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[31751] Planet reconstruction Company Online 第4部 【VRMMO運営側+惑星改造企業再建】
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/08/07 23:29
第4部
 賞金首となりながら不殺プレイという縛りを自らに課し裏街道を進む美月達は、裏の地図屋、改造屋としての片鱗を見せ始める。
 父の情報を得るために少女達は戦場を駆ける。
 その一方リアル世界ではついに暗黒星雲調査が開始されるが、暗黒星雲内で次々にポッドが謎の攻撃を受けて撃墜される非常事態が発生する。
 敵の狙いはディケライアが有する銀河帝国最後の船。創天そして送天か?
 それとも銀河帝国最後の実験生物が住まう星である地球か?
 人跡未踏であるはずの暗黒星雲内に潜む勢力を相手に、三崎、そしてアリスはどう立ち向かう。






第3部
 ゲームを楽しむプレイヤー達の行動如何で、地球の命運は決まる。
 そんな事はつゆ知らず、圧倒的な速度で攻略を開始する廃神達に、一歩出遅れてしまった美月が目指すべきプレイスタイルは?
 ゲーム内でも清く正しい自分の生き方を貫き通すべきか?
 それともゲームだからと勝利のために、全てを利用するべきか?
 だが葛藤する美月は知らない。
 その美月の思い悩むゲームプレイが動画として、全宇宙に公開されている事を。
 ついに正式オープンしたPlanetreconstruction Company Onlineを己が武器とし、GM三崎伸太は星系連合に所属する星々へと情報戦を開始した。


第2部あらすじはこんな感じです。

  初めてのVRフルダイブを体験する女子高生コンビ高山美月と西ヶ丘麻紀の2人の前に外部講師を名乗り1人の男が現れる。
 面識は無いはずだが、何故かその男が死んだ瞬間の記憶を持つ2人に対して、その男……三崎伸太は一枚のVRフォトを呈示する。
 そこに映るのは、10ヶ月前に事故によって月面で死んだはずの美月の父である高山清吾の姿であった。
 父の行方を尋ねる美月に対して、三崎は己が開発した新作VRMMO 【Planetreconstruction Company Online】で行われるオープニングイベントへの参加を促す。
 そのイベントで入賞することが、父の行方を知る鍵になるという言葉と共に三崎は姿をけす。
 VR史上最高金額の賞金1億円を賭けて行われるオープニングイベント【暗黒星雲調査計画】
 父の行方を知るために、2人はゲームへの参加を決意し、教師である羽室の紹介で別ゲームで勇名を馳せ、PCOへの参加を計画していた攻略ギルドKUGCの門を叩く。
 VR規制事件以来、初の国内大型新規開発にして、ついに姿を現した次世代VRMMOを待ち望んでいた数多の廃神達を相手に、初心者コンビは戦いを開始する。





第1部はとりあえずの導入としてVRMMO物の皮を被ったプロローグでいってます。
 イメージモチーフとした作品の某侵略会社的なノリになればと。
 このモチーフとした作者様原作の同世界観アニメを見てたら、設定とプロットだけ考えていたこの話が急に書きたくなったという突発的な感情が生み出した物ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。
 ご指摘、ご意見いただけましたらありがたいです。 
 
5/18

 誤字脱字やら細々な修正をしつつ、『小説家になろう様』にも投稿しました。



[31751] 白くて黒い運営会社
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/26 08:30
 基本サービス業においては自分の都合や休みの重要度は低く、お客様が最優先になる。
 ましてや週一のメンテ時間以外は年中無休二十四時稼働し続けるVRMMOのGMともなれば言わずもがな。
 1日8時間。週40時間労働を謳う労働基準法なんぞ遠い国の法律だって感じだ。
 特にここ2週間はその傾向が顕著。
 病欠による急な人手不足から始まり、イベント会場の手配ミスで代替え場所の確保に奔走。
 ゲーム内の小さなバグの発覚から修正による、さらなるバグ発生また修正のループに追われ。
 それが終わったかと思えば、お客様間のトラブルでのGMコールの頻発で対応に大わらわ。
 1日、2日の泊まり込みは当たり前。 
 1週間家に帰れずなんぞもざらにあっても、客商売なんだから仕方ないと思ってしまうあたり、徐々に社畜根性とやらが染みこんできているんだろうか。
 入社3年目の新人に毛が生えた程度の俺ですらこれなんだから、会社の仮眠室に巣を張って一月近く泊まり込みしている先輩方の精神構造はどうなってるのやら。
 借りているアパートの賃貸料と在宅時間の釣り合いが取れていないよなと考えつつ、視界の隅に浮かんで見える仮想コンソールに這わせた指を休み無く動かし、操る予定のボスキャラの姿を見ながらパラメーターとスキルの変更を続ける。
 網膜ディスプレイに映るその姿は三頭六椀を持つ巨大スケルトン。
 ぼろぼろのマントを幾重にも纏い、腕の一本にはミイラ化した人間の頭部が鈴なりにぶら下がる杖を持っている。

 キャラクター名 『アスラスケルトン』

 不死を得るための死霊魔術研究の果てに、自分の妻と子供を喰らい不死を得た魔術師のなれの果て。
 このボスキャラは速射型魔導師が基本デザイン。
 特に遠距離攻撃魔術は種類も豊富にそろっているうえ、どれも軒並み高レベルに設定されている。
 前回、前々回、中の人を勤めたGMらの設定も遠距離魔術戦闘路線に固定されていて、強化スキルはほぼ同じ。スキルの設定レベルが微妙に違う程度だ。
 そのセオリー通りの設定を確認しつつ、俺はあえて遠距離魔術攻撃系の威力を牽制程度までに下げていく。
 攻撃魔術のレベルを下げた事で、大量の余剰スキルポイントを確保。
 生み出したスキルポイントを、遠距離攻撃を得意特性とするアスラスケルトンの場合は上昇効率が悪い近接距離スキルへとつぎ込んでいく。
 もっともアスラスケルトンは近接距離用攻撃スキルなんぞ、両手の指で数えれる七つしか所持してない。
 そのうえ実用性の面で使えるのといったら二つだけ。
 ここまで少ないと、目当ての物以外はばっさりと切り捨てられるので逆にありがたいくらいだ。
 右腕が接触した物を跳ね返すアクティブカウンターの使用回数を無制限に変更し、スキルウェイト時間も最短の五秒に変更。 
 もう一つの武器。プレイヤーキャラを毒殺して乗っ取りAI操作に切り替えるマリオネットポイズン、
 こちらは毒のレベルを最高まで上げると共に、同時効果キャラ数と効果持続時間を上げておく。
 二十種以上の高レベル遠距離魔術スキルを下げて生み出した大量のスキルポイントだったが、たった二個のスキル強化にほとんど消費していた。
 残ったスキルポイントは雀の涙ほど。
 その僅かな残存ポイントをパッシブ防御スキルの直接攻撃用、魔術攻撃用の二つのシールド強化に均等に振って、DFを上げられるだけ上げた所で設定完了。
 
 
『三崎。そろそろ準備はいいか? アカツキ迷宮第五、第六階層解放予定時刻まであと二分だ』


 準備を終えたのを見計らったかのように、俺が潜り込んでいた筐体のスピーカーから上司の中村さんの声が聞こえてくる。
 中村さんは当社の初期立ち上げメンバーの一人でゲーム全体のバランス担当をする主任GMの一人。


「はい。設定完了。いつでもいいっすよ」


 返事を返しつつ仮想コンソールを消して首筋のコネクタに刺さったケーブル配線を再度確認して座席の位置を調整。
 妙な体勢で潜っていると帰ってきた時に体が痛くなるので位置調整は重要。
 個人用完全調整がされた専用筐体ならばそんな心配をしなくても良いが、あいにくと我が社はゲーム会社としては中堅所。
 そんな贅沢品はなく、倉庫を改装して作られたGMルームには味気ないデザインの汎用共通規格筐体がいくつも並んでいるだけだ。
 そんな境遇の俺にとって尻の下に敷くマイ座布団は心強い相棒。
 形と柔らかさにこだわり抜いた品で、一プレイヤー時代からの必須アイテムだ。


『どら、確認させてもらうぞ』


 決められた範囲内でならスキル構成やパラメーターを自由にいじれるといっても、アンバランス過ぎてはゲームとしては成り立たない。
 攻撃一辺倒のスキル振りで壁プレイヤーを一撃で沈められても、こっちのDFが低すぎの紙だと興ざめ。
 かといって逆に防御スキルに鬼振りしたとしても、その代償で攻撃がしょぼくなれば、単に固すぎるだけで緊張感の無いつまらない雑魚ボスになる。
 ここら辺のゲーム性としての問題と、GMとレアアイテム狙いのプレイヤー間の結託を防ぐために平や臨時雇いGMが決めたパラメータとスキル設定は、毎回毎回主任GMによって監査され承諾して初めてゲーム内に反映される。
 監査の結果、問題なしと判断されれば設定通りに改変され、もし却下されればデフォルトでの出撃となるのだが、


『……相変わらず人を食った設定が好きだな。死にスキル扱いのマリオネットで同士討ち狙いか。久しぶりの出撃だってのに、こりゃお客さんからブーイングだ。巫山戯るなって声が山とでるな。中身絶対ミサキだろってな』


 言葉とは裏腹に中村さんが楽しそうに笑いプレイヤー間で悪名高い俺のGM名をあげながら確認コードを打ち込んできた。
 GM確認のシグナルを打ち込まれたスキルデータが俺の設定通りに上書きされていく。
 設定を承諾する主任GMは現在中村さんを含めて十人いるがそのさじ加減はそれぞれ微妙に違う。 
 その観点から見れば俺の今日の設定は中村さんの好みに直球で収まったようだ。
 

「そういう意地の悪い所もリーディアンオンラインの売りってもんでしょ。んじゃ三崎伸太っと、もといGMミサキ。アスラスケルトン出撃します」


 軽口を叩きながら俺は自分の右こめかみのあたりを指で軽く叩いて、脳内にナノマシーンで構築されたシステムに没入開始の合図を送る。
 次の瞬間、脳内を電撃が走るような高揚感とともに、俺の意識は仮想体験ゲーム世界『リーディアンオンライン』内へと飛ばされた。






 リーディアンオンラインのゲームデザインそのものは、よくあるVRMMORPGとさほどかわらない。
 種族を選び、職業を選んで、分身となるキャラの造形を終えたらあとは自由だ。
 ただひたすら狩りをしてもいい。
 アイテムを集めて生産して商店を開いてもいい。
 ソロで黙々と自己鍛錬に励んでも良いだろう。
 気の合う仲間を見つけてギルドを作るもよし。
 野良パーティでわいわいやるのもまた楽しい。
 大きすぎるリスクを覚悟なら他のプレイヤーに襲いかかる罪人プレイも止めはしない。
 逆に賞金首となった罪人プレイヤーを狩る賞金稼ぎプレイもある。
 とにかく自由。
 ここら辺は別段特筆するような内容ではなく、他のゲームでもよくあるデザイン。
 だが一つだけリーディアンオンラインには他のゲームと違う事がある。
 この一点こそが中堅所のソフトウェア会社が開発運営するリーディアンオンラインが、栄華零落の激しいVRMMO業界で稼働して六年も経つのに未だに一定の好評を得ている理由だ。
 リーディアンオンラインの特徴。
 それはゲーム内の迷宮にそれぞれ月一で出現する500体のボスが、雑魚モンスターのようにプログラムでは無く、中に人が入った有人操作である事。
 ボス操作を行うGMは他のVRMMOゲームで廃人として名を馳せた元プレイヤーなんてのもごろごろいる強者揃い。
 他にも年末年始や夏休み突入週間などはイベントが開催され、スペシャルゲストとしていろいろ変わり種をボスの中身として引っ張ってきたりしている。
 引退したばかりの有名格闘家やスポーツ選手など脳内神経が肉体操作に特化した連中は目にも止まらない俊敏性でプレイヤー達を翻弄する。
 碁や将棋の高段位棋士等の戦略派が配下のNPCモンスター群を流れるように操って、次々にプレイヤー達を毒牙にかけていく。
 VR技術は元々軍事用に開発されていたので、最初期からVR訓練を腐るほどやっていたアメリカ海兵隊のエリート小隊を呼んだらおもしろいんじゃないかなと宣った社長発言から、あらゆるコネを動員して投入した時なんかは、高位ボスキャラとその取り巻き中ボス五体に対してキルレシオは40000:6を突破し、お客様からは大人げなさ過ぎると大好評を受けたりもした。 
 そんな経験も分野も職種も違う連中なのだから、同じキャラでも自然と戦い方は多種多様となる。
 見かけたプレイヤーに猪突猛進で襲いかかるのを好むGMもいれば、迷宮内に罠を張り巡らして追い詰めていくGMもいる。
 プログラムの癖を見抜いた必勝法など存在しない、毎回毎回違う攻略法を求められるボス討伐戦。
 これこそがリーディアンオンラインの特徴であり売り。
 そしてこの売りを最大発揮させる要因としてプレイヤーのボスキャラ操作権利争奪戦がある。
 これは文字通りプレイヤーに特別にボスキャラ操作を行わせるというもの。 
 ゲーム内で行われるボス戦は全て録画され、オフィシャルホームページ上で次の月まで公開されており、この映像から一番良かった物、盛り上がったボス戦などを選ぶプレイヤーによるベストバウト投票を行い、先月の一位から三位までが決められるといった具合だ。 
 この一位から三位までの戦いの中で最も活躍したと判断されたMVPプレイヤーに召還状が送られ、本人が承諾すれば一回分のボスキャラ操作権利がプレイヤーに与えられる。
 最もこの判断というのがくせ者。
 MVPの選定は、主任GM達の合同会議で決められるからだ。
 ただボスに一番ダメージを与えただけの プレイヤーをMVPに選んだのでは、支援職や回復職が日の目を見ない。
 それにせっかくボスキャラをやらせるのだ。戦い方がおもしろくなくてはいけない。
 だから主任達の選定基準は自然と厳しくなる。
 いかにゲームをおもしろくするか、お客様に楽しんでもらうか。
 これにこだわる中村さんを初めとする主任GM達の選定があるから、特定のプレイヤーをGMにしようとする組織的投票などが難しいので公平感を生み出している。
 さらに実際のボス操作を行って討伐戦を大いに盛り上げて見せれば、その才能はゲームに有益と判断されることもある。
 そうなれば今度は逆に会社側からスカウトされ、時折ボス操作の声が掛かるバイト登録や、さらには俺のように常勤の社員として雇われる道すらあったりする。
 しかしこれが罠だった。
 ゲームをやって金がもらえると喜んだのは最初だけ。
 常勤になったら、リアルでの雑用にイベント手伝いがメインとなり、ゲーム内でもチート監視巡回やらお客様間の喧嘩仲裁などの下働きばかり。
 一番楽しみだったボスキャラ操作なんぞ月に一回回ってくるかどうかだったりする。
 しかもそれがしばらくしたら当たり前だと思うように教育されるのだから質が悪い。
 そんな当社のモットーはお客様第一。
 ゲームのクオリティが第二。
 自分の生活? 
 そんな物は屑籠に放り込めといわんばかりの超絶ブラックな会社。
 それがリーディアンオンラインを運営管理する、我が愛するくそったれなホワイトソフトウェアだ。










 現実から仮想世界に降り立った瞬間はいつも違和感がつきまとう。
 いくら精巧になったといっても再現の限界があるのだろうか?
 現物の脳とダイレクトリンクした仮想体は、理論上は本当の体と変わらない感覚で操れるはずなのだが、どうにも意識と体のずれを感じてしまう。
 だがそれも仕方ないとは思う。
 三つの頭蓋骨を乗せた頭部に六本腕で宙にふわふわと浮く身長4メートルの巨大骸骨。
 今の俺の姿は化け物そのものなんだから。
 今更の違和感を気にしている時間は無い。ともかくお仕事といきますか。


「NPC軍団起動」


 俺の呼びかけに周囲の空気が揺らぎはじめる。
 灼熱の炎を纏う死霊の群れが出現し、足下に広がる不気味な黒色の水をたたえる底なし沼から、さび付いた弓や手斧、剣を携える二つ首のスケルトンと、両眼と額の三つの瞳孔を見開いたゾンビ魔術師軍団が水滴を纏いながら水面へと這い上がってきた。
 数はそれぞれ四千体。計一万二千の大軍団。
 こいつらはすべてAI制御NPCで自動戦闘を行うボス護衛モンスターだ。
 護衛といっても設定レベルは30台でそれほど高くない。
 一体一体は弱くしかも集団での簡易命令しか受け付けない木偶の坊。
 だがこれだけの数がいると中堅レべルプレイヤーには十分脅威であり、並の高レベルプレイヤークラス相手でも足止めの壁くらいにはなる。
 ここアカツキ迷宮は、ゲーム世界の東方地域における最大級の迷宮。
 古い地下墓地をイメージした迷宮の最深部に広がる大沼は暗く陰惨な雰囲気にデザインされている。
 背後に立つ朽ち果てた鐘楼の鐘が風もないのにガランガランと動き、不気味で気色の悪い音を奏で始めた。
 この鐘は俺が入ったアスラスケルトンが出現した事を東方地域全域のプレイヤー達に通知する役割を持つ。
 ボスキャラは出現地域は定まっているが、その日時だけは完全ランダム。
 だからといってずっと張り込んでいたのではプレイヤーから見れば効率が悪い。
 俺たち運営側的にも、月一回の高位レアボスモンスター出現という一大イベントの開始を大々的に宣言したい。
 そんな思惑からゲーム内にボスキャラ出現を広く知らしめるために導入されている。 
 現在日時と時刻は日曜日の午後三時きっかり。
 ゲームに入っているプレイヤーもさぞ多いだろう。
 迷宮内情報を呼び出し数を確認してみる。
 アカツキ迷宮の常時開放階である第1階層から第4階層全域で、狩りに来ていたプレイヤーは俺の出現時には235人だけ。
 しかし鐘が鳴り響くと共にプレイヤー数が急上昇。うなぎ登りに増えはじめた、
 俺の出現から一分少々しか経っていないのに、迷宮内に突入してきたプレイヤー数はすでに一千人に到達し、まだまだ増加傾向だ。
 今もWISチャットやギルドメッセージ、はたまた広域ボイスを用いて仮想世界中で、出現を知らせる報告と討伐参加を募る募集が飛び交っていることだろう。
 リーディアンオンラインのボスキャラのHPは、他のMMOにおけるボスキャラと比べても膨大に設定されている。
 特に大型ともなれば億の単位を超えるボスはざらだ。
 大型に属し、しかも最高位ボスキャラの一つであるアスラスケルトンの場合は脅威のHP150億。
 ゲーム内でのカスタム武器披露の場でもある武道会における、単独プレイヤー攻撃スキル部門最高ダメージ記録が8000ちょいだといえば、これがどれほど無茶な数値であるか判るだろうか。
 だが当然といえば当然だが、イベント戦闘でもないのにゲーム内に倒せないボスなどいてはならない。
 かといってこの馬鹿げたHPを削りきるのに何日も時間が掛かるような設定になっているわけでもない
 このHPを数時間で削りきる仕掛けがある。
 それがボス戦時にだけ適用される迷宮全域連結蓄積型戦闘システム。
 プレイヤー間での通称『数集めてともかく殴れ』システム
 これは簡単に言ってしまえば、大型ボスキャラとその取り巻きモンスター、さらには迷宮内に存在する雑魚モンスターに攻撃を与えたプレイヤー数+倒されたモンスターの数だけ、ボスへの攻撃に追加ダメージが加算されるシステムだ。
 たとえばこれまでに1000人のプレイヤーがボスとその他のモンスターに攻撃を加えた状態から、新たにLV1プレイヤーの攻撃が第1階層に存在する最弱モンスターに攻撃を加えただけでボス討伐戦参加者が1人増えたと計算される。
 この場合はボスへの攻撃に追加ダメージ1001がプラスされるといった具合で、さらに倒した場合はもう1追加ダメがプラスされる。
 この連結蓄積の効果を十二分に発揮する最低限の目安ラインである攻略推奨プレイヤーというものが、それぞれのボス毎に出されていて公式HPで確認することができる。
 膨大なHPに加え広範囲攻撃魔術を多数持つゲーム内屈指の高難度ボスアスラスケルトンの場合は、攻略推奨プレイヤー数はゲーム内最高クラスである所のS1級。
 S1級は迷宮全域で五千人以上のプレイヤー参加が推奨されている大規模討伐戦。
 この大多数参加を前提としたゲーム設定にはちゃんとした意味や狙いがある。
 一つは他のMMOでたまに見られるボス独占問題の防止策。
 高レベルかつ悪質なギルドによるボスキャラ狩り場占有やそれに関するトラブルというのは最初期からのMMOに付きものの問題点。
 この問題に対してリーディアンオンラインは、プレイヤー達の良識や話し合いに期待をするのではなく、ソロや単独ギルドでの討伐が不可能なボス設定とすることで対処している。
 もう一つの理由はボス討伐戦の楽しさをより多くのプレイヤーに共有してもらうためだ。
 参加人数が増えれば増えるほどプレイヤー側が有利になるこの戦闘システムは、ゲームを知り尽くしたベテランが効率的な勝利を求めて積極的に討伐者を募る習慣を作り出し、ゲームを始めたばかりの初心者でも十分勝算がある初級モンスターを倒すだけで、簡単にボス攻略戦に参加できるという空気を生む。
 しかもボス出現時は迷宮全域でドロップと経験値が通常時の3倍になり、普段は出ないプチレアも出るお得仕様。
 また高位ボス討伐後にはその達成感や戦闘の高揚感の残滓から、討伐記念と銘打った露店が近くの街で立ち並ぶ即席の露店市場ができる事も多い。
 こういった場は同時に出会いの場ともなる。
 めざましい活躍を見せた期待の新人がギルドから勧誘されたり、はたまた偶然隣り合わせて戦ったプレイヤー同士が意気投合してギルドを組んだりと。
 兎にも角にもMMOの楽しさを追求したゲームデザインは先達達の努力の結晶。
 お客様に楽しんでもらうMMORPG。
 これがリーディアンオンラインというゲームの基本方針にして最終目標。
 そんなゲーム会社の思惑に、俺も見事なまでに乗ってしまった一人だろう。
 このゲームにはまってキャラを鍛えて、ギルドを作って、ボス攻略やって、露店やって製造もと、遊んで遊び倒した時間は何より楽しい時だった。
 プレイヤーだった頃は近い将来に自分がゲームを楽しむプレイヤーでなく、お客様を楽しませるGMになるとは予想もしていなかったが、やってみるとGMにはGMのおもしろさがあった。
 俺が楽しんでいた事を新たなプレイヤーに知ってもらい彼らにも楽しんでもらえる喜び。
 これが厳しい労働環境や、リアルでの仕事に追われ、なかなかゲームにも入れない現状でも俺のモチベーションを維持する大きな理由の一つ。
 もう一つのやる気の理由は、ゲームで知り合った友人知人そしてギルドメンバーの存在だ。
 気の強かった相棒との狩りやら、スキルを駆使したサバイバル鬼ごっこといった遊びをワイワイとやっていたギルドメンバー達。そしてボス戦で協力した友好ギルド。
 彼らの大半は今もプレイヤーとしてゲームに参加している。
 日曜午後三時という絶好の時間帯。幾人もの知り合いが今回も迷宮へと突撃をしているだろう。
 そんな旧友達を楽しませるためにも、がんばりますかと気合いを入れ直して、迷宮内のプレイヤー情報を更新して最新のプレイヤー数とレベル分布を確認する。 


「お、なかなかの数。しかも高レベルプレイヤー揃いか、こりゃ楽しみだ」


 迷宮内へと進入してきたプレイヤー個別認識は不正防止策の一環でGM側からはできないが、レベル帯からある程度の強さは予想できる。
 手強そうなプレイヤーが多い予感を感じ俺は歓喜の声を上げる。 
 現在の迷宮内プレイヤー数は公式推奨数より6割も多い8521人でまだまだ増加傾向にある。
 さすが日曜といった所か。
 そのうち80以上の高レベルプレイヤーが2割。
 50までの中堅プレイヤーと、20までのプレイヤーが3割ずつ。
 後2割はそれ以下のレベルのプレイヤー。
 ここは初心者。もしくはセカンド、サードキャラといった所か。
 大半はボス狙いでなく雑魚での稼ぎ狙いのプレイヤーだろうが、通常のボス戦では1割程度の80代が今日は倍近く来ている。
 ボスへの与ダメージトップ10に配られるレア狙いに来た廃人プレイヤーもいつもより多いのだろう。
 せっかくマリオネットポイズンを最大値まで上げてあるんだから、なるべく高レベルプレイヤー狙いでいってみるか。
 内心でほくそ笑んだ時、解放毎に新設されるランダム設計のアカツキ迷宮第五階層『背徳者の胃袋』を突破してきたプレイヤーが出たことを知らせるシグナルが響く。
 それから一瞬のまもなく、俺が鎮座する最深部『不死者の大沼』を封鎖していた頑強な鉄門型モンスターが、火を噴く巨大な火山弾の雨によって外側から突き破られた。
 地属性最高位魔術の一つ『ボルケーノブレイカー』
 爆発的な噴火を続ける火山火口と直通ゲートを繋げ無数に打ち出される火山弾をマシンガンのようにばらまく、ど派手かつ高位力な魔術スキル。
 こいつの前では並のスキルではびくともしない耐久性を誇るゲートモンスターもさすがに刃が立たない。
 高位魔術の一撃によって一気に打ち破った門の残骸をすり抜けて、飛翔魔術を纏った五人のプレイヤーが一丸となってなだれ込んできた。
 高速飛翔魔術による風のなかでは魔術防御用結界が放つ金色の粒子が踊っている。
 プレイヤーが構えるそれぞれの武器には崩したアルファベットとルーン文字を組合わせて創作された魔術文字が激しく点滅し、獲物を早く食わせろと吠えまくっている。


「うぉ!はえーなおい」


 俺の出現からたった5分で最深部まで到達してきたプレイヤー達にさすがに舌を巻く。
 護衛モンスターの出撃が完了する前に、一気に第五階層を抜け第六を塞ぐ門を突破をしてアスラスケルトンへ相打ち覚悟の接近。
 己の命と引き替えに高位ボスにも効果があるエンチャ込みバットステ武器で魔力低下の一撃を与え、地上かレアアイテムで作成された復活地点でリスポ-ンし後続の大部隊と合流し再攻勢を仕掛ける。
 俺のプレイヤー時代から存在するアスラスケルトン戦での基本戦術の一つ……というか俺が考案した作戦。
 とにかくアスラスケルトンの厄介な所は、各種属性のそろった広範囲攻撃魔術とそれを連発できる底知れずな最大MPと1秒20MPも回復するMP回復能力。
 魔術スキル発動の順番を考えてMP管理さえしっかりやれば無限範囲魔術の雨すら可能となる鬼畜仕様。
 しかもこの第六階層はワンフロア丸々ぶち抜きとなった遮蔽物のすくないステージ。
 ここでアスラスケルトンに好きにさせると、広範囲攻撃魔術の一撃だけで簡単に死傷者の山ができる。
 この状態では死者蘇生もままならず地上のリスポン地点帰還組が続出するだろう。
 だから強力な魔力攻撃の頻度を抑えるために、バステ武器による攻撃で魔力回復能力を低下させるのが最優先となる。
 しかし広範囲魔術を連発されている最中では接近もままならない。
 なら出現直後で取り巻きである護衛モンスターが周囲に大量に屯っている状態ならば、広範囲魔術に巻き込み無駄に消費することを惜しく思って魔術使用を控えるはず。
 ゲームにおけるボスキャラの性能でなく、中のGMの心情から考えた攻略法。
 これがこの特攻作戦の肝。
 広大な五階層迷宮に対し早期突破の成功率を上げるために、通常5人一組でパーティを組み、計10パーティくらいが高速特攻組として送り込まれる。
 彼らのうち一つでも最深部の第六に突破できれば、後は情報共有でMAPを伝達し最短ルートが構築される。
 また無傷のボスに突っ込むことになる特攻組に課せられるデスペナも、ボスへのファースト攻撃による特別ボーナスで補完される計算なので、死を前提とした片道切符の特攻攻撃であっても参加希望するプレイヤーは結構多い。
 そんな選抜者揃いのパーティの中でも一番に突入してきた今日の一番槍は、どいつも最高レベルクラスのプレイヤーのはず。
 それは操作性の悪い飛翔魔術を淀みなく操る動きからも見て取れる。
 相手にとって不足無し。 
 一瞬の迷いも躊躇もなく飛翔するプレイヤー達は、足下の沼地に広がる死人軍団が射かける矢や、錆びついた投げ斧を物ともせず突き進み、炎を纏って突っ込んでくる死霊軍団を軽やかに躱し二手に分かれて俺を目指す。
 右から接近するのは、軽装の剣士キャラが二人とジャマダハル装備のアサシンキャラが一人。
 左側からは大剣と長柄の槍を携えた二人の重装騎士の姿。
 挟撃でこちらの気をそらしつつ、範囲限定された攻撃魔術を周囲の結界で防ぐなり、高いHPで耐えることでステ低下の一撃を決めようというといった所か。
 しかし残念。
 今日のアスラスケルトンは魔術攻撃主体でなく、死人を操る死霊魔術師仕様。
 その厳重な魔術防御結界に意味は無い。
 飛び込んできた五人のプレイヤー達に対して、俺は本来六つの魔術を同時使用するための三対の右手と左手を振りかぶりながら、自ら詰め寄り直接攻撃を開始する
 まさかこちらから接近してくると思っていなかっただろうプレイヤー達の反応は遅れた。
 アクティブカウンターの掛かった右手が剣士達を大きくはじき飛ばし、天井の岩肌に叩きつける。
 左手のマリオネットポイズンの毒がしたたるかぎ爪が、重鎧に身を包んだ騎士二人の纏った防御結界を易々と突き抜け、体に食い込みその勢いのまま沼地へとたたき込む。
 疾風のごとき突入の勢いそのままに、アクティブカウンターによって天井に叩きつけられた剣士達のダメージは軽くない。
 だが、彼らはよろめきながらも、それでも魔術を制御し空中で体勢を立て直そうとしている。
 ではさらに追撃と。
 配下の死霊軍団に追い打ちをかけさせる。
 業火を纏う死霊達は一斉に炎の弾丸と化して、剣士プレイヤー達に体当たりを開始する。
 前後左右さらに下。
 5方向から無差別にうち放たれた弾幕攻撃には、さすがの高プレイヤー達も対処がむずかしいのか面白いように攻撃が当たる。
 もっとも低レベルモンスターである死霊の攻撃なんぞDFの高い彼らからすれば、一発喰らってもHPゲージが1くらいしか減らないだろう
 しかし数が数だ。蓄積するダメージは馬鹿にならない。
 休む暇も無い連続攻撃に翻弄される剣士達が大声を上げる。


『……!? ………………!?』


『…………!!』


『……!!!』


 剣士達は声を上げて怒鳴りあっているが、俺はその会話で交わされる言葉を聞き取ることはできない。
 ピントが合ってないというのか、雑音混じりの理解不能な言語としか認識できないからだ。
 これは別に俺の耳がいかれたとか脳がおかしくなったわけでは無い。
 GMとプレイヤー間での不正を防ぐため、ボス戦闘中はゲームシステム側からフィルターが掛かりプレイヤーの声だけでなく、仮想体の容姿や名前、性別すらも認識ができないゲーム仕様となっているからだ。
 しかし言葉の意味が判らなくても彼らの焦った動きから会話の内容は何となく予想は付く。
 いつもと動きが違う。
 どうなってんだよ。
 知るか。
 こんな所だろうか。
 焦りや動揺は仮想体の制御に強く影響する。
 動きが鈍りさらに攻撃を避けられなくなり、余計に焦りが生じるさらに動きが悪化する悪循環。 
 このままいけばタコ殴りで死亡させられるかなと思った時足下から鋭い声が上がった。


『……!!……!!……!』


 沼にたたき落とした長柄の槍騎士が泥にまみれながら絡みついてくる死人達を大きく横に振った長槍で打ち払うと、被っていた兜を脱ぎ捨て大声で何かを叫んでいる。
兜を捨てた騎士プレイヤーの顔は俺からは薄もやがかかっているようにみえて、男か女かの判別すらできないが、その獅子奮迅ぶりの活躍は昔なじみを思わせるあばれっぷりだ。


『……! …………!!!』


 予想外の攻撃に動揺し動きが乱れていた他プレイヤー達だったが、その騎士があげたであろう指示に正気を取り戻し、死霊を無視して一気に後ろへと下がりはじめる。
 剣士組の撤退に合わせ水上で戦っていた騎士達も再度飛翔魔術を用いて彼らに合流した。
 ファースト攻撃でのバステを諦め退却して一度仕切り直しするつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。
 

「マリオネットポイズン発動。一番近くのプレイヤーに攻撃開始」


 プレイヤーにはうめき声でしか聞こえない命令を俺が謳いあげた瞬間、プレイヤーからは死亡スキルと思われているマリオネットポイズンが発動。
 最高レベルまで鬼上げしていたマリオネットポイズンの毒は高レベルプレイヤーすらも一瞬で絶命させその体を乗っ取る。
 次の瞬間には槍持ち騎士が横を飛んでいた剣士二人の体を長い槍で深々と貫き、大剣の騎士が背を守ってくれていた暗殺者を切り伏せていた。










 特攻隊を全滅させた俺は即座に大沼からモンスター軍団を出撃させ、その数で陽動を仕掛けつつ、自身は単独で五階層に向かい縦横無尽に迷宮内を移動しながら次々と出会ったプレイヤーをマリオネットポイズンの毒牙にかけていった。
 通常なら有利である六階層からアスラスケルトンが出てくることはないので、これもプレイヤー側には予想外の事態だったのだろう。
 まともに防御行動する事もできないプレイヤー達を面白いように蹂躙できた。
 あちらこちらで同士討ちが連発。
 しかも毒殺後に一定時間を普通にモンスター側を攻撃をさせていた連中もいたので、横で肩を並べて戦っているこいつも本当は死んでいて操られているんじゃないかというプレイヤー間の不信感を引き出すことにも成功。
 この瞬間アスラスケルトンの攻撃魔術を捨てた、新たなる戦法をお客様方にご披露するという俺の目論見は達成された。
 信頼を踏みにじられ、連携網をずたずたにされながらも、不屈の闘志で戦線を立て直したプレイヤー達に俺が追い詰められ討伐されたのは、出現から三時間後のことだ。

 この夜のリーディアンオンライン関連の掲示板は、中村さんの予言通りの俺に対する罵詈雑言……もといお客様からの大好評の声で大いに盛り上がっていた。

『あの悪辣さは絶対ミサキだ』

『裏切り者ミサキに制裁を』

『アリスと別れろ腐れGM』


 等々。
 網膜ディスプレイに踊るそんな文字群を見てボス戦で楽しんだ余韻に浸りながら、久しぶりの帰宅を祝って缶ビールで一人祝杯。
 これが最近の俺の楽しみだ。    
 



[31751] 二人のGM
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:16
 県庁所在地に当たる地方都市の静かな中心繁華街から歩いて10分ほど。

 アンティークなたたずまいと長い年月を過ごした建物だけが持つ風格を備えた4階建てのビジネスビルが一つある。

 それこそが俺が勤めているホワイトソフトウェアの本社であり営業本部であり、中央開発室とゲームサーバーとGMルームその他諸々全てを兼ね備えた本拠地だ。

 会社に対する遠慮と、外向けの持って回った言い方を全部取っ払ってぶっちゃけると、要するに地方都市の寂れた繁華街を抜けた先にある裏路地めいた地域にある、古びた雑居ビルが唯一無二の我が社の施設だ。

 その本社前の猫の額のように小さな一台分の駐車場に止めたリーディアンオンラインのイメージロゴを施した社用車の荷台から近くの業務スーパーで箱で買いあさってきたインスタント食品やらソフトドリンク類の食料品をおろしていく。

 後部座席にもドラッグストアで買ってきた栄養ドリンクの類いに、芳香剤やらトイレットペーパー等雑貨の詰まった袋が、わんさかと積んであるので結構な仕事量だ。

 7月の強烈な夏の日差しが袖を捲ったワイシャツ姿の俺の肌を焼く。

 今年は梅雨という言葉を忘れてしまうほどに雨が降っていない。

 乾燥した炎天下というきつい条件での、ペットボトルの詰まった段ボールやら米の積み卸しで、すぐに全身からビッショリと汗が噴き出す。

 元MMOゲーマー故か体力などあまりない方だったが就職してから3年。

 この手の肉体労働が増えたせいか、手際よく降ろしては台車に積み上げていく。

 後はこれを各階の倉庫に納めて本日午前の仕事は終了。

 短い昼休みの後は、午後からはMMOゲーム会社共同で行う8月リアルイベントの打ち合わせの為のVR会議出席予定の社長に付き添う事になっている。

 遠隔地の者がリアルタイムに一堂に集い、会場を模したVR空間でブースの配置や巨大スクリーンの配置を簡単に動かしながら綿密な打ち合わせができる。

 電話での打ち合わせや、テレビ電話を用いた会議よりさらに発展した新世代会議のスタイル。地味ながらこれもVRの恩恵だろう。


「にしても暇そうだから付きあえって軽すぎだろうちの社長は……つっ」

  
 VR世界ならこんな荷物もインベントリーに入れて一瞬で運べるから楽なんだが。

 痛くなってきた腰を休ませるために手を止めた俺は大きく伸びをしながら本社ビルを見上げる。

 ここから階段を使って各階に荷物を運び上げる苦労を思いうんざりする気持ちが、本社を見ているとさらに募る。

 ボロイ。それ以外の感想が浮かばないほどにボロイ。

 長年の風雨で薄汚れシミだらけの外壁は、人の形しているような痕が多数浮かんでいるので真っ昼間なのにどこか不気味だ。

 駅に向かうためにビルの前を通る小学生には、壁の下に人が埋められているだの、中でお化けが出るだの噂され幽霊ビル扱いされているらしい。

 そして外見通りに中身もボロイ。

 建設当初は飲み屋やら風俗店専用だったというビル内は、仕切り壁が多くフロアの大きさの割には部屋一つ一つが狭く使いづらい。

 5人乗りで小さいがエレベーターは設置されてはいるものの、大半の社員はエレベータを使わない。

 階段を上るだけの体力が無い者がおっかなびっくりで使う程度で、出入りの宅配業者にいたっては、どれだけ重たい荷物があろうと絶対に利用しない。

 なんせフロアとエレベーターの床が5センチくらいずれるのは日常茶飯事。

 巻き取りのワイヤーは稼働する毎にまるで悲鳴のようにきしみ声を上げているので、そのうち落ちるんじゃないかと本気で思う。

 立入検査もパスしているので大丈夫だと社長は平然と言っているが実に疑わしい。

 この外見も由来も中身も全てが怪しげな4階建て地下1階のボロ雑居ビルを本社にしているのは、ともかく賃貸料が安く、ネット設備が充実しているからだ。

 ビル丸々一つ借り切っても、最新ビジネスビルのオフィス一室を借りるよりも遙かに安い賃貸料。

 VR風俗が全盛期だった一昔前に、同じようにビルを丸々借り切った借り主がその売り上げを改装費につぎ込んだという古びた外見に反して充実した高速ネット回線と容量のでかい電気設備。

 ……その店が違法系独自制作VRソフトを扱っていたらしく、警察のがさ入れで全社員が逮捕され、その上、地下室には監禁状態の出演女優達がいたという、曰くありすぎな事故物件だから安いらしいが。

 その事件は10年近く前だそうだが、未だに近所の奥様方の多くから、また怪しげな会社が入っていると認識されているのはご愛敬だろう。

 年末年始も休日だろうが夜中でもビルの明かりは消えない。

 さらにいつから風呂に入っていないのか判らないぼさぼさ頭で無精ひげを生やした開発部の先輩野郎どもが、出張中の備蓄食料計算をミスって尽きた際に、飢えた餓鬼のように這い出して近所のコンビニを占拠して弁当、菓子類を買い尽くす。

 この現状を見れば、奥様方の認識はあながち間違っていないだろう。

 ともかく入社3年目でありながら新人が入ってこないので正規社員としては一番下っ端である俺の仕事は、それら外聞に対する諸々も含まれる。

 会社内では、先輩という名の餓鬼が飢えて外に出るのを防ぐために備蓄食料や栄養ドリンク、サプリメント類を切らさずに補充し、飽きがこないように常に新製品をチェックする、所謂買い出し係。

 社外環境保全班と言えば聞こえは良いが、単なる掃除係も重要な仕事。

 会社に出ている時は朝8時に向こう三件両隣前の掃き掃除をし、半年に一回ある町内のどぶさらいが社長命令で年間最重要任務にされているあたり、江戸時代の丁稚奉公と変わらない気もする。 

 ご近所様に対してソフトウェア会社としての仕事らしい仕事をしていないわけでないが、それもボランティアな面が強い。

 近くの工業高校で行われる初VR体験授業におけるVR世界内での補助講師や、近所のお年寄りが買ったVRソフト【TAE盆栽】の基本設定のお手伝いなどを時折無償で行っている。

 時間加速させた世界で樹齢千年越えの松を制作した爺様に頼まれて、VR内で友人を呼んだ歌会を準備した時は、良い冥土の土産話ができたと礼を言われ反応に困ったりしたが、あれだけ喜んでもらえたのは素直に嬉しかったし、やりがいがあったと思う。

 うちの会社がここまで世間体を気にするのには理由がある。

 インプラントによる脳内ナノシステムに伴うVR技術が最初期の軍事技術から解放されて三十年。

 その間に医療、建設等、多方面の業種で使われて脳内ナノシステムを用いたVR技術は徐々に一般化して発展してきたが、今でも脳に機械を入れることに拒否感を覚える人はそれなりに多い。

 さらに幼年期や成長期に脳内ナノシステムを構築すると脳自体の発育に悪影響が有るという学説も有ってか、国内では十六才未満は施術が禁止されており、これだけ広まった今でも危険性を訴え全面禁止を唱える団体もいる。

 さらに前述の風俗系VRを筆頭に、違法行為や脱法分野でも、表分野と同様に発展してモラルの低下を懸念する声や、新たなる法規制や罰則の強化の是非を検討したりと、物議を醸し出してきた。

 ドラッグ効果再現VR。

 悲鳴を上げ血を流すAI仮想体を狩る現実と区別の付かない殺人VR。

 有名アイドルのデータを流用した仮想体を使った裏風俗VR。

 規制側の決めた条例とその穴を付く業者のイタチごっこは、時々紙面を飾りVRの負の面を映し出す。

 負の面は俺が仕事とするVRMMOにも無論存在する。

 RMTによる詐欺行為やアイテム複製問題、廃人と揶揄されるプレイヤーは、VR以前のMMOから続く社会問題の一つだ。

 VRMMOに全てを捧げた奴の中には、リアルの体の栄養補給は複合調整された点滴で済ませて自動排泄機能が付いた高級専用筐体に籠もってゲームに没頭しつづける者もいる。

 酷いのになると、生活費はRMTで稼ぎ、その金で長期没入補助専門業者に料金を支払い完全にリアルを捨て去ったような異常者もごくごく少数だが存在する。

 その狂気の果てに衰弱した体が本人も気づかないうちに病気にかかりVR世界に入ったまま死亡する奴が国内だけでも年に一人、二人は出てしまう。

 批判を受けたさいに備え自主対策を施しているメーカも多い。

 うちの会社もRMT禁止を明記し、悪質な利用者には時にはアカウント停止の手段もとる。

 さらに連続接続時間制限を八時間として、その後は二時間の再入禁止措置を設けて、日数単位の長時間プレイができない仕様としている。

 しかしそれらの対策もプレイヤーが偽名の別垢を用意するなり、別ゲーとの二重生活をしたりすれば防ぎようがなく、正直いって一社で対処しきれる物では無い。

 俺自身もプレイヤー時代には時間制限ぎりぎりまで籠もるのを繰り返す無茶をやっていたし、知り合いにも似たようなのがごろごろいたので、他人の事はあまりとやかく言えない。

 だが制作者側になって、社内講習やら先輩らから実際に有った事故や事件の話を聞いて、長期接続による健康問題は重要だと認識を改めていた。

 成人に対するナノシステムやVR関連技術に対する規制を盛り込んだ条例もあるが、これだけ発展する前に制定された条例で、規制基準も罰則もかなり緩い物。

 VR技術の発展に合わせてさらに規制を厳しくするように求める有識者や団体なども数多く、彼らからは特に違法ソフトや、娯楽目的のVRMMOなどがそのやり玉に挙げられる。

 そんな逆風を感じているからこそ世間体を気にし、まずは足元であるご近所から受けいられるような会社にしようというのが、当社社長である白井健一朗の方針。

 だからMMO事業がほぼ会社の業務全般となった今でも、VR初心者のための無料講習会というボランティア的な業務をおこなっているとのことだ。

 自分の名字が白井だからホワイトソフトウェアって会社名にした安易すぎる人にしては、思ったより考えているんだなと、初めて聞いた時は感心させられた。

 そのあとじゃあ本社の建物を変えろよと内心突っ込んだのは秘密だが。

 兎にも角にも、ご近所に愛される会社を目指していく方針は俺も理解している。

 だから今日も荷物を全て降ろした後は、段ボールの切れ端や結束バンド等、ゴミが落ちていないかを車周りをくまなく確認。

 ゴミ一つ落ちていないことを確認してから車からの積み卸しを完了した。












「入ります。頼まれたコーヒーと臭い消しの交換です」


「おう三崎。ごくろうさん。丁度いい時来たな。お前午後は社長のお守りでイベント打ち合わせだったよな。そっちは代理を送るから、今からちょっと潜ってもらっていいか?」


 最上階に設置されたゲーム全域総合管理室に新しい芳香剤と頼まれていた缶コーヒーを持って俺が入ると、主任GMの一人の須藤の親父さんが机の上でせわしなく指を動かしながら言ってきた。

 端から見ると何も乗っていないデスクの表面を激しく指で叩いている怪しげな禿げ親父だが、判る人間から見ればとんでもないことを平然とおこなう化け物。

 デスクの上を縦横無尽に移動する腕の動きから見て、少なくとも五つは仮想コンソールを展開しており、その網膜ディスプレイには10以上のシステム情報ウィンドウを開いているはずだ。

 須藤の親父さんはこの道40年という大ベテラン。

 変化の激しい業界でこの年まで生き残り、さらに一線級の能力を維持する希有な人材。所謂魔法使い級のプログラマだ。

 はっきり言って、こんな中堅所で給料も安い貧乏メーカーにいるのが不思議なくらいの人材なのだが、本人曰く『こんな年寄りを現場に置いて、その上で十二分な裁量権くれる会社は貴重だ』とのことで、本人は居心地がこの上なく良いらしい。
 
 
「なんか問題ですか? 他の先輩らもいるから人手は足りてるでしょ」


 総合管理室は人が詰めている事が多い上に、窓が少なく換気性能が悪い。

 さらに本社全体も排水管が古くて、雨が降った後はどぶくさい臭いが上がってくる事もあるので各部屋毎に消臭剤が必須。

 放っておくと夏場の運動部部室よりもさらにひどい臭いになるといえば、その悪辣な環境が判るだろう。

 芳香剤の蓋を開け密封シールをはがし部屋の隅に設置しながら俺は室内を確認する。

 8畳くらいの大きさがある総合管理室の中には須藤の親父さんが座っているデスクと同型のダイブデスクが10脚あり、そのうち五つを先輩GMらが使用中だ。

 ダイブデスクはVR世界に潜るときに使われる簡易補助器具。

 デスク内に埋め込まれた薄型ハードとケーブルをつなぎ脳内ナノシステムとリンクさせ伝達処理性能を上げ、さらに地下に設置された当社のもっとも貴重にして高級な財産である巨大サーバーと直接配線が繋げてある。

 先輩社員らは椅子に深々と腰掛けベルトで体を保持した完全没入状態だ。

 最大で10万人近いプレイヤーが同時に潜っているVR世界を滞りなく管理するには、ともかく膨大な処理が求められる。

 脳内ナノシステムにサポートされた人の脳はその処理をおこなうだけのスペックを発揮できるのだが、リアルな肉体はその処理速度に筋肉疲労や俊敏性の問題で長時間はついていけない。

 だからVR世界内に作られた管理室で物理的制限から解き放たれた状態で管理業務を行っている。

 ではなぜ須藤の親父さんだけがこちらにいるかといえば、この親父が化け物なだけだ。

 仮想コンソールを5個も展開しても使いこなし、さらにそれで徹夜までこなすプログラマ。

 こんな化け物が業界にいるという噂は聞いたことは有ったが、こうやって実際目にするまで都市伝説の類いだと思っていたほどだ。


「GMコール。お前を名指しのご指名だ」


「俺に? つーか普通は呼び出すGMを指名なんてないでしょ」


 冷えた缶コーヒーをプルトップを開けて親父さんの机の上に置きながら俺は首をかしげる。GMが特定のプレイヤーを贔屓することは許されない。

 だからこそボスキャラ状態ではプレイヤー情報にはフィルターが掛かり特定ができないようにしているし、他にもGMとプレイヤーでの不正を防ぐための措置がいくつも生じられているのだが、


「ほれ。お前の知り合い。開発部の佐伯がチェックしてるアリスとかいう姉ちゃんからの呼び出し。昨日の討伐戦参加プレイヤーのうち6250人の同意署名付きの特別GMコール」
    

 右手は休むことなく動かしながら左手で缶を取ってグビリと飲みながら親父さんが俺の疑問に答える。

 親父さんがあげたのは、正式には『アリシティア・ディケライア』という名のプレイヤーだ。

 若干……いやかなり重傷気味の中二病を煩った廃人プレイヤーの仮想体名にして、俺が設立したギルドの二代目ギルドマスターという名のギルドマスコットにして元相棒。

 正式名称が長く言いにくいのと、本人の仮想体の外見から通称でアリスと俺とギルドメンバー達は呼んでいた。

 GMになった時に、他のプレイヤーに公私混同と誤解を与えぬようにと考えて、アリスやギルドとの付き合いは距離を置いたのですこし疎遠となってしまったが、相棒であったことに変わりは無い。

 そんなアリスに久しぶりに会うのは楽しみではあるが、問題はそっちでは無い。


「それアリスからっていうより、同意書コールがメインでしょ」


 今回重要なのは呼び出し相手ではなく、親父さんがついでのようにあげた同意書付きの特別コールの方だ。

 リーディアンオンラインはお客様に楽しんでもらうことを第一とするゲーム。

 だからお客様であるプレイヤー達からあげられる意見、要望は無碍にできない。

 かといって少数意見を全て取り上げ対処していたのではゲームは進まない。

 そこで導入されたのがプレイヤーによる同意書制度。

 一つの案件に合計で千人を超えるプレイヤーからの同意書があれば、運営側は対応を検討すると確約している。

 無論その意見を話し合って却下する時もあるが、その場合は却下に至った会議内容と全ログをプレイヤー向けに公開もしている。

 全員を納得させるのは難しいが、それでも運営側が真剣に話し合った結果の上で却下したことを理解してもらうためだ。

 同意書の乱発を防ぐために同意書権は半年に一回だけ全プレイヤーに供給される、ある意味ゲーム内でもっともレアなアイテムになっている。

 そんなレアアイテムを使った六千を超えたプレイヤーからの名指しとなるとこれを無視するのは難しい。


「呼び出し案件はなんです?」


「昨日のアスラスケルトン。被害甚大でプレイヤー側に公開されてないスキル使ったチートじゃねぇかって声が一部からあるんだとよ。だから昨日のスキル設定と戦闘ログの開示しろって」


 ボスキャラの基本ステータスと所持スキルや、その基本レベルはオフィシャルHPで公開している。

 さらに公式ツールとしてスキルレベルを調整した際の攻撃力計測ソフトを公開している。

 これは自分の防御力で攻撃をいくつまで耐えられるかや、秒間与ダメージをプレイヤーが計算しやすくするためだ。

 だから昨日のスキル設定を公表するのには何の支障も無い。

 さらに戦闘ログもどの時間にどの位置にいたとか、MP回復量がいくつだったかを記録しているだけなので、そこまで重要度の高い情報ではない。

 だから運営側のチートを疑っているのならば、開示して証拠を指し示せば良いだけのように一見聞こえるのだが、


「そりゃまた……見え透いた古い手を使ってきましたね」

 
 実際には運営側のチートを疑うプレイヤーがいない事を知っている俺は、思わず呆れ声を上げる。

 この要求の真の意図はボスキャラの数値データではなく、実戦時の詳細なデータを手に入れること。

 スキルレベル構成と戦闘ログから実際にどういうルートを動いたとか、スキルを使ったタイミング。スキルの有効範囲を詳しく調べて、次の攻略に役立てるための情報収集がメイン。

 運営側が開示を拒めば、事情を知らないプレイヤーにチートを使っていたと思われかねないので拒否しにくいだろうという考えが実に性格が悪い。

 今までのMMOではなかった毎回毎回スキル内容が変化するボス討伐戦に膨大な被害を出していた稼働最初期に、少しでも多くの情報を得るために考案されたあの手この手の一つだ。

 初期から存在するアスラスケルトンの戦い方は中身のGMがどう変わろうと魔術攻撃がメインで攻略法が出尽くしている感があって、最近は初手特攻作戦一辺倒だったが、どうやら昨日の俺の死霊魔術師作戦にプレイヤーが危機感を覚えて早速対策に乗り出したようだ。

 マンネリ化していたアスラスケルトン戦が変われば、これでまたゲームが面白くなる。

 俺の浮かべた人が悪い笑顔を見て、会話の最中も各地のプレイヤー数から適正なモンスター沸き数を調整している親父さんがあきれ顔で眉をしかめた。
 

「その見え透いた手を最初に使ったのお前だろうが。ほれ許可するからとっとと行ってこいクソガキ。そこの机」

  
 かなりおざなりではあるが主任GMとして情報開示許可を出した親父さんが使用可能にしたダイブデスクを顎で差した。


「了解。んじゃ行ってきます。打ち合わせ用の資料は共有フォルダに8月イベント打ち合わせで入ってますから頼みます」


「おう」


 最低限の仕事の引き継ぎだけを親父さんに頼んで、俺は指示されたダイブデスクの椅子に座る。

 複雑な操作を求められるボスキャラ時なら高性能なハードを備えたゲーム専用筐体が必要だがただVR世界へと潜るだけならこれで十分。

 机の脇から巻き取り式の接続コードを引っ張りだすと首筋のコネクタに手早くはめて、椅子のベルトで体を固定する。

 接続確認のシグナルが仮想ディスプレイに出ると同時に俺はこめかみを軽く叩いて没入を開始した。
  
















 俺が降り立ったのはゲーム内での仮想本社としての役割を持つホワイト商会本部の会議室の一つ。

 ゲームのメインデザイナーでもある開発部主任の女史の趣味である欧風バロックを基調としたこの建物は、家具や壁紙さらには柱の彫刻から絵画まで全てが一体化し調和のとれた渾身の作品。

 リーディアンオンライン世界全体もファンタジー色が些か強い物の、それが異世界に来たと思わせる秀逸な物で、顧客や業界からも評価は高い。

 しかし現実のボロイ本社を知る身としては、仮想世界の宮殿と見間違える建物のとのあまりのギャップにむなしさを覚えるだけだ。

 ここに来るといつも出てしまう空しいため息を吐いていてもしょうが無い。

 WISでアリスを呼ぼう。

 俺はシステムウインドを起動するために右手を挙げて、


『遅い。シンタなにやってたのよ』


 コールする前にその本人から先にWISが飛んできた。

 一介のプレイヤーであるアリスにはGMの俺がいつ入ってくるかなんて判らないはずなのだが、まるで計ったかのようなタイミングの良さ。

 アリスの異常なまでの勘の良さは相変わらずのようだ。

 しかしどうも機嫌が悪いようだ。声がむすっとしている。

 そんなに待たせたはずはないのだが、
 

「なにって仕事だっつの。待ってろ。すぐ呼ぶから」


 俺は右手を振ってシステムウインドからWISに設定を変えてアリスに返事を返す。

 勝手知ったアリスといえどプレイヤー。お客様に変わりないのだが、こいつには敬語やら丁寧語で話す気はない。

 前にゲーム内イベントで偶然会ったときに無視するのもあれなのでGMとして丁寧語で話しかけたら、かしこまった言葉遣いが気持ち悪いとすこぶる評判が悪かったからだ。


「GM権限。プレイヤー『アリシティア・ディケライア』召還」 
 

 右手を突き出して目の前の床を指さして、アリスの正式名称を口にして短いコールを唱える。

 プレイヤー強制召還はGMにだけ許された特別権限。

 移動魔術不可能地域だろうが、プライベートルームだろうが一瞬でプレイヤーを呼ぶことができる。

 主に規約違反者の捕縛や事情聴取に使うシステムだが、セクハラ被害者の緊急保護や今回のような特別コール提案代表者を呼ぶさいにも用いられる。

 俺が指さした床の一面に一筋の光が走る。

 光はまるで瞼のように中心から割れながら、折りたたまれていた複雑な魔法陣を展開していく。

 たかが呼び出しにいちいち大仰な仕掛けだと思うプレイヤーも多いようだが、こういうファンタジーな雰囲気を喜ぶ者もいる。

 そういったプレイヤーの中でもさらに濃い連中。

 リアルの名前はもちろん出身地や職業、年齢などを一切口にせず、キャラになりきる者達は通称『ロープレ派』と呼ばれる。

 そしてリーディアンオンライン全プレイヤーの中でロープレ派の筆頭をあげろと言われたら、


「……………」


 魔法陣から姿を現した金髪西洋少女+ウサミミという狙いに狙いすぎた感がダダ漏れ気味なこの女騎士の名を俺は真っ先にあげる。

 セミロングの金髪に碧眼の15才ほどの美少女。

 頭にはデフォルメされたウサギの耳を生やすこのプレイヤーこそアリシティア・ディケライア。

 西洋風金髪キャラに頭のウサミミが合わさり、ルイス・キャロルのアリスをイメージするので、仮想体名を略した『アリス』と俺たちは呼んでいる。


「乙女の心を傷つけて弄んだシンタ刺していい?」


 眉をしかめて不機嫌を隠そうともしない顔のアリスは出現するやいなや、手に持っていたロングスピアを俺に突きつけ、わけの判らない物騒なことを宣う。

 普段のアリスなら召還されたら、自分の名を名乗って、『はせ参じました』やら、『参上』なり、嬉々として口上を述べるのだが今日はそれがない。

 どうやら本気で機嫌が悪いようだ。

 何かあったのだろうか?

 極めて機嫌が悪いアリスの様子が気にはなったが、槍を突きつけられたままでは話にもならない。


「あーアリス。一応忠告しておく。GMへの暴力行為とか脅迫行為は垢BANの対象にもなる悪質行為だから。あと武器は建物内ではしまおうな。良い子だから」


 今の状態だけ見ればアリスの行動はまさにそれだが、どうにも子供っぽい所があるアリスの場合、単に不機嫌で八つ当たりしているだけの事だと長年の付き合いで知っている。

 いくら公私混同はしないと言っても昔の相棒をこんな下らない理由で追放したくはないので一応忠告をしておく。


「子供扱いしないでよ……判ってる。これで良いでしょ」


 子供扱いされたことにふてくされたのかぷいと横を向くが、その手を振って槍を消し去る。

 俺の忠告通りインベントリーへと戻したようだ。 

 それにしても相変わらず子供みたいな奴だ。

 知り合ったのがリーディアンオンラインオープン間もない六年前。

 さらにナノシステムの年齢制限も考えると、最低でも中身は二十二才を超えているはずなのだが、その仕草や言動の一つ一つがどうにも幼い。

 姉貴の所の今年七才になる姪っ子の方がまだマシかもしれない。

 骨の髄まで染みこんだ中二病もあって精神成長ができないんだろうなと、つい同情を覚えそうになる。


「シンタ……失礼なこと考えてるでしょ」


 俺の表情から内心を読んだのか、頭の上のウサミミを威嚇するように立てアリスが睨み付けてくる。

 リーディアンオンラインはプレイヤーがある程度自由に仮想体の表情や動きを自作できるツールを提供している。所謂MODツールだ

 獣人タイプキャラの耳はただの飾りでバニラ設定では動くことはないのだが、アリスは自作 MODを入れて感情に合わせて動くようにした最初のプレイヤーでもある。

 これに限らずアリスは本当に細かいモーションまでこだわって作っており、ウチの開発部がこのアリスの作ったMODを参考にして公式新エモを作っているほどだ。
 
 
「あーないない。で、どうした」


 適当に流してから一体どうして機嫌が悪いのか聞く。

 本来ならコール内容の方を優先すべきだが、どうにもそういう雰囲気ではない。

 たぶん俺が原因なのだと思うが、会うのは久しぶりなので思い当たる節はないのだが、どうにも俺に文句を言いたげだ。

 というかひょっとしてコールはついでで、俺に文句を言いに来たのが本命の用事か?

 そのためなら六千人くらいの署名を集めかねないからこいつはある意味恐ろしい。 


「シンタのせいで花嫁さんが花婿さん斬り殺して喧嘩になってあたしが狩りに参加できなかった」
 

 こいつの勘の良さははっきりいって異常。

 こちらの言葉が少なくても俺がなにを聞きたいのかすぐに察してくれる。

 ただ問題はこちらにも自分と同じ理解力を求めること。

 特に機嫌が悪いときはこの傾向がさらに酷くなり本当に過程がすっぽりと抜ける。

 アリスに言わせると俺の手持ち情報でわかるはずの事情説明らしいのだが、はっきり言おう意味不明だ。


「花嫁と花婿って? 細かく話してくれ。ちゃんと聞くから」


 だからこちらは気長に一つ一つ確認していくしかない。

 幸いこんな性格のくせにアリスの気は長い。

 むしろちゃんと話を聞いてもらえる方を喜ぶ節がある。


「ギルド掲示板に書いてあった。チーちゃんとタスの結婚式をやるって」


 アリスはそれこそ一日の限界である二十時間ぎりぎりで毎日潜っている廃人。

 下手すると寝ているとき以外は、生活の全てがこっちにあるんじゃないだろうか。

 リアルに知り合いがいるのか心配になるほどなので、リアルでの話の可能性はこいつに限っては絶対にない。

 ただその徹底的にこだわった容姿やこの廃人ぶりで有名な所為でゲーム内でもトップクラスに顔が広い。

 だからアリスが知り合いをあげても名前だけでプレイヤーを特定するのは大変なのだが、今回はまだヒントがある。

 アリスがただギルドというときは、俺が設立したギルド『KUGC』しかない。

 正式名称上岡工科大学ゲームサークル。

 名前の由来は字の通り。

 将来的にVRMMO関連の仕事に興味のあった大学の同サークルの先輩、同期、後輩連中が集まって、丁度オープンしたばかりのリーディアンオンラインを見学がてら始めたのが切っ掛けだ。

 ちなみに当時大学二年だった俺が先輩を差しおいてギルマスになったのは、『お前が飲み会の幹事で仕切り一番上手いから』との部長命令だ。

 そんな始まりだが、別に母校の学生だけが入れるといったギルドではなく、二代目ギルマスであるアリスを筆頭に、適当に気の合った連中を入れまくって拡大化した結果、今でも続く古参ギルドの一つになっている。


「あーと……あぁチサトにタイナスか。悪い。最近は仕事が忙しくてそっちの掲示板覗いてないから知らなかった」 
 

 しばし考えてようやくその名に思い当たる。

 プレイヤー名。チサトにタイナス。

 俺がギルマスとプレイヤーを引退する直前の三年前にギルドに入った当時高校生の幼なじみカップルプレイヤーだ。 

 二人同時にあげてくれたからまだ思い出せたが、単独だと思い出せない程度の付き合いしかない。


「シンタもっとちゃんと見てよ。昨日シンタが来てくれれば、あたしが立会人の服着られたのに。ついでにシンタも。チーちゃん達にも立会人になってほしいって頼まれたんだから。あたしとシンタみたいにボス戦の最前線で背中合わせに戦うような夫婦像が理想なんだって」


 見てなかった事を正直に伝えるとアリスはさらに機嫌が悪くなった。

 イベント事が好きなアリスは結婚式の立会人が着る特別衣装にあこがれがあるようだ。

 本物の服飾デザイナーがあしらった花嫁と立会人の服はリアル結婚式で再現していたプレイヤーもいるほどの人気があるらしい。

 その立会人になる条件とは婚姻関係にあるプレイヤー二人だ。要はリアルの仲人と同じ。
  

「知ってても俺昨日は仕事だから無理だっての。つーかGMになってからプレイヤー時代のキャラはアクセス不可能な封印状態だって知ってるだろ。無茶言うな」


 俺とアリスが夫婦と言ってもリアルで付き合っていたとか結婚していたわけではない。というか俺に限らず誰一人こいつのリアルを知らない。

 何せほんとに自分のリアルの話には黙りこくっているロープレ派の鏡みたいな奴だから。

 しかも俺とアリスとの関係は、プレイヤー時代にゲーム内で婚姻関係を結んだ相棒であるのは間違いないが、そこには男女の恋愛感情という物も無い。

 リーディアンオンラインの婚姻システムには夫婦のみでパーティを組んで近距離にいれば全てのステが二割増しになり、HP、SP自然回復が若干早くなる強化要素がある。

 俺とアリスは戦闘方法は違うが、基本的に二人とも狩りの時もボス戦も常に最前線に突っ込んで穴を開けていくいく先鋒タイプだった。

 どっちがより早く多く倒すかと競い合い張り合って、気づいたら突入しすぎ周囲には二人だけという状況も多々有り、生存確率を上げるために軽い気持ちで婚姻を結んだというわけだ。

 本来ならこの関係は俺がプレイヤーを引退したときに解消しているはずだったのだが、今でもゲームシステム上はアリスと俺のプレイヤー時代の仮想体データは婚姻関係にある。

 本当ならば大学卒業と共に正式な社員としてホワイトソフトウェアに入社すると決めたときに、不正を嫌う会社の規約もあり自分の分身とも言うべき愛着の有った仮想体も消すつもりだった。

 アリスも俺が現役引退するのが多少嫌そうであったが、GMとしてゲームに関わるのならと一応納得してくれたのだが、俺が引退するという情報が流れると共にアリスに結婚を申し込むプレイヤーが大挙して出てきたことで状況が一変。

 廃人であるアリスがゲームに入って来るのを躊躇するくらいの数のプレイヤーが会いに来たりWISやらが飛んできた。

 このままでは狩りにもいけないとアリスに泣き付かれ、しょうがなく会社に頼んで俺のキャラをアクセスできないが存在はする封印状態にしてもらって、婚姻関係を持続して現在に至っている。

 目立つ容姿とトッププレイヤーに属する抜群の戦闘能力というアリス個人の魅力に、うちのギルドKUGCの和気藹々とした雰囲気が作り出す高い結束力と集団戦闘能力もあいまって、いろいろなメリットからアリスと婚姻を結ぶ事を望む者は未だに数多くいる。

 そんな輩はアリスも適当に断っているが、たまに本気で告白してくる者もいるらしくそういう時には俺の名前を出して断っているらしい。

 その所為で各掲示板で俺の名前が出たときなんかに『アリスととっとと別れろ腐れGM』と書き込まれるのはある意味テンプレとなっている。 


「GMの癖に融通が利かない」


「そう簡単に利かせちゃまずいだろうが。にしても、あの二人まだやってなかったのか?」


 チサトとタイナスが入ってきた当初からリアル幼なじみ故か仲が良かったのは何となく覚えているので、とうの昔に結婚していると思っていた。

 婚姻強化はステ的においしくデメリットもないので、早めに結んでおくことに越したことはないんだが。


「二人ともリアルでも付き合う事になったからその記念にだって。チーちゃんがタスとほんとに恋人になるまで、リーディアンの中だけっての嫌だったみたい」


「……なんつーか甘酸っぱいな。で、それがどうとち狂って結婚式当日に花嫁が花婿を刺すサスペンスになってんだよ」



 聞いているこっちの背中がかゆくなるような話だ。

 しかしここまでの話だけなら幸せそのもの。果たしてそれがどうして花嫁が花婿を刺すような話にって…………あぁなんか判った。

 ここまで来てようやく繋がった。

 しかし遅かった。

 最後の問いかけが余分だった。

 察しの悪い俺にさすがにアリスの堪忍袋の緒が切れたみたいだ。

 プルプルとアリスの長いウサギ耳が揺れる。

 言葉にせずとも感情がわかりやすく、本当にこだわって作っているなと現実逃避気味に考える。
  
 
「結婚式場が東方の水面神社で、式が丁度終わった位でアスラスケルトン出現の鐘が鳴ったの。場所が近いしギルドメンバーと友好ギルドの人たちも大半そろってたから、良い記念だから突入しようって事になって、あたしとチーちゃん達が先陣の特攻メンバーになって、しかも一番に六層に突破できたのに……」


 そういえば昨日の槍を持った騎士の気合いの入った戦いぶりみて、こいつを思い出してたんだけどそれも当然か……本人だしな。

 あの時の槍騎士がアリスで、大剣騎士がチサト。んで撤退時に背中守ってたアサシンがタイナスか。

 俺の出番が月一回くらいしかないボス戦で、しかも新戦法を試した初陣の相手がかつての相棒とは。

 世間は狭いとはよく言ったもんだ。

「アスラスケルトンでマリオネットポイズンなんて使う!? っていうか遠距離専門のアスラスケルトンじゃ死にスキルで使えないから考えなくて良いってシンタが昔断言したよね!? しかもスキルレベルいくつ!? チーちゃんはともかくあたしのレベルに即死で効くなんて普通ないでしょ!? ログ見せてよ! シンタならチートとか汚い手でやりかねないもん! チートだったらGM首にしてやるんだから!」


「使ってないっての。しかもお前にそんな権限ないから」


 激高したアリスが悔しさから泣きそうな顔を浮かべて、ログをよこせと右手を突き出す。

 どうやら俺は読み違えていたようだ。

 運営のチートを疑っているプレイヤーは俺の目の前にいた。



[31751] ゲームは一日5時間まで
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:21
 会議室のデーブルに座り左手で顎を支えながら俺はじっと前を見る。

 視線の先では不機嫌な顔を浮かべてアリスが昨日の戦闘ログを熱心に読みふけっていた。

 そのままでも閲覧可能なログデータを、わざわざ古書風の書物ツールに落とし込み、室内の世界観を壊さないようにしている辺り本当に細かい雰囲気までこだわる奴だと呆れ半分に感心する。

 ページを捲るさいにいちいち紙を捲る音がしてくるこの書物ツールもアリス自作のMOD。

 普通のプレイヤーならポップウィンドウで一気に流し読むようなログも、手間をかけて読むのをアリスは好む。

 前に面倒ではないかと尋ねたが、雰囲気が壊れるのが嫌だとのこと。


『ちっ! また動き増えてるね。この小娘は! 林! 細部記録できてるね。ついでに解析も頼んだよ! 記録ミスったら棺桶三十往復させっからね!』


 口が悪い割には嬉しそうな女性の声が俺の脳裏に響く。

 開発部の主任佐伯女史御年四十才が、鉄火場にいるような威勢のいい声で指示をだしている。

 ちなみに棺桶とはリアル本社のエレベーター。

 階段三十往復とどっちがマシだろうか。


『あいよ。耳と頬の動きに新しいリンク有りと。カメラ! もうちっと上動かせ。耳だ耳!』


 先ほどからやたらハイテンションな業務命令にしたがい、カメラである俺は目線をアリスの頭の上。金色の髪からにょっきりと顔を出すウサミミに合わせる。


 頭の中に響くパーティチャットの主達が我が社が誇る精鋭技術者集団、開発部の面々だと思うと頭が痛くなる。

 夏休み前の大型アップデート直前で忙しいはずなのに、アリスが来ていると聞きつけ、俺に一言の断りもなく開発部パーティに加入させたかと思うと、視覚データをハックしログを読みふけるアリスの表情のモーションデータを取っていた。

 次のアップに向けてアリスの動き方を参考に、新規モーションデータを作成するとのことだ。 

 アリスに限らずプレイヤーが作ったMODデータ自体は、ゲームに反映させるために本社サーバ内に設けられたプレイヤー用個人フォルダに入っている。

 プレイヤー一人頭の基本MODデータ容量は決められており、もっと多くのMODを入れる場合はデータ枠を追加購入をしてもらっている。

 アリスの場合は容量を五個も追加して、容姿や動き以外にも本などの小物まで作っている拘りぶりだ。

 そのデータが入ったサーバは本社の地下。

 開発部がアリスのMODデータを覗き見ようと思えばいつでも見られるのだが、それをしないだけ視覚ハックの方がまだマシか。


『きたきた。おし0.01秒単位のフレーム全部撮ってけよ。うほ。髪の動きまできてるぞこれ! データ取れたか!?』


『良い絵いただきました!!!』


『おし! 二日で解析! 丸裸にしてやるよ!』


 アリスの感情に従って動くその耳は、プレイヤーが倒された記録を見たときはぴんと立ち、何度も同じページを見返すときは左右にピコピコと動く。

 さらに耳の動きに合わせて糸のように細い髪も自然に動く細かさに開発部のテンションは最高潮に達しやがった。


「……うー。相手シンタなんだからそっちじゃないでしょ。なんでこっちにいるの。みんな裏かかれてるじゃない」


 舞台裏がそんなことになっているとはつゆ知らず、右手を空中で動かして別の本をインベントリから取り出したアリスは両者をしばし見比べて肩を落とした。

 気落ちするアリスに合わせてウサミミが丸まるあたり本当に芸が細かい。

 アリスが出した本はおそらく他のプレイヤーから借りてきた戦闘ログだろう。

 俺が実際に通った進行ルートと、プレイヤー側が予測していたルートを見比べて、あまりに見当違いの網を張っていることに苛立っているようだ。


『三崎もっと落ち込ませな! できたら泣き顔で上目遣いかジト目の表情も記録で撮っておきたいから!』


(勘弁してください。つーかアリスに頼めばいいじゃないですか。ソース教えてくれって。なんでいちいち動き見て解析してんですか?)


 テーブルの上に展開させた他者不可視状態の仮想コンソールを右手ではじき開発部へと文字チャットで返す。

 口に出すWISで返してもいいのだが、運営側がこんな馬鹿な会話をしていると、例えアリスといえどプレイヤー側に知られたくない。

 事細かくそれでいて自然な動きを可能とするアリスMODに触発され騒いでいるのはわかるが、一番ハイテンションなのが開発部唯一の女性かつ主任というのはどうなんだろう。

 我が社の開発部が持つ業の深さを改めて感じる。


『はっ! これだからあんたはダメなんだよ! ほしい物があったら作る! それが技術屋ってもんだよ!』 


 何というか女傑という言葉が似合い、とても技術者と思えない体育会系なノリな人だが、この人がファンタジー色の強いリーディアンオンラインの世界観を担当しているのだから世の中判らない。

 お伽噺から抜け出てきたような容姿のアリスは特に佐伯主任のお気に入りだ。

 しかしさすがに業務とはいえアリスに断りのない盗撮に近い行為……というか完全に盗撮だよな。

 いい加減拒否してやろうか。

 半ば本気で考えているとアリスがページを捲っていた手を止めて顔を上げ、俺をじっと見た。

 何か気になる部分があったのだろうか。


「喉渇いておなかすいた。冷たいお茶とケーキが食べたい。シンタのおごりで」


 視界の隅に時計を呼び出して見ると丁度午後三時。

 子供かお前は。

 しかもVRの料理なんて食べても、実際には腹を満たせないし喉も潤わないのに、なぜほしがる。
 

「…………」


「ねぇお茶とケーキ」


「今の俺の立場だと無理だっての。それくらいわかってるだろ」


 消費するのは現実の金では無く、ゲーム内通貨とはいえ俺とアリスの関係は今はGMとプレイヤー。

 そこの線引きはしなければいけない。


「シンタなんか白服になってからケチになった。昔は奢ってくれたのに。ケーキー食ーべーたーいー」


 俺が着込むGMの証である白いローブを恨めしげに見たアリスは、拗ねて頬を膨らませて、テーブルにぺたんと倒れ顔を伏せながらうめく。

 頭のウサミミもだだをこねて泣きわめく子供のようにをテーブルをぺたんぺたんと叩いている。

 あまりにもよく出来たリアルすぎる仮想体の外見年齢が15才ほどの少女に見えるから、時折忘れそうになるが、アリスの中身は確実に成人を超えているはずだ。

 大人として恥ずかしくないのか。

 さすがにキャラ作りすぎじゃ……作ってるよな?

 アリスが本当は言動そのままのリアルな子供じゃないかと思うときがある。

 本人があまり意識していない時や、今みたいに怒ったときに自然と出る言動が幼すぎると感じるときが時々あるからだ。

 ナノシステムを満15才未満の子供に投入するのは国内では原則禁止されている。

 もしプレイヤーの中に禁止されている年齢の子供が混じっていたら……大きな社会問題になるのは避けられないだろうな。

 さすがに無いと思いたいし、その方が良いのだが、それならそれでアリスのリアルが心配になる。

 アリス。リアルでもそれやってないだろうな。痛いだけなんだが。


「……金出せ。買うぐらいなら行ってきてやるから」


 ふと胸によぎった不安を感じながら、我ながら甘いと思う返事を返す。

 これくらいなら許容範囲だろうと思ったのだが、

 
『三崎! アリスの食事モーション撮るチャンスだ! 秋用の新メニュー! 送ったから食べさせな!』


 あっさりそのラインを踏み越えきっぱりと言い切った佐伯主任のテンションMAXの声が脳裏に響く。


(ちょ!? 本気ですか?! 情報解禁まで社外秘なんでしょそれ!?)


『がたがた五月蠅いね! もう送ったんだからさっさとリストを確認してアリスに選ばせるんだよ! 最優先業務命令!』


 怒鳴り声に俺は反射的に右手を挙げてシステムウィンドウを開いて確認する。

 業務命令という言葉で体が動く自分が情けない。

 開発部から送られてきたやたらと容量の大きいデータを呼びだして、空中にウィンドウを開いてリスト表示する。
 
 
「……マジだし」


 折りたたまれたファイルホルダを展開して、ずらりと並ぶリストを確認して俺はうめき声を上げる。

 VR世界だけとはいえ本物と同じ味をしかも繰り返し食べられる料理データは、外部に出るとかなりまずい類いの機密データ。社内でも厳重に取り扱われている。

 しかも今回の新作料理データは、大手食品メーカー数社とコラボした秋アップデートの目玉企画。

 『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』と銘打ったそのラインナップは、食品メーカーが生産終了したり、一時期流行したがすでに姿を消した懐かしい料理や菓子、飲み物をVRデータ化して再現し、VR世界内でプレイヤーが口に出来るという企画だ。

 さらには人気投票を開催して需要があると判断されれば、食品メーカーがリアルでも再販復活をさせるという計画まで見据えている。

 夏の大型アップデートと同時に発表をするはずの企画で、現状はホワイトソフトウェア正社員とメーカ関係者以外は知らない最高機密。

 しかし佐伯主任は企画の本丸である料理データをあっさりと出しやがった。

 アリスの食事モーションを取るためだけに。

 いいのかこれ? 

 後で問題にならないだろうな。どう考えても社内規定違反なんだが。

 まだこれなら素直にアリスに奢った方がマシだった。

 一介の平社員には重すぎる重要データの取り扱いに俺は声を無くす。

 だだをこねていたアリスは無言になった俺に気づいて顔を上げると、
 

「……そんなに嫌ならいいよ。我慢する」


 俺の態度が硬い拒否を示しているとでも思ったのか拗ねて口をとがらせた。


『三崎! データ取り損ねたら冬ボーナスの査定0にするよ!』


「……飲食データの再現エラーで見た目と味が違った失敗作が出たときの報告リストがある。そこのデータなら食べさせてやる」


「シンタ。嘘ついてるでしょ。しかも変なことしてない? なんかさっきからシンタ以外の視線も感じる。すごい鬱陶しいんだけど」


 俺が苦し紛れに考えた嘘をアリスはあっさり見破り、さらにウサミミを左右にピコピコ振って頭の上を払うようなそぶりを見せた。

 俺の視覚データを通してのぞき見している開発部の連中に気づいているのかこいつ?

 いくら何でもあり得ないと思うのだが、こいつに限っては勘が良すぎるので完全に否定できないのが恐ろしい。

 だがそれだけ勘がいいのだから、こっちの窮状も察してくれ。

 もうこうなったら仕方ない最後の手段だ……今でも通用するといいのだが。

 俺とアリスの間には、プレイヤー時代に固定コンビである婚約を結んだときにアリスが言い出して決めたキーワードとルールがある。

 俺のキーワードは『相棒』でアリスのキーワードは『パートナー』

 キーワードは普段は口にせず、相手が口にしたときは、その意思を絶対に尊重する。

 頼み事をするなら順番は交互で連続は無し。

 相手の尊厳を傷つける行為はしない。頼まない。

 なぜこんな少し奇妙なルールをアリスが提案したのか今でもわからない。

 だがアリスはこのルールを結ばないならコンビを組まないと断言していた。

 たぶんロープレ派として譲れない部分があるのだろうと思いつつ、俺は条件をのんでアリスとコンビとなったのだが、アリスは俺が思っていた以上に本気でこのルールを厳守していた。

 約束を破ってたいしたこともないのに、ついキーワードを口にしてしまったときなどは、1週間近くも口をきかないほどに怒ることもあったほどだ。

 前にこのルールに従いアリスがキーワードを口にしたのは、俺が引退するときに有象無象のプレイヤーからアリスが求婚された時。


『他のプレイヤーに求婚されなくてもすむように、プレイヤーキャラクターを消さないで。パートナーでしょ』 
 

 だから今回は俺の番。


「深く追求するな。つーかしてくれ。頼むから”相棒”の言うことは信じろ。誰も見てない。見た目と味が違うけどいつもと同じ物。特別だから誰にもいうな」


 切り札をだしアリスに納得してほしいことを口にする。

 アリスのウサミミは俺の一言一言にぴくんぴくんと動いて反応していた。
 

「………………いいよ。他に誰も見てない。見た目も味も違うけどいつもと同じ物のデータエラー。その事は誰にもいわない。シンタってほんとずるいよね。こういうときだけ約束、覚えてるんだから」  


 テーブルから身を起こしたアリスは仕方ないなとばかりの顔を浮かべつつも、俺が約束を覚えていた事が嬉しかったのか少しだけ笑って頷きかえしてくれた。

 やれやれどうにか出来たかと思ったのだが、
 

『ちっ!リア充が!』


『三崎! あとで耐久デバッグ10時間やらせるから覚悟しとけや!』


 俺とアリスのやり取りに開発部の先輩男性社員共が舌打ちをならし、さらに恫喝してきやがった。

 いや、ちょっと落ち着け先輩方。

 ここリアルじゃ無くてVRだ。

 しかも相手はリアル正体不明のアリスだっての。

 俺も断固として拒否したいが、中身が最悪おっさんかもしれないだろうが。

 これ以上この突っ込み所がありすぎな開発部に付き合っていると俺の精神が持たない。

 料理データが載ったウィンドウを確認しつつ、パーティーチャット回線を閉じて、ついでにWIS拒否設定に変更。
 

「アリス。ケーキとお茶だよな」

 
 覗かれているのは気になるが雑音は遮断したことだし、元相棒との久しぶりに会話に集中しよう。
 
 

















「そりゃよかった。ちゃんと仲直りしたんだな」


 多少は機嫌が直ったアリスから、昨日の新婚カップル殺人事件?の顛末を聞いて俺はほっと息を吐く。

 個人的付き合いはほとんど無くても、元ギルマスとしてギルドメンバーカップルを別れさせたとなったら、仕事で悪気が無かったとはいえさすがに後味が悪すぎる。

 最初にリスポン地点に戻ったタイナスはチサトが焦って操作ミスをしたのだと思い、気にするなとWISを送ったらしい。

 ところが返事が一向に返ってこなくてリスポーンもしてこない。

 WISで謝りの一言も返さずに自分たちだけでボス戦を続けてるいると思い込んだらしい。

 一方チサトの方はといえばその時は俺の操り人形中で操作不可能状態。

 自分が操られている事を他のプレイヤーに伝えられても困るのでシステム側で禁止していたのだが、その所為でタイナスからのWISは聞こえず、逆に外側にWISを送ることも出来ないでいた。

 ようやくスキル効果時間であった五分が過ぎて戻ったときにも、初めて受けたスキル攻撃に、なにが起きたのかわかっていなかったそうだ。

 結果二人の認識の違いからきつい言葉になりすぐに言い争い。さらには大喧嘩となったらしい。

 再突入を諦めて間に入って何とか事を納めたアリスに感謝だ。
  

「苦労したんだからね。ほんと感謝してよシンタ。おかげで私はファースト攻撃の時しか潜れなかったんだよ。ほんとシンタは汚い手ばっかり使ってくるんだから反省しなよ」


 切り分けたケーキが刺さったフォークを振るアリスは大変だったと強調して愚痴をこぼす。

 その心情を表すかのように結構な勢いでフォークは揺れているのだが、その先端に刺さったケーキ片がすっぽ抜けて落ちることはない。

 これ自体が『フォークに刺さったケーキ』という一つのアイテムだからだ。

 こういったところがここがVR世界内だと感じさせる。
 

「感謝はするがやり口は仕事なんだから勘弁しろって。嫌われてこそボスだろうが。しかしそんなに喧嘩が長引いたのか? 俺が倒されるまで三時間くらいあったぞ」


「……時間制限。喧嘩は一時間くらいで終わったけど、その後すぐ時間が来てあたしだけはじかれたの」


 あー8時間経ったのか。

 相変わらずのアリスの廃人ぷりにGMとしては間違っているかもしれないが、少しはゲームを控えてリアルも大切にしろよと思わざるを得ない。


「喧嘩に気をとられてた所為で、他の人にアスラスケルトンの中身がシンタだって伝えるの忘れちゃったし。もう最悪。最初の方でシンタだって判ってれば、とりあえず力押しとかしないで、みんなもっと慎重になってただろうし、デスペナ二割は減ってたと思うんだけど。うーーーー判断ミス。すぐにギルド掲示板にも書き込んだんだけど、混乱してて現場まで届かなかったみたいだし」


 アリスはケーキを口に放り込むと、自らの伝達ミスを悔やんでフォークをがじがじと噛んでいる。

 アリスの話では、チサトとタイナスの二人もそうだったが、アスラスケルトンがマリオネットポイズンスキルを所持していることを、忘れていたり知らなかったプレイヤーが大多数。

 知っているプレイヤーも使ってくるとは想定もしておらず、さらにいつもと違いアスラスケルトンが積極的に動いているので大混乱状態になったそうだ。

 勢いで押し切ろうと突出してきた連中もいたが、手ぐすね引いて待ち受けていた俺にとっては飛んで火に入る夏の虫状態。

 逆に被害が増大していく一因となっていた。


「アリスとやり合ったのファーストアタックの時だけだろ。あれで中身が俺だって気づいてたのか。相変わらず凄いな」 


 戦ったのは本当に最初の最初。

 時間にすれば一分も無かったのに、どうやって判断してるんだこいつは。

 感心して思わず出たほめ言葉だったのだが、アリスはなぜか頬を膨らませる。 

 
「気づかないわけないでしょ。絶対よけられたと思ったのに落とされたんだから。あの近距離であたしの回避行動を先読みして当てること出来るのシンタだけだもん」 
 

「そうか? 先読みなんてしてないぞ俺」


「なんで判らないかなぁ。シンタはそれ無意識でやってるの。VRで遊びすぎて脳が無条件で反応してるの。ちょっとは遊ぶの控えなよ。使いすぎて馬鹿になるよ」


 ここまで理不尽な忠告は初めてだ。

 しかもその理屈でいくなら廃人のお前の脳はとうの昔にいかれてる。


「今は遊びじゃ無くて仕事だっての」


 言うに事欠いてそれかよとあきれ顔を浮かべつつ返すと、アリスはことのほか真剣な顔を浮かべた。 
 

「お仕事か……………………ねぇシンタお仕事って楽しい?」


「なんだよ急に」


「いいから答えて。ほらお給料が安いとか、お休みとか取れなくて自分の時間が無くなったりして嫌にならない?」


 本当にいきなりなんだ? 

 いくら俺の仕事がMMO関連とはいえ、アリスがリアルの仕事を気にするなんて本当に珍しい。

 ただ好奇心で聞いてきたという感じではない。

 その口ぶりは真剣だ。

 ついでに言えば頭の上のウサミミもぴんと立って一言も聞き漏らさないように構える臨戦態勢。

 真面目に考えてやるか……。

 といっても正直どれだけ考えても微妙だとは思う。

 確かにボス操作は面白いが、出番は月に一回くらいしかこない。 

 給料は安いし、勤務時間は長時間なうえサービス残業。

 休みも不規則だから、まともに家にも帰れない。帰っても疲れて寝るだけ。

 しかも俺の場合は入社して三年も経つのに常勤の新人を入れる余裕が無いからって、まだ固定部署が無くてあちらこちらに手伝いに回される雑用係。

 ウチの会社は親父さんやら佐伯さんなど濃い人間が多くて人使いも荒い。

 さらには軽いノリの社長に、暇そうだからついてこいとリアルでの打ち合わせに付き合わされ、社外秘データやら極秘企画まで知る事になって守秘義務まで生じやがる。

 ……改めて考えてみるとブラックすぎるだろうちの会社。 


「もういいや。シンタ楽しそうだから」


 どう答えた物かと思って考えあぐねているとアリスがさっさと結論を出してむすっとしている。
 

「勝手に人の心情を決めるな。いろいろあんだよこれでも」


「前にみゃーさんが言ってたんだけど、シンタは苦労しているときが一番楽しそうなんだって。しかも無理矢理に仕事を押しつけられたりとか、追い込まれれば追い込まれるほど才能を発揮できるタイプ」


 アリスの言うみゃーさんとは、リアルでは宮野さんという俺の大学時代の先輩の一人であり、俺と同じく引退したリーディアンプレイヤーで元ギルメン。

 リアルとVR世界における心理状態の差異などを研究していた人で、工業系知識以外にも心理学も学んでいた才人だ。

 現役時代はデータ取りのためとアリスと同じく外見と仕草に拘り抜いた猫娘型仮想体で多くのプレイヤーを魅了した魔性の女(リアルひげ達磨男)だ。


「いやまて。あの人結構いい加減だぞ。その場のノリで適当にそれらしいこと言って仕事押しつける口実にしてたから」


「それだけじゃないの。シンタは気づいてないかもだけど、さっき浮かべてた顔が楽しそうだった。それで判ったの。大変そうだけど楽しそうって」


 俺の顔を指さしてアリスはむくれる。

 顔といってもここはVR。

 しかも俺の場合はアリスと違いMODをいれて細かく再現はしていないバニラ状態だから、そこまで細かな表情が出ているとは思えないのだが、


「運営巫山戯んなとか、文句いってたけどすごく楽しそうにボス攻略を考えてたときと同じだった。シンタ。あの時も大変でも楽しんでたでしょ」


「そらまぁ、ゲームを楽しんでいたのは否定はしないけど、今そんな顔してたか俺?」


「してたの…………うー。これじゃGM辞めて戻ってきてなんて言えないじゃん」


 ブーたれるアリスはとんでもないことを言い出しやがった。

 GM辞めろって。

 さすがに社会人3年もやっていると世間の厳しさも判っている。

 そんな理由で仕事を辞めて、すぐ次の仕事が見つかると思うほど楽天的では無い。

 ゲームプレイのために会社を辞めましたなんて退職理由じゃ面接で即落とされるっての。


「無茶言うな。俺はリアルも大切にしてんだよ」


 VRに全てを捧げている廃人のお前の感覚で語るなと暗に言ったのだが、


「あたしだって大切にしてるもん。またお仕事が忙しくなる時期になるから、今みたいにこれなくなるの。だからシンタにギルマスに戻ってもらおうと思ったのに」


 これまた不機嫌な顔を浮かべたアリスだったが。あまりに予想外の言葉に俺はしばし呆然とする。


「…………………はっ!? 仕事!? いやアリスお前ちょっと待て!」 


 いやいや待つのは俺だ。落ち着け俺。

 アリスと仕事。

 これほど不釣り合いな言葉もない。

 しかもまた忙しくなる時期とは、現在も仕事を続けているような発言。

 しかし俺の知るアリスは、この6年間ほぼ毎日限界時間ぎりぎりまでリーディアンに潜っていた最強廃人。

 六年も暇な会社など休眠状態の会社以外この地球上に存在するはずが無い。

 この両者が繋がる可能性を考えれば結論は一つだけだ。

 アリス……そこまでMMOの暗黒面に墜ちていたのか。
 

「アリス……狩りは仕事じゃ無いからな。RMTは即刻辞めろ。さすがに庇えない」


「なんでそうなるのよ! お仕事! ちゃんとしたリアルのお仕事! …………もう。シンタ達のためにがんばってあげようと思ってるのにやる気削がないでよ」


 心からの忠告だったのだがアリスは頭のウサミミをガッと立てて怒り出した。

 ただその言葉も正直いって意味がわからない。
 
  
「何の仕事やってんだよおまえ。しかも俺らの為ってどういう意味だ?」
 

「いえない。守秘義務」


 気になって尋ねた俺にアリスは教えられないときっぱりと断り、頭のウサミミを丸めて耳を塞いだ絶対拒否状態になった。

 この状態のアリスからはこれ以上はなにも聞き出せないのは、過去の経験から知っている。

 これ以上の追求は無理だろう。

 果てしなく不安を覚えながらアリスに一応の忠告をしておく。


「ったく。ちゃんとした仕事だろうな。もしなんか困ったことになったら言えよ。相談くらいは乗ってやる」


「だから言えないの……でもありがと。気持ちだけもらっとく」


 やはり拒否しながらもアリスは嬉しそうに頷いた。

 一体何をやっているのかは判らないが、犯罪行為じゃ無いだろうな。


「で、お前。どれだけこれなくなるの? ユッコさんとか他のギルメンにも言ったのか? 三代目ギルマスの選定するならみんなに早めに言った方がいいぞ。俺が知ってる奴から選ぶならそっちも相談に乗ってやるから」
 

 新メンバー加入などギルドの各種設定を変更できるのはギルマスと副マスの二人だけ。

 KUGC副マスのユッコさんは温厚で面倒見が良く人当たりもいいので、俺が頼み込んで就任してもらって以来、不動の副マスとなっている。

 ただ夏と冬の前後はリアルが忙しいそうで、そんなに入ってこれないプチ引退状態。

 この夏前の時期にアリスが週に一日、二日しかこれないとなれば、いっその事信頼できるギルメンにギルマスを変わってもらった方がいいだろう。

 初代ギルマスとして、そして元相棒として少しは協力してやろうと思ったのだが、


「シンタが最初でユッコさんにもまだ言ってない。入れるのはお仕事次第だけど……たぶん一日5時間、どれだけ頑張ってもそれくらいしか無理かも」


 アリスの時間感覚をなめていた。

 こいつは筋金入りの廃人だ。



[31751] ゲームは一日2時間まで
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2017/06/06 01:27
『全チェック異常なし。感覚復帰を開始しますか? …………お疲れ様でした』


 仮想ディスプレイに表示されたナノシステムからの復帰確認メッセージを承認して俺はリアルへと意識を復帰させる。

 夢から覚めるような少しけだるい感覚とともに目を開くと、夏の夕暮れの赤い太陽が総合管理室の数少ない窓から差し込み室内を照らし出していた。

 展開した仮想ディスプレイの片隅に表示されている時刻を確認すると、すでに17時55分。

 正午過ぎにVR世界に入ったから、6時間近く向こうにいたことになる。

 その間リアルの体は基礎代謝しか動いておらず、VRMMOGMの癖として用足しは小まめに行っているので空腹感も尿意もさほど無い。

 たださすがに同じ体勢で6時間も座っていたので体が硬く肩も凝っていた。

 休憩無しで二時間越えの没入を行うときは、社内規定では簡易な補助器具であるダイブデスクではなく、大型筐体の方を使うか、二時間事に10分の休憩をする事になっているのだが、設置台数が少なく、いちいち戻って休憩するのが面倒だと、あまり守られていないのが現状だ。
 

「ご苦労さん。開発部に関わった所為でずいぶん掛かったな。良いデータが取れたって佐伯がご満悦だったぞ」


 俺が入る前と変わらない速度で仮想コンソールを叩いて仕事をこなす須藤の親父さんが声をかけてきた。

 他のダイブデスクに座っている先輩らの顔ぶれはがらりと変わっているのに、親父さんだけは俺が入ったときのままだ。

 還暦をとうに過ぎているのに底なしの体力だと感心させられるやら、呆れるやら。


「後半はほとんど私用みたいなもんでしたけど。あーあとプレイヤー側のこちら側がチートを使っていたという疑いは解けましたんで」


 自分が入った名目上の目的を思い出して一応は報告を入れておく。

 アリスからのチート呼ばわりは単に自分が狩りに参加できなかった憂さ晴らしだったような気もするが、一応ログを隅々まで確認して不正は無かったと渋々認めていた。

 得意距離のスキル設定を絞って不得意スキルへと豪華集中。後はプレイヤースキルと立ち回りで勝負。

 結構苦労してたのに、チートの疑いをかけられたらたまったもんじゃない。 


「そういやそんな理由だったな。それよか午後の打ち合わせ会議のほうも無事終了だとよ。後学のためにも資料に目を通しておけだとさ」


 俺の報告には親父さんはどうでもよさそうに答えると、俺が回線をつないだまま座っているダイブデスクにファイルを転送してくる。

 どうやらこのまま仕事を続行ということらしい。

 本当に人使いの荒い会社だと思いつつも、俺自身も興味があったので仮想コンソールを使ってファイルを展開してざっと内容を確認していく。

 今回の打ち合わせは普段は鎬を削っているMMOメーカーが年に夏冬の二回共同開催する大イベントの打ち合わせ。

 八月の頭に行われるこのイベントまではすでに一月を切っているが、まだまだ情報を隠している会社も多い。

 VRMMOの魅力を多くの人に知ってもらおうという企画であるが同時に、他ゲームプレイヤーにも自分たちのゲームを知ってもらう絶好の機会だからだ。

 どのメーカーも気合いが入っているので、どれだけの隠し球を出してくるか予想がつかない。

 ウチの目玉はVRでアリスに食べさせた、食品メーカーとコラボした秋の大型アップ『食欲の秋企画』

 これを夏アップと一緒に共同イベントでも告知し、会場で一部再現商品をVRで試食してもらう予定になっている。


「……やっぱ、一番注目度あるのはHFGOですかね。強気です。もう情報公開してますよ」


 資料を流し読みながら、もっとも多くの集客を集めるであろうVRMMOの企画出し物をチェックする。

 他のメーカーが情報を隠している中、ここだけは完全オープン。

 それだけ自信があるのだろう。

 正式名称『Highspeed Flight Gladiator Online』

 米国大手エレクトロニクスメーカーMaldives傘下の開発陣が作った超高速空中戦闘と敵MOBである巨大兵器をぶっ潰す爽快感を売りにした古参MMO。

 国外プレイヤーは1500万。日本でも国内VRMMO最大の200万人ものプレイヤーを抱え、VRMMOに疎い者でも名をあげることが出来る名実共に世界人気NO.1VRMMOFPS型RPG。

 ちなみにウチの登録プレイヤーは先月末で18万人。

 月額定額制としているウチと違い、HFGOは基本無料のアイテム課金制のためか参加しやすいのもあり大きく水をあけられている形だ。

 さらに大手故の潤沢な資金と人材もあり、技術力、開発力ともにまさに圧巻。

 国内メーカで真正面から対抗できるのは一、二社だけ。古い言い方でいうところの脅威の黒船。

 HFGOは秋アップに新武装、新機動モーション、新MAPとBOSSの発表。

 さらに会場に訪れたプレイヤー全員への特殊アイテムプレゼントと大盤振る舞いにきているようだ。

 顧客を飽きさせないための矢継ぎ早な投入は、全世界を相手にする規模の企業だから可能となる強さ。

 ウチの企画もそれなりに話題にはなるだろうが、ゲームシステムそのものは秋アップでは細かな修正にとどまりそうなので少しばかり弱いかもしれない。


「そうだろうな。あそこの技術屋共は数も質も業界トップクラスだからな。先月大規模な新要素をいれてきたばかりだが、別開発ラインからMAPやら新規MOBがあがってきたんだろうよ……だが規模はともかく、日本人プレイヤーを楽しませるってならウチが業界1だ」

 
 須藤の親父さんは仕事を続ける手を休めること無く何気なく断言する。

 業界でも異端児扱いされているホワイトソフトウェア謹製リーディアンオンラインを初期から支えてきたからこその須藤の親父さんの自負だろう。     


「三崎。資料をみたぐらいでおたついてんじゃねぇぞ……ほんと、頼むぞ。このさきウチの会社はお前らの世代にかかってんだからよ」


「俺らの世代って親父さんまだまだ現役引退する気無いでしょ」


「あほ。あたりめーだ。俺は死ぬまでやるつもりなんだよ……ったく。そういう意味じゃねえよ。特にお前の場合は。ほんとゲームプレイじゃないと成長しねぇなおまえは」


 こいつはどうしようも無いと言わんばかりに親父さんがため息をはき出した。

 いやそう言われても、相手にしている会社の大きさが判る程度には育ってるつもりなんですけど。

 だからこそ脅威を感じているんだが、


「お前の部署が決まって無いのやら、社長が連れ回したり近所の掃除させ………………なんでもねぇ。あのバカ社長の普段の軽さじゃ気づかないのも無理ねぇか」


 途中まで言いかけた親父さんだが言葉を止めると、言ってもしょうが無いといった表情を浮かべて禿げ上がった頭をかく。

 どうやら親父さんの言いたい事は別にあるようだ。


「それってどうい……!?」


  親父さんの言葉の意味を考えようとした瞬間、新たな仮想ディスプレイが立ち上がり緊急コールが表示される。


『全社員に緊急告知。直ちに全社員はVR内大会議場に集合してください。繰り返します。緊急事態発生。直ちに現業務を停止し大会議場に集合してください。全域総合管理室須藤主任はゲーム内プレイヤーへの緊急メンテナンスを告知。30分後にリーディアンオンライン全システムをメンテナンスモードに変更してください』

 
 非常時の時にしか発動されない文字群が目に踊り、無機質な機械音声が脳裏に響く。

 重大なバグが見つかったり、大規模なクラッキングがあった際に発動される全システム緊急メンテナンスモード発動コール。

 話に聞いていたが実際にコールされるのを見たのは初めてだ。というよりもプレイヤー時代からも発動したことを見たことは無い。
  

「三崎! 名簿閲覧許可! 非番全員に連絡! アルバイト社員も捕まる奴は全員に連絡をいれろ! その後俺らも潜るぞ!」


 親父さんの声にも先ほどまでは無かった鋭い緊張感を感じさせる成分が多分に混ざっている。


「うぃっす!」


 先ほどまでの疑問を忘れて親父さんの指示に返事を返しつつ仮想コンソールを展開。

 閲覧許可の出た社員名簿を呼び出しそこへ書かれた非常連絡先を確認していく。

 なにが起きたのかは判らない。

 しかしゲームを停止させ全職員招集を行う緊急コールをいたずらに発動するはずがない。

 嫌な予感を覚えつつ俺は目についた端から連絡を開始した。












 大会議場は昼にアリスを呼んだVR世界ホワイト商会と同じ場所にある。

 リアル本社の会議室が狭く10人ほどしか入れないので、社員全員を集めての会議や集会などはここで行うことが多い。

 俺が直接降りたVR会議場には、この時間のゲーム管理をしていたGMや、外部から潜ってきた非番の社員などがすでに大勢集まっていた。

 だが誰も事情がわからないのか室内はざわついている。

 なにが起きたか知っている人物はいないかと周囲に目をやると、俺が出現した扉から中村主任が姿を現した。


「中村さん! GMルームの方でなにかあったんですか?」
 

 GMルームから直接飛んできただろう中村主任に尋ねる。

 俺と須藤の親父さんがいた総合管理室でなにが起きたのか判らないのだから、問題があるならGMルームのほうで管理している業務だろうかという予測だったのだが、


「いや、俺の方は判らん。三崎お前総合管理室にいたよな。須藤さんは? そっちも判らないのか」


「親父さんはメンテナンスモードに切り替えてからこっちに降りるそうです。特に問題は出ていなかったみたいですけど」


「そっちでも把握してないとなると……他にまずそうなのは開発部か。それとも社外の問題か」


 互いに事情もわからず情報交換にもならない会話を交わした所で、この会議場に集まっていた全社員の服装が、ファンタジー世界の雰囲気に合わせたGM用のゆったりとした白ローブから、通常来客業務で用いるスーツ姿に一斉に切り替わる。

 服装の変更はリーディアンオンラインがプレイヤーの入った通常営業状態から、メンテナンスモードへと切り替わりはじめた証拠だ。

 広大なVR世界全域を分割管理しているので、その全てを切り替えるのには少しばかり時間が掛かる。

 ただコードを打ち込めば後は全自動で切り替わっていくので、その作業を終えた須藤の親父さんもすぐにVR内に降りてきた。

 親父さんがこっちにいるのを見るのは初めてだ。


「中村! 社長は!? 緊急停止コール送ったの社長のIDだ」


「それがさっきから連絡を取ろうとしているんですけど、繋がってません」


「なんだ一体!? 閉じるついでに全域チェックしたけど異常無しだぞ」


 この短時間でメンテナンスモードに切り替えながら全域チェックもしてたのかこの人は。

 とんでもない作業スピードだと感心させられるしかない。


「ったく! あの社長は! なんかあったなら先に一報をいれろってんだ」


 須藤の親父さんが苛立ちを紛らわすように自分の首筋を叩いていると、どこかのんびりしたような声が会議場前面の壇上袖から聞こえてきた。


「あー悪いね親父さん。問題はゲーム内じゃ無くて外の方なんだこれが」


 ちょっと大げさだったかと頬をかきながら我が社のトップである白井健一郎社長が姿を現した。

 外見は50代前半。白髪の交じった髪を丁寧になでつけたどこにでもいそうな中年男性。

 大胆不敵な手を打つことで若い頃は業界内の風雲児扱いされていたそうだが、ぱっと身にはうだつの上がらない万年課長といったとぼけた外見の所為かあまり敵がいないタイプだ。      


「社長! なにやっていたんですか。こちらから何度も連絡を送ったんですが」


 緊急時の連絡手段くらいはちゃんと確保しておけと中村さんが釘を刺すと、


「あー悪いね中村君。ちょーっと開発部にハッキングしてもらってたんで、それ以外の外部回線を切ってたのよ。ほらまずいでしょ。ばれちゃ。仮にもソフトウェア会社の社長がクラッキングなんて。まぁ、ばれなきゃ問題無いから、みんなも黙っててくれるとありがたい」


 軽いなおっさん……いや社長。

 俺は思わず心の中で突っ込む。

 おそらくここにいる全員が同じような感想を抱いていることだろう。

 主任GMの中では一番の良識派であり生真面目なところがある中村さんは頭痛を覚えたのか額を抑えていた。

 大勢の職員を前にして悪びれた様子も見せず堂々と犯罪行為をやっていたとばらし、軽く口止めを頼んでしまう辺り、ある意味身内を信用しているからだろうか。


「何やってんだよお前は……学生じゃねぇんだぞ! ったく佐伯も佐伯だ! あいつらはどうした!」


 須藤の親父さんは呆れかえり次いで怒声をあげた。

 社長と開発部がハッキングで逮捕なんて事になったら、会社の業務に支障は生じまくるわ世間体は最悪だわと笑うに笑えない洒落にならない行為だ。

 下手すれば会社が潰れるような事になってもおかしくなく、親父さんが怒るのは当然だと思う。


「いや、まぁほら非常時って事で親父さん勘弁と。ちょっと……いや、だいぶ不味いことになりそうなんでね。ウチどころか業界全体が。だから開発部にはさっさと次の手を打ってもらってる所」


 口調だけは相変わらず軽いが、社長の言葉はなぜか重く響き、会議場の雰囲気が一変する。

 怒鳴っていた親父さんもその言葉の意味に気づいたのか、小さく舌打ちを漏らしつつも先を促すように社長に向けて顎を振った。


「ま、全員は集まってないがこれだけいれば十分か。とりあえずこれを見てくれ」


 会場全体を見渡した社長は頷いてから、右手を振って自分の背後に巨大な可視ウィンドウスクリーンを出現させる。


「さてこれはついさっき流れた夕方のニュースだ」


 ネットが広まりリアルタイムで情報が得られるようになった今でも長年の習慣からか夕方の時間帯はニュース番組が集中している。 

 スクリーンに映ったのは夕方に流れている国営放送のTV画像で、中年の男性アナウンサーが淡々と原稿を読んでいる。



『では次のニュースです。本日午後四時半頃。VRカフェ『EineWelt』高島平店で利用客の男性が突如奇声を上げ壁に頭部を何度も打ち付け悶絶しているとの通報がありました。通報を受け駆け付けた救急隊により男性客への緊急治療が行われましたが、頭部陥没骨折による死亡が確認されました。従業員によると男性客は前日夜から入店。VR席でMMOゲームを長時間プレイしていたとのことです。男性の奇行との因果関係は不明。司法解剖で原因の特定を行うとのことです。同店は非会員制で死亡した男性の氏名は今のところは判っておりません。年齢は10代後半から20代前半。中肉中背。右手の親指に蝶の入れ墨。男性の身元に心当たりのある方はお近くの警察署または…………』


 VRMMOゲーム中に死亡。

 確かに珍しく聞こえるかもしれないが、国内だけでも年に数件程度なら発生している。長期没入によるリアル体が弱まった事による衰弱死や病死。もしくは突発的な心臓発作など原因はいろいろだが、自らの頭蓋骨が陥没するほどに壁に何度も打ち付けて死亡したなんて話は今まで聞いたこともない。

 ナノシステムの異常か?

