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[2889] クロニクル・オンライン
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/13 13:52




ファミリーコンピューター、通称ファミコンのドット絵から始まったゲームグラフィックは、いまや三次元の域にまで達している。

2Dから3Dへ、平面から立体へ、もはやその技術はほぼ現実と変わらない域にまで来ている。それに比例するかのようにゲームの機体は巨大化の一途を辿っていったが、いつの時代も変わらず、ある一定の技術が確立されてしまえばあとは改良あるのみである。


もう知る人は殆どいないが、開発当初の携帯電話は「携帯」などと名づけるにもおこがましいようなひどくかさばる代物で、しかも通話しかできなかった。
しかし今やどうだろう?携帯電話は携帯していることすら忘れてしまうほどコンパクトになり、軽量化が進み、更にはインターネットだろうがテレビの録画だろうが会話の通訳だろうが可能になっている。


それとほぼ同じことが、携帯電話の数倍早く、かつスムーズに行われた結果、立体ゲームは仮想現実を構築することに成功し、その仮想現実空間で人々が遊ぶことに成功した。


開発当初、精々山や海のグラフィックを見せるだけだった空間は、次第に広がり、広大なフィールドを作り出すことに成功し、「感触」を確かめられるほどに精度の高いものになっていった。
プログラミングを段々と複雑化させることにも成功し、研究室の責任者がレトロゲーム「スーパーモリオ」の熱心なファンだったことから「リアルスーパーモリオ」を遊び心で作り上げた。

今の技術から見ると大してリアルでもないのだが、当時はもちろん画期的なことだったし、何しろその遊び心が支持されて、さまざまな媒体でそのニュースが流れることになる。
その話題性に目をつけたゲーム会社が研究室と共同開発を行うことになり、バーチャルリアリティ技術は一気に娯楽化していくと同時に一般化していった。


そして、研究室一杯に広がっていた機材は段々と縮み、やがてはゲームセンターのアーケードに並べられるほどになり、ついには一般家庭にも普及している。


開発の間に、ゲームの複雑性もあがり、格闘ゲームやレーシングゲーム等、リアル感を追及したものも作られるようになった。
そこから、更に普及していた「ネット対戦(インターネット上で対戦相手を募り、戦う形式)」の要素を取り入れることにより、物珍しさからダイブ(仮想現実空間に入ること)していた人々は、純粋にゲームとしての楽しみを見出していった。



――――「仮想現実空間技術とゲームの関係」











家庭用体験型ゲーム機の成功によって、満を持して家庭用体験型オンラインゲームが台頭すると、一番はじめに規格に手を出したのは当然ながら「格闘モノ」「体験モノ」と呼ばれるジャンルだった。
もともとアーケード筐体で人気があったためか、それらのゲームは実にすんなりと人々に浸透していった。勝算を十分に見込んだ各メーカーは力の入った名作を数多く生みだし、そこに名作があるのならやりたがるゲーマーは集う。
当然のごとくネットゲーム界では隆盛を誇り、一時代を築いた、今でも人気の高いジャンルだ。



そして、この成功を見てオンラインゲームの一大ジャンルである「MMORPG」も同様の集客を見込んでせっせと開発がなされることになった。
単発でぽつぽつとそれに近いものは開発されていたが、何しろ手間のかかることこの上ないジャンルを、新しい形態で開発しなければならない。結局本格的な「MMORPG」が「体験型オンラインゲーム」に殴りこみを掛けたのは、かなり後発だった。


その記念すべき作品が「ファイナリスト・ファンタジー」だった。
家庭用ゲーム機がファミコンだった頃から続く老舗のソフトの体験型オンライン版である。
もともと、オンゲーム(媒体がパーソナル・コンピューターのオンラインゲームのこと)でもかなりの集客率があり、「廃人率(寝食も仕事もなにもかも忘れてゲームに全てを注ぎ込む人々)」も高く、かつネームバリューもある作品だ。


発売当初はありとあらゆる媒体に「ファイナリスト・ファンタジー」のウリである美麗かつ繊細なグラフィックが喧伝された。誰でも一度は「最後の冒険を――あなたに。」というキャッチフレーズを聞かされたことだろう。
従来ではありえないほどの金の掛け方には、開発元の「ここでコケたら終わる」という意気込みが感じられた。
そして、その熱意に応えるように、というべきか、なるべくして、というべきか。


「ファイナリスト・ファンタジー」は体験型MMORPGの記念碑的作品になった。





バーチャルとはいえ、魔術師ならば魔法が使え、剣士ならば剣の達人となれるゲームの中にずっといたいと考える人々は数多く居た。
それは数多く排出されてきたアクションゲームでも同様だが、「ファイナリスト・ファンタジー」は何しろMMORPGなのだ。
衣服の自由度・装備の充実度は他ジャンルの追随を許さず、そして「人の目」の存在も他の追随を許さない。
MMORPG体験者であれば分かるだろうが「あの装備すげー」という賞賛と羨望の眼差しは、所有者にものすごい快感を抱かせるものなのだ。
その快感に溺れたごく一部が、ゲーム内での「視線」を勝ち取るためにアイテムの買取等を「リアルの現金」で行ったり、そのせいでリアルで一ヶ月暮らせるくらいの値段になってしまった「レアアイテム」の争奪戦は恐ろしい競争率を生み出したりもした。
結果、「ファイナリスト・ファンタジー」は数多くの廃人を生み出し、RMT(リアルマネートレード)が蔓延し、ゲーム内レアアイテムの取り合いは熾烈を極めた。

しかし、そんなマイナス面を補って余りある魅力が「ファイナリスト・ファンタジー」にはあった。体験型の名に恥じないリアルな感触、仲間との出会い、そしてストーリー性に満ちたクエスト。迷惑なプレイヤーも上記の理由でかなり数多くいたが、より多くの人々が「ファイナリスト・ファンタジー」の世界を心から楽しんでいた。





そして、MMORPGのタイトルが乱立する群雄割拠の時代がやってきたのだ。
己の手から生み出す魔術、仲間を生き返らせる神聖魔法、目にも止まらない剣さばき、圧倒的な拳の破壊力。
子供の頃夢見ていた世界に人々は静かに熱狂した。あまり大騒ぎすると世間の目が冷たかったので。


ありとあらゆる世界観のタイトルが次々と作られた。平安時代をテーマにした陰陽師ものの「式神」、三国志をテーマにした中華風ファンタジー「乱」、リアルな軍隊制度と完成度が話題になった「world war」、そのどれもがそこそこの集客を得ていたが、やはり一時期の「ファイナリスト・ファンタジー」の爆発的・圧倒的な盛り上がりには適わなかった。



そう、人々はいつでも「一番最初」を忘れない。
たとえそれが過ぎる日によって色あせ、時代遅れになろうとも、あのとき確かに与えられた感動を忘れることはないのだ。
「ファイナリスト・ファンタジー(このさい初めての体験型MMORPGでもいい)」に一番初めにダイブした興奮、感動、そして、かすかな恐ろしさ。



だから、人々は待っていたのだ。
もう一度、あの熱狂の渦の中に引き込まれることを心密かに望んでいた。



――――「体験型MMORPGの一考察」











「クロニクル・オンライン」は、豊作貧乏な体験型MMORPGの中で久々のヒット作だ。
近年のMMORPGにはストーリーはあまり重要視されない傾向にあったが、「クロニクル」は違った。もちろん、ストーリーに介さない、けれど需要の高いジョブ(「商人」「職人」「店主」など)は揃えていたが、基本的にほぼ全員がストーリーに付き合わされることになる。



なにしろ、テーマである「年代記(クロニクル)」とはプレイヤー自身のことなのだ。
プレイヤー達の歴史が刻まれていくストーリー、「あなただけのクロニクル(年代記)」のキャッチコピーと王道RPGのファンタジーな世界観が引き金になって、MMO界を代表する一タイトルになった。




クロニクル・オンラインは、三つの時代ごとにストーリーが別れている。
「神々の時代」「暗闇の時代」「戦いの時代」の三時代(ちなみに時系列は今並んだ順だ)は、それぞれ同じ大陸の、別の時代という設定でストーリーが繰り広げられる。
ちなみに、プレイヤーはある特定の魔法を覚えるか、掛けてもらうかすれば三つの時代を自由に行き来できる。



「神々の時代」は、別名始まりの時代と呼ばれている。
ティファリエ大陸の一番古い時代だ。まだ神々が存在し、人々が豊かで穏やかに満たされていた頃。主に初心者がチュートリアルがわりに使ったり、神職希望(騎士や神官)がクエストにいったりする。


「暗闇の時代」は、王道も王道なストーリーだ。
なにしろ「魔王」が現れるのだから、お約束ここに極まれり(ちなみに魔王はランダムでおっさんだったり龍だったりする)。クエストが一番数多く設置されているのでレベルの上下問わず、いついっても賑やかなパーティーがそこかしこにいる。


「戦いの時代」は最近になって導入された。
対人戦闘と集団戦闘に特化していて、あまりストーリーらしきものはない。と思いきや、個人個人の「クロニクル」以外にここには「戦記」が登場し、目覚しい活躍をしたり捻った作戦を成功させたりすると名前が載る。プレイヤーは各軍に属することになるのだが、それぞれ背景も作られているので英雄RP(ロールプレイ:つまり英雄になりきった言動をしてプレイすること)も盛んだ。




それぞれの時代は繋がっている、という設定になっているので、例えば「暗闇の時代」で魔王を倒したりすると「戦いの時代」で「伝説の勇者(ジョブによっては魔術師・神官)」とか呼ばれたり、相応の戦果をあげないとつかない「二つ名」が初めからついたりする。
この設定がなかなか好評なのだ。


MMORPG(大人数参加型RPG)ならではの、なんというか「人」の視線をなんともいえず意識できるからだろう。もちろん他のゲームでも、例えばレアアイテムを持っていたり、ものすごい廃人だったりPK(プレイヤー・キラー)だったりすると名前が知れ渡ったりした。
けれど、それはどちらかといえば多分にマイナスの要素を含んだ知名度である。


クロニクル・オンラインの知名度は、そういう意味では純粋にゲーム内でいかに頼りになるか、という知名度だった。

たとえば、隠しダンジョンを発見すれば「未開の探求者」という二つ名がついたり、新しいアイテムの合成に成功すると「○○○(アイテム名):(作ったやつの名前)」という説明がアイテム表示とともにされるようになっている。ついでに、アイテム名をある程度まで自分で決められたりもする。もちろん公序良俗に反する言葉は却下だ (ちなみに新アイテム合成の二つ名はどんなアイテムであっても一律「作りし者」)。

魔王討伐をクリアするともっとカッコイイ二つ名がもらえる。





二つ名持ちの人口は全体から見るとごくごく少数ではあるが、少数であるが故にプレイヤー達の間では憧れのマトだ。
自分の「クロニクル」が歴史に認められ、二つ名を持つことを数多くのプレイヤーが夢見ているからこそ、「クロニクル・オンライン」は今日も賑わっているのだろう。



――――「クロニクル・オンライン体験リポート」













[2889] 赤魔術師スイの受難
Name: 柚子◆3d3410b2 ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:52
西条翠(さいじょうみどり)こと「スイ」は先ほど手に入れた魔杖の性質を鑑定していた。
見た目からして水属性の魔杖は、やはり攻撃力は高くなかったが、かわりに防御力が底上げされる付加価値がついている。
攻撃性の高い魔術師よりは精霊神官向けのアイテムだろう。




いまスイたちがいるのは「戦いの時代」の代表的狩場、ミネルバ・エリアである。
ギルド内で久々にパーティーを組んで狩りをしよう、という企画が持ち上がったため、普段はあまり足を踏み入れない狩場にやってきたのだ。

「戦いの時代」のモンスターは手強く、かつ休戦状態のエリアにしか出現しないため、アイテムドロップと経験値が非常にいい。
そのため、普段は戦争しあっている各軍も、中立地帯を定めて非戦闘地域を狩場としている。ミネルバ・エリアはその代表格だ。





「スイ、その杖綺麗だねー」

なかなか高く売れそうな品物に内心ほくほくしながら、無表情にイベントリ(アイテムを入れておくところ)に突っ込んだスイに、ミルネリア(通称というか自称ミルちゃん)が声をかけてきた。
グラフィックであることを疑ってしまいそうになる精緻な刺繍が施されたローブを翻し、スイの近くまでやってきたミルちゃんはにこにこと笑う。

「そうだね」
「……その杖、スイちゃん使うのー?」
「使わないで売ることにした」

むぅ、と考えているように眉を寄せる金髪碧眼の美少女は、名案、とばかりにこう言った。

「ええー!じゃあさ、じゃあさ、ミルにちょーだいっ!」
「……ミルネリアさんは使うの?」

途端に、周囲のギルドメンバーの大半から鋭い視線と”囁き” (特定の個人だけに聞こえるように設定されているチャンネル。他にギルドメンバーだけに聞こえるギルドチャンネル、エリア全員に使えるシャウト、パーティーメンバーだけに聞こえるパーティーチャンネルなどがある。)が寄越された。

ミルにゃんに近寄るな、このピー(公序良俗に引っかかる言葉は電子音で表現される)」「ミルちゃんが欲しがってんだろ!さっさと渡せ!!





意識せずに渋い顔になってしまう。

ミルちゃんのジョブは精霊神官ではない。というか、魔杖を装備できるジョブですらない。
歌姫ジョブの彼女がこの杖をほしがっているのは、単にこの杖のグラフィックが気に入ったか、もしくはこの杖が今回の狩りでの一番の戦利品であることを見抜いたかのどちらかだ。



ああ、マズイ。非常にマズイ。ミルちゃんは(ゲーム内)女の子で、(ギルド内)お姫様だ。
自分の欲しいものはなんでも手に入る、と認識している。

ミルちゃんは自分が杖を手に入れることを欠片も疑わず、ただにこにことこちらを見つめていた。



その一見無邪気な微笑みに、スイ憂鬱なため息を抑え切れなかった。











初めてクロニクル・オンラインにダイブしてから三ヶ月、スイはどっぷりとリアルでありつつバーチャル、な空間と「クロニクル」の世界観にハマっていた。

攻略サイトなんかも偶にちらちらと斜め読みしたりしつつ、うきうきと「神々の時代」でレベル上げとスキル上げにチャレンジしていた。





スイが選んだジョブは攻撃力に特化した「魔術師」属性だ。
レベルが上がるごとにスキルの取り方で上位職にチェンジし、黒魔術師(攻撃魔法特化型)/赤魔術師(攻撃魔法+補助魔法)/白魔術師(補助魔法+神聖魔法+低級攻撃魔法)/魔道師(各魔術師のさらに上位ジョブで魔法のスペシャリスト)などの魔法が楽しめる。

ちなみに、クロニクル・オンラインでは不人気ジョブである。
基本的に、MMORPGでは人気ジョブであると言っていい魔術師職が不人気なのは、偏に扱いが難しいからである。魔術師から上位ジョブにチェンジできるようになるまで、各ジョブの数倍苦労を重ねなければいけないのだ。






魔術師スキルの使い方は少し独特で、初級スキルであれば他ジョブと同様に、声に出してスキル名を選択するか、もしくは「シンクロ」を行って実行する。



「シンクロ」とは自分の脳内の一部とゲームの操作キーを文字通りシンクロさせることで、これには少々のコツと才能がいる。

「戦いの時代」などでは、いちいち技名を叫んで実行するのは恥ずかしいし敵に手の内を読まれすぎる、という理由で大半が「シンクロ」モードでプレイしている。

逆に「暗闇の時代」では、パーティプレイが主なため、連携が取りやすい利点を生かすために「シンクロ」モードは敬遠されがちだった。

しかし、当たり前だが「シンクロ」モードの方がスキルの実行は手早いので、ソロプレーヤーであればどこでも構わず「シンクロ」が基本である。



魔術師のスキルの発動は、この「シンクロ」モードであってもさらに「詠唱」を必要とする。

ようするに、呪文を唱えてはじめて成功するのだ。

面倒でかつ、ちょっと恥ずかしいが、手間が掛かる分、破壊力・範囲・効果は全て絶大である。
(同じ神聖魔法であっても「神官」の場合は「祈り」騎士の場合は「誓い」でスキルが発動する。魔術師の「詠唱」とどちらも掛かる時間は似たようなものだが、両者が地味に格好いいのに対し、魔術師は地味に恥ずかしいので「神官」「騎士」はともに「白魔術師」たちに理不尽に嫌われている。)


中にはノリノリで「詠唱」を行う魔術師もいるが、大抵の魔術師はしかめ面で吐き捨てるように早口で「詠唱」を済ませる。


ちなみに、この「詠唱」がなかなか厄介で、音声識別モードを搭載しており、「詠唱」を噛んだりつっかえたりすると「スキル」は発動しない。もちろん、間違えても発動しない。

さらに、魔術師が上位スキルを習得する際には、この噛んだり間違えたりした「発動しなかった魔法」/「発動した魔法」で「発動率」をはじき出し、一定以上の数値を超えないと習得できない
この面倒なことこの上ないシステムと縛りのおかげで、「クロニクル・オンライン」において「魔術師」は絶賛不人気ジョブとして今日も絶滅の危機に扮しているのだった。





そして、そんな「面倒なことこの上ない」ジョブを選んでしまったスイは、攻略サイトでそのことを知ったときにちょっとショックで固まってしまったりした。
初歩スキルは技名・もしくは「シンクロ」で普通に発動できていたので、そんな落とし穴があるとは思っても見なかったのだ。

しかし、ある程度まで育てた「スイ」を手放すのは惜しかったので、そのままレベルをあげ続け、「詠唱」への耐性もつけていった。

スイが今のギルドメンバーと出会ったのは、「暗闇の時代」に訪れてから二ヵ月後、ちょうど初めて最上級スキル「ブリザード(平均詠唱時間:5分)を覚えた時だった。











[2889] 赤魔術師スイの受難  -初めての冒険 序-
Name: 柚子◆0e04a59b ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:53
その日、スイは「神々の時代」から初めて「暗闇の時代」に移動した。
移動に必要な魔法スキル「テレポート」はかなり初級の魔法だったので、とっくに覚えてはいたのだが、なんとなく居心地がよかったのと、ある種の意地で「神々の時代」に居座ってしまったのだ。




そのため、スイは「神々の時代」適正レベルであるレベル10代を大幅にオーバーしてしまっていた。「神々の時代」のチュートリアルクエスト(お約束のお使いイベントが主だ)も全てクリアしてしまっていたし、適正レベルをかなり追い越しているのでモンスターを倒して得られる経験値も微々たるものになってた。


「クロニクル・オンライン」では魔術師の魔法スキルは初級はすべて店売りで、そこから使い込んでレベルを上げることによって中級スキル・上級スキルへと成長していくシステムをとっている。
このスキルの成長具合で、上位職へのクラスチェンジの時に選択できる職の幅が決まる。

つまり、攻撃魔法ばかり使い込んでいると、必然的に黒魔術師への転向が余儀なくされたり、剣士職で初級魔法スキルをあげてしまうと「マジックブレイダー(魔法剣士)」の道しか残されていなくなったりしてしまうのだ。


スイがこのことを攻略サイトで知った時にはすでに手遅れで、好奇心でほいほい色々な魔法を使いまくっていたため「赤魔術師」の道を選ばざるを得なくなっていた。

オールラウンダーという名の器用貧乏なこの職は、「クロニクル・オンライン」の中でも少ない魔術師人口の中でもさらに少ない稀少な職だった。
大抵の魔術師は使いづらいなら使いづらいなりに、見返りが派手な「黒魔術師」、あるいは詠唱の手間が面倒ではあるがあぶれることはまずない「白魔術師」を選択していたからだ。

「赤魔術師」はものすごく中途半端だった。

レベル25で上位職に転向した時、つくづくと切なくなったものだ。


そんなわけで、拗ねたスイは上位クラスに転向した後も「神々の時代」に居座り、こつこつとソロプレイに励んでしまったため、「暗闇の時代」に足を踏み入れたのはレベル40手前の頃だった。





我が前に闇へと至る道を示せ、”テレポート”

覚えたはいいが全く使っていなかった魔法「テレポート」を使って「暗闇の時代」へ移動した。攻略サイトで「暗闇の時代」では「シンクロ」はパーティープレイの邪魔になるという情報を得ていたので、慣れた「シンクロ」モードを通常モードに切り替えた。

「ついに……引きこもりソロプレイからパーティープレイへの道が……!」

ここのところ、NPCもしくは初心者に道を聞かれる程度にしか人と関わっていなかったので妙に興奮してしまう。
魔法スキルも装備の買い替えも楽しいといえば楽しかったが、やはりMMORPGの醍醐味は人との関わりである。真っ白のフレンドリスト(仲良くなった人のリスト。プレイヤー同士の承認の元に登録すると、その相手にアイテムを送れたりする)を眺めてむなしい気分になっていた期間が長かったため、異様にテンションが上がってしまう。


ゲームの中とはいえ、人と全くと言っていいほど会話せずにぶつぶつと「詠唱」ばかり行ってきたので、自分でも分かるほどに人恋しくなっていた。







周囲が溶けてバターになっていくような映像のあと、急に膜が剥がれたように景色が変わった。転送が終わり、「暗闇の時代」についたようだ。


扉のような形をした通称「ゲート」を背にして、正面に「暗黒の時代」の城下都市「シュメール」が堂々とした威容を誇っている。
「テレポート」を実行したのは朝だったので、かなり遠くのエリアまで見渡せたが、シュメールは異様に大きな都市だった。

城下都市なだけあって、巨大な城を囲むようにして整った街並みが広がっている。
小高い丘の上にある「ゲート」から見ても城は高く、そして美しかった。
離れているにも関わらず、圧倒的な数のプレイヤーがシュメールのそこここでその楽しげなざわめきに参加しているのが遠めからでもよく分かる。
聞きしに勝る、とはこのことだと思いながら、浮き立つ気持ちを抑えきれずに小走りに城下都市へと駆け出していったスイを誰が責められようか。



「神々の時代」の白を基調とした晴れやかな、悪く言えば単調な都市と違ってシュメールは華やかな色合いの雑多な都市だった。NPCの店もあるにはあるが、それ以上に「店」を構えたプレイヤーが多く、さらに青空市場が盛んな所為もあるのだろうか。

「神々の時代」は基本的に低レベルが「通り過ぎる」時代であるために、全時代の中でもっともエリアが狭く(時代の変遷によって各地域が開発/発見されていったというストーリーらしい)、また店を構えるプレイヤーは一部の変わり者くらいである。

そして、「暗闇の時代」は各時代の中でもっともフィールドが広く、店を構えるプレイヤーももっとも多かった。






なかなか近づかない都市にいらつきながらも、なんとか門までたどり着いた。
ここのところ「フライト(魔術師特有の移動手段。移動場所を一度訪れることが条件で発動できる)」に頼りきっていたせいで、バーチャルと分かっていても歩いて移動するのがしんどくなっていたのだ。
なんとか門に施された精緻な細工が見えてくる距離まで近づくと、都市の活気が一気に身近になる。

行きかう人、人、人!

その人々の多くが楽しげに連れ立って歩いているのを見て、私のボルテージは一気に上がった。
さっきまで燻っていた徒歩移動への不満などあっさり解消されてしまう。



(おおおおおお)

こっそり心の中で呟きながら見上げるほど大きな門に小走りに近づくと、そこには二人の人影が立っていた。


「こんにちは、シュメールへようこそ!」
「こんにちはー」


中世そのままの甲冑を身につけ、片手に槍をささげ持ってる門番さんと、何かの記録をとるようにメモを構えているお洒落なメガネのお兄さんの二人組みがにこやかに笑っていた。
二人ともとても男前である。ちょっとときめいてしまった。



オンラインゲームなんだから美形なんざ山ほどいるだろーがバーカ、と言われるだろうが、ところがどっこい。
「クロニクル・オンライン」ではプレイヤー自身のリアルデータが採用されて、少しの修正はともかく大幅な改正はできない。
もちろん違法パッチなんかは多数出回っていて、似非美少女も似非美形も山ほどいたりはするのだが、大多数はゲーム規約に沿って「プレイヤー自身とキャラクターを重ねあわせる」楽しみ方をしている。
「クロニクル・オンライン」側も多少のお目こぼしと個人情報保護法に配慮して、大抵のキャラクターはデフォルメされて可愛くなるようにできていたので、個人が特定されることも、極端な不細工キャラになることもなかったのがその理由だろう。



というわけで、「クロニクル・オンライン」ではそれなりに稀少な男前二人ににっこり笑って出迎えられた私はうっかり浮かれてしまった。
最初はNPCかと思ったが、彼ら特有の頭上の青いクリスタルは見当たらなかったので安心して微笑み返した。
流石にNPC相手ににこにこするのは気がひける。


「こんにちは」
「暗闇の時代は初めてですね?質問があれば受け付けてます」


黒髪メガネのお兄さんは近くで見ても美形だった。中世貴族ルックを地味にしたようななんとも女子受けのよさそうな服装で営業スマイルとともに羽ペンを構えている。


「初めてです。お願いします」
「了解しました。私はシュメール城に勤めているハリスです。こちらは門番のキール」


黒髪メガネ属性のお兄さん改めハリスさんはハキハキした口調でさくっと自己紹介を終え、門番のキールさんははにかんだ様に微笑んで会釈をした。
キールさんは頭まで甲冑に覆われている所為で顔くらいしか肌が見えていないが、その所為で顔が整っていることがはっきりと見てとれる。

と、男前二人に目の保養を堪能したところで、あっさりと私が初☆「暗闇の時代」であることを見破られたのが不思議だったので質問してみる。


何しろ伊達にレベル40手前まで「神々の時代」に居座っていたわけではない。装備は「神々の時代」で手に入る限り最高装備できたのだ。レベル15から行き来できる「暗闇の時代」でもそこそこいい装備のはずである。
少なくとも全くの初心者には見えなかったはずだ。




「えーっと、どうして私が初めてだと分かったんでしょうか?」
「それはですね、暗闇の時代では都市に入る時にはこのように……」


ハリスさんは滑らかに羽ペンとメモ帳をイベントリ(アイテムを入れておくところ。レベルやジョブによって上限が異なる)に突っ込み、自分の袖をまくって金色の腕輪を見せた。


「これを門番に見せる必要があるんです」
「なるほど」


ハリスさんが見せたのはプレイヤー全員の初期装備かつ必須装備「リング」である。
これは操作端末のようなもので、先ほど持ち歩いているお金やアイテムの取り出し、自分のスキルレベル、ジョブレベルの確認やフレンドリスト(上限500まで。私は現在0/500)の確認、パーティー登録なギルド登録、クエスト申請等等に使う。
はっきりいって万能アイテムだ。
ちなみに、装飾はジョブごとに異なっている。


ハリスさんの「シュメール城の紋章に羽ペン」の装飾を見るに、恐らくシュメール城に勤める文官の類、と推測できたりするわけだ。
ちなみにこの「文官」というジョブは学者系列の上位ジョブにあたり、「戦いの時代」で「軍師」「参謀」になるために誰もが通る道らしい。


「ハリスさんは軍師志望なんですか?」
「はい、あと五レベルでようやく参謀ですよー」
「頑張ってください」


ありがとうございます、とちょっと嬉しそうにハリスさんが答え、キールさんがそれをうらやましそうに眺めていた。門番になったからには目指すは「騎士」職であろうキールさんにはまだまだ遠い道のりである。


「えーと、では「リング」の確認をさせて頂いてもかまいませんか?」
「どーぞー」


ずるずるとした長いローブを捲り上げてリングをみせる。
ちなみにこのローブは裾も長いのだが、擦り切れたり汚れたりすることがないのが「クロニクル・オンライン」の嬉しいところである。
体験型MMORPGの中には服が汚れたり、切られたりするものもあるのだ。



「はい、スイさん…レベル37…赤魔術師、と」


ハリスさんが恐らく「文官」スキルらしきものを発動させて、プレイヤーデータを先ほどのメモ帳に刻んでいく。恐らく登録手続きのようなものなのだろう。


「ていうか、赤魔37で「暗黒の時代」初めてって相当すごいですよね?」
「みたいですねー」


キールさんがハリスさんが読み上げた私のデータを聞いて驚いたように眼を見開いた。
「神々の時代」でうっかり魔法で遊びすぎてレベル30を向かえ、上位職チェンジの時になって「赤魔術師」以外の選択肢が消えていたのに絶望してレベル上げに励んでしまったのだ。

自分でもちょっと最後の方はムキになっていたのは認める。



「魔法を欲張ってスキル上げすぎちゃって…気がついたら赤魔しかとれなくなってたんですよー」
「うわあ……大変ですねえ」
本気で気の毒だ、というようにキールさんは眉を下げた。先ほどからなんとなく分かってはいたが、ものすごくいい人だ。
「”詠唱”抜きに中級いけるのは重宝するんですけどねえ」
「それはすごい!」


本気で羨ましそうにキールさんが目を輝かせている。
ああ……今赤魔術師になって一番嬉しいかもしれない。
魔術師が中級以上のスキルを放つには”詠唱”は必須だが、赤魔術師は中級スキルを”詠唱”ナシに発動できる。もちろん、詠唱を行う黒/白魔術師に比べて攻撃力や効果は落ちるが、溜めなしで発動できる利点はそれなりに大きい……はずだ、多分。


「キールさんは騎士志望なんですか?」
「そうです!……道は遠いですけどねー」

意気込んで答えたあと、キールさんは眉を寄せてちょっとため息まじりに呟いた。

「でも「門番」まできたらあとは一本道じゃないですか」
「あは、ありがとうございます」


うっかり赤魔術師になってしまった私から見れば羨ましいかぎりである。
そういって励ますと、キールさんはちょっと嬉しそうに笑った。




「文官」のスキルはどうやらデータ読み込み中に誰かと話すとやり直しになるらしい。
たまにミスるとにこにこしながらイラつくんで怖いんです、とキールさんはハリスさんが反論できないのをいいことに笑いながら言った。

ハリスさんのスキルがまだ発動中なのを見て、暇になってしまった私とキールさんはだらだらと雑談することになった。



「”門番”って確かモンスター討伐でもレベル上げできるんですよね?」
「というよりそっちが主流なんですが、いかんせん弱くて…」


キールさんによると、「門番」は文字通り門を番することでレベルが上がるのだが、一日拘束されるわりに入る経験値はすずめの涙なのだそうである。
「門番」の仕事は週に二回の拘束が義務になっているが、他は休日扱いされているらしい。

そのため、騎士ルート(門番→兵士→衛兵→騎士)を辿るためにてっとりばやくモンスター討伐で「名声」と「経験値」を上げるのが主流なのだそうだ。
しかしいかんせん、騎士は大器晩成型の成長過程をとるため、「門番」の基本スキルは悲しいほど弱い。

そのため、大抵の人間は魔法剣、特殊効果防具などで全体を底上げしてモンスター討伐に望むのが主流とされている(一人で討伐しないと「名声」があがらず、イベントが発生しないため騎士ルートが進まないから)。


「でも金がないもんで……毎日門番の仕事出て給金溜めてるんですよー」
「じゃー私エンチャントしましょーか?」


ちなみに「エンチャント」とは赤魔術師の特殊スキルで、武器や防具に属性を与えて強化することができるものだ。

通常、武器や防具には属性は存在しないが鍛冶師が様々な属性を付与して「魔法剣」「神聖鎧」などなどが生まれる。

エンチャントとはその「属性」を与えるスキルで、「魔法剣」「魔法防具」の性能には適わないが、通常武器・防具に付与すると飛躍的に性能が上がる。
似たようなスキルに僧侶の「祝福」があるが、これは神聖属性オンリーである。


「えっ!?いやいや、俺金ないんですって」
「別にいらないですよ?私もスキルあげたいし。効果微妙かもしれないですけどよければ」


キールさんが私の提案に嬉しそうに顔をほころばせ、いそいそと槍を差し出そうとしたあたりで、ハリスさんがさらりと会話に入ってきた。


「はい、スイさん、データの登録が終了しました。次回からは都市に入る前にリングの提示をお願いします」


いつのまにやらデータ登録が完了したらしい。ハリスさんは私のリングと羽ペンを接触させてスキルを発動させるとにこやかに微笑んだ。


「あー、と……キールさん」
「はい!」

会話を打ち切られてしまったので、キールさんに話しかけると、彼は若干不安げに応える。
もしかして、プレイヤーと盛り上がったはいいけど約束はスルーされることが多かったのだろうか。
なんだか諦めたかのような顔である。

「門番さんって交代あります?」
「これからです!」


暗い顔になっていたキールさんは、私の問いかけに嬉しそうに顔を綻ばせた。
ハリスさんはその様子を苦笑しながら眺めつつ手持ち無沙汰に羽ペンをいじっている。




「じゃー交代までここで待ってていいですか?」
「ありがとうございます!」


流石に任務中の人の槍にエンチャントはちょっとアレだよなあ…と思い悩んだ私は、キールさんの交代が来るまで待つことにした。
にまにまと顔を緩めるキールさんは男前が三割減だが中々可愛らしい。

是非私のフレンド第一号になってもらいたいものだ、と思いながら私は賑やかな街を門の外からぼんやりと眺めていた。









[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の洗礼 上-
Name: 柚子◆0e04a59b ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:54


キールさんの交代時間をぼんやりと街を眺めながら待っていると、一仕事終えたらしいパーティーが門に向かってやってきた。


そのパーティーは、ごく一般的なパーティーだったようで、良く言って野性的、悪く言えばズタボロだった。
クロニクル・オンラインでは基本的に衣服は破れないし汚れないが、傷はしっかりつくのだ。
ついでに血もバッチリ出る。


これは、教育委員会だかが各ゲーム会社に「子供たちがゲームと現実を一緒にして暴力に走ったらどうする!」といういつの時代も変わらない理屈でねじ込んだおかげだ。
たいていのゲームでモンスターの血は基本的に赤以外、プレイヤーの血は原則的に赤、となっているのは、暴力表現と「子供たちへの配慮」の兼ね合いからである。
つまりは、子供たちに「何かを傷つける時には自分が傷つくこと」を教えることを怠らず、かつ過剰な暴力表現は控え、少年犯罪への影響を考慮したわけだ。


というわけで、ゲーム内にもかかわらず血みどろなパーティーは、アンデッドのようにノロノロと私たちに近づいてきた。



顔の見える距離に近づいてきた四人組のパーティーは、キールさんにリングを差し出して登録の確認をされながら、私をジロジロと無遠慮に見つめてきた。
重ねて言うが、「クロニクル・オンライン」において魔術師系統は稀少ジョブである(需要がないとも言うが)。




魔術師の装備は、意外に目立つため分かりやすい。
何しろずるずると長いローブが特徴なのだ。
それにプラスして魔杖(魔杖装備ジョブは他に各神官・僧侶等)を抱えていれば、まず間違いなく魔術師である。
この「魔杖」が曲者で、妙にグラフィックに気合が入っているのだ。
全体的にキラキラと華やかで、値段に関係なく精巧な装飾が入っているものが多い。
はっきり言えば、すごく目立つ。
見ているだけなら非常に目に喜ばしく、文句はつけたくないのだが、持ち歩くとなると話は変わってくる。
「戦いの時代」で前線に立つ魔杖装備者は目立ちまくる為、狙い撃ちにされるのが常だという笑えない話もあることだし。




普段は魔杖を真っ先にイベントリに突っ込んでおくのだが、今回はキールさんにエンチャントする約束をしていたためうっかり出したまま待機していた。

失敗したなあ……と四人組みパーティーの好奇の眼差しに居心地悪く身をすくめていると、いつのまにか私のすぐ隣に移動していたハリスさんが心なしか楽しそうに小声でささやいた。

「街に入る時には魔杖はイベントリに入れておいたほうがいいですよ?」
「いつもはそうしてるんですけどね……」

面白がっているような口調でそう言ったハリスさんに、ため息交じりに応える。

「魔術師ジョブは稀少ですからねえ」
「…………」

ハリスさんはしみじみとそう言って、一人で頷いていた。





実は「神々の時代」でも一度揉め事があった。
その頃の私は「魔術師」ジョブが本当に稀少なもので、なおかつ「エンチャント」が貴重な技術であるという実感が全くなかった。
なので、自分の装備にふんだんに「エンチャント」を使いまくってしまったのだ。
赤魔術師になってしまった当初だったので少し自棄になっていた部分もあり、せめて手に入れた特殊スキルぐらいは使いまくらないと気がすまなかったのだ。

それがいつのまにか周囲に知れ渡り、見ず知らずのプレイヤーに「装備(その時の私の装備は全職共通装備だった)を寄越せ」「自分の装備にエンチャントしろ」等と絡まれることが多々あった。

丁寧に交渉してきたり、金額を提示してきたプレイヤーにだけエンチャントしていたが、今度は「強欲赤魔」だの「金の亡者」だのこそこそと言われていたようだ。

それも引き金となって、私は孤高のソロプレイに突入したわけだが……そうか、「暗闇の時代」でもやっぱり稀少ジョブなのか。
ちょっと落ち込んでいると、こちらを見つめていた四人組みの一人が私に声を掛けてきた。





「なあ、あんたさあ」
「……私ですか?」

いきなりの悪印象。初対面であんた呼ばわりとはこれいかに。心の中で彼をフレンドリスト候補から除外して、避けていた視線を合わせて尋ねる。

「そうそう。あんたさあ、魔術師でしょ?神聖魔法使える?」
「……使えません」

うーん、嫌な予感がする。弓使い(弓使い系列の一番初めのクラス)さんの口調が気がかりだ。
見たところ、レベル帯は15~20の間の上位職転向前のパーティーのようだ。
私に話しかけてきた弓使いさん・剣士さん(剣士系列の以下同文)・闘士さん(闘士系列の以下同文)・見習い僧侶さん(僧侶系列の以下同文 *ちなみに神官系列と僧侶系列は異なる)の四人は、息も絶え絶えと行った様子である。

「じゃあ、薬品分けて」
「……はあ?」

ものすごいお願いのされ方をされてしまった。
別に薬品ぐらい構わないけど、てめえにだけはわけてやりたくない、と誰しもに思わせるだろう見事な頼み方だ。



「それくらい、かまわないだろう」
「…………」

やたらと背の高い闘士さんがむっつりと無表情に言った。
闘士の防具は基本的に露出度が高いため、痛々しい怪我がばっちり見える。
しかし、この程度だったら回復材でも使えば直るし、見習い僧侶さんのスキル「治癒」でなんとかなるはずだ。

「おねがいしますう」
「…………」

と、私が思った途端、小さくて可愛らしい雰囲気の見習い僧侶さんがツインテールを揺らして頭を下げた。うん、君はフレンドリスト候補から除外しないでおこう。
でもなんで君がやらないの?と思っていたら、

「あの、俺らパーティーなんですけど、こいつさっきの戦闘でスキルリミット使い果たしちゃって、「治癒」できないんです。回復材も使い果たしてて。お願いします」

リーダー役らしい剣士さんが、僧侶さんを指差しながら説明して丁寧に事情を説明してくれた。




スキルリミットとは単純に言えばMPのようなものである。
各スキルにはそれぞれスキルポイントが割り振られていて、プレイヤーはスキルポイントを消費してスキルを発動する。その消費するスキルポイントの上限が「スキルリミット」だ。
基本的には二三時間もすればスキルリミットを使い果たしても回復するし、スキルリミットの消費を帳消しにするアイテムもあるので、そんなに不便な縛りではない。

