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[4090] Struggle for Supremacy 【MMORPG系、デスゲーム】【更新予定についてのみ】
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2009/02/01 05:22
 ―― 更新状況 ――

 少しばかり忙しく、創作に回すだけのリソースが現在ございません。
 前回の予定から延びる形になり申しわけありませんが、次話については、今しばらくお待ちくださいませ。


◆ 第一部 ◆ 【完結】
 プロローグ 初出:08/09/03 修正:08/10/21,08/11/01
   第一話 初出:08/09/10 修正:08/11/01
   第二話 初出:08/09/15 修正:08/11/01
   第三話 初出:08/09/27 修正:08/11/01
   第四話 初出:08/09/30 修正:08/11/01
   第五話 初出:08/10/13 修正:08/11/01
   第六話 初出:08/10/18 修正:08/11/01
 エピローグ 初出:08/10/21 修正:08/11/01


◆ 第二部 ◆ 【連載中】
 プロローグ 初出:08/12/04
   第一話 初出:08/12/10 修正:08/12/24
   第二話 初出:08/12/24
   第三話 初出:09/01/09



[4090] Prologue of First Stage
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:13

「何が広大無辺なファンタジーの世界を堪能してみませんか、だよ。
 誰がマジモンの命を賭けてまで、殺し合いをやりたがるかってんだ。こんなのサギ以外の何モンでもねぇじゃねぇか……」

 腰ほどまで生い茂った緑へとショートソードを擦りつけ、こびり付いたドス黒く腐敗した血液と肉を拭いさりながら、宮間耕太(みやま こうた)は、心の内に積もった不満を誰に聞かせるでもなく吐き棄てる。

「そりゃ、俺だって冒険がしたいから、このゲームにログインしたさ。
 だけどな、誰が、血まみれになりながら戦うことに憧れるかってんだ。誰が、腹に喰らった一撃で気が狂いそうな痛みに耐えながら、それでも戦わなきゃ殺されるような世界を望んだってんだよ!
 俺達が望んでたのは、普通じゃ行けない世界への旅行や観光、ゲームで敵をスタイリッシュに倒したときの爽快感だってんだよ!
 誰が、こんな血で血を洗うような地獄を望んだってんだよぉぉっ!!
 くそがっ、くそがっ、くそたっれがぁぁっ!!」

 気が付けば、赤く染められた緑は薙ぎ倒され、その命を散らしている。
 だが、緑を愛でる心などは、衣食住――いや、命の心配をしなくてすむだけの余裕を持ちえなければ生まれないものなのだろう。
 昏い翳を顔に映しながら、ぶつぶつと呟いて始まりの街へと向かう耕太は今、二週間という短くも長い時間を生き抜き、それに見合うだけの強さを手に入れながらも、精神の危機に瀕していた。



 ※  ※  ※



「大丈夫なのか、宮間君?」

 自治会本部として使用されているホテルのエントランスに顔を出した耕太を、自治会会長を勤める酒田克己(さかた かつき)の心配そうな声が出迎えた。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫だよ。大丈夫じゃないとまずいから、大丈夫だってことにしといてほしい」
「分かった。悪いとは思うが、その言葉に乗らせてもらうぞ」
「ああ……」

 エントランスに集まった十数名は皆、仮想現実体感型RPG――「Struggle for Supremacy」に参加しているプレイヤーであり、GM(Game Master)すらもログインできない異常事態に際して、克己が音頭をとって組織した自治会で主要な役職を担う者達だ。
 そして、厳しい状況にあるが故、集った皆の顔には、耕太と同様の翳りが貼りついている。
 耕太一人だけが、精神的な危機を迎えているわけでは決してなかった。

「全員、揃ったな。
 この二週間、自分達の置かれたこの状況に、戸惑いを覚えなかった者はいないだろう。この理不尽に怒りを覚えない者はいないだろう。
 だが、そんな感情は、今一時の間は忘れて欲しい。
 我々の生存の可能性を探るためにも、無理矢理に呑みこんでもらわなければならない」

 苦渋を滲ませた言葉と共に、克己は集った一堂を見回し、一拍の間を取って、言葉を続ける。

「これまでの二週間、基礎的な情報の収拾に各自が終始してきた。
 それを纏めることで、より正確な現状の把握と共通認識を促し、今後の行動指針を改めて定めたいと思う。
 まずは、リアルとこの世界について分かったことを報告してもらう。
 美馬君、頼む」
「はい、分かりました」

 克巳の視線に頷きを返し、環境調査班長の美馬夕子(みま ゆうこ)が立ち上がった。

「仲裁等の対処用として用意されていたリアルでのパソコンから直接コールされるGMとの個人会話、これを流用して確認できたこと。また、ゲーム内のシステムについて、確認のとれたことを報告させていただきます」

 精神的に辛いものを押さえつけているためなのだろう。
 ただでさえ硬質的な響きを持つ夕子の声は、冷たさを感じるほどに事務的な口調となっている。

「まず、容姿については、設定されたもの全てが無効となり、リアルでのものが再現されています。ですが、能力などについては、変化が如実に表れやすい戦闘班の宮間君他数人のデータに照準を絞って確認を取ったところ、世界観に合わせたものになっていることが証明されました。
 同時に、攻略に役立つ情報――つまりは、用意されているジョブや成長後の上級職に必須となるパラメータやフラグ、モンスターの配置やアイテムのドロップなどの直接的な情報については、会話から全てが欠落してしまうため、確認がとれていません。
 私見ですが、このことから鑑みるに、今の状況は声を流した何者かによって引き起こされた恣意的な事件だといえるのではないでしょうか」
「美馬君、悪いが今は遠慮して欲しい。現状把握に努めてもらえないか?」
「――申しわけありません。
 報告を続けさせていただきます」

 熱を帯びようとしていた夕子の口調を、克巳の言葉が遮った。
 そのことにより、無自覚のうちに感情が暴走しかけていたことを夕子は悟り、大きく息をつくと、元の硬質な口調を取り戻す。

「先ほども申しました通り、重要と考えられていた情報について、その幾つかの取得に期待できないのが現状です。
 ですので、確認できた事項についてだけ述べさせていただきます。
 まず、物資購入の最大供給元であるNPC(Non Player Charactor)ですが、一ヶ月の制限が設けられている事実が判明しました」

 夕子の言葉に、どよめきが広がる。
 モンスターを倒すのではなく殺すといってもよい行為――返り血を浴び、むせ返るような血の匂いを嗅ぐという現実さながらの殺傷行為に忌避感を覚え、安全な街に篭りがちな人間は、ただでさえ多い。
 その上、冒険に必要な装備の販売数には上限が設けられていたため、他のゲームでの経験を活かしてスタートダッシュを果たしたプレイヤーによって装備が買い占められており、そんな彼らだからこそ、ある種の平等性を確保しようと組織された自治会に所属するはずもない。
 そのため、現時点では自治会に所属する少数の戦闘可能者が取得する金を掻き集め、最低限の食糧の供給を自治会メンバー全員に行うことで、ギリギリの平静を保っている。
 だが、あと二週間で、それが行えなくなるとなれば、どれだけのパニックが起こることになるのか。
 そのことを想像し、誰もが更に顔色を失っていた。

「この件に関して、まだ希望を見出せるとすれば、装備の類と同様の販売数制限が設けられていないことでしょう。
 リアルとは違い、アイテム扱いの食べ物ですから腐るということはありません。現状で確保できるだけ確保しておくという手段が通用します。
 また、販売上限を迎えて武器販売のNPCが消失した一昨日以来、店舗跡に『For Sale』の札が掛けられていることから類推した不動産の販売について、確認が取れました。
 銀行の窓口に、不動産部門が開設されています。
 販売内容は、始まりの街にある全ての物件が対象となっており、その中には倉庫もありました。この倉庫を十分に利用すれば、アイテム保持上限や公正な管理について頭を悩ませる必要は、なくなっていくものと思われます。
 ただ、多額の購入費用が掛かるため、食料の供給を第一に考える必要がある今しばらくの間は、個人保有で凌ぐべきだと思われます。
 如何でしょうか?」
「……美馬君の言う通りだろうな。
 反対意見か代替案を持つ者はいるか?」

 夕子の言葉を受けた克巳の質問に、誰もが沈黙をもって答えを返した。

「どうやら、意見はないようだな。
 続けてくれ」
「はい、分かりました。
 では、気になされる方もいるでしょうから、食べ物について、もう少しばかり触れておきます。
 リアル同様、お腹がすくために必要とされてきた食べ物ですが、その摂取が現実に反映されているらしいことが判明しています。
 これは、ログインしていた者、ログインせずに外出していた者に係わらず、オープンβに当選していた人間全てが、ゲーム開始時に自室で気絶していたという理解し難い件の情報の続きにもなります。
 発見された人物から順次、病院に収容されていますが、そこで行われた血液検査から、初期段階で手持ちの金を節約しようと食事を抜いた人物のみ栄養の低下が見られるとのことでした。また、軽い脱水症状が見られるとの連絡もあります。
 ただ、リアルの一日が八日となるように、体感時間が引き延ばされているため、どこまでリアルにフィードバックされるのかという検証は取れていません。しかし、最低限とはいえ、八日分の食事を一日に摂取して過栄養状態になってはいないことから、こちらで食べることがリアルでの適正摂取量に変換されて充当される関係が構築されているのであろう、という見解が示されています。
 また、栄養の低下が見られた該当者に対して、リアル側で点滴が行われましたが、回復は認められず、またこちらでの飢餓感が解消されたという事実もないことから、強引ですが、先の見解の傍証が成り立っているともいえるでしょう。
 なお、この件に付随して、運動量などその他の事象のフィードバックについて、今後も経過観察していくことになるそうです。
 そして、この件に関してもう一つ取り上げておくべき点となりますが、こちらの世界での死んだ時刻をデータから解析した結果、リアルでの死亡時刻との一致が確認されました……」

 言葉を濁すかのように声を小さくした夕子の視線を受け、克巳は一つ頷くと立ち上がり、集う皆を見回した。

「なるほど。やはり、我々を取り巻く状況は厳しいことが、事実として突きつけられたということだな。
 だが、この世界に囚われた当初、世界に鳴り響いた声の正しさを証明するものでもあるだろう。
 その点で、以前にも話題になった危惧が具体化する可能性が、いよいよ高まってきたわけだが、それについては後ほど触れたいと思う。
 美馬君、続きを頼む」
「はい」

 問題一つ一つに対して、思索に耽る時間を設けるわけにはいかないため、夕子は皆の注意を喚起するかのように声の調子を強めて話を続ける。

「では、続けて生産関連について、報告していきたいと思います。
 ある意味で安全圏にいることができ、また必須となっていく生産職への就業を望む意見が増えています。
 しかし、どのようなジョブが用意されているかは、やはり分かっていませんので、現在は回答を保留している形になっています。ですが、そろそろ具体的な目標を指し示す必要があります。内に溜めた不満を解消できなければ、暴発する可能性が高くなっていますので。
 この件について、甚だ不確定ではありますが、NPCで売られていた道具と他のMMORPGに用意されたジョブから類推し、予想したのが、次の三つになります。
 武器・防具の作成を担当する鍛冶職、食べ物を調理する料理人、回復薬などの薬を調合する薬剤師です。
 これらの職について、この一週間、検証を行ってきました」

 夕子は視線を巡らせ、皆の理解を確認する。
 克巳を始めとする何人かの頷きが見られ、また首を捻る様子を見られないことから理解の及ばない者もいないらしい、と判断できた。そのことに安心し、彼女は再び口を開いた。

「まず、鍛冶職についてですが、NPC武器商人によって、木刀、ナイフ、ショートソード、弓、杖が武器として、麻服、帽子、靴、レザーアーマー、レザーヘルム、レザーシューズ、ウッドシールド、ローブ、マントが防具として販売されていました。
 この内、外見の特色から何の変哲もない木製の木刀についての試験が容易だと判断し、検証を行ったわけです。
 まず、宮間君の協力を得て、フィールドに生えている枝を木刀代わりにして、モンスターに攻撃を仕掛けてもらったところ、素手の攻撃によるダメージと変わらず、装備ステータスにも表示が行われませんでした。
 ですよね、宮間君?」
「ああ、その通りだ」

 戯れに見えるそのやりとりは、精神的な安寧を得ようとする夕子の無意識の表れに違いない。そして、多数の視線のある前での行為は、彼女の精神が、危うい均衡を保つ必要を切実に欲しているための表われでもあった。
 だからこそ、話を振られるとは思っておらず、やや慌てた口調で答えを返した耕太に、夕子は微笑を浮かべてみせるのだった。

「ありがとうね、宮間君。
 さて、この試験から分かったことは、やはり武器として使うには、何らかの加工が必要であることです。
 また、木刀の代わりとならなかった枝ですが、アイテムとして取得した場合に木材となることが同時に判明しました。
 数は少ないものの、唯一発見されている食料の野イチゴは、野イチゴとしてアイテム欄に表示されますから、素材として利用できることの傍証でもあると思います。
 そこで追加試験として、宮間君達戦闘班にお願いして木材を集め、武器職の経験があるため武器職を志望していた倉知(くらち)君に譲渡した所、アイテム欄上で木材を選択すると、選択素材のウインドウが新たに表示されました。
 これで木材を木刀に変換できると考えたわけですが、残念なことに、木刀を生産することはできませんでした。
 その際のエラーメッセージは、『加工機材が揃っていません』というものであり、素材だけでは生産ができないことの証となったわけです。
 もっとも、街の調査を進めていた関係で、レンタル工房の存在は確認されていましたので、配置されているNPCに利用を申請し、通された部屋で改めて木刀の作成に挑戦してもらったところ、生産に成功しています。
 また、生産の成功により、スキル欄に【武器作成】が追加されていますので、該当するアクションを行った者が該当するスキルを獲得することも証明された形になります。
 戦闘班からの報告により、【格闘術】【剣術】【射術】【盾防御】が確認されていますので、追加証明もなされています。
 木刀以降の武器生産ですが、モンスターからのドロップアイテムに鉱石が存在しているため、これより金属を精錬して素材に当てることになるかと思いますが、現状での取得数が少ないため、試験については中止しています。
 木刀についても、今後の素材の収集がどうなるか不明のため、現状では生産を中止しています。
 スキルレベルによる成功率の変動が見られる場合には、再開せざるを得ませんが、あくまで今後の方針決定を待ってから判断していきたいとも思っています。
 なお、防具の製作は、倉知君同様に鍛冶職経験のある近森(ちかもり)さんにお願いして、ウッドシールドの生産に成功しており、スキル【盾作成】を確認しています。
 このことから【鎧作成】が別のスキルとして用意されていると考えられますが、現時点ではレザー系のアイテムが発見できていないため、確認できていません。
 これは、靴についても同様です。
 ただ、現状では使用方法が明確になってこそいませんが、おそらくは魔法使用のための装備だと解釈されている杖について疑問点が生じています。
 NPCによって販売されていた杖は、装飾のない木製の物です。ですので、木刀を作成できている以上、同様に作れなければならないはずなのですが……現在は信頼性の全くないような推論しか調査班でも出てきていません。
 推論については……如何します?」
「一応、説明を頼む。
 その後の検討課題として、各人で何か思いついたことがあれば、美馬君に意見を上げてもらって、証明していけばいいだろう」
「分かりました」

 念のためと克己に問い掛けた夕子は頷くと、皆へと視線を向けた。

「現在、調査班内では、他のMMORPGのプレイ経験から、魔力を秘めているアイテムであり、作成になんらかの条件が必要なのではないかという意見が主流を占めています。
 更に仮定を重ねる形になりますが、他のMMORPGに設定されていた錬金術師(アルケミスト)、あるいは魔力付与士(エンチャンター)などのジョブでなければ作成できないのではないかという意見もあります。
 ただ、これらの意見については、何一つ証明を得られていませんので、そこの所を間違えないように注意してほしいと考えます」
「なるほど、ヴァーチャルでありながらリアルとしか感じられないこの世界とはいえ、これまでに得られた情報からは、ゲームシステムに縛られている部分は確実に存在している。
 引いては、公式ページのスクリーンショットで魔法攻撃が上げられていた以上は、魔力という概念が存在し、それが原因になっている事象もあるはず。
 こういう流れになっているわけだな?」
「ええ、その通りです」

 現状を簡潔に把握してみせた克己に、耕太に向けたのとは別種の笑みを夕子は返してみせる。

「なるほど。では、そういった情報を踏まえ、何か考えついた者は、美馬君の方に意見を出してもらいたい。
 現状では、可能性を虱潰(しらみつぶ)しに潰していくしか方法がない。些細な情報がブレイクスルーになる可能性もある。
 そこを理解しておいて欲しい。
 美馬君、鍛冶関係については、武器、盾、鎧といった区分訳で数種のスキルが存在し、現在も生産に直結するスキルの把握を行っているということでいいね?
 あと、他に何か報告しておくことは?」
「付け加えておくならば、ジョブとしては未だ不明のままということでしょう。
 取得したスキルに関連して、一定のプレイヤーレベルでジョブが選択できるようになるのではないかという意見、スキルレベルを上げることによってジョブの選択ができるようになるのではないかという意見などがあり、玉石混交状態となっています。
 鍛冶関連については以上です」
「そうか。
 では、次の報告を頼む」

 克己の促しに、しかし、夕子は表情を翳らせ、首を横に振って答えた。

「続けさせてはいただきますが、現状では鍛冶関連ほどに報告できるだけのものが揃っていません。
 料理人については、アイテム欄から野イチゴを選択して、野イチゴジュースにすることができ、その際に【調理】スキルが表れていますが、それ以上の素材が発見されていない以上、確認できないという状況です。
 おそらくですが、鍛冶関連と同様に、手間のかかる料理には調理器具が必要になるものと思われます。
 これはジュースの精製後に容器が必要となったことからも、類推できます。アイテムとして残されていた薬の空き瓶を偶々所持していたため、判明したのは僥倖でした。
 ですので、現在は未発見のままとなっていますが、レンタル工房のようなキッチンに類する施設を最優先で探しています。
 次に薬剤師については、完全に手詰まりとなっています。
 まず、鍛冶関連や料理と同様に、設備が必要になるかと思われますが、未発見のまま、鋭意調査中です。
 また、戦闘班から提供されているドロップアイテムの中には、生薬や香草などが存在していますが、レシピを探るだけの余裕があまりないというのが実情です」
「……質問ですが、いいですか?」
「どうぞ」

 右手を挙げた食糧管理班長の高津繁人(たかつ しげと)に、夕子は質問を促した。

「アイテムの在庫数は、武智(たけち)さんが管理しているので、どういう風に数が動いたのか知らなかったので質問なんですが、アイテム数って不明のまま、作成できるんですか?」
「あ……失礼しました。
 木刀を作るときに分かったんですが、必要数以上の個数を投入しても成果に影響はなく、必要数に足りないと失敗することが判明しています。
 これから考えると、レシピを割り出す際に、かなりの試料が必要になることになります。
 念のために付け加えておきますと、作りたい物を想像しながらアイテムを選択アイテム欄に移動して、作成を開始することでアイテムは作られます。
 ですので、同じ木材を選択しても、木刀を作りたいか、ウッドシールドを作りたいかで、作成の結果が変わるということになります。
 この際、何を作れるかという情報は表示されません。
 また、スキル取得後に作りたい物を思い浮かべると、必要な材料にマーキングがされるため、調合素材の判定には問題がなく、その配合率が問題となってきます。
 効果の大きい物ほどアイテム数が増えることになると予想されるため、徐々に試料の数が膨大になると予測したわけです。
 よろしいでしょうか?」
「……なるほど。まず初めに、スキルの取得のために簡素なものをイメージすることが優先となるわけですね。
 他の職については、何か試してみたんですか?」
「いえ、そちらに関しては、今のところ、まだ手を着けていません。
 現状で手を広げすぎても、処理しきれるかどうかわかりませんでしたし、正直、そこまでの余裕がありませんでしたから」
「なるほど、了解です」
「他に何か質問はあるでしょうか?
 私の方で見落としていることもあると思いますので」

 大きく頷きながら席に着いた繁人から視線を外し、夕子は問いかけた。
 だが、繁人の他には誰も手を挙げる素振りはない。

「まあ、何かあれば、その都度確認を取ってくれればいい。
 受けた質問については、今後の会議ででも報告してもらえると助かるが……頼めるか、美馬君」
「ええ、大丈夫です」
「そうか。では、それで頼む。
 次は、宮間君に報告を頼もう」

 克己は夕子へと座るように目で合図を送り、続けて耕太の名を呼んだ。

「分かりました。
 戦闘班からは、先ほど美馬さんが触れたスキルについて、最初に報告しておきます。
 素手で攻撃することで【格闘術】を、木刀などで攻撃すると【剣術】を、弓で攻撃すると【射術】を、盾で攻撃を受けると【盾防御】を、取得することができました。
 【剣術】があるので、おそらくは槍や斧といった攻撃にもスキルがあるとは思いますが、この辺りは、武器の作成が行われてから確かめることになると思います。
 【盾防御】の方は、美馬さんの報告を考えると、他にも防御方法が存在するような気がするので、後で検証していきたいと思います。
 スキル的には、こんなところです。
 次に、街から飛び出してから死亡したらしいプレイヤーの死体が、ロッティングコップズ(腐乱した屍体)として、アクティブなモンスターになってました。
 正直、他のモンスターと違って殺すことの罪悪感は更に半端じゃなくなるので、見つけ次第、俺に回してください。もう一人、殺してるんで……他の人が罪悪感に苦しむよりはマシでしょうから……」

 エントランスに姿を見せた時の翳りの意味を察し、夕子は顔色を失(な)くし、他の皆は顔を伏せた。
 だが、だからといって、誰も自分が代わりにと言い出す雰囲気があるわけではない。
 耕太一人に重荷を背負わせる形にはなるが、それでも代われるだけの余裕があるわけではなかった。
 そんな彼らの態度に、発言前から予想をつけていた耕太は、それでも喚きだしたくなる感情の昂ぶりを無理矢理に押し殺し、次の話題へと移ることにした。

「これは最後になりますけど、少し草原を南下したところ、牛の群れがいることを発見しました。
 連れてくれば、街の周囲にある草原で、牧畜が可能になると思いますし、上手くいけば、牛肉は勿論、乳製品を供給できるようになるかもしれませんので、何とか牧場を作れるように考えてもらえばと思います」
「……そうか。それは朗報だな」

 ようやく示された明るい情報に、皆の昏い雰囲気が、わずかに明るいものとなる。

「宮間君、よくやってくれた。
 牧場の件は、最優先課題とさせてもらおう。
 では、次は高津君からの報告を――」

 自分の報告が済み、耕太は内心で大きな溜息を吐いた。
 戦闘の最前線に立つことで誰よりも耐性ができているとはいっても、仮想とは思えない生命を殺すことへの罪悪感が、何度抑えこんでも、繰り返し沸き起こっては波となって心に押し寄せてくる。
 そして、自らの精神性の危うい均衡を感じ取りながら、それでも進むしかないと、決意を固める中、報告の全ては終わっていた。

「さて、我々はオープンβに参加した五千人の内、三千三百人強もの行く末を預かっている。
 そして、置かれた状況が明らかになるにつれ、我々に対して行われたアナウンスの正しさが立証されつつもある。これは、我々が更なる争いに巻き込まれることを予想させるに十分な情報だろう。
 未だ姿を見せていない敵対者との抗争がそうであり、また、生き抜いた者に与えられるという褒賞という言葉に目が眩んだ者による有形無形の妨害がそうなるに違いない。
 まさに内憂外患という言葉こそが相応しい状況だ。
 だが、だからといって、それに屈するわけにはいかない。何故ならば、我々自身の命と我々に舵取りを任せてくれた者たちの命を、断じて諦めるわけにはいかないからだ。
 皆、疲れているのは分かる。精神的に限界が近いことも分かっている。しかし、それでも尚、一層の奮起を期待するしかない。
 各自、与えられた仕事をこなしていってほしい。会議はこれにて終了とする。以上だ」

 暗澹たる未来にくじけず足掻くことをあらためて決意し、自治会における会議は終わりを告げたのだった。





[4090] Mission 001 ― The ranch is built ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:17



