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[26326] ダークナイト
Name: 脳内麻薬◆e9f104b8 ID:14873145
Date: 2011/03/15 01:05
脳内麻薬と申します。
どうかよろしくお願いします。

はじめてSSを書きます。至らないところがありましたら、遠慮なくご指摘ください。

オリジナルのファンタジーです。

主人公は成長する予定です。

壮大な話に、なればいいなぁと思います。

作風が暗めです。
かなりグロいです。
わりと人が死ぬ予定です。

遅筆の上、展開が遅いかもしれません。

みなさんの暇つぶしにでもなれば、と思います。



[26326] 邪神の道具
Name: 脳内麻薬◆e9f104b8 ID:14873145
Date: 2011/03/15 01:17

孤児の行方なんて地獄しかない。
少年はそう思っている。

偶然に捨てられ偶然に拾われた。
拾い主が邪神を崇めるミトラ教の狂信者だったことも全くの偶然であった。


ミトラ教とは、この世界が始まった時から世界全土に根をはる邪神ミトラを崇める宗教である。

ミトラは信者に計り知れない恩恵を与える。あるものは強力な肉体能力の恩恵を受け、暗黒騎士ダークナイトとして名を馳せる。またあるものは邪神への信仰を糧に大きな魔力を手に入れ、強力な魔法の使い手、黒魔術師となる。黒魔術師が邪神のみから糧を得るのに対して、白魔術師は炎神エフタルや水神ミリエル、各々の信仰、もしくは性質に合った神から力を借りる。しかし、その力は黒魔術師に及ばないということから、邪神は神の中でもとくに力の強いものである。

ミトラはとりわけ強力な力を持つ邪神だった。信者たちの教義によると、世界を創造したのはミトラであり、よっていま地上を我がもの顔で闊歩しているのは、世界を奪い利用する他の神々の被造物たちだとされる。それゆえ他の神の被造物を破壊することにより世界を開放し、ミトラの元へ取り戻すのが彼らの悲願である。

「あほくさ。」

パタン…、とギトは本を閉じる。ここはギトが所属している、教団の図書館だ。どうもここにあるのはバカバカしいか、暗くてじめじめした気分の悪くなるような本しかない。

仕方ない。いつも通りあそこへ行こう。

ギトは走る。友達はいない。仮に異教徒なら、同じぐらいの歳ごろの子供はみな、生贄にされる。彼らの教義によると、異教徒がすこしでも長く生きて神聖なるミトラ様の世界を汚すことは、とんでもない罪ということになる。よって異教徒を殺した際、対象が若ければ若いほど褒められることになる。もっとも、信者でさえミトラの忠実な道具としてのみ存在がゆるされるのであり、決して自分のために生きることはできない。

信者の間で子供を作ることは大変厳しく禁じられていたので、彼らは布教によってしか数を増やせなかった。それでもまったく数が減らないところをみると、ミトラという神はよっぽど魅力があるのだろう。少なくともその力には他の神の追随を許さないものがあった。

少年は石づくりの堅固な建物に着いた。門番はいない。異教徒は誰もこの都市には入れないからだ。ここはハイエルダーク、ミトラ教の一大集落都市である。聖都や王都の生え抜きの騎士団でさえ、この周辺には近づくことさえできない。

少年は扉の前に行き、なにやら呟いた。すると金属製の重い扉がさび付いたような音を搾りだしながらゆっくりと開く、少年はほんの30センチばかり開いた扉に細い体をくぐらせる、するとまた扉はすぐに閉まった。もちろん、中は真っ暗である。

少年がまた何事か呟くと、小さな手の中に、ふっと赤い火がともる。本当に赤い、濃いオレンジのような、心まで温まるような色の火だ。この暗黒都市には、まこと不似合いな色あいだった。しかし少年の手は全く焼けない。
明りを得た少年は何事もなかったように階段を下る。

長い長い階段だ。

ギトはこの暗黒都市ハイエルダークには、数少ない少年である。
子供は通常生贄にされるか、あらたなる信者の卵として、次の世代をになう邪神の道具となるため、訓練を受ける。少年の教育は、一線を退いた年かさの信者が受け持つのが通常であるが、ギトの教育者かつ保護者は例外的に若く、たいへん重要な役割を持っていた。

すなわち今この少年がいる施設、ミトラ神への生贄収容施設の獄卒である。収容施設の、歴史は古く、ギトの教育者の教育者のそのまた教育者にいたるまで、その成り立ちから知る者はいない。

「来たよ、ミストラルティン。」
「思った通りの時間だ。」

四肢を鎖に繋がれた老人は、にっこりと笑った。

普通の生贄と違い、力ある魔術師や他の神の眷属はより長い時間をかけて彼らがミトラから奪ったとされる力、世界の一部をとり返さなければならない。生贄の力に応じて、数週から数ヶ月、まれに数年かけてじわじわ殺すのである。より大きな世界の一部をミトラの元へ還すことが、教団の最高の目的である。

「時間? なんのこと?」
「うん、君がこの塔に入ってことが、すぐにわかったから。」
「嘘だろ?」
「まだそこまで感覚はにぶっとらん。」

老人の手足は限りなく細い、それぞれがありえない方向に捩じくれ、もはや鎖が解けたとて立つことすらままならないだろう。

「ホラ話はいいからさ、また地上の話をしてくれよ。」
「法螺ではない、といってもな、この姿では信じてもらえないか。」

ハイエルダークは大なる地下都市である。少年はまだ、太陽を見たことがない。

「…さぁ、頼むから、ここから出る協力をしてくれ。」

老人の言葉にギトは顔をしかめて答える。

「ふざけんな、ただの暇つぶしなんだよ、オマエは。」
「…まったく、こんな環境は、子供の性格も歪めるよ。」

悪意はないのだろう、少年はすぐに普段の顔に戻ると不思議そうに尋ねる。

「それにさ、あんたが、言うほど偉いってんなら、自力で出れるだろ? ってゆーか、オレは何もできないし。」

老人は苦しそうに目を細める。

「私は闘っとる、いま、この瞬間も、すこしでも油断すると、やつのエサだ、この鎖はミトラの穢れた触手、建物全てが、ミトラの胃袋、もっとも、やつの胃はどこにでもあるがね、全てを食い尽くすために。貪欲な邪神、いかれた破壊神。」

「今の、大人が聞いたら、気ィ狂うよ、ま、オレはなんともないけど。」
「悲しいなぁ、世の大人の大半は、あの穢れた神がいかにののしられようとも、気にしない者ばかりなのに。」
「オレには、あんたの話がホントかわからないよ、その、太陽ってやつもみたことないし、海ってやつも、…ぜんぶあんたがホラかもしんないと思ってる。」
「法螺ではない。」
「……。」

どこか、臓物の内部を思わせる、暗い、牢獄の中で、老人の声は、異常なほど大きく響きわたる。

「炎を出せ。」
「えっ?」
「教えた通りに、前に。」
「…われは小さきものなれど、汝の恵みを知る、力をお貸しください、エフタル。」

その途端、ギトの掌の火は、ごうごうと立ち込める、オレンジ色の火柱と化した。

「ほっほう、どうだ、これが太陽だ。」
「…おれ、この火の色だけは好きだな、ここじゃ火はぜんぶ、青か白だもん。」
「ミトラの火だ。全てを焼き尽くす、が、決して熱をもたない。凍えるように冷たい火だ。」

老人と少年は、黙って炎を見つめる。一時は、2メートル近く上がっていた炎もやがて勢いを弱め、元の掌大の大きさに戻る。

「やはり才能がある。そして、その才能はミトラのものではない。」
「じゃあ、誰のもんだよ、エフタルか? それとも前話した、ミリエル?」
「君のものだ、君自身の、将来と魂のためのものだ。」
「はぁ? なんだよそれ。」
「さぁ、こっちに来てくれ、力を貸してくれ、わしに、触れてくれるだけでいい。それの力ある限り、決して邪神になんか負けはしない。」
「…異教徒に触ると、魂が穢れるんだよ。」
「一体だれがそんなことを。」
「…ボルク、」
「あの獄卒? みるからに低能の。それで君は信じているのか?」

ギトは首を振る。

「あいつは嫌いだ。 教育係だけどすぐ殴るし。俺だけじゃない、クナッハも、ピザリだって殴る。」
「友達か?」
「友達はいない、戦闘訓練のときに、ときどき相手になるだけだ、オレと同い年で、二人だけ、生き残ってるの。」
「戦闘訓練?」
「殺し合い。」
「…。」