つまり、見習い僧侶さんのスキルリミットが切れたので治癒できず、回復材も0なので回復できず、ということだ。




なるほど弓使いさんたちの事情はよく分かりました。
しかし……一つ疑問が。

「あの……街に入って回復材を仕入れたらいいんじゃないでしょうか?」
「…………」

素直な疑問を四人組みにつきつけると、弓使いさんと闘士さんは露骨に顔を歪め、剣士さんと見習い僧侶さんは眉を寄せた。

「私もそれが良いと思いますよ?」

黙り込んだ四人に、ハリスさんがにこにこと笑いかけてそう言った。
ちなみにキールさんはさっきから困ったように俯きがちに立っている。とっくに門番のスキル「登録確認」を終えたにも関わらず、四人組みが動き出さずに私に絡んでいるからだ。

「……それができたら苦労しないよ」
「……といいますと?」

なにやら強制ミニイベント「パーティーの苦労話」が始まりそうだったので、私はこっそりとハリスさんの傍を離れてキールさんににじり寄った。

どうやらキールさんの交代の時間が近いらしく、キールさんと同じ甲冑に身を包んだ門番らしき人がやってくるのが見えたからだ。

「キールさん、交代の人来たみたいですね」
「……えっ?ああ、本当だ」

こっそり近寄りすぎたせいか、キールさんは思いのほか驚いたように身を振るわせた後、交代の門番さんに手を振った。





「ところで、キールさんはどんなエンチャがいいですか?」
「えーっと……スイさんはどんなのができるんですか?」

交代の人が片手をあげながら街中を歩いてくるのを見るともなしに眺めつつ、キールさんに尋ねると、彼は思案するように首を傾げて聞いてくる。

「四大属性と防具強化と武器強化くらいです。神聖属性と暗黒属性はムリなんです……すいません」
「いえ十分です!本当にいいんですか?」

ああああ。なんていい人なのだろうか。ついさっき四人パーティ(今現在ハリスさんと会談中)のうち二人にアレな対応をされたばかりの身に染みこむ様だ。

「あ、お願いがあるんですけど、いいですか?」
「俺にできることならなんでも言ってください!」

少し悪戯心を出して尋ねると、キールさんはにっこりと笑ってそう言った。
つくづく良プレイヤーである。是非ともがつがつ騎士ルートを攻略して聖騎士あたりになってもらいたいものだ。きっと似合うだろう。
せっかくなので、その時がくるまでに私と仲良くなっていてもらいたい。

「暇な時で良いので、シュメールの中を案内してもらえると助かるんですけど……」

できれば青空市場と個人商店を中心に、とキールさんに下心(純粋に仲良くなりたいだけだけど)を抱きつつお伺いを立てる。

「そんなことでいいなら、いくらでもしますよー」

そう言った私に、どんなお願いをされるのか、と緊張していたらしいキールさんは、肩の力を抜いて晴れやかに頷いた。

お友達第一号は、やっぱりキールさんで決まりである。





そんなキールさんと私のほのぼのした交流をよそに、ハリスさんと例のパーティはまだ会話を続けていたようだ。
キールさんに、アイテムや宿代のこちらでの相場を聞いていると、突然怒鳴り声が響いた。

「うるせーな!えらそーにすんじゃねえよ!」

さきほどの失礼な弓使いさんの声である。

見ると、闘士さんはハリスさんに掴みかかろうとした彼を無表情で羽交い絞めにして、見習い僧侶さんがおろおろと宥め、剣士さんは怒鳴られているハリスさんに向かって謝り倒している。

なかなか素晴らしいチームワークだ。実際の戦闘でもこんなかんじなんだろうか。




「ど、どうしたんですか?」

キールさんは慌ててハリスさんに駆け寄っていく。門番さんもなかなかどうして大変なお仕事だ。












[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の洗礼 下-
Name: 柚子◆0e04a59b ID:34cbca9c
Date: 2008/04/12 17:57



「交代―ってありゃ、揉め事?」

先ほど見えたキールさんと交代するらしい門番さんが、ようやっと到着し、てんやわんやな四人パーティ+同僚二人を見て不思議そうに呟いた。
遠目からは気づかなかったが、女の人である。

「みたいですねえ……」

門番の女性と一緒にきていたハリスさんの交代の文官らしき(こちらは目立つ甲冑ではなかったので私は全く気づかなかった)女性が腕組みをしながら目を眇めて同意した。

二人は騒ぎを見守っていたが、しばらくしてさきほどからぼんやりと突っ立っている私に気づいた。





「手続きはお済みですか?」

栗色の髪の文官さんは、制服らしくハリスさんとお揃いの格好をしていたが印象は百八十度違った。
全体的にコケティッシュで、可愛らしくありつつも色気に溢れた不思議な雰囲気の持ち主だ。

「はい、先ほど」
「では、シュメールへようこそ!いってらっしゃい!」

キールさんと同じく甲冑のせいで顔しか見えない女性は、とても凛々しく微笑んだ。
なんというか、もし男性でないのならば(「クロニクル・オンライン」は基本的にプレイヤーデータを元にキャラクターを作成するが、性別は選択性だ)女子高あたりでキャーキャー言われるタイプの女性だ。

「ありがとうございます」

二人のタイプは違えど魅力的な女性に微笑まれると、女の私でもどきどきしてしまう。
この二人にはさぞかしファンが多いことだろう。

「……行かれないんですか?」

私が動きださないことに疑問を持ったらしい宝塚系門番さんが若干不審そうに私を見つめる。

「……キールさんと、約束がありまして」
「そうですか」

妙な誤解を受けてはたまらないので弁解を試みると、宝塚系門番さん(略してヅカさん)は納得したように頷いた。
そこから同僚の知り合い、ということで親近感が出たのか、ヅカさんは少しばかり好奇心の色を覗かせながら私に言った。

「魔術師ジョブって久しぶりに見ました」
「やっぱり少ないんですねー」

私が「クロニクル・オンライン」で行う初対面の会話のほぼ七割は私のジョブについてだった。
そしてヅカさんもまたその七割のうちに含まれるようである。

「魔術師ジョブさんは”神々”と”暗闇”でサクサクっとレベルあげて、”戦い”直行って人が多いですからねえ……絶対数も少ないのはもちろんなんですけど」
「まあ……黒魔さんも白魔さんも戦いが一番映えますからねえ」




「戦いの時代」へはレベル40以上から移動できる。

(「暗闇の時代」へはレベル15以上での移動が可能。各時代には「テレポート」を使うか、もしくは掛けてもらうか、「テレポ石(テレポートの魔術が封印された石のこと。どっかの誰かが開発)」を購入して移動する。)

「戦いの時代」では戦場ごとに縛りがあり、戦争のルールを覚えるチュートリアル代わりの低レベル限定戦場もある。
つまり、レベル40に昇格して直ぐに「戦いの時代」へ移動しても全く困らないのである。
さらに言うなら、魔術師ジョブは「戦いの時代」の花形火力・支援職な為、もんのすごく楽しいらしい。

そんなこんなで魔術師系統は「戦いの時代」が導入されて以降、続々とそちらに拠点を移しているため、「暗闇の時代」では滅多にみられなくなっている……らしい。




「……てことは、赤魔さんですか?」
「ついうっかり」

私の言い方でクラスを特定したらしいヅカさんは、にやにやと笑った。
意地悪く見えがちな笑い方をしているにも関わらず、ヅカさんがするとなんだか昔の漫画の「カッコイイ」不良のようで不思議と魅力的である。
くやしい。

「あららー」
「……あ、片付いたようですよ」

にやにや笑いを消さないままに何か言いかけたヅカさんを遮るように、栗色の髪の文官さん(亜麻色の髪の文官さん、略してアマさん)が、にっこりと微笑んで言った
その言葉につられるように、揉めていた六人の方に向き直ると、本当に事態は収まっているようだった。





一応収束の方向に向かっているらしい六人は、一時ほどの勢いはなく、ぼそぼそと周囲に聞こえない程度の音量で会話を進めていた。
ヅカさんとアマさんと私は、恐らく二人は義務感から、私はただの野次馬根性から静かな六人に近づいていった。


「それはまた……お気の毒な」

四人パーティのどこがどうお気の毒だったのかは分からないが、ハリスさんはしみじみとため息をついていた。

「俺も気が立ってて、すいませんでした」

弓使いさんは、先ほどまでのふてぶてしい態度はどこへやら、非常にしおらしくハリスさんに詫びていた。
どんな会話があったのか、イベント回避をした私には知る由もないが、流石は「参謀」志望のハリスさんである。

「おい、キール。女の子待たせてちゃダメだろ?」

事情を聞いてみたい気もしたが、あまり関わりあいになりたい人種ではなかったので(除く見習い僧侶さんと剣士さん)踵を返そうとしていたが、ヅカさんの一言で六人の視線は一気にこちらに向いてしまった。

「あ、スイさん、ええと、あの、お待たせしてしまって……」

ヅカさんがからかうようにキールさんを例のにやにや笑いで伺うと、キールさんは面白いほどうろたえていた。

「いえいえ、お話がまとまったなら良かったです」
「あ、あの、そろそろお昼時なので、良かったら食事でもどうでしょうか?」

なんというか、つくづく人間的に可愛い人だ。
当然のことながら、もちろんです、と頷いた。




じゃあ行きましょうか、と二人で顔を見合わせていると、またもやヅカさんがにやにやしながら「デート?ねえ、デート?」とキールさんを追い詰めていく。
キールさんはそれに対して狼狽しながら否定も肯定もせず、リングを操作して装備の切り替えを行った。


私服(という表現もおかしいが)姿になって、ようやく顔以外の部分も露出したキールさんは、長めの金髪を揺らして佇む美青年だった。装備はレザーアーマー、ガントレット、ブーツが揃いの作りで、片手剣を腰に差していた。「門番」のスキルは槍だが、もともとは剣士ジョブらしい。


「そっちもエンチャしましょうか?」
「いいんですか?」


キールさんが「騎士」ルートを辿る為には目下「門番→兵士」への昇格が主になるのだが、そのための「名声」あげモンスター討伐の際には、

1、一人で行う(パーティーを組まない)こと
2、「門番」の武器/スキル以外使わない(むしろ使えないように設定される)こと
3、一度期に目標を狩りすぎることなく、一定期間続けること

が義務づけられているらしい。
しかし、「兵士」職以降は武器の縛りがなくなるので今の剣では不安だ、とキールさんが愚痴っていたのを思い出して尋ねると、キールさんは嬉しそうに声を弾ませた。





「いいですよー」
「なんだよ、それ」

私がにこにこと承諾した矢先、神妙に反省していたはずの弓使いさんが不満そうな声で会話に割り込んだ。

「俺らには薬品も分けられないくせに、そいつにはエンチャントしてやるのかよ」
「…………はあ?」

本日二度目の「はあ?」である。
頭が痛くなってきた。
なんというか、弓使いさんの考え方が私には怖すぎる。
リング端末をいじって、回復魔法球(回復魔法を封じ込めた水晶。パーティの場合は周辺回復、それ以外の場合はプレイヤーを範囲回復)を取り出し、四人パーティに向けて放り投げた。


キラキラとしたホログラムが四人組みを包み、そのホログラムは波状に広がり、薄まっていく。
傷一つなくなった弓使いさんたちは、その輝きを目を見開いて見つめ、呆然と佇んでいた。


「これでいいですか?」
「……スイさん」

もうグダグダいいませんか?と私が弓使いさんに尋ねようとするのを、ハリスさんがため息交じりに遮った。

「こういったプレイヤーさんたちにそういったことをしてはいけません」

フィーリングのみで理解しろ、とばかりに四人パーティが「どういった」プレイヤーであるかの言明を避けたハリスさんは、額に手を当てて顔をしかめていた。

「スイさんのアイテムも、それを買うためのスイさん頑張りも、そういった消費のされ方は望んでいないと思いますよ?」
「まあ、気持ちは分からんでもないけどね」


ハリスさんが真面目な顔で言い、ヅカさんが渋面で頷いた。
それにしてもハリスさん。やっぱりおなじプレイヤーでも「管理者」側に近い人は考え方もそっちよりになるのだろうか。

「スイ」のプレイヤーとしての権利を尊重してくれるハリスさんに、ちょっと感動してしまう。

まるで小学生に言い含めるような諭され方をしてしまったが、もしかするとハリスさんはリアルでそういった職種なのだろうか。物言いが妙に板についていた。


「……まあ、とりあえずお食事に行かれたらいかがですか?キールさんと」

なんとなく発言しづらいその場の空気を組んでか、アマさんがにこにことコケティッシュな魅力を振りまきながら微笑んで言う。
濃密な花の香りがするような、それでいて凄みのある笑顔だ。



「では、ご案内しますね」
「…………ハリスさんも来るんですか?」

当然のように案内を申し出たハリスさんに、キールさんはものすごく意表をつかれたようで、ぽかんとした表情で尋ねる


その後、またもやヅカさんに散々からかわれたキールさんは、涙目になりながら「いつものところの席とってきます!」と叫んで駆け出し、ハリスさんとフラウさんとアマさんは心底楽しげに笑い出した。






「じゃあ、俺らもう行くから」

三人の爆笑の渦が次第に引いていった後で、弓使いさんは不機嫌そうにそう言った。
怒っているらしく、肩を怒らせて門をくぐり抜けていく。
闘士さんは巨体に似合わない素早い身のこなしで彼を追い、剣士さんと見習い僧侶さんは私に頭を下げたあと、彼らを追って街を走り抜けていった。

「うーん……典型的な初心者パーティだねえ」

その後姿を見送りつつ、ヅカさんがどこか呆れたような表情をして言った。

「……初心者だからこそ、ゴネればどうにかなる、と思わせたくはなかったんですが……」

ハリスさんは残念そうに肩をすくめたが、先ほどの爆笑の余韻が残っているのか顔をしかめることは無かった。

「なんかすいません」

なんだか自分が情けなくなって、俯きがちに謝罪した。
あのパーティが騒いだのは私が空気を読めず、尚且つ少しばかりムキになって接してしまった所があったのも原因だろう。
ソロプレイが長すぎた所為で、私はどうやら人との関わりが苦手になっているようだった。




「謝ることではないですが、エンチャンターは彼らの何倍も厄介な初心者にも絡まれやすいですから、注意してくださいね」

そのときはまた引きこもりソロプレイに戻るので大丈夫です。
などと、眉を寄せてこちらを心配そうに見つめる雨に濡れた花のような風情のアマさんに言える訳がなく、曖昧に頷くことしかできなかった。










[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の事情 上-
Name: 柚子◆3d3410b2 ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:57



キールさん曰く「いつものところ」に交代を終えたハリスさんに案内してもらうことになった。どうやら二人はたまたま勤務シフトが重なることが多いらしく(というよりもキールさんが資金集めのためにほぼ毎日勤務していた所為だろうが)、一緒に食事を取ることがよくあるのだそうだ。

「安くて美味しいんです」

とハリスさんが嬉しげに案内してくれた場所は、意外や意外、大変メルヘンな外観の喫茶店だった。





「クロニクル・オンライン」ではプレイヤーが「商店」を出すことができ、なおかつその管理をするスキル「経営」が存在している。一大チェーン店を確立することもできれば、頑固一徹職人の店、を気取ることもできるのだ。
尚且つ、商店の外観・内装・商品は完璧にプレイヤーの好みで決められる(そしてそれには懐事情もおおいに関わってくる)為、城下町「シュメール」には多種多様な商店が軒を連ねていた。

どう見てもプレイヤー経営のそのお店「プリンセス」は、内装も外観を裏切らずにピンクと白とハートと星に溢れていた。
生粋の女子である私にも恥ずかしいこの店内……恥ずかしげも無く「いつものところ」と言い切ったキールさん、通いなれている様子のハリスさんには脱帽するしかない……。


うんざりするようなピンクの洪水の中には、当然の如く女性プレイヤーしかいなかった。
――――キールさん以外には。





自分以外の男性プレイヤーが全くいない中で、キールさんは特に肩身を狭くするでもなく、ハート型のイスに座って実にナチュラルに存在していた。

先ほどまで「体育会系ワンコ」だと分析していたキールさんの新たな一面を見る思いである。
私は迷いもなく彼のテーブルに向かって歩いていくハリスさんの背中に隠れるようにして、キールさんの元へ向かった。


ハート型の椅子は意外にも座り心地がよく、日差しが差し込む店内は天井を吹き抜けにしてあるせいか実際の広さ以上にゆったりとしている。空調をどうにかしてあるのか、爽やかな風がゆったりと店の中を漂って、そこここに吊るされている星型の飾りはシャラシャラと控えめな音を立てていた。
「プリンセス」の店内は内装の趣味はともかくとして居心地はいいようだ。


目の前でにこにこと楽しげにメニューを広げてこちらに差し向けるキールさんと、隣で各メニューの詳細を解説してくれるハリスさんに集まる視線さえなければ、の話ではあるが。

二人とも、「クロニクル・オンライン」ではわりと珍しい正統派美形(各々のタイプは違うが)であり、なおかつ店内で二人だけの男性プレイヤーであるため、否が応にも注目の的なのだ。
正直な話、居心地はあまりよくない。

「スイさん、メニューは決まりましたか?」
「あ、オムライスで」

私が居た堪れずにハート型の椅子に座りなおしている間に、キールさんとハリスさんはメニューを決めてしまっていたらしい。というか、常連らしい二人のことだから初めからメニューは決まっていたのだろう。私を待っていてくれたのだ、と気づくと、女性客の視線ごときでキールさん達をないがしろにしてしまった申し訳なさに少し落ち込んだ。

「ここのオムライスは可愛いですよー」
「そうそう、うちのは可愛いですよ」

私の注文にハリスさんは少し意地悪そうに口元を歪めたけれど、それに追随するようにお冷を持ってきたウェイトレスのお姉さん(プレイヤー商店で働いているということはこのお姉さんもプレイヤーである)がにこにこと同じ台詞を繰り返したせいで毒気を抜かれたらしく、すぐにつかみ所のない微笑に切り替えた。

「ご注文を繰り返します、オムライス、日替わり定食、パスタBセットでよろしいですか?」

メイド服っぽいピンクのひらひらした衣装を着こなしたお姉さんはハキハキとメニューの確認を行い、テキパキ食器の確認をして去っていった。



ところで、ゲームの中で食事?と思われるかもしれないが、クロニクル・オンラインでは食事は必須である。まあ、ただ飲み込めばいいものもあるにはあるが、それだけじゃ味気ないだろう、ということでNPCの経営するレストランが設置されているのだが、ここの料理はとにかく美味しくないのだ。
不味いわけではなく、「美味しくない」のがポイントである。結果、だったら俺が作ってやらあ!とばかりにプレイヤーが勝手に始めた「レストラン」が大当たりし(これは本来開発側は予定しておらず、そのために急遽「料理」スキルを急造する羽目になった)、それがきっかけで様々な国籍の料理が作られるようになった…らしい。

というのも、「神々の時代」で「レストラン」をやるような酔狂なプレイヤーは皆無(なんといっても初心者にそんな金の余裕があるわけがない。プレイヤーの「料理」は高いのだ)だったため、私がプレイヤー作の「料理」を食べるのは今回が初めてだからである。





「私、料理人さんの作るものって初めて食べます」
「……ええっ!?」
「ああ、ずっと神々の方にいらしたんですよねえ」


正直ワクワク感を抑えきれずに二人にそういうと、二人ともトーンの違いはあるがそれぞれ「珍しい生き物」を見る目で私を見た。
泣きたい。

本格的に拗ねはじめた私を気遣ってか、キールさんとハリスさんは「シュメール」の様々な噂話や抜け道、お得情報などなどを教えてくれた。

一通り聞きたいことを聞き終わったあと、まだ料理に時間が掛かっているようなので随分かかるなあと思いながら(実はこの店の待ち時間が長い訳ではなく、私の感覚が麻痺している所為だった。何しろ「神々の時代」ではNPCに料金を支払って三秒で出てきたのだ)先ほどの4人パーティの話題を切り出した。


「ところで、気になっていたんですけど」
「なんでしょう?」

私の問いかけにハリスさんはゆったりと応え、水を飲んでいたキールさんはただ小首をかしげるだけに留めて先を促した。

「さっきの四人パーティの弓使いさん、妙に突っかかる方でしたけど……」

じっくりと話を聞いたのであろうハリスさんと、聞きかじってはいるのだろうキールさんが、同時にお互いの顔を見つめあった。
おお、アイ・コンタクト。こんなことまでできるようになったバーチャルリアリティ技術の進歩は凄まじいなあ。

「それをお話したくて、キールさんとスイさんのデートに着いてきたんです」
「……ええ、ってえぇっ!?ハリスさん!?」

真面目な調子で話し始めたハリスさんは、そのままのトーンでキールさんをからかいだした。
なんだか二人の日ごろの関係がこの一場面で透けて見えるかのようである。
それにしてもキールさん、この気恥ずかしい店内に毛ほども動揺も見せず我が家のようにくつろいでいた人間とも思えない慌てっぷりだ。



「と、まあ冗談はこれくらいにしてですね」

ひとしきりキールさんの愉快な狼狽を楽しんで満足したらしいハリスさんは、白とピンクのストライプになにやらキラキラとした星が踊っているテーブルをコツコツと叩いた。
どうやらハリスさんが真面目になるときの合図らしい。
キールさんは急にしゃっきりと背筋を伸ばして神妙な顔をした。

「先ほどの彼らの話ですが、」
「はい」

ハリスさんは人差し指で星の形をなぞりながら、なんでもないことのように言った

「あのパーティーはですね、実は悪質なMPK(Monster Player Killの略。モンスターの大群(または数匹)を他のプレイヤーにけしかけてそのプレイヤーを殺すこと)に遭って命からがら逃げてきたところだったそうです。そのあともしつこく囁きTELLをあの弓使いの彼に送ってきていたらしいです」
「……それはそれは」

そういう話を聞かされると私は途端に弱い。向こうが一方的に突っかかってきたのも事情があってのことらしい、ということをハリスさんにさわりだけ聞かされただけで、あの弓使いさんと闘士さんのフレンドリスト候補除外を取り消してしまいそうだ。

「まあそれが本当の話だとしても、無関係のスイさんに八つ当たりして薬品を掠め取ろうとしたことが帳消しになるわけでもありませんけど」

そんな私の気配を察したのか、ハリスさんはサクっと言い切った。
言ってしまえばその通り。

「まあ、スイさんにはご迷惑でしたでしょうが、早いうちにあの手合いと関われたのは良かったと思いますよ」
「…………?」

ハリスさんはそう結んで、お冷のグラスを口元に運んだ。
その言葉にキールさんは考えを巡らすように眉を寄せ、私は小さく頷いた。




迷惑なプレーヤーは「神々の時代」にいなかったわけではないが、「神々の時代」はそもそも取り合いになるような狩場は無かったし、MPKも存在しなかった。
ギルドシステムもNPCのもの以外なかったし、パーティプレイもあまり盛んではなかった。
私はそんな「神々の時代」で中級レベル周辺まできてしまったのだ。
けれど、「暗闇の時代」は違う。
人と人とが何らかの形で必ず関わってくる「時代」なのだ、ここは。

それが好意であれ、悪意であれ、その関わりの中に広まっていく。

人恋しさに「神々の時代」から抜け出した身としては、怖いような、嬉しいような、複雑な気持ちである。
私はなんとなくもやもやとした気持ちを抑えきれず、机のストライプ模様の溝をがしがしと爪で削ることでそれを誤魔化した。








[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の事情 下-
Name: 柚子◆3d3410b2 ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:58

場が静かになったところを計ったかのように、ウェイトレスのお姉さんがホカホカと湯気を立てた料理を運んできた。
湯気のたった料理なんて、「クロニクル・オンライン」にダイブしてからはじめてだ。
何しろ「神々の時代」のNPCレストランの料理は、出てきたものを素早く胃に流し込むためだけにそう設定されているのではないかと疑ってしまうほど、どれもこれも生温かった。

ついて早々アレだったし、これからもきっと色々あるだろう。

けれど……!
料理の湯気を見れるということだけでも、「暗闇の時代」にきて良かった……!



「…………」
「可愛いでしょう?」

注文の時に宣言されたとおり、オムライスは大変可愛らしかった。
この「ぷりんせす」のオムライスは正式名称「ウサウサぴょんぴょんのオムライス」というらしい。
チキンライスをウサギの型につめ、黄色い卵焼きでふんわり包んだ一品だ。
画竜点睛とばかりに、可愛らしいウェイトレスさんが「うさうさ~」などと歌いながらケチャップでウサギの顔を描いてくれる。心底無駄なバーチャルリアリティぶりである。

「ハリスさん、食べます?」
「スイさんが最初に食べてあげないとウサウサさんも可哀想ですよ?」

あまりのファンシーぶりに、どうにも手を出しあぐねていたが、ハリスさんのからかうような一言で腹が決まった。
ケチャップで描かれたウサウサさんの口元をスプーンで突き崩し、口元に運ぶ。
意外にというか、期待通りというか、至極美味だった。


「プリンセス」での(いろんな意味で)楽しい食事を終えた後、ハリスさんは城に用があると言って去っていった。





キールさんとの約束である「エンチャント」は場所は選ばないが流石に街中はマズいので、どこかいい場所はないかとキールさんに尋ねると、「やっぱりフィールドがいいんじゃないでしょうか。鍛冶場でもいいですけど変に目立つのもよくないですし」とのことだったので早速移動することになった。

折角シュメールに入ったのだから色々と見て回りたい気持ちもあったが、それこそ明日以降いくらでもできることだ。ついでに「暗闇の時代」で「フライト」を発動させる前準備にもなることだし、私も特に異存はなく、二人でてくてくと都市の出口に向かう。




「シュメール」は”暗闇の時代”フィールドのほぼ中央に位置している。
そのため、「シュメール」の門は大体東西南北の位置に計四つある。都市の中では「フライト」系の移動手段は禁止されている為、全てのプレイヤーはどれかの門を潜らなければ出入りができない。各門は、それぞれ「初心者用」「中級者用」「中堅用」「上級者用」のフィールド移動が行われるので、必然的にその周辺には同レベル帯が集まることが多いらしい。
ちなみにキールさんとハリスさんが受付を行っていた門は「初心者用」だそうだ。

先ほどの四人のようなプレイヤーが出入りするのではさぞかし諍いが多いことだろう、と私は思ったのだが、キールさんが言うには、
「“初心者用”門近辺の宿屋や商店は、ものすごく厳しいので余り揉め事は起きないんですよ」という事だった。

やはり揉め事になることが多々あった為、初心者門の周辺の店はかなり規約が厳しいらしい。曰く、アイテムの売買はどんなことがあっても現金で行う(知識がなくて損な物々交換を持ちかけられて承諾してしまった初心者プレイヤーの諍いが多かった為)、宿屋で喧嘩をしたプレイヤーは内容如何に関わらずどちらも叩き出す(宿屋でパーティー同士が争い出して建物を破損する事が多かったため)云々。
中級者以上になれば不文律となっている簡単(というか当然)な規約だが、初心者プレイヤーが多いこの近辺ではそれが明文化されて遵守を義務付けられているらしい。




「先ほどのパーティーが利用している宿屋は、この辺りで一番安い薬品系アイテム(「クロニクル・オンライン」では、安い=お得ではなく、安い=初心者用だ)の店も宿屋の中でやってるんですよ」


歩きながら、キールさんはぽつぽつとこの門周辺の情報を語った。
会ったばかりの私とキールさんの間の共通の話題、というと先ほどのパーティーの一件くらいしかないのは仕方ないが、正直あまり話していて愉快な話題でもない。

「…………はあ」

自然、相槌も力のないものになってしまう私に、キールさんはちょっと寂しそうに続けた。

「その宿屋も初心者用なんで、薬品もよく捌けてるらしいんですが。そこの規約が”揉め事持ち込むべからず”なんですよ。さっきの四人もその規約に引っかかるのが怖くてアイテムを買いに行くのを嫌がったんだと思います」
「揉め事っていうか……戦闘で起きた不可抗力じゃないですか?」

まあ……そういう事情では街でアイテムを仕入れるのにしり込みする気持ちも分かるが。
それにしたって事情を説明すればいい話なんじゃないのかなあ、と考えた私は、キールさんの話にも懐疑的だった。


「そこがまあ、このあたり一帯の問題でもあるんですがねえ……あんまり事情を聞かないことになってるんですよ。この辺では。何しろ、初心者のことですから、事情を聞けば仕方ないこともあるにせよ、それで揉め事が起こるのは御免だ、っていう風潮なんですよね」
「…………」


キールさんは困ったように笑って、この辺、と片手で初心者門近辺を指した。
……聞けば聞くほど、なんだか仕方のない話である。MPKにあってズタボロなのに、宿屋も追い出されるかもしれない、となれば先ほどの四人パーティーの弁もさもありなん、である。
そんな状況になったら私だってしつこく薬品持ってて分けてくれそうな人に絡むかもしれない。
弓使いさんにムカついているのは、正直今でも変わらないが、彼らの事情が把握できたことで、理不尽な対応へのイライラは少し収まった。


「……色々あるんですねえ」
「その分、人との関わりが多くて楽しいことも多いですよ。俺なんかそのおかげでスイさんにエンチャしてもらえるし!」

キールさんは唸るように言った私を励ますように、少しおどけて笑った。
確かに、この「暗闇の時代」はMMOの醍醐味である「人との関わり」がダイレクトに味わえる”時代”のようだ。
初っ端で少し躓いてしまった感はあるが、キールさんのようなプレイヤーがいるからには、きっと楽しめることだろう。





フィールドでは基本的に吹かない風を巻き上げながら、片手剣に手を当てて「詠唱」を開始する。小さな蛍のような光が周囲に現れ、それらは片手剣に吸い寄せられるようにして集まっていった。光に集られた状態の剣は、次第にその光を飲み込んで、剣本体が光っていく。

――――汝の力を我が前に示せ、汝の刃は風となり、汝が力は大地を裂き、(中略)我が名において命ずる、”アタック・エンチャント”!


目の前にずらずらと並んでいくエンチャント用の「詠唱」を読み上げ、キールさんの武器である片手剣へ「アタック・エンチャント(攻撃強化)」を付与する。




「魔術師」ジョブの詠唱は、噛んだり突っかかると発動しないが、さすがに暗記までは必要ない。スキル選択をすると目の前にアンチョコが堂々と出現し、それを読み上げていけばいいからである。
そうは言っても面倒な事には変わらないし、初見ですらすらと読み上げられるようなプレイヤーは極々少数な為、殆どの「魔術師」系列のプレイヤーは少なくとも自分がよく使う「魔術」スキルの2、3は暗記しているのが常だ。

かくいう私も、慣れきっている「エンチャント」とかろうじて覚えている「上級魔法」のいくつかはソラで言える。リアルで何の役にも立たないが、このだらだらとした長ったらしい文句を完璧に言えるのは少し自慢だ。
もっとも、上には上がいるのは世の常で、「戦いの時代」では全「詠唱」を暗記している魔導師や、ものすごい早口言葉の得意な魔導師達がいかに早く「発動」を行えるかしのぎを削っている。
私が三分かかる上級魔法「サイクロン」など、彼らに掛かれば半分の時間で発動されてしまう。別段私が遅い訳ではなく、単に彼らが早すぎるのだ。




「できましたよー」
「ありがとうございますっ!」

エンチャントが終わった槍と甲冑を嬉しそうに撫でていた(余り言いたくないがちょっと不気味である)キールさんが、私が差し出した片手剣に飛びつかんばかりの勢いで言った。

「本当にいいんですか?」
「どーぞどーぞ」

キールさんは頬を緩めて剣の”性能”をリングで確認したあと、不安げに私に尋ねた。

「むしろ、スキル上げにもなって有難かったですよ。お昼もご馳走してもらっちゃったし」
「本当にありがとうございました」

私がにこにこと笑いながら言うと、キールさんはウキウキした調子で再度お礼を言った。
ちなみに、私が上機嫌なのはフィールド移動中に「フレンドリスト」の空白を埋めることができたからである。
お友達第一号に目をつけていたキールさんと「フレンド登録」を交わすことに成功し、今や私達は名実ともにお友達なのだ。なんと目出度いことか!



そんな訳で、首尾よくエンチャントを終えて「シュメール」に帰還した私たちは、キールさんは早速「名声」を上げるべく山へモンスター狩りに、私はお得な宿屋に登録した後は街へ買い物に、それぞれ向かうことになった。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の日常-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 18:59

スイの目の前には無数の「ストーン・ゴーレム」が蠢いていた。
「ストーン・ゴーレム」は文字通り石でできたゴーレムで、その大きさは縦にスイの二倍、横にスイの三倍はある。
灰褐色の石で形作られた身体は、その硬質な質感とは裏腹にどこか丸い印象を抱かせる。
よくよく見ると、なかなか可愛らしい顔立ちのモンスターなのだが、それに気づくプレイヤーはあまりいない。


土属性モンスターとしては中の下の強さに位置する彼らは、「剣士」「闘士」ジョブ等の火力職がもっとも苦手とするモンスターだ。
何しろ、その硬さが半端ではなく、花形火力職である彼らの攻撃力をもってしても、ちびちび攻撃を繰り返さないことには倒せないのである。
そのため、必然的にパーティの連携は必須となっており、初心者パーティが「初心者」の看板を外す為に通り過ぎる、「初心者の壁」モンスターのひとつなのだ。

もっとも、それは中堅レベル(レベル40~60近辺)のクラスであれば全く関係ない話であり、
火力職であれば、伸びに伸びた攻撃力で一掃する。支援職であっても、その特性に見合った攻撃を行うことによってソロでも倒すことが可能である。

スイのレベルはまだ40に届かないレベルだが、一応火力職でもある「魔術師」ジョブの攻撃力と、尚且つ「赤魔術師」の特性も上手くかみあっている為、「ストーン・ゴーレム」は彼女のごちそうだった。





風よ、風よ、立ちふさがりし敵を殲滅せよ、―――(中略)―――汝が名は”疾風”、はやき風、強き風、猛き風よ、刃となりてその力を我が前に示せ!我が名において命ずる!