 それとも単なる病気か?

 答えの判らない状況に不気味な静寂が会議場を支配した。

 誰もが心の中に一つの不安がよぎっていた。


「おい……まさかウチか?」


 それが故に訪ねられなかった事を須藤の親父さんがあえて社長に尋ねると、社長は頭をかきながら困り顔を浮かべた。
 

「そこらもあって一応VRカフェの管理サーバにハッキングをして確認を。幸いというか何というか、このお客の遊んでいたのはウチのリーディアンオンラインではない」


 人が死んでいるのに幸いという言葉はふさわしくはないだろう。

 だがそれでも会議場の張り詰めていた空気が僅かに和む。

 しかし社長の次の言葉で誰もが凍りついた。


「だけどある意味もっと最悪だ。プレーしていたのはHFGOだ……しかもその時の映像。奇声を上げて頭を何度も打ち付けている動画を他の客がたまたま撮ってたらしくてね。これが物の見事にネットに流れて絶賛拡散中。かなり強いグロ画像なんで閲覧はおすすめしないかな」


 それを見たであろう社長が嫌そうな顔でつぶやく。

 頭蓋骨が潰れるほどの映像なんぞ好きこのんでみるような特殊性癖など持ち合わせていない者がほとんど、というか普通だろう。

 つまりそれだけ拒否反応が大きい。

 世界一のプレイヤー数を誇る『Highspeed Flight Gladiator Online』はまさにVRMMOの代名詞。

 VRMMMOのHFGOではなく、HFGOのVRMMOとまで言われる抜群の知名度を持つゲームで起きたショッキングな事件を、対岸の火事だと笑っていられるような浅はかな者はこの会社にはいない。

 世間はこう思うだろう。VRMMOは危ないと。


「というわけで気が早いかもしれないが手を打った。開発部には状況を解析して原因予測もしてもらってるけど、とりあえず警察の発表があるまでは停止させて様子を見よう。ただしウチのゲームで死亡者が出たと思われるとあれなんで、広報担当はこれこれ起きましたのでお客様の安全第一って事で緊急停止をしたと告知を」


 社長は一角に固まっていた広報課の女子社員を指さし指示を出す。


「は、はい!」


「中村君達GMチームはお客様からの問い合わせが来ると思うからローテを組んで24時間対応できる体制を。問い合わせ数が多すぎる場合は事情説明会も開くから準備も」


「はい。編成を組んでおきます。説明会場は何時もの商工会議所のホールで良いですね」


「あぁそれで頼むよ。で、親父さんらは全体のログを重点チェック。何か異常が無かったかとか、プレイヤー側からの不正処理によるエラーの可能性も一応考えてくれ。量が多いけどお願いします」


「ちっ! 判った。やってやる」


「営業部はお客様への保証計算と協賛してくれてる企業さんへの文面制作。あとウチみたいな小さいところ一つでやっても、業界は迅速な対応しましたって効果が無いんで、他の会社にも働きかけてみんな仲良くお休みと行きましょうって感じで提案するんで至急アポを取っておいてくれ。あと三崎君」


 各部署に矢継ぎ早な指示を出していた社長が最後に俺を名指しで指名する。

 部署が決まっていない俺の場合は中村さんの所か、それとも親父さんの所かと思ったのだが、
 
 
「しばらく全社あげて泊まり込みでの作業になると思うから、食料補給とか何時ものを重点的に頼む。で、買い出しの際ついでに君が応対していた高校やら近所の皆様の所も尋ねて、もし不安があったらご連絡ください。応対しますのでって一声かけといてあげて」


「はい。でも良いんですか。ただでさえ忙しいのに? 仕事増えそうですけど」


 ちょっと予想外の指示だ。

 思わず聞き返してしまった。


「ま、ちょっと大変だけど、詳しくない人はVR自体も危ないと思う人が出るだろうから説明なんか対応してあげよう。知らない人間から親切にされたのだったら疑うだろうけど、君の顔は近所に売っておいたから大丈夫だろ。ホワイトソフトウェアの三崎ってね。身近な世間様に恩は売っておいて損はないよ」


 ……この社長いろいろ考えていたんだなと気づかされる。

 でも考えてみればそりゃそうだ。濃い連中が多い会社をまとめ上げているんだから、ただ者な訳がない。

 俺みたいな社会人3年目程度じゃまだまだ半人前のようだ。     











 社長が率先して廻ったおかげですぐに国内MMOメーカーは一斉に一時運営を停止し、世間に対する企業、業界としての一応の面目は保つことに成功した。 

 警察の司法解剖結果発表があったのはこの事件から3週間後。

 死因は違法改造されたナノシステムによる過電圧が引き起こした異常行動。

 HFGOにおいてRMTを行っていた男性客は、より稼ぐために反応速度や認識能力をあげ高い戦闘力を得るため微弱な電流を流して脳を活性化させる違法改造を施していたそうだ。

 それが長時間プレイとHFGOの新規アップデートによる負荷増大で暴走。

 あのような異常行動に出たらしい。

 ここまではウチの開発部主任である佐伯さんが解析推測していた事とさほど変わらない。

 普通なら自業自得と言われ、何事も無かったかのようにまた平穏な日々が戻ってきたかもしれないが誰にも予想外のことが一つ。

 死亡した男性はまだ15才の少年だった。

 この事実によりナノシステムとVRに対する規制議論が再燃。

 一時はVR技術を全面禁止すべきとまで極端な意見が出るほどまで白熱したが、さすがに広まった規模を考えると今更無くすことなど出来ない。

 結果あらゆる方面でのナノシステムVR技術への規制と罰則が強化される結論へと達した。

 その火元となったVRMMOに対しては、他の業種よりも重い規制が課せられることになったが、禁止されるよりも幾分かマシと思うしかないだろう。

 現状での最高スペックより2割落としの性能を限界とする機能制限。

 RMTによるアイテムの金銭売買の全面禁止と、違反者が出た場合のメーカー側への新たなる罰則規定。

 一日のプレイ可能時間を2時間とし、週10時間。月は20時間までとする娯楽目的VR利用時間規制条例。

 いくつもの枷をはめられたことで、採算性が合わなくなったり、資金不足に陥りいくつものVRMMOゲームとメーカーが撤退、終了を余儀なくされた。

 その中にリーディアンオンラインの名もあった。


 だけど俺たちは終わらない…………



[31751] 穏やかなお茶会
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/26 20:18
 展開した仮想コンソールを弾きながら、古い動画映像やアルバムの写真を視界に取り込んで修正を施しつつ統合して記録していく。
 視覚で捉えた映像を脳内ナノを通じてケーブルをつないだ外部HDに記録するツールはカメラなどを持ち歩かなくても良いので便利であるが、盗撮等の悪用を避けるために首筋のコネクタが点滅発光する仕様となっているので、首元がちかちかと光って少し気になるのが難点だ。
 俺が見る写真や動画に映っているのは全て一つの小学校の記録映像。
 一生懸命に走る小学生が映る運動会や、文化祭と銘打った子供手作りのお祭り。
 桜咲く入学式や、涙声の混じる卒業式。
 それは老朽化したために十数年前に取り壊された、今ではこの世に存在しないとある小学校の建物で実際にあった日々だ。
 今回の仕事はその小学校をVRで復活させる復元プロジェクト。
 本社では親父さんが当時の設計図を元に校舎自体の復元を急ピッチで進めている。
 俺の担当はそれをよりリアルに再現するために、壁に残った傷やヒビ、落書きの痕、窓の外から見える景色等を調査していくことだ。
 依頼主でもある家主に借り受けた書斎でそのための作業をしていると、背後で扉をノックする音が響いた。


「どうぞ。あいてます」


「失礼しますね。マスターさん。お茶を入れたから少し休憩どうかしら」


 扉を開けて入ってきた、白髪でおっとりとした感じの品が良い老婦人は紅茶のポットと茶菓子をのせたお盆を見せて休憩の誘いをしてくる。
 そういえばちょっと喉も渇いて小腹も空いた。
 断る理由は無いのだが、一つだけ勘弁してほしいことがある。


「ありがとうございます……でもユッコさん。お願いです。リアルでマスターって呼ぶの辞めてください。さすがに恥ずかしいんで」
 

「あら。ごめんなさい。でも三崎君ってお呼びするよりは、ずっと使ってたマスターさんのほうが言いやすいのよ。ほらマスターさんもユッコさんでしょ」


 我がギルド『KUGC』不動の副マスであったユッコさんこと、三島由希子さんはほんわかとした顔で笑いながら断ると、少し早めのお茶会の準備をし始めた。









「それでどうマスターさん。作業の進み具合は?」 


「順調です。とりあえず大体の感じはつかめました。ユッコさんがいろいろ記録を集めてくれたおかげで助かってます。なるべくご希望に合った形で仕上げますから」


 上等なカップに注がれたお茶は、ほのかに甘く少しシナモンの香りがする。
 茶葉の種類が判るような食通じゃ無いが、とりあえず旨いって事だけは判る。
 そういえばユッコさんはVRでも時折お茶会を開いていたなと、少し懐かしくなった日々を思い出す。


「私はたいした事してないわよ。みんなに話したら面白がっちゃって、頼んでもいないのにどんどん送ってくるんですもの。VR同窓会みんなも楽しみにしてるみたいよ。でも、ごめんなさいね。納期とか無理を言って……あんまり長くないお友達もいるから」


 少ししんみりした顔を浮かべたユッコさんが頭を下げた。 
 ユッコさんから我が社ホワイトソフトウェアが依頼されたのは、解体された思い出の母校である小学校でVR同窓会を行う為の校舎再現である。
 終末治療で寝たきりになっている同級生と最後かもしれない同窓会を思い出の小学校でしたいと。
 この復元計画の発起人はユッコさんらしいが……何というか凄いばあちゃんである。
 同級生も高齢のためか医療用ナノシステムや視覚補助にVRシステムをいれていた者が多かったらしいが、まだいれていなかった同級生にも勧めて実際に施術させ、しかもやって良かったと全員から感謝されているらしい。
 知り合った時のプレイヤー時代から、たぶん年上だろうと思っていたが、リアルで会うまでは、さすがにここまで年上なご婦人だとは思っていなかったので、失礼なことしていなかったかと恐縮しきりだ。
 
 
「ウチとしては正直ユッコさんに仕事を回してもらって助かっています。かなりかつかつなんで。社長なんかも少しは息をつけるって喜んでいます」


 職場の経営状況など外部に漏らす物ではないが、どうにもユッコさんの前ではつい本音が漏れてしまう。
 言葉の端々からもにじみ出る面倒見と人当たりの良さの所為だろうか。
 この辺りがユッコさんが不動の副マスと多くのギルメンから慕われていた理由だ。
 兎に角ユッコさんがかなりな金額でこの依頼をしてくれたので、目下蓄えを食いつぶしながら雌伏の時を低速飛行中のホワイトソフトウェアは今月は久しぶりに赤字が免れた。
 そんな大金を惜しげも無く払えるユッコさんの本業は、疎い俺でも知っている大物服飾デザイナー。
 というかリーディアンオンラインで大人気だった花婿、花嫁と立会人の衣装を作ったご本人。
 社長からは例によって暇そうだからと直接担当にされたのだが、デザイナー三島由希子がユッコさんだとは聞いていなかった。
 顔合わせの挨拶の時に『お久しぶりですねマスターさん。KUGCのユッコです』と言われたときはマジでびびってむせた。
 社長は笑ってやがったし……面白そうだからって黙っていやがったなあの親父。 
 ユッコさんは自分が制作したデザインの花嫁衣装がVRゲーム内で実際にどういう風に見えるのか気になっていたらしい。
 そこでリーディアンに入ってみたら気に入ってしまったらしい。
 人が目にもとまらぬ早さで駈け、翼を広げた龍が空を飛び、水の底には都が広がる。
 巨大なモンスターと、古めかしい鎧姿の剣士が激闘を繰り広げ、地形を変えるような魔術が飛び交う。
 そんなファンタジー世界にVR越しとはいえ触れることで新しい感性とインスピレーションを感じて本格的にVRMMOを始めたとの事だ。  
 このお年でナノシステムやVRなど比較的新しい技術に一切拒否反応が無く、自己を高めるためにむしろ率先して試していくアグレッシブさを俺は尊敬する。
 夏、冬前などが忙しく来られなくなっていたのは、通年その時期が新作デザイン発表時期だったからだそうだ……幕張かと思っていた。

 
「そんなに大変なの?」


「ヒス条。あーとVR規制条例のおかげで苦労してます。穴は多いんですけど、それを全部抜けてさらに面白くとなると少しばかり…………ただ何とかしますよ。新作を待ってくれているプレイヤーもいますから」


 科学的根拠も無く、ただ感情的に危険だからといって、各種制限をしてくれたくそったれなVR規制条例。
 これが発表されたときに開発部の佐伯主任が『二時間って巫山戯やがって! お偉方ってのはどこぞの母親か!』と怒鳴っていたことから、ヒステリーなママという意味でヒステリーママ条例。
 さらに縮めて社内ではヒス条と呼んで忌み嫌っている。
 ただ世論に押されて早々と決められた条例には、厳しいようで一つ一つにはいくつもの穴がある。
 まずはスペック規制。
 これこそ何の根拠も無く、現状最高性能と比較し8割まで性能を低下させるスペック制限となっているが、映像面では少しばかり解像度が落ちるくらい。
 本物と変わらないリアルさから、限りなくリアルになる程度の違いだ。
 それこそ夜や洞窟内などで周囲を暗くしたゲームデザインなら、全く気にならない程度には出来る。
 さらに超高速の反応を可能とする最高スペックを求めるゲームは事件当時は、件のHFGOと他数種のみ。六年前に稼働したリーディアン基準なら余裕だ。
 次にRMT禁止については、現状ですでにクリアしているVRMMO、MMO種が存在する。
 所謂FPS等の戦争系。兵種別武装がいくつかのレパートリーで固定されたゲームだ。
 誰もが同じ条件の武器を用いて、プレイヤースキルのみで優劣を競う彼の種のゲームにおいては、RMTに必要不可欠なプレイヤー間でのトレード機能がまず存在しない。
 無論FPS系のゲームデザインをなんのひねりも無くRPG系でそのまま使える訳では無いが、この考えを基に武器やアイテムのレパートリーを増やしつつも、トレードの必要性が無いゲームは出来るのでは無いかという考え方で動いているゲーム会社もすでにある。
 最後の二時間とする規制条例。
 あれも手はある。
 条例では娯楽目的”VR”の利用時間を規制すると明言されている。
 つまりだ。ナノシステムを用いたVRのみを規制している。
 少し昔の主流で、現在も僅かながらも稼働しているモニターディスプレイを用いた旧式の3DMMOなら何の問題も無い。
 ナノシステムとそれに基づくVR機能はナノシステム手術への年齢制限があり、網膜ディスプレイも仮想コンソールも16才未満の子供は使えない。
 未だにその年代では3Dディスプレイとキーボード、マウスが現役。
 学習、娯楽用に親から与えられている者も多い。だから押し入れの隅に眠っている家庭も多いはず。
 使い方も覚えていて、さらに大半の者は新規で買わなくても良い。
 VRをもっとも恩恵を得られる戦闘のみに絞り、その他を全て旧式MMOのようにモニターでプレイする形に出来れば、二時間規制もすり抜けられる……はずだ。
 最初にこれを会社の方針会議で提案したときは、『その穴をついた発想が三崎らしい』と異口同音に言われたのだが、結果その方面で我が社は動き出したのだから、ほめ言葉だったと思いたい。
 最終手段にしてもっとも有効な手は、VR規制条例が国内でのみ通用することをついた海外への会社機能およびサーバ移転だ。
 しかしそんな資金力と人材を持つ会社等本当に大手のみ。ウチでは望むべきも無い。
 事件の大本であったHFGOは元々が米国製VRMMO。
 規制の内容や事件の収束が見えるやいなや、さっさとデータの入ったサーバを国外へと移して、さらには支社まで撤退してしまった。
 プレイヤーはデータがそのまま使える海外サーバに接続くださいということだ。
 被害者遺族が薄情ともいえるビジネスライクな運営会社を訴えようとしているらしいが、相手側の親会社であるMaldivesが禁止されている違法改造によって自社製品の価値が傷つけられたと逆提訴をしそうな泥沼となっているらしい。
 もっともHFGOが日本国内でNO.1の地位を保っていられたわけでは無い。
 ライトプレイヤーはショッキングな事件の影響で激減。
 さらに廃人級のヘビープレイヤーも、遠く離れた海外サーバへの接続で生まれる僅かなラグが原因で、脳内ナノシステムによる超高速反応が逆に仇となり、タイミングがずれてコンボを外したり、さらにMOBの高速攻撃に反応できず思わぬ痛手が増え、売りであった爽快感が無くなり不満が募りつつあるらしい。
 国内最大手だったVRMMOが弱体化した今がチャンスといえばチャンス。
 ここで一気にシェアを奪うことも不可能では無いはず。
 ただ問題は条件を全てクリアしたときに出来るゲームが、映像がリアルと言えなくもなく、レア武器などが無く誰もが持っていて、戦闘以外はほとんど旧式のMMOということだ。
 これではたして面白いゲームなど出来るだろうか。
 相手はつい先日までのVRMMO全盛時代を知っているプレイヤー達。
 行政などの決めた規制など、どうとでもして見せようが、顧客に満足してもらえるかそれが一番の問題だ。
 プレイヤーあってのMMO。
 プレイヤーに楽しんでもらえるMMOゲーム。
 それが我が社の最優先の方針であることに変わりない。
 今までのゲームシステムや料金体制を全て見直してさらに根本から作り直さなければならないから、リーディアンオンラインは他のMMOと同じく運営停止という最悪の選択を選ばざる得なかった。
 俺より長く関わってきた先輩方や、開発期から関わってきた中村さん、須藤の親父さん、佐伯さん。そして社長の心情を想像するのは難しくない。
 自分が培ってきた六年が全て消えてしまうことになった古参のプレイヤーもいれば、始めたばかりでわくわくしていた新人プレイヤーもいるだろう。
 プレイヤー時代とGM時代が半々の俺は、その決定があった日は怒りと悔しさから自棄酒をあおり悔し泣きをした。
 だが誰一人諦めていない。
 今はVR関連の細々とした仕事をこなし糊口をしのぎながら、再び最前線へと舞い戻るためにホワイトソフトウェアは活動を続けている。
 しかしそれは芳しくないというのが現状だ。
 ゲームの基本設定。
 一体どういうゲームにすべきかの骨子すら定まらず、出口の無い闇の中を彷徨うような状態だ。






「ふふ。大丈夫そうですね」


 やる気はあっても先を考えると暗雲たる気持ちにしかならないはずなのだが、ユッコさんは、考え込んでしまった俺を見てなぜか楽しげに笑っていた。


「あー……正直。大丈夫じゃ無いんですけど」


 会社が潰れて収入が無くなり家賃滞納で追い出される事も考慮し、その場合は親に土下座しようか、姉貴に泣き付こうか真剣に考えたくらいです。
 


「あら? マスターさんがそういう顔をしているときは楽しんでいるときですよ。ボス戦で追い詰められて、それでも逆転していったときと同じ顔。だから大丈夫でしょ」


 いやあの時はゲームです。死んでも大丈夫です。でもこっちはリアルでやばいんですけど。
 ユッコさんの発言には突っ込みたいことが多かったが、それ以上に心に引っかかった事がある。


「……アリスみたいなこと言わないでください。あいつも最後に会った時、同じようなこと言ってましたけど、そんな顔をしてますか」 


 リーディアンオンラインが停止した日以来、姿を消した元相棒であるプレイヤー『アリシティア・ディケライア』ことアリス。

『シンタは苦労しているときが一番楽しそうなんだって。しかも無理矢理に仕事を押しつけられたりとか、追い込まれれば追い込まれるほど才能を発揮できるタイプ』

 アリスが最後に残した台詞を思い出す。


「ふふ。可愛らしい方のマスターさんにもまた会いたいわね。マスターさんもアリスちゃんとは?」


「えぇ。会ってません。ラスフェスにもあいつ、最後まで来ませんでしたから」


 リーディアンオンラインは終了を決めたときにそのまま終わったわけでは無い。
 規制が公布され終了が決定したあと、毎日2時間ずつずらしてサーバを無料オープンし2週間、計28時間の特別解放を行う『LastTwoWeek Festival』を開催した。
 全てのボスキャラが即沸きとなり、全プレイヤーに全ての武器、アイテムが解放され、レベル、スキルも自由に設定変更できる最後の最後の大騒ぎを開催した。
 数多くのプレイヤーが集まり、楽しみ、悲しみ、笑い、怒り、そして泣いた。
 だがその中に俺が知る兎娘の姿は最後まで無かった。
 死ぬほどに文句を言われて、切り札であるキーワードを切ってきたアリスに何とかしろと頼まれるかもしれないと覚悟を決めていた。
 しかしそれは杞憂に終わった。
 祭りが過ぎ去った後もギルドの掲示板にアリスからの書き込みは無く、ギルメンも誰もリアルを知らないのでアリスの連絡先を知らない。
 あいつが最後に仕事が忙しくなると言っていた事が気になる。
 変なことに巻き込まれているのでは無いか。
 リアルで何かあったのか。
 どれだけ考えても判らない。 


「でもアリスちゃんならゲームがまた始まれば戻ってくるかもしれませんね……もちろん私も次のゲームを期待しているプレイヤーですから。老い先の短い年寄りをあんまり待たせないでくださいね」


 俺の不安を感じ取ったのかユッコさんが冗談めかした言葉をつぶやき微笑んだ。


「……善処します」



 とっさに返す言葉が思いつかなかった俺は、曖昧な返事と共にカップに残った茶を飲み干した。



[31751] ようこそ新世界へ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:34
「前庭はそんなに変わっていないそうなので直撮りでいけそうです。あと地域資料館に開校記念に校庭で人文字を作ったときの、昔の航空写真やら地上映像が残ってたんでコピーさせてもらいました」


 北風吹く冬空からちらつく雪がついた肩を時折払いながら、酔ったサラリーマンで混み合う人混みの雑踏を早足で抜け、ようやく連絡のついた須藤の親父さんへと今日の収穫を報告していく。
 作業に極限集中しているときは親父さんに連絡しても、『後にしろ』となるので、連絡がついたときに全部伝えておかないと面倒だ。
 ユッコさんから受けた復元依頼は校舎本体は完成済み。
 校庭周囲や前庭に設置されている池や飼育小屋の形や位置などは、今日の調査でほぼデータがそろったので、これらを設置をして外回りも終了。
 あとはユッコさんやらそのご友人に細部の確認をしてもらい修正して完成だ。
 依頼されてから二ヶ月の突貫制作だが、上出来なできあがりだと思う。


『おう。そんだけあれば校庭周囲の花壇やら遊具の配置も正確な位置関係がつくな。ご苦労だったな。もう9時過ぎているが今日中に戻ってくるつもりか?』


「電車があれば。ただちょっと微妙です。なんか事故があって遅れてるらしくて、今駅に向かうことは向かってるんですけど」


 コネクターから伸びるケーブルは胸元に入れた無線式小型VRネット用端末へと繋がっている。
 親父さんとの電話回線を維持しながら、最寄り路線の最新運行状況を網膜ディスプレイへと呼び出す。
 近くの駅で人身事故。かなり遅れているらしい。
 駅に来る頃には再開しているかと思ったが。ちっ。無理か……
 元々戻れても日付を超える予定であったが、これでは途中駅で終電を迎えてしまう。
 会社に戻って追い込み作業のヘルプに入るのは諦めるしかなさそうだ。
 急いでいた足を緩めて白い息を吐く。
 ユッコさんの同級生の容態は芳しくないらしい。早めに同窓会を開催してあげたいのだが……

 
「すみません。無理っぽいです。後でデータだけ送ります」


 とりあえずデータだけあれば作業は進められる。
 データ量は結構多い。携帯端末の無線回線ではデータ転送に時間が掛かりすぎるからどこかで有線回線を探す必要がある。


『三崎。お前あんまり無理すんなよ。最近少し働き過ぎだぞ』


「いやいや、親父さんに言われたくないですっての。徹夜何日目ですか。年も考えてくださいよ」


『……ったく。てめぇは本当に口だけはへらねぇな。仮眠は取ってるから心配すんな。宿代は経費で落とすからしっかり寝とけよ。今週中には仕上げる。戻ってきたらこきつかうから覚悟しとけ』


「了解」


 苦虫を噛みつぶしたような声で最後に発破をかけてきた親父さんに、俺は笑いながら答えて回線を切断する。
 首筋のコネクターを刺したままコートの襟を立てて寒風を遮断するがやはり寒い。
 年が明ければもっと寒くなるかとぼんやりと考えながら、周辺地図を呼び出して予約無しで入れるホテルを確認。
 見事に全室Sold outの真っ赤な表示。泊まれそうな所は無い。
 電車が止まっているので同じように立ち往生している者が多いせいもあるだろうが、日付を見れば師走まっただ中の12月15日……年末故致し方ないかもしれない。
 かといってさすがにこの雪がちらつく寒空の元、駅前のベンチで野宿は勘弁。というか凍死する。
会社にデータを送るなら、24時間やっているVRカフェで一晩を空かすのが一番かとも思ったのだが、国内のVRMMOが停止、撤退したことと、VR規制条例の影響でVRカフェ専門にやっていた系列は利用客の激減から全国で撤退が相次いでいる。
 ここの駅前にも大きなVRカフェがあったようだが先月末に撤退していた。
 事故のあった『EineWelt』の系列店だから、根も葉もない風評被害でも受けたのかもしれない。
 昔ながらのモニターを使うネットと紙媒体である漫画喫茶を残している老舗などは駅周辺にちらほらあるようなので、各店の公式HPへと繋いで空き状況を調べてみる。
 だがそちらも専門店との棲み分けが出来ていたのか、回線容量の大きいVR席が元々数少なく、しかも運が悪いことにその僅かな席も埋まっていた。
 娯楽利用客なら2時間で空くのだが、仕事で使っている連中ならいつになるか判らない。
 さて、どうしたものか…… 
 ここの駅前を諦めて電車が動くのを待ってもっと大きな駅に行くというのも手かもしれないが、そちらも同じような状況だったら目も当てられない。
 通行人の邪魔にならないように道の端に避けてどこか無いかと検索していると、ぽんぽんと肩が叩かれた。
 振りかえって見ると顎先にそり残しの無精髭を生やす微妙に怪しげな初老のおっちゃんが、胡散臭い笑みを浮かべていた。


「お兄ちゃんナノ持ちかい……どうだい良い店あるんだけどよ? 大丈夫合法だよ。二時間でちゃんと楽しめるからよ」
 

 コードの刺さった俺のコネクターを目でさしつつおっちゃんは声を潜めて俺に告げた。 
 こりゃ風俗系VRカフェの客引きか。
 その怪しげな囁きから見て、合法ってのは灰色のグレーゾーンの限りなく黒に近い部分だろ。
 ドラッグVR、海賊版コピー仮想体とか、違法VRソフトやらの販売サイトと繋がっているが、そこから客が何を購入して使っても、当店は知らぬ存ぜぬ関与しませんといったところか。


「悪い、趣味じゃ……おっちゃん。使わないけど朝まで泊まるのいいか? 空きなくて野宿となったら命の危機。助けてくれると助かる」


 断りかけたところで、途中で思い直し手を合わせて頭を下げつつ一応頼んでみる。
 あの手の店のネット回線はウチの本社ビルの由来からも判るとおり結構充実している。
 一晩空かすにはうってつけだ。


「あー電車か。そういや止まってたな。ただ俺らも商売だからなぁ。ただ客を連れてきても利用してもらわねぇと上がりがすくないんだよ……最近は時間は短いし危ないからって利用自体も少ないからな、空いてっちゃ、空いてるんだが」


 よし見かけによらずいい人だ。砕けた口調で渋りながらも同情的な目を浮かべている……これならこっちの譲歩次第で勝てる。
 

「席のみいくらよ」


「2で2時間。もちろん利用無しでな。VR規制条例のせいで娯楽利用は二時間のみってので制限を喰らってるからな。なんかあれば警察がすぐ来やがるから嘘は無し」


 基本料金に追加購入からのバックが収入源ってところか。
 空席であれば何の利益も生み出さない席。
 始発は朝5時すぎ。今から約8時間後。


「じゃあ10だすから始発まで8時間貸してもらっていいかな? ……埋まってる方が良いだろ」


 俺の提案におっちゃんが悩む顔を見ながらも、俺はその躊躇から勝利を確信していた。
 問題は一つ。
 ……さすがにこれはちゃんと説明しても経費で落ちにくいかもしれないということ。
 空いてなかったので風俗系VR店を1万で使いましたといって、倒産の瀬戸際でもすんなり経費として通るようならウチの会社がやばい。
 最悪の場合自費となるが、自分の財布-朝まで野宿のリスク回避+仕事進行を考慮すれば、1万はかなり痛いことは痛いが十分つりが出る金額だ。
 しばらくしてから予想通り、すぐに仕方ないとおっちゃんは俺の案に乗った。
 そのおっちゃんの先導で連れて行かれたのは、近くの雑居ビルの階段を地下へと降りた先にあるVRカフェ。 
 建物のボロさ具合が本社を思い出して逆に落ち着く辺り、俺の基準はどこか間違っている気もする。
 衝立に囲まれて個人スペースとなった空間に量販品のダイブテーブルを30ほど置いたよくあるような作りだ。
 あまり広くない店の中はコンクリートの壁に反響して少し音色の変わったBGMが掛かっていて、暖房をケチっているのか空気も少し冷たい感じがする。
 それでも一晩過ごすには十分な環境なのだが、おっちゃんのいっていたとおり利用客は少なく空席表示がちらほらと目立つ。
 これだけ駅が近ければ多少割高でも俺と同じような者がいそうな気もするのだが、気になって尋ねてみるとおっちゃんは苦い顔を浮かべた。


「ほれ。例の事件はナノの違法改造で起きた事らしんいだが、脱法系のソフトが全部危ないと思っている客もいるらしくてな。こっちは商売あがったりだよ。昼間も変な若いのが来てよ。俺らみたいなのがいるから自分は世界を奪われただなんだってわけの判らないこと喚いてたし、鞍替え考えた方が良いかもな」


 おっちゃんはいろいろ心労があるようで重いため息を吐いている。
 俺の方も仕事が消えて、下手したら会社自体も潰れそうな状況なんで、何となく人ごとじゃ無い気もする。
 ひょっとしたらあれか、同類相哀れむで何となく雰囲気でお仲間と思ってブースのみの利用で貸してくれたか。


「そんなんだから兄ちゃんもけち臭いこと言わないで、気になるの有ったら使ってくれ。二時間でも楽しめるソフトが多いからよ。ほれ若いから嫌いじゃ無いんだろ。もちろん人相手のVR出会い系もあるからよ」


 前言撤回。なんやかんや言っても、購入して使うと思っていやがったかこのエロ親父。














 仮想コンソールに会社のアドレスを打ち込んで手持ちHDDから撮っておいた画像ファイルを転送。
 お、やはり結構早い。良い回線使ってるな。
 なるべく多くの現地資料があった方が良いからと撮りまくってきたがこれなら10分くらいで送れるはずだ。
 後は自動進行に任せれば良いのでそうなるとやることもないし寝るだけなんだが……まだ午後11時前なんだよな。
 始発前の4時半に目覚まし代わりにナノシステムでアラームを設定しているので、今から寝ても5時間ほどしか眠れないのだから、早々に寝た方が良いのは判っているが、困ったことに全く眠くない。就労時間が不規則な俺にとって、11時前に寝たなんて健全な生活なんぞここ数年記憶にはない。
 睡魔が来るまでなんか暇つぶしとなるのだが、参ったことに俺にはぽっかりと空いたこんなときに時間をつぶせる趣味らしい趣味が無いことにはたと気づく。
 ここ数年は遊びにしろ仕事にしろ、ほとんどがVRMMO中心で動いていたもんな。
 やべぇ……アリスのことを廃人すぎると心配していたが、人の事いえるような状態じゃ無かったようだ。
 かといってここの店からは、何とか再開している数少ない国内VRMMO系ゲームをやれるようではないし、やる気も無い。
 そうなるとだ。
 先ほどから網膜ディスプレイの隅をちらちら横切る扇情的な文字と、肌色の物体が気にはなる。
 …………いやいやそれは無い。
 うん。ない。おっちゃんに、『夕べはお楽しみでしたね』とにやりとした笑顔で古典的台詞を言われても仕方ない状況にする気は無い。
 第一冷静に考えても金が勿体ない。
 AI相手の一番安いソフトでも五千円も…………五千円か……安いよな。
 須藤の親父さんも言っていたが、俺はここ最近は仕事をしすぎだし、ちょっとばかり息抜きしてもいいような気もしなくは無い。
 
 
『……タ!』


 我知らず商品リストを呼び出していた俺ははっと我に返る。
 いやいや待て待て。五千円だぞ。
 そう五千円だ。ここの泊まり代も自費になるかもしれないから計1万5000円だ。


『…ンタッ!』


 たった二時間の欲求解消に貧乏サラリーマンとしては痛い金額を出して空しくなるAI相手にするくらいなら、もう2万出してVR出会い系のほうが……やばい最近の俺はおかしくなってるかもしれん。
 VRMMOの状況に感じている出口の無い不満が、性欲に変換されるくらい煮詰まっているのか。
 なんか先ほどから耳鳴りのようなのものも、聞こえてきて


『シンタっ! きづいてよ! ぅ-! お願いだから!』


 耳鳴りを自覚した瞬間、それははっきりと泣き声として聞こえる。
 リーディアン内でWISが飛んできたときと同じように頭に直接響くその声は聞き覚えがありすぎた。


「はっ!? ま、まて! お前アリスか!?」


 リーディアン内でもないのになんで聞こえてきたのかとか、それ以前に出先の怪しげなVRカフェでという疑問はいくつもある。
 だがその声は幻聴では無いと確信できるほどに、聞き慣れた声。
 アリシティア・ディケライアことアリスの声だ。
 会社のプレイヤー登録データも最低限の記入であるフリーアドレスのみで連絡もつかなかった元相棒に俺は声を上げて問い返すが、


『シンタ! 聞こえないの!? ねぇお願いだから! 答えて!』 


 アリスの方には俺の声は届いていないらしい。ただ泣きじゃくる声だけが聞こえてくる。
 冷静に考えれば当然だ。ここはゲーム内じゃない。リアルでWIS等使えるわけもない。
 どうすればアリスに声を……意思を返せる。
 それ以前にアリスはどうやって俺に声を届けている。
 ネット全域をハックして声を上げているのか?


『わ、私どうしたらいいかわかんないの! 助けてよ……シンタァ』


 仮想コンソールを展開して真っ先に浮かんだ予測を確かめる。
 書き込みの早い各種掲示板を呼び出してみるが、何時もの馬鹿話が続くのみで泣きじゃくる女の子の声が聞こえてきたなんて書き込みは一件も無い。
 そうなるとアリスの声が聞こえてきたのは極少数範囲。もしくは俺のみか。


『……聞いてよ……変なの見てないで……聞いてよぉ』


 弱くなってきたアリスの鳴き声は今にも途切れそうだ。
 あの兎娘は。人を呼び出しといて早々諦めるな。さっきから頭が痛くなるくらいに聞こえてるっての。
 やはりなんか面倒なことに巻き込まれてやがったか。
 しかしどうやってあいつに返せば。それ以前にあいつは……変なの?
 変なの見ているな。
 アリスが漏らした鳴き声が脳裏に引っかかる。
 変なのとは何のことだ。しかも見ているとは俺のことか。
 十八未満お断りの商品ラインナップが俺の目の前には展開されている。
 この店に隠し監視カメラでもあって俺を見ている? いやそれもない。
 俺はリアルでアリスに会ったことは無い。
 リーディアンでの仮想体は面倒だからと写真から取り込んだデータを使っていた。
 だから俺そのままであるが、それは始めたばかりの六年前の俺。
 少し子供ぽい面と外見をしていたときで、就職しGMになってからも肉体変化による操作感覚が変わるのを嫌って外見データはそのまま使っていた。
 当然昔の俺なのだから今の俺とよく似ているが、映像だけで判るか微妙なくらいには変わっている。
 それに俺が見ている商品リストは確かに変なのかもしれないが、網膜ディスプレイに浮かぶ仮想の商品リスト。
 外からは見えるはずが……そこで常識として除外していた可能性に気づき戦慄する。
 あいつまさか! 俺の脳内ナノシステムに直接潜り込んできているのか!?
 脳内の聴覚を司る部分を直接叩いて声を届け、俺の視覚を見ている。
 それなら説明はつく。
 技術的には可能だし、VR機能はそういう機能だ。
 しかし俺本人の許可も得ず気づかずに脳内ナノに入り込むなど可能なのか。


『アリスか? お前アリスなのか?』


 疑問はあるがともかく今は思いついた手段を試してみるしか無い。
 商品リストを消し去った俺はメモ帳を呼び出して仮想コンソールに言葉を打ち込む。
 視覚に映った文字。
 これがアリスに届けばいいんだが、


『シンタ……ようやく気づいてくれた……遅いよ! もっと早く気づいてよ!』


『だぁっ! 耳元、じゃあねぇ! 脳神経に直接怒鳴るな! 五月蠅すぎて頭痛いっての!』


 くそ。アリスの甲高い怒鳴り声で割れるように痛む。もうちょっとボリュームを抑えろ。
 このバカ兎は。
 姿消して心配させたうえにとんでもない手段で連絡よこして、返事が遅いとは良い身分だな。


『アリス! 何やってたんだよお前! っていうかどうやってんだ! くそ! 他にもいろいろ言いたいことあんだよ! だけど全部後回しだ! どうした!? 無事か!? 俺が助けられることか!? なにしてほしい!?』


 ともかく思い浮かんだ順に叩きつけるように仮想コンソールを打って、最後にもっとも重要なことをアリスに問う。
 こんな信じられない事をしてまで俺に助けを求めてきたアリスの事情だ。 


『ぐす……いえない……守秘義務設定……邪魔して……言えない』


 鼻をすするような声で言えないというアリスに、巫山戯るなと一瞬頭に血がのぼりかけたが、邪魔という言葉がかろうじて理性を保つ。
 息を一度大きく吸って、ゆっくりと吐く。
 設定に邪魔される。
 アリス自身の意思では無く、俺がリーディアンでボスをやっていたときのようにプレイヤーに意思を伝えられないように、発言制限を喰らっていたような状態なのか。


『アリス。それはここでいえないって事か? どっか他の場所なら言えるのか』


『……うん。船の仮想プライベート空間……シンタが来てくれたなら……設定変更してキャンセルできる……と思う』


 どこにいるんだあいつは。
 この状況では全く話が進まない。直接行くしかなさそうだ。
 明日の朝は睡眠不足になるかもしれないが仕方ないと覚悟を決める。
 

『場所教えろ。今から行く。クローズ環境じゃないんだろ』


 アリスがリアルのどこにいるかなんて判らないが、こうやって外に連絡をしてきてるって事は回線が繋がっている。
 VRならそれこそ地球の裏側でもそう遠い場所じゃ無い。


『シンタ……来てくれるの?』


『行ってやる。だから、ささっと教えろ』


『……コード送った……これでこれるはず』


 ナノシステムが数十行に及ぶやたらと長い数字と文字を組合わせた情報を受け取る。
 コードはそこへと入る鍵で有ると同時に、場所を指し示す住所のような物。しかしこれほど長いコードは今まで見たことが無い。
 これほど長く複雑なコードを使うなんて、よほど厳重に管理されているサーバ。国の管理下や一流企業の研究部門だろうか。
 下手したら進入しただけで罪に問われるようなやばいところじゃないだろうな……不安しか無いが、俺が行くと即答したときの、少しだけ明るくなり嬉しそうだったアリスの声が背を押す。
 仮想コンソールにその長い文字列を手早く打ち込み確認。
 間違いは無し。
 なんか分不相応なことを知って後戻りできなくなりそうな気もするが、行くしかなさそうだ。
 シートのベルトで体を保持し、首筋のケーブルを確認。
 いつも通りのチェックを終えてから俺は右のこめかみに指を当てる


「没入開始」


 人差し指で右のこめかみを叩いた瞬間、俺の意識はVR世界へと沈んでいった。
























 外部情報から隔絶され真っ暗闇の中を俺は進む。没入して3秒は経っているのにまだつかない。
 これだけ時間が掛かるのは正直異常だ。この店の回線なら国内であればそれほどタイムラグは無いはず。
 これを素直に信じるならアリスの現在位置はおそらく国外ということになる。
 仮想体の外見通りでアリスが日本人じゃないのかもしれないが、あいつの使う日本語の発音は違和感が無いほどに正確だったし、翻訳機能を使ったようなラグも無く、細かなニュアンスも伝わっていた。
 場所を特定されないようにわざわざ遠回りのルートを通っていると考えた方が無難かもしれない。
 視界が一瞬だけ強い光に染まる。
 どうやらやっとついたようだ。


「……………凝りすぎだろ。あの兎は」


 すぐそばにアリスがいるかと思いその姿を探そうとし、周りを見た俺はつい呆れた声を上げていた。
 俺が出現した場所は一面の星空のまっただ中だった。
 上を見上げれば巨大な恒星が鎮座し、龍のように暴れているプロミネンスに照らし出されるのは、鏡のように光る巨大な平面板と隣接した大規模工場のような配管がむき出しとなった小惑星。
 足下を見れば水をたたえた青い星がゆっくりと自転している。星の大半を覆うその大海原の中央で存在を主張する巨大な大陸からは、枝のような物体が伸びて、星の周囲で廻る帯のようなリングに接続されている。
 星から突き出ているのは軌道エレベーター、その周囲はオービタルリングというやつか?
 その二つの星だけでは無い。
 どこかの映画で見たような鋼鉄の台地で覆われた武装衛星が、ぱっと見で北海道ほどはあるだろう大穴から極太の過粒子砲を打ち出す。
 その隣では火星のように赤かった星に巨大な宇宙船らしき物が氷の塊を落としていき、氷が落ちた場所を中心に瞬く間に海が発生し、その周囲が緑に染まっていく。
 なんというかあれだ。
 子供の頃に想像した夢と希望だけしか無いお気楽極楽な未来の映像集。
 人の手で簡単に恒星すらも操るという未来技術の想像図がそこにあった。
 異常に手の込んだVR映像は妙にリアルで面白そうだが今はそんな空想の産物などどうでも良い。
 そんな物を見る為にここへ来たのでは無い。
 

「ったくどこだよここは! アリスいるのか!」  


 俺が上げた声にアリスの返事は無い。
 ただその代わりに、


『ようこそお客様。大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社。恒星系級改造艦『創天』はお客様の御乗艦を心より歓迎いたします』

 
 そんな巫山戯た事を宣う女性の声が頭上から響いてきた。



























 ここから?要素全開でいきます。
 笹本先生の名を出したのでお察しの方もいたと思います。
 私がやりたかったのはVRMMO+老舗惑星改造企業再建物という濃い組合わせです。
 当初は実は地球で大人気のVRMMOが、リアル別惑星で行われている侵略防衛戦争だったらという感じで考えていました。
 ですがそれだと主人公の立場が上手く広がらなかったので、じゃあいっそ某レベルEのあれのごとく、ノリを軽くいけば良いやという方針転換しております。
 この先の方針は宇宙側の超技術を持ってきて地球でゲームにというのは、ご都合主義がすぎるので一切無しでいく予定です。
 地球で出来る技術レベルのゲーム性能に宇宙側の状況をアイデアとしてゲームを作りつつ、宇宙の方では地球のゲームを参考に最初のRMMOを仕立て上げていく物語。
 地球では下っ端GM(ゲームマスター)、宇宙では新人GM(ゼネラルマネージャ)とし、潰れかけた二つの会社を建て直すために奔走する主人公の物語。
 こんな所です。
 かなりあれな物語ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。
 



[31751] 地球の所有権売りますか?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:43
『ようこそ。お客様。大規模恒星系改造から惑星のお引っ越し。大小様々な惑星改造なら当社まで。ディケライア惑星改造社。恒星系級改造艦『創天』はお客様の御乗艦を心より歓迎いたします』


 巫山戯た台詞を宣う落ち着いた雰囲気の女性の声が頭上から響く。
 惑星改造。
 SF系の物語でならよく聞く言葉だ。
 居住に向かない惑星の環境を人の手によって改造してしまう超技術。所謂テラフォーミング。
 真面目に研究をしている学者もいるらしいが、現在の試算では天文学的金額と最低でも千年単位の膨大な時間が掛かる空想の世界。未だ夢の話。
 だがそんな夢が実現する世界を俺はよく知っている。
 剣と魔法。巨大ロボットやゾンビ、幽霊が闊歩する仮想の世界。
 そうなるとここは……


「アリス。あいつ……」


 俺は瞬間的に理解した。 
 コンビを組み信頼し背を預けたアリス。 
 あいつのことならよくわかる。


「他のVRゲームに嵌まっていたのか」


 あのゲームは一日二十時間廃人が、VRMMOから離れられるわけが無い。
 仕事とはほかのVRMMOのクローズドβテストプレイのことか。
 ここがどういうゲームか判らないが、まだ表に出ていない開発中のゲームの可能性は極めて高い。
 それで面倒に巻き込まれたのかもしれない。
 全ての辻褄が繋がっ、
 

「な、なんでそうなるのよ! ほんとは呼ぶのもいけないのに! リル解除! 来客モード解除!」 


 さもありなんと頷きかけた俺に対して、思った以上にすぐ近くから泣きながら怒るという器用な真似をする怒声が響いた。
 プラネタリウムのようになっていた周囲の星空が消え去り、どこかの応接室のような場所へと周囲の風景が切り替わった。
 十畳ほどの広さの部屋にはテーブルが一つと対面におかれたソファーが二つ。
 見たことも無い植物が植えられた鉢が一つ部屋の隅にぽつんとある殺風景な部屋だ。
そして俺のすぐ目の前にべそをかく一人の女の子が立っていた。


「信じらんない! シンタ! なんでそうなるのよ!」


 俺の肩くらいの背丈のすらっとした少女は十五才くらいに見えるだろうか。
 鈍く光る銀髪から突き出ているのは、兎の耳のような形状ではあったが、金属で覆われた機械らしきもの。
 涙目できっと睨む表情の強さは俺がよく知るものだが、その目は青では無く濃い金色。
 薄い紅色のジャケットのような上着を羽織り、その下には同系色のパンツスーツを身につけているが、何というか子供が無理矢理大人の真似をしているような印象があって似合わない。
 

「お前……アリスか?」


 仮想体の見た目などいくらでも変えられるのは判っていたのに、思わず問いかけてしまう。
 俺の中でアリスのイメージは金髪碧眼の兎娘として凝り固まっていたからだと思う。


「そう! なんでわかんないかな! アリス! アリシティア・ディケライア!」


 アリスはそれが気にくわなかったらしく、頭の上のウサミミのような機械をジャキンと立てた。
 あーここら辺は変わらないのか。相変わらずこだわる奴だ。
 怒るアリスを見て少し落ち着くあたり、ひょっとしたら俺は性格が悪いのかもしれない。


「なんで!? 来てくれるって言って嬉しかったのに! なんでそうなるかな!? 話しちゃダメだってみんなに反対されても繋いだのに!」


 ぼろぼろと悔しそうに涙をこぼしながらアリスはだだっ子のように俺の胸を叩いてきた。
 痛覚伝達モードは最低レベルなので痛みなどというほどの刺激はないが、それでもアリスが抱えているだろう苦しみが伝わってくる。
 息を吸ってゆっくり吐く。
 考えを纏めるときに使う癖。
 ともかく今のままでは何が何だか判らない。
 状況確認からだ。


「とりあえず落ち着けって。正直状況がわかっていないから。ここどこだ。新開発中のゲームの中なのか?」


 不満そうに唸りながら俺を叩くアリスの右拳を左手で受け止めつつ、その肩を弱めに数回叩いてなだめる。


「ゲームじゃ無い。あたしの会社……ディケライア社の船……創天の来客者用仮想空間。プライベートモードにしてようやく事情が話せるようにしたのに、なんでそうなるかな」


 幸いアリスも多少は冷静な部分を残していたのか、俺がなだめるとすぐに叩くのを止めて愚図りながらも答えてくれた。
 ディケライア社、創天という名には聞き覚えがある。先ほどのアナウンスにも出ていた。確か惑星改造社に恒星系級改造艦とか。
 これは…………あれか。あれなのか。
 あまり認めたくない事実に気づかされてしまう。 
 
  
「アリス。お前は一体誰だ? というか何だ?」


 一番肝心な質問をしてみるしかないだろう。
 これではっきりと判るはずだ。


「ディメジョンベルクラドのアリシティア・ディケライア……シンタ達の、地球人の感覚で言うなら異星人……惑星改造を専門にする会社の社長をやってるの」


 アリスは拗ねた口調ではあるが、はっきりと自分が宇宙人だと答えた。
 しかも惑星改造を行う企業の社長だとも言っている。
 …………………仕方ない。
 ここまで来たら認めるしかないようだ。
 他に思いつかない。
 このバカ兎。完全に我を失っていやがる。
 VRが精巧になりすぎたことで新たに生まれたという精神病の一種。
 現実と空想の境界線の認識が曖昧となる解離性症候群で、酷くなるとVRを現実だと思い込む厄介な病気。
 通称VR中毒。
 リーディアンが終わってしまったことでショックで錯乱し発症したか。
 いくらアリスが設定に入り込むロープレ派といえど、完全に病気になったのでは笑えない。
 この手の精神病ならミャーさん事、宮野先輩が詳しいかもしれない。あの人ならアリスのことも知っている。連絡してみるか。
 借りを作るのは後が怖いが、他ならぬ元相棒のためだ……致し方ない。


「アリス。すぐ接続を切ってちゃんと寝るんだ。私用アドレスを教えるから目が覚めてからリアルでかけてこい。仕事中だろうが相談に乗ってやる。だからしばらくゲームは忘れろ」


「し、信じてよ! せっかく一大決心して告白したのに!」


 無理だアリス。いくら相棒の言葉でもこれは無理だ。
 そう。ありえない。
 なんだろう。判りたくないのにVRを規制した連中の気持ちが少しわかってしまう。
 アリスがこんなに変貌してしまった様を見ていると痛々しい気持ちしか浮かばない。
 いや……人ごとのようには言えないな。


「いいかアリス。良く聞け…………年中無休二十時間接続当たり前なゲーオタ宇宙人がいてたまるか!」


「ぁぅ!」


 俺の返した当然と言えば当然すぎる言葉に、痛いところを突かれたのかアリスは絶句した。
 頭のメタリックウサミミもしゅんと倒れ込んだ。


「ちゃんとリアルを見よう。俺も社会復帰が出来るまで付き合ってやる。だから早く病気を直そう……ユッコさんとか他の奴らも心配してたんだぞ」


 アリスの肩を優しく叩いて安心できるように笑顔で諭す。
 ギルドに誘ったプレイヤーとして、そしてリーディアンオンラインのGMであった俺の責任もある。
 アリスがここまで壊れる前に気づいてやれれば良かった。


「あ、あ…………ぅ……なんで平常運転の時は常識人なのよシンタは……うぅ。その無駄な優しさ……心配してくれて嬉しいけど、とことんむかつく……信じてよぉ」


 がくりと膝をついたアリスはうつむきながらも、しかしまだ同じような妄言を繰り返している。
 しかし信じろと言われてもさすがに無い。これは無い。
 ネットゲーの相棒が宇宙人でしたなんて真顔で言う奴がいたら、俺はとりあえず病院行きを勧めるか、ゲームから引退しろと忠告する。
 
 
「うぅ。リーディアンが終わっただけでも大ショックだったのに……ラスフェス行くの諦めてお仕事してたのにあんまりだよ」 


 いくら何でも宇宙人でし…………ラスフェス。
 ラスフェスがあるのは知っていても来なかった。
 それは接続時間では他の追随を許さない最強廃人のアリスらしくない。
 俺が知るアリスらしくない行動。よほどのことが起きていた……アリスが言っている事は全て事実なのか?


「アリス。お前は宇宙人だったのか? 疑って悪かった。詳しく話してくれ」


「なんで信じるかな!? なんで今の言葉であっさりと信じるかな!?」 


 詳しく話を聞こうと思った俺に、頭のメタリックウサミミをぎらりと光らせながら立ち上がったアリスが逆ギレする。
 いや、だってな…………日頃の行いだろ。











 広大という言葉では語り尽くせないほどに巨大な宇宙。
 そんな空間で知的生命体が発生した星が地球だけで無いのは当然と言えば当然だろう。
 所謂異星人がいる可能性は結構昔から指摘されていたが、実際に彼らと接触できる可能性はその広さ故に皆無。
 科学技術が進み光速航法、超空間跳躍等々、SF映画とかでお馴染みな理論と実際に行う技術系が完成しなければ無理だろうというのが定説だ。
 つまり夢のまた夢。お伽噺。
 ところが異星人と呼ばれる他星生まれの文明種族は地球人類が思っていた以上に多く存在し、そして科学技術は夢見ているほどに発達はしなかった。
 恒星や惑星を自由自在に配置換えし改造できるほどまでになっても、短距離ならともかくとして、宇宙を狭くできるほどの長距離を一瞬で物体を跳ばすことが出来る技術は、アリスの説明では極々一部の例外を除きほとんど存在しないらしい。
 ではどうするか?
 答えは簡単。
 資源衛星から切り出した物資や、改造を施した小惑星。はたまた超新星爆発の前に廃棄する恒星などを安全領域まで、短距離超空間跳躍と通常空間航行を繰り返して運んでいく。
 約1光年離れた恒星系文明とレア資源小惑星を行き来する短距離専用の鈍足貨物船に至ってはおよそ5年もかかるらしい。
 地球人の感覚からすればずいぶんと気の長い話なのだが、肉体複製や精神固定など胡散臭い技術も手に入れて、ほぼ不死といえる長寿命を得ている恒星間文明種族にとってはちょっと時間が掛かる程度のことらしい。
 また生身の肉体を持って恒星間移動をする者は惑星改造業者や移民など目的を持った者に限られている。
 彼らはこれまたSFでお馴染みな冷凍睡眠技術をもって、限られた資源を無駄にせず、長ければ数百から数千年単位にも及ぶ旅路を越えているそうだ。
 そんな時間もかかり大変な宇宙旅行よりも、超空間を用いたリアルタイムでの情報をやり取りできる通信網を使った仮想空間網。通称恒星間ネットが存在し、昨今はそこでの交流がメインとなっているため、大半の生命体は生まれ育った星系内から出ることもないそうだ。 
 さてそれで肝心のアリスの立場と言うことなのだが、アリスはその例外である惑星改造業者。
 しかも社長をやっているらしい。なんの冗談かと思ったがマジらしい。
 恒星間移動中は他の職員はみんな眠っているが、アリスのみは諸事情から起きていたそうだ。
 その事情とはアリスの種族は冷凍睡眠が出来ないというか、やると不味い種族だとのこと。
 ディメジョンベルクラド。
 これがアリスの種族の持つ特性で、簡単に言ってしまえば『歩く多次元レーダー』
 アリスの頭から生えたメタリックなウサミミは、この宇宙が存在する三次元のみならず低位や高位の次元すらも感じ取れる感覚器官。
 宇宙的には短く見えても短距離超空間跳躍は、通常空間航法では数万年掛かる光年距離を数年単位まで短時間化する重要技術。
 この跳躍には別次元を感じ取れるアリス達の特性は欠かせないらしく、アリスだけが冷凍睡眠してなかったのはそのためらしい。
 そして一人で起きていても暇すぎて、たまたま目に入ったリーディアンをプレイして嵌まったとのことだ。
 わざわざアリス達から見て未開文明の地球のVRMMOなんてやらなくても、その恒星間ネットでも良いんじゃ無いかと思ったのだが、恒星間ネットを説明した時の顔が嫌そうだったので、なにかトラウマでもあるのかもしれず、詳しくは聞けなかった。
 





「しかし宇宙人に惑星改造ね。いきなりそれを言われたらゲームの話だと思うだろ普通は。だから許せてっば……これ甘いけど結構いけるな」


 アリスの説明を聞きながら自分なりの解釈で纏め終えた俺は、マグカップのような容器になみなみと注がれた緑茶色の謎液体を一口含んでみる。
 ハッカとシナモンが混じった香辛料のような香りとほのかな甘みが口の中に広がる。
 ちょっと風変わりだがこれはありだな。
 新しいVRMMOを立ち上げたら、ここら辺の飲食物も変化球でいってみるように提案してみるか。
 別世界に来たと感じさせる効果がありそうだしな。


「なんでシンタ。そんなに落ち着いているのよ」


 アリスは恨みがましい目で俺を睨みながら、両手で抱え込んだカップをちびちび飲んでいる。
 こくんと飲み干すたびにジャキリと尖って臨戦態勢だった頭のメタリックウサミミがふんにゃりとなっていた。
 どれだけ精巧でもここはVR。腹はふくれないが精神的鎮静効果を狙うくらいの御利益はあるのだろう。 


「なんでって言われてもな。想像の範囲外の話だから逆に落ち着いた。あとお前が元気そうだったからもあるな。ほんと病気とか事故じゃ無くて良かった……だけど何があったんだ。ずいぶん取り乱してたけど?」


 正直言って俺がアリスの手助けを出来るような話ではないと思う。
 だけど助けてと俺を呼んだって事は、どうしようも無く切羽詰まり、ともかく話だけでも聞いてほしかったということだろうか。
 とりあえず聞くだけでもとメインに切り込む。
 悩みは解決しなくとも人に聞いてもらえるだけで少しは軽くなる。
 この辺りの経験則が異星人でも通用するのかは判らないが、地球のゲームに嵌まっていたアリスならたぶん大丈夫だろう。

 
「ウチの惑星改造会社。最近いろいろあってあんまり上手く廻って無かったんだけど、ようやく大きなお仕事がつかめたの。辺境域だから行くだけでも時間が掛かるけどそれだけのリターンがある大きなお仕事。30年かけて仕事先の恒星系に創天が到着したのが、シンタに最後にあった日から3日後。でもついたら無かったの」


「無かったって?」 


「この星域に来たら肝心のお仕事先が無かったの。みんなで話し合って、調べてみたけど盗まれたんじゃないかって……こんな事初めてだから……どうしていいのかみんな判らなくて大混乱してたの。シンタに最後にあった日でリーディアンは終わっちゃうし……リアルもあっちも最悪だよ」


 気落ちしたアリスは顔をうつむけ肩を落とし泣きそうな小声でつぶやく。
 なんかこのアリスに詳しく聞くのが心は痛むし、何となく予想はついたが一応聞こう。
 心に浮かんだのはそんな物どうやって盗むんだという呆れ混じりの疑問だけだ。


「盗まれてたって何が?」 


「今度うちが開発するはずだった恒星系丸々一個……恒星も惑星も小衛星帯も資源価値がある星は創天が到着したら盗まれてたの。残ってたのはレアメタルが埋蔵されてた大昔の掘り尽くされた衛星一個だけ。最後の最後……起死回生の受注だったのに。この開発に残ってた総力を全部つぎ込むつもりだったから今期のお仕事を全部集中させてたのに、だめになっちゃった」

 
 ……うん。予想が当たった。そして無理だ。
 要は太陽系が一個全部無くなったって事か。
 なんか星が一つだけ残っているみたいだが、どちらにしろスケールがでかすぎる。さすが宇宙。
 俺みたいなしがないサラリーマンどころか、地球の英知が集まった所で何の妙案も出てこないだろ。
 さてどうしたもんか…………


「一応ね。手はあるんだ。今期の不渡りを出さないで会社を潰さない方法。ウチが持っている唯一の優良物件。大規模改造不要でちょっとクリーニングして……その変な意味じゃないんだけど、現地害獣を駆除すれば高く売れる惑星が。リル。映像出して……それがこれ。シンタ。判るでしょ」


 ものすごく言いにくそうにするアリスが上に向かって指示をすると部屋がまたプラネタリウムへと入れ替わり、俺たちの頭上に青と緑に覆われた星が出現していた。
 宝石のように美しく光る星。
 すぐ横には白い衛星が静かにたたずんでいる。
 海に囲まれた大陸がいくつかあり、ひときわ大きな大陸の端には弓状の島。
 判るよな。うんわかる。学校の教科書でお馴染みだ。
 というかアリス所有者なのか。
 我が母星は機械ウサミミ少女の手中。どこの三流SFだ。


「ウチの管理区域で差す所のG45D56T297の3。現地名称で『地球』なんだけど……売れば会社は助かるけどシンタ達困るでしょ。あたしも……嫌だし。だからお仕事頑張ろうと思ってたのに。でもこのままだと会社倒産でどっちにしろ借金の形に取られちゃうし、どうして良いのか判らないの……シンタ。どうすればいい?」


 悔しいのかぼろぼろ涙をこぼすアリスを見て、俺は落ち着く。
 何だろう。あまりにあれな話でリアリティが湧かないのもあるが、こうまで泣いている人間を見ると、どうにかしてやろうという気持ちがわいてくる所為だろうか。
  
 
「ちなみに聞きたいんだけど害獣ってのは?」


 アリスは腕を上げ俺の顔を指さす。


「環境レベルを……っぅ……著しく悪化させている現地生物のことを指す業界用語なんだけど……シンタ達……でもあたし思ってないから……誤解しないで」


 まぁ公害とかマシになったと言っても酷いよな、地球からすれば害獣か。
 よしここまでは納得した。
 だがまだ焦るな。まだだ。あと一つ聞いてからその答え次第で焦ろう。 


「今期ってのはいつまでなんだ。地球での1年後か? 10年後か?」


「……地球時間で100年……ぐすっ……後100年しか時間が無いの。無理だよ。今から他の仕事見つけても戻るまで時間が掛かる……あたしが大人になれれば何とかなるけど。まだ無理だもん」


 び、微妙だ。 
 気長な宇宙人の感覚なら一千年とか万年単位を期待したのだが思ったより短い。
 アリスのいう大人になるとの意味はわからないが、とりあえず最優先でやることは決まった。


「あーとりあえず仕事が忙しいから、今の仕事が一段落したら相談に乗ってやるから少し待ってろ。それでいいか?」


 ユッコさんの仕事を終わらせてからにしよう。
 はっきり言ってこっちの会社も倒産の瀬戸際で、地球の危機(ただし100年後)と言われてもそこまで頭が動かない。 


「シンタッ! 真剣味が足りない! 100年だよ100年! たったそれだけしかないのに! なんで当事者なのに気長なの!?」

 
 社会人としては真っ当な俺の答えに、巫山戯ているとでも思ったのか、アリスが垂れ下がっていたメタリックウサミミをジャキンと立てた。
 自分の会社のこともあるだろうが、他人の惑星にここまで泣いて怒れるのだから、やはりアリスは良い奴だ。
 だからこそ助けになりたいと俺に思わせる。  


「そう言ってもたぶんその頃には俺死んでるし。一応考えるから資料を纏めといてくれ。地球人の頭でも理解できるレベルで。無理ゲーでも解説書くらいは読んどかないとルールも判らん」


「ゲームとかボス戦じゃないんだよ! シンタわかってる!?」

 
 100年。アリスからすれば一瞬かもしれないが、俺にすれば長い。
 何が出来るか判らないが、考える時間だけはたっぷりとありそうだ。
 そしてこの状況が少し楽しいと思ってしまう辺り、俺もVR中毒気味なのかもしれない。



[31751] 修羅場 地球の場合
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/30 00:05
『全チェック異常なし。感覚復帰を開始しますか? …………お疲れ様でした』


 いつも通りのチェック確認は滞りなく終わり、現実へと意識を復帰させる。
 暖房をケチった少し冷たく湿っぽい空気を感じ、申し訳程度の個人スペースとなった安っぽいブースを視界に捉える。
 VRから抜け出たときの夢から覚めたような感覚と気だるさ。
 ひょっとしたらアリスと会ったアレは夢だったので、


『シンタ。待ってるから早く戻ってね! あ、あたしどうしていいのか!』
  

 感覚復帰直後に脳神経直接刺激の音声は文字通り頭に響く。
 アリス……お前は空気を読め。ただでさえ理解の範囲を超えた話なんだから少しくらいは現実逃避させろ。


『判った。判った。今年中にはこっちの仕事も一段落するから大人しく待ってろ。 【最重要追伸】頭が痛くなるから声落とせ』


 VRに潜る前に開いたままにしていたメモ帳に書き込み、不安げなアリスへと軽い返事を返すついでに、さすがに堪えきれないので声を落とせと注意しておく。
 しかし網膜ディスプレイだから他人に見られないから良いが、もし見られていたらメモ帳で一人会話する危ない奴だな。


『うぅ…………ごめん。あと……巻き込んじゃって、そっちもごめん……でもシンタ来てくれて……嬉しかった……お休み』 


 俺が迷惑がっているとでも思ったのか、少し気落ちしたかのような声でアリスからの通信は終わった。
 現時刻を確認すると午前二時半過ぎ。
 起床予定は始発前四時半。今から寝ても二時間しか寝られない。
 思ったより長くアリスの所へ行っていたようだ。
 体を固定していたベルトを外して、シートを倒してリクライニングモードにしつつ背伸びをする。
 うん。やはりケツが痛い。慣れ親しんだマイ座布団でないと、どうにも座りが悪かったようだ。
 おかげであまり眠気は無い。
 薄暗い天井を見て反響しどこか調子の外れたBGMを耳に考える。


「お休みね……あいつが言うの初めて聞いたな」


 らしくないな発言だ。
 昔なら寝オチするなと五月蠅いくらいだったのに。
 相棒こと最強廃人アリスもしばらくVRMMOをやっていなかったせいで、へたれやがったか。
 どうにもあいつがあんなんだとこっちの調子も狂う。 


「ったく。徹夜だなこりゃ」

 
 俺も含めて廃人と呼ばれていたような人間にとっては、草木も眠る午前二時はもっとも活発的に動く時間だって事を忘れたのかあいつは。
 人が少ないフィールドを駆け巡り鎧袖一触よろしくMOBを蹴散らし経験値とドロップを荒稼ぎする狩りの時間。
 この時間帯に脳をもっとも動かしていた廃人プレイヤーだった頃の癖は、引退して3年経った今でも色濃く残っている。
 眠気が無くて脳がフル回転できる今このときは、打つべき手を考えるには恰好だ。
 兎にも角にもリアルの状況をどうにかしないと、アリスの方の問題を集中して考えることもままならない。
 考えてどうにか出来るとも思えないが、それでも相談に乗ってやると約束したのだから、まずは全力を尽くす為に環境を整えるべきだな。
 ユッコさんからの仕事が終われば、また細々した仕事をこなしながら、倒産の恐怖に追われる自転車操業の日々は勘弁だ。
 ここからぬけだすのに一番有効で即効性のある手段は、仕事を取ってくる事。
 といってもウチの先輩方やら社長がコネを使ってVR関係の細々した仕事を何とか拾って来ている今の現状で、若輩な俺の伝手でどうこうできるレベルでも無し。
 そうなるとだ。拾ってくるじゃなくて、作る方が早いか?
 でも新しい仕事といっても…………………………校舎の耐用年数ってどのくらいだ?
 思いついた即興の考えを頭の中で展開しつつ、俺は倒していたシートから起き上がる。
 まずは情報。適当でもあやふやでもいい。考えるためのとりあえずのネタを求める。
 プレイヤー時代のボス攻略戦を考えていた時とよく似た高揚感を感じながら、大まかな検索ワードをぶち込みながら調べ物を開始した。





「おっちゃん。寝てる所に悪い。会計いい?」


 カウンターで気持ちよさそうにうとうとと船を漕いでいたおっちゃんに悪いと思いつつ声をかける。
 しかし、この店防犯大丈夫か? 
 たぶん裏にも店員はいるとは思うんだが、いくら明け方四時半だからってカウンターで居眠りしている店ってのもどうよ。
 

「お、おう兄ちゃんか? ふぁぁぁ……もう出発か。おかげで席を無駄に……っておいおい、大丈夫か? ずいぶん顔色が悪いぞ」


 あくびを漏らし目を擦っていたおっちゃんが、俺の顔を見るなり驚き目を剥いたが、おどろくのも無理ないか。
 さっきトイレで顔を洗ってきた時、目の下のクマがずいぶん濃いもんで自分でびっくりしたくらいだ。
 仕事、仕事であんまり寝てない所に、つい先ほどまでの脳みそフル回転。なけなしの体力をほとんど消費したせいだろう。
 

「仕事してて眠ってないだけなんで大丈夫。大丈夫」


 少しふらつき指先にも力が入らないがまだこの程度なら問題無い。
 とりあえず飯さえ食べればまだいける。
 調べた情報を元に電車の中で大まかな企画書を作って、会社に到着後すぐに提出できるくらいならなんとかなる。


「真面目だな兄ちゃん。しゃーねぇな。8時間で十つってたけど八でいいぜ。浮いた金でドリンク剤でも飲んどけよ」


 半死半生のような有様にあきれ顔を浮かべたおっちゃんは正規の二時間二千と同じ計算にしてくれるようだ。
 こんな怪しげな店をやってる割に人が良いというか何というか。


「あんがと……八千で。んじゃお世話でした。助かりました」


 金欠のこっちとしてはありがたい。感謝。
 財布から札を八枚抜いておっちゃんに渡しつつ礼を言う。


「おう。ほんと気をつけてな」
 

 おっちゃんの見送りに背中越しに手を振って答えて店の扉を開けて階段を上がって地上へと出る。
 ほとんどの店の明かりが消えた駅前繁華街。
 早出のサラリーマンや終電を逃して開き直って飲んでいたであろう酔っ払いらしきのが、ちらほらいるだけで人影はまばらだ。
 あーやべぇ……階段を少し登っただけで怠い。しかもクソ寒い。
 昨晩ちらついていた雪は幸いにも積もらなかったようだが、手足が凍えそうなほどに寒いことに変わりは無い。
 真っ暗闇で天を仰げば星が見える。冬のこの時間はまだ真夜中。
 胸元の端末からコードを延ばして首筋のコネクタに接続。電車の運行状況とついでに近くの飲食店を検索。
 電車は問題なし。五時過ぎの始発に乗れば九時頃には会社へと戻れる。
 だけど飲食店の方は外れ。
 おっちゃんがまけてくれた二千円で豪華に朝飯をといきたい所だが、この時間に開いているなんてコンビニかファーストフード。
 もしくは貧乏サラリーマン御用達の丼物屋。
 徹夜明けの朝から丼系の重い物やら、油と肉にまみれたファーストフードは勘弁。そうなるとコンビニだな。
 

「っと。あー……すんません」


 半分眠っている頭で検索していた所為で前方不注意となり、歩いてきた男性にぶつかってしまった。
 これだけ道がすいているんだから、避けろよと一瞬むかっ腹がたったが、人の事は言えないし俺みたいに気づいていなかったかもと思いとりあえず謝っておく。
 こんな些細な事で揉めてもバカらしい。


「……お前みた……がいるから……界は……奪われたんだ」


 しかし謝った俺に対して男は無反応。顔をうつむけ地面を見つめてなんかぶつぶつとつぶやいていた。
 目深に帽子を被り首にはマフラーを幾重にもまき付けて顔が隠れている為、年齢もよくわからない。


「え……と? なにか」


 聞き取れなかったので尋ね返してみたのだが、男は顔を上げて曇った目で、俺の顔を一瞬睨んだかと思うとすぐに去って行った。
 たぶん同年代くらい。病的なやけに青白い顔色が印象的だった。
 目が血走っていたし……なんかやばい薬でもやってるのか?
 触らぬ神にたたり無し。
 朝食は後にしてとりあえず駅に向かおうと俺はふらつき気味な足を早めた。











『西校舎と自習室を結ぶ連絡通路にバグ。走ると映像が乱れる。範囲外に出たから確認たのまぁ』


 作業はいよいよ最終段階。
 再現した校舎内に潜っている確認班がVR映像の僅かなずれや五感で感じる違和感を見つけて、VR内の管理室に詰めている俺たち修正班はその箇所のソースを確認し修正をかけながら全体を仕上げていく。


「おう。当該区域停止。確認修正かける………なぁ三崎。今日何日だっけ」


 隣の席で開発部所属の先輩が勢いの無くなった半死半生な声で尋ねてくる。
 ただ声は死んでいてもその腕は休むこと無く仮想コンソールを叩き、可視状態に設定されたウインドウに高速スクロールする文字列を険しい目で見つめバグを探している。
 親父さんのあれは発破でも脅しでも無く事実だった。
 俺はまだ我が社の黒さをなめていたようだ。
 VR内で6時間力尽きるまで働いて、リアルに戻り4時間寝て起きたら、また6時間働く。
 中世の炭鉱労働並な過酷な状況が会社のあちらこちらで繰り広げられている。
 時刻は明け方五時。
 あと一時間で交代ができるが、もう思考はナチュラルハイ状態に入っていて楽しくてたまらない。
 

「あー……20っすね……完成予定まであと1週間です……あら探しが楽しくなってきたんですけど」


 バグを見つけるたびに心躍るようになって、精神的にやばい領域に入っている気もする。
 当初の予定より多少遅れているが、しかし納期は今年いっぱい。
 ぎりぎり完成する予定だ。
 年明け早々にはユッコさん達の同窓会を開催してあげられるだろう。


「楽しいうちはまだまだだな……そのうち本能的にバグが許せなくなる。狩り尽くさねぇと気が済まなくなって、うちの会社じゃ一人前だ」


「んなダメ狩猟本能に目覚めたくないんすけど」


 会社に泊まり込んだ総力戦状態はもう五日目。
 世間が浮かれるクリスマス前に訪れた最大の修羅場だが誰も文句を言わない。
 これは愛社精神とかプロ根性とか生やさしいもんではない。


「うっせ…………ともかく、がんばんぞ。絶対に会社存続させてVRMMO運営としてのホワイトソフトウェアを復活させてやる」   


 死にかけていた先輩の口調に力がこもり目に灯がともる。
 この修羅場を乗り越えさせるもの。
 それは執念。
 丹精込めたリーディアンオンラインを奪われた制作者として臥薪嘗胆な日々を過ご……
 

「それでクリスマスランダム発生イベントでカップルプレイヤーを阿鼻叫喚の地獄に落とす恒例行事を復活させてやろうな」


 ……むしろ怨念か。
 プレイヤーを一番に謳う会社のGMとしてそれはどうなんだろうとも思うが、イベント的には盛り上がってたから有りだろう。 


「そうっすね。今度はクリスマスケーキで血の色に染め上げてやりましょう」

 
 クリスマス用特殊ドロップをするケーキ型小ボスモンスターをばらまいて、その中に外れとして一定時間落ちない血糊でも仕込んでやろう。
 うん。実にスプラッタなサンタのできあがりだ。


「……ほんとあんたらは。碌な事考えないね。うちのバカ息子と同じような思考してんじゃないよ。いい大人が」


 疲れがピークで思考がカオスに達していたのか、未来に向け明後日方向に全力疾走気味な思考をしている俺たちの背後には、いつの間にやら開発部の佐伯主任が立っていた。
 佐伯主任の息子さんは確か小学二年くらい。
 さすがにそこまで幼児化していないと思いたいんですけど。
  
 
「し、主任!? 帰ったんじゃないっすか?! 泊まり込みは男衆だけって事でしょ」


 ばつの悪そうな顔を浮かべた先輩が、あきれ顔を浮かべる直属の上司である佐伯主任の顔色を伺う。
 開発部を束ねる女傑に面と向かって逆らえるのはうちの会社じゃ須藤の親父さんくらいだ。


「早出だよ。握り飯と味噌汁。作ってきてやったからリアルに戻ったら食いな。ちゃんと保温してあるから暖かいよ」


「「うぉ!!!」」

 
 俺と先輩は思わぬ嬉しい差し入れに歓声を上げる。
 ここの所のインスタント続きの食事には正直飽き飽きしていた。
 しかも早出と言っても佐伯主任が帰ったの昨晩三時過ぎ。
 家は近いはずだが、そこから飯を炊いて握り作って味噌汁も煮てって、ほとんどというか、全然寝てないだろ。
 ありがたすぎる差し入れに涙が出そうに、
 
    
「寝て起きたらまた仕事だよ。気合い入れな。この仕事がぽしゃったら会社は潰れる。待ってくれているお客さんのためにも会社を潰すんじゃないよ」


 飴と鞭ならぬ。飴と鞭さらに鞭。
 最初に来る飴玉が大きくて感謝しかない分さらに質が悪い。


「「……………はい」」


 握り飯と味噌汁の誘惑には抗えぬ俺らは、佐伯主任の無慈悲な言葉に肯定と服従を示すしかない。 


「あーそれとだ。三崎……そのあんたが出した企画書あったろ、ほれこの後の事業展開案ってやつ」


 佐伯主任は珍しく口ごもり少し言いにくそうな表情を浮かべる。
 この間の出張後に提出した企画立案書は今回請け負ったVR同窓会を、他のお客にもプランとして売り込もうという単純明快な物だ。
 ただの同窓会ではなくVRならではのいくつか仕掛けを施してリアルとの差別化を図るというのが、メインの考えだったが佐伯主任の反応を見るからにダメだったかこりゃ。
 即興な上に徹夜明けの寝不足で拵えたかなりアレな出来だったもんな…………


「実は社長も似たような展開を考えていてね……でそっちと折衷していくつかあんたの案を採用したから。お客様に喜んでもらえそうだからってね」


「っ? マジですか?」     


 あっさり採用されるとは思っていなかった俺は思わず驚きの声を上げて聞き返した。
 よし。これで上手く填まれば次の仕事に繋がるはず。
 アリスの方に割く時間にも少しは重点をおいてやれるかもしれない。


「でだ…………早速今回からやるから仕様変更がついさっき決定した。ちょっと組み直しするよ。これがソースコードの一部。順次須藤の親父さんから上がってくるからいれてきな」


 佐伯主任が目の前にポップアップウインドウを呼び出して、できあがったばかりのソースコードを表示していく。
 何千行にも及ぶ変更、追加箇所が挙列されてるんだが…………………………………いやいや。もう仕上げ入ってますよ。
 納期まであと11日しか無いですよ。
 俺はこの次のつもりでしたよ。
 今回はさすがに諦めてましたよ。
 ユッコさんに喜んでもらえるかもしれないけど、さすがに間に合いませんって。
 っていうか親父さんいつから作り始めたこれ。 
 俺じゃあ3日はかかる作業量。しかもこれで一部って。


「はははっはは…………冗談ですよね?」


 発案者は俺ですけど、さすがにこれは無い。
 乾いた笑いを漏らしながら横の先輩を見ると、真剣な目でソースコードを読んでいやがります。
 いやいや無いでしょ。さすがに間に合わなくなりますよ。


「諦めろ三崎。お前はリーディアン開発段階の時は知らないから無理ないが、完成直前に仕様変更は何度かあった。そしてお前も知ってるとおり、うちの会社はお客様の為ならいくらでも地獄をくぐり抜ける猛者揃いだ……今日から勤務六のあと睡眠時間三でいく。納期は絶対だ」


 余計な仕事を増やしやがってという目で睨まれていたのならまだ良かったかもしれない。   
 目が本気で顔つきが真剣すぎる。
 やばい……俺が修羅場だと思っていた今日まではまだ入り口。ここからが本番のようだ。


「…………了解ッす」


 しかしこの企画案を言い出したのは俺自身。
 拒否する選択肢を選べるわけも無かった。 



[31751] 正しいVRの使い方
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:44
 今回の話には実在の病気である『進行性骨化性線維異形成症』という難病にかかったキャラクターを登場させております。
 素人が趣味で書いている作品で、難病を軽々しく扱うことに不快を覚える方がいらっしゃるかもしれませんので先にお詫びします。
 現実でのVR技術が発展して作中のような使い方が出来る時代がくれば良いと思って書いております。
 ご理解いただければ幸いです。

追記 
 
 ご指摘有りましたので表現を変更いたしました。ご不快に思われた方いらっしゃいましたら申し訳ありません。



















 髪と髭……よし。
 スーツのしわや汚れ……よし。
 エレベーターホールの壁にはめ込まれた鏡に映る姿を見ながら各所をチェック。
 昨年末の修羅場で味わった疲労をまだ引きずっている顔色以外は特に問題なし。
 小さく息を吐いてから少し緩くなっていたネクタイを締め直す。
 網膜ディスプレイに映る時刻は午前九時を指し示し、午前の面会開始時間となった事を告げる。
 同時に明かりが点った来客用エレベーターのスイッチを押してエレベーターを呼ぶ。
 

「マスターさん。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


 どうにも落ち着かない俺をみて、隣に立つユッコさんがにこやかに笑った。
 ユッコさんの手の中には、新春を告げる清涼な香り立つ日本水仙の白い花束がちょこんと収まっている。


「気を張ってないと口を滑らしたりしそうで……初めてなんですホスピス」


 敷地内に足を踏み入れたときから感じている院内の計算された穏やかで安らいだ空気。
 不用心な発言や振る舞いでこの空間を壊さないか、自分自身が心配でしょうがない。
 治療の施しようも無い難病患者達が最後の時を穏やかに過ごせるよう、身体的苦痛を抑え精神的ケアを行う施設。
 それがホスピスだ。
 そしてここ西が丘ホスピスにユッコさんの小学校時代のご友人である神崎恵子さんが入院されている。
 かつては死因のトップであった癌を含め、大半の病気は医療技術の発展で治療可能となっている昨今。
 それでも手術も治療も不可能な難病はいくらでもある。
 神崎さんの場合はその一例。
 進行性骨化性線維異形成症。
 繊維組織。筋肉や筋が骨組織へと代わり硬化してしまい、関節部が固まり体を動かすことが出来なくなり、やがては食事や呼吸も困難になり緩やかに死へと至る難病。
 病気の進行を遅らせる遅延治療以外には、未だ有効な完治療法が確立されていない遺伝子疾患だという。
 十代で発症した神崎さんは遅延治療を施しながら何とか生きながらえてきたが、症状は徐々に進行し、動くことも出来なくなってすで三十年以上経っているという。
 それがどれほどの苦痛なのか……若輩な若造である俺の想像力では追いつかない。
 何気ない発言でもこれからお目にかかる神崎さんを傷つけてしまわないか?
 どうしても不安がよぎる。


「ふふ。恵子さんは明るいのが好きな人だから、マスターさんはいつも通りでかまいませんよ」


「……ですか」


 俺の不安を見抜いたかのようなユッコさんの微笑みに俺はどうにも歯切れが悪く答える。
 親友を思い考えたであろうユッコさん達の計画を、会社存続のためとはいえ金儲けへのプランとして考えているのだ
 他に速効で効果の出る勝ち目が思いつかず、開発中は忙しさにかまけて気が回っていなかったのだが、なんというか……必要なことだと割り切っていても、僅かなりとも罪悪感を覚える。
 こうやって厳かな空気を醸し出すホスピスへと来て、これからお目にかかると思うと、刺さった小骨のようなそれがいっそう際立つ。


「マスターさん達が頑張ってくれたおかげで、こんなに早くVR同窓会を無事に開催できるんですから。通ってた頃のままの学校をまた見ることが出来るなんて夢のようだって彼女も喜んでいるんですよ」


 ユッコさんから依頼であったVR同窓会を行うための小学校VR再建は、直前の仕様変更のせいで当初の完成予定よりやはり遅れた。
 しかしそれでも社員全員の尽力と執念により、納期ぎりぎりの昨年大晦日に完成。
 年明け早々で申し訳なかったがすぐにユッコさん達には確認チェックしてもらい了承が出た事で、VR同窓会が無事に開催される運びと相成った。
 今日は1週間後に迫る同窓会の神崎さんへの説明と、病院側に話を通して許可をもらっていた病室と専用回線を繋ぐ設定準備の為にユッコさんと共に訪れていた。


「……そう言っていただけるなら苦労した甲斐がありました。来たみたいですね。行きましょうか」


 静かなチャイム音と共に開いたエレベーターの扉を押さえてユッコさんを迎え入れながら、俺は軽く息を吐いて心を落ち着かせた。 
 アリスからは『まだ手が空かないの?』と三日に一回くらいで涙声の催促が来るが、もう少し待っていろとしか答えれず、その度に気落ちさせているのでちょっと申し訳ない。
 ともかく今はこの仕事を絶対に成功させなければならない。
 そうしなければアリスの問題に親身になって考えてやることも出来ないし、何より仕事をくれたユッコさんに申し訳ない。









 西が丘ホスピスは全ての部屋が個室となった終末治療専用病院。その最上階である六階のエレベーターーからすぐの部屋が神崎さんの部屋となっている。
 十畳ほどの広さの部屋には普通の病院で見られるような電動ベットなどはなく、いくつものコードが繋がれた長期没入で使われるような大型カプセル医療器具が鎮座している。
 カプセルの脇には多機能ロボットアームとカメラ付きの車いすが一つ。
 車椅子の正面に引き出しがついたテーブルが一脚。
 テーブルを挟んだ対面には二人がけのソファーが置かれていた。
 カプセルの蓋は固く閉じられているので中は見えないが、この中に神崎恵子さんがいらっしゃる。
 顎も動かず流動食しか受け付けなくなり排泄どころか自立呼吸すらままならない状態になった神崎さんはこのカプセルの中で、短くなった最後の時を静かに過ごしているという。
 進行性骨化性線維異形成症についてはユッコさんから簡易ではあるがレクチャーを受けているので、この一見大仰にも見える設備の意味も判る。
 この病気は兎に角厄介な難病。
 筋肉注射を打ったり、患部を切除するためにメスをいれる等の医療行為を下手に行うと逆に骨化が進む。
 さらには体を激しく動かしたり、怪我やインフルエンザウィルス等、筋肉に負荷がかかっただけでも骨化が進み、より日常生活が困難になる。
 まして遅延治療も空しく末期状態まで症状が進んでしまわれた神崎さんの場合は、ユッコさんが最後に直接会ったときは動かすことが出来るのは唇の一部だけだったという。
  

「マスターさん。これ良いかしら……はいはい。すぐ紹介するから。もう相変わらずせっかちね」


 ソファーに腰掛けたユッコさんは、慣れた手つきでテーブル脇からコードを二本引っ張り出して一本を自分の首筋に付けると前方の車椅子に取り付けられたカメラを見て苦笑を浮かべながら、もう一本を俺に差し出した。


「失礼します」


 無人の車椅子に向かって一礼してからユッコさんから受け取ったコードを自分の首筋のコネクタに差し込む。


『外部より接続許可申請……承諾しました。映像投影開始します』 
 

 脳内ナノシステムからの問いかけに、すぐに了承の返事を返す。
 すると俺の網膜ディスプレイは無人だった車いすに腰掛けた一人の老婦人のVR姿を浮かび上がらせる。
 ユッコさんと同年代の六十過ぎくらいに見えるだろうか。
 肩当たりまで伸びた白髪が印象的な上品な顔立ち。落ち着いた色彩のワンピースを身につけたやせ型の老婦人。
 この方が神崎恵子さんか…………


『ごめんなさいね。このような形で失礼いたします。神崎恵子です』


 難病を患っているというのに神崎さんは明るい笑顔を浮かべていた。
 常に暗く沈んでいるような表情を浮かべているような方かと、失礼にも思い込んでいた俺は意外すぎてつい返事が遅れてしまう。
  
 
「……あ、ユッコさ……三島様からのご依頼で同窓会の準備をさせていただいておりますホワイトソフトウェアの三崎伸太です。よろしくお願いします」


 ついユッコさんと呼びそうになって慌てて訂正しつつ俺は深々と頭を下げる。
 今日の俺は社の人間として来ているのだから、言葉遣いくらいは最低限の礼儀だろう。、


『ご丁寧にありがとうございます。でも畏まらなくても良いですよ。由希子さんがいた『KUGC』でしたかしら? そこの前のマスターさんですよね。由希子さんから昔からよくお話を聞いていたんですよ。凄くやんちゃな男の子と知り合って自分も若返ったような気がするって。だから初めてお会いした気がしませんの』

 

「もう。そういう事は言わないでって言ったでしょ。単なる茶飲み話ですよ。気にしないでくださいねマスターさん」 


 ごまかすように軽く咳払いをしたユッコさんは照れているのか耳がすこし赤い。
 えと…………ユッコさん。神崎さんに何を話しました?
 大学に通う年の男としちゃかなり不名誉な、やんちゃな男の子と評価されるほど子供でしたか当時の俺。
 というか下手したら今もその評価だったりしますか。


『はいはい。判りました。お茶でも入れますからゆっくりしていってくださいねマスターさん。若い方が私みたいなお婆ちゃんの所に来てくれるなんて、滅多に無いからいろいろお話もしたいんですよ。さぁいつまでも立ってないで、座ってくださいな』


 マスターさん呼びは正直リアルだと恥ずかしいので止めてほしいが、話し好きの様子が見て取れる神崎さんに押され、言い出せる雰囲気では無いと諦める。


「あー……と、失礼します」


 車椅子のロボットアームが動いて引き出しから湯飲みや急須を取り出してテキパキとテーブルの上に並べていく。
 おそらく脳内ナノシステムによるコントロールだと思うのだが、難しいはずのロボットアーム操作をよどみなく操ってみせる辺り、なんというかユッコさんの友達だ。










「それでこちらが今回の会場となる、お二人が卒業なされた小学校の復元映像です。回線の接続設定をやっていますから、ゆっくりとご覧ください」


 ユッコさん、神崎さんとの視覚情報をリンクさせて、上空から見た復元校舎縮図をテーブルの上にVR表示する。
 三階建ての二棟の校舎はL字型に配置され、表側には地方都市らしい広い校庭と池のついた前庭と飼育小屋。裏側には体育館とプールを再現。
 周囲の細々した遊具や砂場まで網羅したホワイトソフトウェアの総力を費やした渾身の作品だ。
 欲を言えば校庭や校舎から見える学校外の映像まで精巧に仕立てられれば良かったのだが、さすがにそこまでの時間も予算も無かった。
 周囲は特徴的な建物や遠くの山並みなどに気をつけた最低限の再現レベルとなっている。


『すごいわね。ねぇ由希子さん。覚えている? ほら校庭で創立百三十周年記念で人文字で130って作ったことがあったでしょ。あの時の航空写真で見たのとほとんど同じよ』


 精巧なミニチュアのようにも見える校舎をみて神崎さんは弾んだ声をあげる。
 はい、その写真を参考にしてます。
 凝り性の佐伯主任が花壇の石組み一つ一つまで、拡大補正した映像で調べ上げて配置した完全再現バージョンです。


「ふふ。覚えてますよ。あの時は恵子さんが1の字の端っこ。それであたしが隣。虫眼鏡で見つけて本当に映っているって確認したわよね」


『そうそう。あの時は………………』


 昔話に花が咲いているユッコさん達の楽しげな声を聞きながら、右手で仮想コンソールを叩いて回線設定作業をしつつ左手で湯飲みを手に取りいれてもらった茶を一口すする。
 うん。ほどよい温さの茶が醸し出す香りと口当たりの良い渋みが実に良い。
 付け合わせの茶菓子は、和三盆を固めた色鮮やかな干菓子。
 上等な木箱に敷き詰められた干菓子の詰め合わせは、まるで一枚の絵画のように調和の取れた美しさを放つ。
 これを崩すのは少し気も引けたが、どのような味がするか気にもなったので、一つつまんで囓る。
 和三盆のくどくない甘みが口に広がりこれまた美味い。
 ほどよい甘みの余韻が残っている内に、茶で追っかけ。
 あぁ……うん。いい。これはいい。この組み合わせは最高だ。
 年末の鬼進行で疲れ切ったまま回復しきってない脳に染みこむような癒やし。
 何だろう日本人に生まれて良かったと思う味だ。
  

