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[18737] 戦え!戦闘員160号! 第12話:『番外編・天才科学者とぼんくら戦闘員』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2011/01/20 18:29
 目覚めは、お世辞にも良好とは言い難かった。
 ぼんやりとした視界に貫くような眩しさを感じて、思わず声をあげる。

「うっ……」
「――おや。気付いたか」

 呻きは無意識の内から漏れた言葉だったが、それを拾う別の声が、第二の刺激として確かに体に届いた。

「……ここ、は……?」
「まだプログラムは完了していない。今はまだ何も考えるな」

 視覚はただ一点の光を、聴覚はその自分以外の声を感じ取るが、それ以外の知覚がどうにも曖昧で自分でも掴みきれない。
 自分は今立っているのか座っているのか。
 起きているのか寝ているのか。
 何か触っているのか何も持っていないのか。
 全てが曖昧で、不明瞭で、不適切だ。
 だから分かるのは、今自分が「眩しい」と感じていることと。
 聞こえてくる声が、少女のような声色であるということだけだった。
 逆をいえば、それだけが今の自分を確立している全てと言える。

「しかし一時的とはいえ脳が覚醒するとは……やはり再生に無理があったのか?」

 少女の声は、ぶつぶつと何やら独り言を呟いているようだった。こちらにはもう、まったく関心がないというように、完全に一人だけの世界を展開してしまっている。
 しかし今の自分がすがれるものが光と声しかない以上、それは非常に困る。
 何もないと、不安でしょうがない。

「……ぁ、ぅく」

 だからなんとか声を出そうとしたのだが、それは不完全に終わってしまった。
 しかし声の主の興味を引く役割は果たせたようだった。

「なんだ、まだ起きていたのか。その状態でタフな奴だな。……やれやれ」

 このまま覚醒状態が続くと痛覚が解放された時ショック死しかねんぞ、とかなんとか声がして、次の瞬間、体に新たな刺激が走った。
 それは痛みだ。
 体のどこかにちくりとした衝撃が伝わり、しかしそれはまどろみのように自然に薄らいでいく。
 そしてそのゆりかごのような優しさに引っ張られるように、意識もまた、ゆっくりと、自分の手から離れていくのがなんとなく実感できた。
 落ちる、と思ったときにはもう無かった。全て。





「――う」

 目覚めは、お世辞にも良好とは言い難かった。
 ぼんやりとした視界に貫くような眩しさを感じて、思わず腕を動かして目をこする。

「……なんか、前にも似たようなことがあったような……」

 だが今は、以前とは違い、全ての感覚が手元にあった。
 腕だって動くし、手も指も動かせる。
 視界だって慣れれば、それが馬鹿でかい照明であることが理解できた。
 その光を掴むように、右手を掲げ、数回ぐーぱーの体勢を繰り返してみる。
 ……うん、動く。何もかも。

「起き立てだというのに活発だな。健康そうで何よりだ」

 声は、頭のすぐ横で響いた。そうして今更ながら、自分が仰向けに寝そべっているのだと実感する。ほとんど反射的に首だけ声のほうに振り向いてみれば、そこには二つのおさげを垂らした、緑髪の少女がいた。黒いワンピースのような服の上に大きな白衣を着込んでいる。
 少女はシニカルに口元を吊り上げると、「起き上がれるか?」と訊ねてきた。

「よっと」

 予備動作と腹筋だけで上半身を起こす。そうして改めて少女のほうに視線を向けると、彼女は想像以上に小さかった。多分自分が立てば、お腹の位置あたりに少女の頭がくるような伸長差だ。
 続いてきょろきょろと周囲を見渡してみる。自分が今まで体を預けていたのは診察台のような無骨な長方形のベッド(らしき物)で、シーツも何も掛けられていない。その周囲には見たこともない機械がベッドを囲むように設置されていて、備え付けの台には、赤黒く変色したメスのような物も数本見える。
 部屋はこのベッドを中心にそれほど広くはなく、黒いコンクリートのようなもので覆われていた。上を見上げればかつて視界を焼いた照明と、その端には数本、虫の脚のように組み重なっている鉄製のアームがある。伸びれば蜘蛛のようにこちらに脚が下りてくるに違いない。

「……色々と不自然なところはあるけど、とりあえずここ、病院ってことでいいのかな」
「間違いではないな」

 もっとも正解でもないが、と少女は喉の奥で笑いを上げる。見た目は可憐な少女なのに、その表情には長年を生きた不思議な齢のようなものが見受けられた。
 少女は目を細め、愉しむようにこちらを凝視する。

「時に、お前。自分が何故今ここでこうしているのか、心当たりはあるのか?」

 少女は幼い声で、しかしやはり成熟した言葉と顔で問いかけてくる。そのアンバランスさに戸惑いながらも何とか言葉を見つけようとし――そして絶句した。
 記憶を掘り起こそうとする。自分が何故ここにいるのか。直前に何があったのか。なんでもいい、小さな断片でも見逃すまいと必死に意識を集中させ、そして気付いたのだ。

「……え? あれ……?」

 思い出せないのだ。ここで目覚める以前の最後の記憶が何なのか。
 ではそれより以前の記憶はどうだ?
 それも分からない。
 ではそれよりもっと前は? その前は? その昔は?
 なんでもいい、自分の思い出を何か思い浮かべろ。
 何かあるだろう。趣味、家庭環境、名前、生まれ、家族構成、経歴、恋人、友人、知人、なにか――なにか、ないのか――!?

「やはり、記憶がないか」

 少女は、あまり驚きもせず、あたかも当然のようにその事実を口にした。

「……やはり? 俺は、記憶喪失で、ここに運ばれてきた、のか?」

 記憶喪失。漫画やドラマではお馴染みのフレーズだが、そんなものはそうそう現実でお目にかかれるものじゃない。あんな都合よく忘れることなんて、不可能に近いとも言われているはずだ。
 しかし自分の異常を振り返れば、それしか考えられない。
 記憶喪失……俺が……?
 しかしその言葉も、少女は否定した。

「順序がまるで逆だ。……まあ、記憶がなければ無理もない。一から説明してやろう」
「……頼む」

 少女のほうに体ごと向き直り、真摯な表情で頷く。
 今はもう、自分の中に何一つ手がかりがない状態なのだ。その真実を知るのは、他人であるこの少女しかいない。
 一体自分の身に何が起きたのか。
 その言葉一遍すら逃すものかと、全神経を少女の来るべき言葉に集中させる。
 しかしそんな努力をするまでもなく、少女は間をおかず、回りくどいことは面倒だとでも言うかのように、しごく簡潔に答えを述べた。

「お前は最初から死んでいた。それを我ら《ノワール》が拾い、改造して戦闘員に作り変えたのだ」






「……は?」

 一瞬我が耳を疑った。
 数秒間をおき、彼女が言った言葉を何度も頭の中で復唱し、そして出た言葉が、それだった。
 いや……。
 ……なんだって?

「すまない。もう一度言ってくれないか」

 きっと記憶喪失で混乱していた頭が錯覚して、全然関係のないキーワードを封印された記憶から拾ってきてしまったのだろう。
 無理もない。突然の事態に困惑することは決して恥ではない。
 受け入れることが大事なのだ。
 現実を認めろ俺。
 もう一度彼女の口から真実を聞き出すんだ。

「お前は最初から死んでいた。それを我ら《ノワール》が拾い、改造して戦闘員に作り変えたのだ」
「ふざけてるのか!」

 思わず激昂する。記憶のない自分をからかっているのかと本気で怒り、思わず少女に掴みかかろうとする……が、その表情は真剣そのもので、何より彼女の強い視線に睨まれ、俺は蛙のように身を固めてしまった。
 その瞳は、絶対強者だ。少なくとも、自分より数段格上の存在であると脳が警告を鳴らしている。

「ほう……。まだ戦闘プログラムも組み込んでいないCクラスの素体にしては見事な反応だ。運がよかったな、戦闘員160号。掴みかかっていたら私にいらん仕事を増やすところだったぞ」
「ひゃく……なんだって?」
「今の、お前の名前だよ。お前は《ノワール》のために戦い、《ノワール》のために死ぬ。そのために生まれた存在だ。名前など、認識できればそれで十分だろう」

 少女は明らかに挑発していた。にやにやと口元に嫌な笑みを浮かべ、それこそ蛇のような狡猾さで、こちらの反応を窺っている。
 その小さな肢体に……なんという存在感だろうか。彼女の見た目は明らかにこちらが乱暴すればすぐに折れてしまいそうなほどに華奢なのに、その魔性の瞳が、それを許さない。
 いや、彼女そのものに阻まれているといってもいい。
 ……何をしても、迎える結末は一つだけだろう。

「……いや、すまない。色々と混乱してて……頭が変になってた」

 頭を振り、なんとか心を落ち着かせる。
 ベッドに深く腰をあずけ、そのまま息を吐き出すと共に、上半身から全ての力を抜く。
 脱力、といってもいい。
 ……心を落ち着かせ、ね。なんとも滑稽な気分だ。
 そんなものが、今の自分にあるのかどうかすら怪しい。

「疑うなら心電図を見せてやってもいいぞ。血脈のかわりに導線が、心臓のかわりに内臓炉が、複雑にびっしりと絡み合い埋められた『設計図』だ。今のお前の体に、人間の肉体と同じ物など一つたりとて存在していない」

 脳以外はな、と自分の頭を指差しながら笑う少女に、言葉も出なかった。
 その虚実でさえどうでもいい。
 ただひどく、打ちのめされた気分だった。
 頭を垂れ、今更ながら自分の服装に意識をやっていなかったことに気付く。
 全裸だった。

「うぇえっ!?」
「ん? おお、気が利かずすまないな。ほれ、改造台の横にタオルがかけられているぞ」

 慌ててひったくるようにタオルを手に取り、とりあえずは最優先として腰に巻く。
 ……とりあえず、自分が男であることは疑いようもない事実であると言うことだけは視覚で確認できた。

「……見た目は、全然普通の人間じゃないか……」
「別に手八本脚六本の怪物にしてやってもよかったんだが、脳がその動きを理解できまい。生前の体に造るのが一番理想的なのだ。ああ、だが顔だけは許してくれ。お前の死体は特に頭の形状が酷くてな。生前を復元するのが不可能だったので、この星の模範的な成人男性の顔立ちに作り変えさせてもらった」
「……はぁ」

 そんなことを言われても、記憶も鏡もないこの場所では想像することすらできない。
 とりあえず……うん、髪の毛はあるようだけど。

「脳も破片から完全に再現するのに苦労したぞ。私がヴェスタ・ノワールでなければ不可能だったろうな」

 うんうんと満足げに頷く少女にジト目で返す。

「とりあえず、何にせよ今置かれてる状況が全部俺の理解の外だってことは理解したよ」
「話が早くて助かるぞ。ここをクリアできない改造体は、洗脳して使うしかないからな。自己を持たない戦闘員は著しく戦闘力が下がる。とりあえずは私も将軍に怒鳴られずにすむというものだ」

 白衣のポケットに手をつっこみ、さっきまで向けていた威圧の視線はどこへやら、少女は親しみやすそうな柔らかな視線をこちらに向け、にっこりと微笑んだ。

「場所を移そう。そこでこれからのお前の境遇を説明する」
「聞きたくないなあ」
「嫌でも聞きたくなるさ。お前が生きる場所は、今この瞬間にここしか無くなったのだから」

 くるりと背を向け歩き出す少女の背中(白衣の裾が完全に地面についている。格好悪い)を見つめ、どうしたものかと思案するが、すぐにそれが無意味なことであることに気付き、ゆっくりとベッドから降りて床に足をつける。
 ……確かに、この瞬間から、俺の第二の人生とも呼ぶべき時間が始まったのだろう。


 今ここに、戦闘員160号が誕生した。






[18737] 第01話:『超展開!? 地球に降りた二つの宇宙人!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/10 19:18
 遠い銀河の果て。
 数千年前から争いを続ける、二つの星があった。
 そこに意味はなく、そこに始まりも終わりもない。
 二つはそういう運命で宿命付けられ銀河に産み落とされたのだから。
 片方は黒き星《ノワール》。また片方は白き星《ルピナス》。
 彼らは互いに戦争の目的も望みもなく、それが当たり前であるかのように争い続けていた。そのために幾つもの星を支配下に置き、幾つもの星を滅ぼしあった。
 彼らは“戦いを終わらせる”ために戦うのではなく。
 より長く“戦い続ける”ために、互いに発展していったのだ。
 そうしてその時もいつもと同じように、二つの星は自身が持つ戦争の駒を使い、とある古代惑星で未知の『超エネルギー体』を奪い合っていた。
 それを奪えば戦力は大きく充実する。どちらがとっても片方は劣勢を強いられ、それを克服するために新たな力に手を伸ばすだろう。それをまた奪い合う。その繰り返しだった。
 だが肝心のお目当てが存在すると特定された遺跡で、一つのトラブルがあった。
 二者の巨大な力に『超エネルギー体』が反応、あやまって分散されてしまい、それが遺跡にあった転移装置で銀河の各地に散らばってしまったのだ。
 二つの星は焦った。
 これでは均衡が破られない。戦い続けるためには、どちらが「勝っている」状態を維持しなければならないのだ。
 黒き星と白き星は独自の技術力で『超エネルギー体』の行方を追った。そこて一つの、不可解な事実が明らかになったのだ。





「……不可解な事実?」

 ホワイトボードにびっしりと書かれた『二つの星の歴史講座』に、半ばうんざりとしながらもとりあえずは生徒役に徹する。
 目の前には何故かビン底メガネをかけた白衣の少女ヴェスタ・ノワールがおり、片手にペン、片手に教鞭(正式名称は知らないが、先生がよく持ってる伸び縮みするアレ)といった完全な教師スタイルで講義を進めていた。
 そして俺も何故か黒学ランに学帽までかぶせられて、書生みたいな格好をさせられている。

「幾つもの固体に分散されてしまった『超エネルギー体』だが、しかしこの広い銀河宇宙のどこに散らばっていようとも、最終的には必ずある一箇所の座標に集中することが分かったのだ」
「それって、そのエネルギーが自分でそこに行くって事?」
「あるいは、その座標にある何かに吸い寄せられているのか、だろうな。ここの詳しい詳細は未だ解明されていない。『超エネルギー体』も全て回収できていないし」
「……んで、その不可解かつ都合がいい座標ってのが……」

 俺の言葉に続くように、少女は満足げに一つ頷き、答える。

「――此処。我らが軍を派遣し秘密裏に拠点をはった、『地球』の御門市というわけだ」
「……とんでもねー超展開だな……。俺が作家でももう少しまともなシナリオ作るぞ」
「事実だからしょうがあるまい。我らとて、誰が好き好んでこんな文明初期段階の超辺境惑星に居を構えたりするものか。エテルも存在しない不便極まりない惑星など、私も『超エネルギー体』を追跡しなければ知りえなかったぞ」

 宇宙の神秘だな、と何やら感慨深げに唸っているところ悪いが、また一つ知らない単語が出てきた。

「そのエテルってのはなんだよ」
「宇宙に当たり前に存在する粒子の一種だ。我らはそれを利用し、時には物理法則を超えた力を生み出す。この世界の単語で言うなら――『魔法』や『超能力』といったところか」
「SFなのかファンタジーなのかはっきりしろよ」
「れっきとした『常識』だ。宇宙文明を築く惑星なら誰もが使用している技術の一つでしかない。……ここは宇宙の中心から離れすぎて、その粒子すら届いていないようだが」
「悪かったな、田舎惑星で」

