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[27922] フェリアの大冒険(現実→異世界TS物)
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2012/01/12 01:21
またまたメルヘン。
TS、そしてオリジナル異世界。

全20話予定ですがif合わせると多くなるかも。



忙しくて更新速度下がっています。

プロットの通りに進んでいるのですが、山場がまだまだ先な件。
もう疲れたよ、パトラッシュ。

7/21



[27922] 1話 幼女は迷子
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/05/22 04:49


「どこだよ、ここは・・・」

目の前には青々と茂った一本の大樹。
その大樹を囲むようにひっそりと生えている小さな木々が、風に靡いてザザザァっと音をたてている。
辺りは薄暗いはずなのに、なぜか大樹だけは太陽の光を一身に浴びて風に揺れることなく佇んでいる。

おかしい。
俺は新潟の某スキー場で、俺の勤めている会社の取引先の上役と接待ゴルフならぬ接待スキーで神経をすり減らし、宴会の席でベロンベロンになるまで酒を飲まされてトイレに駆け込んだはずなのだが。
気がつけば森の中とか・・・。
どう見ても夢です、本当にありがとうございました。

きっと酔っ払って寝てしまったんだな、俺は。
しかしさ、手の甲を抓ると痛いし、夢だとわかっても中々覚醒しないんだ。

嘘みたいだろ?まるで現実みたいなんだぜ。
意識は異常なくらいはっきりしているし。

しかも、いつまでたっても夢から覚める前兆がこれっぽっちもないなんて・・・。
一時間ほど夢から覚めるのを待つために、大樹に寄りかかりボケーっとしていたら強烈な尿意が襲いかかってきた。

うっほ、いい尿意。
この夢空間の森?にトイレなどあるはずもなく、立ちションしようと重い腰を上げふと気がついた。

「ここで立ちションしたら・・・まさかの寝小便フラグが立っちまうような気がしてならないが我慢できんのだよ!」

所詮は夢と侮るなかれ。
目が覚めたら寝小便とか、数え歳で30にもなる俺が-----まさかな・・・。
確か同僚と同じ相部屋になるはずだったから、きっと酔いつぶれてトイレで寝てしまった俺を部屋まで背負いベットまで運んでくれているだろうから。
朝起きたらお漏らししていて、同僚に見られる・・・・・・・・・すごい気まずいなw

しかし、膀胱がレッドゾーンを今にも越えてオーバーヒートしそうな現状に俺は抗がえなかった。
彼此一時間ほど座っていた寛ぎスポットの近くで小便をぶちまけるわけにはいかないので、少し離れたところで用を足そうと一歩踏み出したのだが-----盛大にズッコケた。
それはもう、顔面から。

夢のはずなのに理不尽なほどの痛みを顔に感じ、一人でのた打ち回る。

「おぅふ、さんおぶあびっち!」

一通り転げまわった後、足を引っ掛けたであろう物体に目をやるとそれは自分の衣服だった。
立ち上がるまで確かに自分の体にフィットしていたはずの見慣れたスーツはダボダボになり、複雑に足に絡みついていた。
そしてずれてくる下着。
なぜかとてつもなく低くなっている目線。

尿意も忘れ、恐る恐る自分の体を見てみるとそこには-----

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ」

ダブダブのスーツを身に纏った、小さい小さい幼児ボディーだった。




   - - -




起こった事をありのままに話すぜ。
酔ってトイレに駆け込んだら、知らない場所だった。
そして用を足そうと立ち上がったら小さくなっていた。
しかし、既に痛みとして感じるほどの尿意を我慢できるはずもなく、ブカブカのスーツを脱ぎ捨て立ちションしようとしたら息子のジョン(30年来の愛棒)がいなくなっていた。
あまりの出来事にシャーという音を出しながらお漏らししていた。

何を言っているかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだ。

夢だとか現実だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

いくら夢でもこれはひどい。
果たして俺に幼女になりたい願望などあったであろうか?

否、断じて否だ。
なのに何故幼女になっている!!!
夢は自分の願望が反映されるというが、これはないだろと声を大にして言いたい。
まぁ、リアルじゃないからいいけど。
これが現実に起こっている事だったら脱糞ものだったわ。

相棒で愛棒の息子のジョンが家出とかマジで誰得だよ!?
どうせ夢だし、覚めるまでの間は反抗期のジョンの家出を認めてやらないでもないが----夢から覚めたら慰めてやるか。
ここの所ご無沙汰だったし。

洩らしてしまったせいで途中までずらしたトランクスがべちょべちょに濡れてしまったので、地面に埋めて証拠を隠滅する。
べ、別にお漏らししたのが恥ずかしいわけじゃないんだからね!
どうせ夢だし。
・・・・でも自分の精神衛生上あまりよろしくないので処理しておくに限るな。

また大樹に戻り、ボーっとしているのが飽きてきたので一人ツンデレをしているとお腹がグゥーっとなる。
それにしても不思議な夢だな。
お漏らししたら大抵の場合目が覚めるはずなんだが。
小さい頃の経験は今でも俺の黒歴史です。

目が覚めないだけでなく、お腹まで減るとは。
しかしこのままではまずいな。
お腹と背中がくっつきそうだ。

夢の中で餓死体験とか・・・。
そんな体験を冗談でもしたくないので飯でも探そうかと再び重い腰を上げる。

「どっこいしょっと、あーだるいわ。飯でも振ってこねぇかな」

なんて言いながら一歩踏み出すと-----

ポタポタと音をたてて空から何かが落ちてきた。

ってリンゴにミカンにバナナ!?
ちょw嘘だろwwwwマジで降ってきたよ!!!

ビックリして上を見てみるが、そこには青く生い茂った葉っぱを揺らす大樹のみ。
どっから降ってきたんだよ!!!
万が一、この大樹が果物の木だとしてもリンゴにミカンにバナナが一緒に生るわけがない。
もし生っていたら新種の果物の木を発見したことになるわけだが・・・果物は木からしたら種、つまりは子供に当たるわけだから別種の物が生るわけがない。
遺伝子学的に考えてありえないだろw

いくら夢の中でもないわー。
ま、どちらにしても食べるんだけど。
怪しくてもお腹も減っているしモリモリ食べるよ!

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

うますぎワロタw
ちょい甘でまさかの俺好み。

でも-----

「このラインナップならマンゴーもほしいかったな、もちろん完熟マンゴー。それがあったら120点あげるところだったが・・・98点!」

そう一人でニヤニヤしながら残りのバナナを齧っていると・・・・再びポトリと何かが降ってきた。
まさかのマンゴー襲来、夢の中はなんでもありだな。
果汁たっぷりのマンゴーで餓えと渇きの両方を満たした後、実験も兼ねてもう一回おねだりしてみる。

「惜しい、実に惜しいね!食後の〆のラフランスがあったならば120点どころか200点。そう、100%中の100%を完全に凌駕する200点をあげる所だったのだが・・・実に惜しい」

俺はマンゴーにしゃぶりついているときにある仮説を立てていた。
この大樹は夢の中のお菓子の家的な何かで、願えば食べ物が降ってくるのではないかと。
そしてどうやらその仮説は正しかったようだ。

ポトリと降ってくるラフランス。
どこから落ちてくるかずっと上を見ていてわかったのだが、軽く40メートル以上ある大樹のさらに上。
目を凝らしても見えないような位置から降ってきていたのだ。
しかもそんな高さから落ちてきても傷一つ無い果物。
テラファンタジーw
しかもこの木、意思みたいなものがあるのか的確に俺のほしいと望んだ果物を降らせてくる。
あなたが神か!
餓えと渇きに苦しんでいた俺はもういない!!!

お腹一杯になると体は現金なもので幼女ボディーゆえか、燦々と降り注ぐ暖かい太陽の光と澄み切った空気と優しい風のコンボにより眠りの世界へ誘われてゆく。
夢の中でも眠くなるなんて・・・疲れていたのかな最近。
未だ結婚していない、もう少しで40になろうかというお局様のヒスに当てられたせいかもしれないな。

睡魔に誘われる心地よい環境の中で、大樹を背を預けて目を瞑る。
するとすぐに意識が遠くなっていく。

目が覚めたらまた接待の続きだな・・・。
もうこのまま夢から覚めなければいいのに。

それにしても----
あぁ、気持ちいい。
なぜかは知らないがこの木にくっついているとすごく気持ちいいんだ。
薄れゆく意識の中で誰かが俺の頬を撫でたような気がしたが、目を開けて確認する気にはなれなかった。




   - - -




「ありえないだろ、常識的に考えて」

目を覚まして一番最初に視界に入ってきたのは大樹でした。
嘘だろ、おいw
目が覚めたらチェックインしていたホテルのベットのはずだろ!
何故また夢の中なんだよ。

「まさかこれもあの夢で寝たときの夢なんじゃあ・・・」

頬をぷにぷにの手のひらでペチペチ叩いてみるがやっぱり痛い。
これはまさかまさかの現実なんじゃ・・・。

いや、なんとなく気がついてはいたんだ。
これが夢ではない可能性を。
それでもその可能性が恐ろしくて考えないように現実逃避していたのは間違いなくこの俺。

昨日食べたリンゴの芯やバナナの皮が近くに落ちているのを見て、疑惑は確信へと変わっていく。
変色して、腐り始めているそれを見た時に俺はある考えに及び至った。

夢の中で時間を感じることなどあっただろうか?
そんなこと今までに一度もなかったし、夢の中で腹が減ったり痛みを感じたりしたことも一度もない。
そよ風の心地よさや太陽の暖かさなどももちろんのこと。

「ははは、なんだよこれは。出来の悪い夢みたいな現実ってか」

渇いた笑い声を洩らしながら、定位置と成りつつある大樹に体を預けながらしばらく呆然としていると、生まれてから数え切れない衝動が体を駆け巡る。
昨日食べた大量の果物、それには大量の食物繊維が含まれている。
つまりは-----

「腹痛ぇぇぇ・・・」

こうなる。

・・・

・・・・・

・・・・・・・

「ふぅ、すっきりした」

人体とは不思議なもので、生理現象や三大欲求のどれか一つを終えると落ち着いてすっきりするようにできている。
それらの行為は自然と心を満たし、感情を整え、次なる行為への欲求や欲望に繋がるようになっている。
そんな生理現象の一つを終えた幼女は、やってやったと云わんばかりの清々しい顔で先ほどまでの暗い顔はどこへやら。
幼女になって知らない森に放り出された現状を受け入れている。
上司にどやされたり、お局様の愚痴や小言、などなどから開放されたとポジティブに考えるようになっていた。



どうせ親父もお袋も俺がいなくなったところで心配なんてしないだろうし。
あのおっさんとしての人生に未練も何ももうないわけだ。
出来れば幼女ではなく男児になっていてくれたならもっとうれしかったのだが。
まぁそれはいいとして。

新たな人生の出発地点に立った今、俺は晴々とした気分だったのだが・・・。
しかし、しかしである。
今が良くても未来の無い人生は歓迎できない。
よってこれからどうやって生きていくのかが今後の最重要課題。

未来の為に問題となるであろうことは山積みである。
今現在で問題になるものは大きく分けて三つ。

まず第一に戸籍。
おっさんとして生きてきた俺は既にもういない。
あるのは幼女の身ただ一つ。
人里に降りられたとして、どうやって過ごすのか。

第二に現在位置。
確かに俺は新潟にいたはず。
なのに今は雪の一カケラも見当たらない森の中。
常識的に考えて東北ではないのは一目瞭然。
周りには南国に自生しているような不思議な木。
そして見たこともないような大樹。
なぜかは判らないが、願った果物が降ってくる謎の多い木だ。

第三に俺は今素っ裸だ!
職場にいつも着ていくくたびれたスーツは小便まみれで、パンツと一緒に昨日地面に埋めてしまった。
掘り起こして体に巻きつけるという選択肢もあるが・・・やめておこう。

生きていくだけなら大樹頼みで水分と栄養素は賄えるだろうが、一生この森で暮らすのはどう考えても無理がある。
もし、大樹が果物を落とさなくなったら餓死一直線だし・・・。
肉食の獣が襲ってきてもアウト。
幼女ボディーでなくても無理あるわ。
熊とか猪に出会った時点でバッドエンド確定。

こう考えるとこれからクリアしていかなければいけないものが沢山あるけれど-----

グゥ~と鳴る大きいな腹の虫。
今は果物でも食べながらゆっくり考えるしか出来そうなことはないな。

「今日は若干渋めのビワが食べたい気分なのだ!!!」











[27922] 2話 幼女の旅立ち
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/05/24 05:38

