※この作品は、小説家になろう様にも投稿させて頂いております
私、更科明の日常を語るにあたって、愛すべきわが友人に言及せずにはいられないだろう。
家にあっては隣人であり、学校においては級友であるところの彼と過ごす時間というのは、ひょっとして両親とのそれより、よほど長い。
自然、私の日常風景には、必ずと言っていいほど彼の姿がある。
むろん、逆も然り。そう言いたいところでは、あるのだが。
普段の私は、友人にとって点景でしかない。
まあ、そのほうが幸せかもしれないとも思えるが。
「くたばれ」「地獄に落ちろ」「嫉みで人が殺せたら」
「死ね。氏ねじゃなくて死ね」「誠氏ね」
これは学内の男子生徒たちが友人に対して抱く、ごく一般的な感想の一部である。
いかに壮絶に恨まれているか、よくわかることだろう。
友人はなぜ、かように恨まれているのか。
これについては、彼の日常を知ってもらえば、完全に理解していただけるものと確信している。
それゆえ、まずは私の目を通して友人の日常を知っていただきたい。
むろん私も、彼に対して多大な理不尽と、嫉妬の感情をおぼえる者のひとりであることを、あらかじめ明記しておく。
習慣というのはたいしたもので、いくら夜更かしをしても、定時にはきちんと目が覚めてしまう。
夜更しの原因はと言えば、特に他言をはばかるようなものではなく、前日に購入した一冊の文庫本である。
顔にかかっていたそれを押しのけて立ち上がると、窓辺に向かう。
朝の清冽な外気をとりこんで眠気を覚ますのが、わたしの習慣となっている。
心地よさに目を細めながら、伸びをする。
朝だ。やわらかい日の光に澄みきった空気。
どこからか雀の鳴き声が聞こえてくる、さわやかな一日の始まりである。
ところが。
身支度をして、友人宅を訪れた私が目にするのは、決まってさわやかさとは無縁の光景である。
友人が目を覚ますのは、いつも時間が押してからで、だから友人を起こすのは私の役目のようになっている。
寝室に行くとやはりと言うべきだろう。友人とその妹が、寄り添うように寝息をたてていた。
これが歳の離れた妹ならば、それはそれでほほえましい光景なのだろう。
しかし友人の妹、心はひとつ違いの十六歳である。犯罪の匂いたち込める絵面というほかない。
ちなみに。
心は同じ高校の下級生であり、その端正な容貌と社交性をもって一年生でぴか一とうたわれる逸材である。
ここまで言えば、私が抱く感情の、数分の一でも味わっていただけることだろう。
この兄妹を起こすのには順番がある。
さきに心、つぎに友人。
この順番をたがえると、心に壮絶なまでに恨まれることになるので、要注意なのだ。
「――む。明。あー寝覚め悪い。なんであんたの顔見て起きなきゃならないのよ」
ここまで気を使っても、返ってくるのは、たいていこのような毒舌である。
至福の時に終わりを告げるのが私とはいえ、えらく割りを食っている気がする。
こちらには半眼しか向けてくれない心だが、これが友人となると、まったく別の表情を見せる。
「おにいちゃん、起きて」
花のかんばせに慈しむような表情を浮かべ、やさしい吐息とともに、友人に呼びかける。
誰だ、と問いかけたくなる変貌ぶりである。
声など、どこから出しているのか理解に苦しむほど、甘ったるい。
友人が目を覚ましたのは、きっちり一分後だった。
「おう、心、明、おはよう」
「おはよう、おにいちゃん」
「お早う。よい朝だ」
寝ぼけ眼の友人の、あくび混じりのあいさつに応じる。
心などは、目をきらきらと輝かせ、親愛の情以上のものがありありとみて取れるのだが、あいにくと筋金入りに鈍感な友人は気づきもしない。
不憫なのか、幸いなのか。
友人が着替えるので部屋から出て、私はいつも通り、台所で待つことにする。
しぶとく残っていた心は、部屋を追い出されると、閉じられたドアの前に顔を貼り付けていた。
私は知っている。そこには錐で小さな穴が開けられていることを。
心は友人の着替えをこっそりと覗いているのだ。
こころなしか鼻息が荒い。筋金入りの変態である。