 俺が不貞腐れると、それをなだめるためなのか、ヴェスタはにやにやと笑いながら、

「そのおかげでこの星が創生以来、どの惑星からも侵略対象になっていないようではないか。平和でよかったな」

 なんてことを言ってきやがった。
 戦い続けることが生きがいとか言ってる星の住人に言われたくないっての。

「まあここまで離れているところから推測するに、他の惑星はこの星の存在すら知らないのだろう。明らかに何もないと分かっている場所まで観測隊を送り込みはしないだろうしな。こういう『漏れ』があっても不思議ではない」
「てめー、絶対喧嘩売ってるだろ」
「おやおやか弱い科学者になんという暴言を。自己防衛で思わず改造してしまいそうだぞ」

 くそ、なんというか、数時間喋っただけで、こいつの本質を理解しつつあるぞ俺。

「――講義を続けよう。そうして互いに到着の差はあれど、私達とルピナスの派遣した隊は無事この星を発見、互いに支部基地を設立した。それから『超エネルギー体』の破片を回収する戦いが始まり、はや1年になる」
「……戦果は?」
「残念だがこちらが劣勢だな。回収率はおおよそ3:7にまで落ち込んでいる」

 教卓の鞭をぱちんと戻し、何故つけていたのか結局謎のままだった眼鏡をはずして、ヴェスタはやや真剣な表情を作った。

「当初は先に到着していたのが我が軍ということもあって、圧倒的有利を保っていたのだが……」
「向こう側に、戦力的な強化があったんだな」
「そう。この星には存在しないはずのエテルを使う戦士が現れた」
「……エテル……例のびっくり粒子か。本星から持ち込んだんじゃないのか?」
「エテルの特性上それは不可能だ。元々空気中に存在しない以上、粒子はそのカタチを保てない」
「じゃあどうやって……」

 俺が眉間に皺を寄せると、少女はいやらしく得意そうなしたり顔を作ってきた。

「だがこの天才ヴェスタ・ノワール様は、その脅威のメカニズムを解明してみせたのだ。すごいだろう?」
「はいはいすごいすごっ」

 ばしんと教鞭(仮)で頭を叩かれた。しかし痛みはない。

「痛くない……」
「痛覚を残して欲しかったのか? とんだマゾだな」

 ……ああそうか。俺って改造人間らしいもんなあ。
 全然実感沸かないけど、こういう体験をするとちょっとずつ信憑性が帯びてくるな。

「んで? どうやってこの星に存在しないエテルを使ってたんだ?」
「正確には、擬似的にエテルと同質の能力を限定的に展開・使用していたのだ。この星の人間を使ってな」
「……え? お前らの勝手にやってる回収戦争に、地球人が絡んでくるのか?」
「この星の人間の生命力をエテルとして変換する道具を開発したらしい。星に存在しなければ、存在する物をエテルとしてあてがえばいいという考え方のようだな。そして一番近かったのが、おそらく知的生命体の活力なのだろう。この地球限定ではあるが、奴らは『ガーディアン・プリンセス』の複製に成功した」
「……なんかまたこっ恥ずかしい名前が出てきたぞ」

 思わず頭を抱える。
 戦闘員だの銀河宇宙だので頭がいっぱいだってのに、この上まだ新要素がでてくるのかよ。

「白き星《ルピナス》が有する恐るべき兵士。女王の加護を受け、自在にエテルを変換・圧縮して高威力のエネルギーを発生させる。……本星でも猛威を振るっている、我らの天敵だ」

 苦々しい表情で唇を噛むヴェスタに、俺は当然の疑問を向ける。

「ならこっちだってそうすればいいじゃないか。“そうやって”お前らは戦い続けていたんだろ?」
「むぅ」

 途端、ヴェスタはあからさまに視線をそらして呻いた。
 そのまま、しばらくの時間が経過する。

「…………」
「…………」
「……おいまさか、技術主任としてこのクソ辺境惑星に派遣されたヴェスタ・ノワール博士ともあろうものが」
「むぅ」
「《ノワール》バージョンの、そのエテル変換装置が、まだできてないと……?」
「むう?」
「だから仕方なくとりあえず地球人の死体を漁って色々と改造してはみるものの」
「むぅん」
「いまだ成果が出ず、とりあえず再利用的なカタチで戦闘員として雇っている、と」
「……おお、さすが我が息子。飲み込みが早いのは間違いなく母親譲りだな」

 ぺしんと少女の頭をはたく。

「いたいっ! 手をあげたなっ! 虫に改造するぞっ!」
「どやかましいわ! んなんで勝手に再生されて手下にされてる身にもなってみろ! あと誰が息子だ!」

 頭をさすりながら、涙目でうー、とこちらを睨んでくる少女。
 ……さっきの脅威はどこへいったんだ。
 まあお遊びに乗ってやってる、って感じなんだろうけど。

「……だいたい事情は把握した。そんで、今ウチが超ピンチに陥ってるからとりあえず質より量作戦で戦闘員を増やしていた、という話につながるわけだな」
「うむ。お前は栄えある160番目の地球生産戦闘員だ。励めば素体のランク強化や戦闘術の埋め込みプログラムも実施される。そして給料も上がるぞ」
「……へ? これ、金がでるのか?」

 急に現実的な話になって、思わず目を丸くする。

「それで戦闘員をやっている人間も少なくない。とにかく今欲しいサンプルは『地球人』だからな。それでなくては、地球型のガーディアン・プリンセスには対抗し得ないだろう」

 と。
 突如部屋中に、けたましくアラームが鳴り響いた。
 部屋中の照明が赤と黒に彩られ、どう考えても穏やかな事態ではない。

「な、なにがっ!?」
「お前は本当に運がいいな、160号」
「は?」

 ヴェスタは相変わらず、悪戯っ子のようににやりと笑い、そして静かに指をさした。
 ホワイトボードの一角。
 そこには彼女のミミズがはったような字で、こう書かれている。
 『ガーディアン・プリンセス』

「何はともあれ、実際に体験するのが早かろう。――この地球に舞い降りた、宇宙の姫騎士の実力を」








※おゆるり馬鹿SF特撮ファンタジー魔法少女ラブコメ風味です。
 基本難しい単語を使わず、気軽に読める感じがコンセプトです。
 また作品が拙く読みづらい点も多々あるでしょうが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします。



 次回、魔法少女降臨



[18737] 第02話:『対決! 魔法少女プリンセス・フリージア!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/11 18:38
『戦闘員は全員オペレーションルームに集合せよ! 繰り返す、戦闘員は全員――』

 建物中に響き渡るアナウンスに急かされながら、いまだ慣れていない通路をとりあえず指示のとおりに駆け抜けていく。

「えーっとこっちが右で、さっき左を曲がったから……あとはまっすぐ、か?」

 ヴェスタに渡された簡易地図を頼りに、複雑に枝分かれする基地の中心へと向かう。はっきり言って何一つ要領を得ていないが、それでも行かなければならないのだろう。
 何故なら俺は既に、ここの戦闘員なのだから。

「ここか!」

 ようやくついたその場所は、さっきまでの細い道から一転、いきなり大きく開かれた場所だった。ホール……というよりかは、周囲を見るに、学校の体育館といったほうが納得行くかもしれない。

「うへぇ」

 そこには数十人の黒い集団が、敷き詰められるように集まっていた。
 皆同じ格好をし、同じ姿勢――つまりは直立不動のまま、こちらからは背を向けて、正面先の壇上へと一点に意識を集中させている。
 いや……その統率がとれすぎた集団の中にも、わずかに揺らぎは存在していた。まるで間違い探しのように、列の中に紛れて、個々の行動をとっている黒ずくめがいる。
 その数はあまり多くないが、つまりは彼らが――

(……俺と同じ。自我を持つ戦闘員ってわけか)

 ヴェスタによって死体から蘇生させられたのか、あるいは志願して自分からこの場所にいるのか。
 何にせよまっとうな立場ではあるまい。こんな冗談じみた空間で正気を保っているんだから。

「よう!」

 なんて考えていたら、横から急に声を掛けられ、思わずびくりと体を震わせてしまった。
 誰かに声をかけられるなど、まるで想定の範囲外だったからだ。

「お前が新入りだろ? ようこそ、悪の秘密結社へ……ってな」

 馴れ馴れしくこちらの肩を叩きながら朗らかに笑うその男は、俺より明らかに一回りは大きな巨体を持っていた。その格好は、やはり周囲と同様に全身黒のスーツに、上半身は薄手の黒い鎧のようなものを身にまとっている。
 つまりはこれが、ここの戦闘員の戦闘服というわけだ。
 当然俺も、ヴェスタに着せられて同じ服装をしている。

「全身黒タイツじゃなくて安心しただろ? 俺も最初の感想はそれだったぜ」

 ともあれ、こんな気色悪い場所で、話し相手がいるのは正直ありがたかった。
 男に苦笑を返し、肩をすくめる。

「ああ……アンタも、生き返ったクチか?」
「いや、俺は金目当てさ。馬鹿みてぇな借金があってよ。内臓売っても足りない程度だ」
「……ここ、本当に金なんて支給されるのか? どうやって調達してんだ」
「さあな。だが実際大金は渡される。こんなうまい仕事は他じゃねえよ」

 うまい仕事、ね。狂気の沙汰としか思えんが。

「それよりお前、仮面はもう支給されてるか? 大将が出てくる前に正装は整えといたほうがいいぜ」

 男は手に持っていた白いお面のようなものをこちらに掲げてくる。
 ……正直、それを装着することだけは俺に残っていた最後の羞恥心が許していなかったのだが。

「やっぱり、つけないと駄目か……?」
「色々と便利だぜ。お前だって街中で顔を晒しながらこんなことしたくねーだろ」

 ごもっともな意見だった。
 ヴェスタに渡された白い仮面を持ち、途方にくれる。
 いやだなぁ。

「見てろよ。こうやって装着するんだ」

 男は自分の顔に、静かに仮面を貼り付けた。
 するとカチリと小さな音が聞こえ、次の瞬間にはどういう原理か仮面がゴムのように伸び、頭全体に巻きつくように広がっていく。
 あっという間に男の頭は、フルフェイスの仮面で完全に包まれていた。
 仮面の絵柄(表情とでもいうのだろうか)はどう見てもドクロのそれで、遠くから見れば顔が骸骨に見えないこともない。

「キー! キキー!」

 男は仮面の下から、どこかお馴染みのフレーズを甲高い声で叫ぶ。……雰囲気に飲まれて日本語を忘れたのだろうか?

「キー! キーキー!」

 こちらの仮面を指差し、続いて顔を指差す。さっさとつけろということらしい。

「うう……人としての最低限の尊厳が失われる……」
「キー!」
「うるせえ! 分かったっつうの!」

 ええい、ままよ!
 勢いにまかせて顔に仮面を貼り付ける。
 すぐに仮面が広がり、顔全体を白い骸骨が覆う。

「どうだ? 意外と着心地は悪くねーだろ」

 仮面を通して聞こえる男の声は、理解のできる言語だった。

「相手に会話内容が割れないよう、こうやってカモフラージュする機能なんだとさ。仮面をつけてれば、普段どおりに聞こえる」
「……そりゃ分かるが、なんでその誤魔化す用の言葉がよりにもよってキーなんだよ」
『ひとえに私の地球学習成果だ。地球人に馴染みやすいスタイルのほうが受け入れられると思ってな』
「ヴェスタ?」

 仮面から聞こえる声は、今は周囲にいない少女のものだった。傍にいる男の声とは違い、どこか機械を通したようなくぐもった音声で聞こえてくる。

『このスカルマスクには通信機能もついている。私の自慢の発明品だ』
「うるせー。こんなもん作ってる暇があったらとっととエテル変換機発明しろ」

 耳に垂れ流される罵詈雑言はスルーし、男に向き直る。

「んで、ここで集まったのはいいけど。これからどうするんだ?」
「うちの大将が状況を説明する。そっから先はなるようになれだ」
「大将?」
「指揮官様だとさ。……ほれ、おいでなすったぜ」

 男は壇上に顔を向ける。俺もまたそれに習うように視線を返せば、さっきまで誰もいなかった壇上の中心に、いつのまにか一人の女性が立っていた。
 グリーンを基調としたビキニアーマー風のハイレグ仕様に、黒のオーバーニーソックス。腰に携えたベルトには一振りの剣が備わっており、手足はガントレット・グリーブで完全に固められている。
 美しいブロンドの髪は肩より下まで伸びており、その凛々しい顔立ちはまさしく美人と形容するに相応しい。

「すげえ……」

 ハイセンスすぎる……。

「いつ見てもたまらねえな」

 なにやら腕を組んで何度も頷いている隣の男は無視し、俺は思わずため息をつかずにはいられなかった。
 まともじゃねえことは百も承知だけど、もう少しまともであれよ頼むから。

『ディアナ・ノワール殿だ。この地球支部の司令官にして、お前たちの上司にあたる』
「――我が《ノワール》の精鋭達よ。早速だが状況を説明する」

 姿から想像していた通りの凛とした声がホール中に響き渡る。
 説明は簡素なものだった。御門市の臨海公園にて目標エネルギー反応アリ。既に第一部隊を派遣しているが、先刻ルピナスのガーディアン・プリンセスが到着。第一部隊を殲滅し、目標と交戦を開始した――

「……目標と交戦?」

 話では、ただ固体化したエネルギーを回収するという話だったはずだが。

『超エネルギー体は、地球上の生命体に憑依することで存在を維持する。回収するには、その憑依体を殺すことなくエネルギーと生物に分離させる必要があるのだ』
「おい聞いてねえぞ」
『言っていないからな。今言ったぞ』

 あっけらかんとした少女の物言いに、ため息が増す。
 その間に指揮官の説明も終わったようだった。

「ガーディアン・プリンセスに直接戦闘を仕掛ける必要はない。我らの目的はあくまで『超エネルギー体』の回収だ。奴がエネルギーと本体を分離させた隙を突いて、必ずエネルギーを確保しろ!」
「キー!!」

 場の戦闘員が、一同に敬礼の姿勢をとる。数秒遅れてそれを真似る俺。

「ま、気楽にいこうぜ。俺たちゃ腕がとれようと足がもげようと死にはしない。脳さえ無事ならな」

 とんとんと軽く肩を叩き、男が気楽そうに言う。
 なるほど、このマスクは一応それを保護するためのものでもあるわけだ。

「……初陣か。はっきりいって、まったく実感沸かないな」

 心中は、自分でも驚くほどにひどく落ち着いている。
 いまだ現実に脳が追いついていないだけなのかもしれない。
 それもまた、無理ない話だと思う。いきなり死んでいただの改造しただのの話を聞いて、間髪いれずに実戦だ。理解できるほうがおかしい。

『あまり派手に壊すなよ。お前は改造したてなんだからな』

 耳元に届くエールともつかない声に適当に返し、俺はただ、嘆息をつくしか自分にできる術を思いつかなかった。





 時に、現実がひどく空虚に思えたことはないだろうか。
 誰だってそんな体験を、一度や二度、しているはずだ。
 極端な境遇に立つまでもなく、ふとした日常の間で、「これは本当に現実なんだろうか?」と思うこと。それは宝くじが当たったり、野球でまさかの逆転ホームランが飛び出したり、あるいはテレビの運勢占いで1位になった瞬間でもいい。
 大小、人によって様々な違いはあれど、そんな自己と現実とのギャップに戸惑うような場面が人生を歩いている限り何度かあったはずだ。
 しかし今、俺の目の前で繰り広げられている光景は、そのとびっきりであると自負できる。
 海に面した公園で、ばかでかい魚が尾を振り回して暴れ回り、それを器用にかわしながら、確実に魚に致命傷を負わせているコスプレ少女――
 これが非現実と言わずしてなんだというのだろうか?
 テレビカメラを探したほうが現実との溝を埋める一番の手がかりになるのだろうが、生憎そんなものは周囲のどこにも存在していなかった(一応探した)。

