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[25596] 脇役 (異世界召喚 コメディー ) 完結
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/07/01 08:20
 はじめまして、柑橘ルイという者です。

 率直に色々な感想や指摘が欲しくてこちらに投稿しました、辛口な指摘でも甘口な感想でも、一言でもあると嬉しいです。

 勇者になった親友を脇役の位置から見ている主人公を目指しています。

 皆様の感想を参考に試行錯誤して書いております、よって色々と書き方が変わり読み辛いかもしれません

 なにとぞよろしくお願いします。

 9/11に最初から修正中、同時に『小説家になろう』様に投稿しました。

6/12 脇役一 修正 五回 脇役二 修正 四回 脇役三 修正 二回 脇役四 修正 二回
4/28 脇役六 修正

9/11 脇役一 修正 六回

9/16 脇役二 修正 五回

9/20 脇役三 修正 三回

9/30 脇役四 修正 三回

10/5 脇役五 修正 一回

10/16 脇役六 修正 二回

10/20 脇役七 修正 一回 ビチャ・ハウ・バグ・ナウからダマスカスナイフへ変更しました

10/27 脇役八 修正 一回

10/30 脇役九 修正 一回

11/7 脇役十 修正 一回

11/13 脇役十一 修正 一回

12/1 脇役十二 修正 一回

12/31 脇役十三 修正 一回 新たに王都へ立ち寄ることにしました

2/1 脇役十四 修正 一回



[25596] 脇役一
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/09/11 08:22
 校舎が赤く染まる夕暮れ時の校庭を、詰襟の学生服を着た男子高校生が歩いていた。

 黒い髪に眼鏡の奥にある瞳は細く黒い普通の男子であったが、不思議なことに周囲に居る学生達から存在されないが如く見向きもされない。

「さてと、今日は帰って何作ろうか」

 のんびりと歩きながら八頭(やず) 晶(あきら)は首を傾げ、夕食に何を作るか思考をめぐらす。

 両親が共働きのため帰りが遅く、必然的に家事を一人っ子の晶がやることが多くなるのである。

「晶! 久々に一緒に返ろうぜ!」

 晶が振り返るとそこには親友がいた。

 笑顔は凛々しくそしてかっこよく、ウェーブがかった赤い髪に青い瞳の整った顔立ちである。

 晶と同じ詰襟学生服だがそれでも王子という雰囲気が抜けていない。

「勇か……確かフェンシングの世界大会優勝を祝うとか言ってなかったか?」

「彼女達が暫くしてから帰宅しろだとよ」

 なぜここにいるかと首を傾げる晶の言葉からそのときの状況が脳裏に浮かんだのか、日之下(ひのした) 勇(ゆう)は楽しげに目を細めていた。

 そのとき隣のグラウンドから砂埃を巻き上げながら強風が吹き抜ける。

 反射的に晶は顔を背け、砂が目に入らないよう目を閉じたが、次の瞬間にはしみじみとした勇の声を聞いて晶は呆れてため息をつく。

「白、シマシマ、黒にクマか……パンスト越しもなかなか……」

 隣に居る勇を見ると口元を覆っているが、その手の中ではニヤリとしているのだろう。

「勇が下着をみているのを女子が知ったら幻滅するだろうな、いくら顔が良くてもさすがに嫌がられるぞ」

「だから分からないようにしているさ」

 眉間に押さえて首を振る晶に対し勇は肩をすくめるだけであった。

 文武両道、眉目秀麗、品行方正、もはや完璧といわれる勇であったが、やはり誰にも欠点がある、風が吹いたら下着を見るようなむっつり助平なのだ。

 それを知っているのは晶だけであったが、昔勇にいじめを止めてもらった恩義を感じている晶は言いふらすつもりは無かった。

「相手に不快な思いをさせない為に、ばれない様にしたんだっけ?」

「晶と話をしている時も、他のものを見ている時も視線でだけで捉える、俺以外は出来まい」

 余程自信があるのか自慢げに話す勇だったが、無駄なことに心身を注ぐその情けない姿に、晶はなんとかならないものかと脱力すると共にため息をついていた。

「なんという能力の無駄使い」

「それはこっちが言いたい!」

 晶を見る勇の瞳が光ったのは、夕日の所為ではないだろう。

「近づいても気付かれないなんて、うらやましいぞこの野郎!」

「まあ、自然に体がやるからな」

 勇は握りこぶしを作るが、晶は癖だと苦笑いを浮かべる。

「お爺さんの影響だっけ?」

「そうだ、爺さんから色々教えてもらったな」

 北海道で未だ現役のマタギをやっている渋く寡黙な祖父の姿が晶の脳裏浮かぶ。

 孫を可愛く思うのか晶の祖父はサバイバル技術に狩猟の仕方、果ては動物の解体方法も教えこんでいた、普段寡黙な祖父であったが狩を教える時は饒舌になり蓄えた口ひげを揺らし、楽しげに笑っていたのを晶は思い出していた。

 狩猟の技術の中には獲物に気付かれない方法があったが、上手く出来ない晶は家族や友人、果ては近所の人相手に日常的に練習していたのだが、それがいつのまにか癖になってしまい影が薄くなったのである。

「あとは自然の神秘だな、それにまつわる伝説や神話、妖精や超常現象を想像したからな、おかげでファンタジー物を読み漁ることになったな」

「本やネットを読み漁るインドア派かと思いきや、サバイバルも出来るアウトドア派、どっちだよってツッコミたくなる」

 山々に掛かる一本の虹の感動とそれに伴う話を祖父から聞いたときの面白さは凄かったと、しみじみとする晶をよそに闊達に笑う勇であった。





「勇くーん、バイバーイ」

 女生徒達が勇に向かって笑顔を向けて手を振っていく。

 下校時刻ゆえに帰宅する学生は多く、晶達を通り過ぎていく女生徒は皆挨拶していた、それに答えるように勇は律儀に全員に笑顔と共に手を振り返し、女生徒達は良い物を見られたとばかりに黄色い声を上げる。

 それを見ていた周囲の男子生徒はケッと言わんばかりにイラついていた。

「相変わらずもてるな、幼馴染達も大変だろうに……」

「なに言っているんだ、皆ロシア人のハーフが珍しいだけだって」

 そんな訳無いだろうとジト目になる晶であったが、肩をすくめる勇は本気でそう思っているのが晶には分かっていた。

 それよりもと勇が顎に手を当てながら口を開く。

「俺は晶の良さが周りに知られていないのが、不思議だと思うが……」

「それはそうだろうな、存在感無いし」

 むしろそれが良いと内心思っている晶は、あっけらかんと言い放っていた。

「そうか? いまどき高校生で家事全般をほぼ完璧にこなせている、そんな奴最近いないぞ! 俺なら絶対目を付けるさ!」

「一人暮らしに近い生活をしていたら、ごく普通に出来るようになるけどな……」

 熱弁する勇の姿から薔薇の雰囲気を感じ取った晶は身の危険を感じ、顔を引きつらせながらゆっくりと離れていく。

「なんで離れていくんだよ」

 笑いながら勇が肩を組んだ瞬間、晶達の周囲が真っ暗に染まった。

 日が残っている山の頂から発せられた黒い光が、二人を照らした結果であった。一瞬の出来事であったが、そこには晶達が居た形跡は何一つ残っていなかった。





「は?」

 突然視界が暗闇に閉ざされ、何が起きたか理解できない晶は呆然とするしかなかった。

「勇?」

 晶は肩に掛かっていた勇の感触が消えたことにより、より不安が募った晶はまだ近くにいるかと声をかけるが返答が無かった。

 何も見えない状況に晶は焦りが増し、その場にしゃがみ込む。

「落ち着け、落ち着け……どうする? どうしたい? なにをするべきだ?」

 不安から震える身体を抱きしめ晶は自分に言い聞かせていた。

 暗い山を過ごす猟師として祖父から教えられた事の一つであり、すこしでも冷静になるための行動だった。

「とにかく情報……なにか光、明かりがあれば……そうだ!」

 未だ不安と暗闇から身体の震えは収まっていないが、ポケットの中を震える手でまさぐり携帯を取り出す、視界を確保しようとカメラのライトを利用したのだ。

 携帯が機能し画面の光で大分落ち着いた晶は電波を確認する、しかし残念なことに圏外であった。

 繋がらないかと晶は落胆するが気を持ち直し顔を上げてカメラ機能のライトで周囲を照らした。

 壁と天井は四角い石で作られ正方形の飾り気の無い部屋であった。

 化粧台や服がかかっていることから更衣室関係、そして部屋の雰囲気と服の装飾から何処と無く中世ヨーロッパのようであり、あまりの周辺の変化に晶は口をあけ呆然とするしかなかった。

「や……会……し……!」

 いまだに現状が理解できず周囲を見回す晶だったが、篭った声が聞こえた瞬間に余計な音を立てないよう身体を硬直させる。

 静寂に包まれる中でかすかに聞こえる音の方へ晶は光を向けると扉があり、晶は扉の向こうの状態を少しでも得ようと耳を押し付ける。

「勇者様! お会いしたかったです!」

「女性?」

 扉越しの篭った高めの声が聞こえ、女の声と晶は予想を立てていた。

「ちょ、ちょっと待てよ、勇者!? いきなりなんだよ!?」
 
(勇!? いるのか!?)

 晶のよく知った親友の声が聞こえてきたため晶は飛び出そうと手をかける。

 しかし扉の向こう側の様子と、自身に起きたことがどうなっているかよく分からない状況のため、危険が無いかと思いとどまり少し扉を開き覗き込む。

 晶の居た部屋と同じ石で作られた部屋には多数の蝋燭に照らされており、そこにはおよそ二十歳前後の美女が部屋の中央で勇と向かいあっている。

 美女は白地に所々青いラインが入った、全体にゆったりとしたローブの様なものを羽織っておりその姿は聖職者を思わせた。

 腰まで届きそうな金髪は緩やかに波うち、瞳は黄色、目尻が下がっていて優しげな雰囲気を感じさせる女性は、両手で勇の手を握り詰め寄り瞳は涙が零れている。

(二人だけか?)
 
 晶は慎重に顔だけ出して周囲を見回すと勇と美女しかいないと判断できた。

 危険がとりあえず無いと晶は一息つき、念のため用心の為に音を立てずゆっくりした動作で中に入る。

 手を握り締められ、困惑する勇は晶と視線が合い勇は驚いていたが、よく分からない状況でも美女の涙には弱いのだろう、勇は懸命に慰めているのは流石であった。

「申し訳ございません…… わたしの名前はマリア・セイ・フォトン、神官をしています」

 落ち着いてきたマリアは勇に頭を下げる。

 涙声であったが次の瞬間には気を取り直したのか毅然としていた。

「此処はアズガルド大陸にある王都トキ、今現在魔王が現れ襲われています。魔王を倒せるのは勇者様のみ、それ故に勇者様を御呼びいたしました」

 勇を見つけ大分冷静になった晶は、説明の中に勇者や魔王といった気になる単語が含まれており、その単語から顎に手を当て予想を立てる。

「なるほど、ゲームやファンタジー小説のような勇者召喚物といった感じか?」

「誰です!?」

 振り替えったマリアと晶の視線が絡んだ瞬間に、晶の背中に冷や汗が流れ仰け反っていた。

 美女が向けた瞳は嫌悪や憤怒といった負の感情に染まりきっていた。

「こいつは八頭晶、俺の親友だ」

 勇へと顔を向けるマリアから視線が外されるとともに、晶は体が弛緩し酷く緊張していたこと自覚する。

「なんだあの目は……」

 吹き出た冷や汗を拭いながら小さく呻く晶であった。





「勇者様の親友、ですか?」

 マリアの値踏みするような視線を晶にむけると、緊張した様子で晶は仰け反っていた。

「勇者じゃないけど……そうだ」

 わけも分からず、勇者という正直面倒くさそうな役柄に、勝手に決め付けられるのは困る勇は断ってから頷いていた。

「一人しか召喚されないはずですが……」

 晶にはさほど興味が無いのか、マリアはすぐさま勇へ向き直る。

「どういうことだ?」

 現状で二人いることに首を傾げるアリアに疑問に思った勇が尋ねた。

 同じく晶も不思議に思っているのだろう黙って聞いていた。

「はい、昔から一定周期で魔王が出現するのですが、それに合わせて勇者様を召喚するのです。過去に四回召喚され、全て一人であったとされています」

 前にいた時の状況を思い出した勇は、あることが閃き手を叩く。

「もしかしたら一人だけ召喚されるはずだったけど、偶然晶と肩を組んだ瞬間に発動したのか!?」

「なるほど、つまりオレは巻き込まれる形で召喚された、ということか?」

 なっとくした様子で晶も頷く、しかし勇には聞き捨てなら無い言葉も含まれていた。

「ちょっと待て! 俺が勇者として召喚されたとは決まって無いだろ!? 晶かも知れないじゃないか!」

 勇者と決め付けられて困る勇は反論するが、チッチッ指を振る晶にはちょっとした根拠があようだった。

「そいつはどうかな? 容姿的にも能力的にも、どう考えても勇しかありえん!」

「容姿も能力も関係ないだろ!」

 勇は睨みながら否定するが晶いわく、勇者召喚物はカッコ良く身体および頭の能力も高いことが多いものであり、そのことが晶には勇が相応しいとした理由であった。

「そして何より!」

 関係ないと口絵を開こうとした勇に被せるように晶は声をあらげ、さも意味ありげに言葉をためる。

 勢いに押され勇は黙ってしまい、つられたのかマリアも固唾を呑んでいた。

「勇が美人の願いを聞き入れないわけが無い!」

 勇を指差す晶の姿は神の啓示のようであった。

「ぐ! それは……」

 瞬間困り顔の勇とマリアが向き合う、勇はなんだかんだ言いつつも女性の願いを断る出来ないのだった。

 勇は言葉に詰まり頭をフル回転させる、勇者という重みか美女の願いか、両天秤にかけ葛藤する。

「あの、勇者様は貴方です」

 かしこまりながらマリアが勇の額を指差していた。

「な、なんだ?」

「刺青があるな」

 勇は二人に注目され、自分の額に何かあると額を触ってみる、何も感触が無く眉を顰める勇だったが、見られない勇に晶が代わりに指摘する。

「それが勇者様である証です、いままで召喚された人物には皆額に証が現れていたそうです」

 マリアは眩しいものを見るように目を細め、声はため息をつくような喋り方であった。

「い、いや、証があっても俺に勇者なんて大役が出来る器じゃない! 残念だけど……」

「そんな! お願いします! 貴方しかいないのです!」

 マリアの願いに答えはしたいが勇者という道の事柄である、自信が無い勇は断ったがマリアは尋常ではない必死さで勇に詰めより懇願し始めた。

「御免……」

 安請け合いするわけにもいかないと勇は断った。

「まあ……それが勇の判断なら仕方ないな」

 勇の答えに若干驚きの様子の晶だったが、どこか納得もしているようだった。

「何でもしますから! この世界を! 私を捨てないでください!」

 悲しげなマリアの視線から逃げるように、勇は苦渋に満ちた顔をしながら背る。

「そう……ですか……」

 顔を下に向け、力ない声と脱力しながら手を下げるマリア、その姿を見た勇は申し訳ない気分で目を伏せる。

「っ!」

 晶の息を呑む声に顔を上げた勇に鳥肌が立つ、マリアから発せられる雰囲気が陰鬱で真っ暗に染まっていたのだ。 
            
「あ、アハ、アハハハハハハハハ」

 突如顎を上げ、天井を見上げながらマリアが唐突に笑い出した。

 異質な笑いの姿に気が触れたのかと晶と勇は恐れ戦き後ろへ下がる。

「アハハ、無くなりました、何もかも、全て…… 唯一の役割さえ出来ずに……ア、アハハ!」

「勇! 頷いておけ! 何かやばいぞ!」

 気を取り直した晶が勇と同様に危険を感じたのか、肩を思い切り掴んで強引に目を合わせる。

「無理だって! さっきも言ったが――」

「だったらこっちも言ってやる! 容姿的にも能力的にも、どう考えても勇しかありえん! やれ!」

 晶にも床を擦る足音が聞こえたのか手を止め、二人は同時に音の方に視線を向ける。

 そして視界に恐怖を煽るものが入り、勇と晶は壁際まで全力で一気に下がった。

 そこにはマリアがいた、笑うのを止め脱力するように手を下げジッと晶達を見ており、その瞳には何も写しておらず生気が全く無かった。

「うわ……」

 身体を震わせ晶は小さく呻いている、恐ろしさの余り意図せず出た様子あった。

 それほどまでに暗い目である、目を逸らすと知らぬ間に殺される様子が脳裏に浮かび勇は視線が外せなかった。

 晶が急かすように片手で揺さぶるが、恐怖の余り反応が出来ずにいると、一歩ずつゆっくり近づき手を伸ばすマリアの姿があり、正に死神であった。

「わかった! やる!」

 恐怖を吹き飛ばすように、勢いで出てしまった勇の言葉が部屋全体に響き渡った。

 先ほどはやらないと言っていたが、マリアのあまりにも恐怖を煽る姿から逃れるために口走ってしまったのだ。

 その瞬間マリアが二人に手を伸ばした体勢でピタリと止まり、そして瞳に生気が戻っていくのを見た。

 二人は盛大に安堵のため息を漏らすと共に脱力して座り込むのであった。

「今までに無い恐怖だったな」

「ああ、そうだな」

 晶が片手を差し出し、生きているのを確かめるためと理解した勇も片手を出し、しっかりと握手を交わす、二人の様子はやり遂げた感が凄まじい熱い握手であった。





「本当に勇者様になってくれますか?」

 一瞬肩を振るわせた晶は声の方を向く、そこには先ほどと打って変わって、元の優しげな雰囲気のマリアが恐る恐る勇へ尋ねていた。

「あ、ああ、勇者とやらをやるよ、何処まで出来るかわからないけどな」

 フウとため息一つつく勇は決心したのようだった。。

 本人はいまだ自信が無いようだったが、美女の願いを無下には出来ず、どんな状況であれ、言ったことは覆すつもりは無いのが、晶にも分かっていた。

「本当ですか! ありがとうございます」

 答えを聞いたマリアは余程嬉しいのだろう、目頭に涙を溜めて勇の手を握り締めていた。

「そういえば名乗ってなかったな、俺の名前は日之下勇だ、勇でいい、これから宜しく」

 勇は女性に対する癖なのか笑顔を浮かべる、先ほどの恐怖が残っていないのかと晶は感心するばかりである。

「よ、よろしく、お願いします……あ!」

 直視したマリアは顔を赤らめ恥ずかしげに俯いき、そこでずっと手を握っていたことに気が付いたのだろう、慌てて離れていた。

「あ」

 晶は思わず声を上げる、視線の先ではマリアが着ているローブの裾を、自分自身で思い切り踏みつけている姿があった。当然そんな状態では体勢が持つはず無く、後ろへ倒れかけているところであった。

「わ! うわわわわ!」

 足が使えず立て直そうと試みているみたいだが、当然無理な話であり後ろへ倒れていく。

「おい!」

 勇は素早く手を伸ばし抱き寄せる、さすが勇だと感心しながら晶は傍観していた、こうなることが分かっていたのだ。

「大丈夫か?」 

「はい、大丈夫で……」

 勇に問われマリアは答えるが途中で硬直する、勇の顔を近くで直視し優しく抱きしめられた状態だからなのだろう。

 マリアの顔は瞬時に真っ赤に染まり、アウアウとよく分からない言葉を発し、それを見ても勇は首をかしげているだけであった。

 その様子を晶は気づかれない様ニヤニヤと見るばかりである。

(やっぱり何処でも勇は勇だな、異世界でもその何処かの主人公ばりのフラグ立ての早さ、楽しめそうだ……)

 実は勇に惚れた女性達のゴタゴタを楽しんでいるのである。

 女性達にアドバイスという形で裏から色々と手を出し、引っ掻き回すのである、勿論殴り合いなど酷くならないように調整はしていた。
 
「……」

「……」

「……何時まで抱きついているんだ?」

 なかなか動かない二人を見かねた晶は声をかける。

「いや、マリアが離してくれなくてな」

 勇は困り顔で未だ硬直しているマリアに視線を送る、しかし晶には自分から離さない理由が分かり半目になっていた。

「そう言いながらも堪能しているんだろ?」

 勇は親指を立て歯が光らせ笑顔を作る、よほどいいものだったのだろう。

「まあいい……この後はどうするんだろうな?」

 ため息をつきこのままでは埒が明かないと晶はマリアの肩を叩き、いまだ顔を赤らめて硬直しているマリアの正気を取り戻させる。

「す、すすすす、すみませんでした! ごめんなさい!」

 コメツキバッタの如く頭を下げるマリアに勇は気にしないと手をふり、これからどうするかと落ち着かせるようにゆっくりと聞いていた。

 その辺りの女性の扱いは上手いなと思う晶であった。

「そうでした! 王が謁見の間でお待ちです、行きましょう!」

 どうやらマリアは思わぬ勇との接近に意識が飛び掛っていたようである。

 気を取り直しそのまま両開きの扉まで進むが開けず立ち止まった、何事かと二人は首を傾げる。

「あの、この衣装は召喚用なので、着替えてきます」

 恥ずかしげに顔を真っ赤に染め、そそくさとマリアが入った別の扉に入っていく、その扉を見て晶はあっと思い浮かぶ、自身が出てきた扉であった。

「やっぱり更衣室だったのか……」

 扉がしまった直後晶は呆れ顔になった。

「勇、その姿は本気で情けないぞ」

「今は晶しかいないから気にしない、 それよりも静かに……」

 勇がべったりと扉に張り付いていた、更衣室だとわかり室内の音を聞き漏らさないようにしている姿をみて、晶は肩をすくめた。





 細かい装飾が施された冠をかぶり、真紅のマントを肩から掛け、口元に髭を生やして見下ろす瞳は強い意志を感じさせる、一目見ただけでも王と分かる威厳がそこにはあった。

 王様が居る位置から数段下がった場所で、謁見用かはたまた神官用か白い衣装に着替えたマリアが膝を付く、晶と勇が後ろで見よう見まねで同じ体勢になっている。

「流石に物凄く注目されるな」

 勇は周りに聞こえないようするためか隣にいる晶に小声で話しかけた。

 晶も厳格な場所で話すのは不味いかと最小限に声を抑える。

「それは勇だから、というのもあるだろう、オレには気付いて無いみたいだからな」

 謁見の間の両壁には騎士やら貴族と思わしき人達が居る、皆勇に注目するだけで一度たりとも晶へ向かなかったのである。

(勇には存在感あるからな)

 目立ちたくない晶は密かにほくそえむ、さすがに存在感の無い晶でも目立つ場所では気付かれていた。

 しかし容姿が良い勇が居ると注目され、存在感の無い晶はますます分かりにくくなるのである。

 真正面に居る王様ですら勇を注視し、晶の存在に気がついていないのか視線を感じなかったほである。

「マリアよ、其の者が勇者か?」

 天井が高く大勢居る広い謁見の間に渋い声を響かせ、王が勇を差しながら問う。

「はい王様、名を日之下勇と申します」

 マリアが片膝を付きながら答えた、周囲からざわざわと囁き晶にとどく、「あれが」と希望に満ちた声と「子供じゃないか」と心配そうな声は半々といった具合である。

「静かに」

 片手を上げ静止する王のたった一言で静かになる。

「では勇よ、我々の為に魔王を倒してくれるか?」

「はい! 必ずや倒して見せましょう」

 勇は明朗にかつ全員に聞こえるように声を張り上げ答えていた。そのようすに王は満足げにうなずく。

「勇者よ、この者達を連れて行け」

 左右の人ごみの中から二人の女性が前に出るのを晶は視界に捉えた。

 右側から出てきたのは二十代後半の大人びた女性である、腰まで届く赤い髪を首元で縛っており、凛とした顔立ちでつりあがった真紅の眼は鋭い眼光を放っている。

 高い身長の体はスラリとして猫を思わせ、腰に剣を挿し、動きやすさを重視した鎧を着た騎士姿はとても凛々しい。

 反対側からは晶と同い年ぐらいの少女であった、鍔の広いとんがり帽子に黒いマント、袖口が大きく開いたローブから所々見える神秘的な白い肌の全身を覆っている。

 いかにも魔術師といった姿で緑のショートカットが僅かに見え、深緑の瞳の目元に魔術的な刺青は知的な雰囲気を感じさせる、無表情だがそれでも見ほれるほどの美貌であった。

「騎士ユナ・キ・ロードと魔術師メイ・フォー・マグダリアだ、二人とも優秀だと自負している、本当なら最高の騎士と魔術師を宛がえるのだが、なにぶんこの国も一枚岩ではないのでな……」

 苦笑する王様であったが、晶はなんとなく理解した、どんな組織であろうと派閥は存在するものである。

「足手まといにはならぬ、協力せよ。そして神殿にて宝玉を受け取るがよい、詳しいことはマリアに聞け、では頼んだぞ」

 ユナとメイを連れ謁見の間を晶達は退出し王との謁見は終了するのであった。



[25596] 脇役二
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/09/16 06:37
 神殿といわれるだけにそこはとても神秘的な場所であった。

 石で作られた円柱が立ち並び、同じ素材の天井はとても高く作られている、一番奥には半円状に浅く水が張られており、波一つ浮かばずに静寂を保ち神殿内を冷やしていた。

 水が張られた半円の中心に、純白の玉を掴むような複雑な形をしている彫刻が立てられ、ステンドグラスの天窓から射す光が非常に幻想的であった。

「書物を持ってきますので、しばしお待ちくださいね」

 そう言いながらマリアが勇へ笑顔を向けて別室へ向っていく、その間に鎧姿のユナと黒尽くめのメイが勇と正対する。

「改めて名乗させて貰います。 騎士のユナ・キ・ロードです、ユナと呼んで下さって結構です」

「魔術師メイ・フォー・マグダリアです……メイと呼んでください……」

 ユナは勇者相手故か、はたまた騎士という立場からか折り目正しく握手を求め、メイはゆっくりと喋りながら頭を下げる。

「日之下勇だ、勇者だからってかしこまらなくていいさ、俺の方が年下だしね、これからよろしくな」

 微笑を浮かべる勇を直視した二人は思わず見ほれているようであった。

 それを見た晶はマリア、ユナ、メイの三つ巴になりそうな予感ににやけてしまう。

 その事がばれると色々と勇の観察に支障が出るので、手で口元を隠して様子を眺めていた。

「次は自分ですね」

 流石にずっと黙っているわけにもいかないと晶は顔を引き締め、初対面ということから敬語で話し頭を垂れる。

 ユナとメイは怪訝な様子で晶を見たあと途端に警戒心を表した。

「貴様! 何処から侵入した!」

 ユナがすぐさま腰に差していた剣、バスタード・ソードを素早く晶の首筋に宛がい、メイは持っている節くれだった身長ほどの長さの杖を向ける。

「ええ!? ちょ! ちょっと!」

 武器を向けられるとは思わなかった晶は、降参とばかりに素早く両手を上げた。

 刃物を向けられるという事態に肝を冷やし、二人の苛烈な視線からおかしな真似すると即刻首が飛ぼそうだと晶はつばを飲み込む。

「まってくれ! メイも杖おろしくれ!」

 勇がすぐさまユナを後ろから羽交い絞めにして押さえ、メイには視線で訴えているようだった。

 暫く重苦しい空気が辺りを包み込む、晶がじっとして何もしないことが功を奏したのか、二人は渋々といった様子で武器を下ろすが、いまだ鞘に戻していないことから警戒は緩めていないと悟った晶は、何が切欠で又刃を向けられるのかと戦々恐々としていた。

「突然現れた…… 暗殺者か新たな人型の魔物かもしれない……」

「……いままで影薄いとか色々言われたけど、魔物まで言われたのは初めてだ……」

 メイの鋭い視線と共に魔物呼ばわりされ、ショックを受けた晶はガックリと頭を垂れるのだった。

「オレは八頭晶です、勇の親友やっています」

「親友?」

 咳を一つして襟を正した晶に、ユナは勇に首を向けて真意を問いているようだった。

 勇が重々しく首を縦に振り、肯定するのを見たユナとメイは武器を戻していく、なんとか危機的状況から脱した晶は一息つくのであった。

「そうだったのか、知らないとはいえ勇殿の親友に刃を向けてしまうとは、すまなかった」

「ごめんなさい……」

「いえいえ、自分が癖で気付かれにくくしているのもありますから」

 申し訳ないのか頭を下げる二人に、晶は気にしなくていいと手を振る。

「なあ晶、何時までも敬語じゃ大変だろう? 仲間になるんだ、普通に話せよ」

 勇の台詞に晶は分かっていないとばかりにため息をついた。

「誰とでも直ぐ打ち解けるお前と一緒にするなよ……」

 だよな? と二人に同意を晶は求めるが、返ってきた反応は違った。

「いや、勇殿の言う通りだ、普段どおりで構わない」

「同じく……」

「……まあ二人が了解したなら、普段道理にするよ」

 自分だけがおかしいのかと疑問に思う晶だったが、深く考えても意味が無いと疑問を押し込み了承するのだった。

「ところで晶殿はいつから居たのだ?」

 神殿の中に既に居たことから不思議に思ったのだろう、ユナは晶に疑問を投げかける。

「最初からだけど?」

「最初……から……だと!」

 晶の答えを聞いたユナは戦いていた、先ほどまで気付かなかったことに驚いているのだろう、少し眼を見開いているメイも口を開いた。

「神殿に着いた時から……?」

「ああ」

「まさか神殿に来る途中も……居た……?」

「勿論」

「もしかして……謁見の間の時も……?」

「当然」

 この瞬間って結構面白かったりするよなと内心ほくそ笑みながら、メイの問いに晶はにこやかに答える。

「その時から居たのに気づかぬとは! 騎士失格だ!」

 勇が居た状況なら仕方が無いが、それでも気付かれないようにもしていたため、頬を掻き申し訳なさげに笑うばかりである。

 両手両膝をついてユナは物凄くショックを受けているようであり、メイも分かり難いが結構落ち込んでいるように晶には見えた。

「二人ともどうしたの?」

 別室から白く分厚い本を片手に戻ってきたマリアが、ユナの姿を見て首をかしげる。

「晶殿にまったく気づいていなかった事に……ちょっとな……」

「あ〜……」

 晶の存在感の無さを既に体感していたせいか、マリアは納得したように頷くのであった。





「さて、勇者様、宝玉はあちらです」

 マリアが神殿の奥にある、水が張られた場所の縁に立ち、手を向ける。

 勇は視線を向けると、そこには水面から樹木が伸び、白い玉を掴むような形をした神秘的で真っ白な石の彫刻があった。

「あの白い玉が宝玉です、勇者様のみ触れることが出来るといわれています。周りの水には特殊な魔術で勇者様でしか渡れませんので、私達では台座に近づくことすら出来ません。勇者様お願いします」

 マリアが促すが勇は若干躊躇していた。

「あれを取りに行くのか……」

 特殊な魔術が施されていると聞いたため、勇は勇者の証があっても慎重にならざるをえなかった。

 それでも行くしかないと気合を入れなおし縁に立ちそっと足を入れる、非常に浅く作られていた水面に波紋が広がるが何も起きる様子は無い。

 勇は安堵のため息をつくが、まだなにかるのかもしれないと身長に水面を歩く、しかし何も起こることも無く無事に彫刻の元にたどり着く。

「そうか……何も起きない……か……」

 勇者と確実に決まったことが感慨深く、心の中で決意を新たにした勇は目を閉じ、一つうなずく、そして躊躇することなく宝玉を抜き取った。

「何事も無く取れてよかったな」

 戻ってきた勇に晶は賞賛を送る。

「そうだな、しかし実際これに勇者以外が入ったらどうなるんだろうな?」

 ふと勇は疑問を口にする、同じことを考えていたのか晶は縁に立ち水面を見下ろしていた。

「水に魔術がかかっている、ということだけど……どんな物なんだ?」

 勇は首をかしげながらマリアに尋ねる、その間に晶は水面を見下ろして目を凝らしているが、勇から見てもとても浅く清んだ水でしかなかった。

「それは……」

「……それは?」

 マリアが口ごもる、その様子をみた勇はそこまで危険だったのかと冷や汗をかいていた。

 何事も無かったとはいえ、言うのを憚られるほどに危険な場所を通ったのだ、肝を冷やすのも無理は無いことである。

「……神聖で誰も触ろうとしませんから、実は分からないのです」

「わからないのかよ!」

 テヘッと小さく舌を出すマリアに勇は手の甲でツッコミを入れるのだった。

「入ってみたらどうだ? もしかしたら、お前も勇者かもしれないぞ?」

 勇が冗談交じりに促すが晶は馬鹿言うなと手を振った。

「どういうことだ?」

 ユナが怪訝な面持ちで勇に問いかける、召喚時に居なかったのだ当然の質問だろう、勇は召喚された時のことを掻い摘んで説明した。
 
「つまり晶も勇者である、という可能性は無いとは言い切れない」

 証はないが、召喚されたことには変わりは無いと勇は胸を張る。

「何度も言うけどそれはあり得ないって、なんだったら聞いてみるか? お三方、オレと勇どちらが勇者に相応しいと思う?」

 客観的にも判断してもらうのが一番だと思ったのか晶は女性三人に問いかけ、その答えとしてビシ! と三人揃って勇を指差すのだった。

「ほら見ろ、自分の立ち位置は弁えているつもりだ」

「いやいや、それは皆の意見であって決まった訳じゃないぞ!」

「お前ほどの男が選ばれるのは当然として、オレは勇者になれる要素は欠片もないわ!」

「勝手に決めるな!」

 売り言葉に買い言葉、晶と勇は言葉を荒げだんだんと白熱していく。

「分かった! だったら男らしくコイツでどちらが行くか決めようか、俺が勝ったら行けよ!」

 勇は獰猛な笑みを浮かべながら拳を握り突き出した。

「いいぜ! 後悔するなよ!」

 その意味を理解した晶も鼻で笑うと拳と掌を打ち合わせた。

「ちょっとまて! 二人ともやめ――」

 口喧嘩程度だと傍観していた三人だったが、突然始まった状況がまずいと判断したのだろう、ユナが止めに入ったが残念なことにすでに手遅れであった。

 二人は構え、緊迫した空気が周りを包み込む、まさに一触即発であった。

「ジャン!」

 晶が声を張り上げ。

「ケン!」

 勇が裂帛の気合とともに叫ぶ。

「「ポン!」」

 余りの展開についていけないのだろう、呆然となるマリア達三人である。

「ば、馬鹿な! オレの豪熱マシンガンパンチ(グー)が負けるとは!」

「フフン! 俺の爆熱ゴッドフィンガー(パー)は不敗だ!」

 膝を付きショックと絶望感に震える晶の顔を尻目に、勇は勝利した開いた手を天高く掲げる。

「紛らわしい!」

 スパァァァァァァン!

 勇はユナがいつの間にか手にしたハリセンの衝撃を受け、同じく晶も後頭部を叩かれている、しかし二人はいいツッコミだと親指を立てる姿は非常に清々しかった。

「まあ冗談はさておき、正直気にはなるな」

「そうだな、でも危険を冒してまで調べる意味は無いな」

 勇に同意しながら晶は水面を観察し始める。

「得体の知れない魔法生物がいて、食われたりするのか?」

 超常現象や不思議な事が気になるのだろう、晶は目を凝らしていた。

「ん? なんだ?」

 何かをとらえたのか晶は前のめりになり水面に顔を近づけ注視する。

「どうした?」

 勇は問いかけながら晶が見る水面へ後ろから覗き込む、そのとき曲げた膝が晶の背にあたった。

「ちょ――」

 水面を覗き込む状態だった晶に、その膝の一撃は体勢を崩すのに致命的な一撃であった。

「晶!」

 咄嗟に勇は服を掴もうとするが掴めず、突然の出来事にそのまま晶はなすすべなく水面へ倒れるのだった。





 ドブンと音と共に晶の視界は全て水に埋まる。

 それは水面に顔を沈ませただけではなかった、頭頂部から足の先まで全てが水面下に沈んだのである。

「がぼ?」

 ありえない光景に晶は水中にもかかわらず声を出すが、音とならず泡となって消えるだけだった。

 晶の身体は全て水の中にあったにも拘らず目を見開いていた、目の前に少女がいたのである。

 脳が状況を理解できていないせいか、はたまた少女の姿に危機感を感じないせいなのか、不思議と晶はその少女をじっくりと観察できた。

 少女は掌の指先から手首ぐらいの背丈で、妖精を髣髴とさせる可愛いものである。

 羽は無く、肌は白いが髪、服、瞳が淡い青であり、真っ直ぐ延びた長い髪と、長袖の足首まで届くワンピースの裾を水とは関係なく、まるで空気中のごとくはためかせながら漂っていた。

 晶は呆然としながらも首を回すと目の前以外にも少女は居た。

(なんだあれ!?)

 沈んでいく青い少女を目で追い、下を見ると眼下には深海を思わせるほどの暗闇が広がっているが、よく見るとそこには同じ姿の黒色の少女が浮きも沈みもせず蹲っていた。

(ぐ……苦しくなってきた……で、出口は!?)

 驚きで意識外だったが酸素が足りなくなった晶は流石に息が続かなくなり、危機を感じ身体をなんとか捻り出口を探す。

(光!? てことは光源に水面があるはず)

 真っ暗ではなく光が差し込んでいることから、晶は水面を予測し見上げると半円の水面が見え全力で泳ぐ。

(やばい! 動き難い!)

 しかしまとわり付く衣服と魔術の効果かやたらと粘性がある水で思うように進めないでいた。

(あと……少し……)

 遅いながらも何とか手首から先は水面からでるが、予想以上に体力を要していたのだろう、限界に達し、ついには晶の視界が暗くなる。





「げふぉ! げふぉ!」

「晶殿大丈夫か?」

 ユナに背中を擦られながら晶は全身ずぶ濡れで咳き込んでいた。

 ギリギリたどり着き水面から手を出したのが良かったのだろう、手を掴まれそのまま皆に助け出されたのである。

「なんでこの深さで沈むんだよ」

 晶の無事を確認した勇が水面に近づき水を確認する。

 見た目には体を倒しても全身入るには無理なぐらい浅い、不思議極まりないだろう。

「ゲホ! それが、選定で弾かれた、結果だろう、ゲホ……」

 両手をつき息を整えながら晶は推測する。

「ふ〜……ところでこいつらは何だ?」

 呼吸が落ち着いた晶は立ち上がり肩に乗っている青い妖精の少女に視線を向ける。

 水から出ていても見え、晶は思わず凝視してしまい、視線に気が付いたのか少女も振り返り目を合わせてきた。

 子犬の様に円らな瞳で、若干見上げるような愛らしい姿に、晶はついつい指で小さな頭を撫でる、気持ちいいのか青い少女は目を細め大人しく撫でられているのだった。

「こいつらって……?」

 メイが首を傾げる。

「いや、こいつ等だよ、この少女達」

 晶は周囲を見回すと茶色の少女が地面を闊歩し、白い少女は光が射している場所を緩やかに飛行している。

 青い少女は緑の少女と共に風に煽られ漂っていたり黒い少女の隣で座っていたり、赤い少女は日が射している場所で陽気に踊っていた。

 メイと晶の間に白い少女が緩やかに飛行してきたので、晶は優しく襟を摘まむ、行き成り掴んで驚くかと心配したが借りてきた猫のように白い少女は大人しくしていた。

 掌に乗せると女の子座りになり、そのままメイに見せるが晶の掌を見るメイはいまだ首を傾げるだけだった。

「く! 後遺症がのこったのか!? この近くに医者は居ないか!? いや精神病院か!?」

「お、おい! オレは大丈夫だって!」

 いきなりの精神病患者扱いに晶は一歩後退するが、勇に逃がさないと腕を確り掴まれる、晶は振りほどこうとするが元々体力に差があり無理であった。

「どこが大丈夫なんだよ!? 少女なんて何処にも居ないぞ!」

「そんな馬鹿な! ここに居るじゃないか!」

 ありえないことだと驚愕する晶だったがメイ達の様子を見て、自身以外見えていないようだった。

「酸素不足から脳が少しやられた可能性があるな……しかしみえる幻覚が少女とは……そこまで少女に飢――」

「飢えているとでも言いたいのか、この野郎」

 変態と決め付けようとする勇を睨む晶の眼光は鋭い。

「あの……医者? 精神病院? ですか? よく分かりませんが、治療するなら私がしましょうか?」

「頼む!」

「いらん!」

 マリアの申し出に勇は頭を下げるが、晶としては平常なので治療する必要が無いと考えているのだ。

「晶! 大人しくしていろ!」

 勇を振りほどこうと暴れる晶の足元に、茶色の少女が近寄り座り込む、突然のことに晶は何事かと思わず注視する。

「「おわ!」」

 二人は晶に絡みついた物に驚き声を上げた、周囲の茶色い少女が小さな手で地面と軽く叩くと、地面から根っ子が伸び晶の身体を拘束したのだ。

「何だこれ! う、動けん!」

「大丈夫……拘束する魔術……私がかけた……」

 全身に力を込めて、脱出を図ろうとする晶にメイが説明する。

「そうなのか? ありがとう助かるよ」

「……」

(ええーい! こんな時に落としているな! オレに余裕があるときにしろ!)

 勇に大人しく頭を撫でられるメイはなんだか嬉しそうである。

「あの……よろしいですか?」

 勇が撫でているのが嫌なのか、マリアが若干不機嫌そうに勇に申し出ていた。

「存分にやってくれ」

「なにが存分にだ!」

 親指を立て、歯が光りそうな笑顔で了承する勇に、威喝する晶だったが全く効果が無かった。

「分かりました」

 勇に頼まれた事が嬉しいのだろう、笑顔で頷くマリアだったが、晶に振り向くがその瞳は酷く冷たい。

 あまりにも冷ややかな視線と、身体を縛られた状態から抜け出せない事から晶は悟り大人しく治療を受けることにした。

「なんでそんな物を見るような目つきなんですか?」

「なんのことでしょうか?」

 治す者の視線かと恐怖しながら敬語で話しかける晶だったが、マリアの返答は瞳同様に冷え切っており、そのまま晶の額に手を翳す。

 詠唱なのだろうマリアがブツブツと何か囁く、逃げることを諦めた晶は大人しくすることにして、他に見るものがないため傍観していると又も不思議な光景を目にした。

 白い少女がマリアの手に二人来ると両手を翳したのだ。

 マリアの手と白い少女の手、そして晶の額の僅かな空間に白い光の玉が現れ、それは淡く輝き暫くの後消えるのであった。

(茶色い少女といい、白い少女といい、さっきからなんだ? こいつら魔法と関係しているのか? )

 晶は疑問に思いながら呆然と白い少女を目で追う、白い少女は先ほどの光が消えたあとジッとマリアの顔を見ていたが、反応が無いと分かったのか又どこかへ飛んでいった。

「これで大丈夫だと思います」

 晶の時とはうって変わってマリアは嬉しそうに勇へ振り向く。

「どうだ? まだ見えるか?」

「大丈夫だ、問題ない」

 にこやかに答える晶だったが、その視界には相変わらず少女がうろついていた、しかし見えると言えば又面倒くさい事になりそうだと晶は判断し、直ったことにした。

「マリア、ありがとう」

「い、いえ!」

 煌く勇の笑顔を向けられ、マリアは顔を真っ赤に染めるのであった。





「これってどうやって使うんだ?」

 根っ子から開放された晶は動かして身体をほぐしていると、勇が宝玉を玩びながら首をかしげていた。

 手の中には小さな白い宝玉があり、指に挟んで日にかざしてみたり、覗き込んだりしているがまったく変化は無い。

「念じれば装着できる、と書物には書いてあります」

 マリアは白い表紙に一行ほど金の文字が書かれている本を開き、数ページめくり読み上げる、その様子を見ていた晶はふと疑問が沸き起こった。

「こういうのは伝承とか、口頭で伝わっていたりするのでは?」

「なんでもこの書物は初代の勇者様からご使用になられていたものらしく、宝玉の使い方などが書かれています」

 書物から眼を離さないマリアの答えに晶は納得するが、持っている本を見ると新たな疑問が浮き上がった。

「初代勇者の事が書かれているか? どれぐらい昔か分からないけどそれ程本が古くは無いよな?」

 晶はじっくりと本を観察するが、その本は日焼けし変色している部分が無かった。

 大事に保管してあったとしても多少は痛むものではあるが、その様子が殆ど無いのである。

「初代勇者様はおよそ二千年前の方です、勇様で五代目ですね、これは古くなる度に新しく清書しています、本は何もされていない普通の書物でしたから」

 晶はなるほどと頷く。

「それにしても……結構アバウト……」

「だな」

 メイの意見に晶は同意していた、念じろといわれても、どのように念じればいいのか分からないものである、しかし突然勇が鎧に覆われた。

「なにをしたんだ?」

 平然と聞いているが突如姿が変わった勇に晶は内心驚いていた。

「装着ということからはとりあえず、特撮を想像して変身と念じてみた」

 勇が自身の体を見回し、同じく晶も観察するとそこには真っ白な顔も覆う全身鎧とレイピアを装備した勇の姿があった。

 竜の姿をモチーフにした装飾が施され所々棘のようなものが有り、兜は竜の顔を模していて口を開く形だった。

 口の位置に勇の顔があり、その顔は目の以外を覆う簡素なマスクになっている。

「初めて見るが全身鎧だったのか……勇殿支障が無いか動かしてみたらどうだ?」

「そうだな」

 ユナに言われたように勇は肩を廻し、足の関節も廻して筋を伸ばす、そしてどこかで見た動きを始める。

「ラジオ体操かよ!」

 晶はおもわず勇の頭を叩いたが全身鎧の勇である、拳から伝わる痛さに蹲る晶なのであった。

「大丈夫か?」

 晶の痛がり様に勇の声が申しわけそうになっていた。

「しかしこの鎧は凄いな、動きを阻害しないし物凄く軽いぞ、しっかりとレイピアも付属しているしな」

「流石勇者が使用していた鎧といったところだな、原理は分からないが装着する時に勇殿の体格に合う様になっているのだろう」

 勇が腰に差してあったレイピアを抜き、改めて身体を動かしていた、その様子をユナの感心するように観察している。

「ところでマリア、解除はどうすればいい?」

 レイピアを鞘に戻し勇はマリアに問う、一通り動かし何も違和感が無かったのだろう。

「はい、同じく念じれば戻るそうです」

 マリアは本をペラペラとめくりながら答える。

「又アバウトな、初代勇者は本能で使用していたのか?」

「あはは……」

 勇の意見にマリア自身も少し同じことを思ったのか、笑って誤魔化していた。

「じゃあ解除っと」

 鎧が勇から離れ、一瞬で宝玉へと戻っていった。

「う〜む」

 顎に手をあて悩み始めた勇に晶は声をかける。

「勇、どうした?」

 晶が顔を覗き込とその瞳はとても真剣な目つきである。

 何か問題があるのかと晶は気を引き締める、勇は何かを決意したのか勢いよく顔を上げ、おもむろに宝玉を握り締めた。

 顔の横に両手の握り拳を持っていき、力を込め強く握ったあと素早く腕を動かす。

「変身!」

「どこのブラックの変身動作なんだよ! さっき物凄く真剣な瞳はなんだったんだー!」

 腹の底から鋭く叫び、勇の後頭部に晶はパグンととび蹴り一閃ブチかましていた、先ほど手のツッコミはかなり痛くそこから学んだ結果である。

「鎧着たときの突っ込み酷過ぎるぞ!」

「無傷で済んでいるからこそだ!」

 勇が後頭部をおさえながら詰め寄るが、晶は肩に手を置き清々しい笑顔で親指を立てていた。

「カッコいい……」

 二人のやり取りの合間を縫うように感嘆の声が教会に響きわり、その音源へ二人が振り向くと目を輝かせるメイの姿があった。

「変身の動作……カッコいい……もう一回……!」

「え〜と……今のは思いつきでやっただけだから、改めてやると恥ずかしいのだが……」

 ジッと熱い視線を合わせているメイに勇はたじろいでいた。

 助けを求めるように勇はユナとマリアに顔を向けるが、そこには同じく期待の眼差しの二人が居た。

「……」

「……」

「……」

「わ、わかった」

 メイは余程嬉しいのであろう、花が開く様に満面の笑みを浮かべていた。

 根負けした勇は鎧を解除する、その顔は少し赤い、メイ達を一瞥したあと小さくため息をつき、恥ずかしさを吹き飛ばすためか勢よく構えるのであった。



[25596] 脇役三
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/09/21 14:43
 ぼさっと変身動作を見ていても意味が無いと、晶は別のものに意識を向ける。

(さっきから見えているこの少女達はいったい? 妖精みたいなものか?)