「大声で話しちゃってお仕事の邪魔になったかしら。年寄りってダメね。耳が遠くなってつい大声になってしまうから」


 作業の手を止めてノンビリと茶を啜っていた俺の様子をみたユッコさんが、邪魔をしていたとおもったのか昔話を打ち切る。


「あー大丈夫ですよ。茶と茶菓子が美味いんでノンビリしてただけなんで。俺は気にせずどうぞ続けてください」


 本体が完成すれば後は1週間後の同窓会当日に稼働させながら行う微調整のみで、特に急を要す事も無く会社的にも年明け早々で新規の仕事が無いというお寒い状態。
 言ってて悲しくなるがそれが今のホワイトソフトウェアの現状だ。
 年始の挨拶でユッコさんからの仕事が無ければ昨年末で潰れていたと、笑いながら社長が言っていたのは冗談だったと思いたい。
 ……社長の挨拶で中村さんが胃の辺りを抑えていたのは、たぶん飲み過ぎだったんだなと思い込もう。
 

『あら、干菓子なんて若い人にはあんまり喜んでもらえないかと思ったけど、気に入ってもらえたなら嬉しいわ。私も好きだったのよ。ほら綺麗でしょ。見てるだけでも心が弾むから香川のお店から毎月取り寄せてるのよ。無駄にするのも勿体ないから、看護師さんや他の患者さんにもお裾分けしてるんだけど、さすがにみんな食べ飽きちゃってるから、どんどん食べてね』


 神崎さんと話して気づいたことが一つある。
 医療用脳内ナノシステムにより痛みをカットしているので苦痛は無く、さらにVRを用いることでこうやって他人と話すことも出来る。
 だが本当の体はカプセルの中。食事も排泄も己の意思では出来ず、繋がれたチューブによる栄養補給でかろうじて生きているが、いつ呼吸器にも影響が及び、命を奪われるか判らない末期状態。
 それでも神崎さんは自分が不幸だとは思っていないようなのだ。
 
 
「じゃあ遠慮無く。本当においしいですよ。ぼちぼち進めていますから、ご不明な点があったら気にせず聞いてください」


 好きだった。見てるだけ。
 俺の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべた神崎さんが先ほど漏らした言葉が気になるが、それをなるべく表面に出さず俺は笑顔で答える。
 この人に対して可哀想と思ったり憐憫を感じる事が、逆に失礼に当たるような気がしたからだ。


『じゃあ一つ聞かせてもらえる。この中でこの車椅子を使えるように出来るかしら?』 


「車椅子をですか?」

 
 神崎さんの質問の意味がわからず俺は思わず聞き返していた。
 脳内ナノシステムによるVRとは、ナノシステムが脳へと電気信号で情報を送り、さらに脳からの電気信号を受け取ることで成り立つシステム。
 神崎さんのように脳に異常が無いのならば、普通に体を使うことが出来るはずなのに。


『あぁごめんなさいね。いきなりで判らないでしょ。実はね歩き方を忘れちゃったの。ナノシステムとかVRシステムなんかが出る前から寝たきりだったから、もう脳が歩き方を覚えてないみたいなのよね。だからVR内でもこの子を使わせてもらえたら嬉しいんだけど何とかなりそう? 一応病院の方でも院内VRで使えるように設定を組んでくれているそうなんだけど、病院外のシステムで動かすのは初めてだから出来るかなって』


 歩き方を忘れてしまうほどの時間を、動くことも出来ず寝て過ごしてきた。
 神崎さんの過ごした世界を入り口だけだが垣間見たような気がする。


「判りました。じゃあ病院の方に確認して使えるように調整します」

 
 内心に浮かんだ驚愕を隠しながら、どうにか返事を返せたと思いたい。
 

『お願いしますね。フフ。それにしても今から楽しみでしょうがないわ。由希子さんはもう見てきたんでしょ。どうだった?』


「何もかもあの頃のままですごく懐かしくなるわよ。ほら前庭のコケモモの木とか覚えて……………」


 ユッコさんと神崎さんの弾んだ楽しげな声が行き交う昔話がまた始まる。
 俺はそれを横で聞きながら少し考えに耽る。
 完成はしている。だが同窓会当日まではまだ1週間も有る……ウチの会社ならいけるはず。
 設定作業を再開するまえに目の前の箱に書かれていた屋号と電話番号へと目を走らせていた。











 
 

 病室の方で設定を終えてからユッコさん達に断って一足先に病室を後にした俺は、ホスピスのメイン回線の方にもいくつか設定させてもらう箇所があったので管理室へとお邪魔しこちらでの作業を当初の予定より手早く済ませた。
 時間を作った俺はつい先ほど思いついた考えを早速実行に移す。
 交渉相手は先ほど神崎さんにご馳走になった和三盆の干菓子を作っている香川県高松の老舗和菓子屋。

 


「はい……無理なのは判りますが………………そこを何とか…………今からそちらにお伺いしますので……話だけでも…………ありがとうございます! ……もちろん本気です。まずは話だけでも聞いていただければ…………はい。本日中にはお伺いしますので……はい。失礼いたします……うし。第一関門突破!」


 ホスピスのロビーの一角に設けられたブース状の電話スペースで、20分にも及ぶ交渉の末に何とか引き出した面会の約束にひとまず息を吐く。
 来れるもんなら来てみろ的なニュアンスだったが、言質は取ったから結果オーライだろう。
 電話をたたき切られなかっただけでも御の字なのに、こうやって面会の約束までいけたのは上出来。
 だけど本番はここから。
 直接交渉は難航する予感はひしひしとするが何とかしてみよう。
 問題はどう攻めるか。
 神崎さんの現状を伝えただ情に訴えるだけでは、おそらく勝ち目は薄い。
 相手側にも利へと繋がる何かを用意しなくてはならない。
 ……それについては一応考えはある。
 だがあまりに他力本願なそれは、些か突拍子が無いような気もするし、上手くいくか判断が難しい。
 このカードを採用すべきかと物思いに耽っていると、背後からガラス張りの扉をノックする音が響いた。
 あ……やべぇ電話を切った後もずっと篭もっていたから他の人の迷惑になっていたか?
 慌てて振り返ったが、どうやら俺の予想は外れたようだ。
 ノックしていたのはユッコさんだった。
 扉を開けて外へ出た俺に、ユッコさんがにこりと笑う。
  

「マスターさん。こちらでしたか。ごめんなさいね。すっかり話し込んで遅くなってしまって。作業ももう終えられたんでしょ。じゃあ帰りましょうか」


「もう良いんですか? まだ昼すぎたばかりですよ」

  
 ホスピスでの面会時間は午後の五時までと案内板に書いてあったはず。
 二人とも話し好きなんだし、まだ時間は有るのだからゆっくりすればと思ったのだが、


「恵子さん。眠ったから。ほらVR越しだと元気そうに見えるけど、体の方は弱って体力が無いのよ。普段も四,五時間しか起きられないんだけど、今日は、はしゃいじゃって早く疲れちゃったみたいなのよ」


 VRに潜っていても脳は平常通りに動き、体も最低限度の基礎代謝としてエネルギーを消費する。
 常人であればたいしたことの無い消費でも、神崎さんの体には負担が大きいのだろう。


「……そうでしたか」
 
 
 後で挨拶に行くつもりだったんだが失敗だったな。


「だからマスターさん時間有るでしょ。こんなお婆ちゃん相手でつまらないかもしれないけど、今からご飯をご一緒にいかがかしら」


「あ、っと。すんません。ちょっとこの後に用事ができまして」 


 関東圏の外れにあるここから香川まで行くとなると、東京駅まで1時間。
 リニアに乗り換え大阪まで1時間。そこからさらに2時間って所だ。
 何とか夕方までにはたどり着けるぎりぎりの時間。
 せっかく取り付けたチャンスを逃すことは出来ない。 
 素気なく断る事になり申し訳ない俺に対してユッコさんはなぜか可笑しそうに笑みを浮かべた。


「あら残念。本場の讃岐うどんをご馳走しようかと思っていたんですけど」


 言うまでも無く讃岐うどんと言えば香川の名産品。しかも本場ということは、


「…………ユッコさん。ひょっとして俺の行動を見抜いてますか?」


「バレバレですよ。先ほど箱に書かれた電話番号とかチェックなさってましたよね。世話好きなマスターさんの性格から考えれば、恵子さんの為に何をしようとしているか想像するなんて簡単ですよ……それで上手くいきそうなんですか? データ化」


 本当に簡単に読まれているようだ。
 俺の考えていたのは和三盆干菓子の完全データ化許可を取り付け、神崎さんに召し上がっていただくこと。
 だがユッコさんが見抜いているなら話は早い。


「あーとこれから現地で交渉なんですけど、正直、難しいです。情だけだと相手も動かないかなと」  


「そうでしょうね。相手は老舗の和菓子屋さんしかも看板商品。こちらにも事情があるとはいえ、それをVRデータ化させてほしいなんて厚かましいお願いですものね」


 ユッコさんの顔に少しだけ影が差す。
 世界的にも名の知れたデザイナーであるユッコさんは、ブランドのイメージや商品価値の重みを俺より遙かに多く知り尽くしている。
 これがどれだけ厚顔無恥な提案で実現困難な物かよく判るのだろう。
 ユッコさんの反応から見るに、やっぱり一筋縄では無理か…………しかたない。考えていた案を実行するか。


「そうっすね。だから開き直ってとことん厚かましくいきます。ユッコさん。いえデザイナー三島由希子のお力に期待します」


「私の? 服飾関係なら少しは融通が利くけど、和菓子屋さん相手じゃ無理じゃ無いかしら」


「そっちの人脈とか圧力じゃ無くて、世界を相手に活躍できる色彩感覚とデザインセンスの方です……そういうわけでお菓子作りは好きですか?」


 おそらく余裕で年収億を超えているトップクラス服飾デザイナーに門外漢の仕事を、しかも無料で頼もうというのだから、我ながら厚かましいお願いだと思う。


「…………………………ふふ。本当にマスターさんはいろいろ面白いことを考えますね」


 しばらくぽかんとしていたユッコさんだったが、言葉の意味を悟ったのか笑い声をこぼす。


「苦肉の策って言うか、悪知恵が廻るだけとか穴をつくのが好きだとかって悪評価ですよ」


「ほめ言葉だと思いますよ。でもマスターさんと話していると本当に若返る気がしますね。この歳で全く別分野の新しいことに挑戦しようっていう気になるんですから」


 挑戦的な色を浮かべた目で俺を見ながらユッコさんはそれはそれは楽しそうに笑った。



[31751] 新米GMの資質
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/23 22:58
  東京からリニアで新大阪。そこから岡山をへて高松へと。
 香川県高松へと到着したのは、すでに夜の帳が辺りを覆う夕刻5時過ぎだった。
 会社の方にはお客様の為だと伝えたら二つ返事で了承が出た。
 うちの会社のいい加減さがこういうときは逆に頼もしい。
 移動時間が結構あったのは逆に僥倖。
 行きの道中で俺は兎にも角にも情報を集め方針を練って基本攻略ラインを考える時間を設けることができ、ユッコさんもデザインを考える時間に当てることが出来た。
 享保の改革のサトウキビ栽培奨励を発端とする和三盆は、四国東部の伝統特産品としてすでに250年以上の歴史を持つ。
 昔ながらの人の手による研ぎと押し船を繰り返して作られる和三盆は、くどくない甘さと舌触りの良さを持つ。
 そのまま固め干菓子として茶会などの席に供されたり、原料として和菓子はもちろん洋菓子にも用いられ、安価な上白糖と比べて手間と人手がかかるために値段は割高だが、品質の良さから根強い人気があるブランド品。
 その和三盆を使った和菓子を売りとする和菓子屋。『百華堂』が神崎さん御用達のお店にして今回の交渉相手。
 創業は明治3年。
 四国の玄関口である高松で200年営む京都の老舗和菓子屋にも勝るとも劣らない伝統を誇る老舗中の老舗。
 もうちょっと軽いところならまだ容易かったかもしれないが、よりにもよってといった所だが逆にそれが面白い。
 商品のラインナップは時代の移り変わりに合わせてか、ちょこちょこと洋菓子も取り入れているが、主戦軸はやはり和菓子であり四国の名産たる和三盆の風味をそのままに味わえる干菓子が代表格。
 店のホームページのトップを誇らしげに飾る和三盆を色取り取りの花に見立てた干菓子の詰め合わせが、屋号の由来だろうか。
 そんな百華堂の店主は御年七〇を超える9代目香坂雪道。
 しわだらけの顔に頑固な職人らしい目つきの鋭い相貌が印象的な老人だ。
 この御仁、ざっとプロフィールをあさってみると、和菓子屋店主として以外の顔もいくつか持っている。 


 讃岐文化保存会名誉会長。

 伝統工芸伝承委員会会員。

 郷土文化保護運動理事。

 並んでいるプロフィールから見るに地元とそこに伝わる文化が大好きな爺ちゃんといった所か。
 調べれば調べるほどますます和三盆干菓子をVRデータ化させてほしいといっても、すんなりと通るとは思えない無理ゲーのような気もするが、逆にこれだけ凝り固まっているとなると攻め所も判りやすい。
 駅前で捕まえたタクシーで和菓子屋までの移動中に俺とユッコさんは最後の打ち合わせを始める。






「基本方針は短期展開じゃ無くて長期展開でいきます。ユッコさんの名前乱発して拘束時間が長くなりますけどすいません」


「構いませんよ。私のお友達のためですもの。目新しく面白い仕事は私の糧にもなりますから。それに一過性のブームではこのような方では不快に思うかもしれませんからね」


「はい。ですからこの人の志向に合わせた言葉を元に案を用意しました」


 相手は伝統を守り続けてきた老舗和菓子屋とその矜持を持つ店主。一筋縄ではいかない。
 一時流行るだけのブームを提示しても難色を示すだろう。
 だから相手の琴線をくすぐる姑息ではあるがどっかりと腰の据えた長期案。
 和三盆干菓子を伝統の安売りのように流行らせるのではなく、価値をプラスして商品意義を高める方針だ。


「でもとうの昔に忘れられた言葉なんでしょ。上手くいくのかしら」


 あまりに楽天的すぎる俺の計画をユッコさんが憂慮するのも当然と言えば当然。
 俺が掘り出してきた概念はとうの昔に廃れた物だからだ。


「だからこそです。ノスタルジーを攻め所にして一気に落とします。それにユッコさんが書き上げてくれたラフ画もあるから十二分に勝算はあります」


 地元への愛着と伝統の担い手としての矜持。
 俺はここを対百華堂の基本攻略線に定め、その方針に合わせてユッコさんには第1弾となるラフ画を書き上げてもらってある。


「内は花咲き乱れる春をイメージして、外側はなるべく華美にならず落ち着く雰囲気でしとやかな気品でしたね。マスターさん位の若い方には外が地味に見えそうですけど気に入ってもらえたなら良かったわ」


「さすがですよ。俺の想像以上です。まだ絵に描いただけなのに目を引くんですから」


 素人目からみても上品で心に残るデザインと才色は、さすがに三島由希子といったところだろうか。
 ましてや対戦相手は繊細にして技巧の粋を尽くした和菓子職人。例え分野は違えど俺以上にその心に訴える物はあるはずだ。


「ふふ。ありがとうございます。ではやはり私の職業はご挨拶の時は言わない方針で?」


「それが一番効果的だと思います。だから最初に俺が全面に出ます。ユッコさんは後ろで構えていてください。ばらすタイミングはお任せしますので」


 デザイナー三島由希子の名は知られているが、その業界の人間で無ければ顔まではそうは把握していないだろう。
 先入観無しの純粋な目でまずはユッコさんのデザインを見てもらうのが一番効果的という読みが当たれば良いんだが。


「リーディアンと同じ配置ですね。マスターさん達が前衛を纏めて、私が後衛組の指揮……久しぶりのパーティ戦ですね」


 ユッコさんは懐かしげに言葉を漏らす。
 リーディアンはボス戦や婚礼システムからも判るとおり、ソロプレイよりもパーティ戦を重視したゲームデザインだった。
 戦闘の自由度を高める為に作り出された数多くのスキルは、各パーティやギルド毎に特色のある戦法を生みだし、うちのギルドの場合は血気盛んな前衛が突っ込んで引っ張ってきたMOBに後衛陣の魔術で殲滅する釣り撃ちを得意としていた。
 ユッコさんはその釣りの名手。
 こちらが範囲魔術に巻き込まれない一番効果的なタイミングを狙うその手腕に、調子に乗った俺やアリスが釣りすぎて死にかけていたときに何度助けてもらったか。


「そういった意味ではユッコさんと組むのは3年振りですね。最後はアリスのギルマス就任記念狩りで……あっ」


 ……やべぇ。そういえばアリスの事を伝えてなかった。
 アリス本人から口止めされていた訳では無いが、仕事が忙しすぎたのと他にいろいろ考えていた所為で、まだユッコさんにすらアリスと連絡が着いたことを伝えてなかったことを今更ながら思い出す。


「……あーすんません。伝え忘れてたんですけど、アリスと年末にようやく連絡が取れました」


「まぁ! アリスちゃん元気でしたか!? 何があったんですか!?」


 驚いた顔を浮かべたユッコさんの声にはアリスの安否を気遣う成分が過分に含まれている。
 ギルドマスターだなんだかんだいっても、実質アリスの場合はギルドのマスコットみたいな存在で、他のギルメンも無事かどうか気にかけている連中は多かった。
 忙しすぎて忘れていたのは、なんか非常に申し訳ない。


「えと……まぁ、実家の家業の方でなんかいろいろあったらしくて、手が空かなかったそうです。俺もはしりだけでそこまで詳しい話は聞いてないんですけど、まだ困っているみたいです……あぁでも本人は元気そうですからとりあえず心配は無いです。再会早々いろいろ文句言われて愚痴られました。落ち着いたら掲示板に顔を出すように言っときますから、しばらく待っててください」


 惑星改造会社やらアリスが宇宙人だったという、真顔でいったら明らかにアレな話はごまかしつつ事情を説明する。
 アリス本人に生存報告をギルド掲示板に書き込ませれば良いんだが、どうにもその本人が忌避している。
 このまま会社を潰して地球を売り払うことになったら、皆に申し訳なさすぎて会わせる顔が無いと二の足を踏んでいるらしい。
 気持ちは判らなくも無いが、なんというからしくない。


「ふふ。それを聞いて安心しました。良かったですね。マスターさんにもアリスちゃんにとっても」


 ため息混じりの俺の言葉に、なぜかユッコさんは楽しげな笑みをこぼす。
 連絡がついたことを喜んでいるのだろうが、後に続いたアリスも良かったという言葉からして、意味はそれだけではなさそうだ。


「俺の方は連絡ついて一安心って所ですけど、アリスの方はちょっと洒落にならないみたいですよ」


 なんせアリスの会社が潰れたら、もれなく地球人類も終了というかなり理不尽かつ無茶苦茶な悪条件。
 アリス本人のプレッシャーも相当酷いみたいなんで、何が出来るかは判らないが早めにこっちの仕事を安定させて何とかしてやりたいところだ。


「でもマスターさんの事だから何かしようとしてるんじゃ無いですか? だからアリスちゃんも連絡を取ったんでしょうから」 


 判ってますよと言いたげなユッコさんの笑顔。
 実際何かしようとしているんだから反論の余地は無しか。
 VRMMOゲームで結んだ絆は世間一般の常識に当てはめれば、軽い関係と思われるかもしれない。
 何せリアルの相手の顔も本名も知らないで仲間だ友人だとやっているのだから。
 でも俺もアリスも廃人と揶揄されるくらいに填まり込み、長く濃密な時間をゲーム内で過ごしてきた。
 それがリアルで結んだ関係に劣るとは思わないし思いたくない。


「そんなに判りやすいですかね俺……アリスは俺の相棒ですから。互いのピンチは何とかするって約束もしてるんで」


 ここ一番にしか使わないキーワード『相棒』を口にしリーディアンオンライン内で交わした約束を思い出す。
 ちと恥ずかしいことを言っているなと頭を掻いたときタクシーが停車した。
 タクシーが停車したのは目抜き通りから一本奥まった街路には復元された石造り灯籠型の街頭が立ち並んでいる。
 おそらくは昔の城下町をイメージした観光スポットなのだろう。


「お客さん。着いたよ。降りてすぐ左側の建物が百華堂さんだよ」


 運転席と後部座席を仕切っていたシールドが降りて顔を覗かせた中年の運転手が指さした先には、百華堂と彫られた看板を堂々と掲げる趣のある大きな店が一軒。
 うん……HPで見て外見は判っていたが、実物を目にすると思ったより威圧感がある。
 建物自体が築200年ということはあり得ないが、その過ごしてきた年月にふさわしい店構えだ。
 和菓子屋で威圧感を感じるというのもおかしな話だが、不躾なお願いをするという事で、気後れしているのかもしれない。

 
「運転手さんありがとうございました。カードでお願いしますね」


 僅かに飲まれている俺と違ってユッコさんは落ち着いた物だ。
 後部シートに設置されていたスロットにクレジットカードを通して料金を払い終えると、開いた扉からささっと降りてしまった。
  

「ありがとうございました……ユッコさん。俺がタクシー料金を持ちますんで後で支払い回してください」


 俺も運転手に礼を言ってからユッコさんの後を慌てて追ってタクシーを降りる。
 ユッコさんには無理なお願いしているのに、これ以上迷惑をかけるのは申し訳ない。


「高松駅までの交通費はマスターさんのお支払いだったでしょ。これくらいは払わせてくださいな。それにしても大きな店ですね。マスターさん」


 店を見上げていたユッコさんはやんわりと断り、俺に何かを言いたげな目を浮かべながら自分の右手をあげた。
 その仕草は覚えがある。ありすぎる。
 年明け早々ですでに暗くなっていると行っても時刻はまだ夕方。
 観光客らしき人が結構いるのが、ちと恥ずかしいが萎縮している自分自身に気合いを入れるには丁度良い。


「相手にとって不足無しですよ」


 ユッコさんの差し上げていた右手に俺は自分の右手を打ち合わせる。
 ハイタッチの爽快な音が宵闇に響きわたり、辺りの観光客がこちらへと視線を向けた。 周囲からの奇異の視線を無視してさらに俺とユッコさんはそのまま拳を作り重ねて再度打ち合わせた。 
 戦闘前には互いの健闘を祈り、戦闘後は互いをたたえ合う意味を持たせた拳礼はボス戦でよく交わしていたギルドの挨拶。
 これだけで先ほどまで感じていた心の重しが消し飛ぶのだから、とことんまで廃人思考だ。


「おかーさん。あのお婆ちゃんとおじさんなにしてん?」


「しっ。いかんよ。あんまりじろじろ見ちゃ」

 
……周囲の目は気にしたら負けだろう。












「ただいま主人を呼んできます。しばしこちらでお待ちください」


 店に入って従業員に名前と用件を告げるとすぐに奥の客間へと通された。
 ちゃんと話は通っていたようでまずは一安心。
 今日中に行くというのを本気にされず、いたずら扱いで門前払いされる可能性も少なくなかったので、第二関門も無事突破といったところか。
 通された10畳ほどの客間には、艶のある重厚な木製の座卓が一台。
 一段上がった床の間には掛け軸が3幅かけられている。
 海沿いの塩田で働く人々。
 一面の綿畑で綿摘みをする女性。
 木で組まれた器具を使って何かを絞り出す職人。
 掛け軸それぞれに描かれている図柄は一つ一つ違うが、俺はそこに共通点を見いだす。
 奇しくもそれは俺が攻略の切り札として選んだ物だ。
 

「やはりこちらのご当主は郷土愛の強い方のようですね。あの掛け軸。マスターさんの読み通りですね」


「そうみたいですね」 


 掛け軸に描かれた絵柄にユッコさんも気づき笑顔を交わし合う。
 後はいかに持って行くか。
 話の持って行き方を想定していると、廊下側の襖ががらりと開き一人の老人が姿を見せた。


「待たせたのぅ。ワシが百華堂9代目店主の香坂雪道や。ほんまに関東から来たんかあんたら。質の悪い悪戯さやと思っとったんやけどの」


 今も仕込みの真っ最中だったのか粉のついた作務衣を着た老人は鋭い目線で俺とユッコさんをじろりと睨んだ。
 友好的ではないその目は胡散臭いバッタもんを値踏みするような目だ。


「昼間は電話で失礼いたしました。ホワイトソフトウェアの三崎伸太と申します。こちらは我が社のクライアントの三島様です」


 俺は立ち上がって老人へと深々と一礼をしてから、同じように立ち上がっていたユッコさんを紹介する。


「三島由希子です。このたびは突然お伺いして申し訳ございません。百華堂様にどうしてもお願いしたいことがございまして訪問させていただきました。どうかお話だけでも聞いていただけませんか」


 やんわりとした笑みを浮かべたユッコさんは香坂さんの険しい視線を軽々と受け止め頭を下げるてみせる。
 やはり場数という意味ではユッコさんは俺の数倍、下手したら数十倍以上踏んでいるのだろう。
 その立ち居振る舞いは堂々とした物だ。


「うちの菓子をVR化させたいとか巫山戯た金儲けな、へらこいその根性おがっしゃげたろうとおもうとったがちゃうんかの? 座ってくれや。聞かしてもらうわ」 


 ユッコさんの真摯な態度に感じる物があったのか、香坂さんが少しだけ険を納めると対面にどっかと腰を下ろすと俺たちにも着席を勧めてきた。
 ちと方言がきついんで判りにくいがとりあえずファースト攻撃としては十分か?
 俺が座るとユッコさんが横から視線を飛ばしてきた。
 任せますという合図だろう
 ……戦闘開始。


「私共がVR化させていただきたいと不躾なお願いをしたいのは一人の女性のためです…………」


 神崎さんの事情を早すぎず遅すぎず滔々と話していく。
 雑用で会社外に行かされることも多いのでそれなりに敬語は使う機会は多いが、どうにもいまだに慣れないのでちと緊張する。
 香坂さんは腕を組んで目をつむり何も言わず、ただ俺の語りに耳を傾けてくれている。
 難病にかかりすでに手の施しようがない末期状態となっていること。
 こちらの百華堂の和三盆干菓子のファンで、毎月取り寄せているが自分では食べることは出来ず見るだけしか出来ないが、それでも喜んでいること。
 1週間後にある最後かもしれないVR同窓会の席でこちらの干菓子を是非神崎さんに召し上がっていただきたいと考えて急遽尋ねてきたこと。 


「私共はこちらの商品をVR化させていただいてもVRデータとして販売する気は毛頭ございません。一時……ただ同窓会の時だけでも神崎さんに召し上がっていただく為にVRデータ化のご許可をいただきたいのです。どうかお願いいたします」


 敬語を使うことに気を遣いすぎて、機械的でクソ丁寧な心の籠もっていない声にならないように抑揚を意識しながらこちらの事情を説明し終えた俺は、最後に額がテーブルに着くぐらいに深く下げる。
 黙って任せてくれていたユッコさんも倣って頭を下げる。
 艶のある光沢を放つ座卓の表面に映る自分の顔を見ながら香坂さんの反応を待つ。
 香坂さんの…………反応は無い。
 情だけですんなりと通るとは思っていないが、無反応も予想していなかった。
 何らかのリアクションがあれば対応するが、このままでは次の動きがしにくい。
 顔を上げて香坂さんの様子を観察したい誘惑にとらわれるが我慢する。
 駆け引きを楽しんでいることは否定しないが、神崎さんの為にもというのは紛れもない俺の本心。
 いまだに残る子供っぽさを社会人としての理性で抑える。 


「…………今の嘘は無いんやろうの」


 長く感じた時間の果てに香坂さんの真偽を確認する声が静かに、だが強く響く。
 俺は顔を上げて香坂さんの鋭い視線を受け止め、同じ強さで反しながら答える。
 
 
「毎月月初めに神崎さんは北関東にあります西が丘ホスピス宛で、百華堂さんの商品を注文していらしゃるそうです。注文台帳をご確認いただければ、私共の話に嘘は無いと信じていただけるかとおもいます」


「…………………長いことご贔屓してもろとるお客さんのことやこし調べんでも判る。めんどげな病気になっとるとは思わなんだわ。何ぞしときたいが……ちょっと待っとり」


 眉間にしわを寄せた香坂さんはふらりと立ち上がると部屋の外へと出て行った。
 上手くいった…………とは思わない。
 香坂さんが浮かべる表情には苦悩が見て取れたからだ。
 こちらの事情は理解してもらえたようだが、色よい返事がもらえるような雰囲気では無かった。
 俺とユッコさんは目を見合わせるが二人とも不安は無い。
 ここでの反応は織り込み済みだからだ。
 他の和菓子であればまだ反応が違ったかもしれない。
 おそらく俺の予想が当たっていれば和三盆干菓子故の特徴が香坂さんの苦悩の理由だろう。
 3分もせず香坂さんは盆を持って戻ってきた。
 盆の上には湯飲みが二つと、深い緑色の葉皿が一枚。
 葉皿の上には赤白黄色と色取り取りに着色された花形の干菓子が並んでいた。
 

「食んまい。ワシの答えだ」


席に戻った香坂さんは座卓の上に盆を置くと俺たちへと食べてみろと静かな声で促す。


「いただきます」


 勧められるままに一つ手に取り囓る。
 当然と言えば当然だが昼間神崎さんからいただいたのと同じ味。
 糸がほどけるように口の中でほぐれた和三盆のくどさの無い甘みが口に広がる。
 砂糖の塊だというのに後味もすっきりとしている。
 少し渋めの茶を一口啜ると次がまた食べたくなるほっとする味だ。 


「美味いか? あんたら」


 香坂さんの問いかけに俺が答えを返そうとすると座卓の下でユッコさんが制してきた。
 どうやらユッコさんはここで勝負に出るつもりのようだ。


「えぇ……とても美味しいです。恵子さんがまだ普通に食事を取れた頃にご馳走になったお味です。このお店のが一番好きだとよく言ってました」


 ユッコさんの言葉はおべっかでもお世辞でも無い。
 おそらく今より少し昔に本当に交わした会話だと気づかせる響きが篭もっていた。
 

「そう言ってもらえるんは職人として誉れやけど、ワシの手柄でないで……和三盆があってこその味やけん。この干菓子は和三盆そのもん。讃岐の誇りと伝統じゃ。やけんよ。ワシの独断では、よおわからんもんへの許可をだせん。製造元や他の職人に迷惑はかけられん」


 やはり……そうか。
 香坂さんの躊躇は俺の予想していた懸念だった。
 和三盆の干菓子とはつなぎをいれ固めた和三盆を型抜きして着色した物であるが、味そのものは和三盆である。
 干菓子をVRデータ化するとは、和三盆の味をデータ化するのと同意。
 セキュリティに気をつけてはいるがもし万が一データが外部へと流失、拡散すれば、問題は百華堂さんだけでは収まらなくなる。
 和三盆を製造している製造元。
 さらにはその取引先で同じような干菓子を製造している他の和菓子屋にまで影響が出る事になる。
 そりゃ渋るよな。大規模な問題に発生する可能性があるんだから。


「香坂さん。こちらをご覧いただけますか」


 ユッコさんが横に置いていたバックから二枚の紙を取り出し卓の上に並べる。
 それはここに来る途中でユッコさんが書き上げた二つのラフ画だ。


「これは……」


 ラフ画を目にした香坂さんの目が驚きで広がる。
 華やかな花が舞い散る反物をイメージしたデザイン画はデザイナー三島由希子渾身の和三盆干菓子の図案。
 花びら一つ一つが細かい装飾を施されているのも華やかであるが、それ以上にすばらしいのは全体で見たときの調和だ。
 躍動感あふれる図案は強烈な印象を残し、春の息吹と気高き花の香りすら感じさせるほどだ。
 この道数十年の熟練和菓子職人の心にも響く物があるのだろう。
 服飾と和菓子。
 畑違いの分野といえど、ユッコさんの世界を相手に出来るデザインセンスは通用するはずだという読みは当たる。


「……こちらもどうぞ」


 ユッコさんは最初に見せたラフ画の下に隠していたもう一枚のラフ画を取り出す。
 先ほどの華やかさから一転して純白の木綿布に華美にならない程度に細かな刺繍を施した包み布のラフ画だ。
 由希子さんの話ではこちらのイメージは冬。
 雪が溶け百華咲き乱れる春が訪れるというコンセプトの包み布と干菓子を組合わせている。
 この強烈なギャップは包み布をほどいたときの驚きと喜びをお客に与えることが出来るだろう。
 ラフ画を提示した由希子さんは俺を見てにこりと微笑み、右手の拳を軽く握って見せた。
 トドメのクリティカルをお願いしますという合図。


「香坂さん。三島様は世界的にも名の知れた服飾デザイナー三島由希子先生です」 


 ユッコさんが用意してくれた武器を手に俺は詰めの交渉へと突入する。
 三島由希子が持つその高名を香坂さんが知らずとも、その才能を感じさせる鮮烈なデザインが否定できない真実味を持たせる。


「私共は今回のVR化にご理解とご許可そしてご協力をいただけるのならば、そのお礼といたしまして四季折々に合わせたユキコブランドのデザインをご提供する用意があります」 


 その威を借りた俺は遺憾なく乱用し一気に本丸へと迫る。
 うちの佐伯主任では無いが、すばらしいデザインが目の前にあれば実際に作ってみたいと思うのは職人の本能だろう。
 職人気質が強ければ強いほど制作意欲を刺激される嵌まる罠。
 
 
「…………ワシ一人ではよう決められん」


 罠にはまりかけた香坂さんはラフ画を手に取りつぶさに見ようとしたが、何とか思いとどまる。
 しかしそれは指先だけ引っかけて耐えているような状態。 


「ご安心ください。香坂さんのお気持ちは判っております。私共のコンセプトは『讃岐三白』です」

 
 俺は床の間の掛け軸を指さす。
 ここにあの掛け軸があったのは本当にラッキーだとおもうしかない。
 かつてこの地が讃岐と呼ばれていた頃の名産品を描いた三幅の掛け軸。
 東部の和三盆。
 瀬戸内の塩。
 そして西部の綿。
 白物三種類を纏めて呼ばれていた死語となって久しい概念を武器として俺は掘り起こしてきた。
 商業的な塩田はとうの昔に途絶え、観光用の復元施設があるだけ。
 綿花作りも前世紀には安価な輸入品に押されて衰退し、極々一部で栽培が続けられる細々とした物となっているらしい。
 未だに根強い人気を誇る和三盆はともかくとして、他の二つがこの現状だというのはちょっと調べればすぐ判った。
 絵に描いた餅のような計画を元に譲歩を引き出すというのは限りなく詐欺に近いような気もするが、そこは勢いでごまかす。


「包み布には讃岐の綿を使った木綿を使い、和三盆の干菓子はもちろんとして、塩田の復元施設で販売されている瀬戸内の塩を使った和菓子を香坂さんに御考案いただければ讃岐の誇りであった讃岐三白を全て網羅した商品が完成いたします。讃岐三白の復活です」


「何とか! 讃岐三白の復活やと!?」


 香坂さんの目の色が変わった。
 地元の名産品の大々的な復活。香坂さんのように郷土愛の強い人間には弱い言葉だろう。


「はい。ただ百華堂さんだけでは讃岐三白といっても盛り上がりに欠けるかもしれません。ですので香坂さんが名誉会長を務めている讃岐文化保存会や和三盆生産者の方。他のお店の方にも協力要請していただきたいのです。ご協力していただけるのならば他の方々にも三島先生のデザインを格安で提供させていただく用意がございます」


 広範囲に迷惑がかかる恐れがあるなら…………いっそ全部を巻き込む。
 それが俺の出した答えだ。
 かってに格安を確約して仕事を取るのだから、ユッコさんの個人事務所の方にあとで怒られそうな気もする。
 まぁ本人が乗り気だからオッケーか。


「讃岐三白の復活………………ちっと時間を貰えんか。ワシはおもっしょい思うけんど、寄っりゃいして皆に訊かないかん。あんたら急いとるんは判るが、1~2日待ってくれんかい? そん間はうちんく泊まってくれてかんまんけん」


 香坂さんが深い息を吐いて立ち上がった。その目はぎらぎらと輝いている。
 火付け成功か。
 

「ではお世話になります」


 俺が返す返事もそこそこに聞いて香坂さんはどたどたと部屋の外に出て行った。
 おそらく他のメンバーに連絡を取りに行ってくれたのだろう。
 後は他の人らの説得が出来次第、会社に連絡してデータ化を開始してもらおう。
 やることはまだまだあり日時も少ないがとりあえずの難関は突破したと思って良いだろう。 


「相変わらずマスターさんは人を煽るのが上手いですね。私も張り切りがいがあります」


 ユッコさんは呆れと感心交じりな声で笑いながら右手を差し上げた。


「そりゃまぁこれでもGMなんで。イベントを盛り上げてなんぼの商売ですから」
 

 ユッコさんが差し出した右手に右手を打ち合わせてとりあえずの勝利と互いの健闘を称えあった。
































 VRMMO書いてたはずがどうしてこうなったw
 讃岐弁変換やら言葉を調べて書いてますが、おかしな所ばかりだと思いますので、地元の方いるようなら突っ込みお願いします。。



[31751] VRMMO同窓会 開戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:03
 煉瓦風デザインタイル張りの校門と固く閉じた門扉を横目に見つつ、前庭と一体化した広場を手早くチェックしていく。
 右手には昨今では珍しくなった薪を背負った二宮金次郎像。
 その像の見る先には小学生の目線で見れば広いであろう池が作られている。
 池の中をのぞき見れば少し濁った水面が疲れ切った俺の顔を反射し、水中では小さな金魚が凍り付いたように静止していた。
 広場の向かい側に目をやると畳二畳ほどの大きさの連絡用掲示板が一つ。
 ガラス張りの掲示板にはわら半紙とは名ばかりの再生紙で、本日の同窓会のプログラムと今回ご出席なさる方の名簿と現連絡先。
 ポップアップウィンドウを呼び出しリストと照合確認をし誤記載や記入漏れなしを確認。
 ついで掲示板の脇に立つ大きな桜の木へと目をやる。
 桜の木は満開となった桃色の花を堂々と咲き誇っているが、木から散った花びらは、見えない糸で吊したかのように空中に停止した状態だ。
 写真や絵画のように美しくはあるが凍り付いたように停止した幻想的な風景を映し出すここは、リアルでは無くVRによって再現された舞岡北小学校の敷地内。
 開校時に記念植樹されたという桜は十数年前に落雷で焼失し、すでにこの世から消えていたが、VRではあるが見事な復活を遂げている。
 同窓会開催時刻である午後三時まであと5分を切り、ホワイトソフトウェア従業員総出の最終チェックを慌ただしくおこなっている真っ最中だ。
 なんせ最後に組み込んだデータのアップが終わったのは今朝方7時。
 環境系のメインデータでは無いので大丈夫だとは思うが、どこで影響が出るかも判らない。
 最後の最後で何らかの不具合が起き、同窓会が中止になればこの二ヶ月の努力が水泡に帰すのは勘弁と、残った力を振り絞っていた。


『三崎。入り口周辺どうだ?』
 

「校門周りはバグなし。池なんかの反射率も問題なしです。んじゃ目玉の桜を動かします」


 総合管理室で全体の総指揮をしている中村さんへと答え作業開始を告げる。
 この木の再現には苦労させられたので、停止状態でもこうまで咲き誇ってくれているのを見ると、それだけでも感動はひとしおだ。
 なにせ桜の前で撮った写真や映像データは、それこそアルバム数冊分ほどになるほど大量に有ったが、その大きさ故に全体を映した映像が一切無かった。
 映像を繋げて再現してみたりもしたのだが、どうにもつなぎ目が不自然で違和感が存在していた。
 他の木なら多少違ってもごまかしようもあるのだろうが、さすがに校門のシンボルともなるとそうはいかない。
 ちょっとした違和感が不評に繋がるかもしれないからだ。


『準備するからちょっと待て……そういえば福島さんに礼はしたのか?』


「今度一升瓶持ってVR盆栽を二時間制限でも楽しめるように内部時間設定変更しに行きますって伝えてあります」


 そこで解決策に知恵を拝借したのが、千年盆栽を達成した園芸マニアなご近所の福島の爺さま。
 過去の気象データや映像データ等から生育状況を推測してもらい、そのアドバイスを元に手直しして再現した桜は、ユッコさんから太鼓判を押してもらえる完成度を誇り、感謝しきりだ。


『そうか。あと寿司もつけろ。経費は会社で持つ……よし。いいぞ。開始してくれ』 


 こちらの木も花びらと同じく停止状態で透過体となっているので、水面に手を伸ばすような感じで表面ぎりぎりで手を止めてリンクを繋げて支配下に置く。


「リンク接続。停止モードから稼働モードに切り替えと」


 モードを切り替えると透過体だった木と花びらが実体化し、空中で止まっていた花びらは重力を思い出したようにヒラヒラと落ち始めた。
 急速垂直降下したり、きりもみ上に螺旋を描いて空中に上がっていくなんてありがちなバグもなし。
 校門すぐの桜の木は学校の顔でありイメージが強く覚えている方も多いそうなので、些かリアルでの開花時期には早いがご登場願っていた。


『プログラム上では問題なし。見た目はどうだ』 
 

「こちらも問題なしです。花は先に少し散らしときますか? 路面に花びらがちょっとあった方が良いでしょ」


 路面に目をやれば今落ちた10枚ほどの花びらが散り落ちている。
 この数だと単なるゴミにしか見えないが、もう少し枚数が多ければ色鮮やかなピンク色の模様となり無機質なコンクリート舗装を飾ってくれることだろう。


『稼働開始は5分前だからな。適当に落としておいてくれ』


 現在は再現全領域がメンテナンスモード状態。
 稼働するまでは、風一つ吹かず世界は止まった状態のままだ。
 このまま桜だけを稼働状態にしてもそう易々と花は落ちない。
 開場15分前なんだから、営業稼働モードに切り替えればいい話なのだが、まぁ、なんせ……金が無い。
 再現全領域をリアルと同じように動かすとなると、風の動き一つとっても、それにともなう枝葉の動きに、水面の波紋と多大な影響が起き、演算量は桁違いに跳ね上がる事になる。
 もっともリーディアンオンラインの時は大陸を丸々一つ作って動かしていたのだから、それと比べれば狭い学校敷地+αくらいなら、スペック的には本社地下のホストサーバを一台、しかも半稼働で余裕で動かせる。
 しかし経営的にはその一台を半稼働させるだけでも電気代が痛いらしく、ぎりぎりまで稼働を待っている状態だ。
 ……本当に大丈夫か。うちの会社?


「了解。んじゃ物理でいっておきます」
 
 
 会社の先行きにそこはかとない不安を覚えながら。今回の仕事が先に繋がると信じて、俺は幹に手を当てて軽く揺する。
 しなって揺れた枝からはピンク色の花びらが散り、地面をほどよく染め上げていった。
 出迎え先である校門辺りはこれで準備完了と。
 後は同窓会参加者の来訪を待つだけであるが……


「あーそれで中村さん。本当に俺で良いんですか? 受付手伝いだけならともかく挨拶と説明もって」


 来客者が最初に訪れる校門に配置されているのは、先輩女性社員が行う来客者の受付を手伝うためだと納得は出来る。
 しかし会社としての説明と挨拶をかねた総合司会を、ペーペーの俺がやらされるのはなんかの間違いだろ。
 普通こういう会社としての社運をかけた仕事の挨拶は社長で、お年寄り向けの判りやすい機能説明なんかは中村さんクラスの熟練者の出番だと思うんだが。
 

『突貫制作で想定外の不具合が起きてもおかしくないんで、俺はここから動けない。かといってVR技術に一番詳しい開発部の奴らや他の連中だと癖が強すぎるのと、非常時の戦力低下も痛い。対応になれている社長や営業部は、もう一組のお客の方の相手で動けない。あっちはそれこそ仕事の話で細かい事になるからな。諸々考えるとお前が一番適任なんだよ。三崎。社命だ……いい加減腹を決めろ』


「……ういっす。脳が動いてないからあんまり期待しないでください」


 社命と聞いて、仕事だ仕方ないと思う辺り自分が年をくったと実感する。
 疲れた顔のままで出るのは失礼なんで、頬を張って気合いを入れついでに眠気を覚ます。
 VRの良い点は思いっきり殴っても、それほど痛くないことと跡が残らないことだ。


『お前なら大丈夫だろ。基本的に人当たりが良くて口は上手いからな。社長もこの間の和菓子屋での件は、形無い物を売るってことで詐欺師みたいな才能があるってほめてたぞ』


 いや、それ……褒めてないですよね。
 というかあの社長にだけはその褒められ方はされたくないんですけど。
 俺も大概だが、社長こそ、その思考と詭弁は詐欺師そのものだと思う。
 なんせまだ成功していない今回の同窓会を切っ掛けに、かなり大がかりな仕掛けを施そうとしているくらいだ。
 どうにも返しにくい評価に俺が返答に詰まっていると、


『ポート解放5分前。全域稼働開始します。全職員は所定の配置についてください』


 無機質な機械アナウンスが流れると共に世界が躍動し始める。
 池へと注ぎ込む水のせせらぎと聞こえ、春先の暖かい風が吹き始め花の香りを運び、前庭の木々に隠れた飼育小屋から雄鳥の鳴き声が響く。
 ふと気づくと目の前のコンクリートに小さな点の影が生まれる。
 かと思うと、一気に大きくなった。
 何かと思い頭上を見上げれば、会社の受付嬢である大磯さんが空から降りてきたところだった。


「屋上設備のほうは問題なしです。目隠しの霧発生させてください……っ!」


 下にいる俺に気づいた大磯さんが声を上げて、はためていたスカートの裾を慌てて押さえつける。
 人手が足りなくて現場チェック班は複数箇所担当があり、俺は受付に回されるのを聞いていたので校門周りを最後に回していたのだが、大磯さんは確認箇所の少ない校舎屋上を最後にしていた。
 工程表上での時間に余裕はあったと思うが、トラブルが生じ思った以上に時間を食い、開業直前アナウンスに慌てて空を飛んでショートカットしてきたという所だろう。
 

「……見た?」


 地面に降りてきて気まずそうに耳を赤くして顔をうつむけ、おそるおそる聞いてくる。
 年齢的には俺の3つ年下であるが、大磯さんは高校卒業と共にホワイトソフトウェアに入社したので会社では1年先輩になる。その顔を潰すような答えは返せない。
 

「相変わらずの見事なまでの鉄壁でした」
 

「そ、そう! ご、ごめんね。遅れて。ちょっとトラブってた。すぐ準備するから!」


 ほっと安心した息を漏らした大磯さんはごまかし笑いを浮かべながら、照れ隠しに大きく指を振って掲示板前に受付テーブルをインベントリーから呼び出してた。
 その手際は見事の一言。
 目立ちすぎず、かといって地味すぎない色合いのテーブルをチョイスし、ぱぱっと設置したかと思うと、その上にサイン用のインク壺やら羽ペンを取り出し並べてあっという間に受付を整えていく。
 この人基本的に仕事は出来るし、性格もいいんだが……なんというかドジだ。
 

『開場2分前。来場者ポータルを解放します。グラウンドに霧生成。目隠し開始』


 大磯さんの準備が終わるとほぼ同時に、入り口である校門を閉じていた鉄製の門扉がきしむ音を奏でながら内側に開きはじめ、同時に濃いミルク色の霧が発生してグラウンドの向こう側に立つ校舎の姿を覆い隠す。
 本命は皆様そろってご覧くださいという趣向だ。
 
 
『あーこちら白井。簡単だけど挨拶するのでそのまま聞いてくれ』


 全域放送でいつも通りののらりくらりとした社長の声が響く。
 おそらくこの会社でこの二ヶ月一番忙しく駆け回っていたはずなのに、声に疲れは無く、気負いも無い。


『全社員皆の奮闘のおかげで開場までは無事に来た。ここまで来れば後は僕らの本業だ。これからみえられるお客様。そしてこれを見ているお客様。その全てに我々ホワイトソフトウェアの真髄を、楽しいVRMMOを体感してもらおう。つまりいつも通りだ』 


 失敗すれば会社は潰れるというのに、あくまで自然体でいつも通りに行けば良いと言える。
 それが社長の持ち味であり、くせ者揃いの会社をまとめ上げる素質なのだろう。


『では営業開始』



 社長の挨拶が終わると同時に門が完全に解放され、その門柱のあいだに光の輪が発生する。
 仮想体生成リングがゆっくりと回転しながら地上へと降りると壮年の男性が姿を現す。


「……ほぉ……これは……なんとも」


 後ろへとなでつけた白髪の男性は黒フレームの眼鏡奥の目を驚きに見開き、感嘆の声を上げている。
 反応は上々だがまずい。あの位置で立ち止まられると、入り口がすぐに詰まってしまう。


『田中耕一さん。元クラインインテリア社品質部部長。三年前に早期退職。現在は生まれ故郷で素人絵描きをしながら隠居生活……三崎君。こっちまで案内してきて』


 その男性。田中さんのすぐ横に不可視ポップが浮かび上がり、簡易プロフィールが表示される。
 大磯さんが気を利かせて教えてくれたようだ。
  

「ようこそ田中様。こちらでご記帳をお願いできますか」


 感慨深い表情を浮かべる田中さんの気を害さないように、にこりと微笑みながら挨拶をかねた誘導の声をかける。


「おっ……おぉ。これは失礼。ふむ。こちらですな」


 懐かしい光景につい見惚れていたであろう田中さんはどうやら俺たちの存在にすら気づいていなかったみたいだ。
 俺の声に少し驚いたような仕草を見せていたが、すぐに大磯さんが待機する受付に気づき校門からこちらへと近づいてきてくれた。
 一人目の誘導は成功。
 大磯さんに後は任せて俺は次の仮想体を生成し始めたリングへと目をやった。
 ……このやり取りをこのあと数十回やらされる羽目になったのだが、それだけ再現率や心に訴える物があったのだと思っておこう。












「小野坂。久しぶりだな。まだ生きてたか」


「おぉ野瀬か! そっちこそよく生きてやがったな。何年か前に心臓発作で倒れて梁から落ちたって聞いてたぞ」


 受付で記帳をしていた大学教授である小野坂さんに気づいた大工の棟梁だという野瀬さんが声をかけると、つい今まで紳士然とした丁寧な物腰で受付をしていた小野坂さんの言葉遣いが些か乱暴になった。


「おう。あの時は死ぬかと思ったが。なーに人工心臓に変えてからは前より調子が良くなったくらいだ。まだまだ現役さ。ほれとっととこっち来いや」


「ははっ。お前らしいな。待ってろ。すぐサインしてそっちに行くから……コホン。失礼。これでよろしいかな」


「はい。ありがとうございます。小野坂教授。どうぞ御交友をお楽しみください」  


 つい出てしまったであろう言葉遣いに気づき咳をしてごまかす小野坂さんに対して大磯さんはにこりと微笑んで返す。
 ふんわりとした自然な笑顔は大磯さんの最大の武器。
 会社を訪れた取引先のお偉いさんから息子の嫁にしたいと口説かれた事もあるらしい。


「あぁ。ありがとうお嬢さん。お恥ずかしいところを見られたな。あまりに懐かしくてつい若い頃に返ってしまいそうだったよ。君の会社は良い仕事をするね」


 まだ本番が始まってもいないのにご満悦な表情を浮かべた小野坂さんは楽しげな笑みを浮かべながらお褒めの言葉をくださると、先ほどから呼んでいた野瀬さんの方へと歩いていった。
 高い再現率を誇る失われた桜の巨木は、来場した方達を一気にノスタルジーへと引き込む仕掛け。
 前庭のあちらこちらでユッコさんのご学友達が談笑の花を咲かせていた。
 その話の種は互いの近況だけでは無い。
 今は失われてしまった桜の木を見上げながら。
 リアルとうり二つに再現された前庭を散策して懐かしげに目を細めながら。
 そして発生している霧で隠され姿が見えない校舎がどうなっているのかと、実に待ち遠しそうに語り合いながら。
 この場を楽しんでいただけているようなのでとりあえずは成功といったところか。


(小野坂さんで44人目。あとお二人で全員)   


(了解。あとはユッコさんと神崎さんですね)   


 不可視ポップアップウィンドウに浮かんだ大磯さんからの文字チャットに対して、俺も同じく声に出すWISではなく右手で仮想コンソールを軽く叩き返事を返す。
 俺たちGMとは裏方。
 司会進行の様子や現状報告、打ち合わせなどはなるべくお客様に見せないのが理想なので、この声を出せばすぐ届く至近距離でも文字チャットで会話を交わす。
 ユッコさんは設備の整った自宅からでは無く、西が丘ホスピスから潜ることになっている。
 校門へと目をやると丁度二つの仮想体生成リングが出現し動き始めていた。右のリングは通常サイズ。左側のリングは幅が広く大きい。
 右のリングから上品な白色を基調としたワンピースの上に赤色系のカーディガンを重ね着したユッコさんが出ててきて、左のリングからは暖色の淡い橙色のゆったりとしたブラウスを纏った神崎さんが車椅子に座って姿を現した。


「ケイ子! 遅いわよ。待ちくたびれちゃったじゃ無い。もう貴女に会うのが楽しみだったのよ。どうせユッコがいろいろ服に五月蠅く言ったんでしょ」


 入ってきた二人に気づいた丸っこい……もとい恰幅の良いご婦人が明るい笑顔を浮かべて喜色の声をあげた。
 その声に一斉に視線が校門に集まった。


「おっ! 来たか今回の立役者と主賓が」


「昔から三島の着せ替え人形だったな神崎は」


「ははっ。そうだった。そうだった。相変わらず仲がいいなお前ら二人は」


 場が一気に盛り上がる。
 ホスピスから出ることが出来ない神崎さんとVRとはいえ会えることが皆嬉しいのだろう。
 温かな雰囲気と声が二人にかけられる。
 その口火を切った話し好きなおばちゃんといった空気を全身から醸し出すあの人は確かグラスさんという方だったか?
 大磯さんに目線をやるとすぐにグラスさん(仮名)の横にポップアップウィンドウが浮かび上がった。


『美弥=グラス(旧姓新村)さん。元大日航空CA。国際結婚なされて現在は海外で生活。お二人と会うのは10年ぶり』


 一流のドアマンは数千人の顧客の容姿やプロフィールを素で覚えているというが大磯さんもそれに近い能力を持っている。
 大磯さんの場合は記憶自体は脳内ナノシステムの補助を受けているが、ともかく集めている情報量が多く、さらにそれをその時々に合わせ有用情報として使い分ける事が出来る。
 天性のドジに気をつければ、どこの一流企業でも秘書としてやっていけるだろうが、本人曰く、そんな所じゃ緊張してとんでもないドジをするからと生気の抜けた沈み笑いを浮かべていた。  


「もう。五月蠅い言わないでくださいな。それが私の仕事で趣味なんですから。それに恵子さんの場合は元が良いから着せ替え甲斐があるのよ」


「ふふ。お久しぶりねみんな。由希子さんに私が頼んだのよ。最近の服装なんて判らないから選んでほしいって。これどうかしら?」


 嬉しそうな笑い顔を浮かべたユッコさんと神崎さんが応えると、車椅子が音も無く進みグラスさん……美弥さんの方へと動いた。
 病院側から提供してもらったVR車椅子データを数値を少しいじくって調整してあるが、動作は問題なしのようだ。


「いいわね。恵子の白い肌には暖かい色が栄えるもの。ねぇユッコ。今度あたしの服もみてよ。娘に年寄り臭いって言われてるのよ」


「はいはい。でもその前に美弥ちゃんは少し痩せなさい。前にあったときより大きくなってるでしょ」 


「そういえばそうだな。昔は一番痩せてたのが今じゃ逆側に一番だ」


「もう失礼ね。これでも今日のために1キロも落としてきたのよ」


 ユッコさんが浮かべた意地の悪い顔に悪のりした男性が茶々を入れ周囲から笑い声が上がる。
 そしてこの冗談に一番笑っているのが当の本人である美弥さん。
 ユッコさんの同窓の方達は極めて良好な関係を今も築いているのを感じさせる光景だ。


『三崎。お客様が歓談中のところ悪いが、全員そろった事だし始めろ。最初の田中さんが没入してから10分経過。残りは110分だ』


 司会を始めろという中村さんからのWISが脳裏に響く。
 この楽しげなおしゃべりをこのままさせてあげたいところだが、俺たちには難敵がいる。
 VR規制条例の条項が一つ。


 ”娯楽目的での脳内ナノシステムによるVRシステム利用における完全没入は一日二時間を上限とする”


 今回の同窓会もあくまで楽しむための物になるため、娯楽目的を禁止するこの社内通称のヒス条例に引っかかってしまう。
 忌々しいことこの上ないのだがそれでもどうにも出来ないのだから、この枷をはめたまま俺たちは進むしか道は無い……今は。
 

「皆様ご歓談中のところ失礼いたします! 私はホワイトソフトウェアの三崎伸太と申します。全員おそろいになったことですのでそろそろ始めさせていただきます。あちらをご覧ください!」  


 まずは大声で一気に注目を集め、次いで声を一度落とし、もう一度声を張り上げながら、オーバーなほどの大きな身振りでグランドを指し示す。
 俺に集まっていた視線がその手の動きに合わせてグラウンドへと一斉に注がれる。


『霧解除。バックからライトアップ開始。音楽スタート。徐々に上げていけ』


 管理室の中村さんの声と共に風が霧をゆっくりと晴らしはじめ、その風音に混じって微かな音が響いた。
 裏側から光を当てられた校舎が霧の中から徐々に姿を表すのに合わせて、最初は聞き取りにくかった音がやがて明確なメロディーとなる。


『霧パターン変化』


 風にながされるままだった霧がやがて空中に止まり形を作り、詩のような言葉の群れを空中に浮かび上がらせた。


「え? これ……校歌じゃない? 曲もほらあの霧の文字も歌詞でしょ!?」


「そうか校歌だ。おぉ! 懐かしいな! 俺は今でも歌えるぞ!」


 校舎に目を取られていたお客様達も歌詞とメロディーがそろい数十年前の記憶を呼び起こさせる。
 一人が歌い出すと、徐々に詠唱の輪が広がり、すぐに大合唱となる。
 再現された校舎がその全貌を表すとその歌声は最高潮へと達し、歌の終わりと共に大歓声へと変わった。
 同窓会の会場が小学校であるのならば何よりもふさわしい開幕のテーマは校歌しかない。
 あざとく。
 王道に。
 そして楽しんでもらうために。
 制限された二時間でいかに趣向を凝らすか。
 それがホワイトソフトウェアのやり口だ。



[31751] 思い出を探そう
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/06/06 22:59
 VR提供者として忘れてはならない大原則が一つある。
 この世界は現実で無くVRだということだ。
 言葉にすれば簡単だが、これは結構重要な事。
 ここはVR世界。
 プログラムを組み作り上げれば何でも叶う一時の夢の世界。
 それをお客様にも意識してもらい、非日常を楽しんでもらう事こそが重要視される。
 お客様にもVR世界はVR世界で、リアル世界はリアル世界であると明確に区別してもらう。
 季節外れの桜が咲き誇り、霧が文字を形作り、失われたはずの建物が威風堂々と存在する。
 いかに現実の日常から乖離した世界で有るかをお客に知らしめるその手法は、前世紀のゲートを抜ければ別世界といった有名所のテーマパークでも用いられ培われてきた手だ。
 懐かしいであろう校歌の残滓の余韻に浸っているであろうお客達の反応を見ながら、俺は目立たないように指を動かし他者不可視状態の仮想コンソールへと打ち込み、総指揮を執っている中村さんに連絡をつける。


(次、お願いします)


『了解。VR再現開始……すまんエラー発生だ。失敗箇所から再読み込みする。挨拶を2分に伸ばして繋いでくれ』


 一気にお客様方をこちら側へと引き込んでしまいたかったが、そうは上手くいかないようだ。
 しかしこれは事前予測していたエラーの一つなので、中村さんの声は落ち着いたものだし、俺にも焦りはない。
 なんせオープニングに次いで呼び出すつもりのVRデータは大容量すぎて、滞りなく再現できたのはテスト時も八割程度。
 本番でミスる可能性は十分に予想していた。
 他のデータにしたほうが良いんじゃ無いかという意見も、もちろん有ったがインパクトのあるオープニングという意味で、今から再現する映像がもっともふさわしいと採用されている。


「では皆様。苦心惨憺の我が社の苦労話でも長々と話ながらご挨拶と行きたいところですが、まぁともかく時間がございません。そういうわけで早速でありますが今回の趣旨をご説明させていただきます。事前配布いたしましたマニュアルと重複いたしますが。そこはご勘弁を」


 慌ただしい舞台裏をお客様に見せるようではGMなんてやってられない。
 しれっとした顔で進行プログラム通り進んでいると見せかける為に尺伸ばしのアドリブをいれて、軽薄かつ軽快な口調で注視を集めつつ一礼して、次いで右手を大きく振って空中に大型ビジョンサイズのウィンドウを展開する。
 姿を現した校舎に向かっていたお客さんの視線をウィンドウへ集めた隙に、左手で仮想コンソールを弾いて関係者用ウィンドウも表示し横で待機している大磯さんへと手助けを頼む。


(スクリーン内映像を頼みます)


(オッケー。再読み込みまでサブウィンドウでカウントもするから合わせて)


 ニコニコとした来客用の微笑を浮かべた大磯さんも、体の前に組んだ右手を微かに動かして返事を返しすぐに対応を初めてくれた。
 受付嬢が専門といっても、人件費を少しでも削りたい中堅企業なホワイトソフトウェアでは人手不足の時には現場にも駆り出されるので慣れた手つきだ。


「皆様の同窓会の舞台はご覧の通り通われていた舞岡北小学校となります。すでに皆々様の思い出の中にしか無い建物でございましょうが、ご提供いただきました写真や映像を用いてVR上とはいえ復活いたしました」


 俺の説明に合わせて大型ウィンドウの中が細かく分割されて、その小枠一つ一つに提供してもらった写真や映像が次々に切り替わりながら流れていく。


「あれ私のよ。ほら昔写メで撮ったでしょ。覚えてる?」


 自分が提供した映像が有ったのだろうか一人のご婦人がウィンドウの一角を指さす。
 他にも自分の提供したデータを見つけて喜色を浮かべる人がちらほらと出ているのを確認しつつ、その横に展開する関係者用サブウィンドウをチェックし、残り時間を確かめる。
 残り1分少々。
 焦らず、かといってゆっくりになりすぎないように口調とテンポを調整と。


「ここまでは事前にお配りしたマニュアルに記載しております。まぁだからといって箱物だけ作ってもそれはちとつまらない。シークレットな企画としてちょいとした遊び心もプラスさせていただきました。とりあえず皆様とリンクさせていただきます」


 説明をしながら左手を動かしてGM権限でこの場所にいるお客様とリンクして一斉操作で人差し指と親指を合わせて目の前をつまむようにして、それぞれのシステムウィンドウを呼び出す。
 基本状態では他者からは不可視状態となっているシステムウィンドウなので、目視確認は出来ないが、


(全展開完了確認……三崎君って本当に流れるようにアドリブいれつつ嘘がつけるね。感心するわ)


 呆れ交じりの文字チャットで、各々のシステムウィンドウが開かれた事を大磯さんが教えてくれる。
 アドリブはともかく、大磯さんが指し示す嘘というのは何のことは無い。
 簡易マニュアルをお客様の元へと郵送やらメールで送った11月下旬では、このシークレット企画といっている企みは影も形も無かった。
 しかし企画の立案者としては、より盛り上げる方面に持って行く為に嘘の一つや二つはついてみせようってもんだ。


「ではこの中のオリジナルアルバムという項目にご注目ください」


 次いでリストの中のオリジナルアルバムとカスタムアルバムと書かれた二つの項目から、前者を拡大表示して展開。
 残り30秒。


「シークレット企画のキーワードはずばり『思い出の再発見』。皆様がこの学校で過ごされた年月の中で思い出深い場所は無数にある事でしょう。そこでその場にいらしましたらこのように両手の人差し指と親指でフレームをお作りください」


 あと10秒。
 伸ばした指で四角のフレームを形作り、カメラのファインダーをのぞき込むような仕草をしてみせ、そのままグラウンドをみながら左右上下に振ってみせる。
 

「そしてこのように、写真を撮るようにあちら、こちらに動かしてみてください。そして見事に反応を拾いますと」
 

『読み込み完了。トリガー出現』


 カウントが0になった瞬間、中村さんのWISが響き俺が作ったフレームの中にピンポン球サイズの赤い玉が突如出現する。
 おし。今度は無事に読み込みしたようだ。
 何度もやり直すってのは、さすがに無理があり時間的にも痛いので一回で来てくれて良かった。


「当たりがでます。これがシークレット企画のトリガーとなります。そしてこの出現いたしましたトリガーを指で軽く弾いてみると」     


 フレームを模っていた指を解除して、伸ばした人差し指で赤玉を弾くと、玉の表面が小刻みに震えて溶けるインクのように空中に霧散する。
 次いで目の前の校庭が地面から噴き出した白いスモークで瞬く間に覆われた。


『映像データ001トリガー解放されました』


 システムウィンドウのアルバム欄に解放されたデータ番号が表示され、同時に視界を遮ったスモークが風に攫われる。


「「「「「「ぉぉっ!?」」」」」」」


 スモークが晴れた校庭に出現した予想外の光景に、お客様からどよめき声が上がった。
 先ほどまでは無人だった校庭には、いつの間にやら数百人もの小学生達が出現していたからだ。
 入学したばかりであろう真新しい体操着を身につけた小さな男の子。
 成人と変わらない背丈の大きな6年生。
 ずらりとそろった小学生達は皆一様に空を見上げている。
 ただその並び方はてんでばらばらで、極端に固まっているところもあれば、一列事に並んでいたり、徐々に横並びの人数が減っていく箇所もある。
 真横からみていれば一見不規則にも見えるこの並び。
 だが遙か頭上から見下ろしてみれば有る形をしている事が判る。


「この子達は? ……なんで空をみてるんだ」
  

 しかも突然出現した小学生達はお客様達の喚声にも微動だもせず、ただきらきらと目を輝かせ空を見上げ続けている。
 さすがにその様子におかしいと気づいたお客様達がざわつく中、一人のご婦人がこの小学生達の正体に気づく。


「ねえ……あたしがいるんだけど」

 
 それはユッコさんのご友人。美弥さんだ。
 丸……ふくよかな美弥さんは、ほっそりとした色白の可愛らしい女生徒を指さしている
 ……まぁ、面影が有ると言えばあるか目の辺りに。やはり数十年経つと人って変わるんだなと失礼ながら思ったりする。


「お! ほんとだ俺もいるぞ」


「私もいたぞほら。あそこだ」


 美弥さんの言葉で列を見回していた他のお客様達も、次々に自分の幼い頃の姿を見つけていく。
 

「ねぇ由希子さんこれって創立記念の空撮写真撮ったときの私たちでしょ。ほらあそこに私と由希子さんもいますよ」


「そうみたいね……ひょっとしてマスターさんですかこの企画の発案者? ギルドイベントの時と同じ感じがしますよ」


 はしゃぐ同級生達の様子をニコニコと見ていた神崎さんとユッコさんが弾んだ声で問いかけてきた。
 ギルマス時代には遊びと称して、このような大多数でワイワイとやるいくつもイベントを考えて実行してきた。
 その頃から副マスとして準備を手伝ってもらっていたユッコさんは、これが俺の発案だと気づいたようだ。


「はいご明察通りです……皆様! こちらの映像は2015年4月17日撮影されました創立130周年を記念し人文字を作られたときの皆様のお姿です!」


 ユッコさんに小声で答えてから、〆の挨拶へと入るために声を張り上げ再度注目を集める。
 さらに大型ウィンドウが遙か上空から校庭を映した映像に切り替わり、『開校130年記念』と描かれた人文字を映し出す。
 しかもその映像はリアルタイムの映像で、校門前庭側に固まっている俺たちの姿も映し出している。


「箱だけ作ってもやはり中身が無くてはちょっと物足りない。そこで我々は皆様よりご提供いただきました映像、画像データをこのような形で学校内のあらゆる場所に隠してあります」


 この仕掛けは有り体に言ってしまえば簡単な宝探し。
 かつて過ごした学舎を廻りながら、思い出を、過去の自分たちを見つけてもらおうという趣旨だ。
 ユッコさん達が小学生だった2010年代は個人用の携帯端末も普及しており多くのデータを提供していただけた事や、学校内でのイベントの映像や資料が多く残っていたのが幸いした。
 これら豊富な画像データを校舎再現の為だけで終わらすのは勿体ない。
 なら少しひねってアルバム化。さらに隠してしまう事でゲーム形式へと変更する。
 これが俺の企画提案の一つ目。
 さすがに手持ちの動画や画像の全てVRデータ化しているわけでは無いが、それでも600ほどをデータ化して、この敷地内に隠してある。
 納期の締め切りまで二週間を切った状態で、大規模企画追加など間に合うわけ無いので次回以降の構想として考えていたのだが、正直、俺はまだまだ我が社の底力をなめていたようだ。

『お客様の為ならば無理でも通す』

 顧客満足度第1位を目指すVRMMOメーカーとして掲げた目標は伊達じゃなかった。


「自らの思い出深き場所を散策しながら、過去のご自分やご友人方を探してみてください。発見されました映像は、皆様のリストに登録されミニウィンドウに表示可能となります。さらにご取得なさった映像群は、後日改めまして整理、高画質化したVRアルバムという形でご自宅までお届けさせていただきますので、是非皆々様張り切ってお探しください」

 
 俺の説明を理解するにつれ、初老を迎えたいい大人達の顔に、子供のような楽しげな笑みが浮かんでくる。
 単純なゲームほど盛り上がるときは盛り上がる物というのはどの世代でも変わらないようだ。
 本日のお客様にはそれなりの社会的な地位を得ている人たちもいるが、この時ばかりはそれら俗世間を忘れて楽しんでもらおう。
 なんせここはVR世界。何でも出来る遊び場だ。  


「さて長々お時間を取り申し訳ございませんでした。当社からの説明を兼ねた挨拶は以上とさせていただきます。判らない事がありましたらいつでも、私か大磯までお声をおかけください……ではお客様方。どうぞご自由にお楽しみください」


 大げさな身振りで深く一礼。
 オープニングの挨拶をしめると横からぱちぱちと拍手の音が響いてきた。
 音の主はユッコさんだ。


「ふふ。さすがはマスターさん達ですね。私が思っていた以上の形で作ってくれました。頼んで良かったわ」


「ほんと。久しぶりだわこんなに楽しいのは」


「じゃあ手分けして全部手に入れてみるか」


「おぉそうさな。VRアルバムとしてもらえるなら多ければ多いほどが良いさな」


 ユッコさんがお褒めの言葉をくださり、さらに神崎さんがニコニコと続き、すぐに他のお客様も楽しげな声と共に拍手をしてくださった。


(三崎君ご苦労様。上出来っしょ)


(大磯さんこそお疲れさまでした。良いタイミングでした空撮映像)


 大磯さんからのねぎらいのチャットメッセージへと、お礼の返事を返す。
 出だしのオープニングは、お客様の反応を見る限り成功といっていいかもしれない。
 しかしまだまだ始まったばかり。
 これでほっと一安心と気を抜く事は出来ないのが、ちと悲しい
 何せ滞りなくVRデータの展開再現を行うため舞台裏に大半の戦力を回しているので、表舞台の接客にでられるのは俺と大磯さんの二人のみだからだ。


『全トリガー解放準備完了だ。三崎は隠し球の展開までそのままお客の対応を頼む。大磯は休憩所の方も頼むぞ。ここからが本番だ。二人ともしっかりとな』


(了解)(はい)


 しかしお客様の喜ぶ顔を直接見られるのは表舞台に立つ者の特権でもある。
 中村さんからの容赦の無いWISに俺と大磯さんはやる気を込めた返事を素早く打ち返した。















 開場から40分が経ち精力的に廻るお客様達によって、発見されたVRデータはすでに200以上。
 三分の一が見つけられた形だが、まだまだ眠っているトリガーは多い。
 娯楽利用VR制限時間である2時間まで、残り時間があと1時間ほどと考えると発見されやすいように作っているが、少し隠した数が多すぎたかという感じもある。
 一つのトリガーで複数データを呼び出せるようにするなど改良を加える必要があるかもしれない。これは次回以降への反省点だろうか。
 しかし企画自体はおおむね好評。
 過去の自らを一つ見つけるたびに、そこからさらに懐かしい記憶が呼び起こされているようで、発見ペースは徐々に上がり、さらにそのデータを元に昔話に花が咲いている。
 最初の20分ほどはGMコールを受けるたびに俺か大磯さんがお客様の元に出向き、解説や機能の補足などをするために校舎内をかけずり回っていたが、お客様もすぐに慣れて来たのか、呼び出しはすぐに減っていた。
 かといっても呼び出しが減ったからといって暇になるわけでもなし。
 当初の予定と違い、お客様が思っていたよりも早くから休憩所に集中して大磯さん一人では対応が大変になってきたと、休憩所である東屋での接客に俺も回されていた。

 
「ではこちらのリストからお好きな物をお選びになってタッチしてください。すぐに出てきますので」


 再現発動トリガーが存在しない校庭の隅に休憩所とした大きな東屋が設置されている。
 VR世界内はすごしやすい4月並の気温、湿度としてあるのでほのかに暖かいので、東屋は壁の無い開放感を感じさせる柱だけの開放感のある作りとなっており、再現された校舎を見ながらゆっくりと茶を楽しめる趣向にしてある。。
 内部は木目調のテーブルと椅子のセットがいくつか。テーブルには柔らかい敷布を引き、椅子にも座布団が置かれただけの簡易な作りだ。
 なぜそんな簡易な作りの休憩所が大好評かといえば、そこで提供される飲食物に有った。


「ほぉ、これはまた懐かしい物ばかりだね……そうだな。これにしようか。子供の頃好きだったんだよ」


 大学教授である小野坂さんが空中に投射されたリストをタッチすると、すぐに実体化されテーブルの上に出現する。
 今では見かけなくなった変わりダネのチョコレート菓子と、これまたとうの昔に生産中止になったマニアックな炭酸飲料の組合わせだ。
 小野坂さんは99%というやばめな数字が踊るパッケージのチョコレートを一欠片割ると、躊躇せず口に放り込んだ。


「ぐっ……ふふ……そうだこの強い苦みが面白かったんだよな」


 よほど苦かったのかうめき声を漏らした小野坂さんだったが、すぐに楽しげな笑いをこぼしてペットボトルの炭酸をぐいっと煽る。蛍光色のやたら毒々しい色が体に悪そうだ。
 紅茶が似合いそうな老紳士といった外見の小野坂さんだが、チープな食品を食べるその姿は意外というべきか堂に入っていた。


「カカオ99パーセントのチョコかよ。際物が好きだったよなお前……そういえば田中にそれ食べさせられた事あったな。あのあと渋みで酷い目に遭ったの思い出した」


「あれは何でも食いつく野瀬が悪い。ネタで買った奴なんだからちょっとだけ囓れば良いのにいきなりでかい塊で食べるからだっての」

 
 その対面に座る強面の外見な大工頭領である野瀬さんが嫌な事を思い出したと顔をしかめ一番乗りを果たした田中さんを睨むが、当のご本人はしたり顔でにやりと返して、メニューリストを見て楽しんでいる。


「いやはやそれにしても君のところはすごいね。校舎の再現もすごいが、懐かしい菓子や飲み物をこんなにもいろいろな取りそろえてしまうんだから」


今回休憩所で飲食物として提供しているのは、リーディアンオンラインが昨秋のアップデートの目玉として準備を進めながらも、ゲーム撤退によって日の目を見る事の無かった『食欲の秋。懐かしの食べ物・お菓子フェアー』の一部だ。


「元々別の用途でデータを作っていたんですけど没になりまして、でももったい無いなと言う事で今回の企画に再利用と。あぁ、もちろん製造メーカさんの許可もいただいておりますからご安心を。いくら食べても料金は発生しないのでどうぞいろいろお楽しみください」


「だそうだ。野瀬。どうせならお前も懐かしのチョコいっとくか?」


「昔と変わらない味だな。苦くて美味いぞ」


「いらねぇっての。他に食べたいのもあるんだよ。人工心臓をいれてから食事制限されてるからこの機会に楽しませてもらうわ兄ちゃん」

 
 視覚だけで無く、味覚でも昔を思いだして楽しんでもらう。
 その意図から今回ピックアップしたのはお客様達が小学生時代を過ごした年代のヒット商品が主になっている。
 この狙いが当たりだったようだ。
 今では手に入らない製造中止品で、しかも普段なら世間体を気にして子供ぽい菓子類でも、昔なじみのある意味で身内ばかりなので気にならない。
 そして野瀬さんに限らず、この年頃の人に切実な高血圧や糖尿病といった成人病を気にせず、体に悪いだろう甘ったるい菓子類や刺激の強い物を思う存分食べられるというのも良かったらしい。
 昔懐かしい菓子を食いながら、発見したアルバムを見て雑談を弾ませるお客様には笑顔が浮かんでいる。
 中村さんの話じゃ、社長と営業部が今お相手している食品メーカー関係者にもこの再利用企画は好意的にとってもらえているそうだ。
 自社製品がお客様に喜んでもらえる。
 過去の商品であろうと、制作者としてこれに勝る充足感は無いということだろう。
 好評ならばリアル再販という手も見えてくるってのもあるかもしれないが。
 
 
(三崎君。御本命様三名見えられたよ)


 小野坂さん達のやり取りに確かな手応えを感じていると、視界の隅に大磯さんからの業務チャットが表示される。
 何気ない動作で校庭側に目をやると、車椅子の神崎さんとそれを押すユッコさんとその横で大きな声で笑っている美弥さんがこちらに歩いてくるのが見えた。
 一通り廻って来たので少し休憩といった所だろう。


(中村さん。百華堂さんに連絡お願いします。神崎さんがお見えになられましたと。厨房展開準備と、あとデータの機密保持一応最高レベルでお願いします)


 生産中止になった他の食品データと違い、いまだ現役であり名産品でもある和三盆干菓子。念には念を入れたデータ流出対策が必須。
 さらには今回の特別ゲストによる催しのために高松の百華堂さんの厨房をかなり簡易ではあるが再現させてもらってあるので、その展開準備もやってもらわないとならない。
     

『……よし回線確保も完了。厨房展開準備も出来ている。あちらさんもすでに準備済みだそうだ。ナノシステムが定着したばかりだから慣れてない。フォローを頼むぞ。あと早く作らせろと朝から五月蠅かったらしいからヘマするなよ。怒鳴られそうだ』


 元気な爺さまだことで。
 さてとそれじゃ次のサプライズ。『出来たて和菓子』と行きますか。



[31751] VRの可能性
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:13
「失礼します。どうです。お楽しみいただけていますか?」


 入り口近くのテーブルで話を弾ませているユッコさん達へと、メニューを渡すついでにリサーチ目的の営業トークを始める。
 開発者が気づかない、気づけない些細な見落としや不備をお客様が感じていないか洗い出すのも接客役の俺らの仕事だ。
 

「もちろん楽しんでるわよ! 大昔のことなのに結構覚えてるもんね! カスタムアルバムの方もたくさん撮ってきたわよ」


 恰幅の良い美弥さんがその体格に似合った大きな声で笑いながら、俺の体をバンバンと叩く。
 所謂あれだ親愛を込めたボディータッチングの一種だろうと思うが、痛覚レベルがリアル水準でなくて良かったと思う。
 大磯さん情報だと、美弥さんは国際結婚されて海外在住歴が長いとのこと。
 見た目は日本の典型的なおばちゃんだが、メンタル的にはもうあちらの方なのだろうか。
 組み込んだオリジナルアルバム以外にも、この仮想世界の光景や今の自分たちの姿での写真や動画を撮るカスタムアルバム機能も好評のようで何よりだ。
 

「よ、喜んでいただけましたなら何よりです。神崎さんはいかがですか。車椅子の具合とか問題は有りませんか」


「えぇ、大丈夫ですよ。ちょっと最初は浮遊機能に慣れなくて苦労しましたけど、やってみると面白い物ね。でも動かすのが楽しくて、あまりトリガーを見つけてなくて、由希子さんと美弥さんに頼りっぱなしよ」 
 

 美弥さんにちょっと押され気味な俺を見て楽しげに笑みを浮かべていた神崎さんは、満足げに頷いた。
 オリジナルである校舎は車椅子を使わなければならない神崎さんの活動範囲が限定される古い構造となっていた。
 その対策のためにスロープ構造を付け足すという手もあったのだがそうなると、大がかりな変更となりオリジナルとの雰囲気が変わってしまう。
 お客様は神崎さん一人では無いので、そちらは避けたい。
 そこで俺らが取った手は、昔取った杵柄と言うべきか、所謂『魔法』だ。
 空中浮遊機能、通称フライトシステムを構築して、人や騎乗生物が自由に空を駆け回るのはもちろん、大型ダンジョンでもあった浮遊都市をリーディアンで提供していたホワイトソフトウェアからすれば、車椅子の一つや二つを宙に浮かすなんて朝飯前。
 神崎さんが利用しているロボットアーム付き車椅子のVRデータをちょちょいと改造し、神崎さんの手元のレバー操作に従い階段や段差手前で浮かび上がり、人が歩く程度の速度で前後左右に移動できる設定になっている。


『ただ浮き上がるだけじゃなくて、高速空中戦闘機動も可能な車椅子を拵えれるんだけどね』


 開発部の佐伯主任が反対され却下された案を悔しそうに言っていたのが印象深い……良識を持つ社員が俺だけじゃ無くて良かった。


「恵子さん楽しそうでしたもんねぇ。ふふ。私も初めて空を跳んだときを思い出すわ。びっくりしたけど、すごく気持ち良かったから。私も久しぶりに飛びたくなってきます。ねぇ、マスターさん。リーディアンと同じ肉体操作感覚のようだけど、ここでは飛べないのかしら?」


 神崎さんの車椅子をうらやましげに見てユッコさんが懐かしむような顔を浮かべた。
 その表情に、空を飛ぶのは開放感があって好きだとユッコさんがよく言っていた事をふと思い出す。
 リーディアンが廃止してからすでに半年近く。懐かしむユッコさんの気持ちはよく理解できるんだが、  


「あー。お客様側の仮想体制御にリーディアンのシステムを流用はしてはいますけど、飛翔関連はオミットしてます。最初は空中からも散策可能にしようかって案もあったんですけど、初心者の方も多いんでちょっと操作が難しいから却下に」


 ベテランVRMMOプレイヤーのユッコさんには申し訳ないが、今回は我慢してもらうしか無い。
 VRMMO初級者が中級者と呼ばれる頃ぶつかる壁は、どのゲームであっても浮遊飛翔関連のフライトシステムだといわれる。
 空を自分の意思のままに自由自在に飛ぶ。
 人類が太古の頃より憧れてきた夢をVR世界は可能とするが、正直そんな甘い物じゃ無い。
 なんせ今までに体験したことの無い世界と感覚。
 制作時間短縮のためリーディアンのシステムをそのまま流用しているが、ゲーム内最低レベルのフライトシステムでも丹念な練習は必須だ。
 高度を落とそうとして地上に急降下やら、パニックでコントロールを失い暴走、はたまた飛んでいるうちに上下左右の感覚があやふやになりVR酔いになったりと、数え切れない失敗の末に、ようやく自在に操れるようになる。
 今日のお客様はこの同窓会のためにナノシステムをいれた方や、感覚補助として脳内ナノシステムをいれただけで、あまり活用していなかった方もいらっしゃる。
 そんな初心者相手に下手にフライトシステムをいれれば、制限時間の2時間を無駄に浪費しかねないので、さすがに導入を見送っていた。
 しかしだ……改めて思うが、娯楽目的におけるVR制限2時間が目の上のこぶだ。
 VRMMOを復活させるにしてもフライトシステムに限らず、魔術関連やら製造関連にしろ凝ったシステム仕様にすれば、どうしてもお客様に長時間プレイでコツを習得してもらう必要性が生まれてくる。
 だからといってそのために、一日二時間しかない貴重な時間の大半をつぎ込むようでは、お客様のフラストレーションはたまる。
 対策としてはもっと簡易なシステムにするという手はある。
 それこそ前世紀と今世紀初頭のクリックゲーと呼ばれていた頃の初期型MMO仕様ならものの数分で慣れることも出来るだろうが、あれは飽きが早い。
 何せどのスキルを使うにしてもボタン一つでお手軽発動。
 ちょっと凝ってもコンボタイミングに変化をつけたりするくらいで、今のVRとは比べものにならないほど単調なゲーム仕様となるのは避けられない。
 国内VRMMOが全滅に近いからと、海外で絶賛稼働中のVRゲームに繋いでいるゲーマー連中もいるくらいだから、それらと比べられて苦戦となるだろう。
 二時間をいかに上手く最大限に使うか。ここがゲーム構想の最初の壁。
 うちの会社が考えているVRMMOと旧式のディスプレイタイプMMOとの融合作という手法も、VR側の時間制限が思った以上のネックだ。
 当初の俺がどうとでもなると思い描いていた安易な考えを反省するしか無い。
 

「マスターさん良いのよ。気にしないで。歩いてみてるだけでも十分以上に楽しんでますから。無理言ってごめんなさいね」


 全く関係ない物思いに耽り沈んだ表情を見せてしまっていたのか、気がつくとユッコさんが申し訳なさそうに頭を下げていた。
 ……ミスった。少しだけ場のテンションが下がった
 まだ影も形も無い先のゲームよりはこの場は同窓会を成功させること。それに全力だ。


「いえ、こちらこそすみません。そこら辺も今度は考えておきますから……さて、ご注文は何になさいますか。古今東西全てを網羅とまではいきませんが、ちと懐かしい菓子、料理、ドリンク類を豊富に取りそろえていますけど」


 気を取り直して口調を軽くして場の雰囲気をあげながら、隠し球であるスペシャルメニューをあえて言わず、されど目立つ位置に配置してテーブルの上にメニュー表を広げてみせる。


「これこれ楽しみにしていたのよ、いくら食べても太らないんだから、今日は甘い物をたくさん食べようと思ってたのよ」


 美弥さんがメニューに並ぶお菓子の山に嬉しそうに声を上げる。
 何せ味やら食感はリアルと同じでも、所詮はVRデータ。脳は満腹感を得られるが体にはなんの影響も無い。
 メニュー欄の横に、洒落でいれたカロリー0表示は伊達じゃないといったところか。


「もう美弥さんらしいわね……あらマスターさんこれは何かしら。他のは商品名なのに、これだけ『スペシャルメニュー』という表示ですけど」 


 はしゃぐ美弥さんの様子をあきれ顔で見ていた神崎さんがテーブルのメニューに目を落としすぐに本命の隠し球に気づく。
 

「ちょっとユッコさんの方で面白そうな仕事が有りましてその副産物です……本日のアルバムをリアルでお渡しする際にお付けする和菓子をVRで先に味わっていただこうという企画ですよ。ではあちらにご注目くださいな」 


 多くは語らず簡潔に神崎さんに答える。
 何せこれから出てくる香坂の爺さまは俺の百言よりも、たった一つの干菓子で全てを語れる名人だ。


『作業スペース展開完了。周囲空調の調整も忘れるな。風を無風状態にしておけよ……よし三崎良いぞ。大磯は全館アナウンス頼むぞ』


 中村さんから準備完了の合図を受け取ると同時に俺は右手を大きく振るい、東屋の隣を指し示す。
 俺が指さした場所にポンという軽い破裂音と共にスモッグが焚かれて、また一瞬視界が遮られる。
 その霧が晴れるとそこには新たな東屋が出現していた。
 だがあちらは椅子やテーブルの設置された休憩所然としたこちらの東屋とは違い、下に冷蔵庫が設置されたコールドテーブルの作業台を中央に設置し、調理器具を置いた棚を背後に置いた実用一辺倒の作りとなっている。
 簡易ながらも配置や高さを再現した百華堂の厨房内には、眼光鋭い香坂さんがすでに待機済み。
 気合い十分といった風貌はVRはほとんど初体験というのに頼もしさを感じるほどだ。


『本日はご来場いただき誠にありがとうございます。お楽しみいただけていますでしょうか。ただいまよりグラウンド休憩所横におきまして、四国は讃岐の名店和菓子屋百華堂9代目御店主香坂雪道様による和三盆干菓子の制作実演と試食を開演させていただきます。こちらの百華堂様の干菓子は本日のアルバムとご一緒に、後日お客様の元へと贈らさせていただく商品となっております。リアルで味わう前に一足先にその銘菓をお試しになられたい方はどうぞ休憩所まで』


 作業場の展開タイミングに合わせ大磯さんの軽やかな鈴のような声が全館放送で響いた。
 当初はVRデータでの再現だけのつもりだったのが、いつの間にやらアルバムと一緒にリアルで干菓子の詰め合わせを付け加えることになっていたのは、なんというかうちの社長のノリだ。
 リアルでの懐かしの駄菓子類を引き立て役にするのを避けるために、試食という形を取りつつ、この同窓会プランの商品価値を高めるという方針だ。
 まぁ、社長の思いつきをどうにかして形にしろと現地にいる俺に百華堂さんとの交渉は丸投げされたが、結構すんなり通ったので結果オーライだろう。
 一生物の記憶に残るアルバムを飾るにふさわしい華やかさと品格を持つ銘菓で有ることに間違いは無い。
 

「百華堂さんって……由希子さん。マスターさんこれは」


 放送で流れた内容に驚いて目を丸くして戸惑っている神崎さんが俺とユッコさんの顔を見つめる。
 全くの予想外だとその顔にはありありと浮かんでいる。
 そりゃそうだ。俺が神崎さんから百華堂の干菓子をいただいたのは、つい1週間前の事。
 普通ならそこからいろいろ企画を立案し、完成しているシステムに無理矢理にねじ込むような真似はしない。
 しかしホワイトソフトウェアは良くも悪くも普通の会社じゃない。
 お客様の為。
 そのためなら労働基準法やら私生活なんぞいくらでも踏み越えていくブラック企業だ。


「ふふ。偶然ですよ偶然。たまたまです。ね。マスターさん」


「まぁ極希にある偶然って事で。神崎さんには特別にVRデータでの和三盆干菓子詰め合わせをお贈りさせていただきますから。ご安心を……さてどうです皆さん。作っている所を近くでご見学なさいますか?」


 だがあえてその苦労や成果を声高に語るまでも無い。
 ユッコさんの朗らかな声に肩をすくめつつ同意して、俺はご婦人方へと誘いをかけた。
  
 



 料理の味は何で決まるか?
 素材となる材料か。
 それとも調味料? 
 はたまた調理法か。
 いくつもの答えが存在するので、一概に言うのは難しいと思う。
 VR世界においてもそれは同様。
 まず基本にして最も重要なのは、何はともあれ元となった料理とその再現率。
 構築したデータが分析再現を完璧に出来ていれば、リアルと同じ味を、しかも無数に生み出す事が出来る。 
 ただしこれは数値上での話。理論としてのお話。
 現実にはそう上手くはいかない。
 なぜならVRといえど俺たちが相手をしているお客様はリアルに生身を持つ人間様。
 色鮮やかに綺麗に盛りつけられた料理データと、無個性な錠剤タイプの料理データ。 
 どちらもデータ的には同じ物で味は同一のものだとしても、だがどちらを人が美味しく感じるかなど聞くまでも無いだろう。
 要は手段はどうあれ、いかに美味しそうに人に思わせるか。そこに尽きる。
 その観点から行くと百華堂9代目店主香坂雪道は、まさに説得力の塊だ。
 しわが目立つ手は慣れないであろうVR世界でも一切の迷い無く和三盆を大胆に掴む。
 篩にかけてボールにいれ、水飴を混ぜた水を霧吹きで吹きかけ軽く混ぜ合わせもう一度、篩にかけ、そこに紅や黄色の着色料を水に溶いた物を少し加えて色を出す。
 使っている着色料は10種類ほどだが、それぞれを掛け合わせ、量を調整することで、数十類にも及ぶ絶妙な色加減をもつ生地を香坂さんは作っている。
 それら複数の色を付けた和三盆を、花を模った二枚重ねの木型に詰めて押し込み、形を作りしばし間をおいてから、上板を外し、下板をひっくり返せば、色鮮やかな花が咲き誇る。
 この干菓子の色合いには、キャラ作成の時に使う髪や肌色の色彩調整システムを流用し、着色料の量による色彩変化もリアルを忠実に再現しているデータを、社長の伝手で食品メーカのVR広報研究班から借り受けてきている。
 つまりはリアルと変わらない色加減を生み出せると同時に、極めて微細な量の調整が必要となるのだが、この爺さまのすごいところは、和三盆を取ったときもそうだったが水加減にしろ着色料にしろ全く量を計っていない。
 長年の勘と経験で思い描いた色彩を自由自在に作り出す。まさに一芸に生涯をかけ精進を積み重ねた者だけが至る名人芸という領域だ。
 さらに木型は百華堂さんで使われている物をスキャンさせてもらい寸分違わず、メインとなる和三盆を含め他の材料も開発部に無理矢理に間に合わせてもらい、香坂さんにも納得してもらう出来となっている。
 だからそれ故にこれらのデータ管理は厳重にならざる得ない。
 仮想世界全体の管理で他の社員が忙しい事もあるが、複数の人間が管理するよりもさらに機密性を高めるために、香坂さんからの要望もあって俺が一人で材料や機材のデータを管理させられている。
 香坂さんに全てのデータを預けていただけるほどに信頼していただけたのは光栄と思うべきだろう。
 そんなリアルと遜色の無い材料と器具によって、百華堂店主香坂雪道の手によって作り出される和三盆干菓子は、百華堂の品そのもの。
 もっともここはVR世界なのだから、どう適当に作っても、AとBを合わせればCが出来るというシステムなので、生み出すアイテムの質は替わらない。
 さらにいえば完成品のデータをコピーし生み出せば一瞬で完成だ。
 和三盆を混ぜ合わせ一つ一つ手間をかけて模る。
 この一見無意味で無駄とも言われかねない、手間をかけている理由はいくつかあるのだが、大本は香坂の爺さまの拘り。
 例え仮想世界の物であれ、どう手抜きをして作っても同じ物になるとしても、百華堂の和三盆干菓子を名乗るならば、自らが一つ一つ精魂を込めて作らなければ許可しないという職人としての矜持だ。
 この職人としての拘りに加え、今回だけかもしれないこの企画のために脳内ナノシステム構築手術を行い、未知の世界に飛び込んでくる思い切りの良さは、この御年ですごい爺さまだと感心する。
 香坂さんにはナノシステム持ちで和菓子職人として修行中の俺と同年代のお孫さんもいるので、実演はそちらの兄ちゃんでも良いと思ったのだが、香坂さん曰くまだまだ一人じゃ百華堂を名乗らせることは出来ないとのこと。
 一応手術や構築が期日通りに終わらなかったときに備えて、お孫さんの仮想体の準備をしていたのだが、無駄骨に終わった。
 この頑なまでの意地と誇り。そして矜持を持つ職人の技術によって生み出される、和菓子がどれほど美味に見えるか等、今更多くを語るまでも無い。
 この見事な腕には一見の価値がある。
 俺個人の感想だけで無く万人が思うことだろう。
 その証拠に作業台を設置した東屋の周りには、噂を聞きつけ探索を一時切り上げたお客様も集まってきて、人だかりが出来ているほどだ。
 この数、ひょっとしたらお客様、全員がここにそろっているんじゃないだろうか。
 ……これは時間配分をミスったかもしれん。作り置きを出す形にするべきだったか。
 いやしかしそれだと香坂さんが納得しないし、お客様の感動も薄れる。
 ここらのイベント時間調整も今後の課題か。
 

「はぁぁぁ。すごいわね。現実で来ても食べるのが惜しいくらいだわ。でもこういうのケーシーが喜びそうね……ねぇお兄さん。写真を撮っても良いかしら? 孫がお花好きだからこうやって作ってたのよって、贈ってもらうお菓子と一緒に見せてあげたいんだけど」


 朱塗りの盆に広がっていく百花繚乱に感嘆の息をもらしていた美弥さんが、おそるおそるという感じで、改善点や改良点を考えていた俺に小声で尋ねてきた。
 干菓子一つ一つに入魂し作っている香坂さんの気迫は、この仮想空間でもピリピリと肌にくるくらい鋭いので、気圧されているのかもしれない。
 
 
「こんな年寄りでえんなら、好きに撮ってくれてかんまんぜ」


 考えに没頭していて僅かに反応が遅れた俺が答えるよりも先に、黙々と手を進めていた香坂さんが口を開いて、写真を撮る許可をだす。
 ひょっとしたら結構こういった形の実演に慣れているのかもしれない。
 
 
「まぁ、ありがとうございます。じゃお邪魔にならないように失礼します」


 思いのほか愛想良く答えが返ってきたことに安心したのか美弥さんが声を弾ませると、早速両手の親指と人差し指でフレームを作って、そこをのぞき込みながら写真を撮り始めた。


「と、俺も撮っておくか。うちのカーちゃん。最近茶道に嵌まっているからこういうの好きなんだよ」


「なんか小学校の頃の社会科見学に来たみたいね。私も撮らせていただこうかしら」


 撮影を始めた美弥さんを見て周りの人たちも、物珍しさもあるのか我も我もと一斉に撮影を始める。
 うん。詳細な範囲設定を出来るが煩わしいコマンド選択式のSS方式にせずに、簡易な指の動きだけで撮影可能にしたのは成功のようだ。
 VRに慣れてない人でも簡単に撮影することが出来るシステムという狙いは当たりだ。
 欠点は自分の姿は撮れないことだが、そこは互いに撮り合う形で周りの人にフォローしてもらえば十分だな。
 満足げな美弥さんを初めとしたお客様の顔を見渡して一つうなずき、ついで今回の大本命たる神崎さんへと目を向ける。
 

「……………………」


 作業台の真正面で車椅子に腰掛けて出来上がっていく和菓子をただ見つめている神崎さんには言葉はない。
 他の人のように写真を撮るでもなく、歓声を上げるでもなく、ただ出来上がっていく干菓子を見つめる。
 その瞳には驚きと喜び、そして不安の色が混じっているように感じる。
 目は感情を表現する重要な要素の一つ。
 だからVR世界で用いる仮想体の目やその周囲は力を入れて制作しているメーカーも多く、リアルと比べても遜色は無い。
 だからこそ今神崎さんが抱いているであろう気持ちも何となくわかってしまう。
 しかし、この表情とそこから感じ取った感情は俺の予想外だ。
 何か不安を与える要素があっただだろうか。
 材料、調理器具はもちろんとして、できあがりの干菓子も香坂さんから了承をもらうほどの出来に仕上がっている。見た目もリアルと遜色がない。
 それなのに神崎さんの目からは不安の色が消えない。
 むしろ出来上がる干菓子が増えていく毎にその色が強くなっていくようだ。
 ……これはまずい。読み違えたかもしれない。
 神崎さんにとって、俺が想像していた以上に、干菓子に思い入れがあったのか。
 安易にVR化して食べてもらおうという考えは失敗だったかもしれない。
 ひょっとしたら神崎さんは試食すらもしないかもしれない。そんな表情にみてとれる。
 どうする。どうするべきか?
 表情に出ないように不安を隠しながら、頭を必死に動かすが思いつかない。
 原因。神崎さんに不安を浮かばせている要因。足りないのはその情報。
 この状況で神崎さんに不満があるかなんて聞くような真似は出来ない。
 ならば……
 

(ユッコさんすみませんお楽しみの所。神崎さんがどうして干菓子を好きなのか知ってますか?) 