『サイクロン!』




ぼそぼそと呟いた「詠唱」によって発動した上級魔法「サイクロン」の範囲攻撃によって、もぞもぞと動いていた「ストーン・ゴーレム」達はそれなりのダメージを負い、スイに攻撃表示を取った。


通常、モンスターはこちらが攻撃を行わないかぎりこちらにターゲットを向けて攻撃することはない。アンデッド系等の敵意の強いモンスター以外は、プレイヤーがすぐ隣をすり抜けたとしても何の反応も示さない。

モンスターが手負いである場合は、手近のプレイヤーに攻撃表示を取ることがあるが、これもモンスターの攻撃範囲・生息範囲を抜け出せば無効になる。
そういったモンスターは攻撃表示として頭上に赤いクリスタルを光らせている為、気をつけていれば不意打ちを食らったりする事はまず無いが、大量のトレイン(範囲攻撃等で大量のモンスターを手負い状態にして逃走もしくは敗北し、周囲のプレイヤーになすりつけること)を行われると厄介である。



「ストーン・ゴーレム」達がのろのろとこちらに向かってくる。ストーン・ゴーレムの攻撃である”ストーン・ハンマー”は威力は高いが範囲は狭いため離れて「サイクロン」を放ったスイの位置への攻撃は届かないからだ。

その合間に、スイは間髪いれずに”切り裂き”と呼ばれる中級魔法「ソード・ウィンド」を赤魔術師の特性を活かして間髪入れずに叩き込んでいく。
土属性モンスターは総じて「風属性」に弱いため、スイの攻撃にストーン・ゴーレムは為す術もなく次々と倒れこんでいった。




数分後、辺りのストーン・ゴーレムを全て殲滅すると、スイの「リング」を通してモンスター討伐の報奨金が振り込まれ、スイの周りはストーン・ゴーレムが”落として”行ったアイテムで埋まった。
戦利品は意外に多く、スイはホクホクとアイテムを「イベントリ」に突っ込んでいった。

アイテムを全て整理すると、またストーン・ゴーレムがちらほらと”沸いて”きたが(モンスターは周辺一帯を殲滅しても、数分でまたほぼ同数まで増殖する)、先ほど獲得したアイテムのおかげでそろそろイベントリの上限が近かった為、スイはこれ以上の狩りを諦めて一旦帰還することを決めた。








「こんにちはー」
「はい、こんにちは」

街の入り口である「門」につくと、ハリスさんがいつものように笑っていた。

私がこの「シュメール」に初めて着いた時には、ハリスさんは「初心者用門」の受付を担当していたのだが、人事異動でこの「中級者用門」に配属になったらしい。
一緒に勤務していたキールさんは、この度目出度く「兵士」にレベルアップしたらしく、門番ではなくなってしまったのが少し残念だ。いいコンビだったのに。

「ソロプレイも板についてきましたねー」
「嬉しくないです」

ハリスさんの現在の同僚らしい厳つい門番さんに「リング」の確認を受けていると、ハリスさんがにこにこと言った。


そうなのだ。
パーティーとかギルドでの冒険とか、そういったモノを求めて「暗闇の時代」にやってきた私は、あろうことかこちらでもソロプレイ続行中なのである。

何故か。





それは一重に、この呪われしクラス「赤魔術師」の所為である。
ここに来た当初、私のレベルは「中堅」よりの「中級者」であるレベル37(現在は一つ上がって38)だったのだが、この辺りに来ると元々中途半端な「赤魔術師」は更に微妙な存在になる。

アタッカーと言い切るには攻撃力が弱く(「赤魔術師」の攻撃力は同じ魔法スキルであっても「黒魔術師」より下だ)、では支援職、と言い切るには難しく(当然だが支援に特化している各職には適わない)、はっきり言ってすごくパーティーを組みづらいのだ。
位置づけが難しく、仕事も決まらない。
よく言えば「遊撃職」つまり居ても居なくても困らないクラスなのだった。
……世知辛い。


唯一の売り込みポイントである「エンチャント」にした所で、このレベル帯になればエンチャするより性能のいい「属性武器」「属性防具」が自力でいくらでも買える。
もっと高レベルになって”エンチャンター”になれば、あるいはもしかしたら引っ張りだこかも知れない。
しかし生憎、私はそこまで高レベルでもなければエンチャントに特化している訳でもなかった。

勿論、最初は「魔術師」ジョブへの物珍しさもあってかパーティーのお誘いはそれなりにあった。けれど、何度か組むとフレンドへのお誘いはあるものの、固定パーティー(決まったメンバーだけで狩り・イベントを行うこと)へのお誘いは皆無だった。
まあ、フレンドリストの空白が少し埋まっただけでも良しとしよう。


という訳で、私は「神々の時代」から「暗闇の時代」に移動しても相変わらず絶賛ソロプレイ続行中な訳である。






「はい、ありがとうございましたー」
「こちらこそ」

ストーン・ゴーレムが落としていったアイテム達を売り飛ばすと、もともとの報奨金も合わさって、それなりの小金持ちになれた。
ゴーレム系はあまり人気のあるモンスターでは無いため、ドロップアイテム(モンスターが落としていくアイテム)も品薄になりやすいらしく比較的高値で買い取ってもらえる。
あくまで中の下程度のモンスターのドロップにしては、ではあるが。



折角だから何か美味しいものでも食べようと、飲食店が密集している通りに足を運ぶ。
当初は一人で食事を取るのは寂しい気がしてはいたが、今では慣れたものである。悲しいかな、ハリスさんの言うとおりソロプレイも板についてきたという事だろうか。



自分の考えにちょっと落ち込んでいると、キールさんから囁きTELLが入った。

「こんにちはー、今大丈夫ですか?」
「だいじょぶです!」

フレンドリストを確認すると、どうやらキールさんもシュメールの中にいるらしい。
私がシュメールに居ることもキールさんには分かる筈なのだが、一々断りを入れるところに彼の人柄の良さがにじみ出ている。
やはり、私がお友達第一号に認定しただけのことはある、問答無用にいい人だ。

「良かったー、俺、今「衛兵」に昇格できたんですよ!」
「おおお!おめでとうございます!」

一月前に「門番」だったキールさんは「兵士」に昇格した後もこつこつと「名声」上げにモンスター狩りに励んでいたらしく、ついに「衛兵」に昇格したらしい。
もう「騎士」ジョブまであと一歩である。なんともはや、めでたい。

「これもスイさんが何度もエンチャントしてくれたお陰です!」
「いやいや、キールさんが頑張ったからですよー」

私の「エンチャント」は一週間も持たずに効果が薄れてしまうので、その度にかけなおしていたのだが、キールさんはその都度、必ず何らかのお礼をくれた。
大したスキルではないので本当に気にしないで構わなかったのだけれど、彼の気持ちが嬉しくて毎回張り切ってエンチャントを掛けたものだ。

「でも遂にあと一歩ですねー!」
「あは、ようやくスタートラインですけどね」

キールさんはTELLでも分かるほど嬉しそうに言った。
「騎士」ジョブは、「騎士」になるまでが大変だが、それ以降の上位職転向は比較的簡単で、その大抵が人気職である。羨ましい限りだ。

「キールさんは”聖騎士”希望なんでしたっけ?」
「そうです。”竜騎士”も憧れるんですけど、何しろ博打なので」




キールさんに最初に抱いた「聖騎士」になればいいのに、という印象は的を得ていなくも無かったらしく、彼は「聖騎士」志望だった。

元々の希望は「竜騎士」と呼ばれるドラゴンを使役できる騎士クラス最強と言われるクラスだそうなのだが、この「竜騎士」は実に博打で、しかも一度しかチャレンジできない。ついでに「竜騎士」志望で失敗するともれなく「精霊騎士」になるしか道は残されない、という茨の道である。

にもかかわらず、「竜騎士」に挑戦するチャレンジャーは後をたたなかった。たとえ失敗しても「精霊騎士」だったらそれなりに需要のあるクラスであることも影響しているのだろうが。




「”聖騎士”だと確か”神々の時代”でクエストありますよね?」
「そうですねー」

“聖騎士”は神聖属性のクラスなので、神官・僧侶系列と同じく「神々の時代」でクエスト”神への誓い”をこなさなければならないらしい。

「覚悟しといた方がいいですよー、”神々”食べ物ものすごいマズいですから」
「うーん……まあ、まだ先の話ですけど、頑張ります」

私が長らく「神々の時代」で過ごした後に、「暗闇の時代」で出されるどんな食事であっても美味しく平らげていたことを知っているキールさんは、しみじみと言った。

「ところで、折角だからお祝いしませんか?奢りますよー」
「いいんですか?ありがとうございます!」






懐は暖かかったが人の温もりに飢えていた私の提案に、キールさんは嬉しそうに同意してくれた。
例えソロプレイ続行中であろうとも、やはり「暗闇の時代」に来て良かった……としみじみと幸せをかみ締める。

キールさんと「いつものところ」こと喫茶店”プリンセス”で落ち合う約束をして通話を切ると、私はすっかり慣れた街中を駆け出した。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 上-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 19:14




レベル25で上位クラスに転職したプレイヤーは、転職した後「特殊クラス」のイベントを起こさなければ、そのままレベル50で再び上位職への転向を迫られることになっている。
レベル50で選択する上位職は、どんなクラスであっても二択と決まっており、「赤魔術師」で選択できるのは「赤魔導師」か「アルケミスト」だ。

「アルケミスト」は言葉通り、錬金術師だ。魔術師系列唯一の生産スキル「錬金」が手に入り、様々なアイテムの合成を行うことができる。
この職業では、アイテムの生成の他に「開発」を行うこともでき、そのアイテムは「クロニクル・オンライン」に正式に「アイテム」として登録され、(ゲーム内で)莫大な金額が転がり込む。

例えば、魔法スキル持ちのプレイヤーならば時代の移動は自力で魔法で行うことができるが、魔法スキルを持たないジョブのプレイヤーは「錬金術師」が生み出した「テレポ石」を利用している。
それまでは特定クエストをこなすか、「テレポ屋(その昔あったらしい、”テレポート”を掛けることを専門にしたプレイヤー商売)」に頼むしかなく、魔法スキル無しのプレイヤーの時代移動は非常に面倒だったのが、この開発で一気に手軽になった。
ちなみに、「テレポ石」は良く捌けるわりに割りと高価なので、駆け出し「錬金術師」たちのいい小遣い稼ぎになる。


それに、何より二つ名「作りしもの」が手に入るかもしれない、という魅力は大きい。
「クロニクル・オンライン」の醍醐味である「歴史に名を刻む」ことが可能になるのだ。
もちろん、「錬金術師」はかなりの人気職である。
更に、赤魔術師系列以外からも転向可能(元々のジョブによって「錬金」「合成」に多少の縛りがでる)なので、その絶対数は意外に多い。


「赤魔導師」は「赤魔術師」がそのまま底上げされた態の、俗に言う「へっぽこ魔導師」「罠クラス」である。
このクラスでは上級魔法まで「詠唱」なしで発動できるようになるが、はっきり言って「黒魔術師(魔導師の前段階クラス)の放つ上級魔法スキルより攻撃力は劣る。

普通に「詠唱」を行えば、勿論「黒魔術師」を上回ることもできるが、「黒魔導師」の魔法スキルは更にその上を行く威力になっている。
まさしく絵に描いたような中途半端ぶりである。

補助魔法スキルも増えるが、それでも元々の補助職である「僧侶」「神官」系列に敵うわけではない。おまけのようにスキルリミットは増えるものの、だからといって特にどうこう、というものでもない。



――――「クロニクル・オンラインにおける上位クラス考察~赤魔術師編~」抜粋










喫茶店「プリンセス」は一月ごとに内装を変える。

内装を変えると言っても、センス自体は変化せず、ただテーマカラーとモチーフが変わるのだ。「プリンセス」という店名でも分かるが、この店の過剰な「可愛らしさ」へのこだわりは異常である。

そんな訳で、「プリンセス」の現在の内装は、スイがここに来たばかりの頃の「シャーベットカラーのピンクと白とハートマークと星」から、「マカロンカラーのブルーと黄色にお花」に変化している。
白とピンクのストライプだった机は、柔らかな水色に、ピンク色だったハート型の椅子はくすんだ淡い黄色に、それぞれ塗り替えられ、店内のそこかしこを花をモチーフにした装飾が彩っている。

色合いは変わったが、雰囲気は全く変わらない「プリンセス」にて、スイはランチを取りながら自身の今後について頭を悩ませていた。






なんだかんだで結局、ソロでちまちまと経験値を上げていた私のレベルは、ついに40になった。中堅の入り口に突入である。
約半年程掛かったが、それなりに順調に「スイ」も育っているということだ。

レベル40になると、「戦いの時代」への移動が可能になるのだが、どうも「戦いの時代」に興味が沸かなかった私は、結局「暗闇の時代」に居ついてコツコツとソロプレイ活動を続けることにした。




ところで、「クロニクル・オンライン」では系列ジョブの枝葉が多岐に渡って別れており、その殆どの職種はその「なりかた」が解明されている。


例えば「ガンブレイダー(銃剣士)」は剣士系列の「双剣士」クラスで特定のイベントをこなし、特定のスキルを伸ばすと、特殊イベント”銃の道”が発生して、目出度くクラスツリー(ジョブ系列で自分が辿るクラスをツリー上に表示するもの)に「ガンブレイダー」が登場するのだ。
このように突如発生するクラスは「特殊クラス」と呼ばれ、人気職である。



キールさんが希望している「騎士」も数々のイベントをこなす「特殊クラス」の亜種だが、こちらは上位職に転向する以前から特殊イベントが発生する為、それほど珍しいものではない。


その上位職前の特殊イベントによって、魔術師から派生するのは人気職「魔」つきクラス系列である。


「魔剣士」「魔闘士」等等の系列クラスは、その魔法属性を付加された攻撃力もさることながら、全体のバランスがピカ一、かつ装備がカッコイイ(魔術師のローブは余り評判が良くない)ため、魔術師系列を辿らないものが続出するのだ。
初期に魔術師を選択するものは多いものの、その後の各魔術師系列が増えない原因の一端が、この特殊イベントである。

中級魔法を習得することによって否応なく「詠唱」に手を焼かされるプレイヤーは数多い。そんな彼らにとっては「スキル」の発動が楽で、かつそこそこ強い「魔」つきクラスへの転職イベントは、天の助けにも等しかったのだ。
強いが扱いが難しい魔術師を途中で投げ出せ、しかも花形職に転向できるため、こちらに転ぶものは圧倒的に多い。

かく言う私も、魔法スキル自体は好きだったので転向することは無かったものの、心が揺れた。
「赤魔術師」への転向が余儀なくされた時は、「どうしてあの時、特殊イベントをスルーしたのか……!」と本気で悔やんだものだ。



大抵の「特殊クラス」への道は今の私のレベル帯、つまり「中堅」のあたりで決まるので、「中堅門」の近辺はありとあらゆる雑多な職業の人々が行き交っている。

私の「赤魔術師」で発生する「特殊クラス」は「エンチャンター」その名の通りエンチャントに特化したクラスである。エンチャンターになれば、今のスキルよりも更に多種多様で強力なエンチャントが可能になり、これは「暗闇の時代」の上級者の最終目標「魔王討伐」に必須な為かなり儲かるらしい。
実際「上級者用門」近辺に店を構える上級「エンチャンター」はかなり左団扇のウッハウハ状態だという。

しかし、私は何しろ「魔法」スキルが好きな為、「エンチャンター」に転職するのは気が引けてしまい(「エンチャンター」は強力なエンチャントスキルの代わりに魔法スキルは中級までに減らされてしまう)、このまま「赤魔術師」のツリー通りに進むことを決意していた。








「……どうしたものか」


「本日のオススメ」ランチセットを頬張りつつも、自分自身のどう転んでも明るくない未来に、そんな呟きが漏れた。

「赤魔導師」か「錬金術師」か。魔法スキルが好きな私にとって、「錬金術師」への転向は問題外だが、かといって”へっぽこ魔導師”になるのはもっと嫌だ。


悩みながらでも、ランチセットの美味しさは変わらず、手が止まることはない。
オススメにするだけあって、柔らかく煮込まれたビーフストロガノフ(何の肉を使っているのかはわからないが精神衛生上、牛だと信じている)は絶品である。

最初は絶句するしか無かった店内にも、最近ではもうすっかり慣れてしまい、キールさんばりに寛げるようになっていた。



そのキールさんとも、彼が「衛兵」から「騎士」への昇格クエスト”光の道”のイベント中(このイベントのクリアにはゲーム内で平均二週ほどかかる)である為、すっかりご無沙汰である。
「門番」から約三ヶ月、キールさんもとうとう「騎士」へ到達するわけだ。

「今、ようやっとイベント中盤まで来たんですよ!」

と二日前にキールさんは嬉しそうに報告してくれた。
私も「騎士」装備のキールさんはさぞかし眼福だろう、と思っているので是非ともクリアしてもらいたい。

順調に成長しているキールさんに比べ、「暗闇の時代」で私はすっかり行き詰っていた。
「参謀」になって「戦いの時代」へと移動したハリスさんからは、「”錬金”で敵兵を撹乱できるアイテムをスイさんが生産してくれるのを心待ちにしています」という物騒なんだか有難いのかよく分からない激励があったものの、正直に言って私はまだ決めかねている。



このまま考えて込んでもすぐに答えは出そうに無い。
そう判断した私は、ちょうどデザートに注文していたチーズケーキがやってきたので、とりあえず手をつけることにした。

「暗闇の時代」の醍醐味を満喫していると、私の手前の椅子に白い手が掛かり、音も無く引かれた。














[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 中-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 19:35



「ここいい?」
「……あれっ? リュウザキさん!」

いきなりの事にチーズケーキから目線を上げると、そこには私と同じくずるずるとローブを引きずったリュウザキさんがにこにこと笑っていた。

「しばらくクエストじゃなかったんですか?」
「うん、今終わったとこなのよぉ」

ローブから見て分かるとおり、魔術師系列であるリュウザキさんは、「白魔道師」である。
白魔術師の上位クラスである彼女のレベルは現在68だそうだ。
「魔王討伐」を目指して固定パーティーを組んでいる勝ち組さんである。
レベル帯は全く違うが、リュウザキさんは私が「暗闇の時代」でもっとも仲良くしてもらっているフレンドの一人だった。





彼女と知り合うことになったきっかけは、「暗闇の時代」に来てから、コツコツとソロプレイに励んでいた私の狩場の近くをリュウザキさんが通り掛かり、「トレイン」もどきになり掛けたことである。

私としてはMPKまがいの事を(不可抗力とはいえ)仕掛けてしまったのにオロオロし、リュウザキさんは「横殴り(他プレイヤーがある程度モンスターのHPを削ったところで攻撃し、ターゲットを自分に移して楽して狩りをすること)」もどきになってしまった事を気に病んでオロオロし、なんだかんだでフレンドになったのだ。

良心的な対応(相手を気遣ってオロオロするような)をするプレイヤーさんとは是非是非仲良くなりたい私は、リュウザキさんがレベルの関係無い「隠しクエスト(お笑い的な要素が強く、得られるアイテムも経験値も微妙)」なんかに誘ってくれるとほいほいついていった。

そこでますます彼女と仲良くなった為、レベルは大きく開いているものの、仲良くお付き合いをさせていただいている。






「あ、アタシはレモネードと抹茶シフォンケーキ」


メニューを見ることも無く、お冷を持ってきた店員さんにリュウザキさんはそう注文する。
美しい装飾のローブを揺らして、私にもう一度確認をとるように「いい?」と聞いたあと、彼女はどっかりと椅子に腰を下した。



ハート型の椅子に座ったリュウザキさんは、この甘ったるい店内の装飾に文句なくハマる、砂糖菓子のような容姿を誇っている。
ふわふわの桃色の髪(バーチャルリアリティの恩恵の賜物である)と、淡い薔薇色の頬、くるくると表情を変える薄茶色の瞳。少し詰まった小鼻と、そこにちょんちょんと散らばっている雀斑(そばかす)はともすれば欠点にもとれるが、彼女の場合それがかえって魅力的だ。

が、しかし、この何かの妖精のような容姿に似合わず、彼女は意外に豪気である。

この見た目、さらに初対面で私に謝り倒した腰の低さ、「白魔導師」というクラスからくるイメージ、等等から、当初私はすっかり彼女を「癒し系」だと認識していた。
だが、実際の彼女はなんというかそこから一周回ってまた戻ってきたような性格だった。



一度、一緒に街を歩いている時に、彼女の見た目に魅かれてか、ジョブへの好奇心にかられてか、無謀にも彼女に下品なジョークをぶつけたプレイヤーとかち合ったことがある。
その時、ぐだぐだと絡んでくるそのプレイヤーに対して、リュウザキさんはあろうことか更に強烈な下ネタを言い放ち、その気の毒な犠牲者を彫像のように固めた。

それは「クロニクル・オンライン」の規定する”公序良俗に反する言葉(これに引っかかるとその言葉は電子音で伏せられる)”に上手く引っかかることなく、それでいて男心(彼女に絡んだプレイヤーは男性プレイヤーだった)を絶妙にエグる下ネタだった。

その為、絡んだ彼はもちろん、周囲の男性プレイヤーまでもが妙に落ち込んだり、絶句したりしていて、その周辺はなかなか悲惨な光景だった。



そんな彼女は、一部では「変態ネカマ(中身は男性だが、プレイヤーキャラは女性でプレイしている男性のこと)」等と影でこそこそ言われているらしい。
(ちなみにリュウザキさんの性別は「ち・ゅ・う・か・ん」とのことだ)

しかしまあ、リュウザキさんが例え男性でも勿論女性はたまたその中間だろうが、私にとって大事なフレンドであることは変わらないのだ。






「リュウザキさん、”暗闇の洞窟”クリアおめでとうございます!」
「んふふ、ありがと」

大変だったわよーう、と笑いながら、リュウザキさんはクエスト”暗闇の洞窟”での苦労話をネタバレを省いて面白おかしく語ってくれた。
こういう所でも、彼女がある意味豪快ではあるが周囲に気を使うタイプであることがよく分かる。
まだそのクエストをクリアしていない私に気を使って、ストーリーに差し支えのない部分だけを話してくれているのだ。なんと細やかな心配り!



クエスト“暗闇の洞窟”は、魔王討伐関連に関わるクエストで、「勇者」を目指すプレイヤーには避けては通れない重要クエストである。

これは、”暗闇の洞窟”を制覇すると、かなり「魔王討伐」に近づくからだ。
その為、この先のクエストに進む為の重要な手がかりや、魔王のキーワード(魔王はランダムでタイプが決まるが、そのタイプがこのクエスト決まる)などなどがゲットできる。

更に言うと、ドロップアイテムが非常に美味しいクエストらしい。
このクエストには各パーティ一度しか挑戦できないため、固定パーティにとっては「魔王討伐」への片道切符であり、他プレイヤーにとってはドロップ目当てのクエストにもなっている。



「うん、でも本当にクリアできて良かったですねー。お疲れさまでした!」
「あーりがとーう!」


固定パーティーを組んでいるリュウザキさんのクエスト成功を祝って、私のアイスティーのグラスをグラスを掲げると、彼女も私の意図を汲んで、先ほど届いたレモネードのグラスを掲げた。

がしゃん、とガラス同士がぶつかる音がして(音声までリアルだ。ちなみに、こういった生活音は「消音」モードにして聞こえなくすることも出来る)、一杯に注がれていたリュウザキさんのレモネードは二割ほど机に飲み込まれた。
つくづく豪快にして繊細、な人である。


「そうだ! 私もこのあいだレベル40になったんですよー」
「あら! ついにスイちゃんも中堅ねえ!」

ずるずるとレモネードを啜り始めたリュウザキさんに、そう報告すると、彼女は大きな目を細くして、楽しそうに笑った。

「よーやく”最上級魔法”を覚えましたよ!」
「やったじゃない! で、何にしたの?」

同系列ジョブ仲間(リュウザキさんの方が大分先輩ではあるが)としてか、彼女は興味深そうに目を瞬かせて私にそう尋ねる。



魔術師の魔法スキルは、大雑把に初級(店売り)→中級(初級を使い込んでから、一つの初級魔法から大体二種類派生する)→上級(上位クラスに転向してから)→最上級(レベル40から取得できる)という成長の仕方をしていく。

赤魔術師の私は、攻撃魔法と補助魔法(相手を弱らせたり、逆に自分たちの力を増幅させたりする戦闘を補助する目的の魔法のこと)が使えるが、どちらも数種類ほど”上級”スキルを習得している。
その中から、初めての最上級魔法を何にしようか、とレベル39あたりの頃からリュウザキさんにちょくちょく相談していたのを、彼女も覚えているのだろう。



リュウザキさんはやってきたシフォンケーキにも手をつけずに私の話の続きを待っていた。
彼女の身体全体から好奇心が溢れ出ているかのようだ。
リュウザキさんの素直な感情の揺れを不快に思うプレイヤーがいるのも事実だが、私はそんな彼女がとても好きである。



「迷ったんですけど、”ブリザード”にしました」
「うーん……渋いとこついてきたわねえ」



初めての”最上級魔法”を、使い込んでいる「風属性」か「水属性」にすることは直ぐに決まったのだが、計四種類のスキルのどれから選択するか、という決断をするのには時間が掛かった。
のちのち取ることは確定していても、何しろ一番初め、というのは重要である。

悩んだ結果、私は水属性の上級スキルである「アイス・ジャベリング」を伸ばして最上級魔法スキル”ブリザード”をとることにしたのだ。
“ブリザード”は、その名の通り氷の嵐を巻き起こす範囲攻撃魔法で、攻撃力もさることながら鈍足効果(モンスターの動きを鈍らせる効果。対人戦でも有効)が付与されるため、使い勝手がよさそうだったからである。
しかし、最上級魔法スキルとしては攻撃力が特別高いものではないので、あまり人気がないらしい。



リュウザキさんの意外そうな顔も、その辺りの魔術師事情を知っているからだろう。
レモネードを啜りながら、彼女は取り成すように言った。

「でも、ソロ狩りのときは便利そうよね」
「…………ですよねー」



パーティーを組んでいる魔術師ジョブ(除く白魔術師系列)ならば、基本的には「攻撃力」の高い最上級魔法を選択するだろう。


魔術師ジョブは基本的にソロ向きではない。
それは、スキル発動時に「詠唱」を必要とするため、攻撃に時間がかかりやすく、かつ防御力は紙のごとく薄いからである。
同レベル帯で狩りをしようものなら、あっというまにモンスターに詰め寄られておしまいだ。
そのため、黒魔術師や白魔術師系列のジョブは必然的にパーティープレイを余儀なくされる。これは需要と供給ががっつり結びついた理想的な形である。
だからこそ、彼らはパーティーに貢献するために、最上級攻撃魔法スキルは「攻撃力」を基準にして選択するのだ。


しかし、ソロプレイヤーである私にとって優先すべきは「いかにソロプレイで役に立つか」なのだ。
その点、モンスターのHPをある程度削った上で動きを鈍らせてくれる『鈍足』効果つきの”ブリザード”は実に便利だった。
実際ノロノロしているモンスターにえんえんと「詠唱」なしで中級魔法を叩き込み続ける、という狩り方によって、動きの素早いモンスターも狩れるようになった。



自分が自然にソロプレイ基準で考えていたことをリュウザキさんのフォローによって思い知らされ、私は地味に落ち込んだ。















[2889] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 下-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/14 20:06

私は、無意識に手元のチーズケーキをグズグズとフォークで突き崩していたらしい。
淡いクリーム色とチョコレートのマーブル模様が美しかったチーズケーキは、いつのまにか見るも無残な状態になっていた。

そんな私の様子を見て、リュウザキさんはいつもの底抜けに陽気な笑顔を引っ込め、つと真剣な表情になった。






「スイちゃん、ちょっといい?」
「……はい」
「あのね、今からアタシ、お節介な話するけど、いい?」

リュウザキさんのいつになく真剣な話し方と彼女の一人称である『アタシ(非常にソッチ系の方のイントネーションである)』が非常にミスマッチだ。

「アタシの勝手な意見だから、強制するわけじゃないよ。ただ聞いてくれたらいいの」


チーズケーキを弄る手を止め、頷いた私に、彼女はそう切り出した。
リュウザキさんの桃色の髪は持ち主の静かな興奮を感じ取ったのか、ゆらゆらと炎のように揺らめいている。


「正直な話、今のソロプレイのやり方、やめた方がいいと思うの」
「はあ……」
「だってスイちゃん、ぶっちゃけ楽しくないでしょ?」


サクリ、と痛いところを抉られた気分である。

確かにリュウザキさんの言うとおり、私はあまり今の状況を楽しめていなかった。
モンスター狩りも、効率よく、勝率のみを重視して必ず勝てる相手にしか挑戦しなかったせいで、どこか『作業』という言葉がちらついていた。
リュウザキさんは、図星をつかれて何も言えない私の目を見つめながら話を続ける。


「アタシ思うんだけど、スイちゃんちょっと自分のジョブに劣等感持ちすぎなのよ」
「でも実際、ちょっとアレなジョブですし。パーティにも加わりづらいし、かといってソロで高レベルモンスターに挑めるわけでもないし…」
「そこ! スイちゃんの悪い癖!」

もはや染み付いていた私の「赤魔術師」への劣等感と不満を並べると、リュウザキさんは身を乗り出すようにして語気荒く言った。



「あのね、”赤魔術師”ってジョブ、確かに扱い辛いと思う。大変なのは分かる。
でもね、そこで諦めて終わっちゃダメなの。今のスイちゃんのやり方じゃダメだけど、本当に『赤』を極めたら、すごーく楽しいジョブなんだから!」

「…………」

「さっきスイちゃん、”赤魔術師”って、パーティに加わり辛いって言ったじゃない?
でもそれって本当にスイちゃんのジョブの所為だった? スイちゃんの動き方には何の問題も無かった? ちゃんと”赤魔術師”としての仕事は出来てた?」


ものすごく、耳が痛い。

私は、レベル37まで殆どソロで過ごしてきたのだ。
パーティでの動き方は、攻略サイトからの聞きかじりくらいしか無かったので、臨機応変な対応なんてできなかった。
他のパーティメンバーは動けていた時に私一人が足を引っ張ってしまったこともあった。

“赤魔術師としての仕事"なんて考えてもいなかった。

固定パーティのお誘いが来なかったのも、ある意味で当然である。
中堅レベル近いくせに、全く動けないプレイヤーなんて例え”赤魔術師”でなくてもお断りだろう。


「スイちゃんソロ長かったって言ってたよね? でもそれも、格下のモンスター大量に狩ってたんじゃない? そんなんじゃ、腕は磨けないよ」
「……そうですね」

リュウザキさん、リュウザキさん、心が痛いです。折れそうです。
もうやめて、私のライフは0です。

「アタシ、このゲーム好きなのよ。スイちゃんのことも好き。
だから、スイちゃんにもこのゲームを楽しんでもらいたいの。
パーティにしたってそう、ソロ狩りにしたってそうよ。スイちゃんにもっともっと楽しんでもらいたいのよ」



リュウザキさんは、心神喪失状態の私に気づき、一端言葉をきって心配そうにこちらを見つめている。
薄いピンク色の唇を噛むようにして黙り込んだ彼女の、薄茶色の瞳がキラキラと光って、不安げに揺れている。

そう、リュウザキさんの指摘はこれでもかという程正しい。
確かに私は甘えていた。

そのきっかけは、“赤魔術師”というだけで「あーあ」という顔をされたことが多かった事だ。
次第にネットの情報や人の噂によってその「あーあ」の意味が分かり、私はそこで、諦めてしまった。
“赤魔術師”としての努力もせず、そのマイナスイメージに甘えて凭れ掛かってしまっていたのだ。




「……リュウザキさん」
「なあに?」
「ありがとうございました」

今、リュウザキさんに指摘して貰わなかったら、私はずっとそのままだった。
“赤魔術師”の仕事なんか考えもしないままダラダラとソロ狩りを続けて、そのうちつまらなくなってやめていたことだろう。

このゲーム、はじめて良かったなあ。

こんなに真剣に(フレンドとはいえ)他人の事について考えて、忠告してくれる人に出会えるなんて。
ちょっとどころではない感動を抱きながら、私はリュウザキさんにお礼を言った。



ふっ、あはっ! あははははっ!



私が真面目にお礼を言ったというのに、リュウザキさんは店内に響き渡る大声で笑い出した。
なんですか、それ。新手のドッキリだったんですか。もしそうならちょっと泣きます。

「…っはー、笑った笑った!」
「ヨカッタデスネ」

刺々しい私の言葉を、リュウザキさんは目を細めて聞いた。
爆笑の余韻がまだ引いていないらしく、くつくつと喉を鳴らしている。

「怒らないでよ、スイちゃん。正直、アタシ怖かったんだから。もしスイちゃんが怒ってフレンド解除されちゃったらどうしよう、って」
「私、そんなことしないですよ」
「うん、知ってる。でも、それでも怖かったよ。大事な友達失くしちゃうかと思ってたんだから」

もう真面目な話は終わり、とばかりにニヤっと笑って、リュウザキさんは手付かずだった抹茶シフォンケーキを豪快に食べ始めた。






「そーそー、それでさー、スイちゃんうちのギルド来ない?」
「リュウザキさんのギルドですか?」

凄まじいスピードであらかたケーキを食べつくしたリュウザキさんは、何でもないことのようにそう切り出した。

「そそ。今は錬金術士だけど元『赤魔』もいるし、そいつの装備とかも貸し出せるよ」
「おおお」
「スイちゃんのパーティでの動き方とかも教えてもらえると思うよ」

アタシでもいいんだけど、やっぱ元とはいえ同クラスのがいいでしょー、とリュウザキさんはにやりと笑う。
まるで「不思議の国のアリス」に出てくるチェシャ猫のような笑顔だ。



「暗闇の時代」におけるギルドは、既存のMMORPGのギルドとほぼ同じで、その多くは仲の良いフレンド達と立ち上げたり、目的別に(例えば先ほどあげた”暗闇の洞窟”でのドロップアイテムを目当てにメンバーを入れ替えて挑戦し続けることを目的にしたもの)ギルドを作ったり、と多種多様である。

ギルドに入ると、「ギルドマーク」と呼ばれるマークを「リング」と装備のどこかに入れることが義務になり(魔術師系列ならば問答無用にローブだが)、「ギルドチャンネル」と呼ばれるギルド専用の会話ツールが選択できるようになる。

ギルドには一度に一つしか入ることはできないが、脱退や再登録はいくらでもできるので、(あまり褒められたことではないが)そのギルドが気にくわなければその日のうちに抜けることも可能だ。



嗚呼! ギルド! 実に甘美な響き!
たまのリュウザキさんからのお誘い以外、基本的にソロプレイで来た私にとって、日常的な話相手が増える、というだけでも嬉しい。

しかも、貴重な先達のお話まで聞ける!
なんて高待遇、そしてなんて素晴らしいリュウザキさんの心配り!



そこまで考えてから、私ははたと気づいた。

(多分最初からそのつもりだったんだろうなあ、リュウザキさん)

もし私がリュウザキさんのアドバイスに耳を貸さずにフレンド登録の解除を申請しようものなら、彼女は迷いなくそれを承諾したのだろう。そして、きちんと聞いた上で考えるようなら、この話を出そうと、おそらく初めから決めていたのだ。


リュウザキさんは、にんまりとチェシャ猫スマイルでこちらを見つめている。
彼女は私より二枚三枚どころでなく上手のようだ。

なんとも頼もしくも心強い、素敵なフレンドである。




この時、リュウザキさんのお誘いを有難く受けた私には、後に降りかかる災難など知る由も無かった。

ただ、自分の中で「クロニクル・オンライン」における何かが始まろうとしている事は分かった。それが、自分にとって本当の”赤魔術師”としての「スイ」の始まりだった事に気づいたのは、もっとずっと後になってからだ。

ともかくも、私は「暗闇の時代」で繰り返していた足踏みを終え、ようやく歩き出すことになったのだった。











[2889] 不真面目な幕間 -「衛兵」キールの憧憬-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/15 22:46
*「不真面目な幕間」は本編で出せなかった設定供養的小話です。
*本編「暗闇の時代」でスイとキールがお祝いをした時の一場面です。




-「衛兵」キールの憧憬-




「キールさん”衛兵”昇格おめでとうございますー」
「ありがとうございます、でも、ほんとにいいんですか?」
「お祝いですから! むしろもっと高いとこでも良かったくらいですよー」

キールさんが「衛兵」昇格のお祝いをするのに選んだのは、やはり喫茶店「プリンセス」だった。

お祝いに奢りますよ、と私が言って誘った手前、もう少しワガママを言ってくれても(もう少し高級なお店で食べたいとか)良かったのだが。



やはりその内装がネックになっているのか、いまいち広い客層の集客は望めていないが(むしろ店側が望んでいないのかもしれない)、メルヘンな店内を誇る「ぷりんせす」には今日もたくさんの女性客が訪れていた。
何しろこの店は、数多くの飲食店がシノギを削る城下都市「シュメール」内でも、コストパフォーマンスがかなり優秀なのだ。



注文した料理が届くまでの間、私はキールさんに前々から抱いていた疑問をぶつけることにした。

「すごい今更なんですけど、聞いてもいいですか?」
「俺に答えられる事なら任せてください!」

恐る恐る問いかけた私に、彼は胸を張って快諾してくれた。
が、続けて「でも、ぶっちゃけ分からないことの方が多いです」と気弱に呟いた。
つくづく人間的に可愛い人である。

「えーっと、”門番”についてなんですけど」
「それなら大丈夫です!なんでも聞いてください」
「前々から疑問だったんですけど……」



そう、ここについた当初はそうでもなかったが、段々と疑問になってきた事があるのだ。

キールさんに出会った時、「門番」というジョブの基本的な仕事は教えてもらったが、詳しい所までは聞く事ができなかった。
ずるずると聞くタイミングを逃し続けて、すでにキールさんはとっくに「門番」ではなくなってしまった。

お祝いとは全く関係ないが、いい機会だから聞いておきたい。



「門番って、結構な数のプレイヤーさんがなってますよね?」
「そうですねー」
「勤務日とかシフト表とか、どうなってるんですか?あと、そのシフトにあぶれちゃった人ってどうなるんですか?」



疑問の発端は、かなりの人気職である「騎士」に向けての一歩である「門番」の数が少ないはずがない、という推測からだった。

では、かなりの人数が勤務しているはずの「門番」は一体どうやって”週に二回の勤務”のシフトを決定しているのだろうか。

第三希望まで希望日を提出して、その中から調整する「進路希望調査書」形式か。
はたまた、問答無用で勤務日を決定する「俺が法律」形式か。
もしかしたら、くじびきで勤務日が決まる「席替え」形式なのか。



「ああ、それはですね」
「それは……?」
「都合のいい日を選んで、城の”門番記録”にリングを使って書き込むんです」

キールさんは、にこにこと笑ってそう言った。
いつになく晴れやかな顔である。「衛兵」になれたのがよほど嬉しいらしい。
しかし、彼の晴々とした笑顔とはうらはらに私の疑問は晴れなかった。

「でも、それだと希望日重なっちゃったらどうするんですか?二三人ならいいでしょうけど」
「あ、普通に全員”門番”しますよ」
「へ……?」


予想外だ。
確かに、ある程度は勤務が重なって人数が多くなることもあるだろう、とは思っていた。
しかしまさか、それに対して何の対策も講じないとは盲点だった。


「俺の最高記録は十五人でしたねー」
「じゅ、十五人……って、それもはや門番ってレベルじゃないですよ」
「いやいや」


呆れるように言った私に、まだまだですよ、と何故か悔しげな表情でキールさんは首を振った。


「ハリスさんなんか、四十人の門番と六人の文官に埋め尽くされた”門”を見たことがあるらしいですよ。壮観だったそうです。他のプレイヤーにはめちゃくちゃ評判悪かったらしいですけど」


そりゃそうだろう。
ていうかそれ、「門番」なんだろうか。


「その苦情を受けて、今じゃ一度に勤務できる人数の上限は二十人までなんですよ」


それでも十分以上に多いと思うんですが。
キールさんは本気で羨ましそうに、「俺も見たかった……」と宙を見てうっとりと呟いた。
私はその様子に、それ以上の質問をあきらめて、口をつぐむ。



ただの素朴な疑問だったのに、なんだかおかしな空気になってしまった。

四十人があの甲冑をガチャガチャ言わせて門をとり囲んでいる様子は、確かにある意味愉快ではあるかもしれないがそこまで見たいものだろうか?

