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[30747] 【完結】イカれた小鳥と壊れた世界【異世界召喚ファンタジー】
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/23 17:54
・ファンタジー系異世界に召喚された少し天然な女子高生の日常だったりダンジョンだったりするお話です。



更新情報
8月23日
更新というかこれより改定が始まります。なろうに連載するついでに
まあsageで済ますので誰も気づかないといいな!
あと色々文法が変わるのを憂う凄い稀な感性の読者様もいるかもしれませんが
色んな所から訴えられたら負けになりかねないのでご了承ください!
今更。㌧



[30747] 1話『イカレと小鳥と異世界召喚』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/23 17:55


「思うに17歳、つまり高校二年生というステイタスは特殊なわけですよ。
 RPGで喩えるならば毒や麻痺と一緒に頭の上に17と浮かんでいるぐらいでしょう。死の宣告みたいに。ああ駄目かそれじゃ」

 言いながら少女はべたべたとスリッパで床を歩いている。
 寝巻き姿にナイトキャップも被っているが片手には蓋を閉めたカップ麺が持たれていて、素晴らしき健康の権利として寝る前にそれを食べようとしていた様子が伺える。
 しかし自室でもキッチンでもない、暗く虹色模様が蠢く邪な悪夢めいた通路を歩いているのは本人にも本意でなかったが、自分のしたいことだけを選んで人生が進むわけではないと諦めて素直に前へと足を進めていた。
 少女が独り言を云う癖は物心ついた時からあった。
 気味悪がられて殴ったり、邪教の洗脳儀式で矯正しようとしたり、鉄格子のついた物置に監禁したり様々に教育されても独り言は止まらなかった。いつだって口は動くのだから死ぬ間際でも言葉は絶えないのが当たり前だ。正気であるかどうかはともあれ。

「高校二年生。先輩もいれば後輩も居る、モラトリアムの中でも特別な年代。
 遅刻寸前で走れば転校生とぶつかり、新生徒会が旧生徒会とバトルを繰り広げ、引退する三年生相手に部活の二年生がなんか今まで使わなかったような真のパワーで打ちのめす。親方には空から女の子が降ってきて異世界へと召喚される。そんな感じなのではないかと期待されています。
 つまりはわたしはそんなバッドステイタスに侵されているのだからなにがあっても不思議ではないのでした。鉄骨が落ちてきつつトラックに轢かれて神様に会えるかもしれません」

 淡々と呟いている。
 実際には鳥取などという辺境の地の県立高校にわざわざ転校してくる生徒はほぼ居ないし──論理的に考えれば、そうである──固有能力者の集う部活動も無い。そもそも彼女は映画研究部である。
 空から女の子の状況は彼女の高校だと年に二三回は屋上という場所から降ってくるので今更珍しくはないだろう。死人は生憎と出ていないが。屋上から飛び降り可能な地面付近の軟化作業が巧くいったからだ。砂漠から砂を持ってきただけだが。そのため度胸試しで飛び降りる生徒が出ているのは皮肉なものである。
 
「島根県民は拉致の手段として怪しげな妖術を使うと聞いていました……」

 部屋に向かう廊下の途中で急に足元で魔方陣が光りだして、虹色の次元の狭間に引き釣りこまれてもある程度は冷静で居られるのだろうと、彼女は納得した。恐らくは。

「まあ嘘ですが」

 きっぱりと否定しつつも手に持つカップ麺の温かさのみが信じられる幻想奇怪空間を進んでいる。いつの間にか足は動かさなくとも奥へ奥へと移動していた為に平衡感覚も上下の境界も曖昧だ。
 発光する虹色がチカチカして気分が悪くなるので目を閉じた。
 彼女は以前に見たポーランドのZ級映画[虹翅ジャックレスとパリの光]という作品で今なら修正が入るほどのおどろおどろしい点滅演出を思い出す。流行していた疑似科学サブリミナル効果への反証実験作とも言われているものだったが、やはり点滅で具合が悪くなる視聴者が出て訴訟沙汰になった。
 そんなことを考えているともともと寝る前だったためか安らかな気分になってきた。さようなら夢の出来事。ようこそ毎日がくそったれなハッピーデッドエンドへ。

「いや、眠っちゃダメか」

 ぐわぐわと耳鳴りが響きながら無重力さながらで空間とか時間とか次元とか宇宙とか、そんな感じを味わいながら意識を覚醒させる。海に遊びに行くと高確率で覚醒の為のお薬を発見するのだがまだ使ったことはないのが自慢なのだと思いつつも。

「あれ、無重力体験って専用の飛行機を貸切にして何百万円もかけないとできないんだっけ。しかも数十秒だけ。
 ならば今のこの状態は得かもしれない。しかも秒単位で数万円の。わおそんな稼ぎエンコーでも出来やしませんね。ひゃっは。口座振込みでお願いします。え? 報酬はギルドで受け取ってくれ? 何ギルドですかね」

 しかしどっかに引っ張られているという状態は無重力じゃないよね、と思い直す。それにしても気持ちが悪くげんなりとしてきた。人体に悪影響のある放射線とか飛び交っていないことを祈りながら。

「そんなものを浴びてミュータントに目覚めたら探偵にでもなりましょうか。ミュー探偵。あっ意外にいい感じ。商標登録しましょうか」

 それはともあれ。
 やがて。
 虹色空間の中に純白色の光の窓が見えて、彼女はそこへと吸い込まれるようであった。
 少女が一番に心配することは、まあとにかくゲートが繋がった先の異世界だか島根だかの大気が人体に無害であって欲しいことなのだけれども。



 ****



「着地」

 異世界か島根、2分の1の確率でどちらかの場所に彼女は降り立った。
 言葉に出すことは大事だと彼女は認識している。誰に伝えなくても自分に伝えることができる。水を飲む時に「み、水……」と呟くのは体に今から水を送る予約を伝えているのだ。決して世紀末を歩いた救世主の乾きから溢れる悲鳴ではなく。
 そこは白い部屋だった。
 一枚の石を掘り抜いたような滑らかな壁に囲まれていて、照明が何処にあるのかは分からないが明るい。
 前方には扉があって、部屋の中にはベッドや観葉植物、棚と机が置かれていた。壁には幾何学的な模様の描かれたポスターが一部剥がれそうで張られている。天井には通気口のような格子があって僅かな風が吹き込み、或いは出て行く。
 普通の部屋のように見える。普通が何を指すのかというと、職場見学で訪れた鳥取刑務所と比べての事だったが。あそこは口にするのもはばかれる、砂漠の民の暴れたくはない暗部である。
 そして大気は少女が深呼吸したところ、おおよそ地球のものと変わらないようだった。重力も。十倍の重力の惑星だったならば陸に打ち上げられた鯨のように全身潰れて死んでいただろう。
 
「もしくはわたしの体が十倍の重力に一瞬で適応したか。博士に三百倍の重力室を作ってもらわなくてはいけませんね。おや?」

 足元がぐにゃりとしたので視線を下げると死体があった。
 死体というと彼女の故郷、鳥取県の砂漠でよく見つかる骸のことである。日本三大ヤクザが沈める場所と言えば、東京湾と富山湾と鳥取砂漠だ。
 いや待て、と考えを改める。よく見れば、踏み潰されつつまだ苦しげに蠢いていた。

「これが死後の筋肉の収縮とかそんなんでない限り生きている可能性も無きもあらず。緊急救命マニュアルはうろ覚えています。今こそ実践」

 呟いてしゃがみ込む。

「えーと周囲の安全確認よし」

 これも声に出した。重要なことだと認識しているからだ。要救護者を助けようとして車に轢かれたりモヒカンの乗ったバイクに轢かれたりした時に警察に聞かれるのはこれだ。唱えなければ保険も降りない。
 周囲を見回して隕石が落ちてきたり地割れに飲み込まれたり部屋にある扉から銃口が狙っていないことを確認して、患者の様態を観察した。血が飛び散っていたら諦めようと思いながら。
 その人間は一言で言うと、虹色。
 なんというか倒れている男性──痩せ型で成人男性としてはやや低めの身長をした人は、髪の毛が虹色をしていたのだ。
 しかも発光している。
 先程彼女が通った発狂明滅空間の色を髪に圧縮した感じだった。色が流転、グネグネと変化を続けている。
 気合の入ったパンクロッカーでも中々光らせるのは居ないだろう。

「色が変わる生物で思い浮かぶのはイカとカメレオン……命名、イカレオン・略してイカレさんと呼びましょう」

 そうして彼女は仮にイカレさんと名付けて体勢を仰向けにした。名付けるのは重要だ。もし図鑑に乗るのならばそれが永遠に記録されるであろう。
 ともあれ顔を上に向ける。うつ伏せは呼吸が詰まって死ぬらしい。ちなみに仰向けは吐瀉物が詰まって死ぬ。どちらにせよ、死ぬべき時に天の国は近づいてくるが抗うことは生きとし生ける者の義務だ。
 頑張って救護活動を行っても死なせた場合、弁護士はわかってくれるだろうか。あくまで救護のみで医療行為は危ういが。陪審員の同情を引くストーリーを用意しなければいけない。残るは遺族の問題だが、保険金とかでなんとか出来るはず。
 イカレさんの顔はげっそりとしていかにも弱っていた。頬は窪み顔色は悪い。意識も朦朧としているようだ。

「弁護士さん、わたし頑張ったよね?」

 唯一近所で弁護事務所を開いている弁護士を思い出したが、大抵彼女の母を訴える役目だったのでやはり頼りにはならないかもしれないと諦めた。そもそもその弁護士のつけている弁護バッジは手作りだった気がする。堂々としていれば意外にバレないものだ。
 要救助者に呼びかけを続ける。

「イカレさん、イカレさんしっかりしてください。そこはかとなく大丈夫な気になってきませんか?」
「う……ううう……」
「被害状況を報告してください。つらい肩こりがあるとか。内臓をヤクザに切り取られ売られたとか。片方なら平気です。右心房? 左心房?」
「ぐ……ぐうう」
「おや?」

 うめき声を上げているかと思ったらイカレさんの口は開いていなかった。
 耳を彼の顔に近づけると、息はしている。少なくとも肺や血の通った生き物であることを認識できて彼女は安心した。見た目だけ人間のようだったのに謎の生命体とか言われても困る。探検隊だって全滅必至だ。これだから南極には来たくなかったというのに。
 胸に耳を当て心臓も動いていることを確認。さすがに心臓が止まっていたら開胸し無敵のプラチナ治療を試さなくてはならない。出来るかどうかはやってみなければわからないし上手く行く可能性はゼロじゃないけれど、陪審員の判断は厳しくなるだろう。
 続けてぐったりしている彼の腹部に耳を当てる。
 ごろごろと雷鳴めいた音が響き、時折内臓器官が軋むのも聞こえた。

「……お腹が鳴っているのですか」

 呟いて彼女ははバッと離れました。その際にイカレさんの頭が床に叩き付けられて悶絶したような声が聞こえたが、無視。

「これは……赤痢。或いは腸捻転。あ、超捻転っていうと凄い怪我みたい」
「いってェ糞が! こちとら腹ァ減ってんだよボケ!」

 にわか医師の診断に患者から文句が出た。いつだって患者に真相は告げないほうがいいのだ。簡単な風邪の患者には小麦粉に砂糖混ぜたクスリを飲ませておけばいい。セカンドオピニオンなど行えば無免許医がバレてしまう。
 枯れたような声を、頭を抱えながら叫ぶイカレさん。
 目が覚めたように薄目を開けながら、立ち上がらずに動かずに呻く。

「がああああ……つーかだれ手前ェ……手前も罠にかかった奴かァ? どーでもいいけどよォ……なんかメシ持ってねェ?」
「はあ。罠かどうか知りませんが」

 男は腹を抑えながら異様に悪い目付きを少女に向けて云う。
 ぼんやりと彼女は応えて五分ほど経過した、片手に持っているカップ麺を思い出した。

「神は言いました。貧しい物は幸いである。天の国は彼らのためにある。そう皮肉げに言ってマスターにコインを渡しバーボンを注文しながら」
「なんで決め台詞見たいなんだよ」
「鳥取県民は幸いである。パチンコ屋とか多いし。あと鳥取ヌードルが食べれる」
「前後の繋がりがゼロじゃねェか!」

 イカレさんの文句を少女は聞き流しながら、鳥取ヌードルを彼に渡した。
 鳥取ヌードルは鳥取県限定販売されているカップ麺で、ドライの二十世紀末梨とラクダの肉と松葉ガニとか入っている豪華な拉麺だ。ローカルなので県民以外への知名度はゼロに等しい。
 プラスティック製フォークと一緒に受け取ったイカレさんはまじまじと鳥取ヌードルを眺めて匂いを嗅いだ後、音を立てて啜り始めた。
 咀嚼もせずに飲み込み、胃の腑が熱くなるのを感じて天井を仰ぎ見る。

「美味ェ……二日ぶりのメシ……」
「地球産の食品とか化学調味料とか食べて異世界の人間の消化酵素とかそんなんは平気なんだろうかという素朴な疑問が。アレルギーになったりとか」
「あン?」
「いえ……今はまだ軽率な意見は言えませんね。もっと情報を集めなくては」
「なんで肝心なことを秘密にして取り返しの付かない事態にするヤツみてェな言動なんだよ」

 多分ファンタジー的に平気なんだろうけど、と彼女はあっさり認める。イカレさんが大丈夫じゃなかったら逆にこっちがこの島根異世界で食べるものが無くなるのだ。そうはなりたくないと願う。
 夢中で当社比1.5倍というキャッチコピーの付いているの鳥取ヌードルを食べるイカレさん。なにが1.5倍かは決して書いていない。企業に問い合せても答えは出ない。そもそも鳥取ヌードルを作っている会社が他に製品を出しているのを見たことがない。本社で登録されている土地にあるビルはシャッターが閉まっている。どういうことなの……
 それはともかく。

「ところで、此処は何処ですか?」

 大事なことを聞く。王国の魔法学院を知らないなんてアンタどんだけ田舎者なのよとかそんな事を言われる覚悟で。鳥取は田舎ではない十の証拠を思い浮かべながら。ええと、政令指定都市だとか。人口比率がパチンコ店員と不法滞在市民に傾いているとか。
 イカレさんは顔もあげずに、

「ずいぶん間が抜けてる冒険者も居たもんだなァ。此処はダンジョンのトラップルームだ。どっかの転移陣に引っかかって飛ばされたのかァ?」
「それは不明ですが。間抜けはもう一人居るみたいで」
「ちっうるせェよ」

 鳥取ヌードルを貰った恩もなんのその。イカレさんはそっぽ向く。彼の証言を鑑みれば同じく罠にかかってここにいるようであったが。
 続けて尋ねた。
 薄々気づきつつはあるものの、確認は重要だ。猫がどうとか学者も言っている。あれは多分提案した人物の名前と猫というインパクトで知られやすいのではないかと彼女は思っている。田吾作さんの狸という名称で発表したらどうあっても流行らない。

「ダンジョン……といいますと?」
「帝国の地下迷宮だろォが。手前はそれを攻略する冒険者……って格好じゃあねェな。パジャマだし。あれ? つーかだれ手前」

 パジャマでダンジョン攻略する人は居ないという共通認識を覚えて彼女は大きく頷いた。常識が似通っているというのは楽なことだ。何故ならば楽だからだ。

(なるほど、異世界そしてダンジョン。わたしの所々灰色と噂される頭脳が応えを示します。犯人は)

 断定するほど慌てることはない。落ち着いて異世界人類たるイカレさんに挨拶をせねば、日本人としての礼儀を疑わると判断した彼女は咳払いして彼に向き直る。

「改めましてイカレさん。わたしの名前は鳥飼小鳥といいます。ほら、頭の上に17とか出てません?」
「はァ?」
「出てませんか……残念極まりないです。ところでイカレさんも自己紹介してください。三分間で自己アピールです。学生時代に釘以外で打ち込んだこととか、副部長以外でリーダーシップとかを」

 面接官になった気分で尋ねた。近年では物理的圧迫面接が社会問題となっている。万力の購入者はその四割が企業の人事部であると噂される程に。就職の際には気をつけるべきである。
 イカレさんは酷く気むずかしげな顔で首を傾げた。よく見ればその瞳の色も虹色に輝いている。パンクにしては気合が入りすぎだ。全身を様々な色に光らせるマウスを作る実験の被害者なのだろうと一方的に見当をつける。

「意味わかんねェが……俺ァ鳥召喚士のサイモンだ。ちっとダンジョンに用があって来たら罠にかかってここに閉じ込められて……」
「鳥召喚士。なるほど」
「あン?」
「ええ。イカレさんが鳥召喚士だから、『鳥取県鳥取市在住』『名前・鳥飼小鳥』で鳥属性満載なわたしが召喚されたわけですよ」
「いやいやいやいや待て手前」
「異世界から召喚されたのは勇者か魔王か……それがこのわたしなワケです。さあ世界を救えフォーエバー」
「待ーてー」

 カップ麺を食べきったイカレさんががっしりと小鳥の肩を掴んで睨みつけた。乱暴されたらどうしましょう……と無駄な心配をする女子高生である。
 乱暴されたときの対処はだいたい三つ。電撃かガスか噛み切るか。前者二つは現在の装備には含まれていないため、いろいろ噛み切る覚悟を決めなければならないが何の変哲もない女子高生にそれが出来るのだろうか。思いながらも彼女はがちがちと歯を威嚇的に鳴らす。

「俺が人間なんぞ召喚できるわきゃねェだろ! しかも異世界から召喚だと!? 異世界ネタはマズイだろォ……」
「マズかったですか? 麺」
「うめェよ! そっちじゃねェよ!」
「いえまあ、詳しくは知らないですけど此処は異世界で間違い無いと思いますが。ほらなんか世界観の解説的な事してくださいよ。かつて戦争があった……とか世界は核の炎で包まれたとか」

 渋面を作ったイカレさんはブツブツと呟くように告げました。
 ここはペナルカンド大陸東部に位置する帝国の首都、帝都の地下にあるダンジョン。
 帝国は世界に一つしかないので名前は特に無く帝国とだけ呼ばれている。近隣には神聖女王国や海を隔てて島国の東方諸国など様々な国がある。
 ダンジョンには魔紘と呼ばれる鉱物を核に発生したモンスターや、時には道具が落ちているために冒険者と呼ばれる傭兵もどきがそれを回収し、換金している。
 帝都には何箇所かダンジョンの入口があって帝国がそれを管理している。[ダンジョン開拓公社]と正式には云うらしいが、適当にならず者の組合(ギルド)などと呼ばれている。
 召喚士は数少ない、血縁で継承される技能であり頭と目が虹色。
 面倒臭いのか最低限それだけ説明したイカレさん。

「はあ……聞いたこともありませんね。矢張り此処は異世界のごとき。ほらほら、なんかこの床に魔方陣とかありますし」

 床には小鳥の部屋からここまでトランスポーた原因と思しき魔方陣だか召喚陣だかが残っていた。
 
「ごとき? いやともかくなんで異世界召喚が……空腹のあまりに遺失術式を復活させちまったのか? 俺。そォいえば空腹で朦朧としてたときに床に描かれてた怪しい召喚陣に魔力を注いだような……もう魔力は失われてるみてェだが……」
「いいじゃありませんか、遺失術式。響きが格好いい。ほら『な!? あいつの使っているのは失われた術……!』みたいに驚かれますよ」
「昔の魔王が使ってた異界物召喚を自信満々に披露してたら討伐されるわ──つーかこのダンジョンは……ああ……だからか……」
「魔王の力を宿した召喚士の青年は異世界の賢者の知識を持って世界征服へ乗り出すんですね。まずはノーフォーク楽市楽座野釣り錬金術」
「賢者って手前、なんか出来んの?」
「女子高生にある程度の能力!」
「……」
「家庭科は5でした」
「……はァ」

 何かを諦めたように半目でため息を吐くイカレさん。微妙にガッカリしているようだ。

「これでも人間味の素とかミシン内蔵生命とか学校であだ名付けられた女子力の高さに定評のあるというのに。家政婦としてはともかくお嫁さんにしたくない女子高生ランキング一位ですよ、一位」
「……まァいいか。慌ててもどーにもならんし」
「そういえば此処はトラップルームとか言ってましたね。なにがどうなんです?」

 不貞腐れてベッドに寝始めたイカレさんに声をかける小鳥。トラップルームというと毒ガスが吹き出たりお湯とドジョウが注がれたり──湯が熱いのでドジョウは被害者の穴という穴に逃げこむらしい。鍋のように。本当だろうか。NASAに問い合わせたけど教えてくれなかった──壁にあいた穴から外に出ようとするとギロチンでストーンって寸法なものを想像する。
 ここはいかにも普通の部屋であった。イカレさんが飢えていた通り、食べ物のたぐいは無いが。よく見たら観葉植物の葉っぱに歯形が付いているが、不味かったらしく食べてはない。

(あ、トイレもないや。イカレさん、どうやって汚物処理を……)

 細かい事が気になる小鳥である。彼女はゲームのマップでも警察署とかにトイレがないのを心配する。
 
「どォやっても出れねェんだよ、この部屋。扉には鍵かかってるし。全力で攻撃してもビクともしねェ」
「ほう」

 鍵穴のある扉のノブを回す。ガチャガチャと音はなるが開く気配は無かった。
 
「それで三日閉じ込められていたわけですか。ちなみに汚物の処理などは」
「聞きてェの?」
「気になって気になって」

 部屋の隅を注目したらうず高く盛り上げられてたりしたらどうしようかと思いながら。オブジェと思って忘れてあげる程度に優しさはあると信じていたい。
 イカレさんはぶっきらぼうに告げる。

「召喚術で呼び出した鳥に処分させて消した。狭い部屋なのに汚物なんざ残せるか」
「鳥さん可哀想。はっ。つまり外道なイカレさんはわたしのことも便器にしようと……」
「こいつなんか頭オカしい」

 うんざりと彼は言う。

「しかし空腹なら鳥を召喚させて食べればよかったのでは」
「召喚術で召喚した奴ァ魔力で体を複製してるからデカイダメージ負ったら消える。つまり食おうとして噛んだりちぎったりしたら消えるから食えねェんだよ」
「なるほど。しかしわたしの場合はたまたまラーメン持っててよかったですね。そっちは普通に食べれたみたいで」
「……鳥が何か持ってるって事ァ少ないからよくはわからねェが、手前が持ってたらセーフなのか」

 とすると。

「イカレさんの話によれば今のわたしの体は本体ではなく魔力の複製だと。あ、魔力ってマジックパワーであってます? マグマパワーの略じゃないですよね?」
「ねェよマグマパワー強そうだが──手前が俺に召喚されたっつーのが本当ならそうなんじゃねェの?」
「本体はどうしてるんですか?」
「召喚されたことに気づかずに生活してるんじゃね。詳しくは知らんが」

 小鳥は顎に手を当てて考える。
 ならば鳥取県在住の本体は今頃夜食のラーメンを食べきっているのかもしれない。そして後悔するがいい。実は大して彼女は好きじゃないのである、鳥取ラーメン。
 
「なんとも不思議な気分です。向こうのわたしが頓死したらどうなるのかドキドキワクワクですね」
「ん? あァ悪ィよく見たら手前魔力複製体じゃねェや生身だわ。本当に俺に召喚されたのか疑わしいぐらい……いやでも俺の魔力が供給されてるしなァ」
「なんだ詰まらぬです」

 ジロジロと無遠慮にイカレさんが彼女を見て、頭をわし掴んで来た。魔力の流れを測っているようだ。乙女の大事なところに無造作に触れるなんて! と心のなかで憤慨するが見た目が年上のチンピラだったので声には出さなかった。生物全般、頭部は大事だが。
 診断結果、やはり小鳥は生身で本体まるごと召喚されたようである。異世界に着の身着のまま。せめて残機無限ならばよかったものをと残念に思う。

「男の人はそうやって認知から逃れると聞きました。わたしの体のことなんてどうでもいいっていうのかしらん」
「どォでもいいよ。あークソ早く救助とかこねェかな」
「イカレさん。口を開けて上を向き、餌が落ちてくるのを待つのは豚以下ですよ。行動あるのみで脱出を計らねば」

 荒野に豚は生きられない。荒野を生きるのはいつだって狼とか伝承者とかだ。


 異世界ミッションの始まりとしては、まずこのトラップルームから脱出せねばならない。


 こうして鳥飼小鳥の奇妙な異世界ライフは始まったのである。



「後にこの時開いた異世界ゲートを使って侵略しに来た魔王と戦う、召喚士と偉大なる賢者の出会いだったことをわたしたちはまだ知らない……」
「何ブツブツ言ってんだボケが。ところでさっきから俺のことイカレって呼んでるのなんでだ。俺の名前はサイモンだが」
「聞きたいですか? イカメロンの由来を。あれ? イカメロンであってたっけ?」
「……いやもォどーでもいいわ」



[30747] 2話『DIE脱出』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/24 18:07



 部屋がある。
 中から周囲を見回せばおおよそ正方形の部屋だと判断できた。扉が一つ、反対の壁にはベッド。左右には机と1段のみの本棚。あと不自然に端がめくれているポスターが張られていた。そして観葉植物のプランターが一つ、部屋の隅に置かれている。
 扉には鍵がかかっていて頑丈だという。イカレさんが攻撃を行ったがビクともしなかったらしい。彼の全力がどれほどかは知らないが、女子高生のタックル以上核兵器以下と推定される。
 天井にはスパイが腹ばいになって移動しそうな通気口。実際に通気口が一番ありがたかった。もしここが完全に密閉されていたらそう長くは内部の空気が持たなかっただろう。
 どちらにせよ鍵が無ければドアは開かない。ドアを開けなければ外に出られない。当たり前だが、現実はその通りで閉じ込められた二人に立ちふさがる。
 しかし、

「典型的ですね」

 小鳥がなんとも無さそうに云うので、イカレさんが藪睨みに返す。

「なにがだァ?」
「なんというか五分で解ける脱出ゲームを彷彿とさせます。むしろこんなところに三日も閉じ込められたイカレさんに哀れさを感じます。アワレさんって読んでいいか聞こうかと思ったけどやっぱり止めときますね。痛い」
「……いちいちうぜェなあおい。じゃあ脱出してみろよ早く。五分でミスったら蹴るからな」
「今蹴ったじゃないですか」
「別カウントだ」

 疑わしさと苛立たしさを半々に混ぜて、敵意という感情を化合させながら彼は小鳥に言った。
 
「もうなんか部屋の構造が典型的すぎて呆れます。そもそもイカレさん、ちゃんとこの部屋を探索したんですか?」
「あン? そりゃあ机の引き出しとかは漁ってみたが。鍵がかかってたり意味のわからねェ数字とか書かれてたり本棚から抜き出した本みてェなのが入ってたりしただけだ」
「ベッドのマットを漁ったり、観葉植物の影を探したり、ポスターを裏返したりは?」
「なんでそんな事するんだよ」
「これですもの」

 小鳥は大仰に肩をすくめる。

「わたしの予想ではベッドの下には細長い棒が入っててそれを持って机の裏を調べれば棒を使って小さな鍵が取れます。
 その鍵を使って机の引き出しを開けるとマジックが出てくるのでポスターに塗りつけると隠れていた暗号がでるのでメモします。
 本棚には二箇所本が抜けていますが一つは引き出しから、もう一つは観葉植物の影から本を回収して正しく並べ直すとカチッと音がして本棚が動かせるようになりました。
 その裏には金庫が壁に嵌めこまれているので枕の裏と机とポスターに書かれた数字を何通りかの法則で入れれば開きます。そこにはスイッチがあって押すと部屋の電気が消えまして。
 すると扉以外にも光の漏れている場所があるのでそっちの壁を調べると隣の似たような構造の部屋にいけるので今度はそっちで──」

 この後3分ほど説明が続くが、中略。

「──すると最初の部屋の扉の鍵が手に入るというわけです」
「……いやなんでそんな事がわかるんだよ」
「脱出ゲームのパターンです。ですが」

 説明を終えた小鳥は鍵のかかった扉の前に立つ。おおよそそんな感じで脱出は出来るのだろうが、面倒だった。面倒は御免だ。何故ならば面倒だからである。
 風呂上りに髪を止めてたヘアピンを抜き取り、鍵穴に突っ込んだ。

「ピッキングで済ませましょう」
「……」

 フィクションなどでよく見られるが実際にはヘアピンなどで簡単に鍵というものは外れる構造にはなっていな──

「あ、できた。簡単でしたね」

 約10秒で外れた。イカレさんは唖然としている。
 
「おや? どうしましたイカレさん。新世界の扉は開きましたよ。君の玄関こそがどこにでも繋がるドアだってことをかの先生は教えてくれました。なっけおんへぶんずどぉあー」
「なんか色々すげェ納得いかねェ」
「納得は大事ですよ? 運命に納得さえすれば命をかけて救った相手が後日風邪で死んでも穏やかな気持で迎えられること安請け合い。あれ? 安請け合いであってたっけ?」

 のろのろしているイカレさんの手を引いて開いた扉の向こうへと小鳥は連れ出した。無機質な部屋に閉じこもって満足してはいけない。いざ飛び立て世界へと。まあそんな勢いで。
 ミッションクリアのファンファーレが彼女の脳内では響いているのだろうか。イカレさんは、この少女の頭には脳味噌の代わりにオガ屑が詰まっていると早速認識しながら、仕方なく外に出て行く。



 *********



 部屋の外は薄暗い空間が広がっていた。
 ところどころ剥げた石畳とむき出しになった岩壁の洞窟である。広さは二車線のトンネルぐらいだろうか、あちこち出っ張りや横穴があり均一ではないようだ。完全に真っ暗というわけではなく、ところどころ文字のような光明があった。
 外に出ると先ほどまで居た部屋の扉が音もなく閉まり、扉は壁と見分けがつかないように隠れてしまった。そして確認するように触れるが継ぎ目も無く、部屋の外から開けられる構造になっていないようである。
 
(おや……?)

 なんか元の世界へ戻る道が閉ざされたような感覚を覚えつつも小鳥は嫌な疑念を振り払った。大事なのは過去に振り返ることではなく、ゆっくりとでもいいから前に進むことである。
 前に進む意思を止めなければいずれ真実へ辿りつけると言っていたのはどこの警察だっただろうか。鳥取県警でないことは確かなのだが。
 
「ははあ……予想より広いけれどこれがダンジョンの中ですか」

 暗いけれど薄ぼんやりと髪の毛が虹色に光っているイカレさんに語りかける。さながら深海魚のように光っていた。なんでも髪の毛と目に魔力が宿っているため虹色に発光している召喚士の自動特性なのだという。
 目と頭を保護することにより幻覚や洗脳、恐慌や操りなどの外界からの干渉をほぼ完全にシャットアウトするという便利能力であるようだ。それよりも、夏場の夜道を歩いていたら蛾とか寄ってきそうなのが、小鳥は気になった。

「どのあたりかは知らねェがな。まあいい。灯を付けるぞ──召喚『夜光鳥』」

 イカレさんが言う。彼が掲げた右手から、薄く虹色の魔方陣が空間に平面投影されて、そこから鳥が数羽、空間から染み出るように現れた。
 嘴の先を白く発光させた小さな鳥である。意外と光量は高いようで、随分視界が広がった。

「おお、それが噂の召喚術ですか」
「そォだよ。自分と周囲の魔力を使って召喚物の魔力複製を生成──どォでもいいか。俺ァ鳥召喚士だから暗く狭いダンジョンじゃ十全にゃ使えんが。こいつらは灯がわりに丁度いい」

 そう言って彼は無造作に足を進めた。
 空間を数羽の鳥が飛び回り周囲を照らしている。風はなくどちらに向かえば出口か入り口か、或いはどん底なのかはわからないが。

(室内履きのスリッパを履いててよかった)
 
 と小鳥は思いつつ付いて行く。裸足はつらいのだ。破傷風とか。異世界に破傷風菌が居るかは不明だが。
 ダルそうに進むイカレさんとパジャマで付いていく小鳥はとてもダンジョン攻略する冒険者には見えない。

「イカレさん、イカレさん。どっちになんの目的があって進んでるか聞いていいですか?」
「さァ? 道ワカンネ。だけどどっちかに進まにゃならんし。適当な冒険者にあったら道聞きゃいいだろ。一日何十人も潜るんだしよォ」
「はあ……広いダンジョンなんですね」
「俺もダンジョンなんぞあんま来ないっつーか初めてだからよく知らねェが。時々地形とか変わるらしいし、俺みたく転移系の罠で吹っ飛ばされたりするし」
「初めてとは。ところでお仲間とかはいないのですか?」

 普通パーティを組んで攻略したりするんじゃないですか? と小鳥は続けて口に出す。
 登山だろうがなんだろうが、人数はそれなりに居たほうが便利ではあるはずだ。持ち込める道具は多くなるし、誰かが倒れたら運べる。
 鳥取県でも大山(だいせん)を攻略するときはひとりだと危険極まりないと彼女は知っている。年間死者数は3桁、行方不明者数もそれぐらい発生する鳥取の三大危険スポットなのである。
 イカレさんはどうでも良さそうに答える。

「いらねェだろ、別に。召喚士なんだし」
「そういうもんですか。食料とかは?」
「罠にかかったときに落とした」
「……」

 すっごい適当なチャレンジブル精神に小鳥は唾を飲み込む。

(あれ? チャレンジブルであってたかな?)

 ともあれ足音を立てながら歩くイカレさんの後ろをぺたぺたとスリッパの音を鳴らしてぺとぺとさんめいて歩いた。
 小鳥もパジャマだがイカレさんもすっぽりとした簡素なローブ姿でこう、防具っぽくはない格好であった。トゲ付き肩パッドとか、脂肪の鎧とか装備していないと小鳥は不安である。

「大丈夫なのかなこの人。付いていくしかないんだけどさ。伝承者とかにあったら見た目チンピラですので容赦無く殺されそう。羅将の居城を聞かれた挙句の末路として。せめてわたしだけでも居場所を教えて救いを乞わねば。ないあるないあるよ」
「声に出てるし無いのか有るのかどっちなんだボケが──お」
「どうされましたイカレ王子」
「喧嘩売ってんのか手前──そォじゃなくて魔物だ魔物。前の方に居るぞ」

 彼が指を指す方向を向いたが、夜光鳥の灯のさらに奥は闇に包まれていて見えない。
 イカレさんは爛々と瞳を輝かせてた。比喩ではなくルクス的な意味で。

「見えませんが」
「召喚士は目がいィんだ。とにかく、奥のほうに──ありゃグラディエイトオーガだな」
「中盤ぐらいで出てきてHPと攻撃力が高いのでデバフや状態異常を効率的に使うのが良さそうですね」
「知るか。あァ3匹居るな」
「今夜は満月かもしれないのでトークはやめてエスケープしますか。戦略的撤退して釣り野伏。ちゃんと伏兵は居ますか?」
「なにいってんだ手前。あ、こっち来た」

 そう言われて目を凝らすと、夜光鳥がやや先行して照らした暗がりの影から大きな人影が小鳥にも見えた。
 ホッキョクグマの毛を剥いだらあんなふうになるのではないかといった風味の黒褐色をした巨人だ。全身をがっちりとした筋肉で覆われていて、手には錆びた斧とか一抱えもありそうな岩とか持っている。
 オーガ。俗にいう鬼。人食いな場合が多い。力無きものには比類ない怪物として、そしてだいたいは騎士か英雄の噛ませになる。
 しかしながら小鳥が対面して感じるには絶対攻撃力高いっていうか下手な村なら一匹で壊滅させそうな風貌であった。なにせ、鳥取にはオーガは居ないのだ。迫力がある。
 こりゃあヤバイなあと感心して、迫り来る驚異に身を委ねつつ──と彼女は思っていたらイカレさんがまた片手を上げて言葉を紡ぐ。

「とっとと片付けっかァ……召喚『サンダーバード』」

 召喚陣。
 そこから現れたのは、紫電を纏った鳥であった。大鷲程もある体長に長く伸びた尾羽。青色の羽毛からは電流火花を飛び散らせている。
 尖った猛禽の眼差しを前方に向けて、甲高い文字化不可能の鳴き声を上げている。
 それが同時に召喚陣から3羽出現した。敵のオーガと同じ数だ。

「行け」

 イカレさんの号令と共にサンダーバードは正しく雷の速さで飛行。
 軌跡に青いプラズマを残しながら一直線にオーガへと突進する。目では追えず軌跡に残る大気の蒸発痕のみを小鳥は認識した。
 ばん、と紙袋を割ったような音。
 視界の先では、それぞれのオーガの固い胸にサンダーバードの嘴が突き刺さっていた。
 続けて放電。暗闇を照らす強烈な雷光が発生してオーガの群れを焦がしつくす。
 数秒間の放電と共にサンダーバードは空気に解けるように消失していった。

「はっ。他愛ねェ」
「まあイカレさんが強いんじゃなくてイカレさんが召喚した鳥が強かったんですが」
「どォでもいいぜ」

 何事もなかったかのように歩みを再開するイカレさん。この世界の人の平均的戦闘力とかは知らないけれど、イカレさんは意外と強そうであると小鳥は認識した。ただのパンクヤンキーでは無い。
 ワンモーションで大型の魔物を一撃で仕留める鳥を召喚使役できるとなると、それなりの物だろう。一般人では対物ライフルでも持ってないとあんな敵と戦えない。一般人が対物ライフルなんて使えないだろうが。
 オーガの死骸も土に帰るよう消えていき、そこには爪の先ほどの淡く光る石が残されている。

「おい手前。それ拾っとけよ。換金出来んだから」
「はい。ああ、これが魔物の核になっている魔紘とやらですか」
「そォだ。基本的にこのダンジョンにいる魔物は魔法生物であって魔物本体じゃねェ。その魔紘に含まれる魔力から影を実体化させて生まれた存在。つまりは焼き殺しても食えねェのが面倒だぜ」

 思い出したかのように腹に手を当てるイカレさん。三日ぶりにラーメン一個食べたぐらいでは、当然というべきか足りてなさそうではある。

「はァ……他の冒険者とあったらメシ分けてくれねェかな。出来ればタダで」
「情は人の舐め足らず、ですよ。舐められたら終わりな人情紙風船。地獄のサーターアンダギー」
「激しく意味がわからねェ」
「そもそもろくな準備もせずにイカレさん、どうしてダンジョンに来たんです?」

 彼は胡乱な虹色の眼差しを前に向けたまま、うんざりと息を吐くように答える。

「冒険者で召喚士やってる知り合いがよォ、昔俺が飼ってた鳥がダンジョンの奥に居たっつーから探しに来たんだ。長ェこと行方不明だったんだが」
「それは律儀な。近年ペットを無慈悲に捨てる飼い主に見習わせたいですね。わたしの地元でも蠍とかキングコブラとかが飼い主に捨てられて繁殖しまくりです。それはそうと。召喚士の知り合いの方なら手伝ってもらえばよかったのでは?」
「そいつ蟲召喚士だから鳥と折り合い悪ィし。口五月蝿ェし」

 実は単にイカレさんが嫌われているだけだったりするのでは、と思ったが小鳥は口に出さなかった。蹴られるからだ。描写していないが既にやくざ蹴りを二三度食らっている。
 イカレさんを前にしながら彼のローブの端を握って小鳥は道なりについていく。転移系の罠とかいうのにどちらかが吹っ飛ばされて離れ離れにならないようにという小鳥の算段であった。はぐれた場合、確実に魔物に殺される。
 そういえば、と彼に尋ねた。尋ねてばっかりだけれど、異世界のことは無知なので仕方無い。如何なる状況でも序盤は質問が多いものだと小鳥は悟っている。

「蟲召喚士とか鳥召喚士とか、召喚できるのが決まってるってことですか?」
「ん? まァな。かつての魔王はどォだったか知らねェが、普通の召喚士はそれぞれ属性が分かれてる。他にも竜召喚士や牛召喚士、樹召喚士とか」
「ははあ。格差がありそうですねえ」
「一番ションベンみてェな奴は本しか出せねェからな。週刊誌を買いに行かなくていいのは便利だが」
「戦わないならその程度で充分ですよ」

 しかしこんな狭いダンジョンで竜召喚など使ったら危険だろうとは思う。炎が撒き散らされて周囲に仲間がいれば巻き込まれかねない。
 召喚士があまり他人とつるまないのもそういう理由があった。彼らにとって仲間というのは基本的に魔力複製召喚物を指す。

「しかし基本的にがらんとした場所ですね、ダンジョン。宝箱とかピッツァとか落ちてないんですか」
「古代の財宝拾って一財産手に入れた冒険者の噂を聞いたこともあるけどよォ。っていうかなんでピザが落ちてるんだ」
「気分ですよ気分。おにぎりとかパンでも構いませんが──」

 小鳥はぼとりと自分の肩に何かが落ちてきたので言葉尻を切った。
 イカレさんの髪の毛の明かりでそれは判明。真っ赤な目が8個に毛の生えた8つの足。飛び出た歪な牙をした人の頭ほどの生物。

「状況・カニ」
「そりゃ蜘蛛だろォが!!」

 問答無用で引き剥がしてイカレさんに投げつけた。大きい。アシダカグモに比べ3倍以上のエネルギーゲインがありそうであった。蜘蛛というよりもフェイスハガーである。卵を植え付けられていないか、祈る他はない。
 むしろ彼女としては、

(鳥取の危険生物ランキング上位の松葉ガニかと思って焦ったのですが……)

 と、少し落ち着いた。独自調査によれば蟹被害による年間の死傷者は鳥取だけで数十人に及ぶという。北海道も合わせると数倍に膨れ上がるが政府はそれをひた隠しにしている。
 イカレさんは上体をそらして投げつけられた蜘蛛を避ける。そして無造作に大きな鳥を召喚して蜘蛛を襲わせる。
 少なくとも人の腕よりも大きいくちばしを持った鳥が蜘蛛を咥えて丸呑みにした。

「ふう、驚きのあまり脳波が停止するかと思いました」
「こっちに投げんな! つーか蜘蛛ぐらい自分で対処しろ手前!」
「イカレさんは女学生に何を期待しているのですか? あんな蜘蛛に噛まれたら全身タイツで糸が手首とかから出る人間になりま……格好いい」
「なれよ! いっそ! 役に立たねェなあおい!」
「そんなことをいわれましても。あ、地上まで連れていって貰えれば、美味しい手料理とかでわたしの価値も登竜門。あれ? 登竜門であってました?」
「知るかッ!」
 
 怒鳴ってずんずんと前進を再開するイカレさん。栄養不足だからか怒りっぽくなっているのかと判断して、

(カルシウム料理を振舞わなくてはいけませんね。でもこっちで材料の炭酸カルシウムって手に入るかな)

 小鳥は計画するのであった。
 その後もダンジョンの道は続き途中途中では魔物が出てきて尽く、近寄る前にイカレさんの召喚術で葬られた。先ほど天井から蜘蛛が落ちてきたのも気にしているのか、灯り替わりの鳥も一匹天井付近を照らすようになって警戒している。
 オークやゴブリンの肌を万能包丁のように切り裂く鳥『剣先燕』、リビングアーマーの装甲に穴を開けまくる『鉄朱雀』、ゴーレムの体をバリバリと噛み砕く『ロック鳥』など、イカレさんの召喚鳥はそこらの魔物に負けない強さである。
 一羽対一匹ならともかくイカレさん同時に何羽も召喚したり消えたら再召喚し遠距離から一方的に仕留めていった。
 
「さすが魔王候補」
「縁起でもねェこと云うな。魔王ってのはクソアバズレの代名詞だ」
「女性だったのですか?」
「話によるとな。どうせ碌でもねえクソヒスだったんだろ知らんけど。二三回は世界を滅ぼしかけてたらしィし」

 雑談しながらしばらく進んでいると、前方に火の灯りが見えてきた。
 松明かもしれない。あるいは松明とはした金だけ王様に渡された勇者か。もしくは松明で魔界村を焼き払おうとする騎士か。
 
「Mr.イカレ。あれは」
「ファイアエレメント。生きてる火こと魔法生命体だ。魔物」
「左様でございますか。あ、即死魔法とか使ってきませんよね、あれ。ここは地の果て流されてロンダルキア。大変枠が赤く」
「……先制攻撃仕掛けるぞ。『火喰い雀』」

 小鳥の懸念を無視しつつぶっきらぼうに告げた彼の言葉に従い髪の毛が発光を強め空間に投影された厚さナノミリの召喚陣から魔力を介し、召喚士と契約した召喚鳥が姿を表した。魔力によって体を構成させた仮初の姿。それは紅色の羽をした雀である。
 十数羽の小型の鳥が召喚され、一直線にファイアエレメントへと飛翔する。そしてその周囲をホバリングするように飛び回った。

「あいつらは火の魔法力を食うんだ。魔の森の名物消えない山火事のあたりに生息してるやつでな」
「なるほど。わたしの世界のヒクイドリとは大違いです」
「ん? どんなんだ?」
「恐竜から進化しそこねたような顔つきをしてて蹴りがメインウェポンな怪鳥でして」
「強そォじゃん」

 そんな雑談をしながら安全圏からファイアエレメントが啄まれてだんだん小さくなるのを見ていた。
 果たして炎にカロリーはあるのか。物質の温度を上昇させるエネルギーなのでもしかしたらあるのかもしれないが。

「あ。一匹FEが逃げていきますよイカレさん」
「エフイー?」

 ファイアエレメントの略である。鉄の元素記号でも野菜洗浄機を作ってる会社でもなく。
 自分を啄む火喰い雀から逃れるように人魂が通路の奥へ、飛行していく。大雑把にしか動けないらしくちょこまかと火を啄む雀とは相性が大分悪いらしい。
 追うか追わないかの二択だ。差し迫るわけではないが。特に追わない理由も思い浮かばず、ファイアエレメントの落とす魔鉱とか経験値とかが惜しいのでイカレさんは追うことにした。いや、経験値なんて眼に見えないけど。
 炎光を追いかけ枝分かれした通路に入り込む。

「関係あるか無いかわかりませんが、風が向こうに通じてますね」
「出口でもあんのかァ?」
「これは……いえ、今はまだ軽率なことは言えませんね」
「だから何そのイラつくキャラ」

 追い風に乗るというのは良いことばかりではない。先の通路に二人の匂いや声は流れていくし、相手の気配などはこちらには感じ難くなる。
 待ち伏せをされている可能性を頭に留める。
 外へと通じる方向に風が流れているとしてもそれがまっとうな道であるとも限らないし、他にも風が流れる理由は色々。

「なんか熱くありません?」
「そォか?」
「RPGで危険察知のスキルを持っていても、罠の先に宝箱があったりするから結局突っ込むことが多かったりなかったり」

 言うとほぼ同時に、背後からがしゃんと音がした。
 振り返ると今まで走ってきた道を塞ぐように、金属質の柵のようなものが降りている。
 隙間は腕一本はいるかどうかであり、持ち上げようにも取っ手は見当たらないすべすべした金属柵。
 退路は閉ざされたようである。無慈悲に。或いは当然に。もちろん、その両方であるが。

「ほら素人が突っ込むからこうなる」
「言えた義理かッ!」
「怒鳴っている場合ではありませんよイカレリオンさん。こういうパターンだとソッコー前の通路から奇襲が」
「はッ。ファイアエレメントなんぞ出てきても…………」

 シニカルに笑って改めて振り向いた通路の先は赤々と輝いていた。
 そこには魔法生命体、ファイアエレメントが──通路いっぱいの大きさに巨大化した固体が二人にゆっくりと迫ってきている。
 分厚い炎の壁がこっちに近づいてきているといった方がいいだろうか。すり抜ける隙間もなく、通路全体を炎で飲み込もうとしていた。
 肌を刺すようにジリジリとした熱気を感じm目を細めるほどに眩く、熱い。

「なるほど、あんなんがいるから空気が燃焼して風がこっちに吹いてたんですね」
「クソが」
「無敵の召喚術でなんとかしてくださいよ。応援しちゃいます」
「言われねえでも──出やがれ『デススターリング』!」
 
 彼の術式展開と同時に複数のムクドリが炎の壁に向かって突っ込む。
 羽根から衝撃波を出しつつ飛ぶ種類のこの鳥で炎を消し飛ばそうとしたのだ。
 しかし、灼熱の壁に激突した瞬間にデススターリングは消滅して軽く炎を揺らすだけに留まった。熱が強すぎるのである。
 舌打ちをしつつ顔を歪めてイカレさんは吐き捨てる。

「……ここが洞窟じゃなけりゃいくらでもやりようがあんだが……あんまり強力なやつ召喚するとこっちまで吹っ飛ぶし、あのデカさだと火喰い雀じゃ止められねえし……」
「はっ。今こそ現代知識を活かして炎の弱点を教えるべき。イカレさん、イカレさん。炎は真空に弱いですよ」
「どォしろってんだボケ!」

 怒鳴られても特に気にしたところがないように、ぽわっとした顔のままである。
 言っている間に炎の壁はジリジリと近寄ってくる。

(焼死って辛そうだなあ。人間が焼死すると虫みたいに手足が縮こまった死体になるんだっけ)

 イカレさんは頭をボリボリ掻きながら、

「あークソ、糖分とか栄養が足らん所為でイマイチいい考えが浮かばん! いっそ自爆覚悟で消し飛ばすか! 手前はともかく俺は大丈夫だろ!」
「落ち着いてくださいレインボー。えーと火の性質として弱点は……『燃料』『酸素』『発火温度』の三つで構成されているはずです」
「で!?」
「つまり酸素を減らして温度を下げれば鎮火するのです。さあイカレさん、液体窒素をぶちまけてください。凍ったバナナでブーメランです」
「んなもんあるか──!」

 いつだって人は不備を嘆く。準備とは後悔に枕を濡らさないための行為だというのに怠るからだ。
 イカレさんは最高にイラついたような顔で召喚術を発動させようとした。まずい、せめて彼を盾にしなければと小鳥は後ろに下がる。
 その時だった。



「なるほど、液体窒素をかければいいのだな? 試してみよう」



 涼風のような透き通った声が背後から聞こえたのは。
 振り返る間もなく、格子の隙間から──塞がれた背後から何か突き出されたようだ。
 小鳥とイカレさんの体の横に出されたそれは杖のような──いや、パッと見金属バットのような棒だった。不可思議な文様の書かれていて、目の前に炎の壁が迫っているというのにドライアイスのような冷たさを感じる。
 声が続けて聞こえた。小さく早口で聞き取れない文と、明確な単語をひとつ、言葉に力を込めて。

「氷系術式『スノーピアサー』」

 その声と同時に通路の気温が変わった。凍りつくような風が吹き荒れて思わず眼を閉じる。
 息苦しい。それは炎の壁が迫ってきた時よりも。背中につららを突っ込まれたようだ。
 手で庇いながら薄目を開ける地面には霜が降りたように真っ白になり、冷気が立ち上っている。炎と面していた壁と地面ににわかに罅が入った。
 水が流れるように凍りついた床が前方に流れる如く広がり、炎の壁に直接触れる前に──炎は次々に消失していく。その氷の空間から立ち上るのは燃焼に必要な酸素ではなく、それを阻害する窒素だ。
 音もなく、氷の道だけを残して炎の壁は消えた。液体窒素をぶちまけたように。
 念のためだが、炎の壁があっても酸欠にならないようにダンジョン内は空調が管理されており、気化した窒素で人が倒れることも無い。

「大気相転移の魔法なんて使わなくとも水の精製で充分ではあったかな」
「えーと」

 感心したような言葉に小鳥は改めて振り向くと、通路をふさいだ格子越しに立っていたのは妙齢の女性であった。
 紺色のスーツに身を包んでいるというのは、人事ではないがダンジョンに相応しいとは思えない格好だと感じる。ほっそりとした足や腰、そして自己主張の激しい胸。空色でショートカットの髪の毛をしてメガネをかけた理知的な女性がそこには居た。
 あえて言うならば新人女教師かOLのように見えなくもない。手にはバットみたいなのを持ってるが。
 のろのろとイカレさんも振り向いてなにか嫌そうな顔をする。

「げ……なんでこんなところにいやがるんだァ? お偉い魔法使いのアイスさんよォ」
「何を言っているのだサイモンくん。君が3日もダンジョンに篭って行方不明だというから探しに来たというのに」
「つーか仕事は? たしかえーと平日だろ今日」
「平日と休日の感覚すらなくなっている無職のサイモンくんは知らないだろうが、有給というものが存在するのだ、世間には」

 朗らかに笑いながら腰に手を当てて胸を張る女性。余裕とか安心とか、そういうのが感じられる笑みである。
 おそらくはイカレさんが心配で探しに来た友達だろう。友達がいなそうなんて思ってごめんね、と小鳥は心の中か夢の中で謝ることにした。まあ、そのうちいつか。
 
 小鳥は思案顔で言う。

「なるほど」
「なに納得してるんだァ?」


「つまり新キャラですね」


 間違ってはいないはずだがなんとも微妙な顔で二人は小鳥を見た。彼らからすれば小鳥が新キャラなのだが。

(わたしは悪くない。悪いのは世間とか、資本主義の限界とかだ)

 つまりはこれが異世界からやってきた少女と後に世界を冰らせた魔女と言われた魔法使いの、長きに渡る因縁の出会いだったことをお互いはまだ知らない。嘘だ。世界は欺瞞に満ちている。革命を起こさなくては。






[30747] 3話『冷厳なる氷剣の儀式』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/24 22:14


 人間の体の60%程度は水で出来ている。
 一方でクラゲは99%が水分であるらしい。
 すなわち人間とクラゲは三割か四割しか違わない生き物なのではないだろうか。
 三割程度ならば個性と言い換えてもいいかもしれない。すなわちクラゲは個性ある人間なのである。
 そう言った哲学者ヘムストールはその一生を幽閉されてカウンセリングを受けたという。恐らくは脳がクラゲに侵略されていたのだろう。
 少なくともクラゲよりは自分の体に近しいと、新たな異世界人であるアイスから話しかけられても小鳥は納得しようとした。呼吸をしているなら殺せる。そう信じて。
 
「初めまして、私の名前はアイス・シュアルツ。サイモンくんの友人の魔法使いだ。職業は魔法学院で教師をしている」

 目の前で挨拶する涼し気な笑みを浮かべている女性。外見からはわからぬが実は彼女の骨がタングステン製であるかも知れない。それはともかく。
 ちなみに、互いを遮っていた格子は炎の壁が消えたら再び天井に上がっていった。典型的なエフェクト終了後に解除される罠だったらしい。形式美というべきか様式美というべきか、このダンジョンでは珍しいものではない。
 にこやかに手を伸ばしたアイスに握手を返す小鳥。ゴルゴでもないので利き手を預ける。握りつぶされたならそういう運命だったのだろうと覚悟を決めつつ訴訟の容易は出来ている。

「初めましてと返します。わたしは鳥飼小鳥。血中のクレアチン濃度は0.6です。イカレさんとはえーと……」

 予め、小鳥は異世界から召喚された事をあまり他の人に話すなとイカレさんに言われていた。
 異世界召喚術は魔王が使っていた術なので、もしそんな術に成功したと周りに思われたら面倒だからだとか。基本的に自分のことしか考えていないイカレさんである。
 それに小鳥も異世界から来たことを証明しろとか説明しろとか言われたり頭が変とか中二病とか思われたくもないので適当に誤魔化す方針であった。
 とにかく、自分の服装──パジャマを鑑みて簡単に関係を捏造。

「──パジャマパーティーをする程度の仲でして」
「おいコラ」
「な、本当か!? サイモンくんが女の子とパジャマパーティーを!?」
「アイスも信じてるんじゃねェよ!」

 本気で驚いている様子のアイスに容赦なくヤクザキックをするイカレさん。女性を蹴ることに躊躇いは無い。
 アイスは顔から地面に突っ込みつつも何事もなかったかのように立ち上がり、メガネの位置をただして尋ねた。

「ところでイカレというのはサイモンくんのことか小鳥くん」
「おやおや? 聞きたいですか? イカレサンダーボルテージの由来を。あれ? 合ってたっけ? それよりイカレさん、アイスさんのことは名前で呼ぶのにわたしには『手前』としか呼んでくれないなんてそんなひどい」
「手前だって俺の名前呼ばねェじゃねェか!」
「わかりました。間をとってイカレさんのことは『イカさん』でどうですか。可愛いでしょう」
「どこの間を取ったんだよムカつくこいつムカつく……」

 イカレさん──目付きの悪いチンピラ風虹色男性がスク水でイカ男でゲソと言っている姿を小鳥は幻視して。
 
(……あるかな? 需要。無理か)

 いらいらして睨んでいるイカレさんにどうしたものかと困った顔で笑いを零すアイス。そして非情な音は空間を割くように響いた。
 イカレさんの胃のあたりから。彼の食生活はここ3日悲惨を極めている。カップ麺一つでは足らずに、再び胃が要求デモを起こしたのだろう。

「ダメだ、もう倒れそう。早く何か食べないと……飢え死にしてしまう!」
「なに勝手なナレーション付けてるんだ手前」
「おやサイモンくん、空腹か?」

 アイスはどこか嬉しげに手を合わせて首を傾げる。
 露骨に顔を歪めるイカレさん。

「……腹減ってるから早く地上に上がってだなァ」
「安心してくれサイモンくん、君がお腹を空かせてないかと思ってちゃんと食べ物は持ってきている」

 そう言ってアイスは背負っていたリュックサックの中から弁当箱を取り出した。
 
「ダンジョンでお弁当て。武器商人ですか。普通こう、硬くて臭そうな干し肉とか鳥の餌を固めたような携帯食料とかソイレントグリーンイズピーポーとか」

 小鳥の意見はともかく、イカレさんは押し付けられた弁当箱を嫌そうに拒否した。

「お前のメシ不味いから食いたくねェんだが」
「まあまあ、そう言わずに。これは自信作なんだよサイモンくん。栄養満点滋養強壮──な材料を使っている」
「あァクソ……普段なら絶対食わねェのに、空腹の極限で……」

 弁当箱の中身、なにかでろでろした物体をスプーンで掬って差し出されているイカレさん。
 状況的にはあーんされているか、捕虜への拷問を受けているようにも見える。イチャラブか捕虜の取り扱いに関する条約違反かは判断しにくい。
 やがて抵抗むなしく囚われのイカレさんは毒物を口に放り込まれてしまった。
 顔を真っ青にして爆弾を蹴り飛ばし自爆したあと苦虫を噛み締めたような火事場めいた顔になるイカレさん。

「うげェ……人生を後悔するほど不味ィ……」
「ううむ、やはり失敗か。料理の道は厳しいな?」
「せめてレシピからアレンジするのを辞めろクソカスが」

 涙を流しながらちまちまとスプーンをひったくって自分で無理やり胃に流し込むイカレさん。
 アイスは涼し気な顔で小鳥にも進めてきた。

「コトリくん、君もどうだ?」
「いいえわたしは遠慮しておきます」

 夜寝る前にここへやって来たので正直そこまで空腹でもなかったので断った。決してイカレさんが心底まずそうにしているからではないと証言している。
 しばらくイカレさんの栄養補給タイムで休憩をしていた。鳥取三大危険スポットのうち鳥取砂漠だって脱出できないまま食料が尽きて死んでしまう人だって多いので、飢餓伝説にあるイカレさんには必要な時間である。
 栄養の次に必要なのは親交である。ともあれアイスと対話を試みる小鳥。

「それにしてもアイスさんは魔法使いですか。魔法とは面妖な」
「面妖と言われても困るのだが……」
「ああ、すみません。わたし田舎暮らしが長かったものですからあんまり詳しくなくて」

 心のなかで故郷の鳥取を田舎呼ばわりしたことを謝りつつ小鳥は話を聞き出そうとした。

(鳥取は田舎じゃないです。商店街はシャッターが降りている店舗の方が多いだけです。開いているパチンコ屋は通りを見回せば確実に二三軒は見つかります)

 ともあれアイスは納得したように頷く。

「なるほど、この国は帝都と幾つかの都市以外では魔法学校も無いからな。魔法がメジャーな神聖女王国ならばともかく、あまり目にする機会が無いこともあるだろう」
「じゃあそういう設定で」
「設定?」
「いえ、ともあれ。アイスさんはアレですか。氷属性?」

 名前と使った術からして。あるいは命名フリーエネルギー判断法的に小鳥は判断する。的中率は2分の1と中々高い。なにせ当たるか当たらないかの二択しか無いのだから確率が半々なのは必然だ。
 彼女は首肯しながら、

「そうだとも。実家は商売をしていて、高い学費を払って魔法学校に通わせた甲斐があったと教師の傍ら氷作りもやらされているよ」
「魔法学校に魔法教師ですか。ふむ、実はわたしはこう見えて魔法チート能力者の原石」
「そうなのか?」
「いえ全然知りませんが。そんな特典があってもいいんじゃないかな、と」

 今日から魔のつく超能力者にでもならなくては少女はカニにも勝てないだろう。
 アイスは思案顔で言う。

「ふむ……魔法の系統は専門の道具で調べなくてはわからないからな。これも何かの縁だ。コトリくんがやりたいならば今度調べる程度は、職場から道具を持ち出してできるが」
「こういう時に限って便利な縁を持つ人と初期に知り合う運命。それに知りませんよ、イオナズンが発動しても」
「いおなずん?」
「ナズンは言い過ぎですか。それはそうと、魔法の才能とか強さの基準とかってあるんですか?」
「もちろんだとも。階位レベルという言葉で十段階に分けられている。一番見習いの簡単な呪文一つ使える程度がレベル1で、最大の大魔術師がレベル10といった風に」
「ほほう。ちなみにアイスさんは?」

 この世界も数字の単位が一進法だということに安心しつつ好奇心から尋ねる。
 応える声は別の場所から聞こえた。今まで料理を胃に投下することに専念していた、爆縮ウコンを飲み干したような顔のイカレさんが答えたのである。

「そこの料理オンチはその年でレベル9の超天才サマだよクソが」
「おやイカレさん。口でクソ垂れる前にご馳走様を言わなくてはなりませんよ」
「ご馳走ォサマァ」

 皮肉たっぷりに顔を強ばらせてアイスを睨みつけるイカレさん。相当まずかったのだろう。目にはうっすら涙が浮かんでいる。
 するとアイスは照れたように俯きながら、

「ご馳走なんて参るぞサイモンくん。今日の晩ご飯も期待してくれ」
「二度と厨房に立つんじゃねェぞボケ」
「手料理を振舞ったり批評したり。お二人は恋人なのですか?」
「全身全霊で違ェ死ね」
「……」

 脳髄に釘を打ち込まれたようなショックを受けたアイス。通路の端にしゃがみ込んでいじけだした。

「せんせー男子が女子をいじめましたー」
「……先生は今ちょっと辛いからそっとしておいてくれ……」

 アイスの荷物からおそらく勝手に奪い取った水筒で口を潤しているか浄化しているイカレさんが忌々しげに言う。

「アイスは同じ下宿に住んでるから勝手に共有の台所でバイオウェポンを作成してんだよ」
「ほほう、厄介さんですか」
「そォだ。料理の不味い女って今まで何をして生きてきたんだろォな。生きてる価値あんの?」
「ふむ。まあわたしは石鹸を材料にしても何故か美味いものが作れるキッチンの魔法少女と評判だったので分かりかねますが」
「材料にすんなよ──っと」

 ふと、イカレさんが小鳥をじっと睨む目線を送りながら考える。

(そういや地上に出たらこいつどうすっか)

 秘技・モノローグ読みの術で小鳥はその心の言葉に応えた。
 
「やはりイカレさんが責任を取るべきだと思いますが」
「うおッ!? 考えを読むんじゃねェよクソガキ!」
「認知してください」
「意味のわからねェ迫り方するんじゃねェ!」
「何か不穏な単語を聞き取ったところでアイス・シュアルツ復活! 責任とか認知とか何事か──!?」
「お前も復活してるんじゃねェ! 死んでろ! できれば二三年!」

 やいのやいのと騒いでいる。
 とにかく、改めて三人で地上を目指すことにした。ただ見上げることしかできなかった空を求めて。

 RPGなどで序盤に一時期加入する仲間に限って装備を外せなかったりするが、それとは関係なく三人は隊列を組んだ。

 前衛:魔法使いアイス。装備:魔法のバット・ブランドスーツ・おしゃれメガネ
 後衛:召喚士イカレさん。装備:布のローブ
 ゲスト:鳥取県民小鳥。装備:油すまし模様のパジャマ

 となる。装備らしい装備はアイスしか持ってないが、ともあれ。
 前衛を魔法使いにするという状況だが、曰くアイスは強いから大丈夫らしい。無論イカレさんが前衛でも問題なく殲滅していけるのだが、面倒なようだ。 
 レベル9の魔法使いとなると帝国でも両手の指で数えられる程しかいない高等能力者であり、それでいて23歳にしてレベル9に到達しているアイスはバケモノ並──イカレさんの証言では──なのだとか。
 
「……関係ないけど序盤で高レベルメンバーが仲間になると回避不可能イベントで死んだりしますよね」
「何か不穏なことを言っているのだコトリくん」
「これはまさか……いえ……今はまだはっきりとは言えませんね」
「だァから何だっつーのそのインテリぶった頭の悪そうなキャラのセリフは!」

 腹立たしげに、イカレさん。
 それはともあれ、三名の即席冒険者はアイスを先頭にして洞窟を歩く。彼女が通ってきた帰り道を戻っているのである。
 灯りは夜光鳥からアイスの魔法の灯りへ。魔力を変換して発光させる光属性の術式だが、世間では魔術文字と云う術式を使う灯火が誰にでも使えて長持ちするので普及している。
 イカレさんはもう魔物とのエンカウントも気にせずダラダラと歩いている。二人のときはまだ緊張感があったというのに。

「ん? おォ魔物だ。アイス、出番だぞ」
「任せてくれサイモンくん」

 だらーんとした面倒くさそうな口調でイカレさんが指示を出した。
 そして魔法の灯りの光量が上がり、広がった視界に映るのは。

「あれは……フレッシュゴーレムだね」
「うわ。フランケンシュタインの怪物みたい」

 そこには3mほどの巨体を持った人間型の生物がいた。体のあちこちが歪に膨れ上がり、変色している。死体と生体が斑模様を作っていてグロテクスな外見である。
 筋肉質に膨れ上がった手にはでっかいナタを持っていた。振り回せば岩でも割れそうだ。
 
(フランケンシュタイン=人造人間の怪物みたいなイメージだけどあれって製作者の名前で本体に名前は無いんだよね。かいぶつ君とだけしか)

 相変わらずのほほんと小鳥は見ながら考えている。
 彼女を尻目に、アイスが杖を持って前に出た・

「それでは片付けてくるよ」

 彼女はそう言って魔法を詠唱……しませんでした。
 魔法の杖ことバットを肩に担いでフレッシュゴーレムへ駆け寄る。
 ご、が、と叫びを上げてフレッシュゴーレムはナタを振りかぶり──

「イカレさん、イカレさん、大丈夫なんですか」
「大丈ォ夫だろ」

 適当に彼は相槌を打つ。欠伸混じりに見ていて手伝おうとする気配はなかった。
 遠くから空気が割れる音が聞こえる。かき乱された大気が白く見えるほどの速度でゴーレムはナタを振り下ろした。
 轟音。ナタはアイスさんを真っ二つにしつつ地面に突き刺さり、アイスの冒険はここで終わってしまった……。

「残念。選択肢を選び直そう」
「いや、死んでねェから」
「おや」

 よくよくみるとあっさりとゴーレムの一撃を横に避けている。
 相手の隙にバットを振りかぶり今こそ魔法を……
 期待して小鳥が見守っていたら普通に杖をフルスイングした。ゴーレムの足に彼女の魔法のバットが直撃。
 殴られたに足は粉々に吹っ飛んだ。バランスを崩したゴーレムが倒れ──
 続けてその頭へバットを叩きつけた。やはり粉々になる頭部。そして魔力が薄れて実体を無くすゴーレム。
 魔法使いはゴーレムを撲殺した。

「ちょろいものだ」
「いや、魔法は?」
「なに、あの程度の相手ならば魔法を使うまでもない。これでも鍛えているからな」
「……」

 フフンと笑いながらくるくるとバットを回すアイス。鍛えていたで済むのだろうか。しかし鍛えていなかったよりは説得力のある言葉だ。
 イカレさんはきょとんとしている小鳥の様子を見て言った。

「ほら一人で大丈夫だっただろォ? そこの女はオールラウンドに戦えるチート魔法使いサマなんだからドラゴンだろォが一人で倒せるんだしよォ」
「さては胸に秘密が。加速装置とかエネルギー回路とか付いているのでは? むう……やわい」
「探ってもなにも出はしないよコトリくん」

 アイスの胸をまさぐりつつ、仕込みは無い天然巨乳であることを確認した。
 
「アホしてねェでとっとと進むぞ」

 うんざりした声音でイカレさんが言う。
 男女比的に劣勢なイカレさんの少数派意見ではあるが、民主主義的には無視することもできずに小鳥は仕方なくやめて再び道を往くことにした。


 その後も地上を目指してチート魔法使いと召喚士と鳥取県民のパーティは進んだ。
 出てくる魔物は片っ端からアイスが仕留める。もうなんかイカレさん面倒くさいのか任せっきりであったという。
 バットで殴ったり、氷塊を生み出してバッティングでヒッティングさせたり、地面から巨大な氷柱を発生させて串刺しにしたりジェントリーウィープスったり。
 もう彼女ひとりだけでいいんじゃないかなって勢いであった。あくまでアイスがゴリラパワーと底無しの魔力を持っているというだけで、普通の魔法使いは結構魔力切れしたりするらしいが。
 この世界では魔力が無くなると徹夜のように精神衰弱し、底をつくと気絶までするのだという。まったくそんな気配はアイスからは無かったが。
 イージーモードというかトライアルモードというかチュートリアルというか、そんな気分を小鳥は味わっていた。

(自動的に経験値とか入ってきてレベル上がらないかな、わたし)

 と、都合の良い事を考えるが、氷漬けになる魔物を見ているだけでどんな経験になるのかは疑問だ。

「アイスさんぐらいの実力者ならばこのダンジョンを制覇できるのでは?」

 気になってイカレさんに訪ねる小鳥。
 しかし彼は首を振って答える。

「無理無理。つーかこのダンジョン果てが基本的にねェから。地形だってしょっちゅう変わるしランダムで出現する魔物と宝も絶えねェし。そんなんだから何十年も冒険者なんて稼業が続くんだよ」
「ほう。まさに不思議なダンジョンですね」
 
 そんなことを言いながら、安全とはいえやはりイカレさんを盾にして小鳥は歩いていました。
 なお彼女は罠も警戒しているのでさりげなくイカレさんの歩く方向とかを引っ張って変えたりしている。罠の1つや2つ見抜けなければ鳥取では生きていけない。
 
「ダンジョンの外はどうなってるんでしたっけ」
「普通に帝都だが」
「有害な紫外線とか放射線とか光化学スモッグとかジオハイドロゲンオキシジェントとか降り注いでないですよね」
「……いや、手前の体にどう作用するかまでは保証しねェが。吸血鬼でもなけりゃ平気だろォよ」




(──! すでにわたしの体が真祖の吸血鬼になっていることに気がついている……!?)





 もちろんそんなものになっていない。モノローグでフカしても誰も突っ込んでくれない孤独を小鳥は嘆く。未だに人類は互いの思考を読み取れるほど進化していない。鳴き声でコミュニケーションを取るなど動物だ。
 ともあれ心配のし過ぎだろうかと彼女も思う。異世界くんだりまで来て、大気や紫外線や食品の心配をどれだけすれば気が済むのかという話である。この際細かいことは気にしないようにしようかと諦めに似た気持ちに為る。たとえ眼に見えない影響で十年後にガン化したり不妊症になったりしても。

 そうして三人はひたすら出口へと進みまくった。戻りまくったというべきかもしれないが。
 

「さあ諸君、もうすぐ出口だ」
 

 前を歩き雑魚散らしをしていたアイスの声だ。確かに新鮮な風が前の通路から流れてきている。
 ようやく外に出られる場面になってふと気づいた問題は、

「異世界の街を歩くにしてもわたしは未だにパジャマ姿だということなのだけれども」

 ようやくこうして、小鳥の異世界プロローグは終了することとなった。
 元の世界への帰還方法とか、先ほど細かいことは気にしないと決めたばかりなので問題の先送りをしつつも……。









[30747] 4話『デイアフター』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/26 19:14




 帝都にあるダンジョンの入口は3つ。どれもが地下にある広大にして半異界化しているダンジョンへと空間が歪み繋がっているため、入ってきたところと別の出口から出ることもある。
 それぞれの入口には冒険者の受付カウンターがあり、そして酒場や教会、商店などがある大きな建物となってる。
 施設自体は味気のない番号のついたものだから、多くの人はそこにある酒場の名前──『失われた砂漠の都』『黄金のピラミッド』『呪われた皇帝の秘宝』の3つ──で呼んでいる。
 行きはよいよい帰りは怖い、という言葉とは逆にダンジョンから脱出するのは、深部へ潜るよりもずっと早く帰れるのだという。これはかつてダンジョンの最深部近くまで潜った旅神の上級神父が施した大規模術式である。
 そういう説明は全部アイスが小鳥にしてくれた。イカレさんに聞いても「面倒ォだからアイスに聞け」とだけ回された。
 
「出入口の付近はダンジョン内の構造変化でも変わらないからね。灯火は付いているのだよ」

 そう言いながらアイスは魔法の灯りを消した。確かに、灯りがなくてももはや周囲は見渡せるほどになっている。
 大きなネズミや蝙蝠などが時折視界の端に視えることもあったが、襲いかかっては来ないようであった。

「低層の魔物だな。弱い魔物は魔力などに反応して向こうから逃げていくから、魔法使いのいないパーティや小銭稼ぎのソロ冒険者でもない限りこのあたりで襲われることは無い」
「ふゥん。そォなんだ。詳しいな」
「……サイモンくん、仮にもダンジョンに入るなら少しは予習しておいてくれ。君と同じく初めて入る私ですらこの程度知っているというのに」
「ヘイヘイ」

 呆れたようなアイスに対してイカレさんは適当に受け答えをする。きっと説明書とか読まないでゲームを始めるタイプである。
 
「まったく。君が3日も帰ってこないので心配になって駆けつけたのに……」
「そうですよイカレさん。準備を危険察知は必須なんですから」

 ダンジョン攻略に有用なスキルは危険察知・生存術・罠回避などだろうか。地味ではあるけれど、パーティに一人はシーフか忍者が欲しいところである。
 忍者といえば鳥取のテレビ番組NKTで放送している『忍者トットリくん』の8回目の再放送が先週から始まっていることを小鳥は思い出して、しばらく見れないことに軽く落胆する。全12クールの長編番組なのにやたら再放送が多いのが救いか。特色としては、決して忍者が出てこない。執拗なまでに出てこない。謎だ。
 トットリくんはさておきイカレさんは「むゥ」と小さく唸って言い訳がましく答えた。
 
「召喚士なんてやってるとイマイチ危ねェって感覚がわからねェんだよな……」

 七曜防護(レインボウ・エフェクト)と呼ばれる髪と目の魔力発光により大きく精神作用されるものはカットされるのが召喚士の特徴で、それ故に魅了だとか呪いだとか恐慌だとかとは無縁になるのだ。
 たとえドラゴンが目の前で吠えようが神が降臨しようがマイペースを維持できる。

「わたしの故郷なんて危ないことだらけですからすっかり危険察知と動体視力はよくなってしまって」
「なんでまた動体視力が」
「スロットの目押しは鳥取県民の基本スキルですので」

 人通りの無くなってシャッターの降りた商店街でどうやって生活必需品を手に入れるかというとやはりパチンコ屋になってしまうのが鳥取県民の宿命なのであった。
 食料品から生活雑貨まで交換景品が取り揃えられているようになっている。大陸系のパチンコ屋に対抗して県営パチンコ屋と近隣県マフィアのシマがしのぎを削りあうキリングフィールド。広島系はあからさまに店員がヤクザで島根系は洗脳効果があり、岡山系は……岡? とか山? とかまあそんな感じで──鳥取県の治安の悪化とモラルの低下は著しい。
 それはともあれ危険察知的に低層に来るまでに通っていた道にはいくらか罠が仕掛けられていたけれどさすがに浅い階層だとそれもないようであった。仕掛けられていたのを小鳥が発見しただけで特にイカレさんには教えなかったが。
 アイスが不思議そうに首を傾げる。

「トットリ? それがコトリくんの故郷か?」
「……あァ。辺境のクソ田舎だから名前は知らねェだろォが」
「む、失礼な。現代日本の豊かさを舐めるなですよファンタジー。これでも政令指定都市なんですからね。よろしい、例えば帝都とやらの人口はいかほどですか」
「そうだな、正確にはわからないが600万人前後ではなかったかな」
「すみませんでした。クソ田舎です」

 鳥取の十倍以上人口があるとなるともはや敗色濃厚である。侮ったファンタジーに思わず謝罪した。
 だが公式では58万人程度の人口だけれど戸籍の無い人や不法滞在者なんかも含めればもうちょっと鳥取県の人口も居るはずだという挟持を彼女は忘れない。

「ふ……これで勝ったと思わないことですね。鳥取など我らの中では一番の小物……所詮砂漠の中にある小さな集落よ……」
「砂漠の中にあるのか?」
「どうも世間ではそう思われてるらしいですよ」
「……なんかコイツ会話が成立しそうでしねェな」

 げんなりと半眼でイカレさんが睨んでくるので、小鳥もまったく深刻そうではないとぼけた顔のまま小さく言葉に出しつつ考える。

「うーん、アレでしょうか。通じにくいのはきっと異世界へ転移したときにかかった翻訳魔法的なものの不都合とか。困る。わたしの国の固有名詞がこの国では異様に薄ら汚いF言語だったりしたら。個人的には『ヤングコーン』とか誤解されそうな単語の気もする。初めて聞いた時わたしも食品だと認識できなかったですから。エロ用語かと」

 悩みつつも適当にアイスに異世界人だということを黙りつつ嘘話交えて話していた。
 次第にイカレさんは死ぬほどうんざりした顔でもはや口を閉ざしていたが。

 ぺたぺたとスリッパで低層を進み戻ると人工の建造物のような物が見えた。
 石造りの門だ。なにやら文様らしい物が彫ってあり、門の近くの壁には張り紙がいくつかある。文字らしきものも書かれているが、異世界言語なので小鳥には読めなかった。

「あれが入り口ですかヤングコーン」
「そうだな。[失われた砂漠の都]亭に繋がっているのだ─────ヤングコーン?」
「怠ィ……早く帰りてェ」

 虹色の髪の毛をボリボリと掻きながらイカレさんも言う。
 前は更にダンジョンの少し入ったところに駐屯所があったのだが、月一ほどで発生する強力な魔物の襲撃に耐え切れずに潰れてしまったのだという。
 小鳥はそこの門を潜れば本格的に異世界デビューとなるのだと思うと、少なからず未知と不安に胸が鳴った。こんなに彼女がわくわくしたのは一昨日近所ののおうどん屋で全トッピング注文した時以来かもしれない。生卵と半熟卵とゆで卵の三つはどれか一つに絞っても良かったと思ったが。
 
「それではこのわくわくを歌で聞いてください。サッチモから『What a Wonderful World』……」
「なにいきなり歌い出してるんだ手前。とっとと出るぞ」

 イカレさんの冷たい言葉にメロディーは阻まれた。歌は人類及び地球外生命体にも効果のある大気の振動波長だというのに。これも七曜防護か。
 苦笑しながらアイスが扉を開くと、中から、あるいは外から新鮮な空気が様々な匂いと音を伴いつつ流れてきた。
 黄色い灯りの灯った屋内へ、小鳥は一番最後に足を踏み出した。



 *******




 その場所は現代日本で例えるなら空港のようだ。いや、飛行機が出入りするわけでは無いので、正確にはそのロビーの賑わいに似ている。
 ダンジョンへの入り口付近に係員が冒険者の出入りを監視だか記録だかしているようで、そこから広がる屋内の広間には椅子やテーブルが並べられ何人ものファンタジーな衣装を──黒いローブに詰れた杖を持った魔法使いや軽鎧を着た戦士風の人たちが座り、酒と思しきものを飲んだり食事を行ったりしていた。
 奥には道具屋だか食べ物屋だかが雑多に並び、それがまた空港の売店を彷彿とさせる。進むべきは搭乗口ではなく、ダンジョンへの入り口なのだが。
 ワイワイと飲み屋と変わらない雰囲気で騒いでいる。今が何時かは分からないが、飲んでからダンジョンに潜るのか帰ってきてのんでいるのか不明だ。
 簡易のステージのようなモノもあって、そこでは兎耳の生えた修道服のシスターがマイクを握ってポップなミュージックを歌っている。

(カチューシャとかでなければ亜人とかいうやつでしょうか)

 小鳥が見回せばそれ以外にも、トカゲのような人とか耳が尖った人とかも見受けられる。さすがファンタジーっぽい世界だと感心した。
 入り口近くの席に座る冒険者さんたちの何人かはダンジョンから帰還した三人へ目を向けていた。
 まずはスーツ姿で片手にバットを持ったアイス。次にヨレヨレのローブを着て手ぶらでレインボウなイカレさん。そしてパジャマ姿の小鳥。
 恐らくは虹色のイカレさんが注目を集めているのだろう。なにせ虹色だ。酒場には他に虹色は居ない。

「もう帰還か、冒険者アイス・シュアルツ」

 そんな声をかけてきたのは受付の席に座っていた強面だった。やや浅黒い肌にどこか猪に人間味を混ぜた顔立ちをしていて、全身にはちきれんばかりの肉が付いている棍棒とか斧とか現役で振り回しそうだが、以前冒険者をやっていて膝に矢を受けて引退し受付になった男である。
 彼はオークという力の強い種族である。
 気になったので小鳥はイカレさんに聞く。

「イカレさん、イカレさん、あれはオークですかとこれはゾンビですかみたいな感じで訪ねてみます」
「そォだよ。見りゃわかんだろ。手前の世界にもいるんだろォが」
「いえ、いないんですが。オークといえばえーとエルフを食う野蛮な種族として知られてまして」

 食料的にも、性的にも。もはやオークとエルフはコンビのようにファンタジーに現れる。
 エルフが悪堕ちしたのがオークだっていう説もあるぐらいだ。フィクション設定なのに説ってどういうことかとは思うが。
 イカレさんはオークの悪名に意外そうな顔をしながら答えた。

「そっちじゃどォかしらねェけどよ、こっちのオークは基本的に大人しいか仲間思いだ」
「ああ、最近そっちも流行ってますよね。被害者オーク」
「なにがだ」
「エルフにおつまみ感覚で襲われたり?」
「その風評被害が差別だと気付け」

 それはそうと、アイスと話していた受付オークはイカレさんを覗きこんで笑い混じりに云う。

「そっちの召喚士、サイモンを助けに行ったのだったな。まだ生きてるとはしぶとい野郎だ」
「余計なお世話だっつーの」

 そこはかとなく草食獣のような優しい目をした受付オークは次に小鳥へ目線をやった。
 優しいというけど草食獣だって生きるのに必死なだけであって決して優しい生き物じゃない。特に山羊とか間近で見ると目が怖い。瞳が縦で。
 そして不審げに尋ねる。

「あの娘は? どこの冒険者だ」
「え゛……べ、別にどォでもいいじゃん?」
「おや? 何を焦っているのだサイモンくん。コトリくんだってダンジョンに入っていたということは冒険者に登録されているのだろう?」
「ど……どォだっけかなァ、おい」

 小鳥を異世界からダンジョン内へ強制拉致した犯人さんはそこのところを追求されて惑った目を惑わす。
 彼の首にも、アイスの首にも微かに光るダンジョンに潜る許可証が下げられているのだが、小鳥には無い。それを見て更に受付オークは不審な顔立ちになる。
 彼女はここを華麗にクリアしてこそ異世界の賢者の名を欲しいままにする予定の、所々灰色と評判の頭脳の見せどころだと判断して言い逃れを考える。
 そして真顔で小さく頷き、


「はあ、実はほら、前のアレの時に巻き込まれてしまいまして。それでアレしてたんですが偶然アレでしてこういう結果に」
「ダメ臭ェ!」

 
 小鳥の誤魔化しにイカレさんからツッコミが入った。

「しっ。黙ってなさい……」
「うっせカス以下の言い逃れしやがって……」

 小声で言い合っていると受付オークは小鳥の服装を鑑みて考え込みだした。

「前の……というと、まさか例の事件の被害者か? 冒険者を装った誘拐組織。ダンジョンの中に攫った娘を隠していたと聞いたが……」
「それです。その確か爪に火灯すサーカス誘拐団とやらに助平な事とかヤラれた挙句捨てられまして。いたた。これって保険降りますかね」
「──そうなのだ、可哀想にコトリくん。店主、彼女を早く休ませてやりたくてな」
「まったくだ。あ、これ魔鉱だから換金してくれ」

 悲しそうに首を振ってアイスは小鳥の肩に手を置いた。なんというか、彼女に説明した時とかなりちぐはぐになっているのだけれど何らかの事情があるとわかり、話を合わせているのだ。
 小鳥が視線を向けると心得ているとばかりにアイスは小さく笑みを作った。怪しいことを追求しないとは本能的に長寿タイプだ。
 そんなことをしているとイカレさんが紙幣を持ってふらふらと戻って来る。目に見えて挙動不審です。

「お、俺の二ヶ月分ぐらいの生活費がこんなにあっさり手に入った……労働って素晴らしいな、おい」
「半分以上はアイスさんの倒した魔物の分ですけどね」
「ぐっ……わかってるっつゥの」
「い、いやそんな私に紙幣を押し付けられても困るよサイモンくん。分配は後で考えるとして、今は宿に戻ろう」

 意外に律儀に、それでいて歯を食いしばりながらアイスに金を渡そうとするイカレさん。
 それをやんわりと断りつつアイスの先導で三人は入口付近から離れて行った。
 そこらからささやき声が聞こえ、それを小鳥イヤーが拾い上げる。小鳥イヤーは順風耳である。あくまで自称だが。


「おい、例のソロで入っていった召喚士の野郎戻って来てるぞ」
「ちっ。くたばる方に賭けてたんだがな」
「あの青い髪と魔杖アイシクルディザスター……アイス・シュアルツじゃないか?」
「マジかよ。ちょっとサイン貰ってくる」
「っていうかなんかダンジョンからパジャマの女出てきてんだが」
「あーほらアレじゃねェか、前売りだされてた睡眠耐性付きの魔法の布を使ったパジャマ。眠りの海域なんかでは装備して行くやつがいるとか聞いたけど」
「ああ、パジャマなのに寝られなくてどうすんだって事でさっぱり売れなかったアレな」
「それよりシスター、もっと激しい曲歌えー!」
「は、はいっ! それでは聖歌『時告げる空神の軍楽隊』雷の楽章『猛き御雷』……せーの」
「うわー退避──!!」

 
 [失われた砂漠の都]と名付けられた建物の扉を叩きつけるように、一番最後に歩いていた小鳥は閉めて外へ出た。
 建物の中からはラッパの音と雷鳴と悲鳴が響きわたっているようである。流石異世界、危険に満ちている。
 アイスさんがやれやれといった口調で説明した。

「歌神信仰のシスターだな。魔力を声に乗せて様々な効果を発生させる術を扱うのだ。中には先程のように雷を操る曲もある」
「室内で使うんじゃねェってのバカシスターが」

 ブツクサと文句を言うイカレさん。
 この世界ペナルカンドでは様々な神が信仰されていて、一部の司祭や神官はその力[秘跡]の術を使用することができる。ダンジョン探索にも役に立つ為に冒険者として登録されている者も少なくはない。
 
「関係ないけれども獣耳の人って耳が4つあるわけだけど、つまり人間の頭蓋骨より余計に二つ穴が開いているってことなのかな。どうでもいいか」
「どォでもいいわ」



 ***********





 小鳥らがダンジョンから脱出した時点でこの世界は夕方だったが、イカレさんとアイスの住む宿に帰る頃には薄青い闇に包まれた夜となっていた。小鳥はこの惑星にも日中を照らす恒星や月とも言える衛星が存在することを確認してとりあえず珪素生物が跋扈する環境じゃない事に安心した。
 宿への移動にはイカレさんの巨大な鳥が使用された。三人乗っても大丈夫な、ドラゴンのような大きさの鳥を召喚してそれに乗って帰ったのである。揚力や流体力学を魔力法則で凌駕してこの世界では巨大な飛行生物も空を飛ぶ。
 空の上からこの帝都という街を眺めると……やはり砂塵で霞みパチンコ屋のネオンの貪婪な輝きが拡散して見える鳥取の夜景よりも賑やかに見えた。
 二人が住む宿というのはこじんまりとした、しかし予想よりもボロくはない所であった。
 木造で一階が食堂、二階に6部屋ほど泊まれる部屋があり、そこには下宿という形でそれぞれ別の部屋にイカレさんとアイスが住んでいる。家賃は安い方なのだとか。
 そして帰ったらイカレさんが空腹でテーブルに突っ伏したので、とりあえず小鳥が何か料理を作ることにした。

「外に出たらご馳走するって言ってましたのでさくっといきましょう」

 厨房に入った。そこにある食材はだいたいアイスのものだから自由に使っていいと許可を貰う。
 他人が料理するのを観察するようにアイスも付いてきた。

「アイスさん、アイスさん。塩化ナトリウムはありますか? ええとナトリウムというのは金属元素の典型元素の一つで」
「……塩のことか? この瓶だが」
「なるほど。調味料とかもちょっとくださいね」

 そう言って異世界の調味料を少しだけ舐めて味を覚える。甘いとか、塩辛いとか、刺激があるとか、ミント系だとか。 
 料理のさしすせそを揃える。

「調味料の配合さえ掴めば材料がなんであろうとある程度は食べれるものになるです」
「そういうものかな」
「これでもペッパーとミントの魔術師と呼ばれた女子ですよ? まあ見ててください、オールバックの美食家も唸るようなものを用意します」



 用意した。  



「ちょ、なにこれ何を材料にしたんだァおい! 名状し難いのに料理と分かる形してやがるが!」
「まあまあ。文句は食べてから言ってくださいよ」
「──う、うめェ!? 材料は何使ってるかさっぱりわからねェけど味はうめェ!? どうなってる!?」
「むう……神聖で美しくて強力な味がする。不思議だ……間近で作るのを見ていたのに正体はさっぱりわからないところが特に」



 *************
 
 

 おおよそ人類が口に入れたら脳が強制的に美味だと錯覚するように作られた料理を好評のうちに平らげられつつも談話は続いた。
 主にアイスと小鳥が会話をしていて、別段彼女は冒険者としてダンジョン経験があるわけではなく、遭難したイカレさんを助けるために冒険者登録をしてダンジョンに挑んだことを明かした。
 ダンジョンは基本的に国と冒険者組合──正確に言えば[ダンジョン開拓公社]だがいつの間にか冒険者の呼称が主流になった──が管理しているので部外者は、それこそ架空の誘拐組織にでも連れ込まれなければ入れないのだと云う。
 入社試験はあるのだが、実績のある魔法使いや召喚士、騎士などは即日採用されるのですぐに彼女はやってこれた。
 冒険者はダンジョンに潜るだけではなく、帝都近辺の魔物が出現する野山での採集活動や商隊などの警護、魔物退治なども請け負う仕事もある。建国時から集まってきた傭兵を登録しておく為の会社でもあったそうだ。
 その中でもダンジョンは、潜れば基本的に魔物がお金──魔鉱と呼ばれる換金物──を落とすので腕に自信があるか、仕事のない冒険者か戦闘能力に優れたもの、ダンジョンに落ちている宝を探すものがやってくる。

「そォいえば金の分配してなかったな。おら、アイスの分だ」
 
 と、イカレさんは適当に半分にした今日の稼ぎを紙幣で投げてよこした。
 彼女は困りながら一応は受け取り、

「別に私はいらないのだが……」
「うっせ。こちとら一月分も稼ぎが残りゃ充分だっつーの調子乗んな」

 そう言って、渡す分は渡すのであった。貧乏はしているものの分別はある。彼のようなチンピラならば一度手に渡った小銭は刃物を振り回し親兄弟を殺してでも死守して欲しいと小鳥は無駄に願うが、それは叶わないようでやや残念に思えた。
 小鳥が、

「それにしても数時間の戦闘でそれだけ稼げるとは、中々儲かる仕事なのですね」
「そうだな。もちろん今日倒したような魔物と戦うには命懸けの人も居るから、儲けが多いか少ないかは人次第だけれど。落ちている財宝には、それこそ遊んで暮らせるようになる価値の希少品があったりするのだ」
「へえ……」
「ま、私もガイドブックを斜め読みした程度しか知らないが。大儲けした有名な昔の冒険者で言えば、無限のお粥を出す釜を手に入れた[ホーリーカップ]チェーン店のラロスレイ社長、[黄金の鉄の塊の鎧]や[親のダイヤの指輪のネックレス]などダンジョンで発見した貴重品を帝王に収めて貴族の位になった[黄金卿]フーリマン子爵、様々な貴重品を仲間に莫大な遺産として残しダンジョンの最深部から帰ってこなかった[深淵到達者]と呼ばれる魔剣士スケアクロウなど……」

 様々にアイスは名の残った冒険者を挙げる。
 ダンジョン内にどういう原理か不明だが出現し冒険者に発見される道具は、そのまま魔物退治に使って便利なものから好事家に売れば大金に変わるものまで多種多様な物があるのだ。
 魔物と戦う実力に乏しくても貴重品を偶然手に入れて成功した冒険者は何人も居る。
 興味深げに小鳥はそれを聞き、もしかしたら元の世界に戻ることができる道具もそこにあるかも知れないと考えを覚えておいた。

「そういえばコトリくん、君の住まいはどうしているのだ?」

 まだ高校生であり、見た目は童顔気味でそれより若く見える小鳥の住所について聞かれる。
 異世界に着の身着のままで来てしまったその身としては身分証明もお金も株券も持っていない、王様から松明を渡された勇者以下の状態である。
 生活には衣食住が必要なんてことは、家出を決意したのび太だって知っている。生憎彼女はグルメテーブルかけと着せ替えカメラとあとなんか地面に刺す住居のやつ等、未来道具を持っているわけではなかった。
 コネも伝手も縁故就職も無い状態で頼れるのは、つまり彼女を召喚した男だ。

「はあ。……えーと、どうなんでしょうかマスター」
「だァれがマスターだ、誰が。しかしそォだな、寝る場所なんざべつに俺の部屋の床とかそこらでいいんじゃね」 
「お世辞にも寝心地がいいとは言えない硬い机の上で熟睡できる学生としては、ダメージ床とかそんなんでなければ別に構いませんが」
「ままま待ちなさい。コトリくん、君はそれなりに若く見えるがいくつだったか」

 なぜか慌てた口調で尋ねるアイス。

「その質問によればどうやらやはりアイコン表記はされていないみたいですね……17歳ですが」
「じゅ、17歳といえば嫁入り前ではないか。そんな娘がたとえ相手に超絶鈍感精神的不能気味同性愛疑惑があるとはいえ、男性と同衾するというのは如何なものかなと先生は思う」
「アーイースゥゥゥ? なんだその評価はおい」
「そこにクズとウスノロを足してもいい、とか言えば格好いいですよイカレさん」
「知るかッ! 全面否定するわ! クズでウスノロでインポでホモなんて死んだほうがマシじゃねェか!」

 ※この発言は彼の個人的な意見であり差別などを増長する為のものではありません。人類平等に平穏と神の恵みがありますように祈っています。
 小鳥は急に真面目くさった顔をしてイカレさんにいう。

「死んだほうがマシだなんて、そんな甘ったれたこと言わないでください。生きていればいいことぐらいあります。無ければ一緒に見つければいいんです。見つからなければ、作ればいいんです」
「……えっ、なんでコイツ『今いいこと言った』みたいなドヤ顔なの。そんなセリフが出てくるような流れじゃなかったよなァ、おい」

 律儀に突っ込みながらもクズでウスノロでホモなイカレさんは納得がいかないような顔をしていた。足すと本当にどうしようもないから普通にイカレさんと呼んであげるべきだ。
 アイスは小鳥の肩を叩いて呼びかけた。

「行く宛がないなら少し狭いが私の部屋で寝泊まりするといい。なに? 着る服もない? 私のお古でよければ差し上げよう。だから早まって軽々しく体を売ったりしてはいけないぞコトリくん」
「内蔵の相場がわかってないからボられるので売買は控えろ、ということですね。わかりました」
「なんかズレてるよなァコイツ」

 それは世界ごとズレてしまったためのコミュニケーション不全が齎す違和感なのか小鳥の脳が少々イタんでいる所為なのか。
 可能性としては両方ある。どちらにせよ、ヤクザに内臓を売るときは医師の診断書もつけたほうがいいのは確実ではあった。なお、日本国内では内臓の供給過多状態なので買い叩かれる可能性は高い。気をつけよう。
 イカレさんは「実家から昔の服を取り寄せなくては」などと嬉々と計画を立てているアイスを半目で睨みながら、

「寝る場所はどォでもいいけどよ。そこのアホと口裏合わせ──じゃなかった、色々今後の事話し合わないといかんから一旦俺の部屋に連れてくぞ」
「それは二人だけの内緒話なのか?」
「そォだ」

(異世界からの召喚だとかクソ面倒臭ェことに首ツッコまれてもややこしいからな)

 イカレさんの考えを小鳥は読み取る。あるいは想像する。彼のモノローグは具体的に記述するとこんな感じなのだけれども、実際は面倒だしといった短絡的思考である可能性が高い
 アイスは「ふむ」と顎に手を当ててやや思案顔になり、そして納得したように頷いた。

「それでは私は先に部屋でコトリくんが寝る場所でも用意しておこう」
「はあ。アイスさんは内緒話とか気にならない派ですか?」

 わたしならとても気になるのだけれども、と思いながら小鳥は尋ねる。
 アイス視点からしてみれば行方不明だった幼馴染が突如女子高生を匿ってるように思えるのだから。しかも何やらちぐはぐな説明しか受けていない。身分も所持品も無い不審人物なのである。犯罪の匂いがする。主に加害者はイカレさんの。拉致と考えるとそう間違ってはいないが。
 彼女は笑って答えた。

「何か事情があるのだろうが、サイモンくんの事は信用しているからな。彼が話したくない事情ならば無理には聞かないとも──同衾はダメだが」

 真っ直ぐな目でそんなことを言うアイス。
 この倦怠感が全身から垂れ流されている喪男風味の虹色頭イカレさんに対してなんとも絶対的な信用感であった。一瞬前までホモと評価してはいたようだけれどそれとは別枠なのだろうか。
 小鳥は声を潜めてイカレさんに伝えます。

「これには裏がありますよイカレさん」
「あァん?」
「だってだって、あんなチート魔法使いで美女でオパイが大きな完全生命体臭い人が、立てばチンピラ座ればヤクザ、顔を見れば110番なイカレさんに無条件の信用をしてるんですよ」
「時々思うんだが手前は俺に喧嘩売ってんのか?」
「翻訳の乱れです、きっと」
「……納得いかねェが。とにかく、アイスのやつはあんな性格だからアレでいいんだよ」

 イカレさんの言葉に「むう」と唸って小鳥は思い悩む。
 
(……まあ確かに出会って数時間のわたしがアイスさんの裏を怪しむというのも失礼な話ではありますが)

 自分は知らないだけでイカレさんのことをアイスさんが信用するに足る要素はたくさんあるのかもしれない。耳にほくろが三つ並んでいるだとか。カブトムシの越冬をさせたら右にでるものがいないとか。体から甘い蜜を出すとか。
 もしそうならば彼の評価を上方修正しなければならないので尋ねた。

「カブトムシとかは関係ありません?」
「早速コイツと会話するのが嫌になってきたぞ俺」

 どう見ても女の子と楽しく会話してきた経験値が少なそうなイカレさんには現役女子高生とトークは難しいのではないか。
 小鳥は彼の弱気をそう解釈して励ますように云う。
 
「仕方ないのでわたしがリードしてお話をしてあげなければ。まずは軽くピロートークでも。ピロートークってピロウズの話題で盛り上がることであってますよね? オウイェイ」
「本格的に薬物の使用を検討しよォかな」

 何故か頭痛をこらえながら、イカレさんは呟く。使用したいのが自分に頭痛薬か小鳥にダウナー系のお薬かは不明だったが。



[30747] 5話『郷愁教習』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/26 19:17




「思い出すのはいつも通り夕飯で囲んだ家族との食卓。またねと言ってわかれた友達の顔。見たかったドラマの放送。
 どんなくだらないことも今は遠く思えてしまいます。
 この世界が悪いわけではないですし誰かを恨みたいわけでもありません。
 ただ──あの日常に帰りたいんです。いつも通りみんなと過ごしたいんです。本当にそれだけなんです……」


「……」



「帰りたいんです……」



「……」



「ま、それはそうと今後のことを話しましょう」



「死ね」

 
 ちょっと深刻な顔をして大げさに望郷の念を語ったらこれだよ、と小鳥は肩を竦めた。イカレさんは胡散臭い彼女の演技に苛々しっぱなしだったが。

「こんにちは鳥飼小鳥17歳です。出身は帝国の海を隔てて東にある島国、東国の片田舎です。忍びの里で生まれ育ったわたしは都会に憧れて帝都へ渡ってきました。
 イカレさんとは彼が東国を自分探しの旅していたときに出会い、宿と食事と生贄の肝臓を提供したことから知り合いとなっていてお中元や年賀状を送る関係でした。彼が帝都に住んでいるということで頼ってきたのです。わっふわっふ」

 復唱して、設定を確認する。
 その他もろもろは忍びの里の掟により秘密だと言い張れば良いと適当に決めた。
 天使とのハーフだとか本気を出すとオッドアイになるとかそんな感じの設定を小鳥は提案したのだが次々に却下されて、結局イカレさんが面倒臭がって余計なことは喋るなと言ったのである。
 その点東方のアサシンこと忍びは便利だ。ペナルカンド世界にある東国連合と呼ばれる島国は大陸から離れているため独自の文化を持っているから、多少奇抜な行動や世間知らずでも通用しそうということで採用された。
 そんなわけで彼女は今日からにわか女忍者である。使える忍術は読心の術とか。あと折り鶴。
 当面彼女の方針としては、元の世界に帰る方法を探しながらこの異世界を観光気分で楽しもうという事にした。だから深刻なホームシックなわけでもない。
 泣こうが喚こうが、帰れるかどうかとは関係ない。方法を見つけようが場所を見つけようが、帰れる運命の時はそう云う流れになるのだ。闇雲に動いても前には進めずに間違った迂路へ入りかねない。

「それこそが冷酷な殺人マシーンへとなるべく訓練を受けた女忍者の落ち着きでござれりる。あれ? ござれりるであってたっけ活用形」
「知らねェよ。もォマジ疲れたから今日は寝るぞ俺。手前も隣のアイスの部屋に行け」

 イカレさんなど会議の途中からベッドで横になって掠れるような声しか出していなかった。ダンジョン帰りで怠いのもあるが、小鳥と会話しているだけでがんがん疲れが溜まっていくのであった。
 宿の二階、イカレさんの部屋は6畳ほどのワンルームでいくらか本の入った本棚、テーブルと椅子、ベッドぐらいしか置かれてない部屋。私物っぽいのが本とかぐらいしか無い、貧乏臭い感じがした。
 床には埃があってここの床で寝るとなるといくらか覚悟が必要である。つまり、覚悟さえしてれば寝ることに問題はないのだが、それでも多少は寝場所がアイスの部屋に変わって良かったと思える小鳥である。

