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[21417] せめて勇者として召喚してほしかった
Name: 古時計◆abfc750a ID:d842e1e7
Date: 2011/08/29 01:34
「ここは一体?」

「ああようこそいらっしゃいました勇者様」

「君は……誰?」

「私はこの国の姫巫女。勇者様、どうかこの世界を脅かす魔王を倒してください」

「分かった。僕に出来るか分からないけど頑張ってみるよ」






「凄いですな勇者様は!我が国最強の兵士ポチョムキンと互角とは」

「これでも元の世界では剣道をやってましたから」





「な、なんという巨大な魔力じゃ!!しかも全属性の魔法に適正があるとは……いやはや長年王宮魔道師として仕えてまいりましたがこれほどの才能には初めて会いましたわい」

「そうなんですか?自分ではよく分からないんですけど…」




「大変だ!!女の子が魔物に襲われてる!!」

「あ、誰か助けに行ったぞ?」

「あれは姫巫女様が召喚なされた勇者様だ!」

「流石勇者様!!」



「大丈夫かい?」

「あ、あの、あなたは」

「話は後でね。安心して。必ず守るから(ニコッ)」

「は、はい(ポッ///)」





「この聖剣は初代勇者様以外誰ひとり抜く事が出来なかった伝説の剣。にも関わらずあんな簡単に抜いてしまうとは……」

「そうか。僕を待っていてくれたのか。これから宜しく、相棒。」







「ふははは!貴様ごときがこの私に勝てるとでも思っているのか!?」

「負けない!僕には帰りを待っている仲間がいるんだ!行くぞ魔王!!必殺、皇龍天翔神魔轟撃覇!!!」

「ぐぎゃああああああ、ま、まさか、この私が……ごふぅ!!」











































「もう限界だあああああああああ!!!!!!!」

眼の前の画面に向かって思いっきり叫びながら強制シャットダウンする。

隣の部屋からうるせえぞ!と言う声が飛んでくるが今の俺はそれどころではない。



なに? この素晴らしく香しいSSは? もう俺のライフはゼロよ。

時計を見ると既に3時間が経過していた。
















大学3年になりバイトで貯めたお金で買ったパソコンでネットでSSを読むのが趣味の俺だが今回のダメージは大きかった。

勇者として召喚されたイケメンの高校生の男の子が美人の女の子達とパーティー組んでチート能力で次々と冒険を繰り広げる作品だったがあまりにも香しい。

画面から見事なほどに香ばしい匂いがしていた。

少し読んだ時点で何か肌に合わないかなーとは思ってたんだが話数が200話もあり、しかも完結していたのでまあ試しにと読み始めて早3時間。

どんどんとこちらの精神力が削られていくけれどキリの良いとこまで、と我慢していたが魔王が倒される所で俺の限界が来てしまった。

因みに今現在の話数は15話目。後どれだけこの主人公の冒険が続いているのか分からないが魔王がいないのにどうする気だ?

電源が落ちたノートパソコンを閉じて後ろのソファにもたれかかる。

昔はこうじゃなかった。今読んだような作品はむしろ大好物だったはずだ。

自分が異世界に飛んだら、アニメや漫画の世界に行ったら、どんな事になるんだろう、と想像に胸を躍らせたものだ。

その時の黒歴史ノートはこの前部屋の大掃除をした時発見して直ぐに焼却したけど。

だけど未だにアニメや漫画の熱い戦闘や台詞はカッコいいと思えるし主人公に憧れることもある。

けれどやはりあの頃のように素直に受け止められないのも事実だ。

さっきの話にも剣道やってたからうんたら書いてあったけどもう10年以上武道やってる身からすれば出来るわけないじゃん。という感想しか出ない。

実戦と試合とは違うのよ。

まあ俺が強くないだけかもしんないけど。

………なんか考えてたら鬱になりそうだ。

飯でも食おう、と考えて冷蔵庫の中が空だと思いだした。

諦めるかと思ったけど一度沸いた食欲は無視できずに財布を持って近くのコンビニで何か買ってこようと家を出る。

はずだった。







ずぶり、と






まるで泥沼に足を突っこんだかのような感触。

ドアを開けて一歩出した瞬間に感じた違和感。

足元を見るとそこには何もなかった。

違う。

”何も無い”があった。

何も見えない闇のようなものが俺の足を飲み込んでいる。

混乱と恐怖で固まっていたが足がさらにずぶずぶと音を立てて沈んでいくのを見て慌てて足を引きぬこうとする。

けれどそんなのは無駄だと言わんばかりに暗闇の底なし沼は俺の身体を沈めていく。

「た、助けて。誰か、誰か助けて!!」

悲鳴混じりの助けを呼ぶ声に対しての返事は「だから静かにしろっつってんだろうが!! 俺は明日早えんだよ!!」だった。

何となく狼少年の気持ちが分かった気がする……

…ってアホなこと考えてたらいつの間にか首まできてる!?

待ってマジで止めてがぼぼばぼべぼぶっぼぼぼぼぼぼおぼ




















「いやだー!まだ死にたくねえー!! ってあれ?」

気がつくと暗闇の沼から抜けていた。

と言うよりは違う場所にいた。

さっきまでは俺のアパートの玄関先にいたはずなのに何故か回りにあるのは薄暗い石造りの部屋。

壁には何やら古そうな剣やら旗みたいのがかかっていて他にも何に使うのか分からない物も置いてある。

そして幾つかある蝋燭に照らされている部屋の真ん中にいる俺の前にはなんていうんだろう、ローブのような服を着た銀髪の美形が立っている。

歳は俺より下だろうけれどモテるだろうということは想像に難くなかった。

第一印象はジョブで魔法使いを選んだRPGの主人公みたいと感じた。

……ん? RPG?

えーっと、状況確認。

暗闇にのまれた俺。

移動した覚えもなく違う場所。

場所は何処となく魔法使いの召喚場所と言えなくもない。

目の前には魔法使いらしき人物。

あれ? これってもしかしてあれか?

俺がさっきまで読んでたような勇者とかみたいな召喚?

異世界来訪か?

いやいやそんなこと急に言われても困る。

何せ俺は一般人。そりゃ武道は学んだけど大したことはないし

それに世界を救おうっていうほど正義感もあるわけじゃない。

……けど、なんだろう? この胸のドキドキは?

なんていうか、うん、あれだ。俺も男だ。

そういうロマンあふれる冒険のようなものに憧れても仕方がないよな?

男はいつだって厨二の魂を持つ生き物だって何処かの誰かが言ってたような言ってないような。

あー、だから、なんだ。もしこの魔法使いっぽい子が頼んできたら少し渋って条件付きで受け入れてもいいかな?

身の安全とか生活に関してとか保障してもらうような形なら夢見てもいいよね?

……ってアレ? さっきから結構立ってるのに何で何も言ってこないんだろう?

よくよく魔法使いの子の顔を見てみると呆然というか絶望というか受験で大失敗したような顔を浮かべている。

そう思ったらようやく魔法使いの子がかすれるようにゆっくりと声を出した。




















「…………ミスった」




















ん? 今何て言った?

ミスった? 『ミスった』って言ったのか?

待て待て待て待て、そもそもよく考えれば言葉が通じるか分からないんだ。

もしかしたら今の『ミスった』も『貴方は勇者様ですか?』かもしれないじゃないか!


「勇者を召喚しようとしたのに何で男が召喚されるんだ……。勇者の力を持つのは女性しかいないはずなのに」



はいアウトー!! 言葉理解出来てるー!! しかも勇者召喚しようとして失敗したっぽいじゃねえか!!

いや、まだ諦めるな俺。もしかしたら例外的な勇者なのかもしれないじゃんか。コイツの言葉からするにここの勇者は女性がなるもんらしいけど初の男の勇者になるってフラグじゃないか? そうでなくても何か特別な力で勇者の代わり的ななにかをするとか?



「しかも黒髪黒目って……魔力を一切持たない証拠じゃないか」



おいマジでやめろ!? 何とか自分で希望を持たせようとしてんのになんでことごとく潰してくんだお前は?


「せっかく高い触媒を必死に集めてようやく勇者を召喚出来ると思ったのに…勇者を召喚すればそのお供として魔王を倒す手助けが出来ると思ったのに…ああ泣きそうだ…」


こっちが泣きそうだ。下手に期待してしまった分ダメージも大きかった。


「また一からやり直しか……。ああ、もうお前一体何なんだよーーーー!!」

「それはこっちのセリフだーーーー!!」



お互い半泣きでののしり合いから始まった喧嘩は最終的に蝋燭の灯が消えて真っ暗になるまで続いた。






続かない

2010/10/17 投稿

2011/08/29 修正




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった2
Name: 古時計◆c134cf19 ID:d842e1e7
Date: 2011/08/24 23:20

『魔王』


それはこの世界、エシプスにおいて数百年に一度現れる文字通り魔に属する者達の王である。

世界は大きく分けて光と闇で構成されている。

全ての物に光と闇は存在する。

生物、無生物、感情、魔法、自然現象。

そして時も例外ではない。

長らく平和と言う『光』の時代が続くとその間に表に出てくる事の無かった『闇』が形を為し顕現する。

『闇』そのものであるそれは他の闇に属する者を従える力を持ち本能的に『光』を浸食しようとする。

これが魔王の正体である。

当然、狙われる対象には人間も含まれており『闇』に対抗する手段として多くの方法が取られてきた。

その中で最も確実なのは強大な『闇』に対抗できるほどの『光』を持つ者に戦ってもらうという方法。

「その『光』を持つ者のことを『勇者』と呼ぶんだ」

「すげー分かりやすい説明をありがとよ」

本当に分かりやすいほど勇者と魔王の関係じゃねえか。







せめて勇者として召喚してほしかった2








真っ暗になったことでお互い熱が冷めたのと腹の虫が同時になったので取りあえず目の前のコイツに案内されて階段を上り(地下室だったらしい)食堂のような部屋に通された。

長机の上には豪華な料理が並び食器や量から明らかに二人分だと分かる。

そして天井から俺には読むことの出来ないが何らかの文字の書かれた幕が吊るしてある。

読めないけど多分『勇者様 大☆歓☆迎』とでも書いてあるんだろうな――…

…あえて言おう。

どんだけ勇者心待ちにしてたんだよ! つうか個人パーティーか! 勇者召喚規模ちっちゃ!

ともかく元々腹が減っていた事もあり俺も銀髪も黙って少し冷めた料理を腹に納めた。

もう一人分の食事を俺に食っていいと言った時のコイツの顔は「本来ならお前に食わすもんじゃねえんだありがたく思え」と言っていたが知ったこっちゃない。

食後一息ついた後、まず何故俺を召喚したのかと言う話になり始まったのが今の説明である。




「まだ勇者の召喚魔法がなかったころは人間達全員が魔王を倒すために戦ったと言われているが召喚魔法が確立されてからはほとんど勇者が魔王を倒している。

一度倒してしまえば次に出るのは数百年後。今回の魔王は前回から随分間があったせいでかなり強力だからなんとしても勇者を呼びたかったのに…

呼びたかったのに…、それなのに出てきたのが」

「俺か」

「君だ」

「………」

「………」

「どーしてくれるんだ!? 勇者さえ召喚出来れば全て上手くいったのに!!」

「だから失敗したのはお前なんだろうが! 何で『光』の象徴であろう勇者呼ぼうとしてあんな暗闇の泥沼みたいなのが出てくんだよ!」

「何だと! 僕が悪いって言うのか?」

「100パーお前だ! 何か間違えたんだろ!?」

「間違えるか! 召喚用の触媒集めるだけで一生遊んで暮らせるようなお金がかかるんだぞ!? 何十回も確認して万全の状態で臨んだわ!!」

「んだと! あれ? んじゃ俺がやっぱり勇者ってことは」

「それはない」

「急に冷静になんなよ」

「それじゃ聞くが君は自分が聖人君子のような人間だと思ってるのかい? その『気』だけで魔を祓うような存在だと? もしそうなら僕は今までの発言を取り消すが」

「俺は至極何処にでもいる平平凡凡な一般人です」

……まあこのへんの文句の応酬はさっきからずっとやっているからもうこれが不毛だってことは俺もコイツも分かってるんだけどね。

でもやらずにはいられないのよ。そんだけ俺もコイツも今の状況に不満を持ってるわけだから。

「……取りあえずその事は置いておこう。今話すべき事は今後の事だ」

「そうだな」

「今回、僕に過失は一切ないが召喚は失敗に終わった。だがもちろん僕は諦める気はない」

……コイツ意地でも自分は悪くないって言い張る気だな。

「そこでだ。…あー、そう言えば君の名前を聞いてなかった」

「ん? おお、そういやお互いの名前も知らずに喧嘩してたのか。俺の名前は佐藤秀一。因みに歳は20だ」

「サトーか。僕はシオ。歳はもうすぐ16だ」

15か。年下だろうとは思ってたけど思ったより下だな。ただ顔が整ってるからジャ○ーズの若手みたいだ。これで女勇者召喚してつき従ってたらたらさぞ映える光景だっただろうに。

姫騎士とその魔法使いの青年みたいな?

召喚されたの俺だけどね! 別にイケメンでもなんでもない普通の顔ですけどね! 彼女いない歴イコール年齢ですけどね! 需要無くて御免なさいね!

「おい、聞いてるのか」

「あ、わり、もう一回頼む」

「やれやれ、ちゃんと聞いてて欲しいな。僕は勇者を召喚したい、そして君は自分の世界へ帰りたい。ここまではいいかい?」

年下の方が偉そうなのはちとむかつくけど黙って頷く。

「けれどどちらを行なうにしても今の状況では無理だ。召喚は言わずもがな。送還の魔法を行なうにしても一人分しかない」

「それで俺を帰せよ」

一人分で十分だろうが。

俺の当たり前の文句を聞いてもコイツは首を横に振るだけで話を続けた。

「これは勇者の送還用だ。万が一勇者を召喚しても送還することが出来なければ大変なことになる」

大変な事? RPGとかファンタジーとかじゃよく召喚された勇者がそのままその世界の誰かと結婚するなりして幸せに暮らすみたいのがあったと思うけれど何か問題でもあるのか?

あれか? 勇者の力を妬んだ人間達の手によって殺されるとか? 確かにそれはバッドエンド一直線だけど。

「勇者は『光』の力を強く持つ。それがずっとエシプスにいれば光と闇のバランスが崩れてしまう。最悪、闇が全て消えてしまい光だけの世界になってしまうかもしれない」

「? それの何処がいけないんだ?」

「大ありだ。闇がなくなるとそれに属する全てが消える。例えば『争い』は闇に属するんだが誰もが争わないって言えば聞こえはいいけどそれは他者と競うこともない。

つまりは個を無くすということ。他には『悲しみ』や『怒り』も闇に属するからそれもなくなる。だから何が起こってもニコニコしてるだけ。極めつけは『死』や『老い』もなくなる」

……えーっと、つまりシオの言った通りだとすると死なないし老いないから永遠にニコニコしてなんの変化も無く皆同じような人だけで生き続けるってことか―――……

「想像するだけで気分悪くなってきた」

「そうだろう。行き過ぎた善は悪と同意義と言うが正にそれが起こる。だから勇者は魔王を倒してもらったらまた元の世界に戻ってもらわなければいけないんだ」

身勝手な話だとは思うけどね、と肩をすくめるシオ。そのしぐさも絵になるのが何ともうらめしい。じゃなくてうらやましい。

まあシオの説明は分かりやすかった。なるほど、それなら俺に使って触媒を切らしたら今度は勇者の召喚用と送還用の触媒を集めるのにさらに時間がかかってしまうってワケか。

そりゃどっちが優先度が高いかは言うまでもないわな。

「理解してもらえたようで何よりだ。だからサトーにはすまないがこれは使えない。よって僕がやらなければならないのは勇者を召喚する触媒と君を送還する用の触媒を集める事となる。

まずは召喚用の触媒を優先的に集めていく。もちろんサトーを還す触媒も探していくがその間に世界が滅んでは元も子もないからね」

う~む。確かにシオの意見は尤もだ。

俺としては俺に用が無いんなら早く帰せというのが正直な答えだがシオにやってもらわなければ俺は元の世界には帰れない。

それなら多少は時間がかかってもシオに協力したほうが……ってあれ?

「なあちょっと聞きたいんだけどさ。勇者を召喚すれば魔王を倒せるんならどっかの国とかに頼んでパトロン、資金援助とかしてもらえばいいんじゃねえか」

言った瞬間、その発言を後悔した。さっきまでは何処か生意気だが根はいい奴、といったシオの雰囲気が一変した。

ぞっとする。前に不良にからまれて喧嘩になった時に感じた怒気とは比べ物にならない感情。

切る線を間違えれば即お陀仏な時限爆弾の前に立たされたような死の恐怖。

これが殺気ってやつなのか? もしそうなら俺は今まで随分と平和な世界に生きていたんだもんだ。

唯一の救いはこの殺気の対象が俺ではない、ということだろう。何故か分からないがそう感じた。もし俺に対してだったらきっとこうして思考することすら出来ずに失神していただろう。

その殺気の発生源であるシオは自分の中に渦巻いているそれを必死に抑え込むように震えていたが何とか上手くいったのかまだ軽くピリピリした感じはあるものの俺の無遠慮な質問に答えてくれた。

「…今、この世界で勇者を召喚しようと考えているのは恐らく僕以外にいない」

「そ、そうか。変な事聞いて悪かったな」

別にいい、とシオは目を閉じた後何も言わずにじっとしている。

………。

……………………………。

……………………………………………………。

き、きまずい!!

原因は間違いなく俺だから俺がどうにかすべきなんだろうけど何言やいいの?

また地雷踏んだらもうどうしようもないじゃねえか。

えーっとさっきの事には触れずに話を戻してなおかつシオを怒らせないように話を進めるには

「あー俺はさっきので構わないぜ。協力するぞ」

「え?」

黙ってたシオが何かびっくりしたような顔をこちらに向けている。ん? 俺今そんな変な事言ったか? 悪くない内容だと思ったんだが。

「いやだから勇者を召喚するのを手伝うって言ってんだよ。そうすりゃ俺を送り返すのにも手をつけられるんだろ?

早く帰りたいし何もしてないよりはマシだしな。あ、でも言っとくけど俺は強くもないし魔法とかも出来ない一般人だから人権は守れよ。奴隷扱いとか家畜扱いとかしたら即手伝うの止めるからな」

勢いに乗せて思いつく事どんどん言ってったけどあながち嘘じゃない。

そうだ。こんな状況になっちゃった以上もうコイツにどうにかしてもらわなきゃどうしようもないならコイツに協力するしかないじゃんか。

それによくよく考えればこれはこれでいいと思える自分がいる。何せ俺は勇者じゃないらしいが、勇者ではないみたいだが、もしかしたらまだ勇者じゃないだけかもしれないが! 

違うとしても勇者を召喚する場に立ち会えるだなんて普通に生きていればまず味わえない状況だ。今の状況を嘆くよりはいずれ現れる女勇者とやらを見るのを楽しみにしたほうが何倍もマシじゃないか。

そんなことをシオに伝えると

「プ、ククク、ハ、ヒ、ハハハ」

さっきまでの鋭い殺気を出していたのが嘘のように笑いだした。

「バ、バカだ。バカがいる。そんな理由で勇者を召喚するって、あはははははははは」

こっち見てげらげら笑ってんのがむかついたのでチョップかまして黙らせる。

馬鹿笑いは止まったけどまだおかしいのか腹を抑えてるし笑いすぎて目に涙がたまってる。

「あー笑った。久しぶりにあんなに笑った。…そうか。よし分かった」

そう言うとすっと真面目な顔をしてこっちに向き直る。

「サトー、君は僕の勇者召喚に協力する。そして僕、シオは君を元の世界に必ず送り返す。これを契約となす。構わないか?」

急に仰々しい口調で俺の眼を見るシオに少したじろぎそうになるが別に問題はない、と内容を吟味して返事をする。

「おう、宜しくな。シオ」

俺とシオの間に穏やかな空気が流れる。

「まあ僕が召喚してしまった以上はサトーは無条件で帰すつもりだったんだけどね。いやー、丁度いい助手が出来て良かった。流石にまた一人で集めるのはしんどかったから助かるよ」

あれ、俺余計な事言ったか? わざわざ突っこまなくていい首を突っ込んだか?

……まあいいや。約束したしな。

きっとこのあと大変な事になってもこの約束は守るんだろう。

まだシオという人間がどんな奴なのかははっきりとは分からないけれどそんな風に思えた。










「今日はもう遅い。詳しい事は明日話そう。悪いけどベットは僕の分しかないから君は応接間にある長椅子に毛布を使って寝てくれ」

「あいよ。まあ一人暮らしみたいだししょうがなッ!!!」

マテ。イマコイツハナントイッタ?

「……おいシオ。ちょっと聞きたいんだが」

「ん? ああ毛布なら今持ってくるよ。応接間はその後案内するから少し待っててくれ」

違う。俺が聞かなきゃならないのはもっと重要な事だ。

「お前は何処で寝るんだ?」

「? 僕のベットに決まっているだろう?」

「じゃあ聞くが”女の勇者を召喚したら何処に寝かせるつもり”だったんだ?」

「え? あ、あーそう言えばその事は考えてなかったな。ん~さすがに女性を長椅子に寝かせるわけにはいかないから僕と一緒にベットで「やっぱりかコンチクショウ!!」うわ!?」

顔面を貫く勢いで放ったこぶしはシオの髪をかすめただけだった。くそ、外した。

「いきなり何すんだサトー!?」

「黙れ! 好感度もない状態からいきなりベットインなんざ許せるわきゃねーだろうが! 普通無理でもお前ならニコポとか出来そうだから余計むかつく!

っていうか”女性を長椅子”云々言うんならお前がそっちで寝ろよ? 紳士的発言が変態宣言になってんじゃねえか!」

「仕方ないだろう。僕はベットじゃなければ寝れないんだ。かと言って女性をぞんざいな扱いには出来ないだろ。なら選択肢は一つしかないじゃないか」

「何を偉そうに言ってんだよ。だったら俺もそっちで寝かせろ」

「……悪いが僕は男と同衾するつもりはない」

「やめろ! 距離を置くな! 何で俺の方がより変態な扱いになってんだよ!」




初日にして約束を守る気が失せたがコイツと上手くやっていけるんだろうか?










続けるつもりはないよ?

でもちょっとだけ書いてみただけだよ?









[21417] せめて勇者として召喚してほしかった3
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/24 23:20



「いよいよここまで来たな」

「そうだね。全く、そもそも君が召喚されなければこんな事にはならなかったはずなんだけどね」

「まだ言うか…。それよりも本当に大丈夫なんだろうな?」

「うん、問題ないよ。何回も確認したし前回のような失敗も犯さない。今度こそ勇者を召喚出来るはずだ」

「おお、なんかわくわくしてきたな! 美人な勇者だといいなー♪」

「まあどんな勇者が召喚されようと君に惚れるなどという事はまずないけどね」

「んだと! もう一回言ってみろ!」

「まあどんな勇者が召喚されようと君に惚れるなどという事はまずないけどね」

「あと三回言ってみろ」

「まあどんな勇者が召喚されようと君に惚れるなどという事はまずないけどねまあどんな勇者が召喚されようと君に惚れるなどという事はまずないけどねまあどんな勇者が召喚されようと君に惚れるなどという事はまずないけどねって何言わすのさ!?」

「いや…まさか本当に言うとは」

「変な事させないでくれ。後は呪文唱えるだけなんだから余計なこと言って間違えたら『ブォン』…え?」

「……おい、何か召喚陣が異常に妖しいピンク色の光を発しながら明滅してるんだがこれは成功なのか?」

「そんな訳ないだろう! やばい、さっきのアホなやりとりがそのまま呪文として認識されてる!?」

「うお! 何か言葉にしがたい生物がキュルキュル言いながら這い出てきた!」

「キモ!? って触手!?」

「いやいやねーだろ。男二人に触手って誰得だっつーの」

「馬鹿言ってないで逃げるよ! ってこっち来たー!!」

「「アッーーーーー!!!」」


































目が覚めた。

「………」

夢オチだった。

「ですよねー」



















せめて勇者として召喚してほしかった3

















昨晩は結局シオがベットで俺が長椅子という最初の案で決着がついた。

女勇者の件は次に呼ぶ時は専用のベットを用意しておくことになったので一安心だ。

案内された応接間はそれなりにしっかりした部屋で寝床となった長椅子もソファと言っても問題ないものだったのでよく眠れた。

今が何時か分からないが外から小鳥のさえずる声が聞こえるのでまだ早朝だろう。

……俺の常識がここと一致すればの話だが。

よっと起き上がって椅子に座り直しつつ今の思考を続ける。

そう、いま俺は何の因果か異世界訪問を行なっている。

小説や漫画じゃありきたりの展開だがいざ自分で体験してみるとなると実に妙な気分だ。

元の世界じゃ俺はどういう扱いになったんだろうな?

行方不明ならまだいいけど死亡扱いにされたら流石にたまんない。

実家の親父とお袋も心配するだろうな。

漫画借りてた友人にも早く返さなきゃいけない。

早く帰って安心させてやりたいけど。

そういや俺部屋の鍵開けっぱなしだけど大丈夫かな?

いきなり行方不明になってたらやっぱ部屋とか調査されんのかな?

あれ? やばくね? あの部屋にはゲームのポスターやフィギュアが飾ってあるしベットの下と引きだしには大人の参考書が詰まってるんだが。

俺が隠れオタクのむっつりだと分かってしまうんだが。

……帰りたくなくなってきたな。

やめよう。向こうの世界のことを考えてもしょうがない。

今はこっちでどう過ごすかだ。

現実逃避なんかじゃない。これは生きるためのまっとうな思考なんだ!

……閑話休題。

昨日シオと約束した通り勇者召喚の触媒を探す。

これは分かってるけど具体的なことは何も知らない。

何を集めるだとかいくらかかるだとかは多分今日シオが教えてくれるだろうけど聞いてわかるかどうか。

その事だけじゃない。これからどのくらいこの世界にいるのか分からないが一日二日じゃないのは間違いないだろう。

その間なんの知識もなくこの世界で過ごすことは不可能と思われる。

まだ一日も経ってないけどこの世界の科学レベルが俺の、と言うより現代の地球より上という事は無いだろう。

明かりが蜀台だったし電子機器は期待しないほうがいい。

なんとなく中世の欧州風かなとは思っている。

確証はないけど異世界召喚なら恐らくそんな感じだと思う。

まあ外れても特に問題はないんだが。

重要なのは世界観が違うのなら下手な事すればそれだけでアウトと言う事だ。

変な奴程度ですむんならいいけど万が一魔女狩りみたいな異端者扱いされて殺されるみたいなルートに進むのだけは勘弁だ。

知らずにお偉い貴族様やら何やらに無礼働いて昔の武士よろしく切り捨て御免になったら目も当てられん。

現代の日本ですら奇抜な行動をとる者は頭がおかしいとされて精神鑑定に出されることだってある。

もしかしたら彼らの中にも他の世界から来た人物がいたのだろうか?

俺は異世界から来たんだ! くぅ、俺の中の悪魔が人間を求めてやがる!をリアルでやってたりして。
 
だとしたら同じ轍は踏まないようにしよう。

…と言うか俺ってこの世界で一体何が出来るんだ?

取りあえずチートはないから戦闘は無理だろう。

神様が俺を転生なり憑依させてくれたんなら何かあったかもしれないけど生憎おれを召喚したのは美形の銀髪だったし。

お前がチートじゃねえかってくらいの美形だし! ああ妬ましい!

顔だけならまだギリギリ許せても昨日の口喧嘩の時にシオ曰く『現代の中では五指に入るほどの魔法使い』らしい。 ああ妬ましい!!

それでも召喚された俺には何の魔力も付与されなかったらしい。

ちくしょう、そこは何か与えろよ いい夢見させろよ!


ん、すぎた事は考えないことにして今の俺の能力確認を続けよう。

武道は経験してはいるけどあれって基本は対人だから魔物とか相手にしても通用しないと思う。

実戦なんか体験したこともないのにいきなり戦えるのはもうそれだけで才能と言っていいだろう。

残念ながら俺にそんな才能があるとは思えない。

だいたい獣と戦ったことなんかねーよ。子供のころに犬に追っかけられたことはあるけど泣きながら全力で逃げましたがなにか?

北海道出身の同級生がクマと出会った時にもし戦うんなら舌を掴めとか言ってた気がするけどソレ、やれる時点で普通じゃない。

じゃあNAISEIか? おれ理工系だから無理。経済? 法学? 何それおいしいの?

ならば工学を活かした発明か? 出来なくはないだろうけど俺の知識って完全にマニアック過ぎて使えない気がする。

鍛冶とか陶芸とか美術とか? 出来るか。 そもそもああいうのは知識で知っていても実際に体験してなきゃ出来っこない。

ヤバい。あんまよろしくない感じ。

無視無視! 無い物ねだっても仕方がない!

気を取り直してどんどんいこう!

音楽は? 俺のカラオケの最高得点38点! 0点の方がまだ笑えるわ!

所有物は? 財布、ジーパン、Tシャツ、ブラウス、以上! いくらすぐ傍のコンビニに行こうとしてたからってせめて携帯くらい持ってくるべきだった!

資金は? 二千五十円! しかも日本円! 実質無意味!

知能指数は? IQ100! 平均よりちょっと上程度!

料理は? 一人暮らしの男料理レベル!

文才は? だから俺は理系!

大道芸は? お手玉二つがやっと!

血筋は? 先祖は農民!

ニコポは? ねーよ!

ナデポは? だからねーよ!

他には何かあったか? ……もう思いつかん。










あれ? 












俺詰んでね?








なんてこった。シークタイム僅か数分で俺は役立たずと決定してしまった……

「起きてるかいサトー…って何やってるのさ?」

「己の無力さに絶望しているだけだ気すんな」

「ふーん。どうでもいいけど朝食出来てるから早く昨日の食堂に来てね」

そう言って来た時と同じくさっさとシオは出て行った。

……あの野郎マジで気にせずにいきやがった。

だが今の俺にはそれに文句を言う気力もない。

所詮間違いで呼ばれた勇者ですらない俺には主人公補正などないというのか。



…いや……待て、諦めたらそこで試合終了じゃないか!

きっとある、俺にももしかしたら気づいてないだけで何かしらの力が目覚めてるかもしんない!

シオは魔力が無いって言ってたけど他の力があるかも知れないじゃないか!

取りあえずは飯を食ってから考えよう。

レッツポジティブシンキング! 諦めるな俺! やればできる! もっと熱くなれよ! どうしてそこで諦めるんだよ! 笑えば勝ちよ! 下手な考え休むに似たり、だ!

なんかいろいろ間違ってる気もするけど先に行ったシオを追いかけて食堂へ向かうとしよう。





あとがき

砂糖と塩が予想以上に反応多くて驚き。

因みにこの世界の名前、エシプス。

エシプス→ecips→spice→スパイス

いや、だからなんだと言われればそれまでなんだけど。




続く、と思うかな?





[21417] せめて勇者として召喚してほしかった4
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2010/11/02 02:01
朝食は昨日のごちそうと違いパンと卵のみの簡単な食事だった。

まあ昨日のは勇者のために用意していたみたいだから別に文句もないんだが。

「さて、食事も終えたし昨日も言ったように触媒集めの話をしようか」

これがその必要なものだ、と出された紙には何行もインクで書かれた文字が連なっている。

ふんふん。なるほどなるほど。そうかそうか。

「読めないんだが」

訳分からん記号の羅列にしか見えない。

「へ? …あ~そうか。君は異世界から召喚されたから文字も読めないのか。あれ? でも言葉は通じてるな…」

そう言われればそうだ。普通に会話してたから特に疑問に思わなかったけどよく考えればおかしいよな。

は!! まさかこれが俺に宿った力か! あらゆる言葉が通じるとかそういう能力か!

動物とか魔物とかとも会話が出来t「って忘れてた。召喚されたものはある程度の意志伝達が出来るように会話くらいは出来るようになるんだった。

『話』の能力持ちと違って魔獣と話すなんて出来ないけど日常生活レベルには話せるんだっけ」…………

「仕方ない。文字が読めないなら今度僕が教えてあげるよ」

「お前なんか大っきらいだ」

「え!? 何でいきなりカミングアウト? 僕いま結構親切心出したぞ」

知るか、ぬか喜びさせやがって。

「因みにサトーの世界ではどうか知らないけどこの世界では子供でも文字は読めるから」

「お前も俺のこと嫌いだろう!? なぜわざわざそれをいま俺に伝える!?」

俺はガキ以下か。ガキ以下なのか。ちくしょう。

「絶対あとで教えろよ。…っとそうだ、文字でもそうだけど俺はこの世界の常識というか知識がほとんどないんだが大丈夫か?」

意趣返しをした、と満足げなシオだったけれど一利あると思ったのか俺の質問を優先してくれた。

「まあ簡単に説明するとこの世界は幾つかの国がありそれぞれに特徴がある。産業がさかんだったり農業が盛んだったりね。

今僕達がいる国はイザードと言ってつい数年前に先代が亡くなられて新しい王に変わったばかりだけれど国力なら世界でもトップクラスの大国だ。

基本、どの国も自国のための軍を持っているけど普段は戦争レベルで争う事はない。

今は魔王と戦うために大半の国が力をつけているけれどね。因みに魔王と戦おうとしてるのは王国軍だけでなく冒険者達の中にもいる。

冒険者って言うのは王国軍に属さずに外来の仕事を受けたり自らの意志で魔物との戦闘や探索を行う者の事でこれらの者達が集まった組合を冒険者ギルド組合と呼ぶ」

ふむふむ。相変わらずRPG的な世界観だな。まあその方が俺としても分かりやすいから助かるけど。

「王国軍に入るのは大抵が貴族やそれに準じた身分を持つ者達。冒険者になるのは身分の低い者や貧しい者が多くたまにすねに傷を持つ者もいる。

軍属と冒険者はあまり仲が良くないから騒ぎが起きてたら速効で逃げなよ。貴族関係者が多いから面倒事になりやすいから。

他にもイジャ教が持つ聖騎士団と言うのがあるけどこちらはイジャ教の信者の中でも特に敬虔な信者達で構成されているから馬鹿にするような事は言わないように。」

「あいよ」

えーっと注意事項その1 軍属、つまり貴族様にはあまり関わらないこと、その2聖騎士団も同様、と。

心の中の重要メモにしっかりと記録しておく。

「王国軍は基本は王都を主に置いているけどギルドはある程度大きな街には大抵ある。

僕達が今いる街はクローブと言ってイザードの領土の中でも辺境の位置にあるんだけど魔物が多く住むこともあってギルドの規模はそれなりに大きい。僕も一応そこに属している」

ほほう、シオは冒険者、と。

「ギルドには希望すれば誰でも入れる。その代わり死んでも文句は言えないけどね。今後の僕達の活動はこのギルドを上手く使っていく。と言うわけで出かけるよ」

「ん? 何処にだ?」

「はあ…今の会話の流れで分かってもよさそうなもんだと思うんだけどね」

やれやれと首を振るしぐさが相変わらず腹立たしい。

「この街のギルドにだよ」






せめて勇者として召喚してほしかった4







「ここだ」

時が飛んだ気がするけど気にしない。

クローブの街は回りを高い城壁で囲んでおり東西南北の四つの門のみで出入りが可能な街だった。

シオの家は街の中には無くそこから少し離れた高台の上にあった。

魔物とか大丈夫なのか、と聞いたところ強力な結界を張ってあるので盗人の心配をしなくて済む分街より安心だそうだ。

俺にはよく分からんが他に外には家が無い点を見るとシオの魔法の腕前が高いのは本当なんだろう。

見張りの兵士の人に挨拶を終え先に進むシオの後をしばらくついていくとでかい盾に剣と杖を十字にして描かれている看板のある店に着いた。

つまりは今俺達の眼の前の家になるが。

じゃあ入るよ、と言うシオが観音開きの扉を開けて中に入る。

中には屈強な男達が酒を飲み、あるいはそれぞれの武器の手入れをし彼らの生業たる冒険への士気を燃やしている、





なんてことは無かった。






「あれ?」

どうやらシオにもこの光景は予想外だったらしくキョロキョロとを見渡している。

当然だろう。シオの話ではここには酒場も兼ねているらしく多くの冒険者の溜まり場となっているとの事だが何故か人っ子一人いない。

どうなってんの、と二人して頭を傾けていると

「応! シオ坊じゃねえか!」

カウンターの奥から凄いガタイの背の高いゴツイおっさんが出てきた。

「あ、バルサさん! 良かった。誰もいないからどうしちゃったのかと思ったよ」

「あん? 何だシオ坊は行かなかったのか?」

「行くって、何処に?」

「一昨日から東の門の方で大量のゴブリンが発生したとかで街直々に依頼があったのさ。人数は無制限。ランクも関係なしで早期解決を望む、てな」

東って言うと俺達が来た門とは反対側か。そういや門の兵士の人達も東側は今は行くなよ、とか言ってたな。

「ゴブリン相手で報酬もたけえボロい依頼だからどいつもコイツも我先にと受注してみ~んな行っちまいやがった。全く、最近の冒険者はがッついていけねえ」

「はは。僕はここ数日やることがあったからギルドに顔出して無かったからそんなのは知らなかったな」

恐らくそれは勇者召喚のためだったんだろうな。結局失敗してるけど。

「フンッ」

「!!!」

「なるほどな。んで今日はどうした? 飯ならちと我慢してくれ。今ミコの奴に用頼んでて外に出てるんだわ」

「いや、ちょっと頼みたい事があってね。バルサさん、彼はサトー。僕の遠縁の親戚でこの前訪ねてきたんだよ。ほらサトー、バルサさんに挨拶して」

思考を呼まれたのか足を思いっきり踏まれて声も出ない俺に話題を振るな。

「…っう。ええとサトーです。佐藤秀一。シオの家で厄介になってます」

【厄介】

●世話になる事

●面倒な事←ここ重要

因みに俺の正体、異世界から来たというのは言わない方が良いと言う事で遠縁の親戚という設定になった。

「ほおー、シオ坊がなあ。俺はバルサ。バルサ・アチェート。ここのギルドの管理者をやってる。黒髪黒目じゃなかなか大変だろうが宜しくな兄ちゃん」

強面の割りにニカッと人好きのしそうな笑顔で握手を求められそれに応じる。

ギュ

ゴキュゴキュ

「痛ってええええ!!」

「ふむ、あんま強くはねえな。もっと鍛えな兄ちゃん。でねえと高ランクの冒険者にはなれねえぜ」

握りつぶされるかと思った。なんちゅう握力だ。

ガハハと笑いがらバンバン俺の肩を叩くバルサさんだが豪放磊落と言う言葉が似合いそうなためか何故か怒りは湧いてこなかった。

ただしシオ、テメエはだめだ。俺が痛がってんの見てにやにや笑いやがって。

後で覚えてろ。後ろから肩叩いて振り向いたところを指さしてやる。








**********








シオがバルサさんと話があるから、ということで二人が奥に行ってしまったのでやることもなく椅子に腰掛けて店を見渡す。

酒場も兼ねていると言うだけあって中はかなり広いが誰もいないせいで余計寂しさを感じる。

壁に掛けられた古そうな絵。

随分と使いこまれた頑丈そうな机。

こっちを不思議そうにみている幼女。

かなりの数がある長椅子。




………あれ? なんか今気になるフレーズがあったような。



もう一度。

いくつもの紙が貼られている掲示板。

たくさんの酒が並ぶカウンター。

とことこ、とこっちに歩いてくる幼女。

喧嘩でもしたのか壁に着いている刀傷。

「ん」

うん、やっぱりなんかおかしい。

「ん~? ん、ん」

具体的に言えばいつの間にかすぐ傍にいてこっち見て首をかしげている幼女とか。

「んー、ん!」

幼女はいつまで経っても俺が反応しなかったせいか座ってる俺の足をペチペチ叩いてきた。

喋ってないけど【こっち見てこっち見て】と言ってる気がする。

「ああごめんごめん。無視して悪かったから足を叩くのはやめてもらえる?」

正直ぜんぜん痛くないしむしろくすぐったい感じだったけど幼女に叩かれて喜ぶ趣味は俺にはない。

俺が反応を示したからか幼女はぱあっと擬音がつきそうな笑顔になる。

何となく微笑ましく思いながらも改めて少女を見やる。

茶っけの少しふわっとした髪に鳶色の眼をした大体8~9歳くらいの女の子だ。

「えーっと、お嬢ちゃん、名前は? 何でここにいるの?」

まさかとは思うけどこの子も冒険者とかじゃないよな?

俺の質問に対して幼女はよくぞ聞いてくれたとばかりにいそいそと胸にかけた何かを取り出す。

「ん!」

どうやらドッグタグのようなものらしく差し出された金属の板には何かが書いてあった。

だが当然今の俺にはそれに対して問題があるわけで。

「あー、ごめんお嬢ちゃん。俺、字が読めない」

ガキ以下の俺だった。

字が読めない、と言う返答が予想外だったのか手を伸ばしたまま目を開いて吃驚した、という表情になる。

そのあと【どうしようどうしよう、文字が読めないなんて思わなかった】というようにオロオロし出した。

……何この子可愛い。

しかしいつまでも放っておく訳にもいくまい。

文字が読めない以上会話しかないのだろうがこの子の言葉は全部『ん』だから何言ってるか分からない。

単に話さないのかそう言う言語なのかも分からない。

そういやシオが俺はある程度の意志伝達が出来るようになるって言ってたよな。

……試してみるか。

「んっんーんん、んんんーん」

「ん!?」

「ん~~~んん~んんんん」

「ん!! ん!!」

うん、全く通じなかった。

ぽかぽかと変な真似をした俺に対して叩いて来る幼女に対してどうしたもんかなと悩んでいると

「だから何やってるのさサトー」

話を終えたらしいシオがいつの間にか戻ってきて俺を呆れた目で見ていた。

「おおシオ。済まないんだが助けてくれ」

「一体何をやったのさ? 全く。おかえりスー、よく分かんないけどその辺で止めてあげて。彼は僕の友人だから。…一応」

シオの声が聞こえたのかスーと呼ばれた幼女は殴るのは止めてくれたけど未だにムー、と頬を膨らましてこっちを睨んでいる。

「本当に何やったの? スーがここまで怒るなんて珍しいんだけど」

「言葉が通じないかとこの子の真似をしてんーんー言ってみた」

俺の発言を聞くと少し憮然となったシオがスーちゃんに近づきながら俺にきつく言い放つ。

「…はあ。サトー、この子はスー、スー・アチェート。バルサさんの娘で小さい頃病気でのどをやられて声が出せないんだ」

げ! 

「すまん嬢ちゃん! 知らなかったとはいえ酷いことしちまった! 本当ごめん!」

自分のやった事の大きさを理解した瞬間、日本古来の低姿勢、土下座を行う。

障害持つ子を馬鹿にするようなことしてしまうなんて俺はなんてことを!

土下座の意味は知らないだろうけどこっちの意志は伝わったのかしばしの沈黙ののち下げた頭に手が添えられた。

恐る恐る頭を上げるとスーちゃんが俺の頭を撫でながら【もう怒ってないよ】というように笑っていた。

何この子。俺いま普通にニコポとナデポのダブルパンチを食らってるんですけど。

「偉いねえスー。こんな酷いことするサトーを許してあげるなんて優しいね」

そう言われシオに頭を撫でられたスーちゃんの頬は少し赤くちょっと上目づかいでシオを見ている。

……ッケ! さっきスーちゃんを止めてくれたから笑った事許してやろうかと思ったけど気が変わった。帰り道の坂で膝かっくんしてやる。

「なんかまた嫌な感じがしたけど何を考えてた?」

「別に。所でもう話は終わったのか?」

「ああ、取りあえずサトー、君にここで働いてもらうことにしたから」

「は?」

働く? ここってギルドで? 俺に冒険者になれと?

いやだから俺にチートはないから戦闘は無理……

待てよ。もしかしてこれはそういう奴か? 

大した才能もない者が泥臭く必死に努力することで強くなっていくフラグか?

それなら冒険者になることも吝かではない!

「分かった。んじゃあこの後は俺の装備とか揃えに行くのか? 一応剣道はやってたからやっぱ剣のほうがいいのか?」

「は? 何でサトーが剣持つ必要あるの?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」

俺とシオがお互いの言ってる事に首をかしげる。

それを見てスーちゃんも真似して首をかしげる。

「俺ここで働くんだよな?」

「そうだよ。ここは冒険者が多く集まるし依頼に来る人達も多くの情報持っているからなかなか見つからない触媒の噂も集めやすい。

だからバルサさんに頼んだんだ。『サトーをここで雇って欲しい』って。お金も稼げるし丁度いいしね」

えーとつまり

「ギルドの雑用?」

「兼酒場の雑用だね」

「……ふ」

「ふ?」

「ふっざけんなあああああああ!!」

何処の世界に冒険に出ずに裏方に回る異世界来訪者がいるんじゃああああ!!

叫ぶ俺に対してシオとスーちゃんが可哀そうな物を見る目が痛かった。













この日、俺の職業が決まった。


【名前】  サトー

【ジョブ】 雑用

【能力】  なし










後書き


サトーの方針決定。

冒険? 一般人に出来るとでも?





今回の新キャラ

バルサ

ミコ(名前だけ)

スー











あれ? 続いてる…だと…




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった5
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/30 22:48


前略 お父様お母様

貴方達の息子が異世界に行ってから早いものでもう十日が経ちました。

こちらの世界では一年は十カ月で一か月は三週間で一週間は十日。

順に光、雷、火、土、剣、闇、木、水、風、杖

前半を光の五日、後半を闇の五日といい休日は光と闇の日の他に自分に適した日の三日になるそうです。

労働基準法もばっちりですね。

最も黒髪黒目の自分には適する属性はないそうですが。

同居人たるシオはまだ若いながらもしっかりした子で今ではすっかり友達です。

たまに馬鹿にするような笑い方をしますがいい友達です。

道行く女性が熱い視線を注いでようがイイ友達です。

かなりの頻度で喧嘩しますがいいともだちです。

俺の希望をことごとく潰していく憎いやろ、ゲフンゲフン……イイトモダチです。

そうそうお喜び下さい。

実はなんと就職が決まりました。

酒場を兼ねたギルドにてウエイターやら雑用をこなしています。

就職難なこの時勢。異世界とは言え決まった俺は勝ち組でしょう。

今後文字を覚えればさらに色々な仕事を与えてくれるそうです。

次に帰る時には一回りも二回りも変わった私を見せることが出来ると思います。

それではまた会う日まで。




貴方達の息子より。




追伸

アパートの部屋の中には入らないでください。お願いします。











「おいサトー! ぼさっとしてねえで注文取ってこい!」

「はいバルサさん今行きます!」

「それが終わったら掃除もしておけよ!」

「はいバルサさん!」



「以上でご注文の品はよろしいですか?」

「頑張ってんな黒の兄ちゃん。ついでにあとエールを六杯と豪牛のあぶり焼き頼むわ」

「はいただいま!」








「サトー君悪いんだけど買い出し行ってきてくれない?」

「…また酒樽三個とか運ばせるんですかミコさん?」

「ううん、今度は五個よ」

「!?」



「し、死にそう……」

「ん!」

「あれ、スーちゃん? え、お水? 俺にくれるの?

……ありがとね、俺、もう少し頑張るよ」












せめて勇者として召喚してほしかった5






















脳内で両親宛ての手紙を書いたりして現実逃避するのもバルサさんの喝で引き戻されるのもこれで何回目だろう。

だが十日もすればここでの生活に嫌でも慣れてくる。

この十日で分かったことは世界観自体はほぼ中世の時代+魔法=分かりやすいファンタジーの世界の公式が通じるということ。

この世界の人はほとんどが自分の属性(日付にもなっている十種類)を持ちそれぞれの分野に特化しているということ。

因みにシオは『杖』という魔法に特化した非常に珍しい属性で俺はどれにも当てはまらない『無』属性らしい。

最初に聞いた時はおお、何か『無』って良くない? とか思ったけどこの属性、本当に意味無い属性だった。

魔法はもちろん武芸すら才能がないらしい(武芸は『剣』に属する)

これもう泣くしかなくない? 俺の隠された能力に期待するしかないこの現状。

そんなもの無いよ、と脳内シオに突っこまれるが気にしない。



閑話休題。



問題の勇者召喚の触媒集め、略して勇集はシオ曰く俺がギルドで働いて情報を集める。

関係ありそうな話があればシオに伝えシオにクエストに行ってもらうなり調査してもらう。

もし触媒自体がギルドに入ればシオ名義で俺が予約をし後でシオに買ってもらう。

話がない時はシオは自宅で魔法の研究やらなにやらやったり割りのいい依頼を受けてお金を稼いでいくらしい。

何せ勇集全部の触媒を金で買おうとすれば一生遊んでも問題ない量の金額になるのだ。

いくら稼いでも稼ぎすぎになることはない。

因みに前回の召喚の時には過去の数百年の間にシオのご先祖が集めた触媒とシオの財産の大半を使ってようやく揃えられたらしい。

その時のシオはまだ悔しそうに俺を見てたけど俺も被害者だっつーの。

色々言ったがこれが俺達の勇者召喚のための行動方針である。

まあそういうわけで

「それじゃ先行ってるな」

「行ってらっしゃい。今日は僕も適当なクエストに行くつもりだから。…分かってるとは思うけど」

「『勇集していることは誰にも言わない。魔王の耳に入れば邪魔されるから』だろ? 分かってるって」

今日も元気にギルドに行きます。














「おはようございまーす」

「あらサトー君。おはよう。早速で悪いんだけど支度終えたら裏に置かれた荷物を倉庫に運んで置いてもらえる?」

店に入ると同時に頬笑みと共にお願いをしてくるのはバルサさんの奥さんでありここのギルドの酒場の女将であるミコさんだ。

茶っけの髪や鳶色の眼がスーちゃんの母親であるということを示している。

一児の母とは思えない若さだ。スーちゃんもきっと美人になるだろう。

正直スーちゃんがごついバルサさんに似なくて良かったとほっとしている。

むきむきのスーちゃん、そんなの可愛くない見たくない。

「分かりました。バルサさんも奥ですか?」

「ええ、終わったらそのままあの人の手伝いをしてくれるかしら」

バルサさんが厳しい親方ならばミコさんは優しいお姉さんと言った雰囲気の人だ。

その分強烈な注文されても笑顔で押し切られることも多いが。

ミコさんに返事をしながら店の裏へ行き荷物を運び終えその後バルサさんの指示でギルドの掲示板に向かう。

因みにまだ俺は文字は読めない。

英語とかだって覚えるのに時間かかったのに十日で覚えられるほど優秀な頭脳ではない。

ただ掲示板は依頼の難易度は色別の印が押されてあり俺でもその位は分かる。

新しく入った依頼をそれぞれの場所に順に貼り付けに行くというわけだ。

店に戻るともう開店時間が過ぎていたらしく冒険者の人達が何人かいた。

荷物運びに時間をかけすぎたと反省しながら掲示板へ向かうと二人の男女が何やら口論をしているようだ。

そのうちの一人、男性は俺も良く知る奴、シオだった。

もう一人は初めてみるけど赤毛の髪を後ろでひとくくりにしている俺と同い年か少し下くらいの女性だ。

シオとは違い軽鎧に身を包み腰には細い剣がさしてある。

「どうして駄目なんですか! シオ様は魔法使いです。ならば前衛として戦士たる私と共に行った方がはるかに効率はいいはずです」

「ミリン、前にも言ったけど僕は前衛なしでも戦えるから一人でも問題ないんだよ。だから君の力は他の人に使ってあげて」

「いやです! 私の剣は、いいえ、剣に限らずこの心も身体もシオ様のために使うとあの日に誓ったのです! ですからどうか私をお供に」

「ごめん、気持ちは嬉しいけどやっぱり駄目なものは駄目なんだ」

「!? で、でしたら、せめて魔法の研究の助手で構いません。私を傍に置いてください!」

「あー、それもごめん。助手ならこの前僕の遠い親戚のサトーという人がなってくれているから間に合ってるんだ」

「そ、そんな……」

俯く女性を一度見やったあと掲示板から一枚の紙を取りカウンターで受注してシオはさっさとギルドを出て行った。

その間女性はずっと悔しそうに地面を見つめて手を握りしめていた。

……何これ? なんかのドラマ?

シオと女性のやりとりを見ていた他の冒険者達はその重い空気のためか静かになり誰も依頼を受けに行こうとしない。

…いやだなあ、近づきたくないなあ。

でも掲示板に依頼書貼らなきゃいけないし、やらないとバルサさんに怒られるから関わらないようにしてさっさとやっちまおう。

刺激しないようにそっと近づき掲示板にどんどん貼り付ける。

横にいる女性が何かぶつぶつ言ってる気がするけど気にせず貼る。

ようやく全部貼り付けて早くこの場を離れようとした時、バッっと顔を上げた女性に詰め寄られる。

いきなり女性に近寄られるなんて今まで無かったからちょっとドキっとする。

良く見るとこの人すっごい美人だ。

ミコさんのような柔らかさを持った大人の女性と言うよりは凛とした強さを持った感じの女性だった。

個人的にはこういう真面目そうな女性はもろに好みなんだがさっきのシオとのやりとりの所為でその気もしぼむ。

くそ、あの野郎、スーちゃんだけでなくこんな美人まで落としておきながらなんだあの態度は!

「誰なんですか?」

「は?」

何の事?

「シオ様の助手だなんてうらやましい立場を平然と手に入れたにっくきサトーと言う男は誰なんですか!?」

ごめんなさい俺です。

なんて言えるはずもなく

「ええと、その人なら確か目が二個あって鼻が一つあって耳が二つあって口が一つある人だったと思うぞ」

「目が二個あって鼻が一つあって耳が二つあって口が一つある人ですね。分かりました」

俺の出まかせをそのまま復唱して何かを決意したように頷く女性。

聞きたくないけど一応聞いておこう。もしものこと考えると怖いし

「あのさ、そのサトーさんを見つけたらどうすんの?」

「決まっています。そのうらやましい立場を譲ってもらえるように交渉するだけです」

あれ、思ったよりまともだ。それなら俺がサトーだと言っても良かったかな?

「当然、断ろうとも力づくで。いえ、断らなくても力づくで」

ヤバい、この子ヤバい。絶対言っちゃいけない。

「そうなんだ、それじゃ頑張ってな」

「ええ、教えて下さりありがとうございます。お仕事中すみませんでした。初めてお会いした方に急に詰め寄ってしまうだなんて申し訳ありません」

女性の雰囲気がさっきより落ち着いてきたためより清楚な感じが出てくる。

…うわー、マジで惚れそう。こういう人って俺の回りにいなかったから余計憧れてたからなあ。

「いいって、それより早く探しに行った方がいいんじゃないか?」

「そうですね、それでは「おーいサトー。掲示板の前でぼさっとしてねえでさっさとこっち来て手伝え」―………」

女性の眼付がすうっと変わる。

バルサさん、勘弁して下さい。冷や汗が止まらないです。

「…サトー?」

「人違いです」

「…目が二個…鼻が一つ…耳が二つ…口が一つ…」

待て! 言った俺が言うのもなんだがそれはほとんどの人間が当てはまるから!

「―――あなたが」

突然、彼女は腰にさしていた剣を抜き放ち俺に斬りかかってきた。

俺が避けられたのは別に俺にそんなスキルがあるわけじゃなく単純に異常に気付いたバルサさんが投げたリンゴにぶつかって横に飛ばされたからにすぎない。

痛いけどそんなこと言ってる場合じゃない。

「ちょっ、ちょっとタンマ」

「問答無用です」

「逃げろ黒の兄ちゃん! ミリンはAランクの冒険者だ! 一般人じゃまず勝てねえ!」

Aランクって上位から二番目じゃねえか!?

他の冒険者の人が取り押さえているうちに何とかギルドから抜け出す。

後ろを振り返ると女性、ミリンが先ほど逃げろと言った髭もじゃのおじさんを吹っ飛ばしてこっちに向かってくる姿だった。

結局、この日はまともに仕事など出来なかった。







「ただいま。今日のクエストは少し時間がかかっちゃって「シイイイイイイイイイイィィィオオオオオオオオオオオオオ!!」うお!」

シオが帰ってきた瞬間、扉の前で腰をひねり弓のように引き絞った俺の放ったこぶしは惜しくもシオの横の柱に当たった。

痛え、くそ、何故シオはもっと右にいない。気の利かない奴め!

「なに? 一体なに!? 何でそんなにぼろぼろなの!?」

「うるせえ! お前のせいで俺は今日めっちゃ好みの女性に一日中追っかけられる目にあったんだよ!」

「良かったじゃないか」

「そういう意味じゃねえええ!!」

その晩は久しぶりにシオとの大げんかになった。








翌日、シオは昨日のクエストで手に入れた薬草で何かの薬を作るとか言って家に残り俺一人でギルドに向かう。

正直ほぼ一日中走り回ってた上に昨晩はシオとの3連戦があったのでかなり疲れてるが休むわけにはいかない。

因みにここまでのシオとの戦績は45戦12勝18敗15引き分けである。

負けが多いのは仕方がない。アイツ追いつめられると魔法使おうとしやがるし。

「あ~~おはようございまーす」

「おはようございます」

扉を開けるとそこにはミリンが凛とした姿で俺を待っていた。

「体調不良になったんで帰ります」

「まあ待って下さい」

逃げようとした瞬間首(襟ではなく首本体である)を掴まれカウンターに連れて行かれる。

「ミコ姉さん、私と彼に何か飲み物を」

「はいはい、ちょっと待っててね」

俺の助けを求める視線はまるで意味を為さずにミコさんは飲み物を用意して奥に行ってしまう。

仕事しろとか言わないんですかそうですか。

目の前に飲み物が置かれても俺もミリンも動かない。

俺は動けないが正しいが。

「っふう。まずは昨日のことを謝っておきます。我ながら冷静ではありませんでした」

「ぅえ? あ、いや、いいよ別に」

本当は良くはないが女性に頭下げられて許さないなんて俺には言えない。

「ですが私の気持ちも分かってください。シオ様の剣になると誓ったあの日から私はひたすら修行を続けてきました。

元は低ランクだった私がAランクという高みまでこれたのもシオ様に仕えたい一心からなのです。

にも関わらず私の願いは未だシオ様には届かない。

聞けば貴方は街の常識すらない程の田舎で育ちシオ様を頼ってこの街へ来たのでしょう?

なんの努力もしていないあなたがシオ様の助手になったと聞かされては心を落ちつけろと言う方が無理なものです」

実際は違うんだけどそういう風な設定にしてるから否定出来ない。

「ですが、これは八つ当たりなのかもしれませんね」

「…? 八つ当たり?」

「ええ。何度頑張っても私の願いが届かないからと言ってその怒りの矛先を他者のあなたに向けてしまうなんてまるで子供です。

そのような私だからシオ様は傍に置いてくれないのかもしれません。

ふふ、強くなるのが無理なら魔法の研究の手伝いなどと言い出す時点で私には資格がないのかもしれませんね。

……最近思うのです。私の行動は全て独りよがりでシオ様には迷惑なだけなのではないか、と。

だとしたらせめてシオ様の願い通りに私は関わらないほうがよいのではないか、と」

そう言う彼女の顔は凄く寂しそうで、

諦めの浮かんだ顔の奥には悲しさと悔しさが入り混じっているようで

「…すみません。ほとんど初対面の貴方にこのような愚痴を話してしまい。

ただ、もし本当にそうならシオ様の傍にいる事を許された貴方にお願いしたいのです。

どうかシオ様の支えになって上げてください。あの方はいつも一人で戦っています。

それが何かは私には分かりません。ですがそんなシオ様が誰かを傍にいる事を許された。

潮時なのかもしれません。私ではなく別の人が支えになるのも運命なのかもしれません。

ならばせめて私の代わりに」

「嫌だね」

ミリンのお願いを最後まで聞かずに断る。

「何故です!? 貴方も私の僅かな願いすら否定するのですか!?」

「そうじゃねえよ。あんたはシオの事が好きなんだろ?」

「そ、それは」

俺の質問に顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。

おーおー分かりやすいねえ。

分かってたけどね。話してるだけで凄いいい人だって伝わってきたからなあ。

シオ相手じゃなければまだ頑張れたんだけどなあ、ちくしょう。

「好きなら諦めんなよ。シオは確かSランク、最高位なんだよな。

俺にはとても信じられないけどアイツが凄い奴だからって本当に一人で平気なわけじゃないだろ?

だからあんたはシオの力になりたいって思ったんだろ?