「ごめん、耕太君……」
「気にしなくていいさ。
 リアルの折衝役と調査班のまとめ役で一杯々々なんだから、夕子さんこそ無理しないで」
「でも……」

 エントランスを離れ、ホテルの自室へと場所を移した夕子は、SfS(Struggle for Supremacy)の世界に来て以来、特別な存在となった耕太へ縋るような視線を向けて、謝罪の言葉を口にした。
 元々、大学のサークルで先輩後輩だった二人は、お互いがSfSオープンβの第一次参加者であることを知り、ゲーム内で落ちあう約束をしていた程度の仲に過ぎない。
 だが、強制ログインに続き、誰とも知れぬ声からデスゲームの開始を宣言されたことで、その約束が当日に果たされることはなくなってしまった。
 リアルでの容姿が再現されていることやログアウトができないといった細々とした異変が囁かれ、声の話した内容が企画されたサプライズイベントなどではなく、真実であるのではないかという意見を誘う一石を投じ、遂には重なり合う波紋の如く動揺が五千人の観衆へと広がったのである。
 やがて、ざわめきと共に溢れ出した不安は、パニックを誘発した。
 そのような秩序も何もない渦中で、公式ページのスクリーンショットで紹介されていた南門の辺りという大まかな待ち合わせ場所で巡り合うことなどできようはずもない。
 結局、二人が逢えたのは、克己が自治会を立ちあげ、食料の暫定的な配給が何とか確立され始めた三日目のことだった。
 生来気弱な部分の多い夕子は、大学生活を送る上で、必要のないメガネを掛けることで、気丈な自分と振る舞いを作ってきた。
 もはや一つのアイデンティティとして確立されたそれは、デスゲームと化したSfSの中で、自らの均衡を保つために持てる能力の全てを発揮させてしまう。そう、更なる責任を自ら呼び込み、遠からず潰れてしまったに違いない重圧を、夕子は招くべくして招いていた。
 いつ自ら死を選んでも不思議ではないような当に崖っぷちの状態で、耕太は夕子の前に姿を見せたのである。彼女にとって、知人である耕太の登場がもたらした安心感がいかばかりのものか、それは想像に難くない。
 そして耕太は、縋りついて泣き崩れる夕子を突き放せるような人物ではなかった。
 唯々、泣き続け、疲れ果てて眠ってしまう彼女の温もり。それが、邪悪に高笑いをあげながら、自分の腹に突き立てたナイフを何度も抉ってきたレッドインプとの死闘をトラウマの一歩手前に押し止め、自らの手で命を断つことの意味を蘇らせることになったのである。
 必要とする者がいるからこそ、自らの行動の意義を自覚し、痛みを呑みこんだということなのだろう。
 だからこそ、耕太は目覚めた夕子にキスをしながら護ってみせると誓い、三つも年下の彼に彼女が寄り掛かるという今の関係が出来あがった。いや、頼られることで、自らの精神の安定を耕太が得ている以上は、双依存に在るという方が、より正確であるのかもしれない。
 何れにせよ、二人は二人でいるからこそ、精神的な危なさから回復する術を持っているといえた。

「前にも言っただろ。
 俺は爺さんのおかげで、自分の手で動物を捌くことに慣れさせられてるんだ。他の奴より、まだマシなはずだよ。
 そりゃ、女は血を見るのに慣れてるって冗談はよく聞くけどさ、夕子さんに今、そういうことをやれっていうのは無理な話だって。
 それに、俺には夕子さんみたいに、調査なんかできないんだからさ。適材適所っていうやつなんだと思う。
 だから、今の状態に何の問題もないんだって」
「ばか……無理しないでよ」
「無理なんかしてないって」

 弱々しいながらも笑みを取り戻した夕子は、耕太の瞳を数秒見つめ、その瞼を閉じて静かに唇を突き出した。爪先立ちのまま、じっと待つ夕子の唇に、耕太の唇が近づいた瞬間、来訪を告げるチャイムが鳴り、克己が訪れたことを表示するウインドウが表示される。

「まったく……酒田さんも空気を読んで登場して欲しいよな」

 女性と付き合うことに慣れていない耕太と奥手の夕子。二人のゆっくりとした付き合いは、二度目の接吻を前に止められたのだった。



 ※  ※  ※



「お邪魔……だったかな」

 じっとりとした夕子の責めるような視線に居心地の悪さを感じながらも、通されたソファーにゆったりと腰を落ち着けた克己は、あえて軽口を叩いてみせる。
 その悪びれるどころか、からかいさえ含んだ調子に、耕太は苦笑を浮かべるしかない。

「いえ、別にいいんですけどね」

 耕太もまた夕子の視線に冷や汗をかきつつ、肩を竦めてみせた。

「それで、酒田さん。わざわざ訪ねてきた理由は何なんです?」
「ああ、それなんだがね。
 実際のところ、牧場の建設が成功するかどうか。そのことについて、どう考えているかを知りたくてね。こうして、お邪魔したわけだ」
「そうですね……」

 会議中の指導者然とした態度から一変し、少しフランクな態度で接する克己の姿が、彼本来の姿だといえる。
 とはいえ、自治会という組織を切り回す長には、口さがない者から道化だの大仰だのと陰口を叩かれようが、ある程度の演出が必要となるのもまた事実。
 そのことを夕子によって聞かされている耕太は、まだまだ克己の切り替えにギャップを感じながらも、何とかサークルのOBに接する程度には親しげに応えるようになっていた。

「かなり、きついことになると思いますね。
 会議で高津さんが気にしていたみたいに、どの程度の繁殖率が期待できるのかとか、餌がどのくらい必要になるのかとか、後は、根本的に家畜として扱えるのかって問題が山積みですからね。
 正直、狩るだけなら、今の装備でも問題はないと思いますから、その方が問題は少ないと思いますよ。
 西部劇みたいにロープを使って生け捕りなんていう真似でも出来るんなら、いいんでしょうけどね」
「でも、それでも安定的に数を供給することを考えるなら、牧場が必要になってくるのが問題よ。
 牛がいるなら、豚や鶏、馬だって期待できるかもしれないし」

 自ら提起した議題の否定的な側面を挙げる耕太に、夕子が肯定的な意見を上げた。それは会議中に見られた流れと変わらない。

「やっぱり、そういう流れに落ち着いてくるか。
 だが、それとは別の――実際に牧場を作る上での細々とした部分での懸念はどうだい?
 僕としては、実務的な部分での実現可能性こそが知りたいんだけどね」
「そうですね……」

 克己の言葉に、実際に牧場を作ろうとする風景を予想しながら、耕太は考えをまとめていく。

「麻痺毒でもあれば簡単ですけど売ってませんし、作れてもいませんからね。小石でも投げつけてアクティブにしておいてから、地味に牧場までトレインしてくる必要があるでしょう。
 ただ、橋を二つ越えてますから、フィールドのモンスターの攻撃が、かなり怖い物になってると思います。それに邪魔されずに安全に運んでこれるかが、かなり疑問ですよ。
 上手くスタンしてくれれば、引きずってこれるとも思うんですけど……」

 現状では、橋などによってエリア単位で敵の分布が区切られているらしいことが判明しており、牛の居る草原では、ブレードウルフにグライドキャットというモンスターが棲息している。
 戦闘と同時にモンスターの生態調査を担う耕太は、それまでと同じように川を挟んで射程圏内に入ったところを攻撃し、モンスターの概要を確認している。
 そして、双方共に近接攻撃しか持っていないことに安堵はしたものの、その移動の速さに危機感を抱いていた。
 ブレードウルフは陸棲のモンスターであり、グライドキャットも滑空距離が短いらしく川を越えてくることはできないため、遠距離攻撃によって安全に倒すことはできるものの、そのテリトリーに侵入してともなれば、話は違ってくる。

「どちらにしても、牛を運ぶためのルートを確保するために、戦闘班の大部分を回さないとダメでしょう。
 まずは、ブレードウルフとグライドキャットをトレインしておいて、その後で牛を運ぶ必要があります。
 途中のスリーピングフェアリーは森から出てこないからいいんですけど、レッドインプもトレインしておかないといけないですしね。
 弓は32しかないですから、全部使うことになりますけど……いいんですか?
 レベル上げのローテーション、完全に崩れますけど……」
「仕方ないだろうな。
 今は、どんな小さなものであっても、希望を見せ続けることが必要だよ。
 もっとも余裕を持たせ過ぎると、これだけの大所帯だ。内部で派閥なりが出来て、まずいことになる懸念はあるけど……ここで先に空中分解するわけにもいかないさ」
「何か、予兆でもあるんですか?」

 耕太に代わって、難しい顔をした夕子が質問を投げかける。

「いや、そういうわけじゃないさ。
 ただね、三十も過ぎて会社のことを深く知ってくると、どうにも人の嫌な部分を見せつけられて、暗い方に想像しやすいだけってことだよ。
 まあ、あまり気にしないでくれていいさ。責任をとるのが僕の――トップの役目なんだからさ」
「ほんと、嫌になる話ですね……」
「そうだろ?
 ま、僕の指示で皆が動いてる形式をとってるし、調査班は君なしじゃ、上手く機能しないんだ。
 そうそう君が危うくなるようなことはないと思うよ。宮間君もついてることだしね」
「……」
「酒田さん、そう持ってきますか?」
「悪いね」

 顔を赤くして黙りこんでしまった夕子を余所に、耕太と克己の間に小さな笑いが生まれた。
 だが、束の間のこと、克己の顔は直ぐに真剣なものへと変わる。

「しかし、それにしても戦力問題が痛いね。
 攻略情報が削除されるってことは、本稼動に予定されてたクローズド組との合流なんて夢のまた夢だろうし、同じく順次増やしていくはずだった後発組も来るとは思えない。
 おまけに、スタートダッシュ組は未だに連絡をとってこないときてる。
 せめて、彼らが情報を分けてくれれば、かなり有利に事を運べるんだけどね」
「ですね」

 近年における他のMMORPGと同じく、SfSではクローズドβ参加者の隔離を始めとした徹底的な秘密主義が採られている。
 具体的には、ウェブ上への情報の書き込みは会員制の公式ページ内に限られ、関係者以外には閲覧できないようになっていた。また、罰則規定として、公式ページ外への書き込み等は情報漏洩として扱い、事件とした上で賠償金を請求するとまで明記されていたのである。
 これは、現実と見紛うばかりの美麗な空間、自らの体を動かす以上に動ける爽快感、そして数々の冒険行を重ねる中でスキルやジョブを探し出すという部分でプレイヤーの関心を長期間持続させる中、計上された膨大な開発費の回収と利益の算出を図るという企業コンセプトに、SfSもまた拠っているが故の当然の選択であった。
 また同時に、変換率四倍で三ヶ月間の稼動期間を経た後、オープンβが稼動してからも、クローズドβ組は別サーバでプレイを続行でき、両者のゲーム内時間が一致したところでの合流が明示されてもいる。
 こちらは、仮想現実内時間を現実時間に比して引き延ばすことができるようになって以降、リセットにより失うプレイ時間が極端に長くなっていることから確立された不満への対処法だ。
 以上のような規定と報酬があるため、規約を破ろうとするプレイヤーは、その数を年々減らしていたが、それでも不心得者が全て排除できるわけではない。
 ご多分に漏れず、SfSオープンβのプレイヤーの中にも、知人のアカウントを譲り受けるといった不正ログイン権を得ていた者がいるのだろう。或いは、クローズドβに参加できた知人から情報を得ていた者がいるのかもしれない。
 耕太は、始まりの街で混乱から静かに抜け出し、的確に武器屋を目指したプレイヤー達の様子を思い浮かべて、溜息を吐いた。

「あれは、絶対にクローズドβの情報を握ってるはずです。
 まあ、その行動のおかげで、レベル上げが上手くいった俺が言うのもおかしいんでしょうけど、そうでないと、勇んで飛び出して、真正面からナイフで攻撃して返り討ちに遭ったプレイヤーと同じ目に遭ってたかもしれませんから、あまり強く言えた義理でもないんでしょうけど」
「まあ、規約的には、そうかもしれんがね」

 克己は苦笑を浮かべて、肩を竦めた。

「今となっては、彼らの持つ情報は、喉から手が出るくらいに貴重だ。
 二百セットずつ用意されていたらしい武器の内、初めに弓とナイフが百六十八セット、次に杖が百六十八セットが順番で消えたんだろう?
 一年のアドバンテージの中で、成長についてのガイドラインが、できあがっていたに違いない。
 アイテム販売がなくなることを何とか報せて、協力できるように持っていければいいんだが……牧場の目処が立つ前に、景気の悪い話を公表するのもまずい。
 他への不都合が出ても少しくらいは許容範囲だと思って収めるつもりだ。
 だから、君達には牧場建設を優先してほしいと思っている」
「了解ですよ。
 それに、会長様のご命令とあらば、受けなきゃ不味いでしょう?」
「その通りだ」
(男の人って……どうしてこういう雰囲気を作って遊びたがるのかしら)

 ニヤリと仲良く笑みを浮かべた二人に、夕子は思わず額に手をやって顔を顰める。

「なら、これから直ぐにでも行動しますけど、承認の類は、事後で良いんですね?」
「ああ。とりあえず、実行可能なことを証明してもらわないといけないからね。本格的な実行は計画の見積ができて、皆に連絡を回してから公表することにしよう。
 先走った物証があると、いつか足元を掬われかねないからね。
 まずは、調査班の試料から出してもらうとするよ」

 悪巧みというよりは、いたずらという方が適切な雰囲気が、そこにはあった。


 ※  ※  ※


「あれ、美馬さん。どうしたんすか?
 今日って、会議があるから休みじゃありませんでしたっけ?」

 自治会で武器職を担っている倉知洋人(くらち ひろと)は、管理官による素材の提供を受けない限り、生産する術を持っていない。
 ただのゲームであれば、スタートダッシュが要とばかりに材料採取や伝手による収集に励み、スキルの上昇を目指すところだが、生憎、洋人は自分が痛みに弱く、運動が苦手であることを自覚している。
 そのため、スキルを思うように上げられない不満を内に溜め込みつつ、安宿の一階に併設されている酒場の古臭い椅子の上で、呆けていた。

「悪いけど、仕事を頼みたいのよ。
 武器の範疇に入るかどうかは少し疑問だけれど、木槌って作れるかしら?」
「木槌っすか?
 そりゃ、重量級武器だってステータスさえ揃ってりゃ、軽々と振りまわせるのがヴァーチャルのいいところっすからね。
 鉄の塊みたいなハンマーだって鍛えてましたから、同じようなイメージでよければ作れると思いますよ。
 これから、やるんすか?」
「ええ、お願い。
 試料の方は、それなりに準備してあるけど、今回は比率まで確認する時間も、材料も惜しいの。
 申し訳ないけれど、使えるものを揃えること優先でお願いするわ」
「そりゃまた、随分と……ま、努力しますよ」

 そして、夕子が牧場の建設について説明する中、三人はレンタル工房へと場を移したのだった。

「ま、まずは木槌を作るってことで。
 近森さんのウッドシールドを作ってるとこも見せてもらってから、ずっと考えてたんすけどね。多分、素材に必要な最低量って、体積基準になってると思うんすよ」
「そんな報告は受けてないけど?」
「いや、思いついただけで、何も試してないすからね。
 厳密に測定したわけじゃなくて、見た目の記憶でしか判断してないすっからね。報告するわけにもいかないっしょ?
 で、まあ、木槌だと多分……材料は、こんなもんかな」

 試料用の木材を受け取った洋人は、呼び出したウインドウから木材を選択し、木槌を頭に浮かべる。
 思い描くのは、テレビで見たことのある牧場で杭を打つ姿。そこにある木槌がぼやけないように輪郭をはっきりとさせ、細部を想像する。
 やがて、目の前に浮かび上がった茫洋とした白い光の塊を、洋人は飴細工師が動物を造るように、二つに分けた内の一つを滑らかに伸ばし、残りの塊へと通して木槌を形作る。
 静かな間の後、ポーンという音とともに、白い光は木の色を取り戻し、作成が成功したことを知らせるウインドウが表示された。

「うし、成功。
 こんな感じでどうっすか?
 問題ないとは思うんすけど」
「どうかしら、宮間君」
「ああ、これなら大丈夫そうだ。
 爺さんとこで餅つきをやった時の感じが、ちょうどこんなモンだったと思う。
 いい仕事してるな」
「そうっしょ?」

 何度か素振りをして具合を確かめた耕太の言葉に、洋人は胸を張ってみせる。

「あとは柵に使う杭と横棒ね。
 釘は、前に試作で作ったので大丈夫でしょうし……」
「横棒っすか? 板でもいけますけど、どうします?
 あと木槌は武器扱いになってるんで俺が担当するのは分かるんすけど、杭とかは釘と一緒で道具系のスキルになると思うんすけどね。
 経験値のことを考えたら、高町(たかまち)さん連れてきたほうが良くないっすか?」
「確かにそうね。でも、とりあえずは試作だし、レンタル工房の使用料ももったいないから、悪いけど倉知君にお願いするわ。
 それと体積基準で素材の使用量が変わるなら、板よりも横棒の方が量がとれるでしょう?
 一度、仮組みをして様子を見てみたいから、杭を二本と棒を四本頼むわ」
「うっす、分かりました。
 まあ、俺も【木工製作】は持ってますからOKっすよ。
 んじゃ、早速始めますんで」

 そして、洋人はアイテムを選択し、杭と横棒を作り上げていく。
 その行程を見ながらも、じっと何かを考え込んでいた耕太は、洋人の作業が終わるのを見計らって口を開いた。

「少し、いいか?
 ジャイアントワームからドロップする銅鉱石を使って銅を作ってるよな?
 それも今みたいにやってるのか?」
「え、ああ、そうっすよ。
 どうかしたんすか?」

 耕太の質問の意図が分からず、洋人はぽかんとした調子で答える。

「矢を作るときはどうしてるんだ?
 材料に木材と銅を使ってるって聞いてるんだが……」
「矢っすか?
 それなら、銅と木材を両方選択して、それを矢の形に整形するんすよ。
 もっと細かいこと言うと、矢をイメージした時に、さっきの光が二つでるんすよ、色の違うのが。
 んで、銅の方にハンマーが表示されるんでゲシゲシ叩いて、その後で木材の方を伸ばして胴体を作ってできあがりっす」

 耕太の眉間に寄った皺が深くなる。

「成功率は?」
「今んとこ、百パーっすね」
「なら、ショートソードが作れない理由は?」
「んー、それなんすけど……」

 今度は、洋人が眉間に皺を寄せた。

「多分、俺のスキルが足りてないんだと思うんすよ。
 ハンマー叩いてる最中に、時間切れっぽい感じで光が拡散して終わりっすから。せめて必要回数でも表示されりゃいいんすけど、それもないっすからね。
 あったら、どの程度レベルを上げれば届きそうかってのも分かるようになると思うんすけど」
「……」

 洋人の言葉に、耕太は深く深く考え込んでいく。

「宮間君、何か考えついたの?」
「いや、もしかしてとは思うんだが……。
 悪いが槍を作ってみてもらえるか?
 材料には銅じゃなく、これを使ってもらってだ」

 耕太が差し出したのは、会議の前にロッティングコープスを倒して手に入れたナイフだった。
 反りのない直刃のナイフは、大きさといい、形といい、確かに槍の刃先として使えるように思える。

「これ……どうしたの?」
「悪い。ロッティングコープスからドロップしたやつだから、まだ申告してなかった。
 時間もなかったし、少し余裕もなかったからな」
「あ……そう、そうよね。
 うん、事後申請でも全然問題ないから大丈夫ね。
 私の方で、武智君には後で申請しておくから大丈夫よ。
 他にはある?」

 命の矢面に立たされている戦闘班が、ある種の優遇を受けることは、本来の姿であるだろう。
 だが、どうしても戦闘班に対する装備や薬、何より食料配給の優遇は、とかく不満の対象になり易い。
 そのため、ドロップアイテムの管理は徹底されており、これを破れば、何らかの処分が下されることになる。それを心配してか、第三者である洋人の前で、夕子は慌てる素振りを見せたのだった。

「後で渡すよ。
 それはそうと、今はこっちが優先だ。
 悪いんだけど、頼めるか?」
「いや、構わないんすけどね。
 木材使ってもいいんすか、美馬さん?」
「え、ええ。今回の分は、試料として私が管理している分だから、使ってもらって構わないわ」
「なら、やってみるっすね」

 普段の夕子からは想像できない慌てぶりに驚きながら、洋人は渡されたナイフをアイテム欄から選択し、半信半疑のまま、難易度の一番低そうなショートスピアをイメージし、アイテム作成の手順を進めてみる。

「あれ……マジに材料選択できてる……」

 木槌と同様、洋人の前には光が広がった。
 おそらくは、赤味を帯びた光が刃の部分を、やや赤味を帯びた白色の光が柄を、白い光が木材を表しているのだろう。

「タイムアップがあるんだろ?
 あんまりボーっとしてる余裕はないんじゃないか?
 多分、ナイフの柄を切り離して、木材とナイフの刃の部分を合わせれば、槍ができると思うから、まだ余裕はあると思うけど」
「あ、ああ……す、すんません。
 ハンマー出てないから、その通りだと思うっす。
 直ぐに作っちゃいますんで」

 そう言うと、洋人は滑らかな手付きで、赤味を帯びた白色光を取り分け、刃と木材であろう部分を繋げて整形してみせる。
 そして、製作の成功を知らせる音に続いて、もう一度音が鳴り響くと、ウインドウが二つ浮かび上がった。

「スキル【武器合成】……。
 はは、まさか属性の付加ならともかく、こういうのがありとは思わなかったすよ……。
 は、はは……」

 引きつった笑みを浮かべる洋人を余所に、夕子は耕太へと向き直った。

「宮間君、すごいわ。
 これで他にも武器ができるようになるかもしれない。
 お手柄じゃない」
「あ、ああ。しかし、本当にできるとは思わなかったな。
 なあ、スキル経験値は、どうなんだ?」
「そうっすね」

 言葉通り、自分が提案したにも関わらず、少しばかり呆気に取られた風の耕太の言葉に、洋人がウインドウを操作する。

「んー、【武器作成】は、さっき木槌を作った時より低いっすね。
 多分すけど、部分部分で作るほうが、難易度的には低くなるから、経験値の取得が低くなるって感じじゃないかと思うんすけど。でも、今回は【武器合成】の方もスキルは上がってるっすから、どっちもどっちって感じですかね。
 あ、でも……こういう感じで合成って方法があるってことは、今後必要になるはずっすから、こっちの方がお得になるのか……。
 でも、長柄物じゃなくて、合成で作れないような武器も多いんだろうし、どっちが得なんすかね……」
「戦闘班からすれば、とりあえず武器の射程が上がるのが嬉しいってところだな。
 痛覚が軽減されないから、剣での攻撃には皆、二の足を踏んでるところもあるし、ショートスピアなら投げて使う事だって出来るだろうしな」
「そうっすか。
 とりあえず、自分の方は【武器合成】のスキルを上げてみたい気もするんで、仕事があるならやりますよ」
「ああ、頼む。
 そっちも大丈夫か、アイテムの数とか?」

 耕太の問いに、夕子は頷いた。

「ええ、大丈夫よ。
 好き放題使われるのは拙いけど、戦闘班の危険度が高いのは誰だって分かってるもの。
 それに試料用の意図に適うものだもの。誰にも文句は言わせないわ」

 三人は新たなスキルについて検討し、今後の武装強化の可能性を話し合うのだった。



 ※  ※  ※



「予定通りにやるぞ。
 チームリーダーの指示に従って、各チームはモンスターをトレインしてくれ。様子を見て、俺が牛をトレインする」
「はいはい、お任せくださいな。
 宮間君の方こそ、しっかりね」

 戦闘班副長の篠田陽子(しのだ ようこ)のおどけた態度に、緊張に包まれていた戦闘班員から笑いが巻き起こる。
 下手に固くなるよりは、適度に力を抜くほうが失敗する事は遥かに少ない。空気を読み、その場を和ませる彼女の性格は、窮屈な現状の中にあって、得難いものであった。