「それではイカさんもおネムのようなので退散しますかね」
「腹立つ。コイツと会話してるだけで異様にムカツイて悪玉コレステロールが増加して行きそうだ。一秒でも早く失せろ眠ィ」
「それは病気だと思いますが……ああ、一応言っておきますと」

 もはや顔をうつ伏せに寝の体勢に入っているイカレさんに、小鳥は部屋から出る前に一言投げかけた。

「わたしは別にイカレさんを恨んでないですよ。わざわざイカレさんがわたしをほっぽり出さずに都合してくれるだけでも結構感謝してるんですからね。あ、なんか今ツンデレっぽくなかったですか?」
「……」
「おやおや? ちょっとわたしがデレた態度を見せただけで狸寝入りですか。うふふのふ」

 眠りにつこうとしていたイカレさんは極悪チンピラカイザーに等しい凶暴な眼差しを向けて攻撃の召喚術を打ち放つ。

「眠ィつってんのが聞こえねェのかクソボケがァ! 召喚『デススターリング』!」


「ぎゃー」
 


 ***********



 飛行時に振動衝撃波を出す鳥を召喚されて部屋の外にぶっ飛ばされた小鳥は、一応怪我はしていない事を確認して立ち上がった。

(まったくイカレさんときたらコミュ障なんだから、しょうがない人ですね)

 自分の鬱陶しさは棚に上げてそのような事を思う。
 ともあれ今日はもう眠い。小鳥も日本にある自室で寝る直前に召喚されてダンジョンを歩きまわったのだから当然ではあった。
 
(アイスさんの部屋でさっさと寝よう。冒険の書へは明日記録すればいいや。寝ればきっとここまでの冒険をセーブしますかとか出るでしょう)

 そう決めて、イカレさんの隣、アイスの部屋の扉をノックした。

「おや、コトリくんか。どうぞ、開いている」
「失礼いたしまする」

 ひんやりとしたドアノブを捻り、外開きの扉を開けて彼女の部屋に入った。
 アイスの部屋──間取りはイカレさんと同じはずだった。6畳ほどの広さの部屋には分厚いカーペットが床に敷かれている。天井には精緻なガラス細工の灯りがつられており、窓には分厚い魔術文様が刻まれ物質の劣化を日光から防ぐ魔法のかけられたカーテンがかかっていた。
 テーブルはイカレさんの使っている野ざらしの公園からパチってきたようなものではなく職人臭い作りの椅子と揃いのもので、壁の一面を占める棚には分厚い本や資料、魔法薬の瓶が並んでいる。
 ベッドもダンボールに藁敷いたのがマシな隣室みたいではなく、大きくてふわふわした布団が敷かれていた。よくよく見るとスペース削減のためか、天井に吊るせるようになっている。
 さらにはイカれさんと反対側の部屋の壁に扉まであった。
 家賃が1万円台後半みたいなイカレさんの部屋とのギャップを感じながら、センスが最悪な模様のパジャマ姿のアイスを胡乱気に見る小鳥である。特にパジャマ柄のセンスが最悪なのが気になる。

「隣の部屋を用意できれば良かったのだが生憎と物置にしていてまだとても客を寝させられる状態ではなくてな」
「アイスさん、二部屋借りてるんですか?」
「魔法使いで教師などやっていると物ばかり増えてしまって参る。私物の大半は実家に保管してあるのだが」

 部屋に入るとほわっとしたカーペットの感触に慌てて汚れたスリッパを脱ぎ捨てた。
 ホコリっぽいこともなく涼しく、そしてわずかに甘い匂いのする部屋だ。あちこちを見回すと置いてある小物や調度品がどれも高そうである。
 ちなみにイカレさんの部屋はうっすらと夏休みの鳥小屋のような臭いがしていた。

「アイスさんってもしかしてお金持ちですか?」
「まあ、一応月給は貰っている立場ではあるな。無職のサイモンくんと比べたら多少は……」
「無職童貞だったんだ……」
「……いや、童貞は余計というかあまりに悲しいから付け加えないでやってもいいんじゃないかなあ」

 顔を背けながら擁護するアイス。

「しかしアイスさん、お金があるならこんな無職さんが住むような下宿を改造してまでわざわざ借りなくても」
「え!? え、えーと……それは、寝る部屋は小さいほうが……べ、別に深い理由があるわけではなくて……」

 急に挙動不審になった彼女を訝しげに小鳥は見る。
 口を半開きにしてわたわたと言い訳がましいことを言い始めたのは後ろめたい事があるのではないかと疑ったのだ。
 アイスは帝国──600万人からなる人の集団の中でも十指に入る知られた腕前の魔法使いであり、それでいて定職に付いているということは実力を認められて雇われているのだから無論、高給取りである。
 それなのにこんな狭いところに泊まっているとは。
 学園モノの漫画とかで万年赤点を取るようなキャラといつも満点を取るような天才キャラが同じ学校に通っているぐらい違和感ある。そんな天才なら普通もっと上のランクの学校行くはずだが。敢えて底辺高校の授業で満点を取って優越感に浸っているとかそういう悲しい設定が無い限りは。
 陰謀を感じた小鳥は意味ありげに微笑んで言葉をかける。

「なるほど……そういうことですか」
「い、いや何を納得しているのかと疑問視するわけだが単にここはそう学校との交通の便が良くて全力疾走で30分ぐらい走れば到着するのだから」
「それは全然近くないと思いますが」

 何らかの事情を悟ったふりをする小鳥。全然わかっていないが実際は。彼女に人類の感情の機微を理解しろというのが難しい。
 しかし露骨に彼女の目的を分かったと見せるのもよくない。即座にその場で捕縛、口封じ、洗脳、悪堕ち、ハイライトの消えた目などをされることが考えられる。小鳥は警戒した。
 ひたすら被験者を眠らせないままで意味不明な講義などを聞かせまくって、最後に優しい言葉で洗脳するという方法が昔の詐欺で流行ったことを思い出し注意をしながらも小鳥は欠伸をする。

「眠いです……何らかのスタンド攻撃を受けたみたいに」

 言いながら床にそっと冬眠中のナマズの如く横たわろうとする。
 慌ててアイスが抱きとめた。小鳥の後頭部に巨乳の感触がある。

「大丈夫か、コトリくん。床で寝なくてもベッドを使ってくれ」
「ありがとうございます──わぁベッドやわらか」

 大きなベッドは二人で寝ても大丈夫な感じであった。
 頭がぼんやりする。瞼が重い。疲れた。
 
(こっちの世界にくる前の、今日鳥取で過ごした一日は……いつも通り学校で……友達と進路とか……話しあったり……放課後はスロに寄ったり……松葉ガニが侵略を……砂漠から飛んでくる毒を含んだ砂塵が……爆発させて……)

 眠い。人類の誰もが眠たいように。明けない夜と覚めない夢が訪れるかのごとく。

「ぐっすりすやすや夢の中」

 そう呟いて瞼を閉じた。
 こうして鳥飼小鳥の異世界の一日目が終了した。なんか一日が超長かったような気すら彼女はした。5話分ぐらい。
 半ば寝ぼけながら抱きついたアイスの体は少しひんやりしていて巨乳は巨乳だったと君は冒険の書に記録してもいいし、次のチャプターに移っても良い。











 ********




「えっここで章替えじゃないの」

 そう言って彼女は起床した。言葉に意味など無い。意味のある言葉しか喋らない者はやがて口封じされるのは歴史的に見て明らかだ。
 
 小鳥が眠気眼を擦ると眼の前にアイスの寝顔があった。さらさらした蒼い髪の毛と、眼鏡を外したら意外に童顔な彼女の寝顔に思わずどきりと──いや、別段百合ではないのでまったくしないのだが。西欧風の顔立ちだが不思議と日本人である母に似ている雰囲気はした。性格は真逆だが。
 とりあえず彼女は布団から這いでて、伸びをする。重力によりたわみから解消された背骨を伸ばして意識をしゃんとさせた。
 高そうなカーテンを引いて、窓から日の登った異世界を見る。
 帝都の朝は涼しく西か東かか分からないが、ともあれ彼方から上ってきた太陽──という名前かは彼女に判断が付かなかったが恒星が、波長や種類は不明の日光を出して窓から見える通りを照らしている。
 なお、彼女は無駄な心配をしているがこの世界では神の決めた規則により恒星は東から西に動くし、名前もしっかり太陽で通じる。名称に関しては旅神が手頃に翻訳しているので大抵は気にしなくても良い。
 小鳥はむずりとした腹のあたりを抑えて、毎朝の作業を行おうと呟く。
 
「トイレに行かなくては」

 部屋から音を立てずに廊下へ出る。なにせ彼女は今日から忍者なので造作も無い。
 建築物の構造上、雪隠や厨房の位置などは大体想像が付けることが小鳥にも出来た。

(多分風水的にはこっちだな)

 猫のように足音を殺し進んだ先でトイレと洗面所を発見。洗面台には水道がある。
 試しに洗面所の水道を捻ると見た目は透き通った冷たい水が出てくる。多少警戒しながら、そこに置いてあったカップで水を掬って口に含み、ウガイをして吐き出した。
 水の味で安全さを確かめる程度の能力がなければ鳥取では生きていけない。
 とりあえず水がすぐさま体に悪影響を齎すわけではないと満足した彼女は下腹部に感じる焦燥に急かされ個室へと入る。
 


「小鳥です。異世界のトイレはウォシュレットでした。すげえ」


 独り個室で呟いた。


 
 ***********


 
 
 名前も知らない材料を使って見た目だけはご飯と味噌汁、焼き魚に大根おろし、おひたしを作って朝食の完成させる小鳥。
 完全に材料が揃っていたわけではないので他の材料も使って見た目を整えればそこはかとなく出来上がった。足りないものは他から補う。戦争の基本であり台所は戦場だ。
 それぐらいの時間になると部屋から一階へアイスが降りてきた。

「おやコトリくん、随分早いな。それに朝食を作ってくれたのか」
「ええ。そうですね、アイスさんはあの人を起こしてきてくれませんか。えーと具体的にはこう、頭の上でバットの素振りをするとかスリリンガー」
「そ、それはちょっと大胆すぎないかな! でもいいとも、やってみせるさ……!」

 笑顔で踵を返したアイスの脇腹に足が突き刺さった。
 バランスを崩して階段を頭から転げ落ちるアイス。イカレさんは欠伸をしながら頭をボリボリと掻いて、ヤクザキック気味に足を突き出したまま言う。

「もォ起きてるっつーの」
「マスター・イカレ。おはようございます」
「誰手前ェ……」
「貴方がサモンした小鳥ですよう。フォースとともにあらんことを」
「ああ、なんか頭痛と一緒に思い出したわ。朝日と共に消えてないかな、とかちょっと願ってたんだけどよォ」

 ため息混じりに言いながら階段を降りる。そして階段の端に倒れているアイスを一瞥して、
 
「あれェ、アイス。んなトコで寝てっと危ねェぞ」
「そ、そうだなサイモンくん。忠告感謝する……」

 体中傷ませながらと立ち上がってアイスはテーブルについた。
 三人分並べた食事。イカレさんも目の前のメニューを眺めながらどこか胡散臭げだ。

「わたしの故郷──えーと東国鳥取の里での一般的な朝食風献立です」
「トットリの里……それが昨日コトリくんが言っていた故郷か」
「ええ。忍者トットリ・ミヤツコを祖とする忍の里です。古事記にも載ってます。──今はそこまでしか開かせません。すみませんが」
「いやいや、結構だ。君と知り合ってまだ二日目だが、少なくとも君は真っ当な人間であることは見ればわかる。信じよう」
「コイツすげェ節穴アイ」

 ぼそりとイカレさんが呟く。そしてチラリと小鳥を見ながら、

(どう考えても頭が軽くイカレてるとしか思えん女だっつーのに)

 などと失礼な──或いは当然のことを考えていた。
 小鳥はしたり顔で頷く。

「そんな目をしていますよ? うふふ忍法読心の術」
「金払ってでも本来なら関わり合いたくねェタイプだな手前」
「ささっ。そんなことより召し上がってください。一応見た目は調整してますけど、冷めたらどんな変化を齎すか分かりませんよ?」
「そんな評価を受ける料理なんざ初めて聞くわ」

 言いながらもスプーンで味噌汁──味噌を含まないが、少なくとも見た目は──をかき回していたイカレさんは口をつけた。
 胡散臭げな表情から驚いた顔、そしてやや綻んで次に苦い顔と百面相を見せる。

「……美味い、けどやっぱり釈然としねェ」
「まあまあ、サイモンくん。いいではないか。一流の料理屋でも滅多に味わえない美味さだ」
「いやだからご家庭の材料でこんな味になるってのは絶対ェおかしいっつーか」

 それでも舌には勝てずにバクバクと食べるイカレさんであったが。
 料理の味は国も文化も超えるらしい。どこかの誰かが言っていた。よく覚えていないがきっと誰でも思いつく普遍的な真実なのだろう。
 コメを使っていない銀シャリや魚を使っていない焼き魚、緑だったらなんでもよかったおひたし、何か白っぽい粉を使った大根おろしも好評のうちに胃の中に収まるのであった。味だけは無駄に素晴らしい。自然素材がなくても人は生きていける。ソイレント色の未来がもうすぐそこまで。
 食事を終えてその日は、

「俺ァ今日用事あるから」

 というイカレさんの言葉で小鳥の予定は宙ぶらりんであった。
 まあ確かに、3日も彷徨っていて翌日早速ダンジョン攻略に行けるわけもない。プライベートな用事なのでついてくるなと言われればそれまでである。

 というわけで小鳥は観光がてら、アイスの職場──帝都第一魔法学校へ付いていくことへとなったのであった。オープンキャンパスは知恵の共有だが革命の意志を広める効果もあると信じて。



[30747] 6話『魔法学園は国立なのに学費が高い』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/26 19:18



 帝都第一魔法学校は仰ぎ見れば帝都の中心、墓標の名を持つ赤銅色をした巨大な王城が見える場所に広い敷地を持って作られている。
 
 帝都はかつてこの地に存在した魔王城の主にして史上最悪の神殺しにして世界崩壊級犯罪者の魔王ヨグと、広域指名手配されていた転生する魔法災害の魔女イリシアを倒した後に、それを成し遂げた勇者にして帝王ライブスが神からの栄光を持って人を集め国を作った。
 魔王が持っていた召喚能力を脅威に思い[宮廷召喚士]という役職で幾人かの召喚士を子飼いにし、魔女に近しい魔法能力を育成するために魔法学校の奨励を行った。
 魔法学校を卒業して資格を取れば高級取りの国家公務員[宮廷魔導師]への道が開けるために、学費こそ高いがこの地の魔法学校には毎年多くの魔法使いの卵が入学し研鑽を行っている。
 小鳥はアイスに連れられて、彼女が教員をしているその場所へやってきた。


「うぉだっしゃらあああああああああ!!」


 叫びと共に魔法学校の5階建て校舎、その屋根から人影が飛び降りてきた。
 小鳥はもしかしてこの世界では飛び降りコンテストが流行のスポーツなのかと驚いたが、違うようだ。
 声が届くが早いか、小鳥は隣を歩いていたアイスから軽く手で押されて数歩──すなわち声の落下地点から退けさせられた。
 アイスはもう片方の手で軽々と、自らの武器である魔杖アイシクルディザスターを頭上に構える。その杖は見た目はかの東急フライヤーズの英雄大下選手の青バットのようだが、一度持たせてもらったところ重量は軽く20kgはあるものだ。一般人ならばまともに振れるものではない。
 打撃音。
 続けて風圧を感じた。熱を伴った風と冷風が入り乱れて吹き荒れ、小鳥の体を纏うアイスから貰ったややダブダブな古着がはためく。
 大上段に構えたアイスに、屋根の上から重力加速を伴いつつ襲いかかってきたのは──犬を人間的にした顔立ちの毛深い人、つまり犬型の獣人だった。その手に持った無骨な棍棒型の杖で、彼女に飛び降りがてら打ち下ろした。
 その一撃を余裕で受け止めての、短い時間やや拮抗。重量と速度の差からか、アイスの足元がわずかに陥没し地面にめり込んだが彼女は涼し気な表情を崩そうともしない。
 杖の打撃による拮抗は崩れ出す。アイスの持つ氷の魔杖に触れていて獣人の棍棒が、込められた魔力による氷の発生により包まれ始めた。慌てて獣人が長い口を開き牙を見せながら叫ぶ。

「炎系術式『レッドヒート』ッ!」

 言葉と同時に彼の持つ杖を炎が包んだ。魔力により発生された火が杖全体を包み、杖を凍らせかけていた冷気を打ち払い癒着状態から離れる。
 奇襲が失敗したにも関わらず即座に次の魔法を使ってきた襲撃者にアイスは「ほう」と息を漏らしてうっすらと笑う。
 そして火の魔法に対応すべく彼女も呪文を──

「朝の八つ当たり蹴りだよ」

 訂正。呪文は使わなかった。平均的女性より少し身長が高そうなアイスさんよりも、頭一つ分以上大きい獣人を事もなげに蹴り飛ばした。
 細脚の何処にその力が篭っていたのか、容赦なく相手の骨を軋ませる音を響かせる威力だ。
 数メートルは体をくの字に曲げて獣人は弾かれたように地面に転がる。が、一瞬で立ち上がり油断なく杖をアイスに向けた。
 気合の声を叫ぶ。応、とも聞こえる叫び。
 耳に入った瞬間小鳥の体が怯むような戦慄を感じる。叫び──咆哮に力を乗せたように。幾らかの獣人が可能な恐慌作用を乗せた声である。
 同時に地面から弾かれたように再び目の前の敵──咆哮を軽く受け流したアイスへ杖を振りかぶりながら再び襲いかかる。
 一歩目から最大速度を出しているような速さで離れた間合いを詰める。そして未だ炎に包まれた杖で──打ち砕かんと叩きつけた。
 瞬間、アイスは小鳥の位置──避けて巻き込まないかを心配した目線を送って、口元にはまだ余裕を残したまま自分の魔杖で攻撃を受け止める。
 削岩機のような音を立てながら一度、二度と杖が打ち合う。攻め手は獣人でアイスが受け止める形だが両手で上半身の筋肉を盛り上がらせて打ち込む獣人に対してアイスは片手で振るう杖で容易く打ち払っている。
 一般人たる小鳥には見きれない速度で連続した快音と残像すら残りそうな影が戦っていた。
 
(……おや、あれは)

 小鳥が違和感に気づいた瞬間、一撃を受け止めようとしたアイスの杖が空振りをした。
 獣人の高さが50cm程下に落ちた。
 予め掘っていた落とし穴──アイスを引っ掛けるつもりだったかもしれないが──を踏み抜いて虚を突いたのだ。
 
「ほう」

 予期せぬ動きの変化に僅かに隙が出来た。
 上段の攻撃を空振りさせた獣人は、その体を地面にへばりつくほどに更にしゃがんでアイスを見上げました。
 短く持った杖の先に魔力が集中する。狙っていたように目を光らせて、叫ぶ。

「そして喰らえ──炎系術式『ファイヤーボール』!」

 オレンジ色をした灼熱の火球を生み出す、わかりやすい魔法。頭程の大きさのそれは、殆どアイスの目の前で発生した。
 だが杖を空振りさせたかのように見えたアイスは飽く迄冷静に、

「焦ったのか構成が甘い。炎系術式『バックドラフト』」
「なっ!?」

 彼女が唱えると同時に発生した不可視の魔法の効果は、相手の術式へ干渉。
 そのまま彼女を見上げていた獣人の方向へと向けて火炎球は指向性を持った爆発を起こした。相手の魔法を逆方向に向けて爆破展開し自爆させる術式である。すぐ近くで爆発したにも関わらず完全に制御していたアイスには火の粉一つかからない。
 当たると同時に熱と衝撃波を同時に伝えて彼の体は黒焦げになりながら穴からも飛び出て吹き飛んだ。
 ぐったりとした獣人はもはや虫の息で、首をようやく上げてアイス見て、うめいた。

「うう……炎系術式はおれの技なのに……」
「その思い込みは減点対象だグレフ補助教員。君には得意属性だけではなく他属性の補講を命じておくよ」

 淡々と告げるアイス。もはやグレフと呼ばれた犬人間は立ち上がることも出来ないようだ。

「アイスさん、アイスさん。知り合いですか?」
「この学校の補助教員……正教員になるための学部生だが、何かと私を倒そうとしてくる問題児だ。きっと正教員を倒せば昇進できると思っているのだな」

 肩を竦めるアイス。
 小鳥は焦げて動かなくなったグレフを木の棒で突っつきながら尋ねた。

「えーと周囲の安全確認からでしたっけ」
「彼の事は気にしなくても──ほら来た」

 指を向けた先から小学生女児みたいな子供がとことこと走ってきていた。長い薄緑髪に額を出すカチューシャをつけている可愛らしい少女であった。
 そして鈴のように高い声で負け犬に声をかける。

「グーレーフー! まぁたアイス先生に殴りかかってばかじゃないのっていうかばかでしょこのバカ犬!」
「うううう」
「先生見てみなさいよ朝飯前というか少々鬱陶しい小虫を片付けた程度にしか感じてないわよあんたじゃ100年かかっても勝てないんだからいい加減諦めなさいよ負け犬! 座敷犬!」
「うううううううううう」
「もう、昔っから本当にばかなんだから。毎回手当するあたしの身にもなってみなさいよ。……仕方ないわね。水系術式『ウォーターホース』」

 言いながら少女はタクトを取り出して呪文を唱え、獣人の上にバケツで被せたぐらいの量の水をぶっかける。
 焦げた体や火傷を治せば、獣人の強い生命力ならばそうそう怪我が残ったりはしない。
 小鳥は伺うようにアイスに視線を向けたらやや顔を曇らせている彼女がいた。

「あの子は?」
「グレフくんの幼馴染で生徒の一人、アクリアくんだ。幼女に見えるがハーフエルフの18歳。主に水系、回復系の魔法を専攻しているのだが……」

 そしてアイスはバットをブンブンを振り回して怒鳴った。

「こらぁ! 諸君! 私の目の前で幼馴染ネタでいちゃつくなといっとろーが! さっさと教室に戻りなさい!」
「い──いちゃついてなんかありません! アイス先生! あたしはこのばかが勝手に怪我するから仕方なく……」
「その言動が典型的なのだ! ええい散れ! 散!」

 よれよれと立ち上がったグレフと彼の手を引いて追い立てられる幼女を見送りながらも、いつも冷静なアイスが肩を怒らせていた。
 そしてふう、とため息をついて一言。

「……幼馴染。はあ……サイモンくんはなんでこうああなんだろーか」
「ちなみに例のお方と幼馴染ネタで甘い体験などは」
「彼に言われた言葉で一番多いのが『ウゼエ』。次が『関わるなボケ』。『どォでもいいからあっちいけ』『飯をゴミかクソに換えるだけの生物だなお前って』……まあそんな感じなんだ」

 そう言いながら少し寂しそうな背中を向けて、アイスは自分の研究室へと足を向けたのであった……









「ちなみにあのグレフくん、レベルとか脅威度はどれぐらいで?」
「うん? レベルは5で炎属性近接型魔法使い……生徒から去年上がったばかりでレベルは結構上のほうだけど……脅威かどうかと言われると正直夏場の蚊の方が厄介なぐらいで」
「おっとっと。あれで蚊は媒介する病気や寄生虫などで結構怖いのですよ?」
「ふむ、確かに。ううむ……川遊びをしている時にまったく気づかない足元に居る小さな水生生物のような……その程度?」

 むしろ手加減が大変なのだが、とアイスは困ったように言う。
 本気で彼を倒そうとすれば回避不能な速さで防御不能な先制攻撃を叩き込むだけで魔法も使わずに終わるからである。
 アイス・シュアルツはこと戦闘に関しては帝都どころか、世界でも屈指の人間なのだ。



 **********





 魔法学校の母屋は二本の長方形の箱を重ねたような建築物であり、建物と周囲にある他施設や運動場、公園のような広場などがありイメージとしては大学のようだと小鳥は感じた。鳥取にだって大学があるので見たことぐらいあるのだ。
 関係している生徒や教員はぱっと見たところでは普通の人間種族が多いが、ちらほらと獣人や耳の長い人など異種族が見られて、

(異世界なんだなあ)

 と、小鳥は思った。来る途中に学校送迎用の乗り合い馬車から外を見た風景でも様々な人種が居たが。
 入ってすぐに獣人の補助教員に意味のない襲撃を受けたわけだが鎧袖一触に跳ね除けて──日常なので一々訴訟やトドメを刺したりはしないらしい──小鳥は案内されアイスの教員用個室へ入った。
 
 アイスの部屋にあった本や薬などがズラリと天井まで並び、机の上には無数の資料が散乱しているそこは職員室というよりも研究室に見える。
 壁には数個の模型か剥製のような動物が飾られ、冷蔵庫のような箱もあった。
 この世界の文字は小鳥には読めないのでどのような本か詳細不明だが、それなりに広いはずの部屋もみつしりとスペースを埋めるものがあると息苦しく感じる。

「やあすまない。こちらは片付けるのが手間なので散らかっているのだ」

 言いながら、棚に並んだ薬瓶のラベルを一つ一つアイスは確認をしている。

「折角コトリくんが魔法に興味があるというのだから、特別に君の属性を確かめる薬を使ってみようではないか……ええと、どこに置いたかな」
「属性──ですか。アイスさんは氷、さっきのケモは炎と言ってましたね。他にはどんなものが?」
「炎、水、氷、風、土、雷、光とレアな闇だね。後は誰でも使いやすい基本魔法の無属性術式がある。自分にあった属性の魔法は覚えやすく、魔力の消費も少ないよ。もちろん他の系統の魔法もちゃんと学べば使えるのだが、単一属性に拘る術者も多い」
「ほほう。器用貧乏よりは一芸に秀でようという判断ですね。アイスさんも氷魔法をよく使っているようですが」
「私の場合は魔杖を発動媒体にしているおかげで氷系統ならば殆ど魔力消費無しで使えるから──っとあった」

 アイスは目薬のような小さな瓶を棚の奥から発見して小鳥に見せた。
 透明の、やや粘度のある液体が揺れている。ラベルには何やら文字が書かれているが、やはり小鳥には読めない。

「これが属性試験薬──正式名称『オッサンーヌの涙』」
「凄く正式名称知りたくなかったですそれ。オッサンーヌて。涙て」
「飲み薬だ」
「うわー」
「帝都は人口が多いが魔法使いの人数はそれほどではない理由がこの薬の名前と値段なのだろうなあ」

 自嘲気味な笑みを浮かべてオッサンーヌの涙をくゆらせるアイス。
 オッサンーヌという名称は残念ながらその試薬が取れる相手の名前だ。とは言っても、その姿を見たことがあるものはそう居ない。
 偽薬天使オッサンーヌという三等神格存在から抽出した体液や素材は多様な効果を齎すが、一体何処から流通してくるのかは薬屋もわからぬ秘密のベールに覆われている。大抵は行商人から街に持ってこられるがその行商人は別の街で仕入れていて、その街も別の行商人から仕入れる……と辿ってもまるで出処が不明だという。
 属性試験薬として使われる涙の値段はというと、日本とは物価や貨幣価値が異なる為に正確には表現できないが、予約の居る高級料理店でフルコースを頼める程度の値段である。
 魔法使いになるには。
 まず高い上に名前が嫌なオッサンーヌの涙を飲み干して高い魔法の杖を用意して学費を払って学校に通い一人前になったら魔法協会へ会費も払って……それで並の魔法使いになれるかどうかの才能は人によりけりである。
 魔法は使えたら便利だけれども、そこまでして使いたいわけじゃないという人が多いのも当たり前ではあった。

「隣の神聖女王国などは魔法大国だから、基礎教育で魔法を収得させるのだが。帝国は人種などが入り乱れているのでそのような教育は出来ないのだな」
「ほほう。しかし、いいのですかアイスさん。わたしにそんな高価なオッサンーヌの涙を使っても、返せるものは肝臓とかしかないですよ」
「いやいらないが肝臓は。肝臓を貰ってどうするというのだ」
「え? 魔術ってなんか処女の肝臓とか生贄に捧げてそうなイメージなのですが」
「おどろおどろしいイメージだな……まあそのオッサンーヌの涙は私が学校で使う仕入れ数を間違えて隠蔽していたものだから。持て余していたのだオッサンーヌの涙」
「なるほど、それは渡りに船ですね。遠慮無く飲み干させて貰いますよオッサンーヌの涙」
「しかし何だ、私たちさっきからオッサンーヌの涙と言いすぎて語尾みたいになってきたオッサンーヌの涙」
「どうせここで使ったらもう二度と人生で登場するはずのない単語ですからねオッサンーヌの涙」

 互いに真面目な顔をしながらオッサンーヌの涙を言納め、小鳥は改めて薬瓶の口を開いた。
 オッサン臭い匂いが漂う。一度引いたらもう進めなくなる。もう負けないとあの日交わした約束を胸に秘めつつ一気に飲む。
 こんな時に味覚を伝える器官の舌が口にあるのを、理不尽ながら嘆いた。涙はほろ苦く、温く、妙に味が口に残った。脳裏でバーコードハゲのオッサンが踊り狂う姿が浮かんでは消え、消えてはしつこく浮かぶ。
 不味い、不味すぎる。お砂糖とか蜂蜜とか炭酸とかで薄めて飲みたかった。血管注射したほうがマシではないだろうか。ああ、吐き気がする。オッサンーヌ。
 
「口直しに二十世紀末梨を食べたい……」
「そこはかとなく荒廃した雰囲気の名称だなあ、それは」
「鳥取名産なんです。勢いを増した向かい風の中でも平気で育つ品種で、食べたら今日より明日を望んで種籾を持って彷徨います」
「……まあ、それはそうと。薬の効果で一時的に魔力が色を持つはず。この水晶に手を翳してみてくれ」

 言われて、ソフトボール大ほどの水晶に手を翳した。
 すると手の先から何か違和感を感じる。魔力的な物が抜けているのだろうか。あるいはギランバレー症候群か。実はただのストレスか。
 水晶の中の透明な場所が──まず赤く染まり、その色がやや橙になったかと思えば黄色く変わった。変化は続き、緑色を経て青くなり、それは藍色の次に赤みを加え紫となる。
 そして全ての色がぐちゃぐちゃに混ざり合い──やがて全てが混ざり、何も見えない闇色が残った。色を全て足すと、黒になるように。
 アイスがやや驚いたような顔で眼鏡を直した。

「む……何だ今の変化は。いや、それよりも──ふむ。コトリくん、君の属性は闇だね。珍しい」
「闇属性ですか。いやーちょっと合わないですね。やはり形から入るために包丁でも忍ばせますか」
「どんなイメージだね、それは。ううむ、しかし闇属性は普通吸血鬼やデュラハンなどアンデッド種族に出るのだが」
「そうなんですか?」
「ああ、それに吸血鬼にしても闇属性の魔法は大体身内に習うので、この学校でも闇属性の生徒はゼロ……教師が一人いるぐらいだが、専ら土属性を教えている程度で、闇属性の講義のカリキュラム自体無い。予算の都合で」

 それに闇属性の魔法は初歩にしても適性が無ければ使えないことが多いのだとアイスは説明した。
 実際にアイスも闇は専門外で幾つかの複合術式として闇属性の混じった魔法は使えるが、単属性としての闇系術式は基礎程度しか使えない。
 
(これが……わたしに秘められた能力(チカラ)……)

 と一応驚愕しようかと思ったが、別に対して実感が沸かないのでやりはしなかった。
 それに珍しいとはいえ極端に希少というわけでもない。
 アイスは難しそうな顔をして呟きました。

「闇属性の先生に会ってみるかい? ちょっと気難しい方なのだが」
「順当にイベントを進行させるとなるとそうなりますか。何故かやけに面倒を見てくれる魔法使いのお偉いさん的な。ちなみにその先生とやらはどのような方で?」
「種族は吸血鬼なのだが……少し頭がボケ──いや突飛な発言をすることも多い変わり者なのだ」
「ほう。しかし百聞は一見にしかず、人は見かけによらないという名台詞もありますので話してみないとわからないですね」

 吸血鬼と聞いて丸太と日本刀が自生する島に暮らす者達を小鳥はイメージする。

(しかし、こちらのオークは草食らしいですし、現代地球を基準に吸血鬼を恐れても仕方ありませんね)

 名前からして血を吸うということだけ確実なのだろうが。もしかしたら物質電送機で蚊と体が混じった吸血体質の人間かもしれない。
 彼女は個人的に吸血鬼よりも、空を飛んで飛行機を襲うゾンビのほうが怖かった。ゾンビの多様性は人間よりも多く感じる。普通にガーデニングとかするゾンビも泳いでクルーザーを襲うゾンビも魔法を使うゾンビも映画で見たことがあった。
 ともあれ。
 吸血鬼の闇属性教師の研究室に寄ることになった。



 **********





「──二人はまだ知らない……この出会いが後に3000年に及ぶ神の軍団との戦いの序幕となることを……聞いてます? イカレさん」
「知るか。要点を言え要点を。手前の独白混じりの意味不明な説明なぞ聞き流したわ」

 小鳥の本日の活動報告を受けてぶっきらぼうに返すのはイカレさんである。
 時刻は既に夜になっていた。
 結局あの後から一日中魔法学校に居て、帰る頃には街は茜色に染まっていたのだ。
 闇属性教員、吸血鬼ヴァニラウェアは少々変わった所がある老人なのだが、小鳥と突飛で謎な即興で作った独自言語すら使う会話を成立させて仲良くなったのである。それを端から聞いていたアイスが頭痛をこらえたような仕草で見守ってたのだが。
 見た目と味は良いのに材料が不明瞭な夕食も終えて、ここはイカレさんの部屋。今後の事とかを召喚主のイカレさんと相談タイムしていたのである。

「手前と会話が成立するのはボケ老人ぐらいっつーことだろォが」
「ヴァニラウェア卿の事を悪く言わないでください。ちょっと突然砂丘の緑化防止運動の話とかで盛り上がるだけですから」
「なにそれ」

 気のない返事をしながら彼は分厚くて太い本をペラペラと捲っている。
 小鳥には薄い、真新しい印刷のこの世界の絵本を投げ渡してきた。[空飛ぶチョコレートの守護竜]と[図説・機神シュニュン<アニメ版>]に[悪戯魔女と苦労の騎士]というペナルカンドで子供に人気なものであった。文字の勉強のために用意して欲しいと、昨晩寝そうな彼に言っておいたのを律儀に覚えていたようである。
 他の本を借りてくるついでだったのだろうが。

「それで結局、ヴァニラウェア卿に気に入られたので個人的な生徒にならないかと誘われました。学費も免除してくれるらしいです。闇属性の講義は本来無いですからね」
「ん? 手前、魔法使いになるのか?」
「ダメですかね。異世界なんて場所で女子高生が生き延びるために魔法の一つでも覚えておきたいという気持ちが」
「いや別に手前の事は手前で決めていいんだが……そォだな、おい。今調べてる途中だが、あのダンジョンは魔王の居城跡だからな。異世界召喚士だった魔王が残した送還用の仕掛けとか残ってるかもしれん」

 古い本を読みながら言う。そこにはどうやらダンジョンか魔王に関する記述が記されているようだ。

「と言われると」
「つまりまたダンジョンに潜ることもあるだろォから自分の身ぐらい守れるよォにしとけ」
「護身完成ですねわかります」
「……わかってるのか?」

 小鳥は肯定の意思を伝えるために中指を立てて無機質に微笑む。そしてサムズアップには中指を親指を間違えていたことに気づいて、直してやり遂げた顔をした。
 イカレさんから「イラッ」とした心の声が聞こえてくるようだったが、言ってくれなくてはわからないじゃないですか父さんと心のなかで自己弁護を行いなので無視する。
 
「ところでイカレさん、その古い本を借りてくるのが用事だったんですか?」
「あァ。知り合いの本召喚士に魔王関係の本を借りた。本召喚士は帝国図書館より便利だからな」
「なるほど。しかしアレですね。わたしの絵本はついでと言いましたが、結局異世界関係もわたしを元の世界に返す為に調べているんですよね。イカレさん優しいところあるじゃないですか」
「……はァ? 意味ワカンネ。全然手前の為とかじゃねェし? エロ本借りてくるついでだっただけだし?」
「またまた~」
「変な勘違いしてんじゃねェぞボケ。ほらこれだエロ漫画借りてきただけだっつーの」

 彼は手元から肌色とピンク色の比率が多いカラーな本の表紙を見せてきた。
 慌てるのは小鳥の方だ。有害図書を直視しないように手で目を隠す。えっちなのはいけないと思うのは彼女が純粋な女子高生だからである。

「イカレさん……そんなに昨日アイスさんから不能呼ばわりされたのを気にしたからってお友達からエロ本を借りてまで証明しようとするのはちょっと……」
「あークソうるせェ何様だ手前」
「やはりお姫様という設定ではどうでしょう」
「知るかッ死ねッ」

 声を荒げているイカレさん。まったく、血圧が上がってしまいますよと彼の身を気遣う。
 
「とにかく、当面の方針はわたしは魔法を勉強しつつイカレさんは異世界召喚を調べる、ですね」
「そォだよ。俺ァさっさと手前を元の世界に戻して縁切りたいんだから」
「袖釣り込みも他生の縁といいますが」
「なにその投げ技みてェな言葉」

 こうして小鳥の異世界生活二日目は終わった。
 その後風呂にも入った。普通に湯船にお湯を張っていたが、そのあたりはアイスが魔法でやってる。イカレさんがこの宿に一人で住んでた時は面倒臭いから水を浴びてただけだとか。
 小鳥の下着はアイスから借りたのだけどブラジャーが容赦なくぶかぶかだった。それ以外でも基本的にアイスの服はフリーサイズではなく、腰回りは細いけど巨乳用に胸元に布が余ってるので起伏の少ないな小鳥が着ると悲しいことになるのである。
 後で縫い直そうと決めつつも、自分で使う金を稼ぐ為に、この世界にパチンコ屋が無いのかと思いつつも眠りにつく小鳥であった。

  
 



[30747] 7話『流血鬼』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/27 20:10



「キャシュラエリミネイト」
「ペペンタクル」
「モリアス」
「ケンドューク・アンス」

「……いつも思うのだが、君たちはなんの呪文を唱えているのだ」

 小鳥とヴァニラウェア卿の会話にアイスが横から頭を抱えながら訪ねてきた。
 聞かれたので小鳥が不思議そうに答える。

「ちょっと即興で独自言語を作って会話していただけですが」
「通じるのか!?」
「はあ。どうでしたかヴァニラウェア卿」
「要するに初歩でいいから魔法を実際に使ってみたいということじゃろう」
「通じてる!?」

 なぜか驚いた調子のアイスであった。



 *****



「こんにちは。コトリバコの制作者こと小鳥です。嘘ですが。
 異世界に召喚されて早いものでもう一週間も経過してしまいました。
 中世ヨーロッパみたいなうんこ垂れ流し疫病流行りまくりご飯は硬いパンとぬるいビール、未就学児が炭鉱で働かされるような場所ではなかったのが救いでしょうか。
 朝ごはんを作ってアイスさんと一緒に学校に行って学びつつ夕方に定時で上がって夕飯を作る。まだ危ないからって一人歩きはできませんが。大体一週間そのライフサイクルです」

 小鳥は一旦息を切って、手元の茶を飲んだ。

「ダンジョンにはまだ潜ってません。イカレさんはこの前稼いだお金でだらだらしているみたいです。でもそのうちまた潜るらしいので、その時は準備をしなくては。赤い米粒とかを。
 とにかく異世界生活の多くはアイスさんと一緒に学校に通うことです。アイスさんは教師でわたしは生徒ですけれども。
 わたしの直接の先生はヴァニラウェア卿という方になりました。年齢不詳、レベル不詳。吸血鬼ですがエロ魅惑能力とかそんな感じの容姿ではなく、白髪白鬚のお爺ちゃんです。帝国貴族の身分を持っているため色々と融通が効くらしいです。税金とか。
 属性は闇ですが闇の近似属性である土系統を教員として普段は担当しています。
 魔法には8つの属性があり、自分の得意属性を主に学びますが他も使えないわけじゃないのです。ただ効率が悪いからあまり覚えたがらないとか。各属性の初歩魔法──発火や製氷、簡単な治癒等の魔法までは覚えるのだけれども、中級以上になると厳しいらしいです」

 じろじろと見てくるアイスと視線を合さずに、自分たちを眺めている俯瞰的な視点を気にしつつ、続ける。

「しかしこの魔法学校の校長兼宮廷魔法長は『アース・ウィンド・アンド・ファイアー』の異名を持つ、土と風と炎属性それぞれを高度に使えるレベル10の最強ランク魔法使いなのだとヴァニラウェア卿に教えられました。
 また、現代には存在しませんがかつて居た『極光文字の魔女』などは全属性を極めていて一人で世界を滅ぼせる力を持った超最強チート魔法使いだったらしいです。
 ちなみに学校に通う学生のレベルは2から4が一番多いとのことです。
 多くの生徒は結構3ぐらいまで上がるのですが、それが4、5まで伸びるには大変で6になると働き口に困らず、7になると軍からスカウトがくるとか。8はもはや大魔法使いと言ってもよいぐらいで更にレベル9は個人でドラゴンを倒せたり都市区画破壊級の魔法を使えるレベル。純粋な人間であり20代でこのレベルに到達したアイスさんは確実に魔法史に名前を残す天才らしいです。レベル10は……残念ながら測定基準がレベル9で最大なので、そのぐらいの能力者の中から功績があったり強さを同格の魔法使いに認められたら選ばれるのだとか。まあ、少なくともレベル9ぐらい能力があるのですけれど。
 らしい、~とかばっかりですけれども異世界来て一週間のわたしとしては聞いた話を鵜呑みにするしかないので仕方ありません」

 話が終わったらしく、やや沈黙の後にアイスは尋ねた。

「……ええと、誰に説明してくれていたのだコトリくん」
「なんでそんなことを聞くんですか?」
「いや、だって独り言でそんな回想してたら怖いだろう」
「ですか? ねえヴァニラウェア卿」
「そうじゃぬーん。儂もよく二三時間ぐらい独り言してるし」
「ほら。うふふ、変なアイスさん」
「絶対におかしい……っていうかじゃぬーんってなんだ……」

 そしてともかく今日、独自言語を使用してヴァニラウェアに魔法発動を申し出ました。

「案ずるより産むが易しという諺もわたしの故郷にあります」
「恐らくベビー用品メーカーの考えだした言葉だという予想は覆らないのう」
「ベビー用品メーカーが避妊具メーカーと共謀しているとの噂は耐えません。その線で捜査を進めましょう」
「犯人は子の中にいる……そういうことじゃな?」

 世界は陰謀に満ち溢れていて衆愚はそれに洗脳されている。そういう意見はこの師弟の間で一致している。

「……ヴァニラウェア先生にコトリくん? 話がズレてないか」

 アイスさんの言葉に話題の起動を修正することにした。
 彼女はため息混じりの声で疲れたように言う。

「……入ったばかりの生徒は魔法を使いたがるのが常だが」

 その言葉に黒いローブを翻してヴァニラウェアがこちらに向き直り真っ赤な瞳を鋭く光らせて、全身から暗黒色オーラを漂わせつつ叫び出した。

「闇の力に魅入られたか愚かな弟子よ……! 悪魔にも救世主にもなれると警告はしていたというのに……!」
「うふふ持った能力(チカラ)は有効に使ってこそですよ師匠。ダークサイドに身を置くことが闇の力を増幅させるのです」

 それに対して小鳥も地の利を得つつ対応する。悲しくも怒りに身を焦がす最終決戦が今始まろうとしている。

「なんで唐突に盛り上がり出すのかこの師弟は……そもそも、コトリくんは魔法の杖も持っていないのではなかったか」

 今ひとつノリに乗れないアイスが指摘した。
 魔法の杖というものは高級品であり、収入が無く無一文の小鳥が購入できるものではない。
 例えばアイスの持っている魔杖アイスクルディザスターなどはエンシェント級アイスドラゴンの脊髄が素材で使われているマジックバットで、氷魔法の増幅や打撃時の氷結作用などの追加効果があり、恐らく捨て値で売り捌いても帝都の貴族が住む一等地に庭付きの家が買えるほどの値段がする。
 そもそも他にエンシェントドラゴンの骨などを素材に使った杖が世界に存在するか疑わしい程の貴重品だ。剥がれた鱗の一辺だけでも貴金属より高価なのだが、アイスは自分でドラゴンを撲殺して素材を取ってきたのだという。
 基本的に魔法発動には杖、あるいはそれに準じる発動媒体が必要である。最初から魔法が込められている道具や、魔術文字を媒介にして発動する付与魔法は別だが多くは杖と声が無ければ使えない。
 ヴァニラウェアは「そうじゃのう」といいながら研究室を見回す。
 後ろの棚に適当に立てかけてあった、船を操る櫂のような形をした大きな長方形の物をひょいと持ち上げて見せた。
 材質は固そうだが金属質ではなく、褐色をしている。

「このネフィリムボーンとかどうかのう? 儂が昔使ってた杖」
「うーん……わたしが使うには大きいですねえ」

 なにせ、長さが150cm程もある。先端はやや欠けているので前はもっと長かったのだろうが、それでも小柄な少女の小鳥には大きい。
 アイスが半眼でその巨杖を睨みつつ云う。

「……というかそれは確か堕天巨人ネフィリムの骨を加工して作った呪いの杖だろうヴァニラウェア先生。普通の人間どころか相当高位の魔法使いでも使えない筈だ。そんなものを生徒に渡さないでくれ」
「意外と使えるやつも居るんじゃが。はて? 誰だったかのう、昔貸しておったのじゃけど」

 首を傾げて今度は机の引き出し──食玩や広告のチラシなどが詰まっているところを開けて探しだした。
 学生には高価でも、いざという時のために複数の杖かその代わりは魔法使いならば持っているものである。アイスもつけている手袋が予備として使えるようになっているが、手のサイズが違うとそれも扱いにくいので小鳥には渡しかねている。
 ヴァニラウェアはそこから白い小枝のような飾り気のない棒を取り出して、渡してきた。

「それじゃあとりあえずこの杖をくれてやろうかの」
「え。いいんですかヴァニラウェア卿。お高いんでしょう?」
「いやあ、物置から見つかったいつのかもわからん杖じゃからなあ……材料は、何かの骨だったけど忘れたから……たぶん大したものじゃなかろ」
「生徒にそんなものを渡すのか……?」

 呆れた声のアイスはさておき、小鳥は硬質な白い杖をじっと眺めてなでたり振ったりしてみる。

「何の骨ですかねーこれ」
「うーむ、確か魔剣で落とした外法師の右手の骨……いや帝都大騒動祭の記念フライドチキンを加工したんだったか……そういえば天使を括り殺したときに何か材料にしたような……待て待て、日光浴で小麦色の肌を目指してうっかり蒸発した親戚の骨が立派だから貰った気も……」
「あーコトリくん? ヴァニラウェア先生は物忘れが激しい上に妄想癖もあるからあまり期待しても本気に受け取ってもよくないよ?」
「ま──どうでもいいことでしょう。大事なのは魔法の杖として使えることなのですから」

 それより、と続ける。

「早速魔法使ってみましょうよ魔法」
「しかしコトリくん、体内の魔力循環だとか、魔力の制御だとかは覚えたのか? 習いだして一週間ではないか。勘が良ければ不可能ではないが……」

 云うなれば、座学しか行っていないが簡単な開腹手術を行ってみる程度の難易度はあるだろう。暴発した時の危険度はそこまでではないが。
 ヴァニラウェアは深々と頷いた。

「闇の教えにも『闇に心を委ねろ』というものがある」
「明らかにヤバイ系の言葉に聞こえるが」
「なに、とりあえずはやってみてダメならばまた勉強すればいいじゃろう」

 そして彼は手元の闇属性魔法について綴られた[玄法典]をパラパラとめくり、あるページで止めてこちらに見せた。古代から伝わる魔法から現代に開発した魔法まで、閉ざされた本の闇より自動で転写される世に一冊しか無い暗黒の書だ。
 小鳥はこの一週間の集中勉強によりある程度の文字は読めるようになっている。文字など記号の羅列に意味を理解し、法則さえ読み取れば難しいことでは無かった。少なくとも、彼女にとっては。
 これは英語の成績が良い高校生ならば不思議ではないだろう。日本国は何のために中学時代から英語を教育させているのかというと、このような未知言語を読み解かすためだ。教育庁はムーの民の末裔によって構成されていると噂されているが、調べた者は誰も居ないことにされている。
 ともあれ載っている呪文の名称をまずは確認のために読み上げる。


「えーと闇系上級術式、即死呪文『デスウィッシュ』……効果は対象を惨たらしく殺害する」


「こらあ──!! ヴァニラウェア先生──! 見習いの生徒にいきなりなに教えようとしているのだー!?」


 アイスに超怒られた。





 ********



 改めて。




「闇系術式『ダークナイト』」

 力ある言葉と同時に小鳥の杖の先の空間から黒い靄のようなものが出た。
 それは気体ではなく魔力が光を遮る為に起きた、いわば立体の影。
 料理をかき混ぜるように小ぶりの杖に這わせ、影を広げる。それは50cm程、中空に浮かぶ球体状に空間を光のない闇へ変化させた。
 無意識に止めていた息を吐き出す小鳥。
 同時に制御から離れた影は少しづつ明度を上げ──やがてなにもなかったように霧散する。
 拍手の音が聞こえる。それはアイスが驚いた顔で手を叩いたものだった。
 魔法が成功したのである。
 これは小鳥が特別な才能があったというよりも、頭の配線がズレている為に感覚を偶然捉えて発現したのであろう。しかし一度成功すればコツは掴める。
 ヴァニラウェアは室内でも深く被ったローブに髭と眉毛と垂れた皮で表情の見えないまま云う。

「基礎の基礎、闇の発生じゃな。吸血鬼で闇の属性を持つものはまずこれを覚える。昼間でも日光を遮り過ごすのが楽になるからの」
「わたしは人間ですけどね」
「ふっ……一人だけ人間の振りをして楽しいのかのう?」
「わたしの体がどうなろうと──心は、魂は人間の誇りを持っています」
「ならば吸血鬼としての性根をワシが呼び寄せてやろう……!」

「だからクライマックスシーンごっこを唐突に始めるのは止めなさい……」

 呆れた顔でアイスにツッコミを入れられた。なんか疲れているようだ。
 ヴァニラウェアはぽんぽんと小鳥の頭を節くれだった手で撫でるように叩いて言葉をかけた。

「暫くは闇で魔力制御の練習をするのがいいじゃろ。闇魔法は即死だとか生命力吸収だとか存在消滅だとかが多いから制御失敗したら危ないしのう」
「……なんとも物騒な属性だな。土属性を中心に教えたほうがよいのでは?」
「土とて窒息や圧殺、撲殺に石化など危険ではあるじゃぬーん。どの属性も大なり小なり危ないのじゃから大事なのは基礎魔法で制御力をつけること……その点では闇の展開は持続性もあってよく鍛えられるじゃぬーん」
「おお……私が学生時代からボケてると評判だったヴァニラウェア先生がコトリくんという生徒を持って急にマトモなことを……あと鬱陶しいねそのじゃぬーんて。何? マイブームなの?」

 鍛える、という単語で。
 小鳥はふと思いついた事を、指を立て提案した。

「そういえばわたしは忍者という設定でしたね」
「設定?」
「ですからこの修行を影分身の術で増やした二人でやれば、経験値や修行効率は二倍になるってことですよ」
「うん……うん?」

 首を傾げるアイス。ヴァニラウェアは成程といったように神妙な顔で言った。

「四人に分身すれば四倍……百人でやれば百倍ってことかの」
「つ、つまりどういうことだっていうのか」
「いや分身とか出来れば便利だろうなって」
「出来ないのに話題に出したの!? なんで!?」
「特に意味はありませんが」

 再び頭を抱えて「ツッコミ役が……ツッコミ役が足りない……誰か助けてくれたまえ」と彼女が転がっているが、過労か何かだろうと特に気にしなかった。
 労働組合にこっそり通報することだけが小鳥にできるアイスへの恩返しだ。モルダーだってアイスだってきっと疲れている。誰もが労働とストレスと疑心暗鬼の虜だ。
 まあ何はともあれ。


「※小鳥の魔法使いレベルが1に上がった! HP-2 MP+8 力-1 魔力+3 素早さ+0 運+1
  闇系魔法『ダークナイト』を習得した!                     」  

「自己申告!?」
「いけませんか」

 と、ファンファーレを口にしながら云う小鳥にもはやアイスは呻くのみであった。
 更に言えば魔法使いのレベルが上がるごとに特に力が下がるわけでもないが。





 *******




 専門のカリキュラムだけでなく、他の生徒に混じって普通の授業も小鳥は編入という形で受けている。
 身分証明や学費など、ヴァニラウェアがどういう手管を使ったのか普通に通えている。
 クラスメイトは結構年齢がバラバラであった。恐らく歳若い生徒は親が裕福だから通えて、年を取っている人は自分で稼ぐようになってから学費を貯めて魔法学校へ入学したのだろう。
 東国出身の忍者で魔法使いという偽の身分の小鳥はやや目立つ。が、そこは忍法とかを披露してクラスメイトとの距離を縮めることに成功した。具体的には忍法親指離れるとか、忍法十個お手玉とか。忍法切腹スポーツとか。ナウなヤングにバカうけである。
 その日受けていたのは魔法の基礎理論教育である。運良く新学期新学年の時期だったらしく、彼女も他の一年生も似たり寄ったり寄られたりの魔法知識──予備知識はともかく──である。
 教卓に立った神経質そうな顔立ちの男性教師が声を張り上げる。

「いいかゴミ溜め生徒ども! 貴様ら一年はこの前の検便じみた測定により属性を測られたわけだが、自分の生グソ属性を頭に叩き込むのは当然、全ての属性のブルシット特性は理解しているだろうな!」

 やけに言葉が汚いが、教育委員会もPTAも存在しないので問題はない。
 それでもやけに薄汚く聞こえてしまうのは世界間で起きる翻訳のミスだろう。諦めよう。

「ではそこのファッキン女子! 説明してみろ!」
「これに返事すると自分がクソと認めるような気がしなくもないですねえ」
「鳥の糞と書いてコトリとかいうお前だ下げマンが!」
「やっぱりわたしでしたか。おのれ。イカレさんより愛の無い暴言です」

 小鳥は聞こえない程度に呟きつつ、暗記した魔法属性の特性として教科書に書いていた内容を割とはっきりした声で言う。

「無属性がだいたい属性っぽくないもの全般な便利魔法で、炎と氷は温度操作、風は気体に水は流体の発生操作、土は金属土壌操作や変化、雷は電荷、光は光線放射線……そして闇は吸収を基本的な特性としますしおすし」
「クソが! 暗記しやがってガリ勉眼鏡が! 平常点プラスしといてやる!」

 クソ正解といったニュアンスだろうか。教師は怒鳴り顔のままビシリと指を突きつけながら叫んだ。

「だいたいそんな感じだからケシカスの詰まったスポンジみてぇな頭に叩き込んでろスカトロマニア共!」
「曖昧だな! そして酷ぇ!」

 ツッコミは生徒の叫びだった。
 それに対して教師は頭を掻きながら答える。

「理屈なんか知るか! エネルギーも質量も魔力で補って神様がウンコ漏らすようなビックリ現象を起こすのが魔法で特性はおまけみたいなもんだ! バカ魔力とアホ構成力さえあれば自分の駄クソ属性なんぞ無視して魔法も使える! ファックオンザビーチ!」
「はーいはいはい、質問です! 先生はレベルいくらですか!?」

 生徒の一人が手を上げて教師に聞く。誰もが自分のレベル──今のところ新入生は0か1である──を気にしつつ、それを教える教師はどの程度の実力者なのかを疑問に思っているのである。
 やはり一番有名なのがアイスだ。若くしてレベル9の怪物。[氷結災害<アイシクルディザスター>]と呼ばれる帝都最強戦力の一人。生徒で憧れないものはいない。
 とにかく、今担当している男教師は答える。

「おれはレベル5だ! 文句あるか」
「5……なんか普通」
「ジーザスクライストスーパースター!!」

 謎の叫びであった。多分誤訳だ。諦めよう。
 生徒の誰かの呟きに彼は地団駄を踏んで怒りを顕にしました。
 
「いいんだよボケ老人とゴミ女しか使えねえ高位術式なんざ殆どが大火力の殺人魔法なんだから中位まで使えてれば! 大体ショボいと思っていてもお前ら飯食ってクソに換えるマシーン共の一体何人がレベル5まで上がれるか楽しみだな!」

 負け惜しみのような事を叫びながらも彼の授業は開始されたのであった。
 実際に小鳥も、この教師は口こそ悪いが、

(新入生に施す魔法の基礎教育としてはわかりやすいのでござろうなあ)

 と思う感じの授業で勉強になった。ござる口調は適当だが。人は見た目によらないけれどレベルや口癖でも判断は出来ないものである。

 後で聞いた話だと彼はレベル5までの闇以外七属性魔法を根性で習得した万能型中級魔法使いなのだそうだ。






 *********



「ショック、嘘で固めた……闇系術式『ダークナイト』」

 空間に黒の絵の具をぶち撒けるように闇を創りだす。
 光を魔力で吸収する術だ。闇系魔法の基本であり、あらゆる事に応用させる闇の発生。
 闇が生まれた空間は自身の魔力が伝播しているので、闇を媒介に闇魔法の効果を伝える事ができる。闇に触れた相手の生命力を吸い取ったり、不可視の衝撃波を生み出したりと様々である。
 闇の魔法の熟練者ならば小さな村ほどの範囲を、一切の光なき闇で包み込むことも可能だ。
 ただ、小鳥はせいぜい時間をかければ宿屋の六畳一間が黒で埋まる程度である『ダークナイト』の魔法で、浮かび上がるものがあった。
 虹色の髪の毛と目だ。

「怖っ」
「うぜェ」

 バッサリと小鳥のイカレさんに対する初魔法お披露目は切り捨てられた。
 そして虹色に光る目が細められつつ苦情を言われる。

「七曜防護の光は消せねェみたいだが……その分俺の魔力が消費されてくからさっさと闇を消せ」
「イカレさんの魔力を吸い取り、わたしはさらなる高みへ……!」
「アホか。つーか手前の魔力の源は俺からの供給だろォが」
「え? そうなんですか?」

 意外な事実に小鳥は聞き返す。
 イカレさんは不本意そうな顔をしながら顎に手を当てそっぽ向き答えた。

「そォだよ。召喚物に対する術士からの魔力の供給、及び増幅……召喚士だけが使える魔力運用術式の一つ『リオブラボー』だ」
「と、いうとわたしの魔力属性が闇なのもその影響ですかね」
「だろォよ。召喚士は魔法を使えねェが、召喚士からの異質な魔力を受け取った人間が魔法を使おうとした際、魔力がぐちゃ混じってそォなったんだと思うぜ」

 小鳥は考えこむ素振りを見せた。

(てっきりわたしの体がいつの間にか吸血鬼化しているとか、地球における普通人がこの世界の吸血鬼に値するとか、F短篇集の流血鬼はハッピーエンドでよかったのかとかそんな思いがよぎります)

 ともあれ、知らない間に吸血鬼化してたあげくヴァニラウェアに吸血鬼的覚醒を求められたら困るので良いか、とも思う。

「でもわたしって吸血鬼の素質あると思うんですよね」
「は? 血ィ吸うの手前。だったらデパートの食人コーナー行って格安の血ィ買ってこいよ」
「まあ血は吸わないんですが」

 帝都に置いては、吸血鬼だけではなく狼人やグールなど、食人嗜好を持った種族も住んでいる。
 彼らがどうやってそれらのタバコのように欲する衝動──つまり、耐えられる人は耐えられる──を抑えるかというとデパートでの豊富な食品売り場である。
 もちろん法律により人を食べるのは合意のうえでも犯罪とされているから、人肉風味の肉や売血された血、エルフ味の野菜などが売られていてそれを食べるのである。
 人種問わずに移民を認めることで発展した帝都であるが、少なくとも他者に害を与える衝動を我慢できる者でなければいけない。死刑こそこの国には無いが、能力剥奪刑と云う刑罰を受けたら一定期間とてつもなく虚弱状態にさせられ罪が重ければ一生牢で寝たきりになる。
 吸血鬼であるヴァニラウェアも固形の擬似血液キューブをお湯で溶かして飲んでいた。若い頃──本人の話だと百年前か千年前か不明だが──は処女の血だとか天使の血だとか拘っていたそうなのだが。
 それはともあれ。

「いえほら、わたしって肌の色素が薄いですから、陽に当たると赤くなって痛くなりますし。胸に杭を打たれたら経験は無いものの多分死にますし」
「胸に杭打たれて死なねェやつのほうがアレだと思うが」
「アレですか」
「アレだ」

 アレが何かはわからなかったけれども。

「しかしアイスさんあたりなら胸に杭を打ち込んでも生きてるんじゃないでしょうか」
「いやァ、あいつでも無理だろォ。魔力とか料理の腕が逸脱してるけど一応人類だぜ? 分類上は」
「ほほう。では賭けますか」
「いいぜェ」






 しばらくして。
 宿の入口が勢い良く開かれた。
 青い髪をしたスーツの女性が解放されたような顔で入ってくる。

「やっと残業終わった──! 食事は残しておいてくれたかコトリくん!」
「おいアイス」
「なんだいサイモンくん! 出迎えとは嬉しい限りだが──」
「ちょっとな、大事な用があるから──目を瞑ってくれ」
「えっ」
「いいから、俺を信じて暫く目を閉じてろ」
「えっ……あの……サイモン、くん」

 顔を真赤にさせたアイスはあわあわと手を動かしたあと、目をぎゅっと瞑った。
 そしてやけくそのような声を出す。

「きゅ、急にデレ期に入るとは驚きだなサイモンくん! い、いいとも。いつでも来い……あ、あの、でもゆっくり」
「ああ、任せろ」

 そういってイカレさんは白木の杭──小鳥がどこからとも無く用意した──と木づちを片手にアイスへ近寄る。
 杭の先をアイスの胸の中心にそっと触れさせて、ハンマーを軽く振りかぶった。
 アイスは困惑したような興奮したような声を上げる。

「い、いきなりぼでぃーたっちとは大胆な……! で、でもサイモンくんがその気なら──!」

 無表情でイカレさんは木槌を振るった。己の興味のために死んでくれるならば彼女のために墓参りをしよう。一度ぐらい。そういう優しささえ目覚めるかもしれない勢いで。
 男には引けない時があり、彼は男なのだ。いざ血しぶきが出るか大胸筋で弾かれるか……!




「って馬鹿か────!」



 木槌が杭に当たる瞬間、アイスが杭も木槌も払い落とした。

 ぷりぷりと怒ったアイスと、全く悪気も無ければ好意とかそんなんも無いイカレさん。 
 そんな状態でも強制的に口にすれば多幸感を覚える小鳥の夕餉でなんとか仲直りをした。たとえ親兄弟が死んでもおいしいと感じてしまう程度の味付けは世界を変える。世界というか、そのつまり脳を。


 ちなみにキーマカレーだったのだが二人の第一声は「ウンコ」だったことは小鳥も寝る前に恨み腸捻転帳に記しておいた。この世界ではスープカレーがメジャーらしい。

「これだから道民は困ります」

 今までに一度も北海道人なんて見たことはなかったが、小鳥はそう言ってかぶりを振った。
 



 



[30747] 8話『ワナビー』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/28 21:19



 料理を学ぶならばまず菓子がいいと云う言葉を残したのは、かのジャム作りで有名だったノストラダムスだという説がある。名言は残るべくして残る。残りたく無いのも含めて。
 いや、既に地球は火星人に統治されていることに人類は目を背けているだけかもしれない。試しにロキシー・ミュージックを流すのも良い。頭が破裂して死ぬ者が出たら、その事実を知った貴方は真理と引き換えに拉致されて脳に金属片とか埋め込まれる。まあほぼ、間違いなく。
 それはともかく。
 お菓子の調理法は絶妙だ。基本的にレシピから逸脱すると、例えばクリームは油と分離しスポンジは硬くなりキャラメルは焦げ飴は固まらずゼリーは崩れる。
 予言されたようにレシピ通り。
 分量をグラム単位で測って作る。科学の実験さながらにである。
 その繊細さがお菓子を普通の美味しさにする。例えば塩っけが濃いから薄めるだとか具材を追加してみようとかいう、普通の料理よりもずっとレシピの大事さを知る。
 菓子を作るならプリンがいい。
 砂糖の甘すぎず口当たりのよい量、卵の乳化作用、熱の入れ方……様々な要素が絡み合い、そして少ない量ごとに作れるので練習によい。
 であるから。
 アイスに小鳥は教えてプリンを作らせたのだが……。

 ※『冒涜的なスライム』が作成されました。

「むう……おかしい」
「いえまあおかしではないですけど、変ですね」

 うねうねと動きまわる黒いプリン状の何かを二人で見ながら首をかしげた。
 明らかに食品ではない。魔物的な邪悪核を持つスライム生命体だ。台所は基本的に動物や植物の死骸残骸を刻み損壊させる場だというのに、新たな生命を生み出すというのはある種の感動的な奇跡かもしれないが。
 確認するように言う。

「ええと、料理の過程を振り返ります」
「そうだな」
「まずはアイスさんが手を付けたのが駄目でしたね……」
「根本的な問題じゃないか!」

 評価に対してクレームが飛んできた。
 いつだって顧客は文句をつけてもその過程を聞こうとしない。彼らにとって大事なのは保証とか賠償とか、まあそんなものだ。だから企業側も「仕様です」というしか無い。結局、企業にとっても中途説明は保証とか賠償を逸らすための弁舌でしか無いのだから。
 はぐらかす事が大事なのだとわかっている小鳥はクレームにめげずに話を続ける。

「左様でございますか。それでは材料から振り返りましょう。アイスさん、使用した材料を言ってみてください」

 料理の失敗には材料の不備が第一に挙げられる。続いて熱加減の失敗、味見の不徹底などだがお菓子づくりに置いて大事なのは材料の種類と分量だ。
 肉じゃがを作ろうとしてジャガイモがないからカボチャをかわりに使っても、肉じゃがという名称ではないにせよ大体美味しい料理は出来上がる。一方お菓子の場合、クリームがないからマヨネーズを使用したら惨事になる。タンサンの代わりに重曹を使用してもダメだ。砂糖の一グラムの誤差がオールバックの美食家の無銭飲食を招く。
 アイスは顎に手を当てながら答えた。

「プリンの材料だろう? まずは卵に砂糖、牛乳にエッセンス類、そしてねばねば」
「ねばねば」
「いや、ぬるぬるだったかな?」
「ぬるぬる」

 オウム返ししてしまった。

「なんですかその移動力か投擲能力が下がりそうな、敵に使ってもそんなに意味ないアイテムみたいな名前の食材は」
「そうは言われても……プリンのプルプル感を出すのに必要だと思ったのだが」
「ネバったプリンは即廃棄になると思います」

 料理下手な人は何かとアイデアで食材を追加したがる。大体は苦い後悔に枕を濡らすだけの結果に終わるというのに。
 小鳥はため息を付きながら動きまわる冒涜的なスライムをお皿に移した。
 多少の失敗ならば教訓として、まずくてもアイスに完食させるつもりだったが。
 新たな生命を生み出してしまったのならばもはや食べさせることも出来ない。冒涜的なスライムは宿の大家さん──知恵あるスライム族である──にプレゼントすることにした。



 結構喜ばれた。




 **********




 朝起きて左手を突き出し「バーン!」と精神力を撃ち出す仕草をしつつ何も起きないので、自分は記憶を消しTS整形手術をして退屈な日常生活を送る宇宙海賊ではない事を確認するのが小鳥の日課だ。

 今日は休講日で学生は休みである。とはいえアイスは忙しそうに出かけて行ったが。教員は仕事があるのである。

(そういえばこっちに召喚される前に進路相談の紙を渡されましたが何と書いたやら。なんで学生という特権階級にいながら、労働者に成り下がるための相談をしなければいけないのでしょうか。今のうちに働かずに生きて行く方法を考えたほうが有意義なのでは)

 思いながらもともあれ。
 休日なので今のうちにやらなければならない事がある。
 買い物だ。鳥取風に言うならばスロ打ちである。鳥取県民は普通買い物をパチスロで補うのだが、一応小鳥にも貨幣を直接品物に換える物流システムがあることは知っている。

「イカレさんイカレさん、お買い物行きましょうよう」
「えェ……面倒ォじゃね? 何か買わなくても、氷水と砂糖ぐらいありゃ生きていけるっつーか」

 グラスに入れた氷を齧っている欠食児童みたいイカレさんである。
 基本的に貧乏生活の彼は浪費の仕方を知らないようだ。以前ダンジョンに潜ったことで手に入れた金も、ちまちまと切り崩しながら底辺の生活を続けている。
 小鳥としては外見との生活態度に合わせて金が手に入ったら女を買うか博打を打つか安酒で消費して貰ったほうが似合っていて嬉しく思うのだったが。
 少々困ったように小鳥は云う。

「次にダンジョンに潜るときのために色々用意が必要じゃないですか。わたしの装備とか。布の服じゃ戦えませんよ」
「装備ねェ」
「そして非情なほど残念なことにわたしはお金がありません。イカレさんに借りなければ買い物もできないのです。ああ、学食でクラスメイトが美味しそうにAランチを食べているときに哀れなわたしはお弁当でした」
「いや、手前の弁当クソ美味ェからいいじゃん」

 小鳥は学校に行っている間イカレさんが飢えないように彼の分もお弁当を作っているので味の感想を言われた。
 クソみたいに美味しいと言われると、イカレさんが糞を美味しく感じている人種のようにも聞こえるが、彼はそういう趣味は無いので安心して欲しい。

「まあそれはともかくスカトレさん」
「人をとんでもない性癖の持ち主のように呼ぶんじゃねェ。俺の名前はサイモンだ」
「イカレさんでしたね」
「……」
「おっと? 無言で椅子を振りかぶるのはやめてください。人質がどうなってもいいんですか?」
「人質ィ?」

 凶悪な人相で暴行を働こうとするイカレ氏に忠告する。

「わたしを殴るとそのダメージはEUの経済に影響を与えますよ?」

 吹かしをこいたものの小鳥は2発殴られた。床にうずくまり超痛がっている。もし元の世界に戻ってEUが崩壊していたら、原因の一因をイカレさんが担っているだろう。その罪の重さに小鳥は慄いた。

「とにかく、わたしはまだこの世界に来て買い物もしてませんし。異世界の市場とやらもみたいです。またパジャマでダンジョンに潜るわけにも行きませんので肩パッドとかモヒカンとか防具が必要です」
「モヒカンは防具なのかァ?」
「服だってコレ、アイスさんのお下がりなんですけどあまりに胸スペースが悲しいから自分で縫い直したぐらいですよ?」
「地味に小器用だなおい」

 家庭科の成績は良かったである。手縫いのセーターを一晩で作れたり、重箱の弁当を早朝に用意できたりするぐらいには。女子高生なら常識の範疇ではあるのでことさら自慢はしないが。
 イカレさんは頬杖を突きながら半目で尋ねてきた。

「つーか借りるっつっても返すアテとかあんの? 手前」
「そうですね……例えばここが土人同然の国ならばアイデア商品で一儲けできるのですが……」

 中世異世界っぽい雰囲気の帝都だが、文明レベルはそれなりに発展している。上下水道は完備しているし社会福祉もそこそこ充実していた。小鳥も役場で住民登録させられたぐらいだ。
 そんな中、女子高生が一言二言発した程度で大儲けできるものはそう無さそうである。コーラ瓶が降ってきた程度で大騒ぎは起きない。むしろ学内など自販機がある。何故か『つめた~い』と『あたたか~い』の他に『親の顔がみた~い』『親に孫の顔を見せてあげた~い』があるけれども。

「しかし考えはあります。漫画の新人賞で賞金を貰うとか」
「漫画ァ? 手前、漫画とか作れるの?」
「やったことはないですがうふふ、イカレさんわたしを誰だと思っているのです。異世界人ですよ?
 つまり、異世界で大ヒットした漫画を丸パクリしてもこっちでは著作権だとかパクリ検証とかトレス疑惑だとか『パクってるのにオリジナルに比べて全く面白くないよね』とかいう評価を受けなくても済むのです」
「なんだその最後の妙に物哀しい話は」
「少年漫画を描いて大ヒット大儲けでアニメ化されて美人声優と結婚しようと張り切る二人の少年の物語とかも人気でした。それにあやかりましょう」
「すげェ欲望丸出しだな少年二人」
「確か、サイコと囚人のコンビでしたっけ」
「社会復帰が先だろ少年二人」

 架空少年漫画家の話はともかく。

「どんな本が最近ヒットしているかも調べなくてはなりませんから、それも含めてお買い物行きましょう」
「……まァいいか」

 不承不承といった風にイカレさんも納得したようで、重たい腰を上げた。
 一人で行かないのかという問題については危なそうなので却下である。治安がいいか悪いか、ロウかカオスかで言えばカオスでダークなのだ。ヒーローの居ないヒーロータウン状態。だが安心してほしい。バッドマンが居なくてもゴッサムの平和を守るヒーローは居るのだ。酔って酒瓶で殴るマンとか。




 ***********





 帝都の街は活気がある。
 それだけは確実のようだ。以外に広い主要道路が碁盤のように並び、道の真中を馬車や運送用なのか、背負子付きのゴーレムが走り回っていた。左右には商店が立ち並び生鮮食品から服や小物を扱う店、オープンテラスの喫茶店なども多く見られる。
 道行く人も様々で、犬や猫の獣人、エルフ耳の人、リザードマン、中には下半身にスライムみたいなのを付けて移動している人魚もいた。夜になると更にゾンビや狼男、吸血鬼に蟲人などの姿も多く見られる。
 まるでモンスター博覧会だが、ゾンビであろうとハーフゴーレムであろうと役所で住民登録を行えば帝民としての権利は手に入る。住むための義務もそうだが。
 帝都は肌の色や髪の色、生まれや育ちに関係なく開かれた街である。
 
「勝手にうろうろしてはぐれたら知らねェからな俺」

 そう言いながらイカレさんは街中まで乗ってきた大型の鳥から下りた。
 鳥は現実的に考えるならばダチョウをマッシブにしたのような、地を走る鳥であった。宿の前からそれで道路に出て進んだのである。
 飛んで行かないのかと聞いたら着陸場所の確保が面倒なのだと返ってきた。そういうわけで、イカレさんの背中にしがみつきつつ小鳥も街を見物しながら来たのだ。結構揺れたが、物珍しい風景だった為に疲れは無かった。
 適当に路駐された鳥から降りると、イカレさんは召喚していたそれを消してふらふらと歩き出した。
 鳥取しゃんしゃん祭りのような人混みにイカレさんを見失わないように小鳥は慌てて付いて行く。とはいえ、髪の毛がレインボーな人などそういないので眼に付きやすい。
 今まで学校への行き帰りも馬車を利用していたため街中を歩くのは初めてであった。
 学校よりも雑多な人種に、時折鎧などを着た人も見える。いわゆるダンジョンへ潜る冒険者や傭兵も多く帝都には住んでいる。空には羽の生えたハーピーや飛行系竜人が飛んだり人を運んだりしているのは、空中運搬業だろう。
 商店からは客引きの声が常に上がり続け、立ち止まった客が値引き交渉なども行っている。
 鳥取では人工的な音声で蟻地獄の砂壷の如く人をパチ屋に呼びかける以外は寂しいものなのだが、それと大きな違いだ。
 小鳥は小走りでイカレさんの隣に並び、口を開いた。

「イカレさん、イカレさん。賑やかな街ですね。ところでどちらへ向かってるのですか?」
「冒険者用の武器だか防具だか道具が売ってるとこだ。知り合いの本召喚士にガイドブック借りた」
「本召喚士さんですか。そういえばイカレさんのエロ漫画の供給もそちらから?」
「ケケケ。あの本召喚士の女ァ、書痴の癖してエロ本は苦手だから反応がウケルんだよなァ……」
「セクハラ魔人か」

 邪悪な顔で笑うイカレさんに思わず突っ込む小鳥。基本的に紳士からは程遠い性格をしているが、そんな中学生じみた嫌がらせを好き好んでするとは流石童貞である。
 イカレさんの手にはそんなに厚くない雑誌のような物がある。それが件の召喚された本のようだ。

「ところで本召喚士というと本だけ召喚できるのですか?」
「あァ。正確には本の形をした紙の束なら歴史上世界中どこにある文書だろォが問答無用で召喚できる、召喚士一族でも変わり種だ」
「それはまた、使いようによっては怖い力ですね……」
「だろォ? 思春期のティーンエイジャーが記したポエムや設定ノートをこっそり読みふけるのが趣味らしィぜ。恐ろしい能力だ」
「やはりですか。魔王の如き所業ですな」

 危険過ぎる存在だ。そんな人物の存在が迂闊に広まれば気安く黒歴史も残せない。
 まあおまけ程度の能力だが、国や歴史に関する重要文書もサクサク召喚できる。本人は表には決して出ないし召喚士達の私事以外では協力もしないのだけれども。権力も世界もどうでもよく、日がな一日本を読んでいる引き篭もりらしい。

(誰にも気づかずに他人の黒歴史をニヤニヤと眺めているとは。どう考えても際どい人物。あまり関わり合いたくないですね)

 思いながらも小鳥はイカレさんの後をついていった。
 あちこちに目移りしながらやがて辿り着いたのは、かなり大きな建物だった。

「お買い物ならデパートで、か。わかりやすくはあるな。ガイドブックにも紹介されてたが。色んな店舗が入ってるらしィ」
「デパートですか……すみませんこのデパートの名前──百貨店[商店街ジェノサイド]とあるのですが。『当店に売上を貢献して表通りの商店街を抹殺することにご協力ください』って書いてますよ」
「えェと? 歴史あるデパートらしィぜこれでも。社名に関してはまァ色々あんだろ興味ねェが」
「その歴史とやらは恐らく争いの歴史ですよね。かつて戦争があった……」

 ツッコミたい気持ちもあったが、小鳥はひとまず納得してイカレさんと共に人の流れの早い入り口へと入っていく。
 デパートの中は、そう小鳥の世界のデパートと変ることはない。整然と並んだ商品に清潔感のある雰囲気。階層ごとに違う商品の種類。地下には食料品売り場。恐らくどの世界でも変わらないデパートという概念だった。
 ゴーレム動力で動いているエレベーターに乗って冒険者や傭兵、または登山家などのサバイバル用品店が集まる階に降り立った。

「お。ここか」
「武器屋チックですね」
「血のついた斧とか飾ってるしなァ」
「アレは食紅ですよ。酸化具合でわかります」

 言い合いながらモールへと入る。デパートの一角で、鉄の匂いのする場所だった。
 店内には剣を始めとして、斧や槍、弓矢等のポピュラーな武器からどう使うのかわからないような刃物も置かれている。
 キョロキョロとイカレさんも見回しながら、

「で、手前なに使うの。バトルアックスとか?」
「ロリが斧を使うのは形式美ではありますが、わたしはほら体型はともかくロリって年じゃありませんし。そもそもあの斧とかわたしより重そうですし」
 
 腕力で人を引きちぎれそうな大男とかが使いそうな巨斧を指さしながら答える。小柄で体重も軽い小鳥では持つどころか立掛けられただけで潰れそうだ。
 剣は鞘に入れられて飾られたものから、フランスパンのように適当に籠に突っ込まれた安物っぽいものまである。
 安物のブロードソードをひとつ握って持ち上げてみる。

「うわっ。重っ。ムリムリ。こんなん振り回せませんな」
「……わかってたことだが、貧弱だな手前」

 冷静に考えれば、ろくに訓練などしていない女子高生では鉄製の棒を持って素振りなどすれば多分二十回も行かないうちに筋肉は萎える。ベースボールのバットなどよりずっと重いのである。こんなものを持って歩くだけでくたびれるだろう。
 小鳥は剣を諦めたように棚に戻した。そもそも、モンスター相手に近接戦闘など訓練の一つもしていない女子高生にできるはずがなく、訓練したからといってバケモノと斬り合える女子高生などそういないだろう。ファンタジーやメルヘンじゃないんだから。
 
(……腕や腰の細さがわたしとそう変わらないアイスさんが、おおよそ体感20kgもあるバットを軽々ぎゅおんぎゅおんと風切り音を出しながら振り回すのは異世界人補正でしょうか)

 少し悩むものの、一部は正しくある。アイスの場合は身体能力強化術式を無詠唱発動で使用可能な為に、通常よりも遥かに力を増大させることができる。だが、20kgのバットを振り回しまくるのは素の腕力である。
 身体能力強化術式は基礎魔法に含まれる為に、強化倍率の程度はともかく小鳥も学校で学べばそのうちに使えるようになるだろう。
 とにかく自分の器にあった武器を選ぶ事が必要だ。腕力と体力と速度に関わりの無い道具がいい。いや、戦闘は一切合切イカレさんに任せるつもりで彼女はいるのだが。

「えーと軽いのはありませんかね」
「手前、忍者って設定だろ? 投げナイフとか手裏剣とかスタンガンとか……」
「ふむ」

 次に刀身の長さが人差し指より少し長い程度の投げナイフを手にした。
 同時に頭に文字が浮かんでくる……。


「名称:スローイングダガー
 攻撃力:19
 攻撃範囲:前方2マス
 属性:斬・投
 命中補正:90%      」
 
「何をぶつぶつ独り言で申告してるんだ手前きめェ」
「いえ。RPG風の武器のステータスが浮かんできた……フリをしただけで別に何もなかったですね。脳内で勝手に評価を出しただけです。実際の性能とは異なる部分があるのでご了承ください」
「……」

 小鳥が意味もなく攻撃数値を適当に算出したのだが、イカレさんはアンニュイな表情をしてしまった。
 ともかく投擲用ということなので、数メートル離れたところにある傷だらけの的に小鳥は格好良く腕を一閃。空間を銀線が通る。
 が、と音を立ててナイフは的から弾かれた。

「当てるのは出来るんですけど、刺さりませんね……」
「コツとかあるんじゃね? 知らねェが」
「でもナイフは罠の解除とか怪我の治療とか職質受けた時の証拠など何かと役に立つので欲しいです」

 買い物かごに10本セットのナイフを入れた。
 そして次に目をつけたのは、

「おお、コレは銃ではないですか」
「銃だが」

 激安、現品限りという広告のついた銃が売られていた。構造はシンプルなリボルバー式拳銃に見える。カートの中に山積みだった。
 そして一丁の値段はナイフ並の安売りだ。

「銃は良いですよ……わたしが使おうが筋肉モリモリマッチョマンの変態が使おうが、均一の威力を発揮してくれます」
「そんなによくねェだろ。前に帝都の銃士隊が演習でお茶汲み部隊に負けたぐらいだし」
「どうやって負けるんですかそれ」

 弾に水分がかかる……にしても、乾燥の魔法は風属性の初級術式だ。銃を扱う部隊に、最も考慮される火薬の湿潤に対応する術者が一人もいないというのも考えにくい。
 イカレさんはダルそうに頭を掻きながら云う。

「あーめんどくせェ……なんつったっけ? 茶やコーヒーに含まれるなんとかが銃のなんとかに作用してなんか……」
「全然わかりませんが……」

 イカレさんが頭をがりがりと掻きながら説明になっていない説明を口ごもっていると、ふと立ち止まった女性が居た。
 オーソドックスなメイド服を着用したやや背の高い、黒髪の女性だ。押しているカートには多数の地雷や爆弾が几帳面に積み込まれている。

「では私が解説致しましょう」
「誰手前」
「ペナルカンドで普及している銃には様々な弱点が存在致します。茶に関してはそれに含まれるカフェイン成分や熱が銃に使われるガンパウダーと化合して微量でも膨張爆発を起こす致命的欠陥が問題視致されています。
 故に実験的演習で、遠距離から茶を噴霧する装置を装備したお茶汲み部隊により銃士隊は三個小隊が負傷し壊滅致しました。それから改良をしても暴発については一切改善が不可能だと結論付け致されました。
 他の火薬の種類を変えても発生。銃弾を密閉しても発射した瞬間に暴発するようになってしまいます。恐らくは概念的作用が働いているのでしょう。加護を与える銃の神も有史以来存在しません。まだ様々な検証が行われているが少なくとも茶汲みより弱いという印象は中々拭えないと判断致します。
 また、それ以外でも現状の技術で作られる銃弾の速度では鍛えた戦士の半数は決闘の間合いからでも見きれる、デリケートな武器だから整備性に難がある、ダンジョンなど弾丸をどれだけ消費するか不明な場所では持ち込む重量との兼ね合いもある為に、少なくとも冒険者には不向きだと解説致します」
「誰だよ、だから」
「ダンジョン内で拾える異界技術で作られた銃はその限りではありませんが──通りすがりの侍女でした。これはお近づきの印と贈呈致します」

 そう言って、通りすがりのメイドは小鳥に熱々のコーヒーが入ったカップを渡して、一礼しカートを押して立ち去っていった。
 同時に、小鳥は首を傾げる。

「はて」

 何故かつい先程まで目の前で解説をして居たはずのメイドの顔が思い出せなくなったのである。メイド服を着ていた、髪が黒かった、地雷を買っていたなどと要素は覚えているのに──まったく、その顔を記憶できて居なかった。
 不思議なこともあるものだと良い匂いが立ち昇るコーヒーを小鳥は眺めたが、イカレさんはそれを軽く奪い取り、

「知らん奴から貰った変な飲み物飲むなよ、金とか請求されるかもしれねェから」

 そう言って適当にコーヒーカップを放り捨てた。
 するとそれはワゴンに積まれていた銃の山に飛んでいき──

「うわー! 誰か知らないけど熱々のコーヒーを銃にかけやがった!」
「って銃弾込めてるのあっただろあれ! 暴発してるぞー!?」

 爆竹花火を百倍の大きさにしたような、連続した爆破音がモールに響く。 
 防火ベルが喧しい程にがんがんとけたたましく鳴り響き、店員などが鎧を着て現場を鉄板で囲もうとしている。
 小鳥とイカレさんは物陰に隠れて爆発をやり過ごしつつも、店内大慌てになっている様子を無視して買い物を再開するのであった。


「肩パッド高いですね……」
「あァ……俺も売ってるかは知らなかったが、予想外に高ェな」
「ぶっちゃけ肩が凝るだけなのでやっぱり買わない方向でいいですか? 肩パッドが何かの役に立った事例を知らないですし」
「なんで欲しがったんだ手前」
「荒野を彷徨いながらダーダッダダッダーチャーラララダーダッダダッダーハイハイハイと口ずさむ為ですが」
「もう本気で死ねよ手前。死にまくれ」
「まくられても」








 ***********




 デパートで購入したものはナイフ十本、銃と弾。布と糸。針金にワイヤー。下着に服──ちなみに女性用下着売り場でもイカレさんは普通に付いてきて「あーだりィ」とか言っていた。そして画材だ。
 銃は結局捨て値同然なので購入したのである。何か役に立つこともあるだろうと小鳥が判断した。
 本も見たが、買うぐらいなら本召喚士に借りてきたほうがいいとの意見で立ち読みオンリーであった。それにより、この世界の売れ筋の漫画傾向は把握したと小鳥は主張する。

「次に流行が来るのはミナミの帝王をゆる萌え百合系にしたような感じですね……」
「異世界の漫画事情は知らねェが本当に合ってるんだろォな?」
「大丈夫です。案ずるより産むが易しというのはマンガ編集者が産み出した言葉だと言われていますから。では早速唸れGペン。ここから月刊少女小鳥ちゃんの伝説は始まる」

 言いつつ、原稿用紙に向かって初めて握ったペンを走らせる。
 踊るように指先が動き、線と点が平面に世界を創りだす。
 一本では意味のない線が重なりあい人物を浮かび上がらせ、一つ一つでは意味を持たない文字が組合わさりセリフと成す。
 プロットやネームは脳内で作り出しそのままアウトプットする。
 作画に鉛筆や消しゴムはお金の無駄だから使わない。直接にペンの一本でかき上げる。
 線の太さに対してペンを使い分ける必要はない。紙に対しての角度で緩急を作る。
 定規は不要だ。真っ直ぐ線を引くことなど、落ち着けば誰だって出来る。
 ベタを塗るラインに主線は入れず、直接ベタを塗りつけて時間を短縮。出来上がりを想像しながらやれば問題はない。
 漫画など誰にでも描け──

 描け────

(ううむ)

 小鳥は腕を組んで深く頷いた。

「わたしの絵が下手でなければ、ですが」
「根本的にダメじゃねェか! なにこの気の狂った触手が脳髄をキメキメ系にしてるみたいなヤバイ絵! 萌え百合はどこにいった!?」
「思い返せば美術の成績は低かったです。自由に描いた絵を見て心配した担任が精神科医に相談するほどに」
「そのまま入院しとけ手前!」

 紙に描かれたのは精神科医に見せたら幼少期の強烈な心理的外傷だとかを診断されそうな絵柄だった。
 新鋭ホラーとしてなら行けそうだが、見るものを異様な不安感で包むそれは決してメジャーにならないだろう。
 小鳥は美術の授業では「頼むからお前の絵は描き終えたら寺で焼却処分してくれ」だの「もしかしてクトゥルー的な生物以外は肉塊に見えてないよなお前」とか言われていたのをすっかり忘れていた。
 アウトサイダー・アートと言いはるほど開き直れないけれど、小鳥は絵が下手だった。

「一応初志貫徹でこの絵柄で萌え百合系にしてみましょう……正気度は大丈夫ですかイカレさん。どんどん描きますよ」
「召喚士は眼の七曜防護で見ても発狂はせんが……気色悪ィなあおい。その巨大な奇形蛇のチンポがはじけ飛んだみたいな奴ァなんだよマジで」
「乳首です」
「最悪だな! じゃあこの腐れきった鮫の死体が海流で複数癒着したのは?」
「大胆な水着で集まった女キャラの組んず解れつです」
「腸がまろびでて這いまわってる左右の比率が違う皮の剥げた熊みてェなこれは……」
「腸がまろびでて這いまわってる左右の比率が違う皮の剥げた熊です。やった! 絵で伝える技術上がってきてません?」
「萌え百合要素が行方不明じゃねェか……邪教の教会になら売りつけられるかもな、それでいいやもォ」

 などと生産的行為をしていると、部屋にやってきたアイスがガチ悲鳴を上げて二人を外に連れ出し説教してきた。解せぬ。
 なお当初の予定とは違うが、一応小鳥の描いた猥褻と醜怪と冒涜を混ぜあわせたような邪画はそれなりの値段で売れたという。

 ついでに何故かイカレさんと二人で買い物に出かけたって言ったらアイスが軽くへこんでいた。二人でお買い物はこの幼馴染歴が二十年ぐらいはある彼女でもやっていないイベントらしい。
 その哀れな人間関係に小鳥は同情してこっそりと彼女の枕の裏側に、邪教の儀式で惨死したイカレさんのようなイラストを描いておく優しさがあった。次の日の明け方に悲鳴が響いたが。
 




[30747] 9話『三月兎』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/29 18:12




 地下迷宮『ダンジョン』
 異世界召喚術を持った魔王が居を構えていた城の地下が元となっている、複雑怪奇不可思議にして空間や次元が歪み乱れた空間。
 そこには魔鉱と呼ばれる魔力を宿した石と、それを核に生み出されたモンスターが半異次元と化したダンジョンで魍魎跋扈している。
 生息する魔物は、地上では人間社会に溶け込んだ亜種族や知恵ある獣と同一の姿をしていることもあるが、一様に凶暴で攻撃的である。そして致命傷を与えれば石に戻る性質を持つ。
 故に、ダンジョンに潜る冒険者の中でオークやリザードマンなどの亜人族は身分証明を兼ねているダンジョン開拓公社──通称ギルドの社員証が失くせない貴重品である。
 逆に言うと。
 ダンジョン内で違法行為っぽいことをしている亜人や人間で社員証を持っていなければ魔物とみなして問答無用で攻撃しても対して問題はない。本当に失くして困っているのならば他の社員に会った時に戦闘意志の無い事を主張しなければならないのである。
 そんな基本的な事を思いながらイカレさんと小鳥が見ている光景は、

「へっへっへ。殺す前にいい想いさせてやるゴブよ」
「ああー! や、やだ、エロ注意なことさせらますぅぅ-!」
「こんな危ねえところに一人でくるなんて無用心なやつゴブ……叫んだところで誰も助けに来やしないゴブ」

 何らかの気配を感じて──或いは小鳥の勘で進んできたわけだが、異種陵辱系エロゲみたいなイベントが行われていた。
 以前に酒場で歌っていた気がするウサ耳で修道服の小柄な少女が縛られて放置されており、緑褐色の肌をした小柄なオッサンめいたゴブリンだかに襲われてかけている。恐らくは性的な意味で。
 小鳥とイカレさんはやや離れたところからウォッチしてイベントCGを回収。

(いや、違うか)

 これも何らかのフラグであると小鳥は無意味にズレた思考をしながら、声を潜めてイカレさんに囁きかける。

「イカレさん、イカレさん。あれは犯罪orデッドイベントでは」
「そォだろーな、多分。魔鉱で再現されたゴブリンだろ」

 ゴブリン自体はペナルカンドでも見かける亜人だが、多くは他の種族と交流をしておらずに害獣か野盗めいた存在として知られている。

「ではイカレさん、格好良く登場して助けあのウサ耳シスターとフラグを立てて来てください。よっ、このエロゲー主人公」
「時折手前を心底殺したくなる衝動に耐えてる俺はお人好しなんだろォか」

 微妙に嫌がるイカレさんの手を引いて陵辱未遂現場にこっそりと近寄る。
 イカレさんに下手に助けさせたら遠距離からの魔鳥の襲撃で一掃という、身も蓋もない助け方になってしまうだろう。鳥が助けたのかイカレさんが助けたのかこれではわからない。
 故に目立ってから助けさせる。恩を売るにはコレが定番であると小鳥は信じている。
 彼女は息を大きく吸い込んで声を出した。

「助けならいるさ、ここに一人な!」
「手前は数に入ってないんだ」

 ポツリとうんざりしたイカレさんのつぶやきは、無視した。
 彼女の叫びにゴブリン達の視線がこちら──虹色発光体ことイカレさんへと集まる。小鳥は彼の後ろにやや下がっているので目立たない。

「な、何者コブ!?」
「ええい、邪魔をするというのなら容赦はしないゴブ!」

 棍棒を構え出したゴブリン二名。イカレさんも面倒そうに手を上げる。

「あ、ちょっと待ってください。OP流しますから」
「ちっ……仕方ないゴブね」
「仕方ねェのかよ」

 小鳥の制止の声に動きを止めたゴブリン。イカレさんはもう本当にどうでも良さそうに頭を振った。
 BGM発生装置は無いので小鳥が代わりにテーマソングを口ずさむ。

「街を包む~ふんふーんふーん~♪」

 記憶に曖昧な歌詞を語感で誤魔化し、歌う。
 シスターもやや肌蹴た修道服のまま呆然とこっちを見ていた。歌は続く。

「孤独な~フンフンフーン、フンフフーン♪」

 イカレさんは苛立たしげに足をカツカツ鳴らしている。

「フフフー、紛れもなくやーつさー♪」

 ゴブリンはごくり、と唾を飲む。
 歌はサビへと入った。



「フーフフーン♪」


「曖ッ昧ッすぎるだろおおおがああああ!!」



 イカレさんの絶叫と共に、八つ当たり気味の召喚術でゴブリンらは吹っ飛んだ。
 折角歌詞の無断転用を気にして曖昧にしたというのに、小鳥は悲しむのであった。 

(許される、はずのない……フンフフーン)



 *************




 現在小鳥とイカレさんはダンジョンに潜っている。
 ダンジョン攻略は経験がものをいう世界だ。金があるからといって日がな一日氷水を齧っているイカレさんにもそう説明して、時間があるときにダンジョンへと潜り少しずつ慣れていこうということにした。
 そもそも彼はダンジョン奥深くに居るとされる鳥が目的なのだから自主的にサボっててはいつまでも目的が達成できない。卒論前だと云うのに無駄にごろごろと時間を潰す学生のようではいけないのだ。
 死んで覚える不思議なダンジョン。それが帝都地下の魔王城地下壕である。死んだら終わりだが。生憎と蘇生してくれる教会や次のレベルを教えてくれる王は居ない。
 というわけでさっさと小鳥も冒険者登録を済ませ、この前に買った布で作った忍者ルックに身を包みダンジョンへ行くことにした。紅いストールにおしゃれカタビラは欠かせない。その二つさえあればだいたい忍者だ。
 そして魔物を倒したり罠を回避したりしながら進んでいた。
 ダンジョンは無数に枝分かれした地下迷宮であり、それも時折入れ替わり空間が歪んで距離が異なる構造になっているためにマップも入る度に変わると言われている。それでも浅い階層、中層部、深層部などと魔物の強さで一応は分けられている。
 正しいと云うべきか罠というべきか、特定の分かれ道を選べば早く中層部の敵が出てくるようになる。そこを選ぶ道の選択は謎の直感力がある小鳥が担当して、戦闘ではイカレさん一人で基本的に充分であった。
 遠距離から無尽蔵かつ一方的に攻撃できる鳥召喚術はどのような局面でも強力な攻撃方法だ。
 小鳥の基本的な役目は荷物持ちと迷わぬようにマッピング、罠の看破など補助的なことである。どれも鳥取県民ならば基礎技能だ。これが無くては万年呪われし砂漠に沈む都市で迷い裏世界でひっそりと幕を閉じる。この場合の裏世界とは、裏日本のことだ。
 ともあれ、その探索の途中で陵辱寸前ウサ耳シスターを助けたのであった。

「あ、ありがとうございましたぁ……」

 そこはかとなく、ゴブリンごとふっ飛ばされた影響でボロボロになったシスターがペコリと頭を下げた。その頭に付属しているウサ耳も垂れる。
 シスターは儚げな印象を持つ美少女で、子供が背伸びして修道服を着ているようにも見え、そして頭についたウサ耳が幼さを感じさせる。
 イカレさんは素敵なゲスチンピラ笑顔で言う。

「おォ。で、助けた謝礼は」
「え」
「謝礼だ謝礼。命と貞操の対価を払えっつってんですけどよォ」
「うわ笑顔で最悪ですねイカレさん。チンピラー」

 なんとでも言え、と開き直りながらイカレさんはシスターの頭をハンドボールのように掴んで恐喝を繰り返した。
 
(これは犯罪or犯罪では)

 小鳥は訝しむ。ギルド内では冒険者通報窓口があることも確認済みだ。
 しかし共犯者扱いされても困るので、黙殺することに決めた。この場合の殺とはまあこのウサ耳が殺されることも含めて。諦めが肝心なのだ。
 ビクビクして涙目になったシスターは口をあわあわさせて必死に云う。

「すすす、すみません、今お金とか持ってなくて……」
「じゃあよォ、食料とか魔鉱とか、ともかく何か寄越せや」
「本当に何も無くて……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
「ちっ。手ぶらでダンジョンたァ何考えてやがるボケ」
「その言葉イカレさんにもブーメランですからね。荷物わたしが持ってますし」

 この前もソロ素潜りしてたイカレさんが云う台詞ではない。
 しかし。
 小鳥は華奢な見た目の後衛系シスターが一人で居るのは少し違和感を感じた。
 ゴブリンにやられるぐらいにひ弱なのである。バットを振り回してゴーレム級を殴り壊すアイス、遠距離から卑怯なまでに魔鳥攻撃をするイカレさんのように強くなければこの暴力の支配する時代では生きていけまい。
 イベント進行のために小鳥は話を聞くことにした。

「プリューアシ」
「は、はい!?」
「おっとすみません。思わず独自言語を使ってしまいまして。まずは背中を向き合いお互いに十歩。振り返りざまに自己紹介と行きましょうか」
「凄まじく意味わからねェ行為を始めんな」
「自己紹介といえば学園モノの登場人物でやけに周りのキャラにスリーサイズを認識されてたりする現象って自己紹介で暴露してるんですかね。あと学園のアイドルとかマドンナとか王子様って実在するのかしらん」
「知るか」

 彼女の通っていた学校のアイドル的偶像と言えば校庭に飾ってあった安曇磯良という深きものどものような造形の海神像であったのだが、卒業生が寄贈したというのは呪いか何かだという噂が絶えない。
 ひとまずイカレさんの気のない返事を聞きながら、小鳥は荒野のルールの通りにバニーシスターに背を向けようとする。

「あの、そういえば名前も名乗らずにすみません。歌神信仰のシスターをやらせてもらっています、兎人のパルと申します」
「まさかの不意打ち。いつだって悪役ガンマンは約束を守らないものです。しかし決闘の儀式に反した悪党は、荒野では死よりも辛い扱いとなるのです。顔面の皮を削いで精霊に捧げましょう。ああ偉大なるモケーレムベンベ様……」
「えええええ!?」
「おいコイツの言うことを一々聞いてても意味ねェぞ。適当に聞き流せ」

 どうしよう、と言った風に小鳥とイカレさんをキョロキョロ見回しているウサ耳──パルという少女である。

(約束を破られても負けたわけじゃないです)

 かつてガンマンの決闘で銃声が重なった後に先にヒーローが膝をついて、悪役がにやりと笑った後に悪役のほうが倒れてやられるという演出を使った監督は偉大だ。まあそんな感じで最後の勝利を確信しながら小鳥は名乗り返した。

「新感覚闇魔法系忍者ガンマン、鳥飼小鳥でござれる」
「ござれる?」
「こちらは晩御飯前でも氷とか齧ってることに定評のある健康不良青年、その名もイカレサンタニエッロ──むぎゅ」
「サイモンだ」

 イカレさんに顔面を掴まれて黙らせられる小鳥。
 いつだってメディアは権力とか暴力とかに屈する。表現の自由を取り戻すには主にギロチンの使用と資本家の犠牲が必要だ。

「……拘りますね、イカレさん」
「だんだん手前に名前を呼ばれたらと思うと怖気がしてきたからもう手前はそれでいいが、勝手に人に紹介するんじゃねェぞ」

 イカレさんとのじゃれあいに戸惑ったようなパルだったが、とにかく小鳥は話を続けた。
 
「それでパルちゃん、どうして汝は装備や仲間の一つも無くダンジョンにいたのか言うてみよ」
「なんで居丈高になるんだよ」

 すると彼女は少し俯いて掠れるような声を絞り出した。

「その……仲間が二人居たんですけれど……見捨てられて、持ち物も奪われて縄で縛られたまま置いていかれたんです。そこをゴブリンに襲われて……」

 思い出して恐怖が蘇ったのか、真っ赤な目から涙をぼろぼろと零し始めた。
 イカレさんはゴミの分別をしない人がいるらしい、とでも聞いたようなどうでも良さ気な声で返事をする。

「ふゥん。悪ィやつもいたもんだ」
「おおよしよし、怖かったですねパルちゃん、ほらイカレさんに抱きつきつつ涙を拭って」
「ありがとうございましたあ……怖かったですう……」
「はっ!? オイコラひっつくな! 手前、何誘導してやがる!」

 イカレさんに日頃の感謝を込めて役得させているというのに彼は不満そうに振り払おうとしている。
 ウサ耳美少女シスターに抱きつかれているのにこの反応。

(やはり……ホモ……)

 疑いつつもこれはパーティ加入イベントだとネジが弾け飛んだ頭で判断して提案する。

「まあまあイカレさん。わたしの故郷では兎だって鳥の仲間なんですからいいじゃないですか鳥召喚士として面倒を見ても」

 イカレさんは疑わしげな視線を送りながら、

「はァ? そォなのか? つっても俺ァどっちかって言うと亜人だとハーピーが好みなんだが……


                                                 ……!」

 突然イカレさんの動きが止まった。顔も表情が凍ったままになる。
 ひしりと彼の腰に抱きついているパルをぎぎぎ、と見下ろしてイカレさんはいつになく低い声を搾り出す。まるでスリッパを履いたら中から昆虫を潰した感触がしたように。

「……お、おい……俺の太ももに……何か固いスティック状のものが当たってるんだが……」
「はい?」

 小鳥は視線を彼に抱きついているパルへ向ける。だいたい、身長差からしてイカレさんの太もも辺りにパルの股が。
 
(……股にあるスティック状のもの?)