老人は急に目を閉じる。

「どうしたの?」

老人は目を閉じたまま動かない。

「…ミストラルティン? ミストッ…、」
「しぃー。」

耳を澄ましながらミストラルティンはいう。

「どうやら、愛しのボルクどののご登場のようだ、低能仲間と、あわれな、犠牲者がまたひとり…。」
「うそだろ? ど、どうしよっ。」
「落ち着きなさい。いますぐ、もと来た道をまっすぐ戻ればいい。この塔を下る道はひとつではないから。出会わないはずだ。」
「そんなのわかんないじゃん!」
「見える、といっただろ、まだそこまで、」
「ほんとに?」
「いますぐ、帰ればな。」
「わかった。」

ギトは階段を上りかけ、急に振り向き。老人に語りかける。

「ミストラルティン。」
「…。」
「いつまで俺と会えるの?」

老人は答えない。

「ミストラルティン。」
「早く行きなさい。わしは今から眠ったふりをする。本来ここにつながれた者は、大半意識を失う、ここで、こうして、わしが起きて話しているのが、見つかれば、もう二度と会うことはできん。…行け。」

今度は振り返らなかった少年は、駆け足で階段を上った。その足音は軽く、猫のようだった。あれなら決して見つかることはあるまい。

老魔導師ミストラルティンは少年のあとを少しだけ目で追い、かすかに微笑む、

「この国も世界もなにひとつ邪神のものではない、そのことを教えてやらんといかんな。」

老人がそう呟くと、

「…ぁぁぁあああー!!」

メノン地下塔には、新たな犠牲者の叫び声が響いた。



「邪神」ミトラ、ここでは全てがソレを中心に回っている。最もここでソレを邪神と呼ぶのは、1年前に知り合った老魔導師と少年のみ、しかも少年はソレを心の中でしか「邪神」と呼んだことはない。口に出せば首が飛ぶ。しかし、心の中ではそう呼ぶ。老人の口癖が移ってしまったのだ。しかし老人の前以外ではもっぱら「創造主様」とか「至高の神」などと呼んでいる。

「創造主様に感謝せよ。」

食事はいつも祈りのあとだ。
祈りのあいだ皆が目を閉じている中、少年はそっと目を開け確かめる。ほかに目を開けているヤツはいないか、ひょっとしてみんな本気なのだろうか? 本気で信じてるのか? 神を。なんのために? 救いはないというのに。

ただ少年の思いとは別に、どうやら神はいるらしい。ほんとに神がいなければ、この暗黒都市が今日まで永らえているはずがないだろう。

いつの間にか祈りが終わり、食事が始まる。誰一人騒がず、ただ黙々と食べる。ミトラは静寂を好むのだ。

塩気の薄いスープに、それに浸さなければ歯が立たないようなかちかちの黒いパン。
肉は出ない。邪神様の好物だから。人間はより低い世界の一部とされる植物しか食べられない。少年自身も肉を食べるなんて正直気持ち悪いと思っているが、ある老人から得た情報よると、肉とは大変うまいものらしい。

とにかくうんざりだった。食事も、祈りも、なにもかも。
他の人間は感じないのだろうか? 少年はこっそりと辺りを見回す。大食堂にいる人間はみな大人ばかりで、少年より、頭2つ分は背が高い、だが誰も少年の視線に気づかないようだ。皆、己の皿にのみ視線を落とし、黙々と食べ続けている。

少年は叫びたくなるのをこらえた、衝動のままに振舞えば、それが命取りとなることぐらいはわかる。皆と同じように己の皿に目を落とし、同じように食べ始めた。この12年間ずっと続けてきたように。

宿舎では、一つの部屋に大勢の人間が寝る。だが食事のときと同じように、騒ぐものは一人もいない。ミトラの教えには、言葉を慎め、という教えがある。道具は喋るな、ということだ。宿舎は男女別に分かれ、やはりギトの部屋に少年は一人だけである。

2段ベッドの下の段で薄いマットレスに挟まって眠る。今日が過酷であったように、明日も過酷だろう。ときどき、自分が同じ日々を繰り返しているのではないか、と思うときがある。しかしその感覚は、1年前、あの老人に会ってから、すこしだけ変わった。明日は戦闘訓練だ。しっかり寝ないと明日が人生最後の日となる、そう思ってか、ギトはすぐ眠りに入った。

3.
それはあまりに未熟な太刀筋だった。たしかに鍛錬はしている、ただ、才能がないのだ。ギトは簡単に相手の懐にもぐりこむと、首筋にナイフを滑らせた。鮮血が飛ぶ。
ためらいはない。いつもの光景。自分より頭1つ分半は大きい青年の体が、地面に沈みこんだ。

才能あるいは経験の違い。生まれたときから地獄の中にいたギトは5歳のときから訓練を始めていた。

異質な自分が今日まで生きてこられたのはこの才能のせいかもしれないと思う。
ミトラ神は強い者を好む。常に自分のための、より強力な破壊者を望んでいる。

ギトは見たことないが、ミトラ教団の中にはダークナイトと呼ばれる特殊な階級の戦士たちがいる。

彼らはその戦闘力をミトラ神に認められ、教団の敵対者を滅ぼすことと引き換えに、なんと人並みの、いや、人並み以上の暮らしをしているのだという。ギトにはまるで想像がつかないが。

それは神と同じように肉が食べれる、ということも意味するらしい。ただ、目の前に転がった青年の肉を見て、とても肉が食べたいとは思えないギトだった。

円形の闘技場には客席がある。神への奉仕に直接的につながる戦闘は、教団にとって大きな関心事である。客席は常に満員である。ただ、闘技場にはランクがあり、ギトの闘うこの競技場は下から2番目のモノ、教団幹部が観に来ることは滅多にない。

青年の死体は早々と片付けられ、次の相手が現れる。
クナッハだった。

この都市では珍しい13歳の少年は、ギトと比べると頭一つ分背が高い。黒いぼさぼさ頭のギトとは違い、その茶褐色の髪は丹念にそりあげられている。クナッハはミトラ神につかえる僧侶の卵だ。

その両手に握られている棍棒の恐ろしさは、先ほどの未熟な青年のブロードソードと比べ物にならないことをギトは知っていた。

ギトは短いナイフ2本で闘う。持ち前の身軽さで相手を攪乱し、隙をついて仕留めるのが得意なやり方だ。しかしクナッハにはこの手はなかなか通じない。お互いが相手のくせを熟知しているのもあるし、クナッハの守りは非常に堅い。教団以外の国の大人の騎士のレベルなど遥かに超えているだろう。
ギトはクナッハと、これまで10回近く闘って、ただの一度も決定打を与えたことがない。それはクナッハも同じで、だから2人ともまだ生きているわけだったが。

はじまりの合図の鐘がなる。

クナッハが構えをとる。左手の棍棒を前に突き出し、右手を高く上げる。攻めの体勢だ。
ギトは構えをとらない。ナイフと棍棒では、打ちあっても勝ち目はない。よってなるべく、どんな攻撃がきてもかわせる体勢をとるのだ。

クナッハはすばやく踏み込んできた。高くかかげられた右手の棍棒がギドめがけて唸りを上げる。ぐわんと空気までが歪む。ギドは間一髪でかわすが、2撃目が来る。左手の棍棒が横殴りにせめてくる。

ギトはバックステップでかわしつつ、ナイフを相手の胸めがけて投げつける。
棍棒は信じられないほど素早く動き、それをはじいた。ナイフは歪んで、ひしゃげ、地面に落ちる、もう使い物にならない。

距離をとり、ズボンのサイドのホルダーから、換えのナイフをとりだす。追いかけるクナッハ。

クナッハの動きはギトの記憶よりずいぶん速い。よほど訓練したんだろう。腕力にしても、先程のナイフの状態をみればその成長がわかる。じっさい成長期らしく、背は一段と伸び、全身の筋肉は盛り上がっている。

自分は12歳にしては背が低い。同い年といえばピザリにしか会ったことがないが、ピザリは女だ。でもなぜだかわかる。筋肉もあまりつかない。日々鍛錬に鍛錬を重ねているが、クナッハのような筋肉はつかない。どうも、自分は一生このままなんじゃないかという気さえする。

そんなことを考えていると、先ほどまで顔があったところに棍棒が飛んでくる。無意識によける、それが可能な自分の体に感謝する。

ギドは筋肉がないように見える。頭の先から足の先まですらりとしている。だから初めて見る相手は油断する。どうとでもできる雑魚にしかみえない。

だが速い。ギトの身体能力は素晴らしく高いのだ。
ギトは一瞬でクナッハの体の下に潜り込み、2つのナイフは左右別々の方向から、首を狙う。

身長差からしてもクナッハにはギトが消えたようにしか見えないはずだった。

初対面ならこれで決着がついていただろう。

だがクナッハはただではやられなかった。左手の棍棒で、右手のナイフをへし折り、右手の棍棒をギトのアバラに叩きこんだ。

ギトのアバラの左側は数本粉砕した。
そして、左手のナイフは…クナッハの右のノドに刺さっていた。

だが、クナッハのノドからは不思議なほど血が出ない。それどころか、両手に棍棒をしっかりと握ったまま、ギトの方に歩いてくる。先程の機敏な動きと違い、ゆっくりと、しかし確実に。

客席から大きな歓声が上がる、たしかにノドにナイフが刺さったまま、敵に止めをさすその姿は、ミトラの道具としては、この上ないほど完璧な姿だろう。

客席からは、クナッハに対する応援と止めのコールが起こる。
ギドは一回だけ体勢を立て直そうとして、諦めた。立てない。アバラは少なくとも、4、5本は折れている。左半身が燃えるように熱い。たとえ立ったとしても、いまの自分にクナッハに止めをさす力はない。いままで自分が、幾人にもそうしたように、止めをまつことにし、目を瞑る。

(……あれ、こない?)