果実の生る不思議な大樹の元で生活を始めてから既に二週間が経過していた。
食べて、寝て、周囲の探索を繰り返すといった単純な生活サイクルの中で、ある事が発覚したのだ。

大樹から落ちてくる果実を摂取すると身体能力、もしくは身体の強度が飛躍的に上昇するということ。
それはドーピングのような一時的なものではなく、ずっと続く・・・たぶん半永久的なもの。

それに気がついたきっかけは本当に些細なことからだった。
五日前の早朝。
太陽が地平線から少し顔を出す頃、既に俺は朝食(もちろん果物)とトイレを済ませて探索に出かける準備をしていた。
何故こんな早朝に起きたかというと、暗くなると寝ること以外やることが無くなるからだ。
なので日の出ている内に、やりたいことをやっておく。

おっさんの頃は朝に弱く、覚醒するまでにかなりの時間を要したが、ここに来てからは娯楽どころか電気すらないので夜更かしもしないので早寝早起きといった健康的な生活を送っている。
そんなわけでこんな太陽が昇り始める早朝から行動を始めているわけなのだ。
出かける準備を終え、(準備といっても大樹に果物を出してもらうだけ)今日は東の方を探索しようと太陽が昇ってくる方角に向かって足を進める。

歩きながら道中に生えている太めの目立つ木に落ちている小石で傷を付け、迷子にならないように目印をつけながら慎重に探索を続けていく。
探索を始めた初日に、食料も持たずに適当に歩いていたら大樹への戻り方がわからなくなり肝を冷やした経験から、食料と目印は探索に出かけるときは必ず忘れはしない。

大樹の元を離れてから2時間ほど経ち、そろそろ休憩しようと手ごろな大きさの石に腰を下ろし、持ってきていたお弁当のリンゴを齧ろうとした時だった。
シンと静まり返り、遠くから鳥の声か虫の鳴き声しか聞こえてこない森の中で、俺の小さな耳はそれとは違う別の音を拾いあげていた。

サラサラサラと断続的に続くその調べは、田舎育ちだった子供時代によく聞いた懐かしい音だった。
逸る心を抑えつつ、音源に向かって歩き出す。
音源はここから近くにあるといった確信を抱えながら、歩幅の短い幼女ボディーでとてとてと30メートルほど進むと目的地に到着した。

音の正体、それは川のせせらぎ。
最近の日本では滅多にお目にかかれないような、底まで透けて見える透明度。
そこからわかる川の深さは一番深いところでも2メートルほどで、川幅も7メートルといったところか。

流れも穏やかで、まさに小川と呼ぶにふさわしい。
それを目の当たりにした俺はまず固まった。

「ははは、やった、やったぞ!ついに川を見つけたぞ!!!」

ついにやった!
これでこれから先の計画を立てることができるぞ。
川さえ見つければこちらのものだ。
なぜなら、川沿いに下っていけばこの森から脱出することができ、人里に下りることができるかもしれないからだ。

うれしくてうれしくて、川辺に小走りで俺は駆け寄った。
脱出できるかもしれない希望とは別に、もう一つどうにかしなければと悩んでいたことが解決できる喜びに舞い上がってしまう。

悩んでいた事とは?
ここで一つ、この謎の森の環境について語らせてもらおう。

彼が元々いた場所は、冬の新潟県のスキー場。
そんな彼がひょんなことからなぜか幼女となり、この謎の森に滞在しているわけだがここは新潟ではない。

ジメジメと湿度の高い場所ではないのだが、いかんせん暑いのだ。。
太陽が完全に沈んだ夜ならまだしも、日中は確実に30度を越す暑さが夜まで続いている。

日の光が入らない場所ですら暑いので、涼をとれる場所といえば異常に風通しが良く、日差しをまったく浴びない大樹の下くらいしかない。
そんな環境でずっといるとどうなるのか。

じっと動かずにただただいるだけで珠のような汗が滲み出てくるような場所で、一週間ほど森を探索し続け、トイレも尻を拭くものは葉っぱのみ。
前を拭くのは被れると恐ろしいので拭かずにそのまま放置。
えっ?前とはどこのことだって?
それは聞かないお約束だ!
女の子は色々と大変なのです。

その結果、すごく汚くて臭い幼女が爆誕してしまったのだ。
色々と発酵したような刺激臭が漂っていて、自分でも正直これはどうなのよと思ってしまうほどだったので、赤の他人だったら本人を前に鼻を押さえるレベルだろう。
まぁ、そんな状態で小川を発見したわけです。

全身に泥や蜘蛛の巣や垢や汗やらでベトベトの状態の俺は、この状態から開放される喜びを胸にオヤツ兼食料用に持ってきていたリンゴ数個を地面に投げ出して、「水だぁぁー」と奇声を上げながら川に飛び込もうとしたのだが----
あまりのうれしさに``全力``で飛び込もうとしたのだ・・・そう、``全力``で。

ドンという音と共に高速で後ろに流れていく景色に、いつまでたっても着水しない俺。
低くなってしまった目線は急に高くなり、バンジージャンプとはまた違った浮遊感を感じながら気がつけば俺は、砂利だらけの対岸の川辺にゴッという痛々しい音をたてて突っ込んでいた。

夏の甲子園球場で激闘を繰り広げている球児たちも真っ青になるような``ヘッドスライディング``で。
胸からや腹部を地面に強かに打ちつけてしまった俺は「カフッ」と情けないうめき声をあげながら、慣性の法則に従って砂利の上をゴロゴロと転がり続ける。

着地点から凡そ4メートルほどボールのように転がった後、漸く止まったのだが目はグルグルに回り、全身に刺すような痛みを感じた俺はとてもではないがすぐに立つことが出来なかった。

「な、何が起こ・・っ・・た?」

肺から洩れ出た酸素を取り戻すべく、ぜぇぜぇと呼吸をしながら焦点の定まらない視線をあっちにこっちにと彷徨わせる。
しばらく動かずじっとしていると呼吸も整い、体の痛みも大分治まってきたのでムクリと体を起こし、体に目をやる。

痛みを感じていないだけで、手が折れていたりどこか大怪我を負っていないか入念に調べていく。
なんせあの衝撃だ。
素っ裸のままの幼女ボディーではとてもじゃないが耐えられないような凄まじいものだった。
生死に関わる怪我を負ったとき、人間は強力な脳内麻薬を分泌しショック死しないように出来ていると、どこかで聞いたことがある。
もっとも、それも2分程度のものらしいが。(体が脳内麻薬になれて痛みを感じ始める)

サワサワと己の体を触っていくが、これといった怪我らしい怪我は無かった。
あっても擦り傷程度。

ホッと一息つくと俺が転がったであろう現場に目を移すと、そこには少しだけえぐれた地面が4メートルほど続いている跡が残っていた。
そして対岸には先ほどまで無かった半径3メートルほどのクレーターに川の水が少しづつ流れ、プチ湖を形成しつつあった。

「ちょ、なにこれ?」

目に映る不可思議な光景に、俺は日が暮れる少し前までそこから動くことができなかった。


- - -



川での夏の甲子園事件から五日間で、色々と実験を繰り返しある結論に至る。
始めからこの体が恐ろしいスペックを有していたわけではない。
考えてみれば初日の探索はすぐに疲れてしまって大樹に引き返していたからだ。
探索距離が飛躍的に伸びたのはこちらに来て三日ほどたってから。

今までまったく気がつかなかったが、果実を食べると体の芯がほんのりと暖かくなり、どこからともなく力が湧いてくる。
本当に意識しなければわからないほどではあるが。
あの地面との激突によって痛めつけられた体の状態で食べたときは、それをよりはっきりと感じ取ることができた。

色々と現状の身体能力テストを行いつつ、果実を食べる前と後の結果も同時進行で調べていった。
結果は果物を食べた後のほうがほんの少しだけ能力が上昇しているのを確認。

そのテストの過程において生まれたのが``セルフ高い高い``。
足にグッと力を入れ、思いっきり上に向かってジャンプするだけと至ってシンプルな動作を行うだけなのだが、15メートルほどの跳躍力を持つこの``セルフ高い高い``は鬱蒼と生い茂る木々を飛び越えて遠くを見渡せることができるので、森からの脱出には重宝しそうな予感がする。
幼女だけに高い高い。
まぁ、軽く人間離れした技なので人里で披露しようものなら、一瞬でマッドな科学者たちの研究材料にされてしまうだろうから使えないが。

そしてこの果実は俺以外、つまりは人間以外の生命体にも効果はあるのではと実験してみた。
森の探索中に捕まえたウサギっぽい何か(久々の肉だと興奮したのだが、火が無いことを思い出し断念)にパイナップルを食べさせ解放したところ、捕まえた時とは比べ物にならない速さで森の中に消えていったのには驚いた。
自身の能力上昇率と比べると、明らかにウサギのほうが効果が高かったことを考えると、体の大きさによってその効果量が変わるのではないかと推測してみる。

この果実による能力の上昇に天井があるのか、あるいは青天井なのかは定かではないが、既に俺は明らかに人類が到達できる地点を大幅に飛び越えてしまっている。
なんたって大樹の果実以外、食料になるものが無いのでそれしか食べていないのだ。
もしも、このまま一年ほど果実を食べ続けて------。
万が一、果実のブーストが青天井であった場合、下界に降りて電車にでも乗っている時にクシャミをして前方にいる人間に頭突きでもしようものなら・・・。
駄目だ、考えるのは止めておこう。

他にも果実を食べ続けることによって起こる弊害は必ずあるはずだ。
このまま果実を食べ続けたとして、いくら耐久力も上昇しているとはいえ咄嗟に力を入れたときに体が力に絶えられず崩壊する恐れがある。
その可能性がある限りのんびり構えることなく早くここから脱出するか、あるいは加熱処理無しで食べられる食料を確保するかの二択である。

しかし、しかしである。
現代社会を生きてきて、突如として文明の利器から切り離された生活を強いられた人間にどこまでできることやら。
単純に食料といっても簡単に手に入るものではない。
過去、人類の歴史において食料問題が改善し、餓死する人間が極端に減ったのはつい最近の話だ。

周りに人のいる環境でそれなのだから、ただ一人の人間が何もない森の中でがんばったところでたかがしれている。
山の幸を取ればいいじゃないと思う人もいるが、事態はそう簡単に済むものではない。

キノコ一つとってみても、まったく知識の無いものが毒の有無もわからずに口にすればエライ目にあうのは火を見るよりも明らか。
植物も食べれる植物かどうかわからないで気軽に口にしようもの大変なことになる。
毒が無くても下痢を起こすなどの副作用がある物は山には数多く存在する。
川魚は寄生虫が恐ろしいし、動物を捕まえて食べるにも火が無いと生肉を食べることになってしまう。
恐ろしいほどの廃スペックな体を持つことになってしまった幼女でも、その力を完全に生かすこと無く己の身を守る以外なんの役にもたっていないのが今の現状である。
そんな状況下なので、結局は大樹の落とす果実を口にすることで命を繋いでいくしかないのだ。



- - -



この森で目が覚めてから一ヶ月ほど(もう日数を数えていない)。
ついにこの森を出る準備が整った。

蔦や木の皮で肩掛け鞄を作り詰め込めるだけの果物を入れ、腰には襲い掛かってきた大きな狸もどき(撲殺しました)の毛皮を巻きつけ、準備は万端!!!
そしてなにより頼もしいのは新しくできた相棒の存在。

もこもこの毛皮を身に纏い、白と黒のコントラストの外面。
丸い耳とお尻からひょっこり飛び出たお団子型の尻尾。

5メートルほどの身の丈を持つパンダの「モガ君」だ。
モガ君は俺が川で身を清めているときに、川の上流からドンブラコ、ドンブラコと流れてきたのを俺が助けたのが二人の出会いの始まりだった。

どうもモガ君はなんらかの事故があって川に落ちてしまったみたいなのだ。
前足に何かに噛み付かれたような傷があり、それが元で川に落ちて意識を失ったと俺は考えている。
しかし、よくもまぁあんな浅い川を流れてきたな。

浅瀬か岩かに引っかかっててもおかしくないのだが、不思議なことにドンブラコッコと俺の前に流れ着いたのはまさに奇跡とかいいようがないw
途方も無く運が悪いのかもね、モガ君は。

モガ君の名前の由来は鳴き声の「モガ~」からきている。
俺はパンダの鳴き声がどんなものかは知らないが、きっとモガ~なのだろう。

まぁ、鳴き声は一旦置いておこう。

どうやってモガ君を助けたか語るとしようか。
俺の前に流れ着いた大きなパンダは、助け出した後もぜぇぜぇと苦しそうに息をするだけで動こうともしなかった。

まさに瀕死の状態。
あまりにも苦しそうだったので、どうにかしてあげたいが何もできずにおろおろとしていたのだが、パンダがこちらに視線を向け俺とパンダの目と目が合った。
その目は俺に殺してくれと強く語りかけているような気がして、願いを叶えてあげようと右手に力を入れ、痛みを感じさせずに手刀で首を一思いに切り落とそうとした際に、パンダの目から涙がボロボロ零れ始めたのだ。

