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[21005] 【完結】あれ? 俺ら騙されてるんじゃね?(VRMMOもの)  二部開始
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2019/07/05 22:37
 全く自慢ではないが、俺は馬鹿だ。力と書いてリキと言う名前通り、脳味噌筋肉だ。
 喧嘩一番、勉強びりっけつ。ゲームも頭使うんでやった事はない。
 鏡を見ても、いかにもガラの悪い顔立ち、ツンツンの髪の毛、がっしりした体。どうこからどう見ても不良だ。
 兄貴の勉(ツトム)は違う。兄貴は体は細いし、髪はサラサラで、女顔だし、勉強が凄く出来て、俺とは全く違う。本当に兄弟かと疑問に思う。そんな俺と兄貴の接点はほとんどなかった。あの日、兄貴が目を輝かせて、ゲームの当選券を持ってくるまでは。

「力、力。見て下さいよ、これ。新作ゲーム、「異世界勇者召喚計画」に当選したんです、しかも二人分!」

 礼儀正しい兄貴がノックもせずに戸を開けた。俺はその時昼寝をしていて、眠い目をこすりながら兄貴に問いただした。

「二人分……って誰と行くんだ?」

 俺が聞くと、兄貴は眼鏡をくいっと上げて、にやりと笑った。

「もちろん、貴方とですよ! 力、決まっているでしょう?」

「ええ? 俺と? でも俺、ゲームなんて難しくて出来ねーぜ?」

 正直に言う。冗談かと思った。俺と兄貴の溝は、夏休みに入るや否や無理やり宿題をやらされた事や無理やり医者に連れていかれて血を採取させられた事で一層深くなっていた。

「僕が教えますから、問題はありませんよ。夏休みですし、どうせ力は暇でしょう? 僕もこんな事があろうかと、夏休みの宿題は全て終わらせましたし、夏期講習は全て見送っておきました」

「ええ? 兄貴、もう三年生だろう? いいのか?」

「いいんです! せっかくの兄弟水入らずの夏休みなんですから」

 兄貴の笑顔。俺は無理やり宿題をやらせた事を怨んでいた自分を恥ずかしく思った。兄貴は、家族の中で唯一の俺の理解者だった。そんな兄貴が、わけもなく弟を虐待するはずがない。

「……で、異世界勇者召喚計画ってどんなゲームなんだ?」

「それは向こうに行ってから説明します。明後日、秋葉原の朝七時に秋葉原に集合ですから、六時には起きて準備をして下さい。ああ、楽しみですね、待っていて下さい、巫女アリス」

 兄貴は鼻歌を歌いながら行ってしまう。誰だろう、巫女アリスって。俺は、友達の小杉に電話した。小杉はオタクだ。ゲームには詳しいだろう。

「もしもし、小杉か?」

『ど、どうしたの、小坂井君。僕に電話するなんて珍しいね』

「いや、大したことじゃないんだけど。兄貴が異世界勇者召喚計画、とかいうゲームを一緒にやろうって……」

 いうんだけど、どうしよう? という続きは、小杉の絶叫に遮られた。

『あれに応募したの!? んで、当選したの!?』

 興奮した小杉に押され、俺は戸惑いながら肯定の返事を返す。

『凄いよ! あれ、今までにない胡散臭さで話題になっていた奴だよ! 知らない? あの怪しいCM。ねぇ、ゲームの詳細を教えてくれない? ネットにアップしたいんだ。僕も応募したんだけど、落ちちゃってさぁ。いや、受かってもやるかどうかはわからなかったけど。あれ、怖いもん』

 小杉はいつも控え目なくせに、やけに饒舌になって話しこんできた。小杉はゲームライターの息子で、大抵のゲームはやりこんでる。その小杉が怖いというんだから、珍しい。ホラーなのか? 俺はお化けは好きじゃないんだ。俺は顔を顰めて聞いた。

「ちょっと待てよ。怪しいCMってなんだ?」

『ネット上で見れるよ』

「パソコンの操作の仕方、わからねぇ」

『お兄さんに見せてもらえばいいじゃない』

「それもそうか。サンキュ、小杉」

 俺は電話を切って、兄貴の部屋に行った。ノックをして、上の空の返事を聞いて入ると、兄貴の目はパソコンに釘づけだった。
 繰り返される、同じ映像。

『これは、全く新しいゲームなのです』

 日本人らしき黒髪黒眼の白衣の男性が、両腕を広げてコツコツと歩き、魔法陣の上に乗ったカプセルに近寄る。そうして、カプセルに頬をすりよせた。

『このゲームは、血液を採取して、その遺伝情報から最もその人にあったキャラを作り出し、このカプセルによってゲームに送り込むのです。ゲームの世界は超リアル! 痛みは任意でオンオフの切り替えが出来ます。しかし、キャラは一度死ねば復活は出来ません。では、設定について巫女アリス様よりお話があります』

 現実ではありえない蒼い髪に、海のような蒼い瞳の美女がいかにも巫女な服を着て現れる。うわ、凄い美人。胸が零れんばかりで、まるでトップモデルのようだった。でかい瞳をうるうるさせて、巫女アリスは希う様に口を開いた。

『私は、勇者を見つける為、この世界、テラに参りました。厳しい選抜の末、選ばれし勇者様にこの魔法陣の上で眠って頂き、エリアーデに魂を送りこみます。エリアーデに送り込まれた魂は、魔王を倒す為に作られた至高のホムンクルス、ヒーロードールに入れられます。事前にヒーロードールに勇者様の血液が送り込まれているので、定着率の御心配には及びません。ヒーロードールには様々な魔王退治を助ける機能が組み込まれております。そして、ヒーロードールを扱えるのは、この世界の強靭な魂を持つ皆様だけなのです。どうか皆様、勇者として名乗りを上げ、私の住む世界、ランスロットをお救い下さい』

 巫女アリスの言葉が終わると、男性は胡散臭い笑みを浮かべた。

『という設定です。どうぞ奮ってご応募ください』

『これは全く新しいゲームなのです』

 映像が最初に戻り、俺は兄貴に声を掛ける。

「兄貴、凄い美人だな。巫女アリスって」

「力もそう思いますか。実は僕、どうしても彼女とお近づきになりたいんです」

 兄貴は素直に望みを吐露した。それが俺には意外だった。

「兄貴がそれだけ積極的なのは珍しいな。俺も手伝うぜ」

「ありがとうございます、力」

 俺と兄貴は拳を軽く合わせる。
 はっきり言って巫女アリスの言っている事はさっぱり分からなかったし、男は胡散臭いと感じたが、巫女アリスの美貌だけははっきりとわかった。
 相手がトップモデルじゃ難しいだろうが、男には玉砕しないといけない時もある。精一杯手伝ってやるぜ、兄貴。俺はそう決意して、部屋に戻る。
 けれど、俺はどこか不安だった。
 部屋に戻って、俺はパソコンに表示された画面の右下に書かれた文字を思い出した。

『本社所在地 エリアーデ』

 エリアーデって。設定の中で話している言葉じゃないだろうか。

「あれ? 俺ら、騙されてるんじゃね?」

 変な実験とか個人情報収集とかに引っかかっていないよな? 頭の良い兄貴の事だから、大丈夫だよな? 俺は不安になって、もう一度小杉に電話した。小杉の話は難しくて、さっぱりわからなかったのだった。



[21005] 一話 ゲームスタート
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/10 07:21



 俺と兄貴は、俺らなりの精一杯のお洒落をして、現地へと向かった。
 俺の髪はいつにもましてツンツンだし、兄貴の髪はサラサラだ。兄貴なんて、うっすら化粧もしてるんじゃないか? 少なくとも、リップクリームは塗っている。
 俺達が行った先は、秋葉原にある大きなビルだった。
 ビルには、夢追研究所と書かれていた。研究所か、新しいゲームだからなんだろうか? それとも、やっぱり変な実験をされるんじゃないだろうな。
 自動ドアではあるようだが、頑丈な鉄製の扉だ。こんなごつい扉、お目にかかった事はなかった。

「どうしました? 行きますよ」

 兄貴の言葉に、俺は頷き、大股で進んだ。怖いと思っていると悟られたくはなかった。
 自動ドアがしゅっと開き、中には小さなゲートが五つほど並んでいて、受付のお姉さんがニコニコと笑っていた。それに俺は救われる。

「これがお前のカードだから。失くすなよ」

 首にかける青い紐のついたカードを振って兄貴が言う。俺が受け取ると、兄貴はすっとゲートに進んで、カードを機械の中に滑らせた。ピッという音と共に、がしゃんとゲートが回転して、兄貴が進む。兄貴が通ると、またがしゃんという音と共にゲートが閉まった。
 格好良さよりも、むしろ厳重さに疑問が立った。俺は兄貴を追いかけるべく、同じようにカードを機械の中に滑らせる。ゲートを通ると、もう戻れないような気がして、俺は一度だけ出口を振り返った。当然ながら、自動ドアはとっくに閉まっている。
 鉄製の自動ドアに遮られて、見えない外が不安をあおった。

「どうしました?」

 兄貴が、もう一度振り返って言う。

「なんでもない」

 俺は早足で兄貴を追いかけて、エレベーターへと飛び乗った。
 エレベーターを降りた先でも、ゲートがあった。ゲートの先に、これも頑丈そうな両開きのドア。そのドアの右上には、カメラが備え付けてあった。
 俺達がゲートを通ると、カメラが俺達の方を向く。

「お待ちしておりました、小坂井様」

 そう合成的な音声が響き、ドアが開く。そこには小さな広場があって、椅子と机が並んでいた。あるいは屈強な、あるいは頭の良さそうな一癖も二癖もありそうな奴らが席に座っていた。女の子はいなかった。そこが少し残念だった。全員、俺達と同じ高校生みたいだ。
 広場の奥には、扉がいくつも並んでいて、まるでホテルの廊下のようだ。
 その前、教卓のような机の前にCMに出ていた胡散臭そうな白衣の男がいて、席を指し示す。

「小坂井君。君達の席はこちらです。右が力君、左が勉君になります」

 俺はそれに頷き、席へと座った。何か、授業を受ける気分だ。
 机の上には、契約書が二枚と魔法陣の分厚いノート、羽ペン、インク、そしてごく普通のノート、鉛筆と消しゴム、ボールペンが乗っていた。
 それから三十分ほど待つと全員が集合し、白衣の男は頷いた。

「私は霧島透といいます。このゲームの開発者です。諸君にはまず、契約書にサインをしてもらいます。内容はシンプルです。このゲームの内容を理解し、何が起ころうと自身の責任として夢追研究所を訴訟しません。この契約書にサインをしてもらわない限り、このゲームで遊んでもらう事は出来ません」

 それに、俺は手をあげて、一番気になっていた事を聞いた。

「危険とかあるのか?」

「このゲームは非常にリアルです。強すぎる痛みにショック死する可能性もゼロではありません。最も、そんな事が起きないよう、若く強い君達を選んだつもりですが」

 霧島の説明に、俺は不安を覚えた。

「なんだよ、お前、怖いのか?」

「怖くなんかねぇよ!」

 俺と同じく不良っぽい奴に揶揄されて、俺は反論した。

「いいぜ、サインしてやるよ」

 俺は乱暴にサインをした。
 霧島が先を続ける。

「君達には、この研究所に一か月泊まり込んでもらいます。必要な物はこちらが用意するし、テレビ電話も完備してあります」

 皆が頷く。俺は驚愕の眼差しで兄貴を見た。兄貴は、俺の眼差しに気付き、首を傾げてからあっと声をあげた。

「言ってませんでしたか。母さん達の許可は既に取ってあります」

 ふざけんな、俺が叫ぼうとする前に、するりと霧島の言葉が耳に入った。

「報酬は一人、二十万になります」

「二十万……!」

「すみませんでした、力。代わりに僕の報酬、半分上げます」

「三十万……!」

 俺はすとんと席に座る。それを先に言ってくれ。三十万かぁ。それがあれば、何が出来るだろう。

「何か起こった時の為に、保険への加入の書類も用意しておきました。費用は我が社が出します」

 霧島が、もう一枚の契約書をひらひらさせる。

「これはどこにサインすればいいんだ?」

「ここと、ここに名前を……そうそう」

 兄貴が一つ一つ丁寧に教えてくれて、俺は無事保険の手続きを終える。
 全員が二つの契約書にサインをした事を見届けると、霧島は魔法陣の表紙の書かれた本を手に取った。

「まず、これを見て下さい。これは科学の結晶で、非常に高価なコントローラーの一種です。シークレットノートと言います」

「コントローラー? これが?」

 俺は本をひっくり返した。分厚い表紙だが、特に変わった様子はない。

「これはゲームに持ちこめる、唯一のアイテムと言えます。ただし、特殊な羽ペンとマイクロチップを仕込んだインクで書いた物しかゲーム内では表示されません。また、ページには限りがあります。一人一冊しか配られませんから、ID認証カードと同じく厳重に取り扱って下さい。もう一つのノートを普段のメモ代わりに使って、覚えきれなかった本当に重要な事をこのノートに書くといいでしょう。シークレットノートは脳内にのみ表示され、自分とプレイヤーしか見る事が出来ませんし、ゲーム中は書き込めません。これがかなり重要です!」

「つまり?」

「力、お前はノートに何も書かないで厳重に保管しとけって事だ」

 普通のノートに言われた事をメモしながら勉が答える。

「わかった」

 俺は頷き、シークレットノートを開いた。

「では、シークレットノートを開いて下さい」

 遅れて、霧島の指示。
 最初のページは、目次だった。
 チャット機能 一から二ページ。
 メモ機能 三から四ページ。
 シークレット機能 五ページから千ページ。

「最初の四ページまでは書きこまないでください。これはチャットやメモを書きとめる場所となります。チャットもメモも、ログが流れたり、ログアウトする度に消えてしまいますのでご注意を。左上がチーム用チャット、左下が個別メッセージ用、右が全体チャット用となります。ただし、チャットやメモは相互にコピーアンドペーストする事が可能です。また、そのIDの持ち主がID番号、ハイフン、ページ数とする事でページをチャットに出す事が可能です。最後のシークレット機能ページが先ほど言った書きこめるページとなります」

 俺は早くも寝そうになり、机に寝そべった。

「そこの君。聞かないと、後悔しますよ。……死ぬほどね」

 その言葉にぞくりと背筋を泡立たせ、俺は思わず顔をあげた。
 霧島は満足げに頷き、続きを言う。

「必要な知識はホムンクルスにダウンロードしています。当社は、リアリティを追求しております。もし、あの世界にない言葉……すなわち、日本語やエリアーデの事を喋ったり書いたりすれば、異端審問にかけられるでしょう。また、あまりに不適切な行為……あの世界を荒らす、魔王に組す行為をすれば、BANされます。また、同キャラの復活はありません。仮にキャラを死なせてしまった場合、このゲームはそれまでです、ただし、一人につき五体までのホムンクルスを所有できます。それを全部死なせてしまったらテストプレイは終了です。それと、このゲームは好きな時にログアウト出来ません。ログアウトは必ずエリアーデのホムンクルスカプセルの中になります。では、部屋の説明に移ります」

 霧島が手招きをする。俺達は席を立って、霧島が開ける部屋を覗いた。
 部屋の中には大きな魔法陣とその上のカプセル、本棚、机、テレビ、ゲーム、ヘッドホン、パソコンが備え付けられていた。

「カプセルはベッドと兼用です。ゲームとして起動したい場合はシークレットノートをここにセットしてスイッチをどうぞ。パソコンはネットに繋がっています。なんでしたら、プレイ日記をアップロードしても構いませんよ。テストプレイヤーですからね。どんどん宣伝して下さい。トイレとシャワー室はあちらの共用スペースにあります」

 その言葉に、何人かの表情が緩んだ。

「どうやら、このまま閉じ込められて何かされるわけじゃなさそうだな」

 そんなつぶやきが聞こえる。なんだよ、俺以外にも怖い奴がいたんだ。俺はその事に安心した。

「一回目のログインは、全員同時に行います。巫女アリスからのお言葉がありますから、全員ID番号の部屋のカプセルで寝て下さい。それでは、どうぞお楽しみください」

 俺のIDは五番だった。兄貴は六番。俺は、五番のカプセルの中に入り、ドキドキとしながらスイッチを押した。途端、カプセルのふたが閉まり、俺は意識を失った。






「勇者様、勇者様」

 呼びかけられて、俺は目を覚ます。

「勇者様」

 目覚めると、ふわりと慈愛溢れる微笑みを浮かべた巫女アリスがいた。
 俺達は全員真っ白な空間に立っていて、その中心に巫女アリスがいた。

「力、起きるのが遅かったですね。もう皆起きてますよ」

 勉が言う。言いながらも、その視線は巫女アリスに集中していた。巫女アリスが、微笑んで言った。

「こんなにも多くの勇者が集ってくれた事、心より感謝を捧げます。貴方方には、私の住む世界、ランスロットに現れし魔王を倒してほしいのです。今から、貴方方の強靭な魂をホムンクルスに移動させます。しかし、これは決して行ってはならない禁忌の研究。決して外では漏らさないでください。ホムンクルスには、それぞれテレポート機能が付いています。それを使えば、エリアーデとそれまでにいた場所の往復が可能です。ただし、最初はランダムになります。チームを組みたい方は、事前に申し出て下さい。それでは、ホムンクルスを作る最後の仕上げをします。皆さん、体についたら祈り、想像して下さい。ホムンクルスが、成長する様を。混ぜた血の範囲で、ホムンクルスは如何様にも成長するはずですから。混ぜた血については事前にホムンクルスの頭に入っているので、「思い出して」下さい。それでは、ご武運を……」

 女神が言い終わると同時に、俺達は落下し始める。

「待って下さい、巫女アリス! 今度一緒にお茶でも……」

「貴方が魔王を倒せたのなら、妻にすら」

 巫女アリスの慈愛溢れる微笑み。兄貴は思い切りガッツポーズをした。
 そして、俺は、気がつけば鏡の前の不気味なカプセルの中で丸まっていた。

「ごぼごぼごぼ!」

 俺は暴れる。鏡には、もがく赤ん坊が映っていた。



[21005] 二話 マルゴー爺
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/10 21:20
 五分ほどもがいていると、頭の中にシークレットノートが唐突に思い浮かんだ。
 シークレットノートはひとりでにページを開き、声と共に二ページ目に文字が記されていく。俺の知らない言葉と文字だけど、何故か意味は理解できた。

「テステス。リキ、聞こえていますか? 聞こえていたら、全体チャットで書きこみってやってください。あ、ライバール語でね。わかりますか?」

 ライバール語ってなんだ? そう思うと、ライバール言語を「思い出す」。何故か、なんで忘れていたのか不思議に思うほど、俺はライバール語についてよく知っていた。
 全体チャットで書きこむ方法は、と考えると、これも頭に思い浮かぶ。

「ツトム、どうすればいいんだ? わけがわからない」

 とりあえず息が出来る事に気づいて俺はもがくのをやめたが、途方に暮れていた。

「今から説明します。まず、目の前の鏡を見つめて下さい。自分の姿が映っているでしょう? 最初より少し成長していますね?」

 俺が鏡を見ると、微妙に成長した赤ん坊が浮かんでいた。

「ああ、そういえば」

「そして、自分に混ぜられた種族を思い出して下さい。仕様確認と念じるだけでも構いません」

「うん」

 俺が仕様確認と念じると、俺を含めた十人程の人間……亜人も含めた……の姿が浮かび上がってくる。そして、それぞれの人の特徴や種族特徴が出ていた。

「それをメモ機能ページに縮小して丸々コピーして、5-3、5-4とメッセージ機能に記す」

「メモ機能ページに縮小して丸々コピー? とにかく、書き写せばいいんだな?」

 難しい作業だったが、なんとか俺はシークレットノートに書きこんだ。
 メッセージ機能の5-3、5-4の部分の文字の色が変わり、俺がそれに注意を向けると、俺のメモ機能ページが浮かび上がる。そういえば、ページを見る事ができると言っていたな。

「はい、良く出来ました。そして、今から急いで成長のプランニングを考えます。時間がないから急ぎますよ。まず、リキ、貴方には前衛を頼みたいと思っています。要するに戦士です。これは承諾してもらえますか? ちなみに私は後衛、魔法使いです」

「戦士? 魔法使い?」

「戦士とは、リキが良くやる喧嘩のようなものです。魔術師は、呪文を覚えて、その呪文を放つ職ですね。リキは戦士職として、僕は魔術師職として応募してあります。戦士職はスポーツの実績などの体の強さの調査、魔術師職は頭脳テストがありました。それを考えると、素直に戦士職になった方がいいでしょう。というか、何職になりたいか、というアンケートはあっても何職があるという情報はなかったので、その職がある事を信じるしかないのですが。まあ、戦士職と魔術師職はあるでしょう。いくらなんでも」

 頭脳テスト。このゲーム、いくらなんでも敷居が高すぎるんじゃねぇか? そう思いながら、俺は喧嘩のような物と聞いてほっとしていた。それなら得意だ。

「ああ、わかった」

「承諾してもらって良かった。では、メッセージ機能で強化するべき種族の血とその割合を送るので、その通りに成長させて下さい。念じればその通りになりますから。無論、リキが鏡を見ながら途中でこういう風に育てたい、というのがあったらそのようにしても構いませんよ」

 俺はメッセージ機能から送られたデータを見た。
 獣人、竜人、俺の順で割合が大きい。俺はとにかくその割合を念じる。
 すると、俺は凄いスピードで成長を始めた。毛がどんどん生えて来て、俺は獣っぽくなっていく。あ、割合ってこういう事か。

「リキー。貴方を信じて、魔法職特化で作ってもいいですかー?」

「好きなようにしろよ。ゲームなんだし」

「それもそうですね。これは初めてのホムンクルスですし、何職があるかもわかりませんしね。一回目は失敗前提で考えますか。じゃあ、次はグループチャットの練習でも……」

「あの、俺の成長割合も相談に乗ってもらっていいか?」

 横から見知らぬ人間のチャットが入る。IDは三。

「僕も、ゲームはあまりやった事がなくて……」

 ID七。そうだよな、不安に思うよな、この仕様。俺は兄貴がいたから良かったが、一人なら途方に暮れていた。というより、ずっと水の中でもがいていたと思う。

「僕もこのゲームは初めてですが、それでよければいいですよ。僕の名はツトムです。まず、アンケートでは何職を書きました? 知られたくなければメッセージ機能でどうぞ」

 それを皮切りに、俺達以外でも全体チャットを使い始めた。

「テステス」

「キャラ名ガストンです、皆さんよろしく」

『日本語ー』

「ライバール語―」

「教会は真名を見破る呪文を持っている上に、偽名を使えばとことん怪しまれますよ。名前は同じ方が無難です」

「え、え? そんな情報公式サイトのどこにも……あ、思い出した思い出した」

「ツトムさん、初めてなのに凄い……。関係者か何かですか?」

「簡単ですよ、初めに全部思い出すを選択しただけです」

「全部思い出す……うわ、情報量凄っやっぱりツトムさん、凄い」

 会話がはずんでいる間に、俺は成長する事に精神を集中させた。
 どうにかこうにか成長し終わり、さて次はどうするか、と思うと水が引いていく。

「ごぼっごほっごほっ」

 液体の中での呼吸から、気体の中での呼吸に移る時、俺はひとしきり咳込んだ。
 ぶるりと体を震わせて、自分の体を鏡で見つめる。
 色はごついものの、いかにも細くてかよわそうな翼。毛で覆われた体。犬と竜の混じったような顔。でも、体格だけは俺と同じ。軽く体操をしてみると、体はギシギシいいながら、それでも徐々に言う事を聞いてくれた。
 辺りを見回すと、そこは小部屋で、ライバール語で数字が書かれている五つのカプセルとその前の五つの鏡、鏡の横に同じくライバール語で数字が書かれている五つの箱、カプセルの横にベッドがあった。他に部屋にあったのは、テーブルとイス、棚くらいか。俺が入っていたカプセルは一番だ。
 五つの箱を開けると、それぞれに同じ鞄があった。鞄の中身は全て同じ、野宿道具などが入った物だった。
 ここから一つ貰って行っていいのだろうか。いいんだよな、俺は戸惑いながら鞄を一つ取ってドアから出る。
 俺がドアから出ると、白髪に長髭の老人が笑顔で驚きと喜びを込めて言った。

「……成功した! 成功したぞ! ようこそ勇者達! さあさあ、こちらへおいで。わしは勇者様の父のマルゴーじゃ。父さん、もしくはマルゴー爺と呼ぶが良い。さあ、名前をいうてご覧」

「リキ……」

「リキ! 良い名じゃ! さあ、こちらへ来るが良い。三着だけ服を配布する事になっておる」

 俺はマルゴー爺の方に向かいながら、周囲を見回した。
 どことなく、研究所のカプセルの置かれてあった階に作りが似ている。
 いくつものドアがあって、あれが恐らく俺達の小部屋。その前に人数分の机と椅子があって、小部屋の向かい側には井戸と共用スペースらしきいくつかの部屋。服屋、装備屋、道具屋、食堂と書かれていた。
 俺は服屋と書かれた方へと連れていかれる。なんだかみすぼらしくて変わり映えのしない服の山から、マルゴー爺が俺の体に合わせて二揃い選んでくれた。きちんと翼を通す隙間もある。
 そして、マルゴー爺は奥の方へ行く。奥の方には様々な仕立ての、しかし見るからに素材の生地が立派な服があり、そこからも俺に一揃い選んでくれた。
 民族衣装だろうか? 思い出そうとすると、獣人族の服である事が分かった。
 その後、俺は井戸で体を洗い、服を着た。
 そこまで行くと、次々と部屋からプレイヤーたちが出てくる。
 プレイヤー達は様々な姿をしていた。
 竜、獣人、エルフ、人。そしてそれらが混じり合った生き物。
 それらの生き物が、何も持っていなかったり、全ての鞄を引きずっていたり、鞄で股間を隠していたり、思い思いの姿で現れた。

「リキ。リキはどこですか?」

 鞄をどうどうと背に担ぎ、エルフが周囲を見回していた。どことなく兄貴の面影のある、目が竜っぽくて肌にうっすらと鱗が生えているエルフだ。

「ここだ、兄貴」

 俺は手をあげる。

「ああ、翼を成長させることにしたんですね、リキ。しかし、その翼で飛べるものでしょうか?」

 兄貴の言葉に、俺は口をとがらせる。

「俺はただ兄貴の言う通りの割合にしただけだよ」

「それもそうですね。すみませんでした。次からは、翼特化か、翼を完全になくしてしまうかは考えた方がいいですよ」

「わかった」

 わかったと言いつつも、そういう微妙な調整は俺には分からない。複数の生き物を混ぜつつも調和を保っている兄貴が羨ましかった。なんだよ、教えれくれるって言った癖に。

「ようこそ、ようこそ、勇者達。わしはお主らの父じゃ。父さん、もしくはマルゴー爺と呼ぶが良いぞ。さあさ、並びなさい。服を選んでしんぜよう。鞄を持っていない者は持っておいで。そこに服を入れると良かろう」

 プレイヤーがなんとなく列をなし、順番に服を身立ててもらう。兄貴は最後だった。
 兄貴は薄い緑の服、俺が薄い茶色の服で、同じ色の薄汚れたマントも貰った。
 皆似たり寄ったりで、その装備に不満そうだった。全員が体を洗い、服を着ると、マルゴー爺は声を張り上げた。

「さあさあ、次は装備じゃ。どんな装備が良い? 武器はナイフが一つ、自由に選ぶ武器が一つずつ配られる事になっとる」

 次に向かったのは装備屋という部屋。
 ナイフが奥の壁に一列にずらりと並んでいて、左の壁に色んな武器、右の壁に鎧が陳列してあった。

「俺は棍が良いな。鉄パイプみたいだし。ナイフはこの大振りの物が良い」

「そうですね、僕は……あつっ」

 兄貴はナイフに手を伸ばして引っこめた。

「指を切ってしまいました」

 血が滲み、兄貴は指を咥えて血が止まるのをじっと待つ。
 それに、なんでか皆が動揺する。

「おい……ここまでリアルって、やっぱり……」

「HPとかステータスとか、何それって感じだもんなぁ」

 ぼそぼそと話しあう声。何の事だか、さっぱりわからない。

「おいおい。大丈夫かよ、兄貴」

 怪我の心配もそうだが、この空気が何か怪しい。俺の知らない事で重大な事があるんじゃないか?

「そうですね、この調子だと味方には攻撃が当たらないとかありえなそうなので、弓矢はやめて置きましょう。例えゲームでも、間違えてリキに当たったら立ち直れません。ここは大人しく短剣にしておきます」

 兄貴は俺の大振りのナイフより少し大きくなった程度の短剣と、隠しもてるくらい小さなナイフを受け取った。

「杖じゃなくていいのか?」

「武器はいずれまた買う事が出来ます。どうやら、魔法使いは初期呪文が無いみたいなんですよ。アイテムが必要で、チュートリアルで手に入るなら良いですが……そうでなくば、呪文を手に入れるまで、無力になってしまいます。だから杖じゃなくて、短剣なんです」

 それを聞いて、杖に手を伸ばしていた幾人かが手を引っ込める。

「マルゴー爺さん、魔法はチュートリアルで手に入らないのか?」

 混じり気なしのエルフが爺さんに聞いた。すると、マルゴー爺は首を傾げた。

「チュートリアルとはなんじゃ? 魔法は、入信してルビスタルを使えば使えるようになるぞ。ルビスタルは、魔物を倒すと手に入る。安心するが良い、この近くは結界が張ってあって無人だからの、強い魔物は入れんし狩る者はおらんしで弱い魔物がいーっぱいおるんじゃ。ちなみに、いくら弱い魔物と言えど、何度も殴れば杖は折れるぞ。杖が欲しければ、ルビスタルは他の者に取ってもらうんじゃのぅ」

 それを聞いて、エルフが短剣を取った。他の者もそれに続く。

「兄貴、ルビスタルが欲しければ俺が取るけど?」

「魔物を倒すと、他に貢献度が手に入ります。それは経験値のようなもので、個人にしか入らないのですよ」

「ツトムさん、凄い……。経験者みたい」

 竜人がキラキラした瞳で言う。それに兄貴は微笑んだ。

「いやぁ。公式サイトは繰り返し見ましたし、全て思い出すをなんども使いましたし。努力でどうにかなるものですよ」

 そこで、マルゴー爺が声を張り上げる。

「さあ、次は鎧じゃ」

 これは、全ての鎧が似たような物なので、サイズを合わせるだけで終わった。

「次に道具じゃ。特別に、パワーポーションとマジックポーションを一瓶ずつ渡してしんぜよう。高級なものじゃから、大事に使うんじゃぞ。これはすぐ出せるよう、腰に下げて置くが良い。他の旅に必要な道具は全て鞄に入れておいた」

 クッションの入った袋に、試験官のような物に入った赤と青の液体。それを俺は腰にぶら下げた。

「さあ、最後じゃ。それぞれの種族に合った食料を用意してしんぜよう。混ざり物の種族が多いから限界はあるがの。その間、料理を食べるが良い。生まれたばかりじゃから、よく噛んで慎重に食べるんじゃぞ」

 マルゴー爺が食堂の奥に消える。食堂には、様々な料理が用意してあり、俺達は歓声を上げた。見た事もない料理ばかりだ。特に肉に強い食欲を感じた。
 俺は一つ一つじっくりと味見していく。食い散らかすもの、ひたすら同じ料理を食べる者、俺と同じくいろんな料理を食べる者、様々だったが、高校生男子に相応しく、食べない者は一人もいなかった。
 食べている最中に、マルゴー爺が食堂からよたよたと荷物を運び、俺達に渡して行く。
 ちょうど全員が食べ終わった頃、配布が終わった。
 マルゴー爺は腰に手を当てて、俺達を見回した。

「歩いた、水浴びをした、食事を食べた、全て問題ないようじゃの。さあ、いよいよ入信するのじゃ。信じる神を決めたら、わしが洗礼をしてしんぜよう。その後は魔物を退治するのじゃ。一週間を限度に、満足いくまで戦えるようになったら出立じゃ。ただし、必ず一週間したら戻ってくるんじゃぞ。道具箱に反対側に傾けようとも、一方向に砂が落ち続ける特殊な砂時計が入っておる。それの砂が全て落ちるまでに戻るのじゃ。出ないと、向こうの体が持たん。まあ、砂が落ちると同時に自動で自室に転送されるんじゃがのぅ」

「は……?」

 あれ? もしかして俺ら、騙されてるんじゃね?
 やっぱりこれは研究所の実験か何かなのだろうか。



[21005] 三話 そして冒険は始まる
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/11 20:06

 向こうの体が持たん……向こうの体が持たん……その言葉は俺の頭の中をぐるぐると廻っていた。

「どうしましたか? リキ。何も飲み食いしなければ体が持たないのは当たり前でしょう」

 にこりと笑って兄貴が言う。何か、圧力を感じるような気がするのは気のせいだろうか。でも俺は、そんな些細な違和感よりも疑問が溶けた安堵の方が大きかった。

「ああ、そうか! そうだよなぁ。で、入信ってなんだ?」

「職業に就くのと同じようなものです。重要なのは、これをしないと貢献度が得られず、レベルアップ出来ないという事。神様を思い出すとして見て下さい」

 俺はじっくり思い出す。しかし、情報が膨大すぎてわからない。

「どの神様を信じればいい?」

 途方に暮れて俺が聞くと、兄貴はいくつかの神の名前をあげた。

「戦闘職関連の神様に限定して思い出しました。この中から、リキがピンと来た神様を選んでくれればいいですよ。僕もちょっと考えます」

 俺はしばらく悩んだ後、名前が覚えやすそうだったドリステン様について思い出す。
 使える技。パッション。育つ力。パッション。くれるご褒美。パッション。教義。パッション。貢献度の得方。パッション。

「兄貴、パッションってなんだ?」

「激情、情熱って意味ですよ」

 情熱かぁ。うん、俺みたいな脳筋にはこれくらい単純な神様が良いのかもしれない。
 マルゴー爺の所に向かうと、神の名を告げる。俺が一番最初だった。

「ドリステン様じゃと!? 随分変わった神を選ぶのぅ。よし、洗礼を受けさせるから、この衣装を着てドリステン様のマスカラを思い切り振るのじゃ。そしてドリステン様に祈るのじゃ。その祈りが届くまで!」

 俺はマスカラを振った。振りまくった。激情と情熱を掛けて振りまくった。

「ドリステン様、おいでませ!」

 リズミカルなマスカラの音と俺の叫びと共に、俺の頭の中に声が響き渡る。

『な、なんだこの感覚は!? メリールゥ、メリールゥ! 頭の中で声が……ぶふぅっわしに入信者だと!? ……何を考えているのだ!?』

 ドリステン様が降りてくる感覚は現れない。まだか、まだ俺の祈りは届かないのか!俺はひたすらマラカスを振った。

「ドリステン様、おいでませ!」

『落ちつけ、よく考えるんだ。家族に相談はしたのか? 入信は人生で一度しか出来ぬのだぞ。というかあの馬鹿らしい洗礼の儀を本当にやったのか!? 笑うな、メリールゥ!』

「ドリステン様、おいでませ!」

 祈れ、祈るんだ!

『ぎゃあああ! いつの間に皆、集まってきた!? その入信コールをやめろ! 主神様、命令は卑怯です!』

 主神様の命令だと!? あと一息だ!

「ドリステン様、おいでませ!」

『くぅ……仕方ない、そなたの入信を許可しよう。こうなったら徹底的に苛めぬいて……そ、そんな、主神様! 無理です! ……くぅ、仕方ない。覚えてろよ!?』

 俺の首に何か異物感がする。これが入信の証なのか?

