聖遺物はただの人間相手ですと効力はありませんし。あーんッ詰んでますって」

 立ち向かうことなく敗北宣言。
 全力疾走も空しく、馬に乗った数人に先回りされてしまった。
 ならば後方にと視線を向けるカリウス――無駄だった。

(クソッ、本格的にヤバいな)

 右も左も詰まれた。
 完全に包囲されている。武装した汚い身なりの男達がにやけながら、じりじりと距離を詰めてきた。

「ついてるぜ、屍の森から聖遺物を持った奴が出てきやがったんだもんなぁ……一斉にかかるんだぞお前ら、聖遺物を使おうが魔女でもないガキ二人がこの大人数を一度に相手はできんだろ。あぁ、俺の人生は今日から変わるんだぁ」
「変えるのはこの俺だ。先に決めたように早い者勝ちだぜ、いいな!」
「そういう奴が最初に横取りしようとすんだよな、クハッ。さぁて、あっちの方もご無沙汰だったんだ、男を殺したら残りの激マヴ二人で楽しませてもらうとするか」

 もはや全員が勝利後の凌辱を考えている。
 聖遺物争奪戦には参加せず、後方で傍観を決め込んでいる者もいる程だ。
 眉間にしわを寄せたカリウスがエレナをおろし、ストラトを取り出した。

(こんな人数相手に戦ったことなんてねぇ……でも、やるしかない。二人を守るんだ。怖いけど、乗り越えなきゃいけない。使命を終えるまでは死んでたまるか)

 覚悟を決め込んだ彼がちらりと相棒を見やる。
 彼女はパニック状態になっていた。
 エレナのたわわな胸に震える顔をうずめて、現実逃避をはかっている。

(勝つ)

 それだけを心の中で唱えたカリウスは聖痕を体現。
 燈火が周囲に出現する。
 大きく息を吸い、

「どっからでも死にたい奴からかかってこい。俺のストラトは硬いぞ! 痛いぞ! 骨が折れるだけじゃすまねーぞ!」

 平原中に響かせるまでに吼えた。
 その気迫に聖人狩りの集団がたじろぐ。

「聖遺物を持ってるぐれぇでガキが一丁前に吠えやがって――んぁ、何だおまッ?」

 その時。
 最奥にいた隻眼の男がある異変へ気がついた。
 いつの間にか、後ろから見覚えのない白馬が近づいてきたのだ。足元の草を嗅いでいる。
 この野蛮な集まりには神聖さすら感じる白の上馬に乗っている奴はいない。
 それは隻眼の男自身もだった。
 じゃあ一体誰の馬なのか――彼が確認するために前の男の肩を叩こうとした瞬間、

「あれッ」

 赤茶けたローブを着た者が、剣を持っている――認識した時には男の首がすでに胴体から離れていた。
 間を待たずして隣の者も、そのまた隣の者も。

「うわぁぁぁぁぁぁッ!? こいつッ」

 突如金切り声を上げた者へこの場にいる全員の注目が移るが、声の持ち主はすでに絶命。
 次々と人が死んでいく。緑一面が赤色で染まっていく。
 カリウス達を襲うどころではない、荒くれ者共は一斉に混乱状態へ陥る。
 何者かにより、目にもとまらぬ速さで切り込まれているのだとしか理解できない。
 悲鳴の合唱に倒れていく人間達――囲まれていた聖人二人も唖然とするしかなかった。

(どうなってんだよ!? けど――)

 カリウスの瞳に希望の炎が灯る。
 思わぬ援軍だ。幸運にも突破口ができたのだ。
 生き抜く為、ルイも瞬時に思考を切り替える。
 彼女がばっと立ち上がり、カリウスも素早くエレナを抱きかかえた。
 二人は走る。包囲網の穴をつき殺戮の舞台を抜け出したのだ。

「仲間割れでしょうか。何が起きたかさっぱりですが……ともかく助かりましたッ」

 全力疾走するルイは後方を見やり、遠くなっていく殺戮の場を一瞥した。

「あぁッ。どんな奴がやったかも把握できなかった。大柄な男が壁になって全然見えなかった。叫んだ次には誰かの首が落ちてて、周りの奴がバッタバッタのメッタ刺しにされてたんだからなッ」

 カリウスも息を切らしながら首を傾げるしかなかった。
 所詮頭数を揃えただけの自分のことしか頭にない連中だが、仲間割れにしてもあの中に複数の人間を迅速に殺せるような手だれがいるとは思えない。

「というか、あのままいたら私達も危なかったかもですね。もしかしたら無差別に殺人を楽しむような輩が紛れ込んでいたのでは。それこそ、聖遺物を使って!」
「聖人って立場を隠してまであんな連中の味方をする必要ないだろッ。それこそ集団対一人の立ち回りがユウさん並に出来る達人でもないとッ」

 互いに息を呑んだ。
 けれど、カリウスの発言には無理があるとルイは思う。

「いやいや、だってユウさんは任務は同じガルナン王国でといえど完全に別行動だし、内容も極秘です。ここにいるはずがないですよ」
「だよな、いるわけねぇか。あれだ、連中に恨みを持った強者剣士がたまたまいたんだろ」

 カリウスとルイはありえない妄想を打ち切る。

 互いに僅かに残る予感を捨てて強運に感謝し、彼方に聳えるガルナン王国の王都を目指す。

 その頃、聖人狩りの面々は一人残らずして全滅。「何者か」は得物にまとわりつく血を払い、カリウス達が逃げた方向に瞳を定めた。



[43682] 第23話 深層心理-刻まれた因果-
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/13 11:27
 カリウスは夢を見ていた。物心ついた頃からよく見る夢である。
 それは光と闇のうねりが点滅して跳ねるように頭の中を突き刺す、過激かつ無音の世界。
 天変地異の如く、鮮烈かつ凄惨な光景が眼前で繰り広げられている。
 様々な聖遺物を持った十代程の男女が敵味方に分かれ、赤茶けた大地で血を流して争っているのだ。

 理性を持った生物達の行動にしてはあまりにも歪かつ、吐き気を催すやりとりだった。
 熾烈極める戦いには、なんとカリウスも参加している。しかし敵にやられたのか、出血が酷い状態にあった。膝をつき、動くことすら厳しい。
 状況は劣勢。相手は趣味の悪い派手なドレスを着た女だけなのだが、彼女が相当な実力者だった。その女一人に挑んでいった味方が次々と倒れていった。

 戦局が動く。
 女の身体が見る見るうちに変貌していく。
 変化したのだ。人間の姿形の欠片もない、悪夢を形どったような異形の化け物となった。
 まず左手の鋭い爪で味方女性を惨殺。彼女を庇おうとした男は、丸太のように太くなった右手で吹き飛ばされた。恐るべき速さで二人の仲間を失ってしまったのだ。

 自軍に残るは手負いのカリウスと、外側に刃がついた円盤型聖遺物を手に持ついかつい小太りの男ともう一人、黒い服を着た女性との三人になってしまった。
 小太り男の方はは鮮明に見えるのに黒い服を着た女性の方は何故だか、いつも顔から上がぼやけて見えているのだ。そして戦えないのは彼女も同様。足に怪我をしてその場から動けずに座り込んでいる。
 疲労困憊で聖遺物を使える状態ですらない。カリウスの聖遺物は、奴らとの近接戦闘で飛ばされてしまったのか、かなり遠くの場所へ落ちてあるのが確認できる。
 けども、怪我の状態が酷く満足に動けない。

 絶体絶命。
 唯一の戦力である小太り男が、外側に刃がついた円盤型聖遺物を手に持ち反撃するべく突撃を試みたが、敵との距離を縮めていた最中に、なんと死んだはずの仲間に足を引っ張られ倒れてしまう。
 敵方の仕業である。派手なドレスを着た女は、死者を操る杖型聖遺物の使い手らしかった。
 彼は味方の死体らにあっという間に囲まれ、かつての仲間らに凄まじい力での暴行を加えられてしまっていた。
 命尽く直前、彼が最後の力を振り絞って投げた円盤型聖遺物が、化け物と化した味方の男の胸を貫通する。
 異形は苦しむ間もなく倒れた。目にも止まらぬ速さだった。

 そして状況は二体一。満足に動けない二人に対して、傷一つ負っていない敵。
 結果はわかりきったことであろう。
 だが――

 それでもカリウスは諦めていない。最終手段を使用する気であったからだ。
 服の中から取り出したのは、幾何学模様が刻まれた小さな黒い玉。
 本当にどうしようもない状況で使おうとしていた、奥の手の聖遺物だ。
 使用するに絶好の機会。力強く玉を握ったカリウスは痛覚をむりやりに無視し肉体の臨界点を突破し、身体を再始動。
 ふらつきながらも、いざ敵へ向かおうとしたその時――黒い服の女性が腰を掴んできた。止めようとしているのか、がっちり掴む。
 それもそのはず。この聖遺物の使用には、カリウスの命を引き換えに発動するらしいのだ。
 しかし具体的にどういった効力があるのか、夢の中の自分には詳しくわからない。 
 戦いを終わらせることができるのは確かだと、それだけは理解していた。
 決意はやはり固く、その力いっぱい握る手を優しく振り払った。

 ここまでは毎度毎度と同じ展開。変わり映えのしない、見飽きてしまった悲劇。
 カリウスはこの夢に対し、エリアル創世記への知識があるうえ聖遺物を持った聖人と化したせいで、まるで自分が世界管理者試験へ参加しているような夢を見ているのであろうと仮説を立てていたが、今日は一味違った。
 長い間変化がなかった夢に、一つの進展があったのだ。
 毎回ぼやけて見えていた女性の顔の全貌が、一瞬だけ明らかになったのである。
 それがなんと、間違いなくエレナだったのだ。
 何故、エレナ? と、強い疑問が生じるが悲劇は止まらない。カリウスは、雄叫びをあげながら敵へ向かっていく。
 異形の化け物と化した女は歪んだ笑みを浮かべている。
 手に持っている杖型聖遺物を振り上げれば、従えた死体らがすぐにでも殺しにかかる。
 彼女からしてみれば、もう自身の勝利は目前であると思ったであろう。
 だが、その決めつけが甘い。
 手に持った物体――黒い玉を一瞥すると、瞳に衝撃の色を映し激しく狼狽した。
 慌てて杖を振ろうとするがもう遅い。
 カリウスが黒い玉を地面に向かって投げる。
 すると白い闇が発生。瞬く間に空間を塗り替えたのだ。
 同時に自分の存在が消失していく。決死の特攻は成功したが、何もかも無になっていく。

 そして終幕。
 相変わらず、全ては明らかにならないままである。
 黒い夢が途切れる。カリウスの意識は覚醒していった。



[43682] 第24話 朝からクライマックス
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/15 11:10
「あぐ……ハッ」



 ばっと目を見開き、上半身をいきなり起こしたカリウス。



 深呼吸を繰り返した後、瞼を数回擦り状況を確認する。
 安物の薄い毛布、きな臭く埃がたかった小さな部屋。朝日が差し込む窓の外から、露店を構える商人の活気溢れる掛け声や往来を行き交う人々の話し声に、馬のいななきが聞こえてくる。
 ここはガルナン王国の王都エフレック。ルアーズ大陸でも有数の規模を誇る大都市だ。
 カリウス達は聖人狩りから逃げた後、一日かけてここまでやってきた。
 現在、貧乏人にはありがたい安上がりで済む大衆向けの宿屋にいる。下着一丁でベッドの上でシーツや毛布を蹴飛ばしてしまっていた。
 彼が夢の後でよくやってしまう、見事なまでの寝相の悪さである。
 嫌な汗も体中に張り付いていたが、構わずに腕を組んで先ほどの夢について考察する。

(夢の中の謎の女がエレナ? どういうことだ、昨日初めて会った人が……うぐぐ、わからん)

 頭を掻き毟るが、理解できないものはできない。
 幼き頃から見続けていた過激な悪夢に現れた新たな変化。夢の中で出てきた味方女性の正体がエレナだと判明したのだ。長年例の夢を見続けて初めての出来事であった。

「くそ、んだよこりゃ。エレナに会ってから、俺はおかしくなっちまったのか……だぁぁぁッ! もう、意味わかんねぇッ」

 神々の墓での一件といい夢での登場といいエレナと会ってからの短い間で、なんらかの変化が生じたのは確かなのだ。
 処理が追いつかず、今度は壁に頭を打ち付けるが――

「きぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
「うぁったぁ! 何だよオイ!?」

 声の主が判別できない程の絶叫へ、反射的に耳を抑えることとなった。
 人間の声とは思えない甲高い叫びが、薄い壁の向こう側から通り抜けてきた。
 隣はルイとエレナが泊っている部屋だ。周囲の部屋からは遅れて「うるさい静かにしろ!」等と怒号が飛んできた。
 カリウスはベッドを飛び降り、床が抜ける勢いで隣の部屋へ向かう。

「まさかまたエレナが!? いや聖遺物はオレの部屋に置いてるし、ルイには例の技を頼んで――」

 言い終える前にカリウスは、赤茶けたぼろい扉を壊れるくらい強く開けた。 
 そこで目にした光景は――

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 朝に見るには強烈すぎる光景に、カリウスは思わず腰を抜かしてしまった。

「うぅんッ、何でわたしが縛られてんのよッ。意味わかんないしッ抜けないじゃないの!」

 エレナは起きている。
 ベッドの上で足をばたつかせて座っていた――首から股間にかけて細い縄で縛られた状態で。身体に這う縄のいくつかが六角形になっており、両手も後ろに回されて縛られている。
 薄出の黒いローブからは豊満な胸の形が縄のせいでクッキリと浮かびあがってしまっていた。下腹部の方は、股間に縦へ潜らせた縄が食い込み、しきりにエレナを責めたてている。
 暴れると同時にエレナの頬も色んな意味を含んだ朱色に染まっていく。女性的な部分を美しく強調した、官能的かつ見事な緊縛術であった。
 壮絶な光景に唖然とするカリウスへ、エレナが射るような視線を送るが――

「ちょっとあなた! のんきに座ってないで早くこの縄を……ユート? あなた、ユートなの!? 嘘でしょ、そんなハズが」

 予想だにしない展開に。
 どうやら、カリウスを誰かと勘違いしている。
 その表情は思いがけぬものを発見し驚いてもいるが、深い影を落とした悲しい感情も混じっている。
 カリウスは状況を理解できないままに目を丸くしながらも、

「は? お、俺はカリウスっていうんです。ユートって、誰ですか?」

 否定。
 そのような名前の人物は知らないし、間違えられた記憶もないからだ。

「え、別人なの……!?」

 信じられないのか、紫色の瞳を疑い深く大きくしてカリウスの顔をまじまじと観察するエレナだが、やはり人違いだと気がついたのか「あっ」と震える唇を小さく動かした。

「いや、ゴメンなさい。ただね、昔の知り合いによく似てたから」

 縛られたままで、もじもじと謝罪する。
 カリウスは目のやりどころに困りながら俯く。

「そ、そうなんですか。知り合いか誰かわかりませんが、人違いだと……」
「いえ、わたしが悪かったわ。ゴメンなさい、気にしないで頂戴。本当に、何でもなかったから」

 エレナが恥ずかしそうに声を小さくさせて、会話は終了した。
 悲しげな様子は潜まったようだ。けれど双方無言のまま、気まずい雰囲気が漂う。
 しかし間もなくその空気を作り出した本人が、思い出したように困惑と怒りが入り混じった表情を取り戻し、当初の会話が再開させたのだ。

「そ、そうだッ、この縄を解いて! もう、起きたらこんなことになってて……まったくどういうつもりなのよッ!?」

 強引な流れで命令。
 両足をおっぴろげているので、ローブ両横のスリットから、しなやかな太ももを覗かせてしまっていた。
 カリウスは遅れてハッと同調し、動き出そうとするがエレナの扇情的な格好にどうしても目がいってしまい、顔を赤くしておろおろと立ち尽くしてしまう。

「何じろじろ見てんの! さっきの話はもういいから縄をほどけって言ってるの。大事なところを潰されたくなかったら、さっさと行動に移しなさい!」

 思春期真っただ中のカリウスにエレナが怒鳴った。物騒な物言いである。

「は、はぃぃぃ」

 カリウスはすぐさまベッドに跳び、エレナを不自由にしている縄を必死に解こうとする。
 しかし一向に解けないので、自分の荷物入れからナイフを取ってきて縄を切るはめに。

「よしッ。これで大丈夫です」
「はーありがと。あぁん、朝からめっちゃ疲れたじゃない……」

 やっとのことで開放されたエレナは安堵し、大きく息を吐いてベッドに倒れ込む。朝から精神的な疲労に侵されたようである。
 カリウスの方も同じだ。理解不能な性癖を他人へ強要させる馬鹿者は彼が思うに、一人しかいない。隣のベットを見て、長嘆息を吐いた。

「ルイ、エレナさんを縛ったのはお前か。俺がやってくれって言ったのと全然違うじゃねぇか」

 カリウスは諦めの混じった声を投げかけながら、隣のベッドで行儀よく安眠するルイのおでこに軽くデコピンをした。
「あいたッ」という可愛い悲鳴もお構いなしに、彼女を覆った毛布を容赦なく剥ぎ取る。
 先程の騒がしいやりとりを近くで聞いていようが、ずっと目を覚まさなかったのだ。

「はにゃ……う~ん、おはようございますカリウス。どうしたんですかぁ?」

 下着姿のルイが、おでこを抑えながら欠伸を漏らした。

 朝からどうしたの? といった様子でカリウスを一瞥する。
 身体の発育は他の同年代女性と比べるといささか寂しい。一応は年頃女子の無防備な姿ではあったが、カリウスは彼女を妹のように思っているので、縛られたエレナを見た時のように色情めいた気持ちは沸いてこなかった。
 それよりも、今は呆れるしかない。

「どうしたんですか、じゃない! 俺はコクーンを応用させて軽く眠らせてくれって言ったんだ。何故に縄を……しかもどんな縛り方してんだよ。その変態癖はなんとかならねぇのか」
「えぇ――あ! す、すみません。昨日も疲れが沸いてきて、コクーンを使用する前に寝てしまったんです。それで朝方に起きて、今思えば寝ぼけていたんでしょう。縛りがいのあるいい身体をしたエレナさんが寝てて我慢できなくなって、やっちゃました。で、力尽きてまた眠りについたと」

 少しは恥ずかしいと思っているのか、身じろぎしながら丁寧に経緯を語るルイへ、

「冷静に説明すんな!」

 カリウスが地団駄を踏みながら喚いた。今にも床が抜けそうである。
 彼がルイに要求したのは、コクーンの回復睡眠術式を応用させてエレナに幾ばくの間、眠ってもらおうと考えたのだ。

「こんな変態が相手を意のままに眠らせるって、睡眠時間を自在に操作できる術式の応用までできちまったんだよな。ユウさんも故郷に帰ってきてからコクーンで色々試してもそこまでは出来なかったのによ。どんだけだよ」

 ルイのコクーンは以前ユウが使用していたのだが、一年後の「計画」に向けてルイへ継承という行為を行い、以降彼女のものとなった。
 継承とは聖遺物の使用権を自分以外の者に移す行為である。
 聖人となった者は不思議と最初から方法の知識を把握している。対象の首筋に触れて行うのだが、高度かつ繊細なイメージを要する技術。また、心から相手を信頼していないとできない行為である。
 彼女が自分よりもセンスがある者にコクーンを任せようと、ルイへ継承した結果――ドンピシャだった。自身とは比べものにならない程の天才的才能を発揮したのだ。

「これが本物ってやつですよ、カリウス。あと、私の趣味をとやかく言われる筋合いはありません。本能へ忠実に従っているのだと訂正して下さい」

 どこで覚えたのか、清楚な外見とは裏腹に相手を縛ることへ快楽を感じるという常軌を逸した性癖に目覚めてしまったのだ。
 カリウスはその経緯にも興味はなく、何一つ理解できなかった。

「はいはいはい! そこで止めて頂戴。頭が痛くなってきたじゃないのよ」

 若者らの間へ立ったエレナが手を叩いて会話を止めさせた。
 カリウスとルイは身体をびくつかせながら、形のよい唇を尖らせているエレナへ向き合った。
 明らかに機嫌が悪そうだ。ほぼ同時のタイミングで全身に冷や汗をかき始めた。

 エレナはそんな小心者二名に、

「ワケが分からなすぎて流されてたけど、あんた達に聞きたいことが山ほどあるの。まずユウは、あの子は無事? わたしがこうして傷も治って目覚めたということは、睡眠回復術式施行と解除に成功したということだけど、肝心のあの子がいないじゃない。それにあれから情勢はどうなった? ハルバーンに厚化粧の性悪女ミルンは? というか、あんた達は何者?」

 口を噛むことなく次から次へと質問の雨を浴びせた。
 重い沈黙。
 阿呆臭いやりとりから始まってしまったが相手はルアーズ大陸最強の聖人、不老のエレナ――空から降りてきた世界管理者試験参加者、光の勢力の一人だというのだ。
 その事実を再確認した二人は極限の緊張で顔を青くして、言葉を発せれないでいた。
 しかしこのままではらちが明かないと思ったか、カリウスが慌てふためきながらも重い空気を切り裂こうとする。

「も、勿論。一から全てを話しますとも、えぇそうさせて下さい」
「エレナさん。その、不躾な行為をしてしまい、大変申し訳ありません。何分、世間知らずなもので」

 ルイも遅れてぺこりと頭を下げた。
 本人にしてみれば、寝ぼけていたとはいえスキンシップの一貫である。
 エレナは幾分か気持ちが収まったのか「よし、話してみなさい」と言って、ベッドに座り足を組んだ。
 カリウスはルイと顔を見合わせて頷き合う。
 彼女を復活させるために歩んできたここまでの経緯を説明するのだと。
 自分達が何のために、旅をしてきたのかを。
 そして――

(俺を昔の知り合いと間違えたって……墓での一件もあったし、もしやどこかで会って――いやいやおかしいだろ。人違いだったって言ってたし相手はただの人間じゃねぇんだぞ。でも、この感情は)

 考えれば考える程、困惑に頭の中が染まるカリウス。
 エレナに芽生えた謎の感情や夢の出来事が初対面時の出来事と関係しているのかと考えるも、やはり心当たりはない。彼女の様子からしても初対面なのは明らかだし、相手は天上界から来た世界管理者候補生――いわば神々の卵と言っても過言ではない存在なのだ。
 しかし彼女に対しての記憶や経験にもない感情を、いきなり自分の中に植え付けられたのは紛れもない事実。自分とエレナとの間に何か大きな運命があるのではと、微かな予感を感じていた。
 カリウスは真剣な面持ちで、エレナの紫の双眸を見つめる。

「エレナさん。長くなりますが聞いて下さい。俺達はエレナさんの親友であったユウさんの――」
「あ、待ちなさい」

 遮られた。
 エレナは呆れた顔つきで若者らの恰好をチラチラと見る。

「言い忘れていたわ。あんた達まず、服を着てきなさい、服を。今から真剣に話そうって恰好じゃないでしょ」

 今更だった。
 カリウスは言葉の意味をすぐさま把握して股間を隠す。
 急いで部屋に向かったため、身に着けているのはパンツのみであったのだ。

「あっ、そうでした」と、なんら恥ずかしがりもせずに普段着へ着替え始めるルイを尻目に、カリウスは顔を朱色にして俯きながら部屋に戻った。



[43682] 第25話 真実と幻想と
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/16 21:30
 エフレック中央に位置する女王ミルンを崇めるために建造された神殿から、太陽が最も頂に近づく時間になったと知らせる鐘が広大な街中に響きわたった。
 暖かな光が差し込む一室で語られた一年の軌跡はまもなく終幕を迎えようとしている。

「以上ですかね。私がユウさんよりもコクーンを上手く扱えたために、ユウさんではなく私がお供のカリウスを引きつれて睡眠回復術式を解除しにきたと。ユウさんは別任務を遂行中で、明日合流して今後の計画を立てます。エレナさんの疑問はおおむね解決したと思いますね、えぇ」

 多少脱却したようだが、ルイが自信満々な口調で現状の解説を閉めた。

「誰がお供だ、誰が。そこの部分以外は大体合っているのがムカつくが」

 苦い顔をしたカリウスがルイの頭に手刀を入れつつも、渋々肯定する
 エレナはカリウスが市場で買っていた赤い果実の最後の一個を頬った。
 次に腕を組みながら少しの間考え事をした後、静かに口を開く。

「ユウはコクーンを上手く使ってくれて無事に国へ帰れたと。あの子ならやってくれると信じてたけど――本当に良かったわ」

 紫水晶の瞳が深い憂いを含み、一瞬潤む。
 その涙には親友に対する黄金の友情が詰まっている。
 カリウスとルイは、エレナに対する認識を改めていた。
 謎に包まれた世界管理者試験の参加者であり、人間達にとっては聖遺物社会を象徴する存在である不老の女傭兵という得体のしれない存在――だがここにいるのは、自分達の師匠と硬い信頼で結ばれた聡明な女性だと。
 彼女への恐怖は薄れ、逆に好奇心めいた気持ちが生まれる。
 そしてカリウスはそれらの認識とは別にエレナと話している最中、困惑有れど確信めいた気持ちを心の中で抱きつつあった。

(やっぱりエレナさんとはどこかで会っている。説明がつかないけども嘘じゃない、この人への想いも)

 彼はユウの近況と大陸の情勢についてルイと意見を交わしているエレナの顔を、まじまじと眺めた。
 スタイルのよい肢体をぴっちりとした薄出の黒いローブで纏った彼女。目立ち鼻立ちもバランスよくクッキリとしており、現世のものとは思えない独特の雰囲気を持った美女だ。
 蒼い薔薇の髪飾りをつけた美麗な黒髪が、窓の外から流れてきた風でなびいた。

(本当に綺麗な人だなぁ。絶世の美女とはこの人のためにある言葉だろ)

 健康な男子なら誰もが見とれてしまう程だ。それまでにエレナは妖艶で美しかった。
 意識が明後日にいってしまっていたカリウスを、女性陣が訝しげに覗き込む

「絶対的存在を失っても大陸は未だガルナン一強か……ちょっとあんたねぇ、何をぼーっとしてるの。今大事な話をしてるのよ」
「カリウス。もしも~し、お話し聞いてます?」

 焦った年頃の少年は、紅潮した顔を誤魔化すよう大袈裟に手を振った。

「って、あぁいやいや! なんでもないんだ。続けてくれ」

 ワザとらしいにも程がある。
 エレナは「ふ~ん?」と、何か探るような視線でカリウスを数秒貫いた。隠し事を探し当てるような、女性特有のじとっとした瞳だ。
 カリウスは視線を逸らした。
 ルイはその様を見て、面白そうにくすくすと笑っている。
 エレナは特に追求するでもなく、立ち上がって部屋の窓へと近づいた。

「ま、いいわ。で、あんた達デューン王国としては、あの立派なお城に住んでいる腹黒女王をなんとかしたいってワケでしょ。それには当然あたしの使命も絡んでくる――しても、勝敗はついてないのによくも神なんて名乗れたものね。今度こそ跪かせて命乞いでもさせてやらないと」

 凛とした声には冷気のような冷たさと、溶岩のような怒りが同居している。
 彼女は窓から身体を乗り出して、ガルナン王国の王都エフレック――大規模な城壁に囲まれた石造りの城下町を流し見た後、街の中央に位置する巨大な城を睨み付けた。
 堀に囲まれた高台に位置するルアーズ大陸最大級の城塞、ミルン王女が居を構えるシャバラン城である。
 広大な城塞都市は、血で塗り固められた繁栄の証であり大陸制覇国の象徴。
 そしてルイとカリウスも立ち上がり――

「ここ一年で、ミルン女王は私達の母国デューン王国の全国土と人民を差し出すよう勧告してきました。国境付近も慌ただしくなってます。もはや事実上の開戦宣告……でもこれは表向きの話です」

「奴はユウさんがデューンの騎士だと読んで、エレナさんを国で匿ってると考えてる。実際途中までその読みは当たってるが、誤算だったのはまだ領土内の神々の墓にエレナさんがいるということ。それでもこのままだと、関係ない俺らの国が奴らに攻め込まれちまう」

 母国がミルン率いるガルナン王国に脅かされてる事情を伝える。
 帰国したユウからおおよその事情を聞いたデューン国王は、度肝を抜かしたと同時に彼女へ対しての処罰よりも先に、乱れるだろうガルナン王国の動向と対策へ目を光らせてきた。
 そして半年が過ぎる頃には両国の関係は、一方的に最悪の仲となった。
 すでに開戦してもおかしくない状態。長年中立の立場をとってきたデューン王国も、国境付近に兵を集結させつつあるガルナン王国の挑発行動に対し爆発寸前だ。
 しかしまともにぶつかりあっても勝算はない。冷静なデューン国王は、開戦すべきだと意見する重臣達の沸き上がる戦意をなんとか抑えている。
 彼らはあのエレナが光勢力の一員だったと知るやいなや、威光を得て千人力となった今こそ積年の雪辱を果たすべきだと燃え上がっているのだ。
 そのうねりは国民にも広がりつつある。光勢力の試験参加者を神として信仰してきたデューンの民にとっては奇跡のような出来事。たまたま彼女と知り合ったユウでさえ、聖人として神のしもべとなった者と崇められている状況である。
 デューン国王が出した決断――大陸を破滅にしかねないミルンの計画を事前に防ぐため、事態の発端となったユウ、そして彼女が手ほどきをしたデューン期待の聖人騎士見習いであるカリウスとルイを旅に送り出したのだ。

「成程。わたしが眠ってる間に色々と大変な事態になってるって感じね」

 聖人少年少女の核心に迫る話を聞いたエレナは、細い眉をひそめた。

「実際に国を攻めた結果わたしが見つからなくとも領土は広げれるし、逃げ場をじわじわと塞ぐのも楽しめるしで、あの性悪女のいいことづくめにことが進むってことでしょ。ホントイラっとする」

 吐き捨てるように言ったエレナの通りだった。ミルンの欲望は留まることをしらない。
 しかしそれだけで話は終わらなかった。聖人少年少女はまだ話し足りない。
 カリウスは一拍置おいて後、勇気を奮い立たせて、

「現状は話した通りですが、もう一つ聞きたいことがあるんです。これは――あなた自身のことと世界管理者試験についてだ」

 エレナへ疑問をぶつける。
 ルイも同意見、瑠璃色の瞳が不安げにエレナを見つめる。
 対するエレナはその二人の意思をすぐに汲み取り「いいわよ、話してみなさい」と視線を伏せながらも厳かに告げた。
 カリウスは静かに一呼吸して、意を決すると、

「ユウさんから聞いた話だけじゃ信じられない部分もあったけど、話してみて本物の光勢力の参加者なんだとわかった。ミルンの存在だってそうだ……一体何が起こってるんです。何故今に至るまで試験は未完のままなんですか。何故にあなたはこの時代に飛ばされてきたんだ?」

 エレナに思いのたけをぶつけた。
 ルイも続けて、

「私、ずっと神様なんていやしないと思っていましたが、ここまで創世記の内容に沿った出来事が起きるなんて、もはや信じるしかありません。カリウスの言う通り、ルアーズ大陸に何が起きているというんです。教えてください、エレナさん!」

 湧き上がる疑問を強く訴えた。ここまで語気が激しくなるのは彼女にしては珍しい。

 真正面から切迫する思いを受け取ったエレナは「あんた達、まずは落ち着きなさい」と二人を嗜めて、自身もベッド近くの椅子で足を組んだ。
 そうして、酷く物憂げな表情で俯きがちに語り始める。

「そんなのこっちが聞きたいわ。わたしの記憶が欠けてる話はユウから聞いたでしょ。気がついたらあなた達が聖遺物と呼んでる支給品を持ってどこかの渓谷にいたの。ここからも聞いたと思うけど、試験がどうなったのかわからないし、調査の意味もあって殺しの仕事を百数十年もやってきたのよ」