目を開けると、クナッハと目が合った。ギトのすぐそばに立っている。かすかに笑っている気がする。ミトラの道具としての賞賛が、それほど嬉しいのだろうか。
だが、その口からとんでもない一言が飛び出した。

「…オマエは、ミトラに全てをささげるか?」
「…はぁ?」

客席の歓声は今が最高潮だった。それは、ギトとクナッハにしか聞こえない会話だった。

「……いやだ、オレは。」
「……だよなぁ、やっぱ。」
「え?」

クナッハは満足げにそう言うと、焦点のあわない目で、ノドのナイフに手をかけ、

「おいっ…なにを?」
「…ピザリもさ、いやだってよ。」

引き抜いた。

鮮血の雨がギトに降りかかる。

「…じゃあな、頑張れよ、ギト。」

はじめてクナッハと話した。
もしかしてクナッハは、ピザリとも話したことがあるのだろうか?

自分より頭一つ分大きな、新しい死体が生まれる横で、ギトは気絶した。
もう歓声は聞こえなかった。


4.Sideギト

気がつくとベッドの中にいた。見たことのない個室。もうアバラは痛まない。なにもかも麻痺しているみたいだ。死が近づいて来ているからかもしれない。一応、包帯がまかれているみたいだけど、もうムリなのは医者もわかってるんだろう。

医者たって、医者の名をかたるタダの信者でしかないけど、とにかく、手は尽くしてくれたらしい、机の上にポーションが置いてあるし。でも取りに行く力はない。

教団は強者に甘い。自分が強いとは思わないけど、まあそこそこ頑張った方だったは思う。
最後の相手、クナッハは確かに強者だった。戦士として(一応僧侶だったけど)だけじゃなく、人間としても強かった、最後にちょっと話しただけだったけど、そんな気がする。というか、ノドにナイフささってるまま、平然としてるとか、人間を超えてるとしか思えない。それにしてもあいつ。

(・・・・あんな、声してたんだ。)

いつもはさ、闘うときの、「ふんっ」とか「ぬんっ」とかいう声しか聞いたことなかったんだよな。というか、あいつ、最後になんていったっけ?

「…オマエは、ミトラに全てをささげるか?」

そうだ、それだ。教団の僧侶の決まり文句。これに答える言葉はひとつの種類しかない。

「はい、喜んで」とか
「創造主のお心のままに。」とか

オレも、もちろん、

「至高の方のためなら、たとえなんであれ…、」あれ、ちがう、ちがう、たしかこう言った。

「……いやだ。」

そうだ、死ぬときぐらい、はっきり本音を言ってやろうと思ったんだ。

そしたらあいつも。

「……だよなぁ、やっぱ。」

って。本音を吐きやがった。
邪神を信じてないのは、俺一人じゃなかった。

もうね、ぶわっって感じで、涙出てきた。声も出そうと思ったら、声は出なかった。
それぐらい体は死にそうなのに、涙はとめどなく溢れてくる。つーか、涙? いつぶり? 初めて? じゃないよなぁ。流石に。

最後の最後に、ほんの少しだけスカッとした。これで安心して死ねる。
そう思うと急に意識がぼんやりしてきた。いままで、闘技場で散々殺してきた相手に比べるとずいぶん穏やかな死に様だと思う。

・・・・
・・・・・
・・・・・・ん?
・・・・・・・あれ、そういえば、あいつ、最後にもうひとつなんか言ってなかったっけ? オレのナイフ抜いて、こう、血がぶわって、なりながら。・・・・なんだっけ?

思い出せない。まぁ、いいか。

・・・
・・・・うーん。
・ ・・・・・うーん。えーと、たしか、

「…ピザリもさ、いやだってよ。」

あ、そうだ。ピザリだ。あの無愛想女。
凶暴な、オレより攻撃的で、
でも、強ぇんだよな、アイツ。ああいうの、天才っていうのかも。

黒い髪がながくてさ、色白で、
目じりがこう、きゅっと上がってて、ちょっとキツめで、

あれ、アイツの特徴、結構おぼえてんな、オレ。

いやぁ、思い出せてよかった、じゃ、おやすみ。


・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・


いきなり目が覚めた。ぼんやりしてた脳が回りだして、アバラからは、激烈な痛みがかえってきた。

「…最後、…アイツ、…頑張れ?」

ノドからは、かすれた声が出てきた。
体をムリヤリにベッドから引き剥がして起き上がると、頭が、がんがんと鳴り響く。
うるせぇ、うるせぇ。

合わない焦点を合わせ、辺りを見る、え~と、たしか、…あった!
机の上の、ポーションの瓶を掴む、気が抜けると落としそうだ、慎重に、慎重に…。
情けないことに、フタがなかなか空けられない。あぁ、落ち着けオレ。

「ポンッ」という音と共にふたが開く、と同時に何滴かこぼれる、もったいねー、ポーションなんて、生まれて初めてお目にかかるのに。

震える手で掴み、ゆっくりと口内に注ぎ込むと、すげー、1口目で腕のふるえが止まった。
2口、3口と、飲むごとに、体に活力がもどるのが、わかる。それにしても、このシュワーと、するのはなんだろう?ガス?まぁ、おかげで、えらく、口当たりがいいけど。

飲み干すころには、全身に力が漲り、しっかりと立てるどころか、もう一戦できる気にさえなっていた。

そして…すぐにそれが錯覚だったことに気づく。
たしかにもう痛みはないが、傷自体は全く治っていない。

ポーションといえば、魔法薬、どんな傷でも、飲むだけで治る、なんてイメージがあったけど、それは、本物の魔法薬だったらば、話だろう。

この薬はせいぜい、強力な強壮剤、兼、鎮痛剤。それだけでもたしかにすごいけど。よく考えたらオレなんかにそんな薬を与えるハズがない。敢闘賞というか、楽に死ねっていうか、まぁ、餞別って、やつだろうな。教団からの。

痛みはじきに戻ってくるだろうし、2、3日のうちに死ぬことは免れない。なんせ、アバラが半分からくだけてんだから。

でも、もうオレには死ぬ気はなかった。ポーションのおかげか、それとも、グナッハの言葉がこびりついているせいか。それになんとなく、ピザリとはもう一度会いたいと思う。会うとしたら、闘技場で、だろうけど。

いま、オレの頭は、かつてないほど、はっきりしている。
行くべきところは、ただ、ひとつ。

本人曰く、偉大なる白魔導師、ミストラルティンのところだ。



[26326] 治癒魔法
Name: 脳内麻薬◆e9f104b8 ID:14873145
Date: 2011/03/15 01:14
1.

「もう2、3日遅ければ、二度と会えなかっただろうな。」

左胸を覆う包帯からは血が滲み、地面にポタポタとしたたり落ちる。

「こっちへ来なさい。包帯は剥がして。」


この老人にはじめて会った時は、本当に驚いた。

手足はねじれて黒ずみ、首といい腹といい、体中に鎖が絡みついていた。東方の苦行僧さえも裸足で逃げ出すであろう拷問の中でも、その表情はどこか涼しげだった。

教育係のボルクに連れられ、邪神様に逆らう哀れなモノを見るはずだったが、少年が見たのはそれとは全く違うモノだった。老人の目はとても澄んでいて、決して敗者のそれではなかった。

その日から、少年の中で、何かが変わった。

いままで、疑問を抱かなかったことに、疑問を抱くようになった。
ひょっとしたら世界は、自分が思っているより、ずっと広いのかもしれない。そんなことはそれまで考えたことすらなかった。

いつしか少年は老人の元へ通うようになり、老人は少年に不思議な力の操り方を教えた。それが、魔法と呼ばれるものであることを後から知った。

しかし、ミトラ教の厳しい戒律の中には、このような一節がある。


「ミトラ様以外から借りた力は使わない」


ギトは当然それを知っていたが、オレンジ色の火を生み出す力の魅力には敵わなかった。初めて火を生み出せるようになって以来、ますます足しげく老人の下へ通うようになり、メノン地下塔の入り組んだ構造にも馴染んでいった。