このあいだ、友人の靴下の匂いを嗅いで、うっとりしているところを見てしまったときは、素で引いてしまった。
さすがに友人の受けるショックがでかそうなので、黙っているのだが。
これ以上エスカレートすると、本気で犯罪になりそうな気がする。
台所では、すでに膳が整えられている。
心の仕業である。
この変態趣味の妹は、朝の支度を終えてから、兄の寝床で二度寝する奇習があるのだ。
友人の両親は目下遠方に赴任中で、家事全般は数年来、心がすべて取り仕切っている。
わが家の母にも見習ってほしかった。
隣家で食事を世話してもらう子供と、コンビニエンスストアのサンドイッチを朝食としている父をみて、なにも思わないのだろうか。
朝食を終えると、ちょうど頃合となった。
学校まで徒歩で十五分。私と友人は言うに及ばず、心も学校は同じなので、とりあえず三人そろっての登校となる。
ここまでは、まだしも平穏な日常といっていい。けっして平凡ではないが。
しかし、この平和は五分ともたずに崩壊するのである。
その兆しは、常のごとく黒のリムジンとともにあらわれた。
リムジンが横付けにされ、ドアが開く。
心がすかさず構えをとった。
「萩原さま、今朝もご機嫌麗しゅう」
リムジンから出てきた少女は、友人に向けて優雅に一礼した。
クラスメイトの妙全寺妙である。
目鼻立ちのしっかりした国際的な容貌の主で、瀟洒という言葉が似合う、あでやかな美人である。
ただ居るだけで場の空気をノーブルカラーに変えてしまう特技をもっており、思わず「ごきげんよう」とでもいいたくなる。
小学校からの縁続きで、昔はもっとツンツンしたお嬢様だった気がするが、いつごろからか、友人にたいして好意を見せるようになった。
友人にはまるで気づかれていないものの、その好意はあきらかであり、つまりは友人が嫉妬とともに殺意を抱かれる原因その二である。
「さ、行きましょう、萩原さま」
当然のごとく友人の右側につく妙全寺。
対抗するように、心が左側にはりついた。
二人がべったりと引っ付くものだから、友人は非常に歩きにくそうである。
まあ、そんな状態であるからして、私はすこし後ろを歩くのだが。
ふと横に目をやると、当たり前のように治部がいた。
治部影奈。影の薄いクラスメイトである。
長すぎる黒髪で顔の表情すらわからない。そんな人間がいきなり現われるのだ。いつものことながら心臓に悪い。
治部は、その名のとおり影のごとく友人につき従う。従順そのものの姿である。
ちなみに美人らしい。友人談である。そう聞くと、殺意が湧かないだろうか。
「萩原先輩ー、おはようございますー」
つぎにふらふらとやって来るのが、心の同級生、一年生の由良ふたつである。
名前のとおりユラユラしている。
一見して生命力にとぼしそうな少女である。
その代わりとでも言うように、透きとおった美貌の、すこぶるつきの美人だ。スタイルが少々残念な気がするが。いろんな意味でストレートな少女なのだ。
鞄を引きずるようにしてゆらゆらと歩く彼女をみれば、誰もが道を譲りたくなるだろう。むろん、私もそうである。
だが、治部だけはその限りではない。
この前髪少女、友人の背後をキープすることに関しては、容赦がないのだ。
こうして友人の背後でも、背後霊の座をめぐった争いが勃発するわけである。
両脇に一人づつ。背後に寄り添うように、二人。
美少女たちに囲まれた、大変うらやましい姿であるが、実はこれでも俗にいう“萩原ハーレム”の員数の、半ばにも満たない。
萩原ハーレムとは、言葉どおり多くの女性に好意を寄せられ、囲まれる友人を揶揄した言葉であり、また、実情をあらわすのにふさわしい言葉であろう。
「奴にはクラスごとに恋人がいるのさ」
そう揶揄されるほどである。
むろん、友人は特定の女性とつきあっているということはないし、クラスごとに一人と言う人数には、さすがに届かない。
私が把握している限りではあるが、三年生に二人、二年生に八人、一年生に四人、教員に二人で計十六人ほどか。それでもたいした数である。