 当時の凄惨な記憶が脳裏をよぎったのか、話の途中で口を噤んだ。
 若い二人には、その地獄のような時間がどんなものであるか想像もつかない。
 エレナが一間おいて、重い口を再び開いた。

「百年の間に色んな人間が支給品をまわして使うもんだから、終わらない戦いの日々よ。管理するはずだった存在に命を狙われ続けて疲れちゃって、もう天上の神々から見放されたんだと諦めかけてた時に、あの子と会ったの」

 エレナの瞳に光が帯びる。
 彼女にとってユウとの出会いは、黒い人生を変えるまさに転機だったのだ。
 壮絶な過去と試験に対する見解が語り終えられた。
 そして――

「俺達……すいません。エレナさんの気持ちも知らず気持ちがはやって、出過ぎました」

 カリウスが軽率な発言へ反省するように、大きな体を小さくして頭を下げた。

「私も興奮してしまって。申し訳ありません」 

 ルイも心からの謝罪の言葉を口に出した。
 エレナは気にもしていないといった様子で、若者らの肩をぱしっと叩く。

「謝る必要はないわよ。あの子との出会いを通じてあなた達と事をなそうというのも何かの縁。これは終止符を打てって意味でしょうね。カリウスにルイ、よろしく頼むわよ」

 強い決意を込めた口調で言い放ち、初めて二人の名を呼んだ彼女は右手を差し出した。
 カリウスとルイは感動で震えながらも、エレナの右手をそれぞれ交互にしっかりと握る。
 エレナはその後、細い指をぽきりぽきりと鳴らしながら「さぁてと、今度はこっちがミルンを叩きのめす番だわ」と軽快に言った。
 話はまとまったはずだったが、そこで自身とエレナとの件について話していないとハッと気がついたカリウスが「あと、もう一つ聞きたいことが」と、話を切り出そうとしたのだが。

「まだあるの!? 今日はもういいわ。めんどくさい話はユウと会う明日にしましょ」

 拒否。
 エレナは「はぁ」とがっかりして肩を落とすカリウスを尻目に満面の笑みを浮かべる。

「それよりも、楽しむ時は楽しまないと。ふふ、決戦前夜だし景気づけに久しぶりに解禁しようかな。今夜はパァーっといくわよ、二人共!」 

 元気よく窓の外を指差した。
 ボロ宿の向かい側は酒場である。
 少年少女が意図を読めずにぽかんとしていると、エレナはやれやれと首を振った。

「聞こえなかった? 今夜は飲んで食べるって言ってんの。この国の者達はわたしがデューンにいると思ってるし、街を歩いたって店にいたって気が付かれやしないわよ」

 その言葉を聞いて、ルイは目の色を歓喜に変えた。

「酒場ですか!? う~ん、エレナさんがそう仰るのなら――お酒は飲めませんが、今夜は美味しいもの食べまくりですよ! いやっふ~!」

 気分上々に騒ぎながらうきうきと部屋を出て行ったが、対照的にカリウスはげんなりしていた。

「ったくルイの奴、帰りに使う金だって考えないといけないのに……まぁエレナさんの言う通りか。今日は食って飲んで士気でも上げるとするか」

 彼は貧相な財布の中身を確認しながら、苦笑いをしながら部屋を出る。
 残ったのはエレナのみとなった。
 人の声がなくなった室内――彼女は目を瞑りながら思い返していた。
 記憶の一部がなくなったとて、覚えていることはある。
 今はもういない、大事な人のことを。

(ユート、試験前にあなたと励ましあったことは覚えてる……でも、仲間を含めて共に戦ったはずの記憶が、最後の場面もそこに至るまでの過程も思い出せないまま。管理者試験で何が起こったというの)



[43682] 第26話 鼓動
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/18 22:38
 宿屋の一室で和気藹々と騒ぐ世直し御一行へ、ある者が視線を寄せていた。
 その者は向かいの酒場の屋根上でしゃがみ込み、灰色のマントで小柄な体躯をすっぽりと覆い隠している。
 フードの奥から発せられた視線は殺意や恨みといった負の念ではなく、懐かしみや深い友愛を感じさせるものであった。目尻には涙さえ浮かんでいる。
 赤銅色の屋根上で泣きじゃくりそうになっている灰色マントだが、騒がれないよう寸のところで堪えていた。
 街中にはガルナン王国へ反抗をたくらむ者達が出現した際に、迅速に対応するためミルン女王に雇われた名うての聖人や王国兵士が目を光らせているのだ。
 彼らの目の黒い内は、日中であれば尚のこと表立った行動は出来ない。
 灰色マントの中の者は今すぐあの中に入りたかったのだが、今は我慢の時と心に決めていた。

「エレナ、本当に無事で良かったよ。それにカリウスとルイも、十分一人前に成長してくれた。もう、あたしが教えることはないね」

 フードに隠された赤い唇が、感慨深げに震えた。
 そして鼻をすすらせながら後ろを向き、街の中心部にある要塞のような城に、獲物を狩りとるかの鋭い眼光を送った。

 そして――

「えぐっえうえん。うぐぅ……エレナっ! 無事でッ! くぅ……うえぇぇぇ。エレナァァゥ。おぐ、うぇぇぇ」

 とうとう嗚咽が漏れた。
 鼻をすすりながらハッとして、口元を両手で押さえる。
 灰色のマント――ユウは込み上げる思いを再度留めた。
 世を揺るがす世紀の大作戦を共に決行するのは、あくまでも明日だ。

(泣くな、あたし! 今日は遠くから見守るだけって決めただろ!)

 こうして一行を視界に捉えた瞬間から、涙腺が崩壊してしまっていたのだ。
 皮の手袋はもう鼻水に涙まみれで汚れ放題である。
 彼女は深呼吸を何回も繰り返して、心を落ち着かせる。
 仕切り直して、

「ミルン、ルアーズ大陸をお前の好きになんてさせないぞ。お前の命運は明日までだ」

 鼻声混じりの小声で、真っ向から宣言して指を突き立てる。
 その時、歴史が動くのか――はたまた作戦は失敗に終わるのか。
 天誅の行方は、神のみぞ知る。



[43682] 第27話 二人の強者
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/19 23:50
 ガルナン王国、シャバラン城内の練兵場。
 広大な敷地面積を誇る王城内の一角に位置するここは本日、午後の鍛錬に勤しむ騎士達の野太い掛け声は響かずに、たくさんの歓声と木刀同士が激しくぶつかりあう音が響き渡っていた。
 快晴の空の下――そこにいるだけで暑くなってしまいそうな熱気だ。
 故ハルバーン建国王が設立したガルナン王国軍ガルナン騎士団。
 その中でも王都防衛を任せられている騎士団本隊所属の騎士達は、見惚れるようにしてある実践形式の試合を囲んでいた。
 王国精鋭部隊に感歎の嵐を巻き起こす者達とは――

「ヤスケール殿ッ! 今日こそは一本頂きますよッ」 

 容姿端麗な女王補佐官。
 ガルナン王国の麗しき雷光、アンジェと、

「――ぬぅ! クッ、ハァッ! 突っ込み過ぎだぞアンジェッ」

 上半身にあますことなく聖遺物特有の幾何学模様を模した刺青を入れた剛柔両刀の黒人戦士――ガルナン騎士団の長であり尚且つ本隊の指揮も務めるヤスケールとの模擬戦である。
 共に聖人かつ王国トップクラスの実力の持ち主。
 今回はそれぞれの聖遺物は使わずに、練習用の木刀を用いての試合であった。
 試合といってもほぼ実戦形式である。
 性別なんて関係ない、互いに容赦する気はまったくなかったが、防具をつけて試合に臨むアンジェは、毎回上半身裸で戦うヤスケールに対して平等に防具を付けてくれと、不満しかなかった。
 立ち合いが始まってから結構な時間が経過、そろそろ佳境へ入る頃合いだ。

「そこッ! えぇい! やぁッ!」

 流水が如く透き通ったつややかな空色の髪が、波打つように広がった。
 演舞を思わせる雄大かつ力強い一撃で、ヤスケールをかかんに攻めている。
 舞踏家かつ剣技の達人であった彼女の父親譲りの個性的な剣舞。
 一つ一つの動作が大袈裟に見えるが隙を感じさせない。
 細身であるが引き締まった身体で、岩石のように強靭な体躯のヤスケール相手に、引きを取らず果敢に立ち向かう。
 剣先を細かく突きあげて、反撃の機会を与えない。

「ムゥッ!?」

 固い防御を少しずつ崩していく。 

(負けないッ! 今日こそは負けないんだッ)

 二十三歳の女騎士アンジェ――彼女はハルバーンとは旧知の仲である。
 建国王が聖遺物を手にして覇道の道に突き進む途中、彼の脈打つ野心に惹かれて仲間となった者の一人。

(ハルバーン様ッ、空の上から見ていて下さい。ジェイドを受け継いだ私はあなた以上の戦士になってみせる。それには聖遺物を使わずとも敵と圧倒できる実力がないとッ!)

 嘆き悲しんだ建国王の命日以来、彼女の心中から決意の灯が絶えたことはない。
 エレナとの激戦で亡くなったハルバーンの遺言により、彼に妹のように可愛がられていた彼女は聖遺物ジェイドを貰い受けた。
 彼女は現在、政権をハルバーンに代わって執ることとなったミルン女王の補佐官になっていた。

(負けないッ! 今日こそは負けないんだッ)

 そんなアンジェとヤスケールの間ではもはや恒例となった模擬戦だが、一度も勝利した覚えはない。今日こそは一手と、最初から全力全開の勢いであった。

「もらったあッ!」

 大きなどよめきがあがった。
 アンジェの意表をついた振り上げにより、ヤスケールがやむ終えずに後退。
 翡翠色の瞳は勝利の機会を見逃さない。隙をついた彼女が間髪入れずにすくいあげるよう剣を振るうと、ヤスケールは攻撃を避けるために大柄な肉体を宙に浮かせた。
 アンジェは速攻で飛び掛かろうとする。
 勝負の転換期。
 白熱した立ち合いに、興奮した騎士達の喚声が響く。

「オォッ! 今日こそアンジェ様が勝つのか」
「いやしかし、ヤスケール団長がこんな終わり方で!」
「ありうるぞ。これが決定打だ!」

 二人は聖人以前に、剣を扱う者として卓越した技量の持ち主だった。
 ヤスケールの方が技量、経験共に上だが、今回ばかりはこの場にいる殆どの者がアンジェの勝利を確信しつつあった。
 女王補佐官は一刀両断と木刀を振りぬこうとする。
 勝利を確信し、表情が歓喜に染まる瞬間――

「詰めが甘い」

 精悍な顔は常に冷静で崩れない。
 鮮やかな逆転劇。
 なんとヤスケールは空中で器用に身を翻してアンジェの快打を僅かに避け、瞬く間にして木刀を叩き落してみせた。

「つぁッ――あぐッ!?」

 着地と同時にすかさず電光の一打。
 アンジェは吹っ飛ばされて地に伏せる。彼女が一瞬想像した未来とは、逆の立場となってしまった。
 ヤスケールは木から落ちた猫のように柔らかく受身を取り、難なく立ち上がった。
 団長の勝利にわっと歓声が生まれる。素晴らしい試合を讃える拍手が自然発生。
 惜しくも敗れたアンジェは「また負けた……」と、がっくりうな垂れた。
 騎士の一人から手ぬぐいを貰ったヤスケールが、汗を拭きながらアンジェに歩み寄る。

「残念だったなアンジェよ。勝利を予感した時、お前の太刀筋に乱れが入っていた。気を締めたままでいれば、後にも反応できたものを」

 ヤスケールが女王補佐官に厳しい助言を継いだ。

「ぬぅ、その通り……だがヤスケール殿、これまでの自分とは一味違ったハズ。いつもの余裕綽々さがなかったではないか。この調子だと貴殿を抜かす日も近いぞ」

 アンジェは頬を膨らませて抗議するが、

「悪いがあえて、体制を崩させてもらった。アンジェが油断をせず確実に取りにくるかどうかと想定してな。成長しているか試したのだ。そのための、模擬戦だ」
「なッなんですとぉッ!? ぐぐ、やはりヤスケール殿にはまだまだ及ばんか」

 ヤスケールには適わなかった。
 笑うしかないアンジェ。

 騎士団長にとっては政務に就く補佐官とはいえ、若干23歳の女騎士を育てるための範囲内の出来事に過ぎなかったようである。

「政務は大変だろうが、鍛錬は怠るな。他国にとって聖人である俺やお前は重要な抑止力でもあるのだからな」

 ヤスケール、三十五歳。
 黒色の肌を持っている彼は、ルアーズ大陸より離れた孤島の出身である。
 幾多の苦難を経てルアーズ大陸に流れ着いた後に、傭兵として住を転々としていた。
 戦でハルバーンに一騎打ちを挑み破れるが、武人としての素養を見込まれて説得され、配下となった。
 屈強な戦士である彼もまた、ガルナン王国に一生の仕えを誓った建国初期集団の一人だ。



[43682] 第28話 状況激変
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/24 23:51
「さーて、余興はこれで終わりだ。全員、鍛錬に戻れ」

 ヤスケールは手を叩き、部下の騎士達に各々の鍛錬再開を促した。
 全員規律よく散らばっていく。
 続けて立ちあがったアンジェに、難しい顔である質問を投げかけた。

「してもアンジェ、王女様は今日も私室に入りっきりなのか? 執務をほぼお前らに任せきりで」

 彼だけでなくアンジェにとっても懸念すべき事柄だ。
 女王補佐官はその問いへ不満いっぱいに肩をすくめた。
 ある種の諦めすらあるようだ。

「えぇ。この時間帯はわたしや御付きすら、誰一人とて寄せ付けようとしません。王が目を通し決裁せねばならない重要な報告書も溜まっているというのに」

 二人はシャバラン城の主塔最上階へ畏怖の視線を注いだ。
 ここ最近、ミルン女王は昼間から夜まで私室に籠り切っているのだ。
 一体何をしているというのか――理由は不明。尋ねても「時期が来ればわかります」との一点張り。二人のような側近、重臣らも近づくことすら禁止されている。

「わたしは思うのです。女王陛下は戦争すると決めたことを後悔しているのかも、と」

 節目がちなアンジェが、ポツリと呟いた。

「よもやミルン女王がエレナ相手に怖気ついたと?」

 ヤスケールが眉をひそめた。
 アンジェが難しい顔をして頷く。

「わたしでなくヤスケール殿は直接みているはずだが……陛下はハルバーンさんがエレナに負けた瞬間、ショックのあまり気を失ったのでしょう?」
「む、その通りだ。女王陛下は敗北の瞬間、ショックのあまり気を失われた」
「確かにあの方は聖人として実力者でハルバーン様の妻に相応しい女性だった。しかし精神的に脆すぎる。未だに王が亡くなったことを受け入れていない。それがこの現状なのだとわたしは思います」
「アンジェ……」

 強い口調で捲し立てた彼女は複雑な感情が混じった表情だ。
 政を強引に一任された若き補佐官にヤスケールも思うところがあった。

(この子は強い。兄のように慕っていた者が亡くなった後でも、人前では決して涙を見せなかった。そしてハルバーン様に少しでも近づかんと政を学び、人一倍厳しい鍛錬に性をだしたのだ)

 一年前のアンジェの様子を思い出す。
 元々精神的に強かった建国王の妹分だがここにきて民の上に立つ聖人として、更に成長を遂げていたのだ。

「大切な夫を失った心中はお察しできます。それでも国をまとめる聖人である以上、もはや悲しみに暮れる時間は終わりです。そんな様子を部下や民に見せるなぞもっての他だ」

 揺るぎない意志を宿した眼差しを受けたヤスケールは、アンジェがハルバーンが健在だった頃から
得体のしれない存在であるミルンに対し、よい感情を持っていないことも知っていた。

(どこから来たのかもわからない、未だ計り知れぬ聖人の女に心を奪われて寵愛してきたのだ。実の兄のように慕ってきたアンジェとしては複雑だったであろう。いずれにせよこのままミルンが長としてこの国は歩んでいく。衝突なぞしなければいいが)

 懸念事項にヤスケールの胸も痛む。

(だが俺はハルバーン様がミルンを王として選んだのであれば、彼女に従うだけだ)

 彼としては、ハルバーンの存在は死後も絶対的であった。
 一度主として選んだからには、それが全て。それが彼の生まれた国のある地域での掟だった。

「しかしだなアンジェ。理不尽な重税を強要したり、臣下らを虐待するような王でないだけましであろう。部屋に一人篭っているのも我らとは違う視点から冷静に現状を見つめ直しているのかもしれぬぞ」

 ヤスケールが遥か大空を仰ぎながら言った。 
 アンジェは毅然とした態度で反論する。

「そう思えませんね。正直わたしとしても今の時期からの開戦には反対です。エレナ一人に気を取られている場合ではありません。国力を回復させてからでも遅くはないはず。戦争を起こすことに悩んでいるのならば、国境付近に集めている兵を撤収させるのが先決かと」

 アンジェの平手打ちするような厳しい言い方に、

「女王のはっきりとしない姿勢に俺も思うところはあるが、やはりデューンは早めに叩いた方がいい。エレナ参戦に勢いづいた奴らが逆に強襲してくる可能性も大いにありだ」

 ヤスケールが身を強張らせて意見する。
 エレナの凄まじき強さは、彼も近くで見ている。実際に最強と信じていたハルバーン王が打ち破られたのだから。

「ヤスケール殿は、そう思われているのか」

 信頼している人物から同意をもらえず、アンジェのよく締まった口が歪み、口惜しそうな表情になる。

「一刻も早く敵討ちをしたい気持ちはミルン女王含め、同じであろう」
「勿論です。でもことを急いでは……デューンはエレナだけではありません。他にも聖人を多数従えている。ここは慎重にいくべきだと言っているのです」

 建国初期勢として特にハルバーンを想っていたアンジェの意外な冷静さに、ヤスケールは彼女の武人としての成長を再度感じたが彼の性格と経験上、意見は相容れなかった。

「アンジェよ、エレナとは必ず刃を交える……仕掛けるなら今なのだ。エレナはデューンを隠れ蓑にして逃亡するかもしれん。奴の存在は大陸制覇の最大障害に変わりない、ここで決着をつけるべきだ。エレナ討伐を優先するのは女王や俺だけでなく、ハルバーン様の意向でもあるんだぞ」
「そうですか。ハルバーンさんの意向、か」

 ヤスケールの意見に対しアンジェはばつが悪そうに視線をそらして、形だけ納得したように首肯した。
 ハルバーンは死ぬ間際に直筆の遺言状を残した。
 ミルンに政権を引き継がせ各臣下達は精一杯助力し、エレナ討伐に全力を注ぐようにと。
 さしものヤスケールとてアンジェと同意見の部分もあり批判はするが結局、ハルバーン亡き後も
彼の発言に従い、人生の終焉までガルナン王国へ尽くすのみとの考えだ。

(いくらハルバーンさんが愛した人であろうがヤスケール殿が遺言に従おうが、盲目的になるのは間違っている。誰かがガツンと言ってやらないといけないのに)

 苦虫を噛み潰した顔のアンジェ。
 度を過ぎたヤスケールの服従心には彼の出身大陸特有の精神論があるため、アンジェは文化の違いもあり相成れなかった。
 また、他の臣下達もどうしたワケかミルン支持派が圧倒的に多い。

(ハルバーン様は何故あのような不気味な女に惹かれたのだろう。人の好みは千差万別とはいうが)

 本人らの前では口が裂けても言えなかったが、アンジェは心中ではずっと理解に苦しんできた。
 アンジェは最初に会った頃から今に至るまでミルンは何一つ信用できなかったのだ。
 いつも胡散臭い笑みを浮かべていて、どこで仕立ててもらったのか想像もつかない奇発な服を着ていることからして変わり者だ。何を考えているのかまるでわからず得体が知れない。
 エレナよりもアレの方がよっぽど危険な存在だとアンジェ自身の勘が告げている。

(とにかく、今度こそわたしの意見をちゃんと伝えなければな)

 次回の会議では此度計画中のデューン王国侵攻作戦は時期尚早と抗議せねばと、改めて決意した。

「ヤスケール殿、ご意見ありがとうございました。部下達も仕事に戻ってるでしょうし、そろそろわたしも執務室に戻ります。手合わせありがとうございます。またよろしくお願いします」
「そうか。お前のためになれば幸いだ。またな」

 事務的に礼をして憂い顔を押し込め王城に戻ろうとした彼女は、前方から歩いてきたある人物に気がついたとたん、右膝をついて身をかがめることとなる。 
 ヤスケール以下騎士達も不意をつかれたようにハッと驚いた後、即座に膝ざまついた。 
 敬意よりも畏怖の念が強い。
 ハルバーンに唯一愛された女――現ガルナン王国女王ミルンが、最近の彼女にしては珍しく真昼間に外へ出てきたのだ。
 午後の光に照らされた淡い桃色の巻き髪。爛々と妖しく光る大きな瞳の周りに塗りたくった真っ黒な鉱物の粉末が、異質さを際だたせている。
 厚化粧の下地となる肌は十代の少女そのものながら、本人には何十年も生きてきた熟年の女性が醸しだす色香さえ感じられる。しかし年齢不詳を自称しているために、真実を確かめる術はない。
 身に纏う派手な宝飾品まみれの白いドレスは、さながら隠し切れない邪悪さを純白で誤魔化す毒蛾のようでもある。

「ごきげんよう、みなの衆。今日も精がでますねぇ、感心感心」

 地に足をつけた大勢のしもべ達を満足げに見おろしたミルンは、独特の甘い声色で労いの言葉を掛けた。

「はっ。亡き建国王が女王陛下と興した愛すべき国家を守るため、当然の務めであります」

 ヤスケールが凛とした声色で忠誠の返事を返す。彼が心から想っている言葉だ。

「ふふふ。頼りにしていますよ、ヤスケール。しかしながらあなたと、そしてアンジェは今からお務めを抜けてもらわなければなりません」

 いきなりの意図が掴めない言葉。ヤスケールが目を見開く。
 アンジェも呆然とした顔でミルンを見上げた。

「え? ど、どういうことですか?」
「ふふふ、それはですね。これから、緊急会議を始めちゃうからですよ」

 豊満な胸元から取り出したけばけばしい扇子で口元を隠しながら、さらっとした口調で重要事項を告げる。

「な、緊急会議、と!?」

 ヤスケールが太い声を一際大きくした。
 アンジェも同様に驚き、周囲の騎士達がいよいよざわつき始める。
 しかしミルンは緊急と言いながらも、余裕の笑みを絶やさない。 
 皆、ますます意図が読めなかった。
 そんな様子を面白がるように真紅の瞳を細めるミルンが、 

「えぇ。丁度あなた達は訓練している時間でしょうから、たまにはミルンから呼びにいこうと思いまして。まだ他の者には声を掛けていませんがね」

 意外な行動は聖人二人を更に気味悪がせた。
 アンジェは嫌な予感が脳裏を掠めながらも、ミルンの真意を早く掴み出そうと急いだ。

「滅相もないです。そのような徒労は王がとられる必要はありません。しかしながら急を要する会議とは、一体何が!?」

 沈黙。空気が止まった錯覚すら感じさせられる。
 皆が固唾を呑む中、ミルンは扇子を胸元に仕舞い堪えていたものを放出するかのような喜色満面の笑みを浮かべた。

「本当に、今まで待たせてすみませんでしたね。やっと決心がつきました。一週間後、デューンを攻めに参りますよ」

 言い放った瞬間、騎士達の驚嘆と高揚の入り混じった声が爆発した。
 ヤスケールとアンジェは女王の突然の行動に真意が読めず驚天動地の心持ちであったが、我に返り共に目を伏せた。

(丁度話していた途端に……このタイミングでいきなり心変わりするとは。しかしもう後戻りはできないぞ。今度こそ始まる。聖人を多数要する国家同士の血を血で洗う戦争が!)

 ジワジワと突き刺さるような不安感がアンジェを浸食していく。
 震える視線が捉えたミルンの唇が、邪悪にも思えるまで歪んでいるように見えたのが気がかりだった。



[43682] 第29話 戯曲のように
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/27 00:20
 神々の墓で出土された骸の群れが縁起物を祭るようにして置かれている他、ハルバーンとミルンの肖像画が壁に飾られ、調度品類は上等なものが使われているこの部屋はシャバラン城内の会議室だ。
 主だった重臣達が緊急会議のために招集され、それぞれの席についている。
 突然の招集。国の政策や軍政等を議論しあうこの場は、異様なざわめきが充満していた。
 皆の話題を占拠していたのは、開戦寸前で軍を止めて沈黙していたミルン女王がようやく開戦を決意した件についてだった。

「女王陛下がとうとう決意なさってくれた。この日をどれだけ待ち望んだことか」
「これで生意気なデューンめを容赦なく叩けるが――してもエレナ、奴はそんじょそこらの聖人とは違う。苦しい戦いになるかもしれぬ」
「我らが建国王を倒した女だ。不老という話といい、もしや創世記が未完であるのは奴が闇の勢力の生き残りだからか!?」
「そんなバカな……しても大陸制覇は奴を撃破せぬことには夢のまた夢ということか」

 傭兵上がりの中年の重臣達が口々に囃し立てている。
 無理もなかった。大陸のパワーバランスを揺るがす議題である。
 ミルン女王専用席の両側――左にヤスケール、右にアンジェが座っているが、ヤスケールは腕を組んだまま無言を貫き、アンジェは渋面であった。
 言いだしっぺである当のミルンの席は空席のまま。
 説明するにあたり準備がいると、遅れて到着するそうであった。
 盲目重臣らとは違い、二人は最初に話を聞いた際の衝撃から冷静さを取り戻しつつあったが――

「遅い、遅すぎる。一体何をしているんだ」

 とうとう痺れを切らしたアンジェが苛立ちを漏らした。
 ヤスケールも同調し、

「確かに遅いな。具体的な報告とはいえ、手間の要ることなのであろうか」

 お手上げとばかりに、騒がしい会議室を退屈そうに眺めた。

「もしや、宣言撤回するとでも言うつもりでは……いやあの人ならその可能性もあり得る! だとしたら今までは控えていたがもう、我慢の限界だ。今日こそは断固として抗議を――」

 ボソボソと怒りの独り言を呟くアンジェが拳を固く握った、その時だった。

「お待たせしましたぁ、皆さん。準備が終わりましてよ」

 ミルンが満を持して入室し、皆が一斉に起立。室内の空気を緊迫に変えた。
 そして次に全員の視線が一様にして、ミルンの後ろへいる人物に注がれる。

「ダイシ神官長殿? ダイシ神官長殿ではないか。何月振りだ。公に姿を現したのは」
「何を持っておられる……何だアレは。透けた髑髏ではないか! もしや、聖遺物か!?」

 伝染のようにどよめきが広がる。
 重臣らが口々に驚きを漏らした矛先は、ミルンの傍らで幾何学的模様がはいった水晶髑髏を持つ、白い僧衣を着た痩身の男だ。
 髪の毛はぼさぼさ。浅黒い顔立ちで彫りが深く、髭が濃い。目の周りには黒い塗料を塗っている。ミルン直々に神事を司る役職へ任命された証である。
 表情一つ変えず、真顔のまま立ち尽くすダイシ神官長。エフレック西部に位置する土地へ、一年半程前にミルンのハルバーンへの「おねだりとワガママ」で、世界で一番美しい聖人と自称する彼女を崇めるためだけに建造された大聖堂の、形だけの神官長へ任命されたのだ。
 ある日エリアルに導かれる幻想を見たミルンがその姿を追いかけていくと、その先にはダイシが偶然いたのだということだった。
 神秘的な佇まいをしたダイシを見て、彼に神官長をやらせればいいという支離滅裂な理由で連れてこられたという。
 当の本人は世捨て人のような生活をしていただけの、自堕落な人間と自身を称している。
 ハルバーン以外は気まぐれで奇天烈なミルンの考えを理解できなかったが、逆らえるはずもなく今日に至る。
 普段は神殿にてハルバーンとミルンの他、建国初期集団の軌跡を聖典として書す作業をしている。
 自身の動向を勝手に決められたのに何の疑問も持たず神殿に篭もり、傀儡のように浅い歴史を書き起こし続けるこの男は、ミルン以上に謎だらけの存在だった。

「ダイシ! 持っているのは聖遺物だぞ。まさか聖人だったとは……女王はともかくハルバーン様からもそんな話は聞いたことないのに。ヤスケール殿は?」
「我もだ、そんな話は聞いていない。してもアレは一体、どんな効力が」

 流石に目を見開いたアンジェとヤスケール。ダイシ新官長を凝視しながら囁きあった。
 会議室の前にある中央席にはつかず、部屋の真ん中へ移動したミルンが、

「静粛になさい。皆様の疑問については、これから全てお話しします」

 年若く見える女性にしては、酷くドスの効いた声で場を制した。
 再度押し黙る重臣達。
 満足そうに確認したミルンはにんまりとした。

「この水晶髑髏の説明は後におくとして、まずミルンが開戦を決意した理由を話しましょう。それは……我が王都エフレックへ、すでにエレナが侵入しているからです」

 衝撃的な発言。
 重臣らは先のお喋りと比にならない程騒然とした。驚き慄く者達の声が室内いっぱいに反響する。
 彼らは耳を疑うしかない。女王は違う国にいるはずの怨敵が、すでに国の懐へ忍び込んでると言ったのだ。
 疑問が充満し、詳細を求める声が次々と生まれる。
 しかし、疑惑の眼差しを崩さぬ者も――

「ミルン女王、異議をお許し下さい」

 アンジェである。
 立ち上がり、ミルンの妖しく光る瞳を見据える。
 発言の許可も待たぬままに、

「わたし達はあなたが突然決めたデューンとの開戦にあたっての軍議をするためここへ集まったはずです。それがデューンにいるはずのエレナが現在エフレックにいるなどと……ハッキリ言って、混乱してます。いきなりそんなことを言われても信じれるハズがないし、ワケがわかりません」

 強気な口調で抗議する。
 ヤスケール以外の皆が想像する普段の冷静な彼女の印象とは大きく違う、溜まった怒りに身を任せた発言だった。
 もはや神格化されつつあるミルン女王に逆らうようなアンジェの発言に、重臣らも狼狽する。
 問われたミルンは口元を不気味な三日月に変化させ、

「アンジェさん、お話は最後まで聞くものですよ。次に説明するのは水晶髑髏。今まで黙っていたことを詫びますがこれはミルンの聖遺物の一つ、ヘッジスと言います。効果は髑髏を中心とした広範囲にいる聖痕を宿した者を、ワタクシの意思で自由に映し出すことができるのです」

 傍らに立つダイシ神官長の持った聖遺物を指しながら、自信満々に言い放った。

「なッ!?」

 アンジェは愕然とする。
 聖遺物であるとは察していたが、流石に理解の範疇を超える効力だったのだ。

「なんと!? そんな聖遺物があったとはッ!」

 驚嘆の声が次々と生まれる中、説明はまだまだ止まらない。

「これはハルバーン様とミルンだけの秘密の聖遺物でしてね、機密の必要性を考慮し隠していたのです。行使するにはミルンが術式を組み、少しずつエリアルの燈火を髑髏に蓄える必要がありまして。最近は大詰めの段階に入りましてね、部屋に籠っていたというワケなのですよ」

 ミルンがしたり顔で言うと、重臣達は疑問を抱きつつも最終的には納得したように頷いた。

(そんな。ハルバーン様、何故……!?)