キールさんが夢見るように中空を見つめて黙り込んですぐに、注文した料理が届いたため、会話はそこで一端打ち切られることになった。




結局、私の疑問は解決したが、変わりに解決しようもない疑問を抱え込んでしまう結果になった。









「門番」の仕事については色々設定があったのに、本編ではあまり触れることが出来なかったので、この幕間にて供養したいと思います。

ヤマなし・オチなし・イミなしの短編でしたが、「設定」だけつらつら書くのも味気ないかと思ってむしゃくしゃして書きました。今は反省しています。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




[2889] 不真面目な幕間 -「文官」ハリスの野望-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/15 23:04
*「不真面目な幕間」は本編で出せなかった設定供養的小話です。
*本編「暗闇の時代」でのどこかでのスイとハリスの一場面です。
*ハリスのキャラが少し違います。




-「学者」ハリスの野望-




「おや、スイさんじゃないですか」
「……ハリスさん?」




その日はなんとなく狩りをする気分ではなかったので、街をぶらつくことにした私は、まずはしばらく覗いていなかった装飾品専門の「エリクシエル」に向かった。
「エリクシエル」の商品はまだまだ私が手を出せる値段ではなかったが、繊細で美しいアクセサリーがキラキラと輝く店内は、見ているだけで楽しい。

本来の用途から外れて、ゴテゴテと飾り上げられたガントレットや、細かい細工がびっしりと施されたサークレットなんかをひやかしながら、店の中を歩き回る。
ふと、カウンターで商品を受け取っているプレイヤーに、見覚えがあったような気がして振り返ると、そこにはおそらくハリスさんがいた。


なぜ「おそらく」ハリスさんなのかというと、彼がトレードマークでもあるメガネを今日は掛けていなかったからだ。


どうするべきか迷っていると、会計を終えたらしいハリスさんが私に声を掛けてきた。




「最初気づかなかったですよ、メガネはどうしたんですか?」
「ああ、今日はオフなので外しているんです」


装備品でもあるメガネを外している理由は、今日はハリスさんが「文官」クラスの仕事がない、という事らしかった。


「メガネって”学者”ジョブ装備でしたっけ?」
「そうですよ。私がメガネを掛ける為に選択したジョブですから、間違いありません」
「…………」


優男系眼鏡男子、委員長属性であるはずのハリスさんから、思わぬ言葉が漏れて、私は一瞬言葉を失った。


「メガネはいいですよね。私はリアルでは生憎目は悪くないので、いやこの言い方は失礼ですね。まあ、とにかくメガネはいいです。スイさんもそう思うでしょう?」
「……メガネ、好きなんですね」


オフだと言うのにカッチリした口調を崩さないハリスさんは、しかしやはりオフだからこそ、熱く語り始めた。




「好き、というのは少し違いますね」
「えーっと……」
「私がメガネに抱くのは、そう、純粋な憧れに近いものがあるでしょう。届かないものへの憧れは虚しいかもしれませんが、虚しいだけだからこそ、その憧れは純粋になりえると思うんです」


なにやらメガネについて語っているはずなのに精神論的な訓話まで飛び出しそうなハリスさんは、私ににじり寄ってくる。


「私の最終目標が、”軍師”なのは知っていますよね? スイさん」
「ああ、はい……前に聞いたことが」




ハリスさんは現在は「文官」だが、「参謀」を志望している。

「参謀」は「戦いの時代」が導入されてから「学者」系列のクラスツリーに新たに加えられた特殊クラスである。
このクラスは、他のクラスと上位職への転向の仕方が異なり、他のクラスはレベル規定だが、「参謀」は純粋に能力によって上位職へと転向していく。
まずは「小隊参謀」からスタートし、スキルと自らの頭脳で作り上げた「作戦」を実行し、成功させることによってさらに上位の「参謀」へと昇格していくのだ。

最終的な目標である「軍師」ですらも、その地位は安定しておらず、勝率が50%を下回ると即座に「降格(他のクラスにはない概念である)」または「解雇(こうなると、また小隊参謀からやり直しだ)」される。

非常にシビアかつ、厳しいクラスだが、「戦いの時代」の戦場での頭脳職の花形である。




「”軍師”になったら、私は軍団チャンネルでこう言いたいんです」
「……はあ」

ハリスさんは、どこか固い決意を湛えた瞳を反らさずに、そう言った。
正直、話の展開についていけない。



ちなみに「軍団チャンネル」とは、「戦いの時代」で軍に所属すると使えるようになる会話チャンネルである。もっとも、一般兵などは聞くか見る*ことしかできない。

(*見る=戦場で使われることが多い、という特性から、軍団チャンネルは音声切り替えの他に「表示切替」かできる。表示モードではデフォルトで右上に、魔術師の「詠唱」のようにつらつらと音声を文字にしたものが現れる。)



ハリスさんは、いいですか、と押し殺した声で私に尋ねた。
訳も分からず首を縦に振った私を見て、彼は大きく息を吸い込んで、言った。


「見ろ!人がゴミのようだ……!」

「それはマズいんじゃ…」


ないんですか、と言いかけた私は、ハリスさんの無言の迫力に押し黙る。
ていうか、めっちゃ反感買っちゃうんじゃないでしょうか、それ。軍師的に絶対マイナスですよ。
そんな私の心の声に気づいたのか否か、ハリスさんはジロリとこちらを睨むようにして呟いた。



「私の、長年の夢です」
「……そーですか」

「軍師の特別席では、モニターから戦場の各所の状況がチェックできるのだそうです。私の作戦を実行する軍の動きを見ながら、そう言いたい、それが、私の夢なんです」
「…………」



それはまさしく、血を吐くような、魂の訴えだった。

ああ、ハリスさん、一体何があなたをそこまでかき立てるのか。
罪深きは子供の頃の無邪気な思い出、そしてそれを忘れないハリスさんの純粋さだろう。
でも、正直私にはよく分かりません。



その後もハリスさんは、人から見れば心底しょーもない夢を熱く熱く、喫茶店「プリンセス」に移動してまで(一応奢っていただいた)語ってくれた。
他意なく楽しげに話すハリスさん、という大変珍しいものが見れた私は、思えばなかなか運が良かったのかもしれない。


「ではスイさん、また」
「はーい、はやく”戦い”で『青二才』って呼んで貰えるようになるといいですね」
「ええ、努力するつもりです!」



ハリスさんとフレンド登録まで交わし、固く握手をして別れた私は、第一印象なんて当てにならないものだなあ、とつくづく思った。

それにしても、彼は一体どんな努力をするというのだろう。
知りたいような、知りたくないような。








本編中で出せなかった「参謀」クラスについての設定供養のための小話でした。
折角なのでハリスさんの元々の裏設定、「ちょっと変人」設定お送りしました。
ハリスさんの元ネタ、分かっていただけると嬉しいです。

次回の更新は"真面目な幕間"ことスイとリュウザキの「裏クエスト」編と本編ギルド編の序章を予定しています。

本編が一段落したので(しているといいな)、むしゃくしゃして書きました。反省してます。



[2889] 幕間 ― クエスト『忘れられた部屋』 上―
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/16 19:38




魔術師ジョブの二人連れは、意外に目立つ。
それも、二人ともが全力疾走をしていれば尚更だろう。
私とリュウザキさんは、かれこれ一時間ほど、走りづめだった。






「暗闇の時代」には、数々のクエストが用意されているが、中には完全に開発者側のお遊びで作られたとしか思えない、悪ふざけじみたクエストもある。

それらのクエストは通称「裏クエスト」と呼ばれており、クエストを受ける為の制限(ジョブ・レベル・スキル)が殆ど無く、誰でもチャレンジすることができる。

大抵は、微妙な経験値と微妙なアイテムの入手で終わるが、中には「驚くような」アイテムが貰えるクエストというのも存在するらしい(真偽は甚だ疑わしいが)。


――――「クロニクル・オンライン」攻略サイトより抜粋






面白そうな「裏クエスト」の話を見つけたから一緒にやりましょうよう、とリュウザキさんに言われた時は特に予定も無かったため(ソロプレイヤーの身軽さである)、すぐにOKを出した。


ここのところ、彼女はパーティプレイに重点を置いていたため、なかなか会えなくて正直ちょっと寂しかったのだが、リュウザキさんもそう思っていてくれたのだろうか。
いつもなら、わざわざ探してまではやらない「裏クエスト」へのお誘いに、そんな期待を抱きながら待ち合わせ場所へと向かった。




「スイちゃーん! ここよーう!」

待ち合せ場所に先についていたらしいリュウザキさんは、私が彼女の姿を探しているのに気づいたらしく、大声で居場所を教えてくれた。
いつも閑散としている待ち合せ場所の広場は、意外にも人が多かった。

「リュウザキさん、こんにちは」
「はいこんにちはー、ごめんねえ。ここ、最近新しくカジノが出来たらしくて、人通りが多くなってたみたい。忘れてたわあ」


クロニクル・オンラインの「カジノ」は様々な種類のギャンブルを提供している。
が、定期的にその場所を変えるため、素人にはなかなかたどり着けない事で有名だ。
ギャンブルはとかくトラブルに結びつき易いため、そういった方法でプレイヤーの入れ替えを計ろうとしたのが逆に失敗した、という一例である。


「いえいえ、お待たせしちゃったみたいで、すみません」
「いいのよーう、アタシがはやく着ただけだから…ってやだ、なんかデートみたいね」

クスクスと口元を覆うリュウザキさんの手元には、以前は見なかった水色の指輪が嵌っている。水色といっても、安っぽい印象は受けず、内側から自然に空の色がにじみ出たような、透明感のある美しさがあった。

「これ、こないだ別の”裏クエスト”やった時にゲットしたの」
「へー……いいアイテムも出るってほんとだったんですねえ」

私が指輪を見ていることに気づいたリュウザキさんは、私に手の甲を向けて指輪を見せた。
間近で見ても、やっぱりキレイだ。罠クエストとか呼ばれてても、いいアイテムも出るんじゃないか。
そんな感想をそのまま述べた私の言葉に、彼女はんふふ、と笑って言った。

「でもねえ、これ、本気でオモチャなのよ。グラフィックは綺麗なんだけど、職もレベルも関係なく装備できるし、何より効果は”食欲増進”よ? どうしろっていうのよ」
「……さすが”裏クエスト”、クォリティが高いですね」
「死ぬほど無駄だけどねえ」

効果”食欲増進”のおかげで食べ物が美味しくて困るわあ、とボヤいたリュウザキさんは、気を取り直すように、今回チャレンジする”裏クエスト”について説明を始めた。



その”裏クエスト”はどうやら時間制限制らしい。

内容としては、制限時間内に各指定場所を周る、というスタンプラリー形式のお使いクエスト(プレイヤーが指定されたアイテムを入手し、それを指定されたNPCに渡す形式のクエスト)らしい。
制限時間とはいってもゆるやかなもので、ようはブラブラ街を巡るついでにこなせるクエストなのだそうだ。



「久しぶりにスイちゃんとのんびりしたかったし、ちょうどいいと思って」

そう言って説明を終えたリュウザキさんは、にこっと微笑んだ。
嬉しいなあ。「のんびり」する相手に私を選んでくれるなんて、すごく嬉しいなあ。

「うん、面白そうですねー。私、まだ上級者門の近くには行ったことが無いんで楽しみです」
「アタシがばっちり案内してあげるわよーう!」

任せなさい!というように胸を叩いたリュウザキさんと二人で笑いあって、さっそくその”裏クエスト”を設置しているという場所にむかった。





「ここ、ここ」
「……うわあ、分かりませんでした」
「でしょーう? ていうか、最初にこのクエスト見つけたプレイヤーって、誰だか知らないけど相当変わり者よねえ」

ま、こんなとこに仕掛ける開発者の捻くれ具合には適わないけど。
リュウザキさんの言葉は反響して、ぼやけた具合に聞き取りづらく響いた。



私たちがやってきたのは、「シュメール」城下の先ほどの広場の真下、である。
全く知らなかったが、城下都市シュメールの下には地下坑道がいくつもあり、それに関連するストーリークエスト(ストーリーが存在するクエスト。そのストーリーに沿って、イベントが進んでいくクエストの事)も存在するらしい。



リュウザキさんが指し示したのは、見つけづらい坑道への入り口よりも更に見つけづらい、巧妙に壁に偽装した扉だった。

「ていうか、普通気づきませんよねえ」
「そーよねえ」
「私も何かある、と思って見たから分かりましたけど、普通通り過ぎますよ」

暗い地下道の壁、しかも偽装されているとくれば、気づくプレイヤー等滅多にいないだろう。

「まま、おかげでクエスト楽しめる訳だし、行きましょ行きましょ」
「はいはい」

この”裏クエスト”を発見したどこかの酔狂なプレイヤーに感謝しつつ、私たちはその扉を開けた。



その部屋は書斎のような設定らしく、分厚い本や羊皮紙を丸めたものがそこかしこにうず高く積まれていた。当然だが窓も何もない部屋には、妙な圧迫感がある。

私たちが部屋に入ると、本の山に埋もれて座っていた老人突然立ち上がり、片手を胸に当てて一礼した。
すると突然、重厚なBGMが緩やかに流れはじめる。クエスト発生の合図だ。


『ようこそ……ここは忘れられた地下坑道の中で、更に忘れられていた部屋』


頭上に黄色いクリスタルを光らせた、長身の老人が静かに語り始める。

この黄色いクリスタルはクエスト関連のNPCの特徴で、クエストをクリアするとクリスタルは砕ける。繰り返し受けられるクエストの場合は、一定期間を過ぎればまた頭上にクリスタルが復活するが、一度きりのクエストの場合はそのままだ。
クエストを受けた後は、進行途中ならクリスタルの色がくすみ、クエストを完了すればクリスタルが光りだす。

老人は滔々と、自らの事情を装飾過多に語り続けていく。


『ようこそ……ここは最果ての地、ここは始まりの地、全てが循環していく地』


「これ、長いらしいのよね」
「でも、聞かないとヒント貰えないんじゃないですか?」
「大丈夫といえば大丈夫なんだけど……情報がデマだと困るし、とりあえず聞いておこっか」

リュウザキさんはそう言って、しばらく時間を取られることを諦めたかのように壁にもたれかかった。



「クロニクル・オンライン」でのイベントNPCとの会話、というのは非常に面倒だ。
何しろ相手はえんえんと”設定”通りに話し続けるのだ。しかも、その話にはクエストのヒントも含まれているので聞き飛ばすことはあまり賢いやり方ではないときている。
「リピート」と呼ばれる巻き直し機能で、何度でも話を聞けるのは有難いが、いかんせん「スキップ(会話の一部を飛ばして、NPCの話を短くする)」機能はその間隔が長いため、重要な部分も必要ない部分も飛ばしてしまう。
そのため、よほど使い古されたクエスト以外は、大人しく全て聞いておいた方がまず無難である。

ネットの情報やプレイヤー同士の噂話では、デマも多々含まれているので、まずは自分で聞いて判断する、というのが重要なのだ。
それに、一見クエスト自体に何の関わりももっていないような台詞の中に「未開の迷宮」と呼ばれる隠しダンジョンの手がかりが紛れ込んでいることもあった。

そのため、謎解き好きなプレイヤーは、こぞって様々な情報をかき集めては考えをめぐらせ、二つ名「未開の探求者(”未開の迷宮”を発見すると得られる二つ名)」をゲットする為に各地のクエストに東奔西走している。



という訳で、リュウザキさんが聞いていた話と比較し、情報に間違いがないか確認している間、私は抑揚なく話続けるNPCの見事なカイゼル髭に見入っていた。






「んん、おっけー」
「あ、もう大丈夫なんですかー?」
「うん、聞いてた話とぴったり同じだわ。時間取らせちゃってごめんねえ、スイちゃん」

リュウザキさんは小首を傾げて、私を覗き込むようにしてそう言った。
なんていうか、よく気の回る人である。
こんなに人を気遣えるプレイヤーなんてそうはいないのに、リュウザキさんは中身が「ちゅ・う・か・ん」だというだけで避けられることが間々ある。
理不尽な話だ。

「リュウザキさんのが大変なんだから、そんなの気にしないでいいんですよー。それに私、今日は一日リュウザキさんと遊べるってだけで嬉しいですもん」

素直にそう言うと、リュウザキさんはいきなり感極まったように抱きついてきた。
細い腕のどこにそんな力が、と不思議に思えるほど彼女の力は強く、万力でキリキリと全身を締め上げられているような気分である。
痛いには痛いが、それよりも嬉しかったので、私も特に振り払ったりはしなかった。

「いやーん、スイちゃんたら! ね、ね、今のもっかい言って?」
「えええええ、勘弁してくださいよう」

悪戯に光る薄茶色の瞳に、からかいの色を滲ませたリュウザキさんは、何故か先ほどの台詞のアンコールを強請ってきた。断ると、もう一度聞きたかったのにぃ、とぶつぶつ言いながら私から離れていく。
恥ずかしいから、絶対イヤです。

「ほら、早くクエスト受諾しましょうよ」
「んもう、照れちゃってえ」

渋々、といった様子で私から離れたリュウザキさんは、小さく肩を竦めるとリング端末の操作をはじめた。私もそれにならってリングを弄り、クエストの受諾を実行した。



「クエスト”忘れられた部屋”」――――受諾













[2889] 幕間 ― クエスト『忘れられた部屋』 下―
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/16 19:49



私たちが受諾して直ぐに、時間制限付きクエスト『忘れられた部屋』は始まった。


『時間制限クエスト』はクエストを受諾した瞬間から、プレイヤーの「リング」が時を刻みはじめる。リングに映し出された制限時間以内にクエストを終えれば成功、時間内に終えられなかった場合には失敗である。
「クロニクル」の世界観からすれば、ここは砂時計、もしくは円盤時計が相応しいのだが、残り時間が分かりにくい、という理由から、デジタル式が採用されていた。
デジタルであるにも関わらず、「カチコチ」とありもしない秒針の音が聞こえる、摩訶不思議仕様ではあったが。





「うそぉっ!」

残り時間を確認するようにリングを覗き込んだリュウザキさんは、信じられない、といった様子で小さく叫んだ。何か動作不良でもあったのだろうか。

「ちょ…ちょっと、スイちゃんのも見せて」
「…………」

取り乱した自分を恥じるように、リュウザキさんは若干俯きがちに私に言った。
切羽詰ったような彼女におされて、ローブの袖をまくり、リングをリュウザキさんの前に突き出す。

「……あちゃあ」
「どーしたんですか?」
「バグだわ、これ」


私のリングと、自分のリングを見比べて、リュウザキさんは驚いたようにそう言った。

リュウザキさんのリングに刻まれている『残り時間』は約一時間、私のリングに刻まれている『残り時間』は四時間ほどだった。
同時に同じクエストを受けていて、この結果になることは通常ありえない。

自体を把握して、私たちは二人仲良く呆然としてしまった。


「え、えーと、どうしましょうか?」
「うーん……、とりあえずスイちゃんのクリアだけ目標で行きましょう」
「……リュウザキさんは?」

アタシは諦めるわあ、とリュウザキさんはさばさばと笑って、部屋を出よう、と私を促した。

「リュウザキさんはクリアできないんですか?」
「ていうか、一時間で全部回りきるとしたら、全力ダッシュしてやっとよ?」
「じゃあ、……行きましょう」

リュウザキさんが手配してくれたクエストで、彼女だけがクリアを諦めるなんてフェアじゃない。
何より、私はリュウザキさんと一緒にクリアしたいのだ。

「ちょ、スイちゃん?」
「私、これでも足はそこそこ速い方ですよ」
「……スイちゃんのそういう律儀なとこ、アタシは好きだけど、ちょっと損よ?」

リュウザキさんを引っ張って坑道を歩き出した私に、彼女は少しばかりの呆れを滲ませた声でそう言うと、するりと私の手を抜け出して駆け出した。

「しょーがないから一丁やるわよ、スイちゃん! ダッシュよダッシュ!」

振り返ってそう叫んだ彼女の、どこか弾んだ声に思わず笑みがこぼれる。
かなり遠くになっているリュウザキさんの背中を追いかけて、私も地下坑道を走り出した。






「ぜえっ…はあ、あ、といっけん、ですよ、ね」
「そっ…そのはず…なんだけど、ね」

タイムリミットまであと十五分程度になって、息を乱しながら、私達は最後の目的地に向かっていた。
クエスト発生部屋自体が隠し部屋のせいか、『忘れられた部屋』の「お使い」ルートはひどく捻くれていた。リュウザキさんが事前に情報を得ていなかったら、きっと一番最初の目的地を発見するまでに一時間を消費してしまっていただろう。



クエスト『忘れられた部屋』のストーリーは、地下坑道の忘れられた部屋で忘れられていた男(カイゼル髭のNPCだ)が、シュメールの各所に埋められた『忘れられた記録』を求めている、というものである。
プレイヤーはこの『忘れられた記録(大きな赤い宝石)』を集め、制限時間内に彼に渡すことでクエストをクリアすることができる。


この『忘れられた記憶』は文字通り忘れられているという設定なので、どう考えてもおふざけとしか思えないようなおかしなところに設置されていた。

NPCの帽子の中に隠されていたり(どんな隠し場所だ)、
「上級者門」の門の模様の一部に偽装されていたり(門番さんの怪訝そうな顔が忘れられない)、
はたまた何故か噴水の中に落ちていたり(噴水の中を探し回る私達を見る他のプレイヤーの視線が痛かった)。

まあ、なんというか流石”裏クエスト”といった具合の捻くれ具合だった。



ともかくも、最後の『忘れられた記録』はカイゼル髭曰く、”大いなる記録の海に眠る”らしい。
これは、「シュメール図書館」を示している。
「シュメール図書館」は「学者」ジョブ御用達の静かな所だが、数々のクエストが仕掛けられている場所なので、意外にも人は多かった。

私達は息を整えつつ、『忘れられた記憶』があるという窓際から二番目の机を探した。


「……ありました!」
「やったわね!……ラストスパートかけるわよ、スイちゃん」
「了解です」

机の脚の一部に隠されていた赤い宝石を取り出し、リュウザキさんに見せると、彼女は嬉しそうに笑った。
周囲の目を気にしつつ(ゲームであっても何故か図書館では大きな声で話しづらい)、小声で囁きあう。
当初の予定である「のんびり街めぐり」からは大きく外れたものの、クエストは大詰めに近づいたのだ。
図書館を急ぎ足で去り、私達は『忘れられた部屋』に向けて最後の疾走を始めた。






『やあ、お帰り』

「お帰り、じゃないわよ。ほんとに苦労したんだから!」

『”忘れられた記録”をありがとう。私は記録を紡ぐもの』


リュウザキさんの文句を(当たり前だか)無視して、NPCは話し始めた。
頭上のクリスタルは光り輝いている。どうやらクエストは成功したらしい。


『私は長い長い間、忘れられた部屋の忘れられた男として一人で生きてきた』


私達が走り回って集めた『忘れられた記録』を受け取った後も、NPCは話し続ける。

「……? またバグですかね?」
「おかしいわね? 聞いた話だともうアイテム入手しておしまい、だったんだけど」
「…………」


通常、”裏クエスト”は終わった後にNPCが語り続けることはあまりない。
ストーリークエストならば、この後につづく「ストーリー」として、NPCがヒントを出すようなことは間々あるが、大体一度で完結する”裏クエスト”にこれは当てはまらない。


『一人であることは、寂しいものだ。けれど、二人であることは幸福なのだろうか』


「んん?」
「どうしたんですか?」
「いや、こんな話は聞いてなかったのよ」

リュウザキさんにこの”裏クエスト”の存在を教えてくれた人が語ったストーリーと、現在老人が語っているストーリーにズレが生じているらしい。
リュウザキさんは不信そうに眉をしかめて渋い顔をした。


『しかし、君達は二人を幸福とした。どちらか一方の幸福ではなく、二人の幸福を願った』


「……リュウザキさん、これもしかして」
「だわね。……裏ストーリーだわ」
「初めて見ました」



“裏ストーリー”とはクエストをある一定の条件でクリアすると出現する、特殊なストーリーである。
その条件は、ある程度解明していたが、まだまだ隠されているものは多く、”裏ストーリー”を集めることを目標にした「ギルド」まで存在する。
“裏ストーリー”が発生すると、そのクエストで通常貰えるアイテムが変わったり、得られる経験値が増えたりするらしい。ただ、当然クリア条件があがるため、一般的なプレイヤーにとってクリアは難しい。

当然、私も”裏ストーリー”を体験するのは初めてだった。



『君達二人の選択に、感謝を。君達二人は、この部屋で忘れられていた私が、失くしてしまった”記録”と共に失ってしまったことを思い出させてくれた』



しばらく老人の話に聞き入っていたリュウザキさんは、唸るように言った。

「うーん……、多分だけど、このクエストの”裏ストーリー”の発生条件は『二人でクリアすること』みたいね。クリア制限時間が違ったのもバグじゃなかったんだわ」
「……ちょっと意地悪ですねえ」
「あら、”裏クエスト”の”裏ストーリー”よ? これ位じゃなきゃむしろおかしいわよ」


まあ、確かにそうかもしれない。
この”裏ストーリー”は、クエストを二人同時に受けると発生し、片方のプレイヤーの制限時間を極端に短く設定する仕様らしい。そして、二人同時にクリアすることで”裏ストーリー”が進むようだ。
しかし、どう好意的に解釈しても、捻くれているとしか言いようが無い。

老人の話は佳境に入ったようで一段トーンの上がった声はすこし上ずって響いた。


『もう一度、君達に感謝を。これは私と共に忘れられていたもの。記録の破片。神秘の欠片。
どうか受け取って欲しい。そして、君達二人の未来に、この忘れられた部屋で思いを馳せることを許して欲しい。ありがとう、君達』



そういうと、老人は片手を上げた。
彼の手の中には光が灯り、それは薄暗い部屋の中で柔らかく輝いた。
しばらく光を集めていた老人がその手を広げ、私たちに差し出してくる。
と、同時に、クエスト完了のBGMが軽快に響いた。

『クエスト”忘れられた部屋”クリア  …アイテムを入手しました』

目の前にそう表示され、私たちは老人の手の中に現れた二対の指輪を見つめる。
金の滑らかな質感の指輪には、先ほどまで手にしていた”忘れられた記憶”の赤い石と酷似した、深い真紅の宝石がきらめいている。


「おおお。綺麗ですねえ」
「ていうか、すごい掘り出し物っぽいわ、コレ」
「そうなんですか?」

受け取ったアイテムの、予想外に美しいグラフィックに単純に喜んでいた私に、リュウザキさんは吃驚したように言う。
“性能”チェックしてみて、とリュウザキさんが指輪を示したので、私は指輪の性能を調べてみた。

「うは、すごい」
「”裏クエスト”じゃ破格のアイテムだわね。”裏ストーリーモード”だったこともあるんだろうけど」
「うーん、走り回った甲斐がありましたねえ」


リングで調べたところによると、この指輪の名前は『叡智の指輪』というらしい。
性能は、”各ジョブ・クラスの特性強化”とされている。
クラスの特性を強化する装備品の数は少なく、その殆どは高価であるか、手間の掛かるクエストをクリアしないと手に入れる事ができないため、入手は困難である。
リュウザキさんの言ったとおり、これは、中々の掘り出し物だ。


「何はともあれ、良かったわあ。心配だったのよう」
「…………?」
「せっかくスイちゃんと楽しく遊ぼうと思ってたのに、予定外のことばっかり起きるんだもの。でも、これなら受けてよかったわね。スイちゃんとお揃いの指輪も手に入ったことだし」


リュウザキさんはほっとしたように笑うと、お揃い、と言って楽しげに指輪を装備した。
その言葉が嬉しくて、急いで私も『叡智の指輪』を装備すると、リュウザキさんは嬉しそうに言った。
なんとなく、二人でにまにましてしまう。


「スイちゃんが、一緒にクリアしようって言ってくれたおかげねー」
「そんなんじゃないですよ。……だってリュウザキさんに誘ってもらったんですし」
「んふふふふ、可愛いわあ。もう。なんだか喉が渇いちゃったから、喫茶店にでも行かない? オネエさんが奢ってあげるから、今度こそゆっくりしましょ。」


行くわよう、とリュウザキさんは言ったのをきっかけにして、私達は地下坑道の『忘れられた部屋を後にした。




「クエスト”忘れられた部屋”  裏ストーリー『二人の選択』」――――クリア













[2889] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 序-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/16 20:01




ギルドには、ギルドスペースと呼ばれる空間が与えられる。
これは、ギルドを設立すると自動的に作られる場所で、後々そのギルドの人数や功績等によってその広さや設備が変わっていく。


このギルドスペースの基本的な設備は大体三つで、その数や大きさはギルドの規模によって異なるが、大まかなところは変わらない。
まずは、ギルドマスター(主にギルドを設立した人間がなる)とサブマスター(ギルドの大きさによって異なるが大抵二人ないし三人)、そして彼らに許可されたギルドメンバーだけが入室できる『会議室』。
そして、ギルドメンバー達が持ち寄った装備を集める(基本的にギルドメンバーであれば持ち出し自由。ただし、ギルドの共有財産として持ち寄る為、売却は厳禁である)『倉庫』。
さらには、ギルドメンバーは原則的に出入り自由なため、主に溜り場として利用されている『広場』である。


内装等も各ギルドがある程度自由に弄くれる為、そのギルドの特色がもっとも出やすい場所だと言われている。



スイは、初めて訪れることになった『ギルドスペース』への期待が膨らみすぎて、ちょっとソワソワしていた。
隣で歩いているリュウザキにも何度かからかわれたのだが、それでも子供のようにはしゃぐ気持ちを抑えきれず、スイは自然軽快な足取りで目的地に赴いた。






「スイちゃん、はしゃぎすぎ~」
「……すいません」


自分のローブとリング端末に描かれることになったギルドマークをにやにやと眺めていた私は、リュウザキさんの少し呆れを滲ませた嗜めに素直に謝った。



リュウザキさんの真摯な忠告を受けた後、私は彼女のギルド『竜と錬金』にメンバーとして加入することになった。リュウザキさんの『勧誘』をもらって、私もギルドメンバーの一員である。

『勧誘』とは、ギルドマスター(通称ギルマス)かギルドサブマスター(通称サブマス)に認められたプレイヤーが行うことのできるギルド専用スキルだ。
『勧誘』はその名のとおり、相手を自分のギルドに勧誘することができるスキルだ。
勧誘を承諾すると、そのギルドのメンバーとして登録されることになる。

私はこれによって「ギルドスペース(暗闇の時代では基本的にシュメール城周辺に存在する)」に自由に出入りできるようになり、「ギルドチャンネル」も使えるようになった。
正式にリュウザキさんのギルドのギルドメンバーの一人になったのだ。

承認が終わって私のリングと装備に「ギルドマーク」が描かれるのを確認したリュウザキさんが「折角だし、スイちゃん、ちょっと装備とか見においでよ」と、私を誘ったため、今は二人で「ギルドスペース」のある城周辺まで歩いているところだ。



先ほど入会の挨拶をしたばかりの「ギルドチャンネル」(ギルド内で行われる会話などを表示する。音声のオンオフ切り替え、表示のオンオフ切り替えが可能)では賑やかに文字が飛び交っている。
「混乱するから街中じゃ表示だけにして、戦闘中とかパーティ中とかは表示も音声も切っといた方がいいよ」というスイさんの言葉通りに表示だけに設定したチャンネルは、私のちょうど右側にぽっかりと浮いていた。

確かにこれでは戦闘中も気が散って、さぞかしやりにくい事だろう。



「そうそう、さっき言った元赤魔の”錬金術師”ってうちのサブマスでさ、スイちゃんの話したらアドバイスしてもいいって言ってたわよお!」
「おお! ありがたいです」
「ていうか、”赤魔術師を伝授してやる”って。生意気よねえ。スイちゃん、もし苛められたらアタシに言うのよ?」

リュウザキさんは、そう言って口元をにやり歪めた。
なまじ可愛らしい姿をとっているリュウザキさんは、意地悪そうな笑い方をすると途端にものすごく邪悪に見える。悪の組織の女幹部のようだ。

「いやいや、多少厳しくても教えてもらえるのは有難いですよ」
「んもう。……スイちゃんのそういうとこ、アタシ好きだけど、気をつけなきゃダメよ?」
「…………?」

実際、さっきのリュウザキさんの叱咤によって目から鱗が落ちたような気分の私にとって、今一番必要なのはどうすれば「赤魔術師」を楽しめるのか、という指針だ。

元だろうが同じ「赤魔術師」さんからのアドバイスは多少厳しかろうが有難い。
リュウザキさんの指摘が腑に落ちずに目で問うと、リュウザキさんは複雑な顔をした。


「スイちゃん、わりと人の言うこと鵜呑みにしちゃうとこあるでしょ?」
「ありますねえ」


ずるずるとローブを引きずりながら歩いていたリュウザキさんは、立ち止まって私を見下ろす。
リュウザキさんの身長は、愛くるしい顔に似あわず、すらりと高い。
平均よりも低めの私と並ぶと、それなりの身長差がある。
それはリアルでも彼女のコンプレックスらしく、以前にも「もっと小さくしたかったんだけど、制限に引っかかっちゃったのよう」と愚痴っていた。
(「クロニクル・オンライン」ではリアルデータを採用してプレイヤーキャラを作るのだが、その際に加えることのできる「修正」にはそれぞれ限度があり、身長の修正限度は±20センチまでである)


「実際、ネットの情報とか、色んな人の言うこと丸呑みして”赤魔”のことも正直諦めてたでしょ? 人の言うこと素直に聞けるのはスイちゃんのいいとこでもあるし、悪いとこでもあるわよ。人の意見は参考にする程度にして、後は自分で判断しなくちゃ。人の話なんて話半分に聞いとく位でいいのよ」

「うーん、確かに。……でも、そうすると今のリュウザキさんの話も話半分に聞いといた方が良いんですか?」

リュウザキさんの尤もな指摘に、ちょっとした反発と悪戯心を覚えて問い返すと、彼女はンフフ、と愉快そうに笑って答えた。

「そうよーう、アタシの言うことも半分ぐらいに聞いとくくらいでいいのよう」

何しろ、アタシ自身が半分半分なんだもの、とリュウザキさんは微笑んで自分を指差す。
私のちょっとした反撃は、どこまでも余裕のあるリュウザキさんに軽くあしらわれてしまった。
やはり彼女には、どう足掻いても勝てそうにない。

「……気をつけマース」
「そそそ。まあでも、スイちゃんのそういう素直なとこ、アタシは好きよ」

うなだれた私を覗き込むようにして、リュウザキさんはそう言うと器用に片目をつぶり、華麗なウィンクを一つ飛ばした。

「ほらほら、お楽しみの”ギルドスペース”はもうすぐそこよ?」


言いながら、彼女は私を急かすように背に手を当てて私を押し出す。
目の前には、かつてないほど近くなった「シュメール城」がその美しい装飾を誇るように大きく左右に塔を伸ばして私を見下ろしている。
リュウザキさんのギルド『竜と錬金』のギルドスペースははもう直ぐそこだ。





着いてこないと追いてっちゃうわよう、と言うや否や、リュウザキは乙女走りで走り出した。
彼女の白いローブの端に見える、きらきらと金色に光るギルドマークを目印にして、スイは彼女を追いかける。

ひらひらと揺れるローブを翻して駆け出す二人の追いかけっこは、彼女たちの目的地であるギルドスペースの入り口に辿りつくまで続いた。











[2889] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その1-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/18 00:49




シュメール城の周辺を取り囲むようにして立っている「ギルドスペース」転送用の建物(通称ギルドマンション)の一角にやってきたリュウザキさんと私の前には、一人の男性プレイヤーが立っていた。
にこにこと楽しげな雰囲気で佇んでいた彼は、私達を見ると更に笑みを深めた。




彼が背負っている身の丈ほどの大きな両手剣を見るに、彼は「ツヴァイハンダー(両手剣士)」のようだ。私には彼が「ツヴァイハンダー」なのか「ツヴァイハンダーマスター(ツヴァイハンダーの上位職)」なのかの区別はつかなかったが、精緻な細工を施された装備と、物腰で判断するのなら上位職である可能性が高かった。


「ギルド『竜と錬金』へようこそー!」


くすんだ赤い髪とはしばみ色の瞳を持った彼は、きさくな雰囲気で私に片手を差し出して、歓迎の言葉を口にする。

「ありがとうございます、スイです。よろしくお願いします」
「うんうん、是非個人的にもよろしくお願いしたいなあ。俺はレイズ。ところで、今度一緒にお茶でもどう?」

両手剣士さん改めレイズさんは、戸惑いがちに挨拶して手を差し出した私の手を握ると、にっこりと笑ってそう言った。
流れるような動作で私の手を引き寄せて、愛嬌のある笑顔で私を見つめてくる。
顔立ちは特別整っている訳ではないが、妙な色気のある人で、私はドギマギしてしまう。

「……レイズ?」

固まってしまった私を、リュウザキさんがレイズさんから引き剥がし、震えるような低音で彼に問いかけた。

「あはー、ほら新人さんがこっち来るって話してたからさあ」
「やめてよねえ、スイちゃんは純粋なのよ!」
「でもほら、やっぱり一番最初って大事じゃない?」

先ほどの言葉から察するにレイズさんはどうやら、『竜と錬金』のメンバーの一人らしい。
リュウザキさんとのやり取りは妙にこなれていて、親しさが透けて見える。
よくよく見れば、レイズさんのチェインメイルの肩には私と同じギルドマークが入っていた。



『竜と錬金』のギルドマークは、大きく両翼を広げた竜が”賢者の石”を守っている、というなんとも分かり易い図案である。

ギルドの名前も、現在はダイブを休止しているギルドマスターが竜騎士、サブマスターが錬金術師だった事からついたという話だから、単純そのものだ。
そんなギルドメンバーだからこそ、竜騎士の象徴である「竜」と錬金術師の象徴である「賢者の石」をそのまま組み合わせたギルドマークを採用したのだろう。

どちらも本来はもう少し捻って、かっこをつけるものだが。



「ソーヤが珍しく楽しそうだったからさあ、聞けば”赤魔”の新人さんが来るっていうじゃん? そしたらもう、お出迎えするしかないじゃん!」
「出迎えるのと、ナンパはちげーだろーが、こんの大馬鹿!」


ソーヤ、というのは、『竜と錬金』のサブマスターであり、その名前の元にもなった錬金術師さんの名前である。
リュウザキさん曰く、私に”赤魔術師を伝授”してくれる人だ。

……ところで、リュウザキさんは先ほどからかなりレイズさんに大して遠慮がない。
いつもの女性らしい、悪く言えばなよなよとした風情はなりを潜め、なんだかものすごく男らしい。
流石に自称「ちゅ・う・か・ん」のリュウザキさん、切り替えは自由自在のようだ。

私は、あまり見た事が無いリュウザキさんの様子に、ちょっと嫉妬(自分と仲のよい友達が他の人と親しくしているのを見るのは辛いものだ)を感じ、同時にかなり驚いていた。
男言葉を使うリュウザキさんを見るのは初めてだったからだ。


「リュウザキ、リュウザキ、ちょっとタイム! ほら、新人さん驚いてるし」
「スイちゃんだよ! 覚えろよ!」

ぽかんとした私の様子に気づいたレイズさんの言葉で、二人の言い合いは収束した。

「ごめんねえ、スイちゃん。びっくりした?」
「そういうリュウザキさん、初めてみました」
「いやーん」

誤魔化すように口調を元に戻したリュウザキさんが、私の言葉にウフフ、と笑った。
既に仕草は可愛らしくなっていて、口元に手を当てた彼女は先ほどまでの剣幕が嘘のように愛らしい。



「コイツねえ、スイちゃんの前じゃ猫被りまくりかもしれないけど本当は……ふごぉっ!」



私たちのやり取りを愉快げに眺めていたレイズさんは、リュウザキさんをコイツ、と指で指し示して、ニヤニヤと笑いながら、さらりと暴露を始めようとする。
が、その直後にリュウザキさんの鉄拳を食らい、彼はそれ以上の言葉を口にする事ができなくなった。
チェインメイルの隙間を狙ったボディブローによって、レイズさんは崩れるようにその場に座り込んでしまう。


「クロニクル・オンライン」ではPKは特定の場所(闘技場など)以外では不可能だが、ある程度のダメージは与えられる。街中での「スキル」の発動は制限されているが、プレイヤー同士の、スキルを使わない「殴り合い」は可能だ。
この「殴り合い」では、スキルを使わない分、純粋なプレイヤー同士の能力が試される。
「スキル」の読み合いがない分だけ、各々の反射神経などで勝負するしかないからだ。
故に、今のように「白魔導師」であるリュウザキさんが、火力職である「ツヴァイハンダーマスター(多分)」のレイズさんを沈める……ということも可能なのである。
…………滅多にあることではないのだが。


「黙ってろ、ボケが」


見事な反射神経で拳を叩き込んだリュウザキさんは、吐き捨てるように(ちなみに発音は「だぁってろ、ボケが」だ。完璧なヤンキーモードである)呟いたあと、私に向き直った。



「ほんとにごめんねえ、スイちゃん」
「…………いえいえ」
「この馬鹿の事は気にしないでいいから。さっ、行きましょ」

リュウザキさんはそう言うと、目の前の扉を指差した。


重厚な厚みのある一枚の板から作られたその扉には、金色の文字で『竜と錬金』とだけそっけなく書かれている。
周辺に並んでいる他のギルドのギルドスペースへの扉は、どちらかといえば競うように華美な装飾を施されているため、そのシンプルさが逆に目立っていた。


リュウザキさんが白いローブの袖をまくり、リングをその扉に突き出すと、一瞬の光(恐らくギルドマークの確認作業の過程で発光するのだろう)の後に、音も無く扉が開いた。

「あいつに先越されちゃったけど、ギルド『竜と錬金』のギルドスペースへようこそ、スイちゃん」
「……ありがとございます」

リュウザキさんがにっこりと笑い、促したので、私は『竜と錬金』のギルドスペースに足を踏み入れた。






「うはー、すっごいですねえ」
「でしょでしょー、スイちゃん」


『竜と錬金』のギルドスペースは、なんというか、控えめに言ってカオスだった。

何しろ、無骨かつシンブルなソファにはロココ調のフリルのついたクッションが添えられ、趣味のいいナチュラルな雰囲気のテーブルには何故かアニメ柄のクロスが掛けられている。
ギルドメンバーの趣味嗜好がバラバラなんだろうか。
そこは、これでもかと言うほど雑多な雰囲気に満ちている『広場』だった。

呆然と呟いた私に、いつのまにか復活していたレイズさんが、楽しげに同意して、私の肩に腕を回した。


「うちのギルドマスターって結構放任でさ、元々ギルドメンバーの趣味に口出ししたりしなかったから、皆好き勝手やってたらこんなんなっちゃってさー」
「……ああ、今はもうダイブされてないんでしたっけ?」
「そそ。勿体無いよなー。せっかく”竜騎士”なのに」