たぶんあれは感謝の涙。
武士の情けの介錯に、万感の想いを篭めた感謝の涙だったのだろう。

不意にその涙を見た俺は、振りかぶっていた手を止めてしまう。
っく、そんな大きな図体をしている癖になんて儚げな涙を流すんだ。

刹那を生きる野性の動物の涙を見てしまった俺は、この荒武者を思わせる武士を生かす為に動き出す。
動物の治療の知識なんてまったく無い俺にできる事。
不思議な果実に賭ける以外ない。

あの大樹の果実をここに持ってきてパンダに食べさせる!
アレなら、アレならきっと何とかしてくれるはずだ。
俺は全速力で駆け抜け、進行方向にある木を殴り倒しながら一直線に大樹の元へ。

パンダが笹以外にどんなものを食べれるのか知らないが、とりあえず大樹になんでもいいから元気になる果物を出してくれと心の底から願った。
すると空からドスンと音をたてて降ってきたのは大きな見たことも無い大きな果実。

硬そうな殻に覆われたその果実を拾い上げ、元来た道を猛スピードで突っ走る。
待ってろよパンダ!
もうすぐ着くからな。

ザザザァーと砂煙を巻き上げながら川辺に到着。
止まるときに地面に足を突き刺したので、せっかく体を洗って綺麗になった足は泥だらけになってしまったが今はそれどころではない。
急いでパンダに駆け寄ると、こちらに気がついたパンダが絶望を顕わにした表情(たぶん)をこちらに向けているのに気がついた。

「ごめんな、お前が男らしい死に様で逝こうと決心したのに介錯を途中でやめて。でもな、何があったかは知らないが生きろ!」

気がつけば、俺の頬にも大粒の涙が溢れ出していた。
大樹一押しの元気になる果実。
それを素早く手刀で4等分し、必死で抵抗するパンダの口に無理矢理ねじ込む。

喉からグビリという果物を嚥下した音を聞き、これできっと大丈夫だろうと安心した時だった。
パンダは果物を飲み込んでからビクンビクンと痙攣した後に気絶したのかピクリとも動かなくなったが、口元に耳を当ててみると安定した息使いに今度こそ俺はホッとすることができた。

パンダを寝床に担いで帰る前に、俺は汚れた足と果汁だらけの手を洗っていこうと川に歩いている途中、大便の匂いを手から感じ取った俺はあることに気がついた。

「う○こくせぇwあの果実はドリアンだったのか」

・・・

・・・・・

・・・・・・・

そんな救出劇があってから、共に生活を始めたモガ君と俺。
彼(もしくは彼女)との相性は抜群で、俺の望むことを感じ取り、気がつけば俺の望み通りに任務を遂行してくれているモガ君は、まさに痒い所に手が届くとても頼りになる存在。

そのモガ君に跨り、今まさに出発の時。
目指すは人里!
さぁ、冒険の始まりだ。

こうして一人と一匹は大樹の元を去り、川沿いを下りながら人里を目指すのだった。



- - -




国と国の狭間にある小さな小川。
川は人々に潤いと川魚をもたらし生活を支え、また国境線としての役割を果たしている重要な小川。
かつて起きた戦争でも、この川は重要拠点として争いの中心にもなった歴史がある。
軍を進めるにあたりどうしても必要となってくるものは水だからだ。
一時は多くの血で赤く染まったことから、血の川(サンジュリビャー)と呼ばれていた過去を持つ。

そんな曰く付きの川を幼い少女がドンブラコッコと流れているのを、近くの村に住む水を汲みに来た少年が発見して陸に引き上げたのだ。
引き上げられた少女はとても穏やかな表情で、ただぐっすり眠っているようにも見えたが、呼吸はしっかりしているが体温が異常に低いことに気がついた少年は、大声で他に水を汲みに来ていた村人に助けを求めた。

「君、大丈夫か。おい、誰か隣村に行って医者の爺さんを連れて来い。早くしろ!!!」

慌てて駆け出す村人たち。
医者を呼びにいった村人の後姿が小さくなっていくのを見届けた少年は、少女の容態をもっと詳しく確かめようと村人から少女に意識を移し息を呑む。

「な、なんと美しい」

5歳か6歳ほどの少女からは、幼い頃に祭りで見た中央神官たちが行っていた儀式魔法などとは比べ物にならないほどの神々しさが立ち上っている。
日の光で焼けたのか、褐色と白を混ぜた様な滑らかな肌に絹のように艶やかな黒髪。
幼児にしてはどこか精悍とした凛々しい顔だちは、協会の壁に架けられている戦乙女の絵画のようであった。

結局少年は、何の処置もせずに医者が来るまでずっと少女を見ている事しかできなかった。


- - -



「おいしい!親父さん、おかわりください!!!」

「あいよ、嬢ちゃんは本当によく食うな」

ニコテ村に居ついて早三ヶ月。
今はロボスのおっさんの家で世話になっている。
どんな経緯でこの村に住むことになったのか簡潔に。

・・・

・・・・・

・・・・・・・

川から流れ着いたという(村人談)俺は村人に助け出され、ベットの上で目を覚ました。
何故川から流れてきたのか村人に尋ねられたのだが、本当の訳を話す訳にはいかず、適当に思いついた嘘9割、真実1割の悲しい過去()をでっち上げて村人の同情を引き、それ以上聞くなと釘を刺した。

深く突っ込まれたらボロが出ることは確実なので、予防線を張っておくことにしたのだ。
そうやってしばらく話し込んでいて気がついたのだが、どうも村人は西洋人のような顔つきなのに日本語を流暢に話しているのである。
しかも口の動きと耳に入ってくる言葉とがどうにも噛み合わない。
気になった俺はうかつにも近くのおっさんに質問してしまった。

「すいません、あなたの話している言葉はどこの国の言葉でしょうか?」

「はっはっは、変な事を聞くお嬢さんだ。お嬢さんが喋っている言葉と同じチャコル王国の言葉じゃないか」

ちょ、どこですかそれは!!!

「そ、そのチャコル王国の近隣の国の名前を教えてもらえませんか?」

「なんだ、そんなことも知らないのか?フィルタ帝国にスモック共和国、そしてトゥバコ神聖教会自治国だ。こんなこと、誰でも知っていることじゃないか」

ごめんなさい、まったく知りませんでした。

「ここがどこなのかわからないので地図を貸してもらえると助かります」

本当にここはどこなのだろう?
森にいる時も薄々は日本では無いと思ってはいたが、(季節的な意味で)なんだか嫌な予感がしてきたわ。

「地図?そんな歳で地図の見方なんかわかるのかい嬢ちゃんは・・・。少し待ってろ、地図は村長の家にしかないから借りてきてやる」

そう言って颯爽と部屋から出ていったおっさんが、地図を携え戻って来たおっさんから地図を受け取って嫌な予感は的中した。

「日本どころか地球ですらなかった件」

・・・

・・・・・

・・・・・・・

そして紆余曲折を経て、貧しい村でも比較的裕福なロボスのおっさんの家に引き取られた訳である。
おっさんが何の仕事をしているかはわからないが、鎧や剣を持っていることから傭兵か兵隊かのどちらかだろう。
この世界には魔法使い()なる存在もいて、大きい町なんかになると一人か二人駐在していて町を魔物から守っているんだとか。

ニコテ村は貧しいので傭兵や魔法使いを雇うような金は無く、魔物が現れたら農具を持って立ち向かうらしい。
もちろん、そんな貧弱な装備で敵うはずも無く、下級の魔物なら何とか倒すことができるらしいが、中級となると大量の犠牲者を出しなんとか追い返せる程度。
上級の魔物は王宮の魔法使いや腕利きの兵士を大量に派遣し、数と質をもって攻めるも大抵は甚大な被害を出しつつの辛勝。
上級の魔物ってドラゴンみたいな奴なのかな?
まぁ、こんな辺鄙な村に来ることはないだろうけど・・・。

「魔物が出たぞー、年寄りと女子供はすぐに逃げろぉぉ」

えっ!?
今外から聞こえてきた声って。

「グリズベアだ!くっそ、なんであんな魔物がこんな村に!!!逃げろ、早く逃げろぉぉぉ」

うそん、冗談だろ・・・。
外はどうやら阿鼻叫喚のご様子。
子供の泣き声や、男の野太い悲鳴。
こ、これはマジでやばいんでないかい?

この世界の生活に対する常識はある程度理解したが、魔物に対する常識がイマイチ把握できていない状況なので部屋から出るタイミングを見誤ってしまった。
ど、ど、ど、どうしよう。
家から飛び出して逃げ出すの?それともここにずっと隠れてるの?どーすんの俺!

そう一人で悶々としていると、外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「モガーモガー、モガガー」

!!!
この鳴き声は・・・モガ君!?
ここ最近、ずっと悩んでいたことの一つ。
相棒のモガ君の安否と行方。

人里を目指し旅をしている途中で、俺と一緒に滝つぼに落ちたモガ君。
旅の道中はひと時も離れず、いつもモフモフの毛皮で俺を包み込んでくれたあの温もりを、離れ離れになった今でも片時も忘れたときはなかった。

俺は家の外に飛び出し、あの白と黒のコントラストを探しすぐに見つけた。
村人たちは飼葉を掻き混ぜる三叉のフォークと呼ばれる農具や鍬を手に持ち、モガ君をグルリと取り囲んで農具を突きつけている。
モ、モガ君が殺されちまう!!!
俺はその光景を目の当たりにし、我慢しきれずに叫んでしまう。

「やめろ、モガ君を傷つけるな!」

俺の叫び声が村の広場に響き渡り、村人の男たちやモガ君も俺の存在に気がついたらしい。

「ば、馬鹿ヤロウ。早く逃げろ、殺されちまうぞ。この魔物は上級の魔物だ!だから早く---」

「うるさい、馬鹿ヤロウはお前だ!モガ君は魔物なんかじゃねぇ、俺の、俺の大事な相棒で友達だ!!!」

「モガ君、早くこっちに逃げてくるんだ。さぁ、早く!」

それを合図にモガ君は村人たちを振り払い、血路を開いて俺の元に走り寄って来る。

「-----------------------------------------------」

村人たちは何か騒いでいるが、もう俺とモガ君との仲を邪魔する奴らは誰もいない。
俺もモガ君に向かって走る、走る。

俺が近づくに連れ、四足歩行から二足歩行に切り替えたモガ君は俺を抱きとめるためなのだろうか、前足を高々と上げ万歳のポーズを取り待ち構えている。
そんないじらしい態度が可愛くて、うれしくて。
俺はモグ君にいつものように抱きとめてもらいたくて、その大きな胸に飛び込んだ。

・・

・・・

ミシャっという音と共に頬や手に付く生暖かい液体。
何が起こったのかまったく理解できずに、その生暖かい液体見るとそれは赤いもの。
まるで・・・まるで血のような液体だ。
血?
あれ、なにか変だ。
抱きしめているモグ君の胸からはいつものような筋肉の躍動を感じられない。

「---------ッ!」

目の前にあるのは・・・目の前にある物はなぜか引き千切れたモグ君の体``だった``物。
俺は恐る恐る後ろを見ると、体を真っ二つに引き裂かれたモグ君が、目と口を大きく広げて絶命していた。

何が悪かったのだろうか。
神よ、俺が一体なにをしたというのだ!

モグ君は今まで飛びついても、怪我することなく抱きとめてくれていたのだ。
なのに、なんで、なんで、なんで?

大切な相棒を、友達を・・・。
俺が、俺が殺してしまったのか?