あんたの言うとおり急に現れた俺なんかよりずっと思い続けてきたあんたの気持ちが意味無いはずがねえだろ。

だったら諦めんなよ。シオの野郎はモテるんだから他にもきっといっぱいライバルはいるぞ。

でも他の人達より俺はあんたにシオの力になってほしい。あんたの事は昨日今日の事しか分からないけどそう思う。

あんたはここまで頑張ってきたんだ。いいじゃねえか断られ続けたって。あんたがシオの事を想ってやる限りは応援してやるよ。

あんたみたいな美人に言い寄られたら男なら悪い気はしねえよ。

もし本当に迷惑とか言ったら俺がぶっ飛ばしてやるから」

なんか恥かしいこといってんなと思いながらも励ますといつの間にか近くに来ていたミコさんも助言する。

「サトー君の言うとおりよミリンちゃん。何度断られたって頑張って来る人の方がその思いは届きやすいわよ。

ウチの人だって私が何度断ってもずっとプロポーズしてきていつの間にか私も彼のことが好きになっちゃったんだから」

「バルサさんもですか?」

「そうよ。だから諦めないで頑張りなさい。貴方の努力はここで働いてる私が一番よく知ってるから。ね?」

「ミコ姉さん……そうですね。私……なに弱気になってたんでしょう。

決めました。私、必ずシオ様と同じSランクになります。隣にいられるほど強くなって今度こそシオ様の傍に使えます」

そう言って一気に目の前の飲み物を飲んだと思ったら掲示板の方へ行きあっという間に受注して再びこちらに来た。

「今回はありがとうございました。少しやけになってました。貴方のおかげです」

「そりゃ良かった。あ、あと俺はサトーで構わねえよ。貴方って毎回言われんのはちょっと恥ずかしい」

「分かりました。それでしたら私の事もミリンで構いません。毎回あんたでは少々気分が悪いです」

「あーそりゃごめんミリン」

「いえサトーさん。それではクエストに行ってきますが最後に一つ」

ぴっとしたその姿は先ほどの愚痴を漏らしていた人とは別人のようで

「あなたにも絶対負けませんから。私は必ずシオ様の傍に行きます」

そう言って颯爽と出口に向かっていくミリンは輝いて見えた。








































































「やれやれ、シオの奴モテモテでうらやましいねえ。

にしても俺にも負けないって俺は男だから関係ないっての」

ミリンの最後の言葉を思い出し苦笑する。

俺にそんな趣味はないから安心してほしい。

「あら? サトー君知らないの? 同性同士でも愛があれば結婚だって出来るのよ?」

「マジですか?」

オランダかここは!?

「そうよ。でなきゃミリンちゃんはシオ君と添い遂げられないじゃない」









…………………………………………………え?








「あ、あのう、それは一体どういう意味で」

「あら? それも知らなかったの?」

ミコさんは今日の天気を言うように軽く真実を口にした。

















「ミリンちゃんは”男”よ」










































「あ、お帰りサトー。いま夕飯作ってるから「シイイイイイイイィオオオオオオオオオオオオ!!!!!」うわっ!」

帰るなり発見したシオに繰り出した俺の右ストレートはシオが思わず構えたお鍋のふたに防がれた。

「何!? 今度は一体何!? 何でそんな泣きそうな顔してんの!?」

「うるせえ! ミリンが男なら男ってそう言えよ!」

「あれ? 知らなかったの?」

「知らねえよちくしょう! あんな可愛い人が女の子なわけがないっていうのか…」

「サトー昨日めっちゃ好みとか言ってたよね」

「やめろおおおおお! ああもう、男にときめいちまった。思いっきり禁忌の愛について慰めて焚きつけちまった。くそう」

「そりゃ残念だった……誰に何を焚きつけたって?」

「あん? ミリンにお前への愛をだよ」

「なんて事をしてくれたんだ! 昨日の様子からようやく諦めてくれそうだと思ってたのに!」

「うっせえこのリア充! スーちゃん含めていい思いしてんだから少しぐらい不幸を味わえ!!」

「何でここでスーが出てくる?」

「気づいてねえ時点で主人公っぽすぎるんだよこの野郎!」











取りあえずミリンとの約束通り思いっきりぶっ飛ばそうと心に決めたがシオの方も怒りのためか今日は両者ノックダウンだった。












戦績46戦12勝18敗16引き分け
























あとがき


さ、し、す、と来て「せ」と思わせて今回はみりん。

「せ」はまた次の機会に。






何か続けられそうなんでオリジナル板に移動する事にしました。


明日辺りに移動します。

10/18 移動しました。



さて続きを書こうか。




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった6
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2010/11/02 01:59


「前に言ったと思うけどこの世界の人間や魔物は大きく分けて10の属性に分けることが出来る。

光、雷、火、土、剣、闇、木、水、風、杖とね」

「………」

シオが説明を続けるが俺は反応しない。

「この属性は光の5属性と闇の5属性に分けられていてそれぞれの順番で同じ番の者同士は相性が悪い。光と闇、火と水と言ったようにね」

「………」

シオが説明を続けるが俺は反応しない。

「ここで注意しなければならないのは自分に合った属性は当然適性が高くそれに関した才能を持つが相対する属性にはほとんど才能を持たない。

僕の属性は『杖』。魔法の才能に最も適した属性であり反面、『剣』の属性である武術や体力等は一般人並みかそれ以下だ。

僕が君との喧嘩で負けることがあるのもそのためだね」

「………」

シオが説明を続けるが俺は反応しない。

「故に僕は何かあった時、例えば走って逃げるような状況ではまず遅れる。君にすら勝てないと言うわけだ。分かったかい?」

「………」

シオが説明を続けるが俺は反応しない。

「何だい? せっかく教えてあげてるんだから返事くらいはしてもいいんじゃないかい?」

「だったら自分で走れや!!!」

反応したくなかったのに我慢できずに突っ込んでしまう。





ただいまの状況


俺、ひたすら走る。

シオ、体力切れで俺が背負ってる。

場所、崩れかけてる洞窟内。


ライブでdieピンチです。








せめて勇者として召喚してほしかった6




事の起こりは数日前の酒場での会話から始まる。

「おまたせしました。犬鳥のシチュー大盛りとエールです」

「おほー、待ってました! にしてもこの前は大変だったな黒の兄ちゃん」

「ミリンのことっすか? あの時はありがとうございました。まあ命の危険はなくなりましたがいつまたトラブルに巻き込まれやしないかびくびくしてます。なんせあんま運はないようなんで」

「がはは、運がないっつうんなら幸福草でもありゃいいんだがな」

「幸福草…すか?」

「応よ。持っているだけで運が良くなり多く集めれば珍しい秘薬の材料にもなるって代物だ。

生えている場所を探すのが大変な上に似たような草の中に生えるから手に入りづらいんだがその群生地らしきもんがこの前クローブの北の山の洞窟の奥で見つかったとか何とか」

「へー、でもそんなもんがあるって分かってるんならなんで取りにいかないんすか?」

「そりゃおめえ、あの山の洞窟には凶暴な魔物がいるって噂だし、群生地そのものを見つけてもその中から本物の幸福草を見つける手間暇考えりゃ他のクエストに行ったほうが効率いいかんな。

ま、冒険者じゃねえ黒の兄ちゃんにゃ行けねえからどだい無理な話だったか!」

「ハハなんすかソレ、期待させといてそりゃないすよ」

「悪い悪い、お詫びにホレ、注文頼むわ。エールお代わり!」

「毎度!」

















「と言う話を髭もじゃのおっさんから聞いたんだが」

「良くやったサトー。それは勇者召喚の触媒の一つだ!」

家に帰ってシオにその話を伝えるとグッと親指をたてて喜びを顕わにする。

「やっぱりか。前に聞いた触媒の中にそんなのがあった気がしたからもしかしてと思ってたんだが」

「幸福草は難易度自体は低いけど探す手間などからあまり出回らないんだ。こんな近くで手に入るなんて文字通り運がいい」

「そっか。んじゃそれを取りに行くのか?」

「もちろんだ。ただあれは一人で探すのは大変だから君にもついてきてもらうよ」

「はあ? 何でおれが?」

俺ギルドの仕事あんだけど?

「前に手伝うって約束したよね」

そう言われると確かにそうだ。

まあ興味がないと言えば嘘になるんだが

「魔物とかは大丈夫なのか?」

「そっちは問題ないよ。僕はこれでもSランクの冒険者だからね。よほど凄い魔物じゃない限りは倒せるさ」

ふむ。そこまで言うからには大丈夫そうだな。なら行ってもいいかもしれない。俺なんだかんだでこっちに来てからシオの家と街の往復しかしてないしな。

よしんば余れば俺の幸運値を上げられるかもしれん。

「いいぜ。んじゃ明日バルサさんに報告して休みもらってくるわ」

俺は決まった属性がないので申告すれば一週間のうち一回いつでも休んでいいと言われている。

ただ日本人特有の気質か何もなしに休むのは申し訳ないので結局一度も使っていなかったが今回は使わせてもらおう。

女運を上げたいなあ、この前からそっち方面で不幸な目に合ってる気がする。

「どっちかと言うと男運だけどね」

「勝手に人の心を読むな」

「君は女運がないと言うより女運”も”ないと言った方がいいんじゃないかい?」

「…あー確かにこんな魔法使いに”間違って”召喚されちまうんだから運はねえよな」

「…そうだね。僕に召喚されておきながらなんの魔力も特技も持ち合わせていなかったんだよねサトーは」

「……でもまあしょうがないか。なんせ俺を召喚したのは素人の俺に喧嘩で負けるような奴だもんな」

「……いやいや、接近戦の苦手な魔法使いの僕と互角程度な人に言われちゃおしまいだね」

「………男に好かれてるくせに」

「………男に惚れかけたくせに」

「ニコポ野郎」

「ロリコン」

「貧弱もやし」

「同性愛予備軍」

「馬鹿」

「アホ」

「ドジ」

「間抜け」

「「………フンッ!!!!」」

クロスカウンターが決まるのはこれで何度めだろうか。

戦績53戦13勝20敗20引き分け












北の山の洞窟というのはシオの家から歩いて半日ほどの場所にある。

山の途中までは途中まで一緒に行く荷馬車に乗せてもらいその後は徒歩で洞窟へと入って行った。

洞窟内は暗いから松明とか使うのかと思ったけど陽光苔と言う自発光する苔が生えていたため洞窟内でも明るかった。

一応魔物がでてもすぐにシオが戦えるように前をシオが進み、

後ろにシオから今回の探索に必要だと言われて持たされたバッグを背負った俺が追う形で続いていく。

シオが手ぶらなのは何かあった時に荷物を持っていたら戦えないかもしれないというシオの意見のためだ。

何か釈然としないが実際襲われたらコイツ頼みなので黙って持っている。

「所でその幸福草ってどんな草なんだ?」

中に何が入っているか知らないが随分重いバッグを背負い直しながら前にいるシオに尋ねる。

「そうだね……幸福草自体は小さな草でね、大きさは大体指先くらいのものかな。小葉が四枚ついているのが特徴だね。

ただ似た種類の三枚の葉の草、こっちは幸福草より葉が一枚少ない事から普通草と言われてるんだけど、これが必ず回りに大量に生えているから見つけるのが大変なんだ。

確率で言えば一万分の一くらいかな」

…なーんか聞いた事あるような

そう思っていると細い洞窟が急に広がり校庭くらいの広さになる。

「っと、どうやらここ見たいだ。ほら、話で聞くより見た方が早いよ」

そうシオが言って指差した先はまるで緑のカーペットのように広く長く生えた草があった。

「凄いね。これほどの規模の群生地が今まで見つかっていなかったというのは奇跡だね」

シオは何やら感動しているようだが俺はしゃがんでその草を一本手に取ってみる。

それはマメ科シャジクソウ属(トリフォリウム属、Trifolium)の多年草。一般的には白詰草とも呼ばれる親しみのあるものだった。

「四葉のクローバーかよ!」

「うん? もしかしてサトーの世界にも幸福草はあるのかい?」

あるにはあるけど幸せ云々は伝説だっての。

「これ本当に効果あんのか? 迷信とかじゃなくて?」

疑いの眼を向ける俺に対してシオはしっかりと頷く。

「もちろんさ。君の世界じゃどうかは知らないけどこれはれっきとした薬草に数えられる。

幸福草を持っているだけで運が上がるしそれを齧れば僅かの間だけど激増する中々のものだ。

僕達は運を上げるワケではなくそこから秘薬を作るからこの小壜いっぱいになるまで集めなきゃいけないから大変だよ」

さあ始めよう、と早速シオは手元の草を調べ始めた。

どうやら本物らしいが元の世界でも一本探すのに結構時間食った物をこぶしほどの小壜いっぱいってどのくらい時間かかるんだ?

俺が明らかにやる気を損ねているとシオがふと思い出したかのように呟いた。

「……そう言えばこの前スーが幸福草をお守りがわりに欲しがってたな。もし余分に余ってプレゼントしたらきっと喜んでくれるだろうね」

「こっからこっち側は俺にまかせろ!」

荷物を置き目を皿のようにして一つの見落としもないように一枚一枚確認していく。

スーちゃんならきっと「ん!」と言いながらありがとう、と言うように笑ってくれるだろう。

待ってて俺の癒し!

「……まあこんなもんか」

後ろでシオが何か言ってた気がするけどどうでもいい。

小壜の大きさから考えて50本は必要だろう。少しでも多く探さなければ!



















これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、あダンゴ虫だ、これも三枚、これも三枚、これも三枚――……



あれから随分時間がたったがまだ幸福草は見つからない。

最初の頃はシオと適当な会話をしながらやっていたがしばらくすると話題も尽きその後は黙々と作業を続けている。

シオの方からも何も聞こえないからまだ見つかってないんだろう。

長く座りこんでいるため腰が悲鳴を上げているがドンっと背中を叩いてごまかす。

陽光苔に照らされながらただひたすらに無数とも思える草の中から幸福草を探す。

これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これは四枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、これも三枚、


ちょっと待った! 今違うのあった!

少し戻って探し直すとそこには他のものとは違う見事な四つの葉をつけた幸福草が他の普通草に守られるように生えていた。

元の世界ではそれなりに何度か見たことのある草だ。

だが今の俺の目にはどの植物よりもきれいなものとして映っていた。

「いよっしゃああああああ!! 見付けたぞおおお!!」

あまりの歓喜にその場から立ち上がりひゃっほうひゃっほう言いながら跳ね回る。


「おいシオ見ろ! 一本あったぞ!!」

手にした幸福草を突き付けるようにしてシオの方へ向く。







「おーやったねサトー。その調子でどんどん見つけよう」

そこには椅子に優雅に座りながら紅茶を飲みつつ本を読んでいるシオの姿が!!





「何やってんだテメーは」

とび蹴りをかました俺は悪くないと思う。

ごろごろ転がって痛がっていたシオだったがしばらくしてすくっと立ち上がり埃を払う。

「少し休憩していただけだというのにいきなり蹴って来るとはサトーは心が狭いね」

さっきのを見て切れなかったらそれはもう菩薩か何かだ。

「どっから出したんだよその椅子と紅茶セットと本は?」

最早怒りを通して呆れながらシオに尋ねる。

「これ? サトーに持ってきてもらったバッグに入れてたんだよ」

「全然必要ないもん持たせんなよ!」

重かったと思ったらそんなもん入れてたのかよ!

大変だったんだぞソレ持ってくんの!

「いや必要だよ。何せ小壜ほど集めるとなると何日かかるか分からないからね。暇つぶしの道具を用意しておかないと耐えられないだろうしね」

ええーマジでー? これあと何日もかかんの?

「まあ半日もしないうちに一個手に入ったんだしいい方だよ。ほら頑張れサトー」

「だからお前もやれよ」

せっかく一個見つかった時は飛びまわるほど嬉しかったのに急にしぼんでしまった気分だ。

取りあえず見付けた幸福草を小壜に入れようとしながら思う。

これ持ってりゃ運が上がるんなら次はもっと早く見つかんねえかな。

……あれ?

「なあシオ、これって噛めば運は激増するんだよな?」

「うん? まあ少しの間だけだけどね」

「それで十分だ」

聞くや否や俺は小壜から幸福草を取り出して迷わず口に運んだ。

野草独特の苦みを感じながらしっかりと噛む。

「ちょ、何やってるのさサトー! せっかくの一個を!」

「いいんだよ。さあてどんどん探すぞ!」

ちょっと気分も良くなってきたしな!

テンション高めでなんかあの辺にありそうだなと思った所を探し始めた。






















「ほいまたみっけ! これで45本目!」

最初の頃が嘘のようにどんどん見つけていく。

幸福草の効果は本物だった。

噛んだあとは探す所から次から次へと見つかっていき小壜ももう埋まる頃だ。

噛んだときは驚いていたシオも俺がたくさん見つけ出すと同じように噛んで探し始めた。

ただこの幸福草の効果。本当に短い。

時間にして30分もないだろう。

そのため効果が切れたらまた噛むと言うのを繰り返している次第だ。

「よし、これで50本っと。サトー、せっかくだからこのまま集められるだけ集めよう。幸福草は高く売れるから資金集めにも丁度いい」

シオ曰くこれほど広い群生地はそうないらしい。

正直俺のような探索方法はここが広かったから出来たようなもので、もし狭い場所ならさっきの一本しかなかった可能性もあったようだ。

危なかったがそうならずに済んだのももしかしたら幸福草のおかげかもしれない。

「おお、スーちゃんへのプレゼントもあるしな」

そう言って手にした51本目をしまい再び探し出すがどうやらさっきの幸福草を取った時点で効果が切れたようだ。

いくら探しても見つからない。

また噛むか、と小壜に近づこうとした時、普通草とは違うのを見つけた。

すわ幸福草か、と注目するも残念ながら幸福草ではなかった。

だが普通草でもない。それには葉が二枚しかない。

初めてみたな、と手にとってまじまじと見ていると後ろから声がかかった。

「ああそうだサトー。言い忘れてたけど幸福草が生える場所には必ず普通草より葉が少ない二枚葉の『不幸草』と言うのがあるから。

これは手にしただけで不幸になるから気をつけてね」


………やべえ


グルルルルルと俺が自覚したと同時に洞窟の奥から唸り声が聞こえた。

そちらをみやるとそこには熊くらいの大きさの犬のような生き物がいた。

ようなと言うのはその生き物には通常ではありえない足が6本あったからだ。

唸る口は頬を割いてその口から見える牙は鋭いナイフのようにギラギラしていた。

間違いない。こいつが噂の魔物だ。

「な、魔物!? さっきまで全然現れる気配がなかったのに!」

シオも魔物を見て驚いている。

たぶん俺のせいだな。

投げ捨てた不幸草を忌々しく思う。

魔物がどすっとその重さが分かるような足音を立ててこっちに歩いてくる。

やばい、こわい。魔物ってのがどんなもんか分かってなかったけど確信がある。

アレは俺じゃ絶対に勝てない。例え剣やら槍だの持っていてもだ。

銃でも効くか分からない。アレはきっとそんな物を喰らっても平然と俺に突っこんできて俺の身体を引き裂き喰らうだろう。

そのくらい威圧感を放っている怪物に立ち向かえるか。

なにかカタカタと音がする。

それが俺の歯がぶつかる音だと分かった時もう俺はその場から動けなかった。

けれどそれはある意味幸運だったかもしれない。

もし走って逃げていたら魔物は本能に従い真っ先に俺を追ってきただろう。

だからと言ってこの状況が望ましいとは思えないが。

「まったく、せっかくいい調子で探していたと言うのに水を差すなあ」

けれどシオの方は何でもなさそうに魔物に向き直った。

魔物の方も自分に近づいたシオを標的に定めたようだ。

おい大丈夫か! そう声をかけたくとも情けないことにのどが震えて声が出ない。

それを知ってか知らずかシオは俺の方を見やる。

「分かってると思うけど動かないようにねサトー。アレはBランクの魔物、キャバンウルフ。洞窟に潜み入ってきた獲物を喰らう凶暴な魔物だ。一般人じゃ一秒で死ぬよ」

俺に視線をそらしたシオに好機と判断したらしい魔物は残像が残るようなスピードでシオに迫った。

危ない、そう言いたくても声に出ない。

だがそんなのは杞憂だった。

シオは冒険者、それも最高位のSランク。

俺はそれの意味を目の当たりにする。

『ネァーカ』

シオが一言、たった一言唱えた途端、シオが伸ばした手から巨大な火球が生まれ、それは意志を持ったように魔物へと向かった。

火球は魔物にぶつかってもその勢いを止めることなく突き進み50メートルは離れているであろう洞窟の壁へと炸裂した。

瞬間、轟音が響くと共に激しい揺れに襲われた。バラバラと破片が舞う中で呆然としていた俺はシオの放った火球が壁を砕いたのだと気付くには少々時間がかかった。

魔物の姿など跡形もない。あれほど威圧感があった魔物をシオは動くことなくたった一言で倒してしまった。

「す、すげえ、すげえ! シオお前マジで凄い魔法使いだったんだな!」

あまりの凄さに声が戻るが頭の中には初めて見たシオの戦闘とその強さがリフレインしている。

シオの魔法は見せてもらった事はあったがここまで凄い威力だったとは!

「ふ、このくらい大したことはないね」

さも当然のように勝ち誇るシオが普段より輝いて見える。

いやー凄かった。なるほど、ミリンがあれだけシオを褒め称えるのも分かる気がする。

「さて、余計な邪魔が入ったけど続けよう『ゴゴゴゴゴゴ』……うん?」

シオと二人して上を見上げる。

陽光苔のおかげではっきり見える天井はまるで蜘蛛の巣のようにひび割れていた。

シオに目を戻す。

…なんだその『うわーやりすぎた。このままじゃ崩れるかも』みたいな顔は

「すまないサトー。少しやりすぎた」

「だと思ったよチクショウ!」

俺もシオも慌てて小壜を持って洞窟から抜け出そうとするも僅か十数メートルでシオがへばった。












そして冒頭へと繋がる。
















「大体なんで洞窟が崩れるような魔法使ったんだよ!」

「いや何、君は常々僕を大した事ないように思っているようだったからここらで僕の実力を見せてあげようと思ってね。

どうだい、尊敬したかい?」

「今お前への尊敬度は底辺中の底辺だよ!」

さっき凄いと思った俺が馬鹿だった。

「て言うかヤバい!マジでヤバい! 俺そんな一人背負って走れるほど鍛えてない! このままじゃ二人とも死ぬ!」

上からガラガラと音を立てて崩れていく洞窟内を走るのはさっきの魔物とは違った死の恐怖だ。

足はがくがくだし息は荒い。腹も痛むから正直会話なんてしてらんないけど何故か愚痴はこぼれる。

因みに持ってきた荷物はなんの躊躇いもなく捨ててきている。

コイツも放り捨てて一人で逃げるか? 今から出口まで全力で走れば俺一人なら間に合うだろうし。

このままなら100%死ぬ。でも見捨てれば半分以下になるだろう。

…良く考えたらいい考えじゃね? どうする俺?

『迷うことはねえよそいつ腹立つんだろ? 捨てちまいな』

俺の脳内で悪魔がささやく。

それに対して現れた天使が俺に注意する。

『ただし捨てたと言う事は誰にも言ってはいけませんよ。特にミリンには』

捨てることは決定事項だったようだ。


………よし。せーっの


「言っとくけどもし僕を置いてこうとしたら後ろから全力で魔法を撃つよ」

死の確率が一気に増した! アブねえギリギリだった!

「でも無理! やっぱ無理! なんとかしろシオ!! 脱出の呪文とかないのか?」

「あいにくそんな便利な魔法はない」

使えねえな魔法! もっとRPG的なの作っとけよ。

「…ああ、脱出の魔法はないけどこういうのなら有った」

『アクォーク』

俺が愚痴っているとシオが何かの魔法を唱えた。

……あれ? なんか身体が楽になった。それどころか何かシオが軽くなった気がする。

うおランナーズハイになったみてえにガンガン行ける! まるで羽になったみてえだ。今なら風にだってなれそうだ!

「強化魔法『アクォーク』 人間の力を限界近くまで引き出し強化する魔法だよ」

シオの魔法のおかげか! 尊敬度、底辺中の底辺から底辺までは上げてやるよ!

かけられた魔法のおかげであっという間に加速して間一髪で洞窟を抜けそのまま家まで走った俺は何故シオがこの魔法をシオ自身にかけなかったか気付かなかった。



















翌日





「……あ……い……うっ……え……お、お………」

俺はもう寝慣れて愛着も沸いた長椅子から起き上がることすら出来ずにいた。

別に金縛りでも魔物と出会った時のような恐怖からでもない。

もっと単純な話。

「やっぱりこうなったか。鍛えられた戦士ならともかく僕やサトーみたいな身体を鍛えてない人には反動が大きすぎるんだよねあの魔法は」

筋肉痛である。

「……て……シ……か……」

手前ェシオ分かってて俺にかけやがったな。

そう言いたくても声を出すだけで痛い。

「やれやれ、その分じゃ今日はギルドに行くのは無理そうだね」

当たり前だ。起きることすら出来ねえんだぞ。

俺が何も言わないのを判断したのか軽く首を振るとシオは幸福草の小壜を持って扉の方へ向かう。

「仕方がない。ギルドには僕が適当に理由つけてサトーは今日は休むと言っておこう」

「……そ……て……」

そうしてくれ。

目線だけでそう伝えるとシオは頷いてそのまま部屋から出て行った。

しゃーない。今日はゆっくり休むか。

力を抜き筋肉通に響かないように身体を落ちつける。

「ああそうそう。スーへの幸福草は僕から渡しておくから心配しなくていいよ」

扉の向こうからそんな声が聞こえる。

ああそうしてくれ。



………っておい!!


「ちょっ!―――――っ!!」

跳ね起きようとして身体中の激痛に悶える。

そうこうするうちにバタンと玄関の扉を閉めた音が聞こえた。


くそ、アイツが渡したらどうなるかすげー簡単に想像つく!









プレゼントだよ、と言いながらスーちゃんに幸福草を渡すシオ。

最初驚きつつも嬉しそうに頬を染めて受け取るスーちゃん。

それを見て微笑みながら頭を撫でるシオ。

気持よさそうに頭を預けるスーちゃん。

前に欲しがってたからね、と告げるシオ。

それでさらに顔を赤らめて照れるスーちゃん。









チクショウ! あの野郎!

なんて運がねえ。俺が渡して喜んで欲しかったのに!

って俺がいきなり大変な目に会いだしたのってあの不幸草とったせいか。

あれまだ続いてんのか!

チクショウ!! 







後日、体調が戻りギルドに行くとスーちゃんから嬉しそうに幸福草を入れたペンダントを見せられて俺は泣いた。

またバルサさんから『下痢が止まらなくて大変だったらしいな』と聞かされて再び俺は泣いた。


























後書き



『せ』のキャラはまだ登場しませんでした。




砂糖と塩が多かったので今度は酢とみりんを加えますかね




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった7
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2010/10/30 17:26




「おいシオ、お前どうしてそう俺に喧嘩売ってくんだよ?」

「喧嘩を売る?」

「そうだよ、スーや他の人には優しくしているのに俺にはいっつも腹立つことばっかするだろ?」

「それはしょうがないじゃないか。君が変な事ばかり言うからさ」

「変な事ってなんだよ」

「どうせなら女の子に召喚されたかったとかスーが可愛いとかさ」

「それがどうした? 純然たる事実だろ?」

「それでも嫌なんだよ。好きな人が他の人にとられそうでさ」

「は?」

「知ってる? 男って好きな人には意地悪しちゃうんだよ」

「シオ、それって…」

「気づくのが遅いよ」

そう言うと二人の影は少しずつ近づきやがて一つに―――………


























「というようなうらやましすぎる展開になってないか心配なんです!!」

「とりあえず俺をBLの受けにするのは止めてくれ」

見ろ、ものすごく鳥肌が立っとる。

「そんな!? シオ様を攻めたいと言うんですか? 駄目です。それは私がいずれ傍に着いた時の特権です!」

「言ってねえから落ち着け」

あとお前が襲うんかい。













せめて勇者として召喚してほしかった7










キャラ変わってんじゃねえかと言わんばかりのたわごとをのたまったのはこの前知り合ったミリン、18歳、性別(男)だ。

カウンター越しに見えるその姿はどう見ても美人の女性にしか見えず実のところ男と聞いた今でも信じられない、と言うのが本音だ。

だって想像してみろよ。言ってみればTVに出てる人気美人アイドルが実は男でしたって聞かされたようなもんだぞ。

男の娘とか妄想とかの産物だと思ってたんだぜ?

それがリアルに目の前に現れても困る、と言うかもし今一緒に風呂に入るなんて事になったら俺は全力で拒否する。

その位コイツは下手な女性よりも女性らしいのだ。少なくとも俺がコッチに来てから出会った中で一二を争うくらいには。



「全く、サトーさんは自分が如何にラッキーな状況にあるか分かってるんですか?」

いきなり召喚されてそれが完全に間違いでチートすら与えられずさらにはこき使われている俺以上に不幸な奴はそういないと思う。

「シオ様はギルドに所属してから僅か半年でSランクにのぼり詰めただけでなく、魔法使いであるにも関わらず常に一人でクエストをこなしているんです!

Sランクには他にも元聖騎士団の人や龍殺しなどがいますが彼らと比べてもSランクの筆頭とも言える人物なんです。

その方のお傍に仕える事が出来るだなんてどれほど羨む人がいる事か」

うん、一番羨んでるのはミリンだけどな。俺は一度たりともアイツに仕えて良かったなんざ思っちゃいない。

Sランク云々は確かにそうらしいけど俺はシオと喧嘩してある程度は勝ってるから正直眉唾物なんだよな。

…いや、あの時の魔物倒した魔法の事考えればあながち嘘じゃないのか? 俺ほかの人の魔法見た事ないから比べようがないけど。

「ですので私はサトーさんがいつシオ様と関係を深めるんじゃないかと心配なんです」

「話が飛躍しすぎだろ……」

そうでしょうか、と少しすねたようにしてコーヒー(この世界にもあった)を傾けるミリン。

カップを細い指で持ちもう片方の手を添えて飲む仕草もまた見事な物だ。

冒険者にも女性はいるがミリンは鎧ではなくドレスとかの方が似合いそうだった。

コーヒーを一口含むとすねた表情から少し感心したようなものに変わった。

「あ、これおいしいです。サトーさんの入れたコーヒーは初めて飲みましたけど中々お上手なんですね」

っしゃあ! 上手いって感想もらえた!

俺のガッツポーズが面白かったのかミリンはフフ、と美術品のように綺麗にほほ笑む。

丁度扉から入ってきてその姿を見た先日新しくギルドに冒険者登録した新人の男の子が顔を赤らめている。

哀れ新人君。君も俺と同じショックを味わうことになるだろう。

発覚したら酒くらいは出してやるよ。    有料だけど。

「で、大丈夫なんですよね?」

「あん? 男の俺がシオに興味持つわけねえだろ?」

「そんなのは証明になりません。私も男なんですから」

本人が平然と返してきた!

嘘であってほしかったけどやっぱりマジだった!








なぜこんな風に詰問されてるのは例によってシオとの喧嘩の所為でお互い寝不足の状態だった俺達を見たミコさんの

「昨晩はお疲れだったみたいね」

という発言に俺もシオも頷いたためである。

それを見ていたミリンが近寄ってくると分かった瞬間シオは青い顔して即効で逃げやがった。あの野郎! その位速く動けるなら自分で走れよ!

まあ俺が焚きつけた日からミリンはどんどん修行してシオと同じSランクになろうとしているし

一緒にクエスト行こうとは言わないまでも買い物だの食事だの他の誘いをしているからかもしれないが。

因みにこの時、俺はカウンター内にいて逃げようがなかった。

少し焦りはしたが基本は落ちついた雰囲気の真面目な子なのでそこまで避ける必要はない。

逃げるとしたらシオが絡んだ時だけだ。

それでどうせなら、とミコさん監修の元ようやくコーヒー程度は合格点をもらえたのでミリンにサービスがてらに振る舞ってみたわけだ。

……おいしいと言われてちょっと嬉しかったり。






「と言うか俺は、その、田舎暮らしでよく分からないんだが、なんで同性同士でも問題ないんだ?」

前に聞いてから思っていた疑問を尋ねる。宗教とか大丈夫なのか?

「そんなのは簡単です。それがとても尊い愛だからです」

…………はあ? 尊い?

「男女間の愛は言ってしまえば当然のものです。この世に生きる生物ならば種を残そうとその行為に及びます。

ですがそれは獣とて行っていること。それに対して同性同士の愛はどうです? 獣のように種を残すためではない、人だからこそ出来る愛の形です。

故にそれは性欲や種の保存などと言った本能的なものではない正に究極の愛。

シオ様と出会うまでは私もそんなのは信じていませんでした。男たる私もいずれは女性と共にするのが当然と思っていました。

ですがあの方に会った時私の中の何かが音を立てて崩れたのです。そう、その時私は真実の愛に目覚めたのです!!」

たぶんその時に崩れたのは常識と倫理という名の壁だ。

「まあ大丈夫だって。俺は普通に女の子が好きだからミリンの心配するような事にはならねえしシオとの事も応援してやるって言ったろ?」

ミリンが男って知った時はショックだったけどあとで考えれば俺に被害がないなら別にいんじゃねと結論出たし。

……少しだけ残念ではあったけど。

誓って言うが残念なのはミリンが男であることにであってミリンがシオに惚れている事にではない。

「あ、ありがとうございます。そうでしたね。サトーさんもミコ姉さんも応援してくれると言ってくれたんですよね。……ふふ」

「? 何がおかしいんだ?」

「いえ、…私、男友達がほとんどいなくてそう言う事言われたの初めてです。

何故か初めて会う男性は私に気軽に声をかけて下さるんですけどしばらくすると皆どこかよそよそしくなって最終的には離れていくので」

そりゃ初見で女だと思ってた奴らは男だと知れば大抵は気不味いだろう。

特に声をかけるってことは当然そういう下心が大なり小なりあっただろうから余計にな。

俺がこうして会話出来てんのは一種の諦めと言うかあまり深く考えないことにしているためと言うか。

「だからこんな風に相談とかが出来る相手がいるのは少し嬉しくて。

……これからもこうして話を聞いたりしてくれますか?」

「んあ? 別にいいぜ。俺もこっち来てから友達まだあんま出来てないし。今んとこ男の友達はミリンくらいか?」

実際そんな暇ないしな。

仲良くなった他の男の人と言えばバルサさんと髭もじゃのおっさんくらいだけどあの二人は友達って感じじゃないし。

シオ? アレは怨敵と書いてオンテキと読む。

「友達……」

そう言うと何か感極まって喜んでいたがクエストを受注したのを忘れてました、と慌てて出ていった。俺は俺で仕事があったので丁度良い、とそのままミリンの使ったカップを回収した。

俺の中の悪魔と天使が『なんだコイツ、フラグか?』『いえ、彼に限ってあり得ません。せいぜい友情止まりです』とか言ってたが男にフラグなんか立つか。



















「ん」

「ええっと『お酒』」

「んーん」

「あれ、んじゃあ『リンゴ』」

「ん♪」

「おお当たった」




昼にて。休み時間は普段は休憩したりしているが最近は文字の勉強に当てることにしている。

会話が出来ても文字が読めないとやはり不便な事が多いのでこうして書きとりを行なっているが英語の成績どころか古文だって苦手だった俺には中々身につかない。

速くマスターしたいな。そうすりゃバルサさん曰くもっとギルドらしい仕事させてくれるって言ってたし。

「んー!」

「お、スーちゃんお帰り」

入り口が空くと同時にスーちゃん独特の声が聞こえる。

視線を紙からそちらへ向けると目が合ったスーちゃんは、ん!、と元気に手を上げて返事をして学校(この世界では12歳までは誰でもいけるらしい)から帰ってきた。

「んん?」

「ああこれ? ちょっと文字の勉強をね」

トコトコとこっちへ来たスーちゃんが【何やってるの?】と軽く首をかしげながら横から覗き込んできた。

俺は机の上で勉強していて机の高さはスーちゃんよりちょっと低いくらい。

なので必然的にスーちゃんは少し背伸びした形で顎を載せて腕でぶら下がってるようになってる。

足がプルプル震えているところがポイントだ。

…ああ、癒される。

「ん、んんん」

「え、何?」

じーっと俺の書いた文字を見ていたスーちゃんが何か気付いたようでこっちを見た。

俺はまだスーちゃんが何を言いたいか完全には理解出来ない。

ミコさんやシオはなぜか何となく分かるそうだが。

「んーん」

スーちゃんは首を振りながら俺が書きとりしている文字を指差している。

「…もしかして間違ってる?」

「ん」

頷くスーちゃん。

こりゃまいったな。何が間違ってるのか良く分からない。

どうすっかなー、間違った勉強しててもしょうがないしシオに借りた教材は家に置いてきちゃってるしな。

俺が困ってるのを見てなにか閃いた、と手を叩いたスーちゃんはトテテ、と自宅となっている二階へと駆けていった。

どうしたんだと思って待っていると何やら本を胸に抱えて降りてきた。

うんしょ、うんしょ、

ふー、

「ん!」

と小さい身体で頑張って俺の横の高椅子に座るとこっちにその本を見せる。

なお擬音は全ての脳内再生である。

本のタイトルはまるで読めないが4人の男女の絵が描かれてありスーちゃんが指し示す下の方には手書きで文字が書かれてある。

その文字は見覚えがあった。

確か以前スーちゃんが見せてくれた胸のドッグタグの文字と同じものだ。

「これってもしかしてスーって読むのか?」

そう言うとスーちゃんは嬉しそうにコクコク頷いてそのままページを開いて次の文字を指さす。

それだけじゃちょっと分からなかったかも知れないが絵本であるらしく絵がかかれているためなんとなく読むことが出来る。

かくして、スーちゃん先生による昼休みを使った絵本での文字講座が始まったわけなのだが

「……えーっと贈り物」

「ん♪」

スーちゃんは俺が正解すると飽きずにコクコク頷いてくれる。

最初はその反応が見ていて楽しく俺も頑張っていたが本を読み進めていくうちに何やら嫌な気がしてきた。

リーダーっぽい女性と一緒に旅をする二人の男性が主役らしい。

それはいいのだが今のページでは戦士っぽい男性が僧侶のような格好の男性にプレゼントを渡していた。

思い返されるのは午前のミリンとの会話。

――……いやいやまさかスーちゃんがそんな本を読むわけが

「ん」

次にスーちゃんが示したページでは先ほどの男性達が思いっきり熱い抱擁を交わしていた。

「薔薇かよ!」

「んーん」

いや絵の答えを言ったんじゃなくて!

「サトー君、そろそろ休憩終えて手伝いに戻ってくれるかしら」

「それどころじゃないですミコさん! なんつう本をスーちゃんに読ませてるんですか!」

「落ち着いてサトー君。そんな大声出したらスーが怯えるわ」

言われて見るといきなり立ちあがってミコさんに文句を言った俺に対してスーちゃんがビクッとしていた。

いけないいけない。

少し落ち着くが返答次第ではミコさんへの今後の対応を考えなければならない。

「なんて本と言われても、それ子供用の絵本の『ミズーとアーブラ』の本でしょ? 特に変な本じゃないと思うんだけど。

勇者様と共に旅した二人の男性が最初は仲違いしているもやがて真実の愛に目覚めるラブストーリーで有名なのよ」

なんて本が有名になってんだ! そこは女勇者に惚れろよ戦士と僧侶!

どうなってんのこの世界は!?

この世界に来て俺の常識が最も通じないと感じた瞬間だった。

…常識か。何か不安になって来るなー。こんだけ同性愛が問題なくてしかも俺がこの世界に来て一二を争うほどの美人と思った一人は男性だったワケだ。

………残るもう一人も男性って事はないよな。

「……一応聞いておきますけどミコさんは女性ですよね?」

「? そうよ」

セーフ! もう一人はセーフ!

「スーちゃんもですよね? 男だったりしませんよね?」

「当たり前じゃない」

良かった。これでもしスーちゃんまで男の娘だったら俺は自殺していた。

いつの間にか額に浮き出ていた汗をふ~、と拭う。

いやあ良かった良かった。

くいっくいっと袖をひっぱられたのでそっちを向く。

「ん! ん、ん!」

そこには目に涙をためたスーちゃんがこっちを見ていた。

そのうるうるとした瞳が【私、女の子に見えないの? 女の子っぽくないの?】と言っている。

ヤベエ。 俺バルサさんに殺される。

初対面で泣かせたとばれた時の恐怖がよみがえる。

あの時は本気で死ぬかと思った。

というか何よりスーちゃんを泣かしてしまうだなんて俺はなんて事を!

「ごめんごめんごめん!! スーちゃんは可愛いよ!すっごく可愛いらしい女の子だよ!」

そう言って慰めるがグスッと涙を浮かべ鼻をすするスーちゃんは今にも大泣きしそうだ。

「あらあら泣かせちゃって。男の子か女の子かなんて見れば分かるのに変な事聞くからよ?」

そんなこと言って苦笑してないでスーちゃん泣きやますの手伝ってください!

あとその普通が通じない人が実際にいたからこんな疑心暗鬼になってるんですよ!






















「あーただいま~」

あの後はなんとかスーちゃんを泣きやますもその後は目を合わせても、ぷん、と【お兄さんなんかしらないです!】というようにそっぽをむかれてばかりだった。

明日会ったらまた謝ろう。スーちゃんはここでの俺の癒しな存在だから嫌われるとか辛すぎる。

「お帰りサトー。随分疲れてるね?」

「うるせー。ってかお前ミリンから逃げた時俺を見捨てやがったな」

「あー、それは僕も悪かったと思ってるよ。でもどうせ仕事だったでしょ?」

「へ、どうだか。俺を良いように利用してるだけじゃねえのか?」

「そんなことはないよ。その証拠にほら」

そう言うとシオは何やら机の上に置いてあった腕輪のような物を俺にさし出した。

あれ? この流れやっぱりどっかで聞いたような。

具体的にはミリンの妄想とかスーちゃんの絵本とか。

「今日クエストの帰りで見つけたんだけどこの前の幸福草の時のお礼も兼ねてってことで」

はい、と女性ならば一発で落ちてしまいそうな笑顔を向けて俺に渡そうとするシオ。

その姿が先ほどスーちゃんに見せてもらった絵本の男性達と姿が被り

「いぃぃいやあああああああああああ!」

「うお、また!? 今度は何なんだ!?」

いつもならそのまま喧嘩に繋がるからかシオは身構えるが俺はシオとは逆方向、玄関の方へと向かう。

「俺はノーマルなんだあああああ!!」

おいサトー何処行く気だ!?もう夜だぞ、と後ろから聞こえるが無視する。

今は一刻も早くここから離れなければ!

俺のtwenty-one cherry boy(21歳の童貞)は美人の女性にささげると決めてんだ!

そう言って一瞬脳裏に浮かんだのが赤毛の軽鎧を着た戦士だった事に軽い絶望を抱きながら再び俺は叫びながら走り出した。




その日魔物に襲われなかったのは運が良かったからなのか魔物もこんな奇声を上げている人間を食いたくなかったからなのかは俺にも分からない。




P.S

翌日、ミコさんから認められてはいるが実際にそういう関係になる者はそこまで多くはない、少なくともシオは普通だから安心しなさいと聞くまで俺は男性恐怖症になりかけた。

P.P.S

シオがくれた腕輪は回復力を微量に増す腕輪だった。

お礼と言ってくれたこの腕輪の真意に俺を前回のように魔法をかけて力仕事をさせようとしていると考えるのはいくらなんでも邪推だろうか?









後書き


書き終えて思った



なにを同性愛についてこんなに語ってるんだ?

みりんの量が多すぎたか。そろそろ醤油を足すか。


ちなみに砂糖は前に20と書いてますが大学三年なんでもうすぐ21です。

落ちつきのない大学三年だな砂糖








最後に、



BLにはなりませんよ。少なくともサトーは





[21417] せめて勇者として召喚してほしかった8
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/30 22:47




ギルドの雑用と言っても完璧に文字が読めない以上は書類整理など出来るはずもないので普段は酒場関係の手伝いを多くやっている。

この日もミコさんから笑顔と共に頼まれたおつかいを済ませギルドに戻ってみると入り口の扉の前で何やら男の人がかがんでいる。

体調でも悪いのかと声をかけようと思ったがどうやらギルドの中を覗いているようだ。

…何やってんだあの人?

ギルドは別に冒険者しか入れないわけではない。依頼に来る人もいるし酒場として経営しているため食事や飲みに来る人や女将のミコさんに会いに来る人も多いくらいだ。

この前ミコさんを人妻だと知りながら堂々と求婚した若い冒険者が現れたのは流石に驚いたが。

因みにソイツはミコさんファンの他の冒険者にボコボコにされた揚句バルサさんから強烈なジャーマンスープレックスを喰らって泡を吹いて倒れた。

シオ曰くアレは全治三カ月はかかるらしい。



合掌。



またミコさんファンの奴かな? にしては見かけない顔だけど。

ここで働き始めてからまだ一か月もたってないが大体の常連の顔は覚えた。

客側も俺の黒髪黒目が珍しいのかよく話しかけてくるので随分馴染んだほうだと思う。

もう一度男を観察する。

修道服のような格好の20代後半か30代前半の少し精悍な顔つきをした男だ。

髪は明るい金髪で太陽の光のおかげかより輝いて見える。

うん、やっぱ見たことない。あんな金髪だったらすぐ分かるし。

と言うか扉越しにハアハア息が荒くなっているような奴は俺の知り合いにはいて欲しくない。

裏から入るかこのまま無視して入るか悩んでるとその男の独り言が聞こえてきた。

「むっはあ! なんという愛らしさ! なんという美しさ!

あのような存在がこの世にあってよいのだろうか? いや良くはない!(反語) 

ああ出来る事ならば誰の手にも触れぬよう敷居を作ってその周りを我が同志達と共に歌い踊り奉りたい!

しかし、それが出来ぬゆえこのように遠くから眺めるしかないこの狂おしさ! おお神よ! これも貴方が私に与えた試練なのでしょうか?」

よし、裏口に行こう。

踵を返してその場から去ろうとしたが男の独白は続く。

「ああ、ああ! あのように家の手伝いとしてお盆を持ち、落ちないようにバランスを保ちながらその小さな胸を張って危なげに歩く姿は正に可憐な花を咲かせる蕾!

スー・アチェート! その仕草一つ一つが旅に疲れしこの身を癒す万能薬よ!」

「死ねや変態」

何故か裏口に向かったはずなのに俺の身体は変態の横に移動していた。

腹筋から上を左に捻って、その後に膝をまっすぐ上げて軸足の回しと腰を入れ振り抜く。

軸足を強く強く踏みしめ対象となる屈んだ変態の後頭部へとミドルキックをかます。

我ながらかなりの力を込めて振り抜いた蹴りは変態の頭を扉へとぶつける事に成功した。












せめて勇者として召喚してほしかった8














……あ、やべ。つい条件反射で。

やってしまった事にさあっと血の気が引くのを感じたが後頭部と額を打ったはずの変態はなんの問題もなくこちらを振り返る。

その顔には痛みなどまるで感じられない。

整ってはいるが何処か無機質な顔は先ほどハアハア言っていた変態とは別人のようだ。

「ふむ、随分と変わった挨拶だが君は誰だ?」

立ち上がった変態は俺よりも背が高いが身体つきはバルサさん程ではなかった。

だがさっきのやりとりでこの変態も一般人ではないことくらいは分かる。

……変態な一般人というのがいるかは知らないけど。

「む? 聞こえなかったか? 君は誰だと聞いているのだ? 人に名を聞かれて黙っていると言うのは失礼ではないか?」

少し上から目線的な言い方が何処かの誰かに被ってカチンとする。

「……それを言うなら自分の名も言わずに名を聞くアンタの方が失礼じゃねえか?」

「む? …ふむ、確かにそうだな。これは失礼した。私の名はセウユ。セウユ・キッコーマ。ここのギルドの冒険者だ。では君の名前は?」

「…佐藤秀一だ。ここのギルドで下働きをしている」

「ふむ、サトーか。悪くない名だ。親からもらった名は大切にするがいいぞ」

サトーは名字だ。別にいいけど。

変態、もといセウユはどうも尊大な態度だが俺の事を馬鹿にしているとかではなくてどうも素のようだ。

「で、何故にあんな変わった挨拶をしてきたのだ?」

心底不思議そうな顔で聞かれるが俺としても返答に困る。

アレはついやってしまったことで本来は謝らなければならないのに当の本人がまるで気にしてないとどうしていいか分からない。

と言うかさっきと態度が違いすぎて何かの間違いだったかと思えてきた。

「ええと、済まん、さっきのは挨拶ではなくて、その、スーちゃんを見て変な事言ってたから危ない奴がスーちゃんを狙ってるかと思って」

「何? スー・アチェートが危ないだと!? それはいかん! 一体どいつだ、その幼女を狙う不届き者は!?」

きょろきょろとあたりを見渡し怪しい人物を探そうとしている怪しい人物が今俺の眼の前にいる。

「アンタだアンタ」

「何? 何故私が! 私はただスー・アチェートを眺めて興奮して妄想していただけだ!」

「やっぱりアンタ変態だろ!」

「変態? 何を言っている、私は変態などではない。よしんば変態だったとしてもそれは変態と言う名のロリコンだ」

「結局変態じゃねえか!」

よかった、間違ってなかった。ここ最近疲れてたから一瞬俺の方を疑っちまったよ。

「ふむ、どうやら君は私がスー・アチェートを見て興奮していたため何か勘違いをしたのだな?」

勘違いじゃない気がするが頷いておく。

「スー・アチェートが中にいる時に私がギルドに入るとバルサ殿が怒髪天を衝かんばかりに攻撃してくるのでな。

以前コップを渡す仕草があまりに可愛らしかったのでそのまま抱きしめたかららしいのだがそこまで怒らんでもよいとは思わんか?

私が本気になればバルサ殿にも引けはとらぬがそうなるとお互い無事では済むまい。

スー・アチェートは父であるバルサ殿が怪我をすると本当に悲しそうな顔をする。もしそうなれば私のこの薄氷よりももろい心は粉々に砕けてしまうだろう。

故にこうしてクエストから帰ってきてもスー・アチェートを外から眺めるに留めているのだ。理解されたかな?」

往来の中であれだけ危ない事言ってる人の何処が薄氷の心だとか手前スーちゃんに抱きついたのか殺すとか言いたい事は色々あるけど

「あんたさっきここの冒険者って言ってたよな?」

取りあえず一番聞きたい事を聞いておく。

「うむ。一応Sランクに所属している」

「…元聖騎士団?」

「む? 私の事を知っていたのか?」

何やら意外そうな顔をされるが

「一応ここで働いてるから噂は聞いていた」

何でもSランクには元は敬虔なイジャ教の信者だったが破門され今は冒険者として働いている変わり者がいるのだと。

長期クエストばかり受けているため中々戻ってこないと聞いていたから今まで会った事はなかった。

話だけでは複雑な事情があるのかなと思っていたし破門神父ってちょっと影ある感じするから見てみたいとか思っていたけど。

「うむ、相違ない。私の幼女への愛を司祭様達は認めては下さらんかったのでな。

幼女への愛かイジャ教の教えを守るかとなり結果として破門されたのだ」

……幼女への愛を取ったのか。それまでの立場を捨ててまで。





コイツ本物だ。

本物のロリコンだ!

俺の身の回りにはズレた恋愛観を持つ奴しかいないのか!?






少しその事実にぞっとしていると店の中からドテッと何かが倒れたような音がした。

なんだ?と中を見るとスーちゃんが腕を前に投げ出す形でうつ伏せに転んでいた。

「「ああ! スーちゃん(アチェート)!!」」

吃驚して扉に近づいたが変態も同じように動いたせいで扉につっかえた。

邪魔だアンタ、君のほうこそ退きたまえ と言い合っているうちに転んだスーちゃんはのろのろと身体を起こした。

どうも持っていたお盆の上に乗っていた木皿が多すぎてバランスを保っていたせいで足元が見えていなかったようで周りにはお皿が散乱していた。

ちょっとぶつけたらしく鼻を赤くしていて少しだけ泣きそうになっていた。

ハラハラと見守る俺と変態。

だがぐっと我慢するような表情になってぐしぐしと袖で目をこすり、回りの客達にぺこりと【おさわがせしてすみませんでした】というようにお辞儀をしてお皿を集め出した。

その姿が可愛らしくて回りで心配そうに見ていた客達も皿を一緒に集めてくれている。

ちょっとキョトンとなったスーちゃんだが「はい」とお皿を渡されると「ん!」とお礼を言いカウンターで微笑んではいるが少し心配そうにしていたミコさんの許へと歩いて行った。

その後ろ姿を店内のほぼ全員が優しげに見守っている。

…ああ、癒されるなぁ

お皿を置いて「ん」と【転んじゃったけど泣かなかったよ】というようにちょっとだけ自慢げなニュアンスの声に母親らしく微笑みながらミコさんは頭を撫でていた。

そんなスーちゃんの心温まる光景を見てなごんでいた俺だったが何やらすぐ傍から視線を感じた。






あん? なんでセウユは俺の顔をじーっと眺めているんだ?






何かわかったのか鷹揚に頷くとそのよく通る低い声を出した。

「ふむ。どうやら君からは私と同じ匂いを感じるな」

「なんだよ匂いって」

それじゃ俺がまるでロリコンみたいじゃないか、まったく失礼な奴だな。

「よかろう、君も我がイザードロリコン同盟に入会するがいい。今なら我が精鋭達が独自に調べたおすすめロリスポットを教えてしんぜよう」

「勝手に決めんな。誰が入るか」

なんだイザードロリコン同盟って。なんだおすすめロリスポットって。

「同志サトーよ。君にも我がイザードロリコン同盟初代会長の有りがたき言葉の一つを教えてしんぜよう。




ロリ経典第2章1節




『吾輩はロリコンである。前科はまだない。

どこで道を踏み外したかとんと見富がつかぬ。

ただ薄暗い路地裏でハアハア幼女を見て興奮していた事だけは記憶して居る。

吾輩はそこで初めて幼女というものを見た。

しかもあとで聞くとそれはツンデレという幼女中で一番萌える種族であったそうだ』





どうだ、一見タダの変態だがその奥に隠された幼女への愛に打ち震えそうになるだろう?」

「何処がだ! ってか誰が同志だ!」

あとその初代会長は絶対俺の世界出身の転生者か何かだ。

俺以外にもそういう人がいたのかという驚きよりも何やってんだ、という突っ込みの方が大きかった。

日本の誇る文学作品になんて事を。

「ふむ。確かに急に入れと言われてもしり込みする気持ちは分かる。新しい事を始める時は誰でも緊張するものだ。

だがしかし! それを乗り越えた時君にも見えるはずだ。我々と同じロリコンの領域が! 

その平たくも柔らかい幼児体型に抱きつかれたいと!  その舌っ足らずな喋り方で『お兄ちゃん大好き』と言って欲しいと!」

もうやだコイツ。

「さあ恥ずかしがる事はない。同志サトーよ。君の理想の女性像を上げてみるがいい。因みに私は聖騎士団だった頃出会った吸血鬼の幼女だ。

永遠のロリなどこの世にいないと思われていたが実際にいたのだ! 

出会った時には尊大に構えていた幼女が何故かそのうちに涙目になり最終的には拠点の城を捨てて逃げていったがあれほど素晴らしい幼女はおるまい。

それ以来何度も探しては逃げられているがその度に『来ないでよ変態』や『いい加減に死んで』と言われるのは快感を覚える」

「明らかにその吸血鬼の子アンタのこと嫌ってんじゃん!」

「ふ、まだまだ甘いな同志サトー。あんな事を言って置いて実はさびしがり屋な幼女は私が来る事を心待ちにしているに違いない。

無論、まだまともに会話も出来ていないし一撃で致命傷を負いかねない攻撃を放ってくるがそろそろデレて『何でもっと早く来ないのよ変態!……ちょっとさびしかったじゃない』と言いだす頃ではないかと私は睨んでいる。

……ふおおお! 想像するだけで興奮が止まらん! 同志サトーもそう思うだろう!」

「思わん! あと俺の好みは俺とそう歳の変わらないくらいの胸がそこそこ大きくてすらりとした体型の性格の良いロングヘアーな子だ!」



あとで考えれば人目のある中で俺も何やってんだと殺したくなるがその時の俺は大まじめだった。

そして俺以上にショックを受けていたのが変態でロリコンな性職者だった。




「な、何…だと、ロリと言う天上の存在の魅力を理解していながらまだそんな事を言っているのか?

君は自分が何を言っているのか分かっているのか!? それでは真のロリコンとは言えんのだぞ!!」

いいよ言えなくて! あと低くて通る声で言ってるせいかちょっとカッコよく聞こえるのがむかつく。

「考え直せ同志サトー。我々が幼女を求めるように幼女も我々を求めているのだ。君がロリコンになれば一人の幼女が救われるかもしれんのだぞ!」

「ないないない。そんな幼女は居ない。あんたらの仲間になる気もない」

セウユはよほどショックだったのかガクリと膝をつき空を仰いで嘆いている。

「なんと言うことだ……。前途ある若者がその殻を破ることが出来ずにその才能を開花させることなく終わるなどとはあまりにも無情!

このような事が許されていいはずがない!

……そうか。これもまた神が私に与えた試練なのですね。この若者を無事立派なロリコンの道へと導けと言う私に与えられた宿命なのですね!

分かりました神よ! どうかご安心下さい。忠実なるあなたの下僕がその役目、しかと果たして御覧に入れましょう!」

あ、なんかここ最近身についてきた嫌な予感がひしひしと。

「よし、決まりだ。 同志サトーよ! ロリコン同盟副会長セウユ・キッコーマの名に駆けて君を何処に出しても恥ずかしくない立派なロリコンにして見せよう!」

止めて!止めて! 変な方向に自己完結しないで! ここで俺の名前とロリコンと言う言葉を同時に叫ばないで!

「同志サトー安心するがよい!  今日はこのまま去るが次に会う時は君にさらなるロリの魅力を教えよう。楽しみにしているがよい!」

ではサラバだフハハハハ、と砂煙を上げるほどに真っすぐ走っていったセウユだったが途中で「む、幼女の香り!」と人体ではありえない曲がり方をして右に走っていった。

……確かあっちの方向にはよく近所の子供達が遊び場にしている空き地があったな。

街の自警団にでも通報するか。 あ、駄目だ、あの変態Sランクだからまず勝てねえや。

とりあえずバルサさんにSランクのセウユが帰ってきてる事を報告しておくか。



ヒソヒソ ヒソヒソ 



「あん?」

変態が去った方向を見てぼうっとしていると何やら遠巻きに注目されてる気がする。







―キャ、こっち見たわ―


―やあねぇこんな真昼間から気持ち悪いこと言い合ってたみたいだし―


―ママ、ロリコンって何? あの人ロリコンなの?―


―駄目よ見ちゃいけません! 速く家の中に入りなさい―












「―――………」

…ああ、結局こうなるのね。

泣いてないよ。何となく関わった瞬間からどうせ不幸な目に合うんだろうなとは思ってたから。

これ? 汗だよ汗。いやあこっちに来てから俺汗っかきになっちゃったみたいだからね。

とにかく噂が広まらないうちに何とか誤解を解こう。







この日からある意味ではシオ以上に関わって来る変態の所為で誤解とその対処の日々が続くこととなった。





後書き




醤油登場。

さ、し、す、せ、は出ましたが『そ』はしばらく出ないでしょう。






所で皆さん、ロリってどう思いますか?