今回のことも、この老人ならなんとかしてくれるのではないか、と思った。
・・・・たとえそれが、邪神に対する明確な裏切り行為であっても、少年は再び老人のもとを訪れた。


包帯を外すと、棍棒のトゲによる裂傷が数箇所あり、早くも膿みはじめていた。中には、砕かれた骨が見えるほど深いものもある。ギトは思う。

(よく生き残れたもんだ。)

クナッハの一撃は壮絶の一言だった。

彼と闘い、頭蓋骨を真っ二つに割られた戦士もいた。肋骨を砕かれ内臓が破裂した者、手足がちぎれ、二度と闘うことの出来なくなった者もいた。

インパクトの瞬間、体をひねり、衝撃を分散させたことが、彼の身を助けたのだが、ギトは単純に運が良かったと考えた。運、生死を分かつもの。それに対して、生まれて初めて感謝したのかもしれない。


ギトは、己の掌で燃える、淡いオレンジ色の光を見た。
それはとても弱々しく、消えかかっていた。まさに、今の自分のようだった。


「魔力の源は、生命力だ。」

ミストラルティンはこう言った。

魔法とは、術者のエネルギー、すなわち生命力を使い、奇跡を起こすこと。
それは、剣士が筋肉を使い、エネルギー消費し剣を振るのと同じことだ。

しかし、これは邪神の魔法使い(黒魔術師)には当てはまらない。邪神が世界から力を奪いそれを己のモノとするように、黒魔術師も他からエネルギーを奪い、魔法を行使する。

白魔術師でも、高位の術者になれば、周りから力を借りることも可能であるが、
彼らはなるべくにそれをしない。

エネルギーを奪われた存在に待つものは、死、滅びしかない。世界の理を知るものが、全て私利私欲のためにエネルギーを行使すれば、あっという間に、彼ら以外の存在は滅びるだろう。

世界に存在するエネルギーの量は常に一定なのだ。それをどのようなことに使うかは使い手次第だ。そのため昔から、世界の秩序を守る魔術師と、壊す魔術師は、闘争を続けていた。



「結論から言うと、わしに君の傷を癒すことはできない。」
「……え?」
「今はこのザマだ。わしの全魔力は邪神に抗うので精一杯……残念ながらな」

老人はジャランと己を縛める鎖を鳴らす。少年はうつむいた。

「最後まで聞きなさい、わしはいま、魔法が使えん、しかし、おぬしは使えるだろう。ならば・・・・いますぐ、癒しの魔法を覚えよ。」
「…へ?」
「決して簡単な魔法ではない、聖都の僧侶たちの中にも、本当に優れた癒やし手は少ないように、普通、一朝一夕で覚えるものではない。」

呆然とする少年の前で、老人はどことなく愉快げにいう、

「大丈夫だ、君は魔法に関してなかなか筋がいい。それに、人間というものは、己の命がかかっているとき信じられない力を発揮する。またとない修行の機会だと思えばいい。・・・・できなければ、死ぬだけだ。さぁ、私に続けて復唱しなさい・・・・」

選択肢はない。
ギトはその場にあぐらをかき、老人の言う通り詠唱し始めた。

(ぜったいモノにしてみせる、おれは死にたくない。)



2.
Side ?

昨日クナッハが死んだ。
ギトに殺された。

意外だ。実力でいえば、クナッハの方が上だと思っていた。

よほど腕を上げたのだろうか、ギトは。

しかし、ここでは普通のことだ。闘いの中で、一方は生き残り、もう一方は死ぬ。
ミトラ教団では、弱者が弱者のまま生きることは許されない。

死にたくなければ、力を磨け。いままで私もそうしてきた。

いつものごとく、戦士が一人死んだ。彼の代わりはすぐ補充されるだろう。

心になにかが、引っかかる。
それがなにか、わたしは知っている。だが、わたしは目をそらす。



教団に入る前の自分のことを覚えている。

父と母は、聖都のある教会で聖なる神に使えていた。

母は冒険者で、優れた戦士で、魔法の使い手だった。
父は僧侶で、魔法こそ使えなかったものの、優しい人だった。

恐ろしい冒険の数々で、心と体を病んだ母を、父が癒やしたのだ。二人が結ばれるのには、そう長くかからず、わたしが生まれた。

父はどんな人にも親身に接し、神の教えに導いた。
教会には毎日多くの人が集い、その説教に心を救われた。



食事は、必ず3人そろってするのが我が家の決まりだったが、夕食はいつも遅かった。
父が毎晩遅くまで教会に残っていたからだ。

「この世には、神の助けを必要としている人がたくさんいる。私は少しでも多くそういう人たちの声を聞き、力になりたいんだ。」

これが父の口癖だった。
母もわたしも、そんな父が大好きで、だから父の帰りを待つのはちっとも苦痛じゃなかった。

父を待ちながら、私と母は、毎晩いろんな話をした。

母と父とのなれそめ。
初めてのデート。
生涯、妻を娶らず、神に仕えると誓った父の信念が、もろくも崩れ去った瞬間。
新婚旅行で行った、王都の話。

母の口から次々とび出る話題は、とにかく父に関するものばかりだった。

幼いながらに、そんな母の話をほほえましく聞いていたが、
わたしが、とくに聞きたがったのは、母の冒険譚だった。

むかし母が退治した魔物のはなし。
王都と都市同盟を結ぶ街道に出る、おそろしい盗賊たちのはなし。

わたしはそういう話が大好きで、いつか母と同じように旅に出ようと思った。
なんども魔法や剣の使い方を教えてくれるように頼んだけれど、いつも、

「あなたがもう少し大きくなったらね」

とだけ言って、むくれるわたしを抱き締めて、キスした。

ところが、ある日、全てが変わった。


母が異端審問官に捕まったのだ。

冒険者時代、とくに心を病んでいた時期には、色々とムチャをしたらしい。そういう噂をかき集め、父に横恋慕した女性信者が母を密告したのだ。

父も母も、すぐ帰ってくるよと言って笑った。父はわたしに、

「信じてくれ、神は決してお間違いにならない。」

と言い、それでも泣き止まない私に、母は、

「帰ってきたら、一緒に魔法の練習をしましょう」

と言った。





……母は、一ヶ月後、帰ってきた。

異端者の首は、広場にさらされる。母の首も、その中にあった。

その晩父は、母を密告した女性信者を殺し、教会に火をつけて、聖都を飛び出した。
神を呪いながら。

父と私がそこからミトラ教団に入るまでは、そう長くなかった。

父と私はすぐに引き離され、
闘うことを知らなかった父は、あっけなく死んだ。



私は、神を信じない。



父がもし、神以外のものを信じていれば、母を連れて聖都を出ただろう。
彼もまた盲目だったのだ。

とうとう母から魔法を教わることはできなかったが、どうも剣を扱う才能があったらしい。わたしは生き延びた。

毎日闘技場では大量の死体が生み出されるが、わたしは彼らのように無意味に死にたくない。

復讐しなければならない。

神に、
嘘や欺瞞で塗り固められた、あの聖都に、

もちろんわたしは、ミトラなど信じていない。

わたしは何も、信じない。

3.Side ギト

さっきまで大量に流れていた汗が止まった。
たぶん、オレの体は、もうこれ以上水分を失うわけには行かないんだろう。
喉が渇きにひりつく、左胸の痛覚もふたたび麻痺してきた。

「イメージだ、しっかりしたイメージを思い描け。君の体には、己の傷を癒やす力が備わっている。その力を、強く感じろ。」

ミストラルティンの声は、オレにはもう聞こえちゃいない。
なんとなくわかっちゃいるんだ。

傷は自然と治る。人間には自分で自分のケガを治す力がある。
その力を高める。集中させる。重いものを持ち上げるとき、オレは力を腕に集中させる。
それと同じように、傷を治す力に、魔力を注ぎ込む。

「…ふむ、集中しているな。いいぞ。その感覚だ、感覚をつかめ、やはり治癒魔法は自分にかける方がやりやすい。」

なんとなく頭がクリアになってきた。
ジンジンとした痛みが戻ってきて、ふたたび傷口がうずく。痛い。たしかに痛いけど、痛みを経て、折れた骨は元にもどるんだ。いままでもそうだった。指を折ったときも、腕を折ったときも。

傷口が熱い。この熱はどこから出ているんだろう。オレ自身が発熱しているんだ。この体には、こんなにもエネルギーに溢れている。できないことはない。治癒だ、魔力によって、治癒力を高める。オレはまだ死なない。オレには出来るはずだ。