 右手を細かく動かして仮想コンソールを叩きユッコさんへと個人チャットを送る。
 相手はユッコさんといえど今日はお客様。そのお客様に尋ねるなど下策。
 総合管理室にも俺の動きや会話、チャットは全てモニターされ伝わっているのでバレバレのあとで始末書物の違反行為。
 だが情報を集め今打てる手を考えないと失敗しかねない。
 それを察したのか中村さんからも咎める声は無い。
 
 
(マスターさん? 大事な事みたいね……ちょっと待っててください)


 さすがユッコさん。いきなり目の前に浮かび上がった1:1チャットウィンドウに多少驚いたようだがすぐに返事を返すと、軽く目を閉じて記憶を探り始めてくれる。 
 こうしている間にも香坂さんの手は次々に干菓子を完成させていく。
 そして全てが出来上がったときはまず最初に神崎さんへと差し出し、ご試食をしてもらう手はずとなっている。
 だがこのままでは上手くいかないと、就職して3年と短いとはいえお客様を楽しませてきたGMとしての勘が告げる。


(そうそう。まだ病気が発症する前に家族旅行でご両親と四国へいった時に、今と同じように和三盆の干菓子を作るのを見て感動したそうです。若い職人さんが魔法みたいに次々に花を生み出していくと、言っている事はよく判らなかったけど、出来たてを食べさせてくれてすごく美味しかったと…………ご両親が亡くなられてから急にその頃を思い出して、それで取り寄せるようになったそうよ。お役に立てたかしら?)


(十分です。ありがとうございます)


 ユッコさんに礼を返しながらも俺は自分の読みの甘さを痛感する。
 神崎さんは和三盆干菓子を見ているだけで気分が華やかになると言っていたが、つまりは幸せな思い出の記憶に直結していたという事か。
 VR再現した和三盆干菓子は香坂さんにも許可をいただけるほどの高い再現度ではあるが、神崎さんにとってはさらにそこに思い出もプラスされた味。
 もし今目の前にある和菓子の味が思い出とずれていれば。
 自分は二度と本当の味を楽しめないのでは無いか。
 そんな不安を抱かせているのかもしれない。
 しかしユッコさんの情報には鍵もあった。
 ネックは思い出の味…………ならば思い出すらも再現する。
 リアルでは不可能でもVRだからこそ出来る方法。
 VRが持つ可能性に活路を見いだした俺は仮想コンソールを叩く。


(親父さん! 香坂さんのお孫さんの仮想体データ。あれ香坂さんに適用できますか)


 リアル、仮想、どちらの社内へも伝わる全社内チャットで、稼働中のシステムから細かなバグの発見をしその都度修正するという綱渡りで忙しい須藤の親父さんへと無茶振りをする。
 仮想体は基本的に共通規格で作られているが、個人毎に操作性は大きく違う。
 だから大抵はリアルの自分と同様の姿とすることで操作感覚がずれないようにしている。
 無論仮想体操作に慣れてくれば自分とは違った体格や、手足の長さでも操作に支障は無く、それどころか存在もしない尻尾や羽があっても自由に動かすことは出来るのだが、ずぶの素人である香坂さんに、孫とはいえ他人の為の仮想体を適用するのは無茶も良いところ。
 だが須藤の親父さんの腕と作業スピードならリアルタイムで調整をかましつつ適用できるはずだ。


『三崎。てめぇは軽く無茶を言うな。ほんと社長に似てやがるな……待ってろ。二分でやる。佐伯と開発部。手伝え』


 軽い舌打ちをもらし面倒そうに言いつつも、一流の魔法使い級プログラマである須藤の親父さんだからこそ可能となる時間で答えてくれる。


『あいよ。三崎。あんた打ち上げで全員に一杯奢りだよ。ほんと次から次に仕事を増やしてくれるねぇ!』


 佐伯主任は実に楽しげな声で、会社で一番ペーペーの安月給な俺に対して恐ろしいことを言ってくれた。
    

(酎ハイかソフトドリンクにしてください。ポン酒は勘弁ですよ。中村さん。最後の全体記念写真に取っておくつもりでしたが奥の手発動いいですか?)



『ったくお前は。親父さんらがすでに動いていて良いも悪いもないだろ。対象は神崎さんと香坂さんの二人だけだ。こっちの調整が追いつかん』


 事後承諾も良いところだが中村さんは俺の考えを読み取っていたのかすでに動いてくれているらしい。
 頼りになる上司群はこういうときには本当に頼もしい限りだ。
 最後にお客様全員で校舎をバックにした記念写真を撮影する予定になっているが、そこで使うつもりの奥の手をここで使う。
 出し惜しみ無し。ここが今回の同窓会が成功か失敗かの分岐点だ。
 問題は二つ。
 香坂さんがいきなりで対応できるか。
 若いときの香坂さんとお孫さんの立ち姿が似ているか。
 前者は須藤の親父さん達を信じ、後者は祈るのみ。
 自分に出来ることが少ないのが歯がゆく、この状況を先読みできなかった未熟さがちと悔しいが、今の最善を尽くす。
 

(香坂さん。すみません少し手はずが変わります。基本の流れは変わりませんが香坂さんのお姿だけお孫さんへと変えます。驚かずにお願いします。こちらでサポートはしてますので普段の感じで動いてもらって問題有りません)


「!?」


 目の前で浮かび上がったチャットウィンドウに、VR世界に慣れていない香坂さんは目を丸くして作業の手を止めて顔を上げると、チャットウィンドウの文字を素早く読んでから不審げに眉をひそめて俺を見た。
 細かな説明をしている時間は無く、判断を信じてもらうしかない俺はその鋭い目線を受け止めて、軽く頭を下げる。
 これで伝わってくれると良いんだが……


「ん」


 香坂さんは小さく頷いてくれた。
 よしあとはこっちの準備だけだ。


『香坂さん神崎さん二人の仮想体変更準備は出来た。親父さんらのスタンバイも出来ている。タイミングはいつにするんだ?』


 中村さんからのWISに俺は思考をまわす。
 奥の手は一発のインパクト勝負。タイミングがずれれば、効果は半分以下になるかもしれない。
 一番効果的に使うには…………神崎さんの目の前に干菓子が差し出された瞬間。
 不安を感じる間もなく、神崎さんが思わず干菓子を手に取り口に運んでしまえばこちらの勝ち。


(香坂さんが盆を出したときにお願いします。一気に二人とも。映像は荒くなっても構いませんから)


 動いている状態で仮想体の変更をすれば、今のVR技術ではノイズが走ってしまうが、それも一種の驚きを伴う効果が期待できるはず。
 兎にも角にも流れの勢いで神崎さんの不安を期待と希望へと一気に持って行く。 


『判った。変化にお客様がざわつくだろうから大磯は説明を任せるぞ、三崎は神崎さんがパニックになったときのフォローも忘れるなよ』


(はい。あ、三崎君。あたしウーロンハイで良いからね)
 

(了解。他の方々のリクを纏めといてくれるとありがたいです。金の準備しておきたいんで)


 大規模イベントの打ち上げやら新年会の飲み会は会費制がうちの会社の流儀だが、今回は一杯だけとはいえ奢らされるのは確定事項。
 なるべく安い店になる事を祈ろう……
 そんな間抜けな願いを俺がしている一方で、ついに和三盆干菓子が完成する。
 完成していた最後の木型を外して出来上がったばかりの干菓子を朱塗りの盆の上へと移していく。
 明るい黄色の山吹。
 大輪を咲かせる牡丹。
 薄いピンク色の桃。
 そして王道たる堂々と咲き誇る桜。
 その他諸々の春を代表する花達が百花繚乱に咲き乱れている。
 一つ一つが素晴らしい造形を描き、さらにその華やかさと気品を高めている。


「お待たせしたのお客さん。どうぞ試してみていた」

 
 腰に吊していた布巾で手を拭いた香坂さんは朱盆をざっと見渡して満足いく出来だったのか息を一つを吐くと、くるりと盆を回転させて神崎さんの前へと差し出す。


「申し訳ありません。わ、私は遠……ぇ!?」


 その申し出を神崎さんが躊躇し断ろうとしたその瞬間。香坂さんと神崎さんの体の表面に電光のようなノイズが走った。
 さすが中村さん。ベストタイミング。
 全身を走るノイズは二人の姿を一気に変化させていく。
 香坂さんは縮んでいた背が伸びて、真っ白だった髪は黒々と染まり、若い青年の姿へと変化する。
 そして神崎さんは、背が縮まり、病的な肌色は健康的な肌色へと変わって、顔はまだ幼さの残る小学生くらいの可愛らしい黒髪の少女へと変わる。
 姿が変わった香坂さんと神崎さん……いや神崎さんの場合は戻ると言うべきか。
 香坂さんはお孫さんの姿だが、神崎さんは紛れもない昔の、まだこの校舎が存在していた頃、小学生として通っていたときの姿だ。
 ここはVR世界。
 思いのままに姿を変え作ることの出来る仮想の世界。
 過去の肉体を再現してみせるのも造作もない。
 今の自分で過去の思い出に浸っていただき、過去の自分の姿で追体験すらも出来るプラン。
 それがVR同窓会が目指している最終形だ。しかしこれは未だ未完成。
 何せ過去の姿を再現するといっても、データがあるならともかく、写真や動画からデータを起こして再現し、違和感が一切無いように厳密に作ろうとすれば、個人個人毎に調整しなければならず、どうしてもデータが膨大になってしまい、時間も金もかかる。
 だから現状ではそこまでは望めない。
 最後の最後。あまり体を動かなくても済み、映像の不具合やぼろを感じさせない最後の一枚の記念写真にサプライズとして投入する。
 これがホワイトソフトウェアが提供するVR同窓会における最後の隠し球。
 俺が企画提出したとっておきの手だ。
 

「はっ!? えぇぇぇっ!?」


「おいおい!? どうなってんだこれ!? 子供の時の神崎だよな? 座ってるのは神崎本人なのか?!」
 
 
 姿が変わり若返った二人を見て慌てふためく周囲のお客様。
 うん。驚いているな。
 いきなり別の姿に変わるなんぞVRMMOのライカンスロープなんかの獣人変化スキルやら見慣れていないと驚くわな。
 ユッコさんは目を丸くしていたがすぐに面白そうな顔を浮かべている当たり、やはり俺と同類のゲーマー側だと改めて思う。
 自分の体にノイズが走り目線が低くなった上に、いきなり目の前の香坂さんが別人のように変わったことに、何が起きたのか判っていなかった神崎さんも周囲の声で己に起きた変化の意味に気づく。


「えっ! そうですけ……って声までかわってませんか!?」 


 本人かと尋ねられた神崎さんは答えようとして、何時もと違う感じで聞こえたであろう声に驚き口元に手を当てた。その声は高い少女のものだった。
 はい。正解。変わっております。
 うちの開発部佐伯主任は度を超した凝り性なんで、動画に残っていた皆様の声を一人一人篩い分けてサンプルを回収し音声再現しております。
 企画者の俺はそこまでこだわるつもりはなく、外見だけのつもりだったのだが、やるなら徹底的にと言って、有言実行で残り1週間からの新規企画だというのに、何とか納期に間に合わせてきた。
 うちの会社幹部の無茶苦茶なスキルには未だに驚かされる事が多い。
 一方で肝が座っているというのか、事前に聞いていたとはいえ香坂さんは落ち着いたものだ。
 自分の姿が変わったというのに何もなかったかのように、改めて干菓子ののった盆を目を白黒させて変化した自分の手を見て顔を触っている神崎さんへと差し出した。


「百華堂和三盆干菓子『春華』になるぜ……しゃんしゃん食べてみぃまい」


「…………そ、その言い方。あの時のお兄さん?」


 特徴のある讃岐弁が強い香坂さんの物言いに、神崎さんがはっと驚きの顔を浮かべた。
 あぁやっぱり若い職人って香坂さんか。
 訛りがきつくて俺も何を言っているか聞き取るのに苦労してるくらいだ。当時小学生だった神崎さんも判りづらいだろうな。
 しかし若い頃から結構廃れた方言を使ってたのか。どんだけ地元好きだこの爺ちゃん。
 まぁそれに感謝。だからこそ今回の隠し球を一気に使う決断を下せた。


「ほれ。食べて見ていた。間違いなしにうちの店の味になっとるけん。保証するぜ」  


 香坂さんの方は姿を変えた意味をよく判っていないので軽く首をかしげかけたが、もう一度神崎さんを促し自信の篭もった深く強い声で断言した。
 これは百華堂が誇る干菓子であると。
 その声はざわめいていた周りのお客様もついつい黙ってしまうほどに力強い。
 周囲が静寂に包まれ、誰もが神崎さんの答えを待つ。


「…………」


 神崎さんは無言だ。
 しかしそろそろと腕を伸ばして、小さな干菓子を一つ手に取った。
 神崎さんが取ったのは学校の校門で咲き誇っていたような桜を模った干菓子。
 不安が残る目のまま干菓子を一瞬見つめてから、おそるおそる口へと運び一口分だけ囓る。
 カリカリと干菓子をかみ砕く音が静寂に響き、その音が鳴り止むと神崎さんが顔をうつむけた。
 そのまま………反応はない。
 思い出の味の方が強かったか?
 ここからフォローをいれるべきか?
 次の手を考えるべきかと焦りかけた俺だったが、
 

「………………っぅ……ふふ………っ。美味しい…………ずっと……覚えてた味です。諦めてたのに。また……食べられると思っていませんでした」


 それは杞憂に終わる。
 神崎さんは目尻から涙をこぼして少しだけ嗚咽を漏らしながらも、楽しげな笑い声をあげた。


「ほら……みんなも召し上がってみて。本当に美味しいのよ。百華堂さんの御菓子は。私のおすすめなの。ほら美弥ちゃんも好きでしょ甘いの。ユッコちゃんも食べ比べてみて同じ味なのよ。すごいわよ」
 

 嬉し泣きする小学生姿に戻った神崎さんは固唾をのんで見守っていた同級生達に声をかける。
 ユッコさんや美弥さんに対する呼び方が少しだけ変化している。
 ひょっとしたら肉体に意識を惹かれたのかもしれないな。
 

「ふふ! 言われなくても。もらうわよお兄さん! 本当に美味しそう」


「美弥。一人で食べないでよ。あくまで試食だからね」


「もう失礼ね。判ってるわよ」


 今までで一番大きな声と嬉しそうな笑顔で答えた美弥さんは、若返った香坂さんに声をかけると先陣を切って干菓子を手にとり、その勢いに試食だって忘れるなと笑い声がおき、場の雰囲気が一気に明るくなっていく。
 笑い声の絶えない明るい光景。
 これこそが俺がプレイヤーを引退してGMとして生きることを選んだ原初にして、ホワイトソフトウェアがいかなる苦境であろうとも、困難な状況でも諦めず、進み続ける原動力だ。
 お客様に楽しんでもらう喜び。
 その成果を実感できるこの光景に俺はようやくこの同窓会が成功すると確信に至り、ほっと息を吐くことができた。 































 今回でVR同窓会編は終了となります。
 今の話の裏ではいろいろ社長が次の手に向けて動いたりしてますが、それらは先々に。
 そこらは三人称の外伝的な物で書こうかと思いつつも、そんな時間は無いなとw
 全てはVRMMO復活に向けた布石へと繋がる形になればと模索しております。
 さて次は宇宙ですが、テンションやら方向性が一気に違う方向へ行くので上手くかければ良いのですがw

 お読みくださりありがとうございます。
 ご指摘ご意見有りましたらいただけますとありがたいです。

 8/23追記

 本文中の讃岐弁を変更いたしました。

 讃岐弁監修を行っていただいた香川在住の緋喰鎖縒様。
 この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。



[31751] 蓋をしたら三分お待ちください
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 01:52
「現界座標チェック開始……」


我が相棒アリシティア・ディケライア嬢ことアリスは、半径百メートルはあるだろう球状VRブリッジの中心で静止すると、その銀髪から突き出た多次元レーダーという名のメタリックなウサミミをピンと立て左右に動かしながら、意識を集中するためか瞼を閉じた。

 今日のアリスはこの間のスーツと同系色の紅い作業衣のような上下一体型のつなぎを身に纏っている。その背中と二の腕の辺りにはデフォルメされた兎の耳のようなシンボルマークが刺繍されている。

 アリス曰く兎の耳のような感覚器官こそが、多次元を感じ取れる者、通称ディメジョンベルクラドの証であり、同時にアリスの惑星改造会社の代々続くシンボルマークの元となっているとのこと。

 アリスはこのつなぎぽい服やら、シンボルマークを気に入っているようだが、俺の感想は正直微妙。

 第一印象は引っ越し屋の派手な制服。しかも地球換算で外見15才くらいにしか見えないアリスが着込んでいるのだから、単なるコスプレにしか見えないと断言できる。

 もっともリアルの仕事で忙しいからと、アリスからのヘルプ要請を半月近くも待たせていたところに、そんなこと言えば機嫌が悪くなりそうなので黙ってはいるが。


「空間値オールグリーン。現界に支障なし。リル。現界シーケンスに移行して」


 アリスの声は硬く、その横顔もこわばっている。

 緊張している様が見て取れるんだが、しかしその顔が本当にリアルで、強く意識していないとここがVRだという事を忘れそうになるほどだ。

普段触れているVRは現実と遜色ないほどに精巧になっていると思っていたのだが、段違いの技術レベルの宇宙製VR空間に触れたことで、地球のVRがまだまだ稚拙な部分が多いと気づかされる。

 なんというべきか空気や感覚的な物の再現度のレベルが違うとでもいえば良いのだろうか。 


『はいお嬢様。残留跳躍エネルギー規定値以下を確認。太陽系第五惑星木星軌道への現界開始します』


金属のような響きを持つ固い女性の返答がブリッジに響く。

 しかし声はすれども、俺の視界内にいるのはアリスのみでその姿は見えず。

 でもそれも当然。声の主の名は『RE423Lタイプ自己進化型AI』という正式名称を持つ創天のメインAIであり、宇宙人的に見ても若すぎる社長だというアリスのお目付役でもある通称リルさんだ。


『太陽系内現在星図表示』


 リルさんのアナウンスと共にブリッジ下部に太陽系の3D縮尺映像が表示される。

 煌々と輝く巨大な太陽から始まり、水星、金星、地球、そして火星と小振りの惑星が続く内太陽系はガラス玉のように綺麗で、帯のように広がる小惑星帯を挟んで外側に連なる木星、土星ら外太陽系の妖絶に輝く星々。さらには各々の惑星を彩り付き従う無数の衛星達。

 子供の頃に宇宙館で見た天体図とよく似ているが、それよりもより壮大かつ精密で事細かい映像に年甲斐も無いが少しワクワクする。なんというかハイレベルなジオラマを見ている気分だ。

 どうやら俺に判りやすいようにとリルさんが気を利かせてくれたようだ。

 うん。ちょこっと話しただけだがなんというかよく出来た人(?)という印象に間違いはなさそうだ

 ポップウィンドウに浮かぶアリスお手製の説明書が作業手順毎に細かな説明や図を入れて注訳もしてくれているのだが、申し訳ないが判りにくい。

 これはアリスが悪いのでは無く、技術レベルの差が現代と中世以上にかけ離れている所為だろう。

 アリスらから見れば、原始人といってもまだ生ぬるいかもしれない地球人である俺にいろいろ判りやすいようにと苦心している様は見て取れる。

 だが両手に抱えれるほど大きく透明な立方体の中で不規則に動いて目まぐるしく変化する数字の群れを指して時空間数値表と称する物やら、空間相違座標軸線などと宣って幼稚園児が無軌道に気の赴くまま書いた落書きのような線の群れなど理解しがたい概念を元に解説されても意味がわからない物が多い。

 しかたなく次元転移式超空間跳躍やら重力圧縮による空間湾曲等というSF物の知識でかろうじて拾える単語をつなぎ合わせつつ状況を見ているところだ。


『現界復帰位置第五惑星木星軌道確定いたしました。六連恒星弯曲炉フルドライブ。次元値改竄順調です。現界までカウント開始いたします。15…14…13…12…11……』


 リルさんのカウントダウンと同時に創天が出現するポイントが星図の中に点滅する光点で示される。

 それによると創天の出現ポイントは、太陽を中心に円を描く惑星群の中から第5惑星木星から少し離れた同軌道上だ。

 少し離れたといっても宇宙的尺度の話。創天と木星本星は地球と火星程度には離れているだろう。

 太陽に近くその超重力の影響を大きく受ける内太陽系は、創天ほどの巨大質量船では跳びにくく、火星と木星の間に広がる異物の多い小惑星体への跳躍も危険が大きい。

 そこで木星が持つほどよい高重力をアリスが跳躍出現位置としての目印に捉え、リルさんが上位である超空間側を跳ぶ創天と下位である現実空間の出現ポイントの次元値相違を無理矢理に近づけている最中……らしい。 

 まぁあれだ。創天の主動力がSF小説で古来からお馴染みな反物質炉とかなら、まだまだ遠い未来の超技術だが地球科学の延長線上で想像できるんだが、アリス達の技術はさらにその斜め上をいってやがる。

 創天の主動力は次元圧縮した特殊フィールドにO型恒星を連ねる事で空間を湾曲崩壊させ穴を開けて上位存在世界と接続し、この宇宙に本来存在するエネルギー総量よりも膨大なエネルギーを引き出し利用可能とする『六連O型恒星湾曲炉』

 アリス曰く、短命稀少なO型恒星をしかも六個も使った主炉は今では原則製造禁止となっており、宇宙ひろしといえど創天と同級亜種の『天級』数隻に積まれた物と、銀河系各要所を常設で繋いでいる跳躍門にしかないという。

 この圧倒的なエネルギーにより、光年単位距離をナビゲートができるディメジョンベルクラドさえいれば、創天は銀河文明でも数少ない例外である光年単位跳躍を可能とする船となり、それどころか一つの恒星とそれに連なる惑星で構成される恒星系丸々一つを、フィールドで覆うことで内部の物理法則やら時間流をある程度は改変して星の軌道や位置すらも易々と変化させることができる。

 地球の遙か上をいく技術レベルをもつ銀河系各文明の中でも屈指の恒星間跳躍能力と恒星系改造能力。この二つの力が創天が恒星系級改造艦と呼ばれる由来だそうだ。

 はっきり言ってここまで発展した科学技術、というか別路線を歩んでいるとしか思えない技術体系だと理解不能な領域。

 アリス達の技術は科学と呼ぶよりもオカルトといった方が合っている気がするんだが。


『跳躍完了。現在位置確認。ナノセル放出開始。各種映像表示します』


 太陽系星図に記されていた点滅していた光点表示が、銀色の外装をもつ巨大な衛星級外宇宙船へと切り替わり、同時にブリッジ全体が全天モニターへと変化した。

 上下左右を見渡して見れば無数の星が輝き、横には離れていても強い存在感を放つ木星が鎮座する。高速で回転し渦を巻く大赤斑が少しずつ形を変える様も見て取れるのは感動的ですらある。

 ついで俺は今いる創天の全貌を映し出している周辺映像へと目をやる。
 
 白銀色の装甲に覆われた一切の凹凸も傷も見られない極上の真珠のような外観と星と見間違えるような大きさ。

 数多の星が輝く満天の星空の中でも一際目立ち地球の月とほぼ同等だという大きさを持つ衛星クラス船こそが、アリスが率いるディケライア社が誇る恒星系級改造艦創天。創天はその船体の各部からうっすらと漂う靄のような物を放出している。
 
 瞬く間に広がって創天を覆い隠しはじめたヴェールのようにも見えるそれらは、ナノセルと呼ばれる拳大の分子機械集合万能ユニットだという。

 アリスと知り合わなければ、おそらく俺が生きている内には見ることができなかっただろう景色と未知の超技術の産物をVR世界とはいえこうして見学できるのだ。これだけでもアリスに感謝だ。


「目標地点との誤差0.0001%。原因判明。ナビゲータの空間精査に不備アリ……もう少し頑張りましょうお嬢様。三崎様に良い所を見せようとして手際よくなされようとしているのはお察しいたしますが、常時よりも事前探査が雑になっております。不可点です』


 俺がつい声を無くし驚きで宇宙空間を見渡している一方で、リルさんが少しばかり厳しい口調でアリスをしかりはじめた。
 
 目標位置と僅かな誤差でタッチダウンできたようだが、どうやらリルさんはその些細なずれがお気に召さないらしく、コンマ四桁以下なんだから良いんじゃないかとも思うんだが、


「うぅ……リル。採点が厳しくない? ほとんど同位置でしょ。それに何時もは成功してるんだしいいでしょ」 


 アリスも俺と同様の感想なのかばつが悪そうに拗ねた顔を浮かべたのだが、その瞬間ブリッジの空気がさらに冷たく変わった気がする。

 無風状態のはずなのになんというか心胆寒からしめる風が通り過ぎたような感覚とでも言えば良いのだろうか。

 アリスはしまったとつぶやき青ざめた顔を浮かべている。
 

『……お嬢様。そのような僅かばかりという油断が重大な事故に繋がるのです。短距離跳躍程度ならば誤差無く跳んで頂かねば困ります。本来であれば創天は銀河でも数少ない超長距離連続跳躍機能を持つ船です。ですがお嬢様の現状のナビゲート能力のままでは、性能の1割も発揮できておりません。宝の持ち腐れというものです。しかも我が社の財政状況は過去に同事例がないほどに低迷状態であるのですよ。創天のオーバーホールに一回でいくらかかるか。現状の身の丈を考えるのならば、創天を放棄し小型改造艦に乗り換えても十分でございますのに、お嬢様が泣いて嫌がるので全従業員の善意の協力の下、無理して保持しているのですよ。それを思えば半人前とはいえ、長である自覚を持ち自己を厳しく律し鍛錬に励むものでしょう。それがこの程度の短距離跳躍でミスをし、さらに反省もせずとはいかがなものでしょうか』


 淡々とした声のままだがリルさんの容赦がないダメ出し。ゆったりとしたしゃべり口調なのに口を挟む事ができない響きは、説教しなれていると感じさせる風格十分だ。


「あ、あたしだってちゃんと考えてるってば」


 アリスもうーっとうなだれ頭の耳がしゅんと丸くなっている。

 ちらちらと俺の方に助けを求めるような視線を飛ばすのがやっとのようだ。

 そのウサミミを見れば目に見えて落ち込んでいるのが判るが、説教の内容から考えてある意味自業自得なんでかける言葉が見つからない。


『そうでしょうか? さらに苦言を呈させて頂きますなら、今回の窮地もお嬢様が成人し長距離ナビゲートを可能な状態にあればいくらでも挽回できた事例です。ここしばらくはいくらでも練習の機会がございましたのに、毎日毎日新規惑星開発プランの参考にするといって、地球のゲームで遊びほうけていらっしゃったのはどちら様でしたかお忘れですか? お望みならばここ数年の生活映像を三崎様にもご覧いただき感想を』


「判ったから! 判ったから! うー反省してます。ごめんなさい。もっとちゃんとするから。ともかくシンタの前でお説教とかやめてよ。あたしのイメージがダメな子になるからやめてってば。うーぅ。シンタ違うからね。何時もならもっとこう、ちゃんとやってるんだからね」


羞恥が限界に達したのかアリスが半泣き声でリルさんに謝りながら、ついでに俺に弁明しだした。頭のウサミミは落ち着き無くピコピコ動き、錯乱状態に陥っていることを示している。

 ん。これはちょっとまずいか。アリスと付き合いは長いのでその性格やら思考は理解しているんだが、こいつの場合はテンションが下がったり落ち込んでいるとミスが増える傾向がある。

 しかもここまでは本番前の下準備にすぎない。次の工程からが今日のメインなんだが、これからの工程にアリスはあまり乗り気じゃ無い。

 元々テンションが低かった所為で何時もは成功しているという短距離跳躍をミスしたのもあるかもしれない。
  
 なんかこのままだとミスを挽回しようとして焦ってまた失敗しそうだな。で、さらに説教コースとなるか。嫌がるアリスに無理矢理、頼み込んだのは俺だ……仕方ない。助け船を出すか。

 アリスの精神状態を立て直し万全たる能力を引き出すには…………そうだな。怒らせるか。それが一番手っ取り早い。
  
 しかし何せアリスは勘が鋭い。不自然な言動をすればすぐにこちらの意図に気づくかもしれない。そうなると上手くいかないかもしれん。と、なるとだ、


「あー安心しろアリス。お前の評価は人生捨てた廃人ランクで固定してあるから。どう転んでもダメ人間、ダメ宇宙人だ」


 どうでもよさげな口調はわざとではあるが、ある意味で本音で語る。

 一日二十時間が最長接続時間だったリーディアンオンラインに、ほぼ毎日二十時間入り浸っていた他に類がない廃人ぷりは、仮想体が愛らしくなければ単なる変人扱いされていただろうってのは紛れもない真実だから嘘はいっていないはずだ。


「なっ!? シ、シンタなんか何時もに輪をかけてあたしの評価ひどくない!?」


「疲れてんだよ。その上にただでさえ時間が無い状況で難解な単語やら概念を大まかでも理解しようとしてんだから、余計な話を振るな。リルさんもすみません。アリスへの説教はあとでお願いできますか。どうせまだまだ失敗するでしょうから。あとで纏めてやった方が良いでしょ?」


 さてこんなもんか。負けず嫌いのアリスのことだ。マイナスまで振り切れば逆に一周するはずだ。

 俺の暴言にしばし絶句し呆然としていたアリスだったが頭のメタリックウサミミがプルプルと震えている。


「っう! シンタの意地悪! いいもん。私の本気見せてやるんだから! リル! 次の準備! 地球人浄化作戦やるよ! シンタはそこで大人しく見てなさいよ。地球人最後の日を!」


 ウサミミがジャキンと立った臨戦態勢に移行してアリスが涙目で吠える。

 ん。成功か。相変わらず判りやすい反応する奴だ。怒りにまかせてあれだけ嫌がっていた地球人壊滅作戦にすんなりと入りやがった。


「短距離連続転送準備! 目標第三惑星地球! 全包囲後に封鎖圧殺! 一気にけりをつけるわよ! 地球の猿共、ディケライアの前に膝を屈しなさい! 下等生物の地球人共は私の影を仰ぐことも無く消え去るんだから!」


 似合わない薄ら寒い笑い声をあげながらアリスが右手を振りあげると、下部に広がっていた太陽系星図から地球が浮上してきて前方に拡大表示される。


「転送位置選定開始! リルは連続転送影響による消失値を算出!」


 アリスはウサミミを激しく左右に動しながら、拡大表示した地球を覆い囲むように次々に黒い点を表示してマーキングを開始する。

 東アジア上空。南米上空。北極圏上空。はたまた太平洋上空。地上から遙か上空大気圏の縁を掠めるように、びっしりと地球を覆い尽くし塗りつぶしていく黒点は飴玉に群がるアリの大群のようだ。 

 切れたアリスが怒りにまかせて無作為に場所を決めてやっているようにも思えるのだが、地球の横にウィンドウが浮かび上がり、黒点の順番と座標らしき数値のリストが高速で流れ、さらに別のウィンドウに浮かぶ円グラフと連動している様子が見て取れるので、なにやら計算しながら配置しているように見える。

 その処理速度はまさに圧巻の一言。須藤の親父さんの作業を見ている時と同じような感覚だ。

 あーこりゃ完全ロープレモードはいりやがったな……やり過ぎたか。
 
 ボス狩りやら長時間の狩りが続いてテンションマックスになると入るアリスのトランス状態をギルドメンバーやら知人は通称『完全ロープレモード』と呼んでいた。

 常日頃からゲーム内での役になりきる傾向が強いアリスなんだがこの状態は別格。完全にキャラと同化し、最大限の能力を発揮して見せる。

 リーディアンオンライントップクラスプレイヤーだった槍騎士アリシティア・ディケライアの本領発揮モードといっていい。

 何せ以前このモードに入ったときは、『数集めてとにかく殴れ』な協力プレーが基本デザインのリーディアンオンラインボス戦において、中級ボス相手とはいえ下手すりゃソロで狩りきるんじゃ無いかというくらいのダメージを与えてぶっちぎりのMVPをもぎ取ったこともあるくらいだ。

 おそらく今のアリスの気分は地球侵略を開始した悪の宇宙人といったところ……というか、そのものだな。うん。


『算出完了。転送事故消失率予想0.2% 十二分な範囲だと判断いたします』


「次! 周辺ナノセル跳躍転送形態に変形!」


『了解いたしました。全ナノセル転送開始いたします』


 リルさんの復唱と共に、創天を映し出していた映像に変化が訪れる。

 創天の周囲に広がって漂っていた拳大のナノセル達が結合を開始していく。比較対象が巨大な創天なので今ひとつ判りづらいが、サイコロ状の真四角なそれらはおそらくは大型コンテナほどの大きさはあるだろうか。


(失礼いたします三崎様。むらっ気の激しいお嬢様の扱いが上手いと感心せざるを得ません。次々に座標を確定させておりましたのに、この消失率とは驚きます)


 集中状態に入ったアリスを邪魔しないためか、リルさんがアリスの命令を復唱し実行している傍らで文字チャットウィンドウで俺に語りかけてくる。

 先ほどの暴言に対するクレームかと思えば、どうやらリルさんは俺がアリスをわざと怒らせたことに気がついているようだ。


(俺にはよくは判りませんけど、すごいんですか?)


 俺も同様に口には出さず仮想コンソールを叩いて返事を返す。


(はい。現在の我々の技術力で近接領域への連続転送や跳躍を行えば、空間の歪みを蓄積し、対象物質が次元分解される事故の確率がどうしても高まります。これを抑えるには歪み同士の相互干渉により影響を減少させ中和させるのが一般的な方法です。普段のお嬢様なら同規模の転送ミッションでは消失率4%から5%といったところですので、驚異的な精度向上と言えます。)


(んじゃ。さっきのミスは帳消しって事で。俺が言うのは筋違いかもしれませんが、あまり叱らないでやってください。ここの所プレッシャーやらで結構やられてたみたいですし)  

 保護者的立場だろうリルさんの教育方針に口を出すのは失礼かもしれないが、アリスの相棒として先ほどの暴言の謝罪も込めて一応庇っておく。


(お気遣いありがとうございます。本日の夕食にはお嬢様のお好きなデザートをお出しする事をお約束いたします)


 授業参観中に教室の後ろで小声で語り合う保護者のような会話を俺とリルさんが展開している間にも、ウサミミ美少女による地球人壊滅作戦は着実に進んでいく。

 拡大された3D映像地球を覆っていた黒点が一斉に色を塗り替えるように白く変わっていく。

 白い点こそが先ほどまで創天の周囲を漂っていたナノセルブロック。

 万能ユニットの名は伊達じゃ無く、ナノセルは内部構造を自ら変化させることでナビゲートは必要だが、自ら星系内短距離跳躍を可能とし、さらに数多く集まることで重力ユニット、核融合ユニット、物質変換ユニットやら、惑星改造に限らず日常生活から戦闘まで。ありとあらゆる用途に適した万能ツールへと作り替える事が出来るそうだ。

 長大な距離を長時間かけて航行していく外宇宙船において、制限ある物資や積み込みスペースを考慮しフレキシブルを極限まで極めた形とでもいうところだろうか。

 ナノセルの説明を聞いたとき、上手いこと操って有人操作なロボが作れたら気分はスペオペヒーロー物だと、いい年して一瞬思って興奮してしまった俺はおそらく疲れている。

 
『全機転送完了。消失率0.01% ほぼ完璧ですお嬢様』


「当然! あたしの本気はまだまだだからねシンタ! 地球人を一人残らず除去したら、ダメ宇宙人って言ったの撤回して謝ってもらうんだからね!」


 リルさんの褒め言葉にすら気づかずテンションが跳ね上がっているアリスは、先ほど馬鹿にされたのがよほど悔しかったのか涙目のままで指を突きつけてきた。

 ……いや、謝るのは良いんだが、その前提でいくと俺も消去されているんだが。

 しかしアレだ。ここ半年で地球売却やら盗まれた恒星系やらで、相当アリスのストレスが溜まっていたんだろうが、地球浄化作戦を進めるアリスは実に楽しそうである。


「全ナノセル変化! 時間強制遅延モード! 索敵! 照準固定! 対象地球人類!」


 アリスの号令にナノセルブロックが一斉になめらかな鏡面のような平面状へと変化しながら、縦横に広がっていき隣のセルと結合。本当に隙間無く地球を覆い隠し始めた。

 これだと地球がどうなっているのか全く判らなくなるのだが、またリルさんが気を利かせてくれたのか別アングルの映像が表示される。
 
 太陽の明かりを遮られたことで、全地上が夜のようになり、地上から漏れる明かりのみで照らし出されるので、造形が判別しづらい映像であったが、すぐに光度調整を入れてくれたのか鮮明に映し出され始める。
 
 どうやらそれは大気圏を覆うナノセルを見上げる映像のようだ。宇宙側から見たときはつるつるとしていたナノセルの裏側は、まるでハリネズミのように突き出た無数の針で覆われている。

 針は小刻みな動きを繰り返しながら微妙にその切っ先を変化させている。獲物を探る肉食獣のような嫌な威圧感を覚える。


『時間流遅延1/1000……全人類索敵終了。延べ110億5678万4291名への照準固定完了』


 早いな。おい。というか本当か? こんな短時間で地球上の全人類を個別に認識したのか。どういう探査能力だよ。

 しかも俺の知っている国連の発表公式人口より2億以上多いぞ。どこから出てきた?

 まずい……半分予想はしていたが、アリス達の技術レベルは予想の遙か上をいってやがる。こりゃ無理だ。


「ふふ。滅びなさい人類! ガンマレイ一斉発射準備!」


 クライマックスに達したアリスの号令に地球を覆い隠すナノセルが燦々と発光を始め、内部の針が雷光を伴う放電現象を起こし始めた。


『了解いたしました。エネルギーチャージ終了まで180秒』


 いよいよ人類殲滅へのカウントダウンが始まったようだ。というか蓋して三分か。インスタントなみにお手軽だな。

 さて、んじゃそろそろ人類を救いますか。

 俺はぬくぬくと温まっていた炬燵を名残惜しく思いつつも抜け出すと、テーブルの上に積んであったミカンを手に取り皮を剥いて出来るかどうか一つ確認してから、残った身を口に放り込む。

 うん。甘酸っぱくてほどよい旨さだ……しかし出来るかなと思ったら本当に可能かよ。

 味に満足しつつ、悪戯レベルの些細な事まで完全再現している宇宙製VRの底知れ無さに若干戦慄する。

 地球を救う為の鍵となるミカンの皮を隠し持つ。これで武器は十分だ。

 リーディアンオンラインで飛翔したときと同じような感覚で軽く畳を蹴って、宙に浮かぶアリスへと近づく。


「あーアリスちょっと良いか?」


「なによ! 今更謝っても遅いんだから! シンタはそこで地球人類がゴミのように消し去られるのを見てなさい!」


 背後から話しかけた俺に対して振り返ったアリスは悪の宇宙人役に入りきった表情であくどい笑みを浮かべていた。

 こいつは本当に。ゲーム外でもロープレ派なのか。


「ほれ。これ、見てみろ」


 呆れ交じりの静止と共に、テンション最高潮でくるくると回っている金色の瞳を浮かべるアリスの顔の前に軽く握りしめた拳を突き出す。

 不審げな表情ながらもアリスが顔を近づけた瞬間に拳を握りしめた。

 握りしめた拳の中には先ほど隠し持ったミカンの皮。

 絞られた皮から飛んだ飛沫が狙い通りアリスの金色の左目へと命中する。


「ひゃぅっ!? 目! 目! 痛い! 痛い!」


 お、効いた効いた。やっぱり宇宙人でも痛いかこれは……というか効き過ぎたか。

 しゃがみ込んで目をごしごしと擦っているアリスを見下ろしているとさすがにやり過ぎたと罪悪感を覚えてしまう。


「リルさん。すみませんカウント中止でここまでって事で。あと冷たいおしぼりって用意できますか?」


『はいかしこまりました。カウントを停止。シミュレーションを中止いたします。ではこちらをどうぞ』


 俺の頼みにリルさんが快く答えて即座にカウントを中止して、目の前にビニールに包まれたおしぼりを出現させてくれた。

 袋を破ってほどよく冷たいおしぼりを取り出して広げてからアリスへと手渡す。


「あー……悪い。そこまで痛がるとは思ってなかった。ほれ。いくらVRでもあんまり擦ると痛いだろ。これ使え」


「ふぁにすんのよ! シンタ!? シンタがやれっていうから嫌なのにやってたのに! 本当に今日酷くない!?」


 ガチ泣きが入ったアリスが俺の手からおしぼりをひったくると左目に当てながら、無事な右目を剣呑に尖らせて睨み付ける。

 だがその表情は先ほどまでの役に入りきっていた物では無く、俺がよく知る相棒アリスの何時ものちょっと子供っぽい表情だ。

 どうやら狙い通り正気には戻ったようだ。ちとやり過ぎた気もするが。


「いやだってな。お前あのまま完全ロープレモードでやってたら地球人類殲滅させたって、あとでへこむだろ……たかだかシミュレーションなのに」


 地球売却になったとしたら、浄化作戦が実際にどのような感じになるか確認してみようとしただけだったんだが、アリスが完全ロープレモードに入った事で方針を変更した。

 何せアリスの場合、あんまりにも入り込むもんだから、あとで覚めたときに自分の言動を振り返って後悔するタイプだ。だから引き留めたんだが、


「だからって止め方あるでしょ!? 信じらんない! シンタほんとに信じらんない!」


 どうも疲れているのやら、アリスと絡むのが久しぶりな所為で加減を見誤っているらしい。

 さて、どうやって機嫌を直したもんか……

 こうして俺の連休1日目は波乱の幕開けと相成った。











 蓋を開けてみれば大成功に終わったユッコさん達の同窓会から1週間後。

 世間一般から見れば3週間以上遅めとはいえ、我が社ホワイトソフトウェアは正月休みと称し三日間の完全休業へと突入した。

 例年ならば一応実家に里帰りして親父と酒を交わしつつ説教を聞き、お袋の愚痴に相槌をうち、姉貴の所の姪っ子にお年玉やらと、不肖な息子にして親戚のお兄さんみたいなおじさんとしての最低限の役割を果たしている。

 ところが今年は実家への挨拶は映像メールだけで済まし、姪っ子に渡すお年玉はネット経由のWEBマネーというかなり不義理な真似をしでかしている。

 一応実家には、友人の相談にのるために帰れないと前もって連絡はしておいたんだが、どうにもうちの両親……特に親父の方からは俺への信頼はすこぶる低いので、少しばかり揉める羽目になった。

 もっとも大学時代にリーディアンオンラインに嵌まって廃人生活で留年ラインぎりぎりまで単位を落とした上に、その果てには元凶たるゲーム会社に就職したんだから、親としちゃ心配して干渉してくるのはある意味当然だろうかと反省するしかない。

 今回はそれ以外にも、VR規制法の原因ともなった未成年者VR死亡事件の影響でVRやVRMMOをあまり知らない世代での評判はすこぶる悪く、お袋もご近所の噂話から仕事とはいえVR世界に繋げっぱなしの息子の心配をしているらしい。

 さらに親父に至ってはどこから仕入れたのかうちの会社がピンチな事も調べてやがり、会社関連で変な借金の保証人でもしたんじゃ無いだろうかと疑ってやがった……その情報網と発想はさすが元銀行マンだと感心するやら呆れるやら。
  
 こりゃ一日は実家に帰らないとさすがに無理かと思っていたんだが、


『困っている友人って男? それとも女?』


 という姉貴からのメールが来たので、まさか宇宙人と返すわけにもいかず、アリスとの間にはそんな感じは無いんだが、一応性別的には女に該当するので女と軽く返しておいたら、理解ある姉貴や義兄が、


『伸もようやくゲームじゃ無く、彼女を取るようになったんだから許してやりましょう』


と両親の説得をしてくれたらしい。

 姉貴……援護はありがたいが限りなくボールだその予想は。

 そんなこんなで、いろいろあとのことを考えれば、ちと怖いが、昨年末にアリスと交わした約束を守るために、VR経由とはいえ、俺は恒星間宇宙文明とのセカンドコンタクトを果たしていた。

 今回の来訪目的は、詳細な事情説明と簡易な技術説明を受けるため。

 正直にいえばアリスの会社の倒産危機やら、地球が売られる寸前(ただし宇宙的時間感覚で地球時間で約100年後)だと言われても、あまりの話にリアリティがなさ過ぎて今ひとつピンと来ていない。

 だからアリスによる地球が売られた際に起こる最悪の事態をシミュレーションとしてまず見せてもらっていた。

 少しはこれで緊迫感を持てるかと思ったのだが、結果も含めていろいろ失敗だったような気がしないでもない。
 
 俺が原因ではあるが、アリスの暴走で小芝居に走りすぎた感があるのもあるが、無重力ブリッジの中央付近でぷかぷかと浮かんで異彩を放ちまくる掘り炬燵ユニットに収まり、アリスが気を利かせてくれて準備してくれていたミカンをつまみに緑茶色で生姜風味な甘酒を飲みながら観戦するのがまず間違いだった。

 気分はアレだ。正月休みで特にやることも無く、何となく深夜にやっているB級SF映画やらディスカバリーチャンネルを見て、晩酌している人生ソロプレイなサラリーマンといったところか……なんか悲しくなった。
   






























 
 宇宙編はこんな感じで技術面のはったりかましつつ、派手に大仰に、だけどある意味こじんまりいくつもりです。

 誤字修正ついでに『小説家になろう』様への投稿も開始いたしました。

 そちらの方で行間に空行が少なくて少し読みにくいというご意見をいただきましたので、今回だけ試しで地の文の段落毎に1行をいれ、従来通り地の文と会話文は2行空けとしております。

 お読みくださりありがとうございます。
 
 ご意見。ご指摘ありますとありがたいです。



[31751] 所変われば常識変わる
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/05/29 23:41
「ともかくシンタはガキなの! ガキ! 人の顔に向かってミカンの飛沫を飛ばすなんて! 今日日! 小学生でもやらないような事してくる普通!? そりゃさぁ! あたしがシンタに助けてほしいって頼んで! 実際にシンタ来てくれたんだから! 感謝してるし嬉しいけどさぁ! でも! やって良い事と悪い事あるでしょ!」


 満天の星空を映し出す宇宙船の無重力VRブリッジに浮かぶ掘り炬燵というだけでもシュールなのに、対面に座ったメタリックウサミミ少女から、怒りが篭もった目で睨まれ罵られながら蹴られそうになる。

 場所も状況もじつにほどよくカオス。

 アリスは先ほどまでの作業着のつなぎから、炬燵に合わせたのか半纏のような衣服に変えているが、宇宙人と半纏というのもじつにアレな組み合わせだ。

 しかも外見西洋系のくせに、なぜか似合って見えるのはアリスの性質、性格をよく知るからだろう。

 他人事ならこの意味の判らない状況におまえらバカだろと突っ込めるが、あいにく俺は当事者だ。


「だから! 悪かったって! そこまで! 痛がると! 思っ! とあぶね! って無かったんだよ!」


 先ほどからアリスはこの調子で拗ねまくっており、頬を膨らませ感情が出る頭のウサミミを左右に振りながら怒りを表しつつ、堀炬燵の中で俺の臑を狙って何度も蹴りをいれようとしている。

 くそ。こいつ上手い。

 避けようとする俺の動きを先読みして叩き込んでくる蹴りを何とかガードしつつ、反撃の隙をうかがっているが、怒りに駆られるアリスの動きは苛烈で防戦一方だ。

 そんな白熱した足下戦争を繰り広げつつも、なんで宇宙人のお前が地球の(というか日本限定と思われるが)炬燵内攻防戦に慣れているんだという突っ込みが浮かぶが、指摘したら、さらに怒りそうなのであえて無視している。

 あまりにくだらない。それこそ小学生レベルの幼稚な争い。

 でもこれこそが、現役時代の俺とアリスがもっとも多く過ごした時間なのかもしれない。

 アリスとガキのように張り合いつつも背を預けて掛け合いをしながら狩りをしていた頃を昨日のように思い出す。


「第一リルもリルよ! なんで皮から飛ぶ飛沫なんて再現してるのよ! しかも痛覚再現まで出来てるし! しかもあたしの心配しないで! シンタの言う事を聞いてるしさぁ! あたしの知らないところで二人とも結託してない?!」  


 ちゃんとリルさんを紹介されたのはつい数時間前だ。紹介したのはお前だろうが、

 
『お嬢様より三崎様を正式にご紹介頂いたのは地球時間において1時間45分と20秒前でございます。その時点より現在までお嬢様も同席いたしております。この状況下で密談をするなど不可能でございますし、私のログにはそのような事実はございません』


 これ以上アリスの機嫌を損ねないようにと、俺が控えてた突っ込みを一切の躊躇なくやりやがったよリルさん。

 しかも先ほどチャットで会話を交わしていたのに平然と嘘を吐いてるし……機械は嘘をつかないってのは嘘か。それとも俺の想像しているAIとはまた別の存在なのかこの人。
 
 しかし制限時間の二時間まであと少ししか残ってねぇし、そろそろ勝負をつけるか。

 負けるのは嫌だが、勝つのは大人げない。アリスの一撃をわざと受け動きを止めた所にカウンターの反しで両者痛み分け。ここら辺が落とし所だろう。


『第一お嬢様のパートナーであらせられる三崎様のご指示であれば、私が従うのは当然の事でございましょう』

 
 アリスの耳の動きから仕掛けのタイミングを見定めようとしていた俺だったが、リルさんが何気なく漏らした奇妙な発言を耳に捉える。

 『当然』……どういう意味だ? 

 違和感のあるリルさんの言葉に一瞬といえど気をそらしてしまった俺の動きは鈍くなる。

 そんな千載一遇のチャンスを見逃すようなアリスじゃない。

 アリスのウサミミが吠えるように立ち上がるのを視界に捉えた時にはすでに遅く、


「がっ!?…………ア、アリス……お前、凶悪すぎるぞ」


 この野郎……一瞬で両足の臑を蹴り上げた上に、おつりとばかりに小指にかかと落としまで決めて来やがった。

 恐ろしいまでに正確無比かつ強力な弱点クリーンヒットな攻撃は悶絶するほどに痛い。

しかも不意の状況に備え常日頃から一定値以上の痛覚は減少する痛覚制限設定がしてあったのに、いつの間にやら無効化されている。

 予想外の痛みというのがさらにきつい。

 これはおそらくアリスの仕業だろう。


「っ……うっさい! シンタが酷い事するからでしょ。ともかくあたしの勝ちだかんね」


 勝ち誇るアリスだが少しだけその声が震えていて、若干涙目だ。

 どうやらこいつも痛みを我慢しているようだ。

 さては結構な勢いで蹴ってきたから自分の足も痛かったな。

 被弾覚悟の上でこっちを落としに来る辺りがじつにアリスだ。


「……どっちが酷いんだよ。しかもお前……痛覚制限を解除しやがっただろ」


「公平にしただけだもん。チート使ってるシンタがずるなんだよ」

    
 半眼で睨む俺にアリスは舌を出して答える。俺の痛覚減少は公式ツールだ。

 くだらないじゃれ合いのためだけに、高度なセキュリティで守られている脳内ナノシステムにあっさり入って変更してくるお前の方がよっぽどチート存在じゃねぇか。

 こんな所でも天と地ほどある技術レベルの差を思い知らされるのだからやってられない。


「さてそれで敗者のシンタはどうするのかな?」 


 勝った事で不機嫌は少しだけ収まったアリスが、代わりに若干だが不安を除かせる瞳で問いかけてきた。

 何を言いたいかわかるでしょ? 覚えてる?

 アリスの表情は如実に語っている。

 んなもん考えるまでも無く判るっての。3年間も背中預けた相棒とたびたびやってたやり取りを早々忘れるわけがないだろうが。 


「俺が全面的に悪かった。以後しないようにしますから許してください」


 すこし癪なんで若干棒読み口調ではあるが、アリスに謝ってついでに頭を下げる。


「うん。許してあげる。以後あんな事はしないように」


 偉そうにかつ嬉しそうにアリスが頷く。

 勝った事に加えて、負けたときの何時ものテンプレで俺がちゃんと返した事なんかもあるんだろうが、先ほどまでの不機嫌は完全に消え去っていた。

 単純な奴だな……さすが俺の相棒。

 いくら技術が発展しようともVRMMOも所詮はオンラインゲー。画面の向こうには別の人間がいる事を忘れてはいけない。

 今日の狩り場をどうするとか、レアアイテムの取り分やら、あとどっちのミスが敗因だった等々。

 どうしても考えの違いや行き違いなどで、揉めたり、喧嘩腰になるときがある。

 俺とアリスの場合も、どちらかの機嫌が悪かったとか何気ない事で時折喧嘩になるときがあった。

 こういうとき日本人なら、なあなあで済ませて腹にため込んで終了ともなるんだろうが、アリスの場合ははっきりさせたがる上の負けず嫌い。

 結果PvPモードで打ち合いやったり、どちらが先にプチレアを狩ってくるかなど、何かにつけて勝負と相成っていた。

 これで俺とアリスのどちらかに勝ちが偏っていたなら別の展開になっていたのだろうが、どういうわけか俺達の場合は、どんな競技内容だろうと五分五分な展開となり、接戦を繰り広げて、勝敗が読めないから面白いとギルド内外で賭けの対象になっていたほどだ。
 
 いろいろな意味で相性が良かったともいうべきだろうか。
 

「へいへい。気をつけますっての」


 アリスとのこのくだらない戯れが楽しかったといえば楽しかったのだが、なんかそれを認めると二十代半ばの男としちゃ負けのような気がするので内心を悟られないように適当に返す。


「うん……やっぱりシンタだ」


 そんな俺の演技もどこ吹く風、ちょっと疲れたのかぺたんとテーブルの上に体を預けたアリスは緩い笑顔を浮かべつつもわけの判らない事を宣い、犬が尻尾を振るようにウサミミをゆっくりと動かしていた。

 不機嫌一転ご機嫌モードに入ったようだ。


「そりゃそうだろうが。当人だっての」


「だってなんかシンタって就職してから余所余所しくなったし、前みたいに遊んでくれなくなったじゃん。今日は普通だけどさぁ。ほら覚えてる? だいぶ前だけどさぁ、ゲーム内イベントで偶然に会ったときなんか気持ち悪い敬語で話してきた事あったでしょ。あれ結構ショックだったんだよ」


「そりゃプライベートと仕事は態度を変えるっての。GMと結託して優遇されているなんて評判が立ったら、お前やらギルドの連中も居心地が悪いだろうって、あの時は気を使ってたんだよ。それなのに言うに事欠いて気持ち悪いって、こっちがショックだっての。最初にあんだけ苦労してやっかみ交じりのデマを完膚無きまで叩きつぶした俺の努力を忘れたとは言わせねぇぞ」


「忘れるわけ無いでしょ。連続デスの特別ペナでレベルが下がったのアレが最初で最後だったし。シンタはやり過ぎなんだよ」


 元プレイヤー上がりのGMという結構珍しい出自な俺の場合、当然と言えば当然だが、元所属ギルドやら知人プレイヤー達に、ボス出没時間や新スキル情報などを漏らしたりといろいろ便宜を計るんじゃないかと、就職当初はあちらこちらで噂されていた。
 
 それに対してうちの会社が取った手は、異例中の異例とも言えるボス戦時の中身の公表という荒療治。

 あえて操作GMが俺である事を明かしたボス戦を行う事で、GMミサキという存在を実際に見せつけるという寸法だ。

 要はあれだ。つい先日までボス攻略戦の最前線でギルドを率いて戦っていたプレイヤーが、敵に回るとどれだけ厄介で意地が悪いかという証明に他ならない。

 なんせ俺の場合は稼働初期からの参加でプレイヤー心理はもちろんだが、アスラスケルトン戦に限らずボス攻略戦で考案してテンプレになっているベーシック作戦もいくつかあったので、ボス戦の裏の裏まで知り尽くしている。

 そんな俺が卑怯かつ卑劣な作戦も躊躇無く投入してプレイヤー連中を罠に嵌めておこなったボス戦は、プレイヤー達の油断もあったせいか通常時同ボスと比較して討伐までに5倍以上の死亡者が名を連ねた。

 ボスモンスターとの戦闘で10回連続死亡した者に与えられる特別ペナルティのレベルダウンを受けた高レベルプレイヤーはアリス以外にも続出で、討伐参加者全員に軽くトラウマを与えるほどだったらしい。

 容赦の無いまでのやり口と、徹底的な無差別攻撃に、俺が元所属ギルドやら知り合いに便宜を図るんじゃ無いかという疑念は見事なまでに消え去ったというわけだ。

 その時の大暴れが原因で『裏切り者』やら『腐れGM』と各種掲示板で叩かれる極悪非道なGMというイメージが就職直後から根付いたのはご愛敬だろ。


 思い出した記憶に眉根を寄せたアリスが頬を膨らませ、ついでに頭のウサミミをぷいと横に向けて拗ねていますと訴える。


「ったく。ガキかお前は……時間ももう無いってのによ。ほら雑談しに来たんじゃないんだぞ」

 
 先ほどの激戦の後だからか、どうにもマッタリというかダラダラとした空気の中アリスの愚痴めいた雑談に付き合っていたのだが、制限時間が近い事を思い出して俺は声を少しだけ引き締める。

 するとテーブルに体を預けていたアリスがゆっくりと起き上がった。


「時間が無いってなんか用事?」


 こんどは心細そうな不安げな様子をアリスが覗かせる。浮いたり沈んだり激しい。
 
 さっきのじゃれ合いでいつもの調子を取り戻したかと思ったのだが、どうもまだ不安定な部分があるようだ。


「この三日間は里帰りも止めて時間は空けてあるって言っただろ。そうじゃなくてヒス条。あーVR規制条例の二時間規制って知ってるだろ。個人名義のVRチャットでの完全没入は娯楽目的に引っかかるんだとさ。網膜ディスプレイだけ使った半没はオッケーとか基準が曖昧すぎんだよ」

 
 たぶん俺は今ものすごくうんざりとした顔を浮かべているだろう。 

あれよあれよという間にVR規制派の世論に押され決まってしまったVR規制条例は施行から数ヶ月で悪名高い条例となっていた。

 元々死亡事件から勢いづいた流れで早急に決められたのだから仕方ないかもしれないが、条例には穴や見落としが多く、かなり生活に根付いていたナノシステムとそれによるVR技術を規制したのだから、ともかく不便なのだ。とくに俺のようにVR関連業種のような人間には。

 しかもどこまでが娯楽目的でどこからが違うのかそこらの線引きが曖昧で、VRゲームやVR風俗関連は完全アウトだとしても仕方ないが、このようなVRチャットまで規制するのは些か行き過ぎではないかという声もあるらしい。
 
 そのうち、条例の基準にも見直しが入ると思うが、果たしていつになるのやら。

 ともかく今日の所は完全にVR世界に入る没入でぎりぎりまで粘って、あとは自室で半没チャットでアリスからの説明を受けるつもりだ。

 時間がもったい無いのに、あんなくだらない事で時間を消費している辺り、どうもまだ俺は、アリスの会社がピンチで地球もやばいという話に現実感を感じていないようだ。


「心配するな。ちゃんと話は聞いてやるし考えてやるからさ」


 元気づけてやろうと力強く答えたのに、なぜか深いため息が返ってきた。

 しかもあきれ顔を浮かべていやがる。
 

「シンタ……それってさ日本国内のVRサーバ限定でしょ。ここ海外どころか地球外。創天のメイン領域。二時間制限とか関係ないよ。何言ってるの」


「………………」 


 返す言葉が無い俺にアリスが少しばかり不安の色を強める。

 指摘されるまで俺が全く気づいていなかった事を悟ったようだ。


「たぶんタイムラグとか操作タイミングに一切のズレが無いから、無意識に国内サーバみたいな感覚でいたと思うんだけど、リルを一部でも再現しようとしたら、地球の全サーバを使っても足らないよ。今シンタの脳内ナノシステムと繋がっている回線って、地球に散布して環境調査報告させてるナノセルシステムが使ってる恒星間ネット回線の一部。だから銀河中心を挟んで地球のほぼ反対側にいる創天に直通状態。繋ぐときに秘匿設定を掛けたりするから、立ち上がりに時間はかかるけど後はタイムラグ無しなんだけど」


 アリスが俺に判りやすいよう入れてくれた解説を聞きながら考える。

 力になってやろうと思っているが本当に役に立てるのかと。


「銀河の反対側か……遠いな」

 
 自問自答してみるとネガティブな答えしか浮かんでこない。
 
 技術レベルが違い過ぎる事がどういうことなのかと改めて思い知る。

 当たり前の事。常識が通用しないのに、何かを考える事が出来るだろうか?
 
 言葉を無くし気まずい沈黙が俺たちの間に降りたとき、


「…………ふむ。やはり懸念したとおりでしたかな」


 どこか達観した老人の物にも聞こえる嗄れた声が俺の背後から不意に響いた。  

 いきなり響いた声に内心は焦りながらも俺はゆっくりと後ろを振り返る。

 青白く光るゴツゴツとした表面をもつ太さ5センチほどで長さ1メートルほどの細い棒としか表現しようが無い物が、いつの間にやら俺の背後に直立で立っていた。

 よく見ると棒の中央付近に亀裂のようにも口のようにも見えるスリットがある。声の主はどうやらこの棒……もとい人らしい。  

 ここが現実ならいきなり背後に言葉を喋る謎物体が出現するなんてホラーだが、VRMMO世界じゃ、ログインしてきたプレイヤーが目の前に出現したり、いきなり横沸きしたMOBモンスターにぼこられるなんてのは日常の風景。

 ログアウト場所が悪かったのか、街から少し離れた森の中で逢瀬していたカップルプレイヤーの間にログインしたときに比べれば、まだ驚きは少なかったと思い平静を装う。


「ローバー専務……今はプライベートって言ったでしょ。覗いてたの」


 アリスが棒人に対して頬を膨らませてみせてから顔をぷいと横に向けた。

 ただし耳だけはローバー専務(棒)に向けたままだ。

 この態度と耳から判断するならば、この専務を嫌っているのでは無く、口うるさく言われるから苦手としていると言ったところか。

 しかし社長がウサミミ少女で、専務が棒人間?……何ともシュールな響きだ。

 
「はい。ご指示には反しますが、此度の事案は我が社のみならずアリシティアお嬢様の先行きも左右しかねない重大事項。お叱りは覚悟の上です」


 その短い受け答えだけでもローバーさんが好奇心や遊びでのぞき見していたのでは無い事が初対面の俺でも感じ取れる。

 勘の鋭いアリスも当然気づいたのだろう。アリスは一瞬だけ耳を払うように動かしたが口には文句を出さなかった。


「シンタ。ローバー専務。先代社長……あたしのママの頃からの幹部で、今は私の補佐してくれている」


 アリスが短い紹介をすると、ローバーさんは音も無く俺の右側へと移動した。


「お初にお目に掛かります。ディケライア社専務取締役を任されております。ローバー・ソインです」

 ローバーさんの挨拶が終わると共に、その全身がぼんやりと発光し二度ほど点滅をする。何となくだがこれはお辞儀をされたみたいな物だろうか。

 予想外の状況に成り行きをついつい傍観していた俺だったが、その丁寧な物腰に我に返り、

「っと、座ったままで失礼しました。私は」 


「いえ。ご挨拶は結構でございます。三崎様の事はリル嬢より拝聴しております」


 立ち上がり挨拶を返そうとした俺をローバーさんがやんわりと止める。

 ……この雰囲気は感じた事がある。

 契約が破棄になったり、物別れに終わる交渉で感じる嫌な空気。


「三崎様……誠に申し訳ございませんが、今日までの事は全て忘却し、このままお帰りになっていただけませんでしょうか」


 俺の予感は見事に当たる。
 
 明らかな拒絶を含む声が静かに響いた。



[31751] 相棒とパートナー
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/06/06 23:34
「今日までの事は全て忘却し、このままお帰りになっていただけませんでしょうか」


 声に感情が感じられず淡々としているので敵意と呼べるほど攻撃的な意志は感じないが、歓迎されていない事は判る。 

 拒絶の色がくっきりと現れたローバーさんの言葉が、アリス達の世界に圧倒され観客気分でどこかぼけていた俺を刺激する。

 アリスから最初に連絡を貰ったときも、皆に反対された云々と言っていたなと、ふと思い出す。

 一見岩石から直接掘り出した棒にしか見えないローバーさんを見ながら、軽く息を吸ってからゆっくりと吐きつつ、つい先日までの激務で疲れて動きの悪かった体全体へと力を入れる。

 おし。準備完了。


「ふざけないでよ! ローバー! あたしがシンタに頼んで来て貰ったのに! 帰れって失礼でしょ! それに忘却って! まさかシンタの記憶を消すっていう意味じゃないでしょうね!?」 


甲高く響くほどにテーブルを手で強く叩いたアリスは、掘り炬燵から勢いよく立ち上がり、銀髪から突き出たメタリックなウサミミを槍のように立てて怒鳴った。

 先ほどはローバーさんにつけていた役職が無くなり呼び捨てになっているが、アリスはそれにも気づかないほどに激高している。
  

「ディケライア社を初めとした地球外の知識のみにさせていただきますが、そのつもりでございます」


 アリスの怒りの矢面に立ってもローバーさんの声に変化は無い。

 どうやら二人のやり取りから考えるに、記憶の改竄や消去も自由自在か。

 お前らアブダクションとかやってないだろうな。

 生物といっていいのかも悩むローバーさんの奇異な外見は、明らかに俺やアリスの姿と異なる生命種の物。

 しかしそんなローバーさんの言葉はアリス達の科学技術が持つ理解しがたい概念や想像を超えた威力なんぞより、遙かに判りやす……いやいや。決めつけはまずい。

 見た目と同じように思考が全く異なるのかもしれない。俺が想像した意味とはまた違うかもしれない。

 どういう人なのかまだ未知数な上に、見かけが違うといってもここはVR空間。

 それが本当の姿なのかわからない。自由自在に出来る仮想体の姿を、好んで奇妙な物にして個性を出していた者など、地球でもごまんといた。

 ここ宇宙でも同じような輩がいると考えても変では無い。 

 とにかくあらゆる可能性を頭の中で考えつつ、ローバーさんがどういう人なのかを観察する。

 技術レベルの差と、そこから来る常識違いに気づく事も出来ず、漫然と決めつけて疑問も抱けなかった醜態をもう一度さらすのは勘弁だ。


「ローバー! どういうつもりよ! そんな事絶対させないからね!」
 

 ワナワナとウサミミを振るわせ怒りをあらわにしたアリスはテーブルの上に片足をのせてローバーさんを掴み揺らしながら怒鳴る。

 岩のような外見に反してローバーさんがゴム棒のようにしなる。

 なんだろう大昔に爺ちゃん家で見たダイエット器具を不意に思い出す。確か細長い棒をこう振るだけで痩せるという胡散臭さ全開の品だったな。

 しかしこれだけ揺らされているのにローバーさんは声一つあげない。感覚器官の感じ方が違うのか、それともアリスのこの攻撃になれているとかか。

 とにかく何らかのリアクションでも示してくれたら材料が増えるんだが、どうにも反応が判りづらくて今ひとつ。

 こっちから仕掛けるべきか。そうするといつ会話に介入するべきか、


「シンタも黙ってないで怒ってよ! 記憶を消すとか言ってるのよ!」


 俺が黙っているのが気にくわなかったらしいアリスがウサミミの矛先をこっちに向ける。

 計らずともベストタイミング。さすが相棒。  


「落ち着けってアリス」


「シンタ! そんな…………判った。任せるから。でもあたしの立場も考えてよ」
  

 制止の声にアリスは不満げな表情で刺すような剣呑な目を俺に向けたが、俺の表情を見るなり怒りを静めあきれ顔をみせてため息をはき出した。

 俺が本気に入った事を悟ってくれたようだ。

 よく判ってくれている相棒に任せろと口元に僅かな笑みを浮かべて無言で返してから、改めてローバーさんに目を向ける。

 さて戦闘開始だ。


「……ローバーさん。少し伺いたいんですけど、今の発言の意図は私ではそちらのお役に立てない。もっとはっきり言えば邪魔だという意味で捉えてもいいでしょうか?」


 意思疎通の不具合から生じる誤解は厄介の種。読み取る表情すらないローバーさん相手に短い言葉だけで全てを察するのは、人生経験の浅い若造な俺には土台無理な話。ならかみ砕いてほしいと頼み相手の真意を聞き出す。

 これすらも断られたり、想像に任せると突き放されるなら、ちと困るんだが、それならそれで一つ判る事がある。

   
「はい。一部ではありますがそれも理由の一つです。三崎様のお持ちになる初期文明レベルの知識技術が現状を打破する物となるとは失礼ながら私には思えません。さらに言えば三崎様がお見えになる事で得られるメリットよりも、デメリットの方が勝る。それがもっとも大きな理由でございます」


 ん。内容に容赦はないが思ったよりちゃんと答えてくれた。
 
 メリットも感じているか……これなら何とかいけるか。

 自分自身を卑下するつもりは無いが、俺の持つ知識技術が、文明レベルで遙か上をいく恒星間種族に通用するとは先ほどの失点から考えてもありえない。これは判っていた事だ。

 さてそうなると俺が出来る事というか、俺の存在が持つ意味なんてそんなにない。

 ましてや事情も知らず、知人もアリス一人な状況な宇宙で一体何が出来るのかと、自問自答すれば自ずと答えは出てくる。
 

「そのメリットってのは、アリスへの精神的好影響という風に俺は考えますけど、間違いでしょうか」

 
 切羽詰まりどうしようも無くて周囲から反対されながらも、連絡をつけてきたアリスは、自分で言うのはアレだが俺を信頼してくれている。

 同じくらい俺もアリスを信用している。 

 アリスとの良好な関係とそこから来る精神的好影響。

 これこそが俺が今唯一持つ手持ちの武器だろうと推測してみる。


「その通りでございます。三崎様を初めとして地球のご友人となられた方達との出会いはアリシティアお嬢様にとって良き物だとリル嬢より伺っております。私もお嬢様のご様子から同様の判断をさせていただいております……時に伺いますが三崎様はお嬢様と最初にお会いになったときの事を覚えておいでですか」


 俺の推測を肯定し、ギルドメンバーとの関係を好意的に見ていると思われる答えを返してきたローバーさんは、逆に質問を返してくる。

 さてどう答えた物か。

 俺は即答せずにしばし間を置く。

 おそらくローバーさんが聞いているのは、シチュエーションという意味ではないだろう。

 今では見る影すらもなくなった、暗いじっとした雰囲気を纏った当時のアリスの事を指しているはずだ。

 もう6年も前になるがアリスと初めて会ったときの事は昨日のように思い出せる。


『ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?』
 

 ボス戦の前哨戦である護衛のモンスター群を相手に必死こいて戦う俺を、つまらなそうな冷めた目で見て、今の本人からは到底出てこないだろう言葉を興味なさげなつぶやくような小声で聞いてくるインパクトがありすぎる初心者プレイヤー。

  
「…………はい。覚えています」


 そんなアリスとの出会いを忘れるわけはないのだが、俺は言葉少なに頷き返事を返す。

 返事をためらった理由は、真正面から来る刺すような牽制の視線にある。

 視線の主は当の本人であるアリスだ。

 当時の斜に構えていた自分の行動やら言動が、今思うと非常に恥ずかしいらしく、からかい半分に話題に出すと本気で怒るわ、時折自分で思い出して凹んだりと心底嫌がっている。

 今回も俺が余計な事を言わなかったから剣呑な視線を外したが、話を切り出してきたローバーさんの事は不満げに睨みつつ、内心がよく出る耳が思い出したくない記憶を頭の中から追い出すようにワサワサとせわしなく動いている。


「おそらくは三崎様が思い出しになられたお嬢様が、私がコールドスリープに入る直前にお目に掛かったお嬢様の姿でしょう……私は感謝しております。三崎様を初めとした新たなるご友人の皆様のおかげで、社長に就任なさる前の元気で溌剌としていた頃のお嬢様がお戻りになられたのですから」 


 アリスのそんな視線を無視しているのか、それとも全く気にならないのか、ローバーさんは淡々とした口調のまま話を続ける。

 あまりの平坦さについ聞き流しそうになってしまうが、今気になる情報があった。
 
 今のローバーさんの言い方だと、アリスは変わったのでなく元に戻ったって事になる。
 
 変わった時期は社長に就任してから。

 アリスはなぜ惑星改造会社の社長をやっているのか?

 これについては先にアリスに聞いておくべきだったか。少し失敗したかもしれない。

 
「アリス様と皆様の関係は実に良好であり得がたい物。個人的には感謝しております……ですがこの事が社を守るべき視点に立つときはデメリットが些か目立ちます。三崎様は前回創天にご来訪なさったときに簡易でありますが、我が社の窮状と、切り札たる手を聞いておりますね」


「えぇ。正直にいえば、私の想像をこえた話なので今ひとつピンとは来ていませんが。あなた方が開発予定の星系の恒星を初めとしたほとんどの星が現地へと来てみれば無くなっていた。しかもディケライア社が財政的に悪化しており下手をすれば倒産の危機だと……そしてその倒産を免れるためには、御社が保有する高い資産価値を持つ物件。地球の売却が効果的であると」 


 改めて口に出してみるとその話の荒唐無稽さに失笑しかねない口元を俺は何とかごまかす。

 だがここが俺とローバーさんの分水嶺。

 すなわち地球人三崎伸太と、ディケライア社専務ローバー・ソインの立ち位置の違いから生まれる優先事項だ。


「その通りでございます。切り札とは使わずにすむならなるべく温存するのが鉄則。しかし必要な場に使う事が出来ない切り札には価値はございません。長たるお嬢様が地球売却を望んでおられませんので、現状は別の手は無いかと模索しております。ですが打つ手無くどうしても社の存続のために必要とあれば、是が非にもお嬢様を説得しなければなりません。その際には地球の皆様との御交友関係が大きなデメリットと化します」


 ローバーさんの内心はともかく、その説明は理路整然としていて判りやすく、そして読みやすい。

 星の売却だなんだと難しく考えずに、例を身近にして考えてみれば予想しやすい。

 いくら仕事だからといって、親友相手に借金の追い込みを掛けたり、そいつの家を無理矢理更地に出来る奴がどれだけいるかという話だ。

 金の切れ目が縁の切れ目とばかりに出来る奴もいるだろうが、少なくともアリスはそういうタイプじゃない。

 何せ子供ぽいお人好しのいい奴だからな。

 ここまでは予想に織り込み済みだ。だから俺の心に焦りはない。


「……ましてお嬢様と仮とはいえパートナーとして関係を築いていらっしゃる三崎様の存在は影響が強すぎます。このまま三崎様にご協力をいただいて挽回できず最悪の事例となった場合、お嬢様のディメジョンベルクラドとしての能力さえも消失する可能性も生じます」


 だけど続いてローバーさんから出てきた言葉は全くの予想外で……いや違う予感はあったはずだ。

 ふいに点になっていたいくつかの事例が繋がる。

 アリスが決めた妙に細かな相棒としてのルール。

 そのルールを厳守し、俺にも強く求めてきたアリスの態度。

 先ほどリルさんが発した、アリスのパートナーたる俺の指示を聞くのは当然の事と言う不可解な発言。

 しかしこれがどういう事なのか?
 
 一体どういう風にアリスの持つ多次元レーダーという特殊な力を左右するのか、決定的な情報が足らない。

 アリスへとちらりと視線を向けると、少しばつの悪そうな顔を浮かべて何か小声でつぶやいているが、小さすぎて聞き取れない。

 頭のウサミミの先っぽが丸まっているから、なにやら拗ねているのは判るが、
   

(……あたしから言うつもりだったのになんでローバーが言っちゃうかな)

 
 不意に俺の視覚内にウィンドウが浮かび上がり愚痴みたいな文字列が表示された。

 これはアリスが今つぶやいていた言葉か……どうやらリルさんが気を利かせてくれたようだ。

   
「些か遅かりし気もいたしますが、それ故に三崎様には我々の世界で見聞きした全てを忘却しお嬢様との距離を取っていただきたいのです。無論、お二人が地球のゲーム内ですごした記憶までも消し去るつもりはございません。私は地球が現状を維持できるよう最善を尽くす事をお約束いたします。どうか私の提案をご承諾いただけませんでしょうか」


 まぁ、アレか。

 丁寧な物腰と、今ひとつ判りづらいがこちらに対するローバーさんが払ってくれているぽい敬意を取っ払って端的に要約すると、うちのお嬢様に悪影響があるから近づくな猿ってところか。
 
 最初に言われた通り、俺の持つ知識技術が、星の運行まで自由自在なアリス達の世界で通用するわけがない。

 さらには場合によってはアリスの持つ特殊能力さえも消失すると。

 そりゃローバーさんの立場からすれば、俺は邪魔者だろうな。

 さてどうした物か……なんて考えるまでもない。

 相棒たるアリスが目の前にいる。

 最初みたいに激高することも無く、ただ俺達の会話を聞いて怒ったり愚痴をこぼしているが、俺がここからいなくなるんじゃ無いかという不安は一切みせていない。

 ならその信頼に答えるまでだ。アリスが怒るかもしれないがオレ流のやり方で。


「ローバーさんの話は判りました。ですが私は気心の知れた友人たるアリスの力になりたいと思っております。そしてアリスも俺の協力を求めてくれていると信じています。だからその提案はお断りいたします」


 曖昧な濁しは一切無い明確な拒絶の意思を示す。

 何せこれは戦闘。俺の主張とローバーさんの主張は現状では全く相反する物。引いた方が負ける。


「さようでございますか。でしたら私も少々不本意でありますが、強制的に三崎様を排除することを」


「ですから俺から提案します。ローバーさん。俺と賭けをしていただけませんか?」


 威嚇なのか、それともため息なのか判らないが二、三回発光して告げてきたローバーさんの言葉を、何時もの口調に変えた俺は無理矢理に遮る。

 口元に浮かぶ人の悪い笑みを見たアリスが始まったと言わんばかりにあきれ顔で見ているが、そのウサミミだけは楽しそうに揺れている。
 

「俺にはそちらが望むような知識と技術はありません。ですがアリスに頼られているのは、言い方は悪いが悪知恵なんですよねこれが。だから結論を出す前に俺の悪知恵を試していただけませんか? 勝負内容はそちらに全てお任せいたします」


 プレイヤー時代は強大なボスキャラ相手に、そしてGM時代は数多のプレイヤー達相手に磨き上げてきた俺がもっとも得意とする武器は、思考する意識がある相手なら例え宇宙人相手でも通用するはず。通用させてみる。


「ふむ。賭けですか……三崎様が勝てば協力していただく。私が勝てばそのままお帰り願うということでしょうか。しかしそれでは私にあまりメリットがありませんね」 


「そりゃそうですね。だから俺が掛けるのは……アリスと出会ってから今日までのアリスに関する記憶。その全てです。自分の事を全て忘れた不誠実な奴なんぞの為に早々心は痛まないでしょうね」 


「なっ!?…………」


 軽い口調であっさりととんでもない事を言い出した俺に対して、ローバーさんが固まった。

 お。初めてみせる感情めいた言葉。

 しかしまだまだ。これじゃ足りない。何せ相手はアリスだ。

 アリスの性格をよく知っているローバーさんなら冷静になればすぐ気づくはずだ。俺の提案の致命的な欠点を。

 なんせお人好しで良い性格のアリスじゃ、俺が自分の為に記憶を失ったとなったら、もっと意地になって必死に地球を守ろうとするはず。

 下手したら全てを失う事になっても。

 それも手といえば手だが、あいにくと俺は自己が犠牲になってまで地球を守ると宣うほど高潔な人間じゃ無い。

 だからもっと汚い手を使う。


「っと言いたい所ですが、何せ俺の”相棒”は人がいい奴ですから、それくらいじゃ見捨てたりしません。だからもう一つチップを積み上げれたらいいかなと思ってたりします」


 心中ではともかくここ一番でしか口にしないキーワードを口に出して目線をアリスへと飛ばすと、そう来たかと言いたげな顔をして溜息を吐き出した。


「シンタ……頼んだあたしが言えた立場じゃ無いかもだけどさ、もっとこっちの事も考えてよね。しかもぎりぎり頼み事じゃない言い方って辺りが狡いよ……ホントにシンタって追い詰められると、とんでもない事を言い出すんだから」


 頼み事は交互に連続は無し。

 交わした約束を律儀に守って、協力要請レベルにしたんだがなこれでも。
 

「ローバー専務。あたしも賭ける。もちろんあたしのチップはシンタと出会った日からの記憶。地球で遊んでいたリーディアンオンライン内で起きた全てと、あたしの”パートナー”であるミサキシンタに関する全ての記憶。これなら文句はないでしょ」


 不満ありげな表情を改めてまじめくさった顔になったアリスは耳をピンと立てると、同じくキーワードを混ぜた言葉を力強く宣言した。

 さすが我が相棒。俺が望んでいた物を一切の遜色なくBETしてくれた。

 ローバーさんもさすがにアリスの提案は予想外だったのかすぐに言葉はない。

 何せ賭けに勝てば一番の懸念であったデメリットの元である地球で結んだ友好関係の記憶が一気に消失するんだ。

 しかも勝負内容はローバーさんが選択できるという好条件。

 ローバーさんからみれば、上手くすれば労せず一気に全ての難題が解決する提案。

 考え込むかのようにローバーさんは全身で点滅をしばし繰り返してから、

    
「……………………判りました。お受けいたしましょう。すぐにルールを決めて参ります」


 落ち着きを取り戻した平坦な声で了承の返事を返したかと思うと、目の前から忽然と消え去った。

 アリスの気が変わらないうちに急いたかこりゃ? 

 だがどうにも読みにくいローバーさんだから断定は厳禁。憶測程度に止めておこう。

 しかし兎にも角にもこれで問答無用で叩き返される事態だけは回避。

 勝負はここからだが、とりあえず張り詰めていた気を抜いて俺は炬燵テーブルに身を任せて前のめりに倒れる。 


「……………だぁ…………疲れた。ったく。プライベートでこんな疲れる真似するとは思わなかったっての……アリス。お前なんかいろいろ伝えてない事とか隠している事あるだろ。あとで話せよ。落ち着いたら情報伝達の大切さを講義しつつダメ出ししてやる」


 アリスに文句を言いつつ、手を伸ばして積んであったミカンを掴んで適当に皮を剥いて口に放り込む。
  
 ここはVRのはずなんだがほどよい酸味と甘みが、酷使した脳に染みいっていくようで美味い。


「それはこっちの台詞だよ。もうシンタってホントに無茶苦茶。勝手にあたしの思い出まで賭けに乗せるしさぁ。勝負が終わったら文句たくさん言うから覚悟しててよ」


 顔を上げると精神的に疲れたのか同じようにへたり込んだアリスが、むぅっと唸って俺を睨んで、頭のウサミミで俺の手を軽く叩いてくる。叩くと言ってもじゃれつくような物だが。


『三崎様はご自分がお負けになるとは考えていないようですね。それにお嬢様も』
 
 
 ぐだっている俺らの会話にリルさんの冷静な突っ込みが入る。

 そりゃそうだ。賭に負ければ全ての記憶を奪われるっていうのに、お互いに後で文句を言うと先の話をしているんだからな。

 だがそう指摘されても、俺は互いに文句を言い合う未来図に違和感は感じない。

 ローバーさんが提示する賭けの内容も判明していない状態でどうなるか判らないのに、今は不安がなぜかない。

 理由は何となく想像は付く。おそらくアリスも俺と同じ理由だ。
 

「まぁあれです、なんつーか俺とアリスの」


 俺はリルさんの質問に答えつつ炬燵の上に右手を上げる。 


「リル。大丈夫。大丈夫。あたしとシンタの」


 アリスも軽い口調で返して右手を上げた。


「「コンビならどうにでもなるから」」 


 リルさんの質問に異口同音で答えながら俺たちは炬燵の上でハイタッチを交わし、次いで拳を作り打ち合わせる。

 狩りやボス戦前に何時も交わしていた挨拶をアリスと交わすのは実に三年ぶりだというのに、寸分の狂いもなくかみ合って響いていた。



[31751] 野菜炒めと太陽系の秘密
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 02:03
 冷蔵庫の扉をあけて中を確認。中途半端に減った調味料とビールとは名ばかりの発泡酒がほぼメイン。

 腹がふくれそうな物といったら、食材と呼べるか微妙なラインを漂っているもやしなどの野菜類がちょこちょこあるだけか。
 

「うわ……シンタ。食生活が貧しすぎない? しかもこのカラフルな缶ってアルコールでしょ。玄関にあった缶も山積みだし飲み過ぎじゃない」


 一人暮らし用の小型冷蔵庫の上には、最後に使ったのがいつだったのか曖昧なラップやら、何となく捨てられない近所の出前をやっている店やらのクーポンなどが乱雑に積み置きされている。

 それらをすり抜けて冷蔵庫の上に着地し正座気味に腰掛けた半透明なアリスは体を前に倒して冷蔵庫の中身をのぞき込み、若干引き気味な声で我が家の食料貯蔵庫に対し率直な感想を漏らす。

 すぐに戻ってくると言いつつも、二時間以上が経ってもローバーさんは戻ってこず、とりあえず今のうちにリアルに一時的に戻って食糧補給やら生理的欲求の解消をしようとしていたのだが、それになぜかアリスがついて来やがった。

 しかも地表にばらまいているというナノセルを結合して作った虫サイズの超小型立体映像投射機で構成したホログラムという無駄に凝っているというか、簡単に地球の科学技術を超えてくれやがるおまけ付きで。


「ほっとけ。ここの所まともに帰ってなかったから補充してないだけだっての。つーかアリス。人の家の冷蔵庫まじまじ見るのもアレだが、内容に触れるのはマナー違反だっての」  

 たまに生存確認に来た姉貴やらお袋とほぼ同じ台詞なあたり、地球と宇宙のメンタル的違いって少ないのかと、くだらない事を思いつつ、残っていたまだ食べられそうな野菜を全部取り出す。

 泊まり込みが続いていない時との違いなんぞ野菜の鮮度くらいだが、仕事が忙しいと言い訳をしつつ扉をパタンと閉めて、続いて下の冷凍庫を開ける。

 こっちに安売りの肉類やら炊いた米やらがまだ残っていたはずだ。材料を鍋に放り込んで、水とコンソメいれて醤油で味付け、お手軽かつ野菜類も取れる独身男御用達な雑炊でいいだろ。


「心配してあげてるのに。それに食品を原型で保存しているのってこっちだと珍しいんだもん。よっぽど物質構成が複雑な物じゃない限りは基本的に合成食品だから」


 心配より興味の方が強いだろ。

 俺の注意なんぞどこ吹く風。アリスはそのまま冷凍庫の中を物珍しげに見ている。


「合成ってあれか………乗員の肉体やら排泄物の再利用までするってやつか。出てくるのは緑色のクラッカーだけとかじゃねえだろうな」


 これから飯を作ろうって時に、何とも食欲がなくなりそうな映像が脳裏をはしる。

 古典SFな想像をしてゲンナリとする俺を見て、アリスはあきれ顔を浮かべた。


「公表的にはプランクトンってやつ? そんな悪趣味じゃないって。第一倫理的面で問題大あり。基本的な元素を種別で集めたタンクがあるからそれから作るの。カロリーコントロールやらアレルギー物質の除去とか簡単だから。そういう例えで来るならどっちかって言うと空中元素固定装置かな……あ、これ美味しそう。ねぇシンタこれにしようよ。どんなのかあたしも食べてみたいし」


 見ているだけでは我慢できなくなったのか。冷凍庫の中を俺の許可も無くがさがさと漁りながら答えるアリスは、チーズがとろっとあふれ出たウィンナーがパッケージに印刷された袋をつまみ上げた。


「…………」  


「ん? シンタどうかしたの。唖然とした顔して」


 立体映像のくせに物に触れるのかよやら、食べるってどうやってだよとやら、手間とかコストじゃなく問題は倫理面だけかよと、気になる部分が多々あるのだが、それ以上にアリスの発言には気になった突っ込み所がある。
 
 1世紀近く昔のSF映画作品の小ネタに素で即応できる宇宙人を見て、呆然とするなっていうのは一種のイジメだろ。

 っていうか空中元素固定装置ってなんだ。言葉の意味的には何となく判るが作品が判らない。

 ハリウッドか。それとも国内……映像化していない小説って線もあるのか……ダメだ思い当たる作品がない。

 だが俺がイメージしやすいって事は地球の作品であるはず。こうなったらキーワードで検索を掛けるか……いや。それは負けだ。地球産のSF作品のことで宇宙人のアリスにやり込められたままってのは気にくわない。

 こうなりゃ宇宙人から見りゃ失笑物なコメディーで攻める。


「シンタ。なんかバカなこと考えてない? そんな事より早くご飯を作って戻ってきてよ。こっちじゃ動きにくいんだから」


 SF好きとしての沽券に関わる問題に悩む俺に対して、アリスは実に馬鹿馬鹿しいとばかりのため息をはき出しつつ、言葉とは裏腹に軽やかに冷蔵庫の上から離れると低い天井すれすれでクルリと回って俺の横に着地して、俺の手の中にチーズ入りウィンナー(特売一袋100円)を押しつけた。


「…………アリス。実は社長でなくてドジな二等技術士だったりするかお前」


「誰がドジよ。シンタさっきも思ったけど古いよ。あとその配置だとあたしはシンタのことゴキブリ呼ばわりするよ」 
     

 即答でネタ返しやがったよこいつ。っていうかなんで知ってんだよお前は。

 知り合ってから6年。よく見知っているはずだった相棒の底知れ無さに俺は戦慄する羽目になった。










「シンタ次。その白いやつ。根っこみたいの。もやしだっけ?」


 簡単に一緒くたに煮込もうとしたんだが、アリスの要望でウィンナー野菜炒めに、インスタント味噌汁、さらにバター醤油味チャーハンインツナ缶と別々に作らされた。

 作る手間はそう変わらないんだが、洗う器具やら食器が増えるのが地味に面倒だ。


「へいへい。もやしだな。ったく調理法所かなんで食べる順番までお前に指図されないといけないんだよ」 


 飯ぐらい自由に食いたいと思う反面、家で人と食卓を挟みながら食べるってのが久しぶりで少し楽しいってのもある。

 なんやかんやで文句を言いつつもアリスの要望に添って、テーブルの上の野菜炒めカレー風味からもやしだけをつまんで口の中に放り込む。

 調理前は少しへたって臭いが気になったが、スパイシーなカレー粉の風味が打ち消してくれているのでまぁまぁ美味い。

 ただちょっと薄めすぎたか。もう少し塩、胡椒くわえても良かったかもしれない。


「ん。あんまり味ないねこれ。色的にもっとお砂糖みたいな甘いの想像していたんだけど」


 今現在俺の味覚はアリスによって強制的に共有されている。
 
 アリスの食べるとは俺の味覚を通して、味を楽しむことだったらしい。

 さすがに立体映像で食事可能となるほど非常識ではなかった事に安心しているが、冷静に考えれば、脳内ナノシステムの反応拾って人様の味覚を共有してくるのも十分非常識なんだが、どうにも今日だけでもアリス達の技術差によって相当に感覚が麻痺しているようだ。
 
 地球の食べ物と呼ぶには些か……かなりおざなりでアレな出来だが、それなりにアリスは楽しんでいるようだ。好奇心旺盛なのは相変わらずのようだ。


「んな気持ち悪い食いたくねぇよ。次ビール飲むぞ。感覚共有切っとけ」


「シンタさっきから一口食べちゃ飲んでばかり。地球人のアルコール耐性ってよくわかんないけど飲み過ぎじゃない?」

 
「この程度水だ水。脂っこい野菜炒めと合うだろうが。それにウィンナーにチーズときたら相手はビールしかないだろ」


 一応断ってから二本目の缶ビールを開けて、胃へと流し込む。暖かめの暖房をつけた部屋で冷えたビールを飲む。貧乏サラリーマンとしちゃささやかだが十二分な贅沢。

 しかしこのゴールデンコンビをどうもアリスは苦手なようだ。

 一口目でずいぶんと顔をしかめてすぐに感覚を切ったくらいだ。アルコール系というかビールのほろ苦さがお気に召さないようだ。お子様舌め。


「んで……ローバーさん……からいつくらいに……連絡が来ると思うよ?」


 俺一人ならとっとと栄養補給メインの飯をかっくらって戻っていた所だが、アリスが楽しんでいるので、何時もよりかなりペースを落としながら食事をしつつ、打ち合わせを続ける。


「たぶん今夜中には決めてくると思う。ローバー専務のことだから、単純で一筋縄じゃいかない考えないといけない課題だと思う。あ、シンタ次ご飯と一緒にお野菜。でお味噌汁ね」


 野菜炒めを適当にチャーハンと一緒に食べてから味噌汁とアリスの指示通りに口に運ぶと、アリスは満足げな顔を浮かべている。

 時間がもったい無い気もするが、結構リラックスできているようだから、まぁアリか。とりあえず現状の味方はアリスとリルさんくらいだと思っておいた方がいいだろう。ご機嫌取りに専念しよう。   


「……考えろね…………どういう人だよあの人? ずっ……つーか人なのかあの人。リルさんみたいなAIとかか?」


 ともかく情報。どんな条件を出されるか判らないのだから、まずはその性格やらを少しでもほしい。

 こういうときに相手をよく知っているのが、信頼する相棒ってのは心強い限りだ。


「近からず遠からずって所かな。シンタやあたし達が炭素系生命だけど、ローバー専務は別系統。ほらケイ素生命体って地球でも存在の可能性を議論してたでしょ? ローバー専務はその種族の出身で、種族特徴的として論理的な思考を好むって感じがあるかな」


 まぁこれもお馴染みだな。しかしケイ素生命体って発生確率が相当に低かったよな。しかも意思疎通が出来るような……というかそれを言ったら、アリスと食卓挟んで語り合っている状況ってのもかなり無茶苦茶な状況なんだが。


「論理的ね……それって物事を順序立てて考える思考パターンって事でいいのか? ハグ……地球と宇宙じゃ言葉の意味が違うって可能性もありそうだし、まず精神構造そのものが異質すぎるって事もあるんだろ」

 
 適当に食べつつアリスとの話を進める。

 ちと行儀は悪いが、今更そんな事を気遣うような関係でもない。

 年下の妹といった感じか……アリスの方が何倍、下手すりゃ何十倍も年上の可能性が極めて高いが、精神年齢的には俺の方が上だと信じたい。


「う~ん。違いはそう無いかな……基本的に極一部な特殊な種族を除いて、知的文明創造レベルの種族ならちゃんと翻訳さえ出来れば意思疎通は可能だと思って間違いないよ。現にあたしとシンタの会話ってリルがリアルタイムで翻訳してくれているけど、齟齬は感じないでしょ」


 リルさんが翻訳してるのかよ。

 アリスとの会話ってのは三年前までは日常生活の当たり前の1シーンだったから、気にもしていなかったんだが、言われてみりゃそりゃそうだ。日本語を喋る宇宙人なんぞいるわきゃない。

 見た目的にはアリスは頭のウサミミだけを除きゃ西洋人といった外見だが、腐っても異星人。発声器官が異なる可能性だってあるんだろうし。 

 しかしそうなると気になるのが、なんで同じような思考系をしてるかだ。

 間にリルさんが入って翻訳しているにしても、なんというかアリスとはフィーリングが合いすぎる。

 それ以外にも味覚やら外見やらも似かよりすぎだ。現にアリスは俺が適当に作った食事とはいえ地球産の材料、味付けに満足している。

 アリスが地球の所有者ってことは、こいつが地球人類の生みの親って可能性もあるのか?