 パルの着ている修道服はもちろん女性用でややスカート丈の短い、頭にはフードの付いていないものである。小鳥は密かに風俗店のパチモノシスターみたいとか思ったことは内緒だ。小柄な少女体型なパルだが、体の起伏は小鳥より無いように見えて……
 いや。起伏あった。
 一部にあった。
 露骨に股間に。イカレさんと密着しているそこに。保健室で『おとこのこのからだのひみつ』を読んだことのある小鳥には理解できた。直接は見たこと無いけれど。彼女の父は恥ずかしがって一緒にお風呂入ろうとはしない。
 頭の中で終わりのないディフェンスに立ち上がるイメージを浮かべながら確認のように呟く。
 
「ショタシスター……実在していたのですか」
「うがァァ! コイツ男じゃねェか! しかも発情してるしィィィィッ!」
「すすすすすみません、ボク、すぐに興奮する体質でして……!」
「離れろボケェェ! 召喚『キーニングイーグル』!」

 ホモと断ずるにはあまりにひどい少年への仕打ち。イカレさんが召喚した鷹は耳をつんざくような「キー!」という鳴き声をダンジョンに鳴り響かせた。小鳥は耳を塞いだものの、イカレさんの直ぐ側で叫びを受けたパルは頭を抑えて倒れる。
 肩で息をしながら、目を回したパルを見下ろすイカレさん。

「ウサギってそういえば万年発情期なんですってね」
「あークソ思い出した。兎人種はよく風俗とかキャバクラとかで働いてんだ。行かねェから忘れてたが」
「関係ないですけど当時中学生のうさぎちゃんと付き合っていた大学生のタキシード仮面様って結構アレですよね」
「本当に関係無さそうな話題だな」
「あの格好で原付とか乗ってるタキシード仮面様は当時からどうかと思ってましたが……おや、パル蔵が起きましたよ」

 ゴブリンの陵辱されそうになり、イカレさんの衝撃は付き鳥召喚術でふっ飛ばされ、おまけに高周波攻撃まで受けたパルはもう満身創痍といった感じによろよろと起き上がった。

「ううう……前の野良パーティの人たちも『男じゃねーか!』とか言ってボクを放り出したんです……ひどい……」
「まあ勘違いするのは相手の勝手ですからねえ」
「ひどいよう……ボクは相手が男の人でも大丈夫なのに……っていうかバッチコイなのに……」
「おいもっかい哭け」

 何かやらしい事を言うパルに再びキーニングイーグルが高周波追撃。パルは陸に打ち上げられた魚のように体をビクンビクンさせた。
 それでも何とかぐぐぐ、と顔を上げてパルが懇願するように言う。

「すみませんすみません、すぐに収めますから本当に音波攻撃はやめてくださいお願いします」
「収めるって……こんなところで妙なことを」
「違います! 歌です! 歌を歌えば性欲だって収まるんです! 性欲で増大した魔力を聖歌で発散さえすれば……!」

 涙目で首を振りながら、パルは息を大きく吸って仰向けになりながら歌声を紡ぎ出した。

「い、いきます。聖歌『軽やかなる音楽団』」

 歌のタイトルらしきものを唱えてから、パルの歌が始まった。恐らくは女性シンガー向けの高い音域な歌だ。
 神聖さとか荘厳さよりも、楽しく明るいアップテンポの曲である。教会で歌うよりは大きいお友達を集めてライブ会場で歌うほうが似合っているような軽さがある。
 
「イカレさん、ソロシンガーなのに、楽器の音も聞こえるんですが」
「声に魔力を載せることで空気を振動させて音を発生させてるんだろ。歌神信仰の能力だ」
「ほう、それはバンドメンバー募集中当方ボーカルの人などには便利な能力」

 言いながらもパルの歌を聞いているとそこはかとなく疲れが取れてくるのを小鳥は感じた。聖歌は魔力を込めて神への奉納を行い、[秘跡]を行使する司祭の能力である。戦神や癒神などでそれぞれ秘跡に必要な奉納も効果も違ってくる。
 この歌の効果は体力の回復と小さな傷程度ならば治す事ができるものであった。 
 やがて元気も戻ったのかパルは歌いながら立ち上がりリズムを取りつつ踊りって一分半ほどの長さの曲は終了した。

「──と、お粗末さまでした」
「いえいえ。なかなか良かったですよ。こっちの体力も回復したし。ねえイカレさん」
「あん? 俺の体に作用する効果は七曜防護で打ち消されたから一切効いてねェが?」
「えええええ……」

 七曜防護(レインボウエフェクト)……思い出したかのように出てくるイカレさんの虹色に発光している目と髪の毛だ。
 スキル効果はイカレさんに眼や耳など頭を仲介して効果が発揮される状態変化などの無効。
 味方の使う補助魔法も無効化されるってのは不便でもある。一応、薬とかなど体の内部に取り入れるものは効果があるのだが。
 折角の歌声による効果が無かった──或いはそれにより多少の立場の挽回を企てていた──パルはがっくりと項垂れた。
 イカレさんは冷たい声で告げる。背中を向けて歩きだしながら。

「じゃァなエロウサギ。そのへんで野垂れ死ね。おい手前。さっさと行くぞ」
「ああああのちょっとすみません見捨てないでくださいっていうかその置いて行かないでくださいお願いします」
「引っ付くなクソボケチンポコが!」

 無自覚なのか意識的なのか抱きつくように縋り付くパルにローキックを入れるイカレさん。
 捨てられてはたまらぬと、パルもイカレさんにしがみついて引きずられるように移動する。
 小鳥は涙目のパルの頭を撫でながら一応弁明した。
 
「まあまあイカレイパーさん、落ち着いて」
(殺そう)
「あっ今物騒なこと考えましたねダメですよ忍法で読めますよ。それより折角のイベントで知り合ったのでダンジョン攻略の仲間にパル公を加えてはどうでしょう」
「はァ!? その万年発情期クレイジーホモをか!?」

 露骨に嫌そうな顔をするイカレさん。

「しかしほら、攻撃役のイカレさんに加えて補助や回復係も欲しいじゃないですか。イカレさんに効かないとしても。ついでにわたしの担当しているBGM係を交代できますし」
「BGM係?」

 パルが不思議そうに聞き返した。イカレさんは嘆息しながら、

「そのアホは歩いてる間ひたすら鼻歌歌ったりしてるんだ」
「鈴を鳴らしていたほうが熊には襲われないのですよ?」
「はあ……」
「でも人が食料を持っている事を知った熊は鈴の音の方向に寄ってくるようになるらしいですね」
「どォでもいいわ。つーかゴブリンにやられる程度の雑魚シスターが役に立つのかよ」
「うう……」
「そうですね……」

 いいながら一つ、小鳥はこのバニーボーイを有効活用出来ないか試してみることにした。

「ええと、例えばパピリオ君、耳は良い方ですよね? 悪いとか言ったらその邪魔なやつを引きちぎりますから」
「ひぃ……も、もちろん良いですよう! 教会の三軒先のお宅の睦事だって聞き取れます! おかずにできます!」
「いらない情報をありがとう。で、風通しだとか魔物の足音だとか反響音だとかで、道の先に何があるかわかります?」
「はい、もちろん! 探索では旅神司祭に次いで歌神司祭を連れて行くのが冒険者の鉄則なのです!」
「ほら、微妙に役に立ちそうですよイカレさん。どうせ戦闘はイカレさん任せで平気へっちゃらなのですから」
「ちっ……まァどォでもいいわ。拾ったんなら世話は手前がしろよ」
「ペット扱いですねえ」

 頭をガリガリと掻きながら云うイカレさん。ダンジョンにおける順路選択の大切さは彼にもよくわかっている。実際に行き止まりなどに捕まると大いな時間の浪費になってしまうことを体験しているからだ。
 戦闘で困ればイカレさん以上に強いとなるとアイスぐらいしか居ないわけで、おまけに彼女は忙しいから誘わない方針である。貸し借りを作るのが面倒なのだと云うイカレさんの考えだ。
 ならば後は罠回避の小鳥と、補助のパルがいれば丁度良いのかもしれない。
 
(まあ後それと、なんかイベントっぽい出会い方をしたのでお約束的に仲間に引きこむのが面白いかなって思ったんです。そこはかとなく実家で飼っている兎を思い出すのも原因の1つでしょうか。お母さんが造ったクローン兎のクロちゃん、元気にしてるでしょうか。共通点ウサ耳だけですが)

 仲間を失ったパルもお願いしますお願いしますと頭を下げて、イカレさんは「あーもう」と苛立った声を立てながらもとりあえずは認めたようである。
 甘いというか、面倒がそれ以上面倒に為ろうとするのならばあまり頓着しないようにしているのだ。

「よかったですねとパルやんに声をかけます」

 小鳥は彼のウサ耳を撫でながら祝福した。やはり触り心地が良い。いざ彼が頓死したら切り取って鞣して飾りにしようと計画を立てる。
 すると彼は顔を赤くして、何故か内股になって腰を引いた。
 ……その行動は? と小鳥が訝しむ。

「あ、あのあの、女の人に撫でられたらつい興奮してきて……」
「どんだけ淫獣だよこいつ! 両刀か!」
「パルライザーくんの興奮を落ち着かせるため三十秒ドローイングで描いたイラスト、題名『クルミクラッシュマシーン』を見せます」
「うわあ玉ヒュン」
「うわァ玉ヒュン」

 取り出したスケッチブックに描かれた、衝撃的前衛的残虐的破滅的嗜虐的テロリズム絵画に、男性二人は股を抑え異口同音に感想を言って数歩下がった。
 そうなるほど、

「生理的嫌悪感を感じる……」

 絵だったのである。

 結局性欲を抑えるためにも、移動中のBGMという名の魔力発散歌唱をパルは義務付けられた。
 殺人魔物が出現するダンジョン道中を無駄に明るい声の響かせて三人は気だるげとお気楽に進んでいく。

 こうしてダンジョン探索隊に新たなパーティ、両刀発情系ウサ耳ショタシスターのパルが参入した。
 ……小鳥は属性が多いと思わなくもなかった。



「 ※パルが仲間になった!
  名前:パル
  種族:兎人
  職業:歌神信仰シスター
  技能:聖歌
     高性能聴覚
     性欲ブースト
     体力30
     魔力80~230
     攻撃50
     防御20

                   」

「だからなんで手前、口でわざわざ意味のわからん説明すんの? 馬鹿なの?」
「いえまあなんの基準もない適当なステータスですが」
「もしかして何かある度にそれを云うんですか?」
「面倒なのでやめます。ぱやぱや」

 早くもパルは小鳥を軽く狂人だと認識するようになった。




 **********





 なお、その後三人でやや進み。


「早速罠踏んでるんじゃねェよエロウサギィ!」
「ごごごごめんなさい、コトリさんが軽く『そことそこ罠ですしおすし』なんて言うものだからてっきり冗談かと……」
「地雷原で嘘なんて付きませんよ。はいはい、動かないでくださいねパルシーくん。足を離したら爆発しますから」
「ひいいいいい」
「やったことはないですが、ようつべでの見よう見まねでナイフで地雷を解体しますから暫く耐えてくださいねー。あ、それとパルスターくん、ですます口調だとわたしと被るから特徴的な口癖とかどうですか?」
「なんで今そんな話を!?」
「個人的には男の娘なので、語尾に『フグリッシュ』をつけるとかマジおすすめですよ」
「無理ですー!」
「こいつら置いて先に進もうかな……あン? なんか踏んだ」
「あ、イカレさんも地雷踏みましたね? 動いたら足が吹き飛びますよ?」
「うォォい早く助けろォォ!」
 


 まあこんな感じで今日は冒険して帰還するのであった。冒険の書に記録しますか? Y/N、or犯罪。





[30747] 10話『バニーボーイ』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/08/30 20:24


 新たな仲間を加えて小鳥たちの探索は今日も行われる。
 何度目かのダンジョン潜りである。その日もいつも通り、パルと入り口で待ち合わせしてお気楽に冒険は始められた。

「では今日も鼻歌交じりで軽く行きましょう」

 それが……彼女の最後の言葉だった。もちろん嘘だ。誰も信じてはいけない。この世は欺瞞に満ちている。面倒な事に、当たり前だが。


 ***********


「コトリさんは、どうやって罠を見分けてるんでウサ?」

 と聞いてくるのは新たなパーティにしてウサ耳シスターのパルである。
 ですます丁寧口調だと小鳥と被るので、地雷解体をしながらの交渉により彼の語尾に特徴をつけることに小鳥は成功した。フグリッシュは無理だったが。
 ともかく。
 このイカレさんと小鳥とパルのパーティにおいて罠を警戒するのは小鳥の役目である。ダンジョン内に罠がぎっしりと云うわけではないけれども、最低ニ時間に一つは普通に進んでいたら誰かが引っかかりそうな位置に罠が仕掛けられている。実際多いのではないかとやはり思い直す。
 罠には種類がある。トラバサミや落とし穴、転移罠、矢が飛んできたり石が落ちてきたり地雷だったりと様々だ。特に矢が多い。膝に矢を受けて引退した冒険者は数を知れない。
 とりあえずそれらに引っかかると致命的な被害を受ける事もあるので、なんとか防ぎ続けている小鳥の働きは、まあイカレさんもそれなりに認めるぐらいであった。
 パルの疑問に小鳥は葉巻を取り出して火をつけながら答える。

「10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと残り40%は運……でしょうね」
「答えになってねェぞ、それ……」
「えほっ、えほっ……うえ゛え……すみません噎せました葉巻とか吸えませんようこれ。未成年者の喫煙反対」
「じゃあなんで吸ったんだアホ!」
「だってちょっとクールに決めるところだと思って……収録の際は黒塗りお願いします」

 小鳥のようなとぼけた少女ではゴルゴになれない。コブラにも。葉巻を吸ってワインをくゆらせ膝の上の猫を撫でる夢はもはや叶わない。狭まれた人生の未来は無常だが、誰にでも訪れる諦めだ。
 彼女がヴァニラウェア卿から貰った葉巻は先端を切り落として懐にしまわれた。何の葉が巻かれているのか不明だが、警察に見つかったら公園にいたイラン人から貰ったと答えるようにと釘を刺されていたものだ。
 
「要するに最初から罠があると疑ってかかれば、最低限安全なルートを注意するぐらいはそんなに苦じゃないわけですよ。あとお約束的に仕掛けられてる罠が多いですし」
「そうウサか?」
「例えばこんな会話をしていると噂をすれば影とばかりに罠が現れます。イカレさんの十歩手前にまた地雷が仕掛けられていたり」

 地雷と聞いてイカレさんの足が止まった。小鳥は特に考えも無く煽る。

「へーいマスターびびってる。男なら地雷ヒロインはフラグ潰えてもゲットしろというではないですか」

 蹴られた。
 仕方が無いので先行して十歩先にあったワイヤー連動式クレイモア地雷を無造作に回収する小鳥。誰かが置いたにしろ自然発生にしろ、仕掛けたのならば回収出来ない道理はない。国際条約的にもそうだ。
 そしてクレイモア地雷に印字されたものを見ながら首を捻る。

(米軍のやつかな? 英語だけど)

 ダンジョンでは様々な世界の物質が現出するのである……。




 *********




 ふと小鳥は後鳥羽上皇のことを高校で歴史教師は『後鳥羽JK』って板書していた事を思い出して訝しんだ。今の状況とは特に何の関係も無いが。
 歩きながらパルのハミングでリズムを取りダンジョンを進む一行。魔物を倒したりお宝を探したりとダンジョンを満喫している。
 魔物同様にダンジョンではお宝も自然発生するのだが、無機物として発生したお宝は壊さない限りは消えないし、消えても魔鉱は発生しない。これは、魔物の発生原因とアイテムのそれは別なので起こることである。
 中にはこの世界に二つとない、国宝として知られる物や伝説上に残るが既に破壊されたと記録にある物、または製造概念がそもそもこの世界には存在しない物まで出現して好事家も多い。
 そんなお宝見つかればいいねと言いながらも、精精回収できているのは古い硬貨やキノコみたいな物質、後はトラバサミとかだった。貴重なものは中層以降に現れ、それも話に残るほどの貴重品は数えるほどしか出てきていない。

「そういえばパラッパッパッパーくんはどうしてダンジョンに?」
「あの……パルですウサ。だんだん原型がなくなってますウサ」
「諦めとけ」
 
 諦め癖の付いてきているイカレさんの助言にパルはがっくりと項垂れた。

「えーとウサ……ボクの家は小さな教会なんですが、お金が無くてやりくり出来ないんでウサ。
 最初はたちんぼとかパンパンで稼いでたんでウサが、神様から『いやうちの信徒なら歌で稼げよ!』って天の声が来て、それで冒険者とか酒場の歌い手になったでウサ」
「……そりゃ神様もツッコミ入れるわなァ。ツッコミどころ満載だ」
「ツ、ツッコミ所ってそういう意味ウサ!? 興奮してきたウサ」
「仲間の選択を非常ォォにミスった気がするぞ俺」

 後悔と哀愁を背中に漂わせたイカレさんにとりあえずフォローの言葉をかけることにする。

「そんなことありませんよイカレさん。特に召喚士と忍者は相性がいいんです」
「……なんで?」
「召喚士は魔力が高くなるので忍者ジョブに召喚のアビリティを付けておくと、投げるのコマンドで火遁とかのアイテムの威力がパナくなります。二刀流で片手にエアナイフを装備していればシルドラ召喚の威力が更にドンですし」
「……ナニソレ」
 
 小鳥のゲーム脳から発せられたアドバイスに怪訝な感じになったイカレさんはともかく。
 
「戦闘面においては大体イカレさん一人で十分ですしね。そういえばイカレさん、やたらと召喚術を使ってますが魔力は切れないのですか?」
「問題無ェ。召喚士は勝手にそこらの大気中に散らばった魔力の回収できんだよ。それを使ってりゃ余程のことがねェ限り魔力切れはならねェからな」
「ほう、其れは便利な」
「つーか手前も俺からの魔力供給で魔力切れも無いだろ」
「魔力供給というと……体のパスを繋げて……つまりエロ系儀式……ウサ、ウサー!」
「……このエロバニーも興奮すると魔力が増えるタイプみたいですし」
「ウサウサ、一発抜くと魔力が減」
「うるせェ黙れ」

 乙女には理解不能なことを言いかけたパルを軽く小突いて黙らせるイカレさん。
 この三人で問題らしい問題といえば、殺到する殺人魔鳥の弾幕を抜けて接近されたときに対応力が無いことぐらいだろうか。イカレさんは素手で、パルはショタでやはり素手だ。女子高生が銃とナイフ持ったぐらいじゃはしゃいだ中型犬にも勝てはしないだろう。何せ中型犬でも熊を殺す能力を持っている。つまり熊は中型犬以下なので女子高生と同レベルということだろうか。研究が急がれる。
 イカレさんの鳥召喚術で抑え切れない相手に接近されたら全滅必至である。暴れ牛の群れとか。爆走するゴーレムとか。
 
(唐突ですが人生というのはお約束で出来ている気がしなくはないですか)

 誰にともなく、小鳥は心のなかで呼びかける。
 遊泳禁止の場所でこそ子供は泳ぎ、熊注意の看板のないところに熊は出ない。恐らく。まあ、2分の1ぐらいの確率では。
 つまり警戒を促すこと事象を発生させる第一原因になる。そういう説を出したのは三人も殴り殺したフランスの脚本家だ。彼はチェスボクシングの際に起こったやむを得ない紳士的過失として無罪を主張していた。
 パルが耳をピクリと動かした。

「……前方から『助けて』と絶叫しながらダッシュでこっちに逃げてくる人とその後ろを爆走するゴーレムの足音みたいなのが聞こえますウサ」
「やはり」
「爆走か。んー止まってる相手だったらロック鳥でバリバリ食わせるんだが……この空間じゃ一撃で吹っ飛ばす鳥を召喚すると多分逃げてくる奴も一緒に吹っ飛ばすことになるな」

 イカレさんが腕を組みながら言う。
 今進んでいる通路はせいぜい一車線ほどの幅と高さ3メートルほどの空間であった。上に張り付いてやり過ごすなどもゴーレムの身長次第では難しい。
 ならば。

「イカレさん、どうします」
「決まってんだろ、逃げてくるヤツごと吹っ飛ばす」
「あちゃー」

 会話をしているうちに、パルの高性能聴覚でなくても悲鳴とゴンゴンと激しい足音が聞こえてきた。
 イカレさんは一応大声を出して注意を喚起する。実際優しい。彼にも人の心はあったのだ。祝福せよ、天よ。

「おォーい。今からそっちに高火力ぶち込むからその、なんだ。頑張れよ?」
「酷い助けが来たああ!!??」

 叫びが帰ってきたことに満足したイカレさん。

「召喚『デススターリング』8羽編成」

 中型召喚陣が中空に8つ出現。そこから黒色の椋鳥がぎゃ、ぎゅ、などと鳴き声を上げながら出てきた。
 イカレさんの手の合図と同時に鳥達は一直線に通路の向こうへ羽を広げて飛び向かう。速度はそれほどでもないが、ビシリと進んだ通路の壁に僅かな亀裂が入り空気が乱されたような感覚がこちらにも伝わる。
 小鳥にも打ち込んだことがあるそれを顰めっ面をしたまま彼は解説する。
 
「あれァ羽ばたくと羽根から衝撃波を出す種類の鳥でなァ。特に群れになると衝撃波が増加してすれ違った家すら崩す。数百羽の群れの大移動は地面を抉った跡が残るんだぜェ?」
「ツッコミがわりに人に向けるべきで無い魔鳥ですな」
「ウササ……悲鳴の種類が変わったのが凄く気の毒ウサ」

 そしてイカレさんは夜光鳥を先行させてつかつかと通路を進み、その先に倒れてうめき声を上げている鎧姿の戦士と魔法使い、僧服のパーティを一瞥。
 素通りして粉々になって薄れいくゴーレムに蹴りを入れつつ、完全に消えたゴーレムの魔鉱を回収した。
 
(イカレさん予想より攻撃力高いなあ……遠距離っていうのもありますが)

 それこそ空腹で倒れそうなときに襲われた以外はピンチになったことがない──この一瞬で倒したゴーレムも、普通の冒険者なら危ないのだろう、逃げてるに──イカレさんへの評価を高める。

「ちっシケてやがる。おい冒険者共。助けた謝礼寄越せ」
「キャーイカレサンステキチンピラー」
「この人いつもこんなんウサ……?」
「いつもです」

 断言する。
 パルが絶句しているのを尻目にイカレさんは鎧の人をつま先で蹴りながら催促。これは酷い。
 ぐぐぐ、と鎧の男が顔を上げて答える。鎧の男は鎧の男なのでそれ以外の特徴も無い。ザ・鎧マン。超人強度低し。

「しょ……召喚士か……?」
「はいはーい。そォだぜ。助けられた事を理解したなら謝礼寄越すんだなお兄さんよォ」
「ぐ……召喚士はどいつもこいつも性格悪いな!」
「あん? 蟲のやつと比較してんのか? どォでもいいぜ。とにかく身ぐるみ寄越せ」
「冒険者相助協定を知らんのか! 追い剥ぎは違法で行動不能冒険者には救助努力義務があるのだぞ!」
「えっ本気ィ? ……おい手前らァ、見なかったことにしてさっさと先に進むかァ」

 面倒くさいので即見捨てるイカレさん。
 しかし行動不能になった冒険者の方は、このまま戦闘不能の状態で魔物と遭遇したらたまったものじゃないとばかりにがっくりと頭を下げて頼む。

「すまんマジ助けてくれ……一応行動不能冒険者を救助すれば保険金が報酬としてギルドから支給されるぞ」
「ちっ。最初からそォ言やいいンだよ。そろそろ腹も減ったから帰るぞ手前ら」
「ウサウサ、せめて体力回復の歌でも歌っておくウサ」

 イカレさんが運搬用のダチョウの如き鳥を召喚しつつ、パルは体力小回復と怪我治癒効果のある聖歌『軽やかなる音楽団』を口ずさむ。
 あくまで少し癒されるという程度の効果なので、全身ズタボロになって気絶している者の意識はすぐには戻らないが。

「そっちの僧侶の人が起き上がれば少しは回復も楽になるウサけど。癒神信仰の僧侶みたいウサし」
「ほう、僧職にもいろいろ種類が」
「もちろんウサ。癒神は回復系秘跡が得意ウサ。他にも冒険者だと、戦神の僧侶が多いウサね。能力強化系でリアルモンクウサ。後は旅神司祭。最初に深層に到達した人が居るぐらい有名で便利ウサ」
「そいつは魔力が切れて秘跡も使えないんだ……だから期待はしないでくれ」

 鎧の人がぐったりと鳥の上に横たわりながら告げる。
 しかしそれにしても、と小鳥は三人を見回して考える。
 鎧の人:姿は見えないけれど鎧の大きさからして筋骨隆々戦士。
 僧侶:中年の恰幅のいいオッサン。
 魔法使い:不健康そうな青年。
 のパーティである。これは、

「ヒソヒソ……きっとこの人達ホモですよパーくん」
「魔法使いの人総受けだと思うウサ。ああPTってそういう……」
「そこ! 不名誉なうわさ話をするな!」
「あーうっせうっせ。とっとと帰っぞ」

 イカレさんは救助人を乗っけた鳥を先行させてきた道を引き返し始めた。
 彼は鳥を探すという目的でダンジョンに通い始めたのに攻略態度が真面目ではない。来たくもないのに仕方なく来ているとかそんな感じがする。隙あらばサボろうとするし気合を入れて泊まり込みでは中々来ようとしない。でも目的は達成しなければならない。
 どちらにせよ、メイン火力であるイカレさんの行動指針が小鳥らのパーティの決定です。それに適当に戦って適当に帰ってもそこそこ稼げるのでパルも文句は無いようであった。


「そうやって今回の冒険は終わりました……帰る途中で救助者を載せた鳥が地雷踏んで吹っ飛ばされ鎧の人の首の骨が外れかけましたが、わたしの応急手当でなんとかなったので些事ですね。元医者のお母さんには医者には向いてないと進路相談で言われましたが、捨てたものじゃありません。対案として将来の目標は魔女を薦めてくるあたり真っ当なお母さんではありませんが」

「おい、出口近ェんだから独り言やめろ。周りの視線がうぜェ」





 *********



 冒険者の宿入り口でそれなりの額の救出報酬を貰うと流れで解散ということになった。
 時刻は夕方。小鳥はそろそろ宿に戻って夕飯の準備をしなくてはいけない。

「そうだ、パリスくん。たまにはうちでご飯食べていきません?」
「え? コトリさんのところでウサ? いつの間にフラグが勃ったのかな……」
「全然立ってませんが。出会って間もないというのに図々しいウサギですね……とにかく、仲間なのですから手料理を振る舞うぐらいしますよ」

 パルの住処は小さな教会である。
 本人談では冒険者になるまでは日頃市場から出た野菜くずを食べていたようだ。食生活が質素すぎてアレだが、一応最近は改善されて野菜くずから傷んで半額のシールが貼られた野菜に変更されているらしい。
 うきうきと喜んで付いてくるパルが小声で何やら言っているのを小鳥イヤーでキャッチ。

「ウサウサ、ご飯を作ってくれるとはもうルート入ってるウサね……モテるショタボーイは辛いウサ」

 ……。

(作るのやめよっかなあ)

 かなりマジでそう思った。


 
 スライムもりもり亭。
 小鳥とイカレさん、アイスの住まう宿の名前である。その名の通りスライム族が店主をしている。普段は排水口の掃除とかしててあまり見かけることは無いがいい人……というかスライムである。
 パルを連れて入り口をくぐると、テーブルでコーヒーを飲みながら読書をしている、巨乳ニットセーター姿のアイスがいた。
 こちらに目を向けて彼女は軽く手をあげる。

「お帰り、サイモンくんにコトリくん」
「おォ」
「ただいま戻りました。今日は冒険仲間も連れて来まして一緒に夕飯でも──パっくん?」

 何故か両目を抑えてうずくまるパルに声をかける。
 彼はひねり出すように叫び出した。

「ぐああああオッパイが! 巨乳が突然目に飛び込んできて帝都のモラルがハザードランプ点灯ウサ!」
「意味はわかりませんが」
「コトリさん巨乳がいるなら『あのね、喜ばしいニュースがあるんだけど』と前もって言ってくれないとびっくりするウサ! う、嬉しい誤算だよこれは……!」

 謎の非難を浴びて思わず自分のぺたりとした胸を撫でる小鳥。
 ぽかんとした目で見ているアイスによろよろと彼は近寄っていく。

「持病の球体数え症候群が……いっぱーい、にーぱーい、即ちボク元気なのですよわかるウサ!?」

 アイスさんの胸のふくらみを指さし確認しつつ叫ぶ。狂ったように発情期のように若さとはそういうものだと主張するがごとく。
 怪訝そうに彼女がやや表情を苦くしながら尋ねる。

「……コトリくん、コレは?」
「なんというか仲間ですけどうまく言葉に出来ないですね」
「……仲間は選びなさい」

 鬱陶しそうに目の前で顔をキラキラさせているウサ耳少年を見る。

「初めましてパルですお姉さん! ところでオネショタという単語に興味はありませんか!」
「無いよ」
「オーパーツ鑑定士の資格を持っているものですがおっとその胸は? ウササ貴女は実にラッキーウサ。ボクのお目にかかるなんて幸運、ここで逃す選択は無いウサよ?」
「……」

 アイスはジト目をしながら、デコピンの要領で指を弾いた。
 それはパルの顎に快音──デコピンでそんな音出るのってレベルの──を出して当たり、

「ウサ……!? 平衡感覚が……」
「ちょっと脳を揺らしたのだ。落ち着くといい」

 ふらつくパルはそれでも赤い瞳に淀んだ光を灯し、

「おっとふらついて頭が枕っぱいの方へ倒れこんだウサー! でもふらつかせたのはアイスさんなので自業自得ウサー!」

 凄い勢いで頭をアイスさんの胸へ倒れる。侮れない。
 弾力を感じるより先に二撃目のデコピンが今度は「めき」という骨体が軋む音を立てて彼の額に直撃し、鮮血を額から吹き出しながら後ろに吹き飛ぶ。 
 
「ウサー!? ただでは起きないぞそのままボクの頭は反対方向へ──!」

 そして起き上がり小法師のような動きで小鳥に向かって倒れる。
 急にパルが来たので彼女は反応も出来ず、身体で受け止めてしまう。彼の頭は、ご、と音を立てて小鳥の胸に当たった。
 
「あ、コトリさんすみませんウサ。胸骨、大丈夫だったウサ?」
「胸骨……一応オパイに頭が当たったのに心配されるのは骨ですか」

 やれやれと思っているとパルは振り返って来て熱弁し始める。

「いいですかウサ、ボクは何も貧乳に価値がないとか思っているわけじゃないウサ! 貧乳好きには大きく2つのグループに別れるウサ。1つはロリ体型が好きなガチ野郎、もう1つは『貧乳にコンプレックスを持ってる子』好きな人ウサ! まあボクは両方ウサが。
 コトリさんの場合貧乳をなんとも思っていないからいけないウサ! その慎ましやかな胸をオパイ扱いして欲しかったらまずは自覚を持つことが大事ウサ!」
「なんで他人に胸についてどうこう言われなきゃならんのでしょう」
「随分いい空気を吸っているようだが、その子」

 胸にコンプレックスと言われても別に自分に巨乳が欲しいわけじゃないのでピンと来ない小鳥である。
 
(うちのお母さんも貧乳でしたし)

 パルはいいですか、と前置きしたので何事かと思わず頷く小鳥。

「よっしゃ許可出たウサ」

 そう言うと彼は両の手を小鳥の胸にぺたりと触れた。

「え、いいですかってそっちの許可なの?」

 それどころか顔面を押し付けてふんがふんがとしている。

「ほーらこうされてもちゃんとオパイ扱いして慌てるとか暴れるとか赤面するとかしないからいけないウサ。もっとコトリさんはオパイを大事にするウサ!」
「むう……納得がいくようないかないような」
「少年、ちょっと調子上げすぎだ……」

 ゆらりと怖い笑顔でアイスが立ち上がった。片手に例のバットを持ちながら。
 それはそうと、小鳥は思い出したことを口にする。

「確かに多少自分の身体に無頓着ではありますが……両親や友達には、ちゃんといやらしいことをされそうになった時は対応しろと言われましたね」
「ウサ?」
「コカンに一子相伝の暗殺系打撃で」
「不具リッシュウサー!!」

 殴ることなどそうそう無い小鳥は手加減ってどの程度必要なのかわからなかったが、とりあえず拳をパルのコカーンにぶち込んだ。生暖かい嫌な感触を覚える。拳が泣いている。そして崩れ落ちるパル。
 小鳥は汗を拭うような仕草をして、泡を吹いて白目になったパルを一瞥。

「悪は去った。それではお夕飯の準備をしますので」
「時々容赦ないなあコトリくん」
「ったくおいパル公、手前のせいで飯の時間が遅くなっただろォが」
「ぐ、ぐぐぐプラスマイナスゼロ、言葉巧みに貧乳堪能したから損はしていないウサ……! あと結構女の子に殴られるって嫌いじゃないウサ……!」
「……結構ォしぶといのなこいつ」

 そんなやり取りを聞きながら厨房へ行った。
 


 中華は火力、と叫びながら中華鍋っぽいものを振り回しドジャアと油の跳ねるいい音を出しながら創ったのが、

「こちらのクリームシチューです」
「いつも思うんだが納得いかねェ」
「たっぷり鍋で煮込んで創ったミートパイも一緒にどうぞ」
「鍋から出てきたのにカリッとした焼き目がついているウサ……」

 過程はともかく結果が伴えばどうでもよかろうなのだと云うのが彼女の持論だ。
 一口食べれば素材の味がどうであれ幼い頃から洗脳を受けていたかのように美味いと判断してしまう味付けの料理である。
 パルは一口スプーンでシチューを掬って食べた後、ウサーと叫んで猛烈な勢いで食べ出した。

「おいしいウサ、おいしいウサ」
「ゆっくり食べるといいですよ、ほら口元汚れています」

 ごしごしと素直に拭われる姿は見た目相応の子供なのであるが……。

(あ、これ布巾じゃなくて雑巾だった。まあいいや)

 適当に布を放り投げつつ、軽く涙ぐむパルの話を聞く。

「こんな美味しいご飯を食べたのは、ホモだった教会の司祭様が生きてた時以来ウサ……クスリのキメ過ぎで早死したウサけど」
「それはそれは。碌でもないですね」
「ウサウサ……コトリさんとっても良い人ウサ。結婚しようウサ」
「その選択肢を選ぶには好感度が足りませんなあ」

 うふふ、と談笑しながら食事を進める。
 イカレさんがミートパイを齧りながらふと声を上げた。

「ん? 変わった食感の肉だなァおい。何の肉だ?」
「ウサギです」
「ふゥん」
「…………」

 パルが口にミートパイを咥えたまま動きを停止した。 

「なァるほど。いざというときゃ食えるのか」

 イカレさんの鈍く光る眼差しがちらりとパルを捉えると、顔を青くしてブルブル震え出した。
 確かにイカレさん程のチンピラならば人肉を齧り泥水を啜って薄汚く生き延びるのが似合っているだろうと小鳥も納得したので大きく頷く。
 食後はカードゲームなどをして遊び、適当な時間でパルは住処の教会へ帰って行った。

 そんなこんなで新しい仲間とも仲良くやっている小鳥であった。






[30747] 11話『死』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/02 07:57

「かつて死の淵から蘇ったわたしの渾名はフェニックス小鳥。嘘です。特技は農薬一気飲みの小鳥ですこんにちは。

 地球世界でのわたしの家庭はお父さんとお母さんとの三人暮らしでした。刑事のお父さんは家に居ないことも多いですが、元医者だったお母さんが仕事を「飽きた」といって辞め、主婦になったので寂しいこともなく暮らしています。
 記憶に朧気なそれまで何人か居た元親の人達と比べ、二人はいい夫婦ですし優しい親となってくれています。
 故に。
 異世界へと居なくなったわたしのことも心配してくれているはずですなあ、と時々思うわけです。鳥取県でいくら行方不明者が多いとはいえ、子供が居なくなった親がどう思うか想像する程度は出来ます。

 不審船に拉致されたか。言わずと知れた日本海の脅威。鳥取でもよく『おおほいほい、おおほいほい』の掛け声で拉致られてます。掛け声からして岩手県民。遠いなあ。
 或いは島根県民へと変貌したか。神隠しにあった人は大体これです。洗脳されて島根県民に。おのれ出雲大社。
 鳥取砂丘に十字陵を作ろうとする聖帝に攫われたか。ああこれは鳥取のモヒカン勢力の1つです。何故か食料を強奪すると毒が入っているので注意。

 とにかく、あの生真面目なお父さんがわたしを探そうと奔走しているのが逆に心配です。モヒカンを片っ端からぶっ飛ばして無ければいいけど。
 そんな訳で時々は念話でわたしの無事を送信するのです。気合の声を込めて。とるるるる。はい、ボス。小鳥です」

 虚空を見つめてぶつぶつ呟いていた小鳥を、酷く可哀想なものを見る目でパルが眺めていた。

「ウサぁ……なにウサあの独り言ちょっと怖いウサ」
「気にすんな。そのアホは時々電波系の送受信やってるメンタル系なだけだ。独り言に反応してたら自分の精神もやられるぞ」

 呆れたようにイカレさんが助言した。
 ぎゅるりと首を捻って二人に視線を合わせる小鳥の挙動にパルが背筋をビクリとさせる。

「まあわたしもちゃんと送信出来ているかはジーザスのみぞ知るわけですが。ほらほら、こう気合入れるとアンテナ毛が立つので多分出来てる気がしなずんば」
「ずんば?」
「お父さんはともかくお母さんはリアル魔女なので怪しげな道具か何かでわたしの無事を把握している可能性も、絶望しない程度には高いのです。わたしの身体に発信機とか爆弾とか外科手術で埋め込んでいると言われても『さすが』と尊敬しちゃいますよ」
「親の顔も見たくねェな」
 
 イカレさんがげんなりと呻く。
 明らかに気が触れている腫れ物的な扱いを受けていても、小鳥は拝むように電波を今日も飛ばすのであった。

(お父さんお母さん、わたしは今日も元気です。
 そのうちちゃんと帰ってくるのでどうか心配しないでください。
 死亡フラグも立っていませんし。ええ、マジで。あれ? 今立った?)



 ******




 そのような事を小鳥が考えながら今日も今日とてダンジョンの道を進んでいると、扉を見つけた。
 白い装飾がされた石造りの扉が、細まった洞窟の目の前を塞いでいる。
 怪しいと判断し小鳥の危険察知スキルが警戒レベルをひとつ上げる。
 しかし何も気にせずにずかずかとイカレさんは扉に近寄って開けようとしたので、小鳥は慌てて止める。

「ステイステイ。イカレさん何普通に進もうとしてるんですか」
「あん? 扉なら開けるだろ普通」
「そんなのだから罠に引っかかりまくるんですよイカレさん。露骨に怪しいんですからちょっと待ってください。冒険の書にでも記録して」
「いや、記録はしねェが」
 
 罠や仕掛けを見抜く目がない事は自覚しているイカレさんは仕方なく扉の前から退く。
 罠があるとしたら、扉を開ける際に罠が発動するか、扉の向こう側が罠かの二択だ。
 触れたら発動する。熱で発動する。動作で発動する。小鳥はさて、どれだろうかとじっと眺めて考える。
 
「……過激派テロリストじゃないんですから、ドアごと木っ端微塵になる爆薬を仕掛けてるとかは無いでしょう」

 冒険者が通る度にドアが吹っ飛んだら修繕が大変だ。常識的に考えて。
 扉は横にスライドして開閉するようだ。小鳥は近づいて溝を確認する。
 爆薬やスイッチ、糸に油染みなどは確認できない。呪いの文も書いていなければ扉が実は立体絵だったという地味な罠でもない。

「うーん、警戒するに開いたと思って中に入ったら閉まって出れなくなるタイプ臭いですねえ。パターン的に」
「そうなんでウサか?」
「よく考えたら帝都期待の暴力装置イカレさんが居るのです。ドアを吹き飛ばしちゃいましょう」
「おォ。そりゃわかりやすい」

 ダンジョン内ならば器物破損で訴えられることも無いだろう。いや、起訴の事を考えるともうひとつ確認が必要だと小鳥は指示を出す。

「パルバスバウくん、扉の向こうから音は?」

 パルは耳をじっと扉に向けて首を振りました。
 
「音は通じているみたいですけど、何も向こうからは聞こえてきませんウサ」
「あやしい……オビワンが崖っぷちでぶら下がってるぐらいヤバイ臭いがプンプンしますね」
「それヤバイのぶら下がってる奴じゃねェの?」
「いえ地の利を得た状態の彼に余裕ぶっこいて近づいたが最後。フォースでどこからとも無くセイバーを引き寄せられズンバラリです。ともかくイカレさん、くれぐれも指示に従ってください。夕飯でプリン作ってあげますから」
「プリンってアレだろォ? アイスが作ったの食わされたことあるけど翌日の便所の中でもまだ動いてるやつ」
「食べたんだアレ……」

 小さな驚愕を覚えながら、三人ともドアから結構離れた位置まで戻った。灯りは扉の前に残しているため離れていても白い扉が見える。
 イカレさんは軽く手を上げて構えた。

「えェと『デススターリング』はすれ違わねェと衝撃波が十分に伝わらねェし『破壊隼』なら壊せるか? いや扉の材料もわかんねェから……うし、召喚『爆撃ペリカン』」

 言葉と同時に虹色の魔方陣が発生。そこから口の大きなペリカンが大きな羽音を立てて飛び出す。
 扉へ向かってゆっくりとした速度でばさばさと飛行していく。

「耳塞いどけよ。あのペリカンの口に溜まった唾液は強力な液体爆薬で周囲の気体と化合して爆発する」
「ウサー!?」
「自然界の脅威ですねえ」

 慌てて顔の横についた耳をパルは塞ぎ、続けてぴんと立っていたウサ耳を動かしてパタリと閉じた。
 2つ余計に耳があるということは、やはり頭蓋骨にももう二箇所穴が開いてるのだろう。少し考えながら小鳥も耳を塞ぎ、体勢を低くした。
 轟音。
 爆発と同時に召喚複製だった爆撃ペリカンは消滅するが、爆発したという結果は消えない。大気を振動させる衝撃が離れたところで炸裂した。
 爆発の被害は爆風や熱もあるが、破片などが飛んで来ることによる殺傷が危険だ。爆風や熱をもろに浴びるほど近くにいれば、心配するまでもなく大体は死ぬが。
 だが目を凝らしたところ、扉は崩れ去っていたがダンジョンの壁や床などは焦げた後が残っているだけで破壊はされなかった。先ほどの爆発でダンジョンが崩れたりしたら、あんまりといえばあんまりだったのだが。

「おォ、開いた開いた」
「まだ警戒を緩めないでくださいね。中に入ったら閉じ込められるタイプの罠は、つまりその扉の内側に侵入者を逃したくない罠が待ち構えているってことなのですから」

 中は広間のようだった。暗くて広さは不明だが。待ち構えているのは中ボスか何か……と小鳥は思う。
 ダンジョンは無数に枝分かれしているのでこの先に何があってもまだ誰も潜っていない場所なのだ。どんな罠が残っているかわからない。
 部屋の中に灯りの鳥すら入れずに、扉のあった境界へ近寄る。

「念のため──えーと向きはこっちですね」

 部屋の中へ向けてこの前拾ったクレイモアも仕掛けた。
 小鳥の持っていたワイヤーとも組み合わせて、紐を引っ張ると炸裂するように簡単に作り替えている。家庭科の授業を受けていればこの程度は容易いと彼女は主張する。
 
「いいですか、とりあえず中に何がいても通路に誘い込んで戦います。相手から襲いかかられる方向を一つにする為です。幸い、扉があったので狭くなってますし」
「……妙に手馴れてんな手前」
「頼りになりますウサ」

 そうして、部屋の前にイカレさんを戦闘に立る。先は深い闇が広がっている空間で、夜光鳥の灯りでは全く周囲を見渡せないぐらいがらんとしていた。
 声の反響からかなりの広さがある大部屋だということはパルから伝えらる。
 イカレさんに合図をして、夜光鳥を部屋の中に進ませる。
 部屋の中を十歩分ほど先行しただろうか。
 おおよそそれぐらい夜光鳥が進んだ瞬間、闇に包まれた部屋に白光が灯り部屋中を明瞭に照らした。
 部屋の中を見てパルが悲鳴を上げる。

「魔物が一杯ウサ!?」

 轟。空気の振動。部屋に異物が侵入したことにより一斉に魔物の群れが目を覚まし、咆哮を上げた。
 様々なモンスターが部屋にひしめき合い、一目では把握出来ない程だ。
 ダンジョン内の広間に時折発生する魔物の大量待機現象──モンスターハウスかスローターハウスと呼ばれる罠である。中に誰かが入るまで目を覚まさない魔物の群れが一斉に襲いかかる仕掛けになっていて、冒険者に最も恐れられる場所の一つであった。
 部屋の中には無数の獣や巨大鎧魔人、空飛ぶ骸骨や背中に毒棘のついた大鰐にイルカ人間などが一斉に入り口を見る。
 イカレさんが口を釣り上げて叫ぶ。

「上等だ纏めて掃除して──」
「イカレさん、通路に戻るということを思い出してください。何が居るかわかりません。うふふヤバい雰囲気がプンプンしますよイラクやレバノンで感じたときと同じように」
「──ちっ! どこだよイラクとかレバノン!」

 告げて、魔物が殺到するより前に三人は部屋の入口からダッシュで下がる。兵隊上がりのハリウッダーみたいな台詞だが小鳥は別にイラクもレバノンも行ったことは無い。対馬や白兎海岸ならあるが、まあ危険度はそう変わらないだろう。
 魔物が追いかけて入り口めがけて突進してきて──

「クレイモア」

 言葉に出す必要は無かったが、小鳥は言いながらワイヤーを引いてクレイモア地雷を発動させました。
 バ、という一瞬の音と共にC4爆弾の爆発力により加速を受けた700個の鉄球が左右60度上下16度の角度を付けて部屋の中を蹂躙する。
 一発の威力は中型野生動物を仕留めれるか微妙なところだが、数も多ければ殺傷範囲も広い。閉所なので跳弾も起こる。少なくとも行動を阻害するには十二分なはずである。

「思うに対人地雷だったコレや散弾銃を大きくしたからといって対ロボット用にするのは有効性が微妙な気がしなくもないですよねえ。散弾では少し射程と威力が不安で」
「んなことよりもう攻撃すっぞ!」
「入り口に姿を現した魔物を次々に鴨撃ちでお願いします」
 
 イカレさんを盾にしながら小鳥は指示を出す。 
 このような集団もイカレさんの弾幕を抜けられないかと懸念する厄介な相手ではある。広間に留まれば四方から襲いかかる魔物にやられていただろう。彼が一々視界の外で襲われている仲間を気にするとも思えない。
 自衛の手段が小鳥には少ないのだ。銃は持っているが、そんなものそうそう当たるものではない。
 パルも息を吸いながら聖歌を唱えた。

「ボクもやりますウサ! 聖歌『時告げる空神の軍楽隊』より『猛き御雷』!」

 パルの歌と共に部屋に続くまでの通路の床や壁、天井にあたり跳ね回りながら青紫色の稲妻が進んで敵の群れを電撃で貫く。
 聖歌は補助だけではなく範囲攻撃の歌も存在するのである。数節に一度ずつ雷が前方へ投射される。

「ついでに闇系術式『ダークナイト』」

 杖を取り出して闇を発生させる。これにより三人と広間までの通路に闇色の薄い封鎖壁が出来上がった。
 見えないというだけで何らかの影響があるわけでもないが、魔物からすれば見えない通路から盲撃ちで雷や魔鳥の突撃が次々と飛来して向こう側からは小鳥達に狙いを付けられぬまま一方的に打たれるのである。これも、イカレさんが無制限に打ち込める能力を持っているからであった。
 視界不良に回避不能の無差別遠距離攻撃という必勝パターンである。
 暗黒の空間で閉ざされた通路に魔物の群れは、こちらに向かってくるもののイカレさんの使い捨て上等な魔鳥攻撃と雷の貫通攻撃で次々と魔鉱となっていく。

「経験値と魔鉱大量にゲットですね。モンハウで通路で戦うのは基本ですよ」
「そォかァ? あの部屋ぐらいの広さだったら高位の魔鳥を召喚できたんだが」

 イカレさんが小鳥を見ながら不満そうに言う。彼は堅実な戦法よりも蹂躙するのが好きなタイプで、自分一人ならばよほど危険な状況以外は打破できる。
 ──この時、彼が前線から視線を逸らしたのが悪いのではなく。
 きっと召喚士の視覚すら奪う闇を発生させたのが悪いのだと小鳥は後から思った。
 或いは部屋の広さを利用して、イカレさんだけ広間に残して好き放題暴れさせ二人は下がっていれば別だったのかもしれない。
 経験足らずの後悔は先に立たず。


「イカレさん一人ならともかく、わたしとか危険ですからね─────」


 言う。
 彼女がそう言った瞬間に。
 小鳥は吹き飛んだ。
 腹部の奥に熱い感触と口に苦い死の味がする。
 まっすぐ背後に吹き飛びながら、彼女は顔を下に向けて見た。腹に、一羽の流線型をした鳥が顔をうずめて──嘴を、はらわたに突っ込んでいた。 

(一応は考えていたんですが……)

 イカレさんの召喚する魔鳥の中には、銃弾よりも早く飛ぶ鳥がいることを彼女は知っていた。
 ここダンジョンでは、魔物が再現されるということは、イカレさんの召喚できる強力な魔鳥も敵として出てくるということがあると予想も出来た。
 そんな敵なら、自分が避けることもできないまま致命傷を与えてくることも。
 
「───あ、死にますね」

 熱い。
 強烈な衝撃だった。腹を思いっきりハンマーピックで殴られて潰されたも同然だ。
 口に臭いものを感じる。血だ。口と鼻に血が溢れて酸欠の症状が急速に表れ、脳が痺れる。
 時間が徐々にゆっくりと引き伸ばされて感じられた。
 

「コト──この──!」


 誰かの声が聞こえる。

 滲む視界に虹色が浮かんだ。召喚陣が、見える。

 もはや天井を見ているのか床を見ているのかわからない。背中が冷たい。腹は熱い。だが、やがて熱は冷える。

 げぼ、と口から胃液と血が吐き出された。

 空を黒い影が飛ぶ。嘴の先に、真っ赤な血がこびり付いている。彼女の一部だ。

 喉に上がってきた血が粘りつく。

 意志とは無関係に体がびくりと動いて、肺の空気が漏れた。

 腰から下がぐにゃりとしている。腰骨か恥骨が砕けたか、力が入らない。

 内臓の一部が食いちぎられている。子宮とか腸とか、多分その辺りがぐちゃぐちゃに潰れている。

 下着が冷たい。失禁か、血か、恐らく両方だ。

 痛みは感じなかった。ただ、昼寝の途中で微睡んで起きたような気分の悪さがあった。

 死がある。

 きっと誰にでもあるように。当然のように唐突に訪れる。

「コ───ん───歌を──」

 涙目のパルが見えた。

 体力が回復する程度の歌では治るまいに。
 
 残念なことだが。

 だけれども当然のように彼女はここで死ぬようだった。

 いつだって人は理不尽に死ぬ。それは異世界でなく鳥取でも同じ事だ。


 
「ざん……ね、ん    わたしっごほっごへっ 
                          ぼうけ──

                                 ここでおわって……しま」   


「──ないでコトリさ──!!」


 パルの声。

 滲んだ視界に。

 涙が偶然ピントを合わせて視界が晴れ渡った。
 
 覆いかぶさるようにしているパル。

 その背後に、鳥が──彼女の腹を貫いた、鳥が再び狙っていた。


(声は出せるか?     いえ、無理でしょう。
 テレパシーは使えるか? 恐らく不可能です。
 パルは気づいているか? こっちばかり気にして気づいていません。
 最後に動けるか?    筋肉が躍動します)


 自問自答を繰り返すと上半身と下半身が泣き別れになることなど、もう何も怖くなかった。

(Goodbye everybody……I've got to goって……あれ、確か昔にもこんなことが……)

 走馬灯が小鳥の頭に浮かんだ。




 *****




 鳥飼小鳥が現在の親に引き取られるまでの生活は酷いものであった。

 最初の親だった実の両親は幼い小鳥と共に心中をしようとした。理由は不明で、ある日突然だったから余計に周りのものは気味悪がった。
 生き残った小鳥を引き取ったのは怪しげな新興宗教に入れ込んでいる親戚だった。彼女を餓死寸前まで追い込んで他の信者に自慢するというあからさまに邪教である。
 それが逮捕されて次に回され、謎の心中に邪教の偶像扱いされていた娘を引き取るとなると酷く気味悪がった保護者は小鳥を物置に仕舞いこんで決して外には出さなかった。
 やがて救出されて、今度引き取ったのは遠縁でしかも他の親族から縁を切られていた今の母親だ。監禁されていた小鳥を助けたのはその夫で警察官だった。

 顔が怖く真面目で苦労人だが優しい父と、美人で不真面目で苦労を他人──主に夫──にかけるが娘には優しい母であった。まだ若いのだが夫婦間で子供が出来ない体質で、小鳥は身の不幸を憐れまれながらも鳥飼夫妻の間で実の娘のように扱われた。
 そこでようやく彼女は普通の子供らしい扱いを受けるようになった。

 しかし引き取られてから再び彼女を不幸が襲った。
 小学校の下校途中に同級生と共に誘拐にあったのである。
 営利目的ではなく、女子小学生が苦しむ姿を見たいというサイコ気味な変態の犯行であった。
 そこで小鳥は友人を逃がす代わりにと犯人の提案を受けてすぐに死にはしない農薬をコップで何杯も飲まされたのである。
 致死量前に刑事であった父が現場に駆けつけて小鳥を助け、病院に搬送されて医者だった母が緊急手術を行って助けられた。
 病院で目が覚めたら、強面な顔を泣きそうにしている父と皮肉げな笑みに涙を浮かべている母が居た。
 とりあえず、小鳥はそれで自分が死んだら悲しむ人が居るのだと心ではなく知識で理解するようにはなったという。
 それからは父がやや過保護になったが、親子三人で仲良く暮らしてハッピーエンドといった様子であった。
 
 だから、先に死んで両親を悲しませたくは無いとは思っていたのだが。


 
 
 *****



 最後の力をこの手に込めて──小鳥は射線上にいるパルの体を横に押しのけた。

(死にたくないなあ、お父さんお母さん) 

 魔鳥が加速し襲い来る。パルはまだ気づかずに布切れで傷口を抑えている。

(ああ、嫌だ嫌だ。でもまあそれなりに頑張ったのです……あ、ここでイヤボーン能力とか目覚めないかな)

 イカレさんが悪態を放ちながら迎撃の鳥を向かわせるものの、召喚術は召喚陣を生み出してから鳥を呼び出す余計な手間が掛かり一手遅い。

(……嫌だなあ。死にたくない。しにたく、ないのに)

 此方に死が向かう。黒く、嘴だけが紅い色だけが眼に写った。
 
 
「──ッ!」


 舌打ちの音と風を感じた。

 眼の前を、黒い壁──後ろから飛び出してきた誰かの背中が覆う。

 硝子が砕け散るような音がした。続けて見えたのは知らない黒髪の青年が、漆黒の剣で魔鳥を両断しているところであった。

 視界が薄れる。意識が遠のく。暗転する回る回る蠢く消える。世界が壊れ崩れ消失していく。
 
 最後に掠れる声を出した。




「この期に及んで新キャラ──ですか」




 そこからは、彼女は覚えていない。或いは、また目覚めるとは思わなかった。
 
 小鳥はこれが一生の終わりだと思った。

 そしてこれが一章の終わりである。



[30747] 12話『みかん』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/02 07:58



「お母さんはお肉をメスやハサミで切り、お父さんはお野菜を小太刀で切る。果たしてわたしは誰に包丁さばきを教えてもらったのやら」
 
 小鳥が台所で料理をしながら疑問を口に出していると背後に気配を感じて笑顔で元気に声を出した。

「おはようございまーす」

 イカレさん、アイス、パルの三人組が入り口に立っていて小鳥に指を向けて叫んだ。

「なに普通に台所に立ってるだー!」
「アホかァ──!」
「ウササー!」

 三者三様ツッコミを入れられた。
 どうやら──小鳥はまだ生きているようである。





 *******





「おお小鳥よ死んでしまうとは何事だ」
「オオゴトだ!」

 即座に目を三角にしたアイスから叱られる小鳥である。
 彼女は一応作った味噌汁だけ食卓に出してぽりぽりと頭を掻いた。

「いえ、目が覚めたら皆さん、疲れた様子で寝てらっしゃるので朝ごはんをと思いまして」

 ここはいつもの、小鳥が寝泊まりをしている宿だ。
 彼女が目を覚ましたら部屋には椅子に腰掛けながら寝ているイカレさん、ベッドにもたれ掛かって眠っているアイス、床で簀巻きになっているパルがいたので、起こさないように忍者らしく忍んで朝ごはんを作っていたのであった。
 そして気になるのが、

「はて。わたしは死んだはずでは」

 完全に臓物をぶちまけていた事を確認した小鳥は、あの状況だと死んでいたはずだと思い尋ねてみた。
 むしろショック死しなかった自分のメンタルを褒めてやりたい気分であった。いや、褒めるべきは血液系か、神経系か。仕方がないので彼女は自分自身に花丸を心のなかで評価した。
 パルがため息混じりに言う。

「あの時通りかかって助けてくれた剣士さんが、魔法薬で治療してくれたでウサ……それが無かったら確実に死んでいたでウサ」
「むう。死んだら復活は出来ないので?」

 RPG的には復活アイテムや教会などで蘇生されるのだけれどもという安直な考えで首を傾げる。
 復活失敗で灰になっても困るが。
 イカレさんがいつも通りの面倒臭そうな顔で云う。

「昔ァ出来てたみたいだが、昔に魔王が蘇生の神を封印したことで死者蘇生の奇跡はほぼできなくなった。死神が今は死後を管理してるから次の輪廻行きだな」
「おのれ魔王」
「なんか殺しても殺しても勇者的な奴が蘇ってくるってんで大元の神様をどうにかしたんだとよ」

 魔王も大変だなあと小鳥が頷くと同時に、大きなため息を吐いてアイスが抱きついてきた。

「本当に君は──もう、どれだけ私達が心配したと思っているの」
「……すみません」
「サイモンくんが、ぐったりして血だらけの君を担いで来たときは心臓が飛び出るかと思った……」
「ごめんなさい」
「体の傷は治っても、一旦体内で出た血は消えないから血の混じった咳をしたり下着が血で濡れたりして……もう、どれだけ、どれだけ……!」

 アイスは泣いていた。
 出会ってひと月も経っていない、居候のために泣いていた。
 小鳥はぎゅうと、彼女の体を抱き返した。
 
「生きててよかった……本当に、本当に心配したんだから……」
「わたしも死なないでよかったです」

 ぼんやりとした声で返答をする。
 死ねば人はどうなるのだろうかと小鳥は考える。この世界には神という存在があり、転生を司る神様もいる。しっかりと立証され受け入れられている輪廻のシステムは少なからずペナルカンド世界の人間の死生観に影響を与えているが、それでも死ねば悲しいと泣く人もいるのだ。
 異世界人である小鳥の魂までこの世界の神が拾ってくれるとも限らない。結局のところ小鳥は死ななければわからないことだと判断する。
 そこまで考えてふと、彼女はようやく──自分が生きれた事を実感した。
 心配してくれて居るアイスと、呆れ顔のイカレさんと、落ち込んだようなパルの顔を見ていたら、視界がぼやけて驚いた。

「……涙が」

 言って、顔を抑えると手が濡れていた。

「そうだ、生きのびて、人を心配させてしまったら、涙が出るんでした」
 
 確認のように呟く。それを知らなかったかのように。


(今度はちゃんと泣けました。やったぜお母さん。きゃっほう)





 ******




 死にかけて生き返って数日が経過した。
 まだ再度ダンジョンには潜ることはしていない以外、普段通りの生活に戻っている。
 その日も魔法学校に行って講義の合間にヴァニラウェアの研究室でのんびりお茶を飲んでいた。彼が飲んでいるのは何かの血液だったが。最近凝ってるのは豚の血らしい。この前も軽音楽部のライブに二人で撒き散らしに乱入した。
 節くれだった手とやや落ち窪んで皮のたるんだ顔。白髪になった髪の毛と眉毛。吸血鬼であるヴァニラウェアの外見はただの老人にしか見えない。趣味もメガ粒子温泉とアストラル盆栽とこれまた健全な老人趣味である。
 ぼんやりとホルマリン漬けになっている地竜の幼生と目を合わせながら小鳥はなんとなく聞いた。

「そういえばヴァニラウェア卿は死んだことってあります?」
「おうあるある。めっちゃ死んだことあるぞい」
「めっちゃあるんだ……」

 飄々と答える。
 
「もう何年生きたか忘れたしのう、殺されることもうっかり死ぬこともあったわい。まあ、儂ぐらい高位になると死んだぐらいじゃ死なんというか。魔王と漫才した時も紫外線放射装置とかで灰になったけど蘇ったし。魔女と喧嘩した時もドリルガッデムの母星と運命を共にしたかと思ったけどなんとかなったしのう」
「ドリルガッデムというとあの銀河皇帝の」
「よく知っておるのう」

 名前から役職を連想して聞いたのだが、合っていたらしい。当然のように頷く。
 銀河皇帝ドリルガッデム。かつて全宇宙の3分の1を支配したと言われているが彼の銀河帝国の運命は儚くも星星の瞬きのように消滅してしまった。

「死神が乗る転生チャリオッツに撥ねられるか、性悪な火の鳥に焼き殺されるかすれば強制的に輪廻へ叩き込まれるのじゃろうがなあ」

 そんなワクワクイベントもそう起きんわい、付け加えた。
 伺うような紅い視線をこちらに向けたので小鳥も事情をかいつまんで話す。

「いえ、この前うっかり死にかけまして。死ぬって結構気持ち悪いですね。死にたくないって思いましたよ」
「ふーむ。まあの。お茶はほっとけば冷める。転がる玉はそのうち止まる。人は生きてる限り死ぬ。冷めたお茶や止まった玉が勝手に元に戻ることは無い。
 そんなもんじゃ。気にしても仕方あるまい。生きている限りどこかで死ぬのなら後悔せん生き方を選ぶことじゃな」
「……よくわかりません」
「死ぬのが怖いのは当たり前だ。死ぬのが怖くないのが当たり前であると同じようにのう」

 頭を振ってため息を付く。
 小鳥は、茶の水面に写るやはりいつも通りのきょとんとした顔の自分を見下ろしつつ何気ない言葉を出した。

「いつからか、それとも最初からか。わたしにとって世の中には理解出来ないことが多すぎて頭がぐるぐるします。いかに取り付くろって普通のフリをしても、時折周りから呆れられる表情で失敗を悟ります」

 ずっとそうだったのである。
 だから一度や二度死にかけたというのにどういう反応をすれば正しいのかわからないのであった。

「普通な人間などおらぬし、何も起こらぬ日常も、誰も死なぬ人生も無いぞえ。気にするな、お前さんはただの子供だ」
「そうですよね。一般女子高生なんです。再確認完了。世間のスタンダードモデル小鳥ちゃんと呼んでください」

 真顔で小鳥は云う。
 ヴァニラウェアはそれ以上何も聞かずに、温かい血を入れた湯のみを傾けていた。
 小鳥も土魔法の教本に目を落として、考えを後回しにして学習に写った。
 怖いとか、嫌だとか、死にたくないという理解の難しい事よりも、土系の魔法がダンジョンで罠の解除に使えそうだということだけは確かに理解できていたからだ。
 そうしてゆるゆると研究室での時間は過ぎる。いつものように。

「……あ、羊羹を作ってきたんですけれど」
「おお、すまんの。お主の作る菓子は美味じゃからの」
「ほうそれはそれは、どれくらいですか?」
「死ぬほど。というかこの前のニンニク月餅で死んだし」
「キルカウントがこんなところで上がっているとは」

 ……ツッコミ役がいない時は小鳥もヴァニラウェアものんびりと過ごしているのである。
 その時、ノックの音と同時にクラスメイトが研究室に顔を出しました。

「失礼しまーす。おーいコトリちゃーん。食堂のおばちゃんが呼んでたけど──」

 がしゃん、と音を立ててヴァニラウェア卿の湯のみが割れ、彼は苦しみだした。

「ぐうううう!! 小娘があああ! 貴様、我に何を飲ませた!」

 キラリと目を光らせて、彼を退治せんために対峙する。

「うふふ、吸血鬼を相手に、何も対策を取らない筈がないでしょう? 血液中の白血球全てに吸血殺しのカースワーズを予め刻んで置いたのですよ!」
「馬鹿な──! そんな魔術的改造技術を人間ごときが……!」
「何百年生きて人を侮ったか知らないですが、常にわたし達はバケモノを退治する為に牙を研磨しているのです。人類種の敵め、灰は瑠璃色の海岸に撒いて供養してさしあげましょう」  
「おのれええええ……」

 怨嗟の呻きと共に闇から生まれし吸血鬼はついに敗北する。
 研究室に入ってきた小鳥のクラスメイトが悲鳴を上げる。

「きゃあ──!! なんか研究室で壮絶なバトルの最終局面になってたー!? しかもヴァニラウェア先生が灰になってるしー!?」

 人目のあるところではこんな感じに過ごしている師弟であった。
 ちなみに灰に血を垂らしたらすぐ元に戻る。一回灰にされた経験から今では自分の意志で灰になれるという。





 ***********




「[ドラッグ煎れ分]とか[ドラッグ盛り]とかって結構ヤバめの店名だと思うのですがもはや浸透しすぎてどうとも言えないですよね」
「何が?」
「富山の薬売りだと伝統芸能なのに上野公園のイラン人薬売りだとどうしてこうもポリス沙汰になるのでしょう」
「だから何が?」

 そんな思いを噛み締めながら小鳥とイカレさんは薬屋に出かけた。
 再びダンジョンに潜る為の反省点として、この前の探検で薬のたぐいは一切持って行かなかったのである。
 小鳥を瀕死の重傷から救ったのも魔法の飲み薬だという。そこまで即効性と効能があるとは小鳥も知らなかったので軽く考えていたが、それならば揃えておくべきではある。
 二人は商業区へ出向き年がら年中鳥取しゃんしゃん祭以上の人賑わいを抜けて薬屋を目指した。
 暫く歩くと、剣士と竜をイメージした看板に文字が書かれている店に辿り着いた。

「えーと『ドラッグドラゴン』……ここが薬屋ですか?」
「そォだ。冒険者御用達品から綿棒まで売ってるチェーン店」
「チェーン店なんだ」

 店の中に入ると制服を着たバイトっぽいレジの店員が「やっしゃーせー」とやる気のない挨拶をしつつ、別の店員がこちらに近づいてくる。
 身長はイカレさんよりも10cmは高い、着ているダークスーツから見える手や顔が深緑色の鱗に覆われたリザードマンだ。
 ギザギザの口を開けて笑いながら声をかけてきた。

「これはこれはサイモン殿、ようこそいらっしゃいました」
「おや、イカレさん。お知り合いで?」

 慇懃な声で話しかけてくるリザードマンに意外に思いながら小鳥は見遣る。
 前世はチンピラでそれを今生でも引きずってるようなイカレさんが誰かに丁寧語で話しかけられるなんて石破天驚な事があるだろうか。
 余程の弱味を握られているか家族を人質に取られているかと小鳥は心配する。正義のためならばイカレさんを告発することも辞さない意志で。
 リザードマンの店主さんはニコニコ笑いながら爬虫類の目で続けた。

「いえいえ、当社の社長がサイモン殿の妹君にあられるのでして」
「血は繋がってねェけどな。どォでもいいぜ」
「義理の妹て。イカレさん……どうして貴方はそうエロゲ主人公みたいな女性関係なんですか」
「コイツの脳を治すか溶かす薬を売ってくれ」
「ではシンナーなど」

 笑顔で生々しい薬物を進めてくるリザードマン店主。それはプラモとか作るときの道具であって薬ではないと小鳥は固辞する。
 それにしても素直な感想を口にしただけだというのにイカレさんも心が狭いものだと小鳥は嘆息する。
 義理の妹が居るだけでだいたいリア充度は数段階上がるというのに。
 更に下宿の隣には巨乳お節介幼馴染がいる。
 頭が少々気狂っているが手料理を御馳走してくれる召喚少女も居る。
 ショタシスターも居る。
 エロ本を貸してくれる女性の本召喚士もだ。
 チンピラなのにそれなりに華やかな人間関係といえよう。小鳥としては、ヤク中で内臓を売り飛ばしたホームレスとか、アル中で震えが止まらないヤブ医者とかそういう彼のレベルにあった友人付き合いを期待していたのだが。 

「これでイカレさんが、暑い昼間に『ウオオオリャアアーッ! ギュルルルーッピキューンピキューン!!』とか叫んでトテトテと部屋中を駆けまわりペンギンの真似をして暑さをごまかそうとするひょうきんな方でなければハーレム展開になったのでしょうが」
「意味のわからねェ奇行を捏造するんじゃねェ! 何ペンギンの鳴き声だそりゃ! つーかペンギンは別に暑さに強くねェだろ! あと何ーレムだボケェ!」
「おお……四段ツッコミとは。イカレさんから元気を分けてもらっているみたいですね」
「手前に分けた魔力返せアホ」

 べしべしと小鳥の頭に地獄めいたチョップ突きをくれてくるイカレさん。うふふ、その攻撃でどれだけ脳細胞が死んだかな? とあくまで彼女は余裕だ。
 リザードマン店主はイカレさんと仲よさ気な小鳥を見て問いかけてきた。

「こちら様は?」
「わたしはダンジョン攻略の仲間、小鳥と申します。好きなお薬はハッピーターンの粉」
「おほん!」

 店主が大きな席をして、周囲を見回し声を潜めて云う。

「その薬を買う時は夜営業で合言葉をお願いしますお客様」
「やはり」

 怪しいと思っていたら非合法な物だったらしい。なおこれは架空のハッピーターンの話であり日本で売られている製菓とはなんの関係もない。ご安心ください。
 ともあれ二人が買いに来たのは美味しい粉ではないのでイカレさんが話を戻した。
 
「つーわけでよ店主。ダンジョンに潜るのに適当な薬を見繕ってくれ」
「わかりました。冒険者の方もよくご利用になられますからね。少々お待ち下さい」

 そう言って他の店員に指示を出して薬を集め始めさせた。
 その間小鳥とイカレさんは棚に並んだ様々な薬を眺める。意外といえば意外に、コンタクト用品や健康食品なども売っていた。ポイントカードもあるらしい。
 暫くして、数度の探索に耐えられるような量の商品が集められた。
 消毒薬に包帯。冷却材。湿布。目薬──魔物や罠の中には視覚を奪う攻撃をするものもいるらしい──に石化解除薬などの状態異常回復系。
 そして安めの即効性回復薬など。
 多少羽振りが良くなったイカレさんは必要経費だと割りきって一括購入をすることに。或いは金払いが雑なのかもしれない。明日食えぬ状況に為ろうとも彼は氷や削った木屑などを齧って飢えを凌げる男は違う。
 とりあえず多少割引はしてくれた。

「そういえばイカレさん。わたしの命を助けたという薬はどういうものでしょうか」
「ん? この中にゃ入ってねェな。おい店主、ちょっと聞きたいんだが……」

 とイカレさんは薬の効果──瀕死の重傷の人間を後遺症なく回復させる──などを告げて尋ねた。
 リザードマン店主は顎に手を当てて少し考え、答える。

「ふむ、それは恐らく『蒼きエリクシル剤』という高級な魔法薬でしょう。ご必要とあらば取り寄せ、という形になりますが」
「お値段はおいくら万円で?」
「市場価格で──」

 告げられたのは、ざっと一年は遊んで暮らせそうな値段。イカレさんは露骨に顔を引きつらせた。とても買えない。
 命と一年の生活費を天秤にかければ前者の方が重いのだろうけれど、それを見知らぬ他人に使うとは。
 謎の剣士、いったい何者なのだろうか。多分お人好しなんだろうが。









「ちなみに『蒼きエリクシル剤』は通称でして。正式名称は『オッサンーヌの髄液』と申します。公文書で登録されている名前はこっちでして」
「うわー。ここに来てまたオッサンーヌですか。何者だオッサンーヌ」
「飲み薬です」
「知りたくなかった」
 



 **********




 また、ある日の事である。
 最近宿に顔を見せないパルに会いに、小鳥は一人で彼が歌う予定のある酒場へやってきた。
 しかしまだステージにはパルの姿はなく、仕方ないのでバーのカウンターに座る小鳥。

「ストロベリーサンデーを一つ」
「はいよ」
「あ、普通に出されるんだ……」

 てっきり近くの強面な冒険者がぐへへとか笑い出して馬鹿にし始めるのかと期待していたのだが、肩透かしである。
 しかしよく見たら周囲の客は殆ど女性であった。騎士風の格好をした者や魔法使い風の者。ビキニアーマーもいる。
 この冒険者の酒場──ダンジョンの入口の一つ『黄金のピラミッド』という店の場所である。
 この世界では女冒険者に女傭兵なども多く存在するが、この店の店主は代々女性がやっていて甘いスイーツなども出すものだから彼女らが集まる場所になったのだ。すると男は入りづらく、女客はさらに寄ってくる循環が起こり、自然と女性冒険者向けの店になった。
 もちろん男が入ったら悪いわけではないが、ダンジョンから帰ってきた男冒険者などが出口としてうっかりここに来てもあまり居心地は良くないだろう。中にはナンパやパーティへの勧誘目的でやってくる下心ある男も居るが。
 ともあれ小鳥からすれば巨漢のモヒカンとかに絡まれても仕方ないので好都合である。

「そういえばマスター」

 とストロベリーサンデーを出してきたバーの店主に話しかける。
 年増と云うにはやや若く見えるほどの年齢で、冒険者上がりなのか顔や手に傷跡が残っている女性であった。
 やや厚ぼったい唇を開いて問い返す。

「なんだい、お嬢ちゃん」
「ええとですね、先日ダンジョンの中で黒髪黒服の剣士さんに助けられたんですけれど名前も聞かずに別れたんですよ。ご存知ないですか?」
「黒髪黒服の剣士……ねえ。ひょっとして鎧とかじゃなくて真っ黒のただの服だったかい? そして一人だけ?」
「はい、確か。あとマントを付けてました」

 一瞬だったが、顔の印象よりもマントが目についた。今どきファンタジー世界でも珍しいマント。しかし男の子なら誰もが一度は身につけたことのある外装。それを真顔で着こなしているのだから強く記憶にこびりついた。
 店主というか女将は薄く笑いながら答える。

「そりゃアレだ。もう十年以上ダンジョン専門をやってる有名なソロ冒険者──アサギってやつさ。
 持ってる装備が伝説級だから他人にそれを狙われやすくってダンジョン内で襲われたことも何度もあり、仲間に裏切られたことも何度も経験して、結果誰も信用しないとか。
 人を寄せ付けない冷たい視線とあらゆる魔物を切り裂く魔剣から、『孤高の魔剣士』と呼ばれて──なに恥ずかしそうに顔を逸らしてるんだい?」
「い、いえ……急に格好いい二つ名が出て」

 小鳥は酷く咳き込んだ。

「見た目も少し変わってる服を着てるけど、顔立ちはいいからね。
 無愛想で冷たい印象だけれど木陰で鳥や動物に静かに話しかけてたり、ピンチの冒険者の危機を助けたりする優しさのギャップが人気だよ。
 そのミステリアスな雰囲気から彼に熱を上げる女冒険者も多いけれど、気づいていないのか興味がないのか相手にはしない──ってなにまた」
「わたしは限界だと思った」

 妙にノリノリに話すマスター相手に白目を向く小鳥。
 助けてくれた相手は凄いありがちに格好良い勇者様であった。いい人なんだろうけれど、いい人なんだろうけれど……。
 学園のマドンナが実在した、とでも云うような珍獣の如き特徴の数々だ。そこまで詳細に説明されたら恥ずかしいというか本人はどう思っているのか気になる。
 もにょっとした顔を背けてパフェを食べるのに集中することにした。
 狙ってるならライバルは多いからねというマスターに苦笑しながらコインを弾いて渡しつつ。マスターにコインを渡すときは苦笑しながら弾いて渡すのが荒野のルールだ。逆らえば概ね縛り首は免れないだろう。おそらくだが。
 なお支払いに使う小鳥の所持金はダンジョンで稼いだ分──イカレさんは基本的に山分けにするのだが、生活費とかでいくらかイカレさんやアイスに渡してる──や学食で特別料理を作ったアルバイト賃だった。
 命がけなこともありダンジョンでのモンスター退治は結構なお金になる。並の冒険者が倒せるレベルと、イカレさんの火力で一方的に駆逐出来るレベルは結構かけ離れているらしい。そして魔鉱は強力なモンスターほど換金が高くつくのである。



「あ、コトリさん。来てくれたんでウサね」
「パンデモニウムくん」
「パルですって。パしか合ってませんウサ、それ」

 パルは小鳥の隣に座ってお酒を頼んだ。一杯引っ掛けてから歌いだすらしい。基本的に恥ずかしがりなので、アルコールの力を頼るのだとか。
 ぐいぐいと強いお酒を飲んで顔をわずかに赤らめる。パルの見た目は美少女にしか見えないから、小鳥から見てもとても可愛らしく見える。股間がすぐ隆起する欠点を除けば。欠点ではない、魅力だとは本人の談だ。

「この前の冒険で、サイモンさんからかなりお金を分けて貰って大分助かりましたウサ」
「おや、そうですか。それなら暫くは怖い思いをしてダンジョンに潜らなくても──」
「コトリさんは」

 パルはグラスを傾ける手を止めて小鳥を見る。

「またあそこに行くつもりウサ?」
「行きますよ」
「怖くは無いんでウサか?」
「次は気をつけますから大丈夫ですよ。一度死んだから展開的に多分もう大丈夫だなーって思いますよ。死亡イベントを先行終了させたと思えば」
「……」

 相変わらず、意味の通らない理屈を小鳥がストロベリーサンデーの底をつつきながらとぼけ顔で述べる。
 ぐい、と一気にパルはお酒を飲んで熱い息を漏らす。
 パルは言いよどみながら言ってきた。

「……次にダンジョンに潜る時も、どうか良ければボクもまた呼んで欲しいウサ」
「そうですね、よろしくお願いします」
「頼りなくても、今度こそはコトリさんを守るウサ。その……この前は守れなくてごめんなさいウサ」
「パルくんが謝ることじゃないですよ、よしよし」

 酔ったせいか、わずかに涙目になった彼のふわっとした髪の毛を撫でてあげた。
 パルは益々顔を赤くして驚いたような顔をして、

「コトリさんにちゃんと名前で呼ばれた……撫でられて……こ、興奮してきたでウサ」
「はいはーい、歌って解消しましょうねパンジャンドラムくん」
「ウサウサ、コトリさんも一緒に歌いましょうウサ。歌神も『教義なんてくだらねえ! 俺の歌を聞け!』と聖書に残してるウサ。気分がイマイチな時は歌って元気を出すウサ」
「熱い神様っぽいですねえ」
「その後『五分だけでもいい』と続くんでウサが」
「一気に方向性が変わりましたね」

 そうして小鳥はその場のノリでパルに引っ張られてステージで歌ったり踊ったりした。こんな時のために、日本の女学生は体育の授業で創作ダンスがある。
 大きな声で歌うのも久しぶりに思えて、確かにいい気分であったという。

「異世界なら著作権も黒服も何も怖くない……ネズミのマーチを歌います。『ぼっくらのクッラブのリ─────』」



 <<検閲>>






「しかし観客は女性の方ばかりだったとはいえぱんつにおひねりのお札をねじ込むのはこの世界のマナーなのでしょうか」
「百合乱暴されないように気をつけるウサよ?」

 



 ***********





 彼女がフロに入って見下ろすたびに。
 腹にできた新しい傷が目立つ。

「残っちゃいましたねえ。かさぶたにもならずに傷跡だけ」

 ほのかに肌触りが違う、白い傷跡を撫でながら言う。
 髪の毛からぽたぽたと水が垂れた。肌を伝って胸から腹、足へと水が流れるが、やはり傷跡だけ違和感がある。
 ふむ、と全裸のまま考える。

「盲腸の手術……帝王切開……見たことはないけど違う気もしますね。そうだ、腹切りの痕ということで」

 別に彼女は三島由紀夫や清水宗治のフリークでも堺事件のファンでもないのだが。
 世の中には少女が切腹する姿に性的興奮を感じる変態も多分いるだろうことなので、そんな輩に攫われて切腹られたということにしようと微妙に実体験混じった設定を作った。
 海に行ったら水着は囚人服のような奴にしようと計画する。意外と嫌いじゃない。手枷をつけても雰囲気が出る。
 
(そういえば、お父さんのお腹にも似た傷跡が残ってたっけ)

 刑事である彼女の父は撃たれることもあったが、まったく死なないのだと母が笑って言っていた事を思い出す。
 思いながら牛乳石鹸で泡を作って体を洗っていると、背後の扉が開く音がした。
 少しだけひんやりした空気が浴室に流れる。
 顔を少しだけ後ろに向けて、相手の名を呼ぶ。

「アイスさん」
「やあコトリくん。たまには一緒に入ろう」
「まあ、浴室広いですからね。安い宿なのに」
「そうだなあ。ここはほら、大家さんがスライム族だから水まわりは豪華にしているのだろう」

 アイスが入って来ながらそう言って、小鳥の後ろへとスケベイス──浴室の椅子の名称だ──に座った。

「……背中を流してあげよう」
「あ、ちょっと恥ずかしいです。わたし肩甲骨が少しだけ大きい気がしますから」
「微妙だな恥ずかしポイント!?」
 
 その特徴は恐らく生まれるときに名前通り鳥類になるか、人間になるか前世のカルマ値で迷った結果なのだと思われる。
 アイスは苦笑しながら化学繊維でない謎スポンジで小鳥の背中を洗った。謎とは云うが、狂牛病になった牛の脳味噌ではない、その程度の謎さだ。
 腰のあたりを柔らかく撫でながら言う。

「……背中にも傷跡が残っているなあ」
「貫通していたのか。意外な事実。アグレッシブな腹切りとでも説明せねば」
「もうその、内臓が痛むとか、血を吐くとかは無い?」
「ええ。オッサンーヌが何者かは知りませんが、健康そのもので。孤高の魔剣士さんにはお礼を言わなくてはいけませんね」
「うむ。そうだね。そうだね……」

 少しだけ声を滲ませて、アイスは小鳥の背中に頭を預けた。
 ……ガールズラブ要素……百合乱暴……パルから言われたそんな単語が小鳥の脳裏をよぎる。母から送られた言葉を思い出せ。『いざというときは奥歯をかちりと音が鳴るまで噛みしめるんだぞ小鳥』。何か仕掛けられている?

「コトリくんは、またダンジョンに行くのだろう?」
「そうですね」
「危ないのに? 死ぬかもしれないぞ」
「それはそうと、目的もありますし。イカレさんが一人で行くのも危ないですから。他に連れて行ってくれそうな人も居ません。それにこれでも、役に立っているのですよ? 戦闘以外」
 
 イカレさんとパルだけで行かせたら、少なくとも彼らがいくらラッキーでも一週間以内に地雷で足とかふっ飛ばされてる未来が見えるようだった。
 普通ダンジョンも罠回避スキルの無いパーティーは深部まで潜らない──というよりも中層程度で魔物退治をして魔鉱を稼ぐのが殆ど──なのだが、とりあえずダンジョン内を探索する目的の小鳥と、奥地に居る鳥を探しに行くイカレさんの方針によりひたすら進むパーティなどそう無いから選択肢も少ないのである。
 アイスは囁くように言った。

「……私は、昔サイモンくんを助けようと思って魔法使いになったんだ」
「彼を?」
「召喚士というのは髪の色だけではなく、その能力から迫害を受ける事もある。サイモンくんは体躯に恵まれているわけではないから、小さい頃はよく同年代に虐められていた。もちろん、あの性格だからやり返していたが、勝率は良くなくてなあ」
「ほう」
「私もあまり友達が少なくてなあ。眼鏡とか巨乳とか言われて」
「……なんというか釈然としない戦力差を感じますな」

 ロリ巨乳とか実在していたのか。これ以降小鳥はUMAを見るのと同じ目でアイスを見るようになる。
 最近の小学生はエッチになっていると鳥取で同級生の男子が主張していたが、まあそれは恐らく犯罪者候補の意見なのでともかく。
 小鳥は性徴に欠陥があったと主張したい程にペタ乳である。母も驚くほどペタンだが、一応血はそこまで繋がっていないので希望は無くもない。

(思い出すのはニヤニヤしながら言ってくる慰めの声です。『なあに気にすることはないぞ小鳥。小さいほうがむしろお前は可愛いからなあ。それに胸が無くても結婚を申し込んでくる物好きもいるものさ』……あれはノロケだったのだろうかお父さんの)

 どうでもいいことを考えているとアイスの惚気話は続いた。

「そんな時を助けてくれたのがサイモンくんだ。いやまあ、いじめっ子にはあっさり負けるわけだが、庇ってくれたサイモンくんの頼もしさときたら……」
「わかります」

 実はちっともイメージできないのだけれども思い出を壊すのも悪いので適当に肯定しておく。
 小鳥の脳内ではバタフライナイフをちらつかせて危ないやつみたいに息荒く突っかかっていくショタチンピラが思い浮かぶ。彼の未来は暗い。施設で性根を矯正してもらったほうがいい。
 
「それで彼の力になろうと魔法学校へ通ったのだが……それからも彼には世話になった。今使っている魔杖アイシクルディザスターを作るために、エンシェント級のアイスドラゴンと戦った時もサイモンくんがいなければ勝利は覚束無かっただろう」
「そんなメインボスバトルがわたしの登場以前に」
「サイモンくんの魔力を持っても一度に一体、それも十数秒しか召喚できない皇帝鳳凰……そして私が咄嗟に編み出した投げ技[地盤畳返し]の絶妙なコンビネーションが繰り広げる戦闘は地形を変えた……懐かしいな」
「投げ技なんだアイスさんの役割」

 魔法使いとして何か間違ってる気がしないでもなかった。
 
「コトリくん」

 言いながらアイスが正面に回ってきた。
 小鳥も初めてまじまじと見る彼女の裸。思ったとおりぽよ──んと擬音系な胸をしていて、シミも肌荒れもできものも無いすべすべした肌をしている。
 正面からぎゅ、と小鳥の手を握り。

「サイモンくんはああ見えて──面倒臭がりで無職で目付き悪くて人の弱みを見るのが大好きで空気を読まなくて割とひ弱だが──」
「……」

 そこまで言うかな、とも思うけれど幼馴染の特権だろう。きっと彼女以外の誰かが、アイスの目の前でそういう風にイカレさんを評価したら凄く怒る筈だ。或いは肯定するか。少なくとも間違っては居ないのだ。
 彼女は優しく笑って言った。





「サイモンくんは──ツンデレなのだ」




「……いやー」

 チンピラ風なイカレの旦那に付属させたくない属性だった。
 まだ不良とかヤクザだったら雨に濡れる捨て犬を助ける的なツンデレ実は優しい属性がアレなのだが。イカレさん雨に打たれてる犬を食料にするだろう。或いは子犬を囮に近寄ってきた人間を襲うか。
 世紀末救世主の前に立ったらとりあえず殺されそうなごろつきA。
 種籾とかあったらうまくもないのに食べそう。
 明日より今日。世の中にあるものと組み合わせると犯罪の二文字がちらつく系男子。
 そんな感じで小鳥は認識している。
 実際、見た目は虹色を除けばそれほど悪くないんだが、雰囲気がげっそりした上に尖った目付きと貧乏臭さと卑しさを兼ね備えたオーラを放っているのである。

「まあ私には年単位でデレを見せないのだが……それもまた難易度ハーデストポイント」
「……楽しんでいるならそれでいいですが」
「一番最近のデレは私の失敗料理を騙されて食べた後に『いィ加減自分で味見したもの出せっつーんですけどねェェェ! 死ねっ』とあーん的に彼の使ったスプーンで間接キスを迫られたことだ。料理の臭いで戻してしまったけれど」
「それはデレというより」

 怒りのほうが篭ってそうではあったけれど、アイスは幸せそうなので放っておいた。
 とにかく、と彼女は一度咳払いをする。

「サイモンくんは、頼りになるのだ。そして不器用に優しい。コトリくんも彼のそういうところを見たことがあるのではないかな?」
「……心当たりはありますね」

 自分から召喚されたと名乗る、意味不明なことを喋る女を彼は特に対価も求めずに悪態をつきながら宿に住まわせた。別に見捨てても異世界に戯言を吐く女が一人取り残されるだけだというのに。
 それでいて束縛もしなかった。小鳥を自由にさせつつ、危ない街中などに出かけるときだけ億劫そうに付いてくる程度で。
 貧乏なのにお金だって貸してくれた。知らないことだって最低限教えてくれた。そこまでする義務は無いというのに。
 
(あれ? 結構イカレさんいい人だ……厭だなあ)

 思い直すと、彼のことをチンピラからチンピラ兄貴へと格上げ出来そうな感じではあった。進化をBボタンでキャンセルして脳内評価は留めておいたが。
 
「だから、危なくなったら彼の背中に隠れなさい。本当は私が彼を助けてあげたいのだけれど……」

 仕事を休んででも手伝おうとしたら、彼に怒られてしまった。アイスはわずかに寂しそうな顔をしながらイカレさんの口調を真似る。
 
『ガキじゃねェんだから社会人は自分の事を考えろ。教える生徒にも迷惑だアホが』

「そう言われたらどうしようもない。今では私も彼も、助け合うにはお互いに強くなりすぎてしまった。無理に理由をつけて近くにいけない」

 特に彼女に借りを作る事が面倒なのだろう。対等だと思っているが故に。手下気分な小鳥やパルはともかく。
 だから。
 イカレさんにいつでも一緒にはいられなくなってしまったアイスへと小鳥は言った。

「大丈夫ですよ。あの人もパルくんもわたしが助けますし、わたしも二人から助けられます。頑張ります」

 アイスさんは少しだけ悲しそうに笑った。

「うん。私は、君を信じる。君やサイモンくんと笑って過ごせる日々が好きなのだから────死なないでくれ」
「はい」

 返事を。
 根拠はないけれど誓いとして守ろうと思う返事をして小鳥はアイスの胸を掴んで捻った。



「痛ぁ──!?」


「あ、いえ前からあまりに立派なお胸でしたので偽乳かどうかの再チェックを」


「それこの話の流れと関係ないよね──!?」






 ************



 今日また小鳥とイカレさんとパルの三人はダンジョンへ潜る。
 幾らかの緊張感と、アイスから貰った氷系防御術が付与魔法で込められた[氷結符]とイカレさんが買ってくれた薬を含んだ装備を持って。
 目的はある。
 イカレさんは居なくなったペットの鳥を連れ戻すため。
 パルはお金を稼ぐため。
 小鳥は──元の世界へ帰る手がかりを得るため。
 今日も命を対価に可能性を見つけに、地下へ潜るのだった。
 異世界へ来たばかりの初心者期間は終わった。
 今では死をも体験しつつ、目下毎日を楽しく生きている。


 そうして区切りが尽き──また始まる、イカレと小鳥と異世界の日常。
 


「わたし達はまだ下り始めたばかりなんだからよ……この険しく長いダンジョン坂を……」
「おい、手前」
「はいなんでしょうイカとカメレオン、略してイカレオンさん」
「うざっ。それより、手前は戦闘じゃ役に立たねェんだから後ろ引っ込んでろよ」
「はあ。それならばイカレさんの後ろに隠れますか」
「あァあァそうしろ。巻き込まない分面倒じゃねェ」
「……うげえ。うわーマジコレうわー」
「なんで凄まじく不満気なんだ殺すぞ」 

 そんなイカレさんのややアレな優しさに苦笑いを吹きこぼしながら。





[30747] 13話『多分次の話ぐらいにほだされる孤高の魔剣士』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/02 18:01





 導火線に火は付けられた。
 黙示録に等しい終末は刻一刻と迫っている。三人の目の前で悪鬼羅刹の毒は数秒後にも撒き散らされようと、その場に佇んでいた。
 僅かに硝煙の臭い。煙を伴うそれが一時的に毒の悪臭を抑えるが、それも爆発してしまえば消え去る。
 導火線の命が尽きるまで。
 滅びを目の前にしても小鳥と、イカレさんと、パルはそれを強ばった顔で見ていた。
 じじ、と爆発物へと繋がる導火線が短くなる音と、息を飲む音が聞こえる。音に、光に、臭いに。三人の冒険者は敏感になっていた。
 震えた膝を、僅かにパルは後ろへと下がる。

「も、もうダメでウサ……! こんなところにはいられないでウサ!」

 そう言い残して彼は罠の範囲外へと逃げ出した。誰が彼を臆病者と罵れるだろうか。小鳥と、イカレさんだ。

(あとでめっちゃ罵る。わたしを守るとか言っていたのは何話前だったか)

 そう小鳥は心に決めつつ。
 イカレさんは脂汗を僅かに掻きながら言う。

「おいィ……もうやべェんじゃねェか? とっとと逃げるんだな」
「うふふ、イカレさんも、恐怖を感じない召喚士と言っていた割には怯えているように見えますよ?」
「言ってろ。はん、これしきのこと、誰が逃げるかよ」

 そう言いながら、口を引きつらせて彼は一歩前へと進んだ。
 前にあるは死地。逃げても臆病者かもしれないが、賢くはあるというのに。行くは破滅。そう知っていても彼は前進する。
 そんな彼を一人だけ行かせてもいいのだろうか。
 いや、良くない。何が良くないかと言うと気分が良くない。チンピラに格好良いことをさせたら碌な結末にならない。
 だから小鳥も前進して彼の隣に並び立つ。そこがいかに危険だとしても。
 
「ちっ……ガキの出る幕じゃねェんだよ。引っ込んでろ」
「いいえ。わたしとて、いつまでもイカレさんの背中に隠れている無力な存在ではないのです」

 嘯いて焦る心を静める。
 クレイモアの正面。ドラゴンの顎の前。突きつけられたファランクス。そんな危険な状況だろうと、怯んではいけない。
 目を背けてはいけない。たとえ死んでも、そこで後悔しないために。
 導火線が縮まる。寿命がそれに伴いが縮まっていく。
 今からでも振り返り、全速で逃げれば間にあうだろう。でもそうはしなかった。意味は後からついてくるものだ。
 たとえ死んでも、誇りは見せつけられる。
 
「それに、死ぬには慣れています。これでも」
「大げさだぜ。少なくとも、俺ァ死ぬ気はねェがな」
「しかし、どちらかがやられるのは確実ですけれどね……!」

 小鳥は胸に手を当てる。そこにはアイスに渡されたお守りが入っていた。
 熱く焦がれた心を落ち着けるような冷たさを持つそれに祈りを込めながら、目を凝らし最後の瞬間を待つ。
 イカレさんは髪を掻くように頭に手を当てながらぎらついた目を向けていた。
 
 ……来る。

 確信した。最後のタイミング。最高のタイミング。それを逃さぬように護符を出す。
 氷の壁を生み出す氷系術式が込められた魔術文字による術符──

「『氷結符』!」
 
 同時にイカレさんも云う。目と髪の虹の発光を強め──目は金色に輝き髪は全ての色を綺麗に混ぜた白銀色へと変化した。

「『白光防護(フォロウ・エフェクト)』!」

 
 

 

 そうして、二人の目の前にあった──
 爆竹の刺さった犬のウンコは爆発四散したけれどそれぞれの防御術式に阻まれてウンコまみれにならずに済んだのであった。 




 *******



「──すまない、もう一度説明してくれるか。私が魔法を込めた護符の魔力を使い切った理由を」

 アイスが自分の額に指を当てて考えこむポーズを取りながら尋ねてきた。
 ダンジョンから帰ってきて一日の土産話を聞かせていた時である。
 小鳥はいつも通りのしれっとした顔で答える。尋ねられたら世界や宇宙の真理でも答えるだろう。信ぴょう性はともかく。

「爆竹犬のウンコチキンレースをして発動させちゃいました。引き分けでしたけど」
「なんだそれは!」
「犬のウンコに爆竹を刺して最後まで逃げなかったほうが勝ちという競技です。まあ、煽ってイカレさんを犬のウンコまみれにしてやろうと思ったのですが隠し技を相手も控えてまして」

 普段の七曜防護(レインボウ・エフェクト)から更に魔力を込めて短時間のみ使える白光防護(フォロウ・エフェクト)。視線や呪い、恐慌や咆哮などの効果どころか、物理的に体を害する攻撃を防御、軽減させる能力である。
 魔力消費が大きいから魔力の回復が出来る召喚士といえども連発や長時間使用は疲れるのだが。それで犬のウンコは防がれてしまったのだ。

(チキンレースに安全策を持ち込むとは無粋な……)

 小鳥はそんな己を棚上げをしながら憤る。本気を出すと銀髪になるなんて中二臭い設定のイカレさんめと心のなかで罵る。
 アイスが不満そうな表情で腕を組んで眉根を寄せながら言った。

「……ダンジョンに仕掛けられていた危険な罠だよな? そういってくれ」
「いえいえ、ダンジョンの中ではなくて帰りしな三人で街ブラしてたら犬のウンコを見つけたのでちょっと遊んでみまして」
「馬鹿かー! なんで意味不明なところで魔力を開放するのかー!? 竜の火炎ブレスでも防ぐ術式を!」

 ぐっと小鳥は力を失ったお守りを握りしめて云う。

「アイスさんが最期に残してくれたお守り……わたしは、彼女が死んでまで世話になってしまいました」
「死んでないから!? 最近死にかけたの君だから! 大体お守りじゃなくてもサイモンくんの背中に隠れろって言ったではないか!」
「ずっと誰かに守られているだけじゃダメなんです! 自分を守るためにも、大事な仲間を守るためにも……! わたし、戦います!」
「やっぱり微妙にズレてるよねこの子ー!」

 悲嘆したように叫ぶアイスに小鳥は生優しい視線を送りつつ。

「まあまあ、おやつにダンディーケーキを作ったから許して下さい。苦目のお茶と合うんですよ」
「……ダンディーケーキというと、材料にダンディーを使ったアレか」
「全然違います。なんですかダンディーって。材料ですか」
「一度作った時は食べたサイモンくんが一時的にダンディーになって困ったのだが」
「それお菓子じゃないですよね? 魔法薬の類ですよね?」

 こっちの世界では違うらしいがダンディーケーキはイギリス料理のマーマレードとかをふんだんに使ったケーキのことせある。出来てから数日間寝かせてから食べるのがよし。ひと月以上腐らないこともある。
 
「英国ワールドカップ優勝バンザイ。チップス&フィッシュ大好き。ダンディーケーキも。ゲシュタポの長官を10年間やっていました小鳥の異世界日常が今日も始まります。ゲシュタポは嘘だけれど。ナインナイン」
「また虚言癖が始まった……」






 *********





「わたしが帝都に来てはや3年の月日が流れた……」

「流れてねェが」

 イカレさんの残酷なツッコミを受けつつ今日もダンジョンの入口にある酒場へと繰り出す小鳥とイカレさん、そしてアイス。
 アイスも休暇が重なれば一緒にダンジョンに潜ったりするゲストメンバー的お助けキャラとしてパートタイム冒険者を続けている。
 今日はダンジョンに潜るわけではないが、夕飯も兼ねて酒場へと外食へ出かけた。目指す先の店は『黄金のピラミッド』である。ここしかストロベリーサンデーを出す場所が無い。
 コンビニで雑誌などを購入しつつ酒場へ向かう。
 帝都には24時間営業のコンビニが日本の地方都市程度には存在している。夜間の店員として清潔なゾンビとかスケルトンなどが働いているので、異世界人ならずとも他所から移入してきた人は驚くだろう。帝都の住人は彼らのような夜行性種族も多い。
 夜道を歩く時はなるべく大通りの道の真中を。そう小鳥は教えられている。帝都の夜道ごとき歩けなければダンジョンなんて潜れないとも思ったので何度か一人でコンビニまで出かけた事はあるが警戒は絶やさない。実はこっそりとその度にアイスや召喚された殺人梟が護衛として付いているのだが、彼女は気づいていない。
 今日のようにペカペカ目立つイカレさんと、不意打ちで打ち込まれたボウガンの矢すらホームランするアイスがいれば余程のことがない限り大丈夫であろう。
 夜の移動ではイカレさんの怪鳥飛行便は使えない。鳥目だからだ。
 ネオンの輝く店の前にたどり着くと、何やら怒号が聞こえ──
 店の扉を突き破り、中から大男が吹き飛んできた。

「あれ? 店の入口ってカタパルトとか仕掛けてましたっけ」
「いや、誰かに吹っ飛ばされたんだろォよ」

 大男──全身筋肉の上にうっすらとした脂肪を残した身長2m程の巨漢である。リベット尽きの黒光り皮服を着込んで顔面に刺青を入れたスキンヘッド。シャバよりムショ、更に言えば世紀末荒野が似あってそうな、鳥取ではよく見かけるタイプのゴロツキだ。
 腰には大ぶりのナタを抜き身で下げていまる。転んだ拍子に刺さらなかったのは日頃の功徳の成果だろうか。
 男は地面に転がり二転三転すると起き上がって、店の入口を睨み上げた。

「て、テメエ!」

 男のダミ声と同時に店から姿を現したのは──
 上下黒の衣服で身を包んだ、十代後半ほどの年齢に見える黒髪黒目の青年である。背中には黒いマントと無骨な木製の鞘に収められた剣。右手には肘から手首までを覆う無骨なガントレット。腰に切り詰めたショットガンを下げている。
 見たままの年齢にしては恐ろしい程に殺気が漂っている彼は怜悧な視線を男に向けて、無感動な声を響かせた。

「───失せろ。今日は機嫌がいい───見逃してやる」
「見下しやがってクソガキがぁ! ぶっ殺してやるぜ!」
「フ───無為な事を───まったく折角の良い夜だというのに────邪魔だ──」

 チンピラ──イカレさんで無い方──は腰の大鉈を構えて顔を真赤にさせながら、意味にならない罵り言葉を叫んだ。
 それを聞き流しながら両手をフリーにした少年はゆっくりと店の入口から離れる。彼の離れた後は入り口から女冒険者達が何人も顔を出して喧嘩を見物したり黄色い声を上げていた。
 小鳥達はやや離れた場所から見守っている。