「大丈夫だ。俺に任せろ。
 お前らこそ、頼んだぞ。
 少しくらいなら、牛をトレインしながらだって、避けきってみせてやる!」

 苦笑を浮かべ、あらためて檄を飛ばすと、その景気の良い考えに鬨(とき)の声が上がり、牧場のメインとなるべき招待客――牛の捕獲が始まった。
 三人ずつに別れた八チームが、決められた通りに整然と進路の障害となりうるブレードウルフとグライドキャットに攻撃を仕掛けていく。
 武器屋から手に入れた弓はセルフ・ボウであり、射術スキルを磨いてきた彼らは、射程百メートルのラインを誰もが誇っている。
 そんな彼らが、己の射程ギリギリからモンスターに狙いをつけてターゲットを自分に向けては、限界まで逃げて走り、いよいよ追いつかれるという所で、次の射手が二の矢を放つ。二の矢を放った者が追いつかれそうになると、三の矢を次の者が放ち、最短距離を直線で追いかけてくる習性を利用したトレインは、最終的に川を挟んで手の届かない場所で、モンスターを釘付けにするのだ。
 そして、最後に釘付けにしている者と、その護衛のために残っている者を除き、プレイヤー達は再び次のモンスターを引き付けにいく。
 それを幾度か繰り返し、作戦通りに道は開いた。
 
「――よし、いくぞ!」

 最近は、スキル解析のため剣術スキルに偏りつつある耕太だが、それでも遠距離攻撃への慣れが目に見えて劣るというわけでもない。
 誰もが二の足を踏む中、初日から弓を使い、細心の注意を払って積んできた経験は伊達ではないのだ。
 牛にダメージを与えないための投石でも、三十メートル程度の的を外すことはなかった。

「大丈夫みたいね」
「ま、先に一回確かめてますから、こんなもんでしょう」

 細心の注意を払っているとはいえ、不意のエンカウントがないとはいえないため、耕太のサポートを担当している陽子が呟き、安堵の溜息と共に部下が答える。
 スペインの牛追い祭りのような暴走は、しかし、レベルアップによるステータス上昇という恩恵を受けた耕太にとって、逃げ切れないというほどのものでもない。
 開かれた道を、スタミナの限界に挑むような走りで駆け抜けていく。

「よしよし、これなら一時間程度で牧場に追い込めそうね」
「ええ。宮間さんなら、そのくらいは保つでしょうし、何とかなるでしょう。
 戦闘が入ると、ほんとはしんどいでしょうけど」
「ま、そこはこっちの腕の見せ所ね。
 それに、これ一回で終わるわけじゃないんだから、どっちかっていうと、慣れの出てくる次以降が、大変かもしれないわ」
「大丈夫でしょう。
 緊張を抜ききったらやばいってことは、骨身に沁みて分かってる奴らなんですから」
「それも、そうだけどね。でも、安心するのは全部終わってからよ」
「了解ですよ、篠田さん」

 そして、耕太に追い縋りながらも話を続ける陽子の推測通り、三時間後には何の問題もなく、牧場への誘い込みは終了し、番(つが)いの牛が牧場で草を食む光景が見られるようになった。

「会長、ここから先は任せます。
 準備は、出来てるんですよね」
「ああ、少しばかり手間取ったが、実家が畜産業を営んでいたプレイヤーを見つけてある。
 彼に任せれば、早々手順的な間違いを起こすこともないだろう。
 牧場の拡大が順調に進めば、乳製品や牛肉を供給できるようになるだろう。
 これで配給にも余裕を持たせることができる。
 よくやってくれた、宮間君」

 牧場の建設を知り訪れたプレイヤー達の顔に浮かんだ希望の色を意識しながら、周囲に聞こえる声で、殊更に耕太と克己の二人が言葉を交わすのには意味がある。
 自治会による周知以上に、人伝に明るい噂を広める方が、このSfSの世界で生き抜くための活力になると判断した上でのことだった。
 現に、戦闘班が周囲の警備を固めているとはいえ、始まりの街から外に出ようとしなかったプレイヤー達が好奇心に駆られて、城壁の外に作られた牧場へと足を運んでいるのだ。その目論みは達成したといえるだろう。
 このことは、武器作成方法の一端が明らかになったことと合わせ、自治会上層部にとって、好転の兆しのように思えていた。
 だが、手探りで探しだした情報は、パズルのピースの一部分でしかない。そして、全体像の見えないパズルを解くとき、手元に与えられたピースだけで間違った像を組み上げてしまうことがある。いや、個別に見れば、正しい事象でありながら、全体を俯瞰してみれば誤りである合成の誤謬というべきか。
 その可能性に、今はまだ誰も気がついていなかった。





[4090]  Intermission ― Uneasiness ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:18



「せぇのぉっ!」

 陽子の掛け声を合図に、構えられていた得物達が動き出す。
 急造されたショートスピアが、僅かに先行した三本の矢によって動きを止められたブレードウルフへと突き立たち、その豊かな生命力を一気に削りきる。
 セルフ・ボウの攻撃力を遥かに凌駕するショートスピアの存在は、自治会戦闘班の戦闘熱を高める起爆剤となった。
 これまでは、僅か三十二セットしかない弓をローテーションで使い回し、一人が弓で少しずつモンスターの体力を削っていくのを、もう一人が護衛のために待ち続けるという手段を、彼らは採ってきた。
 これは、PT(Party)の上限人数が六人に設定されており、六人が中途半端な威力の弓で強いモンスターを攻撃するよりも、一人がグリーンインプのような弱いモンスターを個別に攻撃するほうが、若干ながら効率が良いとされたためである。
 だが、ショートスピアによる投擲に三本の矢による同時攻撃を付け加えた場合、ブレードウルフすら一蹴できるとなれば、PTを組みつつ、当たるを幸いに薙ぎ倒していく方が効率は良くなってくる。
 万が一、ショートスピアの第一投が外れたとしても、残った二人による第二投・第三投が控えているという安心感もある。
 また、第一投が成功すれば、その投擲した槍を回収する間に、次のターゲットを殲滅することも可能となる。
 これだけの好条件が整えられれば、自らのレベルアップに熱中しない者などいないわけがなかった。

「ふー、これで三十匹目ね。
 そろそろ休憩にしましょうか」
「まだまだいけると思いますよ。
 明日になったら草刈りなんですから、いけるところまでいっちゃいましょうよ」
「そうそう。レベルってのは、上げれるとき上げとかないと」
「ですよ。新しいスキルなんですし、ここで上げておくべきですって。
 スタートダッシュ組が、どこまでレベルを上げてるか分からないんですから、負けないためにも続けるべきだと思います」
「そうは言ってもねぇ……」

 苦笑の下で、陽子は戦闘班員たちの浮かれすぎとしか思えないテンションに頭を悩ませてしまう。
 ショートスピアによって得られた【槍術】【投擲術】という二つの新たなスキルは、安全優先の観点から主に投擲攻撃が採用され、【投擲術】のスキルが重用される結果を導いた。
 誰もがチマチマと攻撃するよりも、一撃で相手のHP(Hit Point)を削る槍の投擲を選ぶのは当然だといえる。
 また、皆のスキルを平等に上げていくという自治会の育成方針の下、明日は牧場で必要とされる草刈りが一日中待ってもいる。
 そして彼らは、生産職を初めから選んだプレイヤーではなく、自らの命の危険を理解して尚、戦闘職を選んだプレイヤーだ。その傾向からすれば、牧草集めのような地味な仕事が敬遠されるのも、仕方のないことなのだろう。
 だが、ショートスピアの登場によって、一週間に三日の戦闘シフトから、十二日に十日の戦闘シフトへとローテーションは組みなおされ、戦闘日に任意で休む形式となっている今、戦闘職としての待遇は随分と改善されている。
 だからこそ、そのことを忘れたかのような声をあげる彼らに、陽子は拙いものを感じてしまうのだった。

(参ったわね……。
 宮間君から聞いた懸念そのものじゃない。
 あの子、そこまで機微に聡いとは思えないから、会長さんの仕込みかしら。
 でも、どっちにしても拙いわ。
 調子付いてる時に、下手な言い方は逆に刺激しちゃうだけだし……。
 もう。こんなことなら、宮間君にこっちに来てもらうんだったわ)

 牧草採取担当チームの指揮と護衛に付いている耕太へと内心で文句を並べつつ、陽子は額から一筋の汗を流しながらも微笑み、疲労による危険性を説くために口を開くのだった。



 ※  ※  ※



「こ、腰が……。
 班長、そろそろ休みにしませんか?」

 耕太の横で、ショートソードを鎌代わりに振るっていた榊信一郎(さかき しんいちろう)が、ぼやくように呟いた。
 モンスターを相手に振るわずとも、草刈りで【剣術】スキルは上がっていく。だからこそ、始まりの街周辺の比較的安全な場所であるにも関わらず、戦闘班員が牧草を集める役割を担っている。
 だが、やはり戦っているという実感がなければ、如何に牧場を支えるという重要な役割との二つを兼ねられても、面倒くささが先に立ってしまうのだろう。
 間を空けない休みの要望に、耕太は顔を俯かせた。

「榊……三十分前に昼休憩が終わったばかりだろ。
 文句言わずに、牧草を集めろよ」
「でも、班長。この姿勢は辛いですって。
 それに、このくらい休憩したところで、問題ないはずでしょ?」
「お前なあ……」

 頭の奥がクラリとする重い感覚を晴らすかのように、耕太は頭を振る。

「言っていいことと、悪いことがあるだろ。
 第一、こうしてたって【剣術】スキルは上がっていくんだ。
 安全にレベル上げができてる状態で、何が不満だ」
「いや、だって……俺達、戦闘職で他より苦労してますよね?
 だったら、こういう生産系のことは他の奴にやらせた方がいいと思いません?
 自治会で実質的に動いてるのって、俺達以外じゃ五十人くらいのもんでしょ?
 街に篭もってヌクヌクとしてる連中にも、少しくらいは何かさせないと不公平だとしか思えないんですよ」

 高校生の信一郎にとって、今の状況は不公平なものと映ってしまう。
 いや、信一郎以外の戦闘班員にしたところで、同様の感情を抱いていないとは決して云えないだろう。
 確かに、装備品の無料支給や食料の優先配給が、命の代価として相応しいかどうかを問えば、首を傾げざるを得ない。また、生産系、戦闘系の別はあろうと、同じプレイヤーであることに変わりはなく、ほとんどのプレイヤーが市民を守るべき警官や自衛隊員といった公職に就いているわけでもない。
 SfSに生きる人々の大多数は、ゲームを遊びに来た只の一般人プレイヤーに過ぎないのだ。
 だからこそ、潜在的な不満は、皆の心の奥のどこかに在って当然なのだろう。
 そう、耕太の中にもまた、同じように『何故、自分が……』という不満は、確かに息づいていると云えた。ただ、だからといって自ら生き延びることを諦めるつもりはなく、また、自らが生き残るための行為を他人任せにすることを由とせず、護るべき存在となった夕子を護りたいという意志がある。
 今はただ、皆が生き延びるだけの環境をひたすら作り上げることが、結果的に自分達を助けるために必要不可欠なことを耕太は理解し、実践しているだけだった。
 同時に、少なからず戦闘班長を担っているという自負もある。

「お前、それでも自分で選んで、ここにいるんだろ。
 気持ちは分からないでもないけど、自分で選んだんなら、文句を言わずにやったらどうなんだ?」
「いや、それはそうかもしれないんですけど、それにしたって……」

 対して、アイテム購入がなくなることを始めとした危機的状況の全てを知らされず、一戦闘員に過ぎない信一郎らに、耕太のような意識を持たせる機会はなかった。
 そして、SfSにおいては未だ安全な距離からの狩りに終始し、命の危険を間近に感じる距離で剣を振るってモンスターを殺した経験を持たない彼らが、余裕ではない慢心に蝕まれるのも仕方のないことなのかもしれない。

「……なら、戦闘班から外れて、こっち専門になるか?
 命の危険はないし、力仕事扱いだから、それなりに食料の配給も期待できると思うぞ。
 戦闘職と生産職に文句があるなら、替わってみたらどうだ?」

 全てを話せないという窮屈さからか、耕太は自分でも挑発的だと思いながら言葉を綴った。

「……嫌ですよ。何で俺がそんなことしなきゃならないんですか。
 俺は戦えるんですよ。引き篭もってる連中とは違うんです」
「そうか……」
「そうですよ」
 
 嫌な静けさの中、耕太の草を刈る音だけが響き、永い永い数分が過ぎる。

「宮間さん、会長がお呼びです!」

 気まずい沈黙は、街から派遣された急使によって破られた。



 ※  ※  ※



「牧場の拡大について、細見(ほそみ)君からの問い合わせが来ていますね。
 会長、如何します?」
「牧場建設から一週間での要請か。
 順調に進んでいるというわけだな。
 武智君、高津君、君達の意見は?」

 夕子の言葉に、克己はパンを千切る手を止めた。
 耕太の元へと急報の届く十数分前、克己達は、いつものようにミーティングの様相を呈し始めた遅めの昼食を取っていた。

「そうですね。
 アイテム管理を預かる立場としては、牧草の備蓄や牧場の資材に問題はありません。立場を別にしても、是非とも牛乳を増産して、チーズをもっと作っていってほしいところです。
 今は、食べる以外に楽しみのない子供達もいますから」
「食糧管理班としては、是非とも増産して欲しいところです。
 正直、配給できる品目が変わり映えしないせいで、不満の声が聞こえています。
 試験運用という部分を聞き流して、牧場が作られたという部分がクローズアップされ過ぎているんでしょう。
 中には、自治会上層部にだけ提供されている嗜好品があるとまで陰口を叩く者もいるそうですので、問題となる前に手を打ってほしいと思っています」

 同じように表情を曇らせるアイテム管理班長の武智美樹(たけち みき)と食料管理班長の高津繁人(たかつ しげと)は、その実、思うところが違っている。
 美樹は理不尽に曝されて塞ぎこむしかない子供達のことを憂い、繁人は自治会全体に存在する不満の高まりに危惧を抱いているのだ。
 とはいえ、今回の件では方向性を一にしており、両者が激突するような問題点はない。

「では、これを機に牧場の拡大を議論に掛けると――」

 レモン果汁を垂らした水を湛えるカップを持ち、克己が締めくくろうとしたときだった。

「た、大変です、会長!
 牧場が、牧場がモンスターに襲撃されましたっ!!」

 一週間前、自治会にもたらされた希望の光は、早くも暗雲に覆い隠されようとしていた。





[4090] Mission 002 ― Ranch defense ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:19



「宮間君、忙しいところをすまんな」
「いえ、大丈夫です。
 それで牧場の被害は?」

 ざわめきに彩られた牧場へと駆けつけた耕太に、克己は爪跡も生々しい柵とのんきに地面に生えた草を食む牛を視線で指してみせる。

「ご覧の通り、特に問題らしい問題が残っているわけではない。
 ただ、これは運が良かっただけの話だろう。
 たまたま君のところのメンバーが、牧草の搬入に訪れていて助かっただけのことだ。
 もし、彼らがいなければ、柵内に入り込んだグリーンインプによって、牛が傷付けられていただろう」
「何で牛が?」

 克己の説明に、耕太は首を傾げた。
 モンスター同士が争いあう事実は確認されていない。ゲームシステムに縛られている部分がある以上、協力することはあっても、敵対するなどとは考えられなかった。

「実は、だ。
 見落とされていた事実なんだが、牧場に入れられた後、牛のステータスは家畜へと変化していたらしい」
「家畜? モンスターにステータス表示は……」

 克己は頭を横に振り、耕太の疑問に答える。

「そうだ。モンスターのステータスは表示されない。だからこそ、戦闘は慎重にならざるを得ず、我々の誰もステータスの確認などしなくなっている。
 逆に、その辺りのことについて、細見君は今までフィールドに出たことがなく、また会議に参加していたわけでもないため、全く知らなかった。
 これまでのゲームの経験からステータスの確認はあって当然だろう。そのため、我々にその点を質問するはずもない。そのデータを使って育成を順調に進めていたことを報告することもなくな。
 正直、盲点だったよ……」
「……」

 自治会上層部において情報の独占を狙っているというわけではない。
 モンスターとの戦闘において、戦闘の目安になるであろう相手のステータスが覗けない事実や、夜になればモンスターが活発化するなどのマイナス要因によって、不安を増長させないがための措置である。
 だが、こうしてSfSの世界で生きるための最低限の常識となるべき部分で問題が表面化してしまっては本末転倒であると云えるだろう。
 只でさえ、耕太と夕子の仲についてあらぬ噂が流れ、男と女の関係だからこそ、戦闘班に対する物資の優遇が行われているのだという事実無根の敵意が渦を巻き始めているのだ。
 口さがない誰かによって、自治会上層部が情報の隠蔽を画策し、私服を肥やそうとしているなどと騒がれては困ったこととなる。
 組織を預かり、自治会員に対して責任を負うべき立場の克己にとって、今の状況は非常に拙いものとなっていた。
 なればこそ、分かり易い行動を起こし、風向きを好転させる必要がある。

「宮間君、夜の襲撃……あり得ると思うか?」
「多分……」

 力を抜けば項垂れてしまいそうなほどに気を重くしながら、耕太は頷いた。

「そうか。なら、牧場に警備員を常備させるべきだな」
「はい、不足の事態に備えて、できれば二チーム置くべきだと思います。
 ただ疲労を考えると、休日扱いのチームをこれから夜半まで、草刈りのチームにはこれから休憩を取らせて明日の朝までっていうのが現実的だと……。
 皆、気がついていないだけで疲労は溜まってる。このまま戦闘シフトに入ってるメンバーを充てたところで、夜のモンスターに命中させられるかどうか分かりません」
「そうか……」

 先程、牧場を襲ったグリーンインプは一匹のみ。だが、その襲撃頻度は分からず、襲撃してくる数も確定したわけではない。
 とりあえずの一夜を乗り切ることへの不安は、決して小さくなることがなかった。
 


 ※  ※  ※



「ちょ、ちょっと待ってください。
 こんな暗い中で、どうやって戦うっていうんですか?
 グリーンインプだって、夕方になると洒落にならないくらい速く動き始めるんですよ。
 それが夜になったら、手がつけられるわけないじゃないですか!
 俺達を殺す気ですかっ!?」
「昼間言ってただろ。草刈りがどうのこうのってな。
 なら、言った分だけ働いてみせろ。
 戦いたいんだろ、お前?」

 信一郎の抗議に、耕太は冷たく答える。
 その返答は、信一郎だけに向けられたものではない。彼を代表とするかのように後ろに並ぶチーム全員に向けられたものだった。

「そ、そりゃ戦うのに文句はありませんよ。
 でも、こんな無茶な状態では戦えないって言ってるんです!」

 耕太の声と視線に一瞬気圧されたかけながらも、信一郎は必死で言葉を続ける。

「俺達だって、ショートスピアを貰ってから、この六人でやってきてます。だから、昼間の戦いで失敗するようなことはしませんよ。
 それは、態々俺達の様子を見にきてた班長だって知ってるでしょう?」
「ああ、そうだな。それで?
 お前らは、どうして欲しいんだ?」

 耕太の瞳は何の揺らぎを見せることもない。

「それは……だから……そう、もっと人数を増やしてくださいよ。
 グリーンインプを安心して倒せるだけの人数が揃えば、文句はありません」

 自らの思いつきに安心した信一郎に対し、耕太は尚も追及の手を緩めはしなかった。

「じゃあ聞くが、どれだけ人数がいれば安全なんだ?
 夕方から参加していたが、多くて二匹ずつしか攻めて来なかったんだ。十分に一チームで対応できていた。
 それに、射程ギリギリで狙えって言ってるわけじゃない。柵をよじ登るなり、くぐろうとするなりして動きを止めたところで狙って倒せばいいんだ。多少暗かったところで、狙いが外れるとは思わない。
 おまけに、グリーンインプが相手なら、致命傷(クリティカルヒット)になる心臓や頭をぶち抜けば確実に一射で、普通に当てても二射で十分なんだ。
 何を不安がる必要があるんだよ。
 それとも何か? お前、昼間にあれだけ偉そうな口を叩いておいて、今更、狙えません、当てられません、で通すつもりじゃないだろうな?」
「……」

 ギリリと歯軋りの音を立てながら睨みつける信一郎に負けることなく、耕太は睨み返す。
 ショートスピアの貸与から一週間が経ち、それ以前から組んでいた十人の中から、そのまま六人で一チームを形成しているが故、その繋がりは強くなっているのだろう。
 無言となった信一郎の後ろから、五人が同じように睨みつけていた。
 戦闘班を纏める長として、これは失策以外の何物でもない。確かに、人を束ねる者には、部下からの反感を買ってでも敢えて苦言を呈さなければならない場面はある。
 しかし、これからの長い夜、モンスターの襲撃を警戒し、襲撃があれば、これを防衛しなければならない。そのような場面において、長自らが場の雰囲気を治めるのではなく、率先して掻き乱すような真似をしていては意味がない。
 まして、自らの私意を反映している点が、問題でないはずがない。
 双方ともに敵意を隠さず、不和の空気が満ちていくのを止める術を誰もが知らなかった。
 場の雰囲気を円滑に保つ陽子の不在は、あまりに手痛い不足だった。

「何を黙ってるんだ?
 答えろよ。答えてみせろよ。
 お前らに覚悟があるんなら、その覚悟ってのを見せてみろよ。
 街に篭もってる奴らを扱き下ろすだけのモノを持ってるってんなら、今ここで見せてみろよ。
 どうなんだよ、答えてみせろよっ!」
「――くっ」

 ギチリと歯の軋む音が再び響く。

「黙ってるってことは、見せられないってことか?
 なら、さっさと街に戻って、副長にでも泣き付いてきたらどうだ。
 自分達の手には負えそうにないから、休憩に入っているチームから助けを出してくださいってな!」
「だ、誰が……誰がそんなことっ!」

 気圧された心の反発は、腰に帯びたショートソードに手を伸ばさせる。
 上辺だけで取り繕った論理が封殺された今、信一郎らが短絡的にでるのは当然の流れだろう。一触即発の緊張が招いた静けさに、時間が引き伸ばされていく。
 永い永い沈黙の後、耕太は表情を歪めて、嘲りの笑みを浮かべた。

「ハッ、ショートソードに手を掛けてどうするんだ?
 俺を殺すつもりなら、早くやったらどうだ。
 何処を向いても不満ばかりを押し付ける奴で溢れてるんだ。案外、お前が俺を殺しても、この世界じゃ、罪にはならないかもしれないな。
 もっとも、ログアウトができた時、俺を殺したってデータはログに残るぞ。お前は、警察に捕まることになるな。
 それでもいいなら、やってみろよ。
 ……ただし、俺も反撃はさせてもらう。お前が俺を殺そうってんだから、俺は正当防衛を主張するだけだ。
 俺は遠慮しないからな」
「……」
「黙るなよ。周りに文句を言うだけで行動に移せないんなら、お前が見下してた街の連中と変わらねぇんだよ。
 安全な場所からの経験値稼ぎは確立されてる。誰だって、やろうと思えば、お前と同じレベルにまで育つんだ。
 お前らは必要だが、不可欠な存在じゃない。
 思い上がるな、この馬鹿どもっ!」

 遂に六人は一言も発せず俯いてしまう。
 その様を見た耕太は溜飲を下げ、声の調子を普段の物へと戻していた。

「文句はなくなったようだな。
 なら、これからが仕事なんだ。気を抜かずに、守り通してみせろよ。
 牧場を守ることは、自治会に入ってる皆の希望を護るってことなんだからな」

 夜明けまでは未だ遠い、深夜零時のことだった。



 ※  ※  ※



「ほら、また来たぞ。今度は少しばかり数が多いらしいが、慌てる必要はない。
 さっきまでと一緒で、奴らが柵の前で動きを止めたところを狙えばいいんだ。
 別に無理して、動いているところを狙う必要はないぞ」
「……」
(思ったよりも数が多いな。
 本当なら問題ないんだろうが、誰かが下手をしたら、そこから乱戦になるか)

 あと少しで朝陽が顔を覗かせるという時刻、闇の中に浮かび上がったモンスター特有の赤い瞳が、二つ四つ六つと増えていく。
 見晴らしの良い草原には、姿を隠す場所などない。出現する数こそ増えているものの、やはり種類はグリーンインプのみ。
 幼児程度の大きさの身を伏せたり、或いは跳躍を繰り返すといった狙いのつけ難さはあるものの、それも相手が動きを止めざるを得ない瞬間を待てば問題はなかった。
 また、全員が弓を装備し、ショートスピアにショートソードを予備の武器として持っている以上、よしんば近接戦になったとしても後れを取ることはないだろう。
 むしろ、問題となるのは、先程から引きずったままの重い空気の方。耕太の背を後ろから狙わないとは言えない状況にこそある。

(くそ……すっきりしたのはいいけど、このタイミングは拙かった。
 俺もイラツキ過ぎだ。イラついてたからって理屈で自分より下の奴を責め立てて、ガキかってんだよ……)

 鬱々と内心に降り積もっていたものを吐き出し、幾度かの襲撃を防いで冷静になった今、先に信一郎らに取った態度が戦闘班の長としてあるまじきものであったことは、耕太にも理解できるようになっていた。
 同時に、人生経験が足りていないとはいえ、そのような言い訳が通用するわけがないこともまた理解しており、それが不必要な危機を自ら招いてしまったことを自覚させ、気を重くさせてくれる。
 だからこそ、この場で自分がどう行動するべきかに悩んでしまう。

(単純に謝れば良いってもんでもないだろうしな。
 いや、問題のあった部分について謝っておくのは正しいのか……ただ、こいつらの考え方だと、謝った時点で、俺が全部悪かったことにする可能性が高いよな……どうするべきなんだろうな)

 草刈りに精を出していた時の対応を思うに、問題の切り分けが信一郎達にできるとは、耕太には思えない。
 実際、耕太のぶちまけた八つ当たりにも正しい部分は存在する。
 戦闘班に所属しているプレイヤーが、他のプレイヤーに勝っているということはないのだ。他のMMO系ゲーム以上に、生産職の重要性が高まっていることを考えれば、決して許していい風潮とは云えなかった。
 とはいえ、人は正論であるからこそ、指摘されれば反発することもある。そして、信一郎達の年齢では、自らの小賢しさを論破されて尚、正しさを許容できるような余地を持つ者は少ない。
 もう少し、余裕がある状況で第三者――例えば、陽子のように場を和ませる雰囲気に長けた年上の異性に信一郎らのフォローを任せ、耕太の言動を分からせるといった手段を使うこともできただろう。
 しかし、既に事は起こってしまっている。新たな方法を早急に模索する必要があった。

(後で、酒田さんにでも相談するか。
 くそっ、夕子さんに逢えないだけで、ここまでイラついた挙句に呆けちまうのかよ、俺って奴は……。
 ここで解決しておくべき問題だってのに、何も思いつか――)

 だが、耕太の脳は何らの対策を思いつくこともできず、それ以上の思索に耽ることも許されなくなってしまう。
 信一郎らに隙ができた時のため、牧場野中央に立っていた耕太の目に、モンスターの影が映っていた。
 グリーンインプとほとんど変わらぬ姿だが、よく見れば、松明に照らし出される色合いが違う。また、その小さな体躯から、大剣を持つかのように見えるナイフが握られている。自治会が購入したナイフとは違い、上向きに付いた切っ先を具えた右手に握られるソレは、ボウィーナイフと呼ばれる代物であり、耕太にとって忌まわしい激痛を記憶に刻み付けたモノだった。

(――レッドインプっ!?
 まずいっ!)