 自分たちの種族と同様の生命体に成長するように、古代から宇宙人が人類の進化や文明に関わってきたとかってのはちょくちょくある話だ。

 ……まぁ古典SFに詳しいウサミミ創造神少女ってのは、日本国内なら白い目で見られるくらいだろうが、世界で見りゃ全宗教家から異端審問に掛けられても文句は言えない巫山戯た妄想だな。


「なぁアリス。実はお前が猿の頃に干渉して地球人になったとかあんの? ほれ思考形態とか肉体的進化の共通点が多すぎなんだけど」


 そこらを気になってアリスへと尋ねてみると実に剣呑な視線が返ってきた。

訂正。異星人から見てもずいぶんと巫山戯た話だったようだ。


「……そんなわけないでしょ。地球人類の分岐ってホモサピエンスでしょ。その発生の頃なんてあたしのひいお爺ちゃんのお爺ちゃんくらい前。あたしの事いくつだとおもってんのシンタは」


 再訂正。巫山戯ているのはお前らだ。 

 アリスが不満ありありといった顔を浮かべて年寄り扱いするなと憤慨するが、思った以上に近いな当時の血縁者。

 人類の派生って確か30万年かそこらくらい前だろ。それが7代前って世代交代遅すぎるだろ宇宙人共。
 
  
「第一法律で禁止されてるから。自然発生種族への監視……調査以上の介入は原則禁止って……あの世代の人たちって悪戯好きだけど……そこの辺の重要規則は守ってるはず……だと思う……一応今度あったら確認するけど」


 腕を組んで悩む素振りを見せるアリスのウサミミはたれている。どうにも自信なさげだ。

 
「いやそこまでしなくていいけど、つーか生きてるのかよ。30万年前に活動してた連中が」

 
 前の説明で肉体の再生や精神体の移植も自由自在で不老不死みたいな状態になっているとは聞いていたが、こうやって具体例を挙げられても時間単位が長大すぎて荒唐無稽なお伽噺のようにしか聞こえない。

  
「生きているっても一応だけど。たいていの人達は1万年単位くらいで今の人生に飽き覚えて、それまでの記憶をほとんど封印して別の人生を歩むの。シンタに分かり易く言っちゃえばゲームを新しく始めるみたいな感じかな。スキルと財産だけ残して強くてニューゲーム状態とか、全部リセットしてニューゲームは人それぞれだけど」 


「分かり易すぎるぞおまえの例え……不死を得て人生そのものがゲーム感覚って事か。羨ましいんだか、どうなんだか」

 
 ゲームをやって金をもらえるという感覚で今の仕事を選んだ俺が言えた義理じゃないが、アリスの説明はなんだかしっくりとこない。

 ゲームのキャラならともかく、自分の人生に飽きるって感覚を理解できない所為だろうか。

 100年生きるのすら大変な地球人の感覚で、その長大な時間を想像しろってのは土台無理な話だ。 


「あたしはあんまり好きじゃないかな……血が繋がっていても、リセットしたら全くの他人みたいな関係にしちゃう人も多いから。親子とかでも……あたしの場合は、当時開発した惑星の事とか業務上の関連でたまに確認することあるから、他の人達より繋がりあるけど」


 少し寂しげな顔を浮かべたアリスがウサミミを丸める。その表情と耳にこの辺りに地雷が埋まっていそうな予感を覚える。

 あまり触れてほしくない話題かもしれない。  


「んじゃ……はむ……結局、俺とお前らの相似性って単なる偶然って事か?」 


 アリスの仕草には気づかないふりをして飯をかき込みながら、話の方向を少し変える。

  
「え、あー……あたし達にも正直、判ってないの。いくつかパターンはあっても収斂進化で片付けるには似すぎているってのは昔から言われてるし。それこそ神様の仕業やら、記録も遺跡もない先史文明があったんじゃないかとか、異世界からの来訪者があったとか、いろいろな可能性を真面目に研究しているけど、結論はまだ出てないよ」


「神様。謎の古代文明。異世界ね……ホントによく似てるな」


 アリス達の文明レベルでも判らない事や電波的な与太議論があるのか。なんかそれを聞いて少しだけ安心する。

 安心と言ってもつけいる隙がありそうだと思う辺りはアレだと思うが。


「シンタは巫山戯た推測って感じるかもだけど、あたし個人としてはそういったのもあるかなって思うよ。誰かがなんかしたんじゃないかなって。文明種族が自然発生した星域って惑星の配置とか資源の埋没分布とか出来過ぎなんだよね。太陽系を見ていると特にそう思う」


「ん? そりゃどういうことだ」


「太陽系の場合だと核融合炉に使えるヘリウム3が衛星の月から採取可能で、現に今採掘実験やってるはずでしょ」


「あぁルナプラントって奴か。そういえばやってるな」


 月の開発は各国のしがらみやら利害関係で大もめに揉めていたが、10年前に紆余曲折の果てに国連主導各国共同で月面に恒久実験施設を作る形で落ち着いた。

 当時のニュースじゃ、すぐに民生用核融合炉発電が可能になって電気代が半分以下になると騒いでいたもんだが、思うように採掘できずいまだに電気代は高いまま。

 明るい未来とやらは、まだまだ先の話となりそうだがやっていることは間違いない。


「核融合炉ってあたし達から見れば化石みたいに古い技術になっているけど、でもコストとか整備の面で優れてるから今でも星系内専用航行船に使われてるの。今の地球の技術レベルなら核融合炉が安定供給可能になれば、火星とか小惑星帯の開発もすぐに出来るようになると思うよ」


「無理矢理火星に飛ばしたりして事故ってからタブーになってんだけど、技術革新が起きればアメリカやら中国辺りがやりそうだな。それにヘリウム3の分配でなんかまた揉めるんじゃねぇかな。そうそう上手くいくか?」


 どっちが主導権を取るかでかなり無茶をしそうな未来図が容易く想像できる。

 核融合炉の平和利用は遠い気がするんだが。


「それはそうかもだけど、それも含めて怪しいんだよね。木星圏にいけば、高出力な縮退炉用マイクロブラックホール生成に使える未発見粒子が採れるし、地球でオールトの曇って呼んでる外縁部衛星群には、超空間跳躍用の空間崩壊誘導レアメタルを含んだ衛星も存在してるの……段階的に外に外に行ける。でも争いに利用すれば一気に全滅しかねない危険性がある技術が開発可能だったりするんだよ」


「……………マジか?」


 一気に近未来から超未来へ飛んだアリスの話に、若干ついて行けない俺は返す言葉を無くす。

 アリスの話が真実なら実によく出来た、出来すぎた環境だ。

 
「星間文明に到達した、あるいはその途上で滅んだとしても到達する可能性があった生命体が発生した恒星系の物質分布って、距離とか埋没量の違いはあっても、この徐々に遠くにってパターンだけなんだよね。偶然っていう名の必然だって言う人もいるけど、なんか意図的だと思わない?」
 

「なんつーか古き良きRPGを思い出す話だな」 


 勇者パーティは次の街や地域へ行けば新しい装備等が手に入り一気に戦闘能力も上がる反面、敵モンスターも同時にレベルアップし全滅のリスクも高まる。

 
「言いたい事は何となく判るけど……シンタってとことんゲーマー脳だよね」


 自分の中でかみ砕いた上で理解して出した結論だったんだが、ゲームに例えた事にアリスはあきれ顔だ。さっき自分もやった癖に。


「理解できる宇宙人にだけは言われたくねぇよ」


 どうにも理不尽なアリスの評価に俺は憮然としながらビールをあおる。 

 ローバーさんについての情報収集を進めようとしつつも、脱線しまくった雑談になるあたり、フィーリングが合うというのはこういう時は厄介だ。

 結局の所、ローバーさんが出してくる条件が判らない事には対処も方針も考えられないと言い訳じみた結論を出して食事を終えた俺とアリスは、再び創天のVR空間へと戻ることになった。  



[31751] 社長の資質
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/06 22:24
 ディケライア社の設立は地球時間で約420万年前。

 広大な領域を支配し数千の惑星、恒星国家を支配下に納めていた大帝国が、支配種族に搾取されていた従属種族が起こした権利の譲渡と増大を求めた大規模なデモを発端とし、最終的には改革派に皇族すらも加わり本格的な独立運動、紛争を経て、星系連合へと変革した時期の少し前に遡る。

 創業者となったのは、その大帝国を支える近衛軍の若き下士官でアリスの遠いご先祖様。この御仁がなんやかんやの紆余曲折の果てに、主筋たる帝国の姫君と恋愛関係となり、やがて結ばれた事で、二つの大きな物を得た。

 まず一つが、姫君が嫁入り道具として持参したという当時の帝国最大戦力である恒星系級侵略艦『天』シリーズの最新鋭艦『創天』

 そしてもう一つが、帝国の広域にわたる合併侵略を可能とした、帝国支配種族が有する多次元感知能力『ディメジョンベルクラド』

 皇帝直系たる姫君の持つナビゲート能力は当代最高峰の光年距離を可能とし、最新鋭艦である創天もその能力を十二分に発揮できる出力を有していたという。

 近衛軍の若き下士官と姫君が結ばれたのと丁度同じ頃、前述の独立運動から帝国は分裂崩壊状態に。

 こういう状況で亡国の姫と近衛士官とくれば、普通ならお国再興の為にといきそうなもんだが、何を考えていたのかは知らないがこの二人、中央星系や重要星域で主導権争いを繰り広げる帝国復興派や改革解放派を尻目に、独立運動の余波で支援や供給が絶たれ窮状に陥っていた初期開拓惑星やら辺境星を廻りながら、創天を使い惑星改造を開始したらしい。

 兎にも角にもこうしてディケライア社は誕生して以後精力的に活動を続けていく。

 建設中の軌道塔崩落事故による大規模汚染に晒された惑星の全域浄化計画。

 跳躍困難な変異重力星域における交易路開発。

 星系内全惑星同時移設事業。

 いくつもの困難な仕事を成し遂げ、顧客の信頼を掴み、船を増やし、代替わりしながら活動域を広げ、やがては辺境域のみならず銀河系全体でも有数の歴史と規模を誇る大会社へと発展していった。

 ……と順調だった経営が一気に悪化したのはアリスの実母である先代社長の時代。といっても母親が無能だったわけではなく純粋な事故だという。

 主恒星が突如原因不明の膨張を始め、壊滅の危機にさらされた星系国家からの緊急要請に応え、星系内の居住惑星を安全な別宙域へと運搬する為、本社として引退状態だった創天を除き、手持ちの惑星改造艦を全投入し、急ピッチで輸送準備をしている途中で、予想よりも遙かに早く恒星が急激な膨張を開始。絶体絶命な状況下で起死回生の策としてアリスの母親が選択したのが、ディメジョンベルクラドの能力を最大に使った全艦一斉跳躍。

 しかし準備不足なままおこなわれた緊急跳躍は、ある意味成功である意味失敗に終わる。

 最終的には外惑星軌道まで膨張してしまった恒星から逃れることは出来た。

 だがアリスの両親が率いるディケライア社麾下800隻の惑星改造艦は住民が居住する惑星と共に跳躍帰還せず行方不明になったという。

 この大規模跳躍事故により、ディメジョンベルクラド能力を有す社長と、夫である副社長および、主立った社員に保有艦のほぼ全てを失ったディケライア社は業務不能に陥り、そればかりでなく契約不履行となってしまった事業の違約金で莫大な負債を帯び、一気に経営状況が悪化したとのことだ。

 かろうじて残ったのは、本社人工惑星となり惑星改造艦としては引退していた創天と、ローバー専務を初めとする留守を任されていた若干名の社員。

 そして年若い為まだ十二分に能力を発揮できないが、ディメジョンベルクラドの能力を持ち、会社存続の意欲とやる気もある先代の一人娘であるアリス。

 こうしてアリスを社長とし、もっとも古き船である創天を再稼働させ新生ディケライア社の発進と相成ったとのことだ。









「なぁアリス、この社史なんだけど全部事実か?」


 ローバーさんはいまだ戻らず。炬燵でぬくぬくと暖まりながら、情報収集の一環で読んでいたディケライア社社史を飛ばし読んで浮かんだ第一感想を率直に俺は漏らす。

 社の経営が一気に悪化した事故の詳細や、アリスの両親の事などいくつも気になる箇所があるのだが、それ以上にここは突っ込まないとダメだろうという箇所が一つある。

 創業者の片割れが、あまねく星々を治めていた大帝国の姫君とはなんの冗談だ。

 炬燵に収まりミカンをハミハミと噛みながら、俺の部屋から勝手に持ち出してきたVR業界情報誌を熱心に読んでいるメタリックウサギ娘から、亡国の姫君の末裔って言葉を引き出すのは無謀にもほどがあると思う。

 
「社史の詳細が気になるならリルに聞いてみて。いろいろ補修されてるから船体にはオリジナルの部品は残ってないだろうけど、リルだけは建艦当時のままで全部見てるから。その記録もリルの管理。あたしは細かい所まで知らないもん」
 

 これまた律儀に雑誌風書籍ツールに落とした記事を何が面白いのか判らないが、なぜか熱心に読み込んでいるアリスは、俺が抱いた疑念に対し顔を上げることもなくどこか上の空で答える。

 この雑誌がVRMMO業界向けだって言うなら、廃人であるアリスが興味を持つのも判るが、こいつはもっと範囲の広いVR業界向け。

 新型基幹プログラム紹介や開発中新型筐体やら新しいビジネスプランの提案と、どちらかというと基礎技術や業態についての記事が多く、VR業界関係者以外にはあまり面白くない雑誌といえる。

 しかもここ数ヶ月の記事なんぞほとんどがVR規制法に対する阿鼻叫喚と恨み辛みでお先真っ暗な関係者のインタビューやら撤退、縮小、仕様変更等のネガティブな情報ばかりで、読んでいて気が滅入ってくる物だというのに。

 飯を食っている時に届いたばかりで俺もまだ目を通していない最新号なんだが、一体何が異星人であるアリスの気を引いたのやら。


『記録に不備はございませんが。お疑いとあらば全記録もお見せいたしましょうか。しかしながら三崎様のリーディング力から推定いたしますと、全記録の閲覧には不眠不休で約2452年のお時間が掛かりますので現実的ではありません。ですからあまりお勧めいたしませんが、私の名誉にも関わりますので三崎様の記憶領域に直接送り込むという手段となりますが』


 事実だと断言したリルさんは続いて、ジョークなのか本気なのか今ひとつ判断が付きづらい提案を宣う。

 2000年オーバーの記録情報直接転写。多分というか絶対に人間の脳容量オーバー。廃人確定じゃねぇか。


「あーやめときます。大体の流れだけつかめれば良かったんで……んでこっちがアリスに代替わりしてから4期って……400年の収支報告書と全体資産と」


 怒らせるとまずいタイプかという予感を感じつつ、話題ついでに社史からウィンドウ内の情報も切り替えてここ数期の業績情報を呼び出しざっと目を通す。

 専門知識がないと判りづらい細かい所はともかく無視して大まかな数字だけを流し読んで判断するだけなら俺でも出来る。


「こりゃ……ひでぇな」


 そしてその程度の俺でも、ディケライア社の経営状況は一目で倒産寸算だと判るくらいに酷い。

 違約金の支払いなどで潤沢だった資金、資産があっという間にむしり取られたってのもでかいが、収入と支出のバランスも完全崩壊している。

 売り上げ高から人件費、設備維持費、購入費、開発権利購入費など諸々の経費を差っ引いた営業益は見事なまでにマイナス。

 最初の二期が大赤字の連発でかろうじて残っていた体力を一気に消化して、後の二期では何とかしようと努力して改善された痕跡は見て取れる物の、時すでに遅く全くの焼け石に水状態。

 それらの絶望的な数値もアレなんだが、ほかに地味にショックだったのが、この書類が示すアリスの年齢だ。

 年上だろうなとは思っていたが……最低でも400オーバーか俺の相棒は。

 さん付けで呼ぶべきかと一瞬だが考えてしまった辺り、先輩後輩を気にする日本人の性だろうか。
 

「……その赤字はあたしが原因。身の丈が判ってなかったの。ディケライアは大企業なんだって意識があって、その事実を名実共に取り戻そうって、最初の二期は空回りしてたから」


くだらない事を考えていただけなんだが、俺があまりの赤字経営に言葉を無くしたとでも思ったのか、業界誌を読んだままアリスが小さな声で答える。


「ローバー専務とかリルの忠告や助言も無視して、ともかく限界ぎりぎりの大きな仕事ばかり取ろうとして、無理して工期超過とか品質不足や不良品なんか出して違約金払ったりってのもあったから。最初の二期くらいなんかは特に酷くて、残っててくれた社員の人でも、今の社長にはついていけないって何人もやめちゃったんだ」


 頭のウサミミを見れば力なく丸まった落ち込み状態。俺ら地球人の感覚からすれば3,400年前なんて江戸時代くらい。遙か大昔って感じなんだが、やけに落ち込んでいる様子から見るにアリスからすればつい最近の事なのか?

 
『三崎様。社の復興を願うお嬢様のお気持ちを優先し、強くお引き留めできなかった私やローバー専務を初めとした幹部社員にも、我が社の不振原因の一端はございます。専務がお嬢様のお気持ちに反してでも、お嬢様の身や社を優先するようになったのもこれが原因でございます』 


「リル。ありがとう。でも庇ってくれなくて良いよ。あの頃の事はホント反省しかないから。一人でも何とかしてやるって周り見えてなかったもん……シンタの会社の社長さんみたいに上手くできたら、もう少しマシな状況になってたって思うもん」


 アリスだけが原因ではないと気遣ったであろうリルさんに礼を言いつつも、謎めいた言葉をため息交じりにアリスはつぶやく。

 うちの社長を知っているような口ぶりだが、接点があるとは思えないんだが。


「なんだそりゃ? ウチの社長ってどういう……」


 言葉の意味を尋ねてみようとした所で、俺はアリスの手に収まった雑誌の存在を思い出す。

 アリスが読んでいたのは俺の部屋から持ち出してきたVR技術関連を扱う企業向け業界誌。そして我が社ホワイトソフトウェアも一応立派なVR関連業。


「アリス。ちょっとその雑誌貸せ」


「ん……生データじゃなくて書籍MODいれたので良いよね」


 どうにも抑えきれない高揚感を覚えつつ気落ちしたアリスが力なく差し出した情報誌を受け取り、リアルと同じ要領で捲って目次をチェックする。

 カラー表紙と中のページの手触りが違ったり、捲る毎に音が鳴るなど、相変わらず凝りに凝っているアリスの書籍MODに呆れ半分で感心しつつも、俺は目当てのページを探し当てつい口元に笑みをこぼしてしまう。


「…………さすが社長。他の会社の連中だけじゃなくてこっちにも根回し済みだったのかよ」


『新たなるVRの試み。その需要と発展性を探る』  

 
 そんな見出しで特集されていた記事は記憶に新しいというか、ついこないだ成功させたばかりのユッコさんから請け負ったVR同窓会の10ページ近くに及ぶ特集記事だった。

 トップページに張られたいくつかの写真と動画データには、司会進行する俺や楽しんで貰っているユッコさんらお客様達の姿がでかでかと写っている。

 社員である俺はともかくとして、お客様であるユッコさん達はいくらVR仮想体といえど肖像権やらいろいろと五月蠅そうなもんだが、うちの社長の事だ。そこら辺はぬかりないだろう。

 開発者側である俺達の自己評価、分析から導いた今後の課題点。

 お客様であるユッコさん達からの事後アンケート。

 今回の同窓会企画に対するそれぞれのデータも重要だが、それ以外にもう一つ重要なデータがある。

 すなわち第三者の目線から見た客観的な評価。

 業界誌はまさにその第三の目線。焦る気持ちを抑えながら俺はじっくりと記事を追う。

 この業界誌はなかなか辛口でシビアな目線の記事が多い事で知られているが、その分参考になると愛読者も多い。

 そんな業界誌にまだ海の物とも山の物ともつかない出来上がったばかりの企画が、特集を組んでもらえたんだから、制作陣の一人としては喜びもひとしおだ。 

 記事内容はべた褒めするでもなく、かといって難癖をつけるような論調でもなく、あくまでも第三者の目線から見た企画内容や今後の課題などを公正に評価した落ち着いた文で記事にしている。

 社内でも今後の課題として問題視された弱点はこの記事でも指摘されているが、好意的な文がどちらかと言えば多い。 


「っぁ。やっぱり指摘がきやがったか。そうだよな」


 問題点を指摘されている文に目を止め、兜の緒を引き締めようとするがどうしても言葉とは裏腹に口元がにやついてしまう。

この記事で指摘されている問題点は大まかに二つ。

 完全再現と謳えるほどの再現度を得る代償に高額となった開発費と、目玉となるギミックをいくつも施して複雑になったシステムの脆弱性と開発効率の悪さ。

 企画としての特徴であり、同時に弱点でもあるこの二つの指摘が、次の受注への大きなネック。

 このことは、社内でも最初期から判っていた問題点であったが、かなり切羽詰まっているウチの会社ではどうしようもない事も理解していた。

 何せ今回は大口スポンサーのユッコさんが、金に糸目はつけず、ともかく短期間で良い物をという事で、俺も詳細は知らないが少なくとも億単位の開発資金としてウチに転がり込んでいる。

 それ故に全社員を総動員することが出来たと言っても過言ではない。

 しかしそれは重ねて言うがユッコさんというスポンサーの存在あってこそ。

 今は無き思い出の場所で開かれる同窓会というのは確かに魅力的だが、それには一人頭で割っても数百万円が掛かるとなれば、これをビジネスとして成り立たせるのは至難だろう。 

 かといって人を減らして開発費用を下げれば、開発期間はさらに長期に及び、しかも売りであるクオリティがだだ下がりとなる本末転倒状態。

 これはウチの会社”だけ”では乗り越えられない大きな問題だ。


「よしよし。ちゃんと書いてくれてるな」

 
 だが開発段階から判っていたその弱点を、手をこまねいて見逃すようなウチの会社じゃない。

 記事の後半はウチの会社が考えている改善案もしっかりと書いてくれている。

 それは我がホワイトソフトウェアはVRMMO開発管理会社なんだから、ある意味当たり前の発想から生み出された解決方法。

 ソロ狩りでは効率が悪いからパーティで狩る。

 パーティじゃ高位ダンジョンの沸きに対抗できないから、ギルドを組む。

 単独ギルドではボス戦で全滅するだけだから、多数のギルドや普段はソロのプレイヤーが協力して千人単位で一匹のボス戦に挑む。

 共存共栄。ギブアンドテイク。言い方はいろいろあるだろうが、要は他者の力を借りれば良い。

 一口にVR会社と言っても千差万別。

 仮想体制作を得意とする会社もあれば、操作プログラムに秀でた会社もある。

 建築物のモデリングを得意とする会社あれば、元データからの改変、改造を得意とする会社がいる。

複数のVR会社で共同制作する形にし、さらに学校校舎というある程度、利用目的や建築規格が定まっているからこそ使える、データの流用という手を最大限発揮する為の、共有データベースの作成。

 開発期間の縮小とデータベース化による低コスト化というのが社長の狙い。

 そこに俺の発案である同窓会プランを一クラスや一学年といった単位ではなく、その校舎で卒業していった全ての元生徒へと向け売り込むという案もしっかりと書かれていた。

 数千人から最大では万単位にもなるであろうお客様全部をターゲットとした一括プランとしての卒業生OB会への売り込み計画は、年代毎に変化をつける必要は発生するが、大まかな基本データ一つあれば、一から作る必要がなくなり、客単価を劇的に下げる事が出来、さらに受注の増加も見込める。

 これらの改善案を実行し、効率的にまわす為には、なるべく多数の会社が勝ち目があると判断し協力をしてくれなければならず、計画段階では絵に描いた餅だったのだが、この記事なら興味を持つ会社も出てくるはずだ。

 もしこの目論見が外れても、社長が根回しして同窓会当日にその内容や趣旨を理解してくれそうな他社に来て貰い見学会を開催済み。

 そちらに社長や営業部の面々が取られていたおかげで、俺が司会進行をやらされる羽目になったが、実際の内容を見て、その場で協力を確約してくれている会社もいくつかあるそうだ。

 あと一、二回。成功例をみせる事が出来れば食いつく企業も出てくるはずと予想している。


「よしっ! これならいける」


クリアすべき課題はいくつもあるが、お客様に満足してもらい楽しめる新しい試みであると評価された総評の横で、ユッコさんや神崎さんを初めとしたお客様達の喜びに満ちた表情で彩られた集合写真を掲載した記事を読み終え、俺は強く拳を握る。

 他の会社との契約やら折衝以外にも、企画を模倣される可能性など、難題はこの先いくつもあるだろうが、それでもここの所のネガティブ一直線だったVR業界の事情に少なくとも一石を投じる事は出来たようだ。

 しかしここはまだ俺らの目標地点ではない。言い方は悪いかもしれないがあくまでも会社の業績安定の為。

 最終的な目標はやはりVRMMO復活。まだまだ遠いが、それでも窮状を脱する切っ掛けになるかもしれない成果が嬉しくないわけがない。


「………………」


 つい抑えきれない喜びを形にして表していた俺だったが、なんというかじとっとした重い視線に気づきふと我に返る。

 視線の主は無論対面に座るアリスだ。

 あ……やべぇ。アリスの事すっかり忘れてた。

 記事にのめり込んで、意識が宇宙から地球側に完全に傾いていた俺がいた。  


「シンタってホント逆境に強いから羨ましい。あたしが早く来てほしいって思ってた時もお仕事楽しそうだったみたいだし……………ごめん逆恨み」  


恨めしげな目を浮かべていたアリスだったが、すぐに愚痴をこぼしていた自分に気づいて口をつぐみ謝ってくる。

 だがアリスの気持ちはわからなくもない。

 そらそうだ。会社が相当やばい状況で、原因は社長である自分だって話していた直後に、社長のおかげで仕事が上手くいったと喜んでいる俺を見て、良い気分がするはずもないだろう。
  

「わりぃ。ついはしゃぎすぎた」


「謝らないでよ。悪いのあたしなんだから。シンタの会社が上手くいったって事は、”パートナー”であるあたしも本来は喜ぶべき事なんだもん」 

 
 凹んでいるアリスの前で考えが足りてなかった事に罪悪感を感じて頭を下げたんだが、アリスはなんかますます落ち込んでしまった。失敗か。


「うぅ。こんなだからナビゲート距離が伸びないのかな。厚意で助けてくれてるシンタに愚痴とかぶつけちゃうし」


 自分の言動を恥じたアリスはぺたりとテーブルの上に倒れ、器用というべきかウサミミでいじいじとテーブルの上にのの字を描いている。


「いやまぁ、約束よりだいぶ遅くなったから愚痴や恨み言の一つや二つくらい別に良いんだが」


実年齢は何百歳。下手すりゃ4桁いっているかもしれんが、やはり精神年齢的にはアリスは外見見たまんまのようだと心の片隅で思いつつ、どうフォローしたもんかと口元に手を当て考える。

 しゃーない。かなり露骨な話題替えだが、そろそろはっきりさせておくか。アリスも丁度口にした事だし。

 それともそろそろ聞いてくれっていう無意識のサインか? こいつがキーワードを同じ日に二回も口にするなんぞ、ついぞ記憶にありゃしないし。


「あーアリス。凹んでいる所悪いんだがちょっと聞きたい事あるんだが良いか?」


「……何? こんなダメ社長で答えられる事なら答えるけど」
 

 かなりネガティブな発言をはき出しながら、アリスはのろのろと顔を上げる。


「やさぐれんな。ガキか」


 あれか。この記事をずいぶん熱心に読んでいたのは、うちの社長と自分を見比べてたのか?
 
 なら安心しろ。うちの社長は時折切れ者だが、通常時の言動は軽いにもほどがあるほど、いい加減で、見てて不安しか感じないほど威厳がないから。

 上司の悪口を言い出したら止まらないのがサラリーマンの悲しい性だが、さすがにそんな事で無駄に時間を潰す気は無いんで心の中に止めるだけにする。

 ローバーさんが戻ってくるまでになるべく情報を集めたいんだが、どうにも脱線しまくっている気がしないでもない。

 だがこれだけはどうしても確かめておく必要がある。

リルさんやローバーさんから見れば、未開の惑星の原生生物でしかないであろう俺に敬意をもって接してくれる訳。

 いくつかの約束を交わして、決めたルールを厳守しつづけてきたアリス。

 その不可思議な態度と扱いの原因は結局ここに集結する


「アリス……俺とお前の関係。”相棒”ってどういう意味があるんだ?」 
 

 ゲーム内でアリスと知り合いコンビ組んで6年近く経ち、改めて尋ねるのはかなり今更な気もする。

 だが特別な意味を持つであろう関係性をはっきりさせる為に、俺もキーワードを口にし尋ねる。

 落ち込みしぼんでいたアリスのウサミミは俺の問いかけにピンと立ち上がった。



[31751] 宇宙船は点を跳ぶ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/07/13 01:44
 俺の質問に反応を示したメタリックウサミミによって、鈍く光る銀髪がさらりと流れアリスの顔に掛かり、いきなりの質問に驚いたのかぱちぱちと瞬きを繰り返す金色の瞳を一瞬覆い隠す。

 そんなアリスの姿に、なぜかデジャヴュを覚える。


「あぁ、そうか」


 記憶を漁るまでもなく、既視感を覚えた理由に早々合点がいき、つい笑いを漏らす。

 忘れもしない6年前の夏。

 律儀に再現された猛暑に耐えかねて、リーディアンオンラインの拠点としていた街の菓子屋のベンチでかき氷を楽しみながら涼むついでに、固定コンビを組まないかとアリスに持ちかけると、スプーンを口に加えたまま驚いた顔で固まりウサ耳を動かしていた。

 あの時と同じ反応。懐かしく思ったのは当然だ。


「シンタ……説明するのは良いけどさぁ、なんか締まらない。コンビの話持ちかけてきた時もそうだったけど……片付けるから出て。あと服も。もう少しきっちりしたのにしてほしいんだけど」


 俺と同じ事を思いだしたのか不機嫌そうに頬を膨らませてテーブルの上に散乱したミカンの皮を頭のウサミミで指さし文句を漏らすと、アリスは炬燵から抜け出て立ち上がった。

 雰囲気を重視するロープレ派であるアリスは、この炬燵に入ったままのんべんだらりとした様で話をするのがお気に召さないようで、俺にも炬燵から出るように促すだけでは飽き足らず、服まで変えろと告げてくる。


「あいよ。仕事用のスーツで良いか?」


「うん。大事な話だからあたしも正装するから」


 先ほどまでのやさぐれてふてくされた表情はなりを潜め、真剣味を帯びたアリスは軽く頷く。どうやら相当マジのようだ。

 俺は立ち上がると右手を振って仮想コンソールを呼び出しインベントリーを手早く開く。

 VR開発会社社員として当然というべきか、取引先や顧客との会議や挨拶、説明会はリアルだけでなく、VR空間でやることも多々とある。

 その時季、場のTPOに合わせ服飾データはいくつか持っているが、俺はとりあえず無難なシングルスーツと無地のワイシャツを選択し、スーツ色も基本色である黒バージョンを選択。

 次いでネクタイくらいは気をつかってやるかと、この間の同窓会後にユッコさんから楽しませて貰った謝礼にといただいたオリジナル試作品データを選択。

 プリント柄が紋章風にデザインされているが、ウサギとコンソールが向かい合った物というのは、偶然なのか、それともユッコさんらしい遊び心だろうか。

 選択を済ませ実行キーを軽く指で弾くと、普段着のジーンズにトレーナーだった俺の姿は一瞬でスーツを身につけた物へと変わる。

 着替えは一瞬。仮想体のデータに合わせてサイズは自動変更。皺一つ無く、着用後にクリーニングに出す必要もなし。

 この辺りをリアルと比べて便利と思うか、所詮作り物の世界だと思うかが、VRに対する認識の差や好感度の違いだろうか。


「オッケ……ってお前また気合い入ってるな。それなら確かに宇宙人って感じだな」


 着替えを終えた俺は襟元を正してタイの位置を調整してからアリスに向き直り、つい呆れ声を上げてしまう。

 先ほどまでは半纏にスウェットという、炬燵にあってるというか実にだらけたというかとにかくラフな恰好だったアリスは見違えるように様変わりしている。

 すらっとしたその体型があらわになった白銀色のボディースーツの上に、ディケライア社のロゴが入った深紅のジャケットを羽織り、長い銀髪を頭の上で丁寧に結い上げまとめているその姿は、一昔前のSF映画に出てきそうな宇宙船の乗組員といった所か。


「茶化さないでよ……リル。シンタに今回の仕事とディメジョンベルクラドの事について説明するから、モード切り替え。分かり易いように映像補正もいれて」


 少し緊張気味なアリスは軽口を叩く俺に軽く注意を促してから、天井に顔を向けリルさんへと指示を出す。

 相棒という言葉が持つ意味を尋ねたのだが、アリスはなぜか仕事の事について話し出す。必要なプロセスなのだろうと俺は黙って続きを待つ。


『かしこまりました。周辺イメージ映像へと切り替えます』


 涼やかなリルさんの声と共に、宇宙船の無重力メインブリッジに浮かぶ重力制御機能を持った畳と堀炬燵という超技術なんだか古風なんだか今ひとつ判断がつきづらいシュールな光景が一変して、俺とアリスは立ち上がった体勢のままで、夜の帳がおりたような暗闇の中に浮かんでいた。 

 畳に接触中だけ作用するという人口重力が切れると、水中にぷかぷかと浮かぶような浮遊感を覚える無重力状態へと変わる。

 周囲の光景も先ほどまでの創天のVRブリッジから一変し、目算で二百メートル先くらい先に黒い霧のような渦巻く光景へと変わっていた。前方にはその霧以外は何も存在しない。何とも寒々しい光景が広がっていた。


「ずいぶん暗いなここ。どこっうぉ!?」


 接触物が無い今の無重力状態で大きく動くとそれだけで予想外の勢いがついて、独楽のように廻る未来図が容易く想像できる。ゆっくりとした動きで辺りを見回そうとして、まず上を向いた俺はそこにあった存在に驚き思わず声を上げる。

 丁度真上に、虫に食い尽くされたかのように無数の穴が空いた無残な姿をさらす巨大な岩の固まりが視界を埋め尽くすほどの大きさで鎮座していた。

 比較対象がないので正確な大きさまでは判らないが、その重くのし掛かってくるような威圧感は今にも押しつぶされそうな圧迫感があって気持ち悪くなるほどだ。


「ここは今創天が停泊しているZ24F97S645ポイントのVR画像。あたし達が開発するはずの星系があった場所」


「……恒星がなくなった所為でこんな真っ暗なのか?」


 開発するはずの恒星や惑星。さらには惑星のリングである小衛星帯まで、資源価値がある星は根こそぎ盗まれ、残っていたのは過去にレアメタルが掘り尽くされ放棄された古い鉱山衛星のみだったという。

 おそらく頭上に浮かぶ岩がその残されたという衛星だろうか。あまりに強い圧迫感はここがVR空間だということを忘れそうになるほどだ。


「この星系は超巨大暗黒星雲の側にあって、口の狭い壺型みたいな形で暗黒星雲に囲まれているの。前方に広がっているのがその暗黒星雲。分かり易くしたイメージ映像だけどね。あの暗黒星雲は範囲300光年にわたって広がっている。だから元々他の恒星の光が遮られていて暗い星系ってのはあるけどね。後ろ見て。南天方向に出入り口になる切れ目あるから、見える星があるでしょ」


 アリスの言う通り背後を振り返ってみれば、周囲を囲む暗黒星雲にぽっかりと開いた穴から、ハッブル宇宙望遠鏡が映し出してきた映像にもよく似ているようで細部は微妙に違う(地球外の視点からだろうか)見覚えのない星空が広がっていた。

 しかし見覚えのない星空といえど、やはり明かりがあると心の余裕が違うのか安心感を覚える。

 そんな背後の光景に対し前方には真逆な暗雲が立ちこめるといった言葉通りの景色が広がる。

 会社存続の為に最後の希望を掛けてここにと跳躍したアリスはこの光景を目撃し、何を思ったのだろう。


「リル恒星間距離尺度切り替え。星雲を抜けて反対側に移動して」


 その時を思い出しているのか親の敵を見るような鋭い目で周囲を見てから指示を出したアリスの声は堅い。


「了解いたしました。北天方向へ向け視点移動開始いたします。星雲通過に4分22秒かかります」


 アリスの指示に合わせて頭上を覆い尽くしていた鉱山衛星が瞬く間に縮小されてあっという間に砂粒のように小さくなり、さらには目の前から消えてしまう。その代わりに先ほどまで遠くにあった用に見えていた

 同時に俺達はガラス張りの球体に入っているかのように前に向かって動きだし、黒い霧の中へと突入していく。

 飛び込んだ暗黒星雲は埃のようにも見える細かな物質が立ちこめていて視界を遮り、先を見通す事がほとんど出来ない。

 台風の夜のように風が吹き荒れ、絶え間なく稲光が奔るような光景を想像していたのだが、暗黒星雲の中はそんな俺の想像とは真逆の静かで暗い場所だ。

 前に向かっているはずなのに真っ暗な深海に落ちていくような雰囲気に、どうにも寂しく心細い感覚を抱く。


「シンタ、ここが静かな場所だって思っている? リル。時間進行100倍で赤外線イメージを重複させて。探査予測で良いから」


 俺が考えている事を勘の鋭いアリスは見抜いて、リルさんに新たな指示を出す。

 すると今まで暗く静かだった星雲のあちらこちらで、イルミネーションを点灯したように発光が始まり、光点からは紅い波紋がいくつも広がっていく。
 

「暗黒星雲には細かい星間ガスや星間物質が他の星域より濃密に分布してるの。これが外部からの光や熱を吸収して暗く見える原因。時々光っているのが原始星。星間物質が集まって出来た星の卵で、発光しているのは周囲の物体が超音速で星に落ちていってそのエネルギーが熱に変化されているのを視覚化しているの」


「星が出来てるのか……すげぇな」


 アリスの説明を聞きながら、俺はあちらこちらで生まれていく星達の誕生に思わず感嘆の声を漏らす。

 今生まれている星々は徐々に質量を増しやがて自己核融合を開始して恒星化し、散開星団と呼ばれる若い恒星の集まりとなる存在だろう。

 そんな生まれたばかりの星々は尾を引くようにあっという間に後方へ流れて視界から過ぎ去っていく。

 尺度を天文単位まで拡大した状態で相当なスピードで移動しているはずなのに、それでもまだ終わりが見えず暗黒星雲が続いている。

 アリスが先ほどいっていた300光年にもまたがる巨大暗黒星雲というスケールの大きさを、擬似的とはいえ俺は体感し理解する。


「分厚いでしょここ? 普通の範囲の暗黒星雲じゃ原始星が周囲の星間物質を飲み込んだり吹き飛ばして、姿が見えるようになってくるんだけど、ここは大きすぎて周囲に暗黒星雲が残ったまま形成されている星がいくつもあるの。だから跳躍の妨げになる原始星フレアだけじゃなくて、重力変異源になっている巨大星なんかも存在していて、銀河でも屈指の難所なんだ。VRだからこんな一直線に星雲の外に向けて移動できるけど、リアルでやったらこんな重力変化も対星間物質も考慮しない跳躍航路じゃ100万回やって100万回、座礁、轟沈かな」 

「なんつーか……通るのも危険な場所なんだな。お前。こんな所で何するつもりだったんだ?」  


 映像を見ているだけでは実感は湧かないが、アリスの淡々としながらも堅い声が、この宙域を通ることがいかに危険で困難な事なのか悟らせる。

 明らかに命がけな場所である暗黒星雲近傍の星系でアリスは仕事をしようとしていた。さらには暗黒星雲の仲間で俺にみせ説明をしたんだから、無関係なはずもない。


「リスクは高い。でも最初みたいに出来るかどうかぎりぎりな仕事じゃなくて、ちゃんと勝算が高いお仕事だったんだ…………抜けるよ」


 アリスが呟きウサミミをぴくりと動かすと共に、永遠に続くかとも思えていたきり暗黒星雲から俺達は一気に突き抜けて、輝く星々が鎮座する解放感があふれる星空の元へと躍り出た。

 しかしこれもまた見覚えのない星空。アリス達は銀河の反対側にいる。おそらく地球人類が初めて見た光景だと思うと、VR映像といえどなんか感慨深い。

 俺達は止まることなくそのままグイグイと進んでいく。後ろを振り返れば、つい先ほど抜けた暗黒星雲が雲海のごとく分厚く広がっている。  
  
 境界線がはっきりしすぎているのは、先ほどのアリスの言葉もあるが、おそらくこれもイメージを分かり易いように強調して映し出されたVR映像だからだろう。

 暗黒星雲を突き抜けたアリスは一直線に一つの星へと向かい、星系外縁まで来るとぴたと止まった。

 横幅30メートルほどにまで縮小されたミニチュアの星系が俺達の前に広がる。


「これ人工物か?」


 天然の星に交じり、明らかに人工物くさい物を発見し俺は指さす。初日に創天を訪れた時に目にした鋼鉄に覆われた人工惑星らしき物だ。


「正解。ここは星系連合に属する星系で辺境にあるファルー星系。シンタの感覚でいえば過疎地方の県庁所在地って感じ。シンタが指さしたのは外縁部にあるのは海賊対策や暗黒星雲からのメテオや有害電磁波の遮断もしてる星系防衛用の要塞衛星の一個」


 星サイズの人工物がいくつも廻っている所と、寂れた県庁所在地を一緒くたに考えるのは無理があるだろ。

 そんな突っ込みが心をよぎるが、アリスの雰囲気が真面目一辺倒なのでとりあえずは黙っておく。


『アリス様の曾祖父であるレザルト社長が開発なさった星系の一つでございます。居住惑星を二つ。恒星近辺に反物質製造衛星を4機。資源採取惑星を3つ備えた標準的なプランで開発されています。特に外部防御衛星はその当時の最新作で傑作品。我が社の来客者様にご覧いただく映像にも使用されております』


 似ていると思ったのはそりゃ当然だ。同じ物か。

 リルさんの補足説明に納得していると、周囲がクルリと回転し前後が入れ替わり、先ほど抜けてきた暗黒星雲が俺達の前に再度姿を現す。 
 

「あたし達の所属する星系連合はあのライトーン暗黒星雲内に、レア資源探索と搬出の為に星雲内を横断する探査路を作成しようとしているの。ファルー星系側からは別の惑星改造会社がすでに航路開発を始めていて、ディケライア社が請け負ったお仕事は反対側からも航路開発を始めるために、開発拠点として補給や整備が可能になるインフラを作って、さらに開拓者になる移住民を集めることなの」


 アリスが暗黒星雲を指さすと同時に、俺らの前にVRMMO内で使う3Dミニマップのような形式で、この周辺とおぼしき拡大星図が表示される。

 マップ中央を横断する触手付き芋虫のような暗黒星雲。その中央付近で僅かに細くなったくぼみのような部分に、青と赤の光点が点滅していた。

 青の方には『開発予定星系』と、赤の方は『ファルー星系』と日本語で表示される親切使用だ。

 分かり易いのは実にいいが、この仕事がいかに困難な物であるかということも同時に悟らせる。

 何せ二つの点のある位置は直線で結べば他に比べ短いといっても、広がっている暗黒星雲の横幅が1メートルほどあるとすれば、削れているのは5センチほどだろうか。


「なんつーかスケールでかすぎていまいち実感が湧かないんだけど、これ相当大事業じゃないか?」


 銀河屈指の難所といっていた場所で、先ほど抜けてきた時も相当な時間を食っている。

 そんな困難で長大な距離に、要はトンネルを通せということだろうと俺は自分なりに解釈する。

 アリス達がやるのは本工事前の事前準備って事だが、その準備だけで星系一つを改造するという地球人類の想像を越えたスケールの大きさ。さらにこれで暗黒星雲を突っ切る道を作れとは。


「大きいよ。今は暗黒星雲内の資源開発とファルーへの搬出が主目的だけど、これも事前準備の一つ。計画の本命は暗黒星雲の向こう側。創天が停泊している星域の外側に広がる未開発恒星系の開発計画。その初期段階計画だから」


 3Dミニマップが引いて、より大きな範囲を映し出す宇宙図を描き出す。

 ファルー星系を含む紅く色づけされた宙域が眼前を遮る山脈のように広がる暗黒星雲の縁ギリギリまで迫って広がっている。その向こう側には真っ白に色づけされた星域。

 紅い方がアリスのいっていた星系連合の支配領域。白い方が未開発区域ということだろう。 


「これを見れば判ると思うけど、星系連合の開発はライトーン暗黒星雲に邪魔されて止まっている段階。この先に主系列星に属する安定期の恒星が主星の星系がいくつもあるのは、さっきのレア鉱石衛星を採掘した冒険家の報告で判っていたんだけど、今までは他に楽に開発できる所もあったから手を出してなかったの」


「冒険家ね。宇宙開拓ってまたロマンだなそりゃ……迂回するのは時間がかかるからやらないのか?」


 何ともいつの日か忘れた子供心がうずく話だが本線を外れそうなので、我慢して気になる事を尋ねる。

 話を聞いていると無限の時間があるようにも思える宇宙人の事。多少遠回りで時間が掛かっても暗黒星雲の縁を進めば問題無いんじゃないかと思うんだが、


「それもあるけど他にも原因があるの……シンタ。宇宙船の航路ってどんな感じだと思う? ファルーから、この辺りまでの航路を書いてみて」


 しかしアリスは首を横に振ると、ファールーからすぐ近くの暗黒星雲の1カ所を指さしながら逆に俺に質問を返してきた。


「どんな感じって言われてもな……あーこうか。こんな感じでルートが決まっていてその上を進む、んで所々跳んで距離を稼ぐって所か」


 俺は3Dマップに手を伸ばし、ファルー星系を基点に暗黒星雲の縁をなぞりつつ、所々飛び出ている触手を避けながら、アリスが指し示した地点までの蛇行したルートを書き示す。

 俺がなぞった線がマップに表示されているのは、おそらくリルさんが気を利かせてくれたのだろう。


「これだと不正解。リル。航路を書き示して」


 アリスは俺の示した答えに×をくれる。

 まぁそりゃそうだ。どういう基準かも判らず、とりあえず適当に書いた線だし。


『はい現状のお嬢様の能力に合わせた航路予想図を表示いたします』


 元々当るはずもないと思っていたんだが、映し出された予想外の正解に目を丸くする。

 リルさんが正解として3Dマップに示したのは、青、黄色、青、紫。色取り取りの水玉模様だ。


「…………あーアリス。これだと点だぞ。これのどこが航路なんだ」


 水玉はそれぞれ全く繋がっておらず、しかも不規則に適当にばらまかれている。

 水玉が集中している場所があるかと思えば、ぽつんと一個だけ置かれている物。はたまた逆に全く存在しない星域。  

 一つだけ見いだせる法則性があるとすれば、内側は薄い青から始まり、外側に行くほど濃い色に変わっている。

 こんなの予想できる訳も無いし、これを見て航路と思えは無理がありすぎる気がするんだが、


「シンタが想像したのは、たぶん地上とかの道路みたいな感じでしょ。ここに行くにはこの道を通るって感じで。でもここは宇宙。とてつもなく広いんだよ」


 ここまで聞いてアリスの言いたい事を理解した。

 ついマップ上での通りやすさ等から線で航路を考えていたがこれは俺の想像を超えたレベルで縮尺された地図。

 小指の爪くらいの大きさでも現実には太陽系がすっぽりと収まるくらいの広さがあるのかもしれない。

 そんな距離を律儀に進む必要は無い。宇宙人は手に入れている。未だ地球人類には空想の世界である空間跳躍という胡散臭いショートカット方法を。


「……そういうことか。要は跳びやすさって事か?」


「そう正解。宇宙船はね線で進むんじゃないの。点で跳ぶんだよ。だから航路は点で示されるの。ただ跳躍には膨大なエネルギーを使うから、並の船じゃ跳躍を繰り返せばすぐにエネルギー不足になるし、メンテも必要になるの。だけど迂回ルート上には、安定しているめぼしい恒星がなくてエネルギー補充とメンテのための中継点を作れないし、余所から恒星を持ってきて作るとなると、千以上の中継点を作る事になったうえ、航行にも膨大な時間が掛かるの。だから迂回路は創天みたいな長期無補給航行が可能な船以外じゃ、現実的じゃないの。実際あたし達も星雲の向こう側に出るのに、このルートを通ったけど、五百回以上の跳躍して地球時間で三十年も掛かったから」

  
 暗黒星雲に沿って無数の点が一直線に伸びていく。創天は何百回もの跳躍を繰り返して予定星域に到達したというが、それが如何に長い旅路だったのか俺の想像ではとても追いつきそうにない。


「それならいっそ技術的には高度だけど、暗黒星雲内の原始星を圧縮して、丁度良い恒星化して中継ステーションを作って、ついでに跳躍可能な空間を確保する方が手間が掛からない。それが今回の開拓計画」


「恒星を運んでくるより作る方が楽っておい……すげーな宇宙」


 アリスの説明に思わず頭がくらくらしてくる。楽と大変の基準が俺の理解の範疇外すぎる。


「これくらいで驚かないでよ……話を戻すね。こっちこそシンタに聞いてもらいたいからちゃんと聞いて」


 ぼやく俺を見て微かに笑みを浮かべたアリスはかなり無茶な注文をつけてくるが、すぐに表情を改める。

 その口ぶりからするに、これから話す話が俺の本命の質問。

 アリスにとって相棒という存在が何を意味するかの答えなのだろう。



「点がある所が跳べる場所とその成功率をしめしてるの。青色は安全。黄色で要注意。赤、紫は危険度が高いって順。点が無い所はあたしの今の力じゃどうやっても跳べない場所。さっきシンタに書いてもらった場所は、危険性を無視すれば跳べる最大距離地点。機械補正もいれた上でのあたしのディメジョンベルクラド能力の限界点」


  アリスが言うとおり先ほど俺が線を繋げた地点には、実に嫌な色をした紫の水玉が鎮座している。アリスが安全だと言った青色はその1/10以下の距離にしか存在しない。

 悔しそうに下唇を噛んだアリスが右手の人差し指で自分のメタリックウサミミを弾くと、澄んだ金属音が響いた。


「非常事態でもないのにそんな危険な事出来ないから、青色の安全距離での跳躍を5回やったら、しばらくエネルギーチャージでお休みって感じで小刻みに移動するしか出来ないの。本来の創天のスペックならもっと大距離を跳べるんだ……リル。お母さんの能力値で出してみて」


『了解いたしました。先代スティア様の最終データで跳躍可能地点を表示いたします』


 リルさんの声が響くと共に3Dミニマップは一気に様変わりする。

 アリスの時はまだらな点となっていた水玉は、ファルー星系を中心に巨大な青い円を描きながら、外に外に広がっていく。 

 その巨大な円は暗黒星雲を軽々と越えミニマップの端ギリギリで青色から、うっすらとだが黄色に色が変わり途切れていた。

 
「すごいでしょ。これが光年距離をナビゲートできるディメジョンベルクラドでも当代最高って言われてたお母さんの力。その気になれば、ブラックホールの縁だろうが恒星の直近だろうがタッチダウンして、銀河系の端から端まで10万光年を一ヶ月で往復できるってよく言ってた」


 母親を自慢するようにも聞こえる言葉に対し、アリスの声は寂しげでそれに少しいらついている成分が混じっている。

 根が真面目なこいつのことだ。自分の現状と、偉大すぎる母親とを見比べたりでもしているのだろうか。


「ディメジョンベルクラドの能力値の違いは遺伝とか経験とか年齢もあるんだろうけど、それよりもっと大切なことがあるの。それが”パートナー”の存在。お母さんのパートナーはあたしのお父さん」


 アリスは俺に向き直り少し上目遣いながらまっすぐに俺の目を見つめてきた。


「あたし達はこの宇宙だけじゃなくて、違う次元の宇宙まで感じる事が出来るっていったでしょ。それをより遠く、より深く感じる為には、心の底から信頼できるパートナーが必要なの。パートナーに対する信頼が強ければ強いほど、より遠くの、より深い場所まで見通す事が出来る……あたしにとってパートナーであるシンタはね。この暗い宇宙で強い光を放ってあたしの周りを照らし出してくれる灯台みたいな存在なの」  
 
 
 瞬きもせず俺を見つめる金色の目に吸い込まれそうな力を感じ、俺は言葉もなくただアリスの言葉に聞き入っていた。



[31751] 信頼する理由
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/03 01:15
 平時ならお前はポエマーかと突っ込みたい台詞も、茶化したり冗談を言わせぬ張り詰めた雰囲気をアリスが醸し出していた。

 ついぞ見たことのない真剣味を帯びた瞳でまっすぐに俺を見ているその強さが、アリスにとってこの話がどれだけ重要で大切かを教えてくれる。

 目は口ほどに物を言うって言葉は宇宙人にも通用するようだ。

 信用していない人間に対してこんな表情を向けるわけがない……と思いたい。

 なにせここはいくらリアルに見えてもVR。表情や仕草の微調整から、声や性別に合わせた身体の動きまで変えようと思えば変更できる。

 ましてや宇宙人のオバテクの代物ともなりゃ、それこそ見た目だけでは判別不可能だと思う。

 だからここはアリスの言葉ではないが、アリスを信頼する。素の表情、嘘偽り無いの言葉を向けてくれていると。

 どうにも疑り深いというか、捻くれている自分自身に呆れつつも、アリスの言葉を額面通りに受け入れ考える。

 比喩的な表現が多い辺りはアリスらしいと言えるが、細かな理論理屈は抜きにして結果だけを簡易に理解するならば、アリス達が持つディメジョンベルクラドの力は信頼できる存在と、それに対する信頼度によって増減すると。

 星々を行く宇宙船の空間跳躍の精度が精神次第ってのは、超科学なのかオカルトなのか微妙に悩む所だが、その根性論的理屈でいくならば気になる事が一つ。

 アリスは母親と比べた場合の自分の力の無さを気にしているように見えた。

 この場合アリスの能力は低い=俺はあまり信頼されていないという事になるのだろうか? 

 そんな疑問が一瞬胸に浮かぶが、すぐにその回答がバカらしくなり思考から消し去る。

この場の空気で、『お前って俺を信頼してないのか?』なんて気の利かない質問なんてしたもんなら、それこそ信頼度はだだ下がり確定だ。

なら母親の能力が突出していると考えた方が無難か。

 そうなると気になるのはアリスの能力が世間一般、他に存在するだろうディメジョンベルクラドと比べてどれくらいかだ。

 しかし真正直に聞くのも少し躊躇する。

 もしアリスの能力が平均から見ても低い、所謂落ちこぼれだったら……さっきまでのうだうだ腐ったダウン状態に逆戻りしかねない。


「俺と知り合ってお前の能力ってどのくらい変わったんだ。結構変化あったのか?」


 だからアリスが持つディメジョンベルクラド能力が、どの程度の物で影響を与えたのかだけを何気なく興味本位といった風を装って尋ねる。

 情報としては不十分だが、アリスの機嫌を損ねるよりはマシ。平均値は後でリルさんにでもこっそり聞けば良いと思っていたのだが、


「シンタ狡い。あたしがシンタを信じてないかもって疑った上に、あたしの能力が低いかもって思ったでしょ……素直に聞けばいいのに、なんでそんな回りくどいことするかな。変な気づかいされる方が嫌なんだけど」


 勘の鋭いアリスにはそんな俺の姑息な考えは、端からお見通しのようだった。

 一瞬だけでも抱いた疑念を感じ取り、さらにそこから俺の質問の真の趣旨に気づいてふくれっ面のジト目になり、頭のウサミミも威嚇するように立てている。

 うむ。勘がよすぎる相棒はこういうときには困る。  
 
 現役プレイヤー時代に背中を任せて戦ってた時は、ちょっとした仕草や短い指示で俺の意図を完璧に理解してくれた勘の良さは重宝したんだが、どうにもこういった腹芸の相手には分が悪い。 


「あー……わりぃ。許してくれ」


 見抜かれたなら言い訳がましい言葉を積み重ねても無意味。素直に謝るしかない。拝み倒すように両手を合わせてとりあえず謝る。

 外見だけなら十代半ばの少女相手に、いい年した男が頭を下げるというかなり体面の悪い姿だが致し方ない。
   

「都合悪くなるとすぐ謝るんだから。リル。航路図の地球時間で7年前からの部分をクローズアップ。ジャンプ毎に色を変えて表示」


 ついつい余分な気づかいを考えた俺にさらに気分は害したようだが、それでも律儀に答えてくれる辺りがアリスらしい。 

 アリスの指示から一秒の間もなく俺の目の前で周辺星図を表示していた3Dウィンドウの一部が切り取られ、新たに4メートル四方ほどの大きさで拡大表示された。

 アップ表示されたのはライトーン暗黒星雲を迂回する航路の中間地点を若干すぎた後半部分で、その部分に表示されていた白色の跳躍ポイントが赤青緑の三色に塗り直され再表示されている。

 
『跳躍順に赤、青、緑の三色を繰り返して表示させていただきましたが、変化をご理解いただけますでしょうか。ご要望とあれば、地球時間での日付と、距離の比較をしやすいように跳躍地点を繋ぐラインも引かせていただきますが』


「いえ、大丈夫です……アリスここか? 俺と出会ったの」


 気を利かせてくれたリルさんの申し出を俺はやんわりと断りながら、拡大されたマップをざっと見回した俺は見当をつけると、其処を指さしアリスに確認を求める。  

 その点の直前までは物差しで測ったかのように等間隔で並んでいた点の距離が急激に増加している。

 目算で三割増って所か。これだけ分かり易ければ間違いようはない。


「むぅ……じゃああたし達がコンビを組んだ日はどこでしょう?」


 つまらなそうに唇を尖らせたアリスは正誤については答えず、逆に新たなる問いを投げかけた。

 パッと見にはまだ許していない風なスタンスを取るアリスだが、本人の心を代弁しまくる頭のウサミミは機嫌のよい犬の尻尾のようにフリフリと左右に動いていた。

 当たってるか。単純な奴……でも、これで次の答えを外したら逆戻りするんだろうか。

 大外ししたらウサミミがどう変化するんだろうかという、どうでもいい興味がわき上がり、ついつい答えを外してやろうかという誘惑が俺の中に浮かぶ。
 

「……ここだな」 


 悪戯心を振り切った俺は先ほどの点から少しだけ腕を右にずらして、確信を持って3つ先の点を指さす。
 
 その瞬間、アリスのウサミミがパタパタと大きく動いた。


「うん……両方とも正解。よく判ったねシンタ。最初に指さしたのがシンタに出会った日。この日からねあたしの力は強くなっていったの。そりゃお母さんの足下にも及ばないし、銀河を股に掛ける惑星改造会社の代表としても全然足りないけど、同年代のディメジョンベルクラドじゃトップクラスになれたんだよ。これも全部シンタのおかげなんだから」


 実に嬉しそうな明るい笑顔を浮かべたアリスは大きく頷く。よし完全に機嫌は取り戻したようだ。

 アリスの言うことを自分なりに解釈すれば、プロクラスではないが、学生リーグのトップグループに上昇したって事だろうか?

 しかし喜んでいるアリスには申し訳ないが、この答えを素で外せってのは逆に至難の業だと思う。

 なんせ俺がコンビを組んだ日として指さした場所は、出会った日よりもさらにバレバレだっての。

 そこの地点からは跳躍距離が倍以上に伸びていた上に、さらにこの先も跳躍する毎に大小の差はあれど距離が確実に増加している。

 何かありましたって全力で意思表示をしているようなもんだ。

 ある意味単純なアリスらしい分かり易い物だが、逆にあまりの分かり易すさに一瞬罠かと疑ってしまったレベルだっての。


「ここもすごい伸びてるでしょ。ここはね。あたし達が初めてボス戦MVP取った日で……」


テンションが跳ね上がって周りが見えていないのか、そんな俺の呆れ交じりの心情には気づかず、アリスは跳躍地点を一つずつ指さしながら、どうして力が増したのかと思い出交じりにニコニコと説明を始める。

 
(三崎様。お嬢様が三崎様と出会われるまでの平均跳躍距離を1として、比率表示したリストをご用意いたしました。ご確認ください)


 はしゃぐアリスの邪魔にならないようにとでも気遣ったのか、リルさんが他者不可視チャットで俺にささやく。

 本当に気が利く人(?)だと感心しつつ、俺はアリスの視線に入らない背後に右手を回し仮想コンソールを展開。

 インベントリーに送られてきたリストを開いて地球時間での日付が入った内容にざっと目を通す。
 
 出会った日から最初の跳躍が1.29。

 相棒になって初の跳躍は2.14。

 俺とのコンビ戦闘とギルメン達の支援もあって最高累積ダメージをたたき出したアリスが初めてMVPを取った日が2.46。

 たった一年ほどの間にアリスの力は、今までの三倍近くまで跳ね上がっている事をそのリストは示していた。


「それでここは念願のギルド居城を購入した日だよ。もちろん覚えてるでしょ?」


「あ? ……あぁ、あったな。覚えてる覚えてる」
 
   
(ありがとうございます。少し聞きたいんですけどこれくらいの能力上昇って珍しいんでしょうか? アリスのテンション跳ね上がりすぎなんですけど)


 ウサミミをぶんぶんと風切り音がする位に動かし夢中になって説明するアリスに適当に相づちを返しながら、一目瞭然となったリストをくれたリルさんに感謝しつつ尋ねる。


(この短期間でここまでの上昇は珍しい部類には入ります。ですがそれ以上にお嬢様がお喜びなのは、先代の事故より三崎様達とお知り合いになるまでの数百年間。一切の能力上昇がありませんでしたので、その反動が大きいかと推測いたします)


(……それは他にパートナーになるべき人物があらわれなかったって事ですか? 信頼できる人間がいなかったって事でしょうか)


(ディメジョンベルクラドにとってのパートナーとは、ただ信頼する人物というだけではありません。波長とでも申しましょうか、上手く噛み合わさり組み合わさるそういった人物なのです。これはご本人にしか理解できない感覚ですので、多数のパートナー候補を見つける方もいらっしゃれば、お嬢様のように長い年月で三崎様が初めてという方もいらっしゃいます。思考に合わせようとしてみたり、精神データを調査し探索しても特定は無理でございますので、巡り会いは天運に任せるという類いの物でございます。おそらく三崎様ならこの感覚をご理解になれると思いますが)


 なんとなく、本当に何となくだがリルさんの言いたい事が判る。

 リア友にも他のギルメンでも気の合う奴はそれなりにいたり、いるが、アリスだけは何か別格というか違う。

 考え方も、戦い方も、性別やそれどころか生まれた星すらも違っているのに、どうにも気が合う。

 たまに揉めることはあるが決別することはない得がたい存在。それが俺にとってのアリスだ。


(えぇ何となくですけど理解できます……アリスにとって稀少な存在であるから、リルさんは俺に味方してくれると)


(はい。お嬢様にとって三崎様の存在は大きくプラスであると私とローバー専務は判断させていただいております。無論我々から見て未開星のご出自であることを考慮したリスクもございますがそれを補ってあまりあると私は考えており、逆にローバー専務はそちらのリスクの方が大きいとのご判断です)


(成人ってのは? アリスが前に自分が大人になれば何とか出来るけどまだ無理だって愚痴っていたんですが) 


(ディメジョンベルクラドにとっての成人とは、空間把握能力を補足する頭部機械を必要としなくなった状態を指します。幼年期においては空間把握能力の安定性や精度に揺らぎが多く機械補助が必須となります)


(じゃあアレは歩行器みたいなもんだって考えれば良いでしょうか) 


(そのようにお考えいただいても間違いございません。幼年期から成人期への切り替わり時には数倍から数十倍までの能力増加が起きたのちに能力が安定し成人期を迎えます。同時に成人以降はその最大能力値は減少することはあれど上昇いたすことはありません。成人期の能力値は幼年期に如何に伸ばしたかに比例いたしております)


 分かり易く理解するなら、ゲーム内の一次職、二次職の違いって所か。

 転職と同時に能力値は大幅アップ。ただし一時職の時に頑張っておかないとその伸びしろも小さいと。


(成人っていうのは個人差があるでしょうが、アリスにそれが訪れるのはまだまだ先だっと?)
  

(はい。ご推測の通りです。お嬢様が安定期を迎えるには平均値から見て後3,4期。地球時間で400年ほど必要かと判断しておりました)


(おりました? 過去形って事はその予想に変化があるって事ですか)


(パートナーを見つけられた方が早熟なされて能力値を大幅に伸ばし早々と成人期を迎えた例もございます。短期間で繰り返される能力値の大幅上昇はその典型的兆候でございます)


 パートナーを見つけて少女はオトナになりましたってか。

 エロイ響きを持つフレーズだが、内情は全く色気のないのが俺とアリスらしいといえばらしい。


(また一言にパートナーと申しましても個人個人で違いもございまして、出会った多くの方と気が合い気軽に仮のパートナーとしての関係を結び、正式なパートナーを選ぶ方もいらっしゃれば、広い宇宙を彷徨った末に唯一無二のパートナーたる人物に出会えた方。パートナーたりえる人物についに巡り会え無いまま、成人なされて能力が固定化された方というように千差万別でございます。私共はこのままではお嬢様はパートナーたる存在を得られず、低レベル能力で固定化される事を強く危惧いたしておりました。ですから私はもちろんローバー専務も三崎様には感謝いたしております)


 これがリルさんやローバーさんが俺に対して敬意を持って接してくれる理由か。

 そういえば先ほど読んだ社史では、アリスの遠いご先祖である創業者も身分差を乗り越えて結ばれたとある。

 この事柄からも、ディメジョンベルクラドにとってのパートナーってのは、俺が思っている以上に重要で意味のある存在って事か。理由としては十分に納得できるものだ。


「あと。ここ。ここもすごい伸びてるでしょ。ここも重要な日なんだよ。シンタ判る?」


未だ上機嫌に解説を続けるアリスは踊るようにぴょこぴょこ動くメタリックウサミミの切っ先を俺の方に向けてきた。

 っと、やべぇ。リルさんの話に意識がいってて聞き流しすぎた。アリスが指さす場所を見ながら、視界の隅でリストを動かし該当場所の日付を確認する。

 日付はおおよそ三年前。俺が大学卒業しプレイヤーを引退を決めた頃と被る。しかし何かあったかその近辺? 

 あの頃はホワイトソフトウェアに就職も決まった大学卒業間近のほぼプレイヤー引退時で、距離を置く為にゲームにもあんまり繋がずにいたんで、アリスの信頼度を伸ばすどころか、下げまくってただけのような気もするんだが。


「ん? シンタ何。覚えてないの」


 答えに詰まった俺をアリスが軽く睨んでくる。といっても、からかいの成分が混じっているのか、怒っているような雰囲気はない。


「無理言うな。日付が書いてもないのに、さすがに全部はわからねぇっての。お前よく覚えてるな」


 跳躍日時についてはしらを切りつつ、思い出せない事を素直に告げる。何せ本当に記憶を漁ってみても思い出せないんだから仕方ない。


「むぅ。しょうが無いなシンタは。ここはねシンタがあたしの無茶なお願いを聞いて助けてくれた時なのに。ほらシンタが引退しちゃうからって、いろんな人から結婚の申し込みが来たでしょ、あの時」


「あぁ、あれか。そういや困ってたな」


 アリスの指摘でようやく記憶が繋がる。

 有象無象からの結婚申し込みを防ぐ為に俺が選んだ手段は、アリスと婚姻関係にあるキャラデータを消さずに会社に頼み込んでアクセス不可な封印状態にしてもらうという、入社予定のGM候補だから使えたある意味裏技。

 ……このおかげで入社前に借りを作りすぎて、しばらく給料日に佐伯主任やら開発部の面々に奢らされたり、思惑を崩されたプレイヤー連中から本気の殺意交じりに某掲示板で叩かれたりしたんで、あまり思い出したくない記憶だ。


「ん。でもお前、この後もちょこちょこ伸びてないか? ここから後って関係ほとんど過疎ってたよな」


 リストとマップを見比べていた俺はある事実に気づいてアリスに問う。

 この辺りを境にGMって職業上、中立性を保つ為にアリスを含めギルメン連中とは距離を置いていた。

 だから信頼度を上げるようなこともなく能力は伸びていないと思ったのだが、前半と比べてかなり落ちてはいるが0.2や0.4等、少量ずつだが比率が伸びていた。


「……楽しかったから。何時もセオリー無視のとんでもない手で来るから、操作GMは原則非公開なのに中身がシンタだって判るでしょ。絶対ミサキだ。ぶっ殺してやるって、平時は仲の悪いギルドやプレイヤーも協力する対ミサキ同盟ってのもあったくらいなんだから。シンタも知ってるでしょ。『餓狼』と『Fire Power is Justice』なんかもシンタ相手の時は協力して、貴重な完全蘇生アイテムも惜しげ無くつかって、身代わりガードに入ってたくらい」


 アリスが上げた名は、狩り場などで揉めて、他の無関係なプレイヤーまで巻き込んだPK合戦に発展してた事もある犬猿の仲でよく知られていた大手ギルド達だ。

 俺が現役時代にはその二大ギルドは多数協力前提のボスキャラ戦でも、下手に担当地区が被ると互いの足の引っ張り合いで揉めまくっていて、とても協力プレイって雰囲気じゃなかったんだが、どんだけ嫌われてたんだよ俺。

 
「そんな同盟を作ってたのかよ……いや、まぁゲームを面白くするのがGMとしての仕事だから本望っちゃ本望なんだが。でもそれでよくお前からの信頼度が上がったな。お前、性格の悪い手ばかり使うって怒ってただろうが」


 忘れもしない最後となったボス『アスラスケルトン』の時なんぞ、怒ったアリスが直接怒鳴り込んできた位だってのに。


「判ってないなぁ……そりゃシンタの狡い所にむかっとするし、みんなものすごく苦戦するけど、その分シンタを倒したときはすごい盛り上がったの。みんな一斉に勝ちどきを上げたり、派手なスキル連発して花火みたいにして、お祭りみたいにバカ騒ぎになってたんだよ……シンタはあたしに最初に会ったときに言ってくれた言葉は覚えている?」 


 また試すかのような視線をアリスは俺に向けてくる。さすがに二連続では外せば、機嫌が悪くなるか?

 しかし今度のはばっちりと覚えている。なんせ楽しんでいるゲームをバカにしたかのような発言をしくさってくれたんだから、インパクトが強すぎて忘れる訳もない。


『ねぇ、そこの人。作り物なんでしょここ……そんなに一生懸命やって何が楽しいの?』

 
 つまらなさげな顔をしたアリスからのこの問いかけに俺の答えは、 


「お前、ウチのギルドはいれ。リーディアンの楽しさって奴を俺が見せてやる……だろ」


 当時の言葉を一文字一句間違いなく俺は口に出す。

 今思うと横暴にもほどがあると思うが、これがアリスがウチのギルドに入った切っ掛けだったりするんだから、世の中判らない。


「正解。だからシンタにその意識が無かったかもしれないけど、GMになってもゲームのおもしろさをあたしに見せ続けてくれてたのに変わりは無いでしょ。それがあたしがシンタを信頼し続けれた理由。納得できた?」


 ゲームが楽しかったから俺を信頼できたと。

 人の事は言えないがゲームが中心にあるのが、さすが元廃人と呆れるべきか感心するべきか。


「まぁな。にしてもアリス、お前かなり影響出やすいんだな……ローバーさんが言ってた能力の消失の可能性になる場合もあるのか」


 ここまでは全て+の方向に入っているからいいが、問題は-の方向に振れたとき。こんなに敏感に反応しているとなると、-方面での影響も多いと見た方が良い。


「うん……ローバー専務が心配しているのは、あたし達が失敗して地球を売却しなくちゃいけなかったり、借金の形に取り上げられて、地球人を除去しなきゃいけない時。その時はシンタに対して申し訳なくて、あたしはシンタを感じられなくなると思う。そうしたらディメジョンベルクラド能力は大幅減少、最悪消失しちゃうから」


「アリス。地球の所有権が他に移っても現状維持ってのは無理なのか、それなら罪悪感抱かなくてすむだろ」


「たぶん無理。買ってくれた人や企業にメリットが無いもん。それに地球文明は危険度レベルの判定ギリギリのラインなの。所有者の報告書一つで簡単に殲滅申請許可が通る位に攻撃的で破滅的って判断されるはずなの。原生文明生物がいなくなれば、保護規定からも外れて開発可能になるから、次の所有会社はそうするだろうし、もし地球を売って会社を救おうとする場合も高値にするにはそれしかないの」


「地球人の未来は宇宙人の胸先三寸ってか……目的はレア資源狙いか?」


 先ほどの食事休憩中に聞いたアリスの話じゃ、太陽系のあちらこちらに文明レベルがブレイクスルーする為に必要なレア資源が手つかずで眠っているという。

 誰かが配置したんじゃないかというトンでも予想は無視するとして狙いはそちらと考えるのがベストか。


「それもあるけど。地球っていうか太陽系は位置的に中継星系として開発するには最適な場所にあるの。周囲に危険な場所も少なくて航行しやすいし、恒星も安定しているし、星系内に各種資源がバランスよく揃った開発にはうってつけの星系なの。今はシンタ達がいるから、原則周囲は立入禁止で星系外に特殊フィールドを張って内部からの観測をごま明かした状態」


「ごまかすってお前。まさか見上げてる空が本当は違うって事か?」


「えと……うん。地球人が初期文明を持った1万年くらい前から、星の移動や開発の痕跡は消して、映像とか熱データ、宇宙線とか偽造してごまかしてるの」


 アリスは少し躊躇した後に申し訳なさそうにうなずくが、肯定しやがった。


「いや待て宇宙人。NASAやらJAXA。あと世界中の天文学者と天体観測少年に詫びいれろ。具体的には小学生時代の俺に謝れ」


 爺ちゃんに買って貰った天体望遠鏡で冬の夜空を見上げた懐かしくも美しい思い出が見事にぶちこわしなアリスの告白はさすがに予想外だっての。


「怒らないでよ。ちゃんと理由あるんだから。いきなり恒星が移動してたり、星より大きな船が観測されたらシンタ達もびっくりするでしょ。大昔にそれで狂乱状態に陥って、内乱が始まって滅んだ原生文明が結構あったから、恒星文明レベルに達するか、自滅する。もしくは周囲の星系や空間に影響を及ぼすような愚行をしでかすまでは、調査以外は不干渉が建前になってるから隠しているの」


 う……確かにアリスの説明は納得できる部分もある。

 遙か彼方に存在する未知の超科学文明。信仰の対象となるか、いつ攻め入ってくるかと恐怖の対象になるか。非常に微妙なラインだ。

 大揉めに揉めて荒れるよりは、隠して貰った方が親切っちゃ親切なのか?  

納得できる部分もあるが、どうにも納得いかない消化不良な部分に頭を悩ませていると、リルさんが、俺とアリスの間にウィンドウを表示した。


「ご歓談中失礼いたします……ローバー専務よりご連絡がありました。三崎様にこなしていただく課題が決まりましたので、入室許可の申請を申し込まれています」


 ようやく来たか。時刻は地球時間で午後十時。かれこれ半日近く待たされていたことになる。

 難航したのか、それとも合格させない為によほど意地の悪い設問を考えていたのか。 

 ついつい雑談交じりになっていたが、アリスやリルさんからある程度の情報、知識は得た。 些か心許ないが後はこれを如何に武器にするかだ。


「シンタ。許可していいよね?」


「おう。いつでも良いぞ」


 俺がうなずくとアリスは短く深呼吸してからウィンドウに表示されていた入室許可申請のボタンに軽くタッチした。


「お二人とも大変お待たせいたしました……早速ですが三崎様にしていただく課題をお伝えいたします」


 ウィンドウが消失すると共に、岩石で出来た棒といった風体のローバー専務が姿を現す。

 一切の前置きを排除していきなり本題から入ろうとするあたりが合理的な性格って事か。 

 その容姿や声からは感情が読み取りにくい相手を前に、俺は軽く息を吸い意識を落ち着かせて次の言葉を待つ。

 どんな課題が来ても驚きは表情に出さないようにと気を張る。

 すでに駆け引きは始まっている。

 開発に向いた星を見つけてこいか。それとも会社の借金をどうにかしろという無理難題か。

 何が来ようとも、何とか知恵を振り絞って考えてみよう。他ならぬ相棒アリスの為だ。


「お嬢様はご存じですが現在、我が社はこれより先の方針を巡り各部署での意見が対立し、業務に支障をきたしております。そこで三崎様には社内関係を円滑に進める為に、慰労会を開催していただきます。その成果によって三崎様の資質を判断させていただきます……お二人ともよろしいでしょうか」


 だがローバーさんから伝えられた課題は、気負っていた俺の予想からは大きく外れた内容だった。



[31751] 7人の重役
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/03 23:37
 ディケライア社は銀河をまたに活動する惑星改造会社。

 それゆえにその人材もアリスとローバー専務を見れば判るように、出身星が違い種族的特徴が全く異なる者も一緒に働いている。

 多種多様な種族特性を持つ事は、顧客のニッチなニーズを理解しやすくなる利点もあるが、一つ大きな欠点もある。

 それは生息環境。要は海の生物と、陸上の生物が一緒の場所で暮らせるかという基本的な問題。

 俺ら地球人が快適に生きていくには適度な酸素があって、適度な重力と気圧、気温も重要となる。

 だが宇宙人の中には純粋酸素でなければ死ぬという者や、逆に少量の酸素が猛毒って輩。

 はたまた外気温が500度を下回ると体液が固体化するのから、-200度以上の温度では肉体が融解するという御仁。

 1気圧で炸裂する者、圧縮される者、津々浦々。

 さてではそんな性格以前に肉体的に合わない連中が呉越同舟よろしく、一緒の会社で仕事をしようとなると、一件不可能にも思えるのだが、そこはオバテクというか反則的な宇宙人共いくつもの手があるらしい。

 代表的な物をいくつかあげてみれば、部署事に同系統種族で固めて専用環境艦や作業場所を作る。

 リアルの肉体を凍結保存し、数多の環境に耐えられるように作られたサイバネティック・オーガニズム、いわゆるサイボーグに精神体を移すという、オカルトのようなSF技術。

 そしてある意味で地球人でもお馴染みな、何でもありなVR空間を介したコミュニケーションの確保といった形だ。

 ちなみにディケライア社の場合はこの上記の方法を併用しているとのこと。

 通常業務は各部署事に別れた完全分業とし、合同作業にはサイボーグ、簡単な会議やコミュニケーションなどは創天内の専用VR空間と。

 各部の部長とローバーさんの計7人が集まって、これからの先を決める重要な会議も、ご多分に漏れずこのVR会議室で行われていた。












「これ以上ここにいても先はないでしょ! 航跡をたどり、敵を壊滅させ星を取り戻すのが一番手早い! 一族郎党全ての首を持ち帰ってあげるっての! それが姫様の為でしょうが!」


 何とも勇ましくも物騒な発言を発する20代前半ぐらいの女性。

 薄紫ショートヘアーで凛々しい顔立ち。血気盛んにぎらぎらと輝く目元と肩掛けしたコートといい、どこかの青年将校を思わせる鋭い威圧感を放っている。

 しかしその頭頂部にはセントバーナードのような垂れ下がった犬のような耳。実に似合っておらず、なんというかシュールだ。

手元の資料によるとこの獣人型女性はディケライア社星外開発部部長シャモン・グラッフテン嬢。

 星外開発部は宇宙空間における開発作業を管轄、施行する部署。

 惑星の移動や位置調整。星系内、星系外両航路開発や中継ステーション製造をメイン業務とするが、他にも資源強奪犯。いわゆる宇宙海賊や、他企業や他星系政府から妨害行為に対する防衛も含まれているそうだ。

 なんでそんなに物騒なこともやっているかというと、星外開発部は創業者の一人である帝国のお姫様に付き従っていた旧帝国軍親衛隊がその基になっているからとのこと。

 先代の事故の際に大半の所属部員が巻き込まれた為に、人員は激減しているが、士気、戦闘力はいまだ高く、ディケライア社一の武闘派部署であり、そのトップであるシャモンさんは、無手でも戦艦の一隻ならば単独制圧できる化け物じみた戦闘能力を有し、アリスに対し絶対の忠誠心を持つ真面目人間だそうだ。

 彼女の前ではアリスへの発言に気をつけないとVR越しでも俺の脳内ナノシステムを掌握して仕留めかねないというのが、リルさんからの情報+忠告。

 何時もの調子でうっかりからかったら殺されるって、どんだけ危険だこのイヌ娘。

 
「だーかーらその航跡が拾えないんだってば……残留反応から持ち去られた時間を調べるのが精一杯……で、その結果がボクらが今回の仕事を請けおったのとほぼ同時期……時間が経ちすぎ……第一こんな遠方に速攻で仕掛けられる連中なんだから……跳躍航跡も用意周到に消してあるに決まってんでしょ」


 疲れ切った声を上げて無理だと返したのは調査探索部部長クカイ・シュア。

 こちらは見た目はなんというか緑色のゼリー。もっと簡単に言えばグリーンスライムだ。

 アリスの解説によれば、普段なら人形態を取っているそうだが、疲れ切っている時や精神的に落ち込んでいるときは形態維持をする気力が湧かずに、本人的に一番楽なこのような状態になっているらしい。

 人間形態の映像を見せて貰った感想は、何とも元気そうなお子様といった所だが、なぜか映像が男女の二つあった。

 アリスに確認した所、クカイさんは雌雄同体種族でその日の気分で変わるらしい……宇宙って広いな。

 そんなクカイさんが率いるのが調査探索部。読んで字のごとく星域調査や資源探索を専門とする部署。

 クカイさんらの軟体ボディーは、空間の歪みや埋没資源の出す微弱な反応を拾う事に適している生体ダウジング種族とでも言うべき特性を持つらしい。


「じゃあ判るまで、やんなさい!」


 そんな疲労困憊?したクカイさんに向かってシャモンさんは無慈悲にも言い切った。


「うぁ…………イコ兄、説得は任せた」


 絶句したのかうめき声を上げたクカイさんはその色が緑色から薄いブルーに変わり、力なく伸ばした触手でテーブルの一角を指さす。

 クカイさんの触手が指す先には金色に逆立った短髪で、金属めいた銀色の肌をもつ長身の若い男。

こちらは資材管理部部長イコク・リローア。

 衛星級の大きさを持つ創天は、船というよりも巨大な都市。その内部には外宇宙艦から星系内専用の内宇宙艦まで数百単位で収納可能な宇宙港もある。

 また巨大な工場区画も存在し、小型艦の製造、補修から、惑星改造に用いる各種機材や生活物資の生成まで手広く行えるそうだ。

 宇宙船から今日の晩飯まで。ディケライア社全体の燃料から機材までを統合管理する部署とのこと。
 
 直接的な業績として目立つ部署ではないが、創天を縁の下で支える土台的な部署が資材管理部でイコクさんは種族的にみればまだ血気盛んな若者らしいが、兄貴肌で重要な資材管理部のみならず会社全体の若い連中をまとめ上げてくれている、信頼が置ける人物というのがアリスの評価だ。


「こっちに振るな……シャモン。資材管理部としてもこれ以上お前の我が儘に付き合えん。だからその提案は全面反対だ」


 一気に言い切ったイコクさんの言葉で、シャモンさんの目から隠しきれない怒りが滲んでくる。

 端で見ているこっちが背中に冷や汗をかくような鋭い視線なんだが、イコクさんは平然とした顔で真っ正面に受けて立つ。

 筋肉質の体格を窮屈そうに作業ジャケットに納めたその姿は、ぱっと見には俺ら地球人と肌の色位しか変わりないように見える。

 二メートル近くはあるだろう巨体に女性の胴体よりも太い二の腕やら、熊でも絞め殺しかねない大胸筋など、アメプロのレスラーだと言われたら素直に信じるレベルだ。

 ところがこの御仁、リアルでの体格はさらにマッシブ。

 身長は40メートル。体重3万5000トンの生体金属星人……いわゆる鋼鉄の巨人らしい。

 ウサギとイヌの獣人に、スライム、さらに金属の巨人と。なんともファンタジー色の強い面々だ。

 
「じゃあんたらはこのままここで手をこまねいて返済期限を迎えて、社を潰せとでもいうの!? 姫様を悲しませろっての!? 帝国軍人末裔としての誇りを忘れたの!?…………巫山戯た言動を漏らすのど笛はいらないわね! かみ切ってあげるからそこに並びなさい!」


頭のイヌミミを立ちあげたシャモンさんが、口元の犬歯をぎらりと輝かせる。今にも真正面から噛み殺しかねない獰猛さは肉食獣そのものだ。


「誰もそんな事言ってねぇだろうが。第一俺らは軍人じゃねぇし、そもそも帝国国民だったことすらないっての……このバーサーカーだけはホントに」


 だがイコクさんはあきれ顔を浮かべ重々しいため息をはき出すのみで、そんな恫喝に全くびびっていない。
 

「…………そうだったっけ? う……えと……私の記憶違い?」


 イコクさんの言葉にシャモンさんはきょとんと目を丸くして驚き顔を浮かべると腕を組んで悩む素振りをみせはじめた。

 その内心を表す頭のイヌミミが情緒不安になったかのようにきょろきょろと左右に動いている。どうやら心底、意外だったようだ。

 ……天然かこの人。
  

「あと手もこまねいてないぞ。今は反物質生成は自前の炉の余剰で作ってるだけで、作業船を飛ばす燃料のストックもあんまり無いから、安定供給のために先に恒星生成させろって提案を出してある。クカイもお前の無茶振りに答える傍らに、こっちの調査準備もちょろちょろやってんだよ。お前は会議資料はちゃんと読め。ガキの頃から本当に短絡的な奴だな……ちっとは成長しろや」


「………………」


 シャモンさんは頭のイヌミミをしゅんと落とし無言になるが、説教されたのが悔しいのか恨みがましい目を浮かべている。


「睨むな。俺らが揉めたらお嬢が困るだろうが……とにかく資材管理部としては無駄に終わる可能性が高い調査に出す船や燃料はこれ以上ないからな。それだけカツカツなんだよ。お嬢に対するシャモンの忠誠心は買ってるし共感できるが、今回だけは無しだ。本気で後がなくなる」


 ワイルドな外見に反して、どうやらイコクさんは結構理性的な性格か。

 自分の意見を正確に伝えつつ、シャモンさんの心情は理解し共感しているとさりげなく伝え上手く宥めている。何となくだがこの人とは気が合いそうだ。


「……あたしだって姫様を困らせるのは本意じゃない。案があるなら文句はないわよ、クカイ。イコク。ごめん」


 イコクさんからの忠告を受け取ったシャモンさんがばつの悪そうな顔を浮かべてから、それでも反省したのか二人に深々と頭を下げてから着席する。


「おう。で専務。資材管理部としては言ったとおり暗黒星雲内から原始星を適当に引っこ抜いてきて、企画部と星内開発部に恒星化してもらいたいんだが許可は出るか?」


 シャモンさんの謝罪に鷹揚に返事を返したイコクさんは、次いで椅子の上にふわふわと浮いてたたずんでいたローバーさんへと話を振る。


「それについては、イサナ部長とノープス部長から反対案が出ております。まずはイサナ部長お願いします」


 司会進行役を務めるローバーさんは部下に対しても変わらない丁寧な言葉で、


「はい専務……」


 ローバーさんに指名され声を上げたのは一匹の鯨。

 しかし鯨と言ってもただの鯨じゃない。提灯アンコウのように頭から触角が生えており、しかもその先端には人間の上半身ぽい輪郭の発光体がぴかぴかと光る。

 半漁人もしくは人魚と呼ぶべきなのか迷うこちらは、イサナリアングランデ星内開発部長。

 シャモンさんの星外部と対をなすのが星内開発部。

 惑星改造会社にとって重要な、惑星の開発、改善や動植物の散布、人工進化、増殖など星に関するあれこれをメインで行う部署とのことだ。 

「イコク部長。星内開発部としてはそちらの案件には反対させていただきます。その理由としてこちらをご覧ください」


 光っていて顔すらもよく判らない発光体部分が本体なのか、イサナさんは手を振って円卓の中央にライトーン暗黒星雲内の簡易3D星図を呼び出し、次いで細かなリストも表示した。


「こちらは星系連合より提供された今後の開発予定図です。見ればおわかりと思いますが、すでにめぼしい原始星は、中継地への利用計画が立案されております。現状所在判明している他の原始星も短期間での恒星化には些か適さない軽質量星です。無論時間と予算をいただければ可能ではありますが、位置的にはどうでしょうかシャモン部長」


「……運搬が困難。互いの重力バランスも考慮をしないと航路予定地や中継ポイントにも影響が出るかも。この近隣はただでさえ難所だから下手に手を出せない。抜いてくるのは難しそう」  


 ちらりと地図を見たシャモンさんは悩む素振りも見せずあっさりと断言する。武闘派一辺倒かと思ったのだが、この人案外優秀か? 


「やはりそうですか。ではクカイ部長。開発予定星域から外れたこの辺りを調査し、原始星を発見し、さらに運搬が可能になるまでの高い精度の周辺星図を作成するにはどのくらいの期間が必要となりますか?」


 さもありなんと発光体部分でうなずいたイサナさんは続いて、航路予定地よりずいぶんと外れた場所の一部を拡大してぐったりとしているクカイさんへと尋ねる。

 イサナさんが拡大した部分の暗黒星雲はマーカーで塗りつぶしたかのように真っ黒で、なんの情報も表示していない。


「ここ? ……やれなく無いけど時間がかかるよ。この辺り星間物質とかガスが濃すぎてたぶんまともに調査できないか、採算が合わなくて調べてない場所ぽいね。今のうちの人数じゃ、今期が終わるまでに調査できたらラッキーってとこ。人もしくは時間が足りない。はっきり言っちゃえば両方とも無いから無理無理」


 かなり軽い口調で頭?の上でクカイさんが触角を左右に振って否定した。


「お二人ともありがとうございます。以上の理由から私共星内開発部では、資材管理部のご要望である反応物質製造用恒星生成は、技術的には可能ですが、他の条件が難しく妥当な提案ではないとの結論に至りました。利用目的も反物質の安定供給と言うだけでは、対費用効果も低く、現状では優先度は低いと思われます。ですから反対票をいれさせていただきます……専務。以上です」


 イサナさんは発光体をちょこんと曲げてお辞儀めいた物をして話を締めくくる。

 物腰は落ち着いた物で丁寧、理論的、しかし結構ずばずばと切り込んでくるタイプか?
  

「…………ぐうの音も出ねぇなこりゃ。でノープス爺さん。あんたの方は?」


 反論の余地がないと天を仰いだイコクさんは、ゴツゴツした岩のような手で髪を掻いてから、イサナさんの右隣へと目を向ける。

 そこにいたのは透き通ったガラスのような透明な身体に仙人のようにも見えるエイリアンヘッドな長い後頭部を持つ爺さまだ。

 爺さまの前にはグラスと酒瓶らしき物が置かれているんだが、どうやら会議中にも関わらず一杯やっているようだ。

 このご老体は、ノープス・ジュロウ企画部部長。

 この人の役割は一言で言うならば星デザイナー。恒星や惑星をどういう順序で改造していけば目的の形へと成形できるかの道筋を立てる、重要かつ極めて難しい専門知識を求められる部署とのこと。

 アリス曰く、実績、技術とも銀河でトップクラスのデザイナー。普通なら一万年位で人生をリセットする者が多い現宇宙において、すでに数十万年周期で記憶を継続させている、惑星改造業界の生き字引的存在。

 そんな大層な爺さまがどうして潰れかけのディケライア社に在籍しているんだと聞いた所、アリスが社長に就任してからすぐに、ディケライアには若い頃に世話になったから力を貸してやるといってふらりと訪れたそうだ。

 義理に厚い性格には感謝だが、その入社経緯を見ても判るように、変わり者を地でいく人で、仕事の選り好みも激しく、新しいもしくは難しい仕事でなければやる気が起きないという難儀な悪癖持ちとのこと。 


「つまらん。たかだが燃料取りのために太陽を作れなんぞデザイナーとしての血が騒がん。もっと面白そうな仕事を持ってこんか」


 実に退屈そうな表情で単刀直入にノープスさんは答えつつグビリと杯を傾け酒盛りを続けている。

 
「どうせ作るならばいっそ盗まれた星系を丸ごと作らせい。寸分の狂いもなく再現してみせよう。その方が美味い酒が飲めそうじゃ」

 
 かっかと笑うノープスさんは実に楽しげだ。やり甲斐のある仕事に美味い酒って人生を謳歌しているなこの人。  

 うん……こりゃ難儀だわ。マイペースすぎる。煽てて仕事をさせようとしても、ノラリクラリと躱されそうだ。本気で面白いと思わせる仕事を用意する必要があるようだ。


「星系全形成はそりゃ俺も考えはしたっての。けどよぉ……サラス部長。そこまでの金って出ます?」 


 ノープスさんの提案にイコクさんが困り顔を浮かべて、会議場の上座へとちらりと視線を飛ばしつつ、おそるおそるといった表情で聞く。

 上座には専務であるローバーさんとその左隣にもう一人。

 そこに腰掛けるのは薄紫色の長髪の頭からピンと出たイヌミミを立てる外見二十代中盤の一人の女性。

 冷ややかと言うよりも険しい目つきは猛禽類。

 ただ座っているだけなのに全身からうっすらと殺気を放っているかのように張り詰めた威圧感。

 何とも怖いこの女性はサラス・グラッフテン経理部部長。

 名前と似通った容姿から分かり易いが星外部部長のシャモンさんの母親だ。

 ディケライア社の中核をなす経理部の女帝で、ローバーさんと共に先代の頃よりディケライアを支え、今はアリスを補佐してくれている人だという。

 しかしどこか抜けていて、ある意味で操りや……親しみを覚えるシャモンさんと違い、母親であるサラスさんには隙を感じない。


「経理部は今回の新規案、全てに反対する。我が社の財務状況を鑑みるならば、これ以上無駄な足掻きをする余力はない。私の案は以前の会議と変わらない。姫様の能力安定のためにもパートナーである現地生物の早急な確保後の、惑星G45D56T297ー3の売却益による財務健全化だ」  


 この会議が始まって初めて声を発したサラスさんは有無を言わせぬ強い声で告げる。

 威風堂々としたその物言いは思わずハイと返事を返してしまいそうになるほど。

 だがこの人の言っている事は、ようは地球は売れ、んでアリスのパートナーである俺はその前にアブダクションしてこいと。

 うむ、何ともはっきりした人だ。俺としちゃ到底受け入れがたい物だが、ある意味ここまで力強く言い切れるのは感心する。


「母さん! だからそれは両方とも反対だって前もいった! その惑星の売却は姫様が嫌がってるんだし、姫様が選んだのってそこの原生猿人なんでしょ!? 未開惑星から初期文明種族を研究目的以外で連れ出すなんてただの犯罪! 姫様を犯罪者にする気!?」


 異議有りとばかりに机をばんと打ち鳴らしシャモンさんが立ち上がり、サラスさんに指を突きつける。

 やはりあちら側から見ると地球人って猿か。間違っちゃないわな。確かに猿の進化形だ。ここまではっきり言われると腹もたたない。

 というか、未開惑星から連れ出すのって場合によっては罪になるのか……しかしそうなると俺の今の状態とか犯罪性ってどうなんだ?

 ネットで繋がっているだけだからセーフなのか、それともリルさん辺りが上手くごまかしてくれているんで大丈夫なだけなのか。


「相応のリスクはあるのは承知の上です。ですが益の高さは群を抜く。姫様の琴線に触れた理由は存じませんが、ディメジョンベルクラド能力の増加率はデータとしてはっきり表れています。これらの事実からもっとも有効的な方法を選択するそれだけの事です」 


 この二人その精神的ベクトルは違うが、意思の篭もったはっきりした物言いは確かに親子だと感じさせる。


「はっ! 母さんお得意の合理的な考え? バカじゃないの!? いくら同族同士の抗争で全滅しかねない低脳生物でも、自分の出身惑星と同族を壊滅させる相手に素直に尻尾を振ると思うの!」


 バッサリと切り捨てられたシャモンさんがそれでも牙を剥いて食い下がったが、その瞬間サラスさんの目に冷ややかな寒気が生まれる。 


「いくらでも手はあります……周囲に裏切られ絶望し憎悪し、寄る辺が姫様しか無くなれば、喜び勇んでその庇護下に入るでしょう。その程度の裏工作などさほどの手間でもありません。ましてや精神防御技術もない未開惑星。この場でもすぐに指示を出せます」


 ぞっとする寒気が背中を奔る。うん。やべぇ。この人かなりまずい。

 何を仕掛けてくる気か知らないが、ちらほらと漏れる不穏な言葉から相当えぐい真似をしでかす気だってのは判る。


「っ!? そ、そんな真似をして姫様が喜ぶと思ってるの!? あたし達は姫様を護る存在だっていったのあんたでしょ! 姫様の後見人になったからってなんか勘違いしてない!?」


 不穏なサラスさんの発言に、シャモンさんが切れた。

 実の親に対してあんた呼ばわりしている辺りが、その怒りの強さを感じさせる。  


「思い違いをしているのは貴女の方です。我らは姫様の歓心を得るために存在するのではない。例え主に憎まれ疎まれようとも主のために尽くす。それが我が一族の矜持です。愚直な力押ししか思いつかない貴女は黙っていなさい」


 だがそのシャモンさんの燃えるような怒りとは対照的な冷徹で寒気を催す怒気を込めサラスさんが反論する。


「っ、こ、この! ぶっ殺す!」


 その瞬間、シャモンさんが席を蹴倒してサラスさんに襲いかかった。
























 記録映像が終了すると、周囲の景色が一瞬歪んで回転してから創天のVRブリッジへと切り替わる。


「シンタ。お帰り……すごい揉めてたでしょ? この顛末、後で聞いて無理してでも出ればよかったって後悔だよ」


 ため息交じりの困り顔を浮かべたアリスが俺の目の前に現れる。

 俺が見ていたのはつい数週間前に行われた、ディケライア社の専務、部長クラスのみの方針会議の記録映像だ。

 この時アリスは各部の出した調査船などを跳躍させるために、ディメジョンベルクラドの力を酷使しすぎてダウンしていたそうで、会議には欠席だったそうだ

 記録というには臨場感がありすぎるのはさすが宇宙製という所か。


「なんか俺達の戦いはこれからだってって感じで打ち切られたんだけど、この後どうなったんだ?」


 襲いかかったシャモンさんの鋭い爪がサラスさんの首に触れる直前で、記録映像は唐突に途切れていた。あまりに不自然な切れ方は何らかの意図を感じる。

 血の繋がった親子の壮絶な殺し合いでも展開されて、あまりの凄惨さに記録を消去でもしたのだろうか。


「あー……この後シャモン姉がサラスおばさんに精神的にも肉体的にも一方的にぼこぼこにされるパターンだったから割愛したんだと思う」 


『シャモン様は我が社でもっとも戦闘力の高い星外開発部の長ですが、お母上であるサラス様もまた先代の星外開発部部長。しかも歴代最凶とまで謳われ、ディケライアの悪魔と他社からも恐れられた方です。シャモン様が打ち倒すには直接戦闘、舌戦共に実力、経験不足気味かと推測いたします。毎回毎回一方的で面白みはありませんが三崎様がご希望なら記録映像を各種ご用意いたしますがいかがなさいますか?』


 補足をいれてくるリルさんも機密という雰囲気ではなく、つまらないからカットしたと言わんばかりだ。


「サラスおばさん容赦がないからなぁ。シャモン姉はシャモン姉でおばさんにコンプレックスあるから、負けるの判っていてもすぐ張り合うし」


 アリスは何ともいいがたい微妙な表情でウサミミで頭を掻いている。あんまり緊迫感を感じ無いその様子からも、どうやら嘘はなさそうだ。


「シャモンさんって戦艦単独で落とせるとか言ってたよな。それを子供扱いってどんだけだよ……つーかお前そんな化け……人を相手におばさんってよく呼べるな」   


 思い出しただけで寒気を覚える雰囲気を持っていたサラスさん相手に、どうにも暢気なアリスに呆れてしまう。


「おばさんって、仕事の時はたしかにえげつなくて鬼とか悪魔なんて言われてるんだけど、プライベートは真面目だけど優しい人だから。それにサラスおばさんってあたしのお父さんの妹なんだもん。だからおばさんって間違いじゃないでしょ」


 アリスの発言に俺はつい言葉を無くす。

 サラスさんはアリスの父親の妹。そしてサラスさんの娘であるシャモンさんは、つまりはアリスの従姉妹になる。

 ということは……………


「お前。自分の叔母と従姉妹に『姫』呼びさせてるのかよ。正直引いたわ。ミヤさんじゃねぇんだからよ。お嬢はともかくとして姫は無い。姫は」


 俗に言う姫プレイヤーにはあまり良い思い出がない俺としちゃ、自分のことを姫と呼ばせているだけでもかなり減点要素なんだが、まさかアリスがそういう人種だったとは。


 現役時代はそんな兆候はなかった思ったんだが、それともGMとプレイヤーと離れている間に姫プレイヤーに墜ちやがったか?