 晶が溺れてから見えるようになり、魔術を行使すると何処からか寄って来るのだ、魔術に関係しているぐらいしか分からなかった。

 先ほどから漂っている少女を目で追う、緑や白の少女がマリアやユナ目の前を通るが、視線が一瞬も行く様子がまったく無い、ということは見えていないのだろう。

 先ほど死に掛けた者が見えていない物を見えていると言い、それが少女だと言うのだ、精神に異常をきたしているとされるのも無理は無い。

 改めて思い返す晶は自身の滑稽さに苦笑すると同時にふとある仮説が浮かんだ。

 死にかけて見えなかったものが見えるようになる、それは幽霊が見えるようになると同じではないか、ということであった。

 自分しか見えないのではとても少女達のことは周りに言えなかった。

「どうしたの……?」

 小さな少女の事に関して考えにふけっていた晶は声をかけられ思考を中断、声をした方に振り向くといつの間にか首をかしげているメイがいた。

「なんでもない、ところで勇は疲れるほど繰り返したのか?」 

 メイの後ろに肩で息をする勇が目に入った晶はちょうどいいと、追求を避けるため話を変える。

「おうよ! 何度も頼むから一号、二号はもとよりV三からアマゾン、昭和ライダーのオンパレードやってやったぜ!」

 晶に向かって親指を立てる勇の姿はやり遂げた感がすごかった。

「素晴らしかった……」

 メイの表情の変化は無いが少し赤い、言葉の雰囲気から若干興奮気味のようであった。





「この宝玉一つで魔王と戦えるのか? 俺の戦闘技術とか経験が必要なのは分かっているが……」

 勇が自身の鎧姿を見下ろしながら疑問を投げかける。

 勇者が使用したと伝えられる物だけに、防御性能に問題ないだろうと晶は見当が付いていたが、外からでは身体能力が上がった様子は無く、立派な鎧と細剣としか感じられなかった。

「それだけではまだ駄目のようですね、今は封印状態なので世界の何処かにある鍵で解かないといけません」

 マリアが本を片手に口答した。

「世界の何処か? なにか情報等はないのか?」

 勇と同じ事が聞きたかった晶も渋い顔つきになってしまう、何もなしで探すとなると世界中くまなく探さなければいけない、世界は広いものである。

 あてずっぽうに探すと途轍もなく手間がかかるのが目に見えた。

「え~と……これかもしれません、先の錠、灼熱と砂の世界に眠りし石の蔵、影に篭りし空間にて眠るだろう、後の封、凍てつく吐息に晒されし山の恵み、深く沈み、青き世にて目覚めを待つ」

 全員に聴こえるようにマリアは朗読する。

「先の錠と後の封、封印は二つか……」

「そして解く順番も決まっているみたいだな?」

 ユナの言葉に勇が続け、なるほどとばかりに晶も頷いていた。

 わざわざ先と後と付くのだ、順番が決まっていると考えていいだろう。

「先に行く場所は灼熱と砂から砂漠の可能性が高そうだな。凍てつく吐息は吹雪か? 北の寒い地域位しかわからないな……」

 漠然としかが分からないためだろう、勇は少し不安げな声を上げる。

「砂漠はオキ砂漠がある……寒い地域は範囲が広すぎる……」

「じゃあ……始めはオキ砂漠か? 他の細かいことは其処の近くにある村や街の伝説とか、言い伝えとか聞いて推測するしかないな、勇者に関係することだから何かあるだろう」

 メイの情報から目標をきめた勇の意見に全員頷く。

「その前に、勇が何処まで通用するか試したらどうだ?」

 行き成り都から出て戦闘するのはどうかと、晶が手を小さく上げ口を挟んだ。

「そうだな、勇殿一つ手合わせ願おう!」

 やはり騎士というだけあって戦闘に興味があるのだろう、ユナが嬉々として願い出た。

「おう! 良いぜ!」

 勇も楽しみなのだろう景気良く答えていた。





 大きな広場には所々に木で出来た案山子のような人形が立っている。

 晶が周囲の壁に目を配ると多種多様な武器が置かれているが、不必要に怪我を増やさないためか一部を除いて木材で作られていた。 

 そこは修練場と呼ばれている場所である、流石に神殿で模擬戦を行う訳にもいかないと此処へ移動したのだ。

「実はユナ、お前に興味があったんだ」

 勇はフェンシグをやっているだけに、強いも者との勝負には興味があるのだろう、しかし目を細めながら言った台詞は晶が聞いても告白じみたものであった。

「な! なにをいきなり!」

 勘違いしたのか、途端にユナは顔を赤く染め上げ仰け反っていた。

 自身が言った言葉がどのように相手に聞こえたか、勇の態度で分かっていない事が晶には一目瞭然であった。

「なにをいきなりって、なにが?」

「…………」

 首を傾げる勇の姿から同じく理解したらしいユナは、顔を赤らめたまま目を逸らして押し黙る。

「わたしは神官ですけど戦えますよ」

 いまだ頭を捻っている勇のそばにマリアが近づき軽く袖を引っ張っていた、マリアの期待が込められた眼差しから、ユナに言った言葉を同じく言ってほしいのが明白である。

「ほほう、そいつは楽しみだな」

「あの、そうではなく……きょ、興味が……その……」

 マリアがなんとか言葉を引き出そうと四苦八苦していたが、効果がなかったため肩を落としていた。

 そんなのじゃ勇には分かってもらえないと晶は首を振る。

「では……始めるか」

 咳を一つして気を持ち直したユナは壁に掛けられた木刀を持ちだし、そして同じくかけられていた金属でできた練習用レイピア――練習用のため先端が丸められている――を勇へと放り投げた。

「おう!」

 ユナが正眼に構えると勇も受け取ったレイピアをフェンシングの独特の体勢になる、鎧を着けないのは純粋な戦闘技術が何処まで通用するかを図るためだと晶は推測した。

 そいえばと晶は先ほどのマリアの行動を思い出し、楽しめそうだと密かに笑みを浮かべる、そして回りに気付かれないようにマリアへそっと近づく。
 
「マリアさん」

「ひゃ!」

 落ち込んでいる時に突然声がかかった感じだったのだろう、晶が声をかけるとマリアが驚きの声を上げた。

「いつ来たのですか!? 驚かさないでください!」

「話しかける人に大概言われるよ」

 どんな相手でも晶が普通に話しかけると大概驚かれていたのだ、しかし例外はいるもので勇と両親は慣れたのか驚かれる事は余り無い。

「少しいいか?」

「駄目です」

 凍えるような瞳を向け容赦なく断るマリアだったが、晶は引かなかった。

「勇に関すること――」

「なんですか? 早く迅速に即効で話しなさい」

 勇のことを出した途端に、掌を返すマリアに晶は内心釣れたとほくそ笑み、声を小さくして話す。

「勇に誤解されたくないだろう、だから少し離れよう」

 晶は声を潜め、そしてそのまま勇に気づかれないようにマリアと離れていった。

 勇に気づかれて晶とマリアがお互いに気があると誤解をさせないためである。

「マリアさんは神官で、回復といった魔術関係が使えたよな?」

「はい、使えますが?」

 マリアも同じく声を潜め、自然と周りに聞かれないように二人してしゃがみ込み、ヒソヒソと話す。

「なら勇が怪我したときが好感度を上げる時だ」

 ジッと晶に視線をおくるマリアは一言一句聞き逃すまいと真剣である。

「実力差がどれ位有るか分ないが、多分二人が手合わせすると白熱して無傷ではいられないはず、そこで勇の傷を優しく癒せ!」

「貴方に言われなくても行います」

 侮辱されたと勘違いしたのかマリアの眉間にシワがより、厳しい視線を晶にぶつけてくる。

「たしかにそうだろう、しかしただ治すだけで勇の場合効果は薄い、そこで癒した後ニコリと微笑を浮かべる、それだけで大分違ってくるさ!」

 しばしの沈黙のあとマリアは一つ頷くと勇達二人の近くで待機し、その様子を見ていた晶は上手くいきそうだとほくそえむ。

 実は前の世界で勇を取り巻く女性達のゴタゴタをこっちの世界でもやろうと画策しているのだ。

 元の世界では勇の周りに色んな女性がいた。

 ウェーブがかった赤い髪に青い瞳の整った顔立ちのうえ優しさと武力の高さもある、まさに女性からすれば理想の一つだろう、当然勇に関わった女性たちは皆勇に惚れていった。

 それに伴い周囲の男性は嫉妬に駆られるのも当然の結果であり、最初は晶もその一人であった、だが勇にいじめを助けてもらってからというもの、行動を共にすることが多くなっていった。

 あまりに多くの女性に言い寄られる勇に、晶は嫉妬をするのが馬鹿らしくなったのである。

 晶が馬鹿らしくなっても女性は増える一方であり、それを見ていた晶はあることに気が付いたのだ。

 嫉妬せずに見ていて意外と楽しいのである、それはまるでハーレム物の小説を見ている感覚だったのだ。

 それから晶はもっと楽しもうと影の薄さを利用し、裏から色々画策するようになったのである。





 ゆっくりと二人の間合いが詰められていく。

「せい!」

 気合と共に勇は仕掛ける、狙うは鳩尾、一直線に突き出していた。

「は!」

 しかしユナが木刀で左へ受け流し、そのままレイピアを伝い滑らせるように首へなぎ払ってくる、とっさに勇は後退し回避、大きく下がり間合いが開いた。

「やっぱり、これ位じゃ駄目だな」

「ふふ、当然だな」

 まだまだ練習程度なのだ、お互いの楽しげに笑うがその周囲の空気が張り詰め、重くなっていく。

 先ほどよりも遅くじっくりと間合いを詰める。互いに機会をうかがい、次の瞬間ユナが一気に詰め寄った、振るわれた刃は様々に変化している。

「せい! やあ!」 

 フェイントを交え、上段、中段、下段と素早く的確に打ち込んでくるが、勇はいまだ捌けていた。

「なんの!」

 勇も負けずそれらを素早く回避、受け流す。

 僅かな隙を見つけて鳩尾や喉など急所を狙っていくが、ことごとく弾かれていた。 

「はあああああ!」

「おおおおおお!」

 二人の裂帛の気合と共に速度があがる、蝶のように舞い蜂のように刺す、互いの攻防が目まぐるしく変化していく姿は正に演舞であった。

「いくぞ!」

 拮抗状態から脱するためかユナが一気に攻め始め、素早く繰り出し勇の反撃を封じる。 

 あまりの猛攻に全て防ぎきれなくなり勇の体に所々掠り始めた、好機と思ったのだろうユナは回転数をさらに上げる。

 急所は回避している勇の体力に限界がきた、ついには踏ん張りが利かなくなりバランスを崩す。

「もらった!」

「まだだ!」

 ユナは一気に振り下ろす、しかし強引に体勢を崩したままやぶれかぶれで勇が振り払ったレイピアがぶつかり、激しい衝突音と共に二人は弾かれるように離れた。

「はあ、はあ、流石勇殿」

「ぜえ、そ、そっちこそ」

 息を切らせ二人の顔が愉悦に歪む。

「ふー、これで最後だ」

 ユナは正眼に構え直しながら呼吸を整え始めると、気迫が増しているのが勇には肌で感じ、何が来ても対処できるよう気合を入れ迎え撃つ態勢をとった。

「はあ!」

 大きく一歩踏み出し大上段から振り下ろすと同時に、切っ先から青白い衝撃波が地面を抉りながら勇に襲い掛かる。

 勇は驚いたが一瞬で気を持ち直し、レイピアを横に構え衝撃に備えるが衝突し空気が爆ぜるとともに勢いよく勇が吹き飛んだ。

「うぐ、な、なんだ今の?」

 身体が痛むが、勇はなんとか上体を起こす。

「熟練の戦士なら、誰でも使える、まだやるか?」

 リスクがあるのだろう、切っ先を向けるユナは息が荒い。

「無理! 俺の負けだ!」

 体力の限界と身体の痛みで立てそうに無い勇は負けを宣言して、力を抜きぐったりと仰向けに倒れるのだった。





「大丈夫ですか?」

 マリアが勇に素早く寄り添い優しく触れる。

「光よ、浄化の力をもって癒したまえ」――ヒーリング――

 マリアがそっと触れる手先から白く淡い光が見て取れ、傷が治りそれと共に勇の息も整っていく。

「へぇ、傷だけじゃなく体力も回復するのか、マリア、ありがとう」

「気にしないでください」

 勇は自身の体を見回して礼を述べる、傷が治ったのを確認したマリアは安心したような柔らかい笑顔を浮かべ、それを直視したのだろう見ほれているような勇なのであった。

 その様子を晶は凝視していた、マリアと勇を見て楽しんでいたいが、別に気になるものが見えたのだ。

 魔術を行使したとき飛行していた白い少女が近寄ったのだ。

(白い少女が魔術を手伝った? いやむしろ少女達が行使するほう?)

 客観的に見れたせいか晶がかけられた時よりも詳しく観察できていた。

 先ほどマリアの手先が光っていたとき白い少女が三人集まり傷へ手を翳し、手から発せられる光を当てていたのである。

 光が当たる場所の傷は治療されていき、小さな足を懸命に動かして勇の周りを走り、傷を次々に治していったのだ。

 ユナにヒーリングを施しているのを見るがやはり同じである。晶から見るとマリアが治すというよりも、少女達が治しているようであった。

「そういえばメイさんは魔術師だよな?」

 ふと魔術関係ということで思い立った晶は、メイに問いかけるとメイは頷きで答えた。

「すまんが、魔術を見せてくれないか? 実際に見ておけば、使われても動揺しなくなると思うのでだが?」

「そうだな、一度見ておきたいな」

 勇が同意していたが晶の目的は言葉通りではない、色の少女達が魔術と関係しているか確認したいためである。

「分かった……」

 メイは了承し案山子の人形に正対すると、持っている杖を軽く掲げる。

「火よ、燃え盛る炎をもって焼き尽くせ」――ファイヤーボール――

 杖の先端から人の頭ぐらいの火球が現れ打ち出される、かなりの高速で飛び、人形に当たると爆発を起こし煙に包まれた。

 風に吹かれ煙が晴れるとそこには頭部消失し、炎上する胴体を残す案山子があるだけだった。

「すげー!」

 勇が興奮した様子で叫ぶ、その瞳が好奇心で輝いているのが分かる、褒められたメイは自慢げにちょっと胸を張っていた。

 やはり少女達は魔術に関係してそうだなと晶は神妙な顔つきで結論をだしていた。

 詠唱――火よ、燃え盛る~の部分――すると二人の赤い少女がメイに近づき、頷くと杖の先端へ移動、唱えると同時に小さな紅葉の手を翳したのだ。

 火球が現れ、そして少女二人は喜色満面の笑顔で転がし始めたのである。

 火球が爆発した時は爆風に巻き込まれ吹き飛んでいたようだったが、これまた楽しそうであった。

 攻撃の魔術を小さな少女が興じる、なんともシュールな光景である。

 その後メイの近くに行きジッと見ていたが何処かへ行くのであった。

 怪しまれないよう晶は全員から少し離れてしゃがみ込む、近くにいた青い少女に視線を向けると晶へ振り替えった。

 ためしに小さくおいでと呼ぶと青い少女は晶に近づき見上げる。

(呼ぶと近づくな……青いから水関係? 水が出せたりするのか?)

 突如青い少女が両手を突き出したかとおもうとその手から、如雨露のように結構な量の水が出た。

(声に出した? いやそんな覚えは……思考を読んだ?)

 出し終えたのか青い少女が晶をじっと見詰める。

(そういえば頭を撫でると嬉しそうだったな)

 選定の時に肩に乗っていた少女を晶は思い出し、青い少女にそっと手を伸ばす。

 怖がるかと思ったがそのような様子もなく、そのまま頭を撫でると青い少女は目を閉じ気持ちよさそうであった。

「ありがと」

 晶が小声で礼を言い、手を離すと少女は嬉しそうにお辞儀をしてどこかへと歩いていく、見送った晶は次々に各色の少女を呼び、手から出してもらった。

(ふむ、赤い子は火、青い子は水、緑の子は風、茶色の子は土、白い子が光で残りの黒い子は多分闇といったところか? 使ってもらってもオレが疲れないのはいいな)

 両手の先から赤い子は火種を、青い子は如雨露のように水を、緑の子はそよ風を、茶色の子は拳大の石を、黒い子は黒い霧を、白い子は光を発生させていた。

 戦闘に使えるか思ったが赤い子と茶色の子はある程度しか変えられず他の子は両手から形も決めることすら無理であった。

 共通してただ出すだけなので、戦闘にはまったく使える様子は無かったのである、ちなみに黒い子の霧を晶は触ってみたが何も感じず、思い切って顔を突っ込むと真っ暗なだけであった。

(二人以上は無理か、さてオレのことはこれぐらいかな?)

 勇に視線を向けると杖をもって唸っているが、どうやら魔法の使用を試しているみたいだった、しかし残念なことに少女が集まる様子が無く、全く発動できる兆候すらなかった。



[25596] 脇役四
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/09/30 04:08
「ついでだ、魔技術(まぎじゅつ)も説明しておこう」

 勇の唸っている姿を見ながら思案顔のユナが提案した。

「魔技術? さっき俺が吹き飛ばされたやつか?」

「そうだ、本来は鍛錬を繰り返し、自分の中にある魔力を感じ操るのだが……」

 安全のためかユナが答えながら、晶達から少し離れた位置で説明する。

「あの……御免、魔力を感じるってどうやるんだ?」

 申し訳なさげに手を挙げる晶に、全員の視線が何をしていたと鋭く突き刺さる。

「さっき……説明した……」

「すみません、聞いてなかったです」

 少女達の実験をしている時に説明されていたのだろう、晶は素直に頭を下げる。

「だったら知らなくて良いのでは?」

 マリアの侮蔑の視線が痛い晶は申し訳なさで縮こまるばかりである。

「そう言うなって、晶にも教えてやってくれないか?」

「わかりました!」

 勇の一声で明るく返答するマリアだったが、晶に振り返った時には打って変わって、あきらかに面倒くさいと言いたげな顔であった。

「ハア……これはグロウアの腕輪です」

 ため息をしながらマリアが渋々といった感じで手を出す。

 掌の上には金色で装飾が一切無い簡素な腕輪があった。

「それは術者見習いが着けるもので最初の段階、魔力を認識するための物です。魔力とは……簡単に言うと空気中や体内にある、不思議な力が込められた小さな粒と思って結構です、では着けて下さい」

 魔力を操る才能が有ったとしても見えないものを認識するのは難しいもので、主に視界を中心に補助し認識するための道具がグロウアの腕輪であった。

「空気中や人などから発せられる魔力を見ることが出来ますが、わたしやメイの周りに何か見えますか? ユナは少し違って見えると思います」

 マリアに言われて腕輪を付け、目を凝らすが晶には何も見えない、続いてユナにも目を移すがやはり何も見えず、相変わらず小さな少女達が漂っていたり、座っていたり散歩していたりしているだけである。

「何も見えませんね」

「そうなのですか? だとしたら才能がまったくありませんね」

「ぐふ!」

 抉り込むような容赦の無いマリアの言葉に、晶は胸を押さえ地面に両手をついた。

「少しでもあれば……神官や魔術師などの周囲に、撒き散らす霧のように……騎士や戦士などは立ちのぼる陽炎のように……薄っすらと見える」

 落ち込んでいる晶に視線を合わせるためだろう、メイはしゃがみ込んで補足する。

「たぶん……オレ達のいた世界には魔術は無かったからな……そのせいだとおもう」

 礼を述べながらよろよろと晶は立ち上がり予想を立てる、それが一番の納得できる理由でもあった。

「勇者様はありましたけどね」

「どれだけ優秀なんだアイツ」

 勇の才能にうっとりとするマリアだったが、反対に晶は異世界に来てまで新たな才能が発見される勇の完璧ぶりに呆れるほか無い。

「では技の続きを説明するぞ」

 説明が終わり魔技術の講義をユナが再開する。

「まず内にある魔力を感じ、それを体の何処か、又は武器に送り込み」

 木刀をゆっくり上段へもっていき、頭上で停止すると青白く光始める。

「刃についた水滴を飛ばすように……放つ!」

 一気に振り下ろすと、切っ先から青白い衝撃波が撃ちだされるのを晶は見た。

 しかし先ほどの模擬戦と比べ大分小さいものだった。

「今のは分かりやすくゆっくりとやったが、実戦では素早く使用できないと話しにならないからな」

 一息つき構えを解くユナは先ほど勇に放ったときとは違い、それほど疲労が無いようだった。

「横に薙いだり、突いたりとか他にないのか?」

 勇が疑問を口にする、同じ事を晶も考えていた。

 上段のみだとすれば動きを見ていれば比較的避け易いだろう、もちろんフェイントをなど分かりにくくしたり、かなり速度で振ったりなど創意工夫されているのが当たり前だろう。

「いや、突きや横薙ぎもある。他にも身体纏わせて一時的に身体能力を上げることも出来る。聞いた話だと全身に魔力を回し気配を消すことも可能だそうだ」

 ユナの説明になるほどとばかりに二人が納得しながら頷く。

「魔力を感じ」

 早速実行し始めたのか勇は目を閉じ、レイピアを持つ左手、左半身を前に出した構えを取る。

「送り」

 レイピアを前方に向け胸元に持っていく、するとゆっくりとだが刀身が光りだした。

「打ち出す!」

 瞳を開くと同時に突き出す、その瞬間、先端から弾丸のように、細く鋭い青白い衝撃波が撃ちだされた。

 ガッツポーズをとる勇は結構嬉しそうであったが少し息が荒くなっている。

「しかし意外と疲れるもんだな?」

 感想を述べる勇に晶は呆れ顔であった、魔力を知ったばかりなのに使用したのである、フェンシングをやり込んでいるとはいえ直ぐさま実行出来ることに驚きを通り越し呆れるほか無い、この世界でも驚異的なのだろうメイとユナは呆気にとられ、マリアは目を輝かせていた。

「あ、ああ、手加減無しで放ったからだ」

 正気を取り戻したユナは説明を続ける。

「魔技術はこれ以外にも色々とあるが一つ扱えるまでが苦労する。だから基本一人一つなのが多いな」

「魔力を感じることは出来るなら、魔術と技は同時に使えないのか?」

 レイピアを手で遊ばせながら勇は疑問を口にする。

「はい、体内の魔力を感じるのは同じですが、それをどう操るかはまったく違うのです。頭で理解し法則を覚える、それらを書物などから学んでいく方法が魔術、魔力を込められるまで一つの動作を体になじむまで行いうのが魔技術です」

 マリアが熱のこもった声で答えながら、潤んだ瞳の視線が実行した勇に注がれている。

「魔術が理論などの学術的なものに対し、魔技術は体に覚えさせる武術的なものといったところか?」

「そう……そして魔術は詠唱する分発動が遅い……けど遠くまで届く……魔技術は直接発動するから……素早く打ち出せる……でも射程が短い……」

「一長一短がしっかりとあるんだな」

 メイの補足を聞き、世の中上手く出来ているよなと晶は頷きながら感心するのだった。

「そうだな、だから魔術師が一方的だったりはしないし、逆に騎士達が優位と言うわけではない、お互いに協力し合うことが大事だな」

 ユナが指を立て晶の意見に同意するように頷いていた。

「フ……根本的な魔力が認識できない自分は役立たず……足手まといは避けたいな……」

 気落ちする晶は気持ちを和ませるため、足元を通りかかった茶色い少女をなでくりまわすのだった。






「勇者様と晶さんはこちらをお使いください」

 元々一泊させるつもりだったのだろう出発は明日となった。

 晶と勇が通された部屋は豪華な作りになっており、金、銀、そして宝石が散りばめられているが派手さは無く、意匠は必要最低限に留められている。

 椅子やベッドは上質な物を使用しているのが晶は感触で分かった。

「私は隣の部屋にいますので、何かご入用でしたら遠慮なく言ってください」

 失礼しますと笑顔を勇にだけ向けてマリアは退出した。

「やっと落ち着けたような気がするな」

 勇がベッドに横になりながら言う、その意見に同意しながら晶は椅子に腰掛一息ついていた。

「まあ、召喚されてから謁見、選定、そして模擬戦と立て続けだったからな」

 感じている以上に疲労が大きかったらしく、ため息と共に漏らす晶だった。

「本当に現実なんだよな」

 夢物語のような現象だからだろう、ベットで横になっている勇は天井へ手を伸ばし、握ったり開いたりして夢ではない事を確認しているようだった。

「かなり非現実的だけど、痛みはもとより五感がしっかりあるからな」

 晶も椅子に座り、自身の掌を見ながら同意する。
 
「実は感覚もある夢で、一旦寝たら何事も無く元の世界に戻っていたりしてな」

 笑う勇だったが本当はこれが現実だと認めているのを、晶は言葉から感じ取っていた。

「というか俺たち普通に戻れるって思っているが、本当に戻れるのか?」

「確かにそうだな……念のため聞いてくる」

 マリアにその辺りを聞こうと椅子から立ち上がり、晶は部屋から出ていった。

「たしか隣の部屋だったな」

 晶達が通された部屋は角にであった、そのため隣は一つしかなく其処へ向かい扉を軽く叩く。

「マリアさん、少しいいか?」

 暫く待つが全く返事が無い、首をかしげる晶は再度強めに叩く、しかしそれでも何も反応が無かった。

「マリアさん?」

 失礼と思いつつも晶はドアノブに手をかけると何の抵抗も無くすんなりと扉が開く、鍵は掛かっていなかったのだ。

 晶はそっと覗き込むとその部屋は明かり一つ灯っておらず、暗闇に閉ざされていたため訝しげに思いながらも目を凝らす。

「……」

 廊下から光が差し越す部屋を照らし出し、晶は見に入ってきた状況に何とも言えず沈黙するほか無かった。

 真っ暗な部屋の中マリアは居たがその姿が異様なのである。

 ベッドに正座し、壁に向かい微動すらせず凝視していたのだ、しかも向いている方向は先ほど晶が居た部屋である。

 晶はいままでに自身に向けられた暗い瞳を思い出し、寒気に身を振るわせる。

「見なかったことにしよう」

 触らぬ神に祟り無しと静かに扉を閉め、晶は部屋に戻った。

「どうだった?」

「あー、今は居ないみたいだった」

 晶は室内を見たことを無かったことするため、ドアを叩いたが反応が無かったと説明する。

「そうなのか? 隣にいるって言っていたよな?」

 口にしながら勇はさっさと部屋を出て行き、その後ろを晶はついて行く、晶は今までマリアの態度から勇が相手なら出てくるのでは? と後ろを歩きながら少し期待をしていた。

「マリア、居るか?」

 マリアがいる部屋の扉を勇は叩く。

「ハイ、どうしました?」

 扉に張り付いていたと晶が勘ぐるほどに顔を出すマリアの対応は早かった、振り返る勇は居るじゃないかと言いたげだったが晶は当然無視する、正直なところ勇だから出てきたと言いたかったのだ。

「少し聞きたいんだけど、俺達って元の世界に戻れるよな?」

「え!?」

 勇の質問がかなり衝撃を受けたようで、マリアの顔から一気に血の気が引いていく。

「この世界を……わ、私を……捨てるの……ですか?」

「うお! ちょ、ちょっと待て! 泣かないでくれ」

 身体を震わして涙目になるマリアに勇はあわてる。

「安心しろって! ちゃんと魔王を倒すから、な!」

 勇はなんとか慰めて聞き出している様子を晶は見ながら疑問が浮かぶ。

(マリアさんの態度は何だかやばいな……こう……病んでいるような……だとしたら勇の修羅場で出血ざた!?)

 晶から見ても物凄く言いたくないといった感じであり、戻れると口にだした時も俯いた状態でボソボソと辛うじて聞こえるような声であった。

 勇の後ろから見ていたので俯いた時、あの暗い瞳になっていたのが晶には見えたのである。

「なるほど、色々と手順が必要なうえ魔力も大量にいるのか……おいそれと使う訳にはいかないのか……ありがとうな」

「……」

 マリアが俯きながらかろうじて頷き、勇が扉を閉めるまで顔を上げることは無かった。

「なあ勇、マリアさんはどうしてあんな病んでいるんだろうな?」

 マリアに聞かれたくないため、泊まる部屋の前で話しかける。

「病んでる? なんの事だ?」

 お互いに言っていることが一瞬理解できず黙り込んだ。

「あのな勇、マリアさんの態度、分かっているよな?」

 訝しむ晶は確認をとってみるが相変わらず勇は首を傾げるだけである。

「本当に分からないのか? お前が勇者をやると決めた時のマリアさんだぞ!」

「決めた時……わからんな」

 この時晶は勇の様子が変だと気付き、よく観察すると目の焦点が合っておらず、虚空を見つめヘラヘラと笑っている。

「勇! 目を覚ませ!」

 晶は襟元を掴み全力で揺さぶる、それがこうをそうしたのか勇の瞳に生気が戻ってきた。

「あれ? 何の話ししていたっけ?」

「余程怖かったんだな……何でもない、何でもないんだ……」

 肩を叩き慰める晶はホロリと涙を拭うのだった。

 部屋に戻った二人は明日から大変だろうと、早々に寝ることにしたが、新たな問題が発生していた。

「どうする?」

 勇が悩みながらあるものを見ていた、同じく晶も注視する、そこには部屋の中にあるたった一つのベッドである。

 元々一人しか召喚されないはずであったからだろう、ゆえに部屋は一人用である。

 勇者が就寝する部屋なのでかなり上質で広いが、家具は一つしかなく二人が泊まれるようにはできていない。

「同衾なんぞ考えただけでもおぞましいな」

「やめてくれよ……」

 それなりに大きなベッドであったが、掛け布団及び枕は勿論一つである。

 晶は勇と一緒に寝ている姿を想像し、あまりの光景に身を振るわせた、その姿はまさに同性愛者そのものであり、同じ想像したのか勇も顔を顰める。

「とにかく! 一人はそっちに寝ることになるな!」

 想像を吹き飛ばすためだろう、気合と共に荒げる勇が指差す物を晶が見ると、そこには2人掛けの椅子があった。

 椅子としては大きめだが、元から寝るためのものではない、寝返りを打つとあっさり椅子から落ちたりとかなり寝苦しいことが想像できる。

 そのとき晶に電撃が走るかのごとく名案が浮かび上がった。

 勇を気絶させて自分がベッドを占領すれば、心地よい眠りが約束されるのでは? 真正面からやれば当然負けるが不意を突けば勝つこともあるかもしれない、晶はそう考えた。

 勇に気付かれる前に迅速に行動するため、殴れる手近なもの求め、素早く室内に視線を回した瞬間、とんでもない物が視界に入る。

「勇……おまえ……」

 そこには宝玉を開放した完全武装の勇がいた。

「なに、気絶するのも寝るのも同じようなものさ」

「貴様!」

「お前だって同じ事考えただろう!」

 ドタバタと音が鳴っていたが暫く後には静かになり、部屋の明かりが消えるのであった。





 王都トキは小高い丘の上に作られた街である。
 丘の頂点に王城を建設、その周囲に貴族達の豪邸が立ち並び、さらに周辺には一般市民の住宅が立ち並んでいる。

 丘に沿って都市が形成されており、そのため平地が殆ど無い、大きな通りは緩やかな坂になっているが、道は基本的に階段が張り巡らされていた。

「これまた複雑に入り組んでいるな」

 王城を出て貴族が住む高級住宅街を抜けた晶は、面倒くさいと後ろを振り返った。

 豪邸が立ち並ぶ地区は多少大きめに道が整備されているが、それでも何度も折れ曲がり複数の道が交わる交差路を通ってきたのである。

 迷わないよう先行していたユナとメイの後ろを歩き、やっと一般住宅街へ入り一息ついたところである。

 ちなみに晶達の服装は詰襟の学生服ではない、流石にあの詰襟学生服は目立ちすぎるのだ、二人が目を覚ました時にマリアが服を持ってきたのである。

 晶には厚手の生地を使用した質素で地味であり、頑丈さを求めたこの世界の一般人が着る茶色っぽい服であったが、勇はかなり良い素材ゆえだろう、薄手ながらも丈夫さと動きやすさを兼ね備え、小さな装飾が僅かに入っている白を基本にした一点ものと思わせる高級な衣服であった。

 普通なら服装の差に不快感を示すものだが、目立ちたくない晶には地味である方が都合がいいため特に不満は無い。

「此処まで降りてくるまでマリア達の案内が無かったら、盛大に迷っていただろうな」

 同じく後ろを振り返りながら歩く勇と同意見の晶は道順をなんとか思い出していたが、細かい所が思い浮かばず途中であきらめた。

 慣れれば迷わないかもしれないが、まだ来たはかりの場所なうえにこれといった目印も無いのだ、一発で覚えるのは無理な話だろう。

「攻め込まれた時はこの複雑な路地が敵の進行を遅らせるからな、これも防衛のためだ」

 晶が前へと視線を案内のためにユナが先頭を歩きながら説明する姿は、親が子供言い聞かせるような口ぶりだった、二人が年相応の子供っぽさを見た所為か優しい視線で微笑んでいた。

「勇者様、危ないですよ」

 最後尾にいたマリアが注意を促す、その声が聞こえた瞬間に小さく悲鳴があがった。

 晶が見ると其処にはバランスを崩した女性の姿であった、余所見をしていた勇が女性とぶつかったのだろう。

 女性が抱きかかえていた雑貨が散らばり階段を転がり落ち、晶の足元にも転がったのでとっさに足で止めたあと拾い上げる。

 晶は女性は大丈夫かと一瞥すると勇が手を伸ばし抱きとめていたため女性は無傷のようだった。

「すまん、大丈夫か?」

 よそ見をして女性を危険に晒したのだ、勇の声は申し訳ない気持ちで一杯であった。

「あらあら、ありがとうございます」

 雑貨を拾い集めながら晶は階段を上り勇達を見ると、抱きかかえられた女性は現状を時間が掛かったのか少し呆然としたあとやや遅れて礼を述べ、頬に手をあて柔らかな笑みを浮かべていた。

 その人はマリア達に負けず劣らず美人であった。

 二十代後半ぐらいで大人びており、深緑は真っ直ぐに足元まで伸ばされている、髪と同じ色の瞳で柔らかな笑みを浮かべている姿は、あらあらうふふ、と全て済ましそうであった。

 一般市民なのだろう、厚めの茶色を基調とした生地のワンピースに腰辺りに細い簡素なベルトをしている。

 煌びやかさよりも丈夫さに重点を置いた質素な服装を着ているが、服に包まれた体はとても魅力的であった、女性達三人が自身の体と見比べて悔しげになるほどである。

「ところで……勇者様」

 マリアが勇に近づき声をかけるがその声は酷く暗い。

「ど、どうした?」

 睨まれているのだろう、勇が緊張しているのが晶にはとてもよく分かった。

「いつまで抱きしめているのです?」

 言葉が脳に達したのか勇は抱えている状況に気が付き素早く離れ、恥ずかしげに頭を掻きながらすまんと一言あやまるが女性は気にしていないのか相変わらず微笑んでいるだけである。

「すいません、無事なものがこれぐらいしか残らなかった」

 運悪く落ちたものが殆ど丸い果物や根野菜といったものだったので、晶達は雑貨を少量しか拾えないでいた。 

 不運なことに長々と続く階段を転がり落ち、無事だったものは急いで止めたものや細長い物しかなかったのである。

「まあ、困ったわね?」

 本当に困っているのだろうかと晶が疑問に思うほどに、女性はかわらず微笑みを浮かべているのだった。

「なら俺達と一緒に買い集めるか? もちろん費用は俺達が出す」

「私達に非があるからな、当然だろう」

 勇の意見にユナは同意し、晶も特に反対する理由も無かった。

「こっちも余所見していたし、申し訳ないわよ」

「気にするなって、お詫びだから」

 自然に行うのかはたまた狙っているのか、遠慮する女性に笑顔を振りまきながら勇は手を差し伸べる。

「ふふ、じゃあお願いしようかしら」

 女性はにこやかに笑いながら優しく手を重ねた。

「お嬢様、お名前を窺ってよろしいかな?」

「あら? 名前を聞くときは先に名乗るのが礼儀じゃないかしら」

「これは失礼、私は日乃下勇です、勇とおよび下さい、以後お見知りおきを」

「私はマーガレット、マーガレット・デイ・シーです、よろしく」

「こちらこそよろしく」

 二人は互いに紳士淑女な芝居がかったやり取りをするが、演じる人物は美男美女である、行う様子は非常にきまっていた。

「そういえばどれ位資金があるんだ?」

「そうだな……国庫並みか?」

 金額を思い出しているのかユナが顎に手を当てて首をかしげ、途轍もない返答に一瞬何を言われたのか晶と勇は視線をあわせる。

「国王が……要求すれば……いくらでも出す……」

「「本当に!?」」

 メイのとんでもない答えに晶と勇は目を見開く。

「はい、本当です。現在所持している金額で足りなければ此方で用意すると王様が言われました。このように渡された金額も多いです」

 マリアは小さな袋を懐から取り出していた。

 見た目は小さいが入っている金額は、かなりのものであろうと晶は想像するほか無かった。

「現状は思ったよりも切羽詰っているみたいだな」

「ああ、ゲームとかだと、大概国王からもらったものと言えば非金属製の武器と防具、それと安い傷薬数個買ったらスッカラカンな資金だけだからな」

 向かい合って現状を再度認識する二人であった。





 都市に入る城門の前に広がる大きな通りは非常に賑やかで、左右に足り並ぶ露店から威勢のいい呼び声が響き、小さな子供が元気に走り回り、親子が仲良く散歩している活気溢れた場所である。

「へ~、違う町から来ていたのか」

「ええ、ちょっとした用事でこの王都にきたのよ。もう終わったけどね、後は帰る準備しているところだったんだけど……」

「その時にぶつかったのか」

 勇とマーガレットは和気藹々と話をしながら品物を物色している姿は、晶から見てもなかなか良い雰囲気である。

「勇者様! 無駄話はしないでさっさと終わらせましょう!」

「おっと、引っ張るなって」

 不機嫌なマリアが強引に勇の腕を抱えて引っ張り、マーガレットから引き離していく、強く引かれて体勢を崩した勇は躓きながらも後ろを着いて行くが困惑しており、マリアの機嫌が悪くなった原因は分かっていないのだろう。

「マーガレットさん、勇のこと気に入りました?」

「ふふ、そうね、彼カッコイイし優しいわ、嫌いではないわよ」

 仲良く買い物していたマーガレットが勇に気があるのか晶は探りをいれる。

 惚れたのなら勇のハーレムに入れて楽しもうと画策していたのだが、残念ながらマーガレットの表情が笑顔だけなので判断が難しい。

「私に興味があるのかしら?」

「まったく無いとはいいませんよ」

 今後の勇との関係がね、晶は心の中で付け加える。

「さて、マリアさんが引っ張っていきましたが、マーガレットさんが買うものが分からないでしょうに……」

 表情から読み取ろうと観察するが、これ以上は探れないと晶は諦めた。

 どこかで会うか、はたまたこのまま会わずじまいか分からなかったが、これだけの美人である、覚えて置こうと保留する。

「マリア! 何処行くつもりだ!?」

「どこでもいいです!」

 ユナの呼びかけるが、その場に勇を居させたく無のだろう、マリアは強く反発する。

「ちょっと待て、流石にそれは失礼すぎるぞ!」

 あまりの態度に勇も顔をしかめ注意する。

「ご、ごめんな……さい」

 勇に叱られた事がよほど堪えたのだろう、この世の終わりだと言わんばかりに真っ青になっていた。

「メイさん、彼女のあの異常な姿はどういう事かわかる?」

「それは……」

 晶は前から気になっていた事を質問するが、メイの態度から軽々しく答られ無いと理解できた。

「ふむ……今回はいいさ、まだ出会って間もないからな」

「ありがとう」

 メイと話をしている間に勇が慰めたのか、マリアの顔色も幾分戻ったため晶は一つ提案する

「資金が豊富にあるといっても何が有るか分からないからな、節約していこうか」

「あくまで軍資金……個人の買い物には……そうそう使えない……」

 王に資金を送ってもらうにしても、遠くに行けば届くまでに時間がかかるものである。

 手元にある資金が大いに越したことはないので、晶の意見にメイも頷いていた。

「旅の準備だけど、なにぶん始めてだからな……何を買ってよいのやら」

 マタギの技術に野宿の仕方も教わっていたが、異世界という特殊な場所なうえ、当然魔物も多くいる危険地帯である。

 野性動物に襲われ難い前の世界での山の中と同じ感覚でいくと、危険と判断するのは当然であった。

「実は一通りの物はそろえて門の詰め所に用意してあるが、晶殿の分が足りなくてな、その分を買い足さないといけない」

「ごめんなさい」

 ユナの指摘に節約と言ったてまえ自分自身が負担かけているのだ、晶は申し訳なく謝るしかなかった。






「どうもありがとうございました」

 頭を下げるマーガレットの両手には荷物が抱えられており、色々と歩き回り全て買い終えていた。

「こっちが悪かったからな、本当にすまなかった」

 勇も頭を下げる。その後晶達は軽く手を振り歩いていくマーガレットを見送った。

「名残惜しいか?」

 晶は勇の隣に立ち話す。

「そんなこと無いさ」

「本当ですか?」

 勇の答えに疑いの眼差しを向けるマリアである。

 晶は勇が嘘をついていると見抜いていた、ムッツリスケベの勇があのマーガレットの魅力的な身体に、興味を抱かないわけが無いと晶は確信していたのだ。

「本当だって、それよりも俺たちも行こうぜ!」

「そうだな」

 そんなことを微塵も感じさせず勇は先へ進もうと促す、女性の目の前では紳士に振舞う勇が正直に言うわけがないと追及はせず晶は同意する。

「ああ、こっちだ」

 ユナが先導を切り門を潜ると、眼前には一見のどかな草原が広がっているのが見えたが、見えないだけで少し進めば魔物が跳梁跋扈する魔窟であろう、危険だが魔王を討ち取るためには行かねばならない、こうして勇者一向の旅が始まったのだった。




[25596] 脇役五
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/10/05 05:55
 砂漠特有の水分を飛ばす高温のなか、人間と同等の巨体をもったサソリ型の魔物が鋏を勇へ振るう、愚直なまでに単純な攻撃だがなかなか速度があった。

 元から有る運動神経を使い、素早くかつ最小限で避け、一足飛びで間合いを詰めよる。

 太陽光を反射するレイピアが深々とサソリ型の頭部へ突き刺さった。

 昆虫ながら連携という頭脳があったのか、はたまた偶然かは理解できなかったが攻撃の体勢から戻っていない勇の背中目掛け、別のサソリ型が特有の毒針を持つ尾で襲い掛かる、しかしながらその一撃が届くことは無く空へ舞った。

「させるか!」

 ユナがバスタード・ソードで切り落としたのだ、甲高い奇声を上げながらサソリ型がユナへ反撃する、しかしそれが魔物の致命傷となった。

 重いものを叩きつけた鈍い音が響く、一瞬停止するサソリ型の上には輝く白い鎧姿の勇がいた。

 レイピアの先端を真下に向け一気に振り下ろす、体重が乗っていたのだろう、頑丈そうなサソリ型の外皮を突き抜ける、奇声を上げ振り落とすかのように身体をねじるが瞬く間に動きが止まり、力なく地面に伏すのだった。

 晶の視界に数人の青い少女が冷気と共に流れてきた、視線を向けると砂漠という場所にはそぐわない氷の彫像が乱立している。

 ぺたぺたと青い少女が触っている分厚い氷の中には、先ほど勇達と戦っていたサソリ形もいれば周囲に溶け込むような黄色い猪も閉じ込められている。

 微動すらしないのは既に命の灯火が消えたのかはたまた動けないだけなのか、晶には判断はできなかった。

「相変わらず魔術はすごいな」

「当然……」

 勇から賞賛され、メイは小さくピースサインを向けていた。

 砂漠に凍土の世界を作ったのはメイであった、彼女いわく砂漠に出没する魔物は水属性の魔術に弱いということだった。

 それを証明するかのように氷の塊はメイが放ったのはたった一発の魔術である。

「皆様大丈夫ですか?」

 勇達の安否を気遣うマリアだったが、戦いぶりを見て傷は少ないと思ったのだろう、さほど心配している様子は無かった。

 晶から見ても先ほどの戦闘は余裕を持って対処しているのが分かったのだ、心配するだけ無駄であろう。

「俺達大丈夫だ、晶は?」

「大丈夫だ」

「うお! そんなところに居たのか?」

「いや、そんなところって、一歩も動いていないからな」

 勇が周囲を見回すほどに存在感の無い晶は戦闘のときどうしていたかというと、実は殆ど動かず黙って立っていただけである。

 当然此処へくるまでに何度も魔物に襲われており、晶も最初は真っ先に襲われていたが、一度野宿しているときに魔物の奇襲を受けた。
 
 闇夜にまぎれることが得意魔物であったため見張りの隙を突かれいつの間にか接近されたが、最初に襲われるはずの晶は無傷であった。

「しかしなぜそこまで気づかれないのか分からないな」

「なんとなく予想はつくさ」

 神妙な顔つきなユナだったが晶の予想外の返答に感心し続きを促す。

「影の薄さ、存在感の無さというのもあるだろう、しかし一番の理由は勇だ」

「俺?」

「そうだ、勇の近くに居るとかなり意識が勇に集中する、こと戦闘の場合だとそれが顕著になるな、存在感ありまくりでかなり強いんだ、当然だろう」
 
 本能に従って行動し、弱肉強食の世界なら弱いものから襲っていくはずだが、隠れる場所の無い砂漠でさえジッとしていれば見向きもされなかった。

 非戦闘員という自覚があり、節約のために様々な鍋や水筒などの旅の道具を背負い、目立ちそうにも拘らず素通りされるのだ、運搬用につれている駱駝には襲うのだから気づかれていないのが明白である。

「それだけ感知されないなら、暗殺行為が出来そうだがどうだ?」

「残念だけど無理だな……こっちから行動を起こせば気付かれる可能性が高い」

 勇の意見に晶は首を振る、動かないでいれば背景に溶け込みやすいが、動けばそれなりに目立つからだと晶は実験から分析していた、その上に殺すという動作では殺気も混じってより気づかれやすくなると予測できていた。

 ちなみに実験とは一時期どこまで気づかれないか試したことがあったのだ、気配に敏感な人物――その人物は勇なのだが――に擦り寄ったり、背後からそっと近づいたりそのまま動かずに隙を窺ったことがある。

「お、お前まさか!」

 その説明をすると何かを思い出したように勇が唐突に声を上げた、ありえないと言いたげに目を見開き、身体を震わせながら晶を指差している。

 その答えとして晶は親指を立て、輝かしい笑顔を向け肯定した、勇と一緒に居る時にそのその辺にたむろしている不良っぽい人物に石を投げつけ、喧嘩をおこさせていたのだ。

「やたら絡まれやすい時期があったけど、お前のせいかよこのやろう!」

「まあまあ落ち着けって、そのおかげでかなり魅惑な体つきの美人と知り合えたからトントンだろ?」

「ぐ! それは……」

 晶の答えに押し黙る勇であった。

「それにしても役立たずですね」

「ぐふぅ」

 勇を実験対象にしたせいか冷徹なマリアの辛辣な言葉に思わず晶は胸を押さえる、事実だけに言い返せなかった。

「だから言っているだろう、もっと鍛えろ!」

「これでも頑張っているのだけれど……」

 ユナが一喝するが晶は恨みがましく口にする、実は逃げ惑っていた晶に見かねユナが少しでも使えるように、ナイフの戦い方を教えたのだ。

 残念なことにまったく接近戦の才能が無く、いくら頑張っても精々無防備な状態の相手に一太刀入れる程度である。

「はあ……弓矢さえあればな……」

 嘯く晶にもマタギの技術があり、獲物を仕留めるすべはある、しかし基本猟銃の狙撃であった。

 運悪く魔術が発達し多くの人が使用できるこの世界では遠距離戦は基本魔術で行われる、故に弓矢の発達が遅く、有ったとしても太目の枝に紐を括りつけた粗悪なもの、とても使えるとは思えず唯一猟銃に近いクロスボウも当然無かった。

「しかし流石砂漠だな、暑すぎる」

 力なく口にする晶は砂漠の熱気に大分やられていた、砂漠に入るまえに光を遮る白い布を購入し、全員頭からかぶっていたが、現状では仕方あるまい。

 日がそれなりに下がっているが、砂漠のど真ん中である。

 見渡す限りの砂と容赦なく照りつける太陽、焼き殺されそうな気温、幸いなのは湿度が殆ど無いことであろうか。

「がんばれ……」

「メイさん……ありがと……」

 メイもマリアも普段に比べ大分元気が無かったがまだまだ歩けるようであった、魔術師と神官とはいえ従軍するための体力があるのだろう、ユナはほとんど疲れをみせておらず、戦闘もこなしながらその程度とは流石騎士ということだろう、歩く姿もいまだきびきびしている。

「晶、もっとしっかりとしろよ」

「お前は化け物かよ……」

 そんな中ユナと同等の疲れしか見せていないのが勇であった、元々フェンシングをやっていて体力が高かったというのもあるだろう、それでも騎士という常日頃から鍛えているユナと同等とはどういうことか? 勇の完璧ぶりにあきれ果てるばかりの晶であった。

「見えたぞ!」

 太陽が地平線に隠れそうになるほど歩き続けたときユナの声が上がる、晶は顔を上げると少し先を先行していたユナが前方を指差してた、まだ大分先ではあるが茶色い川が流れており、周囲には草や木が生えているのが見受けられる。

「蜃気楼だったら最悪だよな」

 勇がとんでもない一言を発する、その瞬間晶はやめてくれと言いたげに勇を見据える、なまじ冗談ではない可能性があるのが悲しいところであった。

 見つけてから数時間あるいてようやく町へと到着し、その瞬間全員が安堵のため息を吐いていた。

 日が沈み幾分涼しくなった町に人が多く歩いていたが、かなり体力を消耗していたため判断が鈍ると情報収集は翌日からとなった。

 女子と男子に別れ寝床を二部屋頼み各自部屋へ移動する、限界にきていた晶は即行でベッドへ倒れこみ睡魔へと誘われるのだった。

 しばらくのあと喉の渇きを覚えた晶は大分疲れがとれた身体を起こし、水を貰いに一階の入り口のカウンターに向かう、夜の萱が落ち、蝋燭の明かりで揺らめくなかに先客が居た。

「勇と……ユナさん?」

 片手には水が入った木製のコップを掲げ仲良く隣あって座っていた、晶は新たな展開かと目を輝かせながら物陰に隠れつつ移動を開始する。

 蝋燭のみの明かりのためカウンターのみ明るく、周囲の闇に紛れながら聞こえてなおかつ明かりが当たらない椅子に座る、来たばかりのようで勇は伝承などを店主に話を聞いているところであった。





 勇が最近聞いた噂や御伽噺なども聞きだしていたためユナは首をかしげる、伝承などなら分かるがなぜ最近ことである噂まで聞くのか疑問であった。

「噂も聞くのか?」

「もしかしてこれを取った時に反応して入り口が出現とか、そんな仕掛けがあるかも知れないからな」

 勇が懐から出した宝玉を取り出すのを見ながらユナも検討がつく、宝玉の周囲には勇者選定のような魔術が掛けられていたのだ、同様になにかしら封印の場所にも仕掛けがあると考えたのである。

「ガキのころに聞いた話しだからしっかりと覚えいる訳ではないが……」

 勇の言葉に促され、店主がポツポツと思い出しながら喋りだした。

 要約すると、砂漠で迷った青年が砂嵐に巻き込まれ、それでも突き進むと突然見知らぬ建造物が出現、そこで砂嵐が収まるのを待っていると、奇妙な人影が現れ出て行けといわれる、不気味思った青年は素直にしたがってい砂嵐の中を歩くのか思ったが、不思議と止んでおり無事に村へと戻るという話であった。

「それぐらいしか知らないな、年寄りとかの方が詳しく知っていると思うぞ、大概川の近くで涼んでいるな」

 少し禿げ上がった頭と、暑い地域特有の褐色肌を伝う汗を拭いて座りなおした。

「此処に泊まった人とか街の人から聞いた噂はなにかある?」

「噂か……」

 勇が尋ねると店主は首をかしげる、しばし考えたあと何か思い出したのかポンと手を打った。

「そういえば最近黒い牙とかいう盗賊団が出始めたらしいな」

「盗賊か」

 王国に仕える騎士のユナは守るべき民が魔物と同様に、襲っているということに思わず眉をひそめる。

「そんなものは残念なことにいくらでもいるが?」

 魔物が跳梁跋扈するこの世界でも、やはり人を襲う盗賊といった輩は多く居る、盗賊団が出るなどなんら不思議なことではなく、噂になるほどでもないのだろう。

 「それがな、少し特殊なやつでオキ砂漠限定で名が広っているんだ、しかもそのなかに幽霊がいるんだとさ。なんでも戦闘中いつの間にか近くにいるといった具合でな、行き成り集団で襲いかかってきて暴れるのはそこらの盗賊と同じだが、逃げ出そうとした者の傍に、気が付いた時には見知らぬ人間に首を切り裂かれるんだとさ」

 噂が広がるということは、襲われながらも生き残った者がいたのか、生かして返したのだろう、もしそうならばその理由は一体何かとユナの頭に疑問が次々と浮かびあがる。

 盗賊行為を行うなら余り有名になるのはまずいだろう、例えばこの道に凶悪な盗賊団がいるとなると誰も通らなく、そのうえ通ったとしても優秀な護衛を付けるだろう、下手すると討伐隊が結成される可能性が高くなる。

 それなら密かに活動した方が利点は多い、皆殺しにしておけば噂になる速度もおそくなり、場合によっては魔物がやったとされるだろう、もちろん死体を検分し傷跡などからどちらがやったかわかることも多い

「ありがとう」

「こっちこそ礼をいいたいさ、ここ最近客が少なくてな、こうやって話をするのも久しぶりさ、ところで」

 勇が礼を言いユナは口を潤すために水を含む、瞬間店主の顔がニタリとするのが分かった。

「そちらのお嬢さんが本命かい? 他に客が居ないからってあまり激しくせんでくれよ」

 瞬間驚きで水が気管に入りユナが咳き込んだが、勇は平然としたままであった。

「本命ってそんなわけ無いだろ、たしかに美人で凛とした輝きをもった女性だけど俺がつりあうはず無いよ」

「勇殿! 何を言っているのだ!?」

 真っ赤になって立ち上がるユナは褒められなれていないため羞恥心からか体を振るわせていたが、どこと無く嬉しさも感じていた。

「何って、思ったことを言ってるだけだ、特に変なことは言ってないだろ?」

 自然体で口にする勇は本気で言っているのがユナにも分かり、怒るわけにもいかず、また言い返せることも無く真っ赤になりながらおとなしく席に座る。

「つりあわないってお前さんも結構な上物じゃないか」

「いやいや気のせいだろ、ユナは髪も肌も綺麗だし、背筋も伸ばして威風堂々としていて威厳があってカッコイイ、でも時々みせる女性らしいちょっとした仕草とかが魅力的だろ」

 女性ながら騎士になった故かきつい印象を与えるためか、もしかした両方かもしれないがほとんど男は寄り付かず、また近くにいた男性も堅物なものが多かった、そのため女性として褒められることに慣れていないユナは終始真っ赤に染まりながら水を口にすることなく、下を向いているのだった。





 朝になり全員で近くの食堂で朝食を済ますため外に出た晶は昨夜は良いものが見れたと感慨ぶかげに周囲を見渡す、砂漠にある町だったが木もそれなりに生えており、草も膝ぐらいまで伸びている、もちろん熱帯雨林のように茂っている訳ではない。

 ユナの説明によると砂漠が直ぐ近くに広がっているが此処は川も流れており、意外と地下水とかもあるそうだユナの説明に納得しつつ再度周囲を窺う、暑い地域ゆえに褐色の人が多く、主に暑さ対策なのだろう白い服を着ている。

 伝統衣装なのか、男性は腰に一枚布を巻き、女性は元の世界でいうサリーと似た形の服をまとっている姿が多い、まだ朝早いが気温が上がる前に活動しようということなのだろう、人によっては既に働き出していた。

「実は昨日、宿屋の店主に聞いた御伽噺がある、結構それっぽいからな、後念のため噂も何かヒントになるかもしれないから、皆も聞いてくれ」

 勇が話を皆に聞かせる、晶は知っていたが盗み聞きしていたことは秘密である。

「奇妙な人物はもしかしたら……鎧を着た勇者……? そう考えると砂嵐のなかに何か建造物がある……?」

「その可能性は高いな」

 メイの推測に晶は同意する。

「まだ他にも聞いてみないと分かりませんよ」

「そうだな、まだ情報が足りないからその話だけで決めるのは早計というものだ」

 マリアとユナは二人に忠告する、かなりそれっぽいが一つの話で決めるのはまだ情報が足りない。

 まだまだ話は聞けるだろうということで解散し、昼頃に又ここの食堂で集合ということになった。

「さて何か面白い話があったか?」

 食堂に集まり各々好き勝手に座る、昼という時間帯だからか賑わっており、日が高く熱い時間帯だけに直射日光があたる道には殆ど人が居ない。

「色々聞いた……でも一番それらしいのが……店主から聞いた話だった……」

「そうだな、噂の方も黒い牙ぐらいだったな」

 マリアの意見にユナは同意するように頷き勇達も同じ反応であった。

「当て推量で砂漠を歩き回るのは自殺行為だろ?」

 勇がどうすると言い含める、それとともに晶がため息と共に丸テーブルに突っ伏した、砂漠を渡ってきた時のことを考えてぐったりしたのだ。
 
 その時黒い少女が漂っているのを目で追っていると、何処かで見た人が席を探していた。

(あれって……えーっと……だれだっけ?)