「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

その事実にいきついてしまった俺は、怒りと絶望と悲しみをがない交ぜになり、感情の処理が追いつかずに涙を流しながら意識を失った。



- - -



グリズベア、それは王宮魔道師や騎士を100人投入して倒せるかどうかの強さを持つ正真正銘の化け物。
動きは素早く、繰り出される張り手は城の城壁に皹を入れるほどの力があると、王都にいる元騎士団長だった翁から聞いたことがあった。
なんでも50年前のグリズベアの襲撃では、騎士団長を除く他の騎士は全滅してしまったと遠い目をしながら俺に語る翁の目尻にはうっすらと涙が溜まっていた。

そのグリズベアが今、俺の村に攻め込んできているのだ。
村には武器らしい武器は無く、下級の魔物とは訳の違う相手に仲間たちが次々とやられていく。

くそ、くそ、くそっ、くそったれ!!!
ロニーもペイルもマブダチのアントンまでやられちまった。

まだ避難できていない年寄りや女子供はたくさんいる。
ここで俺までやられちまったら、逃げている奴らも追いつかれ皆、皆食べられちまう!
震える足に渇を入れ、フォークを構えグリズベアを睨みつける。

「クリス、無事か!?」

「ラルフおじさん!来てくれたのか」

「あぁ、女房と子供と一緒に逃げるつもりだったが・・・若造のお前が戦っているんだ、ここで逃げたら男が廃るってもんよ!」

「おじさん・・・」

『俺たちもいるぜ!』

「皆!!!」

ラルフおじさんや村の仲間たちがグリズベアを取り囲み、農具を突きつける。
皆もう生きて帰ることができないとわかっているのか死への怯えはなく、一秒でも足止めすることだけを考えているのでグリズベアが前進しても一歩も引かず獲物を構えている。

「モガーモガー、モガガー」

グリズベアの威嚇の咆哮は俺たちの体を揺らし、冷や汗がドッと溢れ出して来る。
覚悟を決めた俺でさえ、再び足が笑い始めるのを止めることができなかった。

(俺は勇者だ、俺は勇者だ、俺は勇者だ、俺は勇者だ。だから、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ・・・駄目だ!)
と心の中で必死に自己暗示を掛けている時に彼女は現れた。

「やめろ、モガ君を傷つけるな!」

凛としたよく通る声が広場に響き、俺たちやグリズベアでさえも彼女に意識を奪われてしまっていた。

「ば、馬鹿ヤロウ。早く逃げろ、殺されちまうぞ。この魔物は上級の魔物だ!だから早く---」

逸早く正気に戻ったラルフおじさんが逃げろと彼女に注意を促すが、彼女は其処から一歩も動かずにグリズベアから視線を固定したまま仁王立ちしている。

「うるさい、馬鹿ヤロウはお前だ!モガ君は魔物なんかじゃねぇ、俺の、俺の大事な相棒で友達だ!!!」

「モガ君、早くこっちに逃げてくるんだ。さぁ、早く!」

「駄目だ、逃げろ!グリズベアの好物は若い女だ。だから早く!!!」

ラルフおじさんの悲鳴のような言葉は彼女には届かなかった。
彼女の言葉を合図に俺たちを腕の一振りで吹き飛ばし、彼女に向かって突進していくグリズベア。

彼女もまたグリズベア向かって人間離れした速さで走り寄っていく。
それに驚いたグリズベアは急に足を止め、前足を天高く構え少女を迎え撃とうとしている。

あれは!
あの構えはアントンの頭部を吹き飛ばしたときしていた構えだ!!!
いけない、逃げろ!
そう叫びたかったが、一度自分から外れたグリズベアの威圧感がそれによりまた自分に降りかかると思うととてもじゃないが叫べなかった・・・。
なんて弱虫なんだ俺は!

そしてついに少女と魔物の激突。
俺はひしゃげたあの凛々しい少女を見たくなくて、激突の瞬間に目を閉じてしまっていた。

ミシャ。
それは何かが・・・何かが引き千切れる音。
アントンやペニーが死んだときも同じ音が鳴り響いた。
あぁ、そうなると彼女は・・・・・。
絶望しながら閉じた瞼を開いた俺の目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

胴から真っ二つになっているグリズベアに、その胴を抱きしめて泣いている少女。

「嘘だろ・・・おい」

それはあまりにも現実離れした光景だったので、俺はしばらく呆然と少女が泣いているのを眺めていたのだが、少女はグリズベアの胴を抱きしめたままグラリと操り人形の糸が切れたように前のめりに倒れこんでしまったのだ。
少女が倒れ、我に返った俺は慌てて少女の下に走りより、どこか体に怪我は無いかを確認し、すぐにロボスおじさんの家に連れて行き服を着替えさせ血を拭いベットに寝かしつける。

一通りの作業を終え、村の状況を確認しに広場に向かうと、共に戦った仲間たちが何やらヒソヒソと小声で話し合っている。

「来たかクリス、してあの子は?」

「怪我もなく、今はぐっすりと眠っている」

皆の、特にラルフおじさんの雰囲気がどこかおかしい。
こう・・・ピリピリしているというか。

「そうか・・・やはり」

ふぅっと息を吐き、やっぱりなって顔をしているラルフおじさんに苛立ちを感じつつ、まるで俺に何かを隠しているような-----

「なにがやはりなんだ?」

「気がついていなかったのか、お前は・・・」

「な、何をだよ?」

「あの子は・・・。いや、あのお方はもしかすると``戦乙女ロリフェリア様``かもしれん」

はいぃぃぃぃぃぃ!?








[27922] 2.5話 モガ君の独白
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/05/24 05:30


俺の名前はジェット。
誇り高きグリズベアの王の中の王。

女房に浮気がばれて、足を強かに噛みつかれ、家を追い出されてと踏んだり蹴ったり。
そんな傷心な俺を慰めてくれる、唯一の趣味のドザエモンごっこ。

今日も川を流れてドンブラコドンブラコ。
ふ、ふんだ。
王様の俺にあんな生意気な態度を取る女房なんて知らないんだからね!

ドンブラコッコドンブラコ。

でも・・・このドザエモンごっこが終わったら、人間の一匹でも捕まえて持っていってやってもいいかな。
ほ、ほら!あいつのためなんかじゃなくて自分のためだから!!!
晩御飯のおかずが一品増えて、うれしいのは俺もだから!
あいつはついでだよ、ついで。

よし、下流まで流されていって人間を捕まえてくるか。
ドンブラコッコドンブラコ。

流され続けて1時間。
なんと人間の匂いがしてきたよ。
しかも雌の子供の匂い!!!

ドンブラコッコ・・・。

突然シリアスになってすまないが、アリサ(女房)よ俺様はどうやらここまでのようだ。
王の俺様にはわかる。
今俺様の前にいる人間の雌は、絶対逆らってはいけない種類の----。
あふれ出す禍々しいオーラはまさに死神。

死んだ振りをしている俺(俺の体重は2トンほど)を片手で丘に引っ張り上げ、死んだ振りをしている俺の顔を睨みつけてきている。
あまりの恐ろしさに、死んだ振りも忘れてしてしまったが、恐ろしいまでの威圧感と圧迫感により呼吸がうまくできずにぜぇぜぇと過呼吸状態に陥ってしまう。

俺は人間から目を離すことができず、恐怖のあまり硬直してしまった。
目を離した瞬間にきっと俺様は殺されるだろう。

野生の掟!自分と同じくらいの力、あるいは自分より強い存在を相手したときはメンチを切ってビビらせるを発動させる。
俺は決死の覚悟で人間を睨みつけるがそれは逆効果だったようで、奴は俺の首のちょうど真上に手を持っていき振りかぶっている。

あぁ、オワタ。
もう完全にオワタじゃんかよ!!!
こんなことなら、アリサと喧嘩せずに巣穴でしっぽりしていればよかった。
アリサとの思い出が脳内で次々と浮かんでは消え、浮かんでは消え。
これが走馬灯って奴か・・・。
ご、ごめんよアリサ。

これから俺は殺される。
死ぬのはまだいいが、アリサを一人残して先に旅立つことを思うと目から次々と涙が溢れてくる。
アリサ、アリサ、アリサァー。
俺が完全に諦めムードに入っていると、人間はどこかへすごいスピードで駆けていった。

「た、たしゅかったのか・・・・?」

とりあえず奴がまた戻ってくる可能性もあるので、一刻も早くここから脱出しなければ!!!
呼吸が落ち着き、なんとか動けそうになったので、逃げようとした矢先に-----ズキン。

アリサに噛まれた場所に菌が入ったのか、足がパンパンに腫れ上がっていて痛くて動けない!?
くそがぁぁぁぁ、あの糞女房が。

もし生きて帰ったら顔の形が変わるまでボコボコに殴ってやる!
とにかく這ってでも逃げないと、またエンカウントしたら今度こそ命がなくなるぞ!

ザザザァーと砂煙を巻き上げ再び俺の前に立ちはだかる人間。

今度こそ完全にオワタだわ・・・・。

ちょ、なんだそのう○こ臭い物体は。
やめ---------


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

それからの日々は地獄だった。
あの臭い物体を食べさせられた俺は、なぜか体が頑丈になり前より一層強くなった。
しかしそれだけならいいのだが・・・。
例の人間にとっ捕まり奴隷としての日々を過ごすことを強要される俺様。
目が覚めたら奴のテリトリー。

逃げようとこっそり離れると俺の胴体を貫通しそうな勢いで突進してきたり、あるときは俺様の背中に乗り尻を馬鹿力で進め進めとぶってくるのだ。
王様の俺も我慢の限界というものがある。
下克上を試みようと、奴が寝ているときに攻撃したのだが・・・奴にむんずと掴まれて逆に羽交い絞めにされて身動きが取れなくなってしまったのだ。
もういい、俺は諦めるよ・・・・・。


- - -


ついにきた俺の最初で最後の好機。
奴に散々連れまわされて辿りつきしは、大きな滝つぼ。

ここに奴を叩き落せば生きて再び俺の前に姿を現すこともないだろう。
Coolになれジェット。
チャンスは一度きり。
失敗すれば確実に死が待っている。

まだ、まだだ!

5・4・3・ヒャァァもう待てねぇ!0だぁぁぁ。
俺は足を滑らせた振りをして、俺の上に乗っている奴を振り落とし滝つぼに落とそうとするのだが・・・。

ちょwおまwww
俺の毛を掴むんじゃねぇよwww

あ、あ、あぁぁぁぁぁ。



ザッパーン。

・・・

・・・・・

・・・・・・・・

なんとか生き残りました。
奴がどうなったかはわからないが、俺の第六感は生きているとビンビンと俺に警告をもたらす。

まぁ、生きていても俺のねぐらに帰ればさすがに奴とて俺の見つけることはできまい。
ねぐらに帰る道中で、グリズベアのNo.2が俺の前に立ちふさがる。

「貴様、グリズベアの王という身分でありながら人間の奴隷に成り果てていたそうだな」

「そうだよ」

「------ッ!貴様!!!」

「一つだけ忠告しておいてやる、決して奴に関わるな。命がいくつあっても足りないぞ」

「ふん、もう貴様など王ではないわ!私がその人間を討ち取り王を名乗る」

「どうぞ、ご勝手に」

「この玉無し野郎が!!!」

そう言って、下界に下りていったNo.2は二度と帰ってくることはなかった。

臭い物体食ってないからそうなるんだよ!!!!!










[27922] 3話 幼女と神話
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/06/04 11:03

[戦乙女怒りしとき、悪しきものは朽ち果て母なる大地に屍を晒す。また、行い正しきものには永劫の安寧をもたらすだろう。(童話 戦乙女ロリフェリア)]

エタロリ大陸において数多くの宗教が存在するが、その中でも信者の数がもっとも多いと云われているペドゥ教。
神より遣わされたとされる小さな小さな女の子が信仰の対象となっており、大陸に住まうものならばその名を知らぬ者はいない。

神話や童話、各国の宝物庫から発見された古文書などにも登場する戦乙女ロリフェリア。
彼女の登場する物語全てに共通するものは、人類が誕生したばかりの創世の時代。

生命の母、``世界樹``が多種多様な生命体を次々と生み出し、草木が一本も生えていなかった大陸を命で満たしていった。
大陸には生命が溢れ、手狭になった大地を離れて海や川や空といった新天地を求めて進化する生物も出始めた頃にある生物が誕生する。

地上のパワーバランスを完全に崩してしまう生物。
魔物である。
圧倒的な繁殖力と食欲により、爆発的に増えた魔物は他の生物を捕らえては食し、また犯していった。
それによって生まれた人間と魔物のハーフ、亜人と呼ばれる獣人やエルフといった生命体もいるが今は置いておこう。

増え続ける魔物に減り続ける他の生物。
大陸中を魔物が闊歩しており、他の生命体が次々と絶滅していく中で人類もまた絶滅の危機に瀕していた。

そんな折にどこからともなくフラリと現れた一人の幼女。
単身で万を越える魔物を屠り、種付け製造機として捕まっていた人間や獣を次々と解放していき、味方を増やしていった。

そして10年の激戦の末、ついに魔物VSその他の戦いは終焉を迎えることになる。
魔物の総大将にして魔物の王のそのまた王、大魔王を幼女が打ち滅ぼしたのだ。

大魔王を倒した幼女が反魔物連合に帰ると、彼女を待っていたのは歓喜の声を上げる人間や獣たち。
戦いの最中にいつの間にかできていた「国家」に迎えられ、幼女は初代王として君臨し、姿を消すまで老いることはなく執政をとり続けた。