 グリーンインプの襲撃に混じろうとする影は、耕太の腹を嗤いながらえぐり、後に自治会で要注意モンスターとされたレッドインプに間違いない。
 とはいえ、自治会においてレッドインプが要注意とされているのには、耕太に重傷を負わせたからというだけではなかった。
 始まりの街から橋を一つ越えたフィールド、その森林地帯にレッドインプは棲息している。
 レッドインプの存在が確認された当初は、色違いのモンスターであることから、その能力は同系のグリーンインプの単純な強化版でしかなく、初めて見ることになる武器攻撃に注意すればいいだけのものと思われた。
 しかし、レッドインプの能力は、それだけではなかった。木の陰に身を潜め、矢の攻撃を防御すると、雄叫びを上げて仲間を呼んでみせたのだ。
 二匹、三匹と増えるレッドインプの姿に、耕太達は死に物狂いで戦いを挑み、大怪我を負いながら辛勝を掴む羽目と相なったのである。
 そして、平地に誘き出したとしても、矢を避けかねない敏捷性を昼間から具えている事実が、それ以上の関わりを自治会に忌避させた。
 だからこそ、レッドインプは要注意モンスターに指定されている。
 そんなレッドインプを相手に信一郎達が互せるとは、耕太には思えない。

「レッドインプだ、気を付けろ!
 遠藤、小杉、援護しろ。俺が近接戦で片を付ける!
 当たらなくてもいい。牽制してくれ!
 他の面子はグリーンインプを一歩も牧場内に入れるなよっ!」

 耕太は走りながらショートソードを抜き放ち、牧場の柵を一気に駆け上がる。
 ショートスピアで薙ぎ払う方が安全なのだろうが、如何せんレッドインプの体躯は小さく、懐に入りこまれては不利になってしまう。
 そのため、耕太は矢による援護を頼み、近接戦に打って出ることを選択したのだった。

「キュギ!?」

 走り寄る耕太にレッドインプは動きを止め、口に当てていた手を下ろした。

(いけるかっ?)

 予備動作の段階で仲間を呼ぶのを止められたのは僥倖だと云える。
 このままの勢いで、レッドインプを片付けることができれば、グリーンインプを討ち漏らすこともないだろう。
 だが、レッドインプまであと三メートルというところで、その目論見は儚くも崩れ去ってしまう。

「何やってやがる!」

 支援の矢が、闇夜を引き裂くことはなかったのだ。
 既にレッドインプは体勢を整え、そのボウィーナイフを構えていた。

(くそっ、ここでサボタージュかよ。
 時と場合を考えろってんだ)

 一矢でも当たっていれば、レッドインプは動きを止め、血飛沫を上げていたに違いない。
 しかし、煌めいた銀閃は空を切るに止まり、後ろにステップを踏んで回避したレッドインプは、その勢いを反動に利用して、耕太へと向かって飛び込んでくる。

「舐めるなぁっ!」

 振り切っていたショートソードを強引に切り返し、その刃を胴へと走らせた。
 過去に戦った時の動きであれば、そのままレッドインプは二つの肉塊と化していただろう。
 だが、闇に在って本領を発揮する性が、耕太の動きを凌駕する。

「くぅ、この――」
「クギュアッ!」

 その小さ過ぎる体躯を活かし、レッドインプは耕太のショートソードにボウィーナイフをぶつけ、それを支点に宙返りを披露した。そして一拍の間を空けることもなく再び、耕太へと向けてジャンプする。
 対して耕太もまた、伊達に近接戦をこなしてきたわけではない。
 他の戦闘班員とは違い、矢の通じ難いロッティングコップスを相手にするため、ショートソードやショートスピアでの戦い方を身体で学んできているのだ。
 刃を当てにいくだけの余裕がないことを悟った耕太は、ボウィーナイフとの激突によって生じた圧力を支えに、ショートソードの柄をレッドインプの頭にぶつけていた。

「とっとと死ねよ!」

 無様に叩き落されたレッドインプの首を目掛けて、今度こそ鋭い切っ先は狙い過たず振り下ろされる。
 乾いた粘土を貫いたような衝撃と共に、グチリと嫌な音が響き、赤黒い血飛沫が上がる。既に致命傷であろう一撃に、しかし耕太は念を入れて、刃を二度三度と振り下ろす。
 たとえ如何様な傷を負ったとしても、システム上のHPを削りきらなければ安心はできない。頭を潰された状態で思考が続くのかは分からないが、少なくとも耕太自身が内臓をグチャグチャに掻き回されながらもショートソードを振るうことができた以上、システム的な死を与えておく必要があった。
 だが、そんな耕太の行為は、喩え事情を知っていようとも、端から見れば気が狂っているとしか思えない凶状と映るのだろう。
 レッドインプの赤黒い血で自らを染め上げた耕太が警戒のために周囲を見渡せば、信一郎らが呆然とした目で見つめていた。

「馬鹿野郎! 何を呆けてやがるっ、小杉!」
「えっ――う、うわぁっ!
 来るな、来るなぁっ!」

 担当範囲にモンスターの姿が見当たらず、援護を頼んだことが、小杉充(こすぎ みつる)の油断を大きくしたのだろうか。
 いつの間にか現れていたグリーンインプが柵を乗り越え、下卑た邪笑を浮かべながら一直線に充の元へと向かっている。
 充が構えていた弓から放たれた矢は見当外れの方向へと飛び去り、信一郎らは突然の事態に、弓を構えることすらできていない。
 そして、レッドインプを目指すとき、ショートスピアとセルフボウを邪魔とばかりに投げ捨ててしまった耕太には、グリーンインプを狙い打つ術がない。耕太と充の間に広がる距離の壁は、あまりに高かった。

「何やってる。弓に拘るな! 槍だ、槍を使って牽制しろ!
 榊、遠藤、援護しろ! 小杉を見捨てるつもりか!? 早くしろっ!!」

 だが、二人は物言わぬ石像と化したかのようにピクリとも動かず、残りの三人は、その配置から弓での援護は難しかった。
 充はと云えば、弓を放そうとするものの、その弦に腕を絡ませて自縄自縛の態を晒している。

「この馬鹿野郎どもがっ!!」

 グリーンインプの攻撃力を考えれば、これまで上げてきたHPを一撃の下に削りきることなどはありえない。死ぬまでに幾許かの猶予があると考え、痛みを享受してもらっている間に近づき,
斬り捨てるしかないと耕太が断じ、立ち上がろうとした時、視界の端に煌めきが映った。

「――消えてない? 使えるのか、ひょっとして?」

 拾い上げたレッドインプの血に塗れたボウィーナイフを、耕太はグリーンインプへ向けて投げ放っていた。
 ショートスピアによる投擲に慣れ始めていたのが功を奏した。あと三メートルほどの距離に迫っていたグリーンインプの脇へとボウィーナイフは吸い込まれ、その小柄な体躯を吹き飛ばす。

「ギギィィッ!」

 耳障りなグリーンインプの断末魔が上がった。
 胴ではなく脇へとやや狙いはそれたものの、一応の安全が確保されたことに胸を撫で下ろしながら、耕太は充の元へと急いだ。

「大丈夫か、小杉?
 怪我はない――」
「ヒ、ヒィ、ヒィィ……」

 無様な格好で地面に座りこんでいた充は、差し出された耕太の手を払っていた。
 レッドインプの血で赤く染まり、自らが抗す術を持たなかったグリーンインプを横からの一撃で葬り去ってみせたことが、耕太を自分とは違う別の何かであると充に思わせたのだ。恐慌状態に陥った彼は、足で地面を蹴るようにして必死に仰向いた身体をズリズリと後退させていく。
 その姿にやるせないものを感じ、諦めの境地で周りを見渡せば、信一郎達もまた同様に脅えた視線で耕太を見つめている。

「この有り様じゃ、小杉はもう戦えないだろう。
 お前ら……小杉を連れて、全員で街に戻れ。
 会長も、今日はまだ起きてるはずだ。報告だけすれば、そのまま帰っていいぞ。
 もう夜明けだ。交代するまでくらい、俺一人でも大丈夫だしな」
「――わ、分かりました」

 強張った調子で信一郎が応え、五人は耕太を振り返ることもなく、街を目指して充を連れて小走りに駆けていく。

「仕方ないか……」

 視線を落として呟いた耕太は、自らの頬を両手で叩き、心を無理矢理に切り替えた。
 セルフボウとボウィーナイフを回収し、ショートスピアを地面に突き立てた耕太は、周囲を警戒しながら思い返す。
 ロッティングコップスの持っていたナイフは、ドロップアイテムとしてアイテム欄に取得表示が出たのではなく、レッドインプの手を離れたボウィ―ナイフと同様に自らが手にして拾得した物だ。
 他のゲーム同様にアイテムがドロップすることもあり、また、ロッティングコップスを倒した時の後味の悪さが頭の回転を邪魔したのだろう。今の今まで、そこにアイテムがあることに気がついていなかったことに自嘲してしまう。
 また、ボウィーナイフだけでなく、モンスターが消え去るまでの間に取得できるアイテムのことを思うと、これから更に戦闘体制を見直さなければならないことに気が付き、頭を抱えずにはいられなかった。

「……と、お客さんか。
 どうやら、時間帯で襲撃する数が決まるので間違いないな」

 ただ一体で現れたグリーンインプの眉間に照準を合わせ、耕太は矢を放つ。狙い過たず、射抜かれたグリーンインプは絶命し、地面に臥し落ちる。
 そして、耕太は何か得られるものがないかを検証するため、その死体を探っていく。
 闇夜を生き抜いた証であり、暖かさを感じるはずの陽射しに照らされながらも、しかし、どこか寂しげな光景が、そこには広がっていた。





[4090]  Intermission ― Interrogation ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:20



 耕太を前に苦虫を噛み潰したかの如く顔を顰めた自治会上層部の面々が、ホテルのエントランスに集っている。
 牧場の存続を危ぶませたモンスターの襲撃事件から二日。
 とりあえずの謹慎処分を言い渡された耕太と信一郎らに対して行われた事情聴取は終わり、戦闘班長としての責任を明らかなものとするため、今ここに査問の場が開かれている。
 あくまでも耕太に対する査問の場が、だ。
 勿論、交代前に街へと引き上げることとなった信一郎達の行動を訝しみ、詰問した克己によって謹慎処分が言い渡され、彼ら自身の問題行動も認識されている。
 しかし、唯々諾々と克己の指示に従った信一郎が、セルフボウで狩りをしていた際の元チームメンバーに愚痴を零した辺りから、事態は別方向に加速し始めた。
 牧場の襲撃という衝撃的な問題への対応として急遽シフトの組み直しが発表され、状況に振り回されている不満が募り始めていた戦闘班へと、一石を投じてしまう。
 そう、信一郎の様子見に訪れた戦闘班員達は、信一郎の一方的な罵りを真に受け、耕太の行動にこそ問題があるとの主張を声高に戦闘班員へと広めていったのだ。
 これが問題と見なされた。
 耕太と陽子を除いてさえ、七十名という人数を誇る戦闘班は、物理的に最大派閥を形成している。
 その彼らの多くが感情の赴くままに暴発すればどうなるか。
 自治会の上層部は、その危険性を鑑み、自治会を瓦解させないためにも、耕太の喚問を行うしかなかったのである。

「宮間君、もう一度確認しておこう。
 君は自らの言動に間違いがあったことを認めるのだね?」
「はい。ですが、あくまでも叱責のタイミングを間違っていただけだと思っています。
 己の感情を律することができず、ただ流されるままに正論をぶつけてしまったこと。それは戦闘班長の態度として相応しいものだとは、今は思えません。
 ですので、このことについて処分を下されるのに、異議はありません」
「なるほど」

 耕太の言葉が妥当なものであることを確認し、克己は頷いた。
 現状を把握している耕太に、皆も克己同様に納得をみせている。

「では、君の独断的判断が、榊君の行動を阻害し、引いては小杉君の命の危険に繋がったという陳情は事実ではない。
 そう主張していると取って良いのだね?」
「はい、事実ではありません。
 ですが、もし、榊の言動に対して俺が注意したせいで榊が憤って、それが元で小杉を援護できなかったということに問題があるのなら、甚だ不本意ですが、一部は該当するといえるのかもしれません……」

 大学でのレポート発表を思い出しながら、頭の中で自分なりの筋道を立てて話すことに耕太は終始する。

「もう一点、付け加えさせてもらいます。
 レッドインプの危険性は、あの状況で最大のものだったと思いますし、ショートソードで戦いを挑んだことに間違いはなかったと思います。
 この時、小杉と遠藤に援護を頼みましたが、援護が行われることはありませんでした。
 はじめは注意されたことに反抗して、援護しなかったんだと思いました。ですが、その後の反応を見ていて、単純にレッドインプとの戦いに付いていけなかっただけなんだと思い直しました。
 ですので、ただ遠距離からのレベル上げに徹していて、モンスターとの戦いに対する甘さを育ててしまったという意味でも、俺に問題があったのではないかと思っています」
「では、宮間君。
 一種のサボタージュではなかったかという意見は、取り下げるということでいいのだね?
 また、対応できるだけの能力を育てきれなかった点については、自らの責について認めるということでいいのだね?」
「はい」

 耕太と克己の視線が交錯する。

「よろしい。
 ならば、双方において反省すべき点は、多々あるといえるだろう。
 そのため、今後の双方の関係に、ある程度の冷却期間を置くべきだと考える。
 また、戦闘班長としての責務を果たしきれていなかったという別問題について、対処する必要はあると思う。
 以上を鑑み、宮間君には特別任務を単独で果たしてもらうことで、罰に代えたい。
 何か意見のある者はいるだろうか?」

 既に上層部内での意見統一は図られていたのだろう。異議を唱える声は、一つとして上がらない。

「意見はないようだな。
 では、戦闘班長の職については、一時的に副班長の篠田君に移管するものとし、宮間君自身については、動向不明なスタートダッシュ組と接触を持ち、現在の状況を伝えて、可能ならば協力を要請するように取り計らってもらうことを任務としよう。
 始まりの街で見受けられないとの報告が寄せられている以上、フィールドでの探索が主となりかねず、その危険度たるや言うまでもない。
 これは彼にとって、十分以上の罰だといえる」

 視線で再びの同意を尋ねる克己に、会した一堂は頷きで返した。

「そして、榊君達については、数を頼んでの偽証を通すわけにはいかない。とはいえ根底には、彼らの若さに因る部分があるのだろうと考える。
 そこで一週間の謹慎期間を持ち、その間に反省を促すことで様子を見ることとしたい。ただし、改善が見られないようであれば、新たな対策を講じることとする。
 また、これを機に、現在の状況を自治会員に報せておきたいと考えている。告知内容についてはNPC消失の件もあることを踏まえ、午後からの会議で決定することとするので、心に止めておいてもらいたい。
 今回の査問は以上だ。皆、ご苦労だった」

 信一郎達に対する処分に、何人かは不満の色を表情に浮かべている。一歩間違えば耕太を見殺しにしていた彼らへの処分としては、やはり軽いと思えてしまうのだろう。ただ、自治会の存続を考えれば、適当な妥協点というべきなのかもしれないと意見を一致させているに過ぎなかった。
 そして、そんな微妙な雰囲気の中、耕太自身は、信一郎達から解放されることに自分でも気付かぬ内に心を緩ませていた……。





[4090] Mission 003 ― Searches for whereabouts I ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:20



「寛(くつろ)いでる所を悪いんだけど、ちょっといいか?」
「あれ、宮間さん? どしたんです?」

 テーブルをコツコツと叩く指の音に、近森瑞樹(ちかもり みずき)が顔を上げた先には耕太の顔があった。
 遠距離攻撃での安全性を優先するという自治会の方針から、防御を固めることの有用性はあまり認められておらず、また使用するアイテム数を制限されているが故に、まだまだ防具職を名乗るには遠い不遇の生活を送っているのが現状だ。
 だが、生来ののんきさからか、武器職を専門とする洋人のように不満を募らせることもなく、周囲には茫洋と空想に耽っていると思わせるその内で、自分が作る防具のデザインを常に頭に描いている。
 ただ、彼女を知る者が口を揃えて没頭し過ぎると言う辺り、玉に瑕(きず)だといえるだろう。

「いや、少し頼みたいことがあってさ」
「はいはい、なんでしょ?」

 くりくりとした瞳に好奇の光を宿して、瑞樹は耕太の顔を見上げた。
 そんな彼女のどこか仔犬を思わせる視線に苦笑しながら、耕太は口を動かす。

「牧場の襲撃の話は聞いているよな?」
「んー、昨日話題になってましたから、噂程度なら」
「そうか。まあ、簡単に説明しておくと、グリーンインプに牧場が襲われて、夜になるほど数や襲撃頻度が上がってさ。それで前に情報告知で出したように動きが活発になっていったんだ。その上、夜明け前には、レッドインプまで現れてな。色々とあって、接近戦にもつれこんだんだよ。
 まあ、それで勝つには勝ったんだが……色々あったことが問題になってな。罰代わりに単独行動が決まったから、防御を固めておきたくなったんだ。
 何か良さそうな防具って作れそうかな?」
「……まさか夜中に一人で戦う気なんです?
 宮間さん、かなり強いのは聞いてますけど、危ないですよぉ?」
「いや、色々とあってな。やらなきゃ、まずいんだ。
 だから、どうしても戦闘の邪魔にならないような防具が欲しいんだよ。
 ほら、なるべく戦闘は避けるつもりでいるけど、どうしてもって時のために、弓とショートスピアを基本にしたいから、普通のシールドじゃ使い辛いと思うんだ」
「うーん……」

 耕太の言葉に、引き止められないことを悟ったのだろう。瑞樹は太めの眉を顰めながら、渋々と考えを巡らせた。

「ウッドシールドを作ってから、何かできないかって私も考えてはいたんですけど……結局、素材がないから難しいんですよね。
 だって、シールド裏の握りだって、本当なら革を使いたいくらいですもん。
 私の作ったウッドシールド、握りが木製のままだからNPC売りのに比べて、やっぱり使い難いって聞いてますし。
 そうそう、倉知君の槍の作成方法を聞いて、逆のことができないかな~と思って、鎧とか分解してもいいかって聞いたら怒られちゃいまして、自分で作ったウッドシールドもダメだって言われたんですよ。
 もう少し、実験用に資材を回してくれてもいいと思いません?」

 おっとりとした話し方ながら口を挟む余地を与えない雰囲気に、耕太は話が横に逸れていることを分かりつつも、軌道を修正することができない。

「あと、考えてるのは、女の人の髪の毛を使って特別な糸を作るってお話がたくさんありますよね。
 だから、それにならって、弓用の弦とか、釣り竿用の糸とかに流用できたりするんじゃないかな~とかも思うんですけど、皆、髪の毛を分けてくれないんですよ~。
 私、前までロングにしてたんですけど、洗うのが面倒くさくてショートにしちゃったんですよね。こんなことになるんなら、切らなきゃよかったですけど、これも後の祭りって言うんですかねぇ。
 で、それでなんですけど、紐とかに使えそうな材料って見てないです?
 あったら、それを使って実験してみたいんですけど。あ、もちろん、高津さんとかには、材料集めてきてから話しておけば大丈夫ですよね? ね?
 だから、何か知りません、宮間さん?」
「いや、心当たりはなくもないけど、とりあえず話を戻そうか。
 俺、結構急いでるから、この後、倉知君のところにも寄って、武器の補充を頼むつもりだしさ」
「そうなんですかぁ。でも昨日から倉知君の姿って見てないですねぇ。倉知君て、ゲームだから大丈夫って言って、毎日貰ったお金で夕食はお酒を飲みながら南華亭で食事してるのに、昨日は居なかったんですよね。
 それで、あれ~と思って、しばらく待ってみたんですけど現れなくて、どうしたんだろうと思ってたんですけど」
「そうなのか?
 たまたま、他へ食事に行ったとか、そういうことじゃないのか?」

 小首を傾げる瑞樹に、耕太は詰め寄るようにして問い掛けた。
 始まりの街の中央付近にある庁舎には、広報用の掲示板が備え付けられており、申請され、設立されたギルドの名前が表示されるようになっている。
 人数や設立者といった構成の詳細は不明だが、そこに十近くのギルド名を見つけることができたからこそ、スタートダッシュ組の無事だけは確認できていたのだ。
 そして、牧場の襲撃後に、幾つかの名が消失していると判明したからこそ、彼らと連絡を取るように耕太が任されたという裏がある。
 悲しいことではあるが、おそらくはロッティングコップスと化してしまったプレイヤーが一人で設立したのであろう。【暁の剣戟】と表示されるギルドだけは、その文字が光を失っているのだ。
 それを考えれば、幾つかの推論と共に、スタートダッシュ組が健在であることは類推できる。
 喉から手が出るほどに欲しいSfSを生き抜くための情報を得るために、彼らが何を考えているのかを知るために、耕太への懲罰を克己は絶好の機会と捉え、利用したのだといえた。
 それらのことを内々に知らされた耕太は、だからこそ、倉知洋人の行方に、情報の糸口が見つかるかもしれないと期待してしまう。