私は別にどうでもいいんですけどね。

スーさえいればどうでも




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった9
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/02/18 23:23

元の世界と違いこちらでは就寝時間は基本早い。

生活サイクルが日の出と共に動くのが当たり前の人などざらに居る。

いつもなら早朝から働く俺達ももう寝ている時間だったが、この日は俺が召喚された地下室の部屋に居た。

「シオ、これ何処に置きゃいい?」

「あー、そこの魔法陣の真ん中に置いておいて」

「オッケー」

「それが終わったら奥の棚から三番目の所の青い瓶を全部机の上に持ってきて」

「へいへい」

「あとは回りのいらない物を隅に片付けておいてくれると助かる」

「あいよ。ところでシオ」

「何だいサトー?」

「俺達今何やってるんだ?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

帰ってきて早々「準備するから手伝って」としか言われてねえよ。

流れで手伝ってた俺も俺だが。

「僕達が協力してやる事と言えばすぐ分かりそうなものなんだけどねぇ」

「なるほど。喧嘩か」

「それは協力するものじゃない」

「こっちに来てからはしてないけどナンパか?」

「君はどうか知らないけれど僕はした事はない」

「…他に何かあったか?」

「サトー、それ本気で言ってる?」

憐れんだような可哀そうな物を見るような目で俺を見るシオ。




「勇者の召喚の触媒集めだよ」











せめて勇者として召喚してほしかった9
















「おお! それがあったな」

いけないいけない。最近こっちに馴染みすぎてうっかり何のために働いてんのか忘れてた。

「君にとって死活問題だよねソレ?」

しょうがねえじゃん。周りのキャラが濃すぎるからその対応で身が持たねえんだよ。

主にシオとかミリンとかセウユとか。

「んじゃこれが今回お前が手に入れた触媒の一つなのか?」

先ほど魔法陣の中央に置いた赤い鉱物のような石を指差す。

「そう、『ジンの石』と呼ばれる貴重な石だよ。この石には僕が使う魔力とは違う特殊な魔力が秘められていて、それを勇者の召喚時に使用するんだ」

返事をしながらもシオは何か良く分からない準備をしていて一向に手を休める気配がない。



ここの地下室はシオの魔法の研究室みたいな場所だ。

魔法使いと言われて想像できるようなでかい釜のような鍋に長い杖、薬品などが並び、幸福草の秘薬も含め既に手に入れた勇者召喚の触媒の幾つかもここに置いてある。

基本、俺がここ入る事をシオは許さない。

以前ちょっとした好奇心から覗こうとした時は内側から強い力と共に吹き飛ばされた。

吹っ飛んだ事よりもその後に襲ってきた酔いで吐きそうになったことの方が驚いた。

しかも普段は馬鹿にするシオが心配そうに気は確かか? 魔力にやられて狂ってないか? と聞いてきたときから俺はこの部屋に関わる事を止めている。

魔力を持たない俺ではそういうものの抵抗力もほとんどないだろうから余計にだ。

そんな俺をわざわざ呼んでまで行う儀式と言うものに不安を感じ得ない。



「よし出来た。それじゃいいかいサトー?」

「よくない。触媒ってさっき俺が置いたあの石なんだろ?」

「そうだよ」

「触媒あんのに何やるんだ?」

もう勇者の召喚か?

「違うよ。さっきも言ったけどこの石に宿る特殊な魔力が召喚には必要なんだ。だけどこの手の石には精霊が宿っていてその魔力は其の者達が支配していてね。

だから交渉してその力を使わせてもらうんだけど精霊達もタダではまず確実に使わせてくれない。大抵は何らかの条件を出してくるのさ」

「条件?」

「そう。精霊によって内容は変わるらしいけど、前回の精霊は『僕の魔法を見せろ』と言うものだったよ」

「なるほど。だがそれで俺がいる必要あるのか? 俺に特に何か出来るとも思えないんだが」

「まあ念のため」

念のため?

「……一応聞くが身体の一部を差し出せとか言われたら俺の身体差し出す訳じゃないよな?」

「アハハやだなあ。いくら僕でもそこまではしないよ」

……怪しい。

安心させるためなのか笑ってるところが特に。

「さあ夜も遅いしさっさとやってしまおう!」

何かやましい所があるように強引に話を切られた感じがするがまあいい。

いざとなったらコイツを俺より先に差し出そう。

悪く思うなよシオ。

俺は明日スーちゃんの学校の宿題である絵の手伝いをする約束があるんだ。

だからまだ死ぬわけにはいかないんだ。



魔法陣の前に立って良く分からない呪文をブツブツ言いだしたシオの隣に立つ。

隣に立っているというのにシオが話している言葉が良く理解出来ない。

魔法独特の詠唱は俺にかけられている簡単な意思疎通の魔法では翻訳出来ないらしい。

「エボイ イエンフィ エヴィッレ ヒェンジャ  『オレド』」

最後に力強く唱え杖がトンと床に当たると同時、魔法陣に備えたジンの石が輝きを増し、部屋全体を照らすほどに光を生み出す。

目も開けるのが辛いなか、やがて石からゆらり、と煙のようなものが吹き出してくる。

吹き出す煙のようなものは光で眩しいにも関わらず何故かはっきりと見え、やがて人のような形を為していく。

パアン、とはじける音と同時に光も弱まった後には薄く透けてはいるが老人のような何かが石の上に浮いていた。



≪なんじゃ。儂を呼びだしたのはヒトの、しかもまだ若造かい≫



耳にではなく頭に直接響く声にビビる俺だったがシオは平然と呼びだした何かに語りかける。

この辺は流石魔法使いだなあと素直に感心出来る所である。

「魔石の中に眠る太古の存在よ。卑しくも僅かな時を生きる我らよりお願いがございます」

≪ああよいよい。堅っ苦しいのは好かん。さっさと要件を述べんか≫

手をひらひらさせながら随分と飄々とした口調で話されてシオも少し面喰ったようだがすぐに調子を取り戻す。

「では率直に申し上げます。貴方が支配するその魔力。それらを大義のため貸していただけないでしょうか?」

≪嫌じゃ≫

即答だった。”しょうか”の辺りでもう即答だった。

「要件述べろっつったのアンタじゃん!」

口出しするつもりはなかったのだがつい突っ込んでしまった。

≪はあん? 述べよとはいったが聞くとはいっとらんじゃろう?≫

ふよふよと浮いたまま顎を撫でながら老精はこっちを見据える。

ぐうう、こっちが頼む側だからしょうがないけどこういう態度取られんのは胸糞悪い。

≪しかしまあ儂を呼びだせるようなヒトなど久しいしのう。条件次第では考えてやらんでもない≫

お、シオの言ったように条件出してきやがった。

シオも分かってるのか俺に目配せをしながらも老精に先を促した。

「それは一体どのような条件でしょうか?」

≪なに、大したことではないわい。儂の出す謎かけに全て答えられたら考えてやろう。賢くないもんに力など渡しとうないしの≫

「謎かけ…ですか?」

≪そうじゃ。全部で百の謎を出す。そのうち一つでも間違えればそれで終わりじゃ≫

謎かけってクイズのことか? だったら俺でも手伝えるかな?

正直どんな無理難題を言われるかと思ったけどちょっとほっとする。

(おい良かったな。問題に答えれば魔力使わしてくれるってよ)

(何を言っているんだいサトー。精霊の謎かけなんてどんなものがでるか分からないんだよ?)

シオに小さく話しかけるがそれに対してやはり小さく注意された。

まあ言われてみれば精霊の知識と俺らの知識が同じとは限らないしな。

≪安心せい。ちゃんとヒトでも解けるようなものでやってやるわい≫

しかしバッチリ聞こえていたようで俺もシオも少々気まずさに身を正す。




≪では行くぞ。問い一 この世を作った二柱の名は?≫

「は?」

「そんな簡単なのでいいのですか?光の神イジャリカフと闇の神イルマーヤです」

「へ?」

≪うむ。一問目とは言えちと簡単すぎたか?≫

「え? 何? 問題ってそういうの?」

「? 何だい、何か変かな?」

≪何じゃ? 黒の小僧≫

「いや変っていうか、普通こういうのってこう、何て言うかもっと概念的というか答えがはっきりしないような本人の人間性がうかがえるもんじゃないのか?

『何のために戦う?』とか『力が欲しいか?』とか『あなたが落としたのは金の斧? 銀の斧?』とか『満足する死とは何か?』とか」

≪「何を言ってるんだい(じゃ)? そんな童話のようなこと聞いてどうするんだい(じゃ)」≫

……童話の住人のような奴らに呆れられてしまった。

えーなんだよー、せっかく協力出来るかと思ったけどそういう知識問題じゃこの世界の知識に疎い俺じゃほぼ望み無いじゃん。



≪ふむ、そっちの小僧はほっといて次に行くぞい。今度は先ほど簡単ではないぞ≫

「難しく、ですか?」

≪当たり前じゃ。こんな暇つぶし…んん、試練をそう簡単に終えらせるわけないじゃろう。では第二問≫

なんかちょっと不穏な発言があった気がするけど取りあえず無視して一応聞く事にする。

もしかしたら分かるかもしんないし

≪237435かける947476は?≫

分かるかあああああ!

異世界なのに四則演算云々突っ込む以前の問題だわ!

「224963964060ですね」

≪正解じゃ≫

「すげええええ! シオすげえええ!」

六桁の掛け算を暗算で解きやがった。

流石チートの銀髪ニコポ持ち。

頭脳もハンパ無かった!

「お前よく解けたな」

「あの程度の計算僕にとっては造作もないね」

…やべぇ、シオをカッコいいと思っちゃった。

チクショウ、そういう頭脳系って腕っ節(戦闘力)が駄目な主人公に与えられるスキルじゃないの?

天は二物を普通に与えるんだな。

≪ほっほっほ、なかなかやるのう。では第三問≫




その後、老精は次から次へと問題(実にテストを連想させる内容だった)を出してきたがシオはその全てを難なく答えていった。

その間俺も聞いてはいたし考えてもいたが結局一度も答える事は出来なかった。

問題の数も増し時計はないが随分時間が経過したな、と蝋燭が短くなっていることで再認する。

そして今九十九問目の答えをシオが解いた。




「ふう」

少しため息をついてシオは薄らと額ににじんだ汗を拭う。

「疲れたのか? 大丈夫か?」

老精の前ということもあり聞こえてるかもしれないが一応小声でシオに伺う。

「まあね。一問でも外しちゃいけないと思うとちょっとね。でも弱音も吐いていられないから仕方ないさ」

そう言って苦笑するシオだが確かに聞いてるだけの俺と違い解いているシオの精神の負荷は相当なものだろう。

とは言え俺では解けない以上出来る事と言えば見守るくらいしかないのか。

…うーん、何か釈然としない。

ここまでシオにやらせといて俺は何にもやってないと言うのは少しばかり罪悪感が。

≪では最後の問題じゃ≫

いよいよか。せめて最後の問題くらいは協力してあげたい。

べ、別にシオのためじゃないんだからな。勇者の召喚をみたいから協力するだけなんだからな。

…やめよう。脳内でやっただけで我ながらかなり気色悪い。

馬鹿な事考えて鬱になりかけた俺など気にせずに老精は最後の問題を出した。





≪第百問 お主らが次に答える言葉は『いいえ』か? 『はい』か『いいえ』で答えよ≫





は? 『はい』か『いいえ』?

なんか急に問題の傾向が変わったぞ?

さっきの問題なんか『高山草の中で秋の頃に花咲く、赤い実に毒のある多年草は何?』だったのに。

ええとちょっと待て。

『いいえ』かって聞いてんだからもしその通り『いいえ』なら『はい』と答えるけどそれじゃ矛盾する。

逆に『はい』と言う気なら『いいえ』と言う事になるけどそれだと『はい』が正しいからやっぱり矛盾する。

…あれ? これどっちでも矛盾するじゃん。

隣のシオを見てもやはり同じ結論になったのか今までと違い明らかに困惑した顔になっている。

というかこの問題やばい。

今までの問題は相談することも出来たけど(シオが一人で解いてたから一度もそんなことはしてないが)この問題は言う言葉が『はい』か『いいえ』で限定されている。

完全に自分一人で解かなきゃいけない問題だ。

けれど俺もシオもまるで思いつかない。

≪ほれほれどうしたのかの~? なんじゃ、分からんのかの~?≫

黙りこくった俺達を見ながら鼻をほじりつつ挑発する老精。殴りてえ。

今は老精の事は無視だ。とにかくこの問題の答えを考えないと。

考えろ考えろ考えろ考えろ―――……




分からん!



≪どうしたどうした~? あと5分まっても解けんようならお主らの負けでよいな~?≫

このジジイ! ”駄目”って言った瞬間にアウトな状況で確認なんかしてきやがってホントに性格が悪い!

シオもしかめっ面をしつつも黙って考え続けている。

そうだ、いら立ってる場合じゃない。あと5分しか時間が無くなっちまったんだ。

他の事考えてる暇あったら少しでも考えねえと。

考えろ考えろ考えろ考えろ―――……



ぐるぐるとその場を回るように考え続けるもまるで思いつかない。

恐らく時間は後2分もないだろう。

くっそう、それこそオリ主とかならこういう追い詰められたら何か思いつくもんだろうが俺には全く思いつかない。

ふとシオを見ると備えてある机で何やら紙に書いてる。

自分の考えでも書いて塾考しているんだろうか。

俺もやろうかと思ったけど俺はまだ簡単な単語くらいしか書けない。

いや、日本語で書けば別か。

……ん? 日本語? 







そうか! 








ポン、とシオの肩を叩いてこっちを向かせる。

何?という表情のシオに親指を立ててから老精に向き直る。

ちらりとシオの焦ったような顔が見えたけど心配すんな。答えはこれに違いない。



「『いいえ』」



≪…ほう、残念じゃがそれは≫

「いや待て待て。俺の話を聞いてくれって」

≪? ふむ、言ってみい≫

「俺はこの世界の人間じゃない。シオに呼び出された異世界人だ。

そして異世界から来た俺の使う言語は当然日本語というこの世界とは違う言語だ」

≪なるほど、それで?≫

「それでだな、本来なら日本語しか喋れない俺だがシオの召喚魔法には翻訳魔法も含まれているため俺はこっちの言語も喋れるわけだ。

つまり、俺は『いいえ』と日本語で答えたがこちらの世界での『いいえ』ではないから『いいえ』という意味であってるはずだ」

どうだ! 異世界人だからこそ出来る見事な答えだろう!

そう思って笑みを浮かべてると後ろからシオにどつかれた。

「痛ってえ、何すんだシオ!」

「それはこっちのセリフだ! なんて事を!」

「へ?」

「これの答えは紙に『はい』と書いて口で『いいえ』と答えながらその『はい』を指差すというものだよ!

昔ある人に教わったけど中々思い出せなくて今やっと思い出したから紙に書いてたとこだったのに!」

顔を赤く興奮させてバッと突きだされた紙にはようやく読めるようになった数少ない単語の一つである『はい』の文字が。

……え?

ギギギ、と無理やり顔を戻すとニヤニヤと笑いながらふよふよ浮いている老精の姿が。

≪ほっほっほ、そっちの銀の魔法使いの答えが本来の正解じゃ≫

………ぎゃああああああああああ! やっちまったあああああああああ!

「す、すまんシオ。間違えちまった」

完全に先走ってしまった結果がこれかよ。ようやく役に立てると思ったのに。

切れて魔法でぶっ飛ばさせることも覚悟していたが予想に反して何も起こらない。

ただハア、とため息が漏れる音が聞こえた。

「もういいよ。サトーも悪気があって間違えた訳じゃないみたいだし」

「へ? いいのか」

「いいも何も今さらどうしようもないだろう。だったら怒っても無駄でしょうが。

それに百問の間ずっと考えてくれてたみたいだから協力しようとしてくれたのを攻めるのもなんだかね」

そう言って肩をすくめて再びため息をつくシオ

い、意外だ。シオの事だから魔法の一つや二つは使ってくるかと思ったのに。

ドSだし。

ドSIOだし。

「何か急に許す気がなくなってきた」

「いやいやいや俺は何も考えてませんよ」

首をぶんぶん振るもテンションは下がったままである。

シオはああは言ったが俺の所為でシオの努力が無駄になってしまったのだ。

こればかりは許してくれたとてそれに甘えていい物でもないだろう。

せめてもう一度チャンスを、と老精に日本古来の土下座をしようと思った時

≪おいおい待たんか。誰も今のが不正解とは言うとらんぞい≫

「「え?」」

老精の方から声がかかり俺もシオも顔を上げる。

≪そう言う解釈で答えてくるとは思わんかった。中々面白い答えを聞けたし一応本来の答えも分かっとったみたいだしの≫

「そ、それじゃあ」

≪いいぞい。正解としよう≫

「……っしゃあシオ!やったな! 良かったな!」

「一時はどうなるかと思ったけどね」

さっきまでの通夜みたいな雰囲気から一転。

ハイタッチを交わして喜びをかみしめる。

幸福草に続いてこれで俺が勇者の召喚の素材を集められたのは二個目だ。

何よりもシオの努力が無駄にならずに済んだのだ。

あれだけ頑張っていたのだから上手くいってくれて本当に良かった。

「これで全問正解だよな。ってことは魔力を使わせてくれるんだな?」

嬉しさのあまりニヤける頬を抑えて老精に確認を取る。










≪はん? 嫌じゃ≫










「「おい」」

思わずシオと声がダブる。

「…謎かけに正解すれば使わせてくれるのでは?」

いつもより1オクターブほど低くなったシオの声が地下室に浸透する。

≪そうは言っとらんわい。考えてもいいと言っただけじゃ。大体ヒトなんぞに力を渡すなど勿体ないわ。まあいい暇つぶしにはなったわい≫

またもや鼻くそをほじるようなしぐさをしてゲラゲラと老精は嗤う。

あ、分かった。コイツ最初っから俺らに魔力渡す気なんかなかったんだ。

にも関わらず俺らはコイツの暇つぶしのために徹夜して謎かけに付き合ってたのか。

必死に考えて。

頭絞って。

一度はだめだと思わせてそこから上げてまた落とすのか。

俺は最後だけだけどほぼ全部を一個も外せない、というプレッシャーを背負ってたシオはどう思ってるんだ?

ちらりと横目でシオを見る。

おーおー怒ってる怒ってる。

目が座ってるわ。

正直めっちゃ怖い。美形が切れるとこんな鋭い雰囲気になんのね。

シオがこっちに目配せして来る。

何を言いたいかは言わなくても分かったので無言で頷く俺。

それを確認してシオはおもむろに手を石に伸ばした。

≪ほれ。さっさと儂を元に『ネァーカ』ブフォオオ!?≫

シオの放つ火球が本体であるジンの石を吹き飛ばす。

そうだよなー。こんな石っころに何を俺達は遠慮なんかしてたんだろうなー。

「シオ。俺にあの強化魔法かけろ」

「分かった。『クォーク』」

俺の要望にシオはあっさりと魔法をかけてくれた。

反動? もうどうでもいいよ。

力がみなぎったのを確認して転がったジンの石を拾う。

≪き、貴様ら。一体なにを…≫

シオの魔法で吹き飛ばされたからか、もう老精の姿は見えていないが相変わらず声だけは聞こえる。

だがそんなのに取り合う気はもう無い。

「しゃあ!いくぞシオ! 第一球投げましたぁ!」

石をシオの方向に投げ飛ばす俺。

≪ふおおおお!?≫

「『イサラ!』」

≪ぬわーーーー!?≫

シオにぶつかるまえに届いたのは強力な魔法だった。

見えない何かで高速で撃ち返された石は地下天井にぶつかって再び俺の眼の前へ。

「これで終わりにするか?」

「まさか。向こうから魔力を使わせて下さいと言うまで何度でもやろう」

「OK。さすがドSIO」

「取りあえずここは狭いから外でやろう」

「あいよ。俺が空中に投げるからシオは落ちてくるまで何発も喰らわせてやれ」

「分かった」

その時の俺らの顔はかなりヤバい顔をしていたと思う。

何やらギャアギャアうるさい石ころを鷲掴みにして俺とシオは階段を上っていった。







結局、喧嘩ばかりの俺達が協力してやった事は物言う石に対してのリンチであった。

老精がごめんなさい儂はしがない駄目駄目な老精です調子に乗って済みませんでした許して下さい魔力なら差し上げますからと言いだすまで、あと1時間。









あとがき



更新がものすごい遅れて申し訳ありませんでした!

ネタが上手くまとまらず随分時間が立ってしまいました。

久しぶりなのでなんか上手くいってない気がするんですがこれ以上間空けるとホントに書かなくなりそうなので投稿します。

しばらくは時間が取れそうなので少なくとも数話は更新したいと思います。

では



[21417] せめて勇者として召喚してほしかった10
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/02/21 12:42





休日だ!

ただの休日ではない。なんと給料もらって初めての休日である!

最初だから、と色をつけてくれたバルサさん達には感謝せねばなるまい。


もらったその日。シオに住まわせてもらっている以上は家賃や生活費を渡そうと思ったがシオはそれを頑なに固辞した。

君は僕が何らかの原因で召喚してしまったのだから例え君が勇者じゃなかろうとその世話くらいはタダで構わない、だそうだ。

妙な所で律義な男だった。

とは言え、こちらとしても引け目があるのでもう一度渡そうとしたが、シオが一カ月に稼ぐクエスト報酬額を聞いて膝をついたのは仕方ないと思う。

そんな事があって給料はそのまま全て俺の懐に収まる形となった。

ので今日は仕事ばかりであまりしていなかった街の散策でもしようとこうしてぶらついていると言うわけである。

因みにシオは自宅で魔法のなんかの研究。

スーちゃんは残念ながら他の友達と遊びに行ったらしくいなかった。

ミリンはクエストに行ってまだ帰ってこない。

そんなわけで特に当てもなくだんだんと見慣れてきた町並みを眺めながらのらりくらりと歩いていると




「こら! いい加減に大人しくしろ!」

「近隣の住民から変質者が出て困っていると連絡があったんだ!」

「む? だから私もその変質者を探すのを協力しようと言っているではないか。変質者などが居れば幼女がおちおち外で遊ぶことも出来ん」

「だから貴様が捕まれば済む話だと言っとるだろ!」

「く、コイツ! どうなっているんだ、全く動かん!」

「と言うか攻撃しても全く効いてる気配がないぞ?」

「待ちたまえ。君達は何か誤解をしてはいないか?」

「「「だまれ変態!」」」



金髪の精悍な顔で神父服を着た男が自警団の人達に囲まれているという見慣れたくない光景が視界に飛び込んできた。

直ぐにその光景を脳内ハードディスクから消し去り散策に戻るとする。

今日は休日なのだ。

突っ込みも変態の相手もしたくないのだ。

「む? そこに居るのは同志サトーではないか? おーい同志サトー、済まないがこの者達の誤解を解いてはくれんか?」

空耳が聞こえたな、今日はのんびり過ごすはずだから変態が俺を呼ぶはずがないもんな

すたすたと後ろから聞こえる良く通る声を無視して足を進める。

「如何したのだ同志サトー? 

何故反応しない同志サトー? 

まさか私の声が聞こえていないのか同志サトー!

君を立派なロリコンにすると誓った私の声が分からないのか同志サトー! 

そんなことで立派なロリコンになれると思っているのか同志サトー!?

同志サトー!? ドゥオウシスゥワトゥオオオオ!?」

「や め ろ!」

往来で同志サトーとか連呼すんなと言ったろうが!

…ああ、反応しちまった。

グッバイ 俺の休日……













せめて勇者として召喚してほしかった10














「いやあ全く済まなかったな。公園で遊ぶ子供達を見て微笑んでいたのだが何故かあの者達が私を取り囲んでな。同志サトーが来なければどうなっていた事か」

子供をじっと見て笑っている見知らぬ大人がいればそれは誰でも警戒するわ。

因みにどうなっていたかで危険なのはコイツではなく囲んでいた自警団の皆さんである。Sランクは伊達ではない。



関わりたくはなかったが取りあえず街の自警団の人達にコイツは変態だがギルドの冒険者だと説明して解放してもらった。

向こうもまさかこんな変態が最高位のSランクだとは思わなかったらしく吃驚というか幻滅していた。

まあそうだろう。Sランクと言うのは街一つ簡単に滅ぼしてしまうような魔獣やドラゴンなどを一人で相手にして勝ってしまうような存在らしい。

それがこんな変態とは思わなかった、先輩達が言っていた変態神父とはコイツの事か、と言われて見送られた。

その時に念のため、と俺の顔と名前をしっかりチェックしていたのは特に他意はないと信じたい。

去っていく時に何かに書きこんでいたのは全部セウユのことであってほしいと切に願う。



「所でセウユ、アンタ長期専用の冒険者って聞いてたけどこの前からずっと街に居んのか?」

「うむ。相違無い。長期のクエストはそれなりに費用も必要になる上に危険度も他とは比べるべくもないが、その分一度行けばしばらくは次へのクエストに向けて英気を養い準備に当てるために休息をとっている。

おお、そうだ! 同志サトー、この後に何か予定はあるか?」

「予定? いや、今日は休みをもらえたからゆっくり散策でも……おーっとシオにおつかい頼まれてたんだった。てことで俺はここで」

「まあ待ちたまえ」

黙っていればハードボイルドな頬笑みを見た瞬間逃げようとしたが、シオと違い運動神経も良いSランクから逃れる術は俺には無かった。

「離せ! なんだ!? 何処に連れていく気だ!?」

「いや何、同志サトーはまだロリコンと言うものの本質を理解しておらんようだから我らがイザートロリコン同盟クローブ支部へ案内しようと思ってな。

同志サトーも初代会長、通称『オリシュ』様のお言葉を知ればきっとその素晴らしさに心打たれるであろう」

オリシュ? …オリ主! やっぱ初代は絶対俺の世界出身じゃねえか!

そんな変態のことなんか知りたくも……まてよ?

「セウユ、そのオリシュの残した本とか日記とかってもしかしてあるか?」

「む? おお、写本でよいなら有るぞ。オリシュ様の遺言で本の開示はされているからな。

ただその本に書かれている文字はどうやら暗号のようになっていて未だかつて誰も読めんのだ。それでも良いなら構わんが」

…どうするか。たぶんその文字は日本語だろう。

別に帰る方法自体はもうシオが(触媒はないが)用意してくれているし探す必要はない。

けれど俺の先輩とも言える人がコッチの世界で何を学んだかは興味がある。

もしかしたら今後の俺の生活に役立つかもしれない。

「…いいぜ。その本を見せてくれるんならついていってもいい」

「おお! オリシュ様の事を知りたいとはいい心がけだな。では早速行くとしよう」

言うや否やスタスタ進むセウユに多少不安になりながらも遅れないようについていった。





クローブの街はシオ曰く辺境にあるがそれなりに大きい街だそうで魔物の襲撃に備えた防壁がぐるりと囲む形となっている。

その中で俺が知っているのはギルドのある中央部からシオの家から来る時に通る西地区のみだ。

セウユが案内してくれたのは東南部の住宅街だった。

所狭しと民家が並ぶなかセウユはさらに細い道を通って路地裏に入っていく。

路地裏というと少し暗いようなイメージがあるかもしれないが予想と違いその辺りは表通りほど整ってはいないものの不思議と怖い印象は抱かなかった。

きょろきょろと視線を移せば井戸端会議をしているおば様達やなんの遊びをしているか分からないがきゃっきゃっと跳ねまわっている子供達がいた。

なお、子供達は全員男の子だったのでセウユは見向きもしなかった。



「ついたぞ同志サトー。ここが我らロリコン同盟クローブ支部だ」

「同志言うな」

案内された場所は木造の一軒家だった。

両側の石造りの家の間にあったスペースに無理やり家を作ったらこんな感じになるといった印象。

はっきり言って小さい。シオの家は元貴族の屋敷らしいからでかいのは当然だがそれにしたってここは小さい。

下手したら俺の住んでたアパート一部屋分しかないんじゃないか?

支部という割にはあまりにも規模が小さすぎないかと首をひねっているとセウユは少し古い扉に一回強く叩いた後に続けて三回ノックをした。

数秒後、中から声がかかる。



「飴は?」

「(幼女の)ご褒美」

「鞭は?」

「(我々の)ご褒美」

「よし入れ」

「うむ」



「ちょっと待て」

空いた扉に進むセウユの肩をむんずとつかんで引きとめる。

「今のはなんだ?」

「む? おお、合言葉だ。我らの存在を妬む輩達にある支部が捕まって以来このように合言葉をおいているのだ。同志サトーも使うであろうからしっかり覚えておくようにな」

誰が使うか。妬むって誰が。あと同志言うな。

しょっぱなから入るのが嫌になったがオリシュの日記は気になる。

…仕方ない、我慢しよう。



扉の内側にいた顔に傷のある強面の男性(この人も言うに及ばずロリコンなんだよな)に会釈をしつつセウユを追うと何故か部屋の方ではなく床板を持ち上げている。

驚いたことに一軒家だと思った場所はただの入り口でしかなく隠し階段の下の地下が本拠地なのだそうだ。

数十段はあった階段を降りると予想以上の広さの廊下が長く続いていた。明かりは太陽苔を使っているらしく蝋燭の明かりよりもはっきりと先まで見える。

廊下の両側にはいくつもの扉が取付けられていてその間を埋めるように非常によく出来た人物画が描かれてあり、まるで高尚な博物館に来たような錯覚を覚えた。

ただ、描かれている人物画は全て幼女だった時点でそんな錯覚は消え去ったが。

これほどの規模となると作るのは相当大変だったはず。

「この地下はどう作ったんだ?」

「うむ。過去、オリシュ様が伝えた技術の一つと言われている」

ある意味予想通りの返答に思わず唸る。

やはりオリ主は俺と違いオリ主らしい力を持っていたようだ。うらやましい。

ただその方向性がロリコンのためというのはどうなんだろう。



「ではここで待っててくれたまえ。初代の写本を取って来るのでな」

そう言って待たされた部屋には椅子が数台あったので取りあえず座っておく。

部屋の造りも良く出来ており地下のため窓は無くその代わりに部屋の四方にまた別の扉がついている。

恐らく上から見れば真ん中に廊下の線がありその両側に升目状の部屋が多く広がってるんだろう。

そんな風に想像しながらもセウユがオリシュの写本を持ってくるのを待つ。

オリシュか…。オリシュというのが転生者なのか憑依なのかはたまたトリップなのかは分からないが日本人である事は間違いないだろう。

しかしそんな人物が如何してこんなロリコン同盟など作ったのかが不思議でしょうがない。

ここまで立派な地下室を造る技術があったんだ。それこそ大金持ちの商人になっててもおかしくないのに何故?

何かロリコンになってしまうきっかけでもあったんだろうか?

一人で悩んでいたがすぐに思考を放棄する。

今考えたところで情報が足りなすぎる。セウユが持ってくる本を読んでから考えるとしよう。

そう結論づけて一息つくと何やら話し声が耳に届く。

なんだ?と思って注意を払うとどうやら隣の部屋に誰かいるようだった。

ここにいる限りはやはりロリコンなのだろうが、そう言えばセウユにこのロリコン同盟が何をしているのかを全く聞いていなかったなと思い至る。

興味本位からそおっと部屋に近づいて少し扉を開けて中を覗きこんでみると



















「さて次の議題は『幼女と一緒に遊ぶためにはどうするか』です。皆さんどうぞ自由に意見を出して下さい」

「やはり一緒に遊ぼうと言うのが一番手っ取り早いのでは」

「以前それをやった時は何故か怯えられてしまったぞ?」

「あああの時か。なんで駄目だったんだろう? やはりいきなり話しかけたのがいけなかったのかな?」

「まあ涙目になった幼女もそれはそれで興奮したが」

「二日は眠れなかったな」

「馬鹿だな。俺達が幼女に自分から話しかけたら息が荒くなってまともに話しかけられんにきまっているだろう」

「その通りだ。そんなの興奮して自分を抑えられんに決まっている」

「確かに。そう言えばあの時はちょっと目が血走ってたかもしれん」

「そうか。つまりちゃんと遊ぼうという意図が伝わらなかったのか」

「そもそもこちらから話しかけるのが間違っている。諸君は見知らぬ男性に話しかけられて平然と遊べる幼女を放っておけるか?」

「そんな! もしその男が危険人物だったならどうする!?」

「そうだ。そのような幼女がいるとしたら我々がすぐに保護して危ない人が話しかけてもついていかないように教えて上げねばなるまい」

「うむ。それについては今度の議会で話し合おう」

「だがそれでは私達は永遠に幼女達と遊ぶことは出来ないのでは?」

「逆に考えるんだ。こちらから幼女に遊ぼうと言うのではなく幼女から遊ぼうと言ってもらえばよいのだ」

「「「それだ!」」」

「『おじちゃん一緒にあそぼ?』とボールを持ちながら話しかけてくる幼女…」

「『あそんでよぅお兄ちゃん』と少しさみしげに言い袖を引っ張る幼女…」

「『じいじ何して遊ぶ?』と首を傾げる幼女…」

「良い」

「実に良い」

「う、すまん。そこの布を取ってくれ。鼻血が」

「だが問題はどうやって幼女に話しかけてもらう?」

「すぐ傍で我々だけで遊ぶか?」

「俺達の遊びと言えばやはり幼女カードか」

「幼女ウォッチングは遊びに含まれるのか?」

「落ちつけ。幼女に喜んでもらわなければ意味はない」

「遊ぶ前にまずは幼女と仲良くなるところから始めよう」

「ならばお菓子でもあげるか」

「それは先ほどの議題に戻ってしまうぞ?」

「では地面に一つずつ列のように置いて遊び場へ誘導するか」

「お菓子に目がない幼女が一つ一つ拾っていくようにするのだな」

「そしてたどり着いた最終地点に我々がいるわけだな」

「来てくれたら全員満面の笑みでお出迎えするとしよう」

「そこで幼女達とのふれあいの場を作れば万事解決だ」

「ふれあいと言っても初対面の幼女には指一本手を触れるべきではないな」

「そうだな。その場ではただ楽しんでもらい仲良くなろう」

「より楽しんでもらえるようパーティの準備もしておこう」

「遊び道具も置いておこう」

「可愛い服も用意しておこう」

「猫耳尻尾肉球手袋も用意しよう」

「疲れたらいつでもお昼寝出来るようにベットも用意しておこう」

「すぐに眠れるように絵本も用意しよう」

「ならば私は安らかに眠れるように歌を歌おう」

「寝たらその寝顔を皆で眺めよう」

「記録に残すために絵にも描いておこう」

「しばらくして起きた寝ぼけ眼な幼女におはようカワイコちゃん、と言ってあげよう」

「帰るときには我々の名前と顔の絵が書いてある名簿を渡してあげよう」

「そうして顔を覚えてもらえたら次からは一緒に遊ぼう」

「残った使用済みベットは競りにかけよう」

「手に入れたら幼女のにほいクンカクンカしよう」

「間違っても欲望に任せてそのベットで寝るなよ。幼女のにほいが消えてしまう」

「バカ。んなこと言われなくても皆分かってるよ」

「ふむ。イイ感じでまとまってきたな。ではどんなお菓子を使うか?」

「どうせお菓子を使うなら砂糖菓子にしよう。幼女は甘いものが好きだ」

「僕も好きだ」

「むしろ甘い香りのする幼女が好きだ」

「というか幼女が好きだ」

「俺の方が好きだ」

「いや私の方が」

「こらこら。誰が一番幼女を愛しているかは今度のロリコンナンバーワン大会で決めなさい」

「俺としては手に粉などがついてしまうお菓子がいいと思われる」

「ほう、何故だ?」

「考えてもみろ。手に着いた粉を幼女はどうすると思う? それがベタベタするような粉でしかも甘い味がするとしたら」

「ま、まさか…」

「そう。…………指チュパだ」

「「「ふおおおお!!」」」

「君は天才か?」

「ふん、若造の癖にやるじゃないか」

「う、すまん。ちょっとトイレに」

























突っ込みが足りない!!

なに今の? 全員ボケ? ボケなの? 馬鹿なの? 死ぬの?

「待たせたな同志サトー。む? そっちの部屋は今会議中だから邪魔をしてはいかんぞ」

「いやなんだこれ!? 会議って幼女について話してるだけじゃん!」

「…ふむ。会議に興味があるのなら毎日やっているから今度参加してみるといい」

「こんな馬鹿馬鹿しい会議を毎日やってんのか!?」

変態のバイタリティに驚きを隠せなかった異世界人佐藤秀一である。

取りあえず中の奴らの分までセウユに突っ込みをしておいた。





突っ込みが一通り終わって息切れが収まった頃、

「さて、これが初代会長、オリシュ様の書いたと言われる日誌、の写本だ」

そう言って差し出された本は随分と分厚くかなりの重量があった。

表紙には写本故か少し崩れているがそれでもしっかりと日本語で文字が書かれている。

「ちょっと聞きたいんだけどオリシュの容姿はどんなんだったんだ?」

「む? 金髪に切れ長の紅い眼と青い眼の美形だったらしいぞ」

わぉ、オッドアイですか。これでトリップの可能性は消えたな。

「もしこれを読める者がいたらこの本を譲れというのが初代の遺言だったそうだ。

故にこうして読む事も出来ぬ写本を用意し、新たに入会するロリコンに読ませ確認を取っている。

さあ同志サトーも確かめてみるがいい」

何か今の言い方だと俺がまるで入会したような風に聞こえるんだが気の所為だよな?

視線で問うてみるがセウユは早く読んでみろと促すばかりだ。

まあ、当初の目的はこれを読む事だったから気にしないことにしよう。

出来ればさっさとここから立ち去りたいし、読めればこの本がもらえると言うならほぼ確実に俺はこれを読める。

ならじっくり読むのは後にしてまずは最初の方だけ読んでみよう。

そう結論づけて丁寧に作られた表紙をめくって日記の1ページ目に目を通す。












≪火の月 水の第3日



今日から日記をつけようと想う。念のため誰かに日記を見られてもいいように日本語で書く。

さて自分の日記にこんなこと書くのはおかしいかもしれないが忘れては困るので詳細に述べよう。

俺がこの世界に疑問を抱いたのは俺が俺が三つになった時だ。

事故で死んだ俺が神様を名乗る老人に転生させてやると言われてヒャッホウとなったのはいいが問題はこの世界は俺の全く知らない世界だったと言うことだった。

最初の頃は中世風だし魔法とかもあったからゼ○の使い魔とかドラ○エとかかと思ってたけどどうも違うっぽい。

もしかしたら俺の知らない作品なのかもしれないけど魔王もいないんじゃ無双もする意味がない。

けど別にそれはいい。元々俺はそんなことを望んでいた訳じゃない。

…いや、もしそうだったならやってたかもしんないけど今は置いておく。

それよりも俺にはやりたいことがある。元の世界ではついに敵わなかった俺の夢。

友人には馬鹿にされ姉には軽蔑され警察には手配された。だがこの世界なら、この世界ならきっと俺の夢を叶えることが出来る。

そのためにもこの日記に元の世界で俺が手に入れた知識を書き置きしておいて忘れないようにしておく。

全ては俺の夢のため。

そのために俺は人生全てを費やしてもいい。

もしかしたら俺の代では出来ないかもしれない。その次でも駄目かもしれない。

だが俺は諦めない。このチャンスを無駄にはしない。




ロリコンのロリコンによるロリコンのための国を作る。

世間で蔑まれるロリコンが大手を振って歩ける国を。

誰も己の性癖を隠さなくてよい国を。

住民はロリコン関係者と幼女しかいない国を。

そう

ロリコン王に 俺はなる!

取りあえず今日は隣の家のローリエちゃん(4歳)と遊ぶとしよう≫






こいつバッカじゃねえの!?

あまりの馬鹿さ加減に声すら出ず顔に本を埋める形になる。

何かきっかけとか有ったんじゃないかとか思ったりしていたんだが前世からじゃどうしようもない。

よりによって前にいた先輩がこんな奴だったなんて。

いや、でも確かに後の方には俺でも使えそうなことがたくさん書いてある。

このオリ主がどのくらいこの知識を使ったかは知らないけどこれをもらえれば少しはここでの生活も楽になるかもしれない。

先に生きた者の意見も気にはなるし。途中途中に入ってるロリコン云々を抜いても十分役に立ちそうな本だ。

「む、随分しっかりと眺めているな、まさか読めているのか同志サトー?」

長く見続けていたためかセウユが少し驚いたように話しかけてくる。丁度いい。この写本を読めると伝えてさっさともらうとしよう。

「実はそ「オリシュ様は言われた『もしこの本が読める者が現れたらその者は俺と同類だ。譲ってやるといい』と。

これすなわちロリコンを救いへと導く救性主に違いない。まさかお主がそうなのか同志サトー?

ならば今すぐ空いたままのロリコン同盟会長の座につき全てのロリコンのために戦おうではないか!」んな事は残念ながら全くないから悪いな」

そうか、と肩を落としてがっくりきているセウユに本を返しつつ安堵のため息をつく。

あとちょっとタイミングが悪かったらとんでもないことになってた。

あの本は欲しいけどそのために人として大切な何かを捨てるわけにはいかない。

本が手に入らない代わりにまともな生活>本が手に入る代わりにロリコンのリーダーになる、だ。

何度も言うが俺はロリコンではないのだ。

ていうか同類ってそういう意味じゃなくて異世界云々だろう。

…そういう意味だったら嫌だなあ。

「あ、ところでもうひとつだけ聞きたいんだが」

「…まだ救性主は現れんのか…む? 何だ?」

「前半は俺には聞こえてないからな。字が違うとかどうでもいいからな。ロリコンの正式名称ってなんだ?」

「む? 『ローリエコンプレックス』略してロリコンだ。

オリシュ様の幼馴染みでオリシュ様が最初に興奮したロリだ。

幼女をロリ、幼女愛好家をロリコンと呼ぶように定めたのもオリシュ様だ。それまで確固たる呼び方のなかったその時代には画期的だったらしい」

「このオリ主ホント何やってんだよ!?」

「因みにそのローリエだが成人しても見た目は幼女そのもので、その後オリシュ様の妻となったらしい。その時オリシュ様は『合法ロリキター!』と叫んだそうだ」

「それでいいのかこの世界!?」

あと何気に幼馴染と結婚してるってのがむかつく!

変態なのに!

ロリコンなのに!

ある意味シオ以上にリア充爆発しろ、と思った俺は負け組なんだろうか。












「つ、疲れた」

セウユにいつでも来いと言われたが二度と行かない事を決意しつつ帰路に着く。

ここは東南区だから早く西の方までいかないと。

重たい足どりでまずは来た通り中央区を目指す。

それにしても散々な一日だった。

せっかくの休日なのに何か突っ込んでばっかだった気がする。

今日はもう何も突っ込みたくないなぁ。

とぼとぼとだんだん良く知る中央区に戻ってくるとふと道の真ん中に座りこんでいる少女が見える。

アレは…スーちゃんじゃないか!

よし、変態どもで疲れた心をスーちゃんとの交流で癒してもらおう。

我ながらさっきまでの疲れは何処へ行ったのかスーちゃんの傍まであっという間に走ると出来るだけ驚かせないように優しく声をかける。

「やっほ、スーちゃん。こんな所でどうしたの?」

声をかけられた事にちょっと驚いたのか地面に向けていた顔を上げるが、声の主が俺だと分かるとにぱっと花が咲くように笑ってくれた。

その笑顔は先ほどまでの出来事で荒んでいた俺の心にしみわたる。

ああ、これだけで癒される…

「ん!」

元気よく返事をするとスーちゃんは、びっ、と地面を指差した。

何だろ? 蟻でも見てたのかな?

そう微笑ましく思いながら指先をたどると、






そこにはお皿の上に乗った触ると粉が指に付きそうな砂糖菓子が………





「ホントに実行してんじゃねえよ!」

「ん!?」

勢いよく蹴り飛ばす。

見事に決まったシュートにより皿とお菓子は宙を舞う。

突然の俺の奇行に目を丸くするスーちゃんだがそれには答えず辺りを見渡す。

すると良く見るとぽつぽつ、と一定の間隔で置かれたお菓子が何処かへと続いていた。

「ああもう! 行動力高すぎだろ!」

会議してたのついさっきじゃんか!

もう今日は突っ込みはしなくてもいいと思ってたのに最後の最後までボケをかましやがって!

「ん?」

何を言ってるのか理解していないスーちゃんに気にしなくていいからと家に帰るように伝える。

しばし首をかしげていたが「ん!」と手を振りながらててて、と駆けて行った。

自分ルールなのか時々影を踏まないようにぴょんぴょんしている姿は愛らしいが少々不安は残る。

まさかとは思うけどアレ、俺が気づかなかったらスーちゃんお菓子食べてたりしないよね?

……いやいやスーちゃんがそんなことする訳がない。

首を振って思考を破棄する。今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「さてと」

大通りに出た後、辺りを見渡して目的の人物を探す。

幸いその人物はすぐに見つかった。

「すいませーん」

駆け寄ったのは長い棒を携えて歩いていた自警団の人達。

目的?決まってんでしょ。

「変態が集まっている場所があります」





通報しました。









後日、自警団の人達がロリコン同盟の支部に向かったらしいが何故か入り口すら発見出来なかったらしい。

そして虚偽の情報を流すんじゃないと俺が要チェックされた。

おかしい、と俺がもう一度行くとちゃんと発見出来た。

……あれぇ?














あとがき


ローリエというのは月桂樹の葉を乾燥させた香辛料の事です。ベイ・リーフとも言います。

実際のロリとはなんの関係もないのでご安心を





[21417] せめて勇者として召喚してほしかった11
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/03/04 00:55


ぽつり、と頭上に当たった冷たい感触にふと空を見上げる。



朝見た時は鮮やかだった青はいつの間にか灰色に変わり、今は上から流れ落ちる幾条もの線が見える。

「あ…雨」

思わず呟いた声に反応したのかは分からないけど雨粒がどんどん身体に当たっていくのが分かった。

わざわざ濡れたいわけでもないのでため息をつきながら丁度視界に入った雨宿り出来そうな屋根の下に入る。

困ったな。私の家まではまだ距離があるのにこの雨量じゃなかなかやみそうにない。

雨の所為か時間の所為か、恐らくは両方であろう人通りの少なくなった街道には私しかいないような気がして少し心細さを感じる。

もう一度ため息をついて目をつぶり早く雨がやむ事を願う。

ザ―ザ―と耳に雑音が響く。雨水と共に私の気も落ちていく。



…雨は、嫌いだ。

私がまだ小さかった頃、親に捨てられたのかそれとも他に理由があったのかは知らないけれど、気がついた時には私はひとりぼっちだった。

家もない家族もない私にとって身体を冷やす雨は最も苦手な物の一つだった。

それは子供もいなかった老夫婦に拾われて何年も経った今でも変わらない。

小さい頃の辛い記憶はそれだけ私の心に傷を残しているのだろう。

雨につられるように他の傷も浮かび上がる。

食料を探すのも一苦労だった毎日。

薄汚いと石を投げてくる裕福そうな子供達。

そして私の”力”を狙う様々な敵。

私が人間嫌いになったのもそれが原因だろうと言う事は想像に難くない。

現に私が平然と喋れる相手は老夫婦を除いて数人しかいないのだから。

記憶と雨による寒さから身を震わせていた、

そんな時



「あー、ったく参った参った。急に降ってくんなよ」



誰に言っているというわけでもなく愚痴をこぼしながら私の居る屋根の横に黒い影が入ってきた。

小さい頃を思い出していた所為か人の接近に気づけなかった。

…いけないいけない。昔ほどではないにしても私の力を狙う輩がいないとも限らないのだ。

まあ、昔の方が多く狙われたのは私がむやみに力を多用していたせいでもあるのだけれど。

改めて新しく屋根の下に入ってきた人物に目をやる。


一目見た印象は黒だった。

黒い髪、黒い眼。

この街を出た事が無い私だがそれでもそんな色をした人は初めて見た。

…だがなんだろう、容姿もそうだが他にも何か違和感を感じる。

初めてだというのに何処かでそれを知った事があるような既視感。

そしていつもと何かが違う感覚。

それが何か分からないが念のため距離を置く事にする。

しつこいようだが私の力を狙う者が居ないとも限らないのだから。

「あん? 先客がいたのか」

何かあっても対応できるように数歩離れようとしたのだが、逆に向こうの意識をこちらに向けてしまったらしく目があった。

そして気づく。



(この人からは何の力も感じられない)




私の能力。

他者の力を感じ取れるというもの。

それは純粋な強さや属性だけではなく感情などの力の方向性も含まれる。

強い力でも清々しく慈愛の気を感じる場合もあれば、どす黒く悪意に満ちた力もある。

私はそれらを感覚でとらえることが出来る。

そのおかげで今までも人が近づけば気づくことが出来たしそのおかげで逃げてこれた。

最近だって優しそうな顔をしながら私を狙う感情を持った人間から逃げたこともある。

しかしこの黒い男性からは何も感じなかった。

近づいてきたときも、目があっている今も。

こんな事は今まで一度もなかったのに。

どんな人でも、それこそ小さな子供にだって微弱な力を感じる事は出来たのに、本当に何も感じない。

一体なぜ?

ジャリッと男性が足を私の方に動かす音が思考に沈んだ意識を浮上させる。

はっとした私は一歩下がりいつでも逃げられるようにしておく。

「…そんな警戒しなくても特に何もしやしないんだけど」

アレか、この髪か、この髪がいけねえのか? と私の動きを見て何処か傷ついたような顔をしながらも黒い男性の方から一歩距離を置いた。

とは言え私とその男性の距離は普段の私なら警戒する距離で。

こんな得体のしれない相手の傍に居るべきでなく雨に濡れてでも逃げるべきだと思えるのに。

それなのに私はその人に警戒心が生まれなかった。

自分でも不思議だった。

数少ない友人達ですら打ち解けるようになるまで随分時間のかかった私が如何してそこまで警戒しないんだろう?

力を感じないからだろうか?

初めて見る髪の色だからだろうか?

結局、私とその人は雨がやむまで一歩も動く事はなかった。

近づく事も、遠ざかる事も。

雨がやんで「んじゃそっちも早く帰れよ」と手を振りながら黒髪の男性は駆けていく。

その時あれほど嫌いだった雨だったというのに彼が来てからは全く気にしていなかった事に気がついた。

なぜならその男性にずっと私の気は取られていたから。

特に会話をした訳でもない。

何かした訳でもされた訳でもない。

それでも、もう一度その黒髪の男性に会ってみたい。

去っていく黒い髪を見ながら不思議とそう思った。









せめて勇者として召喚してほしかった11









その日から街を歩く時はあの黒い髪の男性が居ないか探すようになった。

別に会ってどうこうしようというつもりもない。

元々散歩は私の趣味だしソレの次いで。

言ってしまえば暇つぶし、興味本位のようなもの。

そんな風に誰に聞かれた訳でもないのに理由を考えながら道を見渡す。

あんな目立つ髪をしているのだから直ぐに見つかるだろうとは思っていたのだけれど予想は外れてもう十日ほど立つが一向に見つかる気配がない。

誰かに聞けばいいのかもしれないが先に言ったように私は人間嫌いのためまともに会話することすら難しい。

…どうしよう。別に諦めてもいいのだけれど十日も探しているのだから見つけないと少し悔しいな。

そんな思考を昨日も一昨日もしていたような気がするけど気の所為だと結論付けて向きを移すと

「む? ミントではないか。久しぶりだな」

数少ない友人の一人であるセウユが私の前方はるか先で手を上げていた。

因みにミントと言うのは老夫婦が私につけてくれた名前である。

「どうした? よもや私が誰か忘れたわけではあるまい?」

「忘れたくてもあなたみたいな濃い力の人、忘れられないわよ。久しぶりセウユ、帰ってきてたんだ。クエストはどうだった? 念願の吸血鬼さんには会えた?」

いつの間にかすぐ傍まで来ているセウユに相変わらず人間離れしていると再認識する。

初めて会った時もこの不死者専門の冒険者は『む、君は普通ではない力を持っているな? まあ幼女でなければどうでもよいのだが』と一目で私の異能に気づいた位だ。

「いや。残念ながら今回の不死者はただのアンデットだった。まあそのうち会えるであろう。何せ向こうは永遠のロリ。時間はたっぷりある。 ところで久しぶりに街に戻ってきたのだが新しい幼女等の情報を知っていたら教えてはくれないか?」

「その前にセウユの寿命が尽きないと良いわね。 あと友達の頼みでもそう言うのはちょっと無理よ」

セウユは昔会った吸血鬼の女の子が忘れられず今でも追いかけ続けている。それだけなら一途なように思えるけど困ったことに彼は小さな女の子に興奮する変態さんだった。

女の身としてはわざわざ他の子を危険にさらすような事はしたくない。

まあ、彼の守備範囲外であるおかげでこうして彼とも仲良くなれたわけだけれども。

”力”の事などどうでもいいと言ってくれるこの友人は私にとって貴重だから。

「っとそうだ、ねえセウユ。私もちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」

「ふむ。この私に答えられる事ならば構わんが」

「ありがと。えっと人を探しているんだけど、黒い髪の男の人知らない? あなたより少し歳下だと思うんだけど」

聞いてはみたもののしばらく街に居なかったセウユに分かるかは微妙だからあまり期待はしていない。

とは言え私がまともに会話出来る人は少ないので聞く分には損はない。

あくまで一応程度のつもりだった。

「黒髪? …おお! それなら同志サトーの事だろう。同志サトーなら私が所属しているギルドで働いているぞ。確かほとんど毎日働いているらしいから今もいるだろう」

予想と反して返ってきた答えについ目を見開く。

なかなか見つからないと思っていたところにあっさりと情報が手に入ってしまった。

こういうのを何て言うんだっけ。えっと……まあいいわ。

「そう…ありがと。おかげで助かったわ」

「構わぬよ。ただギルドに行くのなら気をつけたまえ。冒険者の中にはあくどいことをする者もいる。ここのギルド出身の者は大抵まともだが、よそのギルド所属の者はミントの力に気づいて狙う者もいるかもしれん」

「心配はいらないわ。力をコントロール出来なかった昔と違って今の私なら大抵の人間からは逃げられるわよ。あなたみたいな規格外なら別でしょうけどね」

「そうか。ではまたな。今私はロリコン同盟の幼女成長過程調査がちゃんと正しいかどうか確認中なのでな。同志サトーにも宜しく言っておいてくれ」

「ええまた」

声をかけ終える前に去っていったセウユを見送って私もようやく決まった目的地へ足を向ける。

……ところで同志って、まさか、ね。









大きな盾に剣と杖が交差している看板を掲げた店の前に足を止める。

正直ここにはあまり足を運ばない。

他者の力を感じ取れる私にとってここの人間達はそれだけで少し威圧されるものがあるからだ。

一瞬帰ろうかな、と頭をよぎる。

別に黒髪の男性に何かしたい訳でもない。ただ本当に興味があるだけだ。

有るとすれば何故力を感じなかったのか聞いてみたいくらい。

…そうだよね。ここで引き返したら結局またそれが気になってしょうがなくなっちゃうかな。

やっぱり我慢しよう。うん、そうしよう。

丁度扉を開けた髭の濃い男性がいたのでその人に続く形で中に入る。

中はやはり大なり小なり差はあるが街で普段見掛ける人達とは違う”力”を持つ人達がうようよいて息苦しさを感じる。

今までに無かった力の密度に少し酔いそうになりその場で立ち止まってしまう。

セウユの”力”も大分強いけれど彼の力は一定の方向性を持っているのか私に対する威圧感は普通の人と変わらなかった。

その事はあまり深く考えちゃいけない気がするから特に追及しないけどそうでなかったら彼とも友にはならなかっただろう。

長く居たい場所でもないので件の彼を探す。

きょろきょろとあたりを見渡すが人が多いうえに様々な力が渦巻いていて分かりにくい。

う、不味い。少し”力”に当てられたかもしれない。

少々ふらふらしながらも一息つくため比較的”力”の密度の低いカウンターの方へ行く。



これだからこの”力”は嫌い。

意識せずとも他人の”力”の余波を受けてしまう。

”力”に酔った頭でそんな言葉が浮かぶ。


…あれ? そう言えば昔にもそんな事を思った事が合ったような。

でも確かその時はそれが凄く恥ずかしいと思えてた。

なんでだったかな?

沸いて出た疑問に頭をひねらせていると



「昨日シオ様を食事に誘おうとしたんですけどまた断られてしまいました」

「あー、うん。まあ気を落とさずに頑張れ」

「私に何か問題でもあるのでしょうか?」

「えー? 今さらすぎないかその疑問?」

「やはり私の方が年上というのが問題なのでしょうか?」

「いやいや、シオとミリンの間にある壁はそんな些細な問題じゃないから」


すぐ傍でそんな会話が聞こえてきた。


話声に目をやるとそこにはとても綺麗な赤毛の女性と、そしてこの十日間ずっと探していた黒髪の男性がいた。

思わず飛び上がる。

不意打ちだったせいでどうしよう、とただ会話している二人を見つめる。

基本、赤毛の女性が話を振ってそれに対して黒髪の男性が返す形の会話だが随分と楽しそうだ。

仲が良さそうな雰囲気に声をかけるのをためらわれる。

「あ、すいません長話して。お仕事の邪魔でしたね」

「いや構わねえよ。今はバルサさんもいるし、ミコさんからはミリンが来たら話し相手になって上げろって言われてるしな」

「フフッ。だとしたらミコ姉さんには感謝ですね」

微笑みつつ赤毛の女性は席を立ち入り口の方へと歩いていく。

その際一瞬目が合う。

この人もセウユには及ばないがかなりの力の持ち主だ。

鋭く輝く剣のような”力”。

宿る感情も優しげな落ち着いた雰囲気だし何処か愛情じみたものもある。

これほど綺麗な女性から好意を抱かれている男性はきっと幸せ者だろう。

赤毛の女性は私を見て少し首を傾げていたが特に気にすることなくそのまま入り口の方へ去っていった。



「さてと、洗い物でもすっか」

女性に目を取られてぼうっとしていると黒髪の男性は女性の使っていた食器を片づけて奥に行こうとしていた。

不味い! それでは私が来た意味がなくなる。

「あ、あの」

慌てて男性に声をかける。

幸いにも回りには他に誰もいないから少しくらい大きい声を出しても注目する人はいなかった。

そう言えば私の方から見知らぬ人に声をかけるなんて初めてかもしれない。

「ん? うぉ!?」

奥に行こうとしていた足を止めて私に向き直ると一瞬ビクリと男性が驚いていた。

いきなり声をかけたから吃驚させてしまったみたいだ。

「え、えっと、あの、ち、ちょっといいかしら?」

私がおっかなびっくり話しているのを見て何か納得したように頷いた男性は元の位置に戻る。

「俺に何か用、でいいのか?」

「ええ。えっと、あの」

慣れた人以外と話す事などほとんどないのでやっと会えたと言うのにいざとなったら何を話せばいいのか分からない。

「あー、悪いけど名前教えてもらえる?」

おろおろしていると黒髪の男性の方から話を振ってきてくれた。

何を話せばいいか分からなかった私であるが流石に聞かれた自分の名前くらいは言える。

「ミントよ。お爺さんとお婆さんがつけてくれた大切な名前なの」

「ミントな。オーケー、俺は佐藤秀一。皆サトーって呼ぶからそれでいいぞ」

そう言って黒髪の男性、サトーは何か飲むかと聞いてきた。

お金が無いからいいと遠慮したのだがサービスだと言われたので好意に甘えミルクを頼む。

私は猫舌だから熱いものは飲めないしお酒はもっと駄目だ。

二つ返事で彼が出してくれたミルクを飲んだ時には先ほどまでの何を言えばいいのかという焦りは消えていた。

飲んでいる間もサトーは黙って私の事を見ていて特にせかす事も無かった。

もしかして気を使ってくれた?

どちらにしろありがたかったのでここに来た本題を尋ねる。



「サトー、少し聞きたいことがあるのだけれどいいかしら?」

「あん? まあ、俺に答えられるものならいいけど」

「むしろあなただから聞きたいのよ。えっと、まず私とあなたは十日ほど前にあっているのだけれど覚えてるかしら?」

「十日前? えーっと十日前って言うと確か……ああ! あの雨の時の! そういや確かに」

こちらとしてはずっと探していたのに忘れていたというのは少しむっと思わなくもなかったが良く考えれば会話もしていないのにそれはちょっと酷かもしれない。

「思い出してくれたみたいでなによりよ。それで私が聞きたい、という事なんだけど」

一旦区切る。彼の力を感じないという事を説明する以上は私の力を説明しなければいけない。

危険かどうかも分からない相手にそんな事を話すなんて自殺行為でしかない。

けど、それでも私はこの人の正体が知りたかった。

この正体不明の、こんな近くに居て集中しても一切の”力”を感じないこの人の正体を。

「私には他者の力を感じ取る能力があるの」

「あん? いきなりなんだ?」

「いいから聞いて。その力は相手が持つ属性や強さだけでなくそこに乗る感情まで感じる事が出来るの。

ただ力を感じるだけなら他にも出来る者はたくさんいるでしょうけど私の場合は誰が相手であろうと分かるの。

その者が力を抑えていても関係なくね」

一体なんの話をしているんだと言った顔で黙って話を聞いているサトーを見ながら私は続ける。

「例えどんな人でも私は力を感じ取れるわ。それこそ赤ん坊が相手でもね。でも、あなたは違う。

サトー、あなたからは何の力も感じない。

火や水の力はもちろん光も闇も感じない。まるで一つの物のよう。気を悪くしたらごめんなさい。でも本当にそう感じるの。

ねえ、教えて。どうしてあなたからは何も感じないの?」

この十日間、溜めに溜まった疑問を突き出す。

緊張していたのか声が自分でも少し震えていると感じた。

サトーは少し私の質問の意味を考えていたようだけれどポンッと手を叩くと苦笑し始めた。

「? 何がおかしいの?」

「いや。そりゃ多分俺が”黒髪黒目”だからだよ」

? どういう事? 黒髪黒目だから?