 頭をひねくり回しなんとか思い出そうとするが思い出せない、晶が上体を起こし記憶を呼び起こそうとして自然に女性を目で追う。

「もしかして、マーガレットさん?」

 同じく見ていたのか勇が席を立ち晶が見ていた女性に近づいていく。

 振り返った人物の顔と勇の言葉から晶は思い出していた、王都で会ったマーガレットで暑い場所だからだろう、半袖で膝辺りまでのスカートをはいている。

「あらあら、お久しぶりです」

 マーガレット変わらず頬に手を当て笑顔である。

 王都での事を思い出したのだろう、マリアの眉間に皺が寄る。

「久しぶりだな、こっち座れよ」

「マーガレットさんはこっちで良いですよね!」

 勇も笑顔で答え隣の席に促すがマリアが強引に割り込み自分の隣に座らせた、勇から右回りにマリア、マーガレット、ユナ、メイ、晶となっている。

「勇さん達こんな所でどうしたかしら?」

 マーガレットは相変わらず頬に手を当て微笑んでいた。

「このあたりで伝承とかを聞いて回るところだ」

「伝承ね……」

 勇の台詞にマーガレットは首をかしげる、その様子に何か知っているのかと全員が注視した。

「そうね、砂漠のどこか祭壇があるって聞いたことがあるわよ」

「本当か!?」

 思わぬ情報だった、身を乗り出しユナは聞き返していた。

「えーと、なんだったかしら? たしか昔力が試される祭壇があって今でも砂漠のどこかに眠っているという詩みたいなのを聞いたことがあったわね」

「もう少し詳しく話せる?」

 大きな情報だと感じたのだろう、勇が促しいわれるままにマーガレットが歌うかの様に話し出した。

「勇気有る者、月に導かれ進むは砂の世界、砂と風に守られし祭壇、守りしものに挑み打ち勝つ者のみ大いなる力の雫を得るだろう、だったかしら?」

 マーガレットの詩は予想以上に有効な情報に晶は思えた、お年よりや色んな人が集まる食堂で聞いても宿屋の店主と似たような話しか聞けなかったのだ、全員同じ思いだったのだろう顔を突合せ相談し合った。

 勇気有る者は勇者、月に導かれ進むは砂の世界から月を目指して砂漠を突き進む、砂と風に守られし祭壇から砂嵐の中に祭壇があると予想がついた、そしてそれが最も納得いく結果になった。

「よし、それで一旦進もう、月を目指すからやっぱり夜出発ということか」

 勇判断に晶は同意する、これ以上情報が得られない可能性が高く、足踏みしているよりは進んだほうがよいだろう。

「しかし月を目指して本当にたどり着くのか?」

「どういうことだ?」

 勇が続きを促す。

「月も太陽と同じように移動するのだろ? 東の地平線に顔を出した時から頭上を経て西に沈んでいく、ただ単に月のあるほうに進めばいいのか?」

もっとも他に何かあるのかといえば晶には思い浮かばなかった。

「そうかもしれない……でも勇者関連だから……月を目指していけば……たどり着く魔術が掛けられているかも……」

「そうですね、神殿の泉にも選定するような魔術がかかっていましたから、その可能性は高いと思います」

 メイの意見に同意するマリア、結果やはり月を目指して進む事になった。

「そうだ、いい話聞かせてくれたお礼に、此処の食事代おごるよ」

「あらあら、偶然知っていたってだけだから気にしなくていいわよ、それにこの前もお金を出してくれたから、お礼なんていらないわ」

 勇がお礼に奢ろうとするがマーガレットは遠慮しているようだった。

 お互いに譲らずお礼させてくださいとか、いえいえそんなとか言い合っている、その姿は晶から見てもまさにいちゃついている様にしか見えない。

 突然テーブルを叩きつけた音が響き渡る、二人の様子に嫉妬したのだろう、マリアが机を叩き立ち上がっていた、そしておもむろに声を張り上げた。

「借りを貸したということでいつか返せば良いじゃないですか! そうしましょう!」

 余りの迫力に思わず頷く二人であった、その一連を見てユナとメイは勇になにをやっていると呆れた視線を送り、そしてやっぱりニヤニヤと勇の修羅場を楽しむ晶であった。



[25596] 脇役六
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/10/16 18:26
 マリアが一喝したあと料金を払いマーガレットを見据える。

「明日は早いので! それでは!」

 鼻息も荒く勇を強引に引っ張り出ていく、まさか出て行くとは思わなかった晶達は暫く呆気に取られていたが、すぐさまマーガレットに三人は頭を下げマリア達を追いかけるのだった。

 晶達がマリアを追いかけて戻った宿屋の一室では一風変わった展開が発生していた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「分かった、分かったって! だから頭を上げてくれ……」

幼児後退を起こしたように連呼するマリアに、勇が困り果てているのだった。

「勇、何したんだ?」

マリアが酷く気落ちしながら立ち上がるのを見届けて、晶は小声で話しかける。

「とくに何もしていないさ、部屋に戻ったとたんにこんな状況に……」

 勇もマリアを見ながら小声で返した。

「たぶんだが、部屋に戻った頃には冷静になったんだろう、前に勇に叱られたのを思い出したんだろうな」 

 女性の涙にはやはり弱いのは勇らしいところで、目が潤み泣き出しそうなマリアの顔を見たのだろう、申し訳なさげに頭をなでて慰めていた。

「とりあえず、もう一度マーガレットさんに会って謝ってくるか」

「いや、オレが行って頭下げてくる、その間に今後の予定でも考えてくれ」

 出て行こうとする勇を押し留め、晶が変わりに出て行く、リーダーである勇とこの世界の住人である女性三人で行動を決めた方が有効だろう、そう晶は思っての行動だった。

 食堂に着いた晶は店内を見回す、それほど時間も掛かっておらず直ぐ見つかると高を括っていた、しかしいくら探しても見つからない。
 
 まだまだ人も多いので運悪く見つからないかと思い直ぐ傍を歩くエプロン姿の店員に聞くことにした。

 一声かけるとやはり晶に気が付いていなかったのだろう、悲鳴を上げてお盆を胸に抱える。

「あの辺りに座っていた、深緑の髪と同じ色の瞳をした色白の美人を見ませんでしたか?」

「いいえ、そのようなお客様は見ませんでしたが……」

 店員が首を傾げるが一向に思い出す様子は無かったため、晶は礼を述べて新たに別の店員に聞くが返答は同じである。

 砂漠特有の褐色肌が多いなか色白なら目立つはずだが、全く見つけることが出来なかった。

「スマン、探したけど会えなかった」

 いくら捜しても見つからなかった為晶は宿へ戻っていた。

「そうか、少し失礼だったかな、今度会うことがあったら謝っておくか、そういえば明日の夜出発するぞ」

「明日か、わかった」

 此処にたどり着くまで消費した物にはすぐさま用意できない物もあり、前日に頼んでおくため明日となったのである。

 次の日一通り荷造りを終えた一行は夜に備えるために明るいうちに睡眠をとることになった。

 晶はベッドで横になるがこの暑さと開け放った窓から入ってくる眩しいほどの日光である、一向に眠くなる様子が無かった。

 ふと隣のベッドを見るがそこには勇は居ない、同じく眠れないのだろう、旅に何か思うところがあるのか神妙な顔をしながら、窓際で椅子に座り外を見ていた。

 全く寝むけが来ないと晶も窓から外を見ると分厚い壁の建物は全て窓も扉も開け放っていた、日陰が僅かに涼しいのか外には人が居ないが建物内には意外と人が居るものである。

「何見ているんだ?」

 晶が聞くと勇が顎で指す、その方角に顔を向けるが特に面白い物は晶には見えなかった。

 そのことに勇が気付いたのか口で説明し、晶は改めてその場所を見ると窓を開いて着替えをしている女性が見えた。

「何覗いてんだよ!」

 晶が吼える、顔を引き締めて外を眺める姿は風景画の様な情景だった、真剣な顔をしながら考え姿から何か思うところがあるのかと思ったのだ、しかしやっていたのは単なる覗きである、叫ぶのも無理からぬことであった。

「だって窓全快なんだぜ! 目が行くのは当然だろ! 晶だって本当は見たいんだろ!」

「だからって見んなよ! それに覗きなんぞしたくないわ!」

 晶が注意するが勇は全く気にせず、それどころか晶の肩に手を置き笑顔を浮かべている。

 勇のの態度に不振に思う晶だったが次の瞬間に硬直した。

「俺が知らないと思っているのか? お前、褐色肌が好きなんだろ?」

 図星である。

「だったら……一緒に覗こうぜ、兄弟」

 勇のスケベ心からの行動を見ている晶は半面教師で余りしたくは無かった、しかし晶だって男である、思春期真っ只中である。
 
 熟考し、やはりやめようと言おうとした瞬間にだらしない顔した勇に頭をつかまれ無理やり振り向かされる、そこには驚愕の映像があった。

「「着替え終わってるー!」」





 月が地平線から顔を出した頃に一同は運搬用の駱駝を連れて宿を出発する、節約のために連れるのは一匹のみで晶が持てない分を乗せていた。

 なにぶん晶は非戦闘員なうえ敵に発見されにくいのである、せめて自分の分は持てと言われたため背負い袋に詰め込んでいる。

 砂漠では湿度が低い結果なのか、はたまた植物が少ないせいなのか不思議と冷え込む、昼間の暑さに比べたら幾分ましかもしれなかった、そんな月夜を出発してから三夜ほどすでに回っていた。

「本当に目標に向かっているのか?」

「たしかにな、だが信じて進むしかないだろう」

 半ば呆れ顔の勇の意見に同感だったのだろう、ユナは眉をひそめながら嗜めていた。

 しかし勇がそう思うのも無理は無く、ずっと同じ風景が延々と続いているのである、しっかりと進んでいるか疑問に思うのは仕方が無い。

 丁度砂の山一つ越えた辺りで先頭を歩く勇が急に立ち止まる、どうかしたのかと晶が勇を見ると厳しい顔つきで片手を上げ、全員に停止を促していた。

 非常事態と認識したユナが砂埃を上げることなく器用に勇の隣に移動し同じ方向を見る、勇が何かを指差しその場に伏せて相談を始めた、何事かと晶達も同じ位置までたどり着き、先ほど勇が指差していた方角に視線をやる。

 深夜だったが空気が清んでいるうえ、満月であるため結構遠くまで見渡せた、一瞬晶は砂嵐かと思ったがそれにしては小さい、砂嵐の高さは数百メートルに及ぶのである。

 晶が目を凝らすと、それらは十数匹におよぶ駱駝の集団、いや、少々分かり難いが黒いマントを羽織っている人間が乗っていた、瞬間脳裏に浮かんだのは噂になっていた黒い牙であった。

「黒い牙ですか?」

「その可能性が高いな」

 マリアも同じ答えにたどりついたのだろう、ため息をつく姿は面倒くさそうであった、同意するユナだったが一団を睨む視線は汚物を見ているようであった。

 「何でこんな時に、しかもあっちからくるんだ」

 晶が悪態をつくのも無理からぬことである、集団は月を背に迫ってくるのだ、その上隠れる場所も無く回避は不可能だった

 確率はかなり低いが未だ確定したわけではない、単なる旅の集団という可能性があるため勇達は武器を抜かずに接近する。

 その一団は一直線に勇達に接近し相対すると武器を手に取り駱駝から降りた、盗賊と確定した瞬間であった。

 勇達は武器を抜き放ち身構える、晶は戦闘の邪魔にならないために、一団から見え難いよう勇達の後ろへ移動し離れる、もちろんゆっくりと派手な動きをせず、ばれないよう細心の注意を払いながらである。

「勇者達だな」

 先頭にいた大男が威圧しながら口を開いた、彫りの深い顔にはもみ上げから口周りまでしっかりと生えた髭、髪も髭も癖が強いのか縮れているため、男らしいというより何だか汚らしい印象を受ける、そんな厳つい大男が断定する口ぶりから狙っていたことが窺えた。

「違うな、そういうお前達は黒い牙とお見受けするが?」

 無駄な戦闘を避けたいのだろう、勇は臨戦態勢で探りを入れる。

「ふん、勇者ご一行に知られているとは光栄だな、しかし嘘をついても無駄だ、聞いていた通りだからな」

 確信があるのだろう鼻で笑い馬鹿にする口調であった。

(聞いていた通り? 誰かに雇われているのか?)

 晶は大男の言葉から予測を立てていた、祭壇を目指すと決めて、此処までくるのに特に何処かへ立ち寄ったことはない、最速でここまでたどり着いたはずである。

 祭壇へ向かうことを話したのは精々騒がしいレストランのみであった、それでも先回りしたということは町の中からすでに狙われており、そいつが黒の牙に依頼をしたということだろう。

「いきなりだが、死んでもらおう」

 大男が一言発すると同時に集団の男達も勇達を包囲する、動きを阻害するのだろう男達全員息を合わしたようにマントを外す。

「きゃ!」

 その瞬間マリアの口から小さく悲鳴が漏れ、勇達の表情も引きつり、離れていたため黒い牙の円陣から外れていた晶も血の気が引いていく。

 マントの下に見たものは――

 毛が一本も無い頭。

 褐色を通り越し真っ黒に日焼けした皮膚。

 月の光を反射する汗にまみれて光る体。

 力めばはちきれそうな暑苦しいまでに鍛え上げた筋肉。

 そして

 身に着けているのはたった一枚の際どいパンツ。

 正におぞましいモノを見たのだ、そんな姿が髭面の大男含め四方八方に立ち並んでいるのである、特殊な性癖を持つならまだしも正常な人には途轍もなくきついだろう。

「円陣を組め! 絶っ対に後ろを取られるな!」

 声を振り絞る勇の一声に同調し全員途轍もない気合をみせる、それはそうだろう暑苦しくも汚らしい男たちに触りたく無い、まして動きを封じるために羽交い絞めなどという事態はなんとしても避けたい。

「気持ちわるいな、おい」

 晶達の気持ちを代弁するように嫌な顔しながら勇が気持ちを口にする。

「俺達の何処が気持ちわるいか!?」

 反論とともに黒い牙の一団は各々力んだ、何処で知ったのか自然とそうなるのか、筋肉の大会でみる体勢になる。
 
 ムキッと露になる筋肉と浮き出る太い血管が熱さを増し、そして爽やかつもりか歯を見せる笑顔、しかし虫歯や歯抜けやら黄ばんでいて爽やかとはほど遠かった。

 途端口元を押さえる勇達であったが特に酷かったのは晶で記憶から即刻抹消しようと気を失いかけていた、なにせ勇達を囲む黒い牙の外にいるのだ、目に入ってきたのはパンツ食い込む尻である、眼に毒極まりない。

「なんだその態度は!」

 勇達の態度が心外だったのだろう、黒い牙の一団は怒り心頭に武器をかまえた。

――アイスアロー――

 無詠唱で撃ちだされる複数の氷の矢、射程ギリギリでメイが撃ったのだ、それを皮切りに砂を巻き上げ黒い牙が一斉に襲い掛かる。

 ハルバート、クレセント・アックス、カットラス等、様々な接近戦武器を持ち牙を剥いた。

 勇達はそれら全てを弾き、避け、円陣を崩さないよう、背後を取られぬよう立ち回り迎え撃つ、激しく打ち合い武器が激しくぶつかり火花を散らし、徐々に戦いは勇達が優勢になりつつあった。

「くそ! なんだこいつ等、思ったよりやりやがる!」

 大男が悪態をつく、接近戦一辺倒の黒い牙達は円陣を崩せずにいた、勇達の実力を見誤っていたのだろう、そして自分達が得意とする砂漠での戦闘ということもあったのか慢心していたのが晶も見ていて分かった。

 勇達は動きづらい砂地だったが基本迎撃するだけに専念していたのだ、多少は足を取られていただろうが迎撃するだけだったので動きを最小限に抑えられていたと考えられる。

 「これなら大丈夫か――」

 観戦していた晶に突如何かにぶつかる、衝動的に振り向くとそこには見知らぬ人が居た、砂と似たような黄色で厚手の布を頭からかぶり口元を布で覆っていた、晶の存在が想定外だったのか黒い瞳は驚きに見開いている。

 お互い唐突な出来事だったのかジッと見詰め合う、晶の頭に黒い牙にいる幽霊の話がよみがえり、事態を把握し行動を起こした。

 すぐさま踵を返しその人物から離れようとするが相手の方が上手であった、後ろから乗っかられ全力で逃げ出そうと晶は暴れるが一向に抜け出せる様子は無く、腕を後ろに捻られ取り押さえられていた。

「何者だ」

 無理やり立たされ、中性的な声と共にナイフを当てられた晶は尋問されるがどう答えるか頭を捻る、

「答えろ」

「ぐ、勇の……勇者達の仲間だ……」

 早くしろということなのか刃を食い込ませてきたのだ、ろくに考える時間が無かった晶は白状するほか無かったが全くナイフが引っ込む様子がなく無言が続く、そしてそのまま晶を押しながら勇達へと近づいていった。

「そこまでだ!」

 ナイフの人物の声が響きわたると同時に全員動きを止める、月明かりのなか状況を把握した勇が激昂するがナイフの人物は意に介さない。

「撤退するぞ!」

「しかし御頭――」

「タウロ! つべこべ言わずに従え!」

 タウロと呼ばれた大男は不満を口にするがナイフの人物は言葉を遮り命令を下す、タウロ居は小さく舌打ちをして渋々従い周囲へ命令を下した、それにあわせ周りの男達も撤退し始めることから、どうやらナイフの人物が頭のようであった。

「こいつを返して欲しかったら、オレ等のアジトに来い、場所は貴様らの目的地と同じ砂嵐の中だ」

 言い放つと晶の腕を縛り上げ駱駝に乗せ、そのまま自身も乗り込み走り去っていく、それを悔しげに見るしかない勇達の姿に晶は申し訳なく、そして悔しく思うのだった。





「御頭、何で撤退したんですか? あのまま人質で動けなくして、やっちまえばよかったんじゃないですかい?」

 この撤退が非常に不満なのだろう、タウロが憮然とした顔つきで晶達の隣によせる。

「ふん、あのままだとこっちがジリ貧で殺されていたさ、なら一旦体勢を立て直して有利な場所で迎え撃った方が確実だ、それにこいつが何するか分からないからな」

 タウロが何か言いたげだったがナイフの人物は睨みを聞かせて黙らせていた、そしてタウロの駱駝に近寄ると晶が邪魔だと言い放つ。

 タウロは嫌そうな顔をしつつも晶を引っつかみ力任せにうつ伏せのまま移し変える、ナイフの人物が嫌いなのかはたまたこの場に居たくは無いのだろうか? 不機嫌な顔をしながら先行する一団を追いかけた。

「お前ずいぶん大人しいな、何か企んでいるのか?」

 無言だったのが怪しく思ったのかタウロが訝しげに晶を睨む、ほとんどされるがままの晶がさぞかしおかしいのだろう。

「企んでいる? ふふふ、運動能力も低い自分が暴れたところで、ボコボコにされるのが目に見えています、大人しくしたがっていた方が痛い思いはしない」

 答えつつも晶は逃げる腹積もりである、縛られながらもどこかに隙は無いか付け入る場所は無いかと大人しくしつつも機会を窺っていた。

 晶は勇達をおびき寄せる餌でしかなく、このままアジトへ連れて行けば殺される可能性が高かった、死体でも勇達に生きていると思わせればいいのだ、そのうえ色々面倒を見る手間も省ける。

 ただ道すがら殺される可能性も大いにあり、刺激しないようにするため丁寧な口調もその一つである。

「まったく、邪魔なら連れて来るな、先代の子供で継いだからって偉そうにするんじゃねえよ、畜生が」

 タウロはあの人物が頭になっている事にかなり不満を持っているようでブチブチと悪態をつく、そのときにはすでに先行する一団にたどり着いていた。

 タウロの愚痴を聞いた部下もどうやら同じ思いらしく各々不満を言い合う、もちろん後方に居るだろうナイフの人物には聴こえないように声を小さくしている。

 その現状を見た晶に天啓がひらめいた、黒い牙内では大分不満が溜まっているようで、とくにナイフの人物が頭にいることが特に不服らしい。

 その辺りを突いて部下達が反乱を起こせばその混乱に乗じて逃げられるかもしれない、勿論上手くいくかは分からなかったが今現状で晶が出来ることはこれぐらいしかないと確信していた。

「あの、少しいいですか?」

「だまれ、殺すぞ」

 タウロは視線も向けず面倒くさげだったが晶は今しか機会がないと言葉を続けた。

「それだけ不満でしたら、貴方が率いて力ずくで地位を奪ったらどうです?」

「……何だと?」

 タウロが視線を向ける、言葉としては疑心に塗れていたが瞳の奥にはどこか期待を持っているようであった、晶は内心ほくそえみながら煽る。

「だから、反乱起こしたらどうか? と言っているのです、それに皆さんあの人が頭なのが不満なのですよね? だったら皆さんで襲えば流石に勝てるのでは?」

 晶はうつ伏せ状態のため首を上げ、そのまま視線を周囲の部下達にこのままでいいのかと投げかける、やはり鬱憤がたまっていたのか、はたまた切欠が無かったのか序所に同意する声が上がっていき広まっていく、そして晶は最後の決め手を言い放つ。

「それにタウロさんが頭になれば万事上手くいきますよ」

「……ククク、確かにそうだな、先代からの義理で従っていたが継いで頭になっただけの奴について行く意味は無い、これだけの人数で襲えば……」

 己が頭に着いたときのことを想像しているのだろう、タウロが声を押し殺して笑うのを見た晶は掛かったと確信する、後は反乱という状況の中で自分に意識がそれた瞬間に逃げるだけである。

 タウロが速度を落としていく、部下達も同じく速度を落としタウロの命令を待っていた、その顔は獰猛な笑いが浮かんでるいるのだった。




[25596] 脇役七
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/10/20 21:24
「てめえ逃げるなよ」

 タウロは邪魔とばかりに晶を砂地へ落とし釘を刺す、それを聞いた晶は思わず口角が上がるが顔を伏せて隠す、千載一遇の好機を逃すつもりは無かった。

「何かあったのか?」

 追いついたナイフの人物が何の疑いも無くタウロへ近づいていた、笑いをなんとか堪えた晶は顔を上げると、先ほどはまではマントでみえなかったが今は頭と口元を出していた。

 晶は改めてナイフの人物を見た、年齢は二十ぐらいだろう若々しく鋭い黒い瞳は眼力がすごかった、黒い髪は短く耳辺りで切っているが癖が強いのか外に跳ねている、黄色いマントの中は袖は無く、腹部を出したシャツに足の付け根までしかない短パンと軽装である、晒される腕と足は細く色は褐色であった。

「ああ、あったさ」

 嘲るタウロの物言いに何か感づいたのだろう、ナイフの人物は見据えながら何時でも動けるように身構えていた。

「これから俺が黒い牙を率いていく、頭は、いや、ジャース、お前はお役御免ということだ」

 ナイフの人物の視線を完全に無視して、タウロは腰に挿しているカットラスを抜き、切っ先を向ける。

「お前一人でオレに敵うとでも?」

 ジャースと呼ばれたナイフの人物は腕に自信があるのだろう鼻で笑い蔑む、軽やかに飛び降り手にはいつの間にか手には木目のような波打つ模様が浮かび上がる短剣をもっていた。

 これはダマスカスナイフと呼ばれ、特殊な製造工程を経て模様が浮き出た鋼材を使用した強固なナイフである。

「俺一人だけじゃないさ」

 タウロが虚仮にした口調と共に片手を上げる、その合図と同時に次々と周りの部下達も駱駝から降り得物を構えた。

 多勢に無勢という状況だからだろう部下も下卑た笑みを浮かべている。

「素直に頭領の証を俺に渡せ、痛い思いはせんぞ」

「だれが渡すか!」

 胸元を隠すように片手で押さえジャースは反発する、しかしその反応はまずかった。 

 危機が迫り大事な物を取られる、そのような条件下だと無意識に取られたくない物へ手を伸ばしたり、又は視線を送る等してしまうのである、タウロは理解したのだろう、笑みを深くすると片手を下ろし明らかに軽視した命令を追加していた。

「あっさり死んでもつまらないからな、ほどほどにしておけ」

 一斉に襲い掛かる部下達と同時に晶は巻き込まれないように全力で離脱した、一瞬タウロと目が合うが情けない晶の姿をみて楽に捕まえられると思っているのだろう完全無視であった。

 少し離れたあと出来るだけ視界に入らないよう身体を伏せて息を殺す、乱雑に縛ってあったため解け安く両手が自由になっていた、そして状況を把握しやすくするため振り返る。
 
 そこではジャースは素早い身のこなしで軽々避けていた。

「なんだ? 見にくい?」

 晶は目を擦り集中するが黒と黄色の衣装によるものなのか、周囲に溶け込むように分かりにくくなっていた。

 かすり傷付いている様子は無かったが、驚異的な回避を行うジャースもやはり人間であった、避ける事に手一杯なのだろう、証拠になかなか攻撃に移ることも無く盗賊団も無傷である、四方八方から襲われるのだから仕方が無いだろう。

「んん?? どうしたんだ?」

「はぁ! はぁ! うるさい!」

 愉快に笑うタウロに対してジャースは徐々に体力がなくなって来たのか時間と共に動きに繊細さが無くなってきていた。

 同時に所々小さな切り傷が付き始め、それでも暫く避けていたがついに足を砂に取られ転倒し、ジャースは素早く立ち上がったがその息は酷く荒い。

「もうお仕舞いか?」

 高みの見物を決め込んでいるタウロが楽しそうに問う、周囲の部下達もまだまだ余裕があるのかニヤニヤと笑っている。

「さて、証を渡してもらおう」

 駱駝から降りたタウロが近づく、ジャースはフラフラになりながらもダマスカスナイフを振り翳した、最後の力を振り絞ったのかそれなりに勢いはあった、しかしあくまでそれなりである。

「そんなものが当たるか」

 タウロが軽く避けるともはや体力の限界かジャースそのまま体勢を崩し、そこを止めとばかりにタウロが胴を殴りつける。

 ついにぐったりしたジャースだったが、意地でも取られまいと無理やり身体を動かしうつ伏せになった。

「無駄な悪あがきしてんじゃねえよ!」

 タウロが力ずくで仰向けに転がされ、その時首元から黒一色の牙が付いたネックレスが飛び出しタウロは強引に引きちぎった。

「いままでご苦労さん、せいぜい生き延びることだな、こんな砂漠のど真ん中じゃ無理だろうがな」

 高笑いしながらタウロが撤収の合図をする、それとともに部下達も駱駝に乗り去っていくのだった。

 そのときにジャースが使っていた駱駝や水なども持っていってしまったのだ、砂漠で水無しは死刑宣告された事も同然である。





「ふう、行ったか……」

 その様子を見ていた晶は一息ついた、目論んでいた通りに逃げ出すことに成功したからだ、持ち前の影の薄さ、そしてとタウロが頭領になったことにより浮かれたのだろう、頭の中から晶のことが消えていたようだった、証拠にタウロ達は遠くで砂煙を上げていた。

「さて戻ろうか……あ……」

 立ち上がった晶は目の前に広がる一面の砂漠に、あることが脳裏によぎる、はたして戻れるのかということであった。

 月を背に歩けば戻れるのかと思えばかなり怪しく、祭壇へいくのはかけられた魔術かなにかでいけるだろう、しかし戻りに同じような効果があるようには思えず、なおかつ砂嵐の中にある祭壇へ進むとした場合一人で危険な砂漠を歩けるのかという疑問もあった。

「やばい……早計だったか?」

 晶の額に汗が垂れる、黒い牙から逃げられたのは良いが砂漠はド素人、当然当てずっぽうに歩いても無意味である、さらに魔物に襲われた時手立てが無いのは非常に危険だった。

 晶は危機的状況が変わりないことに茫然自失になっていたが、その時咳き込む声が聞こえ晶は首を回すと視線の先にはジャースが息を荒げながら仰向けに倒れている姿があった。

「そういえば居たな……ん? 待てよ」

 晶に天啓が舞い降りる、砂漠を拠点としていた黒い牙の元頭である、砂漠を知り尽くしているだろう、ならば砂漠を案内してもらえば無事たどり着くのでないか?

 交渉材料もとりあえずあり、殺される可能性がある危険な賭けだったが選択は一つしかなかった。

「あの、すこし良いですか?」

 息が整ったことを見計らって晶が声を掛けるとジャースは鋭い視線を向ける。

「なんだ?」

 明らかに敵意むき出しのジャースであったが晶は毅然とした態度で交渉する。

「今から自分は砂嵐の祭壇に行かなければいけません、道案内をしていただけませんか?」

 ジャースに砂漠の歩き方と護衛も兼ねてもらえればあとは戻るか進むかである、戻るよりも連れ去られたと思われている祭壇に向かい、勇達と合流したほうが良いと晶が判断した結果である。

「なんでオレがお前のために案内しないと行けないんだ?」

 突き放す物言いだったが晶にはあることから従うと確信があった。

「もちろんただとは言いませんよ」

 晶は懐から水の入った袋ともう一つ空の袋を取り出し半分に分ける。

「半分貴方に渡します、どうしますか?」

「どうしますか? くく、お前を殺して奪っちまえばいいよな?」

 ジャースが凄むがその瞬間晶は片方の水袋を地面に落とした。

「な!? てめえ馬鹿か! 何てことしやがる!」

 完全に無視しながら晶は落とした袋を拾い上げ再度二つに分ける。

「再度問います、案内するか? それとも二人で朽ちるか?」

 ジャースは手持ちの物をすべてタウロに持っていかれたため、生命線である水を交換条件に出されたなら従うしか道は無いだろう。

「チッ分かったよ」

 相手の思うようになるのが気に食わないのか、悔しげな顔つきをしながらジャースは渋々案内をすることとなった。

「道中お互いに助け合いましょう、えーと?」

 これから二人きりである、敵意むき出しのジャースに何時までも睨まれ続けるのは勘弁と晶は手を差し出す。

「……ジャース……」

「自分は八頭晶です、よろしくお願いします」

 握手を求める晶だったが悪態をつくだけで応じことなく、ジャースは歩き出すのであった。





 月が輝く夜の砂漠を黙々と二人で歩く、あれから二日ほど立っていたが時々砂漠でのタブーや必要なことを実地で教えるぐらいしか話をしなかった。

 晶は何か話そうかと思案していた、無言で歩いていると広い砂漠でもやはり空気が重く感じるのだ。

 少しでも重い空気を何とかしたい晶は雑談でもすれば幾分楽になるのかと共通の話題を探す、しかし知り合って間もない上に敵対関係だったのだ、何も浮かばず晶は口を開いたり閉じたりするだけに終わってしまう。

「おい、お前何者だ?」

「え? オレ?」

 考え事をしていて不意打ちで話しかけられ形になり晶はビクリと体を震わせる、無言で歩いていたところに突然話しかけられたのだ驚くのも無理は無い。

「お前しか居ないだろ」

 振り向きながら問いかけるジャースの目は疑問に溢れていた、それでもやはり鋭く物怖じしてしまう晶であった。

「えっと、オ、自分は――」

「普通に話して構わねえよ」

 ジャースに言われるが晶は躊躇してしまう、水を渡したがジャースが本気になればいつでも晶は殺せるのだ、普段の口調に戻すかですます口調を続けるか迷う。

 無言が続き時間が経過するにつれてジャースの視線が鋭くなっていく、相手の機嫌を損ねるのは得策ではないと晶は腹をくくり話し出す。

「オレは極普通の一般人だけど?」

 晶の答えに大いに不満なのだろう、睨み殺されると勘違いするほどの眼力でジャースは睨みつけた。

「そんなわけ無いだろ? お前達を襲った時まったく気が付かなかったぞ! 一体なにしたんだ?」

 ほとんど癖でやっているため晶自身は特に意識してやっていないのだ、そう伝えると呆れ顔になるジャースであった。

「その才能もっとうまく生かせば暗殺、盗みなんて楽勝だろうに……」

 ジャースはもったいないとばかりに首を振る。

「仲間にも言われたよ、でも殺気や戦闘中とか周囲に意識集中している状態で近づくと感づかれる」

 だから無理だと晶は肩をすくめるだけであった。

「なるほど……」

「ジャースさん?」

 思案顔のジャースの顔を覗き込む晶に不吉な予感がよぎった。

「よし、お前に暗殺の方法教えてやる!」

「はあ!?」

 突如ジャースは顔を上げ晶の肩に手を置くが突然教えてやるといわれても困る晶であった、教えたぐらいで簡単に暗殺できれば苦労はしないのである。

「というか、お前も戦闘に参加しろよ! オレばっかり魔物退治しているじゃねえか!」

 道中魔物に襲われた時、相変わらず風景に溶け込んだように無視される晶である、当然残ったジャースに魔物が殺到するのだ。

 しかしジャースは強かった、得意とした戦法は暗殺術でありその技術は凄まじかった、魔物の直ぐそばに立っているにもかかわらず、魔物が見失うほどである、そして急所を的確に突き死に至らしめるのである。

「待ってくれ! そんな事いきなり言われても簡単に出来るものでもないだろ!? しかも荷物を背負っているんだ! 多分じっとしているから気づかれないだけで動けばきづかれやすくなる、絶対無理だ!」

「無理って言うな!」

 ジャースの手の平が唸る、引っ叩かれた晶は吹き飛び地面に座り込んだ、その体勢が横座りになり、片手で身体を支えて打たれた頬を押さえている姿はスポ根漫画のヒロインである。

「なにするのよ!」

 自分の姿勢を瞬時に理解した晶は思わず女言葉になっていた、しかし細い体つきとはいえ男である、ただ単に気持ちが悪いだけだった。

「やめろ、気持ち悪い」

「すいませんでした」

 晶はすぐさま体勢を正座に戻し即座に謝る、ジャースの一声はとても威圧感があり、晶を見る眼は汚物を見るように冷え切っていた。

「とにかく、まだ祭壇まではまだまだ掛かる、その間出来るだけ教える、覚えろ! いいな!」

「了解!」

 ジャースの気合の篭った声に流されるまま晶は姿勢を正す、返事の後スパルタになりそうだと後悔するが後の祭りであった。

「だけど暗殺の技術なんてそんな簡単に教えていいものなのか?」

 人に見つらないように闇に時には人ごみや自然物に紛れて殺していく技術である。

 やり方が分かると対策も取られやすくなり、故に門外不出とまではないにしろそう易々と教えることは無いだろう、

「別にに構わないさ、覚えたとしてもオレを殺すなんて十年早い」

 どうにも腑に落ちない晶はしつこく問いただす、けんもほろろにされるばかりであったが晶は諦めなかった、というよりもだんだん楽しくなってきた。

 いままで冷たい反応でしかなかったが、先ほど教えるといった時はどこか子供を相手にしているかのようだった。

 問い詰めているときも雰囲気も少し柔らかくなった気がするのである、しかし余りにしつこかったのか次の瞬間には首に刃物を当てられ黙ることになるのだった。





 砂漠とはいえ二人だけしか居ない状況というのは自然と手を取り合うものである、やはり人間とは群れるものだからだろう。

 晶が持っていた食料――乾燥した肉などの携帯食品――を二人で分けて食べたりしているとジャースに対して仲間意識を感じ始めている晶であった。

 ジャースも大人しくしている晶に警戒心が薄くなってきているのだろう、二人の歩く距離は初めよりも近くなってきており、ジャースの態度も幾分柔らかくなってきていた。

 その頃には晶は自分の一言で黒の牙を追い出された罪悪感と、気に掛けてくれる嬉しさとであることを話そうと決意する。

「ジャースさん」

「ん?」

「見てほしいがものがある」

 晶が何処かへ手招きした後地面を指刺す、すると虚空から水が落ち始めた、晶は水色の少女を呼び、水を出してもらったのである。

 ちなみに最初の交渉時水袋を半分落としたのもこれが出来るため、一人で砂漠を歩く時には水に困らなかったためだ。

「な!? 今何をした!?」

 突如空中から水を出したのである、しかも水が存在していない――もちろん水蒸気は極僅かにあるだろうが――砂漠で出したのだ、驚くのは無理もない。

「今から話すことは全て本当のことだ、軽蔑しないでくれるか?」

 魔力は感じることも見ることは無理だが、そこかしこに居る少女が見えること、当然魔術が使えないが、少女に頼めば小さなことだが何か出すことが出来ること等、自分が見えたもの出来ることを全て話した。

「昼の日差しは強かったからな、どこかで休んでから行こう」

 ジャースがやたらと心配しだした、どうやら暑さにやられて幻覚でも見ていると判断されたらしい。

「大丈夫だって! 今話したことは本当だ!」

 晶は真剣にじっとジャースと眼を合わせる。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「そうか其処まで少女に――」

「飢えてもいないし! 少女好きではない!」

 勇達と同じこと反応をすると晶は予測していた、哀れむような表情をするジャースの言葉を遮って晶はつっこむ、目の前に卓袱台があれば思い切り引っ繰り返していただろう。

「そう思われたくないから、いままで黙ってたんだよ」

「そうかそうか、一応正常だと信じてやる」

「一応とか言っているあたりですでに少女好きと思われているよな……」

 頷きながら肩を叩くジャースの対応にガックリとうなだれる晶であった。





「腹へった……」

「言うな、余計腹が減る」

 晶は腹を擦りながら力ない声を出していた、聞こえたジャースは苛立ちを覚えているようだった。

 実はタウロに存在を忘れ去られた晶の荷物に手をつけられなかった、一通りの物はそろっていたのだが所持していたのは晶一人分である、水は晶のおかげで確保できたが流石に食料は無理であった。

「祭壇まではあとどれ位で着く?」

「そうだな、歩きだからあと二日ぐらいか?」

 月明かりを頼りにジャースが指を折り曲げ数えている。

「きついな」

 体力持つのかと不安になった晶は月光に照らされたジャースの姿を見る、肌が見える部分から鍛えられているようであった、しかし晶と同じように全体に細くタウロ達のように筋肉達磨ではない、それなのに晶よりも大分余裕があるようだった。

 筋肉がある分代謝が良く持久力が無いものである、ジャースの身体はどうなっているのかと思う晶は話の種とばかりに疑問をぶつけた。

「ジャースさんは細いのによく体力がよく持つな?」

「食い物が少ない砂漠で住んでいれば自然とそうなるな」

 晶の質問にジャースは呆気羅漢に言い返していた、晶はそんなもんなのかと納得しながらも人体の不思議とじっくりとジャースを観察していた。

 突然晶の身体に軽い衝撃と倒れる感覚が襲い晶は咄嗟に目を閉じた。

「おい! なにボーっとしてんだ?」

 ジャースの怒気が篭った声に晶が目を開ける、そこには眉を吊り上げ睨むジャースの顔があった。

 実はジャースが何かを見つけ止まり振り返って停止を促したがし晶はそれに気がつかずぶつかり押し倒したのだ、体勢を把握出来ていない晶は謝りながら上体を起こすがその瞬間ジャースの眼光が鋭くなった。

「てめぇ」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 素早く離れた晶は地面にすりつけるように土下座する、晶が身体を起こしたときに地面に手を置いたつもりが焦っていたため押さえたのがジャースであった。

 押し倒され混乱していたとはいえ起き上がるときに押さえつけられたのだ、ジャースが怒りを露にするのも無理は無いと理解した晶はひたすら謝るのだった。



[25596] 脇役八
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/10/27 18:54
 平身低頭でなんとか許しを得た晶は改めて前方を見ると砂ばかりの砂漠に何か動くものを捉えた、それは巨大な黄色い猪姿の魔物であった、それを見た瞬間晶の胃が動き空腹感が増す。

「チッやっぱり……グレートボアじゃねえか、一旦此処で待機だ、やり過ごすぞ」

 その魔物は厄介なのだろう、ジャースの声には苛立ちが含まれていたが、晶は返答しなかった、というよりも出来なかった、すでに空腹がかなり酷かったが食べ物を見つけついに限界に達したのである。

「晶?」

 晶の様子がおかしいと感じたのだろう、再度ジャースが呼びかけるが集中している晶は全く反応しなかった。

「く……」

「は?」

 うまく聞き取れなかったのかジャースは聞き返す。

「肉、豚肉、いやボタンか、ボタン鍋、または焼肉、乾燥して保存食、うまくいけばホルモン焼きとか、出汁に豚骨もいけそう」

 ボソボソと口早にやばい言葉を発する晶は涎を拭く、デザートボアの見た目は黄色い体長三メートルほどの大きさとはいえイノシシであり、晶から見たそれはとても美味そうであった。

「ボタンナベってなんだ? いやいや、そうじゃなくて、あれは魔物だぞ」

 ゆっくりとデザートボアに近づく晶の言葉を、一部理解したようすのジャースは止めに入るが晶には関係なかった、いかに気付かれずに近づくか、いかに一撃で仕留めるか、飢えが限界に達した晶はこれを逃すともう食い物にありつけないと最高の集中を見せる。

 刃物はジャースから素早く拝借し足音を立てないようにゆっくりと移動する、その際出来るだけ風下から近づき極限まで心を冷たく無心にした。

「嘘だろ!?」

 得物があった場所に手をやるジャースを眼の端で捉えたが晶は無視した、静かにだが素早く近づいた晶の目の前にはグレートボアの頭部がある、餌を取っているのか砂に鼻先を突っ込んでいるが耳がせわしなく動いて警戒している、しかし目の間に前にいる晶には気が付いていないようである。

 ゆっくりと左手のダマスカスナイフを振り上げ体重をのせ振り下ろす、分厚い頭蓋骨を貫通する感触が伝わると同時に、晶は駄目押しとばかりに右手のダマスカスナイフで首を掻っ切った。

 重々しい音と共に倒れこんだデザートボアの身体が痙攣する、しかし数秒後には微動すらしなくなるのだった。

 人間命に関わるととんでもない能力を発揮するものである、ジャースの視界から消えて刃物を気づかぬうちに盗み、物音立てずに魔物背後に忍び寄る、そして的確に急所を切り裂いたのである

 実はこのとき使用した暗殺技術は少し違っていた、ジャースの猛特訓を受けていた晶だったが多少は技術が身についた程度だった。

 まだまだ実戦には使えなかったがそれもそのはずで、ジャースから教えた貰った暗殺技術は基本的に魔技術を使用したものなのであった。

 魔力を全身に覆い周囲に溶け込むのだが晶は魔力を扱う才能が全く無い故に、全ては自分の存在感の無さを最大限に発揮した暗殺技術だったのだ。

 もっとも本人は空腹と食料に集中して気づくことなく、もう一度やれと言われたら命が掛かった極限状態にならないと出来ないだろう。

「フンフフン~ラリラリラ~」

 久々の食い物に嬉しい晶は陽気に鼻歌を歌う、しかしやっている事は結構グロテスクであった。

 周囲は血まみれ、イノシシの解剖図が広がっていた、食えるように解体中である。

「なあ、本当に食うのか?」

 ジャースは嫌そうな顔をしていた、野生のイノシシならともかく魔物である抵抗感は物凄いのだろう。

「ん? 無理にとは言いわないさ、でもオレは我慢で出来そうにないな」

 晶は首をかしげる、その姿は顔についた血糊や血まみれの両手を動かしており、かなり残虐な人間に見えるだろう。

「そ、そうか……」

 引き気味なジャースの頭に汗が流れる、そうこうしている内に解体終了、晶は火を焚こうと燃えるものを探すが砂ばかりの砂漠である、それといって燃えるものが無かったが晶は止まらなかった。

 周囲を見回し目に留まったのは先ほど狩ったデザートボアだった、そして毛を剃ってかき集めたのである、あっという間に燃え尽きるかもしれないが大量にあるため、継ぎ足しながら燃やそうという魂胆であった、その場限りだが二、三人分は焼けるだろう。

 晶は火をつけようと赤い少女を探すが足元に赤い少女が一人覗き込んでおり、物凄い期待に満ちた顔をしている。

「ああ、点けてくれるか?」

 晶が頼むと嬉々として火種をだし魔物の毛が点火する、串にさした肉に塩を振り、火を点けた赤い少女を優しく撫でながらしっかりと焼く、すると美味しそうな肉の焼ける匂いが漂いはじめ、ポタポタと脂が滴り、脂肪や肉が焼ける音が食欲を誘う。

「上手に焼けましたー」

 お腹を鳴らしながら晶は焼肉を掲げた、それはもう目を輝かせとても嬉しそうであり、もはや食うことしか頭に無い晶は遠慮なくかぶりつくのだった。





「いける!」

 そう叫ぶと晶は猛然と食べ始めた、そんな様子をジャースは見つめていた、なんだかんだ言いながらもジャースもやはり空腹でなのである。

 肉の焼けるいい匂いが刺激となり空腹感がさらに増す、目の前で美味しそうに食べられると流石に自身も食べてみたいと思うものである。

(美味そう、魔物食うなんて考えもしなかった、食えるのか? 食うか? いやしかし魔物だぞ、どうする? どうする!?)