「フレイム・シューター!!」

 大きく跳躍した少女がひらひらのスカートを風になびかせながら、持っているワンドを振りかざす。杖の先に埋め込まれた赤い宝石が眩い光を放ち、それが形を成したかのように一瞬後には杖の先から炎の玉が生み出され、魚にむかって恐るべきスピードで飛来していく。
 魚の化け物はもろにその玉を食らい、たまらないとでもいうかのように大きくのけぞった。
 その一瞬の隙を、少女は見逃さなかった。
 着地した瞬間、何やら印を刻むように空中で杖を振りかざし、その軌道をなぞるように光が追随し、空中に紋章が刻まれる。

「――我、焔の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 詠唱により一際大きな光を放った紋章が、少女の気迫の声と共に、一気に魚の巨体へと打ち込まれた。

封印シール !!」

 グオォォォォォォッ、と魚が咆哮し、全身から強烈な光を発する。
 マスク越しでなければその光に目を焼かれていたかもしれない。強い輝きの中で、魚がみるみるうちに小さくなっていくのが分かった。
 そして、次の瞬間には。
 地面をぴちぴちと跳ねる普通サイズの魚と。
 その上でゆっくりとした動きで回転する、宙に浮いたカードだけが残された。

『いまだ! 全員突入!!』

 それを見計らったかのようなタイミングでマスクから司令官の怒声が響き、今まで周囲に身を隠し事の成り行きを見守っていた黒ずくめの集団が、いっせいにそのカードへと飛び掛る。
 ……が、刹那。
 カードに誰かがたどり着く、そのなにより先に、少女から発せられた強い熱波が、衝撃波として戦闘員たちを吹き飛ばした。

「……あら、ようやく到着? それとも最後だけ美味しくかっさらおうっていう、みみっちい考え方かしら」

 その声は、風に流れるように静かに聞こえてきた。
 腰に手をあて、やれやれと馬鹿にするように肩を竦め、少女はふん、と勝気に鼻を鳴らした。

「何度来ようと同じことよ、悪の惑星ノワールの手先たち! この私、プリンセス・フリージアがいる限り、地球を好きにはさせないわ!」

 びしっ!と少女の白い手袋に包まれた指が、一点を指す。まあ周囲にはたくさんの戦闘員が転がっているから、別に誰かを指差したわけではないのだろう。
 全体的に上半身白いスーツの中に、赤い装飾が肩やスーツのラインに走っていて、下は膝まで白いソックスで覆われており、極端に短い赤のスカートをはいている。燃えるような赤い髪を腰までなびかせ、強い意志を瞳に宿したその少女は、威風堂々、数では圧倒的に劣勢であるにも関わらず、自信たっぷりに力強く叫んだ。

「さあ、どこからでもかかってらっしゃい!」

 少女がだっとカードに向かって駆けていく。それを阻止するかのように、戦闘員たちが次々と行く手を防ぐが、

「とうっ! はっ! てりゃーっ!」

 ある者は回し蹴りで地面に叩きつけられ、またある者は軽くいなされ、そしてまたある者は持っている杖で殴りかかられ倒されていく。
 その動きは実に洗練されていて、見事なものだというしかなかった。
 こうして木陰で観察している内にも、黒い男たちが寄ってたかって少女を中心に取り囲んでいるのだが、次々とその壁が切り崩されていく。
 それは戦いというよりも組み手の相手……いやもっといえば、一方的な虐殺だった。

「……すごいなぁ」
『何を感心している。お前も行かんか』

 もはや現実感のないその光景に見惚れるしかない俺に、耳元でヴェスタの呆れたような声が届く。

「いやそうは言うがな博士。カードの周辺見てみろよ。明らかにやばげなサークルで囲まれちゃってるじゃねえかよ」

 ぴちぴち跳ねてる魚の周辺は、赤い光が円になって取り囲んでいる。
 おそらくさっきから1度も魔法(としか表現できないので、そう呼称する)を使っていないのも、アレを発生させているからに違いない。

「誰かが彼女に魔法を使わせてあのサークルを消してくれれば、俺だって行くけどさぁ」

 どう考えたって無謀としかいいようがない。現に目の前では、そのサークルに突貫していった巨体が、赤い光に冗談みたいに2メートルくらい吹っ飛ばされているところだった。
 何もかも規格外だ。
 目の前で華麗に戦う少女に、俺が持てる感想は一つだけだった。

「魔法少女かよ……」

 しかも肉弾戦もこなせる魔法少女ときては、俺の地球知識も役に立たないというものだ。
 そうこうしている間に何十人といたはずの同士たちは次々と倒れ、ついに最後に残った戦闘員も、少女の肘鉄に昏倒し、その場に倒れ伏せた。

「もう終わり? まったく、雑魚のくせに数だけ多いんだから」

 ふう、と少女は息を整える。あれだけの数がいても、少女の呼吸を乱すことすらできなかったようだ。

「さってと、あとはカードを回収すれば終わりね」

 先程までの敵意のこもった表情とは違い、魅力的な笑顔でカードに歩み寄っていく少女に、さてどうしたものかと思案する。
 まあ、行かなきゃいけないんだろうなぁ。
 ああでもケガするの嫌だし、博士にだってあんまり壊すなって言われてるし、なんとかこう、ビギナーってことで今回だけ見逃してもらうわけにはいかないんだろうか。
 そうだよ、だいたい戦闘員とか言っても戦闘の訓練だってまだ何も受けてないじゃないか。今回は運が悪かったということで、また次回頑張るから、今日はもう退散しよう。うんそうしよう。
 決断した俺は、その場から立ち去ろうと一歩を踏み出す。
 ポキッ
 小気味よい音が、不自然なまでに公園に響いた。
 足元を見ると、ものの見事に小枝を踏んでしまっている。

「まだいたの!」

 すばやく表情を切り替えた少女の強い視線が、こちらを射抜く。
 うわあ、気付かれた!
 慌てて茂みから飛び出し、なんとか説明しようと身振り手振り交えて少女を説得する。

「落ち着け! 俺はついさっきまで君と同じ善良なる一般市民であってだな……」
「せやあっ!」
「うわあ!」

 正面から突っ込んできた少女の拳を間一髪で交わす。少女は少しだけ驚いたように顔をしかめたが、すぐに二撃目を繰り出した。今度は右足からのハイキック。
 それもギリギリで腰をかがめて交わし、バックステップで少女との距離をとる。が、すぐにその差は詰められてしまった。

「いや話し合おう! 俺達は分かり合えるはずだ!」
「このっ、このっ、ちょこまかとムカツクわね!」
「まずはその無粋な拳をしまえ! 俺達は言語を持った文明人だぞ! そーいう直接的な交渉は同じ霊長類として感心できないな!」
「キーキーうるさいわよっ!」

 ああっ、そうだった!この仮面をつけてたら相手にはキーとしか聞こえないんだった!
 くそっ、ヴェスタのやつ、仮面の本来の用途は密告を防ぐためだな! あのやろう、帰ったら髪型をツインテールにしてやる!

「もおおっ、あったまきた! ――深紅なる炎の源よ、我が意思、我が望みと共に敵を討てっ!」
「……っ!?」

 近距離で少女が振りかぶった杖から、強烈な光が集まっていく。
 それは熱となり、荒れ狂う炎となって、周囲の酸素を吸って一瞬にして肥大化した。
 それを目にした瞬間、本能的に理解する。……シャレじゃすまねぇ!
 理解できれば、あとは動くだけだ。
 脳が指令を出すまでもない、それはほとんど反射的な行動だった。

「必殺! バーニング・パニッ――きゃあっ!?」

 俺は膝に力をこめ、体勢も考えず無理やり少女に飛びついた。
 突っ込んでくることは予想外だったのだろう――俺の体に押され、少女が後ろに倒れる。

「やばっ! 制御が……!」

 その反動で、今まさに振り下ろさんとしていた杖は本来の軌道から外れ、そこから放たれた高エネルギーの光熱波が、俺の真横を貫通した。
 爆発と、光が辺りを埋め尽くす。
 赤い閃光が大きく膨れ上がり、そして鳴動して音を響かせる。
 砂けむりがあがり……その時点になって、とりあえず助かったことだけを実感した。

「ったく、とんでもねーな……」

 光が辿った道を視線で辿ると、まず自分の右腕が肘からごっそりなくなってることに気付く。そして後方では、地面をえぐる破壊の跡が容赦なく刻まれていた。

「これがエテルの力か……そりゃ、俺らが劣勢になるわけだ」

 こんなもんにまともにぶつかってかなうわけがない。
 ……ヴェスタのやつ、早急にエテル変換装置を開発してくれなきゃ、近いうちにマジで全滅するぞ俺ら。

「しかし派手にやられたもんだ。ま、痛覚が残ってないのが幸いだけど……指とか動かせるかな?」

 失った右手からは何の感触もなかった。そのかわり、ついでのように左手の指を動かしてみれば、何やら柔らかなものが指と指のあいだにはさまる感触がある。

「ん?」

 そこで俺は――ようやく、というべきか、自分がどういう姿勢になっているのかを認識した。
 魔法少女の上に馬乗りになって、左手でおもいっきりおっぱいを揉んでいた。

「………………」
「………………」

 視線をあげる。顔を真っ赤にした少女が、こちらも自分がどうなっているのか完全に把握できていないのだろう、口をぱくぱくさせながら俺の顔を見つめている。
 しばらく、そうして見つめあう――互いに、次の言葉も、行動も、とりあぐねていた。
 俺も体を動かせず、仕方なく少女の乳房を掴んだまま、そのままの姿勢でいるしかない。
 やがて、ぴくぴくと眉をひそめていた少女が、ゆっくりとその可憐に整ったピンク色の唇を動かす。、

「し、し、」
「し?」
「死ねぇーーーーっ!!!」

 その後めちゃくちゃボコられた。








※初回から沢山の感想ありがとうございます。
今回読んでいただければ分かるように、作者は戦闘描写がまったく書けません。
皆さんに呆れられないようがんばる所存ですが、その辺は生温かい目で見守っていただければ幸いです。



次回、組織の日常



[18737] 第03話:『新たなる決意! 戦闘員としての一歩!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/14 12:31
 実を言えば、その時その瞬間まで、俺は今日起きたありとあらゆる全ての出来事は夢なのではないかと思っていた。疑っていた、というよりも、確信を持って夢だと信じ込んでいた。
 この馬鹿げた話は、明確な自分の意識が保てる夢――確か明晰夢――とか言うやつで起きている事件であり、俺がどんなに春眠暁を覚えない野郎だとしてもいつかは目を覚まして、次の瞬間には考えるのも億劫な夢も希望もない現実に引き戻してくれる、と。
 そう夢や希望を抱いていたのだ。
 だってそうだろ? 目が覚めたら自分が改造人間で人知れず戦う宿命になっていて、敵はステッキ振り回してせっせと環境破壊にいそしむ魔法少女ときたもんだ。
 誰だって正気を疑う。
 誰だって夢だと思い込む。
 俺はヴェスタの話を聞いている最中も男に仮面のつけかたを習うときも魔法少女のスカートの中に目がいっている時でさえも、その懸念を忘れたことはなかった。
 いつこんな面白愉快な夢から目が覚めるのだろう。ああせめてあの中が見えるまでは夢でいてくれー、などと楽観的に願っていたほどだ。
 そう、俺は、あの瞬間まで、確かに「現実に居なかった」のだ。
 ……けどそれが夢でなかったとき、全ての常識は覆される。
 全ての願いが破壊される。
 それは、俺の右腕に確かなアギトとして、明確たる証拠を残していったのだ。
 自分の腕が冗談みたいに一瞬で吹っ飛ばされて、夢を見続けられる奴なんていない。





「……起きろ。治療は終わりだ」

 ごつんという衝撃的な破壊音と頭部に伝わる揺れで、強制的にまどろみから帰還させられる。しばしまばたきを繰り返した後、俺は自分の境遇を一瞬で思い返した。
 はっと気付き、すぐに視線を右腕へと走らせる。

「おお、本当に直ってる。便利だなぁ」
「バカモノ。完成した初日で『修理』ではなく『再生』を施した戦闘員は、お前が初めてだぞ」

 これはお前の給料から差っ引くからな、となにやらブツブツ言っている小柄の少女。白衣を引きずって歩くその姿からは想像できないほど、彼女は真に「化け物」なのだと、俺は改めて思い知らされた。
 いや、何から何まで、今はじめて認め始めているのだ、俺は。
 この空間が、俺を取り巻く現実であるという事実に。

「神経伝達に支障はないな? 軽く動かしてみろ」
「大丈夫みたいだ。さっきまで『無かった』のが嘘みたいにぴんぴんしてる」

 ぐるんぐるんと右腕を振り回して見せる俺に、「それはなにより」とつまらなそうに呟くヴェスタ。彼女にとってそれは当たり前なのだろう。
 壊れた戦闘員を、自分が直す。見慣れた光景、不変の現実。

「……それにしても、またここか。戻ってきちゃったなぁ」

 周囲を見渡せば、そこは俺が初めて目覚めた場所である改造室だった。
 まさか一日に二度もお世話になることになるとは。

「どうせまた何度も来ることになる。新鮮なのは今だけだぞ」

 改造台横に設置されてある機械のコンソールを叩く片手間に、ヴェスタが呟く。
 それを聞きながら……いや、聞き流しながら、俺は静かにヴェスタに問いかけた。

「なあ、ヴェスタ」
「なんだ」
「俺って変なのか?」
「ああ」

 即答された。あまりによどみない流れだったので何かを突っ込む暇もなく、思わず肩がくだけてしまう。

「お前なー」
「……なんだ、自分で聞いてきたんだろう。私は自分の意見を述べたまでだ、が……」

 リズミカルにタッチパネルを叩いていた指を止め、ヴェスタが視線をこちらに向けてくる。

「何か気になることがあるようだな」
「ああ」
「私は心療は管轄外だが、せっかく今日仲間になった同胞のためだ。話くらい聞いてやろう」
「ありがとう」

 どういたしまして、と肩を竦めるヴェスタが、視線で「で?」と続きを促してくる。
 さて、どう言えばいいのか。
 いざ形にするとなると、この違和感を言葉にするのは難しかった。
 仕方なく、まわりくどいようだが、最初から話すことにする。

「今日の戦闘……酷かっただろ? 俺なんてボコボコにのされちまってさ。気絶しちまって、気がついたら彼女もカードもなかった」
「まあお前がボコられたのは主に戦闘終了後だがな」
「で気がついたとき、周りを見渡してみたわけよ」

 なにやら不愉快な視線を感じるが、きっぱりと無視する。

「そりゃーもうすげえもんだった。死屍累々ってやつ? 公園のいたるところに大小黒服の男たちがぶっ倒れててさ。地獄絵図といってもいい」
「想像するに余りあるな」

 今でも瞼に焼き付いている。ここは戦時中かよと思うほどの数の人間が、狭い中に折り重なって倒れ付しているのだ。常識ある一般人なら吐き気を催す光景だろう。

「これを、たった一人の女の子がやったんだって思うと……正直怖かった。魔法とかそういう非現実的な要素を抜きにしても、それは俺にとっちゃ少なからずショックだったんだ」
「……それで?」
「けど、しだいに次々と起き上がっていった、他の連中は違った」