レイズさんは心底残念だ、というように顔をしかめた。
やはり、「竜騎士」というクラスは少なからず羨望を抱かせるクラスであるらしい。
そういえばキールさんも憧れているというような話をしていた。
やたらとレイズさんとの密着度の高い体勢に戸惑いながら考えていると、リュウザキさんが不機嫌な顔でレイズさんの耳をひっぱった。

「レイズ、スイちゃんは純粋なんだから、やめなさいって言ったでしょうが!」
「いだだだだ! だってさあ、久しぶりの新人さんじゃーん」
「だったら尚更、セクハラはやめなさいよね!」

なんとか私から離れてくれたレイズさんは、耳をさすりながらリュウザキさんを睨んだ。

「新人さんの独占反対! 俺だって絡みたいっつーの!」
「だったらもう少し考えなさいよね! スイちゃんが怯えてるじゃないの!」

なんだかまた言い合いが始まりそうな気配である。
二人の言い合いは、口喧嘩と言っても嫌な雰囲気ではなく、どちらもどことなく楽しげにやりあっているので、私もハラハラすることなく見ていられる。
ギルドスペースの内装はアレだが、雰囲気のいいギルドのようだ。
皆出払っているのか、共通スペースである『広場』には人がおらず、私達三人(主にリュウザキさんとレイズさんのものだが)の声がよく響いた。





「何をやっているんだ、お前らは」

楽しげな罵りあい(というのもおかしな表現だか)をしているリュウザキさんとレイズさんを、少しだけ羨ましく見つめていると、突然低い女性の声がした。

「お、ソーヤ」
「スイちゃん連れてきたのよーう。ていうか、この馬鹿なんとかしてちょうだい」

スーツのような服に、マントを翻しながら『広場』にやってきたその女性は、噂のサブマス、ソーヤさんだったらしい。
長く白い髪に、灰色の瞳の神秘的な美人だ。”錬金術師”の装備であるスーツ(に近い形の、より複雑な構造の服)とマントが良く似合っている。
ソーヤさんは、リュウザキさんとレイズさんの返答に、ため息を一つこぼしたあと、私に向かって言った。

「はじめまして。ソーヤだ。『竜と錬金』のサブマスターをしている。君の話はリュウザキから聞いている。何か聞きたいことがあればいつでも言ってくれ」
「はじめまして、スイです。よろしくお願いします」
「ああ……、元『赤魔』として、いくつかアドバイスもできると思っている。我々と一緒に、このゲームを楽しんでもらえたら嬉しい」

ソーヤさんは、魅力的な低音を響かせてそう言って、微かに唇を吊り上げた。
どうやら、彼女なりの微笑みの表現のようだ。
一見すると無愛想でぶっきらぼうにとられがちだが、温かみを感じられるソーヤさんの言葉が嬉しくて、私も微笑み返す。



「めっずらしー、ソーヤが笑ってるよ」
「アタシも久々に見たわね」
「ここんとこ、いっつもむっつりしてたしなあ。無理もないけど」

リュウザキさんとレイズさんは、驚いたようにこちらを見つめた後、こそこそと囁きあっている。どうやら、ソーヤさんは基本的にあまり表情を変化させない性質のようだ。
折角の美形が勿体無い、等と考えていると、ソーヤさんは二人に向かって言う。

「お前たちのお陰で、気苦労が絶えないからな。……まあ、お前達だけのせいでもないが」
「……やっぱあっちは変化なしな訳ね」
「俺らが”暗闇の洞窟”行ってる間に、なんか一悶着あったんだって?」

ソーヤさんは、私に向けていた微笑(らしきもの)を引っ込めて、不機嫌そうに眉をしかめた。
リュウザキさんとレイズさんは、同情するような声音でソーヤさんに言う。
その彼らの発言で気づいたのだが、どうやらレイズさんはリュウザキさんの固定パーティーのメンバーのようである。

「ああ。……まあ、穏便に片付いたとはいえ、気分のいいものではなかったな」

ソーヤさんは、頭痛を覚えたかのように額に手を当ててうめいた。
元々低い声が更に低くなり、なんだか恐ろしいほどの迫力である。
話が全く分からないが、やはりサブマスターというものは気苦労の多い役職なのだろう。

「お疲れさーん」
「ご愁傷さまね」

どことなく人事な様子で声をかけるリュウザキさんとレイズさんに、ソーヤさんは眉間に皺を寄せる。
が、直ぐに硬直した雰囲気を少しだけ崩して、私に話しかけた。


「スイさん、このギルドに加入して貰えてとても嬉しい。が、実は今、すこしだけ問題児を抱えていてね。
なるべく私達でフォローをするつもりだが、困った時はすぐに連絡をくれると嬉しい」
「……はあ」


どうやら、このギルド『竜と錬金』も一枚岩ではないらしい。
こんなに雰囲気のいいギルドメンバーばかり(とはいっても、まだ三人しか直接会っていないのだが)なのに、問題児がいるとは。

「んとねー、会えば分かると思うんだけど、ちょっとアレなのよ」
「可愛い子ではあるんだけどなあ」
「ていうか、本人も厄介なんだけど、その周りも性質が悪いのよねえ」

しみじみと噛み締めるようにそう言った二人に、ソーヤさんは同意するように頷いた。

「いっそのこと”除名”したい所だが……ギルドマスターがいないことにはな」


ギルドにおける”除名”とは、ギルドメンバーを強制的にギルドから脱退させる手段である。
これは、ギルドマスター、もしくはサブマスター二人以上で行うことができるギルド専用スキルだ。
主に、ギルドにおける迷惑なプレイヤーや、ルールを守らないプレイヤーを排除する為に行う非常措置であり、滅多なことでは使われない。
あまり連発するギルドには、人が居つかなくなる、というデメリットがギルドにとって致命傷になりうるからだ。


「ってことは……」
「そういうことだ」

三人は何やら深刻な様子で頷きあっているが、私にはさっぱり話が見えない。
かろうじて分かったのは、迷惑なプレイヤーがいるものの、排除することが出来ずに困っている、という事くらいである。まあ、ギルド初日にギルド事情の全てが飲み込める訳はない。
とりあえず、迷惑なプレイヤー(ミルネリア、という名前らしい)に注意することだけを胸に刻んでおくことにしよう。






当初の目的だった、貸し出し用装備を集めている『倉庫』は、『広場』より更にカオスに満ちていたことだけを、付け加えておく。

あれは、まさしく玉石混交の有象無象という表現がぴったりだった。
「持ち寄ってたら、いつのまにかこんなになっちゃったのよう」と笑っていたリュウザキさんと、眉間に皺を寄せて腕を組んでいたソーヤさんは実に対照的だった。











[2889] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その2-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/19 17:53




「うううう」

最初に来たときには、なんだこのカオスは、と若干引いていたギルドスペースにも随分慣れてきた。やはり、何事にも慣れというのはあるものだ。
落ち着かない……というよりも、家具や装飾の不協和音が凄まじい『竜と錬金』のギルドスペースも、今となっては喫茶店『プリンセス』と同じく第二の我が家のようなものである。

そんな事を考えながら、シンプルなソファでクッションを握り締めながら唸っていると、リュウザキさんがやってきた。


「やほー、スイちゃん」
「……リュウザキさん」
「……その様子だと、また失敗?」

リュウザキさんは、そういうと気の毒げに眉を寄せ、よしよし、と私の頭を撫でた。
本来なら伝わるはずもない暖かさが伝わってくるような、優しい手つきに私はちょっと泣きそうになってしまう。






ギルド『竜と錬金』に加入してから、私の「クロニクル・オンライン」での日常は激変した。
それも、とても良い方向に。


ギルドメンバーは概ねいい人ばかりだったし、私が久しぶりの新人ということもあってか、特に古参のメンバー(リュウザキさんやレイズさんたち)にはよく構ってもらえた。
勿論、彼らのレベルは私とかなりかけ離れていたので、一緒にクエストをこなす様なことをすると『寄生(主にクエストや狩り等をする時に、高レベルなプレイヤーに甘えて自分の仕事をしないこと)』になってしまう。
その為、主にリュウザキさんと遊んでいたように『裏クエスト』をしてみたり、街をぶらついてみたり、といったような遊び方しか出来なかったが。


しかし、ギルドメンバーと遊ぶのはとても楽しかった。
何しろ私は、引き篭もりプレイの長さだけは自慢できるような、万年ソロプレイヤーだったのだ。
大人数で行動(とは言っても五六人だが)することなど、”暗闇の時代”に来た当初に混ぜてもらったパーティー以来である。ウキウキしてしまうのも、仕方ないだろう。


幸い、リュウザキさんやソーヤさんが気に掛けてくれているらしく、問題児ことミルネリアさんと鉢合わせすることもなく、私のギルドライフは至極順調だった。
ギルドチャンネルでその困ったさんぶりの片鱗を覗かせるミルネリアさんの言動には、ちょっと頭が痛くなったり(何しろ、彼女は実にワガママなのだ!)はしたものの、それ以外は概ね楽しいギルドライフである。
…………だったのだが。






サブマスターであるソーヤさんに、”赤魔術師”としてのあり方をご教授願おう、と決意したのは、私がギルド『竜と錬金』に入ってから一月ほど経ってからだった。
ギルドメンバーと遊ぶのにかまけて、ついつい先延ばしにしてしまっていたのだが、やはり当初の目標である”赤魔術師としてゲームを楽しむ”ことをほったらかしにするのはよくない。
是非是非ソーヤさんにアドバイスを頂かなくては。



思い立ったが吉日、という事で、ギルドスペースに赴いた私は、『広場』で寛ぐソーヤさんに早速声を掛けた。

「ソーヤさん、ちょっといいですか?」

凄腕の錬金術師であるソーヤさんは、そう問いかけた私に”錬金の書(錬金術についてアレコレ書いてあるという噂のアイテム)”をめくる手を止めて、視線をこちらに向けた。

「何か?」

美人の流し目、というものはどんな状況であっても人の心をざわつかせるものである。
意味も無くドキドキしながら、ソーヤさんが座っている肘掛け椅子の前に置かれたソファに腰掛けて、続きの言葉を口にした。

「あの……、赤魔術師のことなんですけど」
「うん、そういえばそうだったな、アドバイスでもしようか?」
「お願いします」

ソーヤさんは真っ白な髪を揺らしながら、微かに頷き、”錬金の書”を閉じた。
彼女なりの微笑みであるらしい、唇をひん曲げたかのような表情を保ったまま私に問いかける。

「……君は、ソロプレイが長かったらしいね?」
「はい。でも、ちょっと限界が見えてて……それで、リュウザキさんのギルドを紹介してもらったんです」
「うん、実はそのあたりのこともリュウザキから聞いている」


リュウザキさんから話がいっている、という事実に私はびっくりしてしまった。
精々が、私が赤魔でアドバイスを求めている、というくらいの情報しか、彼女からは伝わっていないだろう、と踏んでいたからだ。
私が思っていたよりもずっと、リュウザキさんは私の事を気に掛けてくれていたらしい。
なんだか嬉しくなってしまう。
無意識ににやけそうになる自分と戦っていると、ソーヤさんは静かに問いかけた。


「そうだな……赤魔術師、というクラスについて、君はどう思っている?」
「えーっと、まあ使い辛いですよね。あと、なんだかんだでソロ仕様なのかなー、と」
「なるほど。堅実な認識だな。赤魔術師は基本的に扱い辛いし、パーティーの要になる職でもない」

改めていわれると、中々凹む事実である。
しかも元『赤魔』さんから言われると、尚更身につまされる。
しみじみとそう言ったソーヤさんは、落ち込んでいる私を慰めるかのように見つめた後、口を開いた。

「しかし、それだけではない。赤魔術師というクラスは、確かにパーティーの要にはなり得ないし、使いこなすのは難しい。……が、このクラスは可能性に満ちている、と私は思っている」
「……はあ」
「確かに攻撃力は強くない。支援職ほど支援に特化しているわけでも、ソロで強敵を撃破することもできない」

ソーヤさんは淡々とそう言うと、微かに興奮したように頭を振った。
基本的には無口で、かつあまり感情を表に出さないソーヤさんは、珍しく興奮しているらしい。


「だが!……それだけに、プレイヤー次第でいくらでも楽しむことができるんだ。パーティーの花形にはなれないかもしれないが、パーティーで頼りにされることはできる。
ソロプレイで強敵を易々と倒すことは難しいが、やり方次第で倒すことはできる。
そして、それを達成した時の喜びは、他のクラスに比べて何倍にも大きい。とても魅力溢れるクラスだと、私は思っている」


一気に畳み掛けるようにそう言うと、ソーヤさんは自分の言葉に同意するかのように何度か頷いた。
確信に満ちたソーヤさんに言われると、なんだか”赤魔術師”が一気に魅力的に思える。
やはり私は、リュウザキさんに言われたとおり、人の話を鵜呑みにしやすい性質のようだ。
断言されると、途端に弱い。

「……はい」
「まあ、それも、プレイヤーが研鑽してこそ、という所があるがね」
「…………はあ」

頷いた私に、ソーヤさんは付け足すようにそう言ったあと、”錬金の書”の表紙の金色の縁取りをなぞるように指を滑らせ、少し考え込むように俯いた。
はらはらと滑り落ちる真っ白な髪を掻き揚げることもせず、無心に黙り込むソーヤさんは、実に眼福である。
額に寄せられた皺が、妙に扇情的だ。

「そう……まずは、赤魔術師としてのスキルを上げることだな」
「”赤魔術師としてのスキル”……ですか?」
「ああ。君は、ソロプレイでもパーティプレイでも、満足の行くプレイが出来なかったと聞いた。それを解消するためには、先ず赤魔術師として、自分の持つスキルを確認する事が重要だと思う」


……そんなことまで話してたんですか、リュウザキさん。
スラスラと流れるように語るソーヤさんの言葉に、ちょっと呆然としてしまう。
きっと、私がギルドに来た当初から、リュウザキさんとソーヤさんは色々と考えていてくれたのだろう。
もしかしてずっと私が聞きに来るのを待ってたんじゃないかな、という考えがよぎる。
そうだとしたら、随分とお待たせしてしまって申し訳ないかぎりだ。
何かと鈍く、かつトロい自分が恥ずかしくなる。


「まあ、具体的には……そうだな。”混沌の迷宮”あたりにでも、ソロで修行してきたらどうだろう?」
「ええっ!? ”混沌の迷宮”ですか?」
「ああ。まあ、難しいとは思うが、クリアできた時には、今より数段プレイヤースキルがあがると思う」


ギルドメンバーの細やかな気遣いに感謝していた私に、ソーヤさんはいきなり物凄い要求をつきつけた。

“混沌の迷宮”とは、中級者門から向かう大型ダンジョンの一つである。
通常、ダンジョンにはそこに蠢くモンスターの属性、またはボスの名前から”~~の迷宮”と名前がつく。
だが、”混沌の迷宮”はその名の通り、モンスターの属性は様々、かつボスもランダムで変わる。
その為、非常に対策が取り辛い(各属性やボスが判明している時は、それに見合った装備で向かうことができる)ことで有名だ。当然クリアも難しく、ソロでは勿論、パーティーであっても全滅することは多々ある。

そんな所に、一人で行けと。
さっきまで感謝していた自分を棚に上げて、思わずソーヤさんを恨めしく半眼で見つめてしまう。


「私も、昔ソロでクリアしたことがある。その時はレベル36から挑戦し続けて……、クリアしたのはレベル43あたりだったか」
「……すごいですね」

化け物じみたプレイヤーである。
パーティーですら難しいと言われる”混沌の迷宮”のクリアにソロで成功するとは。
というか、レベル36から挑戦し続けるというその姿勢に脱帽だ。
延々と格下のモンスターをまとめ狩りして、「このゲームちょっと作業チック」とか思っていた私には眩しいほどの向上心である。

「いや、……実は、私も赤魔術師というクラスに悩んだことがあってね」
「ソーヤさんもですか?」
「ああ。そのときはパーティーを組んでいたんだが、どうにも仕事が出来なくてね。メンバーのお荷物になりたくない一心で、ムキになって挑戦したものさ」

……意外だ。
ソーヤさんは、苦笑いのような表情で、照れくさそうに髪を掻き揚げた。

「しかしまあ、だからこそ、君の悩みは理解できる。そして、アドバイスもできるわけだ」
「はい。すごく有難いです」
「そう言ってもらえると、私も嬉しい。どんな職でもそうだが、スキルの使い所を考えて使いこなしてこそ一流だ。”混沌の迷宮”のクリアは難しいが、君の力になると思う」

自信にしても、プレイヤーとしてのスキルにしても。
そう言って、ソーヤさんは言葉を切ると、私を見つめた。
神秘的な灰色の瞳に仄かな期待を込めて見つめられると、到底無理だし無茶だ、と思っていた”混沌の迷宮”へのチャレンジに意欲が沸いてしまう。
流石はサブマスター、人の扱いがお上手だ。

「……頑張ります」
「ああ、期待している。クリアに詰まったら言ってくれ。またアドバイスしよう」
「はい!」

私がそう応えると、ソーヤさんは安心したように頷いて、手元の”錬金の書”を開いた。
アドバイスは一旦ここでおしまいらしい。
ありがとうございました、と頭を下げてソファから立ち上がった私に、ソーヤさんは視線を本に落としたまま言った。

「頑張れ」
「はい!」

小さくも暖かい激励に、私は単純にも”混沌の迷宮”への挑戦に更に決意を固めたのだった。
まあ……後々後悔することになるのだが。






という訳で、”混沌の迷宮”にチャレンジすることになった私は、先ずは初っ端で躓いた。
何といっても装備もろくに整えずにダンジョンに向かってしまったのだ。

回復薬も底を尽き、身体中に細かい傷を負いながらも、なんとかモンスターの二三体は片付けたのだが、そこまでだった。
あっけなく最後の攻撃を食らってしまった私は、サクっと死んでしまった。
経験値と持っていたお金の一部がロストされた、と目の前に表示された後、私は”神々の時代”の神殿に舞い戻ってしまった。


「クロニクル・オンライン」では、死亡した時のペナルティとして経験値と死んだ時に所持していた金額の一部が引かれてしまう。
死亡した際には、登録している最寄の”神殿”等の施設、もしくは”生き返りの間”と呼ばれる死亡したプレイヤーが生き返るスペースに自動的に転送される。
が、”神官”や”僧侶”等のクラスが所持している「復活」と呼ばれるスキルやアイテム等を駆使すれば、一々そこまで戻されることはなく、所持金と経験値のマイナスだけでその場に留まることもできた。


うっかり”暗闇の時代”で、死亡時の登録を更新していなかった私は、元々登録していた”神々の時代”の懐かしい神殿で、思わず呆然としてしまった。
まさしく、「なんじゃこりゃあ」という気分である。

即、「テレポート」を発動させて”暗闇の時代”に帰還したのはいいが、フレンド登録をしていたリュウザキさんやレイズさんに、「何かと思ったわよう」「スイちゃんがついにギルドに愛想つかして帰っちゃったのかと思った」等とさんざんからかわれた。

私が”暗闇の時代”に帰った後、すぐに死亡時の復活場所を設定し直したのは言うまでも無い。






単身”混沌の迷宮”に挑んでは、あっさり散っていた私のことは、ギルド内でもだんだんと広まり、皆妙に暖かい視線を注いでくれる。
特にリュウザキさんは、失敗する度にこうして慰めてくれるので、ついつい甘えてしまいたくなってしまうのだ。


頭を撫でてもらいながら、フリフリのクッションを握り締めつつ、リュウザキさんに報告する。

「でも今回は、五層までいったんですよ!」
「えらいえらい」

“混沌の迷宮”は全十層からなる地下型ダンジョンである。
つまりは、半分までは踏破することができたのだ。我ながら中々上出来である。
もっとも、五層以降から急激にモンスターが手強くなるため、クリアできるのはまだまだ先の話ではあるが。

「ソーヤも、半分までいけるようになったのはエライって感心してたわよーう」
「……でもソーヤさん、レベル38の頃には五層までいけたっていってました」
「まあ、それはほら……ね?」

なんだかんだで、経験値をロストしてはいたものの、私のレベルはすでに41である。
ソーヤさんがクリアしたというレベルは43、あと2レベルの間にクリアできるか、と言ったら否だ。
元から、化け物じみているソーヤさんに並ぶような事ができるとは、考えていないが、それでも同じ『赤魔術師』として自らの不甲斐なさは目を覆わんばかりだ。

「でも良かったわあ」
「何がですかー?」
「スイちゃん、ちょっとこのゲーム楽しくなってきたでしょ?」

アタシにはわかるのよう、とばかりににやりと笑ったリュウザキさんは、その笑みを崩さずに私の隣に腰掛けた。
面白がっているような口調に、少しばかり拗ねながら問い返すと、彼女はますます笑みを深くして言った。

「ソーヤのアドバイスのおかげっていうのがちょっとムカつくけど、スイちゃん楽しそうだもの」
「そうですか?」

にんまりと微笑むリュウザキさんに詰め寄られ、なんだか訳も無く焦ってしまう。
優美なフォルムが変形するほど握り締めていたクッションを手放して、そう聞き返すと、彼女は小さく鼻を鳴らした。

「三日と空けずに”混沌の迷宮”にチャレンジしてるじゃないのよーう」


確かに。最初は装備もろくに整えず、かつ復活場所の指定もしないまま、勢いのみで挑戦していた”混沌の迷宮”だが、だんだんと階層をクリアしていくにつれて、どんどん楽しくなっていた。
何しろ、ついこの間まで挑むことすら考えていなかったモンスターを、倒すことが出来るようになったのだ。
倒したモンスターの倍くらい死んでいたような気もするが、そこはそれ。
やはり目に見えた成果が上がるのは嬉しい。


「……最初は無茶だと思ってたんですけどね」
「まあねえ」
「でも今は、確かに楽しいです。自分で考えて作戦立てたりして動くってことが、こんな楽しいと思いませんでした」

そう。実際、ソロで狩りをしていた頃も、作戦を立ててはいたものの、やはり「必ず勝てる」モンスターにしか挑戦していなかった為、どこか緊張感に掛けていた。
“混沌の迷宮”で、何度も失敗しながら「こうしたら勝てるかも?」と考えながら動く楽しさは、そんなソロ狩りを遥かに凌駕していた。


「いいことだわよーう」
「ですかね」
「そうよ? ソロでプレイするにしても、パーティで動くにしても、このゲームじゃ一番大事なことだと思うわ、それ」


ま、頑張りなさいな、とリュウザキさんはにこにこと笑いながら、もう一度私の頭を撫でる。
その優しい手つきに励まされつつ、私はまた次回の”混沌の迷宮”へのチャレンジを固く誓った。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その3-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/20 16:45




“~~の迷宮”と呼ばれるダンジョンに潜むモンスターの多くは、フィールド上のモンスターと違い、その多くが初めから攻撃表示を取っている。
フィールド上のモンスターは、よほど敵意の強いモンスター(アンデッド系など)以外なら、向こうから攻撃してくることはない。
が、ダンジョンのモンスターは、いわば「ダンジョンの先住民」であるため、自分たちの住処を荒らす「侵入者(プレイヤー)」には容赦なく攻撃してくる。

このため、初心者の多くは、初めてのダンジョンの探索で一度ならず二度三度、フィールドにいた時の癖をそのままにモンスターの横をすり抜けようとして失敗することが間々ある。
中級者以上ともなれば、ダンジョン探索においてそんな真似は自殺行為に等しいと身を持って知っているし、またモンスターだって攻撃表示の赤いクリスタルを常時光らせている。
はっきり言えばそんな確認も怠って、先に進もうとする初心者の方に問題があるのだが、やはり日頃の習慣というものは恐ろしいものである。

その中級者にしたところで、アイテムを駆使して攻撃表示を発生させないようにしたのは良いものの、ついつい狩りに熱中して、深追いがすぎて全滅する、といったことも多々ある。
「クロニクル・オンライン」のダンジョンは、プレイヤーにとってはまさしく”迷宮”、あらゆる判断を狂わせる、魔境ともいえるのかも知れない。


――――「クロニクル・オンライン」攻略サイトより抜粋







「それは全てを凍てつかせる、それは全てを氷らせる、大いなる力、災いなる力、今此処に示せ――――(中略)――――我が名において命ずる!」


”ブリザード”


平均詠唱時間五分、という鬼のような長さの「詠唱」を必要とする最上級魔法「ブリザード」も最近では平均を下回って発動することが出来るようになった。
氷の嵐を浴びた事によって、身体の端々に氷柱のようなものを下げてもぞもぞと動きまわるモンスターを見ながら、密かな満足感に浸る。

随分見慣れたモンスターたちを、各々の属性に見合った魔法スキルを発動させたり、アイテムを使ったりして、一体一体を確実に沈めていく、この快感。

かつて「ストーン・ゴーレム」をまとめ狩りしていた頃に思っていた、「作業プレイ」とはかけ離れた駆け引きと、緊張感がここにはある。




なんだかんだで、“混沌の迷宮”にチャレンジし続けて、随分経った。
今現在七層までクリアしているが、この先までいけるようになるのは大分先な気がする。


「はあ…………」


ソーヤさんがクリアしたというレベル43を追い越してしまった私は、なんだかもうつくづく自分が情けなくなってしまう。
彼女のようにソロでクリアできるようになるまでに、一体どれくらいの時間が掛かるのだろうか。

しかしまあ、ここまで来たなら最後までクリアしていくつもりである。
アイテムがそろそろ底を着いてきたので、とりあえず、一旦帰還しよう。
ついでにあと一体何か倒して「モンスター討伐報奨金」で膨れてきた所持金を大台に乗せてしまおう。
そう決めて、視界の端でうようよと蠢くモンスターを品定めを始めた。

うん、アレにしよう。


「”ハーピー・ウォリアー”! 君に決めた!」


最後の一体に決めた”ハーピー・ウォリアー”を指差しながら、アイテム”封印の結界(モンスターを近寄らせないようにする結界。ダンジョン内でも、自分から攻撃したモンスター、もしくは中ボスクラス以上でないかぎり攻撃表示をとらなくなる)”の残り時間を確認する。あと十五分だ。
ギリギリいける、と踏んで、ゆうゆうと宙を舞うハーピーに向かって、杖を構える。


”ライトニング・ボルト”!


一条の雷撃が吸い込まれるように、ハーピーの羽に直撃した。
戦闘時間+帰還時間を頭の中で計算しつつ、襲い掛かってくるハーピーの、可愛らしい顔立ちに若干の罪悪感を抱きながらさらに攻撃を加えていく。



結局、”封印の結界”の残り時間内に倒しきることができず、命からがらダンジョンを後にしたのは、誰にも言えない秘密である。
やはり何事も、ちょっと慣れてきたからといって調子に乗るのは良くない。






喫茶店「プリンセス」の今月の内装のテーマは、「お花畑」らしい。
色とりどりの花で溢れかえった店内は、いつもの三割り増しで男性プレイヤーには入りにくいことだろう(元々が入りづらいので、今更増えたところでどうという事でもないのかも知れないが)。
テーマカラーとしての二色で店内を埋め尽くす、という内装の変え方に飽きてきたのだろうか。花に埋もれかけている壁と、椅子や机は、すっかりナチュラルな木そのものの温もりに満ちた色をしていた。


ハート型の椅子に飾られた花は、私が動く度にもさもさと揺れる。
慣れた慣れたと思っていた店内だったが、「プリンセス」の底力はまだまだ底知れないようだった。
最初のあれ以上に恥ずかしい内装もあったのか……、などと思いながら席に着いたはいいが、どうにもこうにも落ち着かない。

とりあえず、紅茶と苺のタルトを注文して、私はもぞもぞと椅子に座りなおした。




注文がくるまでの間、前までは一人でぼんやりと何をするでもなく待っていた(そしてそれが寂しかった)のだが、今は「ギルドチャンネル」を覗く、という画期的な時間のつぶし方が可能になった。
会話が飛び交うギルドチャンネルを見ているのは、とても楽しい。
それが、自分が所属しているギルドメンバーたちの会話なら、尚更である。
ウキウキしながらギルドチャンネルを表示モードにして、料理が来るのを待つことにした。


「やだやだやーだー! ミル、”人魚の涙”が欲しいのー!」
「わ、わかったよう、ミルにゃん」
「俺、ミルちゃんの為に頑張るぜ!」
「ミルちゃんが望むなら……!」


訂正。あまり、楽しくない場合もあった。
ミルネリアことミルちゃんは、今日も元気一杯にわがままなお姫様である。


“人魚の涙”とは、グラフィックの美しさもさることながら、その能力値の高さで人気の高い装備品である。当然、争奪競争はかなり激しい。
“ウンディーネ”とよばれる水属性モンスターがたまに落としていくのだが、そのモンスターは沸き時間(倒した後にモンスターが復活するまでの時間)がランダムで、かつ一体しか沸かない。

頑張って「張り込み(特定のモンスターを倒すことを目的に、そのモンスターが”沸く”までその場所に待機すること)」をし、かつ競争相手より先に倒さなければならない。
しかも、倒したとしても一度で"人魚の涙"がドロップすることは滅多にない。
必然的に、長期間の張り込みが余儀なくされる。
その為、”人魚の涙”の入手は非常に難しく、市場に出回るとものすごい高額がつく。


「ほんとっ! ミル、うれしい! みんな、ありがとねー、楽しみだよー!」


そんな重労働をギルドメンバー(というか、彼女の取り巻き達)に押し付けたミルネリア嬢は、文字からでも分かるほど嬉しそうである。
というか、彼女自身はその「張り込み」には参加しないのだろうか?


「ミルにゃんの笑顔の為ならお安い御用さ!」
「俺ら頑張るよ、ミルちゃん」


そんな、なんとも健気な取り巻きの彼らの言葉が涙を誘う。
自分が手に入れられもしないアイテムの張り込みなんて、誰もしたくないだろうに。
しかしまた、彼らに安易に同情することもできない。
リュウザキさん曰く、「男にだって、お人形さん願望はあるものよ。可愛い女の子を自分好みに綺麗に飾って傍に置いときたいって願望、持ってる男は意外と多いわ」だそうだから。


そういう意味では、彼らは需要と供給が満たされた、理想的な関係なのかもしれない。
ミルネリアさんは、自分の望みをなんでも叶えてくれる王子様たちをゲットした。
取り巻きの彼らは、そんなミルネリアさんを飾り上げて傍に居る権利をゲットした。

なんだか、歪んだつながりのような気もするが、それは私の側から見た意見である。
実際、彼女らにしてみればただのやっかみに過ぎないのだろう。


何しろ、一度ちらりと見たかぎりでは、ミルネリアさんはまさしく「お姫様」と呼ぶのに相応しい、キラキラと輝くような美少女だった。
隣に居るだけで眼福。我侭であろうと、自分を頼ってきてくれるならばホイホイ言うことを聞きたくなってしまう気持ちも、まあ分からないでもない。






「スイ、 ……どうした?」

ギルドチャンネルを見つめながら、考え込んでいた私は、突然の呼びかけに反応が遅れてしまった。固まっていた私を不信に思ってか、何度か声を掛けてくれていたらしい誰かに申し訳なく思いながら、顔を上げた。
が、次の瞬間、私は今度こそ、音を立てて固まった。

「……どうした?」

一気に何の反応もしなくなった私に、更に不信さを募らせたのか、その人物は少し苛立ったように問いかけてくる。

「いや、えーと……なんでもないです」
「そうか。座っても構わないか?」

どうぞ、と椅子を指し示すと、「プリンセス」の店内にこれでもかと言うほど似つかわしくない人物――ソーヤさんは、小さく頷いて腰を下ろした。




「で、何かあったんですか? ソーヤさん」
「いや? まあ、あったといえばあったか。しかしまあ、それとは関係ないな」

やってきたウェイトレスさんに、コーヒーのみを注文すると、ソーヤさんはテーブルに肘をついて指を組んだ。
クールな美人さんであるソーヤさんに、この店の内装は、まるで古きよきCGで作ったハメコミのように似合わない。違和感炸裂である。
そんな失礼な感想を抱きながら問いかけると、ソーヤさんは気だるそうに髪を掻き揚げて、顔をしかめた。

「そうだな……スイ、君はこのギルドで、ギルドイベントに参加したことはなかっただろう?」
「そうですねー」


ソーヤさんは、最近では私のことを呼び捨てで呼んでいる。
最初にそう呼ばれた時は、ついにギルドメンバーの一員として認められた! と感動したものだ。
なんとなく、ソーヤさんは人の「呼び捨てにされたい願望」を引き起こすタイプの人なので、私は彼女にそう呼んでもらうのが、実は結構好きである。
こんなことは、本人の前では口が裂けても言えないが。


「実は今度、ギルドイベントで久しぶりに”戦いの時代”へ行こうか、という話をしているんだ」
「……はあ」
「いや、”戦争”に参加する訳ではないんだ。狩りでもしようか、という提案があってね」

ソーヤさんは、そう言うと、運ばれてきたコーヒーに口をつけた。
どうやら、ギルド内で”戦いの時代”で狩りをしよう! というイベントが持ち上がっているらしい。
私のレベルはぎりぎり”戦いの時代”に行くことができる40を少し越えた程度なのだが、そんな人間がついていっても大丈夫なのだろうか?

「狩場は、あまりモンスターレベルの高くない”ミネルバ・エリア”だ。レベルがあまり高くないメンバーはパーティーを、60以上のメンバーはソロで、狩ったモンスターの数を競争する、という趣旨になっている」
「……私、大丈夫ですかね?」
「スイにはパーティーを組んでもらうことになるな」


いえ、そうではなくて。
ソーヤさんは事も無げに言うが、私はまだまだ”混沌の迷宮”で修行中の身である。
ついこの間だって、慣れてきたと油断して痛い目にもあったのだ。
そんな人間がパーティーを組んだところで、パーティーメンバーのお荷物になってしまうのではないだろうか。


「良い機会だ。どれくらいプレイヤースキルが上がったか、試してみるといい」
「えーっと、まだ、早いような気が……」
「もう、そろそろ良い頃だろう。各パーティーにはレベル60以上の支援職もしくはソロ向きでない職のメンバーが同行する事になっている」

例え失敗したところで、フォローはできるだろう、とソーヤさんは言って、もう一度コーヒーを啜った。

「まあ……、例の問題児も、パーティーを組ませるしかないレベルと職だから、もしかしたらスイには迷惑が掛かるかもしれないが」
「ミルネリアさん、ですか?」
「ああ」

パーティーはランダムで決めるから、余程運が悪くなければ、当たることもあるまい。
ソーヤさんは憂鬱そうに眉を寄せ(やはりサブマスター、何かと気苦労が多いようだ)、ため息をついた。

「うーん……」
「まあ、まだ準備段階だから、すぐに参加不参加を決めなくても良い。そろそろパーティーを組んでみるのも、スイには良い経験だと思ったから、話してみたまでだ」

考え込んだ私に、ソーヤさんは言い聞かせるようにそう言って、コーヒーを一息で飲み干した。

「まあ、考えておいてくれ。邪魔をしたな」

立ち上がり、マントをはためかせて去っていくソーヤさん(なんと、私の分も奢ってくれるらしい)の凛々しい後姿を見つめながら、私はついつい口元が綻んでしまう。
感情表現が不得意な人ではあるが、何かと気に掛けてくれる、その細やかな気遣いが、私にはとても嬉しい。

にまにまと苺のタルトを頬張りながら、私はギルドイベントには何があっても参加しよう、と浮き立つ気持ちを抑えきれずに考える。






そのイベントが、当初の目的だったらしい「ギルドメンバーの親睦深める」というテーマから大きく外れ、なんだかギルド内抗争みたいな事態にまで発展する事など、この時点で誰が予想できただろう。

ただただ単純に、ソーヤさんの不器用な好意に口元を緩ませつつ、苺タルトを頬張っていた私を誰が責められようか。いや責められまい。












[2889] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その4-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/21 21:25


“戦いの時代”のフィールドは、神々の時代や暗闇の時代のフィールドにはあまり見られない、赤茶けた大地が丸裸で続く、不毛の土地だった。
ところどころに、微かな生命力で必死に生えている雑草や小花も、彩となるには寂しい色で、かえってその土地の貧しさを強調しているかのようである。


“ミネルバ・エリア”は、各軍(”戦いの時代”においてはプレイヤーはどこかの軍に所属して「戦争」を行うか、中立かつフリーの傭兵として「戦争」に参加するプレイの仕方が一般的である)が休戦協定を引いて、狩場として提供されているエリアの中ではもっともモンスターレベルが低い。
その為、”戦いの時代”に来たばかりのプレイヤーが資金稼ぎに狩りを行ったり、装備を強化するためにドロップアイテムを狙って張り込んでいるパーティーがいたりと、休戦エリアにしては賑わっているエリアでもある。


ギルド『竜と錬金』のメンバーたちが”ミネルバ・エリア”に降り立った時も、そんなプレイヤーたちがぽつぽつといた。
見渡すかぎり障害物のないエリアだった為、大人数が押しかけてきた事も即座に分かったのだろう。シャウト(そのエリア一帯に聞こえるチャンネル)でもって、ギルドメンバーたちに何の目的か問いかけてくる声は多かった。


「ギルドイベントで、狩りをさせてもらいたい! まとまって行動して狩場を枯らすつもりはないし、行動単位は1パーティ、もしくはソロだ! なるべく迷惑を掛けないようにするが、もし困ったことがあったら私に連絡してほしい」


ソーヤが、その数々の呼びかけに一声で応えると、大多数は納得したようにイベントへの激励をシャウトした。残りの少数は、はじめからギルド『竜と錬金』の面々の存在を気にも掛けずに狩りを続けていたため、こちらも特に問題はないようだ。



「さて、各々準備はいいか?」

ソーヤはマントをはためかせつつ、砂時計を片手にギルドメンバーに確認をとった。
メンバーが装備やアイテムを再確認している間に、ソーヤはもう一度シャウトを行い、周囲に呼びかけた。

「おっけー」
「いいわよーう」

ギルドメンバーたちは、思い思いの点検を終えたらしく、次々と片手を上げたり、声を上げてその完了を知らせた。


「よし、ではルールの再確認だ。まず一つ、パーティはそれぞれパーティ単位で動くこと。ソロであっても基本的には共同戦線は張らないこと。ただし、死にかけていたり、手こずっているようなら、手助けしてもいい。その際は、私にも報告すること」


白い髪を揺らし、赤茶けた大地に佇むソーヤは、滅びの女神のような退廃的な美しさを振りまいている。が、ギルドメンバーたちは見慣れている所為か特に感動するでもなく、ルールの確認に気の無い表情で相槌を打っていた。


「それから、他のプレイヤーともめた時はすぐに私に報告すること。パーティーでのドロップアイテムの分配は、ランダムを選択して、その分配通りにすること。
狩りにおいてもっとも数多く倒した者、強敵を倒した者には賞金をだすから、各自頑張ってくれ。
それでは最後に!」


一旦言葉を切ったソーヤは、普段は全く動かない(そのせいでバグではないかとすら言われている)表情を、微かな微笑みに変えて、周囲のギルドメンバーたちを見やった。
滅多にないサブマスターの微笑に、さっきまで気の抜けた表情で彼女の話を聞いていた面々も、意表をつかれたようにソーヤを見つめる。