「ん~、違うと思いますよ。
 一応、後で宿を見にいったりもしましたけど、居ませんでしたし」

 だが、そんな耕太の勢いに気圧されることもなく、瑞樹は答えを返した。対照的なまでに泰然とした彼女の態度に、耕太も自分が熱くなっていることを自覚したのだろう。耕太は大きく一つ息を吐き、あらためて瑞樹に問い掛けた。

「なら、昨日以前で何か変わったことはなかったか?
 牧場の準備で会った時には問題なかったし、襲撃の後は会ってないから、俺には分からないんだ」
「そういえば、おとといの夕方、珍しく知らない人とお酒飲んでましたけど……」
「知らない人?」
「ええ」

 プレイヤーの数を考えれば、知らない人間などは幾らでもいる。
 始まりの街の規模を考えれば、人口密度は恐ろしく低く、また、自治会で忙しなく働く者に対しては、複雑な感情が反映されるのだろう。今では、区画単位での住み分けが自然とできあがっている。
 そのため、交友関係は、限られた範囲で深められていっているのが現状だ。
 また、法律的な問題がないとはいえ、飲酒についての小言を色々と言われるのが嫌で、洋人が一人で飲んでいることを合わせて考えれば、この次期に接触を持ったという人物に怪しさを感じずにはいられない。
 そして、特定人に素材等を集中させることで専門職の各種スキルアップを自治会が図っているため、洋人の行方自体もまた重要な問題であるといえた。

「それで、倉知君と会っていたのは、どんな奴だった?
 特長とか覚えてないか?」
「そうですね……」

 頤(おとがい)に人差し指をあて、小首を傾げながら悩んでいた瑞樹は、相手の容姿をようやく思い出すことができたのだろう。ポン、と一つ手を打ち、にこりと微笑んだ。

「たしか、レザーアーマーの下に、昔の猟師さんが着てるような毛皮のベストを装備してて、あと、腰にボウィーナイフを装備してましたよ。
 あれって、レッドインプからドロップっていうか、取れるようになったんですよね。
 だから、戦闘班の人なのかなって思って忘れてたんですけど……あれ?
 毛皮のベストはレッドインプから取れないですし、作ろうにも材料がないですから……そうなるとスタートダッシュをした人……ってこと……ですか?」

 言葉を続ける内に、自らの話す内容の訝しさに気がついたのだろう。
 眉根を一瞬寄せた後、呆然としてしまった瑞樹に、耕太は頷いてみせる。

「ああ、間違いないと思う。
 スタートダッシュ組の行方が分からなくなってたんだが、これで完全に何か考えがあって動いてるのが分かった。
 多分……倉知君については、引抜きなんだと思う。
 悪いけど、酒田さんに連絡をとって、さっきの話――おそらくはスタートダッシュ組らしい人物に会った翌日から、倉知君の姿を見かけなくなったことを話しておいてくれ。
 できるよな?」
「あ、は、はい。できますけど、宮間さんはどうするんですか?」
「俺は……念のために、倉知君を探してみる。
 遅くなるとは思うけど、元々頼もうと思ってた防具と武器についても急ぎで頼むことになるから、酒田さんに話した後、許可を取って、夕子さんか武智さんと一緒に使いそうな素材を持ってレンタル工房で待っていてくれないか?」
「わ、分かりました」
「頼む」

 そしてコクコクと首を縦に振る瑞樹を置いて、耕太は走り出したのだった。



 ※  ※  ※



「宮間君、本当に大丈夫なの?
 いくらなんでも、君一人で動くのは危なすぎるとしか思えないんだけど……」
「大丈夫ですよ、武智さん。
 短かったですけど、自治会に入るまでのはソロで動いてたんです。
 何とかしてみせますよ」

 既に太陽は西の地平に傾き、大地を紅く染めている。
 夕子が来ることを期待していた耕太だったが、癒着という不適切な関係にあることを疑われている今、それが許されることは、やはりなかった。
 とはいえ、私事に因る我侭を通すわけにもいかない。少しばかりなどとは決して云えない未練に疼く心を押し隠し、耕太はおどけるように答えてみせる。
 だが、南門から旅立とうとしている耕太のその笑みに、武智美樹(たけち みき)は痛々しさを感じ、臍を噛んだ。
 大学のサークル活動ですら、組織として動くには色々な柵があって、全てを思う通りに動かすことなどできなかった。だからこそ、酒田の自治会全体を考えての判断は、美樹にも分からないではない。
 ただ、だからといって、命を賭けるような状況においてまで、恋人の仲を離さなければならないほどの理由を持つとも思えなかった。自治会に無用の乱を起こさないための日和見的な態度ではなく、それを収拾できるように振る舞うことが必要なのではないかと、美樹は考えてしまう。

「ねえ、私から何とか頼んでみるから、美馬さんと会って、明日の朝に出発した方が良いと思うの」
「何とか南の方に向かうってことは確認できましたからね、そうするのもいいかもしれません。
 でも、NPC売りは、あと四日しかないんですよ。
 それを考えれば、今は一秒でも早くスタートダッシュ組と交渉して、明るい情報を手に入れる必要がありますから」
「でも――」

 尚も言い募ろうとする美樹の言葉を、耕太は行動で遮った。

「大丈夫ですって。レザーアーマーを分解してまで、スモールシールドを作ってもらえましたし、武器だって、こうして投擲用のダッシュヒョウを作ってもらってるんです。
 これだけ充実していれば、早々、問題なんて起こりませんよ」
「そう?」
「ええ」

 左手に革ベルトで装着した直径三十センチほどの盾には金属による補強までが為されている。また、鏃(やじり)状の手裏剣といった形の十二本のダッシュヒョウが、レーザアーマーの上に装着された革製のホルダーには綺麗に納められており、自治会で管理されているアイテムを惜し気もなく使った瑞樹渾身の一作であることが容易に窺い知れる。
 ある意味で、彼に特別な便宜が図られた証だといえるだろう。
 装備としての充実振りを考えれば安心感は確かに増すが、それでも恋人との最期になるかもしれない逢瀬を妨げる代価にはならないと、美樹には思えてしまう。
 だからこそ、不吉であるかもしれないと思いながらも、美樹の口は動いていた。

「美馬さんに……何か伝えておくことはある?」
「いや……それはいいですよ。俺は……死ぬつもりなんてないですから」
「ご、ごめんなさい」
「いいですって。それじゃ俺、行きますから」
「ええ、行ってらっしゃい」

 ゆっくりと紺碧色が支配していく草原へと、耕太は駆けだしていった。



 ※  ※  ※



「そろそろ追いついてもよさそうなもんなんだけどな……」

 幽(かす)かな呟きが、身を切る風の中に消える。
 始まりの街を出発して十時間近くが過ぎ、牧場へと招き入れた牛達の住まう草原すら彼方に置いて、耕太は走り続けていた。
 武器を作るだけしかしていない洋人のステータスが常人と変わらないことを鑑みれば、比較的安全な昼間に進み、夜は警戒に徹するのが普通だろう。
 だが、洋人の姿、或いは、その行動の痕跡を見つけることが、耕太には今もってできていない。
 腰に付けたランタンの照らす範囲は、松明ほどの広さを照らすこともできていないが、星空に輝く満月の光は、その不足を補ってくれる。
 また、野営をするならば、火を絶やすこともしないだろう。
 そこに居れば見つけることは容易いと分かるが故に、耕太の心には焦燥ばかりが募っていく。

「南に行くっていうのが元々嘘なのか?
 ……いや、知り合いに何かあったら頼ってこいって自慢したんだ。
 嘘は吐かないはずだ」

 始まりの街は、SfSの世界の北西端に存在していることが分かっている。そしてまた、ステータス表示のオートマップで見る限り、南と東へのマップの広がりは、途方もなく広いものであることが分かっている。
 もし、途中で東へと向かったのであれば、その行方を探し出すことなど、到底一人で可能であるとは思えない。
 同時に、そのような地理的条件がある以上、親交のある何人かに自慢気に語っていた『南にひたすら進めば会える』という言葉が嘘であるとも思えない。
 迷いを振り切るように頭を振ったその時、揺れた視界に赤い光が映りこんだ。

「焚き火……じゃない。
 炎の塊っ!?」

 待ち望んだものかと期待した揺れる炎は、しかし、松明や焚き火の炎とは何処かが違っていた。ブレードウルフやグライドキャットのようなモンスターの瞳が映す残虐な煌めきともまた違っている。
 耕太は不測の事態に備えて速度を落とし、重心を低くして警戒しながら、耕太は赤い炎へと近づいていく。
 四十メートルほどの距離にまで近づくと、そのゆらゆらと揺れる細長い炎は、正面から見えた馬の姿であることが分かった。

「ブルルッ」

 炎を纏う馬もまた、耕太に気がついたのだろう。軽い嘶(いなな)きを上げた。
 目の前にあるウインドウにはステータスこそ、やはり表示されてはいないものの、フレアマスタングの文字が躍っている。
 だが、モンスターの一種であると表示されながらも、耕太にターゲットを合わせて襲ってくる気配がない。
 その有り様に、耕太は牧場へと囲い込んだ牛を思い出した。

「まさか……家畜に――いや、騎乗動物にできるのか?」

 知らず、耕太の喉が大きく音を立てた。
 幼い頃に読み聞かされたシートン動物記の一作が頭を過(よ)ぎる。マスタングの名を冠する以上、その性格が温厚であるとは思えない。
 捕まえるには、まず、強力な後脚による一撃を警戒する必要があるだろう。次に、暴れるのを制して乗りこなし、自らが主であることを教え込む必要があるだろう。
 時間に余裕がない中、もし騎乗できれば、行動範囲は劇的に増すことになる。
 だが、捕獲に掛けられる時間的余裕があるとも言い切れない。
 葛藤の中で、しかし、緋を思わせるガーネット色の瞳から視線を逸らすことなく、耕太はじりじりと距離を詰めていた。

(やってみるしかない……よな、やっぱり……)

 自分の行動に気付き、内心で苦笑を浮かべた耕太は、アイテムウインドウを呼び出すと、牛を捕獲して以来、馬も居るかもしれないと考えて用意してあったニンジンを取り出して右手に持ち、ゆっくりと左右に動かしてみせる。
 すると、その動きに合わせて、フレアマスタングの頭は揺れ、ニンジンに強い関心を持っていることが見て取れた。
 耕太は慎重を期し、フレアマスタングの警戒心を刺激しないよう差し出したニンジンの位地に気を付けながら、摺り足で近づく。

「ブル、ブルル」

 永い永い緊張の果てにフレアマスタングにニンジンを与えることができたのは、端目に見れば、わずか数分の出来事だっただろう。
 だが、その短い時間で、耕太は心底疲れきっていた。
 とはいえ、案ずるより産むが易し、という見本なのだろうか。立派な体躯を持つフレアマスタングの人懐こい仕種に、耕太の頬は緩んでいる。
 フレアマスタングのステータスへと目をやれば、そこには騎乗動物(仮)と表示されており、空白となっている名前の欄が点滅を繰り返している。

「名前を付けて、騎乗動物の登録が決定するってとこか。
 どんな名前を付けるべきかな」

 ニンジンを食べ終え、鼻を摺り寄せてくるフレアマスタングの鬣(たてがみ)を撫でながら、耕太は思案する。
 何かヒントはないかとステータスを改めて覗くと、牝馬であることが分かった。

「そういや、夕子さんの名前の由来は、夕焼けに見た岬馬が綺麗だったからって言ってたっけ……。
 でも、さすがに夕子って付けたら怒るよな?」

 会えない恋人の名を愛馬に贈るのも、一つの名付け方ではあるだろう。
 ただ、その場合、事ある毎に夕子と口にすることになる。一人で行動する間は良いが、複数で行動するときには、確実にからかいの対象となるだろう。
 また、肝心の夕子も耳にすれば、耕太の危惧通りに怒る可能性も高い。
 夕子に関連し、それでいて尚、ばれないような名前がないものかと、耕太は再び頭を悩ませる。

「夕焼け……夕方……宵の明星……金星だからヴィーナスってのも分かり易すぎるしなぁ……。
 ローマ読みでウェヌスにしても、明けの明星を指すって聞いたこともあるし……いや、明け方だと対照的だから、そういう意味では良いのか。
 ウェヌスの他だと……明け方、朝焼け……暁……ウシャスでも良さそうだよな。ウシャスは赤い衣を纏ってたって話も聞くし、こいつには合ってるだろうし。
 ウェヌスにするか、ウシャスにするか、迷いどころだな」

 じっと覗き込んでくるフレアマスタングの瞳を見つめて更に数分。何度も呟いて音を確かめながら、耕太は決めた。

「よし、お前の名前はウシャスだ。
 一番美しいと言われた女神さんの名前なんだから、良い名前だろ?」
「ブルル」
「ん、そうか。お前も気に入ったのか」

 どうやら、フレアマスタング――ウシャスもまた耕太の付けた名を気に入ったらしい。
 甘えるようにして、再び鼻梁を擦り寄せてくる。

「なあ、そのうち俺の彼女を、夕子さんを紹介するからさ、どっか風景の良いところで過ごそうな」
「ブルルッ」
「ん、なんだ? 焼き餅か?
 夕子さんは恋人で大好きだけど、お前だって好きなんだから、そう怒るなよ。
 俺の自慢の恋人なんだ。だから、お前も絶対に気にいるからさ。な?」

 不思議なほどに相性が良いのだろう。耕太の肩に甘く噛み付いて、ウシャスは自分を捨て置いて、別の女のことを考えるなと言わんばかりに抗議をしてみせる。
 そんなところが可愛く思えて、鬣を撫でる耕太の手は優しさを増していた。
 女神自身になぞらえて付けた名ではあったが、ウシャスはまた、薔薇色の牝牛や馬の牽く車に乗り、スーリヤに先駆けて天空を紅色に染めるとも語られている。
 炎を纏った牝馬である彼女――フレアマスタングにとっては、その意味でも適した名であるのかもしれない。
 ゆっくりと諭すように夕子の事を話す耕太の言葉に、ウシャスもまた大人しく耳を傾ける様は、耕太にとっての癒しの女神である夕子を乗せることを許容したように思える。
 何時しか、東の空には深い藍色に色付き、赤く染まる瞬間を待っていた。





[4090] Mission 004 ― Searches for whereabouts II ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:21



 ウシャスに跨(またが)ること十数分。鞍(くら)や鐙(あぶみ)などの馬具がないために手間取りつつも、何とか落ちずにすむようになった耕太は、当然の如く【騎乗】スキルを手に入れている。
 勿論、まだまだ思うがままに乗りこなせているわけではない。ウシャスの走るに任せ、しがみついているだけの不恰好な騎乗ではあるものの、それでもウシャスの駆け行く速度は、耕太自身が全力で疾走する速度すら足元に及ばぬほどに速い。
 景色は飛ぶように後ろへと流れ去り、掻き乱された空気が渦を巻く。
 しかし、それだけの速さで移動しながらも、耕太は息苦しさを感じることがなかった。はじめは感じていたバイクに乗ったときのような風圧を、いつの間にか受けなくなっていたのだ。
 そのことに気が付き、耕太は【騎乗】スキルの持つ効果に考えを巡らせた。
 実際、他の【剣術】や【槍術】といったスキルにおいても、スキルレベルが上がるたびに素人の動きのまま動作自体は俊敏になっていくことが確認されたことから、取得したスキル関連の反復行動については、数値的な上昇や最適化などといった何らかの補正が行われているのではないかという推論が、夕子達によって纏められている。
 ただ、その推論からすれば、風圧を受けなくなるというのは、些か【騎乗】スキルからは外れ過ぎではないかとも思える。
 今は検証のしようのない思考に没頭していた耕太は、ウシャスが速度を落として振り落とされることのないよう気を遣ってくれていることに、ふと気が付き、思わず破顔してしまう。
 克己に頼まれ、自治会にとって重要な任務を遂行している最中とはいえ、今は一人と一頭しかいないのだ。何も顰め面して、任務一辺倒になる必要はない。
 夕子と会えないがために溜め込んでいた心の疲れを癒すことに、移動の時間を当てて何が悪いのかと、どこまでも地平を駆けていく解放間の中で、耕太は思い直したのだった。
 時折り、見えるモンスターは、耕太達に照準を合わせる前に遠くなり、何の攻撃を受けることもない。稀に飛んでくるサッカーボール大の火の玉ですら、フレアマスタングの纏う炎が呆気なく呑み込み、何の痛痒を感じることもないのだ。
 耕太は目を細めて笑みを浮かべ、唯々、一直線に駆けていくという煩わしさの全てを忘れさせてくれる爽快感に身を任せていた。
 そして、眠気が耕太の瞼を重くし始めた頃、地平線の中にポツリと影が映りこむ。

「城塞都市か。倉知の言っていた場所は、ここで間違いないんだろうな」

 束の間の安寧に緩んでいた心を引き締め、耕太は城門へとウシャスを誘導するのだった。



 ※  ※  ※



「フレアマスタング?
 随分とレアなモンスターに乗ってるじゃないか、すごいな」
「ああ、すげぇよ。
 騎乗動物にできるって話だけは聞いてたけど、出現条件までは廻ってこなかったからな。マジすげぇ!」

 緊張していた耕太にしてみれば、随分と気の抜ける態度で、門の脇に立っていた見張り役のプレイヤー二人が声を掛けてくる。

(考えてみれば、他のゲームじゃ引き抜きなんかはプレイの範囲内か。
 もし、そう考えてるんなら、本格的に敵対してるつもりはないのかもな……。
 倉知にしても、話を通すことを忘れてただけってこともあるか……)

 SfSの世界で生き抜くことの難しさに危機感を感じて、他者に警戒の心を持つのは当然のことだろう。
 だが、だからといって、自治会に属さない周囲の全てが須らく敵だと決まったわけでもない。そのことを忘れ、警戒心ばかりが先行していたことに、耕太はこれまでの余裕のなさをこそ危惧してしまう。
 もっとも、ゲームであるからこそ盗賊行為をプレイとして楽しむ者もいることは知っているし、生命が掛かっているからこそ犯罪に手を染める者がいないとも限らない。
 喧嘩腰にならない程度に軟らかな態度を心掛けながら、それでも警戒を緩め過ぎることのないように、耕太は自分を落ち着かせた。

「ああ、俺も出会えたのは偶然だよ。
 こうして騎乗するのは初めてだけど、乗り心地も最高だしな。
 ところで、俺は自治会から連絡と交渉を任されて、ここに辿り着いたんたんだが、責任者に会わせてもらえないか?」
「ん? ああ、構わんぞ。
 ここに着いた連中を案内するのも門番の仕事だからな。
 そういうわけだ。しばらく任せてもいいよな?」
「いいぜ。ただし、早く戻ってきてくれよ。
 ストライクボアが出ちまったら、一人じゃキツいんだからさ」
「ああ、分かってる」

 耕太の言葉に頷いた門番の男が、少年へと確認した。
 その言葉に、耕太はウシャスの背で見た体高二メートルはありそうな茶色い塊を思い出す。

「ストライクボア? 何か厄介な能力でもあるのか?
 ここは、一応は街の中になるだろう。それでも攻撃してくるのか?
 遠くから確認しただけだから、名前以外は大きいことしか俺には分からなかったんだが……」
「ん、ああ。なるほどな。一人で戦わなかったのは、正解だろうな。
 別にスリーピングフェアリーやファイアスネークみたいな長距離攻撃を持ってるわけじゃないんだが、あの巨体のままで突っ込んでくるんだ。正直、街の中に入り込まれたら仕留め辛くてな。
 そのせいで、もし、ストライクボアが現れたら、城門を閉ざすか、外で引き付けるか、用意してある落とし穴に誘導して落とすのが、俺達の仕事になるわけだ。
 知らなかったのか?」
「ああ……」

 屋外の建物であるとして牧場の襲撃が特別であると除外すれば、グリーンインプなどが街中にいるプレイヤーをターゲットに攻撃を仕掛けてくることはなく、また追いかけていた場合にも街中へ逃げ込んだ時点でターゲットから外れることが、自治会では確認されている。
 しかし、その認識は間違っていたわけではないにしても、随分と甘いものであったらしい。

「始まりの街じゃ、内部にまで攻撃を届かせるようなモンスターは周りにいないからな。
 ま、知らなくても不思議じゃないか……」

 馬鹿にする風ではなく、男は納得顔でしきりと頷いた。

「特殊攻撃が街の中まで届くのには、条件があるのか?
 こっちの検証じゃ、街の中に逃げ込んだ時点でターゲットが外れるって結果になってるんだが」
「まあ、詳しいことは歩きながら話そうか」
「ああ……」

 男に促されるまま、耕太はウシャスを従えて、小城へ向けて歩きだす。
 小城を囲むようにして街や畑、厩舎などがあり、その上で十数メートルの高さの石壁が周りを取り囲んでいる。
 また、石壁には見張り台と足場が併設されてもいる。
 男達の会話や態度からすれば、やはり自治会に対して積極的に敵対しようと考えているわけではないように思える分、対外的な何かと戦うことを想定された城塞都市の造りに、耕太は危機感を覚えずにはいられない。
 だからこそ、モンスターに対する情報には聞き入ってしまう。

「スリーピングフェアリーにしても、ファイアスネークにしても、街の中に居るプレイヤーを狙うことはない。
 それはグリーンインプなんかと同じだな。
 だが、一度、ターゲッティングされると攻撃距離の範囲に居る限り、攻撃が続くことになる。まあ、壁とかで視線を遮れば、ターゲットからは外れるけどな。
 結局、街の中へ入れなくて、近接攻撃が使えないから襲ってこないってことになるんだろう。
 ただ、ストライクボアの場合は少し様子が違っていてな。ターゲットを見失っても、そのまま突っ込んでくる。
 まさに猪突猛進て感じでな。
 だから、下手に街中で暴れられるようなことのないように、門の外で迎え撃つことになってるんだよ」
「なるほどな」

 男の言葉に、自分の知るモンスターの行動を重ねながら、耕太は口を開いた。

「なあ、これから先、ストライクボアみたいに街中かどうか関係なしに攻撃してくるようなモンスターが出てくると思うか?」
「……そうだな。正直、俺達が持ってたストライクボアの情報に、街中にまで入り込んでくるなんてのはなかった。
 それを考えれば、街中だからって安心するのはお勧めしないな。
 これは俺の考えなんだが、SfSのシステムと普通の世界の法則とが変に混ざり合っている。それが、今の状態なんじゃないかって思ってる。
 お前さん、フレアマスタングが初めての騎乗みたいに言ってただろ?」
「ああ」

 ちらりと投げかけられた視線に頷き、耕太は短く答えた。

「クローズの情報だと、騎乗動物を手に入れるってのは、テイム系か騎乗系のスキルを持っていないと難しい。ある程度の行動を成功させた時点でスキルを獲得する形になっているから、丸っきりの初心者でも完全に無理ってわけじゃないんだが、それにしたって早々に捕獲できるわけじゃない。
 新たな都市に初めから飼育されてる馬を騎馬にできた奴が、早い者勝ちでスキルを上げて、マスタングを捕まえて頭数を揃えるのが、クローズでの流れだったらしいからな。
 実際、その方が一攫千金のルートになるからな。ゲームの流れとしては、自然なんだろう。
 一番最初に普及するはずの只のマスタングですらそんな状況にあるんだ。
 レアモンスター扱いのフレアマスタングを、ズブの素人がスキルの支援無しに騎乗動物にできるなんていう確率が、どれだけあると思う?
 恐ろしく低いって表現でも追いつかないってのは想像がつくだろう?」
「そうだな……」