 奴らはよろよろと立ち上がり、そして――笑いあったのだ。
 ……いやー派手にやられたよな、とか。
 ……俺なんてみろよこれ、首完全に折れちまってるぜ、とか。
 ……あー撤収撤収。引き上げようぜー、なんて。
 彼らはさも自分たちのノルマはこれで終わりだといわんばかりに、意気揚々と基地への転送ポットに向かっていったのだ。
 それを呆然と見送り……そして自分の右腕を見て、そのあまりの空虚さに気付いたんだ。
 痛みのない負傷。
 絶対に死なない現実感のない戦い。
 それはまるで、ゲームのようだと。

「奴らは感覚が完全に麻痺してる。これが『戦闘員』にロールプレイして遊んでいる、超リアルなゲームだとでも思ってるんだ。現実味の無い世界、二次元要素の敵、そしてその後自分たちの元に転がり込んでくる大金……正気を保てるハズなんてなかった」

 何故多額の金が振り込まれるのか。
 何故戦闘員たちは、あれほど未知の存在と戦うのに一切の恐怖を抱かないのか。
 それは、一種の洗脳といってもいい。
 戦うために、戦わせるために、彼らの人としての部分を可能な限り削ぎ落とす。
 彼らは本当に脳が破壊されて死ぬ瞬間まで、刺激という名の愉悦と共にあるのだろう。
 それはとても幸福なことだと思う。

「……それを知ってどうする? 戦闘員160号。お前も漫画やゲームの主人公のように、その行為は悪だと我らに反旗を翻してみるか?」

 彼女の言葉は静かで揺らぎがない。波紋すら呼ばないそれは、とても人とは思えないような声で……だから俺は、けろりと答えた。

「いや、その逆だよ。ヴェスタ」
「なに?」
「それじゃあ彼女には絶対に勝てない。それが言いたかっただけなんだ。だいたい俺自身、この件が引っかかる、って程度で、具体的に悪いとか良いとかはよくわかんねーんだよ」
「……なんだそれは」

 おもいきり脱力したように、ヴェスタが辟易とした顔を見せる。

「お前、この話の展開でそれはないだろう! ついに我が軍初の反逆者かとわくわくしていた私の気持ちはどうなる!」
「だから言ったろー? ちょっと気になっただけなんだ。第一記憶のない俺に、ここ以上の居場所なんてあるかよ。そのことで、俺はようやく、自分の立場を知ったってことさ」

 今まで見ないフリをしていたものが見えたから、それなら積極的にそいつに関わってやろうと思っただけだ。
 これが壊れてるなんてハナから承知だ。
 この世界が全部妄想の産物で本当の俺は隔離病院に寝ている哀れな病人だったとしても、最後までこの現実という名の夢に付き合ってやる。
 そう覚悟しただけだ。
 この空想の戦闘員として……最後まで、あがいてやる。

「で、そのためにはまず、なんとかしなきゃいけない奴がいる」

 意気込んで言う俺とは対照的に、冷めた視線で返す少女。

「ふん。易く言うがな、敵は難攻不落の要塞だぞ。戦闘員程度のお前に何ができるというのだ。お前の言ったとおり、現状は使いやすい地球人の駒で時間稼ぎしているに過ぎん。我らの『ジュエル』が完成すれば、一気に反攻の手に回れるのだ。我が頭脳を信じろ」
「信じちゃいるけどな。このまま手をこまねいてお前の発明成果を待っているわけにもいかないだろ」

 たまたま手頃な位置にあったので、ぐりぐりとやや乱暴に少女の頭を撫でてやる。

「な、なにをする! ハゲるやめろ!」
「そりゃ迷信だ」

 さて、しかし難攻不落の要塞、ねぇ。
 俺は今日あった、彼女との戦いを思い出す。彼女の言動、彼女の戦闘スタイル、そして圧倒的なエテルの威力。
 全てが驚異的で、全てがこちらを上回っている。
 直接的な戦闘で挑めば、勝利はまず絶望的だろう。
 ただ、まぁ――

「―――崩せない壁じゃないな」





「ぎゃあああ!」

 慌てて後退する……しかしそれは、実際胸をそらした程度でしかなかっただろう。
 一瞬後こちらの鼻先を、何か鋭く鋭利なものがかすめていった。
 それはすぐに軌道を翻し、横薙ぎとなってこちらの顔を両断しにかかる。

「わあああああ!」
「やかましいぞ! それでも誇り高きノワールの戦闘員か!!」
「いやちょ、タン、タンマっす! タンマ願いますディアナ総司令!」
「せやぁッ!」
「ぐぅっ……!?」

 裂帛の気合いと共に放たれた蹴撃が情け容赦なく腹部を貫く。冗談じゃなく、確かに痛みが背中まで貫通した。

「ギブ! ギブです将軍! 白旗はげてる兵士を襲うとか武士道あるまじきでしょ!」
「問題ない。これは訓練だ。訓練で情けない声をあげる兵士など、私は兵として認めん」
「鬼~っ!!」

 どうしてこんなことになったんだろう。
 何故俺はこんな円状の狭い空間に閉じ込められ、美人鬼軍曹のしごきを受けているのだろう。
 あとなんで捨てたはずの痛みとかがするんだろう。
 もう帰りたい。戦闘員やめたい。ナマ言ってすいませんでした。戦うのやめます。

「さあ、次はこの特殊演習場内に擬似的なエテル効果を発生させる。お前は使えないので、私の操るエテルを避けるだけでいい」

 ハイレグアーマーのブロンド美人が腰の鞘に剣を納めながら、あれだけ暴れまわったというのに息一つ乱さず平然とそんなことを言う。

「あの、それ当たったら……」
「死ぬ」
「だしてー! ここからだしてー!!」

 ダッシュして後方の壁をどんどん叩く。背中を向けてるうちに入り口はいつの間にか消え、もはや光も届かぬデスコロシアムと化したその空間で俺は涙ながらに訴えた。
 後ろで、美人の艶やかなため息が漏れる。

「ドクター、はじめてください」
『了解したぞ将軍』

 上のほうでスピーカー越しに声が聞こえたかと思うと、暗闇の空間の中にぽつんぽつんと小さな灯りが次々と点滅していく。それは星の瞬きのようでとても幻想的ではあったが、話の流れからしてどう見ても俺を死へと誘う鬼火にしか見えない。

「ヴェスタてめー! 嘘つきー! 何が痛覚はないだよ! きちんと残してんじゃねーか!」

 やけくそになって天へと吼えると、俺を嘲笑うかのような高笑いが響き、

『おや心外だな戦闘員160号。私は嘘など言っていないぞ。普段は痛覚にあたる信号を脳に届かないよう遮断しているにすぎない。だが私のスイッチ一つでいかようにも脳へと痛みを送ることができるのだ! はーっはっはっはっ! お前昨日言ってただろっ、“痛みがないと現実感がない”とな! そこで将軍と相談した結果、戦闘訓練は脳に直接プログラムするのではなく、このように実施にて文字通り“痛みで”覚えさせたほうが効率的なのではないかという一つの仮説に思い当たったのだ。で、今初期戦闘プログラムが入っていないのはお前だけだから、お前で試しているというとてもシンプルな状況ではないか。何が疑問かね?』
「てめえの悪質な嫌がらせ全てにだよ!」
『準備ができたようだな将軍。でははじめよう』
「うむ」
「いやあぁぁぁあぁぁぁあぁぁっ!」

 問答無用の閃光が鼓膜を揺さぶった。






『これで実施プログラム・午前の部は終了と。……どうかなディアナ将軍。手ごたえとしては』
「話になりません。使えるのに150年は費やすでしょう」
『くくくっ、それはそれは』
「……ドクター。貴女は早くジュエルの完成を急いでください。アレは私が預かりますので」
『ふふふ。了解した。せいぜい壊さないように頼むよ、ディアナ・ノワール総司令殿』

 ……そんな言葉を、薄れゆく意識の中で聞いていた。
 あのやろう……ぜったい……ツインテールにして……やる……。





 次回、少女の運命の出会い




[18737] 第04話:『運命の出会い? もうひとりの魔法少女!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/18 17:01
 俺が戦闘員になってから、はやいもので一週間の時が流れた。
 その間何があったというわけでもなく、例の『超エネルギー体』も出現しなかったので、俺は自分の常識をアップデートすることに多大な労力を費やし、ようやくこの戦闘員暮らしに慣れというものを感じ始めていた。
 そこで遅ればせながらではあるが、ここの生活というものを少しだけ紹介しようと思う。
 そもそも俺たちが根城としている組織、『ノワール地球支部』が何処にあるのかというと、端的にいえばそれは地下である。といっても穴を掘って地底人よろしく生活しているわけではなく、脅威の宇宙パワーで地下に多元空間を開き、そこに巨大な地下施設を設けているのだ。
 理論上、そのスペースは無限。広げようと思えば際限なく広がるため、組織の人間が何人増えようとも安心設計というわけだ。

 この地球支部に存在する住人のタイプは、大きく分けて3タイプある。
 そのうちの2タイプは本星から派遣されてきた宇宙人、『将軍』と『博士』――すなわちディアナ様とヴェスタのことだ。そして残る1タイプが、俺達『戦闘員』ということになる。
 戦闘員にも3種類の人種がいて、一番多いのが洗脳を施された戦闘員。人間の脳による学習能力と判断思考を利用されているだけの、自我を持たない人形兵だ。命令には忠実なものの、人間特有の柔軟性が欠けており、戦闘力は他の戦闘員より著しく劣るという。これはAタイプと呼ばれている。
 次に多いのが生きていながらヴェスタの改造手術を受けた狂気の者。通称Bタイプ。その理由は様々だが、彼らは主に提供される大金のために戦っていることが多い。ヴェスタの暗示やこの漫画じみた環境によって戦闘における嫌悪感や恐怖を『ゲーム感覚』で無くしている者が大半で、ディアナ様にしてみれば一番使い易い、死をも恐れぬ兵士ということになる。
 そして最後がCタイプ。死者から蘇生し、かつ洗脳を受けずに自分の意思で戦っている戦闘員。本当なら戦う理由がまったくないので、これに該当するタイプは組織の中でもほとんどいない。
 死に未練があるものが、なんでもいいから生にすがりつく――そんな理由が多いらしい。
 俺のようになんとなく戦っている奴なんて、俺くらいのもんなんだとか。余計なお世話だ。

 ……それはさておき、そんな個性豊かなノワール地球支部の構成員は、戦闘員Bタイプ以外は基本的にこの地下施設から出ることを許されていない。
 何故ならAもCも死体から再起しているため、街に繰り出せばそれはもう問題になるからだ。《ノワール》はこの辺、潔癖なまでに地球への配慮を怠らない。
 そのことを以前ヴェスタに訊ねたら、彼女は真顔でこんなことを言っていた。

「我らは侵略目的でこの星にいるのではない。こんな利用価値のない未開惑星で下手に問題が発生し、それが『銀河特警パトロール』に知られでもしたら割に合わんからな。……もっとも、この星域は奴らにとっても管轄外だから気付かれることはまずないと思うが」
「ぱとろーる? また新たな宇宙用語か?」
「この銀河の抑止力だ。奴らは戦争行為には介入しないが、惑星間の問題事になら強制的に割り込める権限を持っている。……ただでさえ『我ら』は奴らに睨まれている。ことを大きくしたくないのは、ルピナスとて同様だろう」

 そのため二つの星共に、パトロールに気付かれないよう可能な限りの少人数だけをこちらに送り込んだのだという。
 ……成程、いくらなんでも幹部が二人というのはどういう理由かと思えば、そういう事情だったらしい。宇宙にも色々と面倒なことがあるようだ。
 ということで俺もこの一週間、その規律を守って地下施設にこもり、将軍にボコられたり将軍に叩きのめされたり将軍に足蹴にされながら日々を満喫していたのだが、ふとした瞬間、驚愕の事実に気付いてしまったのだった。





「外出許可を貰いたい? 別に構わん。好きにしろ」

 2秒だった。
 あーあー暇だなー外の空気吸いたいなーはやく憑依獣でてこないかなーとか色々と鬱憤を溜めていた過去の俺はどうしたらいいのだろう。

「ただし作戦開始時にはいかなる理由があってもこちらを優先しろ。いいな」
「はい」
「では、下がれ」
「はっ」

 ディアナ将軍に一礼し、作戦室を後にする。
 ここら辺の礼儀も、手馴れたものだ。俺もすっかり戦闘員に馴染んでしまったようだ。

「しかし盲点だった……俺の顔、そういや生前と違うんだった」

 俺はヴェスタによって死体から蘇生したものの、顔は整形されているので、外を歩いても生前の知り合いが気付くわけもない。そんな当たり前のことに気づかずに今まで時間を無駄にしていたとは、一生の不覚だった。
 しかしこれで、晴れて外の世界を見て回れるというもの。
 前回は作戦行動中で景色なんて見てる余裕もなかったし、今日はこの御門市という町を探索するのも悪くない。土地勘を得ることは、戦いにおいても役に立つはずだ。
 そんなわけで鼻歌も交えつつ浮き足立って廊下を歩いていると、前から小柄の白衣少女が歩いてくる。彼女はこちらを見るなり気持ち悪そうに顔をしかめた。

「なにやら浮かれているようだな、戦闘員160号。度重なる訓練でついに神経が破綻したか」
「出会い頭から失礼な奴だな。ディアナ様から外出許可を貰ったんだ。それで今日は街に繰り出そうと思ってな」
「なに? お前、今までインドア派だったから外に出てなかったのではないのか。いつも私とゲームばかりしているから、太陽を長時間浴びると死んでしまう体質なのかと思っていたぞ」
「…………」

 目を丸くしてとても驚かれた。
 真相は死んでも言うまい。絶対バカにされる。

「まあお前なら心配いらないとは思うが、地球人には無駄に接触するなよ」
「問題起こすなってんだろ。分かってるって」

 ひらひらと手を振ってヴェスタと別れ、施設にある転送ポットから地上に向かう。
 この転送ポットは地上の各地に繋がっており、場所を指定することで瞬時にそこに移動できる優れものだ。もっとも街の人に出てくるところや消えていくところを見つかるとまずいので、地上の転送ポットは廃屋やら森の中やら人が通らない場所に設置されている。
 地球人の科学力ではまず解析できない仕様らしい。
 とりあえず御門市の住宅街からやや離れた場所にある、今は使われない廃ビルに転送先を定め、そこに飛ぶことにした。
 ああ一応、服装は先程支給された、ごく普通のパーカーにジーンズである。念のため。





 御門市は歩いてみた感じ、温暖な気候の、風光明媚な観光地といった印象だった。
 海と山に囲まれ、自然も多く残されている。都会のように極端なビル街もなく、常にのんびりとした空気の漂う、言ってみれば田舎町と呼んでも差し支えない場所のようだ。
 適当に歩いていると商店街についたので、そこのコンビニで複数の新聞紙とフランクフルトを購入し、口にくわえながら新聞に目を通す。
 改造人間である今の俺には、食事は必要ない。しかし味覚は繋がっているらしく、食べてみれば確かにソーセージの味がした。なんだかひどく懐かしい、奇妙な感触だった。
 ……ところで疑問なのだが、食事が必要ないということは当然排泄も無用のものだ。そうなると、この食べたフランクフルトはどこにいくのだろう?
 いや、やめよう。考えるとすげえ怖い。
 宇宙脅威のテクノロジーということで自分を納得させ、新聞をナナメ読みでペラペラとめくる。