 いかにハルバーンが愛した者とはいえ、建国初期勢でさえも知らないまま二人だけの極秘にされていたことについて、アンジェは当然ショックを受けた。
 そして、次いで彼女は顔を興奮で赤くした。

(こんなの、認められないッ)

 釈然とするはずがない。ミルンに対しての怒りは更に高まった。

「そんな聖遺物の存在まで、国政に関わる自分達にまで秘密とは――」
「話を聞きなさいと、何回言えばわかるのです。これは全て嘘偽りない真実のお話なのですよッ!」

 女王が冷たい声で強引に打ち切り、若き女王補佐官が押し黙る。
 続けざまに、衝撃の事実を告げた。

「本題です。先日、ついに発動できるまでの状態に達して、力を解放しました。そして試験的にエフレック内の聖人を映し出していたその時――なんと、何気なく映し出した聖人がエレナでしたの」

 青天の霹靂。
 ミルンを除く全員が心臓が飛び出しそうな衝撃を受けて驚きの声を出した。

「経緯は知りませんが、王国内のある家屋に潜伏していたようで。言っておきますが、ミルンはこの時を待っていたのですよ。痺れを切らした奴が、我が神聖王国に侵入してくるその時をね。エレナは罠にかかったとも知らず潜入成功とぬか喜びしてしていることでしょう」

 少しばかりの沈黙。
 そして、重臣らの賞賛の声が弾けた。

「な、なんと! 女王陛下は人知れず国のため、そのような予知をッ!?」
「これは聖人以上、神の奇跡ッ。ミルン女王万歳! 女神エリアルを凌ぎし御方だッ」
「しかし奴は潜入していたのか! それもミルン様の手の中で踊らされていただけだったとは! 何にせよエレナはこの時点で勝負に負けたのだ。全てがミルン女王の思うがままに動いているッ」、

 ダイシのみが未だに微動だにしないでいるのが、不自然なまでであった。
 どうしても納得いかないアンジェが、口をパクつかせながらも再度反論しようとする。

「待って下さい! 本物かどうかなんて、やはり実際目にしないことには――」
「ミルンの目に狂いはないです。水晶の向こう側といえ晒し出す空気が本物だと告げている。天命に誓って宣言します。それともミルンにこれ以上、何を言わせるのですか?」
「あ……いえ、そのような」

 二言目は言えず。ミルンの威圧感溢れる眼光に睨まれ、すっかり縮んでしまった。
 二戦二敗。女王とその補佐官の討論は終了した。

「さてさて、じゃじゃ馬アンジェさんも納得してくれました。皆さん、席を立ってダイシ新官長の近くに来て下さいな。見たこともない方もいるでしょう、まんまと網にかかった間抜けなエレナを見せてあげますからね」

 先程の怒りの様相から一転。
 ご機嫌なミルンの言葉を皮切りに、皆が次々とダイシ新官長を囲む。
 少し遅れてまだ認めたくないという複雑な心境のアンジェが、興味津々なヤケールも後に続く。
 ダイシの両手に置かれた水晶髑髏へ食い入るように注目し、姿が映るその時を待つ。
 反応するなというのは無理であろう。気が付かぬのは罪ではない。
 いつの間にか距離をおいたミルンの爛々と輝く魔性の瞳と、その心の奥底に隠し持った策略には。

(ウフフフ。本当に愚かな人達)

 ミルンがパチン、と審判を告げるかのように指を鳴らした瞬間――彼女の豊満な胸元から白い光が生まれた。

「うぁ――眩しいッ! 何だこれは!?」
「ミルン女王!? 一体何がッ!」

 恐慌。またも混乱状態となった重臣達。
 突如間近で太陽が生まれたかの如く強く鋭い光に苛まされ、あっという間に視界が遮断されていく。そうして、普通の人間である重臣ら全員は次々と倒れていった。
 眩いだけでなく、そのまま眠りについたように閉じられた瞼は開くことはなかった。
 手練手管。ミルンの真の企みには誰も気がつかない。
 聖人の二人も等しく、身体に生じた人為的異変をまともに受けていた。

「眩しい!? これは聖遺物発動によるもの……か」

 数々の修羅場を潜り抜けたヤスケールも理解できぬまま、両目を抑えつつ徐々に落ちていく。

「お次は何だッ!? ミルン、なに、を」

 光が生まれた瞬間、咄嗟に上体を屈めたアンジェだが遅かった。
 彼女も全身から少しづづ力が抜けて、とうとう膝から倒れこんでしまう。
 だが怒りの炎がまだ消えていない。下等な存在を見下ろすように覗き込むミルンを、なけなしの眼力で睨み付けた。

「ぐぅ……これは、一体、何をしたんだミルンッ、皆が倒れてッ」
「あらあら、以前より反抗期をかもし出していたアンジェさん。ついに呼び捨てになってしまいましたわね。いいですよそのお顔。とても、とてもそそります」
「答えろッ! どういう、ことだ。まさかお前……国を乗っ取ろうと」
「う~ん鋭い。でも、半分正解です。実はこの国はどうだっていいんですよ、ハルバーンもね。エレナを倒すためだけの踏み台にすぎないですから」
「貴様――まさか、そのためだけにハルバーン様へ近づいたのかッ……」
「正解です。あのバカもミルンの美貌にかかればちょちょいのちょいでした」

 耳にしたくもない、信じられない事実。
 アンジェの瞳から涙が発生して溢れた。
 そしてミルンは、アンジェの耳元へ接触するまでに近づく。

「あとですね。もう一つ大暴露しますが……世界管理者試験はまだ続いてますの。未完のまま、ね」
「何だと……!?」
「戦いは諸事情にずっと終わらず続いてますの。そして闇の勢力の生き残りはこのミルンですのよ。それで光の勢力の者は奴、エレ――」

 続けざまに明かされた衝撃の事実を冷静に考察する暇はない。
 意識が遠のく。アンジェは眠り人の仲間入りになってしまった。
 ミルンはそれを確認すると、血のように赤い口紅が塗られた唇で、色情の赴くままにアンジェの耳たぶを優しく甘噛みする。

「ウフフ、真実を明かすのが遅かったかしら。アンジェさん、勝気なあなたをいつか喘がせる機会を設けようと考えていたのですが、残念ですわね」

 名残惜しそうに立ち上がると、

「さて、本題にとりかかろっ。ダイシ神官長……いや、天上の神々の眷属にて世界管理者試験のジャッジマン、レッグスちゃん」

 光が収まったと同時に、未だ沈黙を貫き立ち尽くす男の真名を呼んだ。
 同時に丁寧な言葉使いから、本来の幼稚な口調に戻す。
 ミルンはすでに「女王」ではなかった。
 ダイシ新官長、もといレッグスの抜け殻みたいな瞳へ徐々に意思が宿る。
 空気が一変。先の無表情が嘘のようにレッグスは鼻で笑った後、倒れ伏した者達を面白いものでも見るかのように眺めた。

「建国王も民も揃って嘘つき悪女に騙されていたってさ。可哀想な連中だよ、まったく」

 吐き捨てるように言った。
 ミルンは芝居がかったように身を震わせる。

「人聞きの悪い。ハルバーンだって、愛するミルンのために死ねて本望だと思うな」

 悪びれるもしない。彼女は心の底から思っていることを言った。

「ずっと隠していた支給品はヘッジスだけじゃない。まだあったんだよね、このファズがさ」

 胸の谷間の中に深く手を突っ込み、歪な形をした小さな手鏡を取り出した。
 裏面には聖遺物特有の幾何学模様が刻まれている。

「決めた相手を光で眠らせて、一定時間操れる優れもの! まー元々ワタシのものじゃないから、その分一回使うまでにヘッジスと同じく燈火をいっぱい貯めなきゃならないのが面倒なんだけどね」

 喜色満面のミルンがやれやれと肩をすくめた。
 二つとも強力な聖遺物であるが元の使い手でない限り、共に燈火を多大な時間溜め込まねば使用は不可能。
 武器系統の支給品――聖遺物は誰が使おうと障害は発生しないが、こういった補助系かつ最上位クラスとなると当初の使用者本人へ適するよう出来ているので、余程の適正を持たない限り他人が使うにはかなり手間がかかる。
 ミルンも例外ではなかった。

「ヘッジスやファズも所有したとはな。それもてめぇの味方の墓を荒らして盗ったもんだろうが」

 興奮するミルンの語りを冷めた様子で聞いていたレッグスが、大きなため息を漏らす。

「へへへ。可愛いミルンに使われるんだから、闇の皆も許してくれるっしょ。そしてレッグスちゃんという天運さえも味方につけたミルンが、今度こそエレナを倒して神様になっちゃうよん!」

 両手を上げて喜びを表現するミルン。
 ダイシが持っている水晶髑髏型聖遺物ヘッジスには、ミルンに覗かれているとは知らず酒を楽しむエレナが映し出されていた。

「暇つぶしの神官ごっこもやっと終いだ。一年前決めれたモノを長引かせやがって、俺が影から立ち合わせた意味がねぇじゃんか。そもそもてめぇらが試験の最終局面の記憶を失いやがったから、俺が近年になってわざわざ出てきて教えてやるまで何も思い出せねぇのが問題だがよ」

 レッグスの不満を吐き出すような言い回しに、ミルンがわざとらしく頬を膨らました。

「その言い方はないよ、レッグスちゃん。ミルンだって最初は何が何だかでわからなくて大変だったんだから。まぁ一年前の件についてはあの場で戦うよりこの際、間を置く方が壮大に決着をつけれると思ったからだけど……今はそれ以外に例の彼を見つけちゃったことの方が大きいかも」
「確かに、どれもこれもそいつの前の魂が全ての元凶か。関係ない審判の俺まで巻き込みやがって」

 共にヘッジスに映ったエレナの隣にいるカリウスを流し見た。 

「レッグスちゃんから言われた時はビックリだった。これも因果か、一人見つけたらまた二人揃って……ここまでの演出をお手伝いしてくれたのは、エレナに付き添ってた小さなお友達かな」
「出来過ぎた話だがな。コイツが使った聖遺物がエリアルの失敗作だと上の連中も早々の段階で気がつけば俺だって……おい、どうした?」

 急に震えだしたミルンを不審に思いレッグスが声を掛けるが、本人は無視。
 鏡へ映る男女を狂おしそうに見つていたミルンは極上の愉悦のあまり、自分の世界に入ってしまっていた。

「クキキ、アハ。あはははははっはッ! 壊す壊す壊す壊したいッ! エレナとユート、時を越えても巡り合った二人の美しい絆をこの手でッ!」

 そして、気がふれたように笑い転げた。
 レッグスが「大丈夫か、お前の頭?」と戸惑いの声を掛けようにも、彼女は栓が外れたように笑い続けるため、偽りの神官長は次第に呆れ顔となる。
 最後には付き合いきれないと手を振って、静かに会議室から退出したのであった。
 悲劇の舞台は、哀れな操り人形の上で踊るその術者のみとなった。
 やっと高笑いだけでも収まったミルンだが、未だ興奮は収まらない。

「長い間彷徨った果てに勝運を掴んだと思ったら、その後にご褒美の道化芝居まで用意されてるんだもん。楽しみはとっておくものだね。輪廻の輪を廻り廻ってまで、再会した二人の奇跡は……」

 潰してやる――
 死の宣告。ミルンは豪華絢爛な照明器具の下で、身をくねらせて狂喜乱舞する。
 ミルン。世界管理者試験にて闇の勢力として参加した女性。残虐かつ冷酷、極悪非道。
 ダイシ新官長もといレッグス。世界試験の試験官にて、天上の神々の眷属。
 光と闇の試験参加者と共に管理者不在のまま時を進める世界に取り残されて心が壊れた彼も、全ての真実を知る立場にあった。
 世界管理者試験は本来の終了予定時期から大幅に遅れてしまったが、未だ続行中。



[43682] 第30話 酒場
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/29 22:43
 古ぼけた宿屋の向かいの古ぼけた酒場。
 天井から吊るされた複数のランプの淡い光が店内を照らす。
 賭博に興じる柄の悪い連中や商談、仕事終りの一杯を楽しむ者達が多数。
 どこにでもある日常的な光景だ。
 街中を探せば規模が大きくて小奇麗な店があるのだろうが、カリウス達が所持している全財産を考えればこの店程度でも十分だった。

「宿に帰って寝たい。速攻で、寝たい」

 年季の入った木製テーブルへだるそうに頭を乗せたカリウスが独り言を呟く。
 そのままの状態で、横に座るルイの様子をちらっと見ると、

「う~ん、ムニャムニャ。そこ、いいですよ~。もう少し右です」

 幸せそうな顔で涎を垂らして眠っていた。
 茹の汁で炊いた白米に揚げた鶏肉や白菜を乗せた料理と、ゆで卵や玉ねぎ等の具を小麦粉の皮で包み蒸した料理を平らげた後、見事な早さで夢の中に入ってしまった。
 そしてエレナは、

「うぅ、酒、酒。一年前は飲むヒマがなかったお酒……もっともっとぉ~!」

 酔っぱらっていた。顔を上気させて語気を荒げている。
 席に着くやこの有り様。寂しげな瞳で虚空を眺めながら、何かから逃避するようにハイペースで酒を飲む彼女。話そうとしても訊く耳持たずである。
 カリウスは天空からの使者の意外な趣向にめっぽう驚いた。

「っても呑み過ぎだ。夢の件もこんなんだから聞けず仕舞いだし、酔っ払いに話したところで意味ねぇし、ルイを運ぶのもだるいし……そろそろ切り上げねぇと」

 呆気にとられていた他、聖遺物を盗まれないよう用心したり、万が一エレナへ気がつく者がいないかと目を光らせていたので余計に疲れた。
 そこへ――

「いつになったらデューンと戦争をおっぱじめるのかねぇ。時間の猶予なんて与える必要ねぇだろ」
「でもよ、デューンの強さは本物らしい。小せぇ国の癖して聖人はたくさんいるからなぁ。しかもエレナを味方につけたとなりゃ、うかつに手は出せねぇだろ」
「しかし今回は女王様も本気みたいだぜ。総力をあげてデューンとエレナを潰すって」

 近くのテーブルから物騒な会話が聞こえてきた。
 カリウスは耳を傾ける。

「愛しのハルバーン様がエレナに殺されたんだもんなぁ。しかも百年以上生きてばばぁにもならない。ありゃ本物のバケモンだ」
「だな。アレまではいかずとも、聖遺物さえあればなぁ。俺も聖人だったらミルン女王陛下のお傍でお仕えできんのかねぇ。問答無用で優遇されるし尊敬されるし、いい女も好きなだけ抱ける。どっかに手つかずの神々の墓さえあれば、俺も第二のハルバーン王に成れるんだけどな」

 軽薄そうな男二人組はそこで会話を終わりにして、会計へと向かった。
 開戦ムードが日に日に強くなっているのであろう。
 カリウスは絶対に最悪の展開にはさせまいといっそう強く誓った。

「う~ん、そうだった。カリウス!」
「はい?」

 自分達も帰ろうと銭勘定をし始めたところだった。

「帰る前に少しお話ししましょ。わたしもあなたに聞きたいことがあるの」

 美麗な黒髪を指に巻きつけてくるくるさせていたエレナが、唐突に話を振ってきた。
 赤く上気した頬にはだけた胸元が、彼女の艶やかさにますます拍車をかける。
 カリウスは気恥ずかしくなりつつも、そこから目を離せなかった。
 急速に高まる彼女への想い。
 この気持ちが神々の墓で感じたものとはまた違う種類のものではないのかと、考えが固まってきたのだ。

「え? ど、どうぞ」
「カリウスにルイは、いつユウと知り合ったのかなって思ってね」

 見惚れていたカリウスはハッとさせられた。
 情勢はともかく、ユウとの出会いは詳しく話していなかった。
 決して良い思い出ではない。むしろ、黒色に塗り固められた辛い過去。
 けれど、それはエレナも同様だ。
 彼女傷を抉ってまでも語ってくれた。自分達も同じように明かすべきだとカリウスは決心した。

「話してませんでしたね。俺、七つの頃までガルナン領のある村に住んでたんです。比較的穏やかに暮らしていたんですが、長くは続きませんでした。野盗が夜に村へ襲撃してきたんです」
「なんですって?」

 エレナの酔いが少し醒めたようだ。

「騎士兼農家の親父はその日畑に出てて、ストラトを家に置いてたんです。夜盗が入ってきた時、怖くてストラトを抱いたまま屋根裏で震えてました。幸いにも奴らは俺の家には入って来なかったので、事なきを得たんです」
「それで、その後は?」
「時間が経って静かになったから外の様子を窺おうと家を出たら、誰かが目の前に立ってた。逃げようとしたら抱きしめられた。それが奴らを討伐しに部隊を引き連れてきたユウさんでした。夜盗には逃げられた後ですよ。親父も皆も、やられてて」
「そうだったの」

 目の前で息絶えていた父親の姿。
 変わり果てた村に充満した、血の炎と煙の咽返るような匂い。
 今も記憶の片隅にこびりつき離れてくれない。
 だが、神に見放された幼き子を一筋の希望が救ってくれたのだ。
 そして巡り会った妹分も何の因果か、同じ星の元に生まれていた。



「ルイも同じようなものです。俺よりも小っちゃい頃から孤児だったのを、山の近くに住んでる連中に拾われて育てられたんですって。それで義理の親父が聖人だったんですが、これが実弟と仲が悪くて。あいつのもう一つの聖遺物、カンナビを巡っての口論が絶えなかったそうなんです」
「わたし達の支給品を血のつながった人間同士が奪い合う。本当に愚かだわ」

 眉根を寄せてエレナが言う。
 カリウスは瞼を閉じて語り続けた。

「そいつが荒くれ共を雇って家に夜襲をかけて、ルイはカンナビを継承させられて命からがら里を後にして逃げたんです。その日に俺らは偶然会ったんですよ。それで、村に行ってみたら、兄弟喧嘩は共倒れに終わってました」
「……」

 話に聞入るエレナ。
 ベクトルは違うものの、明るく朗らかなルイがその裏に背負う重い悲しみを、十分過ぎるまでに共感できていた。

「エレナさん。世界管理者試験を終わらせて下さい。昼間も言ったけど光の勢力であるエレナさんを神様にしてあげたい。だってミルンが、エレナさんの言う闇の勢力が神様の権利を勝ち取ったら、今とも比べ物にならないくらい酷い世界になっちまう」
「カリウス……」

 エリアル創世記に記述されている各勢力が目指す世界の理想とは――
 光の勢力は自然に委ねる世界を、闇の勢力は破壊と暴力に溢れる混沌の世界を管理する。
 決して重なりはしない二つの理想がそこにあった。

「聖人なんて望んでなったもんじゃない、親父と村の皆との別れの証みたいもんだ。でもこの力を使って少しでも平和に近づけるなら、俺は迷わずに使ってやる」

 カリウスはルイの銀髪を癒すように撫でながら、鉄石よりも硬い決意をエレナだけに聞こえる音量で、改めて口にする。
 ルアーズ大陸に住む人間達は、人智を超えた大いなる力に翻弄され続けてきたのだ。

「成程ね、だから昼間は昂ぶってたの。それにしてもわたし達は三人共、ユウに救われたってワケ。あの娘こそ救いの神ね」

 エレナが心からの思いを言葉にして最後の一杯を口に入れた。
 カリウスも強く同調する。

「それからユウさんに面倒をみてもらわなかったら……想像もつかない。いっぱい世話になったし頭が上がりませんよ。俺らとそう年も変わらないってのに、人としてすげぇ大人な感じだ」
「天才童顔剣士よね。けど、十年経ってもおっぱいは真っ平のまんまなのかしら?」

 エレナが決して悪気もなく言い、カリウスも吹き出しそうになったその途端、

「ゴホッ、ゴホゴホグフゥッ」

 どこからか女の人の盛大にむせる声が聞こえた。
 しかしカリウスは特に気に留めることはなく、

「何言ってるんですかエレナさん、今の発言に俺は答えられ――」

 上体を解しながらエレナに声を掛けると、

「ぐぅ……」

 返答はない。
 いつの間にか豪快に寝ていたのだ。
 ユウの胸の下りを言い終わる頃には瞼を閉じていたのだろう。

「早い。そして二人に増えたし」

 カリウスは肩をすくめ、かったるそうに「やれやれ」とぼやいた。
 彼は誰かに観察されていたことには最後まで気がついていなかったのである。



[43682] 第31話 深層心理 -CALL FOR LOVE-
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2020/12/30 21:14
 カリウスは夢を見ていた。
 だが、今回は普段とは様子が違うようである。
 あの凄惨な光景は始まらない。
 目に見える景色は群青色に染まり、自分の身体さえ動かすことができないのだ。

(ったく何だってんだ。今度はどうなっちまったってんだよ)

 どこか、暗く沈んだ世界へ落とされたようだった。
 カリウスは初めて見る夢の中で、一体自身はどこにいるのだろうと思案した直後である。
 どこからか、声が聞えてきたのだ。

(あれ? エレナさんの声――だけじゃない! 男の声も聞こえる――あれ、この声俺に似てるぞ)

 突如聞こえていた声の主はエレナと、自分と似たような声色の者のようだ。
 カリウスには会話が口論しているかのように切迫したやりとりに聞こえた。
 やがてそれは、はっきりと聞き取れる音量になってきた。

「ユート! お願いだから、考え直して頂戴ッ」

 悲壮感溢れる叫び。
 エレナの相手の名を、カリウスは聞いた記憶があった。

(ユートって、昼に言った奴の名前じゃないか。おい、何なんだこの夢は?) 

 微かな意識の狭間で驚愕する。
 ことの成り行きを一通り聞く他、選択肢はない。
 腹が立つくらいに似ている声が、

「わかってくれエレナ。僕らの勝利が危うくなったと判断したら、迷わず再臨のケルンを使う。エリアル様が身を削って僕達に分け与えてくださった支給品だ、ここで使わない手はあるもんか」

 必死な口調でエレナの問いに答えた。
 何やら事情が込み合っているようだ。

「だけどッ。それを使ったら、あなたは死んでしまうのよ」
「そうだけどッ! だからこその団体戦なんじゃないか! 残った皆に希望を託して逃がすことはできる。しかも僕は死ぬワケじゃないよ。また生を受けて、この世界に生まれるんだ」
「けどッ……それでも簡単に諦めないで! 私達皆で神様になるって約束したじゃないッ!」
「わかってる。あくまで最終手段さ。ミルン達闇の勢力が望む淀みに溢れた世界になんてさせない」
「そう……生きて勝つ意思があるのは、わかったわよ。だったら尚更ケルン使わせないわ。とにかく、絶対あなたを死なせはしないから」
「ありがとう、エレナ。偵察に行った二人もそろそろ帰ってくる頃だろう。よし、行こうか」

 彼らのやりとりが、一旦途切れた。
 カリウスは夢の中であろうが度肝を抜かれた。
 エリアル創世記の内容は、ルアーズ大陸を生きる者であれば誰でも知っているが、あくまで大まかな内容が書かれただけで、誰がどのようにしてどうなった等と、戦いの細かな記述はされていない。

(何なんだよ、これ。内容が具体的過ぎる。もうワケがわからねぇ)

 はたしてただの夢なのか、それとも――

(しても再臨のケルンか。どう考えてもあの黒い玉のこと……あれ、前の夢と繋がってるのか!?)

 真実の出来事なのだろうか。

(でもケルンを使ったにしろ、ただの時間稼ぎだ。とっくの昔に試験は完了しててもおかしくない……しても何でこんな夢を見てんだ、俺の想像力が豊すぎるだけなのか。ていうか、それで済む話じゃないんじゃねぇのか)

 カリウスはそれ以前に、夢の中で詳細に考察できる自分の状態へ疑問を持たずにいた。
 そうして頭を絞って考えているところ、また例の会話が聞こえてきたのだ。
 今度はかなり息が荒い。まるで、死の淵に立たされている者のように。

「さような、ら。エレナ。僕は使うケルンを使う、よ」

 声の持ち主はユートであった。

「ダメよユート! まだ、まだあきらめないでッ!」
「使わなきゃならないんだ。腰から手を離して、エレナ。皆ミルンにやられた。支給品は飛ばされて君も動けない。僕もじき命尽きる。その前に、やらないと。後は頼む……」
「うぐ、つぅッ……うぅ、ユートッ」
「約束するよ。僕らはまた、きっとどこかで巡り合える。さよなら、エレナ――」
「ユートッ!」

 夢は途切れた。
 例の如く白い光が闇をかき消して、何も聞こえなくなったのだ。

(やっぱり最後の場面と繋がって。この夢、現実を映しているのか? エレナさん……)

 エレナの慟哭は、まるで自身が直接言われたかのように心へ突き刺さった。
 それくらい激しい叫びだった。
 意識が覚醒していく。
 酷く現実味のある夢が終止符に向け、完全に晴れた。



[43682] 第32話 襲撃
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/01 23:47
「はぁッ。はぁはぁ……」

 静かな夜。古ぼけた宿屋のある一室。カリウスはベッドの上で夢から目覚めた。
 冷や汗が全身に流れていた。毛布も蹴っ飛ばしている。
 衝撃的だった。一言一句、全て覚えているのだ。

(現実か、それとも夢なのかはわからん。とにかく、朝になったらエレナさんに聞いてみねぇと)

 結局酒場ではエレナが早々から浴びるように酒を飲んで酔いつぶれてしまい、何も聞けなかった。
 何処か遠くを眺めるような寂しい視線が何度かあったのが、カリウスは気になったのだが……。
 そして疲労のせいか、すやすや状態となったルイも合わせて計二人をなんとか宿屋の彼女らの部屋へ運んだ後、自身の部屋のベットへ飛び込んだ矢先にカリウス自身の意識もなくなったのだ。 
 まだ朝には早い。カリウスは明日に備えるため今度こそ熟睡するべく、まずは汗をふき取るためベッド脇の机へ置いた布地を取ろうとする、が。

「えッ――ひゃあぁ!?」

 泡を食ってのけぞった。
 背中へ、大きくて柔らかい物体が二つほど薄い衣服ごしに押し付けられたのだ。

「何だッ誰かいるのか!?」

 おまけに、手を回され抱きしめられたのだ。

「これは――女ッ!?」

 女性の身体に違いなかった。
 それに密着されるのは初めての経験。ウブなカリウスには刺激が強すぎる。

(一体誰だよッ)

 興奮と緊張に苛まれて胸の動悸が激しくなるが、すぐさま後方確認。
 彼に関係なく、そもそも男がされたら泣いて喜ぶに違いない施しを仕掛けてきた女性は、

「ふふふ、夜は終わってないわよぉん」
「エレナさん!? つーかアンタ部屋で寝ていたハズではッ!」

 エレナだった。
 いつからいたのかは不明である。

「そんなんどうだっていいわよぅ。イマを楽しみましょ?」

 猫撫で声を出しながら、ローブのスリットからはみ出した程よい肉付きの白い太ももを、カリウスの足へ艶かしく絡ませてきた。 
 更に、彼女から迸る夜香木に似た甘美かつ艶めかしい匂いがカリウスの鼻腔を刺激する。
 色香の餌食となった聖人少年は、側臥位のまま硬直するしかなかった。

「エレナすぁん、どうか、離して下さい! ルイの部屋に戻って下さいよぉ!」

 絞り出した情けない声は、酒癖が悪かった光勢力の神様候補者には届かなかった。

「いやん。絶対に離さないんだから。諦めが悪いわよぅ」
「しかしこのままでは、俺が持ちそうにないですぅっ」
「ダーメ。わたしが駄目って言ったら駄目なの」

 初心な若者が抜け出そうと必死に足がく。
 されどエレナは頭をカリウスの背にくっ付けて、よりいっそう強く抱きしめた。

「神々の墓でも寝ぼけたし、ルイを言えないなこの人ッ! もー抜けねぇ――あ」

 急に力が弱くなった。
 カリウスが高鳴る胸の鼓動を手で抑えつつ、再度後ろを向いてエレナの様子を確認すると、穏やかに寝息を立てて寝ていた。
 男を誘おうとする色情が混じった大人の女性から、年端のいかぬ子供の様相に変わってしまったのだ。
 カリウスはそんな感情表現豊か過ぎる彼女を慈しむように見た後、そっと毛布を掛けた。
 また、自身の――

「エレナさん。俺、俺……やっぱり初めて見た時から、エレナさんのこと……」

 心情の変化を吐露した。
 自分で言って顔が耳の先まで赤く染まる。カリウスは、短い間でエレナへ心奪われてしまっていると自覚していた。

(神々の墓でワケがわからなくなっちまった件といい、これが恋ってやつなのかな)

 そして、例の既視感と覚えのない激情が生じたのは、自分の恋愛経験のなさ故に一目惚れの運命的な衝撃を整理できず、ワケのわからない心情へと突然変異してしまったのだと無理やりに結論つけたのだ。
 そうでもないと、突如謎の感情が生まれた件について説明がつかなかった。

(って俺は任務中に何を!? あぁくそ、集中しろ集中。今はルアーズ大陸の明日を担う大事な使命の遂行してるんだ。少し頭でも冷やさなきゃ) 

 途端に恥ずかしくなり自分の頭を揺さぶった後、涼もうと窓に近づいたその時だったのだ。
 目が合ってしまった。
 窓から音もなく入って来ようとした、上半身裸の屈強な黒人の男と。

「なッ!? 何だコイツッ!」 

 驚いて反射的に飛びのいた。
 そして一瞬で意識を切り替えたカリウスは、聖遺物ストラトを即座に棚の上から取り、聖痕を体現させる。
 燈火で雄牛のような巨躯が照らされる。精悍な顔つきは無表情だ。真っ黒な上半身に面妖な刺青を入れており、股下の深い衣類を下半身に着衣していた。
 手に持った剣は鍔の部分がルアーズ大陸での一般的な剣と違い丸く円形だ。柄の部分から刃の先端に至るまで反り曲りっている。
 このような変わった形状の剣や黒い肌色を持つ者をカリウスは初めて見たが、事前情報として頭には入っていた。
 彼はガルナン王国一の武人であると有名だからだ。そして一年前にユウと闘い苦しめた者でもある。色のない瞳で出方を伺うようにじっとカリウスを監視し続ける、この男は――

「お前、ガルナン王国ガルナン騎士団長、ヤスケール・モザンビークだな?」
『……』

 確かにその人であった。
 しかし無言。
 黙秘を貫くというよりは、最初から人の言葉を認識していないようである。
 まるで意思が感じられない。

(変だぞコイツ。夜中に窓から入ってくる時点で相当だけど……俺らのこと、バレちまったのか!?)