「つまるところ、生きる意志が肝心なんだな。」

「・・・・この都市の人間にはそれが薄い。当然だ、己を道具としてしか見れないものに、なんの意志があろう。君も危うくそうなるところだった。皮肉だが、その傷をつけたものには、感謝すべきかもしれん。」

変化は突然現れた。

砕けていた骨が蠢く、破片となった骨はオレの体に吸収され、ゆっくりと新しい骨が生える。熱いし、痛い。だけど、悪い気持ちじゃない。オレは今、自分の中のエネルギー、それを扱う魔力をかつてないほど実感している。こんな奇跡が起こせるなんて。

「そうだ、できないことはない。人間というものは、君が思っているより、遥かに偉大だ。決して道具なんかではない…」

ミストラルティンが何をいっているのかは、全然わからない。

オレの体は自身の傷を癒やし続けていた。なんとか死なずに済みそうだ、そう思いながら意識を失った。

「こうも簡単にできるとは、やはり君は……、」

しかし、もうオレにはなにも聞こえなかった。

4.Sideギト

宿舎に戻った時、オレのベッドには、知らない男が眠っていた。
仕方ないので、床で寝た。そのときオレは、途方もなく疲れていたので、すぐに寝てしまった。

目が覚めると、周りがうるさい。珍しいな、戒律違反じゃないか? まぁ、どうでもいいけど。

どうも、死んだと思われてたみたいだ。


ボルクは何も言わなかった。
それが逆に不気味だったけど、言われるままに従って廊下を歩く。
どこに連れて行かれるんだろうか?

最悪の場合、ボルクを殺して、逃げようと思う。
どこに逃げればいいかなんて、わからないけれど。
メノン地下塔で、ミストラルティンを助けて、一緒に逃げるのもいいかもしれない。

ミストラルティンは本物の魔法使いだ。

目の前を歩く、この低脳とは違う。
オレを助けてくれた。
教団には人を助けるやつなどいない。奴らは人間になんて興味ない。滅べばいいと思っているんだから。

自分達も、人間のくせに。


メノン地下塔で目覚めたとき、オレはクタクタだった。正直、ミストラルティンのことは気になったが、彼はオレに帰るように諭した。「今の君では、わしを助けることはできん。」だそうだ。確かに、いまだにオレの体は思うように動かない。

覚えたての治癒魔法をかけて少しずつ治していくしかない。


ボルクに連れられて辿りついたのは、試合後に寝ていたのと同じような部屋だった。

いつ聞かれるかドキドキしていたが、試合後どこにいたかは聞かれなかった。

クナッハの戦闘力は高く評価されていたから、アイツを殺したオレは期待をかけられているのかもしれない。

ボルクは傷の具合だけ聞いて、部屋を出た。もちろんオレは実際より重く言っておいた。
実際、そのままだと死んでいた傷だし。


個室なんて、ひさしぶりだ。
それこそ生死をさまようケガをしたときぐらい。

オレは、ボルクが去ったのを確かめると、
密かにやりたかったことを始めた。

「エフタルよ…、」小声で呪文を唱えると、掌から火を出した。

ホッとする色のオレンジ。見た目は前と同じだけど、何か違うような気がする。
密度? なんとなく前より熱そうだ。

試しに両手から火を出そうとすると、簡単にできた。

前には、いくら試してもできないことだったのに。
なんだか胸が高鳴った。



――、数十日後。


大きなボールぐらいの炎を出し、掌から切り離してみる、よし、成功。

手の上にふわふわと浮かぶ炎は、異教徒のいう人間の魂みたいだ。

すべてはイメージだ。自分の体を動かすように、動かす。
炎は、オレの手を離れ、部屋の中をふわふわと回りだした。

もしかしたら、これを弓矢のように打ち出すこともできるかもしれない。

そう思った時、ドアがノックされた。
あわてて消す。この力がバレれば、命が危ない。

出てきたのは、やっぱりボルクだった。

オレの体を一通り調べて、うなずく。ホントはずいぶん前に治ってたんだけど、オレは魔法の練習がしたいばかりに嘘をついていた。だが、そろそろ怪しまれる頃だ。

予想通り、ボルクは、訓練所に復帰するようにいった。そして、

「10日後、戦闘訓練だ、いまよりワンランク上の闘技場で行う。期待しているぞ。」

それだけ言って出ていった。

いままで、オレやクナッハがいたのは、4つある闘技場のなかで、下から2つめのランクだったが、これからは上から2番目だ。

当然、教団のより上の立場の奴も観に来るだろう。

そしてそこは、ピザリと同じランクだった。




[26326] 老人と少年
Name: 脳内麻薬◆e9f104b8 ID:14873145
Date: 2011/03/10 00:09
1.

自分の担当している少年が戒律を破っていたことは最近知った。

試合のあとケガによって注意力を失っていたギトは、多くの信者に目撃されていた。

不審に思ったボルクは、少年が帰ってきた後、すぐさま聞き込み調査を行った。すると目撃情報は全て、メノス地下塔へ至る道までで消えていた。

試合から10日後、またギトはどこかへ消えるようになった。
ボルクは跡をつけた。

ギトは年から考えると、異常なほど鋭いカンを持っている少年であったが、ボルクとて、20年近く獄卒を努め、いくつか修羅場をくぐってきた猛者である。

少年ごときに気取られるわけにはいかない。

入り組んだ路地は静寂に包まれている。少年を尾行しながら、ボルクは誇らしい気持ちを抱いた。完璧な秩序、それがここにはある。まったくこの都市はすばらしい。

予想通り少年は地下塔の中に入って行った。
彼は松明を準備し、さらに跡をつけるべく続いて地下塔に入った。

しかし、少年の姿は見つからなかった。

扉を開く呪文を知っていたことは、かつて自分が連れてきたこともあるので納得できる。だが、どうやって松明なしであの暗闇の中を進んで行ったのだろうか。

少年が出てきたところを捕らえて、始末しようかとも考えた。しかし、

「道具は判断するな。」

長年獄卒を努めてきたボルクには、この教訓が骨の髄まで叩きこまれている。
ともかく、一刻もはやく上役に伝えることにした。

「失態だな。ミトラ様の未熟な道具よ。」
「申し訳ございません。」

青白く陰気な顔の男が、自分を叱責する。

本来教育官というのは、仕事のない年寄りどものやることだ。自分のような重要な仕事を持ち、忙しい者には向いていない。ボルクはそう思った。

貧弱な体型をした上役による叱責はさらに続く。

こんなやつに凶悪な異教徒を取り締まる仕事が務まるものか。そう思う。しかし、いくら無能だからといって、逆らうわけにはいかない。それが慎みあるミトラ教徒の姿というものだ。拳をにぎりしめ、耐える。

じっさい、ボルクがいままで少年にしたことと言えば、訓練所で多少の技を教えたことと、月に一度か二度様子をみることだけだったのだが。

しかし己が教育を誤り、ミトラの信望を落としたであろうことには深くショックを受けた。許されるなら、少年の始末は自分の手で行わせてもらいたい。そう願いながら、大人しく沙汰が下るの待つ。

すると2,3日後、

「もうしばらく泳がせよ。」

という指示だけが来た。

不審に思うボルクだったが、

さらに数日後、
彼はふたたび呼び出しを受けた


今ボルクがいる部屋は、いつも上役がいるメノス地下塔近くの詰め所ではない。
ハイエルダークの中心部にある、大きな建物に呼ばれたのだ。

女の召使に導かれ、彼が進む廊下にはチリ一つ落ちてない。

招かれた広い部屋の窓からはミトラの大神殿が見える。

壁は白く、天井の高さは4メートル近くある。それに届こうかという背の高い本棚がずらりと並ぶ。その中には書物以外にも様々な資料や地図がある。

見たことのない異国風の装飾品から、絵画まで飾ってある。
この暗黒都市ハイエルダークにそのようなものがあるとは。

退廃的だ。と思ったが口は慎むことにする。ここは自分のようなものが滅多に来られるような所ではない。一体どのような人物が現れるのだろうか。

待たされたあと、現れた人物は予想外だった。

2メートル近い巨躯。モヒカンに近い髪型で、サイドは僧侶のように剃り上げられている。眉も太く、濃い顔つきだが、なにより特徴的なのは、もみ上げから顎にかけての、黒々としたヒゲである。

彼は騎士ダリウス。現在のメノス塔の管理者であり、かつては、多くの異教徒を血祭りに上げた高名な騎士である。

筋骨隆々とした体つき、腰に帯びている幅広のブロードソードは見たこともないような代物だ、さぞかし名のある刀工の手によるものだろう。

しかしそれらとは別の何かがボルクを畏れさせる。仮にこの男が丸腰で闘技場に現れたとしても相手になるのは断じて避けたい、そう思わせるだけの何かがある。

「そこに、かけたまえ。ゆっくりと話を聞きたい。」

思った通りの重厚な声だ。有無を言わさないものがある。言われるまま椅子に座る。

「少年について、知ってることを全て教えてもらいたい。いつから塔に通っているのか、どのような性格か……。」

騎士ダリウス、彼は教団の武力における頂点、ダークナイトの一人であった。

2.