 しかし食べているのは野生の動物とは違う魔物である、いままで魔物を食うということを思いもしなかったジャースは心の中で物凄く葛藤していた。

 口の中に涎が出て飲み込む、その音が聞こえたのだろう晶が振り向いた。

「どうぞ」

 晶が串にさした焼肉を差し出した、空腹状態に目の前に肉汁が溢れる焼けた肉である、ジャースは手を出したり引っ込めたりと繰り返したが、やはり食欲にかなわないものである、そのうえ晶が実際に食べているのである。

「貰うぞ」

 我慢出来なかった、気合と共に手を伸ばし思いっきりかぶりつく、その瞬間口に広がる美味しさに驚き眼を見開いて一気に食べ始めた。

「美味いな!」

「だよな!」

 同じ感想が嬉しいのか晶は目じりを下げていた、二人して次々肉を消化していく、晶は嬉しそうにしながら甲斐甲斐しく自分も食べながら肉を焼いていった。

 「しかし魔物を食うなんて発想は無かったな」

 満たされたお腹を擦りながらジャースは驚いていた、野生の動物とは違い魔力に侵された異常な動物である魔物を食す、という発想は初めてだった。

「この魔物がイノシシ姿だったのが幸いだったな、サソリとか昆虫型だったら食おうとも思わないよ」

 腹が膨れて落ち着いてきたのか晶の顔は綻んでいる、しかしジャースは懸念することがあった。

「このことは周りには黙っていたほうがいいかもしれないな」

「そうなのか?」

 真面目に話すジャースをみて真面目な話と理解したのか晶は姿勢をただす。

「魔物を食べるなんて誰も考えない、考えもしない、そんなものを食ったなんて言ったら、何されるかわからないぞ」

「あー、確かにそうかもしれないな、オレも他に食うものあったら食おうとも思わなかったからな、勇達に合流したら密かに処分しておこう」

 晶は焼肉以外にも保存用として干し肉用の肉も用意していた、砂漠なのであっという間に乾燥するだろう。

「あ、ああそうだな」

(そうだよな、こいつはあいつ等のところに戻るんだよな……)

 ジャースの心に言いようの無い寂しさのようなものが浮かぶ。

「ジャースさん? どうかしたのか?」

 ジャースの返事は若干返事が弱いことを感じ取ったのか晶は心配そうである。

「ん? なにがだ?」

 そしらぬ顔で返すジャースは気のせいだとするのだった。





 晶の目の前に砂の壁が立ちはだかっていた、その正体は砂嵐なのだが規模が巨大である、上を見上げれば途轍もなく高く舞い、左右を見渡せば地平線に消えるのかと思うほどに広がっている。

「これは、凄いな……」

 凄まじい光景に晶は呆然とするばかりである、遠くで見つけた時は砂煙のようなものだったが、近づくにつれ壮大さがよく分かった。

「だろう、この中心に祭壇がある」

「中心……」

 晶が視線を向けた先は砂嵐の中心らしき場所である、大量に舞う砂によって満月の光がさえぎられ暗くなっていた。

「其処を拠点にしていたんだ、だれも好き好んで砂嵐のなかに入ろうとする奴はいないからな、襲われなくて丁度いい場所だったさ」

 この砂嵐は防御という点に関してはかなり有効だろう、黒い牙達の後を着け入り込んだ者も居るだろうが慣れていないと嵐の中で迷ってお陀仏の可能性が高そうである。

「行くぞ!」

「こ、心の準備が――」

 あまりの光景に物怖じする晶だったが、ジャースが強引に手を引っ張られ砂嵐へと引きずられるのであった。

 叩きつけられる砂と飛ばされそうな強風が晶を襲う、視界が悪く風音しか聞こえない状況を二人は進んでいた、この中で方向を見失えば生きて帰ることは非常に困難だろう、過酷な状況に晶は時間の感覚も狂いどれほど時間が経ったか把握できないでいる、しかし永遠と勘違いしそうな砂嵐も唐突におわりをつげた、突如風が止み視界も正常に戻ったのだ。

「抜けたぞ」

 ジャースの言葉が聞こえ晶は周囲を見回す、其処には何かの遺跡らしき建造物があった、遺跡を中心に平穏な砂漠があるが、途中から先は壁の如く聳え立つ砂嵐が存在している。

「なんだこれ?」

 呆気に取られた晶だったがそれもそうだろう、砂嵐がくっきりと境界線から遺跡側へ入ってこないのである、円を描くように渦を巻き、真上の丸い空の中心には満月が一つあるのみ、まるで竜巻の中心に居るかのような様相を呈していた。


「ほら、ぼさっとしてないで行くぞ」

「わ、わかった」

 引っ張られ自分を取り戻した晶は後を着いていく。

「しかし勇達はまだたどり着いていないみたいだな」

「そうなのか?」

 眉を顰める晶はまだ砂嵐があったことから予測をたてていた、勇がたどり着いていれば砂嵐が晴れているはずだが未だ発生しているのである。

「それなら、多分着ているな」

 晶の説明を聞いたジャースは砂嵐を見ながら反論した、なんで分かるのかと晶は視線で問うとジャースいわく大分砂嵐が弱っている、勇者が来て砂嵐が止むというのなら、既にたどり着いて徐々に消えているのだろうということであった。

「あの強さで大分弱まっているとか……」

 ゲンナリする晶だったがふと疑問がわく、猛風に飛ばされる砂は思った以上に危険である、晶も砂嵐の中では顔に砂が当たりかなり痛かった、大分弱ってそれなのだ、弱っていないなら傷もつくだろう、ジャースは細いから布で身体を覆るがタウロ達は筋骨隆々で完璧に覆そうにないのである。

「タウロ達は少しでも砂で傷つかないように身体に油を塗ってすべりを良くするんだ」

「あの気持ち悪いテカリにそんな意味もあったのか!」



 昔からある祭壇といわれているだけに、いかにも遺跡といった構造の廊下を二人は歩く。

「なあ」

「なに?」

「普通、出てくる魔物を倒しながら進むんじゃないのか?」

「はっはっは、無視できるモノは無視でいく、戦うだけ無駄だな」

 やり方が違うとはいえ二人とも気配が消せるのだ、出てくる魔物は殆ど二人に気づかないのである、たまに気配に敏感な者には気づかれることもあるが、素早くジャースが始末して事なきをえていた。

「しかし誰も居ないな」

「いつものなら巡回している奴が誰か居るはずだが……」

「もしかしたら勇達が対処に追われているかもしれん」

 勇達も歩きで祭壇にきているだろう、しかし晶がまだ人質に取られていると思っているはずである、そうなると早くたどり着くために足早に移動してきた可能性が高い。

「おい、誰か来たぞ」

 その時ジャースはなにか捉えたのか晶に注意を促す、二人は音も立てずに近くの小部屋へ隠れた。

「なんだ?」

 ジャースは眉をひそめ困惑しているようであった、なにがあったのかと晶疑問に思うが直ぐ理解した、足音が聞こえたのだが軽く間隔が狭いのである、あまり体重の無い、歩幅の小さな足音、まるで子供のような足音であった。

 こんな魔物と盗賊がいる場所に子供が居るわけが無のだ、しかし足音が大分近づき晶にも目視で判断できるようになった。

「なんでこんな所に!?」

 晶が驚くもの無理は無い、居ないと思っていた小さな子供が居たのである、しかも何かに追われているのだろう、たまに後ろを振り返りながら必死に走っていた。遠くにはサソリ型の魔物が数匹見える。

「あれは……チッ仕方ないな」

「あ、おい!」

 晶は子供に駆け寄る、後ろからジャースは止めようとしていたが無視した、たしかにこんな物騒な場所に子供である、何かが変装しているか罠の類の可能性が高かった、しかし晶には理由があった。

 晶は子供を素早く抱きかかえ再度小部屋へと隠れるが子供を追いかけていた魔物も晶が隠れた部屋に入ってくる、しかし晶には気が付かないようであった、部屋を見まわしていたが突如力が抜けたように次々と倒れこむ。

「晶! いきなり何してんだよ!」

 立ち上がりながらジャースは晶を睨みつける、晶を追ってきた所を後ろからジャースが殺したのだ。

「ご、ごめんなさい」

 牙を剥くジャースの迫力に晶は縮こまって謝る、ちなみに子供は突然のことで呆然としたのか大人しくなっていた。

「実はこの子供を何処かで見た気がしたんだよ」

 その子供は七~八歳で長く赤い髪を無造作にたらし無垢な赤い瞳を二人に向けていた。




[25596] 脇役九
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/10/30 21:09
「どこかで見たって――」

 ジャースが言葉を切り、喋るなと手で合図をするのを見た何事かと晶も耳を澄ます、すると今度は複数の走ってくる音が聞こえてきたのだ。

 物音立てずジッしてやり過ごす晶、抱えられている子供も何か二人から感じるのだろう、大人しくしている。

「こ……きた……」

「はい……た……は……」

 部屋の入り口まで来たのだろう、話声が僅かに聞こえたその瞬間に子供が飛び出していった、いままで大人しかったのだ突然の行動に晶は反応が遅れる。

「ユウ兄ちゃん!」

 急いで晶が追いかけた先には、子供が嬉しそうに男性に抱きついている姿があった。

「勇?」

「あ、晶?」

 子供を抱えた勇が不思議そうに晶を指差していた、連れ去られた晶が無傷でうろついていたのである、不思議で仕方ないだろう。

「お前無事だったのか? 捕まっていたよな?」

「えーと、あのあと――」

 勇の質問に晶は身振り手ぶりを加えて今までのことを簡潔に説明した、ちなみに魔物を食した事は伏せている。

「そっか……ジャースだっけ? 晶を守ってくれてありがとうな」

 勇が礼を述べながら手を差し出すが、ジャースは一瞥くれると顔を背けるだけだった。

「別にお前達のためにやった訳じゃねえよ」

 ツンデレっぽい台詞だが鼻で笑うその態度と瞳は非常に冷たく、冗談抜きで本当にそう思っているようだ。

 晶には大分心を許しているが、会ったばかりの知らない勇者達に対して警戒しているのは当然であろう。

「ええと、ところでその子は誰なんだ? ユナさんに似ている感じだけど……」

 なんとも重い空気を払拭しようと晶は話を変えるために、先ほどの子供の話を振る。

 子供は髪や瞳の色そして顔つきがユナにとてもよく似ていたのだ、それが晶はこの子供を助けた理由である。

「この子はユナ」

「と勇の子か!?」

 勇の言葉からつなげる晶の顔は驚愕に染まる、自身が知らぬ間に勇の取り合いの決着がついてしまったのかと後悔の嵐が渦巻いていた。

「その通りだ!」

 なぜか胸を張る勇の姿は頭を撫でている子供が、自慢の娘だといわんばかりの親ばかそのものである。

「晶さん馬鹿なこと言わないでください! この子はユナ本人です!」

 そんな二人のやり取りを晶のみハリセンで思い切り張り倒すマリアだった。

「その子供がユナさん本人? どういう事だ?」

 ふざけた雰囲気を晶は払拭しようとするが、タンコブこさえた状態では全くしまらないものである。

「簡単に言うと晶を探して手当たりしだいに部屋を調べていたら、ユナが罠に掛かったんだ」

 真面目な顔して勇が説明する、しかし晶が吹き飛ぶ姿を見たせいかマリアが放ったハリセンの威力に戦慄しているようである。

「ああ、あの罠があったな?」

 思い当たる事があるのだろう、ジャースは顎に手をあて思い出しているようだった。

「知っているのか?」

「詳しいことは知らないさ、けど元からこの遺跡あった罠に、ガキになる煙が発生する場所があったな」

 晶が聞くがジャースは首をかしげながら答えるだけであった。

「直し方……知っている……?」

「いや知らないな、その煙に巻かれる奴は大概侵入者だから殺していたし…… そういえば殺したからか、それとも時間で効力が消えるのか、元に戻っていたな」

 メイが心配そうにユナを撫でながら聴くが、ジャースは肩をすくめるだけである、たしかに侵入者をわざわざ戻す意味は無い。

「マリアさんの魔術は?」

 回復できるのならこういった解呪系の魔術もあるはず、そう考え晶は聞いてみるが反応は芳しくなかった。

「残念だけどだめだったな」

「す、すみません……」

 青ざめた顔でマリアは勇へ謝るが、勇は気にしないと頭をなで慰める。

「時間の経過を待つしかないみたいだな」

 仲間意識の薄いジャースと子供のユナ以外は勇の意見に同意するように、肩を落とすしかなかった。

「ユウ兄ちゃん、この人誰?」

 暗い雰囲気の中ユナの明るい声が聞こえた晶は振り向くと、晶を指差すユナの姿があった、どうやら記憶も子供の頃に戻っているらしい。

「こいつは晶、俺の親友だ」

 ユナを抱きかかえながら勇は紹介する姿はまさに親子である。

「よろしくな」

「うん!」

 晶は笑顔で挨拶する、その姿にユナもにっこりと笑顔を向けて元気よく答えた。

「小さい頃はこんなにも愛嬌があったんだな」

 ユナの笑顔振りまく姿から晶は感慨深げになっていた、会った時から毅然とした態度のユナからは想像も出来ない無邪気で天真爛漫な姿であった。

「初めて会ったときは……すでにああなっていた……」

 頷くメイも同意しているのか何度も頷いていた。

「こんな可愛げある子供がなぜあんなにも堅物な女傑になるのか……」

 晶の不思議そうに漏らす言葉をもらすのだった。





「おい勇者、今から祭壇いくんだろう? だったらオレが道案内してやる」

 突然の意見に勇は眉を顰めるがそれもそうだろう、晶に友好的でも勇達にはそれ程でもない、それなのに道案内するとはどういうことか?

「別にお前達のためにするんじゃない、タウロにお礼参りしてやろうかと思ってな」

 ジャースが黒い笑みを浮かべる、殴られたことも腹に据えかねているのか、腹部に手を当て米神に血管が浮き出ていた。

「どういうことだ?」

 まだ納得できないのか勇は不安げである。

「タウロはお前達が祭壇目指すことを知っていたからな、そこで待っているだろう。たどり着く頃には罠や魔物でボロボロの勇者達を迎え撃つ、そう考えているはずだ。そこで罠の位置も知っていてなおかつ戦力になるオレが案内してやる、それ程労せずにたどり着けるはずだ」

 どうするかとジャースは全員に眼で問う。

「罠に嵌めるために誘導する気か」

「はん! 別に信じなくても構わないさ、オレ一人でも行くからな」

 勇は腕を組んで悩んでいた、それもそうだろう妙に気を許している晶が一緒にいるとはいえまだ信用できない、しかしジャースに案内をさせれば比較てき安全に最短距離でいけるかもしれないのだ。

「だけどいいのか? 襲ってくる奴らにはお前の仲間も居るんだぞ」

 勇達が入ってからは魔物のみならず黒い牙も含まれていた、共に歩くとなると当然襲われるだろう。

「かまわないさ、晶が説明したようにすでにあいつらは仲間じゃないしな、裏切り者に容赦なんぞしない」

 ギラついたジャースの瞳から本気で思っているようだった。

「オレは賛成だ、ユナさんが今子供だからな、少しでも戦力があったほうが良い」

 晶は理由を述べながらも、心の中では何故かジャースと離れがたく思ったことに内心首を傾げていた。

(なんだろうな? こう……友人でもなく仲間か? それもなんか違うな……なんだかもっと大切な感じ……そう……惚れ)
 
 頭を振って無理やり思考を晶はやめる、なにか気が付いてはならないと猛烈に感じたためである。

「それは……言えている……私も……賛成……」

「勇者様の意見に従います」

「よし!よろしく頼む」

 メイもマリアも賛成、断る理由もないようである、よってジャース案内のもと祭壇へと向かう一同であった。





 魔技術で気配を消したジャースが首を切り裂いた、トカゲの魔物からすれば唐突に首をかかれたようであろう。

 後ろから気付かれずに近づき仕留めるジャースの姿はまさに死神であった。

 その死神は次々とダマスカスナイフで獲物を掻っ捌き、死を振りまいていく、だからといって他の魔物達は回りに気をそらすわけにもいかないだろう。

 目の前には暴虐なまでに破壊を行う白い鎧を着た勇と天変地異を起こす悪魔な魔女のメイ、そしてそれらを癒す女神なマリアが居たからである。

 最強と信じていただろう魔物の心を易々と打ち砕き、いままで続いていた命を止める出来事であった。

「終わったか?」

 晶は隠れていた場所からひょっこり現れる、背には荷物、腕の中には大人しくしているユナの姿があった。

 魔物に襲われるたびに物陰に隠れ、ときには壁際でどうかするように息を潜めながら晶とユナは気づかれないように隠れていた。

「大丈夫みたいだな」

「ああ、ユナさんも大人しくしていてくれたからな……ユナさん?」

 無事を確認するジャースに答える晶だった、しかしユナが落とこんでいるようだったので降ろして向き合う。

「どうした?」

「えっとね、その、ごめんなさい」

 突然勇達に謝るユナに疑問を浮かべる一同。

「ワタシ戦う力が無いし、皆さんの迷惑になっているから……」

 気を落とすユナは、足を引っ張るお荷物状態なことが申し訳ないようだった。

「気にするなって、子供は大人しく守られてればいいんだ、というか守らせてくれ、子供に戦わせるのはこっちが情けなくなってくる」

 勇は身を屈め視線を合わせ、優しく微笑み頭をゆっくりと慈しみながら撫でている。

「どうしても守られるだけは嫌だったら、成長して守られた分皆を守ってくれないか?」

 ユナが将来騎士になる確率はかなり高いのだ、騎士になって多くの人々を守れるようになれということだろう、ユナは勇の瞳をジッと見つめ元気よく頷いた。

「わかった、ワタシ大きくなったら、勇お兄ちゃんみたいにカッコよくて強い人になる!」

 天真爛漫に宣言するユナであった。

「み、耳が痛い」

 一方そんな様子をしゃがんで眼をそらす晶は情けなさ抜群である。

「あんな小さい子供が戦えなくて迷惑って思っているのになー」

 見下ろしニヤつくジャースはやたらと楽しげであった。

「オ、オレも申し訳ないと思っているさ」

 晶は反論するもジャースの言葉が痛く勢いが無い。

「ほほう、存在感の無さからのんびりして」

「暢気に戦場覗き込んで」

「緊張感のかけらも無い」

 ジャースの一言一言に押され晶はどんどん縮こまっていく。

「そんな男が申し訳なく思っていると!」

 晶を言葉で攻めるジャースは非常に楽しそうであった。






「よし、いくか!」

 勇の掛け声と共に歩き出す、案内役のジャースが先頭になり続いて接近戦の勇、その後ろには勇を補助するマリアと続き、安全のために中央に子供のユナと荷物持ちの晶、そして最後尾に遠距離可能なメイとなり、魔物の死体が転がる場所を進みだす。

 その時ユナの視界の隅で何かが僅かに動くのを捉えた、一瞬目の錯覚かと思ったが次の瞬間蛇型の魔物が飛び出したのだ。

「危ない!」

 直ぐ後ろを歩いていた晶は危険を促す声をだしながら腕を伸ばそうとし、その声に反応し全員が一瞬のうちに現状を把握した。

 死んだ振りか気絶して今目が覚めたのか、魔物の死体に隠れるように出てきたため先頭を歩くジャース達は気が付かなかったのだろう。

「――!」

 ユナは声にならない悲鳴を上げるが、逃げ出そうにも恐怖で体が震え動けないでいるようだった、周りも守ろうと行動に移すが蛇型の魔物が僅かに速い。

 しかしその凶暴な牙が届くことは無かった、魔物の頭部を貫いた煌く刃があったからである。

 その刃はバスタード・ソード、刃を持つ人物は肩膝を着き、優雅に赤い髪をなびかせながら凛とした雰囲気を携え、先ほどの天真爛漫な無邪気な子供の姿から凛とした女性に変貌していた。

 一瞬のうちに魔物を細切れにした者の名はユナ・キ・ロードであった。

「ユナ!」

 勇、マリア、そしてメイが駆け寄る。

「どうやら、戻ったみたいだな」

 ユナは元に戻った身体を動かしながら見回していた。

「どれぐらいまで覚えている?」

 勇が傍に近寄り子供の頃の記憶があるのか聞いていたが、ユナは緊張で身体の動きがぎこちなくなっていた。

「ああ、ええっと、煙に巻かれた辺りから、き、記憶は無いな、うん、無い」

「ん? そうか、じゃあ説明するな」

 ユナのぎこちなさが勇は気になるようだったが現状を説明し始めるが、その間ユナは緊張しっぱなしであった。

 その後マリアによってユナの体に異常が無いことを確認した一行は先へ進む。

 後ろからの襲撃に備えて、最後尾に回ったユナはブツブツと自分に言い聞かせるように独り言を言っていた。

「まさかあの煙が子供の自分を呼び出すものとは……小さい頃あこがれた騎士様が、す、好きになったお兄ちゃんが勇殿……ど、どうしよう?」

 ユナが騎士になったのは子供の頃に一人の騎士に憧れそして目標にしていたのだ、当時周囲に聞いてもそんな騎士はいないと言われていたがようやく納得しできた。

 実はユナが掛かった罠はかなり特殊で高度な魔術がかけられていたのだ、子供時代の自分を現代に召喚して、本人に重ねるといったものである。

 時間の経過と共に解除されるが子供の時覚えたことは、元の時代に戻っても忘れることなかった。

「どうしようも無いのでは?」

「うひゃあ!」

 誰も聞こえていないと思っていたところに、突然晶が話しかけられユナは盛大に驚く。、その声に何事かと先行する勇達は振り返るが、なんでもないと首を振ったあと晶に顔をむけ声を潜めた。
 
「晶殿! 驚かすな!」

「それは無理だな」

 影が薄い晶がどのタイミングで話しかけても驚かれるのだ、そのことを理解したユナは言葉に詰まるだけであった。

「そんなことより……」

 意味深げに言葉を切る晶。

「好きになったお兄ちゃんが勇、とな?」

 晶に言われ瞬間にユナは真っ赤に染まる、ある意味告白の様なものを聞かれたのだ恥ずかしくて堪らなかった。

「き、貴様聞いていたのか!?」

「ええ、もうバッチリ」

 晶は物凄く楽しげな笑顔であった、しかしその笑顔には何かあら黒いものをユナは感じ嫌な予感がして、脳裏に浮かぶのは晶が自身を伺いながら勇と楽しく話す姿である。

「こ、このことは勇殿にはだまってくれ!」

 勇にばれるのが恥ずかしいユナは必死に懇願する。

「ああ、いいよ」

「ほ、本当か!?」

 願いが通じたユナは喜びにパッと顔が輝く。

「はい、なんだったら勇とうまくいくように色々お教えあげようか?」

「む、それは嬉しいがなぜ其処までしてくれる?」

 晶の言葉を怪しむユナであるが無理もないだろう、ユナから何か報酬をやるわけでも無くここまでやるのだ、なにか裏があると勘ぐるのが当然であろう。

「オレは勇の親友だぞ、親友の幸せになることを考えるはあたりまえだろう?」

「それはすまなかった、晶殿は心から勇殿の親友なのだな」

 真剣な顔で話す晶にユナは納得し、親友の幸せを考えての行動だと感動するのだった。




[25596] 脇役十
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/11/07 21:43
「ここが祭壇のある部屋か……」

 晶達はジャースの案内によって、罠を回避しながら一直線にたどり着いた先には、細かい装飾が施された石造りの重厚な扉が鎮座していた。

「行くぞ」

 振り返り全員の確認を取った勇は扉に手をかけ、力を込め思い切り押すと石を擦り合わせた重量感ある音と共に開いていく。

「待っていたぞ」

 声が聞こえた方を向くと最奥には、黒い牙の頭領タウロが仁王立ちで立っていた。

 傍らにはカットラス――断ち切ることを目的とした五十センチほどある幅広の刀剣――を地面に刺しており、彫りの深い顔に縮れた髭と髪を携えて、際どいパンツ姿の相変わらず触りたくないと思わせる風貌である。

 余程己の強さに自信があるのか勇達に蔑んだ笑みを向けており、その後ろには石で出来た台座と、そこに鎮座する琥珀のような色合いの球が一つあった。

「ようタウロ、張り倒しに来てやったぜ」

 タウロをぶちのめすのが楽しみなのだろう、ジャースは獰猛な笑みを浮かべながら、木目のような模様が浮かぶ全鋼製のナイフ、ダマスカスナイフを構える。

「お? ジャースじゃねえか、生きていたのか? 勇者達と一緒に居るって事は、盗賊団から追い出されて正義の心に目覚めたってか? それとも女には見えない貧相な身体でも使って、勇者に取り入ったのか?」

 酷く馬鹿にしたタウロは大口開けて笑っていたが、晶達は女性という情報にジャースを凝視していた、とくに晶には聞き逃せないことであったため、晶が真意を問おうとするがその前にジャースが口を開く。

「はん! そんな訳あるか、お前の目論見潰す為だ。わかっているぞ、魔物や罠で消耗した勇者達を相手取ろうとしたんだろ?」

 タウロの裏をかいてやったとジャースの小馬鹿にしていた。

「たしかに、予定では勇者達はすでに疲れきっている筈なんだが……そうじゃないようだな」

 ジャースに計画を潰されたことを認めるタウロだったが、その態度はいまだ余裕である。

「まあ、そんなことはあまり関係ないがな」

「どういうことですか!?」

 ニヤリとするタウロの雰囲気が変わったことに嫌な予感がしたのか、マリアは質問をしながら獲物を握る手にかなり力が篭っていた。

「俺は人間じゃねえよ、魔王様に俺の後ろにある封印の玉を守れと、そして勇者達を殺せと直々に命令されて来たんだ!」

(雇い主は魔王そのものか!) 

 晶に戦慄が走る、そしてかなり不利な状況にありそうだと判断した。

 いままで姿形も見せなかった魔王が確実に居ることが確定したのだ、なによりもその魔王にこちらの行動が筒抜け、または予測されていた可能性が高い、なにせここへ来るタイミングはその場で決めていたのだ。

 しかししっかりと祭壇へ向かった時に合わせてきたのだ。勇も同じ結論に達したのか苦々しい顔つきである。

「黒い牙に入り込むために人間の姿なっていた所為で、前回は本気でいけなかったが今回は違う!」

 タウロから異常なまでに威圧感が高まる。それはかなり強く、身構えた勇達は動けないでいた。

「俺の本当の名はミノタウロス、貴様ら脆弱な人間に負けることなどないわ!」

 姿を変えるためか蒸気がタウロを包み込む、蒸気に写されたタウロの影が徐々に変化していくのが見てとれた。

「ミノタウロスだと!?」

「あのミノタウロスらしいな」

 晶が名前から想像できた姿に冷や汗を流す、勇も口ぶりも堅いため同じものが脳裏に浮かんでいるのだろう。

「知っているのか?」

 ユナもタウロの姿が大きく変化していくのを見て、脅威を感じているようだった。

「ああ、文献などに出てくる空想上の生物なんだが、半分牛で半分人間の化け物だ。洞窟の奥深くに居て迷い込んだ人間を食らう、特殊な能力とかはあまり聞いたことは無いが、大抵途轍もない力を持っているな」

 晶の説明のように牛の頭に人間の身体を持つ半分人間半分牛の食人を行う空想上の生き物である。

 一度入ると出ることが叶わない迷宮に生息し、知らぬ間に奥地に進まされ、その最奥に居るのがミノタウロスであった。

 やがてタウロを包み込んでいた蒸気が晴れて大きく変化したその姿を現した、変身中襲われないようにするためか威圧感も大分収まっていく。

「……」

「……」

 しかし勇と晶は目をこすったり細めて見たりと、何度も姿を確認していた。

「勇」

「晶」

 互いに向き合い目を見た瞬間に、気持ちを理解した晶は勇と同時にお互いを殴りあう、認めたくない姿を見て晶は夢か幻かと思ったのだ。

 勇も同じ思いとわかり、目覚まし代わりに繰り出した拳は互いに交差する素晴らしく華麗にきまったクロスカウンター、あっけに取られる一同とともに、ミノタウロスもなにしているのだという顔をしていた。

「いいパンチもっているな」

「お前の拳もなかなかだぜ」

 お互いに褒め称え堅く握手を交わした後に、改めてミノタウロスを睨みつける。残念なことにその姿はやはり変わらなかった。

「「てめえ! ふざけんな!」」

 同時にミノタウロスを指差して、怒鳴りつけたその瞳に見える感情は憤怒一色であった。

「な、なにかおかしいのですか?」

 突然の二人の怒りに動揺しているのだろう。マリアは困惑しながらも勇に問いかけていた。 

「そうか、皆はミノタウロスの事知らなかったな」

 勇は余程頭にきているのか身体は怒りに打ち震えているのが晶はその気持ちがよく分かり、青筋を立てながら怒鳴り散らした。

「あいつの姿は、全国のミノタウロスファンに喧嘩を売りやがった!」

 それもそのはずミノタウロスと言えば何度も説明した通り半分牛で半分人間、頭部が牛、上半身は人間、下半身は書物によって牛又は人間、そして全身筋骨隆々である、しかしタウロはが変身した姿は違った。

 顔は髭面の厳つい人間。

 上半身は異常なまでに発達した筋肉を持っている牛。

 下半身はブーメランパンツはいた人間。

 人間は人間のサイズ、牛は牛のサイズで構成されているため非常にバランスが悪い。

「しかもなんで水牛じゃなく乳牛なんだよ!」

 幻想ぶち壊された晶が言うように牛の部分が黒や茶色の荷物などを運ぶ水牛ではなかった。

 白と黒の斑模様が愛らしい? 乳牛つまりホルスタインである、しかし筋肉だけは発達していてかわいくも無くまた格好よくも無かった。

「フフン! カッコイイだろう」

 ミノタウロスは上半身の筋肉を見せ付けるように胸の前で手首を合わせ力むが、白黒模様の皮膚に血管が浮き出てただただ気持ちが悪い。

「ぜんぜん」

 バッサリ切り捨てる晶はさめた表情で駄目だこいつ何とかしないと、と思っていたりする。

 勇達も同じ感想なのだろうウンウンと頷いていき、女性達がヒソヒソと顔が気持ち悪いだの筋肉無駄について触りたくないだの直球に変だの色々囁いているが、明らかに聞こえるような音量である。

「て、手前ら、言わせておけば好き勝手言いやがって! ぶっ殺してやる!」

 余りに貶されすぎて流石に堪忍袋の緒が切れたのか、怒髪天を突く勢いでミノタウロスが地面に突き刺していたカットラスに手を伸ばすが、現実は非常であった。

 ミノタウロスの上半身は牛である、当然その手も爪が一体化した蹄になっており、物を掴むなど不可能であった、人間の状態が長かったのか、変身前と同じように手を伸ばしたようで、蹄が当たり虚しくカットラスが倒れる金属音が虚しく響くだけだった。

「…………」

 本人も予想していなかったのか、自分の手を見てしばし呆然しており、勇達も意標を突かれ迎撃体勢のままどうするか迷っていた。

 徐にしゃがみ込み蹄で掴もうと何度も挑戦するが無理である、両手で挟んで見るが滑って落とし、なんとか強引に挟んで見たようだが、とても振り回せそうに無い。

「べ、別に持てなかったわけじゃないぞ! 貴様らなんぞ素手で十分なんだからな!」

 ついに諦めたミノタウロスが、カットラスを放り投げ素手というか蹄で勇達に相対する。

「不自然な体格の、むさい髭面男が吐くツンデレな台詞……ひたすらに気持ち悪い」

 晶が向ける視線は汚物を見る眼であった。

「う、うるせえ!」

 ツンデレは理解できていないようだが、放った言葉がすこしミノタウロス自身でも気持ち悪いと理解したのだろう、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすのだった。





 ミノタウロスはしゃがみ込みそのまま前傾姿勢になって片手を地面に、反対の手を少しだけ浮かせる。

「いくぜ!」

 裂帛の掛け声と共に浮かした手を地面に叩きつけ、額から勇達を目掛け突進、予想以上の加速で迫り勇は息を呑む。

「ッ!」

 間を一瞬のうちに詰められるが勇達は素早く反応し避けた途端に、轟音が響き遺跡全体が揺れる感覚を勇は捉えていた、振り返り視線を向けると壁に頭から突っ込み、陥没させているミノタウロスの姿があった。

「「ハァァァァァ!」」

 その隙を見逃さなかった勇は、背を向けた形となったミノタウロスにユナと同時に刺突する、しかしミノタウロスは平然と身体を壁から引き抜き、素早く振り返りながら蹄の突きを繰り出していた。

 思わぬ反撃に勇とユナは回避するが態勢が悪く僅かに当たったにも拘らず吹き飛ばされる。

 ミノタウロスが追撃しようとするが、それを防ぐようにメイが打ち出した氷の矢が襲い掛かかる。 

 不意打ちとなったのかミノタウロスの動きが止まったその隙に、二人はマリアの近くへ戻りの傷を癒ししていた。

「ミノタウロスとしての能力は同じか? とんでもない馬鹿力だな」

 勇が構え直しながら口にするがその口調は悔しげである。

「だが速さでかく乱すればいけるかもしれん」

「最初の突進も……あの体勢にならないと……出来なさそう……」

 ユナとメイの言葉に頷く勇は慎重になる、一発の威力はあるが冷静に対処すれば避けることが出来るのだ。

「どうしたどうした? 先の威勢はなんだったんだ?」

 肩をすくめ悠々と歩き近づくミノタウロスは、先ほどの攻防から勇達がそれほど脅威ではないと思っているのだろう、明らかに見下していた。

「水よ、凍てつく矢となりて撃ちぬけ」――アイスアロー――

 ミノタウロスに幾多の氷の矢が襲い掛かるが、ミノタウロスは避けることもせず真正面から受とめる。

「こんなものは効かん!」

 ミノタウロスの分厚い筋肉に阻まれ致命傷を与えられることが出来ない、証拠にまだまだ余裕があるのだろう、ミノタウロスが悠々と前進しようとした。

 その瞬間に二つの影が挟み込むように接近する、メイの魔術を目晦ましにして勇とユナが二手に分かれ両脇からが襲い掛かったのだ。

「もらった!」

 ユナが首を薙ぎに行き、ミノタウロスの意識が上半身にいっている間に勇はわき腹に狙いを定める、だがユナの攻撃をギリギリでかわしたミノタウロスは体勢を無理やりかえ勇の攻撃おも避けた。

 避けきれなかったのか肩とわき腹に赤い線が走るが、せいぜい皮を切った程度の感触しかなかった。

 ユナと勇が追撃をするが、ミノタウロスが僅かに速い、異常な筋肉で力任せに体勢を立て直したのだ。

 振りかぶるユナは無理やり割り込むミノタウロスに驚愕しているようであり、そのままユナが振り下ろす、しかし刃が僅かに腕に食い込む程度でさほど傷は深くなかったのだろう、ミノタウロスはそのままユナを殴打する。

「ユナ!」

 勢い良く吹き飛ぶ姿に勇は思わず視線を送ってしまった、戦闘でユナが大怪我を負うところを見たこと無かったため勇は意識を逸らしてしまう。そこへ突如腹部を強打され視界が一気に流れる、混乱した勇が腹部を見ると、鎧が蹄の形にへこんでいたのだ、かなり強烈な力で殴られたことが見て取れる。

――コールドジャベリン――

 ミノタウロスへ一本の巨大な氷の槍が襲い掛かる。

 メイは二人が攻撃中に詠唱したのだろう、高度な魔術を行使したようだったが、ミノタウロスは真正面から両手で挟み込んで受け止め、地面に爪跡を残しながら後ろへ押されるだけである。

「フン!」

 ミノタウロスは気合と共に氷の槍を両手の蹄で押し潰す、刺さりはしなかったものの腕を中心に氷ついているが、身体を動かすと氷が剥がれ落ち、その下にはそれといった傷はないようだった。

「なんだあのやろう、ふざけた姿をしているけど冗談なしに強い」

 勇は上体を起こしながら思わず悪態をつく。

「なにもかも力でねじ伏せているな」

 殴られた肩をユナは押さながらも打開策が無いか探っているようだった。

「何か特殊な能力が無いのが救いですね」

 二人を心配しながらマリアは傷を癒しに回る。

「無いかわりに……あの力……」

 隙を見せることなく杖を構えるメイだったが口調が悔しげであった。

「くくく、良いぜ、もっとだ、もっと楽しませろ!」

 所々傷があるがまだまだ余裕がありそうなミノタウロスの顔が愉悦に歪む。残念なことに勇達が劣勢であった。



[25596] 脇役十一
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2011/11/13 05:50
「おーやってるやってる」

 などと言いながら戦闘地域を晶は足音を立てず、しかし迅速に迂回していた。

「どこいくつもりなんだ?」

「ちょっと試してみたい事があるんだ」

 後ろに付いてきたジャースは質問に若干棘があった。

 戦闘中は大人しくしていろということなのだろうが、晶は答えながらも気付かれないだろうという自信があった。

「しかしよく気づかれないな」

 暫く移動してもいまだこちらに意識が向かないミノタウロスに、ジャースは首をかしげる。

「それはな、戦っているのが勇だからだ」

 晶は小走りに移動しながら理由を説明する、勇の存在感は凄い、それに加え容姿もよく声もよく通るのだ、遠くからでも人ごみに紛れてもあっさり見つけるほどである。

 そんな存在が戦いというかなり意識が集中する事を行えば、視線等その他諸々が持っていかれるのは当然のことである、ゆえに存在感の無い晶にはまったくといって良いほど意識されないのだ。

 しかも現在敵対しているのはミノタウロスのみである、多勢ならばれやすくなるが一体の場合は顕著になり、ゆえに晶が気付かれずに単独行動が可能となるのだ。

 流石に派手な行動、たとえば攻撃したり、大きな音を立てたりするとバレてしまうので、出来るだけ音を立てて走ることが出来ず、先ほどから音がしないよう注意するため遠く迂回しながら小走りになっているのである。

「そういうものなのか?」

 ジャースは怪訝な面持ちである。

「喧嘩した相手に聞いた話なんだけどな、オレが体験したわけじゃないから」

 肩をすくめる晶であったが、事実未だに気付かれていないのである。

 迂回しながら、しかも全力疾走できないため意外と時間がかかる、そんななか晶はもう一つ気になることがあった。

「そういえばこっちも聞きたい事があるんだが良いか?」

「なんだ?」

 晶は口を開こうとするがどう聞いてよいか迷っていた、その質問は非常に相手にとって失礼極まりないことであるため、どうしても躊躇してしまうのだ、しかしジャースに促され思い切って質問した。

「ジャースは……その……女性なのか?」

「そうだが、それがどうした?」

 特に気にする様子も無くジャースは答える、晶が様子を窺うが別段怒っているようでは無く、胸を撫で下ろした。

「いやな、最初は男かと思っていたんだよ、でもミノタウロスから女性って聞いてさ、どっちか分からなくなったんだ」

 晶は改めて隣にいるジャースを見ると。日よけ用の黒いマントの下には、袖なしのシャツと短パンにくるまれた、褐色に焼けた細く引き締まった身体があり、目つきも鋭い、パッと見は男っぽいが女性だと思って見ると、無駄な脂肪が無く鋭さを感じさせるかっこよい女性に見えた。

「本当に……わからなかったよ」

 感慨深げに言いながら晶は手を握ったり開いたりしながら視線をある部分に固定し、押し倒した時のことを思い出していた。

 起き上がるときにジャースを押さえつけたが、その手の位置は胸部であったのだ、しかし全くといっていいほど感触がなったのである。

「なにを思い出していた?」

 晶が気付いた時にはすでに首に刃物が添えられ冷や汗を流す、隣を一瞥すると不機嫌な顔つきしたジャースが睨んでいた、やはり女性だからか胸の大きさは気にしているようである。

 走りながらだと振動か何かの拍子に切られてしまうと晶は慎重に速度を落とし立ち止まる。

「べ、べつに……」

 言い返す晶だったがジャースの剣呑さは消えるどころか増し、刃も僅かに食い込む、流石に降参した晶は正直に話ことにするのだった。

「えと……む、胸の感触が……無いな~と……」

 一歩間違えば胴体とおさらばしそうな状況に晶は戦々恐々である、それでも嘘は通じないと思った晶は正直に話したのだ。

「それで?」

「うぇぇぇ?」

 感想を言えという事に、意表を突かれた晶は変な声を上げしまう、再度ジャースを見ると真剣な眼差しで晶を見るだけであり、とても真意は掴めそうに無かった。

 晶としてはつり橋を渡った先に、今度は縄を渡れといわれたようなものである。

「……別にとくには思わなかったが……あの時は男性と思っていたからな、男の胸触って嬉しくも何とも無い! ジャースさんが女生と分かって嬉しかったぐらいだ。健康的で黒すぎない褐色肌に、無駄な脂肪が無い引き締まった肢体、鋭い瞳の凛々しい顔つきとか男勝りな所とかが、個人的にはカッコいい女性だと思っているさ!」

 落ちる時は落ちると考えた晶は開き直って小声で叫ぶというようなことをしながら全て話す。

 言った言葉はお世辞でもなく真実であり、晶にとってジャースは直球ど真ん中であった。

(あーあ、言ってしまった……オレに言われて怒り狂い、首が飛ぶのか……)

 晶は心の中で滂沱するが、押し当てられていた刃物が離れていくのを感じジャースの様子を窺う。

「ふん、まあいい、許してやる」

 心なしか機嫌がよくダマスカスナイフを腰の後ろにしまうジャースの様子から、助かったと大きく一息つき、聞こえて来る剣戟の音から現状を思い出した晶は進みだすのであった。

「ジャースさんは、あっちに加わらないのか?」

 晶に付いて来ているジャースを不思議に思い視線を送る、ミノタウロスが憎いのだろう、、しかし攻撃に攻め込まないでいるのだ。

「あいつはたしかに憎いが、正直お前の方が心配だ」

 ジャースは肩をすくめる、知り合って間も無い勇達よりも晶の方が気になるらしい。

「あー、ありがとう」

 自身が弱いことは自覚している晶は気に掛けてくれたことが嬉しく、少し熱くなった頬を掻きなんとか熱をさます、砂漠を二人きりで歩いたことにより晶自身がジャースに仲間意識があり、それをジャースも同じ意識かあると知り嬉しく思ったのだ。

「やっとついたな」

 そうこうしている間に目的地に到着した晶の目の前には祭壇があった、壁を四角にくりぬき、両サイドには複雑な装飾が施された柱があり、中央には琥珀色した小さな宝玉一つ台座のうえに、四つ角の松明に照らされて鎮座していた。

「なにも書かれていないな」

 台座の周囲を回り、文字等を確認するが何も見当たらず晶は悩みじっと祭壇を見つめる。

 その間ジャースは何をするのかと訝しげだったが次には目を見開いていた。

「お、おい!」

 ジャースが慌てた声を上げるが、それもそのはず、晶がおもむろに宝玉へと手を伸ばしたのである。

 どんな仕掛けがあるのか分からない、そんなものに準備も無く触るのだから危険極まりない。

「何してんだ馬鹿!」

 何事も起きなかったことに安心したのか、無用心な晶にジャースは目じりを上げ怒鳴る。

「ごめん、でも他に方法が思いつかなかったから、こうするしかなかった」

 心配かけたことに晶は素直に謝るが祭壇周囲には何も書かれておらず、危険を冒すしかなかったのだ。

「まったく、しかしこういうのは、タウロを倒してから取りにいくものじゃないのか?」

 納得出来ていないのだろう、ジャースは呆れ顔であった。

「そうかもしれないけどな、でも取れるなら取ってきたほうが良いだろう?」

 得意げに晶は鼻を鳴らし、口ぶりからさも当然と言外に含んでいた。

「こそこそと盗んでいるんだぞ、余り威張れることじゃないな」

「ぐはぁ!」

 半目で言い放たれたジャースの一言に、心の隅に思っていたこと的確に言い当てられた晶は、精神的な痛みに胸を押さえる。

「うう、さっさと戻って勇へ渡そうか……」

 落ち込みながら激しい勇達の戦闘を尻目に迂回し、かつ気づかれないように足早に戻る晶達であった。





「くそ、このままだとじり貧だぞ!」

 勇は悔しげに口走る、ミノタウロスも勇達もお互いに無傷とはいかず、所々怪我を負っているが勇達が劣勢に立たされているのだ。

 ミノタウロスは血だらけで、見た目の傷は多いが殆どが表面もしくはそれに近い所のみで致命傷は無い様子である、対し勇達はマリアが治すのでほぼ傷は見当たらないがマリアが大分疲れを見せていた。

「どうする」

「勇」

 己に言い聞かすように呻き、睨みあっている勇に晶の声がが耳元で囁いた。

「なんだ?」

 戦闘中に突然耳元で囁かれたが、ほぼ毎日晶が唐突に話しかけるという状況に慣れている勇は平然と聞き返していた。

「これを使ってみたらどうだ?」

 晶が懐から出した琥珀色の球を勇へと渡す。

「おう! ってこれ祭壇にあったやつじゃね?」

 何を言っているんだと疑問に思ったのだろう、ミノタウロスとマリア達が勇が持つ宝玉をみてすぐさま祭壇の方へ振り向く、しかしそこにはもぬけの殻になっている祭壇があるだけである。

「き、貴様! それをどうやって!?」

 目を見張るミノタウロス、自分の知らぬ間に祭壇から持ってかれているのである、驚きもひとしおであろう。

「皆が戦っている間にスイスイと」

 身振り手振りを交え晶は簡単すぎる説明をする。

「取ってきたのか?」

「盗ってきました!」

 勇の問いに胸を張って晶は宣言していた、もはや開き直りである。

「情緒というのをしらんのか!? 強敵を打ち倒しそして手に入れるからこそ! 有り難味があるというものじゃないのか!?」

 ミノタウロスは蹄で晶を指差し、目を真っ赤に充血させながら激昂する。

「そんなもの犬にでも食わせておけば良いんだよ!」

 腕を組み見下ろす晶の瞳は、何を下らないこと言っているんだと物語っていた。

「……とりあえず使うぞ」

 晶の言葉にそれはどうだろう? と思いつつも勇は宝玉を使用した、使いかたは宝玉を持った瞬間感覚で分かっていた。

 一旦武装を解除、その後琥珀の宝玉を左手に、白の宝玉を右手に持ち変身と念じると白と琥珀の宝玉が繊維の如く細くなり、互いに絡まりながら勇へと纏わり付いていく、形成されていく姿は白の宝玉一つの時とは著しく変化していた。

 より刺々しさが増し、先端にいくにつれ徐々に琥珀色に染まっている、武器であるレイピアは柄が竜の三本指の形を模して生き物の鋭い爪のような様相を呈していた、よく見ると全体に薄っすらと鱗のような模様が浮き出て、兜も竜の装飾が顔半分を覆うほどに大きく、残った口周りは同じく簡素なマスクに覆われ、全身に施されていた竜の意匠、そして白さに透明感が加わり神聖な雰囲気がより強くなっていた。

「こいつは!」

 勇は装着した感覚が良くなったことに感嘆の声を上げる。

 前回は非常に着心地がよい頑丈な大鎧という感じだったが、今回は大分違う、途轍もなく軽く違和感がまったく無い、つまり着ていないかのように感じるのだ。

 また、身体の奥底から湧き上がる大きな力が身体全体隅々まで巡り、何でもできる気がするのだ。

「いくぞ」

 視線をミノタウロスへ移し構え勇はレイピアを握った左手を前に出し半身になる。全身のばねを使い弾け飛ぶ様に一気に距離詰め突き出す。

「っ!」

 ミノタウロスの予想以上の速度で間を詰められたのだろう、非常に驚いていたが素早く反応しレイピアを蹄で挟み受けとめられ、レイピアと蹄が擦りあい火花が散る。

「はあああああ!」

「ぬううううう!」

 勇とミノタウロスはお互いに力を込める、全身に巡った大きな力の感覚は正しく、拮抗しているかに見えるせめぎ合いは僅かながら勇が勝っていた、証拠に徐々にレイピアがミノタウロスへと近づく。