 様々な疑問が発生するが思案する時間はない。
 カリウスは返答が返ってこないと判断した瞬間、ストラトを硬質化していた。
 短い距離を一気に詰めて横一閃に振り切る。

「オラッ――くぅッ!?」
『――』

 ヤスケールは剣で受け止めず、少ない動作だけで斬撃を避ける。
 次の足払いを小さく跳ねただけで回避。
 そして三回目の動作――

「このヤロウッ!」
『――』

 ストラトを大振りした隙をつきカリウスを蹴りあげる。

「ぐぁッ」

 壁に強打。
 カリウスは背中にはしる激痛をなんとか堪え、立とうとする。
 窓の前に立つヤスケールは追い打ちをかけるでもなくその場に立ったままだ。
 そして、初めて声を発したのである。

『城に来い。エレナを、連れてこい。あの方が待っている』
「なんだって? オイどういうことだッ!」

 それ以上答えはしない。
 後ろ向きのまま窓から飛び降りたのだ。
 隣の部屋から騒ぎを聞きつけたルイが駆け込んできたのは、それと同時のタイミングであった。



[43682] 第33話 追跡者達
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/02 13:07
 王都エフレック。
 太陽が見えそうで見えない早朝間際の時間帯。
 規則的に整備された石造建築の街は日中のような賑わいが出るにはまだ早く、静かな雰囲気に覆われている。
 だが今日に限っては違う。もはやそれどころではない聖人三人が、近所迷惑等関係なしに喚きながら走り、静寂を破っていた。

「でかい音が聞こえたと思ったら、ガルナン王国騎士団長に襲撃されていたとは一体どういうことですカリウスッ。丁寧にはっきりとよく通る声で説明して下さい!」

 混乱するしかなく怒るルイ。

「俺が聞きてぇよッ。あぁもう計画が滅茶苦茶になっちまう。くそッ、どこでばれたんだ。もう訳がわからねぇ!」

 敵の先手に動転して落ち着きを失い、錯乱するカリウス。

「あの男、十年前の戦いでユウと戦ってた奴だわ。どうであれ、ミルンの奴が仕掛けてきたとしか考えられない。絶対にとっつかまえて企んでること全部吐かせないとッ」

 酔いから醒めて冷静に思考するエレナ。
 焦燥と憤怒。負の感情が三人の精神を蝕もうとする。
 しかし今は細かい理由は気にせず、数十歩以上も先にいるガルナン王国随一の精鋭に追いつき、全力で叩き伏せるに集中するしかなかった。

「あいつ、アレでも余裕気に走ってやがるぜ。道案内してやるってか!?」

 全速力で走るカリウスがはき捨てるように言った。
 敵は恐ろしく足が速い。その気になればいつでも振り切れる。
 それを知ってか、まるで遊んでいるかのようにカリウス達の速度に合わせて走っているのだ。
 言葉通り、ミルンの元へ誘導しているようだった――

「追いつけないんだったら転ばすまでよ。丁度いい距離にもなったし、そろそろ痛い目みてもらうわ」

 赤屋根の家々の窓からは何事かと様子を窺う住人もいるが、気にしてなんていられない。
 エレナはアルケーレスの力を解放させようとしていた。
 聖痕を体現し、周囲に燈火を展開。聖遺物の幾何学模様が限界まで光った。
 次にいきなり足を止めて、右手を石畳の地面に添える。
 エレナが突然止まったので、若者達は勢いを殺しきれず彼女を抜かしてしまうが、

「うッほぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 カリウス、

「はにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 ルイ。
 共に吃驚仰天して、敵ではなく二人が先に転んでしまう。 
 雷が落ちたような激しい炸裂音を立てて、大通りの地面に亀裂が出現。ヤスケール目掛けて一直線に割れていったのだ。
 意志を持ったようなひび割れは目標に近づくにつれ、ミルンやハルバーンの石造を巻き込んでいきながら、横幅も深さも大規模になっていく。

『――!?』

 ヤスケールは危機を察知。
 天性の跳躍力で民家の屋根に飛び移ろうとするが、エレナが許さなかった。

「こっからよッ!」

 すかさずに空中へ手を翳して、聖遺物特有の印を発生させる。
 空気への干渉――アルケーレスを介して気流を操作、回避行動をとるヤスケール向けて突風を発生させた。
 突然の強風へ巻き添えを受け、家々が激しく揺れた。
 ヤスケールは烈風に巻き込まれて完全に体勢を崩したまま、空高くに打ち上げられた。
 攻撃は続行中。間髪入れず火の印を発生させ、それを風の印と重複させ――

「消し炭になりなさいッ!」

 極太の火炎噴流を放射する。
 応用技である。射程は十分だった、逃げ場はない。
 ヤスケールを死の灰とすべく、超高温の極炎が迫る。

『ハァッ!』

 だがハルバーン建国王に認められたガルナン王国随一の猛者は、心なき者に操られ本来の実力を発揮できずとも、驚異的な回避行動をとったのだ。

「あぁんッ、あと少しだったのに!」

 身を翻して爆炎を避けた――が、完全には避けれなかったのか背中に火傷を負った。

『グゥッ』

 しかし伊達に戦場をくぐり抜けてきていない騎士団長は、これしきの炎症では根を上げず華麗に着地。何事もなかったように逃走を再開する。
 ここまでアルケーレスによる高次元の異能を目の当たりにした若者らは、声も出せずに腰を抜かしたまま見入ってしまっていた。
 この力で数えきれない程の人間を葬ってきたのだと考えると、ゾッとするしかない。
 街の大通りは見るも無残にパックリ割れ、家によっては窓ガラスにヒビ割れが多数。短時間で天変地異でも起きたかの凄惨な有り様となり、もはや止まない悲鳴が響き渡っている。

「何呑気に座ってんのよあんたらは! 追うわよ、見失っちゃうじゃないッ」

 エレナが意識の切り替えが出来ず呆然としてしまっていた二人の頬を数回叩いた。

「あたッ――そ、そうだったッ。オイ立てルイ」

 カリウス、頬へはしる衝撃によりなんとか意識を目覚めさせ、

「カッカリウスこそ! お、おおおお追いますよ!」

 ルイを支えて起き上がった。
 地割れの脇を走り抜ける。先導するエレナに続き、カリウス、ルイの順番にヤスケール追跡を続けた。
 そして次なる試練が舞い込む。甲冑を着込んだ集団が松明を持ち、進路を塞いでいるのだ。
 ガルナン王国王都警備隊第一部隊の兵士達である。

「来た、来たぞ。クレイズ隊長、来ましたッ」

 その内の一人が、隊長格らしき大柄な猿系顔の男に街々を脅かす一団の発見を伝えた。

「うむ、ミルン様の聖都市を騒がす不届き者どもは、このクレイズ率いる王都警備隊第一部隊が成敗――えぇヤスケール様ッ!?」

 しかし先頭がヤスケールだと確認した途端に狼狽する。
 当の本人はひとっとびで突破。

「どういうことだ!? 団長が夜の街で騒ぎを!」
「いや違う、後ろの奴らだ! 何が起こったかわからんが、あの三人がヤスケール様を追いかけて道に大穴を開けたに違いないッ。クレイズ様ッ」
「お……う! ミルン様直属のしもべ、聖人クレイズ参る!」

 誰一人とて状況が理解できなかった。
 部下へ頼られるままに最前線に立ったクレイズは、本人が丁寧に宣言した通り聖人だ。
 左手の手甲を外しており、代わりに手袋型の聖遺物を装着している。
 それで展開した燈火をぐしゃりと握った。なんらかの攻撃を仕掛ける気だった。
 遅れてやってきた聖人三人。
 エレナがクレイズの左手へ篭った燈火を確認し、警戒して眉をひそめた。

「あいつ、武器系の支給品を持ってるわねッ。相手にしたことないッどんな効力かしら」
「あの位置からここまで届かせる攻撃ですか。投射系でしょうかね」

 ルイの意見へエレナが「有り得るわね。どんなのが相手だろうが、押し切るまでよ」と強きの姿勢で頷く。

 そこへ――

「……ッ。二人共、ここは俺に任せてくれ。奴は、俺がやる!」

 カリウスが女性陣を追い抜かしながら、クレイズとの対決を志願したのだ。

「へぇ。そういえば見てないわね、あんたのカッコいいトコロ」
「私の聖遺物もここでは役に立ちそうもありませんしね。よっしゃカリウス、やっちゃってくださいッ!」

 エレナとルイが、信頼の元にカリウスを押し出した。
 カリウスは二人に笑みを返し、ストラトを握り締める。
 彼は明確な勝算があって志願したワケではない。ただ、このままでは収まりがきかない。
 敵に舐められているうえに、エレナの大技にビビって腰を抜かす始末。
 このような体たらくでは、ルアーズ大陸の明日を守れるやしないと憤慨していた。

「よっしゃッ。いくぞぉぉぉぉッ!」

 熱気を無理やりに高め、足の回転数を上げて突っ込む。
 迎えるはガルナン王国王都警備隊第一部隊長クレイズ。

「死んでも後悔するなよ小僧! このクレイズ渾身の一撃を喰らえッ」

 彼の所有している聖遺物の名はエグマ。
 効力はエグマ一点に集めた燈火を手のひらに収まるまで圧縮し、凶器として投擲できるのだ。 
 大袈裟に振りかぶって投げられた緑色の光球が、カリウス目掛けて放たれる。
 カリウスは相手の攻撃手段を視認した瞬間、いっそうに気を引き締めた。

「うっしゃぁぁらぁっぁぁぁ」

 雄たけびをあげながら、ストラトを変化させる。
 形作ったのは、三人の前方を覆い隠せるように四角く硬化させた盾であった。
 この強固な盾が第一波を見事に防ぎ、消滅させ、

「何ッ――のぉ、これしき! まだ終わってないぞ小僧ァァァァァッ」
「上等だよ!」

 続けざまに投擲された第二波は弾き飛ばし、

「まぐれじゃなかっただと!? どうして奴には効かないッ来るなッ、来るなよぉぉぉぉ?」 

 第三波も掻き消され、クレイズは情けない悲鳴をあげた。
 そのまま加速を増して、

「クレイズ様!? もうせま」

 突撃。
 鎧と硬質化させたストラトが激しく衝突。
 ストラトの凄まじい勢いで吹き飛ばされた隊長は元より、王都警備隊の兵士達も衝撃の影響で一人残らず派手に転んで頭を打ち、頭上に星の幻覚を見ることとなった。

「うし! ざまぁみろってんだよ。この調子で行くぞ!」

 カリウスは隣に追いついてきたルイ、エレナとそれぞれの手のひらを叩きあう。

「これぐらいかまして当然だけど、とりあえずお疲れッ。わたしが出るまでもなかったわね」

 特にエレナの手に触れれたことが彼は嬉しい。

「ナイスですカリウス! それでも、喜んでばかりもいられませんがッ」

 ルイが語尾を強めて、遥か前方にいるヤスケールに険しい眼差しを送った。
 小競り合いを制しただけなのだ。三人は気を引き締め直して、太陽が顔を出した朝の街を走り続けた。



[43682] 第34話 敵地突入
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/04 00:16
 一行はそれからも、雇われ聖人や夜間警備部隊を撃破しながら、ヤスケールを追跡した。
 通り過ぎるごとに悲鳴が生まれ、街々の至る箇所が大破し、凄惨な光景が生まれる。
 そしていきなりペースを上げ、豆粒程の大きさにしか視認できなくなったヤスケールが、シャバラン城に入城したのが最後――完全に見失ったのだ。
 とうとうエフレックの中心部、聳え立つシャバラン城の入口に着いてしまった。
 肩で息をするカリウスが、敵が来たというのに不自然にも跳ね上げられたままの大きな可動橋を一瞥する。

「あからさま過ぎるだろこれは。奴らはどういうつもりなんだ」
「辺りには見張りすらいませんしね。怪しい、怪しすぎます。罠の匂いがプンプンしますよ」
 
 同じく肩を上下させながら、周囲を確認するルイ。
 カリウスは息を整えてから、 

「どうであれ、まんまとハメられた。使命の一つを終えて油断していたのか。でもどんな手を使ってきたかわからねぇ。マジで、どこで見られてたってんだよ! あぁ……やっちまった」

 カリウスは悔しそうに項垂れた。
 明日に固める計画だが、もはや壊れたも同然。とんでもない事態へ転がる可能性大だ。
 祖国の皆に申し訳がないでは済まされない。怒りに捕らわれて、目の前の石ころを蹴り上げる。
 だがエレナは首を振って否定する。

「それは違うわ。あんた達はわたしが浮かれてひたすら酒を飲んでたとしか見えなかったようだけど、わたしはずっと街中や酒場の中でも気を張ってた。妙なマネをする奴がいないかね。カリウスにおぶられてルイの部屋で意識を失うまではずっと監視してたけど、そんな奴はいなかった」
 
 少なくとも、彼女にとっても想定外の事態のようだ。

「そうだったんですか……!? じゃあ、一体全体どんな手で。情報にない聖遺物だっていうのか」
 
 カリウスは難しい顔で呟きながらも、前を向いた。

「その可能性が高いですね。何にせよエレナさんでもわからないとなると、私達では想像もつかない手を使ってきたに違いありません。とにかく進むしかないでしょう。あちら様が奥の手を使ってきたにしろ、やられたらやり返す。鉄則ですよ、カリウス」
 
 と、ルイがカリウスを宥めるように肩を叩いた。

「ルイの言う通りよ。ここまできたなら、明日やろうが今日やろうが関係ない。最初から招待されてたんなら、ありがたく乗り込んでやりましょう」
 
 エレナも手をぽきりぽきりと鳴らしながら言う。
 カリウスは二人の意見を受けて、決心を固めて頷いた。
 
 そうして一行は広大な敷地面積を誇る王城内へと侵入。 
 いくつもの堅固な城門は、どれも通って下さいと言わんばかりに開けられいた。 
 やはり見張りもおらず出窓からこちらを伺う様子すらない。
 練兵場らしき広間も同じである。
 人っ子一人たりとも居ない。敵の策としか思えなかったが、それでも不気味な状況だ。
 とうとう一度も戦闘をせずに、ついにはシャバラン城の主塔に突入したのだ。
 天井各所に吊るされた高級な照明器具の炎が妖しく揺らぐ。
 ホールを抜けて、横幅が広く豪華絢爛な装飾が施された廊下を、警戒しながら真っ直ぐ進んでいく。
 
「ただっ広い城の中に誰もいねぇとか不気味だな。俺達をハメるのにどこまで用意周到なんだよ」
「皆寝てるのではなく、どこかで待ち伏せしてるとは思います――あいたっ。エレナさん?」
 
 ルイがカリウスと囁き合いながら歩いているところ、一歩前を闊歩していたエレナが突然止まったので、ぶつかってしまった。
 エレナは口元に人差し指を立てたまま振り返る。

「シッ。ほら、耳を傾けてみなさい。何か聞こえてくるでしょう?」
 
 小声でそう促した。二人は言われるままに前方方向へ耳を傾ける。
 すると音が聞こえてきたのだ。カシャン、カシャンと甲冑と赤い絨毯が接触する音が。

「あれは――燈火ですよ!」

 小声で二人に知らせたルイが指さす先に、緑黄色の光球がゆらゆらと浮かび上がっていた。
 そしてついには廊下の向こう側からやってきた当人が、姿を露にした。
 艶やかな空色の髪をした女性。翡翠色の瞳が空虚に染まったガルナン王国の麗しき雷光アンジェであった。
 物言わぬ戦士は燈火を周囲に浮かせ、愛用の銀色甲冑に身を包み、自身の身体よりも大きな戦斧を片手に担いでゆっくりと歩いてきた。
 皆、瞬時に身を引き締め、聖遺物を構えて戦闘態勢をとる。

「女王補佐官アンジェ。どうやら雑魚には任せず、上の奴らが力押しで終わらせにきたって算段かい。ハルバーンのジェイドを受け継いだとは聞いていた。物騒な得物もおさがりってワケか」
 
 カリウスが敵の得物を確認し、冷や汗を掻きながら苦笑する。

「迫力ありますね~。あり過ぎても、困るのはこっちなんですけど」
 
 ルイが驚嘆の声を漏らす。開いた口が塞がらないようだ。

「ハルバーンが使ってた無駄にデカイ戦斧だわ。アンジェなんて娘は一年前、あの場にいなかったけど……カリウスが言う通り受け継いだってことは、当時まだ聖人じゃなかったってワケね」
 
 エレナが手を腰に当て、冷静に相手を分析した。
 首輪型聖遺物ジェイドを発動する間だけは、驚異的な剛力と少々の打撃ではものともしない防御力を行使できるようになるのだ。
 見た目のみで判断すれば多少引き締まっているものの、それでも細身な女性にしか見えないのが恐ろしい。

「台頭してきたのはここ最近です。あの若さで女王の側近を任される程ですから、元々優秀なんでしょうけど。過激なちょっかいを出したいくらいカワイイですよね、うん」
 
 エレナとカリウスはルイの興奮混じりの解説を真顔で無視した。
 戦闘は避けられない。
 そこで打ち出した対抗案――カリウスが意を決した顔つきで、

「ルイ、俺を一緒にアイツと戦うぞ。エレナさんはヤスケールを追って下さい」
 
 女性陣へ指示する。

「久しぶりのコンビ戦ですか。ふふふ、私のカンナビが役立つ時が来たようですね」
 
 指名され高揚するルイ。
 身体をほぐした後、腰に付けた物入れからコクーンとは別の愛用聖遺物――黒い鞭のようなモノを取り出す。
 名はカンナビ。聖痕を持つ者へ攻撃を加えると脱力させることができる。
 小国の王であったルイの父親が、同盟国の裏切り襲撃から幼い彼女を逃がす際、継承させたモノだ。
 エレナは若者らを頼もしそうに見回し、「私はそれで構わないわ」と言った。
 早くも案がまとまったところで、三人は迫りつつあるアンジェと対峙する。

「行くぞ皆!」
 
 カリウスが叫び、皆が散開。
 アンジェが空気を揺るがすかの一撃を横に奮う。
 若者二人は後退して回避。
 エレナは華麗に宙を舞い、アンジェを飛び越えた。

「カリウスにルイ! 死ぬんじゃないわよ。ここで死ぬような奴は、戦乱を終わらせるなんて大言を言う資格はないんだからね!」
 
 エレナが奥へと進む前、大声で彼女なりの激励叱咤を聖人少年少女に飛ばす。
 敵地での戦いが幕をあげる。
 カリウスとルイはアンジェへの突撃を開始した。



[43682] 第35話 真相
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/04 20:24
「アンジェちゃんやってるな~。クク、もうすぐエレナもミルンへ会いに来るしね」 

 宝石が取り付けられた輝く玉座へと優雅に座る元女王陛下が、贈り物を待つ子供のように期待感へ胸を膨らませていた。
 凄まじい打撃音や何かが破壊された衝撃が何度も床越しに彼女のいる階へ伝わってくる。
 玉座の間。
 四方に金と銀を基調とした装飾が施されたシャバラン城中心部の二階。
 大きな列柱が立ち並び必要以上に広い造りだが、現在は部屋を埋め尽くすまでに大勢の人影が蠢いていた。
 生きてるにしろ死んでるにしろ、大勢の駒を集めた際の壮観な光景を眺めるのはこれで終りだが、ミルン本人は特に感慨はなかった。
 そんな規模の小さな支配者ごっこはどうだっていい。光の勢力最後の一人と決着をつけ、暗黒の理想世界を創造するのだ。笑いが止まらなくなってしまう。

「クク、フフフフ、レッグスちゃん。もうそろそろ行くんだっけ?」

 隣で欠伸をかきながら気だるそうなレッグスへ視線を寄せた。
 彼は藍色の真球を手に持ち、首筋に聖痕を浮かび上がらせている。
 試験官となる眷属にのみ支給されるテレシーというものだ。試験官達はこれで大陸中を瞬時に移動することが可能。大陸中に作られた墓へ脱落者の遺体を運ぶ際には特に役に立つのだ。

「最後だし、エリアル様が作った大陸をぶらぶらしながら勝者を待つとするさ。順序は逆になっちまったが猿から脱皮した人間共に歴史を教えたのも、支給品で戦争する時代になっちまったのも面白かったかもな。長すぎて頭がおかしくなっちまったけどよ」

 からからと無邪気そうに笑う。
 天上界が世界を創造した証として、レッグスら神の眷属は文明を持ち始めた人間達に、世界の成り立ちそのものであるエリアル創世記を絶対の歴史として言伝える掟がある。

「光か闇か勝者が決まった後、正史を伝えるのにまた飛び回らなくちゃならねぇのはクソダルいがなぁ。これで最後だ。本当に、長かったぜ。上に還ったら何もしないまま休眠につくとするか」

 感慨深く言うレッグス。
 大昔に流布した際は、想定外の事態のため途中経過を抽象的に伝えるまでに留まったので、試験が終了した後レッグスは試験官最後の務めとして、ルアーズ大陸――もとい周辺の島々にエリアル創世記の完成を宣言して回らねばならない。

「本当にお疲れ様。レッグスちゃんにはホント感謝してる。エレナと違って殆ど引きこもってたミルンに現状を説明してくれて、ハルバーンに近づくことからの今後の作戦まで提案してくれたもんね」

 猫なで声で感謝の言葉を伝えたミルンに、レッグスは無表情のまま返した。

「勘違いするな、お前は運がよかっただけだ。何度も言ったが、俺は気の遠くなる時間を何もしないまま待機していたんだ、参加者に干渉するなという上からの命令を律義に守ってな。俺は見捨てられたとやっと気づいて、ここから脱出する方法を練っていた先にお前がいた、それだけだ」

 吐き捨てるように語ったレッグスに、何故か高揚したミルンが下品に笑う。

「フヒヒッ! 災難だったね、今回光側に支給されたケルンについてはレッグスちゃんだけじゃなくミルンだってしてやられた。ビックリ仰天だよ」
「使用者の命と引き換えに自分以外の試験参加者を別の区画へバラバラに送る、いわば仕切り直しの支給品。此度の選定試験で初めて導入され、案の定動作不良が起きちまった。もう試験では使われてないだろうな。今回の試験に携わった奴ら俺らは犠牲になったんだよ、全く運の悪いこった」

 言葉の節々に怒りを滲ませるレッグス。
 彼の言う通り、何回も繰り返されてきた天地創造の試験に新たな支給品が加えられたが、アクシデント発生。
 使用者はユート。再臨のケルンは効力通りには動かず、エレナとミルンは場所どころかずっと先の時代まで時空を超えて飛ばされてしまった。
 そのため、文明が栄えてきた時代で神々の墓が開くという異例の事態に。

「大陸での参加者の存在の有無と神々の墓の開閉は、連動する仕組みになっているからなぁ。まさか人間共が神の候補者の殺し合いの道具を使いだすなんてよ、こんなケースは後にも先にも今回だけだろう。ま、墓を荒らされようがどうなろうが、こんな世界どうだっていいがよ」

 悪態をつくレッグス。
 そしてミルンは、

「ミルンも楽しませてもらったよ、下等な存在が支給品を使って歯向かってくるのは腹が立ったけどね――でも、輪廻の輪を巡ってまで仲間を想う執念は感動しちゃうよ……壊したいくらいに」

 言いながら表情に狂気を宿らせ、口元を釣り上げながらレッグスの方を一瞥する。 
 彼は参会者同士のエピソードにはもう興味がないのか、聞く耳持たずにテレシーを展開中だった。
 眩いばかりの透き通った光が発せられている。

「あれちょっと、話を最後まで聞かずに挨拶もせず行く!? 見捨てられた試験官が哀れな実験台となった参加者を励ます展開とかないの、ねぇ!」

 ミルンが立ち上がり、頬を膨らませてレッグスに抗議する。

「参加者の因縁なんざどうでもいい。あとはお前らが殺し合って勝手に決着つけろ。試験が終わったら俺は上に還れる仕組みなのは変わりないハズだ。早く終わらせて、俺を還してくれな」
「あ、ちょっと――いっちゃったか。レッグスちゃんはぶっきらぼうなんだから」

 ミルンが手を伸ばす前にレッグスはその場から消失した。
 言いたいことを捲くし立てて、そそくさと移動してしまったのだ。 
 話し相手はいなくなった。けど、本当のお楽しみはこれからやってくる。 
 寂しくなんて関係ない。嬉しくて、独り言だって止まらなくなる。

「フフフ、レッグスちゃん、そんな大層な因縁なんてないんだよ。たださ、殺したいだけ。壊したいだけなんだよ。光の平和ボケ共が往生際が悪くも、また一緒に立ち向かってこようとしている。完膚なきまでに叩きつぶすしかないでしょう、ねぇ皆?」

 尋ねた矛先は喋らないと知っている。
 理由なんていらない。あるのは純粋な悪の華のみ。
 部屋の右半分にはファズにより操り人形と化した騎士団連中。そして左半分へは魂を失った屍達の集まり。偽物の命を与えられたとすら知らず、ふらふらと揺れ動いている。

「隠してた聖遺物その三、マカブラでーすッ」

 ミルンが玉座の後ろに置いていたソレを持ち上げて、楽しそうにその名を叫んだ。
 死者を操る禁断の秘術を行使できる杖型支給品マカブラ。ミルンが直接手を下したワケではない。 操り人形達に襲わせて仲間同士で争ってもらい、その死体を使わせてもらった。
 客人を迎える準備は整っている。屋敷の主人は満足げに背伸びをして、玉座へ深く腰を落とした。
 自分の命を狙う影が忍び寄りつつあるのも、気づかぬまま――

「やられたよ。何の聖遺物か知らないけど、強行策できたもんだ。こうなったら計画変更しかない。あたしだけで直接ミルンを……」

 灰色の隠れ蓑に身を包んだ小柄な赤髪の女性は緊張で震えながらも、敵を睨みつけた。



[43682] 第36話 一対二
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/06 00:16
 カリウスとルイに、アンジェの演武を思わせる豪快な攻撃が迫る。

「のぉぉぉぉッ! 止めてくれ! 話せばわかるってば!」
「うあぁッ!? だからあんなの受けたら速攻死んじゃいますってッ」 

 何回説得を試みようと無意味。今日何度目かの回避行動をとった。
 戦闘開始から結構な時間が経過。
 廊下の至るところ――列柱、絵画、壁、彫刻、床、壺等が見事に粉砕壊滅。
 まるで廃墟のような有り様。カリウス達は連携して攻めてはいるものの、アンジェの大戦斧に阻まれ、依然として活路を見いだせないままである。
 アンジェは疲労など感じているかは不明、無表情のままじりじりと距離を詰めてくる。
 対して、肩で息をして焦燥に苛まれる若者二人。
 抜け道のない戦闘状況が、若者達の体力と精神を蝕む。

「アイツ、こっちの呼びかけには全然応じようとしねぇ。攻撃も重いしキツイ……けど、単調だし意思ってもんが感じられない……そういえばヤスケールもだったよな?」

 カリウスが息を切らしながら疑問を吐き出す。

「元々話すのが苦手な子? でも流石に不自然すぎます。目が死んでるっていうか悲しそうっていうか。でもそれがいいっていうか……早くあのコを縛って快楽で悶えさせてあげないと」

 ルイがいたって真面目な顔つきで答えた。ふざける余裕はまだ残っているようだ。
 カリウスの緊張感が悪い意味で緩んでしまった。

「戦ってる時に何を考えているんだよ!? てかお前が喜ぶだけじゃねぇか!」
「あんな可愛いコ、ほおっておけませんよ。あと戦いを頑張った自分へのごほうびって必要だと思いません?」
「どこがご褒美だよ!」 

 瞳を爛々と輝かせる変態には構ってられなかった。
 若者達はアンジェやヤスケールがミルンの野望の犠牲になり、ファズによって操られていることを知らない。
 戦闘人形となったアンジェへの奇妙な違和感は増すばかりだ。

「ぶっ飛ばしてから洗いざらい吐いてもらうしかないな。もう一度いくぞルイ!」
「はいですカリウス! いい加減眠ってもらいますよ。大丈夫、痛くはありませんッ。むしろ極上の快楽を約束します――」 

 共に聖遺物を力強く握り、再度特攻を仕掛ける。

『……ッ!』

 アンジェが戦斧を力任せに縦から振り下ろしてきた。
 二人は横っ飛びで左右に分かれる。
 刹那、床が綺麗に砕け割れた。
 女王補佐官が次にとる行動は――移動不可。

『……!?』

 戦斧が瓦礫にハマったようで、抜こうともがいている。
 逃せないチャンスである。運よく隙が出来たのだ。

「イケる!? 今回はイケますよカリウスッ! それッ」

 先にルイが動く。
 カンナビを振るい、足を絡めとろうとした。
 あくまで生肌に触れねば意味はなく、非力な彼女では到底転ばすことはできないハズなのだが――

『……!』

 アンジェがギリギリのタイミングで復活。
 すぐさま振り切った戦斧により、カンナビはがっちりと防御される。
 しかしルイは想定済みだった。

「カリウスッ」
「おおよッ。絶対逃さねぇ」 

 意表を突いた。
 カリウスが逆方向から硬化したストラトを、思いっきり振り上げる。

『……!?』 

 ルイに気をとられていたアンジェは避けれなかった。
 攻撃を受け胴回りを覆う鎧が砕ける。五体が宙を舞い、地へと叩きつけられた。
 同時に近づいていたルイが、

「お楽しみはこれからですよッ」 

 高速便打を繰り出す。
 鞭打ちによって鎧の下に着た衣服が破られ、23歳のうら若き乙女でもあるアンジェの柔肌が露となる。
 こうなれば、攻撃するたびに相手の力を奪うカンナビの独壇場と思われたが――

「えぐッ!?」

 ジェイドの効力を見誤ったようだ。
 効果は確実にある。しかし耐久性が段違いなのだ。
 アンジェが苦し紛れに振り回した左足がルイの脇っ腹を掠る。
 それだけで飛ばされた。
 援護へ向かおうとしていたカリウスは一瞬気をとられてしまった。

「ルイ! ぐ――うぉぉぉぉァッ」

 それでも持ち直して接近。ストラトを硬化させて斜め一閃。
 カンナビの効果で動作自体は鈍っている。
 一撃目は避けられてしまうが、そのまま捻りを加えた回転切りで、見事会心の一打を浴びせた。
 アンジェは壁へ激突していく。

「やったか――そうだッ、おーいルイ! 大丈夫かぁッ!」

 振り向いて大声で安否を確認する。嫌な汗が頬をつたった。

「げふぉ、なんとか~。今度こそ死んじゃうかと覚悟しましたけど、まだくたばっちゃいません」 

 心配は杞憂だった。
 少し遅れて、か細くとも確かに生きた声が返ってきたのだ。
 そうしてルイが蹴られた箇所を押さえ、よたつきながらも近づいてきた。
 カリウスはその姿を見て安堵の息を吐いた。力までも抜けそうになるが堪える。

「無事で良かったぜ。俺はてっきり、調子にのったまま死んじまったかと」
「初めての隙を逃すまいと思ったんですが、流石はガルナン王国の実力者の一人です……けども負けられませんよ、ユウさんに成長した姿を見てもらうんです。それがあの人への恩返しですから」

 自身にも言い聞かせるように言ったルイ。その声色は珍しく真剣な色を宿していた。
 恩人でもあり姉のような存在に対する想いは並々なく強い。
 ユウの弟分でもありルイの兄貴分でもあるカリウスも、心から同意するように微笑んだ。

「だよな。ユウさんに拾われたあの日から――デューン王国に、あの人の盾になれるよう強くなるって二人で決めたもんな」
「えぇ。独りぼっちになってしまった私達を繋げてくれたユウさんに、この戦いが終わったら伝えるんです。バストマッサージしましょうと」
「何でそうなるんだよッ……ん?」

 最後にはやはりふざけたルイにつっこんだカリウスの真っ黒な双眸が、驚愕の色を映した。
 ルイも同様の反応。
 安心するのはまだ早かったのだろうか。壁に激突していたアンジェは平気そうにむくりと立ち上がった――かのように、見えた。
 カリウスが引きつりかけた顔を直し、 

(ビビらせやがって。けど、俺らの攻撃も少しの意味はあったようだな)

 好機到来へ口角の端を上げる。
 麗しき雷光は今度こそ身体を重そうにぐったりとさせていた。
 ジェイドは使い手の身体能力を上昇させるが、聖遺物を使用し聖痕を通して身体へ蓄積される疲労は別問題だ。ファズの効力で表情をなくしていたため、カリウス達からして見れば底知らずの持久性かと思われていたが、本人はやはり疲労困憊であった。
 元の持ち主であったハルバーンならまだしも、アンジェは使い手としてまだまだ弱輩。もう体力は限界突破している。
 そこに攻撃した対象の力を抜くルイのカンナビの効力が、今になってのしかかってきたのだ。

「立ち上がったのは流石ですね。けどいい感じに疲弊してきてます。あとちょっとですよ」
「あぁ。つーかルイさ、本当に身体は大丈夫か? 無理すんじゃねぇぞ」

 敵を言えない。カリウスはともかくルイの身体は限界に近い。
 掠ったとはいえ身体強化した者の蹴りを受けたのだ。

「今すぐコクーンで治癒したい、と言いたいところですが相手もヘロヘロだとはいえ、カリウス一人では確実性に欠けるかと。私のカンナビが絶対絶対必要です」
「うん……言っておいてアレだが、悔しいけど俺だけなら厳しいだろうな」 