「久しぶりのギルドイベントだ! 楽しんでくれ!」


注目の的になったソーヤは、その視線に臆するでもなく、清々しく言い切る。
その言葉に、ギルドメンバーは、或いは驚いたように、或いは愉快そうに、しかしまた全員がそこはかとなく嬉しそうに、同意の声をあげた。








「じゃ、とりあえず、自己紹介からかな? 僕はソウタです。レベルは67のアサシンマスター」
「スイです。レベルは44で、赤魔術師です」
「ミルネリアだよっ! ミルちゃんって呼んでね! レベルは46で、歌姫!」
「カウス。レベル56、クロスセイバーマスター」
「タカナシだ。レベルは54で、聖導師をしている」

とりあえずはにこにこと、自己紹介は和やかに終わる。
私は魔杖(今回のイベントのために新調した)の握り心地を試しつつ、妙な緊張を感じていた。
何しろ、ソーヤさん曰く「よほど運が悪くない限り」当たることはない、と断言されていたミルネリアさんと、見事にかち合ってしまったのだ。
ギルドチャンネルでそのワガママぶりを散々見せ付けられていた所為で、一体どんな狩りになるのか……と、戦々恐々としてしまう。



「じゃー、とりあえずは僕とカウスさんが前衛かな?」
「ああ」

ソウタさんの提案に、カウスさんは控えめに頷いた。
アサシンマスター(アサシンの上位職で、弓使い系列)のソウタさんは、その物騒なクラスとは裏腹に、なんだかほんわかした雰囲気の人である。
カウスさんはどうやら寡黙な性質のようだが、その毒気のない微笑みを向けられて悪い気分にはなれなかったらしく、口数は少ないながらも和やかである。

「しかし、支援職の多いパーティーだな」

タカナシさんは、ダンディーな口ひげが良く似合う渋いおじさまフェイスの聖導師(聖神官の上位クラスで、神官系列)である。
声まで渋い、燻し銀のタカナシさんが苦笑交じりにそう言うと、パーティーメンバーから失笑があがった。

「俺と、スイさんが一応火力か」
「……頑張ります!」

カウスさんがぽつりと漏らし、集った注目に身を竦ませながらも応える。
少しばかり雰囲気を和ませたカウスさんが両手剣二本(クロスセイバーマスターは、両手剣の双剣士である)を背負い直して、微かに頷く。


「頑張れー」
「うんうん、スイちゃんがんばー」
「赤魔術師のアタッカーは久しぶりに見るなあ」


それを見ていたらしいパーティーメンバーが、口々に私に声を掛けてきた。
ソウタさんも、タカナシさんも、ミルネリアさんも(!)なんだか非常に和やかな雰囲気である。
やはり、印象だけでは人柄まで分からないものだなあ、と私は心の中で彼女の評価をこっそり修正した。

……もっとも、すぐ再修正されることになるのだが。







「よっしゃ! いったよ!」
「行きます! ”アイス・ジャベリング”
「フォローは任せろ、突っ込め!」
「”クロス・クラッシュ”」


カウスさんの”クロス・クラッシュ”で十字に引き裂かれたモンスターが、どさりと崩れ落ちる。なんとか緒戦の連携は成功したようだ。
ランダムで降ってくるアイテムをイベントリに突っ込む。
なんとか満足のいく(といってもまだまだだが)仕事ができた安堵感で、私は密かにため息をついた。


「いやー、どうなることかと思ったけど、意外にいけるね。これなら賞金も狙えるかもしれないよ?」
「それは言い過ぎだが……、まあいい連携だったな」
「スイさんの、魔法スキルが上手かった」


ソウタさんとタカナシさんが、先ほどの連携の講評を言い合っている中で、カウスさんがぽつりと呟いた。
一瞬、何か自分に都合の良いように彼の発言を変換してしまったのか、と自分の耳を疑ったが、こちらを見つめているカウスさんからは冗談を言っている雰囲気は感じ取れなかった。
動揺を抑えきれずに、何と答えていいやら思案していると、ソウタさんとタカナシさんが頷きあった。


「ああ、確かに。最後の”アイス・ジャベリング”はいいタイミングだったな」
「スイさん、”混沌の迷宮”で武者修行してたらしいね。やり易かったよー」
「”混沌の迷宮”に? ソロでか?」

彼らの発言を確かめるように、カウスさんは聞き返し、更にこちらを伺ってくる。
嬉しいやら、困ったやらだ。
褒められるとは全く思っていなかった為、なんだか照れくさくて仕方がない。
ソーヤさんのアドバイス通り、頑張ってみて良かったなあ。

「ソーヤさんに、いい経験になるって、その……勧められたので」

つっかえがちになりながら答えると、三人は納得したように頷いた。
特にソウタさんは、どこか同情したような眼差しで、私を不憫気に見やる。
なんですか、その反応。


「ねーねー! ミルは? ミルは?」

改めて問い直そうとした時、白いローブ(歌姫装備のローブは、魔術師のものより格段手が掛かってお洒落である)を揺らして、ミルネリアさんが元気に手を上げた。
間近で見ると、キラキラと金色のホログラムを振りまいているようにも見える、華やかなオーラの美少女ぶりだ。
取り巻きの彼らの気持ちが、ちょっとだけ分かる。

「あー、そうだな……」
「少し早めに、魅了(歌姫のスキル。モンスターを一時行動不能にする)かけてくれるとやりやすかなー、なんて思いましたよ?」
「…………」

褒めて褒めて、と言いたげなミルネリアさんに、男性陣はまさしく三者三様の反応を示した。
不満げに、白い頬を膨らませたミルネリアさんは、少し機嫌を損ねたように黙り込む。
なんだか、一気に空気が悪くなってしまった。


「歌姫スキル、綺麗だったよ?」
「…………うん」


フォローのように私がそう言うと、ミルネリアさんはますます不機嫌そうに頷いた。

(ちなみに、私が彼女に対して敬語を使わないのは、「レベル近いんだし、敬語使わないでよー」と自己紹介の時にお願いされてしまったためだ)
私の言葉で、更に機嫌が悪化してしまった彼女を気まずく見つめる。

やはり、私はあまり空気を読むのが上手くない。
慣れないことはするもんじゃないな、と思いながら、どことなく白けてしまった場の空気におされて黙り込む。


「あー……っと、じゃ、そろそろ次行きますか!」
「そうだな」
「了解です」

ソウタさんが、何かを断ち切るように声を上げ、パーティーメンバーが口々に同意を示した為、私たちは獲物を求めて移動を始めた。






ミルネリアさんのその後のパーティーでの行動は、目を覆いたくなるような代物だった。
私もあんなもんだったんだろうなあ、と思うような彼女の行動に、つくづくリュウザキさんとソーヤさんに感謝したものだ。

必要なスキルを必要なタイミングで打てない、かといって、指示をすればその通りには動いてくれる。が、その分臨機応変な対応に欠けて、支援職の本分である周囲のフォローが疎かになる。

まるで、ほんの数ヶ月前までの自分を見ているようである。
やはり取り巻きの彼らに甘やかされていたからだろうか。
ミルネリアさんはこんな所でも「お姫様」であり、自分から考えて行動を起こす、という事が極端に苦手であるらしかった。


「参りましたね」
「どうにも、なあ」


苦笑いと共に囁きあう、ソウタさんとタカナシさんに、胃を痛くしながら(何しろ、もしソーヤさんやリュウザキさんのアドバイスがなければ、私が苦笑されていたかもしれないのだ! ああ、考えただけで胃が痛い)、パーティー行動は続いた。






「時間的に、コイツで最後かな?」
「ですねー、あと三十分ですから」

ミネルバ・エリアの中でも上位の強さを誇る”サキュバス”を指差しながら、ソウタさんが言う。

“サキュバス”は美しいグラマーな女性の姿をしたモンスターである。長い赤い髪と、黒真珠のような滑らかな肌が特徴の、魔法攻撃を駆使する上級モンスターだ。

その言葉に、残り時間を砂時計で確認しながら頷くと、全員がそれぞれに装備やアイテムの再確認を行った。
やはり最終戦、それも強敵となれば、気合が入ってしまうのは仕方ない。
緊張感に満ちたパーティー内で、一人浮かない顔をしていたミルネリアさんも、メンバーに倣うかのようにおざなりな確認を行う。


「よーし! まずは僕が動き鈍らせるから、スイさんとカウスさんは削り役、ミルネリアさんとタカナシさんは回復と戦闘補助でよろしく!」

ソウタさんが、まずは先攻をかって出た。
削り役(モンスターのHPを減らしていく火力職の役割)を与えられてしまった私は、とりあえず「詠唱」をできるかぎり早口で開始する。


「”クロス・クラッシュ”」


カウスさんが、ソウタさんがスキルを発動させて鈍らせた”サキュバス”に、攻撃を叩き込んでいく。
“サキュバス”は、主に魔法攻撃を行うモンスターの為、タカナシさんはその攻防の合間に魔法障壁を作り上げて行った。
やはり、上位職の面々の手馴れた動きは目を見張るものがある。
私のプレイヤースキルは、褒められはしたものの、まだまだである事を痛感してしまう。


「”ブリザード”」


水属性の最上級魔法をようやく発動させると、モンスターの攻撃表示である赤いクリスタルが、半分ほど白く染まった。

攻撃表示の赤いクリスタルは、モンスターのHPを示しており、これが全て白く染まるとクリスタルは砕け、モンスターを倒したことになる。
回復魔法を使ったりするモンスターもいるため、中々白くならないこともあるが、基本的にモンスター全ての共通点である。


「あと半分だな」

先ほどまでの連続攻撃で、スキルリミットを使い果たしてしまったらしいカウスさんが、回復材を使いながら呟いた。
ソウタさんが、攻撃の合間を見て、アサシンマスターの本懐である妨害スキルを次々と仕掛けている。
そろそろ、赤魔術師の私のターンだ。


「行きます!」


宣言すると、ミルネリアさんが「魅了」スキルを発動させ、澄んだ歌声を響かせる。
赤茶けた土に花が咲く。グラフィックが、華麗な花々を美しく描き出した。
自分の周りで舞い散る花弁に酔った様に、上手くターゲットを定められなくなったサキュバスは、もぞもぞと蠢く。

その間に赤魔術師の利点である、タイムラグ無しの魔法攻撃を浴びせ続け、”サキュバス”の頭上のクリスタルは、七割まで白く染まった。あと少しである。

「よし、そろそろ”神の裁き”を発動させよう。全員で掛かってくれ」

タカナシさんがそれを見て魔杖を構えなおし、渋く言い切った。
“神の裁き”は暗黒属性である”サキュバス”にとって致命的な弱体化を強いられるスキルである。タカナシさんが発動させた後、全員で削りに掛かれば、サキュバスといえども倒しきることができるだろう。
メインアタッカーであるカウスさんを全員で伺うと、どうやら回復は終わったらしい。
改めて全員で頷きあい、未だに「魅了」から抜け出せずにいる”サキュバス”を見やる。
赤い髪が生き物のようにウネウネと動き、その黒い肌からは緑色の血が覗いている。



「行くぞ! “神の裁き”

タカナシさんの魅惑のバリトンボイスを合図にして、私たちは一斉に総攻撃を開始した。








「では、優勝者はレイズ、おめでとう」
「どもども」

ギルドイベントはつつがなく(ソーヤさんにとってはやはり見えない苦労があったのだろうが)終了し、ミネルバ・エリアの一角で結果発表が行われた。
私たちのパーティは優勝にかすりもしなかったが(やはり上位はソロの面々が占めていた)、最後の最後で中々の強敵を倒すことに成功した為、パーティーメンバーの顔は朗らかである。
ソーヤさんから賞金を受け取ったレイズさんは、周囲に茶目っ気たっぷりに手を振りながらウィンクを繰り返した。

「バーカ! 今度奢れ!」

そんな野太い声がそこかしこから響き、レイズさんが本来受けたかったであろう黄色い悲鳴の代わりに、男性陣から野次と指笛が飛んだ。

「お前らうるせーよ!」

文句を言ってはいるが、レイズさんは手荒い声援に、どことなく嬉しそうに応える。

「次に、強敵を撃破した者は……予想外に多かった。表彰するのが面倒なので、後日賞金を各自に送ることにする」

ソーヤさんは、レイズさんと外野のやりとりが一段落するのを待ってそう切り出した。
面倒だと言う割に、少しばかり嬉しそうにも聞こえる、弾んだ声である。

「では、各自戦利品の確認等を行った後、解散しよう」

お疲れ様、の声が飛び交う中、ソーヤさんは片手を上げてそう宣言する。
ギルドメンバー達は、各々パーティーメンバーや仲のいいプレイヤー達と談笑をはじめ、一気に賑やかな雰囲気になった。




私も、先ほど手に入れた魔杖を確認しよう、とイベントリから取り出し、リングで性能を調べてみる。
グラフィックが美しいその杖は、攻撃力はあまり高くなく、付加価値から見ても精霊神官向けのアイテムのようだ。
しかし、中々の掘り出し物である。
高く売れそうだ、と内心にやつきつつ、魔杖をイベントリに再度収納する。

パーティーを組んでいた面々に、お疲れさまでした、と声を掛けようとすると、好奇心で一杯のミルネリアさんと目があった。

「スイちゃん、その杖綺麗だねー」

にこにこと微笑みながら、ミルネリアさんは無邪気に言う。
……なんか、嫌な予感がするなあ。

「そうだね」
「その杖、スイちゃん使うのー?」

とにかく軽く流そう、と心に決めてなんでもないことのように頷くと、ミルネリアさんは食い下がってくる。
ますます嫌な予感がする。

「使わないで、売る事にした」

端的に述べると、ミルネリアさんはキラキラときらめく金髪を揺らめかせ、何か考え込むように眉を寄せる。
さすが美少女、どんな表情をしても眼福だ。こんな状況でなければ、私も存分に見惚れたことだろう。
彼女の中で思考がまとまったのか、ミルネリアさんは突然、名案、とばかりに言った。

「じゃあさじゃあさ、その杖、ミルにちょーだいっ!」
「…………ミルネリアさんは使うの?」




ああ。やっぱりそうきましたか。
自分の提案が退けられる、などとは露ほども考えていないように、ミルネリアさんはにこにことこちらを見つめている。
魔杖は渡したくない。が、渡さなかったらもっと酷いことになりそうな気がする。

どうしようかな、と考えていると、周囲の見知らぬギルドメンバーから囁きTELLが入った。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その1-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/22 20:38




「――――――!」



スイの耳元に、なんとも表現できない、悪口雑言が雨あられと降り注ぐ。
周囲をこっそりと見やると、敵意を持った眼差しの男性プレイヤー達がいつのまにかスイを取り囲むようにして佇んでいる。
恐らく、ミルネリアの取り巻き達なのだろう。
パーティーメンバー達も、その異様な雰囲気に気づいたらしく、無言のスイと微笑むミルネリアを気遣うように見つめている。

「ねね、スイちゃん、いいでしょ?」
「……でも、ほら、戦利品の分配はランダムって、ソーヤさんも言ってたし……」

なんとか、魔杖を渡さない方向に話を持っていこうと、スイはミルネリアの要求に反論を試みた。
が、その途端に囁きTELLの勢いは増し、それだけでスイの気力は見事に萎えかける。
パーティーメンバーだった、ソウタやカウス、そしてタカナシの面々は、どう口を挟んでいいのやら、といった様子で思案顔のまま成り行きを見守っている。

「うんうん、でもさ! スイちゃんが、ミルにプレゼントしてくれる分には、問題ないでしょっ!」
「…………そうだね」



どこまでもマイルール、なミルネリアの主張に重なるように、囁きTELLの内容も彼女に同意を示した。
彼女と彼らの言い分を直訳すると「お前が自分から渡す分には問題ねえんだから、とっととミル(ちゃん)に渡しやがれ」という事らしい。

しかし、スイとて、初めて納得のいく動きができたパーティープレイの、それも強敵を撃破して得た戦利品を、みすみすミルネリアに渡すのは嫌だった。
たとえ、自分も「売り飛ばして装備を整えよう」と考えていたとしても、である。

スイがどうしたものか、と考え込む間にも、囁きTELLは鳴り止むことなく続いた。
最初は単なる「僕らのミルちゃんが欲しがってるんだからさっさと渡せ」という内容だったTELLも、今では明確にスイ個人を攻撃する内容に変化している。
スイのジョブに対する批判や、容姿について、はては性格にいたるまで、どこにそんな気力があるのか、と驚くようなバリエーションで罵詈雑言を並べ立てていく。



「でも、ほら、確かにアイテムは分配って決まってたから、さ」

もはや、どうしたらいいのか分からず、パニック状態のスイを庇うように、ソウタがミルネリアにそう言った。
その言葉に、タカナシやカウスも、頷いて同意を示す。

「そうだな。……そんなにその魔杖が気に入ったのなら、スイさんから買い取ったらいいんじゃないか?」
「ああ」

タカナシの提案に、ミルネリアはあからさまに顔をしかめた。
それを見た周囲の彼女の取り巻き達は、今度はタカナシに攻撃対象を移したようだ。
スイの耳元近くでしつこく鳴り響いていた怒鳴り声は少し収まり、その代わりとでも言うように、タカナシが顔を歪める。

「……五月蝿い奴らだ」

自然に漏れた呟きのせいで、取り巻きたちのタカナシへの悪意を更に煽ってしまったらしい。
大きくため息をついた後、リングを操作して(おそらく彼らのTELLをシャットアウトする機能を使ったのだろう)、彼は小さく頭を振った。






「なになに? なんか揉め事? ていうかスイちゃん、俺の勇姿見てた?」

場の緊迫感を一気に削いで、レイズさんが颯爽と登場した。
ああ、普段ちょっと鬱陶しいとか思っててすいませんでした、レイズさん。
今の貴方は私にとって、かつて無いほどかっこよく見えます。

「揉めてないですよー」
「ああ、レイズ。スイさんと知り合いなんだっけ? ちょっと今、アイテムの分配で揉めててさー」

ミルネリアさんの発言を無視して、ソウタさんがレイズさんに話し掛けた。
美しい顔立ちを歪ませて、ミルネリアさんはソウタさんとレイズさんの両方を睨んだ。
非常に険悪な空気である。

「なんで? ランダムでしょ? 揉める要素なくない?」
「そうなんですけど……」
「うん、なんか、そのアイテム気に入ったから寄越せ、って言ってる人がいてさー」


カウスさんが控えめに、かつ穏便に事情を説明したかったであろう矢先、ソウタさんが割り込んで、どことなく棘のある状況説明を終えてしまった。
また、周囲の男性プレイヤーの一部から、背筋が寒くなるような殺気が飛ぶ。

と同時に、私に「お前が早くミルちゃんにアイテム渡さないからめんどくさい事になっただろ!」という趣旨のTELLがいくつか入る。
何故。理不尽である。


「それないわー。買取でもなく? いや、ないない」
「だよねー」


どんどん緊迫していく場の空気を感じ取っているのか、いないのか、レイズさんとソウタさんは和やかに笑いあった。
……レイズさんはもしかしたら天然なのかもしれないが、ソウタさんは、確実に分かっていてやっている気がする。
ともかくも、ミルネリアさんは黙り込むわ、TELLはますます勢いを増すわで、私はどうしていいのか分からない。


「そういう訳だからさ、ミルネリアさん。スイさんの魔杖が気に入ったなら、ちゃんと交渉して買い取るか、自力でドロップするまで頑張るかした方がいいよ」


ソウタさんは、そう言って、細い目を更に細めて笑った。
ほんわかとした空気をあくまでも崩さずに、ミルネリアさんに向かって確認するように小首をかしげる。

「……分かりましたあ」

私はおろおろとしているばかりで何も出来なかったが、どうやら話は着いたようである。
不機嫌さを隠しもせずに憤然とした様子でミルネリアさんは歩きさり、彼女の取り巻き達もそれに従って、何処かへと消えていく。
ようやくTELLも落ち着いてきて(それでもまだ二三件ある)、私はほっと一息つく事ができた。

「すいません、ありがとうございました」
「いやいや、スイさんが謝ることじゃないよー」
「実に災難だったな。いや、あれは酷かった」


パーティーメンバーに迷惑を掛けてしまった事を詫びつつ、お礼を言うと、彼らは一様に同情の眼差しを向けてきた。
元々、私がミルネリアさんのターゲットを上手く回避できていたなら、彼らを巻き込まずとも済んだのに、と落ち込んでしまう。
魔杖の確認は、ミルネリアさんが居なくなってからにするとか。
或いは、使わず売り飛ばすつもりであっても、装備する、と明言してしまうとか。
いくらでも遣りようはあったのに。


「やっぱりミルちゃんに絡まれたかー、スイちゃん、大変だったねえ」
「……大変っていうより、吃驚しちゃって。皆さんにもご迷惑をお掛けして、ほんとにすいませんでした」

レイズさんの、どこか人事な調子に、こっそり腹を立てつつも、もう一度パーティーメンバーに詫びる。
私も冷静さを欠いていたとはいえ、無関係な人たちを巻き込んでしまったのだ。
本当に申し訳ないなあ、と思いながら頭を下げる。


「いやいや、もうちょっと早く間に入ってあげられたら良かったんだけどねー。
スイさん、いきなり黙り込んじゃうから、心配だったよ。やっぱTELL凄かった?」
「口を挟んだだけの、こちらにも相当来ていたからな。当事者のスイさんが一番大変だっただろう」


ソウタさんとタカナシさんが、気遣うようにそう言うと、カウスさんも同意するように頷いた。

「うはー、やっぱすごいね、取り巻きのTELL攻撃。俺も一度やられたけど」
「レイズのは自業自得だよ。ミルネリアさんにナンパなんかするからだって」

どうやら、ミルネリアさんの取り巻きが攻撃的なTELLを送るのは、今に始まった事ではないらしい。聞いているだけでHPを消費してしまいそうなあのTELLは、ミルネリアさんに敵対行為をしたプレイヤーには必ず送られているのだろうか。
そうだとしたら、すごい気力である。

「ままま、後味悪くなっちゃったけど、お疲れ様」
「お疲れさまです」

ちょっと呆然としながら、考えていると、ソウタさんがにっこりと笑ってパーティーの面々に語りかけた。
全員でお疲れ様、を言い合い、にこにこと微笑みあう。
確かに、後味はちょっと(かなり)悪くなってしまったが、全体的に見れば、楽しいパーティーだった。
自分がほんの少し”赤魔術師”として成長の兆しを見せはじめていることも実感できた事だし。






パーティーメンバー+レイズさんで、ほのぼのと談笑していると、一人の男性プレイヤーが近づいてきた。
どうやら騎士クラスらしいそのプレイヤーは、甲冑の胸元あたりに『竜と錬金』のギルドマークを入れている。腰に差した精霊剣を見るに、恐らくは精霊騎士だろう。
長めの黒髪とマントをそよがせつつ歩いてくる彼は、きつめの目元が特徴的な凛々しい青年である。

「スイさん、か?」
「あ、はい」

パーティーでの動き方なんかを、タカナシさんやソウタさんに教わっていると、近づいてきた(多分)精霊騎士さんが、言葉少なに問いかけてきた。
なんだろう。

「先ほど貴方が手に入れたという、魔杖を売ってもらいたい。構わないだろうか?」
「なんだよ、クロミネ。ミルちゃんにでも頼まれたのか?」
「レイズ、お前には聞いていない」


精霊騎士さん改めクロミネさんは、ミルネリアさんに魔杖の入手を頼まれた取り巻きさんらしい。

…………”精霊騎士”の”クロミネ”さん?

どこかで聞いたことがあるキーワードである。
なんだったっけ、と内心首を傾げつつ、じゃれつくレイズさんを邪険に追い払ったクロミネさんと見詰め合う。


「ええっと……元々売るつもりなので、それは構いませんけど」
「ああ。このくらいでいいだろうか?」

そう言って、クロミネさんが提示した金額は、予想していた金額をかなり上回っていた。
これなら、新しいローブに、サークレットまで新調できるかもしれない。
なんとも有難いお話である。
ミルネリアさんの手に渡ってしまう、という事実に対して自分の中で燻る感情に目を瞑れば、これ以上はないくらいの取引だ。

「はい、よろしくお願いします」
「有難う」

……結局、現金の誘惑に負けた私は、クロミネさんのお話に有難く乗っかることにした。
どうせ、取り巻きさんたちのあの勢いからすれば、この魔杖だって遅かれ早かれ彼女の手に入ってしまうのだ。
それなら、せめて高く売れるうちに売り払ってしまった方が利口である。

「では、迷惑をかけてすまなかった」

取引を終えると、クロミネさんは悠然と歩きさっていった。
実に真っ直ぐ伸びた背筋が、見ているだけでも気持ちのいい、完璧なウォーキングである。

「……クロミネもなあ……」
「サブマスが女に狂っちゃ、ギルドの秩序も保てる訳ないよね」



――――思い出した!
精霊騎士の、クロミネさんといえば、ギルド『竜と錬金』のもう一人のサブマスターだ。

ソウタさんがどこかシニカルな微笑みを浮かべて言った言葉に、先ほどから引っかかっていた事がようやく思い出せた。
と、同時に、なんとなく遣る瀬無くなってしまった。




ソーヤさんが”除名”しようにも出来ない、と言っていた言葉の意味が分かった。
ギルドマスターならば己の判断一つで、”除名”を実行することができるが、サブマスターは「二人以上の」同意がなくては”除名”の実行はできない。
ギルド『竜と錬金』の現在のサブマスターは、ソーヤさんとクロミネさんの二人である。

先ほどの様子からして、クロミネさんがミルネリアさんの”除名”に同意するとは思えない。
取り巻きの面々は、「ミルネリアさんの為」に動いているのだから、彼女を”除名”すれば、ギルドの揉め事は一気に減るというのにも関わらず、”除名”することはできない。
彼女自身が脱退を希望しないかぎり、彼女がギルドから去ることはないのだ。

きっとミルネリアさんは今までにも、さっきのようなゴタゴタを巻き起こして来たのだろう。
そしてその度に、クロミネさんが密かに動いて、事態の沈静化を計っていたのだろう。
「サブマスター」の後ろ盾があるのなら、取り巻きさん達も図に乗るはずだ。

ソーヤさんが苦虫を噛み潰したような顔で「いっそのこと除名できれば」と言っていた気持ちが、分かるような気がする。




「俺らも最初はね、ミルちゃんなんとかしようって頑張ってはみたんだけどね」
「レイズは何もしてないよ。頑張ってたのは僕ら」
「……まあ、でも、やっぱり甘やかして大事にしてくれる方が居心地よかったんだろうね。
結局、取り巻き連中にちやほやされるのに慣れきっちゃってね」

しみじみと、ソーヤさんの苦労に思いを馳せていると、レイズさんとソウタさんが、漫才のようなやり取りながらも、真剣にミルネリアさんについて話し合っている。

「パーティー組んでつくづく分かったよ。全然成長してないね。色々アドバイスとかもしてたんだけど、やっぱり無駄だったかも」
「お疲れさーん」
「レイズはいいよね、気楽にソロ狩りして、賞金まで貰えたんだからさ」

ソウタさんはそう言って、アサシンマスターの装備である暗器でもってレイズさんをつついた。
半端じゃなく痛そうな、それでいて激怒するまでには至らない、陰湿な攻撃である。
案の定、レイズさんは恨みがましくソウタさんを見つめつつ、ぶつぶつと呟いた。

「……酷くね?……八つ当たりじゃん」

レイズさんの恨み言は、ソウタさんに引き取られること無く、ミネルバ・エリアに流れていった。





そんな彼らのやり取りを見守りつつ、ついついミルネリアさんの事を考えてしまう。


ミルネリアさんだって、最初から今の「お姫様」ではなかったのだろう。
自分を大事に大事に甘やかして、望めば何事も叶えてくれるような、そんな取り巻きの彼らと出会わなければ、或いは。
彼女はもっと純粋にこのゲームを楽しんでいたかもしれない。


勿論、今のままでも「楽しい」だろうが、それはきっと自由のない楽しさだろう。


それに私だって、もしもリュウザキさんやソーヤさんと出会う前に、彼女の取り巻きのように甘やかしくれる人に会っていたら、もしかしたら第二のミルネリアさんになっていたかもしれないのだ。
甘やかされてちやほやされて、それが当然になったら、その誘惑に抗いきれる人間がどれだけいるだろうか。

誰だって、厳しく耳に痛い言葉が、自分の為になることは知っている。
けれど、甘く快い言葉は、その何倍も中毒性が高いのだ。




先ほどの、勝手な言い分と行動には、ほとほとあきれ返ったものの、ミルネリアさんにも同情できる点はある。
ムカムカする気持ちは、やっぱりあるが、なんだか可哀想な人にも思えてしまう。

だからといって、私に何が出来るという訳でもないのだが。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その2-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/23 21:36



「スイさん? 今大丈夫ですか?」


ぼんやりと宙を見つめながら思考の海に沈んでいた私を、現実に引き戻すかのように、懐かしい声が響いた。

「え……え? ハリスさん? お久しぶりです」
「お久しぶりです、なんだか”戦いの時代”にいらしているみたいですけど」
「あ、はい。今ギルドイベントが終わったとこです」

突然の囁きTELLの相手は、なんともお久しぶり、の元「文官」ハリスさんだった。
そういえば、彼は”戦いの時代”で参謀をしているらしい。
私が戦いの時代に来ていたことを知って、連絡をくれたのだろう。

「おや、ギルドに加入されたんですか? おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「久しぶりですし、折角だから何かご馳走しますよ」

ソロプレイ脱出のお祝いに、とハリスさんはからかうように言った。
微妙に腹だたしく、かといって怒るに怒れない言葉運びは、紛れも無く彼独自のものである。

「いいんですか?」
「ええ、このあとご予定がないのでしたら」


私がTELLを貰ったことが分かったのだろうか。
パーティーメンバーの皆さんが、どことなく心配そうにこちらを見ている。
とりあえず、害意のない相手からのTELLだと伝える為、にこにこと笑いながら言う。

「”戦いの時代”にいるフレンドから、お誘いがあったんですよー」
「スイちゃんが、まーた攻撃TELLにあってるのかと思って、心配しちゃったよ」
「ああ」

レイズさんがおどけたように笑うと、場の空気が一気に和やかになった。
ちょっぴり鬱陶しい人ではあるが、貴重なムードメーカーである。

「せっかくだから、行ってきたら?」
「気分を変えるのも、いいと思うぞ」

口々にそう言ってくれた皆さんのお言葉に甘えて、私はハリスさんのお誘いを有難く受けることにした。



手を振って皆さんとお別れをし(なんとパーティーメンバーとはフレンド登録をして頂いた!)、私は”フライト”でもってハリスさんとの待ち合わせ場所である、”戦いの時代”のゲートへ向かった。







「ハリスさん!」
「やあ、スイさん。ジーク・眼鏡!
「……なんですか、それ」

久しぶりに会ったハリスさんは、相変わらず美青年だった。
トレードマークでもある眼鏡には、キラキラと輝くチェーンが下げられていて、なんだか一気に”参謀”の雰囲気が出ている。
装備も、以前のような中世貴族ルックから、軍服のようなスーツ(に近い形の、より複雑な構造の服)姿で、これまた女子受けの良さそうなスタイルである。
きっと戦場でもきゃーきゃー言われている事だろう。


「流行らせようと思って、私の部下には強制的に行わせている挨拶です」
「……やめてあげましょうよ」


……もしかしたら、あまりきゃーきゃー言われていないかもしれない。
ハリスさんは、相変わらずちょっと変な人だった。
折角美形なんだから、あまり奇矯な振る舞いに及ぶのは控えてもらいたい。
ハリスさんにときめいてしまった女子の、幻想を打ち砕かれた嘆きが聞こえてくるようである。

「まあ、それはともかく。……本当にお久しぶりですね、スイさん」
「はい。ハリスさんも”参謀”クラスは順調みたいですね、おめでとうございます」

部下を持っている、ということは、ハリスさんは既に一番下の”小隊参謀”からは抜け出したのだろう。
まあ、ハリスさんがいつまでもそんな所で燻っているとは想像していなかったが、それにしても凄い出世速度である。

「ありがとうございます。スイさんも、ギルド所属おめでとうございます」
「どうもです。ついにこのローブにも、ギルドマークが入ったんですよ!」

ハリスさんがにこにこと笑って私のギルド加入を祝ってくれたので、私も嬉しくなって、ローブの端をつまんでギルドマークを指し示す。
と、私のギルドマークを覗き込んで、ハリスさんは少し顔を曇らせた。

「スイさん、……いえ、食事にしましょうか」


何か言いかけたハリスさんは、そのまま言葉を飲み込み、私を促した。
何がなんだか分からないが、ともかくも、彼に促されるまま、私達はゲートから移動を始めた。





“戦いの時代”においての戦争とは、二つの軍が一つの土地を奪い合う為に行う争いの事である。
時間や参加人数、プレイヤーのレベルやスキル等、様々に制限された「戦場」において、より多くのプレイヤーを倒し、敵の拠点にダメージを与えた方が勝利し、その土地を得る。

他の時代ではできないPK(プレイヤーキルの略で、プレイヤー同士の殺し合いの事)ができるため、対人戦が好きなプレイヤー達がシノギを削る時代だ。
また、単純な力押しや個々人の技量の他に、陣の形や人員の配置も要になるため、頭脳戦が好きなプレイヤー達も数多くひしめいていた。
その分クエスト等の要素が薄いが、やはり人と人とのぶつかり合う「戦いの時代」は活気に満ちて、かつどこか危険な空気を漂わせている。

スイ達は、中立地帯の都市の喫茶店で食事を取ることになった。
ハリスは既に軍に所属していた為、その軍の占領地域、もしくは本国にしか移動することができず、かといって軍に所属していないスイは、軍の拠点になるような場所には移動できなかった為だ。
"戦いの時代"の地理やシステムに疎いスイは、ハリスのその説明をいまいち理解し切れなかったが、とりあえず彼の案内に従ってその喫茶店に向かう事になった。





喫茶店「プリンセス」よりは格段に喫茶店らしい、その店は、しかしこちらも喫茶店と言い切るには難しかった。
どちらかといえば、古きよき酒場のような雰囲気のある、年季の入った佇まいである。
キイキイと鳴る、厚い木製の扉を開けると、飴色のテーブルと、椅子の代わりに置かれた樽が所狭しと並んでいた。

時間帯を外しているらしく、店内には人影もまばらである。
バーカウンターで不機嫌そうにグラスを磨いていたバーテンは、低い声で呟くようにいらっしゃい、と囁いた。
まるで古い西部劇のワンシーンのようだ。



「さて、何にしましょうか」
「……ハリスさん、手馴れてますね」
「ここには良く来ますから」

どことなく柄の悪い空気にも、全く臆することなく、ハリスさんは言い切った。
喫茶店「プリンセス」といい、つくづく謎の多い人である。

「おすすめは、本日のパスタですね」
「ああ、じゃあ、私はそれで」

にこにこと微笑んだまま、ハリスさんはメニューを覗くともなく、さらりと言った。
どうやら、本当に通いなれているらしい。
「プリンセス」も、内装はともあれお味は非常によろしいお店だったので、ハリスさんが言うのなら間違いないだろう。
素直におすすめを選ぶと、ハリスさんは嬉しそうに笑った。

「じゃ、本日のパスタ二人前で」
「お願いします」

やたらと露出度の高いウェイトレスのお姉さんは、どこか気だるげに注文をとると、厨房の奥に引っ込んでいった。



樽型の椅子、というか樽は、最初のインパクトとは裏腹に、ごく普通に椅子としての機能を保っていた。すわり心地は正直良いとはいえないが、少なくとも、座っていられない、という程でもない。
薄暗い店内に、ぼんやりと瞬く照明は淡いオレンジ色をしている。

夜目遠目傘の内、では美しさが増す、と言うが、淡い光に照らされたハリスさんは、普段の三割り増しほど男前である。
憂いがちに考え込んでいるのが、尚更ポイントが高い。



「スイさん」
「…………は、はい」

考え込んでいたハリスさんが、ふいに私に呼びかけた。
うっかり美形に見惚れていたため、ちょっと反応が遅れてしまう。

「先ほどの……ギルドマークの件なんですが」
「あ、はい」
「スイさんは、初めて”暗闇の時代”にいらした時に、絡まれた四人パーティの事を覚えていますか?」


…………?
ギルドマークと、四人パーティの話がどう繋がるのか分からず、首を傾げる。
インパクトだけは強かった、あの弓使いさん達のことは、勿論覚えていた。
たまに街で見かける度に、気まずくなって避けていたので、余計に印象深いのだ。


「あの初心者パーティが、悪質なMPKにあって命からがら逃げ出したところだった、というのは?」
「覚えてます」
「実は、その時MPKを仕掛けたプレイヤー達は、スイさんと同じギルドマークをつけていたようです」

嘘だ。
と、一瞬否定したものの、ハリスさんが嘘を言っているようには見えない。
それに……心当りも、なくはない。
というか、十中八九、ミルネリアさんと彼女の取り巻きさん達の仕業だろう。

「ギルドマークは……、同じものは存在しません」
「はい」
「見間違いだったという可能性もあるにはありますが、ね」

ハリスさんはそう言うが、見間違う可能性は実質殆ど無いと言っていいだろう。
何しろ、『竜と錬金』のギルドマークは単純明快な図案なのだ。
大きく翼を広げた竜、それに賢者の石、どちらにしても見間違う、という事はありえないほど特徴的かつ分かり易い図柄である。

「彼らは、狩場がかち合ったという理由で、しつこく退去を要求されていたらしいのですが、それを無視して隅でこっそり狩っていたらしいんですね」
「…………」
「そうこうしているうちに、いきなりMPKにあった、という事らしいんですが」

その退去を要求したプレイヤー達のギルドマークが、スイさんのものとどうやら同じ物のようです。
ハリスさんは、どことなく怒ったように淡々と続けた。
私は、何と言っていいのか分からなかった。



ハリスさんの話によると、彼らの間では「ミル」「ミルちゃん」と言った名前が飛び交っていたらしい。
もう、間違いなくミルネリアさん達の仕業である。

その事実に、私は正直な所、驚きを隠せなかった。
確かに彼女とその取り巻きさん達ならそれ位はやりかねないだろう。
しかし、まさか本当にそんな行為に及んでいたとは思っても見なかった。
私はてっきり、ミルネリアさんがワガママや悪意をぶつけるのは、ギルド内に限ってのことだ、と思い込んでいた。

言い方は悪いが、ギルドメンバーはある意味「身内」だ。
ある程度気安くなるし、ワガママも多少は許される間柄だ(限度はあるが)。
しかし、全く関係のないプレイヤーにまで迷惑を掛けているとなれば、話は別だ。
言いたくはないが、酷く悪質な行為である。



「……スイさん?」

ハリスさんに、気遣わしげに覗きこまれても、私は答えることが出来なかった。
先ほどまで、「仕方ないな、可哀想な人なのかもしれないな」と思っていたミルネリアさんに、今は明確な嫌悪感を抱いてしまう。

「酷いですね、それ……」
「そうですね。四人パーティーの方には、後日お詫びがあったらしいですが」



クロミネさんだ。
何の確証もないというのに、私は勝手に決め付けてしまう。
だが、先ほどの私とのやり取りで見せた彼のお手並みからして、間違いないだろう。
ミルネリアさんに対するフォローが、妙に手馴れていた。手馴れすぎていた。