暗黒都市ハイエルダークは地下の大空洞に存在する都市である。黒曜石のような美しさと堅さを持つ岩盤は、いつの時代に誰の手によって掘られたかさえ定かではない。

円形の都市は、中心から外側に向けて放射状に建物が並ぶ。建物同士は横にも連なり、ちょうど蜘蛛の巣の様な形だ。

円の内側に行くほど、建物は立派になり、重要なモノが多くなる。
外円にいくほど、建物はみすぼらしくなり、人口は多くなる。

整然とした都市は4つの区画に分けられ、それぞれが1つずつ闘技場を持つ。

一番内側の、円の中心部にあたる第一区画には、ミトラを祭る大神殿があり、もっともランクの高い闘技場がある。騎士ダリウスの執務室もその区画の建物の中にある。


「なんか面白いことはないかねぇ。」

女はあくび混じりにそう呟くと手の中の本をパラパラめくる。それは、この都市ではお目にかかれないハズの外の世界の本だった。

「恋愛小説って奴は、どうもワンパターンでいかん。」
「……オマエは仕事は出来るが、不敬でいかん。」
「はいはい。」
「ミトラ様の下僕たる我々が、くだらん快楽なぞ求めてどうする?」
「そう?」
「……私は我々の中でも、お前が一番心配だ」
「苦労症だねぇ、でも心配してくれるだけマシなもんさ。」

ダリウスはため息をつくと、調べものを再開する。
女は本を閉じ、ダリウスのそばに近寄る。

「なぜ私のところなのだ。」
「そりゃ、アンタがここでは数少ない常識人だからさ。」

女の身長175センチくらい、黒いロングコートを着ている。大人しくしていれば、絶世の美女に見えなくもない。女はダリウスの肩に手をかける。

「見ての通り、忙しい。用がないなら帰れ。」

ダリウスはそれを振り払うと、何事もなかったように、資料に目を戻す。

「つれないなぁ。ちょっとぐらい相手してくれてもいいじゃん。闘技場でもいいし、なんなら……そこでもいいしさ。」

女は視線を、部屋の片隅にあるベッドの方へ向ける。 

「・・・・問題児め。」
「他のやつに比べれば、オレなんてマシなほうじゃない? われわれは人格破綻者ばっかだし。」
「皆、自分なりのやり方で、ミトラ様を立てることを知っている。しかしオマエには、敬意というものが感じられんのだ。」
「でたよ、敬意。そんなカタチだけの言葉、大っ嫌いだね。」
「それを外で言ってみろ、お前を塔に放り込まんといかん。」
「はいはい。」

女はあきらめて、ダリウスの机からはなれた。

「何してるの? さっきから。」
「言っただろう、仕事だ。」
「・・・・手伝えるかもよ。その仕事。」

ダリウスはあらためて女の方を見る。

「やることなくて困ってんだよね。」

小説から目を離さず、だらしない調子でそう言う。だがその姿が女の本性でないことをダリウスは知っていた。黒いコートの隙間からは、女の形のいい腰と、二本のレイピアが見える。

女は暗殺者だ。それもとびきりの。
ついさっき、聖都の高官を暗殺するという任務をこなし、ハイエルダークに戻ってきたところだ。

「人望のあるヤツでさ、ちょっと大変だったよ。護衛の騎士らもけっこう手強くてさ……ま、楽勝だったけど。」

この女に手伝わせるのも悪くない。ダリウスはそう思った。

「……メノン地下塔の話だが、どうもおかしい。あそこに今、大物はいないはずだが、ひょっとしたら・・・・」

3.

クナッハの一件以来、ギトが地下塔に来る頻度は増えていた。

「・・・・オレって、ひょっとしたら、エフタルに好かれてるのかな。」
「どうしてそう思う?」
「だって、ほら。」

少年がこれ見よがしに手を掲げると、赤々とした炎がうねり出す。少年は誇らしげに言った。

「最近、調子いいんだよね。」

老人は思わず噴出した。

「……っく、はっはっはっは! これはこれは。」
「なんで笑うんだよ。」
「いや、すまんすまん、つい微笑ましくてな。」
「うるさいな。」
「怒ることはあるまい、よい兆候だ。この都市の子供はみんな暗くていかん、大人もだが。」
「何も知らないくせに。」
「君を見ていてわかったよ、ここの大人がどのようなものか。皆、子供の価値を知らんのだな。だから子供は早く大人になることを要求される。そうでなくては生きられんのだろう。」
「・・・・。」
「悲しいことだな。」

ミストラルティンの言葉には温かみがある。自分は過酷な状況にいるくせに、それを嘆かない。ギトはこのような人間とのやりとりに慣れていない。まともに会話をしてくれる対象と出会ったのも初めてだった。

「それで、君が炎神に愛されているか、という話だが・・・・別段、とくに好かれているわけでもあるまい。」

老人はおかしそうに言う。少年は老人に背を向ける。

「何を拗ねている。いいかね、もし魔法が使えなかったとしても火を起こすことはできるだろう。水は飲むことができるし、土に種を植えれば植物が育つ。」
「うん。でもそれがどうしたの?」
「まぁ、聞きなさい。炎の神、風の神、水の神、土の神など、これらの神々は人がその名を見出す、ずっと前から、その深い恵みをくださっていたのだ。それは魔術師でなくとも同じこと、我々がとくに深く神に愛されているだとか、そういうことではない。」

ミストラルティンはここで、一息つくと力強く言った。

「自然の恵みは、誰にでも平等だ。決してひいきなどしない。」
「あの、よくわかんないんだけど。」
「なにがだね」
「いや、全部。」
「……まったく。」

老人は鎖をならす。不満があるときの彼のクセだ。

「あまりに聞いたことがなくて・・・・それは外の世界じゃ普通の考え方なの?」
「……そこまで普及しておらん。わしはずっとそうだと主張しておるんだが。」
「へぇ。」
「たとえ祈らずとも、自然の中に神々の力は溢れている。そしてそれをどのように使うかも、完全に我々に任されているのだ。」

ときどきミストラルティンの言うことは難しい。12歳のギトには理解できないときもある。しかし、その話は教団によって教えられた世界の仕組みよりも、ずっとギトを惹きつける。

「……じゃあさ、ミトラはなんなの?」
「ん?」
「だってさ、いまミストラルティンがいったように、ただ恵みを与えてくれる存在が神様なら、ミトラは違うよね」
「ふむ。」
「ミトラに認められたものだけが魔法を使えるってオレは習った。全部嘘だったの? ミトラなんてホントはいない?」
「ミトラは存在するさ。残念ながら。でなければ、わしはこんなところにおらんさ。」

老人は視線を落とし考え込む。しばらくすると再び顔を上げ、少年に聞いた。

「おぬし、竜を知っているか?」
「んーん。」
「精霊は?」
「知らない。」
「どちらも存在する。悠久の時を生きるモノだ。人には想像もつかないような知恵や力を持っている。」

竜、精霊、聞いたことのない名前に胸が高鳴り、ギトは全身を耳にして話を聞く。

「わしはな、ミトラも、竜や精霊と同じような存在ではないかと思う。もちろんその力の規模は違うだろうが。」
「でも、ミトラは人間には見えないって。」
「竜の中には、魔法で己を透明にできるものもいるし、精霊に至ってはそもそも見えるものの方が少ない。」

ギトは考え込む。邪神。この都市の人間は、その存在を盲目的に信じている。しかし、少なくとも自分の知り合いに邪神の姿を見たものはいない。なぜ、見たことのないものを信じているのか、恐れてることができるか。それとも目に見えず、得体が知れないがゆえに、より深く信じ、恐れるのだろうか。

ギトは、邪神の正体を知りたいと思った。

「でも、そんな竜や精霊より大きい力があるなら、なんの役にも立たない神様より、よっぽど神っぽいじゃん。」
「ふむ、だからこそ、邪神を崇めるものもおるのだろう。だが、わしの意見は少し違う。・・・・わしはね、神とは、さっき言ったような、見守る存在であるべきだと思うよ。」

ミストラルティンの額には、深い皺がくっきりと刻まれている。口元と顎からのびている長い髭は完全に銀色で、先の方はほつれ汚れていた。

ギトはミストラルティンが何歳なのか知らない。しかしこのとき、目の前の老人はひょっとすると自分が想像するより、はるかに長い年月を生きてきたのではないかと思った。

老人にとって人生というものは甘いものではなかったのだろう。このあとに続く言葉は、その人生の中で何度も繰り返した言葉に違いない。自問自答の中で、もしくは他人(ひと)に向けて。