「よっと!」

 突如勇がレイピアを引っこ抜く、唐突な行動にミノタウロスは反応できず体勢を崩した。

 勇は高く垂直に飛び上がるとその直後にミノタウロスへ氷の矢が襲い掛かる、真正面から受けふかぶかと突き刺さると同時に衝撃波が駆け抜けミノタウロスは吹き飛び壁に激突し崩れた瓦礫が降りかかる。

「凄い……」

「ああ」

 打ち出したメイのアイスアローとユナの魔技術の威力を見て本人達が驚いているようだった。

 勇は姿が変わると同時にいままで溜まっていた疲労と傷が癒され、力が湧き上がる感覚があったのだ、声からして二人も同じことを感じていたのか、それならばマリアも同じ感覚があったのだろう。

「まだだ!」

 瓦礫を吹き飛ばし立ち上がるミノタウロスだったが、身体のいたるところから血を流し胸元には大きな痣が出来ていた。

「こんな、こんな馬鹿なことあってたまるか! いままで俺が勝っていたんだぞ!」

 この状況が認められないのも無理もない、いままでの優位があっという間に逆転されたのである、目は血走り、息も荒い、怒髪天を突くとは正にこのことであった。

「残念だけど」

 瞬時にミノタウロスとの間合いを詰め勇は構える。

 半身の構え、胸元に持ってきたレイピアが青白く輝いている。

「本当の事だ」

 同時に打ち出される弾丸の衝撃波はミノタウロスの胸元に吸い込まれる、微動だにしないがその胸元には大きな穴が一つ開いていた。

「ち……くしょ……う……」

 か細く呻くミノタウロスは同時に白い灰へと変化し崩れ去るのであった。




[25596] 脇役十二
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:ac6433a2
Date: 2011/12/02 04:01
「ふー、今回は本当に危なかったな」

「先ほどの感覚は勇者様の効果みたいですね」

 武装を解除した勇は汗をぬぐい、マリアは自分の身体を見回しているその二人の会話の中に、晶にとって聞き捨てなら無い言葉があった。

「感覚と効果とは何だ!?」

「どわ! 何なんだ突然!?」

 晶は詰めより、勇の襟元を掴んで思い切り前後に振り出した。

「さっきから感じていただるさあったが、勇の武装解除と同時に消えた! 関係あるんじゃないのか!?」

 早く話せとばかりに晶は益々勢いをつける。

 実は勇の装備にかけられた最初の封印が解かれたと同時に晶に倦怠感が襲い掛かったのだ。

「勇が武装するたびにだるく感じるなんて嫌だぞ!」

「と、止め、はな、話せ、ない」

 ガクガクと勇を振っていた晶だったが、突如後頭部を掴まれた感触と共に悪寒が走り動きを止める。

「なにをしているのですか?」

「マリアさん、頭部が割れるように痛いのですが……」

「でしょうね、痛くしていますから」

 殺意を伴ったマリアの言葉が晶の背後から聞こえ、それと共に掴まれた後頭部が激痛と猛烈な力で締め付ける感覚と共に、嫌な音を聞いて生命の危機に瀕しているのを晶は感じているのだ。

「で? 何を?」

「突然の倦怠感は勇が原因かと追求を……」

「勇者様に害を成したのは?」

「勢いあまって……」

 頭部が終末を迎えそうな音を奏で、晶の脳裏に走馬灯が映り始める。

「やめとけよ」

 しかし叩く音と同時に痛みから解放された晶が振り返るとそこにはジャースが居た。

 マリアを睨む瞳は通常よりも何割か鋭くなっている。

「盗賊風情が邪魔をしますか」

「自身の仲間に対して、安易に怪我を負わせる奴がなにを言うか」

 二人の強烈な圧迫感を撒きちらしながらの睨み合いに、晶は耐え切れないと即刻でその場を離れていく、そこには勇も青い顔をしながら避難していた。

「勇……おまえもか……」

「流石にあの傍には居られないな」

 晶と勇は息を整えながら流れ出た冷や汗を拭うのだった。

「さて、さっきの話だが、効果ってどんなのだ?」

 一息ついて落ち着いた晶は再び勇へ問いだたしていた、流石に先ほどと同じ目に合いたくないので揺さぶったりはしていない。

「勇殿が宝玉を使用したと同時に、力がわいて怪我も体力も回復したな」

「でも……勇が解除したら……怪我も疲労ももどった……でも……一時的なものみたい……」

 声がした方へ晶が振り向くと、いつの間にか傍に居たユナとメイが身体を見回していた。

「そうなのか? オレは物凄い脱力感だったが……」

「もう一度やってみるか?」

 無意味にだるくなるが御免こうむりたい晶だったが止める間も無く、勇は口にすると同時に再び武装する。

「……」

 倦怠感に襲われた晶が無言で勇達を睨みつける、しかしそこには全員眉間にしわを寄せて目を凝らしていた。

「どうした?」

 晶が声を出すと同時に勇達が肩を跳ね上げ目を瞬かせる。

「その脱力は正解みたいだな」

「そのようだな、目の前に居るが一瞬分からなくなったな」

 勇の説明を繋げるようにユナが口にする、声から感心しているのが分かった。

「でもこの倦怠感は正直味わいたくないぞ」

 戦闘の度に、正確には勇が宝玉を使う度に味わうかと思うとあまり嬉しくは無い晶であった。





「さて、次の封印は……凍てつく吐息に晒されし山の恵み、深く沈み、青き世にて目覚めを待つ、だっけ?」

「ええっと、そうですね」

 確認を取るためかはたまた勇の言葉だったからか、ジャースとの睨み合いを唐突に放棄したマリアは書物をめくり探し出す。

「凍てつく、だからなあ、寒い地域か? まあ、とりあえずそのあたりは宿屋に戻って話そう、流石に疲れた」

「そうだな、疲労困憊では良い案も浮かばないだろう、一旦宿へと戻ろう」

 背筋を伸ばす勇の意見に同意するユナの言葉にメイ達も同じく疲れているのだろう、頷き返していた。

「じゃあ、オレは此処までだな」

 片手をあげ、役目が終わったと背を向けるジャース、その胸元には取り返した黒い牙が胸元で光っている。

「ええ!? ちょ、ちょっと待て!」

 共に旅をするとばかり思っていたのだろう、驚きの声を上げる晶が引き止めるようにジャースの肩を掴んでいた。

「なんだ?」

 振り払ってしまえたが、なんとなく出来なかったジャースは首だけ振り返り晶に問かける。

「一緒に来てくれないのか?」

 晶はジッとジャースと視線を合わせてきた、その瞳にはどこと無く寂しさが浮かんでいた。

「なんでオレがお前と一緒に居ないといけないんだ?」

「それは……その……」

 ジャースの言い分に晶は理由が思い浮かばないのだろう、言葉を詰まらせるだけであった。

「それともなにか? オレに傍に居て欲しいのか?」

 子供みたいなことを言うのかとからかい口調だったが、ジャースは晶の目を穴が開きそうなぐらいにみつめかえす。

「そ……だよ」

「うん? なんだって?」

 晶がなにごとか呻くが、しっかり聞こえなかったジャースは耳を寄せる。

「そうだよ! 一緒に来て欲しいさ! 短い間だったけど様々なこと教えてくれたり、傍に居て守ってくれたり、色々気に掛けてくれたりしてくれたからな! それに健康的な褐色肌や細く引き締まった野性的な身体、逃してたまるかってんだ!」

 晶は恥も外見も捨てるような勢いで一気にまくし立てた、恥ずかしいことを言っていると自覚があるか晶の顔はとても赤い。

「お、お前! 自分で何を言っているのか理解できているのか!?」

 思い切った晶の言葉に度肝を抜かれたジャースは仰け反る、そして自身の顔が熱くなっていくのが分かった。

「理解しているさ、一緒に来てくれるか?」

 恥を捨てた晶は腕を捕まえ、逃げられないようにして真剣な目つきでジャースと視線を合わせる。

「……分かったよ、一緒に行ってやるよ」

 ぶっきらぼうに言い返すが晶の嘘偽りの無い態度にジャースは嬉しく思っていた、そして唐突に触られていることに恥ずかしさを感じ、腕を振り解きながら了承する。

 ジャースも短い間だったが一緒に砂漠を歩いているとき、その白い肌や弱い様子から放って置けずついつい構ってしまうのだった。

 時に晶が冷静に判断、行動に移すのを見て安心したりもする、なによりひ弱な晶は自分が傍に居ないといけないそして傍に居たいという気持ちが有ったのである。

 そんな時に晶の言葉を聞いて嬉しく感じ、自分もまたいつのまにか離れがたいと思っていることに気が付いた。

「本当か!? ありがとう!」

 晶は笑顔になり、素早く握手をして上下に激しく振り始めた、物凄く嬉しいそう何が良く分かる、その様子を見てジャースの表情は穏やかに微笑むのだった。

「あ、でも黒い牙のことはいいのか?」

 振る手を止めて晶が眉を顰めるが、ジャースは気にするなと首を振る。

「別にいいさ、オレが、正確には女性ということなんだろうが、頭なのが不満みたいだったからな、言葉にしなくても態度や雰囲気で大体分かる。丁度いい機会だから抜けるさ、もともと先代の頭だった親父の指名で頭やっていたが、いつかは反抗してきただろう、親父を慕っていても拾われたオレを慕うとは限らないさ」

「でもタウロを怨んでいたみたいだったけど?」

「ああ、アイツが頭の証を、親父の形見を持っていったからな、これだけは誰にも渡すつもりは無い」

 ジャース首から提げている一本の黒色の牙を見詰める、優しかった父親との楽しかった思い出が浮かび上がっていた。

「そうか、わかった、とりあえずいっしょに行けるよう、勇達を説得しに――」

 振り返った晶は言葉が途中で切れ、なにごとかとジャースは視線を追うと先にはニヤつく勇の姿があったのである。

 マリアは興味なさげだったがユナとメイも興味があるのだろう、眼を輝かせて晶達を凝視していた。

「お前の気持ちは良くわかった、頑張れよ! いやー晶に女の話が出るとは思わなかったな、全然聞いたこと無いから心配だったんだ」

 勢いよく晶の肩を叩く勇は、非常に嬉しそうである。

「ちょっとまて! 確かに一緒にいたいと思っているが、好きとか多分そんなのではなくてな――」

「よし、戻るか!」

 晶が弁解をしているが、それをニヤつきながら無視する勇は妙な興奮状態で先陣をきって歩き出すだけである。

「勇者、一言いいたいことがある」

 晶が説明を諦めたときジャースは勇の隣に忍び寄る、その顔には仲間やそういった類の心を許した感じは無く険が混じっていた。

「なんだ?」

「オレが行動を共にするのはお前達のためじゃない、勘違いするんじゃねえぞ」

 つまり勇に従うつもりは無いということなのだ、未だ仲間だと思えない勇者達へ言い放つジャースの視線は鋭い。

「何を言っているのです?」

 ジャースの言葉と態度が気に食わないのかマリアが食って掛かっていた。

 瞬間二人の間に再び一触即発の雰囲気がながれる始めるが、今度は直ぐさまは勇が間に身体を割り込ませ強引に払拭していた。

「ああ、分かった、俺としても晶を守ることに専念してくれると嬉しいからな」

 ジャースの冗談ではない様子に勇も真面目に返答し、再び歩き始めるのだった。




「さてと……これからどうするかだが……」

 町に戻った晶達は一晩休んだあと、来た時と同じく近くの食堂に集まっていた。

「祭壇で少し言っていたように、とりあえず寒い場所、北へ行こうと思う」

「そうだな、情報を得るためまずは最北の町グリンに行くのがよいだろう」
 
 勇に同意するようにユナも頷いている。

「砂漠から極寒の地か……王都から此処までも結構掛かったけど、今度はもっと掛かりそうだな」

 先は長そうだと思いをはせる晶はため息をついていた。

「確かに時間はかかるが、途中から海路になればそれほどではないな」

「王都を挟んでほぼ反対にある……グリンに港が有るから……王都からは船で行くのが一番早い」

「なら一度王都へ行ってそこから船に乗ってグリンへむかう、ということになるかな」

 ユナとメイの説明から勇はおおよその検討を付けているようであった。

「勇者様が言われた道順でいいと思います、それにこれまでの経緯を教会に報告もしないといけませんから」

「うむ、王にも報告をしないとな、その時優先的に船を貸りられるように進言しておこう」

 任せておけとユナは胸を張っている。

「わざわざ貸してもらうのか? 普通に定期運行している船に乗った方がいい気がするが」

「確かに定期運行している船はある、しかしその場合だと他の港へ立ち寄りながら行くことになる、それでも海路が早いがグリンへ直接向かった方がもっと早い」

 他の港へ立ち寄らず直接向かうにはそれなりに自由に出来る船が必要なのであり、そのため一隻船を借りたほうが都合が良いのである。
 
「王都か……」

 腕を組んでジャースがボソリと呟くを聞いた晶は何かあるのかと眉を寄せる。

「どうした?」

「いや、生まれてこのかた砂漠周辺から出たこと無いからな、一体どんな所かと思ってな」

「この町に比べたら、人、物、建物、土地、色んなものが多いな、よく言えば活発な町、悪く言えばゴチャついているな」

 王都の情景を思い出しながら説明する晶だったが、比較となる町が此処しかなく上手く伝えられない。

「想像もつかないな」

 王都を想像しようとしているのか眉間に皺を寄せるジャースであった。






[25596] 脇役十三
Name: 柑橘ルイ◆6689220c ID:ac6433a2
Date: 2011/12/31 04:13
「ここまで人が多いとは思わなかったな」

 王都の門を潜った先にある、おおきな通りの賑わいにジャースは感嘆の声を上げていた。

「王都というぐらいだから一番人が多いと思うが?」

 ジャースの驚きようから、晶は疑問を浮かべる。

「そうだ、全ての道はこの王都に繋がっているからな商人もよく来る、それに伴って警備も強化されているから治安もかなり良い、それゆえに住民も多くなる。結果的に世界で一番人が居る都市だろう」

「なるほどね」

 王城へ向かいながらのユナの説明に晶は納得していた。

「そういえば王にこれまでの事を報告するけど、いきなり行って大丈夫なのか?
 謁見の間で報告となるとそれなりに準備が必要じゃないのか?」

「いや勇殿は部屋で寛いでくれればいい、報告は私がやるからな、船の件も私がしておこう」

「わかった、しかしずっと部屋に篭りっぱなしというのも健康に悪いな……思い切って大通りの店でも見て回るか」

「それいいな、結局初めて来た時はしっかり見て回っていないからな」

 勇の意見に同意する晶は記念にジャースに何か買ってやろうと画策する

「でもあの入り組んだ道で迷うぞ」

 晶は防衛用に入り組んだ高級住宅街を思い出していた。

「大体道は覚えているから大丈夫だ」

「……さすが勇、としか言えないな……」

一度しか通っていないのに覚えていることに晶はもはや呆れるほか無かった。






「さて……此処は何処だ?」

 頭をかきながら晶は周囲を見回す、そこは豪邸に囲まれた細い路地であった。

 王都に着いた翌日の朝にユナが部屋へと尋ねにきた、どうやら船を準備するのに少し時間が掛かるため数日待って欲しいとの事、そのため暇つぶしもかねて大通りへと繰り出したのだ。

 ユナは詳細を伝えるために城に残り、メイは図書館へ行き、マリアは教主へ報告しに教会へ向かったため、残った勇とジャース、そして残った勇、晶、ジャースの三人は大通りへ向かったのだった。

 しかし現状は晶ただ一人だけ、しかも複雑に入り組んだ高級住宅街という最悪な場所である。

「やばいな、ちょっと眼を離した間に二人とも居ない……この年で迷子とか……」

 こんなとき影が薄いのが問題になるなと、一人乾いた笑いを浮かべながら角を曲がるが、先には斜めに別れた二股の分かれ道である、かれこれ十数回ほどの分かれ道に晶は大きくため息をつく。

「ええい! 何で似たような場所がいくつもあるんだよ!ってこれも防衛のためだよな」

 頭を抱えるが進まなければ何も変わらない、なんとなく商店があると思う方向に予想を立てて歩き始めた。

「あの隅っこの雑草……壁の染み……完璧に覚えたぜ」

 髪を掻き揚げ宣言する晶だったがそれもそのはず、本日5度目の同じ場所に出てきただけである。

歩けど歩けど同じ場所、同じ風景にイライラし始める晶だったがあるものが目に入り天啓がひらめいた。

「そうだよ! 土に関することだから土地に関しても詳しいかもしれん!」

 視線の先には手の平サイズの茶色い少女が、白の長袖ワンピースをなびかせて歩いている姿である、つまり茶色いの少女に頼んで道案内させようということである。

「なあ人が一番多い、賑わっている所分かるか? そこに向かって欲しい」

 ジッと見詰め言い聞かせるように頼み込む、同じく見詰め返す茶色い少女は暫く視線を合わしたあとおもむろに歩き出した。

「やはり分かるのか、個人の特定が可能なら捜索も出来るかもしれんな」

 上手くいったことにご満悦の晶は、茶色の少女の後を歩いてく。

「こっちか」

 三股を直進し――

「薄暗いな」

 裏路地を歩き――

「ギリギリ……だな……」

 建物の間を通り抜ける

 段々と奇妙な所へ進んで行く茶色の少女に不安を覚えながら後を着いていたが、ついに立ち止まてしまう。

「……そこ……いくのか? 見つかったら大変だぞ……」

 豪邸の塀を直立で、歩いて登る茶色い少女に、目的地に向かっているのかと危機感をおぼえるが、自信ありげに躊躇無く進んでいく姿を信じて塀を乗り越える。

 しかしそれが間違いと気付くのにさほど時間はかからなかった。

「お前……いや、勝手に理解したと思ってたオレが悪いさ……」

 肩を下げて頭を抱える晶の目前には、芝生の上で大の字になり昼寝を敢行する茶色い少女の姿があった。

「はぁ……とにかく見つかる前に庭からでるか」

 裏庭のような小さな庭だが、そこそこに木が植えてあるため、なんとか隠れているが見つかるのは時間の問題である。

「やば!」

 塀を乗り越えようと手をかけたとき、窓に人影を見つけ直ぐさま元の場所へ退避する、しかし運悪く服に枝を引っかけ音をたててしまった。

 息を殺し様子を伺う、やはり聞こえたのだろう、人影が窓を開け放つ。

「あれ? マリアさん?」

 開けた人物はマリアであったが様子がおかしかったため、声をかけることを躊躇してしまう。

(勇が近くにいるのか? なんだか病んでいるな)

 マリアの雰囲気が、あの底冷えする感じに変化していたのだ。

大概その状態になるのは勇が側にいることが多いのだが、いる様子はなかった。

「どうした? マリア」

マリアは外を探るように見ていたが、声がかかると窓を閉め、歩きだしたた。

「なんだろうな……? 凄く無機質な感じだ……」

 晶は先程のマリアの様子に違和感を覚えていた、いつもの病んでいるのに加え、人形のような印象を受ける。

 廊下を歩くマリアを目で追っていくと、豪華な司祭のような服を着た中年男性と部屋へ入って行く、扉は窓の反対側にあったため中の様子がわずかに見えた。

 悪趣味なまでに金をふんだんに使った椅子に、踏ん反り返りながら座る大男がいた。

 大男と言っても筋肉に覆われたものではなく、醜いまでに脂肪を蓄えた太った男である。

 マリアが部屋に入ると直ぐに扉を閉められたため、どうなるのか分からなくなったが晶の眉間に皺がよっていた。

(少ししか分からなかったが、なんだか無駄に私腹を肥やしているように見えたな、それにマリアさんの様子も何時もよりおかしかったし……)

 マリアの病んでいるのを何とかしたいと考えていた晶は、目撃したことを勇に伝えることにする。

 こういった問題は勇に任せたほうが上手くことが多く、晶は出来る範囲でサポートするだけである、そして終わった頃には助けた人――女性場合だと特に――が勇に惚れる、という事もまた多かった。

 上手く解決すればマリアのヤンデレも治り、勇のハーレムも安泰だとほくそ笑む。

(そのためにも早く勇達と合流しないとな……多分教会かそれに準ずるものみたいだし、入口に人がいそうだ)

 晶の予想は合っており、入口には人の出入りが多かった。

 幸運にも表の道から外へ繋がる城門が見え、それを目指して歩けば大通りにたどり着けそうであった。

 



「やっとここまで着た」

 見覚えある城門に辿り着いた晶は安堵のため息を付く。

 勇とジャースが先に行っていれば城門前の商店が並ぶ場所にいるはずである、いなくなった晶を捜しに城へ行っていたとしても、いつかはここへ来るだろう。

「勇なら目立つから、さがしてみるか、この人だかりだとオレを見つけ難いだろうしな」

 苦笑しながら晶が歩きだす。

「なんだ?」

 暫く歩いていると小さな人だかりがあった、しかし今はそれどころではないと無視しようとするが、目的の人物が人ごみから見え足を止める。

「あいつあんな所でなにしているんだ?……まあ、見つけやすかったけどな」

 喫茶店らしき場所の外にあるテーブルで、注文もせず座っている勇に呆れる晶が近づくと、向かい合うようにジャースも座っていた。

(ジャースさんも居たのか……二人とも様になっているな)

 黙って座っているが二人とも容姿が良いため格好よく決まっている、しかし晶はなぜだか不快な気分なったため、二人の間に強引に割り込むように声を上げる

「二人ともこんな所に居たのか?」

 瞬間周囲から残念そうなため息が漏れた、よくよく見ると遠巻きに見ているのは主に女性であった。

 どうやら二人を絵画の如く眺めていたのだろう、そこへ雰囲気をぶち壊す邪魔な男、晶が割り込んできたために、観賞は終了となった事が残念で仕方が無いようである。

「それはこっちの台詞だ! 何処に行ってたんだ!? お蔭でこいつと歩き回ることになったぞ!」

 目頭を吊り上げてジャースが詰め寄る、どうしたことかと晶は指を差される勇を見るが、分からないのか肩をすくめるだけである。

「まあまあ落ち着けって、何でそんなに不機嫌なんだよ?」

「なんでって……それは……何かが違ったからか?」

 晶に理由を聞かれたが、どうやら本人もいまいち理由が分からないらしく、首を傾げるのだった。

「なんだよ勇、そんなにも面白いか?」

 二人のやり取りを眺めていた勇は顔を手で隠していたが、隠し切れず口角が上がっているのが見えていた。

「くく……いや、なんでもないさ、知らぬは本人達だけか、と思ったぐらいさ」

 笑いを堪えきれないのか、はたまた笑っているのがばれたからか、手を外してニヤつく勇に二人は訝しげに睨む。

「そう睨むなって、二人きりにしてやるからさ」

「はあ!?」

「ちょっとま――」

「というわけで3時間後に又此処でな」

 止めるまもなく勇はさっさと立ち上がり、片手を上げながら颯爽と去っていく。

「どうする?」

「どうするといわれても……ジャースさんは城への道は覚えているか?」

「いや、あれは……」

「だよなー……」

 ジャースの返答に肩を落とす晶だったが直ぐに気を持ち直し手を差し出す。

「なんだよ……?」

「せっかくだから色々見て回ろうか?」

 晶の提案に逡巡したがすぐに手を取った。

「それもそうだな」

 先ほどの不機嫌さは無く、何処と無く嬉しそうなジャースであった。





「さてと、何処行こうか?」

 歩き出した二人であったが、何処に何があるのか把握できていないため、直ぐに足を止めてしまっていた。

「何処か……とりあえずナイフを見ておきたいな、王都で売っているものなんだ、結構いいものがありそうだ」

「今持ってる奴は売るのか?」

「これは売らないさ、昔から使っていて手になじんでいるからな、やたら頑丈だから研げばまだまだ使える、あくまで予備として持つだけだ」

 ジャースは後ろの腰に差してあるダマスカスナイフを抜く、波打った模様が浮き出る刀身は光を反射し、鋭利さはいまだ衰えている様子は全く無い。

「なるほどね、っとあそこがそれっぽいな」

 晶が指差す先に剣の形が彫られた看板があった。

「いらっしゃい」

 店内に入ると痩せた細身の男がカウンターに居た、晶は筋骨隆々の大男が居るかと思っていたが、ひょろっとした男で思わず凝視してしまう。

「お客さん? なにか?」

「いや、此処の武器は貴方が作っているか?」

 武器の販売は作った本人がやるものだと思い、晶はつい聞いてしまう。

「いいえ、これらは奥で親方が作ってます」

 聞かれることが多いのか、気分を害した様子も無くにこやかに対応する店員である。

「私は見習いでまだ打たせてもらえませんから、精々練習にこんな装飾品を作る程度です」

 店員が指し示す方には金属製のネックレスや指輪、イヤリングなどもある、それらはかなり精密に作られていた。

「へえ、結構細かい所まで作られているな」

「ありがとうございます、お恥ずかしながら見習いが長いですから、無駄にこういったことばかり上手くなりまして」

 頭をかく店員にジャースから声がかかる。

「一本もって良いか?」

「良いですよ、何でしたらその丸太で試し切りも可能です」

 ジャースは一本のナイフを持つと立ててある丸太へ向かう、その姿を見ていた晶は目つきを鋭くし、店員に耳打ちする。

「店員さん、その装飾品を一つ売ってくれないか?」

 実はジャースに何か贈ろうと前々から画策していたのだ、男らしいジャースは化粧も女性らしい服装もしない、真っ先に目指したのは武器屋であるほどだ。

 そこで晶はなにか装飾品を付けさせようと考えていた、突っ返される可能性が高いが返せない状況、つまり突然にかつ無理やり握らせて自分は受け取らないとするのだ。

「ええ良いですよ」

 店員も空気を読んだのか声を潜めて対応する

(さて、何にするか……ネックレスは既に黒い牙が首に掛かってるし、腕輪か? でも結構大きめだからな、光って隠密中にばれる原因になりそうだ、じゃあイヤリングか? ……咄嗟に外せそうに無い……あとは……)

「この指輪で頼む、いくらだ?」

 晶が選んだのは表面に鱗の文様が掘られただけのシンプルな指輪であった。

「いえ、今回は無料としますよ」

「いいのか?」

「はい、実は買ってもらえるは今回が初めてなのですよ、此処に来る客はこういったものに興味が無いというのもありますが、それでも初めて買ってもらえて嬉しいですから」

 余程嬉しいのか、店員は若干涙目になりながら丁寧に晶へ手渡す。

「このナイフをもらおうか」

 丁度ジャースも決まったのか店員元へ来る、その手には何の変哲も無い普通のナイフがった。

「はい、ありがとうございます」





 店から出たところで晶は握りこぶしをジャースへ突き出した、当然ジャースは疑問に思うだけである。

「手、出せ……」

 今になって指輪を渡すという行為が非常に恥ずかしくなった晶は、そっぽを向きながら片言に話す。

 首を傾げながらジャースが手を出した瞬間に、強引に手首を掴みその勢いのまま指輪を握りこませた。

「……これ」

 虚を突かれた感じのジャースは未だ理解できていないようである。

「やる」

「はあ!? ちょ、ちょっとまて、こんなのいらん!」

 ジャースは素早く晶の腕を掴み返そうとするが、晶は頑として手を開かなかった。

「こんな物オレに合う筈無いだろ!」

「だったら捨てるなり売るなりすれば良いだろ!」

「この!」

「ぐぬぬ!」

 睨み合い互いに力を込める、しかし晶の無駄な根性に参ったのかジャースが諦める。

「はあ、わかったよ、つければいいんだろ! つければ!」

 グチグチと文句を言いつつも指輪を大事そうに扱い指に嵌め、手をかざしていた。

「な、なんだよ……もう返せといっても無駄だからな!」

 ジャースは顔を赤らめて吼えるが、嬉しい晶には全く効果が無かったのだった。



[25596] 脇役十四
Name: 柑橘ルイ◆6689220c ID:ac6433a2
Date: 2012/02/01 04:16
 満月が照らす王城の一室で、椅子に座り紅茶らしき物を啜る勇が口を開く。

「話しがあるって?」

 丸い机を挟んで座る晶は腕を組み、神妙に頷いた。

「ああ、実はマリアさんの事なんだけど……あの状態を何とかしたいと思ってな」

 下手をすると聞かれてしまう可能性があるため、顔を近づけ声を潜める。

「あの状態か……確かに……」

 平然と受け答えしているようだが、よく見ると瞳の焦点合っておらず、コップの中身も小さく波打っていた。

「しっかりしろ勇! 上手くいけば、アレが無くなった優しいマリアさんになるかもしれないんだぞ!」

 晶は肩を掴み揺さぶる。

「晶……そうだよな、そのとおりだよな!」

 希望を見出だしたのだろう、勇の顔が気力に満ちていく、勢いよく立ち上がるとそのまま片手を差し出した。

「頑張って行こうぜ!」

「ああ!」

 晶も立ち上がりガッチリと握手をかわすのだった。

「だけど何かあてはあるのか?」

 再び座りなおした勇が疑問を口にする。

「怪しい所はあった、まあ直接関係あるかはまだわからないけどな」

「怪しい所?」

「今日オレが迷っていた時に偶然教会にたどり着いてな、その中でマリアさんを見かけたんだ、その時の様子があの病んだ感じだったけどどこかおかしかった、もしかしたら病んだことに関係ありかと睨んでいる」

 手を組み、口元を隠すような体勢の晶は核心が持てないため、推測だと付け加えた。

「成る程な、ならまずその教会を調べてみるか」

「済まないがそこはオレがやる」

 やる気がやたらある勇は晶に水を差され眉間に皺がよっていた。

「なんでだよ?」

「勇にはマリアさんの相手をしてもらいたい」

 晶の言葉に納得いかないのだろう、無言で先を促した。

「オレはマリアさんが居た教会を調べてくるからその間マリアさんの側にいて欲しい、もし教会で鉢合わせになると色々と面倒くさい」

「なるほど、顔見知りが居ると色々と動きづらいか、あとユナやメイも何か知っているかもしれないから、聞いておこう」

 勇の意見に晶は頷く。

「勇なら信頼されているから話しやすいだろう、そっちは頼む」

「晶気をつけろよ、実際何があるか分からないからな、それほど複雑じゃなければ良いが……」

「わかってるよ」

 晶は笑いながら立ち上がり、続いて勇も立ち上がる。

 二人の雰囲気は先ほどの悩むようではなく、互いを傷つけるような荒い空気がながれていた。

「さて、これからは現状の問題だ」

 余裕の笑みを浮かべる勇は片手を突き出し

「く!」

 晶は苦虫を潰したような顔になった、しかしすぐさま両手を出していた。

「まて! 実力行使は勇の方が有利じゃないか!」

「そうだな、だったら他の勝負でもいいぞ」

 勇はどんな勝負事でも何でもそつなくこなすため自身があるようだった、その間晶はなにか勝てるものはないかと思考をめぐらす、そのとき天啓がひらめいた、荷物をあさり出し、あるものを勇へ投げ渡した。

「そいつで一発勝負」

 貴様もやる勇気があるかとニヒルに笑い晶は挑発する

「これは……なるほど、面白いじゃないか」

 受け取った勇は一瞬驚くが楽しげにソレ握りこんだ。

 見せ付けるように勇は突き出した拳を開く、その掌には百円玉があり、親指に乗せると再度握りこむ、そうコイントスである。

 ちなみに百円玉は晶着ていた学生服のポケットに入っていた。

「行くぞ」

「こい!」

 弾かれるコインが蝋燭の光を反射しながら勇の目の前に落ちる、同時に手の甲と掌で挟み込む。

「数字だ」

 晶が宣言すると同時に重々しく開く、そこには100と描かれた面が上を向く百円玉があった。

「おっしゃー! オレがベッドだ!」

「くそーソファかよ」

 拳を突き上げる晶とうなだれる勇という対照的な二人が行っていたのは、どちらがベッドで寝るか決めることであった。

 今回もまた晶の存在が無視されたのである、宿に止まるというもったいない事をするわけにもいかず、仕方なく勇の部屋に泊まりこむことになったのである。

 前回と同じ部屋であるためベッドは一つのためどっちが寝るかという問題が又も発生した、実力行使では勇に分があり平等にするためにコイントスをしたのだった。

 しかし晶が喜びはいきなり扉が勢いよく開かれたと同時に終わりを告げた。

「なりません」

 開かれた扉の向こうにはマリアが居た、しかも底冷えする雰囲気を纏っていたのである。

「な、なぜ駄目なんでしょうか?」

 下手な抵抗はできない晶は敬語でたずね、そばに居た勇も脂汗を流しながら無言で頷く。

「勇者様のために用意した部屋です、勇者様が仰るので仕方なく同質を認めましたが……そんな貴方がなぜ勇者様を差し置いてベッドで寝ようとするのですか?」

「わ、わかり、ました」

 呪い殺すぞといわんばかりの瞳に晶は降伏するしかなかった。

 
 





 晶は城門前の大通りに歩いていた、此処までの道のりは勇に簡単な地図を描いてもらいここまで来た、しかしそこから教会までの道順は覚えておらず、道行く人に聞いて向かうことにしたのである。

 壁に寄り掛かりながら大通りを歩く人を物色する、といっても道を尋ねるだけなので、適当に目の前を歩く女性に声をかけた。

「すみません教会は何処にありますか?」

「きゃ! な、なに!?」

 話しかけるまで気付かなかったのだろう、素朴な感じの女性は酷く驚き脅えていた。

「あー、何もしませんよ、ただ教会は何処かと……」

 両手を挙げて何もしないという証明の代わりに両手をあげ笑顔をむける。

「驚いたー、あ、教会ですか? この道を真っ直ぐ行って――」

 晶の態度に安心したのか、安堵ため息をついた女性は笑顔になり、道を教えてくれるのだった。

 晶は礼をのべ、教えられた道を歩く、進むにつれて徐々に一定方向に向かう人が増え始めた、皆教会へ向かう人々なのだろう。

「ここか」

 見覚えある場所に辿りついた晶の目の前には、両開きの扉から多くの人が出入りしている建物があった。

「改めてみると結構大きいな」

「ここがライレウス教の本拠地らしいからな、一番でかいだろ」

「へー……なに!?」

 独り言に返事が来た事に驚きを隠せない晶が勢いよく振り返ると、そこにはジャースがしたり顔で立って居た。

「お、驚かすな! 心臓に悪いぞ!」

 胸に手を当てて、落ち着こうとする晶を見てジャースは楽しげに笑う。

「怒鳴るなよ、晶もいろんな奴に同じ事してるだろ?」

「オレは……不可抗力だ」

 胸を張って無罪を主張するが、確信犯的な部分もあったため目が泳いでいる。

「と、ところでライレウス教ってなんだ?」

 多少強引に話しを変える晶に、ジャースは呆れた様子で嘆息しながらも話しに乗ってきた。

「お前知らないのか? 世界出一番信仰されている宗教だぞ」

 ジャースいわく光をつかさどる神、ライレウスが世界の闇を葬りさって人間を作ったということらしい。

 典型的な神だなと建物の入り口を見ると、細かい彫刻が満遍なく柱や壁に刻まれており、両開きの扉は非常に大きく作られている、扉の両側には建物の二階に達するほどの石像があった、それは布を頭から布をかぶった女性で後頭部の位置に後光のような輪がある。

「この女性の像がライレウスだ」

「なるほどね、さて、表向きはどうなっているのかな?」

 堂々と扉をくぐり入っていくと、外に負けず劣らずの装飾の数々があった、最奥には入り口と同等の女性の石像が鎮座し、それに向かい赤い布が一直線に敷かれ挟むように長椅子が多く並んでいる。

 大概の人は石像へ祈りをささげているが、椅子に座っている人は一人一人両脇にある個室へと入っていく、よくよく見ると椅子に座っている人は怪我をしているが多く、中は人が多いにも拘らず静かな雰囲気が漂っていた。

「もしかして病院もかねているのか?」

「ビョウイン? なんだそれ?」

「傷や病気とかを治療する場所だけど、無いのか?」

「そういうのは教会の神官達がやるだろう?」

 晶はジャースの顔を見るが本当に病院というのもを知らないらしい。

 あらためて見ると個室から出てくる人は皆傷一つなくなって出てきていた、気になった晶はそっと部屋を覗くとそこでは神官らしき人物が魔術で治療している姿があった。

 おそらく病気も治せるのか医術などは発達せず、治す魔術が発達したため医者といった職業は発生しなかった、または取って代わられたのだろう。

「目が虚ろとか無気力な歩き方とかは無し、これといって変な様子は無いな」

 しばらく角で全体を見回していたが皆健全のようであった。

「肝心の裏側はどうなっているのやら」

「さっきから何しているんだ?」

 外へ出た晶の肩を掴み、問いかけるジャースは困惑した様子である。

「実はな……カクカクシカジカ」

「いや、わかんねえよ」

「……スマン、一度言ってみたかったんだ!」

 本当にカクカクシカジカと言ったのだ、それで理解したのなら凄いものである。

 改めて説明するとジャースは眉間を押さえため息をついた。

「確かにあの神官のアレはおかしいが……なんでお前がこんなこそ泥みたいなことするんだ?」

「役割分担かな、完璧なあいつだけど苦手なのがある、それが見つかり難く行動することだからな、それとマリアさんの注意を引き付けてほしいというのもある」

 晶はジャースを連れて一旦外に出た、そして塀を辿り前回と同じ場所へと向う。

「マリアさんがあの状態のときは気付かれる気がするからな、用心のため勇にあちこち連れて歩いてもらっているのさ」

 勇が相手ならほぼ間違いなくいうことを聞くだろうと晶は確信があった、ただ残念な事はその二人の連れ歩き、つまりデートの様子が見れないことであった。

 しばらく塀伝いに歩いたあと晶の足が止まり振り返る。

「さてと、ジャースさんはここまでだ」

「……はあ!? 何言ってんだお前!?」

 最後まで着いて行くつもりだったのかジャースには寝耳に水のようであった、自身が不要なのかと晶を睨みつける。

「何をって今回は勇者の封印とか、そういった事じゃなく個人的なことだからな、手を借りるのはなんだか申し訳ない」

「申し訳ない?」

 ジャースの言葉に怒気か篭り視線が鋭くなる、それに気付いた晶は思わず後ずさった。

「そーかい、オレは些細な事でも頼れない奴なんだな! そーだよな! 所詮は他人だからな! 分かったよ!」

 口にしている内に益々熱くなったのだろう、最後には怒鳴り付けて踵を反していた。

 予想外な展開に晶は茫然と見送ってしまうのだった。



[25596] 脇役十五
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/02/19 22:03
 しばらく呆然と立ち尽くしていた晶は肩を落とす。

「怒らせるつもりは……なかったんだけどな……」

 気落ちして溜息をつくが、なんとか気合いを入れ直し塀を乗り越えた。

 誰にも見られていない事を確認すると極力音をたてずに窓へと近付き開けてみる。

(やっぱり鍵掛かっているか)

 微動すらしない窓だったが予想通りのため落胆は少ない、たまに通りかかる神官に気付かれぬよう、音をたてず次々と窓に手をつけるが全て開かなかった、しかし大まかな建物の構造は理解できた。

(一階建の長方形で裏口は無し、結構広いな、外側が廊下で部屋の中は見えないが採光はどうしているんだ?)

 侵入出来る場所がなかったため晶は表の入口へ向かう、影の薄さを利用し思い切って正面から入り込む魂胆である。

(流石に何処か奥に行ける所があるだろう、キリストの教会に似た感じだからな、ライレウスの石像あたりか両脇の治療室、神官がいるなら繋がっている可能性が高そうだ)

 窓を調べている時に神官が歩くのを見かけた事から、建物の後半は生活空間になっているのだろう、それならば治療室へ行き来しなければならず通路があるはずである、太った司祭らしき人物を目撃したのは生活空間の一番奥にあった扉であった。

 出入りする信者と患者に混じって晶も教会へ入っていく、長椅子に座り体調が悪いふりをしながらそっと治療室の中を覗く。

 治療室は神官が中央からやや奥側で椅子に座り、向かい合う形で患者が同じく椅子に座っていた、患者は手を怪我しているらしく巻かれている布が血に染まっており、そこに神官が手をかざし魔術で治療を行っていた。

(治療するためのだけの部屋なんだな、精々机があるだけで殆ど何も無い、神官の後ろは窓があるだけか……)

 その時別の神官が覗いていた治療室へ入っていく、そして治療を終えた神官と少し話しをすると入れ替わり、治療をしていた神官が出て行った、どうやら交代をする時間帯なのだろう、別の治療室でも神官が入れ替わっていた。

 そのまま治療室を出た神官達は、ぞろぞろとライレウスの像へ行くと一礼し左右に分かれ消えていった。

(あそこが入り口か!?)

 神官全員が居なくなって暫くたったあと、そっと晶は立ち上がると足音も立てずライレウスの像へ近づき信者の動きを真似て出来るだけ同じ動きをした後、平然と右側の神官達が消えた場所へ向かうとそこに入り口があった。

 晶が平然と入っていけたのは、人間以外とそういった動きには気に留めないことが多いのだ、逆に左右を見回したり、こそこそと背を屈めて移動したりするなど挙動不審な動きは結構めだつものである。

 入り口を潜ると直ぐに左へ曲がる、石造りの廊下を少し歩くとその先には、晶が侵入しようとした窓が並ぶ廊下が長々と続いていた。

(やばいな、殆ど隠れる場所が無い、扉も開けたら神官が居た、なんて事になりそうだ)

 晶の視線の先には長い廊下があるが、右側には窓があり反対側には扉と円柱が少し廊下に出ているだけの簡素なつくりの廊下であった。

 緊張でつばを飲み込む晶は、誰が歩いてきても分かるよう耳を澄まし、足をも立てず足早に歩き出す。

(今の所誰も歩いていないな……患者が多かったから治療の魔術再度使えるよう休憩を図っているのか? はたまた別の理由からか……推測の域から出ないな)

 暫く無人の廊下を歩いていると左へ続く廊下があった、壁に張り付き人が居ないか廊下を覗く、そこは廊下が続き反対側迄続いていた、よく見ると左側の長い壁に扉の無い入り口がたった一つあり、右側の窓から光ら差し込んでいる。

(あの入り口はなんだ? 地下とかに繋がっているのか?)

 晶は入り口を覗き込むが薄暗い空間が広がり、明るさになれた視界では中が良く見えない。

(なにか明かりが欲しいな……そうだ! あの子に頼むか!)

 晶は飛んでいた小さな白い少女をみて小声で呼ぶ、すると白い少女は真っ直ぐ晶に近づき頷いたあと両手をかざし、光の出して室内を照らす。

 そこは倉庫のようであった、色々と書簡や机など見慣れたものもあれば、用途が分からない不思議なものまである、また日光に当てないようにするためか窓は一切無なかった。

(上手くいけば隠れること出来るか? 微妙だな……)

 整理整頓されているため動かすと分かってしまいそうであった、白い少女へのお礼に頭を撫でた晶が倉庫から出ると窓越しに人影をみた、すぐさま壁に張り付き窓を覗く。

(ここ中庭だったのか)

 窓の向こうは四角い芝生があった、そしてその壁に窓がありそこに誰かがいた、目を凝らすと全ての窓の向こうに神官がいたのである。

(全て神官の個室みたいだな……やばかった、廊下の扉開けていたら神官と鉢合わせしていたな)

 安堵のため息をついた晶は、窓から見えないようしゃがみながら移動を開始する。

 全員室内に居るのだろうか、シンと静まり返る廊下を慎重に歩くことしばらく、ようやく目的の扉に辿りついていた。

 最奥にあり見た目は他の扉と何等変わらない、しかし晶が迷い込んだ時に見たのは質素倹約な周囲と一線を欠くけばけばしい人と内装である。

(何か聞こえると良いが……)

 耳を押し付け、目を閉じて意識を集中する。

「おい……ま……くく……」

(くそ、よくわからん)

 わずかにしか聞こえず晶は悪態をつく、より聞こえるようさらに耳を押し付ける。

 それがいけなかったのだろう、扉が軋む音をあげた。

 中から向かってくる足音が聞こえた晶は、直ぐさま駆け出し曲がり角へ身を隠そうとするがいささか遠く、辿り着くより前に背後から扉が開く音がする。

「貴様何者だ!」

 周囲へ報せるゆえか、かなりの大音声での警告とともに追い掛けられ、危機感がつのった。

 目を付けられたため、一度完全に視界から消えなければ影の薄さが利用できない、しかし単純な形の建物と廊下で隠れる場所無く、晶は全力で出口は走る。

(やばい! 神官達がでてきやがった!)

 静かだった廊下に突然怒鳴り声が響いたのだ、室内に居た神官は何事かと顔を覗かせていた。

「そいつを捕まえろ!」

 命令に反応した者が捕まえようと飛び掛かるが、逃げに徹した晶はギリギリ避けながら走り抜ける。

 しかしこのままでは通路を塞がれてしまうため、何とかしようと走りながら頭を捻ると一つ名案が浮かびすぐさま行動を開始する。

 すれ違いざまに足を引っ掛けたり突き飛ばしたりして次々と転倒させると、後ろから迫ってきた神官達は倒れた神官を起こしていた、その間に走り差をつける。

 死に物狂いで走りぬけ目的の倉庫の中にすぐさま入ると同時に、適当に小物を掴んで窓へ投げつけ割る、しかし晶はすぐさま倉庫に戻り入り口の側でしゃがみ込んだ。

 足音を立てながら神官達が来るが割れた窓に近づいている。

「中庭に逃げ込んだか!?」

「探し出せ!」

「全員で取り囲んで逃げ道をふさぐぞ!」

 神官達の言葉を聞いて晶は上手くいったとほくそ笑む、暫くじっとして中庭へ神官達が移動したと思いそっと抜け出そうとするが足音が一つ聞こえすぐさま元へ身を隠す。

 そっと廊下を見るとそこには司祭がいた、迷い込んだ時にマリアを呼んでいた人物であった。

(ええい邪魔だ! 早く中庭にでもいってろ!)

 再び倉庫でしゃがみこみ足音が消えるまで暫く耳を澄ます。

「捕まえたか?」

「いえ、まだ捜索中です、それ程広くないので時間の問題だと思いますが」

「そうか……」

 沈黙が続いたあと再び足音が聞こえ始めた、その音が徐々に倉庫へと近づいてくる。

(気付かれた!? いや見られていないはずだから確認でもしてきたか!?)