 ルイの意見は的を得ていた。
 単純な打撃よりもカンナビの鞭打の方が効果がある。

「さぁ行きますよ。あちらさんはヤル気マンマン……ですゥッ――!? いやホントに!」

 すでに待ったなしの状況に変化していたようだ。
 アンジェは戦斧を振り回して辺りを破壊し巻き込みながら、聖人少年少女へと接近してきた。

「チッ、まだ段取りも決めてねぇのにきやがった」
「わわわ!? もう来たッ、どうしましょうッ」 

 ルイがガチガチと歯を鳴らしながら、カリウスの腕をきつく掴んだ。

「さっきの威勢はどうした!? 絶対勝つと言ったじゃんか!」 

 対処法を考える。
 先の一件は敵が自ら隙を晒しただけであり、二度目は期待できない。
 カリウスはどうすれば怪力女を倒せるかと対抗策を何度も練り直していた、その時だ。

「あ、足だ……そうじゃんか、あいつの足、足だよ!」 

 身体を支える両足へ注目する。
 時おりよろけそうになり、踏ん張る力も弱まっている。
 やはり体力自体は限界を越えているのだ。よく観察すると戦斧の回転数も遅い。
 再度勝機を見出したカリウスの表情が明るくなった。あとは無力化させるのみだ。

「カリウスッ、策は!?」 

 必死の形相を浮かべる妹分に、希望に溢れた視線を送る。

「いいか、俺が先にストラトで足を狙う。ヤツが喰らったら、お前が踏ん張ってアイツへの一発を決めてくれるか? 戦いを終わらせる一発をな」
「ほう、了解です。どのみち二人で頑張らないと切り抜けられませんし……旅が始まってからずっとヤバイ状況ばっかですが、今の私達なら大丈夫でしょう。生きてユウさんに勝利を報告しませんと」
「そうだ、全部切り抜けてきたんだ。この場面もユウさんからの指導を全て思い出して、いつも通り終いにして全てが終わったら、いっぱい褒めてもらおうぜ」
「ガッテンです!」

 信頼の目配せを交わし、最後の場面へと動き出した。
 先行するカリウス。
 まずは脇に落ちていた高価そうな壺をアンジェの上方へ投げる。

『……ッ』 

 当然反応。
 戦斧を回す方向が上方へと変わる。

「貰ったッ。うぉぉぉぉぉぉッ!」

 見逃さない。
 神経を尖らせ、軟質形態となったストラトを一直線に伸ばす。
 そして触れる前に硬質化させて、全力で右足首を突いた。

『……!?』

 大した痛みはなくとも操り人形の女王補佐官は、バランスを失い崩れ落ちる。

「来ました来ました真打来ましたキターッ! 昇天する程の快楽をあなたにッ」

 息つく暇を与えはしない。
 絶妙なコンビネーションの果てにルイが全身全霊の力を込め、勝利への一打を加える。
 アンジェの露出した背中を激しく便打。
 一回、二回、三回、四回――
 五回目で彼女の意識はミルンによる精神操作を離れるまでに飛んでいく。

「やったぁ!」

 勝者となったカリウスとルイの歓喜の声が重なる。
 即席では出すことのできない、兄妹同然の二人の連携が生んだ勝利――聖人少年少女は戦いを経て、大きな成長を得たのだった。



[43682] 第37話 一年ぶりの再会
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/06 22:16
 惨状。
 一階の大広間は足の踏み場もないまで死体が詰め込まれていた。 

(派手にやったもんね、酷い匂いだわ。内乱なんかじゃない……奴が本性を現したんだわ)

 立ち寄ったエレナは骸の山々の死臭に鼻をつまみながら、ミルンの仕業だろうと判断する。
 もはや人間の死体などみても何も感じない彼女は、特に興味もなく場を後にする。
 そして、二階を探索するために白色の螺旋階段を上ろうとした、その最中――

(え、何ッ――これ、はッ)

 突然だった。強い頭痛が彼女を襲ったのだ。

「ぐ、うぅぅ、あぁ」

 理解不能。
 耐えきれず、次いで頭を両手で押さえて片膝をついた瞬間――目の前の色彩がおかしくなり、視界が翳んでいく。
 そしてとうとう、階段の途中で倒れふしてしまった。
 頭の中がぐるぐると回る感覚に侵されると同時に、脳内へ絵画のように切り取られた情景が次々となだれ込んできた。
 夢のようであり、夢ではない景色がめぐるめく展開されていく。

(これ、は。わたしの……そ、そうだ。あの時、わたしはユートや皆と、ミルン達闇の連中と戦っていたんだっけ――)

 不思議と違和感がない。
 当たり前だった。全部忘れていただけのことだった。

(そうだったんだ……あの支給品を使ってこんな、ことが)

 彼女は閉じていた記憶の鍵を見つけていた。
 驚く程に時間はかからず、失われていた記憶が全て入り込み終わった。
 あっさりとしたものだ。気がつけば、あれほど渦巻いていた頭痛は嘘のように消えている。
 エレナは何事もなかったかのように立ちあがり、ローブに付いた汚れをほろこった。 

(ユート、何故かはわからないけど、やっとあの時を思い出したみたい。あなたや皆の願いも。その最後も!)

 何がどうなって今になり想起したのかはわからないが、現実としてエレナは管理者試験最終局面――誰と共にいたのか、誰と戦っていたのか。その詳細をついに思い出すことができたのだ。

(グス……涙を流すだなんて、あなたを失った時以来でしょうね)

 瞼の裏に浮かぶ記憶の断片を想っていると、自然と涙が流れてきた。
 散っていった仲間達の最後は、焼き付いたように離れない。

(でも行かなきゃ。ここで立ち止まっていられない)

 でも、悲しみに浸ってはいられないと涙を拭う。
 決着をつけるため先に進むのみと、エレナは足を前に動かした。

(けどわたしとミルンはなんでこの時代で目覚めたのかしら。ずっと眠っていたワケでもないし)

 ケルンで飛ばされたのは間違いなかった。 
 だけど、未来の時代にいる理由には結びつかない。ただ一点のみが曇っている。

(うん……とにかく、頭の中を整理するのはミルンを倒してからね)

 戦闘を想定して集中し直す。
 聖痕を体現、神々の燈火を出現させる。
 そして足早に到着。気がつかない間にペースを上げていたようだ。
 大仰な扉を開けて無駄に広い玉座の間を見渡すと、

「う!? こ、これは」

 部屋中央に敷かれた赤い絨毯を分けて両サイドに立つ、大勢の男達がいた。
 左側の方は全裸かつ血色がなく、急所に風穴が空いており生きているようには思えない。
 右側の方は全員鎧を纏っており、ガルナン王国の実力者ら同様に生きているようだが、瞳に色がない。どちらとも大剣や槍で武装している。
 彼らがどういう状態にあるか、正常な記憶を取り戻したエレナは把握できた。

「成程、ファズか。試験中期にわたし達の奇襲作戦の最中脱落した闇の奴の聖遺物だったっけ。死者を操るマカブラは、元々あんたのよね」 

 刺すように眺めたその先。
 世界管理者試験の参加者用支給品――杖型聖遺物と水晶髑髏型聖遺物を持たせた護衛の黒人戦士を傍らに従えて、絨毯の上を踊るように歩いてきた、白いドレスの少女がいたのだ。
 闇の勢力最後の一人、ミルンである。
 双方の声が十分聞こえる距離に到達する。冷たい瞳をしたエレナと対峙すると、ドレスの両端を摘んで恭しく一礼をした。
 一年振りの再会。まずはミルンがニヤニヤしながら口を開いた。

「御機嫌よう、エレナ。生きてて良かったぁ。もうミルンは会いたくて、会いたくて、夜は一人ベッドの中でエレナを思いながら、あぁ」 

 身をくねらせて喘ぎ声を発っするミルンへ対し、エレナは心底軽蔑するかの視線を送る。

「相変わらずねミルン。一年前どころかユートにケルンを使わせる前にあなたを殺せなかった自分を何度責めたかしら。隠してたのか墓を荒らしたのか、便利なもの持ってるじゃない。その騎士団長もファズでけしかけたんでしょ。どうやってわたし達を見つけたかまでは知らないけど」

 問われたミルンは自慢気に踏ん反り返り、エレナよりも豊かな胸を揺らした。

「よくぞ聞いてくれたね。勿論ファズだけじゃないよ。なんとヘッジスもあるのです。使えない仲間が死んでからやっと役立ったっぽい。エレナを発見した時はドキドキが止まらなかったもん」

「成程ヘッジスまでねぇ。こりゃ想定できないわ。それでわたし達を見つけることができたのね」

 エレナは眉根を眉を顰めると、ミルンは嬉しそうに首肯した。

「エへ。今回の試験はエリアル様も我ら闇チームに味方してくれてるっぽいね」
「言ってなさい。しても下のただっ広い部屋に詰まれた連中は、久しぶりにマカブラを使うから練習用に同士討ちで殺してみたとか、そんな感じかしら」
「ソレも当たり! マカブラは難しいからね。ヘッジスもそうだけど、操れる数には限りがあるから後は悪いけど、不要なんだよ」

 ミルンは常に余裕を崩さず、ベラベラと捲くし立てる。

「ミルンはね、今からワクワクが止まらないんだよ。神様になったらもっと大きな規模で楽しめるんだ、ゾクゾクするぅ」
「わたしがさせないわ。ユートの仇、ここでとらせてもらうから」

 対して冷や水を浴びせるように言うエレナ。
 そうして、刺々しい視線を交わしあった瞬刻のことだった。
 ミルンが突如「あれっ」と何かに気がついたような声をあげたのだ。
 次には舐めるような目つきでエレナをまじまじと見定め始める。

「てゆーか……嬉しすぎて聞くの忘れてたけど、エレナの記憶、戻ってる! 支給品の効果も喋ってないのに最初からお話し理解できてるし、試験で起きたことだって!」

 両の手を合わせ納得の顔で頷く。多少演技がかった仕草である。
 対してエレナ、

「今更気がついたの。どうやらそうみたいなのよ、ちょっと前にいきなり思い出してね。あんたも気になってるハズの、この時代にいる理由は掴めてないけど」 

 躊躇もせずに答えると、ミルンは「そっか……」と含み笑いを漏らし始める。
 エレナは不可解な面持ちのまま、挑発しようとするが――

「何を笑っているの。これから自分が死ぬのがそんなに面白いのかしら」
「だってミルンがその理由をもう知ってるとしたら、どうする?」
「っ!?」  

 結果、思いがけない返答へ息を呑んだ。

「ミルンだって把握してるんだからねっ。ユート君がケルンを使ってエレナとミルン、セットで何が起こったかをさっ」

 方目を瞑るとその場でくるくると愉快そうに回り桃色の髪をなびかせてた。
 ハッタリではなさそうだ。呼吸を整えたエレナはミルンの誘いに乗ることにした。

「じゃあ語ってもらおうかしら。ケルンで大陸のどこかへ強制移動されるハズが、どうなったのよ? 今更ユートの死をダシにしようたってそうはいかないわよ」  

 言われたミルンは胸元に手を当てて、瞳をうっとりと潤ませた。

「じゃあ言うねん。ミルンとエレナはケルンの不具合で時空を超えてとりっぷしたんだって。しかも記憶に障害を持っちゃうオマケつき!」
「なんですって! 大陸じゃなく時空を超えて、記憶を失う!? ふざけるのも大概になさい!」
「本当だよ、ミルンもビックリ。ケルンは今回初めて作られたそうだけど、作るのに手間がかかった挙句テスト使用もせず未完成品のまま支給されて、結果は大失敗に終わったんだって」
「そんな、ことが」

 嘘を言ってる様子はない。
 エレナはあまりの壮大な事情へ、よろけてしまう。
 生まれてすぐ、主となる人格と様々な知識を与えられてルアーズ大陸へ招かれた参加者達――だが、天上の神々の力を隅から隅までは知らない。
 真実だとしたら綺麗に辻褄が合う。

(ワケが分からない。ここまでの知識、何故ミルンが知ってるの!?)

 だが疑問が生まれる。
 問いただす前に、

「あと実はね、ユート君本人にもビックリの秘密が……おっ、これはまだ言わない方がいいか」

 更なる謎を繰り出す。よりによってまたもユートに関する事柄だ。

「はぁ? ユートが、どうしたですって!?」 

 次々と出される情報へ対応しきれず、エレナの怒りと困惑の感情が強まった。

(今度は何。どうしてユートばかりが……)

 嫌な汗も出てきて、震えが止まらなくなる。

「さぁねっ。これにてミルン劇場は閉幕だよ~ん」

 明らかに現在の状況を楽しんでいるミルンが、舌を悪戯っぽくペロッと出す。

「いいから教えなさいッ。ユートがどうしたっていうのよッ!?」 

 冷静さを失い激昂するエレナへ、今日一番に意地悪く口元を釣り上げたミルンが、

「フフ、知りたいのなら教えてアゲル。ミルンと、お人形さん達に勝ったらねッ」 

 不意打ち。
 ミルンはヤスケールに預けていたファズと杖型の聖遺物マカブラをもぎ取り、突として戦闘開始を告げた。
 当然エレナは反応が遅れる。やられた。真偽はともかく不意をつくために弄ばされていたのだ。
 慌てながらもアルケーレスを構える。

「――えッ!?」 

 刹那、自分の目を疑うような出来事が起きるとは。

「はえッッ」

 ミルンは後方から突然現れた「灰色のマントを纏った何者か」により「何らかの攻撃」をくらって吹き飛ばされたのだ。
 棍棒でらしきもので打撃を受けたようだった。人の蹴りや殴りでは決して出せない威力――得物は何も持っていないかのように見えたが、灰色マントは確かに「透明な武器」を握っていた。
 護衛のヤスケールでさえ気がつかなかった。闇の生き残りは円柱へまともに直撃し、倒れ伏した。

「はが、が」

 だが死んではいない。気を失いそうになりながらも、聖遺物は展開したままだ。
 ヤスケールをはじめとする死者と生者らが、奇襲してきた灰色マント目掛けて一斉に突進する。
 だがは大男らを軽やかに避けてエレナの方に飛んできた。
 フードで頭をすっぽりと覆っており顔が見えにくかったが、不思議と敵意は感じられない。
 予想だにしない事態が連続し、呆気にとられ一連の流れを眺めるしかなかったエレナだが、ある確信が生まれて口元に小さな笑みがこぼれる。
 余裕を取り戻し、好機を無駄にしないためまずは行動に移る。
 最初に左側へいる死者の軍勢へ火炎噴射。朽ち果てた者達が瞬く間に炎へ包まれていく。

「はぁッ!」

 そして矢継ぎ早に右手を地に当てた。
 目標右側、ファズで操られている人間達とミルン。
 凄まじい音を立て、床の一部分が激しく割れて崩壊。
 粉塵が発生し、人間達が床の瓦礫や列柱と一緒に、死体の山が広がる一階の大広間へ落ちる――が、本命までは仕留められず。
 ヤスケールがミルンを抱きかかえたまま、アルケーレスの攻撃範囲内から脱出。
 上出来だった。大技を使用したためかなりの体力を消耗したが、敵戦力を一気に殲滅した。
 横には救世主となった灰色マントが宙を漂っている。そしてマントの下の露わになった武具と幾何学模様の鞘を確認した瞬間、謎の人物が彼女にとって希望の光に変わった。
 エレナの艶やかな唇が自然と緩む。

「ユウ、なんでしょう?」

 問うと灰色マントは透明な得物を鞘に納めた後、肯定の意を示してか透明なフードの中に隠された素顔を見せた。
 あどけなさが残る顔つきだが、一年前と違うのは様々な経験を得て人として大きくなった余裕が感じられる。身体各部にあてた防具は昔そのまま。赤色髪をポニーテルにした童顔の騎士少女、ユウがそこにいた。 

「ご名答。久しぶりだね、エレナ。会えて嬉しいよ……わわっ」

 深い暗闇に降り注いだ出会いという奇跡。エレナは復活してから片時も忘れはしなかった。
 ユウが言い切る前に、エレナはその小柄な身体をぎゅっと抱きしめる。
 頬と頬も摺り寄せ、一年振りに親友と再会する歓喜の気持ちを表した。

「ユウッユウッ。助けてくれてありがとう! わたしはあなたに。あれ、あなた――なんでここに?」 

 不思議だった。明日に会うとカリウスからは聞いていたのだ。流しそうになった涙が止まる。
 ユウはエレナの様子を察して、

「言いたいことはわかるよ。まぁ簡単に言えば、明日行うはずだった計画が失敗した弟子達を追ってきたって感じかな。勿論、一杯喰わされたのはあたしもだけどね」

 簡潔に現状を明かした。
 エレナの疑問は早々に解ける。最早計画は崩壊。最終手段としてミルンを討つしかないと。

「あなた、それを知ったから単独で先に城へ侵入してたの?」
「当たり。けど当初は流石に下見だけだったんだけどさ、重要な話が飛び交って動くに動けなくなっだんだ。君が来る前から奴らの話はずっと聞いてた。聖遺物のせいで時空を飛んだやら仲間がどうやらと……うん、何がどうなろうが驚かないよ。エレナと友達になってからはね」

 ユウがお手上げとばかりに苦笑した。

「我ながらそうだろうとは思うわ。試験で仲間が使った支給品の不具合でわたしとアイツがこの時代にいるみたいなの。んで奴はもっと色んな事情を隠してる」
「完璧にとばっちりだね、難儀にも程があるでしょ……ま、詳しい話は終わってからじっくりとね」
「そうね、ヤスケールも動いてるし。無駄にタフなんだから」

 共に敵を一瞥した。
 心を捕らわれたままの黒人戦士は、吐血し続けるミルンを玉座に座らせて、独特な剣を片手にエレナ達と相対した。
 エレナは先手必勝に水のナイフを繰り出そうと右手を翳すが、

「え……」

 ユウが片手で制した。
 彼女はエレナに振り向き、凛とした表情を見せる。

「君は疲れてるでしょ。任せて、ヤスケールはあたしがやる」

 実際問題、エレナの疲労はピークに達していた。
 問題なしと思いきっていたのは甘かった。昨日目を覚ましたばかりで道中から城内までの聖遺物の酷使、身体に負担がかかり過ぎだ。

「そうね。お言葉に甘えて、ここはユウに任せるわ」

 エレナは熟考した結果、ユウの判断が正しいと手を下げる。
 ユウはそれに微笑み、再び透明な得物を構える。
 決闘が始まろうとしていた。



[43682] 第38話 リベンジ
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/08 22:26
天災で倒壊したかのような有り様である玉座の間の中央へ向かうユウは、エレナと出会うまでの軌跡を思い返していた。 
 母国、デューン王国で騎士団長を務めていた父を持つユウも剣の才に秀でていたが、あまり親子仲は良くなかった。過酷な鍛錬に耐えきれず、父に反発する形と世界をこの目で見て回りたいとの理由で旅に出たのだ。

(助けてもらったのはこっちだよ、エレナ。君との出会いは運命以外考えられない)

 そして隣国の非情な政策に巻き込まれた最中に伝説的存在でしかなかったエレナに助けられ、紆余曲折を得て彼女と「友達」となり、世界創造神話が現実のものだったと知った。
 エレナがその登場人物であったことも――
 そうして壮大な計画を実行するため母国に帰ろうとした矢先に、飛ぶ鳥落とす勢いのハルバーン王と争おう事態になるとは思いもしなかったのだ。
 しかも王をけしかけたミルンという女は、エレナ同様約百年現世を彷徨っていた闇の勢力の生き残りだという。

(人生何が起こるか想像もつかない。まぁでも、ミルンを倒せばエレナは神様になれるのは確かだ)

 回想終了とシンプルな道筋確認。
 そのためにはまず、目の前の者を倒さなければならない。
 こちらの出方を疑うように立ちつくす大男、ヤスケールが間合い寸前で足を止めた。近くにある玉座の後ろには、絶痛の影響か気絶寸前のミルンが寝かせられている。

「君とも一年振りだ。あの時のあたしはボコボコ寸前だったけど、あれからちょっとは強くなったんだよ?」
『……』

 語りかけるも無視。 
 男は返答代わりに専用の鞘の中から刀身が反った長剣を取り出す。
 ぎらぎらと光る剣先をユウの目に向けて構えた。いつでも攻めてこれるだろう。

(変わった剣だな、アレで戦うのか。あの物騒な聖遺物はまだ温存するのか。それとも操られてるそうだしミルンの指示で行使するんだろうか……まるで読めないな) 

 対峙するユウは冷や汗を額に滲ませながら思考する。

(あの化け物と再戦する覚悟をして挑んでるっていうのに。燈火を触媒に発現させる気配もない。もしやあいつ、聖遺物を使わなくてもわたしに勝てるって余裕の表れか)

 操り人形の真意がわからず混乱するが、それでも戦うしかない。

(聖遺物を使わなくても奴は達人だ。この一年で自分と向き合って鍛えた成果をみせてやる)

 意気込んだ後に虚空を宿した彼へ注目したユウは、ある点に気がついた。

(って――あれ!? 右耳にピアスみたいな聖遺物をつけてないぞ!)

 驚愕。目を白黒とさせた。
 彼はそもそも獣人に変身するための例の聖遺物をつけていなかったのだ。

(何故。奴はあたしだけじゃなくエレナとも丸腰でやりあおうってのか。さっきは間をとって割り込んだけど、あたしがいなかったらエレナと戦う流れになるとミルンも想定していたハズ。聖遺物なしでエレナと戦うなんて無謀とわかっているだろうに)

 指示している闇勢力の生き残りは後方で激痛に打ち震えているようだ。
 ユウはぶんぶんと首を振って再度思考を閉じ、これから始まる戦闘に集中する。

「化け物になろうがならまいが、どうでもいい。ヤスケール! 先に言っとくけど、どんな手段を使ってでも絶対君に勝つからね――いい? 準備ができたなら、勝手に始めるから」

 決闘の宣言をするかの如く厳かに言い、スピカを抜いたユウは先手をとった。

(奥の手として聖遺物を隠している可能性もあるから、使われる前に速攻で倒す!)

 床を全力で蹴りあげて加速を増したまま突撃。
 聳え立つ巨漢を、透明なスピカで突き上げようとする。
 騎士団長は形状不明なユウのスピカを手首を曲げるだけで器用に跳ね除けた。
 激しい金属音が響く。
 相手は異国出身。使用する剣もだが、構え方から振り方まで大陸剣術とは違う。
 無駄な動作を省き洗練された独特の動きは、操られているとはいえ健在のようだ。

「はぁぁぁぁぁッ」

 怯まない。
 ユウは雄叫びをあげ、片手に持った剣で突きを連打。栗色の髪が揺れる。
 急所を狙うが、無駄のない動作で的確に防御、回避される。

(流石だ。操られていても一年前と同じくわたしの手元や握り、振りの動作を見てスピカを完全に防御している)

 簡単に隙を晒してくれない。
 透明な得物だろうが相手には関係なく、剣筋やクセでさえ読まれている。

(ガルナン王国騎士団長、やっぱり聖遺物なしでも強い――けど、もっと速くすればどうかな?)

 だからどうした。
 限界を超えて、敵が避けるより速い速度で突けばいい。
 掲げるだけなら簡単な信条。だがユウは幼少から大真面目に「だれよりも速い突き」を目指して父親からのスパルタ鍛錬を受けてきた。
 赤髪聖人少女が跳ねる。
 より速く。避けるより先に突く。スピーディーに。反撃の余裕を与えない。
 それは透明な棍棒であろうが何だろうが変わらないのだ

『……』
「クゥッ!? うぁっとッ!」 

 それも相手が明確な格下であれば、上手くいくのだろう。
 ユウがヤスケールの剣の持ち手を打突しようとするが、その一閃を強引に返す。
 同時に間合いも詰め、一気に攻めへ転じてきた。逆の立場にとって代わられた。
 その膂力を生かした鋭く重い一撃が、次から次へと繰り出される。

(当たったら死ぬ! 一発で死ぬ!)

 極限の緊張感。
 ユウも負けじと小柄な体躯からなる超人的な素早さで、追ってくる死の足跡ような剣筋を紙一重で避け続ける。

『……』
(あぐッ! 重い競り合いは駄目だ負ける――ッ!) 

 頭上に振り上げてきた剣を、ユウは止むおえなく流すように受け止めるが、比べるのも馬鹿馬鹿しくなる腕力差に耐え切れなかった。間一髪で横っ飛びの回避行動を選択。

「キャアッ!?」

 だが、そこへ待っていたようなヤスケールの突進を受け、硬い床に叩きつけられた。
 背中から腰にかけての張り裂けそうな痛みから逃れようと、ユウが転げまわる。

「ユウッ!」 

 エレナの悲鳴。
 その声が耳に入った瞬間、ユウは絶痛へ負けそうになる自分を一喝し、現状を打開すべく迅速に立ち上がろうとする。

「まだまだ――ひぐッ!」

 が、青ざめた。敵がユウ目掛けて飛んできたのだ。
 体勢を瞬時に整えて、ギリギリのタイミングで後退。
 ユウが寸前までいた場所――喉の位置であろう箇所にはヤスケールの剣があった。
 あと少し遅れていたらと考えると、背筋がゾッとする。
 そして荒い息を吐きながら、更に距離をとった。

(化け物め。ウチの力自慢の騎士達ですら相手にならないだろう)

 技術だけではない。ヤスケールの圧倒的なまでの剛力が二人の実力を線引きしていた 
 ユウが持ち前の身軽さで攪乱しようとも、それだけでは力の差を到底埋められない。
 もはや女性と男性という問題ではない。黒く光った筋骨猛々しい体躯が、ユウの前に立ちふさがる――

「ユウッ。やっぱりあたしもッ」 

 声が枯れる勢いで叫び共闘を申し出ようとしたエレナだが、疲労が身体を蝕むんでいるためにアルケーレスを翳す体力さえない。

「全然大丈夫だよッ、エレナ。あたしは勝つから、信じて待っていてッ」

 精一杯の元気を声高に叫んで伝える。
 彼女に心配はかけたくなかった。身体のあちこちが軋んでいようが、ユウの丸く大きな瞳から戦意は消えない。

(こんなの最初から想定していたよ、化け物にならないのが嬉しいくらいさ。エレナや成長したカリウスとルイに会えるんだ。ミルンに世界を渡さない。未来を掴む、あたしは絶対に負けない!) 

 後方で固唾を飲んで戦いを見守る親友と、違う場所で戦っているだろう弟子達が力をくれる。
 じりじりと近づいてきたヤスケールへ再度、勇猛果敢に突っ込む。

「もうスピカの特性も君には関係ないだろッ。聖人じゃなく、剣に生きる騎士として君を倒すッ!」

 啖呵を切った後、スピカ自体をうねらせるかのようなトリッキーな動作。
 敵の判断を鈍らせて攻撃を仕掛け――

「なんてねッ!」
『……ッ!?』 

 そこへ蹴りを織り交ぜた。
 ヤスケールは不意をつかれたか、少しだけバランスを崩す。
 逃さない。ユウが一点集中で首や銅、脚までもかかんに突く。

(いけるッ! あたしが押してるッ!)

 すぐに持ち直したヤスケールは、軽い動作で突きを寸前で避け続けた。
 大柄な体に似合わない華麗な身のこなし、力一遍に頼り切ることもなく戦う厄介な剣士。ガルナン王国の矛を束ねる将たるゆえんだった。 
 しかし――

(勝機はある。あたしはまだ必殺の一撃を隠しているんだから。でもまだだ、まだその時じゃない)

 ユウは長期戦を見通して様々な策を考えていた。
 中でも一番決定打を与えれるモノを使うタイミングを計ってはいるのだが。

『……』 

 ヤスケールが反撃にと、空気を切り裂く勢いで斬り込んできた。
 それが、珍しく大味な大振りだったのだ。

「おぉッ!?」

 想定外だが千載一遇のチャンス。
 ユウは咄嗟にしゃがみ込み、下から胴体を突き上げる。

『……ッ!』
「くそッあと少しだったのに!」

 惜しい。
 ヤスケールが反射的にのけ反り、僅かに急所から外れてしまった。
 右肩を深く貫くだけに終わる。しかし、会心の一撃には変わりない。
 ヤスケールは大きく宙返りして間隔をとる。傷は抑えずに、両手で剣を構えたままだ。

(でも、完璧に操るのは無理なようだねミルン。確かに強いけど動きに本人の意思が感じられない。生きている者が出す覇気や熱がないんだ)

 戦いの最中、使用するミルンが聖遺物の力を引き出せていないことを見破るユウ。
 戦闘補助系の聖遺物の使用には、本人の適正が一番重要なのだ。

『……』

 そして、どういう意図だろうか。ヤスケールが突然鞘に剣を収めたのである。
 次に柄を握りしめて中腰になったまま、沈黙を保ってしまったのだ。

(お次は何だ。まさか隠し持っている聖遺物を今になって使おうをしているとか……でもコイツ、正々堂々と一発勝負を望んでるような気がする)

 操られてしまった彼の、ささやかな抵抗なのかもしれない。

「やっぱり、心までは完全に操られていなかったか」

 ユウの口元が高揚で緩む。
 一瞬で決まる勝負への誘い。胸が「別の意味」で高鳴った。

「受けて立つよ。狙いがあるのは互い様。デューン王国剣士ユウ・アンセム――参る」

 スピカの先をヤスケールに向け、騎士として改めて名乗りを上げる。
 待ってましたの展開だったのだ。「奥の手を」使うための。
 敵の狙いがなんだろうと、ここは賭けるしかない。

「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 身体の痛みを無理やりに我慢し、全速力で向かった。
 ヤスケールは案の定、抜刀する瞬間を見計らっているようだ。

「決める。君は一回だろうが、あたしは何回も!」

 満を持しての飛び道具使用。
 ユウは懐から短刀を数本取り出して、立ち尽くすヤスケールへ狙いを定めて投げる。
 事前に宣言もした、卑怯とは言わせない。命の取り合いをしているのだ。
 するとヤスケールは目にも止まらぬ速さで抜刀し、短刀を全て切断した。

「これで御終いだよッ」 

 ユウは最後に粉が入った小瓶を放つ。
 ヤスケールは反応し、パックリと一刀にてスライスするが、

『……ッ!?』 

 なんと中に入っていた粉が傷口にも降りかかった途端、剣を手から離してのた打ち回ってしまった。灼熱の痛みがヤスケールを襲う。

(切ってくれると思ったッ!)