「わしはな、人間を、世界を、意のままに操ろうとするもの、己の理想に沿わせようと思うもの、それを神とは認めたくないのだ・・・・断じて。」
「だから、ミストラルティンはここにいるの?」
「・・・・。」
「ごめん。」
「よい。」

ギトがうつむいていると、老人は再び温かい目で少年を見る。
いつのまにか重々しい空気は去り、いつもの二人、老人と少年がそこにいた。

「もしかして君は、闇の魔法に興味があるのか?」
「え、いや、別に……。」
「おそらく邪神はおぬしには力を貸さんだろう、やつは自分の信奉者にのみ恩恵をほどこす。」
「いや、べつに興味ないけど、でも、黒魔術師は、他の魔術師より強力だって本当かな?」
「ふん、そういう奴もおる、ということだ。修行が足りんのだろう。」

ギトは、ほっとしたような顔をした。しかしミストラルティンは難しい顔のままだ。

「わしはミトラ教の信者ではないから、その力については、よくわからんが。強力であることは間違いない。しかし、それでも決して我々が負けるものでは・・・・ないはずだ。」
「ミストラルティン、ミストラルティンはさ、本当に、その、竜とか精霊とか、見たことあるの? もしかして、闘ったこととか……、」
「さぁ、どうだろうな。」

老人は少年に微笑みかける。

「今日はやけに質問が多いな。」
「聞けば聞くほど、わからないことがたくさん出てきて。・・・・知りたいんだ、いろんなことを。」

その言葉を聞いた老人は満足げにうなずいた。

「やはり少し変わった。以前より、好奇心が増し、明るくなった。」
「・・・・なにがさ。」
「魔法の練習を続けなさい。君には才能がある。好奇心もその才能の内だ。」

ギトはその人生の中で、あまり褒められたことがない。ボルクは決してそんなことはしなかったし、本来それをするべき両親は生まれながらに失っていた。本来の性格はやがて消え、暗黒都市に適応していった。しかし老人の言葉は彼の心を再び刺激した。

「・・・・なぁ、オレにはミストラルティンをここから出すことはできる?」
「ああ、君なら出来る。」

少年は、決意したように言った。

「もうちょっとだけ待って。必ず助ける。まだ、ここでやり残したことがあるんだ。」
「大事なことのようだな。」
「うん。たぶん。それを確かめないと。」
「ふむ。」
「ミストラルティン、また近いうちに来るよ。」

そう言うと少年は去った、彼の行く道は闘技場へとつづく。

一方、老人は気づいていた。この関係がもうすぐ終わりを告げようとしていることに。



[26326] 訓練所にて
Name: 脳内麻薬◆e9f104b8 ID:14873145
Date: 2011/03/15 01:41
ワンランク上の闘技場は全てが違った。
まず観客の層が違う。以前の闘技場では労働に奉仕する信者達が中心だったが、この第2地区の闘技場の客席には、一目で戦士とわかる者、神殿関係者、黒魔術師らしきローブを纏った者などがいる。

ライバルの戦いを研究しに来ているのだろう。頬に傷のある屈強な男が腕を組み、油断のない目で試合を見つめている。

このランクまでたどり着いたものに、もはや弱者はいない。仮に他の国なら引く手あまたの戦士というところだろう。しかし、猛者たちもこの都市では富も名声も得られない。強さはただ、至高神のためだけにあるのだ。

闘技場は、毎日大量の死者を生み出し、一握りの強者を生み出す。強者はさらに上のランクを目指し、そこでもまた果てしない戦いを繰り広げる。

こうした闘技場で生き残るためには、己の技を磨くだけではなく、対戦する相手のことを知り尽くさなくてはならない。それゆえ強い戦士の出る試合ほど、多くの観衆が席を埋める。

ピザリの試合は常に満席だった。

古代の劇場と同じく、遅れた客は最も前で試合を観ることになる。リング近くにある立見席、ギトはそこに、小さい体をなんとか割り込ませていた。



ピザリの相手は、身長180センチほどの肌が黒い男だ。典型的な戦士の体格からするとやや太りすぎだが、丸太のような腕の持ち主で、血に錆びた大きな斧を持っている。

対してピザリが持っているのもこれまた大きな剣だ。本当は標準より少しばかり大きなバスターソードなのだが、小柄な彼女が持つとまるで巨大な代物に見える。

始まりの合図の鐘がなる。



一瞬であった。



ギトの太ももの倍はあろうかという男の腕は、斧を手に持ったまま、地面に落ちた。

両腕を失った男は、なにが起きたかわからないといった顔で自分の腕を見つめる。

瞬間、その首も飛んだ。

この都市において、腕のない男の末路はろくなものじゃないだろう。

飛んでくる血しぶきを避け、ギトは思う。

あるいは情けかもしれない。だが、ピザリの黒い目は何も映さない。



次の相手は技巧派の片手剣使い。なかなか端正な顔立ちの男だったが、その顔は頭から真っ二つに分かれた。

男は片手剣を巧みに操り、ピザリの大剣を受け流そうとして、武器ごと斬られた。
生半可な技と武器の持ち主では、ピザリの剣を受け止めることはできない。

ギトは闘いを冷静に見ていた。
そしてため息を吐きつつ思う。

ピザリには穴(弱点)がない。

早さはギトと互角、力はクナッハと並ぶ。
自分と同じくらいの身長は、ときに利点とはなれ、決して弱点とはならないだろう。

かつて、幼いときに腕を合わせたこともあったが、いつの間にこんなに引き離されたのだろう。

今のまま闘ったのでは確実に敗北するのは、自分である。

その後、ピザリ以外の試合も全て真剣に観たが、その日は他に収穫がなかった。



ギトは鍛冶屋に向かい、新しい武器を新調してもらうことにした。

前に使っていたナイフのうち、二本はクナッハに折られ、予備の一本も血に錆びて使いものにならなくなっていた。


ハイエルダークには通貨という概念はない。全ての物資は都市に管理されており、各々必要に応じて受け取ることになっている。

そういう仕組みでなくては、人間の欲望は限りなく膨らみ、手に負えない堕落をとげるのだ、と以前ボルクから習った。

この都市の鍛冶屋では、各々の実力に応じた武器をただでもらうことができる。


ひさしぶりに来た鍛冶屋には以前と変わらぬ熱気があった。魔術師によって高温に調節された青白い炎は、休むことなく鉄を溶かす。溶かした鉄から不純物をとり除き、さらに鍛えたもののみ、この都市では武器として使われる。

鍛冶師は休むことなく働き続け、その体は全身筋肉の塊だ。腰から上の裸身を覆う分厚い前掛けは、地下に住む火を吹くトカゲのような黒い魔獣の皮で作ったモノで、決して燃えない。


ギトは新しい武器を探そうと、奥の武器庫を眺めた。そこにはクナッハが使っていたような鋼鉄の棍棒や、大剣、ハンマー、長槍から鎖付き分銅まであった。


暗黒都市の闘技場には武器に関する規定はない。各々が最も得意とするエモノを使えば、有利不利は存在しない、というのだ。己に合った武器を選ぶ才覚、また対戦相手に応じた武器を選ぶ戦略も優れた戦士の資質とされている。

ギトは大剣やハンマーの置いてある棚には目もくれず、いままで使っていたものに近い片手剣などを手にとってみる。

少し振ってみた。しかし手に馴染まない振り心地だ。

片手剣をもとの棚に戻すと、また別の、より小さくて軽そうなものを手にとってみる。このようなことを数回繰り返したあと、結局手ぶらで武器庫を後にした。


ギトは、いままでどおりのナイフを注文することにした。

ワンランク上に昇格したことを伝えると、鍛冶師は無言でうなずき、奥の仕事場へ消えた。

表のベンチに腰をかけ、仕上がりを待つ間、ギトは錆びたナイフを弄んでいた。
彼はピザリの戦いを観ているとき考えていた自分の戦闘スタイルについて、再び考えた。

ギトのスタイルは早さが命だ。それはクナッハ戦でも痛感した。戦いのさなかに足が止まったとき、おそらく自分は死ぬのだ。

自分にはクナッハのような恵まれた体格もない。

あるいは、ミストラルティンから教わった魔法をつかえば、生き残れるかもしれない。しかし、闘技場で魔法を使った瞬間、すべてを白状しなくてはいけないだろう。

それはもしかすると、死ぬより過酷な状況を招くかもしれない。

魔法は使えない。使えるのは己で鍛え上げた技のみ。ただ、自分が信じてきたスタイルでいくしかない。

そう決意すると、ギトは今日の次なる行き先を訓練所に決めた。



訓練所はランクごとに分かれている。
利用者同士で訓練することも認められているからだ。違うランクの者同士が闘った場合、実力差がありすぎて訓練にならないことが多い。

しかし、多くの戦士はライバルに手のうちをさらすことを嫌い、木偶に技をかけるか、訓練所に用意してある魔物を用いて訓練することが多い。

対人より対人外に慣れている。それは、暗黒都市の戦士の特徴といえるかもしれない。

ギトは木偶に技をかける段階は済んでいると思っているので、魔物を相手に訓練することを選んだ。

対戦相手には武器も扱え、体格も近いということで亜人が人気だった。

亜人ということは、人に近い、もしかするとそれ以上の知性をもつという意味だが、訓練に使われる亜人は捕らえられた後、薬によって理性を失い、言葉すら話せない状態にされる。