「ふうん……やっぱり載ってないな」

 記憶の無い自分には、総理大臣がどうとかスポーツで誰々がどうとかアイドルの何々ちゃんが破局とかいうのはまったくちんぷんかんぷんで興味すら抱けない内容である。なので自分の知りたい記事だけを探していたのだが、やはり予想通りというか、『ガーディアン・プリンセス』のことはどの新聞でも一切記されていなかった。
 もっとも、これらは全国発行の新聞紙なので、ローカル新聞はまた違うのかもしれないが、とにかく俺達が御門市でやっている小競り合いは、全国的に認知あるものではないらしい。

「報道規制……ルピナス側で地球と組んでるのか?」

 あちらの情報は、何一つ掴めていない。
 どうも《ノワール》の人間には、《ルピナス》のことを調べるという概念がないらしく、敵組織の情報なのに何も知らないの一点張りだった。あちらも似た様子なら、お互い「調べる価値などない」と思っているのかもしれない。
 まあ、数百年の単位で争い続けている星だ。俺たちの常識など通用しないだろう。
 だからいつも下っ端が苦労させられるわけだ、と。

「こちらから派遣されてきたのは二人。あっちは最低一人はいるだろうな。地球人を勧誘してお姫様にした奴がいるってことは」

 向こうの戦力はまだまだ計り知れない。対するこっちの戦力は明らかな不足かつ劣勢だ。
 あっちは重火器を保持しているのに、こっちはまだ竹槍でつついているに等しい。
 この圧倒的なパワーバランスを早々に修正しないことには、こちらに勝ち目はない。現状こっちが勝ちにもっていけるパターンは、ルピナス側より先に憑依獣を発見し、あちらが姫様を送りつけてくる前に回収、帰還することだけだ。
 そういう意味では、数で勝っている我々が有利ではある。もっとも前回のように、あっちが駒を投入してきた時点で終わってしまうのだが。

「やっぱりヴェスタの完成を待つか、あるいは……って感じだな」

 なんにせよ、憑依獣が出てきてくれないことには試せるものも試せない。
 結局は待ちの姿勢でしかないのだ。どちらの勢力も。

「……はぁ。ま、知りたいことは知れたしな。街もある程度見てまわれたし、そろそろ帰還するか」

 空を見れば、もう夕焼けが茜色に青を塗り替え始めている。
 別に門限などはないが、これ以上この街に用もない。
 一番近くの転送ポットから、基地に戻るとしよう。

「えーっと、ここから一番近いのは……丘の上公園ってのがあるな」

 さっき本屋でヴェスタに頼まれていた漫画本と一緒に購入したマップで、場所を確認する。どうやら御門市を一望できる、街でも有数の観光ポイントのようだ。そのわりには人気も少なく、なんだか穴場みたいな位置づけになっているらしい。

「……本当に流行ってんのか?」

 さりとて、この商店街からそう遠くない。俺は地図をまるめてポケットにしまうと、そちらの方向に向かって歩き出した。





 地図に従って馬鹿みたいに長い坂を上っていくと、やがて開けた場所についた。
 ここが丘の上公園のようだ。
 小高い丘の上に、綺麗に整備された土地が広がっている――が、遊具はおろか建物のようなものもなく、中心に噴水が置かれている以外は、丘の先が囲いで覆われ、その内側に申し訳程度にベンチがいくつか置いてあるくらいの、見るからにしょぼい場所だった。
 成程これなら観光者は物珍しさに一度は足を運ぶだろうが、現地の人間は用事がない限り近寄りはしないだろう。
 実際辺りを見渡してみれば、そこには人の姿なんか――

「おや」

 と、思ったが。この入り口から少し離れた場所に、男女数人の姿があった。
 というよりも私服の男が三人で、一人の制服姿の女の子をかこんで何やら言い合っているようだ。

「ねね、君現地の人でしょ? 俺達遊びに来たんだけどさ、ちょっと案内してくんない?」
「な、いいじゃん? どうせ君以外誰もいないんだしさ」
「俺達奢っちゃうよ?」
「……あの……その……」

 あまり楽しそうな雰囲気とは言いがたい。
 女の子はショートカットに前髪で目元が隠れているという、見るからに内気で物静かそうな娘で、あまりこういったナンパには慣れているようには見えない。
 男たちの言葉にも不安そうにきょろきょろしながら、俯きがちで言葉少なに拒否反応を示すだけだ。それが強引にもっていけると男たちを確信させたのか、しまいには少女の腕をとって連れて行こうとしている。

(……あー。どうしようか)

 俺は正義の味方でもましてや正義感のかけらもない、ただの下っ端戦闘員だ。揉め事に突っ込む義理はなく、とどめに上司からは地球人とトラブル起こすなと釘まで刺されている。
 さてさてどうしたものかと呑気に立ち尽くしていると、男たちが少女の手をとってこちらに向かってきてしまった。そりゃそうだ、公園の出入り口はここしかない。
 ……あっちから来ちゃったんだから、まあ俺のせいじゃないよな。
 入り口の真ん中に突っ立って男たちをじっと凝視していると、先頭で歩いていた男が鬱陶しそうにこちらを睨んできた。

「なに? アンタ」
「コイツ超ガンくれてんだけど」
「俺ら急いでるからさ、どいてくんない?」

 男の一人が右に避けようとしたので、とりあえずそっちに移動してみる。
 は?と更に表情が曇る男。

「いやマジなんなの? うぜぇんだけど」
「何か言えよオイ」

 次第に男たちから苛立ちが募り始める。対してこっちは何も言わず、ただ木偶の坊みたいに突っ立って視線を男に向けるだけだ。……うん、我ながらなんというウザさだ。
 短気な奴なら我慢できないだろう。

「ウザ! おいマジどけっての! 喧嘩売ってんなら買ってやんぞおらぁ!」

 ほらね。血管ぶっちんいっちゃった男の一人が、こっちの顔面めがけて殴りかかってきた。
 パンチは見事、俺の左頬に突き刺さる。

「……っ!?」

 しかし驚いているのは男たちのほうだった。
 それもそうだろう。拳は完全に顔に入っているのに微動だにせず、表情すら変えず自分を見つめてくる奴がいたら、誰だってそんな反応をする。

「……んだよてめぇ……」

 右手を引き、不気味そうに後ずさる男に、俺は初めて声をかけた。

「その子、離してくんない?」

 首をかしげ、にっこりと笑ってみせる。
 場に不釣合いな明るさで、場に不自然な陽気な声で。
 我ながら思ったね。
 こんな奴とぜってー関わりたくないって。

「……おい、行こうぜ……何かキモいよコイツ」
「ああ……」

 ちらちらとこちらを見ながら気持ち悪そうに公園を後にする三人組を見送り、ふう、とため息をつく。
 やれやれ、これなら文句ないだろう? ヴェスタ。

「……ぁの」

 おそるおそる、といった感じで申し訳なさそうに囁く声が背後で響いた。俺の聴覚でなかったら聞こえなかったかもしれない。
 ああ、すっかり忘れていた。俺はその子に向き直る。
 彼女は相変わらず俯きがちで、表情は前髪に隠れてしまってよく見えない。
 まあこの子も気持ち悪かったろうな、さっきの。いらんPTSDを植えつけてしまったかもしれない。そう思い、素直に頭を下げて謝った。

「ごめんね、大丈夫だった?」
「ぁ、その……あの、た、助けてくれて! あ、ぁりがとう……ございました……」

 助けてくれて、だけは勇気を振り絞ったものの、その後どんどん言葉が尻つぼみになっていくのがなんだか面白い。相当人見知りのようだ。

「俺は何もしてないよ」

 これがまた本当に何もしていないのだから格好がつかない。

「あんまり人がいない場所に一人で来ないほうがいいよ」

 とりあえず年長者(?)としてアドバイスすると、少女は困ったように唇を曲げてみせた。胸元で右手をぎゅっと握り締めながら、なにやらぼそぼそと口にする。
 でも、この場所が好きだから。
 彼女の唇はそう動いていた。俺は発達した視覚と聴覚でそれを読み取り、

「そっか。それなら仕方ない。でも次からは誰かと一緒に来たほうがいいね」
「……っ!?」

 少女はびっくりしたように顔を上げてよろめいた。ああ、また驚かせてしまった。いかんいかん。
 後ろ頭をかき、もう一度「ごめんね」と声をかける。

「とにかく、今日はもう遅いから帰ったらどうかな?」

 俺の提案に、しばし返事がなかったが、やがて小さくこくりと頷いたようだった。
 送ってあげようか――と言おうとして、さすがに思いとどまる。これじゃあさっきの男たちと一緒だ。自分の思いがけない一面に苦笑して、「じゃあね」と少女に手を振る。
 彼女は何度も振り返ってはこちらにぺこぺこと深く頭を下げながら、ゆっくりと坂を下っていった。
 その姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、再度嘆息をつく。

「……なんか変なことになってたなぁ」

 “生まれて”初めての女の子……に対する反応だ。初々しくなるのは許して欲しい。
 周囲に博士やら将軍やら魔法少女やら頭のおかしい奴らしかいなかったから、ああいう普通の女の子と会話するのは実に貴重な体験だった。
 これが今日の散策一番の収穫といってもいいな。
 他は全部これを盛り上げるための前座だったといってもいいくらいだ。

「うん、これでこの後の潤いのない人生にも耐えられそうだ」

 よし、俺も帰ろう。
 確かここの公衆トイレに、転送ポットが――
 そんなことを感じながら公園を横切っていたそのとき、胸ポケットに締まっていた携帯電話からけたましくメロディが鳴り響いた。
 ヴェスタに持たされた、非常用緊急連絡道具。
 それが意味することは、一つだけだ。
 ついに来たかという緊張で胸を高鳴らせながら、急いで電話をとる。

『戦闘員160号! 目標エネルギー反応が確認された!』

 ディアナ将軍の声に、すぐさま踵を返し、公園を出ようと駆ける。

「場所は!?」
『お前の頭上だ!』
「ずじょ――えぇっ!?」

 思わず立ち止まって携帯をまじまじと見てしまう。
 そこに、ふっと。
 予兆もなく、唐突に周囲が暗くなった。
 空を、何かが遮ったのだ。それは巨大な影となって俺を覆い尽くしている。
 ……嘘だろ?
 ゆっくり、ゆっくりと、信じたくないといった面持ちで空を見上げる。

「キシャアアアアアアァァツ!!!」

 馬鹿でかい凶鳥が、こちらに爪を掲げて急降下していた。

「嘘だろおおおおおおっ!?」

 ほとんど無意識に地面を蹴り、その場に勢いよく倒れ伏せる。
 俺の背中ギリギリを爪が通り、巨鳥はすさまじい羽音を起こしながら再び上空へと舞い戻る。
 慌てて起き上がり、なんとか携帯電話を耳に当てて作戦を乞う。

「いやどーすんすかアレ! 肉体言語でどうにかできる相手じゃないでしょう!」
『応援を待て! その場で囮に徹しろ! 絶対に逃がすなよ!』

 そこで通信は途絶えたようだった。ツーツーとお馴染みの電子音を繰り返すそのガラクタを思わず放り投げる。

「無茶苦茶すぎるぞ指令系統!」

 半ばやけになって叫ぶ。その声に反応するかのように空で翻った巨鳥が、再びこちらに襲い掛かってきた。
 いや落ち着け! こういう場面でこそ、訓練を活かすときだ!
 周囲を見渡す。
 身を隠す場所は――ないっ!
 敵に対抗できる武器は――当然落ちてない!
 転送ポットは――こっから100メートルほど先!

「ムリゲー!」

 しゃがみこむが、次も上手く避けられる自信はなかった。
 もはや敵の脅威に食い散らかされるのを黙ってみているしかないのかと俺が覚悟を決めた、その時である。

「――ウインド・シューター!」

 後方から撃ち込まれた緑の光が、巨鳥の顔面に直撃した。
 轟音のような鳴き声を上げてその場に羽を散らす巨鳥と、しゃがみこんだまま涙目な俺の間に、上空から勢いよく何者かが飛び込んでくる。

「ガーディアンが一人、プリンセス・サイネリア参上! これ以上私の思い出の場所で、好き勝手暴れさせません!」

 それは華麗に地面に着地し、こちらに背を向けて現れた。
 ……あ、白。

「早く逃げてください!」

 少女が顔だけこちらを振り向いて、力強く叫ぶ。
 透き通るような、綺麗な瞳だった。
 紫色のショートヘアが風に揺れ、彼女の前髪をなびかせる。以前見た戦闘服姿とは色違いである翠の装飾が走ったその麗しき姿は、見間違うはずもない、俺たちの宿敵にして天敵、ガーディアン・プリンセスそのものだった。

「もうひとり……だと!?」

 だがそれは、前回対峙した赤の少女ではなかったのだ。

「シャアアアアァァァァアアッ!!」

 倒れていた巨鳥が、再び羽を豪快に動かしながら空へとあがる。
 鋭い風が巻き起こり、少女の前方から吹き荒れた。
 少女はそれによろめきながらも、なんとかこちらをガードするかのように一歩も引かない。
 ついでにスカートはバサバサと揺れまくっていた。

「……ウインドスタッフ・ガンナーフォルム」

 少女の持っていたワンドに埋め込まれた緑色の宝玉から光が溢れ、その光に包み込まれた杖の形状が、細長いものから、大きな長弓へと姿を変えていく。
 自身の身長ほどあるその弓をつがえ、少女は巨鳥へとターゲットを向けた。
 上空で旋回する巨鳥に狙いを定めた弓は、方向を固定するとぴたりと停止する。
 こちらの動きを翻弄するように回る鳥の動作を追うでもなく、その弓は一点だけを目指していた。

「セット」

 少女の小さな呟きに、弓が応える。緑色の矢状の光が弓に装填され、それは瞬く間に上空に射出された。
 会の姿勢などなく、あっけなく放たれた光矢は、吸い込まれるように飛び込んできた巨鳥に命中し爆散する。……そうとしか見えなかった。縦横無尽に駆けていた鳥は、自分から矢が飛んだ方向に当たりに行ったのだ。
 空への優勢を奪われ地面へと落ちていく巨鳥に、弓から杖へと姿を戻した少女が、上空に向かって印を刻んでいく。

「――我、風の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 完成した紋章は、少女の掛け声と共に巨鳥へと撃ち込まれた。

封印シール !」

 一瞬の眩い閃光。
 刹那には場にカードが残され、傍にいた鳩がぱたぱたと空を横切っていく。
 戦いの終幕であった。

「……ふぅ」

 宙に浮かぶカードを手に取り、少女は胸元に手をあてて、小さく息を整える。
 そうして、いまだしゃがみこんでいる俺ににっこりと微笑すると、次の瞬間には大きく跳躍した。彼女はタンタンっと勢いよく地面を蹴りながら、その場を後にしていく――

「…………」

 ……何もしないまま終わってしまった……。
 呆気にとられていたというか、驚いてるうちに全部終わっていた。
 とりあえず立ち上がり、頭をかく。

「いやー……何もできなかったな」

 ていうかガーディアン・プリンセス、もう一人いたのかよ。全然聞いてねえぞ。
 後でヴェスタにじっくり聞いておかないとな。
 しかし……あの、もうひとり。
 俺はその姿を思い出す。先程俺にくれた笑顔、片目だけ見えたそのあどけない表情、そして胸元で手を握るその仕草――