「やったぁぁぁぁぁぁ! ありがとうございます!」

 俺は大声をあげて喜びを表した。

「おお、入信の証のルビスタルボックスが……! って、犬の首輪……かの、これは……。とにかく、おめでとう!」

 マルゴー爺が褒めてくれる。入信って大変なんだな。しかし、兄貴の助けなしで入信できたのは我ながら偉い。

「で、入信が済んだら、どうすればいいんだ?」

「後は魔物と戦うだけじゃよ。出口はあちらじゃ。結界の外には出ないようにの。準備が済んだら来るが良い。ランダムに町に飛ばすからの」

 俺は指示されたドアを通る。長い長い廊下を抜けると、頑丈な扉があった。
 それを開けて進むとまた扉。一枚、二枚、三枚もの扉を抜けると、眩しい光が俺の目を刺した。
 一面の草原に、丸い不思議な生き物が点々と辺りをうろついている。
 緑の草が、さわやかな音を奏でる。
 風が気持ちよく俺の毛皮を撫でていった。何か、無性に走りたくなってきた。
 俺は走った。初めは上手く体を操れず、転びながらだった。でも、段々感覚が慣れて行く。不思議な生き物の傍を通った時、不思議な生き物が牙をむいた。足に噛みつかれそうになった所を、すんでの所で避ける。

「はは……はははっ」

 俺は、いつのまにか笑っていた。
 思い切り駆ける。駆ける。駆ける。なにやら、後ろから不思議な生き物がついてくるが、それも気にならなかった。
 気の済むまで駆けると、俺は笑顔のまま後ろを振り返る。そうして俺は呻いた。
 まるっこい不可思議な生き物が、大挙して俺を追いかけていた。

「おいおい……俺、いきなり死にそう……」

 棍を握りしめ、振るう。重い衝撃と共に、一体の魔物が張り倒された。
 張り倒された魔物が青いクリスタルに変わる。その時、頭の中に声が響く。

『あー、うるさいうるさい。やればいいのだろう、初めて魔物を倒した祝いを! ほれ! いたっ叩くな……何!? お前もか、メリールゥ! やーいやーい。わしの苦しみ思い知れー』

 その時、大きめのマラカスが天から落ちてきた。俺は思わず棍を取り落とし、それを受け止める。次の魔物が襲ってきて、俺はとっさにマラカスで殴りつけた。しっくりと手になじむ感覚。さっきよりは軽い衝撃。
 またも魔物は青いクリスタルに変わった。

「ははっ……いいなこれ。サンキュ、ドリステン様」

 俺はドリステン様に礼を言って、魔物と戦う。しかし、俺は徐々に押されていった。

「うわっツトムさん! リキさんが魔物の大群に囲まれていますよ」

「大丈夫か、リキ!」

 何人かのプレイヤーが武器を手に走ってきた。その動きは走り始めた時の俺と同じで、どことなくぎこちない。
 それぞれが思い思いに魔物を攻撃する。
 兄貴はうっすらと笑みを浮かべて魔物に短剣を突き立てた!
 その一撃で魔物は消え、天から二枚の扇が降ってくる。
 兄貴は短剣を腰に差し、その扇を手に取ると、扇で魔物を切り裂いた。
 他のプレイヤーは……駄目だ、腰が引けてる。剣が掠って魔物が痛そうな声を上げるたびに、顔を歪める。そうだよな、他の生き物を傷つけるなんて普通できないよな……俺は喧嘩で慣れてるけど。むしろ兄貴がそういう事が出来るのに驚くべきか。喧嘩なんて縁がないはずなのに、随分簡単に、しかも躊躇なく剣を突き立てた。
 俺だって、生き物に刃物を向けるのは躊躇する。
 よそ見をしたからか、魔物に噛まれた。いてぇ! 俺は腕を思い切り振って振り払う。

「今助けるぞ!」

 プレイヤーが扉から続々と出て来て加勢する。
 終わった頃には、皆ボロボロでへたり込んでいた。

「これで一番弱い魔物かよ」

 獣人の言った言葉に、兄貴は反論する。

「弱いですよ。全力で攻撃すれば僕でも殺せましたから。……ルビスタルは、全員に分配しませんか? 始めですし。これで一旦レベルアップしに戻りましょう。僕も呪文を覚えたいですし」

 そう言って兄貴は足を思い切り捲った。何かと思えば、太ももに赤く光る宝石が並んで嵌めてあるガーターリングが嵌めてあり、それが光ってルビスタルを吸い込んだ。
 あれってどうやるんだろうと思うと、俺の首の違和感のする場所にルビスタルが吸い込まれていく。
 他のプレイヤーは皆、腕輪や指輪タイプになっていて、それぞれルビスタルを吸い込む。兄貴に視線が行くのはわかるが、俺にまで視線が行くのはどういう事だ。
 とにかく、兄貴の言葉に皆が頷き、部屋へと戻る。そこでは、数人のプレイヤーがあるいは悩み、あるいはモンスター退治に出る勇気がなかったらしく、こちらを伺っていた。

「どうだった?」

 エルフが、包帯を持ってきて聞く。純血っぽいのが多いんだな。

「ありがとうございます。魔物はそれほど怖くありませんでした。怪我はしましたけど、パワーポーションを使うほどではありません。初めに準備運動をしていった方がいいですね。体が違うと感覚も違うし、出来たばかりの体ですから慣れるまでに時間が掛かるようです。良かったら、このルビスタル使って下さい。呪文を覚えてからの方が戦いやすいでしょうし」

 兄貴は包帯を受け取り、俺の噛まれた腕に巻いてくれる。
 他のプレイヤーも、次々と包帯を取って治療をする。
 ハーフエルフは何度もお礼を良い、ルビスタルを持って何事か呪文を唱えた。
 ルビスタルが宙に消えて、ハーフエルフがギュッと拳を握った。

「これで戦いに行ってみます」

 そしてエルフが扉へと消えて行く。

「まず、レベルアップは……と。良かった。出来ますね」

 そして兄貴は扇を使って舞を踊りだした。
 一体何を……と言いかけて気づく。そっか。レベルアップの儀式か。俺はレベルアップの儀式を思い出す。そうそう、洗礼と同じだったな。
 俺はマラカスをリズミカルに振った。

「メリールゥ様、お願いします!」

「ドリステン様、おいでませ!」

 俺達の声が重なった。え? メリールゥって……。

『レベルアップか? あー面倒くさい。どう育ちたいと思ってわしを選んだのだ?』

 頭の中で声が響いたので、俺は答えた。

「俺は兄貴を守れるくらい強い戦士になりたい」

『ガルギルディンに入信しとけ! 後獣人なら……獣人? 竜人? なんだお前……随分妙な奴だな……なに、これは……よし! モルモット的な意味でわしに仕える事を許す!』

 ガルギルディンについて思い出して、その情報量に目が回していた俺は我に却って答えた。

「モルモットってなんだ?」

『可愛がってやるという意味だ』

「ありがとうございます!」

『……本当に馬鹿だな、お前。まあよい。戦士系の補助神として登録したのはわしだしな。あんなの一番上が戦士系だけだっただけなのだが。適当に力でも増やしておけばよかろう。む。不味いな。呪文を考えてなかった。戦士系だから特技か。ワシは呪文の方が得意じゃから呪文で良いかの。名前は適当にパッションで……呪文もパッションで……振りつけは洗礼と同じで……効果は……む、補助神になる時にランダムで貰った回復呪文の素が一つか。やれやれ、後で補充しないとならんのか、面倒な。じゃあ回復で。相場が分からんが……とりあえず、ルビスタルを千貰おうか……ってメリールゥ、抱きつくな! 一体どうしたんだ。何? 信者が怖い? 知るか。モルモット、さっさとルビスタルを寄こせ』

 俺は持っている全てのルビスタルを差し出した。ルビスタルが砕けて消える。

『全然足りんな。もっと集めて来い』

「わかりました。兄貴ー、俺、ルビスタルが足りないから魔物狩ってくる」

 俺が振りかえると、兄貴も神と会話しているらしく、何事か呟いていた。

「入信の許可をしたのは貴方様です、諦めて下さい。そしていつか魔王を倒し、巫女アリスを嫁にする僕が有名になるのは確実。きっと大勢の人に崇められる事になりますよ、邪神としてね。ククク……ハーッハッハ……おや? リキ、どうしました? 今、悪役ごっこをしていた所なのですよ。ねぇ、メリールゥ様」

 あ、悪役ごっこ……。悪役ごっこなのか、そうか、良かった。俺、一瞬本気にしてしまったじゃないか。

「俺、ルビスタルが足りないから狩ってくる」

「ちょうど僕も、もっとルビスタルを欲しいと思っていた所なのですよ。一緒に行きましょう」

 俺達は真っ暗になるまでルビスタルを集めた。その頃には皆、入信が終わってルビスタルをせっせと集めていた。そろそろ冒険に行こうという者は一人もいない。どころか、一週間はここにいようか、と言い出す者までいた。俺と兄貴は話しあって、魔法を覚え次第町に向かってみる事にした。
 その日の夕食、皆を集めてマルゴー爺が言った。

「言い忘れておったが、転送にはルビスタルを百使う。それに、この研究所にもルビスタルや貨幣や研究材料を提供して欲しいんじゃ。食料は自給自足できるから良いが……この研究所はわしの私財を投げ打って作った物。国の援助はない。どころか、隠れていなければならん存在じゃ。よいか、くれぐれもこの研究所の事も仲間の事も言ってはならん。素性は出来るだけ隠すんじゃ。心配せずとも、冒険者に素性を聞くのは禁忌じゃ。異端審問官にはくれぐれも気をつけるんじゃぞ。魔王の出現で気が立っておる、些細な事で火あぶりにされかねん。もう駄目じゃと思ったら、リセット機能を使うが良い。ただし、それを使うとそのヒーロードールは死んで、二度と使えん。このゲームはリアルじゃから、RPとやらを忘れずに。それが長生きのコツじゃとキリシマからの伝言じゃ。……この世界を頼んだぞ、わしの愛しい子供達」

 食事を終えると、俺は早々に部屋へと向かい、眠りについた。色々あって、疲れきっていた。ルビスタルは兄貴のアドバイスのお礼にと皆が寄付してくれた分もあり、千個集まっており、回復呪文パッションは覚えている。
 マルゴー爺の説明を聞いて、兄貴から更に百個貰ったから戻ってくる分のルビスタルはある。後は、冒険に行くだけだ。
 次の日の朝、部屋を出ると兄貴を起こし、顔を洗って朝食を食べる。
 兄貴がルビスタルボックスを出しやすいよう、片足だけ短パンにして腰布にスリットを入れるのを待ってから、俺達はマルゴー爺の所に行った。

「全体チャットで様子を知らせてくれよ」

 エルフが言い、俺と兄貴は頷いた。

「では、町へ送るぞ」

 マルゴー爺が呪文を唱える。
 そして俺の視界は光で覆われる。
 俺はとっさに目を庇い、そろそろと開く。すると、そこは荒野だった。
 一瞬前までは研究所の中にいたのに。自分の目が信じられない。
 遠くに、小さく町と、それを囲むように立つ物見櫓と小さな神殿がある。
 町の周囲に配置した神殿で町を守る結界を維持しているのだと思いだせた。

「行きますよ、リキ」

 兄貴に促され、俺達は町へと歩き出した。



[21005] 四話 ギルド
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 07:34


 町に近づいていくにつれ、活気が近づいてくる。

「なあ……。最近のゲームってこんなにリアルなのか?」

 俺にはよくわからないが、こんなに多くの人々、それも異国語が混じっていたり、それぞれが意味のある会話だったりを用意するのは凄く大変なんじゃないか?

「最新型のゲームですからね」

 兄貴は俺の言葉に一瞬目を見開くと、うっすらと笑って言った。その笑みを見て、何故か背筋がゾクッとする。兄貴はすぐに目線を露天に移す。
 俺も露店を覗くと、露天商が仰け反った。

「お、おお、悪いね! 竜人と獣人の混血は見た事無かったもんで……って、首輪付き? あんた、奴隷かなんかかい? 冷やかしは困るよ。あれ、人間の血も混じってる?」

 露天商の言葉を右から左に流しながら、俺は商品を見つめる。そこには色々とアクセサリーが売られていて、俺は目移りをした。アクセサリーはぜひ欲しい。こんな粗末な服じゃ酷過ぎる。

「リキ。必要な物はもう既に持っているはずです。手持ちの資金も少ない。少なくともギルドに申し込みをして仕事を手に入れて、今日の宿を手に入れるまでは無駄遣いは避けないと。それとも今日、野宿をしますか?」

「兄貴」

 俺は名残惜しく立ち上がる。兄貴の言う事ももっともだ。

「兄貴ぃ!?」

 露天商は今度こそ目を丸くした。

「あんた、竜人とエルフの混血で男かい!? 男なのにガーターリング? 兄貴ってどういう事だい?」

「先を急ぐので……」

 兄貴は露天商に微笑み、俺の肩に手を置いて促した。

「ちょっと待ったぁ! ギルドと宿の場所なら教えてやるよ。あんたほどの美人なら、例え男でも野宿や下手な宿は危険だ。その代り、なんか買って行ってくれよ。冒険者になるんなら、最低限の資金は持ってきているんだろ。この毒防止のアクセサリーなんか、値段は張るが重宝するぜ。あんたらの事情を聞かせてくれるのでも良いぜ!」

 露天商は身を乗り出して陽気に話しかけてくる。
 兄貴はちらっとアクセサリーに目を走らせる。正確には、その値段と効果表に。

「毒防止には非常に興味がありますが、値段が張りますしキリがありません。リキ、ステータス一アップから好きな物を一つ選んで下さい」

「そうだな……じゃあ、これを」

 俺はその中から、銀の複雑な文様をした腕輪を一つ選んで身につける。それはぴったりと俺の腕にはまって、俺は気を良くした。

「まいどありっギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだ」

 兄貴は頷くと、料金を払って俺の背を押した。

「中央神殿で祈ってから行きましょう」

「ああ、そっか」

 俺達、もう信者なんだ。事細かに祈らないと駄目なんだな。
 兄貴は町の中央に真っ直ぐ進んでいく。中央神殿ってこっちの方で良いんだっけ?
 そう思うと、中央神殿はどの町でも中心地に建てられるという事が思いだせた。
 中央神殿まで行くと、さすがに人出が凄い。俺と兄貴は、人にぶつからないよう十分に注意して進まねばならなかった。
 ようやく神殿の中まで入ると、神々のリストの刻まれた石碑が中央に聳え立ち、それを囲むように各神殿の出張所が配置してあった。
 リストの隅っこ、補助神と書かれた所に、ドリステン様とメリールゥ様の名前もちゃんとある。
 軽く一周してみたが、ドリステン様とメリールゥ様の出張神殿は無いようだ。
 がっかりしながら、一際大きな主神様を祭る神殿の出張所に向かう。
 主神様は神様のトップだし、そこの神殿では全ての神を一緒に祭るので、自分の信じている神様の神殿が無い時は主神様の神殿に向かうのだ。

「どうしましたか?」

 神官が俺達を見て一瞬目を見開いたものの、すぐに柔和な笑みで押し隠す。何事かと、それとなく神官達が寄ってきていた。

「主神様と信じる神様に祈りに参りました。それと懺悔を」

「喜んで伺いましょう」

 兄貴は神官の前に跪く。俺も一緒に跪いた。

「いよいよ、僕達も冒険者として独り立ちする日がやって参りました。心優しい商人に、ギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで安全な宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだと教えてもらい、何とかギルドに辿りついて宿をとる事が出来そうです。主神様、メリールゥ様、どうかご加護を」

「ドリステン様、どうかご加護を」

 懺悔というより報告を済ませると、兄貴は神官に礼を言って僅かに硬貨を差し出した。

「主神様も、貴方達の旅立ちを祝福してくれますよ」

 神官は硬貨を受け取り、優しく笑いかけた。

「兄貴。待ってくれ」

 俺は兄貴を追いかける。兄貴と言った時、周囲がざわめいた。
 もしかして、目立つんだろうか、俺達。混血と言う事に驚いていたようだったし、混血はあまりいないのかもしれない。
 神殿を出る直前、神官は俺達を呼びとめる。

「この指輪を特別に差し上げましょう。主神がお守り下さるでしょう」

「ありがとうございます」

 兄貴は早速指輪を俺につけさせる。そして神官に別れを告げた。
 神殿を出ると、俺達はまず、ギルドへと向かった。通りは大きく、迷う心配は全くと言っていいほど無かった。
 ギルドは重厚な建物だった。作りは立派だけど、中にいる奴らで威厳が台無しだ。迫力のある奴ばかり、もっと言えばチンピラが多かった。兄貴は一瞬立ち止まり、笑顔と言う仮面を被って中に入る。俺はさりげなく兄貴の先に立った。
 ギルドに入ると、俺達に視線が集まる。何人かは、兄貴を見て口笛を吹いた。

「ひゅう。混血だが、良い女じゃねぇか」

 兄貴はまっすぐに受付へと向かい、品の良さそうな男の人に入会費を支払った。

「何か仕事を探しているのですか……」

「仕事はあるぜ。俺の部屋に来いよ」

 獣人が兄貴の肩に伸ばした手を、俺は掴んだ。

「兄貴に手を出すな」

 その言葉に、やはり周囲がざわめいた。ようやく俺は気づく。そうだ、今の俺達は兄弟に見えないから、それでか。一人頷いていると、受付の男が兄貴にリストを差し出した。

「こちらが仕事のリストになります」

 兄貴はそれにじっくりと目を通す。そして顔を顰めた。

「ありがとうございました。もう結構です。行きますよ、リキ」

「依頼は受けなくていいのか?」

「ルビスタルの収集は依頼を請け負わなくてもいいのですよ」

 俺の手を引き、兄貴はギルドの外へ向かう。

『失敗しました』

『失敗って何が?』

 全体チャットでの会話。兄貴の声は苦々しげだった。

『冒険者はギルドだろうと安易に考えていました。僕達が考えるギルドの機能は全て神殿が受け持っています。ギルドの場合は、少しガラが悪い。まあ、入っていてもデメリットはないでしょうが。……やはり神殿とのつながりは欲しいですね。ここは宿へ向かいましょう。少し無謀ですが』

 そして、ギルドの横の細道に入る。細道は暗くてじめっとしていた。
 細道を進むと、両側をガラの悪い男達に囲まれる。

「こりゃ良い値で売れそうだぜ……。怪我したくなきゃ、大人しくしてな。とびっきりの宿に案内してやるぜ」

「仕方ないですね。リキ、様子見しましょう」

 あれ? 俺ら騙されてるんじゃね?
 商人の奴、安全な宿って言ってたよな。
 それに俺は、全く動揺のしない兄貴が気になった。とにもかくにも全体チャットで俺ら、売り飛ばされるかもと流す。驚愕の声が全体チャットのログを埋めた。



[21005] 五話 救出
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/13 06:11





 暗くじめじめした牢屋の中で、俺達は途方に暮れていた。いや、途方にくれているのは俺だけかもしれない。兄貴は荷物や服を取られても、下卑た冗談を言われても涼しい顔をしている。
 全体チャットでは、俺達がこれからどうやって逃げ出すかについて、俺達そっちのけで真剣に議論されていた。

「兄貴、これからどうしよう?」

 試しに俺が聞いてみると、兄貴は肩を竦めて言った。

「どうするもこうするも、こうなってしまってはどうにも……」

『ま、本当に危険になったらルビスタルで戻ればいいだけなんですけどね。今はまだ様子見です』

『あ、そっか』

 全体チャットで会話すると、チャットから安堵の声が漏れる。早く帰っておいでよ、というのが大半だ。というか、皆まだ旅立ってはいない。俺達がしょっぱなから躓いたのを見て、旅立ちに躊躇しているらしい。
 いつでも逃げられるなら、何故逃げないのか。兄貴は、何かを待っているように思えた。余裕たっぷりで、皆が覚えた術についての話を聞いている。
 兄が待つ者を俺も待ったが、待ち疲れて眠ってしまった。
 その時、激しい喧騒がした。

「断罪断罪断罪! 魔王に与する者は全て塵となるが良い!」

「お、お前は異端審問官ラーデス! 何故ここに……」

「ぎゃああああ!」

 激しい爆発音。争い合う音。金属音。兄はにこりと笑って言った。

「来ましたか」

 扉が吹き飛び、兄貴は感激した風を装った。

「ああ、異端審問官ラーデス様! 助けに来て下さったのですね。これも主神様の御加護!」

 ラーデスはエルフだった。右半分が火傷で焼けただれていて、あれほどの争いの音がしていたのに豪奢な服は些かも汚れていない。そしてラーデスは獣人達を引き連れていた。

「ほほぅ、一目でわかったぞ。お前が邪神に与する異教徒か! それでも被害者は被害者だ。救出してやった後に火炙りだ!」

 そこで兄貴は初めて余裕のない様子を見せた。

「邪神……!?」

「ドリステン様って邪神だったのか!?」

 兄貴と俺は大いに戸惑う。

「そんなはずはありません、メリールゥ様は立派な補助神です!」

 しかし、ラーデスは俺達を見下した目で笑った。

「そんな神の名前など、聞いた事がない。火炙りだ、火炙りだ。ハハハ。ひっ立てろ!」

 ラーデスの合図とともに、獣人達は俺達の事を捕える。

「兄貴……!」

「中央神殿の神のリストを調べてもらえればわかります。貴方はきっと後悔する」

 兄貴は落ち着きを取り戻し、ラーデスを諭す。

「は、混血ごときが私に意見をするのか?」

「事実ですから」

「……連れて行け」

 兄貴と俺は獣人達に捕まり、中央神殿まで連れて行かれた。マントをかぶせてくれたのは不幸中の幸いだった。
 中央神殿の広場では、大きなキャンプファイヤーの準備をしていた。
 いいや、現実逃避はやめよう。あれは俺達を焼く準備だ。
 俺達は、木に括りつけられる。

『兄貴、どうする?』

『ギリギリ限界まで待ちましょう。ここで指名手配されたらどのみちこの体は使えなくなる。疑いが晴れるなら晴れた方が言い』

 ラーデスが俺達に向かって呪文を唱える。ラーデスの手から、大きな火球が現れて俺は息をのんだ。
 俺がテレポートを発動させようとして、兄貴がそれを制止した瞬間。

「待って下さい! 彼らには中央神殿より賞金が掛かっています!」

 兄貴の懺悔を聞いていた神官が、駆け寄ってきてラーデスから俺達を庇ってくれた。

「賞金だと? ならば、首を切り落とすか」

 神官は首を振る。

「違います。ドリスタン様もメリールゥ様も、今まで一人も信者を受け入れた事のない補助神であらせられます。お二人の授ける力など、わからない事も数多い。それを究明する為……」

 ラーデスは、つまらなそうに首を振った。

「ああ、わかったわかった。全く、久々の狩りが台無しだ。荷物を返してやれ。そして尋問を開始するんだ」

 俺と兄貴は息をついた。
 そうして、返してもらった服を着た俺達は、中央神殿の接客室へと案内された。
 紅茶のようなものをごちそうされ、俺は酷く喉が渇いている事に気付いた。香り高いそれを味わう暇もなく飲み下す。俺と違って、兄貴は優雅にお茶を口にした。

「いや、失礼をしました。こちらの勉強不足で……」

 神官が頭を下げ、兄貴はそれを笑って許した。

「わかってもらえればいいのです。こちらもあのままだと売り飛ばされていたに違いないのですから、助かりました。賞金まで頂けるそうで……」

『余計な事は喋るなよ?』

 兄貴は俺にメッセージを送り、俺はそれに頷いた。今までの状況は、全体チャットで皆に知らせてある。
 神官はほっとした顔を見せて言った。

「そう言って頂けるとこちらも気が楽になります。何故ドリスタン様とメリールゥ様をお選びになったのですか?」

 神官の質問に、俺は躊躇する。

『えーと、答えていいのか?』

『なんて答えるつもりですか?』

『正直に、名前が覚えやすそうで教義が気にいったからって』

 兄貴は、お茶に口をつけて時間を稼ぐ。そしてゴーサインを出した。

『わかりました。どうぞ』

「俺は、戦士系で、名前が覚えやすくて、教義が気にいったから」

 俺が答えると、神官は大いに驚いた。

「パッションがですか!? ……いやまあ、それは人の好き好きですが」

 すると、兄貴がそれに付け足す。

「僕も似たようなものです。魔術師系と言う違いはありますが」

「いやメリールゥ様の教義って言葉ですらありませんよね!?」

 そして、神官は気の抜けた顔をして体をへにょへにょさせる。

「これですよ!? メリールゥ様の教義こんなんなんですよ?」

 言い募る神官。そうか、楽しそうな教義なんだな。

「いやぁー……。それだけ肩の力を抜いて生きる事が出来るという事に、憧れたのですよ。こんな人がいたらぜひ調教したいと常々……いやなんでもありません」

 俺は兄貴の言葉に深く納得した。何か変な言葉が混じってたような気がするが、兄貴は真面目すぎると常々思っていたのだ。兄貴にとって自由とは憧れの物なのだろう。

「そ、そうですか……。それで、ルビスタルボックスは?」

「この首輪だ」

「このガーターリングです」

 俺達が指し示すと、神官は俺達に再度念押しした。

「ほんっとーーーーーーーーーに、後悔していないんですか?」

「何が?」

「何がですか?」

 俺達がきょとんとして聞くと、神官は深くため息をついた。

「では、覚えさせてもらった技をお教え下さい」

 神官の言葉に、兄貴は首を振った。

「それは困ります。新入り冒険者の僕達にとって、誰も知らない技があるというのは切り札になりえます」

「その為に、こちらも賞金を出しているのですよ」

 兄貴と神官は笑顔で睨みあった。
 そこに、バタバタと駆ける音がして、勢いよく戸が開いた。
 現れたのは、赤毛の可愛い人間の女の子だった。年は俺と同じくらいで、茶色の目を爛々と輝かせている。

「パパ! あのくそプライド高くて自分の種族が一番で他の種族は汚らわしいとすら思ってる竜人とエルフと汚らわしい獣人の混血で、血のつながった兄弟で、ホモ野郎で、女王様と犬で、オカマで、旅芸人で、新米冒険者で、邪神の信者で、前例がなくて、教義が糞ふざけている、人身売買されそうになった間抜け野郎の懺悔を聞いているって本当? 私も混ぜてよ! ずるいわ!」

 そんな愉快な人がいるのか。しかし、やっぱり神官も懺悔で噂話をしたり楽しんだりするのか。

「悪いけど、そんな奴はいないぜ。俺達はただ賞金について話しているだけだし」

 女の子は、俺と兄貴を交互に指差して声をあげる。

「獣人の体に竜人の翼! 犬! 竜人の肌にエルフの長耳! 女王様! やだやだ、ほんとに? きりきり事情を話しなさいよっ」

 女の子は俺に詰め寄る。

「これこれ、ラピス。落ち着きなさい。自分が何を言っているか、わかっているのかね?」

 兄貴は涼しい顔でお茶を飲み、淡々と告げた。

「僕達は冒険者です。冒険者の事情を聞くのはマナー違反ですよ」

「いいのよ、あたし、神官だから! さあ、きりきり懺悔しなさい!」

 ラピスは元気いっぱいに言い募る。困った子だが、さあさあと小さい体で詰め寄る様がとても可愛らしくて、俺は微笑ましく思う。

「さて、僕達はもう行きます。願わくば、今度こそ安全な宿と仕事を紹介して欲しいのですが。盗賊から盗まれたお金は返してもらいましたし、今までの情報料は宿と仕事の情報で支払ってもらうという事で手を打ちましょう。情報については、明かせるものから少しずつお渡しするという事で」

 そう兄貴が言い、俺も兄貴に続いて席を立った。
 ラピスはぱっと笑顔になって言った。

「あるわよ、仕事! あたし、これから魔物退治に行く予定なの。どうせこの辺での魔物退治、初めてなんでしょ? ここら辺の魔物がどれくらい強いか不安じゃない? あたしが守ってあげるわよ。あたしも情報収集にもなるし、人助けになるわ。もちろん、夜の見張りはあんた達がしてよ? それで……」

 ラピスは喋りながら、俺の手を引っ張る。強引だが、凄く可愛い。
 兄貴の方を目で伺うと、一つため息をついて頷いた。

『まあ、神殿との繋がりはこれで出来そうですか。当初の予定通りになったといえばなりましたね。過程が大いに違ったのは反省の余地がありますが』

 そうして兄貴も共に進む。俺は気になっていた事を聞いた。

『そういや、兄貴。どうして盗賊に捕まった時に落ち付いてられたんだ?』

『安全な宿が細道を通った先なんかにあるわけがないんですよ。それに、その指輪。恐らく……発信器機能がついてます。研究所に戻る時は外して行かないと。いや、リキがそのままテレポートしようとした時には焦りました』

 兄貴の言う事はよくわからなかった。俺は発信器のついているらしい指輪をそっと外し、ポケットに突っ込むのだった。








メリールゥの教義を文字で表すとこんな感じ。\(′▽`)ノ



[21005] 六話 初めての冒険
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/06 23:57




 ラピスと俺達は町の外へと出ると、ラピスについて道を歩いた。

「なあ、ラピスは何の神に仕えてるんだ?」

「ガルギルディン様よ!」

 ラピスは振りかえり、元気よく言い放った。

「あー、あのわけのわからない難しい教義の……」

 俺が思いだしながら言うと、ラピスは笑った。カラッとした笑顔に、俺は好感を持った。

「あはは。あんた馬鹿そうだしねぇ。一言で言うとね。教義は守護騎士かなぁ」

「守護騎士! 格好良いな」

「でしょー? あ、今日はここら辺で野宿だから」

 結界ギリギリの場所。平原のど真ん中で、そこだけ草が刈られている丸い空間を指し示し、ラピスは言う。
 なんでここだけ……ああ、そうか。背の高い草むらは、魔物の姿を隠してしまうんだ。

「じゃ、あたしは野宿の準備してあげるから、あんた達は草刈って」

 俺達は頷き、黙々と草むしりをした。草むしりをしながら、兄貴はラピスの方を伺う。

「何よ?」

 ラピスはじろりと兄貴を睨んだ。

「いえ、プロの冒険者の野宿の仕方を学んでおこうと思いまして」

「そっかぁ。うんうん、感心ねー。でも、草むしりは手を抜かないでよ?」

「もちろんです」

 そうか、俺もよく勉強しておこう。ラピスは鞄から、銀色に輝く箱を取り出した。
 その箱を円の中央に置き、開く。ラピスが長い長い呪文を唱えると、白い炎が噴き上がった。

「いよっし! これでこの炎の灯りの届く場所に魔物は近づけないわ。あんまり強い魔物には効果がないけどね! それは町の結界が防いでくれるはずよ」

 そして、ラピスは俺達を呼び、鞄の中から食事を取り出す。

「貴方達、食事は節約し過ぎちゃ駄目よ。戦闘の時、お腹が空いて戦えなくなったらどうしようもないわ。かといって食べすぎも駄目。今回は約一週間の旅になるから、よく覚えておいて。ま、その荷物一ヶ月分の食料はあると思うから、大丈夫だと思うけどね。あ、虫よけちゃんと塗っとくのよ?」

 俺達は真剣に頷く。
 そして、食事に手をつけた。
 寝るときはマントに包まって。見張りは二人で交代。ラピスは見張りのコツを教えてくれた。
 初めての野宿。虫の音が涼やかで、夜空はとても綺麗で。
 とてもいい夢が、見れそうだった。
 最初に俺が眠りにつき、兄貴に起こされて見張りにつく。
 起き上ると、全体チャットでの馬鹿話で眠気をごまかしながら過ごした。
 日が昇り始めると、ラピスは起こしてもいないのに目覚めた。

「ん。じゃあ、出発しますか。犬! そこの女王様を起こしてよ」

「僕は女王様じゃありませんってば」

 兄貴が起き上って砂埃を叩く。

「俺も犬じゃないぜ。大体、なんで女王様と犬なんだよ」

「そのガーターと首輪じゃねぇ……」

 ラピスは半眼になってルビスタルボックスを見つめる。

「ま、いいわ。食事にしましょ。水は大事に飲むのよ」

 朝食を済ませて町の外へ外へ向かって行くと、ちらほらと魔物が見え始めた。

「あの魔物を倒すのか?」

「まだまだここは数が少ないわ。あのね、今から行く場所は洞窟なの。魔界と繋がっていて、魔物が湧いてくるから、定期的に退治しないといけないのよ」

 俺達はそれに頷いた。
 洞窟が見える位に近づくと、なるほど、魔物がたくさんいた。

「あちゃあ。溜まっちゃってるわねぇ。ここら辺で狩るわよ」

「わかりました」

「わかった」

 俺と兄貴は、それぞれマラカスと扇を取り出して、戦いと言う名のダンスを踊り出す。
 ラピスの爆笑を演奏として。ところで俺らって、なんで笑われてんの?

「あはっあはっ……あんた達、何やってんの?」

 爆笑しながらラピスが聞く。明るい笑い声が、また可愛い。それに、笑い転げながらも迫りくる魔物をスパスパ切っている。見知らぬ男二人を連れていくと言うだけあって、かなり強いようだ。

「何って、戦っている、ほっわけだが、とうっ」

「その武器は何よ!?」

「何って、ドリステン様が下さった武器兼儀式の道具だ」

「あ……ありえないっ笑い死ぬ!」

 そして、ラピスはまた爆笑する。

「確かに、マラカスはコミカルかもしれませんねぇ……」

 踊るように周囲の魔物を切り裂きながら、兄貴が言う。

「扇も十分コミカルよっなんでそれで攻撃できるわけ!? そこらの安物の剣より良い材料と作りをしてんじゃない? ちょっと後で見せてよ!」

「それは構わないが……ほっ」

 周囲の魔物を駆逐するのに、一時間ほど掛かってしまった。
 俺達の武器を見て、ラピスは真剣な瞳で言う。

「これ、バラして売っていい?」

「駄目だよ」

「駄目です。神様より授かった初めての武器を売れとかアホですか」

「兄貴!」

 俺は兄貴を窘めるが、ラピスはあまり気にしていないらしく、残念そうな顔をした。

「それ、すっごく高価な材料よ。まあ、出ないとそんなふざけた形状の武器で魔物が倒せるわけじゃないけど。これは要報告……ね……」

 ラピスがばっと戦闘態勢を整える。

「あんた達、足手まといになるからすぐ逃げなさい」

「な、なんだ!?」

「洞窟の外に、こんな強力な魔物が出てくるなんてめったにないのに……トロールよ!」

「ラピスも逃げよう!」

「駄目。あいつ結構速いの。心配しないで。トロールごとき、以前も倒した事があるから。……前は、10人がかりだったけど」

 ラピスは、自分を犠牲に俺達を逃がす気だ。それが俺にはわかった。

「ラピス……ドリステン様の教義は、パッションだ。俺のパッションは、ラピスを守れと言っている!」

 俺はマラカスをしっかりと握り、トロールに殴りかかった。
 トロールも棍棒を振る。真っ向からの力と力の対決。
 一瞬の間を持って、俺は吹き飛ばされた。

「馬鹿! リキ!」

 ラピスが剣でトロールに切りかかる。うまく力を受け流しつつ戦っているが、ダメージを受けないのが精いっぱいと言う所。
 駄目だ、俺じゃあのスピードについていけない。
 十合交わして、ラピスが同じくトロールに殴られ吹き飛ばされた。
 俺みたいに頑丈じゃないラピスは、口から血を流している。
 俺に出来る事……。俺は、マラカスを思いっきり振った。情熱的に。全てを忘れて。
 そして心から叫ぶ。

「パッション!」

 ラピスの傷が癒えていくのが感覚でわかる。でも、全然足りない。ならば何度も踊るまで!

「パッション!」

 トロールが、俺達に近づいてくる。く……!