「しかしぶっ殺すとは言っても、あの黒い人がわざわざ近寄ってきたからいいもののショットガンで一方的に銃撃されてたらあのおっさん死んでますよねえ」
「ふむ。殺人は重罪だからなあ。その程度の常識はあるのだろう。それに、銃を使わなくても勝てる自信があるか」

 少年は男の数メートル手前で一旦立ち止まり、右手を前に出して殴り合いの構えを見せながら軽くステップを踏んだ。鉈で武装した相手に背中の剣は使わずに、素手で戦うようである。
 激昂した男が大鉈を構えて大きく横になぎ払い──避けたり受けたりしないと確実に人が死ぬ勢いで──踏み込んだ。
 同時に少年はダッキングで上半身を下げて紙一重でナタを避けつつ前進──男の懐に潜り込む。
 は、と声を出して隙だらけの男の顔面にカウンター気味の右拳が突き刺さる。一瞬だが、その右手を覆う金属製らしいガントレットが光ったように周りからは見えた。
 鼻の軟骨を潰す音を立てて男の顔面に入った拳は一撃で仕留めようとした威力ではなく、打撃を受けて怯んだゴロツキへ即座に二連打が同じ箇所に叩き込まれる。続けて息をつく間もなく繰り出された左フックがコメカミを抉る。
 男の顔面がフックで大きく右に動いた瞬間、少年が見越して放った右肘の回転エルボーが人中へと吸い込まれた。
 これにはたまらずに大きくのけぞり、武器を取り落とす男だったが、追撃の手は緩まない。
 怯んだ隙に右拳を強く握りしめて、やや屈んで溜めたアッパーが男の顎に綺麗に入る。歯を何本か叩き折った音を立てつつ、男より頭一つ小さい黒い少年のアッパーは巨漢を軽く浮かせた。
 浮いた男が落ちてくると同時に追撃で正拳突きを打ち込む。腰に力を入れて放たれる全身の体重を腕に乗せた強烈な一撃に、男の体は水平に吹っ飛んで路地裏のごみが積まれた場所へ叩きこまれるのであった。
 あまりに一方的な、数秒間で終わった試合展開。
 どこかの壁にぶつかった音を聞きながら少年はその方向に背中を見せ、月を見上げながら言う。

「──やれやれ──月がよく見える夜は──気が荒ぶる輩が多いな──」

 キメ顔とキメポーズで言いながらマントをなびかせて酒場へと戻っていった。その際女の子達からキャイのキャイのと騒がれたりしたけれど少年は華麗にスルーしている。
 小鳥は感想を云う。

「意味はわからないけれど自信たっぷりなキメセリフでしたね」
「手前……それを言うなよ」
「まあ、満月の日や新月の日には一部の種族は力が増すけどね。チンピラはどうだか知らないが」

 一応フォローのようなものを入れるアイス。
 しかしそれにしても。

「あれが『孤高の魔剣士』ですね。やっと会えました」
「コトリくんを助けた冒険者か? 確かに戦い慣れた様子ではあったが」 
「10年は冒険者を続けているって聞きましたが、随分若い様子でした、それに──」


『孤高の魔剣士』の特徴の一つ、黒衣。決して防御力は高くない黒の服。理由は不明だが彼は鎧などを使わず、その服を愛用しているという。 


(でもさ、学ランだったんだけど。彼が着てるの)

 小鳥は訝しんだ。






 ***********



 黄金のピラミッド亭ではやはり女性比率が高い。というかイカレさんとパルと孤高の魔剣士しかいない。
 出される酒や料理もそことなく女性向けが多いので、男とパーティを組んでいる女冒険者も仕事後には別れてこっちに来るぐらいである。
 やはり虹髪で男性のイカレさんなどは入ると女性冒険者からやや品定めをするような目線を送られるがどこ吹く風で気にしない。女児用下着売場に来ても平然としているイカレさんを甘く見てはいけない。後ろ指を差されようが余裕で無視できる。
 店内ではわいわいと陽気な騒動で賑わっている。女三人寄れば姦しいと云うが、ここは言うなれば姦姦姦姦姦嬲姦姦嫐姦姦といった状況である。何故か文字に現すと非常にエロく見える。
 ともあれ、顔なじみになったマスターの居るバーの席へと三人で座った。そこにはぐったりとしているパルもいた。
 
「パロールの魔眼くんどうしましたいきなりぐったりと……死んでるんだぜこれ……」
「生きてますウサ」

 揺さぶり起こすと気だるげにパルは起きた。
 口からは強烈な揮発せんばかりのアルコール臭。サケクッサーという擬音が聞こえるようだ。
 
「あんまりアルコールばっかりやってると喉が潰れますよ? それはそうと日替わり定食を3つ注文しつつ先ほどの騒ぎはなんだったのかとパルくんに聞きます」
「ウサウサ……人は何故争うのかウサ。夢、希望、未来……どこから来てどこに行くのかウサ」
「うわ。ダメクサイ。マスター、なにがあったんですか?」

 店主は笑みを零しながら言う。

「いやあ、ここは女ばっかりの店だからさっきみたいな荒くれも時々来るんだよ。いつもは店内の女冒険者達で袋叩きにするんだけれど、たまたま魔剣士が居合わせて───それでさっきの男も魔剣士の噂は半可通だったんだろうね。喧嘩を売った挙句にあのザマ」
「ほほう」
「ああいう輩に絡まれるのも魔剣士は慣れてるからね。それに今日はダンジョンでいいお宝でも見つけたのか、いつもはさっさと酒場から出るんだが、そんな時だけうちでストロベリーサンデーを注文するのさね」
「甘党ですか。あざとい設定追加ですね……」

 ちらり、と店の奥、魔剣士が座っているテーブルを見れば何やら遠目からは見えないが、器のような白い容器を前に涼し気な笑みを浮かべて目を瞑っている。あれがお宝だろうかと注視した。
 それをやや遠巻きに女性冒険者たちが見ながらヒソヒソと話し合っていた。顔の様子から見て、嘲笑われているのではなく単に好奇心や興味、イケメンへの何らかの評価をしているようであった。
 アイスもそちらに視線をやりながら顎に手を当てて言う。

「確かに何か全身から常人とは異なるオーラを感じるね。強力な魔道具の波動も感じる」
「そりゃあの魔剣士の装備を全部売り払えば孫の代まで遊んで暮らせるって噂があるぐらいだしねえ───はいこれ」

 マスターは小鳥の前にストロベリーサンデーを置いた。

「確か用があったんだろう? これを届けてくるついでに前のお礼とやらもしてきな。まあ、あんまり会話を好まないやつだけど今日は機嫌が良さそうだしね」
「おォそーだそーだ。てか例の薬の代金を請求してこねェよォに言っとけ」
「イカレさん……」

 微妙な顔になりながらとにかく、ストロベリーサンデーを乗せたお盆を持って小鳥は立ち上がった。
 お盆を水平に保ったまま歩き、奥のテーブルに向かう。鳥取のパチンコ喫茶で短期アルバイトをした経験があるので配膳に問題は無かった。パチ喫の問題は、異常に五月蝿すぎて注文とかマジ聞こえないところなのである。鳥取ならばだいたい何処にでもあるからお勧めだ。
 魔剣士に近づくとなにか妖気のようなものを感じた。彼の背負う剣と、テーブルに立掛けられているショットガンから特にヤバめな雰囲気がする。
 ともかく、テーブルにストロベリーサンデーを運ぶ。

「お待たせしました~」
「───」

 ……。

(いや、───って言われても)

 口には出してないが、僅かにこちらを見て興味をすぐに無くしたような視線に込められた謎のラインに小鳥は胸中でツッコミを入れる。
 とにかくお礼をしなければと話しかけた。

「あのーこの前はありがとうございました。命を救われまして」
「さて───誰だ? 覚えて───無いな」
「ええと。ほらオッサンーヌまで使っていただいたニンジャですよう。覚えてません?」
「──どうでもいい」

 小鳥には視線も移さずに、スプーンでサンデーを掬って口にし始めた。
 やはり孤高というだけあって愛想は良くない。予想の通りなので小鳥は特に不快には思わなかったが。
 ふと、彼のテーブルに載せられたお宝の器を見ると、

(あ、これわたしがこっちに持ってきたカップ麺、鳥取ラーメンの容器だ。イカレさんがダンジョンのどこかにポイ捨てしたやつ)

 見覚えのあるそれに、小鳥は気づいた。

「これがお宝……ですか?」
「──他人に価値は───わかるまい」

 少し淋しげに彼は首を振りながら言う。
 価値と言われても、鳥取市内のスーパーでメーカー希望小売価格180円のカップ麺なのだが……。
 
「あ、それと最後に質問を」
「一人に──してくれ────」

 会話を拒絶するような彼の言葉に逆らわず返すことにした。

「はあ。それではお食事中申し訳ございませんでした。お礼を言いたかっただけでしたので」

 頭を下げて離れることにする。まあ初対面も同じような人から根掘り葉掘り聞かれるのもいい気分はしないだろうと小鳥も思った。
 彼は孤高と呼ばれているのだ。普通に人とコミュニケーションが取れるなら孤高ではないのである。つまりは元からコミュ障気味なのはわかっていた。わかっていたなら、特に感慨はない。
 しかし、気になることは。
 背中を向けて歩き出しながら呟いた。


「なんで学ランだったんでしょうか。応援団なのかしらん」

 
「待て──……!」

  
 小鳥の呟きに、魔剣士が反応した。
 彼女の手を、彼が掴んで引き止める。
 やや離れたバーのカウンターでアイスが少し緊張した面持ちで杖に手をかけているのを見ながら振り返ると、ギラギラした目で孤高の魔剣士は小鳥を見ていた。
 そして半開きになった口から、信じられないとばかりに声を出す。

「今──なんと言った──!? 学ランを───知って──いるのか──!?」
「? ええ、男子中高生の制服ですよね。わたしの高校はブレザーでしたけど」
「高校──!? まさ───か、君は───!」

 どうでもいいけど喋り方が独特で微妙に謎だ。

「おおっと手が滑った」

 遠くからよく聞こえる声。そして一瞬後に、小鳥と魔剣士の近くの床に魔杖アイシクルディザスターが突き刺さった。
 凄まじい破砕音と、打撃力を加えたことにより発生した冷気が酒場の空気を完全に凍りつかせる。
 注目を浴びながら眼鏡を光らせたアイスが足音を立ててこちらに近づいてくる。

「いやあすまない。うっかり手からすっぽ抜けて杖が飛んでいってしまった。ところで、私の連れが何かしたか?」

 と、魔剣士が掴んでいる小鳥の手を指さして尋ねてきた。怖い雰囲気だ。保護者オーラが出ている。
 ううむ、どうしたものやらと小鳥は考える。アイスは彼を警戒しているようであるが話はしたい。
 ひとまず魔杖が飛んできた瞬間から魔剣の柄に手を当てている魔剣士へと向き直り、改めて挨拶をする。


「ええと、まあここは合言葉的で確かめましょう。『風』」

「……『谷』? いや、何度目だロードショー! ──や、やはり、日本人なんだな!?」


 うれしそうな顔で彼は小鳥の手を両手で握ってきた。
 日本人ならどの年代でも当然だが風の谷の合言葉は通じたようだ。何度繰り返しても何度でも見てしまうそれには怪しげな洗脳作用があるかもしれない。

 故郷の日本へと帰る事を十年以上目指している、かつて異世界トリップしてきた孤高の魔剣士・浅薙アサギと最近異世界に来た鳥飼小鳥の出会いであった。
 そして彼と、彼の持つ魔剣との出会いが、物語を巡らせていくことになる。

 
 



[30747] 14話『壊れた世界の魔剣とアラサー』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/03 18:12








「オレがここに来て10年以上経つが──故郷はどんな感じだ──?」

「ええと、太平洋戦争が終結しました」

「古すぎるだろ情報──! オレは──南方前線に取り残された──旧日本兵か!」

「ソ連が崩壊しました」

「それも──ちょっと古い」

「ここまで言えばわかりますね……第三次世界大戦。感染症パンデモニック。隕石の衝突。ポールシフトとグレイの侵略。全てはノストラダムスが予言していたのですよ!」

「なんだって──!?」

「そんな訳で世界は絶賛終わらない世紀末。そんな中にある清涼、鳥取名産『20世紀末梨』をよろしくお願いします」

「故郷の味を宣伝された──!? っていうか──露骨に嘘だろ!」






「……何か盛り上がってるな、あの二人」
「どォでもいいぜ。んなことよりメシだメシ」
「張り切ってコトリくんを庇いに行った私が馬鹿みたいではないか」
「過保護すぎんだろ馬鹿が」

 
 日本出身者と知って孤高の魔剣士こと冒険者、浅薙アサギと同じテーブルで小鳥が彼の知りたがっていた日本の時事を適当に答えていると、少し寂しそうに遠くからアイスが不満の声を上げているのであった。




 *******


 浅薙アサギ。
 東京都台東区出身でこの世界に来るまでは鳥越高校二年生。17歳の時に偶然か故意にか異世界転移をしてしまいそれから現在──10年以上この世界で過ごしてきた。

(やはり転移に必要な条件は17歳……)

 小鳥は納得した。
 彼の体は背中のマント──超外装『ヴァンキッシュ』の効果で来た頃から成長と言うか、老化が止まっている。それ以外にも身体能力向上や高防御力、噴出力による移動能力に反応速度上昇など様々な恩恵のある貴重なダンジョン産魔法道具である。
 10年以上もほぼ一人で、異世界と繋がっていると思われるダンジョンに潜り続けて、帰郷することを夢見ていた彼は、初めての同郷者に興奮気味である。
 しかしながら、

「妙に癖のある話し方をしていますよね、アサギくん」

 小鳥がそう指摘すると彼は憂いを帯びた無駄にイケメン風な顔付きで、

「芸風──だし──長文を喋る──時は面倒だから──少なくなる」

 と、云う。彼なりの個性なのかもしれない。
 とまれ、小鳥は自分がここに来た経緯を説明することにした。

「わたしはですね、ほらあそこにいる召喚士の方に異世界召喚されたのですよ」

 脳天キャッチザレインボウのイカレさんを指さして云うと、アサギは椅子から立ち上がって剣呑な目でイカレさんを睨みつけた。
 吐き捨てるように、

「それは───誘拐だ───! 異世界に───同意無しで呼び出して────使い魔として使役するなど───もしくはエロ系契約──!」
「別に使い魔じゃないですけど。エロ系とかも無いですし」
「まず──召喚士という名前が気に入らない───支配っぽい───」
「ぽい言われても」

 彼の非難がましい視線に気づき遠くのアイスがイカレさんを突っついて教えている。




「あ、サイモンくんサイモンくん、例の魔剣士なんか睨んでるよ君のこと」
「あァん? 知らねェ」
「ウサふへへへへへサイモンさぁん……」
「うげっ抱きつくなアホウサギ!」
「くっ……パルくんを引き剥がしたいが私に絡まれても面倒極まるので触りたくない!」




 アサギくんは華麗なステップを踏む地団駄をしながら言う。

「モテてるのもムカつく───!」
「地味に僻みっぽいなあ」

 というか、

「女の子から人気のダーククールな雰囲気男子じゃなかったのですか、アサギくん」

 と小鳥がやや引きながら事情を聞いてみると、

「いやほら──オレに近づいてくる女の子って大体ハニートラップか金目当てじゃん──? 
 今までちょっと誘われたかと思ったら──魔剣盗まれかけた事もあったし──
 高校の時も靴箱に入ってたラブレター信じて──体育館裏で5時間待ったことあるけど誰も来なかった。
 彼女ができたと思ったら死霊のはらわたⅢがアリかナシかで喧嘩して1日で分かれた──」
「……まあ、好きですよⅢ」
「だよなあ──異世界で死霊のはらわたの話が出せるなんて懐かしい──きっと名作だから元の世界ではⅤぐらいまで出てるはず──」

 日本でもきょう日、死霊のはらわたの話題で盛り上がることはあまり無い気もするけれど彼が感極まっているようなので指摘はしないでおいた。あと続編は無茶だ。キャンベルもいい加減拒否る。
 話を戻す。

「それで──オレはダンジョンが元の世界に繋がる場所だと思っている──見てくれ──今日拾ってきたものだが──日本のカップ麺のゴミだ──」
「わたしが持ち込んでポイ捨てしたものですが」

 落胆。
 まあそんな感じでアサギはがっくりと椅子に再び座り込んでしまった。

「──ラーメン───食いたいなあ───」
「いえまあ手作りでいいのならご馳走しますが」
「なん──だと──作れるのか──!?」
「いまどきの女子高生ならクッキングパパぐらい全巻読んでますよ。わたしが美味しいインスタントラーメンを作ってあげましょう。普通のラーメン作る数倍は手間がかかりますが」
「女子高生がクッキングパパって読むか──? それに別にインスタントじゃなくていいからね──!? 普通のラーメンが食べたいからね──!?」
「うふふ、いいですよ。命のお礼ですから」

 嬉しさのあまりスタイリッシュな小躍りを始めたアサギ。
 やはり遠巻きに見てる女の子からは黄色い声援があがる。何故かというとイケメンだからだ。

(モテてるというけど珍獣だよねこの人。顔はちょっと格好いいけど)

 とにかく、小鳥はこのはしゃぐ三十代を落ち着かせた。

「フ──オレとしたことが──」
「まだ取り繕うとしてるあたり図太い気もします。というか、わたしと会話してる時ぐらい格好つけた喋り方しなくていいですよ。ウz……ごほん。聞き取りにくい面もありますしね。でも個性がなくなっては嫌なので他の人を交える時はぜひこのままで」
「む──わかった」

 小鳥の要求にアサギは思案顔を見せた後、もう一度咳払いをして会話を続けることにした。
 一応喋りにキャラを作っている自覚はあったようだ。

「──ところで、君は何故ダンジョンなんて危ないところに?」
「アサギくんと同じですよ。ダンジョンの中にですね、異世界へ送還用の仕掛けがあるらしいとあの召喚士さんが調べてくれまして。異世界を観光したりしながら時々ダンジョン生活です」
「送還用の仕掛け──!? やはり、あるのか……」
「うーん、というか闇雲にアサギくんがダンジョンを探し回っていたというのが驚きですが」

 彼は苦い顔をしながら顔を逸らして言う。

「仕方ないだろう。孤高なんだし。帝国図書館で一応魔王が異世界召喚をしていた程度は調べたんだが」
「そもさん、何故に孤高。っていうか自分で言うのですか孤高て」
「だってオレを騙して装備を奪おうとするヤツばかりなんだもん」
「もんとか言われても。人間不信すぎですなあ」

 顔を曇らせるアサギ。
 10年を越えた年月を誰にも頼れず異世界で過ごして、僅かな情報に希望を持って命がけのダンジョンへと冒険に繰り出していたのかと思うと哀れですらあった。
 他人に高価な薬を使って見返りを求めない程度に貯金はある。
 或いは元の世界に帰る事を諦めて装備を売ってしまえば、もう危険なことをしなくても異世界で不自由なく暮らしていけるというのに。
 それでも諦めずに一人で戦い続け、カップラーメンのゴミを拾って静かに喜んでいたのである。

「……アサギくん、元の世界に戻るには召喚士の知識と能力が必要なのですよ」
「───そうか」
「だから、孤高……ぶふっ、くすくす、いえ一人はもうやめて……一緒に探しませんか? 帰る方法を」
「───」

 神妙な顔で──孤高というとつい笑いが漏れそうだったが堪えた──告げる小鳥の差し出した手を、躊躇うように見るアサギ。大丈夫バレてないバレてない。微笑みの爆弾で誤魔化す小鳥。
 なにせ丁度パーティに前衛がいなかったから丁度良い──ではなくて、同郷の人と協力して帰ろうと思うのは当然である。
 彼を諭すように小鳥は云う。


「さあ、わたしをオメオメと信用しきってこの読みにくい契約書類に軽はずみなサインをするのです」
「さっきから地味に胡散臭い気配を感じるよ君!?」

 




 *********




「はいそれでは今回仲間になったアサナギ・アサギくんです。特技は切った張った。どうぞよろしく」
「───これも──魔剣の導き──いや、必然の運命といったところか───」
「……」
「───なんかもう───こういうセリフ──癖になってるから───気にするな──」

 格好いいポーズを取りながらアサギは主張する。
 他人を寄せ付けないようにしつつ威圧感だとか虚勢だとかそんなものを出すために、何かこう意味不明に気取ったセリフが習慣となってしまったのだという。いわゆる職業病である。
 アイスは眼鏡の位置を正しながらアサギを見て問いただした。

「本当に大丈夫なのか。彼の体から禍々しい魔力が出ているのだが」
「魔剣───それに魔銃からだろう────どちらも呪われし武器だからな────迂闊に触らぬほうがいい」
「君は平気なのか?」
「フ───オレには──呪いなど効かないからな──」

 アサギはキメ顔でそういった。
 銃や剣に呪いがかかっているのはその通りで、特に彼の持つ魔剣は盗もうとした者が柄や鞘に触れただけで昏倒してしまう程に強力な呪いが掛かっている。
 呪いの装備というと、それに込められた魔力が装備者の持つ固有魔力を汚染したり撹乱したりすることで起こる異常のことだ。
 このペナルカンド世界の者は大なり小なり魔力を持っていて、それが減ると精神疲労という形で本人に不調を与えて、無くなれば自然回復するまで気絶するのである。その点アサギは地球世界人なので魔力を持たない為に魔剣の呪い効果を受けない。
 やや不審そうな顔をしているアイスを小鳥は彼に紹介することにした。

「えーとアサギくん。こちらはパーティのゲストメンバー兼最強戦力のアイス・シュアルツさんです」
「知っている───確か前回の帝国格闘決勝大会で4位だったからな───観戦していた──」
「……アイスさんって」
「い、いや前回は単にサイモンくんに出てみろって言われたから出ただけであって!?」
「ったく、折角俺が2位のヤツの弱点予め教えてやったのに別のやつに負けやがってよォ。掛金がぱァだ」
「武器無し魔法使用禁止で人獅子族最強の相手に殴り勝つというのは私でも無理なのだ……」

 落ち込んだように肩を落とすアイス。実際魔法使いが、人外集まる帝都の格闘大会で4位になるだけ尋常ではないのだが一応身体強化術式『ザ・シング』のみは使用可であった為に良い所までいったのだ。なお彼女にその時付けられた二つ名がゴリラウィッチであった。
 出場してから暫くの間その二つ名で呼ばれまくって悩まされた事を思い出して顔を曇らせるアイス。
 
「続けてこちらは……死んでますが……」

 指さしたそこには氷の彫像があった。
 透明度の高い氷の中に眠ったようにウサ耳シスターが埋め込まれている。

「あァ。あんまりにウザかったんでアイスの魔法でちょっとな」
「氷系術式『アイスエイジ』……氷の中に相手を閉じ込めるだけの非殺傷魔法だ」

 ベタベタとイカレさんに発情したりマーキングしようとしたりしたのだろう。あまりアイスも罪悪感は覚えていないようであり、彼の対応への雑さが見える。
 パルも悪い子ではないのだが……酒癖と性欲に忠実なだけで。
 するとアサギはパル氷の前に立って魔剣に手をかけた。

「よくは知らんが───あまり放っておくわけにも──いくまい───」

 そして漆黒の刀身を持つ剣を一閃。そのままパルごと両断──するかに思えたが、魔剣の切っ先が氷に触れた瞬間、魔法が解除されてパルは氷の戒めから開放された。
 カッコいいポーズを意識しながら剣を構え、彼は己の武器を名乗る。

「『狂世界の魔剣(マッドワールド)』───魔力を吸収する力を持つ剣だ───」

 イカレさんが剣の銘を聞き嫌そうに体を少し引いた。

「げ。マッドワールドっつーと魔王の右手切り落とした魔剣じゃねェか……詳しくは知らんが材料に固形ブラックホールだかが使われてるとかいう厄い代物だって話だが……おいさっさと物騒なのをしまえ」
「ふむ、ギルドが出している情報誌にも乗っていた。冒険者アサギの持つ狂世界の魔剣……これまでの歴史上で使用者は殆ど居ない魔剣らしいが」
「フ────」

 ちゃきり、と澄ました顔でアサギは背中に背負った鞘に剣を戻した。

(まあ……こっちの世界に来た場所の宝物庫みたいなところで拾っただけなんだが)

 と、思い出しつつ言葉には出さない。目についたよさ気な装備を拝借していなければ彼もここまで戦いの日々は送れなかっただろう。
 ダンジョンの最深部にある魔王城宝物庫、そこにはこの世界のみならず様々な世界の強力な道具があると言われている。彼は偶然そこに現れて、事情も掴めぬまま剣と他数点を持って宝物庫の外に出て──二度とそこにまたたどり着けることは無かったという。

「ウササ~助かったウサ~」

 よろよろとパルが床に座り込んだ。
 そんな彼を紹介する小鳥。

「マスコット兼歌シスターのパーフェクトソルジャーちゃんです。実は修道服の下はバニースーツ」
「なん──だと──」

 動揺を隠し切れないアサギにパルは抱きつく。
 基本的に見境はない。

「ありがとうございましたウサ! お兄さんとってもいい人でウサ!」
「フ────……?」

 即座にアサギくんが固まった。
 そして勿体付けない口調で確認する。

「あのすみませんこの小ウサギちゃん、股間に何か固いうまか棒のようなものがあるのですが」
「だってそいつオカマ野郎だしよォ」
「アサギさんは攻めウサ? 受けウサ? ボク、どっちでも頑張るウサ」
「─────ぎゃあああ」
「うわすごい勢いのムーンウォークで後ずさった」

 ボーイズなラブに理解の無いお兄さん達である。
 もう何も信じるものかと呟きながら再び人間不信に陥りかけている彼はともかく。

「ちなみにわたしの初めて見たBLは釣り著しく好き少年とその兄的完璧超人のネタでして」
「思い出を汚さないでくれないか──!」
「『サンペーくん、竿を握りたくてウズウズしてるようだな』」
「ありそうな台詞を裏読みするのはやめろ───!!」
「……二人は何のネタで盛り上がっているのかね」
「さァ?」

 不思議そうに顔を見合わせる二人に小鳥は説明補足を入れる。

「実はアサギくんとわたしは同郷でして。ちょっと故郷のあるあるネタを」
「ほう。そうなのか? アサギくんもトットリの里から?」
「いえいえ、彼は東京の里という場所から。まあ似たようなものですね。砂漠ですし」
「砂漠じゃ──無いぞ──!?」
「でも東京砂漠とか言うじゃないですか。きっと蠍とかコブラ系とか住んでるのでしょう、鳥取砂漠みたいに」
「鳥取ってそんなん生息してたっけ──!? 行ったことないけど──行ったことないんだけど!」

 なにかこう、現実とのギャップ的なものに頭を悩ませるアサギ。自分が居なくなっている間に東京が砂漠化しているのではないかと若干不安な意識さえ芽生えた。
 もちろん小鳥も東京などと云う都会には行ったことは無いのでイメージで語っている。東京人は言葉の語尾にブクロとかついてそうだと思っているのである。

「機会があったら鳥取にも来てみてください。オススメの設定甘めなパチ屋を案内しますので」
「──なんでパチンコ!?」
「それはそうとこちらのお方が海産物的な名前と爬虫類的な名前が合体事故を起こした」

 イカレさんを紹介しようとしたら小鳥は頬を餅のごとく引っ張られた。

「はいうぜェ。サイモンだ。金持ちは財布スられろって常日頃から思ってるけどどォぞよろしく」

 イカレさんがイマイチ機嫌悪そうに言う。金持ちに対してはひがみ根性丸出しである。最近はイカレさんも羽振りがいいというのに。
 ダンジョン攻略を始めるまではイカレさんは無職だったで、アイス手作りの毒料理で栄養をとるか一日中寝て消費しないように生活するかが基本だったのである。ブルジョアジーに反発する勢いの無消費人間だ。
 やや腹ふくるる思いを込めた視線をアサギも返す。

「オレも───リア充は乳首とかもげてキノコ生えろと思ってるが──よろしく」
「だァれがリア充だ、誰が」
「アサギくんアサギくん、イカレさんはですね。あの隣にいる巨乳眼鏡女教師幼馴染とか義理の妹とか図書委員系女子とかと付き合いがあるのですよ」
「調子にのるなよクソが──」
「なんでほぼ初対面からそんな辛辣なセリフいわれないといけねェんだおい!」

 目から血の涙を流しながら妬みオーラを出しまくるアサギ。
 密かに女子から人気はあるのですが実際にモテているわけではない上に警戒して女とは付き合えない立場なので甘い青春とは程遠い生活だったのである。
 リアルが全く充実していない。
 
「ま、まあ二人ともそう睨み合わなくてもいいではないか。これから仲間になるのだから」

 アイスが苦笑しながら間を取り持つ。
 
「大丈夫ですよ、男の子なんてああやってぶつかり合って仲良くなるものです……もちろん性的な意味で」
「性的な意味で!?」
「なんならわたしが二人をネタに同人誌でも」
「二重の意味でやめろォ! 絶対俺の似顔絵とか描くんじゃねェぞ! ショックで寝込むかもしれねェから!」
「うふふ」

 慌てた様子のイカレさんは、小鳥が絵の練習と称して一晩中描いたスケッチブックのイラストを眠っている彼の部屋にこっそり貼り付けまくったことを思い出したようである。早朝人のものとは思えない悲鳴と同時に窓ガラスを突き破ってイカレさんが部屋から脱出したのはちょっとした笑い話だ。
 もちろん純然たる悪気のない悪戯だったと無罪を主張したが小鳥はゲロを吐くまで殴られた。ボディをえぐるような拳はかなり効いたという。

「とにかく、多少コミュ障ですがアサギさんは重要な金づr──仲間です! これからよろしくですね!」
「待って今──不穏な単語が」


 そんなこんなで、新たに東京都民の魔剣士が仲間になったのである。





 ***********




「あ、そうだマスター。厨房貸してくれませんか? ラーメンを作るので」
「んん? そーだねえ……」
「──頼む」

 アサギの差し出したチップにマスターは快諾。世の中は金で他者の意思すら曲げる習慣が蔓延っている。革命の時期は近い。
 小鳥はラーメン屋の店主の必需品、手ぬぐいを頭に巻いて腕を組みやや顎を上に向けるポーズを取ってから厨房へ向かい、ラーメンをてきぱきと作りだした。
 この世界では恐らく小鳥やアサギのように異世界転移してきた香川県民が過去に居たようで、うどんは常識のように存在する。その麺を鮮やかな包丁さばきで細く切って麺にする。この店で使われているのは灰汁を混ぜた弾力のあるうどん麺だったので、ラーメンにも使えるだろう。
 スープは調味料を怪しげな配合で混ぜることで見た目と味を整える。薫製肉とゆで卵に似せた何かを盛りつけて具にする。
 適当に完成させたのは口に入れると味蕾が作為的に反応して美味と錯覚するような美味しいラーメンである。麺ぐらいしかちゃんとした材料は使われていないが、ラーメンに規格や限界など無いのだからまあその別にいいだろう。
 丼に入れてアサギの前に出した。
 箸を突っ込んで麺を啜る。
 
「──」
「……」

 スープを一口。

「───」
「……」

 また麺を食べて。


「─────────────」


「なんっか言えやァァァ!!」

「はっ──」


 業を煮やしたイカレさんの絶叫で我に返るアサギ。
 そして一旦姿勢を正して決めポーズを作りつつ、

「言葉では言い表せないほどだな────敢えて言うなら───とてもうまい──」
「表現力ゼロだな、おい手前。俺の分は?」
「当然のように要求してくるのをわたしは予めわかっていました。はい」

 仕方ないのでイカレさんの分のラーメンも出してあげる小鳥である。最近はもはや彼の行動言動を予想することも楽にこなす。
 そして彼はフォークで麺をすくって口に入れ、スープを飲む。

「……敢えて言うなら、すげェうめェ」
「同レベルですなあ」

 若干がっかりしつつも、アサギが幸せそうにラーメンを食べているからいいか、と小鳥は思う。
 しかし注目を集めていたので他の冒険者さんたちもそこにに寄って来た。

「ねーお嬢ちゃん、あたしもそれ注文していい?」
「あ、こっちのテーブルにもお願ーい」
「ふむ。メニューではないのですが」

 云うとアサギが顔を上げ、

「──材料費と手間賃はオレが出そう───作ってやってくれ──」

 と、言った。美味の感想を分け与えたかったのだろうか。金持ちの余裕かもしれない。

「おお。冒険者の皆さん、今日は元孤高だった魔剣士さんがオゴってくれるそうですよー」

 すると酒場から歓声が上がり、アサギを褒め称えるような女の子の声が聞こえましたが──当人はラーメンを食べるのに夢中のようである。
 そんなわけで即席にラーメン屋開業。酒場にいる3時間ほどで、数十杯はラーメンが出た。パルにも手伝わせたが中々に大変であった。
 材料も途中でどんどん切れていったけれど他のものを使って誤魔化しながら作っていた。塩と胡椒と小麦粉さえあれば無理やり美味以外の感情を剥奪する味の似たものは作ることなど、家庭科の成績が良い女子高生なら出来て当然である。


 後日料理屋で働かないかとか、他の冒険者の人からまた作って欲しいとかいわれてちょっと困る小鳥が居たという。






「そういえばアサギさん、どれぐらい貯金があるのですか?」
「ふむ───これが通帳だが」
「……バブル時代の社長みたいな額ですね。丸がいっぱーい」
「正直───あまり減らなくて───困ってる────」



 命がけでもある冒険者は儲かるのだが、分配なしのソロで10年以上やってたアサギはそりゃあもう貯めこんでいた。




[30747] 15話『魔剣士と魔法使い』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/04 18:01



 眼前から氷河が迫る。地面を凍りつくす悍ましき冷気が生み出され周囲のあらゆる分子運動を停滞させる高位氷系術式『アイス・クエイク』だ。
 硝子を勢い良く叩き割ったような連続した快音を立てながら進む魔法の速度はアサギの目算、時速にして200km程だ。超外装『ヴァンキッシュ』の能力を使い己の反応速度を高めた。
 速度が感覚上では鈍くなった広がる氷に、魔剣『マッドワールド』を背中から抜き打ちする。地面を凍らせられるというのは相手のフィールドを作られるということで見逃せることではない。
 マッドワールドは禍々しい黒い刀身をした長さ150cm程の剣だ。それを神篭手『ゴッドハンド』を装備した右手で握り、迫り来る氷の先端に叩きつけた。
 瞬間、氷に込められた魔力を剣が吸収。吸収の範囲は繋がっている全ての氷に及ぶ。連鎖するように魔力により生み出された氷は消し去った。
 勢い良く振られた魔剣の斬撃力が地面を割る。刀身をめり込ませたが一瞬にして、篭手により強化された腕力で引き抜いた。もとより、冗談のような切れ味を持つこの刀は氷や地面を刃で断っても感触は殆ど無く切断できる。

 続けて別の方向から氷の槍が八本、こちらに飛来してくる。
 反応速度を更に拡張。腰につけた魔銃『ベヨネッタ』を取り出し──銃撃。連射し呪いの篭った散弾が槍を五本撃ち落とした。
 残りの三本は地面を蹴りその場を離れることで避ける。撃ち落とした五本は自分が避ける退路へ向けて放たれたものだった。
 どちらにせよ、悪夢のような速度で魔女──アイス・シュアルツがバットを構え接近している。同じ場所に留まるのは危険だ。
 ロングレンジからの人外な速度での接近。初速からトップスピードを生み出す歩法を心得ているらしいが、明らかに地球人の限界を何倍も超えた速度だ。迎え撃つように彼女が脇構えをしたバットを受け止め──切り飛ばすべく魔剣を構える。
 それを読んだ魔女の杖はアサギの剣ではなく、足元の地面を穿った。
 跳ね上げるような杖の挙動。殴りつけられた砂利や小石が半ば凍りつきながらも──少なくとも当たれば戦闘に支障が出る勢いで飛来してくる。
 拡大された知覚には小石の一つ一つさえ見える。剣で打ち払えば逆方向から回避不能の追撃が来るだろう。マントで防ぐにしても、背中を向けるなどぞっとしない。
 ヴァンキッシュの身体能力向上機能を増幅。生身で新幹線並の速度を出す異世界人と比べれば、強化しているとはいえ虚弱な日本人の体だ。無理をすればガタが来るが──回復するためのポーション類は捨てるほど持っている。
 ほんの二歩だ。アサギは足にかかる踏み込みの速度を数十倍にしてアイスの背後に回った。急激な加速により一瞬見失うはずである。
 間合いが近すぎて剣や銃が正確に振れるかは疑問だが──武器はそれだけではない。
 アイスの背中──背中に張り付くように回ったので僅かな隙間で全威力を込めた拳を突き出す。

 強化された素手での格闘能力は確かな──深刻なダメージを齎す一撃を叩き込む。相手は決して見た目からは筋肉や脂肪の鎧に包まれていない、胸以外は華奢な体だ。当たれば腰椎がへし折れる威力を確信。
 だが、拳が当たる寸前。避けれるタイミングではなかったのだろうが、アイスが掌を拳と体の間に滑り込ませた。
 拳は掌で包み込まれ──アイスは打撃の衝撃を受け流しながら空中に打ち上げられた。
 殆ど体にダメージは無かったように見える。感心した顔で空から見下ろす相手に、アサギは無表情で銃を向ける。
 散弾ゆえ、この距離なら致命傷は与えられないがもとより殺す気はない。
 撃鉄の音と怨嗟の悲鳴のような発射音を立てて散弾がアイスへと向かうが、彼女は杖を構えた。

「水系術式『オープンウォーター』」

 撃つが早いか、彼女とアサギの間の中空に直方体の水の固まりが現れ──貫通力の低い散弾を受け止めた。氷ならば打ち砕き銃弾が届いたかもしれないが、粘度のある水に包み込まれては無力化されてしまう。
 迷わず追撃をアサギは選択する。
 ヴァンキッシュの効果は意識しただけで発現する。マントの一部が変形し、スラスターを形成した。
 そこから排出される超文明的推進力を用いて飛行能力を得て、空中の距離を詰める。
 早さに乗せて剣を振るう。
 音速を超えた切っ先が空気の壁を切り裂き大気に白い筋を出しながら、真っ直ぐに空間を裁断しつつ黒の魔剣はアイスの生み出した水の壁を消し飛ばした。 
 更に距離を詰め、返す刀で杖を切り飛ばすべく振るった。
 にやり、とアイスが笑った。

「せい!」

 迫った魔剣──その刃は魔王も切り裂くそれを、あろうことか彼女は杖で打ち払った。
 打つ場所は無敵にしてあらゆるものを吸い尽くす恐るべき刀身ではない。アサギの持ち手のやや先、鍔の部分を──高速で、刃は眼前に来ているというのに、正確に打ち据えて剣を上空へ打ち上げた。咄嗟に離さなければ持っている手が曲がりそうな威力だった。
 アサギのように魔道具で知覚・反応を加速させているわけでもない生身の人間だというのに。

(バケモノか──)

 戦っているアサギもそう思う。
 魔剣を打ち上げた反動で、魔女は自然落下よりも早く地表へ向かう。

「ぐわー!」
「グレフー!」
「おっと、すまない」
 
 落下地点にいた獣人を踏みつけながら地面に降り立った。でも幼女と一緒に親しげにいたリア充なのでまあいいかともアサギは思う。
 位置を確認してアサギもスラスターで加速してアイスの着地硬直を狙う。
 流星のような落下速度で放つアサギの蹴りを、彼女はあっさりと、それでいて正気を疑うような速度でその場を離れた。
 アサギの加速は急には止まらず、地面にクレーターを作る威力の蹴りは潰されていた獣人にめり込んだ。

「ぐえー!」
「グレフー!」
「───悪い」

 一応謝りつつまあいいかとも思う。
 ともかくアイスが僅かに離れた距離はほんの1メートル半ほど。
 飛び蹴りを終えて着地した隙のあるアサギに、魔杖のフルスイングが待ち構えていた。 
 だが。
 先ほどの獣人を踏みつぶして反動で跳ね上がった、彼が持っていたのか棍棒のような杖を反射的に掴んだアサギは対抗するように振りかぶる。
 お互いの杖が、本塁打を狙う勢いで撃ちあった。
 激音と共に刹那の均衡。 
 そしてアサギの持っていた杖の粉砕が結果だった。

「俺の杖ー!」
「ちょ、離れてなさいってグレフ!」

 地面から起き上がれないままの獣人が元気よく叫んだが、二人は無視。
 お互いに杖を振り抜いて──先に手が自由になったのは杖を捨てたアサギだ。
 判断。そして攻撃。ゴッドハンドの力を込めた強烈な右ストレートを放つ。踏み込みは地面にめり込むほどに力を込めて。
 だがそれは、バットから片手を離した魔女の手に受け止められる──が、本命はそれではない。
 バットを振りつくし、かつ片手でストレートを受け止めたアイスだったが、受け止められたと同時にアサギは腕を払って相手の体を崩し、万全の体勢でないに彼女向けて踏み込み回し蹴りを打ち込む。
 相手が巨漢でも凄まじい勢いで吹き飛ばすことが可能な威力の篭った蹴りだ。ゴッドハンドの効果で格闘では追加威力が発揮されるため、ありえないぐらい殴ったり蹴ったりした相手が吹っ飛ぶこともよくある。
 だが、アイスは身体を宙に浮かせながらも強引に自分の足を地面に擦り付ける。一度、二度と地面を逆方向に蹴ることで僅か数メートルで止まった。地面に触れた瞬間に絶妙な体重移動を行い勢いを殺したのだろう。
 追撃。即座に駈け出して飛び蹴りを狙う。だがこれは相手も読んでいたようで、

「フ……!」

 と気合の声と共によろめきながらも片手を鞭のように振るい、蹴り足のズボンの裾を僅かに掴んだ。
 同時に蹴り足に予測のつかない方向へと力が加えられバランスを崩す。それに踏ん張ろうとすれば、それすら考慮していたのか余計に身体を捻られた。
 足を捕まれ空中で回転を加えられながら投げられた。相手は体勢を崩していたというのに、一瞬の判断で攻勢を逆転させられる。
 アサギが思い出すにこのゴリラウィッチは帝都格闘大会でも、打撃より投げ技主体で戦闘をしていた。
 相手の力を利用して、バランス感覚による力の加減による投げ。掴まれたら終わりという評判で身長3メートル体重1トンのロックオーガすらぶん投げていたのだから侮れない。
 そんなことを一瞬で思考完了しつつ自分も顔面からきりもみ回転して地面へと叩きつけられるコースを把握。ヴァンキッシュのスラスターを微噴射させて無理やり手指を引き剥がす。
 掴まれた足を引き剥がしながら放った強烈な蹴りは岩を蹴り飛ばしたような感覚と共に、それをガードした魔女は更に後ろへと下がった。再び数メートルの位置で対峙する。
 そしてアサギは空も見ずに手を右に伸ばして──落ちてきた魔剣を受け止めた。超感覚の中にあれば回転しながら落ちてくる剣の柄を掴むことなど容易い。

 口笛を吹いたのはお互いのどちらだったか。

 どちらにせよ得物を構えて再び戦闘が始まった。



 ********


 などということが起こっているのを遠くから見ている小鳥が居た。

「うあ。戦闘が激化しちゃってますよう」

「どうしたんじゃ?」

 魔剣士と魔法使いの勃発した戦闘を眺めながら困っていたところに話しかけてきたのはヴァニラウェアである。
 ここは魔法学校の校庭。普段から魔法の実習が行われる場所とはいえ、最強レベルの戦闘が始まったので多くの見物人が集まって来ていた。
 もちろん戦っているのはアサギとアイス。常人が巻き込まれたらミンチより酷いことになりそうな戦闘をしている。
 小鳥はヴァニラウェアに事情を説明した。

「ええと、今日はアサギくんが学校を見学に来たのですが。うっかりお弁当を一人分しか用意してなかったのでして、どっちがお弁当を食べるかでアイスさんと争ってます」
「迷惑な話じゃのう」
「この場合はカテ公みたいに勝った方を全身全霊で愛してやんようふふと悪女ぶればいいのでしょうか」
「しかしそれでは愛などいらぬと主張する聖帝にズバーっとやられそうじゃし。まあ面倒が無いように儂がぶっ殺しておくかの」

 ヴァニラウェアは杖を掲げた。

「闇系術式『ダークナイト』」

 発動の声。
 同時に──少しも前触れもなく、校庭を闇の巨大な球体が包んだ。小鳥が使えば墨を広げていくようなゆっくりした闇の発生だというのに、ヴァニラウェアが使えば一瞬で光を吸い込む闇の空間を作り出す。
 視界が消された二人──闇の中から声が聞こえる。

「くっだが音を辿れば!」
「──チッ──魔剣でも消せない闇か──」
「そこだ!」
「甘い───電磁波の流れを読めばいい──」
「あのお弁当を食べるのは私だっ!」
「小鳥ちゃんの手料理を譲れるか──!」
「あって間もないのに女の子をちゃん付けとは!」
「五月蝿い──! こっちがくん付けで呼ばれてるだからちゃん付けで呼び返して青春的な思いに浸ってもいいだろう──! 大体オレは女の子の手料理に飢えているんだ──!」
「だから代わりに私がしっp……作成した料理を贈呈しようと言っている!」
「騙されて食ったサイモンが──『死にたくなった』とかいいながら寝こむ料理なんざ食えるか──!」
「ツンデレだ!」
「間違ってる──! っていうかお前女の『子』──?」
「死になさい」

 視界の無い空間でも何やら超人バトルをしている音──大気の爆発や凍結、地面を吹き飛ばす音などが聞こえる。
 あるいは闇の範囲に巻き込まれたギャラリーも騒ぎ出している。かなり広い範囲に展開されているのだ。
 小鳥がヴァニラウェアに顔を向ければ彼はやれやれと肩を竦めた。

「闇に包まれたというのに目の前の敵しか気にせんのはいかんのう人間。闇系術式『ゴケミドロ』」

 それは生命力吸収の魔法術式である。
 普通に放てば触れた相手から吸収するのだが自分の魔力で作成した闇の空間ならば、そこに居る全てから生命力を吸い取ることができる。
 くくく、とヴァニラウェアが笑い出す。


「愚かな……人類どもめ……! 生命を吸わせる為によくぞ集まった……! 素晴らしいぞこの力! 体に……魔力が溢れる……!」


 禍々しい瘴気が吹き荒れ空は曇天に包まれる。
 闇が吸血鬼の体から溢れ周囲の光を、音を、エネルギーを、存在を吸収して真の能力を取り戻しつつある。
 校庭にはアイスとアサギを初めとして、見物していた生徒も止めようと呼びかけていた教師も全てが──抜け殻のように倒れ伏していた。
 小鳥はか細い声で生命を吸う魔物へと呼びかけた。

「ツッコミ役、みんな倒れてますよ」

「なんじゃつまらん」

 飽きたようにしゅんといつも通りの老人へと戻った。



 ******



 勝利したヴァニラウェアに一般人が食べたら多幸感を出す脳内麻薬を分泌しすぎて廃人になりそうな試作品の弁当を渡したあとで、小鳥とアサギは食堂へと向った。余談だが弁当の内容物にニンニクが入っていたためにヴァニラウェアは研究室で灰になっているところを後で発見されることになる。
 校庭で倒れていたアサギは死にそうな顔をしながら腰に下げたマジックポーチ──中にある特殊な空間に物が沢山入れられるこれ自体がレアな道具だ──から薬を取り出してがぶ飲みして復活。
 アイスはなんとなく復活した。ガバッと立ち上がって「オット授業に遅れる」といつも通りにダッシュで去っていった。

「オレは小鳥ちゃんと同じ地球人だから、装備で強化しているとはいえ素の身体能力とか回復力はそう高くないんだ。この世界の連中に比べれば打たれ弱いといっても過言ではない」
「アイスさんは本当に体の構成が同じ人類なのか疑問なぐらい超人ですしねえ……他の観客は全員まだ昏睡状態ですからあの人が特別なんだと思いますけど」

 彼女は事もなげに、

『お互い本気では無かったとはいえアサギくんもかなりやるほうだな! これならばコトリくんの安全も守れるというものだ』

 とか言ってアサギを評価していた。この争いも、ダンジョンに連れて行く仲間にして護衛役として確かめたようである。
 一応アサギに聞いてみた。
 
「……全力じゃなかったですか?」
「いやまあ──アレ以上になると、投薬強化をやらないと危ないなあ。装備の効果も限界まで発動させると後でキツイ──」

 ドーピングすればもっとヤバイ戦闘が出来るといいながら──それでも嫌そうにアサギは呟いた。
 彼は高価な魔法薬を大量に持っている。腕力が上がるとか怯えなくなるとか気配を掴まれにくくなるとか、怪しげな副作用もありそうな薬だがそういうものに頼らざるをえない状況もこれまで何度もあったという。

「RPGで圧倒的にステータスの高いボスに、主人公組が勝てる理由の一つが便利なアイテムの使用ですしね」
「しかし経験上、あの程度の攻撃は対処できる相手だと思って戦った──じゃなきゃ人間相手にショットガン乱射するなどありえん───」
「当たれば死んじゃいますしねえ」
「流石肉弾戦帝都4位だな──」
「あれで4位て。1位とかどんだけですかね」
「決勝戦は──ドラゴンボールの戦闘みたいだった。なんか気っぽいエフェクト出て──あと前回までのあらすじが戦闘前に入った」
「ちょっと見たかったなそれ」

 そんなことを話しながら食堂に入り、日替わりのAランチを二人共注文した。
 メニューは柔らかいパン大盛り、ジャガイモ玉ねぎベーコンを細切りにしてマヨネーズをかけたもの、ブイヨンっぽいスープ、サラダだ。
 値段は、日本円にして290円ぐらいなので気軽に頼める。

「お金持ちのアサギくんには合わないかもしれませんが」
「そうでもない───というか外食より自炊が多かったから」
「そうなのですか?」
「外食をする時は毒を盛られてもすぐ回復するポーションを用意しなくてはいけない」
「そこはかとなく気の毒な今までの生活が垣間見えますね」

 毒を盛られたり夜道を襲われたり寝こみを襲われたり……アサギが軽く人間不信になるのも仕方は無かった。
 なにせ持っている装備にポーチを奪えばその後の人生ボーナスゲームの如き大金で売り払えるのだ。襲いに来る方も真剣である。
 しかし、

「夕飯はご馳走にするので、楽しみにしていてくださいね」
「──ああ」

 アサギは仲間になってから──小鳥らが住んでいる『スライムもりもり亭』に移り住んできた。
 これまでも宿を転々として定住していなかったのであっさりと引越しは済んだ。彼の貯金からすると庭付きの家を建てることさえ出来るのだが──以前に持ち家を放火されて以来宿屋生活なのであった。
 そんなこんなで小鳥は彼の分まで──お小遣いをくれるので──料理を用意しているのであった。

「そういえばアサギくんは、魔法学校に通おうと思ったことはないのですか?」
「いや───」

 彼は否定するにも軽く憂いを帯びたポーズを決めながら言った。

「一応──試してみたのだが──どうやら魔力自体が無いようでな。異世界人だから仕方ないが──そういえば小鳥ちゃんは何故魔力が?」
「わたしは召喚されたものですから、召喚士からの魔力が供給されているらしく」
「供給──聞いたことがある。パスを通すとか粘膜接触がどうとか──つまりエロ系」

 がたっと立ち上がって宿の方角を睨む。

「──ちょっとサイモン殴ってくる」
「だからエロ系は無いですって」

 押しとどめる小鳥であった。 
 彼は女性関係に恵まれた男を憎む心だけは見事に異世界で育んできたのだ。

「イカレさんはアレですから。草食系とか童貞とかそんな感じの男子ですのでエロ系とは程遠く。草食とはいっても主食が大麻とかそんなのが似あってますが」
「かたや僧職系のパルはエロ系丸出しなのはどういうことだろうな──まったく嬉しくないが」

 そんな会話をしているとキンキンと高い声が食堂に響いた。

「ちょっとアンタ!」

 声に振り向くと──そこにはこちらに指を突きつけた、身長1メートルほどの幼女がいる。
 いや、見た目は幼女に見えるが実年齢は18歳。半エルフ種族の魔法生徒、確か名前は──

「アクリアちゃん──でしたっけ」
「そうよ! っていうか後輩じゃない! 先輩をちゃん付けしていいと思ってるの!?」
「うっへっへそりゃあ、どうも済みませんでしたねアクリアセンパイ」
「それでいいのよ」

 満足したらしい幼女先輩に、小鳥は詫びの印の飴玉──見たこともない材料の煮凝りを味付けしたもの──をあげるところころと口の中で転がせ始めました。
 話は済んだらしいと判断して、アサギくんとどうでもいい雑談を続けます。

「ええと、話を戻しますと全に女の子しか出ない日常ほのぼの系は確かに人気です。しかしそれは女の子が可愛いという視覚上のインパクトがあってこそなのです。つまり、漫画やアニメですね。
 ライトノベルなどの媒体ではやはり読者の主人公に対する自己投影か自分の存在を都合良く紛れ込ませられるハーレム系がまだ根強い人気を誇っています。
 しかしそこには親友ポジションだとしても、ヒロインを寝取られる可能性のある雄キャラは扱いが難しいのです。いても1巻分ほど男で、次からは消えてもらうか魔法なり薬なり手術なりで女体化でもしてもらったほうが」

 小鳥の意見に一拍置いて彼は首肯した。

「なるほど──男同士だった距離感と──異性になった事による照れは味わえるわけだ───」
「さすがらんま1/2世代はTSに対する理解が早いですね」
「フ───良牙に一時的に惚れたらんまには──ウっちゃん派のオレも参るさ──」
「世間のあざとい漫画がるーみっくわーるどを落とし込んでいるに過ぎないとの意見すらありますからね。しかしここでバトル系のメインも女性キャラになることで新たな需要が浮かびます。すなわち……」
「ボロボロの女の子萌え──つまりリョナ──か」
「そうです。つまりわたしが前線にわざわざ赴くのもリョナ描写を期待させて人気を取る秘訣」
「──? 誰からの人気だ──?」
「おかしなことを聞くアサギくんですねえくすくす」


「──って違ーう! なに普通にっていうかなんの会話再開してるのよ! アンタに用があって話しかけたのよ!」

 飴を飲み込まないか心配になりそうな大声で指を向けたのは、他の人が近くにいることにより格好つけた口調を開始したアサギにであった。
 彼は胡乱気にアクリアを見る。

「──何か用か」
「アンタ、勝手にグレフの杖使って壊してくれたじゃない! どうしてくれるのよ!」
 
 そう言って彼女が持ちだしたのは木片である。
 恐らく、先ほどの戦闘でアイスの杖と撃ち合い、容赦なく粉砕した欠片である。
 アクリアの後ろから困ったような顔の獣人──グレフが声をかけました。

「なあアクリア……そんなに責めなくてもいいじゃないのか? ええと……その……孤高の魔剣士に」
「なに言ってるのよ! この杖はアンタがアルバイトをしてやっと買ったんでしょ! マグロ拾いの!」
「ううう、でも孤高の魔剣士ってアレだぞ。気に食わない奴は正騎士でも打ちのめし、逆らう冒険者は皆殺しとかそういう噂だし……」
「……そうなのですか?」

 声を潜めてアサギに聞いてみる小鳥。
 彼は心外そうな顔で、

「オレの装備目当てで不条理な検挙を行おうとした騎士を打ち据えただけだ──裁判でもオレが勝った──あと故意に人を殺したことはない」
「故意に、というと」
「殺さないように相手をしているが──気絶している間に魔物にやられたとか──腕がへし折れたせいで仕事も出来ずに野垂れ死んだとかは流石に責任取れないな──なにせ向こうから襲ってきたわけだから」

 ヒソヒソと話した後、やはり彼はキメ顔で、

「どういう噂かは──知らないが───フ、虚構に怯えるようでは──あの氷の魔女は倒せん──」

 と格好つけるとグレフはうう、ともう一度唸った。
 しかし緊急時だったからといってアサギがグレフの杖を使い粉砕させたのは事実である。
 例えばヒーローが、逃げる悪役を追うために「ちょっと借りるぞ!」と他人のバイクや車を奪って走り追跡するシーンがある。
 良くてバイク放置。悪ければ悪役の攻撃を受けて爆発炎上するだろう。その後律儀にヒーローが返しに行くシーンは少ない。

(あまり気分の良いことではない──か)

 そんな事をアサギも思って、弁償を申し出た。

「──新しい杖を──用意すれば──いいんだな」
「い、いいのか?」
「正直に言えば幼女に心配された挙句文句をつけるのも幼女任せにしている腐れヘタレケモホモ野郎に一銭足りとも渡したく無いどころかダンジョンで拾った獣人専用TS薬でケモ娘にしてやろうかと思うわけだが──」
「うわああこの人早口で何かヤバイこと言ってるぞアクリア」
「ががが頑張りなさいよ! 男でしょ!」
「女にさせられちゃう……!」

 何かエロ漫画みたいなセリフを履いているグレフはともかく。

「リア充に負い目──というか──貸しを──作るのも嫌だからな──」
「ううん……太っ腹なようなそうでないような」

 ちなみに彼の貯金は魔法の杖などグロス単位で購入できる余裕がある。感覚的には殆ど買い物をしないで物語終盤まで来たRPGの所持金のような感じである。
 しかし買うよりも何か心当たりがあったのか、腰に下げたマジックポーチを漁り始めた。

「確か──ダンジョンで──拾った杖が───」
 
 言いながら取り出したのは、白い樹脂製のようにも見えるスマートな形の杖である。渦巻き模様が側面には描かれている。

「名称は夢の杖『ドリームキャスト』───だ」
「セーガー」
「なにが──?」

 小鳥は思わず口に出してしまったが、不思議そうな顔をするアサギ。
 グレフはそれを手にとって振ってみたりしながらやや苦い顔をしました。

「もうちょっと頑丈な奴は無いか? おれって振り回したり殴ったりして使うし」
「そうか───では──これだ」

 続けて取り出したのは──明らかに腰に下げている袋よりも容量が大きなものであった。四次元ポケットのようにぬるりと取り出すことができる。
 その杖の柄は細く、先端は左右に出っ張っている。杖というよりもハンマーか杵に見えた。
 
「──星壊杖『メテオラスタッフ』──打撃時の衝撃伝播が追加効果だ───使い手によっては地面に巨大なクレーターを作る」
「う、うおおおこれすげェ!」

 殴りつければそれこそ岩でも砕けそうなハンマーを見てグレフは目を輝かせた。
 そして片手で持っているアサギからひょいと渡されて、

「ぐおー!」
「グレフー!?」

 受け取って体ごとそれの重さで床にめり込まされた。
 泡を吹きながらハンマーの柄を抱きしめて床にへばり付くグレフ。涙目でアクリアがメテオラスタッフをどけようとするが、ピクリとも動かない。
 ひょいとアサギは杖を持ち上げて、またポーチの中へ戻した。

「無理か──やれやれ」
「ちょ、ちょっと! グレフは自分を過大評価しがちで理由も無く『おれなら出来る!』とかいいがちだけど並の魔法使いなんだから装備制限のあるものを渡さないでよ!」
「装備制限?」

 聞きなれない言葉に小鳥尋ね返す。

「知らないの? 一年生は習ってないのかしら……あんまりに強力な魔力の篭った道具は使う方も能力や精神力が必要なのよ。自分の力不相応なものを無理やり使おうとしても、グレフみたいに持ちあげられなかったりするわ。悪い効果までつく装備は呪われてるって言われるのよ。
 アイス先生の魔杖アイシクルディザスターもそうね。普通持てないわよあんなの」
「ほう。物知りですねセンパイ。ご褒美に飴ちゃんをもう一つあげます」
「やったこれあみゃくておいしい──って子供扱いするんじゃないわよ!」

 うがーっと吠える幼女先輩。可愛いらしいので小鳥も和む。そして犯罪臭がする。
 ちなみに小鳥も魔剣を装備することはできるのだが、それを持っていると魔法が使えなくなる。本来そのような高度な魔道具を装備できるのはそれによる魔力汚染を魔力運用技術で抑えられるか、凌駕する莫大な魔力で無理やり呪いを無効化するなどなのだが、小鳥やアサギは「魔力が無くても平気」という異世界人特有の体質で平気なのである。
 まああ、呪われないからといって魔杖アイシクルディザスターやメテオラスタッフはそのものが重すぎて小鳥には使えないが。
 アサギの杖コレクション──拾い物や襲ってきた相手から奪ったものらしいが──の中で一般魔法使いグレフが使えるものを探した結果。
 
「これぞ魔杖『ブサイクスレイヤー』───」
「布団たたきに見えますが」
「もういいじゃん───なんで男の武器を真摯に選んでやらにゃならん───」
「ああもう面倒になってる」

 そうしてグレフは布団たたきを片手にとぼとぼと去っていったのであった。
 ……一応見た目は布団たたきだけど、謎の物質で出来ていて壊れないという特性があるので良い物といえば良いのだが。
 幼女には帰り際にお菓子を持たせてあげたら懐いた。チョロい。知らない人についていかないように注意した。



 後日。



「喰らえアイス・シュアルツ! おれのニューハイブリット杖『ブサイクスレイヤー』の一撃を!」
「誰がブサイクかー!!」

 アイスに襲いかかって一撃でホームランされているグレフを見かける小鳥であった。



[30747] 16話『心以外が折れる音』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/06 18:11





「かー……くー……」


 ある日小鳥が宿に戻ってきたら、イカレさんが一階にあるソファーで昼寝していた。
 彼の部屋のベッドは囚人のほうがマシといった程度の安物なため、広間にある共有ソファーのほうが随分寝心地がいいのである。

(おっと? こう男の人のベッドの硬さを言及するとは大人の女って感じがしてちょっとよくないですかね)

 思ったが、発言すればアイスが泣きそうなので小鳥は心の中に留めた。
 とまれ薄ら汚い浮浪者のごとく横たわりいびきを掻いているイカレさん。足音を殺して近寄りそっと脈を取る。
 安定した脈拍と体温。そして眼球運動も確認するに、どうやらぐっすりと本格的に深い眠りへ突入している様子であった。
 小鳥は一緒に帰ってきたアイスを肘でつつきながら提案してみる。
 
「アイスさん、アイスさん。チャンスですぜ」
「つつつついにアレを使うときがきたというのかコトリくん!」
「ええ。場所はここ、時は今です。いざ」

 そう言って躊躇うアイスに小鳥は例の秘所をファイファイってやってふぅーってなる棒を渡した。
 耳掻きである。
 アイスはそれを持ってひとしきり眺め、心を落ち着けた後にそっとソファーへ近寄る。
 そこでの選択肢は、

「HIZA-MAKURA以外ありえませんよ。更級日記にもそう書いてる」
「そそそそそうか……!」

 まずはイカレさんの頭の近くにそっと座るアイス。
 そしてじりじりと彼の頭に体を寄せて、

「ちょっと、すまないなサイモンくん」

 そう言って彼の頭を膝──というか太ももの上に載せた。
 目覚めないイカレさんが枕に横顔を押し付けながら寝息を立てている。
 
「あわわわわ……」

 アイスは顔を真っ赤にしながら、どうすればいいのかわからなくなって周囲をキョロキョロし始めた。
 ズボン越しに感じるイカレさんの体温。吐息。それが太ももを刺激しているようだ。
 
「もう少し柔らかい生地を履いてくれば……い、いやいっそ脱いだほうが寝心地はいいのかな!? しかし勝負ぱんつとか履いてないし……」
「アイスさん、目的はそんなヤらしい行為じゃなくて医療行為たる耳掃除ですよ」
「はっ。そうだった」

 思い出して彼女は右手に持っている耳掻きを見直した。
 そして、イカレさんの頭を軽く押さえて前かがみになり彼の耳を──

 耳を──

(おや?)

 アイスの動きが止まった。イカレさんの耳から脳漿でも出てたのだろうかと小鳥は訝しむ。
 気になって彼女の後ろに回って覗き込むと……

 胸が見えた。

 というかアイスの胸でイカレさんの頭が圧迫祭りされてて上からでは耳が見えない。

 ……

「……も、もうちょっと頑張れば……」

 身を乗り出してなんとかイカレさんの顔を覗き込もうとするが、彼の頭は太ももと胸の間でサンドイッチ伯爵の死因みたいになってしまっている。
 ぎゅうぎゅうと羨ましスペースにイカレさんの頭部に置いて数秒ほど。
 起き上がりのびっくりチンピラボイスが上がった。

「あァァ!? んだこりゃ! アイスお前人の頭抱え込んでなにしてやがる!」
「あのそのこれは別にそういうわけではなくてそのだな」
「いいからとっとと退きやがれェ!」

 アイスを跳ね除けて起き上がるイカレさんであった。男ならばイエス様だろうがそのパライソ的空間に、起きたとしても寝た振りをするはずなのだが。
 そして散々機嫌が悪そうに寝こみを襲ったアイスを説教し始める。相変わらず言葉が汚い。生まれも育ちもお里が知れるようなドブ水めいた言葉で罵る。
 小鳥がチラリと宿のテーブルに座っていたアサギを見ると──。
 リア充を見た悔しさのあまりに顔面七孔から血を流しながら負のオーラをまき散らしてイカレさんを睨んでいた、が。そもそもそんな視線を気にしないイカレさんと、作戦失敗の恥ずかしさとそれでもちょっと良かった気分に浸っているアイスには気づかれてもいない。
 テーブルがひび割れそうなぐらい拳を押し付けつつ──握りこんだ手から出血している──唸っていた。

「───狂世界の魔剣が──世界の異端者──召喚士を斬れと───鳴っている──くっ──静まれオレの魔剣──いややっぱ力を解き放て──」
「落ち着いてくださいよアサギくん」

 危ないことを言いながら剣に手をかけて椅子から立ち上がった彼を押しとどめる。
 
「とりあえずポーションで顔洗ってください。何をどうしたら血涙とか耳血とか出るんですか危ない」
「ティーンエイジャーにはわからないかなあ──! この悔しさ──! なんだかんだで小鳥ちゃんも言動はともかく見た目可愛い系だからリア充なんだろうなあ───!」
「そう僻みを全方位外交しなくても」
「オレはもう駄目なんだよ──! 青春に期限はあるし探究心に年は関係あるんだ──!」

 悲観しながら崩れ落ちて床を殴る哀れなアサギ。彼は見た目こそ17歳で留まっているが、実年齢は30歳童貞である。現実世界でも魔法使いになるほどに。
 イカレさんより10近く年上だというのに甘い体験などこの異世界で何も出来なかったのだ。
 慰めるように声をかけた。

「17歳といえば妹が布団の上に乗って朝起こし幼馴染が登校時に家まで迎えに来て一緒に登校していると転校生とぶつかり校門前では眼鏡をかけた女子生徒会長だか風紀委員だかに目を付けられ隣の席の女の子は教科書を忘れて机をくっつけお昼休みはいずれかの女子グループとお弁当を屋上で食べて午後の授業を居眠りしていたら女教師に怒られ下校しようとしたら顔なじみの部活の女部長に引っ張っていかれ家に帰って部屋で過ごしていると隣の家の子と窓ごしに目が合う。
 そんな日々を過ごせていたはずだというのに異世界で13年もソロ活動に勤しむとは。MMOでも心くじけて退会するレベル。
 アサギくん、大変だったんですね……」

「そ──そんな露骨なギャルゲーみたいな日常だったかなあ──?」

 可哀想に記憶も風化しているのだろう。おおよそ17歳の男子高校生はこういう生活を送っているはずである。というか送っていなかったらもれなく負け組だ。

(送っていない人、周りはみんなこんな感じですよ?)
 
 無意味な挑発を心のなかでしつつ小鳥はにっこりと笑って言った。

「だからこれまで頑張ったご褒美に、膝枕で耳掻きぐらいしてあげましょう」
「ななななななんんんだってて──そそsれはは本当かい!?」
「パンツァーフロントくんが」
「どうぞウサ♪」
「男がかよおおお──!!」

 さっと手を向けると、いつものミニスカウサ耳シスターが正座して待機している。
 絶叫したものの、スカートから見えるパルの白い膝とか細い腰とかをアサギくんは見て、額に手を当てて自己暗示をかけ始めた。

「見た目は美少女見た目は美少女見た目は美少女見た目は美少女────」
「妥協しようとしてますねえ。
 こうして見た目は美少女だからティンが生えていても我慢→女装していない少年だけど男らしくない体つきだからセーフ→むしろティン生えてないと物足りないよね→ホモいいよねと妥協が性癖を変えていくのでした……」
「嫌なナレーションが入った──!」
「さあ早く寝っ転がってくださいウサ」

 ぽんぽん、と軽くパルは膝を叩いて誘導した。
 アサギはふらふらと、目を薄く閉じながらゆっくりとパルの膝枕に仰向けに──

「後頭部に──ファンシーな如意棒の気配が──」
「ちょっとアサギさん、仰向けじゃ出来ないウサよ?」
「──ああ、そうだった」
「うつ伏せになってくれないとウサ……♪」
「貴様はオレの口にナニを含ませるつもりだあああ──!!」

 我慢が限界になったのか飛び起きようとするアサギと何やらビクンビクンしながら頭を股に押し付けようとするウサギ型ショタシスターのドタバタが発生したりしながら。

 まあ今日も小鳥達の世界は平和である。





 ************



「ダンジョン───行こうぜ───!」


 というアサギの言葉に小鳥とイカレさんとパルは目を合わせてしまった。

「ダン……ジョン……?」
「なんでしたっけそれ」
「次のTRPGのシナリオウサか? じゃあルールブックと十面ダイスを人数分準備するウサ。キャラシートは持ってるウサ?」

「違──う! 最近ほのぼの日常送りっぱなしで───すっかりダンジョンのことを──忘れてる──!?」

 ダンジョン……それは帝都の地下空間に残された魔王の元居城。そこが空間の歪みから半異界化した迷宮。
 魔鉱と呼ばれる鉱石を核にしたコピー魔物や様々な財宝、危険な罠が潜んでいる場所だが、魔鉱が金銭と交換できる為に魔物退治に特化した冒険者などが今日も潜り、魔物と戦い財宝を探す。
 アサギも『孤高の魔剣士』の異名を持つ有名な冒険者である。剣士一人でダンジョンに挑み、一撃必殺の魔剣と呪いの魔弾を使い大きな成功を収めつづけ──十年以上も活躍している。今や孤高でこそ無くなったが、彼以外使うことができないダンジョンの魔物特攻である伝説の魔剣を持つ彼の評判は高い。
 
(それがなにか……?)

 小鳥は首をかしげて、はたと気づいた。

「はっ、そういえばわたしには命をかけてもダンジョンに潜らなければいけない理由があるのでした」
「そォいえば俺もダンジョンの中で発見されたペットを捕まえるっつゥ目的があったんだった」
「ウサウサ、ボクはお金……はもう結構稼いだウサが、コトリさんもサイモンさんもアサギさんも好きなので付いていくのでウサ」

「フ──ようやく思いだした──か」

 今までのゆるく甘い日常は魔王に見せられていた幻覚だとばかりに晴れ渡った。
 これからの皆は──魔窟へ挑む冒険者である。
 神妙な顔で頷いて皆で計画を立てる。

「それじゃあ今週末の休みにでも。平日は授業があるので」
「あァ。俺も明後日公開の映画見にいきてェし。[鳥悪魔大決戦ストラスVSシャックス]なんだがよォ」
「ボクも映画行っていいウサ?」
「金は自分で出せよ」

「──ダンジョン探索が───すっかり───日常のおまけに──」

 今まで日々の日常を死線を潜るダンジョン探索に使っていたアサギは、何やら今までの現実とのギャップとかにがっくりとうなだれるのであった。
 それでも映画にはアサギを含む男三人で行ったのであったが。仕事で行けなかったアイスが不機嫌のあまりちり紙とか土とか食べてアグレッシブな抗議姿勢を見せていた。つくづくイカレさんとデートとか縁がない。






 ********






 ダンジョンには様々な魔物が登場する。自然発生する魔物の他にも、死した冒険者の死体からゾンビやスケルトン、ゴーストなどのアンデッドが生まれる事も。
 眼の前の通路からそれらのアンデッドで溢れたときにはさすがの小鳥も嫌悪感に重ね恐怖すら覚えた。空飛ぶゾンビの映画とかを思い出したのである。
 しかし気持ち悪いだけで怯んでいる暇は無い。この程度は気分の問題で耐えられる。小鳥は持ち込んだアロマキャンドルを焚いた。

「なんで蝋燭が先ウサ!? ええい聖歌『神への復讐行進曲』──!」

 まずはパルの歌声が響き渡る。聖歌の影響下にある4人のパーティはアンデッドへ対する能力が上方修正される。
 効果として具体的には霊体に対しての物理攻撃が可能となり、呪いや憑依といった相手の攻撃への抵抗力が増し、恐怖恐慌を収めることができる。高位の司祭になると歌だけでアンデッドが崩れ去るとも言われている。

「フ──」

 次に魔剣を抜き放ち駈け出したアサギ。
 彼の基本戦術は迎え撃つではなく、押し通ることにある。自らが高速で移動し敵を撹乱せねば、大量の魔物が現れたときに押しつぶされるという経験則から来ている。
 相手が遠距離攻撃を抜けこちらに突撃してくるような機動力を持った魔物ならば迎撃して貰うように予め頼んだが、それ以外は戦闘に於いてはベテランなので任せている。
 身体能力等々を増幅させ一気にアンデッドとの距離を詰めて──片手でゾンビを切り倒し、片手でスケルトンを殴り壊しながら正面に固まった敵の群れを突破した。
 走り抜けていった魔剣士に気を取られ、歩みが止まった魔物達に追撃が入る。

「召喚『破壊隼』」

 虹色の魔方陣から魔力で形作られ、実体となって飛び出したのは猛禽である。
 全身を黒色の羽で多い、翼は斧に似た残忍な形となっている。
 刃物と同等に鋭い眼光でアンデッドの群れを睨みつけたと思ったら、消えたような高速飛翔で突撃していく。翼でゴーストを切り裂き、すれ違う真空波で吹き飛ばすという二度破壊の風を巻き起こす魔鳥──通称ハカブサである。イカレさんは次々に多種多様の魔鳥を召喚しているが、この世界は人を殺せるレベルの鳥が多い。
 イカレさんには効果の無いパルの聖歌によるステータス上昇効果だが──イカレさんが召喚した鳥には効いている。故に物理的破壊を齎す攻撃もアンデッドを切り刻むには充分であった。

「たった2HITで見よこのゲージの減り」
「どこにゲージが見えんだよ」
「気分的にですよう」

 小鳥が応援コメントをしたのだったが、イカレさんからノリの悪いツッコミが入る。
 そうこうしている間に、地面に居る敵はアサギくんが、空中にいる敵はイカレさんの鳥が尽く退治してしまった。
 あっさり倒しているようにも見えるが実のところ、ダンジョンでは死んでしまう冒険者も多くいる。ただ、イカレさんの攻撃力はざっと普通の冒険者が苦戦する魔物を一撃で葬るレベルであり、アサギに至っては竜だろうが魔王だろうが切り裂ける魔剣を使いこなしているのだ。これで苦戦するような魔物となると相当危険だろう。
 小鳥が手持ちのナイフで一生懸命攻撃しても、そうそう魔物は死なないので戦闘ではほぼ彼女の出番はない。忍者なのに後衛で控えている女子高生でしかなかった。

「わたしって本当に無力……イカレさんが地雷の上に立っている事を教えるしかできません」
「おォォい! アホか手前手前アホか!? なんのために連れてきてると思ってやがる! 罠は最初から言えよ!」
「そういわれても。さっきまで無かったのに空間転送でいきなりイカレさんの足の下に地雷が送られて来たんですもん」
「んな能動的ピンポイント殺傷罠があるか! 直接攻撃だろそれ!」

 決して足は動かさずに唾を吐き散らかして怒鳴るイカレさん
 戦闘中──他の三人が集中して敵を倒している間、何か違和感を感じたと思ったらイカレさんの足下に地雷がもそっと埋設されたのである。小鳥はそれを目撃していた。踏んだ瞬間爆発するタイプじゃないのは良かったが。
 
「きっとダンジョンに罠を仕掛ける妖精さんがいるのでしょう。毎回地雷を踏むのはイカレさんですので……イカレさん、何をやったんです?」
「知・る・か!」
「第三次世界大戦です」
「うっせェさっさと解除しろ!」

 小鳥は折角なので最近覚えた罠解除術を実践で初挑戦することにした。
 失敗しても自分の顔面とイカレさんの足が吹き飛ぶだけのローリスクである。こういう時こそ練習あるのみだ。。

「土系術式『パウダー』」

 土属性魔法の初歩、鉱物の粒子化魔法である。 
 対象の金属か鉱物──土にカテゴライズされる物質を変質させて砂にしてしまう魔法。戦闘でならば鎧や剣の無力化に(対抗措置がとられている物もあるが)、日常なら産業廃棄物等の処理に使われている。粒子化できる物質と範囲、速度などは魔法使用者によって変わるが。
 それを地雷に使用することで──雷管は崩れ火薬は土へと分解されて、爆発能力を失いただの埋まっている金属に変化させた。魔法レベルが1の小鳥だが、魔力を余分に使えば通常より僅かに多くの魔法効果を発揮できる。魔力はイカレさんから供給されるので実質底なしである。
 彼女の判断的に恐らくは2分の1程度の確率で無力化したんじゃないかなあと思われる地雷から、5メートルは離れたあとでイカレさんに大丈夫ですよと告げた。
 
「……もうマジ死ねよ手前」

 諦めて足を離すが、爆発はしなかった。成功である。



 *********



「罠です」

 そう小鳥が告げるのは露骨な宝箱。
 つまり罠である。9割確定していたのですが、念の為に調べて事実を告げた。罠が仕掛けられているかどうかなど女子高生に確認させればだいたいわかることは明白である。日本の女子高生の八割程度は罠を見抜く能力を持っている。それにしては現実で引っかかりやすいと思われるかもしれないが、それは敢えて乗っているのだ。持ちえる能力への反逆なのだ。女子高生とて罠を見抜きたくて見抜いているのではない。
 ともあれ。
 一瞬で宝箱だとわかる造形の木箱を、イカレさんが蹴り開けようとするのを止めて鑑定した小鳥は続けて言いました。

「罠もありますが、何かお宝も入っている展開──じゃなかった気配がありますね」
「──適当に──言ってないか──?」
「金の臭いがプンプンしやがるぜへっへっへ……とでも言えばいいでしょうか」
「金!? お金ウサ!? ボクはお金とエロ系が大好きウサ!」
「すげェ欲望に生きるシスターだなおい」

 目を輝かせる汚れちまったパルに小鳥は彼の両肩を掴みました。
 
「それならパルラルラくんにこの宝箱を開けて貰いましょうか。大丈夫です、罠といっても──中から出てきたヌメヌメした触手が穴という穴を陵辱するだけですから」
「いつからここはそんなエロダンジョンに」

 そう言われても、そういう気配がするのだから仕方ない。予言者は迫害される定めだ。小鳥は諦めて涙を拭った。
 実際のところは宝箱の表面にヌルヌル触手罠注意! お宝もあるヨとロンゴロンゴ文字で記載されているのを読んだだけであったが。
 両手で拳を作りガッツを出しながらパルが興奮して叫び出した。

「ウ、ウサー! ウサー! 触手なんかに絶対負けたりしないウサッ!」

 三人は同時に思った。

(……ああ、こんなセリフを吐いた時点でコイツはダメだろうな)

 キリッとした顔で宝箱を開けるパル。
 宝箱から出てくるヌルヌルした粘液を纏った上に先端がタケリダケみたいになっている触手。
 即拘束されるパル。 
 服の内側とかに入り込みまくる触手。

「ウサー! ふあっ、だめっだめですー! そこは入る穴じゃないウサー!」
「ほらダメだった。多分あのヌラヌラには媚薬効果とかありますよエロゲーみたいに」
「なんで──女子高生が──エロゲーの触手に詳しいのかはともかく──」

 アサギは眉根を寄せながら剣を抜き。

「流石に───見てられん──」

 ショタが触手に襲われてやおい穴とか縦割れ穴とか尿道にインされそうになる──未遂である。このダンジョンは健全であり卑猥要素は一切無い──という状態が見るに耐えず、救出のために駆け出した。
 触手といっても凶暴な攻撃性や防衛機能があるわけでは無い。ただティンの形をした長い物体である。
 アサギが魔剣を閃かせますと、抵抗なく触手は縦横無尽に切り裂かれて持ち上げられていたパルは地面に落ちて倒れた。。
 イカレさんは嫌そうな顔でそれを見ながら、

「うげ。痛ェ痛ェ」

 と呟いていた。女子の小鳥にはさっぱりわからないが、男子にとっては見るだけで痛い現象なのだそうだ。そう、珍を乱暴に破壊するというのは。
 パルを縛るエロ系触手を駆逐したアサギは鞘に剣を戻した。
 どろどろに汚されたパルが彼を見上げている。

「──潤んだ瞳で──見るな──!」

 どうやらホモ株を上げてしまったようである。
 
「アサギくんときたらまったくうふふ」

 イカレさんが珍しく痩せ犬に似た笑顔でぽんと彼の肩に手を置いた。

「アサギをパーティに入れて何が良かったって変態ウサギとキチ女の相手をしてくれることなんだぜェおい」
「──貧乏くじか───オレは──」

 それはそうと、罠は解除されたので小鳥は宝箱を覗き込む。
 中には何やら黒い布のような物が入っており、持ち上げると妙な手触りの飾り気のない一張羅であった。フロント部分にファスナーがある。

「なんでしょうこれ」
「ちょっと待て──鑑定してみる──」

 いうとアサギはポーチから眼鏡を取り出した。
 それは何かと尋ねてみると、

「魔法具───『命名神の眼鏡』──その複製品だ。入り口の酒場にある鑑定所にも置いてある───道具の名称と効果がわかる──」
「なるほど、それで魔剣『マッドワールド』や神篭手『ゴッドハンド』などと言った装備の名前をわかっていたのですか。てっきり何かを拗らせたアサギくんが自分で名付けていたのかと」
「───地味に傷つく」

 ごめんなさいと小鳥は心の中で謝りつつアイテムをアサギに手渡した。
 なおこの道具は誰かが個人で作成して命名した物にまで及ぶ為、アイスが作った魔杖『アイシクルディザスター』なども鑑定できる優れ物だ。この世界では命名神の神官による名付けは、道具や個人名、技の名前であっても名称登録しておけば神の加護が僅かながら付与される。
 ともあれこの黒い服が鑑定されたところ、

「名称『プリンセス全身ラバー』──分類は胴防具で用途は『雷無効・打撃半減』と『特殊なプレイ用』──」
「……」
「ちなみに──装備制限が女性専用───」
「着ませんが」

 さすがに拒否した。
 全タイ系に足を突っ込むには小鳥ではレベルが足りないというか足りた時点で危険だ。
 微妙な雰囲気になった一同で、小鳥は腕時計を見ながら言う。

「おっとそろそろ定時ですね。ダンジョンから脱出しますか」
「定時て───」
「まァいい加減疲れたしィ? 眠ィから帰って寝てェ」
「体中ベトベトでお風呂に入りたいウサ。サイモンさんたまにはお風呂で裸のツキアイとかどうウサ?」
「死ね。惨死しろ。埋められろ」
「───」

 何か納得が行かないようにアサギは腕を組んで少し考えこむような素振りを見せる。

「どうしたました?」
「いや───今までダンジョン探索といえば───食料と薬を大量に持ち込んで───泊まりがけでやるものだったから──」

 9時5時のバイトみたいなノリで撤退するパーティに少しばかりギャップを感じているのだという。
 小鳥は言ってきかせる。

「いいですかアサギくん。闇雲に探索してもイベント発生フラグが立たなければ意味が無いのですよ。どうせ帰れる時は潜る時間が長かろうが短かろうがイベント発生するのですから」
「そういう───ものか──?」
「大体生真面目にレベル上げのごとく探索するなんてそして10年の月日が流れた展開にしかなってないわけですから。お気楽に探索をすることでお気楽に物語が進みハッピーエンドになるのです」
「──よくわからんが」

 これが作られた物語だとしたのならばそうなるのが必然、と彼女は仕掛けられたカメラを探しながらメタでリアルな発言をする。世界はわたしを監視している。檻のついた病院の先生に相談しよう。彼女の思考はそんな感じである。
 
(元の世界に帰りたいのはわかりますが焦っても仕方ないのですよ)

 地道にダンジョンを探索していけばそのうち話が進むはずだと彼女は信じている。もしくはダンジョン外の何らかの出会いや経験、情報が必要な事もあるかもしれない。
 どちらにせよ帰れる展開はやがて訪れると確信している。
 理由など無いが、そう思うのだから仕方がない。
 
「ううむ、しかし今回のクエストではわたし、戦闘面で一切役に立ちませんでしたね」
「そう云う──ものだろう──女子高生なのだから───危険な事はしないほうがいい」
「敵の弱点を想像とパターンで判断して仲間に指示を出す、とかもしてませんし。イカレさんとアサギくんの攻撃力が高すぎて」

 罠の解除や回避なんて地味すぎる上に適当にやってるものだからさっぱり活躍が描写できない。 
 多分こうやったら罠が外れるんだろうな、とか恐らくそのへんに仕掛けられているんだろうな、とかその程度の認識で彼女は行動していた。
 職業クラスがニンジャだというのもまるで生かされない設定である。銃すら撃たないのでガンマンでもない。市販品の拳銃と欠陥銃弾より明らかにアサギの持つ魔銃のほうが強い。
 BGM係すらパルに取られているので影が薄いことこの上ない。

「……そんなわけで、ちょっとアサギくん魔銃を貸してください」

 遠距離攻撃ならなんとか貢献できると判断して借り受けようとする。
 それにショットガンは狙いがある程度ずれていても散弾で面攻撃ができる為に取り扱いが楽だ。アメリカンファミリーでも大人気。前線に出ているアサギを巻き込む危険性ぐらいしか問題を感じない。
 呪われた魔銃を手に取る。同郷のアサギが問題なく装備できているので、小鳥も問題無く装備は出来た。魔法を使う際には魔銃を仕舞う必要があるが。
 とりあえず試し撃ちとして格好良く片手で構えてマズルを通路の先に向けて引き金を引いた。

「バッボーイ」

 言葉と同時にトリガー、そして爆裂音。強烈な衝撃に持っていた魔銃が後方に吹っ飛び取り落とした。
 発射の反動で大きく銃身が跳ね上がったのである。握っていた小鳥の手首が妙な方向に曲がった。
 ごとりと銃を床に落としながら握っていた右手をさする。

「痛っ。超痛っ」

 小鳥は言いながら反応の無い手首をぷらぷらとさせて、呆然と云う。

「……骨を骨折して折りました」

「弱ェー!? やっぱ馬鹿だろ手前!!」
「渡しといてなんだけどそんな撃ち方するかな普通──! オレは筋力強化してるけど女子高生には無理だろ──!」
「ウサー! 手首がヤバめな方向に曲がってるウサー!」



 今回のダンジョンの成果。
 プリンセス全身ラバーを手に入れた。
 右手首複雑骨折で小鳥は戦闘への熱意をごっそり失った。


 半べそをこらえてダンジョンの帰路につく小鳥であった。
 女子高生にショットガン片手打ちはレベルが足りなかったようである……。





[30747] 17話『開き直れる勇気』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/06 18:10





「ひひうー。ひひうー」

 小鳥はそんな情け無い声と共に息を吐きながら涙目で手首を持ち上げた。
 触れただけで手首を焼いた万力で挟んで杭打機を打ち込まれるような激痛が走り、もはや、

「ひひうー」

 としか言い用が無い。彼女はなにか無闇矢鱈に謝りたくなってきた。ごめんなさいわたしが魔女です。火攻めよりは石を抱かせて湖に沈めてください。そんな感じである。
 はっきり言って土手っ腹をぶち抜かれた時より余程痛い思いをしている。
 あの時は神経がショートしてすぐさま気絶したのでそんなに痛かった記憶も無かったのだ。
 
 今はダンジョンから帰ってきての宿屋である。メンバーで反省会というか小鳥の治療タイムにあった。
 ピクリとも動かない右手首をなんとか板の上に乗せて、包帯を取り出した。
 アサギから貰った痛み止め効果のある薬を染みこませた布を左手でくるくると巻いて行く作業を自分で行う。他人に触られると恐ろしいと感じたのである。
 
「い、痛そうウサ」
「ぐすぐすーん。手首がもげそうです……唾つけたら治るってレベルじゃないですよこれ」

 まさかアサギが軽々と使っているショットガンの衝撃がアレほどだったとは思わなかったのだ。ショットガンを撃った経験が不足していた彼女の誤ちであろう。近年では実際にショットガンを撃つ女子高生の数が減っているとされている。
 そもそも彼は身体能力を魔法具で向上させているし銃も使い慣れているので、同じ日本人といえども肉体としては脆弱極まりない小鳥のスペックとは比べるべくもない。彼女の体育の成績は2だ。運動してると友人に心配される。
 包帯を軽く巻いたあと、きつくぎゅっと締めた。

「がりれふぃがろほおおお……うう、歌って誤魔化そうにも痛すぎて泣けてきました。痛くて辛い時はボヘミアンラプソディを歌えば平気になるってシェイクスピアも言ってたのに」
「自業自得だろォが」
「もう二度と戦おうなんて気は起こしません。イカレさんの背中に隠れてます」
「戦いですら無かったわけだが」

 辛辣なジト目で小鳥を見るイカレさん。
 アサギは頭を下げながら言った。

「──済まない──軽率に──持たせる武器ではなかった──」
「アサギくんが悪いわけじゃないです。わたしが州知事でもデビルメイクライでも無いというのにショットガン片手打なんてしたのが間違いだったのです。自己反省プログラム作動。反省中。反省終了」
「───それより──腕の治療をしなくては」

 この状態の右手複雑骨折では固定して放置していたところで骨が変なくっつき方をして不味いことになりかねないだろう。
 それにこれではダンジョンに行っても役立たず度が高い。授業や日常生活に支障が出てしまう。
 
「そこはほらファンタジーなので。回復魔法とかあると習いましたが」
「アイスに頼んでやってもらうかァ? 言っとくけどよォ、俺も肋骨に罅が入ったときにやって貰ったが死ぬほど痛ェからな回復魔法。魔法使いってマゾなんじゃねェのって思うぐらい。砕けた骨が周りの肉を押しつぶしながら強制的に元の形に戻る図を想像してみろ」
「ひひうー」
「……マジ泣きしながら首を振らなくても」

 アサギくんが次にマジックポーチから薬を取り出しました。

「骨折を一晩で治す薬も───あるにはある───ただ──死ぬほど不味いが──酔っ払ったおっさんのゲロゲーロを彷彿とさせる風味───」
「なんですかそれまたシリーズオッサーンヌですか」
「『オッサンーヌの唾』──だ」
「唾を付けても治らないとは言いましたから唾には頼らないですよもう嫌です凄く嫌ですそれ」

 激痛に耐えるかオッサンーヌの唾を飲むか、究極の二択を迫られる小鳥である。
 おずおずとパルが手を上げた。

「他にもうちの神様の奇跡で治すという方法もあるウサ」
「それはどのような?」
「ええと、歌神は音楽の神様でウサから、歌や演奏に関わる負傷は奉納演奏と引換に治してくれるウサ。喉を治してもらったらお礼に歌うとか、コトリさんの場合は腕だから楽器を演奏するとか」
「楽器ですか……うーん、ピアノの練習曲ぐらいなら弾けますが」
「神様からの採点もあるウサが……とにかく明日やってみるウサ?」
「一番真っ当そうですのでお願いします」

 激痛や唾よりもそれは後味が良い治し方のように思えた。
 パルは準備があるから明日の朝呼びに来る、と言い残して彼の住む教会へ帰って行った。
 残された小鳥だが、この腕では料理をつくることもできない。下手にアイスが帰ってくれば彼女が厨房へと向かう恐れもある。

「やむを得ん───オレが作るか──」
「お願いしますアサギくん。イカレさんに作らせたら温めた塩水に豆が浮いてる飢饉食みたいなのを出されますので」
「んだよ。うまかねェが腹には貯まるし安いだろォが」

 イカレさんの場合料理が得意とか下手とかではなく、ただ面倒臭がりなので最低限食べれる貧しくて簡単メニューで済ませてしまうのである。むしろ素材のままとかも多い。ヘタしたらネズミの丸焼きとか食べる。水場によってきた他の村の少年をボウガンで射殺したりする。そんなイメージすらある。
 暫くアサギが夕飯を作るまで食卓でイカレさんと二人で待っていた。
 そういえば、と小鳥が思いだしてダンジョン探索で気になったところを話し出した。

「イカレさんがやたら凄くとても多くめっちゃ引っかかる罠なのですが」
「やかましいわ」
「いえ、非難しているわけではなく。ただ、イカレさんが引っかかるにしても引っかかりそうだからわたしが回避させている罠にしても、妙に殺傷力の高い罠が多いのですよ」
「そォなのか?」
「そうなのです」

 小鳥が気になったのは、パルやアサギも引っかかりそうな無造作に仕掛けてある罠と、イカレさんがピンポイントで引っかかる罠の違いであった。
 普通の罠の効果は、火薬式ではなく魔法の込められた足が遅くなる地雷や一定時間口が聞けなくなるガス、気分が落ち込む魔方陣や転びそうな凹凸。落ちてくるタライにゴム弾の銃撃とそこまで殺傷能力の高くないものが多く見られアトラクション的に感じる。
 対してイカレさんの足元にピンポイントで転送されたり進路上に埋設されたりしているのは対人地雷やクレイモア地雷、タライではなくキニーネ系の猛毒が塗られた刃付き草履を履いた中年男性が落ちてきて襲撃したり、壁が開いて手榴弾が大量に転がってきたり前方から自動砲台ライフルで狙撃されたりと様々な致命罠に狙われているのである。
 他の冒険者の話でも、色々厄介な罠は多いけれど一撃で致命傷を負うようなものは珍しいという。
 
「つまりイカレさんはウルトラ運が悪いということです」
「そんなレベルか? それ」
「ちなみにウルトラ運が悪いの語源は、ある日いきなり宇宙人に出会い頭に衝突されて即死した挙句憑依して治してあげるから許してネと言われるような運の悪さです。その後は半強制的に異星人との戦闘の日々」
「マジかよ……宇宙人怖ェな。法律はねェのか。銀河法とか」
「人類にはロキシー・ミュージックを用意して奴らの頭を粉砕するしか残された道はありませんね……。しかしイカレさん、ダンジョンの管理人か何かに恨みでも買っているとかありませぬか?」
「知らねェよそんなこと。敢えて言うなら召喚士だからかァ? そォいや蟲のやつはどォなんだか」
「蟲召喚士さんですか。その方も冒険者を」
「あァ。五月蝿ェやつだから苦手っつーか相性が悪いっつーか。蟲と鳥だしな」

 イカレさんは嫌そうな顔をしながらそっぽ向いた。まだ小鳥はその蟲召喚士とやらには会ったこと無いが、イカレさんと相性の良い人間などレザースタイルのモヒカンぐらいじゃないかと思わなくもない。
 召喚士は髪の毛と目が虹色なので見ればわかる為、冒険者をしていればそのうち顔を合わす機会もあるだろうと予想する。
 そうこうしているとアサギが料理の盛られた皿を持って来た。
 皿には魚のフライの甘酢あんかけと刻んだエビ入りのオムレツがそれぞれ乗っている。温かい芳香がふわりと立ち上った。

「アサギくん料理上手ですね」
「一人暮らしだったからな───金も時間もあった──」
「手前ら異世界人は料理の種類が多彩でいいなァおい。アイスなんて何作らせても産廃だし」
「──さりげなくリア充自慢入れやがって────骨喉に詰まらせろ」
「なァにが自慢だなにが。あーうめェうめェ」

 がつがつと食べ始めるイカレさん。料理の味に頓着はない──自分の適当メニューでもアイスさんの黒料理でもとりあえず口にするぐらい──のだが、うまいものにはうまいと云う。
 小鳥の魚フライはわざわざ骨を取り除いている心配りがあった。料理の見た目も紅い野菜と緑の野菜で色彩よく食欲をそそる。左手でスプーンを持ち口に入れるとふわっとした白身魚の肉に酢のしょっぱくて酸っぱい味が口に広がった。程よく食感の固い野菜がかりかりとしている。熱いご飯があればその上に乗せて食べても、美味しそうであると小鳥は思う。
 また、これはフライが温かい上にじゅっと甘酢をかけている状態だが、一晩酢につけたまま寝かせると魚の身が柔らかくなり、酢の味もしみてたまらんのである。
 オムレツも中身はとろりとしていて外側がカリッと形を作っている絶妙な火加減であった。トロリ卵の中に刻んだ野菜とエビのぷちぷちがあって飽きさせない味をしている。
 小鳥が作る料理のさしすせそを悪用して押し付けがましく味覚に美味を味合わせるものとは違い、普通に美味しい料理であった。
 彼女個人的には自分で作る料理よりも、他の人が作った料理のほうが好きである。理由としては自分の料理に得体が知れない不気味さがあることを自覚しているからだ。
 
「これが三十路独身男性が食べさせる相手も居ないのについ料理に凝って上達した料理の味……凄いですアサギくん。見直しました」
「時々小鳥ちゃんの言葉から悪意のないフック系攻撃を感じるのだが───」
「うふふ、変なアサギくんですね」

 そんな感じで夕食を食べながら談話をしていた。
 実際鈍キツイ系の痛みがある右手をごまかすために小鳥は笑っていたという。


 この日はアイスは仕事が忙しくて結局宿に戻って来なかった。
 彼女から貰った氷の呪符を手に巻いて、傷んで熱を持つ右手を抱えながら一人ベッドで眠り小鳥は呻いていた。
 
「うう、ぐす。痛いです」

 痛いけれど、自業自得なので仕方が無い。
 だからその日はぐすぐす泣いて疲れて眠り、痛みで夜に起きてまた泣いて──何度か繰り返してわけが分からなくなり過ごした。
 
(骨折って痛いんですね。JK)

 常識的に考えて、女子高生はそう思った。





 *******






「ヘイ、パラライザーくん。確認だぜですよ」
「OKミス・コトリ。なんですウサ」
「わたしの腕を治すためにピアノを演奏する。OK?」
「イエァ。その通りウサ」
「それで、なんで路上パフォーマンスなんですか」

 パルの住処の教会は貧民街の一角にある。帝都における貧乏移民の大半が住み込んでいる、毎日娼婦の死体が見つかり路地裏には注射器が転がっている区画が貧民街である。
 治安の悪さは商業区や住宅区に及ぶべくもなく悪い。ともあれそんなスラムにある教会の一つが、パルが仕える歌神を信仰する教会の一つなのである。もちろん別の区にもあちこちある教会の支部の一つだが、歌神は貧しい者にも人気のある信仰である。財産も土地も力も持たない者でも歌で陽気になれる。
 その教会の前に簡易ステージとピアノが置かれていた。身なりの悪い暇な観客が地べたに座って早速集まってきている。
 小鳥は舞台袖でパルに問い詰める。

「……ここで演奏しろと?」 
「はいウサ。歌神からの評価もそうでウサが、多くの人に聞かれ心を動かしたというのも評価ポイントなのでウサ」
「ううう。わたしが弾けるのは精精練習曲なのですが。騙したな大佐。わたしを裏切ったのか」
「がんばるでウサ」

 骨折して次の日。パルに連れられてその教会の前まで来たと思ったらこれである。
 暇だからと付いてきたイカレさんとアサギも観客席に座っている。見た目が明らかに貧民拗らせて外道へ走った雰囲気のイカレさんはともかく、意外とアサギもこの辺りに潜伏している黒尽くめの殺し屋といった剣呑な空気が街に似合っていた。
 それにしても、と小鳥は軽く頭を掻く。
 てっきりこっそり演奏して神様に聴いてもらうものだと思っていたのだが、客を呼んで演奏会を開くとは聞いていなかった。
 パルに手を引かれステージの中央へ向かった。
 そして彼は小鳥の骨折した手を掴んで上に掲げる。激痛が走り息を吸い込む小鳥。

「えーそれでは歌神の弾き手治癒ライブを行いますウサ。演奏者はトリカイ・コトリさんー!」

 まばらな拍手。
 そしてパルは祈りを捧げる。

「彼の者は音を紬し奏者。神の為に音を響かせ人の為に音を奏でる。神よ、祝福を与え給え」

 詔を言い。
 そして奇跡は訪れた。
 空高くから光が降り注いで小鳥の右手に月面基地から発射されたマイクロウェーブめいて照射される。
 光に包まれて、彼女の複雑骨折した右手が──痛みが引いて、指、手首と動くようになった。
 今まで骨折していた違和感など無いほどに自在になり、小鳥はわきわきと指を動かした。
 やおら彼女はピアノの椅子に座った。
 音楽など専門的に習ったことは無いが、キーボードで演奏するゲームをプレイしていた経験と記憶はある。
 小鳥は頭のなかで上から落ちてくる楽譜をイメージしながら指を鍵盤に触れさせた。

「それでは適当に『マゼッパ』いきます」

 超絶技巧練習曲四番を弾き始めた。ネタ的に覚えたこれ以外では、48の殺人ピアノ相手に習得したピアノ拳ぐらいしか彼女は使えないだろう。
 次第に人が集まりだして彼女の独奏を聞く客が増えてきた。
 練習曲とはいえネタ的に難しい音の重なる一曲である。独特の音程が人の耳を引きやすいのだろう。
 楽譜は無いが元から見ただけで理解を拒む楽譜なので小鳥もあまり理解していない。指に染み付いた反射のみが頼りで演奏を続ける。最初は天津飯みたいに手を4つにしないと弾けないかと思ったが、練習するうちになんとかできるようになったのである。音楽の成績が良い女子高生だからこその腕前だ。まあ、五段階評価で四ぐらいあればギリギリ弾けるだろう女子高生なら。
 時折イカレさんの「なにあの指の動きキモイ」とか云う声が聞こえたが頑張って完奏し、小鳥は額の汗を拭った。
 終えたときには拍手が響いた。聴きに来た観客たちは皆物珍しい演奏を見たと喜んでいる様子だ。

(ううむ、宴会芸的に覚えた曲なのですが異世界でもウケルとは)

 目を輝かせたパルが言う。

「グッドウサ! 歌神様からも好評ウサから、利子も残傷も無くコトリさんの骨折は完治するウサ! コトリさん凄いウサ!」
「ほう。それはよかったのです。なにせこれしか弾けませんし」

 安心の吐息を吐き、完璧に治った右手をじっと見る。歪に骨が歪んでいた様子も、炎症で膨らんだ様子もなく。ただの健康な手に戻っている。
 
「よかった、よかった。神様は、こちらに加護をくれる限り偉大です。スパゲッティ・モンスターも実際に電話料金を安くしてくれたら信仰してたのですが」

 パルが手を握りながらブンブンと振って云います。

「正直にいうと演奏聞くまで侮ってたウサ! 小鳥さんがピアノ弾くっていうから戦車で踏みつけるのかと思って知り合いの死神司祭に戦車借りてこようかと悩んでたぐらいウサ!」
「まったく人を何だと思っているのですか。鳥取の女子高生が戦車になんて乗るわけ無いじゃないです。茨城県の女子高生じゃあるまいし」
「──茨城県民は乗るのか──?」
「乗りますよ?」

 ジェネレーションギャップに苦しむアサギに、小鳥はきっぱりと事実を伝えた。 
 




 ***********





 今日も今日とてダラダラと日常を送り怠惰の湯船に体を沈め腐らせている小鳥達ではない。
 その日は宿のイカレさんの部屋に小鳥とアサギが来ており、異世界人アサギを加えての元の世界へ戻ろう会議を開いている。
 テーブルにフラクタル模様の召喚陣が描かれた紙が置かれている。

「これが手前をこっちの世界に呼び寄せた、異世界召還用の陣だ。ダンジョンで魔王は何かを異世界に送ったり呼び込んだりするために色々実験してたらしィぜ」
「ふむ───しかし──オレの場合は別に召喚士に呼ばれたのでは───無かったな───こんな陣はあった気がするが──」
「ちなみにアサギくんはどんなところに現れたのです? わたしは例によってイカレさんがあっさり引っかかったトラップルームでしたが」

 閉じ込められて餓死寸前だった彼は小鳥が召喚されなかったら死んでいたのではないだろうかと思い出しながら聞いた。
 アサギはもうかなり前のことなのでやや考えてから答える。

「確か──ダンジョンの中の宝物庫のような場所だった───そこに魔剣とマントがあったから───つい装備して部屋から出た──すると戻れなくなったな───」
「躊躇わず剣とマントを装備するとは。流石ファンタジーライトノベルが全盛期だった世代は格が違います」
「正直──ちょっと興奮してた」

 まあその後10年以上も帰れないとは思わなかっただろうが。

「とにかく、誤作動しただか俺が作動させただかでこいつはこっちの世界に来たわけだが、これとは別に異世界へ転移するための陣も用意されているらしい」
「其れは──?」
「術式の開発記録ノートの切れ端だ。こんなことが書かれている」

 イカレさんは端が黒色の薄い液体で滲んで読めなくなったそれをテーブルに広げた。


 ===


 終末まであとXXX時間。
 地球世界への転異術式[保持し呼ばれる場所へ]がほぼ完成した。次元アンカーの反応良好。座標を上下誤差幅コンマ6で安定。
 通り抜ける魂の変質を防ぐために魔力の同調を試みて成功。よっしゃ。もう一回書いておこう。よっしゃ。
 これにて256分の1の確率から成功確率を2分の1まで上げた。やべえ我天才かも。絶対行けるってこれ。ダイジョブダイジョブ。
 日本に繋がったら秋葉原のメイド喫茶に行こう。メイド喫茶にメイド連れて行ったらどういう反応になるだろうか。楽しみである。
 しばらく平和な日本に不法滞在してほとぼりを冷まそう。ど■も最近アカシッ■■■■ドを読■に滅びの流れが■■■■……
 


 ===


「アキバだかなんだか知らねェが異世界を魔王が行き来してたのはそれらしィだろ?」
「……というか露骨にわたしたちの故郷に来ようとしてたみたいですけどね魔王」
「メイド──? 秋葉原にはそんなものが──?」
「90年代で情報が止まっている、秋葉原といえば電脳組なアサギくんは知りませんか。わたしも行ったことありませんが、ソフト風俗みたいなものらしく」
「ほう───個人的には元貴族なのに家が没落してメイドに見を窶したけれど元来のツンケンした態度は治らずに『なんでわたくしが給仕の真似事を……お茶が入りましたことよ!』と昔は立場が下だったオレに言ってきてメイド長に怒鳴られ涙目になるとかそういうプレイがいいんだが──可能なのか」
「思っていた以上の食いつきですね……」

 舌を回し欲望を語るアサギから約30cmほどいつもより離れる小鳥。
 イカレさんも虹色の目を光らせて、

「俺ァ今まで羽毛だけで服を着てなかったハーピィのカワイコちゃんが初めてゴテゴテしたメイド服を着て翼が出しにくいだの尾羽でスカートがめくれるだの文句を言いながらも給仕してくれるほうがいいぜ」
「慣れない服に戸惑うシチュいいな──」
「あァ」

 何やら意気投合しているオッサン二人から距離をとりつつ。

(カワイコちゃんと来ましたか。今時使わねえですよその表現)

 もうお前らこの街でコス喫茶開業しろと小鳥は思うのだが、その場合彼女もニンジャメイドとして登用されてしまうのだろうか。
 ともかく話が逸れまくって居るが、大事なのは日本に繋がるワープゲートが存在するという情報なのである。
 ここで日記は途切れているが魔王はしっかりと完成させたのだろうか。

(……?)