 ユウは間合いへと楽々入る。勝負の行く末は決まったようなものだ。

「結局最後まで聖遺物は使わないままだったね。遠慮してくれたのか分からないけど、助かったよ」

 ありったけの力を込めて、スピカの柄部分で後頭部を叩いた。
 これにはさしものヤスケールも、耐え切れない。
 バランスを崩して大広間へと転落した。
 勝者は得物を数回振るい、ベルトに取り付けられた幾何学模様が刻まれた鞘へと収める。

「ユウッ! やったじゃない!」

 後方からエレナの歓声を受けたユウ。張り詰めていた緊張が消失する。

(勝ったんだ、あたし。本当は正攻法で勝ちたかったけど……まぁいいか)

 ついでに身体の痛みが各所に戻り、不覚ながら膝から崩れた。

(またエレナの笑顔が見れたんだ。武器だけじゃなく、色々と持ってきておいて良かった)

 ユウ・アンセム。再戦は辛くも勝利。

 勝因となった粉はデューン王国原産の植物だった。

(ヤンヤヤ草って植物のすり潰しだよ。肌に染みるとヒリヒリするんだよねぇ、アレは)

 ヤンヤヤ草は触れただけで、その箇所が焼けつくような感覚に見舞われるのだ。



[43682] 第39話 BELIEVE
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/09 23:03
「見事な戦い振りだったわ、ユウ」

 ユウの元へと駆け寄ったエレナは、安堵と歓喜が重なった表情を見せた。

「純粋な剣技じゃ敵わないから奥の手を使わせてもらったけどね。ファズの操りを完全に受けているようじゃないし、正々堂々騎士精神で来たから上手く引っかかってくれたよ」

 座り込んだままユウが苦笑する。勝負は時の運であることを実感していた。

「あなたは生きてここにいる。それだけで十分だわ」

 エレナは心からホッとしたように言う。
 そして、ユウに右手を差し出す。

「だね。死んでは元も子もないもん。どんな手を使っても生きなきゃね」

 ユウは差し出された手を取って立ち上がる。

「よっと。けど妙だなと思ったことがあってさ」
「えぇ。奴が聖遺物を使用しなかったことでしょう」
「エレナも気がついてたか。変身能力を何故か使わなかったんだ」

 倒れたヤスケールを訝しげに眺める二人。

「ミルンが指示できない状態になったから支給品を使用できなくなったのか、それとも何か考えがあっての――ってあいつ、そもそも右耳にアレがないじゃない」

 考察の途中で気がつき、驚くエレナ。
 ユウは再度、ヤスケールをまじまじと観察する。

「そうなのさ。隠していたのかどうかわからないけど、奴はつけていない」
「でもあいつ上半身裸だし、下の服にも隠せるような箇所があるとは思えないけど」
「うん、そんなことしたら戦いの最中落としちゃうかもだし、んな間抜けなマネはしないでしょ」
「そうね。じゃあ怪しいのは――やっぱアイツか」

 互いの視線はどちらともなく玉座に注がれた。
 力なくだらりと煌びやかな椅子に身を預けるミルンは、いまだにうめき声をあげている。

「ああやってこちらの様子を窺ってるんでしょうね。あのまま輪廻の輪に送ってやりましょうか」

 エレナが苛立たしげに呟き、ユウが頷く。
 二人は神経を張りつめながら、玉座へと歩を進めた。
 その時だった。ミルンが上体を戻した。玉座を支えにして、のそりと立ち上がったのだ。

「エレナッ」
「えぇ!」

 エレナとユウは瞬時に戦闘態勢をとった。
 爛々と輝いた真紅の瞳は健在。
 そして彼女は豊満な胸元の中に右手を突っ込むと、

「ふっかちゅ。おチビちゃん、ナイスファイトだったね。ご褒美にコレを使って戦ってあげる」

 あるモノを出して見せた。

「ヤスケールちゃんのモルだよん。彼が快く女王であるミルンに献上してくれたプレゼントッ」

 独特の狂気のハイテンションで歌うように説明するミルン。

「やっぱりお前が持ってたんだなッ」
「そんなことだろうと思ってた。ファズで操って無理やり継承させたんでしょ」

 ユウとエレナがそれぞれの聖遺物を構え、侮蔑の視線でミルンを刺す。

「そうだよん。ミルンにとっても最後の試練である君たちに敬意を表して、本気で戦ってアゲル」

 射られたミルンはゾクゾクとエクスタシー感じながら悶えると、地の底から這うような声で言った。そして邪悪な色を帯びた瞳は右手に掲げたモルに着目する。

「終わりだよ、君ら。ヤスケールのワンちゃんよりも比べモノにならないくらい強くなるからね」

 圧倒的自信からの宣言。

「はぁぁぁぁぁぁあああああッ!」

 聖痕を体現さえ、夥しい数の灯を発現させるミルン。

「なんて数ッ――させるかッ!」

 得体のしれない危険な予感を感知したユウが、今度こそ引導を渡すべく地を蹴り上げた。

「駄目よユウ! 焦ってはダメッ」

 敵の底力が未知である現状、先手必勝は悪手になると判断したエレナが、ユウを止めようと手を伸ばす。

「心配無用! 奴が変化する前に終わらせるからッ」

 いきなり攻撃するなと言われても遅い。
 スピカを振り下ろし、ミルンの頭部を捕らえる直前――

「エヘッ。舐めすぎだよ小さな勇者さん」
「なッ!?」

 否。小さな手が透明なスピカの見えない先端をがっしりと掴んだ。
 しかもユウはそのまま持ち上げられて、

「ぐッ! は、離せッ」
「図に乗るな。変身が終わらずとも君を殺せるくらいには不自由ないんだよッ」

 エレナに狙いを定められて投擲された。
 両名、悲鳴を出す間もなく激突する。

「あぐッ」

 そしてユウはエレナとぶつかった挙句、露わとなった下の階の、瓦礫と死体の山へと落下していった。

「あ、くッ。ゲホッ、ユウ、ゲホッ。ゴホ。ユウ」

 吹き飛ばされたものの落ちる寸前で済んだエレナだが、激突の衝撃に激しく咳き込む。
 刹那。ギギギ、と何かが大量に突き出る耳障りな音が部屋中に響く。
 異変とミルンの様子を確認するべく上体を起こした瞬間、エレナの瞳が戦慄に染まる。

「きた、きたよ。完了だぁ、身体中が一気に暖かくなってキタッ!」

 うざったいまでに甘ったるい声色は低すぎるまでにくぐもっていた。
 服が破れて身体全体の肉が膨張していく。豪華なドレスがビリビリと破け、グラマラスな体系が、人とも獣とも結びつかない邪悪なモノへと変化。
 顔は獣や昆虫を合わせたかのようにグロテスク。左手には長く鋭い爪が生え揃う。右手は筋肉が肥化。まるで丸太だ。足は巨人を思わせるかの如く太い。

「女神エリアルを凌ぎし、神サマ候補生闇陣営随一の天才ミルン。これより参るんッ!」

 悪魔の化身が痛々しいポーズを決めて、エレナへと向かい合った。
 長い沈黙が流れる。

「ッ!」

 しかし均衡を破ろうと、エレナがアルケーレスで攻撃するために手を翳した。
 印を出現させ、水のナイフを量産して次々と飛ばすが――ミルンは少し身体を貫かれただけでは怯まず、一気に距離を詰めてきた。

「――ぐぁッ」

 そして、肥大した筋肉の塊となった右手でエレナを握り締めたのだ。
 細身の身体がすっぽりと入る大きさだった。エレナは必死にもがくが、びくともしない。

「ちょっぴり当たっちった。不意打ちメンゴメンゴだよぉ~。エ、レ、ナァッ」

 ミルンが異形の顔を圧迫のあまり苦しそうに顔を歪めるエレナへ必要以上に近づける。

「つぐぅ……」
「長~い百年間だったねぇ。お互い、真実を知る前にいっぱい地上の民を殺してきたもん。苦労したよね寂しかったよね、どうしてコンナ目にって感じだったよね。まぁミルンは不器用なエレナと違って出身や歳を偽り続けてきたしぃ……え?」

 エレナが噛み切ろうと抵抗するも、ミルンの昆虫のような瞳が狂気を宿す。

「あぐッ……ッ!?」
「イキすぎた愛情表現は誤解を招くよぉ。おしおきだね……大丈夫、簡単に死んだら面白くないから加減するよんッ!」

 握力が大幅に増した。エレナの上半身の骨が軋む。

「あぎ、うぐぅッ」

 ミルンが、絶痛のあまり歯を食いしばって耐えることしかできないエレナの耳元で、

「焦らしちゃってゴメンね。じゃあお待たせしました。ユートの秘密、教えてあげるぅ――ヒント、輪廻転生」

 意地悪い声で囁いた。戦闘開始以前の会話を再開させたのだ。

「君も神サマになろうとしたモノなら輪廻転生の仕組みを勉強したでしょう。天上界が創造した世界では生命は一度朽ちようとも、必ずその世界の何らかの生物に生まれ変わる。何度でも魂の循環を繰り返すんだよ。それはミルン達も例外じゃない」

 エレナ達もその輪廻の輪には組み込まれている。
 試験へ参加した最初から、その仕組みは頭の中に入っていた。
 けども何故ユートの件で輪廻転生が出てくるか、ミルンの意図が理解できない。

「……ッ!?」
「意味不明って顔してるね、鈍いなぁ。実はね、昨日から君のそばにいた人の中にユートの生まれ変わりが、いちゃったりしてっ」

 ミルンが大きな口を釣り上げて、真っ黒な歯を見せた。
 告げられた真実。エレナには誰だかわかってしまった。心臓が激しく動悸する。

「カ、リ、ウ、ス!?」

 か細くも、確かにその名を呼んだ。
 そばにいた男。その人以外いるワケがない。

「大正解。言っとくけど嘘じゃないかんね。ミルン、死ぬ間際の人には親切なんだ。せめてもの情けってやつ?」

 ミルンが自身に満ち溢れた様子で、醜い肉塊と化した胸を張る。
 慢心しきっている。もはや勝利を確信していた。
 荒唐無稽。それでもエレナは、心の何処かで信じそうになる。

(カリウスが、ユートの……顔は似てたけど。そんなワケが。けど、でも、でも……)
『約束するよ。僕らはまた、きっとどこかで巡り合えるさ。さよなら、エレナ――』
(あなたが残した言葉を、聞いたから)

 ユートの言葉が頭の中で響いたのが決定打になった。
 エレナの紫水晶の瞳から、大粒の涙がとめどなく流れ出た。
 そして想像を絶する情報で心を弄ぶミルンへの、憤怒の炎が心を駆け巡る。
 力では適わなくとも、目を鋭くして睨みつけることでしか抵抗できなかった。

「アンジェちゃんもそういう風に見てくれてたっけ。じゃ、満足したろうし、死のう?」

 残酷な一言の次には拷問再開。
 五体が砕けんばかりに、じわじわと圧力を掛けられる。

「うぁぁっぁああッ!? あ、ぐ、あッ」
「ミルンが誰から教えて貰ったかは知る必要はないから。だって死んじゃうしね。ばーい、エレナ。次に会う時は闇の中で羽ばたく虫っころになった時だねッ」

 意識が飛んでいく。
 最後に浮かんだのは、復活してから行動を共にした二人とユウの顔。

(カリウス。ルイ、ユウ……ありがとう。そして、さようなら)

 命運が尽きるようとしている。エレナは素直に死を受け入れようとするが、

『エレナッ』
(え? 今、誰かが確かに私を呼んで――)

 誰かがどこかから自分の名を叫んだために、一筋の光を信じる気力が微かに湧いた。

「あ? えグウォォォォォォッ!?」

 想いは救われる。
 誰かがミルンの脳点をかち割ろうと改心の一打を加えたため、エレナは解放された。
 まだ生きてる。誰かに抱き上げられている。その人は――

「か、り、う……す」

 カリウス。
 彼は、爆発直前の静かな怒りに振るえていた。



[43682] 第40話 微睡の中へ
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/15 23:33
 時はアンジェ戦終了後まで戻る。
 戦いを終えたと同時に、カリウス達が戦っていた廊下の向こう側から、何かが倒壊したような凄まじい音が轟いてきた。
 エレナがアルケーレスの力で、二階の床を砕き割ったのだ。
 戦闘が始まっている。それでもカリウス達はすぐには向かえそうもない。
 まず、ルイの脇腹の怪我が酷い。骨を折ったのだ。
 これがアンジェがカンナビを受けずに無傷の状態での一撃だったら、命はなかっただろう。
 そして、リウス自身も全力を出し切ったため、体が思うように動かせない。
 今行けば、確実に足手まといとなる。
 二人がとった判断は――カリウスが先にコクーンによる回復術式を受け、彼だけがエレナの元へ向かう。ルイは自身の治療のためこの場へ留まり完了次第、後から行くと。
 そうして少しでも疲労を回復したカリウスが、エレナの援護へと駆け出した。

(大分時間がかかっちまった。急がねぇと)

 木材の破片や埃まみれ廊下の奥は、瓦礫で埋まり入れない。
 そこで、二階に向かうため螺旋階段を上ろうとしたのだが、

『?????????????????????』
「うぉッ、んだよこの声はッ!? 動物、じゃねぇよな」

 カリウスが、今までの人生で聴いたことのない邪悪な声が二階から響いてきたのである。

「ヤバイ感じになってるみてぇだな。急がないと!」

 エレナに危機が迫っている。嫌な予感は確信に変わっていた。
 螺旋階段を数段飛ばして上り、カリウスは玉座の間へとたどり着いた。 
 彼は、最初に目に入った光景を理解する前に、

「おいおいおい、エレナさんに……」

 ぷつん、と理性が弾けた感覚へ支配され、

「エレナさんになんてマネしてくれてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 考えるより先に足が、手が動いた。
 ストラトを硬質化させ、エレナを握り潰そうとしているワケのわからない醜い化け物の頭を猛打。
 そして、魔の手から離れたエレナを抱きかかえたのである。

「あえグウォォォォォォッ!?」

 化け物は何回か横転し、玉座を巻き込んで後方の壁に激しく激突して仰向けに倒れこんだ。 
 カリウスは怒りが収まらず、化け物をもっと袋叩きにしてやりたかったが、

「クソッ。エレナさん! エレナさん!」

 エレナの容態確認が優先のため、なけなしの冷静さを取り戻したのだ。

「カリ、ウス」

 消えそうな声で名前を呼ばれる。
 カリウスは心からほっとした。
 そして、部屋の奥で悶えている化け物を刺すように睨む。

「あれ、が、ミルンよ」

 エレナが震える指で化け物――ミルンを指差した。

「ミルン女王、あの気持ち悪いお化けみたいなのが!?」 
「聖遺物、モルの力。持ち主の心持ちによって、姿形を変える聖遺物をヤスケールから継承していたの。気をつけて。手ごわい、わよ」

 醜くおぞましかった。まさにミルンの心を具現化させたようなものだ。

(マジかよ。でもあの姿――夢で見たことがあるぞッ)

 そして、カリウスの夢の中にでてきた闇勢力の男が使用した聖遺物でもある。

(夢がイマと繋がってる……だとしたらどうした、受けて立ってやる。ハッキリしてるのは、あんな歪な心を持った奴を絶対神様になんかさせねぇってことだけだ!)

 ミルンを倒さずしてルアーズ大陸の明日はない。
 しかしどう戦うか。
 不意打ちは当たっが、正面からぶつかって勝てるのだろうか。
 カリウスが対抗策へと思考を巡らせた、その時。

「はぎぁぁぁっぁぁ痛いッて! らめぇぇぇぇ頭がバカになりゅゆゆゆゆゆゆゆッ。駄目だって終わるの早くなっちゃうでッあの苦しみだけはぁぁッ!」

 ミルンが頭を抱え、喚き散らしながら起き上がったのだ。
 近くの列柱へ身体を何度もぶつけ、燭台等も破壊している。

(目覚めやがったか。もう小細工なしに戦うしかねぇな)

 カリウスは覚悟を決める。
 そして戦いへ赴く前に、エレナへ語りかけた。

「ここにいて下さい。俺はアイツをぶっ倒しに行ってきますので」
「う、ん。カリ、ウ、ス。一つだけ、聞いて」

 エレナが縋るような眼差しで見つめてきた。
 カリウスは黙って頷き、一生懸命な唇が動く瞬間を真剣な面持ちで待った。

「死なない、で。どうか、生きて、帰ってきて」

 自然と力が湧き上がってきた。
 想いを聞き終えたカリウスは、入り口近くの列柱の陰に、エレナの身体をそっと寄りかからせる。

「大丈夫ですよ、エレナさん。俺は絶対に死んだりなんかしません」

 そう囁き、後は振り返らない。
 実はミルンとどう戦うか考えている時には、カリウスの悪い癖である臆病風が出ていた。 
 怒りが脳内を占拠していた状態が解け、代わりに恐怖心で心が縮んでいたのだ。
 長すぎる左手の爪に太すぎる右手。攻撃を一度でも喰らったら致命傷は免れないだろう。

(あんな怪物と戦うのは怖い。死んじまう可能性大だろ――けどッ!)

 エレナの言葉のおかげで恐怖は吹き飛んだ。
 若者はいざ、ミルン討伐へと走る。

「ミルンッ。エレナさんが受けた痛み、万倍にして返してやるッ」
「神になるために自分の国までも欺き利用したお前の横暴、許さない!」

 幻聴だろうか。
 聞きなれたハスキーな声色が途中から聞こえてきたので、隣へ視線を泳がすと、

「な、なな、なッ、ウォォォォユウさんッ!? あなたがどうしてここに!?」
「カリウス、ルイはどうしたのッ。戦いは終わったんでしょッ?」

 ボロボロな服装に擦り傷だらけのユウが並走していた。
 夢幻ではない。カリウスは仰天して転びそうになったが持ち直す。

「何でここに。別任務にあたってたんじゃッ――」

 困惑しながらも説明を求めるが、

「エレナにも言ったけど詳しくは全部後からッ。それよりルイはどうしたのさ、戦いはもう終わったんだよねッ」

 それよりの一言で片づけられる。
 彼女にとっては味方の現状を知る方が大事だった。
 疑問は山ほどあるが、カリウスはあれこれ考えるのを止めた。
 戦闘に集中しなければならない。今は事実を受け入れるのが先決だ。

「それが――ルイはコクーンで怪我の治療をしてて、もう少しで来ますッ」
「おっけ! じゃあカリウス、二人でミルンを叩くよッ。奴は騎士団長の聖遺物で化け物になったんだッ。使用者が違うからか、団長の時より厄介そうな姿になったんだけどねッ」
「その通りですッ。アレは持ち主の心持ちによって姿形を変えるそうで。エレナさんが教えてくれてましたッ」
「――ほぉッ。どーりでキモいもんね。んじゃ、先に頼むよッ」

 初の共闘へカリウスの胸が鳴る。互いに敵への攻撃体勢へ入った。
 虚ろな目で動悸するミルンへ、

「どぉぉりゃやややややッ!」

 まずカリウスがストラトを軟体化させて伸ばし、異形の頭部をぐるぐる巻きに縛った。

「何だよょぉぉッ!? 前が見えないッ!?」

 ミルンはまたも恐慌状態に陥る。

「ナイスカリウス。くらえッ」

 狙い通りとユウ師匠が飛び跳ねた。目標はミルンの腹一点だ。

「ハギィッ!? アガガガガガガガガガガガガガガガッ」

 一突き。二突きで腹部を貫いた。続く、まだ続く。
 ミルンの返り血を浴びながら、常人では見えぬ速度で大きな的を刺し続けた。
 速攻であった。もはやミルンはピクリとも動かない。

「よっと」

 ユウは体力の限界がきたのもあり、攻撃を途切らせてミルンから降りた。

「ふぅ、こんなもんかな」

 弟子に片目を瞑って見せる。カリウスは手を上げて喜んだ。
 ストラトを元の長さへ戻して軟体化を解除。疲労で片膝をついたユウの元へ駆け寄る。

「すげぇ。やりましたねユウ師匠。あっという間でした! ちと、拍子抜けでしたが」
「やけに歯ごたえがなかった。あの時感じた悪寒が嘘みたいだ。いくらなんでも、段違いに弱すぎるような気がしないでもないけど」

 全力を出し切ったユウが剣を支えにしながら、煮え切れない様子で言った。
 確かに弱すぎるが、自分の初撃が決定打になったのだとカリウスは思う。
 一応の確認のために近寄ったが、

「絶対死んでますって。これで立ったらマジモンの化け物ですよ」

 やはり死亡しているとしか思えない。
 緊張感もすっかりとなくなり、ミルンの巨大な体躯を何度も蹴った。
 だがカリウスは、ユウがぎょっとした顔のまま自分を見ていることに気がつく。
 どうしたのかと心配して向かおうとするが――

「ユウ師匠? 喋れないくらいどっか痛いのか。そっちに行きま……」 

 刹那。
 大きな影に覆われた。まさかと、カリウスは恐る恐る振り返ると、

「ち、ちぬところでした。もたない。戻っちゃう。苦しくなっちゃうよぉぉ」

 血が噴き放題の腹を両手で抑えたミルンが、上半身を起こした。
 戦慄。
カリウスは震え、次にとるべき行動を思案できずにいた。

「カリウス――早く逃げろッ!」

 ユウが喉を振り絞り、やっとのことで声を吐き出した。
 カリウスはやっと我に返り、逃げるため足を前に進めようとする。

「よくもやってくれたねん!」

 が、逃がさんとすべくミルンの鉄拳が放たれた。
 カリウスは反射的にストラトを硬質化させて、自身を隠す盾を作成する。

「うわぁぁぁぁぁッ」

 直撃は免れたが盾は粉砕。
 そのまま衝撃で飛ばされ、エレナの向かい側の列柱に衝突。
 意識を失う狭間、向かい側の列柱の陰で気を失っているエレナへ手を伸ばした。
 届かない。この距離では、遠すぎる。

(あぐぅ、あ。俺は死なないって。約束したんだ。エレナ、さ)

 最後に彼が目にしたのは、

「カリウス!? アンジェさんお兄ちゃんと……エレナさんがッ! あれユウさんがいる!? なななッ、どうなってんですかッ!?」

 パニック状態のルイと、

「何だこの有り様は。一体どういうことだ、あの化け物は何だッ!?」

 同じく血相を変えて取り乱すアンジェだった。



[43682] 第41話 深層心理 -Act as if of one mind-
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/17 23:46
 カリウスは夢を見ていた。
 今回は闇を下地に、数えるのも嫌になるくらい膨大な光の粒子が点在する空間に漂っている夢だ。
 しかも前回と同じく声も発せられない。
 しかし彼は、もはやどんな夢を見ようが不思議と驚かない自信があった。

(あれ、俺また夢を見てるぞ。星みたいなのがわんさかある……お次は空の上ってか。早く起きて、ミルンをぶっ倒さなきゃいけねぇってのに) 
 
 いくら待っても夢は終わらない。
 不穏過ぎる予感がよぎった。

(遅すぎる。いつもならとっくに終わる頃なのに――もしや俺、死んじゃったのか!? だから目覚めないのかな……嘘、だろ!?) 
 
 有り得る。
 硬い列柱へまともに衝突したのだ。そのまま即死してもおかしくない。

(そんなん嫌だぞ。まだエレナに……チクショウッ!) 
 
 カリウスが頭を掻きむしりながら喚き散らしていると、

(お! おーい。カリウスくーん) 
 
 自身にとても似た声で名を呼ばれた。
 後方からだ。
 声の持ち主をカリウスは知っている。そいつは昨日名前を知った男のはずだ。

(これはユート……の声?)
(正解。よくわかってるじゃないか) 
 
 振り向くと、そこには人の形をした光り輝くナニカがいた。

(喋ったぞ。お前、形だけで人には見えないけど本当にユート、なのかよ) 
 
 カリウスが尋ねると、

(いかにも。姿形は違っても僕はユートさ) 
 
 光り輝く物体がぺこりと頭を下げた。
 カリウスは何故だかその姿には特に驚かなかった。知らぬ間に心を通わせた会話をしていることも気にならない。
 それよりも、彼には訊かねばならない話が幾つもあったのだ。

(そうだ。おいユート、お前は俺の何なんだよ。昨日からワケがわからないんだ。俺の夢の中にいきなり出やがって。小さい頃からの夢といい……何がどうなってるんだ!?)
(そうだね、ちょっと頭を触らせてくれ。そしたら、君の疑問には答えれる)
 
 ユートが右手らしき部位で、カリウスの頭を指した。

(俺の頭でいいんだな。いいぞ) 
 
 カリウスが双眸を閉じて素直にこまる。
 ユートはカリウスの頭に触れた。
 それと同時に、今までの夢では見たことがない新しい光景が次々と生まれていったのだ。

(こ、これは――)
 
 エレナ、そしてカリウスに似たユートらしき人物や、他にも色々な人物が共にいる場面が展開していく。
 夢の中のカリウスが戦っている白いドレスの敵と、違う場所で戦っている場面もだ。
 その敵の顔がアップになってカリウスは度肝を抜かれた。

(あれ? 情報にあったミルン女王の素顔に似ている! ユウさんが書いた似顔絵のまんまだ!)
(そのまさかだよ。彼女はミルンだ)
(マジかよっ!? そういえば、こいつも白いドレスだった……)
 
 面食らっている間にも情景が移り変わっていく。
 中には互いに励まし合ったり、泣きながら抱き合う場面も。
 瞬間。カリウスの脳内で閃光が弾ける。
 様々な場面を全部見終え、真っ黒な双眸を開けた。
 把握できていた。エリアル創世記の真実と自分の前世を――

(そういうワケだったのかよ。輪廻の輪を越えた先、俺の前世はお前だったのか、ユート!? じゃあ俺が神々の墓で感じたのは)
 
 考えてみればやはり、エレナへの恋愛感情に他ならなかった。

(うん。僕はその、エレナが好きだったんだ。結局言えず仕舞いだったけどね)
 
 気恥ずかしそうに言うユートの言葉は、カリウスの疑問を氷解させた。

(じゃあ前世の感情が俺にも残ってたってのか。エレナさんを想うお前の感情が)
(そうみたい。それに加えて君の夢が急激に変化したのも、エレナと直接会ったのが大きいんだ)
(うぇッ!? マジかよッ)
(うん。エレナ本人も記憶を取り戻す刺激になったみたいだ)
(んだと、エレナさんも思い出せてたのかよ)
 
 記憶の障害は消えた。いよいよ、ミルンを成敗するのみである。

(あぁ。君達二人が出会えてよかった、僕も霊体になってからケルンの不具合を知ったんだ。大事になってて驚いたよ。エレナにも心の傷を負わせてしまった)
(お前のせいじゃないだろ。どれもこれも天上の神々が勝手に失敗したんだろうが……あともう一つ、お前に言っときたいことがある)
 
 カリウスは真剣は顔で自分の決意を宣言すべくユートを指差した。

(前世の感情とか色々あるだろうがさ、俺がエレナに……その、一目惚れしちまったってのは嘘じゃねぇ、確かなものなんだ)
 
 心の内を余すことなく伝えきった。
 カリウスの正直な想いを汲み取ったユートは、

(勿論そうだろうね。前世を通過したうえで芽生えた気持ち、全部見ていたよ。だから、その件も含めて最後のお願いを聞いてくれないかい?)
 
 思いつめたような声で言った。
 カリウスは迷いなく頷く。

(んだよ?)
(最後までエレナをよろしく頼む。それとさ、光の皆は全員、君を応援していると伝えてくれ)
 
 前世の記憶は決死の願いを伝えた。
 カリウスはユートの手を力強く握る。

(おう。伝えてるよ、お前らの想い! エレナだって俺が守る。今度こそミルンを倒してみせるぜ)
 
 揺るぎない信念を確認して安心したのか、ユートの砂のような肉体が少しづつ消え始めた。

(ありがとうカリウス。君を介してエレナにも会えたし、未練はなくなったかな。僕の霊体、前世の記憶は完全に君と同化するよ)
(そうか……てか俺自身は死んでねぇんだよな? このまま消えたりしないよな?)
 
 さっきまでの男前は何処か、酷く狼狽するカリウス。
 そんな彼を見て晴れやかに笑うユートは、消失する最後にこう言った。

(問題ないよカリウス。目覚めた時に君はもう動けるようになっているハズさ。僕らが支給された武器をもっと上手く扱えるよう、感覚を研ぎ澄ましておいたしね)



[43682] 第42話 最終決戦 前篇
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/18 21:57
『カリウス死なないで! あーもうエリアル、カリウスを助けなさい! 神様なら困ってる人を助けてみせなさい。どうしていつも私だけ助けてくれないのよ。お父さんとお母さんの時だってそうッ。カリウス、目を覚まして』

「ハッ」 
 
 女の子が泣いている。その子に呼ばれた気がして聖人少年は瞼を開けた。
 怒号と硬い物同士がぶつかり合う衝突音が、起きたばかりのカリウスの鼓膜を刺激する。
 痛みは消えている。そして暖かい感覚が後頭部にあった。

(俺は、どこに)

 膝だ。誰かの膝に頭を乗せていたのだ。
 心配そうに自分を眺める顔が目の前にあると、やっと気づいた。

「ルイ、か」
「カリウスッ! 目覚めたんですね。良かった……!」
 
 カリウスのようにユウらの手によって過酷な状況から抜け出し、彼と共に国を守護する聖人になるため切磋琢磨し合った女の子。ルイだった。
 泣き腫らした顔が痛々しい。涙が一滴、兄貴分の頬へ落ちる。

「泣きすぎだぞ、ルイ。まだ任務中だってのに」
「だってカリウスに最大限コクーンを浸かった後に印を解いても全然起きないから! いくら怪我が酷くてもこんなの、初めてだったから!」
「そうか。ありがとうなルイ、お前がいなきゃ俺は目が覚めねぇままだった」
 
 カリウスがルイの頭を優しく撫でる。妹分は少しだけ泣き止んだ。
 そのまま立ち上がり、戦闘の舞台となっている王座の間後方へ視線を定める。

(へ?)