「仕方ありませんねぇ……。こんなに早く切り札を使う事になろうとは」

 扇を畳んで、兄貴が言う。扇が、俺にもわかるほど魔力を凝縮させていく。
 兄貴が、呪文を唱えた。

「もう! どうにでもなーれ!」

 兄貴が良い笑顔で扇を振り抜いた。トロールがそれに吹き飛ばされ、洞窟の上の辺りにビタンっと張り付いて、ずり落ちる。轟音と共に落ちたトロールの死体は、ゆっくりと消えて行った。そして、大量の蒼いクリスタルに変わる。
 兄貴は悠々と足を出し、クリスタルを吸収する。
 俺はその後も踊りつづけ、ラピスを完全に癒した。
 ラピスは、口をパクパクとさせる。

「犬! か、回復呪文なんて使えたの? しかも見たとこ、仲間選択式の範囲回復だったわ! 威力は弱いけど、こんなにたくさん使えるなんて……! あんた総MPいくつなのよ!? 消費MPはいくつ!?」

「ちょっと待ってくれ」

 俺は情熱を込めてマラカスを振り、ドリステン様と繋がった。

「ドリステン様! MPってなんだ?」

『あー、MPね、MP。設定し忘れちまったい……ワシうっかり。こりゃまたメリールゥに笑われ……笑われ……なんだ、お前も忘れたのか。確か、特技ならMPを使わなくても問題なかったんだったか? あ。そうそうレベルアップな。とりあえず力をあげておけば文句はなかろう。それと、補助呪文の素を買ってきたから覚えさせてやる。呪文はパッションで、やりかたは儀式と同じ。効果は全ステータスアップ……主、主神様!? なぜそのように怒っておられるのですか!? ぎゃー!』

 俺はそれを聞いてしょんぼりした。なにやら、ドリステン様が怒られているらしい。神様が困っていると、俺も悲しい。

「ねぇ、なんだって?」

 ラピスが急かすので、俺は答えた。

「MPは設定し忘れたって。そんな事より、ドリステン様が主神様に怒られてるみたいだ……」

 それを聞いて、今度こそラピスは驚いた。

「MP設定し忘れって……もしかして、無いって事!? 回復呪文が!?」

「おやおや、リキ。そういう事は黙っておくものですよ。まだ利用できたかもしれないのに……。お陰で、せっかくレベルアップしたのに今回は呪文無しです。その代り、トロールを倒したご褒美の防具は貰えましたが」

 兄貴は、ひらひらの布地を持って言った。

「ごめん、兄貴」

「そんなひらひらの服が防具ってへぼ……待って!」

 ラピスは布地を見て、目を丸くした。

「こ、これは最高級のダークスネークの皮で作った服!」

「メリールゥ様のもう着なくなった安物の服だそうです」

「神々の服なの!?」

 ラピスはその服をばっと広げた。
 片足を激しく露出させた、黒を基調とした服だった。そしてデザインが激しくアレである。

「女物なのが唯一の問題ですね……。まあ良いか。こういうささやかな抵抗も楽しいものです。ふふふ……」

「鞭とか持ったら凄く似合いそうだな!」

 俺が言うと、兄貴はニコリと笑って言った。

「次に貰える武器は鞭だ馬鹿―! だそうです」

「そっかー。良かったな、兄貴」

「ええ、そうですね」

 一方ラピスは、バンバンと大地を叩いていた。

「笑っていいやら泣いていいやら……! 素材は良いのに! 素材は良いのに! いろんな意味で素材は良いのに! 色んな意味で台無し……!」

 とにかく、俺達の初めての冒険は終わった。
 これを機に、ようやく仲間達は安心し、出発する事になる。



[21005] 七話 冒険報告
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/01/24 00:16

 神殿に戻ると、俺達は真っ直ぐ中央神殿に向かった。無論、神々に初めての冒険を報告する為だ。見守って頂いていたじゃないかというなかれ。その場で見守ってもらうのと、報告書を読んだのではまた違うのだ。こんなに成長しましたよ! という所を見せるのである。
 俺達が行くと、何故かラーデスが……こう……まるで、主神様の様に、主神神殿の立派な椅子に座ってどどんっと控えていた。ラピスは思わず歩みを止める。それは恐怖からではない。ラピスの顔が驚きに撃たれたのを見て、それが恋情ではない事に最大限感謝する。

「来たな、混血」

 ごごごごと擬音がしそうなほどの威圧感をさせていたラーデスが、軽く噴き出した。
そしてふるふると震えながらこめかみを抑える。そこに、スタスタと兄貴は歩いていく。まるで吠える直前のライオンに向かって駆け寄る猫のようだ。兄貴は、時々凄いと思う。

「久しぶりです、純血様」

 にこりと兄貴が笑うと、ラーデスは更に眉を顰め、手招いて兄貴の襟首を絞めあげた。

「竜族との混血だと言うだけでも忌々しいのに、その女装か。貴様は。どこの氏族の物だ」

 ハッとするほどの美貌と顔半分の火傷が、その威嚇に迫力を与えていた。
 氏族? そして俺は思いだす。エルフは誰の氏族と、獣人はどこの群れと称する。

「もはや僕には関係の無い事ですね。それより、これから懺悔をするのですが、ラーデス様が聞いて下さるのですか? 出来れば他の者に懺悔を聞かれたくないのですが、個室はありますか?」

「そうだろうな、お前達のような面汚しを氏族に置いておくとは思えない。そして混血ごときに用意する個室も無い。さあ、さっさと懺悔をしろ」

 俺とラピス、そして兄貴はそれぞれラーデスに跪き、冒険の事を語って聞かせた。
 それは良いんだが、ラピス、ホモでオカマで女王様と犬と何度も大声で繰り返すのはやめてくれ。なんか人がさわさわとざわめいて集まってきているじゃないか。

「お前達、主神様に向かって嘘偽りを言うつもりか」

 きりりと、怖い顔で睨んでくるラーデス。

「ほら、ラピスが俺達の事をホモとかオカマとか女王様と犬とか言うから、ラーデスが怒っているじゃないか」

「それは真実だろう」

 俺がラピスを突っつくと、目をつむってラーデスは言い放った。
 そして、カッと目を見開き俺を剣で指し示す。

「貴様のような筋肉馬鹿に、しかも野宿も知らなかったような若造に、神聖なる回復魔法が使えるはずがない!」

 そして、ガッと兄貴の手の甲を刺し貫いた。

「ハハハ! 誠だと言うなら、癒して見せろ!」

「兄貴!」

 俺はほとんど発作的に唸り声をあげて兄貴を庇った。
 兄貴は痛そうに手を抑えながらも、声を低めて言う。

「いいから、ラーデス様の言う通りに」

「けど兄貴!」

 兄貴を傷つけられて、黙っていられるはずがない。ラーデスはもちろん、恐ろしいが、不良にだって守らねばならないプライドがあるのだ。

「いいから早くなさい。傷が痛い」

 俺はぐっと黙り、ラーデスを睨んだ後、儀式の舞いを踊った。
 ザカザカザカ。どうして、ラーデスはこんな事をするのだろう。

『あー。ぺったん嬢は色々あったらしいからなぁ』

「ぺったん嬢!? 女だったのか!? 声低くて背が高くて胸も無いのに!?」

 ドリステン様の声に俺が驚くと、空気が変わった。ぺったん嬢……どうみても男だが、神様が言うからには女……その名をラーデス……が極寒の空気をばら撒き始めたのだ。俺、死んだ。女の子に今の言葉は無い。

「ふふん。私を罵ろうとも無駄だ。私は女を捨てた身。それはむしろ誉となる。ハハハ。褒められて気分が良い。お前は特別に私のワインへと変えてやる、血袋め」

 そう言い放ち、滑らかに呪文を唱えるラーデス。

「お待ち下さい、ラーデス様! 犬はきちんと躾けておきますから……!」

「お怒りを鎮めてください、レディ。私の舞いをお見せしましょう」

 ラピスが前に出て、傷を布で縛った兄貴が舞いを踊り始める。

「ふざけているのか!?」

 なんて理不尽に怒るんだ、ぺったん嬢、いやラーデス。そこで俺はドリステン様の言葉を思い出す。ぺったん嬢は色々あった。酷い火傷。突き放すような言葉。躊躇なしに攻撃する所。きっと色々なドラマがあり、その上にぺったん嬢、いやラーデスがいるのだろう。
 俺の意識が集中されていく。癒すのは兄貴だけではない。ぺったん嬢の心を癒すのだ。
 ラーデスの手から火球が放たれる。

「もう! どうにでも! なーれ!」

 兄貴が、それを撃ち返して神殿の外に上手く飛ばす。
 そして、俺は高らかに謳った。

「パッション!」

 その響きに、ぺったん嬢……ラーデスが一瞬、呆れたような目をする。
 俺と兄貴は舞い続けた。

「パッション!」

 この想いは癒しとなり。

「パッション!」

 ぺったん嬢、ラーデスへと降り注ぐだろう。

「パッション!」

 届け、俺の想いよ。

「パッション!」

 そうしてぺったん嬢、ラーデスの傷へと降り注ぎ。

「パッション!」

 その傷を埋めてゆけ。

「そして素敵なレディになってくれ! ぺったん嬢!」

 パッション!
 あ、俺死んだ。
 背筋がぞっとするほど美しい美貌が、拳を振りかざす。
 その右ストレートは、過たずに俺をふっ飛ばし、兄貴は肩を竦めて首を振った。

「リキ、今のは貴方が悪いです」

「うん、俺も……げほっ……そう思う……」

 俺は咳込み、立つ事すら出来ずに答えた。兄貴が布を取ると、その傷は癒えている。
 しかし、それを兄貴が示す必要はなかった。
 何故なら、ぺったん嬢……うん、心の声が聞こえたらまずいからもう彼女をぺったん嬢というのはやめよう……ラーデスの顔から、火傷が綺麗に消え去って、エルフと比較してすら美しい顔を晒していたからだ。

「ラーデス様の火傷を癒した……?」

「馬鹿な、いくら回復呪文の重ね掛けとはいえ、遠い昔の傷跡を……?」

 さわさわと俺達を取り囲む人々がざわめく。
 ラーデスはその言葉を聞き、震えた手で火傷のあった場所を抑え、駆け去って行った。

「あーあ……。後で謝るのは、あたしなのよ?」

「お手数をおかけします、ラピス」

 深々と兄貴が謝る。俺はまだ立てなかった。

「ま、良いわ。ラーデス様の普段見れない顔を見れたし。やっぱエルフって美形だわー。なかでもラーデス様は絶品ね。火傷があった時は、もちろんそう見えなかったけど。あんな綺麗な生き物がこの世に存在するなんてちょっと信じられないわよね」

「ラピスの方が可愛い」

 俺が間髪いれずに答えると、ラピスは驚いた顔をした後、半眼で俺を見た。

「あんた、本当に節操がないのね。まるで犬! 睦言を囁くなら、せめて竜人か獣人にしなさいよ。ま、いいわ。報告終わったし、ついてきなさい。食事つきの宿を紹介してあげる」

 俺と兄貴はラピスを追う。ラピスはその場にいた神官から依頼料を貰い、分配すると、そのまま神殿から少し離れた立派な宿屋へと向かった。

「こいつら、馬鹿で混血で兄弟でおかまでホモで女王様と犬だけど中央神殿の大事な客だから、気をつけてやってよ。そうそう、こいつらの儀式五月蠅いから、よろしくね。あんたらも、夜中に祈りを捧げちゃ駄目よ?」

 ラピスが、気の良さそうな恰幅のいい男に向かって俺達を押しだす。

「兄弟だと言う事以外、全てでたらめだから信じないでくれ」

「馬鹿ですね、リキ。馬鹿と混血と兄弟と中央神殿という事だけが本当ですから、ホモと女王様と犬は信じてはいけませんよ?」

 俺と兄貴が言うと、ラピスは笑って答える。

「馬鹿なのを否定しないのは褒めてあげるわ。じゃあ、また明日にでも来るから」

 それを兄貴は遮る。

「待って下さい。僕達もこの町に来たばかりで、観光も終えていません。必ず近いうちにそちらの神殿に顔を出すので、しばらくゆっくりさせてもらえませんか」

 それに、ラピスは長い赤毛をくるくる巻いて考えた。

「いいわ。早く神殿に顔を出しなさいよ!」

 そういって、ラピスはブンブンと腕を振って去って行った。
 宿は、神官たちの使うものらしく……そういえば、ここの冒険者は全員なんらかの神の信者だった……二つのベッドと、その間の広いスペースに祭壇があった。
 祭壇を前にして、交互に儀式が出来るわけだ。
 良い部屋を紹介してもらった。俺は早速荷物を降ろそうとするが、逆に兄貴は纏めていた。

「兄貴……?」

「リキ、指輪を置いて。そろそろ一週間です。向こうに一度戻りますよ」

 あ、そうか! 向こうの体が持たない! 俺は慌てて荷物をまとめた。

「だから、指輪をまず置きなさい」

 兄貴はそう言って、砂時計を出す。砂はあと少し余裕がある。俺は三十分くらいかけて広げた荷物を纏め、そうして俺達はテレポートした。
戻った先は自室だった。俺は急いで一番ポッドに入る。
 すると、ポッドの中に液体が満ちて、気がつけば俺は現実世界のポッドの中で目を覚ましていた。
 本物のようにリアルなゲームだった。
 ずっと同じ姿勢でいた為、体が強張っている。まるで死後硬直のようだと、俺はぞっとして、まず外に出てシャワーを浴び、体を動かす事にした。
 うーんと伸びをすると、骨が音を立てる。
 俺は立ち上がって、部屋の外へと向かった。時計は、午後7時を指示していた。



[21005] 八話 贈り物
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/01/24 22:48




 父は、めった刺しにされて死んだ。母は、その命を代価として私を守る結界を作った。
 ごうごうと燃える炎。あんなにも美しかった森が燃えていく。燃えていく。燃えていく。
 醜く笑うのはゴブリン魔将軍。そう、父はゴブリンごときに負けた。その圧倒的な数に敗北した。じりじりと増えていく傷に、敗北した。どれほど口惜しかった事だろう。どれほど苦しかっただろう。少しずつ、少しずつ追い詰められていく苦痛。

「お父様! お母様!」

 私の周りで死んでいく、私と同い年の友達達。母の結界が守るのはただ一人だけ。
 涙が後から零れおちて来て、私は血が出るほどに結界を叩いた。
 ああ、全てが燃やしつくされていく。誰か、この炎を止めて。
 祈りもむなしく、炎は全てを食らいつくす。そして、ラーデスは誓った。
 必ずゴブリン魔将軍の首を手に入れる。その時まで、女は捨てると。
 決意と同時に、気付いた。これは悪夢。あの日以来、毎日のように見る悪夢だ。
 この手はあまりにも小さく、野望が達成されるまでの道は遠く険しい。とてもあの数を突破する事は……。

「パッション!」

 そこへ、声と共にマラカスが振って来た。

「パッション!」

 マラカスの雨。マラカスが全ての風景を埋めていく。

「パッション!」

 ザカザカザカ。ザカザカザカ。ザカッザカ。ひらりひら。ひらっひら。
 あるいはリズミカルにマラカスを鳴らして、あるいは優雅に扇を振りまわし。
 目の前であの忌まわしい混血が舞っていた。

「そして素敵なレディになってくれ! ぺったん嬢!」

 犬の混血が言い、オカマの混血がふっと鼻で笑った。

「おのれ、愚弄するか!」

 そこでラーデスは目が覚める。ラーデスは知らない。これから、悪夢を見るたびに、その夢がマラカスで埋まる事になる事を。
 その頃、天界ではドリステンがいい汗を掻いていた。

















 部屋の外に出るとすぐに気付いたのは、いい匂い。食事の入った鍋や箱が出してあり、食器が机の上に置かれていた。鍋からはまだ湯気が立っている。とても気を引かれるが、まずはシャワーだ。
 強張った体を解しながら熱いシャワーを浴びていると、シャワー室に何人か入って来た。やはり、食事よりもシャワーを優先したらしい。しかし、一様に動きはぎこちない。備え付けの高級そうな石鹸やシャンプー、リンスをふんだんに使ってさっぱりする。腕を洗っていると、何か、片腕に何かに噛まれたような赤い跡がついていた。蚊にでも刺されたかな? 覚えがない。俺は自分の浴びているシャワーの蛇口を閉めて次の奴に順番を譲る。そして、用意された病院服っぽい物に着替えて、ちょっと空いたスペースで柔軟体操を始めた。
 柔軟体操を終えて、まだ兄貴が出てこない事に気づき、俺は不安になる。
 嫌な予感を振りきるように兄貴の部屋の扉を……どこだっけ!? 一週間も前の事を覚えているわけがない。
 仕方ないので俺は片っ端からドアを叩いて回った。この小部屋には、鍵がついているので勝手に開ける事は出来ない。
 兄貴は六番の部屋の中で、柔軟体操をしていたらしい。それに俺は胸をなでおろす。

「心配したじゃないか。早く出て来いよ、兄貴」

「それはすみませんでした。軽く体を動かせるようになってからシャワーを浴びようかと思っていたのですよ」

 兄貴はゆったりとシャワー室に出かける。その動きにぎこちなさは無かった。兄貴の指に切れたような赤い線を見つけ、俺は首を傾げる。何か、紙で切ったのかな?
 なんとなく、食事は全員が揃うのを待った。机の上ではなく、開いたスペースに円になって、食器を床に置いて食べる。
 ほかほかと湯気をあげるスープにパン。肉。サラダに果物。健康的な料理だ。

「あの後、皆町に出たのでしょう? どうなりました?」

 兄貴の質問に、皆が口々に答える。

「混血は目立つみたいだな」

「能力に関しては混血の方がいいみたいだよ。……ブレンドにもよるけど。なんとなく混血の方が丈夫そうな感じはする」

「差別か能力かだな……。二人目も並行して操れればいいけど」

 そうやって情報収集に必死になっている時、俺の一言で空気は凍った。

「でもあれ、本物みたいだよな」

 その言葉に、互いに顔を見合わせ、全員が押し黙る。そこで兄貴が、俺の服にジュースをこぼした。

「すみません、力! 大丈夫ですか!?」

 兄貴は急いで俺から服を剥ぎ、そして俺の右腕を凝視した。

「ああ、多分蚊だと思うけど、へんな噛まれ方したよな」

「……やはり、ですか。現実だろうと、ゲームだろうと、結果は同じ……」

 呟いた兄貴の言葉に、皆がびくっとする。

「どういう事だ?」

 兄貴は、にっこりと笑って言った。

「現実だろうと、ゲームだろうと、ラピスが可愛いと言う結果は変わらないと言う事ですよ」

 その言葉に、俺は大いに慌てた。

「ちょっ兄貴! 兄貴は巫女さん狙いだろ!?」

 そこに、新たなるライバル登場。

「なあ、ラピスってどんな子なんだ?」

 初日、俺に絡んできた不良っぽい奴が興味津々で聞いてくる。

「見たいですか?」

 がしゅっと音がして、重い扉が開き、霧島が入って来た。

「勉さん、力さん、貴方方は非常にいいデータをはじき出しています。巫女アリスも期待していますよ」

「本当ですか!?」

 兄貴の注目は一瞬にして霧島に移る。それを見て、俺はほっとした。
 霧島は胡散臭い笑みを浮かべ、俺の部屋へと向かった。

「良い物を見せてあげましょう」

 ぞろぞろとついてくる人達。そして、霧島はパソコンを立ち上げ、操作した。
 すると、ゲームの中で俺の見ていた物が映し出される。

「ゲーム内でシークレットページに書きこむ事は出来ません。その代り、映像を録画する事は出来ます。それを後でシークレットページにプリントアウトする事もね。それと、朝9時には必ずカプセルに入って下さい。現実へ戻る時はいつ戻ろうと夜7時に目が覚めます。そして、次にカプセルに入った時の現地時間は朝にはいった日付の七日後になります」

 うん、さっぱりわからん。

「つまり、すぐに出ようとゆっくり出ようと変わらず、僕達は七日周期で現れると言う事ですね。交代で見張りとか、そう言った事も出来ない、と。そして、一日は向こうでの七日、と」

 霧島が大きく頷く。

「そういう事です。それと、プレイ中にわかったと思いますが、外観は重要です。そこで、カプセルのここのレバーを数字に合わせれば、そのヒーロードールに入る事が出来ます」

 兄貴がわかっているならいいや。兄貴の言っている事もわからないけど。
 あれ?でもレバーなんてあったっけ? 全く覚えていないが、まあいいや。霧島は説明を終えると、魔王を期間内に倒せば全員の報酬を倍、本拠地を落とされると半分にすると言って去って行った。報酬が倍!? ものすげーな。これはぜひともクリアしなければならない。クリアする為には、そして本拠地を落とさないようにする為には、やっぱりゲームのプロが必要だ。ここは小杉の出番だろ。
 俺は小杉のでっぷりした顔を思い浮かべる。

「そうだ、兄貴。小杉の奴が、プレイ日記を書きたいって言うんだ。このデータを送る方法教えてくれよ」

「構いませんよ。ついでに僕のも送りましょうか」

 兄貴はパソコンを操作して、小杉のアドレスに圧縮された動画データを送る。
 俺は早速テレビ電話で小杉に電話した。

「小杉。俺だ」

 小杉は画面の中でおどおどした顔をして俺に問いかける。その表情には若干の期待と不安が混じっていた。

『こ、小坂井君どうしたの、その服? 入院? まさか、ゲーム参加できなくなるから権利を僕に、なんて……』

「ゲーム会場。これ、制服みたいだ。これから朝9時から夜7時までずっとゲーム。お前のアドレスに動画送っておいたから、プレイのコツがあったら教えてくれよ。期間中にクリアできたらお前にもアドバイス料二万やるからさ」

『本当!? 今調べる! うわ、凄いデータ量だ。急いで纏めてアップしなきゃ。何やっていたか、メールで教えてよ』

「ああ。それは僕がやっておきます」

 兄貴がメールを打ちこむ。俺は小杉との電話を切り、親父とお袋にも電話を掛けてから、もう一回柔軟体操をしてから眠った。ゲームも本も好きじゃないし、ここじゃやる事は本当に少ないのだ。
 電話の音がして、目が覚める。いい匂いがしていた。俺は寝ぼけたまま電話を取る。

『小坂井君、おはよ……ふわぁ……とりあえず、作っておいたから、アドレス送るね……一晩まるまる掛けて編集したから、眠いや……』

 そして電話は切れた。俺が早速兄貴を呼びに部屋を出ると、兄貴はおんなじように頭良さそうな奴らと集まって、普通のノートに何事か書きこんでいる。一人が使っているのは、シークレットノートだ。既に食べた後のある食器が近くの箱の中に重ねて置かれている。

「おはよう、兄貴。小杉がアドレス送ったっていうんだけど、どうすればいい? お、今日はご飯に目玉焼きに味噌汁に魚に漬物か」

 兄貴は顔に掛かった髪をさっと払いのけて、微笑んだ。こういうふとした時の表情は本当に女っぽい。こっそり変な道に進まないか心配した時もあったほどである。しかし、もちろん、そんな心配は完全な杞憂だった。

「ああ、今、魔法の種類を纏めていたんですよ。小杉君にも送ろうと思いまして。今、アドレス出しますから、その間にリキはご飯食べちゃってください。今7時半ですから、後一時間半ですよ」

「おう」

 俺は急いでご飯を食べる。その間に兄貴はパソコンを立ち上げ、色々と操作をして、いきなり吹いた。

「なな、なんだ?」

 視線が兄貴に集まる。兄貴は黙って手招きした。
 そこにあったのは、ホームページ。
 「異世界勇者召喚計画プレイ日記」とでかでかと書かれたタイトルの両脇で、デフォルメされた向こうの世界の俺と兄貴が舞っていた。
 アクセスカウンターが、既に一万を回っている。
 動画や画像がふんだんに使われており、兄貴が送ったプレイ日記も載っている。
 備え付けられた掲示板には、既にコメントもついており、20を越した所で数えるのをやめた。
 内容もわからない事ばっかりだ。男の娘とか変態エルフ美味しいですとか、ぺったんぺったんつるぺったんとか力君お持ち帰りしたいですとかネタにしていいですかとか。でも、なんとなく良い言葉じゃない気がする。

「凄いですね、これ。よくもまあ、一晩でこんなものを……」

「凄いよな。あ、これクリックすると兄貴の周りに花が舞ってる」

「リキの周りはマラカスですね」

 皆で覗いていると、一時間なんてあっという間に立ってしまう。慌ててカプセルに入ると、意識を失った。
 次の瞬間、俺は水の中にいた。俺が気がつくと同時に、水が引いて行く。

「ごほっごほっ」

 やっぱり咳込むこの瞬間は辛い。しかも、服を着たままカプセルに入ったから服がびしょぬれだ。
 荷物から着替えを取り出し、着替えて部屋を出る。濡れた服は井戸で洗った。澄んだ水が冷たくて、まるで現実のようだ。綺麗に洗ったら、堅く絞って乾かす。そうやっているのは俺だけじゃなくて、井戸には列が出来た。
 兄貴は俺を待っている間、マルゴー爺に呼ばれ、何事か話している。当然、失敗はしていないと言うわけだ。俺がようやく服を乾かして兄貴の傍に行くと、兄貴は満面の笑みで俺に宣言した。

「リキ、僕は決めました」

「なんだ?」

「手始めに、巫女アリスに魔将軍の首を捧げます! 彼女は誕生日プレゼントにそれが欲しいそうなんです!」

 俺、誕生日プレゼントに生首欲しがる女は嫌だな……。ゲームの設定って奴なんだろうけど……。そんな俺の不安を感じ取ったのか、兄貴は安心させるように言った。

「大丈夫ですよ。首は僕がこの手で刈り取りますから、リキの手は借りません。でも、倒すのは手伝って下さいね」

 ならいいか。

「まあ、俺は喧嘩だけは得意だからな」

 その後、俺達は転送した。
 起きたばかりだが、現地時間じゃもう夜だ。俺達はすぐにベッドに逆戻りする羽目になった。
 そして、朝。食事を食べ、俺達は早速神殿へと向か……う前に、観光に出かけた。

「いい加減、観光してぇ! 兄貴が巫女アリスに贈り物するなら、俺もラピスに何か贈りてぇ」

 そう、俺が我儘を言ったからだ。そして、巫女アリスへのプレゼントを入れる箱探しをしながら、あちこち見て回った。活気があって良い町だと思う。
 兄貴は箱にもかなりの力を入れるつもりらしく、色々迷った挙句良さそうな町に入った。俺はラピスに可愛いペンダントを買ったが、入れ物は買った店で貰った小さな布袋である。正直、あまり差をつけないでほしい。俺のプレゼントがみすぼらしく見えるから。

「すみません、この店で一番立派な箱はありますか? この世で最も麗しいレディへの貢物を入れるのですよ」

「箱? すみませんが、お坊……お嬢さん、どれぐらいの大きさの?」

 魔将軍の顔ってどれぐらいの大きさだろう。
 俺は「思いだす」。すると、何人かのデータや伝承が浮かび上がった。どうやら、ドラゴン以外は人とそれほど変わりがないらしい。
 兄貴が箱の大きさを説明する。

「で、何をプレゼントするか聞いてもよろしいですか?」

「坊ちゃんで構いませんよ。入れる予定なのは魔将軍の生首です。ここの近場ではゴブリン魔将軍でしょうか」

 にっこり笑う兄貴。止まる空気。うん、俺も生首プレゼントするって言われたら怖い。

「ラララ、ラーデス様に春が!?」

「坊ちゃ……いや、お嬢さん、無謀です! ゴブリンだからって甘く見ちゃいけません。奴も魔将軍ですから! 確かに、火傷の治ったラーデス様の美しさは比類ないですが……」

 お店の人達は急に慌てだした。ラーデスがここでどうして出てくるのか、俺にはわからない。

「坊ちゃんで構いません。そして、どこは話がかみ合っていない気がします。で、箱はあるんですか。いくらしますか」

「お嬢さんが首をもし本当に持ってきたならば、無料で差し上げます」

「そうですか。女の子らしい、それでいて大人びたラッピングでお願いしますよ」

「お安いご用です」

 そして、買い物を終えた俺達は宿に戻り、神殿に向かった。
 俺達はドリステン様とメリールゥ様に祈り、愛しい人の為にプレゼントを取りに行く事を報告した。
 そこへ、ラピスが走ってやってくる。

「あたしも行く!」

 俺と兄貴は目をぱちくりさせた。

「だって、認めたくないけど、なんかムカつくもの。どうでもいいはずなのに、ムカつくんだもの。貴方達に命を助けられたんだし、あたしも行く! 逃げ道ぐらいは確保してあげるわ」

 俺はラピスをみると、早速ポケットを漁ってペンダントを取り出した。

「ラピス、これ。俺からのプレゼント」

 それを視界に入れて、ラピスは目を見開く。

「……あたしに? そ、そっか。プレゼントをあげたいってのはツトムの方か。ま、まあいいわ。ついてったげる」

 いよっし! 脈がある感じだ! 俺はガッツポーズをとり、ペンダントをラピスにつけてやった。
 ゴブリン魔将軍の本拠地は、守りの森跡にあると言う。
 片道約一週間。ついたら、ラピスをしばらくの間ごまかさねばならないだろう。俺達は十分な準備をして、翌日出立した。
 通り道に、ラーデスが立ち塞がっていた。一軍を引き連れて。

「……。プレゼント、お前が本当に用意できるのならば受け取ってやろう。しかし、じっと待っているのは性に合わん。貴様らごとき混血に出来る事でもない。だが、しかし。私の精鋭と、ドリステン様の加護である無消費範囲回復魔法さえあれば、あるいは……。メリールゥ様の加護である魔力を武器に込めた一撃も目を見張るものがあったしな。掛けて見ても良かろう」

 よくわからないが、わかった事がたった一つある。ごまかす人数が爆発的に増えた。

「まさか……いや、まさかそんな生首を欲しがる人間が他にいるはずは……」

 そして兄貴も、よくわからない事を口走っていた。
 とにかく、俺達の魔王退治の旅は、ここから始まったのだった。



[21005] 九話 愛こそ全て
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/30 21:51
 兄貴がピリピリしています……。
 ラーデスもピリピリしています……。
 軍隊の皆さんが、厳しい目で兄貴を見ています……。
 なんだ、この空気。
 途中、何度かゴブリンと戦闘したが、パッション(全ステータスアップ)とパッション(回復)で事無きを得た。
 兄貴も良く戦っているが、やはり後衛なのに手軽く使える呪文が無いのはきついらしい。
 何度かラーデスが兄貴のピンチを救う場面があったが、何かそんな事がある度に空気の微妙さが加速する。

「くぅ、さすが戦時。予想もつかないフラグが……」

 などと言っているが、訳がわからない。
 それはともかく、目的地が近い今、ラーデスに言わなければならない事がある。

「ラーデス。向こうに行ったら一日時間が欲しい。俺ら、一週間ごとに一日休まないと駄目なんだ」

 兄貴がぎゅっと足を踏む。

「痛い、痛いよ兄貴!」

「リキ……弱みを軽々と人に話すとはいい度胸ですね……」

 兄貴が怖い。こういう時、整っている顔は迫力でるんだ。

「何よ、あんた達、どっか悪いの?」

 ラピスが心配そうに俺を見つめる。おお、俺心配されてる。感動だ。

「生まれつき、少しね。詳しくは話したくありません。一週間に一日時間をもらえれば通常通りに動けるので、問題はないですよ」

「しかし、それは冒険者としては致命的ではないか? やはり汚らわしい混血ともなると、問題も出るのか」

「普段は純血よりも頑丈なんですがねー」

 ラーデスは、しばし考え込む。

「ならば、その一日、この私が守ってやる。有難く思うが良い」

 若干、ラーデスの顔が赤い気がする。兄貴はぎこちなく微笑んだ。
 しばらくして、守りの森が見える。
 そこで、俺達は休憩を取る事にした。ちょうど一週間だ。

「僕とリキは、弱っている所を見られたくないので失礼しますよ。一日したら必ず戻ってきますが、万一戻るのが遅れたらひとまず撤退してください」

 そして俺と兄貴は、人目のつかない場所へと行き、テレポートした。
 恙無く、現実へと戻る。
 昨日のようにゆっくりとシャワーを浴び、ストレッチを行い、食事をして、兄貴にデータを送ってもらう。
 その後、皆でそれぞれの冒険を話しあった。
 やっぱり、注目を浴びるのは俺達の様子だ。

「一番弱い魔将軍が近くにいるなんて、運がいいよなぁ」

「あれって、再ポップはしないんだよな、やっぱ」

「能力との相性もあるから、俺らが行ったって駄目だろ」

「ペッタン嬢テラ羨ましすぎ。超可愛いよな、ツンデレって感じで」

 なんだよ、ラピスだって可愛いんだぞ。でも、そんな事を言うとライバルが増えるので言わない。

「で、プレゼント、ペッタン嬢と巫女さんとどっちにやるの?」

「リキにやる振りをしてお茶を濁そうかと」

「えー。そしたら俺、ラーデスに渡すぜ。きもいもん、首なんて」

 俺と兄貴の言葉に、周囲は固まる。
 その後、お調子者っぽい奴がよよよ、と泣き真似をした。

「酷いっラピス泣いちゃう! やっぱりリキはペッタン嬢の事が好きなのね! しかもその為に実の兄でオカマでホモのツトムまで誑かすなんて最低よ!」

「惨いっついに白馬の王子様が現れたと思ったら、あっさりプレゼントを弟に渡しただと!? 私の魅力は獣人の混血などに劣るのか!? 同情でプレゼントを貰ったとて、全く嬉しくないわ!」

「あいつらマジでホモなうえに、ラーデス様と皆のアイドルラピスちゃんを弄んだ……だと……」

「ざわ……ざわ……」

 皆の小芝居に、俺と兄貴の顔色はどんどん蒼くなっていく。

「ご、誤解だラピス!」

「そんな、巫女アリスになんと申し開きすれば!」

 すると、皆はげらげらと笑った。でもなぜか、皆がほっとしたような、緊張が解けたような、そんな安堵も感じていた。

「まあまあ、まだペッタン嬢のフラグは決まったわけじゃないんだし。そしたら、しっかり断れよ? 巫女アリスの為にな」

 兄貴は頷く。兄貴が嫌だって言っても、きちんとはっきりさせるからな!

「いーよな、お前ら、お気楽で。俺、盗賊にあっちゃってさー」

 軽く言われた言葉。でも、声は震えていた。

「俺、馬鹿だから護衛依頼受けちゃって。それが可愛い女の子なんだ。俺が逃げたら、この子が酷い目に会う。でも、俺、どうしても相手を刺せなくて。もう、女の子抱えて超ダッシュ。でさ、他のキャラバンにあって、戦闘になって、それで、キャラバンに怪我人でてやんの。すっげ痛そうでさ。重傷って奴? 俺、何も出来なくて。本当に、何も……凄い、怒られて……」

 俺は思わず何も言えなくなって、そいつを見た。

「盗賊なんて刺せばいいのに。例え盗賊じゃなくても、二、三人殺したくらいでBANされませんよ」

 兄貴は何言ってんのこいつ? という感じに言った。
 全員がショックで呆然とした顔でこちらを見る。

「あ、兄貴!?」

「だってゲームでNPCじゃないですか」

「あーまあ、確かに」

 納得した。

「だってよ、とてもゲームとは……」

 なおも言い募るそいつの肩を掴み、兄貴は良い笑顔になった。

「何があってもこっちの警察には捕まりません。それが全てです。それでもどうしても殺すのが嫌なら、両手両足切り飛ばせばそれで済むでしょう」

「お前の強さの理由が知りてぇ……いや、知りたくないです、ごめんなさい」

 不良っぽい奴が素直に兄貴に謝った。
 俺もこんなにも兄貴が強かったなんて知らなかった。愛は人を強くするという事なのだろうか。そうだな、ラピスの為なら俺も盗賊ぐらいやっつけられるようにならないとな。
 そして、夜遅くまで話し込んだ俺達は就寝する。
 でもなんか、散歩ぐらいはしたいよな。多分体、一か月で凄くなまっていくんだろうな。テストプレイヤーって辛い。
 次の日の朝、俺達は早速ゲームの中に入った。
 ゲームの中に入ると、最初に来たみたいな真っ白な場所に巫女アリスが佇んでいた。俺と兄貴と、巫女アリスだけ。おおっ兄貴、脈あるんじゃねぇの?

