月の光に照らされた、ある草原地帯。夜風に揺れる緑が白く染まり、神々しく輝いている。
その神秘的空間には今宵、異物が混じっていた。
静寂に泥を塗るかの如き人間達の闘争だ。
数十人程の鎖帷子を身に着け武装した髭面の男達が、草原のある一角にて苦悶の表情を浮かべ倒れている。すでに戦闘不能の状態、健在な者は僅か三名だ。
皆、剣を持った太い両手はガタガタと震えている。驚愕と焦燥が入り混じった彼らの瞳の先にいるのは、革鎧を纏った褐色肌の小柄な少女だ。
頭の後ろに束ねた赤色の艶やかな髪が、冷たい風で揺れた。絵画のように整った可愛らしい面立ちの
彼女は、腰に手を当て堂々とした様子で立っている。
その余裕気な態度が気に入らないと、リーダー格の面長で長身な男が情けない声で叫ぶ。
「小娘如きがよくもやってくれたな。ここまでしておいてただで済むと思うなよ」
負傷して呻く仲間たちを流し見た後、赤髪少女へ向かって長剣を向ける。
「何その被害者意識満載なセリフは。そっちが先に仕掛けてきたんじゃん」
少女はため息を吐くと、体を覆う革鎧とは同一色でない、青白く光った幾何学模様が全体に意匠された金色の籠手を装備した右手で、かゆくもない頬をかく。
そんな彼女へ面長な男がもう我慢ならないと、長剣を構えて駆け出した。
「舐めやがって! 覚悟しろッ」
「やれやれ。怖気ついて逃げるの思ったのに、またこれを使わないといけないなぁ」
だるそうに言った彼女が丸く大きな黒色の双眸を真剣の色に変えた瞬間、首筋に赤色の文様が浮かび上がった。また同時に突如としていくつもの淡い緑黄色の光球が、少女の周囲を取り囲むようにして一瞬だけ出現したのだ。
駆けていた男がその異様な光景を前にして、思わず足を止めた。
「畜生ッなんだってこんなガキが聖人なんだ」
世界で彼女のような者を形容する言葉を震えた唇で呟いた彼は、恐怖のあまり歯をガチガチと鳴らす。
「もう泣きそうになってるじゃん。でも許してあげないからね」
容赦しない姿勢の少女は、金色の籠手と同一の青白く光った幾何学模様が刻印された鞘から、剣ではない何かを取り出した。
「15歳の女一人に徒党組んで襲い掛かってきた君たち全員、神々の聖遺物で懲らしちゃうからね」
確かに何かを取り出したが、握られたソレの形状は少女以外には視認できない。彼らには両手で空を掴んでるようにしか見えなかった。
自身がしたように何かを向けられた面長の男は冷静さを完全に失い、
「クソがぁぁぁぁッ!」
雄たけびをあげながら自暴自棄に突っ込んだ。
振り上げられた長剣を透明な何かで迎撃するする少女。硬質なモノ同士がぶつかり合う音が、夜の草原に響く。
「うぉりゃッ!」
二撃目。力任せに横振りされた剣を少女が薙ぎ払い、
「しまッ!?」
面長な男の長剣が弾かれる。
少女はスキを見逃さない。
「そそいのそいッと」
彼の脇腹に渾身の一撃が入る。
防具等意味はなかった。脇腹を抑える間もなく口から泡を噴き出して倒れこむ。
ふぅっと一息はいた少女は、一連の流れを立ち尽くし呆然と眺めるしかなかった残り二人に視線を定め、
「さぁてと、あとは君ら二人だけだね」
不適に笑んだ。
男二人は身体を震わせながらも覚悟を決めたのか互いに顔を見合わせた後、剣を構え少女と対峠する。
「終わるか、これで終わってたまるかよッ。おい、同時に仕留めにかかるぞ」
「おおよ! クソガキッ今度こそ覚悟しろよ」
己を鼓舞するように声を荒げて同時に突進してきた二人に対し、
「それッ。よいしょッと」
少女はその無茶苦茶な剣戟を華麗に避ける。
「大人しく聖遺物を寄こせッ」
そして、
「嫌だね」
「グガッ!?」
一人目、
「これは大切なものなんだよん」
「ハギィッ」
二人目の後頭部へ目にもとまらぬ速さで透明な得物で打突――戦いは僅かな時間で終わった。
少女は不可思議な得物を鞘に納めた。そして、首筋の赤い文様が消える。
「はい終了っと」
大勢の男達が倒れた周囲一帯を一瞥して、脅威が消えさったことを確認した少女は、両手を夜空に伸ばして大きく背伸びをした。
「さてと、邪魔者は蹴散らしたし、一人旅再開としますかぁ」
気分よく呟く少女。湧き出ていた戦いの気はすでに消えていた。
彼女は倒した大勢の男達を踏まないよう器用に避けながら戦闘をしていた一帯を抜け、踊るように歩いていく。
神秘的な月の光へ照らされた草原に静寂が戻る。
夜は長くまだ明けないようだった。