クロミネさんは、経験値の補填だろうが、賠償金だろうが、レアアイテムだろうが、どうにかする事は容易いレベルのプレイヤーである。
「お詫び」と称してそれらを行えば、初心者パーティーも、強くでる事はできなかったに違いない。かといって、それで全てが終わる訳ではないのだ。
弓使いさん達が、理不尽な理由でMPKにあった事も、ミルネリアさん達がそれを行ったことも、全部無かった事になる訳では、当然ない。

あの四人パーティーは、これからも狩場がかち合う度に、MPKの恐怖を思い出すだろう。
ミルネリアさん達だって、表立っては騒ぎにならなかったのだから、そうした行為をやめたりはしないだろう。やめるという発想すら浮かばないかもしれない。


何か底知れない、ふつふつとした怒りにも似た感情が沸いてくる。
上手く言葉にできないが、それは、やっちゃ駄目だろう。
例え、クロミネさんが本心からミルネリアさんを思ってした行動であろうとも、それはいけない。
本当に彼女の事が大事なら、もっと違うやり方があるはずだ。



本格的に黙り込む私を、ハリスさんは心配そうに見ている。
それに、大丈夫、とも気にしないでください、とも言えず、私はただ俯いた。

「これは……、言おうか迷っていたんですけど」
「…………」

下を向いている所為で、ハリスさんの表情は分からない。
分からないが、それでも声だけで、彼が本当に迷っていることが分かった。
彼が真面目に話す時の癖である、テーブルをこつこつと指で叩く仕草を、見るともなしに見つめる。

「実は私は、元『竜と錬金』のギルドメンバーだったんですよ」
「ええっ!?」

思いも寄らない告白に、俯いていた顔を上げると、ハリスさんは困ったような顔で笑っていた。
少しだけ伏せられた目はどこか寂しげで、嘘をついているようにも、冗談をいっているようにも見えない。
それに、彼は元々この手の冗談を言う性質の人ではない。

「一旦引退して、また復帰した訳なんですけどね」
「そうだったんですか……」

なんとも不思議な繋がりである。
暗闇の時代で私が一番初めに出会ったハリスさんは、実は『竜と錬金』の元ギルドメンバーで、私は『竜と錬金』の現ギルドメンバー、という事だ。

「私が居た頃の『竜と錬金』では不可抗力はともかく、故意のMPK騒ぎなんて絶対にありませんでした」

一体、今はどうなっているんでしょう、とハリスさんはどこか寂しそうに続けた。
きっとハリスさんが所属していた頃には、ミルネリアさんは居なかったか、もしくは今ほど花開いてはいなかったのだろう。
答えることが出来ずに、再度俯く私を、ハリスさんは責めなかった。






「そういえば、ソーヤは元気ですか?」
「……ふぁい」

黙り込んだ私たちの席に、先ほどの無愛想なウェイトレスさんが大盛りのパスタを運んできた為、一旦食事を取る事になった。
山盛りのパスタは大変美味だったが、何しろ量が多かったので、黙々と減らしていく。
キノコを飲み込みながら、ハリスさんの問いかけに応えると、おかしな発音になってしまった。

「彼女、まだサブマスターですか?」
「ですねー」
「リョウはダイブを休止してしまっているし……、やはり、彼女に話を通しておくべきでしょうね。それと、クロミネにも」


リョウ、というのは、ダイブを休止しているギルドマスターさんの名前である。
どこか懐かしそうにその名前を発音したハリスさんは、一転して気難しげに眉を寄せながら呟いた。

……クロミネさんともお知り合いなんですか、ハリスさん。
なんとなく、ついさっき知ったばかりの彼の情報をそのまま伝えるのは憚られて、私はパスタを飲み込むことで、喉元までせりあがっていた言葉を誤魔化した。
実はクロミネさんも、MPKの一件に関わっているかもしれません、なんて、珍しく気弱に見えるハリスさんに言えるわけがない。


「そうですね……、また、何かあった時の為にも」
「ええ、後で連絡をとってみましょう」
「私も、その、お話しておきます」


全く無関係、かつ罪の無いプレイヤーに(罪があればいいとう訳でもないが)、MPKを仕掛けてしまうような集団である。
そんな彼らに、ギルドの評判を落とされてはかなわないし、何よりも人のゲームを妨害するのはあってはならない事だ。
『竜と錬金』のギルドスペースでソーヤさんに言われた「我々と一緒にゲームを楽しんで欲しい」という言葉に少なからず感動した私にとって、そんな事態は非常に不愉快である。

無言でパスタを頬張りながら、私は密かに、初めてミルネリアさんとその取り巻きに敵意を燃やした。






「では、スイさん、お気をつけて」
「ご馳走様でした」
「いえいえ」

なんだかんだと、それなりに楽しく会食は終わり、ハリスさんと別れることになった。
前半は真面目かつ重い話題に終始してしまったが、やはり、久しぶりに会うフレンド、自分達の近況や噂話で思いの他盛り上がった。
特に、キールさんの騎士昇格で盛り上がったのは言うまでも無い。

「また遊びにきてください」
「はい」

ハリスさんはにこにこと微笑みつつ、手を振った。
私もそれにならって手を振り返す。
すっかり和やかな雰囲気ではあるが、私にはこの後、ちょっと憂鬱な仕事も待っている。
ソーヤさんに、ハリスさんから聞いた話を伝えなくてはならないのだ。
気苦労の多い彼女に、更に気苦労の種を持ち込むのは気が引けるが、致し方ない。

「じゃ、ハリスさん、ありがとうございました」
「いえいえ」


“テレポート”を発動させている途中で、ハリスさんの口が「ジーク・眼鏡」という形をとっていたのは、私の気のせいだろう。
いや、気のせいに違いない。つくづく色々と勿体無い人である。












[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その3-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/24 22:22




ギメド『竜と錬金』のギルドスペースは、常ならば活気に満ちた空間なのだが、やはり今日はギルドイベントがあった翌日ということもあってか、どこか閑散とした雰囲気である。
いつも、その無秩序な内装に負けないほどに賑やかな声が響いている『広場』にも人はまばらで、その人々も各々好きに寛いでいるせいで、ゆったりとした空気が流れていた。

大きなイベントが終わった所為か、どことなく気の抜けた様子のギルドメンバーに、小さく挨拶をしながら、スイは目的の人物を探して広場をうろついた。
大抵は『広場』の何処かで小難しい顔をして考え込むか、はたまた本を読んでいるか、のその人物は、今日は意外な事に談笑中だった。

話しかけていいものやら迷いつつ、スイは二人をしばらく見つめていた。
が、そのうちに二人ともがそんなスイの様子に気づいたらしく、小さく手を振って彼女を呼び寄せる。






「スイちゃん、どうしたのお?」
「何かあったか?」

談笑していたリュウザキさんとソーヤさんから、一転して真剣な眼差しで問い詰められた。
そんなに分かり易い顔をしていただろうか。
それとも、彼女達が特別に聡いのか。その両方、という可能性も捨てきれないが。

「あの……、ミルネリアさんのことで、少し」

小さく呟くように言った私の言葉に、二人の空気は一気に硬直した。
ソーヤさんの眉間の皺が普段の三割り増し深く刻まれ、リュウザキさんは困ったように眉を下げた。
折角楽しそうな雰囲気だったのに、本当にすいません。
そう思いながらも、やはり伝えるべきことは伝えなくてはいけない。私は重くなる口を無理にこじ開けつつ、二人にハリスさんの話と、私の考察を伝えた。

「それで、そのMPKしたっていうのが、多分ミルネリアさん達で……、その後にフォローしに行ったっていうのは、クロミネさんの事だと思うんです」
「……なるほど」

ものすごい低音で、ソーヤさんが応える。
また頭痛の種が増えてしまったようだ。つい昨日のイベントでの、楽しそうな彼女の姿を見ているだけに、胸が痛い。

「ていうか、ものすごく性質悪いわね」
「……ああ」

リュウザキさんは、ほとほと呆れ返った、とでも言う様に嘆息しつつ、きっぱりと言い切った。まだ確証のない話なのだが、日頃の行いの所為だろうか。
どうにもすんなりとミルネリアさん達の行為は「事実」として受け止められてしまったようだ。

「でも、あの……証拠はない話です。ただ、もしかしたら事実かも知れないので……」
「分かっている、大丈夫だ。この話を盾に退会を迫ったりはできないだろうしな」

私が付け足すと、ソーヤさんは小さく頷いて言った。
やっぱり退会させたいんですか、サブマスター的には。しかしそれもまた、むべなるかな。
次から次へと降って沸くミルネリアさん関連のゴタゴタに、ソーヤさんは相当気力を消費しているに違いないのだ。


「それに、実はこの手の話を聞くのは初めてではないんだ。以前にも、似たような噂が立った事がある」
「ああ、あったわねえ」
「その時にも、決定的な証拠が無かった所為で、注意する程度の事しか出来なかったが。しかし、こう何度もきな臭い噂が出るのは、やはり問題だな」


ソーヤさんは苦渋に満ちた顔で唸った。
全くもってお気の毒である。それにしても、ミルネリアさん達には随分と黒い噂が付いてまわっているようだ。

「そんなに、何度も騒ぎになったんですか?」
「騒ぎになった……というよりは、騒ぎになる前に巧妙にもみ消されていた、という方が正しいな。その所為で、当事者も曖昧でいまいち問い詰める事ができなかったんだ」

聞けば聞くほど、根が深そうな話である。
“混沌の迷宮”でソロ修行に明け暮れていた私は、ギルド事情にあまり明るくない。
初めて聞いた『竜と錬金』のギルドの内情は、思ったよりも暗雲が立ち込めているようだ。
自然と暗くなった場の雰囲気を打ち消すように、リュウザキさんが明るい声で問いかけた。


「ていうか! アタシ的には元ウチのギルドメンバーっていう情報提供者のほうが気になるわあ。一旦引退して、復帰したって事はもう名前も違うのかしらねえ?」
「あ、それは言ってました。あと、ソーヤさんにでも連絡とってみるって」


リュウザキさんは、どうやらハリスさんの事が気になるようである。
ハリスさんは、元々育てていたキャラクターを消して引退し、その後に作り直したキャラクターでプレイしているらしいので、恐らく名前も当時のものとは違うのだろう。
更に言うのならば、きっとジョブも違うはずだ。

前衛アタッカーのハリスさん、というのは想像しづらいが、頭脳系支援職であればどれも大体似合いそうな気がする。
今度、引退前には何をやっていたのか聞いてみよう、と思いつつもソーヤさんを伺う。


「そうか。いや、ありがとう。知らせてくれて助かった」

ちっとも助かっていない表情で、ソーヤさんは私を労った。
どこか固い決意を覗かせる彼女の灰色の瞳が、鈍く光る。
正直な所、私はソーヤさんにこの話をするべきか、否かを今の今まで迷っていた。
何しろ、MPK騒ぎに、サブマスターの暗躍に、常から頭の痛いミルネリアさんまで関わって(むしろ彼女がメインのような気もするが)いるのである。
話がややこしくなる要素が揃いすぎていた。

「とりあえず、その元ギルドメンバーからの話も聞いてから、クロミネと話し合ってみよう」
「あら、大丈夫なの? あの子、ちょっと捻くれてるから、正攻法で言っても意地になっちゃうと思うわよ?」
「…………クロミネを、そんな風に表現するのはお前くらいだろうな」

リュウザキさんは、ソーヤさんの呆れたような眼差しにも全く動じずに「だって本当だもの」と澄まして言った。
どうやら、リュウザキさんはクロミネさんに、色々と含む所があるようである。

「とにかく、サブマスター同士がいがみ合っていても仕方ないからな。どういうつもりであの問題児と取り巻き連中を庇うのか、とことん聞いてみよう」
「……うーん」


ソーヤさんの前向きな提案にも、なんだかリュウザキさんは浮かない顔だ。
やはり、リュウザキさんだけが知っている何かがあるのだろうか。
俯きがちな彼女の薔薇色の頬に、桃色の髪が覆いかぶさって、まるで桜の花びらに溺れているかのようだ。
なんとはなしに切なげ、かつ苦しげな表情をしたリュウザキさんは、やがて搾り出すように言った。


「あのね……、ほら、リョウも言ってたでしょ? ”ゲームは楽しく”って。口癖みたいにいつも言ってたから、私たちにもいつのまにかうつっちゃったじゃない……」
「ああ」

ソーヤさんが、どこか懐かしむかのように宙を見やる。
現在はダイブしていないギルドマスターさんではあるが、やはりその影響力は根強いようだ。
初めて会った時にソーヤさんが私に言った言葉も、元は彼の口癖だったらしい。
どんな人だったのかなあ、と思いを馳せていると、リュウザキさんは囁くように続けた。

「そう、なんだけどさ。実際このゲームってゲームだけど、偶にリアルよりもいいなって思う時があるのよね。アタシだって、リアルじゃゴツい男の身体してるけど、ここじゃこんなにキュートでしょ?」
「……ああ」

リュウザキさんは茶化すようにウィンクしたが、それでも彼女の真剣な雰囲気は変わらない。
ソーヤさんも、どういった反応をしていいのか分からなかったらしく、ただ頷き、続きを目で促した。

「それでね、アタシ、前にちょっとだけ、クロミネにリアルの事、聞いたことがあるのよ。……あの子、なんていうのかしらね、リアルじゃ割とコンプレックスの塊みたいなのよね。
“人から頼りにされる自分”に、今もの凄く酔っちゃってるんだと思うの。ミルネリアがどうとかより、あの子の行動の指針はそこなんだと思うわ」
「だが、クロミネはサブマスターだろう? ギルドマスターがいない今、ギルドで頼りにされる存在の筈だ。が、奴は結局の所、あの問題児を選んだ。違うか?」

リュウザキさんは目を伏せて、一気に言い切ると、小さく息をついた。
彼女の言葉に、ソーヤさんは納得いかない、というように問い返す。
どちらも、どことなく苛立っていて、かつなんとはなしに寂しそうである。


「……ちょっと違うわね。いいかしら? もう一度言うけど、クロミネはね、コンプレックスの塊なのよ。あの子の中では、”サブマスターとして頼られている”のは、自分じゃなくソーヤなのよ。実際そうでしょ? ギルドメンバーは大抵ソーヤの所に問題持ち込むじゃない」
「だが……」
「そこ行くと、ミルネリアはクロミネを一番に頼るでしょ? 嬉しかったんでしょうね、あの子。随分いろいろと世話焼いてるみたいだもの。余計なお世話でもあるけど」


畳み掛けるように言ったリュウザキさんに、ソーヤさんの反論はかき消された。
まだ得心がいかないらしいソーヤさんは、小さくため息をついて首を振る。

……ソーヤさんには、確かに分からないかもしれない。
私は二人の言い合いを見ながら、心の中で呟いた。
ソーヤさんには分からないのだろう。誰かに頼られる、という甘い蜜の味は。
それは彼女の天分であり、人が望んでもなかなか得ることの出来ない美徳である。
しかし、世の中はそこまで出来た人間で構成されていないのだ。


「……私には、理解できないな。自分を信頼しているギルトメンバーを裏切ってまで、あの問題児の尻拭いをすることを選ぶなど。考えもつかん」
「ソーヤは、それでいいのよ。多分ね」


きっとクロミネさんも、ギルドのサブマスターとして頑張っていたのだろう。
だが、サブマスターとして頼られているのは、私も知っている通りソーヤさんである。
色々と鬱屈がたまってしまう気持ちは、分からないでもない。
嫉妬や妬み、という感情は抑えようとして抑えられるものではないのだ。
元より”コンプレックスの塊”だったというクロミネさんなら、それは尚更だろう。
だからと言って、ミルネリアさんを甘やかす、というのは少し違う気もするが。


「ともかく、一度情報を確認して、クロミネと膝を詰めて話してみよう。スイ、ありがとう。迷惑を掛けてすまなかったな。昨日のイベントでも彼らと揉めたと聞いた」
「そね、レイズがなんとか言ってたわ」

白い髪を神経質に整えたソーヤさんが何かを断ち切るように、そう言った。
灰色の瞳を伏せ、小さく頭を下げた彼女は、やはりどこまでもサブマスターである。

「気にしないでください。……その、厄介事持ち込んじゃってすいません」

私も、ソーヤさんに合わせるように頭を下げる。
大きなイベントがようやく片付いたというのに、またもや頭の痛い問題を彼女に押し付けてしまったのだ。ものすごく申し訳ない。
彼女自身にも”このゲームを楽しんで”もらいたい、等と思っているのに、私ときたら結局ソーヤさん頼りのソーヤさん任せである。

「いや、構わない。気にするな、スイ」

少しだけ緩めた声色で囁くと、ソーヤさんは立ち上がり、広場を去っていった。






「スーイちゃん」
「……っ! な、なんですか、リュウザキさん」

足早に去る彼女を見送りつつ考え込んでいると、いつのまにかリュウザキさんのアップが迫っていた。
いくら可愛らしくとも、こうも間近で見ると中々に心臓に悪い。

「何考えてたのお?」
「ええっと……ソーヤさんとクロミネさんのことです」

なんだか誤魔化す気も起きず、素直にそう告げると、リュウザキさんは小さく笑った。

「……あの二人、性格は正反対だけど、その分バランス良かったのにね。なんでこんなになっちゃったのかしら」
「…………」

どこか自嘲気味にそう言ったリュウザキさんは、今までで一番寂しそうだ。
つい最近加入した私には知りえない、彼らの歴史に、私までなんだか切なくなってしまう。
今は袂をわかってしまったらしい二人だが、それまでは一緒にこのゲームを楽しんでいたのだろう。

「正直アタシ、クロミネの気持ちも分からないでもないのよ。リアルじゃ無理ならせめてゲームの中でくらい、って気持ち。リアルのアタシじゃ、いくら可愛い服着ても可愛くならないんだもの」

クロミネだって、ゲームの中でくらい、自分を一番に頼ってくれる人が欲しかったんでしょうね。
リュウザキさんの呟きは、かつて無いほど弱弱しく、切なげに響いた。


「でも……だからって、やっちゃいけない事って、あると思います」
「うん、そうよね」


クロミネさんのリアルは知らないが、例えリアルでどれだけ不遇であったとしても、ゲームの中で好き勝手していい訳はない。実際は、好き勝手しているのはミルネリアさんの方だが、それを助長している彼もまた、ある意味同罪である。
そう考えていた私の気持ちは、リュウザキさんの寂しげな横顔だけで、潰れてしまいそうになるが、なんとか堪えて、言葉を紡ぐことに成功した。


「クロミネさんが、リアルで酷い目にあっていたとしても、それを関係ないゲームに持ち込むのは、違うと思うんです。
……リュウザキさんだって、もっと可愛い外装にできたかもしれないのに、違法パッチとかは使わなかったじゃないですか」
「そうねえ。……でも、それってちょっと酷いわよ、スイちゃん。アタシは今でも十分可愛いわ! それに、もしかしたらもう使ってるかもよ?」

リュウザキさんは少し怒ったように、しかしどこか悪戯な微笑みを貼り付けて言った。
どうやら、少し気分は浮上したみたいだ。

「リュウザキさんは、そんなことしませんよ」
「スイちゃんに分からないだけで、してるかもよ?」

言い切った私に、彼女はどこかからかうように、口元を吊り上げてこちらを見つめる。
どこか挑戦的なリュウザキさんに、私は内心戸惑いつつ、けれど本心をそのまま口にした。

「リュウザキさんはそんな事しないし、もしそんな事してたら全力で止めます。違法パッチ使用でアカウント停止された、なんて理由で大事な友達を失くすのは嫌なので」
「……スイちゃんって、たまーにもんの凄く可愛い事言うわよねえ」

私の言葉に、リュウザキさんは驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに笑った。
やっぱり彼女には、この底抜けに陽気な笑顔が良く似合う。
照れ隠しらしい頭突きは少し痛かったが、なんとも幸せな気分で、私も笑った。






にこにこと笑い合っていると、音も無く忍び寄った誰かに、いきなり抱きすくめられた。

「――――っ!」
「スイちゃん、何してんの?」
「……アタシと楽しくお話してる以外にどう見えたのか教えて貰いたいもんだわ」

案の定、私に抱きついてきたのはレイズさんだったらしい。
相も変わらずスキンシップの激しい人である。腕の中でもがいていると、ますます強くホールドされる。

「ジタバタされると、ますますやりたくなるよね、こういうのって」
「……知りませんよ、そんなの。いいから離して下さい!」
「あーもう、いいから離してあげなさいよ、レイズ」

必死の攻防と、リュウザキさんの援護のおかげで、私はようやくレイズさんの腕の中から抜け出した。
下手な戦闘より体力を使った気分である。

「んで? 二人して何の内緒話? スイちゃん、俺の情報収集なら、俺に聞いてくれればいいのに。大丈夫、スイちゃんのお誘いなら断ったりしないよー」
「馬鹿なこといってんじゃないわよ、アンタの話なんかする訳ないでしょ」


そんなに照れずに、もっと素直になって欲しいな。
レイズさんは、リュウザキさんのキツい眼差しにもめげずに、私の手を握って囁いた。
相も変わらず、なんというか、調子のいい人である。
そう思いつつも耳元で囁かれた言葉に、なんだか動揺してしまう。
変なフェロモンを持ったレイズさんに言われると、たかがゲームの「お誘い」であるにも関わらず、妙に生々しいのだ。


「……えっと、クロミネさんの事を話してたんですよ」
「えええ、何それ、浮気? 俺ショックで泣きそうだわー」

よよ、と泣き崩れるふりをするレイズさんは、今日もちょっとだけ鬱陶しい人である。

「まあ、それは冗談にしてもさ。クロミネって、今はあんなんだけど、頼りになる奴だったんだよなあ」
「そうね。ソーヤとかリュウとかは二人とも一般人とはちょっとズレてたから、クロミネがいい緩和剤だったわ」
「いいトリオだったよなあ。バランス良くてさ。リュウが居なくなってからも、ミルちゃん来るまでは上手くやってた筈なんだけど」

リュウザキさんとレイズさんが語る、私の知らないクロミネさんは、なんだかとてもいい人のようだ。
昨日のやり取りでもちらりと伺わせたが、やはりクロミネさんは元々は常識的なプレイヤーさんだったらしい。

「ソーヤは、自分が出来るプレイヤーだから、出来ない人間に対してちょっと冷たいのよね。まあ、どっちかっていうと、どうして出来ないのか理解できない、って方が正しいんでしょうけど」
「ああ、あるある。ソーヤはなんかちょっと神経質で完璧主義のとこあるもんな」
「それは……ソーヤさんのいいとこだと思いますけど」

私が口を挟むと、二人は揃ってやれやれ、とでもいうように首を振った。
なんだか馬鹿にされているような気がして、ちょっと腹が立ってしまう。

「ま、ね。ソーヤのいいとこでもあるし悪いとこでもあるのよ。そのへん」
「実際ついていけないってメンバーも結構いたしな。その辺は、クロミネが上手く調整して、フォローしてたからなんとかなってたんだけど」


……そう言われると、なんだか納得してしまう。
ソーヤさん自体が化け物じみたプレイヤーであるが故に、他人に求めるハードルも高くなってしまうのだろう。実際、私に出された課題も中々に無茶な内容だった。
それについていけない、というギルドメンバーだって、きっといたのだろう。


「ほんとに、わりと理想のコンビだったわよね。クロミネ自身は、リュウやソーヤほど強くなかったけど、その分ちゃんと周りが見えてたから、フォローも上手かったし」
「……だよなあ。ほんとに、今は周り見えてないもんな、あいつ」




しみじみと語り合う二人を見ていると、なんだか私も切なくなってしまう。
今はちょっと揉めているサブマスター達の、在りし日の光景を私は知らないが、話を聞く限り確かに良いバランスを保っていたのだろう。

それが、どうして、こんな風になってしまったのか。
願わくば、もう一度二人のサブマスターとギルドマスターが率いる『竜と錬金』を見てみたいものだ。
そんな風に考えながら、私は今回の話し合いによってソーヤさんとクロミネさんのわだかまりが無くなることを祈った。















[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その4-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/28 23:15




城下都市シュメールの街並みは、整ってはいるものの、どこか雑多である。
それはプレイヤー達が数多くひしめいている所為でもあり、またプレイヤー商店の多種多様な外装が軒を連ねている所為でもある。

しかしまた、その猥雑さはシュメールの魅力の一つでもあった。
やはり、都市と人の活気とは切っても切り離せない関係である。賑わった街並みと人々の声には、尽きせぬ引力があるのだ。中にはそれを嫌って奥地に拠点を築くものもいたが、大抵のプレイヤー達は、このシュメールという都市に惹かれている。
何しろ、中世の街並みそのままの光景が広がり、自分はその中を行きすぎる冒険者であったり、根を下ろす商人であったり、ひたすら製造に明け暮れる職人だったりするのだ。
あらゆるプレイヤーが、あらゆる楽しみ方を見つけられる都市、それがシュメールの最大の魅力なのだろう。

今日も、褪めた赤を基調とした道には、ありとあらゆるジョブとレベルのプレイヤー達が、あるいはのんびりと、あるいは急ぎ足で行き交っている。
スイもまた、その街中をどこかどんよりとした足取りで歩いていた。






「はあ……」
「スイさん!」


本日の”混沌の迷宮”で得た戦利品を売り払うべく、商店に向かう途中で、突然声を掛けられた。
なんだかんだで、迷宮探索もそこそこ順調に進んでいる。
進んでいるのだが、それ以外に頭の痛い問題が数々持ち上がっている為、どうにもこうにも浮かない気分だった私は、ついついため息と共に振り返ってしまう。
が、そんな憂鬱な気分は、すぐさま振り払われた。


「……キールさん!」
「お久しぶりです!」

すれ違った時は一瞬分からなかったのだが、キールさんは甲冑とマントが良く似合う、美青年騎士になっていた。
やはり、非常に眼福である。門番や兵士の時の甲冑姿も中々似合っていたが、上級職の装備は一味違う。実にキラキラしく細々とした装飾は、どうかするとゴテゴテとした品の無い印象に捉えられがちだが、彼にはそれが良く似合っている。

「わー! 騎士装備似合いますねー!」
「あは、ありがとうございます」

素直にそう褒めると、キールさんは照れたように笑った。
相も変わらず癒し系好青年だ。流石は私のお友達第一号なだけのことはある。

「スイさんもギルド加入おめでとうございます!……ってこれ、前にも言いましたね」
「何度言われても嬉しいからいいですよー」

先ほどまで曇っていた心が洗われるような、なんとも爽やかなキールさんの言葉に、なんだか嬉しくなってしまう。
……まあ、同時にギルドのアレやらコレやらを思い出してしまった所為で、完璧に洗い流されはしなかったものの、彼の微笑みは私の精神を安定させるのに十分な効果があった。


「あ、そうだ。実はこれから、ハリスさんが俺の騎士昇格のお祝いに奢ってくれるらしいんですよ。スイさんも良かったら一緒に行きませんか?」
「え? ハリスさん今、”暗闇の時代”にきてるんですか?」


意外な人物の名前に、思わず目を丸くすると、キールさんは頷いて、リングを指し示した。
その指示に従って、リングでフレンドリストを確認すると、確かにハリスさんはこの城下都市シュメールに来ているようだ。
それならそれで、連絡の一つもくれたらいいのに。

「あ、ほんとに居る。……私もご一緒していいんですか?」
「えーっと、今ハリスさんに聞いてみたらどうぞ、って言ってましたよ」
「おー」

実は、キールさんとはかなりご無沙汰である。
彼が「騎士」に昇格した時に二人でお祝いして以来だから、かれこれ三ヶ月ぶりだろうか。
TELLでやり取りはしていたが、彼は”神聖騎士”目指して各地を走り回っており、私は私で”混沌の迷宮”に潜り続けていた所為で、中々会う機会がなかったのだ。

「じゃ、お言葉に甘えて。キールさんとも久しぶりにお話したいですし」
「はい!」
「私もお食事代持ちますから、ちょっと豪華にいけますよー」

冗談めかして言うと、キールさんはどこか慌てた雰囲気で、大きく首を振った。

「いやいやいや! そんな、前にもお祝いして貰ったのに……」
「気にしないで下さいよー。お祝いなんだから何度やってもいいですよー」

ああ、つくづくいい人だ。
ここの所、ワガママなお姫様やらその取り巻きやらの問題で、ちょっと気力を消費していただけに、キールさんの純粋さが眩しい。
是非このまま、その長所を失わずに、聖騎士ルートを攻略していってもらいたいものである。

「ままま、行きましょうか。やっぱり”いつものところ”ですか?」
「あ、はい。そうです」


まだ戸惑っているようなキールさんは、歩き出した私の歩幅に合わせて隣に並ぶ。
二人連れたって歩くのは、本当に久しぶりだ。
沈んでいた心が、うきうきと波立つのが分かり、私は自分の単純さに少しだけ感謝した。
やはり、ギルドマスターのリョウさんの口癖の通り、『ゲームは楽しく』あるべきである。






喫茶店「プリンセス」は相変わらず実にメルヘンだった。
今月のテーマである”お花畑”は、意外なことに好評らしく、店内に咲き乱れる花々に戯れで触れては幸せそうに微笑む女性プレイヤー達の姿がそこかしこで見られた。
やはり、”埋め尽くされる程の花”はいつの時代も女性の憧れのようである。
見事に客層のニーズに応えた「プリンセス」は、今日も沢山の女性プレイヤー達で賑わっていた。



「やあ、いらっしゃい」

ハリスさんは、花に埋もれつつにっこりと笑う。
古典的な少女漫画で、美形が微笑むと花が飛ぶ、という表現はよくあるが、まさかその実写(バーチャルだけど)にお目にかかるとは思わなかった。
妙にハマっているのが、なんだか微妙に腹立たしい。

「お久しぶりです!」
「はい、久しぶりですね、キール。スイさんは、この間会ったばかりですが、またお会いできて嬉しいです」
「……こちらこそー」

こちらも花を飛ばさんばかりの笑顔で、キールさんがにこやかにハリスさんに再会の挨拶をすると、ハリスさんは鷹揚に片手を上げて応えた。
やはり戦いの時代で部下を引き連れている(らしい)所為だろうか。その仕草は妙に貫禄があり、まるでキールさんが新米の部下のようである。

「さて、何にします?」


私たちがハート型の椅子に着席したのを見計らい、ハリスさんはキラキラと光るチェーンを揺らして問いかけた。
どれだけ中身が変な人であると知っていても、やはりカッコイイものはカッコイイ。
ハリスさんに熱い眼差しを送っている女性プレイヤーに密かに同情しつつ、キールさんを伺う。


「今日はキールさんのお祝いですから、キールさんの好きなもの好きなだけ頼んでください。私も出資させてもらいますから」
「え、あ、いや……その」

私の言葉に遠慮がちに言葉を詰まらせるキールさんは、困った顔をしてはいるが、どことなく嬉しそうでもあった。
照れているのか、ひたすら頭を掻いて唸っていると、折角の凛々しい騎士姿の魅力も半減してしまう。
しかし、そんなところがまた、実に可愛いらしい。

「ま、ここは私が持ちますから、キールは遠慮せずに好きなようにしたらいいですよ」
「私も払いますってば」


たまには私に格好つけさせて下さいよ。
食い下がる私に、ハリスさんは有無を言わさない微笑とともに言った。
微塵の照れも感じさせない涼しげな微笑みは、ある意味キールさんと対極である。
つくづくいいコンビだよなあ、と思いつつ、まだ迷っているらしいキールさんへと視線を向けた。


「……決まりました?」
「いくら本日の主賓だからといって、レディをお待たせするのはいけませんよ、キール」
「あああ! もーちょっと待って下さい!」

ハリスさんの言葉に、キールさんは心底慌てたようで、凄まじい勢いでメニューを捲りはじめた。
とりあえずは(かなり強引だった気もするが)気持ちの整理がついたようである。
ますます人の扱いが上手くなっているらしいハリスさんの手のひらで転がされた感はあるが。





「――――、以上でよろしいですかっ!」

何か吹っ切れたらしいキールさんの怒涛の注文に、ウェイトレスさんは鬼気迫る気迫を持ってそれを繰り返した。魔術師の「詠唱」もかくや、という長さの復唱に、心の中で彼女に拍手を送る。
「プリンセス」の制服であるピンクのひらひらメイド服を着込んだ彼女は、その甘ったるい装いとは裏腹に、相当デキる店員さんのようだった。
テキパキと食器とグラスの確認をして歩み去る姿には、尊敬すら芽生えてしまいそうだ。



「……そういえば、スイさん、ローブを変えたんですね」
「おや、本当だ。良く似合っていますよ」

なんとも目聡いお二人だ。
これは、リアルでもかなり女性慣れしている事だろう。特にハリスさん、さらりと褒める、という高等スキルを手にしている彼は、きっとリアルでモテモテに違いない。



ギルドイベントでの、ミルネリアさんとクロミネさんの一件で思わぬ大金を手にした私は、早速それを使い込んだ。
有り金はたいて新しいローブを購入したのである。
流石に、”神々の時代”から持ってきたローブではそろそろ能力的に厳しく、買い替えを迫られていた為、実にいい機会だった。
ローブにお金を掛けすぎた所為で他の装備品にまで手が回らなかったのは若干悲しかったが、”名つき”の代物を購入することができたのは僥倖だった。


「クロニクル・オンライン」において、装備を入手する方法は大きく分けて三つある。
まず一つは、定番も定番、「店売り」と呼ばれる、NPC商店で購入する方法。これはもっとも手軽なのだが、その分装備の能力値は全体的に低めである。

もう一つは、ドロップアイテムで装備品を揃える方法。モンスターのレベルにもよるが、大分にして店売りのものよりは能力値が良い場合が多い為、初心者~中級者まではこれを利用するものが多い。

最後は、「職人」ジョブのプレイヤーが作った装備品を購入する方法。職人のレベルにもよるが、総じて能力値が高い為、中堅以降のプレイヤーは大抵これを利用している。
中でも”名つき”と呼ばれる、特殊なスキルの組み合わせや素材の組み合わせによって生まれる装備の事である。能力値も勿論だが、その希少価値とグラフィックの美しさが指示されて、人気の高い一品だ。
ちなみに“名つき”の由来は、その職人の名前が刻まれる事にある。



密かに自慢だったローブを褒めてもらえた事で、私はちょっと舞い上がってしまう。
かなり前から目をつけていた装備を、交渉に交渉を重ねて、ようやく売って貰えたのだ。
看板商品を失いたくないらしい店主との、長い長い商談はようやく実り、私は晴れてこのローブを手に入れる事ができた。
それを褒めてもらえて舞い上がるのは、人間としてごく自然な反応だろう。



「ありがとうございます!」
「うん、似合ってますよー」

思わず顔が緩んでしまう。
さぞかしニヤニヤしながら答えただろう私の言葉を、キールさんは他意なく、にっこり笑って受け止めた。
咲き乱れる花を背景に、きらめく金髪を靡かせながら微笑むキールさんは、実に正統派な王子様的美形さんである。ちょっと天然で体育会系な内面に目を瞑れば、どこに出しても恥ずかしくない好青年だ。

「そういえば、スイさん、ギルドの方は随分大変みたいですね」
「はい……」
「あれっ? そうなんですか? なんか聞いてる限りでは楽しそうでしたけど」

ハリスさんがさらりと出した話題に、私は思わずため息をついてしまった。
その様子に、どこか腑に落ちない、といった態でキールさんは首を傾げた。
そういえば、キールさんにはなんとなく、この一連の騒動を話しそびれていた。

「ああ、えっと、ちょっと今、ゴタゴタしてるんですよね」
「ゴタゴタというか……まあ、アレですね」
「なんか、大変そうですねー。やっぱりギルドって、大きくなるほど問題も増えますもんね」

キールさんは、未だにギルドには所属していないらしいが、暗闇の時代でのプレイが長かった所為か、ギルド事情にも詳しいようだ。
私とハリスさんが言葉を濁したの見て何かを察したらしく、うんうんと頷いている。


「ソーヤとも話してみたんですが、話し合いは決裂したみたいですね」
「ですねー。最近、ちょっと荒れ模様です」


ハリスさんは既にソーヤさんと連絡を取り合っていたらしく、『竜と錬金』の最新情報まで入手済みだった。
結局、クロミネさんとソーヤさんの話し合いは、実を結ぶことはなく、二人の間の亀裂を更に深める結果になってしまったらしい。私も詳しくは知らないが、やはり元々が”正反対”だったという二人には、互いに歩み寄ることが難しかったのだろうか。
そんなサブマスター同士の反目の気配がギルドメンバーにも伝播したのか、現在の『竜と錬金』には少しピリピリとした空気が漂っていた。


「うーん……、なんか、話はよく分かりませんけど、ギルド内の雰囲気が悪いと、居心地良くないですよねえ」
「そうなんですよー。もう、ここの所ほとんど毎日ソロで迷宮に潜ってます」

慰めるように微笑むキールさんに、そう愚痴をこぼすと、彼は吃驚したように口をぽかんと開けて、まじまじとこちらを見つめてくる。
ああ勿体無い。折角の美貌がただの間抜け面と化してしまっている。
キールさんにしてもハリスさんにしても、容姿のいい人は少しそれを自覚して貰いたいものだ。

「おや、ソロでダンジョン攻略されてるんですか? すごいですね、スイさん」
「ですよね! 俺なんかダンジョン行ったら一層で死にそうですよ」


ハリスさんの言葉に、キールさんは力強く同意して、キラキラと目を輝かせた。
賞賛の眼差しを受けてしまった私は、少し面映く、しかしかなり嬉しくなってしまう。
ついに先日、”混沌の迷宮”の七層の壁を突破したのだ!
フロアボス(各階層を突破する為に倒さなければならない、ボスモンスターの事)との対決では両手の指では足らないくらい死んでしまったが、やはり嬉しい。


「”混沌の迷宮”に行ってるんですけど、この間七層をクリアしたんですよ!」
「おおおお!」

ついつい弾んだ声で自慢すると、キールさんは興奮したように唸り声を上げた。
眩しい程の尊敬の眼差しである。かつて、私が彼にエンチャントを掛けてあげた時以来の、この視線。
ダンジョン攻略、頑張ってて、良かった……!