推測の域を出ないが、友人に好意を寄せている女性は学外にも居ると思われる。そうなると、どれほどの数になるのか。
男性陣が殺気立つのも無理はない。
ことに妙全寺や心、由良、三年生の三笠先輩は、ファンクラブが出来るほどの美少女なのだ。
それが一人の人間に独占されているのだから、彼らの気持ちはよく分かる。
以前、誰かとつき合う気はないのか、と、尋ねたことがある。
「なんで?」と、首を傾げられた。
どうやら自分に寄せられている好意が、特別な種類のものだということを分かっていないらしい。
鈍感というレベルを超えていた。
さて、学校についてからが戦闘開始である。
昼食をともにする権利をかけて、あるいは放課後の約束を取りつけんと、友人を囲う乙女たちは水面下で、あるいは表立って、熾烈な争いを繰り広げる。
当然のことであるが、誰一人として友人を共有しようなどとは考えていない。
なんというか、はたで見ていれば、友人ご愁傷さまというほかない被災ぶりなのだが、それでも世の男にとっては羨望の対象らしい。
血の涙を流す男を、私は見たことがある。
それにしても、なにゆえ友人は彼女たちから、かように好意を寄せられるのか。
正直なところ、友人の顔立ちは凡庸の域を出ない。
見る人が見れば、美形と言えなくもない程度。あまりにも無個性な容貌なのだ。
実際、クラスの女子の人気も、その名声に比べればお粗末と言うほかない。
思うのだが、個性の強い人間ほど、友人に強烈に惹きつけられているのではないだろうか。
妙全寺や心は言うに及ばず、萩原ハーレムの面々は、みな強烈な個性の持ち主である。
変人と言い切っても、おそらく本人以外からは異論のないところだろう。
だがまあ、そんなものは、はたから見ればご愛嬌だろう。
しかも、そんなことが問題にならぬほど、彼女たちは美人ぞろいである。
男子にとって重要なのは、まさにそこなのだ。
「われら男子生徒の、よりよき学園生活のために、萩原のヤツをなんとかすべきだ。いやむしろ殺セ」
そんな過激な主張を始める団体さえある。
クラスメイトの過半が、この“萩原ハーレム対策委員会”に参加していると言われているが、どうなのだろう。
私とて、実情をすべて把握しているわけではないのだ。
とまれ、昼休みに女生徒の目も省みず、教室で会議を開く面々を数え上げれば、その話もまんざら嘘ではなさそうである。
「ならば彼を更科きゅんとくっつけては?」
そんな主張をして軽やかにスルーされているのは、一組の妙全寺あやめだ。
苗字から察してもらえると思うが、妙全寺妙とは双子の姉妹である。
ということは、疑うまでもなく、名家のお嬢様であるはずなのだが。
彼女はどこか違う星のオジョウサマに違いない。
漫画やアニメーション、ゲームの類に興味と心血をそそぎ、教室内で少年週刊誌の登場人物のカップリング(主に男同士)を優雅に主張する腐った趣味人なのだ。
姉である妙全寺妙と同じく、小学校からの腐れ縁であり、なぜか馬が合うこともあって友人づき合いしているのだが。
このような主張は正直勘弁してほしいところである。
まあ、そんなこんなで放課後。
帰宅部であるところの私は、たいていまっすぐ帰途につく。
友人も、そして萩原ハーレムの面々も過半が帰宅部なのだが、友人争奪戦のさなかでは、ともに帰る者もいない。
迎えのリムジンを待たせて、あやめと雑談するのが日課といえばそうか。
いつものように彼女と会話していると、ふいに赤い乗用車が、アクセルを思い切り吹かしながら校門を出ていった。
「いまのは」
「くまねえ――森野先生のFITだったが」
なんとなく、あやめと顔を合わせてしまった。
森野久万。
私や友人の近所に住んでいるお姉さんであり、この学校で教鞭をとる教師でもある。
昔からくまねえ、くまねえ、と呼んで慕っていたものだ。
「横に乗っていた方は」
「ああ。間違いないようだ」
助手席に、友人が横に乗せられていたのを、私の目は、はっきりととらえている。
ちなみに。
説明するまでもなく、くまねえも萩原ハーレムの一員である。