 予想外の状況に驚き声が出た。
 ユウだけではなくなんと、敵国の者であるアンジェまでミルン討伐に加勢してるのだ。即興で連携もしているようだ。

「うぉいルイ、アイツ、ユウさんと一緒に戦ってるじゃねぇか。どうなってんだ?」
 
 カリウスが目を見開きルイに尋ねると、

「起きたらいきなり泣き出したんですよ。ミルンの聖遺物で操られていたみたいなんです。なんでも手にかかっていた状態でも、意識はあったのだと。私達の事情は後でいい、今はミルンを討つために共闘させてほしいって」
 
 ルイが涙を拭いながら経緯を説明する。
 話し終える頃にはカリウスはすでに戦闘準備が出来ていた。
 最後にエレナの方をチラリと見て、 

「成る程ねぇ。じゃあルイ、エレナさんにもコクーンを頼む」 
 
 そう一言告げた。
ルイは力強く頷く。言わずともそのつもりであったようだ。

「勿論これから取り掛かります。カリウス、どうか御武運を」
「ああ。次こそ勝つ。守るんだッ。いってくんぜルイッ!」
 
 体中に力が漲っていた。最終決戦へ向けて走る。
 状況を確認。玉座の間の左半分の壁がほぼ吹き飛び、廊下や別の部屋までくり抜かれてしまっているようだ。戦いの熾烈さを物語っている。
 現状、アンジェがユウと連携してミルンへと猛攻を加えている。
 圧倒的だ。彼女の大きな戦斧にミルンは競り負けていた。

「喰らえミルン。まずは、ヤスケール様の分だッ」
「ホゲェェェェェアッ!? アンギャウッ!」 
 
 一撃目でミルンの左腕を両断。
 二撃目で腹を抉った。血飛沫が踊る。

「まだまだッ。お次はガルナン王国民の分!」
「ゴホゥッ!? 許してアンジェしゃん」 
 
 三撃目、右腕を両断。辺り一面が塗装されたように赤くなった。

「黙れ! 最後ッ。こ、れ、が、お前に騙されたハルバーン様の分だぁぁぁッ」
「はにゃぁぁぁぁぁッ」
 
 四撃目で首を狩った。
 首元から行き場を失った血液が噴水のように飛び出る。
 ミルンは前のめりに崩れ落ちた。

「オイオイ終わっちまったか? 流石に首を切られたら……」
 
 遅れて現場に到着したカリウス。
 しかし女性戦士二人は、依然として武器を構えたままだ。

「カリウス! 治ったんだね! もうさ、ルイ達が来なかったら全滅だったよ」 
 
 気力で戦っていたユウが、隣に立った愛弟子へ安堵の声を掛ける。

「ユウさん、ついにアイツをぶっ倒したんですよね?」
「いやぁそれがね、まだまだ終わりそうにないみたい。でしょ、ミルンの補佐官さん」
 
 ユウが前線に立つアンジェにうんざりしたような口調で尋ねた。
 補佐官は苦い顔で首肯する。ユウと同様に疲労の色が濃い。

「奴はヤスケール殿を操り無理矢理継承させた聖遺物を使っているのは君も聞いただろう。その効力を限界まで引き出している。悪夢のような姿は元より、耐久能力が聖人の域すら超えているんだ」
「何だと、だからミルンは首を切られても死なないってのいうのか」 
 
 血相を変えたカリウスが訊き、

「これで三度目だ、すぐに復活し元通りさ。奴を完全に倒すには頭を潰すかいっそ細切れにでもするしか可能性は残っていない」

 アンジェが解説していたところ――

「はいごくろーさま、アンジェちゃん。大正解でございまちゅよー」
 
 醜い悪魔の声が脇から入る。
 次の瞬間には効力通りミルンの左腕が、右腕が、首から頭までも生えてきた。
 腹の傷も消失。何事もなかったかのように元気よく立ち上がったのである。

「な、切った部分が生えてきやがった!」
 
 カリウスが脅威の再生能力に仰天して狼狽える。

「ね。あたしが何度腹を刺してもアンジェと一緒に攻めても意味がなかったワケさ。痛みはあるようだけど、実際は効いちゃいないんだよ」
「だがつけいる隙はある。奴は強力な聖遺物を重複させて戦っているから疲労感も尋常じゃないはず。今は機会がくるまで耐えるんだ」
 
 ユウが心底苛立たしげにカリウスへ説明し、アンジェは打開への道筋を自身含め鼓舞するように言った。
 
「散々やってくれたよね、雑魚共。そんじゃ交代だよ、ミルンの番ねッ」
 
 悪魔が喜々として動き出した。巨人のような図体のわりに恐るべき速さだ。
 抵抗する間もない。一人目は、

「ほいアンジェちゃんばーん」
「ハガッ!?」
 
 巨大な右手で平手打ちをかました。
 アンジェは左方向へ瓦礫を巻き込み、転がり続けた。
 あっけにとられて身動きもできなかったユウは、

「小さな勇者さんもさよならッ」
 
 タックルを受けて、その小柄な体がアンジェと同方向へと吹き飛んでいく。

「なッ……二人、共」
 
 眼中になかったか、ミルンはカリウスには最初から攻撃を仕掛けなかった。
 右手の骨を鳴らしながら、邪悪な笑みを浮かべている。
 こんな小僧は後からでも好きにいたぶれると、完全に油断していた。 
 その慢心が、悪い癖だった。

「さてと、楽しいね、圧倒的な力でぶっ倒てさでぶッ!?」
 
 だから不意打ちを二度も喰らってしまうのだ。
 ミルンが今日何度目かの吐血を漏らした。腹に大きな風穴が空く。

「お前よくもッ、うぉぉぉぉぉッ!」
 
 一瞬の隙をついた。
 ストラトを太くして極限まで硬質化、一点集中で突いたのだ。
 残されたカリウスはそれでも絶望なんてしていない。瞳の中の炎は健在だった。
 それがが気にくわないミルンは両膝をついて痛みに悶えながらも、カリウスを睨みつけて狂気的な含み笑いを漏らす。

「うぐ、カリウスくんだっけ、粋なマネするねぇ。その不意打ちといい、馴れ合い万歳の光勢力だった前世といいどうも殺したくなる要素ばっかだ……ああ、君にこんなん言ってもしかたな――」
「ユートから全部聞いたぜ、俺が倒れている間にな」
 
 カリウスの発言に、ミルンがゾクゾクとする胸の高鳴りを覚えた。
 前世が同じ種類の生物の場合は、記憶を引き継いでいる可能性が高いのだがどうやら大当たりだった。
 それをあちらから告白してくるとは、待ってましたの展開だったのだ。
 次から次へとお楽しみが転がり込んでくる。興奮のあまり涙も流していた。

「そっかぃ。クク、前世の記憶が残ってんだねぇ。嬉しすぎるよ、こりゃ傑作だよぉ。今度はケルンはないよ、わかるよね?」
「ごちゃごちゃぬかすの今のだけだぜ。アイツと約束したんだよ、エレナさんを守り切って神様にするってな。このままお前の聖遺物の効力がなくなるまで耐え切ってやるさ」
「楽しみ――はりゃ、嘘? やだコレちょっと」
 
 けれど楽しみは長く続かない。会話の途中、突然だった。

「まだだよ。あと少し、もう少しだけもってよんッ」

 ミルンが支えでも失ったかのようにふらつき出したのだ。
 
「アンジェの言った通りだ、奴はもうばてばてだッ」
 
 カリウスが早くも到来した好機へ笑った。逆転は近い。
 闇の試験候補者は自身の身に起きた変化が信じられず、気が触れたような笑いをあげた。

「くひひ、ちょっとフラついたからって、いい気になってんじゃねぇぞ童貞小僧ッ!」
 
 激怒。身体限界を振り切り、カリウス目掛けて爪を振り上げ襲ってかかる。
 以前の速度よりも遅いものの驚異的な速さには変わりない。

「受けて立つぜバケモンッ」
 
 向かい討つ準備はできている。
 カリウスはストラトを硬化させたまま、槍の形状へと変化させた。
 ついに激突。叫び合いながらの乱戦に突入したのだ。



[43682] 第43話 最終決戦 後編
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/19 23:15
「部外者は引っ込んでろやッ。前世がどうであれ試験に関係ねぇだろうが人間!」
「黙れ、お前みたいな奴に世界を任せてたまるもんかよッ」
「どうせミルンが神になったら、うぬらは畜生以下の暮らしに戻るんだ。諦めて軍門にくだっとけやッ」
「だから、んなの許せるかってんだよぉぉぉぉぉぉッ!」
 
 双方、ギリギリのタイミングで相手の攻撃を防御および回避を繰り返す。
 そして決死の攻防戦の最中、カリウスは身に起きた変化へと感嘆していた。

(身体も軽い、だけじゃない。なんかこう、ストラトの感覚が手に取るようにわかる。ユートの野郎、粋なマネしやがって)
 
 カリウスに完全同化したユートがくれたプレゼントである。
 弱体化したとはいえ狂化したミルンと、互角に渡り合っているのだ。

「ふひ、ふひふひひひひいひひひひひひひッ!?」 
 徐々に差が出てきた。ミルンが冷静さをかき、次第と動きを乱していく。
 カリウス渾身の突きが数を重ねる事に精度が増し、避けるのが困難になりつつあったのだ。
 肉が削げて、爪が数本割れる。押し切られるのは時間の問題だ。

「どーしたさっき勢いはよぉ。もう終わりかよ」
「ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎ」 
 
 もはやカリウスの挑発を真に受けるまで余裕が消えていた。
 どうしたんだ、こんなハズではと、焦燥感がミルンの心を浸食していく。

(審判の後ろ楯までもらったのに、ここまできて女も知らない部外者のガキに最強のミルンがやられる? クソがぁッ!)
 
 考えなしの力任せの鉄拳が空振りした。
 致命的なロスタイム。
 カリウスが会心の一撃を与えるのに十分過ぎる隙ができた。

「いくぜミルン。俺の本気、とくと喰らえッ」
「あがゅッ。カリウス君ちょっとタンマよろしく頼んますぅぅぅぅぅぅッ!?」
「やめねーッ」
 
 今更遅い。ストラトの力を引き出したカリウスの全体重を乗せたフルスイングが、容赦なくミルンの腹へ入った。
 今度は自分が吹き飛ばされる立場となって、部屋の右後方の列柱へと衝突。
 真っ二つに砕けた残骸に巻き込まれていった。

「ギギギ、ギギ、ギ」 
 
 限界まで引き出した反則級の自然治癒能力はなくなった。
 絶痛がミルンを追い込む。

「やったか?」
 
 勝敗の結果を隠す粉塵が舞う。
 確かな手ごたえはあった。アレを受けて立ちあがるとすれば、それは、

「やった? 誰が誰をだって。カ、リ、ウ、スきゅ~ん?」
 
 やはり悪魔だろう。粉塵が晴れたその先、憤怒の形相のミルンがいた。

「タフにも程があんだろうがよ、まだ生きてやがる」
 
 爪は無残にも全て折れ、身体の各所からは有限の血を垂れ流している。
 だが健在だった。ミルンはそばにあった瓦礫の一部を手に取り、

「調子こくのも大概にしとけやぁぁぁぁぁぁッ」
 
 高笑いを浮かべてながら振りかぶり、そして投げてきたのだ。
 カリウスが反応できない領域にある速さ――だが、狙いはカリウスではなかった。

「くッ!?」

 岩の塊は、部屋の入り口付近に激突する。

「いやぁぁぁッ」
 
 瞬間。ルイの絶叫が響く。

「やられたッ。ルイ! エレナさん! 大丈夫かッ!」
 
 安否を確認するために叫ぶが返答がこない。
 カリウスは全身の血の気が引いた。爆発しそうな不安心にもかられる。
 されど無情にも、追撃は止みそうにない。

「アヒャヒャ。終りじゃねぇぞ雑魚、次はお前なんだかんなッ」
 
 調子に乗ったのか、ミルンは手当たり次第に瓦礫を投げてきた。
 カリウスは懸念を無理やりに振り切り、ストラトをまた変化させる。

「速くて反応できない。壁を作って防ぐしか」
 
 以前とは比べものにならないサイズの盾を生成。
 もはや絶対に後ろには通さない。その一心だった。
 だが……。

「満身創痍のはずなのに、どこまで体力残ってやがるんだよ」
 
 ストラトの防御壁を崩そうと、瓦礫だろうが燭台だろうがお構いなしに投擲してくる。
 どれも凄まじい速さに加えて、尋常じゃない力が込められている。
 硬質化の強度が段違いに上昇したとはいえ、気を抜くと力負けしてしまう。
 カリウスが如何にか耐えていた刹那、一つの小さな瓦礫が頭上へ放られた。

「何を狙って――!?」
「頭いいっしょミルンはッ。御終いだよ、サヨナラねカリウスッ」
 
 またも想定していなかった攻撃。
 照明器具だ。カリウスを押し潰すべく、丁度彼の真上にあった天上と照明器具を繋ぐ鎖を断ち切るために、瓦礫を上に投げたのだ。
 カリウスは止むおえずストラトを解除。急いでその場から退避する。
 
「ウオオアッ」

 間一髪。少し前までカリウスがいた箇所へ照明器具が落ちていた。

(ってヤバいッ)

 つかの間の安息はない。更なる脅威が迫っていたのだ。
 ミルンが機会を逃すまいと、自身の鋭い爪の破片を投げようとしていた。

「――ッ!?」
 
 万事休すと思われたその時、突如強風が発生。
 ミルンが投げた爪の破片は明後日の方向へ流されたのだ。
 首の皮一枚繋がったようである。
 希望の風。僅かに残る余波がカリウスの赤髪を撫でた。
 顔をあげると、そこには――

「何勝手に諦めてるの、カリウス。まだ全然動けるでしょ? 早く立ちなさいな」
 完全復活したエレナの姿。コクーンによって全回復した彼女に助けられたのだ。
 カリウスは差し伸べられた手をとって立ち上がり、口元を綻ばせた。

「無事だったんだな、エレナさん。と、いうことは」
「えぇ、ルイも――」
 
 エレナが伝えるより早く、

「コクーンの酷使で戦闘には参加できそうにありませんが、全然大丈夫です! カリウスにエレナ、クソッタレな化け物に天誅を下してやって下さいッ!」
 
 ルイが列柱の脇から手を振って騒いだ。
 兄貴分はそれを確認し、改めてほっと一息ついてからエレナと顔を見交わした。

「心配はいらないみてーだな。さてと、俺らは」
「いい加減決めましょう。これ以上ミルンの声は聞きたくないわ」
「同感だ。よっし、次こそ俺が奴に引導を渡してやります。え~と、エレナさんは」
「はいはい援護すればいいんでしょ? 言われなくてもわかってるわよ。あんたのストラトで一発かましてやりなさい。あんたはできる男だわ、わたしが保障する」
「では御期待に添えるように、行って参りますか」
 
 そして共に、怒りのあまり歯をガチガチと鳴らしているミルンへと相対する。

「エレナにカリウス! どこまで人をコケにするんじゃクソボケがぁ。もういいわ。奇跡は何度も続かねェぞコラァッ。かかってこいや、ギッタンギッタンにしたるぞオイ!」 
 
 がなり立てるミルン。頭に血が昇りきっており冷静な思考を失っていた。
 カリウスはそれを無視し、最終決戦への一歩を踏み出した。
 徐々に速度をあげ、ミルン一直線に駆けていく。
 対するミルンは正面から向かい討つため、拳を振り上げて待ち構えるが、

「ゲェッ、ひぎィッ――エレナァ、邪魔すんじゃねぇよ平和ボケの光の女がァッ!?」
 
 エレナが生成した水のナイフ、そして火球がひっきりなしに飛んできたために回避をよぎなくされた。
 一転攻勢の前に、身体を瓦礫の陰に隠しかない。
 その間にもカリウスが距離を詰めてくる。

「出てきやがれミルン。怖気づいたんじゃないだろうなッ」
「はい? 誰に口キいてるんじゃおいッ!」
 
 激情に支配されたミルンは、生意気な小僧を全力で殴ってやろうと、タイミングを見計らい部屋のど真ん中へと飛び出した。
 けども目論みは外れる。近くへ迫っていたハズのカリウスがいないのだ。
 代わりに、眼前へエレナの火球が数弾――

「アンギャヤャャャャッ!?」
 
 避けなければ、と考える前に全弾を被弾。無様に黒焦げと化した。

「終りだぜ、ミルン」
 
 唸るような低い声は死の宣告のようであった。
 ミルンは恐る恐るとぎこちない動きで、首だけを後ろに回す。
 そこには限界まで硬化させたストラトを振り下ろす直前のカリウスが。
 彼はミルンが飛び出す前には、背後へ回り込んでいたのだ。
 ヤラレル。狂いそうな恐怖に憑りつかれた哀れな悪魔は、もはや戦意喪失。

「死にたくない。ミルン、恐かっただけなんだ。いきなり未来に飛ばされて試験がどうなったかもわからないで、自分を守るので精一杯だったの。死にたくないよぉぉぉぉぉぉ」
「下の大広間には数えきれない程の死体の山があった。お前がやったんだろ。自分の目的のために命乞いする奴も手に掛けたんだろ?」
「違う。直接は手を下してない、間接的にやったのッ……早く聖遺物下げぶッ!?」
 
 やはり救いようがない。
 エレナを救った時の如く、頭部へと渾身の一打をめり込ませた。
 鈍い音が響く。頭部を砕かれたミルンは倒れて血だまりをつくることとなった。 
 戦闘後の静寂が訪れる。今度こそ完璧勝利できたのだろうか?
 結果を待たずしてカリウスの緊張感が途切れる。
 力が抜け、へなへなと膝をついた。

「カリウスッ。有言実行、見届けたわよ」
「やりましたねカリウス! 最後のぶちかまし、痺れました」
 
 共闘したエレナと戦いを見届けたルイが、カリウスの元へと駆け寄ってきた。

「はぁ、はぁ。やったのかな。これで、終わったんだよな」
 
 カリウスは物言わぬ悪魔を横目で見やる。
 手ごたえはあった。
 けどもどうしてか、死んだとは簡単に信じられなかったのだ。
 三人共不穏な空気を感じていた。エレナが生死を調べるためミルンへ近づく。
 すると――

「ミルンふっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!」
 
 最悪の予想を裏切らない形に。ミルンが起き上がったのである。
 頭部は完全に粉砕しておらず、血塗れで元の輪郭さえわからない。そして首から足の先まで焼けただれているが生きている。
 よもやと胸騒ぎはしていたが、驚異的な生命力だ。

「ホニィィィ――」
「うほぉ!? やっぱりですかぁぁぁぁッ!?」 
 
 ルイは驚きのあまり失神。カリウスは腰を抜かしてしまう。
 けども最後の輝きであった。一切の油断をしていないエレナが迅速に手を翳す。

「さようならミルン。あなたのしつこさ、忘れることはないでしょう」
 
 エレナは全力の力を地獄の業火に変換し、悪魔の五体に注ぎ込んだ。
 ミルンは声を出すことも許されずに一瞬にして消し炭となる。
 
 長きに渡り停滞していた光と闇の決戦が、ついに終幕したのであった。



[43682] 第44話 宣誓
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/22 23:52
 音がなくなった玉座の間。
 カリウスは張り詰めていたものが消えたように胸をなでおろした。
 長きに渡る闘争が終わったのだ。腰を上げて、勝者へと歩み寄る。
 エレナは憑きものが取れたかの清々しい表情で、カリウスを迎えた。

「終わったわ、終わったの。長いかった、長かったけどミルンを、倒した……」
 
 自分に言い聞かせるように呟くエレナは、眩暈がして倒れそうになってしまう。

「とっと。大丈夫ですか?」
 
 カリウスがすぐに抱き寄せて支えた。

「ちょっとだけ立ちくらみがしただけよ」
 
 エレナは心から安堵した顔で、カリウスに視線を寄せた。
 そこでカリウスは、今こそ全てを伝えるべきだと決意する。

「エレナさん。俺、今回の試験の裏事情に輪廻転生の仕組みも、全部ユートから教えてもらいました。あいつ、ずっと俺の中にいたみたいで」
「え……」
 
 エレナは双眸に驚愕の色を映し、様々な思いが混じった複雑な顔つきになる。
 流石に想定していなかったのだろう。しかしこれだけでは終わらない。

「そんで、エレナさんへの伝言も預かってるんです」
「……!?」
 
 衝撃の連続で言葉にならない。
 魂になっても尚、エレナを案じていた者達。
 悠久の時間を経て、その想いを――

「ユートを含めた光の皆は全員、魂が輪廻を輪に組まれようがエレナさんを心から応援しているそうです」
「――ッ! うん。わかった。わかったわよ。ユート、皆……」
 
 仲間達の激励へ堰を切ったように泣いた。
 憂う必要はない。心置きなく前へと進める。
 カリウスは彼女が泣き止むのを見計らい、

「エレナさん。ルイはその内に起きるだろうし、師匠とアンジェさんを助けに行きましょう――」
 
 そう提案した時だった。
 失神していたルイが、今更になって飛び上がる勢いで起きたのである。

「はにぁッ!? ――あれ……。ミルンが、いない?」
 
 状況を理解できずに慌てふためく。
 無理もない、知らぬ間に戦いは終わっていたのだ。

「終わったんだよ。エレナさんがカタをつけたのさ」
 
 カリウスが穏やかな口調で伝えると、心から安心したかその場へと座り込んだ。

「そう、なんですか。あのぉ、それでは世界管理者試験は、その」
 
 その疑問を受けて、エレナがカリウスから離れてルイの元へしゃがみ、柔和な笑みを浮かべる。

「えぇ。決着はついたわ。それで、あんた達の時代にわたしがいるのはね、昔の戦いで前面衝突した時、わたしの仲間が使った聖遺物で時間を越えてしまったみたいなの」
「ふぇ、時代を、移る? ふぇぇぇぇぇっ!?」
 
 想像もつかない内容に素っ頓狂な声を上げる。当然の反応だ。

「わたしだって驚いたわよ、アイツがベラベラと喋ってきた時は。でもね、全て解決した。あんた達のおかげよ。助けてくれてありがとう、ルイ」
「そう、ですか。ちょっとまだ飲み込めませんが、とりあえずお役に立ててなによりです」
 
 瞳をぱちぱちと瞬かせて言うルイを、エレナが抱き寄せた。
 豊満な胸に包み込まれ、少女は居心地よさそうに顔を擦り付ける。 
 その優しい光景をカリウスが微笑ましく眺めているところだ。

「打ち所が良くて助かった。決着は、ついたようだね」
「ユウ殿を探す間に終わってしまったのか。それでもハルバーンさん。仇はとりましたよ……」
 
 ユウとアンジェが部屋の左方――壁が滅茶苦茶に大破した方向からゆっくりと歩いてきたのだ。
 頑強な元女王補佐官は元よりユウなら無事だろうという実態のない確信がカリウス、ルイ、エレナにはあった。
 それでも実際に元気な姿を確認し、三人はほっとした様子で戻ってきた二人を迎える。
 そして誰となく声を掛けようとした時、アンジェが有無を言わさず頭を下げた。 いきなりの行動に、残り四人は面食らってしまう。

「エレナ殿は元より、ユウ殿ら関係のない者を国の一大事へ巻き込んでしまった。まんまとミルンに操られ、牙を向けた挙句その手を借りて国を欺いた諸悪の根源を倒してもらった、と。本当に申し訳ない。このアンジェ、自分が情けなくて、情けなくて……」
 
 鼻をぐずらせながらの謝罪。
 悲愴の涙は決壊寸前。ハルバーンのことを考えると尚更だった。
 しかしユウが難しい顔でアンジェに向き合う。

「いや、謝る必要はないよアンジェ。エレナはともかくぶっちゃけあたし達、ガルナン王国の臣下なんだ」
「なんとッ……!?」
 
 目を見開いでたじろいだ敵国の人間に、

「ホント。一年前に君らの国とエレナとあたしで色々あった関係でずっと脅されてて、うちらの国も気が気じゃなかったんだよ。だから明日の夜、この赤い髪の男の子と銀髪の女の子、そしてエレナともうエフレック入りしてる連中と王城に侵入して、ミルン女王を暗殺する予定だったの」
「そ、それではッ」
「うん。ま、その必要もなくなっちゃったけど。下見と偵察しに来た途中から、ミルンが動き出したからね」
 
 真実を明かすユウ。アンジェはショックのあまり、固まってしまっていた。
 彼女の心の中で様々な思いが入り乱れるだろう。
 エレナは事情を聞いていたので黙って話を聞いていた。聖人の若者らはユウの行動を知らなかったため、少々の驚きがあった。

「――つ、つまり、師匠は俺達が着く頃より早くに入ってたんですね。どっかで俺達を見ていたから早急に対応できたのか」
 
 カリウスが訊くと、

「だね。それと、いつから見ていたかはカリウスとルイの想像にお任せするよ」
 
 肯定の他、意味深な含み笑いを返された。
 愛弟子二人は意味がわからず顔を見交わした。
 そして――

『ミルン様ッ、アンジュ様ッ、何処ですかーッ』
 
 つかの間の平和的な光景は打ち止めとなるようだった。
 下の階から多数の足音と叫び声が響いてきた。もはや到着間際でもある。

「なぬぅッ。玉座の間が見るも無残な有り様ではないか。しかも死体、焼けた死体がッ!?」
「アンジェ様があの罪人共に拘束されているぞ! しかも増えてるしッ! 広間にも死体が詰め込まれてたしどうなっている!? 敵に攻め入られたというのか!」
「おお、ヤスケール様まで倒れているじゃないか。くそぅミルン女王は一体どこへッ。アンジェ様、今お助けしますぞッ!」
 
 王都警備隊や出勤してきた騎士団本隊。そして城内警護の兵士達が異常を嗅ぎ付け、詰めかけてきたのだ。

「きやがったのかい。してもタイミング悪ぃなおい」
 
 カリウスの声が不安で震える。
 激しい戦いを終えたばかりの一行では、相手するのに厳しいまでの大御所帯。
 わらわらと数を増して、一行を取り囲んでいく。
 ユウは突如発生した危機に、判断を決めかねていた。

「チッ、失念していた。ミルンを倒すのに夢中になり過ぎてたよ――アンジェ?」
「ここは任せてくれ。自分に考えがある」
 
 そこで項垂れていたアンジェが復活し、さっそうと両陣営の間に入ってきた。

「アンジェ様ッ」
 
 武装した一人の騎士が走ってきたが、

「来るな」
 
 元女王補佐官は声を張り上げて拒否。片手を突き出して静止させた。

「お前達、よーく聞けッ。この者らは敵ではない。逆だ、命の恩人なのだ」
「な、何ですとッ!?」
 
 予想だにしない発言だったのだろう。大きなどよめきが生まれた。
 アンジェは丁度足元に落ちていたファズを拾い上げ、全員に見えるよう掲げる。

「話せばならないことがある。ハルバーン様亡き後、この人の心を操る聖遺物で国家転覆を謀っていた悪党がいた。今回の件も全てそいつによるもの……まず手始めに、女王を操り凶行に差し向けたのだ」
「えぇッ!?」
「ヤスケール殿までも操り聖遺物を継承させた、戦力増強のためにな。裏から手を引いていた悪党が、隠れていたところから女王を操ろうとしている場面に出くわした自分は当然捕らえようとしたのだが、そこへこの者達が来たというわけだ」
 
 事件の全貌――否、作り話を語る。
 壮絶な内容にガルナン王国の戦士達は周章狼狽だ。

「そんなことがッ!? それでッ、ミルン様、女王様は何処へ?」
 
 一人の兵士が青ざめた顔で質問を投げかけた。
 補佐官は悲しげな表情を作って答える。

「皆、心して聞いてくれ。悪党は口封じのため自分達を殺そうとした。悪党は勇敢に戦ったガルナン王国の戦士達とこの者らの助力もありなんとか始末したが、遅かったのだ。女王は聖遺物の副産物で衰弱しきり、そのまま逝ってしまった」

 ガルナン王国の兵士達の顔は皆揃って青ざめてしまったようだ。
 次には一人、また一人と泣き崩れだす。男達の悲痛な叫びが渦となる。

「この黒い衣服を纏った女性の聖遺物で、悪党を巻き添えに残さず燃やしてくれと仰られたんだ。他にも遺言を自分に伝えてな……」
 
 言い切ったアンジェは嗚咽を漏らした。勿論演技である。
 カリウス達はあまりの大ホラに唖然とすると同時に、咄嗟に都合の良い話を創作したアンジェの機転に感心さえ覚えた。
 そして、敵味方問わずこの場にいる全員が、誰とも言わず待っていた。
 アンジェが話の最後に言った遺言の内容を。
 嘘の涙を拭き凛とした表情となったアンジェが、酷く暗い顔の戦士達を見渡し、

「遺言の内容を発表するッ! ガルナン王国は予定していたデューン王国への侵攻作戦撤廃。後日直接謝罪に赴いた後に自身を弔ってくれと。以上だ」
 
 厳かな口調で創作話を締めた。
そして次に憂うべき問題、国のこれからを考え始めなければいけなかったのだ。

「悲しみに浸ることを女王は望んではおられない。これよりエフレックの広間に民衆を集め、事件の真実を余すことなく伝えねば成らぬ! 速やかに伝達し合え。皆、国中に触れ回れ!」
 
 アンジェが空気が振るえるような大声で指示を出した。
 ガルナン王国の戦士達は泣き止み、未来の国主になるだろう人物の命令へ従い、動き出していく。
 偽りの顛末を伝え終えたアンジェが、カリウス達の方へ向き直る。
 今度は嘘ではなく本物の涙を流していた。

「仕方がないではないか。今はこうするしかないじゃないか。自分だって、ハルバーンさんを騙してのさばった奴を庇いたくはない。だがあの時に聞いた話の内容……自分だって理解が追いつかないのだ。ミルンとエレナ殿が世界管理者試験の参加者、創世記が本当の話だったなんて。それでも自分は、今から国を変革していかねばならないんだ。無用な混乱を招いてはッ!」

 ファズを地面へ投げつけてそのまましゃくりをあげた。
 どこに矛先をぶつけていいのかわからない、そんな怒りだった。
 カリウスは二十三歳――年相応の女性でもあるアンジェへ、

「アンジェさん。あんたの悲しみは計りしれねぇ。気休めにしかならないと思うが、それでも聞いてくれ。俺達は――いや、この大陸中の皆は悪夢に魘されていたんだと思う。でもやっと解けたんだ。ガルナン王国とデューン王国、ルアーズ大陸中の国が今こそ平和について考えるべきなんだと思う。悲しみの連鎖はここで、俺達で断ち切ろう」
 
 宥めるような落ち着いた口調で、自身の考えを吐露した。

「カリウスの言う通りだ。あたしが言うのもなんだけど、もう戦は疲れたよ。聖遺物が発掘されてから皆唯一無二の力を求めようと大陸中が狂ってたけど、もう潮時だ。少なくとも争いの種は一つ減ったんだ、世界が争い合う理由がね」
「共にこの大陸の未来を作って行きましょう。私達の責務なんだと、心から思います」
 
 ユウとルイも各々の決意を口にして、アンジェの手を力強く握り締める。

 皆の言葉に頷いたアンジェはゆっくりと顔を上げる。
 真剣の色を宿した翡翠色の双眸で、黙って話を聴いていたエレナを捉えた。
 見定めるような視線だ。
 事情はどうあれ、アンジェにとっても信じがたいがこれだけは事実―。
 不老の魔女と呼ばれていた目の前の女性が創世記を完成させて神になろうとしており、デューン王国もそれを支援しているというのだ。
 意図が、その心持を知りたかった。

「あなたが何者かと、過去にどう生きていたのかはこの際どうでもいい。エレナ殿、一つだけ教えてくれ。光の神々は世界を管理する神になり、何を望むのだ。世界を、どうしようとしている?」
 
 噛みつくような声で訊く。返答次第ではただでは済まないといった様子だ。
 デューン王国側の三人はエレナを信じているため、何の心配もいらない。
 一間置いた後、エレナは全てを包み慈しむような瞳を向け、

「わたしは、光の集まりは世界を自然のままに委ねて管理していく。ミルンが望むような淀みで溢れた世界にする気は毛頭ないから。でもね、歴史を作っていくのはあなた達、地上で生まれた人間なの。忘れないで、この世界を生かすも殺すもあなた達次第だわ」 
 
 優しく忠告するように答えた。
 太陽のように晴れ晴れしいく、欲望のひとかけらもない。
 アンジェがこれ以上ない暖かな返答を受けて、警戒心を瞬時に解いた。

「成程、私達次第と――そうか、大陸制覇のため争いと支配の日々を突っ走っていたが、神やお前達にそう言われては戦う必要はないと考えを改めなければな……。エレナ殿、ならば私も約束しよう。空へ昇るあなたへ、平和に満ちた最高の光景を見せると」
 
 続けて平和への誓いを宣言。
 カリウス、ルイ、ユウ、エレナはそれを受けて光のような笑みを零した。
 新世代の担い手達の心が一つになった瞬間――

『やれやれ、やっと試験が終わったぜ。ようやく俺もお役ゴメンってワケだ』

 王座の間の天井より、低いがよく通った声が響いたのだ。

 カリウスにユウ、やらエレナにユウは突然響いた謎の声に驚きながらも戦闘態勢を取り、アンジェ含め兵士達は突然介入してきた「天からの声」にどよめいた。

「この声は、ダイシ新官長!?」

 アンジェや彼らにはわかった。声の持ち主が自分達も知っている出生不明な人物であることに。

「知ってるの、アンジェ!」

 ユウが問い、元女王補佐官は混乱しながらも頷く。

「あぁ。この声はミルンがどこからか連れてきて、自分を崇めるためだけに作った神殿の神官長として任命したダイシという者に違いない。そして奴はミルンと共に私達を欺いたんだ!」

 説明し、憤怒の念を滲ませた表情で拳を握る元女王補佐官。

「なんですと、ダイシ殿がッ!?」
「やはり信用できぬ者であったかッ。そんな奴がミルンと共に国を滅茶苦茶にッ」

 部下の兵士達も明かされた事情へ、困惑と怒りにざわめいた。
 内情を把握したカリウスもダイシなる人物に向かって、

「成程な、ミルンと手を組んでたもう一人の黒幕ってことか! 野郎、今すぐ出て来やがれッ」

 高い天井を見上げて問いただし、

「もう戦いは我々の大勝利に終わったんですよッ。さもなければ調教の刑ですッ!」

 ルイもカリウスへ続いて勇ましく叫ぶ。
 しかし無言。返答がない。
 静寂が訪れる。それでもこの場にいる者達は皆は警戒したまま天井一点から視線を話さない。

「ミルンの配下の神官長か。エレナ、これはどういうことなんだろうね。敵はまだいたのかな!?」

 声が聴こえてからも比較的冷静さを保もち、状況を見定めていたユウではあるが、冷や汗を垂らしながらエレナに想定外の出来事への意見を求めた。
 赤髪の友の不安そうな視線を受けたエレナ。ダイシと言われた者の言葉とアンジェが話した内容について思考したまま沈黙を貫いていた彼女は首を振った。

「いえ、闇の生き残りはミルンだけだったハズ。それに参加者でレッグスなんて名前の人はいなかったわ。でも試験がどうこうって」
 
 闇勢力は全滅したのは確かなのだ。真っ新だった大陸での最終局面でも最後に立ちふさがったのはミルンだった。

(声の主、ミルンの手先になった奴が支給品を使ってわたし達に呼び掛けたと考えるのが妥当ね。けど、何のために? しかもそいつは何故世界管理者試験が終わったと把握しているの)