「ツトム様……私は、女の子を泣かせない人が好きです。頑張ってください」

 兄貴の手を握って、巫女アリスが言う。

「巫女アリス、貴方の願いなら、私はこの身を賭けてお守りしましょう」

 兄貴が、陶然とした顔で言う。
 しかしっ俺はびしびしと感じ取っていた。こいつ、生首欲しがるし、めちゃくちゃ貢がせるタイプの面倒な女だと!
 あ、兄貴、あんなタイプの女が好きなのか……。俺は嫌だなぁ。
 でも、内容がゲーム関係で良かったのかもしれない。あーしかし、ゲームが終わったらリアルで付き合うんだよな……。
 速攻で車の免許取らせて送り迎えさせるとか普通にありそうだ……。
 本当に付き合いそうになったら、弟として少し話しあおう。今はまだいい。だって本当に付き合うかどうかわからないんだし。巫女アリス、美人だもんな。
 そして俺達は無事ログインし、それから元の場所にテレポートした。
 戦いの気配。
 急いで俺達は駆けつける。
 そこには、ゴブリンの大群と戦っているラーデス達がいた。

「悪いっ加勢する!」

 俺が叫ぶと、ラーデスは数匹のゴブリンをこんがりと焼きながら叫ぶ。

「遅いぞ、混血共!」

「無事だったんだ、よかったぁ!」

 ああ、ラピス。やっぱり女の子はこうなのがいいよな。俺は世界にラピス一人がいればいいや。
 そして俺は、軍の中に飛び込み、守ってもらいながら叫ぶ。

「パッション!」

 癒えよ、癒えよ。

「パッション!」

 俺の前に、いかなる傷も許さない。

「パッション!」

 何故なら、俺にはドリステン様がついているのだから!

『いやー、そこまで頼りにされても困るんじゃが。いきなりゴブリン魔将軍って……主神様―。これだと死なせてもしょうがなかろー? わーいお役御免じゃー』

 ドリステン様のお言葉を聞くだけで元気が出てくる。これが狂信者って奴なのか?
 俺はついでに、兄貴の方を見た。美しく舞う兄貴。
 しかし、もうどうにでもなーれは大きな隙が出来る為、多人数と戦う時は使えない。元々兄貴は、後衛よりのスペックだ。兄貴は、舞う。舞う。舞う。
 その舞いは的確にゴブリンの首を裂いていく。……大丈夫そうだ。
 もしかして、兄貴の方が強い?
 いかんいかん。情熱を込めて舞う事に集中しないと。
 ゴブリンの群れの退治は、信じられない事に丸一日掛かった。
 俺の呪文効果が無ければ、とっくに負けていたと思う。

「混血が、そこそこ役に立つようだな」

 息を切らせて言うラーデスの服は、既にボロボロだった。

「ラーデスさん、服を交換しますか?」

 けろっとして兄貴が問う。

「誰が貴様の服なんて着るというのだ! ふざけるな!」

「でも、女性が肌を見せるのは良くないのでは? この服、割と丈夫ですよ?」

 ラーデスは、半眼で兄貴を見た。
 言葉通り、兄貴の服は傷一つついていない事に、ラーデスは眉を顰める。

「ラーデス様、デザインはちょっと高度すぎて私達には毒ですが、神様の服ですし。私だとサイズが合いませんし、ラーデス様の服は男物でしょう? 丁度いいですよ」

 ラピスは凄く気のきく女性だと思う。ラーデスはその言葉に頷いて、着替えを始めた。一応、軍隊の人が壁を作る。
 そして着替えた二人を見た俺は、思わず息を吐いた。

「兄貴かっこいーじゃねーか」

 ラーデスの着ていた服はボロボロとは言え、かなり重厚で偉そうな服だった。兄貴も満足そうにくるりと回る。
 そして、ラーデスは恥ずかしそうに顔を赤らめて俺達を睨んできた。
 すげー綺麗だ……。スリットって、男が着るのと女が着るのじゃ全然違う。

「似合うじゃないですか。ずっと女物の服を着ていればいいのに」

「お前は、女に貢ぐ為に命を賭けるというのか?」

「当たり前じゃないですか。男として、愛した女にそれぐらいはしないと」

 言ってしまった後、兄貴はやばいという顔をした。ラーデスは、頬を赤らめ、うつむいている。

「この森は……私の故郷だった。生き残りは私一人だけ。父は殺され、母は、私を守る為に強力な魔術を使ったが為に命を落とした。それ以来、私はゴブリン魔将軍の首を得るまでは男として生きると誓ってきた……。私は一人だ。もはや氏族もない。ならば、相手が混血というのもありなのやも知れぬな……」

 どうしよう、兄貴。今更違うって言えないっぽい。
 俺は兄貴を見る。しかし兄貴は、ラーデスを抱きしめて言った。

「僕に全て任せて下さい!」

 兄貴、いいのか!? 巫女アリスは!?

『今、メリールゥ様に確認しました。強力な魔術を使えば死ねます。とりあえず、死んで逃げましょう』

『ええ!? だって、ラピスは!?』

『ですよねぇ……。しばらく別行動します?』

 女か兄貴か……。普通だったら女って答える所だけど、俺、こんな所で独りぼっちって嫌だぜ。

『ちょっと考えさせてくれ』

『了解』

 そして俺達は、森の中へと進んだ。

「ゴブリンの気配が消えたな……」

「誘いこんでいるのだろう」

 軍隊の人が話し合う。
 まだ気配を感じ取れない俺や兄貴は、軍隊の中心で守られながら進むのみだ。
 そして、森の中心部に来た時。
 俺達を囲み、全範囲からゴブリン達が攻撃して来た!

「混血! 頼んだぞ!」

 俺はマラカスを取り出し、叫ぶ。

「パッション!」

『適当に盛り上がって来た所で、メリールゥ様のお力を借りますから、よろしくお願いします』

『オッケー、兄貴』

 顔つきだけは真剣に、至って気軽に俺達は応答した。
 そして戦う事、三日。体力気力は俺が回復するけど、戦いはそれだけじゃない。
 なんて言ったらいいんだろう。それは、飽きが来るというのが一番近いのかもしれない。
 単調な戦いが、延々と続いていく。
 段々と押されてくる俺達。回復の頻度が、攻撃の頻度に追いついて来なくなる。

「くっこんな……こんな……こんな所で負けるなど、ありえない……っ」

 ラーデスがついに弱音を吐いた。

「まだです! まだ、ゴブリン魔将軍さえ確認していない。貴方の覚悟は、その程度の物なのですか」

「ふざけるな! 混血などに言われる筋合いはない! 皆、何をしている! 隊列を整えろ!」

 兄貴はふっと笑った。なんかちょっと良い空気かも。
 そんな時、地面が影で真っ暗になる。

「ギャハハハハハハハ! 随分、持つではないか! しかし、これで終わりだ! お前達が近づいて来た時から、ドラゴン魔将軍からドラゴンを借りて来たのだ!」

 喋るゴブリン。今まで戦ってきたゴブリンは、喋ったりしなかった。俺は攻撃する事を躊躇する。
 ラーデス達は、別の意味で躊躇したようだった。しかし、躊躇しない人間がここにいた。

「メリールゥ様!」

 舞う。舞う。舞う。美しく、華麗に。優雅に。
 そして、兄貴の足元に、巨大な魔法陣が現れる。

「馬鹿な! 馬鹿、馬鹿、やめろ……混血っ」

 ラーデスは叫びだした。

「ラーデス、貴方に泣き顔は似合わない……これから、笑顔だけの人生を送るんですよ」

『じゃあ、僕は先に戻ってますから、後の雑魚と死体の回収、よろしくお願いします』

『了解―』

 至って気軽に、兄貴はその技を使った。そして、兄貴が踊りをやめる。

「やったーっもう腹グロに怯えさせられずに済むーっけど、いいの? 本当に? そう、なら……遠慮なくっこの体が完全にぶっ壊れるまでっ暴れちゃうから!」

 そう言いながら、兄貴はゆったりと扇を投げた。

「ごうっ」

 兄貴は可愛く掛け声をして、宙を飛んだドラゴンを衝撃波で叩き落とす。
 その瞬間、兄貴の右腕が弾け飛んだのが見えた。
 驚きの表情のまま落ちてくるゴブリン魔将軍。兄貴は、笑顔のまま、怖い程笑顔のまま、ゴブリンの首から下を踏みつぶした。
 そして、ゴブリンの群れに蹴り。その代償は、足の破裂。
 俺もラーデスも軍の人達も、立ちつくす。
 兄貴は、笑顔で、笑顔で、体を壊しながら戦っていく。
 時間にして、五分も掛からなかっただろう。
 敵を皆殺しにした兄貴は、ずたぼろになって地面に転がっていた。

「あはははははっあー楽しかった。あーでも、これで死んじゃうね、キミ。だから、最後に体、返してあげるよ」

 そして、顔つきその物が変わって行く。

「……リキ、首を」

「兄貴、大丈夫か?」

 俺は聞きながら首を兄貴に渡す。

「ラーデス、ハッピバースディ……貴方の、新たな誕生を祝って」

「馬鹿っツトム……!」

「泣かないでください。ほら、笑って、笑って。僕には、全ての女の子を笑顔にする使命があるのです」

「うん、うん……」

 二人の世界に入っている二人。
 ラピスも目を潤ませている。俺はラピスを抱きしめた。

「泣くな、ラピス。兄貴は、大丈夫だから」

「何が大丈夫よっあんた、お兄さんなんでしょ!?」

「初めから兄貴の計画通りだし、兄貴はあれで得る物があるんだから」

「知ってたの!? 信じられない、この冷血漢! あんたなんか大嫌いよ、この、この……!」

 投げられた贈り物。ラピスに振られた!? 俺は、頭を思いきり殴られたような錯覚を受けた。
 そんな、ラピスに振られたら、ラピスに振られたら……!
 俺は目から涙がじわっと滲んでくるのを感じた。
 俺は半分泣きながら兄貴の体をラーデスから取り戻し、ダッシュでしばらく駆けてから、テレポートをしたのだった。



[21005] 十話 体のゆうこう的な使用法
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/01 16:08


「うう、ラピス、ラピス……」

 俺はテレポートで戻ると、男泣きに泣いた。なんだ、何が悪かったんだ。

「ツトム! どうしたんじゃ!?」

 マルゴー爺が駆けてくる。
 兄貴のガーターベルトが消えて、ルビスタルがばら撒かれた。
 そういや、あの後ルビスタル回収してねーや。

「おおお、ツトム、ツトム……」

「あ、マルゴー爺。この死体どうすればいい? 研究に使ったりするのか?」

「いや、埋めてやろう……。ゴブリン魔将軍は倒せたかの?」

「ああ、倒せた」

 マルゴー爺は、肩を震わせて泣き始めた。それは、喜びに涙にも、悲しみの涙にも見えた。

「頑張ったのぅ、頑張ったのぅ、ワシは親として誇らしい……じゃが、願わくば生きて帰って欲しかったのぅ……」

「マルゴー爺さん……」

 俺はしんみりして、マルゴー爺さんの肩を叩いた。
 体、もうちょっと大事にしよう。
 そして、俺とマルゴー爺は穴を掘って兄貴を埋めてやった。
 二人、静かにお参りしていると、兄貴がやって来た。若干竜の配合が増えているが、前とほとんど変わらない姿だった。

「あー、死んだ死んだ! おや? 何をしているのですか、リキ、マルゴー爺」

「兄貴のお参りー」

 俺が答えると、兄貴は呆れた様子を見せる。

「前の体なんぞどうでもいいでしょうに」

「製作者の前でそんな事言うなよ」

「それは失礼しました」

 素直に兄貴は謝り、三人でお参り続行。その後、お茶をして、現実世界に戻った。
 さて、今日の飯は何かな。思いながら外に出ると、兄貴の部屋に白衣の連中が出入りしていた。

「おいおい、何なんだよ。兄貴? 兄貴!」

 俺は近づこうとするが、それは許されなかった。
 か細い声で、大丈夫、やれますという兄貴の声が聞こえてくる。

「おいおい、何なんだよ……」

「何かあったのか?」

 他にも起きて来た奴らが集まり、俺に問う。

「わからない、何も……」

「事故だったら嫌だな……。あっもしかして、冒険で大怪我したとか?」

 なんでそんな事を聞くのだろう。俺は不安に思いながらも答える。

「体のあちこちが破裂して、死んだ……」

「おい、死に方と痛みによってはこっちで死ぬこともあり得るって言ってたよな。よりによってそんな死に方、大丈夫なのか?」

 俺の不安は加速する。

「声はした、声はしたんだ。兄貴は生きてる!」

 こんなに大騒ぎになっているのに、白衣の連中は何も答えてくれない。
 二時間くらい兄貴の部屋で何か作業をしていて、お粥とかお湯とか運びこんで、そうして鍵を閉めやがった。

「兄貴、兄貴はどうなったんだ!?」
「俺達も死んだら勉さんみたいになるかもしれないんだろ。教えてくれよ」

 詰め寄る俺達。

「勉君は安静にする事が必要だ。命に別状はないが、仮想世界での無茶はしばらく控えるように。心配なら、明日仮想世界で直接聞きたまえ」

「そんな……」

 命に別状はないって、裏を返せばそれだけ危険だったって事じゃねーか……。

「リキ……何があったか教えてくれ」

 真剣な顔で問われて、俺は頷くしかなかった。
 その後、皆無言だった。俺はそうそうに部屋に戻って寝る事にした。
ちょうど小杉から電話が来たので、取る。

『どうしたの、今日はデータ送るの遅いなって思って』

「小杉……今日はちょっと、な……。兄貴がゲームの中で死んだら、医者っぽいのが兄貴の部屋に詰め掛けててさ。命に別状はないって話だけど……」

『大丈夫なの!? たかがゲームで死んだら医者が詰めかけるって、普通じゃないよ』

「わっかんねぇ。兄貴の部屋、鍵掛かってて。会わせてもらえなくて。明日の夜、電話するわ」

『小坂井君……元気だしなよ。仮想空間でしか会えないっておかしいよ。明日、会えるように掛け合うべきだ。明日、お兄さんと一緒に楽しい冒険の話を聞かせてくれるのを楽しみにしてるよ』

 俺は頷く。電話を切って、とにかく寝た。明日、兄貴に会うんだ。
 けれど、夜中に何度も兄貴の部屋に来客の気配があって、俺は結局眠れないのだった。
 翌朝、俺は朝食の時間になると、兄貴の分の食事も持って兄貴の部屋に向かった。

「兄貴、一緒に飯食おうぜ」

 かちゃり、という音がして、鍵が外れた。
 俺が足でドアを開けるよりも、他の奴らが扉をこじ開ける方が早かった。

「兄貴……」

「何、深刻な顔をしているんですか」

 兄貴は、いつもどおり笑っていた。でも、俺には無理をしているのがわかる。

「兄貴、何があったんだ?」

「痛みのフィードバックが顕著に行われただけです。想定内の事ですよ。契約にもあります。まだちょっとだるいので、すぐにもう一回死ぬのは無理そうですね。ま、しばらくは怪我をしないように気をつけますよ。という事でリキ、食事。一人で食べます」

「大丈夫なのか?」

「ゲームは続行します。文句は言わせませんよ。他の皆も、仮想空間で話します。良いですね」

 俺はしぶしぶと頷いた。
 そして、食事を終えてゲームの中へと入る。
 俺達は、またしてもあの空間に入った。

「ツトム様……。貴方のプレゼント、確かに……」

 優しげに話しかける巫女アリス。

「巫女アリス! もう少し、もう少し待っていて下さい。魔将軍の首は必ず用意しますから! そしたら、一緒に食事でもいかがですか?」

 巫女アリスは、微笑む。

「ええ、それを楽しみに待っています。そうですね、あれはラーデスさんに捧げられたもの。私には、もっと素晴らしい贈り物をくれるというのですね。けれど、神の力を使うという切り札を使えるのは5回だけ。どうか、気をつけて」

 兄貴はこくりと頷き、巫女アリスの手の甲にキスをする振りをした。

「貴方が望むなら、次は生きて魔将軍の首を取ってみせましょう」

 どんどんハードルが高くなっていく気がするんだけど、兄貴。俺の気のせいか?
 そんなこんなでゲームの中に入った俺達は、マルゴー爺を交え、新たに判明した神の力を借りるという事や死ぬという事について話し合っていた。

「命に別状は無くとも、かなりきついのは確かです。テストプレイが終わってすぐ、学校に復帰は出来ないと思われる程度には」

「そんな……」

「それを覚悟で契約した。違うか? 生きていたんだ、良かったじゃないか」

 俺、そんな覚悟していないんだけど。これ、そんな危険なゲームだったんだな……。兄貴ひでぇ。

「もう一つ、問題があります。恐らく、レベルが1に戻るという事です。そこそこパラメーターが上がっていたので、これは痛いですね」

「なんにせよ、死ぬのは最終手段って事だな」

 話し合いが終わり、兄貴はマルゴー爺の所に行って祈りの儀式をやり直しした。
 俺も色々あったので、気を鎮める為に祈りの儀式をする事にした。
 マラカスをパッションのままに振ると、ほら、有難い神様の声が聞こえてくる。

『ったく、メリールゥめ、ついでにうっかり犬も死なせておけば楽じゃったのに……まあよいか、モルモットじゃし。あーあーレベルアップ作業めんどいのぅ。ってメリールゥ、どうした!? お化けじゃと!? オカマが化けて出たじゃと!? 今までのレベルアップ作業を行わないと祟ると脅すじゃと!? 何寝言をほざいておるのだ』

「兄貴はオカマじゃないぜ。次の体に移ったんだ」

『次の体……だと!? そんなワシらじゃあるまいし、どこまで面白い生き物なのじゃ』

「俺達、一人五体まで持ってるんだぜ」

『五体もか。ん? つまり、空の器があるわけか』

「そうそう」

『お前、一体ワシに貢げ。……ええいっメリールゥ! それはお化けではない、良い年した女が男に縋りつくな!』

「良いぜ、神様」

 俺は自室に戻り、二番のヒーロードールに手を添えた。しかし、どうやって貢げば良いかわからないので、心の赴くままにパッションな舞いを舞う。

『ちっ犬以外勝手に入れないようプロテクトが掛かっているではないか。ちょっと犬の魂を赤子に送るから、ワシを招き入れるんじゃ』

 そして、俺は突然赤子になっていた。とりあえず、マラカスなしでパッションの舞いを舞う。赤子の体だと結構しんどい。
 体の中に、とてつもなく大きな何かが入って来る。

『もう良いぞ。ただし、ワシから三百メートル以上離れんようにな。それ以上離れると、プロテクトが発動するんじゃ』

 そして俺は、獣人の体に戻っていた。
 赤子は、急成長して行く。
 すらりとした鱗の肌。がっしりした体。耳は長く。
 試験管から生まれた『彼』が虚空に手を伸ばすと、ローブが現れた。それを身につけていく。

「主神様―っわしゃ少し休暇を頂きますっ ひどいっわしは普段から休暇を取ってばかりじゃと!? メリールゥ、ずるいというならお前もやれば良かろうに」

 そうして『彼』はしばらく虚空に喚いた後、俺を促す。

「ほれほれ、わしゃ腹が減っておる。さっさと食事を用意するんじゃ」

「おう、ドリステン様!」

 そして俺は食事を用意しにマルゴー爺の所に駆ける。事態を聞いて、マルゴー爺が卒倒したので、自分で食事を用意しないといけなくなって大変だった。
 んもっふんもっふんもっふんもっふ。彼らは必死で食事をする。

「下界の、食事など、うん千年ぶりじゃのう」

「んー、お肉が美味しいっ」

「おやおや、我が邪神様は豚となる事がお望みのようだ、これからは喜んで豚のような神とメリールゥ様の事を語り継がせて頂きますよ」

 メリールゥ様が涙目で果物を投げつける。結構な速さで投げられたそれを、兄貴はなんなく受け止めて食べた。ちなみに、メリールゥ様はドリステンの魔法で女になっている。兄貴は女顔だと思っていたが、兄貴の体に本当に女になられると微妙な気分だ。ちなみにこちらの配合は、竜、人、獣。ちょうど俺と兄貴の配合を、メリールゥ様とドリステン様は逆にしたという感じだ。違うのは、俺が狼と竜が混じったような顔なのに対し、メリールゥ様は猫耳の女の子という事。

「有難く頂いておきますよ、邪神様」

 兄貴の周りには、何故綺麗な女が集まるのだろう。俺は少し羨ましい。ラピスがいるから、いいけどさ。

「しかし、技術も進んだもんじゃのう。マルゴー爺よ、そなたはワシにならぶ天才じゃ」

「有難きお言葉……」

 マルゴー爺は恐縮しきりだ。
 ほかにも、ドリステンの真似をして神が何柱か降臨していた。
 信仰している神しか呼べないらしく、主神様は地団太踏んでいるらしい。
 一応、モグート様とかいう神様がマルゴー爺を手伝う事になっている。

「体を差しあげたのですから、当然魔将軍の首を手に入れる為に手伝って頂きますよ」

 兄貴の言葉に、ドリステンは難しい顔をした。

「一応、直接的に関わってはならんという法があるし、わしらが全力を込めればこの体、弾け飛ぶわ。赤子から育てたから、多少は耐性があるがのぅ。まあ、見守る位はするし、振りかかる火の粉も払うわい。あとドラゴン焼きが食べたい」

「ドリステンが行くなら私も行くわ。オカマと一緒にいるのは嫌だけど、せっかくの下界だもの。後ドラゴン焼きが食べたいわ」

 ドラゴン焼きって美味しいのだろうか。ドリステン様とメリールゥ様は少しよだれを垂れ流して陶然とした表情をしている。

「僕の体を乗っ取った時に食べれば良かったのに」

「美味しいのとまずいのがあるのよ。ボロボロの体で食事する気にはなれなかったし」

「そうなのですか。まあ、竜の魔将軍ならば巫女アリスも喜ぶでしょう。レベルも以前の物に戻して貰えた事ですし。しかし、首から下は好きにして構いませんが、首はあげませんよ」

「竜の魔将軍は、確か美味しい種だったはずよ。美味しい体なのに生き残っているから魔将軍なのね」

 竜の世界って厳しい。



[21005] 十一話 因果応報
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/02 20:39


「じゃあ、出発しようかの。送るぐらいはしてやるわい。って主神様―!? 信者に使わせてる呪文の正当な経験値分しか使ってはいけないってどういう事じゃ!? レベルアップの儀式もちゃんとやれじゃと!?」

 突如驚愕の声をあげたドリステン様を指差して、メリールゥ様は笑う。

「あはははははっパッションパッション!」

「ええい黙れ、どうにでもなーれ!」

「うあーそうだったー!」

 そして、神様は二柱とも意気消沈してしゃがみ込む。
 まるでこの世の終わりが来たかのようだ。
 自分で決めた呪文で、なんで落ち込むんだろう。良いと思うけどな、パッション。

「くぅ、仕方あるまい。既に決めてある以上のレベルに達したらスペシャルな呪文を作成するしか……」

「無計画でその場で決めてて良かったわね! こいつらまだレベル低いし。ガルギルディンなんてきちっと百レベルまで決めてるからいい気味だわ!」

 なんとか復活したらしい二人の頭を、騎士っぽい人が小突く。

「私はお前達のように適当に決めてないから自分で使う事になっても大丈夫なんだがな。というかドリステン、マルゴー爺を手伝わんのか。こんな時の為だけのお前だろう」

「えー。わし数少ない信者を見守らんとならんしー。そいつらが竜魔将軍を退治したいんじゃからしょうがなかろう。なーんて優しいわし」

 ドリステン様の言葉に、騎士っぽい人は盛大にため息をつき、ドリステン様は突如虚空に叫ぶ。

「主神様っ給料カットって何故ですか!? ワシかつてない程仕事しまくっとるじゃろう!? 信者を一人も抱えておるんじゃぞ!?」

 騎士っぽい人はため息をつき、俺と兄貴の方を向いた。

「妙なる者達よ。立場が逆になってしまうが、我が同僚を頼むぞ。あれらも、信者を守ることで、大切な何かを学ぼう」

「お任せ下さい。立派な(邪)神に育て上げて見せます。そう、立派な(邪)神にね……」

「俺も初心者だし、ドリステン様と一緒に成長していければいいと思ってるぜ」

 騎士っぽい人は大きく頷き、ドリステン様とメリールゥ様に、一包みずつ何かを渡した。

「信者でない者に何かをしてやる事は許されぬ。だから、ドリステン、メリールゥ。お前達に、下界で何かと役立つ者をくれてやろう。天界の物をほいほい出して下界を混乱させる出ないぞ」

 それにドリステン様とメリールゥ様は顔を顰め、でも何かに怒られたそぶりを見せて渋々頷いた。

「またランダムの場所に出て、そこから魔物を倒しながらゆっくり歩きましょう」

 兄貴が提案する。
 そして、俺達の旅が始まった。
 旅は思いのほか長く掛かり、俺達は何度も現実とゲームの中を行き来した。
 ……兄貴は、あれ以来部屋から出ない。けれど、兄貴がどんな状態なのか知る事は、すぐにできた。
 それは三日目の夜だった。

「あああああああああああっ」

 その悲鳴を聞いて、飛び起きる。
 確か、この声は夏梅。白衣の人が、いっぱい部屋に押し掛けている。

「夏梅、大丈夫か!?」

「恐らく、ゲーム内で大怪我を負ったのでしょう。夏目さん、その痛みは偽物です。落ち着いて! 死にはしない」

 兄貴の部屋から、声が聞こえる。そうしている間にも、悲鳴は続く。

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、熱いいいいいいいいいいいい!」

 白衣の人を押しのけて、夏梅はシャワー室に飛び込んだ。
 制服の下から、真っ赤な水ぶくれが見えた。
 シャワーで冷水を浴び、のたうちまわる夏梅。

「落ち着きたまえ!」

「な……何なんだよ、あれ……」

「痛みのフィードバックですよ。あまりのリアルな痛みに、体自体が反応してしまっているんです」

 俺は、思わず兄貴の部屋の扉に手を掛けた。頑ななまでに、鍵が掛かっていた。
 後から、詳しい事を聞いた。夏梅は、内政チートとやらをやっていて、異端として火あぶりにあったらしい。俺達も、そうなる予定だったと思うとぞっとする。
 もちろん、俺は小杉に相談した。

『酷いよ! ありえないよ、そんなの! お兄さん、大丈夫なの!?』

「俺、もうわからねぇ……大金貰っているし、契約しちまったし……」

『僕、警察に電話する! 僕らまだ学生だ。ううん。そんな危険な仕事、大人でも許されないよ』

「待ってくれ、小杉! ……もう少し、考える時間をくれ」

 いつもおどおどしているはずの小杉は、冷たい声を出して言った。

『小坂井君。もしそれがお金が理由だって言うなら……』

「違うよ。そんなんじゃねぇ。そんなんじゃねえんだ……」

 ここで警察に言ったら、取り返しのつかない事になる。俺は、それは絶対に避けないといけないと思っていた。これは予感みたいなものだ。でも俺は、予感を凄く大切にしてきた。パッションに傾倒したのも、その為だ。

『……わかった。でも、三つ約束して。一つ、危険な事はしない。二つ、死者が出たらすぐに警察に言う、三つ、夜、必ず連絡を寄こす。一つでも破ったら警察だからね』

 俺は、それに有難く頷いた。
 翌日もゲームに入り、その時ようやく次の町に入る事が出来ていた。
 やっと宿で泊まれる。このゲームはリアル過ぎて野宿が辛いので、凄く嬉しい。
 ドリステン様とメリールゥ様も、ここは果物の特産地だと喜んでいた。
 その時、ドリステン様はびくっと体を震わせて驚いた。メリールゥ様も同じだ。

「信者が増えた……!? 落ち着け!? 落ち着くんじゃ皆の衆! 家族には相談したのか!? 本当にワシで良いのか!?」

「待って、駄目よ、落ち着いて! 今貴方は正気じゃないのよ!」

 信者が増えるのか。凄く喜ばしい事だ!
 町が浮足立っているのもあって、俺は楽しい気分になって来た。
 しかし、俺達、やけに目立っているようだな。いつもの事だけど。
 ああ、あそこで出し物をやっている。エルフに向かって、獣人が切々と訴え掛けている。

「ラーデス、お前には笑顔が似合う……今、その火傷を消してやろう。そして、素敵なレディになるんだ」

「リキ、貴方は一体……」

 ……。

「愛しい妻よ、どうか泣かないでください……。私は、貴方を笑顔にする為、女にする為に命を掛けたのですから……」

「ああ、貴方……!」

「兄上、兄上は望むまま生きた。だから、兄上の死を哀しいとは思わない。だが、兄上の体は誰にも渡さない……!」

 何あれ。そう不思議に思うと同時に、兄貴が俺達四人全員にフードを被せた。
 兄貴があんなに慌てた所なんて初めて見たかもしれない。
 その出し物の奥の方には銅像があり、それに目を凝らすと、どうも俺と兄貴っぽい。そして兄貴はラーデスがくれた服と同系統の立派な服を着ていた。心持ち男らしい。

「ねーねー。これ、どういう事なの?」

 メリールゥが問うと、恰幅の良いおばさんが親しげに教えてくれた。

「旅人が守りの森氏族の残された姫、ラーデスを娶ってゴブリン魔将軍を命と引き換えに倒したのさ! その旅人ってのが混血の半分血の繋がった兄弟で、怪しい間柄らしくってね。その二人が信仰していたのがドリステン様とメリールゥ様なのさ。いやー、このお二柱の神力ったら凄いらしいよ! そして断罪のラーデス様は今、喪服のラーデス様なのさ!」

「へ……へー。娶った……つもりはない……かなぁ……」

 ドリステン様とメリールゥ様は大爆笑である。

「へー、それで信者が増えたんだな!」

 けど、俺がそういうと揃って渋い顔をした。

「で、兄貴、いつ結婚したんだ? 俺は弟なんだから、結婚式に呼べよ」

「名産品の果物だけ買い込んで、情報収集を終えたらこの町は早々に去りましょうか」

「どこも同じじゃよ。大きな町は情報網が整備されてるからの。まあ、この町は竜魔将軍の住む山の近くの町じゃから、なおさらそれにあやかろうと大規模な宴を開いたんじゃろうがの。わしのちっぽけな治癒なんぞ、魔将軍相手に役立たんわ。メリールゥの加護向きじゃろう。そうじゃ、そう言ってメリールゥを信仰する事を薦めればよいのか!」

 ドリステンが笑う。

「ドリステン酷いっ」

 メリールゥが泣き顔でぽこぽことドリステンを叩く。

「ならば、出来るだけ町によりつかないようにするのみです」

 そうしてスタスタと歩く兄貴に、俺達はブーイングをするしかなかったのだった。
 そして、俺達はついに竜魔将軍の住む山へと辿りついた。
 山に着いた俺達は、フードを脱ぎ去り装備を確認する。
 俺がメキシコッぽいでっかい帽子にポンチョみたいな服とマラカス、兄貴が女物のきわどい服にイヤリングに鞭。扇はあの時メリールゥが落としたままだ。ちなみに、これらは皆神様から貰った物だ。
 そしてドリステン様は魔術師っぽいローブに杖、帽子。
 メリールゥは女武道家っぽい服にナックル、仕込みナイフのついたブーツである。
 ちなみに騎士っぽい人が用意してくれた包みにあった、格好いい装備などは、へぼっとの一言と共に封印された。ちょっと騎士っぽい人の好意に申し訳なくて涙出た。
 俺達が進んでいくと、何か簡易の関所のような物が出来ており、そこの兵士に呼ばれてラーデスとラピスがやってきた。驚くべき事に、ラーデスは本当に兄貴と交換した服の上に真っ黒なマントをはおっている。色っぽい。
 ラピスの、子犬のような茶色くて大きな瞳が一瞬潤む。

「ラピス……! どうしてここへ?」

「どうしてって、それは、その……わ、悪かったわよ! 大丈夫だって言ってたのに信じなくて。女王様と犬が同じような混血の兄妹と旅してるって聞いた時は驚いたわ。ガルギルディン様が、悩んでいるのなら行くが良いって言って下さったの。私を選んで、私の為だけにお言葉を発して下さったの。だから、私……。どうしても、犬、ううん、リキに謝りたくって……。ほ、ほら。リキだって、黙って消えたのは悪いんだからね!」

 ラピスは、懸命に言い訳を並べる。けれど、俺にはその真意がわかった。心配してくれたんだ。
 俺はラピスを抱きしめた。

「ちょ……っず、図に乗らないでよ!」

 ラピスが俺を殴るが、俺は笑った。嬉しくてしょうがなかった。

「ラピスに嫌われてないってだけで、俺は嬉しい」

「ば、馬鹿……」

 俺が感動の再会を果している間、兄貴もまた感動の再会を果していた。

「ラ……ラーデス様……」

「ラーデスでいい。……何故、すぐに私の元に戻らなかった」

「私のような混血など、貴方には相応しくありません。よりよい幸せを求めて欲しかったのですよ」

 ラーデスは、頬を赤らめる。

「馬鹿……。ゴブリン魔将軍を倒して生存したという事より、立派な資格などあるか……」

「せ……生存はしてないかなっ……。あー、それに、私は……」

 そこでラーデスは、不安そうに、可憐に目を潤ませ、顔を伏せた。

「それとも……ツトムは、私など……」

 ここで、好きな人がいるんだと言えないから、男は男なのである。
 兄貴は、ラーデスを抱き寄せた。

「そ、そんな事はありませんよ」

『リキー。もう一度死んで逃げる事にします……』

『兄貴、大丈夫なのか!? だって、一回死んだだけで……』

『大丈夫です。もうこの際、行ける所まで行ってしまいましょう。魔王を倒して死んだ。それでお別れ。ゲームに二度と入る必要なし! 巫女アリスも僕の妻。めでたしめでたし。口裏合わせよろしくお願いしますー』

『了解―』

 そうして俺達は、軍と共に竜魔将軍退治へと向かうのだった。



[21005] 十二話 肉万歳
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 20:34
 とりあえず竜の山を真っ直ぐ登って行くと、匂いを感じた。

「これは……。なんて、いい匂い……食欲がそそるのぅ」

「竜魔将軍の匂いだわー」

 そう言って、匂いがする方へと向かっていく。

「確かにいい匂いはしますが……。少し、違和感がします。せっかく軍を連れて来ているのですし、斥候部隊を……いいか。私達が先行します」

 そうだな。普通に、復活できる俺達が行った方が罪悪感がしない。

「ドリス様! メリー様! お待ち下さい! 我らが先に行きます」

「ドラゴン焼きー!」

「煮込みもありじゃー」

「豚メリー様って言いますよ!」

 兄貴はそう言って止めるが、神様方は行ってしまった。

「ラーデス、ここで待っていて下さい。嫌な予感がしますが、彼らを放っておくわけにはいかない。リキ、貴方はここで待機を」

「ドリス様を放っておけるわけないだろ?」

「ふざけるな。私とその指揮する軍を侮るか? それに、ドリステン様の加護持ちは既に我が軍に入れてある。まだなったばかりで回復しか使えないがな」

 俺とラーデスの反論に、兄貴はしばし考える。

「……わかりました。ただ、ラーデスにはもしもの時の援護をお願いしたいのです」

「仕方あるまい。使い魔を操る能力者がいる。それをつけよう」

「頼みます」

 そして俺と兄貴、鳥の使い魔は、ドリステン様とメリールゥ様を追って走った。
 しかし、追いつけない。

「呪文を使ってますね……。仕方ない、こちらも使いますか。加速術式、一。筋力増加術式、一」

 そう唱えて、兄貴はしゃがむ。俺は使い魔を頭に乗せた状態で、兄貴の背に負ぶさった。すると兄貴は凄まじい速度でメリールゥを追いかける。

「メリー様は下手に加減している分、全力で走るこちらの方が早いはずです。もう少しで追いつけるかと。しかし……ちっ……やはり罠ですか。ラーデス、もう少ししたら援護をよろしくお願いします」
 
「どうしたんだ、兄貴?」

「鳥の声がしなくなりました。……囲まれているかと思われます」

「ドラゴン相手に人海戦術って辛くないか?」

「仕方ありません。ラーデス達だけでも生かして帰すように努力しましょう」

 俺達は頷き、敵の真っ只中へと入りこんでいった。
 岩山に囲まれたような場所に、炎がうねるように渦を巻いており、ドリステン様がメリールゥを庇って結界を張っていた。

「ふむ、報告ではゴブリン魔将軍を倒したのは二人の勇者という話だったが……。まあいい。罠に掛かった変わりはないのだから」

 中心部にいたドラゴンは、美しかった。その美しさゆえに、彼は浮いていた。とても浮いていた。竜魔将軍だと、一目でわかった。
 そのドラゴンは、尻尾の先を千切り、それを焼いていた。いい匂いは、そこから発されていたのだ。

「このまま突っ込みます。単結界を張って下さい」

「おう、単結界壱式、展開」

 俺が呪文を唱えると、俺と兄貴の周囲に結界が展開する。
 そして俺は、炎の中に突っ込み、ドリステン達に合流した。

「おお! 遅かったではないか。早くドラゴン共を倒さんか。主神様に魔将軍は人としての力を使っても倒してはならんと釘を刺されてしもうたわ。この体で全力振るうと壊れるしのぅ」

「わかった、ドリステン様。結界術式七式展開。強化術式参式展開。飛翔術式二式展開」

 兄貴に強化呪文を重ね掛けする。実は覚えきれなくて、シークレットノートに術を記載してそれを読んでいる。兄貴は自分に対しても既に強化呪文を使っているので、これでかなりの強化になるはずだ。兄貴の背から羽が生え、兄貴は突撃する。
 後、俺に出来る事と言えば。

「パッション!」

「もう! どうにでもなーれ!」

 まず、全ステータスアップ。
 それと同時に、兄貴の鞭が凄まじい速さでドラゴンの群れを纏めて打ちすえた。
 凄まじく広い範囲の攻撃を可能にするのが兄貴の鞭の凄い所だ。強化呪文、鞭の効果、そして攻撃補助呪文。それらの重ねがけは凄まじい相乗効果を示す。

「パッション!」

 そして、回復。兄貴の鞭は、敵にダメージを与えると同時に生命力を吸う。
 それと敵のダメージの無効化が俺の仕事。

「パッション!」

 現実に戻るまでの三日間。踊って踊って踊りまくる!