 様々なゲームのシステムによって提示される確率。それは、プレイヤーの体感としては、表示を下回ることが多いように思われる。
 また、確率の算出に使用される乱数には、人が作りこんだ乱数表が使用されるために、一定の偏りが出ることもある。
 そして、スキルという概念の元で成功確率が計算されるのであれば、低すぎるスキルレベルにはゼロという確率が割り当てられるのが自然であるに違いない。
 そうと納得した耕太は、男の言葉に相槌を打った。

「だろう? だが、実際には、だ。
 俺達が使ってる馬――マスタングを捕まえるのは難しくない。
 始まりの街で牧場を作っていたのと同じように囲いの中にトレインできれば、それだけで家畜にするのは可能だ。そうなれば、後は乗るだけで騎乗動物になってくれる。
 あるいは陽動した奴の背中に飛び乗って、しばらく振り落とされないように辛抱することができれば、それだけで騎乗動物にすることだってできるんだ。
 どちらにしてもシステム的な結果としては成功してるが、本来のシステムからすれば想定外の運用としか思えない。
 その理由が分かるか?」
「要は、結果を得るための裏技が幾らでも利く辺り、システムに全てが縛られてるってわけじゃない。
 そう言いたいってことだろう?」
「ああ、その通りだ」

 始まりの街で会議場に使われているホテルと同じ程度の大きさの小城を前に、男は真剣な表情で、耕太の言葉を肯定した。

「かなりの確率で、ストライクボアが街の中にまで突っ込んでくるっていう情報があれば、俺達の中の誰かが知っていたはずだ。
 しかし、誰に聞いても、そんな事実はない。
 ここ以外の街のことや、ダンジョンに配置されてるモンスターに罠なんかの攻略情報まであるってのに、だ。
 情報が全くない以上、それはシステムによる制約を受けていないという証だと俺は考えてる。
 そして、ストライクボアという例を考えるなら……」
「突破する奴は、他にも絶対いるってことか」
「だと思う。
 あと、ここからは例えに例えを重ねることになるが、SfSのストーリー設定で、結界に包まれた都市で生活を送る云々って話があっただろう?」
「確かに……あったな」

 未だ一月が経過していないにも関わらず、あまりに遠くなったログイン前の記憶を思い起こしながら、耕太は男の言葉に耳を傾ける。

「グリーンインプやレッドインプが攻撃してこないこと、同じ程度の強さのスリーピングフェアリーが遠距離攻撃に限っては攻撃できること。
 そして、かなり強さが上がって、ストライクボアが街中にまで突っ込んでくることを考慮すれば、結界は一定の強さを持つモンスターには無効になるんじゃないかと思うんだ。
 どう思う?」
「可能性は否定できないな」
「だろう?
 だから、俺としては、手数の足りている自治会に、その辺りの調査を任せられるようになればと考えている。
 まあ、難しいとは思うんだが、正直、ここや他の街に陣取ったプレイヤーの数は、圧倒的に足りてないからな。
 ま、後はうちのギルドマスターと協議して、話を詰めてくれ。
 良い結果が出ることを期待してる」
「分かった……」

 小さく頷きを返した耕太はウシャスに道で待つように言い聞かせ、男と共にギルドマスターの待つ城の中へと入っていった。



 ※  ※  ※



「あんたが自治会の遣いか。
 こんな遠くまで、悪かったな」
「いや、こちらこそ、門番の草間(くさま)さんから貴重な話を幾つも聞くことができました。ありがとうございます」
「そうか。まあ、楽にしてくれ。堅苦しいのは、それほど好きじゃないんでな」
「はい」

 謁見の間での話し合いにでもなるのかと心配していた耕太だったが、通されたのは、豪奢な会議テーブルを備えた一室だった。
 U字型の会議テーブル、その左右のカウンターに各々が腰を掛ける。室内には耕太と肉体派中年といった感じのギルドマスターの二人だけとなっている。

「まずは自己紹介といこうか。
 俺は佐川陽司(さがわ ようじ)、ギルド――ブレイブレイドのギルドマスターであり、オルドビス城塞都市の領主でもある男だ」
「自治会戦闘班長の宮間耕太です。そして自治会でスタートダッシュ組と言われているあなた達との対外交渉を任されてもいます。
 ただ、全権を委任されているわけではなく、野外のフィールドを最速で突破するために選ばれました。
 ですので、案件によっては、一度自治会に戻って、確認の決を採る必要があります。全てに即答できるとは限りませんので、ご了承ください」

 門番――草間雄介(くさま ゆうすけ)と話していたときとは違う緊張感が、場に満ちていく。
 楽にしてくれという言葉のままに気を抜くことが、耕太にはできない。克己に教えられた通り、返答に窮するような質問への対策として、自分の立場をまずは明確にした。

「まあ、固くなるのもしゃあねぇか。ま、俺の口調は気にせんでくれよ。
 それで自治会の方から話があるんだって?
 どんな用件だ?」
「この都市にNPC商人が居るかどうかは知りませんが、実は、その配置期限が明々後日(しあさって)に迫っています。
 また、自治会で運営している牧場が、グリーンインプ並びにレッドインプの襲撃を受けるという事態が発生しました。
 そのため現状では、食料の確保が何よりも優先されるのですが、幸い、NPCの武器販売数のような制限はありません。
 情報提供など、ご協力いただければ、自治会から援助することも可能ですので、それをお伝えしに参りました」
「なるほどな」

 顎(あご)を擦(さす)りながら、陽司は考え込むように天井を見上げた。

「まあ、その二つは、俺達も予想してたよ。
 襲撃があるのはストライクボアで実感してるし、ここにだって本来は居るはずの販売系NPCがまるで配置されてないのも、必要以上の保障がないことの証だと思っていたからな」
「では?」

 我知らず腰を浮かせた耕太に、陽司は首を横に振る。

「だがな、それだけの話でもある。
 別に誰とも協力するつもりがないってわけじゃねぇ。
 ただな、自治会のやり方は、どうにも締め付けが厳しすぎるんだよ。
 一々、あれこれ試すのに、アイテム使用の是非を問うなんて手間を掛けてちゃ、結果が出る前にアイデアだって腐っちまう。
 おまけにリソースがどこまで用意されているのかも分からないとくりゃ、普通のゲーム以上に情報と行動力が必要になると俺は考えてる」
「しかし、それでも食料の――」
「まあ、最後まで聞けよ」

 耕太の言葉を封じた陽司は、声を低く抑えて続けた。

「確かに実際の生き死にが関わってくるんだ。ブルっちまって戦えない奴だって大勢居るだろう。
 そういった奴らを保護して、最低限の食料供給を続けている自治会は、それだけで尊敬できる。
 だがな、その動けない、動かない大人数のせいで、自治会の動きは遅すぎるんだ。
 今のところ、GMと連絡ができるのは自治会だけだろう?
 同じやり方で他の人間が連絡を取ろうとしても、個人メールを飛ばせないのと同じ要領で弾かれちまうってのは、倉知の奴から聞いてる。
 これは早い者勝ちってことの証明だろう。
 結局、生き抜いて、勝ち抜くって言葉は、何も直接戦うことだけを示しているだけとは限らないんだよ」
「……」

 倉知の伝えたという情報は真実だった。
 確かに、最初にGMとの連絡を取る方法を思いつき、それを試した夕子以外のプレイヤーでは、同じ方法を取ったとしても、GMとやりとりを交わすことはできていない。
 そのことを指摘され、論拠にされてしまうと、武器販売の制限やNPCの期限消失にしても、陽司の言葉の正しさを証明する傍証であるように、耕太にも思えてくる。

「なら、自分の行く末は自分達で決めたいだろ?
 だからこそ、だ。動いていない人数の多い自治会と全面的に協力するって話は、ごめん被る。
 生きるのに必要な食料の供給なんかを任せてみろ。俺たちは、自治会の言うことに従うしかなくなっちまう。
 自治会の全員に同じ装備を揃えるために、無茶な納期で材料を集めて来いなんて言われた時に、断れなくなっちまうだろう?」
「そんなこと、会長は考えて――」

 勢いのままに走った言葉を、陽司はまたも遮った。

「ないってか?
 信じられんな。会長ってのが、よしんばお前さんの言う通りの男だったとしてもだ。
 変に平等に振る舞おうとしてるようにしか見えねぇのが、自治会のやり方なんだ。全体の利益を考えて動いて欲しい、と言ってこないとは限らないはずだ。
 話を持って来るんなら、もう少し、全体の生活を自立させてから持ってきて欲しいもんだな。
 もちろん、動いていない奴らを切り捨てろと言ってるわけじゃねぇ。
 だがな、動かす努力はしてみせろ。
 数人で取り囲めば、グリーンインプを相手にするだけなら木製の棒や先を尖らせた簡易槍でも何とかなるんだ。
 だからこそ、その程度のことができてない奴らに組するなんてことを、俺はしたくないって言ってんだよ。
 分かるか?」
「っ……」

 反論しようと動いた口は、しかし、言葉を発することができなかった。
 心の奥底で押さえつけられ、燻っていた不満が、陽司の言葉を全面的に肯定しようとする。だが、それでも耕太は、夕子や克己、陽子達が支える自治会を否定したくはなかった。
 肯定と否定の狭間で、ぐるぐると思考が空回りする。

「まあ、倉知を引き抜いたのは悪かったと思ってる」

 消沈した耕太の様に、バツの悪さを感じたのだろう。
 陽司は声の調子を戻し、話題を変えた。

「自治会がギルドから抜けるのを禁止してないとはいっても、俺もまさか挨拶なしで来るとは思ってなかったからな。
 ここに来て、あいつから話を聞いた時、きつく言ってある。明日にでも筋を通しに、こっちから謝りに行かせようと思っていたんだ。
 その点については本当に悪かった。許してくれ。
 それで、代わりと言っちゃなんだが、マスタングの群生地について情報を提供したい。
 牧場で繁殖させれば、足ができるからな。行動範囲もかなり広がるだろう。交換条件として、問題はないはずだ。
 それに、フレアマスタングを乗騎にしてるんだ。マスタングの群れは、強い奴の指揮に従うからな。お前なら、簡単に群れを傘下に収められるはずだ」
「分かった……」
「あと、これは追い撃ちのつもりじゃねぇ。
 こういう現状だというだけの話なんだが、そこの所を誤解しないでくれよ。
 城塞都市の中には畑や果樹園が用意されててな。
 そこで野菜や果物なんかを生産してる。
 川と海じゃ魚が捕れるし、ストライクボアも仕留めれば肉や毛皮を得ることができる。
 自治会の心配してるような事態には、他のギルドの奴らも陥らないはずだ。それにな、城塞都市だけあって倉庫には兵糧も備蓄されてるんだよ、最初からな。
 だから、心配するなら、あの言葉の通りに生き抜くこと――戦って勝ち抜くことを、まずは考えたほうが良いだろう。
 あとは……そうだな……。
 この他の情報については、それに見合うだけの情報料を貰えるなら、提供してもいいと考えている。別に情報料は、金じゃなくても構わない。物でも、派遣アルバイトみたいに何日か人を貸してくれるってのでもな。
 会長さんには、そう伝えてくれるか?」
「ああ……」
「頼むぞ。ただ、明日になってから帰った方が良いだろう。
 草間にホテルへ案内させるから、今日はもう休んどけ。
 絶対に無理はするなよ。いいな?」

 陽司が部屋を後にすると、残された耕太は肩を落としたまま、沈みこむようにして椅子に寄り掛かった。





[4090] Epilouge of First Stage
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/11/01 22:22



 ドカカッ、ドカカッ、と地を蹴る音が、草原に木霊する。
 閉塞感に辟易とし、グリーンインプの危険から直ぐに逃げきれる場所で草原を眺めていた数十人のプレイヤー達は、地平の彼方から聞こえて来る重低音に驚きの表情を浮かべ、耕太を出迎える形となった。
 自治会の戦闘班員の指揮を執っている耕太が、煌々と太陽にも負けぬ輝きを纏うウシャスに跨り、二十七頭もの馬の群れを引きつれて、始まりの街へと向かってくるのだ。
 変わり映えのしない生活という名の灰色の空間に、牧場襲撃という名の翳りまでもが暗い彩りを加える閉塞感。
 それに疲れているプレイヤー達が、何の事前情報もなかった耕太のマスタングの群れを伴った帰還に、興奮を覚えないわけがない。また、フレアマスタングという幻想の結実が、その狂喜にも似た感情の爆発に彩りを添えている。
 始まりの街の西に造られた牧場を目指して駆け抜けていく馬群の後を追って掛けだす者、目の前で起きた事態を知人に報せようと街の中へ掛け戻る者が現れ、寂しげに風に揺らされていた草原は、俄かに活気付き始めていた。



 ※  ※  ※



「――以上が、ブレイブレイドの佐川さんの意見です」

 願って止まなかった騎乗動物の登場に沸き返る牧場を後にし、ホテルのラウンジへと場所を移した耕太は、決して良い報せとは言えない言葉を克己に伝えた。

「そうか。なるほどな……」

 耕太の表情に巣食った翳を見て取り、重要な任務を果たした男の顔に疲労が合わさったものとして朗々とその栄光を称えることで、自治会員の押し寄せた牧場では場の雰囲気を保ってみせた克己の声には、隠しようのない落胆の響きが宿っている。
 ガラス製のテーブルに視線を落とし、言葉を閉ざした二人の間に、沈黙が満ちた。
 心臓の音さえ聞こえるのではないかという静寂の中で、壁際に設置された大きな木製時計の長針が一周し、二周し、更に一週する。

「酒田さん……」

 乾いた唇を剥がすようにして、耕太が消え入りそうな声を発した。

「何だ?」
「俺は……佐川さんの話に反論……できませんでした。
 榊と揉めた時、俺は八つ当たりも確かに有ったけど……それでも不満を口にするだけで……自治会のやってることを台無しにするような……そんな榊の言葉に頭に来てました。
 多分、それは……そう感じるだけなら、今でも間違ってないと思ってます……」
「……」

 途切れ途切れに紡がれるが故か。その言葉は小さな音の連なりであるというのに、克己の耳朶を大きく震わせる。

「あいつと同じように……街で過ごしている人を見下すつもりは……ないんです……。
 夕子さんにしたって、近森さんや倉知の奴にしたって、直接戦う以上に重要な役を担っているってのは、俺だって分かってるんです。
 俺達戦闘班が安全を確保して……装備が普及するのを待って、そこから安全にレベルを上げていく……。
 そうやって誰も死なないように全体を見守りながら、各自が自立できるようにっていうのが自治会の方針だってことは分かってるんです……。
 だから……危険な場所に飛び込んでいって命を賭けてることになるから、戦闘班は装備を集中して廻してもらえて……そのことに負い目を感じる必要なんかなくて、誇りを持てるものだって思ってます。
 初めは夕子さんに、そう言われてだけど……今は俺だって、自分でそう思えるようになってたんです。
 でも……その危険に見合うように安全を図ってるだけなのに……それを邪推されて……俺は夕子さんに会えなくなって……それでも、それでも……食べることもできなくなったらって……自治会のためだって……皆のためだって思って、それで俺は……」

 震える声と共に、大粒の涙が落ちた。

「俺は……働いてたんです……。
 それなのに……佐川さんが他にもやり方があるっ言って……食べ物の心配もないってことを言って……俺……俺、自分が何のために我慢してたんだろうって思えて……まだ働かなきゃいけないのかって思えて、それでも頑張ってマスタングを連れてはきたけど、でも……俺、俺……もう、これ以上、このまま働くなんて……。
 俺は、俺は……」
「宮間君……」

 子供のように拳で涙を拭う耕太の様子に、克己は限界を感じた。

(……背負わせ過ぎたな。
 美馬君を……誰に何と言われようと、宮間君から離すべきじゃなかった)

 誰もが鬱屈したものと先の見えない不安で心を黒く塗り潰しかねない状況の中、躁鬱とまではいえない小さな不安定さで動けた耕太だからこそ、自治会の上層部は組織としての決定を押し着せてしまったのだろう。
 誰もが大丈夫そうだからと、耕太の若さ故に見え難い脆さを忘れてしまっていたのだ。
 心に入る罅を誰知らず埋めていた夕子がいるからこそ、未だ砕けずにすんでいるということを、誰一人として気が付いていなかったのだ。
 いや、薄々とは気が付いていたのかもしれない。
 洋人を探すために旅立つ耕太を見送った美樹のように、前兆とも予兆とも思える漠然とした不安を抱いた者はいたのだろう。
 だが、それでも口に出さなければ意味がない。耕太が壊れてしまっては、意味がなかった。

「宮間君……今回の任務、本当に助かったよ。
 私としても、佐川氏の言に思うところがないわけでもない。ただ、情報を持っていない暗中模索の中で安易に動けば、見えない落とし穴に自ら落ちてしまうことになりかねないことも、また確かなことだよ。
 だから、我々がした選択に間違いはないと思う。
 もし結果として間違っていたのなら、それを正せばいいんだ。改めればいいんだよ。
 だから、今回の件について、皆で協議しようと思う。だが、その前に、君は疲れを癒す必要がある。
 なに、時間的な余裕はできたんだ。
 美馬君と一緒に、そうだな……一週間ほど休むといい。あれだけの数の馬を連れ帰ったんだ。そのための準備に走り回っていたことは誰にだって分かることだろう。
 もう、誰にも癒着などとは言わせないから、安心して、美馬君に会いに行くといい。
 君が帰ってきたことは、既に伝わっているはずだからね。きっと、首を長くして待っていると思うよ」
「酒田さん……」

 先ほどまで風が触れても崩れ落ちそうなほどに色を失っていた耕太は、驚くほどに生気を取り戻している。

「ほら、早く顔を見せてくるといい」
「は、はい。それじゃ、失礼します」

 安堵と苦笑の入り混じった複雑な表情を浮かべた克己に見送られ、耕太は駆け出していた。


 ※  ※  ※



「夕子さん、俺、帰ってきましたよ!」

 随分と懐かしく感じる部屋のドアを開け、耕太は弾むような声を響かせる。

「俺、しばらく休みをもらえたんです。夕子さんにも、同じだけ休みがもらえたんです。
 一緒にゆっくりして、一緒に休んでいいって言われたんです!
 夕子さん、夕子さ~ん!」

 居間に姿の見えない夕子を探し、耕太は歩を進める。
 夕子もまた疲れているらしいことは聞いていたため、寝ているのだろうかと考え、寝室のドアを開けた時だった。

「――ゆ、夕子さんっ!?」

 ベッドの上に投げ出された夕子の身体からは、全ての色が失われている。
 瑞々しい白い肌も、鴉の濡羽色の艶やかな黒髪も、楚々とした色合いの草色のキトンも、矢が突き刺さりキトンに滲んだ鮮やかなはずの血の色も、全てが昏い灰色で表されている。
 それは夕子の命が失われたことを示していた。

「夕子さん! 夕子さんっ!!」

 ベッドへと駆けより、その身体を激しく揺する耕太。
 だが、手から伝わってくる感触は冷たく、ただ物体としての人間の形をした肉が横たわっている。

「なんで、なんでこんな! なに――がぐっ!」

 倒れる耕太の元で、ドスと重い音が雪崩をうった。
 耕太自身に見えはしないが、ショートソードにショートスピア、そして幾本もの矢が、その背中には突き立っている。

「かっ……はぁ……」

 視界に映った自分の右手が色を失っていく様が見える。体力の全てを失くしてしまったのだと呆然と理解した耕太の薄れ行く意識に、脅えを宿した声が聞こえた。

「お、お前らが悪いんだ!
 お前らばっかり美味しい思いをしやがって!
 お前らが、お前らが悪いんだ!」

 似たような言葉が虚ろな意識に、幾重にも重なって響き渡る。

「そうだ。皆の言う通り、こいつが悪いんだ。
 俺は何も悪いことをしてないってのに、こいつが全部悪いんだ!
 だから、俺達がワザワザ罰を与えてやろうとしたのに逆らった女も悪いんだよ!
 俺達の女にしてやるから許してやるって言ったのに、逆らった女が悪いんだ!
 それもこれも俺をコケにしたお前が悪いんだ!
 ざまぁみろ! お前なんか、俺の足元にも及ばないんだよ!
 逆らってみろよ! ほら、反撃してみろよ!」
(榊……てめぇか。てめぇが、夕子さんを……)

 何もかもが崩れていく感覚の中、怒りが迸った。
 灰に染まり、動かぬはずの腕はダッシュヒョウへと伸びると、視認すらできぬ動作でそれを抜き放っていた。

「ヒギィッ!!」

 死に際を嘲笑おうと近づいていた信一郎の左目に、ダッシュヒョウが生えている。

「う、うわぁぁっ!
 生きてやがる! 生きてやがるぞ、逃げろぉ!」
「ヒィ、くそぉ、くそぉ……」

 慌しい音が掻き乱した場に、静謐が訪れた。

(ざまぁ……みやがれ……)

 無様に喚き散らしながら去った以上、ダッシュヒョウの一撃が致命傷になることはないだろう。
 そのことを分かりながらも、一矢報いたことで、耕太は信一郎のことなど忘れ去っていた。
 耕太の脳裏を占めるのは、ただ夕子のことだけだった。

「ゆ……こ、さん……」

 夕子の上に倒れ臥していた耕太の瞳に、彼女の決して安らいでいるとは言い難い表情が映りこんだ。しかし、それでも最愛の人がそこに居るというだけで、耕太は安寧を得られたのだろう。
 その色を失くした顔には、安堵の笑みが浮かんでいる。
 SfSの世界が創生されて二十九日目。
 壮大な歴史がこれから紡がれようとしている黎明に、二つの命が今、呆気なくも失われた。
 歴史に名を残すプレイヤー達に大きな影響を与えた二つの命が、歴史に記されることもない片隅で幕を閉じたのだった。



 <第一部 完>





[4090] Prologue of Second Stage
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/12/04 01:43



「今だ、投擲!」

 巨大な蛾の赤い瞳を睨みつけながら叫んだ小杉充(こすぎ みつる)の声を合図に、十五本のピルムムルスが放物線を描く。
 始まりの街から僅かに橋を一つ越えた場所に存在する森。スリーピングフェアリーとレッドインプが棲まう森は、本来の攻略レベルで云えば、あくまでも草原での戦闘の次に挑むべき初心者用の戦闘フィールドだろう。
 だが、モンスターのレベルが如何に低くかろうと、ゲーム的な死が現実の死に直結する現状では、その危険度は高いと云える。事実、これまでに魔法契約を行うために訪れたプレイヤー達の中から、幾人もの死亡者を生み出した最初の難関が、この森なのである。
 具体的には、敏捷性の高いレッドインプは、林立する木々を利用したトリッキーな動きでプレイヤーに狙いを付けさせず、直接的な攻撃力をほとんど持たないスリーピングフェアリーは、睡眠魔法による遠隔攻撃を放ってくる。
 また、眠りに落ちた者に贈られるスリーピングフェアリーによるキスという名の特殊攻撃は、吸精という効果を伴い、およそ半日ほどの間、プレイヤーの動きを三割近くまで減じてしまう。
 そして、この両者の攻撃が噛み合った時――そう、スリーピングフェアリーの攻撃によって動きを制限されたプレイヤーにレッドインプが襲い掛かるというコンビネーションが成った時、初級レベルのプレイヤーにとって、それはあまりに凶悪極まりない連携攻撃となる。
 レッドインプとスリーピングフェアリー以外にも、この森では、凶暴性を増したジャイアントクロウラーの存在が脅威といえるだろう。
 彼らは森の中心部に存在する開けた場所にまばらに生える木を利用し、枝から吊り下げた繭の中で一週間ほどの期間を経て、羽化を果たす。その際、動けぬ繭を守ろうとする本能が、近づくプレイヤーを排除しようとするのだ。
 更に、このジャイアントクロウラーの防衛本能は、成虫である巨大な蛾――ビッグモスにも引き継がれており、麻痺の効果を持った毒鱗粉が、視界を黄色く染め上げるほどにばら撒かれることとなる。
 だが、それらの危険を知りながら、それでも森の深奥にまで踏み込むことが、戦うことを選択したプレイヤーには必須となる。
 魔法行使に必要不可欠な杖等の魔法媒体を手にしただけでは、Struggle for Supremacyの世界で魔法を使うことはできない。そう、魔法を行使するためには、森の深奥を訪れる必要があるのだ。
 地・水・火・風・光・闇の六属性に分かれる魔法を使用するには、各属性との契約が必要となる。具体的には、広大なフィールドの各地に散らばった魔法陣の上に立ち、魔法媒体を中心に配して決められた呪を唱え、各属性との契約を終了しなければならないのである。
 そして、先ず初めに契約のできる風の魔方陣が、この森――ジャイアントクロウラーの羽化場には、存在していた。