「俺自身はっきり分かってるわけじゃないんだけどこの世界で黒髪黒目はまず生まれないらしいんだよ。

んで、そのあり得ない黒髪黒目は何の力も属性も持たない役立たずの無能みたいなもんなんだそうだ。

シオ、俺の家主に一応確認取ってもらったけどやっぱり何の魔力も属性もないらしいんだわ。全く、泣けるぜ」

泣けると言いながらも笑っているサトーは手にしたコップを手ぬぐいで拭き始めた。

だけど私はそれどころじゃなかった。

何の力も持たない。私のような異能はもちろん誰もが持つ十属性のいずれも持たない。

そんな不可思議な存在。居るはずのないような存在の話を思い出したからだ。

そう、思い出した。私がお爺さん達に拾われた頃、私は自分の力が嫌いで嫌いでしょうがなかった。

如何してこんな力があるんだろう。いっそのこと何も持たずに生まれてきた方がずっとマシだった。

そう愚痴をこぼした時にお爺さんにとても怒られた。



『いいか。ミントや。お前さんは力なんぞ要らんと言ったがそんな事は言っちゃいかん。

この世にはな、本当に何の力も持たずに生まれてしまうもんもおるんじゃ。

その場合は当たり前に出来ることが出来ん。

誰もが自分に宿る精霊に祝福されていると言うのにその者は何の祝福も受けられん。

抵抗力なんぞないから何か呪いや術を喰らえば他の誰よりもあっちゅうまにおっ死んじまう。

それだけじゃない。今はいいが大昔はその色から闇の者と勘違いされての。

黒髪黒目は見つけ次第殺されるのが当たり前じゃったそうじゃ。

誤解が解けたら今度は全く役に立たない無能、という事で迫害にあう。

なのに幾ら努力しても力は手に入らんのじゃ。

儂らは努力すれば”力”を上げる事が出来る。

より研ぎ澄ます事も強くすることも出来る。

だがその者らは出来ん。

元から無いもんはいくらやっても手に入らん。

生まれてきても早死にするんが当たり前。

長生きしても皆と同じにはなれん。

それに比べりゃお前さんの不幸なんぞ鼻で笑われるわ。

生まれながらに持った力なら間違いなく祝福を受けた力じゃ。

自分の不幸自慢なんぞする前にちゃんと使えるようにしてからにせい』と



お爺さんの話はその時の私にとって衝撃的だった。

それまでの小さな世界でしか生きてなかった私にとってさらに辛い運命を負って生きている者がいるなんて考えもしなかった。

それ以来私は自分の力を上手く使えるように頑張ったんだった。

あの後、黒髪黒目などほとんど生まれない。現に私は見た事もないとお婆さんに聞かされてお爺さんに文句を言ってからいつの間にかその事を忘れていた。

けれど違った。

黒髪黒目はホントにいた。

私より辛い人生を送っただろうに。

お爺さんの話が本当なら迫害を受けたかもしれないのに。

こうして平然と笑っている人がいるんだ。

「ま、ない物は仕方ないしな。最初はショックだったけどいつまでもそれにこだわっててもしょうがないし」

それにここの人達は皆頑張れよって言ってくれるしな。そう言って口端を上げているサトーを見て思う。

ああ、やっぱり私はここに来てよかった。

ここに来て彼と、サトーと話をして良かった。

「にしても凄いな。他者の力が分かるなんて便利な能力だな」

「ええ。ありがとう。だけどあまり他言しないでね。悪用されたくないの」

忘れていた大切な事を思い出せた。

「あん? ああなるほど。分かったぜ」

了承の意を受ける。

普段ならそれが嘘かどうかも力を使えば分かる。

けれど彼には意味がない。

だから彼が本当に言わないか分からない。

でもそれでいい。

何も感じないという相手が居てもいい。

他の人にはそれが当たり前なのだから。

力を嫌っていた癖に力に頼りっきりになっていた。

それを気づけたことがとてもうれしかった。

もっとサトーと話がしたいと思った。

人嫌いで会話なんてほとんどしない私がそう思った。

力など無いのに、ある意味では私よりも特異な存在なのに、こうして笑っているサトーともっと話がしたい。

そう自然に思えた。






ガランガラン、と扉を開けた時に鳴るベルの音が響く。

それと同時に先日感じた強い力を感じる。

バッと振り返る。

視線の先、入り口の傍には予想通り前に私を追いかけてきた銀髪の青年がいる。

”力”はセウユと変わらないくらい強く、そしてその感情は私の何かを欲していることが分かる。

私の何か。

そんな物は決まっている。

「いた!」

そう言って銀髪の青年は私の方に駆けてくる。

逃げなければいけない。

捕まったらどうなるか分からない。

けれど唯一の逃げ道である出口は青年の来る方向にある。

私の力は戦闘にはまるで向かない。

何よりあれほどの力の持ち主に対抗できるわけがない。

青年はどんどん迫ってくる。

セウユのような規格外の速さではないがこのままでは捕まってしまう。

だが感じ取る力が彼は魔法を使えると教えてくれる。

以前は塀を飛び越え逃げ回ったおかげで何とかなったが家内ではどうしようもない。


いや

せっかく何かが変われるような気がしたのに

こんな所で終わってほしくない

誰か

誰か助けて

誰か助けて!




突然、青年が前のめりに倒れた。

青年の足元には木で出来た丸いコップが転がっている。

一瞬わけが分からなかった。

それが先ほどサトーが持っていたコップだと分かると私は一目散に逃げ出した。

走り去りながら思った。

助けてくれたのかな?

私の力が悪用されないように。

ああ、そう言えば何も言わずに出てきてしまった。

今度会う事が出来たならお礼を言わなきゃいけないな。

その時にはもっと自然な会話をしたいな。



















まるで風のように去っていったミントにしばらく呆然とするが倒れっぱなしの銀髪に気づいて、慌ててカウンターを出てうつ伏せで倒れているシオに近づく。

「お、おいシオ…大丈夫か?」

さっきからピクリとも動かないんだが。

まさか死んでないよな。

原因がシオの声に驚いて俺が落としてしまったコップだからかなり気が引けるんだが。

「う、うう、鼻打った」

声をかけるとゆっくりとだが起き上がったシオに俺も含めた回りの人達がほっと一息つくのが分かる。

イケメンが生き残るのは悔しいがシオが死ぬと俺も色々困るし良かった。

すこし潤んでいる目にギルドに居た何人かの女冒険者の方々が頬を染めているのを見つつ手を貸す。

「それにしても転んだ原因である俺が言うのもなんだがお前本当に運動神経無いな」

「まず謝れ」

「ごめんなさい」

「よし」

俺に向けた手を下したシオは扉の方を振り返ってああ、逃げられた、と呟くとどっかりとカウンター席へと座る。

どうやら居座るらしい。

「いつもの」

「あいよ」

シオは紅茶党なのでここでは家で飲めないタイプの茶葉を使う。

蒸らしている間に先ほどの騒ぎについてシオに尋ねる。

「ところでさっきのありゃ何だ。状況からしてミントを追っかけてたらしいけど」

「ミント?」

「さっきの『猫』の名前だ。本人?がそう言ってた」

「ああ、そう言えばそういう名前だったね。彼女の飼い主から聞いたことあったけど忘れてた」

「んで、どうして追っかけてたんだ? まさか三味線にしようなんて考えてねえよな」

「シャミセン?」

「俺の世界の楽器だ。猫の皮を剥いで使う」

「僕そんなことしないよ!」

「じゃあ他に理由があったのか? その、なんだ、えーっと」

「”力”のこと?」

「ああ。なんだ、知ってたのか」

口止めされてたからどう言おうか悩んだけど意味無かったか。

「僕としては君が知ってることに驚きだけどね」

丁度良く蒸せた紅茶を温めていたカップに注ぎシオに渡す。

一口含んでシオの一言

「60点」

「うるせぇ。これでも大分上手くなった方だ。で?」

「半分正解。彼女の力が欲しいのは確かだけど彼女そのものを狙った訳じゃないんだ。僕が欲しいのは彼女の髭だよ。

勇者の触媒の一つに精霊獣の一部というのがあってね」

「精霊獣?」

「人語を理解し話す事の出来る生き物の事さ。魔物と違って光側に属する生き物なんだ。猫をベースにした場合は髭が該当するんだ」

「あー、やっぱ人語を離すのは普通じゃないのか」

「何? また自分の翻訳魔法が働いたと思ったの? それはそんな効果ないよ」

「分かってるっつうの。いや異世界だからそんなのも当たり前なのかと」

常識なんか通じなくて当たり前っていうのがこの世界に来てから俺が思ったことだしな。

「残念ながら魔物ではなく純粋に生まれてくる中で人語を理解するのはかなり珍しいんだ。君の黒髪黒目には劣るけどね。

で、そんな珍しい精霊獣がこの街に居ると分かってこうして何とか交渉して譲ってもらおうと追ってるんだ」

「そういや俺の事を不思議がってたな。でも髭くらいなら頼めばくれるんじゃないのか?」

「それが彼女の持つ力の所為か僕が近づくと警戒心丸出しであっという間に逃げるんだ。

仕方ないから彼女の飼い主に交渉しに行ったら『そういうのは直接交渉せい!』って言われちゃって。

何とも頑固そうなご老人だった。でそれ以来追っかけてる」

なるほどね。でもそれにしてはミントの逃げ方は完全に怯えてたぞ。

力を読みとるって言ってたし何かシオの力の方向性に悪意でも感じたのか?

「別に捕まえて悪用しようとか酷い事しようとかは考えてないのか?」

「なんで? 僕猫とか大好きだよ? 抱きついたり撫でまわしたいくらいには」

……それだな。

「にしてもサトーがそんなに話せる仲になったんならサトーから頼んでみてくれない?」

「髭をくれってか? それ何か俺が嫌われそうで嫌なんだけど」

「まあそこを何とか。正直僕もう走りまわるのも逃げられるのも辛いんだよ」

「そもそもまた会えるか分かんねえぞ?」

「いや、僕の勘が正しければ多分会える」

と、そこまで聞いたところで一息ついたシオは紅茶を飲み干す。

金を払っているのだから別に残してもいいんだがやっぱり出した方としてはなんだかんだ言いながらちゃんと飲んでくれるのがありがたい。



「勘ねぇ。ところでシオ」

「何?」

「後ろからミリンが迫ってる」

ものすごい勢いで振り返るシオ。

その先にはさっきのシオと同じようにこっちに駆けてくるミリンが

「シオ様! 先ほど何やらシオ様がお怪我を為されたような気がして予感を頼りにこちらまで参ったのですがどうかなさいましたか!?」

「い、いや別になんともないよ。ただ転んだだけ…」

「転んだ!? では何処か打ったのでは!? ああこれはいけません。今すぐ治療を。お任せ下さい! 『剣』の属性たるこの私! 怪我の応急処置など疾うに知り尽くしています」

「ちょ、ちょっと待ってミリン! だから人の話を」

「さあシオ様!」

あ、逃げた。シオの奴ミリンから逃げる時だけは異常に足速いな。それを追いかけるミリンの足の速さは身をもって知ってるけど。

ミリンもシオが絡むとホント熱くなるなぁ。

シオが飲み終わったカップを片づけながらミントについて考える。

もしシオの言うとおり次に会うことが出来たらその時は一応話してみるか。

勇者の触媒は俺としても欲しい所だし。

…にしても綺麗な白い猫だった。

交渉次いでに頭撫でさせてもらおう。



俺もシオ同様に猫好きなのだから。
















あとがき



ミントがサトーに警戒心を抱かないのは分かりやすく言うと皆が強烈なにおいのようなものを出してて鼻が強い猫には辛いけどサトーだけは無臭で大丈夫みたいな。

…例えが悪いですね。えーっと某レールガンのように全ての人間が電流を流していて猫はそれに怯える。
でもサトーだけは流してないので警戒する必要が無い。という所です。ん?これも微妙か?

つまり何が言いたいかと言うと

勘違いしてはいけません。サトーに動物に好かれるスキルなんざないです。






[21417] せめて勇者として召喚してほしかった12《前編》
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/03/10 01:30




それは朝食の時間に起きた。

「ところでサトー、今日の予定だけど」

何か猛烈に嫌な予感。

「さ~て飯も食べ終えた事だしさっさとギルドに行くかな~」

話題を振りかけたシオの言葉に被せるようにして食器を片づけ始める。

「隣町のシナモでどうやら勇者の触媒の一つが競りに出されるという噂を聞いたんだ」

「ヘーそうですかそうですか。んじゃ気をつけていってらっしゃい。なんならしばらく帰ってこなくていいから。俺もギルドに行くから」

この流れは危険だと俺の経験と勘が言ってる。早々に話を切り上げて去るべきだと告げている。

「馬車を用意してあるから御者を頼めるかい? ああ心配はいらないよ。誰でも簡単にできるタイプの馬を頼んどいたから」

「あーあー聞こえない聞こえない、なんか俺を連れていくとか言ってるけど空耳空耳」

「やれやれ、クローブの街しか知らないサトーに他の街を見せてあげたいという僕の気持ちを無碍にするなんてサトーは酷いね」

悲しそうに首を振っても絶対に行かないぞ!

お前の誘いに乗ってまともになった事が一度でもあったか!

この前だってミントに髭の話したら一度すごい悲しそうな声で「そんな、あなたもなの?」と言われたんだぞ!

「いや、俺さっきも言ったけど今日仕事があるから」

「バルサさんには許可を得ておいたよ」

バルサさん! お願いだからシオの頼みを無条件で聞くの止めてください!

「でも他にもミコさんの手伝いもあるし」

「『最近サトー君頑張ってくれてるから旅行気分で休んできなさい』と微笑みと共に言われたよ」

ミコさん! その優しさが今は憎いです!

「他にスーちゃんと遊ぶ約束が」

「僕がサトー借りてもいい? と聞いたら顔が赤くなるくらいに凄い勢いで頷いてくれたよ」

スーちゃん! 分かってたけどそれはやっぱり悲しい!

「セウユにロリについて語ろうって言われてて」

「プライドを売る精神は認めるけどセウユは今は東の森の湖にちっこい妖精がでるって聞いてそっちに行ってるはずだよ」

セウユ! あの変態肝心な時にいやがらねえ!

「えーとミリンにデートに誘われてて」

「嘘はつかないように」

分かってるよ! アイツ男だし! と言うか万が一誘われてもそれ絶対シオ関係だから! 行くわけないから!

「ふ、腹痛と頭痛と腰痛が」

「さっきまで仕事にいこうとしてたでしょう」

さすがに無理があったか。

「全く、一体何が不満なんだい?」

いや不満ってわけじゃないけど旅は慣れてないから遠慮しとくわ

「何もかも全部だよコンチクショウ!」

「サトー、本音と建前が逆になってる」

おおう、びーくーる、びーくーる

「とにかく俺は行かん! お前と行くとロクなことにならん。前回みたいなのはこりごりだ!」

あえてシオのほうを見ずにフンっと背を向ける。

「……そうか。それなら仕方がないね」

後ろからシオの寂しそうな声が聞こえる。

―――いや駄目だ! ここでしょうがない、とついていけばとんでもない目に合うのは分かりきってる!

ここは心を鬼にしてシオを一人で行かせるのが正解だ。

「ラニマ!」



あがががががががががががががが






















「…あれ? ここは…」

「あ、起きたんだサトー。昨日はあまり眠れなかったのかい? いくら隣街に行くのが楽しみだからってちゃんと寝なきゃ駄目だよ」

目が覚めたら何故か荷馬車に乗って寝ていた。

前では馬を繰っているシオが俺を見て苦笑している。

「はい、手綱変わって。ここまでずっと僕だったんだから後は頼むよ。君にもいい経験になるだろうし」

「お、おう」

言われるままに前の御者席に移りシオから手綱を受け取る。

…あれ? なんだこの状況?

「隣街?」

「そうだよ。覚えてないのかい? そう言えばサトー、なんか夢見てたでしょ?

お前と行くとロクなことにならん。とか寝言で言ってたよ」

寝言? あー言われてみればそんな事言ったような記憶があるけどあれは夢か。

「昨日は隣街に行くと聞いてあんなに喜んでたのに本当はそんなこと思ってたのかい? だとしたら酷いなあ」

「あ、いや、そんなことないぞ。いいね隣街、楽しみだな!」

「そう? 嫌々じゃないんだね? 別に無理に来なくても良かったんだけど」

「おお、もちろんだ! 嫌なわけないぞー」

まるで覚えてないがシオがせっかく誘ってくれたのに傷つけるようなことはしちゃいけないよな。

こうして馬車に乗ってるってことは自主的に来たんだろうし。

俺がそう言うとシオは良かった、とほっとしたように笑った。

さすがニコポ持ち。男の俺が見ても本当にイイ笑顔だ。

…けど何故だろう? シオの笑顔の裏に悪魔の羽根と尻尾が見える気がするのは?
















せめて勇者として召喚してほしかった12《前編》















馬車に揺られて数時間。最初は慣れなかったが時間がたつにつれ馬の扱いもだんだん分かってきたのでたまに走らせてみたりと色々やっているうちに隣街についてしまった。

たどり着いたシナモの街はクローブのように頑丈な防壁に覆われているわけではなくただ塀のような壁が伸びているだけだった。

ただ門の部分だけはしっかりとした作りになっていて門兵が立っていた。

関所のようなチェックでもされるのかとすこし身構えていたのだが予想に反して一瞥しただけで通されてしまった。

シオ曰く、ここらは強力な魔物もあまり現れず、かと言って目玉になるような特産品もないが丁度立地的に王都とクローブの間の宿場町として栄えているそうだ。

因みにこの国、イザードで辺境にあるクローブの街なのだが規模では上位に食い込むらしいためそれなりに物流もある。

このまま南に行けばいくつかの街を越えて王都に、北西に行けば隣国のニスォク、北東に行けば我らがクローブの街に行けるとのこと。

規模としてはクローブの街の方がはるかに大きいのだが宿場町と言うだけあってたくさんの人で溢れていた。

ただ、何というか少しガラの悪い人達が多い気がする。他にも高そうな服を着た偉そうな人達も見かける。

旅人の格好なんてあまり詳しくないからなんとも言えないがそういう人達ではなさそうだなと知識のない俺でも推測出来た。



「ここでオークションがあんのか」

馬車を街の入り口のところで預かってもらってシオと二人で中に入る。その際に絶対に失くさないでね、とやけに重たい鞄を持たされた。

競りで持ってくるものと言われれば想像はつくのでしっかりと肩にかけ掏りにも合わないように気をつける。

もう夕日で赤く染まっている町並みを見つつシオに尋ねる。

「うん、競り自体は始まるのは夜中だから後数時間ってとこだね。それまでは食事でもしてすごそう。勇者の触媒を落札したらさっさと帰った方がいいだろうしね」

「あん? 泊まらないのか? 夜までいて帰ったら家に着くの下手すりゃ朝になるぞ」

せっかくの旅行なんだしゆっくり見物でもしたいんだが。

「うん。そうだけどあまり長くいるのは危険だしね」

危険? …おい、大丈夫か、この旅?

疑わしげな目線をシオに送ってもシオは何も反応しない。

「あ、言い忘れてたけどこの街では絶対僕の傍を離れないようにね」

「おい!? ホントに俺この旅に同意してたのか!?」

普段の俺なら間違いなく断ってるはずなんだが!?

「あそこの店で食事にしよう。あそこは以前食べたことあるけどシチューがなかなかのものだよ」

「…無視ですかそうですか」

最早諦めの境地というものは俺にとってごく当たり前のものとなってしまった。

まあどうせ後で分かるだろ。こうなったら幾ら聞いても教えてはくれなさそうだしそれなら俺に出来る事は俺の不幸に繋がらない事を願うだけだ。

余談だがシチューは絶品だった。今度ミコさんにシチューの作り方を教わるとしよう。







「皆さま長らくお待たせいたしました! ただいまよりシナモの街主催アンダーグラウンドオークションを開催します!」

「おいこらシオ!」

ステージの上で仮面をかぶった司会者が会場全体に響き渡るような声で進行しているなかで隣に座ったシオの胸倉をつかむ。

会場の入り口は何処かの同盟のような目立たない場所にある上にゴツいスキンヘッドの二人組が阿吽像のように立ってるし。

参加費として結構な金額を取られたし。

300人は入りそうな回りの客はどいつもこいつも何処か堅気じゃなさそうな雰囲気を身に纏ってるし。

挙句の果てには「君の髪は目立つからこれ被ってて」とフードを渡されるし!

「これ闇市じゃねえか!」

「そうだよ」

何を当たり前のように言いやがりますかコイツは!

「シナモの街は宿場町としての表の顔の他にこういう密売などを扱う裏の顔もあるんだ。王都からは遠いし他国とも近いから昔はごろつき達の溜まり場だったんだよ。

そんななか頭のいいある盗賊がここを支配して上手くまとめあげた結果今のような形になったんだ」

なるほど。門の所で対してチェックされなかったのはそういう人の出入りが多いからか。

さっきの門でのことを思い出し納得する。

「最初の頃は国とのいさかいもあったけど色々あって今は黙認状態。

他にも賭場や娼館もある。これらは旅行者用から一般人はまず入れないものまでとピンキリだね。今回のこれは間違いなく後者だけど」

「娼館…」

「何を反応しているんだい」

「う、うっせえ。ちょっと想像しちゃっただけじゃねえか」

主にピンク色の妄想をしてしまっただけだ。

しょうがねえだろ! 俺も男なんだし!

「寄らないからね」

「分かってるよ!」

いちいち言わんでいいわ!

むなしい気持ちになりつつ怒鳴り返す。

…それにしても

「俺来る必要あったのか?」

ジンの石の時にも思ったけど基本シオは一人で勇者の触媒を集める方が多いから俺が必要になると言うのは珍しい。

まだ触媒は5分の1くらいしか集まってないけどそのうち俺が関わったのは今のところ幸福草とジンの石、ミントの髭くらいだ。

「僕もこの規模のは初めてだからね。一人で来てもつまらないじゃないか」

「本当にそれだけか?」

「あとはまあ念のため」

またそれか。 だから念のためってなんだよ?

「まさか俺を出品してるとかじゃねえだろうな?」

黒髪黒目はある意味珍しい存在だしそう言う可能性もありうる。

「猫ってただそこにいるだけで癒されるよね」

「なんだいきなり」

「癒されもせずに特に役にも立たないものを珍しいってだけで買う人はいないよ」

「なるほど…ってお前それは物凄く失礼だぞ!」

「なんだい? 僕が君を売ったりなんかしないと言ったのに何が不満なんだい?」

「だあああああ! 久しぶりにコイツ殴りてえええ!」

お客様お静かにお願いします

あ、はい、すいません

スキンヘッドの人に後ろから丁寧だが低い声で注意される。

「超怖かった」

「闇市で暴れる人もいるからああいう警備の人達は冒険者で言えば最低でもCランクはある人達らしいよ」

「俺速攻で死ぬな」

怒られたから小声で会話する俺達をよそに競りが始まったらしくステージの上には良く分からない鳥が出されていた。

「まずは一品目! 数が減少したために今では狩猟を禁じられている紅嘴鳥! 見てください、このルビーのごとき鮮やかな嘴を! 

生後三年とまだまだ若い雄でございます。それでは早速参りましょう! まずは50万ネルから!」

「51万!」

「52万5千!」

司会者の声に続くように客側からどんどん値が上がる。

ネルというのはこの世界の通貨の単位で、計算した結果大体1ネルが10円くらいと考えてるからあの鳥は500万円以上か…



高ッ!!



「おい、これ凄い規模じゃねえの?」

「まあ闇市の中じゃトップクラスだろうね。言っとくけどこの手の競りは後になるほど高くなるんだ。今の鳥は安いものだよ」

「因みにお前はいくら持ってきてんの?」

「800万」

えーっと……ハッセンマンエン……

わお、セレブって怖い。

パンピーの感覚じゃとてもじゃないけど現実味がなく漢字変換すら出来なかった。

「それって全財産?」

「まあ必要最低限のお金は残してあるよ」

「そんなんで大丈夫か」

「ギルドは命をかける仕事が多いからね。Sランクの仕事をこなせば大金はすぐに手に入るから問題ないよ」

流石Sランク! 俺達(一般人)に出来ないことを平然と言ってのける、そこに痺れる憧れる、訳が無い。

今さらながら何故俺はその手の才能がないのかと手を握りしめる。

「もともと冒険者って言うのは一獲千金を夢見る者達が始めた職業だからね。ダンジョンや秘境で財宝などの探索を行ってたのがそもそもの始まりなんだ。

命の保障が出来ないにも関わらず今でも門を叩く者が減らないのはそう言った理由もあるんだ」

確かに冒険者の人達はロマンとか好きそうな人達の方が多かったな。

やれ珍しい剣を洞窟で見つけただの強い魔物を倒しただの子供みたいに自慢する人達を見てるのは実際にはクエストになんざ行けるはずもない俺でも羨ましく思えるくらいだったし。

「にしても勇者の触媒って金かかんだな」

「言ったでしょ。勇者の触媒を集めるには一生を遊んで暮らせるだけのお金がかかるって。今回のだけじゃないしまだまだお金が必要になってるから僕がSランクでなければまず資金集めなど不可能だろうね」

はいはい、お前はすげえ魔法使いだよ。

「75万、他に誰かおりませんか? …はい! 125番のかた、75万にて見事に紅嘴鳥、落札です!」

シオと会話をしているうちに落札されその回の競りの終了を知らせる木槌の音が鳴る。

拍手と共にそのまま奥へと連れて行かれる希少な鳥。

何が起こってるのか分かっていないようで時折くっと首を回していた姿が見えた。

俺は動物は好きか嫌いで言えば間違いなく好きだと言えるレベルだ。

絶滅動物のドキュメンタリーなど見た時はその無情さに過去に戻れたら俺が動物を救ってやるなどと馬鹿なことを考えたものだ。

だからあの希少だと言われた鳥の今後が気になる。

「なあシオ、あの鳥、この後どうなるんだ?」

「そうだね…観賞用として生かされるのなら運がいいほうかな。あの手の金持ちはそういう希少価値の生き物を命としてではなく芸術品と考えるだろうから多分剥製にされると思う」

落札した成金っぽい男性を見てシオが気に食わなさそうに答える。

どうやらそういうのはシオも嫌なようだ。

「なんとかなんねえのか? 800万もあるならお前が買ってやるってのは」

「残念だけど無理だ。僕が狙ってるのは炎輝竜の牙っていう非常に価値の高いものなんだ。恐らく最後にくるだろうし最低でも600万ネルは必要だと思う。僕の予算は800万だからそれまでは一切無駄に出来ない」

「でも」

「駄目。僕にとって一番大切なのは勇者を召喚する事だ。そのための触媒を集めるためにギルドで働いている。あの鳥を救ったとしてそれで勇者の触媒を買えなきゃ何の意味もない。

大体、僕にそんな事する権利はないんだよ。冒険者である以上僕も日々いろんな命を奪ってるんだ。人間に害を為す、依頼を受けた、理由は様々だけど殺しているという意味ではあの男とも対して変わらない。

あの鳥だってもしかしたら冒険者の誰かが依頼で捕獲したものかもしれない。それなのにこんなところで正義感を振りかざすのはただの偽善でしかない」

無表情になりながらも強く告げるシオにそれ以上は何も言えずに新たに出てきた二品目を見るしかなかった。





幸いというか何というかその後に出てくるのは今は亡き王朝の最後の王の剣とか頭ほどの大きさの宝石とかで生き物は一切出てこなかった。

いや、もちろんそれらも表ざたには不味い物らしいが、元々異世界から来た俺にとってそんなのはピンとこないのでなんとも思わない。ここらへんは価値観の違いだろう。

シオの言うとおり後半になるにつれて値が上がってきており今しがた落札された絵は300万を超えていた。

「さあ! 残すところあと二品となってしまいました! お財布に余裕は有りますか? 有るのならここでぱーっと使ってしまいましょう!

後の事を考えるなんて競りでやってはいけません! 欲しいのなら全額かけても手に入れる、それがコレクターと言えるでしょう! ではいきましょう!

第14品目はこちらです! 初めてみる方も多いでしょう! その美しさに目を奪われて声を出すのを忘れないでくださいね!」

大仰な台詞で客をあおった司会者が指し示した先には薄布を身にまとい首に枷をつけられ怯えて歩いてくる綺麗な緑の髪をした親子だった。

黒以外の髪の色などいくつもあるこの世界ではそのくらい何も珍しくはなかった。

ただ一つ、その親子の耳が普通と違うことを覗けば



「エルフ…」

「すげえ、ホントに耳とがってる」



シオの驚いた声と俺の間の抜けた感想が同時に漏れる。

会場には大きなどよめきが走り、近くに居る者達同士で口々に何かを話している。

「皆さんご存じの通りエルフは滅多に人前に姿を現す事はありません! 隣国ニスォクにある入ったら二度と出られない迷宮森にのみ暮らすと言われる彼女たちですが今回幸運にも森から出てきたところを捕獲に成功しました。

しかも親子! 母親の方は見ての通りかなりの美貌の持ち主。娘の方はその愛らしさは天使のよう! その価値は皆さまならどれほどかおわかりでしょう!」

指さされた親子は確かに綺麗だった。

人の雰囲気とは違う彫像のような、別の美しさというものを感じた。

だがそれも泣き顔でまぶたをはらし震えて怯えきってしまっていては台無しだった。

そんな姿は他の客には見えていないのかただ歓声が上がるばかりだ。

「おい! あれって人身売買じゃねえか! ここはあんなのまでやんのか!」

「……この闇市に法なんてないよ。あるのはただ一つ、競りというルールだけ。それ以外は何でも許されるんだ」

嫌悪感を隠そうともしないシオの言葉が俺は信じられなかった。

この世界に来て騒がしいことばかりだったけど、どれもこれもなんだかんだで嫌じゃなかった。

でもこんなのって、同じような姿をしてる相手を売り物として扱って、それを平然と行なってるなんて。

知らず顔が引きつる。

酷く気持ちが悪い。

回りにいる客が同じ人間だと思えなくなった。

顔を歪めてるのは俺とシオのみ。

他の顔が示すのは興味、興奮、下卑た欲望。

非合法の客として来ている以上異端なのは俺達のほうなんだろう。

「なお今回は特別に親のみ、子のみ、親子両方の三つの形で行なっていきます。親子両方は無理と言う方でも片方ならチャンスあり!

もちろん両方欲しいと言う方は二人の合計金額以上を提示していただければ問題ありません! それではいきましょう! 親200万ネル、子150万ネル、親子で350万ネルでスタート!」

興奮気味に告げた司会者の声を塗りつぶすほどにあちこちから声がかかる。



「子に170万!」

「親に230万!」

「両方に410万!」



声がかかる度にステージの上でビクリ、と震えるエルフの親子。

娘の方は必死に母親にしがみついている。

母親の方は手を組んで何かに一生懸命祈っている。

彼女の信じる神に祈ってるのだろうか。

だがここに居る奴らはどいつもこいつも嫌な顔をしている奴らばかりだ。

誰に買われたとしてもどんな運命を辿るかなんて考えたくもない。

神様なんてものがいるのなら何で彼女達がここにいる?

誰もあの親子達を救おうだなんて思ってない。

欲望のままに彼女達に金をかけて物として扱ってる。



「子のみに280万!」

「親に308万!」

「親に315万!」

「子に290万!」

「おやあ? どうやら皆さん親子両方買うのは諦めたみたいですね? 可哀そうですねえ。引き裂かれる親子、最後には手を伸ばしあい名前を呼ぶもその距離は離れていく。

ああ何という悲劇でしょう」

司会者の嘘泣きに会場の一部から笑いがこぼれる。



―ッなにがおかしいんだよ!



「シオ!」

「…言ったはずだよ。僕の目的は勇者の触媒だ。他にお金をかける余裕はない」

「だけど、だけどよ! あのままじゃあの親子どんな目にあうか分かんねえぞ!?

運よくマシな状況になっても離ればなれにされちまってもう2度と会えねえかもしんねえんだぞ!」

「………」

溜まらず懇願するもシオは意見を変えない。

ただじっとその親子を見続けている。

「はい、ただいま親に330万、子が305万となっております! 他にいらっしゃいませんか? いなければそれぞれの方に落札となりますが?」

その言葉に女の子は涙を流しながら首を振って離れたくない、と言うようにさらに強く母親にしがみつく。

その子を母親は片手で頭を撫でつつもひたすらもう一方の手で何かを握って祈っている。

その姿が俺の身近な笑顔が素敵な無音の子とその母親と被って。

落札しようとしている奴らを睨むように探す。

親を落札しようとしているのはでっぷりと脂ぎった身体つきの高そうな服を着た中年、子の方は人相が悪徳大臣のお手本のような男だった。

どちらも善意などまるでない表情で。

まわりの反応もそれが当たり前のようで。

この世界に来てから俺の常識が通じないことなんざ山ほどあった。

これもその一つだってことで受け入れていいのか?

…駄目だろ、それは。いくら異世界だからってこれを簡単に受け入れちゃ駄目だろ!

ちくしょう! どうにもなんねえのかよ! オリ主とかヒーローとかだったらここでステージに乗りこんで助けに行ったりする流れじゃねえか。

何で力を持ってねえんだ俺は! いや、持ってなくてもいいじゃねえか、せめて助けようと動くくらいはしろよ俺!

でも、足は動かない。

動いてくれない。

ビビってる。

乗り込んでも無駄だと冷静な俺が止めている。

どうせすぐに取り押さえられる。

さっきの見張りの男たちはCランクもあるんだ、まず敵わない。

行ったところで何も出来ない。

力がない奴は大人しくしているべきだ。

自己満足のために命を無駄にする必要はない。



――うるせえな。い、い、か、ら、う、ご、け、よ!!



思いっきり足を殴る。

震えが止まる。足が動く。

よしっ!

こちとら刹那的に動く今時の若者なんだよ! 後の事なんかいちいち考えてられっか!




「それでは親330万、子305万でそれぞれ落さ



      「親子両方で650万!」


つ、と」




司会者が終わりにしようとした瞬間、会場全体に響き渡る大声。

会場の後方で立ち上がったまだ若い声の主に注目が集まる。

走ろうと立ち上がりかけてた俺も動きを止めた。止めざるを得なかった。

「あ、り、両方で650万が出ました! さあどうします? 別で手に入れたいなら親なら345万、子は320万以上でなければいけませんよ!」

「さ、350万!」

「子に325万!」

「両方で700万!」

下卑た欲望など微塵も感じさせない張りのある強い意志のこもった声。

金額に引いたのか、その声に気圧されたのかは分からないが会場はシンと静まり、司会者すらも、さっきまで泣いていたエルフの女の子までも黙ってその声の主を見つめていた。

数秒、その何倍も長く感じた沈黙は我に返った司会者の声で破られた。

「出ました! 両方で700万! 他にどなたか居ますか! …はい! 見事! 40番の方がエルフの親子両方を落札です!!」

拍手と共にエルフの親子はステージの端へと歩かされていく。ただその姿を見ても俺は悲壮感に落ちたりはしなかった。

もう一度声の主を見る。

静かに座るシオは無表情にも悲しんでいるようにもどこかほっとしているようにも見える複雑な顔をしていた。






その後、シオはそのオークションが終わるまで一言も喋らなかった。

予想通り最後に出てきた子供ほどの大きさの炎輝竜の牙は500万から始まり最終的には760万で落札された。

俺達はそれを、黙って見ているしかなかった。







後書き


後半へ続きます。3日以内くらいに投稿します。では



[21417] せめて勇者として召喚してほしかった12《後編》
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/03/21 16:10



オークション終了後、落札額である700万ネルを俺が持っていた鞄から渡し引換所まで移動する。

「はい40番のかた、こちらがエルフの首の鍵となります。いやあそれにしても両方買いなんて兄さんも中々若いのにやりますねえ」

渡された鍵を黙って受け取るとシオは受け渡しの男性を無視してさっさと歩きだす。

俺もこんなところに長くいたくないので軽くなった鞄を肩に掛けつつ追いかける。

通された場所にエルフの親子は居た。

会場で遠目で見たその姿は近くで見ると一層際立って見える。

春の新芽を思い浮かべるような綺麗な緑の髪。

左右にピン、と伸びている両耳。

淡い光を放つ四つの碧眼がシオと俺を捕らえる。

シオの姿は会場で目立っていたから親子も分かっていたようだがそれでもその姿を見ると身体を固くしていた。

無理もない。彼女たちにとってシオも他の奴らと同じように自分達を金で買ったのには違いないのだから。

そんな親子にシオはゆっくりと近づきながらすっと手を伸ばす。

目をつむる二人だがカシャンという音と共に首枷が外れると狐につままれたような表情になる。

「…僕がこんなこと言えた立場ではないのですが安心してください。貴女達をどうこうしようという気など僕にはありません。

これから迷宮林まで貴女達を送ります。必ず無事に貴方達の故郷へ返すと約束します。だから、泣きやんでもらえるかな?」

最後の台詞は母親にしがみつきっぱなしの女の子のほうへのものだ。安心させるために軽く微笑むシオ。

不安げだった女の子の顔はポ~、と赤く染まり母親の方も「いけないわ人間なんて。でもリカにも父親は必要かしら」と少々危険な事を呟いている。

…今回は特に何も言わないでおこう。



「よし、サトー。悪いけど直ぐにこの街を出るよ。御者の方お願いね」

「おう任しとけ。そんくらいならいくらでもやってやんよ」

言うや否やすぐさま二人を連れて会場を出た俺達は門のところまで足を急がせ無事シナモの街を出発した。









せめて勇者として召喚してほしかった12《後編》







夜空の下、御者台には俺が、後ろの荷台には親子とシオが座っている。

シオは二人と話をして少しでも安心させてあげようとしていた。

最初は警戒していた母親の方もシオに敵意を感じないと分かると多少心を許してくれたようだ。

女の子の方に至っては先の笑顔の時からシオになついたらしくお兄ちゃん名前なんていうの?なんで前のお兄ちゃん髪の毛黒いの?としきりに話しかけている。

うん、なんとも微笑ましい。

御者台に居る俺はあまり会話に参加していないがシオの話術は見事な物で穏やかな口調とその容姿から悪党だと考える人は少ないだろう。

だが俺は知っている。コイツは自信家でSっ気がある事を。

ほとんどの人の前ではその姿を出さないことを。

「何を考えてたんだい?」

「別に何も。そういやシオ」

「うん、なんだいサトー?」

気になる事があったのでシオを呼び小声で問いかける。

「どうしてエルフの人達は狙われてんだ? 単に珍しいからか?」

「人間の観点から見れば私達は確かに珍しいと言えるでしょう」

答えたのはシオではなくエルフの母親、パプリさんだった。

かなり小声で話したのに聞こえるのはやはりあの耳のおかげなのか?

「あ、すいません。不躾なこと聞いて」

「いえ、シオさんの方はどうやらご理解なさっているようですね」

「ええ。彼、サトーは少々特殊な環境で育ったのであまり世界的な常識を知らないことが多いんです」

「特殊な……ああ、なるほど」

数秒の間の後、パプリさんは納得したような相槌を打った。

恐らくこの髪を注視したんだろう。

実際には異世界からの来訪者なんだが余程この黒髪は珍しいものらしい。

「私達エルフは精霊に近い存在です。貴方達人間よりもはるかに長生きしますし持つ魔力も質が違います。

ですがエルフは基本的に戦闘意識が低く戦士の道を進んでいる者以外は大した力を持っていないんです。

容姿も人のそれと違うのが珍しいのでしょう。そのため私達を欲する者は後を絶ちません」

精霊の力って言うとミントに近いのか。ミントも小さい頃から狙われたと言っていたからそれと同じようなものだろう。

「かなり昔になるけど魔王がいたころ人の姿をしているにも関わらず魔力の質が違うと言う理由で当時の人々はエルフを魔人と断定したんだ。

それまではお互い仲良く暮らしていたっていうのに疑心暗鬼になった人間達は一方的にエルフ達に襲いかかった。

それによりエルフの人数は激減。今では確認出来ているのはニスォクにある迷宮林のみ。

人ってのは不思議なもので数が少ないとなると余計に欲してね。普段見えない分その美しさや特殊な魔力を求める者がさらに増えてしまったのさ」

説明を引き継ぐようにシオが続ける。

パプリさんはそれに対して否定せず俺の方に問いかけてきた。

「サトーさんは私達をどう思いますか?」

馬車の進行に注意しつつ振り返る。

その顔には若干の恐れと諦めの感情が込められているように見えた。

こういう時俺は何て言えばいいんだろう。

下手な事言えば傷つける事は分かってるが上手い言葉が見つからない。

「サトー、難しく考えないで君が彼女達を最初に見た時の科白をそのまま言ってごらん」

悩んでいるとシオから助言が来る。

俺の最初に言った事?

「ホントに耳がとがってるなぁ、って」

「は? それだけですか?」

「え、ええ、まあ」

「……何と言うか、変わってますね」

「彼はそんな感じですから大丈夫ですよ」

…これは喜んでいいのか? 馬鹿にされてる気もするんだが。

けど緊張していたパプリさんの顔がゆるんでるから喜んでいいんだろう。

「もうひとつだけお聞きしてもいいかしら?」

「ええ、構いませんよ」

「では、どうして私達親子を助けて下さるんですか?」

「…どうして、とは」

「先ほどシオさんがおっしゃったように多くの人間達は私達エルフを狙います。貴方がたが大金を払って私達を買ったと言う事も分かっています。ですがそんな事をして貴方達に得があるとは思えません。

始めは私達を騙そうとしているのかと思ったのですがそれこそ無意味です。それがどうしても分からなくて」

パプリさんは真剣な表情のまま真っすぐシオの方を見つめている。

当たり前と言えば当たり前の疑問だった。

それに関して今まで聞かれなかったのはパプリさんも聞くのが怖かったからだろう。

「助けた理由ですか。…サトー、君はどうだい?」

「あん? 俺に聞いてどうする。助けたのはお前だろ」

「でも動こうとしてたでしょ。君はどうして助けようとしたんだい?」

どうしてって、これまた返答に困る質問だな。

まあさっきのように思った通りに答えるなら

「助けたいと思ったから、だな」

俺の発言に満足そうにシオは頷く。

「そういうことです」

「そんな、それだけの事で―…」

「ならばそうですね、その美しい顔が悲しみに沈んでいるのが嫌だったから、と言うのはどうでしょう?」

「なっ!?」

シオ君? 未亡人にもフラグですか? 殴っていいですか?

暗闇でも赤く染まった顔が見え不愉快になり前に視線を戻す。



くそう、今のセリフをシオより先に言っていれば俺だって…

いや、無理だな。ただのギャグにしか見えん。

所詮男は顔なんだよな、とパプリさんの照れている声を聞きつつこの世の無情を嘆いた。






シオとパプリさんは難しい話を始めたらしく退屈になったリカちゃんは俺の髪の毛に興味を持ったのかくいくい引っ張って遊んでいる。

地味に痛いので止めてほしい。

「あん? なんだありゃ」

誰もいないと思っていた街道を進めていると前方に何やら影が見える。

俺は別に特殊な能力はないが視力はいい。

両目とも2.0という数少ない自慢だ。

その視力が何か動いているような物影を捕らえた。

行きにはあそこには特に何もなかったはず。

まさか、魔物か?

「いや、違うね。かなり急いで出たけどやっぱりこうなったか」

「シオ。どういうことだ? アレはなんだ?」

「いい、サトー。僕が合図したらひたすら馬を走らせて。その後は立ち止まらせなきゃ多少荒くなっても構わないから。

お二人は身体を縮めていておいてください。何が起こるか分からないので」

俺の質問には答えずただ指示を出すシオ。

訳が分からないがとにかく言われた通りに動かせるように手綱を上手く握りしめる。

「サトー、行って!」

合図と同時に手綱を打つ。

馬車を引いている二頭の馬はとても賢い馬達で俺の拙い操作でも上手く動いてくれる。

嘶きと共にガガガガと連続する蹄の音を耳に打ちながら前方を見据える。

暗闇で分からなかったが距離が近くなってくるとその姿がだんだん顕わになる。

あれは――……

「人間?」

それも一人二人じゃない。何人もの男たちが弓なりなんなりこちらに向けていた。

今にも放たれんとする矢。数はおよそ十数本。思わず顔が引きつる。

「『ネァーカ』!」

だがそれよりも早くシオの魔法が発動し火球が飛ぶ。

暗闇を一気に明るく染めた炎に待ち伏せていた男どもは慌てふためき隊列を乱す。

「サトー、一気に走り抜けて!」

「言われんでもやるわ!」

流石にこの状況が何を示すかくらいの察しはつくのでとにかく走らせる。

待ち伏せしていた奴らの間を駆け抜けたが後ろから「逃がすな!」「たった二人だ。追え! 男は殺して構わん!」と如何にも悪党な台詞が聞こえてくる。

「チクショウ! 狙いは彼女たちか!」

「そうだよ。闇市で一番気をつけなければいけないのは落札後の窃盗だ。表ざたに出来ないからやられたら最後、泣き寝入りしかない。

裏社会の者や貴族の関係者はそう簡単には手は出せないけどそうじゃない客は総じて狙われる。

僕達は目立ってしまったからね。金持ちでも護衛もつけてなさそうな奴らなんて格好の獲物ってわけさ」

クソッ! 魔物に襲われるならともかく人間にまで襲われるってのはやんなるな。

「まあ、僕を狙うなんて命知らずもいいとこだけどね! 『イサラ』!」

話しつつもシオが魔法を唱える。

今のは確か風の魔法だったな。

そう思い出す俺の真横を矢が通り抜け座席に刺さる。

ビイイイン、とたわむ矢を見て血の気が引く。

「うおおお!? 矢!? 矢!! シオ、矢が!」

「分かってるよ。だから風で軌道をそらしたんじゃないか」

そらすんならもっと大きくそらして!

後ろから飛んできてるってのが見えてない分めっちゃ怖い!

「つうかそもそもこんなこと想像できてたのに何で俺を連れてきたんだ!?」

お前一人で十分じゃないのか?

僕一人じゃ寂しいからなんてもう一度言ったらぶっ飛ばすぞ!?

「いや、僕一人ならアイツらを倒すことくらい訳はないんだけど、問題は落札した炎輝竜の牙をその間に取られちゃうかもしれないでしょ?

襲われても負ける事は絶対にないけど僕を引きつけている間に盗むくらいは出来るかもしれないしね。まあ結局連れてきたのは牙じゃなくて麗しの婦人と可愛らしい女の子だったけど。

馬車で動かしながらなら向こうも盗む暇もないけどそうなると誰かに御者をやってもらわなきゃいけない。だから」

「そんなんで戦闘力ゼロを連れてくんなあ! ミリンにしろよ! アイツだったら戦力としても申し分ないしシオとの旅って聞いたら間違いなくついてくるぞ!」

「その場合危険なのは牙のほうじゃなくて僕自身になるから。僕接近戦でミリンに勝てる気は流石にしないから」

「なら他にもいるだろ冒険者の人達なんて」

「悪いけどアレを集めてるってことは誰にも知られたくない。出来る限り情報は閉鎖したいから一緒に行けるのは僕の目的を知ってる君くらいだ」

「だからってうお! 今かすった! 矢かすった! ちゃんとやれシオ!」

「ちゃんとやってるよ。僕と馬二頭にパプリさんとリカちゃんに当たらないようにそらしてるってば」

「足りない! 今あげた中には重要な要素が足りない!」

「ああごめんごめん。馬車を忘れてた。火矢だったら燃えちゃうもんね」

「おれええええ! おれを含めてええええ!」

矢がかすったにも関わらず手綱を手放さずなおかつシオと口喧嘩を続けられるのは我ながら凄いと思う。

余裕があるんだか無いんだか。

「そう言えば君って剣を習ってたって言ってたけど飛んでくる矢を斬り落としたりとか出来るの?」

「何で今そんな話をする!? 出来ねえよ! 剣この前ミリンに持たせてもらったけど細剣で十分重かったわ!」

「…そう」

「なんで残念そうなんだよ! 何を俺にやらせようとしてたんだよ! ってかちょっと追いつかれ始めてる!」

馬車はかなりのスピードで走っているがやはり単独で馬に乗っている奴らの方が早いのか少しずつ飛んでくる矢の量も増えてきている。

矢と共に飛んでくる口汚い雑言が接近を感じさせる。

「シオお前Sランクならアイツら一気に倒す魔法とかないのかよ!?」

「うん? あるけどその場合彼ら皆死んじゃうかもしれないよ。魔物相手なら力抑えずに撃てば楽に倒せるけど人だと調整しなきゃいけないから。

無駄に命奪うのは僕としても本意じゃないしね」

さらりと恐ろしいこと言うなコイツは。以前喧嘩してた時に至近距離で撃ったアレは手加減してたのか。

「じゃあ死なない程度にビビらせるやつとか!」

「分かった。『ラニマ』!」



「「「あががががががががががが!」」」




シオの声と共に後ろから悲鳴が上がる。

ちらっと後ろを見るとシオの突き出した右手から稲光が飛びだし馬で追いかけていた男どもに命中していた。

…初めてみる魔法のはずなのにアレは痛いんだよな、という感想が出てきたのは何故?

「よし、ナイスシオ! 良くやった!」

「このくらい訳ないよ。サトー、まだ追いかけてくるから馬を止めずにどんどん行って」

「オッケー「ヒュン」って今度は前から!? シオ! 前にもまだ待ち伏せ! なんか馬鹿でかい剣持ってるのもいる!?」

「やれやれ、何処まで張り巡らせたんだか」

頭上を通った雷が避雷針のごとく屈強な男の持っていた大剣に落ち馬に蹴り飛ばされていった。

馬は別に俺が指示した訳じゃないんだが何となく同情の念が沸く。

って、何か凄い勢いで追ってきてる!?

「くっそおおお! もうぜってえシオについていかねえぞおおお!」

うん、それ無理という声が聞こえた気がしたが空耳であってくれ。







「し、死ぬかと思った」

もうすぐ国境の近くまでという所まで来てようやく馬のスピードを緩める。

盗賊まがいの奴らはもう大分前に振り切ったが念のためここまで馬を飛ばしてきたがそろそろ大丈夫だろう。

「情けないねサトーは。彼女達を見習いなよ。ずっと追われてたっていうのに悲鳴一つあげなかったんだよ」

緊張でへとへとな俺と違ってシオはけろりとしていやがる。基礎体力は俺の方が断然上だけどこの辺はやはり冒険者と一般人の差か。

「あ、いえ。最初は私も怖かったんですがお二人の会話を聞いているうちにどこか安心してしまって」

「シオお兄ちゃんカッコよかったよ! 黒いお兄ちゃんは面白かったよ!」

どこか申し訳なさそうに言いながらも笑っているパプリさんとけらけら笑ってるリカちゃん。

会場で見せていた怯えきったものではなく自然体でいるその姿はあの会場で見たどの品よりも輝いて見えた。

今さらながら助けられて良かったと実感出来る。

俺は直接何かやった訳じゃないけど誰かが不幸になるのをほったらかしにして喜ぶ趣味はねえんだ。

「っと、おいシオ、あれがもしかしてその迷宮林か?」

朝霧とは違う妙な色をした薄い靄のせいで見難いが森のようなものが見えてきた。

注視しようとしても何故かすればするほど良く分からないような感覚になる。

「うん。薄靄がかかってるから間違いない。一年中晴れないあの魔靄があの森を帰らずのものとさせている要因さ。

あそこで迷わずに居られるのは影響を受けないエルフ達のみ、でしたよね?」

「はい。…あの、本当に、本当にどうもありがとうございました。

あの時リカと離ればなれになってしまいそうになった時はこの世の終わりのように思えて…貴方達にはどう感謝を述べていいのか」

「そんなのは別にいいですよ。見返りを求めたわけでは有りませんし。そうでしょサトー」

「え、俺? あ、いや俺は元々なんも出来なかったし、でもパプリさんとリカちゃんが無事ですんでよかったっすよ」

馬車を止め森の近くまで一緒に歩いてきたがパプリさんのお礼が妙に照れくさくって足を止める。

「ああ、人間はなんて卑しい生き物だとあの場所では思いましたがあなた達のような人もいるんですね。…そうだ。お礼と言ってはなんですがこれをどうぞ」

そう言ってリカさんは首にかけていた石のようなものを外してシオに渡す。

「これは…」

「お守りです。それは私の曽祖父がかつて退治した魔物の一部だそうです。

祈りが通じたのも精霊の導き。そんな物しか渡せませんが貴方達にもご加護がありますように、と思いまして」

しばらく渡されたお守りを上に掲げたりこすったりしていたシオだったが顔を戻した時には実に晴れやかな顔をしていた。

「とんでもない、これ以上ないお礼です。どうもありがとうございます」

「そうですか。もしいつか何か困ったことがありましたら迷宮林に来てください。

森に入ったものを私達は感知できるのでその際に名前を読んでいただければその時は尽力をつくすと約束します」

「ありがとうございます。ではお気をつけて」

「ばいばいお兄ちゃん達!」

「おう、もう不用意に森から出ちゃダメだぜ」

手を振りつつも二人は森の中に足を踏み入れた。

たった一歩森に入っただけなのにその姿が全く見えなくなってしまった。

なるほど、これでは森に入るなどまず出来まい。

感慨深い気持ちで森の方を見ていたがシオが踵を返して馬車に向かう。

「さて僕達も帰ろうか。もう朝になりそうだ」

「だな。正直めっちゃ眠いが我慢するか」







帰路はさっきまでと違い静かなものだった。

何処からか小鳥のさえずりすら聞こえてくる。

二人減ったせいか妙に寂しくも感じられる。

俺は例によって御者台に座り、シオは荷台でもらったお守りをいじっている。

その姿はどこか憂いを帯びていて暁の空にあっていた。

…そういや結局炎輝竜の牙は手に入んなかったんだよな。

あんなに勇者の触媒にこだわってたのにそれをネジ曲げてまでシオはあの親子を助けることを望んだんだ。

…いよっし! ガラじゃねえがここはなんか声をかけてやっか!

「おいシオ。触媒は残念だったけどお前のやった事は立派だと思うぜ」

「うん?」

「お前は冒険者が正義感振りかざしても偽善って言ってたけど少なくともあの親子にとってお前は間違いなく正義の味方だろうよ。

それは誇っていい事だと思うぜ。それに牙はまた見つかるかもしんないけどあの親子は今回助けなきゃ駄目だったろ?

ならお前の選択は間違ってなんかいないと思うぞ」

「………サトー」

「あん? なんだ、礼なら要らねえぞ」

「炎輝竜の牙なら手に入ったよ」
























……………はい?




















「え、え、どういうこと? なに言ってんのお前?」

「だからコレ。このお守りって炎輝竜の牙で出来ているんだよ」


………はああああああああああ!?


「いやあ運がいいね。実際に競りに出てたら750万は払わなきゃいけなかったのを700万で手に入ったんだから。

おまけにエルフの民と繋がりも出来たし言うことないね。全く良かった良かった」

憂いなど微塵も感じない顔で笑うシオ。

「良くねえ! え、え? んじゃ何か? お前は最初っからそれ目当てだったってことか? エルフの親子は二の次?

じゃあさっきの俺の言葉って」

「僕にとって勇者の触媒が優先なのは当たり前なんだから無駄になるようなことをするはずがないだろう?」

「コイツ最低だ!」

えー、コイツ今回いい奴だと思ってたのにそんな落ち?

助けたいから助けたって俺の言葉に同意したけどアレも嘘?

理想のヒーロー像を見たと思った俺の感動は何処に行けばいいんだよ! ちくしょう!



あれ? でもそんな高価なもの持っててどうして没収されなかったんだ?

…ああ、そうか。そういや会場に居た時ずっと――……









「おいシオ」

「なんだい?」

俺をからかうようなにやにやした顔だがそんなのはどうでもいい。

なぜなら

「お前さっきの嘘だろ?」

ほら、表情が凍りついた。

「な、何を言って」

「あの時会場に居たパプリさんはずっとそのお守りを握りしめてたんだ。恐らく捕まってた間ずっとそうしていたんだろうしだから没収もされなかったんだろうよ。

で、そんな何握ってるのかも分からないのにそれが炎輝竜の牙だなんて分かるはずないだろ? ならなんでお前はあの親子を助けたんだ?」

あ、と呆けた顔のシオを見るのは珍しい。

「あ、いや、だから、それは、僕ほどになれば遠目でもそれが何か分かるんだよ」

「手の中まで見えんのか?」

余裕を失ってしどろもどろになるシオもまた珍しい。

思わずニヤける。

「あーっもう。僕は寝る! 着いたら起こして!」

そう言ってゴロン、と荷台に寝転がる。

「へーへーお休み」

照れ隠しだとばればれだがこのくらいにしといてやる。

ベッドでしか寝れないシオがそんな嘘つくくらいだから相当恥ずかしいのだろう。

何をやってんだかねえ

ゴトゴト、と荷馬車が動く。


白んだ空を眺めながら一人黙々と進めていると


「…これは寝言だけどさ」

「あん?」

「サトーは両親っている?」

「…あー、これは独り言だけど俺の両親は、まあ今どうなってっか知んないけど少なくともこっち来た時にはピンピンしてたぜ」

息子おいて海外に旅行に行っちまうようなラブラブ夫婦だったし。歳を考えてほしい。

「…親子である以上は必ずいつか別れがくるけどさ。それを誰かに強要されるってのは、凄く、つらいんだ」

「…………そっか」

その声は普段の穏やかだが自信にあふれている声と違い少し寂しげだった。

そういやコイツの家族構成は聞いたことが無かったな。

別に興味が無かったわけではないが一人であんな屋敷に住んでるんだから訳ありなんだろうとは思っていた。

考えてみりゃコイツはまだ15、俺の世界じゃまだ未成年の域、親といるのが当たり前の年齢だ。

俺はミコさんとスーちゃんとあの二人を重ねたけどもしかしたらシオは自分と重ねたのかもしれない。


「あとは……………から」

「あとは、なんだよ?」

声が小さくて良く聞こえなかった。

「………」

「…やれやれ」

その後はクローブにつくまで一度もシオは喋ることなく本当に眠っているようだった。

俺も眠くはあったが弾むような気のおかげで特に辛くもなかった。



因みに、丁度屋敷に着くころ偶然街を出てきたミリンに見つかり「朝帰り!? しかもシオ様は疲れて寝ている!? サトーさん! どういうことです!」

と疲れてるのにも関わらずそのあと半日ほどなぜか俺のみ追っかけられた。




























































むくり、とサトーがミリンに追いかけられていった後に起き上がる。

あの状態になったミリンは話を聞いてくれないし下手するとこっちに来かねないから申し訳ないけどサトーには犠牲になってもらおう。

「それにしても」

言えないよね。

必死で我慢していた時に隣でもっと必死な様子であの親子を助けようとしていたサトーを見たから決心がついた、なんて。

「言えないなあ」

取りあえずお腹空かせて帰ってきたときのご飯くらいは作っておいてあげるかな。












あとがき

この度の東北関東大震災の被害に謹んでお見舞いを申し上げます。

取りあえず古時計は無事です。管理人である舞様もご無事で何よりです。





さて本編ですがお守りの没収云々はご都合だと思って下さい。

あとフラグは立ちません。誰に対しても立ちません。



次の更新は少し時間が空くかもしれません。

では!