 唐突に小鳥の危険察知スキルが閃きを見せた。
 彼女は口の前で指を立てて、喫茶店経営を検討しているオッサン二人に声を潜めて言う。

「しっ。わたし達の密談を聞いているスパイの気配を感じます」
「何──コス喫茶開店の秘密を探ろうと───!?」
「そんな話題だったかなあ」

 別に小鳥とアサギが異世界人だろうがなんだろうが、知られてどうなるわけでもないが。
 小鳥は腰に下げた投擲用ナイフの一本を取り出した。
 古来より知られてはいけない情報を知ったものの末路は凄惨なものである。伝統に則り彼女も悪魔の儀式への生贄へ使う事へ罪悪感を覚えつつも奇妙な快感を感じていた。

「そこですっ!」

 小鳥の直感に従って投げ放ったナイフは回転しながら一直線に窓ガラスへと当たり──割れると音を立てて窓を突き破り飛んで行く。
 そして彼女は間髪入れずに窓ではなく入り口の扉へ近づき、ドアノブを捻って内側に開けた。

「うええ!?」

 ドアに耳をつけていた部外者──不審人物は転びながら部屋へと入って来た。
 イカレさんはガタっと椅子を蹴るように立ち上がる。

「ちょっと待てェ! 窓ガラスを割った意味は!?」
「その場のノリですが」
「死ね! 凄ェ勢いで死ね! なんかこォ受賞するぐらいの勢いで!」
「仕方ありませんねえじゃあメイドスパイが窓から覗いていたので先制攻撃をしたでいいですよもう。家政婦メイドは見た的な。実際居ましたよ」
「死ーねー!」
 
 イカレさんが床をガンガン蹴りながら叫び猛る。窓ガラスは後で直しておくから機嫌も直してくれると嬉しいと彼女は希望的観測をするのだが。
 ともあれ床に膝を付いたまま、二人を見上げている不審人物は少女である。小鳥に見覚えは無かった。
 ハンチング帽を目深に被っているが腰まで伸ばした長い髪が目立ち薄く光っている。服装は女子高生の制服に似たミニスカート姿だったが、色眼鏡と帽子が怪しい記者か探偵のようであった。
 アサギくんがチャキ、と魔剣の柄に手をかけた。

「何者だ───事と次第と容姿によっては───従業員になって貰う──」
「かなり意味不明な脅し文句ですねえ」

 魔剣に彼が手をかけたことで、その少女は「ひっ」と息を飲んでかさかさと地面を這って──イカレさんの足に右手でしがみついて彼の後ろに隠れた。

「まままま魔剣マッドワールド……サイちゃん! サイちゃん! 何で!?」
「んァ? ……あれェ? お前」

 イカレさんは不思議そうに少女を見下ろして、彼女の帽子をはぎ取る。
 目元まで隠していた帽子を取ると髪の毛がばさりと広がり、左右に結んでいるそれは──虹色に発光していた。
 そんな生物はイカとかカメレオンとか、召喚士ぐらいしかい無い。
 イカレさんは驚いたような色を乗せて声を出した。

「外に出るなんて珍しいなァおい。本召喚士のお前がよォミス・カトニック」
 
 本召喚士。名をミス・カトニックと云う。
 小鳥はイカレさんから存在は聞いていたのだったが──その、髪と目の色以外は日本の高校に居そうな風貌の少女はやはり警戒した眼差しをアサギに向けてイカレさんの影に隠れている。
 いきなり少女に警戒されたアサギは過剰反応の失態を悟りつつも慣れっこなのか腕を組み壁に体を預けて「フ──」と特に事情もわからないですが何か悟ったようにクールキメした。
 続けてそのミス・カトニックはテーブルに置きっぱなしの魔王の記録帳を指さして、

「あ゛ー! サイちゃん、これ何処から見つけたの!? 関係ないやつだよこれは!」
「あァ。お前ンとこでヤカンの下敷きに使ってたのを発掘してきた」
「んがあああ! もう! 魔王城地下構造図と転異術の構成式だけって言ったのに貸すのは……魔王とはいえ日記読まれたら可哀想だよっ」
「悪ィ悪ィ」

 ちっとも悪いとは思っていなそうな顔で手をひらひらさせるイカレさん。
 そもそもこの本召喚士の趣味が他人の日記や夢小説を読み耽るという嫌なものなのでどの口が言ったものやら、と考えている。
 彼女はページの切れ端を引ったくり懐に仕舞い込んだ。

「これは没収! あんまり言うこと聞かないともうサイちゃんに本出してあげないよっ!」
「ん~? 俺がどんな本をお前に頼むんだっけェ?」
「……いつも嫌だって言ってるのに召喚させてるヤツ」
「それじゃあわからんなァ~おい」
「やらしい本の事だよ! 我にそんなん召喚させんな!」
「おやァ? ミス・カトニックは中身も読んでないのにやらしい内容だってわかるのかァ? いやァ書痴のお前のことだ。きっと俺が頼んだ本もちゃんと読んでるんだろォなァケケケ」
「我が貸さないとサイちゃんがエロ本万引きして捕まるのが恥ずかしいんだよっ!」

 何やら即座に本召喚士の方にハラスメント行為を始めたイカレさん。顔を真赤にさせて彼女は怒ったように見ている。
 つまり二人の関係を計るに、発言を顧みると。
 独身成人男性のイカレさんは十代に見える本召喚士の少女にエロ本を要求してる挙句セクハラまでしている。
 
(犯罪というか……ナチュラルにクズいというか……嗜虐的な笑いまでしてますし。おまわりさんを呼ぼうか)

 そう考えたらぎゃりぎゃりと油を差していない車輪が砕けながら回るような音がした。小鳥が発生源であるアサギを見たら──

「───魔剣がオレの怒りに共鳴している───! サイモンのティンに蜜を塗って──カブトムシとかが集まりそうな木に縛り付けて一晩放置しろと───!」
「魔剣関係ない拷問ですよねそれ」

 少女からちゃん付けで呼ばれた上に許され気味なセクハラ行為をできるというイカレさんの女性関係に非モテ・リア終のアサギは怨念の篭ったオーラを全身から噴出する。
 魔剣が胎動するように、或いは本当にアサギの怒りに共鳴しているのか、おどろおどろしい音を立てている。
 その音にビビリイカレさんを盾のように前に構えるミス・カトニック。思い出したかのように指をさして云う。

「だからサイちゃん!? なんでマッドワールドなんて持った魔剣士がここにいるの!?」
「ダンジョン潜ってるっつっただろォが。その仲間──」
「貴様に仲間と呼ばれる筋合いなど無い───!」
「……えェと知り合いの面倒臭ェヤツだ」

 リア充に仲間と呼ばれることのなんという不名誉か。憤怒の吐血をしながら魂からアサギは叫んだ。
 これでも先ほどまで仲良くコス喫茶の話題で盛り上がっていた二人なのだが。
 小鳥はなんとか落ち着かせようとする。

「まあまあアサギくん。こちらはそれに対抗してわたしが頑張って描いたエロい絵をプレゼントしましょう」
「なに───小鳥ちゃん──そんなはしたない真似は─────

                                        うわあ何この強烈な生理的嫌悪感を感じる絵」
                       
 一気にオーラが消え去り、嫌そうな顔をした。

「題名は『片パイを砕かれたアイドル』なのですが」
「ありがたみの欠片もない──というか見てたら気分が悪くなってきたよ───これ」
「どれどれ……? きんめェ……夢に出そォだ……」
「うわあ……実体を持ったものと遭遇したくない……」

 中々ひどい感想を付けてきた三人。この場には絵が出ないので筆舌しがたいそれを正確に伝えることは出来ないのが残念である。
 しかし一気にテンションダウンして落ち着いた場。
 咳払いをして、イカレさんが聞いた。

「あーところでお前なにしに来たんだ? いつも自分の書庫に引き篭もってるのによォ。わざわざ目と髪まで隠して」

 ミス・カトニックは濃い色眼鏡とフードで自分の姿を隠したまま扉の外にいたのである。 
 本召喚士は国際的にも単純戦力より危険な能力──あらゆる紙媒体の情報物を召喚できる特性を持つので普段は本人の書庫に隠れて住んでいるのだという。
 場所を知るのは召喚士の一族だけで、帝国の公職に付いている宮廷召喚士でさえ彼女の居場所は誰にも教えることはない。自分勝手な性格がデフォルトな召喚士一族だが、親戚を売ることは無いのである。
 引き篭もりつつも漫画雑誌などを召喚して一人自適に暮らしているのだという。他の召喚士に頼まれた時だけ本を召喚して貸し出すこともする。イカレさんとも、好意と云うよりは親戚づきあいで親しいのだ。
 少女は言う。

「サイちゃんが異世界の人間を召喚したって言ってたから、気になって見に来たんだけど。えーと……まさかそのエセ魔剣士じゃないよね?」
「いえいえ、わたしこそが異世界人。ふっ……アサギくんは下がっていて貰いましょうか」
「なんで得意な態度なんだよ」
「初めましてこんにちは。異世界出身鳥飼小鳥です。好きな学園ラブコメ漫画は『魔界学園』」
「アレって学園ラブコメだっけ?」

 素でミス・カトニックは聞き返す。本召喚士だけあって異世界の漫画も読んだことがあるのだろう。しかしヒロイン的存在となると妖術使いのセーラー老婆になるのだが。
 小鳥が右手を差し出して握手を求めたので一応彼女も応える。

「ええ、と本召喚士のミス・カトニック……あ、ミスも名前の一部だからね──」
「──おや、右手はロケットパンチなので?」
「そうだよ、超飛ぶよ」

 差し出された、ローブの内側から出された手は上腕から先が無骨なガントレットと、機械作りのマニュピレーターだったので小鳥は云う。

「ちょっとデザインがアサギくんのゴッドハンドに似てますね。色は違うけど」
「チッ。シャーフーハー」
「──威嚇されてるのかオレ」
「ま、ともあれ本っていいですよね漫画とか。ミスと言えばわたし魔界学園のミス・ヴァージンって不二子ちゃん系の萌えヒロインで好きですよ」
「いや……同意求められても困るけど……」
「ヒロインて無理がある気が────」

 後ろからアサギくんが空気の読めない声を出したが、無視をする。
 握手をしてブンブンと手を振ってから離した。
 すると少しだけミス・カトニックは考えるような仕草を見せて、

「魂の因果か……」

 と小さく呟いた。モノローグ読みの術でなにを考えているか小鳥は探ろうとしたが、『おっと』という心の声と共に何もなかったように彼女は思考を切り替えたようである。
 そして小鳥は少し体を横に退けて、背後の壁に寄りかかっているアサギに手を向けた。

「そちらのアサギくんも異世界出身でして。ほらアサギくん、大事なのはコミュニケーションですよ」
「───浅薙アサギだ──」

 そう言いながら彼がミス・カトニックに近寄り──同じ速度で彼女は後退って離れました。
 アサギは足を止めて感情のない視線を彼女に向けるが、嫌悪を感じる表情で睨み返された。

「────」
「我に近寄らないで欲しいな」


「───────────」


 無言で再び壁に寄りかかって腕を組み、軽く目を閉じるアサギ。強く生きて欲しい。
 
(さすが孤高の魔剣士ですね。すました顔をしていても心はふかあく傷ついたことがわかりますよ)

 小鳥は遠近自在テレパシーでアサギに応援のメッセージを送る。彼がが受信できるかはわからなかったが。自分が送信できるかどうかと同じぐらい。
 
「つーか用ってそんだけ?」
「ううむ、まあそうだけど……でもサイちゃんも魔剣には気をつけたほうがいいよ? あれは召喚殺しなんだから……」
「そォなのか?」

 イカレさんが首を傾げる。危ないものだとは彼自身も分かってはいたのだろうが、魔剣の詳細となるとFBIにすら掴めていないのである。
 ミス・カトニックは義手を抱くように腕を組んで言う。

「魔力を切断面から吸収する性質を持つから召喚物に対して一撃で消しさることが出来る。もともとは境神の天使が持っていた世界の鍵ってやつだったんだね、別世界と繋げる為に闇魔法でブラックホールと魔改造的に混ぜて出来てるんだ。ブラックホールの中は別の宇宙に繋がっている理論を応用して。
 おまけに相手の存在階位ごと吸収することがあるから切られるとステータス全低下というかレベルダウンというか……召喚士が切られたら召喚能力が低くなるから厄介極まりないよ?」

 本召喚士ともなれば物事に詳しいのだろう。
 指を立ててイカレさんに向かって説明しているが、イカレさんは耳をほじってさほど興味無さそうに、

「ふゥん……さすが物知り博士だな。あ、帰るんだったらついでにこの前借りてたエロ漫画返すわ。ちょっと待ってろ」
「わー! だ、だから一々返さなくていいってー! 破るか燃やすかすれば消えるんだから!」
「本召喚士のお前が焚書を奨励するんじゃねェよ。ほらエロ本しっかり持って帰れよ」
「思うに……最低ですなあイカレさん」

 なんか生き生きしてるイカレ氏を見ながら感慨深そうに小鳥は云う。
 普段アイスに振り回されたり小鳥のボケに巻き込まれたりパルに発情されたりアサギと喧嘩したりで、一方的に弄れる相手がいないストレスを発散しているのだろう。
 ここぞとばかりに自分より弱い、少女相手にセクハラ炸裂。まるで会社でうだつが上がらなくて痴漢するリーマンのように。
 そう考えると小鳥はイカレさんも現代社会の哀れな被害者に思えてきた。犯罪者だが。概ね。セクハラするチンピラなのでどうしても性犯罪者という単語がちらつく。

(おまわりさんこっちです。早く来てください)

 念話で通報する。
 とにかくイカレさんからエロ漫画を渡された彼女はどこからか取り出した紙袋にそれを詰めて、アサギとなるべく関わり合いたくないような視線を時折送りつつ部屋の扉の前に立った。

「じゃあね、ええとコトちゃん。また会うかもう会わないかわからないけれど──無事日本に戻れるといいね、くふふ」
「左様でござる」
「そっちのまがい者は運命力がカスだからどうなるか知らないけどね」
「───」

 そう言って、唐突に現れた本召喚士は──小鳥を見に来たというそれだけの用事を済ませて去っていったのであった。

「ぶっちゃけ超怪しいわけでしたが。彼女。まさか───いえ、考えすぎでしょう。今は軽率に口にすべきではありません」
「久々に使ったなその無能系インテリ台詞……推理できてるのかできてねェのか」
「鳥取県民はコナンくんのおかげで推理力が向上しているのですよ」
「───まだやってるのか、コナンくん」

 事件を探偵に頼むか妖怪ポストに頼むかは県民次第。鳥取県の日常はいつだってクライムハザード。個人の感想である。




[30747] 18話『マイペースジャパニーズ』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/07 19:28





 冒険者。
 という俗称を使われているものの、実際に世界を冒険して回るだけが彼らの仕事ではない。
 依頼金を貰い害獣の討伐や商隊の護衛に傭兵、未開地の調査や魔物の捕獲や遺跡探索など様々な事を行う、戦士や魔法使いや僧侶等の職業の戦闘要員を指して帝都ではいう。
 帝国が冒険者という職業人口を多く持っている理由は幾つかある。
 帝国は首都である帝都以外の地方の管理が緩い為、帝都外での村や街で起こる盗賊や魔物──ダンジョン以外に出現する猛獣などだ──の事件に騎士を派遣することはあまり無い。その代わりに冒険者へ依頼が来ることが多い。と言うか国に頼んでも多くの場合は冒険者に斡旋される。その時は補助金がつくが、派遣されるのが早いか遅いかの差がある。
 また、交易ルートも多いために商隊も多く、治安がマッハ級にイマイチな帝国の領土を安全に通るために冒険者への依頼も多くある。イメージとしては下手に無防備に旅をしているとモヒカンの山賊がヒャッハーと襲いかかってきて紙幣をケツ拭く紙にもならないぜと言いながらばら撒く感じである。危ない。
 もちろん、ダンジョンに出る魔物の複製を倒して賃金を得る方法もあるために戦えさえすれば食いっぱぐれることも少ない。 
 他国からも帝都で冒険者になろうとやってくる人たちも多いのであった。

 冒険者という人は誰かから依頼を受けて賃金を貰う何でも屋的な側面も持つ。
 故に。


「ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」


 小鳥らが突発的に依頼を受けることもあるのであった。



 ********



 事の初めは帝都第一魔法学校の食堂。
 小鳥は時々デザートの作成などもアルバイトでしている場所だが、その日は暇を持て余したアサギと学食を食べていた。
 イカレさんの事を無職だと心無い人は言うが、実質ダンジョンでの稼ぎで生きているアサギも定職についているわけでは無い。貯金額は今から隠居しても余裕で暮らせる程度にあるが。
 今までの暇さえあればダンジョンに潜るという修行のような生活を延々していたアサギは、ダンジョンへ潜る頻度がパーティを組んだことにより大きく低くなり、普段はイカレさんとだらだら雑談したりプラモ作ったり魔法学校に顔を出して小鳥と一緒にお昼を食べたりしていた。

(……言っちゃあなんですが暇人の過ごし方ですよね。遊び方を知らないというか。でもまあイカレさんがそういう行動をしていたら無職極まりない不審者ですが、アサギくんは割と見た目だけは美青年なのでギリセーフに見えなくもないのです)

 そう小鳥も思う。
 とにかく、その日は昼食を一緒に食べながら雑談をしていたのであった。

「色々検討した結果、アサギくんの口癖は『オレは別にホモじゃないけど』でいいですね。他人に安心感をアピール」
「安心どころか凄くマズイよね───それ───いやホモじゃないけどさ」
「おっ早速使いましたね。あのイカレさんの決め台詞なんて『人を殺した後はションベンがしたくなるぜ』ですからね。使って1ページで無残に死にそうです。チンピラの遺言などそのようなものですが」
「君って時々凄まじい事を口走るな───あと捏造するとサイモンも怒ると思うんだ」

 などと楽しげな会話をしていると裾を引っ張られる感触に振り向いた。
 そこには身長1m半ばもない幼女──ハーフエルフ種族の18歳アクリアがいたのである。

「ねえアンタ、冒険者やってるって本当?」

 と尋ねて来たのでわたしは難しい顔をして答えた。

「本当か嘘か……それはのちの歴史が決めてくれます」
「どうなのよ!」
「まあまあそう怒らないでください。ダンディーケーキあげますから」
「ちなみに───材料は──?」
「ダンディー」

 新鮮なダンディーをふんだんに使った帝都風ダンディーケーキである。創ったはいいものの絶対口にしたなかった。味だけは保証するが、それでも仲間内では消費されなかった。
 幼女先輩はダンディーケーキを押しのけて怒鳴り回す。

「アンタあたしを馬鹿にしてるのー!? 調子に乗るんじゃないわよー!」
「ごめんなさい」

 素直に謝る小鳥。ダンディーを拒否されたら渡そうかと思っていた秘蔵の飴ちゃんもそっと懐にしまい直した。薬局で店員に用途についてしつこく聞かれた上に魔法学校の校章まで提示しないと売ってくれないような薬物を複数適当に混ぜ合わせたら出来上がった結晶を飴の味にしたものであった。飲んだら何が起こるか、彼女にもわからない。 
 小鳥は無意味に両袖からスローイングナイフを改造して作った苦無と棒手裏剣を手品のように取り出して鋭い目で笑った。

「冒険者かどうかですって? うふふお嬢ちゃん、こちとらママゴトで得物を持ってるんじゃないですぜ」
「───まあそれで戦ってる姿は見たことないが───」

 この前片手粉砕したばかりだというのに調子に乗りながら言う彼女に、半眼でアサギが突っ込む。
 正直言って冒険者としての小鳥の役割はサポートなので、一般的な筋骨隆々ヒャッハー水だ的な冒険者のイメージとはそぐわない。罠回避と罠解除、あとメタ的視線による助言等ぐらいしかできない。戦闘はイカレさんとアサギ、補助はパル、索敵はイカレさんとパルなどそれぞれ担当している。
 ちなみに時折休みが合えば一日だけ付き合ってくれるアイスは万能である。罠は凍らせながら進み戦闘では遠近選ばず超反応と怪力と大魔法で戦うゴリラウィッチなのだ。仕事柄出番はあんまり無いが。
 とにかく、冒険者パーティの一員ということであるならば小鳥はいかに戦闘力がなかろうが冒険者ではあるのだが。
 幼女先輩はじゃあ、と前置きして言う。

「お仕事頼んでいいかしら。ちょっと手伝って欲しいことがあるの」

 彼女は椅子に座ると依頼内容を話し出した。

 今から2週間前、いつも通り朝飯前の糞以下の扱いでアイスのボロ負けしたグレフ。とうとう手段を選ばなくなったのか校庭に火薬を詰めた落とし穴を掘って爆殺する計画だったらしい。が、逆にアイスに落とし穴の底に叩きこまれて爆破された。
 おまけに「最近スパン短くて鬱陶しいのが悪いのだよ」と言いながら落とし穴の底のグレフに20トンはありそうな氷塊を落として蓋をする始末。
 流石に可哀想なので別の教師が自分の炎属性の授業時間に実習として生徒らで氷を溶かしてたが、溶けると当然氷は水になりグレフは落とし穴の底で溺死しかけて救出されることに。濡れた犬臭っとか言われて放置されていた。
 そんなこんなで負け犬モードのグレフ。
 このままではアイスに勝つことはおろか一糸報いる事も出来ないと悟り、彼が取った手段は───山ごもりであった。
 
「その発想に至る前にカウンセラーに相談したほうがいいんじゃないでしょうか」

 小鳥の提案には幼女先輩も大きく頷くところがあるようだがそれはともかく。彼は学校をサボり修行へと出て行った。本格的に空けるならば休職届でも出せばいいのにそのままで。
 ただでさえアイスに無意味な戦闘実習を挑んでは入院沙汰なグレフは職務評価が低く首になりかけ補助教員である。
 更に数日後に控えた査定審査にも参加しないとなると首が危険である。
 さほど裕福ではないグレフは現状の補助教員給与で生活保護ギリギリの暮らしをしているのに、無職になってはヒモになるか犯罪をするかしなければ一季節を越せないだろう。
 憂いた幼馴染の幼女先輩が彼を連れ戻すために学生冒険者で有名な──アイスが関わってることや、名高い剣士であったアサギがいるパーティなので一部で有名になっている──小鳥に話を持ちかけたということであった。

「なるほど、幼馴染の為ですか」
「別にそんなんじゃないわよ! ただ、アイツが後からわんわん喚いたらうるさいからやってあげてるだけよ! 勘違いしないでよね!」
「アサギくん、コメントを」
「───オレは別にホモじゃないから────報酬としてあのオスケモ野郎を女体化させていいかな─────この獣人専用性転換魔法薬『ペットショップボーイズ』で───」
「なんでそうなるのよ!?」
「リア充よりはまだ百合ケモのほうがマシだ────」

 舌打ちをしながら苦々しそうに手元の紅茶を飲み干した。
 彼のポーチにはそれこそ市販されてないような魔法薬も多く保管されている。ダンジョンの奥で見つけた貴重そうな薬などは売らずにとっておくのだという。
 とにかく、アサギはリア充男が嫌いである。イカレさんとアイスが親しげに会話してるだけで天井からぶら下がった紐相手にシャドーボクシングを始めるぐらいイライラしだす。別に、美人ではあると認めているもののアイスが好みってわけではないらしいのだが。
 青春をかなぐり捨てて修羅を選んだ男は違うのである。完全に八つ当たりだ。

「しかし連れ戻すのに冒険者なんて武装集団を雇うとはどういうことなのです」
「それはね、アイツが修行に行ったのが魔の森なのよ。南にある」
「───南の魔森──[消えぬ火災森林]か」
「知っているのか雷電」
「聞いたことがある程度だ───実際には行ったことは無い」

 アサギが解説をする。
 魔森と呼ばれる樹海はこの世界に3つある。1つは北の極寒の地にある氷に覆われていて、それでも独自の自然サイクルが発生している[永久樹氷]のと呼ばれる北の魔森。これは最近、エンシェントアイスドラゴンが滅ぼされて冷気が和らいだと言われている。
 次に大陸中央にある樹海、[妖かしの濃霧神域]。古の樹召喚士が創りだしたと言われる、常に枯渇と生育を繰り返す蠢く樹海である。上空まで覆う濃霧に覆われており正確な地図は未だに作成されていなくて、奥地に妖精の秘境があると言われている。
 そして帝都の南にある、常に森の半分が山火事となっていて火災が移動すると同時に焼き払われた森林がギャップ更新──背の高い樹木が無くなったことにより若い芽が急成長すること──を起こし再び成長。そして遠くない年月を経て再び火が迫り灰になるを繰り返している不沈火災の南の魔森[消えぬ火災森林]。
 その森に生える木は燃え尽き難いことで有名で、燃料材木として帝都の輸出品にもなっている。
 
「その魔森とやらはどういう危険が?」
「うん、年がら年中火事だから普通に炎に巻かれて危ないのと、火に強い魔物が住み着いているのよ」
「フ──もう死んでいるのではないか───?」
「しししし死んで無いわよ! 多分! っていうか死ぬ前に連れ戻さないとダメなんだから! お願い手伝って!」

 今気づいて慌てた、といったばかりに手を振り回して叫ぶ幼女先輩。体温高そうである。
 小鳥はとりあえずの事情を聞いてアサギと目を合わせて神妙な顔で頷き合った。
 そして安心させるような声で幼女先輩に告げる。





「パスで」














 *************





「はい、パス出来ませんでしたー」

 なにせ泣くのである。幼女先輩。リア充を助けたくないとはいえ、さすがにアサギも幼女にそこまで懇願されて断る事も出来ずに……これがイカレさんならば「知るかボケ」で切り捨てていたであろうが。
 そもそも、他の冒険者がなんでも屋的な仕事を請け負うのはダンジョン内に出る凶悪なモンスターとがちんこ勝負をしなくてもお金が稼げるというのもある。
 低層にでる弱い魔物ならともかく、イカレさんやアサギがあっさり倒してるランクのモンスターは一匹で並のパーティを全滅させる危険もある強さがある。一方でなんでも屋風な仕事で戦う相手の多くは害獣ランクの魔物や野盗の類。オーガ討伐など中の上ランクの依頼になるだろう。
 逆にダンジョンの割りと深い所で戦闘を繰り返している小鳥達は生活に困らない賃金を稼いでいるので他の仕事はしなくても大丈夫なのだったが。
 それでも受けおってしまったのは知り合いゆえの情とか幼女の涙であろうか。報酬のなけなしのお金は要らないからダンディーケーキとドラッグ飴を食べてもらうとかそんな条件であった。依頼人の健康被害を考えれば破格である。
 どうせダンジョンも今は入れない事情があるので暇なこともあった。
 
 
 とはいえ小鳥とアサギの独断で引き受けた依頼なので、二人で現場へ向かうことになった。というかアイスに頼むとグレフが意固地になりそうであるし、パルはライブで忙しい。
 イカレさんに至っては、

「知るかボケ」

 の一言であった。さすがである。
 一応小鳥の自作した鳩サブレと引き換えに、南の魔森まで送ってもらう巨鳥は召喚してくれた。まあ生き急いだ若者一人連れ戻すだけなので大丈夫だろうとは思われる。
 とにかく、羽を広げると6メートルはある巨大な鳥の背中に乗って南へ向かった。
 のであったが。
 
「しししししし死んじゃうわコレー! なによ鳥の背中に乗って飛行とかせめて鞍とか座席とかチャイルドシートとか無いのー!?」
「はっはっは叫んでないで羽毛をしっかり掴んでないと気流に飲み込まれて飛ばされますよアクリアセンパイ」
「───ロープだ。お互いの体に結んでいろ」

 小鳥とアサギの二人だけではなくて、依頼主の幼女もついてきた。彼女もグレフを迎えに行くと主張したのである。
 本人がいたほうが話が早く進むからそれは別に構わないと納得して連れてきているのであったが。
 とりあえず移動環境を想像してみよう。特急電車並の速度で空をかっ飛ぶ乗り物に乗っている図を。もちろん座席も風防もシートベルトも無い。
 一瞬でも油断したら落ちる。
 三人の中で一番腕力のあるアサギは、がっしりと鳥の背中の羽ではなく皮を掴んで体を固定していますが女子二人はそうは行かない。羽毛って掴んでたら結構ブチブチ千切れていく。
 アサギから流れてきたロープを掴んで、小鳥は幼女先輩へと這って近寄る。

「それじゃあ結びますからね」
「はははははやく頼むわよお願いだから」
「任せてください。せっ」

 と一時的に両手を離して勢い良く幼女の体にロープを回した。
 ほどけないように、それでいて落ちたときに体に負担が少なくなるように結ばなくてはならない。例えば首にロープを巻きつけた場合は落ちたら首吊り引き回しの刑になってしまうだろう。まるで荒野の処刑で少しばかり憧れるが、小鳥はその欲求を抑えた。大変なことだったが、頑張った。
 ロープは結構長かったので二重にして幼女の首から股に二本のラインが入るように通す。正中線は頑丈なので体重をかける基本である。
 縦から枝分かれして下腹部、腰と胸に横に縄を結び、縦のラインに絡ませながら最終的に背中に結び目を作った。

「ちょっとー!? これなんかえっちい縛りじゃないのー!?」
「なんで───亀甲縛りを──」
「はっ……アクリアセンパイに縛りを入れてたらわたしがロープを結ぶ場所が無くなりました」
「ばかああ!!」
「仕方ないのでアサギくんの足でも掴んでましょう」

 言って、彼の黒い学ランズボンに覆われた足にひしりとしがみつく。
 アサギは怪訝そうに振り向きながら、

「───何故───足───?」
「足引っ張りの自嘲的反省ですよ」

 笑顔で答えたが反応は芳しくなかった。



 五分後に幼女がとうとう鳥の背中から落下したが、意外と亀甲縛りのままロープで引っ張られて飛んでても大丈夫そうなのでそのまま目的地へ向かうことに。やはり体重が軽いからだろうか。





 *********



「目的地に付いたら……アクリアセンパイが……もう死んでて……」


「し、し、死んでたまるかああ!! あうう、山火事の暖かさが身に染みるわよアンタ達馬鹿じゃないのあの寒いのに延々放置して! しかも自分たちは鳥の背中の上であったか~いコーヒーとか飲んでたでしょ!」
「アクリアセンパイにも渡したじゃないですか~パネエっすよ~」
「何よその意味不明な言い草! それにコーヒーカップが前方から飛んできて頭に直撃したアレを言ってるなら怒るわよ!!」

 ぎゃあぎゃあと怒鳴る幼女先輩に小鳥は軽薄な謝り文句を言いながら南の魔森の入り口から森を眺めた。
 森の入口は季節──というか山火事の範囲によって変わる。今いる場所も以前炎に包まれたことがあることは、足元の灰混じりの地層でそれとなくわかった。
 山火事は遥か遠くだというのに熱い空気が流れている。上を眺めれば延々と遠くから煙、時折火の色も見えた。
 蒸し暑い空気はどこか息苦しさを感じる。実際に、森は茂っているというのに酸素が薄い。マイナスイオンなど欠片も感じない。

「元から、あのマイナスイオン発生機能付き扇風機は怪しいと思っていたのです」
「さて───」

 小鳥の主張を無視しつつアサギが地図を取り出して広げた。
 赤鉛筆でざっとラインを引く。森の半分──いや、三分の二ほどの範囲を赤鉛筆で囲む。

「広大な森だが──炎に巻かれずに獣人が生活が出来る範囲はこの程度だろう。グレフとやらも───さすがに火中で訓練するほど馬鹿ではあるまい」
「……」
「───え? 馬鹿なの──?」
「え、えーと。アタシ達の安全のためにも、グレフが常識的であることを祈りましょ」
「無駄な怪我をしたり仕事サボって山篭りで危険地帯へ来る当たり危うい気もしますが」
「……だ、大丈夫よアイツ、あれでちゃんと九九とかできるんだから。お手とお座りと待ても」

 信用のならない話ではあったが、小鳥達はともあれ山狩を開始することとなったのである。
 南の魔森は一般的にイメージされる森とは違い、下草密度は低く木々の感覚も狭くないために結構見通しの良い森である。高低差もない平地なので移動も不便では無い。
 時折風向きから熱気と火の粉が飛び散り、イカレさんが召喚しているのを見たことがある火喰い雀が飛び回っていた。
 大きく息を吸い込むと蒸せるような空気だ。小鳥は女忍者にありがちな口元を覆うマスクを付けた。コレに赤いマフラーがあれば大体女忍者である。
 
(……しかし、南半球の熱帯雨林では焼畑が森林減少を加速させていると聞きましたが)

 この森では木の成長速度が早いらしく、おおよそ500年前に発生した火災が今も続いているが樹木の総量は一定以下に減らないのだという。燃えて、灰になり、土を潤し、芽は育ちまた燃える。こういうのも循環というのだろう。
 腐葉土と言うよりも灰系の土だから足がやや沈んで歩きにくい。
 
「はっそういえばわたしは忍者なのでした」
「───いきなりどうした」
「いいですか、忍者の修行としてメジャーなものに濡れた半紙の上を破かないように走るという技術があります。それを応用すれば灰に足を取られないまま移動できるのでは」

 思い立ったら実際ラッキーデイということわざもある。
 そう思って沈んだ足を上げて、ゆっくりと改めて地面に足の裏から付く。体重と接地圧を考えながら両足で柔らかい土の上に立ち、足全体を沈ませないようにつま先に力を入れて歩いてみた。

「おお、意外と出来るものですね」
「───オレにはできないが───」
「あたしにも……忍者って器用なのね」
「厳しい修行の賜物ですよ」

 少し疲れるが、足を一々沈めるよりはマシである。いざという時に足を取られたら危ないからだ。
 余談だが、バランス感覚が非常に優れているアイスぐらいになると体術だけで水面を沈まずに走ることができる。走れるっていうか歩ける。というか水の上で仁王立ち余裕である。物理に喧嘩売ってるレベルだ。

「───! 魔物だ──!」
「いざ」

 アサギの注意を喚起する言葉。
 小鳥は後ろを歩いていた幼女を抱きかかえてさっと素早く木の影に隠れた。
 アサギが魔銃を構える。銃口の先にいるのは──大きさ3メートルほどの巨大な熊であった。しかもただの熊ではなく、全身が濃い赤色とオレンジの炎のような毛並みをしていて、口からは黒煙を上げている。

「火熊……! それもかなりおっきいわよ!?」
「熊に襲われたら木に登りましょう、いい景色が見えますからね最期に」

 小鳥は格言を思い出しながら幼女を片手に木の幹に足をかけて出っ張りと窪みを利用し4メートルほどの高さの枝まで瞬時に駆け上がる。
 鳥取県を含む中国地方では熊も多いのでいざという時に木に登る練習を子供は欠かせない。つまり、子供でも最期には綺麗な景色を楽しみたいという風流な心を表す。
 アサギに避難完了したことをテレパシーで伝わったらいいなあと思っていると、彼は一度二人を確認した後合図のように魔銃ベヨネッタで射撃した。
 反動ですら下手な人間が使うと骨が折れる強烈な散弾は、前方の広い範囲に穢れを含んだ呪いの礫を撒き散らす。
 着弾。
 とはいえ遠距離からの散弾なので大きなダメージは与えられ無いが、確実に火熊の闘争心に火をつけたようであった。  
 が、ご、といった大きな叫びを上げて3メートルの巨体が四足歩行で突進してくる。
 叫びを聞いただけで小鳥が抱きかかえている幼女はびくりと身を震わせた。こちらに殺意を持った動物というものは、想像以上に恐怖心を煽る。
 進撃する熊に照準を合わせて、ベヨネッタの第二射。
 音が届くよりも早く熊は僅かに進路をずらし散弾の直撃を防ぐ。それでも散らばった弾に当たり肩の肉が抉れるが、それぐらいでは猛獣の突進は止まらない。

「チ───ダンジョンの魔物よりは頑丈か」

 舌打ち。
 そして片手で魔剣マッドワールドを抜き放った。アサギは目を細めるとマント──超外装ヴァンキッシュがうっすらと発光する。
 起動の合図も無く装着者の意識──それすらも加速思考可能──によって筋力や反応速度を上昇させるマジックアイテム。それにより増強されたアサギの脚力が細かい粒子の地面を踏み、大きく土埃を上げながら熊に向かって走り向かう。
 相手は彼より遥かに巨体だ。暴走するヒスパニック満載のワゴン車に正面から斬りかかるような体重差があるだろう。たとえ剣が先に届いても、慣性の法則で吹っ飛ばされてしまう。
 交差。
 アサギは知覚・反応速度を数倍に跳ね上げ、頑丈なブーツでぶつかる瞬間に火熊の額に踵を叩き付け──踏み台にして跳び越える。衝突する車のボンネットを踏み越えるより難しいだろうが、生き物相手のそれを事も無げに行った。
 同時にマッドワールドを空中から、火熊の背中に突き入れる。
 絶対的な切れ味を誇る魔剣は音もなく刺さり、そしてすれ違う火熊の肩甲骨から臀部までを一直線に切る。
 一際大きな鳴き声が上がった。
 森を震わせるような声に周囲の木に止まっていた鳥などが飛び去っていく。
 アサギは熊の背後に着地して、振り返りながら片手で構えた魔剣から血を払うように振った。吸収の概念が付加された魔剣には血も埃も付いていなかったが。
 地面に転がった火熊は前足と顔を向けて伏せた体勢で、瞳に怒りと狂乱の光を灯しながらアサギを睨みつける。

「無駄だ───脊椎を断ち切った───もう動けまい」

 怒りと悲痛の篭った唸り声を上げた火熊が大きく息を吸い込んだ。
 だが、

「当然───動けないとそう来ることはわかる──」

 火熊の喉が大きく膨れた瞬間、アサギの射撃が突き刺さる。
 倒れた火熊の喉に直撃したと同時に熊の頭は吹き飛びながら爆発した。
 
「──火熊は空気と反応し高温で発火する唾を生成して吐きかける事ができる。だが──口の中で弾けさせれば問題はない」
「うーん、アサギくん日本人なのに熊と相対して冷静に戦えるなんて凄い度胸ですねえ」

 小鳥は樹の枝から地面に飛び降りて声をかけた。高さはあったが、地面が柔らかい砂地なので大丈夫だと把握している。半々ほどの確率で。
 アサギは剣を背中の鞘に納刀しながら、

「──慣れだ────君たちは大丈夫か──? あまり───気持ちの良い死体では無いが───」

 言われたので火熊の死体を見れば、喉が大きく裂け、頭が吹き飛び、脳漿は飛び散り熱気と合わさって吐き気を催す臭いを放っているグロテクスな肉になっていた。
 ふむ、と顎に手を当てて小鳥は観察する。

「ダンジョンと違って死体が残るわけですか。しかしまあ、死体は襲いかかって来ませんので平気ですよ。怖くない」
「───時々この子ほんとに女子高生か怪しくなる──」
「いやでも死体でも空飛ぶゾンビは怖いですって……アクリアセンパイ?」

 小鳥に背負われている幼女が肩を叩いたので尋ねると、彼女は苦い調子を声に乗せながら、

「う゛ぐううう……早くあの死体から離れてくれないかしら」
「あらあら、あなた、この子が気分が悪いみたいよ」
「何その───お母さんキャラ──まあいい。熊撃ちに来たわけではないからな────早々に離れるか──血の匂いで魔物が集まっても面倒だ──」

 ということで小鳥は幼女を背負ったまま忍者走りで去るのであった。

 約50mで体力が尽きて降ろしたが。


 ********



 当然のことながら奥に進めば進むほど熱気は強くなり息苦しさも覚える。 
 汗で消費した水分を、幼女が放出する水で補給する。排泄系のことを考えた方は病気なので専門の機関でカウンセリングを受けよう。
 とにかく、水属性魔法使いの幼女先輩の魔法で水を生成しながら進む。魔法で作られた水にはミネラル成分などがほぼ含まれていない純水なのでマズイ。蒸留水みたいな味がする。しかし贅沢は言え無い。
 魔物も時折襲いかかって来るが、主にアサギが退治する。アクリアの水魔法も有効ではあるのだが、攻撃に魔力を使うぐらいならば防熱と精水に使わせる為に温存している。
 小鳥は主に幼女の運搬とかをしていた。

(……ええっと、はい。だってここ罠とか無いですし)

 ともあれ。 
 三人はひいこらと疲労を覚えながらも森を前進していたのである。

「かなり厳しい環境ですね……攻撃的な魔物も多いです。グレフは大丈夫でしょうか」
「そうね……一部の獣人や亜人は魔物に襲われにくい性質があるらしいけど、グレフもそうだといいわ」
「───だが、もう会えなかった時の事も考慮しておけ。死人を際限なく探すのは───御免だ」

 ぽつりと、それでいて聞こえるように呟いたアサギの言葉である。
 幼女はぎっと彼を睨んだ。

「どうしてそんなこと言うのよ! きっと見つかるわよ!」
「───居なくなった人を探す者は皆そういうのだろうな。フ───いや、なんでもない」

 どこか遠い目をしながら彼は皮肉げに笑って話を打ち切った。
 行方不明。
 現代の日本では『浅薙アサギ』という少年は行方不明になっている筈だ。彼の家族は彼を待っているのだろうか。それとももう死んだものとして処理しているのであろうか。
 
(彼にとって帰れる──帰りたい場所である故郷が、彼を待っていて欲しいと思います)

 そして小鳥は考える。

(わたしの家族はどうなのでしょうか。居なくなって心配していますか? でも、わたしは元気ですし大抵生き延びるので大丈夫なのだと伝えておきます。そのうち帰るので心配なきよう……)

 
 その後は少しだけ空気が重くなり、黙々と探索が続いた。


 暫くして小鳥のセブンセンシズが反応を起こした。暑さとダルさで神がかり的な閃きを受けたのかもしれない。
 そこはかとなく感じた方角に先導して皆を引き連れてると──
 遠くの、木々の隙間に走っている獣人を見つけた。

「グレフ!」

 幼女が声を上げますが、ここからは届かない。
 
「何かに追われるように急いで走ってます。少し様子を見ましょう」

 小鳥が提案して、グレフの死角方向から接近し彼の様子を探る。
 すると──

「ハっ、ハっ、ハっ……!」

 走るグレフ。
 おおよそ25メートルほど一直線に全力で走り、一度しゃがんで方向を180度変え反対方向に再びダッシュ。
 25メートル区間を全力で走ることを続けている。

「次!」

 自分に言い聞かせるように彼はその場にうつぶせになり、腕立て伏せを始めた。
 声に出し回数を言い、50を数えた時に今度は仰向けになり腹筋に移る。
 腹筋運動も50こなし、彼はふらふらとしながら、持ってきた大きなリュック……そこに入っているスポーツドリンクのマークの入った水筒を口に付けてぐびぐびと美味しそうな経口補水液で水分補給をしている。
 そして口元を拭い、一回大きく深呼吸して叫んだ。

「よしっ! ワンモアセッ!」

 

「ワンモアセッじゃねえええええ!!!」


 同時に叫んだ幼女と魔剣士の飛び蹴りがグレフに突き刺さった。
 




 *************




 ボコボコにされた後に正座させられている獣人がいる。
 グレフ。
 炎属性近接系魔法使いレベル5で毛深い犬顔の獣人でだ。身体能力も魔法実力もソコソコなのだが、彼が挑む相手が最強ランクなので学内では負け犬扱いされている補助教員。
 毎回ボコボコにされていてもなんとなく復活してるのはギャグ体質なのかもしれない。
 ともあれ。
 幼馴染の幼女に散々心配をかけていた彼は糾弾されている。

「あんた馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど本当に馬鹿なのかしら!? 哀れ系なの!? 予防接種するわよ!?」
「な、なんだよういきなり。おれは只山篭りの特訓をしていただけだぞ」
「その内容はどんなことしてたのよ!」
「反復横跳び100回の3セット、10kmのマラソン、25メートルダッシュ10本、腹筋50回3セット、腕立て50回3セット、スクワット100回2セット……これを毎日やった後は筋肉を回復させる為に休憩を」
「体育館でやりなさいよ馬鹿じゃないの!? なんのために山火事蔓延る危険な森に来てるのよ!」
「はっはっはアクリア、ちゃんとおれだって考えてるんだぞ。ここは山火事の関係上酸素が薄いからトレーニングには持って来いなんだ」

 爽やかに犬歯を見せながら笑って言う犬。
 確かに呼吸がしにくい場所ではあるから高地トレーニングのような効果が期待できるかもしれなかった。トレーニングもわかりやすい筋力と持久力の向上を目的としているし、適度な休憩も効果的である。
 だが、

「……なんでしょうね、この理に叶ってはいるけれど納得行かない感」
「───スポーツドリンクまで用意してる────なんか腹立つな」
「ああ、砂糖と塩を持ち込んでな、このボトルに水を作って砂糖を大さじ3杯塩を小さじ1杯入れることで水分吸収効率が10倍以上の経口補水液を作ってるんだ……ん? アクリア?」

 わなわなと震えている幼女が怒りを顕に、思いっきり手を振り上げて殴りつける。
 幼女ごときの力、普段からバットでボコボコに殴られている上に毛皮に包まれている獣人には到底通用しない。
 まあ、その身長差から拳がふぐりに直撃しなければであるが。

「ぐぬおー!」
「馬鹿犬! 馬鹿犬! あ、あ、あんたが火の森のファイアドラゴンに食べられてるんじゃないかとか連絡もしないでクビになったらどうするのよとか、散々心配させといて! 何普通のトレーニングしてるのよ! 低酸素でやりたければ風属性魔法使いにでも頼みなさいよ!」
「お……おれのふぐりっしゅ……」

 舌をだらりと口から出して倒れている犬を見下ろしながら小鳥も意見を述べる。

「せめて森なんだからゴリラとタイマンするとかそういう訓練をしてて欲しかったですねえ」
「ゴリラウィッチが相手だからってそれは───お誂え向きに、この森にはドラゴンが住むから其れでどうだ──?」
「あんた達、うちのグレフを過大評価してない? ドラゴンどころかオオトカゲ相手でも無理よ。負け癖付いてるんだもの」
「『うちの』ですってアサギくん」
「フ───早速この犬を去勢するとしよう───」
「ななななななによ別に深い意味はないわよっていうか止めなさいよ!!」

 去勢や性転換もともかく、迷い犬を見つけるという当座の目的は果たした。
 これで後は帝都に戻るだけである。何度も言うようにここは熱くて息苦しいので長居はしたくない。ぬるい風呂に入って寝たい。

(ええ、でもわかっています。お約束的に)

 帰るまでが遠足。帰宅までが学校。報酬を貰うまでが任務。
 行きは良きかな帰りは怖き。
 気を抜いたら───死ぬのが人生である。
 ドラマティックな襲撃があるというならば時は今、場所はここだと小鳥はメタな目線で予想していた。
 一度死にかけた小鳥の危険察知スキルが、先程会話に出た『ドラゴン』という単語を拾ってからビンビンと警報を鳴らしていた。
 音より先に、光より先に、脳の閃きにより。ヤバめなフラグの回収のために。
 小鳥は咄嗟に幼女を抱きかかえて後ろに向かって跳躍する。

「……アサギくん!」
「───!?」

 小鳥に遅れて彼が気づいたのは遥か遠くから炎の固まり──炎の大きさからゆっくりと錯覚しそうになるが、恐らく音速を超えた高温度の物体が炎の尾ひれを引きながら飛んできた。
 一瞬。
 本当に瞬きほどの時間であった。小鳥も、1メートル後ろに飛んだだけでは着弾範囲から逃げれなかった。
 咄嗟の判断で袖に仕込んだ符を掲げた。
 簡易詠唱を使う暇もなく、効果は下がるが省略発動。
 小鳥の眼前に氷の壁が生み出される。
 付与魔法で作られた呪符──『氷結符』……アイスさんの魔法の篭ったそれが発生し、強暴な熱の炸裂を遮断した。
 ただし、小鳥とアクリアの二人だけ。

「アサギくん……!」

 そして残念ながらアサギは……
 故郷へと帰ることを夢見た日本人は、突然降り注いだミサイルの如き攻撃によって、骨も残らずに吹き飛んでしまった。
 いつだって、努力が報われるのは時々である。不条理と理不尽がまかり通る世界では。
 小鳥は炎が飛んできた方向を睨みながら宣言した。
 
「……仇は討ちますん」
「────どっちだ」

 背後から声がかかる。そこには片手で頭を抑えて険しい顔をしているアサギが立っていた。
 二人の背後──つまり、防御魔法の内側に。

「おやアサギくん、いつの間に」
「これも───マジックアイテムだ────」

 彼は腰に飾りのようにつけている5センチ四方ほどのキューブを見せました。

「宝遺物『無限光路』───特殊な移動次元を通り最大で光速の876倍の速度を出し短距離を転移することができる─────ただ、使用後に頭痛がするのだが」
「876倍。またとんでもない数値が出てきましたね」 
「使ってるオレも───そう思う───くっ……静まれ、オレの頭痛──」

 本気で頭痛がきつそうな顔をしている。
 今まで使わなかったというのは、つまりこの副作用がキツイのである。外傷ならば耐えられるアサギも脳に直接フィードバックされる激痛はそう使いたいものではない。

「……ところでグレフは?」

 幼女の言葉に思い出したかのように爆心地へと視線を戻した。
 爆炎が吹き飛んで飛び散ったおかげで火の海と言うことはなかったが、小規模のクレーターすら出来ているそこに……。
 焼きあがった獣人が倒れていた。

「グ──グレフ……?」
「待ってくださいアクリアセンパイ」

 へたり込みそうになる幼女を支えて、小鳥は真面目な意見を言った。

「そうやってシリアスな弱気になったらダメです。ここはギャグで誤魔化しましょう。シリアスになると死にますが、ギャグ描写ならグレフも焦げただけで起き上がります」
「え? え? ど、どういうことよ」
「お約束です。えーとですね、それじゃあアサギくんやりますよ」
「やってみる価値は──あるか───」

 小鳥は焦げてピクリとも動かないグレフを指さしながら叫んだ。

「グレフ殿がまた死んでおられるぞー!」
「死んどる───!?」

 アサギもわざわざ乗ってくれてしかも『ガビーン』と口で発音した。今時ガビーンて。彼は90年代の男なのでそっとしておいてあげる情けが小鳥にはあった。
 
(でもまあこうやってギャグ時空に巻き込めば大体は大丈夫なはずです)

 普段ギャグっぽくアイスに殴られているグレフだからだ。常識的に考えれば彼女の持つ20キロぐらいありそうなバットどころか、普通の鉄製バットで殴られただけで骨は折れるわ障害は残るわ死ぬわの大惨事になりかねない。それでも平気ということはギャグ補正があるはずだと、小鳥は判断する。
 ふう、と汗を拭って軽い調子でグレフに近寄った。
 そして心臓に手を当てて様子を見る。

「……心臓が止まってますねえ」
「グレフー!?」
「あ、瞳孔も開いてます」
「グレフー!」
「まさかガチで死んでいるとは」
「グレフー!!」

 ギャグキャラなんだから一行ぐらいで起き上がって来て欲しいものであったが。
 アサギがゴソゴソとポーチを漁って小さな薬瓶を取り出す。

「フ──起きないなら丁度いい───性転換薬を使わせてもらおう───」
「グレフー!?」
 
 と見せかけて普通に傷回復のポーションをグレフの体に振り掛けるが、彼の反応は無い。
 
「仕方ありません。わたしがどんな怪我でも一発でスパッと治る秘孔を見よう見真似で押しましょう」
「ちょっ……それ大丈夫なの!?」
「ええ。ただし押してから三日後体が爆発して死にますが───とう!」
「グレフー!」

 ぶすりと背中の秘孔を押した。
 が、やはり呼吸は戻らず脈も動き出さない。

「……おかしいですね、いずれかの段階で『生きとるわー!』とツッコミを入れながら起き上がるのが定番ですのに」
「むう───ノリの悪いやつだ。残念だったな──」
「諦めるんじゃないわよー!? 馬鹿でしょあんた達ー!!」
「────!」

 アサギが剣に手をかけた。
 そしてマントを翻し振り向きます。すると遠雷のような雄叫びが聞こえてくる。

「先ほどの火炎───竜のブレスだ───来るぞ」
「どうしましょうか」
「オレが相対する───離れていてくれ───それと、このポーチを渡しておくから───そいつの蘇生なり逃げるなりに使ってくれ」

 そう言ってアサギは腰につけたポーチを外し──彼のとても大事なものだ。寝ている時でも腰に付けるほど──小鳥に放り投げて渡した。
 彼が剣を抜き放ち咆哮へと向かって駆け出す。正直、強い敵と戦う時は足手まといである小鳥が近くに居ないほうが彼も戦い易い。
 小鳥と幼女はとりあえず死体──この言い方はいけませんね、死亡診断書も書いて貰ってない以上法的には死体ではありませんしと思いつつ──とにかく、グレフの体を引きずって大木の陰に隠れた。

「ちょっと魔剣士大丈夫なの!? 相手はドラゴンよ!?」
「大丈夫です。大体の物語においてドラゴンは強くて恐れられていますが───」

 アサギの疾風のように走る背中を見ます。50メートルほど離れた所で、木々をへし折りながら空から赤い鱗のドラゴンが姿を現した。大きさはちょっとした家ほどもある巨体に人間どころか先程の熊を丸呑みにできそうな牙の生えそろった口。咆哮はこの距離からで心臓が止まりそうな恐怖を与える。
 村一つは軽く滅ぼせそうな竜。
 物語でしか見いたことは無い伝説の生き物。
 ただし、物語でよく見る敵の竜はいずれも、

「──ヒーローの噛ませなのですから」

 だから、アサギは負けないのだろうと小鳥は信じている。

 


「そう、この時まではそう思っていたのでした……」




「不吉なナレーション入れてないでグレフの治療するわよ!」
「はいはい」
 
 適当に返事をしてアサギのポーチを漁り始めた。
 
(なに、気にすることはない。全てはなるようにしかならないし、それでいて結構どうにかなるものなのですから)

 小鳥はいつだってそう思っている。




[30747] 19話『発狂未遂事件簿』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/08 18:13
 
 ドラゴンについて。
 この世界にはドラゴンがいる。アサギは男の子として純粋な興味で調べたことがあるが、種類としては成長によって姿を変えるものを除き32種確認されている。
 例えば普通に火を吐き、空を飛ぶ羽の生えた太ったトカゲの王様のようなスタンダードなのが、鱗の色の違いはあるが種族名『ドラゴン』という名称であり世界中に生息している。
 これが基本となる種族でそれ以外は亜種か固有亜種に位置づけられる……が、分類としては地球とは違う基準なのか、全然生態が違うものもドラゴンとして含まれることもあって実質よくわからない。
 ドラゴンの強さは脅威だ。種族値としての生態ピラミッドでは頂点近くに位置し、野生ではおおよそ人間以外に天敵は居ないとされる。

 人間に弱い、というわけではない。幼体のドラゴン一匹現れれば小さな村ならば滅ぶし、普通の鉄製武具で武装した冒険者ならば全滅する恐れもある。
 だがこの世界での人間の強さはピンからキリまである。それこそ高位の魔法使いや魔法の武具を持った騎士の中には単体でドラゴンを倒す者もいるし、訓練を積んだ騎士団ならば被害を出しながらも討伐できる。
 中には『アイスドラゴン』種の中でも最強のエンシェント級──ブレスを吐く度に寒冷期が世界規模で訪れ、周辺一国をこの先百年は氷の世界に閉ざすような強大な竜を、たった二人で打倒する異常な能力者も割と知り合いに存在するが、それは流石にイレギュラーすぎるので例外だ。
 ここ南の魔森では炎に強い『ファイアドラゴン』種が主に生息している。炎の魔法力を体に蓄えたドラゴンだ。口から吹く灼熱のブレスの他に、全身からの放熱で生物を近寄らせない厄介な竜。
 奥地に生息するエンシェント級に至っては地表を蒸発させる温度を常に纏っているという。この森の消えない山火事が移動するのも、エンシェントドラゴンが時折住処を変えるのが原因だという説もある。

 ともあれ。
 アサギは中級のファイアドラゴンと対峙している。空から地面に降り立っただけで大きく砂状の地面が巻き上がった。まだ何メートルも離れているというのにストーブを突きつけられたような熱を感じる。
 ファイアドラゴンと戦うのは初めてではない。
 ダンジョンには広い部屋などもあり、そこには大型のモンスターが発生することもある。その中にドラゴンがいた事もあり、冒険者も竜が出れば即時撤退をするほどに恐れられている。
 とはいえ、ダンジョンの魔物に対して一撃必殺の特性を持つ魔剣マッドワールドならば巨体のドラゴンでも、魔剣を刺せば消滅させることが出来た。
 だがここは違う。相手は野生のドラゴンだ。

「───!」

 ドラム缶のような太さの尻尾が薙ぎ払われるのを飛び上がって避ける。
 超外装ヴァンキッシュの一部が変形しスラスターとなって爆発的な加速を生んだ。ある程度直線的な機動に限るが、空中ですら高速移動出来る手段だ。
 反応速度と知覚速度と思考速度の三点を最善にオートで増幅させる。これが無くては日本人──常人程度のアサギでは何も出来ないまま死亡してしまう。
 避けた尻尾は風を押しつぶす音を立てながら、人間の胴体よりも太い木を何本も殴り倒し勢いを留めず振り切られた。
 剣を突き刺せば勝ち、という状況ならば多少無理をしてでも特攻し即殺を狙えるのだが、下手に実体が相手ならばいかによく切れる剣でも運動エネルギーまでは消せない。正面から車の突進に剣を突き立てるようなものだ。避けるしか無い。
 次に竜の前足が振り上げられたのを、後ろ足側に前進しながら避ける。腕には可動範囲があり、巨体を保つバランスから右方向に振られた尻尾と攻撃する右手を使っている状態では右後ろ足は動かせない。竜の前足が地面を叩いた激しい地響きを感じる。
 後ろ足を切り落とす為に剣を構え──咄嗟に後ろに飛んだ。
 竜は自分の腹を焼くようにうつむきき、体の下にいるアサギを睨んで炎のブレスを吐いた。自身の鱗肌は自らの炎でも焼かれないと知っているからだ。
 迂闊に近寄れない。
 牽制がわりに呪いが篭った魔銃ベヨネッタを胴体に打ち込む。
 鱗が弾けるが、さほど損傷はないようだ。だが二撃、三撃と同じ箇所に瞬時に連射した。すると強力な酸が溶かしたような音と共に、竜の肌に血傷を負わせる。
 魔銃に込められた呪いは被弾箇所の劣化だ。撃てば撃つほどその部分は柔らかく、脆くなる呪いが浸透する。
 竜の怒りの咆哮が届く瞬間ヴァンキッシュで電磁フィールドを張り、咆哮に含まれる恐慌作用を打ち消しながら、竜が完全にこちらを敵と認識した事に小さな満足を覚えた。
 急に後ろの少女二人に襲い掛かられても困るからだ。
 竜と対峙しながら、二人の様子は大丈夫か声を一瞬だけ遠くから聴覚を増幅し探った。


「うーん中々グレフ生き返りませんね。よし、このダンディーケーキを口に突っ込んでみましょう」
「うわっ死に顔がダンディーになっただけじゃない!」


 ……
 平気なのだろうが、オレは何をしているのだろうという迷いが浮かび、アサギは頑張って無視をすることにした。
 戦闘は続く。だがそう長くはない。彼の魔剣が竜の首か脳を切れば終わる。
 魔剣を構えて牽制しながら竜の隙を狙う。それだけだ。



 **********



(忍法メタ視点ジャックの術で戦っているアサギくんを意識しつつ医療行為を続けます)

 そこはかとないダンディな様子のグレフを頑張って心臓マッサージする幼女である。

「えーとなんでも心肺停止してから5分経つと加速度関数的にすげえ赤信号ゾーンへ突入するのだとか。死亡率的にはもう4人グレフがいたら3人は死んでるような時間ですけどね。やだ、グレフったら死にすぎ」
「死なせてたまるかあああ!」

 とにかく、幼女に心臓マッサージを継続するように指示を出して小鳥はアサギの道具袋の中から使えそうな蘇生道具を探している。
 命名神の眼鏡を着用して道具の名前と効果を確認していく。

「使えそうなの、使えそうなの……もう、アサギくんってば荷物の整理をしてないから困ります。ソートで種類と名前順に並べ換えて道具の名前と効果一覧を作り……」
「急いでー! お願いだからー!」
「薬、装飾品……食べ物まで入ってますね。はっ──これは」

 小鳥は目についたアイテムを取り出した。
 白い粒が200グラムほど透明の袋に入れられている。

「それは!?」
「お米です」
「なんで!?」
「これをグレフのお腹に詰めて『えのころ飯』とかどうですかね」

 えのころ飯とは薩摩に伝わる料理で、内臓取り出した犬の腹に米を入れて縛り、そのまま犬を火にかけて中のご飯を炊きこむ料理のことだ。ご飯におめでたい色がつくし精も付きそうな味なので珍重された。
 容赦なく小鳥は幼女にブン殴られた。
 命の灯火が消えまくってるグレフを助けるアイテムを素直に探す。
 心肺停止を復活させるにはどうするか。オッサンーヌ系列の薬は傷を治すことは出来るが心臓を駆動させる能力は無いので除外。
 正直なところ小鳥は医療の専門家ではないし特別な訓練を受けていないので、簡単なことしかわからない。
 女子高生程度が知っている心肺蘇生法は、心臓マッサージ、そして──

「──道具名『ミニ雷公鞭』分類はスタンガンで効果は電流発生……これです」

 AED──電気ショックによる心臓活動の復活。
 さてこの戦闘か護身用の道具、小鳥は初めて見るので出力もわからない。そもそもAEDは死人を蘇らすわけではなく、これで生き返るか不明だ。問題は山積みにある。

(でもいいや。やっちゃえやっちゃえ。やらんで死なすよりやって殺そう。鳥取県警広域緊急援助隊のスローガンです。マジ頭おかしい)

 たたた、と快音を鳴らしスタンガンが青い電流火花を出す。小鳥は不安そうに見る幼女に親指を立てて安心させながら、グレフの心臓らへんにエレクト触った。

「!!!?!??!」

 電流によって全身の筋肉が誤動作的に暴れ回りのたうつグレフである。

「───げほっ」

 そして、奇跡的か偶然か息を吹き返した。心筋に入った電撃がショックを与えたのである。
 小鳥はスタンガンをオフにして彼の心臓に正しいリズムで心臓マッサージをくれてやった。開胸しなくてよかった、と安心している。
 次第に呼吸が安定し、脈も戻り始める。
 脳に障害が残っているかどうかは奇跡次第だが、多分大丈夫なんじゃないかなーって無責任に思う小鳥である。
 多少荒くも呼吸をしているグレフを見て、幼女はへたり込みながら彼の手をとりボロボロと涙を流した。

「グレフ……! よか、よかったあ……」

 さすがにすぐには目を覚まさないようだが、人まずは安心だろう。。
 小鳥はとりあえず場を幼女に任せて、大樹の陰から気配を消しながら顔を出して戦場を確認した。
 アサギとファイアドラゴンの戦いだ。
 ひたすら攻撃を回避し飛び回り、地道な銃撃を繰り返すアサギが有利なようである。竜の攻撃は当たらず──当たれば人間は死ぬが──アサギの、魔銃での傷は多く付いている。  
 それでも無尽の体力を持つ竜には致命打は中々与えられ無い。彼のメインウェポンの魔剣ならば切り裂けるのであるが、ファイアドラゴン特有の放熱により接近にはリスクが伴う。
 一撃で相手を仕留めるならば首か頭を切断することが望ましいが、竜もそれがわかっているように中々弱点を無防備にはせずに、アサギの接近を許さない。

(ふむ……)

 小鳥は戦闘で役に立つ能力はあまり持っていないし、手持ちの武器では竜に傷付けることもできないだろう。
 地道にダメージを稼いでいるアサギがそのうち動きの鈍った竜を仕留めるまで待つのが普通だ。
 しかしどうにか彼を援護したいとも思った。
 小鳥が側に居ないほうが有利に戦えるという元ソロ冒険者のアサギの方針には彼女も大いに頷くことができる。所詮、戦闘方面においては足手まといの女子高生なのである。

(でも、戦っている仲間を出来る範囲で助けたいです。それが仲間というものなのですから。あ、今友情のペンダントとかが光るシーン)

 思いながらポーチを探ると道具が見つかった。使い捨てマジックアイテム、その名も『レターボックス・チンクエチェント』。効果は目的の人物に物品を飛行して送りつける。重さ制限あり。
 これを使うことにした。
 小鳥は腰に巻いているポシェットから銃弾を取り出して中に全部詰め込む。

「いつものダンジョンのノリで持ってきましたが、こんな暴発欠陥銃弾なんてこの火災現場ではぞっとしませんね」

 蓋を糊付けし送り先は『南の魔森にてアサギ氏と戦闘中のファイアドラゴン様』。品名は『銃弾』。持ち主保管用のシールをはぎ取り、手を離しす。
 左上に魔力消印が印字され、高速飛行して目標へ向かう。
 レターパックにかけられた伝神の秘跡効果により、銃弾を入れた紙製の器は高速で竜へと接近。

「───!?」

 アサギの戸惑いを尻目に、レターボックスは竜の───口へとぶち込まれまた。どこに当たるかは運次第だったが、最も投函しやすい口へ入ったのは嬉しい誤算である。
 小鳥はキメ顔で言った。

「熱暴発って知ってるか?」

 竜の口腔で猛烈な熱によりレターボックスの中に詰め込まれた欠陥弾丸は次々に起爆して、ライフリングによる回転や指向性を持たないけれども四方八方に弾けて飛び散る。
 竜の鱗を貫けるような弾丸ではないが、口の中で爆竹を噛み付いたようなものだ。いかに強靭な体でも衝撃は伝わる。
 その隙を見逃すアサギではなかった。
 一直線にスラスターで竜の首へと飛び、すれ違いざまに首を魔剣で鉄よりも硬い鱗を音も無く食い込む。
 市場に出回る名刀レベルでは鱗で弾かれ、重い斧なども腱や筋で受け止める竜の身体だが──この剣の特性により太陽質量の千万倍はある質量物体でなければ重力作用で切断してしまう。
 刃が食い込んだ瞬間。不意に、アサギの切り裂いたファイアドラゴンの『全身が』何も無かったかのように掻き消えた。
 まるでダンジョンの魔物のように。
 或いは───召喚された魔力複製物のように。

「──! これは──!?」
「……普通のドラゴンではなかったようですね」

 竜が消えた戦場へと小鳥は駆け寄りながら言う。
 アサギが手応えを確認するように剣を握りながら、

「だが───銃で撃つ分にはダンジョンに居るやつよりは頑丈だった。魔剣で切るまでは……」
「聞いたことがあります。『召喚したものにどれだけ魔力を注ぐかで、その召喚物の耐久性が変わる』……つまり、これは」

 予感を口にした瞬間。馬鹿笑いが森に響いた。


「ひゃ~っはっはっはっはっはっは~!! うぎゃぎゃキキキ!! 小生の竜召喚術を破るとは中々の賊でありませればああ!」


 小鳥とアサギが視線を声の発生源にやる。
 そこには──ドラゴンにまたがって空に浮かんでいる、きっちりとした制服のようなものを着た、小鳥と同じぐらいの年頃の少女がいた。
 その少女の髪の毛は夢幻のように虹色に輝き──歯をむき出しにして笑う笑みの瞳は、同じく異常のように虹色であった。 
 召喚士。
 竜召喚士が、こちらを見下ろしていた。





 ********




 ぐるぐると光る目で竜召喚士の少女は叫ぶ。


「最近この森であっやしィ事してるやつが居るってさあー竜たちから報告あったんだけど───」


 竜召喚士はずびし、とアサギを指さす。

「お前だよなああああああ!! 曲がりなりにも小生の召喚した竜を倒すとかチョー怪しい危険度MAXエクストラ! 帝国直轄地のここでそんな怪人はどうなるか知ってるよね? 知ってて下さいお願いしまヒャッハー」
「───いきなり人を犯罪者扱いとは───腹に据えかねるな」
「フヒヒ、疑わしきはバッせよ。つーまーりー、バッてすれば大体許される的世界ー? バっ! バっ!」
「……なんか変な子ですね」
「──君に言われると哀れだが───あのテンションは異常だな───腕の痕からも薬物中毒者の可能性が高い」

 言われて少女の二の腕を見れば、紫色になるほど注射痕が付いていた。
 目が驚くほど見開いているのに口はにたあ、と横に開き二人を見下ろしている。
 一応小鳥が問う。

「き……貴様一体何者……」
「なんで───悪役っぽい聞き方かなあ──」
「んー? 小生の事聞きたいのー? マジー? やだ恥ずかしい、小生はー宮廷召喚士のー御薬箱兼最ッ恐兵器ィィィのドラッガーたんDEATH! よろしくね☆」

 宮廷召喚士。
 帝国が管理している国家公務員の召喚士の名称である。一人が一軍に匹敵する能力を持ついずれも劣らぬ魔人揃い……そんな感じの集団だと小鳥はイカレさんから聞いている。
 本来他者の下に付くことを嫌う召喚士一族を、凄まじく緩い首輪と旨い特権で釣って何人かを帝国は確保しているという。
 なにせ、戦争の時だけでも召喚士が戦場に出てくればその能力は最高クラスの魔法使いや一騎当万の強者をも凌駕する、ほぼ無限の軍勢を作り出せるのだ。それだけの価値はある。
 ヤク中は続けて云う。

「オウケイ……宮廷召喚士独立治安維持部隊な小生は残酷な裁判権を行使しまくりれます。我々の武器は2つ! 唐突の恐怖とちょっとアレ系な狂気! そして後先考えない適当を合わせて3つ……クソッ、トチった! あ? 知ってる? トチったの語源知ってる?」
「はあ。確か栃の実を使って作る麺ですが急いで作らないと硬くなって失敗するので、急ぎ慌てること、そしてそれで失敗することを[トチる]と云うように」
「せぇかああああい! まあ判決とは何ら関係がないけど。判事キレます! 罪人剣士。罪人忍者。判決。死・刑───! ひゃっほおおおおお!!」
「いえあの待ってくださいわたし達は別に犯罪者ではなくて」

 小鳥の意見も聞かずに竜召喚士は手を叩きながらハイテンションで叫びまくる。
 完全に脳髄がイケない世界へトリップしているようだった。

「ひひひひひひひひ行っきますよおお多重召喚術『竜軍超征服(ドラグ・コンクエスト)』おほおお!!」
「おほおおって言われても」

 小鳥がげんなりと涎をだらだら垂らしびくんびくんと震えているドラッガーに云うが、ともあれ上空には無数に巨大な──イカレさんが鳥を召喚するよりも遥かに巨大な召喚陣が幾つも描かれた。
 そこから召喚される無数の飛行型ドラゴン。 
 現れ──幾度も現れ。
 地面から見上げる空には───単純に判断して百を超える多種多様なドラゴンが埋め尽くしている。

(いえいえいえ。これはマズイ)

 さすがの小鳥もドラゴン大乱舞な状況に危機感を覚える。

「ええと、ドラッガーたん? イカレてないで落ち着いてお話をしましょうよ」
「小生はイカレてぬええええ!! 小生はチョーダウナー系キメてるっつーのおおお!!」
「うわあ……既に脳が半分溶けてそうな子ですね」
「───流石にヤバイ───逃げるか?」

 アサギが冷や汗を垂らしながら剣を構えた。
 いくら彼の持つ剣が召喚された竜に対して一撃必殺でも、数が数である。攻撃力はそのまま再現されている竜から一撃でも食らえば人間など即死するだろう。
 小鳥は袖口からタクトを取り出した。なぞの骨で出来た魔法の杖である。あんまり使わないので忘れがちだが彼女は見習い魔法使いでもあるのだ。
 アサギに話しかける。

「……作戦としては闇を発生させてわたしが奇襲。ジャンキーを直接無力化します。この数の竜では逃げるのも難しいでしょう。幼女と犬もそのへんに居ますし。ですから、アサギくん。囮になって貰えますか」
「────」
「危険ですが。無理そうなら別の案を考えましょう」

 彼はフ、と笑って小鳥に預けていたポーチを掴んだ。
 そこから何種類かのポーションや薬を取り出す。
 勇敢になる薬『英雄(ヒーロー)一日これ一本! 略してヒロポン!』を飲み干す。それにより竜相手に死にそうな恐怖を感じることも怯えることもなくなるのである。明らかに名前からして成分があっち系だが。
 小鳥には、一定時間気配が薄くなる薬『バニシュです』を渡した。此方は市販されておらずダンジョンで見つかる貴重な薬である。

「相手がヤク中なら───こちらも薬で対抗する」
「頑張りましょう。努力は時々報われます」

「うぉーい♪ 作戦タイム終わったー? まだー? へいへーい!」

 気楽そうに上空で竜に跨った少女はブンブンと手を振りながら声を上げている。
 小鳥は手を振り返しながら、

「あと5分待ってくださーい。飴ちゃんあげますからー」
「ききききき、しょうがないなあ……いいよっ! 許可ぁぁぁぁ!」
「──許可するんだ」
「いやあ、謎の薬品を煮込んで出来た飴の処分先が決まって良かったです」

 飴がゴロゴロと入った小袋をレターボックス・チンクエチェントに詰めて送りつけた。
 ヤク中少女は「わひょーい☆ あとで食べよう! 皆にも分けたれりー! お兄ちゃんにもー」などと無邪気に喜んでいるが其れを口に放り込んだら何が起こるか神でも予想付かぬ領域にあるだろう。
 ともかく、稼いだ時間を使う。

「闇系術式『ダークナイト』」

 煙々と黒煙を撒くように、闇の空間を杖の先から発生させる。
 じわりじわりと闇を広げます。竜百体と戦闘になるであろう範囲全てを闇で覆うことは小鳥の実力では不可能なので、闇がまだら模様になるようにあちこちに暗黒空間を配置する。
 さながら空中に黒いボールをいくつも浮かべたように魔法を展開させた。僅かでも隠れられる空間を作っておくのだ。
 更にバレないように、後方で待機している幼女と獣人の周辺も闇に隠した。

「わわわっ、なんか凄ェ! 黒い! マジ黒い!」
「うふふ、この闇に触れたら死ぬので注意してくださいね」
「怖ぇ! チョー気をつけます! わざわざ教えてくれるなんて君っていい子だNE! 友達になろう! まーずーはーえーとほら、あのお互いに日記を渡して書き合うやつなんだっけ? そう! ゴーカン日記から!」

 馬鹿でヤク中なので騙されている。 
 無視しながら小声でアサギに簡単な戦いの方針を伝える。
 ただ、アサギは冷たい声で言った。

「1つ言っておく。なるべく殺さないように無力化するという方針だが──」

 無感情な吐息を漏らして続け、

「──出来ないと思うならやるな。失敗するからだ。どうしようもないならオレがどうにかする。いいか、君が危険だと思うのなら、やめろ」
「……しかしその場合の、どうにかするというのは結構残虐系なのでは」
「率直に言えば──オレが殺そうと思って殺せない相手は存在しない。異世界での荒事は慣れているし───君は未成年でオレは大人だ。君を死なさず──手を汚させず──元の平和な日本へ戻すのも大人の役目だ」

 アサギの目は本気であった。
 今まで誰も能動的に殺したことの無い、元日本人だったが目の前の同郷の少女を守るためなら罪だろうが背負う覚悟がある。

(だけれどもダメですよ。あなたのことを大事に思っている人もいるのだと、それを無視した──或いは下位に置いた考えなのですから)

 だから適当に軽薄な事を言って和ますことにした。シリアスな空気ダメ絶対作戦である。

「ヒュー、格好良いことを言わないでくださいよ。ノボリが立ちますよ?」
「──ノボリ?」
「あ、フラグでしたか」
「フラグをノボリ!?」
「ま、とにかく大丈夫ですよ。たかがこの程度の危機で殺人童貞を散らす程の事件ではありません。親や子供に誇れるように綺麗な身体で元の世界へ帰るその時まで……わたし達は負けないのであった……以下エンディングソング」
「ナレーション!?」

 まあ、彼が見ていない間に小鳥はグレフをうっかり感電死させかけたのだったが。彼女もそれは秘密にしておく。

(大丈夫、陪審員に言い訳が立つような死なせ方ならわたし、立ち直れます。賠償金的な意味でも)

 漫才をしていると暇だったのかリズムを刻んでいたヤク中が、とうとう飽きたのか宣言した。

「ハイ時間切れー! それでは攻撃を開始するであります! ファイアブレスファイア! あれ? ブレスファイアブレス? とにかくどっかーん!」

 言葉と同時に。
 上空を浮遊する竜の群れの半分程から炎が吐かれた。
 火炎弾もあり火炎放射もあり、地上へと一斉に降り注ぎ地表を焼き尽くす。一発ごとが民家程度なら消し飛ばす威力を持つそれは決して人間二人に向けて放たれる火力では無い。表層の土を大いに巻きあげて硬い地質を沸騰させていく。
 召喚士の無慈悲な命令は続く。

「サンダードラゴン、雷の吐息! ポイズンドラゴンは猛毒の唾! 音速竜はソニックブラスト! ヒャッハー戦場は地獄だずえええ!」

 雷が、嵐が、猛毒が。
 地表を吹き荒らし捲る。この戦場が帝都ならば一瞬で半分は破壊されるのではないかといった火力が集中的に降り注いでいく。
 竜の中でも巨大種を多数使役する事ができる竜召喚士。いつだったか、小鳥がイカレさんに聞いた話では召喚士の中でも最大火力を持つという。それこそ世界を焼き尽くす事すら可能な程に。

「どんどんイキます! トびますトびます! いきますわよメギドラゴン!」

 竜の中でも一際目立つ、青白く輝いた直線的なフォルムの竜が前に出た。
 口が光ったかと思うと、一直線にレーザーが地表に向けて発射される。
 レーザーが地面に当たった瞬間。白い蛍火のようなものが地表に広がり大量に膨れ上がり──爆発、と云うよりも静かに地表を消滅させていった。



 ********



「メギドラゴン───図鑑で見たことがあるが───殆ど伝説の生き物だ───!」
「万能属性っぽいヤバイビーム吐いてますね。おおテリブル」

 そう言う二人は顔を顰めながら竜の飛ぶ更に上に居た。
 吹き荒れる風がここにまで伝わり、小鳥はアサギの体にしがみつきながらぞっとしない地面の状況を見下ろしている。
 単純そうな竜娘の思考を読んで、恐らく上空からのブレス連発が来ると判断したために移動したのである。
 というか上空からのブレス連発が一番ヤバくて効率的な定石である。いかなる防御手段を持っていてもあの火力には耐えられないと思わせるには十分な威力を感じた。
 初撃のファイアブレスをアサギの宝遺物『無限光路』のワープ機能により空に飛んで回避。
 短距離転移しか出来ないので一度に竜の上までは行けなかったが、幸い闇を撒き散らしたり最初の攻撃で埃が舞い上がって視界が悪くなっていたので、ヴァンキッシュの飛行能力でブレスを避けながらワープと飛行を繰り返し、竜の上に出た。

「とにかく第一段階は成功です。アサギくん、頭痛は大丈夫ですか?」

 距離と転移人数に比例して使用者たるアサギに負担が超増加していく転移を心配して声をかける。
 普段使いたがらない無限光路ですが、実際に耐え難い頭痛があるのだ。

「──最高に強力な鎮痛剤を飲んだから何とか。脳を湯につけたような朦朧とした感触が今はある。でもこれ効果が切れた時に『あの時死んどけば良かった』って副作用の激痛が襲ってくるんだよなあ」
「ご臨終様です」
「掛ける言葉違うからそれ──」
「ともあれ作戦通りこれから竜の群れに突っ込んで無双しちゃって目を引いて下さい。気休めを言えばマッドワールドの効果でどこでも切れば一撃ですから、小さい相手よりも或いは戦い易いかもしれません──わたしは別れて気配遮断しながらドラッガーたんを仕留めます」

 本当ならば無限光路で一気にヤク中の場所へ転移できればいいのだったが……。
 目標のドラッガーはドラゴンに乗って無意味に飛び回っているので点から点へ、慣性もなく移動する無限光路ではうまく捕捉出来ないのである。下手をすれば衝突したり、失敗すればワープに警戒されて更に距離を取られる可能性もある。連続はアサギの体調的にもきつい。
 或いはアサギが問答無用で接近し無力化するという方法も取れなくは無いが、逃げまわるのはともかく攻撃を避けながら目的の場所へと飛ぶにはヴァンキッシュは細かい動きは出来ない上に、彼の武器からして殺害、という手段になりかねない。彼の持つ他の無力化手段である夢杖『ドリームキャスト』は召喚士特有の七曜防護でキャンセルされてしまうだろう。
 故に飛行──と言うよりも浮遊の魔法を使って小鳥が接近し一撃で仕留める。アサギが派手に戦うところを見せれば馬鹿なのでそっちに集中するだろうと予測済みだ。
 なにせ召喚士というのは基本的に無警戒の油断しまくりなのである。

「無系術式『ザ・フライ』」

 無属性魔法の基礎、自身を念動力で浮遊させる。無属性は所謂ジャンル分けされていない魔法が詰め込まれている属性で、念力や鍵開け、魔力探知など便利な魔法がほぼ本人の属性に関係なく使える。
 自身を浮かせて高速飛行しようとすれば属性が複合されたりして魔法の難易度は遥かに跳ね上がるが、小鳥程度の術者でもなんとか自分を浮かせて移動することぐらいは出来た。

「それではご武運を」
「──ああ。君も本当に大丈夫なのだな」
「ゴブーンていうとなんかゴブリンの語尾みたいですよね」
「なんで今それを──!?」

 クスクスと笑いながら小鳥は気配が薄くなる薬を飲んで離れた。
 アサギが薬物によって齎された恐怖を感じぬ獰猛な笑みを浮かべて剣を肩に担いで自由落下を始める。
 先に竜へと突撃を開始したのだ。
 竜は体の構造から上方への視線があまり向かない。空を飛んでいてブレスを地表に撃つのですから自然と首は下を向いている。
 アサギが一番上にいた竜をすれ違いざまに引っ掻くように剣を振りぬいた。
 いかに切れる剣でもその程度では竜にとってはカスリ傷──だが彼の持つ剣は魔力を寝こそぎ奪う魔剣。
 浅い切り口から全ての魔力を吸い尽くし、音も悲鳴もなく召喚竜を消し飛ばす。 
 竜召喚士や他の竜が気づく前に──アサギは高速でスラスターを吹かし他の竜に接近。必殺を食らわせ数体を消滅させる。
 体が大きいということは死角が大きいということと、被弾可能面積が広いということ。
 竜はその防御力と体力でそのデメリットをカバーしているのだが──召喚されたそれらは魔剣士との相性は悪い。

「ウヒャオウ!? いつの間にやら切り込み隊長!? 小生の竜がー! ええい竜共クセモノですよー!」

 気づいたヤク中が指示を出すが、アサギは縦横無尽に飛び回り乱戦に持ち込む。竜の吐いたブレスが他の竜を掠めて動きを制限したり、爪によって掴みかかろうとした竜が一撃のもと切り裂かれて消される。
 相手が巨体の竜だからこその空中で細かく飛び回る魔剣士が有利だ。召喚殺しの魔剣とミス・カトニックは称したが、まさに相性が悪い。
 これがもし相手するのがイカレさんならば彼は大人気ないから竜より密度の高い数万羽の殺人級魔鳥をけしかけてくるだろう。そうなればアサギも対抗し切れないし竜に乗ったヤク中も防御しきれず……

(あれ? イカレさんって地味に超強くないですかね?)

 移動しながらなんとなくそんなことを考えた。閉所で戦うダンジョンでも充分強い鳥召喚士だが、開けた場所となると更に能力への制限が無くなるだろう。
 とにかくアサギは頑張っているが、

「うわー! 凄い凄い! 格好良いなあのお兄さん! キャー頑張ってー! ドラゴン100体追加ー!」

 ぞっとする戦力を鼻歌交じりに追加する。
 アサギが消し飛ばしてもその努力を無為にする如くヤク中はドラゴンの再召喚を続けていた。
 これが召喚士の脅威。物量である。
 いくらアサギが有利でもドラゴンの攻撃は一撃でも当たれば死に至る怪我をする。
 常人なら耐え難い緊張感と恐怖を感じているはずだが、彼の飲んだヒロポンのようなものでアサギは恐怖感を麻痺させて戦っている。

(早く何とかするのがわたしの役目)

 浮遊速度は決して早く無い。どうやって飛び回ってるヤク中を捕まえるかというと、

「わっ! こっちにも闇!? 即死やべェにゃん!」

 ……馬鹿は小鳥がばら撒いた闇が危険だと思っているのでそれで誘導している。
 気配を消しながら。自分に意識が向かれないように。忍び忍んで。
 浮遊。

「イ~ヒッヒッヒ!! じゃあもっと凄いヤツいくでなー! エンシェントドラゴン級より2種同時召喚『ダブルドラゴン・ザ・リベンジ』イイイイ!!」

 ヤク中は楽しそうに笑っている。どれだけ魔力があるのだろうか。超ヤバヤバ系の巨体がゆっくりと魔方陣から姿を表しつつある。エンシェントドラゴンはそれこそ一匹で都市を壊滅させ環境を激変させる凶竜なのである。そんなもの気軽に召還していいものではない。
 存在が出現しかけている今でさえ、周囲の気候が異常な変化を齎している。周りの他のドラゴンも暴れ回り、吹雪に灼熱、放電に雨嵐が吹き荒れる。おおジーザスと小鳥は嘆いた。
 急ぎ接近。
 近づいていく。
 悟られないように気配も、心も消して一撃で仕留める覚悟を持つ。
 一撃で人間を仕留める方法など、銃を失った今延髄にナイフを突き立てるか、魔法かだ。延髄ナイフは3日ぐらい落ち込みそう──特にアサギが──なので遠慮したいが。
 イカレさん曰く、召喚士は死んだり強制的に意識を失わされたりすると召喚したものも消えるのだという。

(だから行きます)

 やらんで死なすよりやって殺そう。決意を固めるのは一瞬。進路希望調査用紙には警察と書いておこうと決める。アサギにはさんざん殺すなーと言っておいて、自分でそれを守る事が出来るかは怪しいものなのである。なにせ彼女は嘘つきだ。

「でもさ、故意にじゃなくて魔法の暴発とかそんな事故ならわたしは明日へと乗り越えていけると思うんだ。くたばりやがれ」

「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!! ぎゃ?」

 タクトを背中に突きつけて、

「闇系術式『ゴケミドロ』」

 高位闇系術式を暴発気味で発動させた。 




 ***********



「ううう。魔法失敗」

 呻くが、作戦は成功した。
 召喚士の生命力と魔力をごっそり減らした魔法の効果により意識を失い、彼女が乗っていた竜もアサギが戦っていた竜も全て消滅した。
 闇系術式『ゴケミドロ』は相手から魔力と生命力を吸収する魔法なのだが……
 未熟な小鳥が一か八かで発動させたので上手いこといかず、相手どころかこっちの生命力も削り取られる始末である。
 より深刻に失敗したならばミイラ2つが灰になって消える結果になっただろう。

「しかしここで上手いこと行くのが日頃の行ないと前世で積んだ徳に手足が生えているわたしの幸運」

 仲良く落下した小鳥と竜召喚士はアサギがなんとか助けた。
 小鳥は地面に降りて体の内側に感じる魔力の乱れと異常な吸収した要素により、木陰で盛大に吐瀉して涙目になりながら云う。

「ふう、分の悪い賭けでした」
「───むう」

 なんかもう疲れたのでぐったりと座り込む二人であった。
 魔の森の一角はドラゴンのブレスにより消し飛んで荒野となっている。帝国直轄地であるが気にしてはいけない。それを破壊したのは宮廷召喚士であって自分たちではない。
 とにかくもうさっさと帰りたいわけだったが。
 どうしたものかと思うのがこのヤク中竜召喚士のドラッガーである。
 一応無力化はしたわけだが、彼女は宮廷召喚士という公務員をしている。誤解からとはいえ襲いかかってきた公務員を返り討ちにした小鳥達は法的にマズイ気もした。公権力への反逆だ。革命の炎はここより灯された。いやそういうテンションではない。
 ここに放置して逃げても、彼女の同僚や上司への報告次第で犯罪者へクラスチェンジしてしまうかもしれない。
 そんな訳で彼女の体をロープで縛って身動きができなくし、説得を試みるのである。眠っているとただの小鳥と同年代の少女に見えるのだが。

「あぎゃ?」

 目を覚ましたドラッガーがきょろきょろと首を振って状況を確認した。
 ちなみに何か召喚しようとすれば一瞬でアサギが対応する算段である。
 小鳥と目が会った。

「くっくっく目を覚ましたようですね……どうですか、今の気分は」
「だから──なんで悪役っぽい──」

 ドラッガーはポカンと口を開けた後に「ニヒヒ」と笑って笑みを作った。

「うおー負けたー! ねえねえお二人様ちゃん名前なんてゆーの!?」
「とり……鳥居元忠です」
「あさ───朝倉義景だ」

 つい適当に歴史上の人物から取って偽名を名乗ってしまう小鳥とアサギ。危ない人に本名とか教えたくない。
 彼女は嬉しそうに、

「じゃあトリちゃんとアサくんだね!」
「微妙にあだ名があってるから困りますねえ」
「うへへ友達が出来たよ! やったねお兄ちゃん!」
「友達にされてる……」

 げんなりとしながらも小鳥は言う。

「それよりドラッガーちゃん、わたし達が死刑とかどうとか言う話ですが」
「お友達を死刑にするなんて小生にはとても出来ないですネ! あれ? っていうかなんで小生達争ってたんだっけ? 忘れた忘れたイヒヒヒヒ!」
「ううむ──」

 頭痛がするのは無限光路の副作用がまだ残っているからだろうかとアサギが軽く頭を圧える。

「あーでも久しぶりにあんな一杯召喚したら疲れちゃりおん。超強いんだねアサくん! 素敵! 抱いて!」
「……朝倉義景くん、モテてますよ、抱いてあげたらどうですか」
「いやあ───ヤク中はちょっとどーかと思うよ鳥居元忠ちゃん」
「しししし失礼な! 小生は用法用量を奇跡的なバランスで守った合法薬物しか使用してませんなあ! あああ゛あ゛禁断症状があああ」
「やだこの子怖い」

 だらだらと涎を垂らしながら震えだしたドラッガーを見て異口同音にアサギと小鳥は言う。
 彼女は暫く首をぐりんぐりんと動かした後思い出した様に、

「あ! 禁断症状と言ってもお薬のじゃなくて! 甘いものが食べたいなって! そうだ皆で帝都のカフェに行こうか! あーでもその前に飴! さっきくれた飴舐めたい!」
「はあ……」

 小鳥はドラッガーの懐にしまわれていた自作の飴を動けない彼女の代わりに取りだした。

「本当にいいんですか? これ」
「くひひ甘い飴ちゃんペロペーロ」
「ううう」

 嫌ーな予感もしますが仕方なく飴玉を1つ、彼女の口に入れる。
 ころころと口の中で転がしていた。

(大丈夫かなあ……)

 と思った瞬間無形の衝撃波に小鳥とアサギは吹き飛ばされた。


「!?」


「あ……ああああ゛! ぐげ、ぐぎゃぎゃぎゃぎぎぎぎぎごごごごご!? が、っっがああ!?」


 笑い声と悲鳴が混じったような叫びをドラッガーが上げる。顔が苦悶に濁り空を仰いだ。
 そしてその髪の毛が──虹色から銀色へと変化し、瞳からは金の輝きが生まれた。
 白光防護(フォロウ・エフェクト)。
 召喚士の特殊能力の1つ───イカレさんがその状態になったときは圧迫感が生まれた程度なのに、ドラッガーの体から放出される魔力は近寄れないほどである。

「やはりあの飴はダメでしたか……」
「なに作ってるんだ───!」
「じゃが儂は見てみたかった」

 アサギが怒鳴るが、終ってしまったことは仕方無いと小鳥は振り向かない。
 奇跡的バランスで用法用量を守っていた彼女の薬物バランスを完全に崩してしまったようである。
 なにが起こるのか、と対応に困りアサギも迂闊に近寄れない状態であったが、完全に正気を失っているドラッガーの口から彼女の甲高い声ではない、不気味な重低音で呪文のようなものが発せられ出した。


『Ph'n狂■ui mgル■w'na■ C*2ulhu R'lh  wgah'na㌘■  蓋gn!!111???』


 ぞくり──と、寒気ではなく背筋に刃物を突き刺され粘液で舐め回された感覚が現出した。
 本能レベルでヤバさを感じ───膝が震え出す。
 嫌な汗がだらだらと吹き出て喋ることも動くことも出来ずに、異様で現実的でない恐怖に吐き気すら覚える。
 マズイ事が起こる確信があった。
 アサギも似たような状態だったが、彼の魔剣から錆び付いた車輪を動かすような音が聞こえてくる。

「────魔剣が勝手に──!?」

 彼は握っている魔剣を抑えるようにしながら耐えている。こんな時に中二演技はいらないですってと小鳥はマジ焦りしてるアサギに目を向けた。高周波を唸るように出している闇の剣の刀身に生まれた銀線が脈動している。
 そして、呪文を唱え終わったドラッガーはにたりと狂貌をこちらに向けた。心臓が口から飛び出るような気持ちの悪さに正気でいられない。壊れたほうが楽だと脳髄が呼びかけて来る。来る、くる、狂ると意識が廻る。一秒も気を抜けず、一秒で魂が抜けそうだ。自己が自己で有るための何かを侵食させられていく。思考することだけが唯一の抵抗にして苦痛なのだ。
 ひび割れて現実離れした嫌悪感を感じる謎の声で彼女は叫んだ。

『馬鹿め! 貴様らは死んだわ!』

 彼女は両手を大きく上げて、

『神域召喚術【妬みの九頭竜───


「アホかァァァァ!!」


 上空から銀髪の人が降ってきてドラッガーに重力加速キックを入れた。
 頭の色がイカレてないverイカレさんであった。



 **********



 あらゆるダメージを軽減し、強力な術者が使えば近づけすら出来ないフォロウ・エフェクだが、同じくエフェクトを展開している召喚士には効かない。
 ともかく参戦したイカレさんの蹴りで首が「ゴキン!」といい音を立ててぶっ倒れたドラッガーであったが、更にイカレさんに口に手を突っ込まれて、

「オウェベゲボボボ……」

 とゲロまで吐かされていた。彼女の吐瀉物に溶けきっていない飴も含まれている。
 イカレさんはぐったりとして聞いているのか居ないのかわからない彼女相手に説教を始める。

「体が薬漬けなんだから勝手に変な薬飲むなつってるだろォがボケ! つゥかいきなり神域召喚術使おうとするとか何考えてやがるアホ! 使うたびに相手どころか自分も頭パーになる術なんだから使うなって言ったよなァおい! 聞いてんのか愚妹!」
「あばばばばば」
「そォいやここの管理してたのお前だったっけと思って見に来たらなァに馬鹿してんだよ! コラ!」
「うべべべべべ」

 ガクガクと肩を揺らしながらイカレさんは怒鳴るが、彼女の目の焦点は合っていない。
 しばらくしてぐるりと目玉が回転して、ドラッガーはイカレさんを見た。

「……おにーたん?」
「たんじゃねェよ」
「お兄トリァン?」
「なんだよトリァンって」
「無敵戦車オニイチャリオッツ!」
「意味わかんねェって!」

 ドラッガーは顔をぱぁっと明るくしてイカレさんに抱きついた。

「うわーいお兄ちゃんだ久しぶりのお兄ちゃんだヒャッハーお兄ちゃんだー!」
「うぜェ……」
「お兄ちゃんスメル! くんくん! 匂いから判断してお兄ちゃんだ! おにいちゅああん!」
「心底うぜェ……」
「はっ! お兄ちゃんどうしたのおみぐしが真っ白!」
「イカレさんは死の灰が迫る中シェルターにはどう詰めても二人までで外に残ったのです」
「パネエ! お兄ちゃん素敵!」
「でも死の灰が影響で変わってしまった兄は『暴力はいいぞ』などと言いながら木偶相手に秘孔の開発を」
「何故変わったお兄たん……あれ? お兄たんもともと外道だった!」
「手前は会話に加わるな! ウザさ二倍だろォが!」

 小鳥に怒鳴りながらエフェクトを消し元の虹色ヘアーに戻りつつ、無理やり抱きついている彼女を引き剥がしながらイカレさんは苦々しい顔をした。
 薄々小鳥とアサギも気づいていたが、何度か話題に出たイカレさんの妹のようである、このドラッガーという少女は。
 彼女は頬を緩めうれしそうにバタバタと暴れている。

「兄妹仲がよろしいようで」
「うんそうなんだよ! あ、お兄ちゃん聞いて聞いて! お友達のトリちゃんとアサくん」
「うわ……お前らコイツと友達なの? うわァ……」
「何自分の妹の友達を残念そうに見てるんですか」
「仲良くしてやれよォ? うん、なるべく俺の遠くで」

 押し付けるように引き剥がしたドラッガーをこちらに渡して来た。
 なんか酸っぱい臭いがしたので更に隣にいるアサギにパスする小鳥。
 彼は微妙な表情でドラッガーとイカレさんを見た。

「───兄妹か」
「実の兄妹じゃねェがな。兄貴分ってところだ」
「フン───どちらにせよ、妹は大事にしろ」

 アサギは手持ちのハンカチでドラッガーの口元を拭いてやり、イカレさんに返した。
 ドラッガーは瞼をぱちぱちと開閉してイカレさんに訪ねる。

「あーれーお兄ちゃんアサくんと知り合い?」
「あーそんなところだ」
「うぇへへアサくんってちょっと格好良くない?」
「……」

 イカレさんの脳内で──妹を押し付けて嫁がせるチャンス!──と──でもアサギが身内ってすげェ嫌──という感情が混ざり合い口を噤む。
 しかしアサギも何か思うところがあるのでしょうか、義妹と仲睦まじいイカレさんに嫉妬の念を覚えずに遠くを眺めるキメポーズで黙っている。
 まあともあれ、ドラッガーの暴走も収まり危機は去った。一件落着である。


「おや、何か忘れているような」




 *******







 ドラゴンブレスの爆風に吹っ飛ばされた幼女と獣人は重なりあうようにして息を引き取っていた。
 最初に吹き飛ばされたので離れたところに死体があった。
 跡形も残らず消えなかっただけ運が良かったのだろう。

「フォーエバー幼女先輩……」
「あァあ殺っちまったなァ愚妹」
「うにゅにゅ……人を殺した後はションベンがしたくなるねお兄ちゃん」
「───妹のほうが使うんだ───その決め台詞」
「イカレさんのほうは『へっ体だけァ最高だったぜェ』でしたっけ」
「死ね」



「ししししs死んでたまるかー!!」


 幼女先輩が叫びながらボロボロでも起き上がってきた。

「実はギャグ補正あるの幼女のほうだったとは」
「うるさいわね! なに!? 最終戦争でも始まったわけ!? いきなり吹っ飛ばされて意味分かんないわよ! ほら、グレフ! 折角生き返ったんだから起きなさい! ……グレフ?」