「よし、かなり弱ってる。そろそろ動きそうだ。
 ビッグモスが離れてる間に全員の魔法契約を終了させるぞ。
 慌てずに急げよ!
 契約中の奴以外は、周囲の警戒を怠るな!」

 場を仕切る充の言葉を受け、ギルド【黄金の蜂蜜酒】のマスターである大海健二(おおみ けんじ)は大きく頷きを以って応え、自らもまた口を開いた。

「ああ、分かってる。
 近藤(こんどう)、順番通りにお前からだ。早くしろ!」
「分かってます!」

 ビッグモスはゲーム的に言うなら、フィールド単位で配置されているボスモンスターに分類され、本来であれば、ある程度レベルを上げたプレイヤー達が、経験値やドロップアイテム狙いで格好の獲物とするモンスターでもあるだろう。
 だが、ビッグモスを撃破しようとした際に引き起こされるデメリットが、プレイヤー達にそれを躊躇わせる。
 地上に落ちたビッグモスが絶命するまでの間、毒鱗粉を撒き散らしながらもがくことによって、肝心の魔法契約が不可能となってしまう。大地から染みだす魔力で描かれた魔方陣は、モンスターによってたやすく掻き消されるほどに脆弱なものであり、その回復も自然に任せるしかなく、一定期間の使用が不可能となってしまうのだ。
 また、空中で倒すそうにも、ヒットポイントがある程度減った時点で、ビッグモスは回復のために森の中へと避難してしまう。木製の投擲槍が、攻撃の主体である今、ビッグモスが逃げるまでに倒しきることは、中々に難しい。
 勿論、レッドインプやスリーピングフェアリーを警戒しながら戦わなければならないことも考えれば、更にコストパフォーマンスは悪くなるといえるだろう。
 そのため、魔法の取得のために訪れるプレイヤー達は、ビッグモスを倒すのではなく、追い払うことを選んでいる。

「どうやら、上手く全員が契約できそうだ。
 ギルドを代表して礼を言っておく」
「これが仕事だ。
 だが、まだ事は終わってない。
 気を抜くには、まだまだ早いだろう?」
「そうだな……」

 素っ気ない態度に肩を竦めながら、それでも健二は、充を邪険に思うことはない。
 ほとんどのギルドメンバーが、ブレードウルフを相手に一対一で近接戦闘を挑めるほどにレベルを上げているとはいえ、状況が違えば、単純な力押しだけで対抗していけるわけではないことを、健二は十分に分かっている。
 実際、新たなモンスターと相対したパーティーが、その特殊攻撃によって攻撃手段を封じられ、命を落としたという話がちらほらと聞こえてくる。
 だからこそ、腕の立つ傭兵として可能な限り手を貸してくれる充は、後発の各ギルドにとって、重宝な存在となっている。
 元々、自治会で戦闘班に所属していたプレイヤーの戦闘スキルは押し並べて高く、また、モンスターに対する的確な対処法を心得ている者も多い。それに加え、充の場合は、複数のパーティーを指揮しながら、不意の襲撃やパニックを起こし掛けたプレイヤーに対するフォローを忘れることがない。
 パニックに陥った者の気を失わせ、周囲のプレイヤーに退避させるという些か強引な手段を躊躇なく使う辺りに強引さを感じる部分もあるが、命を失うよりは余程ましだといえるだろう。
 それを分かっているからこそ、気絶させられたプレイヤーが文句を言うことなどもほとんどない。ただ、プレイヤーを意図的に攻撃することは、充自身が要注意人物として、始まりの街の広報に載せられてしまうことをも意味している。
 そのため、充を知らないプレイヤーからはプレイヤーキラー(PK)呼ばわりされ、忌避されてしまうこともままあるのが問題だろう。
 しかし、それでも尚、充はプレイヤーを救うことに重点を置いているのだ。
 それらのことを知るが故に、今更、充の取っ付き難い態度に、健二が腹を立てるわけがない。逆に、不器用に過ぎるという憐憫を抱いてしまうほどだった。

「――団長、団長以外の契約は終わりました。
 団長もお願いします」
「ん。ああ、分かった」

 緊張と興奮が交錯する中、夜明けの月の団員達の魔法契約は終わっていた。
 魔法媒体を作るには、魔晶と呼ばれる鉱物が必要であり、全員に行き渡らせるには、結構な金額が必要となる。
 その準備に費やした感慨を噛みしめ、健二は棒術として使うことを意識して作った特製の杖を魔法陣の中心に突き立てた。
 淡い光で描かれた魔法陣の輝きが増し、魔法契約の準備が整ったことの証であるウインドウが開くと、そこには、契約のための呪文が記されており、それを朗々と謳い上げることによって魔法契約は完了する。
 そして、緊張で強張っていた頬が緩む頃、契約は恙無(つつがな)く果たされたのだった。



 ※  ※  ※



「世話になったな」
「いや、そっちの動きが悪くなかっただけだろう。
 別に、俺が出張らなくても、問題なく魔法契約は果たせただろうな」
「さて、それはどうだかな。
 とりあえず、お前に頼んで、無事に終わったって事実には変わりがないだろ?
 どうだ? これから宴会をやるんだが、お前も来ないか?」
「……いや、誘いはありがたいが、遠慮しておこう」
「そうか、残念だな。
 ま、途中で気が変わったら、来てくれよ。
 たぶん、今日は徹夜で飲み明かすことになるだろうからな」
「……」

 資金を捻出したプレイヤーが酒場のマスターとなり、店員は復活したNPCが務めている酒場の中へと、既に黄金の蜂蜜酒のメンバーは姿を消している。
 自治会によってもたらされた情報――販売系のNPCの撤去は、確かに事実ではあった。だが、五千人という人数は全てを賄うには少ないと、SfSの現状を作り出した声の主は判断したのだろう。各種店舗に雇用されるNPCは、完全に撤去されてはいなかった。
 不動産の登録と同時に、店舗に残されていた在庫の販売利用権とNPCを雇うことが可能となっていたのだ。月毎の給与を支払っている限り、彼らNPCが消え去る気配は、今のところ確認されておらず、各店舗の営業は順調なものとなっている。
 また、農場からの収穫やアイテム採取によって、徐々にではあるが在庫品以外の生産も開始され、始まりの街や他の城塞都市は、街としての機能を確実に取り戻し始めている。

「悪いな、それでも……いや、何でもない。
 また、何かあったら、声を掛けてくれ。
 じゃあな」
「ああ……」

 耕太と夕子の死から四ヶ月。そして、自治会が解散して三ヶ月が経った今、SfSの中で生き抜くことの難しさに直面することになった大勢のプレイヤー達は、安穏とした日々を懐かしく思い出している。
 それは健二にしても同様だ。
 また、自治会会長の酒田克己(さかた かつき)の言葉――すでに自立できるはずという言葉の裏に隠された悲しい事実――事務方と実働班の長という両腕を、突然の死によってもぎ取られたという事実を、健二は噂話として聞き知っている。
 そして、その復讐のために充が動いていることもまた公然の秘密となっており、その他者と一線を引こうとする態度もまた知られている。

「紅の復讐者か。
 システムの称号交付ってのはどうなってんだか……似合いすぎなんだよ。
 呪縛ってのは、あいつのことを指して言うもんなんだろうな……」

 閑散とした街の中へと姿を消す充の姿が、まるで闇に呑まれていくように思え、健二は頭を振って、呟いたのだった。





[4090] Mission 001 ― It is me that revenge ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/12/24 21:40


「何でだよ……。
 何で、こんなことになってんだよ……」

 充の涙混じりの声が、風に揺れる草原に大きく響いた。
 宮間耕太(みやま こうた)と美馬夕子(みま ゆうこ)が故人となった翌日。二人に縁のあったプレイヤー達の手によって、葬儀は粛々と進められている。
 腐敗の兆候すらなく、ただ彫像のように静かにベッドの上に横たわっていた二人の死は、庁舎の表示情報を調査していた自治会員によって、間接的に第一の確認がなされた。
 直接的に二人の死が表示されたわけではなく、プレイヤーを殺害した要注意人物として榊信一郎らの名前が表示されたことにより、その凶刃の的とされそうな人間の安否を確認した所、死んでいる二人が発見されたのである。
 その訃報を受けた自治会長の酒田克己(さかた かつき)は、急遽、戦闘班を呼び戻し、信一郎らの捜索と捕縛を命令する一方、耕太達の死体がロッティングコープスへと堕ちる危険を考え、その警備を指示した。
 しかし、その懸念が現実化することはなく、モンスターによって殺害されなければ、アンデッド化することがないのではないか、という推論を調査班員に立てさせるに止まったことは不幸中の幸いといえるだろうか。
 とはいえ、モンスターに変じることがないと本当に証明できたわけではない。
 いつまでも死体を安置しておくわけにはいかず、かといって土葬という手段は、数々の映画で描かれている死者の蘇生をイメージさせてしまう。
 だからこそ、牧場の近く――二人の逢瀬を見ていたプレイヤーの話から、そこが相応しいだろうという意見が寄せられ、火葬の準備が整えられることと相成ったのである。

「何でだよ! 何だって宮間さんが死んでんだよ!
 俺、少ししか話してないんだぞ。
 宮間さんに、ありがとうございましたって、それだけしか言ってないのに!
 それだけしか昨日は言えなかったのに、何でこんなことになってんだよ!
 榊の奴、あいつ何やってんだよ!
 何でこんなことしてんだよ!
 何で宮間さんが死ななきゃいけないんだよ!!」

 克己を始め、誰もが沈痛な表情で唇を噛み締める中、皆の心情を代弁するように、しかし、周囲の気持ちを慮ったわけでもなく、自らの激情を充は吐き出していく。
 牧場襲撃の折、差し出された手を払ってしまった充は、そのことをずっと気に病んでいた。
 考えの甘さを露呈し、反抗的な態度を取っていた自分が危地に陥った際、それでも耕太が助けてくれたことを曲解することなく理解したからこそ、充は気に病んでいた。
 そのため、謹慎期間中、誰とも会わず、一人部屋に篭もって自分の行動を思い返していた充は、耕太に謝ることを――そして、それ以上に感謝の言葉を伝えることを心に決め、でき得るならば、耕太に付いて戦闘を学ぼうと決意していたのである。
 だからこそ、耕太の命が呆気なくも失われてしまった事実が許せず、その実行犯である信一郎に対して、今まで持ち得たことがないほど強い怒りを覚えてしまう。

「赦ささねぇ! 絶対に赦さねぇぞ、榊ぃっ!!」

 強く打ちつけられた拳は雑草を弾き飛ばし、黒い土を大きく抉る。
 地面にめり込み、それでも尚、力が篭められて震えをみせる拳の横に、しなやかな足が音も立てずに舞い降りた。

「小杉君、宮間君達にお別れを言いなさい。
 あの二人を、そんな言葉で――呪いのような言葉だけで見送るつもり?」
「篠田さん……?」

 視線を上げた先には、自分を見下ろしてくる赤いチャイナ服に身を包んだ篠田陽子(しのだ ようこ)が居た。
 若草色のチュニック姿が多い中、彼女の纏う夕陽よりも赤いチャイナ服は、鮮烈なまでに際立っている。
 だが、鮮やかであるからこそ、平均的な日本人が葬儀に出向く衣装としては場違いに過ぎるだろう。場の空気を読むことに長けたムードメイカーの陽子が、そのような配慮を怠るなど、とても信じられるものではない。
 陽子の凍ったような表情を見つめたまま、充は思わず呆然と言葉を失っていた。

「少しは落ち着いた?
 意味があって着てきた服だけど、こういう風に役立つなんて思わなかったわ」

 充の無言の動揺の意味を理解した陽子は、寂しさで彩られた微笑を浮かべて言葉を続ける。

「ねえ、この服の意味って、やっぱり気になる?」
「それは……はい……」
「そう。じゃあ、話してあげるわ。
 ま、私が話したかったからっていうのもあるんだけどね」
「……」

 耕太の遺体へと視線を向け、陽子はほんの少しだけ表情を緩めた。

「牧場の建設が上手くいって、ようやく落ち着いた頃のことよ。
 ほら、美馬さんと宮間君の仲を指して、悪い噂が立ち始めたでしょう?
 その切欠になった二人のデートの時にね、私、ちょうど服屋さんで二人が買い物をしているのを見つけたのよ。
 もちろん、私がそんな二人を見つけて、からかわないわけがないわ。
 先に美馬さんが外に出て、宮間君が会計をしようとした時に、服を強請(ねだ)ってみたのよ」

 懐かしそうに話す陽子の表情とは裏腹に、その細い指先は、チャイナ服の裾を血色を失うほどに強く握り締めている。

「試着室で裸を覗かれたって美馬さんに泣きついちゃおうかな~って感じにね、からかってみたの。
 宮間君って、美馬さんに対しては本当に弱いから……強気で何が望みだって言いながら、それでも声が震えてて……本当に……可愛かったわ。
 たぶん、私って宮間君のことが好きだったのね。気になる子にちょっかいを掛ける小学生の男の子みたいに、あんな風にからかってたんでしょうね。
 それに、美馬さんのことが羨ましかったのもあったかな。私、宮間君が美馬さんに買ってあげた服よりも、最初は高いのを奢らせようとしたんだもの。
 でも、彼女よりも高いものを買ってもらえるとも思ってなかったから、ちゃんと断られることを予想して、美馬さんのよりも安い同じようなこの服を隠し持ってたのよね。
 それで……本当に、宮間君てば、彼女より高いものを買うのは……、なんて言うんだもの。
 結局、あの二人の間に入る余地なんて、端からなかったのよね。だから、買ってもらった後に……また、いじめちゃったわ……」

 遺体を見つめる瞳が、本当に見ているのは過去の耕太達の姿なのだろう。
 陽子の目尻には、大きな涙の粒が光っていた。

「美馬さんの待っている外に、一緒に出ましょうか、ってね。
 でも、それだってできるわけがないから、私にからかわれて遅くなったって言えばいいって、そんなフォローまで入れちゃったわ。
 私、美馬さんのことは嫌いじゃなかったし――ううん、むしろ好ましいタイプだから、結局は、二人が一緒に居て楽しんでる姿も気に入ってたんでしょうね。
 だから、自分の心を――宮間君のことが好きなんだっていうことを、私はからかうことが楽しいんだって誤魔化してたんだと思うの。
 けど、こんな風に、もう二度と会えなくなるって分かってたら……叶わない願いでも、告白してたらよかったかな、って思えてきて……せめて、自分の気持ちだけでも知っていてもらいたかって……そう思えてくるのよ」

 充へと向き直った陽子の頬を、涙が伝い落ちていく。

「だからね……好きな人から貰った最初で最後のこの服をね、私は着てきたの。
 美馬さんに、私は宮間君のことが好きでしたって宣戦布告するためにね。
 そして宮間君に、あなたのことが好きでしたって宣言するためにね」
「篠田さん……」

 涙に塗れた陽子の笑みに、充は自然と気圧される。

「それと、もう一つ。
 二人が言っていた皆が自立するまでの安全を図るためにって考えを、私が継ぐって宣言する意味もあるわ。
 二人は仲良く遠くに行っちゃったけど……でもね、二人は自分達が言っていたことを、もう実現することはできないのよ。
 だからね、私が代わりにそれをするの。
 宮間君がやりたかったことを、私が代わりにやろうと思うの。
 宮間君と一緒に遠くに行っちゃった美馬さんにはできないことを、私がやってみせようと思うのよ。
 ある意味、これって女の意地よね。
 だって、好きな男の望みを、私が叶えるのよ。美馬さんじゃなくて、私が叶えられるの。
 あは……これも結局は、宣戦布告なのかな。
 こんなゲームの世界に囚われるなんて不思議なことがあるんだもの。もしかしたら、死後の世界っていうのがあって、二人に会えるかもしれないじゃない。
 だから、もし二人に会えたら、私は宮間君のことが好きだから願いを叶えてきたわって言うつもりよ。
 宮間君のことが好きだから……だから、その願いを私は叶えてみせたのよって……羨ましいでしょって、そう美馬さんに言うつもりなの」
「……」

 充だけではなく、葬儀に参列する者は皆、固唾を呑んで陽子の言葉に聞き入っていた。

「だからね、私はここで立ち止まるつもりはないわ。
 大好きな宮間君の望みを、私は叶えてみせるんだもの。
 私が宮間君のことを、どれだけ好きかってことの証にするんだもの。
 立ち止まってなんかいられるわけないじゃない」

 じっと充を見つめ、陽子は一拍の間を置いて口を開く。

「小杉君はどうする?
 復讐することが悪いことかどうか、それは私にだって分からないわ。
 だって榊は、私の好きな人を殺したのよ。赦せるはずがないでしょ?
 でもね、それだけじゃ……それだけじゃ宮間君が、美馬さんが悲しいじゃない。
 二人が何も残せなかったなんて、悔し過ぎるじゃない。
 だからね、私は復讐を優先させるつもりなんてないわ。
 復讐に狂ってなんかやるもんですか!
 ねぇ、小杉君。あなたは、どうする?」
「俺は……」

 陽子の強い言葉は、充を元気付けるための演技なのか、それとも、凶愛の危険を孕んだ真実の言葉なのか。
 それは、言葉を向けられた充に分かることではなかった。
 ただ、自らが選択を問われ、帰路に立たされていることだけは、不思議と理解できてしまう。

「俺は、俺は……」

 充は視線を宙に彷徨わせながら、唇を戦慄かせた。



 ※  ※  ※



 初期設定のまま飾り気一つない充の定宿(じょうやど)に、申し訳程度に朝の光が降り注ぐ。だが、それが快適な目覚めを演出することはなかった。
 身に纏った服が重く感じるほどに汗は浮かび、喉はカラカラに渇いている。
 その渇きを癒すため、備え付けのベッドから身を起こした充は、アイテム化したジュースを一気に飲み干していく。

「……また、あの時の夢か。
 宮間さん、俺は必ず仇を討ってみせますよ。
 誰が何と言おうと、これだけは成し遂げてみせますから。
 そうじゃなきゃ、俺は何も進めないんですから……。
 でも、宮間さんの目差したものも実現してみせますよ。
 そうじゃなきゃ、二人の死が無駄になって……悲し過ぎますから……」

 そして充は、瞳に昏い己の意志と、それだけに引きずられない決意を吐息と共に漏らし、陽子に告げた言葉を繰り返してみせた。
 巨大な組織として成立していた自治会が克己の宣言によって解散し、皆が自給自足の生活へと足を踏み入れている。
 それは、小さな集団が乱立するようになって以来、戦闘力の高いプレイヤーは、それだけで富と権力を蓄えることができるようになったことをもまた表している。
 だが、陽子の言葉が引き金となったのだろうか。
 自治会の戦闘班に所属し、葬儀の場へと訪れていた皆は、他のプレイヤーが自立できるように今まで培ってきた戦闘能力を存分に発揮し、或いは、傍で見ていた耕太の姿を思い返すようにして冷静な指揮に努め、奢ることを縛(いまし)めている。
 その振る舞いが、傭兵としての信用を築くほどになっているのだ。
 だからこそ充は、耕太と夕子の想いが確かに受け継がれていることを認識し、未だ復讐に心を染めきることがないのだろう。
 しかし、それでも復讐を諦めたわけではない。充の心の根底に、その昏い誓いは大きな標となって打ちこまれている。

「そろそろ、時間か……行くか」

 己の心の在り様を自覚していない充は、約束の時間が迫っていることに気付き、頭を振りつつ、部屋を後にしたのだった。



 ※  ※  ※



「充君? 仕事、ちゃんと終わったんだ?」
「ああ。予定通り、昨日の内に問題なく終わったよ。
 これでほとんどのギルドで魔法契約が済んだことになるから、始まりの街周辺で死ぬ奴は、もっと減ると思う。
 宮間さんや美馬さんがやろうとしてたことなんだ。
 絶対に、やってみせるさ」
「充君……」


 充の言葉は、故人となった二人に囚われ過ぎているように思える。
 とはいえ、近森瑞樹(ちかもり みずき)と充の仲は、未だ武器の製作者とその使用者であり、友人でもあるという程度の関係に過ぎない。
 まして、あまり感情の部分に踏み込んでは、容易に充が反発するであろうことが予想される。
 そのため、口に出来ないもどかしさが、のんびり屋の瑞樹をして苛立たせていた。
 知人に対する単なる同情なのか、共感から来る親近さを根とする心配なのか、それとも恋愛感情なのか。自分の中にある感情が何なのかは、瑞樹にも分からない。
 ただ、陽子が失ってから耕太のことを好きだったと告白したことが心に残り、自分の心を早く見つけたいと、瑞樹は考えている。
 とはいえ、感情のままに心を乱せば、致命的な失敗をしでかしてしまうかもしれない。
 そのことを理解している瑞樹は心を引き締めて、自分にできること――武具の整備に臨むのだった。

「とりあえず、朱雀矛を見せてくれるかな。
 そうそう壊れるようなことはないだろうけど、確認しておくに越したことはないんだから」
「ああ、頼むよ。
 それと、ダッシュヒョウを五つ出してくれ。
 レッドインプの牽制に使ったんだけど、回収してる暇がなくてさ」

 自然と耕太を意識しているのだろう。ここ最近の充の口調は、やや硬い物となっている。
 それが、僅かながら砕けた調子を見せたため、瑞樹は誇らしい気分になった。

「ん、分かった。とりあえず、忘れるといけないから、先に渡しておくね」
「ああ、悪いな」

 差し出したダッシュヒョウの換わりに受け取った朱雀矛を瑞樹が睨むと、通常にはない項目の追加されたウインドウが表示された。
 武具の類には耐久性が設定されており、ゆっくりと磨耗し、限度を超えれば壊れてしまうことが、今では分かっている。そのため、スキル【鑑定】は、鍛冶関連の生産職を担うプレイヤーにとって、必須のスキルの一つとなっていた。

「ん、朱雀矛は大丈夫だね。ほとんど耐久値も減ってないよ。
 やっぱり、使う材料が高級なほど、耐久値も減り難いみたいのは確かみたい。
 でも、逆に言うと、極端に強いモンスターが相手だとどうなるか分からないから、予備の武器は、やっぱり必要だと思うけど……何か使えそうなアイテムは見つかった?」
「ああ、分かってはいるんだけどなぁ。
 でも、朱雀矛に使ったようなレアアイテムなんて簡単には見つからないぞ、普通。
 それこそ、今攻略中の最前線でボスモンスター狩りでもしてこないと無理だろ?」
「だよねぇ……でも、朱雀の羽は、フィールドで偶然見つけたんでしょ?
 他にも落ちてないかなぁ?」
「いや、さすがに、そうポンポンと落ちてないって。
 拾った辺りを通るたびに探してるけど羽は見つからないし、朱雀そのものも見つからない。
 見つかってれば、情報屋が話のネタにしないわけがないからな。まだ誰も発見してないのは、確かだと思う。
 もし、内緒にしてても、見つけてたら俺みたいに武器に使うはずだから、絶対に目立つだろうしな」
「むぅ……困っちゃうなぁ。
 あんまり無茶したらダメだよ、充君。
 バックアップは大事なんだからね?」
「ああ、分かってるって」

 快い返事にほっとしかけた瑞樹は、しかし、充の顔に昏いものをみつけ、直ぐに感情を沈ませてしまう。
 充はといえば、そんな彼女の変化に気付かず、自嘲するように小さな呟きを漏らしていた。

「俺が死んだら、誰がアイツらを殺すんだよ。
 アイツらを――榊を殺すのは俺なんだから、それまでは絶対に生き延びてみせるさ。死んでたまるもんか……」
(何でよ……こんなんじゃ、宮間さんだって悲しむと思うのに……)