[21417] せめて勇者として召喚してほしかった13
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/07/18 21:24





ドンドンドン、と小気味良い音が手元の金槌より響く。

バルサさんにギルドの倉庫の一つが雨漏りし始めてるから修理しろと言われ、そんなもん素人にやらすなよ普通に大工とか呼べよ、
と思いながらも雑用に断る権利などなく屋根に上りひたすら板を打ち続けた。





ギルドの倉庫にはギルド関係の資料のほかに冒険者が集めた素材や武器なども保管している。

冒険者がクエストで手に入れた素材や武器は依頼の範囲外ならば基本はその本人の物となるのだが、生活をしていく以上ただ持っているだけでは何の意味もない。

本人が使えれば何の問題もないが不要な武器や素材は宝の持ち腐れとなってしまう。

そこで、それらの品をギルドは冒険者から買い取り、一定期間保管した後で武器屋や呉服店など多方面へ売る仲介を行っているのだ。

これはギルドと冒険者の契約の一つでありギルドを介さずに他へ売るとペナルティを喰らう。

こう言うとギルドの一人儲けのようだが代わりにギルドは買い取った武器や素材を保管中に欲しい冒険者がいれば格安で売るという事も行っているので文句の声は少ない。

実際冒険者になったばかりの初心者は装備をギルドから集めるのがほとんどだ。

他にも曰くつきの武器や普通の店では買い取り拒否の物も保管している。これらは希少価値としては高いのだが日の目を見ることなく埃をかぶるのが常だ。






最後の釘をトン、と丁寧に打ち終えてぐぐっと背を伸ばせばいつの間にか太陽がてっぺんに登っていた。

昼はいつもミコさんの賄いだが今日はなんだろうなと思いをはせつつ梯子の方に足を向けると


ミシリッ


屋根が抜けた。

足一つ抜けるとかへこむとかそんなレベルではなく落とし穴よろしく見事に抜けた。

「ぬおおおおおお!?」

舞空術も二段ジャンプも出来ない俺は重力に逆らうことなど出来ずに無様に倉庫の中に落ちた。

ビクンッビクンッ

擬音で表すならそんな音であろうほどに悶えていたがしばらくすると痛みも引いてきた。

どうやら倉庫内の部材がほどよくクッションになってくれたらしい。

腰をさすりつつ立ち上がると整理とかで見慣れた倉庫がブチ空けた天井の穴から照らされ俺の回りだけ散乱していた。

こりゃあバルサさんに大目玉食らうな、と脳裏に浮かぶ未来予想図に涙しながら取りあえず少しはまともにしておこうと片づけ始める。

両手で抱えなければ持てない剣や盾、何に使うか分からないものをある程度整理していったところで“ソレ”を見つけた

「あん? なんだこりゃ?」

何処か不思議な文様の描かれた箱が投げ出されている。

落下の所為で壊してしまったかもしれない、と焦って箱を手に取ると何か入っている感覚がある。

確認のためにやけに簡単に外れたふたを取ると

「これは…」

中身は黒いナイフだった。

鞘もなく装飾もされていない。ただ柄も刀身も黒いという異色なナイフだ。

「ヘー、黒いナイフねえ」

しげしげとそのナイフを見つめる。




……

…………

……………………ハッ!!





ピンと来た。

漫画で表すなら頭上に電球。

これはもしや俺の強化イベントでは!?

力を持たない主人公がひょんなことから伝説の武器を手に入れるってのは王道じゃないか!

しかも色は黒だし装飾がされてないってところが無能な俺にあってる気がするし!

蓋が簡単に外れた辺りが俺が選ばれた証とか!

ヤベエわくわくしてきた。ついに主人公(笑)を脱却か? シオの野郎にひと泡吹かせられるか?

期待に胸を膨らませながらナイフを手に取った。






俺は忘れていた。

俺にそんなチートなどあるはずがないと言う事を。

この倉庫は買い取り拒否系の武器などを置いてある倉庫だったという事を












≪ふはははははーーーー!! 久しぶりの身体だーー!!≫












そんな声と共に俺の意識は途絶えた。























せめて勇者として召喚してほしかった13























「ハハハハハ! まさかまた身体を得る事が出来るとは思わなかったぜ。この身体の持ち主には感謝しねえとな」

黒いナイフを掴んだ瞬間笑いだしたサトーは昂揚とした口調で自身の身体を見つめる。

「にしても信じらんねえくれえ乗っ取りやすい身体だったな。今までさんざん人間を乗っ取ってきたけどここまで簡単に支配出来た奴は初めてだぜ」

普段のサトーより口調が荒いが本人はそれを気にした体も見せずに口の端を釣り上げる。

その顔もまたいつものサトーとは違い何処か邪悪さを含んだ笑みだった。

それもそのはず。今のサトーはサトーであってサトーでない。

先ほどサトーが手に取った黒いナイフは所謂呪われたアイテム、持ち主の体を乗っ取りナイフに宿る精神体に支配されるという危険な代物だった。

黒いナイフの精神体は宿主の身体を使って自らの望みを果たす。それはナイフとしての使い道。すなわち人を切るということ。

今までにも幾人もの体を乗っ取っては数え切れぬほどの犠牲を出したこの呪いの黒いナイフだが十数年ほど前、
ある冒険者によってその存在がばれ封印を掛けられて倉庫の中で埃を被ることになっていた。

しかし、その封印が運悪くサトーが落ちた際に解け、結果としてまた新たな犠牲者を出す事になってしまった。



因みに封印が解けたのはサトーが転落した際に箱につけていた呪符が外れたためであって決してサトーが封印を無効化するような能力を持っていたわけではない。



ともかく乗っ取られたサトーだったが、しかし、呪いのナイフにも誤算があった。

楽しそうに笑っていたが何かに気付いたように眉を動かす。

何度かナイフを持った腕をひゅんひゅん、と振り調子を確認するがその顔には先ほどあった笑みはなく不満が見えている。

「しかし支配しやすいのはいいが如何せん体が弱えな。て言うか魔力がねえ人間なんざいんのかよ。こんなんじゃあっという間にガタが来ちまう。
おまけにちっと強え人間と戦り合ったら間違いなくこっちがやられる。

…しょうがねえ、今すぐ切り刻みまくりてえ所だがすぐに捕まっちまう訳にもいかねえ。長く楽しむためにも新しい宿主を探しに行くとするか」

そう呟くと黒いナイフによって支配されたサトー、略して黒サトーは穴のあいた倉庫から抜けだしクローブの街道へと足を運んだ。


呪いの殺人ナイフが解き放たれたクローブの街、今、この街に危機が迫る!!







街道には昼すぎということもあり多くの人が賑わっていた。

その中を黒サトーは目をギラギラさせながらポケットに手を突っこんだまま歩く。

もちろん片手には本体であるナイフを握ったままだ。

(くああああああ、こんなに獲物がうぞうぞいるのに切れねえってのは拷問だろ! やっぱやっちまうか?
……いや待て待て、間違いなくこの体じゃ1人切ったくれえで他の奴に取り押さえられる。見たところ結構冒険者の奴らがいるみてえだし下手は出来ねえ。
大抵の奴はコイツよりスペックが高えからさっさとオレを渡させちまうのもアリだがどうせならかなりイイ身体にしてえし。
もう前みてえに中途半端な体に入った所為で捕らえられんのは御免だぜ)

イライラしながらも道行く人を1人1人をしっかりと観察していく。

人を乗っ取る力を持った黒いナイフからすればその肉体のスペックくらい姿を見ればある程度は分かる。

以前捕まった時にはCランクの冒険者だったが今回は出来ればAランク以上の身体が望ましい。



「ん? ありゃあ…」

黒サトーの視線の先には子供に飴を与えている修道服姿の男がいる。

陽に当たった輝く金髪に穏やかな笑みを浮かべ回りに集まる子供たちに施しを与える姿は正に聖職者と呼ぶにふさわしいだろう。

……それがくれよー、よこせよー、ひいきすんなよろりこん! と服を引っ張ったり蹴飛ばしたりしている男の子たちを完全に無視して幼い少女達にのみ渡してさえいなければ。

付け加えるなら穏やかな笑みの鼻先には赤い筋が流れている。

分かりやすく言えば変態だった。

「へえ、なかなかじゃねえか」

だが黒サトーにとっては男の性癖などどうでもいい。問題なのは男のスペックだ。

明らかに身体能力が高い。魔力もそこそこであり人間とは思えない身体だ。

さらに言えば恐らくかなりの頑強さを持つという事も黒サトーからすれば+要素である。

よし、コイツにしよう。と子供たちに囲まれた修道服姿の男に近寄ると



「あ、黒の兄ちゃんだ! 昼なのに仕事しなくていいのかよ!」

「サボり? サボり? サトー、サボり?」

「あ、ホントだ! お兄ちゃん暇なの? なら遊ぼうよ!」

「黒い兄ちゃん今日は追っかけられてないんだね。大丈夫?」

「サト兄ぃ文字読めるようになったのかよ? オレもう読めるようになったぜ! どうだ!」

「サトーお兄ちゃん毛ぇ頂戴! 黒髪のお人形作りたいんだけどいい毛がないんだもん」

修道服姿の男の回りにいた子供達がわらわらと黒サトーの回りに集まってきた。

クローブの街に住んで以来、黒髪黒目という物珍しさから一気に知れ渡り、興味を持った子供達からは珍獣扱いされつつも慕われているサトーだった。

サトー自身、別に子供嫌いというわけではないので暇な時には元の世界の遊びなどを教えているうちにいつの間にか懐かれていた。

当然、そんな事を知らない黒サトーからすればまとわりつく子供達など邪魔なだけである。

因みにお目当ての子供(幼女)達全てがサトーの方へ流れたので親の仇を見る目があるがこれはどうでもいい。

「んだあガキ共! オレはテメエらと遊んでる暇はねえんだ! 散れ! 散れ!」

きゃー、兄ちゃんが怒ったー、わー逃げろ―、と怒声を浴びたにも関わらず何故か楽しそうに駆けだしていく子供達。

この辺りがまるでサトーを脅威と感じてない事がうかがえる。

最もそれが慕われてのことなのか、黒髪黒目の特性によるもの(威圧感なし)のための効果なのかは定かではないが。

ともあれ障害(子供たち)が去った事でようやく目標の男、セウユに近づける、と思った時

「何のつもりだ?」

低く良く通る声が目の前の男から届いた。

声音からは明らかに友好の意は感じ取れない。

まるでそれは敵に向けるようなもので。

(まさか感づかれたか? いや、オレの擬態は並みじゃねえ。だがこの男から伝わる気配、これは敵意だ! クソッ! いい身体だと思ったが逆に良すぎたか!?)

思わず身構えポケットに入れた右手のナイフを握りしめる。いざとなれば戦闘も辞さないが問題は身体のスペック差が大きすぎる。

戦ったところで敗北は必至、なんとか逃走だけでもと考えた黒サトーだが次の言葉に頭が真っ白になった。

「私の天使達を奪った事は百歩、いや千歩、……万歩譲ってよしとしよう。彼女達の意志も尊重しなければならんしな。

だが! 笑みを浮かべ傍に寄ってくるなどという私ですら中々味わえないその幸運を自ら不意にするなどとは一体どういう了見だ!!

同志サトー! 君はそれでもロリコンかね!?
あの日西に沈む夕日の下、荒れる海辺で「幼女!幼女!ツルペタ幼女!」と幼女への熱い思いを叫びながら私と殴り合った君は何処へ行ったのだ!?」

「は?」

「正気に戻れええええ同志サトー!!」

肩をガッと鷲掴みにされガクガクと揺すられながら黒サトーもようやくこの男は(別の意味で)ヤバイんじゃないか?と気付く。

揺すぶられて気持ち悪くなりそうな脳内で(いつどこで俺がお前とそんなことしたよ! お前が正気に戻れ! あと同志言うな!)と宿主の声が響いた気がする。

「よろしい! 君が幼女への愛を忘れたと言うのなら私が思い出させてあげよう!
ロリコン経典第1章3節 『汝、幼女を愛せよ』
これはすなわち全てのものは等しく平等なのだからまずは幼女を愛せというありがたいお言葉……」

「こらー! 近隣の住民から子供達を集めている怪しげな者がいると聞いて来たがまたお前らか!」

朦朧とした頭に妙な刷り込みを受けかけていた黒サトーだがその声にハッと我に帰る。

振り返れば長い棒を持った男性達がこちらへ走ってきていた。

いずれも修道服の男には及ばないが今の身体より高性能な身体達だ。

「ええい! 今日という今日は現行犯で捕まえてくれる!」

助かった、と思った黒サトーだが肩に合った手がいつの間にか無くなっている事に気付く。

視線を回すとはるか先にセウユの後ろ姿が見える。

あの一瞬で米粒に見えるほどの距離まで駆けて行ったその身体の見立ては間違ってなかったがまるで惜しいと思えなかった。

性癖は受け継がないはずだがあの身体を乗っ取った時、精神体である自分がまともでいられる自信がまるで沸かない。

「あ、先輩!1人逃げました!」

「クッ仕方ない! あの黒坊主だけでも捕まえるぞ! 今日こそ街の自警団の意地を見せてくれる!」

「「ハイ!」」


あれ? オレも狙われてる?
















「ハアッハアッ、くそ、アイツらめ覚えていやがれ、強い身体を得たら真っ先に切り刻んでやる!」

数十分後、何とか自警団の追手を逃れた黒サトーは負け惜しみを吐きつつ息を整えていた。

三人ほど今の身体より高性能な人間に追いかけられたので仕方なく撤退を選んだ。

正直追いつかれるかもしれないと不安だったが何故かこの身体、逃げ足は妙に速かった。

まるで日常的に逃げ足を鍛えているような感覚だったが黒サトーが欲しいのは逃げ足ではなく人を切り刻めるほど強い身体である。

気を取り直してまた良い身体探しに向かうがセウユほどの身体は中々現れない。

いささか劣る身体はあるもののセウユのスペックを見た後ではどうも選ぶ気にはなれない。セウユを選ぶ気もないが。

どうしたものかと唸っているとふと視線を感じてそちらを向く。

随分と低い位置から感じるなと思えば首輪に青い宝石をつけた真っ白な猫がこっちをじっと見ている。

「…………」

「…………」

何故か真っ白な猫は動こうとせず何かを確認するように頭を動かしている。

奇妙な猫だとは思ったが猫など乗っ取ることも出来ないし切り刻んでも楽しくない。

とは言え猫ごときになめられるような行動は黒サトーとしても気分のいい物ではないのでさっさと追っ払うことにする。

「オラ、何見てんだ猫! シッシッ」

「!?」

瞬間、毛をビクッと逆立て猫らしくシュタタタタとあっという間に何処かへ逃げ去っていった。

去っていく猫を横目で見やりながら苛立たしげに頭を掻く。

(ったく、さっきのガキどもといい今の猫といいこの人間には妙に何か寄ってくんな)



「あら、サトーさん?」

軽く呆れのため息をつけば再び声をかけられる。

またかよ、と声のした後ろに振り返れば




「こんなところでどうしました? ギルドのおつかいですか?」




そこには理想があった。


魔力は少ない。正直平均的な量をかなり下回っているだろう。

だが魔力値など身体を操るナイフにとってどうでもいい。

「? あの、どうして黙っているんですか? 私の顔に何かついてます?」

何か訊いているのは分かるが頭に入ってこない。

改めてその女(のはず、何故か確信できない)の姿を確認する。

赤い髪を後ろでひとくくりにして背中に流している。

軽鎧に身を包み腰には細剣を指している。

容姿はどうでもいいと思っている黒サトーだがそれでも間違いなくこれは人間の中でも上位の物だと分かる。

そしてとりわけ注目したいのがその身体だ。



全くといっていいほど無駄のなく、柔軟かつしなやかな筋肉。

訓練だけでは成り立たない、生まれによる性質。

だが決してそれに溺れず鍛えられた洗練された身体つき。

恐らく何度も繰り返した鍛錬や戦闘で培われた戦士独特の気。



完璧だった。黒サトーにとって理想としか言いようのない身体だった。

属性も魔力が少なく身体が強化されていることから『剣』であろうことは想像に難くない。

正に自分の求めた身体! これだ! 今まで大勢の身体を乗っ取ってきたがこの身体こそが自分の追い求めてきたものだったのだ。

どの人間にも何処か欠点があっていつも不満が絶えなかったがこの身体ならば間違いなく自分の力を十全に発揮できよう!

気がつけば黒サトーは空いている左手でその理想、ミリンの手を取っていた。




「やっと見付けた。あんただ。あんたこそがオレの理想だったんだ」

「へ? え? あの、え?」

「ああ、済まねえ、柄にもなくマジで喜んじまった。まさかオレが探し求めていた存在にこうして会えるとは思わなくてな。

だが間違いなくこれだけは言える。オレはあんたに会うために生まれてきたんだと!」

思わず大きくなった声に周囲の注目が集まる。

そこには一見すれば二人の男女。

男性が女性(?)の手を掴み真剣な眼差しで見つめ、女性の方は突然の事に驚き目を見開いている。しかし、その頬は赤い。

誰がどう見ても告白現場だった。

「あんたを知らなければオレはきっと他の奴で満足していただろう。それできっと問題なかっただろうよ。だがもうだめだ。あんたを知っちまった。あんた以外もう考えられねえ」

「さ、サトーさん、い、一体どうしたんです? 急に何を言い出すんですか?」

「何って……通じてねえのか。あんたが欲しいと言ってんだ」

「なっ!?」

黒サトーの言葉にミリンはさらに顔を赤くし言葉を詰まらせる。

うおー!とギャラリーから歓声が沸く。

先ほどまでは人通りも多かったのだが黒サトーとミリンのやりとりをみて全員邪魔にならない程度の距離まで行きしっかりと二人を見ている。

クローブの住人は空気の読める人達だった。

いいわねえ若い子ってのは、うちの旦那も確かと、奥様達は昔話をしつつも視線は二人に固定されている。

「な、なんでそんな突然、大体私には心に決めた方が」

「ワリいな。でもオレもあんたを諦めるってのはもう出来ねえ。もう一度いう。あんた以外はもう駄目だ。あんたじゃなきゃだめだ。
こんな風に言うのはオレも初めてだがアンタだからこそ言いてえ。頼む、俺と一つになってくれ!」



そう言ってポケットから何かを出し掴んだミリンの手に持っていく。

ギャラリーからは良く見えず指輪か! と興奮しているが実際は体を乗っ取るナイフを渡そうとしているだけである。

だが幸か不幸かギャラリーはもちろん至近距離のミリンですら恥ずかしげに顔を伏せている所為でそれに気付かない。



「……わ、私なんかの何処がいいんです?」




ミリンの戸惑うような、困惑しつつも真意を問う発言。

いけ! そこで決めろ! とギャラリーの中の男共が沸くが今いいとこなんだから静かにしろ、と女性陣達にのされる。

「何処って……そりゃ決まってんだろ」

そんな周囲の言葉などまるで気にならない黒サトーは寄せたナイフを止めミリンの顔をしっかり見つつ答える。





























「カラダだ」
























「横にね、飛んだんですよ。いえ、その男の方が。殴られた瞬間こう、つーっと、まるで見えない台車に乗っているみたいに真っすぐ、しかも鳥が飛ぶみたいな速さで。

いやー、長年この街にいたけどあんな振られ方した男は初めて見たわ」――――後日、見物客の1人による証言




























目が覚めれば夜空に月が輝いていた。

「いてて、クソ、オレの理想の身体どこに行っちまった?」

黒サトーが身を起してみればもう暗くなった街には人影など見当たらず目的のミリンも当然いなくなっていた。

ちなみにナイフは気絶しても握り続けていた。奇跡である。

取りあえず立ち上がると彼の横には『この男、傷心中にて触れるべからず』と看板が立っている。

何の事か良く分からないがとにかくあの体は修道服の男と違い絶対に諦めきれない。何日でも探そうと決意する。

「しっかし、流石にもう誰も切らないってのもチイッと無理だな。夜になったし1人くれえならいっか」

理想の身体は明日探すとして今は気晴らしも兼ねて辻斬りをしよう、と思った瞬間向こう側からゆっくりと歩いてくる人影が見える。

「運がいいねぇ、いや、悪いのかねぇ」

黒サトーにとって最高の、相手にとっては最悪のタイミングの遭遇。

何故なら見えた身体の持ち主はスペックでは黒サトー以下だった。

その代わり魔力は信じられない程高かったから魔法使いなのだろう、と想像つく。

魔法使いは大抵接近戦に弱い。獲物としては最適だ。

すれ違いざまに切りつけてひるんだところをめった刺しにした事など今まで何度もある。

さあて、やるかと思えば

「サトー、遅いから迎えに来たよ。なんかまた馬鹿やったらしいね」

「ア?」

どうもまたこの身体の知り合いらしい。まあこの身体の街なのだから当たり前といえば当たり前だが獲物がコイツの知り合いばかりとはどういうことか。

「ほら、早く帰るよ。今日は君がご飯作る番だろ?」

「ん、おお」

くるり、と無防備に背中を向けて歩き出す銀髪の魔法使い、シオに黒サトーはニヤァ、と笑みを浮かべおざなりな返事をする。

すたすた、と歩く姿はどう見ても不意打ちに対応出来そうな身体ではない。

(このオレに背中向けるなんざ襲って下さいって言ってるようなもんだぜ魔法使い。ま、恨むんなら乗っ取られたこの知り合いを恨むんだな)

ぎらつく目を背中の左側に固定し足音を忍ばせゆっくりと近づく。

振り返る気配もないシオに少し物足りなさを感じつつもナイフを一気に突き出す。

(あばよ、魔法使い)

本体たるナイフは自分の思った通りにシオの背中の左側に吸い込まれるように進み―――


「『エヴァク』」


見えない壁に阻まれた。

ナイフはシオに届く手前で固定されたかのように動かない。



「な、んだこりゃあ!?」

「魔法だよ、『ラニマ』」

黒サトーが驚いている間に眼前に伸ばされたシオの右手。

そこから青い電撃が走り黒サトーの身体を駆け巡る。

「ぐがああああああああ!!」

「サトーの身体だからね。死なない程度には調整した。でもしばらくは指一本動かせないだろ」

倒れこんだ黒サトーを見下すようにシオは呟く。その内容は明らかに今話している相手が自分の知り合いではない事を見抜いていた。

シオに言われた通り身動きは取れないが口は自然と動いた。

「あ、ありえねえ! 何だ今の詠唱の速さは!? 魔法の詠唱ってのはもっと長えはずだろ!?」

記憶の中の魔法使い達の何人かは切りつける前に気付けるほどの実力者もいた。

だが魔法を発動させるためにはそれぞれの属性を司る精霊に干渉するための術式を使わなければならない。

人がそれを為すためにはいくつもの複雑な理論によって構成された詠唱を唱えなければならないのだがその間はほぼ無防備になる。

そんな隙をナイフは見逃すことはしなかったし事実、魔法使い達はそうしてやられてきた。

それが詠唱の発動呪文のみで魔法を使えるなど聞いた事が無い。

「お前は知らないだろうけど僕はギルドのSランクの冒険者だよ。魔法使いが1人でクエストに行くんなら最低でもこのくらいは出来なきゃ」

「っく!意味わかんねえ!――つうか何でオレがこの身体の持ち主じゃねえって分かったんだよ! 幾ら魔法使いでもオレの擬態は見ただけじゃ分かんねえはずだ!」

「それこそお前がサトーじゃない証明だよ。今日白い猫にあったろ? あの仔、ミントは精霊獣でね、魔力や属性、思考まで見抜ける高位の精霊獣さ。

一切読み取ることのできないサトーから邪な気を感じるって僕に教えに来てくれたのさ。サトーはミントに懐かれてるからいつも会った時には楽しそうに会話するって言ってたしね。
……僕と話す時は怯えてて距離も凄く離れてたのはちょっと傷ついたけど」

後半は良く聞こえなかったが黒サトーの脳裏には確かに奇妙な猫が浮かび上がった。

真っ白な猫は言われてみれば普通の猫よりも纏う気配が違った気がする。

「あの猫か! クソ、追い払わねえで殺しとくんだった!」

「まあ、そんなことしなくても僕はサトーじゃないって気付けただろうけどね」

身動きも取れず悪態をつく黒サトーの右手、黒いナイフにシオはゆっくりと近づく。

「サトーはね、僕との喧嘩の時には絶対に武器を使わないんだ。冒険者最高のSランクの僕相手に最弱といっていいはずなのに素手でやろうとするんだ。

だから後ろからナイフを使うなんてことをサトーがするはずがない」

「馬鹿でお調子者で意味分からないこと言いだしたり弱いくせにエルフの親子を助けるために動こうとしたり
「もう二度とやるか」とか文句を言いながらも何だかんだで僕の触媒の収集に付き合ってくれるお人よしが人を殺そうとするはずがない」

口調は穏やかだが伝わる雰囲気から怒気が混じっている、とここで黒サトーもようやく気付く。

「だからお前みたいなのがサトーを乗っ取ってると思うと何だかいらつくんだ。『イサラ』」

風が吹き黒サトー、いやサトーの手からナイフが離れカランカラン、と地面を跳ねやがて止まる。

サトーの身体が解放されたか確認したシオは今度は飛ばした黒いナイフに近づいていく。

支配する身体を無くした黒いナイフはそれのみでは何も出来ないただのナイフにすぎない。だがその中に宿るナイフの意志は持ち合わせてもいないはらわたが煮えくりかえりそうだった。

(クソッ!クソッ! せっかく理想の身体みつけたってのにこんなとこで終わってたまるかよ! このクソ魔法使いめ!
イイ気になっていやがるが回収のために少しでもオレに触れてみやがれ! オレはそうやって安心した奴らを何人も乗っ取ってきたんだ!
あの冒険者みてえに腕が義手にでもなってねえ限りどんな奴だって乗っ取ってやる!)

見たところシオの両手は生身の物だ。ならば問題なく乗っ取れるはず。

すぐ傍まで寄ったシオがゆっくりと屈んでナイフに手を伸ばす。

(いいぞ! 乗っ取ったらまずそのお前が助けようとしたあの弱え身体を殺してやる。 さあ、触れ。触れ。触れ! 触れ! サワレ!!)

伸ばした手がナイフに届くかと思われた時

シオは掴まずに手を開いた。



(サワ………エ?)



「相棒が乗っ取られたのにどうしてこんな遅れたと思う? ギルドでお前の事を調べてたからだよ“オレガノのナイフ”。
対象に触れる事で身体を支配し動かす事の出来る意志ある武器。
魔法使いとしては実に興味を注がれるし研究材料にしてもいいかなって思ってたんだけどやっぱりやめた」

シオの右手に魔力が集中し赤く光を放っていく。

今サトーが気を失っていなければ驚愕しただろう。

無能ゆえ魔力の凄さが今一分からないサトーですらはっきりと確認できるほどその魔力は強大だった。

至近距離にある黒いナイフ、“オレガノのナイフ”にはそれが死神の鎌のように思えた。

「さっきも言ったけどお前がサトーを支配して僕を殺させようとしたってのが僕には凄くいらついたんだ!」




「『エツァ・ネァーカ』!!」






この時、クローブの街に夜にも関わらず一度陽が照ったと言われた。

数え切れぬほどの犠牲を出し“姿なき殺人鬼”と恐れられた正体である呪いのナイフは



こうしてこの世から消滅した。















「全く! 魔力を持たない君は魔法に対しての抵抗がまるでないから気をつけるようにって僕前に言ったよね?」

「はい」

「しかもギルドの倉庫の物を触るなんて何考えてるんだ? あそこは呪いの品ばかりでしょうが」

「はい、面目次第も御座いません」

俺TUEEEがしたかったなんていったら多分魔法打ちこまれそうだ。

仁王立ちするシオの前で平身低頭を繰り返す。

気がつけば街のど真ん中で寝ていたけどナイフに身体を乗っ取られてる間もほんの薄らだが意識はあった。

起きたらすぐ忘れる夢みたいな感覚だけどろくなもんじゃなかったのだけははっきりと覚えている。

今は自宅に帰りシオからお説教を受けている真っ最中です。

「反省してる?」

「はい」

「………まあ、いいか。今後は気をつけるようにね」

「はい。あ、一ついいか?」

「うん? 何?」

さっきまで怒っていた顔だが直ぐにキョトンとした顔になる。

この辺がそこらのお姉さま達を夢中にさせている点の一つなのだが俺にはどうでもいい。

「えっと、助けてくれてありがとな。お前のおかげで俺も無事だったし誰も被害が出なくて済んだ」

「……別にいいよ。君は一応僕の相棒だからね」

「ああ、それでもありがとな」

この前のオークションでも思ったがシオはどうも純粋なお礼やらが苦手らしい。

照れてそっぽを向くも耳が真っ赤なのであまり意味が無い。

この辺がそこらの女の子達を(ry

ニヤニヤしていた俺に腹が立ったのかむっとした顔でこちらに向き直る。

「……サトー、今日のことって覚えてる?」

「あん? いや、なんかろくなもんじゃなかったってことくらいしか」

「そう…明日は多分大変なことになると思うから気をつけてね?」

「待て! 何だ!? 乗っ取られてる間に俺は何をした!? そして何でお前はそんなに嬉しそうなんだ!?」

「そんなのサトーが不幸な目、じゃなかった面白そうな事になるからに決まってるじゃないか」

「言い直す意味が無い! どっちも悪いわコンチクショウ!」

「甘い! そのパターンはもう覚えた!」

そしてその後はいつも通りの喧嘩でこの日は終了した。

あん? 戦績? 百を超えた辺りからもう数えんのめんどくてやってねえよ。












因みに次の日





「コラァ!!サトー!! 屋根直しておけっつったのに大穴開けてどっか行っちまうとはいい度胸だな!!」

「すんませんバルサさん!!」

「午前中に全部直しとけ!」

「はいバルサさん!」




「ん!」

「お、お帰りスーちゃん。うん、今日も元気そうだな」

「ん、ん、ん!」

「あん? …ああ、先生に褒められたのか。 良かったね、よしよし」

「ん~~~」

「ふむ。昨日の様子からどうなる事かと思えば復活したようで何よりだ同志サトー」

「脈絡もなく現れんな。あと同志言うな」

「しかしこれではせっかく用意した『ロリコン読本part6 なぜ幼女は成長するの?』が無駄になってしまったな」

「ソレ今すぐよこせ。火種にすっから」






「あ……サトーさん」

「お、ミリン。えっと、昨日はどうも迷惑かけて済まなかったな」

「い、いえ迷惑だなんて。ただ、その」

「あん?」

「……ごめんなさい。昨日一晩考えたんですがやはり私はシオ様の事が……」

「? シオのことなら分かってるよ。応援するって言ったろ?」

「!! そ、そうですか。…あ、あの、こんな私が言うのもなんですが、まだ私と友達でいてくれますか?」

「……当たり前だ。ミリンが拒否しない限り友達をやめたりなんかしねえよ」

「あ………はい!」

(迷惑かけたってことは覚えてんだけど何やったんだ俺は?)











帰宅後


「割りといつも通りの一日だったわ」

「君も大分タフになったね」





















あとがき

まずはかなり間が空いてしまいすいません!

引っ越しやら何やらで余裕が出来ていざ書こうとしたらなんかスランプに陥ってました。

次がいつになるか分かりませんがどんなに時間がかかってもなんとか完結までは持ち込みたいです。




そしてどうしてミリンを男の娘にしてしまったんだ私は!

さらにシオのフラグも進んでいる気が!

でもBLにはしませんよ?

例え今のところ攻略対象がいなくとも






[21417] せめて勇者として召喚してほしかった14
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/07/24 19:01






「ってなわけでな、同じSランクでもウチの非常識と違ってすげー常識人で腰の低い人だったんだよ」

「ふーん、ところでウチのSランクって僕も含まれてるの?」

「当たり前だろ」

「てい」

「目があああ!?」

「全く、もう少し主である僕に尊敬の念ってものを持とうとは思わないのかい?」

「いつお前が俺の主になったよ?」

「家主」

「ごめんなさい」

「よろしい。それにしてもそんな人が来てたなんて知らなかったな」

「おお、帰る時明日ここを去るって言ってたから会うのは無理かもしんないけどな」

「そっか。ところでどうして震えてるんだい?」

「あん? あれ? なんで震えてるんだ俺?」

「冷え性?」

「ちゃうわ馬鹿」

食事をとりながら馬鹿騒ぎをしつつ何で震えてるのか考える。

今日の出来事でなんか震える原因なんかあったかな?
























いつも通りギルドで仕事をしていた。

「えーっとこれで先月の受注クエストの整理はオッケーっと」

今日はカウンター側でなく裏に回って書類整理のお仕事。

最近では文字も大分読めるようになってきたし「こういうのはやらなきゃ覚えないものよ」とミコさんからの温かい一言で任された仕事だ。

とは言え年月日順に並べて見出しを作ればいいのでそこまで苦になる仕事ではない。

しかしながら油断は禁物、しっかりとチェックしながら仕事を続けていると

「おーいサトー! ちっと来てくれ!」

「はーい、今行きますバルサさん」

なんだろ? 人手が回らない程受注がいっぺんに来たとか?

バルサさんに呼ばれる事自体は珍しくない。冒険者がそれなりに居るウチのギルドでは仕事なんざ山のようにある。これまたいつもの事だ。

取りあえず手元の資料を簡単にまとめて表の方へと向かう。

「お、来たな。フェン、紹介するぜ。ウチで今雇ってるサトーだ」

顔を出した瞬間、待ちわびたようにバルサさんは俺の紹介を“その人”にした。

“その人”は初めて見る人だった。

青みがかった灰色の髪に笑っているように見える細い目。

俺の姿を見て驚いているのかその口は少し丸く開けられている。

歳の頃は俺より少し上くらいだろうか?

中肉中背の身体に地味な服装は人の良い近所のお兄さんといった印象を受ける。

「サトー。コイツは昔俺が冒険者だった頃の後輩、今じゃSランクの冒険者、“フェンネル”だ」

バルサさんの紹介を受けて軽く会釈を返すにとどまる。

その瞬間、俺の“いつも”は壊れた。





























せめて勇者として召喚してほしかった14






















「えっとどうも。ここのギルドで下働きやらせてもらってます佐藤秀一です」

「ああいえいえこちらこそ、Sランクの冒険者をやっていますフェンネル・シードです」

俺が挨拶するとフェンネルさんも慌てて立ち上がって返してくれた。

随分腰の低い人だなと思いながらも改めて観察する。

身長は俺と同じくらい、顔つきは優しい印象を受けるが戦いをするような雰囲気は感じられない。

腰元やカウンターを探してみても武器一つないからとてもではないが冒険者、しかもSランクとは思えない。

むしろ商人とか先生と言われた方がしっくりくる。そんな人だった。

「あの、何かおかしかったでしょうか?」

じろじろ見てしまった感があったのだろう。

少し不安げに聞かれたので慌てて詫びる。

「すんません、最後のSランクの方は龍殺しだと聞いてたんでもっと屈強なイメージを勝手にしていましたから、ちょっと驚いちゃって」

「龍殺し、ですか? えーっとボクはまだ龍と相対した事は無いですね」

あん? おかしいな、確かに前にウチのSランクの冒険者3人は魔法使いと元聖騎士団と龍殺しだって聞いてたんだが。

魔法使いと元聖騎士団はシオとセウユの事だから必然的に龍殺しのはずだけど。

「ああ違うぞサトー。コイツはウチのギルドじゃなくてガラムマサラのギルド所属の冒険者だ」

頭をひねらせていた俺の疑問はバルサさんが解消してくれた。

ああ、なるほど。クローブのギルドじゃなくてガラムマサラのか……って

「王都の冒険者!?」

「ええまあ、恥ずかしながら」

照れているフェンネルさんはやはり腰が低い。

けれどそんな謙虚になるような身分ではないはずだ。

ガラムマサラ。この国、イザードの王都であり最も栄えている街。

遥か昔、勇者が現れる前から存在していた長い歴史を持つ街。

街の中心にはこの世界で一番と言われる城がそびえたち、その周りを貴族が囲み十年かかっても全てを把握出来ないとまで言われる城下町がある。

政治、軍、経済、物流などほぼ全てにおいての中心でそれは冒険者ギルドも例外ではない。

受ける依頼の内容も基本的にランクが高く所属する冒険者のレベルも高い。

国からの依頼も良く入ってくるほどの信頼性もあるという。

なぜならガラムマサラのギルドに所属するには他の街のギルドからの推薦をもらうかギルド認定試験を受けなければならないためだ。

その他のギルドでは本人の意志さえあれば入れるのだからその違いが分かるだろう。

つまりガラムマサラのギルドのSランクという事は全冒険者の中でトップといっても過言ではない、とギルドで働くうちに覚えた知識が告げている。

言ってみればここは地方の子会社でフェンネルさんが所属するのは首都の本社と言ったところだ。

「すげえ! 王都の冒険者なんて初めてみました!」

「いやあ、運が良かっただけですよ。バルサ先輩を始めたくさんの人がいたからこその話です」

「謙遜すんなフェン。運だけで王都のSランクになれるわきゃねえだろ。俺がおめえをガラムマサラに推薦したのだっておめえならきっと出来ると思ったからだ」

照れて頭を掻くフェンネルさんを豪快に笑いながらバルサさんがばしばし叩いている。

その姿はギルドのマスターとSランクの冒険者ではなく気心知れた先輩後輩の関係だった。

温かい光景に元の世界の大学の後輩達を思い出して少しばかり羨ましく感じる。

「っとイケねえイケねえ。つい懐かしくなっちまった。サトー、コイツはクローブに仕事で来たんだが実はここは初めてでよ。色々と街を見て回りたいんだが案内が欲しいらしくてな。

てぇこってフェンの街案内を頼めねえか?」

「街を、ですか?」

「おう、フェンが『1人で回るよりは誰かに教えてもらいながらの方が楽しく見て回れそうなので誰か居ませんか?』って言いやがるからな。

可愛い後輩にそんなこと言われちゃ先輩としちゃなんとかしてやりてえのよ」

どうだ? と訊くバルサさんだが元より俺に拒否権などない。

それに俺としても王都の話には興味がある。

「いいっすよ。俺でよければ」

「おお、んじゃ早速で悪いが今から言ってきてくれや。後の仕事はいいからよ」


言われた通り直ぐに身支度を終えた俺は、済まなそうに頭を下げるフェンネルさんを連れて何処を紹介して歩いていくか考えながらギルドを後にした。




















「あれ? おいミコ! サトーの奴何処行きやがった? またサボりかアイツ?」

「? 何言ってるのあなた? サトー君ならさっきあなたが後輩のフェンネル君の街の案内をするように言ったじゃない」

「お? ……ああ、そういやそう言ったような。いかんな、良く覚えとらん」

「あなた、せめてスーが大きくなるまではもってね」

「……シオ坊が毒を吐くようになったのは間違いなくお前のせいだな」

「何言ってるの? 私もシオ君も魔物じゃないんだから毒を吐くわけじゃない」

「自覚なしか……シオ坊もガキの頃は可愛げがあったのになあ」













「えっと、フェンネルさんはバルサさんと昔パーティとか組んでたんですか?」

「ええ。ただクローブではなくもっと王都に近い街のギルドに所属していました。バルサ先輩がクエストでクローブに来た際そのギルドの娘さんに一目ぼれしてからは別になりましたが」

「ああ、ミコさんっすね。美人ですからね。今でもまだ独身だと勘違いして告白してくる人いるんすよ。その度にバルサさんに潰されてますけど」

「はは、変わってないですね。昔から何かあったら物理的に叩き潰す人でしたよ」

フェンネルさんの思い出話を聞きながら街を案内する。

フェンネルさんは商人の護衛というクエストで王都からわざわざ辺境のここまで来たとのこと。

街道を通っての護衛だからDランクレベルのはずなのだがどうやら行き先を見てバルサさんに会いたくなったのだそうだ。

折角の再会なのだからもっとゆっくり話さなくて良かったのかと訊いたところあまりそういうのはお互い好まないらしい。

ともかく大通りや街の主要機関などの場所を案内しているのだが、フェンネルさんはなんというかとても会話しやすい。

穏やかな喋り方や柔らかい笑顔なので案内している際に街の人達と会話しても誰もが好印象を抱いているのが分かる。

中には食事に誘ってくる女性もいたが街を回りたいということでやんわりと断っていた。

これがシオだったら取りあえずホワタア!なのだがフェンネルさんに対してはそんな気にすらならない。

そこにいるのが当たり前のように、極自然にクローブの街に溶け込んでいる。そんな感じだった。



「いい街ですね。よその人でも当たり前のように受け入れている」

「でしょう。ちょっと皆騒がしいとこありますけどね」

「流石クローブ、『辺境の園』とも言われただけのことはありますね」

「あん? なんすかそれ?」

「え? サトー君はそれを知っていたからクローブに来たんじゃないんですか?」

??? 言っている意味が分からない。

「ここはもともとイザード国の中でも迫害された人々が作り上げた街なんですよ。元奴隷や難民、貴族からは卑しい身分と言われまともに扱ってもらえなかった人達がなんとか自分達が住めるようにと長い年月をかけて出来たんです。

昔のイザードは選民思考が強く差別など当たり前でしたからね。今でもところどころにその名残はあります。

けれど唯一この街だけはあらゆる民族を受け入れる街と言われています。王都からは遠く、近隣に魔物が多く住まう森や山があり危険度で言えば他の街よりはるかに高いですが、それでも国内でも上位に数えられるほど発展した街なのはそのためですよ」

はー、なるほど。だから俺を見た時も皆最初は吃驚するけどその後は当たり前のように接してたのか。

そういやいやに簡単にバルサさんが俺を雇ってくれてたけどアレはシオの紹介以外にもそういう理由があったからか。

今さらな事実に相槌を打っている間にもフェンネルさんの説明は続く。

「黒髪黒目などある意味その最たるものです。魔力もなく属性もない。人類は皆本来の属性の奥に光を持つと言われ魔物は闇を持つと言われています。

そのどちらでもない黒髪黒目は人によっては不吉の象徴とも言う事があり、特にイジャ教の狂信者に至っては悪魔の手先だと今でも信じている者も居ます。

魔王が現れた今の時代、黒髪黒目である貴方がもし王都に行けば命を狙われる可能性がありますから気をつけてくださいね」

え、なにそれ王都こわい。

「だからボクはてっきり貴方が他の街から平穏な生活を求めて来たと思ったのですが」

「あ~、すんません。俺ちょっと特殊な育ち方してるんで常識とか薄いんですよ。ここに来たのは俺の遠い親戚の魔法使いに呼ばれたからです」

「魔法使い?」

「ええ、フェンネルさんと同じSランクの冒険者ですよ」

「……ほう」

「っと案内の途中でしたね。まだ時間は大丈夫ですか?」

「ええ宜しくお願いします」

「オッケーッす。俺もまだ全部分かってるわけじゃないですけど色々案内しますよ」

少し暗めの話を打ち切り案内のために一歩先に出る。

フェンネルさんも空気を読んでくれたのか黙ってついてきてくれた。












「ここがクローブで一番大きい書店です」

「結構品揃えがいいですね。おや? 特集が組まれてますね、ええっと『究極の愛』のコーナー…」

「さあ、次の場所に向かいましょう」

「え? 今来たばかり」

「そこにいてはいけません見ちゃいけません知っちゃいけません」











「ここが学校ですね。大体子供達は昼ごろに終わるみたいです」

「ああ学校ですか。懐かしいですね。ちっちゃい頃は運動が嫌いでしたがいい思い出です。サトー君はどうでした?」

「俺は(この世界の学校は)通ってないです。おかげで今でも文字の勉強の毎日です」

「………すみません」

「お気になさらず」





「教会です。イジャ教の教会は中央のここ以外に東西南北に一か所づつあり誰でも受け入れてくれています」

「魔王が現れた今、人々は神に祈ることで救いを求めていますから。なんとかしなければいけませんね」

「ええ本当に」








「この先がクローブの街の行政を取り仕切ってる議会です。残念ながら一般人は立ち入り禁止ですが」

「先ほども言いましたがクローブは国から迫害された者たちが作り上げたのが元ですので王都と違い身分による差別が少ないのが特徴ですね。

議会を組む際も王都では全員貴族ですがクローブでは民衆の意見も取り入れるために代表者を選出して共に議題を取り組む形となっています。

もちろん国の方針が第一ですからそこまで突飛な事は出来ませんが」

「……俺より詳しいですね」

「こういうのは得意なんですよ」








「ここに扉があるんですが見えますか?」

「ええっと何処にあるんですか?」

「…どうして他の人には見えないんだ?」



























「ここまでですかね」

夕日が大分傾いたのを見ながらフェンネルさんに確認を取る。

「いやあありがとうございます。おかげで楽しい時間を過ごせました」

夕日に当たりながらも優しげな笑みのまま満足したと喜んでくれている。

所々では俺よりも詳しかったフェンネルさんだけどこっちこそ楽しんでもらえて何よりだ。

笑っていたフェンネルさんだが何か思い出したような顔をして俺の方に向き直る。

「ところでサトー君」

「あん? なんすか?」

「貴方は確か親戚の魔法使いの家に住んでいるんですよね?」

「え、ええ」

どうしたんだろ急に?

「どんな人です?」

「どんな、って、えーっと、生意気で自信家でSっ気があって腹が立つことにイケメンで」

「ああいえいえ違います。ボクが聞きたいのはそう言う事では無くてですね。

そうですね――……」

「あん?」






「例えばですが」












「『その魔法使いは銀髪ですか?』」












「え?」

「答えてください。『その魔法使いは銀髪ですか?』」

「え、ええ」

何だ? これ?

「そうですかそうですか。では次の質問ですが『その魔法使いは男ですか?』」

「そう、ですけど」

いつの間にかフェンネルさんの笑ったような細い眼が開かれてる。

薄紫の綺麗な眼。

例え開いていてもワラッテいるように見えるのは変わらない。

少し光を放っているようにも見えるその両眼から俺は目をそらせない。そらせられない。

「ふむふむ。なるほどなるほど。では次に『その魔法使いの属性は『杖』ですか?』」

「はい」

あれ? 今俺勝手に返事してた?

もしかしてその前も?

「ほうほう、ああすいません変な質問ばかりしちゃって。でももう少しだけお付き合いください」

「はい」

「ありがとうございます。それでは次の質問ですが」

おい、どうなってんだ!? 何でさっきから俺が答えようと思う前に返事してんだ!?

強制的に喋っている訳でも身体が動かせない訳でもない。

ただ、それが当たり前のように話してしまう。

訊かれているのだからそんなことする必要が無いというように身体が動かない。。



というかさっきからフェンネルさんは何を訊いている?

魔法使いとか『杖』の属性とか


シオのことを聞きたがってる?



でもどうしてまるで“条件に当てはまっているか確かめるような”質問をするんだ?

困惑で思考が回らない。

身体も言う事を聞かない。

でもこのままじゃ不味い気がする。

このまま答え続ければシオにとって、俺達にとってどうしようもないくらい不味いことになる気がする!

「その魔法使いは大体、そうですね」

答えるな。答えるな。答えるな。答えるな!!

シオが何かを隠してることくらい分かってるしそれに対してどうこういうつもりも俺はない!

勇者の触媒を集めるのを手伝うって言った時から邪魔する気なんざない!

だから喋るな! きっとこれ以上は不味い。だから、頼むから、喋るな!



『ボクや貴方と歳が同じくらいですか?』」



けれど俺の意に反して口は勝手に動く。

フェンネルさんの質問に答えるのが“当たり前”と言わんばかりに。


「いいえ」



「……おや?」

? 少し空気が軽くなった気がする。

「ええっと、『男なんですよね?』」

「はい」

「でも『歳は僕達と同じではない?』」

「はい」

「…………」

なんだ? 俺の口は結局勝手に喋ってしまっているけど何かフェンネルさんの意図からずれたようだ。

「……下の方は既に死んで……生き残って………は兄のほう。でも歳が違う……」

なんなんだ? シオを何かと疑ってたんじゃないのか? シオとは関係ないのか? くそ! 意味分かんねえ!

「……そう言えば確かこの前シナモの闇オークションで……。すいません、『この前行われたシナモの闇オークションに参加されましたか?』」

「はい」

「…ふむ。では『落札したのは『炎輝竜の牙』ですか?』」

「いいえ」

「…あら? ……では『何を落札したのです?』」

「エルフの親子です」

「え、エルフの親子? ええ、っと『何故?』」

「離ればなれになってしまう親子を助けたかったから、というのとあの変態共の慰み者にされることが許せなかったから。俺もアイツも同じ考えでした」

「助けるため……ぷっくく、くくく、あははははは! た、助けるためですか。そうですかそうですか」

俺の答えの何が面白かったのか分からないがフェンネルさんは声に出して笑い始めた。

開いていた眼が元の糸目に戻ると違和感、いや、当たり前であるような感覚が消える。

「ははは、ああ、いやいや、どうもすみません。どうやら人違いをしていたようです。いや本当にすみません。

実はちょっと探している人がいたんですが中々見つからなくて。ボクとしては何とか見つけ出したい一心なのですがそのせいでサトー君には酷い事をしました。

怖い思いをさせて申し訳ありません」

そう言って深々と頭を下げるフェンネルさん。

その姿は俺が最初に見た時と変わらず腰が低い印象を与えている。

「い、いえ。誤解が解けたようで何よりです」

そう言ってごまかすものの内心は冷や汗でいっぱいだった。

今この人はなんと言った?

『炎輝竜の牙』を落札したかと聞いた?

炎輝竜の牙は希少性も高く大きさによっては武器にもなるとシオから聞いた。

だからそれを求めること自体は別におかしい事ではないのだろう。

だがこの場合は違う。

フェンネルさんの質問の意図は違う。

恐らくフェンネルさんは知っている。

『炎輝竜の牙』が勇者の触媒であると言う事を知っている!

だから不味い。とても不味い。

誤解なんかじゃない。恐らくフェンネルさんの探している人とはシオのことだ。

どうも炎輝竜の牙でなくエルフの親子を取ったことから違うと判断されたようだがもしも、もしもだ。

『勇者の触媒を集めていますか?』

こう聞かれた瞬間アウトだ。

何がアウトになるかはわからないが確実にアウトだ。

実はフェンネルさんも勇者を召喚しようとしていて協力を求めているとか?

……何甘い考えしてんだよ! なんでシオが自分が勇者の触媒を集めている事を誰にも言わないのか考えればわかるだろ!

アイツは魔族に知られたくないとか言ってたけどそれだけじゃないだろ。

こういう人(フェンネル)の目から逃れるためだろ!

「いやあ、本当にすみません。っと随分時間を取ってしまいましたね。ボクはこのまま宿の方へと戻ります。サトー君はギルドへ戻るんですか?」

「え、ええ。フェンネルさんはギルドに寄らないんですか? 二階が冒険者用の宿になってますけど」

「ご心配なく。ボクの依頼人が自分の泊まっている宿にボクの分も取ってくれているので。Sランクは信用があって助かりますよ」

明日の朝には出発しなければいけませんしね、と肩をすくめて苦笑するフェンネルさん。

それに対して俺は乾いた笑いしかできない。

「ははは…そうですか。それでは俺もギルドに戻りますのでこれで…」

なるべく表情にでないようにしながら背を向けて歩き出す。

一刻も早くここから離れたい。これ以上いてもし核心的な質問をされた時俺はきっと“答えてしまう”。

不自然にならない程度の速さで足を動かしていく。だが

「あ、すいません。最後にもう一つだけ」

「――――ッ!」

落ちつけ、慌てれば逆に怪しまれる。

「―――なんです?」

ゆっくり振り返ってなんでもないような口調で訊き返すも心臓がどくどくとうるさい。

顔がこわばってないか確認できないのが辛い。

「ああ、そんなに身構えないでください。さっきのは本当に悪かったと思っているんですよ。今度のは大したことじゃないんです」

どうやら俺の取りつくろいなどバレバレだったらしくフェンネルさんは苦笑している。

「本当に大したことじゃないんです。ただの興味本位なんですが“サトー君は勇者がいないことについてどう思いますか?”」

「え?」

口は勝手には……動かない。

「ですからただの興味本位ですって。それで、どう思います?」

「………どう、と言われても」


次の言葉にも俺の口が勝手に動く事はない。どうも本当に興味本位の質問のようだ。

けど気軽には答えられない。もし下手な事を言ってまた何か疑われたら目も当てられない。

「…………」

「あー、サトー君。別にそこまで真剣に悩まなくてもいいですよ?」

勇者がいない事について。正直なんでいないとは思ってる。でもシオに聞いてもまだ召喚されてないから、としか教えてくれないし他の人に聞くのも変に疑われるからやめてくれと言われていた。つまり今いないこと自体に疑問を抱くような答えはだめ。となると―――…

「悲しいですね。はやく現れてほしいって思います」

当たり障りのない答えだと思った。

魔王がいる世界なら救いである勇者を求めるのは当然だと思った。

だからそれっぽい答えにした。

けれどこの瞬間、俺は自分が最大のミスを犯した事を悟った。

何故ならフェンネルさんの両目が俺に質問していた時よりも大きく開かれていたからだ。

「現れてほしい、ですか」

「え、いや、ただそう思っただけで」

「いえ、別にかまいませんよ」

見開かれていたのは一瞬で直ぐに元の糸目に戻っていた。

けれど身にかかる気味の悪さはさっきまでの比ではない。

さっきまでのは目標への手がかりレベルの関心。

言ってみれば獲物の足跡を見付けたようなもの

今受けているのは完全にターゲットとして認識された、獲物として捉えられた感覚だ!

何も答えなければきっと俺の事は珍しい黒髪黒目程度の印象で済んだんだろう。

でももう駄目だ。きっとこの人は俺に対する印象を決して軽くはしない。

なぜかそれが確信出来る。

それこそ、死ぬまで、ずっと。

「そ、それじゃ俺はもう戻ります!」

限界だった。

返事を返すと同時に全速力で駆けだした。

疑われるとか怪しまれるとかどうでも良かった。

直ぐにフェンネルさんの傍を離れなければ俺は駄目になる。

そう確信できた。



「――――――――――――――」



走り去る俺に背中からフェンネルさんの声が届いたが俺は何も答えずに走った。





サトーが走り去ったのを見届けるとフェンネルもまた自らの宿へと足を運んだ。

「ふう、辺境まで足を運びましたけど結局は人違いという事ですね。もし『彼』なら触媒を目の前で放っておいて他のを、しかも人助けのためだなんて理由でふいにはしないでしょうし。それに性別や容姿はまだ変装などでごまかせますし名前は偽名を名乗ってるでしょうから意味がありませんけど年齢までは流石に無理がありますからね。まあこれはいつもの事ですね。いるかいないか分からない存在を探しているのですから大したことではないです。………それよりも」

立ち止まり身をかがめる。

腹を抑え何かを必死で耐えるようなしぐさをする。


















「“はやく現れてほしい”? “はやく現れてほしい”!? 今この世の中で勇者に対して“はやく現れてほしい”!!? 勇者が“はやく現れてほしい”!!??

うふ、うふふ、うふふふふ、うふふふあはうふあはうふはははあはあははあはははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははうふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!! これはどういうことなのかな? 本人の言った通りただ世間知らずなだけなのかな? それとも別の何かかな? ああ興味が沸くなあ、興味が沸くなああんな事を普通に言えるだなんて興味が沸くなあ、他の人だったら変わり者とか勇気があるで済ませられるけど黒髪黒目がそんなこと言うなんて興味が沸くなあ沸くなあ沸くなあ、勇者なんかよりずっと興味が沸くなあ、魔王が現れて、勇者がいなくて、代わりにいるのはほとんどおとぎ話レベルの黒髪黒目! なんの力も魔力も持たない、光の側にも闇の側にも味方がいなくて全部殺されたとも言われた黒髪黒目が今ここに、この時代に居るのは偶然かなあ? その黒髪黒目がまったく負の感情も持たせることなく勇者を望むだなんて偶然なのかあ? 、面白い物見つけちゃったなあ、ああ興味が沸くなあ、本当に興味が沸くなあ、仕事が無ければここに居座るんだけどなあ、どうしよっかなあ、辞めちゃおっかなあ、でもなあ、流石に勝手に辞めたら殺されちゃうかなあ、殺されるのはいやだなあ、死ぬのは嫌だなあ、しかたないなあ、我慢するかなあ、我慢して次に会うのを楽しみにしようかなあ、そうだね、うん、そうしようそうしよう」

狂ったように笑った後、誰かが聞いている訳でもないのに勝手に喋りつづけ自己完結した。

サトーと話していた時とは口調も幼くまるで楽しいおもちゃをみつけた子供のように。

再び歩き出した誰もいない宿までの帰路。

フェンネルは笑みを絶やさず言葉を繰り返す。


「ああ、興味が沸くなあ」



















バタン!!とギルドの扉を勢いよく開けカウンターに崩れるように座りこむ。

走っている間の事は良く覚えていない。とにかくここに戻ることしか頭になかった。

俯いて荒い息をなんとか落ち着かせようとしていると誰かが近寄ってきたのが分かる。

「サトー、そんなに疲れた顔してどうしたの?」

「シ、オ」

そういや今日の夜くらいに帰ってくるって言ってたな。

って、そうだ、伝えなきゃ。 さっきの事を伝えなきゃ!

「シオ! ヤバい! ヤバいんだ!」

「うん? 何がヤバいの?」

「何がって…………何がだ?」

「…君の頭じゃないの?」

反射的に繰り出したこぶしを避けられるがラビットパンチをかます。

首の後ろを抑えて悶えるシオを見てバルサさんが「やっぱアイツの影響だよな」と呟いているがどうでもいい。

今の自分の科白が気にかかる。

本当に何がヤバかったんだ? 別に今日は何か問題が起きたわけでもないはずだ。

特に何でもない“いつも通り”の一日だったはずだ。

ギルドで仕事しててバルサさんに呼ばれてフェンネルさんに会って街の案内をしていろんな話をして

最後に幾つか“質問”をされただけのむしろいつもよりも平和な一日だったはずだ。

「何かあったの?」

復活したシオがこっちを不思議そうに見ている。

因みに喧嘩で負わせた怪我云々にはお互い謝らない事にしている。いちいち言ってたらキリが無いので。

「いや、気にすんな、どうも勘違いっぽい。っとそうだ。今日王都のSランクの冒険者に会ったぞ」

「え?」

「初めて会ったけどえらぶってないし常識人だしイイ人だったぜ。話訊いた限りじゃ王都のクエストはこっちよりもレベルが高いらしいし報奨金も高いんだとよ。

シオは王都に行こうとは思わないのか?」

そうすりゃ俺の生活もある程度平和になるはず。

「……」

「シオ?」

「思わないよ。僕は別に地位や名誉のために冒険者をやってるんじゃないんだから」

「あん? …ああ、そっか。むしろこういうとこの方が国のクエストが無い分自由に動けるのか」

王都のギルドは国からの依頼は逆指名、半強制的に受ける場合もありSランクなんかは引っ張りだこって言ってたしな。

触媒集めるシオからすりゃそんなのは勘弁ってわけか。

「そう。それに………」

「あん? 何か言ったか?」

「いや、それより今日はもうここで食べていこう。奢るよ」









その後はやっぱりいつも通りの会話やらド付き合いやらで今日会ったことなどほとんど薄れてしまった。

けれど、何故だろう?

最後の別れ際のフェンネルさんの一言。

特に変わったところのない“当たり前”の言葉なのに

それを思い出すだけで身体が震えそうになるのは?



























































「サヨウナラ、マタアイマショウ」
































あとがき


…………なんだこのドシリアス?

こんなのせめて(ryじゃない!

でも物語の展開上どうしても何処かで書かなきゃいけなかったんです。

しかしやはりこれでは何なので今回はもう一話投稿

次話でシリアスブレイクします。




[21417] せめて勇者として召喚してほしかった番外1
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/16 00:23


※番外です。本編とはそこまで関係ありません

※TS要素を含みます。それでもよろしかったらどうぞ。




































「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」



 はい
→いいえ


「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」



 はい
→いいえ


「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」



 はい
→いいえ


「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」



 はい
→いいえ


「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」



「……………」

→はい
 いいえ


「おお! 飲んでくれるか! いや強制したようで済まないな」


……無限ループって怖いね















せめて勇者として召喚してほしかった番外1












「で、コレはなんだ?」

「同志サトー。何も言わずにこれを飲んでくれ」

「説明する気はないのな……あと同志言うな」

大通りで出会った瞬間に差し出された小壜をあらためて見る。

薄い黄色の、一見すれば何の変哲もないレモンジュースのようだが、かつてこれほど怪しいと感じたレモンジュースがあっただろうか。

ともかくこれを飲まない限り俺はセウユという無限ループからは逃れられそうにない。

一瞬投げ捨てようかと思ったが多分この変態は小壜が地面に届くより先にキャッチするだろう。

ええい! ままよ!

蓋を開け一気に飲み干す。

瞬間。


「ぐ、おおおおおおお!」

あ、熱い。

骨が! 溶けてるみたいだ!


身体を抱き締めるようにしてうずくまり必死で痛みに耐える。

何分たっただろうか。痛みが引き意識がはっきりしてきた。

気だるさがあるものの取りあえず身動きに支障はないようなので原因たるセウユに文句の一つでも言ってやろうと顔を上げると

「あれ?」

さっきまでよりセウユの顔の位置が高い。しかも心なしか声の調子がおかしい。頭も重いし身体のところどころに違和感がある。

セウユの方も何か驚いた顔をして俺の方を見ている。

「どういう事だ。本来なら7~8歳ほどの幼女になるはずだったのにこれでは少女、いやもう大人に足がかっているではないか」

待って、物凄く待って。嫌な予感しかしないけど色々待って。

とにかく確認。

頭、妙に重いと思ったら髪が伸びてる。

身長、セウユの胸辺りまで下がってる。

肩、なで肩になってる。

袖、手首あたりまでの長さだったのが指先まで届いている。

胸、何か二つの山がある。

裾、明らかに地面についてる。

股、大切な愚息がいない!



鏡! 鏡はどこだ!