「ちょ!? みゃーさんと一緒にしないでよ! あたしは嫌だって言ってるのに、あの二人が五月蠅いんだってば! 公の場だけでもいいから、ちゃんと呼ばせて欲しいって!」  


 どん引きしている俺に心外だと言わんばかりにアリスが抗議の声を上げる。

 
「本当かよ……ん? あの二人、なんか反りが合ってないけど、その辺は一致するのか」


 今度元ギルメンである大学時代の後輩にでも確認してみようかと思いつつ、アリスが漏らした一言が俺の気に掛かる。

 どうにも感情的なシャモンさんと、合理的という名の非情さを持つサラスさん。

 親子と言えど殴り合いの喧嘩をやらかす位だから、全くの別タイプと思うんだが。


「本当だってば。もう……おばさんとシャモン姉はなんて言うか根っこの部分は同じかな。基本的に真面目だから。それに二人ともあたしの事を本当に考えてくれてるの。でも考え方が違うからすぐに揉めるんだけどね」


 困っていると眉を顰めつつも少しだけはにかんだ笑顔でアリスは答える。

 この表情はあの二人にアリスが信頼を寄せている証拠だろうか。


「あ、でも心配しないでね。おばさんは地球売却を進めようとしてるけど、あたしは反対だから。絶対売らせないから」


「売らせないって言ってもなぁ、あの会議を見た感じだと、あんまり建設的な案が出てない様子だぞ……リルさん。あの後に合同会議ってあったんですか?」


『いえ、今現在は行われておりません。シャモン様が話にならないとボイコットしており、地球売却反対派としてイコク部長、イサナ部長も同調しております。賛成派はノープス部長とサラス様のお二人。クカイ部長は保留。ローバー専務は議事進行役という立場上中立を保っておられますが、心情的には反対派のご様子です』


 ボイコットね……これがローバーさんが言ってた社内の不協和音か。これをどうにかするために慰労会を開催しろと。


「リルさんすみませんもう一つ聞きたいんですけど、俺をこっちに攫ってくるって案もありましたよね。あれの賛成と反対はどうなってますか?」


『賛成派はサラス様、イコク部長。残りのシャモン様、ノープス部長、イサナ部長、クカイ部長そしてローバー専務は反対派に。それぞれ理由は異なるご様子ですが、社内は二つに分かれております』


 二つの案で陣営がそれぞれ少し異なるか。こりゃまた難儀なこった。
 
しかもこの場合……


「なぁアリス。今日の所は日頃の諍いを止めて、皆さん仲良くいたしましょうって俺がパーティを企画したら、宇宙的にはどんな反応になるんだ?」


「どんなって、そりゃ『お前が言うな』の総突っ込みでしょ」


 まぁ、当然っていえば当然だわな。何せ揉めている案件はある意味俺が当事者、中心、台風の目。

 なるほどアリスの忠告通りだ。こりゃ一筋縄じゃいかない。相当頭を使って考えないとローバーさんから合格はもらえず全部ご破算だ。

 俺の持つアリスとの記憶も、アリスが地球で遊んでいた記憶も全てが消える。

 後がない。追い詰められた状況。それが不謹慎だと思うが心底楽しい。

 どうやって逆転してやろうか。

 何を仕掛けてやろうか。

 刺激された感性がいくつもの手を思い描いていく。この感覚は俺にとって慣れ親しんだ高揚感。

 ボスを如何に攻略してやろうかと寝食を惜しんで考えていたプレイヤー時代。

 如何にお客様を楽しませるかを常に考え続けていたリーディアンオンラインGM時代。

 ユッコさん達の為にできることを考え、あちこちを飛び回ったここ数ヶ月。 
 
 俺にとって最高のメンタル状態が急速に組み上がっていく。

 それというのも…………


「シンタ。口元、笑ってるよ。で、どうするの? ずいぶん楽しそうだから基本の攻略ラインくらいはいくつか思いついたんでしょ。こっちでやることあるなら言って」


 つい笑い漏らしていた俺にアリスが呆れたと指摘しつつも、楽しげにウサミミを揺らし始めた。

    
「おう。任せるぞ。ちっとばかし準備に時間はかかるかもしれないが、社内をまとめ上げるイベントを組んでやるよ」


 こっちに合わせて即座に動いてくれる最高の相棒がいるからだ。



[31751] チームワークの良い職場です (三人称になっています)
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 01:27
「母さんの魂胆は判ってるのよ。悪評やら後ろめたい部分は全部自分が背負って、その責任とって辞めるって幕引きまで考えているってのは……だぁっ! ほんと! むかつく! あの性悪は! んなことされてあたしやら姫様がどんな気分になるかわかってんの!?」


 ひくひくと頬を引きつらせついでに頭のイヌミミもプルプル震わせ怒りを押し殺しつつ意見を述べていたシャモン・グラッフテンだったが、最後までその調子は続かなかった。


「そこまで判ってるなら殴りかかるな」


 あきれ顔を浮かべたイコク・リローアは目の前のカップに手を伸ばし喉を潤す。

 舌が焼けるように熱くどろっとした液体は複数の刺激を持つ複雑な味わいで楽しませてくれる。

 重金属の肉体を持つイコクのカップに注がれているのは、溶融した岩石が地表の大半を覆う灼熱の惑星フー産のケイ素塩混合物。いわゆるマグマだ。

 イコクにとってはマグマ茶の香りは眠気覚ましには丁度良いのだが、シャモンを初めとした炭素生命体には茶から出る硫化水素などのガスが悪影響を与える。

 だがここが仮想現実世界。周囲に害を及ぼすこともないからこそ、好物の茶を飲みつつ打ち合わせることができていた。

 第一リアルで山のような巨体であるイコクが満足する量のマグマともなれば現状物資不足気味な創天では無理な注文。

 ましてやその物資を一元管理するのは資源管理部。その部長である自らの嗜好のために強権発動する訳もなく、VRということに多少物足りない物を感じつつもそこそこに楽しんでいた。


「母さんの独りよがりな態度がむかついたから殴った! 反省はしてる!」


 反省めいた言葉を口にするがその言葉の勢いは強く、ぷいと顔を背けたシャモンの表情にも不満がありありと浮かんでいた。


「状況を見る目はあんのに、なんでそんな直情的なんだよお前は。ホントに」


 幼い頃よりディケライア社の守護者たる星外開発部を目指していたシャモンは、状況判分析力、戦闘力などはずば抜けた力を誇るが、いかんせん持って生まれた性が難敵だった。

 理性よりも感情が先に立ち、相手が間違っていると思えばついつい手が出てしまう。

 よくいえば熱い、悪意を持って言うならば短気。それが周囲と、そしてシャモン自身も自覚する彼女の欠点だ。


「正確に言うならば殴ったのではなく、殴りかかったが一発も当たらず返り討ちにされたでは? 私の記憶違いでしょうか」


 触覚の先の人型発光体を点滅させつつを首をかしげたイサナリアングランデが涼やかな声で尋ねる。

これが嫌味ならまだ対応には困らないが、イサナは自分の記憶違いかと本気で疑問に思い尋ねているのだから質が悪い。


「っぐ…………イサナ先輩。そんなところ突っ込まなくてもいいでしょ。そんな事よりこれから先よ先! いつまでも会議要請をいろいろ理由つけて拒絶してる訳にもいかないんだから、母さんの強攻売却策に対する対案を見つけないと!」 

 
 天然気味なイサナに対して怒るにも怒れず唇をかんだシャモンは、どうにも自分にとって悪い流れを無理矢理に断ち切り、話の筋を無理矢理修正する。

 今日集まっていたのは他でもない。このままではサラスの思い通りに進んでしまう事業計画をどうにか潰そうという内々の会合の為だ。間違っても愚痴をこぼすためではない。

 といっても反対する理由はそれぞれ違う。 

 シャモンの場合は、先日の会議を見れば判るが、ディケライア社社長であり年の離れた従姉妹でもあるアリシティアが、地球の売却を嫌がっているから反対だという、単純明快な物。

 イコクの場合は、彼の種族の出身母星も過去に列強星間国家の間での駆け引きであずかり知らぬ間に資源惑星認定され滅亡の危機を迎えていたという似たような状況を体験していた為、気持ち的に反対というスタンス。

 イサナの場合は、原生初期文明生物を壊滅させる強攻策での売却は、ディケライア社が創業以来築き上げてきた弱者の味方であるという金看板に大きく傷をつける物であるからといった理由だ。


「対抗策ってすぐには無理っぽくねぇ? 人も予算もたりねぇで、サラスさんから却下されまくりだろ」    


「うっさい! だから考えてるんでしょ! っていうかなんでいまさらいるのよ! あんた売却反対派じゃないでしょうが! 何! スパイ行為!?」


 机の上で力なくべったと倒れ込んだクカイ(少年型崩れかけ)にシャモンは苛立ちを晴らすように指を突きつけ問い詰める。

 少女型と中間であるスライム型の時はまだ良いが、どうにも少年型の時はクカイのそのだらけた口調がシャモンはいらつくらしく、怒るか注意しているときが多い。

 しかし今日はそれに輪を掛けて言葉と態度が刺々しい。

 理由は簡単。このメンバーの中でサラスの強硬案の一つである地球売却に反対しなかったのがクカイだけで、しかもここ数ヶ月まともに姿を見せなかったからだ。

 
「だから保留中だっての。お前らと違ってこっちは三形態で思考が変化すんだからまとまんねぇんだよ」


 一方クカイはというと面倒そうにそれでも律儀に顔を上げて答えるだけで、シャモンの刺々しい態度を意にも介さない。

 その形態事に姿形だけでなく言葉遣い思考も変化する特性を持つ種族の為、一つの事柄に対してもクカイ達は決断するまでに時間が掛かる特性を持つ。

 特に今回のような大きな利点もあるが、それと同じほどの欠点もあるサラスの強硬案のような場合は意見がまとまらず、しばらく保留するのは常々あった。 



「じゃあここの所、姿を見掛けなかったのはなんでよ! 打ち合わせやるって言ったのに忙しいって顔も出さなかったでしょ」


「あーそりゃイコ兄に頼まれて創天内部調査してたんだよ。今日はその報告。シャモンには黙ってろって言われたから言ってなかったけどよ。なんか最近ヒスすぎんぞ。いろいろあるからストレスが溜まっているのは判るけどよぉ、少しは落ち着けや」


「落ち着いてっ……内部調査? どういう事」


 どういう事と不審な色を帯びた目で問いかけてきたシャモンに、イコクが茶を飲みつつ返す。


「創天にはリルさんの管理も外れた封鎖区画やら通路消失区域なんぞ腐るほどあるだろ。使えそうな物が残ってないか、あるならサルベージできないか調べてんだよ。ともかく物資も人手も足りないからな、暗黒星雲を調べるよりもまずは身近ってところだ」


 創天は衛星級の大きさと銀河帝国末期から脈々と受け継がれた歴史を持つ遺跡のような船。

 イコクもそれほど期待している訳でないが、管理外の圧縮空間に資源衛星の一つでも残っていないかと淡い期待を掛けてクカイに調査依頼していた。

 現状でサラスの強攻策への実行可能な対案は思いつかないが、帳簿外の在庫を調べて少しでも手を増やそうという窮余の策。やらないよりマシ程度といった所だ。


「だったらなんであたしに黙ってるのよ。調査に協力したのに」


「猪突猛進なお前にこの事を言ったら、当てもないのに探しに行くだろうが。管理区域外ってのは次元ねじ曲がってる場所もあって、一部迷宮化してるから下手すりゃしばらくかえって来られねぇし、そうなったらお前の場合、単一素粒子隔壁やら亜空間障壁もぶち壊してでも這い出てくんだろう。後始末が大変になる」


 容赦ないイコクの指摘にイサナとクカイが深く頷き同意する。

 シャモンの性格や過去の所行をよく知る三人からすれば、ある意味予知に近い未来予想図がその脳裏に浮かんでいた。
 

「…………は、反論できないんだけど」


 即断即決即行動。敵だろうが罠だろうがなんだろうが力ずくで突破する。

 自分自身でも思い当たる節がありありとあるシャモンは反論する言葉を失い、ただでさえ垂れ気味な頭のイヌミミがさらに力なく垂れ下がる。


「なら反省しろ」「しとけ」「してください」


 追い打ちを掛けるように他三人の言葉が揃った。 

シャモン、イコク、イサナ、そしてクカイの4人は、出身種族こそ違うがディケライア社に勤めていた親、親族を持ち、ディケライア社麾下の訓練校を卒業した先輩、後輩の間柄であり、今は同僚兼友人である。

 イコクとイサナが同期、その一期下にシャモンとクカイではあるが、訓練生時代も8期前ともなれば、多少敬語はのこるが、対等な関係を築いている。


「っぅぅぅ……クカイあんたが同席するのを特別に許可するから調査結果話しなさい」


 完膚無きまで言い負かされたシャモンは涙目になりつつも、それでもその強気の態度を崩さず虚勢を張る。


「お前ホント負けず嫌いだよな……クカイ。許可も出た所で頼む」


 もっともシャモンの反応も何時ものことといえば何時ものこと。気にもせず軽く受け流して、打ち合わせを再開する。
 

「んじゃ報告だけどよぉ。書類やら記録に載ってない圧縮空間がかなりあるけど、あんま期待できねぇかも。なんて言うか、外に漏れてくる反応が微妙な所ばかりだわ。それこそ大半がゴミ漁りになっかな。一応見つけた所はこんなとこ。赤が高エネルギー反応で黄色、青の順に下がってる」


 だらっと半分溶けかかったような右手を上げてクカイが空中にウィンドウを呼び出し、創天の見取り図を表示すると、見つけた管理外空間を色分けして塗りつぶしていく。

 管理外空間は1カ所に固まっているのではなく、創天の中心、外側、北極側南極側とあちらこちらにばらけるように無数に散らばっており、その比率は青8割、黄色1.5、赤0.5といった所だ。


「こりゃまた見事にばらけてやがるな。正規転送通路なんぞとうの昔に潰れてるか無効化してるな。イサナ、当時の形式に合わせて通路形成できるか?」


 そこあると言っても、それは圧縮された次元違いに位置する空間。物理的に繋がっている訳ではなく、そこへと入り込むための通路を確保するだけでも一苦労だ。


「創天はその艦齢にふさわしく改良や増築を幾重にも重ねた船と聞き及んでおります。おそらくこれらの空間にも何らかの影響がでているかと。正規規格で再現しただけでは不具合が予想されます。これらを一々解析していては時間が掛かりすぎますので、シャモン達に空間を揺らして貰い、その隙に力尽くで繋げるのがよろしいかと」


 イコクの問いかけに、イサナは涼しい声で答えてから、ふてくされ顔のシャモンへと目をやる。

 敵船へ乗り込んでの白兵戦と乗員拘束もシャモンを筆頭とした星外開発部の役割。

 敵戦闘員を退け無限空間や船外排出などのトラップを廃して船内中枢へと侵攻する彼らかすれば、戦闘中でない船のしかも放置されている封鎖空間へと入り込むのもそう難しくない。

 もっとも強制接続なんてすれば、後々どこで不具合が生じるか判らない。空間構造を軽く揺すって不安定になった所を繋げるのが最適だというのがイサナの判断だ。


「結局力尽くになるんだったら、あたし、いじめなくても良いじゃん……クカイ。適正変動値を読み取るのはあんたらの方が上手いでしょ。作業環境はあんたの方に合わせる。星外開発部は人員の都合つけるから。あと完全に疲れ抜いてからにしなさいよ。とろけ過ぎ。ミスりそうよ今のあんた」


 戦闘時なら星外開発部だけで行う作業も、今のような平時であればより精度の高い調査ができるクカイ率いる調査探索部に任せることができる。

 なら自分たちの仕事はクカイ達の調査データにあわせて空間干渉を実行することとシャモンは即決する。


「じゃあ1日だけでいいから完全休養で頼むわ。こいつの調査でみんな出っぱなしで疲れて、シャモンの言ってるとおり精度が落ちてらぁ。イサナ先輩。リアルで休暇をさせたいんだけど環境って作ってもらえます?」


 VR空間でゆったりとすれば精神的疲労は抜ける。肉体は副作用の無い薬物等で疲労回復も調整もできる。だがそれではやはり違うのだ。

 何万光年離れた他星の風景、気候その他諸々が再現調整できるVRリゾートよりも、地元惑星の慣れ親しんだリゾート地が人気ランキングのトップを常に取り続けるように。

 完全調整された合成食品に比べて質が劣っていようとも、野山を駆け巡る動物や人の手により育成、収穫されたの食材は数十倍の高値で取引されるように。

 高度な技術を手に入れ、ほぼ不可能はないというこの時代において、もっとも尊ばれるのは、リアルに存在する本物ということだ。
 

「空間内時間流を3倍にして、ナント星系トアルの環境に合わせたリフレッシュスペースなら用意できますがいかがでしょうか。イコク君の指示でメタン海に合わせた成分調整もできています」    


 トアルはクカイ達の出身母星である高重力低温惑星。メタンの海がトアル達の本来の住処でもある。

 故郷と似た環境でゆっくりと休養できるのは何よりの骨休めとなるのは言うまでも無い。

 このところ星系強奪犯の航跡調査や、創天内部調査など他部署に比べ仕事負担が大きかった調査探索部の面々のために、資材管理部のイコクが何とか少ない在庫のやりくりをつけ物資を確保していたからこそできるささやかな贅沢だ。


「さすがイコ兄。判ってらぁ。3日分の休みが取れるなら万全の体制でいけるって。じゃあイサナ先輩。それでお願いします」


「はい。承知いたしました。では船内時間で夕刻には利用可能になるように手配します」


 嬉しそうに全身を震わせたクカイに発光体を緩やかに点滅させたイサナが答えると、コンソールを呼び出し待機中の部下達へと指示を出し始める。


「シャモン。クカイらが休息している間に、俺らは各部で必要な機材の運搬やるぞ。大型は俺らがやるから小物は任せる」


「了解。ウチの部でだぶついている空間波動探査装置があるからそっちクカイの方に回して。イサナ先輩の方に時空固定アンカーって予備あります? うちのって中古品で最近調子悪くて動作不安定なんですけど」


「何台かはあったと思います。動作確認してからそちらに送りますね」


「んじゃ資材管理部で不具合あるアンカーは整備しておくから後でもってこい。故障が中枢部分じゃなきゃ何とかなるだろ。最悪でもニコイチしてみる」


「待ったイコ兄。星外部のアンカーもリストン社のだろ。探査部の倉庫に古い型の予備パーツがあったと思う。あの会社のなら共通性あるはずだ。確認させてくる」


 一度方向が決まればこの四人の場合は気心が知れているので、あれよあれよという間に、役割分担や機材の確保が決まり、それぞれの部署に指示が飛ぶ。

 星外、星内の両開発部。調査探索部。そして資材管理部。

 惑星改造において主力を勤めるこれらの部署は一纏めに現場組と呼ばれる。
 
 ディケライア社の現場組は、先代の事故の際に多くのベテラン技術者を失い、残されたのはイコク達のように新人研修で現場を離れていた中堅所が少しと、訓練校を卒業して入社したての新人ばかりという惨憺たる有様だった。

 組織としては死に体の状況から、新人の育成と互いに補完しあう現場体制を作り惑星改造業者としての最低限の事業能力を復旧させたのは、この4人の部長による連携があるからこそ。だがそれでも人手不足、機材不足はいかんともしがたい物がある。

 最盛時は800隻を数える惑星改造艦と十万のベテラン作業員を有した現場組も、今では500にも届かないほどに減っており、社の財務状況もあってしばらくは新人の補充も見込めず、機材の新規購入所か補修もままならない。

 今いるメンバーと保有した機材を限界まで酷使する綱渡り的なやり繰りをしているのが現状であった。






「……とりあえずこんな所か。抜けないな。サラスさんに反対されそうな無駄はなるべく排除したから問題無いとは思う。認証サイン頼む」


 最初の調査区域への機材の手配や作業の流れを記したリストをスクロールさせ一通り確認したイコクは、表紙ページへと戻して他の三人の前に指しだす。

 中止命令をできるのは社長であるアリシティア。その下で実質的に社を纏める専務ローバー。そして財務を管理する経理部のサラスの三人。

 このうち社長と専務はよほどの無茶でない限り基本は現場に任せるというスタンスなので問題は無いが、経理部のサラスは採算性やその効力など厳しい目で精査するので厄介な相手だ。


「大丈夫でしょ。母さんが横やりいれたら殴ってくるから」


「確認しました」


「無理なんだからやめとけって」


 他の三人はそれぞれの言葉で答えてから、目の前のウィンドウに表示されたリストに指や触手を伸ばしてサインを書き込んだのを見てイコクも同様にサインする。

 4部長のサインが施されたリストは正規書類として、即座にディケライア社の業務を総合管理するAI『RE423L』通称リルの元へと送られ、上役三人の認証待ちとなる。  
 
「認可待ちしている間に解散、準備を始めるぞって所なんだが、その前に一つ良いか?」


 許可が返ってくるのをただ待っていても時間の無駄。すぐに準備に取りかかろう席を立とうとした三人をイコクが止める。


「なによ?」


 シャモンが刺すような鋭い目を向ける。

 もっともシャモンのこの視線に敵意や悪意がないのを付き合いが長いイコクは百も承知。単に生真面目すぎて気負い気味なだけなので、不快に思うでもなく言葉を続ける。


「いや、ほれ。サラスさんのもう一個のほう。お嬢のパートナーを攫ってくるって話についてなんだが……お前らやっぱり反対か?」


 腕組みをしたイコクが、彼にしては珍しく歯切れの悪い言葉で問い掛ける。


「あーありゃイコ兄だけ賛成だったな。つってもシャモンも言ってたけど、相手は原生文明生物で愛玩目的で攫ってきたら問答無用で犯罪だろ。やっぱ無しじゃねぇ」


「私も同様です。これ以上社や社長の風評に傷をつけるのは得策ではないかと考えます。サラス部長の第一案である売却となった場合も、殲滅認定を受けた種を保護するのは禁止されているはずです」 

 
クカイとイサナは、イコクの問いかけに即答で答える。

 売却前に攫ってくれば未開文明生物保護法違反。かといって殲滅認定された後に保護となれば危険生物関連の諸々の法に引っかかりでこちらも違法行為。どちらにしろと犯罪行為となる。

 ましてやそれが未開惑星にも直接、間接的にいろいろと関わることにもなる惑星改造会社の社長となれば、そのモラルが問われることになり、評判的にはかなりの痛手になるのは間違いない。

 
「……………………」


 だが明確な答えを見せるそんな二人を尻目に、シャモンだけは目を閉じ小さく唸って答えを考えあぐねていた。


「何悩んでんだよ。シャモン。気持ち悪いな。お前も反対だったろ」


 思い悩むシャモンという彼女にしては珍しい姿にクカイが驚きの表情を浮かべ、ついで恐ろしい物を見たとばかりに全身を振るわせた。


「うっさいわね。これでも熟考の末の反対なのよ……母さんの手段は言語道断なんだけど、連れてくるってのは賛成すべきだったかなって」


「社長に付いたどこぞの虫はこの手でひねり殺さないと気が済まないって事か?」


「クカイ……あんたどういう目であたしの事見てるのよ」


 納得したとうんうんとうなずくクカイにシャモンがギロリと目を向け、ついでに頭のイヌミミを不愉快そうに揺すった。


「あたし的に複雑なの。それを選んだの姫様ご自身でしょ。しかも姫様って勘は鋭いから、自分にとって悪意とか下心を持ってるのは拒絶するはずなのに、そんな姫様が友達にしてましてパートナー候補に選んだ生物でしょ。ディメジョンベルクラドにとってパートナーがどれほど重要かなんて今更言わなくてもだし」


「では賛成に意見を翻すと?」


 うーと唸りつつイヌミミをパタパタと動かすシャモンの様子に答えが変わったのかとイサナが問いかけるが、


「でも未開文明種族でしかも未だに身内で殺し合いやって星を滅ぼしそうな低能腫族なんて姫様にはふさわしくないって思う部分もあるんです」


「じゃあ、やっぱり反対じゃねぇか」


「そうなんだけど……あれだけ思い詰めてすっかり暗くなっていた姫様をそいつが昔の明るかった頃の姫様に戻してくれたでしょ。だからそれには掛け値無しに感謝してるの。でもぽっと出の奴に姫様の信頼を持ってかれたのがなんか悔しいってのも」


 クカイの言葉にさらに頭を抱え悩ませたシャモンは眉根に皺を寄せ考えあぐねる。

その生物に感謝はしているが、どうにも納得いかない部分もあって、その両者が混ざり合いどうにも調子が出ないようだ。


「なんかいろいろごっちゃになった末で…………一応反対……うー……でも姫様そいつが来てくれるのずっと待ってるみたいだし、本当に連れてきたら一気に成人しなさるかもしれないから、そうしたら会社的にも万々歳だったりとか…………あーっっ! もうっ! 母さんが全部悪い! 変な案を出してくるから混乱するのよ!」


 散々悶々とした末に苛立ちが限界に達したのかシャモンが吠える。しかしそれは最初の質問からはずいぶんと見当違いの着地点だった。


「結論それかよ。っていうかどれだけお嬢好きなんだよお前」


 何ともらしくない悩みっぷりに質問したイコクもついあきれ顔を浮かべてしまう。
 

「うっさい。そういうあんたはどうなのよイコク。犯罪行為でも姫様が喜ぶからって、特に考えずに賛成したんじゃないの」


「んなわけねぇだろ。第一サラスさんだぞ。何かしらの脱法手段考えてるだろあの人場合」


 明らかな犯罪によるリスクをサラスが放置するとは思えない。それを軽減する秘策か、裏道的な手段を使うつもりだろうとイコクは予想していた。


「俺が賛成したのはなんつーかな……あれだ。お前もさっき言っただろ。お嬢は勘が鋭いって。お嬢に物資量を報告に行ったとき独り言でつぶやいてたんだよ『シンタなら何とかしてくれるかも』ってな」


 少なくなった物資リストを見て暗い顔をしていたアリシティアがその言葉を漏らした瞬間だけ少しだけ表情が緩んだのをイコクは思い返す。


「正直、未開星の奴に何ができるとは思う。ただお嬢がそこまで期待している奴なら、一度呼んでみるのも有りかって思ってな……っと、無事に許可が降りたな。悪い。今の話は忘れてくれ。まずは物資の確保だ。そこらはまた今度だな」


 上役三人の許可印が押されたリストが返ってきたので、イコクは話を打ち切ると残っていた茶を一気に流し込んで立ち上がる。


「了解。あたしも一応もう少し考えとく。クカイ。あんたしっかり休憩取りなさいよ。休みすぎでだらけてたら引きちぎるからね」


「へいへい。しっかり休ませて貰うっての。んじゃイサナ先輩たのみます」


「はい。では準備に取りかかります」


 そちらの話も重要といえば重要だが優先度が違う。また機会を設けてからという先延ばしの結論で現場組の意見はとりあえず固まった。

 しかし彼らは知らない。この時点ですでにその原生生物、地球人三崎伸太が動き出していたことに。  



[31751] ゲームを作ろう
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/06/15 03:40
「アリス。この資料を見せてくれ。物資の在庫状況って奴」


「ん……ロック解除と。シンタいいよ」


 ライブラリを漁って俺が頼んだ類いの資料を発掘していたアリスがウィンドウに向けていた目を上げると、俺が投げ渡したウィンドウに軽く指を当ててロックを解除してから投げ返してきた

 社の財務状況やら所有物資量などが一目瞭然となるデータは言うまでも無いが、ディケライア社でも関係者以外閲覧禁止データになっており、社内でも一部幹部を除いて秘匿されているらしい。

 ディケライアの社員ではないどころか、法的におそらく微妙な立場の俺が気軽に見られる類いの物ではないが、最高経営責任者こと金の鍵……もといアリスの手でそのロックを解除して貰って目を通していた。

 どれだけ厳重なセキュリティーも、鍵を持っている人間次第という良い例だろうか。


「あり。ふむ……」


 これをアリスの信頼の証と思うべきか、それともアリスが基本無頓着なのかちょっと悩みつつ礼を返して、適当にスクロールさせつつそこに記録された機材や物資を流し読む。

 二四式衛星破砕槌やら空間爆縮型恒星点火装置など何ともアレな名前が多い。直接翻訳されている所為なのか、それとも翻訳者であるリルさんの趣味だろうか。    

 いろいろ気になるが、名前で何となく想像が付くからありがたいと思っておこう。  

 機材のページを適当にスクロールさせて、本命の物資へと目を向ける。

 この資料を見る限り、創天においては資源は基本的には安定しやすい形状や構造で保有し、必要になったら分解や合成でその用途に合った形や資材へと変質させているようだ。

 必要量が多い資源は空間湾曲倉庫で大量保持。合成が難しい自己崩壊物質等は時間流凍結倉庫で保管とさらっと書かれている辺り、どこまで無茶苦茶だこいつら。 

 技術格差が酷すぎて頭がくらくらしてくるが、それ以上に問題が一つ。

 書かれている数値がでかすぎて、これが多いのか少ないのかよく判らない事だ。 

立方メガメートル単位で書かれた在庫表なんぞ初めて見た。さすが惑星改造会社と感心するべきなんだろうか。


「物資無くてピンチなのかこれで? ものすごい余ってねぇか」

 
 確か地球上に存在する水が約14億Km3。現在創天に積まれている水素と酸素から水を合成した場合、制作可能量が200億Km3……25メートルプール何杯分とかで考えたら0がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。

 
「うん。シンタにはぴんと来ないかもしれないけど、この量じゃ恒星作成なんてとっても無理だから。元からある星を改造する仕事なら十分なんだけど、今回みたいな大規模開発で一から星系を作っていくならこの百倍は最低でも欲しい。本当ならこの星域にあった恒星と惑星群で十二分にその量は満たせてたし、簡単な改造で済んだんだけどね」


「そうですか……」


 あまりにあっさり答えやがったアリスについ敬語で返してしまう。

 うん、一回常識を全部捨てて、こちら側に合わせた尺度に慣れないと早々に精神的に病みそうだ。


「こういう資源って、どこかから仕入れって事か、それとも作っちまうのか」


「基本は仕入れかな。資源衛星を抱えてれば抽出するけど量に限りあるから……でも今はお金が無くて無理。一応見る? リル。最新の相場表とあと運搬費も出して」


 情けない顔を浮かべ乾いた笑いを漏らすアリスの背後に貧乏神の姿が見えたのは俺の気のせいだろうか。

 何とも重苦しくなった空気に掛ける言葉が見つからず無言で頷き返すと、俺の目の前に複数のチャート表が表示される。


『了解いたしました。資源取引恒星市場最新チャートの中から、現在地より最も近い辺境星域ラプトン跳躍門市場を表示いたします。稀少物資を除けば基本的には一立方キロメートル単位で取引をされております。一番取引量が多いのは、恒星製造や海や河川の形成に用いられたり、融合炉搭載型内宇宙船など大量に利用される水素原子となっております』


 確かこの宇宙で一番多い原子が水素って話だったか? 採取量も多いが使用量も多いって事だろうか。

 ずらりと並んだ表は細かな変動を繰り返し、活発な取引が行われている事をうかがわせる。

 鉄や銅といったありふれた物から、白金、クロム等のレアメタル。聞いたことも名の鉱石や原子はおそらく地球人類にはまた未知の物質だろうか。


『こちらの市場でのここ数ヶ月の取引データからの予測となりますが、底値で最低限の必要物資を調達したとしても、我が社の全資産を金銭換算した総量の10倍は必要となります。さらに運搬だけでみても特殊事例となりまして我が社の資産2つ分と同等の見積もりが出ておりますでしょうか』 


「運搬費ですら足りなくて吹っ飛びか」


 足代すら払えないってのが悲しすぎる。アリスのウサミミもしゅんとしぼんでいるから、大げさな表現とか抜きのマジ話のようだ。
 

「トップクラスの光年規模能力持ちのディメジョンベルクラドが乗船した大型貨客船が各地の集積宇宙港に運んで、光年規模まではいかないけどそこそこの能力持ちの人が小分けして近隣星系共有の外宇宙港に。最後に見習いとか衰えた人が各星系や人工工場惑星とか開発現場に運ぶのが一般的」


 アリスの説明に合わせて巨大な銀河系3D略図が頭上に表示され、仮想の銀河を大中小の太さに別れた光の線が無数にはしる。

 まるで血管のように張り巡らされたその交易網が、アリス達の勢力の大きさを物語る。


「それで創天がいる場所が今ここ」


 銀河の一点をアリスが指さす。

 主要の太い線からは大きく外れ、中型もそこそこ遠い。一番細いのが何とか近くを掠めているくらいだ。しかし近いと言っても宇宙尺度。おそらく馬鹿げたくらいの距離があるだろう。

 なんというか離島と表現するべきな位の僻地だ。


「ディケライアの物資運搬は創業以来、あたしと同じ帝国系ディメジョンベルクラドで運送を専門にしている運送会社に一任しているんだけど、辺境よりさらに外側だから荷物の相乗りが出来ないから専用船契約で、時間がないから最高料金の最速プラン。それで量も多いから複数の中型艦か、創天クラスの巨大艦でさらに高くなって、しかも帰りは空荷になるからその分の保証金も払えって、あとその他諸々重なって…………あのぼったくり羊。こっちの足下みて……絶対許さないんだから」
   

 付加オプションを指折り数えていくうちにアリスの目はうつろになり、頭の上でもウサミミがみるみる間に生気がなくなって倒れ込み、なにやら特定人物に対して恨み言まで漏らし始めやがった。

 夢枕にたちそうな怨念めいた雰囲気は詳細を聞くのを躊躇するレベル。相当吹っ掛けられたんだろうと予測は付くがこれ以上踏み込むのは止めておこう。


「判った。もう良い。お前目が怖い、資金難で買えないのは判った……んで依頼主に事情を話したら暗黒星雲内の物資利用を認可してもらえたと」
 

「うん……星系連合とから交易路建設計画に影響を与えない程度ならって、暗黒星雲内物質の利用許可をローバーがもぎ取ってくれたの。しかも使用した分は成功報酬からの天引きって形でいいって」


 外部交渉やら法務関連はローバーさんの担当らしく、今回の一大事業の音頭を取っている星系連合のお偉方と折衝を繰り返して、『使った分だけしかも料金後払い』とかなりの破格条件を引き出してきたそうだ。
 

「だけどこっちも上手くいかないと」


 しかし世の中そう甘くない。暗黒星雲の中でも比較的に利用しやすい場所にある原始星はすでに利用用途が決まっているので手が出せない。

 かといって計画外の領域はほとんど調査されていないので、そこから調べなきゃならないと。


「体よく未探査地域の精密調査を押しつけられただけのような気もするけど、ローバーもそんな事は百も承知だと思う。今のうちの状況だと実行能力が無いって見なされて、違約金支払わされた上で切られててもおかしくないから、首を繋げてくれただけでも感謝してるんだ」


 相場表を難しい顔で見ながらつぶやくアリスを横目で見つつ、俺は一晩でまとめ上げた仮組の案をもう一度、頭の中で考察する。

 昨日帰ってから適当にダラダラ晩酌しながら状況整理していみたが、ディケライア社の問題は、多岐にわたるようだが大本の部分で大きな3つの問題がある。

 資金不足、そして資源不足、さらに人不足。

 会社として致命的な弱点を抱えていることだ。

 そのうち前二つ、資金と物資については俺にはどうすることも出来ないと、今見た資料で改めて確認できた。

 宇宙の金なんぞ持ってる訳も無く、さらに地球に存在するよりも大量な物資を用意しろなんて、給料手取りで23万の貧乏サラリーマンにどうこうできる話じゃない。

 精々近所の業務スーパーで格安の水を箱買いしてくるくらいってか……自分で思って悲しくなってくる。


「でもシンタ。在庫なんて調べてローバーの課題をどうするの?」


「一応課題をクリアするだけなら、ベタな手は思いついてんだよ」


「昨日の今日でホントよく思いつくね。どういう手?」 


「まぁアレだな。会議内容見た感じじゃ、意見が対立しているのは財布握っているサラスさんとシャモンさんら現場の人達だろ。特にあの親子。あの二人を和解させるような慰安会にしろってなら、簡単、簡単。俺が悪逆非道な魔王ポジでアリスが姫ポジ。これで解決」


「…………シンタ。ベタすぎだよ。っていうかそれ慰安会じゃなくて討伐になるよ」


 さすが相棒、最低限の言葉でちゃんと俺の計画を読み取って、あきれ顔を浮かべてくれやがった。 

 俺の見たところ、あの二人のアリスに対する忠誠心(というか愛情か?)はどっこいどっこい。

 考え方や方針が違う所為で対立しているが、その根本にはアリスの為っていう基本思考がある。

 さてそんな大切な姫君を、実は卑劣で最悪なヒモ野郎(俺)が手込めにしているとしたらどうだろう。

 俺を抹殺しただけでは飽き足らず、害獣駆除よろしく地球人もついでに消去。かくして地球は高値で売られ、姫様の会社は救われましためでたしめでたしと。 

 実際やろうとしたらいろいろ小細工を弄して、アリスにロープレモード発動させて完全服従状態な演技を演じて貰ってと準備が掛かるが、やってやれないことは無いだろう。だがこれじゃ意味は無い。


「判ってるって、社内関係が丸く収まって円滑に進んで方針が決まったのはいいが、それが地球売却やら俺が記憶消去で追放な路線ってのは避けたいからな。手段はその方針で行くとしても、会社を再建する路線で俺もその手助けが出来るって形に持っていかなきゃだろ。それが狙いで俺が攻略しかけるなら、社内に味方を作っていくのがベターな選択だろ。んで俺だったらまず誰を狙うなんかアリスならすぐ判るだろ」


「……あ、イコクか。攻略ラインってそこなんだ。それでさっきから資材関係の書類を確認してたんだ」


 ライブラリから抜き出していた資料の偏りに合点がいったとポンと手を打って、アリスはウサミミを揺らす。

ただ慰労会をやるのでは無く、社内の意思を意識的にも無意識的だろうが、俺が望む形へと誘導する仕掛けを施していくのがベストというのが今回の基本攻略ラインだ。

 そしてその最優先攻略対象がディケライア社資材管理部部長イコク・リローア。

 地球売却反対。俺がこちらに来るのは賛成。俺が望んでいる形を選択したただ一人の重役がイコクさんだからだ。


「一応な。だからまずイコクさんを落とさなきゃ話にならねぇからな、何とかこっちに引き込めるだけの材料をそろえねぇと。だからイコクさんの出した計画書なんかを確認してる所。そういやさっきなんか新しいの来たって言ってたよな。アレなんだったんだ?」


「んと。創天ってデッドスペースが結構あるからそこの調査発掘してなんか使える物が無いか探すって、イコク主導で現場組が動いたみたい。創天内部だから人手は問題無いし、あんまりお金も掛かりそうに無いからローバーとかおばさんも特に問題なしで認可したみたい」


「やっぱそれも物資不足解消のためか……ふむ」


 会議の時にイコクさんは不足しそうな反物質精製用に恒星作成を提案していたが、あえなく反対されて没になっていた。こちらは時間と人手が足りないというのが反対理由の一つだ。 
 

「なぁアリス。人手不足っていうけどさ、それこそリルさんみたいなAI使った無人機で一気に調査とか出来るんじゃねぇの? 創天から飛ばしてデータだけ持って帰ってこいって形で」


「あー……創天から暗黒星雲内の探査機への遠隔操作とかは出来るんだけど、AI単独って無理なんだ。基本的にAIには決定権が無くてサポートとアシスタント専門って決まってるから。反乱やら衰退原因の一因になるからって結構昔に禁止されたの……」
   

 アリス曰く過去に無人AI艦隊同士の戦争が制御不能になって洒落にならない広範囲の星系が焦土化した事や、AIが生命体への反乱を起こしたりっていうSF映画のようなことが実際にあったらしい。

 他にも過去のデータから予測した最良の選択が出来るというAIに頼りすぎて自分で動くことも考える事も無くなり、生物として緩やかに衰退して滅んだ種族というのもそこそこいるらしい。

 そんなこんながあって今は、知性生命体の平和的発展の為という名目で、全ての決定権と責任はマスターである生命体が持ち、AIはマスターに対するアドバイスとサポートのみでの運用が義務づけられているそうだ。

 だから昨日のアリスがやってくれたデモのように一つの目的のために大量のナノセルを一挙に動かすような事は決定確認が少なくて出来ても、暗黒星雲のような難所でそれぞれ個別AIのサポートで探査機を飛ばすような操作は、細かな進路変更や探査方向指示等、AIからの決定確認が多すぎて一人では対応できず、精々やれて一人で5機対応くらいだそうだ。

 現在ディケライア社の社員は500人にも満たず、そのうち調査機への適正指示を出来る訓練をしているのは30人前後。

 最大で150機じゃ、対象範囲はその一部といっても何百光年に渡り広がる暗黒星雲内の探査が終了するまでは途方な時間が掛かりタイムリミットを迎えることになる。

反則気味に発展している宇宙のこと、人手なんて足りなくても、リルさんのように高性能AIが無人機を無数に飛ばしてどうにかすれば良いんじゃないかと思っていたのだが、これもそう簡単では無いようだ。

 どうしても決定者としての生命体が必要と。

 資金、資源、人材。創天に足りないこの三つのうち俺がどうにか出来そうな物は……

 
「アリス。年代は問わないから宇宙船の3D画像とかのデータって大量にあるか? 人手不足解消にちょっと思いついたことあるんだけど」


 ふと思いついたもやっとした閃きを形作るために俺は新たな資料を求める。


「景気の良かったときにメーカーさんが持ってきたカタログデータならたぶん数千年分単位で残ってると思うけど」


 艦数で数百艦分くらいあれば御の字と思っていたのだがさすがは元大企業。桁が違いやがった。


「それ出してくれ。とりあえず細かなデータはいいから種類をみたい」


「じゃああんまり細かくないやつでたくさん載ってるのが良いよね。ちょっと待ってて……リル。キグナスのベストセラーカタログってうちにある?」


 少し考えてから、アリスはリルさんに一つの指示を出した。


『ございます。キグナス社1000期記念カタログは登場機種は専用改造艦も含めて10万隻以上。星間戦闘用から幼児向けの近距離遊覧船まで多種多様な船を建造している総合メーカーキグナスがその集大成として発行した記念冊子になります』


「シンタ。キグナスって最大手メーカーのだけどそれで良い? だいぶ多いけど」


「多い分にはかまわねぇって、ちょっと見せてくれ」


「うん。リル。日本語翻訳してシンタに渡してあげて」


『了解いたしました…………翻訳完了。表示いたします』


 ほんの数秒で翻訳を終えたリルさんが俺の目の前に一つのウィンドウを開く。

 そこに表示されたのは黒表紙に金字で描かれた『キグナス総合艦船カタログ』の文字。少しスクロールさせて目次を見ると年代別、用途別、値段別など索引機能が充実しているようだ。

 適当にそれを押して次々に映し出される宇宙艦をぱらぱらと見ていく。

 ベタなイメージの円盤状の探査船。円柱コロニー農業艦。シャープな鋭角状の高速戦闘艇。衛星クラスの大きさを持つ球状要塞艦等々。

 その表紙に嘘偽り無しの実に数多くの船がページを捲る毎に映し出され、正直心躍って面白い。なんというか未だ持ち合わせる子供心が刺激される。

 ついつい熱中して読みふけりそうになっていると、俺の肩をアリスが叩いた。


「シンタ見るの良いけど説明も続けてよ。その宇宙船カタログがどう関係あるの? 新造艦は買うのは無理だけど、古すぎてライセンスフリーになっているのなら、材料さえあればイコクに頼んで創天の工場で再生産は出来ると思うんだけど。だけど機体を揃えてもAIはサポーターだからは無人機って無理っていったでしょ。無人AI機の大量生産をやっちゃうと最悪で連合反逆罪扱いで懲罰艦隊が来るんだけど」


 数百にも及ぶ内外、大小様々な宇宙船が載ったカタログを指さしてアリスが怪訝な顔をする。

 ここまで来ても察しないとは鋭いアリスにしては珍しい。それとも俺の考えた案がよほど無茶なのか。

 
「決定は出来ないって言ってもこっちのAIは至極優秀なんだろ。カタログ通りなら指示さえ出来りゃ子供でも飛ばせる宇宙船があるくらいだもんな……それは極論を言っちゃえば俺にも飛ばせるって事だろ」


 お子様でも安心。初めての宇宙船操縦ならこの船をと謳っている辺り、三輪車感覚なんだろうか。

 まぁ、ガイドビーコンや各種航法装置が付いた安全な航路じゃ無く、飛ぶのは荒れ狂う暗黒星雲だからそんな簡単な話じゃ済まないだろうが、地球の一部プレイヤーの無茶さはGMの俺だからこそ肌で感じている。

 発生動作を見てから防御魔法余裕でしたって、猛者がごろごろいた魔窟だ。

 地球人向けに特化した操縦インタフェースを作成する必要はあるだろうが、そこらは何とかなるだろ。フライトシミュレーション系は昔から根強い人気があるジャンルだし、愛好家も多い。習うより慣れろでいけるはずだ。


「あっ…………シンタ。あのまさかと思うけどそういうこと?」


 俺の考えている計画の大まかな形に気づいたのだろうアリスが目を丸くして、ウサミミを大きく振った。その表情を見る限り驚いているのか呆れているのかちょっと微妙だ。 


「レアアイテムの確率なんぞ、出るまでやるから関係ないって言い切る不屈の根性。レベルを一つあげるため数週間、下手すりゃ数ヶ月も延々と同じ敵を刈り続ける事が出来る絶えない情熱。情報収集と効率的な立ち回りとフレーム単位で反応するプレイヤースキルで1日24時間で27時間分の効率をたたき出すっていう時間法則までねじ曲げる。そんな廃人様が今の日本には暇して溢れてるからな」


「あ、あの、シンタ!? た、確かに地球の高レベルプレイヤーってあんな原始的な脳内装置で異常なほどの反応速度を示すからすごいとは思ってたけどそれ無茶すぎない!? それに原生生物への過剰干渉で違反になると思うんだけど!?」


「リルさんに昨日聞いたんだけど、ちゃんと資料を揃えて許可申請した上で、地球側にばれなきゃある程度、研究目的な干渉はオッケーらしいな。っていうかお前もその手でリーディアンに繋いでたんだろ? 地球人の文明レベルの進捗具合を確認し、その原始的感性を事業の参考にするだ云々って。地球産菓子は確かに文明レベルを計るにゃ良いかもしれんな、夢があるもんな。さすが社長。前例作ってくれたおかげで助かった」


 何ともご立派なお題目をあげてた割には、ゲームを心底楽しんで菓子を食っては満足そうにしていたアリスの姿しか俺の記憶には無い。

 アレでもオッケーならこっちも何とかなるだろうと俺はあえて楽観的に考える。

 最初から制約をいれて考えていたら発想が狭くなる。とにかく考えまくってあとから型にはまるように合わせる。


「あぅ……リ、リル! 建前のは言っちゃダメっだってば!」


 恥ずかしげに頬を染めたアリスが天井を向いてリルさんに文句を言うが、しかしそのリルさんは落ち着いた物だ。


『申し訳ございません。三崎様には全てお答えせよという事でしたので、こういう手もございますとお伝えしたまでです』


「そ、そうだけど、うぅ……あたしの尊厳に関わる部分はシンタに答える前にあたしに確認して。絶対命令だから」


『了解いたしました。最優先命令として記録いたします』


 なるほどこれがAIには決定権が無いということか。命令通りに動くが命令以外は気を利かせないと…………でも絶対アリスの反応見てて楽しんでるだろ。この人。どうにもリルさんは通常のAIに当てはまらない規格外の予感がするんだが。


「とりあえずお題目は地球人の能力調査って所で上手く通るようにアリスの方で動いてくれ。ゲーム本体は俺らの仕事だ。さすがにゲーム内状況がリアルとダイレクトリンクじゃバランスも糞も無いから、独立クエストに暗黒星雲探査ミッションって種別を作って、その最上位にお客様には内緒でリアル宇宙での探査って形で織り込んでみる」


 ここ数ヶ月ずっと考えていた新たなVRMMOの形が俺の頭の中で一気に組み上がっていく。

 広大な宇宙で資源を求めて激しい争いを繰り広げる惑星改造会社同士の抗争をテーマに多数の宇宙船が飛び交い、敵艦に乗り込んでの直接戦闘や、成層圏降下戦闘や惑星内戦争などいくつもの戦場を作り上げ、同時に資源開発系の内政も盛り込んで、あと交易系もいれる。

 複数のジャンルを網羅してVRMMOゲームに飢え溢れているお客様を一挙にゲット。

 高レベル廃人プレイヤー様にはゲームを楽しんで貰うついでに地球も救って貰いましょうか。


「でもシンタ!? 今の新しいゲームを制作して発表するだけの体力ってあるの!? ホワイトソフトウェアって新規事業を始めたばかりでしょ。それにVR規制法だってあるのに!?」


 恥ずかしさに悶絶していたアリスが我に返って声を上げる。

 アリスのあげた問題点はもっともだ。

 うちは今VR同窓会を軌道に乗せるために力を使っている。とても新作ゲームを開発する余裕はない。

 ゲームは二時間までの規制法だって、完全にすり抜けるデザインはまだ出来ていない。


「まーな。いくら先輩方と言えどうちの開発陣もカツカツだ。だから外部の会社と共同開発って方針で動いたんだよ。つまりうちの会社は協力者を絶賛募集中。それこそ猫の手でも借りたいくらいにな……ちなみにウサギの手でもかまわねぇぞ。余力が生まれればそのメーカが持ち込んできたゲーム企画の開発ってのも有りだな。うちの会社ならそれくらい出来るさ」


 だがそこにこれだけの大資料を一瞬で翻訳してのけるリルさんの力が加わればどうだろう。さらにアリスはセンス溢れるMOD開発でうちの佐伯さんからも一目置かれていたプレイヤーだ。

 しかも宇宙船の外観データやら動作データなど開発素材を大量保有している協力会社。そういう目で見ればディケライアは実に魅力的な企業だな。うん。


「……シンタってホント、普段は常識的なくせに、なんで追い込まれるとこんな無茶苦茶な事を考えつくかな」

 
「ホワイトソフトウェアが打ち出す次世代型VRMMOゲームは、ディケライア社原案協力惑星改造会社抗争ゲーム……直訳して『Planetreconstruction Company Online』って所か」


 驚きを通り越したのか呆れかえったアリスに俺はにやりと笑ってやった。 



[31751] 救世主のシカク
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/08/23 23:19
 分厚いカーテンで締め切った薄暗い部屋の中で濁った目をモニターに向け男は一心に仮想コンソールを叩く。

 部屋の中にはVR用補助機器である大型管理槽が一つだけ置かれている。専門業者に維持管理を任せれば数ヶ月から年単位でのフルダイブを行える発売当初から、業界最高峰のスペックを誇った最高級品だ。

 しかしそのような高級機具以外には、そこらに脱ぎ散らかされた衣服やら完全栄養点滴の空になったアンプルが散乱しているだけで、室内には家具らしい物は何もない。

 生きる糧の食事も、出歩くための衣服も、彼にとっては最低限度しか必要ない。彼にとってここはリアルは、本当の世界ではない。仮の世界。

 本来ならばこのような唾棄するべき世界など離れていたい。しかし今はそれもままならない。

 彼が本来いるべき世界は奪われた。

 完璧な世界達への門は1日に二時間しか開かず、無数の世界の中でも彼が愛した世界はとうの昔に消滅した。



 
 誰のせいだ。誰のせいだ。誰のせいだ。誰のせいだ。

 ルールを無視する奴のせいだ。ルールを悪用する奴のせいだ。あの崇高で素晴らしい世界を欲望で汚した低俗な奴らのせいだ。

 あの素晴らしき世界でトップを取り続けるために俺が費やした月日と情熱を奪いやがった。

 不完全でどろどろした嫌な世界でしかないリアルにしがみつきRMT等という汚れた制度の犬である亡者が、天罰を受けたというのになぜ俺が世界を奪われなければならない。

 間違っている! 間違っている! この世界は! リアルはやはり間違っている!

 天すら間違っている!

 なら…………ならば俺が罰を下す。あの素晴らしきVR世界を汚そうとする低俗な奴らに罰を下してやる。




 世界を奪われた憎しみが彼の心に渦巻く。

 かつて彼は、とあるVRMMOゲームの一つにおいてトップランカーの一人、PKKクロガネとして君臨した正義感に溢れるプレイヤーだった。

 レアアイテムを持ったプレイヤーに集団で襲いかかるPKギルド。

 初心者や格下プレイヤーを悪戯に狙ってはすぐに姿を消すPK。

 そのような無法者を打ち倒し、ゲーム内の秩序を保つPKK専門ギルドの長として数多の同胞を率いて、PKプレイヤー達の情報を集め、対策を練って勇猛果敢に戦ってきた。

 そんな彼の本質はリアルであろうと変わらない。国内数百万のVRプレイヤーを殺した、不正者達を社会的に抹殺する。それが彼がリアルで見いだした新たなPKKの形だ。

 しかしリアルの束縛が彼の身体を拘束する。それは睡眠欲や食欲と呼ばれる生物として本来有るべき欲求。

 だが不正を憎む彼の執念はこんなリアルのルールでは止まらない。

 脳内ナノシステムにより肉体と精神を強制的に覚醒させ、栄養補給は点滴で済ませれば問題無い。偽物のリアルの肉体なぞ所詮機械と同じ。いたわる必要など無い。

 むしろこの骨と皮ばかりのくせに、泥のように重いポンコツのような肉体は彼にとって邪魔でしかなかった。

 リアルに対する苛立ちと、自らがあるべき姿を奪われた憎しみが、さらに彼の精神を鋭く、そして歪めていく。

 自分が本来生きるべき世界。仮想世界であれば思うままに複数のコンソールを操る風のような俊敏性があった

 懲罰を与える為に鍛え上げた剣や魔術のスキルがあった。

 志を同じくし、あの世界で生きる仲間達がいた。

 だがその全ては奪われた。奴らだ。不正者だ。奴らが正義の裁きを恐れ奪い去ったのだ。

 奪われた者の憎しみが彼を前に進ませる。

 数日、場合によっては数週間を掛けて獲物を追い続け、プライベートをさらし、破滅させる。

 VRという理想世界を欲望と金で汚し、規制された今でも不正を平然と行う汚れた者達の情報をさらしあげる。

 それだけがここ半年の彼の生き甲斐”だった”。

 彼は不正者を心底より憎むが、一度くらいの過ちならば許してきた。違法VR店を利用したとしても、彼の警告に従い過ちを恥じれば許すという形で。その程度の度量が無くては、再びギルドを率いることは出来ないからと自らの行動を戒めていたのだ。

 いつの日か彼の行動に感化された同胞達がまた集まり、やがては大きな動きとなり不正者達を根絶できれば再び世界の門は完全に開かれるだろう。

 自分はこの世界の危機を救う救世主となる。閉鎖された世界の門を再び開いた救世主へとなるのだ。

 約束された近い未来を思えば、一度限りの過ちを犯した不正者を見逃すことを我慢するのはそう難しくないと思い込んでいた。

 だがそれは過ちだった。間違いだった。見逃した不正者の中に大罪人がいた。

 定期購読している業界誌の中で見つけた、規制され閉ざさされた中でも新たなVR世界を切り開いていく勇者達の中に、数ヶ月前に寛大な心で見逃してやった男がいた。

 その来歴を調べた彼は憤慨した。

 理想の世界を作り管理していく立場に有りながら不正な店を利用し、あまつさえ今になって救世主顔で彼の前に現れたのだと。

 許せない。許せない。この男だけは許せない。

 かつて自らと同じ住民という立場にありながら、理想世界の神となった男だけは。

 彼が心より渇望した立場を得ながら、裏切った男だけは。

 憎悪と憎しみと嫉妬が、彼の心を変える。

 無差別対象に対して突き出ていた棘のような悪意が一つに収縮精錬し、明確なる一本の剣へと変貌を遂げていく。

 その剣の名は殺意。

 彼が突き刺すべきそのターゲットはVR業界誌の中で憎たらしい笑みを浮かべていた。





















 右のウィンドウには来週に迫ったVR同窓会事業企業向け説明会の参加企業の情報。

 左のウィンドウに映るのは先ほどアリスから送られてきた偽造プロフィールと、ディケライア社の地球におけるダミー会社の社歴にネットバンクの口座状況。

 暖房の効いた自室で炬燵に収まり左手に持った発泡酒をちびちびと飲みながら、『仮想コンソール挟み打ち』で、目の前に展開した二つの網膜ディスプレイを読みつつ修正やチェックを入れていく。

 右手の五指をフル稼働させた須藤の親父さん直伝のこの技は、上下に展開した仮想コンソールをほぼ同位置で使い分ける事で、腕の移動を極力無くして時間を節約する荒技だ。

 半人前と言われる俺はまだ片腕の挟み打ちすら苦労するが、先輩方では右手で挟み打ちしつつ左手を通常の三枚操作がデフォ。肉体制限の離れたVRでは『両手挟み打ち』で4つのコンソールを操る人もいる。

 ちなみにこの変態技術の創始者である須藤の親父さんは昨年末の修羅場において、”リアル”で『両手挟み打ち1枚すかし』で計8つのコンソールを操りやがった。透かしって……どこまで化け物だあのはげ親父は。

 兎にも角にも使えりゃ便利なのは確かなので暇を見ては練習しているんだが、ゲームのように訓練した分だけ確実に経験値が着実に積まれていく仕様じゃないリアルじゃモチベーションを保つのが難しいとか考えてしまう辺り、まだまだ先は長そうだ。

  
「アリス。口座資金はオッケーだよな? ある程度金無いと相手にされないぞ。っち、もう終わりか」。


『リルが先物取引での利益率を少しあげたから、口座資金が先週より5割増して、当面の運転資金は確保完了だよ。あ、それとうちの会社の方の幹部だけど、ノープスなら説得してこっちに引き込めるかも、まだ確定じゃないけどうまくいくと思うよ。あのお爺ちゃん面白いものが好きだから、シンタの計画をしったら協力させろって来るはずだよ』


 いつの間にやら空っぽになった空き缶を置いた脳裏に響くのは遙か彼方の銀河にいる我が相棒ことアリスの声。

 今現在アリスは本社でもある惑星改造艦創天でディケライア社の仕事やら裏工作をこなしつつ、来週に開催されるVR同窓会事業企業向け説明会への最終準備にいそしんでいる。


「お! まじか!? ノープスさんいりゃ戦場デザインとかも結構良い感じで行けるな」


 恒星系デザイナーというノープスさんなら、宇宙戦闘の舞台にふさわしくかつプレイヤー達が楽しめる戦場を考えてくれそうだ。

 こりゃ朗報だと俺は歓声を上げて新たな発泡酒へと手を伸ばしてあおる。

 炬燵で火照った身体にはそのキンキンに冷えたのどごしが気持ちいい。

 うん。労働後の晩酌に良い情報。これぞ至福だ。


『ダミー会社の社員もうちの社員の中で協力してくれそうな人に演じて貰うように頼んだから確保オッケー。もちろんローバーの課題の方もあるから、他の社員には秘密裏にだけどね』


 社長自ら裏バイトを斡旋する企業か。どんだけブラックだと思いつつ俺は発泡酒を喉に流し込んでいく。

 普段は安っぽい酒もこう順調だと実に美味く感じるんだから現金なもんだ。
 
 不自然で無いように資産を整え、地球におけるディケライア社を作っていく作業は、ネットが大きく発展した現代だから可能な偽装工作。

 リアルに本社を持たず全てがネット上に存在して、社員間のやり取りもそちらで済ませる企業は主流ではないが、それでもそこそこの数が世界中で存在しているので怪しまれることは無いだろう。

 しかしディケライア社が書類上だけで存在すれば良いわけではない。

 そこで働く社員も必要だがそれ以上に必要な物がある。

 今回のような複数の企業が絡む合同事業となると、リアルでの発表会会場のレンタル料やら機材の調達など、その他諸々で負担を求められることもあり、先立つもの、ぶっちゃけ金がいる。

 その為にアリスに一定の金を用意しておけと言ったのだが、そのアリスが選んだのは先物取引による資金調達だった。

 何ともリスキーな選択だが、そこは宇宙でも有数の稼働年数と惑星改造艦のメインAIとして数多の星の気象変動データを持つリルさんがいる。

 その気になればこれから先の予想どころか、地球にばらまいたナノセルを使って気象に干渉していくらでも利益が生み出せるそうだ。

 元々はそのナノセルを維持するために必要な各資源を地球上で買い求める為の購入資金を稼ぐために使っていた手だそうで、通販で買った物資を指定の倉庫へと搬入させ、それを分解、吸収してナノセルを作りだして使っていたらしい。

 ただ派手にやって怪しまれると元も子もないので、儲けも必要最低限に抑えていたそうだ。ちなみにアリスのリーディアンオンラインの料金も細々と稼いでいたそのネット口座からの引き落としらしい。


「利益率を上げるって……そんな簡単なもんなのか。まさか言ってた気象いじくった不正操作とかしてないだろうな。勘弁だぞ。黒スーツとサングラスな連中にストーカーされるのは」


 気象状態いじくって豊作も不作も自由自在に出来そうな連中相手じゃ、百戦錬磨の相場師も相手にならないだろう。


『大丈夫だって。リルが過去のデータとか流れから予測を出してるだけだし。利益率を上げたって勝ちすぎない程度に抑えてるから、あの人達も気づかないと思うよ。あそこの国の人達は昔からしつこいけど、シンタとの回線は完全防諜仕様にしたっていうから、シンタの存在には気づきようも無いってば』


 冗談半分の俺の軽口に、アリスは心配しすぎだと笑い返しやがった…………おい、実在するのかあの組織?

 俺は炬燵の上のつまみをいれたコンビニの袋の横に置いた牙手のひら大のガラス玉のような光沢を持つ透明な玉へと目を向ける。

水晶玉のようにも見えるこれこそが、リアルタイムでのやり取りを可能とする超次元通信という胡散臭い技術の端末。

 水晶から伸びたケーブルが俺の首のコネクトへと直結され、創天へと送られる観測情報に紛れ込んでの秘匿接続を可能としていた。

 アリス達が観測用にばらまいているという分子機械であるナノセルが結合して発生した水晶玉を初めとして、実は異星人であったアリスとのやり取りにもすっかり慣れてしまったが、他人に聞かれたら即入院を勧める電波な状況、会話だとふと思う。

 この水晶玉こそ宇宙へと繋がる機械だったんだよ! 

 ……うむ。電波電波。まるでVR中毒患者のような妄言だ。


「あー……プロフィールは少し変更をいれたから後でチェックしとけよ」


 黒服サングラスという恰好で世界的に有名な秘密組織に好奇心は惹かれるが、細かく聞くのも怖いので、今の話は忘れようと極力思いつつ、手直したプロフィールを見つつアリスへと確認を続ける。
 

 アリシティア・ディケライア(24) ドイツ系アメリカ人。サンフランシスコ在住。

 あちらでは数多ある少人数独立系VR系企業の一つであるディケライア社の元社長令嬢であり現社長。
 
 つい半年前までは日本の大学へと留学しており、日本におけるVR文化の発展性やその独創性を学んでいたが、俺と最後にあった日に先代社長でもある父親が突然の病気で無くなり緊急帰国。

 精神的動揺に加えて葬儀や会社関係の整理のために多忙を極め、日本在住中に入り浸っていたリーディアンのラスフェスにも参加できず、交友関係があった俺を初めとした連中とも連絡がとれない状況になっていた。

 その後、遺産整理も終わり精神的にも落ち着いたので俺に連絡と取ると同時に、志半ばで倒れた父親の後を引き継いで社長に就任した新米社長という筋書きだ。

 在籍証明書偽造や出入国記録の改竄などを初めとして、アリスが地球人で日本へと留学していた物証を作成するために犯した犯罪行為のオンパレードはリルさんの手による物。

 曰く、地球売却、地球人総ジェノサイドという大事の前には、この程度の犯罪行為など少時。地球技術相手に時効までごまかしきるなど造作も無いので問題無いということだ。

 最悪偽造がばれそうになったら、関係各者の脳内情報を書き換えて”本当”のことにするそうだ。

 具体的にはナノセルで作ったアンドロイド体を用意したうえに、証言が出来る大学時代の友人やら下宿のおばちゃんを後付けで制作とからしいが……ここまで反則技術を繰り出されると細かい事を気にしたら負けだろうな。


『シンタの言っている変更点ってどこ? あんまり変わってないと思うんだけど』


「ん? あ。わりぃ。アリスのプロじゃなくて会社の方に書いてた。っち、まだまだミスが多いか挟み打ちだと」


 こんなんだから、まだまだ半人前だと親父さんやら佐伯主任に言われるんだろうな。なんつー基本的なミスをと反省しか無い。っていうか飲みながらやってたのが失敗か。


「……ほれゲームの企画を持ってくるなら、なんで絶賛VR規制中の日本なんだって突っ込まれそうだろ。いくら俺の知り合いだからって、理由付けとしちゃ弱いだろ」


『えと、これか……でもシンタこれも理由には少し弱くない? 打倒HFGOって、確かにちょっとは恨んでるけど、あたしアメリカ人って設定でしょ』


 手元の資料を確認しただろうアリスが疑問の声を上げる。

 俺が用意したバックストーリーは打倒『『Highspeed Flight Gladiator Online』

 HFGOは世界展開していた大規模ゲーム。本国であるアメリカに次いでプレイヤーの多かった日本を撤退したのはあちらにも痛いだろうが、それでも今日も世界中でプレイヤー達が鎬を削っている。

 VR規制の発端ともなった死亡事故が起きたHFGOが、今も絶賛稼働中なのを見て、恨み言の一つも言いたいのは俺を初めとした国内のVR関係者やプレイヤーの本音だろう。


「そっちはおまけ程度の要素だ。アメリカ発の名実共に世界最高のVRMMOを越えるゲームを制作するっての親父さんの夢であり、今は遺志となったって筋書きだ。親の意思を継ぐってのは、恨み言より受けが良いからな。しかもその相手が自分の娘くらいの美人とくりゃ、うちの社長を初めとした他の会社の幹部連中にも相当可愛がられるぞ。成人バージョンの仮想体は親父受けを狙えっていった理由の一つだ」 


 父親の遺志を叶える為に頑張る子供っていう浪花節は、人生もそろそろ晩年を迎え始めた社長らの年代にはたまらないだろ。

 VR利用者が多い国の中で唯一HFGOが撤退したのみならず、VR系ゲームが軒並み壊滅して後発組という不安を解消するチャンスが出来た事もあり、自分も愛着があるリーディアンオンラインを開発運営していた日本のホワイトソフトウェアへとアリスは企画を持ち込んできた。

 日本国内でゲームとして成熟させて、やがては母国へと逆輸入を初めとして世界に打って出るというストーリーは、心情的にも実利的にもそう無理は無く、何より夢があるはずだ。
 
 
『そういうことか、シンタってホント手段を選ばないっていうか、人の感情とか思考を利用するの好きだよね。前からそうだったけど、就職してからさらに強くなってない?』


「これでもゲームマスター、GMだからな。いくら技術が発展しようとも相手は人間、お客様だって仕込まれてるんだよ。他人様の気持ち判らないとゲームを楽しんでもらえないだろ」


『判るのと利用するのは対極だと思うんだけど……あ、そうだシンタ。仮想体のことでちょっと相談が有ったんだけど。外見で問題があって』


 アリスが少し困ったような声で話題を変える。アレか。親父受けするポイントが判らないって所か?


「資料としてVRグラビアソフトの売れ筋ランキングサイトのアドレスを送っただろ。あそこを見とけば最近の傾向って判るから出演者の特徴を掴んで纏めれば良いだろ」


『シンタ。一応突っ込んでおくけど、あの手のサイトのアドレス送ってくるのって他の人にやったらセクハラだからね。なんであんなに成人指定が多いのよ……うちの男性社員もそうだけど、どこの星でもなんで男の人ってエッチなんだろ。違法系ソフトでいつの間にかライブラリの一角埋まってたし』 

 
 相棒かつ宇宙人とはいえさすがに女であるアリスに理想の美女像を語って(胸は美乳。髪はロング)いくのは気が引けるし、俺の好みはおそらく50代とは微妙にずれる。だから参考になりそうなサイトをいくつか送ったんだが、アリスは少し不機嫌そうにぼやいていた。

 膨大な記憶量を誇るであろう創天のライブラリをアリスがぼやくほどに埋める違法系ソフトか……宇宙でもエロは偉大なようだ。

 未だ未知の世界が広がるであろう宝の山に思わずゴクリと生唾を飲み込む。ディケライア社と関わる理由がまた一つ増えたな。


『シンタ変なこと考えてないよね……真面目に聞いてよね。一応成人バージョンは出来てるの。ただ問題は肉体の造形とかそうじゃなくて空間把握耳のこと。シンタが言う所のウサミミなんだけど無いと調子で無いから付けていきたいんだけど、付けてるとまずいよね?』


 こっちの頭の中を覗いているんじゃ無いかと疑いたくなる精度で的確な突っ込みを冷たい声でいれてきたアリスだったが、後半落ちたトーンから考えてどうやら本当に困っているようだ。


「企業向け説明会にウサミミか…………親父受け通り越してあざとすぎて引くな。確かにまずいな」

 
 どんなに見た目が良くても、そんな恰好で参加したら巫山戯ていると思われても仕方ない。

 ホワイトソフトウェアだけならいくらかフォローできるが、他の参加希望企業からの第一印象は最悪だろう。


『でしょ。シンタ達には仮想体だったら不要な付属物に見えるだろうけど、あたしにとっては腕とか足みたいで有って当然の感覚なの。だから動かせないと変だし、消しちゃうと気持ち悪いの』


 しょぼんとへたれ込んだウサミミが容易に想像できる。付けてくるなとか、我慢しろというのは簡単だが、アリスの調子が出ないのはこっちとしても困る。

 どうするかと考えあぐねた俺は、何となく部屋の中を見渡して、なんの変哲も無いサラリーマン御用達の安売りビジネススーツと一緒にぶら下がるネクタイに目をとめる。


「……手はあるな。アリス。動いて耳状なら問題無いか? 本当のウサミミとかじゃ無くて服装の一部って感じで」


 飾りっ気の無いストライプネクタイになんで目をとめたのか一瞬自分でも不思議に思ったのだが不意に繋がる。

 俺が気になったのは、そのネクタイを通して頭に浮かんだ別のデザインのネクタイだ。そのネクタイでは確かにデフォルメされたウサギが違和感なく存在していた。


『そりゃ完璧じゃないけどマシかな、でも服装って……あ! ユッコさんのこと!? そういえばユッコさん有名なデザイナーさんだったってシンタ言ってたよね』


 さすがアリス。一瞬で理解してくれた。話が早い。

 俺の頭の中に浮かんだのは頼りになる助っ人は、俺とアリスがギルマスを勤めた上岡工科大学ゲームサークル。通称『KUGC』の不動の副マス『ユッコ』こと三島由希子先生。

 あの人なら上手いことアリスのウサミミを服装として取り入れるデザインをアドバイスしてくれるかもしれない。


「おう。ユッコさんは今回のVR同窓会企画の発案者かつ体験者だからな。百華堂さんの方の計画のことも有って今回の説明会にも参加予定だ。本当ならお前とユッコさん驚かそうと思って二人には黙ってたんだけどこうなりゃ予定変更だ」


 ユッコさんは連絡が取れなくなったアリスを心配していたし、会いたがっていた。

 アリスもユッコさんには懐いていたし頼りにしていた。

 個人的にも恩が有る二人のために、サプライズな再会を用意してやろうと思ったんだが、少しばかり予定を繰り上げる。


『そっか。ユッコさんも今回の企画に参加してるんだ。うん。じゃあ今回の計画は絶対成功だね。良かったねシンタ』


 先ほどまで不安を見せていたアリスが一転して嬉しそうに笑う。心の底から浮かれていると感じさせる声だ。

 ここの所、浮いたり沈んだりが多いアリスに、ストレスで躁鬱みたいな状態になってねぇだろうなとちょっと不安を覚える……考えすぎだとは思うが。

 どっちにしろ楽観視しすぎてヘマがでたら目も当てられない。


「アリス。言っとくけどユッコさんも忙しい人だから、アドバイスする時間が無い可能性もあるからな。その時の代替え手段も考えておけよ」


 ユッコさんを多忙にしている要因は俺自身が深く関わっているんだが、それを棚上げして一応忠告しておく。


『判ってるってば。でも大丈夫だって。だってシンタとあたしにユッコさんも揃ったんだよ。ギルドのフルメンバーには全然足りないけど、それでも絶対勝てると思うもん。だってあたし達なら何でもできるってば。”パートナー”のあたしが言うんだから間違いないでしょ』


 実に嬉しげなアリスは改めて勝利宣言をかましやがった。しかもキーワード付きの最上級の勝利宣言だ。

 最前線を突き進む前衛の俺とアリス。その後衛にユッコさんってのはうちのギルドの基本にして必勝パターンだった。

 VRからリアルへ。

 ゲームからビジネスへ。

 戦場やルールは変われど、今の状況は確かに似通っているかもしれない。

 相棒や仲間を信じて一つの目的に向かって邁進していくことに違いは無い。


「……そりゃそうだな。”相棒”の言葉は素直に信じますか。んじゃ気合い入れて勝ちに行くぞアリス」


 一欠片の不安も消し去ってしまうアリスの堂々たる勝利宣言に乗ることにした俺は、缶を傾け一足早く勝利の美酒を味わうことにした。























『 新米GMの資質』と『VRの可能性』の本文中の讃岐弁を変更修正いたしました。

 讃岐弁監修を行っていただいた香川在住の緋喰鎖縒様。

 この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。    



[31751] 子供の頃の夢はなんですか?
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/24 20:29
『昨日までの踏破率は24%。調査データから通路接続が容易かつ期待値が高い地点を重点的に開放しているため順調なご様子です。しかしながら今現在、再発見された物資の中で有益な物は微々たるようです。こちらが詳しいリストになります』

 
 創天メインAIであるリルより現場組による管理外区域探索調査の途中経過を聞いていたサラス・グラッフテンは、添付されたリストを確認しようとした所で、不意に目がかすみ、ついで芯が怠くなるような疲れを覚える。

 長距離航行用のコールドスリープから目覚めてからこっち、各種調査や関係各所との折衝に追われ気の休まる暇は無く、疲れや眠気を覚えるたびに薬や医療ナノを使って調子を維持をしてきたが、最近は徐々に処置を行う間隔が短くなっていた。

 疲労を解消する方法などいくらでもあるが、それらでは落ちない心に残る澱のような疲れが徐々に溜まってきているのだろう。


「ありがとうございます。少し休憩を取ります。リルさん。お茶をいただけますか」 


 仮想空間へとシフトすればリアルの肉体を癒やしながら仕事も出来るが、気分を変えるためにも休憩を入れようとサラスは仕事の手を止め、椅子の背もたれに背中をゆっくりと預けてリルに向かって声をかける。


『かしこまりました。サラス様のお好きなエール星系グランド産霞花葉のハニーミルクティーでよろしいでしょうか?』


 ディケライア社の本社でもある創天はサラスの生まれ故郷でもあり、ましてやリルはその創天のメインAIとしてディケライア社創業時より稼働してきた守護者のような存在。敬意を持つ相手に様付けで呼ばれるとどうにもこそばゆく、そう呼ばれるようになって相当の年月がたっているのにいまだに慣れる事が出来ない。


「えぇ。お願いします」


 サラスは仕事中にはあまり見せない穏やかな微笑を口元に浮かべながら軽く目を閉じる。

 社とそこに属する者を護るためならどのような手も使い、かつては『ディケライアの悪魔』とまで恐れられた自分らしくないと可笑しく感じていた。

    
『お待たせいたしました。お疲れのようでしたので蜂蜜とミルクの量を多めにしてあります』


 目を閉じていた時間は数秒ほどだったろうか、リルの声が響くと共に春の野原に咲く花のような甘い香りに気づき目を開くと、目の前のテーブルの上にはほのかに湯気が立つカップが出現していた。 

 心が落ちつく茶の香りに惹かれサラスはカップを手に取り口に付ける。 すっと抜けていく香りとほどよく温かく甘い茶の味は実に心地よく美味い。


「美味しい……あら。合成ではないのですね」 


 好みの味にほっと息をついたサラスは、二口目で画一的な合成食品にはない僅かな癖に気づく。

 どうやらこの茶の葉は、文明圏から遠く離れた今の創天では稀少物資である本物の茶葉のようだ。

 癖があるといえば聞こえは悪いが要は個性。

 温度や濃さ、掛け合わせる物の加減を調整し、味が決まった合成食品には無い風味を出す事で、個人個人の嗜好に合わせた茶も可能となる。


『お嬢様よりのご指示です。このような状況下でも頑張ってくれている社員の士気を下げたくない。全部は無理でも、もっとも好まれる食品や飲料くらいは天然物をお出しせよと。私が過去のデータより選別し、イコク部長にご協力をいただいております』


「そうですか。姫様は立ち直れたようですね。私が眠りに入る前でしたら周囲を気遣う余裕などありませんでしたから。現状は最悪ですが、姫様が元気になられたのが唯一の救いですね」


 窮地に追い込まれたディケライア社を若い身空で背負うことになったアリシティアのことを思い、サラスの顔に僅かな影が差す。

 あの娘だけは護らなければ……だから知られるわけにはいかない。

 帝国時代より脈々と受け継がれた従者としての血脈の誇り。敬愛した兄夫婦の一人娘である姪を思う叔母として、サラスは決意を改める。


「…………ここ数期に渡り続く事業不調が他勢力の工作である可能性に姫様が気づいたご様子はありますか?」


『いいえ。心苦しくはありますがお嬢様にはフィルターと情報誘導操作を施させていただいておりますので、勘の鋭いお嬢様でも気づかれたご様子はありません』 


 アリシティアが社長を引き継いでからの数期の事業的失敗。それには様々な要因があったが、その裏にドロリとした悪意をサラスは感じ取っていた。

 今のディケライアの苦境には外的要因が大きく影響している可能性が高いというのが、先代の時代よりディケライア社の幹部を務めるローバーとサラスの一致した見解だ。 

 巨大な組織とはその大きさに合わせ敵も増える物。

 ましてや亡国となった帝国皇族の血筋であるディメジョンベルクラドを社長と仰ぐディケライア社は、星系連合内に今も残る旧帝国系、旧改革派の両派閥の一部からは目の敵とされている。 
 
 帝国系から見れば、国家存亡の危機に貴重な恒星系級艦で逃げ出した姫君と不敬者の末裔。

 改革派からは、戦乱のどさくさ紛れに勢力を拡大し生き残った帝国の残照。

 ディケライア社の成り立ちや実情を見れば、両者からの嫌悪や憎悪の言い分にも一理ある。

 彼ら以外にも、先代までは銀河最大の規模を誇った活動範囲と業績を憎々しく思っていた同業他社。

 アリシティアへの政略結婚の話を持ちかけてきたのは、光年級のナビゲートを可能とするディメジョンベルクラドが代々生まれる血筋を求める故。

 高い能力が何らかの人工的技術では無いかと疑う星系国家からも、援助する代わりに専属企業にならないかと誘いが来ている。

 ディケライアに対して害をなそうとしたり、その衰退で利を得る者は多く、疑いだしたら推挙に暇がない。

 無論そのような行為に対して無抵抗では無く、事前に察知、妨害する社外諜報部が一般社員には秘密裏に存在し、資金難で最盛期とは比べものにならないほど規模が落ちたとはいえ今も活動を続けている。

 サラス達がコールドスリープしている間も、社外諜報部に一連の妨害行為に対する調査をさせていたが、その結果は芳しくない。 

 工事遅延の原因となった資材の誤配送や誤発注は、発注業者内のシステムエラーという形だった。

 関係各所へと提出した申請許可が降りるまでに掛かった異常なまでの長期審査は、内部の権力闘争が影響したという。

 どれも独立した理由で、一連の行動が全て一つの意思の元に行われた妨害行為であるという確証は得られず、その黒幕の存在を暴くまでは至っていないのが現状だ。

 長期に渡る嫌がらせのような妨害行為と今回の星系強奪は些か色合いが違うが、ディケライアへの悪意ある行動として切り離して考えるのは難しいだろう。


「星系強奪ほどの大きな仕掛けを施せる相手……やはり全ての発端となった義姉様の事故も仕組まれた物だったと考えるべきでしょうね。リルさん。情報の漏洩はありませんよね」


 先代の社長でありサラスにとって義姉でもあるスティアの跳躍事故も元を正せば原因不明の急激な膨張を始めた恒星にある。

 異常膨張は作為的な物のではないかと当時から大きな疑念をもっていたが、社長以下社員の大半が巻き込まれ機能停止状況に陥っていたこともあり、事故調査の全てを星系連合にゆだねていた。この辺りも洗い直す必要があるだろうか。


『諜報部より上がって参りました調査報告はローバー専務とサラス様にだけ閲覧可能なシークレット情報として処理しておりますので、一般社員に気づかれた痕跡はありません。ですが今回の星系強奪は今までと比べると些か派手すぎます。すでに幾人かの方が疑念を抱かれ過去情報を検索しております。今のところ情報制御でごまかしておりますが、一連の事案が露見するのは時間の問題かと』


 社内に無用な混乱を引き起こさないように、情報の拡散は最小限にとどめてきたが。水面下に潜んでいた悪意が星系強奪という目に見える形で出てきた以上、それもそろそろ限界だろうか。


「お手数をおかけします。他の社員はともかく姫様にだけは悪意をお目にかけたくなかったのですがそれも無理でしょうね」


『少し前までのお嬢様でしたら、社を潰そうと暗躍する者達の悪意や害意を受け止めきれず潰れてしまわれたでしょうが、今は大丈夫ではないかと判断いたします』


「……その根拠をお教えねがえますか」


 リルの言葉にサラスは疑問を投げかける。

両親を失いさらには事情があって隠していたとはいえ業績不振が自らの力不足だと思い込み、恒星間ネットに書き込まれたディケライア社と引き継いだばかりの自分への悪意ある風評に打ちのめされ、アリシティアは元来の明るさを失っていた。

後継者として花よ蝶よと育てられたアリシティアには精神的に脆い部分があるのはアリシティア個人を知る者には周知の事実のはずだ。


『はい。彼の星でお嬢様は遊戯の上とはいえ、数多の好敵手やギルドと競い合い精神的に大きく成長なされました。パートナーとして見いだした三崎様の稀有なお心にも強く感化されております。今のお嬢様でしたら、困難に多少傷ついても必ずや乗り越えます』


 リルからの手放しの評価に、サラスはしばし返答を止めて言葉を探す。

 サラス達が物資消耗を抑えるためにコールドスリープを行っていた間のアリシティアの行動もリルから聞かされている。

 原生文明の極めて原始的なナノシステムによる遊戯に興味を引かれ熱心に興じていたと。

 あれほど精神的にやられていたアリシティアがこのような短期間で完全に立ち直った事は驚きだったが、それ以上に驚いたのはパートナー候補を見いだし、ディメジョンベルクラドとしての力を一気に増大させていたことだ。

 遊戯にそれほどの力があったのか……それともそのパートナー候補の力だろうか。

 いかなる手段を用いてもその生物を確保するというのがサラスの方針だが、それはあくまでもアリシティアのためだ。

 だがリルの言い方にこの時初めてサラスはその生物自身への興味を抱いた。

 
「リルさん。その生物……ミサキシンタとはどのような生物なのでしょうか? 貴女はずいぶんとその生物を信頼なされているようですが」


『三崎様ですか。客観的な意見を纏めさせていただきますと……現役プレイヤー時代は『たらし』『ギルド一のナンパ師』等の数々の二つ名をお持ちになって、数多くのプレイヤーをその周囲に侍らせておりました。お嬢様も強引にナンパされたとよくおっしゃってました』


「…………………………」


 リルの言葉を額面通りに受け止めるならば、どう考えても好感を持てる人物ではない。

 返す言葉を失い唖然とするサラスを尻目にリルは抑揚の少ない落ち着いた声で淡々と続ける。


『管理者側であるゲームマスター就任後は、悪辣卑劣なGMとして勇名をはせ、就任一年目でプレイヤーアンケート『ぶっ殺したいGM部門』で他のGMを引き離すダブルスコアで大勝という偉業を達成。最終的な悪行としては、婚礼を終えたばかりの新婦を寝取り新郎を惨殺させ、ついでとばかりにお嬢様もその毒牙にかけております。その後は数多くのプレイヤーを籠絡、手駒として大混乱を引き起こしておりました……このような方ですがご納得いただけましたでしょうか?』


 悪評ばかりというか悪評しかない人物像。リルがそのような評価を伝えてきた意味をサラスは考え、すぐに一つの結論に達する。


「……それは自分の目で確かめて見ろということでよろしいでしょうか」


 その人物に信頼を置きながら、その人物像には-要素ばかりをあげつらう。いくら何でも無理がありすぎる。

 他人の評価で判断するのでは無く、自分で評価を下せという意味だろう。


『私はAIです。ありのままの事実をお伝えしたまでです。もし私の情報をお疑いでありましたら、ノープス部長の方より地球売却の際における環境改善計画立案のために現地視察の申請が来ておりますので、ご同行してはいかがでしょうか? その際、三崎様が所属する企業での説明会にご参加する予定です』


 どうにもわざとらしい惚け方をしながらリルは、サラスの前に一つのウィンドウを表示する。

 ノープスの名義でだされた地球視察申請書類に軽く目を通す。

 売却時により高値となるように-要素である環境汚染地域の調査や、+要素となる文明遺産の選定など、そこに書かれた理由は惑星売却を考えたときの事前調査としては至極普通の物ばかりだ。

 ……だからこそ怪しい。あの面白い物好きな享楽的なノープスらしからぬ理由だ。


「なにやら用意周到な策謀の気配がいたしますね……仕事のペースを上げます。視察時間を作りますので協力をお願いします」


 ノープスが独自で動いたのか、それとも『たらし』と評価された人物がすでに籠絡していたのか、はたまたアリシティアの考えか。

 情報不足でどこからこの案が出たのか判らないが、どうにも作為的すぎて疑うのも馬鹿らしい。
   
 だが多少の無理をしても確かな情報を得られるなら、サラスとしても反対する理由はなく、残っていた茶を一気に飲み干して気合いを入れ直した。

 








「フィールド生成開始。展開完了後チェック順次開始するぞ。開幕は明日だ。気を抜くなよ。相手はお客様じゃ無いとは言え同業者。より厳しい目で見られるつもりでな」


 地下倉庫を改装したGMルームに中村さんの声が響くと同時に、久しぶりにサーバーがフル稼働して圧縮データを解凍展開して仮想世界『舞岡北小学校』を作り上げていく。

 前回展開時に判明した不具合やミスを須藤の親父さんらがちょこちょこ手直ししていた所為か、ウィンドウに移る情報を見た限りではスムーズに展開しているようだ。

 明日13時から開催予定のVR同窓会事業企業向け説明会に向けて、我が社ホワイトソフトウェアは今日から全員出勤で作業を進めていた。

 だが今日のGMルームには何時もより多くの人が詰めかけ、フルダイブ用のVR専用筐体が足らずに、レンタルして来た簡易型VRデスクもいくつも設置した増設仕様だ。

 これはうちの会社が新人をいれたとかではなく、他社からのヘルプが数多く来ていることに起因する。


「失礼します中村さん。ミナラスの久里浜課長がお見えになったのでご案内しました」


 展開作業の陣頭指揮を執る中村さんへと一声かけて、久里浜さんを案内してきたことを伝える。

 ミナラスは家庭用ゲーム黎明期から数多くのハードでソフトを開発発表してきた老舗のソフトメーカー。

 社長が最初の方に声をかけてこちら側に引っ張り込んだ会社で、今日もミナラスからのヘルプ技術者が来ており、久里浜さんはそのミナラス側の責任者となっているビール腹の気の良いおっちゃんだ。


「おう。三崎ご苦労さん……久しぶりだな久里浜さん。ばたばたしていて悪い。もう少し時間に余裕がある時に来て貰いたかったんだけどな。何とかデモプレイが可能な枚数を明日の発表に間に合わせるのが精一杯だったよ」


「謙遜しなさんな。元システムはうちでやってたVRTCGの流用でやったとはいえ、複数のデッキ分だけでもクリーチャーを間に合わせてきたのが正直驚きだよ。さすが白井さん所だってうちのボスも笑ってたしな。ほれこれは陣中見舞い。みんなで飲んでくれ。わりーな三崎君。運転手だけでなく重いのまで運ばせて」

 
 頭を下げた中村さんに手を振って笑った久里浜さんは、俺に方に振り返ると差し入れに持ってきてくれた段ボールにぎっしりと詰まった業界御用達のエナジードリンク詰め合わせを指し示す。

 VRの恩恵をもっとも得られるVRMMOが主流だったVR業界において、VRTCG系は少数派のゲームだった。

 これはTCGの種類が乱立していた事もありVRTCGへの切り替えがスムーズにいかなかった事や、VRシステムの根幹であるナノシステムの年齢制限による本来の主プレイヤーである低年齢層の確保が難しかったこともある。

 さらには今回のVR規制法の一つであるリアルマネートレードへの開発会社側への罰則強化で、完全に息の根をたたれたゲームの一種になる。


「あーいいっすよ。これくらい。今朝から須藤の親父さんの所でこき使われてたんで、久里浜さん来てくれたおかげで抜け出せましたんで逆に感謝です」 


「三崎。お前な、もう少し口の利き方に気をつけろ……悪いな。久里浜さん。こいつ馴れ馴れしくて」  


「あー気にしなさんなって。うちの若い連中だって似たようなもんだったろ。それに三崎君とは俺も何度も顔合わせてるかならな。荷物持ちも頼みやすかったからあいこだって」

 
 久里浜さんと中村さんはほぼ同年代だという事もあってか、会社は違っても付き合いがあるそうで気安い会話を交わしている。

 ちなみに俺がなぜ他の会社の課長に顔が知られているかというと、これも例によって社長の仕業。

 やたらと人脈が広いうちの社長の荷物持ちでいろいろ付き合わされたり、顔を繋いだ会社への時季折々の挨拶回りをやらされたりで顔を売っている所為だ。

 就職して三年間で増えた名刺はカードホルダーに三冊分にはなるだろうか。これは俺にとって形には無い重要な財産といっても良い。


(大丈夫だろ。ほら僕の付き添いで付いてきたから、説明会に来るのは三崎君も知ってる連中が大半だから)


 だがまたもやたらと軽い社長の言葉で、またもや社の命運が掛かった企業向け説明会の司会を明日やらされる羽目になっているので、素直に感謝して良いのか微妙な所だ。


『中村準備できたよ! テストプレイ初めて良いかい? こちとら飛び込み仕事でテンション上がっているとこに、久しぶりのデュエルと良いことずくめで最高潮なんだよ。早くしな。相手は誰だい』


 久里浜さんと中村さんが挨拶を交わしている間に無事に展開は終了していたようで、スピーカーから開発部の佐伯主任の楽しげな声が響いてきた。

 なんかやたらと張り切っているんだが、そんなにミナラスから提供されたゲームが楽しみだったんだろうか。それともここ数日なにやら篭もってやっていたという飛び込み仕事の所為だろうか。

 佐伯さんが抜けた所為で開発部の作業効率が落ちて、こっち側にも影響していたんだが、それについては誰も文句は言えない。

 何せ佐伯さんは並の技術者2.5人分は働ける人。この仕事量で文句を言えるのは須藤の親父さんくらいだ。


「佐伯さん。久里浜だ。テストプレイ第1号は是非俺がやりたかったからな。わざわざ出向いてきたんだ手加減しないがいいかい」


『はっ。あんたかい。いいさね。相手にとって不足無しだね。ささっと潜ってきな。あたしのコンボデッキ再誕第1号の獲物って名誉を与えてやるよ』


「そう簡単にはやらせんよ。こいつを作りたくて俺はこの業界に入ったようなもんだからな。ライトデッキの展開力を見せてやるよ」


 なにやら久里浜さんもヒートアップして嬉々として空いているVRデスクで接続を開始している。

 っていうか良いのか中村さん。佐伯さんの口の利き方は?


「……三崎。何も言うな。お前の言いたい事は判るが、何も言うな。乗り気な佐伯さんの機嫌を損ねたいなら止めないぞ」


 俺が向けた視線に苦笑を浮かべて答えた中村さんは、仮想コンソールを展開したのか空中に伸ばした手を走らせていく。

 うん。早い。挟み打ちも使った3枚操作をしているんだろうが、その指の動きに無駄は無い。


「二人ともはやるのは判るがテストプレイだからゆっくりやってくれ。他の連中はクリーチャーの仮想体を展開時から重点的にチャックしてくれ。子供の頃の夢が叶うオトナの社交場にふさわしい往年のTCGを提供してくれたミナラスさんの顔に泥を塗るわけにはいかないからな……ではデュエルスタートだ」


『おっしゃ。先行貰ったよ。あたしのターンドロー。モンスターを守備表示。速攻魔法…………』


 佐伯さんの実に楽しげな声とともに、仮想世界内を移したウィンドウには陽炎のように揺らめく一つの影が現れ、さらにやらなにやら専門用語を駆使してカードを操っていく。

 中村さんの注意一切聞いてないなあの人。

 良いのかと思い、中村さんへと目を向けるとなぜかこちらも実に楽しげな顔で二人のデュエルとやらを観戦している。

 うん。かなり上の世代ではTCGが社会ブームとなったと聞いたことはあったがどうやら本当のようだ……しかしルールを学ばんと何をやっているのかさっぱり判らん辺り、かなり難しいんじゃないのかこの世界。


「あ、いたいた。おーい三崎君」


 白熱し始めたのかどうかすら判らない画面を見つめていた俺は背後から名前を呼ばれて振り返ると、我が社の受付嬢である大磯さんが半開きになったGMルームの扉で立ち止まって俺を呼んでいた。 

 大磯さんも観戦に来たのかと思ったのだが一向に部屋に入ってくる様子は無い。


「ういっす。どうしました。入ってくれば良いのに」


「三崎君。この配線みてよ。絶対ひっかけって転けるよ。あたし……データ吹っ飛ばしってもうやりたくないから」 


 あー……うん、この無理矢理なケーブル配線は大磯さんから見れば地雷原だな。というか昔やらかしているのかこの人は。

 ルールも判らない観戦を続けてもあまり意味は無いと俺は入り口側へと向かう。


「んでどうしました?」


「これこれ。明日の飛び込みさん名簿。結構業界じゃ噂になってるみたいで説明会参加希望な会社さんや個人事務所が増えたから目を通しておけって」


 大磯さんから差し出されたケーブルを接続して回線を繋ぐと、目の前に共通ウィンドウが浮かび上がる。

 そのウィンドウにはずらりと企業や個人の名前が並ぶ。その数は300オーバーにも達しているだろうか。

 ミナラスのような有名所から聞いたことも無い会社まで、有象無象が集った感じはまさに混沌としている。

 その中には俺が仕組んだアリス率いるディケライア社の名前も載っている。

 これだけの企業、個人がいても宇宙の会社、宇宙人なんぞ一人くらいだろうと俺はつい口元に笑みを浮かべる。


「三崎君なんか楽しそうだね。あたしなんて明日のこと考えると胃が痛いよ。ドジら無いか心配で心配で」


 明日はこの間と同じく大磯さんが俺のフォローに入る予定だ。この間も上手くやれたんだから問題無いとは思うんだが、どうにも不安らしい。


「まぁ大丈夫じゃ無いですか。ほれ上手くいろんな所とつながりゃ、すぐに大磯さんのドジが業界でも有名になって誰も気にしないようになりますって」


 何せミナラスから手伝いに来ていた連中も、大磯さんが荷物を持っているときはいつ転んでもフォローに廻れる大磯シフトを身につけたくらいだ。


「それフォローになってないから。全く生意気な後輩だね三崎君は……っとあと熱烈なファンレターが久しぶりに三崎君宛に来てたよ。一応見る?」


 俺の冗談にむっとした顔を浮かべた大磯さんだが、すぐに気を取り直して一つのファイルを呼び出して意地の悪そうな顔で聞いてきた。

 熱烈なファンレターね……なんだって今更。

 その種別は判ったが、リーディアンが終わり半年もたって今更と思わずにはいられない。


「拝見しますよ。一応確認しますけど変な物付いてませんよね」


「大丈夫でしょ。佐伯さんお手製撃退ツールでうちに来るメールは全部お掃除済みだから。んじゃ展開っと…………」


『お前なんて救世主じゃない。俺が本物だ。お前に裁きがくだる。救世主たる俺が裁く』 
 
「うぁ。濃いね。何やったの」 


 開いたメールの文面を見た大磯さんはかなり引き気味の声で感想を漏らした。


「何やったって言われても、ここ最近で恨みをかった覚えなんぞ全くないんですが……憂さ晴らしとかじゃないですか」


 救世主って。なんだそのアレなマインド溢れる言葉は。勝手に人をそんな大層な物にカテゴリーされても困る。

 GMとしてボスキャラで暴れ回ってた頃には、大磯さんの言うところのこの手の熱烈なファンレターを貰ったことはよくあるが、最近はこのようなメールを貰う目立つ真似をした覚えは……アレか?

 ふと一つの仮説にたどり着く。そういやあの雑誌に俺の仮想体が載ってたな。


「あーたぶんアレですよ。この間の業界誌。俺とか大磯さんも映ってたでしょ。たぶんアレ見て気に食わなかったのいるんじゃないんですか。ほれ俺元プレイヤーでしょ。いろいろ叩かれてるし、リアルイベントでの顔写真とかも撮られて晒されてますからそこから気づいたんじゃ無いかなと思います」


 この手の妬み嫉みは原因さえわかれば単純なもの。文面の意味が意味不明なのもVR中毒者だったらよくある類いのものだ。VR中毒者にリアルでどうこうしようとする行動力もあるわけ無し。

 今更だとは思ったが昔からしょっちゅう受けていた嫌がらせの一つだろう。俺は脅威無しと判断してそのメールを消去した。

 こっちは明日の大勝負に全力投球体勢。些事に構っている暇無い。



























 作中の主人公じゃ無いですが、ちょっとリアルの方で新規事業やることになりまして、来月、再来月は研修やら新店立ち上げで更新が難しそうです。

 かなり不定期になると思いますが、お待ちいただければ幸いです。  



[31751] 龍は天へと至り日はまた昇る
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/21 02:18
『三崎。開始まであと1分! 最終チェックと全プログラムの展開準備も終わってる。今回はスタートで一気に持っていくから最初から飛ばしていけよ!』


「ういっす。こっちは準備オッケーいつでもいいっすよ! 寒いんでとっとと始めましょう!」


 天上から響くGMルームで総指揮を執る中村さんの檄に負けないように俺は大きな声で返事を返す。

システム的には別に大声を張り上げなくても伝わるんだが、ついつい返事がでかくなるのは耳元で轟々と音をたてる突風の所為か、それともVR復活と他ならぬ相棒のために仕掛ける大事を前に抑えきれない高揚感だろうか。

 がちがちと歯の根がなるような寒さに身震いしながら強風に煽らればたばたとはためくスーツの裾を気持ち程度に直し、胸元のタイピンでネクタイをがっちりと固定。

 リアルの肉体測定データで作った仮想体は本物と変わらない。手の長さ指の形その全てが慣れ親しんだ物なんだから、明かり一つ無い真っ暗闇の中でも特に問題は無しだ。

 気になるのは、凍えるような寒さと文字通り地に足がついていない頼りない感覚だが、これはしょうが無いだろう。これも演出の一つだ。

 寒いのは我慢するとしても、宙を漂うってのはどう堪えたものか。何せ人間に翼なんってついてい……ウサミミ宇宙人やらスライム宇宙人がいるくらいだから有翼宇宙人もいるんだろうか?