なんとなく二人で車の行く先を見送っていると、校舎のほうから、心が砂埃を蹴立てて自転車を走らせてきた。
後ろに乗っているのは妙全寺妙だ。
「あやめさん! ちょうど良いですわ。車、使いますわよ!」
ばっと自転車から飛び降りると、返事をする間もない。
妙全寺はすばやくリムジンに飛び乗った。
「どうしたんだ?」
自転車を止め、道路の左右を確かめている心に、私は尋ねかけた。
「くま! あのびっち! 無理やり兄さんをさらっていきやがって!」
そう言ってぎりぎりと、歯をこすり合わせる心の姿には、正直ゾッとするものがあった。
ともあれ、おおよその事情は飲み込めた。友人争奪戦の末、くまねえが強硬手段に出たのだ。社会人という立場をフルに活かした力技である。
「明! 兄さんどっち!?」
「右だ」
「ホテル街のほうね!」
私の答えを、あやめが補足した。
最後まで聞かずにリムジンは発車し、心も盛大に歯軋りしながら自転車のペダルを漕ぎ出していった。
「あんのびっちぃ!」
自転車とは思えない速度だった。
そういえば。あの自転車、誰のだろう。
きっと、自転車置き場にあったものを奪ってきたのだろうけど。
そう思って、なんとなく校舎を振り返る。
由良ふたつが、うつぶせに倒れていた。
体力もないのに必死で追いかけたのだろう。
校舎から二十メートルも離れていなかったが。
それから一分後、体育教師の宮元のレガシィが、すし詰めの車体を重そうによろめかせながら走っていった。
運転していたのは保険医の那須だった。
おそらく宮元(三十二歳、独身)に車を借りたのだろう。
彼女と同乗者たちが萩原ハーレムの一員であることは言うまでもなかった。
それからしばらくの間、校門に居た私たちだったが、いつまでもつき合ってはいられない。
歩いて帰るという妙全寺あやめと一緒に、帰宅することにした。
帰り道、私に合わせてか、あやめは小説の話をふってきてくれるのだが。
あいにくとあやめが読む小説のジャンルは私の嗜好にかすりもしなかった。
というか、男同士がどうにかなる類の小説しか読まないというのは、いかがなものか。
そしてそれを私に勧めてどうしようというのか。
妙全寺のお屋敷まであやめを送って、帰ったのは六時前。
隣家にはまだ明かりがついていない。友人も心も、まだ帰ってきていないようだった。
食事を終えても、友人は帰ってこない。すこし心配になる。
八時過ぎ。
文庫本を開いたまま、ぼうっと窓から外を眺めていると、赤のFIT――くまねえの車が帰って来た。
シャッターを開け、車庫入れした車の中から出てきたのは、くまねえに友人、それに心だった。
くまねえは、ぼろぼろである。いや。友人も、心もだった。
だというのに、三人ともどこか和やかな感じがした。
ひと波乱あって一件落着、と言ったところだろう。
「馬鹿らしい。心配して損をした」
手にしたまま読んでいなかった本を放り出す。
感情の所在を決めつけてはみたものの、胸のもやもやはおさまらない。
その正体を知っているのに、知らないふりをしているのだから、当然だろう。
精神衛生上よろしくないと、カーテンに手をかけたところで――友人と目が合ってしまった。
友人が、軽く手を挙げて挨拶してくる。
なんとなく気まずくなって、私はすぐさまカーテンを閉めた。
しばらくしてチャイムが鳴った。
友人だった。
むかえ出た私に向かい、友人は私の機嫌を伺うようにこう言った。
「明、俺、またなんかお前怒らすようなこと、やったか?」
と。
普段は鈍いくせに、こういうときだけは鋭いのだ。
たしかに私は腹を立てていた。
それが嫉妬と呼ばれる感情に根ざすものだと、自分でも理解している。
だが、そういった感情の機微に関して友人に理解しろというのは無茶だろう。
妙全寺妙や萩原心の想いすら悟れぬ彼である。
更科明の秘めた心を、萩原友人が理解できるはずがないのだ。
だから、私は苦笑してこう答えた。
「自分の胸に聞くといいよ、この朴念仁」
ちなみに。
更科明、十七歳。男のような名だが、れっきとした女である。