とにかく辺りを見回して鏡を探す。

丁度昨日降った雨による水たまりがあったので確認すると

「誰だ!?」

明らかに見覚えのない顔がこっちを見て驚いていた。

「おい! どういうことだコレは!?」

「む、ああ済まない。どうやら開発班が薬の調整に失敗したようで本来よりも若がえる年齢が少なかったようでな。不本意な結果になってしまって申し訳ない」

「違う! なった姿が幼女だろうが少女だろうがどうでもいいんだよ! なんでこんなことになってんのかって訊いてんだよ!」

「本当に分からないのか?」

「そうだよね! お前ら(ロリコン)だもんね!」

何を望んでたのかなんか直ぐに分かっちゃうのが悔しい。

チクショウ、だから関わりたくなかったのに。異世界来訪の上についに性転換まで経験してしまうとは。主人公要素は欲しいけどコレはいらんわ。

「うう~」

「済まない、泣くほど悔しいのは分かる。だが安心するがいい。失敗しない者などいない。私達ならきっと本物の幼女になれる薬を作る事がで出来るはずだ」

「要らんわんなもん! それより速く元に戻る薬かなんかをくれ」

「は? なぜそんな薬を作らねばならんのだ?」

「そこは疑問に思うことじゃないだろう! どうしてそうなる!?」

「本当に分からないのか」

「そうだよね!! お前ら(ロリコン)だもんね!!」

だから関わりたくなかったんだよ







取りあえずセウユに何が何でも元に戻る薬を作らせるように頼んだはいいがこの後どうしよう。

折角の休日だったのにあのアホのせいで一気にテンションが下がってしまった。

仕方なくギルドに寄って事情を説明して明日からの仕事に関してバルサさん達と相談でもしようと一歩踏み出す。

裾を踏む。

つんのめる。

ぼてっとこけた。

「あ、歩きづらい」

裾や袖だけじゃなく服全体がだぼだぼであるため動きづらいったらありゃしない。

唯一きついのが胸だというのだから余計に悲しくなる。

自分が巨乳になってもなんも嬉しくないわ! 

ちょっと触ってみたけど何にも嬉しくないわ!

むしろむなしいわ!

転ばないように裾をまくってさらにゆっくり歩く。

バランスも狂ってるようでただ歩くだけで一苦労だ。

歩幅もちっちゃくなっているようでこれではギルドにつくのにかなり時間がかかってしまいそうだ。

と、その時

「あ、黒髪! 兄ちゃんだ!」

「サト兄ぃだ! てりゃー!」

「うりゃー!」

「とりゃー!」

後ろからちびっこ共の声と共に蹴りを喰らった。

普段なら避けるか受け止めてそのままぽーんと投げたりするのだが今は残念、少女の身体。

あえなく二度目の転倒となった。

「あれ? この人兄ちゃんじゃない?」

「ホント―だ―。黒髪だけど女の人だー?」

「いいからどけちびっこ共」

背中に乗ってからようやく気付いた子供達を下ろして起き上がる。その間にも子供達は俺が誰なのか話しあっていた。

「誰だろ? 黒髪なんてサトー兄ちゃんしかいないはずだよな?」

「兄ちゃんの姉妹かな?」

「サトー、一人っ子、て、言ってた」

「じゃあ彼女とか」

「ねーよ」

「ないよ」

「ないない」

「シオお兄ちゃんならともかくサトーお兄ちゃんはないよ」

「え? サト兄ぃって男の人が好きなんじゃなかったの?」

どうしよう、マジで泣きそうだ。あとジャン、お前それ誰から聞いたか知らないけどデマだから信じないように。

思わず顔を覆いたい状況になってると、とことこ、と近づいてくる子がいる。

「あん?」

「ん?」

スーちゃんだった。友達と一緒に遊んでいたらしい。

何か首を傾げてじっと俺の顔を見ている。

「ん~、ん! ん!」

何か思いついたのかぴょんぴょんと手をのばして飛び跳ねている。

この仕草はしゃがんでという意志表示だったので大人しくしゃがむと今度はぺたぺたと顔を触られた。

「ん~? ん~~」

………何これ? めっちゃ可愛い。 【なんか知ってるような】みたいな顔してるスーちゃんが至近距離にあるんですけど。


……セウユグッジョブ!


「んー、ん? ん! ん、ん、ん!」

あん? 何か反応が変わった。

「どうしたのスー?」

「ん! ん!」

「え? この人はサトー兄ちゃん? どういう事?」

ス、スーちゃん!

この姿で気付いてもらえたという事実に我ながら信じられないほどテンションが上がっているのが分かる。

今日はさんざんな目に会ったと思えば中々いい日じゃないか! まさかスーちゃんが何も言わずに俺が誰か分かってくれるとは!

「えーっとお姉ちゃんはお兄ちゃんなの?」

「その質問は色々と嫌な質問だが残念ながらイエスだ」 

ええー! と驚きの声を上げる子供たちだったがすぐさま

「まあ兄ちゃんだしな」

「お兄ちゃんだもんね」

「サトー、なら、しかたない」

「お前ら前から言いたかったけど俺の事なんだと思ってるんだ?」

あまりの俺に対する事態の受け入れのよさにこの街の俺の立ち位置が本気で不安になってきた。

因みに俺がどうしてサトーだと分かったか訊いてみたところ【なんか不幸そうなかんじがしたから】だそうだ。

一気に落ち込んだのは言うまでもない。














「って事でセウユが薬作ってくるまでこの姿でいなきゃいけないんだよ」

「あはは、それは、災難でしたね」

「大体なんで俺に薬を渡したんだよ? 自分らで試せよ」

「…………」

(恐らく魔法や魔法薬の抵抗力が一切ないからこそ選ばれたんでしょうね)

何か言いたそうな顔してるミリンに愚痴を言いながらカウンターに座りこむ。

スーちゃん達と別れ何とかギルドにたどり着いた俺は直ぐにバルサさん達に報告した。

最初は驚いたバルサさん達だったが「まあサトーだしな」の一言で終わってしまったのは納得がいかない。

ミコさんに至っては何処から持ってきたのかウエイトレスの服を持ってきて着させようとするし。

着ませんよ。…そんな悲しそうな顔しても絶対に着ませんよ。……いや、嬉しそうな顔しても着ませんから。表情の問題じゃないですって。

「うう~、流石にコレはちょっと落ちつかない、って言うか本来あるはずの物がなくて他のがあるっていうのがこんなに違和感感じるとは思わなかった」

ギルドであらためて鏡をみたところ大体15、6歳くらいだろう少女がそこにはいた。

烏の濡れ羽色と言っていい光沢のある黒髪が肩のあたりまであり、顔つきも全く別人のようで悔しい事に可愛らしい顔になっていた。

胸も巨乳と言っていい大きさではっきり言って下心ある男なら放っておかないような身体をしている。

…ああそうだよ! ここに来る途中何人かにナンパされたよ! 男の時には道で女性に声をかけられるなんざ道を聞くお婆さんくらいだったのに何だこの差は!

おばあさんから「あんたいい男になるよ」って言われた事なら何度もあるのに一度もそんな浮いた話は無かったわ!

「うう~」

なんか涙出てきそうだ。

余る袖を握りながらカウンターを叩く。特に意味はないけど八つ当たりでもしてないと涙が止まらなそうだ。

(なんだろう。このサトーさんかわいい)

「うう~、ミリン~、もし俺が元に戻んなかったらお嫁にもらってくれるか?」

「え? ええ……って、いえいえいえ! 何言ってるんですかサトーさん!」

「ああごめん。何かマジでコレどうしよって思っちゃって」

「…大丈夫ですよ。セウユさんが薬を作ってくれるまでの我慢ですって」

「…そうだよな。あの変態は方向性こそ大いに間違ってるけど腕は確かだもんな。それまでならなんとかなるかな」

「ええ、心配ないですよ」

「そっか~」

「そうですよ」

なんかほんわかした空気になってきたおかげか少し気も楽になってきた。

ああ、この調子ならなんとかなりそうな気がしてきた。

ミリンとお互い笑いあってると

「サトーが女になったって本当かい!?」

扉を強く開けたシオが開口一番そんな事を訊いてきた。

あ、ストレスゲージが一気に限界点まで到達しそう。

きょろきょろしたシオが俺の姿を確認するとずんずんとこっちに歩いてきた。

なんだ?

「サトー、なんだよね?」

「ああ、不本意ながら今は女になっちゃってるけどな」

俺の答えの何処に喜ぶ要素があったのか分からないがとてつもなく嬉しそうな顔をしたあと俺と向かい合うと真剣な顔になってこう言った。

「やっぱり失敗なんかしていなかったんだ。やっと出会えた僕の勇者様!」

「……………………あん?」

「分からないのかい。君は僕が召喚した。そして勇者は必ず女だ。ならば君は勇者に決まっているだろう」

「いやおかしいだろ。確かに俺はお前に召喚されてるし勇者は女なんだろうけどそれで俺=勇者にはならんだろ。ていうか召喚したことそんなはっきり言うな!」

ほら! ミリンが吃驚している!

「何を言っているんだ? この僕が召喚した人が女性ならそれは勇者に決まってるじゃないか?」

「決まってないだろ!? だったら俺が男の時でも同じ反応しろよ」

「?」

「言っている意味が分からないって顔すんな。いいだろう、万が一俺がTSした事で勇者の条件を満たしたとしよう。だけど肝心の属性はどうした?

黒髪黒目は無属性のはずだろ?」

「そんな細かい事はどうでもいいんだよ! 君が女だってのが重要なんだ!」

……どうしよう、シオが壊れた。

「大体君だって勇者に憧れてたんじゃないのかい?」

「いや憧れてたけどそれとこれとは…」

「なら問題ないね! さあ行こう僕達の冒険の日々へ。大丈夫、僕がしっかりサポートするから何の心配もいらないよ」

「話は最後まで聞け! あ、こら引っ張んな! 力落ちてるから抵抗出来ねえんだよ!」

「うん? 駄目だよ、女の子がそんな口をきいちゃ。僕は優しい言葉づかいの女性の方が好きだよ?」

「そんなとびきりの笑顔と共に言われようが口調は変えねえよ! 後ちょっとドキッとなんかしてねえからな!」

ていうかミリン? ミリンはどうした? こういう場合必ずミリンが介入して来るはずだろ!?

――ってミリ―ン!? 魂抜けてる!? 別に俺口説かれた訳じゃないから戻ってこーい!

「さあ行こう! 僕達の冒険はこれからだ!」

「いやちょっと、ま、やホント待って、マジで、ねえちょっとー!」





















せめて勇者として召喚してほしかった   完












































「という夢を見たんだ」

「夢オチは二度目だね」

まあ実際にこのシオがそんな行動をとるとは思えなかったから途中で気付いたのだけど。

「でもあのロリコン共なら本当にそういう薬を作っちゃいそうで困るわ」

「………」

「どうしたシオ?」

「…流石に若がえりはないけど性別を変える薬ならあるよ」

「あんの!?」

「もっとも、君がみた夢のように永続的な物じゃなくて効果は一時的な物だけどね。年齢に関しては操作は不可能だよ。それが出来たら人間は不老になっちゃうしね」

「は~、相変わらず俺の世界の常識が通じない世界だな」

「因みにもしその薬が手に入ったらどうする? 自分で使う?」

「使わねえよ」

「まさか僕に使わせるんじゃ!?」

「使わねえよ! あーもし有ったらか、そうだなー………ミリンに飲ませて名実ともに完璧な理想の女性にでもなってもらうとか」

「…………」

「なーんて冗談だけ…ど、おい、なんだ『その発想はなかった』みたいな顔は。なぜ無言で立ち上がる? 何処へ行くつもりだ?」

すたすたと玄関へ向かったシオの腕を掴んで止める。

「サトー、世界の真実が全て正しいものだとは限らないよね」

「そうだな、こっちを向け」

「きっとあるべき形に直すのも人に与えられた試練だよね」

「かもな、こっちを向け」

「…………」

「…………」

「フン!」←裏拳

「なめんな!」←受け止めて手首を取る。

「なんで邪魔するんだい?」←あいた顔面に掌底。

「するわ! 何をするつもりだお前は!?」←手を離して一歩後退

「クエストに行くにきまってるじゃないか」←両手を握りしめてファイティングポーズ

「そのクエストの内容によっては俺は何が何でもお前をここで止めなきゃいけない」←天地○闘の構え

結局一日中喧嘩をしていたせいでお互いどうでもよくなってしまった一件だった。




















おまけ


後日、つい口が滑ってこの夢の内容をセウユに漏らしたところ

「フッまだまだ甘いな同志サトー」

鼻で笑われた。イラッとするよりも意外性の方が大きかったので理由を訊いてみる。

「確かに私達はロリコンだ。それは否定せんしむしろ誇りに思っている。この世は光と闇で出来ている。すなわち物事には全て始まりと終わり、過去と未来がある。
ゆえに未来に希望を抱きそのささやかな胸を膨らませる穢れを知らない少女達はあれほどまでに可愛らしい。正にこの世の至宝。神が与えし美しさと愛らしさを兼ね備えた究極の存在。
しかしだからといって他の年代の女性をないがしろにするなどとは二流のやること。幼女少女を超えた妙齢の女性熟女老婆が駄目だと思うのはその部分しか見ていないからにほかならん。
考えても見るがいい? その者達にも過去はあろう。残された未来は少なくともそのぶん完結された幼女時代や少女時代がそこには存在している。
故に想像せよ。その者達の幼き頃の姿を。クールにふるまう女性は実はドジっ娘だったと、ツンデレな娘は『大きくなったらお兄ちゃんと結婚する』と可愛らしく宣言する子であったと。
もちろん真実は違うかもしれん。そのままの状態で育ってきたかもしれん。だが私はそれでも一向に構わん。
なぜなら! 一流のロリコンは現ロリ元ロリはもちろんの事。男ですらも脳内補完により性転換させロリの幻想へ導くことが出来るのだから! 見よ! この世はロリで溢れている!」

「…………………」

真のロリコンは格が違った!

「なお、この実際にそうだったかどうかなど確認しない限り全てのものにロリの可能性とそうでない可能性がある理論のことを『シュレーディンガーのロリ』と言うそうだ。これも初代であるオリシュ様からのありがたいお言葉である」

またオリシュか! どんだけ無駄なカリスマ発揮したんだよ来訪者の先輩。

回りの客、特に女性がもの凄い白い目で見ているのに気付いているのかいないのか知らんが「もちろん、最高なのは永遠のロリ! 吸血鬼の美幼女よ!! 私は必ず貴女のもとへと参ろうぞ!!」と一人で結論づけてぐびぐびと残った酒をあおっている。

これ以上傍にいると俺も仲間に思われそうだから早々にこの場を離れることにした。










因みに先ほどの視線の中にセウユを何処か尊敬のまなざしで見ている奴がいたような気がしたが気の所為だろう。

後ろで「弟子にしてください!」とか聞こえるけど気の所為だ!

「ほう、中々見上げた精神だな。良かろう! 君も晴れて同志の仲間入りだ!」とかも聞こえるけど気の所為だ!!














あとがき
砂糖「なんで番外?」
塩「夢オチは本編で何度も使うもんじゃないからさ」









えー、おそらく皆さんの感想を代弁しましょう




お前がTSするんかい!Σ\( ̄ロ ̄)バシッ




今回のネタは感想欄でのオロン様の意見から思いついたネタです。

事後承諾ながら使わせていただきました。どうもありがとうございます。

恐らく望んだネタとは違っているとは思いますが…




ではなるべくモチベーションがあがっているうちにまた更新したいとおもいます。



2011/8/16 修正





[21417] せめて勇者として召喚してほしかった15
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/07/31 17:27





「売り切れ、ですか?」

「そうなのよ。どうも仕入先のどこの鶏も何でかなかなか産んでくれないらしくて。

少しはあったんだけどそれらはもうお得意先の宿や食堂やらに売る事になってるのよ。

だから折角買いに来てくれたのは嬉しいんだけど残念ながら売れる卵がないの。しかも次に入る分ももう出荷が決まっちゃっててしばらくは無理みたい」

「…そうっすか。じゃあしゃあないですね」

「ごめんね~。今度大量に入ったらサービスするから」

「おお、そん時は宜しくお願いします」

またね~、と手を振るおばさんに会釈をしつつもこの問題に頭を悩ませる。

問題とは言っても何の事はない。ただ今日買う予定だった卵がないだけの話だ。

だが、たかが卵されど卵だ。

何を隠そう卵は俺の大好物である。

ゆで卵はもちろん目玉焼きに玉子焼き、オムレツ出汁巻き生卵、とどれを食べても飽きはしない。

月見そばを食う時はそのまま飲み込むのが一番好きなのだがなかなか同好の士がいないのが辛いところだ。

この世界にも卵が普通に売られていた時はほっと胸をなでおろしたものである。

胸というよりは腹か。

しかしながらこの世界、当たり前だが中世レベルの生活環境のため保存方法がない。

生卵なんぞすぐに腐ってしまうので必要最低限の量を定期的に買わねばならないのだ。

クローブはそれなりに大きい街で今まで卵を買うのに不自由はしなかったのだがこれは問題だ。

一番近くの街であるシナモまでも数時間はかかる。しかも確実にあるかどうか分からないのにわざわざ行く事は出来ない。

だがその間大好きな卵を我慢すると言うのもなんだ。

食生活は人生を潤す上で欠かせない重要な要素だ。

ストレスが日々アホみたいにかかる俺にとって毎日楽しみにしている食事がつまらなくなるのは避けたい。

どうしたもんか、とその夜シオに相談してみると




「それならいい話があるよ。鶏卵じゃないけどね」

「あん? どういうことだ?」

「丁度今の季節のころにある野鳥の繁殖期なんだよ。この野鳥の卵ってのがかなりの珍味だし鶏卵よりも滋養が高いってことで市場じゃかなりの値がつくんだ」

「へえ、その卵は上手いのか?」

「もちろんだよ。中々群生地が少なくて希少性も高いから手に入りづらいんだけどサトーは運がいいね。実はクローブの北の山がその数少ない群生地の一つなんだ。

君さえよければ連れて行ってあげてもいいけどどうする?」

野鳥の卵か。確かに食べてみたい。しかも珍味でなかなか食べられないと来た。

北の山というのがちょっと気になるがまああそこは実際街の人の狩場になっている場所もあるしシオも一緒なら大丈夫だろう。

「じゃあ頼むわ」

「ああ、君からのお願いだからしょうがないね」

といやに優しいシオに違和感を覚えなくもなかったがそれよりもまだ見ぬ野鳥の卵が気にかかる俺だった。















「シオ、野鳥というのはアレか?」

「うん、そうだよ」

「俺の数少ない自慢の視力がアレは遠目に見ても俺の数倍はでかいと言っているんだが?」

「まあ野鳥の中でも群を抜いて大きいからね」

「そうか。その野鳥が今巣に戻ったようだが足に捕まってたのは人間か?」

「肉食だからね」

「そろそろ真実を言え」

「あの怪鳥の卵って勇者の触媒の一つなんだよ」

「騙 さ れ た!」

「失礼な。あの卵が珍味なのは本当だし頼んだのは君じゃないか」

「いや今怪鳥って言ったろ!? 聞いてねえよ!?」

「怪鳥も野鳥の一種でしょ」

しれっと言うシオの横でデカイ籠を背負いながら頭を抱える。

出かける時にこんな籠持たされた時点でおかしいって思うんだった!

















せめて勇者として召喚してほしかった15








「因みに希少性が高いのは卵を捕獲に行く人達の三割しか帰ってこれないのもあったりするよ」

「余計な情報を言うな!」

今から行くってのにそんな話は聞きたくない。

野鳥改め怪鳥に気付かれないように物影に隠れながら巣のある丘に近づいていく。

しかし丘というよりは回りが急な坂でぐるりと囲まれた、分かりやすく言うとバケツをひっくり返したような小山なので麓までならともかく登ったら上からは直ぐに分かってしまう。

当然怪鳥もそれを見越してそこに巣を作ったのだろうし実際遠目に見た時身を隠せる木などがこの丘にはない。

さてどうするか。

「それにしても最初は文句を言ってたけど今は乗り気だね?」

「当たり前だ。卵は惜しい」

麓に着き頭を悩ます俺にシオの楽しそうに訊いてくる。

確かにあのサイズは怖いが身の安全と珍味の卵を天秤にかけた結果卵に傾いただけだ。

我ながら随分現代人の思考がズレてるなとは思うがともかく今はこれをどうするか。

「お前が俺を誘ったのは俺に卵を持たせるためとこの丘を登らせるためだとして具体的な案はあるのか?」

「もちろん有るよ。あの怪鳥は実は精霊獣に属してね。不死鳥って分かるかい?」

「あん? まあその位なら、ってまさかアレがそうだっていうんじゃないだろうな?」

そうだとしたらその卵を食うって物凄く恐れ多い気が!

「まさか。不死鳥なんて伝説級の精霊獣、それこそ神獣クラスだよ。滅多に見つかるものじゃない。

ただあの怪鳥はその眷属と言われていてね。不死鳥の属性は火。よってあの怪鳥も火の属性を持っているんだ」

見上げたシオにつられ真上を見ると確かに言われてみれば紅い羽毛だし嘴から火のようなものがちらちら見える、って火を吐くのか!?

ぞっとした俺にかまわず顔を戻すと作戦の説明を続ける。

「基本的に自分の属性と反する属性とは相性が悪いからその属性をもった何かが近づくとこの手の野生動物は直ぐに対処するんだ。

と言うわけで僕は一度引き返して、ここに来る途中にあった湖を利用した魔法を使う。君は怪鳥がいなくなったらここを登って卵を取ってきてね」

返事はせずにもう一度上を見上げる。

かなり急な坂だが登れないことはない。

体力はこの世界に来てかなり増えた自覚もある。別に高所恐怖症でもないから気をつければ大丈夫だろう。

「よし、わかった。取った後はどうすりゃいい?」

「あそこの大きな木の下で合流しよう。それなりに時間は稼ぐけどのんびりはしないようにね」

「OK」

じゃあまた後で、と手を振ってゆっくり去っていくシオを見送る。

…そういやなんでシオはわざわざここまで一緒に来たんだ?

来る途中の湖で魔法使うんなら最初からそこにいりゃよかったのに。

そんな疑問が浮かんだが結局分からないままシオの魔法を待つこととなった。





待つ事数十分。

麓の岩陰に身を隠しながら湖の方に視線を向けていると何やら妙なものが飛んでくる。

なんだ?

飛んでくるそれはまず透けていた。

陽の光にあたりキラキラと反射しながら空を泳ぐようにこちらに向かってきている。

長い躯をうねらせる姿は蛇を連想させた。

いや、連想じゃない。アレは水で出来た大蛇だ!

恐らく湖の水を使ったのだろう。怪鳥と比較しても遜色ないほどの大きさの大蛇が巣に一直線に向かってくる様はシオの魔法だろうと思えても畏怖の念を抱かずにはいられない。

当然、巣の主たる怪鳥からすればたまったものではないだろう。

バサアッと大きな羽ばたく音が真上から聞こえたと思えば水の大蛇を迎え撃つように迫り、次いで嘴から炎を噴き出した。

火炎放射としかいいようのない炎は真っすぐに大蛇に当たるが水蒸気を上げるだけで大蛇は再び躯をうねらせ今度は少しだけ後ろに下がっていく。

その後を追撃するように追いかける怪鳥を見ていた俺だがハッと我に帰り急いで丘を登り始める。

しかし今の映像が頭からしばらくは離れそうにない。

だって何だ今の大怪獣合戦!? ファンタジーな世界にいるのは分かってるけど今回のはちょっとレベル高すぎだろ?

しかもシオのアレ凄すぎだろ!? 召喚獣使ってるみたいでちょっとカッコイイじゃねえか! アイツ魔法に関してなら何でも出来んじゃねえの?

もし俺がチートとか持ってたとしたらああいう戦いに巻き込まれる事になってたかもしんないのか。

…俺ギルドの雑用で良かったー

むき出しの岩肌を登りながらほっと安堵のため息をつく。

今現在チートなしでその戦いに巻き込まれかねない状況にいると気付かない俺だった。







「っと、到着…!」

何とか登り終えて座りこむ。

予想していた通り丘の頂上には巣の回りには何もなく開けた視界となっている。

正確には巣の回りに何らかの骨が置いてあったりするのだがあまり見たくない。

しかもその中に服とか武器とかがちらほら見えていたらなおさらだ。

取りあえずご愁傷様です。

ちらりと後ろを確認する。

怪鳥一羽と大蛇一匹による大怪獣合戦は未だに続いているようで炎と水が飛び交っている。

よし、今のうちにさっさと卵を取ってしまおう。

巣に近づき中を確認するとバスケットボールよりも少し大きい卵がいくつも転がっている。

さて、何個取っていくか。

全部という選択肢はそもそもない。流石に心情的に抵抗があるしなによりそんなに多く持っても帰りの下山が辛いだけだ。

ええっと、まず勇者の触媒用の卵が一つだろ? 次に今夜の夕食分で一つ。後はまあ予備に二つ持っておけばいいか。

そう結論を出すと籠に卵を入れていく。予想より頑丈そうな卵だったのでそう簡単には割れなくて済みそうだ。

四つ籠に入れるとどうも丁度よいくらいの量だったらしく一番最後の卵は天辺が籠からはみ出ている。

ずれないように隙間にあらかじめ持ってきた布を詰めて固定し背負い直す。



…ふと、昔読んだ漫画を思い出した。

南国な少年と島に流れついた青年が山に登り卵を取っていくというものだった。

あの流れだとこの後俺は……いやいや、問題の怪鳥はシオがちゃんとひきつけてくれてる。

現に俺の視界には相変わらず一羽と一匹で争っている姿が見えているし。

………“一羽”?

バサッバサア、ととてつもなく近い距離から羽音がする。

物凄く見たくない。けど振り返らずにはいられないのが人間の性。

首だけゆっくり後ろに回すと

「グワアアアアアアアアアアア!」

怒りに満ちている親鳥がいた。その迫力は卵を戻したからと言って収まるものではないだろう。

…そうだよねー、“巣”なんだから親鳥が二羽いても何にもおかしくないよねー。

って言うか半分ここに登る時点でこのオチは読めるよな、なんせ俺だし。

「グワアアアアアアアア!!」






鋭い鉤爪から逃れられたのは丘の端に足をかけていたからであって。

Q.そこから避けようと足を前に一歩出せばどうなるか?

A.崖のような坂を全力ダッシュ


転ばなかったのは普段の行い(逃げ足)の賜物である。





















「死ぬかと思った! 今回ばかりはホントに死ぬかと思った!!」

今俺は生き残った自分の運の良さを全力で褒め称えたい!

そもそも運が良かったら命失うような目に会ってないという声は聞こえない。

どこをどう走ったか何とか怪鳥から逃げ切った俺はシオとの合流地点である木の下にいた。

この木の回りは小高い丘がいくつもありあまり視界がいいとは言えない。

身を隠すには丁度いいと言えるが。

ともかく後はシオが戻ってくるのを待って帰るだけだ。

空を確認してもさっきの水の大蛇がいないからシオも魔法を解いてこっちに向かっているだろうし。

籠を背負ったまま気が抜けてその場に座り込む。

あー、ホント死ぬかと思った。後ろから怪鳥の声が聞こえた瞬間全力で横に動かなきゃ捕まってたしな。

炎を吐かれなかったのは卵を背負っていたからだろう。

先ほどまでのギリギリのスリルを思い出すと身が震えたがここまでくればもう大丈夫と息をつく、と


「クエエ!」

「ッ!」

籠を背負ったままその場から前にダッシュする。

まさかここまで追ってきたのか!? 振り切ったと思ったのに!

嫌な汗を流しながら身体ごと振り返る。

ここはさっきまでの場所と違って身を上手く隠す場所もある。この場合相手の姿を見てから動いた方が得策だろう。

そう思って恐怖の対象たる怪鳥を探したが何故か何処にも見当たらない。

何処だ!? 何処に飛んでった!?

「クエエ!」

!? 後ろ!

再びダッシュして振り返るもまたもやそこには怪鳥の姿は無い。

クソ! どうなってる!? 羽ばたく音も聞こえないから滑空してるのかと思ったけど空に逃げている訳でもなさそうだし!

「クエエ!」

また後ろ!


これを何度繰り返したか。その度に俺はダッシュして振り返るを繰り返しているのだが一向に姿が見えない。

一度身体をぐるぐると回転させて確認したのだがその際にも怪鳥は後ろから鳴き声を上げていた。

なんてこった! 何処にいるのか分からないんじゃ下手にここから逃げることも出来ない! まさかこの怪鳥はそこまで計算してやっているのか!?

卵を盗んだ輩に恐怖をじっくり味あわせてから襲いかかるつもりか!

クソ! 諦めてたまるか! この卵は俺の大事な夕食だ!

「……さっきから見てたけど何やってるんだいサトー?」

「! シオ! 大変だ! ここは今怪鳥が何処から襲ってくるかわからない危険な空間になってんだ! お前の魔法でどうにかならないか!?」

いつの間にか来ていたシオが半眼になりながらのんきなことを訊いてくる。

こいつ今この状況が分かってないのか!

「いや、だから」

「クエエ!」

「まただ! ッチックショウ!? やっぱりいねえ! シオ、どこから怪鳥が来てるか分かるか?」

「君ってたまに物凄く馬鹿になるよね…」

いつ襲いかかられるか分からない緊迫した状況だというのにシオはまったく分かっていないのか呆れたようなため息をついている。

馬鹿野郎! そんなことしてる余裕があったら早く魔法かなんかで

「サトー、後ろ」

「何!? 後ろからか!」

言われて後ろを振り返るもやはり何もいない。

「シオ、次は何処から!?」

「あーもー!」

どこかいらついたようにシオが近づいてくると背伸びしながら両手で顔を掴まれた。

あん? なんだいきなり?

「だからこっち!」

「ぐお!」

ゴキュ、と首が変な音を立てつつシオに顔だけ後ろに向けられる。

「クエエ!」

「…………」

鳥と目が合った。ただし怪鳥とはとても言えないつぶらな瞳で。

サイズもバスケットボールくらいの大きさで羽毛も紅色というよりオレンジに近い。

ぶっちゃけると俺の背負っていた籠の中の卵から頭だけ出して俺の方を見ていた。

「…………」

「クエエ!」

「で、何が大変なんだい?」

うわああああ、やめてめっちゃ恥ずい!

俺さっきから背負った雛鳥の声に反応して振り返るを繰り返してたの?

そりゃあいつまで経っても見つからないわ! 

「『ここは今怪鳥が何処から襲ってくるかわからない危険な空間になってんだ!』か。うーん確かにそれは大変だねえ」

ここぞとばかりにものすごくイイ笑顔で俺をいじめてくるシオ。絶好調である。

あまりの恥ずかしさから原因たる雛鳥をキッと睨みつける。

こいつが妙なことするから!

「いや、普通すぐ傍で鳴いているんだから気付きなよ」

「うるせえ! さっきまでの怪鳥の鳴き声が印象強すぎて余裕なかったんだよ!」

「「グワアアアアアアアアア!」」

「こんな声?」

「そうそうこんな声…」

えっとお前じゃないよね雛鳥?

「クエエ!」

「「グワアアアアアアアアアア!」」

うん、明らかに違うね。だって今真正面から怪鳥が迫ってきてるもん。

ご丁寧に二羽同時に。

この雛鳥の鳴き声でばれたのか?

あ、怒り狂ってんのか卵も雛もいるのに炎吐いてきた。

「『イウス』!」

シオがとっさに放った水の魔法が怪鳥の炎とぶつかり合い相殺する。

その結果を最後まで見切ることなく俺もシオもダッシュする。

「サトー、大変だ!」

「何だ! アイツらそんなに強いのか!?」

「ううん、そうじゃなくて疲れた!」

「早えよ! まだ十秒も走ってねえよ!」

「無理! 魔法使いは体力ないんだ!」

「アクォークでも使えばいいだろ!?」

「あ、そうだね。『アクォーク』!」

「おお! 身体が一気に軽くなって何処までも走れそうなほどに力が漲って―――…て俺に使うな! 自分にかけろ!」

「魔法使いの僕にかけるよりも魔法の効果が出やすい君にかけた方がずっと効率がいいんだよ」

「その分反動も大きいんだよ! ああもう!」

文句を言いつつ足がとまりそうだったシオを肩に担ぐように背負ってそのまま走り続ける。

「…もう少しマシな運び方があるんじゃない?」

「背中は埋まってるし脇に抱えるのは流石にしんどい!」

背中には籠(卵+雛)があるから選択肢がない。

「……まあしょうがないか」

どこか不満そうなシオだったがそのまま以前のように北の山をノンストップで逃げ切った。

因みに反動だが回復効果の腕輪と何回か経験した慣れか、かなり痛い筋肉痛くらいで済んだ。












「はい。これで全部だね。この僕が腕によりをかけて作ったのだから存分に味わうといいよ」

そう言われながら机に所狭しと並べられた卵料理に目をやる。

普通の卵よりも色が濃く何処か輝いているようにすら見える。

シオの料理の腕は1人暮らしをずっとしていたためかかなりのものなので不味いと言う事はまずない。

一応ギルドで料理を作る機会もある俺としては少々癪に障るのだがそれよりも今はこの黄金に輝く宝をどう食べるかだ!

「クエエ!」

「では早速、はむっ。こ、これは! 濃厚でいてそれでいてしつこくなくしかもえーっとうーんと」

「ボキャブラリー少ないのに無理に難しい表現しようとするから」

「うるせえ、一回こういうのやってみたかったんだよ」

「で、感想は?」

「めっちゃ上手い!」

「それは重畳」

「クエエ!」

いやもうマジで上手い! 卵が口の中でとろけるみたいに広がるまろやかな舌触りがあってしかも後味もしつこくなくて、ああもうとにかく上手い!

たくさんある料理を次から次へと手を伸ばす俺を見て苦笑しつつシオも食事を始める。

と、そう言えば触媒用の卵はどうしたんだ? あれ勇者を召喚するまで取っとくんなら腐っちまわないか?

「ああ、それなら大丈夫だよ。僕は氷の魔法も使えるから。この魔法で凍らせておけば半永久的に保存できるんだよ」

ほらこんな風に、と、一度席を立って直ぐに戻ってきたシオの手には氷漬けされた卵があった。

へー、って氷の魔法? …それ使えば冷蔵庫とか作れんじゃね?

シオの魔法から少しばかり元の世界の知識が役に立ちそうだ、と画策しつつも残りの料理を平らげていく。

がつがつ食う俺と違い上品に食べるシオだったがやはりおいしかったようで頬が緩んでいる。

その間にもやれ卵が勇者の触媒だなんて勇者が料理みたいだの不死鳥の眷属の卵というのが重要なのであって決して料理なわけではないだの今度シオの魔法使って冷蔵庫を作ってみたいだの冷蔵庫なるものがどんなのか知らないけど役に立つ物ならいいよだの雑談を繰り返しながら食事を終えた。

「クエエ!」








「っぷう、ごちそうさまでした!」

「まあ喜んでもらえて何よりだよ」

「いやあ命賭けた甲斐があったわこの味。また食いたいもんだな」

「それはやめた方がいいかな。一度の繁殖期に産む卵の数は決まってるから今回幾つか取っちゃったからこれ以上とるとあの怪鳥の数が減りかねないしね」

「ああ、だから逃げてる途中攻撃を防ぐことはしてもこっちから攻撃はしなかったのか」

「そういうこと」

食後のコーヒーと紅茶を飲んでまったりと過ごす。

しかしそんな静かなひと時は続かない。

いや、続かないも何も最初から始まってないとも言えるのだが。

「クエエ!」

「……そろそろ触れようか」

「そうだな。これ以上無視出来そうにないし」

頷きあって同方向を向くとじっと俺のことを見ている雛鳥がいた。

言うまでもなく籠の中で孵った怪鳥の雛である。

「何で連れてきたんだい?」

「連れて来たんじゃねえよ。勝手についてきたんだよ」

そう、この鳥、山から逃げる途中籠から下ろしたのに俺達の後を普通についてきやがった。

屋敷には結界が張ってあるからまあ諦めるだろうと思ってたら素通りしやがるし。

シオ曰くどちらかと言えば精霊獣扱いだから悪意を持つ者を拒む結界が作動しなかったらしい。

「それにしても何でコイツは俺の方ばっか見てるんだ?」

「やっぱりアレじゃない? 最初に見た者を親と思う刷り込み的な感じ」

「いや、コイツ明らかに俺を見てよだれ垂らしてるんだが」

「きっと親から餌をもらうのを待ってるんだよ」

「コイツの眼は親から餌をもらいたがってる眼じゃなく対象を餌と認識してる眼なんだが」

「たくさん食べて大きくなったらきっと大空にはばたいていくんだろうね」

「その時俺はきっとコイツの足に捕まってるんだろうな」

「恩返しだね」

「いや、ごちそうとしてだ」

俺を食いたいって感情は悪意じゃないのか?

…ああ、良く考えたらただ食べたいって考えてんなら純粋な食欲か。

「それじゃ僕も疲れたから寝るね。ちゃんと面倒見るんだよ」

「いや待て。コイツもう我慢出来ないというようににじりよってくるんだが。このままだと俺食われる!」

「ガンバ!」

「うおぃ!」

扉越しに笑顔で手を振ってるシオに文句を言いつつ近寄ってきた雛鳥の頭を掴んでなんとか食い止める。

ええい!嘴をパクパクさせるんじゃない! ちょっと可愛いじゃねえか!

しばらく俺と雛鳥の格闘を楽しんでたシオだったがフウ、と息をつくと室内に戻ってきた。

「冗談だよ。流石に僕の家で鳥葬されるのは勘弁だしね」

「なんだよ冗談かよ」

驚かせやがって。

「まあもしその雛鳥が本当にサトーに危害加えるようなら僕が何とかするから安心していいよ」

「おお、頼むわ」

「うん、雛鳥の肉は卵以上に珍味だしね」

「……それも冗談だよな?」

「うん?」

「その“うん”は冗談に決まってるだろ、という同意を表す“うん”なのか、それとも何で冗談だと思うの?という疑問を表す“うん”なのかどっちだ?」

「え、当然ぎm」

「よーし、雛鳥! 今餌あげっから大人しくしてろよ!」

「ク、クエエ!」

野生の本能でシオの脅威を悟ったのか俺の言う事を素直に聞いてくれた。

厨房に駆けこむ俺の後ろで雛鳥を見ながらおいしいのに、と言うシオの残念そうな呟きが何気に今日一番怖かった。



















あとがき

新キャラ雛鳥。

食物連鎖としては

塩→雛→砂糖です。

さて、雛鳥の名前どうしよう。


因みに没ネタ

とりあえず雛鳥を焼き鳥繋がりで『タレ』という名前をつけてみた。

塩「家族が増えたね!」

砂糖「やったねタレちゃん!」











流石に自重しました。






[21417] せめて勇者として召喚してほしかった16
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/16 00:24






今日もギルドの仕事を終え家路に着く。

もちろん街の外壁を抜ける際の門番さんへの会釈は忘れない。

この門番さん、夜に帰宅する俺を心配して何度も考え直すように言ってくれる人の良い方だ。

ギルドに勤めてる俺としてはその辺はしょうがないと思っているけどその好意はとてもありがたい。

どこぞの魔法使いに見習わせたいものである。

門をくぐった瞬間、外独特の草の匂いがする風を感じながら周囲に気を配り魔物がいないか確認をする。

特に怪しい影がないのを確認すると街灯ではなく月と星のみが明かりとなる道を歩く。

夜の間は魔物も行動が活発になるためあまり人は外に出ない。

出ているとすれば夜に仕事のある冒険者くらいだ。

俺? 家が外の小高い丘にあるんだから例外だろう。

まあそこまで長い距離じゃないし平原が続いているから魔物がいるかいないかは門を出ればすぐに分かる。

万が一遠目で見つけたら速効でダッシュ。気づかれる前に行動。これがベストだ。

それにシオから渡された腕輪に簡単な魔よけ効果をつけてもらったのでよほど強い魔物以外は近付いてこない。

正確には気配がより希薄になるので気付かないが正しいらしいがどちらでもいい。重要なのは俺の安全が増すということだ。

さらに言えばシオの家はクローブの街の西側。

街の東に位置する魔の森や北にある怪鳥の山ならともかく平原である西側には強力な魔物はあまり居ないらしい。

そのため俺は毎日こうして家と街を往復出来るのだ。


因みにシオはいま長期クエストに出かけている。

この前来た依頼に勇者の触媒に関係する物があったらしい。

1人旅支度を終え出かけようとするシオに俺はついてかなくていいのかと尋ねたところ、

「今回はちょっと危険度が高すぎるからね。手伝ってもらいたいとは思うけど流石にサトーを連れてったら死んじゃう可能性が高いから僕1人でいいよ。

留守番宜しくね」

とのこと。


……ほっとしていい場面なのだから少し物足りないと感じてなどいないはず。


閑話休題


空気が綺麗なためか元の世界よりも良く見える、けれど見覚えのない星空を眺めながら歩く。

シオがいないためかここ数日はトラブルもなく平和な暮らしが続いている。

今日なんかスーちゃんが手作りのクッキーをくれた。

例えそれがシオにあげるための練習作だろうと砂糖と塩を間違えていてかつてないしょっぱさを味わおうと嬉しいことには変わりない。

なおスーちゃんには問題ないから同じように作ってあげなさいと教えておいた。ケケケ、甘党のシオの反応が今から楽しみである。

気分が良いので少し鼻歌も混ぜよう。




ふ~んふ~んふふふ~んふっふっふふふふ~んふん

ふ~んふ~んふふ~ふふんふふふ~~「きゃあああああ」ん?



夜空に向いていた視線を声のする方へ向けると暗くて良く見えないが自慢の視力が人影とその傍に巨大な影があることを告げている。

それはまるでその巨大な影が人影に襲いかかっているようで

「たーすーけーてー」

甲高い、少女のような助けを呼ぶ声が響く。

まるで物語のワンシーンのようなシチュエーション。

普通なら躊躇して立ち止まってしまうような場。

だが俺はどうすべきかなど考える前に即行で駆けだした。
























影に背を向けて家に向かって逃げ出すように。








「え、嘘? ちょ、ちょっと待って、たすけてー」

後ろから焦るような声が聞こえるが無視!

魔物の影を見たら即行ダッシュ。 それは今回も例外ではない!

「え? まさかホントに!? ちょっと待ちなさいよ!」

ダッシュ! ダッシュ!! 振り返るな!! 俺が襲われる前に速く!

ほら、後ちょっとで結界はってある我が家に

「だから待ちなさいって言ってんでしょー!!」

「ぐべぇ!」

弱弱しさなど欠片も感じない力強い怒声と共に俺は後ろから飛んできた何かに押し潰された。
























せめて勇者として召喚してほしかった16























「全く信じられないわ。普通女の子が襲われてたら助けに来るのが男ってもんじゃないの!」

何かに押し潰されたまま倒れている俺の前にはフン、と仁王立ちして偉そうに腰に手を当てている少女がいる。

スーちゃんよりちょっと上くらいの――大体10から12歳くらいか?――金髪ツインテールの少女は何か知らないがプンプン怒っている。

「何か知らないかですって!? あなた自分が何したか分かってるの?」

「魔物の影を見かけたので迷うことなく逃げた」

「きぃー!人間のくせになんて冷たい奴なの! こうすれば大抵の人間は助けに来るって聞いてたのに!」

俺の答えが不満だったのかダンダン足踏みしていら立ちを顕わにしている。

…いや、だってなぁ

「嬢ちゃん人外だろ?」

ほとんど自分で言ってるけど。

確信を持って問いただすと騒いでいた少女がピタリと止まり俺を凝視する。

「んな!!?……そう、最初から気づいてたってわけね。中々やるじゃない」

一瞬驚いた顔をして少し大人びた態度になる少女。

今さら大人ぶられてもさっきまでの子供特有の癇癪見た後じゃ意味無い気がする。

「いつ気づいたの? 魔力は抑えてたからそう簡単には気づけないと思ったんだけど?」

「いや、すげー悲鳴が棒読みだったから」

そもそもこんな暗い夜に少女が1人で外にいる事自体が不自然だってのにあれじゃなあ。

怯えてるというよりむしろわくわくしてる気がしたくらいだし。

「フフン、とぼけても無駄よ。あたしだって貴方が普通の人間じゃない事くらい分かってるんだから」

と何か偉そうに無い胸を張っている少女だがまあ間違ってはいない。

俺が黒髪黒目(魔力0)と言う意味なら確かに普通ではない。

後どうでもいいが這いつくばってる俺の前に立ってるせいでスカートの中が見えそうなんだが。

別に俺はロリコンじゃないからどうでもいいし言うと多分酷い目に合うから黙ってるけど。

「いいわ。第一段階は合格にしてあげる」

合格? 何が?

俺の疑問をよそに少女は俺の上にある何かをひょいっと片手で持ち上げるとそのままポイッ、と事も無げに放り捨てた。

やっと重さから解放された俺は立ち上がって少女が投げた物を見やる。

少女の拙い演技と違いそれは正真正銘の魔物だった。確かガルーとか言うCランクの犬みたいな魔物だったと思う。

以前シオが遠くから魔法で倒した事があったけど実際に俺が相対したら一分も持たずに食われる気がする。

けど今回はその心配はない。何故か?

答えは簡単、その魔物は既に死んでいるからだ。それも今少女が投げたからではない。

胸に穴があいている。一撃で死んだであろうその傷跡は常人には不可能な技だ。

恐らくそれをやった下手人は腕組みしたままじっとこっちを値踏みするように見ている。

……うわー、また何か妙なのに関わっちゃった。と言うか何故こう死亡フラグばかり立つ? たまにはこう、女の子とポ、としたフラグがたたないものか?

「…フッ」

あん?

現実逃避してたら死亡フラグの少女がいきなり力んだけどなんだ?

「………」

「………」

「何ともないの?」

「何が?」

何かしたのか? 特に何も起きた気はしないが。

一応回りを見渡すも特にこれと言って変化が起きたような様子はない。

キョロキョロしてる俺を見てどこか嬉しそうに少女は頷く。

「……第二段階も合格。これは中々イイ感じじゃない? 後はアレじゃ無ければ問題なし」

良く分からなかったけど何か納得したようでブツブツと独り言を言う少女。

「…よし、これが最後よ。質問に答えなさい人間!」

「…何?」

何が嬉しいのかテンション高まる少女。対比にどんどんテンションの低くなる俺。

出来ることなら関わらずにすましたいけど

なるべく怒らせないように当たり障りなく丁寧に答えよう。

「あなたロリコン?」

「ふざけんな! 断じて違う!」

しまった。セウユの変態の所為で言われ慣れてるからつい。

思わず怒鳴ってしまった事に戦々恐々とするが何故か少女は良かった、と胸を撫でおろしてホッとしている。

「いいわ、第三段階も合格。見た目もそこまで悪くないし決まりね」

何か自己完結したらしい少女はビシっと指をこっちに突き付けてきた。

「あなた、あたしの下僕になりなさい」

「………」

夜空の下、気の強そうなツインテール少女に下僕になれと言われる。

ロリコン同盟の奴らなら泣いて喜ぶだろうシチュエーション。

断るなど愚の骨頂。さあ、その手を取って跪き手の甲にキスをするがいい! と脳内セウユ(以前の夢以来時々現れる)がほざくが生憎俺はロリコンじゃない。

「お断りします」

「フフン、そうでしょう、光栄に思いなさい。あたしの下僕になれるなんてとっても名誉なことなんだから」

「いやだから断るって」

「え? 断るの?」

「断るよ」

なぜそんな不思議そうに首を傾ける?

気の強そうな目を丸めて見られても困る。

「どうして?」

「いや普通断るから! 初対面の子に下僕になれって言われてハイって答えたらそいつ人生諦めてるから!」

「なんでよ!? 頼んでるんだからいいじゃない!」

アレは頼んでるとは言わない。せいぜい命令か脅迫だ。

む~、と口を膨らましていた少女だがふいにすっ、と目つきが細くなる。

「…いいわ。なら力づくで下僕にしてやるんだから」

言うや否や少女の身体がブレて見えた。

景色が少女から空に移り ドスン、とやけに近くから物が落ちるような音。

同時に呼吸が止まる。

数瞬、ぶは、と止まった息が吐き出されたが身体は動かない。

何をされたか気付いたのは腹に強い痛みを感じてからだ。

「あ、ぁあああああああ!」

痛え痛え痛え! 滅茶苦茶痛い! 腹がめっちゃ痛い!

手で腹を抱えるようにしながら身体を丸めこむ。

全く引く気配のない痛みに歯をくいしばって耐える。

「あら? 思ったよりも飛んじゃったわね。大分手加減したつもりだったけど?」

離れた位置に移動した、ちょっと意外そうな声が聞こえて、ざっざっとこっちに歩いてくるのが分かる。

何だ今の? 殴られたのか? 全然見えなかった。受け身なんざまるで取れなかったせいで衝撃が全部身体に伝わって上手く動かない。

ここにきてようやく本当にこの状況のヤバさを自覚する。

シオがいないんじゃ助けも呼べない。

直ぐに逃げるべきだった。

見た目なんか当てにならないって分かってたしさっきの魔物を殺したのもこの子だって分かってたのに。

話し方とか態度とかがいつものガキンチョ共とダブったせいでどこか油断してしまった!

クソ! と悔やんでも仕方なく少しでも少女から離れようと痛みで上手く動かない身体をずりずりと後ろに移動させる。

目線は少女から離さないようにしているが這って動くのと少女とは言え歩くのじゃどうしたって差を詰められる。

それでも少しでも身体を動かさなければ。

助けを呼べない以上無駄だとわかっているが本能的に逃げようとする。

残り10メートル。

5メートル。

2メートル。

1メートル。



……ここまでか。

諦めて動きを止めた俺に少女は最後の距離を詰めようとした。

だが、その差は縮まらなかった。

少女が何かに遮られるように動きを止めたからだ。

「っな? これは、結界!?」

「…え?」

よく見ると少女が立っている位置はシオの家のすぐ傍だった。
改めて自分の位置を確認する。

俺のいる場所はシオの家を囲う結界のラインをギリギリで跨いだ位置にあった。

這いつくばった先が丁度シオの結界の方向だったのか。

いや、正確には俺が少女に殴り飛ばされた方向が偶々シオの家の方向だったのだろう。

なんという偶然。

おかげで俺は期せずして結界内に入ることが出来たわけか。

諦めずに下がり続けたおかげで死なずに済んだ。

「は! あなたまさかさっき簡単に飛ばされたのはこの結界の中に入るため? 

貧弱な人間の身体じゃあたしに勝てないと踏んであえて一撃を受けてそちらに飛んだってこと?」

そんな器用な真似を一般人の俺に出来るか。

この少女が死なないレベルの手加減をしてくれたのと殴った方向とシオの家の方向が重なったと言うただの幸運にすぎない。

けどいちいち否定する必要もない。何せこの結界はSランクの魔法使いが張った結界。

アイツ自身はともかくアイツの魔法は手放しで凄いと認められるので何の心配もいらない。

まだ痛む腹をさすりながらゆっくりと立ち上がる。

少女の方はなんとか結界を破れないかと何度も結界を殴りつけているがまるで効果は無い。

とは言えこのまま粘られても困る。明日だって仕事があるのだ。一日中ここにいられたら俺は疑似ニートになってしまう。

「この結界って術師以外の害意を持つ魔力に反応するから嬢ちゃんじゃ侵入は無理だと思うぞ。と言うわけで何の用か知んないけど諦めてくれ」

でなければ魔物がいる街の外に家など構えられるはずがない、とはシオの言である。

「っく、流石は人間の中で高位の魔法使い。やるじゃない」

手を止め悔しそうに結界ごしに俺を睨む少女。



……あん? 今何て言った? 誰が魔法使いだって?

「決まってるでしょ、あなたの事よ。凄腕の魔法使いなんでしょ、分かってるんだから」

「…えっと、嬢ちゃん、もしかしてその魔法使いを下僕にしたくてここに来たの?」

「そうよ。ちょっと手駒が欲しくって。どうせなら強い下僕が欲しいじゃない」

「…なんで俺を魔法使いだと思ったわけ?」

「え? だってあなたこの家に住んでるんでしょ? そう聞いたもの」

「…………」

ポクポクポクポクポクポクポク

チーン




えーっと、つまり



またアイツの所為かああああああ!

チクショウあの野郎! 居ても居なくても俺に迷惑かけやがる。

というかいないせいで俺の死亡率が高かった分余計に性質が悪い。

この恨みはスーちゃんの特製クッキーを全て口に突っ込んで晴らすしかあるまい。

帰宅後のシオへの復讐を決めつつ誤解を解くために少女に説明をする。

「あのな嬢ちゃん。俺とソイツは別人。その魔法使いは今出かけててここにはいないんだよ」

「嘘ついても駄目よ。魔法使いの人間はこの丘の上の屋敷に住んでるって聞いてここ二三日見張ってたけどあなたしかいなかったもの。ちゃんと知ってるんだから」

「そいついま長期クエスト中で遠くにいってるんだよ」

「だったら何であなたはこの結界に入れるのよ? 魔力ないんじゃ入れないならあなただって入れないじゃない?

あ、今あたしあなたの言葉のおかしいとこ見破れたわよね! 凄いでしょ! 凄いでしょ!」

「あー、はいはい凄いねー」

何やら自慢げな少女だが生憎俺は魔力ゼロなんで通過は余裕です。

「えへへー、ん、ほら! 分かったら早くこの結界解きなさい」

「何処の世界に自分を襲う奴のために結界を解除する奴がいる」

そもそも俺に解除なんか出来ないけど。

「むうー、だったらこっちに来なさいよ」

誰が行くか。わざわざ下僕になりに行くってどんなマゾだ。

誤解を解くのは不可能と判断し少女を無視して玄関へと向かう。

結局のところ俺にはどうしようもないわけだから無視するしかない。

「あ、ちょ、ちょっと。コラ! 入れなさいってば!」

えーっと鍵鍵、っとあったあった。

「む~~~、…これって魔力が邪魔してるのよね。だったらこうよ!」

鍵穴に差し込みドアを開けようとしたところで後ろから少女が声を上げる。

何か思いついたような言動が気になり振り返ると



そこには結界の内側に入っている少女の姿があった。

「嘘、なんで…」

起こった事実に顔を青ざめている俺とは対象に得意げな顔の少女はこっちにゆっくりと歩いてくる。

「少してこずったけれどこれで終わりね」

そう言うと先ほどとは違ってゆっくりとこぶしを振りかぶった。

駄目だ。もうどうしようもない。

殺されるのか。

いや、この子は下僕になれと言っていた。さっきも手加減したと言っていたし今回だってきっとするだろう。

なら死なずに済む?

馬鹿か俺は。それは魔法使い(シオ)だった場合だろ。何の役にも立たない黒髪黒目(俺)じゃあ発覚した瞬間殺されるに決まってる。

でももう逃げることすら出来ない。

クソ! こんなとこで俺は死ぬのか!

一度は助かったものの再び訪れた絶望に打ちひしがれる。

そんな俺の心情など気にもとめない少女のこぶしが俺に迫る。

「えい!」




ポカ




…………

なに今の?



どうもそう思ったのは俺だけじゃないらしくアレ? と少女も小首をかしげている。

「えい! えい! あれ? えいえいえい!」



ポカ ポカ ポカポカポカ、こきゅ


うん、全然痛くない。因みに最後の擬音は殴り方が悪かったのか少女が手首を痛めた音だ。

プルプルと手首を抑えて数秒しゃがみ込む。

あ、立ち上がった。涙目だけど必死で我慢してるっぽい。

「なんで? あたしこんなに弱くないのに」

困惑してアセアセしている姿を眼下にとらえつつも俺も悩む。

最初に喰らった時は本人いわく大分手加減していたらしいがそれであれだけの力を持っていたのだ。

それが急に無くなるとはどうなってるんだ? 一撃目からさらに手加減したという風ではなさそうだし。

……そう言えば

「嬢ちゃん。どうやってこの結界の中に入ってこれたの?」

「え? そんなの簡単よ。魔力が邪魔ならちっちゃくしちゃえば…いいっ…て……」

「………」

そういやシオが言ってたな。

この結界は入ろうと思えば誰でも入れるけどそのためには自身の魔力を封じなきゃいけない。

けど魔力を普段から無意識で使ってる僕達からすれば拘束具を全身につけて行動するようなもの。

だから入ってこれるのは術者である僕や魔力を一切持たない君、後は生まれたばかりで悪意を持たないこの雛くらいだ、と。


なるほどね。この子のあのバカみたいな力は魔力によるものでそれを封じちゃったから力も弱まっちゃったと。

最初まるで見えなかった動きが見えたのはただ単にこの子の動きも遅くなっただけと。

シオはこうも言ってたな。

例え目的があって入ろうとしても魔力を封じるなんてまず誰もやらない、他の方法を考える、と。

つまりこの子はまずやらない方法をわざわざ使っちゃったのか。



少女もそれに気づいたようで動きを停止させていたがバッと振り返って外にでようとした。

当然、ここまでやられた俺がそれをじっと待ってるわけがない。

「待てやコラ」

取りあえず両手で身体を掴んで宙ぶらりんにする。

「はわわ!? ちょっと離しなさいよ!」

腕と足をじたばたさせるが長さ的に届かないし、たまに当たってもてんで痛くない。

「悪いけど外に逃がしたら次に何して来るか分かんねえから捕まえさせてもらうぞ」

万が一対策を取られても面倒だしな。

シオならお姫様だっこでもするんだろうが俺はそんなことはしない。

俵を持つようにして家の中へ運んだ。

拒否するように振る頭につられて動くツインテールが顔にピシピシ当たる。

こちらは地味に痛い。






























「いやー! 何する気よ!? 捕まえるって言っておいてまさかハアハア言いながら服とか脱ぐんじゃないでしょうね!?」

「するか! どこの変態だ!」








後書き




続きます。

定番の名前はまた後で。

因みに雛の名前は決定しました。恐らく次かその次で発表します。



2011/8/16 修正



[21417] せめて勇者として召喚してほしかった17
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/21 20:00






ガコン、と重苦しい音と共に分厚い扉が開かれる。

開けた男は完全に開かれるのを確認した後ゆっくりと歩を進める。

人の入り込まない古城の玉座の間へと歩く姿はどこか重々しい雰囲気を漂わせる。

コツ、コツ、と石造りの廊下に足音が響く。

やがてたどり着いた視線の先にあるのはゆらゆらと揺れる蝋燭の明かり。

床に横たわる先に来ていた彼の仲間達。

そしてそれらに囲まれる少女は優雅に玉座に座り微笑を浮かべていた。

まだ年端もいかない子供であったがタダの子供がこのような場所に居るはずがない。

それもそのはず。彼女は吸血鬼。闇の属性の中でも代表格とされる種族の一つだった。

根城を構え人を攫っては血を飲み干すと言われるその種族は人々からは畏怖の対象とされていた。

当然、そのような存在に何もしない程人間も大人しくはなかった。

特に吸血鬼討伐に力を入れていたのは光の存在を信仰するイジャ教、その中でも最強と言われる聖騎士団だった。

殺し殺される彼らの関係は数千年の間続き何代もの時代が過ぎても変わる事はなかった。













せめて勇者として召喚してほしかった17














「あら、また愚かな人間が来たの? 何回も良く飽きずにこうも無駄な事をするものね」

少女は手に持つ本から視線を男へ移すと笑みを崩さずに傍らの机から紅い液体の入ったグラスを手に取る。

それが少女の足元に転がる男たちの血液であることは想像に難くなかった。

男は何も言わない。ただ何も言わないからといって何も感じていない訳ではない。

その証拠に彼はじっと強く少女を見ていた。

「不滅は光の神のみの力、ゆえに不死者の存在は認められない、だったかしら? そんな事で自らの命を投げ出しに来るのだから理解に苦しむわ」

男はぎゅっと手を握りしめる。

唇はふるふると震えて言葉を発しない。

「まあ結局はどうでもよいのだけれど。どうせあなた達人間は只の贄。私の欲求を満たすために存在するようなものだもの」

本の続きが気になるのかチラチラと本と男の間を交互させる少女の言葉に男の身体がびくん、と跳ねる。

それを見た少女は気を良くしたのかフフ、と見た目に合わぬ声を漏らす。

「あらあら震えちゃって。大丈夫よ。そこまで悪いものじゃないわ。あなたの仲間もそう思っているわよ」

ちろり、と舌で軽く唇を舐めると少女はパチンと指を鳴らす。

すると少女の回りに倒れていた男たちはのろのろと身体を起き上がらせた。

その顔に血の気はない。いや、意識も感情も生気もない。

あるのは血を求める欲求だけ。

男の震えはさらに増す。

だがそれは先ほどとは違う。まるで何か許せないものを見たような震えだった。

その証拠に男の表情には確かな憤怒の影が見える。

「あら? 怒ったのかしら。 それはごめんなさいね。でも直ぐにあなたも仲間にしてあげるわ」

少女の声を聞くたびに男の身体が震える。

少女の声に従うように男の仲間、否、吸血鬼の配下達は元は仲間であった男へと近づく。

助けを求めるのではなく道連れを増やすかのように。

「大人しくしていればご褒美にキスしてあげる。その温かな首筋にね」

その瞬間、我慢が出来なくなったのか男は叫んだ。





















「なんてうらやましいのだ貴様ら!!」


















怒号と共に囲んでいた吸血鬼達は皆吹き飛んだ。

そうとしか言いようがない現象だった。

「え? え? え?」

少女は今見たものに対して脳が追いついていない。

ぱちくりと瞬きをして目の前で血の涙を流す男を見張る。

「私は未だかつてこの職についてから一度も少女にチッスをしてもらった事などないと言うのに貴様らチッスをしてもらっただと!?