 晶はすぐさま倉庫の隅っこでしゃがみ込んでいた小さな黒色の少女を呼び、掌に乗せてある程度の高さまで持ち上げると、黒い霧のようなものを出してもらった。

 倉庫を覗き込んでくると予測し、黒い霧で顔を覆うことによって暗くて見えないと勘違いさせるためである。

「暗いな、明かりが必要だな」

予測は的中しうまい具合に成功し、司祭は顔を引っ込めた。

(思った以上に上手くいったな、頃合をみてさっさと出るか)

 胸を撫で下ろす晶は暫くジッとする、そして足音も聞こえなくなったのでそっと廊下を覗いた。

「ぐ!」
 
 突然頭部に痛みが走り視界が暗くなっていった。





 髪を引っ張られ痛みと共に覚醒する、見上げるとそこには晶の髪を侮蔑の表情で掴んでいる司祭がいた。

 そこは先ほどいた薄暗い倉庫ではなく、目が痛いほどの黄金色に染まった部屋であった、前を向くと太った男、窓越しに見たあの醜い男がふてぶてしくふんぞり返りながら晶を見下ろしていた。

「残念だったな」

 髪を掴んでいる司祭が口を開く。

「な、なんで」

 縄で縛られ身動きの取れない晶は僅かな抵抗とばかりに睨みつける。

「何をしたのかは分からないが、暗い部屋としても何も見えないほど暗いはずがなかろう、そこでおびき寄せるため一芝居うったところ鼠が顔を出した、ということだ」

 身を隠すための黒い霧が逆に存在を露呈してしまったのである、自分の浅はかな行動に思わず晶は舌打ちをしてしまう。

「それで? オレをどうするつもりだ?」

 晶の顔面が床にたたきつけられ、再度顔を上げさせられる。

「主様の御前であるぞ、言葉に気をつけろ」

 威圧する司祭は無表情であり、それが一層凶悪さを増していた。

「まあよい、そのような口ぶりも我によってまともになる」

 主と呼ばれた太った男がそう言うと司祭はかしずく、しかし晶の髪を掴み太った男へ顔を向けたままである。

「神官以外も扱ってみたかった所だ、楽しみであるな」

「何をするのか知らないが、オレはお前の下につくつもりは無いぞ」

 僅かに髪を掴む手が動くが、太った男が手を挙げ静止する。

「それを言っていられるのも今のうちであるからな」

 ニタリと太った男が笑うとあるものを掲げる、それは晶も見たことがあり用途もすぐさま分かった。

「喜べ、主様がお前を使ってくださるそうだ、存分に仕事をこなすがよい」



[25596] 脇役十六
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/03/05 21:32
「何かわかったか?」

 勇は手元にある五枚の紙で出来た札を眺めながら尋ねる、気に入らないのだろう眉間の皺がかなり深い。

「特に変わったところがなかったな、むしろ素晴らしいとさえ思ったぞ」

 晶も同様にある手元の札を見ながら答えていた、比較的良い手だが勇の表情が嘘か真か判別がつかず、このままか変更するか思い悩んでしまう。

「素晴らしい?」

 視線だけ向ける勇へ頷く。

「表や礼拝堂は金かかっていたけど裏は質素だったな、実は司祭らしき人に見つかったが良い人だったぞ」

「成る程な、じゃあマリアのアレはどうしてなったんだろうな?」

 手札から二枚外し札の山から同じく二枚くわえる、それでも眉間の皺は変わらない。

「分からん、今度はもっと深くまで探ってみるさ、まだ日にちは有りそうだからな」

「気をつけろよ」

 晶が頷いたあとしばしの沈黙が流れ、互いに視線を合わせて相手の真相心理を探る、そういえばと勇が口を開いた。

「ジャースと何かあったのか? 凄く不機嫌だったぞ」

 晶の動揺を誘うためなのかそんな質問をしてきた。

「あったな、少し怒らせた」

 無心に努めて冷静に晶は返す。

「怒らせた?」

「侵入する前にジャースさんがいてな、個人的なことだから一人でやるって言ったんだ、そしたら突然怒りだした」

 晶が説明を終えると同時に勇がため息をつく、その様子は馬鹿な事したなと言いたげである。

「あのな、守ってやりたい、何か手伝ってやりたい、そんな相手にお前はいらないと言われるは結構きついぞ」

 本格的に話すつもりなのだろう、勇は手札を伏せて晶は視線を向けた。

「でも――」

「でもじゃない、逆の立場になって考えてみろ」

 しばらく沈黙したあと晶は小さく唸った。

「分かったか? 分かったのなら早めに謝って、しっかりと話し合ってこい」

「ん、勇、ありがとう」

 気にするなと勇は片手を上げ、手札を見始める。

「俺はいいぞ」

「こっちもOKだ」

 二人は見つめ合い自分の手札を勢いよくテーブルに広げ同時にみせる。

 今回のベッド争奪戦はポーカーであった、トランプは紙を貰ってきて書いた手作りである。

「スリーカード」

「ロイヤルストレートフラッシュ」

「……」

「……」

「……なんだって?」

 晶はテーブルをみるとそこには綺麗に揃ったトランプが並んでいたのだった。

「本当に……ロイヤルストレートフラッシュ……だと?」

 ワナワナと体を振るわせ晶は勇をみるが、勇は頬をかくだけである。

「俺だって正直驚いたさ」

「驚いたと言うわりにはその落ち着きぶり……は! まさかお前……イカサマか!?」

 晶は勇に詰め寄り首元を掴んで持ち上げる。

「ちょ、ちょっと、ま、て」

 流石に体を上げることは出来なかったが首を絞めるという結果になった。

「そうまでして! 勝ちたい……のか……」

 興奮していた晶が唐突に萎んでいく、そっと扉を見るがそこにはなにもない。

 だが晶には分かった、扉の向こうにマリアがいることに、殺気が一直線に突き刺さり扉と周囲の壁がジワリと黒いナニカで侵食されていくを幻視する。

「何事にも偶然、奇跡というものはあるものだな! 素直に負けを認めて椅子で寝るさ!」

 しっかりと聞こえるよう張り詰めた声を晶は上げる、すると黒いナニカは小さくなっていった。

「今夜は、悪夢、確定だ……」

 憂鬱な晶の肩に勇が慰めるように手を置くのであった。





 ジャースは椅子に座りながら天井を見上げていた、頭の中では晶に言われたことが今でも渦巻き、思い返すたびに気が荒む、そんなとき扉を叩く音がした。

「ジャースさん、晶だけど少しいいか?」

「なのようだ?」

 無視しようとしたが、それでもつい返事をしてしまう、その声は酷く重い。

「教会でのことで謝りに来た、できれば面と向かって話がしたい、開けてくれないか?」

「ハン、別に気にしなくていいぜ、どうせオレには関係ないからな」

 ジャースは意趣返しで嫌みを口にする、晶は罪悪感からなのか黙り込んでいるようであった、少し溜飲が下がったジャースは入れと言おうとしたとき、気力を振り絞る感じで晶が扉越しに話しかけてきた。

「他人のような扱いしてごめん、オレはジャースさんが居てくれて嬉しい、そして他人なんて全く思ってない、それだけは覚えていてくれ」

 ジャースはそこまで言うならしかたがないと機嫌を良くしながら扉を開ける、しかしすぐ許すのは若干しゃくなため、仏頂面である。

「ジャースさん……」

 晶の堪えた顔をみてこれぐらいで良いだろうと仏頂面をやめる。

「大分堪えたみたいだな、許してやるよ」

 晶が胸を撫で下ろすのをみてジャースは頬が緩んでいた、ふと見ると晶が片手に何かを持っていた。

「そんなにも紙もって何するんだ?」

「ああこれか? 親睦をもっと深めようと思って持ってきた、すまないけど部屋に入れてくれるか?」

 ジャースは首を傾げながら部屋へ向かえ入れるのだった。

「これはちょっとした遊びをするための紙だ」

「遊び?」

「オレ達の世界にあるカードゲーム、ポーカーというやつさ」

 得意げな顔で晶は白紙の束を広げる。

「今からカードを作るからその間これを見て役を把握してくれるか?」

 文字が書かれた紙を数枚ジャースは受け取り、内容を把握しほくそ笑んだ。

「なるほどな」

「わかったか?」

 晶の言葉にジャースは頷く。

「しかしなぜかこの世界の文字が読み書き出来るが、召喚の際何かされたのか?」

 自分で書いた文字を見ながら晶は首を傾げていた。

「異世界からの召喚だからな、意思疎通は出来ないと困るだろう、それなりに魔術が施されている可能性は高いな」

「やっぱりそのあたりだろうな、まあ今考えてもしかたない」

「確かに、晶、今夜は長くなりそうだな」





 城を出た晶は大通りをもくもくと歩いていた、露店も店にも立ち寄ることなく脇目も振らず一直線に歩き続け、潜り込んだ教会へたどり着いた。

 周囲を窺うことなく教会の像の下へ、そして一礼した後に右の通路へ入っていく、途中に神官が歩いてきたが足を止めることなく、また隠れることもせず平然と進み続け最奥の扉を叩いた。

「晶です」

「入って良いぞ」

 失礼しますと一声かけた後、金色の部屋へと入り恭しく椅子に座る太った男へかしずいた、太った男の隣には司祭が立っている。

「確りと勇者へ報告したか?」

「はい、素晴らしき教祖様のことを伝えております」

 晶の言葉に太った男、教祖はニタリを笑う。

「しかしこやつが勇者の友人とは、何とも良い物を手駒に出来たものであるな」

「マリアとこの者によって勇者も引き込みやすくなりました、ライレウス様のお導きにございましょう」

 ライレウス様ありがとうございますと司祭は祈りをささげている。

「少しよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「勇を私とマリアさんでこちらへ連れてきてはどうでしょうか?」

 かしずき顔を上げた晶の意見に教祖は顎に手を当て思案していた。

「既に教祖様に裏は無いと報告しております、そして今回は更に深くまで探ると伝えております。当然素晴らしき教会にございますので、そのまま伝えることになりましょう、そして私とマリアさん二人で説得すれば流石の勇も来るに違いありません、教祖様のお力によって勇も素晴らしき信者となりましょう」

「なるほど」

「早急すぎると思いますが?」

 教祖が成功するのを想像したのか笑うが、司祭は眉を顰め教祖へ忠告を促す。

「王都に滞在しているのも時間の問題だな、少々計画が変わるが良い機会である、かまわん、つれて来い」

 教祖の言葉に晶は頭を下げ返事をするのであった。





 翌日教会の前に勇は来ていた、左右を晶とマリアで挟んでいる。

「此処がライレウス教の教会か」

 見上げる勇は荘厳な教会に感嘆の声を上げていた。

「あとで中をご案内いたしますよ、さあ、中へ入りましょう」

 マリアは勇の腕を抱えこみ歩き始め、勇もつられて教会へ入っていく。

「此方でございます、少々おまちください」

 マリアが扉を叩き入ってよいか伺いをたてる、中から了承の声が聞こえ扉を開けた。

「な!? なんだこれは!?」

 扉の向こうは金色に染まった悪趣味な部屋である、それをみた勇は驚愕に染まった、その一瞬の隙を突かれ腕を後ろで縛られる。

「あ、晶!?」

 振り返るとそこには縄を持った晶が無表情に立っていたのである。

 勇は突き飛ばされ室内に入り強引に椅子へ座らされる、真正面にはふてぶてしい太った男が座っておりその隣に司祭のような男が立っていた。

「よくぞやった、褒めてつかわす」

「「ありがとうございます教祖様」」

 嫌な笑みを浮かべる太った男へ、マリアと晶は礼を述べていた、どういうことかと二人を見るがマリアはかしずき、晶は縄をもって勇の後ろに立っているだけだった。

「どういうことだ!?」

 激昂する勇だが、優位にいる所為か教祖は笑うだけである。


「なに、そやつら二人はライレウスの信者、いや我の手駒なのだ、そうだ特別にお主には教えてやろう」

 よほど機嫌が良いのか饒舌に話し出す。

「本来はマリアと勇者が婚姻を結び、我が教会の権力を上げることにあった。今は王に負け次点に甘んじているが勇者、またはその子供、魔王を殺した勇者の血を引くものを祭り上げれば民衆はより教会を信仰するだろう、そうすれば王を超える、権力を手にすれば我はより金が我が元へ集まってくるのだ」

「じゃあマリアの様子がおかしいのは……」

「我が仕組んだのであるな、少し度が過ぎているのは予定外だったが、まあよい、本来はその予定だったが途中で良いものが手に入った、その馬鹿者であるな」

 教祖が指差したのは勇の後ろに居る晶だった。

「勇者の友人が手に入り、親しくなっているマリアも居る、そこで二人を使用すれば疑いもせず勇者は此方へ連れてくることが可能だとわかった、そして我が力を持って勇者を信者へ変えれば、勇者が信仰する宗教として民衆から支持される、つまり本来よりも早く権力が手に入るということである!」

 興奮してきたのか教祖が両手を挙げ派手に振舞う、その姿を勇は鼻で笑うだけである。

「そんな都合よくいくか、話を聞いて俺がライレウス教を信仰するわけがないだろう」

「くくく、ははははははははは!」

 勇の言葉に教祖は馬鹿なことだと言いたげに盛大に笑い出す。

「なるのだよ、この我が力を持ってしてな!」

 教祖は懐へ手を突っ込みあるものを取り出した。

「そ、それで、晶とマリアを?」

「そのとおりだ! これは先代勇者が我が一族に伝えた秘術である! 先祖は勇者を敬い使わなかったようだが我は違う! 我が有効に使って進ぜよう」

 教祖が掲げるその手には。



 紐でつるされた五円玉があった。



「……」

 あまりに下らないので勇は言葉に出来ない。

「さあ我が僕になるがいい!」

 勇へと近づいた教祖は真剣な顔つきで五円玉を揺らす。

「あなたはだんだん眠くなる、あなたはだんだん眠くなーる」

 真剣にやる間抜け面に脱力する勇は頭を下げる。

「くくく、かかったブゴッ」

 次の瞬間教祖の顔面を思いっきり振りぬいた。

「きょ、教祖様! 大丈夫ですか!?」

 椅子の位置にいた司祭が助け起こしていたが、重くうまくいかないようである。

 ちなみにマリアはあまりの出来事にあっけに取られていた。

「な、なぜ、だ?」

 なんとか上体を起こした教祖は勇を指差す。

「あんな催眠術にかかるかよ、なあ晶」

「全くだ」

 立ち上がる勇の後ろには、切られた縄を持つ晶が立っているのであった。



[25596] 脇役十七
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/03/19 07:06
 太った男、教祖は頬を腫らしながら驚愕に染まり、晶を指差していた。

「馬鹿な! お主は我の催眠術にかかっていたはず! 何か企む様子はなかったとマリアからも聞いておるぞ! そうであろう!」

 教祖に問われるとマリアは無表情にかつ淡々と話し出す。

「はい、晶さんが素晴らしい人物だと隣の部屋で聞きました。その後はポーカーなるゲームをしたのち就寝なされました。」

 マリアが答え終わるときには晶は口角を上げていた。

「聞いていると思ったよ、マリアさんの部屋へ尋ねたら勇の部屋側に居たこと、そして勇とベッドの取り合いの時に部屋へ来た、そのことから盗み聞きしていると判断したんだ。だから口では催眠にかかったふり、本音は筆談でしたのさ」

「ポーカーをやったのは筆談をごまかすためだな、流石に話しとポーカーやりながらでは無理だったから終わったあとだけど」

 晶に続き勇も説明に加わる。

 晶がポーカーをやりだしたのは紙と書く物を手に入れるためである、また何に使うのかもトランプ製作だといえば良いのだ。

 ちなみに始めるまえに晶は催眠術にかかった振りをしていると、紙に書いて勇へ伝えてある。

「しかしマリアさんの病んだ原因を探ったら思わぬ内容が出てきたな」

 晶はもしかしたら宗教は何処も同じようなものかもしれないと呆れていた。

「お前達なぜこのようなことをする! 教祖様はなにも悪いことはしていないではないか!」

 突如司祭が教祖を支えながら睨み、怒声を張り上げる。

 その内容に晶は鳩が豆鉄砲を喰らった顔になるのであった。

「……この金ぴかな部屋と貯まりまくりの脂肪から、ライレウス教を私物化しているのは明らかだとおもうが?」

 勇も予想外だったのだろう、目が点になっている。

「何を言っている! 神官と同じ質素な部屋ではないか!」

「これで質素!?」

 一瞬何処も金で埋まっているのかと晶は驚くが、侵入したときにはそのような部屋は見ていないのを思い出す。

「なあ、お前は教祖の外観がどう見える?」

 もしかしたら司祭も催眠にかかっているのかと晶は試しに質問した。

「外観? 引き締まったお身体に優しさ溢れる穏やかなお顔、それに――」

「分かった、もういい」

 まだまだ続きそうだったので晶は中断させ予想通りだと溜息をつく、勇も理解したのか同じ態度であった。

「司祭もかけられていたのか、しかし催眠術は見ているものも変化させるのか?」

「電気が流れていなくても、流れていると感じさせる事が出来るらしいからな、別の物を見せる事も可能かもしれないな」

 勇の言葉に司祭も被害者かと哀れみの視線を晶は向ける。

「マリアさんを治すついでに司祭も治しておくか」

「そうだな、さて、今晶が言ったがマリアの催眠を解除してもらおうか?」

 勇は詰め寄ろうとしたが教祖が不気味に笑い始め、躊躇してしまう。

「なぜ我がそのような事をせねばならぬ」

「なに?」

「我の力はこの教会の神官すべてに及んでいる! ここで呼べば神官達が来るだろう、いかに勇者とて数には敵うまい!」

「じゃあ鍵かけておこう」

 いうやいなや晶は部屋の鍵をかける。

 この部屋は外から見えぬようにするためか窓は一つも無かった、そのため入口は扉しかない、神官達を呼んでも晶が鍵をしめたため入れない状態となった。

 状況を理解したのか教祖は青ざめる、しかしかぶりを振り叫んだ。

「ま、まだだ! マリアよ! 勇者達を捕らえろ!」

「しまった!」

 無理に抵抗すると怪我を負わせしまうため、マリアに襲われると非常にまずい、それでも避けきるためか勇は直ぐさまマリアへ視線を向け身構えていた。

「残念だったな」

 しかしそこにはマリアを縛り上げたジャースがいたのだった。

 勇と話を終えた後、晶はジャースのところへ謝りに行った、そのときマリアを利用されるのを阻止するために、隠れながら着いてきて欲しいと話し合っていたのだ。

その際同じようにポーカーと筆談を行っている、ジャースに頼んだのは晶としては念のためという部分が大きかったがそれが功を奏した。

「し、ししし、司祭、ゆ、うしゃを、勇者を!」

「く、申し訳ございません、特別に鍛えてあったマリアでもあの状態にされるのです、私ではどうしようも……」

「……」

万策尽きたのか、もはや教祖は二の句を上げることは出来ない様子である。

「いい加減マリアの洗脳を解いて貰おう」

 勇が再び詰め寄るが、教祖は口を堅く閉ざし顔を背ける。

「な! こっちを向け! 催眠を解け!」

勇は顎を掴み揺らすが頑として口を開く様子が無い。

「この!」

イラつきながら勇は拳を振り上げる、しかしそれを晶は掴み止める。

「晶!」

「ちょっとこっちこい、ジャースさん、そいつら逃げないよう見張っていてくれるか?」

「わかった」

訝しげな顔をしながらも、勇は大人しく晶に連れられ部屋の隅へ移動した。

「あいつら放置するのか!?」

「そんな訳あるか、勇にやってもらいたいことがある」

 首を傾げる勇に晶はあるものを見せた。

「それって」

「そうだあいつが持っていた五円玉だ、こいつであいつに催眠術かけろ」

「効くのか?」

「正直わからない、けど勇なら催眠術のかけ方とか詳しいだろ?」

「光の反射だったり反復運動による思考の低下だったり色々あるが……そうだな、やるだけやってみよう」

「ジャースさんこっち来てくれ」

 晶は巻き込まれないよう呼び寄せ、五円玉を受け取った勇は教祖へ向かう、そして五円玉を無言で揺らし始める。

「な、なんだ? 我を操ろうというのか!? 止めろ! 止めろ、そんな、もの、我、には……き……か……」

カクンと頭を下げる教祖だった。

「自分でやっておいてなんだが、効くものだな」

 あまりの効きの良さに呆れ果てる勇であった。

「そんなにも簡単なのか? 晶もやり方分かるか? 分かるならオレにもやり方教えてくれ」

「どうだろう? 勇ほど簡単にはいかないかもしれないな?」

 催眠の様子を見たジャースが聞くが、晶はやっても効果が薄いか時間が掛かる、というか効かない可能性が高いと考えていた。

「予想だがアレは多分思い込みによる効果が高いと思うぞ、先代勇者、正義の味方で英雄の素晴らしい人物だ、かけられた人達は勇者の力は絶大という認識があるはず、つまり勇者から受け継いだ力にも絶大な効果があると多分思い込んでいるだろう」

「確かに催眠術は疑う人より、素直に信じている人の方がかかりやすいらしいからな、勇者から受け継いだ、というのがミソなわけだ」

勇の補足に晶は頷く。

「たぶん勇者から受け継いだと言わずに同じ事をやっても、かからないだろうな」

「だったらそれを言えば効果はでるのか?」

ジャースはそう言うが晶は首を横に振る。

「その辺も人が言っても勇者に何の繋がりもない、根拠がない時点で疑われて効かないだろうな、それにひきかえ教祖は立場から信じ易い、教祖自体も今まで成功してきた催眠と勇、というか勇者そのものが行った事が酷くかりやすかった原因だと思う」

 なるほどとばかりに感心するジャースであった。

「さっそくマリアの催眠を解除させるか」

勇が教祖へ命じようとした時ジャースが口を開いた。

「直接マリアにかけて解除したら良いんじゃないのか?」

「「あ」」





「王様も結構奮発したな」

勇は船を見上げながら感心しているようだった、あれから数日経ち、船の準備ができたので港へ行くと、晶達の目前には立派な船が横たわっていのである。

「もとは王族が使う船だったのだが、使いやすさや頑丈さを求めて改修したものだ、本当はもう少し時間が掛かるところだったがライレウス教から資金と人員の援助があったから大分早くなったな」

「そんな大事なもの改造して大丈夫なのか!?」

 王族の船を使用したことに驚きを隠せない勇は目を見開いていた。

「大丈夫……余り使って……いないから……有効利用って……おっしゃていた……それに……まだ他にも……船は……ある」

「それなら良いが……」

 メイの答えを聞いても勇は不安げである。

「ふふ、安心なさって下さい勇者様、さあ行きましょう」

「お、おう……」

マリアに腕抱き抱えられて、船に乗り込む勇の顔は緊張に彩れている。

 後ろを歩く晶はその様子をみて溜息をついてしまうのも仕方なかった。

 マリアの催眠は解こうとした、しかしどう解くかが問題であった、元に戻れとすると、元とはどんな状態かわからない、また、催眠を忘れろ、としても催眠時の行動を覚えているので、行動の理由に矛盾が生じ苦悩、過剰なストレスで異常をきたす恐れがあった、全て忘れさせるのは問題外である。

 そこで取ったのが催眠をかけている部分――五円玉を揺らすから本人が眠るまで――を忘れさせたのだ、催眠時の命令とそれに伴う行動を全て覚えているため、自己嫌悪するなどの不安要素が懸念されたがその時はそれが最善であった、事実マリアはかなり塞ぎこんでいた、しかし勇達の励ましにより元気になっていったのである、たが一つ問題が残っていた。

「勇者様の隣、勇者様の隣、ふふ、フフフフ、フフフフフフフフ」

 顔を引き攣らせた勇に腕を絡ませるマリアが不気味に笑う、船内に個室が用意され、勇の隣の部屋はマリアになっていた、その事が嬉しいのだろう。

「結局治らなかった、というか催眠術なくても病んだ……天然か……」

 教祖も予定外みたいなこと言っていたなと晶は溜息を再度つく、本来の目的はマリアのヤンデレを治すことであったが、達成することはなかった。

 代わりにライレウス教の教祖を改心することが出来た、改心と言っても勇が催眠をかけ、司祭が言っていた人物像にしたのだ、もちろん五円玉は没収してある。

 部屋にあった金の装飾などは全て売り払い質素な暮らしをしているらしい、先程ユナが言ったがライレウス教からの援助は教祖の指示だろう。

「天然物なら仕方がない、勇のハーレムの安全は勇の双肩にかかっているのだ!」

 勇への信頼という丸投げをする晶であった。



[25596] 脇役十八
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/04/16 09:27
「ここに居たのか……ずっと海を見ていたのか?」

 甲板にでたジャースが目にしたのは、船の縁に寄りかかり海を眺める晶の姿であった。

「ああ」

 晶の素っ気ない返事にジャースは眉をひそめる。

「砂漠しか知らない身としては、あたり一面水で覆われているのはどうにも不思議だな」

「ああ」

「……晶?」

「ああ」

「…………お前って女だったんだな」

「ああ」

 あまりにおざなりな態度にムカついたジャースは晶の頭を挟み、無理矢理振り向かせる。

「ハゥ!」

 グキリと音がして晶が呻いたが、無視を決め込み目を合わせた。

「なんだその態度は? ん?」

「ご、ごめん、ちょっと、考え事」

「考え事? 悩んでるのか?」

 妙に慌てる晶を力まかせに押さえ付けジャースは促す。

 途端に顔を赤らめて目が泳ぐ晶に疑問を浮かべていたジャースだったが無視を決め込んだ。

「そ、それよりも、近い」

 晶に言われいまどういう状態か理解する。

 相手の頭を両手で支え顔を近づけているのだ、客観的に見るとそれは口付けを交わそうとしているようだった。

「だからどうした?」

「うぇぇ!?」

 驚きからか、目を見開き奇声をあげる晶だがジャースは違った。

 この状態になんら不快感は無い、自身も心拍数は上がっているがむしろ心地良いぐらいであった。

 晶が教会に潜入した時にあんな些細な事でやたらと腹が立ったが、そのあと謝りにきたときの言葉が嬉しく感じたのを不思議に思いしばらく悩んでいた。

 気晴らしに町へ出たときである、幸せそうな家族を見たさい夫婦を自分と晶に見立て、そして晶と家庭を持ちたい事に気がついたのだ。

 正直に晶へ告げようとしたが、いままでに無い変な緊張と断られたらという恐怖感から告げられないでいた、しばらく臆病風に吹かれた事に酷く落ち込んでいたものである。

 その反動なのかはたまた元の性格からか、行動で示したりする事にそれほど恥ずかしさは無いジャースであった。





「それで? 悩みは?」

「わかった! わかったから離してくれ!」

 晶は何とかこの恥ずかしい状況から抜け出そうと白状することにした。

 ジャースが渋々と手を離す、正直名残惜しかったがあの状態ではまともに話す事は出来なかっただろう。

 どうにも教会の件からジャースが接触をはかってくることに晶は困惑していた。

 オレに惚れたのか? などと考えたこともあったが昔女子にも苛められていた事、そして足手まといな自分に惚れる理由が無いため、勘違いだと自分に言い聞かせている。

 そう足手まとい、それが晶の悩みの種であった。

「教会に潜入したとき捕まっただろ、それにジャースさんと知り合ったときも人質になった、オレって役立って無い、というか足手まといだなと思ってな」

「人質になってもそこからオレを引き込んだし、教会では騙したりしただろ?」

 失笑する晶を見兼ねたのかジャースがフォローしてきた。

「それは結果論だろ? 捕まる時点で駄目な事決定だ」

 溜息混じりに言い放つ晶は再び海へと視線を向ける。

「出来る事は猟師として罠を張り狙撃したり存在感を無くしたり、あとはこの小さな少女達に頼む事ぐらいだな、もっとも魔術があるから狙撃出来る武器が無い、少女達も小さなことしか出来ないからなぁ」

 力無く笑ったあと溜息を盛大につく晶であった。

「暗殺術も教えたが、上手くいかなかったしな……」

 多少は上達したがあくまで多少で、実戦に使うにはまだまだ先である。

「そういえばその少女達は何なんだ?」

 ジャースがふと思い出したように問い掛けてきたので晶は改めて少女達を観察する。

「実はオレもよく分からない、分かっているのは、呼びかけたら来る、各色に応じて火種をだしたり水を出したりできる、あ、そういえば魔術を使用しているようにみえるな」

「魔術を? どういうことだ?」

「魔術士が手をかざして発動しているけど、オレから見たら手をかざしているのは少女達だな、例えばファイヤーボールだと魔術士が手をかざして唱える、すると赤い子が二人近寄って同じく手をかざす、その先に火球が発生して赤い子達が楽しげに笑顔で火球を転がして行く、そんなんじにオレは見えるな」
 晶は顎に手を当てて思い出す、他にも氷柱を三人で頭上に掲げて走る姿もあった。

「何だその子供の遊戯は?……ん?待てよ……」

 呆れた感じのジャースだが何か閃いたのか手を叩く。

「ちょっかい出したらどうだ?」

「ちょっかい?」

 どういうことだと首を傾げる晶に対し、名案だといいたげにジャースはニタリと笑う。

「晶は少女を呼べるんだろ? だったら唱えている間に呼べば阻害出来るんじゃないか」

「成る程、確かに出来そうだな」

 いけるか? と思ったがすぐさま晶の顔が渋くなる、その顔ジャースは何だと疑問符を浮かべているようだった。

「魔術師は遠距離で放つんだろ? その距離までオレの声が聞こえるのか?」

 そんな晶の答えにジャースも困ったようだが直ぐに口を開いた。

「だったら……試してみるか?」

「試す?」

「魔術師に実際に撃ってもらって何処まで通用するか試す」

「え? いや、ちょっとまて! それって色の少女のことを話さないといけないだろ!? また少女好きとか言われたくないぞ!」

 晶は又蒸し返されるのかとジャースを止める。

「別にいいだろ? オレは晶が普通の女が好きだって信じているからな。 信じれない奴等は無視しておけばいいさ。」

 なも言い返せない晶は手を振りながら歩いていくジャースを見送るしかなかった。





 ジャースが扉を開け放ち、全員集まっている一室に入ってくると実験をするから来いとメイの腕を掴み連れ出した、メイは突然のことで混乱しかけるが驚きながらも勇が引きとめたため正気に戻り説明を求める、晶の実験に必要だが見たほうが早いという説明にならない事を言われ、引きずられるままに甲板につれていかれるのだった。

「連れてきたぞ」

 ジャースがそう言いながら甲板に出ると晶が諦めた顔で立っていた。

「本当にやるのか?」

「当然だろ」

「上手くいかなかったらどうしよう・・・・・・」

 肩を落とす晶をよそにジャースが海に向かって何でもいいから魔術を放てとメイにいうが、なにがなんだかわからないと首をかしげるメイ達である。

「なんなんだ? いい加減に説明してくれないか?」

「実験だからな、成功したら説明するよ勇、メイさん頼む」

「・・・ん」

 勇が聞くが晶は肩をすくめてるだけである、益々理解が出来ないメイであったが放てば分かるようになると頷く。

 魔術を放つには己の中にある魔力を息と共に空気中拡散して周りの魔力と掛け合わせる、その際頭の中で形状、射程、範囲、発動するために必要な正確な魔力量等を思い浮かべるのだが、唱詠することにより明確にすることができるのだ。

「!?」

 あり得ない感覚にメイはめを見開く、魔術をいつも通りこなすメイであったが突如魔力が霧散した、正確には自分の魔力を残して空気中の魔力のみが散っていったのである。

 失敗したかと思ったが今までに体験したことが無い事だった、いったい何が起こりこうなったのか皆目見当がつかない、メイは一番怪しいのはジャースになにをしたのかと視線をなげかける。

「どうしたの?」
 
 一向に魔術を打たないメイを不思議に思ったのだろう、マリアが首を傾げている。

「魔術……放てなかった……」

「ええ!?」

 同じ魔術を使うものとしてマリアの驚もひとしおのようである。

 メイ達は何かした様子すら見受けられなかった、ジャースと晶に驚きの視線を向けるのだった。










「成功したみたいだな」

「オレもこんなに上手くいくとは思わなかったな」

 ジャースに肩を叩かれ頷く晶は先ほどの現象を思い出していた。

 メイが唱詠すると周囲にいた青色の少女が三人反応し集まり始める、集合したところで晶は一人を凝視すると、視線に気づいたようで顔を向けてきた。

 晶はこちらに誘うと青い少女は躊躇することなく晶の側によってきたのだが、残りの二人は首をかしげたあとにどこかへ飛んでいったのである。

 ふと視線を感じ振り向くと勇達が困惑した顔で晶達をみていた、見えていない者からすれば何が起こったか全く分からないだろう。

「今やったのはオレだ」

 晶は手を挙げて主張する、勇達の視線が集まり先を促してきた。

「勇者の選定覚えているか? あそこでオレが溺れてから少女が見えるといったげど、あれはまだ見える」

「あのとき治ったんじゃないのか?」

「治って無いよ、お前がオレを少女趣味にしようとしたからだろうが!」

「え? 違うのか?」

「違う! そこも不思議そうな顔しない!」

 晶が指差す先にはユナ達三人がいる。

「兎に角オレには少女達が見えて、そいつらでメイさんの邪魔をしたんだ」

 更に先ほどの現象を詳しく説明するが、やはり見えないものを信じて貰うには難しいものである。

 勇達が疑惑の表情を浮かべているが、だめ押しに晶は茶色の少女に頼んで石を大きめに出してもらった。

「なんだそれ!?」

突然人の頭ぐらいの石が虚空から出現したようにみえるのだろう、驚くのも無理はない。

「今の現象メイさんとマリアさん、魔術を扱う者から見てどうだ?」

 勇を無視して茶色い少女の頭を撫でながら二人に聞くと、頭のなかで分析しているのか晶を凝視して考え込んでいるようだった。

「……よく分からない……予兆も……魔力をが集まる様子も……まるでなかった」

「そうね、本当に突然出てきた、という感じね」

「そんな風に見えるのか……」

 二人の意見に思った以上に使えそうであった。そして先ほどの少女達の行動から一つ予測をたてる。

「じゃあ次の実験だな、メイさんもう一度撃ってくれないか」

「……ん」

 再度海へ放つため手を掲げる、同じ魔術なのだろう再び青い少女が三人集まる、今度は凝視せずに見送った。

 三人青い少女が手をかざし氷柱をつくり、頭上に持ち上げるようにする、それをつかみエッチラオッチラ走っていった。

 小さな少女が行い可愛いがかなり速度があった、なんとか一人を目で追いこっちへおいでと誘うと晶へ顔を向け、氷柱を離し晶の元へ飛んでいく、 途端氷柱は消え去り取り残された二人の青い少女は首をかしげたのちどこかへ跳んでいくのだった。

「途中で……消えた……!?」

 かなり驚いたのだろう、あまり表情の変わらないメイの顔が驚愕に染まっていた。

「ふー、飛んでいるのはとらえるのはきついな」

 魔術の速度は総じて速かったが、自身に飛んできた場合には距離があれば対処できそうであった。

「いまのは?」

「放った後に呼んでみた、唱詠中にできるなら撃ったあとも出来るかと思ってな」

「なるほどな、しかし少女達には晶の方が優先順位が高いみたいだな」

 ジャースの言葉に晶も頷く、唱詠中にしろ放った後にしろ晶が呼べば中断して寄ってくるのだ、魔術師よりも晶の方を優先しているのが分かる。

「俺には見えないが本当に居るみたいだな」

「見えませんからにわかに信じられませんが居るのでしょうね」

「同意……」

「私にも見えないが、一体なんなんだろうな?」

 各々意見を述べながらも不思議そうに晶を見ている勇達である。

 晶は青い少女を撫でてあげながら魔術に対して優位に立てると嬉しく思っていたが、欠点が浮かびうな垂れる。

「どうした晶?」

「いや、防御は良いとして結局攻撃には向かないな……と」

 ジャースがなんとも言えない顔になっていた。

「情報収集とか索敵とかならいけるんじゃないか?」

「どういうことだ?」

 勇が何気ない感じで口にしたが晶には妙案に思え詳しく聞きだす。

「つまり気配が無いから隠密行動可能、結界とか張られてもかき消せるから進入も容易、それにタウロの時みたいに神話とかの話も色々知ってるから、そこから弱点探るとかちょっとした作戦練るとか、魔術師に張り付けば魔術を封じれるだろ」

「完全に補助へ回るということか……それぐらいしか役に立たなさそうだな」

 晶は少しでも役立てる道をみつけたことに嬉しさを感じているのだった。



[25596] 脇役十九
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/04/23 17:14
「やっと着いたな」

 あまり動くことない船の上だったため、固まっていた関節伸ばしながら晶は船を降りる、色々と意匠が凝った作りの港に足をつけると開放感があり、非常に晴れやかな気分だった。

「ここが最北の町、グリンか……意外と賑やかだな」

 先に下りていた勇が周囲を見回しながら感嘆の声を上げていた、晶も改めて町を見るとそこには数多くの人が行き来しており、また大きな港には豪華な船が少数泊まっている。

「ここには近くに火山がありますから温泉が湧きます、それを求めて多くの人が来る古くからある観光名所ですよ、これでも少ない方です」

 マリアが案内係の如く手をかざしながら勇へ説明をしていた。

「これでも少ないのか?」

 いまだ周囲を見回す勇は疑問を口にしていた。

「そうだな、魔王が現れてから魔物も活発になった、陸路でいくにしろ海路で行くにしろ危険だ、此処までたどり着けるのは護衛を雇える金持ちの商人か貴族ぐらいだろう」

 ユナの答えに晶は納得していた、実際に海上では蛸やイカなど海洋生物の姿をした魔物に襲われていたのである。

勇達が撃退し晶は気配を消して戦闘を観察、何か敵の弱点とかを探し出してみたりと実地で訓練したりしていた。

「流石に寒いな、一旦どこかに入って温かい物でも飲みたい」

 港であるために風が強くまた気温も低い、保温性の高いマントをしているがかなり冷え込み晶は首をすぼませる。

晶達の姿は全身白色になっていた、正確には白色のマントを羽織っているためそう見えるのだが、ジャースと晶は白い雪の世界では黒は目立ちすぎ、隠密性を高めるため雪とおなじ色の白い服を着ているのである、ちなみにジャースは流石に極寒の地で砂漠での格好は危ないので、動きやすいように少し薄手の長袖長ズボン、その上には保温性の高い厚手の毛皮のマントを羽織っており、そのマントは全員に支給されていた。

「確かにそうだな」

 寒さになれていないはずであるジャースは同意しているが、背筋を伸ばし確りと立っているため寒がっているようには無い。

「あそこがいいかも……温まりたい……」

 微かに身体を震わせながらメイが指差した先には、こじんまりした店があった、コップの看板が掛かっているため飲食関係とわかる。

「そうだな、そこで今後の行動も検討するか」

 勇が先頭を歩きだす、寒がっているはずだが毅然と歩いていき、それに続いてマリア達も向かって行った。

「……」

 皆の姿を見て晶は少々困惑していた、首をすくませて腕を組み、少しでも熱を逃さないようにしているのは晶だけであり、自身だけが寒がっているのはおかしいのかと呆然とするのであった。

「どうした?」

 その姿を見たのかジャースが不思議そうに晶へ声をかける。

「いや、なんでもない」

 正気を取り戻した晶は首を傾げるジャースと共に店へと入るのだった。

 一枚扉を押し開くとカウベルが緩やかに響く、音に気付いた店員が視線を晶達によこし、いらっしゃいませと挨拶をするその声は低く穏やかであった。

 カウンターとテーブル二つほどの小さな店であり、一番奥にあった丸テーブルの周囲に座る、晶はメニューからミルクティーらしきものを頼み一息ついた。

 人間考えることは同じような物になるのか、この世界では似ている料理が数多く存在しており、いままで旅をして徐々に何が何に似ているかを晶達は覚えいった、ミルクティーもどきもその一つである。

「さてと、これからどうする? 前と同じように、色々町の人から話を聞いてみるか?」

 勇が椅子に腰掛けながら全員に問う。

「そうですね、やはりその方法が一番いいかもしれませんね」

 マリアも同じ意見なのであろう、湯気が上がるコップで手を温めながら頷いていた、寒い地域ゆえなのだろう、昼間から酒類も販売されていたが流石に頼んではいない。

「よし、これを飲んでから聞き込みを開始するか」

 勇が決定を下し全員了承していた、その手元には晶と同じコップがあり、届く匂いからコーヒーもどきを飲んでいるようである。

「いや、その前に宿屋の確保か」

「兼集合場所……でもある」

 勇が思い出したように顔をあげ、メイも同意しながら頷いていた。

「では少し聞いてこよう」

 ユナが席を立ち、静かにカウンターに居る店員の下へ聞きに行く、思いのほか分かりやすいにあるのか少し話すと直ぐに戻ってきた。

「どうやらこの近くには無いが、もっと奥に、火山側へ行ったところに色々と宿があるそうだ」

 ユナが口にしながら席へと座る。

「あー、そういえば此処は温泉街でもあるんだったな? でも結構値が張りそうだな」

 マリアの説明を思い出し、裕福な層しか来ないならそれ相応に宿も豪華になっていそうだと口にしながら晶は渋い顔つきになる。

「その辺りも聞いてきた、すこし奥待った所にあるパウノという一般向けの宿が良いらしい」

「よし、ここからそこへ行きながら情報収集するか!」

ユナの言葉から勇が意見を出し、全員同意するのだった。





「ところでユナさん、少し良いか?」

 晶がコップを置き、肘を立てて目の前で手を握る姿はさながら悪役といった感じである。

「ああ、いいぞ」

 ユナはゆっくりと飲みながら答えた、ジャースは椅子にもたれながら啜り、興味があるのか暇なのかその視線は晶に向く。

 勇が飲み終わるのを切欠に次々に情報収集へ出かけ今居るのは晶、ユナ、ジャースの三人であった。

「勇とうまくいっているのか?」

 一瞬の沈黙の後、ようやく晶の言葉を理解したのだろうユナは一気に噴出した。

「い、いきなり何を言い出すんだ!」

 コップをテーブルに叩きつけるユナの顔は真っ赤に染まっている。

「だってそうだろう? 色々と手助けしてきた身だ、気になるのは当然だろ?」

 勇に惚れた女性達のゴタゴタを楽しむ晶は砂漠の祭壇で勇に惚れたユナは対象へ入れていたのだ、当然同じく勇に惚れているマリアも色々と手を回しているのである。

 晶はアドバイスという形で引っ掻き回すため、しっかりと覗いていることは黙っている、こうして本人から聞いておけば、勇と本人しか知らないことを知っていてもおかしくはないという思惑もあった。ちなみにマリアにも同じ事をしている。

「う、うむ、まあ、親密にはなってきているな」

 こういった話は余り得意ではないのだろう、顔を赤くして恥ずかしそうである。

(あ、あれで!?)

 晶は内心で驚いていた、王都で教会の件が終了した僅かな時間や乗船中にも二人きりになるように仕向けその様子を見ていたが、ある程度の距離までしか近づかない、手も繋がない、そんな状況だったのである、それで親しくなったと言えるのだろうか? 

「そうなのか? 当然手を繋いだりしているよな?」

 そんな驚愕していることを晶は顔に出さず平然と質問する。

「そんなこと出来る訳がないだろう!」

 ユナは羞恥心からか吼えまくった。

「そうか……それは残念なことだ……」

 晶は残念そうにため息つきながらおおげさに首を振る。

「どういうことだ?」

 晶の態度から何かを感じたのだろう、ユナは問い詰めるように身を乗り出しいてきた。

「実はマリアさんが勇と町を二人きりで楽しんだと聞きいてね……なんでも仲睦まじく腕を組んでいたとか……」

 残念そうに話す晶だがそのマリアと勇の姿は、王都でマリアを教会から離すために勇に頼んだ事である、腕を組んでいたことは勇に後から聞き出していた、そしてそのことは勿論秘密であり、ばれない様に密かに進行していた。

「な、なんだと」

 余りの驚きに仰け反るユナの後ろには雷を幻視しそうだった。

「だからユナさんも頑張れよ、大丈夫だ、勇はユナさんのことを嫌っている様子は無い」

 晶は安心させるように微笑み応援する。

「今皆バラバラに情報集めている筈だからな、勇も一人になっている可能性が高い、ちょうど良い機会だよな」

 囁く晶の顔は天使、後ろには悪魔の尻尾が見え隠れしているようである。

「そうか、そうだな、私は騎士だ、いつまでも怖気づくわけにはいかないからな」

 晶に唆されたとは気づいている様子は無く、むしろ気合を入れてもらったと感じたのだろう、ユナは一気に飲み干しさっさと出て行く。

「なあ晶、何をやっているんだ?」

 ユナと晶のやり取りを見てジャースは疑問を口にする、その手あるコップにはまだ中身が残っているのだろう、湯気が上がっていた。

「何を、とは?」

「さっきのユナとのやり取りだよ、大分前だが同じ様にマリアもけしかけていただろ?」

 晶はユナだけではなくマリアにも同じようなことをしていたのである、勇と出かけ協会へ戻りにくくするためもあったが、勇との仲を進ませるためもあった、その結果の一つがマリアと勇が腕を組んでいたことなのだ。

「そうだな、ジャースさんには言っておくか……」

 晶はテーブルに肘をたて、コップを持ちながら話し出す、ジャースも体勢は変わらなかったが目は真剣に見つめていた。

「そんな真剣な話じゃないから気軽に聞くだけでいいさ、勇は見ての通りほぼ完璧な男だ、容姿は完璧、成績優秀、運動神経抜群、困った人を見過ごせない優しさを持っている、弱点が殆どないな、あるとすれば自分に向けられる好意に鈍感な事ぐらいだな。当然小さいころから多くの女性から好意を寄せられてきた、そうなるとあまりいい気がしないのが男性側だろう、そのなかにも自分は居たんだ」

 口を潤すためコップに口をつける晶。

「少し話が飛ぶが、オレは十二の時に影が薄く幽霊みたいだといじめを受けていたのだが、正義感の強い勇はオレを助けに入ったんだ、最初はオレと間逆の性質とモテまくっていたことから嫉妬して口をきかなかったり、勇を無視していたりしていた。それでも勇はそんなことを気にせず、しつこく話しかけたり誘ったりしてきた、そしてついにはオレが根負け、さっきも言ったように勇はもてる、でも嫉妬した男性側から何か酷いことをされたという事がないんだ、せいぜい嫉妬の視線を向けるだけ、つまり男性からもなんだかんだで好かれているんだ、女性にばかり優しいというわけでは無かったからな。オレも結局勇のことを嫌うことが出来なくなった、それに見ていると結構楽しい事がわかってきてな、まあそこで嫌うことが出来ないのなら勇で楽しいでやろうと考えて、勇を取り巻く女性たちをそそのかし、仕込んで、勇が困る姿や女性たちの取り合う姿を見て楽しむことにしたんだ」

 ようは晶からすると恋愛小説や主人公がしっかり設定されているゲームのように、主人公に感情移入するのではなく、傍から見て楽しむ、そんな感覚である。

「なるほどね」

 納得したのかジャースは何度も頷いていた。

「確かにあいつ等見ていると面白いな」

「だろう」

 お互いにニタリと笑う、晶に新たな――勇達でからかい楽しむ――仲間が増えた瞬間であった。





「お、居たな」

 晶の視線の先には、勇とユナの二人が店の中に入る所である。

 飲んだあと晶達がおこなった事は伝説などの情報収集とユナの捜索であった、話を聞いたついでにユナの目撃情報も聞き出しあとを追いかけていた。

「オレ達も入るか」

 晶は音を出来るだけ立てないよう扉を開き店に入っていく、中は結構煌びやかであった。

色とりどりのガラス製品や様々な布製品などが並んでおり、幸運なことにお思いのほか身を隠しやすく風景に溶け込み勇達に近づいていった。

「店主、少しいいか?」

 ユナがエプロンを掛けた体がふくよかな女性に話しかけている、この女性しか居ないので店主と判断したのだろう。

「はい、いらっしゃい」

 商品の点検をしていたのだろう、店主は振り返り返事をする。

「少し聞きたいことが――」

「あら! 美人さんだねぇ、ははん、お隣の美形な彼氏に何か買ってもらうのかねぇ?」

「え! あ、あの、その……そんな……」

 ユナが話を聞こうとしたのを店主は途中でさえぎり笑顔で喋りだす、その際勇のことを彼氏などと言われ、不意を突かれた形だったのだろうユナは顔を赤くしてしどろもどろな返事をするばかりであった。

 その様子を不思議そうに見ていた勇が見かねたのか、ユナに代わり話を切り出す。

「いや、彼氏彼女の間柄じゃないよ、それよりも話を――」

「そうなのかい? いやぁ勿体無いねぇ、二人が揃うととても様になるのに、それだけ美男美女だと回りも放っておかないんじゃないのかい?」

「ですから話を――」

「なんだったらこの際付き合ったらどうかね? いいと思うけどねぇ? それとも何かい? 他に誰か好きな人が居るのかね? だったらしょうがないねぇ、それでも振り向かせるのが面白い所だと私は思うよ」

 店主は余程話し好きなのかはたまた恋愛事が好きなのか次々に遮って話しまくる、ついに勇は駄目だと顔に手を当てて首を振っていた。

「ユナ、別の所いこう……ユナ?」

 勇が声をかけたが反応が返ってこない、それもそのはず其処には真っ赤に染まり硬直しているユナの姿があった。

「彼氏……付き合う……」

 その口からはなにかボソボソと口走っており、少しはなれた晶達にも全てではないがぶつ切りで聞こえる単語から勇と恋仲と思われ恥ずかしがっているのが分かった。

しかし勇は気付いている様子は無く、焦っている様子と表情からユナが怒り心頭などと勘違いしているのが晶には理解できた。
 
「えーと、とりあえず出るぞ!」

 そのうちにぶち切れると勝手な思い込みによる危機感からだろう、勇はユナの手を掴み逃げ出すように店を出て行った、そしてそれを笑顔で見送る女店主であった。

「すごくニヤニヤするな」

 勇達の後をおって店を出た晶は口元を片手で覆い表情を押さえ込んでいる。

「いつも凛とした奴が、あんなにも恥ずかしがりやとは思いもよらなかったな」

 同意するようにジャースの口調も楽しげである。

「だな、さて見失う前に追いかけるか」

 追跡を続行する晶とジャースは情報収集もそこそこに勇達で楽しむのであった。



[25596] 脇役二十
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/04/29 20:44
 日も落ちて薄暗い町の中、一階が酒場になっている宿パウノはにぎわっていたが隅にあるテーブルではある一行が暗い雰囲気を漂わしていた。

 明るく酒を飲みたい客が多いのだろう、その周囲には誰も近寄る様子は皆無である。

「どうする?」

 一行の中に居る腕を組んでいる美男子、勇はため息混じりに晶達に質問する、暗い雰囲気の一行は勇達が出していたのだ。

「どうしましょう? まさか何も無いなんて思いもしませんでした」

 心底困った表情のマリアが言うようにこの町及び周囲の地域には噂どころか伝承も御伽噺もなに一つ無かったのだ。

「明らかにおかしいよな」

「そうだな、普通子供を戒めるためや教訓を伝えるためとか、さまざまな理由で残されているものだ。せいぜい出来たばかり、歴史の浅い町なら無いことも分かるが、この町グリンは結構古くからあるからな」

 眉を顰める晶と同じ思いなのだろう、同意するユナの表情も大分厳しくなっている。

「魔王の……仕業?」

 メイの意見がもっとも納得いく理由であった、しかし町一つに影響与える力を持っているなど認めたくないのか誰一人驚きもせずに黙り込んだ。

「封印の文章を元に探すしかないな」

「それしかないか……」

 勇の意見に全員同意する。

「後の封、凍てつく吐息に晒されし山の恵み、深く沈み、青き世にて目覚めを待つ、ですね」

 マリアが文章を読み上げ、全員に見えるように本を開いてテーブルの中央に置いた。

「凍てつく吐息は……多分寒い地域……または吹雪で……あっていると思う……」

「だな、山の恵みってなんだ?」

「果物や木とかでしょうか?」

「それだと深く沈みってのに繋がらなくないか?」

「たしかにそうですね、中に入っている場合だと沈むとは言いませんし」

「晒されている……外にあるもの……? 沈む……水中……?」

「水中で深い……海か? 元の世界に青の洞窟ってのがあったが……いやそれだと山の恵みにはならないな」

 勇とメイそしてマリアは身を乗り出してどんどん話が進んでいく、三人とも頭を使うのが得意なのか次々と出てくる。

「ユナさんは参加しないのか?」

 晶は黙って座っているユナを見る、頭が悪いわけではないのに背もたれに身体を預け、ジッと見詰めているだけで疑問に思ったのだ。

「大概言われているからな、出る幕はないだろう、二人はどうなんだ?」
 
 同じく参加していない晶とジャースに疑問の視線をユナは投げかける。

「色々考えてはいるさ、オレ達が居た世界に青い場所っての何があったか思い出したりな、海岸沿いにある洞窟とか雪に埋もれているとかな、でもユナさんと同じく勇に言われたりしている」

「興味ないな」

 晶は苦笑を浮かべて手を振り、ジャースは我関せずとばかりにコップに口を付けるだけである。





「だとしたら……湖?……」

 大分話し合って絞り込んできたのだろう、メイが一つの答えにたどり着く。

「可能性はありそうだな」

 湖と聞こえ、あることが思い浮かんだ晶はポツリと呻く、思いのほか大きかったのか全員の視線が集中し先を促していた。

「湧き水で出来た湖なら山の恵みに当たるかもしれない」

 晶の言葉で思い出したのだろう、勇が嬉々として続きを喋りだした。

「そうか! 湧き水は山に降った雨がろ過されて出てきたもの、この町は天然温泉も湧き出るから湧き水は豊富だ!」

 晶も同じ意見なので頷く。

「そうですね、それが一番理にかなっていますね、でも……」

 マリアも納得顔だったがすぐさま困惑した顔つきになった。

「湧き水が豊富なら多くありそうですね」

「そりゃ……そうだよな……」

 瞬間勇は頭を抱えて座り込む、やっと問題が解決しそうになったところで又も新たな問題がでたのだ無理は無いだろう。

「あー、くそ!」

 よほど煮詰まっているのか苛立つ様子で髪をかきむしる。

「一度問題から離れて、スッキリさせたほうがいいのかもしれませんね?」

 苛立つ勇を初めて見た所為かマリアは恐る恐る勇へ進言する、その指差す先には温泉の印がある暖簾が掛かっていた。

「そうだな……久しぶりに温泉にはいるか」

 勇も気持ちを切り替えた方がいいと判断したのだろう、席を立とうとした時声がかかる。

「勇さん?」

 メリハリのある豊満な体、笑顔絶やさない表情、大人の魅力を放つ美女がいた。

「マーガレットさん!?」

 勇は思わぬ所で聞き覚えのある声だったためか驚きながら振り返った。

「あらあら、お久しぶりね、こんなところで出会うとは思わなかったわ」

 頬に手をあて微笑むマーガレットの服は大分変わっている、寒い地方独特の頭まで覆う毛の生えた防寒着着込んでいて多少着膨れしている感じだが相変わらず様になっている。

「久しぶりだな」

「ええそうね」

 握手して再開を喜ぶ勇とマーガレットであった、しかし嫉妬による鬼の気配が特定の二人から発していることに気が付いているのだろうか?