 謎の存在に困惑して細く弧を描いた美しい眉をひそめるエレナだが、このままでは埒があかないと深い息を吸った後、

「一体どこにいるのッ! 出てきなさいッ!」

 姿を隠す新官長へ向かって威圧を含んだ声色で叫んだ。
 そして天からは――

『オイオイ、勝利後の話は上で大昔に教えたハズだぜ。勝ち残ってハイ終わりじゃないんだよ、世界管理者試験は。神様になる前に会う者がいるだろう?』

 呆れたような返答。
 そして言葉を受けたエレナ――世界管理者となる彼女は天から語りかけた者の正体がようやくわかり、ハッと息を呑んだ。

「まさか、あなたは!」
『そのまさかだ光のエレナ。早くここから抜け出してぇからわざわざ呼び掛けてやったんだよ。てめぇらの試験不具合に巻き込まれた不運な審判役、レッグスがなぁ!』

 声の主は、エリアル創世記にも記述されている世界管理者試験審判だったのだ。

「ダイシ新官長が、世界管理者試験の審判ッ!?」

 新官長として連れられてきた者が天上の使いだったと知ったアンジェや兵士達の瞳が驚愕に見開く。驚天動地の心境となるのは、デューン王国御一行やエレナも同様であった。

「ミルンの手先が神の眷属の審判だと。てめぇどういうつもりだッ。今更出てきやがって!」

 怒りを含んだカリウスの叫び声。
 ミルンとの関係もだが、それよりも彼が激怒した理由は、支給品の不具合がなんであろうと百年も真実を知らず放置されたエレナを憂いてのものだった。
 しかし飄々としたレッグスは、面倒くさそうに溜息を吐いた後に言った。

『やれやれ、俺も巻き込まれたって言っただろうが。ユートの生まれ変わりよぉ』
「何だと! お前ッ――!?」

 突然真実を当てられ、カリウスは胸を打たれたような衝撃に苛まれた。
 全知全能の如く振る舞う審判役に震撼する彼の横で、輪廻転生の事情を知るエレナは瞳を鋭くして天井を睨む。

「カリウスが生まれ変わりだって?」
「意味がわかりません、カリウスはカリウスです」
「輪廻転生のことを言っているのか。奴は少年の何を知っているんだ」

 聖人といえど事情を知らないユウやルイにアンジェは、レッグスの言っている意味がわからず首をかしげる。
 
『まぁ脱落者の輪廻の出口はどうでもいいか。エレナよ、お仲間を連れてでもいいからミルン大聖堂に今すぐ来やがれ。場所は目立つから城を出てすぐにわかる。話はそれからだ』

 告げられた言葉はそれで最後だった。
 エレナ、ユウ、カリウス、ルイは真剣な顔を見合わせ、その場を後にした。



[43682] 第45話 La Vie en rose
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/23 22:24
 ユウはエフレックへ共に潜入していた配下の者達へ、アンジェが神速の勢いで書いたガルナン国王宛の真実を書き添えた親書を持たせ、早急に帰国するよう指示を出した。
 次いでカリウス達は休む間もなくある場所へ向かう。
 天の声の主――世界管理者試験審判であるレッグスがいるであろう王都エフレック中央に位置する、ミルンを崇めるためだけに建造された神殿である。
 ミルンが打倒されたと未だ知らないエフレックの民衆だが、ただでさえ昨夜の出来事で街はまるで巨人が通過でもしたのかという有様。皆が混乱状態となり喧騒をまき散らす。王国騎士団は不確実な情報が錯綜する民衆への事態の説明と混沌を収めるべく、街中を走り回っていた。
 転換期を迎える国の民らを尻目に、カリウスらはミルン神殿へ辿り着く。
 そこは、残虐で姑息な黒い心を持つ彼女とは真逆に花と緑に囲まれた美しい地であった。
 一行以外に人の姿はない。この地だけ時間が止まったように静かだった。
 エレナが悠然と聳え立つ純白の神殿を見据えた後、エレナが後方に続く現代の仲間達へ目配せする。
 神妙な顔の皆は首肯し、生唾を飲み込んだエレナは意を決して白い扉を開け、神殿内に入った。
 緊張感に覆われた一行も注意をはらいながら彼女に続く。
 全員無言。招かれし者達の靴音が、無人の神殿の中でやけに響いた。
 神殿内は神々の墓のように至るところへ試験の様子を描いた壁画や聖人でしか読み取れない文字が書かれている。
 それ以外は左右へ立ち並ぶ美しい列柱と壁までも一様にして純白だ。
 最奥。美化したミルンを表した金色の銅像が安置された祭壇の横から――

「お、来た来た。おいでなすったかい、勝者とお供ご一行がよ」

 白染めの衣を纏ったひげ面で痩身の男が、上機嫌に笑いながら出てきたのだ。
 カリウス達はレッグスのおぼしき男へ警戒の色を強くし、各々の得物を取りかけた。
 武器を向けられた本人は意ともせず、カリウスをまじまじと観察する。

「へぇ、こいつがあのカリウス君。ふーん」
「うぇッじろじろ見てんじゃねぇ」

 人を不快にさせるにやけ顔にカリウスがたじろぐ。
 そして――

「あなちゃ……あなたが世界管理者試験の審判、レッグスに違いないかしら」

 真剣な表情で言葉を噛んだエレナが、上擦った声で尋ねた。
 平静を装っているものの、彼女の胸はどくどくと緊張で高鳴っていた。

「いかにも、俺がそのレッグスだ」

 問われた男が答え、不敵に笑んだ。

「支給品の効果じゃないぞ、俺自身の力でお前らの心に語り掛けたんだ。なんせ俺は神の眷属だからな、こんなことも出来ちゃうんだ」
「なんてことを。そんなことするなんて、本物の神の眷属じゃないですかッ!?」
「だからそう言ってるだろ」

 扉を開ける時からカリウスの服の裾を掴んで隠れていたルイが、レッグス驚異の能力にいよいよ怯えて震える。レッグスは呆れ顔だった。

「成程ね。けどエリアル創世記の登場人物が目の前にいるって、まさかねぇ」

 ユウでさえも実在する天上の人を前にし、その圧倒的オーラに足をすくませていた。
 彼という存在に衝撃を受ける一行。エレナでさえ緊迫し、次の言葉がでない。
 だがもう一人、ある意味エレナ同様に当事者とも言える男が張り詰めた状況を破った。

「そ、そうだ。おいアンタ! アンタがミルンと手を組んでインチキしたんだよな! どういうつもりだよッ!」

 夢半ばで倒れたユートの生まれ変わり、カリウスが強く言いながら鋭く指差す。
 黒幕どころの問題ではない。事実であれば、審判が参加者に手を貸したということだ。それだけではなく、輪廻転生の件も彼の口からミルンへと伝えられたという。

「なんだって? 俺がインチキィ?」

 そのレッグス本人は意味が理解できないといった様子のようだ。
 首をほぐすように回し、だるそうにあくびをしている。
 勇ましいカリウスの言葉で緊張がほぐれたエレナが深呼吸した後、レッグスの正面に移動し、

「審判さん。あんたミルンに肩入れしたって疑惑が出ているの。奴が自分で言ってたわ。返答次第ではどうなるかわかってるわよね?」

 怒気を含んだ口調で敵意を露にするが、当のレッグスは、

「カリカリするなよエレナ。俺は一気に時代を飛び越えたお前らより酷いんだぞ。お前らが姿を消した後、上からは何の指示もなかった。見放されたと思ったよ。長い間、気が狂うまで待った。それでやっと現れたと思ったら、ケルンのショックで記憶を一部欠損していやがってよぉ。そこから試験を再開せずダラダラとエリアルの遺物で遊ぶ人間共と遊びを始めやがって。俺だって早く上に帰りたかったんだ。だがらたまたま近くにいたミルンの方に寄って全てを教えイカレエレナを早く倒せと促した、それだけだ」

 長々と恨み言を話すように語ったレッグス。
 逆にエレナを責め立てているようだった。ぞんざいな物言いに、エレナの細眉がいよいよ吊り上がる。
 カリウスも腹が立ち「こいつ……」と低く唸りながら睨みつけた。
 そのふざけた調子で前世を巡る話をもミルンへ面白半分に喋ったのだろう。

「何がわたしより酷かった、よ! 苦しかったのはあなただけじゃないのよ! カリウスと会ったのが刺激になって思い出したけど、それがなきゃどうなって……うッ!?」

 とうとうエレナが詰め寄るが、レッグスの様相が突如一遍。
 軽薄な表情が消え、神々しさを感じさせる凛々しい雰囲気へと変化したのだ。

「顔つきが変わったッ!?」

 カリウスも異質さを感じとり、怒りが吹き飛んでしまうまでに後ずさりした。

「別人みたいですぅ!?」

 そっとカリウスの脇から顔を覗かせてルイはまたも震えあがり、カリウスを盾にするように隠れた。

(威圧感が更に増した。やっぱりあいつは油断ならないッ)

 ユウは険しい顔に冷や汗を流し無言のまま、レッグスの様子を窺い続ける。
 台座から降りた彼は人間達の反応などなんのその、真意がはかれない視線をエレナに送る。

「支給品の不良だ、上の不手際だよ。俺にあたるのは筋違いってもんだ。それにだな、この時代に飛ばされたからこそ新しい仲間にも巡り合えた、そうだろ?」
「それは! そうだけどッ」

 エレナもレッグスが突如放ちだした覇気に困惑しつつも、その妙に説得力のある言い回しに思わず納得していた。

「仲間の死やトラブルを乗り越えたのは立派だが、こっからが本番だ。残った光勢力はお前一人だけなんだぞ。天上の神々の意思に従って、世界を管理する孤独な任務が待ってる。御仲間のいる地上にも戻れない。私情や過去なんて気にしてる暇はねぇ、お前、神になる覚悟は出来てるんだろうな?」
「ぐ……わかってる。出来てるわよ」
「そうか。ま、終わりよければ全てよしだ。その記念にお前と関わりの深かった地上の人間を、特別に神になる瞬間へ立ち会うのを許可してやるてんだ。見送りとしてな」

 レッグスは厳しい顔つきをすっと緩ませた後、手を上げておどけて見せた。
 エレナ、そして地上の人間達三人はその意図を遅れて理解し、揃って瞳をぱちくりさせる。
 戸惑うしかない。神の眷属という得体のしれない存在が、人間じみた気遣いを見せるという思いがけない展開である。
 いつの間にか張り詰めていた空気は消失。エレナが安心したように再度大きく息を吐く。

「ミルンに余計な情報をベラベラ喋ったのはともかく、皆との別れの機会を作ってくれたのだけは感謝するわ」
「最後だ、しっかりと焼き付けときな。これで経過時間史上最長の管理者試験、完了ってワケだ」

 首をぽきぽきと鳴らすレッグスが背を向けて指を鳴らした。
 すると次の瞬間、レッグス以外の全員が度肝を抜かれることになる。
 轟音と同時に、彼の真横から緑黄色に光る極太の柱が出現し、天上を一瞬で突き抜けて遥か天空へと伸びていったのだ。
 あっという間に起こった出来事に言葉までも失った四人は、考える暇さえなく更なる変化を目撃する。光の柱目掛けて、そこら中から数えきれないまでの同系色の光球が引き寄せられ、吸収されていく。目でやっと捉えらる速度だ。
 天変地異と言っても過言ではない神秘的な情景。あの特徴的な光は――

「びっくらこいたろ。俺が出したあの光の柱でエリアルの燈火を集めてんだ、ルアーズ大陸全土へ振りまいた女神エリアルの霊体をな。しかるところ役目を終えたのさ、お前らの使ってる支給品もな」

 レッグスがからからと笑う。
 間もなくなけなしの平静さを取り戻した四人は、燈火は女神エリアルの霊体の一部をルアーズ大陸全土へ振りまいたものという創世記の一節を思い出した。
 そして試しに各々の聖遺物を展開させようとするが聖痕も体現せず、燈火も現れない。
 それに――

「あい!?」 

 カリウスが首筋に火傷をしたような痛みを感じて顔をしかめた。
 彼だけの問題ではない。他の三人も、ほぼ同一のタイミングにその痛みが発生したのだ。そして、自分達の身体に起こった変化を瞬時に理解できた。
 聖遺物が使えなくなる。すなわち、聖痕も体現する理由がなくなるのだ。
 今まで頼っていた神の力がなくなるという展開である。

「んだよそりゃ。ストラトとも、お別れってわけかい。でも、世界は新しくなるんだ。そりゃ聖遺物もいらねぇよな」
「ですね。便利ですけど、争いの原因にもなったのは確かです。それでもカンナビ、素晴らしい相棒でした。コクーンのおかげで大切な人の命も救えれましたし、お疲れ様です」
「これからは聖遺物に頼らず、人の手だけで時代を作っていかなきゃならない。人間が進歩するきっかけになればいいけど」 

 カリウス、ルイ、ユウ。三人は事態をすんなりと受け入れることができた。
 所詮、ただの人間が使うにはすぎた代物なのだ。

「成程。最後に綺麗なものを見せて貰ったわ」

 エレナが美しくもあり儚くもある光の奔流に感嘆する。
 そしてゆっくりと振り返えり、名残惜しさを感じさせる悲しげな表情で仲間達に向き合い、一人一人の顔をまじまじと見つめる。
 言葉で言わずも察せる。別れの時間が来たのだ。

「来ちゃったか、この時が。お別れ、なんだねっ……」

 ユウがエレナを感慨深げに抱きしめた。
 様々な感情がこみ上げ目尻に涙を浮かばせる。弟子の前でも初めてみせた涙顔だ。
 エレナは現世で出来た初めての仲間を優しく抱きしめ返す。

「ありがとう、ユウ。出会いという奇跡を教えてくれてありがとう。あなたがいなければわたし、とっくの昔に死んでたかも。真実も知らず、誰かと一緒に笑うことも忘れたまま、ね」

 エレナがユウと辿った軌跡を思い返しながら、溢れんばかりの涙を零した。
 そしてルイも、訪れる別れへと涙化粧で顔を赤くしていたのだ。

「エレナさん、その、短い間でしたが……あなたと共に戦い、縛れたコドっ、ごうえいに思いまず。私、神様なんて嫌いでした。そんな都合のいい存在なんていやしない。でも、エレナさんなら信じられまずっ。安心して、これからも私達を見守っていてづださいっ」

 顔を両手で覆い、言葉にならない想いを伝える彼女にエレナが微笑み返し、

「縛られたのは生まれて初めてだったわ。ある意味いい経験になったかしら。城でも言ったけど、この世界を生かすも殺すもあなた達次第なんだから。頑張りなさいよ、ルイ」 

 大粒の涙をすくってあげた。 
 最後――エレナがその隣で高ぶる感情を堪えているカリウスに目線を合わせた。

「エレナさん。俺、あなたに言っておきたいことがあるんです」

 カリウスは見つめ返し、悲しみの動悸をなんとか抑えながら言う。

「何かしら、言ってごらんなさいな」
「俺、あなたに初めて会った時からその、エレナさんに一目惚れしていたんです。初めて会って、一瞬で、なんていうか……心を奪われたんですっ。俺、こんなの初めてで」

 突然の愛の告白。
 ルイもユウも泣いたままで面食らったようにカリウスの方を一瞥した。
 当のエレナは初々しい主張を、慈愛のこもった眼差しを向け真剣に聞いている。 
 続きを待っていた。カリウスが紡ごうとしている言葉の続きを。

「心のどこかではとっくにわかっていたんです。決着がついた時点でエレナさんとはお別れ。でも言えなくて……だって早すぎるッ! 短すぎる! 知りたい、もっとあなたを知りたかったんだ。なのに、なのにッ。早すぎるよ」 

 どうしようもならない想いがついに決壊し、涙がとめどなく流れ出した。
 運命には抗えず、離れ離れになってしまうのだ。
 エレナはユウとルイの髪を愛おしく撫でた後にそっと離れ、嗚咽しながら下を向くカリウスへ歩み寄った。

「泣かないの、男の子でしょう。カリウス、顔をわたしに見せなさい」

 辛かったが、言われるままに顔を上げる。
 すると――驚く間もなかった。エレナの顔が目の前にあったのだから。

「ぐ、うぐっ――ッ!?」

 想定外の行動。
 ルイとユウが顔を赤くし、レッグスが口笛を鳴らした。
 淫靡さのない純粋な触れ合い。顔を上げたカリウスと深く唇を重ねたのだ。
 心地よい愛の感触を噛みしめながら頬を桃色に染める少年は、このまま時が止まればいいのにと思う。
 長い口づけが終わる。エレナが柔らかな表情を作り、

「カリウスの気持ち、確かに受け取ったわ。ありのままで前に進みなさい。数年後は今よりもっといい男になってるでしょう。忘れないで、姿形はこの世界から離れてしまっても想いは生き続ける、ずっと見守っているから。もしも、女の泣かせるような酷い男になってたら、いの一番に雷を落としてやるんだからね」

 鼻っ柱をぴんとつっつき、彼女なりに叱咤激励を伝える。
 カリウスは大きく頷き、

「約束するよ。もっといい男になってやる。少しのことじゃあ物怖じしない屈強な男に、皆を守れる男に、エレナさんが心配しないような強い男になってやる!」

 鼻をすすりながらも、力強く宣言する。
 聞き終えたエレナは返事代わりに片目を瞑り、仲間達から名残り惜しげに身を引かせる。

「レッグス、ちょっと」

 そして次にはレッグスへと近づき、耳打ちをし始めたのだ。
 囁いている内容は三人には聞き取れない。何を話しているのだろうか。
 話がまとまったか、エレナがもう思い残すことはないと澄み切った顔で離れた。
 確認した審判がまたも指を鳴らした途端、その姿はもう透けていた。

「エレナさんッ」
「エレナッ」 
「エレナひゃんッ」

 カリウスが、ユウが、ルイが。三人が感極まってどっと駆け寄った。
 別れの時が迫る。みるみる内に消えていくエレナは仲間達の顔をもう一度見渡す。

「あ、そうだわ。これを……わたしがこの世界で一番気にいった花の飾りよ。時々でもいいから、これを見て思い出して頂戴ね」

 そして蒼い薔薇をあしらった髪飾りを取って、カリウスの片手へと収めた。

「う、ぐ。うぅうぅ」

 彼女が生きた証へ、頬をつたう一滴の雫が落ちた。
 もう触れることはできないしなやかな指先も、徐々に離れていく。

「カリウス、ユウ、ルイ。新しい時代を、平和な時代が作られると期待しているから。さようなら、私の大切な仲間達」

 最後の言葉を伝えた直後、エリアルの燈火を回収し終えた光の柱も夢幻泡影の如く消失。
 無論エレナもいなくなってしまった。
 黒いローブに身を包んだ彼女は、最後まで刹那的かつ妖艶で美しかった。
 女神エリアルの後継者試験がここに完結。
 新時代を託された人間達が神の名を叫ぶ声が神殿中に響き渡る時、仕事を終えたレッグスは幾時も審判を務めた疲れがどっと沸いてきたのか、その場にしゃがみ込んだ。

「やっと終わったぜ。昇進昇級間違いなしだろこりゃ」

 言い終える頃には、彼の姿も消えていた。



[43682] エピローグ 天国が在る場所
Name: @FUMI@◆c651cbcf ID:a9069bfe
Date: 2021/01/24 20:10
 季節は色を変えて通り過ぎていく。
 連日ルアーズ大陸中が大騒ぎだった。
 突然神々の燈火が空を覆った後、聖人と呼ばれた者達は聖痕を失い聖遺物が使用できなくなった。
 ただの人間に戻ったのだ。
 そうして人間の英知を超えたモノがガラクタとなった結果、独裁者と言われた聖人王がいたある国では聖遺物という絶対的力が消えたため謀反が起きたり、はたまたある国では抑止力としての聖人がいなくなったので隣国に攻め滅ぼされたり、聖人以前にそもそも王となる者として器があった者が治める国では何も起きなかったりと、国々の情勢は聖遺物が現世に出現した時より混沌としつつあった。
 大陸制覇に一番近かったガルナン王国――圧倒的戦力の象徴であった多数の聖人を擁していた大国も例外ではない。
 他国と立場は同じくなった、かの大国がとった次なる一手――此度の動乱収束後に「犠牲となったミルン女王」の遺言で急遽即位したというアンジェ新女王は、デューン王国へと訪問したのだった。
 デューンの国王とアンジェ女王は「ミルンが招いた望まれぬ摩擦と精神発狂からのご乱心」という全聖遺物が無力化したきっかけとなる出来事について会談し、結果として双方の誤解を氷解して正式に国交を正常化したのだ。
 そして更に混迷極める大陸情勢を正すべく後日、ガルナン王国とデューン王国の二国間が中心となり一つの案が作成された。
 ルアーズ大陸の平和維持を目的とした国際組織を設立すると――
 聖人は存在しない、人間は大きな意味で平等となったのだ。
 欲の塊を求めて大陸中が血を流していた時代の反省を踏まえて、国々が協力し合い平和安寧を目指していくと。
 人間達は終わらない戦の時代に疲弊しきっていた。
 神が欲望にまみれた世界には怒りの業火を注ぎ込むというなら、自分達も争いは望まぬ。 
 皆が協力して生きていく世界を願うと。
 この壮大な構想はルアーズ大陸中の多数の国家から歓迎をもって迎えられる。
 今、ルアーズ大陸は新たな時代への第一歩を踏み出そうとしていた。
 そしてまた、月日が経って――
 
 夕暮れ時。人々が一日の営みを終え、岐路につこうとする頃。
 一人の屈強な男が希望に満ちた雰囲気を纏い、名前を変えた神殿へ辿る一本道を歩いていた。
 足取りは曇が感じられぬまでに軽やかである。
 いくらもしないうちに到着。
 カリウス・ガリィ、二十歳。神官へと会釈を交わし、神殿の扉を開ける。

「あれ、ユウさん?」
「お、カリウスじゃないか」
 
 戦いの術を彼に教えてくれた師匠的存在である童顔赤髪女騎士ユウ、二十一歳。
 女神エリアル像の隣に置かれた新しい神の像の前で、祈りを捧げていた。
 少女の頃から容姿も背丈もあまり変わらず。近年は彼女自身気にしていた胸の成長について、諦めに近いスタンスでいた。
 カリウスは普段着のユウの隣へ並び、目を閉じて彼女と同じように手を合わせた。

「今日はお祈りの日ですもんね」
「だね。あたしはいつもこの時間帯さ。カリウスはいつもより早いね」
「えぇ、ガルナン王国には明日出発ですから」
「あ、そうか明日行くんだったか」
「以前の会議で作成した原案を再度審議する会議だそうです。俺とルイは国王の護衛ですけどね」
「な~んだ。酒に付き合ってもらおうと思ったのに。王直属の近衛騎士サマは大変だねぇ」
「へへ、帰ってきたらまたお付き合いしますよ。で、国王とアンジェさんが言うにはどの国も反応がいいみたいで。きっと賛同して署名してくれます」
 
 カリウスと妹分のルイは二年前のミルン討伐が高く評価され、ユウの推薦もあって騎士団の中でのエリート集団――王の身辺警護をする近衛騎士団へと入団したのだ。日々奮闘中である。

「しても大きくなったね、カリウス。ルイもだけどさ、あっという間に強くなってあたしを追い越していくんだろなぁ」

 ユウの脳裏に浮かぶかつての悲愴感に支配された二人の姿は、目の前の力強い姿に塗り替えられていった。

「いやいやいや、騎士団本隊を統べる団長が何を言ってるんですか!」

 カリウスが手を振って本心で否定する。

「謙遜しないで。今に越しちゃうよ、君ならね」

 ユウが穏やかな笑みを浮かべながら言った。
 カリウス同様に世界を変える助力を尽くした彼女もまた、国家中枢部の賞賛の声と騎士団内の署名活動の結果に押される形で重い腰を上げ、父親の後を継ぎ騎士団長に就任したのだった。

「一生かかっても越せるかどうかだなぁ。ずっと小さいままなのにメガトン強いんだからユウさんは」
 
 ユウの笑顔が固まる。
 そして「うぅッ」と項垂れてカリウスの言葉にショックを受け胸を押さえた後、飛び上がった。

「かーりーうすッ。その一言が、余計だッ―」
「うわぁッ!?」
 
 一方的蹂躙。
 大人気なくカリウスをぼかすか叩いていたところ、扉が開く音がした。
 二人揃って振り向くと、

「カリウスにユウさん、こっそり聞いていましたとも。私の乳房のサイズがユウさんを僅かに上回っているという揺るぎなき事実を!」
 
 得意げな表情で自身の慎ましやかな胸を強調するように触る二十歳になったルイ――特殊性癖持ちの愛らしい顔をした銀髪女性が立っていた。
 カリウスはあきれてため息を吐く。何年経とうがこのやりとりも続いていた。

「んな話一言もしてねぇ。それにお前、対して変わんな――あでっ!」
 
 ユウが手刀をカリウスの鳩尾に入れることにより、強制的に喋りを中断させる。
 顔を赤らめながらの一撃は手加減が一切ない。成長した彼でさえも、ずるずると落ちていった。

「んもう、デリカシーないんだから。結構気にしてるんだからね」
「あははっ、カリウス撃沈ですね――はうっ!」
 
 愉快痛快と言わんばかりに笑い声をあげる破廉恥娘にも、こつんと頭を叩いてやる。

「君もだよルイ。そろそろ一人の女性としての常識や恥じらいってもんを覚えなさい」
「常識に縛られるのも考え物だと思います。ユウさん、現実を逃避しても背は伸びないし胸も大きくなりませんよ」
 
 ルイが頭を抑えてながら不服そうな目をユウに向けた。

「逃避してなんかしてないやい! というかねー、ルイに言われたくないよっ。あたしよりデカいとか言ってるけど大して変わらないじゃんかッ!?」
 
 ユウが必死すぎる主張を返す。墓穴を掘ったことに気づいていない。

「それでもユウさんよりは少しながら勝っています。これから先も揺らいだりしませんっ」
「女の魅力は胸だけじゃないんだよ。仮にルイが勝ってるのはそれだけだとして、料理の腕、気遣い、優しさ、総合的に見ればあたしの圧勝だよ」
「う……くっ、目ぼしい相手もいない人が魅力を語らないで下さい!」
「ルイもでしょうが!」
「年下と張り合って何が楽しいんですか!」
「先につっかかってきた人が何を言うかッ!」
 
 生々しい言い争いが続く中、もはや無視されていたカリウスが、その話が余りにもくだらなさ過ぎて「くくく……」と腹を抱えて笑い始めた。
 声が耳に入ったユウとルイも何故だか面白くなり、彼に釣られて微笑んだ。
 笑い終えた三人は一様に新しい神、光の女神エレナのまっさらな銅像を眺める。

「凄い時代に生まれてきたんだ、あたし達。出会いという奇跡か、忘れないよエレナ」
「胸張って報告ができる日が楽しみだ。難しいけど、平和な時代を空の上にいるエレナさんに見せてやるんだ」
「なんだか不思議ですね。こうしている間にも、私達を見守ってくれているんですもの」
 
 ユウ、カリウス、ルイが感慨にふけりながらしみじみと呟いた。
 各々の胸中には彼女の残した言葉が深く刻まれている。
 彼女が旅立ってからも、聖遺物がなくなろうが依然として争いを望む国家が存在しているのは事実だ。
 全てを望むのは無理かもしれない。それでも、誓った志が生きている限りは足掻き続ける。

「そうだ。カリウス、君に聞きたいことがあったんだ」
 
 ふいにユウから声を掛けられたカリウス。

「何でしょうか」 
 
 ユウはニヤニヤとしている、人をからかう際の顔だ。
 カリウスは嫌な予感を感じた。

「違うよ。大した話じゃないんだけど、カリウスの初恋の話なんだけどね」
「うっ、またですか。何回話したか数え切れないですよ。さっきの仕返しすか……今更聞くことはないはずですよね」
 
 予感的中。それだけでは終わらない。

「えぇッ、カリウスがお別れ間際にまさかの告白をした結果、ファーストキッスを奪ってくれた憧れの女性、おっぴーが大きくて色白でキュッと引き締まったウエストかつ神がデザインしたには美人過ぎるエレナさんがどうしたんでしょうか?」
 
 ルイも便乗してきたのである。
 二年間、この二人には何回弄られてきたことか。

「そこまで言わなくてもわかるわ!? ったく、毎度毎度と飽きないよな全く」
 
 勢いだったと言ってしまえばそれまでだが、あの時のカリウスは激情を抑えれなかった。
 思い切って素直な想いを伝えたのは今でも後悔などしていない。
 悲恋に終わったとしても、かけがえのない記憶の糧であるに違いないのだ。

「ゴメンゴメン。今回はそうじゃなくて、エレナに惚れるだろうなってのは最初から若干予想はできてたけどなんというか二人、さ。まるでずっと昔から一緒にいたみたいにしっくりと合うってか。ずっと頭の隅に引っかかってさ。気のせいとも言いがたいんだよね」
「ふぇッ!?」
 
 鋭すぎるユウの勘にカリウスがドキリとした。声が上擦り冷や汗が流れる。

「ユウさんもですか? 実は私もなんです。最初は私も気のせいだと思ってたんですが、また違う感じなんですよね」
 
 またも妹分が反応する。
 彼女達の察しの良さに、カリウスはあんぐりと口を開けて脱帽した。

(マジかよ。ミルンやエレナの言ってた輪廻の件を聞かれてもわからないってはぐらかしてたのにッ。何で今更になって本能で確信に近づいてんだこの二人はッ!?)

 女性陣が不思議だと互いの顔を見交わした後、共にカリウスへと怪訝な視線を寄せた。

「あたし、男女間の直感だけは外したことがないんだよ。どうなの、実際キスまでしてくれてたんじゃん。もしや何か隠し事とかしてるんじゃないの、二人だけの秘密とかさ、ねぇそうでしょ!」
 
 ユウがそのままカリウスの目と鼻の先まで顔を近づける。
 思わず後ずさるしかない。

「この違和感、読めたかもしれないです。カリウス、もしかしてガルナン王国の酒場から帰った後、酔ったエレナさんに襲われて溜まりに溜まった性欲の捌け口にされたのでは――いやそうですよ、だって私の部屋にエレナさんはいなかった。うん、それしかありえません。アレを済ませている男女が醸し出す特有の雰囲気を二人は持っていたんですっ」
 
 ルイは顔を紅潮させて一人で卑猥な妄想をぶちまけている。思い込みが激しいのも変わらずだった。

「うぐ、考えすぎですってユウさん。嬉しいですけど、流石に誇張してます。ルイも早くこっちの世界に返ってこい!」
 
 暴走する女性陣に必死の説得を試みるが、

「う~ん、ルイの考えの線が意外にも正しいか。大丈夫だよカリウス、包み隠さずあたしに一から説明してごらん。成長したと思ったらそっちも進歩していたんだね。なんだか自分のことのように嬉しいよ」
 
 同調する師匠的存在も、

「カリウスッ、私を置いて先に大人の階段を上ってしまうなんて。あなたは薄情者です、大きくなったらしてみようって言ったのはそっちじゃないですか!」
 
 変態妹分も話を聞いてくれない。
 カリウスはこの状況から逃げ出したくなり、苦し紛れにエレナの像を仰いだ。

(エレナさん、どうか今だけ降りてきてきて下さい。そして説教という名の天罰をルイとユウさんに与えて下さいませ――)
 
 像が物言うはずがない。
 けれども、一瞬だけ笑顔になったようにカリウスには見えた。
 何はともあれ、尊くもある何気ない日常を過ごすルアーズ大陸の救世主達は、今日も賑やかだった。時が許す限り彼らは喜び、怒り、哀しみ、笑いながら生きていくのだろう。
 無から生まれ、留まることなく拡大し続ける天上天下。
 これは、世界管理者試験を終了したある世界でのお話し――


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