『三崎君。オープン10秒前カウントいれるよ……10……9……8』


 ふとくだらない妄想に浸りそうになっていると、待機している大磯さんの少し緊張を感じさせる声が響きカウントダウンが始まる。

 足下を見下ろせば、遙か下方でぽつぽつと明かりが点り始めていた。 


「了解。準備オッケーいつでもどうぞ! ど派手にいきましょう!」
  

 前回の同窓会本番時は記憶の風景を少しずつ見せることで徐々に期待を盛り上げていく方式をとったが、今回は多数のVR企業と個人事務所の人間を招いた法人向けの説明会。

 VR慣れした連中相手に特に思い入れが無いであろう舞台で勝負を仕掛けるんだから、自然とその取るべき手法は前回とは変わっている。

 まずは一発度肝を抜く。それが今回の作戦だ。


『外周部から火いれていけ! 本命は来客直後! 出現タイミングをずらすなよ! ウチの腕の見せ所だ!』
 
 
 中村さんの声もお客様を招いた本番の気合いを感じさせる、さらに鋭い物へと変化する。

 さて……いよいよ開幕といきますか。

 
『3……2……1……一斉接続スタート!』


 カウントがゼロになった直後に俺の周囲をほのかに照らし出す仮想体生成リングが無数に出現して、高速回転をして老若男女の姿をそれぞれ作り出していく。

 その数は237人。飛び込みの説明会参加希望者も全て受け入れたためにウチの当初の予想より参加企業は3割増し、人数も倍近くなっていた。

 その程度の数なら、最盛期には十万人近くが同時接続していたシステム的には問題は無いが、再現小学校のグラウンドや校門等に一度に呼び込むと少し手狭になる。

 だから今回俺らは特等席からのスタートとあいなった。


「へ!? ちょっと! どこ! ここ!? 寒っ!」


「ふん。風の感じが自然だな。なかなか再現率高いシステムを使ってるな」


「……っお。白井さんところらしいな。最初から奇をてらってきたのか」


 出現したお客様の反応は概ね三パターンって所か。

 周囲が真っ暗闇な上に地面すら無く強風が吹き荒れる空間に出現するとは思っていなかったのか、悲鳴を上げる女性陣やら驚き顔の営業畑リーマンのざわざわとした声。

 技術屋らしきふてぶてしい表情をした連中は、出現場所よりもうちで使っている環境再現システムの数値データが気になったのか落ち着いたもので、中には仮想コンソールを叩いて早速解析を始めているようなのもいる。

 あとはウチのやり口をよく知っているような、付き合いのある同業者やら個人事務所の方々があきれ顔やら面白げな笑みを浮かべていたりと、慣れた様子で次を待ちわびている。

 さてこの中にアリスもいるはずなんだが、さすがにこの人数相手では一瞥だけでは見つけられない。というか時間があっても無理かもしれない。

 何せ完成した成人バージョン仮想体をチェックしようとしたら、本番の楽しみに取ってろとアリスの奴は隠しやがった。つまりは当てて見せろって事だ。

 仕方ないんでユッコさん経由で手に入れようとしたら、そっちもユッコさんからのシャットアウト状態。

 いいインスピレーションが生まれたという感想だけはユッコさんから聞いているから、突飛な物では無いと思うしかない。

 問題は外見変えまくっていてアリスだと気づかなかったときだ。いろいろ後でブーブーいわれそうな予感がするんで早めに当たりを付けたいところだ。


「皆様! 本日はお忙しい中、弊社の新規事業説明会へとご来場いただき誠にありがとうございます!」


 アリスは気になるがそればかり気にしていては司会の大役をこなせるはずも無い。

 意識を切り替えた俺は声を張り上げながら周囲に目印代わりの火球を呼び出して注目を集めつつ口火を切る。

 てんでばらばらだった視線がざっと動き、注目が一斉に俺に集まる。

 うむ……なかなかのプレッシャー。好意的な物から、試すような視線。さらには微かな悪意も交じり気味な視線やらごった煮な雰囲気だ。

 ウチがどのようなことをやるのか視察にきた連中も当然いるだろう。あわよくば企画をかすめ取るもしくは模倣しようって連中もいるかもしれない。

 だがそんな連中だろうともウチのシステム内にいるなら、我が社の大事なお客様。誠心誠意誠実な心でいかせてもらいましょう。


「今回のナビゲートを勤めさせていただきますホワイトソフトウェアの三崎伸太です。まずは百聞は一見にしかずとも申します通り。今回の事業の肝である再現校舎その全容を見ていただきます」


 無駄な挨拶や長ったらしい説明は省いてまずは勢い重視。

 何せ今日のゲスト様は俺が生まれる前からVRに関わってきたようなのもごろごろいる。そんな先達達相手に長々講釈をたれるなんぞできる訳もなし。

 注目を集めるために使った火球を右手を振って真下に向かって向けて放り投げる。

 大げさな身振りを見せる一方で、目立たないようにしていた左手で仮想コンソールを展開して指を走らせて、あらかじめ組んだプログラムを発動。

 俺が投げ落とした火球はその勢いを増しつつ巨大化していく。天から一直線に落下していく様はさながら隕石とでもいった感じか。

火球の明るさで周囲が明るく染まり、眼下の光景も照らし出されはじめる。

 めらめらと燃える火球によって姿を現したのは住宅街にある小学校を中心に広がる静かな住宅街の景色だ。

 全ての始まりである舞岡北小学校再現計画は、校舎や屋上から見える光景まで再現しようと凝り性で完璧主義な佐伯さんのもと、同窓会が終了したあとも未だに折を見て調整が進んでいる。

 金と時間さえあれば日本全国の過去の状態を、”趣味”としてVR再現しかねないのがウチの開発部の恐ろしいところだ。


「下に何かあるけど……ミニチュア模型?」


「いや違うな。VRで再現した町並みか? そうなるとここは空か」


 お客様方もここがどこなのか気づかれたようだ。

 百聞は一見にしかずとばかりにまずは全容を見てもらう為に、出現地点として用意したのは、舞岡北小学校上空千メートル地点だ。

 自然落下するでも無く特殊な機材を用いるでも無く、何時ものスーツ姿の俺が上空に留まれるのは、ここがやはりVR空間の恩恵といえるだろう。

 人が空を飛ぶ。荒唐無稽なあり得ないことが体感出来る夢の世界。これぞVRだ。

 しかしこうやって周囲に大勢の人がいる状態で空に浮かんでいると、どうしてもプレイヤー時代の記憶が刺激される。

 飛翔魔術を解除した自由落下チキンレースやら、島サイズの巨体を誇る大型ボスフォレストドラゴンへのプレイヤー数百人による同時急降下先制攻撃。通称ルーデル戦法等々、楽しかった思い出が心をよぎる。

 その思い出が、規制されたVRの復活に向けて今日仕掛ける初手の重要性を俺に再認識させ気を引き締めてくれる。


『佐伯さん。んじゃ次お願いします』


 巨大な火の玉に眼下の町並みが映し出される何とも派手な見た目と迫力だが、これはまだ序の口。肝はここからだ。

 地上まであと百メートルの目標高度を火球が通過した瞬間、巨大火の玉は破裂した花火のように無数にはじけ飛んで、地上へとサークル上に降り注いだ。


『よし。いくよ! 陽竜昇天!』


 佐伯主任の何とも嬉しそうな声と共に、着弾した火の欠片が火種となり一瞬で燃えさかったかと思うと、街をぐるりと取り囲む巨大な輪を作り、さらには徐々に形を変化させ意味ある物へとなっていく。

 灼熱に輝く爪と牙。うねうねと動く炎で出来た鱗。身体からこぼれ落ちる火の粉は金色の粒子となりきらきらと輝く幻想的で雄大な雰囲気を醸し出す伝説上の聖獸、龍が地上に出現していた。


 無数の火を纏うと龍は一度大きく身震いして身体を揺らしてから、その巨体には似合わない軽やかな動きで身を起こし天へと登り始める。

 天へと登っていく龍がアギトを開いて奏でる咆哮は、新たなる世の始まりを告げるラッパのように勇壮で勇ましく、世界に響いていく。

 幻想的かつ圧倒的な光景。そしてこの龍が作り物だと忘れ去れるような圧倒的な存在感。

 ウチの会社の持つ技術を総動員して行われたオープニングには、VR業界の一癖も二癖もあるような連中もついつい言葉を失っているようで、驚きや惚けた顔で龍を見ていた。

 俺達のすぐ横を通り過ぎてさらなる高みへと登っていった龍は、空の頂点まで至るととぐろを巻いて身を丸めながら、さらに炎の勢いを増し盛んに燃えさかる。

 真円を模る龍が己の炎に覆い隠され、俺らがよく知る星へと変化する。すなわち明るさの化身太陽だ。

 肥大化した龍もとい太陽によって俺らの周囲は燦々と輝く陽光に覆われ、身が震える凍えるような寒さも和らぎぽかぽかしてくる。

 地上に縛られた龍が数多くのプレイヤーの力によって封印の楔から解き放たれ天へと登り至り、失われた太陽の代わりとなり日の光がもう一度地上を照らし、暖かさを取り戻す。

 『陽龍昇天』はリーディアンが無事に稼働していたならば、フィールドを全て夜状態にし、既存MOBモンスターおよびボスキャラをアクティブ化+スキル強化して、当社比1.5倍まで強化。

 さらには最終的には新型Dおよび新ボスを投入する冬から今年の春先にかけて予定していた中期型大規模世界クエストの新規アップデートメインイベントとして用意していたギミックの一つだ。

 完全お蔵入りとなったはずの物だったが、現状に丁度良いからと今回掘り起こしてきたわけだ。
 
こいつは見た目の派手さとウチの確かな技術力を見せる効果以外に、意味を持たせている。

 要は新たなる世界の開幕。気障な言い方をするならば俺達ホワイトソフトウェアの目的は、規制という名の暗い夜に沈んだこの業界に、もう一度明るく開けた前途に満ちた太陽をうち上げる事。

 世界を新生させるためのイベントは今の俺らの現状にぴったりというわけだ。

 しかしそこらは抜きにしてもさすがは佐伯主任。普段の言動は鉄火場が似合う女傑な割に、実はファンタジー好きな完璧主義者の面目躍如って所か。

 何ともど派手なオープニングは、場の空気を次に何が起こるのかとお客様に期待させるこちらの願っていたペースを作り上げてくれた。


「では皆様。日も昇りました所で地上へと降下し説明会を解説させていただきます。ただ我が社が当初見積もっていたよりも多くの方が参加なされていますので、複数の斑へと分けさせていただきます。末尾がAの番号をお持ちのお客様は私三崎が引き続きご案内をさせていただきます。Bの番号をお持ちの方は地上におります大磯。Cの番号……」


 さてここからは俺らの腕の見せ所。事前情報によってお客様は30人単位でいくつかのグループ分けにしてある。

 専門的なVR技術にはあまり詳しくない営業系の相手への売り込みは俺やら営業部の先輩。

 壮年な社長系やら重役系には、息子の嫁候補として絶対的に受けの良い大磯さん。

 ディープな技術関係の突っ込みがきそうな所には開発部の佐伯さん等々。

 適材適所で別れた説明でどれだけの会社と人をこちらへと引き込めるかに、この先が掛かっている。







「こちらは当時の秋に行われた合唱コンクールの再現映像を流しております。クライアントの方々から様々な映像、動画をご提供いただけましたので、このように複数の動画をつなぎ合わせ補正することで、当時の発表順に完全再現することも可能となっております。ただ客席に関しては映像が少ないため、あやふやな部分となっておりますがそこらはご勘弁を」


 ご案内しているお客様一同を引き連れ上空に浮きながら、ガラスのように透明となった天井から見える体育館で行われている合唱コンクールの様子を解説していく。

 無論リアルの天井が透明なんではなく、中が見えるようにただ透過率を上げただけなんだが、そこらの壁からのぞき見るよりも、こうやって上から見る方が何とも非現実的で楽しいってのはあるかもしれない。

プロの合唱団がやるように声の調子や感じが揃った物では無いが、それでも明るく元気に響く子供の歌声は何ともほほえましい物があるんだろうか。

 おそらくそれくらいの子を持つ、もしくは持っていたお客様はまるで我が子を見るかのように楽しげだ。


「君。これは音声と映像は別物かい。発表会という割にはやけに歌声のみが綺麗に聞こえるんだが。子供なんてついつい雑談してしまう物だろう。うちの娘もじゃじゃ馬で五月蠅い方でね」


 無論。今回はどのような事を行っているのか、どのようなことを出来るかを見に来ているんだからこういう質問も飛んでくる。

 質問をしてきたのはすだれ頭のおっちゃん。人の良さそうな笑顔で苦笑いを浮かべている。

 俺の方に回されてきたって事は技術畑じゃ無く営業系の担当者だろうか。この人はVR世界にあまり慣れていないのか、それとも興味を引かれているのかあちらこちらを見ては、さっきからずいぶん熱心に俺に質問してくる。

 おかげで先ほどから他のお客様が若干放置気味だが、各々そこらを見て、解説書を読んでいるようなので特に問題は無いようだ。

 視界の片隅から飛んでくる視線はあるが、そちらはあえて放置。なんせこっちは今お仕事モード。

 あいつと話したら一瞬でそのモードなんぞかき消される。せめて一段落するまではもうちっと真面目にいく予定だ。


「鋭いですね。岡本さん」


 この岡本とかいう聞いたことの無いVRイベント代理店の営業部課長とかいうおっちゃん相手に気を抜けないってのもある。

 岡本さんの問いかけ自体は技術的に踏み込んでくるような物で無くすぐに答えられる物が多いが、今回の音もそうだがやたらと細かなこと、こちらが気を使った部分に気づく辺り見た目の凡庸さに反して結構鋭いかもしれん。


「はい。当時の動画データが複数ありましたのでそれらを合わせてノイズを除去し、雑音の無いクリアな音に変化させています。今現在は純粋に歌を楽しむ鑑賞モードですが変更も出来ます。当時の雰囲気を味わいたいなら雑音や環境音交じりの再現モードといった感じに切り替えといったところです。これはご本人だけで無く、場合によっては親御さんやご兄弟の方にもこの場を楽しめるようにと考慮して設けた物です」


 これは同窓会という名目で謳っているがそれ以外の目的つまりは”在りし日”のあの人の映像。亡くなってしまった方を思いさらにはその空気を感じる為の機能とでも言えば良いんだろうか。

 おそらく大々的に売り始めれば、同窓会のみならず当然その様な需要もあるだろうと予測し、準備している機能の一つだ。


「ふむ。なるほどなるほど。しかしこういった物は反感も買うのでは? 先ほどからの説明を聞いていると、ここは人の思いを利用しているあざとい物を多くあるようですが。それを大々的に商売にする事はどうお考えですか」 


 何気ない口調で試すかのような岡本のおっちゃんの問いかけ。俺が含みを持たせた意味に気づいたんだろう。

 少しばかりトーンが変わったのは気のせいじゃないか。やはり結構やり手かこのおっちゃん。

 確かに指摘されたとおり、うちの企画は昔を思い出し懐かしんで貰う為にあざといといわれても仕方ない気持ちに訴えかける機能が多い。

 過去の自分を目にすることの出来る再現映像や当時の飲食物を味わえるデータ群はまだいいかもしれないが、人の思い出や生死にかんしてとなると、これをどう思うかは受け取り側次第だろう。 

 だがこの質問に対して答える回答に不安はない。

 ホワイトソフトウェアの原初にして最終目標が俺の中にはしっかりと根付いている。


「確かにそう思われるかもしれません。ですが私どもの思いは常に一つです。お客様に満足し楽しんでいただける世界を作る事。本業であるVRMMOと今回の事業はその業態は変化しておりますがそれは変わりません。ですから常に満足していただけるように鋭意努力を重ね、さらには成し遂げる。それが我が社です」


 お客様を楽しませる。サービス業としてもっとも基本にして絶対のルールを口にし俺は相手の目を捉え断言する。

 玉虫色の答えや曖昧な回答は逆効果だと勘が告げる。このおっちゃんもおそらく自分の仕事に誇りと矜持を抱く人種。

 不安や迷いが強い相手をビジネスパートナーとして選べるか?

 そう質問されてYESと答える奴は少ないだろう。何せパートナーを見誤れば自分にそのつけが来る。かといって根拠無しの強気な答えや勢いだけで中身の無い答えを返すのもまた×。


「その為に今回はこの説明会に向けた新機能を施しており、さらには正式稼働に向けまた新たな企画もいくつか考えております。この後に弊社の白井からご挨拶をさせていただきますが、そこから新たなる可能性を見いだしていただけるならば嬉しく思います」

  
 だからあくまで淡々としかし自信は込める。

 自分がプレイヤーとしてGMとして過ごしてきた年月。

 そして社長を初めとした上の連中や先輩らが作り上げてきたリーディアンの思い出が俺の答えに説得力をもたらしてくれる。

 俺達なら出来る。どのような苦境でもお客様を楽しませる事が出来ると。


「ふむ……いやいや失礼いたしました。少々気になりましてね。なるほどではこの後もいろいろ拝見させていただきますよ」


 俺の答えに満足いったのか一つ小さく頷いた岡本のおっちゃんは俺からゆっくりと離れて体育館の客席側を見やすい場所へと、おっかなびっくりといった様子の頼りない足取りで空中を歩いていった。

 これも前回のユッコさん達の同窓会の反省を生かして新規投入したシステムの一つ。やはり空中からの映像も見せた方が良いだろうと、急遽開発した物だ。

 GMを中心にして半径50メートルほどを半円型ドーム上に覆った特殊フィールドを展開して内部のお客様を空間毎移動させることで、安全確実な操作と手早い移動をしつつ、さらには空間内では機能制限したフライトシステムによる鑑賞を楽しめるようにした限定的機能だ。

 初心者でも簡単に操作可能を目指している機能なんだが、正直まだ未完成も良い所。

 慣れてない人間にはやはり機能制限されていても、ちょっと扱いが難しいらしい。

 まぁ、実際VRでも空中浮遊や飛翔を投入しているサービスは、飛ぶこと自体を目的にした種別や、ファンタジーやら戦闘系などVRMMOのような物がメインだってのもあって、触れたことが無い人も結構いるってのがある。

 何せ調整やら管理といったメーカ側の負担とプレイヤー側のコツと慣れが必要な機能だ。無くても困らない種別なら別に無理して付ける必要も無いといったわけだ。

 実際に今見ていてもVR世界管理をする技術者よりも、リアルを主な職場とする営業畑な連中が多いだろう俺の担当斑はどうも千鳥足気味な人が多い。
  
 まぁ若干一名すいすいと慣れた様子で飛んではフラフラとあちらこちらを見ては小さな歓声を上げている人物がいるが。

 栗色のロングヘアーはリアルでやったら何時間かかるんだろうというレベルで複雑に編み上げられ、その髪の束にもやたらとヒラヒラした装飾が施されまるで動物の耳のようにも見える。しかし服装は茶褐色の女性向けのビジネススーツで落ち着いた色合いとデザイン。

 頭の方をそこまで飾っていると、普通ならちぐはぐでごてごてとしたくどい印象を抱きそうなもんだが、なんというか全体的には一つのデザインで調和されていて上手く噛み合っている。

 さすがユッコさんのコーディネイトといった所か。

 独特の髪型とうろちょろしている姿が野生の野ウサギっていった感じのうら若い女性は、さきほどから時折こちらに視線を飛ばしてくるだけで自分からは近づいてこない。

 しかし会話に聞き耳を立てているのか耳のような髪を揺らし、時折まじめくさった俺の物言いがおかしいのか小さく噴き出しそうになっていやがる……失礼な奴め。

 当てて見せろとかぬかしていやがったがあまりに分かり易すぎる行動に、このまま無視してやろうかと思いつつも、この後の個人的な勝負のためにもこの茶番に乗るしか無いと諦める。 

 俺は軽く空中を蹴って、上の方に浮かんでいたその女性へと近づく。

 平均的な成人男性であると俺とさほど変わらない女性としては高い身長は偽物のプロフィールに合わせてか。それとも小柄な本来の肉体へのコンプレックスだろうか。


「さてと……ではそちらの社長さんはどういったご感想を抱きましたか」


 横に並んだ俺はささやかな抵抗として、こいつが昔嫌がった糞丁寧な問いかけをしてやる。 


「えぇ。なかなかに興味深い物ですね。さすがは三崎さんの所属する会社だと感心します」


 うむ……俺の負けだ。白旗を揚げよう。

 他の奴はともかくこいつに三崎さんと呼ばれると実に居心地が悪い。落ち着かん。姿形は変わってもその聞き慣れた声がどうにも違和感を刺激する。


「アリス……いつも通りでいけ。大勝負の前なのに調子が狂う」


 憮然とした顔で他の客の手前周囲に聞こえないよう小声でつぶやいた俺にたいして、


「りょーかい。これでいいでしょシンタ。どう? 前に気持ち悪いっていったあたしの気持ちがわかったでしょ」  


 ここが空中だと忘れさせるような自然な動きで軽やかに俺の前に回ったアリスは、少し大人びた顔立ちに変化させた見慣れない仮想体でありながら、何時もの笑顔でからかい気味な目を浮かべてやがった。

 この野郎。数年前の意趣返しか。執念深い相棒だ。



[31751] 変わらぬモノ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/10/25 00:59
「今回の同窓会プロジェクトによる私たちの第一目標はまずはVRの利便性。そしてその無限の可能性を未体験な方々に知って貰う事だったりと。まぁ、その為に架空世界では無く、過去の記憶の再現というのがインパクトが強いかなって…………」


 普段から軽いうちの社長のスタンスは、大勢の業界人を相手にしたホスト役でも変わらない。

 体育館の舞台上に立って大型ウィンドウの前で今回の計画の趣旨と将来的展望を語る社長は計画の重要性と規模の割には、なんつーか居酒屋で飲むついでに仕事を語る万年課長リーマンといった感じで堅さというか威厳がない。

 社会人としてどうよとは思うんだが、そんな社長の語りをお客様が軽んじてみたり、聞き流しているかというと、そんなのは皆無だ。皆真剣に聞き入っている。

 中堅所VRMMO会社社長の癖に、業界屈指の顔の広さを持ち、斬新かつ大胆な手で一目置かれているホワイトソフトウェアを率いるこのおっさん。白井健一郎の持つ特異なキャラクターなんだから仕方ないと程度には納得されているんだろうか。


『ねぇシンタ。シンタ達の計画って要は将を射んとすればまずは馬からって事? 本命はVR規制法の撤廃もしくは規制緩和って所でしょ』


 俺の横でむぅと難しい顔をしてウサミミっぽい髪(ウサ髪)を揺らすアリスが、周囲の邪魔になら無いようにと気を使ったのかWISで尋ねてくる。

 顔は前に向けたままで口を閉じている外国人顔の美少女から、流暢な日本語で故事が出てくるのに違和感を抱きつつも、こいつの正体がさらには宇宙人だとおもえばその違和感すらも馬鹿馬鹿しくなる。

 口元すらも意識せずにWISを使えるアリスのようなVR慣れした強者も地球人には僅かなりといるようだが、あいにくというかそこまでずっぽり浸かっていなくてよかったと思うべきか、そんな変態技能を俺は持ち合わせていない。


『正解。相変わらず鋭いな。まだ冒頭ちょっとだぞ。うちの狙いは、事業状態改善やら云々いろいろあるが、その中の一つに今回の計画を通じたVR利用者の増大と認識改善と、そこからの規制緩和狙いってのも織り込んでる……』


 まだ序盤だというのにすでにうちの画策している計画の形を読み切ったであろうアリスについついあきれ顔を浮かべつつ、俺は軽く唇を動かしつつも声には出さずWISを返す。

 VR技術はゴーグル型、ヘッドディスプレイ方式、筐体型などVR開発初期段階から数多の形式や手段が研究、発表されてきたが、機能や利便性、採算性を考慮した場合、脳内ナノシステムに勝る物が無く、商業として成立しているのは同上の形式だけだ。

 だが脳内ナノシステム方式が全てにおいて最高かというと実はそうでも無い。

 他部位へのナノ手術で実績と臨床データはあるとはいえ、ある意味では人の中枢部とも言える脳へと処理を施すこの方式は、危険性が高いと声高に叫ぶ研究者や忌避する奴もそれなりにいるからだ。

 実際問題初期開発段階では動物実験で数々の失敗もあり、さらに臨床試験として行われた人体実験まがいの行為が糾弾された事もあるらしい。

 だがそれらもすでに半世紀近く昔の事。

 反応速度の上昇や情報処理能力の向上を目的にした軍事、五感の再生や消失した身体機能伝達の回復を目指した医療技術からスタートした脳内ナノシステムは、数多くの失敗とそれ以上の成功例を示し、やがては施術の低価格化とVR技術との融合をもって世間一般へと普及していった。

 ここまで来ると、普通なら有って当たり前の技術となりそうな物なんだが、ところがだ脳内ナノシステムとそれによるVR技術がある程度一般化した俺らの世代でも、危険性や開発過程の問題を理由に拒否する者は確かに存在する。

 さらに開発過程の一連の騒ぎを直接見聞きした上の世代になればその傾向は顕著になる。

 これにVR技術とナノシステムの詳細はよく知らないが、今まで必要なかったのだから有っても無くても特に問題無いと感じていて、さらには危険性もあるならいらないといういわゆる無関心層という人らも年配者にはそこそこ多い。 

 平時なら反対派も無関心層も特に問題は無かったのかもしれないが、件の事件で死人が出た事で反対派に燃料が注がれ、無関心層から危険性が高いから反対派に鞍替えした連中が出た事が痛かった。
 
 さらにVR業界にとって不利な流れをVRの台頭を快く思っていなかった連中(反対派の医師や研究者、リアルにおける観光事業者やら娯楽産業系等々)がさらに世論を煽り、VR関連技術を規制へと向けていったというのが、今回の国内におけるVR規制の大まかな流れだ。


『ち……じんってホント足の引っ張り合いとか好きだよね。VRってあたし達からしても基礎的な重要な技術なのに』


 社長の説明を聞きつつ補足する俺の説明にアリスはウサ髪を立てて不愉快そうな顔を浮かべる。一瞬声が途切れたのは、リルさんの手による規制か。アリスの奴うちのシステムに会話ログが残るから、発言に気をつけろと言っておいた注意を忘れているようだ。

 そんな初歩の注意も忘れるほどに怒りの度合いは強いらしくウサギ耳風の髪がしゃきんと立ってワサワサと動いている。

 正直にいえば不気味なんだがこれを指摘したら、アリスがどう反応するかなんて想像するまでも無いので、とりあえず無視しておく。
 
 しかしやたらと機嫌が悪い。社長の説明に聞き入っている周囲のお客様もこの意思を持った髪とアリスの醸し出す雰囲気に気づいたのかちらりと見てはすぐに目をそらすなど若干引き気味だ。
 
 先進的な科学技術を持つ宇宙人であるアリスは科学万能主義なのだろうか。技術発展の阻害にご立腹といったとこ……


『っていうかそんな業界対立なんてくだらない理由であたしのリーディアンが奪われたの。むかつく』


 うむ。この深い怒りと恨みはゲームを奪われた所為か。納得がいった。こっちのほうがアリスっぽい。

 だが俺の中で評価がまた下がったぞこの廃宇宙人が。気持ちは判らんでも無いが、自業自得とはいえ人死に出ている案件で本音を出すな。  


『だからここから反撃だ。まずは無関心層の興味を引く企画でVRを知って貰う。さらにはそこから手管駆使してこっちに引きずり込むって訳だ。んでもってこっちの流れを作るのが大体の狙いだな』


 その為の入り口としてVR同窓会プランでまず実際のVRを体験して貰いその楽しさを知って貰う。

 そしてそこからいくつかの派生パターンを作り、さらにVRの魅力を叩き込む。

 派生パターンとして考えているのは、肉体機能が衰え今では出来なくなった運動量の激しいスポーツを楽しんで貰う休日スポーツプランや、遠隔地のご友人と各地の名産品を茶請けに茶飲み話を楽しんで頂くプチ同窓会プラン等々。

 さらには協力をいただいたミナラスさん提供の50~60代の方々の世代にはやった半世紀近く昔のレトロなTCGを当時そのままのルールと現代のVR技術で復刻させたカードによるVRデュアルを初めとした、現在では規制されたり老朽化されて撤廃された絶叫マシーンを復活させるレトロアミューズメントプランなんかもその一部には入っている。

 これらの複合計画により、すでに第何次になったかも定かでは無いが、大々的なVRブームを引き起こし、世論をVR擁護、規制緩和へと向けさせるのがうちの社長白井健一郎が画策していた計画の骨子だ。

 いつから社長がこのプランを考えていたかは定かでは無いが、その為に水面下で相当前から、それこそスタートとなったユッコさん達の同窓会プランの初期からいろいろ動いていたらしい。

 ただこれだけでかい花火を打ち上げるには、開発規模、費用もさることながら、目玉となるレトロなゲームやら商品に絡む版権やら商標権が問題となる。如何にそれらの権利を持つ企業や個人をこちら側に引き込むかも重要となってくる。

 それらの権利関係の金やらなんやらで揉めて大型プロジェクトが解散ってのはよく聞く話だが、そこは何とかなるだろうと俺は楽観視している。

 なんせうちの会社は俺ですら引くレベルのイイ性格した連中の巣窟だ。

 社長を初めとして佐伯さんやらと関わって、自分のペースを維持できるような奴はそうそういない。なんだかんだでこちらの思う形に収束していくはずだ。

 上手く利用するつもりがいつの間にやらうちの企業理念である『お客様に楽しんで貰う』に感染して、こちら側に落ちてきた会社連中は過去にもそこそこいるそうだ。

 それにホワイトソフトウェア社員の俺としても、そしてアリスの相棒たる俺にとっても、関わる人間が増えるのは願ったり叶ったりだ。

 二つの会社とついでに地球も救わなきゃならんが、とても俺一人じゃどうこうできる訳も無し。

 そういう意味では参加人数の多い今回は巨大な狩り場。精々イイ仲間を捕獲させて貰おう。

 何せうちの会社だけでも社長やら佐伯さんに親父さんに中村さんと大物がごろごろしているんだ。これに他の会社やら個人も引き込むのが今から楽しみすぎる。


「いろいろ考えてるんだね……でもシンタ。顔あくどい。またナンパ癖? はぁ、またシンタのせいであたしのように廃人になる不幸な人が生まれるんだね。シンタってなるべくして廃人製造器のGMになったのかな」


 説明の傍らこれから先のことを考えてついつい心が弾み口元を歪めていた俺を見て、呆れ混じりの何とも表現しがたいため息をついてアリスがWISでは無く声に出して呼びかけてきた。

 俺がどうやって仲間を増やそうかと考えあぐねている間に、いつの間にやら社長の挨拶をかねた概要説明も終わっており、会場と機能を全解放した自由散策にプログラムは進んでいたようだ。


「ナンパじゃなくて勧誘だっての」


 俺がギルマスやっていた頃から、新人勧誘やら他ギルドと友好締結してくるとアリスの奴は『ナンパ師』だの『たらし』なんぞと俺を呼びやがる。

 俺の事をナンパ師だと最初に言い出したのは先輩である宮野さんだが、その切っ掛けが知り合ったアリスを溜まり場に連れて行った時からなんだから、この呼び方もかれこれ6年になるのか。極めて不本意だ。


「っていうか誰が廃人製造器だ。この廃人野ウサギが。巣に篭もりすぎるのはウサギの本能か」


 アリスの悪態に俺も悪態で返す。俺はたぶん今不敵な目をして微かに笑っていると思う。目の前で楽しげにウサ髪を揺らし始めたアリスの顔のように。

 うん。この感覚だ。懐かしく。そして心が躍る。やはりこいつだ。

 大勝負の前にテンションを上げるための気兼ねの無い掛け合い。互いに対する遠慮も気づかいも無くしたやり取りが、俺とアリスの間にあった3年振りという時間的距離を無くし、あの頃に戻らせてくれる。

 アリスが狩ると信じて背中を預けた俺に。

 俺が防ぐと信じて死地に踏み込んでいったアリスに。


「今は巣穴から出てるでしょ。それよりシャチョーさんの説明は終わったんでしょ。紹介してくれるならそろそろいこうよ」  


「なんで社長の発言だけ下手なんだよ。普通に言えよ」


「ほらあたし。外国人だもん。ならそれっぽさ無いとダメでしょ」
 

「ったく。どこの怪しいバーのホステスだ。遊びやがって。ついこの間までは不安でぼろぼろと泣いてた奴が今日はずいぶんと余裕じゃねえか。これからが大勝負だってのに」


「判ってるってば。でもシンタとまた一緒なんだもん。シンタとあたしなら何とかなるんだから余裕でしょ」


 右隣に立っていたアリスは楽しげに笑いつつ右手を高く上げる。

 俺とアリスのコンビなら何とかなる。

 事ある毎にアリスが言ってたので俺の記憶にも色濃く残るその台詞とは裏腹に、何時もの定位置よりもアリスが伸ばした手の位置は高い。

 理解した…………なるほど背を高くしたのはこの為か。


「平っていうか下っ端社員に過大な期待すんな」


 アリスが伸ばした手に対して俺も左手を掲げる。

 アリスの廃人振りを思い出すならば下手したら四桁いってるかもしれない回数を交わしたギルド『KUGC』恒例の戦闘前挨拶だが、これがなんとも懐かしくあり、同時に新鮮に思える。

 何せ今回の相手はゲームの中のプレイヤーキャラクターやらボスキャラでは無く、リアルな人様。システムのサポートも無ければ、魔法のようなスキルも無い。

 一番下の下っ端社員が、社長やら上層部相手に個人的思惑有り有りなシークレットな企画を、VR復活をかけた新規プロジェクトの発足でクソ忙しいこの時期にねじ込もうってんだ。

 普通の会社なら不可能と即時却下な上に、状況を考えろと説教コースか?

 だがうちの会社はあいにくと普通じゃ無い。面白そうな企画なら喜び勇んでくれるような先輩方ばかりだ。無論その合格ラインは今の状況から考えれば極めて高い位置にある。

 要はここからの突発的なプレゼン次第。さてどう持っていこうかね。

 逆境をどう乗り越えようか考えていると、どうにも楽しくてしょうが無い。

 こんな事だから三崎は苦労させた方が良いとか言われるのかもしれないが、今日は何時も以上にワクワクしている。

 何せ二度と肩を並べて戦う事は無いだろうって思っていた相棒との戦闘だ。これで心が弾まなければVRプレイヤーの名折れってもんだろ。    


「んじゃいくぞ。気合い入れろよ。”相棒”」  


 今日のアリスの仮想体は俺と同等くらいの背丈。

 昔は背の低いアリスとでは少し合わせにくかった何時もの挨拶も、今はしっかりと手と手が噛み合って心地よく響く清浄な音を奏でる。


「オッケー。いこうよ。”パートナー”」


 キーワードを交わし、掲げた掌をそのまま握り拳に変えてさらに重ねるように俺達はもう一度軽く打ち合わす。

 ここ数週間で固めた『Planetreconstruction Company Online』の概要はすでに頭の中。

 アリスの手とリルさんによるデモ映像も準備済み。さらにはアリス曰く俺にも内緒の隠し球もあるとの事。

 ホワイトソフトウェアGMミサキシンタとディケライア社社長アリシティア・ディケライアのコンビ攻撃に耐えられる物なら耐えて貰いましょう。

 さーて戦闘開始だ。



[31751] VR世界のナンパ師
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2012/11/15 16:43
 何時ものやり取りをしている間に説明会場となっていた体育館からぞろぞろと人は抜け出しており、その中にはターゲットである社長もいた。

 社長を追って、俺はアリスを伴いグラウンドへと繰り出す。

 グラウンドでは今回の目玉企画の一つが模擬開店中で、それを目当てに大半のお客様が移動しているのか、なかなかの人混みでターゲットを探すだけでも苦労しそうだ。 

 といっても足で探すなんて無駄な真似なんぞしなくてもここはVR。社内チャットで座標位置を聞いた方が早い。


『大磯さん。社長ってどこです?』


 仮想コンソールを展開して、左手で手早く打ち込むとすぐに目の前にウィンドウが表示され返事が返ってくる。 


『んと、ここだね。矢印表示と。なに。どしたの三崎君? ……あ、噂の奥さん一緒か。ひょっとしてあれ。社長に仲人を頼もうとか?』


 会場案内役を引き受けている大磯さんが、からかい混じりの笑い声を上げながらも、俺の視覚にマップと矢印入りのナビゲート情報を送ってくれる。

 うむ。こういった矢印とマップ表示を見ると気分はお使い……もといサブクエストな感じだ。

 にしても、アリスの存在は某開発部の女傑のせいでプレイヤー時代から社内でも有名だったが、おれとの関係は一体どういう風に伝わっているのやら。


『それは無いっすね。ゲーム内だけならともかく、リアルで一度も会った事の無い奴を相手と結婚する趣味は無いんで』


 はてそういえば、アリスに相当ご熱心だったあの人が、アリスと直接顔を合わすこの機会を逃すはずは無いと思ったのだが、今の今まで接触してきていない事に俺はふと気づく。

 佐伯さんらしくない行動に疑問を抱くが、忙しくてそれどころで無いのか、それともいつぞやのように隠し撮りでもしているのかと思いつつ、大磯さんに適当に相づちを返す。


『いやいやそんな言い訳は通用しないってば。さっきなんかもあんな所でいきなりハイタッチ交わしたりしてたし仲良いじゃん』


 見てたのかあんた。いやまぁあの状況であんな目立つ真似してりゃそりゃ目にも入るだろうが、スルーして欲しいと思うのは調子のいい願いだろうか。

 大磯さんも女性の多分に漏れず、他人のこの手の話は大好物な御仁だ。

 下手に動揺したり、意味深な答えを返しでもすれば、後でからかわれるのは目に見えているので触れずに用件だけを伝える。


『こいつがうちの社長に挨拶したいって言うんで紹介にいこうかと思ってます。一応こんなでも会社の社長なんで。というわけで一応お客様のご案内。本日の業務の一環です』


 俺のこの時間の仕事はお客様からのご質問やご案内の応対。勝手知ったるアリスと言えどお客様。一応問題は無いだろう。


『あーちょっと今取り込み中だから後の方がいいかもよ……でも紹介って三崎君らしからぬありきたりな答え。なんか企んでる?』


『企むって人聞きの悪い。ナビありです。様子を見つついきますよ』


 自分の社内評価が何とも気になる発言は無視して、礼を言って大磯さんとのチャットを打ち切る。

 取り込み中ね。状況を上手く利用できるようならいいんだが。


「アリス。パーティ情報共有」


「ほいと。ん、シンタあそこだよ。あの辺人混みすごいね。休憩所だっけ?」


 俺が送ったパーティ申請を慣れた手つきで弾いたアリスは送られてきた位置情報を一瞥してから、きょろきょろと顔とウサ髪を動かして場所を特定しグランドの一角を指さした。 
 その指が指し示すのは休憩所として二棟展開してある東屋。その周りには人だかりが出来ている。

 そういやうちの社長って酒飲みのくせに甘い物好きだったな。大福つまみにポン酒とあり得ない組合わせしてたし。


「あぁ。なんか取り込み中らしい。んじゃアリス。様子見つつ仕掛けるぞ」


 計画の骨子たる基本路線を語り終えたばかりの社長の周りには、他の企業の人らや、開発者が集まっているのが遠目にも判るが、和気藹々とした歓談という雰囲気では無く、なにやら殺伐とした空気を感じる。 

 何が起きてるのやら。

 このような状況で乗り込んでアリスを紹介しつつ新規計画を披露するにはちと状況が悪い。挨拶もそこそこに流れに飲まれてしまう。

 どうするかと思いつつも、とりあえずは見て判断だな。


「りょーかい。あ、でもシンタその前に一つ良い?」


 出鼻をくじかれた状況に気づいているんだろうが、気負った様子も無く軽く答えたアリスだが、その視線はミニマップの会場解説欄をじっと見ていた。

 東屋で展開しているのはアリスの嗜好ドストライクな催し。やはり気を引かれたか。この甘党は。


「食べたいんだろ。成功祝いはユッコさんご推薦な菓子と洒落込もうか」


「うん。ありがと。じゃあちゃっちゃと終わらせようか。いつも通りヘイト管理は任せるね」


防御重視の俺がヘイトスキルでターゲットを集めて攻撃重視のアリスが強スキル連打。俺らのコンビ戦の基本形態だったが、ゲーム外でこの会話をすることになるとは。

 要は会話の主導権をこちらに引き寄せろって事だろうがヘイト管理という言葉を使うアリスに呆れそうになる。

 とことんゲーム脳だな。こいつは。


「あいよ。んじゃ前に行くぞ。GMスキル発動位相透過。同行対象アリシティア・ディケライアと」
 

 仮想コンソールを呼び出してポンポンとキーボードを叩きスキルを発動させる。ちと反則なチート技だがお客様をかき分けて前に出るのもまた失礼。
 
 要は俺らからは周囲の姿は見えているが、周りの人間からは見えずいかなるスキルにも感知されない、ゲーム内での取り締まりを行う巡回用の基本スキルだ。

 読んで字のごとく仮想体を位相透過状態へと移行させた俺らは二重、三重になっていた人混みをあっさりとすり抜け最前列へと飛び込む。

 姿を隠している俺らに気づいた人間は誰もいないので、急な割り込みにも文句の声は上がらない。


「あなた方の不用意な自主規制のおかげで、私を初めとした多くのVRMMOユーザーが住むべき世界を失った事をどうお考えですか」


「あーそうですね。ただあの時点では原因までもさすがに。まぁ転ばぬ先の杖という感じで。いや結果大げさだったでしょうかねぇ。いやはは。なかなかに手厳しいご意見ですね」


 前へと出た俺の耳に響いたのはどうにも険のある女性の声と、そんな敵愾心丸出しな相手にもいつも通りの軽い口調で返す社長の声だった。

 女性の鈴の音のように響く声は不自然なほど透き通っている……ん。こいつひょっとして。

 一瞬脳裏を掠めた疑念を片隅に追いやりつつその嫌悪感を隠そうともしない声の主へと、目をやり俺はつい言葉を失う。

 細やかな装飾が施されたプレートアーマーに身を包んだ金髪美少女だった。

 徹底的に手を入れた自作MODだと一目で判る不自然なほどに整った造形と狙いすぎた美少女顔には色違いの赤と銀色の双眼。

 しかも止めとばかりに、その絹糸のような髪からは少し尖った狐風の耳がにょきりと顔を出していた。

 ゲーム内ならおなじみなライカンスロープ。平たく言えば狐娘がそこにいた。
 
 周りがスーツ姿な営業リーマンやら、むさい開発系の技術者ばかりの中では、悪い意味で異色な存在だ。

 今回は企業向けの説明会ではあるが、特に服装や仮想体の仕様に制限は付けていない。この業界、変人、奇人が多いがいくら何でもこの手の集まりにここまで趣味丸出しな恰好で来るとは考えてもいなかったからだ。


「なぁアリス………………アレお前の知り合いか? リーディアンの時のお前の仮想体に似てるんだが、あの動物耳とかの痛い装備が」


 何ともTPOの読めていないそれを見て、ついつい横の相棒に疑問混じりの声で問いかける。

 この女性(?)のこだわりまくっているであろう仮想体は、ロープレ派として名高かったアリスの仮想体に通じる物がある。

 ひょっとしてどこぞの宇宙人じゃ無かろうかという疑念がよぎる。地球の常識が通用しないなら、このような場にこの恰好で来ても仕方ないと思うべきだろう。

 アリス以外に地球のVRMMOに参加していた奴がいないとは断言できないし。


「違うってば。シンタどういう目であたしの事見てるのよ。あんなあざといのあたしがやるわけ無いでしょ……もっと予想外の恰好で来てると思うけどあんな目立つアレは無いから」 


 俺の物言いが癪に障ったのか、アリスは頬をふくらませる。

 こいつの場合は一件狙いに狙ったウサミミ付き仮想体でも、リアルな肉体とほぼ同じという反則存在だから、一緒にするなという事だろうか。

 関係を問うた前半はきっぱりと否定。後半の物言いが気になるが、しかしこいつはこいつで宇宙の方で動いているだろうから、何かしらやっているんだろうと信頼してスルーする。

 さてすると何者だ。こちらのお客様は。


『大磯さん。状況教えてもらえます。相手のデータ込みで』


『はいはいっと。えーとお客様は『クロガネ』様。うちじゃ無いけど他の国産VRMMOでの有名プレイヤーでカリスマゲーマーって人。ゲーム内やブログなんかでゲーム内で楽しんでもらう為の秩序形成とか初心者育成の手伝いとか訴えたりする反面で、PKPなんかを力尽くで排除するべきだとか、結構過激な発言+有言実行。対PKギルドを作ってシンパも多かった人だね』


 俺の質問に一瞬の間もなくすらすらと大磯さんが答えを返す。さすが受付の達人。

 しかしカリスマゲーマーね。なんだってそんなのがこの企業向け説明回にいるんやら。


『VRMMO系ブロガーやVR雑誌コラムニストとしても活動してたみたいででその取材って名目で今回は参加。でもそれは建前で、どうもうちの事が気に食わなくて妨害に来たみたい。参加していたゲームは昨今の流れでサービス終了してて、VR業界全体がそんな風に衰退した遠因がうちの社長だって食ってかかってるところ』   


『あの事件が大本でその他諸々、原因やら理由はありますけど、むしろ社長はそれ防ぐ方に廻ってたでしょうが。業界の足並み揃えた運営停止とか地味な根回しなんかをしてたんだし』


 根拠の無い言いがかりに俺は唖然とする。話を聞いた感じではネットでは結構な影響力がある御仁のようだが、なにやらめんどくさそうな予感を感じる。


『あーそれそれ。自主規制主導したでしょ。お客様曰くアレが原因だって。HSGOで起きた事故なのに、過剰反応したからVR反対派を活気づけるいい材料になって、業界全体も自分たちが悪いと認めたようなもの。だから規制がされたんだって』


『え-と……要はHSGOだけの問題なんだから、他は問題なしと強気でいかなかったから規制が酷くなったと。そして自主休業を主導したうちが悪いと……なんすかその風桶理論は。うちの社長はどう反応してるんです?』


 俺からすると筋が通っていないんだが、一方的にまくし立てているお客様の様子から見るにその理屈理論を心底信じているのが判る。

 自分が正しい。他が間違っているってタイプか。うむ。予想通り面倒そうだ。

まぁ幸か不幸か、うちらの業界に限らず、サービス業ではお客様からの理不尽な言いが……もとい、ご意見を頂く事が多いんで、この手の輩にも慣れたもんだが、なるべく協力者を集めたい今回のような場でその雰囲気を壊すのは勘弁して欲しいところだ。

 そんな願いも空しく、このお客様の可愛らしい外見に似合わないねちねちとした嫌みったらしい言葉は延々と続く。ふむ。この感じやはりあれか。  


『そりゃ見てのごとくいつも通り。ノラリクラリと交わしつつ矛先分散な感じで煙に巻いてるけど、普通なら丸め込まれるか、諦めるんだけど、今回はかなりしつこい人なんで話がループしたりして進まないね。絵に描いたようなクレーマーだって感心したくなったところ。なんか変化の一石でもあれば状況が動くかもね……っとはい? 三崎君にですね。判りました伝えます……三崎君。中村さんから。とりあえず応対変わってくれだって。社長自身はこの状況を楽しんでいるみたいだから長くなりそうなんで切り上げさせろって』


 社長はお客様から直接頂く意見とか社内での討論とかを好む方だが、さすがに今日のスケジュールでは終わりまで討論という余裕はないので、中村さんからストップが掛かったようだ。


『了解しました。じゃあ切りの良いところで食い込みます』


 他の方への挨拶回りやら社長にはやって貰いたい事がいろいろあるのにここで一人のお客様に時間を取られるのは会社的に困るし、個人的にも問題有りだ。

 改めて社長とお客様に視線をやると、まだまだ話は続いているようだ。

 どうやらこのお客様はうちの社長から明確な謝罪を引き出したいようだが、他にも何か狙いがあるんだろうか。


「もし自主規制するにしてもご自分達だけでなさればよかったのでは。あなた方の運営なされていたような過疎化していたゲームなら参加していたプレイヤーも少なかったご様子ですが、私共の世界『カーシャス』は接続アカウントは国内VMMO最大手。そのプレイヤーが一斉に路頭に…………」


 当時の国内プレイヤー最大は”米国産”HSGOで大きく引き離されてはいたが、このクロガネさんとやらが上げたVRMMO『カーシャス』は二番目。”国内開発”としては最大登録者数を誇ったゲームだ。

 カーシャスユーザーは自分たちのゲームが国産でもっともプレイヤーが多いって事に、矜持を持っているってのは聞いていたが、なるほどこういう感じか。  

 うちを弱小扱いされるのはちと気になるが、まぁ登録規模から考えれば桁が一つ違ったからそれは仕方な……


「シンタ。解除」


 いつ切り込もうかと珍妙な恰好のクレーマー様をほとほと呆れてみていた俺だったが、何とも恐ろしい怒りを押し殺した雰囲気を纏った短い声に視線を横に向ける。

 そこにはウサ髪がジャキリと立っている臨戦モードで親の敵のような目でクロガネさんを睨む我が相棒の姿があった。


「断る。お前絶対喧嘩吹っ掛ける気だろ。止めとけ止めとけ。収拾つかなくなるから」


 怒った原因は容易に予想がつくし、この後のアリス行動も手に取るように判る。だから俺はにべもなく断る。

 自分が招いた客であるアリスがお客様と他のお客様の前で大喧嘩。始末書所か減俸で済めばいいレベルの大事になりかねない。 


「っ! シンタ! 悔しくないの!? 過疎ってる言ったんだよこの狐! カーシャスみたいな課金天国なゲームプレイヤー風情が!」


 沸点が低い奴だ。ヒートアップしてかなり口が汚くなっている。ゲームを馬鹿にされて激怒するって、ホントにこれが銀河を支配した王族の末裔なんだろうか。俺は担がれてるんじゃ無いだろうかと思わずにはいられない。


「まぁ面と向かって言われりゃいい気はしないが怒ってどうこうでも無いだろ。他社のゲームユーザーも大体は自分のやっているゲームが一番と思ってやっているんだからよ。第一アリスのさっきの発言も、こちらさんと同レベルじゃねぇか」


 課金ゲー。いわゆるリアルマネーが強さに直結するゲームってのはいろいろ言われているし、個人的にはどうよと思いつつも、業界の人間としては仕方ないと思う部分もある。何せうちらも商売。自分らの飯を食うための金が入らない事にゃ、夢も希望もありゃしないんだから。

 ただでさえ昨今のVRゲーム開発・運営は高性能化に会わせて初期投資の費用やら維持費に金が掛かるので利益を出すのが難しい。

 それこそスタートダッシュに失敗してプレイヤーが少なかったり、飽きられて過疎ったゲームがサービス停止になったのはよく聞いた話だ。


「らしくない! シンタらしくない! あたしにリーディアンのおもしろさ教えてやるって言ったときの気持ち忘れてんじゃ無いの! このままに言いたい放題にしておく気なの!?」


 俺が若干冷めた様子なのが心底むかついたらしく、なにやらアリスの怒りの矛先が俺に向いた。

 そんな怒りを受けつつも俺は肩をすくめて仮想コンソールを呼び出す。


「忘れた? 冗談じゃ無い。これでも社会人3年目だぞ。暴言程度で怒ってちゃGMなんぞ出来るかよ。成長したと言ってくれ。それにそのままにする気も無いっての。人の事ナンパ師やらたらしなんぞ言いやがってた癖に俺の得意技を忘れたのかお前?」


「だって! ……ってシンタまさかこれ引き込む気なの!? すごい逆恨みしてて、敵愾心あるみたいだけど!」


 激高しかけたアリスが一瞬固まってから、俺の得意技を思い出して再度驚きの声を上げる。

 俺の得意技。それは味方を作る上手さ。協力プレイ前提なネットゲーマとしては基本にして最重要な手。ゲーム内で磨き上げた俺の勧誘スキルを久しぶりに見せてやろう。


「ゲームじゃなくて世界って表現して、それを奪われた事の文句を言うためにゲームの仮想体で来るなんてことも出来る、空気のよめな……熱くなれる人種だ。お前と案外、話し合うんじゃねぇの? なら敵にするよか味方だろ。てな訳で切り込むぞ」


 カリスマゲーマにしてブロガーでVR雑誌でもコラム持ちね。なるほどなるほど。こりゃ良い。カモがネギしょってきたとはこのような状況を言うんだろうか。

 周囲にもギャラリーを集めてくれている良い宣伝塔発見。引き込む第1号はこちらの狐娘(仮)にしておくか。

 何を思ってうちが規制の遠因だという逆恨みを抱いたのか、皆目見当もつかないが、そこらは交渉しつついってみるか。

 上手い事、話を組合わせて、今日の目当てである本命の流れに持っていくステップに出来れば上出来ってな。


「うー。シンタってホントに大変所ばかり選ぶんだから。しかも楽しそうだし。りょーかい。そっちに合わせるから……これで見た目にころっと転がされたとかだったら、怒るからね」

 
 俺のターゲット選定に納得はいかない様子だが、不承不承ながらもアリスは承諾する。

 見た目? いやいやそれは無いっての。たぶんこちらの御仁はアレだ。そう俺の勘が訴えている。

 確信めいた物は抱きつつも、その直感が忘却したい記憶に繋がるので言葉に出さず俺はコンソールを叩く。

 次の瞬間位相透過状態が解除され、俺とアリスは人だかりの最前列、対峙する二人のすぐ横に出現する。


「お話中失礼します。社長。お客様の応対を変わるようにと中村さんから」


「あぁ三崎君か、いやぁ悪いね。僕が至らないばかりになかなか厳しい意見を頂いていてね。お客様からの意見ってのはやはり勉強になるねぇ。ついつい聞き入ってしまってたよ」


 あいも変わらない軽い口調と惚けたことを言う社長はどこまで本気なのやら。何ともらしい言葉に呆れつつ俺はお客様に身体を向けて深々とお辞儀する。


「お客様。失礼いたします。ここから先は私三崎がお客様の応対を」


「来たわねGM三崎……裏切り者が」


 大仰なほど馬鹿丁寧な礼をする俺の言葉を遮って向けられたのは、お客様からの殺意にも似た冷たい視線と侮蔑の混じった意味不明な言葉だった。



[31751] 楽しめてこそゲーム。それが宇宙の真理
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/19 15:33
 目の前に立つ長身の狐娘から向けられる視線は、なんというか薄ら寒い物がある。

 怨念が篭もっているような錯覚を覚えるほどに、どんよりと濁った殺意を感じる目線に、お客様が俺を見るなり発した裏切り者という言葉。

 どうやら俺個人に対する悪意があるようだが…………誰だ?

 ざっと記憶を浚ってみるがこの『クロガネ』とかいう廃人プレイヤーは俺の記憶には無い。

 光り輝くような金髪とデフォルメされた狐耳。それに男だったら十人中十人が美女だと断言するだろう美貌。

 傾国の美女である妖弧玉藻御前をイメージに作り上げた仮想体だろうか。

 VRソフトに付属する市販の仮想体生成キットのデータだけでは飽き足らず、おそらく自作や公開MODをいくつも組合わせて作ったオリジナル仮想体。

 見た目にこだわりハイレベルな仮想体を作り上げる事が出来る知り合いはそこそこいるが、それを自分用として臆面も無く使えるような知り合いは今のところ二人だ。

 一人は横にいる我が相棒にして最強廃宇宙人アリス。

 そしてもう一人は、学生時代の試験対策やらで借りが多くてどうにも頭の上がらない先輩である宮野さん(髭達磨男)くらいだ。

 当然のごとくこの面前の人物はアリスでは無く、宮野さんにしてもあのラテン気質な先輩がこのような薄暗い目をするわけも無い。

 そうするとこの狐なお客様は全く知らない人物のはずなのだが、この目の色にはどこか覚えがある。

 しかしいつどこで見たのか思い出せない。それほど記憶に残らない遭遇だったのだろうか。
 

『知り合い? すごい怒ってるけど』


 思い出そうと記憶を漁る俺の右袖を引っ張りつつ、アリスがWISで尋ねてくる。 


『判らん。裏切り者呼ばわりはGMになったときから腐るほど言われちゃいるが、別ゲーのプレイヤーに言われるような事してないぞ』


『逆恨みか予想外って所? どーすんの。引き込む気?』


『影響力って意味じゃ惜しい人材ぽいからな。適当につついて様子見してみるが、ワンクッション踏んだ方が良いかもしれん』


 殺意じみた非友好的な視線を受けつつ俺はアリスに返してみたんだが、さてどうしたもんか。

昨日来ていた脅迫文めいたメールもこの御仁か?

 しかし先ほどは”私”という言葉、昨日のメールは”俺”。

 一人称の違いが気になるが関係ないと言い切るのは難しいか。

 いきなりマイナスに振り切っているとおぼしき状態からの交渉。

 こりゃまた面白い……と気軽に言えるほどこちらの駒は多くない。


『了解。いけそうだったらあたしが入るよ』


 取っつき所を見つけないとこりゃどうにもなりそうに無い。まず会話のメインを奪う所からいってみるか。


「クロガネ様。以前にお目に掛かった事ありましたでしょうか? 私の方にはあいにくと記憶が」


「はっ。白々しい……白井社長。このような男をゲームマスターとして起用した事自体が、あなた方が、ゲームユーザーを、強いてはVR世界に生きる者達を軽んじている証拠ですよ」 
 

 まずは小手調べとばかりに繰り出したこちらの挨拶は鼻で笑って、あとは完全無視かこの野郎。

 会話を奪うために俺に意識を向けさせるファーストコンタクトは失敗。

 しかし収穫はあり。反応を見る限りどうやらこちらのクロガネ様は俺の事をご存じのようだ。

 一方的なのか、それとも別の仮想体で会ったことがあるのか。もしくはリアルか。

 リアルだとすると、その姿は地球外生物なアリスじゃあるまいし、狐耳のライカンスロープな訳も無し。こりゃ正体推測は難儀そうだ。


「僕らとしては彼が入社してくれて実に助かっていますよ。何せ三崎君は元お得意様。プレイヤー観点からの意見や企画を上げてくれるというのもありますが、うちのリーディアンにおいて彼がボスキャラを務めたときの盛り上がりはなかなかのもでしたので」


「リーディアンのボスGM操作ですか。それがユーザーをバカにしていると言っているんです。仕様変更や難易度の調整というアップデートという形での正当の進化では無く、有人操作で癖を変えてスキルをいじるだけで、同じキャラを延々と使い回す。その様な安易な手でゲームとしての延命行為を行うことを恥ずかしいと思わないのですか。同規模のVRゲームに比べても、こちらの会社はアップデートの頻度は少なく、規模も小さかったでしょ」


 クロガネ様が右手を振って複数のウィンドウを背後に呼び出す。

 中央の大きなウィンドウに映るのはリーディアンが稼働してから終了するまでに行われたアップデート回数やらデータ容量やらの統計データ。

 周囲の小ウィンドウには、リーディアンと同じく終了している中堅所のVRゲーム類の同データ。

 このデータを見比べてみると、ぱっと見だが、うちの会社は同規模の同業他社に比べて、アップデートの頻度やらデータ量は二割ほど少ない。

 攻略法を固定化させ無いためのボスキャラ有人操作にスキルコントロールというゲーム仕様は、このデータに沿って捻くれた見方をすれば、同グラキャラをちょこっと変えた安易な手段と映るって事だろうか。

 中から見てる分には自由度高い分、難易度の調整やらで新ボスキャラ一つ出すにも結構
苦労してるんだが、こちらの営業努力は身内のプレイヤーならともかく、外部には伝わりにくいんだろうか。
 

「しかもあなた方はこの男を雇い入れることで、プレイヤー達の戦術を盗み知ってさらなる延命を図っていましたね。新規開発を怠りプレイヤーを小手先の手段でごまかすその様な安易で卑劣な手を使うあなた方が、大規模なVR業界の立て直しを画策? はっ。どこまで本気なんでしょうか」


 クロガネ様はびっしと伸ばした指先で俺の顔面を指し示す。

 ふむ。どうやら、とことんまでうちの会社。さらには俺を叩きたいご様子。

 こんなデータまでご丁寧に揃えてくるくらいだ。用意周到万全の構え。恨み心骨刻みいるって感じか。

 これらの発言やらデータを見聞きする周囲のお客様の様子をうかがってみると、うちの会社をよく知っている方々はあまりの難癖にあきれ顔。

 だが問題はホワイトソフトウェアをあまりよく知らないお客様方。今回の説明会で初めてうちの会社に関わる御新規様。

 このままクロガネ様の意見に言うに任せていれば、どれだけ控えめに見てもうちの会社の心証が悪くなるのは避けられないだろう。

 うん。このままじゃまずいな。このクレーマなお客様をどうやって黙らせた上で論破す、


「課金厨でお金=火力な脳筋カーシャスの脳筋廃人には、リーディアンのシステムの奥深さが判らないようですね」


 攻略ルートを模索していた俺の横で、何とも冷ややかな声が上がる。


「なっ!」


「リアルマネーで安易に強くなれる仕様のカーシャスなんてやってたら、ゲームの面白さを知る事も出来ないのですね。お金で強くなるつまらないゲームでも満足できるなんて、可哀想で泣けてきました」


 言葉では可哀想と言い頷きながら、小馬鹿にしてせせら笑う外国風美女。

 言うまでも無くアリスなんだが、その目を引く美貌に似合わない流暢な日本語と暴言に周囲の注目が一斉に集まる。

 絶好調だったクロガネ様も思わぬ伏兵に驚いたのかその整いすぎた表情を固め絶句している。


「でもこういう可哀想な人が、お金を惜しげも無くつぎ込んでくださるのでアップデート費用が稼げるようですね。カーシャスみたいな駄ゲームじゃアップデートを何度もやらないとすぐに飽きられて過疎るから仕方ないでしょうし」


 煽るだけ煽ったアリスは最後にちょこんと小首をかしげてさわやかに笑いやがった。

 最後に体裁を整えたところで、周囲の空気はひんやりとしているくらい凍りついている。

 この状況を面白そうに見ているのはうちの社長くらいだ。こりゃ紹介する手間が省けた。数寄者の社長のことおそらくアリスを気に入ったな。

 問題無く円滑に進めそうな、そっちは後にするとして俺が考えるべきはこの状況で次に打つ手だ。

 クロガネ様の言葉に感情的になって切れたというには、アリスの反応は少しおかしい。


『ちょっと三崎君! 奥さん止めた方がよくない!?』


(大丈夫すよ。アリスにしちゃ敬語混じりの嫌味と遠回りなんでたぶん演技です。なんか考えが有ると思います)


 大磯さんが慌てて飛ばしてきたWISに対して、俺は左手で仮想コンソールを打ってノンビリとした文字チャットで返す。

 アリスは基本直情的というか顔に感情が出やすく喜怒哀楽が分かり易い。ただしこれは素の時。

 たぶん今のアリスは役やら設定に完全に入り込んだロープレモードと俺が呼んでいる状態に入っている。

 何かしらの攻略方法を見いだし、この冷笑できる人格を演じているとみるべきだ。


(それよか大磯さん。このクロガネ様のVRに対する主張。最近の規制も含めてピックアップしてこっちに回して貰って良いですか)


『でもこのまま放置はまずいん……はい……いいんですか? 中村さんが三崎君の判断に全部任せるって。だから絶対勝ってだって。資料は超速攻で集めるよ』


 止めた方が良いんじゃ無いかと言いかけた大磯さんに、中村さんから指示が飛んだのか、すぐにこちらの要請に基づいて行動を開始してくれた。

 クロガネ様の発言を黙って聞かされていた、うちの連中もかなりフラストレーションが溜まっていたのだろうか。

 反撃に出たアリスの行動を見逃してあっさりと俺に場をゆだねてきた。

 んじゃ上司の了承も得てバックアップ体制も作ったところでこちらからもいきますか。

 打ち合わせ無しの仕掛けはアリスが俺を信頼している証拠。アリスの真意を見抜き、それに沿った攻撃を俺が繰り出すと信じて……いや判っているのだろう。

 プレイヤー時代に時間と実績を積み重ねて強固にしたコンビとしての信頼を、そう簡単に裏切るわけにもいかない。

 アリスがロープレモード全力ならこっちも全力だ。


「っ誰ですか貴女は!? いきなり。関係の無い人間が口出しを」


「関係なら大有り。リーディアンユーザーとして、可哀想な貴女にゲームの面白さを教えてあげましょう。かつてリーディアン世界で勇名をはせたKUGCギルドマスターであるこのアリシティア・ディケライアが」


 いつかどこかで聞いたような台詞を大げさな身振りで髪をかき上げて宣うアリスは、何とも演技っぽさが強く、先ほどまでの険悪でシリアスな状況に若干のコメディー色を強制的に混ぜ込みやがった。


「……貴女が。なるほど。その横の男と結託していたというギルドマスターアリスですか」


 アリスの名乗りにクロガネ様が若干冷静さを取り戻す。どうやらアリスの存在も知っていたらしく憎々しげに睨み付けた。

 対峙する兎娘と狐娘。

 自然界じゃ圧倒的に分があるのは狐の方だろうが、うちの兎切り込み隊長も負けちゃいない。

 
「そもそも前提が間違っているの貴女は。アップデート回数が多い? データ量が豊富なほど名作、良作? 浅はかすぎて笑いたくなる稚拙な考えですこと。かつてゲーム黎明期に大ヒットしたアーケードゲームにはその様な後から付け足す機能があったかしら?」


「そんな一世紀近く前の化石じみたゲームとVRゲーム世界を同列で語るなんて底が知れてるわね。貴女の言う初期ゲーム群はそれなりに流行ったでしょうけど、それは他に選択肢が無かった時代。第一貴女が言うゲームも、後にリメイクや模倣としてシステムや仕様を変更して販売されているでしょ。後から出されたゲームは今で言うアップデートそのものじゃない」


VRどころか家庭用ゲームが爆発的に広がる前のアーケード黎明期からゲーム談義を始めやがった。どこまでゲーオタだ。この外宇宙生物は。

 そしてそれに食いついて乗ってきたクロガネ様。この二人は基本波長が有ってるような気がすると感じた俺の予感はたぶん間違っていなかったんだろう。


「確かに貴女の言う通りね。でもリメイクして改良され世に出ることはあっても、名作として語り継がれる不朽の作品群の評価は変わらない。それはなぜか? そこにゲームとしての不変の面白さがあるからです。たとえばシューティングゲームの始祖たるインベーダーゲームは完成された様式美を……………」


 インベーダーゲームを語る宇宙人。

何ともシュールな状況を横で聞きながら俺は大磯さんから次々に送られてくるブログや雑誌での数々の発言などから抜き出した情報を元に、クロガネ様の思考やVRゲームに対するスタンスを把握していく。

 基本的にこのお客様はVRゲーム世界を、真世界として捉えている節が見て取れる。

 リアルが偽物で、自分が過ごすVR世界こそが本当の世界だと。

 現実逃避と鼻で笑うべきかとも思うが、実際問題VR規制条例が施行されて、自分の世界を失ったと自殺未遂者が出たという事例もある。

 行き過ぎたVR中毒患者がこのような極端な行動に出ることを見越し対処していたので幸い死者はでなかったが、それでもゲーム世界に入れこむプレイヤーの業の深さを感じさせる話だ。

 さて件のクロガネ様もそんなプレイヤーの一人。

 しかもゲーム世界を清らかで美しい物と神聖視しているような発言が所々見いだせる。

 理想世界。努力が報われる世界。正しい本当の世界等々。

 ゲーム内PKを嫌うという情報も、PK行為そのものでは無く、ゲーム妨害としてのPKを嫌うという物らしい。

 ようはゲームに沿った敵対ギルドやら国家戦争でのPKはゲーム内のルールとして是とするが、復活ポイントでのエンドレスPKやら、初心者、低レベル帯を狙った高レベルプレイヤーによる一方的な殺戮。

 所謂迷惑行為としてPKを嫌い、その様なプレイヤーに対抗するPKKギルドを率いていたと。

 さてそんなクロガネ様のGM、そして管理側に対する認識は、理想世界を作り上げる一員として一定の敬意を抱いているようではある。

 だがGMとプレイヤーによる結託で不正行為が発覚した際には、苛烈な発言で二度とVRに関わるべきでは無いと切り捨てている。

 神聖にして真たる世界を作り上げる者は聖人君子であるべきってか。 

 これらの情報から推測するにVR世界に対する依存度はVR中毒そのもの。

 リアル肉体なんぞ二の次で、栄養補給の点滴と長期ダイブ用業者任せで捨ててすらいる可能性もあるアリスに負けず劣らずのヘビーユーザーだ。

 しかしだ。いろいろ情報を上げて貰ったところで俺とこのクロガネ様の接点がいまだに浮かんでこない。

 このような濃いキャラクター。どこかで出会ったとかなら忘れるはずも無く、かといってブログや雑誌コラムで俺やホワイトソフトウェアを叩いたやら話題にした痕跡も今のところ無し。

 卓越した情報纏めスキルをもつ大磯さんが見逃した可能性も低い。

 頻繁に書き込まれていた時期には接点が無いと判断するべきだろうか?

 そうすると疑うべきは、雑誌が廃刊になり規制後のブログの更新が低調になった時期からここ最近か。

 さっきから対面した感じどうもこの御仁。規制に対する恨み節が強く、その原点である不正行為者のために世界を奪われたと思い込んでいるのは間違いない。

 俺がここまで恨まれるのは、不正行為に関わっているとクロガネ様から思われているという事だろう。

 しかしだ。俺自身に身に覚えが無い。

 こちとらここまでとはいかずとも、不正行為はダメだろうと思う小市民。GMになった際は現役プレイヤーとの交友関係を過疎化させたほどだ。

 社長らが事件の際に事故現場のVRカフェに仕掛けた情報収集も、開発部の佐伯さんがメインで俺が関わってないし、第一あの人がやって足跡残すような不手際もやるはずも無し。

 そうなると予想外の行為。不正に関わっていたと思われても仕方ない迂闊な……世界が奪われた?

 ふと一つのキーワードが思い浮かび、記憶の中に散らばっていた点と点が一気に繋がっていく。

 ユッコさんの地元を調べに行った際の帰り道。

 電車が止まった事故で俺は足止めをくらい、法的に灰色な怪しげなVRカフェで一晩過ごす羽目になった。

 あの時は若干怪しげなソフトに心を引かれもしたが、結局アリスの力業な強制連絡で使用はしていなかった。

 しかし俺があの店に入店し、夜明けまで過ごしたのは事実。

 そして退店時に目の危ない兄ちゃんからなにやら因縁をつけられた記憶が思い浮かぶ。
 あの時はよく聞き取れなかったが、今思い返せば『世界は奪われた』とか言っていなかったか?

 ふむ。偶然と言うには言葉が似ている。

 そうするとだ……やはりこの狐娘はネカマか?

 どうにもクロガネ様の使用する仮想体の外見のあちらこちらが、異性目線から見た理想すぎて違和感を抱いていたんだが、たぶん男だな。こりゃ。

 しかもあの時絡んできた兄ちゃんか? 世間は狭いというかなんというか。

 状況証拠ばかりでかなり推測混じりの予感だが、このラインがすとんと納得できるのもある。

 第1候補と考えて行動するべきだな。

 さてそうなると完全なる誤解から恨まれたわけだがどういくか。誤解だなんだと言いつのったところで、素直に信じてもらえるのは難しい。

 確かな証拠を準備する必要性があるか。俺があの時どこへとデータを送り会話を交わしたか。

 前者は会社に送ったデータ群で証明は出来る。問題は後者。アリスとの会話だ

 相棒から銀河系の反対側に停泊中の宇宙船のVR空間に呼び出されて実は宇宙人だと告白されてました。

 こんな与太話を信じるやつは、失われた大陸の名をつけた雑誌の交流掲示板関係者くらいだろうか。

 このラインで攻め込まれたときの対抗策を考えながら、俺は仮想コンソールを叩いて今思いついた推測とクロガネ様の正体を、ゲームの面白さと発展の歴史で激論を交わすアリスへと宇宙的情報を隠したパーティチャットで送る。
 

「ゲームの面白さは千差万別。戦略ゲーが至高な人もいれば、アクション系こそ最高という方もいます。リーディアンの面白さは毎回毎回変化するボス戦に対抗して、知恵を振り絞り協力する大勢のプレイヤーと一体感。多数のプレイヤーとの共闘。これこそVRに限らずMMOの醍醐味。アップデートの量? MOBキャラの数? そんな物でVRMMOの面白さを計れると思うのが間違っているんですよ。ホワイトソフトウェアがユーザーを馬鹿にしたゲームを作っていた? 言いがかりも甚だしいんですよ」


 ちらりと俺の送った情報を見たアリスが他人には判らない程度にウサミミを模した髪をクルリと回転させて俺を指し示してからクロガネ様を差した。

 その示す合図は万事了解。もうじき任せるというサイン。

 さて、忘れちゃいけないのは俺らの最終目的はこのクロガネ様を論破することでは無い。

 もう一つのド本命な目的を果たすことが優先事項。

 アリスがここまで主導してクロガネ様を巻き込んだ討論の内容は、ゲームの面白さとホワイトソフトウェアと俺のユーザーに対するスタンス。

 ユーザーに楽しんで貰うという我が社の究極にして原初の目的である、ゲームの楽しさを争点にしていた。

 つまりは理想のゲームとはかくあるべきという論争。

 周囲でこの論争を見守っていたギャラリーにも、アリスとクロガネ様が撃ち合わせる楽しめるゲームとはどう有るべきかという熱戦は伝播しているだろう。

 交差する情報量は跳ね上がっているので、あちらこちらで双方の意見を論議するWISやらチャットが飛び交っている様子だ。

 ここまで来ればアリスがどうしてゲーム談義の論戦に持ち込んだかなんぞ嫌でも判る。

 俺とアリスが隠し持つ武器は、二つの会社とついでに地球を救う為に、荒削りながらも考えてきた次世代型VRMMOゲームの雛形。

 リアル宇宙で探査船を操作できるほどの凄腕ユーザーを集める為には、ゲームの裾野を広げより多くの人を集める必要がある。

 多くのプレイヤーを集める為に何より求められるのは面白さと話題性。

 場の雰囲気を作り、さらには自然に新規ゲーム案をお披露目する場へと作り替えた手腕は舌を巻くほどだ。

 さすが最高の相棒。ならこの相棒のアシストに答えるのがパートナーたる俺の役目だ。


(社長。ちょっといいですか? ちょっと新規なゲーム案がこちらのアリシティア嬢から個人的に渡されてまして、後で社長らに報告しようと思っていたんですが、こちらのお客様を納得させる為に提示しようかと。で一時的にプレゼンのためにこの辺の中位管理権限を貸して欲しいんですけど)

 
 いつの間にやら椅子を呼び出し、菓子と番茶を片手に完全に観客になっていた社長へと文字チャットを送る。

 存在感を無くしていると言えば聞こえは良いが、このおっさん……もとい社長の場合。見た目だけならそこらにいる万年係長なリーマンだから、その抜け目ない切れ者としての本質を知る俺から見て質が悪い事この上ない人物だ。

 腹案をお披露目するにも小さなウィンドウを使ってちまちま紹介したんじゃ、どうにも印象が薄くなる。

 本当はその壮大さに会わせて空一面を一気にスクリーンとして使えれば最高だが、さすがにそれは高望み。

 現実的な所で10メートルサイズの大型ディスプレイを展開するための中位管理権限許可を申し込んだのだが、


『あぁ。いいよやっちゃって。楽しみにしていたんだよ。君がこの場でついでに新規ゲーム案の披露を企んでるってある筋から聞いてたからね。お客様方の反応如何によっちゃ即採用するんで派手にいっていいよ。君の企画立案能力には期待してるんでね。親父さんや中村君には事前に許可は取ってあるから始末書も心配しなくて良いよ』

 
 社長はWISで返しながら俺の方をちらりと見て笑うとあっさりと最上位の全域全権委譲を送って来やがった。

 つまりはこのグラウンド一部だけで無く、この学校を中心としたVR世界全部への改変許可。

 これなら空一面をスクリーンとして使うのも問題無くいけるが……やっぱ食えないなこの人。っていうかどこから情報が漏れた?

 会社の上層部が俺らの企み知っていたって。ひょっとして中村さんが先ほどアリスとの対処も全部俺に任せるっていったのは、これに関連しているのか?

 しかし俺は今日の計画は誰にも話していないし、アリス側は宇宙だぞ。まさかこの人も異星人だったり……あながち間違ってなさそうな気もする馬鹿馬鹿しい予測が浮かぶほどだ。

 しかしこんな状況は願ったり叶ったりだ。


「プレイヤーが協力して一つのことを成し遂げるそれがMMOの面白さとは認めましょう。だけど貴女がいう、その面白さであるプレイヤーの協力関係を徹底的に壊した裏切り者がいますね。貴女の”元”パートナーよ。プレイヤーの心理と基本戦略を全て逆手に取ったボス操作で、大きな被害を毎回もたらす『裏切り者』にして嫌われ者のGMミサキ。信頼関係にあったプレイヤーを踏み台にしてGMへと成り上がった人間を重用すること自体がこの会社がユーザーを侮っている証拠でしょ」


(あーアリス。準備オッケーだ。派手にいけるぞ)


「いくつか間違いがあるわね。その情報は。シンタを裏切り者っていうけど、それはシンタを直接知らないプレイヤーの発言です。シンタのプレイヤー時代からの目的はゲームを面白く楽しんで、そして他の人にも楽しませる事です。GMともになってからもそれは変わらない。シンタを倒そうと協力するプレイヤー達の熱い連携や討伐後のプレイヤーの盛り上がりを知らずリーディアンを語って欲しくはありませんね。そして貴女の認識で最大に間違っている事。それは……」


 アリスが若干言葉を貯めて、表情を切り替える。冷笑混じりの冷ややかな表情から、実に勝ち気な何時もの子供っぽい笑み。

 勝利を確信したかのような何とも嬉しそうな顔で、頭のウサ髪を跳ね上げた。

 それを合図に俺は今まで目立たないように死角でやっていた仮想コンソール操作をやめて、全面に二つの仮想コンソールを展開して、用意していたオープニング映像を若干の修正を施しながら読み込ませていく。


「シンタは今でもあたしアリシティア・ディケライアの”パートナー”よ。そのあたしが断言する。ミサキシンタは今もユーザーを楽しませるために活動しているゲームマスターだってね!」


 アリスが言い切ると共に空に向かって高々と腕を掲げて振り切った。

 その瞬間、温かな日差しに包まれていた昼の空が、墨を流したかのように漆黒の夜空に切り替わり、次いで地平線の片隅から、巨大な月のような人工惑星が姿を現し始める。

 その人工の月の名は『創天』

 ディケライア社本社でも有り、そして恒星系すらも自在に改造する銀河でも有数の惑星改造艦。

 いきなりの変貌にざわつく周囲を見ながらも俺は一歩踏み出しつつ、自らの映像を夜空に浮かぶ創天の横に拡大表示させて一礼する。

 惑星サイズの船の横に浮かぶ自らの巨大映像っていうある意味巫山戯た映像を視界に納めながら俺は芝居っ気たっぷりに言葉を紡ぐ。
 

「さてご来場の皆様方。突然のサプライズ失礼いたします。今回はこの場をお借りして有るゲームの雛形をご披露させていただきます。新たなVRユーザー様に楽しんで頂くために企画されたのが今回の同窓会プランですが、そうなると今までVRを楽しんでいた従来のVRユーザーは無視かとなりかねません。VR開発各社で規制に会わせて新たなるVRゲームを模索している最中、我がホワイトソフトウェアもただ手をこまねいていたわけではありません。ですがいくつもの会議を重ねておりましたが、まだまだ形になっていませんでした。それで我が社社長からは案があったらいつでも持ってこいと言うことでしたので、まぁ腹案ありって事で派手にいこうかとこの場をお借りした次第。所謂スタンドプレーなんですがここらはご容赦を。私がご提案する新世代型VRMMOは、時間規制と最高スペック制限。さらにはRMT罰則を考慮しつつユーザー様に楽しんで貰うゲームです」


 進行上は紛れもなく突発的な発表なんだが、あらかじめ組んであったかのように見せかける為に戯れ言を紡ぐ俺が横のアリスを指し示す。

 地上の俺の動きに合わせて空に浮かぶ俺の像は横の創天を指さした。


「時は人々が宇宙を自在に駆け回る遙かな未来。銀河で未だ手つかずの恒星系を巡り鎬を削り合ういくつもの惑星改造会社を舞台に展開されるゲームとなります。そしてこちらの巨大人工惑星艦こそが惑星改造を勤めるメイン花形である惑星改造艦。その最上位であるこちらの船は恒星系すらも自由自在に改造して天を創る船。名付けて『創天』」


 地上のアリスが軽く手を振ると創天の周囲に次々に船が跳躍してくる。

 その映像はアリスから借り受けたカタログに載っていた船の外観データを元に地球規格に会わせてVR映像化させた船たちだ。


「プレイヤーの皆様は基本的には、この創天や異なる恒星系級惑星改造艦を本社とする複数の惑星改造企業に所属した社員となります。今現れた無数の艦船を組み上げて作られる小艦隊を指揮する司令。宇宙を駈ける船を操る艦長。そして一介の戦闘部隊長という3種のキャラクターがメインとなります。ここで誤解の無いように申し上げておきます。三種の職業から選択ではありません。一人のキャラクターが三種を兼任でもありません。三種類のプレイスタイルをその状況下によって使い分け選択する。これにより奥行きのあるゲームデザインを模索しております」


 とりあえず掴みは成功。

 クロガネ様も突然の展開に唖然として空を見ている様子。うむ。有無を言わせずこっちの流れに乗っているうちに一気にいくか。


「ゲーム全体のバランスにも関わる戦略を司る司令。各戦域での勝敗を左右する艦長。敵艦へと乗り込みそのシステム掌握や施設破壊をすることで戦局を逆転させることも出来る戦闘部隊長。この三つのプレイスタイルと各プレイヤーの行動が絡み合い、状況が刻一刻と変化していく」


 世界を作り上げるのはプレイヤー達の行動。それが俺の選んだゲームとしての基本デザイン。

 GM側の直接介入を減らし、自由度を極限まで高め、一つの世界を作り上げる。これこそがMMOという基本に立ち返る。


「惑星改造企業間で繰り広げられる星間戦争を舞台にした大人数参加型ゲーム。それがPlanet reconstruction Company Onlineです」


 自分の理想と夢をつぎ込んだゲームを語る空に浮かぶ俺の姿は、自分から見ても実に楽しげに映っていた。
 



[31751] 注意)追い詰めないでください。喜びます
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/19 15:37
 VR規制条例によるゲーム開発、運営において発生する弊害予測

 ①リアルマネートレード。通称RMTの全面禁止と、企業側への対応要請および罰則条項。
  
 罰則規定が設けられたこと開発メーカーには積極的な対策が求められており、対策が不十分と認められた場合、最悪運営停止処分が科せられる。
 
 メーカー側は管理外での売買に対するためにシステム的な制約を設ける必要性が発生するが、不特定多数のプレイヤーが参加する状況下で実効性のある対策は困難と推測される。


 ②脳内ナノシステムを用いたVR機能のスペック制限。

 地球におけるナノ制御機構と、それによるVRシステムまたそれを用いた娯楽遊戯において地域政府が定めた機能限界値を当てはめると、表現上の制約、脳内ナノを使った感覚強化の制限は、他地域の企業により開発、運営されるソフトに対して将来において、性能的に見劣りする部分は否めず、劣勢を強いられる可能性は無視できない。

 ③娯楽目的におけるフルダイブ状態の時間制限

 VRシステムの真髄である全感覚変換機能は、娯楽目的においては現地時間単位で極々短時間に限定されている。

 規制前の同種ゲームと比べると、その利用可能時間は8%ほどまで低下しており、既存もしく類似システムを用いて開発するのは実質不可能。

 新しいシステムと概念を構築する必要あり。





 地球の極東地域の一国において設けられた条例において、ターゲットが所属する企業を取り巻く状況と予測を、リルから簡素ながら提供されていたサラス・グラッフテンはそれらを思い出しながら、空を見上げる。

 その仮の瞳に映るのは彼女にとってよく見慣れた物。第二の故郷といっても差し支えない本社人工惑星『創天』

 銀河で有数の船歴を誇りながらも、未だトップクラスの出力を誇る帝国末期に誕生した名鑑……によく似た船。

 創天のみならずその周囲に浮かぶ船もサラスの知る物とは微妙な違いがある。法に接触しないようにいくらかの手を加えてきているようだ。

 仮初めの地上から見上げた衛星軌道に雄々しく映る雄姿に、周囲からも驚きを込めたざわついた声が上がっている。


『なかなか派手なことになっておるが、このまま見物かな。こちらの情報を未開惑星に出すのは御法度じゃろ』


 地球側のシステムとは別に用意された秘匿回線越しに聞こえてきた通信の主は同様に潜入しているノープスだ。
 

『この状況を面白がっている貴方が言いますか……フリーライセンスの艦船データをさらに微妙に改竄して、法に抵触しないよう小細工を施しているようです。それにこの情報が現実の情報だとは、この場にいる誰も思っていないでしょう。グレーゾーンでありますが問題は無いはずです。このまま様子見といきます』 
 


 ノープスからの通信に現状維持と短く答えたサラスは視線を地上へと降ろし、ギャラリー環視の中で堂々と立つ男女を注視する。

 自らに対する自信と隣に立つパートナーへと寄せる信頼を、互いの表情の端々に覗かせている二人組。

 男の方は報告書で見知るだけだが、女性の方は違う。

 この星にあわせて現実とは多少姿形が変えているが、サラスがよく知るアリシティア・ディケライアの姿だ。

 会社存亡の危機に未だ未熟な心身で立ち上がり、打ちのめされ笑顔を無くしていたアリシティアが、あのような溌剌とした姿を見せるのは何時以来だろう。

 よく知るが故に懐かしいその姿に感慨深い物をサラスは抱きながらも、それを心の片隅に追いやる。

 一瞬緩みかけた心を締め直し、二人が仕掛けたこの状況を冷静に見極め分析を開始する。

 ディケライア社を如何に復興させるか。この二人が仕掛けた手はディケライアのためになるか。その一点に尽きる。

 サラスの厳しい目線が二人を見据えた。





「新作ゲーム開発において、避けては通れない問題はVR規制条例。これが如何に苛烈であるかは、国内VRの現状を知る皆様方には今更多くを語るまでも無いでしょう」


 俺が大きな身振りで手を振るうと同時に、背後と上空に無数のスクリーン群が浮かびあがる。

 その画面に映るのは国内で開発運営されていたVRMMOのトレーラー映像群だ。

 可愛らしい外見を売りにしたファンタジーゲーム。

 精密に書き込まれた戦場で泥臭い戦いが繰り広げられたFPSゲーム。

 プレイヤーとMOBが混在する数万の混成軍同士が巨大兵器群を駆ってぶつかり合う大規模な戦略ゲーム。

 かつて存在し、規制により消えていったゲーム達。


「数多の国内ゲームが、その嵐の前に沈み、もしくは変容を余儀なくされました」


 派手できらびやかなトレーラー映像を映し出していた無数のスクリーンは、ノイズが走る白黒の画面へと一斉に切り替わっていく。

 クロガネ様の台詞を拝借するなら殺された世界って所か。

 この映像を作る際に運営停止や開発停止に追い込まれたVRMMOをざっと調べたが有象無象含めて100オーバー近く。そこに参加していたプレイヤーの数はさらにその何枚倍だろう。

 赤字でこれ幸いにと運営を取りやめた所も有ったようだが、大手も軒並み潰されている辺りVRは規制すべきって世論の強さを改めて感じた。

 周囲のお客様方はクロガネ様を含めて、俺らが用意した映像にVR業界の現状を再認識したのか、上空を見て険しい顔を浮かべている。


「今の状態で新作だって……正気か?」


 誰かがつぶやいた言葉が聞こえてくる。


『今の状態で新作だって……正気か?』


 アリスがその声を全体に聞こえるようにピックアップしたのか、少し遅れてからグランドに設置された拡張器や構内の放送機器から響いた。

 さすが相棒。俺のやり口を知り尽くした故の、打ち合わせ無しのナイスアシスト。

 声を発したであろう若い技術者が突如響いた自分の声に驚いて目を丸くしている。

 会場全体の心理をこちらの思うように向けていくには、俺の一方的な話だけじゃ些か弱い。他者の素の声も利用させて貰う。

 世間の逆風。

 厳しい規制条例。
 
 規制の切っ掛けとなった事件と同じようなことがまた起きたら、今度こそとどめを刺されかねないだろう。

 そんな逆境で一発かまそうってのに、俺達と同じ思いを心底に抱いているであろうクレーマー廃人様やら、同業他社様ごときの説得に苦戦してるようじゃこの先はおぼつかない。

 第一俺達の前に立ちはだかるのが、安地もルートも攻略法もまだ見つかっていない未知の迷宮とボスキャラと思いこめば、心躍らないわけが無い。

 被っていた社会人としての面を僅かに外して、俺は心の底からの笑顔を浮かべながら次の言葉を紡ぐ。 


「無論正気ですとも…………俺は知っています。ゲームの楽しさを。ゲームの面白さを。どんなクソゲーだろうが無理ゲーだろうが楽しんで攻略していく。それが俺ら廃人ゲーマーの心意気ってなもんです。この状況を楽しんで攻略してなんぼの物でしょう」


 胸によぎるのは現役時代の思い出。即死罠を如何にかいくぐり、雲霞のごとき敵MOBを躱し、つぶし、凶悪無比なBOSSに如何に肉薄して打倒するか。

 論戦を交わして、いろいろ試して、幾度も失敗の多い勝利を重ねた上で、ようやく掴んだ完全勝利。

 あの日々が俺を、そしてアリスを奮い立たせる。

 ゲームと現実の区別がついていない。VR中毒といわれても可笑しくないかもしれないと自嘲気味に思いながらも、空に浮かぶ俺と横に立つアリスは強気の顔を浮かべている。


「VR規制条例? 会社存亡の危機? 世間一般様? そんな中ボスは真の敵じゃありません。俺らの真の相手はユーザーたるお客様。彼らに満足し楽しんでもらえるゲームを作る事こそが一番難しい。それは皆様も知る所でしょう」


 VR業界の周囲を取り巻く状況の攻略はあくまでも前菜。攻略すべき主菜はプレイヤー様。


「だからこそ、今この時期のゲーム開発です。ゲームに飢えているであろうプレイヤー様に満足してもらえるゲームを作る。それがお客様を第一に掲げ、楽しんでもらえるゲームを作ってきた俺達ホワイトソフトウェアの役割だと思っております」


 ちらりと社長を見れば、俺の視線に気づいた社長は、満足げな表情を浮かべて頷く。

 入社してから3年。伊達に社長の小姓やってたわけじゃ無い。

 ”プレイヤーを楽しませる楽しさ”

 ホワイトソフトウェアの源流みたいな物を俺は受け取っている。

 だからこの状況においてもゲームの概要を説明をしつつ、周囲のお客様にも楽しんで貰う状況へと持っていく。

 その為にはうってつけな人物が俺の目の前にいた。


「さて、前置きはこれくらいといたしまして肝心要のゲームの基本仕様解説といきたいところですが、その前にゲストのご紹介を」


 我ながら意地の悪い顔を浮かべた俺はクロガネ様に視線を向ける。

 突然の展開に呆けていたクロガネ様が俺の意地の悪い視線に気づいて、目尻を上げてきっとこちらを睨んできた。

 アリスとの会話からの流れでゲームご披露の展開に、自分が出汁にされたとでも思ったのだろうか。

 いやいや、まだまだ。あんたはもっと美味しい敵キャラだろ。

 厳しい目線を向けてくるプレイヤーの代表格みたいなクロガネ様がこの場にいたことを喜びつつ、俺は右手を微かに動かしアリスに文字チャットを送る。


(アリス。お前にあやかって討論方式でいくぞ。お相手はもちろん)


『りょーかい。狐狩りね』


(おう。後リルさんに頼みがある。このメールを送ってくれ)


 日時と俺の脳内ナノシステムのパスコードを添えただけのメモをアリスに送り、さらに転送を頼む。

 用意するのは切り札。

 言うなれば悪しき衣を剥ぐ光の玉ってか。リルさんならこっちの意図を察してくれるはずだ。


『リルに? オッケー。急ぎでやって貰うね。今から必要なんでしょ。ふふふ。シンタ相手に戦う大変さを思い知って貰おうじゃない。じゃ。いくよ』


 なにやら悪者めいた笑いをこぼしながらWISでアリスが返すと同時に、創天を挟んで俺と相対するように金色の毛色の狐娘の姿が空に浮かび上がる。

 地上と空。敵意混じりの視線を受けつつ、俺は目の前の相手に一礼をする。


「こちらは、かつて国内開発VRゲームでもっとも支持を受けていたカーシャスにおいて、活躍なされたプレイヤー『クロガネ』様です。ゲーマーとして高名でありVR雑誌においてコラムを抱えておりました彼女に、ユーザー目線からのご指摘を受けつつゲーム概要の説明といきたいと思います」


 丁寧で緩やかな口調に戻しつつ俺は右手をまた走らせ、VRゲームじゃお馴染みの決闘要請コマンドを即席で作り、軽いメッセージを添えつける。
 

(闘論で決着といきましょうかお客様。こちらはスタンドプレー。新作案を披露しても完膚無きまでに打ち負かされたら、会社の面目を潰したと言うことで俺は首かもしれませんよ。しかも業界関係者ばかりのこの場じゃ、悪評が広まってVR業界に二度と関われない可能性もあったりしますが……いかがです?)


 クロガネ様の目的は俺をこの業界から追い出すことと予測できる。ならその恰好の場を用意してやろう。

 先ほどのアリスとの討論からみて、クロガネ様のゲームに関する知識と見識は鋭く深い物がある。

 おそらくは私情に任せて何でも反対して罵るのではなく、こちらの指摘されがたい欠点や弱点を攻めてくるはず。

 VRに関してのみならある意味公平で清廉な性格は、至極読みやすく、乗せやすく、そしてこちらの思惑とも合致する。
 

(上等! あんたなんて潰してやるわよ!)


 慇懃無礼この上ない俺のメッセージに、さらに敵意を強めたのか視線を険しくしたクロガネ様は叩きつけるように仮想コンソールを打ち受諾メッセージを打ち返してきた。





























 ちょっと短いですが切りが良いので更新します。

 リアルが2月くらいで一度落ち着くので更新速度を戻せるかなと期待しております。

 12月が労働400時間オーバーなうえ年越し職場。さらに三ヶ日も通常出勤な状況なんで、過度の期待はしておりませんがw

 次話以降は討論会ならぬ闘論会という流れなんですが、どういこうかなと悩み中です。

 随所に設定解説を挟むと流れぶった切り。

 でもゲーム内容がスカスカだと面白くなさそうで、人気ゲームを作るって言う作品のメインストリートに説得力無いかと。

ちなみに設定の一部ですがこんな感じです。



 RMT規制に対しては、プレイヤー間での直接トレードの概念を撤廃。

 ゲームの根幹としてプレイヤー間でのアイテムと金銭の直接交換が不可能となる仕様とし、厳重な登録制および脳内ナノシステムの個人特定機能と連動させアカウント譲渡を不可能としたシステムとすることで、物理的にRMTを不可能とする。



 既存ゲームにおけるスキルポイントや経験値も複合した総合システムとして、社内貢献度を設定する。

 導入を検討するこのシステムの特徴は、他者への譲渡不可能なポイントを元にする。

 ポイントを使用し装備、スキル、艦隊所属NPCをプレイヤーの選択によって自由に構築可能とする事で、プレイ可能時間やプレイスタイルによる変化に対応。

 貢献ポイントは全プレイヤーがスタート時に一万ポイントと仮に設定。

 このポイントはスタート時の基本的スタイルである、低価格帯の旧式戦闘艦3 中速偵察艦1、量産型補給艦1をもって小規模艦隊を構築した上で、低レベルの砲撃スキル、偵察 スキル、補給スキルを持つ乗員を搭乗させることが可能なポイント数となる。

 ただしプレイヤーはスタート時点で艦船リストから自由に艦隊編成を可能とする。

 基本スタイルの艦隊を率いて、所属会社から下される指令(クエスト)をクリアして【企業力】を上げていく艦隊司令プレイは、任地の選択や、艦隊構成に重きを置いたシミュレーションゲームとしての要素を強めに。

 シューティング型の戦闘を楽しむ艦長プレイにおいては、スキルレベルにあわせて艦装備の変更が可能な幅広い換装システムを導入することで、足を止めての打撃戦や、高速離脱戦法など、戦闘自体の自由度を高めつつ、装備による変化の幅を広げやり込み要素を添加する。

 突撃型揚陸艦を用いた敵対勢力の要塞や資源基地への強行進入による破壊、占領や、逆に敵勢力から所属勢力の基地や艦を防衛する直接戦闘をメインにする戦闘部隊プレイは、リアルタイムストラテジーを基本とし、防衛側には防衛拠点設置やタワーディフェンス型ゲームの要素を組み込む。


 上記三つのスタイルにおいて挙げた功績により、プレイヤーはポイントを獲得する。 

 ただし、その取得ポイントは画一的な物ではなく、その状況状況に合わせ、設定される物とする。

 また初期ポイントである一万を最低ラインとし社内貢献ポイントは増減する物とする。

 ただし功績ポイントには増減するフリーポイントと、一度取得すれば固定される永久ポイントの二種類に分ける。

 フリーポイントは提示されているクエストをクリアして増減する。


 永久ポイントの種類としての候補を以下に挙げる。

 戦域におけるトップエース。

 敵惑星や要塞を陥落させ取得した攻略戦参加者。

 撤退戦における殿を勤め一定以上の味方を逃げ延びさせた者。

 全滅判定された戦場において生き残った者。

 大型恒星系を発見した者。

 大規模資源回収、生産設備生成に成功した者等々。

 社の業績に著しい貢献が有ったと見なされる場合のポイントは減少値の枠から外れる。
 


 功績ポイントを積み重ねることでより大規模で最新鋭装備で固めた熟練乗員を要する精鋭艦隊を組織することが出来るが、艦隊壊滅やミッションにおける失敗においてはその責を負い大きくポイントを下げる物とする。

 基本スタイルであるこの三つはクエストとしてのミッションを受けて行われるが、それ以外にも、プレイヤーの自主的行動にもポイントを設定する。

 高速偵察艦を中心にした艦隊を構成しての敵対勢力圏の威力偵察。

 安価な作業艦を大挙に率いて自社地域での資源基地構築。

 補給艦を多数連ねた未開地域への長期資源探索。

 デブリ回収による航路の安全確保。

 プレイヤーの独自行動にも各々ポイントを付与する。

 ポイント増減はその都度では無く、一定期間毎に変化するものとして、プレイヤー側の構成負担を減少させる事とする。

 1週間もしくは1月の間から選択。オープンβテストプレイを実地して、その際のユーザーの反響によってその時期は決める物とする。




 闘論の随所随所にこんな形で設定を挟んでいくと長いし、ぐだるの確定でしょうしw。

 いっその事、一話を説明書と銘打って、そこで書こうともでも思ったのですが、すでにタイトルからして小説じゃ無いなと。

 とりあえず模索しつつ書いておりますので、更新停止はしていませんのでご心配なくw



[31751] 扇動から始まる戦略戦
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/01/24 03:46
「Planetreconstruction Company Online。通称『PCO』において顧客層は、ヘビー、ライトを問わずゲームユーザー全般を考えています。VR規制条例をカバーした上で、幅広い顧客のニーズに応える為に、ゲームの特色として戦略、戦術、そして戦闘それぞれのステージ全てが密接に絡み合うゲームデザインを提案します。まずはこちらをご覧ください」


 クロガネ様の前にプレゼン用に立体的な3D仮想ウィンドウを展開しデータを送ると同時に、アリスが一斉送信機能で会場、そしてリアルでこちらを見守っているうちの上層部やら先輩方へと同様の仮想ウィンドウを展開しデータを送る。

 親父さんを筆頭に中村さんやら佐伯さんにも目を通して貰うってのが、レポートを提出する学生時代の気分を思い起こさせてちょい緊張するのは致し方ないだろうか。

 不可は勘弁と軽く思いつつアリスに目で合図を送ると、俺の目の前に展開した仮想ウィンドウと連動しながら頭上の天空が大きく変化していった。

 空で対峙する俺とクロガネ様の巨大投影像の距離が開き、その間に直径5メートルほどの大きさの星系がいくつも出現して輝く。

 太陽系と同じように一つの恒星を中心にいくつもの惑星、衛星が回る星系。

 恒星を中心に宇宙ガスが渦巻く生まれたばかりの原始惑星系円盤。

 双子の巨大恒星が盛んに燃えさかる灼熱地獄の宇宙。

 様々なバラエティに満ちた無数の星系で描き出された天球図が出来上がると俺の横に浮かんでいた創天がバスケットボールほどに縮小して、その天球図の中心へと跳躍した。

 言葉だけでなく視覚にも訴える。

 VRにおけるプレゼンの基本を思い出しつつ、俺は戦闘を開始する。


「まずは戦略ステージ。これは艦隊司令の領域に属します。艦隊司令の目的はおおざっぱに言ってしまえば、本社企業から下されるクエスト消化や、独自行動によって自社支配領域を拡大する事です。プレイヤーは艦隊構成や攻略目標の選定を行った上で、その宙域、星系や小惑星帯へ艦隊を派遣します」

 
 手元の仮想ディスプレイに描かれた星系の一つを俺は指さし、ピックアップしてからその星系拡大しメニューリストを開く。

 その星系で採取、製造される資源や物資、人材等を表示した資源項目や、防衛衛星、軌道塔、軌道リングなどの設備関連など、その星系の基本情報がずらりと並ぶ。


「プレイヤーは選択した地域において物資搬入、商取引。雇用創出。人材育成。資源基地または防衛要塞の設置、敵対戦力の排除、妨害。鉱山開発や資源採取や、艦船建造能力や惑星開発力などを上げ、星系もしくは宙域毎との支配度を上げていくことになります。支配度が50%を超えている場合はその星系や宙域はその企業の支配領域となり、企業のレベルである総合企業力へと変換されます」


 空に浮かぶ創天が緑色に染まり、周囲の宇宙空間や星系が創天の支配域である緑や、敵対勢力の赤。まだどこも50%に達していない無所属地域の白へと変化し、目に見える形で表現していく。


「所有する支配領域がその企業のもつ資源や生産力や技術力等、総合企業力を決めます。総合企業力はその企業に属するプレイヤーが取得可能な艦船や装備やNPCを左右する重要な要素となります」


 数多くの星を支配領域に納めておく事は無論重要だが、一部の艦船や装備、もしくはスキルを持つ住民を確保するためには、特定の星系、星域を確保していなければならないと設定してある。

 それらの星系や星域は複数の企業がぶつかり合う最前線となり重要戦略拠点となるだろう。


「また自社支配度が強い宙域や星系では所属プレイヤーの能力は強化され、そして反対に敵対勢力の支配度が強い場所ではプレイヤーの能力は減少していきます」


 砲撃精度、威力、跳躍距離、跳躍位置の誤差、艦隊整備などの戦闘系。

 資源採集速度や建築効率、施設劣化速度など生産系。

 商取引における取引可能量、額、商品項目、雇用可能人材などの商業系。

 プレイヤーの持つ全ての能力が支配度の影響を受けていく。

 これは支配度が高ければ高いほど、また低ければ低いほど影響し、最大で±50%までの影響を受けることになる。

 ただし敵支配域への強行偵察やら諜報行為を行うことで一時的にだが地域全域での減少を緩めたり、個人のみに限定されるがプレイヤースキルによってマイナス影響を無視する事も出来る。
 

「続いて支配度の増減に影響するクエストの説明を行わせて頂きます。どのクエストを選んでも支配度は基本的に変動します。しかしクエストの中には大きく影響する重要クエストが存在します。赤色で表示されていますこれらは難易度は高いですが、大きく影響を持ちます」


 敵対勢力との直接的な戦闘系や、惑星開発での雇用創出をする生産系。恒星系政府や住民との商取引で自社ブランドの製品を納める事で増減していく商業系など、重要クエストにも種類はある。


「この中から商取引におけるクエスト『乾く星に海を』を例に説明させて頂きます」


メニューの中から、俺は星系政府や住民から提示されるクエストの項目から、増減が多い重要クエストの一つを選択。

 乾く星は読んでそのまま渇水に悩む惑星へと水や氷衛星を運び、星の面積に対して一定以上の海や湖沼を生み出せば、クリアという一見単純な物だ。

 不足している資源を運べば、恒星系政府や自治組織。居住住民からは好意的に受け取られ支持率つまりは支配度が上がるという、ただ運ぶだけのお使いクエストにならないように、そこでもう一ひねり。

 プレイヤーにいくつもの選択肢を用意する。

 運ぶ水一つとっても、生成に時間はかかるが、住民からは好評価の惑星環境への考慮をして完全消毒された無菌水。
 
 短時間で生成が出来るが、そこそこの評価の最低限の殺菌水。

 生成する必要も無くそこらのアイス衛星を軌道上から直接シュートな、低ポイントを大量生産する方法。

 星に一定量の水が確保できればクエストは消失する。それまでに如何に支配度を稼ぐかはプレイヤーの思考によって変わるだろう。

 高品質で納め高ポイントを取る路線で行くか、それとも低品質を大量に用意して一気にクエスト消失へともっていって決めるか?