「……プリンセス・サイネリア。一体何者なんだ……」

 新たなる強敵の登場に、俺は顎下に伝わる汗(実際には流れていないのでポーズ)を拭うことしかできなかった……。




 その後、ディアナ様にめちゃくちゃ怒られた。
 理不尽すぎる。






※対の魔法少女登場の巻き。
最初に言っておきますが、このまま魔法少女が増え続けて少女戦隊!という話にはなりませんので念のため。
しかし戦闘描写は相変わらず空気。


次回、白星。



[18737] 第05話:『奇策! 160号の罠!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/22 19:45
 資料室、という大仰な名前がついているわりには、その部屋はこの地下施設の中でも一際小さい。もっともそれは此処の需要をそのまま表しており、つまりは俺が踏み込むまで、この部屋は「とりあえず作ってはみたけど誰も入ったことはない」という開かずの部屋状態だった。
 部屋はワンルームほどで、そこには一人かけ用の小さな椅子と、その前にコンソールとテレビモニターが設置されているだけ。
 資料室という名前なのに紙の匂いが一切しないという斬新な場所だった。

「本当に調べるってことを知らないんだな、宇宙人どもは……」

 俺はその部屋の存在をヴェスタに訊ねてから三日間、ほぼ篭りっきりでそこに記録されている映像をチェックしていた。今の俺の体に三大欲求など存在せず、不眠不休でも何ら問題ないので、思ったよりは早く全ての映像を見終わることができた。
 もう少し編集されていれば時間も短縮できたのだろうが、仕方ない。何せここにある記録は、ディアナ様が基地で作戦指揮を執る際に映していた外の映像を、機械的に全部撮っていただけの代物なのだから。
 欲しい情報はそこに全てあるのだが、何せ一年分である。中には『ガーディアン・プリンセス』が登場していない日もあって、一応それらも全て確認しなければいけないのだから、流石に骨の折れる作業だった。

 だが、それも終わりだ。
 最後の映像――俺の初戦の恥ずかしい記録を見終えて、俺はコンソールを操作して映像を停止させる。それから、ふむ、と顎に手をあて静かに思い耽った。
 この三日間で得た情報を頭の中で整理し、考察し、組み立てる。
 けどまあ、おのずと出た答えは資料を見る前と同一だった。

「……プリンセス・フリージア」

 俺が調べたかったのは、彼女の今までの戦闘履歴だった。
 一年前の記録から彼女が初登場する回を洗い出し、そこから前回に至るまでの全ての行動を視聴させてもらった。
 フリージアが始めて我らの軍に立ちふさがったのが、今から約半年ほど前。
 戦闘経験は全部で9回。そのうちの7回、『超エネルギー体』の奪取に成功している。
 戦闘傾向は極めて単純。常に真正面から突っ込み、派手な魔法と格闘術で殲滅する。エテルを使用した「魔法」にもその性格ぶりが現れており、とにかく火力を持った放射系の魔法を好む。
 清清しいまでに正々堂々としており、9回中実に9回とも、我らに向かって名乗り上げを怠らなかった。そのうち3回は高い場所からのご登場という徹底振りである。
 しかし実力は確かで、彼女が現れてからの我らの勝率はまさにボロボロ。
 出てくれば必ず負ける、といっていいくらいに気持ちよく短時間で蹴散らされていた。
 無敵の無双状態である。

 ……ちなみに先日俺が遭遇した二人目の魔法少女、プリンセス・サイネリアは戦場にほとんど確認されておらず、出てきても必ずフリージアとのペアで、しかも彼女は後方に下がってほぼ“見ているだけ”に等しかった。
 一人で出てきたのは、なんとあれが初めてだったらしい。運がいいのか悪いのか。
 そのためノワールとしても、彼女のことは『スペア』という通称で呼び、あくまでフリージアの補欠要因……という考え方のようだ。俺が知らなかったのもそのせいだったらしい。
 こちらとは正反対に、戦力が極端に限られているルピナス。
 戦いは数だよとは言ったもんだが、彼女達もそれを補うため色々と工夫しているらしい。二人しかいないのでは、最悪の場合共倒れの可能性すらある。それだけでルピナスは全戦力を一瞬にして失うことになるのだから。

「しかしあの引きこもりのスペアをわずか二戦目で引っ張り出してくるとは……さすが私の息子、最高に運が悪いな」
「お前、それ遠まわしに自分も卑下してるぞ……」

 なんていうヴェスタとの会話もあったとかなかったとか。
 まあ、サイネリアに関してはあまりに情報が不足している。今回の考察からは除外するしかないだろう。こちらの作戦としてもそれが大きな穴になってしまうのだが、ほとんど出てこない、という一点に賭けるしかない。
 ――そう。次の戦いで、フリージア以外が出てきてしまっては困るのだ。

「とはいっても憑依獣の出現地とかにもよるしなあ……その辺が運任せ、ってのがどうにも気に入らないんだけど」

 まあ、なるようになるだろう。
 気楽に考え、俺は椅子から腰を上げ大きく伸びをする。この辛気臭い部屋ともしばらくはオサラバだ。精神的負担からくる肩こり(理論上発生しえないので、これは脳が記録してる前回の名残、といったところか)をほぐしつつ部屋を後にした。





「何をしている! こんな攻撃も避けきれんのか、この無能どもが!」

 演習場を覗くと、ディアナ将軍が大勢の戦闘員と集団組み手をやられている最中だった。手に持った鞭がしなり、足元に跪く戦闘員に容赦なく飛ぶ。

「この駄犬が! 靴に舌を這いずらせる暇があるならいますぐ立ちあがる気概を見せろ! それとも立てないと言うのか? 自分は犬にも劣る畜生だと惨めに認めて死の淵をもう一度漂いたいのか! さあ立て! 立って無様に襲い掛かって来い! 腕が吹き飛ぼうと半身が失せようと、壁になり骸になってあの忌々しい戦乙女どもを一歩でもおののかされるだけがお前たちの存在価値なのだから! ヒューズがぶっ飛ぶまで這い上がって来い! さあ、立て、立て、立て、立て、立て!!」

 ……あーあー完全にスイッチはいっちゃってるよ将軍。
 ディアナ様は本星でも名家の生まれとかで、幼少の頃から指揮官になるべく育てられた生粋の軍人なのだそうだ。『総帥』のお気に入りでもあり、そのためこの絶対少数を余儀なくされた作戦に、実戦経験がないにも関わらず司令官として抜擢された、とヴェスタは言っていたが――

(……ようするに左遷にしか見えないんだけどな)

 それは半分ディアナ様自身も感じていることだろう。
 この作戦に自身の今後が左右するのは間違いない。だからヴェスタに、言葉少なではあるが露骨にエテル変換機の開発を急がせている節がある。
 そうでなくては絶対に勝てないと。
 生まれながらにエテルを知っているからこそ、当たり前に存在していたエテルを持つ者に、エテルを使わず戦う方法、というのが頭の中で組み立てられないんだろう。
 まあ、戦車が跋扈する現在の戦場で、竹槍だけ使って勝てと言われているようなものだ。その心労は察するに余りある。ぶっちゃけ無茶振りに近い。
 少しでも、その気苦労を減らしてあげられればいいんだが――というのは、安い思い上がりか。
 俺は何の力もない、ただの戦闘員だ。

「……160号か。どうした、お前も混じりたいのか?」
「いえー、遠慮しときます」

 予定時間が終了し、ぞろぞろと戦闘員たちが演習場を出て行くのを見計らって、入れ替わりに中へと入っていく。彼女は頬をつたわる一滴の汗をぬぐい、艶やかなブロンド髪を自然な動作でかきあげた。
 ……宇宙人とはいえ、彼女は俺とは違って生身だ。そこには、生命だけが宿せる独特の美しさがあった。
 芸術家が、自身の命を賭して絵に情熱を燃やすのも分かる。
 彼らの才能が神の領域に達していたとしても、この美しさは絶対に無機物では描けない。

「どうした、私の顔に何かついているか」
「いえ、お麗しい顔立ち以外は何も」

 俺の反応があまりに予想外だったのか、ディアナ様は不可解そうに眉をひそめ、腕を組んでこちらを見つめてみた。理解できないと言わんばかりに。

「……奇妙な男だ。世辞を言いに来たわけではあるまい。どうだ、何か収穫はあったか」
「と、いいますと」
「とぼけずともよい。この数日、何やら篭って熱心に研究していただろう」

 おや、流石はお見通しか。
 別に隠す必要もないので、肩を竦め、適当に相槌して返す。

「それがこの私の前に来たということは、何か報告があるのだろう? 160号。奴らに勝てる算段でもついたか?」
「まさか。プリンセスの戦闘能力は歴然です。こちらは一撃でも食らえば使い物にならなくなる。戦って勝てる相手じゃありません」

 あっさり言うと、ディアナ様の表情レベルがまた一段階下がった。

「……そんな分かりきったことを調べるために時間を費やしたのか、貴様は」

 彼女の表情にやや失望の陰が差す。もともとそれほど期待もしてなかったろうけど。

「それが分かっただけでも収穫ですよ。……で、将軍。実は一つ、お願いがあるのですが」
「言ってみろ」

 つまらなそうに瞳を閉じた将軍に、俺は言った。
 先程とまったく変わらない、気負わない声で。

「――次の作戦、戦闘員は俺一人で出撃させてください」

 流石に、ディアナ様の動きが止まった。
 ゆっくりと瞼を開くと、蔑むような目でこちらを見下ろしてくる。
 強烈なプレッシャーが俺の全身を貫いた。

「今、自分が何を言ったのか分かっているのか?」
「ええ」
「勝算はあるんだろうな」
「損はさせませんよ」

 彼女の氷点下の視線に、俺も逸らすことなくまっすぐとぶつけあう。
 その目は凶器ですらある。俺が多分普通の人間なら、目をあわすどころか彼女が背負っている苛立ちを感じ取っただけで失禁しそうになるに違いない。
 ただまあ、幸か不幸か俺は改造人間。んな繊細なハートは死体と一緒に置いてきちまったようだ。
 ……やがて、緊張で研ぎ澄まされた場に、深いため息が漏れる。 
折れたのは、ディアナ様だった。

「……好きにしろ。ただし、お前の気まぐれに付き合うのは今回限りだ。次はない」
「ありがとうございます」

 頭を下げると、ディアナ様はなにやら苦笑を漏らしているようだった。右手で左腕の肘を胸元で支え、その左指が彼女のルージュを引いた唇に添えられる。

「ドクターは貴様の、その飄々とした奇抜ぶりに何やら期待なされているようだが……私は実績しか求めていない。この私を落胆させるなよ、戦闘員160号」
「はっ。それでつきましては、貸して欲しいものがあるのですが……」
「好きに使うといい。次の作戦はお前に一任する」

 いやあ、そうですか。それは助かります。
 俺はにやりと笑うと、ディアナ様にもう一度一礼した。





 そして数日後、ついにその時はやってきた。

『――160号。目標エネルギー反応だ。場所は座標を指定してある。既にプリンセス・フリージアの姿も確認されている。約束どおり、こちらからの指示はない。存分に勝手してこい』

 通信機からその情報を聞くや否や、俺は急いで黒の戦闘服に着替え、仮面を持って一直線にヴェスタの研究室に向かった。

「ヴェスタ!」
「来たか、酔狂者が。お前に頼まれた物は既に完成しているぞ」

 ヴェスタは俺を見た瞬間にやにやと下卑た笑いを浮かべながら、こちらに小さな機械を放り投げてくる。それは小型のトランシーバーのような形をしていた。

「携帯版の転送ポットだ。使えば既に機械に組み込まれている座標……すなわちこの支部基地に、瞬時に転移することができる。が、エネルギー容量から考えて使えるのは1度だけだぞ」
「ああ、助かる」
「くっくっくっ。そんな玩具一つで死地に向かうつもりなのか? 最初に話を聞いたときは面食らったぞ、160号。さ、遺言はないか? それとも最後に母の抱擁が必要か? 好きなのを選ばせてやるぞ」

 明らかに愉しんでいる口ぶりの幼女に、俺は悲痛な表情でかぶりを振った。

「いや……十分さ。天才ドクター・ヴェスタの発明品があるというだけで、何倍にも心強い」
「……いつになく殊勝だな、160号。貴様、まさか本当に諦めて自爆でもするつもりか?」

 俺の態度を不自然に思ってか、ヴェスタは眉尻を下げ、困ったように顔をしかめた。

「今からでも私の作った武器をいくつか持っていくか? エテルには抵抗できんが、足止めくらいにはなるぞ」
「大丈夫だって。俺を信じろヴェスタ」
「いやしかしだな……」
「ああでもそんなに気遣ってくれるならお言葉に甘えようかな」
「うむ、私の頭脳で役に立つなら――」
「いや頭脳といわず、その魅力的な肢体まるごと貸してくれ」
「は?」

 ぽかんと口をあけるヴェスタに、俺はにっこりと満面の笑みで微笑み、即座に彼女の頭を鷲掴みにした。





 夜の闇を、不自然な輝きが照らしてた。
 誰も通っていない深夜の交差点。そこで、一つの決着がつこうとしている。

「――我、焔の主が命ず。汝在るべき姿に還れ」

 爆発的に膨れ上がった赤い光が、紋章と共に獣の体に撃ち込まれた。

封印シール !!」

 一瞬の閃光。
 すぐに光は収まり、巨大な獣は姿を潜め、そこには宙をまわるカードと子犬だけが残された。

「よしよし、怖かったねー。もう大丈夫よ」

 街には決して馴染みようもないコスプレ姿の少女は、しゃがみこんで足元の犬の頭を撫でる。子犬はくーんと小さく鳴くと、今までの暴挙が嘘のように、元気にコンクリートを駆けて行った。
 それを笑顔で見送り、少女はふぅ~、と仕事を終えた達成感と共に言葉を吐き出す。

「まったく、時間場所問わず、ってのも考えものよねぇ。……あふ。こっちの身にもなって欲しいもんだわ。寝不足はお肌の天敵、って言葉知らないのかしら。ま、今回はあのうざったい戦闘員たちが来る前に叩けたから、そんなに苦労しなかったけど……」

 フリージアは宙に舞うカードを手に取る。全てを終え、彼女の気が緩んだその瞬間。
 俺は身を隠していた曲がり角から、ゆっくりと姿を現した。

「……誰!?」

 彼女との距離は50メートルほどはある。月の出ていない夜の闇に、頭上の蛍光灯だけが、俺の姿を照らし出していた。
 彼女はこちらの姿を見ると、緊張はおろか、心底うんざりしたような表情で肩を落とした。

「なんだ、たった一人で今更ご到着? 残念ね、もうカードはこっちの手の中よ。それとも――奪い取ってみるかしら?」

 彼女は挑戦的に、手に持っているカードを掲げて鼻で笑った。それは奪われるはずが無いという絶対の自負と共に見せる、完全な勝者の余裕であった。
 だから俺も。
 曲がり角に伸ばしたままで、彼女からは完全に死角になっていた、こちらの右腕を引っ張り寄せた。

「……っ!? なっ……!」

 フリージアが――絶対の火力と勝利を約束された戦士が、初めて表情を歪ませる。
 俺の右腕には、可憐な少女が抱えられていた。緑色の髪をツインテールにし、フリフリの白いワンピースを着た未だあどけなさが残るその少女は、フリージアに後ろを向いて……つまりは俺の胸に顔をうずめている形で、身動き一つしない。
 フリージアが表情を固めてよろめいたところで、俺はゆっくりと左手を差し出した。
 その意味が、分からない戦士ではないだろう。
 俺たちは滅ぼしあうために戦っているのではない。互いの目的は一つなのだから。