どんなだった? どんな感触だった!?

しかも幼女の欲求を満たすために何をしてもらった? 何をしてもらったのだ!?

ええい、色々と妄想をかきたておって!

あまつさえ同族にしてもらってそばに置いてもらえる等とはどんなご褒美だ!!」

耳を疑うような事を男はのたまった。

「ちょ、ちょっと! そいつらあなたの仲間だったんでしょ!? いくら吸血鬼になったからってそれはないでしょ!」

思わず口調が素に戻ってしまったが問わずには居られなかった。

何故なら今まで来た人間達は元仲間とは戦えない、という理由で負けていったのだから。

いや、もちろん覚悟を決めた者もいたがそれでも躊躇は多かれ少なかれあった。その隙をつくことなど造作もなかった。

しかし今のこの男の行動には躊躇いなど微塵も感じられなかった。

清々しいほど見事な攻撃だった。

「そんなことは知らん! ロリコンの妬みはいついかなる相手であろうと常に平等なのだ!」

それは平等とは言わない。思いっきり妬みと本人も言っている。

「大体、せっかくロリというものがどれだけ素晴らしく魅力的かを説明してあげたと言うのにコイツらと来たら『お願いですもう勘弁して下さい隊長! どんだけ説明されても幼女に興奮するとか変態としか思えません』などと言ったのだぞ!

全く、私の15時間を返せというものだ。それだけの時間があれば一体どれだけの幼女ウォッチングが出来たと思っているのか」

15時間もの間延々と男の恐らく阿呆な談義を聞かされた者たちに対して自ら下僕にして置きながら同情が禁じえない。

少女があっけにとられているとその男と目が合う。

嫌な予感がする。

椅子から立ち上がりいつでも動けるように構える。

その際持っていた本が落ち開いていたページが顕わになる。

そこには先ほどまでの少女の科白や『人間が入ってきたら尊大に座っている事』『相手が震えていたらこのセリフ、威勢がよかったらこっちのセリフ』『ここで指パッチン』などの注意書きが添えられていた。

まるで台本のよう、というか台本だった。

ここで不運だったのは台本に相手が変態だった場合の行動が書かれていなかったことだ。

ゆえに少女は自分の判断で男に対処しようと考えた。

しかしこれが間違った判断だったと少女は後に思った。

「っとそんなことを言っている場合では無かった! お初にお目にかかる吸血鬼の幼女よ。私はセウユ、セウユ・キッコーマ。

セウユ兄ちゃんでもお兄さんでもニイニでも好きに呼んでくれてかまわない」

兄しか選択肢が無かった。

「何言ってるのよ?」

「む? ああ、もちろんセウユお兄様でもよいぞ?」

「誰があなたなんかを兄なんて呼ぶか! というかあなた何しに来たのよ? あたしを倒しに来たんじゃないの?」

「ふむ。その質問に答える前に幾つか聞きたいのだが構わんかね?」

「…いいわよ。何が聞きたいの?」

警戒しながらも少女は男へ質問を促す。

正直この訳のわからない男と会話するのは危険だと本能が言っているが彼女とて吸血鬼。

たかが人間相手に恐れなど抱くものか。

吸血鬼の誇りにかけてこの男を殺してくれよう。

それが二つ目のミスだと彼女は後に思った。

「まず一つ目の質問だが君は吸血鬼だな?」

「? 当たり前でしょ。だからあなた達はあたしを滅ぼしに来たんじゃない」

男は右手でガッツポーズ。

少女は意味が分からずコテン、と小首を傾げる。

男は左手で親指を立てる。

ますます意味が分からない。

「うむ。では次の質問だが吸血鬼も成長するのか?」

「一応はするわよ。ただあたしの場合は肉体的にはこれ以上成長する事はないわ。あ、だけど強さは別よ。時を経れば経るほどあたし達吸血鬼の力は強まるんだから」

「おお神よ!! 私は成し遂げました! ついに! ついに見つけた我が理想! 来たかいがあったというものよ!」

少女の返答を聞いた瞬間、天を見上げて両手を組みひざまずいて喜びを顕わにする男。

どうでもいいが吸血鬼の城で神に祈りをささげるな。

少女の警戒心が一層増した。

「さっきからなんなの? あなたあたしを滅ぼしにきたんじゃないの?」

「そのつもりだったのだが気が変わった。幼女であるならば例え魔獣だろうが魔族だろうが私は倒さん。

いわんや吸血鬼の幼女など私がずっと追い求めていた理想の体現者ではないか。これを滅ぼすなどとはとんでもない!」

「り、理想?」

「うむ。なにを隠そう私は幼女が好きだ。大好きだ。フォーリンラブだ。そこに幼女がいる限り愛さずにはいられない幼女という名の鎖に囚われた哀れな男。それが私、セウユ・キッコーマだ」

初めてみた人種に思いっきり引き気味の少女。

だが男は気にしない。

「悲しいことにこの世の幼女は須らく皆成長する。それ自体は悪い事ではない。頑張って大人になろうと背伸びをしている幼女の姿はそれだけで夜も眠れぬほど。

だがそのために幼女という究極の存在を失ってしまうことには常々疑問に思っていた。何故神は幼女を幼女のままにしておかなかったのか、と。

そして私は考えた。きっとこれは試練だと。世界中を探してでも永遠のロリを探せという神から私に与えられた試練だと。

私は探した。入会から修行をし聖騎士団に入り各地で理想の幼女を探した。時にはとてつもない強大な敵と戦うこともあった。

くじけそうになったこともある。だが私は諦めなかった。なぜならそれは神の御意志であり試練なのだから!

そして今日! ここで! その試練は果たされたのだ!」

信仰などするはずもないが相反する神については少女も多少は知っている。

だから断言できる。間違いなくそんな試練は神は出さない。

少女から一瞬たりとも目を離すものかとばかりに固定した男の視線は少女のぽかんと開いた口の中にある牙を捕らえる。

「おお! そう言えば私の血が吸いたかったのだったな。これは待たせて済まなかった。さあいくらでも吸うがいい! 私の首にその桜色の唇をつけカプリといくがいい! さあ! さあ! さあ!」

ハアハア息を荒げながら服を脱いで上半身裸になり首筋を差し出すように近づいてくる男、もとい変態。

「ち、近づかないで!」

寒気を感じながら少女は座っていた玉座を片手でつかむと轟、と音が鳴るほどの速度で男に投げ出した。

人が喰らえば原型など残るものかと言わんばかりの威力。

変態はせまる玉座など視界に入っていないかのように(実際、幼女しか見えていないのだろう)無防備なその身体に直撃を受ける。

弾丸と化した玉座は変態の回りの床すら粉塵へと変える。

もうもうと床と玉座の破片が舞うなか、

「ふむ? これはアレか。いわゆるツンデレという奴なのだな? 素晴らしい! 正に最高のロリ!」

男はピンピンしていた。

傷一つなかった。

「意味分かんない!?」

「む? ツンデレとは普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつく、もしくは好意を持った人物に対し、デレッとした態度を取らないように自らを律し、ツンとした態度で天邪鬼に接するような人物、つまりは君のような者の事を指すのだ吸血鬼の幼女よ」

「誰も言葉の意味なんか聞いてない! あとあたしはツンデレじゃない! 傷一つ負ってないあんたが意味分かんないって言ったの!」

「む? 私が頑丈なのは幼女がもし悪龍や魔王に囚われていたとしたら、あるいはもし幼女が危険に包まれた秘境や密林に居た時助けに行けぬのでは不味いと思い至ってな。

ひたすら身体を鍛えていたらいつの間にかこのような身体になっていたのだ。これもひとえに幼女への愛が為せる業!!」

あまりの阿呆加減に一瞬意識が飛びそうになった。

その間にも変態は気にせずズンズンと少女に近づく。

上半身裸で。

ハアハア息を荒くして。

目は血走っていて。

この状況でどちらが悪か聞かれれば100人中99人は男だと答えるだろう。

残りの1人は男の同類に違いない。

「さあそれでは吸うがいい! 遠慮することはない。むしろ吸ってくれ! いや吸って下さい! さあ!」

「や、やあ」

「さあ!!」

「やああ、来ないで…」

「さあ! さあ!! さあ!!!」

「嫌ああああああああ! 助けてお父様ー!!」

バッと背中から蝙蝠のような翼を出し空いた窓からべそをかきながら少女は逃げ出した。

吸血鬼が自分の根城を捨てるというのは非常に珍しい。基本、純粋な吸血鬼は自分の血や歴史に誇りを持つため城へ攻められた場合は命をかけても戦う者がほとんどだ。

つまりこの変態と戦うのは命や誇りを失うより嫌だったのだろう。

「ま、待て!? 何故逃げる? せめて名前を! あと肉体年齢と服のサイズと好みのお菓子と好きな花と(中略)と就寝時間をー!」

夜空を羽ばたきながら少女は思った。

二度とあの変態には会いたくない、と。

そのためなら人間を襲うのをやめてもいいと思ったほどだ。

しかし願いむなしくこの日を境に少女は追ってくる変態と何度も遭遇することになる。

その度になんとかしよう、二度と追ってこれないようにしよう、というか殺そう、と画策するが変態はある意味自分以上に不死身だった。

ある時は落とし穴に毒蛇を大量につめて。

またある時は潜んでいた屋敷そのものを爆破させて。

またある時は上空から大岩をたたき落として。

その全てが男には効果が無かった。

あれは人間じゃない。変態と言う名の化けものだ。

少女は考えた。

あの変態は悔しいが自分では倒せそうもない。

なら他の誰かに倒してもらおう。

幸いにも自分は吸血鬼。手下を作るなど造作もない。

問題は誰にするか。

あの変態を倒せるくらいとなるとそこらの雑魚では駄目だ。

数十回にわたる殺傷目的の攻撃のおかげで物理攻撃はほぼ効かないと分かった。

そう言えば噂で聞いた事がある。

冒険者と呼ばれる人間の中で特に強い奴らは龍すら殺せる、と。

そう考えてからたまたま近くで見つけた人間の集落で情報を集めると何でも街の外の屋敷に済む魔法使いは非常に凄腕らしい。

ソイツにしよう。まずはどんな奴か確かめなければ。























「だからあなたを待ってたのよ」

「だから俺はここの居候だって言ってんだろ」

「嘘言ったって駄目よ。あたしが子供の姿だからって騙せると思ったら大間違いなんだから」

「…まあ良いけどさ。つまりは俺にその変態をやっつけてほしかったわけね」

「そう! あの変態め! あたしが何言っても自分に都合よくとらえる上に何やってもへっちゃらなんだから! あの変態にはもうほんのちょっとでも関わりたくないわ」

「実際に血を吸って下僕にしてから自害させれば?」

「イ! ヤ! あの変態に口づけるだなんてそんな怖いことあたししたくない!」

「……実はなんだかんだ言いながら寂しくてちょっと来るのを楽しみにしてるとかは」

「冗談のつもり? あの変態がもし死んでくれるのならあたしは人間になったって構わないくらいなんだから」

嫌悪感だらけの表情が少女の発言が嘘ではない事を証明してくれている。

その変態が俺の知り合いだって言ったらこの子どんな反応するんだろうな。


ぷんぷん怒りながら口のまわりを真っ赤に染めた(血ではなく俺が出したスパゲッティのトマトソース)少女を見て捕まえたはいいがこの後どうしようか悩む俺だった。


























あとがき


「俺のターン! 『倫理』と『常識』を生け贄に捧げ『変態という名のロリコン』を召喚!」

「何ィ!? 生け贄が指定されているあの伝説のカードだと!?」

「『変態という名のロリコン』の特殊能力により幼女が場にいる限り『変態という名のロリコン』は攻撃を受け付けない!

さらに魔法カード発動! 『ロリコン同盟緊急集合』のカード。この魔法によりデッキ内のロリコンをこのターンのみ場に全て召喚する事が出来る!」

「す、全てのロリコンを、同時召喚!? だ、だが俺の幼女の攻撃力は4500ロリ! 幾らロリコンを召喚したところで返り討ちにあうのが関の山だ!」

「それはどうかな?」

「何?」

「魔法カード『ロリ魂(コン)』 このカードにより場のロリコンどもは自身の全ての力を発揮出来る! 良く見ていろ」

「な、2000、2500、3000、馬鹿な、まだ上がるだと!」

「理解したか、これがロリコンというものだ」

「クッこのままでは……などと言うと思ったか?」

「何だと?」

「罠カード発動! 『上目づかいでおねだり』!」

「な、なんだ? 俺のロリコン達の前に1人の幼女が――」

『――おにいちゃん、て呼んでもいい?』

『『『『グフォ!!』』』』

「な! 俺のロリコン達が一瞬で消滅していく!?」

「『上目づかいでおねだり』は敵の場がロリコンで埋まり自陣に幼女がいる時のみ発動可能なカード。

発動後は幼女は攻撃も防御も出来ないが全ての駒を失ったお前など次のターンで新たな幼女を召喚して攻撃すれば終わり、俺の勝ちだ!」

「…フ」

「何がおかしい?」

「俺の陣を良く見ろ」

「何? ば、馬鹿な!? 一体残っているだと!?」

「そうだ。このロリコンの名は『自覚なきロリコン』! ある幼女以外は通常の反応しかしない特殊ロリコン! そしてお前の場の幼女は攻撃も防御も出来ない!」

「ま、まさか最初から俺に『上目づかいでおねだり』を使わせて幼女を素通りさせるつもりだったのか!」

「当たり前だ! 幼女を攻撃など出来るか! 行け『自覚なきロリコン』! プレイヤーにダイレクトアタック!」

「ぎゃああああああ! ってあれ?」

「し、しまった! 『自覚なきロリコン』の攻撃力は最弱だった!」

「……俺のターン、『無口な幼女』を召喚」

「ああ! よりにもよって『自覚なきロリコン』が反応する幼女! これじゃ壁にならない!」

「攻撃」

「ああ! 幼女に攻撃されて負けちゃううううう!」


















後書きじゃないって? アハハ、この話書いててこんな話が思い浮かんだんです。

こんなの本編にのっけてもしょうがないんで後書きで。

きっと初代オリシュの手によりロリコン同盟ではこんなカードゲームが流行ってるんです。

たぶん名前は幼女カード、Lolicon&youjo 略してL&Yみたいな。



肝心の名前は次回に






[21417] せめて勇者として召喚してほしかった18
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2011/08/31 01:14
「クエエエエエ!」

「きゃあああああああ!?」

朝、けたたましい声で目が覚める。

「クククエ、クククエ、ク―エー!」

火サス? どこでそんなメロディを……て俺だ。

ふああ、とあくびをしながらも昨日の闖入者を寝かした部屋に向かう。

「クエ、クエ、クエエエエ!」

「やあああ、やめて!やめて! もう何? 何なの!?」

扉をあけると空き部屋のソファで横になっている件の少女とその上でつつく攻撃を繰り返している我が家の三番目の住人?である雛鳥。

「あ、ちょっとあなた! なんなのコイツ! 寝てたら急に襲われたんだけど!」

「コイツじゃない。コルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロンという名前がある」

「こ、こる?」

「コルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロンだ。因みに精霊獣だからある程度の知性がある。だから名前を呼べば止めてくれるぞ」

「え、えーと、えと、コルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロン! つつくのやめなさいコルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロン!」

「クエエエエエエエ!」

ドツドツドツドツ!

そして全く止める気配のないコルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロン。

「全然止まんないじゃないの! 何とかしなさいよ!」

「ったく、朝から騒がしいな。おい、『コショウ』もうすぐご飯作ってやっから止めろ」

「クエ」

ぴょん、と飛び降りこちらに二本足で歩いてくるコルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロン。

「名前全然違うじゃない! 何よコショウって!?」

「違くねえよ。本名コルネリウス・ショウペンハウエル・ヨースティン・ウルバラブロン。ただあまりに長いから略してコショウと呼んでるうちにそっちが本名だと思ったらしくてな。

もうこっちじゃないと反応しなくなった」

因みに命名はシオである。略式になった事に腹を立てていたがいきなり食料とみなしたお前にどうこう言われたくない。

「ちょっと! あたしあなたのペットに襲われたのよ! 謝罪の一言とかお詫びに下僕になるとか言いなさいよ!」

「何を堂々と自分の要望唱えてんだ。 大体昨日お腹減ったからってわざわざご飯作ってやったのにそのあと勝手に腹が膨れて眠っちゃったのは嬢ちゃんだろう。

泊めてやったこっちに感謝してほしいくらいだ」

「それとこれとは話が別よ! ちょっと何処行くのよ!」

「厨房に朝飯作りに行くんだよ。あー、なんか食いたい物あるか嬢ちゃん?」

「あたしトマト食べたい!」

「…………」

アホな子だとは思ってたけどここまでか。

さっきまでの怒りは何処へやら厨房へ向かう俺の後を嬉しそうについてくる嬢ちゃんとコショウをカルガモみたいと思った俺は悪くないはず。














せめて勇者として召喚してほしかった18

















吸血鬼の少女来訪1日目




「あぐあぐ」

取りあえず朝だったので軽めにBLTサンドを作ってあげたのだがこちらの世界にはサンドイッチはなかったため物珍しいのか目をキラキラさせながら食べている。

「んじゃ俺は仕事あるからゆっくり食ってな。コショウ、部屋のもん遊んで壊すなよ。でないとシオに焼きとりにされかねないしな」

「クエエエ」

シオの恐怖を思い出し震えるコショウを確認すると食べ終わった自分の分の皿を台所に持っていく。食堂と台所は繋がっているので洗い物をしている間にも後ろから嬢ちゃんの声が聞こえてくる。

「ゴクン、ふう、おいしかった。なかなかやるじゃないあなた…ってあれ? いない?」

聞いてなかったのか。一つの事しか集中出来ないってホントに子供だなぁ。

「うーん、あれ? 今あの人がいないんなら逃げるチャンスじゃない? っ、こうしちゃいられないわ!」

そう言ってトタタ、とかけ足が玄関の方へ向かって、って不味い!

すぐさま洗い物を止めて嬢ちゃんの後を追いかける。

だが廊下に出た俺の目に入ってきたのはもう扉に手をかけている嬢ちゃんの姿だった。

「おい、やめろ!」

「あ、ふっふーんだ。油断したわね。大人しく食べている振りをして隙を作り逃げ出すというあたしの作戦に見事に引っ掛かったわね」

俺が追いかけてきたと気付いたが自分の位置関係から絶対の有利さを感じ取った嬢ちゃんが自慢げに胸を張る。

いや嬢ちゃんさっきの発言から間違いなく思い付きだろうとか突っ込みたいけど今やるべきはそれじゃない。

「待て、考え直せ。いいからその扉をあけるな」

「いやよ。昨日は不覚を取ったけど外に出て魔力が使えるようになったらこっちのもんなんだから」

俺の警告に耳を貸す事なくガチャリ、と扉をあけるとその隙間からサッと外へ飛び出してしまう。

嫌な予感が倍増し直ぐに嬢ちゃんの後を追うように外に出る。

そして

「いやああああ! 熱いぃ! 焼けるぅ! 灰になっちゃうぅ!」

「ああやっぱりか! もう言わんこっちゃない!」

燦々と輝く朝日を浴びてプスプス煙を出しながら庭先をゴロゴロ転がる吸血鬼の少女がそこにはいた。






「死ぬかと思ったじゃない」

「不死身の吸血鬼が一番言わなそうなセリフだよなソレ」

転がる嬢ちゃんを捕まえてさっさと家に連れ戻す。

全く、何のためにカーテンを全部しきっぱなしにしてたと思ってるんだこの子は。

「それにしても」

煙が収まり代わりにシュウウ、と日を浴びて火傷になった箇所が再生していく嬢ちゃんを見ると改めてこの子が吸血鬼なのだと実感する。

魔力は封じてても吸血鬼としての本質は変わらないらしい。見た目は幼い少女そのものなのにな。

……そういや精霊獣とか魔物とか見てきたけど人型の人外って初めてだな。

「当たり前でしょ。あたしは生まれつきの吸血鬼なんだから再生力は最高レベルよ。その代わり弱点もそれなりに多くなっちゃうけど」

「……弱点て言うとさっきの日光とか十字架とか銀とかニンニクとかそういうのか?」

「大体そうだけどジュウジカって?」

「こういうの」

取りあえずスペシウム光線よろしく腕を十字に組む。

「みぎゃあああああああ!」

「あ、ワリ」

予想以上の反応だったので直ぐに止める。

椅子から転げ落ちた嬢ちゃんは俺が十字を組むのをやめると顔を真っ赤にしながら詰め寄ってきた。

「ヒドいじゃないのよ! 今アタシは魔力封じてるからこんな距離でソレ見たら大ダメージ確定よ!」

「…そうか。いや悪かった。まあしばらく休んでろ。俺は用を済ませたら仕事行くから。昼はどうすんだ?」

「夜になるまで寝るにきまってるじゃない。棺桶ある? 出来れば寝心地がいいのがいいんだけど」

「ねえよ。寝心地いい棺桶ってどんなんだ?」

もし有ったらシオにどういう事か問いたださなきゃいけなくなる。

俺用とか言われたら流石に付き合いを考えなきゃならない。

コショウに「夜になったら起こしてよ。そしたらここから出てあの人間を下僕にするんだから」と声のデカイ内緒話をしている少女を放っておいて必要な道具を取りに行く。

腕であんだけ効果あったんなら木でも充分だろ。




その日、サトーが帰るより早く起きた少女は出口という出口に吊るされた十字架を見て悲鳴を上げ続ける事となった。









吸血鬼の少女来訪3日目



「ほれ、今日のご飯はオムライスだぞ」

「うわ、何これ!? お米の上に卵が乗ってる?」

「ふふん、半熟にしてトロリとした触感とトマトケチャップで炒めたライスの絶妙なうまさをとくと味わうがいい」

シオが帰るまで手の打ちようが無かったので少女を家に置いとくようになってから早3日。

……今考えたら俺コレ普通に少女拉致監禁じゃね?

いや、命狙われてんのこっちなんだから正当防衛みたいななんかでセーフのはず!

なお、どこぞのロリコンどもに明け渡すという考えはある意味最悪の人身売買の気がしたので即行却下。

それにしてもこの少女、捕まっている自覚があんのか?

帰ってきたら普通に飯を要求するわ退屈だからなんかしろだのやたら馴染んでるんだが。

まあこっちとしては泣き叫ばれるよりはずっと助かってるしシオが帰ってくるまでの我慢だ。

大抵のものをうまそうに食ってくれるのも嬉しいし。

最近ではミコさんから教わった料理に加え元の世界の料理のレパートリーも増えてきているのでその成果が出るのは嬉しい。

……元の世界に戻ったらその手の就職も考えてみようかな。

「アタシ卵きらーい。これいらない」

ポイッ

ポトリと床に落ちる黄金色に輝く卵。

俺の中の何かが切れる音がした。

「手前ぇ! なんて事を! なんて事をしやがる!」

「ええええ! 何でいきなり怒りだしたの!?」

「この卵はなあ! この卵はなあ! 雛鳥になるかもしれなかった運命を俺達の糧となるためにその命を犠牲にしてくれたかけがいのないものなんだぞ!

それを、それを、よく平気で捨てられるなあ! 見ろ! コショウの円らな瞳を!」

「コショウを?」

「クエエエエ」

「? いつもと変わらないじゃない?」

「馬鹿野郎! 一見何の変化も見られないようだがその実同族の命がないがしろにされた事に深い悲しみを携えたその瞳に気付かないのか!

謝れ! コショウと犠牲になった卵に謝れ!」

「そ、そうだったの!? ごめんなさいコショウ! アタシ全然気付かなかった!」

「うう、今日のオムライスは我ながら会心の出来だったのに」

「クエエエエ」

コショウを抱きながらさめざめと泣く吸血鬼の少女。

四つん這いになって嘆く俺。

そして抱きつかれながら平然と落ちた卵を食ってるコショウ。






基本この家はシオがボケたらサトーが突っ込み、サトーがボケたらシオが突っ込むことでバランスが取れている。

よってどちらかがおらず他の全員がボケだった場合突っ込みがまるでいなくなるためこのようなカオスになる。

ともかく、突っ込む事はたくさんあるが一つだけ。








それは無精卵だ。












吸血鬼の少女来訪8日目




「あー疲れた、ただいまー」

いつもよりもくたびれた声が漏れたのを自覚する。

帰宅時間ギリギリ前にクエストが大量に入ったのでその整理に追われて随分遅くなってしまった。

普段ならこういうときにはミコさんの賄いを食べてくるのだが今は嬢ちゃんがいるためそうもいかない。

帰り際にミコさんの「あら? 食べてかないなんて珍しいわね? もしかして誰か家に待たせてるの?」とピンポイントな質問をされた時はビビった。

言ってもいいんだけどここで言うと何か大変な事になる気がしたので黙っている。

その後のミコさんの「シオ君が聞いたらどんな反応するかしらね。やっぱり嫉妬にかられて…」という発言は聞かなかったことにしたい。

ミコさんの愛読書は究極の愛のものだからなあ。

さて、嬢ちゃんももうとっくに起きているだろうと居間の方に向かうと嬢ちゃんの声とコショウの鳴き声がする。

? なんかやってんのか?

少し気になったので音を立てないように近づいて扉を軽く開けて中を確認してみると






「いいコショウ? 今からあなたはあたしの城に入ってきた人間の役ね。あたしは城の吸血鬼だから」

「クエエエエ」

「じゃあ始めるわよ」

よいしょ、と椅子の上に立ちふんぞり返る嬢ちゃんの傍に羽をパタパタさせながらコショウが近づく。

コショウに対し不敵な笑みを浮かべた嬢ちゃんは手に持った本を見ながら朗々と語り出す。

「良く来たわね人間。あなた達の行動など無駄だと分からないのかしら?」

「クエエエエ」

「へえ、なかなか勇敢じゃない。でもその程度で私を倒そうだなんて考えが甘いとしかいいようがないわ」

「クエ、クエエ」

「いいわ。そんなに死にたいのなら見せてあげる。闇の眷属にして夜の王の一族たる吸血鬼の力を!」

「クエエエエエ!」

「………うん、イイ感じ! これで威勢のいい人間が攻めてきたときのパターンの練習はバッチリなんだから!」

「クエ」

「よおし、次は旅人の前に現れてその人間の血を吸うバージョンをやるわよ!」

「クエエ!」






「……………」

玄関の方に戻って一度扉を開けてから大きな声で「ただいま」と言う。

居間の方からドタバタと騒がしい音がしたのを確認してから再び居間へ向かう。

「あら、やっと帰って来たの? 随分おそかったじゃない」

椅子の上でカップを持ち上げて今気付いたと言うように俺を見る嬢ちゃん。

「おお、遅くなんてごめんな。今からご飯つくるからちょっと待っててくれ」

「早くしなさいよ。あたしお腹減ったんだから」

少しすまし顔で文句を言う嬢ちゃんに軽く返事をしながら台所へ向かう。

嬢ちゃんとソファの間に見えた本のことは知らない振りをしてあげるのが大人というものだろう。










吸血鬼の少女来訪10日目






休日なので今日は早起きする必要が無い。

久しぶりに惰眠でも貪るかとでも思っていたのだが

「いくわよコショウ! 突撃ぃ!」

「クエエ!」

「ぐふぉう!」


長椅子に寝る俺の上に飛び乗った二つの物体に強制的に目を覚まさせられる。

「な、何すんだ?」

「あなた今日休日なんでしょ? せっかくだからつきあいなさいよ」

「あん? ていうか嬢ちゃん朝になるんだからそろそろ寝る時間だぞ?」

「大丈夫! 今日あなたが休日って聞いて夜の間寝てたから! ほら、まずはあたし達のご飯を作りなさいよ」

「クエエ」

半眼で起き上がった俺の袖をぐいぐい引っ張って台所につれてこうとする嬢ちゃんと早く餌が欲しいのか甘噛みしてくるコショウ。

「ああ分かった分かった。袖が伸びるから引っ張んな」

「何言ってるのよ? 早くしないと遊ぶ時間が減るじゃない!」

一週間近くコショウとばかり遊んでて飽きがきたのかやたら騒がしい嬢ちゃんの要望は凄まじくご飯を作る時以外は一日中遊びっぱなしだった。



「ほら、何か聞かせてよ!」

「あー、昔々あるところにシンデレラという女の子がいてだな」

「ツンデレラ?」

「シンデレラな。 それじゃ『べ、別に舞踏会に行きたくなんかないんだからね!』とか言っちゃいそうじゃねえか」

何かお話でもしてと言われれば俺の世界のおとぎ話でも聞かせてやり



「じゃああなたが鬼ね。あたしとコショウが隠れるから50秒したら探しにきなさいよ!」

「はいはい、ほれ行くぞ、いーち、にー、さーん」

「わわ、もう!? 急ぐわよコショウ!」

「クエ!」

遊びたいと言えばコショウを交えてかくれんぼをしたりと我ながらよくつきあったものである。


夜になるとそれなりに疲れたが嬢ちゃんの方はもっと疲れたらしくコクンコクンと船をこいでいる。

「おーい、もう寝た方がいいんじゃないか? 疲れてんだろ?」

「い、いやよ。夜は吸血鬼の本分なのよ。それに…このくらいの事であたしが……疲れる………なんて…………くぅ」

「っと」

話しながらついに限界が来たのかパタリと横になった嬢ちゃんを受け止める。

すやすやと眠る姿は見た目通りの年齢としか思えない。

いや、実際は俺より年上なんだろうけど魔力を封じてるせいで身体能力が下がっている今は年相応の子と変わらないんだろう。

よっ、と嬢ちゃんを抱え直して寝室に連れていき横にして毛布をかけた後明かりを消して部屋を去る。

やれやれ、手のかかるお嬢ちゃんだ。普段の言動もあまり歳上という気がしないからまるで……

そこまで考えて愕然とした。


俺の最近の行動って娘もった父親の行動じゃねえ?

今日なんか完全に休日に家族サービスするお父さんじゃん。

まだ結婚どころか恋人もいないのに!

落ち込む俺を慰めるようにコショウがツンツンつつくのが逆に辛かった。









吸血鬼の少女来訪15日目




「ほれ さっさと口にいれろ」

「い、いやよ。だってソレ苦いんだもん」

「そんな事ねえからほれ」

「ム、ムグ! ん、んく、ゴクッ、ひどいじゃない! いきなり口に突っ込むなんて!」

「嬢ちゃんが嫌がるからだ。で、味はどうだった?」

「え、そうね、思ったほど悪くなかったわ。むしろおいしかったわ」

「だろう? 何事も先入観は良くないぞ」

「しょ、しょうがないじゃない! 見た目だってあんまよくないし ちょっと匂いもしたし」

「まあその辺は我慢してくれ。ほらまだまだあるぞ」

「うん」










そのあとは自分から口に運ぶ嬢ちゃんを見て思わず笑みが浮かぶ。

最初は嫌がっていたのにこうも上手くいくとやはりこの方法は間違っては無かったようだ。

「上手いもんだろ、ピーマンの肉詰めは?」

「そうね。ピーマンは嫌いだったけどこれなら食べられるし」

初めて作ったので形が悪かったがお気に召してくれてなによりだ。

夕食を終えて一息つくと今日が月末だと気付く。

「そういやもうすぐシオの奴が帰ってくるな」

「コショウの毛ふわふわー……? シオってだれ?」

「ここの家の主で嬢ちゃんの探してた魔法使いだよ」

「それってあなたでしょ?」

コショウに抱きつきながら小首を傾げる嬢ちゃん。

「だから俺は違うっての。黒髪黒目は魔力を一切持たないって言ってるだろ?」

「それってかもふらあじゅって奴でしょ。そんなんでアタシを騙せると思ったら大間違いなんだから」

「あーもう、どうにか俺が魔力持たないって証明する方法はないのか?」

「あるわよ」

最後の方はほとんど独り言だったが予想外にその返事は嬢ちゃんから返ってきた。

「あるのかよ、だったらなんで早く言わない?」

「え? いいの? その方法を試しても?」

「俺が違うとはっきりするんなら別にかまわん。で、どうやるんだ?」

「じゃあまずしゃがんで」

何をやるつもりなのか分からないが嬢ちゃんの言うままにしゃがむ。

コショウから離れた嬢ちゃんがとことここっちに歩いてきたと思えば俺の頭を両手でつかんで少し右に寄せると自分の顔を左に寄せていって……って!

「おいちょっとま」

カプ、んちゅううう

「うおおおおおい! 何血を吸ってんだああああああ!?」

「きゃあ!?」

驚きのあまりに嬢ちゃんを突き飛ばす。

小さな悲鳴を上げた嬢ちゃんだがそれどころじゃない。

今吸われた! 確実に少し吸われた! どうしよう!? 俺は魔力とかの抵抗がないから多分吸血鬼化とかに抵抗できない!

「いたた、ちょっと何するのよ!」

慌ててイー、と口を開けて牙が生えてないか確認したりしている俺にお尻をさすりながら嬢ちゃんが文句を言ってくる。

「こっちのセリフだ! 魔力あるか確認するって言ってたのに何いきなり人の血を吸ってるんだ!?」

「何って……うわ! 何この血!? 魔力が全然ない! どういう事?」

「こっちが聞きたいわ!」


お互い少し落ち着いて話を聞くとどうやら血液内の魔力を調べようとしたらしい。

吸血鬼たるもの血に関してはかなりうるさいから魔力の量くらい飲めばすぐ分かるから吸ったとのこと。

なお血を吸っただけでは吸血鬼にはならず自身の魔力を送り込むことで支配するのだとか。

つまり魔力を封じてる今は心配いらないらしい。一安心である。

嬢ちゃんの方も俺の血が全く魔力がこもってない事が分かりようやく俺が魔法使いでないと気付いた。

「じゃああなたホントに魔力が無かったの?」

「やっと信じてくれたか。そう。だから俺を狙っても何の意味もないしもうすぐここの魔法使いも帰ってくるからあとはシオになんとかしてもらえばそれで終わりってわけだ」

具体的にどうすればいいのか分からないがシオならこの嬢ちゃんが俺達を襲わないようにする方法くらい知ってんだろう。

たぶん呪いとか誓約みたいのをかけるとかあるだろうし。

退治するとかだと流石に気が咎めるから止めるつもりだが。

「そ、そんな、あ! じゃあその魔法使いに頼めばアタシの下僕になってくれるかしら?」

「それはない。アイツはプライド高いしめちゃめちゃ強いぞ? 嬢ちゃんの嫌がってる変態くらい強いぞ」

「う、嘘!? あの変態と同じような奴がいるの!?」

「ああ、なんたってシオもセウユもSランクだからな」

「あ、あんな変態が他にもいるなんて…」

あん? 今の言い方だとシオ=変態になってる?

俺はシオの強さ=変態(セウユ)の強さと言ったつもりなんだが

………まあいいか。







同時刻 ある場所にて



「なんか今物凄く不愉快な気分になった」

「グギャアアアアアアアアアア!!」

「うん? まだ動けたのかい? 悪いけど今すっごくイライラしてるんだよね。早い所終わらせて僕も帰りたいんだ。だからさっさと退いてもらえるとうれしいんだけどね!」

三つ首の巨大な犬と真正面から魔法を放ち戦うシオがいたがその怒りはここにはいない同居人に向けられていた。

帰宅後の彼らの喧嘩がどうなったかは文字数にして5000字を超えるので割愛させていただく。

















…なんだろう、理不尽な怒りを向けられた気がする。

「ううう、そんな変態がまだいたなんて、そんなの下僕になんか出来ないじゃない」

勘違いしたままの嬢ちゃんだがどうせシオが帰ってくればその誤解も解けるだろうから放っておく事にする。

「どうしよう………―――あ、来る」

「あん? どうした?」

俺の問いには答えず唐突に呟いた嬢ちゃんはどんどん身体を震わせていく。

「来る! 来ちゃう! アイツがここに来る! やだ! やだ! アイツがここに来ちゃう!」

自分の身体を抱き締めるようにガタガタと震える嬢ちゃんがひたすら何かが来ると叫び続けている。

何が来るって………まさか!

いや、アイツは確かこのまえ長期クエストに出かけたばっかだぞ! 予定では早くとも来月の終わりごろのはずだ!

そんなに早く終わる訳が……―――







「……ょぅ………」







何か今外の方から声が聞こえた!

「嬢ちゃん! 無事でいたかったら絶対に声を上げるな! コショウ! 嬢ちゃんの傍についていてやれ!」

「クエエエ!」

黙って頷く嬢ちゃんと了解と鳴き声を上げたコショウを置いて玄関から飛び出る。

既に日は暮れ視界は暗闇に埋まっている。

それでも方向くらいは分かるのでキッとクローブの街の方を見据える。

「……よ………」

案の定、声はそちらの方から聞こえてくる。その声の主の姿は全く見えない。

「………う…ょ…」

しかしどんどん大きくなっていく声がその接近を知らせている。

マジかよ! くそ! 俺一人でどうにかなるのか? 奴を食い止めることが出来るのか?

「よ」

焦りと緊張の中月明かりが僅かにその影を映す。

「う」

一瞬、はるか遠くに見えたはずのその影は人間が出せるスピードを遥かに超えた速さでこの家に迫る。

「じょグバアア!!!」

その影は全くスピードを落とすことなく接近し、そして結界に見事にぶち当たった。

……人間って全速力で走って壁にぶつかれば死ぬこともあるって聞いた事あるんだけどコイツはやはり人間ではないらしい。

ぶつかった衝撃は多少は有ったらしいが結界の内側から見たセウユは怪我ひとつない。



「こ、これは一体!? 結界? だがそれがなんだと言うのだ! 例えどんな障害があろうとこの私の道を、夢を、信念を! 止めることなど出来るものか!」

「カッコいい事言ってるけどお前がやろうとしてるのは普通に犯罪だからな」

精悍な顔を引き締めながら強敵に相対したようなセリフを吐くな。

シオの結界を力づくでどうにかしようとしているセウユを止めるべく近づいて声をかける。

「む? おお! 誰かと思えば同志サトーではないか! そうか、ここはシオと君の家だったか」

「ああ久しぶりセウユ。あと同志言うな。…俺の記憶が正しければお前はまだクエストの期間中だった気がするんだが」

「うむ。相違無い。実はクエストの期間中にロリコン同盟から連絡が入ってな。驚いた事にここクローブで私の追い求めていた吸血鬼の幼女の姿を見た者がいたのだ!

それを聞いていてもたっても居られなくなった私はこうしてはせ参じたということだ」

ロリコン同盟はオリシュのおかげで他の者達の知らない連絡方法があるらしい。全く無駄な使い方だ。

「おいイイのか? Sランクともあろう者がそんな簡単にクエスト放棄なんかしちゃギルドの沽券にかかわるんだぞ?」

「問題ない。連絡を受けてからすぐさま件のクエストを終わらせてきた」

「…確かセウユの受けたクエストってある村の近くに存在するアンデットの討伐だよな? 何処からわいてくるかわからないから二ヶ月ほどかけて発生源をじっくり探し当てるはずじゃ」

「これもひとえに幼女への愛が為せる業よ」

なんて無駄なバイタリティ!

「っとこうしてはおれん! 同志サトーよ! 実は吸血鬼の幼女はこの屋敷の事を探っていたらしいのだ! もしもこの家に彼女が訪れたのなら同志である君の事だ。

必ず丁重におもてなしをしているはず!」

チクショウ、思いっきり否定したいけどなまじ本当の事だから反論できない。

「さあどうだね同志サトー! ここに吸血鬼の幼女はいるのかね!? ここしばらく会えていないのだ。今度こそ、今度こそ名前を伺わなければ!」

「………………」

ここで嬢ちゃんを引き渡すのは簡単だ。魔力を封じてる嬢ちゃんは普通の子供と何ら変わらないのだから。

引き渡せば俺の安全も保障される。

俺の答えは決まっている。

「ああ来たよ。十数日前にね」

後ろから息をのむような雰囲気がした。

「おお! ではここにいるのかね!?」

期待という文字を目に浮かべたセウユは結界の壁にぴったりと張り付いたまま俺の返答を待つ。

セウユはまあ悪い奴ではない。変態ではあるが悪人ではない。それくらいが分かる仲ではある。

だがこの十数日。一緒に暮らした俺の中に芽生えた感情がそれを拒否した。

「いや、俺が魔力を持たない人間だと知ったら興味を失ったようにそのまま南の方へ飛んでいったぞ」

「何!? 幼女を1人で旅に出させたのか! それでも君はロリコンかね同志サトー!」

「同志言うな。俺はロリコンじゃないって言ってるだろ」

「むうううう、今は同志サトーの不甲斐なさを正している時間はない! 十数日前に南に飛んだと言ったな同志サトー?」

「ああ。まっすぐ南に飛んでいったぞ」

「こうしてはおれん! 早くしなければ追いつけないではないか! 同志サトー! 帰ったらその時に君には色々教えねばならぬ事があるので忘れぬように。

ではサラバだ!」




ようじょーーーーー!とドップラー効果を放ちながら南に向かって真っすぐに走り去るセウユを確認してから家に入り玄関の十字架を外す。

そして十字架が見えない位置で外の様子をうかがっていた嬢ちゃんを落ちつかせるように抱きあげてそのまま外へ連れ出す。

嬢ちゃんは黙っていたが俺が持ち上げるとキュ、と服を掴んできた。よほど怖かったらしい。

家を出た後結界の端ぎりぎりまで歩きそこで嬢ちゃんを下す。

俯いたままだが幸い人肌に触れたおかげか震えも止まりしっかりと自分の足で立ってくれた。

「ほれ、あの変態は南に行ったから逆の北にでも行けばまあ会う事はないだろう」

「……あの変態と知り合いだったのね」

「…ああ、この家はあの変態がまた来るかもしれないからもう来ない方がいいぞ」

「……どうして?」

「あん?」

「どうしてあたしをかばってくれたの? アタシあなたの事殴っちゃったり下僕にしようとしたのに」

顔を上げた嬢ちゃんは不安と困惑でいっぱいの顔をしながら俺の顔を見つめた。

エルフの親子の時と言いどうして俺は誰かを助けるたびにその理由を聞かれなきゃいけないんだ?

ため息をつきつつも目線を同じにするためにしゃがんで出来る限り優しい声を出す。

「何だかんだ言って嬢ちゃんとの生活も楽しかったしな。一回は娘が出来た父親の気分になっちゃった位だ。

そんな子供を守るのは大人として当然だろ? ホントはシオと相談しようと思ってたけどこれ以上ここにいたらまたセウユが嬢ちゃんの存在に感づくかもしれないしな」

俺の答えを聞いた嬢ちゃんは顔を一度くしゃくしゃにすると目を袖で擦る。

「うん! あたしも楽しかった! お父様と一緒に暮らしてた頃を思い出したもの!」

二コリと笑うと一緒についてきたコショウをギュッと抱きしめる。

「じゃあねコショウ。あんたと遊ぶのも楽しかったわよ」

「クエエエエエエエエ」

どこか寂しそうな声を上げたコショウと名残惜しそうに離れそのまま結界の外へと一歩踏み出す。

トン、と結界を超えるとバサリと音を立てて蝙蝠のような翼が嬢ちゃんの背中から飛び出た。

「あ、そう言えば」

羽をはばたかせて身体を浮かせた嬢ちゃんが何かを思いだしたように振り返る。

「あたしあなたの名前聞いてなかった。何て言うの?」

「あん? …そういや十数日も一緒にいたのに言ってなかったな。サトーだ。佐藤秀一」

「サトー、ね。…あたしはロミ。モ・ロミ・ヤマサ。 ロミでいいわよ」

話しながらだんだんと空に浮かんでいく嬢ちゃん、いやロミは魔力が使えるようになった今もやはり子供のようにしか見えない。

「サトー! また遊びにくるからその時はまたトマト料理作ってよ!」

「あん? いや、ここは変態が気付くかもしれないから危ないって言ったろ?」

「いいじゃない。お父様みたいなら会いに来ても。それに……大人なら守ってくれるんでしょ?」

虚をつかれた気がした。次に浮かぶのは自然と苦笑。

「ああ、いつでも遊びに来い。ただし、下僕にはなんねえぞ」

「いいわよ。その代わり他のものになってもらうんだから」







こうして吸血鬼の少女との生活は再開の約束をして終わりを告げた。



















吸血鬼の少女が去ってから数日後






「お、新しいクエストが入ってきた。えーっと何々?」












【緊急依頼 奇声を上げる人型の魔物の討伐】


先日、土の月の風の第三日より奇声を上げながら南下する正体不明の魔物がクローブ周辺で現れた。

対象はひたすら正確に南へ直進しておりその際に進路上にあるものは全て破壊している。

木の切れはしや泥などで分かりづらいが人型であると判明したため高位の魔物、もしくは魔族とギルドは断定。

このままでは王都へとぶつかるのではないかと懸念されるためここにクエストとして冒険者を招集する。

対象ランク A以上

報奨金 400000ネル




※目撃証言によると「ジョヨウジョヨウ」と良く分からない言葉だったため古代語を使う可能性有り

※目が真っ赤に染まっていたため吸血鬼の可能性あり




























「……………」

クエストの紙を破り捨てるとバルサさんに断りを入れてロリコン同盟に向かう。

なんとしても連絡をとってやめさせなければウチのギルドが潰れる!

しかもその原因に一枚噛んでる俺が無事で済むはずがない!


背中から出る汗を感じながら北へ向かったはずのロミを思い浮かべる。


ごめんロミ。もしかしたら俺あの家にいられないかもしれない。


そうならないことを祈りつつも全力で走る事になった。

















あとがき

ながい! 15日目だけで5000字を超えている!

でももう吸血幼女編は終わらせたかったので詰め込みました。

ロリはしばらく書きたくないです。





……一応いっときますけど今回フラグが立ったとしてもそれは父親フラグですよ?











[21417] せめて勇者として召喚してほしかった番外2
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2012/01/05 00:43
※本編とは全く一切関係を持ちません。ifの世界です。




とある世界のとある時代、とある街での話。

季節は冬。にぎわう街には雪が降り夜にも関わらず白い光で覆われていた。

寒空の中でわざわざ外にいたいと思うほどの物好きは雪で遊ぶ子供くらいで既に仕事を終えた大人達は急ぎ足で温かい我が家へと向かっていた。

そんな雑踏の中、道行く人々に何度も話しかける少女たちがいた。




せめて勇者として召喚してほしかった番外


『マッチ売りの少女たち』




1人はふんわりとした栗色の髪に鳶色の目をした明るそうな笑顔の少女。

「ん!」(歩いていた婦人の服を引っ張り止める)

「え? 何?」

「ん! ん!」(笑顔で手をぱたぱたと振りながら何かを伝えようとする)

「……ええっとどうしたの? 迷子?」

「んーん! ん! んん!」(首を横に振った後さっきと同じ動作)

「……ごめんねお嬢ちゃん。私ちょっと急いでるの。また今度お話聞いてあげるね」

「…んん」

元気いっぱいなのだが言葉が通じずさっきから一度も会話が成立していない少女。











1人は金髪をツインテールにし紅い瞳を輝かせて自信にあふれた話し方をする少女。

「ちょっと! そこのあなた!」

「へ? 俺っすか?」

「そうあなた! 寒いでしょ? マッチ買わない? マッチ売れないとあたし達食べるものなくて死んじゃうんだから!」

「(…何でこの子は自虐ネタをこんな自信満々に言ってるんスか?)まあいいっすよ。じゃあ一ついくらっすか?」

「やった! ええっとあんまり売れてないから、五千万ネル(五億円)!」

「高えっす! どんな高級消耗品すか!」

「え、じゃ、じゃあ一千万ネル(一億円)!」

「まず桁を変えろっす! 話はそれからっす!」

「ええ!? じゃ、えっと、十万ネル(百万円)?」

「話にならないっす。じゃあっす」

「ま、まって! 一万、いや千、百、、…1ネル(十円)でいいから!」

「買うっす」

「わ! やった。ありがと!」

えへへ、と手もとの1ネルを見てしばらくしてアレ? と首を傾げる少女。







1人は緑色の髪を隠すように帽子を目深にかぶり、とがった耳を赤くしながらビクビクと話しかける少女。

「え、えっと、マッチ、い、いらない?」

「お? おお丁度いい。さっき切らしてしまったところなんだ。一つくれないか?」

「やああああ! 人間怖いいい!!」

「え―ー!?」

自分から話しかけておきながらせっかく買おうとしてくれた客から逃げる少女。





三者三様、マッチはちっとも売れず売れたとしても端した金だった





「おかしいわね? こうしてマッチを売ればお金になるってきいたんだけど」

夜も更けてきて人通りもなくなったころ、三人のマッチ売りの少女達は一旦集まり成果を話し合う事になった。

おかしいのは自分達の売り方だとまるで気付かず首を傾げるツインテールの少女の意見に残りの二人も頷いて同意する。

「えっと、スーちゃんもロミちゃんもどのくらい売れた? わたしは…ゴメン、一個も売れなかった…」

「ん…」(右に同じ)

「んもうっ! リカもスーも情けないわよ! アタシは頑張ったわよ! なんせ20個も売れたもの!」

「え!? ホント!? うわぁロミちゃんすご―い!」

「ん! ん!」(手をパチパチ)

「ふふん、まあアタシが一番おねえさんなんだからこのくらい当然よ!」

どうだ! と言わんばかりに胸を張るツインテールの少女、ロミに臆病な様子を見せたリカや言葉を話さないスーは喜色を浮かべ声を上げる。

ソレを見てますます得意げになったロミだが【いくらになったの?】というスーの期待に満ちた目線に押し黙り、しばらくしてぼそぼそと口を開いた。

「……20ネル」

「ん!!??」

「…1個1ネルで売ったの?」

「し、しょうがないじゃない! ちょっと高く売ろうと思って値段を上げたら誰も買ってくれなかったんだもの! 仕方なく値下げしたらこうなっちゃったのよ!」

「それは1個目で気付こうよロミちゃん…」

「ん~~~」

喜びから一転、残念そうに見る二人の視線に耐えきれなかったのかウガ―と立ち上がり次いでにツインテールもピンと立たせる。

「元はと言えばマッチをなかなか買ってくれないこの街の人達が悪いのよ! もう、みんなケチなんだから!」

繰り返すが悪いのは彼女たちの売り方である。





いくら騒いでもお金が増えるはずもなくその熱も冷めると一層自分達の境遇が身にしみてくる。

「寒いわね」

「ん…」

「どうするロミちゃん、スーちゃん? 諦めてあのうちに戻ってみる?」

「本気で言ってるのリカ? あの人飼いの家からやっと逃げてきたのよ!」

吹き抜ける風は気力も体力も奪っていったが弱気になったリカの発言にすぐさま拒否をしめした。

スーに至っては寒さとは違う理由で身体を震わせている。

「アイツらはあたし達の事なんか少しも考えちゃいないわ。考えてるのはお金の事だけ。売られた先がまともな可能性なんか無いに等しい。だからあたし達三人は大人に頼らずに生きていこうって逃げ出したんじゃない。

もし今戻ったら何されるか分かったもんじゃないわよ」

「…そうだよね。もしひどい事されなかったとしても絶対わたし達三人とも別々に売られちゃうよね。それは…やだな」

「ん! ん!」

二人の意見に同意するようにリカとロミの手をぎゅっと握り絶対に離れたくないという意志を示す。

手を握られた二人は一瞬きょとんとするがすぐに笑いあってお互いに抱きしめ合う。

「大丈夫よスー、あたし達三人はいつも一緒よ」

「うん、ごめんねスーちゃん、やな事言っちゃったね」

「ん……」

ぐしぐしと袖で眼をこするスーを見ているとこれではだめだ、と一応この中で一番年上なロミが空気を変えようと手を叩く。

「そうだ! 寒いから不安になるのよ! せっかくマッチいっぱい有るんだしこれを使って暖をとりましょ!」

そう言っていそいそと売り物のマッチを手下げ籠から取り出す。

【売り物なのに使っていいの?】というスーの目線も「どうせ売れないんだから構いはしないわよ」と強気なロミの発言で収まる。

取りだしたマッチ棒を箱の側面と強くこすり合わせる。

摩擦によりヒュボッと音を鳴らしたマッチはぼんやりとした小さな火をともした。

それは暖炉や焚火には比べようもないほど弱く小さな火では有ったが寒空の下に長くいた三人にはこれ以上ないほど温かな火だった。

しばらくは手を伸ばしかじかんだ手をこするようにして温めていたが、ふとリカが思い出したように声を上げる

「そういえばお母さんに昔聞いた事があるんだけど」

「「?」」

「えっと、確かマッチの火をつけた時その人が思い描いた物が見える事があるんだって」

無論、おとぎ話や迷信のようなものだと言外に含まれるリカの話だったが今こんな状況ではそんな一笑にふされるような

物でも娯楽じみた愉快さを含んでいた。

そのためソレを聞いたスーもロミもその話に乗っかる事にした。

「ん!」

「いいわねソレ 早速やってみましょ!」

丁度マッチが燃え尽きそうになっていたのですぐさま次のマッチを取り出す。

むむむ、と唸りながら必死に何かを考えたロミはふん!と小さな掛け声と共にマッチを擦った。

先ほどまでと同じぼんやりとした明かりが灯る。

固めた雪を蜀台がわりに突き刺してしばらく。

三人の眼に火とは違う何か別の物が見えてきた。

え? と疑問符を上げているうちにもその影は形をはっきりとさせていく。

思わず目を擦る三人だが幾らこすっても目の前の何かは消える事は無い。

信じられない面持ちで現れた影をしっかり見つめてみると。

二本足で立ち、橙の羽毛で覆われ赤い嘴にキョロキョロとした綺麗な眼をしたソレはリカとスーには見覚えは無く小首を傾げたが、残る一人の反応は違った。

「コショウ!!」

クエ―、と鳴くその物体、子供ほどの大きさの鳥の首にひしっとロミは抱きついた。

何の事か分からない二人にはごめんごめんと謝りながらも説明をする。

「この子は昔あたしが小さい頃一緒に遊んだ友達なの! ある時どうしても一緒にいられない事になっちゃってそれ以来会ってなかったけどまさかまた会えるなんて!」

そう言って再びぎゅううう、と力いっぱい抱きつくロミに対しコショウと呼ばれた鳥は何を考えてるのか分からずただクエ―と鳴いている。

「ん~~~~…………ん!」

ボフッ

その様子が温かさそうだったからかうずうずとしていたスーも我慢出来ずに飛び付く。

「あ、ずるいスーちゃん、わたしも! うわぁホントにふわふわ~」

「ん~~♪」

「幸せ~」

100%羽毛に埋まりゆるゆるになった三人に対し抱きつかれたコショウは流石に苦しいのかグエエー、と少しばかりくぐもった鳴き声を上げていた。









マッチの火のついている時間などたかが知れている。

「あ」

温かな幻想もやがてはゆっくりと消えていった。

姿が薄れていくコショウを見た時僅かに目元が潤んだロミだったが消える瞬間、先ほどまで抱きしめられるままで何もしなかったコショウが「泣くんじゃねえ」とばかりに甘噛みをしたことでぐっと耐えた。

友との別れは泣き顔でするべきではないのだ。

「ロミちゃん、大丈夫?」

「う、うるさいわね、泣いてなんかいないわよ! とにかく、リカのいった通りホントに思い描いた物が出てきたわね。せっかくだからどんどんいきましょ!

次は誰がやる?」

「ん! ん!」

ぴょんぴょん、と跳ねるように挙手したスーに反対する理由もなくマッチを渡せば実に嬉しそうにマッチに火をともす。

そして再び見えてくる幻想。

外にあるはずのない机の上にはお皿に盛られたお菓子の山。

クッキーやケーキ。キャンディにパイ。目移りしそうな宝物。

眼を輝かせる三人のうち一番最初に手を伸ばしたのは火を点けたスーだった。

近くにあるクッキーをほおばり実においしそうにもぐもぐと食べている。

ソレを見た二人もそれぞれ近くにあったお菓子を口にほおりこむ。

口に入れた瞬間に広がるのはじくじくと舌を刺激する独特の感覚。それが喉を通りむせかえるような痛みを引き起こすその味はえもしれぬほどにこの身をウチ滅ぼさんと言っていやコレ絶対食べちゃ駄目だろと本能が告げるもそれが脳より伝わるよりも早くそのナトリウムイオンによる刺激は痛点を攻撃しておりって

「「しょっぱ!!」」

べえー、と今しがた口に含んだお菓子を吐きだすロミとリカ。マッチによる幻想ゆえ味がしないのならばまだともかくこの舌に残る違和感は何なのか。見た目がどう考えても甘いお菓子なためなおのこと塩辛かった。

「ちょ、ちょっとスー! あんた何でこんなおかしを……」

「うええ、まだ舌いたいー…? ロミちゃん、どうしたの?」

急に黙りこくったロミは問いかけに答えずただ指を伸ばした。

指さす方向にリカが視線を向ければ

「ん♪ ん♪」

もぐもぐとリスのように口いっぱいにお菓子をほおばるスーがいた。

声が出せない代わりに感情表現のはっきりしているスーの表情は至福の二文字をはっきりと示している。

スー・アチェート。

好みは塩味。

それも異様なほどのレベルの味覚の持ち主だった。


「~♪」

幻想が消えた後も大好きなお菓子(塩味)を食べご満悦なスーと違い見た目だけは良いお菓子を目の前にしながら一口も食べられなかった二人はすこぶる不機嫌だ。

たかが幻想と言うなかれ。自分達だけ食べれないのはどうしても悔しい。

「スーのは全然楽しめなかったじゃない! 次はちゃんと甘い砂糖菓子にするわよ!」

「ロミちゃんさっきやった! 次わたし!」

「いいじゃない! まだマッチなんていっぱいあるんだから!」

「じゃあロミちゃんも後でいいじゃない!」

「ん」

「何さりげなく勝手に火をつけようとしてんのよスー! ってああ! つけちゃった! 