国家が誕生して200年、彼女は王の座を優秀な者に託し、親しき者たちに己の出生を明かしその姿を消した。
彼女が姿を消してから3000年。
彼女が何を語ったのか、古文書を解読している御用学者たちの間では興味の尽きないものではあるが、ペドゥ教誕生のきっかけになったのは間違いないと見ている。

[これってエロゲの中だし] [気がついたらでっかい木の下にいた] [俺元男なんだけど・・・] [原作のかなり前とか無いわ]

解読された一部の文章の中には、まったく意味不明な彼女の「言葉」が残されているものの、彼女は神(世界樹)がこの世に送り出した使いであるということは間違いないというのが学者たち共通の見解である。
なぜなら、見つかった他の古文書からは「我々は世界樹から生み出されたということはわかっているが、それは感覚的なもので、この目で世界樹を見たと言うものはロリフェリア様を除いてただの一人もいない」と記されていたからである。

学者たちは今日も彼女の残した``エロゲ``、``原作``という言葉に重点を置いて研究を続けるのであった。



- - - -



上級の魔物、白黒の悪魔グリズベアの襲撃にあったニコテ村。
本来ならば人口200人にも満たない辺鄙な村に、上級の魔物が襲い掛かったとなれば全滅は必至。

なんたって木でできた鍬や混ざり物の多い金属のフォークを装備した農民が、王都に住んでいる騎士や魔法使いでさえ倒せない上級の魔物に歯が立つ訳がないのだから。
しかし村は今も尚、滅びることなく健在している。

一体どんな奇跡が降って湧いたのか・・・。
その奇跡を運んできたのは、三ヶ月前に川から流れてきた黒目黒髪の小さな女の子。

戦乙女ロリフェリアと同じものを持つ不思議な少女。
それゆえに村長が村で保護をすることを決め、少女の面倒を比較的裕福なロボスに預け育てるつもりだった。

田舎町で人一人養っていくのは並大抵のことではない。
皆が皆、日々の暮らしで精一杯なのだ。

「育ち盛りの子供など・・・」と始めは預かるのを渋っていたロボスだったが、傭兵業という堅気とは程遠い職業についている自分に、花が咲いたような笑顔で外のことを聞かせてとせがむ少女に絆され、いつの間にかこんな生活も悪くないと思うようになっていた。
特に国や魔物といった常識的なこともわからずに、かわいい眉をへの字に曲げてウンウン唸っている姿は、ロボスの琴線に触れるものがあったとかなかったとか。

髪の色と瞳の色以外、どこにでも居そうな平凡な少女。
そんな少女がグリズベアを倒したと誰が信じようか。

それをグリズベアの足止めをしていた青年たちから聞いた村長が、後ろの穴が緩んで少し漏らしてしまったのは仕方がない事といえよう。
青年たち曰く、「彼女はグリズベアが少女の肉を好むことを知っていて、グリズベアの注意を俺たちから逸らすために大声を張り上げて広場に出てきた」や「彼女がグリズベアを屠った後、相手が魔物であるにも関わらず慈愛の涙を流していた」との事。

誠に信じがたい事ではあるが、真剣に語る青年たちが嘘を言っているとは思えなかった。

・・・

・・・・・

・・・・・・・

魔物の毛皮。

槍や剣を通さず、火や水を弾くその毛皮は魔物を倒さなければ手に入らない高級品。
希少価値が高く、王都の大富豪や貴族、王族などといった特権階級が己の力を誇示するために買いあさるので、商人からすれば喉から手が出るほど欲しい一品である。

それもグリズベアという上級の魔物の物であれば尚のこと。
グリズベアが幼女に倒されてから三日がたち、上級の魔物が倒されたという噂は、日用品の買出しに出かけた村人からアッという間に広がり今では王都に届くほど。

それを聞いた商人が黄金の匂いを嗅ぎつけ、ニコテ村に蜜に吸い寄せられる蟻の如く群がってくるのも当然といえる。
そんなこんなでテキパキと解体されていくグリズベア、南無である。




- - -



部屋に引きこもって三日がたった。
相棒で親友のモガ君を殺してしまった俺は、食事もロクに取らずにベットに突っ伏して延々と懺悔と自責の涙を流す他なかった。

ロボスのおっさんが、モガ君に村人が殺されたと聞いたときは耳を疑った。
あんなに優しいモガ君が人を殺すはずが無いと。
寂しがりやで甘えん坊なモガ君、夜に眠れなかったのか俺に抱きついてきたモガ君。
そんなモガ君がまさか・・・。

しかし、そんな彼も武器を向けられたらと思いなおす。
自分を守るために抵抗した結果、人を殺めてしまったのではないか・・・。

それもこれも全部が全部俺のせい。

俺を探しにモガ君がニコテ村に入り込んだせいで、村人が30人も死ぬという二次被害も生み出して・・・。
モガ君、名も知らない村人の皆・・・本当にごめんなさい。
こんな俺が生きててごめんなさい・・・。

昨日の昼辺りからだろうか。
なぜか村人たちが俺の部屋の前に来て、感謝の言葉を俺に述べて去っていくの繰り返し。
いつの間にか俺は``フェリア様``と呼ばれるようになっていて、村人たちから畏怖と敬意の篭った感謝の言葉を耳にするようになっていた。
ますます広がる罪悪感。

村人とモガ君、双方の行き違い。
モガ君は俺を探しに、村人は突然現れた大きなパンダを警戒して。

もっと早くに俺が出て行って仲裁していれば・・・。
また一人、俺の下に村人が来て感謝の言葉を告げてくる。

もうよしてくれ・・・。

ロボスのおっさんも部屋に篭る俺を心配してか、柄にもなく花を摘んできて部屋に飾り俺のことを気遣ってくれている。
ただでさえ村人たちに迷惑をかけ、憎まれても仕方がない俺にここまで優しくしてくれるのだ。

いい加減立ち直らなければ。
そう、思い立ったが吉日。

早速俺は村人やロボスのおっさんに「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えるために俺は部屋から飛び出し、広場へと急ぐのだった。




- - -



「では最後に、ここにサインをしていただければ200ルドをきっかりお支払いします」


にこやかな笑みを浮かべて村長と談笑する商人たち。
田舎者の村長はグリズベアの毛皮の価値がまったくわかっておらず、相場なら5000ルド(小さいお城が建てられる)はするものなのだが200ルドで売り払ってしまったのだ。
平民の平均年収が10ルド700シータということを鑑みれば、200ルドは確かに大金だろう。

しかし、それは相場からかけ離れたふざけた金額でしかない。
現代日本で例えるなら、相場が3000万の新築の家を10万円で買い叩かれるのと同じくらいといえばわかりやすいだろうか。
もちろんそれを買った者は、転売するだけでウマウマ。
残念なことに村長はそんなことをこれっぽっちもわかってないのだけれど。
商人がニヤけてしまうのも仕方が無い。

村長はその大金に小躍りしながら商人に売り渡すのを承諾し、これで村の復興とグリズベアとの戦いで散っていった若者たちの遺族に見舞金が出せると鼻息を荒くしており、ついに金の受け渡しというときにそれは起きた。
ドンという爆音の後に遅れてやってくる大きな震動。

グラグラと揺れて傾く家財に、商人たちの甲高い悲鳴。
揺れはすぐに収まったものの、その後に大気を揺るがす咆哮が村中を貫いた。

「誰だあぁぁぁぁぁぁぁ、モガ君を辱めた者は!!!」

慌てて外に飛び出す村長と商人たち。
先ほどの揺れと大音量の咆哮に家から外に出てきた村人たちもチラホラと。

音の発生源と思わしき村の広場には大きな穴が開いており、そこには黒目黒髪の少女が髪を逆立たせて幽鬼のように立っていた。
胸には解体されたグリズベアのものと思われる丸い尻尾を抱きながら。

そのフルフルと震える体は、「私怒っています!!!」とアピールしており今にも爆発寸前なのが見て取れる。

「誰だ・・・誰だと聞いているんだ。これを行った者は・・・」

胸に抱いていたグリズベアの尻尾を高々と掲げ、周囲の者たちに視線を飛ばす。
立ち上る怒気と明確な殺意。

恐怖のあまり漏らしてしまった者がいるのだろうか。
辺りにきついアンモニアの匂いが漂い始める。

「もう一度聞く、これを行った者は誰だ?」

静まりかえった広場に響く凛とした声。
恐怖に駆られた村人が先ほどから商人に視線をやっているのに幼女は気がついた。

「そうか・・・お前らか」

「------ッ!」

ユラリユラリと一歩、また一歩と商人たち歩み寄っていく幼女の姿は商人たちにどのように移ったのだろうか。
腰が抜けて動けなくなってしまった者や、目を瞑り神に祈りを捧げる者。

逃げること適わず。

幼女は腰が抜けてへたり込んでいる商人たちの前で立ち止まり、それぞれの肥え太った丸い顔を一瞥し「何故このようなことを行った?」と静かに問いかけた。

「そ、それは我々が買い上げたからだ!その魔物を」

パンッ!
勇気ある一人の商人が幼女に申し開きをしている時に、乾いた音と共に彼の体が真っ赤な血と肉を撒き散らし弾け飛んだ。

『ひ、ひぃぃぃぃぃ』

咲いた咲いた曼珠沙華。
辺鄙な村のニコテ村。

毛皮求めてやってきた、商人が咲かせた一輪の花。








[27922] 4話 幼女とトリップ
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/06/21 20:53



新潟のホテルにいたはずが、目を覚ませばそこはテレビでしか見たことのない様な樹海の中で。
しかも体は小さくなり性別も男から女へと変質していた。

どこにでもいるようなおっさんが突然このような事態にみまわれて、不安やストレスといったものをまったく感じなかったのか?
答えは否である。

どことも知れない樹海に一人放りだされて、夜は獣の襲撃に怯えながら屋根の無い野ざらしの大地を寝床とし、日のあるうちは先の見えない周辺探索。
本当に人里に生きて辿り着けるのか?

いくら物事をポジティブに捉え、無理矢理テンションを上げていても限界というものがある。
これが、これがあと一人、幼女以外の誰かが一緒にこの樹海にいたのならまた違ったのだろうが・・・。

現実は何時だって残酷で、そこに存在するのは幼女ただ一人。
本人も気がつかないうちに、どんどんと溜まりゆく不安とストレス。

風船は許容量を越えると破裂してしまうが、人の心はどうなのだろうか?
幼女の心の奥底に溜まっていく色々なものが、今まさに許容量を越えて爆発しようという時に幼女とモガ君は出会った。

運命?それとも必然?
始まりは幼女のおせっかいから。

それが一緒に暮らすようになりお互いを支え、支えられ、一方的に甘えるといった関係ではなく対等で。
温もりに餓えていた幼女の心に潤いをもたらし、見慣れつつあった樹海の景色は心の変化を表すように、まるで世界が変わったようにクリアになっていた。

幼女が白黒の動物に依存してしまうのにたいして時間はかからなかった。
なぜかは記すまでもないだろう。
もちろん、表面上はいつもと変わりはなかったのかもしれないが。

いつの間にか家族のように大切な存在になっていたモガ君。
あの樹海のどこかに棲家があっただろうに、それを捨ててまで幼女の旅に付き合ってくれた優しいパンダ。

そんな彼を誤って殺してしまい、病みそうな心を心機一転させてこれからの人生をがんばろうとした所に、毛皮だけを剥ぎ取られた無残な姿のモガ君だった``物``を発見してしまい、幼女の中で何かが弾けた。
死者を冒涜するような行い、それも自分の家族のような存在に行われた蛮行。

許せない!
確かにモガ君を殺してしまい、村人にも犠牲者を出させてしまったのは自分のせいだと頭では理解しているのだが、湧き上がってくるドス黒い感情を抑えることは幼女にはできなかった。
怒り任せに大地を蹴り飛ばし、澄み渡る青空をキッと睨みつけながら幼女は吼える。

「誰だあぁぁぁぁぁぁぁ、モガ君を辱めた者は!!!」




- - -





幼女にブン殴られた商人は、まるで内部に仕掛けられていた爆弾が炸裂したかの様に肉片と血を広場に撒き散らした。
それと同時に殴った張本人である幼女は、まるで始めからそこにいなかったかのように姿を消していた。