「ひ、卑怯な……!」

 歯軋りし、少女の憎しみのこもった敵意の視線がこちらを射抜く。
 はじめて見せた、彼女の憎悪。純粋な悪を見た、純然な正義の反応――
 俺は、一歩フリージアに向かって歩み寄る。
 彼女は後ずさりし……しかしすぐに留まった。
 そう、彼女は絶対に逃げられない。
 自身が正義の戦士だと自負している限り、絶対に。
 ……さて、しかしここで一つ後押ししておくか。
 俺は右腕にこめている力を若干強めた。それは先程決めた合図である。
 「むぎゅ」と呻いた胸元の少女が、忌々しげにこちらを見上げてくる。が、無視。
 しばし涙目でこっちを睨んできていたが、観念したのか、打ち合わせどおりの台詞を発した。

「た、たすけてぇえー」
「…………」

 超棒読みだった。
 ぱちんと左手で少女の頭をはたく。

「暴力はよしなさい!」

 まあ結果的に煽ることには成功したので、よしとしよう。
 進む俺と立ち止まるフリージアの距離は次第に埋められていき……やがては彼女の間合いに入った。
 知らず、脳が興奮しているのが自分でも理解できる。
 今、すぐ目の前にいる少女は、その気になれば一瞬でこちらの首を刎ねることも容易な戦闘力を持っている。力の差は歴然。こちらが弱者、あちらは強者だ。
 その構図は今も崩れていない。
 彼女は強者だからこそ立ちすくみ、弱者に膝をつかなければならないのだ。
 それは恐怖なのか、あるいは快楽なのか――今の俺は不思議と脳の高ぶりを実感しつつも、酷く冷静に事を運んでいた。
 失敗すれば即死……それすらも愉悦。
 伸ばした左手に、フリージアの視線が絡む。
 こちらの足は止まった。それ以降、互いに動きを見せず、奇妙な膠着が続く。
 催促はしない。
 あちらも何も言わない。
 ほぼ――予測どおりだった。
 やがて唇を噛み締めていた少女が、ゆったりとした動きで、こちらの左手に、カードを……渡した。

「……その子を離しなさい」

 殺すような視線でこちらを見据えるフリージアに、俺は数歩下がったあと、ゆっくりと少女の拘束を解いた。
 それからあからさまにじっくりと時間をかけて小型のトランシーバーを取り出し、彼女の前で、それを発動させる。
 小さな光の粒子が俺の体を包み込む。
 消える最後の瞬間まで、彼女はこちらを睨んでいた。悔しそうに――歯噛みしながら。





「このバカ! いやバカなどぬるいわ、このドアホめ! 死ぬかと思ったぞ!!」

 基地に帰った後、作戦室でディアナ様に事の報告をしていると、数十分後、ドタドタと騒がしくヴェスタが帰還してきた。

「おかえり、ヴェスタ。名演技だったな」
「うるさいわドアホ! 何ゆえ私がこんな心臓ばくんばくん言わせながら最前線に立つ兵士と騙しあいしなければならんのだ! ただでさえ科学者は対人能力が欠けているんだぞ! バレたらどうしようとか気が気でなかったわ!!」
「殺されないって。事前に何度も説明したじゃねえか」
「死ね! 腹を切って詫びろこの親不孝者が!!」

 当分怒りは収まりそうに無い。
 食って掛かる彼女のツインテールを掴んで操縦バーのようにして遊んでいると、ディアナ様が嘆息交じりに言葉を挟んできた。

「……何にせよ、よくやった戦闘員160号。お手柄だ。いささか私の美学に反する戦法ではあったが、な」
「許してくださいよ。今回しか通用しない手なんで」
「む? 何故だ、160号。貴様の卑劣で外道かつ厚顔無恥なあの人質作戦は今後も展開していけばよかろう」
「何言ってんだ、ヴェスタ。お前が言ったんだぞ」
「なに?」

 不思議そうにこっちを見上げるヴェスタに、俺は応える。

「ノワールもルピナスも、意図的には地球人を巻き込まない――パトロールだっけ? あれに対策してるのは、うちらもあっちも同じなんだろ? 地球の人間を使った人質作戦なんて、本来絶対不可能なんだよ、俺たちは」

 そう、今回の作戦は、まず第一歩のところで本来なら破綻しているのだ。
 でなければもっと早くこんな単純な手段を打っただろう。

「そういえば……そうだな。我らとしては当たり前すぎて、思考にも至らない。しかし何故、フリージアはそれに気付かなかったんだ?」
「気付いていたかどうかは知りませんし問題じゃありません。今回の要は、プリンセス・フリージアの性質にありました」

 彼女のこれまでの戦いぶりから、俺にはほぼ確信に至る、一つの可能性を見出していた。

「フリージアは、ほぼ間違いなく我らの戦闘員と同じ――『正義の味方』という肩書きをロールしているプレイヤーです。その立場に成りきり、その立場での行動を最優先する」

 無意味な名乗り。必ず真正面から立ち向かう、後ろからは襲わない、戦闘員が出ればカードが存在していても必ず全員相手にする――それは、ルピナスの戦士としては、本来無用のものだ。
 俺たちの目的は『超エネルギー体』のカードの回収にある。それを優先するのが普通だ。

「今回も色々仕込んでみて確信しました。あの子は絶対に卑怯な手は使わない。今日だってやろうと思えばできたんですよ。俺からヴェスタを強引に救う方法もあったし、カードを先に渡す必要もなかった。人質を解放した後また奪ってもいい――けど、彼女はしなかった」

 何故か?
 それは彼女が正義の味方だからである。
 汚い手は使わない、交渉は守る、人質に危害が出そうなことは可能性がある限り絶対に踏み込めない――

「それとやっぱり、ルピナス側で、俺達ノワールに対する説明が完全じゃないようですね。俺たちを『悪の手先』と呼んだり、地球人を人質にとれないことを知らなかったり……ルピナス側が、彼女の『正義の味方』を阻害する情報を与えていない可能性があります」
「……貴様まさか、それを調べるために今回のことを仕組んだのか?」

 ディアナ様の驚いた表情に、なんだか鼻をあかした気分で誇らしくなる。

「ま、これを知ってれば、今後色々と役に立ちそうですし。でも流石に人質作戦は何回も通用しないでしょう。今回の失敗で、ルピナスも情報を明かすはずです」

 だが、収穫としては十分だ。
 カードも手に入れたし、フリージアの弱点も知ることができたのだから。

「これで次からは、なんとか『戦い』らしいものが展開できそうですね、ディアナ様。プリンセス・フリージア……意外と容易ちょろいもんなんですよ、頭でっかちを出し抜くのなんてね」

 そう、それは。
 俺の脳が直接語りかけているような、言うまでもない、歴然とした一つの事実だった。






※げ、外道~!
Q:何が奇策だったんですか?
A:王道過ぎて一周回って誰も思いつかない的なアレ


次回、160号の進化



[18737] 第06話:『嵐の予兆!? 束の間の非日常!』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/05/27 21:19
 パープルアイランド。それはやや都市部から離れた市町村にはもはやつきものともいえる、超ローカルな行楽施設――すなわち遊園地だった。
 敷地は大した大きさではなく、半日もあれば全ての乗り物に乗れてしまうだろう。
 唯一の目玉とも言える巨大ジェットコースターはコース上に1回転する箇所すらなく、ただ急速落下と上昇を楽しむという、お年寄りにも配慮した素敵な設計になっている。
 こんなのでも、ここパープルアイランドは御門市を代表する立派なテーマパークの一つだった……数年前、観光地になる前は。
 今では世界メジャー級の遊園地が小規模ながらちゃんとオープンされており、瞬く間にパープルアイランドは廃れ、閉園――今ではまるでゴーストタウンのような扱いで放置されている。
 もう何年も誰も足を踏み入れていなかったこの地は、しかし今、かつての盛況を取り戻すかのように大勢の人たちで賑わっていた。
 いや、正確に言うのなら。

「キュウウウウウウウウウウウッ!!!」

 巨大なネズミと怪しげな大勢の黒服集団のみで盛り上がっていた。

「どんな皮肉だよこれ……」

 愛くるしさは欠片もない、獰猛な瞳をギラギラに血走らせながら、手当たり次第に施設を破壊している巨大ネズミを見上げながら、俺はただため息をつくしかなかった。
 子供泣くぞこれ。
 向こうでは瓦礫の崩れる音と、巨大な生物が歩く足音だけが不気味に地面に響き渡っている。今回の憑依獣は何が気に食わないのかとにかく遊園地の乗り物を破壊して回っているので、馬鹿正直に足元にむらがるわけにもいかず、こうして俺を含む一部の戦闘員は本体から距離をとって、事の成り行きを見守っていた。

「せんぱーい、あっち準備できたそうっすよ~」

 戦闘服を着た仮面の一人が、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
 俺はソイツに一つ頷くと、「じゃあぱっぱと終わらせちまおう」と答え、仮面についてる通信機でこちらからはやや離れた位置にいる、B班に指示を飛ばした。
 彼らはホラーハウスの屋根に上り、ネズミの中腹あたりとほぼ平行線上にいる。

「ブランクカード、射出」

 耳元に手を当て俺が指示を出すと同時、ホラーハウスから一条の光がまっすぐ憑依獣に向かって伸びた。それは障害物に当たることなくネズミの腹部に命中し――瞬間、真白の閃光が破裂する。
 それは一瞬で遊園地内を強烈な光で染め上げた。
 ネズミの甲高い叫び声が場に響き、……やがて光が収まる頃には、巨大な生物はその姿を消していた。

「成功っすか?」
「だな。……位置的には俺らが一番カードに近い。回収に向かうぞ」
「らじゃっす」

 へこへここちらの傍を走るソイツと、他のA班の戦闘員を引き連れ、最後にネズミがいたポイントに急ぐ。
 さて、しかしまあ、ここらが登場する絶好のチャンスだろう。

「そろそろかな」
「へー?」
「――そこまでよ!」

 カードまであと数百メートル……といったところで、ふいに遊園地にこだまする一つの声があった。
 それは不思議とその場にいた全員に透き通るような声で、しかし周囲を見渡しても、声の主らしき人物はどこにも見当たらない。
 けど、俺には予想がついていた。
 彼女が、どこにいるのか。
 だから茶番に付き合ってやる義理はない。俺はすぐに、確信を持って真正面の上空を見上げた。

「……上だ!」

 俺の叫びに、全員が従うようにして天を仰ぐ。
 そしてそこには、予想通り――お約束どおり、ジェットコースターのコース上てっぺんに、ふんぞり返る一人の美少女の姿があったのだった。

「星の純潔を汚そうとする、悪の組織ノワールの手先たち! これ以上の破壊活動は許さないわっ! この白き惑星の守護者、プリンセス・フリージアがいる限り、地球を好きにはさせやしない! ――とうっ!!」

 完璧な名乗り口上を決め、彼女はその場から助走もなく飛び降りた。
 当然彼女の膝上しかないミニスカートは、慣性にしたがって天を向く。

「あ、青っすね」
「……下がるぞ、戦闘員173号」
「ほーい」

 ちょうどこちらとカードの中間あたりに彼女が着地すると同時、俺達二人の間を縫って、A班の戦闘員たちが前面に躍り出る。
 位置から考えればカードに逆走すれば、それだけでフリージアの勝利なのだが……

「行くわよ!」

 毅然とこちらに走る彼女に、そんな理屈は通用しまい。
 瞬く間に戦闘員たちと取っ組み合いを始めるフリージア。しかしこちらも戦力は、先程の憑依獣と戦うために分散してしまっている。そう長い時間は持たないだろう。

「最後の奴が倒れたと同時、俺がフリージアの視界を遮るように飛び出る。そこを抜けろ。あとは作戦通りだ」
「りょーかいっす」

 俺より一回り小柄なその戦闘員は、戦闘中だというのに足を伸ばしながら軽くストレッチをしていた。その妙な“人間臭さ”に、思わず苦笑してしまう。

「――出るぞ」

 だがこちらもそんな余裕はない。あっという間に倒された最後の戦闘員と入れ替わるように、一瞬にして距離を詰める。
 とはいっても、こちらは彼女の攻撃どれか一撃でも受ければその瞬間にアウトだ。改造人間とはいえ、彼女たちの攻撃はその全てが『星の加護』を受けた特殊なもの。一発でも食らえば脳に至るダメージが凄まじく、一瞬で緊急装置が稼動して「気絶状態」に陥ってしまう。
 だからフリージアの懐に飛び込んだとはいえ、俺がすることは避けるだけである。
 しかし一撃目を避けた瞬間、目に見えてフリージアの表情が変化した。呆気にとられたかと思うとすぐに額に皺を寄せ、引きつった笑みを浮かべてきたのだ。

「……っ! この動き……! アンタ、あの時の変態ねっ!?」
「誤解を招くようなこと言うな! あれは事故だろうが!」
「どうせあの卑怯な手を使ったのもアンタなんでしょっ! アンタだけは、ぜっったいこの手で始末してやるわ!!」

 何故か不当な怒りにあてられ、彼女の攻撃が過激化する。まったく理不尽な話だ。
 ……なんて、余裕ぶっこいてる場合じゃねえな!

「もらった!」
「……ぐっ!?」

 少女のローからミドルへの流れるような蹴りが、俺の右腕に炸裂する。
 完膚なきまでの直撃だった。
 フリージアは歓喜に表情をほころばせ――その姿勢のまま、突如俺の右腕から爆発的に膨れ上がった光を無防備に浴びせられた。

「きゃあっ!?」

 まったくもって予想外だったのだろう。避ける素振りすら見せず、顔を背けてたじろく魔法少女を尻目に、仮面の効果で眩い閃光の中でも視界を保てていた俺は、すぐさま左手で待機させていた携帯ポットを起動させる。

「っ! ま、まちな――!」

 彼女の言葉を最後まで聞き終えるまでもなく、小さな粒子は俺を包み、即座に戦闘から離脱させたのだった。





「ヴェスター、右手吹っ飛んだー。直してくれー」
「……貴様という奴は、組織の費用というものを考えて自分を運用しているのか? 何度くっつけては壊すつもりだ。エアマゾか。痛みはなくともマゾの気概は忘れないという精神か」

 戦闘終了後、ヴェスタの改造室に直行すると、彼女はうんざりしたような目でこちらを見るや否や、露骨にため息をついてきた。
 そんな態度は無視し、部屋の中心に設置されているベッドに腰掛け、ヴェスタに話しかける。

「一応勝てたんだから十分だろ? 今ナミ子がディアナ様にカード渡しに行ってるよ」
「……まったく。あの小娘とつるみ始めてから、貴様の消費は激しくなる一方だな。だから女の戦闘員は嫌だったんだ。特にこの星の女は戦闘に拒否反応を起こしやすい上、異性というだけで組織に不和を生む」

 ブツクサ言いながらベッド傍の機械と繋がっているコンソールを力任せに叩く幼女に、俺は小さく肩を竦めた。ヴェスタからこの手の愚痴を聞くのは、もう何度目になることやら。

「でもナミ子は戦ってくれるんだからいーじゃねえか。お前に無理やり言ってアイツを連れてきたのは悪かったと思ってるって」
「あの女は特別だ。戦う理由も、ここにいる理由も、全てお前のみに依存している。貴様が死ねと言わないかぎり絶対に死ぬものか」
「戦士として十分じゃないか?」
「……フン。お前が、生きているかぎりはな。何度も言ったがな、160号。アレを拾ってきたのはお前なんだ。飼い主が最後まで面倒を見ろよ」

 こちらには視線をよこさず、それだけをぶっきらぼうに言うヴェスタ。
 俺は苦笑混じりに嘆息し、「分かったよ」とだけ答えておいた。

「どこまで分かっているやら……。で、どうなのだ? 貴様の要望どおり、右腕に炸裂閃光弾を仕込んでやったが」
「まあ一回限りのハッタリって感じだな。こっちも永久につけようとは思ってねえよ」