「……わしは今、自分の罪を知ったかも知れん」

「……私、これに負けるってちょっと嫌だな……。女装したオカマの女王様の鞭乱舞にマラカスの情熱的な演奏付きって……」

「わしは絶対に嫌だ」

 ドリステン様とメリールゥ様が結界の中でそう語りあう。
 そして、戦いは二日間続いた。最初に弱音を吐いたのは、竜魔将軍だった。

「馬鹿な、馬鹿な! 私は、私はこんな所で、人間なんかに……! こんな所で負ける位ならば、私は何のために地獄を潜り抜けて生き残って来たというのだ! 家族を食われ、大きく育ててから食べる事を目的として生かされ……! それが、こんなおちゃらけた芸人などに負けるだと!?」

 あ……。慟哭。生きるという気迫。それに俺は気圧される。竜魔将軍が、ぐらりと傾いだ。
 その衰弱した竜魔将軍に襲いかかったのは、なんと仲間のドラゴンだった。

「く……!?」

 そこで、ドリステン様の結界が竜魔将軍を覆った。ドラゴンの牙が防がれ、竜魔将軍を食おうとしたドラゴンがメリールゥ様に殴られ、竜魔将軍は呆然とする。

「貴様、何故……」

「ワシの取り分が減るじゃろうが馬鹿ドラゴンが」

「オカマー。やっちゃって」

 さくっと兄貴が扇で竜魔将軍の首を切り取った。
 ドリステン様達って強い。
 ちょうど時間が来たので、使い魔に一日時間を貰う事を継げ、俺達は竜魔将軍の死体を持ってマルゴー爺の所に戻った。

「凄いな!」

「主神様も、これが食べれないとは可哀想に……」

「大きい……」

 わらわらと人が集まって来る。兄貴はしっかりと首をラッピングし、確保した。
 他の神々に奪われない為である。
 早速宴会となり、ドラゴン焼きが振舞われた。
 喋っていた者を食べるなんてかなり抵抗があったが、一口食べたらそんな躊躇は消しとんだ。俺、あんな美味しい物食べたのは初めてだ。

「あーっ幸せ!」

「目玉は……舌は……」

「駄目です。巫女アリスに捧げるんですから」

 兄貴は、ドラゴンの首の防衛に必死だ。
 皆でお腹いっぱいになった頃、時間が来たので元に戻った。
 そして、兄貴は巫女アリスに竜魔将軍の首をプレゼントして、ほっぺにキスを貰ったらしい。
 現実世界に戻ると、俺達は興奮して色んな事を話しあった。
 なんだろう、このゲームを始めて、こんなに楽しい気分になったのは初めてだ。兄貴も、食事会に参加してくれた。
 けれど、俺は気付いてしまった。制服の下にしっかりと巻かれた、兄貴の体の包帯に。
 兄貴、体の方はどうなんだ? このゲームって、安全なのか?
 夏梅の火傷跡は、残るだろうと言われていた。
 それでも、夏梅は内政チートを辞めるつもりはないと言っていたし、覚悟はしてたからって皆言うけど。
 そうだ。覚悟なんてしてないの、俺だけなんだ……。考えを振り払い、小杉に電話する。
 小杉は、呆れた顔をして答えた。

『ゲームごときに覚悟なんて普通ないよ。あきらかにおかしいって。でも、ドリステン様達って酷いよね。自分達の使う分はまともな武器、まともな呪文、まともな服って……』

「ドリステン様を悪く言うな。俺信仰してるんだから」

 小杉は、探るように俺を見る。

『洗脳、されてないよね?』

 そんなの、わかるかよ。
 
 



[21005] 十三話 拠点陥落
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 21:42

 ゲーム世界に戻ると、ラーデス達が体は傷一つなくても、服がボロボロの状態で俺達を待っていた。

「ラーデス、どうしたんですか?」

「あいつらは別同隊を用意していてな。それの相手に手間取った。……しかし……」

 ラーデスの瞳から、ぽろぽろと涙が零れおちて、俺達は慌てた。

「誰か、犠牲者が!?」

「違う……。違うんだ……。逆なんだ……。魔将軍を倒したのに、死人が出てなくて……。そうなんだろう? 倒したんだろう? なんか、凄いな……」

「ふふふ、他の魔将軍の首もガンガン狩りますよ!」

 ラーデスはごしごしと涙を拭う。

「お前が言うと、夢物語も子供の遊びのようだ」

 ゲームだから遊びなんだけど。
 そして、ラーデスは兄貴に手を伸ばす。

「連れて行ってくれ。お前の行く所、どこまでもついて行こう」

「じゃ、情報収集の方はお願いします」

「く……ククク……ああ、任された!」

「リキ! 私も、私もついていくんだからね。今度は、戦う時も一緒なんだから!」

 ラピスが言うので、俺はラピスの手を握った。

「ああ、ラピスがいるだけで、何倍も強くなれる」

「ば、馬鹿……」

 そして俺達は、旅支度を整えて、次の冒険へと出かけるのだった。
 
「え? トロール魔将軍が倒された……?」

「ダークエルフ魔将軍なら、先日首を取られたよ」

「聞いてくれ、ついに死霊魔将軍が倒されたんだ!」

 だが、魔将軍たちはことごとく打ち倒されていた。

「何故だ!? このままでは手柄をあげられない……!」

 兄貴は腕を思い切り宿の机に叩きつける。

「落ち着け、ツトム。ドリステン様とメリールゥ様のご加護だ。何か、ある程度レベルをあげると怖い程便利な呪文が次から次へと覚えられるからな。まあ、ドリステン様の場合は初めに覚えられる呪文二つが反則級だ。下さる報償品も凄まじく上等な物ばかりだ。全く予想外だが、補助神の中では最高峰と言っていいだろう。それを信仰した者達の快進撃も頷ける。だが、ツトム。ツトムとリキが、最初の信者だという事に変わりはない」

「あー……。確かに、盲点でした……。メリールゥ様の信者は、もう僕一人ではないんですよね……。仕方ない。少々早いですが、魔王でも倒しますか。どこにいるんでしたっけ?」

 ラーデスは、それに目を丸くした。そして、ぐらりと傾いで、笑いだす。

「ククク……ハハハ……アーッハッハッハッハッハ! そうか! 魔王でも倒すか! お前は、本当に、本当に規格外だ……! どうしよう、どんどん好きになる……こんな気持ち、初めてだ」

「ラピス、俺も、俺も魔王でも倒すとするか! ほら、俺にドキドキしないか?」

「二番煎じが効くと思わない事ね、犬。本当に私を口説きたいなら……貴方の言葉で口説いてよ」

「好きだ、ラピス!」

 ぶんぶんと尻尾が勝手に揺れる。何これ、何これ。俺と兄貴、こんなに幸せで良いんだろうか。ゲームでもいい、ラピスが好きだ。
 ラーデスはひとしきり笑った後、涙を拭いた。

「だが、少し時間をくれ。魔王退治にはそれなりの準備が必要だ。神殿と連絡を取ろう」

「僕は多人数で攻めるよりも、少人数で暗殺者方式の方が目があると思うのですがね。そこは任せます」

「任されるがいい。まずは、首都に向かおう。貴人用の転移魔法陣があるが、我らなら使わせてもらえるだろう。一週間、時間をくれ」

 ラーデスの指示に従った俺達を待っていたのは、パレードだった。
 人が大勢集まり、俺達を称えている。
 俺達は正装とやらをさせられて、馬車に乗せられていた。
 なんか、こんだけの人に囲まれているって怖いな……。誰もかれも浮かれて、熱狂している。兄貴は平気で手を振っているけど。

『なんかやばいかも。拠点に軍が集まってる』

 夏梅からの全体チャットで、兄貴の顔が、一瞬強張った。

『今は、注目を浴びているので動けません。とにかく防備を固めて下さい』

『わ、わかった』

 後の時間は、気が気じゃなかった。
 パレードが終わると、足早にラーデスが駆けよって来る。

「ツトム。異端審問官としての仕事が入った。何か、神の名を騙る不届き者が現れたらしくてな。我がライバール帝国の威信をかけて、叩き潰さねばならん。どうやら、邪教徒アリスも関わっているらしい。それで、形式的な物だが、いくつか確認させてほしい。あいつらは混血の組織らしいのだ。それで、お前達も念の為に検査を……」

「すいません、ラーデス。僕達は、行かなくては。聖なる巫女、アリスを守らんが為に。ドリステン様! メリールゥ様! 戻りますよ」

 兄貴は言い、驚愕しているラーデスを置いて、信じられないという顔で俺を見ているラピスを置いて、俺の手を引いて拠点へと戻った。

「大変じゃ、大変じゃ」

 マルゴー爺が慌てている。

「マルゴー爺は安全な所へ逃げて下さい! ログアウト出来ないんですか!? 状況は!」

「駄目じゃ、ワシでは世界の壁を超える事は出来ん。もう駄目じゃ、皆、今のうちにログアウトするんじゃ」

 神々は苦悩した顔で言った。

「すまぬ。我らは、信者達と戦う事は出来ない。そして、我らが現世に降りているとばれるわけにもいかない。我らはここで引く」

「えー。ワシ嫌だ。まだ遊び足りな……むぐぐ」

 ドリステン様が他の神々に口を塞がれる。

「構いません。これは、元々僕達の戦いです」

「本当に済まぬ。我らが原因なのに……! ドリステンの馬鹿ですら気付かれなかったのに……!」

「はぁ……例えそうだとしても、それを防げなかったのは僕らの責任です」

 ため息を吐いて、兄貴は言う。そして、次々とやって来るメンバーと視線を交わし合い、それぞれの武器を合わせた。

「よかった。皆さんが逃げようなんて言わなくて」

「覚悟はして来てるさ。混血魂を見せてやろうぜ。俺ら、チートなはずだろ?」

 何、この俺一人だけ置いていかれてる雰囲気。

「リキはパッションをお願いします。……貴方は支援系ですし、人を殺さなくても結構ですから」

「だな」

 頷きあって、彼らは外に走る。
 俺も急いでそれを追いかけて、呻いた。なんだよ、アレ。
 女装した若い、けど筋骨隆々の男共が扇持って並んでいて、その後ろで女の子達がマラカスでパッションパッション言っている。

「これは……色んな意味できつそうですね……」

 兄貴は苦笑いをする。そして、武器を構えた。



[21005] 十四話 敗者の足掻き
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 22:52
 雫が落ちる音だけが響く。俺達は負けて、牢屋に入れられていた。
 裸にされて、体も調べられた。
 真っ暗な首都の地下牢の中、俺は口を開く。
 今まで、怖くて言えなかった。でも、もう触れないでいる事はできない。

「なあ、兄貴。もう七日以上たってるんだが、大丈夫なのか? 死ねばログアウトになるのかな」

「拠点を通してログアウトしていたんですよ。その拠点が潰れた以上、ログアウトは出来ません。……すみません、リキ。貴方だけは逃がしてやるべきだった」

「……俺達、どうなるんだ? ログアウト出来なくて、死ぬのか?」

「リキ、もう、わかっているんでしょう?」

 兄貴は問いで返す。けれど、それが答えだった。

「俺ら、騙されてたのか?」

「……」

 俺は、顔を伏せた。

「俺だけ、騙されてたのか?」

「僕達は、全く同じ情報を与えられました。ですから、貴方だけを騙したわけではありません。ですが、貴方以外は、望んで騙された」

「そっか……俺、馬鹿だもんな」

 沈黙が落ちる。そっか。俺達、異世界に来てたのか。
 ラピスは、人か。ははっそれだけが嬉しい。そして、それだけが辛い。
 だって、人間のラピスに、今度こそ本当に嫌われた。あの別れ際の顔は、忘れられない。
 沈黙が落ちる。痛いほどの沈黙に、何か言おうと思った時、ラーデスが現れた。

「ツトム……貴様は、二体目なのか。記憶を引き継いだだけの。一体目は死んだのか」

「そうです」

「人造人間、だったとはな。混血など問題にならない、汚らわしい研究だ」

「しかし、それが魔将軍を倒した」

 ラーデスが、牢屋を殴る。その金属音が耳に痛い。

「……綺麗事はよそう。そんな事はどうでもいい。どうでもいいんだ。私は、汚らわしい人造人間だろうと、愛した。そうさ、確かに愛したのだ。お前が、巫女アリスを愛していたというのは、本当か」

 兄貴は、微笑んだ。悪戯がばれた子供のような、ちょっと弱ったような笑み。

「本当です」

 ラーデスは、もう一度牢屋を叩いた。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。

「……てたのに! 信じてたのに! 信じてたのに! お前が、私の救いになると……お前は、よりにもよって邪教徒のアリスを選ぶか!」

「彼女は魔王を退治せんとする聖なる巫女です。異論は認めません」

「ふざけるなっ!」

 引き裂かれるような、泣いているような叫び。

「ふふ……ふはは……とんだ道化だ。ハハ……ハハハハハハハハハハハ!! よかろう! 魔王を退治させてやろうではないか。マルゴー爺が人質だ。あいつはお前らの父のようなものなのだろう。この事件は闇に葬られる。お前達は、勇者のままだ。私を連れて、魔王退治に連れて行け! 邪教徒アリスではなく、この私を連れて魔王と対峙し……そして共に、死のう」

「いくら僕でも、仮にも僕を好きと言ってくれる女性を死なせるわけがないじゃないですか、馬鹿ですか貴方は。……命に掛けても守りますよ。愛してはいないけど、貴方の幸せは願っています」

「……最低だ」

 ラーデスが鍵を開けると、お付きの者が俺達に向かって服を投げた。
 それを一つ一つ身につけていく。

「じゃあ……まあ、最後の魔王退治に行きますか」

「なんで最後なんだ?」

「マルゴー爺は生かしても、僕達は生かさないって事ですよ」

「そっか……」

 俺達は、兵士に見張られながら牢を出る。

「リキ! ……あ……。犬! わ、私、あんたの見張りをする事になったから。だって、邪教徒だもん。しっかり見張っておかないといけないもん。だから、だから……」

 ラピスが、くしゃっと顔をゆがめて、涙を流す。後から、後から涙は流れていく。

「馬鹿……っ馬鹿ぁっなんで、なんであんたが邪教徒なのよぅ……」

「ごめんな、ラピス」

 そして、俺達は仲間と合流する。仲間の顔を見ると、ほっとした。

「俺達、一緒に戦うのは初めてだな」

「じゃあ、行きますか」

 魔王を倒す為の大軍勢。真実は、俺達の見張り。
 それでも、構わない。最後を、ラピスと過ごせるから。

「にしても、結局殆どスペアの体使わないままでしたね」

「そうそう。超もったいねー」

「シークレットノートも、活用してたのナツメぐらいだよな」

「内政チートな!」
 
 げらげらと笑う。俺も一緒に笑った。空元気だけど、ラピスが見てるから、落ちこんだ様子を見せちゃ駄目だ。
 魔物を倒しながら、俺達は進む。
 そして、ついに魔王の居城へと訪れた。
 魔王の居城は、さすがに不気味な城だった。押し寄せる魔物を、俺達を破った女装集団が受け止める。

「じゃあ、行きますか」

「魔王の首は早いもん勝ちな」

 俺が冗談めかして言うと、笑って皆首を振った。

「ははっいいな、それ。でも、魔王を倒すのはリキって決まってんの」

「なんでだ?」

『……パンドラの箱には、最後に希望が残ってる物ですよ。ドリステンとメリールゥは、超高レベルの呪文はまだ決めていない。チャンスはまだあります』

『そっか……そっか!』

『ま、ただし他の人達も使えるようになるのが問題なのですがね。その辺りは既に話しあってあります。貴方が止めを刺せば、ドリステン様が呪文を授けられる。全てが解決するわけではありませんが……』

『何も希望がないより、全然いいさ!』

「じゃ、行きますよ」

「お前ら、絶対死ぬなよ!」

 そして、俺達は走り出した。死ぬためじゃない。希望へと向かって。






[21005] 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 23:30
 魔物が現れるたびに、それを抑える為に減って行く仲間。
 結局魔王の元に辿りついたのは、俺と、ラピスと、ラーデスと、兄貴だった。
 
「リキは補助と回復をお願い! 絶対に守るから!」

 魔王を前に、震えながらラピスが言う。
 
「ふはははは! 断罪! 断罪! 魔王も、何もかも、吹き飛ばしてやる!」

 ラーデスが魔術を放つ。

「もう! どーにでもなーれ!」
 
 兄貴が鞭を振る。
 チャンスは一瞬。その一瞬を、絶対に逃しちゃ駄目だ。
 じりじりと、じりじりと削って行く。兄貴の合図を、狂おしい程に待っている。
 時がたつごとに、仲間達が死んで次の体に移り、牢に入れられていく。
 けれど、次の体に移る装置を壊されなかっただけでも有難い。
 遠くから、鬨の声が聞こえる。軍団が勝ったんだ。すぐに、ここにあいつらが押し寄せてくるだろう。

『リキ……今しかありません! 行きなさい!』

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 俺は飛び出して、渾身の力を込めて爪で引き裂く。
 大量のルビスタルが、溢れ出た。俺の首輪が光り、物凄い音を立ててルビスタルを吸収して行く。

『あー、良くやった良くやった。では、今まで行った所ならどこでも扉を開ける呪文、ゲートオープンを授けよう。これ作るの結構大変だったんじゃぞ。感謝せい』

「リキ、首尾は」

 緊張した顔で、兄貴が問う。俺はぐっと親指を立てた。
 
『では、まず牢屋に繋いでください。急いで』

『わかった』

「ゲートオープン!」

 ラピスが、ラーデスが驚いた顔をする。

「何をしている!?」

 大きな扉から、仲間達がほっとした顔で駆けだしてくる。それを確認して、兵士が追いかけてくる前に扉を閉める。

「ごめんな、ラピス。俺、行くよ。ゲートオープン!」

 強く心に思い描くのは、我が家。帰りたかった。とても。
 そして、俺達は俺の部屋へとなだれ込み……。

「私も行く! 行ったはずだ、ツトム。貴様の行く所、どこにでもついていくとな!」

「リキ! あんた、あたしを独りぼっちにするくらいなら、初めから口説かないでよ!」

 そう言って、扉の中に飛び込んできた。受け止める俺達。閉まる扉。

「な、なんなの!? きゃあっ化け物――――――!!」

 お袋が絶叫して、俺は耳を塞いだ。

「リキ……私達は今混血なのだから、研究所に出ればいい物を」

「ごめん、兄貴」

「おばさん、どうしました!?」

 気絶してしまったお袋を抱きとめた所で、真っ黒な服を着た小杉が現れる。やれやれ、本当に今日は忙しいな。兄貴が、小杉の服を見て呻く。

「遅かったですか……」

 小杉は、目を丸くして、何度も俺達を見回して、これまた絶叫した。
 落ち着いた小杉が話してくれた事は、受け入れがたい事だった。
 まず、小杉は俺と連絡がとれなくなった時点で迷わず警察に連絡したらしい。
 家宅捜索が入り、俺達の死体を発見。
 急いで逮捕状を出すも、関係者は雲隠れ。その後、俺達の葬式が出されたらしい。

「ぼ、僕、僕が小坂井君達をころ……」

 小杉はぶるぶると震える。
 
「まあ、それは仕方ないですから、いいとして……これから、どうします? 二回も絶叫が上がれば、そろそろ警察が来てもおかしくない頃ですが」

「あー……。ありのままを話すしか無いだろ」

「就職、どうしよっか」

「教祖でも自衛隊でも警察でも好きな所に就職すればいいじゃないですか」

「研究所の就職とか、お手軽そうだよな」

「そこは全員、確実に一回は入れられるので意義は感じないかな―」

「やっぱり?」

 ぐだぐだと話していると、玄関のチャイムが鳴る。

「すいませーん。警察ですが、悲鳴が聞こえたとの事で参りました。こちらのドアを開けて頂けますか?」

「はーい」

 呆れるほど簡単に、兄貴は返事をしていた。












ミケ、戦闘シーン苦手ってレベルじゃないorz後エピローグあります。12時までに間に合うかな?



[21005] エピローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/04 23:57
「教祖様―!」

「キャー! ドリステン様のご加護を私にくださーい!」

「教祖様―!」

 あー。俺、確かに夢とか、何になりたいかとか、無かったけどさ。
 兄貴と主神様に言われるままに、教祖様に収まっちゃったのはどうかと思うんだ。
 こっちの世界でも、加護を与える方法を神様達は考えてて、それの手伝いもさせられてる。もしかして、俺、異世界の神々の総元締めの神官になるかも。嫌だなぁ。

「なぁに落ち込んだ顔してるのよ。能天気だけが取り柄の馬鹿なんだから、笑ってなさいよ、犬!」

 妻のラピスが俺の耳を引っ張った。痛い痛い。
 彼女とラーデスの身柄は、大混乱の内に、家で預かる事となった。
 研究所に5年も缶詰はきつかったな……。
 そして、俺とラピスは結婚した。
 ラピスは自力で関係各所とコネを作り、警察へと入った。いつも生き生きと働いている彼女を見ていると、パッションパッション言って踊っている自分がたまに情けなくなる。
 いや、怪我人を癒す尊い仕事だってわかってるさ。わかってるけどな。
 ああ、どうして医者って路線を思いつかなかったんだろう……。と言っても、俺なんかの頭で医者になれるはずが無いか。
 皆も、それぞれの道を歩んでいた。
 魔術を役立てる方法の職種が多い。ていうか、そうでもしないと俺達の居場所が無かったんだけど。
 ラーデスは、自衛隊に入った。警察といい、自衛隊といい、身元不詳の人間が普通だったら絶対に入れるはずのない場所だ。大混乱と異世界人って事がプラスに働いたんだろうけど、二人は本当に凄いと思う。
 兄貴だけど、証券会社に勤めるエリートだ。
 さっきも言ったように、力を生かす職種でもないと俺達の居場所はなかった。なのに、実力で証券会社への就職をもぎ取った兄貴は凄いと思う。
 目下の悩みごとは、落ち着いてきて約束通り妻……は無理の様ですから愛人になりに来ましたと言って現れた巫女アリスと、既に兄貴と結婚していたラーデスとの仲を取り持つ事だ。
 ラーデスもアリスも、もう向こうにも居場所はないから、兄貴が娶るのは反対しないけど……。日本って一夫一妻制だよなぁ。ちゃんと二人とも幸せにしろよ?
 一応、幸せって呼べる生活を送れてる。
 でも、それでも俺は思うのだ。何か、どこかで納得いかない。
 もしかして俺ら、騙されてるんじゃね?


『主神様―。あの研究所襲撃、主神様の権限で何とかならなかったのですか? 結局、あの研究は裏から手をまわして続行させたそうではないですか』

『……うっそれが……の……。だって……悔しいではないか……』

『は?』

『わ、ワシだってドラゴン焼き食べたかった! そう思うとくやしゅーてくやしゅーて、酒かっくらって巫女アリスめーとか恨み事吐きながら寝てたら一歩遅かったんじゃー』

『……ドリステンよりたち悪いですよ、それ』

『言うな……とにかく、ツトム達には最大限の援助をする。それでよし! 良いな!』

『はいはい。わかりましたから、その穴埋めとドリステンとメリールゥの加護で崩れたパワーバランスの解決策の提示を急いでください。これ書類です』

『くう……ドリステンの馬鹿ものー!』

『あんたの監督責任でしょーが。やれやれ、人間を装って研究所を立てたのに全部水泡に帰された私の事も、少しは察してくれませんかね』

『外界との接触を禁じればよかったろーに』

『あーあー聞こえなーい』

『あーあーワシも聞こえなーい』

 やっぱり、何か騙されてる気がする。……ま、いいか。



[21005] 【改訂版】プロローグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/06/29 21:35
 全く自慢ではないが、俺は馬鹿だ。力と書いてリキと言う名前通り、脳味噌筋肉だ。
 喧嘩一番、勉強びりっけつ。ゲームも頭使うんでやった事はない。
 鏡を見ても、いかにもガラの悪い顔立ちに三白眼。ツンツンの髪の毛、がっしりした体。どこからどう見ても不良だ。
 兄貴の勉(ツトム)は違う。兄貴は体は細いし、髪はサラサラで、女顔の美形だし、二重だし、勉強が凄く出来て、俺とは全く違う。本当に兄弟かと疑問に思う。仲は悪いわけではないと思うが、俺と兄貴の接点はほとんどなかった。あの日、兄貴が目を輝かせて、ゲームの当選券を持ってくるまでは。

「力、力。見て下さいよ、これ。新作ゲーム、「異世界勇者召喚計画」に当選したんです、しかも二人分!」

 礼儀正しい兄貴がノックもせずに戸を開けた。俺はその時昼寝をしていて、眠い目をこすりながら兄貴に問いただした。

「二人分……って誰と行くんだ?」

 俺が聞くと、兄貴は伊達眼鏡をくいっと上げて、にやりと笑った。

「もちろん、貴方とですよ! 力、決まっているでしょう?」
「ええ? 俺と? でも俺、ゲームなんて難しくて出来ねーぜ?」

 正直に言う。冗談かと思った。俺と兄貴の溝は、夏休みに入るや否や無理やり宿題をやらされた事や無理やり医者に連れていかれて血を採取させられた事で一層深くなっていた。そう、不良な俺だが、このいつも自信たっぷりの兄には逆らえた事がないのだ。弟の立場は弱い。

「僕が教えますから、問題はありませんよ。夏休みですし、どうせ力は暇でしょう? 僕も夏休みの宿題は全て終わらせてありますし、夏期講習は全て見送っておきました」
「ええ? 兄貴、もう三年生だろう? いいのか?」
「いいんです! せっかくの兄弟水入らずの夏休みなんですから」

 兄貴の笑顔。俺は無理やり宿題をやらせた事を怨んでいた自分を恥ずかしく思った。兄貴は、家族の中で唯一俺を見下さなかった。俺が勉強が出来なくて怒られている時、自分が雇うから良いのだと言い切った事もあった。そんな兄貴が、わけもなく弟を虐待するはずがない。そもそも、宿題はやらなくてはならない物なのだ。

「……で、異世界勇者召喚計画ってどんなゲームなんだ?」
「それは向こうに行ってから説明します。明後日、朝七時に秋葉原に集合ですから、五時には起きて準備をして下さい。ああ、楽しみですね、待っていて下さい、巫女アリス」

 兄貴は鼻歌を歌いながら行ってしまう。誰だろう、巫女アリスって。俺は、友達の小杉 保(たもつ)に電話した。小杉はオタクだ。以前助けてから一方的に友達認定され、ゲームの話題を一方的に話していく。姉が兄貴と同級生なのもあり、多少交流がある。

「もしもし、小杉か?」
『ど、どうしたの、小坂井君。僕に電話するなんて珍しいね』
「いや、大したことじゃないんだけど。兄貴が異世界勇者召喚計画、とかいうゲームを一緒にやろうって……」

 いうんだけど、どうしよう? という続きは、小杉の絶叫に遮られた。

『あれに応募したの!? んで、当選したの!?』

 興奮した小杉に押され、俺は戸惑いながら肯定の返事を返す。

『凄いよ! あれ、今までにない胡散臭さで話題になっていた奴だよ! 知らない? あの怪しいCM。ねぇ、ゲームの詳細を教えてくれない? ネットにアップしたいんだ。僕も応募したんだけど、落ちちゃってさぁ。いや、受かってもやるかどうかはわからなかったけど。あれ、怖いもん』

 小杉はいつも控え目なくせに、やけに饒舌になって話しこんできた。小杉はお金持ちでオタクで、大抵のゲームはやりこんでる。その小杉が怖いというんだから、珍しい。ホラーなのか? 俺はお化けは好きじゃないんだ。俺は眉を顰めて聞いた。

「ちょっと待てよ。怪しいCMってなんだ?」
『ネット上で見れるよ』
「パソコンの操作の仕方、わからねぇ」
『お兄さんに見せてもらえばいいじゃない』
「それもそうか。サンキュ、小杉」

 俺は電話を切って、兄貴の部屋に行った。ノックをして、上の空の返事を聞いて入る。
 兄貴の部屋は整理整頓されていて、ダンベルや参考書がずらりと並んだ本棚がある。
 兄貴もゲームとかするタイプではないんだよな。パソコンを良く構っているけれど、何に使っているのかはわからない。
 兄貴の目はパソコンに釘づけだった。ついでに言えば、陶然とした顔をしていた。間違いない。これは恋だ。俺はパソコンを見る。
 繰り返される、同じ映像。

『これは、全く新しいゲームなのです』

 日本人らしき黒髪黒眼の白衣の男性が、両腕を広げてコツコツと歩き、魔法陣の上に乗ったカプセルに近寄る。そうして、カプセルをそっと撫でた。

『このゲームは血液を採取して、その遺伝情報から最もその人にあったキャラを作り出し、このカプセルによってゲームに送り込むのです。ゲームの世界は超リアル! 五感があり、その映像にモザイクなんて無粋な物はありません。しかし、キャラは一度死ねば復活は出来ません。では、設定について巫女アリス様よりお話があります』

 現実ではありえない蒼い髪に、海のような蒼い瞳の美女がいかにも巫女な服を着て現れる。うわ、凄い美人。胸が零れんばかりで、まるでトップモデルのようだった。でかい瞳をうるうるさせて、巫女アリスは希う様に口を開いた。うわ、兄貴の目が熱を帯びている。

『私は、勇者を見つける為、この世界、テラに参りました。厳しい選抜の末選ばれし勇者様に、この魔法陣の上で眠って頂き、エリアーデに魂を送りこみます。エリアーデに送り込まれた魂は、魔王を倒す為に作られた至高のホムンクルス、ヒーロードールに入れられます。事前にヒーロードールに勇者様の血液が送り込まれているので、定着率の御心配には及びません。ヒーロードールには様々な魔王退治を助ける機能が組み込まれております。そして、ヒーロードールを扱えるのは、この世界の強靭な魂を持つ皆様だけなのです。どうか皆様、勇者として名乗りを上げ、私の住む世界、エリアーデをお救い下さい』

 旋律のような美しい声色。思わず引き込まれる。なんというか、手を組むポーズが凄くあざとくて、男心をわかっている感じがした。巫女アリスの言葉が終わると、男性は胡散臭い笑みを浮かべた。

『という設定です。どうぞ奮ってご応募ください』
『これは全く新しいゲームなのです』

 映像が最初に戻り、俺は兄貴に声を掛ける。

「兄貴、凄い美人だな。巫女アリスって」
「力もそう思いますか。実は僕、どうしても彼女とお近づきになりたいんです」

 兄貴は素直に望みを吐露した。それが俺には意外だった。兄は凄くモテるが、女の子に興味がないのかと思うくらい淡泊だったからだ。そんな兄が、恋をしている。相手はゲーム会社のイメージキャラクター。だから、ゲームをしてお近づきになろうというのだろうか。兄貴が健気だ。明日の天気は槍が降りそう。それでも。

「兄貴がそれだけ積極的なのは珍しいな。俺も手伝うぜ」
「ありがとうございます、力」

 俺と兄貴は拳を軽く合わせる。
 はっきり言って巫女アリスの言っている事はさっぱり分からなかったし、男は胡散臭いと感じたが、巫女アリスの美貌だけははっきりとわかった。
 相手がモデルじゃ難しいだろうが、男には玉砕しないといけない時もある。精一杯手伝ってやるぜ、兄貴。俺はそう決意して、部屋に戻る。
 けれど、俺はどこか不安だった。
 部屋に戻って、俺はパソコンに表示された画面の右下に書かれた文字を思い出した。

『本社所在地 エリアーデ』

 エリアーデって。設定の中で話している言葉じゃないだろうか。

「あれ? 俺ら、騙されてるんじゃね?」

 変な実験とか個人情報収集とか、詐欺とかに引っかかっていないよな? 頭の良い兄貴の事だから、大丈夫だよな? 恋は盲目と言うからな……。俺は不安になって、もう一度小杉に電話した。小杉の話は難しくて、さっぱりわからなかったのだった。



[21005] 一話 ログイン
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:45
 5時に叩き起こされ、食事をした後、風呂に入って身だしなみを整える。
 俺と兄貴は、俺らなりの精一杯のお洒落をして、現地へと向かった。
 俺の髪はいつにもましてツンツンだし、気合いの入った竜の刺繍をされたジャンパーを着ていた。
 翻って兄貴の髪は普段の三割増しでサラサラだし、うっすら化粧もしてるんじゃないか? 肌が白くて、リップクリームも塗っているのを見た。服のセンスもお洒落なのは良いんだが、なんだかボーイッシュな女の子ですと言っても通じそうだ。

 人の視線を集めつつも俺達が行った先は、秋葉原にある大きなビルだった。
 ビルには、夢追研究所と書かれていた。研究所か、新しいゲームだからなんだろうか? それとも、やっぱり変な実験をされるんじゃないだろうな。どうもCMのうさんくさい男が頭に浮かんでしまう。なんだかマッド・サイエンティストって感じだった。
 大きなドアの入り口らしき所に向かう。
 らしきというのは、頑丈な鉄製の扉でぱっと見入り口とわからなかったからだ。監視カメラも堂々と置いてあるし、こんなごつい扉、お目にかかった事はなかった。一応、自動ドアっぽい。

「どうしました? 行きますよ」

 兄貴の言葉に、俺は頷き、大股で進んだ。怖いと思っていると悟られたくはなかった。兄貴がインターホンで二、三話すと、自動ドアがしゅっと開いた。中には小さなゲートが五つほど並んでいて、受付のお姉さんがニコニコと笑っていた。綺麗なお姉さんの朗らかな微笑みに救われる。ちゃんとした所、なんだよな?