「だれだ?」

 初めて顔合わせするジャースが晶に耳打ちする。

「彼女はマーガレット・デイ・シーさん、一般市民だけど何だか行く先々で会う人だな」

「ふーん」

 晶の説明を聞いた後、ジャースは探るような視線をマーガレットに向けていた。

「晶はあんな女性のほうが良いか?」

「あんな女性とは?」

 ジャースの質問の意図が掴めず晶は聞き返す。

「出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる、そんな女性」

 どうやらマーガレットの体つきに多少嫉妬を覚えているようである。

「うーん……オレとしては全体に細くてしなやかな体っていうのかな? 簡単に言えばジャースさんのよう名体つきの方が好ましいな」

 悩みながらも自分の理想を並べる晶は自身が恥ずかしいことを言ったのを自覚し、赤面して頭をかいていた。

「そうか」

 そっぽを向いくジャースの言葉は少なかったが、何処となく嬉しさが含まれているのを晶はなんとなく感じたのだった。

「そうだ! いまから温泉行きますが一緒にどうですか?」

 言いながら勇は笑顔で片手を差し出していた、知り合いとはいえ温泉に誘うのはいささかなれなれしいのではと晶は勇の行動に疑問をもったが、勇の目的に気が付きすぐさま勇の襟首を掴み引っ張り耳打ちをする。

「お前まさか、女湯覗こうとしているのか!?」

「そんな訳ないだろう、純粋に温泉であったまろうと思っているさ、それに知り合いを誘って何が悪い」

 途轍もなく怪しく思う晶は勇の目を食い入るように睨み真意を探る。

「いいですよ、入りましょうか?」

 しかし率先して暖簾をくぐるマーガレットとそれに続いて女性陣も入っていき、そして勇も晶を振りきり入っていく。

「どうなっても知らんぞ」

 勇に聞こえないと分かりつつも呟き、肩をおとしながら晶も続いていった。





 カポーンと何処からとも無く音が鳴る露天風呂、勇達しか客がいないうえ露天なのに音が響くのは謎極まりないが気にしないでおこう。

 温泉に細く引き締まった白い足を差し入れる、掛け湯をしっかりとしたのだろう、伝わる雫は玉になって落ち、無駄な贅肉が見当たらない臀部、及び腹部が順次湯に浸かっていく、赤い髪がしっとりと濡れ雫が毛先から落ち、肩まで入り暖かさに声を上げた。

「あ~気持ち良いな~」

 とろけそうな顔した勇であった。

「やっぱり寒いときに入る風呂は最高だな~」

 同意する晶も勇と同様頭にタオルを乗せ、肩まで浸かり目じりが下がっていた。

(さて、とりあえずまだ行動には移していないな……覗いて痛い目見るのは勝手だが、ジャースさんの裸を見られるのはどうにも癪に障る)

 暖まりながらも晶の視線は勇と確りと捉えていた、晶の後ろには男女に仕切られた木製の仕切りがあり、一つの大きな温泉を真ん中で男女に分けている構造になっている。

「そんなに睨むなよ、覗かないって」

 何時までも見られて参ったのだろう、勇は縁に座りながら肩をすくめていた。

「どうだか?」

 勇の行動から高確率で覗こうとするのが分かる晶は全く信用せず、直ぐ動けるよう腰を浮かす。

「……」

「……」

 盛大にガンのくれ合いをする二人の間に火花が散る、そしておもむろに勇が肩まで右手を上げた。

「なんのつもりだ?」

 勇の一挙手一投足も見逃さない晶は勇の行動に疑問を投げかける。

「こういうつもりだ」

 次の瞬間勇が邪悪な笑みを浮かべると同時に上げた右手に宝玉が現れた。

 宝玉は持ち主が望むとどんな場所であろうと、どんな状態だろうと手元に転移する機能が備わっていた、それを利用し更衣室に置いた宝玉を呼び寄せたのである

「貴様そうまでして覗きたいか!」

「マーガレットさんが入っているんだ! 覗きたいね! さあ退け! 晶!」

 宝玉を握り突き出す勇は脅しにかかった、しかし晶は鼻で笑いまったく退くつもりは無かった。

「本当に其れが使えるのか?」

「何?」

 今度は勇が眉を顰める、そして何かに気が付くと舌打ちをして再び湯に浸かった。

「フ、気が付いたか、宝玉を使えばマリアさん達に力がわく、突然そうなればマリアさん達は何かあったと気が付きすぐさま温泉から出てしまうだろう、諦めることだな」

「そうだな、宝玉なしで覗くにはお前が邪魔すぎる、今回は諦めるか」

 得意げな晶の話したとおりになることが分かったのか、勇は本当に諦めたようであった。

「さすがに惚れた女の裸は他の男に見られたくないよな」

「ば! 馬鹿やろう! そんなんじゃない!」

 ニヤリとする勇の突拍子も無い言葉に一瞬晶の心拍数が跳ね上がる。

「本当か?」

 ニヤついた顔で勇は晶へ近づき肩を組んで追求する。

「本当だって! あ、あくまで一般常識的に――」

 顔を赤らめながら説明しだした晶だったが、突如両手が動かなくなった。

「そうか、じゃあ覗いても構わないよな」

 晶が後ろに回された手を見ると手首の部分をタオルで縛られていたのである。

「いつのまに!?」

 驚く晶を尻目に勇はゆっくりと、見せびらかすように晶の頭に乗っていたタオルを掴む。

「こんなこともあろうかと、練習していたのさ」

 勇は言うと同時に目にも留まらぬ速さで、驚きに硬直していた晶の足を縛り上げた。

「し、しまった!」

 急いで外そうともがく晶だったが全く外れる気配は無い。

「安心しろ、後でタップリと聞かせてやるからな」

「安心できるかー!」

 勇は生き生きと隅に置いてあった桶を山の形に積み上げていく、あっというまに完成するあたり非常に手際が良い。

 山積みの桶を上り仕切りに手を掛け、勇は懸垂の要領で身体を持ち上げる。全ての工程を無音で行う勇の姿に勇者の面影は無い。

 しかし勇が楽園にたどり着きそうになった時、ミシミシと嫌な音が聞こえ始める。

 思わず動きが止まる勇だったがさらに音が大きくなる、それにつれ勇の顔も青くなっていくのが晶にも見て取れた。

 そして不思議なことに勇を中心に両側一メートルぐらいに縦二本のヒビが綺麗に入り女湯側へ倒れていくのであった。





「そんな……」

 マリアに戦慄が走る、隣で目を見開いているユナも予想外だったのだろう、その視線の先にはマーガレット、ではなくメイの姿であった。

 背は低いがその体つきはメリハリがある。ローブとマントで分かりにくかったが脱ぐと凄かったのだ、心なしか胸をはり自慢げに見える。

「あら、メイさん大きいわね」

 真打登場である、マリアは思わずは視線を背けたくなるほど、凄まじいものであった。

 本人は分かっていないのか、腕をまげ頬に手を当て笑っているが、曲げた腕に押し潰されてより強調されている。

「なにしているんだ?」

 そんな様子を見ていたジャースが呆れ顔で立っていた。

 褐色の身体は脂肪が少なく、引き締まっているがよくよく見ると女性特有の丸みは失われていなかった、全体的に猫を髣髴とさせるしなやかな体であったが一部もまた脂肪がなかった、よく見ると僅かながらふくらみが見て取れる程度である。

(ジャースさんが一番小さい)

 それを見て失礼と思いながらもホッとするマリアであった。
 
「いえ、マーガレットさんが凄いな、と思いまして……」

 マリアの視線の先はマーガレットのとある部分。

「あらあら、マリアさんも女性らしくて素晴らしいですよ」

 マリアは自分の身体を見下ろすがため息が出る。全体に脂肪がついてとても女性らしいふくよかな体である、といっても別に太っているというわけではないし、程よく柔らかそうなのだ、しかし残念なことに一部は一般より少し貧しかった。

「それにユナさんも綺麗ですよ」

 マーガレットの視線の先にはユナの胸元、ユナはマリアが嫉妬してしまいそうなほど形が綺麗であった、標準的な大きさだがハリが良く重力に逆らうように保っている、また鍛えているので全体に細く引き締まっており、手足が長いので余計に格好良かった。

「あ、ありがとうございます」

 ユナが礼を述べるが内心複雑そうなのがマリアには分かった。褒めている本人が理想的な体の持ち主なので素直に喜べないのである。

「先に入っているからな」

 肩をすくめながらジャースはさっさと先に行く、身体を隠すことなく歩く姿は堂々しており全く気にしている様子は無い。

 マーガレットの身体で本来の目的を忘れかけたマリア達はハッと気が付き後に続いていくのだった。

 身体を洗いさっぱりして温泉に入る女性達、他の入浴客がいないため各々好きな場所に入っており皆顔が綻んでいた、そんな時マリアはジャースに近づき疑問をぶつける。

「ジャースさん、先ほどはなんだか自分は関係ないって感じでしたけど、身体に自信あるのですか?」

 女性として負けた気分になるマーガレットの前でも、物怖じしないジャースに何か秘訣でもあるのかとマリアは思ったのだ、メイ達も気になるのかいつのまにか集まり耳をそばだてている。

「ああ、気にならないな」

「どうして……?」

 メイが首をかしげる。

「ある男がオレの身体の方が良いと言ったから、その辺の有象無象の男達の視線を集めることよりも一人の男の視線一つを釘付けに出来ればそれだけで良いんじゃないのか? だからこの身体でも良いと思っているのさ」

 言ってのけるジャースは非常に男らしく格好よいマリアは思わず小さく拍手する。

「そうだな! 大きかったり凹凸がはっきりしていたりしても、好きな人が見向きもしないと意味はない!」

 嬉々としたユナの意見にマリアも同意、落ち込みから一転して光明が差しはじめる。

「あくまでオレの意見だからな、勇者がどんな身体に眼が行くかはわからんぞ」

「あらあら、確かにそうね」

 ジャースの意見に賛成なのだろうマーガレット、メイも頷いていた。

 その時何処からか音が聞こえ始め、全員が視線を彷徨わせ音源を特定、その部分を注視した。

 丁度温泉の縁にある仕切りにヒビが入っていくのが眼に入り、それが上まで入った途端女湯側へ倒れこんできた、その倒れた仕切りの上には男性が一人乗っていた。





 勇が仕切りごと女湯へ倒れこんだあとしばしの沈黙が流れる。

「き、きゃああああああああ!」

 現状を理解したのかユナと思わしき悲鳴が上がり、そして強烈なまでの衝突音と激しい破裂音が響き男湯に木片が僅かに飛んできた。

「これは、クフ! 桶の破片か? ブフッ! どんな勢いでぶつけんただよ……」

 晶は肩を震わせながら湯に浸かっていた。勇のギャグのような状況に笑いを堪えているのである。

 もう堪えてすぎて変な挙動になっていた、たまにプヒョ! とかブフ! とか声が漏れている、何か聴こえ始めたので震えながら晶は耳をそばだてる。

「どうしましょう?」

「勇殿しっかり! ああ……気絶している……本気で投げつけてしまったからな……」

「とりあえず……脱衣所まで……運ぶ……」

「そうね、運びましょう」

「こ、このままだと、その、こ、こ、こ、擦りそうだから表に向けないといけませんね」

「う、うむ、そ、そうだな」

「……」

「……」

「……」

「……」

「まあ」

 ブハッと噴出す晶は面白すぎて笑うが声が出なかった、抱腹絶倒とはまさにこの事であった。

「たしかに面白いな」

 晶の背後から同意の声がかかる。

「あれはこの先見ること出来ない……だろう……な……」

 振り返りながら同意する晶の声が途切れていく、其処にはジャースが腕を組んで立っていたのである、瞬間首を横向ける晶だったが脳裏に焼きついて真っ赤になっていた。

「だけどオレがいることも配慮して欲しかったな」

「これでも止めたんだがな、勇の方が上手だった」

 ジャース呆れ気味に一息つき、まあいいか呟いて晶の隣に浸かり、なにを思ったのかジャースの視線が下がっていく、それをそっぽ向いた晶は肌で感じていた。

 目的地に気付き危機感を抱く晶だったが現在足と後ろに腕を縛られた無防備な姿である。

「うん、ちゃんと大き――」

「何を言うつもりだ!」




[25596] 脇役二十一
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/05/06 06:19
「とりあえず――」

「こちらへどうぞ」

 勇の言葉を受け継ぐかたちでユナはマーガレットを隣に座らせる、四角いテーブルの隅に勇が座り向かにマリアが、勇の隣にユナが座るようになっていた。

 風呂からでたあと勇の意識が戻ったため、酒場のテーブルで雑談を始める所である。

「また話とか聞いて回っているのかしら?」

「そうなんだけどな……何もないんだ」

 まるっきり成果がでない勇はため息交じりに口にしていた、あらあらと口元に手を当てるマーガレットだが、何時もどおりに笑顔である。

「前みたいに……何かしらない……?」

「そうねー」

 眉を顰め、腕を組むマーガレットだがその腕には果実が乗っており、勇は思わずといった感じで凝視している。

「勇者様?」

「勇殿?」

 強烈な視線と共にマリアとユナの両名から威圧的な声がかかり、勇は素早く視線を外し何事も無かったように姿勢を正が後の祭りだろう。

「んー……だめね、何も思い出せないわ」

 首を振るマーガレットの返答に一同はうなだれてしまう、そんな時店の外が騒がしくなってきた、何事かと見合わせる。

「私が見てこよう」

 ユナが席を立つ、騒動がやたらと不穏な感じがするのだろう、いつでも抜けるようバスタード・ソードの柄に手を添えながら表に出ていった。

「な! なんだあれは!?」

 驚愕する声を聞いた勇は素早く飛び出すと晶達も続いて店を出た、晶の視界には異様な光景が広がっていた。

 店の位置は町の北側にある、中央広場へと繋がっている通りに面している。

 中央広場から東西南北に大きな通りが外へと繋がる門がある、その北側の門から大量に人が歩いてきているのだ、いや正確には人間ではい、左右に身体を揺らし、着ている服はボロボロ、片腕の無い者や足が無く足首で立っているもの、髪の毛は数本残し、目は白濁、頬が削げ落ち、皮はめくれ筋繊維がみえる、それでも血は一滴も垂れていない、その全てにおいて生気がまったく感じられなかった、正に生ける屍のゾンビである。

「いくぞ!」

 掛け声と同時に勇が駆け出し同時に宝玉を開放して装着する、ゾンビがすでに町に入り込んでおり、一般人を襲っているのだった。

 町の警備兵なのか幾人の兵と勇達が奮闘するも多勢に無勢で逃れたゾンビが進む、それをみた晶には奇妙なものが目に入った、なにかゾンビの頭上に黒いものが浮かんでいたのである、よく目を凝らしてみるとそこには黒い少女が居た。

 しかもその手から黒い糸を垂らしゾンビを楽しそうに操っているようだった、グロテスクな腐乱死体を小さな少女がマリオネットの如く操る、なんとも異様な風景である。

 そんな姿をみた晶は船上の実験と同じ事を試みようと、勇達が取り逃がしたゾンビへ近づいていく。

「晶! 下がっていろ!」

 ジャースは下がらせようとするが、晶は聞かずジッとゾンビを見据えると突然一体のゾンビが倒れこむ、まるで重力に耐え切れず崩れるようであった、その後一塊の灰となって散っていく。

 晶が呼ぶと黒い少女は振り向き近づいてきたのだが、その時先ほどゾンビを動かしていた糸を消したためゾンビはその場で放棄されたため倒れこんだのだ。

「晶がやったのか?」

「ああ、こいつ等魔物じゃないんだな」

「なに?」

「オレには少女が行使しているようにみえる、つまりこのゾンビも誰かの魔術、ということなんだろうな」

 これほどの大規模な魔術を行使する者に不安を隠せない晶であった。





 勇達がゾンビを掃討し、遠くから取りこぼしを始末していた晶達であったが、それでも延々と後続のゾンビが襲ってくるため町には結構な被害が及んでいた。

 しかし倒せなかったゾンビは太陽が出ると日の光を浴び、煙と共に灰へと変わり、町に静寂が戻ってきた。

 晶達が中央広場に戻って来ると一般人が外に出ており、怪我人は治療し易いよう集められていたその間を縫ってアリアや神官達が走って手当てをしている。

「晶! 大丈夫みたいだな」

 勇が駆け寄り声をかけてきた、晶に目立った外傷は無いので一目見無傷と安心したようである。

「フン、俺が守っているんだ、当然だろ」

 ジャースは不機嫌のようだ、自分の能力を疑われていることが不満らしい。

「まあまあ、ところでメイさんはどうしたんだ?」

 晶の視線には壁に張り付くようにうずくまるメイが居た、ユナが傍に付き添っているが様子がどうもおかしいのだ。

「ああ、メイがゾンビを見たら震えだして動けなくなったんだ」

「動けなくなった?」

 勇の言葉にどういうことかと晶は聞き返す。

「俺達が戦っている時にいつもの援護が無くてな、奴らが撤退したあと探したらすでにこんな状態だった」

 普段から考えられないメイの様子に勇は心配そうであった。

「なにか毒物とか呪いとかに掛かったとか?」

「いや、マリアに見てもらったらそういった類も掛かっていない」

「ではどうして?」

「うん、メイはああいったホラー関係駄目らしい」

 一瞬何を言っているのか理解できなかった晶は疑問符を浮かべる、勇はメイを親指で指差し様子を見てこいと促す、晶とジャースが近づいてみるとボソボソと何かを言っていた。

「なんであんなにも気持ち悪いの驚かそうと行き成り出てきたり窓壊してきたりするの引っかかて来られないくせに腐敗しているから異臭は放つは蛆沸いているは変に柔らかいは眼球白いは死んだら動くなこのやろう」

 間が空いた独特の喋り方が微塵も感じられない早口である、メイのとんがり帽の鍔を掴み、目に涙をためプルプルとふるえている姿は子猫のようである、小柄な体格と相まってなんとも可愛いものである。

「つまり怖くて動けなかったんだな?」

 呆れ顔でジャースは言い放ち、瞬間メイが睨むが晶が見ても涙目では迫力は皆無であった。

「そういえばマーガレットさん見なかったか?」

 勇が晶に尋ねる。

「マーガレットさん? いや見かけなかったが……」

「そうか……実はゾンビを追い払ったあと、放っておいたのを思い出して宿に戻ったが、見当たらなくてな」

 周囲を見回す勇はやたらと心配していたマーガレットさんも一般人なのだから心配するのも無理は無かった。

 晶も周囲を見回し探してみるが一向に見つかることは無かった。

(まえにもこんなことがあったような?)

 疑問に思う晶だったが、だんだんおぼろげになり、まあ大丈夫か、などと根拠のない安堵と共に深く探すことは無かった。






 かなり精神的に参っていたのだろうメイが落ち着き、普段のように戻ったときには日が沈んでいた、そのとき何処からか大音量で笑い声が聞こえてくる。

「諸君昨晩は如何だったかな?」

 晶達が外へ飛び出すと空には巨大な映像が浮かび、その映像には男性の胸より上が写し出されている。

 くすんだ金髪、彫りの深い顔は青白く死者のようである、短い髪は後ろへ流し僅かに見える襟元から何処かの貴族を髣髴とさせた。

「お初にお目にかかる、私の名はヴァンパイヤ、貴様達に恐怖を与えるものだ、よく覚えておくがよい、ゾンビ共を襲わせたのはこのワタシだ、なかなか楽しかったであろう、早々に全滅などしないでくれたまえ、私も詰まらないからな、短いが今回は挨拶程度、これぐらいにしておこう、又後日うかがわせて貰うよ、ではまた」

 虚空に消える映像、それを射殺さんとばかりに勇は睨みつけていた。

「あの似非貴族、大勢の人を傷つけて楽しいかだと!?」

 どうやら勇者としての心に怒りの炎を灯したらしい。

「まったくだ!」

 ユナも怒り心頭のようである。

「あんなものを操る……アイツは……この世から……居なくなるべき……」

 何処と無くメイが怒る方向が違うのは気のせいだろうか?

「ヴァンパイヤか……」

 勇達の様子を見るに放置することは無いだろう、そう考えた晶は顎に手を当てヴァンパイヤの弱点は何かと思考をめぐらす。

 ふと怒る様子も悲しむ様子も無いジャースに晶は疑問をぶつける。

「ジャースさんはなんとも思ってないのか?」

「正直赤の他人がどうなろうと余り気にはならんな」

 ジャースは平然と言ってのける。

「オレの手はそれ程大きく無い事を知っている、家族、友人、そして恋人、そういった大切な人までしか届かにからな、目いっぱい伸ばして精々知り合いぐらいだろう、他人に手を差し出して大切な人を疎かにするわけにはいかんからな、もし見知らぬ誰かを犠牲にしないと晶達が重症を負う又は死ぬ、という状況ならその誰かを容赦なく切り捨てるつもりだ、冷たい人間だと幻滅したか?」

 ジャースは普段通りの態度だがその瞳は不安に揺れていおり、嫌われないかと心配しているようだった。

「いいや、その気持ちは分かるさ。正直オレも他人に割くほど余裕は無いからな」

 そう小さく笑う晶であった。





 二日おきに町を襲うゾンビ達――幽霊やスケルトンも居るようになった――を止めようとヴァンパイヤを探すが一向に姿を掴めないでいた、敵の集団にいるかと思ったが見つからないのである。

 そこで考えついたのがゾンビ達の発生場所を突き止めることであった、

「いったいどれだけ放つつもりだよ」

 ゾンビの行列から少し離れた位置で背を低くし、草木に紛れながら静かに晶は進む、回りは雪が降り積もっているため白色のマントを頭からかぶり、より周囲に溶け込むようになっている。

「その分見つけやすくなるからいいじゃないか」

 護衛のため隣にいるジャースも魔技術で気配を消して身を潜め、ゾンビの発生源を見据えていた。

「そうだけどな、その分あのヴァンパイヤの能力も高くなるということだからな」

 晶は眉間に皺を寄せながら時に進み、ゾンビがこちらに視線を向けそうになるとピタリと止まる、草木を揺らさず微動すらしない。

 風を読みできるだけ風下になるよう細かな軌道修正をも行っているため、進む速度は非常に遅い、しかしそれは効果的だったのか近くを通った一体のゾンビに気付かれることは無かった、もっともゾンビに匂いの判断が出来るか甚だ疑問ではあった。

「しかし魔技術も魔術も使わず技術のみで、ここまで気付かれないとは驚きだな」

「これでもまだまだヒヨッコだけどな」

 ジャースの意見に晶は苦笑する、これらの技術は祖父に教えてもらったが、祖父はもっと凄かったのだ、本気で隠れた祖父を一度探してみたが見つからず、出てきたのは自分の足元、ということがあった、祖父いわく野生の生き物は強く、手負いとなるとより危険であるため死活問題になるのだ、祖父ぐらいやらないと駄目ということである。

「亀の甲より年の功ということだな、長年培ってきた猟師の技能は凄まじかったよ」

 そんなことを小声で話しながら身を潜め、音を立てず、周囲に気を配りながらゆっくりと進む晶とジャースは、思わぬところにあった発生源にしばし呆気に取られる二人の姿があった。






「え!?」

 勇が驚きの声を上げる、太陽が出ている間は襲ってこないため、その間に倒してしまおうということになり、晶の案内でたどり着いたがそれは町からそんなにも離れていない泉、その脇に突如ぽっかりと開いた地下へと続く階段があったのである、その距離は五百メートルぐらいであった。

「意外と近かったな」

「だな、よくよく考えると、あの移動速度なら余り遠くから来られないんだよな」

 勇が先頭に入っていく、その時勇は服を軽く引っ張られた。

 何事かと振り返るとそこには涙目になり、微かに震えながら片手で小さく服を摘まんでいるメイの姿があった、階段の先にはあのゾンビ達がウヨウヨ居る可能性があるのだ、怖くて仕方が無いのだろう。

「メイ、おいで」

 勇が優しく声をかけ手を差し伸べる、メイはホッと安心したように手にすがり付くのだった。

「ここは私が先頭を行こう、勇殿は後ろを頼む」

「そうですね、先頭がユナ、次に私、晶さん、ジャースさん、メイ、勇者様としましょう」

 階段を降りきると其処は真っ暗な通路であった、晶が町で買った松明に火をつける、火種が突如でたので赤い少女にたのんだのだろう、それをユナが受け取りか前方へ掲げる。

「なん度見ても不思議だな」

 本当に何も無いところに火をつけるのだ、晶には少女が見えるらしいが、見えないものにとっては手品のように見える。

「オレには普通になっているけどな」

「あのゾンビも少女が動かしているように見えたんだよな」

「ああ、あれも魔術の一つだと思うが……その、メイさん、わかるか?」

 申し訳なさそうに問う晶に、メイは勇にしがみつきながらもなんとか答えいた。

「……ある……小さいころ……一度つかったことが……」

「あ、うんわかった、もういい、ありがとうな」

 晶がなにかを察したように勇もわかった、小さい頃にゾンビを出す魔術を放ったのだ、幼い心に大量の腐乱死体である、トラウマになるは確実であろう。

 松明に照らされた通路はかなり入り組んでいた、ヴァンパイヤも勇達が来たのを察知したのかゾンビ達が闇に紛れて襲い掛かって来る、遠くに居たものは松明の明かりだけでは認識できなかった。

「きゃぁ!」

 メイの悲鳴が響く、先頭を行くユナがバスタード・ソードを振るい敵が出てきた瞬間打ち倒しているが、ユナの視界に居るということはメイの視界にも居るということで、どうしても悲鳴を上げてしまうのだ。

「ひゃぁ!」

 又も悲鳴があがる、その度に勇の腕をぎゅっと抱き寄せる、そんな可愛いメイの姿を見ている勇はいとおしくて堪らなかった。

 冷静沈着、無表情の彼女が小動物のように震え、年相応に悲鳴をあげる姿は普段の姿から想像も出来なかった可愛さであった。

「大丈夫、俺達がついているから安心しろ」

 勇は視線を合わせて優しく声をかけ、安心させるように笑顔を向けてメイの頭を撫でる。

「……うん」

 ジッと目を合わせていたメイが小さく返事をして下を向く、表情は見えなかったが耳が真っ赤になっていた。

 暫く石造りの通路を歩いていると突如壁が様変わりする、壁だけではない、天井や床にいたるまで全てが青く輝くものになっているのである。

「これは……氷か?」

 勇が壁に触るとそれはとても冷たかった。

「どうやら日光が反射して光っているように見えるみたいだ」

 ユナにつられる様に勇も見上げると複雑に反射している様子が見えた。

 氷の通路を突き進んでいくと神殿のような広場にでる、全てが氷で出来ているが不思議と足元は滑らず、また溶けている様子が一向に見られなかった。

「おやおや、こんな所にお客さんかな?」

 若い声が神殿に響き渡る、宝玉を開放し、戦闘態勢をとる勇達の視線の先には、町の空に映し出されていた貴族姿の男、ヴァンパイヤが立っていた。




[25596] 脇役二十二
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/05/27 09:56
「お前が町を襲った奴か?」

 問いかける勇は瞳に怒りを込め睨みつける。

「いかにも、ワタシがそのヴァンパイヤだが、なにようかね?」

 余裕の表れなのだろうか、ヴァンパイヤは非常に紳士的な態度であった。

「即刻町を襲うのを止めろ!」

「嫌だといったら?」

「お前を殺してでも止めるさ」

「フハハハ! ワタシを殺す?」

 勇が言い放った言葉に対し笑うヴァンパイヤは本当に楽しそうに笑う、その姿が勇にはやけに癪に障る。

「フン、果たしてワタシを殺す事が出来るかな?」

 同時に詠唱が響き渡る。

「闇よ、死を司りし者としての力を開放せよ」――ホラーグラディエーター――

 瞬間何処からか人魂や半透明な人間が浮遊し始め、地面を割りながら腐乱死体や白骨死体が起き出して来た。

「――!」

「お、おい!」

 メイが声にならない悲鳴を上げ、思い切り抱きついてきたため勇は身動きが取れなくなる、離して欲しかったが人間必死になると、とんでもない力を発揮するものであり、引き離せないでいた。

 その間にもますます増えるゾンビ達、それを見るメイは涙を流し身体が振るえ、恐怖で凍り付いて動けないようであったが、ゾンビ達が目の前の床一面に埋まった時に変化が起きた。

メイは勇から身体を離し一歩前に出て片手に杖を、もう片方は掌を掲げた。

「メ、メイ?」

 勇が声をかけるが聞こえないのかメイは完全無視でゾンビ達を睨みつける、次の瞬間。

「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 メイの絶叫と共に目の前が灼熱の炎に包まれる、余りの恐怖に何かが切れたのだろうメイが炎系の魔術を連発し始めたのだ。

 即座に目の前の物を消し去りたいのか、何も唱える様子も無くただただ炎の何かを飛ばす、本人はそのことに全く気が付いている様子は無かった。

 炸裂する爆音、眼を焦がすような閃光、灰になりそうな熱、この世の終わりでも訪れるような地獄の業火が全てを飲み込み、焦がし、灰へといざなう。

 掃討したため落ち着いたのかメイの魔術が止む、辺りは火の海になっておりゾンビ共は一片の欠片も残さす消滅していたようである、跡にはメイの洗い息遣い響き渡るだけであった。

「おーい、皆生きているかー?」

 その場に蹲っていた勇が後ろに居た仲間に声をかけると、しっかりと全員分の返事を聞いてホッとする。

「メイ、大丈夫か?」

 勇がメイの肩に手を置く、メイはビクっとした後勇に振り向き。

「怖かった……」

 涙目で抱きついた、勇の腕の中で涙を流し、肩を振るわせる姿は年相応の少女の姿であったが、やったことは途轍もなく恐ろしかった。

「アレだけの熱量があれば全て解けてしまうかと心配しましたが、それに耐え切れるこの氷は凄いですね、というかもはや氷ではないかもしれません」

 マリアが周囲を見回し驚きの声を上げる、直撃部分には焦げた跡などが出来てはいるが、あれだけの高温に晒されながらも周囲の氷は全く溶けているようすは無かった。


「そうだな、それにヴァンパイヤも生きてはいまい」

 ユナに視線を辿るように勇も炎の中に視線を送る、ヴァンパイヤを中心にゾンビ達が量産されていったのだ、爆心地にいたのは間違いない。

「あれだけ派手なことやってこれで仕舞いか、あっけないものだな」

 ジャースが肩をすくめる。

「いえ、まだまだですよ」

 全員声がする方を向くとそこは火の海である、その中に立ち上がる人影が一つ。

「言っただろう、ワタシを殺す事が出来るかと」

 全身黒こげの人が歩く、そのたびに焦げた組織が落ちていき、中から何の外傷も無い平然としたヴァンパイヤの姿であった。

「ワタシは不老不死なのだ、このようにね」

 ヴァンパイヤは貴族姿の己が身体を見せ付けるように両腕を左右に広げる。

「ワタシの身体は死が訪れない、心臓を貫こうが、首を切り落とそうが、貫かれても動き続け、切り落としても元に戻る、全身焼かれてもこのように再生する、さて貴方達はワタシを殺せるかな?」

 無理難題を吹っかけているのがわかっているのだろう、ヴァンパイヤは馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。





「一つ手合わせ願おうか?」

 余興なのかヴァンパイヤは腰に差してある得物をスラリと抜き放つ、いちいちやる事となす事すべてがオーバーアクションである。

「フランべルクか、ということは勇と同じフェンシングを使ってきそうだな」

 ヴァンパイヤの手の中にあるのは、レイピアの刃を波打たせた形状の細剣である。

「そうだな、こいつは腕が鳴るぜ」

 まともなフェンシングで戦うのは久しぶりであるからか、勇は楽しげに言い放ちながらメイの頭をなでてそっと離しレイピアを構える。

 メイはゾンビを吹き飛ばしたせいか、はたまた視界に居ないせいか、いつもどおりに落ち着き、名残惜しそうに離れていった。

「ほう、貴方も同じ技術を持っているのか」

 ヴァンパイヤも似たような武器で同じ構えの勇に興味を持ったらしい、二人のとった構えはほぼ同じ、互いに睨みあいゆっくりと距離を詰める、刃が交差した瞬間、激しく火花が舞った。

 宝玉の効果で身体能力が向上している勇だったが、ヴァンパイヤも負けておらず拮抗する形となっていた。

「すげぇ……」

 ジャースが感嘆の声を上げる、皆その様子を瞬き一つせず見入っていた。
 
 ユナやジャースは太刀筋が見えているようだったが晶にはほとんど分からない、しかし飛び散る火花や響き渡る金属音それらが戦闘の激しさを物語っていた。

 激しい戦闘ということはヴァンパイヤの意識は勇に向かっているということである、それが分かった晶はなにか作戦は無いかと思案し始める。

 一騎打ちというものはそれ程時間が掛かるものではないため、出来る限り素早く考えジャース達へ音も無く近づき策を伝える、その時勇が動いた。

「はあ!」

 勇が気合一閃、激しくエペで打ち据える、大きくそらされたヴァンパイヤに向かって一歩前進そのまま喉へ突き刺した。

 静まり返ったその一瞬、勇は勝利を確信した顔をしたが素早く後退した、直後勇の居た場所に刃が通る。

「おや? 大概は致命傷を負うのですが……さすが勇者といったところですね、そうでなくては面白くありません」

 平然と喋っているがその喉には穴が開いている、突き刺されながらそのまま反撃に出たのだ、しかもその傷跡は徐々に塞がり今ではどこにも見られなかった。

「次はどうするつもりかね? なんだったら全員で来ても――」

――ウインドエッジ――

 語るように話すヴァンパイヤの右腕がメイの魔術で吹き飛び。

「せい!」

一気に接近したユナにより左腕が切り飛ばされ。

「……」

 止めとばかりにジャースが背後から首を切り落とす。

「これでどうだ?」

 晶は一気に多人数で攻め込めば致命傷を与えられると判断し、勇が戦っている間に全員に策を伝えていた。

 腕を落として反撃できないようにしたのち、首を完全に切り落とす事により脳からの信号を遮断すれば動けなくなると考え、余裕で話し隙だらけのヴァンパイヤを狙ったのだ。

「おやおや、話しの途中で襲い掛かるとはなんとも品の無い」

「うげ!」

 不気味な姿に晶は声を上げ全員顔を顰める、地面に転がる首が喋り始めたのだ。

 その首の切り口はウゾウゾと蠢きながら肉の触手が伸び、同じく右腕左腕も同様に触手が伸び地面を這う、首と腕が無い胴体からも伸びて這いずりながら絡み、互いに引っ張り合い一気に元の場所へと戻っていった。

「ですが残念でしたね、先ほども言いましたがこんな程度では死にませんよ」

 ヴァンパイヤはつまらなそうに鼻で笑う。

「では次は此方からいくぞ」

「風よ、渦巻く刃となりて切り刻め」――ストームナイフ――

 突き出した右手から放たれた、横向きの竜巻が地面を抉り、空気を乱しながら一直線に勇達に襲い掛かる。

「でやぁ!」

 しかし勇は素早く避けそのまま接近する、魔術で起きた砂埃を目晦ましにしたのだ。

 わき腹を突き刺すが、ヴァンパイヤは何事も無かったように左手を翳す。
 
―ファイヤーボール――

 爆音が響くと共に勇が吹き飛ぶ。

 直後砂埃を吹き飛ばし高密度の炎がヴァンパイヤに襲い掛かった、メイの魔術である、直撃炎上するが燃えながら右手をかざし。

――フレイムロード――

 同じ系統の魔術を放たれる、距離があったため、防御壁を張るメイに届く前に晶は赤い少女を呼び寄せぎりぎり魔術をかき消した、何が起こったのかわからないだろうヴァンパイヤ目を見開く。

「はあああああ!」

 その隙を突いたのだろう、いつの間にか近づいていたユナが飛び掛りそのまま袈裟切り、肩から腹部の途中まで断ち切った、しかし直後ユナの目の前に両手が掲げられていた。

――ストーンフレイル――
 
 球体の巨石が激突、石はそのまま粉砕するが咄嗟に防御したのかその姿勢のままユナは思い切り弾かれた。

 ほぼ同時にヴァンパイヤの心臓に刃物が背後から突き刺さる、首を百八十度回転させ背後にいるジャースと目をあわせ、右腕の間接を逆に曲げて強引に襟元を掴み、そのまま力任せに前方へ放り投げて左手を突き出す。

――コールドジャベリン――

 唱えるが今度は発動さえしなかった、不思議に思ったのかヴァンパイヤは周囲を見回が、誰がなにをしたのか検討がつかないようだった。

「貴様ら何をした?」

「答えるとでも?」

 ヴァンパイヤの問いに勇は憮然とした態度で言い返す、わざわざ敵に教える必要は無いのだから当然であろう。

 このとき何かしたのは晶であった、相変わらずヴァンパイヤから認識されておらず、ジ咄嗟にヴァンパイヤに集まる青い少女を一人呼び寄せたのである。

「まあいい、所詮どのような手だろうと私を殺すのは無理な話だ」

「チッ、ヴァンパイヤか……アレがあればな」

 勇が舌打ちして身構えている所へ晶は声をかける。

「アレってコレか?」

 晶が手にしているのは木製の杭であった。

 実は相手がヴァンパイヤなので晶は弱点と思しき物を町で集めていたのだ、その一つがこの杭である

「とりあえず持ってきたが……効果はあるのか?」

 ヴァンパイヤといっているが晶達の居た世界とは違うのである、同じ弱点か分からないため晶は浮かぬ顔つきであった。

「正直分からんが……やれることは全部やる」

 勇は少し悩んでいたが意を決して杭を手に取る、あれだけ切ったりしても死なないのだ、もう些細なことでもやるしかなかった。

「他の弱点つけるか?」

「いくつか思い付くのはあるから皆に声をかけてくる」

 そういい残した晶はそそくさとジャース達のもとへ移動していく。

「見知らぬ輩が何かしたようだが……そろそろいいかね?」

 晶の準備が終わるまでわざわざ待っていたのか、腕を組みながらヴァンパイヤは不敵に笑っていた。

「ああ、いいぜ」

 勇は片手にレイピアを持ち反対側に杭を構える。

「何のつもりか知らないが、そんなもので殺せるとでも?」

 ヴァンパイヤは勇が持つ杭をみて呆れ果てるようだった。
 
「わかんねえよ、しかし効果がありそうなのはすべてやる!」

 勇は全力疾走で近づき、体重を乗せ思い切りヴァンパイヤの心臓目掛け突きだした、それを防御もせずヴァンパイヤは真っ向から身体に受けていた。

「勇殿!」

 杭が刺さった直後ユナの声と同時に勇は素早く下がり、替わるように飛び掛ったユナがバスタード・ソードを振るった。

「はあぁ!」

 胸元に横、頭頂部から股下まで垂直、十字架の形で切り裂かれる、直後ヴァンパイヤの目に何かが突き刺ささった、それは銀のナイフとフォークであり、後ろに回り込んだジャースが突き刺したのである。

――ウェーブスプラッシュ――

 勇達が素早く離れた所へメイが放った局地的な津波が襲い掛かり、一気に流され壁に激突した。

「やったか?」

 勇は口ほど倒したとは思っていないのだろう、構えたままであった。

「とりあえずオレが知っている弱点、心臓に杭、十字架は無いのでその形の切り傷、銀の弾丸の変わりに銀製品、最後に流水は渡れないということから水が流れる形の魔術を撃ってもらったが……」

 全員の攻撃は晶が話した弱点であった、しかし晶自身も半信半疑だったため言葉に自信が感じられない。

「後は日の光とニンニクだが……光はすでに射しているから効果なし、ニンニクはあくまで苦手というだけだからな」

 室内は日の光が乱反射して明るい、その中で平然としているのだ、日の光が弱点ということは無いだろう、ニンニクも食わしたら消滅するとは思えなかった。

「ぐう! ハァ! ハァ!」

 声が響く、そこには融解したような傷を負ったヴァンパイヤが片膝で座り込んでいた、しかし杭と銀製品が自然と外れ、遅いながらも再生し始めたのである。

「こ、こんな痛みを味わうのは初めてだな……」

 杭と銀製品を炎の魔術で壊すその顔には、余裕の表情が無く怒りに染まっていた。

「思いのほか傷は深かったが殺すことは無理だったな、しかしこの痛みは返させてもらおうか」

 ヴァンパイヤの視線はしっかりと晶を捕らえている。

「うおおおおおおおお!」

 勇がさせまいと襲い掛かりユナ達もそれに続く、しかしヴァンパイヤはいくら傷つけられようと意にも返さず晶に狙いを定め、手を翳した。

――フレイムロード――

 晶はその身に襲い掛かる圧倒的な殺意に震えていた。

 いままでは見つかっても一瞬といっていいほど直ぐ勇達に意識が行き、晶の存在はあっというまに忘れられてきた、しかし今までに無いほどの時間殺意を持った視線に晒されていたため晶は恐怖で身体が振るえ、動けなくなっていたのだ。

 死を直感した晶の視界には全てがゆっくりと流れている、地面を焦がしながら迫り来る炎、重い身体を動かし本能的に防ごうと右手を突き出す、突如横に引き倒された瞬間全ての速度が元に戻った。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 隣には荒い息を吐くマリアが居た、回復に専念し後方に控えていたアリアが晶を引っ張ったのだ、激しく転倒した晶は一瞬の出来事に呆然としていたが、マリアに助けられたと分かり起き上がりながら礼を述べる。

「マリアさんありがとう」

 晶が右手を差し出したが。

 差し出した右手は既に無かった

 二の腕の途中から炭化しその先には何も無いのである、晶は又も呆然としていたが何が起きたか理解した。

「う、うあああああああああああああああああ!」

 右肩を掴みうずくまる、マリアが回復させると綺麗に元へ戻ったが、一時とはいえ腕が無くなっていたことに恐怖心に満たされる。

「おや? 死ななかったのか、残念」

ヴァンパイヤの楽しそうな声を聞き、晶は振り返ると愉快に笑うヴァンパイヤがいた。

「ふむ、では今度は確実に殺せるよう心臓を一突きと行こう」

 フランベルクを抜き放ちゆっくりと歩くヴァンパイヤに晶は身体を震わせる。

「ユナ! メイ! ジャース! 手足を狙って動けなくするぞ!」

 檄を飛ばす勇の瞳には怒りが込められていた、全員でなんとか動けなくしようと手を切り落とし、足を切断する、時には首を断ちヴァンパイヤの動きを止めようとした、しかし不老不死であるため切ったその場から修復が始まりまた歩きはじめる、多少おそくはなったが確実に晶へと近づいていた。

「いい加減鬱陶しいな」

 ヴァンパイヤが口にした途端大爆発が起きた、勇達は巻き込まれ吹き飛んでいく、その中でも勇は最も近くに居た所為か壁をぶち破るほど吹き飛ばされていた。

「自分に魔術をぶつけた……!?」

 メイが目を見開く、それもそのはずで大爆発が起きた場所にはヴァンパイヤの下半身のみ残されていたのだ、つまり自分自身に爆発する魔術を発動させ爆発する威力で周囲を吹き飛ばしたのだ。

「これで良いだろう」

 触手が生え形を成して元に戻るヴァンパイヤ、また悠々と歩き出す、不死であることを利用したやり方であった。



[25596] 脇役二十三
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/06/03 10:21
 手を着きながら勇が立ち上がろうとするが、全身を覆う大鎧とはいえ衝撃は完全に防ぎきることは無理であったため、その身体はふらついていた。

 そのとき勇は焦っていた、晶が殺されそうなのだ当然だろう。

 ふらつく身体に鞭打ち、すこしでも早く晶を守ろうと歩き出そうとするが直ぐに膝を着く。

(くそ! 早く、早くしないと晶が……アイツはただ巻き込まれただけなんだ。なし崩し的に旅に同行することになったけど嬉しかったんだ。いつも俺を手助けしてくれて、二人でやれば大概の事はこなせる確信があったんだ。こういう時に俺が守らないで何時守れっていうんだ!)