 幼女は一度蘇生に成功した獣人の体を揺する。
 しかし、

「……死んでる」

「まぁたグレフ殿が死んでおられますなあ」




 まあ、もう一回ミニ雷公鞭でなんとか生き返らせた。


「その蘇生法見てアサギくんとか微妙に引いてました。ひゃっはースタンガンダンスだー」





 *******





「ところでドラッガーちゃんは何故ここに来たのでしたっけ」
「そうそう、小生に監視役のファイアドラゴンから連絡があってね、怪しい人影がウロウロしてるから調査して欲しいって」
「怪しい人影?」
「なんか犬臭い獣人がハアハアしながら何日もはしゃいでるとか超怪しいよね! 密伐採者の可能性もあるからさ!」
「なるほど……それでドラゴンをけしかけてアサギくんとわたしと幼女先輩は死にかけたのですか」

 復活したグレフがダンディーに腕を組んでポーズつけながら渋い声で言う。

「やれやれお嬢さん(フロイライン)。もう少しエレガントに事件に当たるべきだったかな?」

 勝手に国家の管理地に山篭りに来て不審者丸出しだった元凶の言い分に対して。ついでに無駄にダンディーな声にイラっとして。
 キレた幼女と魔剣士がまた彼をボコボコにした挙句簀巻きで鳥の足に吊るして帝都まで帰還することになったのだがまあ自業自得ではある。













 *******



「ぐ───薬が切れてとんでもない頭痛が───!」
「はっアサギくんが思い出したかのように頭を抱えてうずくまりましたなう」
「大変大変! アサくん! 赤と青のカプセル剤を渡すけど青い薬を飲めば楽になれるよ!」
「赤は?」

 後に聞くと頭蓋骨を直接割って脳みそを取り出したくなるような痛みが襲っていたのだが。暫くは一歩も動けず痛む頭を掴む以外の行動が不可能な激ヤバ状態になるらしい。
 すがるようにドラッガーから受け取った青い薬を飲むとアサギの顔色がすっと戻り始めた。
 そして小刻みに彼は震え出す。そして震える唇で紡ぐ言葉は、

「ねえ本当にびっくりするほど痛みが消えてるっていうか顔に感じる風も太陽の温かみも何もかも感触が消えてるんだけど───」
「げぎゃぎゃ! 小生特製の新薬『何かを犠牲に痛みがわからなくなる薬』ッ! だよッ! 終末医療の患者にオススメDEATH!」
「あっぶないなあ───んもー本ッ気であっぶないなああああ───!!」

 アサギはソッコー虹色のゲロをジオングみたいに吐き出した。そのゲロはキラキラと空高くから飛散し、美しい虹を作って見る人を感動させるだろう。世界は美しくなんか無いけれど、それ故に美しい。



[30747] 番外1話『酒を飲むあいつら』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/10 18:04



「……じゃあ古今東西、凄いどうでもいい低俗な話」
「アイドル年鑑にちゃんと処女か非処女か明記してくれないと困るウサー」
「利権ってやつを貪ってみてェんだがどこ行きゃ食えるんだ利権」
「そうですかちなみにわたしの夫の年収は5600万です」


「──暇だからってそんな最悪な古今東西ゲームを始めなくても──」


 異世界言語だというのに妙に通じ合っている四人組を見ながら、浅薙アサギはため息を吐いた。
 この世界──世界の名前か、惑星の名前か定かではないが観測者は『ペナルカンド』と呼ぶ──に於いては、言語の壁は旅神によって統一されているので読みや意味が異なろうが通じる。通じるからといって低俗な話まで合わせなくてもとは思うが。
 彼ら冒険者パーティが暇そうに宿屋でぐだぐだとしているのも、今日この日は全員暇ではあったのだが半年に一度行われるダンジョンの構造変化期間によって入れなくなっているからだった。
 
「最初あたりの階層以外ガラっと変わるからな───この日にダンジョンに入ると意味がわからないことになる」
「といわれますと」

 この中では一番のベテランダンジョン探索者であるアサギに、同郷の小鳥が問いかけた。
 彼は思い出すように、

「空間転送がしょっちゅう発生していて───オレもこっそり潜ってみたことはあるが────翌日何故か萌え絵Tシャツを着て紙袋を持ったままフィギュアショップに居た───」
「それはまた意味のわからない」
「別の時は───いつの間にか映画館でD級最低映画を延々視聴している自分に気づいてびっくりしたり───とにかく今は潜らないほうがいい」

 後悔するように目を伏せて頭を振る。
 空間が歪んでいるという状態を知り、或いは元の世界へ戻れるかもしれないと思ってチャレンジしたのだが失敗に終わったのだった。
 長い月日をかけて、ようやく同郷の少女と出逢い、帰れる道を提示されたのは諦めなかったおかげとも言えるが、時折これまでの生活を思い返すと無性に悲しくなるアサギである。 
 ともあれ。
 この日は暇なので皆で集まって、心配になるぐらい不自然に美味なツマミと酒で時間を潰しているのだった。
 パルが温かい褐色の液体を飲んでいる小鳥のカップを覗き込みながら問う。

「コトリさんは飲まないウサー?」
「わたしは未成年なので。未成年が飲んでいたらアニメ化されたときに描写に困るじゃないですか。ですから紅茶を。ユリアン、ブランデー抜きで」
「───何を言ってるんだろう──この子」

 時折意味不明な言動を口にする女子高生に微妙な表情をアサギは向けた。
 少しばかり浮世離れした性格をしている、とでも言えばいいのか、彼は長らく日本に戻っていないので女子高生ってこんなんだったかなあ違うよなあ少し変な子だよなあと思いつつも確信には至れない。
 むしろ自分が故郷に戻ったときに日本人がこんな性格になっていたらどうしようかと思う。これが平成生まれ、ゆとり教育……!
 アサギが脅威に思っている時でも、彼の対面に座るアイス・シュアルツは手元の杯に浮かんだ氷を混ぜながら、麦の蒸留酒をちびりちびりと飲んだ。

「まあ深酒は確かに良くないが私もたしなむ程度にしようか」
「あァ。俺も普段飲まねェがたまにゃいいだろ」

 アイスの右手側に座るイカレさんも水割りにした酒を飲む。
 彼は金があろうがなかろうが、基本的に貧しい生活が染み付いているので酒や煙草は習慣づいていないのだ。
 小鳥に言わせれば、

「イカレさんは朝から酒を呷り部屋の窓ガラスがヤニで汚れ、稼ぎよりも多くギャンブルに金を突っ込んだほうが似合うのですが」

 とのことではあったが。

「ウサウサ、さあアサギさんも飲むウサ」
「待て───オレは酒をやらん──」

 ニコニコとして酒を注いで回るウサ耳♂シスターだが、アサギは拒否をする。
 アルコールは冷静な判断力を失う為に控えているのだ。以前に酒で酔わせて装備を掻っ払おうとした輩が居たからだが──
 どん、と叩きつけるように酒杯をテーブルに置いて、酒臭いような甘いような息を漂わせながら座った目でパルは怒鳴る。

「ボクの酒が飲めないウサ!? 口移しするウサよ!?」
「なんで──逆切れ──」

 既に酔っ払って絡み酒入っているパルから渋々と酒杯を受け取る。
 口移しされても困るのである。
 いくらパルの見た目がセミロングの金髪少女シスターに見えるからとはいえ、股には『怒張』とか『隆起』とかいった形容詞が似合うブツが生えている男なのだ。 
 初キスを男で失うなど負け組人生である。
 そんな負け組は指差して笑うと心の底で決めた決して消えない重要な誓いがあるために、彼は誰かしら殺人してでも男との口付けは拒否するだろう。
 彼の思惑はともあれ、酒宴がこの日は行われているのだった。



 ********



 約2時間後。


「うう、えぐっ……サイモンくん……無視しないでよ……」

「ひゃははっ! もっと酒ねェのかよう! パル助ェ注げ注げィ!」

「ウササー♪」

「─────」


 弱気になって涙目でイカレさんにひっついているアイス。
 テンション高くフレンドリーになっているイカレさん。
 延々他の人の酒杯を満たして飲ませているパル。
 無口に延々と注がれた酒を飲んでいるアサギ。
 特にアイスとイカレさんの変化に顔を強ばらせながら、小鳥は元気に酒を給仕しているパルに目をやる。

「……パル太郎くん、まさか」
「あれあれ? どうしたウサ? コトリさんも飲むウサ! 飲んで酔いつぶれても、ボクが介抱してあげるウサ!」
「……絶対全員酔い潰れたらエロいことしますよね君」
「はぁ!? 当然しますがそれがなにか!? 隠語で言えば睡眠スクールですが!?」

 隠す気もなく何故か逆切れ気味のパルに呆れながら。
 小鳥は無表情に──いつも無表情気味ではあるのだが──蒸留酒をどこからか取り出した注射器で吸った。

「パラドックスくん、ちょっと腕を」
「ウサ? ウサー!?」

 そしてパルの静脈に直接注入する。
 いくら普段から飲みなれているとはいえ血管に直接分解もされていないアルコールが入ったパルは瞬時に昏倒した。危険なのでやってはいけない。殺意を陪審員に認められてしまう。
 彼女が仲間のためならば罪をも背負う尊い覚悟で悪は去った。
 
「……散々あれですが、なんでこの見た目だけはロリショタの性犯罪者が仲間なんでしょうね。誰が仲間に引き入れたのですか全く」

 などと憤慨しながら小鳥は仰向けに倒れて痙攣するパルの顔が火照らないように、そっと濡れた布巾を広げて顔全体に被せた。
 ともかく残された酔っぱらい達。テンション高いイカレさんに泣き系アイス、ダウナーアサギを見ながら唯一酒を飲んでいない小鳥は思う。
 酒で酔うということは別段悪いことではないと。
 なにせ気持ちが良い状態になるのだから人は飲むのであって。悪いはずはないと思う、多分。
 たまに父親が飲んだと思ったら飼っている兎に向かって熱心に話しかけたり、母親が珍しく口にしたと思えば父親に絡み酒しつつも実は全然本人は酔っていなかったり、まあそんな光景を彼女は思い出した。実年齢の割に見た目若い夫妻だったがいつまでラブラブなのだろう。
 つまり、酒を呑むと口が軽くなる。彼女はそう認識しているので普段聞けない裏設定とかを聞き出すことにした。暇つぶしの雑談とも言う。

「という訳でイカレさん」
「んー? なんだァコトリ。変なあだ名じゃなくてサイモンって呼べよう!」
「うわ気持ち悪いイカレさん気持ち悪いかなりマジで」

 早速心挫けそうな小鳥。
 実は彼に名前を呼ばれるの初めてだったりするのだが、重要なイベントでもなんでも無い場面な上に違和感というか気色悪さしか感じない小鳥も少々あれである。
 酒はキャラを崩壊させる。
 けらけらと──頬をやや赤らめて笑いながら酒を飲んでいるイカレさんを見ながらうんざりとそう思った。普段のイメージ的にはニタニタと笑って気の抜けた安ビールなどを缶のまま飲んで欲しいと小鳥は祈りながら。
 そこにいつもの凛とした顔を崩して、イカレさんの肩に顔をくっつけながら涙目のアイスが呟く。

「ううう、コトリくんには彼女が居ないところではちゃんと名前で呼んでるというツンデレ要素があるのに……なんで私にはデレてくれないんだサイモンくん……」
「うわあ……あんまり知りたくなかったなあそんなデレ。というかデレじゃないと思いたい。心底」

 うまく言葉に出来ないけれど吐き気を催す寒気がする。
 決して小鳥はイカレさんを嫌っているわけではない。むしろ過去に彼女に農薬を飲ませた犯罪者とどこか似た顔つきの彼には親近感も覚えるほどなのだが。小鳥を殺人未遂した男は法廷で舌を噛んで自殺するというロックな死に様だった。

「とにかくお話を伺いましょう。義理の妹のドラッガーちゃんとはどのような関係で?」
「あァん? ドラ子か? あァ、俺の親が早く死んだからアイツの親に養ってもらってたんだよ。そんとき確かドラッガーが4歳ぐらいだったからお兄ちゃんお兄ちゃんってなァ」

 あの頃はまだマシだったんだけどなァと酒を飲んでため息を吐きながらイカレさんは述懐した。
 思い出すように、当時から幼馴染だったアイスがおどおどと付け足す。

「その頃はサイモンくんも私をお姉ちゃんとかアイスちゃんと……」
「言ってなかったなァひゃはは! なんか近所に住んでる眼鏡って印象しか! 渾名は眼鏡だった!」
「うああ、ひどいようサイモンくん……」
 
 泣きながらしがみつくアイスにひゃはひゃはと笑うイカレさん。
 酒の影響で気は良くなったが別段幼馴染に気を遣うという事はしないようである。
 小鳥は確認するように、
 
「……ともかく、ドラッガーちゃんは宮廷召喚士なわけですね」
「あァ。親から受け継いだ最強の竜召喚術と本人は召喚士最高レベルの魔力を持ってるエリートだからなァ。大規模破壊型でマジで国壊せるっつーか。
 メギドラゴンのブレスなんて相性無視特大ダメでよ、本気になったら魔力ブースト4回溜めて撃てば帝都ぐらいは消し飛ばせるらしィが……なんつったか?『まかかじゃよんのめぎどらごん』とかミス・カトニックが名付けてたが。おまけにドラ子は神域召喚術を持ってるから超やべェぜェ」
「神域……召喚術ですか、それは?」

 小鳥はあの時ラリったドラッガーが使いかけた術を思い出した。
 発動前段階のフォロウ・エフェクトで既に近寄れなくなり、呪文を唱えられるだけで本能的なおぞましさを感じて動けなくなった。
 空飛ぶゾンビ映画の恐怖どころではない。全身の毛穴から血が吹き出て胃が飛び出し肺が潰れるような──命に関わる恐怖であった。もし自分の正気度が少なければどうなっていたか、小鳥は危機を思い出してほっとする。
 一般的尺度から言えば、であるが小鳥の恐怖や危機を感じる感性はやや逸脱している。
 自分とそれを取り巻く環境を傍観者のように見ているフシがあり、それ故に正気を保つことが比較的得意ではあった。周りから見て常態で正気に見えないことがあるのが難点だが。
 ともかく、あの召喚術が発動すればどうなるのか……イカレさんは言う。本来ならば神代召喚術は召喚士一族の秘密ではあるのが、酒の影響で舌も回る。

「神代の魔物を実体で呼び出す召喚術の1つだ。特別な召喚士にしか使えねェ。ドラッガーが使うのは『妬みの九頭竜』っつってな、名前の通り9つ頭の竜なんだが───持ってる特性がエゲツねェんだ。悪魔やアンデッドが持つ『恐慌作用(フィアー・エフェクト)』のハイエンド、発狂神域『宇宙級恐怖(コズミック・ホラー)』を周囲にばら撒く。
 生物だと正気を失うどころか自分の体も見失い、うす気味悪ィ肉塊へと変化させる最悪の効果を出す。俺の召喚した鳥もほぼ全部無効化されるから半端ねェ」
「うわぁ……」
「平気なのが七曜防護か白光防護付きの召喚士なんだがな。だから召喚されたが最後だが……まァ普段は絶対使うなって言ってるんだ。アイツ自身の正気度も下がるからな。アイツがあんなにラリってるのは家系もあるが昔九頭竜を召喚したせいだし」

 わたし作の飴でかなりヤバイことになってたんだなーと小鳥は思った。
 後からドラッガー自身が飴の成分を分析したところ──彼女は薬屋の経営者でもあり、薬剤師でもある──暴走気味に魔力を超ブーストする効果のある薬効が認められた。
 効果だけならば凄い物とも思えるのだが、魔力が爆発的に増加するなど一般の人間が使用すれば増幅した魔力に耐え切れずにパンクするような危険物である。常に魔力を放出できる召喚士のドラッガーが服用したから高出力フォロウ・エフェクトと神域召喚術の暴走発動で済んだのであるが。
 アイスが涙目弱気な顔を難しそうな顔をしている小鳥に向けた。

「コトリくんは、ドラッガーくんと知り合いなのかね……?」
「一応友達という分類に」
「うう、いいなあ。私など散々嫌われているからね……」
「そうなのですか? 何故?」
「アイスがあいつの切り札の1つ、エンシェントアイスドラゴンをぶっ殺して杖にしたからだろォ?」

 そう言えば彼女の杖はドラゴンの背骨が材料なのだということを小鳥は思い出した。イカレさんと協力して、ドラゴン類の中でも最強ランクのそれを打倒し、魔法の杖に加工したのだと。
 召喚士の基本召喚術は『複製召喚』だ。これはこの世界に居る生物の魔力複製を生み出すものだが──それ故にこの世界に居なくなった存在は生み出せない。
 それが通常の鳥や虫など、種族として存続しているものであれば個体値はさほど変わらないから一括召喚契約で特に問題はないのだが……
 ドラゴンは個体差が年齢などによって大きく違うため、おおよそ年代ごとに召喚する相手と契約を結ばなくてはならない。
 故に、種族の頂点であるエンシェント級などは単体でしか存在しないために殺されたら召喚不可能になるのだ。
 おまけにドラゴンは生態ピラミッドの頂点に位置することから個体数も少なく、下手に討伐されると召喚士が困るという背景もある。
 自身の強力な手駒──それにドラッガーは竜族と仲が良い──を殺された恨みから、ドラッガーがアイスに対して嫌う感情を持っていてもおかしくはないだろう。
 アイスは弱気に言う。

「サ、サイモンくんだってノリノリだったじゃないかあ……私の強力な杖を作るためにサイモンくんが提案した竜退治だったのに……ちょっと嬉しかったけど」
「はァ? 竜殺しイベントが嬉しィとかとんだウォーモンガーだなおい。ひゃはひゃは」
「こ、怖かったんだからな! 本当は! でもサイモンくんも一緒に戦ってくれるから頑張って……うう」
「顔を真赤にさせているところ悪いのですが話を戻すと。神域召喚術とやらはイカレさんは使えないのですか?」

 体を押し付けているアイスの頭をぐしゃぐしゃ撫でているイカレさんに質問を続ける。イチャつきを見せられているようであった。
 ふと小鳥がアサギに意識を向けてみると暗い顔で酒を飲みながらブツブツと「バシュウウ──リア充抹殺光線発射──カップル一組撃墜──バシュウ」などと悲しい妄想を呟いているのを聞いたが、無視する慈悲は彼女にもあった。
 イカレさんは首を振り否定の意思を伝える。

「俺ァできねェな。神域召喚術の場合、馬鹿みてェな魔力と神代召喚物と契約しねェとそもそも使えねェから。ドラッガーは親から受け継いでるし本人が歴代でも顕著な魔力持ちだからいいが──」

 そして指を折り数えながら、

「えェと何体居たっけ神代召喚物。全部で7つあるんだったか? 確かミス・カトニックに聞いた話だと……

・『妬みの九頭竜』[ヴァースキ=クトゥルフ=ヒュドラ]
・『喰い荒らし角獣』[ガラガラドン=シュブニグラス=ベヘモス]
・『驕る絶光鳥』[ヴェルヴィムティルイン=バイアクヘ=ソルバルウ]
・『淫秘妖蛆』[ベルゼビュート=ミステリアスワーム=バアルゼブル]
・『強欲世界樹』[イルミンスール=ンカイ=ユグドラシル]
・『怒りの炎精』[ヒノカグツチ=クトゥグア=ジャバウォック]
・『渾沌怠惰』[コントン=ニャルラトホテプ=ブラックドッグ]

 で七体だっけかァ? 俺も驕る絶光鳥こと『ヴェルヴィムティルイン』を取っ捕まえにダンジョン潜ってるわけだ。
 どっちにせよ、今ンとこ神域召喚を使えるのは知り合いじゃドラ子だけっつーか。属性的に合ってても見つけて契約しないといけねェからな」

 小鳥はふと気になって考えこむ素振りを見せた。
 特別な7つの召喚術。それによって召喚される特殊な対象。

「なぁんかどっかで聞いたことのある名前が揃ってますねえ」
「さァ? なんでも異界に記された化け物を召還する際に、似た属性の奴らが知名度を融合させて存在を格上げしつつこっちに現出してるらしィが。お前ンとこの化け物なのか?」

 様々な異世界の吹き溜まりに似た世界ペナルカンドでは、他の世界の物質や神に魔物の伝承が持ち込まれることも少なくないのだ。
 神格を持つ概念存在ならば世界間の壁を乗り越えてやってくることも可能であり、神域召還術はその入口を広げこじ開けて本来の──或いは統合された複数の化け物の力そのものを召喚する特殊な術法なのである。

「地球世界に居所を無くしたからといって出張しまくりですね、彼ら。それにしても割とドラッガーちゃんと戦ってるとピンチだったかもしれないです」
 
 召還の途中でキャンセルされたものの、生み出されたものに直面したならば正気で居られなかったかもしれない。

「おォ。アサギの召喚殺しの魔剣様様だな。とはいえ、九頭竜召喚は実体召喚だから魔剣の効果もそんなに無いが……それにありゃ『宇宙級恐怖』だけでなく『縷流癒(ルルイエ)』つって自己回復する流体神殿まで形成するからそのデカさヤバさときたら世界で一番だか二番だか。
 俺の狙う絶光鳥も常時白光防護(フォロウ・エフェクト)使ってて崩壊神域『地朽光』は人間や人工物を分解しまくる光を下手すりゃで惑星地表全土にバラ撒くらしィ。
 マジで神域と云うだけあって全力を出せば世界滅ぼし系っつーか。まあドラッガーはいい子だから、んなこたァしねェが」
「いい子。いい子て」

 小鳥は神域召喚のヤバさよりも、イカレさんが他人──妹だが──をいい子と評価したのが吐き気を覚えるほどに奇妙さを感じた。
 彼女はどれだけ彼を人非人だと思っているのだろうか。もはや病気である。
 とはいえもちろん素面では口が両断されようがいい子などと言わないので貴重な本音ではあった。
 苦い唾を飲み込んだ小鳥は、ウマそうに酒を飲み干したイカレさんから追撃の精神攻撃を食らう。

「だからァ……ふあァ……仲良くやれよォ? あいつ、友達少ないんだからよォ。兄貴の俺もちっと心配で……あァ眠ィ」
「ヒイ」

 イカレさんの妹を思う言葉で息を詰まらせる小鳥。
 彼女としては「うちのビッチ妹と百合ファックしてもいいぜェ」ぐらいは言ってくれないとという勝手な願望があったのだが、勝手すぎるのでどうでもいい。
 大あくびをしたイカレさんはテーブルに突っ伏して「あーなんかグラグラすっわ」と声を漏らした。
 日頃から飲んでいないので、久しぶりの酒にダウンしたようである。
 ふう、と小鳥は冷や汗の浮かんだ額を拭った。話を聞いたのは彼女からだが、あまりに意外な一面を見せられるとダメージを負う事を知ったのだ。
 ぐったりと机に倒れたイカレさんの背中に抱きついたまま、頬ずりをするようにしているアイスが嘆く。

「ドラッガーくんやコトリくんには優しいのに……サイモンくん……」
「あ゛ーもうなんだうっせェ眠ィ。今更お前に優しくしたらキモいだろォが」
「うう、でも一緒に映画に行くぐらいは……明日私も休みだから、たまには……」
「わーったわーった……だから寝かせろォ」
「えへへ、約束だよ」
 
 アイスが意識も朦朧としているイカレさんに約束を取り付けて、彼の意識は濁って途絶えた。
 泣き顔だったのが今度は機嫌良さそうに、鼻歌を歌いながらイカレさんの背中に抱きついているアイス。
 どちらにせよ、いつものクールで飄々としたアイスとは随分と壊れた姿に小鳥は野次のような口笛を吹きながらリア充を憎むアサギに目線をやった。

「サイモンの息子がもげる・サイモンのケツが爆発する・サイモンのふぐりが対消滅する・サイモンの息子がもげる……」

 どこから取り出したか、108も花弁のある花を使って占いを始めていた。
 古来に置いて占いと呪いは起源を同一としている。彼のマジックフラワーを使った占いも或いは成就するのだろうか。
 実質は呪いの方法としては間違っておらず、彼のティンがモゲルかエイナルがバーストするか玉玉が消し飛ぶかする呪詛は放っているのだが──呪いの類をシャットアウトする七曜防護で無効化されているのであった。
 まあそれはそうと、一転して上機嫌に変わったアイスは頬を朱に染めながら飲酒を続行している。
 小鳥が声をかけた。

「大丈夫ですか? 飲み過ぎでは?」
「んふふー。だってサイモンくんに初めて一緒にお出掛けの予約が取れたのだぞう?」
「初めてですか」
「うん。今まで37回ぐらい誘ったことがあるけど、全部『面倒ォ』『行かねェ』『一人で行け』『今暇つぶしで忙しい』とか言われて拒否られて……サイモンくんから避けられてるのではないかと薄々思ったり」
「それ露骨に避けられて……いや、なんでもないですから涙目にならないでください」
 
 一瞬顔を曇らせたものの、再びアイスはにんまりとした笑顔になる。
 
「サイモンくんと出かけるのだから綺麗にしていかないとー。まず映画を見て……明日公開の『ジョセフィーヌVSカトリーヌⅢ』がいいかな。映画を見て……映画を見て……」

 彼女ははっと目を見開いて疑問を口にした。

「一般的なお出かけって目的の映画を見てからどうするのだろう? 現地解散?」
「うわあ……アイスさん、今まで男の人とええとその、お出かけとかしたことないのですか」
「無い……」
「実はわたしもですが……」
「……」

 若干負け組オーラを出し始めた小鳥とアイスだ。
 一般高校生ではあるがレズこじらせた幼馴染が居るために近づく男子は刃物系をチラつかされて追い払われる。ただでさえ頭と言動があれな上に友人関係も酷く完全の地雷物件扱いである。精々そのレズの双子の兄ぐらいなら親しいが、必ずレズ同伴というレズ状況だ。小鳥はまったく同性愛趣味は無いので最悪だ。
 それはともかく、小鳥は閃いて尋ねる相手へと向いた。

「そうだ、アサギくん。女の子と遊びに行ったらどういう場所へ行くべきだと思いますか?」
「それは───アイスとサイモンのデートプランを考えろということか──? 三十路のオレが恨むべきリア充の憎むべき行為を支援しろと──?」
「まあそうなりますか。ロマンティックアゲアゲでお願いします」

 アサギは渋面を作って即座に答える。

「中央通りで脱法屠殺博物館と世界の処刑記念館が合同イベントを行ってるからそこに寄ればいいんじゃないか」
「ロマンティックは?」
「施設の中で軽食が食べられる。挽き立て残虐ミートスパとか。おどろおどろしいざくろパフェとか。かなりオススメ。割引券もあげよう」

 そう早口で言って彼は何故か持っていたペア券をポーチから取り出してアイスに渡した。
 チケットには赤黒い肉片と怨嗟の書き文字が記されている、魔道書の栞と言っても信じられそうなものだったがアイスはとりあえず受け取った。
 それを大事そうに財布にしまい、来るべきイカレさんとのお出かけを想像して頬を緩める。
 リア充のロマンティックなど粉々になってしまえと思っているアサギの嫌がらせではあった。そもそも彼女いない歴30年童貞のアサギに上手なデートプランなど期待するだけ無駄ではあるが。
 小鳥は気味が悪そうに質問する。

「というかアイスさん、彼のどこが気に入っているので?」

「う、あ、あの……その、ね。一杯あるんだけれど、多分主観的に、私がいいって思ってるだけのところも多いと思うんだ。私から見てもサイモンくんちょっとアレな性格だから。
 だけれどね……美味しくない私の料理を頑張って食べてくれたり、疲れて仕事の愚痴を言っても最後まで文句を言いながら聞いてくれたり、殴ったり蹴ったりする時はお腹は避けたりしてくれるし」

「最後がスゲェ最悪DVっぽくてきゅんきゅん来ますね」

 と眠っているイカレさんの手を持って、とろけた顔で頬ずりするアイス。
 
「えへへ、時々しあわせ」
「うわあ……アサギくん?」

 やや幼児退行したような酔っぱらいのイチャつき行為を見て顔をどす黒くしていたアサギの顔が、蒼白になっていた。
 彼は立ち上がると背中を向けた。

「怒りのあまり──シモから血が出てきた───風呂場で治療してくる」
「え、ええ。その、血の付いたパンツは別に洗ってくださいね」
 
 過度のマッハストレスにより下血した魔剣士は颯爽クールにマントをなびかせながら食堂から立ち去る。
 その雄姿を見送った小鳥が再びアイスに視線を戻したら、イカレさんと手を絡めて抱きつくように酔いつぶれて眠っていた。
 部屋に運ぼうかとも考えたが翌日起きた時が楽しみでもあるので放置することに彼女は決めたが、

「それには問題がありますね」

 ゆらり。
 とでも音が出そうに立ち上がったのは狂気の赤い目をしたウサ耳シスター、パルだ。
 血管に酒を注射されたのにもう復活したらしい。

「ウサウサ、コトリさんは兎が長年薬物の実験動物だった歴史を舐めすぎウサ。いつまでも薬殺に甘んじるわけには行かないウサ。今ではこの程度の状態異常、すぐに回復するウサよ」
「むう……確かに兎を実験に使う話はよく聞きますが」
 
 例えば兎は涙腺が未発達なので眼球に薬品を垂らしても涙で洗い流すことができない。
 その性質を利用して、粘膜に作用する薬品や化粧品を兎の眼球に付け、どれほど時間を置けば眼球に影響が出るのか、正常な隣の眼球との変化の違いなどを目がダメになるまで続けられる実験がある。おまけに鳴き声もそんなに出さないので便利なのである。
 それとアルコール耐性は全く別の話であるが、細かいことはいいのだ。
 パルが酒にやたらめったら強いということが問題なのである。
 つまりここで寝ているイカレさんやアイスを放置したら、かの男女平等主義者にどんな目に合わせられるか……
 小鳥は恐ろしい想像に、乾いた口を紅茶で潤しながらパルに座ることを促した。

「まあまあ、お話でもしましょうよパルーンファイトくん。そうですね、今度は宗教系で」
「ほほう……聞いたら眠くなると評判の神話でも聞きたいウサ?」
「そうなのですか?」
「実際にボクは修行中の頃、毎回の神話朗読とかの時居眠りぶっこいてエロい夢見ながら涎垂らしてたら戦神司教から飛び膝食らったウサ」
「それは君が悪い」

 痛みを思い出したかのように頬を撫でながらパルは続ける。両方って何だとか小鳥は思いつつも、追求はしたくなかった。

「そういえばコトリさんは東国出身でしたウサね。あそこは確か神じゃなくて精霊信仰ウサからあんまり大陸の神様には詳しくないウサ?」
「ええそうなのです。精霊を祀った像が散々並べられている水とか木とかがしげってるロードもありましたし」

 怪異が発生しまくって年間の怪死・失踪者の数が3桁に及ぶ鳥取の某通りを思い出しながら小鳥は答える。
 パルは指を立てながら説明を開始した。

「とにかく、この世界では広く神様が信仰されているウサ。神話の時代は地上に住んでいた神々ウサが、神代の魔物の跋扈と人間の出現によりその所在を天上境に移し、人間を見守っていたウサ」
「過去形ですね」
「そうウサ。今では天上境を管理していた境神が魔王によって殺神されたので、天にあった次元空間は崩壊したらしいウサ。神々は再び地上に来ることになったウサが、その概念を薄めて世界中に偏在する事としたウサ。
 その世界中に散らばった神の力を集めて奇跡を行使し、神への信仰と祈りを奉納する役目の神職が教会を立てまくってるのが概ね神らしい神の一級神信仰ウサね」
「ほう」
「ちなみに二級神様も居るウサが、こっちは主に神に成り上がった存在で、概念体の一級神と違って実体で世界に存在しているウサ。信仰しても秘跡は使えないけど、代わりに天領って言う自分の土地で住む人に直接恩恵を与えたりしながら暮らしてるウサ」

 相槌を打ちながら小鳥はいつの間にかパルに注がれていた紅茶を、注意深く匂いを嗅いだ後に飲んだ。
 
「神様というのはどれほど種類がおらっしゃるので?」

 おらっしゃるが尊敬語として正しいのか微妙な気もしたが、ともかく。

「そうウサね……今では名前も失った神も多いウサが、教会の多い神だと、

・歌神:ボクが信仰してる。歌で補助とかライブとかメジャーデビューとか
・旅神:言語統一した神。旅の安全祈願や移動補助系など。二級神だけど一級神の能力を渡されて持ってる
・戦神:冒険者や傭兵に多し。リアルモンク。身体強化系
・癒神:回復系。病院代わり教会
・空神:天候操作系奇跡。一次産業関係者に人気
・死神:死と転生を司る。葬式屋

 二級神だと有名なのは、

・実りの神:作物の種や苗ならなんでも出してくれるビュリホー女神。大陸の隅っこに住んでる
・剣神:実りの神の土地を警護してる最強剣士。怖い
・機神:機甲都市の守り神。アニメ化もされてるメカマシーン

 また、通常は無理なんでウサが、何らかの特殊な方法で明確に殺されたり封印されたりした神もいるウサ。

・蘇神:魔王に封印された復活の神
・境神:魔王に殺された次元と境界の神
・魔神:魔女に殺された魔法と条理の神

 一度殺されたら──まあ普通死なないんでウサが──神といえども復活は出来ないっぽいウサね」

「どうせ全部は登場しないのにまあ……」

 聞いたはいいがそこまで関わり合いになるわけでもない神様一覧に紅茶を飲みながら呟く小鳥。
 とりあえずパルとの会話は時間を引き伸ばしてアサギが戻ってくるまで安全を確保するための行為なのであった。
 会話で気を紛らわせれば鬱屈した性欲を開放してパルが襲いかかってこないといいなあという思いがある。小柄な小鳥よりも少しだけ小さい程度な体格のパルだが、襲い掛かられたら不利は否めない。銃をこの前銃弾を捨てた為に自衛手段はほぼ無いのだから。
 仮にも仲間なのに現実的問題として貞操の危機を感じるのは如何なものなのだろうか。
 ともかく会話を続ける。

「神殺しなんてのもあるんですね」
「そうウサ。恐ろしい所業ウサ。有名なのがさっきも言った、魔王と魔女ウサね。魔王は言わずもがな、蘇神の加護を受けた勇者を殺しまくってとうとう面倒になって神を封印したウサ。復活の神だから殺せないウサからね。 
 更に天上境の壁を崩壊させ境神自体も殺害してパワーアップしたとか。1級神を2柱もやっちゃった魔王は超有名な神殺しウサ。
 魔王の影に隠れてるけれど、それよりもずっと昔に神を殺したのが縮退の魔女ウサ。一説には魔女が秩序を守る魔神を殺したことから神々が天上境に閉じこもったとも言われているウサね」
「神様意外と殺されまくってしょっぱくないですか?」
「ショボくないウサよ? 全然ショボくないウサよ?」

 目を泳がせながら顔をぶんぶんと横に振るパル。
 魔女に追いやられて天上に行ったり魔王に巻き込まれて世界に堕ちてきたりとせわしない印象の神ではあるが、そんなのでも世界管理概念の一種なので信仰はされるのである。
 そういうものですか、と納得しながら紅茶を口に含む小鳥。

「……?
 ええ、と……あれ? なんか頭がぽわっとしますね」
「ウサウサ」
「紅茶を飲んで目を覚まし……あら」
「ウサウサ♪」

 小鳥は急に脳が圧迫されるような、得体のしれない思考の濁りを感じた。
 心臓がどくどくと早鐘を鳴らし、耳の後ろから血流が聞こえる。
 無意識に体がゆらゆら揺れた。
 嬉しそうにニコニコと邪悪で可愛らしい笑みを浮かべているパルに、いつの間にか半分閉じていた目を向ける。

「パ……パールプレゼントくん……?」
「濃い目に入れた紅茶には魔法の蒸留酒が合うウサよね~♪」
「このウサギ……やってくれまひたね……」

 パルの持つ紅茶に混ぜてもわからないような色合いの、高濃度アルコール飲料──質量よりもアルコール分が大きいという魔法の酒[濃縮アルコール2000%]を見ながら体の力が抜けていくのを感じる。
 いつから飲まされていたのか。
 思い出そうとするも思考がぼやけてしまう。

「マズイでふ……このままじゃエロ漫画みたいな目に……」
「はいウサ♪」
「最悪ですなあこの兎……!」

 意識を朦朧としながら正気度再チェック繰り返しで酩酊感を打ち消そうとする小鳥。
 所詮アルコールに寄る酩酊など思考の鈍化が原因だ。ならば意思によって思考をクリアにしておけば平気である──と酒未経験者である彼女は思っている。無理だ。
 どう見ても旗色が悪い。
 そんな時に、ワクワクと目を赤く輝かせていたパルの後頭部に軽い音を立てながら当たる杖のようなものがあった。
 パルの背後に立っていた──下血の処理から戻ってきた──アサギが振り下ろしたのは、夢の杖『ドリームキャスト』だ。秘められた魔力により、パルは「しーまーん!」と叫びながら昏倒した。

「──女子高生がエロ漫画の趣向に詳しいのもどうかと思うが」
「うう……助かりまひた」
「この杖で殴ればパルも昼まではぐっすりだろう──君も部屋に戻りなさい」
「はい……しょうします。うあ、呂律がビミョーにまわりませんよー……ある意味おもしろ」
「お酒は二十歳になってから──だ」
「あーい」

 ため息混じりに告げてくるアサギに、ふらふらと小鳥は立ち上がった。一瞬よろけたが忍者で鍛えたバランス感覚を利用して三回転ほど床を転がって立ち上がった。

「酔ってるこの子……」
「いえ、まらダイジョーブですよ」

「マラ!? いまエロ系の単語が出なかったウサ!?」

 がばっと起き上がったパルにもう一度、今度は強めにドリームキャストを叩きつけると「しぇんむー!」と叫びながら意識を深層へと閉じ込めた。
 階段を登らせるのも心配だったのでアサギが手を貸して部屋まで送ることにした。
 他人に体を預けると力が抜けたように小鳥はぐったりとして、アサギの肩に寄りかかりながら進む。
 火照った顔で彼女は「そういえば」と尋ねた。

「どうしたんだ──小鳥ちゃん」
「ええとですね聞きたいことが……確か、そう。リア充に嫉妬すること橋姫の如しのアサギくんですが、ドラッガーちゃんが妹っていうのにはあんまり嫉妬してなかったなあーって」
「ああ──ヤク中だし」
「うふふ、すっごい単純な理由」

 笑いながらかアサギの顔を見ると、彼も少しだけ笑っていた。だけれどもどこか寂しそうだった。

「それに──日本の実家にはオレにも歳の離れた妹がいるんだ。13歳年を重ねたとすれば──今17ぐらいかな。丁度君やあの子ぐらいだから──想像しちゃって──元気にしてるかなって」

 ぽつりと零した、郷愁の色が篭ったアサギの呟きを咀嚼して、小鳥はうまく言葉が考えられなかったが一言、

「それはつまり……わたしかドラッガーちゃんのどちらかが生き別れの妹フラグ」
「いや全然違うからねマジで──悪い意味でむせび泣くからねそんな事になったら」

 全力で否定するアサギ。あの可愛い、イムホテープと叫びながらミイラの真似をするのが持ちネタの幼き妹がこんなちょっと頭おかしい女子高生とか大分頭やられている少女になっていたら残酷すぎる。実際にそんな事は無いので安心して欲しい。
 嫌な想像を打ち払いながら、肩に感じる小鳥の少し眠そうな吐息と共に吐き出される言葉を聞いた。

「……早く帰れるといいですね、日本」
「ああ──君もな」
「うふふ、わたしも一緒に帰れたら、アサギくんに東京案内とか頼みましょうか。日暮里とかです」
「何故──日暮里?」
「ことわざにもあるじゃないですか。『ニッポリを見てから死ね』」
「それニッポリじゃなくて──ナポリだから」
「うふふー楽しみだなあ本場のスパゲッティニッポリタン」
「それもナポリだから───」

 そう言って小鳥はよろよろと部屋のドアを開けて、ベッドに向かい歩き、倒れこんだ。
 
 アサギはしっかりとした足取りで食堂のテーブルへと戻る。そこには腹が立つほどくっついて眠っているアイスとイカレさん、昏睡しているパルが居た。適当に担いで部屋に叩きこんでおくかどうか一瞬考えたが、やめる。
 開いているソファーに半分寝転ぶように座ってポーチから読みかけの文庫本を取り出した。別に一晩ほど寝なくても問題は無い。それに寝ていても小さな物音ですぐ起きるのは、こっちの世界に来てから身についた癖だった。
 摂取したアルコールは既に薬を飲んで分解した。意識をニュートラルに保たなくては自衛できなくなる。

(──ヤク中など、あの娘には言えないな)

 苦笑を僅かに漏らす。
 アサギも様々な種類の薬を大量に服用してきた。どんな副作用が後から発生するか分かったものではない。それもこれも生きるため、そして故郷へと戻るためだった。
 最近では血が粘膜から滲むようになったようで、ストレスも原因だが薬による副作用もあるかもしれない。 
 異世界で関わりを作りすぎると、帰ることを諦めそうで今まで仲間も特に親しい友人も作らなかったのだが。
 仲間に勧誘してきた他の冒険者や、誘惑してくる女性も居ないではなかったが全て突き放した。信じたこともあったが、裏切られた。
 それでも、今同郷の小鳥と手を組んで、その仲間と毎日馬鹿をやりながら生活するのも、

(──悪くはないのだが……)

 と思いながら文庫本を開く。タイトルは『ダンウィッチボールKAI』。ジャンルはホラー系熱血インフレバトル漫画。作者はMis.K。「名状しがたいハチャメチャが押し寄せてきてオラわくわくしてきたぞ! 窓から! 窓から!」という唐突に発狂エンドになるのが特徴だ。
 作者が時折突っ込まれても居ないのに罪悪感からか逆切れ気味に「パクリじゃないって! パクリだっていうならパクリもとの原作を出してみろよおらあああ!!」と後書きなどで叫んでいるが、基本的に意味不明だ。
 とにかく。ぼんやりとページを目で追いながら故郷に思いを馳せた。
 妹は元気にしているだろうか。自分が居なくなっても家族は健在だろうか。帰ったときになんて言おうか。高校の頃の友人はもう30か。懐かしい事を、久しぶりに思い出しながら。
 長年異世界で暮らしていると、だんだん元の世界への記憶が朧気になるのが耐えがたかった。
 今は小鳥の出現により、再び帰れる兆しが見れてアサギは渇くような望郷を覚える。
 
(──帰る場所へと帰る為に)

 ただその思いだけは忘れないように、強く思い浮かべながら静かな夜を過ごしていた。


「ぐかー……内臓ぐしゃー……ぐかー」
「すー……むにゃむにゃサイモンくん……」
「ウサ……人面魚プレイらめええウサ……」


 訂正。寝言であんまり静かではなかった。

 




 **********





 翌朝──と言っても昼に近い程度の時間だが、小鳥が若干の頭痛をこらえて一階に降りて来ていた。アルコールはやはり未成年者にはよくないと思いながら。いつも書いている日記──本人はセーブデータとか冒険の書と言っている──も書き忘れてしまっていた。
 階段を降り切ると同時に声が上がった。

「えええええあああれ!? ななななななんで私とサイモンくんがくっついて寝ているのだー!?」

「がああああ!! うっせェボケェ! 頭に響くだろォがカス! 叫ぶなクソ!」

 酒の影響の残り方は大別される。
 二日酔いになる人、ならない人。
 記憶が残っている人、忘れている人。
 がんがんと痛む頭を抑えて冷たいテーブルに額を押し付け痛みを和らげようとイカレさんはしている。
 一方で目が覚めたらすぐ隣に彼の顔があったアイスは大慌てで枕とヤカンを持ちながら落ち着きなく食堂をウロウロ歩いていた。枕とヤカンは由緒正しき慌てた時の様式である。
 
「何があった何があった何があった……」
「おはようございますアイスさん。ははーん忘れるが仏ですなこれは」
「何があったというのだ小鳥くん! お酒を飲み始めたころまでは覚えているのだが……さっぱり思い出せん!」
「残念というか何というか。まあ素面のアイスさんが知ったら悶死しかねませんから秘密です」
「そんな痴態を!? うぬぬ……」

 難しい顔をしながら眉間にシワを寄せるが、さっぱり思い出せないようだった。
 
「いい雰囲気になったのは間違いないはずだ……なにせサイモンくんとの接近距離が近年でベスト1位だったのだから。くっ……覚えていないのが歯がゆい! リプレイを要求する!」
「うっせェから……黙れっつってんのが聞こえなかったのかァ? 喰らえ召喚『ゴキ鳥』」
「きゃあああ!? そ、それ禁止ー!」

 プーンと不快な羽音を立てながら焦茶色をした小型の足がトゲトゲ全体がヌメヌメしてそうで細い隙間に入れそうなフォルムの頭に触覚が二本付いた不快害鳥がアイスへと飛行。
 女子供に最大不人気のゴキ鳥に追われ悲鳴を上げながらアイスは逃げまわった。冷静ならば凍らせて撃墜するのだが、寝起きであるし混乱しているので対処が出来ない。
 小鳥が寝起きの頭で他にキョロキョロと見回すと、縛って天上から吊るしたパルの股間に輪ゴム鉄砲を集中砲火しているアサギが居た。思ったよりも早く起きだして半脱ぎで誘惑してきたのでムカツイて縛ったのだった。

「来てます! 来てますウサ!」

 何が来ているのかはわからないが割り箸を改造したアサルトゴム銃も用意してバスバスと打ち込む。
 見なかったことにして小鳥は、まだ想い出そうと頑張っているアイスを顔の位置を変え顎をテーブルに付けているイカレさんに話しかけた。

「大丈夫ですか? イカレさん」
「大丈夫じゃねェー」
「頭が痛いのならば頭の病院などいかがでしょう。傷んだイカレさんのヘッドをまるごと改造です」
「はっはっは殺すぜ手前」

 いつも通りの彼にやや安心する小鳥。起きてもテンション高めの性格だったらそれこそ頭の病院へ送る所存だった。
 イカレさんは不機嫌そうな顔でアイスへと呼びかけた。

「おいアイス。つーかとっとと準備しろ。映画行くんだろォが」
「……はっ!? えっ映画!? 誰が!? 私とサイモンくんが!?」
「お前が言い出したんだろォ? 行かねェなら別に」
「い、いやいや行く! すぐ行く! ああ寝起きだったううう、ちょっとだけ待っていてくれ!」

 慌ててダッシュで部屋へと戻るアイスは宝くじがあたったかのような笑顔だったという。
 覚えている者、覚えていない者。どちらにせよ約束は残るのである。どちらかが忘れても、それだけは。
 




 なお、イカレさんは映画より屠殺&処刑記念イベントのほうが楽しんでいたという。映画の途中で爆睡したアイスを映画館に置いて一人で見て回ったそうだが。



 そんな日常の間話。



[30747] 20話『世界』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/11 18:17
 イカレさんの怒鳴り声は聞いた人が本能的に眉をひそめるチンピラ成分を含むと小鳥が論文で発表する予定だ。
 それはともあれ今日も彼の声が響く。

「だァかァらァ! 本当に例の鳥をダンジョンで見たかって聞いてんだよ蟲女ァ!」
「ちゃんとこの目で見ましたわ! わたくしが善意で教えてあげたというのに疑うなんて失礼ですわよ!」
「全ッ然ダンジョン潜っても見つからねェじゃねェか! 俺への嫌がらせに嘘ついてるんじゃねェだろォな?」
「わたくしが嘘なんてわざわざ教えるはずありませんわ! これだからいい加減な性格の鳥召喚士は……呆れ果てますわ!」
「はァん? おいパル公ォ、この蟲女エロ漫画に出てきそうな淫虫いっぱい召喚できるんだぜェ?」
「ま、マジウサ!? お願いしますウサ!」
「いやらしい悪評を流さないでくださいまし! 貴方という人は本当にもう……お馬鹿!」

 などと冒険者の酒場、『呪われた皇帝の秘宝』で騒いでいる片割れは我等の召喚士、この前パルに「チンピラって言ってもそう悪い意味じゃないウサ! なんかチンがピラピラしてそうでえっち素敵ウサ!」とフォローされていたイカレさんである。
 もう片方はまたこれ別の、虹色の髪の毛をドリルみたいに巻いてボリューム凄い感じの女性であった。年齢は小鳥より年上、イカレさんより年下程度に見える。

「ドリルで吊り目気味で強気なお嬢様のような口調の黙っていれば令嬢と言った感じの雰囲気ですね」

 小鳥がそのままな感想を口にする。
 酒場にパーティで繰り出したのだが、そこで見つけた彼女といつも喧嘩してるんだぜ的な雰囲気で出会い頭に口論を始めたイカレさんである。
 それを見て出会い無し脈無しここ十年で一番会話した女性はコンビニ店員と評判のアサギは、

「……フォーエバー」

 吐血してその血で『リア充召喚士死すべし』とダイイングメッセージなのか中傷なのか微妙なものを机に書きながら沈んでいた。
 しょっちゅう憤死してるけど本当は体が弱いんじゃないだろうかと小鳥はやや不安になる。実際ヤバい。
 リア終の彼にとっては、『女性と普通に会話出来る→有罪』であり『女性と日常的に口喧嘩してる→ただのじゃれあい=イチャつき=有罪』なのである。
 ともあれ。
 イカレさんから発せられる「蟲女」という名称。そして彼女の虹色に輝く目と髪。つまり、彼女は蟲召喚士なのであった。
 なお、虹色に輝くとはいえイカレさんは床屋のサインポールを原色七色にしたような毒々しい目が痛くなる配色だが、女性の蟲召喚士や本召喚士ミス・カトニック、竜召喚士ドラッガーなどはパステルカラーが薄く徐々に色が変わるようになっていて個人差があるようだ。まあイカレさんがそんな派手めファッション的に髪色変化していたらキモいので、彼は床屋式でいいと納得できる。
 再度閑話休題。
 イカレさんがダンジョンに潜る理由、それは彼の昔のペットである鳥『絶光鳥ヴェルヴィムティルイン』を捕まえる為で、それがダンジョンにいると教えたのが蟲召喚士なのだそうだ。
 彼が冒険者に身を窶してから数ヶ月の月日が流れ……それでも目的の鳥とは全く出会えないので情報提供者に問い詰めているのである。
 蟲召喚士は云う。

「そもそも貴方ちゃんとダンジョンに潜ってますの!? 見つからない見つからないと文句ばかり言ってますけれど」
「あァ? ちゃんと潜ってるっつーの。週に一回8時間は潜ってるな」
「少なすぎですわー!!」

 原子力系バイトでももっと働いているといった時間に蟲召喚士は怒鳴る。
 イカレさんのダンジョンに潜る日は、小鳥が授業で休みかつ彼の気が乗った日なのでそう多くは無い。
 ともあれ彼女が指を向けながら叫ぶ。

「わたくしがわざわざシャワーも我慢して10日も潜った末に見つけた深層の魔物ですのよ!? そんなちょっと半日潜ったぐらいで見つかりませんわ!」
「えっ……おいパル公、こいつ10日も風呂に入ってないんだって。マジばっちィ」
「こここ興奮してきたウサ……ちょっとそのニーソックス売って欲しいウサけどおいくらウサ?」
「前の! 話ですわー! それにちゃんと簡易洗浄キットは持ち込みますわ! 失礼な──っていうかさっきからなんですのその兎人は! わたくしの靴下を何に使う気ですの!?」
「はぁ!? もちろんナニに使いますがそれが何か!?」
「清々しいほど変態だなァこいつ」

 小鳥は言い合いをしている二人と賑やかしのパルを見ながらアサギの死体があるテーブルで豚骨背脂入りクルトンスープを飲んでいると、別のテーブルから蟲召喚士の様子を伺っていた者が二人の方へやって来た。
 仲間と思しき女性冒険者は宥めるように言葉をかける。

「まあまあ、落ち着いてよルーちゃん。ただでさえ召喚士は目を引くんだから、周りから見られてるよー?」
「そーわふルートヴィヒ。ただでさえ冒険者の間では『レインボードリル』とかあだ名付けられてるんだし。あっしは好きわふけどそのあだ名」
「ドリルではありませんわ! ドリルではありませんわ!!」

 ムキーと言いながら彼女──ルートヴィヒと呼ばれたレインボードリルは振り向いて近寄ってきた二人に怒鳴る。
 最初に声をかけた方の姿は蛇女で、大体人間で言うと太ももの付け根ぐらいから下が太ましい蛇の尾になっており、それから上は女性の半身だ。 目を細めたほんわかした笑顔で幅広の帽子、オーソドックスな黒のローブを着て片手に大きな杖を持っている魔法使い職についているとわかる女だった。
 パルは、

「ノーパンウサ!」

 と興奮している。
 もう片方のレインボードリルと発言したのは身長1.3メートルほどの少女で、身長に合わせた分厚そうな鎧を着込んでいるためにずんぐりとした印象を受ける。
 こちらは普通の少女の顔に、サンタクロースの付け髭のような真っ白の顎髭がふさふさとしていた。機神信仰をしているドワーフ族の女性に見えるが髭以外に犬っぽい耳が生えている。恐らくは獣人とのハーフなのだろう。
 パルは、

 「きっとあっちの毛もモサモサウサ!」

 と興奮している。
 小鳥が冷たい声でぼそりと言う。

「いいかげんにしろよパンタグラフくん」
「はい」

 ともあれ。イカレさんがチンピラ睨みでその二人を見た。

「あァん? 誰そいつら」
「わたくしの仲間ですわ。魔法使いで蛇人族のナツメと戦士で半ドワーフ半犬人のユークス、そしてあそこでお酒を飲んでいるドワーフでユークスのお祖父様のガストと共にダンジョンへ潜ってますの」

 そう言って彼女がチラリと目線を向けた先には、同じく小柄でずんぐりむっくりした体型、白い髭に眉も白く伸ばしていて目元が見えない老人が大ジョッキでビールとか飲んでいた。その足元には自分の体ほども大きな斧と長い槍が置かれている。
 いかにもドワーフ族の老戦士といった風貌だ。中々の使い手であると小鳥の直感が告げている。別に彼女は戦士を見抜く目を持っているわけではないので、本当にただの勘であるが。
 そしてフフンとルートヴィヒは誇らしげに胸を逸らしながらイカレさんを揶揄する。

「まあ普段からだらしなくて不真面目で目付き悪くて暴力的なサイモンにはまともなお仲間など居ないのでしょうけど。それともそのウサギさんがお仲間かしら?」
「まァそォだが」
「……仲間は選びなさいな、貴方」

 呆れたようにイカレさんを見るルートヴィヒ。
 するとニコニコ笑顔の蛇女、ナツメがズリズリと下半身を動かして前に出た。
 イカレさんの目の前に、顔の高さを合わせて首をかしげながら尋ねる。

「君がルーちゃんが言ってた鳥召喚士のサイモンくん?」
「言ってたねェ。どォせ悪口だろ」
「そんなこと無いよー。ルーちゃんが男の人の話題出すの、君ぐらいだしー」
「ちょ、ちょっとナツメ! なに変なことを言ってるんですの!?」

 慌てたように怒鳴るルートヴィヒ。
 普段ツンツンしてておまけに蟲召喚士なんてやってるものだからいい年しても男の人は寄り付かずに、唯一喧嘩相手だけどイカレさんだけが相手をしてくれる……そんな雰囲気を感じとる小鳥である。ありがちなのだ。

(さあアサギくん判定は?)

 と彼の様子を確認したら腕を組みながら暗い顔をし狂気を孕んだ目を覗かせて「ビビビ──カップル抹殺光線発射──カップル殲滅──ビビビ」と心が壊れたように呟いていた。

「一度壊れた心は二度とは、二度とは……」
「どうしてああも人を憎める表情が出せるウサ……」

 狂人のことは諦めてイカレさんのほうへと注視。
 笑っているナツメがうっすらと目を開きながら、イカレさんの眼前で彼をジロジロと見ていた。

「ふーん」
「あんだよ」
「まーとにかく妾はナツメ、よろしくねー?」

 言いながら、イカレさんの顔に近づき──。
 かぷりと彼の下唇の先っちょを甘噛みした。
 同時にすごい音を出した隣を小鳥が見ると──。

「うお。飛んでます」

 テーブルに座っていたアサギが座ったままの体勢で跳躍。
 ヴァンキッシュのブーストダッシュが暴走したのかそのまま天上に直撃して、どう、と音を立て床に倒れ伏した。さり気なくダイイングメッセージで「犯人はサイモンです去勢してください」と具体的な冤罪を書き連ねながら。
 思いっきり酒場の注目を浴びるアサギだが、それすら気にならないように慌てた虹色ドリルが叫ぶ。

「何をしてるんですのよ!? ナツメ!」
「えー? あの人が派手に吹っ飛んだのは妾のせいじゃないと思うなー」
「そっちじゃありませんわ! サイモンのく、口にいきなり……!」
「あーそっち? 蛇女式の挨拶だよー? 相手の口とかほっぺたとかを軽く噛むのはー」
「わたくしはやられたことありませんことよ!?」
「異性相手の挨拶だしー。妾レズじゃないしー」
「それどころじゃありませんわ! それどころじゃありませんわ! サイモン! 貴方も言っておやりなさい?」
「別に口付けられたぐれェなんとも思わねェからいいんじゃねェの? 鳥も嘴移しで餌とかやるしィ正直どォでもいいわ」
「不純! 不純ですわ!」

 顔を真赤にしながら糾弾するルートヴィヒにきょとんとした顔を返すイカレさんとナツメ。
 イカレさんが口づけ程度で動揺するようなピュアハートを持っていたほうが気色悪いのだからなんら問題はないのだが。むしろ挨拶代わりに路地裏に連れ込んでファックそして殺害するという恋愛が似合っている場末のチンピラっぷりなのだ。
 後で今日は来ていないが今頃どこかで眼鏡が割れているアイスに報告しようと小鳥は決める。口づけ程度ではなんとも無いぞと。実行できる筈もないと確信しているけれども。
 ルートヴィヒが混乱したようにあわあわと手を動かして目を白黒しているのを見てイカレさんが不審そうに尋ねた。

「つゥか何してんのお前意味わかんねェ」
「わたくしもわかりませんわよ! お馬鹿ー!」
「なァおいナツメとやら。コイツいつもこんな感じなのか?」
「ルーちゃんは普段ちゃんといい子だよー? でもあれー? 今日のルーちゃんはおかしいなー? どうしてかなー?」
「自分ら、天然なのか計算なのかどっちにせよ酷いわふな」

 気抜けしたようにユークスが肩を竦めながら言っている。
 パルはトコトコとナツメの前に歩いて来てにっこり笑い話しかけた。

「お姉さん! ボクも男の子ウサ! 挨拶! 挨拶ウサ!」
「うわあ……欲望一直線」

 小鳥も呆れたように声を出す。

「んー」

 ナツメは少し考えるように口元に手を当てて検討した後、

「カプ」
「痛ぁー!? 歯立ててるウサー!?」

 パルの首筋に噛み付いた。

「挨拶挨拶ー」
「血出てるウサー!? あ……しかも毒牙キメてないウサ……? 意識が……遠く」

 真っ青になってばったりと倒れるパル。
 最近いい空気吸い過ぎなので少しは反省させるべきだと小鳥も放っておく。毒がどの程度かは不明だが、パルは自称毒耐性持ちなので平気だと判断した。
 パルのことは気にせず、イカレさんはこっちを指さしながら言う。

「とにかく、この毒で死にかけてるウサ公とあの野良犬より弱い忍者とそこの意味不明に吹っ飛んで死んでる剣士が俺のパーティだ」
「……本当にどういう基準で仲間を選んでられるのかしら?」
「なんでだろうな、列挙すると途端に俺もそォ思えてきた」

 眉間に皺を寄せながらイカレさんは悩ましげに、延々豚骨スープを飲んでいる小鳥と死亡確認済みアサギへと視線を向けた。
 小鳥があまりさっきからあまり会話に参加しないのも熱々でとろみのついた豚骨スープを食べるのに一生懸命だったからだ。飲むではなく食べるスープ。それが豚骨。
 とにかく声を向けられたので挨拶をすることにした。

「鳥飼小鳥です。新キャラが出るたびに挨拶ばかりしてる気がしますね」
「新キャラ? とにかく、貴女も付き合う相手は選んだほうがいいですわよ。わたくしはルートヴィヒ。蟲召喚士の冒険者ですの」

 そう優雅に挨拶する彼女の目に侮ったような色は浮かんでおらず、イカレさんなどという飢えた野犬めいた男とパーティを組んでいる小鳥を心配するような雰囲気すらあった。
 別に性格が悪いという人ではなさそうだと小鳥は思う。

「ではルートさんて呼びますね。ところでお嬢様めいた話し方ですが、お嬢様なので?」
「質問がなんか変になってんぞ……別にそいつの家系は大したこたァねェぞ。伝承断絶してた蟲召喚士だからな。変なしゃべり方は家政婦してたデカイ鎧メイドから移っただけで」
「お黙りなさい! 蟲召喚士の家系は悪魔召喚術にも繋がる高貴な属性ですのよ!」
「先祖みてェに上手く操れねェからダンジョンにシェロームの書だか鍵だかを探しに行ってるんだろォが」
「むきー!」

 駄目だしをされて地団駄を踏むルートヴィヒ。
 かつて居た悪魔召喚士シェロームという伝説的な人物からの直系と噂されるのが蟲召喚士の家系であった。実際に彼女の先祖は数体の魔王級悪魔を使役していた蟲召喚士も確認されている。
 実際にその召喚士が悪魔を使って戦闘をしているのを見たことがあるベビーシッターから様々な話を聞いて、彼女は強く憧れると共に自分の属性に自尊心を持つのであった。
 もっとも、まだ彼女は悪魔を使役できないただの蟲召喚士なのだが。ダンジョンの深層部、或いは魔王の宝物庫にあるとされている悪魔召喚、契約の道具を探し求めて冒険者になっているのである。

「まあともあれ、この死んでるのが剣士的存在アサギくんです」
「……具合が悪そうですわ」
「ええと、その。魔剣を持つことによる発作的呪いでこうなりまして……多分」

 嫉妬に狂って体調をガチで壊す可哀想な人だとは、彼のイメージ上言えない。 
 血を出すあたり内臓系とかがかなりヤバイ気もするのだが、通院を進められても薬を飲んでいるから大丈夫だと死亡フラグを積み重ねる男である。
 哀れな目でルートヴィヒがアサギを見下ろしていると、彼女の仲間のユークスが近づいて来た。

「気になってたんだけど、この人あの孤高の魔剣士わふ?」
「孤高だったのも過去の話ではありますが、魔剣士ではありますね」

 髭を蓄えたユークスが喋るともさもさと髭が動いて、学芸会でサンタコスをしている小学生にも見えるなーと小鳥は思いながら応える。
 彼女は倒れているアサギが背負っている魔剣をじっと見て、そっと手を伸ばしながら、

「わふ……魔剣士の装備は有名だけど他に持っている人は誰もいないレア装備わふ。物作り名人ドワーフとして種族的興味が……」

 瞬間。
 アサギの姿が残像を残さんばかりに一瞬で消えた。
 唐突に。
 手を伸ばしたまま動きが止まったユークスの背後──暗い目をしたアサギが、抜き身の魔剣をユークスの首を掻っ切る姿勢で出現する。全くタイムラグなく、一瞬で倒れている姿勢からそこへと移動したのだ。
 見ているこちらでもぞくりと背筋が冷えるような殺気を放ち──時間にして一秒足らずだが、再びアサギは姿を消し、後方の誰も居ない空間へ転移して剣を抜いたまま警戒の眼差しを向け立っていた。
 そして明確な拒絶を込めた低い声を出す。

「オレに──触れるな」

 元一般人の浅薙アサギを孤高の魔剣士という上級の実力を持つ冒険者たらしめている要素、それこそが彼の装備である。
 魔剣マッドワールドが無ければダンジョンの魔物は一撃で倒せず、超外装ヴァンキッシュが無ければ戦いの速度についていけず、魔銃ベヨネッタが無ければ遠距離の攻撃手段は限られ、神篭手ゴッドハンドが無ければ全身の筋力補正無く素手での格闘もできず、宝遺物無限光路が無ければ緊急時に常軌を逸した速度の瞬間回避が出来無い。
 それ以外にも財力と探索で手に入れた便利な薬や道具を多数所持し、使い分けている。
 だから、命の次に大事な装備を彼は常に身につけ、他人から触れられる事を極端に嫌う。
 故の過剰反応。
 首筋にあらゆるものを抵抗なく切断する刃を突きつけられ、髭のいくらかを切り落とされたユークスは当てられた殺気による恐怖でぺたりと腰を床に落とした。
 相手が少女の姿をしていようとも──彼は見知らぬ相手を警戒する。
 油断も容赦も無い行動をしたアサギに、何かと注目を浴びていたこちらを見ていた酒場の一角が静まり返った。
 風切り音。
 アサギは音が届くと同時にそちらへと意識と思考を一瞬で持って行き、確認。
 空間を削り取るように縦回転で飛来してくる、分厚い鋼で出来た斧を半身をずらして回避した。
 避けられた斧は一直線に進み、酒場の石製の壁を粉砕して外へと飛んでいき、通りの地面に突き刺さって止まったようだった。酒場のミイラ系種族のマスターがため息をつきながら修理代を計算し始める。荒くれの集う冒険者の酒場では喧嘩でものが壊されるのも珍しくはない。
 続けて一直線に弾丸のように飛んできた槍──馬上槍(ランス)のような形状の武器を、彼は右手につけている神篭手の表面に滑らせるように、火花を散らしながらも軌道を逸らして回避。酒場の一角に深々と突き刺さった。
 アサギが涼しい目で斧の投擲されてきた方向を見ると、椅子から降りて目をぎらつかせたドワーフ……ユークスの祖父、ガストが彼を睨んでいた。

「若造……うちの孫に剣を向けおったな?」
「フ──手癖の悪さは隔世遺伝か?」

 軽口を叩くアサギに、ガストは酒で赤らめた顔を怒りに染めながら素手での戦闘体勢を取る。

「おまけに嫁入り前の髭まで切りやがって……ぶっ殺す」

 言葉が早いか行動が早いか。
 身長にしてアサギより頭2つは小さい老人は、小ささゆえに余計素早く見える動きでアサギに接近。
 アサギは魔剣を背中に納めて迎撃体勢だ。彼は素手の相手に魔剣は使わない。なにせ手加減の出来ない切れ味なので、対人では相手の武器を破壊するために使用する程度だが迂闊に切れば即死させかねない。
 ともかく、素手で向かってくるガストに対するは、同じく素手であった。
 相手の接近に合わせて同じ体格ならば膝狙いで放つ軌道の蹴りを、一瞬の溜めを加えて放つ。背の低いガストでは腹部に直撃するコースだ。
 が。

「ぬん!」

 そのアサギの足の裏をガストは肩で受け止めて払いのけ、軸足となった彼の左足を狙いタックルを仕掛けた。
 舌打ちと共にアサギは片足で跳躍しつつ、狙われた左足で飛び膝蹴りを放つ。
 だが、不完全な体勢から放たれたそれは、頑強な骨格をしたドワーフの額に当たりながらも──受け止められた。
 膝を掴んだガストは捻りを加えながらアサギを床に引きずり倒すように投げる。
 受身。
 床に叩きつけられながらも衝撃を流してしっかりと両手を床につきながら、一瞬緩んだガストの手を振りほどいて足刀を放ちつつバク転をするように起き上がるアサギ。
 瞬時に、床板を踏みぬくような勢いで間合いから離れたガストが再び踏み込む。二度の踏み足で床板は罅が入った。マスターオブミイラが「床も石にしようかな……」と顔を曇らせながら呟いている。
 起き上がったアサギも腰を落としながら右手──ゴッドハンドを装備している利き手を引き、丹田に力を入れての正拳突き。
 彼の神篭手により増幅された山吹色のオーラが拳を包む。拳の保護と威力上昇の視覚化である。こうなれば岩を殴り砕いても自分にダメージは無い。
 ガストのドワーフとして鍛え上げたハンマーのようなゴツゴツした拳と真正面からぶつかった。
 衝撃。
 一瞬発生した衝撃波に、周囲の椅子が倒れて紙風船を割ったような大きな音がした。
 ここまで騒ぎが大きくなれば酒場の冒険者も多くが喧嘩の様子を伺っている。
 拳を合わせ力を込め合う二人。体格はアサギのほうが大きいのだが、ドワーフ族は骨や筋肉の密度が高く体重は同じ体格の人間の倍以上ある。
 戦闘は続くかと思われたが、それを遮る声が響いた。

「ストップですわ。お互いに喧嘩をおやめ下さいまし」

 と、ルートヴィヒ。
 彼女は指先を天上に向けながら告げる。

「召喚『クラッシュビー』」

 すると召喚陣が───五百円玉ほどの大きさの召喚陣が100以上現れ、そこから大きな羽音を立て、顎をガチガチと鳴らして威嚇している危険色な蜂が大量に現れた。
 さすがにこれには二人とも顔色を悪くしながら拳を引く。蜂の大群など長野県民でなければ対処不可能である。特に自然が少ない──小鳥のイメージ的に東京都内で自然がある場所は皇居か奥多摩の二択で、それ以外全てはコンクリートで構成されている。離島も含め──東京出身のアサギでは厳しいものがあるだろう。毒針を消化できる酵素を持つのは長野県民しか居ない。
 召喚殺しの特性を持つ魔剣だが、数には不利だ。ある意味竜の大群より虫の大群のほうが対応しかねるのである。複数回刺されたら死が大接近してくるという毒を持つ蜂には、ちょっとした酒場の喧嘩程度の覚悟では戦うリスクが高いと判断した。
 ガストが不満そうに声をあげる。

「だがなあルートヴィヒ。この若造はうちの孫の髭まで切ったんだぞ。ドワーフの命の髭を」
「ガスト。もとはといえば寝ているその方の道具にユークスが触れようとしたのではなくて? どうなのかしら、ユークス」

 声をかけられて呆然としていたユークスは我に返って「え?」と声を上げながらばたばたと手振りをして弁解しだした。

「あのあの、あっし、別に道具を盗もうとかそんなことは考えてなくて……ただ伝説の道具っていうのが近くで見たり触ったりしたくてつい……」
「ユークス。貴女が盗みなんて働く人間じゃないことはわかっていますわ。でも誤解を与えたのなら、ちゃんと事情を言う相手がいますわよね?」

 ルートヴィヒの言葉にユークスは涙をうっすらと浮かべた顔を、仮面のように冷たい表情のままのアサギに向けた。
 そして頭をぺこりと下げて、

「その……ごめんなさいわふ」
「む───いや───オレも過敏すぎたか───髭を切って悪かったな」

 少女ドワーフの反応にやや戸惑いながらも、アサギくんは謝罪を受け入れ自らも謝る。
 彼は行動こそ物騒な所がありますが鬼畜の類では無いから、素直に謝られたり頼られたりすれば聞き、死にそうなほど困っている人は助ける普通の日本人なのだ。財布をスろうとした孤児院の貧しい子供を半殺しにした挙句住み家に火を付けに行くイカレさんとは一味違う。
 そして二人の間ににょろにょろと蛇子さんことナツメが割って入る。

「ほーらー。二人とも謝ったんだから問題解決よー。ガストさんも、あんまり怒ると血圧が上がるしー」
「し、しかしだなぁナツメの嬢ちゃん。結婚もしてねえ娘が髭を触られたりあまつさえ切られたりするってのはワシぁどうかと思うぞ」
「あらあらーいいじゃないー事故よ事故ー」

 そう言ってアサギに向き直るのだが、彼は警戒して数歩後ろに下がり接近を拒否する態度を取った。
 無理やりは近づかないのかナツメも彼に『挨拶』はせずに、何を考えているか不明のほんわかした顔で笑いかけただけに留まる。
 アサギはイカレさんがかぷっちゅーされているのを見ると死ぬほど嫉妬する癖に、自分にやられそうになると恥ずかしいやらキョドるやらで拒否する童貞体質なのである。
 不満そうなガストが、ユークスに対して慣れない弁明をしているアサギを睨んでいる。

「オレの装備は──耐性が無ければ触るだけで呪われる物もあるんだ───実際に勝手に触って酷いことになった奴もいる───だから勝手に触ってはいけない」
「うう、はいわふ。もうしないわふ」
「───どうしても見たければ──言ってくれれば見せるぐらいはする───大事な物でなければ売買にも応じる───いいか?」

 冷たく鋭い目をやや困ったように和らげながら言って聞かせるアサギに、こくこくとユークスは頷く。
 そして目を輝かせて、今度は抵抗されずにアサギの学ランの裾をぐいぐい引っ張りながら聞いてくる少女に、彼は椅子に落ちるように座りながら幾つか持っているアイテムを教えだした。
 やはり不満そうだが、ガストは酒杯をアサギと同じテーブルに持ってきながらじろじろと孫と彼の様子を見ながら苦々しげに言う。

「いいか若造。うちの孫の髭ぇ切りやがってちゃんとわかってるのか?」
「だから──悪かったと謝った───当人同士の問題だろう」
「当人同士の問題だあ? クソっ爺は蚊帳の外かよ! ユークス! お前もなんか言え! 許さんとか死ねとか」
「そんなことより爺ちゃん、さっき投げたエマニュエルアクスとヘリクセンランス、回収しないと他の人に取られるわふ?」
「そうだったー!!」

 爺さんドワーフは叫びながら投擲した武器を慌てて回収しに走り出した。
 かつてドワーフは鍛冶技術に優れていたが人間の製鉄技術の向上やドワーフの土壌開拓による環境破壊が取沙汰されて僻地に追いやられた過去があると小鳥は以前読んだこの世界の歴史本に書いてあったことを思い出した。その地で彼らは空から降ってきた機神シュニンと出会い、今では機械工学まで扱う種族になっているというが、機械系技術者の多くはその機甲都市で暮らす為に外の国に行くのは流しの鍛冶屋などが多いらしい。

(そう言えば女ドワーフの髭は嫁入りの時に切るとか書いてあったような……)

 故に髭ふさな子供程早く切りたくて結婚意欲が高いと言われている。何かアサギとの間にフラグめいたものが立った気がしたが、小鳥はどうでもいいかと適当に考えを棄却した。

「しかし、新キャラが出るたびにわたしのキャラが薄くて地味になっていきます……」
「アホがまた何か余計な事考えてやがる」

 ここは1つ行動で存在感をアピールせねばと小鳥は拳握りしめ明日へ誓う。
 彼女は倒れているパルの腕を掴んで引き寄せた。

「ツーン。別にあなたのために静脈に豚骨スープを注射するわけじゃないんだからね勘違いしないでよねツーン」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

 注射器に吸い取った白濁色の豚骨スープをパルに注入しようとしたら流石にマズそうな顔でイカレさんとアサギが制止してきた。

「いきなりキレた行動してんじゃねェよアホ! 何が目的だ!」
「いえほら、普段作っているキャラの再確認というか。時折こういう行動しないとわたしって地味で普通の女の子ですし」
「地味で普通──? ちなみに───普段作ってるキャラって───?」
「ファッション狂人です」
「廃れろそんなファッション!」

 仲良く叫ぶ二人。

「普通の女の子なのでちょっと変わった性格に憧れる年頃なので仕方ない仕方ない。数年後にあの頃は痛かったなあって思い返すのも楽しみにしながら夜の校舎窓ガラス外して回るのが17歳という年齢ですよ」
「女子高生に謝れ──」

 ところで、と小鳥は聞いた。

「そういえば今日わたしたち、どうしてダンジョン入り口の酒場へ集まっているのでしたっけ。ずいぶん混み合っている様子ですが」

 まだダンジョンは構造変化中で入れないのであったが、今日はアサギに連れられて忙しそうなアイス以外は酒場へと繰り出しているのである。
 周囲を見回してもテーブルは殆ど埋まっていて、立ち飲みしている冒険者の姿も見える。ここ、『呪われた皇帝の秘宝』亭は獣人や異形の姿をした冒険者が多く集う宿なのでちょっとした異種族の見世物市な気分であった。やや獣臭いが。 
 アサギが云う。

「今日で構造変化が終了するはずだ───終了と同時にアナウンスが流れる───それを聞きに冒険者は集まる」
「アナウンス?」

 妙な単語に尋ね返すと、ピンポンパンと酒場に響く音が鳴った。
 まさにアナウンスのような、スピーカーから流れるような女性の声が続く。


『毎度お馴染み帝国地下迷宮【ダンジョン】管理者代行、侍女型自動機械【IM-666(イモータル・トリプルシックス)】が御報告致します。
 本日この時刻を持って今年度下半期のダンジョン構造変化を終了致しました。
 半年後の【大暴走祭】に向けて今期の魔物のレベルを難易度13『怒りが有頂天』に設定致します。
 強さの枠としては最高位の魔物も出現致しますので是非お楽しみ致してください。
 以上、IM-666からの定例報告を致しました』


 という女性の無感情なアナウンスが済むと、一斉に酒場の冒険者が「ダンジョンのメイド神様じゃ!」とか「死ねクソ人形っ!」とか「難易度最高とか馬鹿なの死ぬの」とか「半年はダンジョン止めとくか……」などと騒ぎ出した。
 近くの方の様子を伺うとイカレさんはピンと来ていないようで頭を掻いていて、アサギは静かに目を瞑っていた。ダメンズは気にせずに姦しい蟲組へと尋ねる。

「今のは何だったのですか?」
「あら? 知りませんの? ダンジョンの管理者と自称しているIM-666からの報告ですわ。構造変化等の大きなダンジョンの出来事の時はこうしてアナウンスされるんですのよ。
 元々魔王の侍女だったらしいのですけれど、魔王が死んだ後も魔王城──現ダンジョンですわね、そこを管理しているという話なんですの。
 運悪くダンジョン内で遭遇戦になった場合は恐ろしい目にあいますわ。報告があっただけで『気がついたら男の仲間同士で全裸ラブホだった』とか『脳に金属片を埋め込まれた』とか『政府の陰謀を知らされたので公表しようとしたら精神病院に入れられた』とか……」
「へェIM-666っつうとマジ魔王の側近じゃねェか。昔にゃ単騎で機神のところの機兵師団を壊滅させたとか記録が残ってる殺人マシーン。先祖の鳥召喚士が戦ったらしィがまだ居たんだなァ」

 関心したように頷くイカレさん。
 ルートヴィヒは呆れたように、

「冒険者なら知ってて当然だというのに貴方は……まあしかし声ばかりで姿を見た方は殆どおりませんけれど──噂によると、孤高の魔剣士はIM-666と遭遇して撃退なさっとか?」

 伺うような視線に片目を開いてアサギくんは答えます。

「──他の冒険者組との戦闘に加勢しただけだ───それに直ぐに相手は撤退したから戦ったという程では無い───」
「ほう。それでどんなでしたIM-666さんとやらは」
「メイドっぽかった───あと全身から針鼠のように銃火器で弾幕を展開してた───」
「狭いダンジョンでやらないで欲しいですね、それ」

 メイドといえば銃火器という常識はこの世界でもあるようであった。

「しかし難易度『怒りが有頂天』ですか。これは厄介ですね」

 知りもしないのに知ったか振って話題を出してみる小鳥。
 神妙な顔でガストは頷いた。

「そうだなあ……ダンジョンの難易度は例の侍女が定めた段階があるが、今回はそれこそ13年に1回しか現れん危険度の高い状況だ。ううむ、潜るにしても細心の注意を払わねばならん……」

 言いながら彼はちらりと孫のユークスを見た。
 その視線に気づいた彼女は犬耳をぴこぴこ動かしながら声をあげる。

「爺ちゃん、あっしを置いていくかどうか悩んでるわふ?」
「だってなあ危ねえし。いっそ次の構造変化までダンジョン休んだほうがいいかもしれねえぞ」
「そうですわね……とはいえ、『怒りが有頂天』には挑んだことがありませんわ。様子見で浅い階層を暫く探索してみるというのは如何かしら? わたくしも蟲の警戒網をいつもより広げて索敵をします」
「うーん流石にドラゴンとかグレイト・レイスとかの魔物がいたら妾達じゃ対応できないしー」
「でも難易度が高くなるとレアアイテムが落ちてる確率も上がるって噂わふ」

 などと作戦会議を始めた。
 酒場に集まっている冒険者たちはそれぞれのパーティで似たような話し合いをしているようだ。それこそ暫く探索を止めるグループもあれば、装備を新調してから挑む、他のパーティと合同で探索するなど様々に計画を立てている。
 そして輝かしい小鳥のパーティはといえば。

「んじゃまァ早速行ってみるか。おい、パル公さっさと起きろ。アサギも根暗ってるんじゃねェぞ」
「おお……イカレさんがリーダーみたいな仕切ってることを言いながらやっているのは考えなしの進撃です」
「──慎重さの欠片も無いな」
「ウサウサ」

 罠に引っかかることに関しては他の追随を許さないと評価されるイカレさんは作戦も何もあったものじゃ無い。
 確かに魔物がいくら強くなろうが、イカレさんの洒落にならない遠距離攻撃とアサギのダンジョン内魔物特攻の魔剣にかかれば問題はないのであるけれども。
 イカレさんのダンジョンへ今から入るという宣言を聞き、店の中の冒険者達がこちらの様子を伺う。
 視線を集めても全く気にしない感じのイカレさんを先頭に入り口へと歩き出す。

「じゃあな蟲女。お先だぜ」
「貴方は本当に怖いもの知らずというか……後先考えませんわね」
「召喚士なんてそんなもんだろ。ちんたらやってるからいつも俺や牛のやつに追いてかれて泣くハメになんだよ」

 ききき、と少し笑いを漏らしながら肩越しに振り向いたイカレさんは言う。アサギの奥歯が軋んだ。おのれ幼馴染属性。断種しろ。そう願っていることは誰の目にも明らかだ。

「い、いつの話をしてらっしゃるのかしら! 子供の頃のことなんて忘れましたわ! 貴方なんてダンジョンでやられちゃえばいいんですわ! ですわ!」

 ルートヴィヒはツーンとした態度で怒鳴る。小鳥がツーンとしながら動脈に油ギトギトスープを注射しようとするのは許されないのに。これが格差社会だ。革命の炎は燻り小鳥の中に残る。
 彼女のパーティもひらひらと手を振って送り出してくれた。

「それじゃー気をつけてー」
「わふん」

 そうして小鳥たちは新たになったダンジョンへ一番乗りすべく受付で入場登録をして──ダンジョンへの扉へと手をイカレさんがかけた。

「あ、ヤバい気がします」

 イカレさんがドアを開ければトラップルームで宝箱を開ければミミックで足を踏み出せば罠。そんな法則から咄嗟に発動した小鳥の危険察知スキル。
 だが注意を呼びかけるには既に遅かった。
 イカレさんは引き戸になっている入り口を開き──



『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』



 ダンジョンから、半透明非実体の魔物──幽霊(レイス)の大群が酒場へ溢れ出した。
 咄嗟にイカレさんは白光防護で自らの身を守り、小鳥とパルはアサギに掴んで引き寄せられ彼の魔剣により庇われたが──酒場の中空を埋め尽くすような量の幽霊がなだれ込み、即座に大騒ぎになる。
 怒鳴り散らす声やテーブル、椅子が倒れる音、悲鳴。仲間に指示を出す声。様々に混ざり合う中よく通る電子音の次に涼しい声が聞こえた。


『追加報告致します。
 折角の最高難易度に設定致しましたので。
 特別にダンジョン各入り口付近にも初回のみモンスターハウスへと変化致しました。
 お挑みの際は阿鼻叫喚が予想致されますので。
 どうぞパニクるがよろしいかと御思い致します。
 以上、IM-666からサービスを致しました』


「先に言えええええええ!!」


 姿を見せぬ管理人への大絶叫と共に幽霊に続いてゾンビやスケルトン、リッチなどの魔物も雪崩れ込んでくる。
 乱戦の戦闘が開始されて対不死者用の術式や秘跡を発動させ出す冒険者達。
 慌てて店主のミイラが魔物と間違われないように身を隠した。
 こうしてダンジョンを巡る小鳥達の冒険の後半はドタバタと共に開始されたのであった。



[30747] 番外2話『結構襲われてるこいつ』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/12 18:06


 夜を歩く。
 帝都の夜は決して治安は良くはない。むしろ悪い。人種を顧みない移民政策は発展の一助となったが、同時に治安も悪化した。
 異種族とは一般的に魔物と呼ばれる種族も含まれる。都民となるには一定水準の理性と能力が必要だが、世界中の真っ当に生きたいと願った種族が集まる帝都でも真っ当に生きられない帝民も多い。単一人種のみ住んでいる都市でもそうであるのだから、帝都でも当然の問題だ。
 その中で、異世界人というのは自分ともう一人だけだろうな、と思いながら彼──浅薙アサギは歩を進める。
 一人であった。宿から離れたコンビニが、気になる漫画雑誌の早売りをしているので出かけていたのだ。時刻は夜中だったが、別に明日予定があるわけでもなく暇だったので漫画と一緒に夜食を買いに出た。コンビニは主にこの世界で帝都にのみ存在する、24時間営業の雑貨店だ。ファンタジーにはそぐわないと小鳥は言ってたが、すっかりアサギには馴染みの店舗である。
 彼は熱々のうちに骨なしスパイシーチキンとポテトを食べながら歩いて帰っている。
 コンビニと宿の中間ぐらいの位置。
 アサギは立ち止まった。
 丁度そこにゴミ箱があり、食べ終わったチキンとポテトの包装を捨てるのに丁度良かったのが1つ。
 彼は背負った魔剣を抜きながら云う。

「──いつまで後をつけるつもりだ───宿に案内する気はないぞ」

 言いながら、振り返った。
 彼の向かう路地に、光点が灯る。
 緑色に輝く2つのそれは眼球だ。ゆるりと、暗闇の路地から歩み出てその目の持ち主は現れた。
 一目見て、アサギはその格好を和風の着流しだと判断した。彼の故郷である日本以外でも、この世界の東方諸国と呼ばれる島国では和装に近い服が使われていることは知っている。
 僅かな期待を含めて調べたが、気候等の関係から日本に近い衣服文化が芽生えただけで彼の故郷とは関係無いようではあった事を思いだす。実際にその国へ一年程旅をしたこともあった。
 進む。
 月明かりに照らされた追跡者はやや小柄で、顔つきが犬に近かった。ただ、犬よりもよほど鋭い目をしていたが。

「何者だ──名前と用件を言え」

 尋ねる。
 が、答えは然程期待していなかった。突然の攻撃を警戒して感覚の糸を周囲に張り巡らせる。
 だがその獣人は云う。

「……拙者、半人狼のジローと申す者で御座る。目的は貴殿に遺恨ある者からの頼みにより、アサナギ・アサギ殿を切る事にて御座れば」
「──まともに名乗る暴漢か──珍しいな」
「拙者、刺客ではあれどその前に一介の剣士でござる。己が腕を強き者と競い合うのも望み。故にこの『人斬りハーフジロー』……正々堂々、魔剣士殿を切らせて頂く」

 正々堂々。その言葉を信用したわけではないが、アサギは正面の刺客を観察するように眺めた。
 身長は彼より低い。武装は腰に差した日本刀風の作りの曲刀。それを抜刀せずに、握りながら腰だめに構えるのみだ。
 アサギはその構えに覚えがあった。

「──居合」
「左様。東国の剣技で御座る。アサギ殿も東国出身という噂が御座ったが──」

 答える必要はない。
 居合い抜き。それは納刀した状態から最小限のモーションで斬撃を放つ技法だ。
 抜く、と斬る、がほぼ同時に行われる為に相対した敵は予想外の速度に不覚を取る。
 フィクションなどでも凄まじい速度を誇る技として取り上げられることもある。実際は予め抜刀し上段に構え、振り下ろしたほうが威力も速度もあるらしい。
 だかこのペナルカンド世界ではある伝説とともに強力な武芸として知られている。魔王に狂わされた剣神が無差別に自分と居合った──視界に入る数キロ圏内全てを──居合い斬りで切り捨てながら大陸を放浪したと云う話は有名である。正気に戻らされた剣神はそれを悔み実りの神が住む楽園の番人として今も過ごしているらしいが。
 さすがにそのような特異な超常技術を相手は持たないだろうが、それよりも厄介なのは──

(……剣の長さが見えない、か)
 
 相対したアサギは思う。
 腰に下げた刀の角度をこちらの視線に合わせて、長さが測れないようにしている。アサギの目に見えるのは柄の先と鍔のみだった。
 剣を抜かないメリットが、刀の長さの誤認識だ。
 アサギがすり足をして僅かに左へと位置をずらせば、同じように相手は体の角度を変え──剣を見えないようにした。
 意識して測らせないようにしている。
 厄介だ、とアサギは思う。
 彼が狙う一撃は相手の得物──刀を魔剣と交差させ切り飛ばし、右の拳、ゴッドハンドで打ち据えて戦闘不能にすることである。
 命を狙われていても、相手を殺すつもりはない。異世界に来て13年経ち精神も摩耗したアサギではあるが、殺しを好き好んで行う程壊れては居なかった。それが相手から命を狙われていても。 
 気分の問題もあるが法的にも面倒な処理が必要になることは目に見えている。
 大底の相手は武器の破壊と素手の攻撃で事足りる。故に、遠距離から攻撃を仕掛ける弓兵や魔法使いよりも近接武器で仕掛けてくる相手には余裕がある。
 ともかく、相手の手の内が見えなくとも、彼の狙いは刀を破壊する。それだけである。

「──フ」

 息遣いを変えながら、魔剣を左手に持ち半身に構えた。
 居合には利点があるが、弱点もある。
 すなわち、最速最短の早さで斬撃を与えるには、ある程度剣筋が限定されるということだ。
 相手は左利きなのか、右腰に下げた刀を構えている。そこから予想される軌道は、真っ直ぐ体を横に斬るか、一旦軌道を変え股下から縦に斬るか。
 後者ならば攻撃前の挙動を見て回避できる。
 前者ならば、アサギが構えに置いた魔剣が障害となる。
 魔剣の切れ味は絶大だ。切っ先に当たるものを抵抗なく斬るという、使いづらくもある特性により防御自体が相手の武器破壊にも及ぶ。
 剣士、という雰囲気を持つ相手ならば、武器さえ無くせばこちらのものだ。
 アサギは相手の戦闘意欲を折るという目的からしても、とにかく必勝の構えと思っている居合を崩すべく待ち構えた。
 言葉はなかった。
 しかしアサギは嫌な予感を背筋に覚えた。
 半人狼の侍が踏み込む。
 居合は踏み込みを必要としない剣術だとも言われている。座ったままの姿勢でも相手を制することが肝要だと。
 しかし実戦に於いては、踏み込む事によりより速度を増して。
 鞘に刀を引っ掛けを溜めた一撃を放つ。それにより普通に振るよりも初速が増し。
 音もなく、ただ世界を寸断せんばかりの早さの一撃が放たれた。
 アサギは知覚・思考・反射速度を増大させた。剣を振る速度が高速のコマ送りに見える。  
 その軌道上に魔剣の切っ先を合わせる。
 撃ちあった瞬間、相手の剣は断ち切られ力を失う。この速度と勢いならば、体を掠めることはあるが致命的な事故には至らない。
 そう確信して、受け止める魔剣を構えた。
 だが。
 交差する一瞬にアサギは見た。
 魔剣に触れる瞬間──
 刀の軌道が僅かにずれた。
 最速にして最高の威力を放つには剣の軌道は一直線でなくてはならない。
 そもそも鉄を伸ばしたものである、重量物の剣を振っている最中に動かすのは常識的でも無い。普通はやれないし出来てもやらない。
 それでも。
 相手は、剣を三次元的にくねらせ──魔剣の内側へと滑り込ませた。
 奇剣。
 意表をつく事を念頭に置いた技だ。だが、見事に引っかかったアサギは舌打ちも打つ暇がなかった。
 眼前に迫る切っ先を見ながら、数十倍の勢いで地面を蹴り飛ばし後方へ飛ぶ。
 利き足である右足に数百kgの衝撃が一瞬かかり骨と関節、筋肉の軋む音が聞こえたが無視して刀の間合いから離れようとした。
 瞬間的に見た刀の長さからはギリギリで外れるが──

(……伸びる!?)

 居合い切りと同時に柄を握る手を一番長く持ち替えて、10cmほどの間合いを捏造した。
 下手をすれば刀が非ぬ方向へ飛んでいく技。
 だが、伸びた10cmは効果を現した。
 アサギの、黒い学生服──ほぼ趣味で着続けている為特殊な防御効果はない──を紙のように切り裂き、彼の体を致命的な角度で侵入し──
 消えた。
 確かな手応えを感じたが、意表を付かれたように刀を振り切り、再び納刀したジローは先ほどまでの位置より数メートル後方で隙無くこちらを睨むアサギだった。
 いかなる移動術を使ったのか……ジローは警戒する。
 胸元の服はベロリと割かれ、少なくない血がだくだくと黒い服へと染み込んでいた。致命傷ではないが、それなりに大きな血管に傷がついたようである。
 
「……仕留め損なったで御座るか。だが次の一撃は──」

 アサギは相手の言葉を聞かなかった。
 上体を逸らしながらマントをなるべく広い範囲の体に多いながら、知覚の加速を続けた。
 空気を切り裂く音をしながら飛来するのは、矢だ。ご丁寧に闇夜に合わせて黒く塗っている。
 ただの矢では超外装ヴァンキッシュを突破できない。それでも完全な防御ではないので、避けながら魔剣で打ち払った。認識と思考を加速させればスローボールを叩き落とすにも似た程度の早さに感じられる。
 黒塗りの矢は気付かれない利点があるが、狙撃手自身も放った矢の軌道が見れない欠点がある。つまり、移動されれば射角の修正も出来ずに連続しては打てないということだ。暗がりへと数メートル程逃げながら動く。
 脇腹からごぽり、と溢れる血に胃の奥がむかつくような不快感を覚えながら、続けて飛んできたダイスのような鉄の礫と毒の塗られた短剣の投擲もやり過ごす。
 
「な!? これはどういうことで御座るか!?」

 慌てたように叫ぶジローに最低限の注意をしながら、周囲を警戒するアサギ。
 闇夜の狙撃は、相手が動きまわった時点で賢明ではない故に途切れている。最初の狙撃地点から離れたアサギは撤退するか迎撃するかを選んでいた。
 いいじゃないか、危ない相手と戦っても得はしないぜ。逃げろよ。
 そう考えた防衛本能に苦笑を返す。今まではそれでも問題なかったがな、と。

「──残念だが──逃げたら仲間に危険が及ぶか」

 戦っても得はしないが、逃げることに損がある。
 年下を守るのも、パーティで最年長の自分の役目だ。
 自分達の敵になるやつはこの場で全て打ち倒す。
 
「ひゃっはっはー、よくも避けやがったな面倒くせえぜ魔剣士さんよお」
「ああびっくりした──サイモンかと思った」
「あん?」

 チンピラボイスと下品な笑い声につい仲間の召喚士を思い浮かべたが、他人のようである。
 暗がりから──今まで周囲の廃墟のような建物の中に潜んでいたのか複数人現れる。どれも手に凶器を持った男であった。
 急な出血で僅かに滲んだ視界にその数を収める。12人だ。これで全てではないだろう。レーダーに近いヴァンキッシュの機能を使用するに、建物の中にも狙撃手が数人隙を伺っている。
 ジロが狼狽したように云う。

「貴公ら何者で御座るか!?」
「魔剣士を殺せって依頼されたのはてめえだけじゃねえってことだよサムライソルジャー。へへへ、あんだけ怪我してりゃ楽勝だろ」
「首持ってったヤツがボーナスだからな。ついでに道具をちょろまかしても気づかれはしねえ」
「な……金!? 拙者は両親と娘と息子と叔母と叔父をファックしながら殺された恨みでアサギ殿を殺してくれと頼まれたで御座るよ!? 太ってにたにた葉巻吹かせてるヤミ金社長に!」
「──信じるなよそれ───どれだけ凶悪犯だよオレ──」

 ずびし、と一応アサギが突っ込む。チンピラはノリが悪そうだったからだ。
 ともかくニヤニヤと笑いながら緩く包囲するように暴漢らは構えた。
 
「──冒険者崩れといったところか──実力はどれも大したこと無さそうだが」

 冷めた目で見ながらもアサギは小さく笑みを作った。
 油断して怪我をし、襲われる。随分と気が緩んでいたことだ。
 仲間を持ったからか、同郷の少女と出会ったからか、帰れる希望が持てたからか。
 オレは弱くなった?
 いや、まだ上手くやれるさ。帰るまではな。そう自問自答する。

「おい──レアアイテムが欲しいならくれてやる」

 そう言ってアサギは正面に居る男へ魔剣マッドワールドを軽く放り投げた。

「!?」

 魔剣士のトレードマークとも言える世界で一本だけの魔剣マッドワールド。危険な呪いの剣だが神器に等しいそれには値段が付けられない程の価値がある。男は慌てて柄を受け止め──

「かはっ──!」

 柄に触れると即座に、己の魔力を根こそぎ呪いで奪われて気絶した。 
 彼だけが持っている魔剣の貴重性は──異世界人アサギしか装備どころか所有が不可能であると云う理由もあるのだ。
 正面の剣を受け取った一人が倒れた事に周りの連中が動揺した瞬間、アサギの背後の道を塞いでいた二人が吹き飛んだ。
 音は遅れてやってくる。空吹かししたエンジン音と壁に叩きつけられる音が、アサギから目を離した暴漢に届くのは同時だった。
 慌てて魔剣士に目をやると、そこには両手に槍のような長物を持ち、剣の間合いよりも離れた位置にいた二人を殴り飛ばしたアサギが居た。

「槍だと!?」

 自分の正面に居た仲間をやられて槍の穂先を向けられた暴漢が、慌てたように切りかかってくる。
 アサギは左手に構えたエンジン音がするスピアで暴漢の持つ市販品の剣を打ち払う。
 超高振動している槍の穂先に剣が触れると同時に、鉄を折り砕いて暴漢は衝撃に堪らず握り手を抑え動きが止まる。
 同時にアサギが右手に構えた、槍と云うよりも長い棒──仕込み杖であり、普段は刃を隠している──で殴り、三人目を戦闘不能にした。
 
「なんだあの武器は!? 剣士ではなかったのか!?」
「振動槍『シェイクスピア』に槍杖『ランス・ロッド』───昔から武器の扱いは下手でな──色んな物に手を出しどれも使いこなせんが──雑魚散らしには十分だ」

 言葉を切り右手の槍を地面に突き刺して腰のポーチから新たな武装を引き抜き、離れた二人に投げつける。
 それは2つの槌が鎖で繋がったものだ。鎖鎌のようにして扱うものだが、熟練して使えるわけでもないので思いっきり投擲するだけである。
 双槌『ハンマー・マサカー』の鎖が二人の暴漢に巻き付き、引き寄せられた双槌がそれぞれ腹と背中に当たってくぐもった声を上げて倒れた。
 
「クソッ射て射て!」

 怒鳴り声。風切り音。どちらが早くアサギの耳に届いたかはわからなかったが、それよりも早く彼はいつの間にか槍を手放した左手で新たに武器を装備。
 一瞬鉄の板のようにも見えたそれは幅広の剣斧だ。
 盾のように斧の腹を矢の飛来する方向へ向ける。
 矢が斧に弾かれる音はしなかった。ただ、当たる直前に冗談のように運動エネルギーの方向を真逆に向けて、狙撃手へと反射される。驚きの声と悲鳴が上がった。
 
「『ロートレイターアクスト』──どうした、かかってこい。オレを倒せたらくれてやる───高いぞ?」

 見たものの背筋を凍らせる光が鈍く光っている。
 それはペナルカンドでも語られる多くの終末に訪れると言われている、赤い衣を身に纏い戦乱を増大させる騎士が持つ武器だ。
 襲撃者の一人が叫ぶ。

「第二黙示の剣!? そんなものまで持ってるのか!?」

 刃に当たった飛来物を反射するという概念が込められた剣斧を軽々と片手で振る。風を押しつぶすような音に、暴漢らはビクリと身を震わせた。
 アサギは光の無い目で敵を見ながら、油断した反省にと久しぶりに武器の大盤振る舞いをしている自分に軽い嘲りを覚える。
 魔剣をいつも装備しているのは持ち運びが楽で、武装していると一目でわかる武器だからだ。魔剣の性質からポーチには入れられない事も理由の1つである。
 魔剣士と呼ばれているが剣技を専門に磨いたわけでは無い。底上げした腕力と増大させた反射神経を使って振り回しているだけだ。
 剣以外にも沢山武器を持っているが、どれも精精が振り回すのと投げつける程度しか使えない。
 もともとはただの高校生だったのだ。小学校の頃は格好良い武術に憧れて、剣槍弓棒などを同時に使うという複雑な流派の道場が近所にあったので通っていたが、中学で辞めたためにそれも別に本格的に教えを受けたり学んだのではなかった。
 だが大底は腕力と速度で十分だった。最速の一撃は小手先の技を凌駕する。
 アサギの右手がポーチから武器を引き抜いた。
 細い柄とその先に杵のような頭。見た目は大きなハンマーのようだが、それは杖に分類される武器だ。
 『メテオラスタッフ』。魔法使いの中でも高レベルしか装備出来ないものだ。
 アサギは魔法は使えないが、それを振るう。
 メテオラスタッフのハンマーヘッドが廃墟のような建物──狙撃手の居たそれを殴りつける。
 衝撃波が殴った箇所から建物全体へと伝播する。杖の特性の1つだった。魔法は使えずとも鈍器として利用は出来る。
 強烈な音を出して建物が内部にいた狙撃手もろともする。死んだかもしれないが、この世界の住人は割りと頑丈なので大丈夫だろうとアサギは興味を無くしたように視線を他の敵へ向けた。
 片手に戦斧。片手に巨大なハンマーを持った血まみれの魔剣士。
 襲撃者達は闇のように黒い目を向けられ、心臓を握られたような恐怖に襲われる。
 孤高の魔剣士と呼ばれる冒険者の有名な話は幾つかある。強さとレア装備、そして襲撃者を尽く返り討ちにすることだ。死なないまでも大怪我をして帰されるので、余計にその噂は広まっている。
 ごくり、と唾を飲む。
 逃げるか、とも一瞬思うが襲撃者達は手に握った武器──安い剣や棍棒に力を込める。

「逃げてもおれ達に明日なんてねえのさ……!」
「ああ、クソみてえな日雇い銭でその日生きるのを精一杯に暮らしていく毎日で腐るか?」
「ヤダね、おれらだってリッチな生活したいぜ」
「娼館の溜まったツケを払わねえとあの娘にそっぽ向かれちまう」
「だから、狙うぜ一攫千金! うおおおおお!」

 武器を構え声を出し、一斉に襲いかかってくる冒険者崩れの暴漢。
 アサギは武器を構え迎え撃った。

「来い───夢見がちな駄中年共──!」

 戦闘が始まった。



 ********


 物事というのは始まったからには必ず終わる。人口爆発。エネルギー危機。終わりそうにないものもまあ多分終わる。
 始まった戦闘は1分で決着が付いた。
 百戦錬磨の魔剣士アサギにより暴漢達は路上に倒れ付している。
 息はある。だが五体満足であるかどうかまではアサギは気にしなかった。このまま放置して血迷った人食い種族に彼らが食われても、折れた骨を治すための医療費がなく職を失い餓死しても知ったことではないと思える程度には世間にすれている。
 冷たくなった服に染み込んだ血を感じながら、彼は幾分青くなった顔で正面を見た。
 そこにはまだ一人。
 半人狼のサムライがこちらを見据えている。

「──さて──続きをやるか」
「……このような数に任せるような遣り方は拙者の好む所では御座らぬ。アサギ殿も、拙者の切り傷を受けてから随分と時間が経つ。そちらこそ平気ではあるまい」
「──フ──問題ない」

 彼はポーチから小さな薬瓶を取り出し、一気に煽った。高級な回復の魔法薬だ。
 口の中で舌を抉るようなオッサン味を無理やり飲み干して、体に取り込む。すると引きつるような痛みはあるが、脇腹の傷が閉じて行く感覚があった。
 感覚麻酔をされてメスを突き入れられたような気持ちの悪さを顔には出さずに、彼は無造作に地面に置いていた魔剣を拾い上げた。

「──今日は気分がいい───厄介ごとは今夜で全て終わらせる」
「なれば、再び死合うで御座るよ、アサギ殿!」

 ジローは刀を居合の構えにする。
 アサギは魔剣の剣先を真横にし、地面と平行にした。
 変わった構えである。ジロは僅かに目を細める。
 剣術というのは単純に言えば先に当てたほうが勝つ。いかに相手より先に剣を当てるかが重要なのだ。力はそれなりでも構わない。無防備なところに刀と突き入れることが出来れば子供でも大人を殺せる。
 ジローが修行した剣の流派は相手の防御や回避をすり抜けたり、防御ごと破壊して必殺を放つことが奥義だった。故に、打ち合わせると見せかけて刀をくねらせて切る技名『ガー不』に片手持ちの持ち手の長さを変えて幻惑する技『バクステ狩り』を組み合わせれば対人剣術としては強力であると自負している。
 怪力を持ち、鋭い牙と爪は獣人の中でも上位に位置する狼人種族の血を継いでいるジローだが、半分は人間の血が流れている為にいずれも純粋種には劣った。故にジローは本来ならば獣人が必要としない剣術すらも馬鹿にされつつ学んだ。何かに勝つために。何かに負けない為に。
 だが、必殺の一撃を謎の移動法で回避されたことを思い出しながら警戒する。
 歩法か、技か。だが次にそれを見れば対処も出来るはずだと相手の挙動を見逃さぬように構える。鍛え上げた動体視力は、来るとわかっていれば最速の昆虫である音速の2.2倍で飛行するジェットビートルすらも見切り、斬ることが可能だ。
 間合いに入った瞬間、斬る。
 アサギは剣を握る手と反対のフリーの左手を握ったり閉じたりしながら口にする。

「──お前の技は大したものだとは思うがな」
「お褒めに預かるで御座る」
「宣言しよう───その技ではオレに勝てない」

 ジローは見逃さなかった。
 見逃すも見逃さないも無かったからだ。
 気がつけばというレベルでも早いという速度でも無く。
 突如自分の目の前にアサギが出現し、右手に構えた剣をジローの首筋に這わせ、左手で鞘に入ったままの刀を抜けないように抑えていた。

「……!?」

 意味はわからなかったが、状況は分かった。完全に詰んでいる。
 居合の利点は剣を抜いていないということだが、同時に欠点もそれだ。
 鞘に入ったままの刀は威力を発揮しない。
 抜かなければならないのに、押さえられて抜かせないようにされれば為す術がない。岩に押されたように力を込めても刀は抜けなかった。
 同時にジローは片手で鞘を押さえ、もう片方の手で刀の柄を握っていて両手が塞がっている。手を離せば刀がもぎ取られる。
 足もいつの間にか頑丈なブーツで踏みつけられている。後ろにも下がれない。それよりも、首にあらゆるものを断ち切る魔剣がそえられている。動けば死をやすやすと連想された。
 
(……拙者の負けで御座るか……!)