「勉様と力様ですね。身分証をお願い致します。……確認致しました。こちらが勉様の認証カード、こちらが力様の認証カードになります」
「これが貴方のカードですから、無くさないようにしてください」

 首にかける青い紐のついたカードを渡して兄貴が言う。俺が受け取ると、兄貴はすっとゲートに進んで、カードを機械の中に滑らせた。ピッという音と共に、がしゃんとゲートが開いて、兄貴が進む。兄貴が通ると、またがしゃんという音と共にゲートが閉まった。
 ゲート以外は透明なガラスで仕切りがあり、出入が出来ないようになっていた。
 格好良さよりも、むしろ厳重さに疑問が立った。俺は兄貴を追いかけるべく、同じようにカードを機械の中に滑らせる。ゲートを通ると、もう戻れないような気がして、俺は一度だけ出口を振り返った。当然ながら、自動ドアはとっくに閉まっている。
 鉄製の自動ドアに遮られて、見えない外が不安をあおった。

「どうしました?」

 兄貴が、一度振り返って不思議そうに告げる。まるで、なんでもないみたいに。

「なんでもない」

 不安を悟られたくなかった俺は、早足で兄貴を追いかけて、案内表示に従って奥のエレベーターへと飛び乗った。エレベーターの中にも、カード認証の装置があった。
 どうやら、目的の回にはカードをタッチさせないと行けないらしい。
 エレベーターを降りた先でも、ゲートがあった。ゲートの先に、これも頑丈そうな両開きのドア。そのドアの右上には、カメラが備え付けてあった。
 俺達がゲートを通ると、カメラが俺達の方を向く。

「お待ちしておりました、小坂井様」

 そう合成的な音声が響き、ドアが開く。そこにはいくつも扉がある他は教室のような部屋があって、椅子と机が並んでいた。あるいは屈強な、あるいは頭の良さそうな一癖も二癖もありそうな奴らが席に座っていた。女の子はいなかった。そこが少し残念だった。全員、俺達と同じ高校生みたいだった。
 部屋の奥には、扉がいくつも並んでいて、まるでホテルの廊下のようだ。
 その前、教卓のような机の前にCMに出ていた胡散臭そうな白衣の男がいて、席を指し示す。

「小坂井君。君達の席はこちらです。右が力君、左が勉君になります」

 俺はそれに頷き、席へと座った。何か、授業を受ける気分だ。勉強は嫌いなのだが。
 机の上には、契約書が二枚と魔法陣の描かれた分厚いノート、羽ペン、インク、そしてごく普通のノート、鉛筆と消しゴム、ボールペンが乗っていた。
 それから三十分ほど待つと全員が集合し、白衣の男は頷いた。その間、なんと雑談は0。
 これから遊ぶとは思えないほど皆ピリピリしていて、何か話を出来る雰囲気ではなかった。

「私は霧島 透といいます。このゲームの開発者です。諸君にはまず、契約書にサインをしてもらいます。内容はシンプルです。このゲームの内容を理解し、何が起ころうと自身の責任として夢追研究所を訴訟しません。この契約書にサインをしてもらわない限り、このゲームで遊んでもらう事は出来ません」

 それに、俺は手をあげて、一番気になっていた事を聞いた。

「危険とかあるのか?」
「このゲームは非常にリアルです。強すぎる痛みにショック死する可能性もゼロではありません。最も、そんな事が起きないよう、若く強い君達を選んだつもりですが」

 霧島の説明に、俺は不安を覚えた。ショック死? ショック死って言ったか?

「なんだよ、お前、怖いのか?」
「怖くなんかねぇよ!」

 俺と同じく不良っぽい奴に揶揄されて、俺は咄嗟に反論した。

「いいぜ、サインしてやるよ」

 俺は乱暴にサインをした。
 霧島が先を続ける。

「君達には、この研究所に一か月泊まり込んでもらいます。必要な物はこちらが用意するし、テレビも電話もパソコンも完備してあります」

 皆が頷く。俺は驚愕の眼差しで兄貴を見た。兄貴は、俺の眼差しに気付き、首を傾げてからあっと声をあげた。

「言ってませんでしたか。夏休み中ずっとゲームをするという事で、母さん達の許可は既に取ってあります」

 ふざけんな、俺が叫ぼうとする前に、するりと霧島の言葉が耳に入った。

「報酬は一人、二十万になります」
「二十万……!」
「すみませんでした、力。代わりに僕の報酬、半分上げます」
「三十万……!」

 俺はすとんと席に座る。それを先に言ってくれ。三十万かぁ。それがあれば、何が出来るだろう。

「何か起こった時の為に、保険への加入の書類も用意しておきました。費用は我が社が出します」

 霧島が、もう一枚の契約書をひらひらさせる。

「これはどこにサインすればいいんだ?」
「ここと、ここに名前を……そうそう」

 兄貴が一つ一つ丁寧に教えてくれて、俺は無事保険の手続きを終える。
 全員が二つの契約書にサインをした事を見届けると、霧島は魔法陣の表紙の書かれた本を手に取った。

「まず、これを見て下さい。これは魔……科学の結晶で、非常に高価なコントローラーの一種です。シークレットノートと言います」
「コントローラー? これが?」

 俺は本をひっくり返した。分厚い表紙だが、特に変わった様子はない。

「これはゲームに持ちこめる、唯一のアイテムと言えます。ただし、特殊な羽ペンとマイクロチップを仕込んだインクで書いた物しかゲーム内では表示されません。また、ページには限りがあります。一人一冊しか配られませんから、ID認証カードと同じく厳重に取り扱って下さい。もう一つのノートを普段のメモ代わりに使って、覚えきれなかった本当に重要な事をこのノートに書くといいでしょう。シークレットノートは脳内にのみ表示され、自分とプレイヤーしか見る事が出来ませんし、ゲーム中は後で説明するメモページにしか書き込めません。これはかなり重要です!」
「つまり?」
「力、貴方はノートに何も書かないで厳重に保管しておいてください」

 普通のノートに言われた事をメモしながら勉が答える。

「わかった」

 俺は頷き、シークレットノートを開いた。

「では、シークレットノートを開いて下さい」

 遅れて、霧島の指示。
 最初のページは、目次だった。
 チャット機能 一から二ページ。
 メモ機能 三から四ページ。
 シークレット機能 五ページから千ページ。

「最初の四ページまでは書きこまないでください。これはチャットやメモを表示する場所となります。チャットもメモも、ログが流れたり、ログアウトする度に消えてしまいますのでご注意を。左上がチーム用チャット、左下が個別メッセージ用、右が全体チャット用となります。ただし、チャットやメモは相互にコピーアンドペーストする事が可能です。また、そのIDの持ち主がID番号、ハイフン、ページ数とする事でページをチャットに出す事が可能です。最後のシークレット機能ページが先ほど申し上げた、インクで書きこめるページとなります」

 俺は早くも寝そうになり、机に寝そべった。

「そこの君。聞かないと、後悔しますよ。……死ぬほどね」

 その言葉にぞくりと背筋を泡立たせ、俺は思わず顔をあげた。
 霧島は満足げに頷き、続きを言う。

「必要な知識はホムンクルスにダウンロードしています。当社は、リアリティを追求しております。もし、あの世界にない言葉……すなわち、日本語やこの世界の事を喋ったり書いたりすれば、異端審問にかけられるでしょう。また、あまりに不適切な行為……あの世界を荒らす、魔王に組す行為をすれば、BANされます。同キャラの復活はありません。仮にキャラを死なせてしまった場合、このゲームはそれまでです、ただし、一人につき五体までのホムンクルスを所有できます。それを全部死なせてしまったらテストプレイは終了です。それと、このゲームは好きな時にログアウト出来ません。ログアウトは必ずホムンクルスカプセルの中になります。では、部屋の説明に移ります」

 霧島が手招きをする。俺達は席を立って、霧島が開ける部屋を覗いた。
 部屋の中には大きな魔法陣とその上のカプセル、本棚、机、テレビ、ゲーム、ヘッドホン、パソコンが備え付けられていた。トイレとシャワーのスペースもある。

「カプセルはベッドと兼用です。ゲームとして起動したい場合はシークレットノートをここにセットしてスイッチをどうぞ。パソコンはネットに繋がっています。ただし、内容はこちらで監視させて頂きます。それ以外はご自由に。ゲームの内容は外に漏らさないで下さい」

 その言葉に、何人かの表情が緩んだ。ネットが出来るのが嬉しいらしい。

「どうやら、このまま閉じ込められて何かされるわけじゃなさそうだな」

 そんなつぶやきが聞こえる。なんだよ、俺以外にも怖い奴がいたんだ。俺はその事に安心した。

「ログインは、毎日全員同時に行います。巫女アリスからのお言葉がありますから、全員ID番号の部屋のカプセルで寝て下さい。それでは、どうぞお楽しみください」

 俺のIDは五番だった。兄貴は六番。俺は、五番のカプセルの中に入り、ドキドキとしながらスイッチを押した。途端、カプセルのふたが閉まり、俺は意識を失った。






「勇者様、勇者様」

 呼びかけられて、俺は目を覚ます。

「勇者様」

 目覚めると、ふわりと慈愛溢れる微笑みを浮かべた巫女アリスがいた。俺は思わず顔を赤らめる。巫女アリスの美貌も色香も凄まじく、タイプではないのだがそれでも顔が近づくと照れてしまう。
 俺達は全員真っ白な空間に立っていて、その中心に巫女アリスがいた。

「力、起きるのが遅かったですね。もう皆起きてますよ」

 勉が言う。言いながらも、その視線は巫女アリスに集中していた。巫女アリスが、微笑んで言った。

「こんなにも多くの勇者が集ってくれた事、心より感謝を捧げます。貴方方には、私の住む世界、エリアーデに現れし魔王を倒してほしいのです。今から、貴方方の強靭な魂をホムンクルスに移動させます。しかし、これは決して行ってはならない禁忌の研究。決して外では漏らさないでください。ホムンクルスには、それぞれテレポート機能が付いています。それを使えば、研究所とそれまでにいた場所の往復が可能です。ただし、最初はランダムになります。チームを組みたい方は、事前に申し出て下さい。それでは、ホムンクルスを作る最後の仕上げをします。皆さん、体についたら祈り、想像して下さい。ホムンクルスが、成長する様を。混ぜた血の範囲で、ホムンクルスは如何様にも成長するはずですから。混ぜた血については事前にホムンクルスの頭に入っているので、「思い出して」下さい。それでは、ご武運を……」

 女神が言い終わると同時に、俺達は落下し始める。

「待って下さい、巫女アリス! 愛しているんです!」
「貴方が魔王を倒せたのなら、私は貴方に嫁ぎましょう」

 巫女アリスの慈愛溢れる微笑み。兄貴は思い切りガッツポーズをした。
 そして、俺は、気がつけば鏡の前の不気味なカプセルの中で丸まっていた。

「ごぼごぼごぼ!」

 俺は暴れる。鏡には、もがく赤ん坊が映っていた。 



[21005] 二話 マルゴー爺
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:46
 ひたすらもがいて溺れていると、頭の中にシークレットノートが唐突に思い浮かんだ。
 シークレットノートはひとりでにページを開き、声と共に二ページ目に文字が記されていく。俺の知らない言葉と文字だけど、何故か意味は理解できた。

『テステス。リキ、聞こえていますか? 聞こえていたら、全体チャットで書きこみってやってください。あ、ライバール語でね。わかりますか?』

 ライバール語ってなんだ? そう思うと、ライバール言語を「思い出す」。何故か、なんで忘れていたのか不思議に思うほど、俺はライバール語についてよく知っていた。
 全体チャットで書きこむ方法は、と考えると、これも頭に思い浮かぶ。

「ツトム、どうすればいいんだ? わけがわからない」

 とりあえず息が出来る事に気づいて俺はもがくのをやめたが、途方に暮れていた。
 赤ん坊状態からスタートって言われても困る。産まれてすらないじゃんか。

『今から説明します。まず、目の前の鏡を見つめて下さい。自分の姿が映っているでしょう? 最初より少し成長していますね?』

 俺が鏡を見ると、微妙に成長した赤ん坊が浮かんでいた。少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

「ああ、そういえば、少し大きくなってきた気がする」
『では、自分に混ぜられた種族を思い出して下さい。仕様確認と念じるだけでも構いません』
「うん」

 俺が仕様確認と念じると、俺を含めた十人程の人間……亜人も含めた……の姿が浮かび上がってくる。そして、それぞれの人の特徴や種族特徴が出ていた。

『それをメモ機能ページに縮小して丸々コピーして、5-3、5-4とメッセージ機能に記す』
「メモ機能ページに縮小して丸々コピー? とにかく、書き写せばいいんだな?」

 難しい作業だったが、なんとか俺はシークレットノートに書きこんだ。
 メッセージ機能の5-3、5-4の部分の文字の色が変わり、俺がそれに注意を向けると、俺のメモ機能ページが浮かび上がる。そういえば、ページを見る事ができると言っていたな。

『はい、良く出来ました。そして、今から急いで成長のプランニングを考えます。時間がないから急ぎますよ。まず、リキ、貴方には前衛を頼みたいと思っています。要するに戦士です。これは承諾してもらえますか? ちなみに私は後衛、魔法使いです』
「戦士? 魔法使い?」
『戦士とは、リキが良くやる喧嘩のようなものです。魔術師は、呪文を覚えて、その呪文を放つ職ですね。リキが受かったのは戦闘力テストだけですし、希望職を戦士で届けてあります。戦士が良いと思います。何職になりたいか、というアンケートはあっても何職があるという情報はなかったので、その職がある事を信じるしかないのですが。まあ、戦士職と魔術師職はあるでしょう。いくらなんでも』

 頭脳テスト。このゲーム、いくらなんでも敷居が高すぎるんじゃねぇか? そう思いながら、俺は喧嘩のような物と聞いてほっとしていた。それなら得意だ。

「ああ、わかった」
『承諾してもらって良かったです。では、メッセージ機能で強化するべき種族の血とその割合を送るので、その通りに成長させて下さい。念じればその通りになりますから。無論、リキが鏡を見ながら途中でこういう風に育てたい、というのがあったらそのようにしても構いませんよ』

 俺はメッセージ機能から送られたデータを見た。
 獣人、竜人、俺の順で割合が大きい。俺はとにかくその割合を念じる。
 すると、俺は凄いスピードで成長を始めた。毛がどんどん生えて来て、俺は獣っぽくなっていく。あ、割合ってこういう事か。

『リキー。貴方を信じて、魔法職特化で作ってもいいですかー?』
「好きなようにしろよ。ゲームなんだし」
『それもそうですね。これは初めてのホムンクルスですし、何職があるかもわかりませんしね。一回目は失敗前提で考えますか。じゃあ、次はグループチャットの練習でも……』
『あの、俺の成長割合も相談に乗ってもらっていいか?』

 横から見知らぬ人間のチャットが入る。IDは三。

『僕も、ゲームはあまりやった事がなくて……』

 ID七。そうだよな、不安に思うよな、この仕様。俺は兄貴がいたから良かったが、一人なら途方に暮れていた。というより、ずっと水の中でもがいていたと思う。

『僕もこのゲームは初めてですが、それでよければいいですよ。僕の名はツトムです。まず、アンケートでは何職を書きました? 知られたくなければメッセージ機能でどうぞ』

 それを皮切りに、俺達以外でも全体チャットを使い始めた。

『テステス』
『キャラ名ガストンです、皆さんよろしく』
『日本語ー』
『ライバール語―』
『教会は真名を見破る呪文を持っている上に、偽名を使えばとことん怪しまれますよ。名前は同じ方が無難です』
『え、え? そんな情報公式サイトのどこにも……あ、思い出した思い出した』
『ツトムさん、初めてなのに凄い……。関係者か何かですか?』
『簡単ですよ、初めに全部思い出すを選択しただけです』
『全部思い出す……うわ、情報量凄っやっぱりツトムさん、凄い』

 会話がはずんでいる間に、俺は成長する事に精神を集中させた。
 どうにかこうにか成長し終わり、さて次はどうするか、と思うと水が引いていく。

「ごぼっごほっごほっ」

 液体の中での呼吸から、気体の中での呼吸に移る時、俺はひとしきり咳込んだ。
 ぶるりと体を震わせて、自分の体を鏡で見つめる。
 刺々しさ、禍々しさ、力強さを持ちつつも、いかにも細くてかよわそうな翼。毛で覆われた体。犬と竜の混じったような顔。でも、体格だけは俺と同じ。軽く体操をしてみると、体はギシギシいいながら、それでも徐々に言う事を聞いてくれた。
 辺りを見回すと、そこは小部屋で、ライバール語で数字が書かれている五つのカプセルとその前の五つの鏡、鏡の横に同じくライバール語で数字が書かれている五つの箱、カプセルの横にベッドがあった。他に部屋にあったのは、テーブルとイス、棚くらいか。俺が入っていたカプセルは一番だ。
 五つの箱を開けると、それぞれに同じ鞄があった。鞄の中身は全て同じ、野宿道具などが入った物だった。
 ここから一つ貰って行っていいのだろうか。いいんだよな、俺は戸惑いながら鞄を一つ取ってドアから出る。
 俺がドアから出ると、白髪に長髭の老人が笑顔で驚きと喜びを込めて言った。

「……成功した! 成功したぞ! ようこそ勇者達! さあさあ、こちらへおいで。わしは勇者様の父のマルゴーじゃ。父さん、もしくはマルゴー爺と呼ぶが良い。さあ、名前をいうてご覧」

 まるで物語に出てくる魔法使いのような人だな。
 ローブ姿が似合っている。とてもフレンドリーで、好々爺のおじいさんだ。

「リキ……」
「リキ! 良い名じゃ! さあ、こちらへ来るが良い。三着だけ服を配布する事になっておる」

 俺はマルゴー爺の方に向かいながら、周囲を見回した。
 どことなく、研究所のカプセルの置かれてあった階に作りが似ている。
 いくつものドアがあって、あれが恐らく俺達の小部屋。その前に人数分の机と椅子があって、小部屋の向かい側には井戸と共用スペースらしきいくつかの部屋。服屋、装備屋、道具屋、食堂と書かれていた。
 俺は服屋と書かれた方へと連れていかれる。なんだかみすぼらしくて変わり映えのしない服の山から、マルゴー爺が俺の体に合わせて二揃い選んでくれた。きちんと翼を通す隙間もある。それにマント。
 そして、マルゴー爺は奥の方へ行く。奥の方には様々な仕立ての、しかし見るからに素材の生地が立派な服があり、そこからも俺に一揃い選んでくれた。
 民族衣装だろうか? 思い出そうとすると、竜人族の服である事が分かった。
 その後、俺は井戸で体を洗い、服を着た。
 そこまで行くと、次々と部屋からプレイヤーたちが出てくる。
 プレイヤー達は様々な姿をしていた。
 竜、獣人、エルフ、人。そしてそれらが混じり合った生き物。
 それらの生き物が、何も持っていなかったり、全ての鞄を引きずっていたり、鞄で股間を隠していたり、思い思いの姿で現れた。

「リキ。リキはどこですか?」

 鞄を堂々と背に担ぎ、全裸のエルフが周囲を見回していた。どことなく兄貴の面影のある、目が竜っぽくて肌にうっすらと鱗が生えているエルフだ。全裸なのに威風堂々としているその様子で、すぐに兄貴だとわかった。

「ここだ、兄貴」

 俺は手をあげる。

「ああ、翼を成長させることにしたんですね、リキ。しかし、その翼で飛べるものでしょうか?」

 兄貴の言葉に、俺は口をとがらせる。

「俺はただ兄貴の言う通りの割合にしただけだよ」
「それもそうですね。すみませんでした。次からは、翼特化か、翼を完全になくしてしまうかは考えた方がいいですよ」
「わかった」

 わかったと言いつつも、そういう微妙な調整は俺には分からない。複数の生き物を混ぜつつも調和を保っている兄貴が羨ましかった。なんだよ、教えれくれるって言った癖に。

「ようこそ、ようこそ、勇者達。わしはお主らの父じゃ。父さん、もしくはマルゴー爺と呼ぶが良いぞ。さあさ、並びなさい。服を選んでしんぜよう。鞄を持っていない者は持っておいで。そこに服を入れると良かろう」

 プレイヤーがなんとなく列をなし、順番に服を身立ててもらう。兄貴は最後だった。
 兄貴は薄い緑の服、俺が薄い茶色の服。
 皆似たり寄ったりで、その装備に不満そうだった。全員が体を洗い、服を着ると、マルゴー爺は声を張り上げた。

「さあさあ、次は装備じゃ。どんな装備が良い? 武器はナイフが一つ、自由に選ぶ武器が一つずつ配られる事になっておる」

 次に向かったのは装備屋という部屋。
 ナイフが奥の壁に一列にずらりと並んでいて、左の壁に色んな武器、右の壁に鎧が陳列してあった。

「俺は棍が良いな。鉄パイプみたいだし。ナイフはこの大振りの物が良い」
「そうですね、僕は……あつっ」

 兄貴はナイフに手を伸ばして引っこめた。

「指を切ってしまいました」

 血が滲み、兄貴は指を咥えて血が止まるのをじっと待つ。
 それに、なんでか皆が動揺する。

「おい……ここまでリアルって、やっぱり……」
「HPとかステータスとか、何それって感じだもんなぁ」

 ぼそぼそと話しあう声。何が不安なんだか、俺にはさっぱりわからない。

「おいおい。大丈夫かよ、兄貴」

 怪我の心配もそうだが、この空気が何か怪しい。俺の知らない事で重大な事があるんじゃないか?

「そうですね、この調子だと味方には攻撃が当たらないとかありえなそうなので、弓矢はやめて置きましょう。例えゲームでも、間違えてリキに当たったら立ち直れません。ここは大人しく短剣にしておきます」

 兄貴は俺の大振りのナイフより少し大きくなった程度の短剣と、隠しもてるくらい小さなナイフを受け取った。

「杖じゃなくていいのか?」
「武器はいずれまた買う事が出来ます。まだ魔法使いじゃないですし、魔法使いになれても初期呪文がないみたいなんですよ。チュートリアルでどうにかなるなら良いですが……そうでなくば、呪文を手に入れるまで、無力になってしまいます。だから杖じゃなくて、短剣なんです」

 それを聞いて、杖に手を伸ばしていた幾人かが手を引っ込める。

「マルゴー爺さん、魔法はチュートリアルで手に入らないのか?」

 混じり気なしのエルフが爺さんに聞いた。すると、マルゴー爺は首を傾げた。

「チュートリアルとはなんじゃ? 魔法は、入信してルビスタルを使えば使えるようになるぞ。ルビスタルは、魔物を倒すと手に入る。安心するが良い、この近くは結界が張ってあって無人だからの、強い魔物は入れんし狩る者はおらんしで弱い魔物がいーっぱいおるんじゃ。ちなみに、いくら弱い魔物と言えど、何度も殴れば杖は折れるぞ。杖が欲しければ、ルビスタルは他の者に取ってもらうんじゃのぅ」

 それを聞いて、エルフが短剣を取った。他の者もそれに続く。

「兄貴、ルビスタルが欲しければ俺が取るけど?」
「魔物を倒すと、他に貢献度が手に入ります。それは経験値のようなもので、個人にしか入らないのですよ」
「ツトムさん、凄い……。経験者みたい」

 竜人がキラキラした瞳で言う。それに兄貴は微笑んだ。

「いやぁ。公式サイトは繰り返し見ましたし、全て思い出すをなんども使いましたし。努力でどうにかなるものですよ」

 そこで、マルゴー爺が声を張り上げる。

「さあ、次は鎧じゃ」

 これは、全ての鎧が似たような物なので、サイズを合わせるだけで終わった。
 鎧を着るってなんか面白いな。ちょっと動きにくいけど、ゲームって感じだ。

「次に道具じゃ。特別に、パワーポーションとマジックポーションを一瓶ずつ渡してしんぜよう。高級なものじゃから、大事に使うんじゃぞ。これはすぐ出せるよう、腰に下げて置くが良い。他の旅に必要な道具は全て鞄に入れておいた」

 クッションの入った袋に、試験官のような物に入った赤と青の液体。それを俺は腰にぶら下げた。

「さあ、最後じゃ。それぞれの種族に合った食料を用意してしんぜよう。混ざり物の種族が多いから限界はあるがの。その間、料理を食べるが良い。生まれたばかりじゃから、よく噛んで慎重に食べるんじゃぞ」

 マルゴー爺が食堂の奥に消える。食堂には様々な料理が用意してあり、俺達は歓声を上げた。見た事もない料理ばかりだ。特に肉に強い食欲を感じた。
 俺は一つ一つじっくりと味見していく。食い散らかすもの、ひたすら同じ料理を食べる者、俺と同じくいろんな料理を食べる者、様々だったが、高校生男子に相応しく、食べない者は一人もいなかった。
 食べている最中に、マルゴー爺が食堂からよたよたと荷物を運び、俺達に渡して行く。
 ちょうど全員が食べ終わった頃、配布が終わった。
 マルゴー爺は腰に手を当てて、俺達を見回した。

「息をした、歩いた、水浴びをした、食事を食べた。全て問題ないようじゃの。さあ、いよいよ入信するのじゃ。信じる神を決めたら、わしが洗礼をしてしんぜよう。その後は魔物を退治するのじゃ。一週間を限度に、満足いくまで戦えるようになったら出立じゃ。ただし、必ず一週間したら戻ってくるんじゃぞ。道具箱には反対側に傾けようとも、一方向に砂が落ち続ける特殊な砂時計が入っておる。それの砂が全て落ちるまでに戻るのじゃ。出ないと、向こうの体が持たん。まあ、砂が落ちると同時に自動で自室に転送されるんじゃがのぅ」
「は……?」

 今、体が持たないと行っただろうか。
 あれ? もしかして俺ら、騙されてるんじゃね?
 やっぱりこれは研究所の実験か何かなのだろうか。



[21005] 三話 そして冒険は始まる(ここまで同じ)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:46
 向こうの体が持たん……向こうの体が持たん……その言葉は俺の頭の中をぐるぐると廻っていた。

「どうしましたか? リキ。何も飲み食いしなければ体が持たないのは当たり前でしょう」

 にこりと笑って兄貴が言う。何か、圧力を感じるような気がするのは気のせいだろうか。でも俺は、そんな些細な違和感よりも疑問が溶けた安堵の方が大きかった。

「ああ、そうか! そうだよなぁ。一週間飲み食いしなければ、そうなるよなぁ。って事は、早く帰った方が良いのか?」
「そのあたりは問題ないのじゃ。この世界の7日が、向こうの1日になるように調整しておる」
「そっか。でも、1日食べないってのも問題だよな。そういうことか。で、入信って?」
「職業に就くのと同じようなものです。重要なのは、これをしないと貢献度が得られず、レベルアップ出来ないという事。神様を思い出すとして見て下さい」

 俺はじっくり思い出す。しかし、情報が膨大すぎてわからない。

「どの神様を信じればいい?」

 途方に暮れて俺が聞くと、兄貴はいくつかの神の名前をあげた。

「戦闘職関連の神様に限定して思い出しました。この中から、リキがピンと来た神様を選んでくれればいいですよ。僕もちょっと考えます」

 俺はしばらく悩んだ後、名前が覚えやすそうだったドリステン様について思い出す。
 使える技。パッション。育つ力。パッション。くれるご褒美。パッション。教義。パッション。貢献度の得方。パッション。

「兄貴、パッションってなんだ?」
「激情、情熱って意味ですよ」

 情熱かぁ。うん、俺みたいな脳筋にはこれくらい単純な神様が良いのかもしれない。
 マルゴー爺の所に向かうと、神の名を告げる。俺が一番最初だった。

「ドリステン様じゃと!? 随分変わった神を選ぶのぅ。よし、洗礼を受けさせるから、この衣装を着てドリステン様の紋章を刻印したマラカスを思い切り振るのじゃ。そしてドリステン様に祈るのじゃ。その祈りが届くまで!」

 俺はマスカラを振った。振りまくった。激情と情熱を掛けて振りまくった。

「ドリステン様、おいでませ!」

 リズミカルなマラカスの音と俺の叫びと共に、俺の頭の中に声が響き渡る。

『な、なんだこの感覚は!? メリールゥ、メリールゥ! 頭の中で声が……ぶふぅっわしに入信者だと!? ……何を考えているのだ!?』

 急に頭に響く声。なんて偉大なる存在なんだ。だが、ドリステン様が俺に降りてくる感覚は現れない。まだか、まだ俺の祈りは届かないのか!俺はひたすらマラカスを振った。

「ドリステン様、おいでませ!」
『落ちつけ、よく考えるんだ。家族に相談はしたのか? 入信は人生で一度しか出来ぬのだぞ。というかあの馬鹿らしい洗礼の儀を本当にやったのか!? 笑うな、メリールゥ!』
「ドリステン様、おいでませ!」

 祈れ、祈るんだ!

『ぎゃあああ! いつの間に皆、集まってきた!? その入信コールをやめろ! 主神様、入信許可命令は卑怯です!』

 主神様の命令だと!? あと一息だ!

「ドリステン様、おいでませ!」
『くぅ……仕方ない、そなたの入信を許可しよう。こうなったら徹底的に苛めぬいて……そ、そんな、主神様! 無理です! ……くぅ、仕方ない。覚えてろよ!?』

 俺の首に何か異物感がする。これが入信の証なのか? 凄まじいやり遂げた感とわき上がる力!

「やったぁぁぁぁぁぁ! ありがとうございます!」

 俺は大声をあげて喜びを表した。

 「おお、入信の証のルビスタルボックスが……! って、犬の首輪……かの、これは……。とにかく、おめでとう!」

 マルゴー爺が褒めてくれる。入信って大変なんだな。しかし、兄貴の助けなしで入信できたのは我ながら偉い。

「で、入信が済んだら、どうすればいいんだ?」
「後は魔物と戦うだけじゃよ。出口はあちらじゃ。結界の外には出ないようにの。準備が済んだら来るが良い。ランダムに町に飛ばすからの」

 俺は指示されたドアを通る。長い長い廊下を抜けると、頑丈な扉があった。
それを開けて進むとまた扉。一枚、二枚、三枚もの扉を抜けると、眩しい光が俺の目を刺した。
 一面の草原に、丸い不思議な生き物が点々と辺りをうろついている。
 緑の草が、さわやかな音を奏でる。
 風が気持ちよく俺の毛皮を撫でていった。何か、無性に走りたくなってきた。
 俺は走った。初めは上手く体を操れず、転びながらだった。でも、段々感覚が慣れて行く。不思議な生き物の傍を通った時、不思議な生き物が牙をむいた。足に噛みつかれそうになった所を、すんでの所で避ける。

「はは……はははっ」

 俺は、いつのまにか笑っていた。なんだか気分が良い。
 思い切り駆ける。駆ける。駆ける。なにやら、後ろから不思議な生き物がついてくるが、それも気にならなかった。
 気の済むまで駆けると、俺は笑顔のまま後ろを振り返る。そうして俺は呻いた。
 まるっこい不可思議な生き物が、大挙して俺を追いかけていた。

「おいおい……俺、いきなり死にそう……」

 棍を握りしめ、振るう。重い衝撃と共に、一体の魔物が張り倒された。
 張り倒された魔物が青いクリスタルに変わる。その時、頭の中に声が響く。

『あー、うるさいうるさい。やればいいのだろう、初めて魔物を倒した祝いを! ほれ! いたっ叩くな……何!? お前もか、メリールゥ! やーいやーい。わしの苦しみ思い知れー』

 その時、大きめのマラカスが天から落ちてきた。俺は思わず棍を取り落とし、それを受け止める。次の魔物が襲ってきて、俺はとっさにマラカスで殴りつけた。しっくりと手になじむ感覚。さっきよりは軽い衝撃。
 またも魔物は青いクリスタルに変わった。

「ははっ……いいなこれ。サンキュ、ドリステン様」

 俺はドリステン様に礼を言って、魔物と戦う。しかし、叩いても叩いても大挙して押し寄せるプルプルした不思議な生き物。

「うわっツトムさん! リキさんが魔物の大群に囲まれていますよ」
「大丈夫か、リキ!」

 何人かのプレイヤーが武器を手に走ってきた。その動きは走り始めた時の俺と同じで、どことなくぎこちない。
 それぞれが思い思いに魔物を攻撃する。兄貴はうっすらと笑みを浮かべて魔物に短剣を突き立てた! その一撃で魔物は消え、天から二枚の扇が降ってくる。
 兄貴は短剣を腰に差し、その扇を手に取ると、扇で魔物を切り裂いた。まるで、踊るように。
 他のプレイヤーは……駄目だ、腰が引けてる。剣が掠って魔物が痛そうな声を上げるたびに、顔を歪める。そうだよな、他の生き物を傷つけるなんて普通できないよな……俺は喧嘩で慣れてるけど。むしろ兄貴がそういう事が出来るのに驚くべきか。喧嘩なんて縁がないはずなのに、随分簡単に、しかも躊躇なく剣を突き立てた。俺だって、生き物に刃物を向けるのは躊躇する。
 よそ見をしたからか、魔物に噛まれた。いてぇ! 俺は腕を思い切り振って振り払う。

「今助けるぞ!」

 プレイヤーが扉から続々と出て来て加勢する。
 終わった頃には、皆ボロボロでへたり込んでいた。

「これで一番弱い魔物かよ」

 獣人の言った言葉に、兄貴は反論する。

「弱いですよ。全力で攻撃すれば僕でも殺せましたから。……ルビスタルは、全員に分配しませんか? 始めですし。これで一旦レベルアップしに戻りましょう。僕も呪文を覚えたいですし」

 そう言って兄貴は足を思い切り捲った。何かと思えば、太ももに赤く光る宝石が並んで嵌めてあるガーターリングが嵌めてあり、それが光ってルビスタルを吸い込んだ。
 あれってどうやるんだろうと思うと、俺の首の違和感のする場所にルビスタルが吸い込まれていく。
 他のプレイヤーは皆、腕輪や指輪タイプになっていて、それぞれルビスタルを吸い込む。兄貴に視線が行くのはわかるが、俺にまで視線が行くのはどういう事だ。
 とにかく、兄貴の言葉に皆が頷き、部屋へと戻る。そこでは、数人のプレイヤーがあるいは悩み、あるいはモンスター退治に出る勇気がなかったらしく、こちらを伺っていた。

「どうだった?」

 エルフが、包帯を持ってきて聞く。純血っぽいのが多いんだな。

「ありがとうございます。魔物はそれほど怖くありませんでした。怪我はしましたけど、死ぬほどではありません。初めに準備運動をしていった方がいいですね。体が違うと感覚も違うし、出来たばかりの体ですから慣れるまでに時間が掛かるようです。良かったら、このルビスタル使って下さい。呪文を覚えてからの方が戦いやすいでしょうし」

 兄貴は包帯を受け取り、俺の噛まれた腕に巻いてくれる。
 他のプレイヤーも、次々と包帯を取って治療をする。
 ハーフエルフは何度もお礼を良い、ルビスタルを持って何事か呪文を唱えた。
 ルビスタルが宙に消えて、ハーフエルフがギュッと拳を握った。

「これで戦いに行ってみます」

 そしてエルフが扉へと消えて行く。

「まず、レベルアップは……と。良かった。出来ますね」

 そして兄貴は扇を使って舞を踊りだした。
一体何を……と言いかけて気づく。そっか。レベルアップの儀式か。俺はレベルアップの儀式を思い出す。そうそう、洗礼と同じだったな。
俺はマラカスをリズミカルに振った。

「メリールゥ様、お願いします!」
「ドリステン様、おいでませ!」

 俺達の声が重なった。え? メリールゥって……。

『レベルアップか? あー面倒くさい。どう育ちたいと思ってわしを選んだのだ?』

 頭の中で声が響いたので、俺は答えた。

「俺は兄貴を守れるくらい強い戦士になりたい」
『ガルギルディンに入信しとけ! 後獣人なら……獣人? 竜人? 人間? なんだお主……随分妙な奴だな……なに、これは……よし! モルモット的な意味でわしに仕える事を許す!』

 ガルギルディンについて思い出して、その情報量に目が回していた俺は我に却って答えた。
「モルモットってなんだ?」
『可愛がってやるという意味だ』
「ありがとうございます!」
『……馬鹿だな? お主。まあよい。戦士系の補助神として登録したのはわしだしな。あんなの一番上が戦士系だけだっただけなのだが。適当に力でも増やしておけばよかろう。む。不味いな。呪文を考えてなかった。戦士系だから特技か。ワシは呪文の方が得意じゃから呪文で良いかの。名前は適当にパッションで……呪文もパッションで……振りつけは洗礼と同じで……効果は……む、補助神になる時にランダムで貰った回復呪文の素が一つか。やれやれ、後で補充しないとならんのか、面倒な。じゃあ回復で。相場が分からんが……とりあえず、ルビスタルを千貰おうか……ってメリールゥ、抱きつくな! 一体どうしたんだ。何? 信者が怖い? 知るか。モルモット、さっさとルビスタルを寄こせ』

 俺は持っている全てのルビスタルを差し出した。ルビスタルが砕けて消える。

『全然足りんな。レベルアップの処理だけしてやろう……それも足らんな』
「わかりました。兄貴ー、俺、ルビスタルが足りないから魔物狩ってくる」

 俺が振りかえると、兄貴も神と会話しているらしく、何事か呟いていた。

「入信の許可をしたのは貴方様です、諦めて下さい。そしていつか魔王を倒し、巫女アリスを嫁にする僕が有名になるのは確実。きっと大勢の人に崇められる事になりますよ、邪神としてね。ククク……ハーッハッハ……おや? リキ、どうしました? 今、悪役ごっこをしていた所なのですよ。ねぇ、メリールゥ様」

 あ、悪役ごっこ……? 悪役ごっこなのか、そうか、良かった。俺、一瞬本気にしてしまったじゃないか。兄貴もたまにはふざけるんだな。

「俺、ルビスタルが足りないから狩ってくる」
「ちょうど僕も、もっとルビスタルを欲しいと思っていた所なのですよ。一緒に行きましょう」

 俺達は真っ暗になるまでルビスタルを集めた。その頃には皆、入信が終わってルビスタルをせっせと集めていた。そろそろ冒険に行こうという者は一人もいない。どころか、一週間はここにいようか、と言い出す者までいた。俺と兄貴は話しあって、翌日から町に向かってみる事にした。
 その日の夕食、皆を集めてマルゴー爺が言った。

「言い忘れておったが、転送にはルビスタルを百使う。それに、この研究所にもルビスタルや貨幣や研究材料を提供して欲しいんじゃ。食料は自給自足できるから良いが……この研究所はわしの私財を投げ打って作った物。国の援助はない。どころか、隠れていなければならん存在じゃ。よいか、くれぐれもこの研究所の事も仲間の事も言ってはならん。素性は出来るだけ隠すんじゃ。心配せずとも、冒険者に素性を聞くのは禁忌じゃ。異端審問官にはくれぐれも気をつけるんじゃぞ。魔王の出現で気が立っておる、些細な事で火あぶりにされかねん。もう駄目じゃと思ったら、リセット機能を使うが良い。ただし、それを使うとそのヒーロードールは死んで、二度と使えん。このゲームはリアルじゃから、RPとやらを忘れずに。それが長生きのコツじゃとキリシマからの伝言じゃ。……この世界を頼んだぞ、わしの愛しい子供達」

 食事を終えると、俺は早々に部屋へと向かい、眠りについた。色々あって、疲れきっていた。ルビスタルは兄貴のアドバイスのお礼にと皆が寄付してくれた分もあったが、千個にはとても足りない。転送用が精一杯だ。
 次の日の朝、部屋を出ると兄貴を起こし、顔を洗って朝食を食べる。
 兄貴がルビスタルボックスを出しやすいよう、片足だけ短パンにして腰布にスリットを入れるのを待ってから、俺達はマルゴー爺の所に行った。

「全体チャットで様子を知らせてくれよ」

 エルフが言い、俺と兄貴は頷いた。

「では、町へ送るぞ」

 マルゴー爺が呪文を唱える。
 そして俺の視界は光で覆われる。
 俺はとっさに目を庇い、そろそろと開く。すると、そこは荒野だった。
 一瞬前までは研究所の中にいたのに。自分の目が信じられない。
 遠くに、小さく町と、それを囲むように立つ物見櫓と小さな神殿がある。
 町の周囲に配置した神殿で町を守る結界を維持しているのだと思いだせた。

「行きますよ、リキ」

 兄貴に促され、俺達は町へと歩き出した。



[21005] 四話 ラピスとバルガス
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:47
 町に近づいていくにつれ、活気が近づいてくる。

「なあ……。最近のゲームってこんなにリアルなのか?」

 俺にはよくわからないが、こんなに多くの人々、それも異国語が混じっていたり、それぞれが意味のある会話だったりを用意するのは凄く大変なんじゃないか?