ギトは訓練所のマスター、ヒゲ面のしぶい中年男に声をかけると、自分の要望を告げる。


いままでのランクではコボルトやオークが主な相手だったが、このランクではリザードマンとトロルが選べる。

リザードマンはトカゲのような顔と尻尾を持つ亜人。トロルとは人間より大きいやたら筋肉質の魔物である。

しかしギトは、リストの隅に小さな紙で上から張ったドワーフという文字を発見した。
親父に質問をすると、

「つい最近捕まえたヤツだ。この辺に生息してない種族だから、貴重な経験をつめるだろうな。」と言う。

ギトはこの亜人、ドワーフを対戦相手に選ぶことにした。







青い炎がゆらめき、真っ黒い壁に反映している。ここはミトラの神殿である。
世界でも類を見ないほど大きなこの神殿には100を越える部屋がある。
どの部屋も天上が高く、高級で、冷たい印象を与える。

ダリウスは、彼の上に立つ者により召喚されていた。

暗黒卿グリマンド。

全身を覆う黒いローブからのぞく顔と手は雪のように白い。酷く痩せていて、頭には一本の毛すらない。まるで着物を纏った骸骨のような姿だ。しかしその顔に皺はおどろくほど少ない。動きは力強く、見かけ通りではない強靭なパワーを感じる。手には黒魔術師の象徴である銀色のワンドを握り、上品かつシンプルなデザインの黒椅子に座っている。

彼は聖都でいう枢機卿のような立場にある暗黒卿。神殿の幹部にして、ミトラのお気に入り、最も忠実にして有用な道具のひとつであった。

老人の口から、地を這う蛇の舌からもれるような声が出た。

「ダリウス。お前は忠実にして有能だ。」
「恐悦至極にございます。」

巨躯の男が、己の三分の二ほどの男に頭を下げる。

「だが、塔の管理者としてはどうかな。」
「は、」
「あれはミトラ様の大事な塔。生贄の苦しみと共に、異教徒から力を奪う、大切な大切なところ。」
「はい。」
「お前を管理者としたのも、信頼の証・・・・何ゆえ、管理を怠った?」
「・・・・。」
「聞けば、ここ一年ばかり視察をしていなかったそうではないか? 何ゆえ?」
「……私の思慮の至らなさゆえ、塔の力に胡坐をかき、己の本分を尽くすことを怠ってしまいました。」
「くだらん。見かけ以上に思慮深い男よ。・・・・塔の異教徒の姿から目をそらすか? 愚か者め。」

あたりに沈黙が漂う。どちらも無表情なままだ。

「ミトラ様は寛大な御心の持ち主だ。過ちも一度は許そう。視察を怠るな。月に一度は塔に向かえ。その手を汚せ、異教徒どもを蹂躙しろ。」

ダリウスはよどみなく答える。

「はっ、御意に。」

黒服の老僧は椅子の背もたれに深く身を任すと、まるでそこから世界中の物が見えるかのように目を閉じた。

「・・・・近ごろ聖都が騒がしい、やつらは王都にまで、その穢れた手を伸ばしよるわ。・・・・闘いが近い。そなたにはその時、大いに役立ってもらわねば、のう?」
「は、ミトラ様のお心のままに。」
「ミトラ様は、寛大だが残酷でもある。まさに神よ。」

老人は目を細めながらはじめて笑った。しかしその笑いは決して相手に安心を与えるようなものではなく、歴戦のダリウスをしても背筋に氷嚢を詰められるかのような恐怖を伴った笑いであった。

「その偉大さ、恐ろしさは、そなたもよく知っておる通り、のう? ダリウス。」







初めて見たドワーフは、予想外に人と似た形だった。

髭もじゃの赤ら顔。耳は丸く、目は大きい。しかし、あくまで人間に似た顔立ち。
違うところといえば、その身長。どうみても子供にはみえないが、身長はギト同じぐらいか少し低いぐらい、140センチほどしかない。

しかし胴回りは普通の大人の1.5倍はあり、腕はこの前ピザリと闘った戦士ぐらい太い。

似合わない鉄兜をかぶり、鍛冶屋のようなハンマーを握っている。
こんな場でなければ、かなり愛敬のある姿と言えたかもしれない。

しかし薬によって、その目はうつろだった。

「そいつは捕まえた時のまんまの武装だ、こう見えてかなりやるぞ。捕まえるときも散々抵抗したらしい、一匹でな。なにやら外壁を削っていて、貴重な鉱物だと……、」

訓練所の親父は、ここでは戒律に触れるほど喋り好きなようだったが、もうギトの耳にその言葉は入っていなかった。

ギトとドワーフが今いるのは、訓練所内の小さな闘技場だ。

客席はないが、闘技場を囲んで数人の男がちらほらと立っている。
これから始まる戦いを見て、新人のライバルのデータを拾得するのが目的だろう。

ギトはそのギャラリ-も無視した。


油断すれば殺られる。


ドワーフは見かけによらない素早い動きで攻めて来た。

ギトはよけたが、ハンマーは当たった地面を削り、土砂をまく。


まさに人外の膂力だった。


早さでは自分が勝っている。そう思ったギトは、不思議なことに気がついた。

(怪我をした前より調子がいい?)

ギトは自分が、魔法を使っているときのように、戦闘に集中していることに気がついた。

魔法とは集中してイメージすることから始まる。使いたい力を強く想像し、力を司る神の姿を想像するのだ。

神の姿を心に描き、神の名を呼び、力の性質や方向性を明確にイメージしていく。そして奇跡を起こすのだ。

もともと集中力のないほうではなかったが、今ははっきりとドワーフの動きに集中できる。


そしてもうひとつ。


曲がりなりにも治癒魔法を覚えたことによって、自分の体にあふれるエネルギーというものの存在にも気がついたギトは、そのノウハウが戦闘にも役立つことに直感的に気づいた。

エネルギーを集めれば、傷を治すことすらできるのなら、エネルギーを他のところに集めれば・・・・。

彼の動きは更に早くなった。もはや影を残して消えるようだ。


ガギン。


鈍い音が響く。

ギトのナイフがドワーフのハンマーに当たって止められた音だ。すぐに岩のような拳が飛んでくる。ギトは慌てて距離を開けた。

重心が低いので、上下の動きで、翻弄するのが難しい。
そしてこのドワーフという亜人は、非常に闘い慣れている感じがする。

全身のエネルギーを爆発させたようなギトの動きは、見えなかったはず。おそらくカンのようなものが、命を救ったのに違いない。

ドワーフは姿勢を低くし、実に見事な構えをとっている。
いかに早くとも、不用意に近づけば、確実にハンマーの餌食となるだろう。


これが理性を失ったものの闘い方だろうか?


ふと疑問を持ち、相手の目を見るとドワーフの瞳には、ほのかな理性が戻ってきているかのように見えた。

その瞳はどこかクナッハに似ている、少なくとも、この都市の人間よりはずっと人間らしいのかもしれない。ギトは一瞬そんなことを考えた。


張りつめていた緊張と集中が切れた瞬間。
戦場ではそれが命取りとなる。


気がついたら、ハンマーが目の前にあった。

ギトは、自分の頭がぐしゃりと潰れるところを想像した。


次の瞬間、


ドワーフの右手は宙を舞い。そのハンマーごと遠くへ飛んでいった。


「いま躊躇っただろ、なぜだ?」


いつのまにか、ギトに闘いに集まっていたギャラリーの中から、一人の女が飛び出し。彼とドワーフの間にいた。

ドワーフの目には完全に理性の光が戻っていた。


女はギトに振り向くと、口の端を歪め、猫のような顔でニヤーっと笑った。

「なかなか面白い闘い方をするじゃないかボウズ。……ナイフで二刀か。」

女はギトから見ると、とんでもなく背が高かった。手には2本のレイピア、黒いロングコートからは白い生足がはみ出している。かなりの美人だ。

ギトは女の格好も表情も言動も、まったくこの暗黒都市にふさわしくないと思った。

「んー、いい暇つぶしになるかも。」

猫みたいな女だと思った。


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