突然の出来事。

村の広場に集まっていた住民や商人たちは、始めこそおぞましい光景に情けない悲鳴を漏らしてしまったのだが・・・。
広場に飛び散っていた肉片が人間のものであるピンク交じりの赤色から、薄紫色のゲル状の物に変化していくのに気がついた一人の商人。

「こ・・・これは!」

村人たちも紫色の物体に気がつき驚愕している。

「これはまさか!」


``ヘンゲー``--------擬態の技に長けた下級の魔物。
それは他の魔物と比べると最低クラスの力しか有しておらず、真正面から戦えば農民5人ほどで倒せてしまうのだが・・・。

なんだ、農民5人で倒せるんだったらただの雑魚じゃんと思うことなかれ。
この魔物の厄介なところは、高い知能と完璧な擬態能力。

元の姿は紫色のスライムで、見た目はかわいいがこいつがどんな生き物か知っていればそんな気持ちも吹き飛ぶだろう。
高い知能で他の生物の生態を学び、自分が捕食した相手そっくりに化けて、その食べられた相手に成りすまして群れに溶け込み、次の獲物を物色し始めるのだ。

その手口は狡猾で、たとえば人間と成り変わる場合。
ある程度権力がある人間に成りすまし、その人物の財力や権力を使って奴隷や平民を召しだして捕食するのだ。

それもただ捕食するだけではない。
もし召しだされた人間が歳若い娘であったならば、腕や足を溶かして食べ、身動きができない状態にしておき性的な意味でも食べてしまうのだ。

子供ができれば生かされるが、どちらにしろ生まれ出てきたヘンゲーの子供に母体は骨も残らず捕食されてしまうので未来はないが・・・。
それは相手が獣や魔物であってもやることは変わらない。

他の生物の中に溶け込み、油断させて後ろからガブリ。
本当に胸糞悪い魔物である。
ただの人がヘンゲーの存在に気がつくことは稀で、魔法使いが所有している高価な魔法具をもってしてやっと正体に気がつくことができるのだ。

仲間に魔物がいたことに戦慄を覚える商人に、
魔物の肉片に気を取られている人々であったが、その魔物を倒したはずの幼女の事が、なぜか記憶の中から綺麗さっぱり消えている事に気がついたものは一人もいなかった。




- - -



PM21:00
新潟のとあるホテルの女子トイレで一人の幼女が目を覚ます。




とぅーびーこんてぃにゅー



[27922] 5話 幼女と平行世界
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/07/21 21:51


新潟のとあるホテルのトイレ内。
現代日本では到底お目にかかれないようなボロボロの民族衣装のような物を纏った幼女がポツンと一人。

洗面所の前で無防備にも体を床に投げ出し、イビキを掻きながら大の字で寝ているではないか。
寒さの為か、先ほどまで涎を垂らしながら「モガ君・・・」と幸せそうな顔で寝言を呟いていた幼女は、顔を顰め身震いを一つすると半開きの眼を擦りながらムクリと起き上がった。

しばらくは心ここにあらずといった状態で、2.3分ほどぬぼーっとしていたのだが------。
トイレを照らす照明の明かりや、自分の変わり果てた姿を映す大きな鏡。

それらを見た幼女は寝ぼけていた意識が一気に覚醒し、目を大きく見開いて信じられないといった顔をしている鏡に映る自分。
目線を下に移すとそこには異世界で生活している時に、欲してやまなかった物が鎮座していた。

文明の利器、水道。
幼女は恐る恐る水道の取っ手に手を伸ばし、蛇口から溢れるように出てくる水を小さな手で掬い、顔に何度もパシャパシャとかけて一言呟いた。

「帰ってきたのか・・・」




- - -




帰ってきた!帰ってきたのだ!!!
今まで当たり前のように過ごしてきて、たいして有り難味を感じていなかった現代に。

今の俺なら判る。
これまでどれだけ恵まれた環境で過ごしてきたのかを。

俺はトイレから飛び出し、ここがどこなのか確認する為に人を探し始めた。
トイレの洗面所には日本語で[いつも綺麗にご使用いただき----]と書かれていたから、日本であることは間違いないと踏んでいる。

今の俺の格好はどこかの先住民族のような格好であるから、奇異の目で見られるかもしれないが、今はそんな些細なことはどうでもいい。
本人が気にしなければ良いのだから。

トイレから出ると長い廊下が姿を現し、壁の所々にプレートが貼り付けられた扉が点々と存在していた。
そのプレートをよく見ると○○○○号と番号が振ってある。
どうやらここは大きな建物の内部のようだ。

たぶん扉に貼り付けられているプレートの番号は部屋番号で、目の前にある扉の番号が0507号と書かれたプレートが貼り付けられていることから、かなりの部屋数があると推測できる。
シンと静まりかえった廊下をトコトコと歩いていると、後ろから「先輩っ!」と大きな声が上がり、その声に驚いて後ろを振り返るとそこには----。

走ってきたのか、汗で額を光らせて荒い息を吐き、疲れているのか膝に手をつけて、こちらを心配そうに見ている青年が立っていた。

「探しましたよ、フェリア先輩。もう宴会はお開きです。まったく今まで何してたんですか!」

「と、遠井!?」

青年は-----職場の後輩の遠井 道則(とおい みちのり)だった。
しかし、遠井よ。
フェリアって誰だ?




- - -



驚いたことにこの世界は俺のいた元の世界ではなかった。
ありえないと思う、思うのだが一度ありえない体験をしているだけに完全に否定できる要素が見当たらない。

ここは異世界では無いものの、俺がもし女に生まれていたら-----というパラレルワールド、所謂並行世界。
どうして判明したか、順を追って説明すると・・・。


あの後、青年-----もとい後輩の遠井に送っていくと言われ、0302号室・・・俺と同僚の泊まっている部屋に行く道すがら、後輩にトイレで寝ていたと説明し、寝ぼけた振りをして色々と探りを入れた結果、とんでもない事実が発覚したのだ。
その過程で後輩から生暖かい眼差しを送られたのは言うまでもない。

くそ、そんな目で見んな。
いいからその「ふふふ、先輩はいつまでたっても目が放せないんだから」って目をやめろよ。
目の玉くり抜くぞ!

まぁ、いい。
とりあえず現状を把握することができたのだ。

中山 フェリア 30歳独身 (株)桃色製菓 営業企画部所属。
うん、名前と性別以外はあまり変わっていなかった。

っと思っていたのだが、ここから先を聞かされた時は鼻水が少し出てしまった。
なんと俺は桃色製菓のエースとして活躍し、取引先を増やす新規契約の確保、所謂外回りの営業さんで、どんどん契約を取り付けて桃色製菓を上場企業に伸し上げてしまった大物なんだとか。

聞いていて鼻水を噴出してしまったのも仕方がないことだろう。
中山 浩、男だった時の俺はたいした成果をあげられず、部長の小言やヒステリックを起こしたお局様にイビられ胃を痛くする毎日だったのだ。

「あはは、先輩。風邪でも引いたんですか?」

鼻水を噴出した俺を微笑ましいもの見たという顔をして、そっとハンカチを差し出してくる後輩。
俺はハンカチを引ったくり鼻水をハンカチにチーンと放出して後輩のスーツのポケットにねじ込んでやった。
すると後輩は軽薄そうな笑みが若干引き攣りつつも、まるで気にしていないように振舞っている。

こいつはいつもこうなのだ。
俺が男の時から、いつも人を食ったような笑みで近づき、俺をからかって満足するとどこかへ去っていく。
だから時たまこうやって意趣返しをしてやっているのだが・・・。

「先輩が・・・僕にご褒美を・・・」

「えっ?」

「なんでもないです」

後輩が小さな声で何か言っていたような気がしたが気のせいらしい。
うん気のせいだ、きっと。

そう誤魔化す後輩に、それ以上追求することはできなかった。
ゴホンと咳払いを一つして話を元に戻したのだが、後輩の口から出てくる言葉は信じられないものだった。

近隣の店から市内や県内、果ては他県にまで足を運んだと言うのだ、この俺(フェリア)が。
スーパーやコンビニ、デパートなどはもちろんのこと、シェアの拡大のために社長に許可をもらい、開発部と合同で企画を立ち上げ、新商品を作り上げ売り込んだりもしているみたいだ。

今では大手のスーパーやコンビニには、必ずといっていいほど桃色製菓のお菓子が並び、若い世代を中心とした消費者が大量に購入していっているとの事。
そのおかげで会社は急速に大きくなり、オンボロだった事務所と工場はでかくて最新の設備に変わり、従業員も15人から関連会社も含めて1200人になったとか。

どんなサクセスストーリーだよと突っ込みを入れたくなる。
カルべーや森乃中、ロッデといった大企業と肩を並べている桃色製菓・・・。
いかん、想像できないわ。

そんな大成功の一躍を担った俺は、社内で``ロリコン・ブレイカー``なる渾名で呼ばれているらしいのだが、どうしてそう呼ばれるようになったのか理由を後輩に尋ねてみたのだが黙して語らず。
どうしても気になってしつこく聞いてみたのだが、顔を青くして首を横に振るばかり。

少し気まずい空気が流れる中、それを払拭するために話題を変えて、どうして俺が宴会場にいなかったのか、なんでもないように尋ねてみる。

「そうだ、先輩なんてことしてくれたんですか!ニコニコ運送の黒川専務が顔を赤くして怒ってましたよ。明日の朝一番に謝りに行ってくださいね!!!」

「え、えっと、覚えがないんだけどなんでその専務さんに謝りに行かないと駄目なんだ?」

珍しく早口で捲くし立ててくる後輩に驚きつつも、どうして謝りに行かなければならないのか聞いてみる。
こっちの俺が何をしたかは知らないが、理由を知らなければ謝りに行けないし、行きたくもない。

何故相手が怒っているか知りもしないでなんとなくで謝ると、後に大きな火種として自分に返ってくることがあるからだ。

「はー、いいですか」

後輩は呆れた顔でため息をつき、前置きを置いて話し始めた。

「宴会中に先輩が飲めもしない酒を勧められて、一杯で済ませておけばいいものを、調子に乗って2杯目を口に含んだ瞬間に豹変。その後、酒を浴びるように飲んでベロンベロンに酔っ払って『うぃー、このポマード豚野郎!俺の尻を触りやがったな』と言いながら黒川専務のカツラをヅリ下げ、爆笑しながらトイレに走っていったのはどこの誰ですか!」

ちょ、こっちの俺なんて恐ろしいことをしてくれたんだ・・・。



次の日の朝、とあるホテルのとある一室で土下座をして謝る幼女が目撃される。



[27922] 6話 幼女とDQNトラック
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2011/08/18 21:42

性別が変わっていてもさすがは並行世界といったところか。
部屋の内装は若干の違いはあったものの、中山 フェリア が住んでいる所は男の時とまったく変わらないオンボロアパート``オトギリ荘``。

接待旅行から帰宅した際に一番ホッとしたのは、玄関口にポツンと置かれた狸の置物を見た時だろうか。
別に帰って来れなくてもいいかなんて考えは、今はもうこれっぽっちも思っていない。

あぁ、帰ってきた。
込み上げてくる想いに目頭が熱くなってくる。

性別や体型は前とは全然違うけれど、このストレス社会に帰ってきたのだ。
世界に対して不満ばかり持っていた俺も、このときだけは玄関口で人目も憚らず、有り難味を噛み締めながら10分ほど涙をさめざめと流し続けた。





あの世界での出来事は全て白昼夢であったのではないか。
目覚ましのけたたましいベルの音で目が覚め、暖かい羽毛布団の温もりを感じつつ、そんなくだらぬ考えが頭の片隅によぎったが、それは無いと首を振る。

あれは夢などではなかった。
のそのそと起き上がり洗面所に向かい、鏡に映る幼い少女の顔を見てハァと一つため息を吐く。

あの世界は確かに存在する。
証拠はあのロボスのおっちゃんにもらった服と、ポケットに入っていたモガ君のふわふわとした丸い尻尾。
そして今の自分は女性で中山 フェリアという名前の幼女なのだ。

30歳とは到底思えない幼い体型と顔立ち。
そんな自分を鏡で観察してみると、男だった時の記憶もあれは自分の生み出した妄想で、本当の自分はこの幼女の中山フェリアではないのかとさえ思えてしまう。

「馬鹿馬鹿しい」

誰に対して言ったのか、それは自分でもわからない。
それではそろそろ、飯食って歯を磨いて出社するとしますかね。
中山 フェリア出陣します!