「最新型のゲームですからね」

 兄貴は俺の言葉にうっすらと笑って言った。その笑みを見て、何故か背筋がゾクッとする。秋葉原に来ていらい、どうも不安にもぞもぞしてしまう。だが、そんな俺に構う事無く、兄貴はすぐに目線を露天に移す。
 俺も露店を覗くと、露天商が仰け反った。

「お、おお、悪いね! 竜人と獣人の混血は見た事無かったもんで……って、首輪付き? あんた、奴隷かなんかかい? 冷やかしは困るよ。あれ、人間の血も混じってる? お連れのお嬢さんは竜人とエルフかい?」

 露天商の言葉を右から左に流しながら、俺は商品を見つめる。そこには色々とアクセサリーが売られていて、俺は目移りをした。アクセサリーはぜひ欲しい。こんな粗末な服じゃ酷過ぎる。俺はこう見えて、お洒落さんなのだ。

「リキ。必要な物はもう既に持っているはずです。手持ちの資金も少ない。少なくとも冒険者ギルドに申し込みをして仕事を手に入れて、今日の宿を手に入れるまでは無駄遣いは避けないと。それとも今日、野宿をしますか?」
「兄貴」

 俺は名残惜しく立ち上がる。兄貴の言う事ももっともだ。

「兄貴ぃ!?」

 露天商は今度こそ目を丸くした。

「あんた、竜人とエルフの混血で男かい!? 男なのにガーターリング? 兄貴ってどういう事だい?」
「先を急ぐので……」

 兄貴は露天商に微笑み、俺の肩に手を置いて促した。

「ちょっと待ったぁ! 冒険者ギルドと宿の場所なら教えてやるよ。あんたほどの美人なら、例え男でも野宿や下手な宿は危険だ。その代り、なんか買って行ってくれよ。冒険者になるんなら、最低限の資金は持ってきているんだろ。この毒防止のアクセサリーなんか、値段は張るが重宝するぜ。あんたらの事情を聞かせてくれるのでも良いぜ!」

 露天商は身を乗り出して陽気に話しかけてくる。
 兄貴はちらっとアクセサリーに目を走らせる。正確には、その値段と効果表に。

「毒防止には非常に興味がありますが、値段が張りますしキリがありません。リキ、ステータス一アップから好きな物を一つ選んで下さい」

「そうだな……じゃあ、これを」

 俺はその中から、銀の複雑な文様をした腕輪を一つ選んで身につける。それはぴったりと俺の腕にはまって、俺は気を良くした。

「まいどありっギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだ」

 兄貴は頷くと、料金を払って俺の背を押した。

「中央神殿で祈ってから行きましょう」
「ああ、そっか」

 俺達、もう信者なんだ。事細かに祈らないと駄目なんだな。
 兄貴は町の中央に真っ直ぐ進んでいく。中央神殿ってこっちの方で良いんだっけ?
 そう思うと、中央神殿はどの町でも中心地に建てられるという事が思いだせた。
 中央神殿まで行くと、さすがに人が凄い。俺と兄貴は、人にぶつからないよう十分に注意して進まねばならなかった。
 ようやく神殿の中まで入ると、神々のリストの刻まれた石碑が中央に聳え立ち、それを囲むように各神殿の出張所が配置してあった。
 リストの隅っこ、補助神と書かれた所に、ドリステン様とメリールゥ様の名前もちゃんとある。
 軽く一周してみたが、ドリステン様とメリールゥ様の出張神殿は無いようだ。
 がっかりしながら、一際大きな主神様を祭る神殿の出張所に向かう。
 主神様は神様のトップだし、そこの神殿では全ての神を一緒に祭るので、自分の信じている神様の神殿が無い時は主神様の神殿に向かうのだ。

「どうしましたか?」

 神官が俺達を見て一瞬目を見開いたものの、すぐに柔和な笑みで押し隠す。何事かと、それとなく神官達が寄ってきていた。

「主神様と信じる神様に祈りに参りました。それと懺悔を」
「喜んで伺いましょう」

 兄貴は神官の前に跪く。俺も一緒に跪いた。

「いよいよ、僕達も冒険者として独り立ちする日がやって参りました。心優しい商人に、冒険者ギルドはその道をまっすぐ行って青い屋根の家を左に行った突き当り、それで安全な宿はギルド左横の細道を少し歩いたとこだと教えてもらい、何とかギルドに辿りついて宿をとる事が出来そうです。主神様、メリールゥ様、どうかご加護を」
「ドリステン様、どうかご加護を」

 懺悔というより報告を済ませると、兄貴は神官に礼を言って僅かに硬貨を差し出した。

「主神様も、貴方達の旅立ちを祝福してくれますよ」

 神官は硬貨を受け取り、優しく笑いかけた。

「兄貴。待ってくれ」

 俺は兄貴を追いかける。兄貴と言った時、周囲がざわめいた。
 もしかして、目立つんだろうか、俺達。混血と言う事に驚いていたようだったし、混血はあまりいないのかもしれない。
 神殿を出る直前、神官は俺達を呼びとめる。

「この指輪を特別に差し上げましょう。主神がお守り下さるでしょう」
「ありがとうございます」

 兄貴は早速指輪を俺につけさせる。そして神官に別れを告げた。
 神殿を出ると、俺達はまず、冒険者ギルドへと向かった。通りは大きく、迷う心配は全くと言っていいほど無かった。
 ギルドは重厚な建物だった。作りは立派だけど、中にいる奴らで威厳が台無しだ。迫力のある奴ばかり、もっと言えばチンピラが多かった。兄貴は一瞬立ち止まり、笑顔と言う仮面を被って中に入る。俺はさりげなく兄貴の先に立った。
 ギルドに入ると、俺達に視線が集まる。何人かは、兄貴を見て口笛を吹いた。

「ひゅう。混血だが、良い女じゃねぇか」

 兄貴はまっすぐに受付へと向かい、品の良さそうな男の人に入会費を支払った。

「何か仕事を探しているのですが……」
「あるぜ。混血のねーちゃん。こっちで酌をしてもらう。混血でもそれくらいは出来るだろ?」

 獣人が兄貴の肩に伸ばした手を、俺は掴んだ。

「兄貴に手を出すな」

 その言葉に、やはり周囲がざわめいた。ようやく俺は気づく。そうだ、今の俺達は兄弟に見えないから、それでか。一人頷いていると、受付の男が奥の壁を指し示す。

「あちらが仕事のリストになります。文字が読めなければ、あそこの子供が銅貨一枚で一つ、依頼を読み上げます」
「ありがとうございます」

 そして、兄貴は掲示板を見る。

「やっぱり、想像と現実は違いますね」
「?」
「冒険者ギルドにはもう少し夢を抱いていましたので」
「確かに、ここ、そわそわするほど治安悪いよな」
「そうですね。しかし、どの依頼も難易度が高そうですね……」

 兄貴は掲示板を前に考え込む。
 そこに、話しかける者がいた。

「困り事か?」

 やたら良い声に振り向いて、俺と兄貴は目を丸くした。
 ハスキーのような犬耳に凜々しい顔立ちの、まるでアメリカ俳優のようなイケメンがそこにいた。どうやらハーフのようだ。小杉の姉が喜びそうな容姿をしている。

「まだ冒険者になったばかりで、勝手がわからないんですよ」
「ふむ……同じ混血のよしみだ。教えてやろうか。俺の名はバルガス」
「良いんですか? 助かります。僕はツトムと言います」
「おお、ありがとう。俺はリキだ」

 イケメンは性格までイケメンか。

「この掲示板の上はこの近辺の魔物情報だ。この辺の魔物が競争相手が少なくて良いぞ。手に入れたルビタリスは冒険者ギルドで売れる。それと、薬草採取の依頼がこれ。薬草を採取しつつ、魔物を退治してルビタリスを売るのが良いな」
「なるほど」

 兄貴は全体チャットですかさず情報共有する。
 薬草って言われてもなぁ……「思い出す」と薬草が出てきた。おお、あるじゃないか薬草。

「ついでだ。一緒に薬草採取に行くか?」
「是非」

 そういうわけで、俺達三人は早速街の外に薬草採取に行く事にした。
 バルガスさんの言う穴場に、その少女はいた。
 燃えるような赤毛の女の子で、獣人で、犬耳で、垂れ耳だ。
 まるで小型犬のような明るく人懐っこい笑顔の、神官服の可愛い子。
 茶色い瞳が優しそうで、美しい。
 その小さな体で振り回すのは、斧のような剣。
 
 俺は、一瞬で目を奪われていた。

「ラピスか」
「バルガス! まだ死んでなかったのね!」

 ラピスというらしい可愛い……本当に可愛い女の子はこちらに歩いてくる。
 その瞬間、俺はバルガスが大嫌いになった。
 可愛い女の子を前にして、イケメンは敵である。



[21005] 五話 不穏な世界
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:47
 ラピスは目を丸くした。

「あのくそプライド高くて自分の種族が一番で他の種族は汚らわしいとすら思ってる竜人と同じく自分大好きで他は醜いと思っているエルフとその二種族から蛇蝎のように嫌われている獣人の混血!? 人間の血も混じっているわね! しかもホモの女王様とその奴隷ですって!? 中央神殿から怪しい人間に渡される監視の指輪もしているし、貴方よくこんな怪しい人達と行動しているわね。私も混ぜてよ、面白そう!」
「リキは奴隷ではありませんよ。僕の可愛い弟です」
「弟! おとうと!? 少なくとも腹違いよね。でもエルフにしろ竜人にしろ、浮気なんて絶対許さないわよ! 変態強姦魔の竜人でもいたわけ? ちょっとあんたたち、懺悔しなさい。素性を懺悔しなさい。大丈夫、私は神官よ!」

 ぐいぐい寄ってくるのに圧倒される。か、可愛すぎる……!

「ラピス。失礼だぞ。お前だって混血だろう」
「おっと、ごめんなさい。私はラピス。神官ラピスよ」
「俺はリキ! あ、あの。可愛い!」

 なんだよ、可愛いって。ああ、もっと上手く口説けない物か。
 ラピスは目をぱちくりさせた。

「貴方、混血の私相手なら靡いてくれるかもって思ってる?」
「へ? 混血って? 俺は、ただラピスが小型犬みたいで可愛いなって……」
「混血ってもしかして、迫害されているのですか?」

 ラピスとバルガスは、目を見開いた。

「嘘! 貴方達、どこでどうやって生きてきたのよ!? それだけ血が混じっていれば、一発で目を引くわよ! 差別とか迫害とか頭から吹っ飛ぶほどインパクトあるわよ! そこまで突き抜けてると逆に被害を受けないわけ?」
「混血による迫害は酷いぞ。当たり前だ。そもそも神が種族が混じるからと異種族に対する恋愛感情を排するように作っているのだからな」
「ふぅん……。これは有益な情報ですね」
「ちょ、待ってくれ! もしかして、ラピスと俺は結ばれないって事か!? そんな!」
「会ったばかりじゃない、私達」
「う……一目惚れなんだ、悪いかよ……」
「竜人の本能はどこ行った」
「ま、まあ、私は可愛いからね。仕方ないわね。でも、小型犬見たいってあんまり褒め言葉に感じないわ」

 話している間にも、寄ってくる魔物を粉砕するバルガスとラピス。
 二人とも強いんだな。

「素性は明かせませんが、魔王討伐を目指す善良な初心者冒険者ですよ」

 その言葉に、ラピスとバルガスは真顔になった。

「……冗談でも魔王討伐なんて軽々しく言う物ではないわ」
「この辺りはゴブリン魔将軍の被害が多いからな」
「ゴブリン魔将軍?」
「それも知らないの? ゴブリンの総元締めよ。一体一体は弱いけれど、狡猾で数が多くて、エルフの森も敗北しているの。生き残りは、エルフのお姫様で異端審問官のラーデス様だけよ」
「ふーん……」
「ひとまず、レベル上げと資金稼ぎですかね」
「レベル上げ? 貴方達も神官なのね。神様を聞いても? 私はガルギルディン様よ。産まれた時、ガルギルディン様が祝福して下さったから私は殺されずに、神殿に引き取られたの。弱い者の味方をされる、格好良い神様よ」
「ドリステン様だ。俺の神様も、偉大なる神様だ」
「メリールゥ様はいずれ、最も有名な神になるでしょう……僕の活躍によってね」
「ハルバーン様だ。偉大なる神なのは全ての神がそうだろう。……だが、聞いた事のない神だな」
「邪神じゃないでしょうね? 異教徒は神官として、始末しないといけないわ」
「邪神って?」
「そこからなの……?」
「そこからか……」

 ラピス達はため息をついた。

「邪神って言うのは、偽の神様や、主神様から離反した神の事よ」
「それなら大丈夫だ」
「それなら大丈夫ですね」
「むー、まあ、それは後で調べておくわ。とりあえず、神の徒として接するわよ」
「おう」
「わかりました」
「貴方達、世間知らずみたいだから、バルガスもしっかり面倒見てあげなさいよ。拾ったら最後、その人の責任なんだからね。恨むなら自分を恨みなさい。どうせ、ここへは薬草を探しに来たんでしょ。どうせ鍛錬中だから一緒に行ってあげる」
「ラピス、サンキュー!」
「助かります。バルガスさんは、それでも良いですか?」
「構わん。ラピスも詳しいからな。色々教えて貰うと良い」

 その後、薬草探しに更に街から離れる。
 俺達も、ラピスとバルガスに見守られながら戦う事になった。

「あっアハハハハハハハ! やばい、笑い死んじゃう!」

 戦闘が始まるなり、ラピスはゲラゲラと笑う。
 マラカスで普通に殴っているだけなんだが……。後兄貴、踊りながら扇を振り回して攻撃するのは教義なんだろうか。順応早いのは良いんだが、スリットからガーターをした方の生足がチラチラ見えて変に艶めかしい。
 
「それも教義なのか?」
「おう!」
「そうか……。変った神がいるものだな」
「二人とも、戦い慣れはしているようね。……人間相手みたいだけれど、貴方達騎士団相手に大立ち回りとか、無辜の市民を大量虐殺とかしてたりする?」
「えっ 俺はよく喧嘩したけど、兄貴は勉強漬けだったはずだ。それに俺は女子供に手を出した事はねぇ」
 
 兄貴を見ると、兄貴は穏やかに笑った。

「鍛えてたんですよ」
「そうか」

 なんだかぞわっとしたから、深く突っ込むのはやめておこう。
 俺達は薬草について学び、ルビタリスを集めて帰った。

 薬草も、ルビタリスもそんなに高くは売れなかった。
 半獣に対する差別も混ざっているらしい。ラピスもさらっと殺されかけたと言っていたし、ハーフって大変なんだな。向こうだったらそんな事したら人権団体が凄い事になりそうだけど。でも、神様が異種族間は恋愛禁止と言ったならば、しょうがないのかもしれないな。
 ちなみに、露天商に紹介された宿は人身売買の場所だそうだ。
 俺達はバルガスと同じ宿に泊まる事にした。古くてぎしぎしいうが、掃除は行き届いている宿だった。

「バルガスさん! おかえりなさい!」

 宿屋の娘が明るく微笑む。金髪碧眼の、胸がちょっと大きいほっそりした可愛い子だ。俺と兄貴のタイプではないが。バルガスは顔を真っ赤にして、素っ気なく……というよりは、どもりながら返す。

「あ、ああ……。ただいま」

 俺と兄貴はバルガスの肩を叩いた。ラピスが相手じゃなければ良いんだ。ラピスが相手じゃなければ。うん、この子だって可愛いじゃないか。今日は恋愛談義が盛り上がりそうだ。

「おらぁ! さっさとお金返せよぉ!」
「きゃあ!」

 いきなり乱入した借金取りらしき男に、ビックリする。

「な、なんですか?」
「この前、たちの悪い客が泊まって装備品が盗まれたから弁済をしろと迫っているらしい。そんなの自己責任で義務はないというのに」
「酷いな」
「おっと、随分と珍しい半獣共がいるなぁ!? ……いや、本気で珍しいな」

 一瞬真顔になる男。

「……客がいるようだから、今は下がってやらぁ。だが、耳を揃えて100万ゴル支払えよ! いいな!」
「知りません!」
「……うざいですね」

 兄貴は冷たい声で言う。げっ この声は俺が小さい頃、急に虐めが収まった時の声……!
 あの頃から、虐めは止まったものの何故か恐れられるようになって敬遠されて友達が出来なくなったんだ。
 俺は嫌な事を思い出して戦慄する。
 
「す、すみません! すみません!」
「フィーは悪くない。気にするな」

 そうして、宿代を払うバルガス。俺達もそれに習った。
 ルビタリスは売らない事にしたから、今日の収入は薬草代だけだ。今日の宿代でギリギリ。なんとか小遣い稼ぎを考えないとな……。

 夜、食事をした後に兄貴と二人、祈る。
 宿の中だと迷惑だから、外で祈った。
 俺がパッションと歌いながらマラカスを振り、兄貴が踊る。
 バルガスは手を組んでじっとするだけなのだが、この違いはなんだろう?
 何故か銅貨を周囲の人が投げ、路銀が少し手に入った。明日の朝もしよう。

 その後、兄貴は外へと出て行った。ちょっと色々見てきたいらしい。
 バルガスに色々安全な場所と危ない場所について聞いていたから、多分大丈夫だろう。少し心配だけど、今日は色々あってとにかく眠かった。
 俺はぐっすり眠った。
 朝起きると、兄貴は身支度を調えていて、その後二人で外で祈った。
 ……外で祈った方が儲かるかも?
 昨日はそんな雰囲気ではなかったから、今日は男三人で恋バナしたいな。



















ご無沙汰してます。勇気を出して、そっとあげてみました。
その節は大変にご迷惑をおかけしました。
どうしても書きたいシーンが出来たので、改訂です。
そこまで辿り着けると良いのですが。



[21005] 六話 ブルータス、私もだ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 12:48
「ギルドに行く前に、少し出かけましょうか」

 俺とバルガス、兄貴で市場に行った。
 噴水を眺めながら、小声で話し始める。恋バナ?

「裏を取りました。バルカス、貴方は好事家に狙われています」
「えっ」

 声を出した俺とバルガスを、兄貴は視線で黙らせた。

「直接的に望んでいるのは領主の娘ですが、領主も関わっています。やり方はめちゃくちゃですが、領主を後ろ盾とする力のある人身売買組織です」
「そんな……」
「どうにもならないのか?」
「領主は異教徒の疑いがあります。異教徒は王様でも躊躇なく火炙りだとか」
「こわっ」
「まあ、神様と邪神がリアルにいる世界ですから、仕方ないんでしょうね。そこでバルガス。質問があります」
「え? ……え?」

 戸惑うバルガスに、兄貴は問うた。

「惚れた女の為に、この町を無政府状態にする覚悟はありますか?」

 ピシャーン! 俺とバルガスに雷が降った。無政府? 無政府!?

「も、もし異教徒じゃなかったら……」
「異教徒だった事にします」

 ピピピシャーン! 俺とバルガスに雷が降った。もはや関係ないじゃん!

「後は、貴方次第です。あのままだと、彼女も危ないですよ」
「君だったら、どうする?」
「私ですか? 私は彼女の敵対する他人を種族事滅ぼせますし、そのように動いてます」
「!!?」
「ど、どういう事だ、兄貴!?」
「私が魔王を狙うのは彼女の為です。魔王が正義か悪かなんて、一顧だにしません」
「あ、そうか。確かに俺ら、魔王に事情聞いてない……」

 バルガスは、口を何度も開閉した。

「異世界から来た侵略者か何かか?」

 勇者です。俺は懸命にも、その言葉を飲み込んだ。




 その翌日、俺達は牢屋にいた。牢屋の窓はなく、鉄格子の他に俺と兄貴は鎖で縛られていた。
 
「こ、ここはどこですか?」
「う、うわー。全く知らない所にいるー」

 そう言って白々しく騒ぐ。
 バルガスを通じて、フィーさんに頼んで俺達を売って貰ったのだ。
 そして、バルガス達は俺達が異教徒だと告発する。指輪があるから、神殿は俺達の位置を把握している。そして、兄貴はどこからか異教徒の証を手に入れてきていた。
 これを使って罪をかぶせれば、丸焼きと無政府状態の街が出来るというわけだ。
 
 これ、ゲームだから問題ないよな? ゲームでも想定されてないんじゃないか? 不安だ。バグって壊れたら、そんがいばいしょーとかさせられないよな?

 とにかく騒いでいると、ドレス姿の可愛いけどきつい顔立ちの女の子が降りてきた。
 女の子……えっ この子15歳ぐらいなんだけど!?

「ふふふふふ。こんにちは、穢らわしいお人形さん」
「あ、あああ、兄貴。作戦変えない?」
「変えませんよ、何言っているんですか、リキ」
「だってこんなに可愛くてちっちゃな子なんだぜ!?」
「そうですね。白骨死体をコレクションする趣味のある女の子ですね」

 兄貴の視線を追うと、腐りかけの死体や白骨死体があった。うう、でも……。

「こんな事、望んでやったんじゃないだろ?」
「とっても面白かったわ! 断末魔大好き!」
「Oh……」

 俺は途方に暮れて兄貴を見た。兄貴は良い笑顔だ。
 怪獣大決戦の様相を示してきたそれに、俺は尻尾を丸めて丸まった。

「あら、ふふふ。勇猛そうな見た目なのに、可愛らしい事。でも残念。貴方の大きな体は、それじゃちっとも隠れないわよ」

 そうしていると、なんだか騒がしい音がする。思わず耳を澄ませる。

『断罪! 断罪! 断罪! 魔王に組みする者は全て塵となるがいい!』
 
 しわがれた、でも迫力と張りのある声。この声の主は、きっとラーデス様だ。エルフのお姫様。声からして歴戦の将軍にしか思えないけれど。
 とにかく、兄貴の作戦通りだ。俺は慌てて耳を伏せて、手で押さえた。何も聞こえぬように。でも、それは全くの無駄で。扉が乱暴に開けられる。

「お嬢様! お逃げ下さい、ラーデス様です! ああっ」

 飛び込んできたメイドが切り伏せられてなんかいない。足を濡らすのは血なんかじゃない。

「こんにちは、民無きエルフのお姫様。今日は何の御用かしら?」
「貴様には異教徒の嫌疑が掛けられている。故に殺す。火炙りにして殺す」
「あら、怖い。そんな証拠がどこにあるのかしら?」
「実は、浚われる時にすりとっておきました。この人は異教徒です!」
「そっそれは異教徒の証! 馬鹿な、嘘よ! 陰謀よ! 私のどこが異教徒に見えるのよ!」
「ハハハハハ! これは面白い。この牢屋を見る限り、そのようにしか見えないが?」
「混血を嬲ってどこが悪いの!? 彼らは神に反した者よ!」
「様をつけろ、この不信心が! 疑わしき時点で悩む余地もない。引っ立てろ!」
「いやああああああああああああああああああ!!」

 ぶるぶる。恐ろしすぎる。疑わし気を罰せよ、かよ。

「ああ、異端審問官ラーデス様! お救い下さりありがとうございます!」
「ふん。随分と余裕たっぷりなのだな。怪しい。お前も火炙りだ!」
「えっ」

 動揺の気配。どうしよう。兄貴も凄かったがラーデスって奴も凄いぜ!
 とにかく、俺達は引っ立てられた。

 中央神殿の前の広場に連れて行かれる。
 中央神殿にはいくつも杭が打ち立てられ、大量に薪が用意されていた。
 
 早速俺らは括り付けられた。

「私達は全くの無実です」

 全くの無実だとは言えない気がする。めっちゃ罪をかぶせようとしたし。実際今、沢山の人が火炙りになろうとしている。バルガスまで!
 今にも火をつけようとしているとき、女の子が飛び込んできた。

「ラーデス様、お許し下さい!」
「ラピス……!」
「彼らが疑わしいというのなら、私が監視します。混ざり物だから怪しいなんて公平ではありません! 神様が真実混ざり物を見放していたというのなら、何故私をガルギルディン様は加護してくれたというのですか!」
「ラピス、いい! お前まで疑われる!」

 そう思いながらも、俺は胸を痛めていた。
 バルガスの為なんだろうか。その為に、命を賭しているのだろうか。

「リキは! リキは、私の事を可愛いって言ってくれた。同じ混ざり物のバルガスでさえ言ってくれなかったのに! それに、彼は無垢なる弱き物。見捨てたら、ガルギルディン様に顔向けできません!」

 マジかよ、バルガス最低だな。ラピスは天使のごとく可愛いだろ。
 それに、それに……俺の、俺の為に命を掛けてくれているのか。凄い衝撃だった。女の子が、それも小さな女の子が、俺を守ろうと、命をかけて。

「彼らはきちんと、ルビタリスを吸収できます。神の加護を得ています。ドリステン様とメリールゥ様の信徒は珍しく、きっと魔王退治の助けにもなります!」

 ラピスが差し出したルビタリスを、空気を読んで吸い取る。

「……神様は偉大すぎて、人の罪を認識されぬ時がある。」
「それでも! それでも、どうか」

 ラピスは跪いた。俺の為に女の子が膝を……!

「わかりました。7ヶ月以内に、魔王を退治しましょう。いくらスパイだって、自分の陣営の親玉は殺さないでしょう? それが叶わなかった時は殺して下さい」
「七ヶ月だと? はっ 随分大きく出たものだな……良いだろう。それが叶わぬ時は私自ら殺してやる」

 こうして、俺と兄貴とバルガスは命を救われたのだった。
 領主一族は、本物の証拠も見つかり、処刑されちゃったけど……。

 バルガス、たった一人の女の為に街を無政府状態にするなんて……





 でも。でも、ラピスの為なら。
 俺も、ラピスの為なら誰にだって立ち向かえるかも知れない。

 とにかく、俺達は解放された後、命の対価の一部として神様について聞き取りを受けていた。
 
「ドリステン様の教義は……えーと、パッション、ですか?」
「そうだ。パッションだ」

 そうして、俺は実際に儀式を行ってみる。

『ほれ。ほれ! もう泣くな、メリールゥ。信者が怖いと言っても、たかが人間じゃろうて……』

 なんだか取り込み中みたいだ。
 
「次に、メリールゥ様の教義は……」
「これです」

 兄貴はへにょっとした。

「ふざけているんですか?」
「神様の事でふざけるはずがないでしょう。これが教義です」

 そしてもういちどへにょっとした。
 へにょ。へにょ。へにょ。

「\(′▽`)ノ」

「今のはメリールゥ様の意思を上手く表現出来ましたよ!」
「そ、そうですか……。ルビタリスボックスは……首輪と、ガーターベルト、と。贈り物はマラカスと扇……うーん……。呪文とかは使えないんですか?」
「今、ルビタリスを溜めているところだ」
「そうですか……。ちなみに、何故その神様にお仕えする事にしたのですか?」
「俺にぴったりだと思ったから」
「僕にぴったりだと思ったからです」

 そういう兄貴は、ビックリするほど優しい顔をしていた。
 
『メリールゥ! メリールゥ! 落ち着くんじゃ! 人間に神は取って食われんから安心するんじゃ! 泣くな!』
「ククククククククク……メリールゥ様、素直になるのですよ……」

 気のせいだったかも知れない。
















本来のプロット

悪い組織に狙われる。
人質を取られたバルガスに裏切られる。
あわやという所で回復呪文を手に入れる。
バトルとかある。
ラーデスが助けに来るがついでに火炙にされかける。
ラピスが助けてくれる。
バルガスが仲間になる。

だったのですが、勉が鎧袖一触にしてしまいました……。
この騒動一週間の予定だったのですが。
あと2日どうしよう。



[21005] 七話 若き領主(仮)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 13:33
「あと七ヶ月の命か……やった事を考えれば仕方ないな……」

 バルガスが落ち込んでいる。

「七ヶ月以内に魔王倒せばいいじゃねーか」
「元からそのつもりですしね。まずは1000ルビタリスを集めますよ」
「お前、後悔とか罪悪感とか挫折とか不可能って言葉知っているか?」
「僕だって負けた事くらいありますよ。今回だって計算違いでこっちに火の粉が掛かってきましたしね。後悔は……あの時は、彼女の事を知らなかったから、仕方ないかなぁ。まあでも、今回は結果オーライなのでは?」
「領主が! 死んでるじゃねーか!」
「異教徒なんだから仕方ないじゃないですか」

 あにきにさからうのはこれからもやめておこう。
 俺は魔王に同情したが、実際に悪い事やっているらしいので咎める事も出来ない。

「……ほんとうに、魔王を倒せるの?」

 蚊の鳴くような声で問いかけるラピス。
 俺は力強く頷いた。

「俺は勇者だから、多分設定的に出来ると思う」
「何言っているのか、わけわからないわよぉ……。この犬! 駄犬! 兄弟で女王様と犬なんてイかれてるわよ! 無敵で人の目を気にしないのもいい加減にしなさいよ!」

 ラピスは涙をポロポロと零す。

「心配はいらないって。でも、こうなったら1日も無駄に出来ない。ルビタリスを集めるから、手伝ってくれ」

 ラピスはこっくりと頷いた。
 そういうわけで、俺達はレベル上げの為に戦うという申請をあげに行った。
 ところが人手が足りなく混乱しているから手伝えという事で、ラピスとラーデスの監督の下、仮の領主を連れてくることになった。嫌疑は嫌疑、働いた代価は代価という事で、きちんと前金も貰える。ありがたい。

「なあ、ラピスは何を貰えたら嬉しい? お花か? それとも甘い物か?」
「そうですね。一般的に女性が何を貰えたら喜ぶかは私も知りたいです」
「そうねぇ……」
「くだらない。雑草がなんの役に立つというのだ」
「ラーデス様は、何を貰えたらときめきますか?」

 ラピスの質問に、ラーデスは迷うことはなかった。

「ゴブリン魔将軍の首だな。それを貰えるのならば、嫁いでも構わん」
「ええ……」
「んー。それはそれで嬉しいかもですけど、私はお花でも嬉しいかな」
「ラピスはゴブリンの首が欲しいのか!?」

 俺がビックリして聞くと、ラピスは頷いた。

「だって、私の為にそこまで頑張ってくれたって事でしょう? あまり無理をして欲しくもないけれど、それでも貰えたらキュンとすると思う」
「ああ、そこまでの英雄にだったら何をされても構わん」

 ええ……。

「私はリキにはお花をプレゼントされたいな」
「とっておきの花を探すぜ!」

 途中の店で甘い物を買って皆で食べ、馬車で近くの街まで向かう。
 ラーデスは顔パスで、若干恐れられながら領主の館に案内された。
 領主は立派そうな人だったけど、顔を青ざめさせて動揺していた。

「火炙りだと!? もう!? 疑いが掛かって1日もせず!?」
「確実な証拠が出ている。それで仮の領主が必要だ」
「そ、それにしたって、十分に審議を行うとか……。濡れ衣の可能性も」
「そうして街が異教徒に滅ぼされるのを待つのか?」
「相変わらず、最前線は血なまぐさいな……。わかった。仮の領主には息子を送ろう。妾腹の子だが、そこそこに頭は回る」
「感謝する。では早速連れて行く。持ち物は必要ない」

 あまりにもあっさりと、浚うように連れて行く。
 連れてこられたのは兄貴よりもちょっと年上くらいの若い青年だった。レオさんと言うらしい。
 命じられて、すぐ出立と言われて、少し下を向いて。そして、笑顔で了承した。
 この世界は偉い人も大変なんだと思った。

 帰り道で、黒いローブの男達が立ちはだかった。

「異端審問官ラーデス。そちらの子供を渡して貰おう」
「駄犬共と野良。レオを守れ。それぐらいは出来るだろう」
 
 ラーデスの言葉に頷く。
 俺とバルガス、ラピス、兄貴はレオを囲う。
 初めての、命がけの対人戦だった。
 こっちはそうじゃなくとも、相手は殺す気で来るんだ。

 戦いは、兄貴が敵の目玉にナイフを投擲する事から始まった。
 
「ふはははははははははは! 断罪! 断罪! 断罪!」

 ラーデスが派手に魔法で吹っ飛ばす横で、兄貴が舞いながらサクサク扇で首を切っていた。
 俺とバルガス、レオは寄り添って固まり、ラピスは油断無く相手の攻撃を防御する。
 程なく戦闘は終わった。

「……人殺し」

 レオは呟く。

「人殺し! お前達はそんなに偉いのか!? 人の命は尊いものだ、本来こんなゴミみたいにされるものじゃない! 領主の娘はまだ幼かったと聞く、そんな子を殺して、人を殺して、そんな者達に担がれたくはない!」
「レオ様!」

 俺は何も言えず、おろおろとする。
 そこで、倒れた人がよろよろと何かを投げたのに気づいた。

「逃げろ!」

 咄嗟にレオを庇う。
 「何か」から、トロールとでも言うべき三体の化け物が現われた。

「若き領主殿よ。お前が一人殺すのを戸惑う間に、相手は村を、街を、国をほろぼさんとしてくると知れ。自らの、そして仲間の命か、相手の命か。簡単な選択問題だ」
「そんなの、私は嫌だ!」