…んもう、しょうがないわねー次は何を…って」

「また食べ物ー!?」

「ん♪」

「え、何? 【さっきのはお菓子だったから今度はお肉とかお魚が食べたかった】? それはいいけどせめてあたし達も食べられるのにしなさいよー!」

「うわ! やっぱりしょっぱい!?」

そんなやりとりがあったもののその表情は先ほどまでの寒さや不安からくる暗さはなりを潜めていた。

マッチの幻想のおかげか元気のでた三人はそれからたくさんの欲しい物を浮かび上がらせた。

いくつもいくつも。

だがマッチは無限ではない。ほとんど売れなかったマッチも少女たちの願いをかなえるうちにあっという間に数を減らした。

火が消えた燃えカスが小さな山となった時、あ、とロミが声を上げるので二人もその手元を確認してみるともうマッチの数は一目で分かるほどになっていた。

その数三本。丁度1人1つ分。ならば同時に点けてみよう、と誰ともなく決まった提案通りにマッチを擦った。

三本のマッチを乗せるために少し大きく作った雪の蜀台はまるで白いショートケーキのようだった。

そして、三人が最後に思い描いたのは全く同じであり、全く別の者だった。

「お父様…」

「ママ…」

「ん…」

幻想が浮かび上がらせたのはもう二度と会えないと思っていた人達。

マントを羽織り貴族然とした服装の若い男性

若草のような緑の長髪の横から長い耳が伸びているこの世の物とは思えないほど綺麗な女性

筋骨たくましく荒々しさを見せながらも人好きのしそうな顔をした中年の男性とそれに寄り添う笑みを絶やさない女性

涙を流さない訳が無い。

嬉しくないはずが無い。

感情の赴くままに少女たちは最も大切だった人達の元へと飛びつこうとする。


だが、神は何処までも残酷だった。


彼女たちの手が届く瞬間、その日一番強い風が吹いた。

簡単には消えないように、と雪で覆っていた蜀台の中にもその突風は入り込み、皮肉にもケーキの火を吹き消すように火は潰えた。

あ、と喉から息が漏れた時にはもう、その幻想は幻想らしく何処を探しても見つからなかった。

幻想だと分かっていた。

出したところで消えるのは分かっていた。

消えれば昔味わったあの感覚を再び感じるだろうということも分かっていた。

だからこそ三人ともそれまでのマッチでは願わなかったのだ。

だからこそ最後のマッチで、一度だけでも、と思い願い火を灯したのだ。

だが、余りにも残酷なその結末についに限界の糸は切れてしまった。

「…う、うわ、マ、ママ…! ママーー!」

「ん………」

「ちょ、ちょっと…だめ、よ、二人とも、ないちゃ、だ、め…なん、だから…」

雪が深々と降り積もるなか辺りの家からは楽しげな声が聞こえてくる。

彼女たちが夢見て、でも手に入らない物。

それが嫌が応にも今の自分達の境遇を知らしめる。

三人の涙は辺りの雪にしみこみ誰にも気付かれはしなかった。






一体どのくらい泣いたのか、いつの間にか道にも雪が積もり歩くのも困難になっている。

三人とも泣きやみはしたものの一度切れた糸はそう簡単には戻らず、言わないようにしていた不満も口から洩れる。

「寒いよ~」

身体を抱き締めるように震えるリカ。

「お腹、減ったわね」

きゅるる、と可愛らしく音を鳴らすお腹を抑えて我慢の表情を浮かべるロミ。

「……ん……」

眠くなってきたのか下り始めたまぶたをこするスー。

もう暖をとれるものは何もない。

彼女たちに出来るせめてもの抵抗は風の当たらない壁際により三人で身体をくっつけあって温め合うことくらいだった。

互いにくっつきあったおかげか先ほどまで心にわいた不安や恐怖が少しばかりやわらぐ。

「……スー、リカ」

「…ん?」

「…なに、ロミちゃん?」

「あたし達はずっと三人一緒なんだから、さびしくなんかならないんだから…」

「……そうだね…」

「………ん…」

そのままゆっくり、ゆっくりと三人の声が小さくなりまぶたが落ちていく。

悲劇のごとく、このまま何の救いのないまま永遠の眠りにつくのかと思われたその時












































「寒さで震える幼女と聞いて!」

「お腹をすかせた幼女と聞いて!」

「おねむの時間な幼女と聞いて!」





突如降ってわいたように現れた謎の集団に何もかもが吹き飛ばされた。

ある者は空から着地した瞬間下半身を地面にめり込ませて現れ

ある者は地面からボコリ、と雪と泥だらけな姿のまま音を立てて現れ

またある者はレンガで出来た壁をけ破って現れ(向こう側に呆然とした髭のおじさんが見える)

とにかくワラワラと現れた。




「「「は?(え?)(ん?)」」」



「ここはやっぱり俺の幼女への熱いハートで温めてあげるのが得策だと思うんだ」

「それよりもお菓子をあげようぜ! 当然手に粉付くタイプ」

「おねむな少女は儂が添い寝して上げねば!」

「黙れ同士諸君!! 初対面の場合はYESロリータNOタッチという言葉を忘れたのか! 諸君は安易な欲望に身を堕としロリコンという神より承った真理を捨て犬畜生にも劣るペドフィリアに身を窶す気か! ここはそんな自身の欲望を抑えられぬ同士達に代わりまずはこの私、セウユ・キッコーマが一流のロリコンのお手本を見せてやろう! 具体的には飴ちゃんを上げてそれをほおばる幼女達のその天使のごとき愛らしい姿を眺め眼福しついでに風避けの意味も込めてハグもして神父として父性あふれるこのオーラで包み込んであげるというそれはそれは素晴らしい方法を」

「「「いやあなたが一番だめです」」」

少女そっちのけで騒ぎまくるお馬鹿な集団を見て眼を丸くする少女たち。

寒さも飢えも眠気も何処かへ跳んでいったがそんななか近づいてくる人物がいる。

黒い髪に黒い眼のどこか疲れたような顔をした男性だった。

「ったく、セウユの奴いきなり走り出すから何事かと思ったぞ。しかもなんか増えてるし……まあ今回はそれが正解だったと言えるのかもしれないか」

「サトーさん、何があったんですか? …おや、その子達は?」

黒髪の男性の後ろにいつの間にか現れた赤いポニーテールにスラリとした体型の物凄い美人さんが少女たちに気がついたようで疑問符を浮かべる。

「おおミリン。シオはどうした?」

「シオ様なら走っている最中に疲れたので先に行くように言われました。本当は残ろうか迷いましたが緊急事態かもしれませんでしたのでやむを得ず先に参りました」

「……相変わらず体力ねえなアイツ。まあそのうち追いつくだろ。

で、嬢ちゃん達はこんな遅い時間に、しかもこんな寒いなか何やってんだ?」

サトーと呼ばれた男性はしゃがみこんで三人の少女達と同じ目線になりどうした?と問いかけてくる。

大人であるにも関わらず不思議と警戒心も沸かず、三人はどうしてここにいるかをぽつぽつと話しだす。

「マッチが全部燃えちゃって」

「リカが火をつける時思い浮かべた物が出るって言ってたのよ」

「ん」

「あ、この子はスーって言って声が出せないんだから」

「売れたマッチはロミちゃんが一ネルで売ったの」

「ん」

「この街の大人皆ケチなんだものしょうがないじゃない!」

「それで寒かったの」

「ん」


「ごめんちょっとタイム。ミリン、分かった?」

「取りあえずこの子たちの名前がスーさん、ロミさん、リカさんだという事は何とか」

あまり要領を得ない説明にサトーもミリンも首を傾げていたがそこにさらに新たな人影が近づいてくる。

ぜーはーぜーはー、と前かがみになりながら荒い呼吸を整えようとしているローブを着た青年にサトーが声をかける。

「おせえぞシオ。だからもっと体力つけろっていつも言ってんだろ」

「ぜー、うるさいよ、はー、サトー、ぜー、そう言うのは、はー、君に任せるって言ってるでしょ」

「シオ様! その手の事ならぜひ私もお手伝いしますが!?」

「ああうんありがとうミリン。気持ちだけ受け取っておくよ」

疲れとは別の理由で汗を流す青年が顔を上げた瞬間三人の少女は顔を赤らめた。

銀色の髪に華奢な身体だが顔つきは綺麗に整っており先に来たミリンと並べばそこだけ絵画のような美しさを秘めている。

特に顔を上げた際に眼があったスーは恥ずかしいようにもじもじとロミの背中側に隠れた。

「……会って数秒でオトせるその顔を物理的整形手術(デンプシーロール)するのは後にしてシオ、この子たちなんだが」

「うん? 恐らく家族が亡くなり人飼いに売られさらにそこから別の所に売り払われそうになったため逃げ出して三人で生きていくにはどうすればいいか考えた結果マッチを売って生活費を稼ごうとしたはいいけど思うように売れずかと言って帰る家もなく仕方なく売れ残ったマッチを燃やして暖をとっていたけれどそのマッチすら無くなり寒さと空腹と眠気に襲われながら震えていたであろうその子達がどうかしたのかいサトー?」

「すげーなお前」

「このくらいは最近の時勢とその子達の足元のマッチとかを観察すれば直ぐに分かるよ。で、どうするの?」

「決まってんだろ。まさか反対しないよな」

洞察力が高すぎるシオの発言は主語が抜けていたが問われたサトーには何の事か分かっていたようでそれに対する切り返しにシオの方も頷いた。

ちらりと横目で慈愛に満ちた顔で同様に頷くミリンを確認したサトーは再び少女達に問いかける。

「あー、どうかな嬢ちゃん達、行くところが無いんなら俺達と一緒に来るか?」

問われた内容を脳が上手く処理してくれないのか少女達はピタ、と固まる。

ソレを見ていやあサトー、君それもう誘拐犯と同じだよね?とにやにやしながら話しかけたシオに一撃を見舞ったサトーはもう一度問い返す。

「あー怪しいのは100も承知だけど別に俺達は嬢ちゃん達を取って食おうなんて思っちゃいないぞ。ただ助けたいだけだ。つーか見捨てるとか大人のすることじゃないしな。あ、因みに俺らはギルドって言う商業組合に入っているメンバーだから人飼いとかじゃないぞ。だからえーっと「…どうして?」あん?」

頭を掻きながらどうにか分かってもらえるように言葉を選んでいたサトーの話を中断したのは一歩前に出たロミだった。

「どうしてあたし達にそんな事言ってくるの? あたし達なんかマッチも碌に売れないのに、役に立たないから人飼いに売られちゃうしかないのに、何で助けるなんて言えるの!?」

真剣な顔でキッと眼を合わせてくるロミにサトーもしっかりと目を合わせ返す。

「それは俺達が「幼女はこの世の至宝である!」と思ってるからだな。だから嬢ちゃん達を見つけた時「はああ!カワイイカワイイあの幼女達マジカワイイ!もうお持ち帰りしたいですオリシュ様!」って思ったんだ。と言うわけで「幼女よ! 特にその真ん中のツインテールの幼女よ! 私の事をお兄ちゃんと呼ぶ気はないか!」?

……シオ、ミリン、悪いけど交代。ちょっとアイツら黙らせてくる」

せっかくの見せ場なのに君は本当にカッコつかないねえ、と呆れているシオとミリンにバトンタッチしたサトーは全力ダッシュから登場からずっと騒ぎまくっていた集団の中の神父服の男に向かってドロップキックをかましに行った。

やれやれと苦笑するシオとミリンはさっきまでサトーがそうしていたように少女たちと同じ目線になるように屈みこむ。

「サトーの代わりに言うけれど僕達は皆色々と事情を抱えててね。君たちのように小さい頃一人っきりになったりした人もいる。サトーなんかは髪と眼の所為で虐められたりもしたみたいだしね。だから僕たちは同じような人を見つけたらこういうふうにいつも声をかけるんだ。僕達と家族にならないか? ってね」

「大丈夫ですよロミさん、スーさん、リカさん。皆さんとてもいい人達ですから」

三人の少女は二人の顔を見つめ、次に騒がしい集団を見る。

「お前らが変なタイミングで変な事言うから変態な説得文句になっちまっただろうが!」「何だと!? 幼女を前にしながら冷静に説得が出来るとは流石同志サトー!」

「もうサトーさん会長に就任しちゃってもいいんじゃない?」「そうそう子供にも幼女にもすぐ懐かれるし」「何で文句言いにきてんのにそんな尊敬の視線を注いでんだよド阿呆ども!」

もう一度ミリンに視線を戻す。

「大丈夫ですよ。皆さん変わってますがとてもイイ人達ですから」

若干修飾されたがそこには信頼の念がうかがえる。

実際この二人にもさっきまでいたサトーにも自分達を買った人飼いのような嫌な気配を感じる事も嫌悪感を抱く事もなかった。

「今日だって皆でこれからパーティーをしようって話だったんだ。この日は毎年全員で祝おうって決めててね。きっとそんな日に僕達と君達が会ったのは偶然なんかじゃないと思うな」

では改めて、と前置きしたシオとミリンは最後にもう一度問いかけた。

「僕(私)達と一緒に来ませんか?」







次の日大通りにはマッチ売りの姿はなく買い物に出かける、見た目は全く似ていなくともまるで家族のような集団がいたそうだ。

そしてその中には花のように笑う三人の女の子たちもいたという。





















あとがき


二つほど謝らなければいけません。

一つ、更新こんなに遅れてすいませんでした!

二つ、幼女はしばらく書かないって言っておきながらまた幼女、しかも三人も書いてすいませんでした!!

いや、幼女を書かないようにしていたからこんなに空いたのかそれともしばらく空いたからまた幼女を書いてしまったのかは分かりませんが

しばらく書かなかったおかげでネタも増えたのでまたしばらくは書いていきたいと思います。

あと次こそはロリじゃない作品を!

ではまた次回に

2011/12/31 投稿

2012/01/05 修正







[21417] せめて勇者として召喚してほしかった19
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2012/08/17 02:02


ガタガタと窓を鳴らす風。

途切れることなく打ち付けてくる雨。

時折ピカッと光った後に轟く雷。

昨日から天気模様が良くは無かったが今朝になって完全な嵐となっていた。

外を見れば朝だというのに日は出ておらず薄暗いままだ。

コショウなどは生まれて初めて経験する嵐にいつもならふわふわの羽毛を逆立てて部屋の隅に置かれた巣箱に頭から突っ込んで震えている。

かくいう俺もこの世界に来てから初めての嵐だがかなりの規模だ。元の世界ならばTVのニュースはこの嵐で持ちきりだろう。

幸いにも昨日ギルドから帰る際にバルサさんから明日は恐らく荒れるから休んでいいと連絡を受けていたので今日は出かける必要は無い。

さて、やることもないしせっかくの休日とは言え出かける事も出来ないなら家を掃除でもしようかと考えていたのだが。

「えーっとイリルラの雷電瓶にミスリルと麻の糸、水獣の皮で出来た凧と、あとは何かあったかな?」

なんで我が同居人はこんなにたのしそうに地下室と玄関を行ったり来たりしているのだろう。

まあコイツがこんなに喜ぶ事なんて想像はついてんだけど。

「よし準備OK! さあサトー! 今すぐ外に行くよ!」

「随分嬉しそうだなおい」

「そりゃそうさ! クエストとかお金で解決できる触媒と違って今回狙う触媒、『天雷晶』はこういう下手すれば人も飛ばされるような嵐じゃなきゃ手に入らないんだから。

それじゃサトーはここに置いてある凧を飛ばされないようにしっかりと持ってきてね」

そう言うや否や俺の返事も待たずにさっさとシオは雨風吹き荒れる外に飛び出していった。

やれやれ、正直気は進まないしどうやって手に入れんのか分かんないけど協力すると約束した以上は手伝うとしますかね。














せめて勇者として召喚してほしかった19











ベンジャミン・フランクリン。

「時は金なり」の名言で有名なアメリカ人だが個人的に彼を語る上で最も有名だと言えるのは凧を用いた雷の実験だろう。

雷が落ちそうになったときに、凧をあげてそれに落雷させ雷が電気であることや雷の性質を調べたという偉業である。

しかし雷というものは言うまでもなく危険な物であり、事実彼のように実験をしようとしたある学者は雷撃により死亡するという痛ましい事件も起きている。

そんな事を前に授業で習ったな、と思いながら雨に打たれている俺の先では強風だというのに何故か上手く空へと登っていく凧の姿が。



あーもうこの時点で嫌な予感しかしねー




「よしコレで設置完了。後は雷が落ちるのを待つだけだね」

「その前に一応確認させてくれ。今回は一体どういう触媒なんだ?」

まさかこんな所で科学の実験というわけでは無いだろうし

「うん? 雷の魔力を結晶化させた『雷晶』はサトーも知ってるかい? そう、武器とかについている雷の属性を持つ石なんだけど、あれは大抵人の魔力によって作られたものでどうしても余計な魔力とかが入っちゃうんだ。

今回狙う『天雷晶』は完全に自然界の力によってのみ生み出される貴重な魔晶。そしてこれがその『天雷晶』を作りだすのがこの装置さ! 

手順としてはまず飛ばせた凧に雷を落とさせる。

次にその凧につないだ銅の糸を伝わせこの瓶に雷を溜める。

イリルラの雷電瓶によって行き場を失った雷はやがて高純度の結晶となる。 どうだい? 簡単だろ?」

まあ聞く限りではな。

「分かってもらえて何よりだよ。じゃあサトー。そのまま凧が落ちないように飛ばしていてもらえる?」

「断固として拒否する!」

完全に予想通りの要求だったのでタイムラグなしに拒絶する。

ぶっちゃけ今でもいつ雷が落ちやしないかびくびくしてるっつうの!

「うん? 凧は上手く飛ばせてるから問題ないから自信持っていいよ?」

「凧を上手く飛ばせるかどうかで断ってんじゃなくて俺が昇天しかねないから言ってんだよ!」

下手な魔物よりもずっと怖いわ!

「しょうがないなあ、じゃあ僕が上げているから君は瓶に結晶が出来たら次の瓶に交換させていってね」

てっきりいつものように口八丁で押し切られるかと思ったのだが今回はやけに素直に引いてくれた。

代わりに凧を飛ばすシオが感電したら取りあえずこの世からイケメンが1人消えるという万歳な展開にはなるがまあ無いだろう。

膨大な魔力を持ち精霊獣の炎なども防げるシオが雷を喰らったくらいで死ぬとは思えないし。

そんなわけでシオに関しては安心、とはいえ俺の場合は落雷時に近くにいるのは怖いので少し距離を取る事にする。

出来れば無事に済めばいいんだけど。


お、そうこうしているうちに空がゴロゴロ鳴り始めたな。

さて上手くいくといいんだが



轟く雷鳴。

煌めく稲光。

そして―――












あがががががががががががががががががががががが























「で、ここは一体どこ?」

気がつけば真っ白な空間。

俺は確か触媒集めのために嵐の中にいたはずなんだが?

過去にも眼がさめれば荷馬車の上だったり夜の街道でぶっ倒れてたりした経験があるのでいつの間にか知らない場所にいるくらいじゃ驚かないけど。

「お、起きたかの?」

「あん?」

声をかけられたので振り返ってみればそこには

「ほれ、起きたんならさっさとこっちにきんしゃい。儂だって暇じゃないんじゃ」

机に向かって書類書いているお爺さんがいた。

お爺さん、とは言ったもののその姿は後光が差していて良く見えない。

その姿を見た瞬間考えるより先に身体が動いた。

「ははあー!」

全力でその人物の前に移動し頭が地面にめり込むぐらいにひれ伏す。

さしずめ今の俺の姿は先の副将軍のお付きの方が出した印籠を見た悪代官の如し見事な土下座だろう。

「は? な、何じゃ? どうしたいきなり?」

「いえ何て言うかあなた様を見た瞬間もう本能的に逆らっちゃいけないというかもう俺のような下賤で低俗な存在があなた様の前で存在している事自体が罪と言いますかいや本当もう申し訳ございません迷惑かけてすみません生きててすみません息してすみませんとにかくすみません」

言葉では表現しづらい感覚に身体を支配されてるというか逆らうどころか全ての命令を受けるのが当たり前と言うかそんな絶対的な人を相手にしている感覚。

恐らく子会社に勤める平社員にいきなり後ろから親会社の大企業の社長とかが声をかけてきたらこんな反応をするのではないだろうか?

「…ふむ。一度他の世界に行って死や魔力といったものを肌で感じたおかげで儂の神力にも敏感になっとるようじゃの。それにしても卑屈すぎる気はするが」

とにかくひたすら謝り続ける俺に困惑したような声を上げた先ほどのお方だが、何か納得されたようで「顔を上げい、それでは会話もまともに出来ん」と言われ恐る恐る顔を上げる。

「えっと何かわたくしめのようなミジンコ以下の下賤な物に御用でしょうか?」

「一人称までかわっとるの……。よいよい普通に話して構わん。久しぶりにそういうしたてな態度を見れたのは嬉しいが、そうかしこまられては話が進まんでの」

「えっと、はい、分かりました」

普通に、と言われてもとてもため口など使う気にもならない。敬語だけは残して話を続けることにする。

「そう言えば自己紹介はまだじゃったの。儂は■■■。まあ分かりやすく言えば神じゃな」

「はあ、神ですか……ははあー!」

だからよせっちゅうに、と呆れ気味の声が聞こえる。

いやでも神様って! いや確かにこの逆らう気すら起きない凄まじいカリスマオーラを感じるし名乗ったらしい音は俺には聞き取れない音だったけど神様って!

現代でもし誰かがこんなこと言ってたらこの人頭おかしいんじゃねえの?と疑われる事請け合いだがこのお方に対しては疑う気すら起きずそれがただ事実だと全身全霊で感じている。



「神と言ってもお主の思うような全知全能のような存在ではないわい。世界を支配する、というような神はまた別のカテゴリじゃからの。まあお主ら人間よりもはるかに上位の存在、とでも認識しておけ。さて改めて確認といこうかの。お主の名は佐藤秀一。これは間違いないな?」

「はい! 間違いございません!」

「うむ。ではお主が何故ここにいるかは分かるかの?」

「いえ、皆目見当がつきません!」

そう答えると神様は少しだけ顔を沈ませた。

「まったく、この説明だけは毎回やんなるのう。単刀直入に言うが気の毒な事にお主は死んだ」

「はあ、俺が死んだですか、なるほど、だから神様の前にいるんすね。……え?」

死んだ? 俺が? え?

「うむ。運の悪い事に雷が当たったようじゃの」

「か、雷!? チクショウあの野郎! 俺は嫌だって言ったのに結局あの後俺に凧を上げさせやがったのか!?」

だからあれほど嫌だと言ったのに!

「いや凧は関係なしにお主に直接落ちた」

「……マジですか?」

「マジ。近くに凧っちゅう雷が落ちやすい物があったにも関わらず何故かお主を狙いすましたかのように落ちた」

「……………」

久しぶりに自分の運の無さを実感したためにさめざめと泣く。

そんな泣き続ける俺を見てしばらく黙っていた神様だが少し首を傾げながら尋ねてくる。

「……疑わんのか?」

「シクシク……? 何をです?」

「お主を殺したのが儂じゃとか。ほれ、書類にコーヒーこぼした、とか間違ってシュレッダーにかけてしまった、とかとは思わんのか?」

「え? ああ確かによくある転生物の作品だと良く神様はそういうミスをしますよね。……あれ、じゃあもしかして俺も」

「んな訳あるか馬鹿もん。新神じゃあるまいしそんなミスをこの儂がするか。この前来た奴は訳も聞かずに儂を犯神扱いして「お前の責任なんだからチートよこせ」とかいいよったからの。お主もそうではないかと思っただけじゃ」

因みに腹立ったからそいつには望みの能力をくれてやった後に他には誰もいない死の世界に転生させてやったわい、とぼそりと呟いたのが聞こえて再び俺は頭を下げる。

「少しでも疑って申し訳ございませんでしたー!」

「じゃからそれはもういいっちゅうの」

先ほどのリピートをした俺だが内心は冷や冷やものである。神様疑ってしまうとかどれだけ恐れ多い事か……あん? さっき神様なんか気になる事をおっしゃったような

「ええっと取りあえず俺が死んだのは俺の運の無さだとしてそれで俺がここにいるのはもしかして」

「ようやっと本題に入れるの。そう、お主は死んだ。しかしお主は転生の基準を満たしているでのう」




転生。



別の存在として生まれ変わる事。

俺が元の世界にいた頃よく物語の主人公達に訪れていたイベント。

その二文字が頭に響く。

「報われぬ運命を生きた者、と言うのがお主の転生条件じゃな。まあ長くこの役をやっとる儂じゃが異世界に間違って呼ばれてそこで何の力も得られずに死んだっちゅう奴は初めてじゃわい」

「う、嘘だ」

「うむ? 今さら自分が死んだのが受け入れられなくなったのかの? あっさり受け入れるから随分肝が据わった小僧じゃと思ったが」

混乱しとっただけかの、と呟く神様の言葉も耳に入らずただ叫ぶ。

「嘘だ! あり得ない!」

「あ~どれだけ嘆いても事実は変わらんぞい。さっきも言ったがお主は雷に打たれて――」

「俺が転生して能力持てるとかそんなラッキーな展開なんてあり得ない!」

「そっちかい! しかも死んだ事をラッキーと思うんかお主は?」

かなりどうしようもない物を見る眼で神様が

「いや死んだのは勿論哀しいですし嘘であってほしいですけど、俺みたいな異世界来訪しておきながら一度もバトルしたことない主人公(笑)がそんな力を得られるとか絶対あり得ないと思ってたんでそっちの方に驚いてしまって」

「お主異世界に行ったせいか普通の転生者と反応がズレ取るの~。まあ受け入れておるんならいいわい。で、じゃ。転生の意味はお主の元の世界には広まっとるようじゃから分かるな?」

「まあある程度は。よくある元の世界には戻れないけど他の世界で生まれ変われるって奴でいいんですか?」

「概ねあっとる。お主の場合は次の人生が報われるように何らかの能力も付与する形になるがの。っちゅう訳でほれ、なんか希望はあるかの?」

「いや、いきなり言われても」

「因みにさっき言った奴は【ニコポ】、【ナデポ】と【戦えば戦うほど強くなる能力】じゃったの」

「1人っきりじゃ何の意味もなさない能力ですね」

その転生者に少しばかり同情するがはっきり言ってこれだけオーラやらカリスマやらを出している神様に暴言はいたソイツが悪いに決まっている。

社長に失礼なこと言った平社員は左遷や罷免させられても仕方ないだろう。

「その前は少し間が空いたのう、えーっと確か【己の幼女への熱い思いがそのまま別の力になる能力】じゃったか」

「オリシュを転生させたのはあなたですか!?」

「む? ああそう言えばあ奴を転生させた先はお主がさっきまでいた世界じゃったのう」

頷く神様に今ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、なんて余計な事をという害意が生まれてしまったがすぐに振り払う。

悪いのは神様ではない。そんな阿呆な願いをしてしかもしっかりと成就させているオリシュだ。

「と、まあ過去の奴らはこんな感じじゃったの。で、どうじゃ? 決まったか?」

「いや、いざ何か力を得られると分かっても思った以上に出てこなくて」

「むう、余程無茶でなければ問題はないぞい。ほれ、普段こんな力があれば、とかはないんか?」

「えーっとそうですねえ。最近だったらギルドのおつかいの際に【市場の魚や野菜の善し悪しが分かる力】が欲しいと思ったりシオの奴がたまに魔物の返り血浴びて帰って来るんで洗うのも大変なんで【しつこい汚れを直ぐに洗い落とせる力】が欲しいと思ったりいつまで経ってもコショウが『待て』が出来ないんで【しつけが出来る力】が欲しいと思ったり」

「主夫かお主は」

まだ他にもあったのだが途中で神様に中断させられる。でも結構便利な能力だと思うんだけど。

「そんな能力持って転生した奴は儂以外の転生担当の神達も知らんじゃろうな。あー思いつかんならいいわい。ならどういう境遇で生まれたいかの? これならお主は報われぬ運命だった以上あるじゃろ?」

「それは勿論! まず【同性愛者と間違えられない境遇】! 次に【ロリコンと間違えられない境遇】! 他にも【変質者と間違えられない境遇】に【おみくじが吉以上出るくらいの運】に【戦いに巻き込まれない】とかです!」

「あ、儂いま泣きそう。思いつく境遇に儂泣きそう」

神様はどうやら俺の願いに感動してくれたようで涙を流さぬよう上を見上げている。

やめてくださいよ神様。そんな大層な願いではないんですから。

「っぐす、というかお主の世界の、特にお主くらいの年齢ならもっと戦う事を前提に考えるのではないのか?」

一度袖で眼を拭いた神様が急に真面目な顔になって問い詰めてくる。

言われてみて改めて考えてみる。



俺TUEEE的な力。

女の子にモテモテな美形になる。

恵まれた才能やチート。


確かにそんな物があったらシオに馬鹿にされねえな、とかギルドの皆と一緒にクエストとか行けたりすんのかな、とかは良く考えていたけど『次』の人生でそれが欲しいか? と聞かれると答えに迷う。

自問自答しても不思議な事に特に魅力に感じない。

『あの世界』じゃないのに力があってどうすんだ? という言葉が思考の最初に来て『次』の事がよく考えつかない。



結局良く分からないと伝えると神様もそれ以上は問いただしてこなかった。

「一度異世界に行くだけでこうも変わるのかのう。まあいいわい。能力も境遇もお主が望みそうなのにしてやるからちと待っておれ」

そう言うと神様は机上にフウッと現れた紙に羽ペンで何かを書き始めた。








邪魔しても悪いので黙ってその様子を見ている。

黙ってみているだけなのにだんだんと声が頭に響く。

誰の声でもない、自分の思考だ。

一度暇になると急に自分が死んだという現実が胸を締めてくる。

さっきまでは一種の興奮状態だった。

起きた事実がニュースによる内容のようで実感が沸かなかった。

正直今でも信じられない。俺が死んだなんて。

正直死んだら何もないんだと思ってた。死後を考えるのは生きている者の特権だと誰かに聞いた事がある。

だから実際に自分が死に、それがどういうことなのかを考える事になるとは思わなかった。

でもこうして今俺の眼の前には俺の死後を決める神様が存在して。

もうどれだけ望んでもあの騒がしいギルドにも街外れにあるシオの屋敷にも行けず

生意気なイケメン魔法使いにも無言の少女にも理想の男の娘な剣士にもロリコン性職者にも精霊獣達にも他の誰にも会えないのだと。



不意に

そうか、死んだのか、と自覚する。



随分不意打ちな死だったな。病気とか魔物に襲われているとかなら死を覚悟出来たかもしれないけど落雷の事を覚えてないから実感が沸かない。

いや、死の恐怖を味あわなかった分幸せなのかもしれない。もし覚えてたら転生後もトラウマになったりフラッシュバックしていた可能性がある。

それにしても中途半端な人生だったな。結局俺の人生は何だったんだろう。

特に何かを成し遂げたわけでもなく種としての子孫を残すという事をした訳でもなく。

振り返れば特に意味のないむなしい人生だったように思えてくる。

ただ俺が死ぬだけでもこんなに悲しいのにさらに胸を締め付ける原因は残された人達の事を想ってしまうからだろう。

ああ親父、お袋、先立つ息子をお許しください。大した親孝行も出来ずに済みませんでした。

異世界に行くだなんて不思議体験したばかりかまさか死体も異世界に置きっぱなしだなんてホントに出来の悪い息子でした。

多分酷く悲しむとは思いますが出来る事なら俺の事は忘れて幸せに暮らして下さい。

そして恐らく俺の部屋を片付けているうちに発見するだろう大人の参考書やらフィギュアやらは見て見ぬふりをしてください。

シオ、すまん。約束していた癖に途中でリタイヤになっちまった。

いやお前には謝る必要ないのか? もともと俺の死の要因は元をただせばお前にもあるんだし。

まあもし責任を感じるくらいならきっちり勇者を召喚して見せろよってとこだな。そしてその勇者に協力してくれた黒髪黒目の良い男がいたと伝えるがいい。

どうせお前なら1人でも出来るだろうしがんばれよ。

バルサさん、ミコさん。まさかこんな形で退職するとは。雇っていただいてありがとうございました。

スーちゃん、ミリン。二人と会話すんのは楽しかったぜ。騒がしい日常に二人の存在は癒しだった。例えそのせいでロリコンだの同性愛者だのと呼ばれることになろうとも。

ミント、ロミ。もっと色んな話とかしたかったなあ。二人ともまだ約束していた事があったはずなのに果たせなくてごめんな。

コショウ。シオに食われないように気をつけろよ。なんだったらロミのあとを追っかけてってもいいと思うぞ。

セウユ。お前はもっと自重しろ。マジでいつか捕まるぞ。あと間違っても俺の葬式で同志サトー! とか大声で言うんじゃないぞ! 絶対だぞ! 絶対言うなよ!





ひとしきり脳内で遺書とも別れともつかない言葉を並べる。

こんなことしたところで何の意味もないのだろうけれど思わずにはいられなかった。

どんどん悲しみが込み上げてくる。涙が出てくる。心臓をわしづかみにされて真下に引きずりおろされるような悪寒に襲われる。

震える体を抱きしめた。自然と顔が俯いていった。

神様が書類に向かっていてくれて良かった。眼を合わせたらタガが外れて思いっきりわめき散らしそうな気がした。

あの世界に返してくれと言いそうな気がした。

ああ、そうか。俺はもっと生きていたかったんだ。

転生で『俺』という存在はまだ生き続けられるのだろうがそれは俺の記憶と意識を持った別の世界の俺だ。

例え転生出来ようが俺が死んだという事実は消えない。父も母も級友もあの騒がしい異世界の住人達とも誰とも会えないのだ。

これでは下手に意識が残っている分他の皆が全て死んでしまったのと何の代わりも無いじゃないか。

ああせめてあと一度でいい。皆に会いたい。声だけでもいい。キチンと別れを済ませておきたい。

でないと俺は転生したとしてもきっとその事を心残りにしそうだ。

誰か一人だけでもいい。この際セウユでもいい。さっきはああいったけど同志サトーとか呼びかけてきてもいいから









『――同志サトー――』



そうそうこんなふうに………

あん? 何今の? 悲しみのあまりの幻聴?



『――同志サトー、君はまだ死ぬべきではない――』



幻聴じゃない! なんかはっきり聞こえる!

いや、でも、あり得ないだろう、だってここって転生するための場所なんだろ? つまりは天国とか地獄とかそういうとこだろ?

いくらなんでも声が届くとかは流石に



『――君はまだ幼女のなんたるかを全て理解しきってはいないのだぞ!――』



絶対本人だ! 絶対これセウユ本人だ!


『――むうう、これだけ呼びかけても反応はないか。こうなったら最後の手として口から生命力を送り込むしかないか――』

何で声が聞こえてんのかは全く分かんないけどなんかすっごく嫌な言葉が聞こえた気がする。

何? 口から生命力? それってもしかしてマウス・トウ・マウスじゃないよね?

『――しかし私が同志サトーにするのは幼女のために愛を誓った同盟の戒律にも背くのではないか?――』

ようし! お前は人命よりロリコン同盟の戒律重視するんかいとか突っ込みたいけど取りあえずようし!

いや多分ソレしなきゃ俺死んだままなんだろうけどファーストはやっぱり女性であってほしい!

『――いや待てよ? ここに寝ているのは実は悪い魔女に呪いをかけられて青年の姿に変えられたまま眠りについた幼女だと思えば何の問題もないな?――』

あるわボケエ!!

お前はどれだけ思考回路がロリでできるんだ!!??

『――よし、では早速――』

目覚めろおれえええええええええええええええええええええええ!!




「ふむ。ほれ、来世では女の子達が自然と好感を抱きやすい顔立ちと境遇に生まれて身体能力は限界突破、魔力も世界最高レベルにしておいてやったぞ……む? あの小僧何処行きおった?」

「■■■様ー! あの人間さっき身体が透けて戻っちゃいました」

「なぬ? 生き返ったんかあの小僧? 本人が言うよりずっと運のいい奴じゃの~。ならばこの書類は廃棄じゃな。二度もくる可能性なんぞ皆無じゃし」

「ですねー! 普通の人間ならもう一度転生するほどの機会を得るなんて天文学的確率ですからねー」








かっと目を開けて最初に入ってきたのは知らない天井……ではなく徐々にこちらに近づきつつある精悍な顔つきの男の面。

ほとんど反射的に殴る。

むむ!? とくぐもった声と共に顔面は遠ざかり今度こそ知らない天井が眼に映った。

「――って痛っつう!? 何だ一体!?」

声を上げたのは殴られた顔の持ち主ではなく殴った俺の方だった。

しかも殴ったこぶしが痛いとかではなく身体全体が悲鳴を上げている。

顔をしかめた所為で狭まった視界で手を見るとぐるぐるに包帯が巻いてある。

「ふむ、どうやら無事生き返ったようだな同志サトーよ。全く、最初に見た時は流石に駄目かと思ったぞ」

俺程度の攻撃など効く訳もないのだろう、けろりとした顔で再びセウユが俺の顔を覗き込んできた。

そこでようやく自分が置かれた状況が頭に入ってきた。

そっか、俺は雷に打たれて死ぬとこだったけど奇跡的に……うん、奇跡的に一命を取り留めたという事か。

痛む身体と安堵の息を漏らした口が俺がまだ生きているという事を如実に教えてくれている。

それと同時に沸き上がるのは先ほどまでのあの場所でしていた懺悔のごとき思考内容。

…うわあ、うわああああ、うわあああああああああああ

やば! 恥ずい! 恥ずかしすぎる!  何あの中二的懺悔! 自己犠牲に憧れる少年か!?

うわああああ死にたい! さっきまでリアルに死んでたけど自分の黒歴史ごと死にたい!

全身怪我だらけなのだろう、動くたびに痛みが走るが構わず悶える。

「どうした同志サトー? なんだ、再びこの世で幼女に会える喜びに打ち震えているのか?」

少し黙ってくれないかロリコン神父?

俺今お前に突っ込みをする余裕もないのよ。

数分ほど悶え続けてようやく落ち着いた後ゆっくりと身体を起き上がらせる。

アホな事を言い続けていたセウユにチョップをかました後は事の詳細をセウユに尋ねる。

ここはどこなのか? 俺が雷に打たれた後どうなったのか? シオはどうした? お前は何故ここにいる? など

矢継ぎ早にした質問にセウユは落ちついたまま順に答えてくれた。

「ここはクローブの治療院だ。同志サトーが雷に打たれたためシオがここに君を連れてきてな、本来ならここに勤めている治療術師が手当を施すのだが如何せんほぼ死に体だったのでな。こうして私が来たという次第だ」

「? お前治療なんて出来んの?」

「何を言っているのだ同志サトーよ? 回復魔法は教会のお家芸ではないか。本来『光』はその属性を持つ者しか使えないが唯一他の者も使えるのが回復魔法。そしてそれを扱えるのが光の神を信仰しその加護を得た教会の関係者ではないか」

「でもお前破門の身だろ?」

「否! 確かに破門こそされたがそれはあくまで『教会』という組織においてにすぎない。この私の神に対する信仰心は一度として薄れた事はない! 故に私はこの街で一番の回復魔法の使い手でもあるのだ。

まあ、あまり破門者が堂々と治療を行うのは宜しくは無いためこうして他の者に手に負えない時のみ私が行なっているのだ」

意外な一面を見た気がする。

常に幼女の事しか頭にないロリ思考の持ち主だと思っていたセウユだったが仮にも聖職者ではあったというわけか。

「大体神への信仰が薄れるはずもないだろう。伝承では光の神イジャリカフは女神と言われている。ならば幼女の神に違いない! 例え違ったとしても過去には幼女時代の頃もあったはず! それをどうして信仰を無くすなど出来ようか!」

「あ、やっぱお前ロリ思考だわ」

「うむ、ロリ嗜好だからな」

ドヤ顔で言ってんのが非常に腹立たしい。

別に上手くないわ。

「まあともかく、助けてくれてありがとな。おかげで生き返れた」

「礼ならシオに言うがいい。彼が君を急いで運んでこなければ間に合わなかっただろうからな」

「シオが? …あれ? ここってクローブの街内なんだよな? どうやってアイツ俺をここまで運んだんだ?」

ただでさえ全力疾走などしようものなら数秒で根を上げるもやしなのに俺を運んで急ぐだなんて出来るとは思えないんだが

「ああどうやら自身に『アクォーク』をかけて君を担いできたらしい。余程必死だったのだろう。完全な魔法特化型故に己にかけることなどまずない強化魔法を使った反動で今は隣の部屋で寝ている」

「……そっか」

アイツが自分に、か。何か必要に迫られた時はいつも俺にかけてたアイツが俺を助けるために自分にかけたのか。

……チクショウ、あの野郎。

危険な実験に巻き込んだ文句言ってやろうと思ったけどこれじゃ礼しか言えねえじゃねえか。

ぼすっ、と寝台に倒れこむ。

しょうがない、後で会ったら確実に『君の所為で自分に『アクォーク』をかけなきゃいけなかったじゃないかどうしてくれるんだ』とか文句言ってくるだろうけど、素直にお礼を言うという反撃でごまかすとしますかね。

顔を赤くして狼狽するという妙に容易に想像できる光景がどこかおかしく身体の痛みも忘れて俺は苦笑した。


















おまけ





「それにしてもよく助かったな俺」

一度はあの世を垣間見たとは言ってもそこから戻ってこれるくらいの重傷だったということだろうか。

「む? 別に驚く事ではないぞ同志サトー。確かに最初は死にかけるかも知れんが何度も喰らえば耐性は自然とつくものだ。現に私など年に数回落雷に合っているおかげで今では傷一つつかん」

「お前自分が人類だって自覚ある?」

普通は一回目で死ぬっつうの。後なんでそんな高確率で当たってんの?

「当たり前だろう同志サトー。いくら私とて死ぬときは死ぬ。現にある有名な占い師に私の死に際を予言された事がある」

「え、マジ?」

コイツが死ぬ姿など想像が出来ない。というか自分の死ぬ運命を聞かされてなんでこいつこんなうれしそうな顔してるんだ?

「うむ。予言によると『幼女の腕の中で安らかに眠りにつく』だそうだ」

「それって遠まわしに死なないって言われてないか?」

その光景は死ぬ姿以上に想像できなかった。


大体耐性つくって俺は雷なんか今回が初めてで


………………ん?





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「とにかく俺は行かん! お前と行くとロクなことにならん。前回みたいなのはこりごりだ!」

「……そうか。それなら仕方がないね」

「『ラニマ』!」

あがががががががががががががががが


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「『エヴァク』」

「な、んだこりゃあ!?」

「魔法だよ、『ラニマ』」

「ぐがああああああああ!!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ミコさんお手製アップルパイ最後の一切れ! 当然ここは貰って来た俺が食うべきだ!」

「何を言ってるんだい? ここは家主たる僕が食べるべきだろう? それに僕甘党だし」

「……しかたない、ここはジャンケンで決めよう」

「ああ、前に君が言ってたあれかい。いいよ、やろう」

「っしゃあ行くぞ! 最初はグー!」

「「ジャンケンポイ!」」

俺→チョキ

シオ→パー

「しゃあ! 勝った! んじゃコレは俺の物っと」

「…………」

「あん? どうしたシオ? 負けたパーなんぞずっとこっちに向けてどうす―……」

「『ラニマ』!」

あがががががががががががががががががが





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――









「あー良い湯だわ。 こっちのお風呂が元の世界とほとんど変わらなくてホント良かった。さて、そろそろ上がるか」

ガラッ

湯船を出て取っ手に手をかけようとした瞬間自動ドアのごとくスライドした扉。

当然、それは自動でも何でもなく反対側から誰かが開けたわけで。

ここの住人はコショウを除けばもう一人しかいないわけで

「……うん?」

「あん? なんだシオか。わりいちょっと待っててくれ。今出るから」

「…………」

「っていうかお前なんで1人で風呂入んのに腰にタオル巻いてんだ?」

「…………」

「まあ個人の自由だから別にいいけどよ。それにしてもお前やっぱもうちょっと筋肉つけた方がいいぞ。ガリガリじゃねえか」

「…………」

「おい、聞いてるか? 扉んとこで立ってられると出られないからそこ退いてくれ……どうした手なんかこっちに向けて」

「……『ラニマ』!」




あががががががががががががががががががが







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






……おい、何だ今の記憶?














あとがき




久しぶりの投稿。にじふぁんより移転のせいか神様転生が多く見かけたのでついやっちゃいました。

ちなみに

神様のミスで死亡して神様になぜか強気に出てチートを貰って転生するのがオリ主。

神様関係なく死亡して神様にビビりまくってチートをもらう前に生き返るのがオリ主(笑)

幼女が原因で死亡して神様に幼女に対する愛を語ってロリコンドーをもらって転生するのがオリシュ。



[21417] せめて勇者として召喚してほしかった20
Name: 古時計◆c134cf19 ID:86ac8b53
Date: 2012/09/17 22:26


ギルドには多くの冒険者が訪れる。

ここのギルドは食事も出すので一般の人も顔をだすため昼時などはさらに人が増える。

そういうときはあちこちから様々な会話が飛び交う事になる。

ここで働く第一目的である勇者召喚の触媒の情報収集もギルドへの依頼以外にそう言った噂話から手に入る事がある。

そうでなかったとしても毎日色んな話題が上がるこの時間帯はここでの仕事に慣れてきた今はさりげない楽しみの一つである。

盗み聞きと言えば聞こえは悪いが、まあ耳に入ってくる程度の会話ならば大目に見てもらおう。

ほら、今日も少し耳を欹てれば興味深い話がいくつも

「昨日、賭けに勝ってよぉ」
「なら今日はお前のおごりだな」
「馬鹿野郎割り勘に決まってんだろ!」
「ケチくせえなあ。幾ら儲かったんだよ?」
「お? 20ネル(200円)だな!」
「……俺が奢ってやるよ」


「俺、次のクエスト終えたら結婚するんだ」
「へえおめでとう、あれ? 皿が何もしてないのに急に割れたな」
「しかし、次のクエストは少々難関だな。もしものときは俺を置いて先に行けよ」
「先輩達が気張るほどではないですよ。その時は一番下っ端の僕が」
「はは、お前らいい奴らだな。お前らともっと早く出会えてたらな」
「何言ってんだ、これからも俺達はずっと一緒さ」

「聞いたか? Sランクのセウユさん、長期クエストをまた十数日でクリアしたらしいぜ?」
「マジかよ! あの人昔から凄かったけど最近さらに強くなってないか?」
「龍殺しのセージと言い魔法使いのシオと言いSランクはやっぱ化物だらけだな」
「噂じゃこの街の近くから探し求めている存在の気配を良く感じるらしくソレを探すために早く帰りたいらしい」
「……あの変態神父の探しているものって」

「いやあ、今通達あったけどよ、南方の魔王軍の襲撃。また軍が押し返したらしいぜ」
「魔王が現れてから結構立つけど軍も頑張ってんよな。俺達冒険者もたまに参加するけどやっぱ国王の力かね?」
「全く、勇者がいないのにどうすんだと思ったけどなんとかなりそうだな」
「あ! 馬鹿!」
「え? あ、いけね!」

あん? 今なんか聞き逃すべきじゃない会話があったような?

聞こえてきた会話を注意深く思いだそうとした時



「サ、サトーさん! サトーさんはいますか!?」



ギルドの扉が勢いよく開かれ、焦るような大声が店内に響き渡った。

何だ何だ? と思い思いにくつろいでいた客達も話をやめ扉へと目を向ける。

そこには赤い髪を後ろでひとくくりにし、軽鎧に身を包んだ一見すれば美少女剣士、だが男である我が友、ミリンがいた。

「あん、どうしたミリン? なんかあったか?」

カウンターでミコさんのほうを手伝っていた俺を見つけたミリンは何処かほっとしたような表情を浮かべ、走ってきたのだろう、僅かに上気させた頬と息を整えつつも速足で近づいてくる。

「サトーさん、大変なんです! 私、私、どうしたらいいか分からなくて」

「あー、うん。取りあえず落ちつけ。ほれ、いつものコーヒー」

「あ、ありがとうございます」

差し出されたコーヒーを両手で持ちながらも、ふーふー、と何度も息を吹きつけて冷ましてからゆっくりと上品にカップを傾けるミリン。

……うむ、実に絵になる。

他のギルドの面子だと豪快にぐいっと飲んでいくからあまり淹れ甲斐がない。

そういう意味ではシオもゆっくり飲んでくれるけどアイツの場合は必ずケチつけるからミリンは俺にとっても貴重な客だ。

「それで、一体何があったんだ?」

コーヒーを飲む分だけ時間を空けたからか強張っていた身体もほぐれたようで今回何を騒いでいたのかを尋ねる。

ミリンはシオが絡まなければかなりの常識人なのでどんな問題が起きたのか、と少し気を引き締めておく。

「あ、はい。実は大変なんです。――私、なんと告白されてしまいました!」

「……ふ~ん」

まるで、空から女の子が落ちてきた! みたいな驚きを見せるミリンに対して俺の返答は冷ややかだった。

俺だけではない。何事かと注目していたギルドの皆も「なんだまた被害者がでたのかよ」「前の奴は確かお前だったよな」「やめてほしいッス。正直思い出したくないッス」と既にこちらへの関心を失いつつある。

言っておくが別にコレは俺達が薄情なわけではない。ただ単にミリンが告白されるのなど特に珍しくないからだ。

そう、ミリンはモテる。何せウチのギルドの非公式モテ度ランキングで一二を争うほどなのだから。

因みにもう一人は言うまでもなくシオである。ちくしょうあの野郎。

ただ、シオとミリンの違いはシオは年齢問わず多くの女性からモテているがミリンは年齢問わず多くの“男性”からモテているということだろう。

ギルドにいる者にとってミリンが男であるということは周知の事実なのだが、外部の人間はソレを知らない者の方が多い。

ギルドメンバーですらその話を単なる噂や嘘の類だと思っている者もいるくらいなのだから当然だ。

つまり、性格良しの器量良し。容姿は完璧、腕は強いがそれをひけらかすことなく相手を優先する理想的良妻タイプなミリンに熱を上げる男は後を絶たない。

まあ中には男性だと分かっていて告白して来る者もいるらしいがそれはごく少数だ。

ともあれ、ミリンが男性と知った者や既にシオと言う心に決めた男性(この時点で色々おかしい気もするが気にしないことにする)がいると言われ告白した男は全滅している。

そして断られた敗北者達は大抵その後はウチの酒場で残念会を催す事になる(極稀に“究極の愛”の道に目覚める者もいるが少数である)。

なお、その会員は日々増えていることを告げておく。

「そっかあ、また告白されたのか~。で、今度は誰? 新入りの冒険者? 巡礼中の余所から来た騎士様? それともお忍びで市井の様子を見に来た貴族?」

過去の被害者の属性を上げながら今回は妻を亡くした男ヤモメあたりかなと辺りをつける。

後ろで「んじゃあ今日の夜集まれそうな奴には声をかけておけよ」「了解」「しかし前回から5日か。今回は結構早いな」と早くも残念会の準備に取り掛かっている冒険者達に気付かずミリンは今回の相手を告げた。





「いえ! 実は“女の子”から告白されたんです!」







間。





間。





間。





都合三回分の間を挟むほどの静寂。

誰もが息をする事すら忘れた。

今聞こえた音が本当に言葉なのか耳を疑った。

夢でも見ているんじゃないかと頬をつねる者もいた。

やがて今起きている事が現実だと理解し始めた時、誰かが落としたスプーンがカチャン、と乾いた音をたてた。

その瞬間

「「「「「「なにいいいいいいいいい!?」」」」」」

爆発したのではないかと言うほどの驚愕の声がギルドから発生した。










せめて勇者として召喚してほしかった20









「ど、どうしたらいいんでしょう! 私、女の子に告白されるなんて初めてで!」

そりゃあ見た目美少女にしか見えないミリンに告白する女子がいたら百合かなんかだろうしな。

あん? いや結果としては正常なのか?

さて、再び焦り出したミリンをそのままにしておくわけにもいくまい。

沸いた疑問をそのままにして視線を後ろの方にずらすと先ほどのミリンの発言に対し「ば、馬鹿な! 俺達の不可侵のアイドルが!?」「男故、誰かに穢されることもない永遠の清純派が!?」「唯一可能性のあるのは人づきあいを好まないシオだから安心していたのに!」

と実に馬鹿な発言をかましている。

全く、確かに驚きはしたがそこまで混乱するほどではないだろう。

取りあえず事の原因であるミリンに話をふる。

「てせか聞を情事いし詳」

「すいませんサトーさん。何を言っているのか分かりません」

訂正、俺もかなり混乱していたようだ。



改めて落ちついたところで再度確認を取る。

「で、一体どういうこと?」

「えっとですね。私がいつものようにクエストを終えてこちらに帰ってくる途中だったのですが」

上の方を見ながらその時の事を思い出すように話し始める。

しかし、わたわたと慌てているミリンは普段の凛々しい雰囲気など見えず年相応の少女のように見えて実に可愛らしい。

これがギャップ萌えッ!! くそ! ミリンといいスーちゃんといいこのギルドはどれだけ俺を萌え殺す気か!?

……って違う違う! 俺の好みは俺とそう歳の変わらないくらいの胸がそこそこ大きくてすらりとした体型の性格の良いロングヘアーな子!

男の娘もロリも対象外だから!

俺の方がわたわたとし始めたがミリンは構わず話を続ける。

時々話している最中に恥ずかしさが増したらしく顔を赤らめる時があったがミリンの話をまとめるとこういうことだ。





ギルドへ向かう途中にいつも顔を出している花屋の娘さんと丁度出会った。

知った顔なので当然常識人(シオの件を除く)なミリンは挨拶を行うと向こうは酷く驚いたそうだ。

その反応にこそ驚いたミリンがどうしたのかと訊くと「私の事を覚えているなんて思わなくて」と娘さん、顔を伏せながら返答。

それに対し優しくほほ笑みながら「忘れるはずありませんよ。いつもとても丁寧に花の手入れをしている貴女の事はお店に行くたびに見ていましたよ」と。

娘さん、ボン、と音が鳴るようなほど急激に顔を赤くした後、意を決したように顔を上げて一言。

「わ、私、貴方のことが好きです! もしよければ恋人になっていただけませんか!」






「なるほど。でも、確かに女の子に告白されたというのはミリンにとって吃驚なことだったかもしんないけど告白される事自体は慣れてるだろ? だったらそこまで焦ることじゃないんじゃないか?」

「あ、はい。そう言われると恥ずかしい限りなのですが私に告白して来る男性の方々は何故か私がシオ様以外の“同性”の方と付き合う気は無いと言うとあっさり諦めてくださるのでそこまで困った事になったことはないんです」

俺は一旦ミリンからその背後にいる連中に視線を移す。

「そう! それだよな! “同性”と言われて え? となった後に来る理解と絶望のコンボ!」

「あれに一体何人の男達が涙をのんだことか!」

「こんな美人が女じゃないならそこらの女なんざただ胸に脂肪持ってるだけじゃねえか!」

最後の台詞の奴はその場にいた女冒険者達にボコボコにされていたがどうでもいい。

まあ確かに俺もミリンが男と知った時は攻略対象外だったのか! と嘆いたわけだからその気持ちは分かる。

……あん? でも今回は女の子なんだからその断り方は通用ないよな。 相手は“異性”なんだし

「えっと、一応訊くけどミリン、その場で返事はしたの?」

「? はい。勿論です」

「因みになんて?」

「『私は心に決めた同性の方がいるので申し訳ありませんが貴方と付き合う事は出来ません』と」

あれ? じゃあ特に問題はないんじゃ?

「いえ、それが私の言葉を聞いた後に一度酷くショックを受けたような顔をして、しばらく黙っていたのでどうしようかと思っていると先ほどよりもさらに気を込めた顔で『絶対に私、ミリンさんの事諦めません! 必ずミリンさんと清く正しい男女の仲になってみせます!』と叫んだ後に走り去ってしまい、断って置きながら呼びとめると言うのも悪いような気がして結局そのままとなってしまいました」

しゅん、とするミリンを見ながら、振られてるのにすぐに再アタックに進めるとは中々強い心臓の持ち主なんだなあ、とその少女に感心していたが

「あん?」

なんか違和感。

何がおかしいのかと先ほどのミリンの台詞を思い直してある事に気付く。

「ちょっと確認したいんだけど、その子は確実に女の子なんだよな?」

「え? ええ、間違いありませんよ。 あの花屋の店主も自慢の娘だと言ってましたし」

OK、これで実はその子も本当は男の娘でミリンを女だと勘違いしていたという線は消えた。

正直この線だと誰が男なのか女なのか訳わかんなくなるから外れてくれてて良かったんだが。

となると可能性はもう一つ。

「また確認。その子はミリンが男だって知ってるんだよな?」

「? 何を言ってるんですかサトーさん。当たり前じゃないですか」

フフフ、と冗談を聞いたように微笑みながら返すミリンは自分が初対面の人には確実に女性と勘違いされている事を自覚していない。

「てことは男であるミリンは告白してきた女の子に対して『自分は好きな男の人がいるから諦めて』と言ったということだな?」

「改めて言われると恥ずかしいですが、結果としてはそうなりますね」

「……」

自分が女だったとしてそのシチュエーションを想像してみる。

――意を決した告白を好きな男性に行ったのに対し「ごめんね。実は僕、男が好きなんだ」と言われて振られる――

……そりゃ諦めらんないわな。

単に他に好きな女性がいるとか今は誰とも付き合う気は無いとかならともかく男相手に恋で負けたとあっては死んでも死にきれないだろう。

「どうしましょう。私としては彼女と恋仲になる気はありませんし、下手に私なんかに執着していては彼女のためにもならないでしょうし」

俺が気付いた事実を目の前でどうすればいいか悩むミリンに伝えるべきかどうか逡巡したが多分言ったところで解決するわけではないなあ、と半ば現実逃避気味にミリンの飲み終わったカップにコーヒーのお代わりを注いだ。










「と言うわけでミリンとデートしてこい」

「何が“と言うわけ”なのか分からないけど言っておこう。断る」

帰宅後、試しに作ってみた失敗気味の皿うどんを夕食としてシオとコショウと一緒に食べ終え、食後のお茶を飲んでいる際にシオに提案してみたのだがすげなく返される。

取りあえず今回の件について俺の手を甘噛みしてくるコショウをじゃらしながら簡単に伝える。

「……なるほど。事情は分かった」

「じゃあ」

「断る。僕に死ねと?」

死ぬとは大げさな。ミリンとデートなどどれだけの男が羨むことか分かっているのだろうか?

「君こそミリンが僕の事をどう思っているか知っているだろう? まず間違いなく何処かで暴走して押し倒される。そしたら接近戦では勝ち目のない僕は確実に貞操を奪われる」

「いいじゃねえか貞操くらい。それでミリンの悩みが解決するんなら安いもんだろ?」

「てい!」

「あっつうううう!!」

「クエエ―!?」

シオの手元にあったカップから繰り出される紅茶がその風味を漂わせながら俺と傍にいたコショウに降りかかる。

火傷するほどではないが我慢できるほどの温さではない。

そして巻き添えを食らったコショウがその熱さとお湯がかかった事に対する怒りを訴えてビシビシと嘴で攻撃してくる。

そこで掛けたシオではなく俺に攻撃してくる辺りにこの家での序列がうかがえる。

熱さと嘴でのたうつ俺を冷ますように今度は底冷えする声が俺に降りかかる。

「久しぶりに君に殺意が沸いたよ」

「ここは魔法じゃなかっただけマシと思うべきか? まあさっきのは冗談だとしてもデートの方はしてやってくんねえ?」

「……だから何で?」

うん? と首を傾げるシオに提案した理由を告げる。

「俺としてもどうすればいいかなんて特に思いつかなかったんだけど傍でずっと聞き耳立ててたミコさんがさ、『そういうときはその子にラブラブなのを見せつければいいのよ。 この場合は勿論シオ君ね!』と言いだしてな。

ミリンなんかは真っ赤になって『私の問題にシオ様の手を煩わさせるには!』って拒否してたけどよ。他にいい案も思いつかなくて結局俺がお前に話してみる事になったわけよ」

「……はあ、それでデートに繋がるわけか」

正直ミコさんは半分楽しんでんだろうなとは思うものの確かに自分が入り込む隙間がないと分かれば例えそれが男同士だとしても諦める事になるだろうとは思う。

「ミリンが男性に人気があるのは知っていたけどまさかその被害が僕に来るとは思わなかったなぁ」

「女の子に告白されたのは初めてって言ってたからな。けどちょっと意外ではあるよな。勿論男を好きな女性の場合ミリンが男性に見えないってのは分かってるけどそれでも男だって分かれば話は変わるだろ? 見た目はともかく性格その他は抜群なんだから少しくらいミリンを好きな女性がいてもおかしくないと思うけど」

百合は除いてね。

「うん? それは簡単だよ。幾ら性格その他が良いとしても自分よりもずっと綺麗な女らしい男性と付き合うなんて女性からしたら自尊心がボロボロになるからね。多分大体の女性がそう思ってるはずだよ」

「あん? そんなもんか?」

「そんなもんだよ。君はもう少し女心を勉強した方がいい」

「やかましい」

どうせお前と違って気遣いも出来ない男だよ。だからモテないとか分かってるよ!

「まあ話は分かったけど、それでもやっぱりミリンと二人きりというのはちょっとなぁ」

「あ、因みにだけど多分ここで断っても明日からミコさんの方から話が行くと思うぞ?」

「……」

「きっと毎回毎回笑顔で『シオ君、ミリンちゃんと何処かへお出かけする気ない?』 とか聞いてくるぞ?」

「……」

「そしてそのうち回りの人間も使って拒否権をなくさせていくと思うぞ?それでもいいなら」

「……わかった。今度するよ」

最後まで聞かずにシオが振り絞るような声でOKを出す。

よし。非常に苦虫をつぶしたような顔だが何とか取付ける事が出来た。

なお、ミコさんの話は俺のフィクションだがあながち間違ってはいないだろう。

ミコさん究極の愛の話大好きだし。家でシオに話をしてみると言った時に俺を見たミコさんの眼は『絶対に約束させなさい』と告げていたし。

「ただし!」

「あん?」

「条件がある」

指を一本立てながらこちらを向くシオに対して俺は嫌な予感を拭えなかった。

あ、これ絶対俺にも被害がくる、と。











あとがき


続きます。

あと何度も書いてますがBLにはしませんよ?

でもネタは思いつく不思議。












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