おはようございます、世界をぴょんぴょん飛び越えている中山です。
時刻は午前8時45分、只今桃山製菓に来ております。

えぇ、ついて早々に迷子になりましたとも。
だってビックリするほど大きなビルが丸々一つ桃色製菓所有のビルなんだもん。

そりゃ初見だと迷子にもなりますって。
広い社内で人と何度かすれ違うのだが、「営業企画部の場所まで案内してください」なんて頼めるわけも無く(受付にはオンボロ会社の時では考えられないくらい美人の受付嬢がいたので聞くに聞けなかった)、30分ほどオロオロしていると見かねた清掃員のおばちゃんが案内してくれました。

そんなこんなで営業企画部に着き、俺が「遅れてすいません」と謝罪の言葉を言うよりも早く、鬼の形相をしたお局様が「フェリア!15分の遅刻だぞ」と怒鳴り散らしながら、扉の前で唖然としている俺に人外のような速度で接近し、俺の首根っこを引っつかみ奥の部屋へと…。
ここから先は語るのさえ憚られるような凄惨な出来事があったとだけ言っておく。

これが俺が、``中山 フェリア``として初めて出社した日の出来事である。





- - -





バレンタイン商戦まで後1ヶ月。
今より1ヶ月前の12月の中旬、開発陣がバレンタインイベントの目玉商品として心血を注いで開発していた「溶けない絆チョコ」と「心も蕩けるクッキー」が完成した。

溶けない絆チョコは、チョコの弱点でもある人肌程度で溶けてしまうという欠点を克服した物で、外気が42℃を超えても溶けないという優れもの。
溶けないならチョコレート味のただの飴じゃんと思うことなかれ。

口の中に入れると唾液に反応してちゃんと溶けるようになっている。
心も蕩けるクッキーも色物で、サクサクなのに口に入れるとマシュマロのように蕩けて消えてしまう摩訶不思議なクッキー。

正直クッキーのほうはチョコに比べると些かパンチ力に欠けるのだが、販売戦略の一環として作られた商品なので問題は無いのである。
クッキーは溶けない絆チョコの抱き合わせ販売要因として販売される事となる。

この2つの商品にはノーマルとストロベリー味があり、激戦となるバレンタイン商戦を勝ち抜くには十分な戦力を有していると開発陣は自負しているらしい。
少しだけ味見させてもらった俺だがその品質は確かで、バレンタインデーの贈り物としてではなく、ただのチョコレートやクッキーとして男性の購買層も獲得できそうなほどだった。

それで何故俺がこんなに開発されたばかりの新商品に詳しいのか?
それは営業企画部のエース()として称えられている俺を基点とした、バレンタインプロジェクトチームが発足されたからだ。

チームの構成員は俺が主任、そして使い走りとして営業企画部の後輩にあたるメンバーが13人、それに加えて別の部署からそれぞれ3人の出向といった総勢42人もの巨大なプロジェクトチーム。
正直中の人が違うから俺にこんな大任を果たせるのか不安になりもしたが、案外何とかなるものだ。

発足から既に5日間が経過していたが、誰かに不振に思われることも無く淡々と仕事をこなしていく毎日。
分からないことは部下に丸投げすることで何とか凌ぎ、毎日行われる朝の会議で開発陣の商品のプレゼンを聞きながら、配られた用紙の片隅に商品の印象と食べた時とのギャップ、それに伴い浮かんでくるキャッチフレーズやCMに使えそうな演出を書き連ねていく。

俺の書いたチラシの裏を遠井に纏めさせて、各部署から出向してきている人員に配り反映させていく。
男だったときの俺はただひたすら関係各所を駆けずり回り、小口契約を1件取ってくるのさえやっとだったのに、並行世界の俺ときたらなんて楽な仕事をしているんだと感じていたのだが……。

認識が甘かったと言わざるを得ない。
商品の包装やネット広告、人気のある美少女若手アイドルを起用したテレビCMも完成し、さぁ全てはここからだという時に部下達から渡された古ぼけた大きな----巨大なリュックサックと車のキー。

この擬似幼女ボディーがすっぽり入ってしまうような``それ``を渡された俺は目を白黒させながら、これはどういう事なのか部下達に尋ねると返ってきたのは予想もしない返答だった…。





- - -





本社ビルの真ん前に異様な雰囲気を晒しだしている10トントラックが一台、玄関口にデンと横付けされていた。
なんでもこれは俺専用に改造されたという社用トラックで、ピンク色で禍々しいくデコレートされた色合いはまさに悪夢のようだ。

短い手足を考慮してか、このフェリアボディーでも問題なく乗れるようにとオーダーメイドで作られたそれはまさに俺しか乗れない乗りこなせないという専用機。
しかもただのトラックではなく、コンテナは冷蔵設備の充実したコンテナで大容量の積荷を一気に冷やすほどの大出力を誇るという。

世界でただ一つのトラック、それが桃色フェリア号!
でもね、二言三言言いたいことがあるんだ。

馬鹿みたいにピンク色が目立つ傍らで、ポツンと小さく鉄製のプレートで付けられている桃色製菓のロゴは、まるで目立たないようにとばかりにコンテナの下方に小さく備え付けられているよね。
わかるよ、こんなDQNトラックが社用だなんて知られたくないんだよね、社長?

だったらこんなもん作るなよ、始めからw
大体これ1台の作成費用と改造費用が合わせて4000万って…。
社員の給料上げてやれよ!

このトラックをここに乗りつけたのは遠井だし、このトラックについての説明をしてくれたのも遠井だ。

最近できる後輩が説明キャラに成り下がってしまったような気もするが、なるべく気にしないようにしよう。
やたらとフェリアの事について詳しい遠井にはドン引きです。

大型トラック。

一応、俺が大型を運転できるのには訳がある。
大型免許は大学を1年留年してしまった時に取得したものだ。

デコトラを乗りこなす3流邦画の主人公に憧れてノリで取ってしまったわけだが、今では完全に黒歴史として思い出さないようにしている。
こちらの世界でも留年したのかは不明であるが、財布の中の免許書にはしっかりと大型の欄に記載されていたので、運転する分には問題は無いと思う。
まぁ、そんなことはどうでもいいのだが、問題はトラックの積荷の方だ。

こっそりと空けて中を確認した時には、それはもうビックリしましたとも。
10トントラックのコンテナ一杯にぎっしり詰まったお菓子の山、山、山。
1年は優に過ごせそうな大量のジュースと試供品のお菓子。

信じられないことにこちらの俺は、これらの試供品を全て使い切ってしまうというのだから人外っぷりが伺える。
そりゃぁ会社も大きくなりますって。

長々と引っ張ったが詰まるところは出張である。
新商品はもちろんのこと、別の商品もぎっしりとつまっているコンテナの中身を、既にアポを取ってある120社(中小大手も含む)を回り、試供品をばら撒くといった物量作戦。

アポを取っている会社の社長や会長と懇意にしているらしいこちらの俺は、バレンタインなどの売り上げが大きく伸びる重要イベントに一人で関係各社を行脚するというのだ。
普段は下っ端達の手柄を取らないように新商品の売り込みをさせているらしいのだが、こういったイベント時は別のようで…。





会社を出発してから30分。
交差点で赤信号を待っている時に、助手席に置かれている例の巨大なリュックサックを見て「はぁ・・・」と情けないため息が出てしまう。

これから面識のまったく無い人物と会って親しげに交渉しなければならない不安と、この巨大リュックを担いでその場に行かなければならないという羞恥プレーに首を括りたくなってしまう。
こちらの俺がこのリュックにお菓子を詰め込み、担いで回れば契約間違いなしという曰くつきのリュックらしいのだが果たして……。
これも遠井から聞いた情報だから間違いはないとは思うのだが。

分からないことはこちらの世界に来てから遠井に尋ねているんだけど、あいつが答えに詰ったことはただの一度もなく、なぜか俺の朝食べた物やトイレで使っているフローラルな香りのするトイレットペーパーまで知っているのはどういうことなんだろうね?
おじさん、怒らないから正直に話して欲しいな。
そんな訳で遠井の言っていることは嘘ではないんだろうけど、情報源はどこから出ているんだろうね!!!

下道を1時間、さらに高速を飛ばして3時間という道のりを経てやってきました東京に。
全国展開されている激安スーパー``アパルツヘイ``本店。
事前にアポはとってあるのでコンテナからリュック一杯に荷物を積み込み、いざ行かん!

会社に乗り込み、受付のお姉さんに確認を入れて「こちらにどうぞ」と簡素な事務所に案内される途中に、アパルツヘイツの社員と思われる方達から様々な目でジロジロと見られたのは正直堪えた。
うん、どうしても目は口よりものを言うって本当なんだね。

体の2/3ほどある巨大リュックをえっちらほっちら担いで歩く幼女が、自分の働いてる会社に来たら微笑ましいもの見るような目で見てしまうのは仕方が無いことだよね。
異常に上がっている身体能力の影響で、31kgはあると思われるリュックを担いでいても全然苦には感じないのだが、この周りの反応が痛い。

「フェリア様、こちらに掛けてお待ちください」

事務所に通され、真新しいソファーに腰を掛けるように促されたので、巨大なリュックをボスンとソファーに置いて待つこと3分。
今からこの会社の社長さんに会い、商品のプレゼンを行って契約を取り付けなければならない事に緊張し始めた頃、事務所の扉が突然ガチャと音を立てて開いたので、緊張のせいかビクッと体が音に反応してしまったのだが、入ってきたのはさっき案内してくれた受付のお姉さんだった。

「どうぞ。もう少々お待ちください」

そう言ってトレーに乗せてあったコーヒーカップを音を立てずにテーブルに置き、一礼してまたどこかに去っていった。
俺はカップを手に取り、口を付けるとそれはとても暖かなミルクココアだった。

寒いから助かる。
ミルクココアを飲み終えた頃に再び事務所の扉が開かれた。

ちょっとメタボで髪が薄くなりかけている40代の男性。
間違いない、ここの社長さんだ。

俺はスッと立ち上がり頭を下げると社長さんは手でそれを制し、再び座るように促されて俺はソファーに腰を下ろした。
社長もソファーに腰を下ろし、対面する形で始まった商談だったが、契約はあっけないほど簡単に取れてしまった。

交渉も何も無いままに、俺のプレゼンを聞いた社長さんは黙って関係書類の淡々とサインと判子を押していき、いつの間にか契約は成っていたのだ。
どこにどれだけの分量を仕入れるなどの細かい事は後日話を詰めていけばいいとの事。

あんまりにも簡単に事が進みすぎたので、俺は話しの当事者なのにまったく着いて行けず「本当にいいんですか?」と尋ねてしまった。
そんな失礼な問いにも社長さんは笑顔で「フェリアちゃんがこの話を持ってきたということは、このチョコ売れるんだろ?」と答え、本店に2000パック(1パック20袋入り)500万相当+クッキーも1000パック(200万相当)を発注いしてくれた。

本店だけでそれなのだ。
全国各地に店舗を構えるアパルツヘイ全てにこの商品が卸されるとなると、動く金はとんでもない金額になる。

俺は半ば放心状態になりながらも何とか立ち上がり、商談が終わったのでリュックの中身全てを社員さんたちに「試供品です」と渡し、その場を後にした。
その日は午前10時から午後4時までで20社をわたり歩き、そのどれもがアパルツヘイと同じような反応だった。

こっちの俺は一体何をしてここまでのコネを作ったのか?
あまりの現実味の欠いた現実に唖然としながらも、会社名義で予約されているホテルにトラックを走らせながら自分は一体何者かを、高速で流れる景色をぼんやりと感じながら考えいると、助手席に置いてある巨大リュック、それに取り付けられたモガ君の尻尾が急に激しい光を放ち始め、突然の上下に揺さぶる強い振動に目をギュッと瞑ってしまう。

道路で突然起きた怪奇現象。
普通であったならばそれは大事故の元になっていたかもしれないが、その怪奇現象自体普通ではない出来事。

幼女が断続的に続く振動で再び目を覚ましたとき、そこは辺り一面青々とした草が生い茂った草原だった。


消えた10トントラックと18禁作品にも出演できる幼女(この登場人物はry)

幼女再び異世界へ。









後書き

正直すまんかった








[27922] 7話 幼女とサファリパーク
Name: 貧乏狸◆b6468db1 ID:b558551f
Date: 2012/01/12 01:24



フェリアがDQNトラックを引き連れて世界を渡る数刻ほど前に、エタロリ大陸のとある大国は建国以来初めてといえる国家存亡の危機に直面していた。
今まで数多くの戦争や内乱などで国土が荒れたことはあれど、それは国という生き物にトドメを刺すものではなかった。
戦乙女ロリフェリアがこの世を去り、人々の欲望や思想が魔物からの抑圧から解き放たれ、連合国家から枝分かれしたこの国フィルタ帝国。
過去に近隣に存在していた中小の国家を攻め滅ぼし吸収した膨大な土地と、海沿いに面した都市郡。