 気持ちを置き去りにしたまま、戦闘が始まった。



[21005] 八話 必殺技の習得
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/01 20:28
『あー。坊や。それは、良くないことだ』

 そう言ったのは、金髪碧眼のおにーさんでした。僕の罠は、あっという間に突き止められました。あと少しで力を虐める子達を一掃できたのに。

『……皆つまらなくてうざいんです』
『そうか』
『でも、おにーさんは面白そうですね。しーあいえー?』
『しがない刑事だよ、ちくしょう! ほら、刃物は危ないって!』

 大人相手とは言え、僕は初めて負けた。驚愕だった。

『僕をつーほーも殺しもしないんですか? 勝ったのに?』
『しないよ! 通報はともかく殺しとか子供が言うんじゃない! っていうか君、前科ないよな? ないって言ってくれ! ああ、もう。世界は確かに冷たい所もある。でもな。だから暖かい物を手放しちゃ駄目だ。君は弟の為に頑張ったんだろう?』
『ぎぜん』
『だけど、人の心を本当に動かすのは、その偽善なんだよ。そのうちわかる。わかれ』
『よくわからないけれど……おにーさんはつまらなくないので、しーあいえーに、はいってあげます。アセット(協力者)じゃなくて、インテリジェンスオフィサー(機関員)がいいです』
『ああもう、子供って本当に意味不明だな! 俺はCIAじゃないが、CIAになりたいなら、俺の言うことを良く聞け。いっぱい勉強して、体を鍛えて……殺しをするな。ルールを守れ。優秀なスパイは人の心をよく知るもんだ。人の心を理解しろ』
『?』
『きょとんとするなよ、もう……』
 



 懐かしいですね。小さい頃の美しき思い出です。
 なんだか色々言われていた気がしますが、ゲーム内で何をしようと勝手ですよね。
 それに、そういうことは力がすれば良いのです。
 
 体がミシミシと音を出して、肋骨が折れたかも知れません。
 トロールは強いですね。動きが巨体にかかわらず機敏だし、何よりも、回復力が凄い。
 扇では傷が出来てもすぐ癒えてしまう。ダメージを与えるどころか、怒らせるだけのようです。
 
 ここで死ぬかも知れませんね。ぞわりとして、ワクワクします。
 全く退屈しない。こんな事は初めてです。
 あのCMを見た時、すぐに不自然さに気づきました。
 そして、巫女アリスのありうべからざる美貌を見た時、予感をしたのです。
 この女性は、きっと僕を退屈な日常から救い出してくれると。
 それは、あのおにーさんに感じた予感なんかよりもずっと大きくて。
 ゾクゾクして、本当に楽しくて、楽しくて……

 口の端を持ち上げ、立ち上がる。
 自分はなんて果報者なのだろう。生を捧げても良いと思える存在が、生き方が二つあって。それに悩むことが出来るなんて、想いもしなかった。
 
 アメリカにこの世界を売るのは、きっと面白い。
 巫女アリスの為に、この世界を守るのはきっと面白い。
 でもきっと、二つに翻弄されて無様に踊るのが、一番面白い。

 だから、こんな所で躓いてはいられない。
 僕は笑って扇を持つ。優雅に。握らずに。

 ラーデス様は十分な火力を持っている。なので、僕は三人を引きつければそれで良い。
 一匹。一匹倒せば、ひとまず攻撃技が手に入る。
 期待してますよ、メリールゥ様

『怖いわよ! 筒抜けなのよ! ああん変態がいる―!』

 僕は舞った。




 兄貴が血だらけで踊る。ラーデス様も苦戦している。
 兄貴は陶然とした顔で余裕綽々で踊っているのでもうすこし持ちそうだが、ラーデス様の魔力がやばいかもしれない。

「まずいわ。力! あんた、いっくら初心者でも人一人担いで逃げることくらいは出来るでしょ」
「わ、私はここで死ぬ! 殺して、殺されて、もう、うんざりなんだ! 放っておいてくれ!」
「……俺は、レオ様に領主をして欲しいと思うよ」
「知った口を! あったばかりじゃないか!」
「だって、レオ様は死んで欲しくないって言ったろ。異教徒でも犯罪者でも。死んで欲しくないって」
「そう、だが……。そんなの、領主失格で……」
「難しいよな。俺、馬鹿だからわからない。でも、でも、俺だってよく喧嘩して、失敗する。そのたびに、死刑だって言われたら、ラーデス様や兄貴がするみたいにあっさり切り捨てられたら悲しい」
「……」
「加減ってのが重要なのかも知れないけどさ。少なくとも、俺はお姫様のラーデス様なんかより、知らない人より、誰も死なせないって言ったあんたにあの街を統治して欲しい。……大事な人が、ラピスがあの街で暮らしているんだ」
「……行けよ」
「レオ様」
「その大切なラピスを助けに行けよ! 惚れた女だろ! 離れたところで待っているくらい、私でも出来る。私だけ助かっても、周囲を見殺しにしても、意味が無い。そんな奴が誰も死んで欲しくないって言っても、誰も耳を傾けない。ただでさえ、異端な考えなんだからさ」
「レオ様、ありがとう! 行くぜ! バルガス」
「フィーの為だ。仕方ないな」
「加勢するわ、ラーデス様!」

 そして、ラーデス様の一撃でトロールの一体が倒れる。
 兄貴はすかさず、そのルビタリスを全部吸収した。

「もう! どうにでも! なーれ!」

 扇が発光し、巨大化した。兄貴はそれを振り回し、トロール二体は空へと高く撃ち出され、ぐしゃっと潰れた。
 魔法すげぇ!
 荒い息を吐きながら、ラーデス様は告げた。

「次は貴様だ……レオ殿、いや、レオ。異教徒を生かすだと? 犯罪者を救うだと? 異端を見逃すわけにはいかん」
「お前はそうだろうな。異端審問官ラーデス。でも僕は異教徒じゃないし、仮とは言え次期領主だ」

 ラーデス様とレオ様は睨み合う。
 俺はおろおろとしたが、とにかく怪我人を回復するのが先だとルビタリスを回収した。

『あー、まあ。メリールゥが怯えておるから、今回だけ特別じゃぞ?』

 そして、何をすべきかわかった。

 マラカスを振る。降る。降る。そうして歌う。唄う。謳う。

「パッション!」
「いきなり何を……!」

「パッション! パッション! パッション! パッション!」

 情熱を込めて踊るんだ。想いを込めて謳うんだ。その想いを、パッションに込めて叫ぶんだ。
 マラカスをジャカジャカと振って、想いを魔力に変換していく。
 兄貴が踊り出す。きっとそれは、俺の為。

 ほら、ラーデス様やレオ様の悲しい気持ちが流れ込んでくる。
 それに負けないように、俺はパッションを叫び続ける。

 目の前で大切な人達を失って。奪う物を許せないラーデス様。
 奪われ、蔑まれることが日常で、どんな人にも、救いを用意して欲しいレオ様。

 その怒り、悲しみ、想いをマラカスの音とパッションでくるりと包み込んでいく。

「もう! どうにでも! なーれ!」

 そうして兄貴が吹き飛ばしてしまった。もやもやした気持ち、全部。
 いい汗を掻いた俺と兄貴に、ラピスは叫んだ。

「何よ今の! 怖いのとかどうしたらいいのとか、全部吹っ飛んだんだけど!?」
「私もだ……重苦しい物がさっぱり。そ、それに、ラーデス様……」

 俺と兄貴はラーデスを見る。

 麗しきお姫様が、そこにいた。

「貴様……!」

 鈴なる声は、天使の声。

「私の怒りを、憎しみを消し去ったな! 私だけの痛みを!」

 きっと睨んでくる顔は、全く怖くなかった。火傷と傷にまみれた顔は、今は傷一つ無いベビーフェイスだ。

「き、綺麗だ……」

 バルガスが呟き、ラーデスが自分の顔をペタペタと触る。

「この……この……断罪ぃぃぃぃぃぃ!!!」

 可愛くなっても戦闘力は変わらない……どころか、傷が癒えて強くなってた。
 傷を治して怒られるとは思わなかったぜ。

 そんなわけで、俺達は無事に街へと戻り、お休みを貰った。
 帰りが遅くなったのと、ラーデスが顔パス出来なくなったので証明に時間が掛かり、外で一泊する羽目になったがな!
 その後手続きだのなんだので一日が終わり、監視付で休みを貰って宿に引きこもり、研究所に戻る事になったのだった。
















ちょっと早いけど過去を出してしまいました。
でもまあ、本筋の謎は解けてるので(何せ改訂版)いいかなって。
早く第二部書きたい(エタフラグ)
アドバイス、ありがとうございます!
なんとか帳尻合わせました。



[21005] 二部(プロローグ)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/05 22:37


 感想を漁っていたら、以下のアドバイスを見つけました。

・改訂の時は全部終わるまで上げたら駄目なんだよ(>_<)
・改訂は展開が読めない長所がなくなる&文章の粗が目立ってしまうよ(^^;)

 ということで、二部まで飛びます。

 これだけ理解していれば良い、その後の粗筋
 
 夏目君は内政チートで大失敗。火炙りだよ! それでも決して折れない。彼は政治家を目指しているんだ! 官僚一家で優秀なお兄さんがいるよ!
 竹林君は不良。強いよ! 夏目君に感銘を受けているよ!
 勉は皆から様付けされている。スパイらしいことはバレている。平和なはずの日本の学生なのにスパイをやっているやべー奴だ! アメリカ様に異世界を売り渡さないと知って皆がほっとしたよ。妻は巫女アリスとラーデス。もげろ。
 力は皆の弟。守ってあげようね! 異世界との行き来が出来るよ!
 魔王は友情パワーで倒したよ! おや? 魔王の様子が……?
 コドラン……竜魔将軍の生まれ変わり。哀れんだ神から善の陣営として新たな生を受けさせてもらったよ! 小さくなったり大きくなったり出来るよ!
 神様達……体をゲットする方法を得たよ!

 生身でも一応祈りは通じるけど、とっても負担が掛かるんだぞ!













「勉達の住まう世界に行ってみたい」

 そう、神様や恋人達から無茶降りされたのは、魔王退治直後のことだった。
 その約束の下、色々無理を聞いて貰っていたので約束は守るしかない。
 総勢200名様のご案内である。
 とはいえ、どうしたら良いのだろう? 異世界との隔たりは大きく、ラピスやラーデス、バルガスのような混血や亜人だけでなく、人種だってすぐ地球人ではないとわかる。
 地球ですら、白人、黒人、黄色人種と区別がつくのだ。むしろ区別がつかないはずがない。行けば必ず騒ぎになるだろう。
 
「どうする? 兄貴」
「1回だけなら問題はありません。準備にお時間をいただければ」

 兄貴はにっこりと笑ってお辞儀した。
 それから、夏目と話し合い、凄い速度でパソコンを操作していた。
 夏目は方々に電話を掛けていた。

「力、僕と夏目はサポートに終始しますので、竹林君のいう事を良く聞いて下さいね。移動の出来る貴方が要なんですから」

 異世界転移のドアを開けるのは俺しかいない。俺はこっくり頷いた。

「ひとまず、日本側は夏目が、アメリカ側は僕が話を通します。通して見せます。貴方方は何も心配せず、日本観光をしてください」
「わかった」

 というわけで、当日。
 指定された場所に、扉を開いた。
 黒服のスーツの人達がそこにいて、扉を開ける際に一瞬見た顔は厳しかった。
 目が合うと、その人達は雷に打たれたような驚愕の顔を一瞬して見せて……。
 
「日本へ、いえ、地球へようこそいらっしゃいました。歓迎します」

 俺にぐっと親指を立てた夏目は、静かに部屋から連れ出されていった……。


 なんだか別室で静かな言い争いの気配を感じつつ、竹林は話を始める。
 
「初めまして。俺はこのツアーの責任者のタケバヤシという。今日は案内をよろしく頼む。夏目から話は聞いていると思うが……」
「ええ、もちろん聞いておりますとも! ですがちょっとした行き違いもございまして、一時間ほどお時間を頂けたらと思います。もちろんその間、御茶をお出ししてお持て成しをさせていただきます」
「そうか。夏目にも予定通りには行かないかもしれないとは聞いているが、遊園地と買い物だけは変更無きようお願いする」
「努力します」

それからしばし。御茶とお茶菓子が用意されてきた。夏目が来て配膳を指示していく。
 その後はまた部屋から連れ出されるほか、慌ただしく部屋のスーツの人達が出入りする。 俺たちはお茶菓子を食べつつ、日本紹介ビデオを見ていた。日本語がわからない人でもわかるような物だ。外国人向けとかにあらかじめ用意してあるのだろうか?
 女性陣は着物に目をつけたようだ。でも高いので竹林が説得して諦めさせている。
 目敏くスーツの人が気づいた。

「どうかしましたか?」
「着物を着たいと言っている。今回の予算では無理だと諦めさせている」
「では、今日の予定を変更して着物の試着会をしましょう! そうしましょう! 予算はこちらでご用意させていただきます。一日ごゆるりと着物をお楽しみ下さい」
「ええ? しかしそれでは予定が……確認する」

 一応確認の形は取るが、元々この集団、女性が多い。女性陣に押し切られる形でオーケーする。試着をしてキャッキャしている間に、あっという間に一時間が経つ。
 ほどほどに時間が潰れたところで、一人一着あげますという爆弾発言で更に時間を稼ぐ。やるな。でも費用がいくら掛かるのか、恐ろしいぞ。
 散財の成果があって、どうやらその時間の間に予定が組み立てられたようだ。

「こちらが新たな予定表になります」
「自衛隊見学をして神社でお参りをして遊園地に行って買い物か。良いんじゃないか? 確認する」

 竹林は皆に説明をして、夏目があらかじめ手配していたバス二台に乗った。
「秋葉原コスプレイヤーご一行様」うむ、厳しい。

 基地では、早速行進や組み手、楽団を見せてくれるとのことで、皆が大満足だった。なお、そこかしこの物陰から自衛隊員が覗いてきている。まあね。俺達の方が珍しいからな。
 
『つまらん。銃はないのか、銃は「ジュウガミタイ! ジュウ!」』
『神の加護がなければこんなものか。私達が本物の組み手って物を見せてあげる!』
『自衛隊では宗教はどう考えているんだ? 戦士に神の加護は必要だと思うが。タケバヤシ!』

 はわわ。勝手なことをやり出した。

「レーション食べたい!」
「そうだ、せっかく自衛隊に来たんだから本場のカレーが食べたい!」

 勇者組も無茶を言い出し始めている!
 
『お前ら、あんまり勝手をすると勉様と夏目に言うぞ!』

 シーンとなったので、順番に要求を聞いていく。

「差し支えなければ、銃などの地球ならではの武器も見たい。そのかわり、我らの戦い方や組み手も少し見せる」
「出来るかね?」
「了解しました! 予算を下さるなら!」
「外交部から回しておこう」

 というわけで、演習を見せて貰うことになった。
 銃が実際に撃たれると、多くの物が耳を伏せ、あるいは塞いだ。
 
『音だけでも脅威だな……』
『威力も凄いわ』

 その後、ラーデス様やラピスが魔法を見せることになり、大盛り上がりになった。
 見学が終わり、その日は基地に泊まることになった。
 ぐっすり眠る中、どこかで戦闘音が聞こえた。平和な日本でも、エイリアンが来れば戦闘は起こるらしい。ごめんな。
 翌朝、自衛隊の護衛の元遊園地で遊べるらしい。
 神社でお祈りをした後、遊園地に向かった。
 全員優先パスを貰って、楽しそうに遊園地に散らばった。
 その後、東京のデパートで視線を集めつつ買い物をして終了。
 
「後は、勇者組でアメリカに来て貰えますか? 今回の警備を手伝った報酬として、アメリカにも観光に行かないと僕の身の安全がヤバくなるので」
「アメリカは、勉がいずれ働きに行くところだろう。私も行こう」
「私も行ってみたいわ! 本場のハンバーガーを食べたいわ!」
「良いのぅ。最新映画を見るんじゃ―」

 勉の口がひくりと震えた。

「日本の旅行ですらつつがなく終わらせるのに凄く大変だったんですよ!?」
「いーきーたーいー!」
「この駄女神が……! ふふふ、わかりましたよ、メリールゥ様。スリルたっぷりの大冒険にご案内致しましょう……!」

 アメリカ旅行かぁ。楽しみだな。









次回日本・サポート組視点



[21005] 一話 夏目と勉を生け贄に捧げ! 日本観光召喚!
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/06 13:06
 とある国の要人が200名ほどアメリカの手引きでダイナミック密入国するのでもてなしたい。息子が頭のおかしい事を言い出した。
 バス二台をチャーターし、とにかく外務省に連れてくるのだという。
 ところが、情報は知り合いのアメリカのアセットから得た確かな情報だといい、他にも有益な情報を教えてくれた。いつの間にか息子は、怪しい組織に入っていたようだ。
 とにかく、頭を下げて上司に頼み、屈強な警備員達を配す。
 約束の時間、外務省入り口に唐突に扉が現われた。
 
 控えめに開けられた扉からは、明らかに人間ではない、狼とトカゲとコウモリを混ぜたような生き物がこちらを覗いていた。不安そうな目。

「日本へ、いえ、地球へようこそいらっしゃいました。歓迎します」

 全力で笑顔を作って一同、礼。それぐらいの訓練は積んできている。何せ、全員部署は違えど外務省勤務なのだ。お持てなしできてなんぼである。
 ぞろぞろと出てくるわ出てくるわ、エイリアン? あるいは異世界人?
 とにかく、地球人ではない人々。総勢、200名。
 一瞬恐怖に気圧されそうになるが、我が息子が良い笑顔で親指を立てて合図するのと、それに一行の視線が和らいだことで気持ちを持ち直す。
 いつの間にか息子は異星人の信頼を勝ち得ていたらしい。事前に相談しろ。
 夏目を静かに、客人に不安を与えないように静かに連れ出す。

「とある国の要人ってどこの国だ!?」
「ライバール。剣と魔法と神々の国です、父さん。彼らの国と友好を結ぶことは国益に叶うはずです。ちなみに二泊三日で観光した後、日を改めて一部アメリカに行く予定です」
「どうして!」
「つつがなく日本旅行が終わったらアメリカにも旅行に行く。そういう約束なんです。一番防衛力ありそうなのも妨害してきそうなのもアメリカですからね。僕のアメリカへのラインがアセット一人なのが不安なので、父さんからもフォローして貰えると嬉しいですね。このまま観光に行けば、諜報員達が大量に釣れることになりますよ」
「もっと穏便に証拠を出して観光を纏められなかったのか!?」
「それだと手柄も取られるでしょう? 僕は手柄が欲しい。ライバール国との間を取り持ったという実績が!」
「夏目!」
「待ちたまえ、海野君。野心のある息子さんで、見所があるじゃないか。で? 彼らをもてなす算段は出来ているのかね?」
「これが予定表と彼らの食事の好みです。僕のお小遣いでバスのチャーターと時間稼ぎのお茶とお茶菓子、日本の紹介ビデオの準備は出来ています」
「ふむふむ。その手のビデオは外務省でも用意してあるよ。じゃあ、早速彼らをもてなそうか」
「課長……!」
「基本は変らないよ。時間を稼ぐ。方針を上に仰ぐ。次に会う日程を決める。ほら、簡単だ」
 
 そういうわけで、息子が指示してお茶菓子を用意していく。
 息子が用意した情報は要点を押さえていた。いつのまにこんなに成長したんだ。落ちこぼれと思っていたのに。その才も……何より野心を見誤っていたというのか。
 僅かにタケバヤシと会話をしていたが、流暢に知らない言葉を話していた。一体、いつから……!
 慌ただしく動いていると、一時間もしないうちに、首相や外務大臣、財務省大臣が来た。
 
「うぉぉ……。異世界人ですか……。は虫類みたいな目をしてますね……」
「実際は虫類かと」
「急ですが、重要な外交とみて予算はこれぐらい用意させて頂きます」
「着物のプレゼントの認可を頂きたく思います」
「許可します」
「いやぁ。獣人にも竜人にもエルフにも似合うとは、さすが着物ですね」
「我が国の伝統文化ですからね」

 女性陣が着物に目をつけ、喜んでいるのにほっこりする。さすがにいきなり合うわけにはいかないという事で、首相達の見学はここで終了だ。とはいえ、必要な予算と許可は貰えた。これで日本への公式訪問だ。

「で、アセットが誰か聞き出せましたか?」
「いえ。ですが、すぐに見つけられるかと思います」
「CIAの活動が活発化しています。外務省に来ている客人について問い合わせがありました。裏からも表からも」
「仲間に引き込めるなら引き込んでしまいなさい。アメリカの護衛があるならあった方が良い。夏目君の予定にも、アメリカ訪問は組んであるようだしね」

 そうしている間にも、予定表が出来上がり、バスに乗っていった。
 なお、そのバスは道行く人々に写メに撮られまくっている。諜報員が大挙してくるのは時間の問題だった。ちなみに、言い出しっぺの父である私は当然ついていくことになった。

 エイリアンの歓待と護衛をせよと無茶降りされた自衛隊員達は、緊張した面持ちでエイリアン達を出迎えた。
 といっても軍隊なので、行進や組み手、楽団を見せるしかないのだが。
 
『つまらん。銃はないのか、銃は「ジュウガミタイ! ジュウ!」』
『神の加護がなければこんなものか。私達が本物の組み手って物を見せてあげる!』
『自衛隊では宗教はどう考えているんだ? 戦士に神の加護は必要だと思うが。タケバヤシ!』
「レーション食べたい!」
「そうだ、せっかく自衛隊に来たんだから本場のカレーが食べたい!」

 日本語、異世界語入り交じった我が儘が乱舞する。
 
『お前ら、あんまり勝手をすると勉様と夏目に言うぞ!』

 タケバヤシが怒り、シーンとなった所で順番に要求が出た。気のせいか、ナツメという単語が聞こえた。息子の名前を出して大人しくなるほど影響力があるだと?

「差し支えなければ、銃などの地球ならではの武器も見たい。そのかわり、我らの戦い方や組み手も少し見せる」

 タケバヤシの要求について隊員に問う。

「出来るかね?」
「了解しました! 予算を下さるなら!」
「外交部から回しておこう」

 銃が実際に撃たれると、多くの物が耳を伏せ、あるいは塞いだ。
 可愛い。異世界人は可愛いと辞書に書き込む。
 
『音だけでも脅威だな……』
『威力も凄いわ』

 その後、客人達の組み手や魔法を見せて貰った。
 彼らによると、宗教的儀式が強く関係してくるらしい。
 スラリとした美少女が巨大な剣を振り回し、幼女の斧のような剣と渡り合う。しかも、巨大な火球やバリアも戦いの中に出てきた。
 地球人にも使えないかと聞いたが、宗教儀式に生け贄が必要となり、その生け贄の用意が難しいこと、魔素への耐性がないことから、負担が掛かる事から難しいらしい。
 不可能ではないのか……。

「夏目が出来るから不可能ではない」
「馬鹿! 負担掛かるから内緒って言っただろ!?」

 わあわあと争い出す彼ら。なるほど、同じ宗教者だからこその連帯感なのだろうか。

「皆様からの信頼を得ているようですが、夏目は何をしたのですか?」
「献身し続け、ある村を助けて村長にまで成り上がったのです。夏目が領主を目指していて、それを達成するであろう事は皆が知っています」
「……息子にはよく話を聞いてみることにします」

 かなりの外交カードが転がり込んできて戸惑う。外国、いや、異星、いや異世界人が領主だと? こうみえて大分開かれた文明なのかも知れない。不安になるほどに。

 見学が終わり、その日は基地に泊まることになった
 ぐっすり眠る中、どこかで戦闘音が聞こえた。自衛隊基地に襲撃に来るとは……。
 ここは不安だが、隊員の皆さんにお任せするしかないだろう。夏目、お前はこれを予測して、基地を宿泊所に指名したのか?

 人の犠牲をも視野に入れる。息子が、別の生き物に取って代わられたようで……異世界人だから、そのあたりの心配もしなければならないのか。頭が痛い。

 翌朝、無謀にも遊園地に出かけることとなった。
 神社で真剣にお祈りをした後、遊園地に出かける。私も覚悟を決めなくてはならないだろう。
 しかも遊園地に入った途端、全員優先パスを貰って、楽しそうに遊園地に散らばった。
 思わず呆然とする。
 アメリカの諜報員が目を丸くしてどこかに必死で連絡しているのを見かけてしまい、心の中で同情する。頑張って下さい。後はよろしくお願いします。
 もちろん私も無関係という事はあり得ず、日米の外交部での情報の摺り合わせに四苦八苦したのだった。
 


次回掲示板回です。



[21005] 二話 掲示板1
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:a420fb01
Date: 2019/07/06 18:22
 1 名無しのエイリアン
大阪遊園地にてエイリアン出現。繰り返す。大阪遊園地にてエイリアン出現。
これは訓練ではない。これは訓練ではない。
[写真のURL]

2 名無しのエイリアン
2げっと

5 名無しのエイリアン
釣り乙

7 名無しのエイリアン
コスプレじゃない?

10 名無しのエイリアン
ハイハイ釣り乙

15 名無しのエイリアン
マジだって。今俺遊園地にいるんだけど、自衛隊らしき人とペアになって遊んでいる。

20名無しのエイリアン
大阪遊園地でロリ獣人発見! 一緒に写真撮らせて貰った
[半分に編集された写真。ラピスと力が写っている]

22 名無しのエイリアン
マジかよ

51名無しのエイリアン
自衛隊と諜報員らしき人達が火花を散らしておるwwこわっ

60 名無しのエイリアン
ショーが見えなかったらしくて凄い跳躍力でピョンピョン跳んでた。

101 名無しのエイリアン
テレビに映っている!? マジでマジか。

112 名無しのエイリアン
竜人格好良いな。

125 名無しのエイリアン
エルフが美しすぎる。エルフなのか知らんが。

134 名無しのエイリアン
俺、銃見ちゃった……。遊園地で銃撃戦とか勘弁してくれよ

145 名無しのエイリアン
首相会見始まったぞ!

147 名無しのエイリアン
マジなの?

152 名無しのエイリアン
接触よりも会談よりもダイレクト遊園地観光を先にするエイリアン。

208 名無しのエイリアン
遊園地は地球が誇る技術!?

220 名無しのエイリアン
皆楽しそうだしな。

251 名無しのエイリアン
財布見て落ち込んでたからぬいぐるみ買ってあげたった。
めっちゃ喜んでお祈りして貰った。熱心な宗教者らしい。

262 名無しのエイリアン
速報
エイリアンは二泊三日で観光に来た。
この後何事もなければアメリカにも観光に行く予定
その後の観光は未定

312 名無しのエイリアン
観光ばっかwww
会談しろよwww

304 名無しのエイリアン
これはアメリカが防衛に必死になりますな

305 名無しのエイリアン
なんか、水面下では民間レベルで接触してたらしい。
夏目って奴が村長に就任しているって。

337 名無しのエイリアン
そ・ん・ちょ・うwww
え? マジ……?

340 名無しのエイリアン
エイリアン的には今更というか満を持しての公開なんだろうか。
どっちにしろ政府には寝耳に水っぽいが。

351 名無しのエイリアン
エイリアンもふもふさせてもらったった。
毛並み良かった。

352 名無しのエイリアン
いいなー。

359 名無しのエイリアン
なんか、魔法が使えるっぽい。自衛隊員情報。

401 名無しのエイリアン
えっ エイリアンじゃなくて異世界人?

442 名無しのエイリアン
とにかく、隣人増えたな。祝わねば。

451 名無しのエイリアン
アメリカはニューフロンティア! するんだろうか。

477 名無しのエイリアン
するだろうな。

489 名無しのエイリアン
凄くのんきそうな種族なんだが、アメリカ行って大丈夫か?

501 名無しのエイリアン
日本とは会談しないのかな。

503 名無しのエイリアン
アメリカとも会談しないつもりじゃね。

508 名無しのエイリアン
それは通らないだろ……。

552 名無しのエイリアン
宗教国家って話だから、アメリカと荒れそうだな。

555 名無しのエイリアン
どういう教義の解釈するんだろ……。

601 名無しのエイリアン
平和に終われば良いけど。

603 名無しのエイリアン
遊園地が続々と人増えている件について

621 名無しのエイリアン
だろうね! 凄い集客効果

698 名無しのエイリアン
諜報員とか銃撃戦とか危険あるのに勇気あるなぁ、野次馬一般人

703 名無しのエイリアン
一般人がいるといつから錯覚していた?

805 名無しのエイリアン
国際色がかなり豊かになってきています。
どう考えても諜報員です。ありがとうございます。

899 名無しのエイリアン
速報
犬みたいなトカゲみたいな奴が叫んで歌い出したら怪我人の怪我が治ったんだが

901 名無しのエイリアン
平和理に終わる可能性終了のお知らせ

932 名無しのエイリアン
プリーストかな? 荒れるぞ……。

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[21005] 三話 誰だ神様にヒーロー映画なんて見せた奴は
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:8a3a10d3
Date: 2019/07/10 07:54


 勉は見事、犠牲無く日本の観光を終わらせることが出来た。
 しかし、物事には代償がある。今、勉は銃を向けられていた。

「全く。味方から銃を向けられるなんて」
「本当に味方なら良いがね。一緒に来て貰おう」
「パスポートを持ってませんが」
「こちらで用意するから問題ない」

 こういう時、映画ならウィットに富んだ会話をする物ですがね。
 勉はそんな事を考えながら、用意しておいた荷物を持つ。

「父さん、母さん。実は僕、アメリカに就職希望だったんですが、見事試験に合格しまして、移住することになりました。国籍も貰えるんですよね」
「それは働き次第だ」
「だそうです」
「ええ そんな、急すぎる」
「本当に本当なの 怪しい人じゃない」
「僕がアプローチしてたの、スパイ部門なので」

 息子の爆弾発言に両親は雷に打たれた顔をした。

「息子さんはアメリカの安全保障に関わる重大な情報を掴んでいます。その為、証人保護プログラムを適用させて頂きたい。ええ、息子さんは将来の夢を叶えるでしょう。ご理解願います」
「そ、そんな……」
「息子がスパイ……」
「僕の写真は全て捨てておいて下さい。どこで足下を掬われるかわからないので。行きましょう」

 心配を掛けないように、勉はテキパキと動く。
 黒塗りの車に乗り、勉はひとまず大使館へと連れて行かれた。

「やあ、会うのは初めましてだね、勉。私はKだ。エージェントK。この三日、忙しかったようだね」
「初めまして、エージェントK。ええ、でもその分充実した日々でした」
「わかるよ。自分が神にでもなった気分だったろうね」
「その通りです。そして代償を払う時が来たというわけです」

 その言葉に、Kは微笑んだ。引き締まった体。知性を宿した鋭い瞳。なるほど、本物のスパイとはこういう物かと勉は感心する。未来の自分の姿だ。

「わかっているじゃないか。君には色々と聞きたいことがある。色々とね」
「全ては話せませんが、どうぞ」
「彼らとはどうやって出会った」
「そんな事より、重要な事があるでしょう 彼らと連絡が取れるか ――YES。彼らは次、どこに現われるか ――僕の所。いつ現われるか 20時間後。ゆえに、僕はアメリカの観光地に行かねばならない。いやぁ。楽しみですねぇアメリカ観光」
「……何が目的なのかな」
「彼らは純粋に観光ですよ。彼らはね。目的があるのはそちらでしょう 僕は大切な人達がいて、それなりに面白ければそれで満足です。無欲な物でしょう」
「それなりに面白ければ、か。いくらでも解釈の出来る言葉だね」

 勉とKは微笑みを交す。

「ひとまず、私達も旅行に行きたいな。相手を歓待したら、こちらも歓待して貰う。それでフィフティフィフティだ。ナツメは村を預かっているというじゃないか。それを貰い受けることは出来るかな」
「観光は問題さえ起こさなければ、いくらでも。村の譲渡は出来ないし、必要は無いですね。夏目を敵に回したくないですし、私も領地を預かっているので。住民がおらず、復興を望まれている場所。美味しそうでしょう」
「余りに美味しそうで胸焼けがしそうだよ。君を世界一有名で誰もが見たがっていて、それでいてレアな場所に連れて行こう。観光にはもってこいだよ」
「じゃ、行きましょう。それと、どうやって出会ったかですが……勇者召喚です」
「……興味深い答えだ」







 俺達は、胸を期待で膨らませ、若干ドキドキしながら扉を開けた。
 勉が大仰にお辞儀する。

「ようこそ、アメリカはCIA本部へ」

 勉の言葉に、周囲を見回す。CIA本部 それって凄いところじゃないか

「そんな凄いところ観光して良いのか」
「いいそうですよ。予定表はこちらです」

 渡された予定表をタケバヤシが確認する。

「映画もハンバーガーも警察と病院の視察も入っているな。素晴らしい。観光のお礼は、観光案内と祈祷による病院での治療とするので良いんだっけ」
「ええ。まずはお近づきになりたい。タケバヤシ」

 にこやかにKが応対する。
 
「この程度なら俺でも判断可能だ。受け入れる」
「ありがとうございます」

 そして、ハンバーガーを食べに行く。
 ハンバーガーをつ。その後ディナーにステーキを三枚食べたメリールゥはご機嫌そうだ。ヒーロー映画もかなり好評だった。
 病院に行くと、少し緊張した。
 怪我人達を治す約束で、そこには余りにも沢山の怪我人がいたからだ。
 祈りを込めて、マラカスを振る。揮る。そして歌う。唄う。謳う。

『パッション パッション パッション』

 傷はじれったいほど少しずつ、でも確実に癒えていく。
 兄貴に止められて、時間を確認する。三時間か。大分疲れたな。
 皆は部屋の隅で疲れて眠っていた。

「あれ 大分少なくないか 皆は」
「奴ら個々で観光に行きました……」

 兄貴怒っている。

「貴方はひとまず、ここに残っているメンバーと共に帰りなさい。全く、バルガスまで……」
「えっ バルガス出ちゃったのか ヤバいじゃねーか」
「知りません。確保できたら連絡しますから、ひとまず帰って下さい」
「わかった」

 神様は散らばっても構わないのだ。なんなら死んでも構わない。新しい体に乗り換えればすむことだし。でもバルガスは困る。困ったなぁ。ラピス達になんて言おう。



 幼児であるキースは誘拐されて一念発起して逃げ出していた。パパとママの所に帰りたい。でも、どうやって帰ったら良いかわからず、泣いていた。パパとママ以外の大人は信用する事が出来ず、途方に暮れていた。

『坊や。何泣いているんだ』

 小さなキースは、異国語で話しかけられてびっくりして目を丸くした。
 狼のお顔を持つ人が、跪いて聞いていた。キースは、こういう人をなんて言うか知っていた。

「ヒーロー」
『両親は 迷子か』
「何を言っているかわからないよ」
『探してやるよ』

 獣人が祈るのを見て、キースも一緒に祈った。
 獣人は発光した。

『お前の両親、遠いな まあいい、送ってやる』

 獣人はキースを抱き上げると、背から翼を生やし、凄まじい勢いで跳躍した。

「うわーあ」

 歓声を上げる。ビルからビルへと飛び回り、ビルから地上へ着地した時、目の前にママがいた。

「キース キース」

 母は血相を変えてキースを奪い取った。

「貴方、貴方なんなの 小さい子を抱っこしてビルから飛び降りたの 何を考えているの ああ、私のキース 無事 無事なのね」
「ママ―」
「ハンバーガー」
「……。貴方、お腹空いているの いいわ、キースを連れてきてくれたんだから、お礼に奢るわ。ついでに警察も呼んであげる。貴方達、観光に来たエイリアンでしょ」

 ヒーローのDVDを見ながら、エイリアンの膝でハンバーガーを食べる。
 ヒーローはヒーローの番組に目を輝かせていた。
 エイリアンのお迎えが来た時、キースはエイリアンと約束した。言葉は通じなくとも、
キースは自分に誓った。

「僕、エイリアンと交渉する政府の偉い人になる。また会おうね。ヒーローでエイリアンのお兄ちゃん」

 エイリアンは頭を撫でてくれた。キースは、きっと一生忘れないだろう。
 キースは知らない。
 神々の間でヒーローがブームになりつつあることを。
 


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