 心の中で己に叱咤し気合と共に立ち上がったとき視界の隅で光るものがあった。

 自分が手をついているモノに視線を向けるとそれは台形の石碑で文字があり、その直ぐ上に水晶の球が埋め込まれている。

 勇は文字を理解でき、その文字のとおり勢いよく水晶に触れると勇は眩い光に包まれるのだった。





「おやおや、邪魔する気か?」

 口角を上げ、フランベルクを構えるヴァンパイヤの前にはマリアが晶を守ろうと立っていた。

「では貴様から死んで――」

 ヴァンパイヤが突如全てを白く塗り替えそうなほどの閃光に包まれる。

 光が収まると其処にはヴァンパイヤの姿は無い、よく見るといままで殆ど無傷であった氷の床が削り取られていた。

 表面は罅一つ無く、綺麗に一筋の半円状になっている辺りどれぐらいの威力か窺える。

「い、いまのは?」

 マリアと共に晶も光が来た方へ視線を向けると其処には神秘的な生き物がいた。

 蛇の様に長く曲がりくねっており、巨大な身体はは白い鱗に覆われ、瞳は金に輝き、口には全てを噛み砕く牙が生え揃っていた。

「なんでこんな所に龍が?」

「龍?」

 あまりの驚きに、一時的な腕の喪失の恐怖も吹き飛んだ晶の口から漏らした言葉に、マリアは問いかけてきた。

「オレ達の世界では伝説上の生き物だな、色々いるが総じて能力は凄まじく、時に優しく人々の願いを叶え、時には全てを消し飛ばすほど暴れ回る、その姿から川などの自然の象徴とされていたりする」

 晶が説明している時に龍は晶達に近づいて来るが恐怖に駆られることは無かった。

 龍の瞳に殺意等の害をなす意識が見受けられず、むしろ慈愛に満ちている。

『晶、マリア、大丈夫か?』

 晶達は直接頭の中に響く声に驚く、その声は聞きなれた声であったからだ。

「も、もしかして勇なのか!?」

 驚きに震える指先で龍を差す晶は顎が外れそうになり、隣にいるマリアも目を見開いている。

「ああ、そうだ」

 勇が人の姿に戻り答える。

「勇殿?」

 声に振りむく勇、其処にはユナ、メイ、ジャースが集まっていた、全員驚きに染まっていた。

「ああ、此処はどうやら二つ目の封印の鍵がある場所だったんだ。さっきアイツに吹き飛ばされた先に宝玉があった、それを使ったらあんな姿になったんだ」

「なんという幸運だよ」

 勇の説明に呆れる晶だったが、勇自身も同感なのだろう肩をすくめていた。

「さて、ヴァンパイヤも跡形も無く消し飛んだが、流石に死んだだろう」

 晶の意見に同意する一同だがその時何かが着地する音がした。

「ふむ、魔王様との約束を違えてしまったな……」

 声の先には無傷のヴァンパイヤが立っていた。

「そんな……完全に消えたはず……それに……魔王!?」

 メイを筆頭に全員戦闘態勢に入る。

「正直ワタシ自身も驚きだよ、魔王様に作られてからここをお守りしてきたが、此処までされたのは初めてだ、流石に駄目かと思ったのだがね、時間が多少掛かったが全て繋げて元通りだ」

 蒸発したがそれでも小さいながら触手で繋ぎ合わせ元に戻ったのだ。

 驚異的な再生能力である、そして又も見せ付けるように立つヴァンパイヤは余裕の表れなのだろう。

「守ってきただと!?」

 勇の驚きに自身の不死性の高さに気分を良くしたヴァンパイヤは余裕を持って答えた。

「当然だろう、勇者の封印の場所だ、守るのが当然であろう、町全体にこの場所に関することを忘れる魔術をかけてたどり着けないようにしたが……ちょっとした暇つぶしで勇者をおびき寄せてしまったのが失敗であったな」

「町を襲ったのが暇つぶしだと!」

「まあな」

 ユナが激昂するがヴァンパイヤは何処吹く風と肩をすくませ肯定する。

「さて、続きと行こうではないか?」

 ゆっくりとニヤつきながらヴァンパイヤは近づいてくる。

「あれだけのやっても死なない奴、どのようにすればいいのだ!?」

 思わず弱音を吐いてしまうユナだが消し飛んでも復活する相手でしかたあるまい、そのとき晶は片手を上げる。

「すこし相談する時間くれ」

「ふん、そんな無駄な時間を与えるとでも?」

 ヴァンパイヤは晶を睨みつける、先ほどの戦闘で杭やら銀のナイフやらを使ったことはどうにも腹立たしいようである

「ほほう、不老不死であるヴァンパイヤ殿にはそんな余裕はないと? 優雅さが足りないな」

「なに?」

 晶の意見にヴァンパイヤ片眉をあげる。

(やはり、格好から貴族とか優雅とかその辺りに妙な括りがあるみたいだな)

自分の考えが当たっていそうな事に晶はほくそえみながらもなおも交渉する。

「だからお前は貴族なのだろう? 貴族はもっと余裕をもって、優雅にかつ華麗に対処する? 違うか? 相手の策をすべて打ち破り感服させるのが貴族というものだろう?」

「ふん、たしかに一理あるな、よかろう、其処まで言うならしばし時間をやろう、せいぜい足掻くのだな」

 晶の言葉に多少納得したのかヴァンパイヤは少し下がり腕を組んで待機し、その様子を見届けた勇達は円陣を組む。

「で、どうするつもりだ?」

ジャースが晶に視線を向ける。

「その前に勇、貴方は龍になったとき皆を乗せて空を飛べるか?」

「ああ、飛べるぞ」

 勇の返答に晶は頷く。

「よし、さっき思い出したんだが、勇、昔と暇つぶしに考えていた不老不死対策覚えているか?」






「もういいのかね?」

 晶達が円陣をとき構える姿を見たヴァンパイヤは壁にもたれながら問う。

 先ほどは杭やら銀製品などふざけた物で痛手を負ったが、もはやそのような道具も無いようである。

 自身を殺すとは完全に不可能と知らしめ、万策尽きたところで殺してやろうとヴァンパイヤは内心笑う。

「ああ、いいぞ」

 晶が答えた瞬間斬りかかるユナ、ヴァンパイヤはそれを確認しつつも無防備に左腕を切り落とされる、直後気配を消していたジャースが背後から右手を切断する。

――ウインドエッジ――

 間髪いれずにメイが首を切り飛ばした、その頭部をジャースは掴み取った。

『乗れ!』

 龍の姿の勇が叫ぶ、その声に追従するように全員駆け込み乗る。

『いくぞ!』

 勇が全員乗ったことを確認し天井へ向かった、そして口から閃光を放ち穴を開け空へと飛び立っていく。

「ふははは、離しても無駄だ、時間は掛かるが必ず元に戻る、残念だったな」
 
 どれほど離そうと無限に触手は伸び続け、最終的には繋がり元へ戻っていくのだ、たとえ現在のように傷口を魔術で焼き続けて繋げられないようにしても、永遠に続けるのは不可能である。

 首だけのヴァンパイヤが無駄なことだとあざけ笑う。
 
「ふふん、これだけで終わりじゃないさ」

「なに?」

 見向きもしない晶にヴァンパイヤは訝しげな視線を送る。
『この辺りでいいだろう』 

 頭部を掴まれ見せられたのは見た足す限りの海原であった。

 僅かな時間で此処まで飛んできた勇の速度はかなり速い。

「これかお前を海に沈める」

「ふん、海に落としてもいつかは陸にたどり着くぞ」

 海を漂いながらも触手は伸ばせるのだ、無駄だと言外に含ませる。

「ふふふ」

 晶含み笑いをしながらロープを取り出し外れないようにヴァンパイヤに結びつけ、その際口に猿轡をするようにしたためヴァンパイヤは喋れなくなる。

 ロープの先には丈夫な布袋がありそこに晶が何処からとも無く大きめの石を出しては詰め込んでいる。

 ちなみにその石は晶が何時の間にか居た茶色い少女に出してもらっているのだが、色の少女のことは知らないヴァンパイヤには虚空から取り出しているようにしか見えない。

「海に沈める」

 沈める、を晶は強調した。

「深海の奥底へ貴方を沈める、光の届かない真の闇、無音の世界、何よりも凄まじい水圧に頭部は元より繋がろうとする触手は押しつぶされるだろうな、何も聴こえず、何も見えず、押しつぶされて原型を留めていない、そんな状況に貴方の精神は耐えきれるかな?」

 晶の説明に元よりヴァンパイヤの元から青い顔がますます青くなる。

 不老であるが故かこの身体の頑丈さは人間と変わらないため当然の如くあっさり潰れたりもする、どんな状況に成ろうとも再生してきたので気にはしなかったが、ずっと潰され続けるという状況は初めてであり、想像も付かなかった。

『老化とは別の言い方をすると成長すること、成長に中には環境に適応することも入る、不老ゆえに環境に適応できず、また不死ゆえに死ぬことも許されない、脱出する方法は天変地異で海が無くなるぐらいしかないだろうな、一体何百年、何千年先のことか……』

 ヴァンパイヤには心当たりがあった。

 魔王に作られたときには完成された状態であり、新たな魔術を覚えようとか身体を鍛えようとかしたが全く変わらなかった、そのときは気まぐれの様なもので別に気にしなかったが、今にいて思えばそれが不変である不老不死の一つかもしれなかった。

 勇の言葉にヴァンパイヤが止めろと叫ぶが口が塞がれ喋れず、石の入った布袋を持つ晶を睨みつけたが、そんな様子を晶は見て笑っていた、その笑顔は正に邪悪である。

「では……さようなら」

 大量の石が入った布袋を海へと落とす晶、その重りに引っ張られヴァンパイヤの頭部も海へと落ちていくのであった。





「さて次は胴体のほうだな」

 沈む様子を見届けた晶は勇に頼んでもとの場所へと戻る。

「しかし良くこんな方法思いついたな」

 ジャースが話しながら隣に座った。

「実は一度勇と話したことあったんだよ」

『ああ、たしか本に不死身の敵役が出てきてどうすれば倒せるか、なんて話し合ったことあったな』

 晶と勇が笑いあう、暇つぶしに考え合った事が実際に使われることになるとは思っても見なかった二人である。

『実はこの方法にも大分穴がある、切っても離れないほどの再生力があったり、切り離した所が新しく生えてきたり、頑丈なほうで不死身だったりするとお手上げだったからな』

「それにアイツは不死身に胡坐かいて防御を全くしなかったからな、その辺りも結構幸運だったな」

 勇の言葉に続けて説明する晶に一同は感心しているようだった。

『うお! 結構気持ち悪いな』

 晶たちが戻ってくるとそこには頭部を求めて触手を伸ばしまくっている、ヴァンパイヤの胴体があった。

「勇、すまないが運んでくれるか?」

 触りたくも無い物を触らせるのに晶は申し訳なさそうに頼むが勇は了承し片手で掴み上げる。

 飛んで行った先は近くの休火山の火口であった。

「これもさっき言っていた不死身の対策か?」

 ユナが勇に問いかける。

『その通りだ、深海の高水圧で動けなくする、もう一つは溶岩の中に落とす』

 答えながら勇は火口の中へ入っていく、そこには真っ赤な溶岩が流れていた。

「溶岩の中なら全身焼け続けるし、温度が下がって固まった溶岩に包まれることも期待できまる」

『ただこちらは噴火して外に跳び出る可能性が高い、海が無くなるよりも噴火の方が起きやすいからな』

 晶の説明に勇は補足しながらヴァンパイヤの身体を中溶岩へ落としていた。

 細い触手は高熱に焼かれ、全身に火が回る、そしてそのまま火口の奥へ流されていくのであった。

「ここまで……やっておけば……大丈夫……」

『だろうな』

 メイの意見に勇は同意する、正直これだけやっても戻ってくるのならもはや手立ては無い。

「それでは一旦町に戻って倒したことを報告しましょう」

マリアの意見に賛同し、皆は町へと戻るのであった。





 その日は一日お祭り騒ぎとなる、ヴァンパイヤが倒されたことに安堵した住民がはしゃぎ始めたのだ、しかもそれを行ったのは勇者一行なのである、嬉しくないわけが無い、住民のはしゃぎ振りをみた町長は抑えきれないと判断し今日一日だけの祭りとしたのである。

「さあ勇者様、こちらへどうぞ」

 町長が勇を促した先にあるのは多種多様な食べ物、飲み物がある主賓席であった、椅子の周りには着飾った女性達が待ち構えている。

「い、いや、俺は遠慮しておくよ!」

 恥ずかしいのか勇は断ろうとするがぐいぐいと町長が引っ張って行く、、無理に引き剥がすと酔っ払っているせいで倒れてしまいそうで無理であった。

 結局座ってしまう勇に飲み物を注ごうとした町の女性達だが何かに脅え躊躇している。

 その視線を辿るとそこにはマリア、ユナ、メイ、三人がその場所は譲らないといわんばかりに睨んでいた。

 そそくさ席を譲る女性達、いまのマリア達にかなうものは居ない。

「……」

 そんな様子を遠くから一瞥し隠れるように壁にもたれる晶の姿があった、右腕をぼんやりと眺める、その表情は沈鬱なものであった。

「晶」

 ジャースの声に気が付いた晶は笑顔になるが、上手く出来たか自信が無い。

「いやー、ついに勇が全員落としたな、これから先もっと楽しめそうだ」

「……」

 笑顔で話す晶に無言で答えるジャースの態度に晶は顔を覗き込む。

「どうした? ジャースさん?」

 突然晶はだきしめられた。

「どうしたじゃない、泣くのなら泣け」

「な、なんの……事だ……」

 図星をつかれ、胸を締め付けられる感覚の晶だったが無視を決め込む、しかし強く抱きしめられた。

「……」

「……」

 次第に晶の身体が振るえ、おずおずと抱きしめ返す。

「す……すまん……弱音……吐きそう……だ……」

「ああ、いいさ」

 ジャースの言葉が耳に入ると同時に震えながら縋るように晶は抱きつく。

「こ……怖い……腕が無くなって……本当に死にそうになって……いまでも……思い出すと……震えが止まらない……」

 直ぐに戻ったとはいえ、一時的に腕が無くなり、そのうえ今までにないほど死の予感を感じていたのだ、恐れるのも無理は無い。

 勇が竜の姿になったことによる驚きに今まで忘れていたが、お祭り騒ぎで気が抜けた瞬間思い出し、隅っこで震えて居たのである。

 ジャースに抱きしめてもらいながら、晶は震えながら弱音を吐きだすのであった。

 暫く抱き合っていた二人が離れる、晶の目は泣いたせいで赤く充血していた。

「ありがとう」

「気にするな」

 泣いて大分気持ちが軽くなった晶は無理なく笑うことが出来ていた。

「ところでよく自分が落ち込んでいたのが分かったな?」

「まあ、最初はわかんなかったけどな、さっきの落ち込んだ顔つきを見て……な」

 頬を掻くジャースは若干申し訳なさそうであり、そんな態度に晶は首をかしげる。

「すまん、見るまでわからなかった」

 ジャースの続けた言葉に晶は笑い出した。

「何がおかしい」

 ジャースの眉間に皺がよる、謝っているのに笑われるのだ、当然だろう。

「すまん、自分もそれ程察しが言いわけじゃないからな、自分が出来ないことをそんなにも要求するつもりは無いよ、気にしすぎだ」

「何時までも笑うな! それよりもオレに隠するんじゃねえよ!」

「う、ごめん」

 激昂するジャースの迫力についつい晶は頭を下げる。

「じゃあお詫びとお礼に何かしたいが、なにかあるか?」

「お礼か……」

 しばし考え込んだジャースはニタリと笑うとこう告げる。

「キスしろ」

 予想以上の返答に晶は思わず硬直する、そんな姿が狙いどおりだったのかジャースは笑う。

「なんてな、冗談さ」

「じょ、冗談!?」

「ん? 本気にしたか?」

「べ、別に、本気なんか……」

 顔が熱くなるのを自覚しながらもそっぽを向いてごまかすが、ジャースは今だ笑っているのだ、ごまかしきれてないのがわかる。

「さて、勇者達の所へ戻るか?」

「そうだな」

 気を取り直したジャースが手を差しだした、それを晶は握り締め二人並んで歩いて行くのであった。




[25596] 脇役二十四
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/06/10 07:27
「ついにここまできたな」

 コーヒーもどきを口にしながら勇は気合を入れて話しだす。

 強敵を倒しながら全ての封印を解き、残りは魔王を倒すことのみである。

 宴から一日経ち、町も日常生活に戻りつつある中、勇達一行は初めに立ち寄った飲食店で今後どうするかを話し合うところであった。

「最終目標の魔王だが、何処にいるかわかるか?」

「はい、場所は分かりますが……」

 勇の問いにマリアが答えるが困惑した様子で眉を顰める。

「魔王のいる場所は絶海の孤島で、船で近づこうにも周囲の海域に生息している魔物は非常に強く、獰猛なので近づけずにいます」

 魔王が打ち落とせない理由がそれであった。

 大量に兵士を送り込んでも船ごと一網打尽にされては意味が無い、故に王国は手をこまねいていたのである。

「船に皆で乗って、俺が魔物を排除しながら強引に行くか?」

「それだと……勇に負担が……かかる……」

「それに魔王の島周辺の魔物は異常に群がっている、全て対処するには無理だな」

 勇の提案にメイとユナが否定的な言葉を口にした。

「そうか……陸路もだめだし海路も駄目、となるとあとは空路か……空飛ぶ船とか無いか? あと魔術で飛ぶとか?」

「残念ですがありません、魔術も研究をされてはいるのですが、一向に成果が出せない状況です」

 駄目もとで尋ねるが否定されるだけだったので勇は額に手を当て悩み、またマリア達も同じようであった。

「いっそのこと勇に乗って突貫したらどうだ?」

 沈黙を破り、口を開いたのは晶であった。

 それに対し全員何を言っているのだと疑問の視線を投げかける。

「だから龍の姿の勇に乗って、乗り込むのはどうかと言ったんだ、勇に一度は乗ったんだしな」

 おお! とばかりに全員手を打つ。
 
 善は急げと町を出て行き、人気の無い所までいくと勇が龍へと姿を変える。

 いくら勇者とはいえ街中で行き成り龍の姿に変われば住民が混乱をきたすこと請け合いである、よって町から離れた所でおこなったのだ。

『じゃあ、マリア案内頼む』

「はい、任せてください」

 全員勇の背中に乗り、首の辺りにマリアが乗って魔王の場所まで案内することになった。





「なあ、正直魔王の姿は見たことが無いが、本当にその島に魔王は居るのか?」

 ジャースがそう疑問が浮かぶのも無理は無かった。

 ミノタウロスやヴァンパイヤの言葉から魔王は実在しているようだったが、実際に見たことが無い、それなのにそこに魔王が居ると分かるのはおかしな事である。

「あの島歴代の魔王が根城にしている場所です、魔王が居ない間は危険なだけの島ですが魔王が出現すると島全体が黒い霧に覆われます、その黒い霧が出現したというのが確固たる証拠です」

 マリアの答えから新たに疑問が浮かんだ晶は続いて質問する。

「その島に兵士は常駐させないのか? それだけ重要な場所なら王国が厳重に監視しそうだけど?」

「本当は兵士を常駐して置きたいところだがな、世界で一番危険な場所でそこに居続けることが出来るのは世界でも一握りだ。それ程優秀なら王国の騎士になってもらった方が良い、だから魔王が現れる周期に合わせ、見える位置まで近づき観察するだけに留まっている」

 ユナの返答に納得する晶であった、そのとき勇が声をあげた。

『あれか……』

 晶が前方に視線をやると遠くに黒いものが見えた。

 海は不自然に荒れ、上空には分厚い雲がかかっている、そして何よりも孤島全体が半円上の黒い霧に覆われているのだ、おかげで島ということしか分からない。

『流石にこのまま突っ込むのはやばいな』

「そうだな、何処か島の端から進入しよう」

 ユナの同意をえた勇は海面ギリギリまで高度を落とし速度を上げて島を目指した。

「あそこしか……無いみたい……」

 メイが指差す先には岬のように突き出た場所、そこはうまい具合に黒い霧にも覆われておらず、結構な広さがあった。

「少し罠のように見えますけど、他に見当たりませんから」

 岬の他は全て霧に覆われ、なおかつ飛行する魔物が一匹も居ないという不自然さがさも罠に誘っているようにしか見えないため、マリアが不安げに口にするのも仕方が無いことである。

 無理やり突入することが出来たかもしれないが、黒い霧にどんな効果があるか分からない、まして魔王がいる場所なのだ、迂闊に触れることも出来ないため、霧に覆われていない岬にから進入することとなった。

「これまた不思議だな」

 晶が霧の目の前に立ち観察していた、そう、霧の目の前である。

 徐々に濃くなっていくのではなく、透明な壁に遮られたかのように唐突に霧が発生しているのだ。

「どうやって入るかだが……」

 勇が周囲を見渡すが、霧の壁があるだけである。

「この中を突っ切るしかないみたいだな」
 
 ジッと霧を見つめるユナの眼に気合が込められていた。

「そうだな、手始めに俺が入ってみるか」

 鎧姿の勇が手を伸ばす、マリア達は止めたかったが他に方法が思い浮かばず、この中で一番防御能力が高いのが勇だったため、黙って見るしかなかった。

「入って来いということか?」

 霧の中に手を入れると勇が警戒しながら呻く、その視線の先には一本の獣道が見えた。

 勇が手を入れた瞬間霧が部分的に晴れたのだ、大きさは人一人入れるぐらいである。

 一斉に入って行きたいところだったが道はこれしかない無いため、全員警戒しながら一人ずつ入っていく。

「こういう場合は最後の一人だけが入れなくて、一人になった所を多対一で襲い掛かると思ったけど……」

「たしかに……そういう手がある……」

 晶がポツリと言った言葉と同意するメイ、その方法を取らなかったのは余裕の現れであろうか。

「思ったより明るいですね」

 マリアに釣られ晶も空を見上げる、中が見えないほどの黒い霧に覆われていたにも関わらず中は明るかった。

 太陽光が直接降り注ぐほどではないにしろ、薄い曇がかかったぐらいには軽かった。

「アレが魔王の城か?」

 暫く進むと木々の間から大きな城が晶の視界に入ってきた。
 
 その城は蔦がいたるところを這いまわり、外壁はすでに崩壊しかかっており、どうにか保っているといった感じである、しかしそれにより不気味さが増していた。

「そうかもしれません……とりあえずあれを目指しましょう」

 マリアも城が見えたのだろう、魔王の城とは断言できなかったが、目標とした。

 そもそも魔王城を見たのは先代の勇者達ぐらいなものである、適当に歩き回るよりもそれらしい物を目印として歩いたほうが良いだろう。

「しかし気持ち悪いほどに何も起きないな」

「ああ、そうだな」

 ジャースの言葉にまったくユナは同意していた。

 全員周囲を警戒しながら歩いてきたが、この島に入ってから魔物に襲われたということが無いのだ。

 普通に考えれば魔王がいる場所ゆえにありえないことであり、それがまた不気味さを増徴させている。しかし引くことは許されず、このまま前進し続けるほか無かった。

「……」

「……」

「何事も無く着いたな」

「だな」

 勇と晶は目前の城を見上げ他の皆も後ろにいる、島に入ってからずっと獣道を歩いて城を目指していた勇達だったが、途中で魔物に襲われることも無く、物理的、魔術的な罠も無くたどり着いてしまったのである。

 何かあったとあえて言えば何も無い事に怪しみ、進むにつれて警戒心が強くなり、普段よりも周囲を気にすることで無駄な体力を消耗したぐらいであろう。

「よし! 入るぞ!」

 勇が気合と共に重厚な門を押し開く、その先に綺麗にされたロビーがあった。

 外観からは想像もつかないが、外を這い回っていた蔦や植物は一つも見当たらず埃も無い、正面には真っ赤な絨毯が敷かれた階段があり、吹き抜けの二階窓には罅が入っていないステンドグラスが見えた。

 全員が予想外に清潔なロビーを見回しながら入った途端、門がひとりでに大きな音と共に閉まる、閉じ込められたかと最後尾にいたジャースが門に手をあて押すと、あっさりと門は開いた。

「どうにも拍子抜けするな……」

 勇は想像と全く違う内装に唖然とするほか無いようであり、晶達も同じ反応である。

 その時何処からとも無く走ってくる音が聞こえ、全員体勢をととのえ向かえうつ。

「あらあら、初めてのお客様ね」

「マーガレットさん!?」
 
 勇が驚きの声を上げる、それもそのはず現れたのはなんとマーガレットであった。

「なんで……ここに……?」

 居ないはずの人物におどろいたのだろう、メイは目を見開きながら問いかける。

「ふふ、此処に私は住んでいるのよ」

 頬に手を当て微笑むマーガレット、一瞬なにを言われたのか理解できなかった勇達は呆然とするばかりである。

「え?ではマーガレットさんは魔王の手下なのか?」

 晶が驚きの連続で上手く回らない頭でなんとか答えを出す。

「いいえ、違うわ」

 しかしその答えを否定するマーガレットの口から続いてはなった言葉は衝撃的であった。

「私が魔王よ」

 マーガレットは相変わらず表情は笑みを浮かべるだけである。






「そ、そんな……」

 勇の顔色が悪くなる、町で会うたびに親しくしていた女性が魔王そのものであり、そして倒すべき敵とわかり精神的衝撃は凄まじいものであった。

「ふふふ、ここではなんですから玉座へ来て、正面の階段を上って真っ直ぐ行けばたどり着くわ」

 言葉を残し、虚空に消えうせるマーガレット、そんな様子を一同は見つめるしか無かった。

 足取りは酷く重く、一言も喋らず進む勇達、特に勇が一番酷かった、それもそうだろう、自身が倒すべき敵が親しかった人、しかも女性でどう見ても人間にしか見ない、それを己が手で殺さなければならないのである。

 ミノタウロスやヴァンパイヤは見た目からして人外だったため心の負担が少なかった。

 一直線に続く広い廊下を突き進み、そして際奥に絢爛豪華な両開きの扉の目の前にたどり着いた。

「ここか……」

 勇が力なく声を出す、そんな様子をみたマリアが勇の手を取る。

「勇者様、お気持ちは分かります、私も正直信じられませんでした。しかしこれは紛れも無い事実です、諸核の根源である魔王が現れた以上、倒さないと世界に平和は戻りません」

「マリア……」

 マリアは勇の手を胸元に抱きしめる、本人もつらいのかその瞳は潤んでいた、その様子を見た勇は自分だけが辛いのではないと思い出した。

「そうだよな、辛いけど、俺は勇者でマーガレットさんは魔王、それなら戦わないとな」

 勇は仲間を見回して覚悟をきめる、そして扉に手を掛けた。

 開いた扉の向こうはとても広い空間が広がっていた。

 天井は高く、二階ほどの高さに窓がはめ込まれ光を取り込み明るく、地面には入り口から続く赤く長い絨毯が伸びている、そして最奥、一段高くなっている床に一脚の椅子、装飾は少ないが頑丈なつくりの玉座があり、そこに座るのは全身黒ずくめの衣装を着たマーガレットであった。

 深緑の髪を後ろに流し、同じ色の瞳を細める、身体を覆うのは大きなマントであり、その内側の着衣は胸元から踝まである身体のラインが分かるドレス、膝辺りから下は広がっている形になっているそれをマーガレットは完璧に着こなしていた。

 装飾品も胸元に光る宝石一つだが、それがまたアクセントとなっており、全てが調和され、マーガレットが魔王であると知らしめていた。

「改めて、ようこそ皆様、私のお城へ」

 椅子から立ち上がり両腕を広げるマーガレットの表情はやはり笑顔のままである、しかし勇達にとって魔王という存在と認識したせいか、笑顔には何処と無く恐怖心をあおられるものであった。

 身構える勇達だがそれを見ても自然体なマーガレットは魔王としての余裕の表れであろう。

「ふふふ、では勇さん、お答え願いますか?」

「答え?」

 微笑みながら問いかけるマーガレットに訝しげな視線を勇は送る。

「ええ、私の元へ来てください、そうすれば世界の半分は貴方のものです」



[25596] 脇役二十五
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/06/17 06:27
「部下になれって事か!?」

 意表を突かれた問いだったのだろう、マーガレットの誘いにことのほか勇は驚いていた、此処まで来て魔王に勧誘されるとは思っていなかったのが見て取れる。

「ふふふ、違うわ、私と対等の一生涯を共にする契約よ」

 笑みを浮かべ続けるマーガレットの問い、それに対する勇の返答に辺りは静まり返る。

 そんな状況ゆえだろう、晶のポツリと囁いた声がやたらと響いた。

「一生涯を共にするか……まるで自分と結婚しろというような話だな」

「あら? 私はそう言っているのだけれど?」

 笑みを深くしたマーガレットの言葉の後に又も沈黙が続く、勇達は何を言われたのか一瞬理解できていないようだった。

 一分ほどの時間の経過と共にようやく脳に染み渡ったのか、マリア、ユナ、そしてメイが激昂した。

「だ、駄目です! そんな、勇者と魔王が! け、結婚するだなんて!」

「その通りだ! そんなもの認められない!」

「駄目……そんなことさせない……」

「ふふふ、それを決めるは勇さんよ?」

 喧々囂々の女性陣、魔王との婚姻はいけないと言っているが、その真意は勇との結婚が認められないのが嫉妬に染まった瞳から分かる、ようは自分が勇の相手になるためである。

「良かったな、4人もの美人にもてまくりだな」

「……」

 勇の肩に手を置き、ニタリと笑う晶は勇を巡る言い争いを見てかなり楽しくなっていた。

 それに対し肝心の勇は肩を落とし脱力している、物凄く緊張した重苦しい雰囲気だったのが、晶の一言からあっという間にぐだぐだになったからであろう。

「で? 結局魔王はどうするんだ? 殺すのか? 生かすのか?」

 ジャースが呆れ顔で全員に問う。

「そうです! 魔王は倒さないと世界に平和は戻りません! 勇者様と戦わないといけないけません! だから結婚なんてとんでもない事ですし出来もしません!」

 ジャースの言葉に此処まで来た理由を思い出しマリアは身構える、心なしか先ほどよりもやる気満々なのは気のせいであろうか。

「残念だけれど、私を殺しても何も変わらないわよ?」

 頬に手をあて微笑むマーガレットの言葉に一同は困惑した。

「ふふふ、 魔王も魔物の一つなのよ」

「どういうことだ?」

 マーガレットの答えが上手く理解できない晶は問う。

「私も王城まで行ったからわかるわ、世界中に魔物が異常発生するのは魔王の所為だって事になっているけどそれは違うのよ、異常発生している中で魔王が生まれる、そもそも魔物も元は普通の野生動物なのよ、それが空気中の魔力に侵され、異常をきたした状態が魔物と言われているわ」

「それじゃあ……まさか……」

 メイがあることに気が付いたのか目を見開く。
 
「そう、私も元々は普通の人間です」

 驚愕の真実だった、しかし倒すべき者が人間というのが信じられないのかユナは問いただす。

「な、なんでそこまで魔王のことが詳しい!? 自然発生した様なものならそこまで詳しく無いはずだ!」

「魔王というのは元が人間だからか少し違うの、魔王になった際、魔王としての知識も受け継がれるのよ、もしかしたら私たちが知らないだけで他の魔物も同じかも知れないわね、意思疎通が出来ないから分からないけど? そういう理由があるから魔王としての知識はあるわ、その中に勇者のこともあるわね」

「勇者のことだと? それは私達の神官が受け継いできた書物に書かれていることが全てではないと?」

 マリアが疑問をぶつける。

「書物にはどんな事が書いてあるか分からないから、そうだとは言えないわね」

 真実かどうかは分からないが、違いを知りたいマリアは内容を手短に話す。

「私の書物には、魔王が現れるとき召喚の魔方陣で勇者を召喚せよ、さすれば魔王を討ち取るであろう、大体そのような内容です」

「あら? だいぶ私の知っている召喚理由が違うわね?」

 首を傾げるマーガレット。

「私が知っているのは、その召喚の魔方陣は魔王の旦那さまを呼び出すものなんだけど……」

「なんだよその一点集中な魔法陣」

 思わず晶はつっこんでしまう、自然と手の甲で隣を叩く動作をしてしまうあたり呆れ具合が激しかった。

「そ、そんな召喚の魔法陣あってたまるものですか!」

 マリアとしても認めたくないのだろう激しく否定する。

「そう言われてもね……私が作ったのではないし」

 頬に手をあてマーガレットは何処と無く困った感じである。

「誰が……作ったの……そして……理由は……?」

 いつのまにかメイは自分が相応しいとばかりに、勇の傍に寄り添うように立っていた。

「作ったのは最初の魔王ね、なんでも魔力の大きさから迫害されて、当時無人だったあの城。王城に逃げ込んだらしいのよ、そこで誰も入って来られないように結界をはって一人で暮らしていたけど寂しくなったのよ、でも皆から嫌われているから自分のことを嫌わない人を召喚しようってことになって、だったら理想の人がいいなと色々付け加えて今の召喚の魔方陣になったみたいよ」

「そんな記述はありません! 初代様は魔王と相打ちになって世界を守った方なのです! 歴代の勇者様達も同じです!」

 マリアとマーガレットの記憶と記述の違いで言い合っているなか、勇がなにかひらめいたのか手を叩く。

「もしかしてその初代勇者、本当は二代目なのかもしれないな」

「どういう……こと……?」

 メイは首を傾げ、同じく全員も困惑しているようだった。

「たしか初代が二千年前で俺が五代目、一定の間隔で魔王が復活するから大体四百年間隔かな? 本当の初代と二代目の間は四百年もあるから初代勇者も魔王も居なくなり、何らかの理由でその城を中心に人が集まり国が出来る」

 此処まで良いかと勇は全員に視線を巡らせる。
 
「あるとき一人の人間が魔力の高さや引き継いでいく知識の豊富さ、魔物が多く発生するという状況から魔物を率いているからと魔王といわれ、国を挙げて討伐される、しかし戦ってみるが敵うはずも無く、そんな時に召喚の魔方陣を発見したのかもしれないな?  召喚してみたらそいつはやたら強くて魔王の討伐に向かわせた。理想のかつ自分を嫌わない人だったから当然好きになって、二人仲良く結婚したかなにかで召喚した人は帰ってこなかった、結果相打ちとなったと周囲は思い込んで勇気のあるものから、勇者と呼ばれるようになったのかもしれないな」

「ちなみに魔王と勇者の二人が結婚したあと、辺境の村で幸せに暮らしたのよ」

 二人の意見をまとめて推理した勇の説明はマーガレットの補足があったとはいえほぼ的を射ていた。

 人間側と魔王側の言い分なので違いがあるなかで推理して当てる勇は本当に天才であった。

「で、ではミノタウロスやヴァンパイヤはどう説明するのですか!?」

 口にするマリアは戸惑いを隠せない様子である。

「勇者がどんな人か知る為ね、先の封印で戦う力を、後の封印で知恵を、そして龍になっても受け入れる精神力を知る為に初代の魔王と勇者で考えたそうよ、通過儀礼みたいなものかしら?」

 勇さんは私から見て合格よとマーガレットは付け加えていた。

「ということは……召喚された勇はマーガレットさんのことが好きなのか?」

 今まで黙っていた晶がふと思いついたかのように口にする、その言葉にマリア、ユナ、メイの三人は衝撃を受けたようすで、マーガレットは頬を染めて嬉しそうに微笑むばかりである。

「え、えーと……」

 間違いではないのか勇は言葉に窮していた。

「では、マリアさん、ユナさん、メイさんは嫌いだと? どうでもいいと!?」

「そんなわけないだろう! 」

 晶の言葉に勇は反発する。

「ほほう、皆のことはどう思っているんだ?」

 手にマイクを持つような素振りで追求する晶は勇を弄くるのが非常に楽しくなっていた。

「さあ、さあ、さあ!」

 晶はズイズイと近寄り迫る。

「す……だよ……」

 晶の執拗な追及に根負けし勇はポツリと呟いた。

「あん!? なんだって? 聞こえねーなー」

 何処の不良だと言いたくなる様な顔で晶はなおも迫る。

「好きだよ、全員好きなんだよ! 優柔不断で悪かったなこんちくしょう!」

 こんな事を全力で叫ぶ勇は真に勇者であった。

「ふむ、やはりそうか……」

 考え出した晶はジャースに視線を向ける。

「基本結婚は一人だけだよな?」

「ああ、そうだ」

「王族や貴族は?」

「王族? 貴族?」

「ああ、子を残すために妾というものが居ると思うのだが?」

「ああ、確かに居るな、少ない奴はせいぜい一人、多い奴は百いくとかいかないとか?」

「勇者の血も残さないといけないよな? しかも魔王を討ち取ったから、報酬として貴族に認めてもらえば全員囲えると思うのだが?」

 その発想はなかったと全員感嘆の声を上げる。

「あらあら、だったら誰が正妻になるのかしら?」

 マーガレットの一言で空気が圧迫された。

 勇と晶が視線を向けると、そこには当然私と気合が物凄い三人の女性達であった。

「マーガレットさんは倒されるので余り関係ありませんよね? それに魔王ですから回りも認めてくれませんよ」

 マリアは最も強敵となる可能性が高そうなマーガレットを牽制し始めていた。

「いや、途中から一緒に旅をした仲間といえばいいんじゃないのか? 誰も居ない魔王城みせれば倒したと誰もが思うだろう」

 勇のハーレム候補を逃したくない晶は一つ提案する。

「なるほど、王都であったときも誰も気が付いていなかったからな、見た目も服装を変えれば普通の人間だし、魔力の高さもそれで仲間にしたといえばいいのか?」

 これ幸いと勇は晶の案に便乗するがその瞬間二人に強烈な威圧感が襲い掛かる。

 マリア達三人が余計なことと言わんばかりに睨んでいた。

「そ、そういえばなんで王都に居た時魔王と分からなかったんだ?」

 晶は危機感から話を変えようとする、しかし威圧感はあまり変わることは無かった。

「あれは隠蔽する魔術をかけていたからよ、あまり気に留めない普通の人と認識させる魔術ね、長時間使える魔術じゃないから買い物と、勇さんと話したいときにしか使えなかったけど……これを開発するまで大変だったわ、魔王としての雰囲気から相手に恐怖心を与えるみたいだし、おかげでなかなか買い物もいけないし、生まれ住んでた村では村人全員から追い出されるし……」

「そこのあたりは……勇者として絶対に安全だと言い張ればいけると思う、というか強引にでも通す!」

 気落ちしたため息を吐くマーガレットを気の毒に思ったのか、勇は元気付けるかのように声を張り上げた。

「ふふ、私のためにそこまで考えてありがと」

 流し目をしながら礼を述べるマーガレットは物凄い色気を放っており、思わず男二人は赤面する。

「お前もなに赤くなっているんだ!?」

「ちょ、痛い! 千切れる!」

 ジャースが不機嫌な顔しながら晶の耳を引っ張っているのだ。

「くう! なんですかあの動作!」

 マリアは自分には出せない色気に悔しがり。

「あれが大人の魅力というものか……」

 ユナは向上心からか感心し。

「ババアが……!」

 メイは自分と真逆な性能にやさぐれていた。

「はいはい、マーガレットさんをどうするかは王都に戻ってから改めて決めたらどうだ?」

 手を叩き全員に伝える晶の片方の耳が真っ赤に染まっている。

「魔王ですから討ち取ります!」

 マリアは声も高らかに宣言し、それにメイとユナも同意するように頷いていた。

 まあまてと晶はマリア達とマーガレットの間に入り片手を上げて止める。

「マーガレットさんは国を襲うつもりもないよな?」

「ええ、もともと襲ってもいないし、魔物が活発なのは私が行っている訳じゃないわ」

 マーガレットの返答に晶は頷き、次は勇に視線を向ける。

「勇は殺したくないのだろ?」

「もちろんだ」

 真剣な顔で勇は返答する。

「そういうことで三人は討伐を諦めたらどうだ?」

 晶に言われマリア達は躊躇するが再び構えた。

「無実の民を殺すのか……」

 晶は悲しげに視線を逸らし罪悪感を煽り、戸惑う三人に更に追い討ちをかける。

「倒したら確実に勇に嫌われ――」

「討伐は止めましょう、理由もありませんから」

 晶の言葉を遮り即座にマリアは中止を宣言し、ユナとメイも同意する。

「そういうわけで魔王は討伐されたと言うことで、いいな!」

 強敵だとか女性として負けられないとかアリア達が鼓舞するのを尻目に晶は勇の肩を叩いて同意を求め、勇は嬉しそうに頷いた。

「なあ、魔王との対決がこんなのでいいのか?」

「いいんじゃないか? 誰も死ななかったからな」

 呟くジャースの声が聞こえた晶は振り返り、勇を巡って激しくなりそうだと楽しくなり、笑顔で答えるのであった。




[25596] 脇役二十六 完結
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/07/01 08:20
 燕尾服のような正装を着た晶はテラスから眼下に広がる町を眺めていた。

 普段は夜と共に殆どが暗闇に消える城下町だが、現在は煌々とランプの火が灯っている、それだけではなく、老若男女分け隔てなく盛り上がっているのが大通りで煌々と燃える、大きな焚き火から容易に想像出来た。

 魔王を倒したと報告すると、王が祝杯だと王都全体で祝う事になったのだ。

 一日がかりで準備を行い、その翌日王の宣言と共に開催された。

 貴族達達はこぞって着飾って城のダンスホールで踊り、一般の民は所々で大きな焚き火を作り、酒を飲んだり、曲を演奏し踊ったりして楽しんでいるようであった。

「ふー、少し疲れたな」

 大広間から出てきた勇が肩を回しながら晶の隣に立つ、白を基調とした軍服に似た服装で正装した勇の姿は非常に良く合っていた。

「お疲れさま、人気者は辛いな」

 城下に視線を向けたまま晶は労をねぎらう、勇は女性達に入れ替わり立ち代り踊っていたのだ。

「晶、ありがとうな」

「突然なんだよ?」

「いやな、俺に巻き込まれて迷惑掛けているなといつも思っていたんだ、今回は特にそう思った」
 
 自分の右手に勇の視線が向けられたのを晶は感じていた、直ぐに直ったとはいえ右腕を失したことを思い出しているのだろう。

「何をいまさら言っているんだ? 気にしなくて良いさ、それにこんな異世界召喚なんて普通なら一生味わえない出来事を体験も出来たんだ、それだけで今までの苦労もチャラにしてやるよ、なんならこれから先の苦労も帳消しにしてやってもいいさ」

「……そうか、ありがとう、俺に何か出来ることがあれば言ってくれ、全力で答える」

 晶は町から勇に視線を移し、姿勢をただし勇へと手を差し出す。

「ん、これからもよろしくな」

「おう」

 二人は笑いながらお互いにしっかりと握手を交わすのであった。

「そういえば勇は元の世界に戻るんだよな?」

「ああ、マーガレットに元の世界に戻るための魔術があるか聞いてみたらあるそうだ。召喚の魔方陣に手を加えて、帰還用にするらしい」

「マリアさん達のことはどうするつもりだ?」

「申し訳ないけど、諦めてもらうさ」

 勇は笑いながら話すがその口調は寂しそうである。

「よくマリアさん達が許したな」

「それなんだが……実はまだ言ってないんだ」

 肩を落とす勇に若干呆れる晶であった。

「早く言ったほうがいいと思うが……」

「分かっているんだけど……言いづらくてな……そ、そういえばお前はジャースに言ったのか?」

 これ以上追求されたくないのか話を変え始め、晶は仕方がないと話しに乗る。

「何を?」

「何をって、告白しないのか?」

「な!? なんの、ことだ?」

「惚れているんだろ? 知らないとおもっているのか?」

 驚きによって挙動不審になる晶をみて、形勢逆転と見たのか勇はニヤニヤと笑っていた。

「惚れている!? オレが!?」

「違うのか?」

 勇に問われて晶は考え込む。

 ジャースが側に居ると嬉しく思い、逆に勇の側に居たりすると不安と共に嫌な感じもしていた。
指輪をあげようと思い立ったがその理由は特に無かったが、今思えばどうでもいい人に理由も無く装飾品を送ろうとは思わない、そして何よりも冷静になって好きなのかと自問自答するとあっさりと頷く自分がいた。

「……違わないな」

 自身が出した答えに晶は納得して頷く。

「で? どうするんだ?」

「そりゃあ、機会があれば――」

 その時ダンスホールから声が届く。

「勇者様?」

「こんな所にいたのか」

「早く……踊ろ……?」

「そうよ」

 マリア、ユナ、メイそしてマーガレットである、各々煌びやかなドレスを身に纏っており勇を呼んでいた。

「ほら、眉目麗しい女性達が呼んでいるぞ、行ってこい」

 急げとばかりに晶は背中を押す、押された勇はたたらを踏み振り返った。

「さっさと行け」

 追い払うように手を振る晶、勇は晶に笑顔を送り女性達の元へ向かうのであった。

「よう」

 一人になった晶に声がかかる、淡い青い色のドレスに薄っすらと化粧を施しており、非常に女性らしくなったジャースであった。

「……」

「なんだよ」

 思わずジッと見てしまう晶の視線に晒されながらも、気にしていないのか凛として立つジャースである。

「ああ、綺麗だなと」

「そうか? こんな服装初めて着るからな自分ではよく分からなくてな」

 ジャースは自身の身体を見回しながら華麗に一回転する。

 月の光に照らされた独特の青白い世界で、褐色の肌と淡い青色の色合いとドレスの裾を軽く広がせ回るジャースの姿に晶の鼓動が高鳴る。

「ジャースさん」

 ふと気付くと晶は片手を差し出し、自身でも驚くほどに落ち着き払った声で名を呼んでいた。

 いままでに無い雰囲気と真剣な声に察したのか、ジャースも真剣な顔をしながら無言で手を重ねてくる。

 静かな夜と月光に照らされた独特の世界で、互いに手を握り二人は無言で見詰め合う。

「ジャースさん、貴方のことが好きです」

 今言わなければならないといった使命感も無く、鼓動が高くなりつつも緊張すらすることなく、自然と息をするかのようにするりと言葉が出た。

 突然の告白にジャースも流石に驚いたのか目を見開いていたが、緩やかに笑みを浮かべる。

 なにか大切なものがやっと手に入ったような笑顔だった、そしてジッと晶の瞳を覗き込んできた。

「そうか、じゃあ返答しないとな」

 そう言うと同時に晶の頬に両手を伸ばし、顔を近づけていく、月に照らされた二人の影が一つになっていった。





「オレは戻らないよ」

「はあ!?」

 思わぬ答えだったのかジャースは驚き振り向く、晶は視線に晒せれながらも自然体でいた。

 告白したあと暫く抱き合っていた二人だったが、ジャースが何処と無く寂しげに元の世界に戻っても忘れないとか、お前だけをずっと思っているなどといい始めたのだ。

「ジャースさんが居るからな、自分を好きになってくれる人がこれから先に居るとは到底思えないし、それに意外と此方の世界の方が好きだしね」

 安全だが人付き合いの少ないコンクリートジャングルで暮らすよりも、魔物に襲われる危険性が高いが、その分お互いを助け合う素朴なこの世界のほうが晶は好ましくおもっていたのだ。

「勿論、親には申し訳ない気持ちはある、だから勇にオレの親へ一言伝えといてくれと頼むつもりだ、自分は幸せに暮らしていると」

「だけど――」

「自分で考え、自分が決めたことだ、誰かの責任にするつもりも無いさ、だからジャースさんは自分の所為とか考えなくていい」

 晶が手を伸ばしジャースの顔を慈しむように頬を撫で、優しく笑いかける。

「それにこのまま終わらせるつもりは無い」

「晶?」

 先ほどとそれ程変わっていない笑顔だが晶の雰囲気がやたらと黒くなっていく。

「クックック、実はマーガレットさんが召喚の魔方陣を帰還用に変えることによってオレ達は元の世界に戻るらしい、ならば上手くすれば往復できるように、つまりこの世界とオレ達の世界を行き来できるようにマーガレットさんにしてもらう! もちろん出来ない可能性があるかもしれん、その場合は世界中を旅してでも探し出す!」

 晶は黒い笑いをしながら楽しそうに話しだす、それを見たジャースはあっけに取られていた。

「繋げてあっちの世界に居る勇に惚れた女性達も此方へ呼び、全員と結婚してもらう、そして存分に俺を楽しませてもらおう」

 大笑いする晶、そんな様子を見るジャースは大粒の汗を流し呆気に取られていた。

「あ、ジャースさんが止めるつもりなら止めるぞ、勇で楽しむのも大事だがジャースさんの方が優先順位高いからな」

「晶が危険に晒されないなら止めるつもりは無いさ」

 ジャースは肩をすくめ晶は礼を述べる、微笑む二人を優しく満月の光が照らすのであった。






 勇達はある場所に来ていた、天井は高くドーム状になっており、四角い石で積み上げられた壁にはステンドグラスがはめ込まれている。

 目の前には祭壇、まさに教会といった風情、勇達が召喚された場所であった。

 以前とは違い地面には大分変わった魔法陣が敷かれている。

「いざ帰るとなると寂しいものだな」

 学生服姿の勇が一人呟き周囲を名残おしく見回していた。

 その先には今まで旅をしてきた仲間達が居る、マリア、ユナ、メイの三人は別れてしまうのが寂しいのか目を潤ませている。

「さあ、始めますよ」

 マーガレットが手を翳すと魔方陣が光り輝き始めた、初めは淡く、そして徐々に輝きが増し最後には眼が眩むほどの光を発する、しかし緩やかに光が収まるとそこには長方形に輝く枠が出現していた。

「あの! 私忘れませんから……」

マリアが呼び止めるかのように涙声で叫ぶ。

「ああ、勇殿との旅は非常によい経験だった感謝する」

 気丈に喋るユナだが涙目はどうすることも出来なかった。

「……」

 メイは喋らなかった、ジッと眼に焼き付けるように勇を見つめ続けている。

「ふふ、私の旦那様は貴方ですから」

 三人とは打って変わって相変わらず笑顔のマーガレットだった。

「ああ、皆今までありがと、俺も絶対このことは忘れない」

 流石の勇も目じりに涙がたまっていた、そして光の枠に手を伸ばす、そこには扉のような板がはめ込まれており、押し開いた。

「あれ?」

 勇が素っ頓狂な声を上げると立ち止まり、次の瞬間五人の女性達に押し倒されていた。

 押し倒した五人の女性達は二度と離さないと言わんばかりに抱きついている。

「ちょ! ちょっと! なんで!? というか消える! 戻れなくなる!」

 こちら側に押し倒されたので枠をくぐれなかったのだ、焦るのも無理は無いだろう、そんな勇に晶は声をかける。

「大丈夫だ」

 勇の姿を晶はニヤニヤと楽しげであった。

「実はひそかにマーガレットさんにお願いして往復できるようにしてもらったんだ、通れるようにするためには魔力が必要だけどな」

 国を挙げての宴が終わった後、マーガレットに聞くと今までの魔王の知識を総動員すれば、もしかすれば出来るかもしれないとがわかったのだ。

 そのことをマーガレットは勇に伝えようとしたが、晶は皆を驚かせてやろうとマーガレットに頼んで黙っていてもらったのだ。

「ほ、本当なのか?」

 女性達に抱きつかれまくって動きにくそうに、なんとか問うことが出来た勇を見ながらマーガレットはにこやかに頷く。

「それは良かったです、ですが、この人たちは?」

 マリアの迫力ある声が勇に向けられる、勇に抱きつく女性達への嫉妬でその姿は黒かった。

「彼女達は元の世界にいた、勇に惚れている人達だ」

 もみくちゃにされている勇に変わって晶が説明する。

「ほほう」

「離す……!」

「あらあら」

 頬を引きつらせるユナと米神に井桁を浮かべたメイ、変わらず笑うマーガレットは引き離そうとする、それに気が付いた元の世界の女性達は敵対心を見せ口論に発展し始めた。

「なるほど、これはクローゼットの扉を後ろからみた姿だったのか」

 晶は光の枠をくぐり様子を窺う、クローゼットの扉を境に世界が繋がっていて、そこは元の世界にある勇の部屋であった。

 飲みかけのコーヒーカップが散らばっているのは、勇の部屋にいた女性達の目の前に突然勇が現れ思わず抱きついたのだろう、

「本当に勇者はもてるな」

 戻ってきた晶にジャースが呆れながら話しかける。

「まったくだな、能力的にもほぼ完璧、容姿も良く、老若男女に優しい、主人公みたいだよな、だからこそ見ていて楽しいのさ、自分は脇役に徹して近くでその様子を面白可笑しく見続けるつもりだな」

 勇の修羅場の様子を楽しそうに眺める晶なのであった。



[25596] あとがき
Name: 柑橘ルイ◆34f41bd3 ID:d9073837
Date: 2012/07/01 08:20

 ここまで読んでくださり、また感想を書いていただき真にありがとうございます。

 別の話を書いてみたくなったり、感想にへこたれそうになったりしましたが、なんとか完結となりました。

 思い返してみると全てが中途半端になってしまいました。

 勇を完璧としたのが失敗の一つでしたね、完璧としたらまさに『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?』状態になりますし、しかしならないと完璧とした意味も無いきがしますし……

 その他ミノタウロスやヴァンパイヤは似たような展開、ご都合主義満載、何より人形劇から抜け出せていない、等々様々な駄目な部分が多いと思います、好き勝手書きたいものを書きすぎたせいですかね。

 次を書くときは短編または今回の半分ぐらいの長さの物を書いてみようかと思います。

 再度お礼申し上げます、ありがとうございました。


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