「すごいですねえ、おめでとうございます」
「おめでとうございます」


二人は口々にお祝いの言葉を口にした。
ああ、あの辛く厳しい日々の苦労の数々が今、報われた気分だ。

内心、感動に咽び泣く私をよそに、空気を読まずにウェイトレスさんが大量の料理を運んできた為、私たちはその料理をいかにしてテーブルに納めるか四苦八苦する事になった。






キールさんの頼んだ料理は、彼が「一度頼んでみたいけどどうしても注文できなかったもの」を基準にして選ばれただけあって、手をつけるのが少々躊躇われる代物ばかりだった。
全体的に妙にメルヘンちっく、それこそ私が初日に注文した「うさうさぴょんぴょんのオムライス」のセンスを十倍に煮詰めたような料理が所狭しと並んでいる。

何故かパステルカラーのサラダ、淡いピンク色をしてスープには美しいハートマークが描かれ、星型のふんわりとしたパンが添えられている。
見ているだけで胸焼けを起こしそうな、実に乙女チックな品々だ。


「……すごいですね」
「すごいですね」
「はい、すごいです!」

珍しく、テンションの違いはあれど、三人の意見が一致した。
何故か嬉しそうなキールさんは、そわそわと料理を見つめている。子供染みた行動をしても、魅力が全く損なわれないのは、キールさんのセールスポイントの一つだ。
やはり、少年の心を忘れない男性に、世の女性は弱いものである。
……この場合に、それが当てはまるかどうかは別として。


「えーっと、じゃまあ、とりあえず」
「そうですね」


そんな彼の様子にちょっと引きながらも、私とハリスさんは、グラスを掲げてキールさんを見つめた。
キールさんも私たちの意図に気づき、水色の液体が入ったグラスを掲げて、にっこりと笑う。その晴れやかな笑顔で見つめられると、見ているこちらも晴々とした気分になってしまいそうだ。

「キールさんの騎士昇格を祝して」
「乾杯!」
「ありがとうございます!」

代わる代わる言った私たちの言葉と共に、手にしたグラスをキールさんのグラスにぶつけ合う。
がしゃがしゃとぶつかるグラスから、淵に刺さっていた紙製の小さなパラソルが落下したのはご愛嬌だ。

「では、頂きましょうか」
「はい」

ハリスさんと私は、嬉しげに料理を平らげるキールさんを微笑ましくも胸焼けのする思いで見守りつつ、食事を進めた。
見た目はともかく、お味の方は例によって大変美味であったことを、「プリンセス」の名誉の為に付け加えておこう。






「そういえば、スイさん」
「なんでしょう?」

食事が一段落して、そろそろデザートが運ばれてくる段階になった。
テーブルを占領していた料理の皿もあらかた片付けられ、ようやく人心地ついた気分である。

「ダンジョン探索してるんですよね?」
「してますよー」
「今度、俺も一緒に連れてってもらえませんか?」

キールさんが何気なく言った言葉に、どう返していいものやら戸惑う。
ソロで潜り続けるのは寂しいが、かといって最初に決めた「ソロ攻略」という目標を放り出すつもりはない。
しかし、やっぱり寂しいものは寂しい。一緒に攻略してくれるお仲間にキールさんが加わってくれる、というのは実に有難い申し出である。

「え、えっと……」
「そのうちでいいですから!」
「あ、はい」

私が迷っている様子を察してか、キールさんは少しだけ寂しそうにつけ加えた。
ものすごい罪悪感である。

「あ、あの……キールさんさえ良かったら、一層から順に、一緒に攻略していきませんか?」
「いいんですか? 俺、実は騎士職になったはいいけど、クエストこなすばっかりでスキルとかあんまり使いこなせてないんですよ。だから、スイさんと一緒に鍛えられたらいいなって思ったんですけど……」

本当に迷惑じゃないですか?
キールさんは一転して嬉しそうな顔で再度尋ねてくる。
なんとなく、昔の私を見るような思いだ。あの頃から、少しは私も成長しているのだろうか。

「大丈夫ですよー。それに、私もそろそろ一人で攻略してるの寂しかったんで、嬉しいです!」
「そうですか! 良かったー」

本当に安心したようにキールさんはため息をつき、そんな彼の様子を微笑ましく眺めていると、ハリスさんが言った。

「本当に、良かったですね。お二人とも、頑張ってください」
「はーい」
「スイさんも、ギルドのことで色々大変でしょうけど、何かあったら連絡して下さいね。私はもうギルド員ではないので具体的に何かすることは出来ませんけど、愚痴くらいならいつでも聞きますから」


優雅な微笑みとともに言ってのけるハリスさんは、やはりリアルでも相当おモテになりそうである。
なんというか、乙女のハートをときめかせる台詞と微笑みをよく心得ていらっしゃる。
これで、あの眼鏡に対するちょっと偏執的な思い入れと奇矯な振る舞いすらなければ、「クロニクル・オンライン」の王子様にもなれるだろう。
だがまあ、そうならないからこそ、ハリスさんはハリスさんなのだが。


「ありがとうございます。そのうち愚痴るかもしれませんけど、その時はよろしくお願いしますね」
「はい、いつでもどうぞ」
「俺にも、いつでも言ってください!」

ここの所ギルド内のぎすぎすとした雰囲気に気力を消耗していた私は、暖かいフレンド達の言葉に、ほろりときてしまった。

「ううう、ありがとうございますー」
「そんなの気にしないで下さいよ、友達じゃないですか」
「そうそう」

あまりのいい人ぶりに、二人の頭上に天使の輪すら見えるようである。
ハリスさんは、自分が元所属していたギルド内の揉め事だからして、義務感も多少あるのだろうが、キールさんにとっては全くの他人事だ。
こんないい人すぎて、この人これから大丈夫なのか、と心配になってしまう。

「……キールさん、気をつけてくださいね」
「え? 俺ですか? でも今大変なの、スイさんの方じゃないですか」
「スイさんが言っているのはそういう意味ではないと思いますよ」

ハリスさんは少し呆れたようにため息をついて、キールさんを嗜めた。

「キール、あなたは裏表がなさすぎます。それはあなたの長所ですが、大抵の人間には裏も表もあるんですよ。その辺りの事も、ちゃんと考えにいれた方がいいですよ?」
「はい」

一気にしゅん、と項垂れたキールさんに、ハリスさんはやれやれといった様子で首を振った。
落ち込んだ様子のキールさんは、耳を伏せた大型犬を彷彿とさせる。

「まあ、お祝いの場で言う事でもありませんでしたね。すみませんでした」
「いえ、あの、俺こそなんていうか……」

なんともいいコンビだ。
どちらも正反対の性質でありつつ、実にいいバランスを保っている。
今は冷戦状態の『竜と錬金』のサブマスター達も、かつてはこんな感じのやり取りをしていたのだろうか。





「ああ、そうだ。忘れてました」
「…………?」
「騎士昇格のお祝いです、どうぞ」

無事にデザートを片付け、そろそろ店を出ようか、という段になってハリスさんは思い出したように言った。
訝るキールさんに、彼はセンスの良い装飾が施された小さな箱を取り出した。

「え、いいんですか?」
「随分と遅れてしまいましたが、どうぞ」

遠慮がちにそれを受け取ったキールさんに、ハリスさんは鷹揚に頷いた。
開けてもいいですか?と断って、キールさんはその小さな箱の蓋を開いた。


…………!


好奇心でそれを覗き込んでしまった私は、思わず固まってしまう。
ハリスさんがキールさんにプレゼントしたのは、案の定、眼鏡だった。
しかも、ただのノーマルな眼鏡ではなく、恐らく裏クエスト関連と思われるその眼鏡は、いわゆる髭眼鏡だった。
眼鏡に作り物の鼻と髭がくっついている、例のアレである。
ハリスさんも中々どうして冗談がきつい。
さぞや戸惑っているだろうとキールさんを見ると、やはり彼は小刻みにふるふると震えていた。
もうそれ、怒っていいと思いますよ。



「うわ! これ、欲しかったんです!」

マジですか。
どうやら彼の震えは、感動の震えだったようだ。理解できない。
本当に喜んでいるらしいキールさんに、ちょっとだけ距離を感じてしまう。

「ええ、手に入れるのが大変でしたが、喜んで頂けて嬉しいです」
「大事に使いますねー」

にこにこと微笑み合う彼らは、もう既に私とは違う世界の人間のようだ。
ていうかそれ、使うんですか、キールさん。

「嬉しいなあ。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」

お礼を言いつつも髭眼鏡を片時も手放さないキールさんは、憧れていたトランペットを手に入れた少年のように純真な瞳をしていた。






…………できれば、私と”混沌の迷宮”に行く時はそれ、装備しないでくださいね。
キールさんの無邪気な喜びように水をさすような真似は憚られて、私の心の中の呟きは結局言葉にはならなかった。

思えばこの時、伝えておけばあんな事にはならなかったのに。
後悔した所でやり直せる訳でもないから、虚しいだけだが、しかし実に悔やまれる。

意気揚々と髭眼鏡を装備して待ち合せ場所に現れたキールさんを見つけたときには、つくづくと己の不明を嘆いたものだ。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その5-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/28 23:32




“混沌の迷宮”は、地下型ダンジョンとしては中規模程度の広さがある。
陽のあたらない洞窟をイメージしたらしいそこは、所々で不気味に青白く光る苔やキノコを除いて、光源になるものはなかった。
入り口から見る限りでは、ぼんやりとした光とそれに照らされる剥きだしの岩肌くらいしか見えないが、それが却ってダンジョンの雰囲気を醸し出している。
門からおどろおどろしいBGMが流れている他には、他のプレイヤー達が交戦している音や話し声が聞こえてくることもない。どうやら、先行しているプレイヤーはいないようだ。
元々、特に目ぼしいアイテムが出るという訳でもなく、また対策が取りづらい所為であまり人気のあるダンジョンではない為、訪れるプレイヤーはそれ程多くない。






「キールさん、薬品とかは大丈夫ですか?」
「大丈夫だと思います」

スイとキールは、初めての”混沌の迷宮”の共同攻略に臨むにあたって、装備やアイテムの再確認を行う。
ダンジョンの入り口の前で、二人して屈みこみながらリングでアイテム欄を見せ合っている様子は少し間抜けだ。
しかし、やはり重要な事なので、スイもキールも慎重かつ真剣にリングを睨む。
本当は、街を出る時にでも事前に済ませればいいのだが、スイにとって、この門の前での座り込みは既に習慣となっていた。
キールも、それに対して文句を言うことはなく、真面目な顔で装備を整える。

「実は、一番最初にここに来た時、アイテムの確認もしなかった所為ですぐ死んじゃったんですよねー」
「大変でしたね。でも俺も、”門番”で狩りしてた時にはよくありましたよ、そういう事」

装備の確認を終え、立ち上がったスイは、魔杖を握り直しつつ決まり悪そうに言った。
その言葉を、キールは馬鹿にすることなく、逆に同意を示すように頷く。

「やっぱり、確認するのって大事ですよねー」
「そうですねー」

二人は顔を見合わせて笑いあうと、一転して顔を引き締めた。
やはり、緊張しているのだろう。
何しろ、キールにとっては初めてのダンジョン探索である。
そしてまた、スイにとっても他のプレイヤーと”混沌の迷宮”で行動するのは初めてだ。
なんとも不安な二人連れではあったが、不思議と和やかな空気が漂っている。

「じゃ、行きましょーか」
「はい!」

スイが促し、それにキールは僅かに肩を震わせて応えた。






「なんか緊張しますねえ」
「まあまあ、落ち着いて」


キールさんと”混沌の迷宮”へ行こう、という約束をしてから数日経って、私たちはとうとう一緒にダンジョンに潜ることになった。
正直、ものすごく不安なのだが、やはり誰かと一緒にゲームをするのは楽しい。
ギルドから足が遠のいていた私にとっては実にギルドイベント以来のパーティー行動である。
ちょっと緊張しているらしいキールさんと、色々と心元ない私のコンビは正直先が危ぶまれるが、まあ、なんとかなるだろう。


「それにしても、暗いですねえ」
「……それ、多分その装備のせいだと思いますけど」

キールさんがぽつりと漏らした一言で、私の上向いていた気持ちはみるみる下降する。
そう、キールさんは何を思ったか、ハリスさんに貰った髭眼鏡を装備しているのだ。
正直な所、その姿で待ち合わせ場所に来られた時には、ちょっとだけ帰りたくなった。

「え? あ、ほんとだ」
「うん……眼鏡ですけど、眼鏡じゃないですからね、ソレ」


キールさんは、私の言葉を確かめるように髭眼鏡をかけたり外したりしながら、ようやく気づいたらしく、なんだか落ち込んでいる。

やっぱり、装備してこない方がよかったのかな。

ぽつりと切なげに呟いて、キールさんはようやく髭眼鏡をイベントリに突っ込んだ。
私としては、どうしてもっと早く気づいてくれなかったのか、もしくは待ち合わせ場所に来るまでに気づかなかったのかをとことん問い詰めたい気分である。


「ま、まあ……行きましょうか」
「そうですねー」

いつまでもダンジョンの入り口付近で突っ立っている訳にもいかないので、私たちは歩き出す。
やっぱり不安だが、とりあえずキールさんの足を引っ張ることだけはしないように、と心に誓い、私は魔杖を強く握った。





”フリージング”! キールさん、お願いします!」
「っはい! “ナイト・ソード”!


キールさんの攻撃によって、モンスターは淡い光を放つ剣で二つに切り裂かれた。
クリスタルが砕け散り、リングに経験値と報奨金の取得が刻まれる。
私が放った”フリージング(水属性の中級魔法)”の余韻か、どこかひんやりとした空気が漂っている一角で、キールさんの荒い息遣いが響いた。

「し、しんどいですね」
「いやー、今日はキールさんがいるから楽ですよー」

そう、最初は本当に不安で仕方が無かったのだが、やはり何度も通いなれている場所、それも最近では通過していた一層での戦闘という事もあってか、普段の戦闘よりもかなり楽だった。
何しろ、いつもは逃げ回りながら放っている魔法スキルも、キールさんがいる事で落ち着いて狙いを定められるのだ(その分キールさんは攻撃の的になっていたが)。
正直、楽勝といってもいいくらいである。


「ちょっと休憩しましょーか」
「はいー」


モンスターが落としていったアイテムをイベントリに突っ込みつつ、そう提案すると、キールさんは力なく頷いた。やはり、盾職(モンスターに攻撃されるのを引き受ける役職。主に防御力の高いジョブが担当する)は体力的にも精神的にも負担が大きいのだろう。
ご愁傷さまである。


「いやー、でも、スイさんすごいですね。スキル、ちゃんと属性に合わせて使いこなせてて羨ましいですよ」
「キールさんのが凄いですよ。前衛で盾しながらちゃんと攻撃のタイミング読めてて驚きました」
「あは、まだまだですけどね」


お互いにお互いを褒めて照れあう、というなんともお約束な事をしてしまった私たちは、このシチュエーションに陥った多くの先達と同じく、二人してはにかみあってしまった。
ここがダンジョンの一角でなく、かつキールさんが髭眼鏡を装備していた事に目をつぶるなら、実に少女漫画的シチュエーションである。

「……キールさん、やっぱりその眼鏡装備したいんですか?」
「はい。……でも、やっぱり戦闘では邪魔なんで、休憩の時だけにします!」

休憩の時でもやめて欲しいなあ。
折角の男前の半分以上を覆い隠す、例の眼鏡をキールさんは余程気に入っているらしい。
休憩を提案した時、へばりつつもいそいそと装備していた彼の姿を思い出しつつ、こっそりとため息をつく。




「あれ? 誰かプレイヤーさんが来たんですかね?」
「え?」

訝しげに辺りを見回すキールさんは、不思議そうにそう呟いた。
自然、会話を打ち切って耳を澄ますと、確かに話し声のようなものが聞こえてくる。
おかしいな、滅多に他のプレイヤーとかち合う事なんて無いのに。

「…………だ」
「それは……で、だから……」

段々と近づいてくるその会話から察するに、どうやら私たちと同じく二人組のパーティのようだ。男性の低い声と、女性――というよりはむしろ少女のような高い声が交互に響いている。

「うーん。揉めないといいですねえ」
「大丈夫だと思いますよー?」


眉を顰めて言った私の言葉を、キールさんはやんわりと否定した。
キールさんはそう言うが、ギルドの揉め事の一端でもある、MPK騒ぎを思い出して私は密かに警戒してしまう。
もしそういうプレイヤーだったとして、MPKなんかされようものなら、二人仲良く全滅してしまうかも知れないのだ。


「……ってことじゃん、カウスもちょっとは」
「イオ、少し落ち着け……」
「…………あ」

ドキドキしながら声が聞こえてくる通路を見つめていた私は、そこに現れた意外な人影に、思わず小さく声をあげた。
大きな傘を張ったキノコに青白く照らされたのは、いつぞやのパーティーメンバー、カウスさんと、水色の真っ直ぐな髪をポニーテールにした背の低い女性プレイヤーの姿だった。






「こんにちはー」
「……ああ」

私の声が届いたらしく、視線をこちらに向けたカウスさんは、軽く目を見張った。
無視するのは流石に失礼なので、軽く挨拶をすると、彼も小さく頷いてそれに応えた。

「カウス、知り合い?」
「お知り合いですか?」

カウスさんの連れのポニーテールさんとキールさんが、それぞれ全く同じ質問を私たちに投げかける。
しかし、にこにこと微笑みながら尋ねるキールさんとは正反対に、ポニーテールさんの問い掛けにはいささか棘が含まれていた。

「うちのギルドのメンバーだ」
「この間話した、ギルドイベントでご一緒したカウスさんです」
「ああ、この間の!」

カウスさんではなく、何故か私の言葉に反応したポニーテールさんは、不機嫌そうな様子を一転させて、私ににやりと笑いかけた。
駆け寄ってくる彼女に戸惑いつつ、カウスさんを見つめると、彼は諦めたようにため息をついて、こちらに向かってきた。



ポニーテールさんは、間近で見ると、少し幼い顔立ちをしている。
背負っている矢筒から察するに、弓使いジョブなのだろうが、薄暗いダンジョンの中では装備がよく見えない所為で彼女のクラスは分からなかった。


「カウスから聞いたよー。赤魔術師さんでしょ? “混沌の迷宮”でソロ修行してるって聞いてた。ウチらもそれで、真似して行ってみよっかー、って来てみたんだわ。
でも、今日はソロじゃないみたいだね」
「あ、はい」
「俺がお願いして連れてきてもらったんです」


妙に馴れ馴れしい弓使いさん(クラス不明)に戸惑いがちに答えているのを察したのか、キールさんは私をフォローするように言った。
……髭眼鏡を装備してはいても、キールさんは相変わらずいい人だ。


「えーっと……誰さん?」
「あ、俺はキールです。スイさんのフレンドで、今日は一緒にダンジョン攻略しようって話をしてて」
「そかそか。あたしはイオ。そっちのカウスと魔術師さんとおんなじギルドに入ってんだわ」


弓使いさん改めイオさんは、さわやかに自己紹介を始めたキールさんにつられたように、存外丁寧にそれに応えた。

……彼の髭眼鏡には、やはり戸惑っているようだが。

どうやら、彼女は私と同じく『竜と錬金』のギルドメンバーのようである。
あまり見覚えはないが、確かに鈍く光る肩当てには竜と賢者の石が刻まれていた。


「イオ、あまり迷惑を掛けるな」
「迷惑かけてないしー」

朗らかに友好を深めているキールさんとイオさんの間に入るようにして、カウスさんがため息交じりに彼女を諌めた。
随分と手馴れたやり取りから、彼らの付き合いが浅くないものである事が伺える。

「悪いな、スイさん」
「いえいえ。お二人も探索ですか?」
「ああ。気晴らしに」

無口なカウスさんは、言葉少なに語ると、短く刈り込まれた赤銅色の髪を揺らして頭を振った。

「気晴らしっつーか憂さ晴らしに近いけどね」
「言うな」
「いくらでも言うっつーの! ほんとありえないわ、ミルネリアもクロミネさんも! あと、あいつら!」

彼の言葉に、イオさんは噛み付くように補足を入れると、憤然とした面持ちでカウスさんと睨みあった。なにやら穏やかでない雰囲気である。
それに、どうにも不穏な名前が出てきた。


「あ、あの、……何かあったんですか?」
「……まあね」
「……いや」

ミルネリアさんとクロミネさん、といえば一連の騒動の中核を担う人たちだ。
また何か問題でも起こったのか、と内心青くなりながら問いかけると、二人は互いに違う答えを口にした。どっちなんですか。


「うちのギルドも、そろそろ危ないかもねー。入ったばっかりの、えーっと……」
「スイです」
「うん、あたしはイオ。入ったばっかりのスイさんには気の毒だけど、そろそろ違うとこ探した方がいいかもよ?」


遅ればせながらの自己紹介を間に挟みつつも、イオさんは気難しい顔で続けた。
話が見えないが、これはかなりの問題が持ち上がったという事だろうか。
このところどうにもギルドの空気が悪く、ギルドに関わるのに消極的になっていた為、私にはよく事情が飲み込めない。
確かにサブリーダー同士の対立は問題を引き起こしてはいたが、すぐにギルド存続の危機、といった状況では無かったような気がするのだが。


「なんつーかね、ゆっくり腐ってく感じがする。あたしの個人的な意見なんだけどさ」
「……イオ」
「事実だよ。まあ、ちょっと僻みとか妬みが入っちゃいるけど、これって一般的な意見だと思うしね」

訝しく思っていると、イオさんはどこか諦めたような顔をして言った。
カウスさんは、そんな彼女を気遣うように声を掛けたが、それを振り払うようにして、イオさんは小さくため息をついた後、自嘲気味に呟いた。
どうにも、根が深そうな様子だ。

「……いきなり愚痴っちゃってごめん。スイさんたちも攻略頑張ってね!」
「はい」
「カウス、行くよ!」


黙り込んでしまった私を見て、イオさんは気まずそうに詫びた後、カウスさんを引きずるようにして去って行った。
嵐のような人である。
彼女のあらゆる意味で素直な言動は、どこかミルネリアさんを彷彿とさせるが、受ける印象は全く違った。






「なんだか、本当に大変みたいですね、スイさんのギルド」
「……みたいですねえ」

彼らの背中を見送りつつ、キールさんはぽつりと漏らした。
先ほどからの私たちのやり取りで、彼にもおおまかに「ギルドちょっとやばくね?」という雰囲気が伝わったらしい。
その言葉に、なんと返していいのやら分からず、私はただ曖昧な返事をすることしかできなかった。

「さ、じゃあ、休憩もしましたし。もう一頑張りしましょうか!」
「ですね!」

重くなりそうな空気を振り払うように、キールさんはにっこりと笑って言う。
どこかわざとらしい程に、元気のいいキールさんは、どうやら私に気を使ってくれているようだ。

キールさんと友達で良かった、と思いつつ、私も彼に負けずとにこやかに、同意の声をあげる。




何度か危うい場面もあるにはあったが、どうにか死亡することはなく、私とキールさんの初めてのダンジョン探索は幕を閉じた。
一層のみの攻略に終始してしまったが、それでもやはり二人で行うダンジョン攻略は楽しいし、何よりモンスターを狩れる量が違う。
おかげでなかなかに収穫もよく、私たちは大きな満足感を抱きつつ”混沌の宮”を後にした。


「アイテムも沢山落としてくれたし、良かったですね!」
「ですねー」


キールさんとアイテムの分配をしながら帰る道すがら、ふと途中で出会ったギルドメンバー達の様子を思い出す。
楽しそうな彼に合わせて、笑顔を作っては見るのだが、私はなんだか胸騒ぎを抑え切れなかった。













[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その6-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c
Date: 2008/04/28 23:56



昼でも薄暗い店内には、人もまばらで、時折厨房から笑い声が聞こえる以外には、バーテンがグラスを磨く音が響いているだけだった。
不機嫌な顔をしたバーテンは、いつもと変わらず、無愛想に客を出迎え、送り出している。
彼の陰鬱な空気に当てられてか、ぽつぽつとテーブルを埋める客たちも一様に静かに食事を取っていた。
鈍いオレンジ色の照明はそんな人々の顔に大きな影を落とし、表情を奪い去る。



“戦いの時代”で私が唯一知っている店、「アポカリプス」は今日も西部劇の一場面を抜き出したようだった。
さながら、主役が登場する前の酒場めいた趣がある。つまりは、意味も無く陰気だ。


「……って事なんですよ」
「ははあ、それはまた」

ハリスさんは複雑そうな表情で私の話に相槌を打つ。
彼も色々と思うところがあるのだろう。長らく所属していたギルドの内輪揉めは、いくらもう脱退しているとはいっても堪える筈だ。

「しかし、……困ったものですね」

しゃらり、と金色のチェーンを揺らしながらハリスさんは眼鏡を押し上げる。
その静かなため息に、私もまた、ため息でもって応えた。


沈黙がテーブルを支配する。
その気まずい空間の中で、私はハリスさんに相談という名の愚痴を持ちかけよう、と考えるきっかけとなった出来事について、思い出していた。







前回の再会は唐突だったが、ある意味では必然だったのだろう。
しかし、今回の再会は全くの偶然だった。


「…………あ」
「…………」

ここしばらく、キールさんと”混沌の迷宮”に潜っていた為、その日はかなり久しぶりの街歩きだった。
掘り出し物や新発明のアイテムでもないかと、ぶらぶらと店を冷やかして歩く。
意外な人物とばったり街中で出くわしたのは、ちょうど街歩き巡回コースの折り返し地点を過ぎてからだった。

「こんにちはー」
「ああ」

長身のカウスさんは、今日も寡黙だった。
身の丈程もある両手剣を二本背負っている姿は、それだけで威圧感がある。

「お買い物ですか?」
「いや、待ち合わせだ」
「そうなんですかー」

そこで一旦会話は途切れた。
非常に気まずい雰囲気ではあったが、個人的に聞きたいこともあったので、立ち去らずにその場に留まる。

「……あの、この間のことなんですけど」
「…………」
「やっぱり、ギルドで何かあったんですか? 私、最近ギルドに加入したばかりだし、ずっとソロプレイしてた所為で、何がどうなってるのかよく知らないんです」


続きを目で促したカウスさんに、言葉を選びつつ問いかけた。
”混沌の迷宮”で再会して以来、ずっと引っかかっていたのだ。一体、今『竜と錬金』に何が起こっているのか。
勿論、ソーヤさんやリュウザキさんに聞いてみる、という手も考えた。
しかし、何しろソーヤさんはいつにも増してピリピリしているし、リュウザキさんはリュウザキさんで、どうもこの件に関しては口が重い。
つまりは、私は最近のギルド事情に関してかなり無知なのだ。


「そうだな、スイさんも聞いておいた方がいいかもしれない……」
「カウス、お待たせ!」

かなりの間をおいてから、語りだしたカウスさんの声を遮ったのは、いつぞやの弓使い、イオさんだった。
明るい街中で見ると、彼女の水色の髪はよく目立った。特別可愛らしいという訳ではないが、愛嬌のある顔立ちをしている。
背負っている矢筒と、腰に下げられた鞭を見るに、どうやらスカウト(弓と鞭を駆使する職で、弓矢系列の上位職)クラスらしい。

「あれ? 久しぶり」
「こんにちは」

陽気に片手を上げた彼女は、私に向かって微笑んだ。
いつぞやの、どこか刺々しい様子とは打って変わって、人好きのする雰囲気がにじみ出ている。
こちらが本来の彼女の姿なのだろうか。

「ていうか、どしたの?」
「今、例の話をしていた所だ」
「あー、アレね。そかそか。スイさん、今暇?」

何やら二人で囁きあった後、イオさんは私に問いかけた。

「はい、暇です」
「ちょっとウチらに付き合わない?」
「いいんですか?」

随分あっさりしたお誘いに、元々の予定(待ち合わせをしていた位だから、予定があるのだろう)の邪魔にはならないか、と思いながら尋ねると、イオさんはにっこりと笑った。

「だーいじょーぶ。元々、街うろついて愚痴でも言い合おうか、っていう集まりだし」
「……はあ」

爽やかに言い切ったイオさんに、なんと応えていいのやら分からず、私は言葉を濁した。
本当なのかな、とカウスさんを伺うと、彼は特に否定することもなく無言で頷いた。
どんな集まりですか、それ。

「じゃ、とりあえずいつものとこ行こうか」
「ああ」

歩き出した二人に促され、私は戸惑いつつも小走りにその後を追った。







イオさんとカウスさんの「いつものところ」は、賑やかな食堂だった。
通りに面した壁一面をガラス張りにしていて、開放的、かつ活気に満ちている。
少し外した時間帯にも関わらず、そこかしこにパーティーらしき人々が仲良く料理をつついていた。
明るく目に優しい内装とあいまって、なんとも好ましい空間である。



「あ、あたしはジンジャエールとマカロニグラタン」
「俺はアイスコーヒーとほうれん草のパスタとジャーマンポテトのチーズがけ」
「……アイスティーとオムライス、お願いします」

ギャルソンエプロンのウェイターさんが水を運んできたのに合わせて、イオさんとカウスさんは注文した。
それに合わせて、私も二人に目で促された為、とりあえず飲み物を頼む。

「はーい。じゃ、すぐ飲み物持って来るんで、ちょっと待っててくださいねー」

やたらとフレンドリーなウェイターさんが、そう言って去っていくと、と私たちのテーブルには沈黙が落ちた。
なんといっても、一人はフレンドのカウスさんとはいえ、もう一人はほぼ初対面と言ってもいいイオさんだ。
共通の話題も思いつかず、とりあえず水の入ったグラスに口をつけた。

「スイさんさあ、ぶっちゃけウチのギルドについてどのへんまで知ってる?」

沈黙を破ったのは、イオさんだった。
なんとも答えづらい質問を投げかけた彼女は、どこか探るような眼差しで私を見つめる。


「……ほとんど、何も知らないですね。私は最近加入したばかりだし、加入してからもほぼソロで動いていたので」
「そのワリには、リュウザキさん達と仲良いよね? あの人たちからなんも聞いてないの?」
「ほとんど、何も聞いてないです」


私の答えに、なおも疑うような眼差しを向けるイオさんに、内心ため息をついた。
まあ、もうギルドに入って数ヶ月経つというのに、ろくに内情を把握していない、というのは我ながら少し間抜けすぎるとは思うが。
それにしても、なかなか傷つく。


「スイさんは、ほとんどソロで動いていたからな」
「ふーん」

カウスさんがフォローするように言葉を添えると、イオさんはまだ得心がいかない様子ながらも、一応引き下がってくれた。
ウェイターさんからグラスを受け取りながら、彼女は話し出す。

「あ、どうもー。うんとね、あたしらは正直、クロミネさん派なんだわ。ソーヤさんが嫌いとかそんなじゃなくてね。なんつーか、色々世話になったのよ」
「はあ……」

イオさんは顔をしかめながらストローを噛んだ。
飲みづらくなるのに、等と考えつつも、私はちょっと驚いていた。
確かにそれなりにいい人だと聞いていたクロミネさんに、明確なシンパが居るとは思わなかったからだ。

「まーでも、正直今はついてけないけどさ。ミルネリア放置すんのは駄目でしょ」
「確かにな」
「あたし固定パーティー組んでたんだけどさー、うちの男どもがみんなあのお姫様に入れあげちゃって、結局空中分解。一応”魔王討伐”目指してたのにね」


カウスさんの頷きに力を得てか、イオさんは畳み掛けるように愚痴を吐いた。
……なんとも救えないお話である。
魔王討伐目指して固定パーティーを組んでいたお仲間さんと、そんな理由で別れることになるとは、きっと想像もしていなかったに違いない。
というか、普通は想像しない。


「つーわけで、あたしは心情的にはクロミネさん派だけど、ミルネリアが嫌いな訳。逆恨みっぽいのは自覚してるけど、やっぱどうしようもないわ」
「それは……、そんなことはないと思いますけど」
「まあまあ、ね? でもやっぱクロミネさんは好きなんだよね。なんつーか、あの人の世話焼きなとこ、すごく好きだわ。おかげで色々助けてもらったし。今はそれが悪い方向に向かっちゃってるんだけどさー」


イオさんはさばさばと笑って、ジンジャエールを啜った。
聞く限りでは色々と複雑な立場らしいのだが、悲壮感があまりない所為か、何を言っても妙に爽やかな人である。
苛立ったり怒ったり、といった感情をストレートに表現する彼女の特質ゆえか、粘着質な愚痴にならない所が大きいのだろうが。


「……俺も、似たようなものだ。一緒に始めた友人が、どうにもアレに入れ込んでいる。かといって、クロミネさんには世話になったから、文句は言いづらくてな」
「そーなんだよねー」

頷き合って、二人は揃ってため息をついた。
ミルネリアさんも、なんともまあ罪作りな人である。

再び沈黙が降りたテーブルに、湯気の立った皿を抱えたウェイターさんが近づいてきた。
目の前に置かれる料理は、インパクトにこそ欠けるが、どれも手堅く美味しそうである。
食欲をそそる彩りに満ちた皿に促され、とりあえずは食事を始めることになった。





「ところでさー、ウチらは知らないんだけど、ソーヤさんサイドはどうなってんの?」
「私も詳しくは知らないんですけど、クロミネさんと話合ってみる、ってソーヤさんが言ってて。それ以来、今のあの状態なんで……多分話し合いは上手くいかなかったんじゃないかと」


へー、と感心したようにグラタンの皿をつついていたイオさんが顔を上げる。
どうやら、サブマスター同士の話し合いの件は、ギルドメンバーにあまり知られていない事だったらしい。
言っても良かったんだろうか、と内心焦りつつも、アイスティーを啜って気持ちを落ち着ける。

「でも、それじゃ尚更厳しいね。ウチのギルド、やばいわ。まだサブマス同士が腹割って話し合ってないと思ってたから、望みあるかなーとか思ってたけど」
「ああ。そうだな。そこまで拗れているなら、ギルドの崩壊も時間の問題かも知れん」

イオさんは頭を抱えつつ、カウスさんは少し顔を歪めつつ、うんざりしたように言った。
やはり、どうにも不穏な雰囲気だ。しかし気持ちは痛いほど分かる。

「そこまで険悪じゃないって思ってたから、ちょっと様子見してたんだけどさー。こりゃマジでやばいわ」
「私も、このままの状態じゃいけないとは思うんですが。……どうしたらいいのか分からなくて」
「うん、既にそこが問題だよね。ついこの間入ってきたばっかの新人さんまでこんな揉め事に巻き込んで、”ゲームは楽しく”もないもんだわ」


顔をしかめたイオさんは、吐き捨てるように呟いた。
……確かに、ギルドの雰囲気が新人の私にも分かるほどに険悪なのはよくない事だ。
それが、サブマスター同士の内輪揉めなら、普通のギルドメンバー達にとってはハタ迷惑な話だろう。

実際は事はそう単純ではないのだが、いかんせんソーヤさんもクロミネさんも事情を殆ど外部に漏らしていない。
マズイ事に、その不透明な対立が更にギルドメンバー達を苛立たせている。
このままでは余計な軋轢が生まれるのもそう遠い事ではないだろう。


「”ゲームは楽しく”ってギルドマスターさんの口癖なんでしたっけ?」
「らしいね。あたしらは会った事ないけど、クロミネさんがよく言ってた。……でも、今のあの人じゃ、ねえ?」
「少なくとも、楽しめてはいないだろうな」


どこか悲しげな眼差しを伏せて、カウスさんはぽつりと言った。
普段が寡黙な人だけに、その一言一言には重みがある。
その言葉を聞いて、私はふと考えた。

クロミネさんは、ゲームを楽しんでいるのだろうか。

彼は、本当に今、楽しいのだろうか。とてもそうは思えない。
本当は、昔と同じようにソーヤさんとコンビを組んでギルドを率いていた頃に戻りたいんじゃないかな。
そうだったらいいな、と思いつつも、かりにそうだったとして全てが丸く収まる訳ではないことも分かりきっている。なんとも、切ない。


「なんにしてもさ。きっと、ミルネリアをどう片付けるか、だね。今回の焦点」
「だろうな。古参は揉め事の元凶はあの女だと思っているし、取り巻き連中はあの女の言いなりだ」
「…………」

やはり、ミルネリアさんは渦中の人物だ。
なんだか全ての物事が彼女を中心にして渦巻いているような気がしてしまう。
かといって、彼女自身にはきっとそんな自覚はないのだろう。
ギルドイベントの一件でも、彼女自身から明確な「悪意」は正直それほど感じなかった。
なんとも、厄介な人である。
私はため息を吐き出す代わりに、残り少なくなったアイスティーを飲み干した。








「……やっぱり、もう駄目なんでしょうか?」
「そんなことはない、と言い切れないのが辛いところですね」

回想が終わった私の問い掛けに、ハリスさんは珍しく言い淀み、誤魔化すように微笑んだ。
しかし、その笑みは普段のものとは違い、どこか余裕のないもので、それが彼も決して平常心ではないことを示していた。

「私、『竜と錬金』の雰囲気好きだったんですよね。だから、尚更今が辛いです。元々は仲良かった二人って聞いてるから、余計切ないです」
「そうですね。あの二人は、いわゆる”仲良し”ではありませんでしたけど……いいコンビでした」


いいコンビ。バランスのいい二人。
ソーヤさんとクロミネさんを知っている人は、みんなそう言う。
そんな二人が、一体どうして今のように反目し合うようになってしまったのだろう。
……まあ、ミルネリアさんの所為、というのが大きいのだろうが。


「……ギルドのトップに立つプレイヤーの仲たがいは、確実にギルドに波紋を呼びます。もう既に、半ばギルドを割るような状態だそうですし」
「そうですね」
「ソーヤにしても、クロミネにしても、二人とも今更引けない、という所でしょう。対立といかないまでも、今までも意見の相違でよくぶつかってはいましたし、ね。
そんな時は、大抵リョウが止めてくれたんですが……休止中ですからね」

ハリスさんは、そこまで言うと言葉を切った。



ハリスさんの言うとおり、ここ数日、ギルドの雰囲気は悪化の一途を辿っている。
それというのも、ソーヤさんがミルネリアさんのMPKの件を持ち出し、ギルド内に通告したからである。

元々、ミルネリアさんは評判が悪すぎたのだ。
今まではクロミネさんがなんとかフォローしていた部分と、彼の元々の人望もあいまって見逃されていた。
しかし、今回のMPKの件によって彼女の立場は一気に「困ったお姫様」から「悪質プレイヤー」へと変貌を遂げたのである。

その結果、ミルネリアさん支持側のギルドメンバーとミルネリアさん不支持を掲げるギルドメンバー達までもが反目し合う事になった。
もはやサブマスター同士の冷戦どころの話ではなく、ギルドを挙げての内紛状態に突入してしまったのだ。
当然ながら、漂う空気は最悪の一言に尽きる。



「……もう、どうにもならないんですかね」
「うーん。難しいでしょうねえ。ソーヤは元々頑固ですが、クロミネも気難しい所がありますから」


まあ、それはなんとなく分かる。
二人とも、あまり素直な性質ではないのは、関わって日の浅い私でもよく知っていた。
どちらかが譲歩しない事にはどうにもならない事態だが、かといってどちらかが一方的に譲るとも考えにくい。
はっきり言って、ほとんど手詰まりである。
もう私に出来ることは殆どなく、後はゆっくりギルドが崩壊するのを待つばかり、といった状況だ。


「かといって、このまま『竜と錬金』が潰れるのを黙って見ているのも癪ですしね。私も、ちょっと動いてみましょう」
「えーっと、大丈夫なんですか?」
「ええ、まあ。それに、クロミネとは昔、喧嘩別れになってしまいましたからね。いい機会です」

ハリスさんの意外な提案に、私は驚きを隠せない。
しかし、彼が動いてくれるのならば、もしかしたら事態の収拾が計れるかもしれない。
何しろ、腕利きの『参謀』さんなのだ。



久しぶりにに希望が見えてきて、私の気分は実に現金に浮上した。
ハリスさんがキールさんにプレゼントした髭眼鏡の所為でこうむった諸々の迷惑も、今なら全て水に流しても構わない。

しかしまあ、結局、世の中そんなに甘くはない、という事を実感することになるのだが。











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