 多数のプレイヤーが参加する状況で、自分の陣営にとって何が得策か個々のプレイヤーの判断にゆだねられる。

 PTを組んで高速輸送船組と、生成プラント艦組に別れて分業で高品質品を大量生産、大量運搬で膨大なポイントを稼ぐか?

 他のプレイヤーが星系にたどり着けないように周囲に網を張り妨害撃沈して自分たちだけがポイントを稼ぐか?

 支持率逆転が無理だと思ったら、殺人ナノ入り水を大量に運搬して住民一掃。直接戦力で無人星を占拠なんて、一発逆転な外道な手も良いだろう。

 ただしその禁断の選択肢は、その企業体に所属するプレイヤー全員の投票によって可決されて初めて派生するほど、いくつものリスクをもつ。

 他の惑星政府からは警戒され、全域で支配度が減少するだろう。

 住民が消えほぼゼロになった生産性を戻すには、余所から人を連れて来なければならない。

 人手不足で防衛衛星すらろくに機能していない星を狙うハイエナのような海賊NPCやら、無防備な星の支配権をかすめ取ろうとする他のプレイヤーと戦う必要も出てくるだろう。

 もたもたしていれば殺人ナノが自己進化して、無数の殺人兵器が蠢く殺戮惑星になるかもしれない。


「クエストを攻略する過程、そしてクエストクリア後も無数の状況と選択肢を用意することで、ただ運ぶだけの単純な作業ゲームでは無く、プレイヤー間での駆け引きを発生させる高度なゲーム性を確保するクエストを考えています。また一度支配度が上がって領域になったからといって、それは不変ではありません。渇水に悩んでいた惑星が水を得たら次のクエストが発生します。プレイヤーの行動によって変化した様が反映され、新たなクエストが発生し、無限に変化していきます」


 海や湖が出来れば惑星環境は激変し、それに伴いいくつものクエストが発生する。

 天候操作システム建設や水生生物搬入依頼など惑星自体に影響する大規模なクエストから、湖畔にたたずむリゾート施設建造など小規模クエストもあるだろう。

 それ以外にも星系政府や住民からは、やれ娯楽が少ないだ、仕事先がないだといった生活レベルの要請から、恒星が爆発寸前だから捨ててきて、ついでに代わりを持ってきてくれ、作ってくれなどいろいろ無理難題が上がってくる。

 それらを如何にこなし支配度を維持するか、はたまた妨害して他社の支配度を下げ支配域をもぎ取るか、それはプレイヤーの判断と行動にゆだねられる。


「通常クエストの行動もまた世界に影響を与えていきます。この中からいくつかを簡易ですが説明させて頂きます」


 今のところ考えているクエストを、とりあえず表示した画面にずらりと並べながら、俺はイメージ映像混じりで解説を入れていく。 

 惑星周囲のデブリを除去して航路確保。

 軌道塔の建設もしくは破壊。

 自社企業麾下訓練校用練習専用星系を創設しての企業レベルの底上げ。

 変わったところじゃ多数プレイヤーの協力必須だろう、惑星サイズな生物兵器から派生した宇宙怪獣撃退等、考えているクエストを発表していく。

 ……まぁ、ぶっちゃけると、実のところ、このクエストの大半はアリスの会社が過去にやった業務を参考にしていたりする。

 さすが創業420万年の老舗惑星改造企業。元ネタにだけはこまりゃしないほど、多種多様な仕事をこなしていやがった。

 つーか星を喰らう宇宙怪獣を退治って。なにやってんだアリスのご先祖様らは。

 適当に面白そうで使えそうなシチュエーションを抜いて来たんだが、あまりにも膨大すぎるんで、選ぶのに困ったほどだ。


「このように多数のクエストとプレイスタイルによる選択肢をいくつも用意し、さらに他のプレイヤーの妨害や、同勢力プレイヤーの協力も盛り込んで、幅広い自由度を確保した画一的な攻略法が無いゲームデザイン。これがまず戦略面としてのPCOが持つ特徴となります」


 速すぎず、遅すぎず、なるべく一定のリズムを保つようにして俺はプレゼンを続けていく。

 会場の雰囲気は俺らが用意した資料に集中しているのか物静かだ。

 時折誰かの唸るような声が聞こえてくるが、この静かさは少しまずい。

 人の記憶に残りづらく、さらにこの先、絶対必要な協力を得るための雰囲気を作りづらい。

 クロガネ様も画面を見つつメモを取っているだけで、まだ仕掛けてくる様子は無い。あらを探しこちらの出方をうかがっているのだろうか。

 仕掛けてくれれば会場全体を盛り上げられるのだが、そう思い通りにはいかないか。 

 年配のお客様からは、己の若いときでも思い出しているのだろうか、苦笑混じりの生暖かい視線が多いように感じる。
 
 会場にいる業界の大先輩方から見れば、右も左も判らない世間知らずの若造が、理想と夢だけで開発に膨大な時間と金の掛かるゲームを語っているようにしか映らないのかもしれない。


 ……いやいや先輩方。こちとら本気ですよ。


「では続きまして実際にクエストをこなしていく為の艦隊構成の説明へと移らせて頂きます」


(アリス。少し早いが”こっち”での最終目標ご披露といくぞ。本気だって判らせてやろうぜ)


少し冷めた会場の熱を上げるために、俺はプレゼンの構成を変化させ度肝を抜いてやろうとアリスに悪戯混じりのメッセージを送る。


『ほんとシンタらしいよね。大言壮語な夢で大勢を巻き込もうっていうんだから。しかもそれが真の狙いじゃない上に、あたしを表に出すしさぁ。裏の権力者とか政治家にでもなったら?』


 からかうような声でWISを返しつつ、アリスは目を閉じて完全ロープレモードへと入るための準備に入る。

 降ろすのはドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライア。今は亡き父の夢を継ぐために、会社を引き継いだ若き女性社長。

 アリスが準備に入ったのと同時に空に浮かぶ創天の周囲にいくつかの艦隊群が出現する。


「攻略するクエストや自由行動によって適正な艦船や人材は大きく異なります。そこで装備、スキル、乗艦NPCを、本社人工惑星や支配領域拠点でいつでも再構築可能とする事で、クエスト内容、プレイ可能時間やプレイスタイルの変化に柔軟に対応出来る形を模索しています」


出現した艦隊の構成はばらばらだ。

 鈍重そうな輸送船が大量に並ぶメインの艦隊もあれば、少数ながら獰猛さを感じさせる外見の打撃艦隊。

 さらには他の艦船とは比べるまでも無いほど巨大な大型プラント艦と、一目で違いがわかりやすい物を選別してある。


「しかし選択したからといってすぐに艦隊が構成できるわけではありません。少数の艦隊ならばそれほどでもありませんが、大規模な艦隊構成となった場合は出港準備の時間が掛かります。同性能の同型艦や、最新鋭艦を揃える場合においては、出航可能となるまで長時間が必要となります。こちらは本社や拠点の工場や宇宙港レベルにおいて増減しますが、最大規模艦隊でリアル時間一日ほどを考えています」


速度や跳躍距離を統一するために同型艦で構成した船団は、準備に時間が掛かるが安定した航海が可能。

 欠点を補った様々な船が揃う混成船団は、そこそこ短い時間で構成可能。

 船種はばらばらだが出航可能艦を抽出した即席船団は準備が即座に出来るが、それぞれの艦の欠点が噛み合って個別のフル性能は発揮できない。


「編成はAIによる自動編成とプレイヤーが選ぶ手動編成の二通りの方法があります。自動編成もAI完全判断と、構成時間の指定を筆頭に速度や積載可能量など細々とした条件を設定する半自動編成を用意。やり込み派や拘りを持つプレイヤーならば手動編成で頭を悩ませてもらいます。こちらはデータリストの一部ですがご自由にご覧ください」


 俺が構成可能艦リストを呼び出し広げると、静かだったお客様からざわめきが上がる。


「……なんだこの数! 多すぎだろ」


「設定だけじゃ無くて、VRの稼働映像もついてるぞ!? これだけの量を用意してあるってのか!?」


 ずらりと並ぶ船舶リストはざっと千種類。お遊びや企画段階で用意できる量を遙かに凌駕したデータ群にお客様は混乱している。

 資源採取に特化した作業艦や、星すら運べる特殊フィールドを展開する惑星輸送艦などの商業系宇宙船。

 反物質生成力を持つプラント艦、コロニー型農業艦やらの生産系宇宙艦。

 レーザー兵器、光速ミサイルなどでハリネズミのように武装した戦闘艦。機動兵器を搭載した空母などの星すら破壊する機能を持つ戦艦群。

 巨大ガス惑星内部探査艦やステルス機能を搭載した高速偵察艦を筆頭とした特殊艦類。

 それらのリスト群には武装や跳躍距離、速度、燃料費、出航準備終了時間まで、事細かな詳細データが付随する。

 一部のみだが完成されたゲームデザインに、こちらの本気度を悟ったのか会場の雰囲気が変わる。

 つい今し方までは実現不可能な夢を語っていた若造を見守るといった周囲の目線が、訝しげに俺を値踏みするかのように切り替わる。

 このご時世に何を考えて、こんな数のデータを用意しているのか理解不能だとでも思ったのだろうか。

 そんな混乱したお客様の前に、俺は一つの道筋をつける為に言葉を紡ぐ。

 こちらの思惑に乗せる為にVR技術者なら誰もが夢見て、そして現実を知って諦めた夢を。


「これらのデータは実は私が用意した物ではありません。私の友人にしてかけがえのない”相棒”が、今は亡き父の夢を叶えるために俺に託してくれた物です。俺はその夢に共感し、そして叶えるためにこの夢を実現に持っていくつもりです……」


 俺が言葉を区切ると同時に空に浮かぶ俺の横にアリスの投影像も出現する。

 出現したアリスは軽く礼をして頭を下げてから、閉じていた瞼をゆっくりと見開く。


「皆様初めまして。私はアリシティア・ディケライアと申します。私が託された父の夢。そして”パートナー”であるシンタと共に叶えようとする夢……それは世界一のプレイヤー数を誇るVRMMOゲームHighspeed Flight Gladiator Online。通称HFGOを越えるゲームを制作することです」


 令嬢然とした微笑を浮かべたアリスの口から出た言葉に会場が静まりかえる。

 国内VR技術者にとって、膨大な資金力と技術力をもつ大企業をバックに持つHFGOは越えられない壁として常に脅威としてあった。

 さらにはVR規制の発端となる事件を起こしたHFGOは、国内のVRMMOが壊滅状態に陥った今でも、海の向こう全世界で我が世の春を誇っている。

 口には出さずとも国内VR関係者ならば、HFGOに対して心の中では恨み、怒りなどのしこりを持っている者も多いだろう。

 ならそれに火をつける。

 会場の雰囲気を変える熱に。

 新たなゲームを作り出すという前進するための原動力に。

 夢を現実へと変えるための起爆剤に。 

 実現不可能な夢では無く、掴むべき目標としてはっきりとした形をあぶり出すために。

 俺とアリスの口から飛び出した大言壮語に、対峙していたクロガネ様が驚いたのか呆気に取られている。

 まずは先制攻撃は成功ってか。しかしここから。相手はまだ攻撃を繰り出してもいない。

 ボス戦は始まったばかりだ。



[31751] 思惑入り乱れる戦術ステージ
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/14 15:11
「あのー中村さん。三崎君ものすごい事を言い出し始めてるんですけど、いいんですか?」


 プレイヤー数、資金力、開発力。

 全てにおいて群を抜くというか違いすぎて、別世界なゲームを引き合いに出した年上な後輩に呆れつつ、GMルームのVR接続用筐体に収まりお手製の検索ツールを走らせ大磯由香は情報収集を続ける。

 広大で雑多な混沌とした情報の海から、業務用のマシンスペックに物を言わせ、クロガネというありふれたキャラネームを針とし、付随する各種情報で網を組み上げ、ヒットした情報を地引き網のように丸ごと引き上げていく。

 情報技術が発展しAIによる高度な情報分析が出来るようになったといっても、人の直観判断力が低下したわけではない。

 受付嬢として多くの関係者やユーザーに接してきた事で鍛えられた由香は、網に掛かった玉石混合な情報を、経験による勘に任せて、人柄、言動、性格、実績、交友関係などに区切り分類し判断し篩にかける。

 初心者に優しくて人当たりが良いと書かれたブログがある。

 言動が苛烈すぎて怖いと書かれた掲示板がある。

 矛盾する情報。それがいくつもの推測となる。

 相手によって態度がころころと変わるタイプなのか。

 一つのサークルで外見を流用して、中身がころころと変わる複数プレイヤーかもしれない。

 あるいはVR中毒者にたまに見られる、リアルと現実が乖離して引き起こされるネット型分裂症の兆候か?
 
 求める情報の質、量は人によって変わるが、三崎の場合はどんな些細な物でも拾い上げるし判断材料は多ければ多いほどいいという、ある意味楽な相手だ。

 判断は丸投げでいいとある程度まとまっては、プレゼン中の三崎へと送りつけていく。

 大見得切って芝居っ気たっぷりにブラフをかます一方で、彼女が送ったファイルも他者不可視の仮想ウィンドウで逐一確認するのを忘れないあたり、三崎の入社以来三年の付き合いだが、大胆なんだか慎重なんだか未だ判断がつかないでいた。


『三崎の好きにさせろというのが社長の判断だ。このまま任せるぞ。それに難易度はともかく勝算無しで戦闘はしないからなあいつは。場の空気を支配し始めたし、ここからがあいつの真骨頂だな』


 なにやら面白そうな笑いを漏らす主任の中村の声が響く。

 中村もホワイトソフトウェア初期メンバーの一人。自分たちが創りあげた世界を奪われた者として三崎の言葉に感じ入るところでもあったのだろうか。


「だからって引き合いに出すのがHFGOって……さすがに大きすぎですってば。他の人なら冗談とか大ボラでしょうけど。本気ですよね三崎君の場合」


 社内で一番常識人だと言われる上司からして三崎の発言を容認するのだから、何とも物好きな変わり者ばかりが揃った会社だと、自分のことを棚に上げながら由香は呆れ声をあげる。


『腹黒い三崎の事だから他に目的があって打倒HFGOすらも、ついでだったりするかもな……それよりもディケライア社だ。どういう仕事をやっていて、先代の社長っていうのはどんな方だったんだ。大磯君しらべてあるか?』


 三崎の友人であり、名物プレイヤーとして社内の一部でも有名だったアリシティア・ディケライアの言を信じるならば、亡父が残した遺産であり遺志の形。

 精巧で膨大な数のVR宇宙船データは一朝一夕で用意出来る物では無い。

 だがこれほどのデータ群を用意出来るディケライア社という名前は、この業界が長い中村も聞き覚えが無かった。


「あーはいはい……ディケライア社。創業は20年ほど前で、アメリカじゃよくある形のリアルに事務所を構えないVR企業ですね。主要事業は個人客向けのニッチでプライベートなVR空間作りと。オーダーメイドで手間が掛かるのと依頼主の情報保護もあってかあまり大々的に宣伝はしてなかったみたいです。知る人ぞ知るという感じで」


 打てば響くとばかりに由香は情報収集の傍らで中村の疑問にすらすらと答えつつ、事前にアリスから提出された事業内容書と、別ルートで収集していた資料を展開していく。

 ホワイトソフトウェアにおいて関係各所の基本情報集めは広報課の仕事になる。個々のニーズに合わせた情報を迅速に提供する為にも欠かせない業務の一つだ。
 
   
「三崎君の話じゃ、日本で事件が起きたのと丁度同じくらいに先代のヘルケン・ディケライア社長が病気で急逝されて一人娘だったアリスちゃ……アリシティアさんが急遽帰国して引き継いだそうです。そのヘルケン社長ですが、三崎君も会ったこと無いそうで、ネットから拾えた個人情報も少ないです。ただ筋金入りのSFマニアぽいかなって。所謂トレッキーみたいです。その筋のマニアサイトへのリンクが故人のFBにいくつかありました」


 呼び出したリンク集を展開し、そのサイトをサブウィンドウに次々に表示していくと、初代から一世紀近く経つの未だに時折ドラマや映画での続編が作られているあちらで国民的なSFドラマの公式サイトや、濃いファンサイトへ繋がっていた。

 故人の趣味がうかがい知れるリンクは、VR内で仮初めの空で展開されている新規ゲーム案と合致するものだ。


『なるほどな。趣味が高じてSF系VRMMOを考えていたって事か。うちの社長と同じ趣味を仕事に出来るタイプのようだな。一人娘を日本に留学させてったって事は、ひょっとして最初から日本で展開させる気だったかもしれんな』


「あちらだと新規ゲームが出ても、HFGOと顧客層が被るとすぐ潰れちゃいますもんね」


 Highspeed Flight Gladiator Online。

 そのタイトルが示すとおり、速度=破壊力を地でいくど派手な高速バトルの爽快感と、単純だが奥の深い一度嵌まると抜け出しにくい中毒性をもつゲーム感覚は、アメリカ本国で同系統のVRMMOが追随するのが難しいほど、圧倒的なシェアを持つ要因となっている。

 オープンβテストを開始したが参加者が集まらず、制作中止になったゲームもいくつかあるほどだという。

 ゲームを練り上げる事すらままならない本国よりも、他国でまずは様子見と開発を行い地盤を築くというのは、VR実装によってさらなる高度情報化社会になり、垣根が低くなり世界が狭くなった現在では有効な手と言えるかもしれない。


『しかしそれだけ本気って事か。開発部の連中も三崎の展開したデータ群を調べているが、バグや違和感も見当たらなくてどれも完成度が高いって騒いでるぞ。佐伯さんが動けば、もう少し調べられるんだが、なにやら音信不通になって連絡がとれないそうだ。身体はこっちにあるから中にいるとは思うんだが、大磯君は何か聞いているか?』


「佐伯さんですか? いえ特には。私がこっちに戻ってくるときもまだ中にいました」


『そうか。怪しいな……この状況で何か仕掛けてくる気かもしれん。なんでこううちの会社は変わり者ばかりが多いんだ本当に』


 三崎達が展開したデータ群は、開発部主任である佐伯女史なら垂涎で飛びつく上物だが、佐伯は自ら姿を隠している。

 怪しいにもほどがある女傑の動向に、笑いを含む中村の愚痴が筐体に響いた。













 いくつか予想外のことが起きているが、現状の流れは概ね思い通りのまま。あの許しがたき男に罰を下せるはずだ。

 己の感情を衣の下に秘め、仮想体の表面には相手が予想しているであろう驚いて動揺していると思わせる表情と仕草を貼り付ける。

 弱者のみを狙う卑劣なPKを、幾度も自らをおとりとして誘い出してきたその手腕は些かも衰えない。
 
 過去のプレイヤー時代から今に至る言動を調べ上げ、自らの利を求める狡猾な男の手管は見抜いている。

 予想外の手で動揺を誘った所で、相手側が承諾しやすい結果、条件を出すことで、罠を仕掛けた道へと相手を自ら誘い込ませる。

 相手の心情を読み取り、場に会わせて臨機応変に手を変える。

 策を張り巡らし、流れを操る策謀家。

 それが彼女が分析したミサキシンタという男だ。

 数多のPKを罠にかけた擬態も、この男は気づき手を打ってくるかもしれない。彼女が予測もしていない手をまだいくつも隠し持っているかもしれない。

 実際ここまでのゲーム内容には、いくつもの疑問点がある。

 ゲーム内容に自由度を求め、やれることが増えれば増えるほど、プレイヤーが熟練するまで膨大なプレイ時間を必要とする。果たして1日二時間という規制に対してどうするつもりか?

 元々用意していたデータは別として、この男が言うほどの規模のゲームを、業績が傾いた中堅どころのホワイトソフトウェアと、名前を聞いたことすら無い国外の会社で運営できるのか?

 分かり易すぎるほどに分かり易い弱点。

 おそらくこれらは罠だ。こちらがその質問を発した途端。この男は即座に切り返し、自らの勢いに変えるつもりだ。 

 今の流れで、これ以上起死回生の策を披露させて会場に熱を与える空気はよくない。ミサキシンタに有利に動いてしまう。

 全ての疑問点はこの男が説明を終えた後。いったん流れが落ち着いた後。感想評価という形で彼女に尋ねてくるだろう時に攻めれば良い。

 会場の熱に任せ勢い任せで問題点を強引にスルーする姑息な手を考えているのだろう。 
 しかし厳しいVR規制条例相手では、どのような策であろうともアラは浮かぶはずだ。なら会場が冷めてから指摘すれば良い

 焦る必要は無い…………すでに勝敗は決している。全ては手遅れだ。

 打倒HFGO? VR復活?

 貴様にはすでにそんな事をいう資格は無い。そんな野望を抱く事はできない。

 愚かな男だ。関係者で溢れたこの場に降り立ちミサキシンタというGMを糾弾した段階で、すでに仕込みは済んでいる。

 もっといえば出会ったあの日に、忠告をしたあの段階ですでに勝敗は決していた。
 
 祭りが起きればこの男はGMであるが故に業界からつま弾かれる。

 世界を奪われた者達の怨嗟を一身に身に纏い消え去ればいい。

クロガネと呼ばれる彼女は驚き顔を貼り付けた仮想体の内側で、すでに敗北したということに気づかない愚か者に対し冷たい嘲りの笑みをこぼしながら、目の前。そして仮初めの空で対峙するミサキシンタを蔑んだ。









『シンタ。注意。なんか狐からやな感じ』


 艦船データで場の空気が十分に熱を含んだと判断し次のステージへと突入しようと俺が口を開く直前、アリスから注意を促すWISが飛んでくる。

 アリスの指す狐とは言うまでも無く、今現在籠絡に掛かっているクロガネ様のこと。

 こちらが繰り出した切り札その位置『艦船データ』の量と完成度に、唖然として呆けた表情を貼り付けている相手に何を警戒しろと、他の連中からの忠告ならあまり気にもとめないんだが、アリスの忠告となると別だ。こいつの勘の良さに何度デスペナから救われたことか。


「では皆様、次に戦術ステージの説明へと映らせて頂きます。こちらのデータ群はまだ一部。いろいろな”モノ”が控えておりますので驚きを残しておいてください」


 戯れ言で僅かな時間を稼ぎつつ、ウサミミで電波でも受信しているんだろうかと疑いたくなるようなチート級な警戒警報に、俺は緩みかけていた意識を引き締め直して、左手を仮想コンソールに走らせ大磯さんから送られてきた各種情報を検索する。

 検索するのはPKKとして恐れられていたクロガネ様の狩りの手法とその手腕。

 スキルに縛られるゲーム内と違って、勝つためなら何でもありなこの状況下でどこまで相手の思惑を推測できるか定かでは無いが、参考にはなるはずだ。


「戦術ステージは艦を指揮していく艦長の分野となります。艦装備の変更。乗組員の入れ替えもしくは演習によるスキル強化などで育てていく育成面と、三次元軌道をメインとした宇宙戦から、惑星内での海戦、水中戦、もしくはフレア吹き荒れる恒星表面、掠っただけで致命傷となる高重力圏ガス星雲内での特殊状況戦など多種多様な戦場を用意…………」


 事前に用意していたカンペと映像群を使いながら説明を開始する一方で、俺はアリスの忠告に沿い行動を開始する。

 キーワードとして他者の評価。狩られたPK側、護られた一般プレイヤー側と検索をかけるとすぐに情報が無数に上がってくる。

 賞賛するギルメン募集掲示板や狩りを邪魔された事を愚痴るブログ。匿名掲示板に書かれた罵詈雑言。

 さすが大磯さん。この短時間でいろいろ浚ってきてくれている。こりゃ後で差し入れもってお礼コースだな。

 情報の多さに感謝しつつ、その中でいくつか気になる言い回しを拾い上げる。

『怖がっていたふりが上手い』

『呆然として青ざめた顔しているからって油断してたらやられた』

『必死に逃げる表情が作り込みすぎだあのクソ女。パニックになって動きが遅くなってると思って深追いしすぎたら罠にはまってやられた』


 ふりが上手い……呆然とする……遅くなる。

 脳内ナノシステムによるVRは原理的には脳から発される電気信号を読み取り、実体では無く仮想体へとダイレクトに反映されるシステム。 

 直結しているその為か感情に反応しやすく、特に基本的な喜怒哀楽は表面にあらわやすく内心を隠しにくいといわれている。

 アリスのウサミミなんかも良い例だろうか。
 
 ある程度慣れてくると表情を取り繕う事も出来るんだが、それにもそこそこ限界がある。

 自分が考えている事が表面に出やすいってのはNPCモンスター相手の時は別に気にしなくても良いが、PvPとなると話は別。ポーカーフェイスが出来ないようじゃ罠に誘う駆け引きなんぞ出来やしない。

 だからVR内の対人戦では顔を隠せるフルヘルムやらマスクやら覆面の装備が結構重宝されたりしているんだが、それに対して自分が丹精込めて作った顔が隠れるのが嫌だというプレイヤーも結構多い。

 この辺りは実利一辺倒な戦闘派と、見た目重視なロープレ派の違いだろうか。

 そんなロープレ派の筆頭だった俺の相棒が手をこまねいているわけでも無く、いくつか手は打ったんだが、


(アリス。お前だいぶ前に偽装MODって作ったことあったよな? ほれ内心とは別に仮想体の表面に別の表情をとっさに流すってやつ。対人戦で顔隠さないで済む秘策とかいって。アレなんで没にしたんだ) 


 どれもあまり上手くいかず、最終的には送られてきた電気信号とは別の表情へと変える高難度なMODまで作っていたが、なぜか没という結果に終わっていた事を思い出し、文字チャットで尋ねる。


『あれ扱いが難しいの。事前に特定の変換パターン決めるってのも考えたけど会話や行動に合わないとちぐはぐで不自然だし、状況に合わせて操作するとどうしても反応が遅れるし、そっちに気を取られてると他の行動も遅くなるから、対人戦じゃ使えないって結論だよ……それ聞いてきたって事はその類似品を使ってるって事?』


(……今は判らん。でもたぶん現役時代は使ってるな。こちらのクロガネ様は釣り狩りの名手みたいだ。結構なPKが油断して釣られてやられているみたいだ) 


『ん~そうなると。今の呆気にとられている表情もシンタのペースに巻き込まれて打つ手無しって訳じゃ無くて、何か仕掛けてる、もしくはすでに終えたって所かな』


(仕掛けか……こっちの隙。ゲームの規模やらVR規制条例対応策でのあからさまな誘いにも食ってかかってこない辺り、当たりかもな)


 こちらの隙に食いついてきたならこれを一気に釣り上げて即時論破で、こっちが有利に立つつもりだったがそう上手くいかない。

 となるとだ。相手の策は待ち……闘論会という形に引っ張り込んだ以上、俺の方からクロガネ様に最後に総評を尋ねる必要はある。そこで仕掛けてくる気だろうか。

 会場のボルテージを徐々に上げていき全体を巻き込んで、不確定要素は勢いでごまかすつもりだったんだが、そう上手くはいかないようだ。

 社長への説明と許可を取り付けてから社内で動くつもりだったが、先に動いた方がよかったかもしれないと反省する。

 まだこちらの最大カードは社内ならともかく”会社外”まで巻き込めるほどの完成度を得ていない。

 案として記載はしているがせめてもう一押し。VRゲームメーカー。そしてユーザーが興味を持てるような無視出来ないインパクトが欲しかった所だ。 


(とりあえずこちらの隠し札はあと2枚だけど、次の戦闘説明で1枚切る。時間規制条例とHFGO対策の、限定型VR戦闘システムを混ぜるぞ)


 多少の不安は抱きつつも俺は勝負へと出るために、クロガネ様のリアクションを待たずに戦力投入を決断する。

 最大の相手が乗ってこないといえど、会場内の他のお客様が注視しているのは変わらない。

 この熱をさらに高めて最大の切り札をより効果的に使うためにチャージしておく必要がある。

 最後の切り札こそがクロガネ様をこちら側に引きずり込むための、ユーザーを味方につけるエースカードだ。


『了解。無双システムのほうね』


 制限状況下においてもVR機能を最大に活用する事で、ユーザーの高揚感を高めゲームを盛り上げる為のゲームデザインをアリスは無双システムと呼んでいる。 


『でもシンタ。隠し札は+1枚しておいてね。あたしが用意した切り札も準備完了って連絡がきたから』


 自信ありげで実に楽しそうなアリスのWISが響く。

 アリスの切り札? ひょっとして俺にも内緒といっていた何かか。この状況下で準備完了って何をしていたんだこいつは。
 
  
(オッケー。期待しとく……ただ油断するなよ。思惑を外されまくってるからな)


 頼りになる相棒のこと。期待はずれな手は出してこないだろうと信頼しつつも注意を喚起する。

 このクロガネ様というプレイヤーは、大磯さんからの情報が集まれば集まるほど、厄介な相手だと判る。

 この目の前の狐娘の中が予想通りであるとすれば、最初にあったであろうあの日に、すでにクロガネ様は俺に対するワイルドカードを手に入れているはず。

 自らのあずかり知らぬ所で起きた事件で、VR全体が規制されるというVRユーザーの不平不満がくすぶった状況下で、火をつけ祭りを起こす火種を。

 俺がもしクロガネ様の立場ならそれを最大に利用する。相手の名声を地に落とし、二度とVR業界に関われない悪評をつける手として。
 
 こちらの御仁はネットゲーマーにとって古来からの最大禁忌の攻撃をやりかねない。なかなかあくどい相手だと、俺の勘が告げる。

 まぁつまりは…………あまり認めたくは無いがクロガネ様と同様のどす黒い悪意混じりのジョーカーをリルさんに準備してもらっている俺は、思考が似通っているのかもしれ無いということだ。



[31751] 買い物は戦闘です
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/26 02:49
「戦術ステージは、AI操作の僚艦を率いる多数のプレイヤー分艦隊がぶつかり合う大規模戦闘や、他プレイヤーとの連携をメインとしたクエスト型小規模パーティプレイ。それらとは真逆の少人数もしくはソロプレイが可能な、単艦でのステルス偵察艦による敵勢力圏への情報種集や、作業艦、市場艦による惑星、衛星での資源開発、工場建設、商業活動などの形を考えています」


 巨大な星図をバックに俺の説明に合わせて星図の各所がクローズアップされる。

 衛星クラスの要塞艦をバックに行われるまばゆい閃光と爆発が花咲く大規模艦隊戦。

 小惑星帯で高速で交差する小規模艦隊では、小型戦闘艇と蜘蛛のような多脚型の機動防衛兵器が近接戦闘を繰り広げる。

 プロミネンス渦巻く恒星近傍に建造されていく大規模工場の大型反射板がきらりと輝く。

 大気固定フィールド開放型デッキを持つリゾート艦の大海原には近隣の星々がきらめき、併走する巨大マーケット艦が辺境の極寒鉱山惑星で働く鉱山技師達へと娯楽と快楽をもたらす。
 
 リアルすぎるこれらの映像にお客様から再度ざわめきが上がる。

 最大拡大すりゃわかるが、損傷した戦闘艦から噴き出す空気やら壁面から噴き出す修復用の緊急ジェルやら、果てにはリゾート艦の海には泳いでいる六腕宇宙人やらまで描かれているんだから、細かいにもほどがあるって話だ……まぁ、何せリアル映像だからな。

 少しばかりいじってはいるが、これらはアリスが創天の映像ライブラリーに残っていた帝国末期に行われた機動要塞攻略戦やら、開発中の工場建設記録映像やら、恒星間ネットの一般普及に伴い今ではすっかり廃れたという銀河キャラバンの宣伝映像から持ってきたんだから、そりゃリアルだって話だ。

 反則手段な上にさすがにこのレベルのVRを再現となると相当な金と時間が掛かるので、資金、時間に乏しい現状ではちょい難しいが、最終的な目標という所でご容赦だ。 


「全てのプレイは、自プレイとAIによる選択、併用を可能とし、自らは最前線の戦闘に参加しつつ、後方での資源開発や技術開発による戦力強化をAIに指示、または逆パターン。リアルに合わせ平日は戦力増強、社員強化をAIに任せて、週末や空き時間に報告を確認しつつ新たな指示を出していく半自動的なプレイなど、お客様のプレイ可能時間、ニーズに合わせ、柔軟に対応していく形を考えています」


 他者と同一世界において競い合うオンゲーでのプレイヤーの強さは、多少の差異はあるが、身も蓋もない言い方をすればプレイした時間に比例する。

 無論アクション系のゲームはプレイヤー自身の反射神経に左右されるし、戦略系はプレイヤーの知略が試される。

 だがMMORPGの場合、判断基準の基になるステータス値に大きな差があれば、プレイヤースキルの差が、いとも容易く逆転されるのは言うまでも無し。

 しかし現状の規制状況下では、従来のプレイ時間の半分すら無理。そうなると従来型ではキャラ育成すらもままならない。

 短時間プレイに合わせて、ゲーム内でやれることを少なくして簡略化するってのも方針の一つだろうが、それはお客様の飽きが来るのも早くなりゲーム自体の寿命も短くなる。

 ディケライア社の破産か地球売却まであと100年あるとはいえ、せめて俺がまともに活動できて生きているうちに、他ならぬ相棒のためにも、プレイヤーの定数確保へある程度の道筋をつけるには、進化し続ける拡張性と奥行きの深いゲームを求めるしかないだろう。

 100年経っても飽きないゲームってのは、さすがに無理でも新規もベテランも楽しめる長寿ゲームデザインが俺の模索する形だ。


「プレイスタイル毎に求められるスキルは大幅に変わりますが、これは先ほどの戦略ステージでも多少説明いたしましたが、乗艦を変えてステータス変更や、持ちスキルの違う乗員チームを自由に入れ替えるという形を用いて、対応する形を考えています」


 説明をしつつ仮組みしたNPC乗員チームのリストを表示する。

 艦内の部署は基本系として5つに分類している。

 内訳は艦橋、機関員、船内保全、戦闘、整備の5チーム。

 艦橋チームは読んで字のごとく、艦の操舵や探査、通信、指揮系統能力に影響を与える部署。
 
 機関員チームの優劣は船の跳躍力や速度といった基本的な物から、巡航出力から戦闘出力へのスムーズな切り替えや、メイン炉の耐久度を左右する艦の基礎となる部門。

 船内保全チームは食事や清掃といった船内環境から、乗員の能力や士気を維持するといったどちらかといえば裏方だが、長期航海になればなるほどその重要性が増していく。

 戦闘チームは強襲艦による敵船内へ直接攻撃やら、逆に乗り込まれた場合の防衛。機動兵器、生体兵器群による艦外戦闘。

 整備チームは戦闘中の継続戦闘能力や母港、補給基地への帰還が出来ない状態での状態維持、船内生産装備がついた艦でなら星間物資をもちいた生産など。

 初期状態で保有できるチームは各一つずつでスキルも少ないがコストは少なめ。

 チームのレベルが上がる毎にスキルの増大と共にコストも増していくが、プレイヤーレベルを上げたり、スキルなどで運用可能な空きコストを増やしていく、SRPGの基本形のシステムとする。

 また所持チーム数や同時運用できるチームもプレイスタート時は少ないが、艦を増やす、ホームとなる拠点の拡大などで保有、同時運用が出来るチームは増えていく。

 基本形の5チーム以外には、特殊クエストで取得可能なチームとして、潜入工作チーム、巨大艦製造チーム、長距離狙撃戦闘チーム等の、最初から一部の特異スキルを確保したり、能力に秀でているが、コストが高い特化型などをいくつか用意する算段を立てている。

 
「乗員のレベル上げはキャップ制限有りで、一つのチームで全てのスキルの取得は不可能とすることでチーム毎の差別化独自性を出していきます。レベル上げは実戦はもちろんとして、ネットワークを用いた仮想戦闘、ゲーム内通貨を用いた拠点や本社での教育プログラムなど複数の手段を用いて上げていく形になります。プレイヤー側の負担減とやり込みを両立するために、こちらも艦隊構成と同じく、プレイヤーによる完全操作でのレベル上げと、ある程度の方針を指示した後はAIによる自動教育の両立を考えています」


 一つ一つのチームを精魂込めて育てて、特定状況下に強い特化型をいくつもに作るもよし。

 全部をAIに任せて、いかなる状況でも無難に動ける万能型を大量に用意するってのも王道だ。

 お気に入りチームはプレイヤー自身が事細かにカリキュラムを組んで特化型にし、残りはAIによる平均的な育成なんて合わせ技もあり。

 個々のプレイスタイルに合わせて変化可能な柔軟的な育成システムを示していく。


「またこれ以外にもプレイヤー間の交流の一つとして、余剰チームをヘルプ傭兵として、同勢力の他プレイヤーへのレンタル可能な方法も考えています。借り手と貸し主の関係も画一的な物では無く、借り手側の人手が足りない、練度が低いから借りるという文字通りの傭兵という形だけで無く、新兵を効率的に鍛える事が可能な教導隊スキル持ちのチームや、教練設備、衛星、はたまたその為に作られた技能訓練惑星を持つ別プレイヤーに鍛えて貰うというような、相互的な交流方法を考えています」


 自ら育て上げた高レベルチームを作り他プレイヤーに貸し出していく派遣会社を起こして勇名を馳せる。

 逆に大規模な訓練惑星を創りあげ大勢のプレイヤーから新規チームを託される、学校経営者なんてプレイも有りだな。


「乗員の容姿についても選択型自動生成とプレイヤー制作。またプレイヤー有志制作のMODを公式配布させていただく三種類を基本として考えています。MODを公式配布とする理由はRMT対策の一環であり、DLされた数に応じて制作者にはゲーム内での特典や、リアル方面での非売品公式グッズプレゼントを選択という形で、制作意欲とプレイヤー間での交流を活発化させる案を計画しています」


 VRにおいてキャラの造形は、アリスを筆頭にとことんまで拘り楽しむお客様もあるが、俺みたいに面倒だからリアルそのままでも良いというお客様もそれなりにいる。

 まぁ、これがプレイキャラだけならリアルと同じ容姿をちょい変更等でもいいが、さすがに艦内が全部公式の用意した同じ判子顔というのはさすがに気持ち悪い。

 一昔前のVR化される前のオンゲーじゃそれでもいいかもしれないが、昔のノリでNPCのキャラを流用した初期VRゲームの中には、違和感がありすぎる、同じ顔ばかりで精神的に不安になると、大不評で全NPC作り直しという大型アップデートもあったそうだ。

 PCOの仕様だとキャラの造形は完全自動生成モードでそれは避けられるが、中には自動生成キャラがお客様が生理的に気に入らないといったこともあり得る。

 だったらある意味第二のゲーム制作者ともいえる、MOD職人なお客様にご協力してもらおうという訳だ。

 兎にも角にもオンラインゲームの醍醐味は他者との繋がり。

 知らない奴らと出会い、意気投合し、時には反目し合い、パーティーを組んだり、PK合戦になったりと、決まり切ったシナリオなど無い自由で騒がしくも楽しい遊びを繰り広げていく。

 それが俺とアリス。ユッコさんやギルメン達。他の大勢のプレイヤーが嵌まっていた世界。

 その懐かしくも楽しく、時には殺伐としていた世界を取り戻すため、原点に帰りプレイヤーの交流を重視した仕様とするのが俺とアリスの基本方針だ。

 チームの貸し出し機能や、開発ツールを提供してのMOD推奨型MMOとしプレイヤーコミュニティを活発化させ、ゲームプレイヤーが新規プレイヤーを誘いたくなるゲームとすることで、多数のプレイヤーを呼び込む。

 これが当面の第一目標だ。

 この大人数のプレイヤーを呼び込むという方針と、AIへの指示を多めにするというゲーム構成は、プレイ時間の都合もあるがこの先に備えてということもある。

 表の目的はホワイトソフトウェアそしてVRゲームの復活なのは間違いないが、裏の本命である暗黒星雲調査へむけて、適切かつ瞬時にAIからの報告に判断、指示が出来るプレイヤーをある程度、見極めていくと共に、それに合わせたアリス側で用意するAIの調整のためのデータどりも兼ねているからだ。

 地球人の理解力、反応に適した報告文や操作速度、同時処理できる情報量、プレイヤー個々の特徴に合わせた機体チューニング。

 未だ自分たちの星からも簡単に出て行けない地球人を使って、暗黒星雲の調査計画なんて未知の事をやろうってんだ。

 欲しいプレイヤーと情報はそれこそ膨大。

 なるべく多くのプレイヤーとデータを得るための、プレイヤーコミュニティ活発化方針なんだが、必然的にいくつか問題が発生する可能性も高くなる。

 参加人数が増える毎に飛躍的に増していくサーバー処理能力やら、そのお客様に合わせたゲーム開発力など諸々あるが、それらは運営側の努力次第で何とかなるかもしれないし、手も考えているが、お客様要因の懸念はこちらのコントロール下に納めるのは難しく頭の痛い所だ。

 当面の懸念は他ならぬRMT。

 プレイヤー間の交流が活発になれば、公式で禁止されていてもRMTで儲けを得ようとするお客様もいるだろうし、買おうというお客様もいるはず。

RMT対策としてもいろいろ考えてはいるが、運営側をあざ笑うかのようにあの手、この手ですり抜けていくのがRMトレーダー達だ。

 実際に稼働してからが本番。次々に問題が発生するのはまず間違いないだろう。

 対策>回避策>さらなる対策>ならそこから回避。

 この連続で、お客様と俺らのイタチごっこになりそうな悪寒がひしひしとする。

 またMODを有償公開していたような人気職人達などの活動が、条例で禁止されているRMTの範疇に入るかどうかってのが、今ひとつ曖昧なグレーゾーンだったりするのも、懸念事項の一つだ。

 ゲーム内アイテムやアカウントの売買ならRMTとして言い逃れできないが、プレイヤー制作の完全オリジナル容姿キャラMODやら、便利MODの場合ちょっと事情が変わってくる。

 これらを制作者から購入したプレイヤーが自分が制作したModとして登録申請してきた場合、これはRMTの範疇に含まれるのかという事だ。

 担当者の考え方によって、黒にも白にもなりそうなんで、正直どちらに転ぶか読めない。

 当面はPCO関連MODは基本ツールDLをユーザー登録と連動した登録番号制とし制作者を特定出来る体勢にした上で、譲渡は全面禁止ってところか。

 そこらの理由方針はしっかりとお客様に説明した上で納得していただき、配布は公式を通した限定として、違反者には垢停止、削除と宣言し、悪質な場合は実際に処理していくというのが基本路線だろうか……絶対に反発を買うのは目に見えているが。

 元々世論に押されて急遽作られたVR規制条例。
 
 関係各所や某掲示板で重箱の隅をつつくような突っ込みが上がっているほどに、曖昧で穴がある。

 その声の大きさに、近々もっと実状に合った形で改正されるだろうという噂もちらほら聞こえる。

 その改正に合わせて、業界に有利な状況になるように世論を作るというのがうちの会社、ひいてはうちの社長の方針だ。

 この状況で、下手な揚げ足を取られるわけにいかないというのも、俺の慎重策の理由だ。

 
「…………では戦術ステージに引き続き、育て上げたチームを用いた戦闘ステージと平行して実際のプレイスタイルの説明に移らせていただきます。ここからはアリシティアさんにデモ版のテストプレイをお願いします」


 アリスを本名で呼ぶことに何ともむずがゆしさを覚えつつも、当初の予定通りバトンタッチして裏方を変わる。

 戦術ステージの説明を終えたが、やはりクロガネ様はこっちの誘いには乗ってこなかった。

 他のお客様と同じく驚き混じりの表情。しかし情報から推測するに擬態の可能性有り。

とかくゲームは、ゲーム内容に凝れば凝るほど、プレイヤーがシステムに慣れるまでの習熟時間が必要となる。


 PCOにおいては、チュートリアルやらなんやらを含めて、プレイヤーが独自行動を取れるようになるまでは、俺は最大20時間ほどを見積もっている。

 さらにプレイ時間となればMMOならば、一気に年単位とかに跳ね上がるほど膨大になる。

 全容をまだ知らせていないがPCOが、一日2時間、週10時間、月20時間の時間規制状況下では不向きなタイプだと会場のお客様もちらほら気づいている様子。
 
 こんな簡単な欠点をゲーオタなアリスと並ぶほどの、知識を有するクロガネ様が気づいていないわけはない。

 突っ込みがきたら限定型VR戦闘システムの即返し、戦闘ステージへのコンボと繋げたかったんだが、こちらの思惑通りには状況は進まない。

 アリスに表側を託している間に、こちらから仕掛けるべきか。

 一瞬方針を考えあぐねた俺だが、もう一つの手。このままの流れに任せるを選択する。

 下手な介入やゲーム説明よりも、アリスが今から行うデモプレイの方が生粋のプレイヤーであるクロガネ様に効くかもしれないからだ。



「はい。ではまだ未完成な部分が多いですが、ここから私のデモプレイをお見せいたします」


 クロガネ様への警戒を高めつつも何食わぬ顔で司会を譲った俺に、アリスはにこやかに笑いかえす。

 実に楽しげなその表情はこれからゲームをやるのが楽しくて仕方ないとありありと語っている。

 アリスの場合、これらの楽しげな表情は演技というより限りなく素の表情だと思う。何せ治療不能なゲーオタ廃(宇宙)人だ。

 だからこそ、デモプレイヤーとしてこいつほどふさわしい奴はいない。

 うちのギルメンの中にも楽しそうに戦闘を繰り広げるアリスに惹かれて、面白そうだとうちのギルドに入った奴も結構いるくらいだ。

 クロガネ様相手なら楽しそうにゲームをやるアリスの姿は、百の言葉を費やすよりも効果的かもしれない。


「皆様。こちらをご覧ください」


 ゲームがやりたくてウズウズしているのか、ウサ髪を揺らすアリスが手を振ると同時に、俺は仮想コンソールを弾き空に大きなシャボン玉をいくつも出現させる。
 
 シャボン玉の中にはVRプレイヤーなら見慣れた形の筐体やデスク、さらには小型端末が収まっている。

 筐体はうちの会社のGMルームに並ぶ汎用型のVR筐体の断面図。二メートルほどの内部スペースに配線一体型のリクライニングチェアと空調システムが設置されたありふれた物。型落ちの廉価版とはいえそこは業務用、一台数百万はする会社の重要な資産であり、リアルの身体がすっぽりと収まっている場所でもある。

 机は簡易型のVR接続用ダイブデスク。一般でも手が出る低価格帯で大半のVRゲームに対応したVR用大衆品。俺が大学時代からも愛用している品だ。

 小型端末はフルダイブは無理だがVRネットに繋げて仮想ウィンドウを用いたVR空間の限定的な閲覧や映像チャットが可能な簡易接続機器で、出先で重宝する昨今のサラリーマン必須ツールだ。 


「日本国内では今現在VR規制条例によるフルダイブの時間制限があり、従来のVRMMOの仕様ではゲームとしては成り立ちません。それは現状を見れば多くを語るまでもありませんよね」 
  

 困り顔を浮かべつつも微笑むという微妙に器用な真似をしながら、アリスは自らを注視する会場全体に話しかけ、流暢な日本語を話す異国の令嬢というキャラクターを最大限に使い、会場の他社お偉方な親父層の警戒心を緩めていく。

 クロガネ様は俺の最大ターゲットであるが、こっちは予想外の飛び入り。

 元々の計画上アリスのターゲットは、うちの社長を含めた会社組織内で権限を持つ重役連中だ。

 まだ温存している最後の切り札を切ったときに、如何にこれらを多くを落とせるかが、PCOのスタートダッシュの成否を決めると言っても過言じゃない。

 このために練り上げたアリスの外見とカバーストーリー。上手く作用してくれるのを祈るのみだ。


「そこで私達が提案するのは、フルダイブを前提としたVRゲームではなく、フルダイブを限定的に、そしてより効果的に用いる形です。先ほどまでのシンタの説明でお気づきの方もいらっしゃるともいますが、戦略、戦術ステージゲームプレイは、プレイヤーは麾下NPCやAIに指示を下す形。シミュレーションタイプのゲーム様式を取っています。これはフルダイブを必要とせずに、手軽にゲーム世界に介入する手段だからです。たとえば小型端末を用いたプレイ方法ですが……」


 地上のアリスが虚空に手を伸ばすのに合わせて、空に浮かぶアリスも出現していた端末を手に取って、その周囲に可視化した仮想ウィンドウをいくつも出現させていく。

 仮想ウィンドウに表示されるのは、銀河系の各所に派遣されたプレイヤー麾下の艦隊情報やら、本拠地ドッグでの整備、生産状況、さらには活発に値動きする取引用オークションなどの各種情報ウィンドウだ。

 そこに踊るのは簡易な文字の報告書やらグラフの類い。それらがアリスの周囲をぐるりと取り囲み、目まぐるしく変動している。


「このように周囲に仮想ウィンドウを展開してゲーム内情報に手軽にアクセスが出来るようにいたします。さらに……」


 アリスがウィンドウの一つに手を伸ばし触れると、それが拡大され身体の真正面に移動してメインディスプレイとして表示され、惑星を囲むリングである小衛星帯にある防衛基地に収まって整備真っ最中の真っ赤に塗装されていく戦艦の映像へと切り替わる。

 しかしその解像度は荒く平面な2D映像だ。

 もっとも安価な携帯用VR端末でも処理できる仕様に合わせた映像が映る仮想ウィンドウを、空のアリスが自らの横へと移動させ画面がお客様からも見えるように表示する。

  
「限定的ですがVR世界内のリアルタイム映像も閲覧可能となるように調整しています。もっとも端末機能の性能問題もあって最低限度の解像度ですけど、私本人はリアルにいながらも、こちらから整備チームへと指示を出す形で干渉出来るような仕掛けになっています。こんな感じで、ちょいちょいっと♪」


 別のウィンドウを呼び出したアリスが右手で整備チームへの指示を変更しつつ、左手を戦艦が映った仮想ウィンドウへと手を伸ばしてその表面に触ると、画面に映っていた戦艦にディケライア社のトレードマークでもあるウサミミのマーキングがでかでかと施され、同時に画面に3分とカウントダウンが表示される。


「はい。これで3分後には塗装完了です。今の私の動作はあらかじめ決めていたマーキングを接触箇所に施す簡単な処理なんで、こちらの端末でもパッとできます。でもこれだけだと凝り性なあたしは物足りないのでもうちょっと変化をつけたいなと思って、VRデスクへと変更します」


 戦艦を眺めたアリスは不満ありげなため息を吐きつつ首を横に振り、コミカルな動きで手に持っていた端末を投げ捨てる。

 それにあわせて俺はアリスの側にVRデスクのオブジェクトを半透明タイプで実体化させ、空に映っていたダイブデスクも巨大アリスのサイズに拡大して真横に移動させる。


「皆様ご承知の通りVRデスクは端末と同じく、VR機能の根幹である私たちの脳内ナノシステムを強化補正する物です。だけどその性能は端末とは断違い。だから先ほどと同じ情報ウィンドウもこんな感じで表示されます」


 軽やかなステップでVRデスクの前に座った二人のアリスが仮想コンソールの上で指を踊らすと、VRデスクを中心に映像ファイルや3D画像が出現する。

 それらは先ほど小型端末で表示したのと全く同一の情報だが、こちらの方がより情報が細かく、さらに映像やら箇所を示した星図付きで見た目も派手になっている。


「だからさっきの戦艦の映像もこんな感じになっちゃいます」


 椅子に腰掛けるアリスの目の前のVRデスクの上ではビーチボールほどの大きさの球状仮想3Dウィンドウが出現し、その中では先ほどアリスが、塗装用のアームが伸びてマーキングを描かれている最中の戦艦の縮小映像が表示されている。
 
 先ほどは平面で表示されていた映像が3Dに変わった事で、立体的にその詳細を観察できるようになっている。


「さてさて、これでだいぶ見やすくなりました。後はこれをちょっいっちょいちょいとマーキングに追加修正を施して、ついでに周辺環境に合わせて、3連装長距離ビーム主砲を5連装型の近距離ビームガトリング砲に変更と」


 どこからともなく筆ペンを出したアリスは目の前の戦艦へと、いくつもの線を書き込んでペイントを施しつつ、左手を軽やかに動かし兵装ウィンドウを呼び出して、ミニ映像に映るいくつかのユニット型の兵装から、ガトリングタイプを選択して主武装を変更する。

 アリスの操作に合わせて、戦艦の周りに自動機械群が群がり瞬く間に外装をペイントし直しながら、取り外しが容易なユニットタイプの武装を変更していく。  

  
「はいと。これでこの画面の下に表示されるのが、あらたな換装終了時間です。少し伸びて10分ほどですね。じゃ、メイクアップが終わる前での間にお買い物と♪ 今いる開拓惑星開発に使う資源衛星を探しちゃいましょう」


 整備中の戦艦が映る映像をアリスが手で摘み左横に移動させるとウィンドウが自動収縮してサブウィンドウ化する。

 開けた目の前のメインウィンドウ枠へと、アリスは今度は右側からプレイヤー間での取引に使うオークションネットのウィンドウを移動させて、販売リストを呼び出す。

 PCOにおいて俺は対RMTの主軸としてプレイヤー間で全ての商品、サービスに関する直接取引機能の廃止を考えている。

 その代わりに用いるのが、運営側も関与しやすい時限オークション形式。
 
 通常アイテムは日々行われる取引でワールド全体でいくつも設ける主要市場平均価格を算出し、市場毎に上限下限を平均値から公式が設定した+-10~20%以内でしか設定できないようにし、平均値は週毎に集計を取った上で設定を変動させていく。

 最初の入札者が現れてから1~10分ほどを出品者権限で時間制限し、他入札者が現れなければ、そのまま落札。
 
 入札者が複数いた場合はダイスロールによる抽選で最大値を出したプレイヤーが落札する。

 ワールド中でありふれた資源、だが必須な物、たとえば水素だったり酸素。

 これらの市場での動向を把握し上手くやれば、底値の市場で大量仕入れして、高値の市場に運び売りさばくことで、大きな儲けを出す事が出来るかもしれないし、逆に当てが外れて売りさばくはずの市場が貨物船が移動する間に値下がりを起こして大損をするかもしれない。

 利益を安定させたいなら、平均値が変動する前に市場を移動することだが、宇宙を舞台にしたゲームだけに果てしなく広大な世界にするつもりなので、市場移動にも一苦労するだろう。

 価値が変動しやすく値段が付けづらいレアアイテムにおいては、公開オークション方式とし公正公明な取引が出来る体勢として最短で1日最長で1週間程度の期間を設けつつ常に監視していく。

 おそらくこれだけでは対策は不十分なんだろうが、下手にガチガチのルールに縛ると不便でお客様からの反感を買うことになりかねない。

 そこらのさじ加減もテストプレイを重ねて見極めていくしか無いか。


「うん。早速良い物を発見しました。稀少鉱石含有確率3~4%の質量1000万トンサイズ小衛星お一つ40万。あたしのパートナーはこの手の勝率は20%はないと買わないチキンですけど、あたしなら買います……とっとやはり結構いますね。では勝負。ここは6面ダイス4つですね」


 誰がチキンだ。0.03ってギャンブラーすぎだお前は。堅実っていえ。ダイスロール勝たせるシナリオだが負けさせるぞ、この野郎。


「ぽいと……よし24♪ 勝ちは貰いましたね」


 ディスり気味な軽い口調を混ぜつつお客様を前にアリスは実に楽しそうにゲームプレイを続けていく。

 やらせだってのいうのに、ガッツポーズを決めて心のそこから嬉しそうな笑みを浮かべている様は、少し大人びた外見に似合わず子供のように無邪気で、中身が俺がよく知るアリスそのもだと改めて認識する。

 俺の役目はデモプレイを行うアリスの補佐。アリスのプレイに合わせてお客様達へ補足説明を載せた補助ウィンドウを開いたり、今みたいに他のプレイヤーがいるように見せかけゲームとしての体裁を整えること。

 兎にも角にも付き合いの長いアリス相手だ、ゲーム限定ならこいつの楽しむツボ、喜ぶタイミングを俺以上に詳しい奴なんぞいるはず無いと自負できる。

 
「落札できました。ではでは落札した市場に停泊している麾下の運送特化チームに目的地までの自動運搬させますね。あたし自慢の高速衛星運搬船の出番です」


 持ち船リストを呼び出したアリスは、インデックスをつかい目当ての中型運搬船をすぐに探り出すと待機していた運搬チームを乗船させる。

 NPCから売りに出される吊し売りの低価格貨物船を自らチューニングし改良船を作るか、基礎能力が段違いな製造プレイヤー工場制作の高速船を買うなど、いろいろ手段を考えているが、今回アリスが選んだのは、竜骨から軽量かつ硬質素材を選んで、衛星を固定する重力アンカーまで特注したという設定のワンオフな高性能運送艦だ。

 今は落ちぶれたとはいえ、元々は銀河屈指の大会社の令嬢。

 リーディアン時代から金遣いが荒いというか無頓着というか、なんつーか無意識で良い物や最高品質を好むアリスらしい選択だと思う。

 アリスの無意識な金持ち志向に呆れつつ、運送艦のスペックと運送特化型チームのスキルをお客様のウィンドウに表示と。

 衛星の大きさ形に合わせて自由に変更できる重力力場型格納機能。

 大出力の転換炉とその出力を惜しみなく使った膨大な運搬力。

 大型質量運搬時、移動速度と跳躍質量ペナルティの低減スキル。

 海賊やらライバル社に対する広域警戒スキル。

 敵探索機器への欺瞞、妨害などの逃走特化型電子戦装備とスキル諸々。

 戦闘能力は防衛武装がちょろちょろだけだが、早く、安全に運ぶ事に特化した船とチームであることをステータスは表している。    
 

「次は航路の設定です。AI選択の場合主要航路を運んでくる設定となりますが、ここで主要航路と近道と裏道を駆使した最短ルートを使いますね」


 主要航路の絶対安定型大ワープゲートを自船の跳躍能力で飛んでいくのが基本手段だが、そんな主要航路から外れた宙域には、別の地域にしかも主要航路より長大な距離を跳躍できる未知のワープゲートが転がっているかもしれない。これを発見、利用するなんてのもいいだろう。


「まずは今いる惑星から市場惑星への判明済み最短ルートを検索と……はい出ました。3つのワープゲートを使う道ですね。主要航路のみを使った場合の半分ほどに短縮可能みたいです。このうち所属ギルド所有のワープゲートは定期パスがあるので利用可能と。でも残り二つは他のプレイヤーさんが所有するワープゲートなのでゲートパスが必要ですね。では市場に戻ってパスを買いに行きましょう」


 主要航路の公共用ワープゲートと違い、発見されたワープゲートは基本その宙域に拠点を持つプレイヤーやギルドが所有する。

 武装ステーションを配置し周辺を警戒すると共に、ワープゲートに干渉を施すことで特定パスを持つ船しか跳べない仕様としている。

 だから所有者以外がゲートを用いようとすれば、大まかに二つの方法になる。

 所有者がオークションへと出品したパスを買い利用するか、武装ステーションへと攻撃を仕掛け破壊、その宙域を略奪するかだ。

 所有者側はパスの利用は一回のみや回数、定期など枚数も自由に発行でき、敵対勢力や特定プレイヤーへの販売禁止も可能という形を考えている。

 有益なゲートを巡って大規模な争奪戦が起こるかもしれないし、立ち回りの上手い所有者なら周囲を戦闘禁止域として上手いこと中立圏を作って、貿易の一大流通ルートへと自分のゲートを成長させる事も可能だろう。

 私有ゲートを使わなくても、主要航路を使えば少し時間はかかるが到達も可能。さらには銀河には無数のゲートが眠っている。他の航路を作り出すなど、幅広いゲームプレイを考えている。

 本当にごく少数なゲートは、そこを使わなければ到底到達できない宙域へと繋がるってのもいいかもしれないな。


「はい。無事に買えました。他にも買いたい物が出るかもしれませんから回数券にしてみたらだいぶお得でした。結構良心的なプレイヤーさんです。フレンド申請をだして、うちのギルド所有ゲートと定期パスを交換しませんかとお誘いしておきますね……っとと、換装が終わったみたいですね」


 アリスが文面を作り終えると同時に整備ウィンドウを拡大。塗装、換装を終えた戦艦を表示、膝の上でその映像を転がしながらアリスはつぶさに観察してから、


「はい。上手に出来ました♪」

  
 どこかで聞いたことのあるような台詞を、大きく頷いてから極上の笑顔で宣っていた。



[31751] 左手のやることを右手が知らないときが良いときもある。
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/03/27 00:23
「金山なんか良い物あった? 新入生勧誘週間の目玉になるようなの限定で」


 部室棟の階段下のとうの昔に使われなくなった地下防災備蓄倉庫。

 ここには前身である上岡工科大学遊戯同好会の創設以来、代々引き継がれてきた品が眠っているという。

 VR全盛期の昨年までなら、現組織上岡工科大学ゲームサークル通称『KUGC』の売りは、メンバーがやっているVRMMOリーディアンオンラインの独自Mod開発をメインとした、楽しみながらVR関連知識や技術を習得し、さらにはゲームを通じ人脈を形成するという物であった。

 しかし昨年の事件でそのリーディアンも終了。新規会員勧誘のためにも新たな策を練る必要が生まれ、その為に頼ったのは先達達の遺産であった。

 しかし倉庫整理という名目での探索が始まり開始二時間で、メンバーの大半の心には諦めの文字が浮かんでいた。

 乱雑に積み上げられた段ボールを一つずつ確かめながら、部室に運んでくるのが男子部員。中身を掻き分けてリストを確かめつつピックアップしていくのが女子部員の仕事と分業で行っていたが、ここまで発掘できた品は一言で言えばガラクタばかり。

 今ではあまり見なくなった大型の3D投影モニターならかわいい物。その手の博物館でもいかなければ見られないブラウン管TV(外枠のみ中身無し)やら最初期大型ゲーム筐体(画面割れ)など粗大ゴミとしかいえない物が出てくる時点で、お察しくださいといった所だ。 

倉庫の品は大半がリストに記されているというのが、代々の部長間の伝達事項だったが、純粋な卒論用資料だったり、バイト先から貰ってきた謎の置物だったり、単なる悪ふざけの行き着いた先だったりと、ばらばらな用途の品を、とりあえず空いている場所に適当に置いていった順番に書いたという、文字通り『倉庫の中にある物』リスト。どこの棚のどの箱に仕舞ってあるかなど、到底不明な状況は、探索メンバーの心を折るには十分すぎた。


『見つかったら苦労しねえって、さっきから用途不明な物ばっかなんだけどよ。ピン球やら野球のベースとか、ニワトリ持ったリアルカーネルとか一体何だよ』


 高性能な構内ネットを通じて視覚共有された仮想ウィンドウには、断末魔の叫び声を上げそうなニワトリの首を掴む白い髭の老人の人形が映っている。

 しかもその姿は、リアルの店頭に飾っているデフォルメされた容姿では無く、生きているかと思うほどにリアルな老人の物だ。

 段ボールの山に埋まっていたこれが発掘されたときは、一瞬死体でも見つけてしまったかと地下倉庫組が大騒ぎになっていたくらいだ。


「雑品はVR化するときのデータ取りとかで使ったらしいわね。どれだけ精巧にリアルに近づけるかって20期くらい前の先輩達の合同卒業研究。人形は学祭の時にお化け屋敷やった料理サークルに頼まれて、おじさん本人の写真からデータ取って工作室の3Dプリンターで生き人形ってくらい……精巧に……作ったみたいね……うちの馬鹿兄貴一味が」

 
 変色したノートリストに書かれた用途と年代を見ながら疑問に答えていた現部長である宮野美貴は、件の人形に実兄の名を見つけ頭痛を覚える。
 
 ノートをよく見れば美貴の兄が現役時代に倉庫に投げ入れた物は、その大半が悪ふざけの産物という収納状況になっている。


『……宮野先輩の代か。納得した』


 上岡工科大学ゲームサークルを今のKUGSという校外メンバーも多い新形態へと変化発展させた世代の中心人物でもあった宮野の兄は、リアルとVRでのギャップやら、その享楽的かつ悪戯好きな性格で恐れられているOBの一人だ。

 ため息混じりの声に美貴の心情を察したのか、金山もそれ以上の突っ込みは諦め、目線をまだまだ先が見えない迷宮の奥へと向けた。


「……とりあえず後もう少し探してみて、今タイナ……あー太一に昼ご飯買いに行かせてるから戻ってきたら小休止で」


 ついゲーム内の名前で呼ぶというマナー違反を犯しそうになり、言い直した美貴は休憩を提案する。

 早朝から探索を始め時刻はすでに昼過ぎ。自らも空腹を覚えていた美貴は先ほど段ボールを運んできたタイナスこと一年男子芝崎太一に、近くのコンビニまでメンバー全員の昼飯を確保にいかせたばかりだ。

 17名分と数は多いので時間は少し掛かるだろうが、こちらの作業も終わりはまだまだ見えていない。


『んじゃすぐ飯か。午後に備えて通路沿いに奥の棚までの道だけでも作っておくわ。三枝。そっちから退かしてくぞ』 


「じゃ、そっちは頼んだわよ……チサト。そっちなんかあった?」


 金山との仮想ウィンドウ越しの会話を打ち切った美貴は、部室の床に段ボールを広げ中身を確認していた太一と同じく一年の遠藤千沙登ことチサトに尋ねる。

 狭い部室内のあちらこちらで記録と整理に別れてペアを組みつつ、確認作業を行っているがどの組も目立った成果は上がっていない。


「紅いゴーグルみたいな見たこともないハードならありましたけど。初期のVRハードみたいですけど使えます?」


 子犬チックなボブショートの千沙登は、段ボールから持ち上げたゴーグルのようなゲームハードを掲げてみせる。

 見たことのないハードに美貴は記憶を漁るのを早々に諦め、それを視界に納めつつ左手で仮想ウィンドウを弾き、造形物の形から情報を検索するシルエット検索を仕掛ける。
 

「紅いゴーグルって、あーこれか……無理ぽいわね。それ80年以上前で国内販売ソフト20種以下みたい。さすがに今更売ってないでしょ」


 僅かな時間を置いてハードの情報がヒットするが、かつて勇名を馳せた元花札会社が満を持して販売し盛大に爆死した所謂黒歴史のハードだ。

 ハードがあるだけでも不思議なのにさすがにこれのソフトなんぞ、


「あ、箱の下の方に19本ソフトっぽいのがあるんですけど。何とかテニスと描いてあります」


 巨大な段ボールの中に半分身体を沈めながら漁っている千沙登が右手でソフトを持ち上げ掲げて見せた。


「………………ウチの部ってほんとなんなのよ」


 なんで黒歴史一式を買い揃えているんだろうと、見る目が有るんだか無いのか判らない先達達に戦慄を覚えた美貴は思わず脱力し椅子に背を預ける。

 こうなったらいっその事倉庫の中から歴代のゲームハードでも探して、ゲームの歴史と展示してやろうかなどとやけくそ気味に美貴が考えていると、


『緊急メールが届きました』


 と、仮想ウィンドウがポップアップ表示された。緊急とは穏やかで無い響きに美貴は訝しげに眉をかしげる。

 何事かと思い仮想ウィンドウを軽く弾いた美貴は、送信者を見て今度は首をかしげる事になる。

 送信者として表示されていたサインは『ユッコ』となっている。

 
「部長どうしたんですか? 不思議そうな顔して」


 急に静かになった美貴が気になったのか、段ボールあさりの手を止めた千沙登が顔を上げていた。

 段ボールについていた埃が髪の毛についているが、本人は気づいていないようだ。


「チサト。埃……なんかユッコさんから緊急メール来てるのよ」


 どうにも愛嬌のある可愛い後輩の姿に気を抜かれつつ、頭の埃を払ってやった美貴は、送信者であるリーディアン内KUGCの副マスであるユッコの名を告げる。

 ゲームとしてのリーディアンは終了してしまったが、その交友関係までがリセットされたわけではない。

 さすがにゲーム終了から半年以上が経ち、以前より活発では無くなったが、それでも時事の挨拶やらくだらない雑談のために元KUGCのメンバーがギルド掲示板に顔を出すなどで、校内外での交友関係は維持されている。  

 今年に入って完全に連絡を絶っているのは、初代と二代目の両ギルドマスターくらいだろうか。

 初代の方はリーディアンを運営していた会社に就職して、ただでさえ距離を置いていた所に、昨年末辺りからなにやらリアルに追われて顔を出してもいないが、兄を通じて美貴はその近況やら活動を知っており時折掲示板内で伝えている。

 問題は二代目ギルドマスター兼ギルドマスコットの方だ。

 彼女に至っては、リーディアン終了時から一切の連絡が途絶え今に至っている。

 接続時間では他の追随を許さない最強廃人なプレイヤーなので、ゲーム終了時に絶望して自殺したんじゃ無いかと、笑えない噂が流布されるくらいだ。


「ユッコさんからですか? どうしたんでしょうか」


 優しく頼りがいのある副マスユッコはギルド内では男女問わず人格者として慕われている。

 そんな彼女が、意味も無く緊急と題打ったメールを送信するような性格ではない。

 緊急メールと聞いてチサトは心配げな顔を浮かべていた。 


「今確認してみ……………えと………………はぁぁっ!? どういう事!?」


 メールに書かれた単文を読んだ美貴はそこに書かれた意味が理解できず三度読み直してから驚愕の声をあげ、仮想ウィンドウに慌てて指を走らせ返事を返す。

 その声の大きさに目の前のチサトは目を丸くし、作業をしていた他の女子メンバーも手を止めると美貴達へと目を向けた。


「美貴どったの大声あげて?」


 再返信されてきたであろうメールを何度も読み返している美貴の様子を、唯一の同期女子である宗谷唯が訝しげにみながら尋ねた。 


「……ユッコさんから緊急メールが来たんだけど、『SA』サインとどっかのVR空間アクセスキーが付いてた」 


 半信半疑といった表情で美貴が返すと、唯も何とも不思議な顔を浮かべる。

 意味が判らないとその表情は言葉無くとも雄弁に物語っている。


「それなんかの間違いでしょ? なんで今更」


「間違いですかって確認したんだけど『来れば判りますから、皆さんに声をかけてくださいね。早く来ないと始まりますよ』って文が返ってきてるの。相手ユッコさんだよ。こんな悪戯とかする人じゃ無いでしょ。」


「そりゃそうだけど……でもまさか本当に起きるわけじゃ無いでしょ。二人ともいないでしょうが。先輩の方は封印だし、あっちゃんなんて音信不通だし、それ以前にリーディアン自体が終わってるのに」


「リーディアンじゃ無くてリアル側じゃない? 先輩はあっちゃんのリアルを知らないって言ってたけど、あの二人見てたらそれないでしょ」


 困惑している最上級生二人の様子に、チサト達後輩組は意味が判らずきょとんとする。

 一体この二人がなんでこんなにも驚いているのか理解できないからだ。

 ユッコからの最初のメールには短い単語とアクセスキーだけしか無いからだ。


「部長に唯先輩もどうしたんですか。なんでそんなに驚いているんです?」


「なんでって驚いて当たり前…………そうかあんた達だと知らないんだSAってサインの意味。あたし達の下の世代じゃ一番古参なチサトでも」 

 
 チサトは上岡工科大生としては一番下の一年ではあるが、ギルドとしてのKUGCには高校時代から参加しているので美貴や唯達に次ぐ古参メンバーである。

 しかし最後のサイン『SA』が発せられたのは、美貴の記憶が確かならチサトと太一が入る少し前くらいだ。 

 後輩達がなぜ驚かないのか納得がいった美貴は頬を書きつつ、発動する一連の事象をどう説明しようかと考えあぐねた末に、


「唯。倉庫組を呼び戻して部員全員フルダイブの準備。太一が戻ったらいくよ。チサト達は手分けして校外ギルドメンバーにアクセスキーを連絡。『SA』発動っていえば古参の連中はほとんど来ると思うから」


 娯楽目的においてのフルダイブが二時間の規制を受けている現状ではかなり貴重な時間だが、ユッコの言葉が冗談でも嘘でも無ければ、それはギルドメンバーの大半が待っていた朗報だ。

 第一あの何とも名状しがたい状況は、説明するよりは見た方が早いという結論に達していた。



















「ではでは皆様。VRデスクに次いで次に参りますは、個人で持つにはかなりお高いです業務用のVR筐体です」


 VRデスクから離れたアリスはデモとはいえ久々のゲームプレイで徐々にテンションが上がっているのか、演技めいた口調で次いでVR筐体へと移る。

 しかし楽しんでいるなアリスの奴。ここの所、星系強奪やらゲームが出来なかったりで溜まっていたストレスの反動だろうか。

 まぁ、だからこそ心底ゲームを楽しんでいる偽りが無い表情を浮かべられるんだろうが……なんだろう、そこはかとなく微妙な悪寒がする。


「さてさてご存じのようにVRデスクが家庭用とすれば、こちらは業務用でありそのスペックは段違いです。高性能機がもたらすフルダイブ時の圧倒的な反応速度や情報処理能力強化は、私たちをさらなる高み、今まで体験したことの無い新次元へと誘うほどです。これの恩恵を最大限に受け、そして活用するゲームこそがHFGOです」


 筐体の横に立って大型犬をなでるようにポンポンと触ったアリスの説明に合わせ、大型ウィンドウを展開。流すのはHFGOの公式映像。

 巨大要塞が撃ち放つ数千の光弾の雨の中を、雷光のように駆け抜けていくプレイヤー達がそこには映っている。

 親会社でもあるMaldives社の最高峰スペックを誇るVRマシーンを用いたトップゲーマー達が集った運営公式大会であるHFGO世界最強ギルド決定戦は、リアルタイム放映時に全世界から1000万を超すアクセスがあったといわれるほどの、ど派手できらびやかな映像だ。


「ですけど今日本ではVRゲームにおけるスペック制限が有り、このレベルの反応速度をナノシステムのサポート込みでプレイヤーから引き出したり、情報処理をすることが出来ません」 

 
 残念そうな表情を浮かべたアリスは大きなため息を吐きつつ、頭のウサ髪を器用に操って×印を作ってみせながら、愛車に乗り込むレーサーのようにひらりと跳び上がって筐体のシートに収まる。

  
「さらには先ほどから申していますが二時間の規制もありますよね。そうするとそのハイスペックを余すこと無く発揮するフルダイブでは二時間しか使えなくて、モードを切り替えて仮想ウィンドウ展開型のハーフダイブで使うにしても、肝心要のVR機能の面では視覚と聴覚のみではVRデスク使用時とさほど違いは出ません」


 周囲へと仮想ウィンドウを展開するハーフダイブモードを慣れた手つきでアリスは立ち上げる。

 しかし立ち上がった仮想ウィンドウの数やその映像の質は、多少ウィンドウの数が増えたり、表現が細かくなっただけで、携帯端末からVRデスクへと切り替えたときほどの違いやインパクトは無い。

 VRの醍醐味は五感そのものを仮想世界へと導くこと。目で見て、耳で聞いて、空気の臭いを嗅ぎ、触れて、味わう。身体全てで感じる事により、現実とは違う、異世界を体感することだ。

 だからリアル側に身体を残したままでは臨場感という意味ではハーフダイブはフルダイブには遠く及ばない。


「だから高性能機導入を謳い、高料金でもあれほど流行っていたVRカフェが、規制後一気に廃れていったのも不思議なことではありませんよね」


 事件の原因となった場所という風評被害だけで無く、利用者激減で資金振りが悪化したり、この先の展望が見込めず廃業したVRカフェの多さは今更特筆するまでも無い。

 HFGOの映像から俺は日本地図へと切り替え、事故後に廃業閉店したVRカフェへと紅い×印を付けていく。

 元々過剰なほどあった大都市や地方の中枢都市の店は半分以上が廃業。残った連中も値引きやら原点回帰で漫画コーナーの復活やらいろいろ手は打っているようだが、あまり業績はおぼしくないようだ。

 店の大半を占める大型筐体を撤去するにも金は掛かるし、日本中で余りまくっている現状では中古の業務用VR筐体なんて国内では買い手が見つけずらく、海外に持っていこうにも足元を見られやすく買いたたかれる。

 引くも地獄、進むも地獄ってか……だが俺らはそこに勝機と商機を見いだす。

 この現状、上手くやれば一気にPCOをメジャー化させることも不可能じゃ無いと。


「では皆さん。この子は無用の長物でしょうか? そうではありません。この子はVR表現機能を制限されただけです。その高度の処理能力をゲーム内の別の事柄に向ければ良いんです。オンラインゲームの公式コラボ店でのプレイには特別な施設が使えるや、経験値優遇などが今までもありましたが、それに新たな形を加えるだけです」


オンラインゲーム黎明期からゲーム業界とVRカフェの前身であるネカフェは、数多のコラボレーション企画を行っていた。今でもビジネスパートナーとしての繋がりが至る所に有り、俺も社長のお供で業界には多少の伝手がある。だからこそ思い付いた手の一つ。


「PCOはAIに指示を的確に出すことで、広大な世界でプレイヤーが大きく影響力を発揮するゲームです。AIはプレイヤーレベルが上がったり、AI自身のレベルが上がればより賢く、効率的に動きますが、そこにプラスα。公式VRカフェのVR筐体には一台一台別に各スキルに特化した専属AIがいて、プレイヤーの手助けをしてくれるとかでしょうか。こんな風に」


 手品師よろしくシルクハットをどこからともなく取り出したアリスは、帽子の中に手を突っ込みごそごそと漁りはじめる。

 ……待てそのギミックは聞いてないぞ。打ち合わせに無いアリスの行動に俺が驚く間もなく、アリスが4つの物体を引き抜いて頭上へと投げた。


『赤妖精参上。奇襲戦法と変装の名人である私に潜入工作ならお任せあれ』


 紅い忍び装束を着けた二頭身の人形体型の妖精を名乗る謎生物Aがすったと跪く。


『白妖精です。交渉毎なら我が輩に。星間物資からミサイルまで、何でもそろえてみせましょう』


 モノクル付けた老執事ぽいスーツ白髪な二頭身Bは丁寧にお辞儀をしてみせる。


『黄妖精。宇宙船パイロットならこの私。 要塞艦! 原始太陽系縦断航路! 何でも任せなさい!』


 ゴーグルと飛行服を身につけた古めかしい飛行士スタイルの女性型二頭身Cが、その金髪を優雅な仕草でふさっと払いのける。


『黒妖精だ! 敵艦への殴り込みなら俺の出番。敵司令官の首をもぎ取ってきてやるぜ! でも長距離戦闘だけは勘弁な!』


 黒い騎士鎧を身につけた二頭身Dが豪快に笑いながら爪楊枝のような長さの鉄剣をぶんぶんと回す。

 登場した4人? はそれぞれアクの強い口上を放ちながらアリスの前にすたっと整列する。

 後ろで爆炎が上がっても不思議じゃ無い戦隊物のノリやら、レトロ娯楽ドラマのオマージュめいた口上は、なんというかアリスらしい。

 ………………いや、まぁAIの役割の例は俺が思っていた通り、順番も聞いていた通りなんだが、それらはリストで説明する手はずだった。

 そのはずなのにアリスの奴、いつの間にこんなファンシーAIをこさえてやがった?

 あまりに趣味的要素が強いファンタジー系なミニキャラの登場にお客様も目を丸くしている。

 機械的な奴よりもAI毎に特色やキャラクターを付けてバラエティー色を出そうってのはアリスの発案で俺も賛同していたが、さすがに用意している時間は無かっただろうと思っていたが、廃人プレイヤーにしてMOD職人としても名を馳せていたアリスをなめていたかもしれん。

 これがアリスのいっていた隠し球か? 

 いや、しかしアリスのもったいぶった言い方や態度は、まだまだ底がありそうな気がする。

 俺の知らない所で、アリスが大きく、それこそ俺すらも驚愕させるほどに動いていた予感をこの時すでに俺は感じていた。



[31751] 友情破壊ゲーこそ面白い
Name: タカセ◆f2fe8e53 ID:702835aa
Date: 2013/04/12 06:37
 片手に二頭身AIを持ちつつアリスが、AIそれぞれの各スキルや特徴を会話形式で繰り広げている間に、俺は次の準備を着々と進めていく。

 アリスとAIのやり取りが、某国営放送の平日昼間の低年齢向け教養番組のお姉さんとマスコットなしゃべりっぽいのが気になるが、そこに突っ込んだら負けだろうか。

 リルさんの情報によると、リーディアンに参加するまでのアリスは地球でいう、引きこもり生活を送っていたらしいが、まさかその時に嵌まっていたとかじゃ無いだろうか。

 妖精達の元ネタもアレだが、引き出しの多さというか、現役時代と変わらない微妙に残念な相棒アリスに、何ともいえない気持ちになる。

 次のプログラムはアリスによる模擬戦闘。

 先ほどセッティングを済ませた艦が停泊している惑星を舞台にしている。

 かつての大戦争で砕かれた衛星の残骸で構成された二重リングをもち、自然と鉱物に満ちた主要惑星である第四惑星へと、敵対ギルド艦隊が未知のゲートを使い跳躍侵攻を開始。

 ゲートの現界位置は第四惑星と第五惑星の中間地点付近。

 外輪小衛星帯に設置された防衛基地はゲートアウトの反応からすぐに敵の出現を感知して、敵対者の主星進入や地上生産施設への攻撃を防ぐ為、内輪に待機する防御衛星を使い主星全体を覆う防御フィールドを展開。

 防御フィールドの膨大な耐久度を削りきるか、小衛星に隠れた防衛基地を探知、攻略して、フィールドを解除するかの二択に迫られた敵艦隊は防衛基地攻略を選択。

 かくして大小様々な衛星やら戦争の残骸 がちりばめられた小衛星帯を舞台に、艦隊VS艦隊、機動兵器VS機動兵器の戦いが始まる。

 こういったシナリオだ。

 プレイヤーによっては異論があるだろうが、俺は戦闘こそゲームの花形と考える。

 だからこそここが一番の見せ場。小難しい理屈は抜きにして、お客様を如何にこのゲームへの興味を引き込むか。それが重要になる。

 その為にも戦闘を盛り上げる事が重要。

 スキル選択、場所取り、タイミング、息の合った連携。様々な要素が組みあさってこそ、熱いバトルは成立する……のだが、問題は一つ。まだこのゲームは未完成ということだ。

 何せここの所リアルの仕事に追われる傍らで、ちまちまと、艦船カタログのデータを地球規格VRデータに改変し、トレーラームービー作って、舞台となる小衛星帯のデータ入力してと、やることが山ほどあった。

 アリスと共同作業で、いまからアリスが使うタイプのプレイヤーが直接指示する形での半自動AIは出来ている。

 だが、相対する予定だったPCOの艦隊戦闘用完全自動AIが未完成。というか、影も形すら無いというお寒い現状がある。

 宇宙的チートな存在だろう、リルさんの力を借りられればよかったのだが、このPCOはローバー専務との賭に対する俺の回答の一つ。

 俺、もっと大きくいえば、地球人がアリス達の手助けを出来るという証明をするためにも、今の段階でリルさんに頼りっぱなしというわけにはいかず、翻訳やら動作チェックなど最低限の協力のみ仰いでいる。

 結局自動AIまでは手が回らず、かといってデモプレイ全体のカメラワークやら、お客様への配信映像の調整やら、予想外の事態が生じたときの対策やらで、裏方で忙しい俺がアリスの相手を務めるわけにもいかない。

 最終的に選んだのは、戦闘開始から最後までの動きを完全に決めた敵艦隊相手に行う文字通りの模範演技。

 あらかじめ決めたタイミングと侵攻ルートで迫る敵艦隊と搭載戦力に、アリスは最初は防戦一方のふり。

 防衛基地寸前まで侵攻を受けた所で、切り札であるフルダイブを発動。

 このゲームの大きな特徴の一つである限定型VR戦闘システムにより、形勢は一気に逆転。

 敵勢力を壊滅させたアリスの勝利で終わり、デモプレイも同時終了で幕引きという流れだ。

 俺が今やっているのは、その肝である敵艦隊動作の最終チェック。

 何時、どの場所、どれが、何をやるか、全て決めあらかじめ仕込んだプログラムを、時間早送り状態で最終動作チェックを行っているが、問題無く動いている。

 あとは決められた筋書きに、プレイヤー側であるアリスが如何に上手く合わせるかだが、それについちゃ心配はしていなかった……さっきまでは。

 盛り上げるためにけっこうシビアなタイミングの場面が多いが、戦闘となれば廃人から廃神へとクラスチェンジするアリスの事。

 この上なく上手いことやってくれるだろう……と思いたい。

 おそらく、たぶん……大丈夫だと思うが、あの馬鹿、デモプレイだというのにゲームを楽しみすぎている節がある。

 テンションかちあがって、アリスの最終形態に入らない事を祈るのみだ。

 一応アリスにも念を押して忠告しておいたが、心配しすぎだ、信用していないのかとなじられる羽目になった。

 ったく。マジで頼むぞ相棒。

 最終形態はアリスが心の底からゲームを楽しんでいる証拠でもあるが、あの状態のアリスじゃ制御が効かない。

 決まった動きしかしないAIなんぞアリスにすればただの的。一方的に蹂躙してシナリオ破綻となるだろう。

 俺が心の中で祈っているとアリスによる妖精もどきAI各々の紹介が終わった。

 驚いたとでも言いたげな悪戯気味な笑みを軽く口元に覗かせるアリスが、シルクハットを手から消しながら、俺の方をちらりと見て小さくウインクをする。

 準備オッケーいつでもこいってか。

 あの野郎。これが終わったら、昔みたいに打ち合わせの重要さを泣くまで教え込んでやる。

 してやられたと悔しく思いつつも、アリスの自由さが何とも楽しく、いろいろな感情が交じったまま仮想コンソールのエンターキーを叩いて、艦隊戦を開始する。

 筐体内の照明が自然と落ちると同時に、ポップアップされたサブ仮想ウィンドウが警戒を促す点滅を繰り返しながら警報音を鳴らす。


「ここで速報! 緊急警報発令です! 星系内への敵対勢力の跳躍を感知したようです!」


 アリスがわざとらしい驚き方をしながら、AIを消すと筐体へと潜り込んで蓋をする。

 ここから先は地上のアリスの姿は周囲がコンソールに囲まれ見えずらくなるので、夜空の巨大アリスの方へと、お客様の視線を集めていく。

 筐体内部に出現した警報ウィンドウをつまんだアリスが、メインウィンドウへと移動させ展開すると、その動きに連動して次々にサブウィンドウが出現し情報表示を開始した。

 早期警戒網を構成する無人監視衛星の一つが捉えた映像には、未知のゲートから次々にゲートアウトしてくる艦船が映る。

 サブウィンドウにはその艦隊の構成や、防衛基地内の戦力状態が表示されている。

 小衛星帯攻略用に編成された艦隊は、機動兵器を満載した大型母艦を旗艦とし、無数の小型の砲撃戦艦、ミサイル艦を中心とした小規模ながら攻撃的な布陣だ。

 武装を持たないが偵察機能に特化した複合型監視衛星は、次元振動感知と同時に情報収集を開始。小衛星帯の防衛基地へと情報を送信し始めた。

 基地AIは、送られてきた各種データから跳躍時のエネルギー量や転送質量。艦形を計測、状況や艦隊規模から総合的に判断して敵対戦力による攻撃と断定し、オート防御態勢を開始する。

 リング内輪に待機していた防衛衛星80機が稼働を開始し、主星を瞬く間に青色の防御フィールドに覆い、基地内部で待機していた防衛艦隊の主機に次々に火が点りスクランブル発進を開始する。

 外輪内に仕掛けられた無数のトラップが稼働状態へと切り替わり、アリスの頭上に展開された星図が、リアルタイムの状況にあわせて刻一刻と変化し、臨場感を盛り上げていく。

 メインウィンドウの周囲に展開されたサブウィンドウには、アリスが指示を出さなくても、それらの情報や映像が次々に映りながら、自動対応を始める防衛体制を開始している。

 これはあらかじめ敷設した防御機構それぞれのAIや、プレイヤーが決めていた対処方針に従った防衛基地AIによる自立選択式の行動になる……予定だ。

 現状は俺が戦場全体の流れを微調整を施しつつ、順次展開させている。

 接続時間がプレイヤーそれぞれで異なるVRMMORPGで戦略、戦術系の要素をやろうとしたらある程度の半自動性は必要となるのは当然の事。

 自分がリアルに追われているうちに敵に攻められ、拠点を取られてましたじゃ、クソゲー認定+運営ふざけんなの大合唱がお客様から上がるのは想像に難くない。

 だから数多く用意された防衛スキルや多種多様な防衛兵器、さらにいえば敵勢力が易々と跳躍できない妨害機能など、プレイヤーの努力で辺境の一惑星を難攻不落の要塞星系へと変えることも出来る。

 はたまた数多くの仲間を集めギルドを作り、常に誰かが接続している状態を維持すればそこまで防御機能の充実に力を入れなくても済むだろう。

 見栄えのある戦場になるように状況を整えながら、防衛兵器やスキルの一部抜粋リストや戦場推移の解説書をお客様へと送信と。

 やることは多いがリアルの肉体の束縛から解き放たれた俺は、望みうる限りの速度で仮想コンソールを叩いて、本日一番の大勝負をしかけていく。

  
「さてさてどうやらお相手はこの星を略奪に来た模様です。このまま防衛をAIに任せて……ってのはあたしの流儀じゃありません。一隻残らず星の海の藻屑に変えてやりましょう」


 不敵な笑いを浮かべ宣ったアリスは両手を高らかに打ち合わせる。

 パンと甲高い音が響くと同時に、アリスの周囲に無数のコンソールが出現した。

 前方に二列四段の仮想コンソールを配置しメインとして、左右に無数のショートカットを登録したサブコンソールパネルを一枚ずつ、足元にはそれらショートカット群の切り替えのためのフットペダル。

 銀色に輝くパネルのあちらこちらには蔦をあしらったレリーフが彫られ、必要以上に細かい装飾も施してある。

 SFとファンタジー両方のニュアンスが混じり合った何とも複雑怪奇な代物なんだが、そこはさすがのアリス制作。

 パイプオルガン演奏台のように、整然とした機械的な機能美と華やかな造形に彩られる芸術美が同時に存在するという奇跡的なバランスを保っている。

 しかも座っているのが、見た目だけなら正統派西洋美人なアリスとなると、どこか荘厳な雰囲気すら醸し出すほどだ。

 
「ではでは参りましょうか。防衛基地は全艦発進後バリアを維持しつつステルス状態に移行。発進した艦は攻撃艦と探査艦はツーマンセルでの待ち伏せ型消極的防衛策。工作艦にもいろいろ小細工を指示してと」


 細いアリスの指がコンソールの上を跳ねて踊る。迷いの無い動きは、それこそ譜面なしで音を奏でるピアニストのようだ。

 3Dメインモニターに映し出された小衛星帯のマッピングを見ながら指示を出すアリスは、三次元座標を指示して各地へと小艦隊を派遣していく。

 設定上、星系守備そして小衛星帯での防衛戦闘をメイン戦術としていた防衛基地所属艦は、小回りの利く小型、中型艦はそれなりにあるが、絶大な火力を持つ大型艦は少ない。

 小型艦をメインとした構成は侵略してくる相手側も似たような物だが、大型母艦をメインとした敵艦隊とアリス艦隊の戦力差は2倍ほどにしている。

 そこでアリスの選択は、地の利に長けた小衛星帯で迎え撃つというものだ。その見かけよろしく巣穴に篭もった兎戦法とでも言えば良いのだろうか。

 もっともバトルジャンキーなアリスらしい罠たっぷり、待ち伏せ、不意打ち上等なキリングフィールドとなっている。

 だが相手方も敵勢力下に殴り込みをかけるんだから先刻承知。

 緒戦は防御力の高い侵攻型諜報母艦と広範囲探知が出来る探索艇をメインとした調査班を突入させ、防衛側の戦力やら罠を調査、情報不足から来るバットステータス解消をメインとするセオリー通りの戦闘予定だ。

 アリスが着実に準備を進める一方で、侵略艦隊側は予定通り小衛星帯前で侵攻を一時停止、円柱形の諜報母艦と護衛の防御艦が艦隊から先行して突入を開始した。

 敵艦隊の先遣隊は不意打ちしたこともあって、アリス側の防衛が間に合わず、極一部だけだがマッピングに成功するという流れだ。

 ここを切り口に後続の本隊が次々に進入を開始、そこでようやくアリス側の備えが完成し緒戦の火ぶたがきって落とさ、

   
「防衛網構築完了。団体様ご案内いたします♪ 地獄に落ちなさい!」


 実に楽しげなアリスの号令とともに、夜空の巨大モニターに映っていた諜報母艦に極限まで絞り込まれたビーム数十本が機関部に集中照射され、今にも搬出間近だった戦闘探査艇と共に爆発四散する。

 マジ物の宇宙空間じゃ、空気が存在しないので音は響かず、燃焼も限られるので爆発もしょぼい物となるらしいが、PCOの宇宙は”ちょい”特別。

 地上と変わらない大音量の爆音と華やかな大輪の華が咲く。

 …………うむ。マッピング情報は一切敵艦隊に流れていない。

 まぁあれだ……一発だけなら誤射かもしれないという言葉もある。

 アリスの奴。展開を間違えて覚えていたか。ビーム砲の集中攻撃は進入してきた砲撃艦の一番艦に対してのはずだ。

 いろいろ立て込んでいたとはいえ、ちゃんとシナリオ読ませて、


「ふふっ! 続いて第二射、充填終了後第三射!」 


 何とも勇ましい発言と共に、小衛星帯から次々に煌めく閃光と共にビームの槍が降り注ぎ諜報母艦が次々に炸裂していく。

 ……おいこら。お前まさか。

 何とも背筋を嫌な予感が駆け巡る。

 このキリングモードはあれか、あれなのか?

 俺が現実逃避気味に事態の把握に挑んでいる間にも、正確無比な集中攻撃が次々に諜報母艦を沈めていくが、横にいる防衛艦は動けず、さらに射出された数少ない戦闘探査艇に至っては暢気に小衛星帯に向かっている。

 そりゃそうだ。この時点で攻撃をうけたら防衛しろや影に隠れろなどとはプログラミングしていない。
 
 防衛艦はただ一緒に前に出て、調査が出来たら諜報艦に戻ってこいとプログラミングしただけだ。それがシナリオだ。

 そのシナリオをガン無視してアリスの攻撃が続く。


『びっくりして呆然としているのかな♪ じゃあその隙に頂きます! レッドラビットフルブースト! 全艦援護射撃! 蹂躙開始!』


 相手側が不意の攻撃で混乱しているように装ったのか、それとも入り込みすぎて”本当”にそう思い込んだのか、どこぞの迷子の宇宙船のような名前と共にアリスが攻撃を宣言する。

 次の瞬間、先ほどまでの絞り込んだビーム砲から一転、威力は落ちるが拡散型に変更されたビーム砲の雨が、残っていた防衛艦とかろうじて射出されていた戦闘探査艇へと降り注ぐ。

 防御力の高い防衛艦にはさほど傷もつけられていないが、それに比べれば貧弱な戦闘探査艇などひとたまりも無い。次々に蒸発プラズマを纏った塵に変わっていく。

 そんなビームの雨が降り注ぐ小衛星帯を突き破って、真っ赤に塗装された一隻の高速戦艦が姿を現す。

 深紅の艦は主機を全開にしながら小刻みにサブスラスターを噴かせ、ビームの間隙を縫うように突き進み、棒立ちの防衛艦群に対して旋回しながら一気に迫ると、主砲である五連装型ガトリングビーム砲をすれ違いざまに叩き込んでいく。

 右上前方から左下方へとなで切りにするかのように先遣隊群をレッドラビットこと赤兎号が通り抜け、一瞬の間を置いてから残っていた防衛艦が一隻残らず爆発し、その破片は無数のデブリ群とかして宇宙に広がっていった。


『ディケライア社社長! アリシティア・ディケライア参上! 我が社の資産にはこれ以上は指一本も触れさせないんだから!』


 そのうち惑星の重力に惹かれ小衛星帯の一部になるんだろうか。というかそういうプログラムも組み込むか。

 予想外すぎた(というか、さすがにやらないだろうと過信しすぎていたかもしれない)一連のアリスの暴走に頭痛を覚える。

 あの馬鹿兎。今度こそ本気で我を忘れて入れこみやがった。

 事ここに立って俺はクロガネ様など目じゃ無い最強最悪の敵が眼前に立ちふさがった事をようやく認める。

 アリスの最強モードこと、完全ロープレ状態。

 完全にゲーム世界に浸りきり、成りきる、この状態はゲームを心底楽しんでいる証拠であると同時に、リーディアン最強プレイヤーの一人アリスの本領発揮モードだ。


『おい。このゲーオタ廃神。今すぐ正気に戻れ。戻らないなら、宮野妹に頼んでギルドHPの自作ゲーのお前のハイスコアを全部消去すんぞ』


 母校の同好会ではVR普及前のレトロなゲーム制作を趣味としている奴もいて、それらはHPで無料で公開、プレイできたりもする。

 その中にゃ当然というべきか、VR越しに繋いできたアリスのデータもある。

 帝王として君臨しているハイスコアを消されるとなれば、さすがのアリスも正気に、


『ふんだ! 忠告はしたわよ! 一歩でも足を踏み入れたなら、故郷の土は二度と踏めないって覚悟することね!』


 俺の脅しなんぞ耳に入っていないのかアリスは一方的に宣言するとそのまま小衛星帯に戻っていった。

 後に残されたのは破壊された先遣隊と、無傷の、だが何も動かず固まった本隊だ。

 本隊は先遣隊帰還後、小衛星帯に突入予定。後それまでは5分ほどある。

 お客様の方を見れば、一連の派手な戦闘と堂に入ったアリスのプレイに盛り上がっているご様子。

 だがこのまま5分間放置して置いて熱が保てる訳も無い。今から繰り越しで敵艦隊を動かすか?

 いや、決まり切った動きしかしないAIじゃアリスに良いように落とされるだけで、緊迫感の少ない一方的な蹂躙になる。

 かといってここでデモプレイを終了って訳にもいかない。不具合があって一時中断ってのも-印象が強くなる。

 この先のことを考えるなら、何とか戦闘を盛り上げて進めたいんだが……あの野郎。面倒な状況にしやがって!


『だぁっ! どぉすんだよ! この阿保! ゲーム馬鹿は! お前は本気でゲームに脳を犯されんな! 筋書き滅茶苦茶にしやがってなに考えてんだよ!』


 完全ロープレモードに入った以上アリスの奴が、ゲームマスターとしてい裏方に回っている俺の存在を忘れている可能性もある。

 どうする? どうすればあの文字通り宇宙一のゲーム馬鹿を正気に戻せる?

 考える。考えるが、罵りくらいであのゲーム馬鹿が正気に戻るわけも無い。

 真横にいるなら頭の一発でもぶん殴ってやろうってもんだが、俺のいる場所とアリスのいる場所は少し離れている。

 内部映像は差し替えてごまかすなりしても、筐体をひらいたり、さらには叩いたりしたんじゃ、周囲のお客様に目立つし丸見えにな…………っ! じゃねぇ。

 ふと気づく。一番肝心なそして基本的な事に。

 今はデモプレイを行っているここはすでにVR空間内だということに。

 別に歩いて筐体に近づいて蓋を開く必要なんぞ無い。

 GMコード。映像差し替え。ゴースト発生。内部領域拡大。座標指定。転送準備。

 コンソールへとコードを打ち込み、俺の映像を影としてこの場にとどませながら、アリスのいる筐体内部の映像を先ほどまでの映像でループ再生。

 そのついでにテレポート準備。座標はアリスの腰掛けているシートの後ろ側。

 本来は人一人が精一杯の狭い筐体内だが、ここはVR。内部の広さなんぞ数値を打ち替えればすぐに出来る。

 アリスを正気に戻しに一発殴りにいくという、何とも情けない理由と対する苛立ちと、場合によっちゃ二発くらいこづいてやろうかという腹立たしさを込めながら、些か乱暴にコードを打った俺は、完成後即座に実行を開始する。

 周囲を取り巻くお客様や、無言で空を見据えるクロガネ様。そして目的位置である筐体が二重にぶれて見え、思わず目をつむる。

 次いで足元が消失したような心許ない浮遊感を一瞬感じるが、すぐに少し柔らかい内部クッションの感触が足元から伝わってきた。

 目を開くとソファーのような形状の筐体内シートが目の前にあった。

 よし転送成功。


「アリス! この大一番に……」


 怒鳴りながら背後側からアイスの頭辺りへ手を振り下ろしたが、俺の手は空しく宙を切った。

 手応えの無さに前のシートをのぞき込んでみると座っているはずのアリスがそこにはいない。

「はっ!? なんでだよ?」


 影も形も無いアリスに思わず俺は呆けた声を上げ