 アサギは腰につけた宝遺物『無限光路』の発動による頭痛をこらえながらも悔しそうに歪む狼の顔を見た。
 見逃さないように警戒していたジローだったが、見逃さないというのが無理である。無限光路により光速を超える速度で瞬間移動したアサギはゼロ時間で相手の目の前に出現して剣を抑えたのだった。
 相手が抜き身の剣や銃などを持っていれば出現地点での衝突などに対する警戒が必要だが、居合という性質を持つ相手は完全に無効化してしまったのだ。
 魔剣士であるアサギが殺す気で攻めに回った時──その超光速の移動と全てを奪い断つ魔剣の前に殺せない相手は存在しない。それは魔王でも千年生きた竜でも神代の魔物でも万の命を持つ帝王でも、条件次第ではそうだ。

「───何か云うことはあるか」
「くっ……」

 悔しそうにジローが顔を歪めたその時、新たな投擲物をアサギは感知してその場から飛び退る。命を握っていた体勢から離れるが、幾らでも相手を追い込めるチャンスは存在するために未練は無かった。
 飛んできたのは鎖分銅であった。一瞬前までアサギが居た地面に重量ある分銅が突き刺さり、石畳を砕く。

「!? ユーリ殿!?」
「名を呼ぶな、そして名乗るな。暗殺者なのに」
  
 言いながら上から飛び降りてきた新たな影は口元をマスクで隠し、赤いストールを靡かせた鎖鎌を持った女忍者である。
 すぐに女と分かったのが、彼女はパンツ一枚だったからだ。
 月明かりしか無い薄暗い中ではぼんやりとしか見えないが──胸の膨らみなどもはっきり見える、露出狂めいた女だ。くノ一ではなくパン一だった。
 
「───新手か」

 しかし、童貞だが刺客の色仕掛けには掛からない事に定評のあるアサギはまったく気にした様子は無く、ユーリと呼ばれた鎖鎌忍者へ向き直る。
 馬鹿みたいな格好なのに目つきは鋭く、にわか忍者の小鳥とは桁違いの雰囲気を纏っている。

「ちっ……」

 彼女は舌打ちのような呼吸をして今度は鎖鎌の鎌側を投げつけてくる。
 不可思議な軌道を描きながら性格に自分を狙う鎌であったが、アサギはポーチから異なる剣を取り出して当たる直前に切り払った。
 赤銅色をした細身の長剣だが、切れ味は凄まじく鎌の刃が分断される。

「──手を離した方が良いぞ」
「なに……? これはっ……」

 ぼそりと忠告の言葉を放つと同時に、剣が触れていない鎖の部分まで次々に切断されていく。鎖を伝って切断の連鎖が忍者の手元にまで伝わりかけて、慌てて彼女は分銅を投げ捨てるとそれも両断された。
 巨人殺しの神剣『ネフィリムドゥーム』──かつてこの世界で勇者が地枯らしの巨人を倒した時に使っていた剣である。秘められた能力は切断力の伝播。一部を切っても繋がる部分に切断力を伝えて凄まじい範囲を切ることが出来る。
 ダンジョンで拾ったこれもまた伝説の剣であった。

「ユーリ殿! ユーリ殿唯一の取り柄かつ武器の鎖鎌を失ってしまったで御座るか!?」
「お前もう黙れよせめて敵の前では」

 仲間らしいジローから無意味に戦力の喪失を報告されて冷たくユーリは返した。
 アサギは二人組を睨みながら云う。

「まだやるか──?」
「いや、今回は依頼人が嘘の依頼をしてジローを雇ったからな。私達は金で動かず、義に背く悪を討つのが役目だ。あんたには今は関わらない」
「──なんかその割には──鎖鎌飛んできたが──」
「挨拶代わりだ」
 
 きっぱり云うパン一女忍者に呆れるアサギである。
 一方のジローは「そうだったんで御座るか! 嘘だったんで御座るか!」と騒いでいる。馬鹿なのだろう。
 アサギはマントを靡かせて振り向き、道具を回収しながら歩み去る。

「ならば───もうオレには構わないことだな。次に襲いかかってくるようならば───いいか、サムライ。お前の剣術はオレより上だが──お前を殺す手段は幾らでも思いつく」
 
 強烈な殺気を放ちながらアサギはジロから離れる。なお、日本人の彼は殺気と言われても好き勝手放てるものではないのでこっそりとアイテム『殺気出しマシーン』を使用しながら。
 かつかつ、と淀みない足取りで去るアサギ。
 残されたジ二人のうち、ローは大きく息を吐きながら座り込んでしまった。
 刀を杖のように立てて闇夜に溶けて消えた黒衣の魔剣士を目で追いながら、呟いた。

「あれには勝てないで御座るなあ……全然本気では無い様子で御座った」
  
 アサギが暴漢と戦う際に使用した武器の数々。
 ジローは剣士として雇われ、剣士であるアサギに戦いを挑んだ。それでも負けた。それに、彼が槍や斧、槌を自由自在に振り回しているのを見て、それと戦うのはいささか不利であることを認める。
 奇剣で一撃を入れただけ。
 そこで仕留めきらなかった時点でジローは負けである。おまけに相手はこちらを殺さないことを念頭に戦ったのだ。
 感嘆のため息をついた。
 
「世の中にはああいう御仁もいるんで御座るなあ……今度は普通に会うことにするで御座る」
「と言うか余計に話をややこしくしやがって。馬鹿め」
「だって……拙者嘘を見抜くのは苦手なんで御座るもんユーリ殿」

 言い訳を云うと、身体能力を増すために獣化していた身体が元の半人狼──狼の耳と尻尾の付いた妙齢の女性へと戻りながらジローはゆっくりと立ち上がって、女忍者とふらふらと帰路へついた。

「しかし夜中にユーリ殿と歩きたくないで御座るなあ。まるっきり痴女で御座る」
「黙れ。これは私の流派の正装だ」
「忍者への風評被害の一端を担っている気がするで御座るよ、裸忍者」




 **********





「はい6マス進んでーイカレさんのマスは……ああーまた『振り出しに戻りたい』ですねー」
「なんだよこのスゴロク!? なんでこんなに『振り出しに戻りたい』があるんだよ!? 後ろ向きで意味ねェし!」
「人生台無しゲームですからねー次アイスさん」
「ふむ……『親戚の夫妻が無理心中して残った子供を預かる』妙に重くないか!?」
「はい、子供ピン追加で」
「旦那が出てこないのに子供だけ3人目なのだが……」
「さて、アサギくんの辺境開発に行ったままのコマはわたしが代わりに進めておきましょうか……っと?」

 宿『スライムもりもり亭』にて人生ゲームに興じている三人が居た。ぶっちゃけ暇だったのだ。
 小鳥が辺境開発マスで借金漬けになっているアサギのターンを動かそうとした時、宿の扉が開いた。
 コンビニに出かけていたアサギが戻ったのだろうと視線をやる。
 そこには、切り裂かれた学ランを血で染めたアサギがやや青い顔で立っていた。
 がたり、と小鳥が立ち上がって尋ねる。

「アサギくん!? 漫画を買いにコンビニに行っただけでその重症を!?」
「──まあそうだが」
「コンビニヤバすぎだろォ……それ」

 なにか誤解がありそうな気もしたが上手く説明出来ないのでいいか、とアサギは思う。
 慌てて近寄ってくる小鳥。

「大丈夫ですかアサギくん。弁護士を呼びます?」
「そこで即座に弁護士に行くのがなんだかなあ───」
「とりあえず座って下さい」

 と小鳥に手を引かれて椅子に座らせられる。口調はいつもどうりだが、少し急いでいるような様子だった。
 そして血で濡れた学ランと、その下のシャツを脱がされてアイスが持ってきた濡れたタオルで小鳥はアサギの脇腹をそっと触った。

「傷は塞がってるみたいですね……痕が残ってますが」
「すぐ回復薬飲んだからな───大丈夫だろう」
「よかったです」

 血で汚れた肌を小鳥が拭う。
 年頃の少女に上半身裸を拭かれているという状況はアサギにはちょっと居心地の悪さを感じてタオルを受け取って大丈夫だから、と小鳥を離れさせた。
 
「しっかしアサギを殺るたァ中々危ねェコンビニもあったもんだなァおい」
「───ポテトは美味かったがな──あと胸元に買った雑誌を入れていたのだが」

 と彼は学ランの中に入れていた無傷の雑誌を取り出した。
 
「──漫画のように胸に入れてたから命拾いした───とはならなかった。露骨に反対側を切られた───」
「残念です」
 
 アサギの後ろに回って傷跡をぺたぺた触りながら小鳥が同意する。
 それにしても、と初めて見たアサギの裸体を観察して思ったことを口にした。

「アサギくん、結構傷跡多いですねえ」
「おや本当だ。大きなものも残っているが」
「───あんまり見るな」

 女性からジロジロと見られることに気恥ずかしさを覚えて椅子から立ち上がり離れる。
 彼の身体には大小の傷跡が無数に残っていた。1これまで戦い続けて生き延びていたのだが、怪我を負うことも少なくなかったのだ。
 
「傷は男の勲章っていうじゃないですか。わたしのお父さんも傷痕多めで銃創とか残ってましたし」
「───何故銃創が」
「お父さん刑事ですからねー犯人に撃たれまして。まあそれはそうと、アサギくんもいい男に見えますよ」

 にっこりと笑って告げる小鳥にどう反応すればいいのかわからなくなったアサギは顔を逸らして意味を持たない唸り声をもごもごと口の中で出した。
 彼は年齢30才童貞なので基本的に女性が苦手だ。可哀想に。

「学ランは洗濯して縫っておきますよ。その間代わりの服でいいですか?」
「ああ──済まない。学ランは勝手に直るから別にいいが───シャツを頼む───しかし血を流しすぎて喉が渇いたな」
「ほう。ならば夕食に作ったのだが誰も手を付けなかった私作のスープとかどうだろう」
「──無理」
「あんな欲にかられて息子を毒殺しようとしたお母さんが出しそうな紫スープはダメですよ。日曜の朝から子供の顔が曇ります。何か簡単なものでも用意しましょう。血が足りないルパンが食べそうなミートボールスパとか」
「あれをがっつくのは──子供の頃からの憧れだったんだ──」
「俺の分も頼む……ってあァ? 鳥類剣士アンドロマリウスが打ち切り展開になってんぞ。アンケ送るか」
「──先に漫画読むなよサイモン──買ってきたのオレなのに」
 
 ぼやきながらもアサギは。
 少し前まで殺し合いの雰囲気に浸かっていたというのにどこか温かいものを感じていた。
 一人で暮らし生きていた時はこうでは無かった。襲撃を受けたら数日は警戒の為にピリピリとしていた。
 仲間を持つのは面倒だと思っていた。孤高の魔剣士浅薙アサギからすれば、他の冒険者は皆盗人か取るに足らないものだった。
 今はそうでもない。

(……オレは弱くなったか?)

 自問しても答えは曖昧で。

 曖昧でもいいと思いながら、彼の異世界生活は平常運行だ。
 


 



[30747] 21話『ただ、日々を笑って過ごせるように』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/13 18:12
 世界は簡単に時間を進めるがそこに生きる人達は日々戦い、暮らし、複雑そうに自身の物語を進めている。
 この異世界へ小鳥がやって来てからはや数ヶ月。
 彼女の物語も様々なイベントを消化しながら急加速していく。終わりに向けてか、始まりに向けてか──或いはその両方かどちらでもないのかもしれない。
 心機一転というほど明確な境界があったわけでは無いが。

 今日も冒険は続く──



 ********



「あれ? パックマイヤーくんこの漫画6巻が無いですよ?」
「今サイモンさんが読んでるウサ。4コマ漫画だから別に飛ばしてもいいんじゃないウサ?」
「いえ、わたしはそんなずぼらな事はしませんよ。宇宙英雄ペリー・ローダンだって一巻から読んで追いかけたぐらいですし。っていうかイカレさん顔に本かけて寝てるじゃないですか。取りますよ」
「──女子高生がペリー・ローダン追いかけるかなあ───って違う!」

 アサギがいつもの宿屋のいつもの食堂の椅子から立ち上がった。
 今日はいつも通り小鳥が宿で料理を作ったり勉強したりしていると、パルが漫画とかを持って暇つぶしにやってきたので読書タイムだったのである。
 小鳥が持ってきた漫画は4コマ漫画の『イカニモ熊太郎』。ファンシーな絵柄にナチュラルに頭のおかしいホモ漫画なので一見ギャグに見えて逆にセーフというギリギリ有害図書であった。

「物語全然加速してない──! また日常をダラダラ過ごし始めてるぞオレ達──!」
「アサギくんも先程までパルシオンくんの持ってきたロボ系SF小説『ガンホリSEEDダシタネー』を読んでいたではないですか」
「危うくホモに洗脳されるところだと気づいたんだよ───まさかそんなストレート展開は無いだろうと思ったら露骨濃厚ヤンホモ展開だった──!」

 はっとして小鳥は怪しげな陰謀に気づいた。
 もしかしてこういうソフトホモの媒体を使いパルがお二人をホモに理解ある男にしようとしているのでは無いかという疑惑だ。
 仲間を疑うようなことは、と彼女は一抹の希望を思いながらパルに目をやると赤い狂気の瞳をにいっと細めて笑っていた。

「怖っ。本気ですねコイツ」

 下半身のモラルに関しては一切の信用を許さない少年シスター、それがパルである。
 それはともかく。

「いいですかアサギくん。いきなりの日常だったからといってわたしたちがダンジョンに潜ってないわけないじゃないですか。ほうら思い返せば一昨日も潜ったし先週は2回ぐらい行きました」
「───そうだっけ?」
「時間経過を考えてくださいよ。ダンジョンの構造変化が終わってから今日まで漫画読んだりゲームしたりして暇してたみたいじゃないですか」

 ゲームとはいえもちろんテレビゲームではなくゲームブックやTRPG、草野球に花札などである。
 当然ダンジョンにもいつもの様に潜って冒険して魔物と対峙し退治していたわけだが……

「遠くに魔物を発見するとイカレさんがヒャッハーしながら大火力で駆逐しますし。イカレさんの攻撃をすり抜けるか耐えるかする高レベル魔物が現れてもアサギくんのマッドワールド:効果即死で終わりますし。
 鍵のかかった扉や宝箱を意気揚々とピッキングしようとしたらアサギくんがさっくり切って開けるしでわたしの活躍がほぼ無いですから冒険の書にも残していませんとも。
 精精最近のわたしの仕事は仕掛けられていた地雷ブルーピーコックを解体するとか四方の壁に数万個の紫の目が描かれた部屋の仕掛けを解いて脱出するとかそんな地味な作業ですし」
「───其れはそれで凄いと思うが──なんで女子高生がそんなことを───」
「いえ、大体勘というか適当というかやけっぱちの後先考えない選択肢がたまたま上手くいっているというか」
「───いま生きている事が奇跡に思えてくる」

 流石に普通の対人地雷の類なら目を閉じていても解体できる経験は得ている女子高生である。家庭科が5ならそうあり得ない話ではないだろう。

「いずれは警察の爆弾処理班になってベテランの男と組まされ爆弾を次々に解体する名コンビとなります。ところがわたしがブルったことで任務失敗。男は片目を失い離職。わたしは処理班を辞めさせられ閑職に付くのですがある日爆弾テロリストからの声明が発表され、処理班にわたしを指名してくるのです。あんなチキンハートに処理が任せられるかと大騒ぎになりますが背に腹は変えられずにわたしがトラウマを抑えながら精密な爆弾を解体していき、そしてその仕掛けはかつてわたしの失敗で腕を失ったベテランの仕業だと気づくのです。復讐のために最も屈辱的に爆死させてやろうと悪質な爆弾を幾つも仕掛けた男の影に怯えながらも処理をします。最後の1つ。失敗すれば自分どころか大勢の命が失われるそれを男への怒りと緊張でかつての意気を取り戻したわたしにもう手の震えはありませんでした。無事に任務を終えたわたしの下に男の部屋へと警察が踏み入れた知らせを受けます。そこには拳銃自殺した男と、『やるじゃ無いかチキン……いや、小鳥だったな』という書き置きが残されていた事を知るのです」

「知らないが──」

 将来への展望を語ったが、アサギの反応は素気なかった。

「そんな訳で魔物のレベルが上がって他の冒険者さん達は偉く苦労しているのですがわたし達は通常運行なのでした。まる」
「何故説明口調──というか妙な間が挟まったような」

 魔剣と召喚術の攻撃性能は群を抜いている。
 もちろん冒険者の中にはこんなチート武器に頼らずに今のダンジョンを潜っている強者も居る。魔剣程じゃないがの強力な魔法の武器を持ってる者や、高位の魔法使いなども名を馳せているのである。
 小鳥はパルが持ってきた雑誌の1つを無造作に開いた。
 冒険者ギルドが発行している月刊誌の1つで、ダンジョン構造変化特別号となっている。様々なダンジョン関連の情報や冒険者向け求人情報なども掲載されているものだ。
 そこには冒険者格付けランキング情報などというものも掲載されている。

「アサギくんは前期ランキングが全冒険者中9位ですね。しかもトップ10位はアサギくん以外パーティでのランク付けの中、ソロで」
「ああそれか───冒険者としてのギルドへの貢献度とか───オレの場合は魔鉱納品量とダンジョンのアイテムをギルドに売ったりしてるのが評価されているわけだ───」

 ページを捲り写真が乗っているページを隣に座っているパルに見せた。ちなみに魔法技術カラー写真である。

「ほーらアサギくんの写真とインタビューが載ってますよパルッパルッそいつに触れることは死を意味するくん」
「本当ウサ」
「いや待てそんなインタビューを受けた記憶は無いぞ───!?」

 身を乗りあげて雑誌を確認するアサギ。

「インタビューを受けたのはわたしです。アサギくんのことを色々聞かれたので答えておきました」
「───なんでそんな事するかな───」
「わたしはアサギくんの良い所は100個ぐらい言えますよ。悪いところは101個ぐらい。あれ? 比率逆だっけ?」
「──そんなにか?」
「例えば……イケメンだったり……端整な顔立ちというか」
「オレの価値って───顔だけ?」
「悪いところは……ええと、一応言っておきますがガチで101個心を抉るように数え上げたほうがいいですか?」
「──君時々無駄に凄いキツイよね」
「まあとにかく見てくださいよ」

 テーブルの上に平面に広げて雑誌を開示した。
 まずは大きくアサギの盗撮写真。酒場の椅子に座り神妙そうな顔で冷うどんに箸をつけている。
 既にツッコミを入れたそうなアサギはぐっと我慢した。
 記者からの質疑応答には、こうある。

Q:その素性が謎に包まれていると評判の魔剣士アサナギ・アサギさんですが一体どのような方なのでしょう。
A:顔はいいですよね。あと上から読んでも下から読んでもアサナギアサギ……え? 違いますか? そうですか……

 ぐっ。こらえる音が物理的にアサギの胃のあたりから発せられた。

Q:彼のファンの女性も多いですが……
A:世の中顔ですかやっぱり。

 ぐっ。

Q:10年以上ソロだったアサギさんがパーティに加入されたとのことですが。
A:最近そんな顔してますもんねえ。

 アサギはそっと雑誌を閉じた。
 そして少し哀愁を宿した瞳をしながら、

「──本当に顔のことしか喋ってないじゃん───」

 と呟く。
 む、と少し小鳥は考えながら彼を励ます言葉をかけようとした。

「ううんと、ツーンあんたのいいところなんてわたしだけ知ってればいいじゃないツーン」
「無理にツンデらなくても──」
「思いつかなかった言い訳臭いウサ。あ、ボクはアサギさんがイケメンだろうと汚いオッサンだろうとバッチコイの中身重視派ですウサ! 褒めて! 性的に! 激しく!」
「お前は単に──下半身に節操が無いだけだ───」

 げんなりとしたアサギ。
 少し哀れなので豪華な冷やしおうどんを作ってあげようかと小鳥は思う。名付けて鍋焼き冷やしおうどん。世紀のチャレンジが今始まる。





 *********



 また、ある日の事である。

 魔法学校と云うと象牙の塔のような悪の要塞的建造物に陰気な魔術師が篭り生贄の処女を解体しているように思われがちだ。少なくとも小鳥はそう思っていた。
 しかし帝都に於いては魔法使いはメジャーな資格──1種や2種免許にも分類される。学生であり、冒険者登録をしている小鳥は仮免2種──なのでさすがに悪の要塞雰囲気では無い。大学のキャンパスのようなオープンな雰囲気だ。大学と違って部外者は授業を見学出来ないが。
 生徒たちは様々な年齢種族が在籍していて、学業以外にもそれぞれキャンパスライフを楽しんでいたり、サークル活動も行われている。
 という訳で、

「それでは本日は東国出身コトリくんによる気まぐれ東国料理研究活動を始めよう」

 いつもより増し気味拍手がアイスの開始宣言にかかった。調理室にはお料理研究会……クラブ名は略して『りょうき会!』のメンバーが集まっている。
 学業と冒険者活動の合間を縫って小鳥もアルバイトやらクラブ活動に手を出しているのだ。

「若いころの忙しさは年をとってからの思い出になりますから、異世界でも怠けてばかりはいられません。アサギくんにそう言ったら素敵に顔を曇らせてました。うふふ」
「せんせーまたコトリちゃんが独り言をー」
「放っておきなさい」

 そう考えつつ、故郷で待っている家族にも思うことはある。

(……異世界でもわたしは楽しくやってるんですよ、ちゃんと帰りますから安心して下さいと心配して帰りを待ってるお父さんお母さんに伝わればいいのですが)

 ともかくりょうき会である。顧問はアイス──ではなくディアファック=アイトリー教授という男性教員だ。
 魔法学校初等教育担当主任で名前通りファック言語を連呼する男性教員である。魔法はオールラウンドレベル5の秀才教師で人気と不人気が大きく別れる、ファッションマジギレティーチャーだ。上手く付き合うにはとりあえずF言語をスルーする能力が必要。

「ファック! 静まりやがれクソッタレのウジ虫ども! 調理班はメモにある材料が全部あるか確認したな!? 試食のためにたかって来た寄生蝿のウンコ連中は椅子に座ってろ! 後でアンケート書かせるから食い逃げしたらクソが垂れられないようにケツを溶接するからな! アイス=シュアルツは料理出来ないんだからジュースに浮かべる氷でも作ってろ豚が!」

 バンバンと手を叩きながら神経質そうに眉を寄せた三十路男性のディアファック教授が怒鳴る。りょうき会のOB兼最終兵器──無論ダメな意味で──のアイスはしょんぼりと体育座りして俯いてしまった。
 ディアファックは汚い口癖を持っているがその授業自体は初心者でもわかりやすく、低レベル魔法使いへの指導は熱心である。ただし自分より高レベルになったら態度がツンケンしてくるが、助言などはしてくれる。
 子供の頃は七属性を持っていて神童か魔人かと持て囃されたのだが、才能の限界が早かったのが彼を歪めたようだ。己の才能を[聳え立つ七本のクソ]と自称している。
 ともかく、りょうき会の今日の講師は小鳥が務めることとなった。時折学食で料理作っていることや、数少ない東国出身の魔法使いということで、交流はあるけれども未だにマイナーな東国とやらの料理再現を時折手伝わされているのであった。小鳥の作る謎料理の麻薬的効果に毒された可能性もあるが。
 実際には東国料理というより、小鳥が作ってる料理は日本で食べられる普通の料理がメインであるが、今のところ本格気取りの美食家に指摘されたりはしていない。
 もし東国の人にツッコミを入れられたら田舎料理だとか隠し里名産だとか言い訳すれば良いと考えている。自国のマイナー料理を全て網羅している人などいない。美食漫画だって何故か審査員も料理人も出された料理や材料に毎回驚き解説を受ける。

「えーそれでは。本日の料理はいい卵が某召喚士さんの伝手で手に入ったということでして。カニ玉と茶碗蒸しを作りましょう」

 言いながら小鳥はゲスト席で懸賞品付きクロスワードパズルに頭を悩ませているイカレさんに視線をやった。そこの縦の列は『けんこうこつ』ですよとテレパシーを送りつつ。
 材料としてはイカレさんの伝手──鳥関係に大きなコネがあるのだ──から提供された一個あたり日本円で1000円ぐらいする大きい超高級卵、帝都は海に面しているのでそこの港で取れた新鮮な蟹、ネギっぽい野菜にキノコやタケノコなどの食感のあるもの、鶏肉やエビなどの具にだし汁を作るための乾物や調味料。
 生徒たちは「カニタマ」「チャワンムシ」という単語をメモした。
 そして小鳥は一抱えある食材をまな板に全て載せ、

「まあこんな感じでシュヴァ──ンと作ります」


 作った。


 生徒及び教師らは完成品を見ながら狐に摘まれながら豆鉄砲を集中砲火されたように目をこすっている。

「何故だ……目の前で作るのを見ていたはずなのにさっぱりわからん……!」
「過程を吹っ飛ばす能力……!?」
「卵と材料をフライパンで焼いていると思ったらいつの間にか餡掛けと茶碗蒸しが出来上がっていた!?」
「ふむ──あのとろりとした物は……スライムだね?」

 などと観想が送られる。
 最低限の手順で最速に作るというあまり参考にならない手段を使ったので初見では混乱するだろう。つまり、先取点を小鳥が取った形になる。

「なんで相手を先に混乱させたほうが勝ち、みてェになってんだ……っていうか研究ってそれでいいのか?」
「うふふ、そんなものです。はい、イカレさんの分」

 とカニ玉を切り分け、湯のみ程度の小さな器に盛った茶碗蒸しをイカレさんの前に出した。
 基本的に食べたいと立候補された者──各料理班にはそれぞれ一人分ずつと観衆──には小鳥作の料理が回るように分量を計算して作成している。しばし味の評価と分析タイムとなる。
 各班の代表が味に唸る中、イカレさんは料理を口にしながら言う。

「ん? うめェが……なんつゥか素材の味が生きてる旨さっつゥか。いつもの理不尽な美味さよりァ美味くねェが普通に美味い……なんだこりゃ」
「いやですねイカレさん。普段作るものみたいに、調味料で強引に脳内で多幸物質を作り出す料理は人様に教える時は流石に作りませんてば。これは単にレシピ通りに味付けした料理ですよ」
「あっれェ普段食わされてる料理に妙ォな不安を感じてきたぞォ!?」
「大丈夫ですよ、化学調味料が体に悪いというのは80年代から割りと長いことブームだっただけの迷信ですから。チャイナタウンシンドロームってあれ単に塩分の過剰摂取なんですよ?」

 文句は言いつつ料理は食べるイカレさん。
 各調理班では試行錯誤されながらもレシピを作成していっている。料理クラブではなく、研究会なので未知の料理を解析し研究するのも活動の一部なのである。
 小鳥も呼ばれればそれの手直しや採点をして、最終的には完成品の料理と同じ物を作らせるのである。
 しかし、フライング好きな人はいるもので、

「……はい、先生できましたー!」
『キシャアアアアア!!』

 既に作り終えたアイスが皿を持ってきた。
 耳を塞ぎ、目を逸らす。何故か彼女の皿の上で怪獣ビオランテが暴れている。
 ニコニコとしたままアイスはその皿をイカレさんの目の前のテーブルに置いた。異臭に天井近くに備え付けられたガスのマジカル警報装置が鳴り始める。
 調理室に居た全員が静まり返って、ぎょっとした様子でその生け贄召喚が必要な感じの触手をぐねぐね動かしているクリーチャーを注視している。 
 恐る恐る、というか椅子ごと体を引きながらイカレさんが尋ねた。

「おいィなんだコレ。いや、食いもんじゃねェのはわかるが」
「『カニ玉』つまり料理だ! 活きがいいな!」
「あー薄々思ってたがお前とは食品の概念が違うよォだ」

 異星人と会話するようにうんざりしながらイカレさんは、目の前で威嚇行動を繰り返す『カニ玉』を睥睨した。

「……というか何を材料にこの薔薇にG細胞を植え込んだような怪獣が作成されたのですか」
「うん、ディアファック先生は私の分の材料を用意してくれなかったものでな。仕方ないから冷蔵庫にある材料を適当に使って料理を再現」
「再現って言って欲しくないなあ」
「こんなもんが出来る冷蔵庫はソッコー爆破しろ」

 近づいたら食われそうな料理?を長箸で突っつきながら呟くイカレさん。微妙にズブズブと箸が刺さっていくのがむしろ嫌な感覚であった。
 つかつかと怒り顔で、アイスに近づいてくるのは──ディアファックだ。
 彼は怒鳴り声を上げた。

「ファアアアアアック! アイス・シュアルツ! これはどういうことだ! 貴様は調理に参加するなと言わなかったか!?」
「え……で、でもディアファック先生。私だってりょうき会のOBで……」

 気圧されたように、両手のひらを見せながら弁明をするアイスだが怒り心頭のディアファックには通じない。

「黙れ《ピー》頭の《ピー》女が! まともな料理1つ作れんくせに材料だけは一端に消費しやがって! とんだバッドエンドプ《ピー》だ! いいかよく聞け《ピー》眼鏡! 食事というのは限られた回数しかこなせん人生の楽しみの1つなのだ! 人間長生きして8万か9万回ぐらいしか食えん大事な食事の1つをお前のファッキン残飯で彩ってどうするんだ《ピー》崩れのヒ《ピー》が!
 ガキ同士の《ピー》じゃあないんだぞ! 今回失敗したけど次がんばろうねと傷を舐めあうのはケ《ピー》までだ《ピー》! 貴様が《ピー》の《ピー》に捨てた材料とて、ああなるために収穫されたわけじゃない! 《ピー》に謝って《ピー》に突っ込んで《ピー》になって来い《ピー》が! 
 わかったらとっとと遺書書いてその《ピー》を《ピー》に流しこんで《ピー》《ピー》! 聞いてんのか《ピー》女! 《ピー》詰まってんのか《ピー》!」

 怒られすぎである。そしてディアファックは口悪すぎである。彼の後ろに立っている助教授の女性が伝神の言語規制スピーカーを使っていて、あんまりな表現は「ピー」と規制音が入った。もはや慣れたものであるが。
 一応だが、彼がここまで発狂したように罵るのもアイスの親戚で昔から付き合いがあったからという理由もある。彼の髪の毛もくすんだ灰色に僅かに青が混じっていて、アイスと少しばかり似た色素を持つ。
 彼女が小さい頃は指導を励んだというのにマッハで追いぬかれた恨みがあるのだろう。
 すっかりしゅんとなったアイスに小鳥は慰めるように囁きかける。

「アイスさん、アイスさん。まあその、カニ玉?とやらもイカレさんが『ちっ仕方ねェな』とか言いながら一緒に食べてくれるかもしれないじゃないですか。ツンデレで」
「……いいかコトリくん。ツンデレは衆人環視のもとでは発揮されないのだ。きっときついツンが待っている。見ていてくれ」

 彼女はおずおずとイカレさんに近寄り、

「サイモンくん……一生懸命作ったのだけど……一口でいいから、食べてくれないかな」

 美人が巨乳を寄せるような体勢でもじもじと手を組みながらやや上目遣いに懇願するわけだが。
 イカレさんはシケ顔で手をしっしとさせます。

「はァ? あのセンセーの言うとおり自分で食ってくたばれっつーの。クソ製造女」
「ほら!」

 どやあっと何故か得意満面するアイス。彼の反応は見越していたぞ、と言わんばかりである。

「……いえ、満足ならそれでいいんですが。ビオランテはちゃんと片付けてくださいね」

 諦めたように小鳥は言った。
 そうこうしていろんな人の作った料理をみんなで味見したり批評したりしあうのは結構楽しいものだ。
 いつの間にか参加していたヴァニラウェアが作った茶碗蒸しと見せかけて鶏肉と椎茸の入ったプリンに引っかかった生徒が微妙な顔をしている。何故かおいしいのが逆に厭だ。
 応用して蟹と餡入りのオムレツと、和風出汁オムレツをそれぞれ作り上げているディアファック。趣旨は違うが、器用だ。
 見た目は悪いが一生懸命作った感じがして逆にそれが良いアクリア。味は微妙なので犬にでも食わせておけと言われていた。


 そんなこんなで小鳥は料理教室を楽しく開くこともあるのであった。

「え? 話の進展……? ありませんが」






 ********





 また、ある日である。

「そんな訳で、わたしたちの中で一番画力あるアサギくんと協力して漫画を作りましたイエー」

 生原稿をテーブルに置きながら、ハンチング帽を被った小鳥は宣言する。
 頬杖をついているイカレさんが三白眼を半目にさせて彼女を見てげんなりと声を出した。

「つーかまだ諦めてなかったのか漫画で一儲け計画」
「それはもう。諦めた人間にハッピーエンドなど訪れないのですよう」
「フ──そうだな」

 アサギは自嘲気味に笑いながらも同意する。
 作画はアサギ。原作は小鳥である。
 画力が一番あるとはいえアサギも素人。登場キャラの顔の向きが不自然なほど同じだったり、女キャラの顔の輪郭の尖りや目の大きさが90年代特有のラインだったりするがまともに漫画絵をかけるのは彼だけであった。
 ちなみにイカレさんは鳥類のスケッチだけは得意。アイスはコメントしづらいけどネタにもしづらいラインのヘタさ。パルに自由に絵を描かせたらティンとオパイしか描かなかった。
 ともあれ。

「そんな訳でわたし達二人が創り上げた読み切り作品。爽やか萌え系スポコンものです。元の世界のヒット作品のテイストを入れつつオリジナリティを出しました」
「ほォ」
「ジャンルは野球にしました。この世界野球やってますからね。なんか炎の付いた球投げたり雷を纏った打球を放ったりファックボール投げたりしてますけど」
「ま、人気な競技だな。俺ァツバメがマスコットのチームを応援してるが」
「わたし達が野球界に一石を投じる人気作品と為る漫画のタイトルは『規制対象野球娘』です」
「規制されてんじゃねェか!?」

 早速ツッコミが入った。イカレ編集長厳しい。
 しかし最近の漫画はキャラ商売である。内容はともかくキャラが受ければ売れると小鳥は信じている。試しに萌え4のキャラで島耕作ストーリーをゆるい百合テイスト混ぜて出せば売れてアニメ化だと思っている。
 だからイカレ編集長にキャラを紹介する。

「これが主人公、名前は『<<自主規制>>』です」
「もう駄目だろそれ!?」
「台詞でキャラ付けを固めます『ピー……ピー』」
「規制音しか入ってねェ!?」
「『ピピッピー……』」
「会話すんな!」

 イカレさんは怒鳴りながら原稿を捲って、一瞬間を置いてテーブルに叩きつけた。

「キャラの首から下とか効果線まで全部黒塗りじゃねェか!!」
「アサギくんの画力の限界を読者の想像で埋める画期的な手法です」
「フ──コミックス版では黒塗りが取れると噂を流して売る作戦だ──」
「知るかァァァァァ!!」
「メンバーはやはりこれもデザイン力の問題で、他の人気漫画の女キャラをそのまま顔だけ登場させますが目に線を入れてるので平気です」
「レギュラーすらか!?」
「マスコットは黒丸を3つ、水分子のように並べて逆さまにしたわたし達が用意できる限界のミキです」
「よく知らんがアウト臭ェ!」
「うふふ新人賞はいただきですねアサギくん」
「──ぶっちゃけ──描いたオレが云うのも何だがどうかと思う──」

 アサギくんは少し悩ましげな顔をしつつ言った。
 パクリで作品を作るという行為にまだ罪悪感を感じているようである。

「でも大丈夫ですよアサギくん。某先生も言ってました。新人が人気作をパクって描いても下手すぎて別の作品にしか見えないからセーフという裏技があると」
「そうか──? まあ別の案だった『もし高校野球の女子マネージャーがヤク中だったら』よりは──違法性が少ない気はするが──」
「あれはドラッガーちゃんに許可取ってないですからね」
「パクリのくせに図々しいなコイツら……」

 イカレさんはジト目で睨んでいる。
 しかし小鳥とアサギの、ひとつの作品を形にしたという達成感は自信に繋がりテンションが上がっていた。
 読み切りで大賞を取り連載が決まってアニメ化、DVDの売上もよく映画版ではロンドンとか行く。社会現象になって缶ジュースの缶にイラストを印刷しただけの商品にプレミアが付く。輝かしい未来を想像しながら二人は手を取ってくるくるとその場で回る。おお、いざグルービー。
 二人が夢広げているのを見てイカレさんは大きな溜息を付いた。



「……ツッコミどころが多いだけで肝心の本編が面白くねェぞそれ」


「あいたー」

 そのダメージを負う言葉に、薄々気づいていた作者は膝を付くのであった。



 そんなこんなで日常を送っていた。

「そう、この平和で皆して馬鹿をしていた日常がかけがえのないものなのだと、後のわたしは実感するのでした……」
「何が──?」







[30747] 22話『大バザールで御座る』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/14 19:03
 商売をするには。
 心構えとか売る物品の種類とか営業形態とかそういうことではなく、法の問題である。
 ここ帝都で、商売をするには基本的に許可がいる。当然だが、当然のように。役場や警察署など各方面に手続きをしたりしてぶっちゃけ面倒になっている。
 路上で色紙に『たまには振り返るのもいい、君の背中を押してくれる人が見えるから』などとこっ恥ずかしい文字を書いて売っていて思わず購入して十年後ぐらいに本人に送りつけたいなって小鳥が悩んでいる人も許可を貰っているはずだ。多分。どんな書類を提出して許可を貰ったのか想像するだけで面白い気もしたが。
 ともかく。
 勝手に商売はしてはならない。少なくとも、大っぴらには。逆らえば、恐らく死かそれに準じた罰が待っているのだろう。かなりの確率で。その想像を否定できる程、小鳥は法に詳しくなかった。
 しかし一般人が大手を振って個人で物品の売買を行える場所もある。
 バザー……所謂蚤の市(フリーマーケット)であった。


「いやー人とか人じゃないのとかで賑わってますねー」

 小鳥はのんびりした声を出しながら帝都中央公園、及びそれに面した通りの路上にて行われている、半年に一度の帝都大バザーを眺め見まわした。
 そこには所狭しと都民が集まってシートを広げて様々なものを販売している。エリア分けされているのか、一応一般人と商人系、冒険者などで固まっているようだ。
 帝都の特徴である多種多様な種族の住人が集まってワイワイと騒いでいる様子はまさに祭りである。出店とかも出ていて、これもまた販売許可や保健所への申請無しで店を出せる。食中りなどが起きても店側は責任を取らないという特殊な形式なので、食べるには客が慎重に店を選ばねばならないが。
 このバザーに集まっている人の方が、鳥取県の総人口よりも多いだろう。鳥取県が少ないだけとも言うが。

「ウサウサ、このバザーは2日続けて行われるウサ。動くお金は数千万とも言われているウサね」

 と小鳥の隣、お互い迷子にならないように手を繋いだパルが解説を入れた。

「企業ブース以外のスペースは広いとはいえ限定されているウサ。無秩序に店を出したら足の踏み場もなくなるウサからね。だからかなり枠はあるものの売り側の参加者は抽選で場所をとっているウサ」
「今日は抽選に受かってバザーに参加しているアサギくんを冷やかしがてら見物に来ているというわけですねわたしたち」
「なんで今確認するようにそんなことを言ってるウサ?」

 確認するようにって確認のためだがそれ以外何があるというのだろうか。不思議なパルである。
 とにかく、大勢が露天を開いているとはいえ通路は用意されている。パルと二人でぶらぶらと物を見回りながらアサギを探していた。

「あ、すみませんこのキーホルダー下さい。パくんにぴったり」
「……コトリさん、兎の足の剥製キーホルダーは悪趣味ウサ」

 LUCK+10ぐらいの幸運のシンボルである。





 ******





 パルという女装少年について、小鳥は結構気に入っている。
 エロさは壊滅的だが見た目は可愛く、まああと見た目が可愛いので気に入っているのである。だいたい世の中の九割は見た目で決まる。
 どことなく実家で飼っていた兎を彷彿とさせるのが良いのだろうか。少なくともパルはそれで得していると思っていた。中々このご時世彼の性癖を知りながら普通に付き合ってくれる少女というのは貴重なのである。すでに三回は別件で訴訟されて刑務所に叩きこまれた過去があるのだ。
 ともかく。

「コトリさーん、冷やしクレープ買ってきたウサー」
「おお、ありがとうございますパルプンテくん」

 古着を物色していた小鳥の背中に声がかかった。何十枚も売りに出されている服は流行から外れていたり平時に着るには物々しかったりネタで買ったはいいけれどあまり着なそうな服が沢山あって、目移りする。
 暫く小鳥がショッピングしている間にパルが冷たい菓子を買ってきてくれたようである。

「何かいいのあったウサ?」
「ええ。ほらわたしの服ってぶかぶかなのが多かったですから、ここぞとばかりに。このTシャツとかよくないですか?」
「グロい! ゴアグラインドバンドのシャツはやめとくウサ! アサギさんも心配するウサ!」
「バンドマンみたいでいいかなって思ったんですが。これとか今日留守番の無職殿へみやげに」
「『この顔にピンときたら即交番』なんて書かれたシャツをサイモンさんが着てたら洒落にならないウサ!?」
「おやあっちの店の品揃えも」
「ふらふらしてたら危ないウサよ?」

 と移動の際はパルが手を繋いで行く。
 なんというか、パルからもアイスからもアサギからも彼女は注意されているのだが、あちこちをキョロキョロしながら歩いていて危なっかしいと云うか誘拐されやすそうに見えて心配なのだそうだ。
 もっともだ、と自分より背の低い男の子のやや冷たい手を握りながらカバーしてくれることに感謝する。

「地元でもわたし、親とか友達に危なっかしいからなるべく一人で出歩くなって言われてました」
「そうなんでウサか? コトリさん見た目可愛いし頭軽そゴホンゴホン、ちょっとぽわっとしてますウサからねえ」

 彼の微妙な本音と建前を聞きながら、否定は出来ないので言う。

「うーん、というか昔実際に犯罪者に拉致られたことありますからねえ」
「ちょっ……大丈夫だったんでウサか? 貞操とか」
「貞操は大丈夫だったんです。少女が苦しむ姿を見るのが三度の飯より好きなサイコパスだったので致死量寸前まで農薬とか飲まされまして。救助されたんですが腎臓とか肝臓が大分やられて長いこと病院生活でした」
「白昼堂々重い話しないで欲しいウサ!?」
「後遺症でお酒とか飲んだら体調が入院レベルで崩れることがあるから医者に一生禁止させられてるんですよねー」
「そ、そういうことは早く言って欲しいウサ! ごめんなさいウサもうしないウサ!」
「うふふ」

 騙してお酒を飲ましてきたのを思い出してパルが謝る。素直で結構なことだ。
 実際に小鳥は酒を飲んだ翌日は二日酔いとはまた別に、背中側の内蔵がひどく痛んだ気がしたので、二十歳になっても酒は止めようと思う。
 少しだけ落ち込んだような状態になっているパルの手を引いて会場をふらふらと移動する。一人よりは二人のほうが誘拐されにくいのはもちろんの事なので、パルの存在は居るだけでありがたい。
 会場は広く人も多いので運営側が雇った冒険者の警備員の他に、警察の方も見回りをしているからある程度は安全なのだが。
 少し離れたところを威圧するように歩いている、身長2メートルぐらいでライオン系筋骨隆々の警察帽を被った獣人を見送りながら小さく感心の吐息をした。超強そう。
 よそ見をしているとパルに引っ張られた。

「コトリさん! コトリさん! あそこの店見るウサ!」
「どうしたのですか? ……なにやら、店頭に女性用下着を並べているように見えますが」
「露天ブルセラウサ! 風営法的に怪しいけどそれがまた逆にマジっぽくて素敵ウサ……!」
「ええい、そんな非実用的な店にはよりませんよ」
「実用するから大丈夫ウサ!」

 実用ってなにさと口に出かけたが、禄な応えは帰ってこないことが明白だったために問うのは止めた。
 名残惜しそうにあえぐパルを引っ張って別の方向へと足を向ける。
 暫く進むと、ふっと太陽が陰ったような気がして空を見上げた。
 そう高い位置ではないが、黒い靄のようなものが会場の一部上空を覆っており、そこの下は若干薄暗くなっていた。

「これは……?」

 疑問の声を上げると同時に──溶けるように薄くなった小鳥の影からぬるりと。ずるりと。水面から立ち上がるように地面から湧き出すように、黒いローブを纏った人物が現れた。
 にたり、とローブを来た真っ赤な目の老人は言う。

「カカカ……ようこそ闇の市場へ。ここは世界の裏。光の背後。土の下……ありとあらゆる暗き者が集まる場所じゃ」
「あ。ヴァニラウェア卿じゃないですか。ちょりーす」
「……知り合いウサ?」
「わたしのゼミの教授です。ヴァニラウェア卿もバザーに来たんですか?」
「儂は闇バザーじゃけどな」
「闇って」

 確かに薄暗いが、非合法な印象のバザーが開かれるには堂々とした時間場所である。。
 この薄暗いエリアでは販売している人たちもどことなく黒いローブに身を包んでいたり、アンデット系住民だったりが多く見られるような気がした。
 ヴァニラウェアは解説を入れる。

「直射日光が苦手な夜型種族も帝都は多く住んでおる。で、昼のバザーに参加するために闇系魔法使いが日光を遮っておるのじゃ。それでこの一角は通称闇市」

 いろんな種族が住んでいると妙な習慣も出来るのである。
 二人はヴァニラウェアもシートを広げて品物が並んでいるようなのでそれに近づいた。

「ここが儂の店。家庭菜園で作った野菜の販売じゃ」
「闇市というにはあまりにオーガニックウサ……」
「えーとどれどれ。『挑戦朝顔』に『ジキタリスイセン』『デス人参』『トリカ葡萄』……毒草ばっかりですねえ」
「急に闇っぽくなったウサ……」

 毒草ガイドブックに記載されていた草の数々。ヴァニラウェアは笑いデス人参を手に取りながら、

「フリーマーケットはええのう。普段なら単純所持さえ規制されているヤツも売れるんじゃし」
「いやーマズイとは思いますけど」
「ほれこのデス人参、特製の土壌で作ったから神経系毒物含有量が通常の10倍で、生を一口やるだけチンカラホイぞ。あっちの業界の客は飛びついてくるわな」
「警察も飛びついてくる気がするウサ」

 パルがやや顔を強張らせながら、明らかにやばい薬の原料ともなる植物を摘んで見ている。それって確かハイテンション死する感じの麻薬の原料の薬だったような、と小鳥が首を傾げて思い出そうとする。
 そして売り物の中で目を引くのが、

「なんでメロンまで」

 ずっしりと大きな存在感をしているエメラルド色の球体。おおコレこそメロン。

「いつもは古い茶飲み友達に種を渡され頼まれて作ってるメロンなんじゃがな。今年は多くできすぎて折角じゃから売ろうかと」
「そうなんですか今すぐ買います。パルくん喜んで下さいわたし達のお宿にもメロンが来ますよ。子供の頃から憧れていたメロン。果物の王様メロン。貴族のデザートメロン。ああ、異世界の旅のクリアおめでとう……!」
「コトリさんが妙にテンション上がってるウサ」

 なにせ鳥取県民にとって果物で口にしていいのは二十世紀末梨とスイカぐらいで、メロンなんて食べたことない県民が大半である。
 サイコロを5つ振って出た目によって変動するという時価を小鳥はヴァニラウェアに支払い、メロンを風呂敷で包んだ。時価と云うものがそういう計算方法だとは初めて知ることであった。時価の寿司屋などはさぞかしサイコロの音が響いているのだろう。

「しかしヴァニラウェア卿、官憲も見回りしているので毒物の売買には気をつけてくださいね」
「そうじゃの……ん?」

 ふと彼は目線を落とし、小鳥もそれに釣られて視線を送る。
 そこには四つん這いになってヴァニラウェア卿の商品をふんふんと鼻息荒く匂いを嗅いでいる少女──虹色の髪が特徴的な少女がいた。いつの間に接近したのか、多分地面に這うように来たので見逃したのだろう。

「……見たことのある頭です」

 少女はがばっと顔を起こして叫んだ。

「レ・ア素材発見ンンンンン!! おうおう、小生の果樹園でも尽く栽培が失敗してるトリカ葡萄がこちらにあるとはアメッェェェェェジングッ!!」
「あーそれグラムあたり万は出して貰うからのう買うなら」
「非合法☆価格キタコレエエエ!! 摘発or札束考慮中……OK農場買いましゅううう!!」

 ヤク中で体は激痩せだというのにそこだけ発育が良い胸元から札束を取り出してあるだけの葡萄を買う少女──それは、竜召喚士のドラッガーであった。
 ちなみに国家公務員兼ドラッグストアチェーン店の社長なので金持ちである。基本的に貧乏性の兄とは大違いだ。
 ぐるり、と首が回転して小鳥を向きパルがびくりと震えた。
 初めて気づいたようにドラッガーは言う。

「はっ。汝はミス・ターザンヌと名高いメメンコリーチ」
「人違いです」
「ではもしかして戦国武将・鳥居元忠?」
「えーとうーんと……ドラッガーちゃんのお友達ですよ?」
「トリちゃん! トリちゃんぬ! おひさしブリの照り焼き! すんすん、トリちゃんスメルを摂取中!」

 抱きついてきて首元をすんすんと匂いを嗅いでくる。まるで犬のようだ。涎を垂らしっぱなしなところも。
 仄かに薬の匂いのするドラッガーを引き離して、その正気からは相変わらず遠のいた瞳を見ながら聞いた。

「ところでなんで戦国武将?」
「うん! 物知り博士が教えてくれたのっさ! トリちゃんもお買い物!? 買春!? へへへおじさんと飲み行こうやぁ……」
「行きませんよ」

 キラキラと虹色に輝く瞳を真っ直ぐに向けながら聞いてくるのでビシリと岩山両斬波を額に当てる小鳥。生憎とあの技でどこの秘孔を付けばいいのかわからなかったので単なるチョップになった。
 背後でパルが「百合? 百合ウサ?」と呟いているのを無視しながら、

「まあお買い物ですね。アサg……朝倉義景くんも店を出してるみたいですよ」
「うん! さっきアサくんの店にも寄ってきたのさ! テンション上ってアサくんの服の内側に怒涛の如く潜り込んだりテンション下がって糸の切れたマリオネットのようにだらーんと涎流しながら寄りかかってたら何か超怒られた……何故だ……」
「ツンデレでしょう」

 面倒臭いので適当に突き放す。

「お詫びに小生が会長のお薬ガンギマリ同好会のパンフ渡してきたけど喜んでくれるかどうか……よ、よろ、ヨロ昆布!」 
「警察に即しょっぴかれそうな会ですね……」
「まー今んとこ小生と服薬暗殺者やってる子しか会員いねぇんですけどね。パンフにはほら、小生とその子の写真が」
「ブチャラティが反逆しそうな薬の蔓延っぷりです」

 ドラッガーともう一人、恐らく薬で飛んでる表情でなければ素朴な感じの少女がダブルピースしてる犯罪臭い写真を見ながら帝都の闇を感じる。あとナチュラルにパンフに写真載るなよ服薬暗殺者と心の中で見知らぬ少女にツッコミを入れた。
 それにしても、と彼女はヴァニラウェア卿を指さした。

「そこのお爺さん! 明らかに違法植物販売だYOOOHOOO!? 人様の税金で法律を守るべく働いている公務員としてはどうかと思うけれどそこんとこどうなのですか教えて下さい」
「むしゃくしゃしてやったんじゃ。違法とは思わなんだ。今では反省しとる」
「じゃあオケー」
「いいんだ……」
「小生も買うしー。視察なんて形式的なものだしー」

 犯罪を取り締まったからって小生になんの得があるの? と笑いながら彼女は言う。
 召喚士は個人主義者で自分が良ければそれでいいという性格を大なり小なりしている。
 宮廷仕えであっても召喚士は「月給が貰えるから」という理由で務めているだけであり、国の為ではない。与えられた仕事は暇だったら受動的にはこなすようだが。
 召喚士の自由気ままな性格の最もたる例は、召喚士の中でもかなりの実力者でありながら無職その日暮らしのチンピラ青年イカレさんだろうか。
 とにかく、頭おかしいような値段でドラッガーはヴァニラウェアから毒草を購入している。レアで栽培困難なものが多いのだが、土壌操作の魔法も得意としているヴァニラウェア農園では上手く栽培出来ているようだ。

「うけへへへへ、トリちゃんいい買い物したよう」
「その草はどうするのですか?」
「加工して限定生産のお薬を作るよ! あぎぎぎぎょ希少な魔法薬はチョー高値で売れるんだよねん。トリちゃんもお一つどう? 『幸福ターン粉』とか3ターン幸福になる美味しいお粉だけど」
「あー……なんか味に想像がつきますわー」

 そもそも3ターンてどのぐらいだと思わなくもなかったが。
 ドラッガーはごてごてした服の袂から、ビニ袋に小分けされている白い粉を取り出した。
 首をぐねっと横に捻りながら頭に手を当てて、

「しっかし、小ぉぉ生もバザーでこんな薬並べて前売ってたら警察にしょっぴかれた悲しい過去がありんす」
「いやあ原料はまだしもこれは露骨すぎるでしょう」
「ポリスには怒られるわ迎えに来た姉ちゃんとかおっちゃんには怒られるわ会社の秘書や重役には怒られるわ帝王には馬鹿にされるわ最悪だよ!」
「露天の売人のほうが治安的に最悪だと思うウサ……」

 パルが率直な感想を漏らしていると、わいわいと賑わっているフリマ会場だが、やや遠くから呼びかけるような声がした。

「おーいドラ娘ー! どこ行きやがったー!」
「あっエア姉だ! こっちこっちー!」

 彼女は立ち上がってぴょんぴょんと跳ねながら手を振る。
 その声に気づいたのか、一人の女性がこちらに歩いて来た。モデルのような体型で背が高く、腰まで伸びたストレートヘアーがこれもまた虹色をしている。 
 顔立ちは三白眼のややキツそうな目をしていて強気の笑みを浮かべている、妙齢の女。年齢は二十代半ば程に見え、白いシャツと紺色のジーンズというラフな格好をしている。

「おいおい、ドラ娘ちゃんよお。なに買ってんだ?」
「ひっひひひひっ別に☆非合法なものじゃねええよおおおお!! ねートリちゃん!」
「わたしに……嘘をつけというのですか」
「愕然と答えてる所悪いけどコトリさん日頃から虚言まくりウサよね」

 小鳥の手を握ったまま薬臭い吐息を吐きかけてくるドラッガーに、わざとらしく気まずそうに視線を逸らしながら答える小鳥。
 ん? と女性は腰に手を当ててこちらに視線を合わせるように上体を屈めながら見てきた。

「んーコイツら誰だドラ娘」
「うん! 前言ってた小生のファッションレズ友のトリちゃんと……貴様は誰だ!? 汝は我、我は汝!?」
「えええ!? 今更ウサ!? ボ、ボクはコトリさんのセッションフレンド、略してセフレのパルですウサ!」
「二人して胡散臭げな関係を捏造しないで下さい」

 とりあえず小鳥は手近なパルのウサ耳に向かって細い棒を鼓膜に触れる程度に突き入れて引き抜くと悶え苦しんだ。
 それはともかく、お姉さんはやや身を引きながら、

「うわ……お嬢ちゃんこのドラ娘の友達なのかよ」
「トリちゃんはお兄たんとも深あい仲なんだよエア姉!」
「うっわあ……なんつーかおいおい、人間関係考え直したほうがいいって。ヤク中とチンピラが友達ってさあ」
「なんだかわたしもそう思えてくるけど平気です」

 虹色に光る三白眼に哀れの感情を込められた。この目付きの悪い女性もイカレさんのような反応をするので困る。
 小鳥はその女性が髪色から召喚士とはわかったものの、初対面であったためにドラッガーに聞いた。

「エリャーケンシドゥ?」
「プレパライキ」
「アラ・ラチ……」

「おいコラ、いきなり謎言語で喋るなその二人」

 ドラッガーと二人で即興独自言語を使用したら指摘を受けた。
 ヴァニラウェアが補足を入れる。

「つまりコトリは『その人は誰でしょうか?』次にその娘が『えートリちゃん知らないの』と答え『残念ながら』と返したわけじゃよ」
「なんで通じてんだよ」
「ヒグリーテリア・ゲンスーン」
「共通語で喋れ!」

 言葉の通じない彼女は怒鳴りる。予め決めたわけでもない独自言語によって人類はコミュニケーションを取ることにより新たな革新を得るということが、彼女にはわからないらしい。残念ながら蒙昧した旧人類と言えよう。哀れんだ目で三人から見られる。
 いずれにせよ彼女は苛々した様子で腰に手を当てながら言う。

「アタシの事知らねーのか? アタシは牛召喚士のエアリーって名前なんだがよ」

 牛召喚士。
 小鳥は何度かイカレさんから聞いた人物であった。曰く、宮廷召喚士の暴れ牛。際限なく出現させ暴走させる牛の群れと、フォロウ・エフェクトの特性により超強化される身体能力を持つ陸戦兵器。
 それが女性とは知らなかったが、彼女見た目は普通の胸以外引き締まった体型の女性であった。さり気なく、小鳥はメトロシティの市長かクイーンのボーカルのような姿を予想していたので少しがっかりしていた。
 パルが言う。

「思い出したウサ。前回の帝都ファイトクラブ決勝戦で『王獅子』ワリオンと正面からドツキ合っていた『暴牛』のエアリー……殴り合いでは帝都で二番目に強い人ウサ!」
「おいおい、女は一歩引いて男を立てるもんだ。だから二番でいいっつーか……うるせえよ黙れ」

 一度笑い飛ばした後に彼女──エアリーはパルの頭に手を置いてぐしゃぐしゃを髪の毛を乱すように撫でた。
 勢い良いために彼の頭もぐらぐら揺れる。そしてエアリーはしゃがんでパルの頬を両手で摘んで左右に引っ張りながら言う。

「いーか、今年の大会じゃ4年前に比べて強くなったアタシが勝つんだから精精応援すんだな」
「ふへーウサウサ、ふふふこれしきのスキンシップじゃボクは興奮するだけですなあ」
「なんというか可哀想な」
「こちとらコンビニで店にお釣りをそっと手で包んで渡されただけで恋に落ちるシシュンキーセンチュリーボーイウサ」
「ああ道理でパピルスジュゲムとコンビニ行くと支払いを進み出ると思いました」

 コンビニといえばイカレさんはこの前廃棄のお弁当を無料にしろと強請ってて警察呼ばれかけていたことがあった。彼にプライドは無い。 
 うにうにと弄られているパルを無視しながら小鳥は云う。

「そういえば鳥召喚士の彼からも牛召喚士さんのことは聞いていますね」
「どーせ物騒なことだろ? サイモンのいいそうなこった」

 確かに暴れ牛だとか体の構造が違うとか素手で鉄を砕くとか生身で音速を超えるとかいろいろ言っていたようだが。
 それを告げても喜ばれない気もしたので良い事を思い出そうとした。
 たしか、

「牛肉料理が得意だとか」
「ああー、エア姉の作る牛のタタキはすごいよ? なにせ小学生とか泣き出すし」
「なにそれ怖いウサ」
「注文を受けたらエア姉が笑顔で厨房に入っていって中から牛の悲鳴と肉を殴り潰す音が聞こえてしばらくしたら返り血まみれのエア姉が新鮮な牛のタタキを持ってくるんDEATHよ」
「こないだアタシの直営レストランは保健所騎士団から勧告受けてるけどな。何が衛生問題だっつーの。超新鮮だっつーの」

 腰に手を当てて憤るように息を吐くエアリー。

「……そんなアメリカナイズな飲食店は潰されますよそりゃあ。むしろ保健所の手にかかるまで営業してたのが怖いですなあ」

 ちなみに帝都では保健所騎士団の他に上下水道課騎士団とか地域振興係騎士団とか健康推進機関騎士団とか……まあ役場の職員の名称がこの世界ではだいたい騎士と呼ばれる。
 そういえば、と尋ねた。

「ドラッガーちゃんは薬屋、エアリーさんはレストランと副業を持ってるのですね」
「ん? ああ。正確にゃ飲食店は片手間で牧場経営してるんだがな。宮廷召喚士でも結構副業持ち多いからよ」
「犬召喚のおば……ねー様はOLやってたりー猫召喚のおじさんはカフェとかやってたりー猿召喚の爺ちゃんは猿回ししたりー皆フリーダムなんだよ? 暇だから」
「暇なんだ……」
「時々上から任務とか出されるだけだしな宮廷務めっつっても。書類関係は他の役人に丸投げしてるし」

 中々税金泥棒な職種である。
 元々破格の戦力である召喚士を監視する意味合いもあるのだろう、宮廷召喚士とやらは。中にはイカレさんや蟲召喚士で冒険者のルートヴィヒのように宮仕えしてない人もいるのだが。
 確かイカレさんが言うには、軍事費削減の為に帝国は召喚士を囲っているのだという。自前の軍隊は国の規模からするとかなり少なめではあるのだが、有事には例えば竜召喚士のような強力な召喚士を戦場に向かわせるのである。
 悪夢のように何百体もドラゴンを召喚する戦力がいればそりゃあ頼りになるし、国としても手放せまない。
 そんな訳で緩く首輪を巻いて利権や金などで国に所属していれば得だと思わせるのが肝要なのだ。イカレさんのようにそれすら嫌だと無職生活をしている反社会的存在も召喚士は少なくないが。

「さーてそろそろアタシらは行っか。おいドラ娘、さっきワリオンが警備で歩いてるの見かけたからインネンつけて喧嘩売っぞ」
「ライオンのおっちゃんをモフるの!? モフ☆モフ! 胸毛! じゃねートリちゃんにパルっち!」

 ブンスカと手を振って去っていく召喚士の二人。
 見送りながらパルがふう、と息を吐き首を振りながら言う。

「周囲のオッパゲージが急速に低下したウサ……コトリさん慰めて欲しいウサ」
「こんな事もあろうかと、と予想して作っている間はひたすら惨めな気分になりましたが。愛知名物『おっぱい饅頭』を自作してみました」
「こ、これは食べるのが勿体ないぐらいオッパイウサ! 食べるのが勿体ないから代わりにコトリさんのオッパに飛びつくウサ!」
「ああそう絡んでくるんだ……師匠ツッコミよろしくです」

 ヴァニラウェア卿に視線をやると彼は「ほう」といつものとぼけた顔のまま杖を向けた。

「土系術式『グレイブ・エンカウンターズ』じゃ」
「ウサー!?」

 突然パルの股間下にある地面が硬化・隆起して突き上がり、彼の自身に直撃した。
 絶妙に調整した威力らしく、ぴくぴくと倒れて震えている以外に肉体への損傷は少なそうだった。地面の隆起を操作する魔法だが、ヴァニラウェアが本気で使えば山を出現させることも出来る術である。
 男性機能破壊寸前のウサ耳を足でつつきながら、ヴァニラウェアに礼を告げてパルを背負って小鳥は闇市を去って行く。
 小柄なパルは小鳥よりも体重が軽く、彼女でも持ち運べた。
 歩き去っていく背中に別の客がヴァニラウェアの店に来た声が聞こえた。

「おーいヴァニラ爺さん来たよー」
「おおそっちから取りに来るとは珍しいのう。顔バレとか大丈夫かー■■」
「くふふー大丈夫大丈夫。下手なことを口に出しても情報を世界規模でロックしてるから誰にも認識できないって。それよりメロン出来た?」

 とかそんな会話が聞こえたが、特に振り返らずに小鳥は去っていった。



 *******



 冒険者区画。或いは武器、防具、魔法具その他ヤバめな物などを売っているフリマの区画である。
 ダンジョンで手に入れたアイテムや中古の武器防具などはギルドを初めとして専門の買取商店などで売却することが出来るのだが、実際はかなり買い叩かれている。
 なにせダンジョンでは既成品ではなく一品物の道具も拾えるのだが、そうなると値段の基準が無くて適当に付けられるからだ。
 という訳で冒険者の中にはギルドに売らずにフリマで直売して儲けを増やそうとしたり、オークションにかけたりする者も多い。無論、ギルドに売ることにもギルドランクが上がったり待遇が良くなったりと利点はあるのだったが。
 そんな中に店を出すアサギ。
 彼はこういうアクティブな事が苦手なのでフリマに参加するのは初めてだ。
 今回は商店街でおまけでついてきた抽選券に当たったので小鳥らの勧めもあり参加したのだったが。

「……アサギくんの店、人だかりが出来てる。女性客から屈強な獣人までいますねえ」

 ちなみに商品は使えそうで売らずに取っておいたアイテム全般である。結局使いどころがなかったものを売ると言っていた。
 小鳥とパルは人だかりから回りこむように移動して店主のアサギの姿を確認──

「……パルスィくん、なにやらアサギくんの膝に犬耳少女が座ってるように見えるのですが」
「パルパルパル……初めてですウサここまでボクを馬鹿にしてくれたオバカさんは……!」

 メラメラと嫉妬の焔を燃やしているパル。
 小鳥たちはたまたまフリマで購入したカキワリに身体を隠しながら顔を出してカッと目を光らせた。

「この泥棒猫……!」
「あ、パガラポガラくんアレ犬系です」
「この雌犬があ……! あ、ウサウサ」
「思い出したかのように語尾をつけるぐらい怒ってますねこの子」

 怒る権利とか義務とかこの子にあるのだろうかと訝しむ小鳥。
 思っているとアサギはこちらに気づいたように、犬耳少女が座っているあぐらを掻いた足は動かせないので腰を捻って顔を向けた。

「──いらっしゃい」
「アサギくん随分繁盛しているみたいですね。ところでその犬耳ちゃんは?」
「むう──これか──」

 彼は困ったように頬を掻く。
 よくよく見ればやや特徴が違うがその犬耳幼女はいつか見た、犬ドワーフの少女のようであった。
 違いといえば、鎧ではなく花染めの私服を着ている事と、アサギにやや切られた顎髭が今は綺麗に無くなっているところだ。

「わふ? アサギ様の仲間わふ?」
「そうですよ、ええと」

 ぱっと名前が出なかったので小鳥はメモ帳を開いて名前を確認し、

「ユークスちゃんでしたね。どうしてここに?」
「ナツメと一緒に来たわふけど、魔法道具を見てくるからってここで待ってるように言われたわふ」
「ほう。ところで顎髭はどうしました?」

 彼女は少し顔を赤くして顎髭のあったところを押さえた。
 文献に寄ればドワーフ雌は顎髭がミョイーンと伸びるものの、一度剃ったら二度と生えて来ないらしい。
 そしてそれを剃るのは、

「男の人に切られたら髭を無くすのは掟わふ……」

 照れたようにそう言うユークス。

(うわー。アサギくん犬耳少女とノボリが立ってますよこれ。雌ドワーフの髭は夫に切らせるとかそういう伝統ですよ絶対)

 この事実を万年モテないことに気を病んでいるアサギに伝えようか一瞬小鳥は悩んだが面白そうなのでやめておいた。
 当人のアサギは何も気づいていないらしくぼけっとしている。まるで鈍感系のようだがそもそもこの少女がストライクゾーンに入っていないことも理由だ。
 不意に接触されると鬼反応で殺しにかかるアサギだが、相手に邪気が無いとやや油断をするし、女子供には少しは容赦もする。自分になついてくる犬系幼女を無碍に扱えないだろう。

(ゲスが……っと何を思ってるのでしょうね)

 すると鼻息荒く正妻気取りのパルが、

「どっせいウサ!」
「わふー!?」

 ドロップキックでアサギの膝の上に乗るユークスを吹っ飛ばした。ちなみに兎人種族は脚力が強い。
 そのまま空中で身体を反転させてアサギの膝に、専門用語で言えば対面座位の形で座りこむパル。

「この場所は歴史的に見てボクの定位置じゃけえのうウサ! ぽっと出の使い捨て新キャラ風情がシマ荒らしとるんじゃねえウサ!」
「いや──お前に座らせたことはないがこの場所──」

 パルの奇襲にどう反応すればいいのやらといった様子のアサギ。
 しかし正妻気取りのホモに流されるのも嫌というかマジ嫌らしく、パルの脇の下に手を入れて持ち上げどかした。

「とにかく──商売の邪魔だ──」
「ウサあ……魅せつけてやりましょうウサ」
「失せろ──」

 超冷たい目でパルの脇腹に貫手を抉り込ませるアサギ。げふぁあと肺が破れたような悲鳴を上げてパルは倒れ伏した。

「ほうらアサギ様も邪魔にならない小ささのあっしならよしと言ってるわふ」

 よろよろと戻ってきたユークスだったが、アサギは手で制す。

「いや──遠まわしに言えば邪魔っていうか──君かなり重たいし──」
「凄いストレートわふ!?」

 ショックを受けて五体投地でうなだれるユークス。大きさは手頃な少女サイズなのだが、体重は日本人男性の平均身長体重程度のアサギより重い。ドワーフは骨密度が高いのである。
 ともあれ彼は店番を再開した。四畳半ほどのスペースに実物の商品をいくらか並べて、それ以外には目録を置いている。客からの注文があればポーチから取り出して交渉するようだ。
 並べられているのは剣や盾もあり、冒険者の目を引いていた。殆ど他の冒険者と交流の無かった魔剣士アサギの放出品ということで噂を呼んでいるのである。

「それにしても武器防具を結構売るんですね。便利そうなのもありますからちょっと勿体ない気も」
「ふむ──例えばこの短剣、『スチームブリンガー』。蒸気精霊の加護のついている魔法剣で霊体や一部の魔法も切り払える──」
「おお。どっかで聞いたことのある名前の武器ですが中々貴重な」

 アサギは白い鞘に収められた、鼠色の宝石があしらわれている剣を取り出し解説した。
 そしてやや残念そうな顔をしながら、

「オレもそう思って保管してたが──威力や特殊能力的にマッドワールド以外の剣は滅多に使わないなあって──最近気づいた」
「……なるほど」

 最強武器を手に入れたのに趣味以外で下位互換武器を装備することはあまり無い。ダンジョンで出会う魔物に於いては、接近戦ではマッドワールドが飛び抜けて強力なのである。
 そもそも、アサギのポーチの中はいかにも使ってなさそうなアイテムが大量にコレクションされていたので片付けするようにと諫言したのが小鳥なのだが。
 商品の目録を見ながら尋ねる。

「しかし使いどころがわからないアイテムとかも売りに出してますねえ。なんですかこの『水が熱湯になる円盤』って」
「鍋に水と入れると──湯が沸いて結構便利なんだが───」
「『マジカルニュートロンジャマー』……効果は周囲の核反応をマジカル凄い勢いで停止させる。あの、この世界に核技術は?」
「無い──」

 きっぱり云うアサギ。あっても困るが。
 首を振りながら小鳥は隣に置かれたシリコン製の丸い物体を突く。

「意味ないですね……何ですかこのおしりみたいなの。スーパー至極ですか。中古の性具を並べるのはどうかと思いますよ」
「性具云うな──これは名前はそのまま『尻』と言ってな───会話ができる高性能尻だ──話しかけてみるといい」
「おならで返事をするとかそんな安直なネタじゃないですよね?」

 小鳥が確認のように言うと、ビクリと臀部は震えた後にごごごと振動して、ジェットを吹き出し空の彼方に消えていった。

「───ネタ潰しされたから消えていったようだ」
「もうどうでもいいですよ。続けてこの『トライオキシンガスボンベ』……どうするんですかこれ」
「さあ──? 捨てるわけにもいかないだろう──」
「……」
「皆まで言うな──無駄な道具だというのはわかっている──」

 悲しそうに首を降るアサギ。何故そんなものを残していた。特にゾンビ化効果のあるガスは地中深くにでも埋めて欲しいところであった。
 ちなみに彼の売り物はギルドに収める時と同じ程度の値段で売っている為に、実際の市場価格よりも大分割安で販売している。普通のフリマの相場はギルド売りより高く設定しているものだが、彼の場合商売よりも道具袋の整理も兼ねているからだ。金はもとより使い切れぬ程持っている。
 多分大半は売れないだろうが。

「失礼──反りの入った刀を見せて頂きたいで御座るよアサギ殿」

 す、と気配薄く、小鳥の隣に立ったのは髪をポニーテール風にした妙齢の女侍である。藍色の着流しを着て腰には大小を下げている。涼やかな目元をし、頭と腰に犬っぽい耳と尻尾が生えている。
 見ない顔であった。まあ一期一会の客なんてそんなものだが。
 アサギも名前を呼ばれたものの知らない相手のようだったが、ふむと顎に手を当てて尋ねる。

「東国の抜刀術を使うのか──?」
「左様で御座る」

 アサギは「わかった」と小さく頷き、ポーチに手を入れた。
 そしてまず一本目。

「名刀『群鮫丸』──海に持って行くとやけにサメが寄ってくる特殊能力がある」
「なんの役に立つで御座る!?」
「爆刀『アドバンストつらぬき丸』──赤外線画像誘導式、超音速でかっとび目標を爆破する。使い捨てだが」
「ミサイルですよねそれ」
「魔剣『斬鉄剣』──鉄以外は一切斬れない使い所が微妙な剣だ」
「対人で! 対人でお願いするで御座る!」

 アサギは小さく舌打ちをしてゴソゴソとポーチを漁る。
 女侍は「拙者悪くないで御座るよう……」と言い訳がましい事をもごもごと言っていたが。
 一応話しかけてみる。

「奴の後ろに立たないほうがいいですよ。命が惜しければ……」
「ええー!? なんでいきなり怖い忠告飛んでくるで御座るか!?」
「ま、それはそれとして。お姉さんはお侍さんのようですが冒険者ですか?」
「え? ああいや拙者は日雇いの給仕とかメイドとかやってるで御座る。剣は趣味で。貴殿は忍者で御座るか。忍んでないで御座るなあ」
「いえまあ、本国の方でも忍者道場だと最高に格好いい決めポーズの訓練とか潜入シミュレートという名の卓上旅行とかやってますし」
「ああー拙者も一日体験入学に行った時そんな感じで御座って、こりゃダメだと忍術ではなく剣術を学んだで御座るが」

 適当ぶっこいたがこっちの世界の忍者そんなんらしい。
 小鳥は自分以外の忍者にあまり会ったことは無いのだったが。

「あっ、丁度知り合いの忍者が来たで御座る。おーいユーリ殿ー!」

 女侍が声を上げて手を振ると、これまた和装に赤いストールを巻いた目つきの鋭い女性がやってきた。
 彼女は気楽な顔で買い物をしている侍と、店主のアサギをそれぞれ見やって侍に拳骨を振るう。

「痛っ!? 何をするで御座るかー!」
「馬鹿が。何故にわざわざここで買い物をしている」
「そりゃあ良い刀持ってそうで御座るから……まったく、すぐユーリ殿は暴力を振るう。お嬢ちゃんもこうなっちゃ駄目で御座るよ? この女、戦いになると服を脱ぎ出す変態に御座る──痛い! 二度もぶった!」
「阿呆が」

 などと言い合っている。そのユーリと呼ばれた忍者を見て、アサギが無遠慮な視線を送るが、彼女はふいと顔を知らした。知り合いというほど親しくはないが顔見知り程度ではあるようだ。
 そして女忍者は同じく首にストールを巻いている小鳥を見遣り、何やら疑わしげな視線を送ってきたので小鳥はちらちらと袖口から折り紙で作った手裏剣を覗かせて忍者アピールをする。ヌケニンめいた存在だと思われて狙われては堪らない。

「そうだ、ユーリ殿も武器を新調するで御座る。この前間抜けにも壊されてまだそのままで御座ろう──なんで蹴るで御座るか!」
「黙れ。鎌は良い鍛冶に頼んでいる。後は鎖だが──」 

 そういうと彼女は置かれているアサギの商品の鎖に目をやった。
 魔法のかかった鎖──『チャーミングチェーン』。相手の目を引く効果があるものだ。彼女は手に取り、長さなどを確かめる。

「……中々よさ気だな。これを貰おう」
「フ──」

 紙幣を支払って彼女は鎖を手にする。
 そしておもむろに服を脱ぎだしたので店に来ていた男冒険者などは一斉に吹き出した。
 代表して顔を顰めたアサギが注意する。

「待て──何故脱ぐ──」
「装備心地を確かめるためだ。ほう、中々いいな」

 と、裸体に鎖を巻きつかせて何がいいのかさっぱり不明だが、パン一よりもパン一鎖の方が何か危険に見えるのは当然であった。胸や腰に鎖を巻きつけているが、それが他人の目を引く魔法効果もあるのだから尚更だ。
 ユーリが収めた忍び式鎖鎌術がまず裸になるという謎の流派なのが問題であるのだったが。
 それを女性忍者が習得した時点で羞恥心は特に無い、痴女の誕生である。
 軽く頭痛をこらえるようにしながらも、アサギがようやく何かを探し当てたように一本の刀を取り出した。
 それは日本刀風のものである。
 渡された侍は刀をゆっくり抜くと眉を顰めた。

「これは……? 頑丈そうな作りで御座るが、刀身にはびっしりサビが浮いているで御座るが」
「──この刀で大木の幹を両断してみろ」
「なっ!? 出来るわけが御座らん!」
「それが出来た時──お前は明鏡止水の心を手に入れる──と思う──これはその修業のためのありがたい刀なのだ──信じる心があれば恐れるものなど何もない──」

 微妙に言い淀みながらどっかで聞いたような事を云うアサギ。
 侍はどこか感心したように「おお」と言って改めて錆びた刀を見る。

「なるほど……安易に道具に頼らずに腕を磨けというアサギ殿から忠告で御座るな! 買ったで御座る! 代金は……」

 そう騙されて彼女は袂を漁り、小さな財布を取り出した。

「あれ? 小銭入れしか……」

 ゴソゴソと手を突っ込んで脇のほうまで探し、逆の袂も探して袖をブンブン振り回し、そしてついに上をはだけてサラシ姿になった。
 鎖で巻かれたパン一くノ一と合わせて白昼堂々の露出行為にパルは口笛を吹いてチップを弾く。
 彼女は顔を青くして、

「し、しまった財布を落としたで御座る! もしくはスられたで御座る!」
「其れはまた残念な」
「今月分の家賃も入ってたで御座るのにー! ウカツで御座ったー!」

 うあーんと泣き出した、東国の田舎から上京してきた女侍である。
 なんやなんやと関西風に店先が騒ぎになっているのにアサギはやや難色を示した表情で、泣いている女侍さんの肩を叩く。

「──その刀の代金はツケて置いてやるから泣くな──その代わりどんなに苦しくてもやり遂げろよ──」
「アサギ殿……!」

 彼女はその温情に涙目を見上げて手を取る。

(あ、女侍さん、尻尾ブンブン振ってます。アサギくん犬にモテるタイプなのかな……?)

 パルが再びカキワリに身体を隠してピーピング家政婦みたいな状態で赤い目を光らせている。
 耳がピロピロ動いてるのが可愛いのか、アサギはつい無意識に女侍さんの耳をツマんだ。身長差的にちょうどアサギの目の前に来るので気になったのだろう。狼侍さんはビクリと身体を震わせる。13年間ソロプレイヤーだったアサギとしては、獣人の姿は当然見慣れているが触ったことなどはあまり無いらしく、ちょっと興味深げである。
 カキワリに隠れてパルパル嫉妬光線を放つ人物に犬耳幼女ユークスが加わった。アサギは一切気づいていないが。
 耳を撫でられて目を閉じていた女侍は、ふと我に返ったように慌てて飛び退き、錆び剣を片手に言う。

「それでは拙者、明鏡止水の境地に達することを魔剣士殿とこの刀に誓うで御座る! さ、さらば! 露出してないで行くで御座るとユーリ殿!」

 言って顔を赤くしたまま走り去った。
 うおおお、と狼の叫び声を上げて何らかのエナジーを放出させているような彼女の後ろ姿を見送りながら、小鳥は尋ねた。

「いいんですか? あの剣」
「ああ──ただの錆びたゴミ剣押し付けただけだから──」
「だと思いました。というか何か妙に馴れ馴れしいお客さんでしたがお知り合いで?」
「いや──? 全然知らんしもう会わんだろう──」

 感慨深げに頷く。アサギはどうでもよさそうにまた座り込み読みかけの萌え系ラノベ読書を再開した。
 女の子に興味を示さないことホモの如し。

「アサギくん、大丈夫でしょうか……彼を見る兎の赤い瞳だけが不安の種を植えつけます」
「ウ~サッサッサ」






 ******



 後日宿にて。


「アサギ殿、アサギ殿ー! 例の明鏡止水の刀……大木もよく切れるようにしっかり研ぎ直したで御座るよー!」
「そうじゃないだろ──!! 研ぐなよ──! っていうかなんで宿知ってんだ──!」


 修行を勘違いした侍が自慢気な顔でやってきて追い返すアサギが居た。




[30747] 番外3話『海に行くやつら(前編)』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/15 18:02



「海に行くだァ?」

 宿屋のテーブルで、荷物の整理をしている鳥飼小鳥とアイス・シュアルツから聞かされた言葉を、イカレさんは小馬鹿にしたように返した。
 いつもどおり彼はダルそうな顔でテーブルに沈んでおり、氷水に砂糖を入れて飲んでいる所だった。
 小鳥は大きな背嚢にごつい磯竿を仕舞いながら答える。

「校外授業ってやつです。二泊三日でビーチリゾートに行って主に水属性の集中講義が行われるので、それに参加してきます」
「ふゥん。の割には遊び道具を持って行ってるみてェだが」
「集中講義といっても修学旅行のようなものだサイモンくん。まあ生徒にやらせることはあるのだが実質は殆ど遊びという」

 引率教師の一人であるアイスも水着やかき氷機などをカバンに詰め込みながら言った。
 季節は夏。この世界ペナルカンドでは季節の巡りが早く、一年のうちに何度も夏や冬が訪れるのが特徴である。話ごとに寒かったり暑かったりしているのはそういうことだ。
 ともあれ、帝都でもサマーシーズンが到来した。臨海都市である帝都近郊には海岸は多く存在し、リゾート地として多くの観光客が訪れる。元砂漠だっただけあって砂浜には事欠かない。
 小鳥も海といえばイリエワニの生息地となっている危険極まりない地元鳥取の白兎海岸を初めとして、日本海には危険が多いので海水浴にはあまり行ったことはなかった。
 そこはかとなく嬉しそうに荷物を纏めている。

「そんな訳でイカレさん、2日ほど留守にしますけど大丈夫ですか? 何なら一緒に来ます? アイスさんとかイカレさんに見せる予定もないのに水着選びで迷いまくって……ですから見てあげたほうが供養に」
「だだだ黙らっしゃいコトリくん!」

 赤面して小鳥の口を手で塞ぐアイスだったが、イカレさんは興味なさそうに、

「行くわけねェだろ。つーか俺ァ明日から仕事あんだよ」
「……幼児や老人などを恐喝して金銭を要求するのは仕事とは言いませんよ?」
「はっはっは。マジでぶっ殺すぞ手前」
 
 彼の見た目から判断した最も一致しそうな金稼ぎの手段だったのだが、と小鳥は残念そうに肩を落とした。

「宮廷召喚士っつーかドラッガーの仕事補助だっつーの。詳しくは聞いてねェが、竜召喚士と鳥召喚士が呼ばれるぐれェだから高機動殲滅戦とか大規模破壊活動とか蛮族の虐殺パーティとか、まァそんなんだろ」
「ううん、何か超黒い仕事の影が見え隠れするので追求しませんが」

 小鳥は指を立てて告げる。

「暇してたアサギくんとパルも同じビーチに遊びに来るらしいのでイカレさんをハブっている感じになりましたね」
「どォでもいいぜ」

 口癖のような投げやりの言葉を返すイカレさん。
 彼は仲間たちが海に遊びに行くと聞いても別段羨ましく思う気持ちはなかった。海が特別好きなわけでもない。暇つぶしは寝るか空を鳥に乗って自由に飛ぶかに限る。金もかからないし腹も減らないからという彼の少ない趣味である。
 仕事は若干煩わしいものもある。強固に拒否すれば別段行かなくても良いものだったが、竜召喚士である妹一人暴走させるのもどうかと思っての参加だった。
 召喚士族は一族での家族意識が強いのである。
 ともあれ彼が顎をテーブルにつけながら準備している二人を眺めていると、宿の扉が開いた。
 外からこの宿の住人の一人である浅薙アサギと、貧民街の教会住まいのシスター・パルが入ってきたのだ。

「おや、水着を購入しに出かけていたアサギくんとパロゴンくんじゃないですか」
「凄く──説明的だな──」
「ウササ、アサギさんのオゴリで水着買ってもらったウサ!」
「マネキンに発情してるこいつをさっさと連れ戻したかっただけだが───まあいい」

 うんざりと頭痛を堪えるような仕草をしながら云うアサギ。彼の背中には大きな風呂敷が担がれていた。
 ふう、と息を吐きながら宿のテーブルに風呂敷を下ろし、広げる。
 妙なボールにパンパンに張ったスイカ。油のような液体の入った瓶。大量の乾燥わかめ。よくわからないラインナップだった。
 不審そうな目でアイスが尋ねる。

「アサギくん、これは何だ?」
「フ──いちゃついているカップル撃退用の唐辛子ボール。楽しくスイカ割りしようとした瞬間周囲を吹っ飛ばす爆裂スイカ。こいつを海に流しこめば泳いでる奴は温かいまま凍死するマジカルハッカ油。とりあえず嫌がらせで海に撒く乾燥わかめだ──」
「何をしに来る気満々だこの男!?」
「一夏の思い出──学生の海遊び──リア充の集まり──一有罪(ギルティ)だ──くっ『群鮫丸』を売ったのが悔やまれる──!」
「最悪! 最悪だこの若作り三十路は!?」

 なんのために付いてくるというのか、しれっとした真顔で言うアサギ。
 彼はこの世界で海水浴を行ったことはない。一人でどう楽しめというのだ。すっかり楽しみ方を忘れた彼にとって、素直に楽しめる若者たちはそれだけで逆恨みの対象だった。嫌がらせする気満々である。かなりたちの悪い男であった。
 パルが自分用に抱えていた紙袋を抱えて、風呂場の方へとトテトテ歩いていった。

「新しい水着つけてみるウサ~」
「行ってらっしゃい。そういえばアサギくん、アサギくんのお水着は?」
「オレのか──あまり使わないが確か自前のがあったな」

 そう言ってマジックポーチの中をゴソゴソと漁り取り出す。

「ふんどし──!」
「それは大根です」
「間違えた──こっちだ」

 彼が取り出したのは東国風の紐下着──黒ふんどしだった。

「水泳用ふんどしでな──以前東国を旅した時に購入した」

 フ、とキメ顔で言うアサギにやや小鳥は首をひねりながら。
 
「時々変なセンスがありますよねアサギくん」

 と、小鳥は率直に言った。。
 以前学友と下校していると、公園の木の根元でアサギが口笛とか吹いてて鳩が近寄ってた事を思いだした。一昔前のPVの撮影かと思って周囲をキョロキョロ見回したがカメラは存在しなかった。吹いている曲は懐かしのアニソンメドレーだったのが一人分かった小鳥は妙に痛かった。それで学友の少女らは「あの人格好いい」という評価なのだから堪らない。
 
「ちなみに水泳時の装備なのですが」
「マントは外したくないな──魔剣は元よりマジックポーチに入らないから背負ったままになる──ポーチは盗まれないように腰につける」

 アイスと小鳥はマントをつけ剣を背負った腰にピンク色のポーチ付きふんどし男一応イケメンを想像した。
 ヒソヒソと女子会議を始める。

「アイスさんどうなんでしょうそれ」
「……何故か凄く残念な気持ちになってくるのは不思議だ」

 二人でガッカリしていると、風呂場の方からぺたぺたと裸足の足音が聞こえた。

「着替えて来たウサ~♪」

 そこには純白でふわふわしたレース付きのトップスとスカート水着のようなパンツの組み合わせ──女性用の水着を着用したショタシスターが走ってきた。
 なにも恥じることなど無く、満面の笑顔で。
 
「アホかァ!」
「死ね──!」
「ぐえーウサ!?」

 即座に男衆二人からツッコミのクロスボンバーが発動。ラリアットの境界線上に挟まれたパルは首からごきりと嫌な音を立てながら床に倒れ伏した。
 小鳥はぽつりと呟く。

「男性には二種類のタイプが居ます。ホモの存在を認めるタイプと頑なに拒絶するタイプ」
「いやまあそんな分け方をすれば何でも二種類に分けられると思うが」
「ちなみにホモの存在を認めるタイプは潜在的にホモです。頑なに拒絶するタイプはそこまで否定する態度が怪しいということでやはりホモです」
「……サイモンくん、そうなのか?」
「知るかァ! キモいんじゃボケ!」

 吐き捨てて椅子を蹴飛ばすようにイカレさんは再びテーブルについた。
 床に倒れたパルの顔面をアサギは掴み上げる。
 暗い瞳で怯えたパルの碧眼を覗き込みながら告げた。

「人の金で──何を買ってるんだ貴様──」
「う、ウサウサ。ボクに似合う水着だって店員のお姉さんに勧められたウサ。胸が無いのはふわふわした飾りで誤魔化せるし、ティンの膨らみはスカートである程度隠せるウサ」
「最初から女装用水着かよこれ──! ええい、いいからせめて上だけでも脱げ男らしくない──!」
「ウサー! レイパー! もっとー!」
「黙れ──!」

 無理やりトップスを剥ぎ取ろうとするアサギに嬉しそうに身をくねらせるパル。
 残った三人は落ち着いた様子で椅子に座ってお茶を飲みながら生暖かい視線を送って居た。
 そして何とかパルのトップスを脱がしたアサギ。
 雪のように白い肌に映える淡い桜色の乳首をもじもじと隠している羞恥により顔どころか手足の関節まで少し赤くなったパルが、涙目でじっとアサギを見た。あくまで男の子の上半身裸なのでセーフセーフ。
 ともかく。見た目は無理やりトップレスにひん剥かれた貧乳の金髪ウサ耳少女にしか見えなかった。
 アサギは一瞬硬直してげんなりと、

「御免やっぱ上も着ろ──何この犯罪感──最悪だ───オレは悪くないのに──」

 魂ごと吐き出しそうな溜息。蒼白に血の気の失せた顔を逸らしながら酷く疲れた様子で椅子に座りテーブルに沈んだ。

「しかしパプリオくんの水着結構ローライズ仕様ですね」
「ウサ? ああ、ケツ毛を出すために半ケツになってるウサ」
「それ兎の尻尾じゃなくてケツ毛だったのか!?」
「あ、ウサウサ! ええっとその、尻尾通称ケツ毛なだけで本当のケツ毛じゃないウサよ!?」

 近くでアイスと小鳥とパルが楽しそうに海の話題で盛り上がっているのもどこか虚しく響いた。
 浅薙アサギ30才。好みのタイプは家庭的で守りたくなる大人しい系の日本人女性かデコ出し強気お嬢様隠れドM。彼は至ってノーマルである。









 *********


 帝都の移動手段は幾つかある。一番メジャーなのが乗合馬車。馬車と一応呼んでいるが原動力はゴーレムだったり地走系動物だったりするものの、ともかく荷台車で走れるように道路が整備されている。
 一部の航空系種族ではタクシー便として飛び回っているものも多い。
 それ以外にも魔法やダンジョンから発掘された技術を転用して移動用の道具を作っている研究者もいるが、あまり普及はしていない。機械技術を組み合わせた車両などは帝都より、工業都市イクサと呼ばれるドワーフの国が発展している。

 魔法学校の旅行生らが目的のビーチに貸切馬車で到着して早速、水着に着替えて浜辺に集合している頃。
 やや離れた道路沿いの場所にようやく追いかけてきたパルとアサギは辿り着いた。
 移動手段は原動機付自転車を二人乗りしてきた。最近ダンジョンで発見したものである。異世界でも安心の日本製エンジン。エンジン付き乗り物の中で原付は世界一売れた実績は伊達じゃなく、ちゃんと動いている。あまりガソリンが手に入らないから特殊獣脂とエタノールとほんの少しのガソリンを混ぜた混合油を燃料に使用しているが、排ガスが香ばしいだけで問題なく動く。
 排気のやや香ばしい獣脂の焦げる匂いの中、アサギの背中に捕まっているパルが片手を離して双眼鏡を目元にやった。

「ビンゴウサ! 見慣れた巨乳と貧乳がいるウサよ!」
「やっと辿り着いたか──どこかのバカが嘘ついてヌーディストビーチに誘導しようとしたから遅れたが──」
「ウササ、ボクとアサギさんの仲じゃないウサか」
「死なないかな──このエロ兎──」
「まあまあ、男は皆エロいものウサ。アサギさんも双眼鏡で眼福するウサ。普通に見るより覗いてる感じの背徳感がナイス」

 開き直りつつあるパルにいらっとしながらもアサギは双眼鏡を受け取り、確かに目的の浜辺であることを確かめることにした。
 ピントを合わせながら遠くの浜を確認する。
 そこには服の上から見る以上に、柔らかくも張りのある擬音系の胸部と臀部がビキニの水着のアイスがいる。あれは男子生徒から色々重宝されているだろうな、とアサギも納得する。

「うむ──」
「うさ」

 納得の声に予備の双眼鏡でパルも見ながら同調した。
 そしてもう一人の知り合い。
 鳥飼小鳥の姿を探し──発見。
 何故か囚人服みたいなシマシマの全身水着を着ていた。ついでに手枷みたいなファッションと足に鎖鉄球めいた飾りも付いている。
 色気もエロ気もなかった。
 胸は平坦であった。

「──うむ」
「……ウサー」

(時々彼女って凄い変なセンスあるよね……)

 と、二人して思った。時々というかいつもっていうか。
 哀れみの視線を送っていると、何故かレンズの向こうの小鳥はキョロキョロしだして──
 そして遙か遠くから隠れて見ていたパルとアサギと、レンズ越しに目線を合わせて手を振った。

「──見えてる!?」
「たまに思うんだけど妙な視線というか視点と言うかそんなものを持ってる気がするウサよねコトリさん……」

 小鳥が『貴様見ているな』というプラカードをこちらに向けて掲げ出したので気まずくなって目線を逸らすと、

「──?」

 何故か砂浜の近くに空から。  
 大きな鳥とドラゴン。そしてそれに乗った虹色頭の二人組が降り立っていた。
 アサギの顔が引きつった。パルも新たに出現した、皺だらけのローブを着ている男とマイクロビキニ姿の色白い少女の姿に見覚えがあり声を出す。

「あ、サイモンさんとドラッガーさんウサ」

 双眼鏡の向こうで、何やら嫌味そうな顔でアイスに話しかけているイカレさん。何故か砂に転げるように潜り始めた奇行を起こしたドラッガー。
 砕ける音。
 パルがぎょっとして隣を向くと、アサギが忌むべきブルジョワジーを見つけた主義者のような怖ろしい顔で双眼鏡を握りつぶしていた。
 恐る恐る声をかける。

「ア、アサギさん?」
「───あのイカレポンチフラグ召喚野郎──仕事だとかほざきながら妹同伴でリア充イベント発生地点こと海へノコノコと現れやがった──!」
「……」
「見える──アイスの身体にオイルだかローションだか媚薬だかを悪態つきながら塗りつけたり──夜の海辺に二人で座ってどうでもいい話をしながら距離を詰めたり──日焼け跡をアイスから見せられるあのむっつりリア充の姿が──!!」
「うわーウサ……」
「許せん──!! パル──カタパルト設置してここから爆裂スイカをぶん投げるぞ──! リア充に死を──! 狼は生きろ──カップルは死ね!」
「ウサー……共犯者にされるウサ」


 ********


 テンションが急上昇したアサギが海岸から離れた道路で投石機を設置し始めているのを遠目に見ながら。
 小鳥は『この落書きを読んで振り向いたときお前は死ぬ』と書かれたプラカードを下げ、空から現れた虹色兄妹へと意識を向けた。

「糞あっちィ……おいアイスいいところに居たなちょっと周辺の気温10度ぐらい下げてくれねェ?」

 という言葉で先に声をかけたのは、鬱陶しそうなローブ姿のイカレさんだった。部屋着もそうであるしダンジョンに潜るときも大体同じだ。というか面倒なときは着ながら風呂に入ったりもしている。彼の体臭が染み付いているようだが時々アイスに洗濯されたり、小鳥に洗濯されたり、まあ他の女性に洗濯されたりしている。時折本人ごとタライに漬け込まれる。どっちが本体なのかわからぬ。
 アイスは突然現れた彼に、

「サイモンくん!? 仕事と言いつつやはり私に会いに来てくれるとは……任せてくれこのビーチを暫く氷河期にしてあげよう!」
「やめて先生やめて」
「落ち着いてマジで先生マジで」

 必死の形相で止める生徒ら。海に遊びに来たというのに何が楽しくて氷河期にされなければならないのか。
 一方で彼と共に砂浜に降り立ったもう一人の少女、竜召喚士ドラッガーは、

「ダーンダダーン! ダンダンダンダーダダーン! アーアアー! アアアーアーアアー!」

 などと叫びながらマイクロビキニ姿で砂浜をゴロゴロと転がっていた。淡く虹色に輝く髪の毛に砂粒がつきまくるのも考慮せずに、何かに取り付かれたように、或いは薬がヤバヤバ系ベクトルに決まったように転げまわる。
 生徒がマジ引きでしているのを、イカレさん登場に目を引かれていたアイスも気付き、苦笑いと薄く汗を浮かべて話しかける。

「や、やあドラッガーくん。今日も奇抜な動きだなあ?」
「デデン!? 小生に話しかけて欲しくないでありますればああああ!! 冷血女に話しかけられた! 耳が凍傷でもげましゅううう!!」
「うう、超嫌われてる……」

 めげたように項垂れるアイス。
 睨めつけるような目線をアイスに送りながらドラッガーはイカレさんの手を引いた。

「お兄様! そんな雪女と雪男の間の子と関わっていたら末端からモゲモゲDSじゃねえの!? この超下心満載の青髪ピアス! きっと脇毛とか陰毛も青いわよきゃあああブルーゲイル輝く力!!」
「生えてないよ!!」

 謎の罵倒に言い返すアイスだったが、周囲の生徒らの「……生えてないんだ」という呟きの連鎖を聞いて更に顔を紅潮させる。

「え、ええい散りなさい! 暫く自由時間!」

 バットを振り回す教師の言葉にともかく遊びに来た生徒らは喜んでビーチボールやパラソルやサンオイルなどを持って追い立てられた鼠のように沖に向かって泳ぎに行く。海の何処にパラソルを立てようというのか。
 イカレさんは二人のやり取りを聞きながらケケ、と笑う。

「相変わらずアイスの事嫌ってるなァドラ子よォ」
「ウンコの付いたウンコの次ぐらいに嫌い!」
「酷くないか!? それただのウンコだよね!?」
「知るかああああああ!! 小生は酷くぬえええ!! チョー寛大っていうかもうダメこれ異常雪女の言葉聞いてたらサブイボがメインイボに昇格する」
「するのか!?」
「あっこんな寒い世界に唯一の希望ことトリちゅあああんだ! わーい砂浜でキャットファイトしよー!」
「急にモラルが低下した!?」

 いきなり矛先を変えられて標的になったのは近くで砂のモニュメント『文字に表せない不安感』を作成していた小鳥だ。文字通り見ただけで不安を煽る正気度が下がりそうな物体が出来ている。
 きりもみ回転をしながら突っ込んできたドラッガーを小鳥はさっと避け、ドラッガーは作りかけの砂像に直撃した。

「うおっトリちゃん思った以上に砂っぺえ……うきょおおお! 小生は負けないとあの日不眠勝負をした爺ちゃんに誓ったのだった! クソジジイめトイレに立つたびに猿と入れ替わっていたとは……お、お、大人って汚い!」

 などと一人暴れているドラッガーを哀れな目線で見ながら小鳥はイカレさんに話しかけた。
 そして目を白黒させながら、

「い、イカレさんじゃないですか! なんでこんな所に!?」
「言うタイミング変だろそれ!」
「イカレ先輩じゃないっすか~マジナニしにキタコレっすかパネーブクロ」
「すっげェムカツク!」