 紅衣の復讐者という称号が、瑞樹にはひどく恨めしげなものに思えてしょうがなかった。





[4090]  Intermission ― Mine exploration ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2008/12/24 21:41



「へへ、すげぇ切れ味だろ?
 ブレードウルフを何匹もぶち殺してきたおかげで、ここのモンスターが相手なら全部一撃だ。
 安心して、掘ってていいからな」
「分かったから、刃をこっちに向けるなよ。
 危ないだろ」
「おお、悪い悪い」

 ビッグモスの守る森が第一のバトルフィールドであるなら、始まりの街の北西にある山岳地帯にぽかりと口を開ける漆黒の洞穴――未だ攻略途中の地下ダンジョンは、第二のバトルフィールドだと云えるだろう。
 だが、このダンジョンは、単なるバトルフィールドではない。
 鶴嘴(つるはし)や鍬(くわ)、スコップなどの道具を駆使することで、鉄鉱石や石炭といった鉱物系アイテムを取得できる鉱山でもあるのだ。
 いや、現時点で得られるモンスターからのドロップアイテムに旨味が感じられない以上、ここを訪れるプレイヤーの過半は採掘が目的となっている。
 ジャイアントバットの襲撃に対応しやすい壁際の奥まった位置に陣取り、武器の自慢を続ける男を横目に下の階を目指す充もまた、その鉱物が目的だった。

(ブレードウルフのブレードを使った刀か。アイテム採取も随分馴染んで来た感じだな。
 ただ、アレは脆いからな。ちゃんと予備を持ってきてるならいいんだけど。
 まあ、ジャイアントバットなら硬さはないし、俺が底まで心配しなくても大丈夫といえば大丈夫か。
 相手から近付いてくるから、下手に長い武器よりも使いやすいしな)

 モンスターを倒して得られる通常のドロップアイテムとは別に、その死体が消え去るまでの時間で、更にアイテムをモンスターから採取できる。
 ジャイアントクロウラーの吐き出す糸やストライクボアの肉や毛皮、ブレードウルフの武器であるブレードや牙などが、それだ。
 口さがないものには、死体漁り(スカベンジャー)などと嫌悪されることもあるが、この行為によってプレイヤーが活用できるアイテムは爆発的に増えている。そして、釣り竿やレザーアーマーが生産されるようになり、更なるアイテムが作り出されていく。
 また、スカベンジャーと揶揄されるモンスターの死体を解体する作業は、プレイヤー達に生き残るための精神的なタフさを与えるための絶好の機会でもあり、戦闘に不慣れなプレイヤーがパーティーを組んだ際に、まず初めに振られる役割となっている。
 耕太の前で不様を晒した充にしてみれば、如何に残酷な仕打ちだと抗議されようと、スカベンジャーという行為を、戦闘職にとって最初の試練とすることは、至極有意義なものだと捉えてしまう。
 だからこそ、刀の男が自慢する様を見て、充は表情を緩めていた。

(一度、近森のところに持っていって、強度を強くできるかどうか試してもらうか?
 やろうと思えば、焼き入れも設定できるのが分かったって言ってたんだ。
 それで脆さが取れて、粘りが増せば、本気で切れ味の良い刀として使えるだろうし……一度やっておくべきだろうな)

 ブレードウルフのブレードは、アバラ骨が発達した部位であろうと推測されている。しかし、その材質は、あくまでも金属のそれであり、ウインドウに映せばウルタイトという名前が表示される代物。その反りといい、薄い切っ先といい、当に刀を作るために用意されたアイテムのように思えるのだが、充が懸念する通りに、衝撃に対して些か脆いという性質を持ってもいる。
 そのため、使い捨ての数打ち物といった風に、硬いモンスターを相手にするプレイヤーからは、敬遠される風潮があった。

(ただ……問題は、武器の攻撃力が上がったことで油断しかねないってことか)

 今も刀を見つめて格好をつけている男の姿に、緩んでいた頬を充は引き締める。

(どうしたって気が緩んでくるのは分かるが、それじゃ死んじまうんだ。
 二十四時間気を張ってられるわけじゃないが、それでも戦闘が起こる場所で調子に乗るのは止めさせないとな。
 注意しておくか……)

 男の方に向かおうと充が歩みを止めた時、採掘を担当している青年が、男に顔を向けて口を開いた。

「お前なぁ……今日の護衛はお前だけなんだぞ。
 この間みたいに、誰かがフォローしてくれるわけじゃないんだ。
 そうやって浮かれてて失敗したらどうするんだ?
 お前はもちろん危ないし、俺だってやばいことになりかねないんだぞ。
 そこんところ、本当に分かってるのか?」
「わ、分かってるって、そりゃ……。
 ただな、自分で手に入れたアイテムで、自分の武器をメイクしてもらったのがだな」
「だから、それが分かってないってことだろうが?
 お前だって死にたくはないんだろ?」
「あ……う、悪い……」
「分かればいいんだよ、分かれば」

 やや気まずい感じはあるが、それでも二人の間には納得しあった雰囲気が見て取れ、牧場襲撃時に充が経験したような不和が不幸を招くことはないように思われた。

(大丈夫そうだな……)

 充は肩を竦めると、地下へと通じる道へと歩みを進めたのだった。



 ※  ※  ※



「おっ、久しぶりじゃないか。
 仕事はうまくいったようだな?」
「ああ、恙無(つつがな)く終わったよ。
 そっちこそ、調子はどうなんだ?
 拠点を移してない以上、あまり掘りが進んでいるようにも思えないんだがな」
「まあな。何ヶ所かで試掘作業をしてみたんだが、ここと結果は変わらなくてな。鉄までは取れるが、それ以上のものはでてきてないまんまだ。
 とはいっても、どこまで用意されてるのかは知らないが、地下三層程度で終わるとも思えないし、ボスモンスターも見つかってないんだ。まだまだ掘り進められるのは確かだろう。
 だが、前みたいに壁の色が露骨に違うなんていうヒントが無い分は、ゆっくりとやるしかないだろうな」

 夕子の部下としてSfS内での環境調査に当たっていた頃から、鉱物の探査を任されていた越路茂之(こしじ しげゆき)は、リアルで粘土を探して山を歩き回った経験と相俟って、今では採鉱系ギルドでも最大の大きさを持つ【ディガーズクラブ】のギルドマスターとして活躍している。
 ディガーズクラブは、鉱山内で採掘小屋を築き、その小屋に篭もって掘り進めることで安全性を確保している。また、小屋の中には休憩するための設備が簡素ながら備え付けられており、鉱山に篭もりきる形にはなるが、掘るには最適な環境を手にしているといえた。

「そうか……。しばらくはこれまで通りに掘り進めるしかないか……」
「ああ。まあ一応、【探掘】のスキルレベルの上昇で鉱脈を発見しやすくなるんだ。
 次の階層への入口が壁を突き崩すことで出てくるんだから、それもそのうち分かるようになってほしいもんだよなぁ……」
「何か、気になることでもあるのか?」

 含みを持った茂之の言葉に疑問を感じ、充は尋ねた。

「いや、会長――酒田さんの所で、色々と話したことがあってな。
 ブレイブレイドの草間さんって知ってるか?」
「ああ、顔だけは知ってる程度だがな」

 酒田の経営する商店兼喫茶店で出合ったときのことを思い出し、充は頷いてみせる。

「あの人な、結構、色々考え込むタイプなんだが、その分、面白い説を唱えてくれるんだ。
 当然、そういう人だから鉱山の現状について俺が話すと、色々と意見を言ってくれる。
 そこで出た話なんだがな。地下二階への階段を見つけた時は、鶴嘴の一撃で壁が壊れて、地下三階への階段を見つけた時は、壁の色の違いは一緒だったが、それなりの分厚さを掘り進めなきゃ駄目だったろう?」
「ああ、そうだったな」

 偶々、鉱山地下二階の探索の護衛として雇われていた充は、地下三階への入口発見の期待に沸き返りながらも、その壁の分厚さに愚痴を零していた現場に居合わせていた。

「それでだな、これは掘り方教えるためのトレーニングじゃないかっていう説を、草間さんが唱えたんだよ。いや、元々がゲームなんだから、チュートリアルは有って当然だろうし、俺も似たような印象は持ってる。
 ただ、あの人は他の事柄と合わせて説明してくるから、結果的に単なるこじ付けで終わりかねない所もあるんだが……」

 茂之は苦笑を浮かべて肩を竦め、言葉を続ける。

「まあ、その辺の俺の感想は、とりあえず置いておくとしてだ。
 草間さん曰く、最初の声の言っていたことを考えれば、結局、俺達は生き抜いて勝ち残ることが要求されてる。だからこそ、単純な労働力の不足の補助として、従業員系のNPCは残されていると見るべきだってんだな、これが。
 で、クローズドβじゃ、まだ実装されてなかった鉱山には、他のダンジョンと違って扉なんて分かり易い目印がない。それを知らしめるために壁の色が変えられてたり、壁の厚さが変わってるんじゃないかっていう風に、運営側の意図したものじゃないってことを主張してるわけだ。
 まあ、俺としては、元々SfSの運営側が意図してた仕様じゃないかと思えるんだがな、やっぱり。ただ……元々の仕様だと、有利になるような部分が見事に削られてるからな……」
「確かにな……」

 アイテム販売系NPCの撤去を始めとして、クローズドβで実装されていた機能が使用不可能になっていることを、自治会解散までの一ヶ月で検証していったことを指して言う茂之に、充は頷くしかない。

「その辺りのこと、草間さんも考えていないわけじゃないだろ。
 意見は聞いてみたのか?」
「ああ、勿論だ。
 ただな、そうだった場合には、いよいよ俺達に危険が迫っていることになるんじゃないかって言われたよ」
「どういうことだ?」
「いや、それがな……」

 眉を寄せた充の問いに、茂之は声を潜めて答える。

「販売系のNPCが撤去された時は、結局、畑や牧畜、狩りなんかで凌げることが直ぐに分かっただろ?
 逆に言うと、必要になるはずの物は、必ず用意されてるんじゃないかって言うわけだ。
 つまり、鉱山で鉱物系のアイテムが採れるようにするってことは、その必要性がある。
 それも壁の色を変えるなんて分かり易いヒントを与えなきゃいけないほど、それを必要とする事態がそこまで迫ってるんじゃないかって言うんだよ。
 中々にアレな話だろ、有り得ないって言いたくなるようなな?」
「確かにな」

 突拍子もないこじ付けと一笑にふしたい内容に、充は苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めた。
 SfSの世界を切り拓くほどに、草間の言う懸念が杞憂であるとは言い切れなく思えてくる。
 SfSの世界へとプレイヤーを招いたであろうと声の言葉通りに、強くならなければ生き残れないのだということを実感できるからこそ、自分達に将来的に降りかかるであろう戦いを気にしないわけにはいかなくなってくるのだ。
 そのような実情があるからこそ、茂之同様の言い知れぬ不安を感じた充が、否定する言葉を吐けるわけがない。
 無言の圧迫が場を支配しようとした時、ディガーズクラブに所属するプレイヤーの一人が、その沈黙を打ち破る。

「越路さん、見つけた、見つけましたよ。
 まだ掘ってはいないんですけど、多分、四階への入口があるらしい場所を見つけました!」
「……噂をしてると何とやらって奴か、これは?」

 部下の倉上功治(くらかみ こうじ)の言葉に、困ったような表情で茂之が首を傾げて充を見やると、充もまた困惑の表情を浮かべていた。

「かもな……。おまけに、こういう流れでくるとなると……嫌な感じだ」
「ああ、嫌な感じだよ、まったく」
「越路さん?」

 ただ一人きょとんとする功治を余所に、二人は思い溜息を吐いたのだった。






[4090] Mission 002 ― VS Gate Guardian : Protection Bull ―
Name: Dice Dragon◆122ca858 ID:a7467134
Date: 2009/01/09 05:27



「やれやれ、何回眺めても、単純に階段があるだけの造りじゃないな」
「そうだな。戦闘用に用意されたとしか思えない広間の壁が、これみよがしに色を変えられてるんだ。おまけに、入口は狭い上に見つけ辛いように造りこまれてる。
 ここが最下層で、フィールドボスを相手にした最終ラウンドだって言われても納得できるだろうな」

 皆が固唾を飲んで周囲とは明らかに違う色の壁を見守る中、茂之と充の緊張に満ちた会話が寒々とした響きで反響を繰り返す。
 ディガーズクラブでも最高の探掘能力を持つ東尋坊尚吾(とうじんぼうしょうご)によって見つけ出された地下四階への階段が隠されているであろうと目される壁は、人一人が潜り抜けるのもやっとという狭い穴を三十メートルも這いずって進み、漸くにして辿り着いたある程度の広さを持つ部屋の北側に位置していた。

「ああ、俺にもそう思えてくる。
 それでも、態々こうやって壁を壊す必要があるんだ。
 あくまでも次のステージに進む道を守ってるガーディアンか、障害代わりの小ボスって処に懸けたい気分だな」
「確かにな。まあ、どっちにしろ、戦闘は避けられない感じなんだ。
 依頼分の働きをして見せるだけさ、俺はな」
「頼りにしてるぜ?」
「ああ、期待してくれ」

 不吉なものを感じていた充と茂之には、他のギルドとの共同調査を推すという考えもあった。しかし、彼らには――いや、茂之には、それを躊躇する理由もまた存在していた。
 それは過去、沈黙のカタコンベと呼ばれるアンデッドの巣窟で、他のギルドのプレイヤー達が遭遇したフィールドボス――ヴァンパイアとの対決において、棺の安置されている地下室への出入りが制限され、わずか六人による死闘が発生したことに端を発している。
 無論、この強制戦闘が発生した際、彼らの仲間は、指を咥えて眺めているだけではなかった。
 戦闘力に若干の不安がある者は、近場で活動している他のギルドへと救援の依頼に走り、また残存するプレイヤー達の中からパーティーを再編して増援投入を試みている。
 しかし、まさに結界とでもいうべき光の壁によって仕切られ場に空隙(くうげき)を穿つことは最後まで叶わず、突如として強制された戦闘は誰にも邪魔されることなく継続することに相成ったのである。
 不幸中の幸いだったのは、ヴァンパイアと対峙したプレイヤー達が、ドロップアイテムなどから精製した銀の武器に身を固めた生粋の戦闘者ばかりだったことだろう。そう、沈黙のカタコンベと冠するダンジョンが示す通りに、出現するモンスターがアンデッド系に偏っていたために、攻略のために相応の武器を用意していたことが幸いしたのだ。
 相手に反撃の隙を与えることなく続けられた間断ない連続攻撃によって、結果としてヴァンパイアは危なげなく倒されたのである。
 とはいえ、それはあくまでも幸運が重なったために勝ち取ることのできた薄氷上の勝利に過ぎない。
 もし、相手の弱点に合わせた武器を装備していなければどうなったか。もし、連携に慣れていない急造のパーティーで挑むことになっていればどうなったか。もし、回復と防御を専門とするプレイヤー重視で構成されたパーティーであったならばどうなったか。
 所詮は、数え上げれば切りがないほどに幸運が重なったが故の僥倖に過ぎない。勝利することそのものが、完勝を示していたとさえ、言い換えられるほどに。
 だからこそ、その後に準備を整え、ヴァンパイアを対象として幾度かの試行戦闘の末に、一パーティのみがボス戦に参加でき、それ以上の人数が光の壁の外へと弾き出されるのだと判明して以来、今後も人数制限を強制される可能性の高いフィールドボスとの遭遇戦は、どのギルドにとっても頭を悩ませる事項となっていたのである。
 だが、ギルドの運営面から見た場合、到底無視し得ないほどに大きな利益的問題が、ボス戦には存在してもいる。
 これもまたヴァンパイアとの戦闘で判明した事実であるのだが、最初にヴァンパイアを倒したプレイヤー達に、ダンジョン内におけるステータス上昇の恩恵があるらしいことが分かったのである。
 それは、アイテムのドロップ数増加であり、相手に与えるダメージの明らかな上昇などから検証され、積み上げられた推論だ。そして、鉱山という場所に、その推論を当てはめれば、鉱物アイテムの採掘に適用される可能性が非常に高くなると予想できる。
 元来、採掘という作業を主目的に行うディガーズクラブにとってみれば、その恩恵は計り知れず、他のギルドとの連携によって失われる恩恵はあまりに大きいと云うしかない。
 実際、対フィールドボスを相手に得られる思惑を期待しながら、次の階層への階段を探しているギルドは他にもある。
 つまり茂之は、ギルドマスターとして、他のギルドや探掘を行っているプレイヤーに出し抜かれないように、現状の戦力で迅速にフィールドボス相当の相手が予想される戦闘に挑むしかなかった。喩え、単なるガーディアンを相手にするかもしれないという可能性を分かってはいても、もしボス戦となった場合に得られる恩恵を見逃すわけにはいかなかったのだ。
 そして結果的に、盾装備の壁役二名と充を含めた攻撃役三名、壁を崩した後に遠距離攻撃と回復役を努める尚吾の六人で挑むことになったのである。
 当然、そのような思考経緯から導かれた帰結からすれば、ギルドメンバーではない充を参加させることに逡巡がなかったわけがない。
 ただ、根拠地を固めて安全を確保する点に表れているように、ディガーズクラブに所属するプレイヤー達は、防御に比重を傾ける傾向があり、直接的な攻撃力にやや欠けるきらいがある。そのため、充の参加は許容範囲内の必要経費であると、納得するしかなかったのだった。
 そこには、これまでの充の行動――傭兵として築いてきた信頼が作用したと云えるだろう。
 また、恩恵を享受したことによって、充から何らかの便宜を図ってもらえるかもしれないという打算も、僅かながらに存在していた。
 何れにせよ、茂之の内心の葛藤と思惑が何であろうと、傭兵として充の存在はここにある。
 そんな充に戦闘巧者としての意見を求めるため、茂之は質問を投げ掛けた。

「さて、鬼が出るか蛇が出るかってシチュエーションだが、小杉、お前はどういう相手が出てくると思う?」
「そうだな……カタコンベじゃ、山盛りのアンデッドとウェアウルフの後に、ヴァンパイアって流れだったんだ。
 今まで出てきたのが、ジャイアントバットばっかりだったことを考えれば、ギガントバットってのがありえるんじゃないか?
 ビッグモスも居ることだし、あの位の大きさなら、ここでも飛び回れるだろうからな。
 ただ、そうなった場合は、鱗粉攻撃みたいな無差別広範囲攻撃が怖い。
 まあ、コウモリ系なら超音波攻撃の方がありえるかもしれんがな。その場合は、拡散していく類の見えない直線攻撃になるが、避けるのはそれほど難しくはないだろう。
 昔、小説で読んだことがあるんだが、霧をつかって音波攻撃を見切るってのが対応策にできるはずだ。ちょうど、ホワイトフォッグなんて呪文があるんだから、お誂え向きだ」
「なるほどな」

 充の言葉に大きく頷きながら、茂之もまた意見を述べる。

「ただな、確かにホワイトフォッグの自動追尾性を考えれば、相手の攻撃のタイミングを見失うことはないだろうが、ジャイアントバットと同じように急襲をメインに切り替えられると、逆に攻撃のタイミングが掴めなくなる。
 あとは、下手に避けて天井や壁が崩落しないかどうかって疑問も残るな」
「ああ、それもありうるだろうな。
 だが、もし超音波攻撃があるとするなら、距離を取って遠距離で仕留める方が無難だとも思う。それなら急襲にだって対応する余裕はできるだろう。
 とりあえずは様子を見て、本当に超音波を使った時の参考程度に聞いていてもらえると助かる。まだ本当にコウモリを相手にすると決まったわけじゃないんだからな。
 案外、坑道を掘るって辺りで関連付けられてジャイアントワームの更にでかい奴とか、ダンジョンでお馴染みのミノタウロスって可能性もあるだろ?
 可能性を論じることの重要性を否定するつもりなんてないが、下手な考え休むに似たりとも言うんだ。結局は、出てきてから対応を決めるしかないと思うぜ?」
「確かにな」

 あれこれと悩んでしまいかねない雰囲気に陥ってた場の空気を払うようにして充はニヤリとした笑みを浮かべた。
 その笑みに応えて、茂之もまたニヤリと顔を歪める。

「皆、聞いてたな?
 小杉の言うような攻撃の可能性があることを頭に入れつつ、臨機応変な対処が求められるぞ。
 指示には、冷静に従ってくれよ。いいな?
 あと、東尋坊は壁を崩した後は直ぐに後ろに回ってくれ。回復と援護は任せるぞ?」
「はい、分かってます。
 それじゃあ、いきますよ。皆さん!」
『おう!』

 尚吾の言葉に、全員が声を揃えて頷いた。
 緊張で喉を鳴らしつつ構えた鶴嘴を、尚吾が一気に振り下ろすと、これまで探索を続けてきた労力は何だったのかと思えるほど呆気なく壁が崩れ去る。
 瞬間、充達が懸念していた通りに、この部屋へと通じていた背後の穴は光の壁で塞がれていた。
 その様子を横目で見ていた充は、乾いていた唇を舌で湿らせると、好戦的な笑みを浮かべて口を開く。

「ここまでお膳立てされてると、この手の予感は外れる方がやっぱり珍しいらしいな。
 気を付けろよ。予想通りに何かが出て来るぞ」
「ああ、分かってるさ」

 沈黙のカタコンベでは、安置された棺からヴァンパイアが現れる。対して、この場には、そのような分かり易い指標はない。だが、退路を断たれている以上、何も現れないはずがない。
 皆の視線は、尚吾の崩した壁の奥へと集まっていた。
 交錯する視線の中、上がった土煙が徐々に小さくなり、のっぺりとした暗闇だけが姿を見せる。五秒、十秒と短くも永い刻が重ねられ、誰かの喉が渇きを癒そうと少ない唾を嚥下した。
 その小さくも大きく響いたゴクリという音が契機となったのだろうか。
 虚ろな闇に、赤い光点が二つ浮かび上がる。赤い光は仄かに残照を残しながら線を描き、広間へと踏み入ってくる。

「でけぇ……」

 呆然とした盾役の古村光一(こむら こういち)の呟きは、全員の心を代弁していたに違いない。
 何一つ畏れる者などいない王者のように悠然と歩み寄ってくるのは、ひたすらに巨大な蒼い牛だった。
 かなりの高さを持つはずの天井にまで届きそうな体高を持ち、ブレードウルフのものと同系統であろう鉱物製の皮膚で絶対の防御を固めているであろうソレの名は、ガーディアン/プロテクションブルと表示されている。
 そして、最も戦闘経験を積んでいる充ですらもが威風堂々とした体躯に魅入られ、まるで彫像の如く動かぬ中、プロテクションブルはその歩みを止めた。
 心臓の音すら聞こえてくるような痛いほどの静寂は、嵐の前の静けさそのものか。
 充達をじっと一呼吸だけ見つめたプロテクションブルは、特に硬度が高いであろう紺碧色の角を揺らしながら右の前足で地面を削り、怖気を感じるほどに闘志に満ちた息を吐き出していく。
 ヴァンパイアの支配する沈黙のカタコンベにおいて、アンデッドの弱点は銀製の武器であった。同時に、フィールドボスであるヴァンパイアが蘇る舞台装置は、地下室に安置された棺であった。
 そう、分かり易いほどに分かる演出が為されていたのである。
 ならば今、目の前でプロテクションブルの示す行動が何を意味しているかなど、深く考える必要はない。奇しくも、ストライクボアの行動にも類似したものであるのだから。
 光一ら盾役の後ろで朱雀矛を地面に突き刺し、ショートスピアの投擲を準備していた充の意識を引き裂くような勢いで、数秒後に訪れるかもしれない不吉な光景が過ぎる。

「散開しろ! 突っ込んでくるぞ!!」

 咄嗟に朱雀矛を引き抜きながら、右手へと跳んだ充に遅れて、茂之達が動き出す。
 だが、すでに青い巨体は流星と化し、盾の重さで動きの遅れた光一達の目前へと迫っていた。





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