他国に比べ民も富み、人口もこの世界においては随一を誇る。
いや、誇っていた。
そう、五ヶ月前までは・・・。

すべての始まりはこの世界では比較的よく起きる出来事。
フィルタ帝国の南西に位置する人口200人にも満たない小さな村が、『首の長い魔物』の群れに襲撃されて滅んだというのだ。
その情報は奇跡的に生き延びた村の若者が、息も絶え絶えになりながらも王都の門を守る衛兵に伝えられた。

っが、しかしその情報は帝国の上層部に届くことは無かった。
何故なら魔物の襲撃などこの世界ではたびたび起こることである。
重要な拠点でもない寒村一つに、討伐の為に軍を派遣することはまず無いだろう。
仮に軍を派遣したところで相手は本能の赴くままに行動する魔物である。

村に軍が到着した頃には、魔物によって散々に荒らされた死体と壊れかけの家屋くらいしか残ってはいないのだから。
大体にして遠征には金がかかるものであるし、何より国に齎される益がまったく無いのだ。
であるから、その若者から魔物襲撃の報を受けた衛兵は「可哀想に・・・」くらいしか思わなかったのだ。

もしそれを我らが中山さんが聞こうものなら「職務怠慢だろ!しっかり上司に報告しろよ」と一喝したことだろうが、生憎とここは日本ではなく異世界。
そんなよく起こる事を一々上役に報告して小言をもらうぐらいなら・・・が慣例と化してしまっているのである。

過去の大戦以降、魔物の襲撃はあるものの人類同士の戦争に比べれば被害は本当に微々たるもの。
そして今は他国と交戦状態になっていない平時であり、気が抜けていたのが仇となった。
もしも他国と交戦中であったのならば、魔物の出現にもより過敏になっていたことだろう。
軍と軍が激突している最中に後方から魔物が出現し、退路や補給路を絶たれるといったことが過去にあったのだ。

再び魔物襲撃の報が王都に届いたのは四日後の昼下がりだった。
場所は王都から夜通し歩いて二日かかる中規模の町に、突如として現れた『首の長い魔物』の大群が町を飲み込み、さらに東にある町の方角に走り去っていったと逃げ延びてきた50人ほどの町人が証言した。

それからというもの似たような村人や町人が立て続けに王都に避難してきており、ここにきてやっと衛兵は上司に報告を入れたのだが「既に滅びた村の事などどうしようというのだ?」と鼻で笑われ一蹴されてしまう。
この頃になると増える避難民に悪化する治安とフィルタ帝国の衛兵詰め所はピリピリしており、それどころではなかったのだ。

もし、もしも、IFの話になるがあの時、あの若者の言葉を重く受け止めていれば・・・未来はガラリと色を変え、また違った枝分かれした世界があったのかもしれないが過ぎた刻は二度と戻すことはできない。






「お前もそうだったのか・・・」

王都にある六番街、通称六番は貧困層が集う所謂スラム街。
その一角の路地裏で二人の少年が肩を寄せ合い、夜露に濡れた地面の上で夜の寒さを凌ぎながらボソボソと語り合っている。

「あぁ、その時に姉ちゃんや親父やお袋が囮になって俺を逃がしてくれて・・・。他の村の生き残りと一緒に王都まで逃げてきたんだが、食料が無くて一人、又一人と倒れていって」

ガリガリに痩せた少年、アベルが涙ぐみながら、己に起きた今までの経緯を前歯の欠けた少年、メロデに話していく。
この二人の少年の出会いはアベルが果物屋からリゴンの実を盗み、果物屋の店主の禿げ親父に捕まり殴られているところをメロデが助けたのがきっかけで知り合うこととなる。

禿げ親父の後頭部をメロデが棒切れで強打、親父が悶絶しているところをアベルの手を取り逃走したのだ。
もちろんその際にリゴンの実が入った麻袋を掻っ攫うのも忘れずに。

「それでお金も無いし、腹が減ってもう駄目だってなった時にあの果物屋のリゴンの実が目について・・・」

アベル少年の独白はそれ以上続かず、嗚咽のみがシンと静まり帰った夜空に吸い込まれていく。
泣き続けるアベルを何とか宥め様と、同じ境遇にあるにも拘らずに麻袋の中からリゴンの実を一つ取り出し、皮を剥いてそっとアベルに手渡した。

泣きながらもリゴンの実を受け取ったアベルは実にシャクリと音を立ててカブリつき、「姉ぢゃんが・・・姉ぢゃんが剥いて・・・くれた実と同じ味がずる」と言ってまた大泣きしてしまうのだった。


当時、避難民は『ボロ』と呼ばれ差別されており、逃げて来る途中でボロボロになった衣服のまま暮らしているところから着た造語である。
それも仕方の無いことで、衣食住を失った避難民が生きていくには己の体を売るか、犯罪行為に手を染めるしか糧を得られないからだ。

実際に仕事に就こうにも、急に仕事が増えるはずも無く、元々暮らしていた城下の民が既にある職に就いており、増え続ける避難民が職に就くのは極めて困難であった。
それに加えて避難民による窃盗や押し込み強盗なども多発しており、王都の民から白い目を向けられるのも仕方の無いことだったのかもしれない。

そんな街に住み着いた二人の少年。
寡黙のメロデと泣き虫アベル。
後に英雄と呼ばれる事となる少年二人。
二人が幼女と運命の邂逅を果たすまで、あと数ヶ月----------





止まない魔物の襲撃報告に、爆発的に増えていく避難民。
王都内の犯罪発生率もさることながら、人口密度とそれに伴う食料不足の深刻化。

元々王都内で生産されている食料は、王都の人口の半数の胃を満たせるかどうかといった量しか生産されていなかった。
城壁で囲まれた王都に広大な畑を作ることはできず、居住区と王城といった生活スペースが大半を占めており、せいぜい空いた土地に作付けする程度に留まっていたのだ。

大体は、王都周辺の村や町から作物を買い付けていたり、王都内に村や町から取れた肉や作物を露天で販売しにくる民がいたのだが・・・。
それも最近ではめっきりと数が減り、王都の民は餓えからくる不満は爆発寸前。

そうした事態を受け、これまでそ知らぬ顔を続けていた貴族や王族達は初めて重い腰を上げようとして------できなかった。

王都の外、城壁をグルリと取り囲む紫色の軍団。
3メートルはあろうかという長い首に、馬と鹿を足して2で割ったような胴体。
黒に近い紫色の体表面は見る者に嫌悪感を与える禍々しさ。

C級の魔物『ギリン』

普段は2~3頭ほどの群れで森の奥に暮らしている魔物で、その長い首が弱点と思われがちだが長い首は彼らの誇る最強の武器である。
その長い首を鞭のようにしならせて振り、頭に申し訳程度に付いている小さい角で獲物を仕留める。
よく魔物の知識も左程無い傭兵が、長い首に狙いを定めて剣を振るい、毎年といっていいほどにギリンの餌食になってしまう事案が発生する。

しかし対処に慣れている者ならば、弱点の首より遥か下の胸の辺りに剣を投げつけるか、はたまた槍で貫くかといった対処方法を選択して倒すのだが・・・。
ただしそれができるのは1~3頭くらいの時に限るという注釈が付く。
本来、生物の頭といえば保護すべき部位であるはずなのだが、このギリンはそんなこと知ったことかとばかりに躊躇することなく相手に振り下ろす。
小さい頭に小さい脳細胞が悲鳴を上げてるような勢いで振り下ろされるのだ。
このギリンの知能は決して高くは無い----はずである。

そんな馬と鹿が合わさったような『馬鹿』が半径15kmはある城壁をグルリと取り囲んでいる。
その数およそ4万頭。
平時の王都周辺であれば青々とした草原が広がり、商人や旅人、王都に買い物に来た御上りさんで賑わう街道は鳴りを潜め、紫色の濁流に飲み込まれ今では見る影もない有様。

一つポツンと取り残され陸の孤島と化した王都が、ただただ流れに耐え凌ぎながらゆっくりと滅びの刻を待つより他は無かった。





「もはやここまでか・・・」

城壁の上から一糸乱れず王都を取り囲むギリンを眼下に納めながら、フィルタ帝国の二本柱の一人『デックス』将軍は体を支える装飾の施された刀剣に寄りかかり、こけた頬を手で撫ぜヒュッと喉を鳴らした。
二ヶ月ほど前に王都を取り囲むギリンの群れに、もう一人いた将軍が他国に救援要請を出すために3000の兵を連れて突撃したのだが(この時、デックスは無謀だと言って引きとめようとしたが、何も変わらない現状と食料事情から引きとめはしなかった)当然のように全滅。
その際に門を開けた隙間から10頭ほどのギリンが場内に進入し、仕留めるまでに民と兵士に200人ほどの死傷者を出すという二次的被害をも生み出した。

それに加え、王都に逃げ込んできた避難民の数は将軍の憶測の域を出なかった数を遥かに越えており、篭城二ヶ月目にして早くも食料が尽き掛けていたのだ。
もちろん、その間も王族や貴族は平然と普段から食べている豪勢な料理を腹一杯になるまで食べているのだから始末に終えない。
何度かデックスが貴族に食事のレベルを下げるように頼んだのだが、「貴様、我らを餓えさせる気か!!!」とでっぶりとした顎を揺らしながら喚き散らすのだからたまらない。

そのやり取りを見ていたメイドや使用人たちの口から、住民達にそのことが伝わるのは防ぎようもないことである。
何故ならメイドや使用人も餓えているのだから。
餓えに餓えた民の怒りはついに爆発し、暴動にまで発展する。
いつの時代も、どの生き物も食べ物の恨みは恐ろしいもの。

国の危機など二の次で、民は貴族や大商人、そしてお城の中に攻め込み、果ては王族までも血の海に沈めてしまったのである。
もちろん途中の金銀財宝の略奪も忘れてはいない。
そればかりか貴族の美しい娘を見れば飛び掛り、手や足にナイフや剣を突き刺して死ぬまで犯し抜いたりと、狂気を通り越した何かさえ垣間見えることもあった。

民に混じって下級の騎士や兵士もこの暴動に参加しており、本来守られるはずの者に切り殺された者も数多くいたのだからなんとも皮肉が利いているものである。
「下に恐ろしきは魔物にあらず、真の魔物は人なり」と死んでいった大臣の娘さんが呟いたとか、呟かなかったとか。

貴族達と将軍のやり取りが民に伝わっての今回の暴動。
その発端となった将軍は「実直で謙虚、尚且つ民想い」という訳の分からない風評により、狂気に囚われた民や騎士や兵士たちに祭り上げられて、現帝国の最高責任者に無理矢理就任させられる事と相成った。

デックスは武人である。
魔物や武装した人と戦って死ねるならまだ納得できるが、守るべき民に殺されるのだけは許容できなかった。
先の暴動により、王侯貴族から奪取した食料で少しばかりの時間ができたが、それはただ時間ができただけである。
その間に自分が下手を打ち、民の手によって殺されるような事が起きないように細心の注意を払ってここまで持たせてきたが、ついに限界が訪れようとしていた。

ギリンは地面に生えている草を食べたり、草原の横を大らかに流れているサンジュリバーに水を飲みに行くとき以外、ピクリとも動かずに城壁を包囲し続けたのである。
そしてついに来るべきときが来てしまった。
将軍である自分でさえ四日間、水以外のものを口にしていないのである。

民や兵士も同様でもう後二日もすれば、王都には餓死者ので溢れ返り、全滅するだろう。
打って出ようにも立ち上がるだけで精一杯で剣を振るうなど論外である。

段々と目の前が霞掛かり、もう沈んでいった太陽を「あれが最後に見た太陽か・・・」なんて気障なセリフをデックスが吐いた時だった。

「おいしいおいしい桃色製菓♪皆で食べよう桃色製菓♪さぁさぁ皆寄っておいで♪今夜はホームランだね、お父さん♪」

スピーカーから大音量で流れる面妖な楽曲。
キラキラと光るイルミネーションでゴテゴテに装飾された鉄のボディーを光らせて。
見たこともないピンク色の鉄の魔物が。
轟音を立てながらギリンを跳ね飛ばし王都に向かって真っ直ぐに突っ込んできている。

デックスはどこにそんな力が残っていたのか分からないほどのスピードで立ち上がり、グッタリしているだろう副官の元に必死の形相で走り寄った。

「魔王だ!!!あれはきっと魔王だ!!!」

幼女とDQNトラック、始まります。





後書き的何か。

本当に忙しくて時間がありませんでしたorz
待ってくれている人がいたら、遅れてごめんなさい(・´з`・)


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