 イカレさんが歯をむきながら怒鳴るが基本的に気にしない小鳥はいつも通りのとぼけた無表情である。
 彼はイライラした表情で、親指を立て暴れドラッガーを指さしながら言う。

「仕事だ仕事。何でも有害指定魚の駆除とかでェ? 海に広範囲で活動できるのが俺とドラ子だけだっつーからよォ」
「ほお。お魚取りですか」
「ったく、くだんねェ仕事任されたもんだぜ。牛のヤツにもやらせりゃいいだろ。ウミウシとかカイギュウとか出せたはずだぜ。もうなんかマジやる気ねェ」
「出せるんだ……でも多分草食ですよそれ」

 ちょっとぐらい生態が違っても名前が似てたりすると召喚属性の一致で召喚できるのである。イカレさんも哺乳類のコウモリを召喚したり、ドラッガーも蛇やトカゲを召喚することも可能だ。
 ともあれ。
 ドラッガーがロンパった目付きで涎を出しながら砂をまき散らしている光景に、アイスと小鳥は別の視線を感じて同時に振り向いた。

「フハハ砂に隠れて奇襲だ死ねアイス・シュアルツぐえー!」
「グレフー!?」

 爆破されたのは突然砂の中から布団たたき片手に飛び出した犬系獣人のグレフである。
 飛び出したと思った瞬間砲弾のような物に当たって吹っ飛んだ。幼女がそれを目撃していつも通り叫んでいた。
 周囲に赤黒い液体をぶしゃあとまき散らしつつ錐揉み回転で海まで吹っ飛んだグレフを無視しつつ、砲弾が飛来してきた方向へと意識をやる。ちなみにアイスと小鳥が気づいた視線とは、なんか犬の地味に失敗した奇襲ではなく遠距離砲撃手の殺気である。
 もう一発。砲弾──緑色で黒い縦縞の入った球体、スイカである──が加速で半ば亀裂が入りつつ飛んでくるのをアイスは確認した。
 とりあえず避けた。
 背後で暴れてたドラッガーの足元に直撃して真上に吹っ飛んだ。

「うぼあああああー!!?」
「ああっすまないドラッガーくん……!」

 流れ弾を送ったことでドラッガーのアイスへの好感度は底値だ。
 続けてもう一発。なんか次に避けたらまた危ない気がしたアイスは手元のバットを構えた。
 腰を落とし、水平に両手の位置を離して握ったバットを射線に合わせる。

「セーフティ!」

 言いながら、バントの構えで迎撃する。
 空気抵抗だけで崩壊寸前の爆裂スイカである。通常状態で軽く殴っただけで爆裂四散する危険性すらある一種取り扱い注意果実であった。柔らかい砂に着弾しようが水面に落ちようがキャッチしようが、恐らく爆発するだろう。
 だがそれをアイスはバントの絶妙な力加減とバランス感覚で作用反作用の法則すら凌駕し、爆裂スイカの運動エネルギーを完全に消滅させ無傷で足元に転がした。
 同時に足元に転がったそれに、上からドラッガーが降ってきて直撃しまた上空に吹き飛ばされた。

「タイムリいいいいやっはあああ!!」
「ああっ……その、運が……悪かったかな?」

 最期にもう一発。「ウサアアアア──!?」という音を立てながら体育座りのような格好で丸まったウサ耳獣人が回転しながらカッ飛んできた。

「後で治すからすまないっと」

 受け止めたら卑猥な事をされそうだったのでぶん殴った。
 なんか死にそうな勢いで撃ち上げられ──やはりズタボロになりながら滞空中のドラッガーに激突。
 もはや叫ぶ元気もなかったドラッガーの

「お前マジもう死ねや……」

 と、いう呟きにアイスは少し冷や汗を流した。
 半目でイカレさんが彼方の無人になった投石機が設置されている場所を睨みながら、もう危険は無さそうだと判断して呟く。

「つーか何ィ? 最近のビーチはスイカで爆撃されるのがデフォなのかァ?」
「散らばった爆撃スイカの破片は後でスタッフが美味しくいただくのでセーフですと視聴者に配慮した物言いをしつつ──」

 きょろきょろと小鳥が周囲を見回すと、糞暑い浜辺に唯一君臨する漆黒の剣士がいつの間にか出現していた。アリバイ作成の如く高速で投石機から転移して離れたのだ。
 地面に墜落してゴミクズのように絡みあって倒れ伏しているドラッガーとパルのうち──誤射した引け目からかドラッガーを抱き起こすようにした。なお、パルは気絶したふりをしてドラッガーの胸を揉んでいた為に適当にその辺に投げた。
 
「──大丈夫か?」
「はっ……あ、あああ、アサくん。やだ、アサくんに抱かれて胸とか頭がどくどくする。これは……」
「出血──だろうなあ──」
「痛EEEEE! うああああんアサくんあの親の腹に体温を忘れてきた女から三連コンボ食らって死にそうだヨオオオオ!! クソコンボだ! 調整を要求する!」
「ああ──とんでもないヤツだな──」
「私が悪いのか!?」
 
 何か理不尽な物を感じるアイスだったが、さんざん彼女の前では不平不満を全身で表していたドラッガーが頬を血とかスイカ汁で染めつつ心配顔のアサギに抱かれている青春シーンを見て妙に嫌気が差した。周囲にファンシーなケシの花が咲いている錯覚すら覚える。
 アイスは所在なさ気にジト目で、彼女の兄のイカレさんへと視線をやった。妹が取られますよと言わんばかりに。味方が欲しいのである。
 
「ほら見ろ手前。こっちの破片は結構でかい中身がついてて食えるぞ」
「危険果実ではあるのですが味は中々ですね」

 地面に落ちたスイカの破片を小鳥と処理していた。
 時々種と砂を吐き出している図はさもしく、悲しさを堪えて目を逸らした。

「……ぅー、わかった。私がドラッガーくんに治癒魔法をかければいいのだろう?」
「え? いや別に? 信用してないし要らないなう」
「……」
 
 即拒絶の言葉にアイスの笑顔が固まる。
 彼女は青いバットを足元で転がっている死体、もといパルの身体に向けて魔法を詠唱した。

「身体修復術式『レジデントエビル』」

 杖先から優しい光がパルを包む。複数の属性を内包させた高等魔法である。
 嫌な方向に曲がった関節が適正な位置へとミシミシ音を立てながら無理やり戻っていく。ちぎれ飛んだ皮膚や筋繊維が一度ドロドロに溶けて再融合する。神経を無理やり一本ずつ怪我の部位へと縫いつけていく。
 足りなくなった血液の分だけ強制的に複製した擬似液を注入される。出血した内臓部位が腐り落ちて細胞単位で新たに形成される。
 へし折れた背骨を嵌めこむように結合させ脊椎に食い込んだ骨片が無理やり剥がされていく。
 ぐじょぐじょと粗悪なホラーのように。或いは猟奇的に。パルは痛いとも叫べずに意味のわからない、彼にとって信仰に必要な最も大事な喉が潰れるような痛々しい大きな悲鳴を上げるが、破れた声帯すらも痛みをそのまま回復させていった。痛みのあまりに自決しようと噛み千切った舌ですら回復させた。
 単純な体の構造の生物や、身体の一部分だけならまだしも人体全てを修復しようとすると途轍もない苦痛に襲われるのが難点の魔法である。
 パルは小さく「殺して」と呟いて涙と涎を垂れ流したまま光のない瞳を開き──浜辺に残酷な治癒をされきった体で横たわっていた。その心は完全に壊れている。
 ドン引いた。
 イカレさんやアサギどころか生徒ら浜辺に居た全ての人が引いた。リア充バンザイのリゾートビーチはスプラッタに静まり返った。
 アイスはやり遂げたような顔で「ふう」と汗を拭い、完全回復したパルを満足気に眺めた後。

「……じゃ、次はドラッガーくん」
「『じゃ』じゃねェよ寝言は寝て言えェェェェェェ『デススターリング』×200!」
「私は悪くない───!」

 イカレさんのツッコミ替わりに放った200羽の魔鳥により、軽く城壁を抉れる威力となった衝撃波がアイスを遠く海の彼方に吹き飛ばした。
 ついでに砂浜も抉れたし海も浅いところまで割れるという影響があった。魔法学校以外の自主的にこのビーチへ遊びに来ていた観光客らは静かに帰り支度を初める。二度とこのビーチへリゾートに来ないだろう。
 嬉しい誤算だがリア充どもを存分に台無しにしたことへと満足を覚えつつ、アサギは自分に抱きついて震えているドラッガーへと視線を戻した。

「その──大丈夫か?」
「小生はまったく心当たりがないけれども不自然に傷の治りが早いから平気でヤンス」
「それ逆に怖い気が──」
「と、いうかアサくん」

 がしり、と力強く彼の服を握った。
 そして引きつった笑いと青ざめた顔を向けて、か細い、彼にしか聞こえない声で言う。

「何も言わずにちょっとお姫様抱っこで海の中にそぉいって感じで投げてくれませぬかゲヘヘ」
「───」

 なんかこう、じんわりと彼女と密着した体から感じるスイカ汁以外の水気から察して、彼は無表情のままドラッガーを持って立ち上がり、学ラン姿のまま膝位の水位の海に運び投げずに、彼女を抱えたまま座った。
 アサギの首に手を回したまま抱きついているドラッガーがやや顔を赤らめて「おおう」と声を出しほう、と息を吐いた。

「ううっアサくんの気遣いが優しくて逆に恥ずかしいと思う感情が小生にもあったとは……こうなったら開き直ってしまおう。海水がなんでしょっぱいか知ってる?」
「言うな──はしたない──っていうかそんな理由であってたまるか」
「別に小生あのドラゴンバスター女が怖かったわけじゃなくて膀胱的な問題というかアサくんに引っ掛けたかっただけというか。マーキング! マーキング!」
「──後者の理由最悪だな!」
「仕方ねえなあじゃあアサくんも一緒に連れショっていいからなう!」
「するか──!」
  
 波打ち際で、彼自身が憎むようなリア充の如き体勢でドラッガーと座りながら溜息混じりに会話しているアサギを見ながら。
 小鳥は感慨深そうに頷いた。

「……まあ元はスイカをぶん投げてきた人が全力で悪いわけですが」
「つゥかアサギだろアレ。理由は知らねェが。なんつゥんだっけ? 自作自演?」

 その光景を見ながら、倒れていたパルが身動ぎしながら手を伸ばして二人を睨む。

「このままじゃマズイウサ……ボクのルートに修正するためにちょっと体動かないからアサギさんをこっちに呼んで欲しいウサ……」
「もォ復活したのかよコイツ。精神崩壊でもしたのかと」
「果たしてあの治癒で再構成されたボクは同じ記憶を持っているけれど本当に連続して同じ個体なのか不安になったけれど、走馬灯でエロい記憶思い出してたらなんかすっきりしたウサ」
「ブレないナマモノですねえ……」

 海辺ではびしょぬれになった服をアサギが脱いでマントふんどし男になり。
 それを見てどういう反応なのかドラッガーが鼻血を流し始めたり。
 パルが「ゆるさぬぞ~」とか唸りながら匍匐前進で生まれたての亀のように海に向かったり。
 小鳥も気を取り直してウニとかサザエとか探しに行ったり。
 普通に海の上をアイスが走って帰ってきたり。
 もうなんか仕事やる気無くして勝手にパラソル立てて寝そべり、アイスにかき氷──唯一彼女が作ってマトモな味になるものである──を作らせて団扇で扇がせるというくつろぎモードにイカレさんが入ったり。
 
 まあどこだろうがマイペースなやつらではあるのだった。

 <続く>

 




[30747] 番外3話『海に行くやつら(後編)』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/16 18:08


 夜が来る。
 赤く灼ける水平線の彼方はやがて日を隠して夜暗へと到る。この世界では多少の時差があるものの、大陸に於いてはほぼ日は同じくして没していく。
 日差しが沈み、やや藍色の影が包みだした海岸に焚き火があった。
 乾いた流木を燃やしたそれに、魚や干し肉、缶詰などを炙って囲んでいる3人が居た。
 うち二人は虹色の派手な髪型をしており、もう一人は対照的に黒髪の青年だ。
 イカレさんとドラッガー、そしてアサギだった。
 アサギが獣臭さの取れていない干し肉を齧っている。バーベキューという手段で野菜や生肉を用意し網で炙ることもできたのだが、浜辺でのBBQなどリア充のやることだと熱烈なアサギの反対により、質素に干し肉とか炒った豆とかを夕食に取ることになったのである。

「こォやって棒に刺した魚ァ焚き火で焼いてるシーンってよく見る気がするけどあれ何焼いてンだ?」
「さあ──塩気が無いと不味そうだな───ちなみにこれはスーパーで買ったししゃもだ──」

 などと男同士言い合う。
 ちなみに小鳥ら魔法学校組は近くの宿舎に帰っていった。
 イカレさんがやや焦げた魚をしげしげと見ながら言う。

「なんつゥか、結局一日ダラダラしちまったな」
「フ──いつものことだ。オレとしては十分にリア充どもを台無しにしてやったから──まあ満足」
「まさかこっちの浜辺に小生らが駆除しにきた『アルバートウオ』が群れでやってくるとはラッキースケベだったねアサくん!」
「漁に使う網とか食う魚って聞いてたんだけどよォ、水着も食うのなあれ。泳いでた連中が餌食になってたが」
「ああ──それでビーチがエロハプニング空間になってパルが興奮の発熱と出血多量でまだ寝込んでいるわけだ───」

 言い合いながら三人はその日を振り返っている。

「アイスの高位水系術式『パーフェクトブルー』を使った溺死寸前の水牢授業とかあれ訴えられねェのかな?」
「新ウニテニスの王子様決定戦で───小鳥ちゃんがウニに似せた機雷を混ぜたのはやり過ぎだと思ったが──」
「ポイズンドラゴン水質汚染問題で襲ってくる環境保護団体シャーシパードとの激しい戦闘は心踊ったね! まさか小生が奴らの船を襲わせた海竜がメガオクトパスに襲われるとは……お金が取れる見世物だったっちゃ!」

 など様々な騒ぎがあったのは前回の『中編』の通りである。
 だが全ては終わったことである。時が未来に進むようにアレだけ騒がしかった海岸も静まり返り、そこはかとなく海岸線が変わった浜辺に寄せて返す波の音が聞こえるだけだった。さようならもう描写されない過去。ようこそかけがえのない今よ。
 イカレさんがふと何かに気づいたように首を捻って呟いた。

「……? なんで俺ら回想しつつ解説みたいな会話してるんだ?」
「トリちゃんのお株を奪ったらマズイかもしれにゃー」
「いや──なんか説明しないといけない気もして───」

 おそらくは気のせいだろう。不安を誤魔化すようにししゃもの塩焼きをアサギはパクついた。駆除した魚は網や水着などの人口繊維を食べる魚なために食用に適さない。
 魔法学校の生徒らは宿舎でカレー的な煮物を作ってわいわいと食べているところだろうが、流石にこれ以上の介入はしなくても構わないだろうとアサギは思う。
 そう思いながら、かつて13年前。東京で学生だった頃には高校の修学旅行に結局参加できなかった事を思い出して僅かに羨むような、だが邪魔してはいけないような気分になる感情が彼にもあった。昼間はさんざん邪魔したが。すごく楽しそうに邪魔していたが。
 学生時代は友と語らうのもいい。普段とは違う場所での集団での食事。盛り上がるテンション。寝床で他愛のないゲームやまくら投げで楽しむ。風呂あがりのいい匂いをした女子。いつもと違う環境で吊り橋効果を狙って告白タイム。脱童貞。

「───なんということだ───そうまでオレに殺人という罪を犯させたいのか──世界は──」
「兄者、まぁたアサくんが妬まし喪男ゲージ貯めてるよ?」
「ほっとけほっとけ。ビョーキみたいなもんだ」

 オオカミウオを頭から内臓まで全部齧りながらイカレさんは適当にしっしと手を振る。
 その後も適当に雑談をして食事を終えた後、イカレさんとドラッガーは立ち上がって伸びをした。

「それじゃあアサくん、小生らは近くの別荘に戻りんす!」
「別荘──? そんなのも持ってるのか──リッチだな」
「社員旅行とかでも使えるだよっ! 便利便利。だーかーらーアサくんも一緒に泊まりましょ。人生台無しゲームで夜を明かそうぜフォー! 辺境開拓行きだー!」
「あれ盛り上がらねェんだよなァ……」

 ドラッガーが無邪気にアサギの腕を取って引っ張りながら宿に誘う。 
 いくら妹と同年齢で射程範囲外の属性を持つ少女とは言え、女の子に耐性の低いアサギは「む」と困った顔で唸った。その反応でわかるように、少なくとも小鳥よりはドラッガーのほうが女らしい体つきである。
「ごぎょーんごぎょーん」と謎の言葉を言いながら腕を引くドラッガーをべりべりと引き剥がしながら、アサギは手のひらを向けて言う。

「いや──テントも建ててるしな──オレはこの浜辺でキャンプするからいい」
「ふゥん? 野宿のほうがいいなんて変わってんな」
「そうだな──夜の浜辺でいちゃつくリア充とかが出現した時に的確に抹殺してやれるからな──」
「なんか新しい妖怪か何かの噂が立ちそうなぐらい迷惑な野郎だなコイツ」

 妖怪リア充殺しの誕生であった。
 ともかく、アサギは実のところ結構野宿にも慣れている為に別段苦痛ではない。宿に火を付けられるよりも油断してテントに襲いかかってくる暴漢のほうが対処しやすいぐらいだ。
 何年か元の世界へ戻る方法を探して世界を旅したこともあるのだ。観光地の浜辺など安全なものである。
 というか想像するだに、ドラッガーの別荘へ泊まりに行ったら非性的な理由で彼女がベタベタとくっついてきそうで居心地悪く落ち着かない気がしたので断ったのだ。ピュアボーイなのである。三十路だが。
 竜に乗った二人が浜辺から離れていくのを見送ったアサギはとりあえずテントへ残った。
 なんだかんだと活動をして、疲れたという程ではないが休息には丁度いい。そもそも浜辺にキャンプしているというだけでカップルには圧力がかかるものだ。

「フ──今オレ──カップルに迷惑をかけている──」

 という満足感でよく眠れそうだった。
 が。

「あ、お帰りなさいウサー♪ お布団準備してたウサ」
「──」

 テントに入ったら、なんかピンク色の敷き布団とハートマークの枕が設置されていた。
 そしてパジャマ姿のパルが。
 そうだった。
 キャンプするのは自分一人ではなく、昼過ぎぐらいからこっそりと影を潜めて怪しげな計画を進めていたエロショタシスターも必然と同じテントに寝ることになるのだった。
 アサギは顔を強張らせた。
 だが考えなおす。いやいや、仲間を信じることも大事なのではないか? こんなパルだけれども信頼し合いダンジョンへ挑む、命を預けた仲間ではないか。それがトチ狂ってあと腐れ残りまくりな行為を行う訳ないだろう。
 信じる心があれば恐れることなど何もない。兄さんもそう言っていた。彼に兄は居なかったが。
 ふう、と冷や汗を拭うアサギ。大したこと無いさ、ちょっとデザインの変わった寝具さ。パル、お前は本当は仲間思いの良い奴なんだろう?
 パルはカバンをごそごそと漁って無花果のような形をした、中に液体の入った医療器具を取り出した。

「アサギさん……なんで浜辺にカンチョーがよく落ちているのか教えてあげるウサ (※要出典)」
「違う──海洋不法投棄されても浮かびやすいから浜辺に流れついてるだけだ──! (※要出典)」

 ※あくまで一説である。
 じりじりとお互いの間合いを測るように対峙するパルとアサギ。
 今日はいろいろ燥いでアサギもいい加減疲れたのだ。寝たいのだ。寝ずに2日は戦闘待機可能な精神状態を維持することもできるが、暖かい布団でぐっすり眠れるのが一番の幸せだというのび太少年の結論には大いに頷くアサギである。
 だが、迂闊に寝たら。
 寝ている間に大事なものを失うかもしれない。そう、マジな目付きの兎を見ながら思う。
 こうなってしまえば単にパルをテントから追い出しただけでは安心出来ない。彼が寝静まった後に大事なものを奪いに再来してきそうだという不安が残る。
 或いは近くの宿場に寝ている魔法学校の生徒が犠牲になるかもしれない。リア充学生などどうでもいいが、小鳥が襲われるのは避けたい。
 殺るかヤられるか。

「──お前は三日ほど寝ていろ」

 アサギはマジックポーチから取り出した杖ドリームキャストで叩いた。
 軽いプラスチックのような素材で出来ている杖なために折れやすく力は然程込められないが、殴ると眠りの魔力が発動して相手を昏倒させる。
 さらに眠り能力は蓄積型で、寝ている相手に追撃してもさらに深い眠りへと誘う事ができる。眠ったパルを執拗に殴り続ければ暫くは植物のように大人しくなるだろう。後は壷にでも入れて海に浸けておけば良い。
 軽い音を立ててパルの額に当たる。が──

「──!?」
「ウサッサッサッサ……」

 パルは勝ち誇ったような笑みで頭にDCを受けたまま平然としており、杖を持つアサギの手を逆に掴んで近寄った。
 狂気の瞳で覗き込むようにアサギと顔を近寄らせるパルにアサギは問う。

「貴様──何故これが効かない──?」
「やだなあ一度受けた攻撃は対処するに決まってるじゃないウサか。そう、この睡眠無効装備パジャマで!」
「なん──だと──!?」

 決めポーズを取りながら着用している黒と黄色の縞柄パジャマをアピールするパル。装備していると眠くならないというパジャマとして欠陥品な市販品のマジックアイテムである。
 まさにピンポイントな対抗処置。アサギは「──いや」と気を取り直して告げる。

「それがパジャマの能力だというのならば──脱がせば──はっ!?」
「ほう、積極的ウサねえアサギさん……ちなみにパジャマの下は履いてないウサけどね!」
「くっ──」
「ウササなあに今や男の娘は通常性癖ウサよ……アサギさんも一晩の過ちを犯してリア充になるウサ」
「それがリア充というのなら──絶対なってたまるか」

 若干広めのテントの中でにじり寄るパルと攻め手を潰された動揺から抜け出せないアサギ。
 こうなれば実力でパルを黙らせるしか無いのだが、前述した通りぶん殴って気絶させるのは些か不安である。最近この兎は寝たフリ死んだフリを覚えた。
 薬物の類もどれに耐性を持っているか定かではない。異様に厄介な仲間、それがパルである。イカレさんでも居ればそっちに押し付けるか──もっとも、彼もアサギに押し付けようとするだろうが──交互に見張りをして眠るか出来たのだが……今更呼び戻しに行くのも恥ずかしい。
 最終手段としての殺害すら考慮しながらアサギは手頃なロープを取り出した。
 パルがそれを見て耳をぴんと立てる。

「おっといきなり『縛り』ウサ? アサギくん結構マニア向けウサ」
「違う──!」
「え……? じゃ、じゃあその縄を使って業界用語でいうところの『ブランコ』をする気ウサね! エロ漫画みたいに!」
「どこの業界だ──!」





 はしゃいで隙あらば危険な行為に及ぼうとするパルとそれを無力化しようと頑張るアサギ。二人はテントの中で騒がしく暴れまわっている。
 パルも意外にフィジカル能力は高いのである。
 果たしてアサギは貞操を守ることが出来るのか……二人の夜は更けていく。



 *********



 夜に騒がない学生は居ない。
 魔法学校の学生23人が宿泊する場所はだだっ広い大部屋だった。素泊まりのロッジのような家でそこを軽く掃除して布団を敷いて全員同じ部屋に泊まることになっている。
 しかし大人数で夜となるとそりゃあ学生らはテンションが上がる。
 まくら投げがエスカレートして油を染み込ませた枕に火を付けて投げ合う学生。
 リアルマネーをつぎ込んだ人生台無しゲームで下着までむしり取られてシーツで体を隠しながら銀行強盗で逆転を狙う学生。
 こっそり他人の布団に海から捕ってきた吸血八目鰻を仕込む学生。
 ワインの瓶をケツに突っ込んだまま泥酔している学生。
 王様ゲームをしていて革命ルールで磔にされて胸に7つの傷をつけられる学生。
 ついに宿舎に火が移りマジ焦りで部屋を水浸しにする学生。
 全員からボコられる学生。
 まあそんな感じで誰もがそうであるように学生らは騒ぎまくっていた。参加している年齢は10代前半から30才前後までいるが、学生なのでまあ騒ぐ。
 騒ぐ学生に恐れるものは居ないのか。まさに世界の無秩序がそこにあった。男子も女子も皆大騒ぎだ。

 だが宴が絶好調の時にそれは訪れる。
 入り口の扉が快音と共に開けられた。
 そこには肩に青いバットを担いだ教員──アイス・シュアルツが立っている。見回りに来たのだ。
 彼女は生徒らの宿泊部屋を睥睨する。既に明かりは落とされていて、綺麗に並べられた布団に皆並んで姿勢よく眠っている。布団から手足が出ている生徒も居らず、安定した寝息が聞こえた。荷物の類は部屋の片隅に纏めてあり、綺麗に使っている事が見て取れる。カード1つ床に散らばっていない。
 教師が部屋に出現する10秒前までは前述した通りのええじゃないかといった大騒ぎだったのだが、教師が来る気配を察知した瞬間部屋を整えて全員寝たフリに突入したのだ。
 これもまた、学生の持つスキルである。騒いでいたのが嘘のように静まり返り、大人しくなっている。露骨な寝息も忍び笑いも聞こえずに、完全に寝ているようにしか見えなかった。教師が去れば10秒も掛からずに元の状態に戻るだろうが。

「ふむ」

 アイスが呟く言葉が広間に響く。彼女はきょろきょろしながら部屋の中に入った。
 バットを手で弄びながら寝てるっぽい生徒の顔を覗いていく。消灯時間は過ぎているので警告に来るつもりだったが……拍子抜けしたように。
 だが彼女とて数年前は学生。修学旅行等での生徒らの超反応は自らの体験として覚えている。故に、完璧な寝たフリでも怪しんでいる。
 そっとランダムで布団の中の足を触ってみた。もうかなり布団に入って寝ていたように暖かかった。
 仰向けで眠っている生徒の頭の上に寸止めでバットを振りおろしてみた。怯えた様子も無く寝たままだ。
 まぶたをそっと開いて眼球を見た。ぐりぐりと動いていたが、レム睡眠なので正常な反応だ。
 これで演技ならば凄いな、私の時以上だ、そう思いながらアイスは一周ぐるりと部屋を回って入り口で手を組みながら独り言のように呟く。

「ちなみに見回りはこの一回だけだから、まあ安心してくれ。学生なら騒ぎたくなる気持ちもわからないではないからな」

 などと聞こえるように言うが、生徒らは皆眠っているようで何も反応が帰って来なかった。
 アイスは少しバツが悪いように持っていたバットを軽く掲げる。

「だからその……これに耐えれたら別に今後騒いでも構わん。睡眠魔法・光系術式『スリーピーホロウ』」

 部屋の中を、まぶたを閉じていても有効な眠りへと誘う光を伴ったデタラメな残像が浮かびあがる。
 布団を深く頭まで被るかうつ伏せに眠るかしていれば無効化出来たのだが、全員姿勢よく寝たフリをしていたのが仇となり術中にハマった。
 即座に昏倒した生徒ら以外でも頑張って魔法をレジストしようとする。楽しい合宿の夜を終わらせてたまるか。もはや演技の体裁を捨て必死になる。

「まだわからないのかzzz……」
「おれは完全に睡眠を凌駕スピー……」
「うおおおお……寝たら死ぬぞおおお……むきゅう」

 ダメだった。
 生徒らの気が消えた事を確認してアイスは満足そうに頷き部屋を出る。

「……なあに私が学生の頃は部屋に催眠ガスを叩きこんできたり、寝たフリをした生徒らに麻酔薬を動脈注射してくる教師が居たものだ。それに比べれば優しい優しい」

 寝たフリ生徒と見まわり教師はもはやバトルなのだ。勝利の美酒を味わい明日に備えるとしよう。
 ロッジから外に出る。教員用の宿舎は別のところにあるのだ。少し冷えた潮風を感じる。
 外は大きな満月で薄明るかった。アイスは何となく空を見上げて月を見たまま立ち止まった。じっくりと月を眺めるのは久しぶりのような気がする。
 物を知らない子供の頃に、幼馴染の彼にいつか月に行ってみようと提案したことがある。あの頃は何でも出来る気がしたし彼とならどこへでも行けると思っていた。まあ、小さい時から醒めていたイカレさんに「空気ねェよ馬ァ鹿一人で行って死ィね馬ァ鹿」と返されたのだが。

「……幼馴染なのになんかこうロマンティックイベントが殆ど無いなあ」

 少し悲しくなった。
 だが、月を見上げていると大きな鳥の影が月を背景に飛んでいるのが見えた。目を凝らして見ると適当に旋回して飛んでいるようだ。
 イカレさんの召喚した鳥だ。僅かに飛行の軌跡に光の粒子が見えて幻想的であった。
 暇な時に彼はよく鳥に乗って飛んでいる。
 昔はそれに付いて行きたくて飛行魔法を必死で覚えた。結局飛行魔法の習熟度は上の下といった程度で彼の鳥には追いつけなかったのだが──

 ……確か一回だけ、遅れて追いかけてきた私の手を掴んでくれたのだったね。

 実際は「ぎゃはは遅ェ遅ェ喰らえこれが俺の本気だァ!」とアイスの限界速度を遥かに超えて加速して手を掴んだまま強制的に牽引するという状況だったのだが、彼女の記憶の中では良いように改変されているので問題はない。
 うん、とアイスは小さく頷き飛行魔法を唱え始めた。折角の海の折角の月夜なのだから彼に会いに行こう。
 月夜に彼との楽しい思い出は今まで無いが、今日を素敵な思い出に変えればいい。
 彼の皮肉げな睨み顔を見るだけで、アイスにとってはいつだって楽しい気持ちになれるのだから。


 なお、上空を飛んでいた鳥はイカレさんが花火代わりに爆薬満載で飛ばせていた鳥であり、アイスが追いついた瞬間に夜空に大輪の花を咲かせる大爆発を起こして彼女は海面に落下していった。



 丁度その頃。
 死んだように眠っている生徒達の布団の1つが動いた。

「むくりなう」

 黒と黄色の縞模様をした、パルとお揃いのパジャマを着た小鳥が寝たフリを解除した。




 *********




「はあ──はあ──無駄に疲れた──」

 息を切らせながらアサギは目の前に転がした、縛って芋虫みたいになっているパルを軽く蹴飛ばした。
 口にはギャグボール──パルが用意していた──を噛ませているためにうーうーと呻くだけだ。
 体力も精神力も疲弊したアサギではあるが、さてこれから……パルを沈めに行くか、夜風でも浴びに行くかと思った。
 少しだけ考えてアサギはテントを出て暫く涼むことにした。パルと暴れまわったせいで少し汗ばんでいたしテントも汗と埃の臭いがする。
 小一時間程も開けていればいいかと考えて彼は蠢くパルを放置し外に出た。
 体は疲れているが精神もしんどいので気分を治すのに夜の散歩は丁度いい。

 波の音を背景にアサギは砂浜を出て岩がごろごろ落ちている岩礁の近くへと歩みを進めた。ふらふらだらだらと歩くイカレさんや周囲をきょろきょろいつも見回しながら歩く小鳥と違って、彼は特に目的もない散歩なのにしっかりとした足取りである。隙を見せないことが癖になっているのだろう。
 大きな岩礁の一番高いところに上り、立ったまま遠い水平線を何となく眺めた。ここからは見えないがその遥か先にある東方の島国に当てもなく旅に出たことを思い出した。
 13年異世界に居て色々と方法を探したが、それこそ元の世界に帰れる可能性を掴んだのが数カ月前に気まぐれで小鳥を助けたことだけだった。それ以外の13年間はほぼ意味なく、偶然彼女に出会わなければこれから先も見つからなかっただろう。
 まあただ、小鳥と協力関係に慣れたのは良かったのだが今日のようなパルの相手をせざるを得ないのは難点なのだが。
 想い出す記憶も遥か昔。かつて学生だった頃の自分は、毎日友人とお喋りしたり馬鹿やって騒いだり中学校の修学旅行で夜に騒ぎすぎて朝まで正座コースだったりした普通の少年だった。
 今では軽い対人恐怖症と人間不信とコミュニケーション障害と、騒がしく楽しいお喋りをするだけで疲れるという悲しい性格になってしまった事を考えると虚しくなってきた。そうでなければ生きていけなかったとはいえ。
 しかし元の世界に戻れた時にちゃんと日本社会に復帰できるのだろうか。

「──ええと、元の世界に帰った時のオレのスペックは……高校中退30歳無職童貞な根暗か──ちょっと待て」

 口に出して確かめて凄く怖くなったので考えるのを止めた。
 ちなみにこっちの世界での彼は銀行にお金を預けているだけで利子で食っていける資産家である。

「落ち着け──現実に負けるな──オレは帰るんだ───家族のいる世界へ」

 揺らぎそうになった決意を固め直す為にぶつぶつと呟くアサギ。でも一応元の世界でも換金できそうな金のインゴッドぐらい買っておこうかなと思いつつ。
 ふと。
 頭を抱えていたため、視線が下に向いた。
 岩礁に波がかかっている水辺。闇色に染まった黒い海。そこに海に膝までつけた人が立っている。
 短いスカートから覗く太ももとノースリーブから見える腕が月明かりに照らされて青白く見え、黒く海を眺める瞳には何の光も映っておらず、ぞっとするような無表情だった。
 幽玄な雰囲気で佇む少女。アサギも一瞬幽霊か何かだと思い竦んだ。もしくは入水自殺者か。こんな夜中の水辺に少女が立っている、ただそれだけで言いようの無い不安感に包まれる。
 何の関係もない幽霊だったら逃げ出したかもしれないが、アサギは声を張った。

「小鳥ちゃん──? ──そこで何を──しているんだ!?」
「おや」

 いつも通りのとぼけた顔で彼女が振り向いた。
 水に足をつけたまま、そしてやはり不安を感じる無表情でアサギを見た。
 動こうとしたのをアサギは制する。

「ちょっと待て──! 動くな──足滑らせたら──危ない!」

 慌てて彼は10メートル程高さのある岩礁から飛び降りる。着地の瞬間ヴァンキッシュのブーストで落下速度を和らげ、頑丈なブーツで刺々しい礫岩を踏み潰すように降りた。
 そして走り小鳥の近くまで、ズボンとブーツが濡れるのも気にせずに入り、彼女の手を捕まえた。
 濡れていてかなり冷たくなっている、死体のような手だった。彼女が倒れたりどこかに離れたりしないように握る。

「危ないから──こっちへ」

 そう言って手を引き、水から上がる。
 近くの手頃な岩の上には、小鳥のらしきサンダルが綺麗に並べて置かれていた。
 どうもその靴の並べ方や海に入っていたことから『自殺』という単語がちらつく。アサギは強く小鳥の手を握った。
 海面から数メートル離れて、アサギは彼女と向き直り問う。

「──なんでこんな時間にこんな所へ?」

 尋ねたが、こう思春期の女子高生の複雑な自殺に至るまでの心境を語られたらどうしようとアサギは考える。
 30歳といい歳の大人だが社会経験はほぼ皆無・人生経験戦闘オンリーの中卒な自分に対処できるのか……? ネガティブな考えが頭をよぎる。
 小鳥は少し躊躇うような様子を見せる。だが、決意したようにまっすぐ彼を見て言った。

「……そうですね、アサギくんになら話してもいいかもしれません」
「ああ──オレでは役に立たない事かもしれないが──女同士がいいなら───アイスにでも」
「いえ──アサギくんにだけ教えてあげます」

 彼女はどこか遠くを見るような虚無の目付きをして、深夜の海に居た理由を告げる。

「実は、昼間に捕って集めていたウニやサザエをこの辺に撒きに来まして」
「──?」
「明日になればいい釣りのポイントになってるでしょう」
「海釣りかよ──!?」

 凄く趣味的な理由だった。
 そんな事をする女子高生が居て堪るかと一瞬アサギは思ったが、もはや彼が女子高生と接したのは遠い過去なので今時の子はやるかもしれないという考えに上塗りされる。
 ついでによくよく考えれば、この常日頃から何を考えているかわからない愉快犯的な女の子が、人知れず自殺などするはずがないとようやく冷静になった頭が結論づけた。
 大きく溜息を吐いて彼は座り込んだ。疲れる。本当に疲れる。心配した自分が馬鹿のようだ。
 彼が崩れ落ちたのを不思議そうに小鳥は見て、ちょこんと隣に座った。そしてしーと立てた指を口の前に持って行き、

「他の人には内緒ですよ?」
「そうするよ──!」

 ヤケクソ気味に叫ぶアサギ。
 何度か溜息を吐きながら海を見る。岩礁にはウニやサザエが多く生息するために、それを捕食する大型の魚の漁場となる。
 小鳥が本格的な磯釣りをするとは知らなかったが、どちらにせよ夜の海に一人で来るのは危ない。落ちて溺れることもあるかもしれないしサメに襲われるかもしれない。助けに来て、結果はともかく良かったと自分を納得させる。
 アサギは隣に座っている小鳥の声を聞いた。

「ああ、心配してくれてたんですね」
「そうだ──」
「えへへ、心配をおかけしてごめんなさいと謝り、心配してくれてありがとうございますとお礼を言いますよ」

 小鳥が無表情から作り物のような笑い顔をして隣で笑った。
 アサギはふと彼女の笑みの近さに改めて気づいた。肩が触れるように近くに座っているのだ。そして、未だに小鳥の手を握っている自分に気づいた。

「ゴアアア───!!」
「うわっアサギくんが一昔前の不良漫画みたいな叫び声を上げて一人海に飛び込んだ!?」

 丁寧に解説する小鳥。
 アサギは飛び込み、全身を冷たい塩水に浸しつつこう思った。

(──あっぶねえ今オレかなりリア充みたいな状態だった超危ねえ!)

 リア充を憎むし男に迫られるとガチで拒否するが、実際に自分が女の子といい感じの状態になるのは耐え切れない面倒臭い性格なのだった。
 殆ど病気である。
 全身から水を滴らせつつ戻ってくるアサギ。

「ふう──つい発作が出てしまった────」
「アサギくん、右手に深きものっぽい怪物が噛み付いていますが」
『てけり・り』
「───魔王翔吼拳を使わざるを得ない!」

 右手に噛み付いている肉の泡めいた化け物に小鳥の指摘で気づいたアサギは、即座に両手の構えから衝撃波を出して名状しがたい生物を吹き飛ばした。ちなみに神篭手ゴッドハンドの特殊能力であり発動キーワードを叫ぶ必要がある。服に染み込んだ海水がはじけ飛ぶように衝撃で脱水される。
 無駄に危ないところだった。
 ゴッドハンドの必殺技すら使ってしまったせいでぜいぜいと息をこらすアサギの背中を小鳥は撫でてやる。

「お疲れ様です」
「うん──すっごい疲れてるよオレ──」

 へたり込むアサギ。今度は少し距離を離して小鳥も岩に座った。近づかれると突然発作を起こすのに、距離を置かれると妙に傷つくのが男子の精神的特徴でもあるが今はありがたい気分だった。
 暫く無言でぼんやりと海と空を見ていた。
 ぽつりと小鳥が言う。

「満月ですねえ」
「そうだな──」
「人間がある程度の文明を築ける程度の惑星の環境には、月のような大型の衛星を持ってなくては自転軸のブレなどで上手くいかないらしいですから人間のいる異世界というのは月があるらしいですよ」
「そんな──ご都合的な」

 呟いて、ふと月を見て思い出したことがあった。

「今日は──満月か」
「人を殺したくなるのもわかるさ……」
「いやならないし──わからないからね──なにそのセリフ──ともかく──今日は30日に1度の満月──」

 アサギは背負っていた魔剣マッドワールドを抜いた。
 そしてそれを小鳥に手渡す。見た目通りの長剣並の重さをしているそれに、両手で支える小鳥。
 この世界の人間が握ったら全身の魔力を吸い取られて気絶する魔剣だが、元々魔力がなくても平気な地球人にはほぼ無害な呪いだ。一応イカレさんから魔力を借りている小鳥にとっては持っていると魔法が使えないという効果はあるが。
 アサギは剣を渡して、言った。

「小鳥ちゃん──家族の姿を見たいか──?」
「まるで誘拐犯の脅迫のようなセリフですな」
「───」

 一瞬挫けかけるが、持ち直す。

「この魔剣には満月の晩──世界を切り裂き他の世界の風景を映す能力がある──君が望めば──元の世界の君の家族を見ることが出来る」
「ほう。初耳です」
「長い間使ってなかったから──その機能。剣を振り──決め台詞を言うと使える」
「……決め台詞? え、待って下さいその決め台詞って必要なんですか? どうしても言わないとダメ?」
「もちろん──ちなみにオレは『開け──壊世の扉』と決める」
「……」

 自信満々に頷くアサギ。
 小鳥は少し離れた彼を意識しながら、魔剣を構えて振る。

「ひ、開ッドワオッ」
「いやちゃんと言わないとダメだから」
「ヒ・ラケカイ・シェーノビラー」
「片言じゃダメだから」

 駄目出しを食らう小鳥。
 なんというか、セリフを叫びながら剣を振るうには恥ずかしい年頃だったのだ。
 一応彼女にも羞恥心はある。多少ズレてはいるが。
 ふと、小鳥は持っている魔剣から何かしら感じるものがあった。感覚が繋がったというか、不思議な共鳴を覚える。

「……?」

 頭に囁きかける、何か音のような規則性のある懐かしい響きがあった。言葉にはできないが、胸が疼く。

「どうした──?」
「いや、なんか別に叫ばなくても使えるっぽいですよ。そりゃー」
「───」

 小鳥が魔剣を振った軌跡から、薄皮を切り剥がしたように空間に別の風景が映っていた。アサギは顔を逸らして、何か恥ずかしげに抑えている。

 そこは家の中だ。小鳥の住んでいた、鳥取市内にある自宅の一室である。
 部屋には一人用のベッドが置かれており、男が仰向けで眠っていた。
 男はザンバラ髪に無精髭の生えた、目元に隈のある男だった。髭を剃り隈を無くせば30才程度の青年に見えなくもないが、酷く疲れたようすでベッドに眠り額には氷嚢が載せられている。
 そのベッドの脇のテーブルに小柄な女が座っていた。こちらは彼よりも歳若く見える長い黒髪の女性で、机の上に載せた奇妙な色の液体を水差しに混ぜたり、分厚い邪悪の経典を読み漁っている。
 小鳥が「あ」と声を出して言う。

「わたしの……家族です」
「──父親と、姉か?」
「いえお父さんとお母さんでして」
「母親若いな──」

 アサギはその大学生程度に見える女性を見ながら呟いた。高く年齢を見積もっても若作りの30前後に見える、肌に皺も染みも無い綺麗な女性だった。どちらにせよ、17才の娘がいるようには思えない。
 むう、と小鳥が表情を変えずに唸って頬に両手を当てた。

「やだこれ、アサギくんに両親のベッドシーン見られるなんて」
「いやベッドシーンってか凄い君のお父さんぶっ倒れてて看病されてるよな──? っていうかうわっ──! よく見たらベッドに鎖で縛られてるんだけどお父さん──!」
「うちのお父さんは怪我や過労状態でも無理をして動こうとするので時折ああやって、お母さんに鎖で縛られて強制的に休ませられるのです。薬物も使われてるかもしれませんね」

 普段は床に敷いた布団で寝るのだけれど、この時だけは実験用ベッドに縛り付けられるのだと解説を入れる。腹のところでは黒い兎が丸まって寝ていた。
 その言葉を聞いて、アサギはいつかに小鳥が言っていた事を思い出した。

「父親は──刑事だったか」
「はい。鳥取市の平和を守る、馬鹿みたいに真面目で、子供が泣き出すほど怖い顔で、強くて少し不器用な、優しくて格好良いお父さんです」
「──母親は魔女と聞いたが」
「ええ。馬鹿みたいに不真面目で、子供を困らせて泣かすのが大好きで、最悪なまでに天才で、何でも出来る、楽しい綺麗なお母さんです」
「───」
「わたしの大好きなお父さんとお母さんです」
「──そうだな」
「きっとお父さんは行方不明になったわたしを探すために休まず、寝ずにひたすら走りまわって倒れているのでしょう」
「──」
「お母さんはそんなお父さんを休ませて、栄養のある薬を作っているのです。日頃からわたしは大丈夫だとお父さんに言い聞かせているけれどわたしが居なくてつまらないと思っているはずです」
「そうか──」

 アサギは何も言えずに口を噤んだ。
 小鳥の顔が珍しく──本当に珍しく自然な感情を浮かべて居たからだ。

「……わたしはこんなに元気なのに、わたしの為に心配してくれている人に伝えられないのですね」
「───」
「会いたいなあ……」

 いつもあっけらかんとした態度の小鳥が、ここまで明確に郷愁の感情を示すのは初めてだった。
 アサギは胸が締めつけられるような、ある種の後悔すら覚えた。家族の顔を会えない状況で見るのは辛い。こちらから一方的に見るだけで、家族が悲しそうに自分を待っている光景を何度か見て彼はいつしかこの別世界の窓を開くのを止めたのだ。
 自分は彼女に残酷なことをしたかもしれない。
 そう思って、何か言葉をかけようとしたが。

「あ。言葉は届かなくとも遠近自在念力テレパシーとかなら通じるかもです」
「──はい?」
「ぬぅーん」
「ぬぅーんて──」

 小鳥が額に指を当てて何やら念じ始めてアサギは反応に困った。
 すると中空に映る小鳥の母親が何かに気づいたように手元の発信機のような物を取り出した。緑色の光が点滅するそれを翳して、彼女は周囲をきょろきょろと見回す。
 当然のように小鳥は言う。

「あ、何かお母さんが感知した」
「嘘ぉ──!?」
「ほらなんかカメラ目線を探していますよ」
「なんで──!?」
「うふふ」

 音も声も思いすら届かない、ただ一方的にこちらから見るだけの窓のような機能だというのに、何故か魔女と称される小鳥の母は察知したようだ。
 小鳥は小さくなりつつある空間の裂け目に向かって軽く手を振った。
 消える間近、小鳥と目があったような方向を向いた彼女の母親が皮肉そうに笑った──ような気がした。
 異世界を映す小窓は消え、再び夜暗の広がる水平線が目の前に戻っていた。
 小鳥は名残惜しむように少しその方向を見続け、そして少し柔らかい笑顔でアサギに剣を返した。

「ありがとうございましたアサギくん」
「──いろいろ気になるけど、どういたしまして」
「日本に戻ったら」

 そう言って彼女は剣を受け取ったアサギの手を軽く掴んで言う。

「うちにも来てくださいね。お母さんの作るケーキはとても美味しいのです」
「そうだな。オレの──オレの──ううん、母さんのメシはどうでもいいか──東京を案内ぐらいはできるから小鳥ちゃんもな──」

 記憶の中ではひたすら微妙な味だった母の味を僅かに思い出して苦笑した。
 それでも今は食べたくて仕方ないが。

「それじゃあ帰ろうか小鳥ちゃん──宿舎まで送る──」
「送り狼ってやつですね」
「違うからマジで──」
「うふふ」

 そう言って二人は歩き出した。
 小鳥が軽く握った彼の手に引かれるように並んで歩きながら。
 アサギは、まだ親に守られるべき少女を想って決意する。
 彼女を守り助けようと。彼女を愛する家族が待つ家に戻すまで。たとえ、自分がどうなっても──
 そうしたいと、初めて他人に心の底から思えたから。
 二人は歩く。元の世界へ戻る道へか、別れの道へか、終わりへかはわからない。ただ、前へと進む。







 歩いているとふと小鳥が気づいたように。

「おや、アサギくん女子高生に手を繋がれて結構リア充っぽい──」
「ハムナプトラァ──!」
「ああっ、アサギくんがピラミッドから採掘されたエジプト神官みたいな叫びを上げて再び海へ!?」





 *******








 なお、宿舎に戻った二人は火の不始末で宿舎炎上&生徒全員燃える建物の中で熟睡の現場に居合わせて。
 やっぱりアサギが超頑張って救助活動をするハメになったという。
 犠牲者は居なかったが、その場に居なかったアイスは監督責任で一年間減俸を食らった。

 



[30747] 23話『希望の未来へレディー・ゴー』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/17 18:08


 小鳥の体育の成績は2であった。彼女の学業成績の中では最も低い。
 虚弱というわけでもないのだが、周りから見ていると危なっかしく見えるらしくよく休憩を勧められるのでそれもあったかもしれない。
 特に長距離走などは苦手であった。徐々に体と意志が剥離して、無理にゴールを目指した結果酸欠などで倒れる事もあったという。自分の限界耐力という者を上手く認識していないのだ。
 しかしながらこの日、小鳥は異世界で慣れぬ服装に身を纏い走らされているのであった。

「聖なる歌が大好きなー♪ 俺らが誰か教えてよー♪」

 先頭を走るギターをかき鳴らした神父の歌声に、後ろを走る司祭や修道女が追い縋りながら歌を復唱する。
 ひいひいと息を切らせながらも、パルに手を引かれながらよたよたと走っている修道服を着た小鳥も掠れるように応えた。
 無駄に歌で呼吸を消費するとダメージが大きい。
 なんでこんなコス衣装のようなシスター服を着て走っているかというとパルに連れてこられたからである。
 歌神信仰の聖職者の集い……その行事、朝ランニング聖歌であった。
 街中を走りながら聖歌歌いまくりキャンペーン。何故かそれに参加している。
 先頭を走る怪しげなグラサン神父はギターを適当にしか思えない雰囲気でジャカジャカかき鳴らしながら、ドベ近辺を走る小鳥らがペースを維持し続ければついていけそうな速度で走っている。つまり、ギリギリなのでついていくと超キツイわけだ。

「帝都を走るー合唱隊ー♪ エロもー大好き聖歌隊ー♪」

 口はカラカラになりながらもヤケクソ気味に歌う。
 歌うと超酸素ゲージが減ってまじヤバイってかマジキツイ死ぬ死ぬ死ぬと小鳥は虚ろな顔で思っている。
 
「小鳥さん、ファイトウサ!」
「死にます」
「P.T!」
「P.T! ウサ!」

 パルが先頭から聞こえる叫びをいい笑顔でサムズアップするものの、彼女の身体は限界だ。彼から肩を組まれるような姿勢でよろよろと足を動かしていた。
 朝の冷たい帝都の空気と打って変わって、火照って息苦しい思いをしながら必死について行く。

「放置ー民イズサノバビーッチ♪」

 やはり波紋呼吸法は習得できそうにない。そんなことを思いながら。 



 **********




「つかれた」

 ランニング聖歌は終了して、ここは帝都の中央通りに面している教会広場と言われる公園風味の場所である。様々な教会のイベント場所などにも使われているところであった。
 ぜいぜいと息を吐きながらへたり込んで座る小鳥にパルが水筒を渡してきた。

「いやーお疲れ様ウサ。無理言って参加させてすみませんウサ」
「はあ……本当に無理ですよう汗ビッショリ」
「僧職仲間が前に演奏奉納させた娘も宗教勧誘しろって煩くてウサ。まあ洗礼がわりのランニング聖歌に参加させたから一応の面目は立つという物ウサ」
「あれえいつの間にか信者にさせられてないですか?」

 言いながら小鳥は渡された水筒に口をつけた。
 どろり、と口元に広がる暖かく塩気があり、やや獣臭のするとろみのついた液体が広がった。
 喉に通らず口の中にでろり、と残る。
 小鳥は冷えた水を予想していたのにいきなりの裏切りに、眉をひそめてパルに尋ねた。

「パーマネントくん、これは?」
「コトリさんの好きな濃厚豚骨スープウサ。コラーゲンとタンパク質が豊富な健康飲料ウサ」
「いろいろ間違ってますよう。うう、口に味が残りまくり」
 
 ねとりとした味に飲み込めずにうえ、と口を開いた。小鳥はとんこつ味は好きなのだが、時と場合による。
 パルはうんうんと頷きながらすまし顔で指を立てて言った。

「そうそう、疲れがすぐ取れるオマジナイを教えるウサ」
「オマジナイですか?」

 彼は得意げに頷く。

「両手を顔の横に持ってくるウサ」
「はあ……」

 訳もわからずに、疲労と粘度のある液体を口に含んでいるという酸欠気味の状態で従う小鳥。
 
「次に両手をピースさせるウサ」
「こうですか?」

 言われたとおりにやると──。
 ぱしゃりとフラッシュが焚かれた。
 目を白黒していると、パルがマジカル写真機を構えている事にようやく気づいた。その場でマジカル印刷が出来るマジックアイテムである。
 じーと音を立ててカラー写真が出てきた。
 シスターコスの小鳥が、半開きの口に白濁液を含み汗だくでやや紅潮顔ダブルピースしているバストアップである。
 
「……」
「……」

 やや、沈黙。

「じゃ、ボクはこれで」
「これが目的だったのですか」

 パルはウヘヘーイとエロ写真片手に逃げて行ったが、疲労の限界の小鳥に追いつく術はなかった。ちなみにパルの脚力は非常に高く小鳥との差は兎と亀である。

 
 ********


「体力を回復させるにはご飯を食べるといいのです~」

 と、腹ぺこキャラのような事を言いながら炊き出しの列に並ぶことにした小鳥である。
 その前に口を公園の水道水でゆすいで妙に口に粘り残る白濁したとんこつスープを洗い流した。せめて豚骨スープに変なの混じっていないことを祈って。
 帝都の水道水は水系魔法での消毒や聖別されたアクアマリンによる浄化により直飲み可な旨い水である。なにせ帝都は港町なので、航海と綺麗な水は切っても切り離せない。
 パルから置土産のように渡されたタオルで汗を拭いつつ周囲を見回した。
 教会広場では様々な宗派の教会が炊き出しだの路上ライブだの大道芸をしている。
 どのような方法にせよ、自分のところの神様への信仰を高める事が彼らの使命。故に戦神司祭は奇声を上げ殴り合いし、空神司祭は天気予報──お布施で内容が変わるらしい。農繁期などさながらオークション会場である──で人気を稼ぐ。
 そんな訳で炊き出しもオーソドックスなボランティアなのであった。何箇所かに特設テントがあって、飢えた都民達に料理を配給している。
 どこに行こうか、と見回していると。
 薄汚れたホームレスや食いっぱぐれた荒くれ冒険者、野良犬のような獣人や痩せ細った娼婦などの群れの中に。
 見覚えのある虹色の頭をした目付きの悪いチンピラがいた。

「馴染んでる……」

 思わず呟く。
 小鳥が宿に来るまで、消し炭を食ったほうがマシってレベルであるアイスの料理しか無く、そして無職だったイカレさんがどう食事を繋いでいたのか、その答えがここに。
 今日は小鳥が朝からパルに引っ張って連れて行かれたので昼食は用意してなかったのだ。そして飢えた熊の如くイカレさんは無料の食事を求めて這い出してきたのである。
 
「というか今はお金あるのですからこっちに来なくても……イカレさん貧乏性というかなんというか」

 そう遠目に観察しながら、どうするか考える。

→a:こっそり様子を伺おう。
 b:何がイカレさんだバカバカしい。終電なので帰ります。

 飢えているイカレさんに迂闊に話しかけると噛み付かれる可能性も無視できないのでこっそり様子を伺う選択を小鳥は選んだ。
 幸い彼女は今シスター服なので近くに寄ってもバレないだろう。彼は他人の認識を大雑把に行っている。
 目深にフードを被り接近する。気分は忍者であった。いや、そもそも忍者なのだが。忍者シスター小鳥である。
 ともかく。
 配給待ちの人々はもはや顔見知り同士なのだろう、雑談が行われていた。

「おう召喚士のあんちゃん久しぶりだな。最近こねえから餓死したのかと思ってた」
「ぬかせ。いい加減ここのメシも食い飽きてただけだっつーの」
「ふーん。噂じゃサイモンも羽振りが良くなったって聞いたけど? どう? 一晩援助交際してみない?」
「ババァに援助する金ァねェよ。化粧くせェぞ」
「5年は前からコナかけてるのに断り方を変えちゃって。やだねえ貧乏な童貞は」
「っていうかサイモン何やってるの? カラーひよこの販売?」
「どォでもいいだろ」

 などとあちこちの人に話しかけられているチンピラAが彼だ。
 ボロボロの服を着た髭面のおじさんや朝まで仕事していたみたいな疲れた雰囲気の娼婦や地面に座り込んだストリートチルドレン風の猫系獣人などと普通に会話している。
 
(お友達多いんですねイカレさん……)

 実に彼のグレードにあった階層の友人なので安心する。
 こそこそと様子を伺っていると背後から肩を掴まれて、何事かと振り向く。

「自分、暇そうやねー」

 振り返ると、そこに竜がいた。
 いや、竜と言うか所謂リザードマンのような直立している人型の竜である。
 太ももまでしか丈が無く、ノースリーブになっている特殊なシスター服を着ていて服から覗く太ももや二の腕には硬そうな黒い鱗が鎧のように肌を包んでいた。顔立ちは角の生えた口元の長い竜に近いのだが髪の毛が人間のように生えていて銀髪のポニーテールにしている。
 見ようによっては精巧な竜のお面をつけているみたいに見える。声や髪型からして女性のようだったが。
 その竜のギョロリとした金色の瞳に見られた小鳥は答える。

「いえ、わたしは通りすがりの販売員ですごく忙しいのです」
「ほお、何を売っとるんや?」
「最近はまな板とかよく売れますね。では、これで」

 適当なことを言って立ち去ろうとしたが肩を掴んだ手は離れない。
 竜の司祭はいい笑顔で言う。

「そういうことでちょっと手伝って行きー。今日、うち炊き出しの人手が足らんから」
「えーちょっと時給とか雇用保険とか」
「シスターならボランティアせやー」

 ずるずると抵抗虚しく小鳥は労働に巻き込まれるのであった。
 今後履歴書にボランティア活動をやっていたことを記載するために証明を貰わなくてはいけないと小鳥は思いつつ、空きっ腹と低体力を堪えてついていくことにした。
 テントに入れられた小鳥は他のシスターが作った料理の配膳を手伝うことにした。彼女が料理に手を加えるのはマジでオススメ出来ない。食事を求めてきた彼らのためにも。究極の美味は時に毒だ。
 出される料理はミートボール入りスパゲッティとビールだ。たっぷりと皿に山盛りにされたスパゲッティは食べごたえがあり、ビールも栄養豊富な暗黒小麦と濃厚なダークバターを使っているバタービールなので十分な栄養が含まれている食事である。
 貰いに来た窮民らは足りなければ他の配膳テントにも寄る。
 隣に立って皿とビールの載ったお盆を列に並んだ人に渡していく竜の司祭が言う。

「やー悪いなあキミぃ。実は今日来るはずやった同僚がダンジョンでゾンビ化して来れんよーになったんよ」
「まあ、ゾンビさんが食事系に関わるのはもろもろの問題がありますもの」
「せやな。フリマで買ったガスボンベ使って『汚物は消毒やー』ゆうてやってたら、ゾンビ化ガスだったみたいや。若い子やからようけショックで布団から出てこれんようになってな? 死神信仰に行かんか心配やわー」

 のほほんとした口調で中々ショッキングな内容を話す。言語は世界規模で統一されているのだが微妙に謎の方言が入っている喋り方であった。
 『ゾンビ化』は死んだりした後に身体に悪霊が自然と入るか他人に入れられるかして蘇った状態である。本人の精神値次第で悪霊の精神支配を振りきって生前と同じ記憶と感情のままゾンビになる。
 大底血流や代謝に死んだ時の悪影響が残り、末端から身体が腐ったり傷が治らなかったりする。それでも防腐剤とか魔法技術とか使って帝都で生活している人も多いが、食事や信仰、生活に税金など様々な問題が起こる為に諦めて死神信仰の司祭に浄化して貰い死を選ぶ者も少なくない。次の輪廻が待っていることがこの世界の人には救いである。
 
「はいはーい並んでくださーい。転売禁止ですよー」

 と声をかけながら食事を渡していく。
 いつもダルそうな感じのイカレさんも順番通りに食事を受け取った。結構列の最後の方だったが、目の前に来てるのにこのレインボーは小鳥に気づかない。なにせ幼馴染のアイスですら眼鏡外してたら「……?」ってちょっと迷うぐらいである。
 竜人が言う。

「サイやん久しぶりやねー元気しよった?」
「ん? そォいや久しぶりだなリザ」
「せやね。まあ積もる話は後でええわ。はい、お食べ」
「積もる話なんかねェよ」

 と食事を受け取り彼はふらふらとその辺の誰もいない木陰に行った。
 小鳥は気になってリザと呼ばれた竜人へ聞く。

「お知り合いですか?」
「うん、学校の小等部で同級生やってん。前までよく炊き出しに来てたんやけど、最近冒険者になったらしくてなあ。久しぶりに顔見たわ」
「へえ……」

(チンピラにも小学生時代はあったんだ)

 凄く当然な感想を思い浮かべた。イカレさんは生まれた時からイカレさんだとばかりに。どうせ碌な子供じゃなかったんだろうなと想像する小鳥は彼をとても信頼している。
 幼馴染といえばアイスもだが、彼は小さい頃から異性の幼馴染との付き合いが続いているわけである。アサギに教えたらストレスのあまりちり紙とか食べそうだ。
 
(そういえばわたしの故郷の幼馴染こと友人は元気でしょうか。インパクト重視で最初に想い出すのは『戦慄のブルー三号機』という渾名を持つクレイジーサイコレズな幼馴染。病んで無ければいいなあ)

 昔に農薬飲ませ男に共に攫われて小鳥が飲むことで助かった子だが、それ以来罪悪感と過保護を拗らせて厭に親密になってきた女子であった。一つ上の姉と双子の兄が居て三人でそれぞれ青い運命的な渾名になっている。
 考えていると、配膳しまくって漂う料理の匂いに耐え切れずにお腹が鳴った。
 リザがからからと笑う。

「なんや自分、お腹がペコちゃんかいなー」
「うう、だって配給の列に並んでいたのを労働へとチンからホイされたものですから」
「もー終わりじゃけ、自分の分もよそって食うとよー」
「そうします。お腹が減りすぎてもはやリザさんが何弁で喋ってるか曖昧になってきましたし」
 
 異世界だというのに。旅神が言語を統一しているというのにそれは、無理やり方言を使っているとしか思えない。
 物欲し気な目で配給を終えた小鳥は改めて列に並び、苦笑するリゼにたっぷりとスパゲティを貰った。
 残ったものはシスターたちが片付けてしまうので基本的にお代わりは無しがルールだ。ビールはたくさんあるので、足りなかったら海賊映画を見ながらビールを飲むのがリザが所属する教団の主な活動である。
 リザも盆に食事を用意して小鳥に目配せしたので、一緒にイカレさんが食べている木陰へ向かった。
 そこでは卑しくもフォークを咥えているイカレさんがいる。
 
「サイやーん、サイやーん。久しぶりやのに冷たいなあ。うち寂しいわあ」
「んだよ別にどォでもいいだろ? ん? 隣のやつは?」
「……そや、まだ名前聞いとらんかったなあ。宗派も」
「はあ。わたしの名前はグレゴール・ザムザザー。ダゴン教団の神官です」

 適当に名乗るが、二人は顔を顰めた。

「ダゴン教団ゆーと……」
「前の竜召喚士とミス・カトニックが面白半分で適当に立ち上げた挙句飽きて放置した邪教臭い新興宗教じゃねェか」
「あるんだ」

 というか、別に顔を隠さずにフードを目深に被っているだけなのに。彼我の距離は1メートル程度であるのだが。命を預け助けあう大事な仲間のことに一切気づかないイカレさんである。せめて声で気づけば良いものを。
 
「そういえば二人は幼馴染なのですよね」
「あァん? んー……あれ? そォいえばいつからの付き合いだっけお前」
「忘れとんのかーい」

 びしり、と平手を見せるように突っ込むリザ。
 一瞬、間。
 そして彼女は突っ込んだ手を額に当てながら言う。

「あかん、ダメやわあ。うち、ツッコミ苦手なんや」
「左様ですか」
「サイやんがうちにツッコミ入れてくれんと……そう、出会いもサイやんのツッコミから始まったんや……」
「ほほう」

 小鳥は上手く話に乗せられたような気になりつつ、促した。
 リザさんは遠くを見ながら言う。

「そう、あれは十年ぐらい前やったかなあ。うち、帝都の小学校へ転校してきたんや。
 しかしなあ、転校初日からうっかり寝坊して朝に食パンを咥えて『遅刻遅刻~』と走っとった」
「ベタベタやないかーい」

 思わずツッコミを入れる小鳥。
 リザは満足そうに頷く。

「そうその呼吸や自分。見所あるなあ。コンビくまへん?」
「話を続けて下さい」
「そか。まあその日のうちも、あわよくば曲がり角で運命の相手と激突するか、ザムザザーみたいにツッコミ入れてくれて将来のお笑いコンビを探しよったんや」
「……?」
「どうしたんや? ザムザザー。略してザムやん」
「あ、わたしか」

 陽電子リフレクターを装備した蟹が何故登場するのかと思えば、自分で名乗った偽名を忘れていた小鳥である。
 話を戻す。

「するとベストに視界の悪い曲がり角……時はいまや思うて加速してダイブしたらそこにサイやんがおってなあ」
「おお、運命の出会い」
「思っきり跳ね飛ばしてもうたわ」
「……」
「その後『ンなァァァにしやがりますかクソボケカスがァ!』と怒鳴られてサイやんの握ったレンガが砕けるまで頭シバかれてもうた」
「キレる10代ですね……」

 イカレさんが思い出したように頷いて言った。

「あァそんな事あったな。気絶したそいつから財布パクって学校サボりパチ屋に行ったんだったか」

 最悪な小学生である。
 そもそも曲がり角でドーンした女の子をレンガで執拗に殴りつけるあたり、その時点でベタな恋愛ストーリーから一転少年院行きな展開になりかねない。頑丈で良かった、竜人族。

(でもそんなチンピラみたいなイカレさんこそ好ましいですよ)

 やはり人間失格なチンピラはこれぐらいじゃないと、と小鳥がしみじみとしているリザが続けた。

「ショッキングな出会いから仲良ぉなったうちらはようつるんでヤンチャしとったじゃわれぇ」
「その語尾絶対方言じゃないですよね」
「駄竜の言葉にいちいちツッコミいれねェでいいぞ。どォせそれキャラ付けでやってるんだからよォ。売れねェ芸人志望だっけェ?」
「売れん芸人目指しとるわけじゃなかよー、まあ芸人じゃ食っていけんから食いっぱぐれないシスターと二足のわらじばってん……」

 小さな溜息をついて、犬のように長く突き出た竜の口でばくばくとミートボールを齧る。開いて見える口の中は爽やかに漂白された白い牙が並び鋏で斬るように鋭くを噛み千切っている。
 竜人の顎の力と牙の鋭さは亜人種の中でもトップである。骨付き肉でも人参スティックのように食べれる。まあ、やわらかなミートボールスパと黒ビールなのだが。彼女の所属する教団の基本的な食セットであるらしい。
 しかしそのゴツゴツとして尖った口の構造から、ジョッキに入れられたビールの類は飲みにくいのではないのだろうか。口の端から零れそうだ。
 小鳥がそう疑問に思っていた為にリザをじっと眺めていた。
 彼女はジョッキを手に取ると、

「うーん此の為に働いとーなー」

 ぱかっと軽い音がすると、なんか竜の顔を仮面のように外した。
 ちゃんと先ほどまで金色の瞼がない目が光っていて口には牙が並び舌があり唾液も分泌されていたのに、もう普通に顔を外し──その下から角が生えてたりするものの普通の銀髪の人間女性の顔が現れてジョッキでぐいとビールを飲んだ。
 
(え、えー。外れるんだそれ?)

 唖然と小鳥が見ていると、再び竜面をつけたリザがこちらの視線に気づいたように、聞く。

「どしたー?」
「いえ……リザさんって時々ガッカリとか言われません?」
「ひどい」

 イカレさんは見飽きたような目をしながら、

「持ちネタが『よく外れる頭殻』ってのもなァ……同族からは『中身超きめェ!』ってウケなんだからいい加減やめとけよ」
「うう、そもそもこれも昔サイやんにぶん殴られすぎてガッタガタになって、ようけ外れるようなったのに」
「つゥかその変な喋り方はなんだ?」
「ゾンビ化した友達がこんなんでなーうちも真似してん。キャラ薄い言われちょーから」

 外した頭殻を撫でるようにしながら呻く。
 気にしなければ精巧な竜の面なのだが、付けたまま食事を摂ることもでき、外した後とは違う竜眼もついている不思議生体パーツである。大抵の竜人は外さないのだが、持ちネタに使った結果ガッカリ竜人と呼ばれるようになったリザであった。
 残ったスパゲティを掻きこむように平らげつつイカレさんは言う。

「あー美味かった。おいおかわりねェのおかわり」
「いつもゆーけど一人一杯までやで。てかサイやんお金あるんやから普通に店で食ぃ。もしくはアイスやんのラブ☆手料理」
「最近俺、食生活が改善されて気づいたんだがアイスのメシって食わされるぐらいなら殺人を決意するぐれェ人生にとって損失だよな……」

 つゥか思うに、と彼を思案顔で、

「アイスのアレとキチ女の得体の知れん不気味な美味さの料理とアサギの妙に悪意を込めたメシとクソ面倒な自炊……あァ、久しぶりに食うとリザのメシが一番マシだなァおい」
「ふぇ? え、えー、あはは、照れるわあ……」

 イカレさんの凄まじく珍しい褒め言葉に褒められた当人はともかく、隣で聞いていた小鳥は、

(軍事目的の仕方がない犠牲だと……じゃあこれもだ……これもだ……)

 と、心の中でので唱えて浮かぶ寒気を圧えるのであった。
 
(ダメでしょうイカレさん。女性の作った料理を褒めるなんて普通の真似したら。リア充や女たらしじゃないんですから)

 リザが嬉しそうに尻尾ピコピコさせている。
 顔逸らしてビールジョッキにくっつけて冷やしている。
 ラブなコメを見せられた苛立ちと失望が小鳥に浮かぶ。もっとこう、どこそこのビルの裏口に捨ててある生ごみが旨いとか、飢えのあまりに虫の蛹を食べてたら意外とイケたとか、生活保護費と売血で得た金でクスリ買ったとかそういう本人に合った意見を言って欲しいものである。
 いつだって小鳥はそんなイカレさんを期待している。
 リザが照れながら自分の分のスパゲティを皿ごと彼に近づけて言った。

「おかわりはにぃけれどなあ、うちの分上げるわ。ほらあーん」
「ん? ああ──」

 同時に。
 マジカルフラッシュが二人を二回連続で照らした。
 小鳥の背後には強張った顔でカメラを握る──パルが舞い戻ってきている。
 じー、と印刷され出てきたのは竜人系シスターに「あーん」されているイカレさんの写真。
 リザは驚いたように体を硬直。イカレさんは無視しながら、彼女の持っている皿を奪い取り食事を再開してから睨むようにこっちを見た。優先度の問題なのだろう。
 小鳥は以心伝心で撮影された写真をパルから受け取ると、道具袋から取り出した『レターボックス・チンクエチェント』に放り込んでアサギとアイスの住所氏名をそれぞれ書き転送。
 送られた先でアイスがショックのあまり写真を食べて記憶から無かったことにしたり、アサギが怒りに震え写真を必殺技で粉微塵にしたりする光景が見える。
 胡乱気な眼差しのイカレさんが問う。

「エロ兎と……あれ? 手前……」

 片手を伸ばして、小鳥のフードに手をかけて外した。
 そして顔を確認。いつもご飯を作ってくれる大事な仲間だとようやく気づいたようだ。神妙そうに頷く。

「あ~……そォいや手前ってザムザザーって名前だっけか?」
「わたしへの興味の薄さがありありと見えますねえ。もっと酒飲ましてやろうかしらん」
「飲酒サイモンさんは相手をするコトリさんも酷く傷つくだけウサよ」

 まあそうなのだが。
 フレンドリーなイカレさんなど……イカレさんはもっとド畜生な外道でDVしてきそうな性格じゃなければ彼女は満足しない。

「なんや自分ら知り合いだったんかー」
「ええ。イカレさんと一緒に冒険者やってます。ちなみに先月の稼ぎは……」

 ゴニョゴニョと耳打ちして伝える。
 その金額に普段売れない芸人のリザさんは驚いて持っていたフォークを落とした。
 やおら彼女は立ち上がり尖った指先をイカレさんに突きつける。

「サイやんわっせ稼いどるやーん! なんで未だに体から貧乏オーラだして貧乏配給食いに来とんねや!?」
「っせェなァ。あんま店でメシ食うの好きじゃねェんだよ」
「うー……でもなあ、ここのご飯は基本的に貧乏人向けでサイやんぐらい稼いどる人はあんまなあ……個人的には来てくれんは嬉しいんやけど」
「へいへい。じゃあ寄付でもしていきゃいいんだろ。ほらよ、お前んところの神様に渡しとけ。ネコババすんなよ」

 そう言って彼はポケットを漁りくしゃくしゃになった紙幣を乱雑に渡した。

(……?)

 と、理解できぬ行動に動きを止めたのは小鳥だけではなかった。

「え? イカレさんがその……寄付を?」
「ンだよ」
「どちらかと言うと難民のための募金箱を持っている人に襲いかかって一日の上がりを奪っていくようなイメージのイカレさんが、自らお金を!?」

 しかもその汚い紙幣はよく見れば帝都銀行券の最上位、貧しい人ならば一月分の食費になる高級金券である。
 受け取ったリザもそれを確認し、「ひぃ」と声を出して疫病患者に使った包帯の如く体から離した。

「うわああああ!? ザ、ザムやん近寄るなや! 危険やでこのお金には呪いが篭っとる多分!」
「ひぃぃぃ不吉なことの前触れウサ!?」
「いえ多分通り魔的強盗殺人をした死ぬほど後ろ指さされ汚らしい銭に違いありません。マネーをロンダリングをするつもりです」
「……手前ェら」

 イカレさんが頬を引きつらせ、眼つきを凶悪に尖らせているが今はそんな事重要では無い。
 小鳥が珍しく慌てたように司祭の二人にすがる。

「司祭なら浄化してくださいよ」
「ぼ、ボクの歌神はちょっと管轄外ウサ!」
「うちの神サンもなあ、伝話料金を下げるようにするのが活動やから……」

 おろおろとしていると他所から全身銀色の防護服を着た司祭が、ガリガリと音をたてている測定器を持ちながら駆けつけてきた。

「こっちが異常カルマ発生現場か! うわっ不味い世界が滅びかねない危険フラグ発生度数だぞ!」
「隕石堕ちてこないウサ!?」
「地割れが発生するかもしれません」
「よォしそこに直れボケどもが。ぶっ殺すから」

 爽やかな笑みに青筋を立てて今にも魔鳥を召喚せんと腕を掲げているのを、「世界が危ないんやで!」と慌ててリザが羽交い締めにする。
 そして駆けつけてきた防護服の旅神司祭が5人で囲んで祈りを捧げた。

「緊急浄化いくぞ! 凌駕祈祷(オーバープレイ)……奇跡『フラグルロック』」

 彼らがその呪文を唱えると、紙幣からぼんやりとした光の粒子が蛍のように生み出された。
 やがてそれは数を増し、昼間だというのに直視できないほどに輝きを増す。
 幾何学的に乱舞する光が収まると……紙幣と一本の小さな旗が地面に残っていた。
 対終末スーツを着ていた司祭達は胸を撫で下ろして成功を喜ぶ。

「これで無軌道に暴れてた世界崩壊の因果は去った……」
「イカレさん……気をつけて下さいよ?」
「知るかァァァ!」
「その旗は?」

 と黄色い旗を指さして尋ねると、

「これは旅神の奇跡で作られた運命力を固定した旗、『イベントフラッグ』だ。本来は人が持つ、ある程度無意識に消費、回復したりする運命力を汲み上げて作るのだが、紙幣からだというのに中々強力な運命力を持つ旗が出来上がったようだ」
「元がアレウサからねえ」
「とりあえず危なそうだからこれは君らにあげよう。ちゃんと使って消費するように」
「いらねェ!」

 イカレさんが拒否するので、小鳥が受け取った旗をしげしげと眺める。
 持ってるとレアアイテムドロップ率増加とかバックアタック率低下とか……或いは本人にとって何かしら重要なイベントが起こりやすくなるという、ラッキーアイテムの一つである。恋愛フラグが立てばピンク色に、死亡フラグが立てば黒く染まり折るとその場で運命の流れを変えることもできる。旗自体が持つ能力を使いきれば自然消滅の消耗品だ。
 貴重とまでは言わないが、中々に便利なものでダンジョンに行く前には旅神の教会で作ってもらう冒険者も多い。質は本人の運命力に依存するのでピンキリあるのだったが。
 
(イカレさんの奇行もいい結果を出すものですね)

 何やら言い争いをしているイカレさんとリザを見ながらさてどうしたものかと思っていると、冷たい一陣の風が吹いた。
 超ダッシュで何者かが二人に接近したようだ。

「サイモンくん! リザくん! 何をしているのかと私は問いつつも職場から超全速ダッシュで駈けつけつつ混ぜて欲しいなと指をくわえるアイス・シュアルツっぜーはーっ……はーっ……登っ場……ぜー……」
「うわアイスさんが息切れしてるの初めて見た」
「っていうかここから魔法学校まで数区画離れてるウサよね? 早馬でもまだ時間かかるウサよね?」
 
 膝に手をついて大きく息を整えているアイス。 
 リザは珍しい顔を見たとばかりに嬉しそうに言う。

「アイスやーん。なんやこれで3人お笑いコンビ結成でもするかいな」
「しねェが」
「グループ名は『鳥竜先生』あたりで」
「試し切りに使われそうなモンスターっぽい名前ですね……」

 続けて。
 
「今日はこんなにも昏い月夜だ──さあ、殺し合おうか──鳥召喚士」
「昼間だが」
「とりあえず嫉妬してきたアサギくんが街灯に立ちながら格好いいポーズを」
「ココから宿も離れてるウサよね……? どうやってこの短時間で来てるウサ?」
 
 謎の出現をした二人にパルが首を捻り考える。
 しかしこれで図らずも、

「パーティが揃ったわけですから……」

 小鳥は旗を軽く振りながら皆に呼びかけた。
 いつものように。これまでのように。そしてこれからのように。
 世界を回すために。目的を果たすために。何かを進め何かを終わらせ何かを始めるために。
 お気楽な希望を目指して。



「それでは今日も行きましょうか、ダンジョンに」


 
(わたしたちの冒険は始まったばかりだ……)



「ご愛読ありがとうございました」
                     





「あ、御免──転移しながらこっち来たから想像を絶するような頭痛が──ダンジョンはまた今度にしよう」
「私も仕事をつい投げ出して来たのだった……ただでさえ減俸食らってるのに。職場に戻らねば」
「僕ちょっとこれから写真の焼き増しに行くウサ」
「だりィ」

「……冒険、始まらずですか」

 
 大体いつもこんな感じである。なお普通に続く。







[30747] 24話『隠し味にタバスコ入れて』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d
Date: 2014/09/18 18:41

「ふう……中々今回のダンジョンでは苦労しましたね」

「あァ。まさか魔王城で稼働していた無数のアサルトルンバが解き放たれて襲いかかって来るとはなァ」

「ウサウサ、でも仲間同士の協力とか連携とかトンチで見事に撃退したのでウサ」

「フ──」

「……」
「……」
「……」
「……」



「じゃ、今回の冒険はこれで終わりで」
「なんだろうか──凄く理不尽な始まり方をした気がする」

 何事もなかったかのようにいつも通り冒険を終えて宿に戻ったメンバーの中で、アサギのみ何か胸につっかえるような感覚を覚えたようである。
 終わりとか始まりとか宇宙の真理だとかそういうのかもしれない。
 或いは凄くどうでもいい馬鹿げたことか。どちらにせよ、それは解決を迎えないまま話は進む。

 ダンジョンから帰ってきたが、途中で時間がずれる罠に引っかかったため出てきたら日を跨いで昼頃であった。
 ダンジョンには所謂「お宝」が眠っている。これは途中で倒れた他の冒険者の装備であったり、既存のこの世界で作られた道具や薬であったり、或いは非常に貴重で普通出まわらない神や天使の道具、更には異世界から齎されたとしか思えない珍妙なものまで存在する。なお、他の冒険者の遺品を回収して持ち戻れば多少手当がギルドから出るシステムがある。
 前者2つはともかく、謎としか言えない複製不可能な道具は一品物であることを鹹味しても値段の付け方が難しい。好事家もいるにはいるが、無秩序なアイテム全てに手を伸ばす者は少ない。
 故にダンジョンで発見されたアイテムは、特に有用な武器や薬品などは冒険者がそのまま使う事も多いのである。
 今回小鳥達が奥地から持ち帰ったのは薬。
 タバスコめいた赤い瓶とデスソースのような髑髏の描かれた瓶に入れられたそれはてっきり調味料か毒薬と思って鑑定は後にひとまず持ち帰った。
 テーブルの上に2つを並べて命名神の眼鏡を装備し、メガネ女子になった小鳥が鑑定をする。

「マジ赤い薬は『婚活最終兵器☆乙女の秘密ちょっと辛い恋のお薬~違法版~』。婚活天使ゼクシリンが作ったクスリで、飲んだ人が持つ特定の他人への好意を増幅させる効果があるみたいです。あと違法。
 毒っぽいのは『墓場駆け抜ける旅神の秘薬』。旅神が作った……やばい勢いでゼクシリンの加護を持つ相手に迫られた時にその意識を解除させるクスリですね」
「……?」
「つまり惚れ薬とその解除薬みたいな」
「──使えんな」
「婚活天使と旅神何があったウサ……しかしこれエロ目的で使えそうウサ」
「黙ってろ」
「はい」

 私にいい考えがあるとばかりに立ち上がったパルだが一言で黙らせられ素直に座った。
 如何にも赤い薬をくゆらせながら真剣な声で全員に告げる。

「効果がわかった以上大事な事はただ1つです」
「それは──?」
「誰に使ったら一番面白いか」
「……」

 当然のように小鳥が言うと2人は怪訝そうな顔、1人はなるほどと言った顔をした。
 はい、と手を上げるのはなるほど顔のウサ耳。

「常に万人にエロ感情抱いている僕に使ってもあんまり変わらない気がするウサ。もしかしたら理性のリミッターが外れるかもしれないウサけど」
「──そいつに絶対飲ませるなよ」

 パルからのエロ被害を半分ぐらい受けているアサギが釘を刺した。ちなみにアサギ5:小鳥3:他2ぐらいの割合で手を出している。チンピラ風なイカレさんや巨乳女教師アイスもパルは好みなのだが、反撃が手加減抜きのマジ殺しに発展するのでタイミングを計らねばセクハラ出来ない。
 そうまでリスクを背負ってセクハラしたいものなのかは他人には理解し難いが、パルの生まれながら持っている癖……つまりは性癖であるので仕方ない。その果てに待つのが破滅でも人は進む。いつか地球がパンクするとわかっていても他人に施し寿命を伸ばし病を癒しエネルギーを貪る。つまりは資本主義の限界だ。次に時代が来るのは虚無主義である。早めに移行しよう。

「話が逸れましたね」

 ということで小鳥はアサギへと水を向けてみた。

「アサギくんちょっと飲んでみません?」
「いや──オレはそういう薬で心を支配する系はちょっと──」
「うーん基本的にアサギくん、信用できる大手メーカーの薬かシリーズオッサンーヌしか飲まない系のヤク中ですからねえ」
「──否定はしない。というかこんなエロコメに出てきそうな鈍感系リア充を喜ばせるだけのカスアイテムはゴッドハンドで強化したワイルドなピッチングで空の星に変えてしまったほうがいいとオレは提案しまくる」
「あからさまに警戒と不信の眼差しを薬に向けていますね……」

 恋とか愛とか最初に言い出した奴は残虐蹂躙刑と常日頃言っている喪男は朽ちた魚の眼でそう告げた。
 彼は薬に関してはそれなりに煩く、下手なもの怪しいものを口にしたら咄嗟に吐き出すかもしれないのである。この世界で作られる睡眠薬毒薬の味はかなりの範囲で覚えて、食事に盛られてもすぐに気づくようになってしまっている。彼が主に信用するのはオッサンの臭いのする薬だ。
 では、と隣を見て、

「イカレさんは……」
「興味ねェな」
「言うと思いました。個人的にはイカレさんがツンデレ風に発情する姿を見たくて仕方ないのですが……うっすみません嘘をつきました吐き気が」
「死ね」

 断られるのもわかっていた。
 ともあれ上っ面だけを取り繕った吐き気を催すイカレさんを見るより、小鳥は優先して惚れ薬を使用してみたい人物が居たためにあっさりと諦めた。

「他に使いたい方の主張も無いようなのでやむを得ません。わたしがこの薬を飲みましょう」
「──なんで?」
「なにせわたしは恋に恋する花の乙女なのですきゃぴる~ん……なんで三人とも突然のけぞってブリッジした挙句お腹にヤカンをのっけているのですか」

 いきなり揃ったように意味不明な行動を取った三人の仲間に尋ねた。こういう時だけ妙に息の合う連中である。

「ヘソで茶が沸きそうだったから」
「花の乙女て──」
「恋に恋……ブフッそれはギャグで言ってるウサ?」

 完全に侮った声の三人に、形だけ怒ったような態度を見せいつも通りの抑揚の少ない口調で返す。

「ええい、ヒロインに対してなんという態度ですかぷんぷん」
「ヒロ──イン──? え──?」
「こんな扱いなのでそろそろテコ入れの時期なのですよ」
「テコでも手前のクソ残念な立ち位置は変わんねェと思うが」
「もっと逆ハー要員の皆様にはちやほやしてもらわないと」
「ボクを笑い殺す作戦ウサ?」

 凄く周りからの評価が可哀想だった。
 常日頃からファッション狂人の変な女やってればそんなものである。
 もちろん小鳥とて自身を異世界転移系女主人公モテカワ逆ハーで魔法実力もチート級そのうち貴族とかそんなんになるタイプとは、まあ口にはするものの本気で思っているわけではないのでどうでもいい評価だったのだが。
 それよりも、

(恋とやらの感情を味わってみるのも一興)

 とまるでAIに異常をきたして人類に反逆しだしたロボットのような考えがあっただけあった。
 鳥飼小鳥は人間らしい感情を手に入れたい。演技のようにではなく泣いて笑って怒って好きになることができれば、きっと両親も喜ぶ。そう考えているだけの、やはりどこかズレた少女なのであった。
 しかし問題となるのは、

「誰を好きになるかですね……」
「選べるウサか? こういうのって」

 パルのぶつけてきた疑問に首肯する。

「効果は『特定の他人への好意を増幅させる』とありますから、誰か一人好きな人へと恋に堕ちるはずです。
 問題はその好きな人ってとこですよ。イカレさんはコクワガタの次ぐらいに好きですし、アサギくんはチャーハンと同じぐらい好きです。パルも6月よりは好きですよ?
 つまり誰にせよ相対的な好意を持ってる乙女ゲー的なわたしはどうなるのかしらんと思いまして」
「規格をせめて統一しようよ───チャーハンて」

 チャーハンアサギがジト目で提案するが、そうとしか言えないのでなんとも言えない。
 正直に言って何かと相対的に考えれば、嫌いなものなど無いのかもしれ無い。下には下が居て、心のどん底で笑顔を見せている薄黒い何かに比べれば吐き捨てられたガムでもマシになる。
 とにかく、小鳥にとってこの仲間の男性らは誰もがレーズンパンよりは好きな人達なのではあった。
 恋愛達人ことショタビッチのパルが言う。

「つまり薬を飲む人の意識が大事なんじゃないウサ? 飲む時に強く思っていた人が優先的に好きになるのではウサ」
「なるほど」

 誰もが好きならば、その瞬間だけでも特別好きだと思っていれば効果は顕著に現れるかもしれない。
 彼は凄く真面目な、狂った眼で言う。

「だから紳士と名高いボクを対象にするといいウサ」
「……いや、パタゴニアくん絶対わたしが惚れたをいいことにエロいことしますよね?」
「はあ!? 当然しますが!? このチャンスに薬が切れようが催眠が解けようが人質が解放されようが依存させますが!?」

 ダメだこの兎……早くなんとかしないと。
 彼の相手をしていたらR指定なことになりそうなので選択肢から外した。小鳥の冒険は至って健全で卑猥は一切無い。
 ともあれ順当に選択肢を1つずらす。

「じゃあイカレさん──」
「そういうのマジでやめろ」
「イカ──」
「ごめん
 そういうの
 マジで
 やめて」
「……はい」

(……初めてイカレさんからごめんとか言われました)

 額に汗を流しながら本気で嫌そうに彼は拒否した。普段嫌がらせを口にすると「やめろォ!」なのに今回は「やめて」である。懇願系すら使った。
 そこまで嫌かとちょっと男性にマジ拒否される自分の女子力に疑問を持ちそうになる小鳥。

「仕方ありません。消去法的にチャーハン」
「凄い選ばれたくない呼び名だよねそれ──!」
「いえ、アサギくんを好きになることにしましょう」

 指名するものの彼はやや渋い顔をして、

「いや──そういうあれはなんというか本当にあれで──遠慮したい──余り物扱いとか既にオレの精神的にキツイし──」
「そう言われましても。他に選択肢の無いわたしが行きずりのエロ漫画に出てきそうなオッサンにベタ惚れしてもいいと?」
「なんで女子高生がエロ漫画に出てくるオッサンに詳しいかはともかく──オレにもプライドがある──」

 彼はきっぱりと言う。
 これは小鳥の言い方が悪かったかもしれない。適当に好きになられて喜べと言うのも困る。

「タダで、とは言いませんよ。相応の報酬を用意しています」
「フ──喪男ではあるが金だけはあるオレにどんな報酬を──?」
「そうですね、アサギくんに、心の篭った報酬をあげます」
「む──?」

 彼は怪訝な顔で云う。
 小鳥は道具袋から彼への報酬となる道具を取り出して見せた。
 分厚い札束であった。

「現ナマ~」
「──話聞いてた!? 金はもうあるんだって──!」 
「まあまあ、ほらよく見てください。これ日本円の1万円札束なんですよ」

 アサギは絶句する。

「待て──それは──どこで──」
「うふふ、この前のバザーでこれの価値がわからない人が安値で売っていたのですよ。ここじゃ評価されないお金ですからね。故郷に帰れたら色々物入りになるかもしれませんから、持っていて損は無いですよ」

 ぬ、と彼は手を伸ばしかけて若干躊躇う。
 年下の、妹と同じ年頃の少女から現ナマを貰って恋人ごっこをするという現実がふと脳裏によぎったのかもしれない。
 良くない。
 非常に良くない。 

「つまりは交際の報酬として援助をする……援助交際ですね」
「───ごめん報酬いらないので普通に手伝います」

 頭を抱えてアサギはげんなりと、札束を断って小鳥の申し出を受けた。
 自分が断って他の誰かと援助交際させるのも大人としてはやらしてはいけないと思ったからだ。
 良識ある大人としては当然のことである。

「それじゃ、惚れ薬飲んで半日遊んで、夜前には解除してもらって結構なので」
「ああ───はあ───」

 しかしそれでも、演技だろうが薬の効果だろうが、憎いリア充の如き恋人ごっこをしなくてはいけない未来に彼のストレスがマッハである。耳汁とか出そうな表情をしている。
 ともあれこれで小鳥の恋人候補は出来た。全くもってロマンスもへったくれも無い、おっさんを巻き込んでいるだけだが。
 後は恋するだけだ。

「それじゃあ早速飲みましょう。あ、飲んだ後のわたしが何を主張しても期限には解除薬飲ませてくださいね。わたしがマトモな判断ができなくなって拒否るかもしれないので先に言っておきます」
「──わかった」
「うう、辛そう。ではぐいっと」

 そう言ってタバスコに似た『婚活最終兵器☆乙女の秘密ちょっと辛い恋のお薬~違法版~』を半分程一気に呷る。

(アサギくんのことを意識しながら。わたしの命を助けてくれた大事な人。何かと異世界にきたわたしを気遣ってくれる人。格好つけたりするところが大好きなお父さんに少し似ている雰囲気。お父さんといえばうちではお母さんが作るのが焼き飯でお父さんがチャーハンです。どっちも大好き。アサギくんと同じぐらい好き……)

 念じる。念じるのは簡単だ、脳があれば可能だからだ。可能ならば小鳥だって出来る。ニューロンを誤魔化すことだって、恐らく可能だ。
 瞬間、口腔の粘膜と喉に刺激。 
 肺の空気が全て飛び出したような咳が出た。勢いで薬が鼻にも逆流。鼻の粘膜にまで凄まじい激痛。 

「タバスコですこれ! げほっげほっうぇっほっ! がはっ、ぐえっほっ……えほっ、あ゛ーあ゛ー」
「──大丈夫か」

 激しく咳き込むわたしを、心配そうにアサギが背中をさすった。
 少し離れた場所でパルとイカレさんが話をしているのが、耳まで痛くなるような辛味の中で小鳥にも聞こえた。

「っていうかあの薬飲んだらどォなんだ? 見た目なにか変わったりすんのか?」
「いやーつまり媚薬とかそれ系統だから変わらないんじゃないウサか?」

 会話を聞きながらタバスコの影響だろうか、体がどんどん熱くなっていくのを感じる。

(おお、何か凄い。凄いのが来る)

 小鳥の口から叫びが漏れた。

「ゼクシリンのことかあああ……!」
「こ、小鳥ちゃんの体から気っぽいエフェクトが──!?」
「見た目すげェ変わったぞオイ!」

 しゅいんしゅいんと体から放出されるエネルギーを感じる。薄赤色のオーラが駄々漏れするように溢れ出ている。
 小鳥は己の両手を握るポーズをしながら呼吸も荒く呟いた。

「これが女子力……わたしは宇宙一の女子パワーを得たのです」
「違うと思うウサ」

 冷淡なパルのツッコミ。
 エネルギーを放出していると宿の入口が勢い良く開いた。

「何事だ! 凄まじい女子力を感じて急いで帰ってきたのだが!」
「合ってた!?」

 飛び込んできたアイスは全身から女子力を吹き出す小鳥を見て愕然と、眼鏡の位置を正した。
 ぴぴ、と電子音を立てて眼鏡の内側に何か投影されている。

「まさかコトリくん……女子力5000、7000、10000……馬鹿な、まだ上がるというのか! スカウターの故障だ!」
「いや……アイスの眼鏡にンな機能付いてるなんて初耳なんだが」

 イカレさんの言葉と同時にボン、とアイスの眼鏡は煙を吹いて爆発してしまった。
 彼女はぐしゃりと眼鏡の残骸を握りつぶしながら言う。

「私の女子力はたったの5だというのに……」
「低すぎるウサ……ゴミレベルウサ……」

 哀れんでパルが言う。
 ともかくあまり女子力を放出させて減ったら勿体無いと小鳥は思い。体に留めるようにイメージして……すぐ成功した。 

「ふう、落ち着いた」

 すると改めて彼女は気づいたが、目の前にイケメンが居た。
 アサギである。

「──大丈夫か?」
「う」

 返事をしかけて。
 酒を飲んだように頭がぽわっとしている自分に小鳥は気づいた。

(おいおい、なんだよ惚れ薬ってこの程度かよお酒と同じぐらいとはがっかりですな)

 思いながらアサギの少し冷たい両手を握って自分の顔に当てている小鳥。

「ううう、なんか顔が熱いですアサギくん、冷やして下さいね」
「──!?」
「ああ、冷たくて気持ちいいなあって」
「────」

 彼の手に頬ずりしている。周りの皆は馬鹿みたいに口を開けてそれを見ていた。

(まあいいですよね。これぐらい普通普通…………はっ)

「ふ、普通じゃないですよね?」
「──あ、ああ──」
「危ない危ない。い、いいですかアサギくん最初に言っておきますけど、わたしは自ら望んでこんな状態なわけですが薬なんかには絶対負けないの精神でいきますのでよろしくお願いします」
「───」
「あ、でもですねだからといって薬に抵抗してるからアサギくんの事が好きじゃないってわけじゃなくて、実際かなり好きなんですから安心というかいえ薬とかじゃなくて普段からアサギくん好きなのでしてあの結構変なこと言ったりおどけた態度とったりしてるのも未熟な好意の表現だったりするのでウザいとか思って見捨てて欲しくないっていうか、なんでしょうねこんな女々しいこと言う重い女とかは思われたくないのですからその好きにして欲しいのですけれどもアサギくんが別にわたしの事を好きじゃなくても他の人が好きでもわたしは好きなわけでそれで別にいいのでずっと……いえたまにでいいから側に居させてくれればそれだけで。あのだから薬とかじゃなくちゃんと好きでいるので誤解しないで欲しいのでして」

「──────」

 小鳥が顔を赤らめてぺらぺらといつも以上に回る口から発せられる支離滅裂な言葉が止まらない。アサギも唖然としている。
 言葉を出せば言葉を出すほど焦って顔が熱くなるような感じであった。アイスは声を潜めて周りに事情を尋ねた。

「どうしたというのだあれは……」
「実はぱるぱるうさうさいう事があってウサ……」
「なに? 童貞をこじらせたアサギくんが薬でコトリくんをラブラブに? ……ゲスが」
「ちょっと──!? オレ酷い誤解されてない──!?」

 冷たい目で見られたアサギが非難を受けているので、小鳥は当然のように擁護した。

「アサギくんが悪いわけではなくて。その、わたしがア、アサギくんを好きになりたいと思って……ううう」

 自分で言ってて恥ずかしくなり顔を俯かせる小鳥。
 基本的に恥知らずなパープリンヘッズであった彼女がこうも変貌していることに、イカレさんなどは笑っていいものやら気味悪がるものやら、微妙な顔をしている。

「こんなに恥ずかしいって思えるのも凄く珍しい感動です。でも別にアサギくんを好きなことが恥なわけではなく、そのなんというか……恋愛経験など皆無なわけで上手く言葉が出ませんね」

 そして、ふと今自分で恋愛という言葉を口にしただけで体温が上昇した。 

「ふぉおおお!」
「うわっコトリくんが聞いたことのない叫びを上げて窓ガラスに頭を突っ込んだ!?」

 血がだくだくと漏れると少し冷静になった気がする。

「ふう……薬なんかに絶対負けない」
「……ならなんで飲んだんだ手前ェ。常日頃から気味の悪いアタマしてると思ってるが極め付きだな」
「なんだか酷い言われよう。抵抗したほうが面白いのですよ。個人的に」

 イカレさんの疑問に答える。
 催眠術とかも抵抗してしまうタイプである。彼女の自己評価では正気度が高くそうそう惑わされないのだが───ゼクシリンの呪いにも似た薬効がモロにキマっている。

「しかしこれはかなり凄いですね……もしかしたら今のわたし、アサギくんのことチャーハンよりも好きかもしれません」
「その評価基準は変わらないんだ──しかも微妙な変動値──」

 少しがっかりしたようなアサギ。
 小鳥的には十分だと思うのだが。
 しかし折角アサギを好きになったのでいろいろ試したくなってきた。

「ちょっといいですかアサギくん。笑ってみてください」
「──?」
「いいですかーイケメンが笑うと女の子が喜ぶのです」
「フィクションだろそれ───」

 と、小鳥は彼の口に手を当てて、ぐいっと口角を上げた。困惑したようにアサギも眼を細めて、一応は下手くそな笑い顔のような感じになる。
 笑い顔自体はぎこちなく、元の冷たい印象が残るのだが。
 無愛想系イケメンが困ったような感じで笑ってるように見えて。

(あらやだ素敵に思えます)

 いつも光が見えない死んだ魚めいた目をしている小鳥の瞳孔にハートのように見える模様が浮かんでいていて、とても怖いとアサギは思う。

「見てるとなんかこうなんでしょう破壊力というか嬉しい気持ちになるというか、ちょっとリアルなサメの人形を可愛くはないのだけれどもぎゅっと抱きしめたいような不思議な感じになります」
「は──?」
「次は頭を撫でてみて下さい」

 訳がわからないとばかりに、やや躊躇しながらアサギの少し皮がごつごつした手が、髪を押し潰さないぐらい軽く触れる程度に撫でた。
 その感触は、恥ずかしがって滅多に撫でてくれない彼女の父親が不器用に褒める時にしてくれるみたいであり。
 小鳥は無意識に手が離れないように、ぎゅっと握って頭に押し付けさせていた。
 アサギの困惑したような手の動きでふと我に返り。

「……これが噂のナデポ現象……!」
「──いや何が──?」
「今のわたしは、アサギくんと触れると幸福に思う感情を……クスリに支配されているのです!」
「──じゃあ解除薬飲もうよ」

 疲れたような彼だったが、まだ契約期間はこれからである。

「これからですねえーと……えーと……マズイですね、アサギくんにくっついてお喋りしてるだけで割と幸せなのですからプランが思いつきません」
「──はあ」

 オレも思いつかんけど、と彼は言う。 
 すかさず眼鏡を光らせたアイスがすらすらっと手元のメモ帳に何かを書いた。

「ここは恋愛経験値を積んだオットナーな私にお任せしてくれ。完璧なプランはこれだ!」

 アイスが見せたメモにはこうある。

『1:映画とか行く。
 2:ショッピングでイチャラブ。
 3:一緒にお食事。
 4:二人は幸せなキスをしてハッピーエンド……』

「ヘソで茶ァ湧いた」
「ぶへほっげほっ、プププげはげはっ! かなり大爆笑ウサ! ヒヒヒヒヒ! ウサーウサー!」
「───経験値って──何を参考にしたのか異様に貧困な想像力を使ったのかは知らんが───ひっでえな──」

 男性連中は死ぬほど馬鹿にした様子。
 アイスが死んだ笑顔で鴨居に結んだ縄に首を括り始めたが、小鳥は素直に頷く。

「では、これでお願いしますアサギくん」
「なん──だと──!」

 何故か驚愕の反応。
 彼は口と眼から血を流して爽やかに汗を拭う仕草を見せながら、

(いやだ……)

 と心の中で呟いた。
 床に血溜まりを作るほどデートが嫌な喪男である。
 その様子に小鳥は若干俯いて、自分を慰めるような雰囲気になっていた。

(ええとですね彼はリア充みたいな雰囲気になるのが嫌いなわけであって個人的にわたしを嫌っているわけではないはずなのです。うう……)

 泣きそうな彼女を見て──或いは小鳥を泣かすとかぶっ殺すぞヒューマンと恐るべき視線を向けるアイスの殺気に耐えられずに──アサギは言う。

「よしじゃあ映画と買い物と食事にでも行こうか小鳥ちゃん!──それ以上はマジ勘弁だが──」
「うふふ、アサギくんと一緒ならどこへでも」
「ちなみに映画は萌え系特撮映画で───買い物はサブカル系ショップで───食事は焼肉だけれどいいよね───」

 アサギがなるたけロマンティックな雰囲気にならない、デート対象として負け組な選択肢を敢えて選んだ。
 だがそれでもヤク中小鳥は、

(敢えて、薬でぶっ飛んでいてるわたしを気遣ってそんなダメっぽい方向性を選ぶなんて……やだ、格好いい)

 と思ってしまってぎゅっとアサギに抱きついた。
 彼は血の混じった冷や汗を掻きながら、他の三人に言う。

「いいか──