 不発したら超不便だし。
 自分の欠損した右腕に視線を落とし、その肩をさする。何度見ても、慣れたくない姿だ。

「要領はそれで十分だ。先の戦利で戦闘素体Bランクに上がったお前は、これからは自分の身体にそのような『仕掛け』をつけることが許されている。当然経費も他の戦闘員より上がるので私としては何体も作りたくない、上位の戦闘素体だ。戦ってみてどうだった?」
「まあ確かに、反応速度っていうか、前よりは避けやすくなった気はするな」
「後で指定のレポートに体感を提出しろ。今後私にどんなびっくり改造されたいかもな」

 作業をしながら視線だけをこちらに向け、にやりとほくそ笑むヴェスタ。
 ……こえー。科学者こえー。

「でも、あんま『キワモノ』な改造はできないんだろ?」
「人間の脳が仕様を理解できんからな。例えば私は超天才科学者だから、貴様に翼をつけてやることなど造作もないが、しかしその動かし方を脳が知らないのでは、翼もただの飾りに成り下がる。人間は自分の想像外の物は、理解できても把握することはできないようになっているんだ。鳥の真似をしても人は空を飛べない――絶対にな」

 そう、だからこそ、人は人の形で空を飛べるようにしたのだから。
 とはいっても、人間が理解できる範囲内で体内にびっくり装置を仕掛けたところで、あのエテルに対抗できるとはとても思えない。
 あんな騙し騙しの戦法でそう何度も勝ちを譲ってくれるほど、相手も易しくはないのだ。
 Bランクに上がったとは聞こえはいいが、ようするにちょっと金をかけてもらえるようになっただけ。あと現場指揮をたまに任されるようになったくらいだ。後者は憂鬱な対象でしかない。

「……うーん。なんとか上手くいかないもんかねぇ」
「そう容易くいけば、我らもこんな長期戦を呈していないだろうよ」

 淡々と応えるヴェスタに、再度ため息。
 この先の暗澹とした未来に視線を向けたくなくて、俺はごろんとベッドに寝転がった。

「まだしばらくは、こちら不利のまま膠着状態が続きそうだな……」






 (幕間)

 ノワール地球支部、作戦室。
 広々とした部屋のその最奥で、ディアナ・ノワールは片膝を床につき、地面に向かって深く頭を垂れていた。
 彼女は生粋の軍人である。気安く頭を下げるなど持ってのほか、膝を床につけるなど彼女にしてみれば屈辱の極みであろう。しかし同時に、軍人だからこそ、上の人間は絶対であるという考え方が骨まで染み付いているタイプの人間だった。
 彼女が頭を下げている先には、文字通り壁しかない。壁にはノワールを示す巨大な紋章が掲げられており、普段はオブジェと化しているそれが、しかし今は不気味な赤い光を煌々と放っていた。

『――守備はどうです? ディアナ・ノワール将軍』

 ふいに、作戦室に声が響いた。
 それはまったくの突然であり、ディアナも一瞬びくりと身を震わすが、すぐに姿勢を崩さぬまま、言葉を続ける。

「……はっ。恐れながら、未だ回収作業が続いております」
『――貴女とドクター・ヴェスタをそちらに回してから、もう随分と月日が経つのですね』
「……申し訳ございません。現在、大至急で進めているのですが、いかんせん『超エネルギー体』が出現するのを待つだけでは……」
『――責めているわけではないのですよ、将軍。ただわたくしとしても、辺境の星故にそちらの状況を完全に読みきれず、苦心しているのです。たった二人での派遣……貴女に無理ばかりさせていないかと』
「勿体なきお言葉でございます、アテナ総帥閣下」
『――そこで一人、わたくしのほうから極秘にそちらに向かわせておきました』
「そ、総帥自らの御指令で? い、一体どなたを……」
『――我が愛する腹心の一人。血の四天騎士、アルシャムスを』
「こっ、」

 それは、よほど彼女の想像を超えていたのだろう。
 思わず顔を上げ、ディアナは驚愕しきった表情で顔を引きつらせた。

「皇女殿下を!?」
『――直にそちらに到着するでしょう。彼女の目はわたくしの目であり、彼女の言葉はわたくしの言葉であると思っていただいてかまいません。そちらの戦況、彼女が見届けましょう。良い報告が戻ってくるのを期待していますよ、ディアナ将軍』







※なんかそれっぽい描写を書きたかっただけという。

次回、宇宙からの来訪者



[18737] 第07話:『黒星からの使者! わがまま皇女様のご指名!?』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:9aab68a9
Date: 2010/06/02 16:16
「……なんの開店前準備だ、こりゃ」

 その場に立たされてから数十分、いよいよ飽きてきたこの光景に、俺はため息をつかずにはいられなかった。
 周囲を見渡せば、決して広いとは言えないこの基地の通路端に、ずらりと整列している黒だかり。俺たちは道の真ん中を空けるようにして、左右の壁を生めるようにずらりと並ばされていた。
 さながらデパートの開店前、お客様をお迎えする従業員の列……といったところだろうか。
 そしてその感想は、実際間違ってはいなかった。
 この地球支部に、遠い銀河から本星ノワールの使者がやって来るというのだ。
 おかげでディアナ様は朝から落ち着かずにイライラしているし、ヴェスタはヴェスタで研究室に引き篭もって俺たちに顔すら見せないしで、基地が色々とざわついていることは確かだった。

「なんかすっごいお偉いさんが来るみたいっすね~」

 俺の真横に並んでいた少女が、同じく周囲に視線を泳がせながら感嘆するような声を出す。その他の戦闘員達と同じ、黒の戦闘服に身を包んだその姿は、どこかアンバランスな雰囲気を醸し出していた。この場に似つかわしくない――言ってしまえば、その一言に尽きる。
 仮面をつけていないのでこの場に並んでいる戦闘員達の顔は一目瞭然なのだが、皆揃いも揃ってがたいの良い、恰幅あるムサ男どもばかりだ。それは決してヴェスタの死体選びの趣味が反映されているのではなく、単純にそうでないと「彼女」との戦いに生き残れないからである。脳死してしまえば、いかに戦闘員と言えども廃棄扱いになる。

 そんな中で一際小柄なこの少女は、スレンダーな細身の中に歳相応の丸みを帯びていて、女性と呼ぶよりも少女と呼んだほうがしっくりくるような、そんなどこか愛くるしい外見をしていた。今は黒髪を左側にまとめて結う、いわゆるサイドテールの出来損ないのような髪型をしている。改造人間になってからいったん髪を切ったので、下ろしてもショートとセミロングの中間ほどの長さしかなく、その「尻尾」の長さは実に中途半端だ。
 生前は……それこそ、目を奪われるような艶やかな長髪だったのが、今でも記憶に残っている。その彼女との会話は実に数分足らずの時間でしかなかったが、そのどうしようもない儚さ、いまにも消え入りそうな生気は、インパクトを残すに十分な印象だった。

「やー、緊張するっすねせんぱい。ナミ子新入りだし、クレームつけられないよう気をつけないと」
「…………」

 今ではのほほんと能天気に笑っているので、その面影もないのだが。
 それは、彼女にとっての救いなのだと思いたい。そこにどんな偽善と欺瞞が込められていようとも、それを認めたうえで、俺は自殺する彼女に手を伸ばしたのだから。
 俺が殺し、俺が生き返らせた少女――かつての名を捨て、今の肩書きは戦闘員173号。
 生前と同じ顔、生前の記憶を持ち、洗脳処置なく戦う、戦闘員Cタイプである。
 彼女との馴れ初めは……いずれ、思い返すときもくるだろう。
 その時は隣に本人も交えて、それが笑い話になればいいと思う。

「……ナミ子、とりあえず大人しくしてろお前は」
「はーい」

 列を乱してきょろきょろと歩き回っていた173号もとい、愛称ナミ子の首根っこを掴んでもとの位置に戻す。彼女は猫のように大人しく掴まれ、俺の隣に帰ってきた。

「……しかし、解せないな」

 そうして改めて列を作り、いつまで経っても現れない「客人」を暇を持て余しながらお待ちしつつ、俺は素直な心情を吐露した。
 ナミ子が不思議そうに首を傾げる。

「どうしたんすか? せんぱい」
「考えてもみろよ。お前は知らんかもしれんが、この戦いってもう1年以上もずっと続いているんだぜ? その間、本星はここが超ド田舎だからってずっと傍観してたんだ。……なのに、今になって急に使者を送りつけると言って来たんだ。戦いが佳境に入っているわけでもない、この時期にだぞ? おかしいと思うのが普通だろう」
「そういうもんっすかね? たまたま、ようやく重い腰を上げたのが今ってだけじゃないんですか?」

 そう、なのだろうか。
 確かにそう考えてもいいし、ヴェスタも似たようなことを言っていた。
 しかしどうにも俺には引っかかるのだ。今まで興味がないとばかりに無視していたこの地球事情を、今になって内部を探ってまで知りたいと思う理由が。
 何かの意図がある気がしてならない。

「でもせんぱい、仮にそこに上司の思惑があったにしても、うちら下っ端には何も関係ないんじゃないですかね?」
「ナミ子は頭いいなぁ。でもどうせそのとばっちりが来るのはいつも俺なんだよ、……何故か」

 がっくしと肩を落として、深いため息をつく。
 ……と、場の空気がにわかに騒ぎ出していることに気付いた。

「お? よーやくお出ましっすか」
「いかんいかん、敬礼の姿勢だナミ子」
「らじゃっす」

 慌ててびしっと背筋を伸ばし、胸に片手を置いてお出迎えの姿勢をとる。周囲の戦闘員も全員狂いなく同じポーズをとっているので、なんだか妙にサマになっていた。
 とはいってもこの通路は長い。端からやって来るにしても、俺たちの場所を通り過ぎるにはかなりの距離があいていた。当然、

「……せんぱい、もう飽きたっす~」

 堪え性のない元女子高生は早くもへたり顔で根を上げていた。

「我慢しろ」
「いいや限界っす、動き回りたいっす~」

 あまり生前のことは知らないが、ナミ子はいかにも体育会系の活発型少女なので、こうしてじっとしていることはどうやら耐えがたい苦痛らしい。

「心を無にしろ。心中滅却すれば暇また涼しだ」
「暇が涼しいってどういう意味っすかー。ああもうダメッス駆け回る寸前ッス!」
「……分かった分かった! 大人しくしてたら後で訓練付き合ってやるから!」
「ビシッ」

 敬礼して微動だにしなくなった。
 ……まあ、いいけど。
 そうこうしているうちにゆっくりと足音と気配が近づいてきて、通路の先から、徐々にではあるがその姿が見えてきた。
 ディアナ様の後ろを一歩離れた位置に、一人。あれが本星からの使者だろうか。
 ……って。

(子供……!?)

 近づいてくるその姿は、どう見ても長身なディアナ様の身長半分くらいしかない、子供の背丈だった。いや、その外見も、傍から見れば子供そのものだ。
 腰まで届くウェーブのかかった栗色の長髪、どこか悪戯っ子を思わせる目つき、口元に常に浮かぶ微笑……遠くから見れば、街のどこにでもいそうな、そんな少女だった。


 ――その瞳に爛々と宿る、赤い狂気を除けば。


「…………ッ!」

 少女の顔がはっきりと見えた瞬間、思わず心臓を鷲掴みされたかのような錯覚に陥った。彼女の目はこちらを向いていないというのに、その紅き瞳は、一瞬でこちらを捕らえたのだ。脳だけが記憶する、今では味わうはずのない冷や汗や鳥肌の感触が、全身に浮かび上がるのが感じ取れる。
 戦闘員になってから、どの戦いでも味わったことのなかった焦燥感、恐怖、絶対に対抗できないという“諦め”――彼女は意識すら向けていないというのに、歩くだけでその全てをこちらに押し付けてきたのだ。
 俺のような存在が、敵う相手ではない。器も中身も違う。
 それは正しく、王の威厳と呼ぶに相応しい貫禄だった。
 少女は豪華そうな意匠が全体に及ぶ、絢爛なマントを羽織っていた。そのためか足取りもゆっくりで、まるで自身の存在を見せ付けるかのように俺達の列を歩んでいく。
 正直、俺は早く通り過ぎ去ってくれないかと心中で願っていた。
 こんな心臓に悪い時間を、ずっと体感していたくはない。
 そう願って数分、あるいは数時間経ったろうか。
 彼女はようやく、俺の真正面を通り過ぎる位置まで来た。
 永らく願った瞬間だが、所詮すれ違うは一瞬だけだ。

「……?」

 だがその刹那で、わずかな逢瀬があった。
 ……今、彼女……。

(――俺に、視線を向けたか?)

 気のせいかもしれない。だが確かに、俺の目にはずっと正面を捉えて離さなかった彼女の瞳が、俺の前を通り過ぎたその瞬間だけ、こちらに視線をやったように見えたのだ。

「……いや、流石に……」

 気のせい、だよな。
 こんな道端の石ころに、王が気をかけるはずがない。
 きっと俺ばかり意識するあまり、彼女の狂気がこちらに向いたと錯覚してしまったのだろう。

「どーしたんすか? せんぱい」

 完全に少女の後姿が見えなくなってから、ナミ子が小首をかしげて訊ねてくる。
 俺はさっきの現象の真偽をナミ子からの意見も踏まえて検証しようと思ったが、すぐに思い直した。そんなことをしても、何も意味はないだろう。
 俺は小さくかぶりを振り、

「いや、なんでもない」

 肩を竦めるに留めるのだった。





「せんぱい、約束っすよー。ささ、訓練訓練っ」

 楽しそうに腕にまとわりついてくるナミ子を引きずりながら、俺はヴェスタの研究室へと向かっていた。先程のお出迎えから、既に数時間が経過している。

「分かってるっつの。まずはコイツをヴェスタに渡してからな」
「なんすかソレ?」

 俺の手に収まるバインダーを指差しながら、ナミ子が聞いてくる。
 この中には、俺のアイディアを成功させるための大量の資料と、そのための細かい指示が書かれた企画書が入っている。

「ま、今後勝つための準備……ってやつかな。せっかくBランクの戦闘素体になったんだ。どうせなら組織の金、フル活用してやろうと思ってな」
「ふーん。前から思ってたんですけど、せんぱいってかなり『コレ』に意気込んでますよね」
「この資料のことか?」
「や、この戦いそのものにっす。あたしらは別に、戦う意味なんてないのに。せんぱいはまるで、何かと競うように無我夢中で戦ってるように見えるっすよ」
「……へえ」

 そう評されたのは初めてだった。まあ、周囲にそんなことを言う話し相手がいなかっただけなのかもしれないが。自身を客観的な意見で指差され、思わず自分で感心してしまった。

「なんかあの子に、因縁でもあるんすか?」
「ま、因縁ちゃ因縁だろ。俺とガーディアン・プリンセスは、敵同士で、悪と正義の味方だ」

 コレ以上ないくらい分かりやすい構図だ。
 俺は彼女と対抗する力を得るため、ずっと思考を巡らせ、身体を鍛え、そして今新たなる力を手に入れようとしている。
 彼女と拮抗し……いや、ひいては『超エネルギー体』を回収するために、だ。

「カードのため――っすか。……そんな風には見えませんけど」
「ん、何か言ったか?」

 最後のほうは歯切れが悪くてよく聞き取れなかった。
 ナミ子のほうを見ると、彼女はいつものような人懐っこい笑顔を浮かべ、俺の腕にぶら下がってきた。

「なんでもねーっす。とっとと行って、訓練っすよせんぱい~」
「分かってるからそう引っ張るなって!」

 なんてじゃれあいながら、ヴェスタの研究室の前まで来る。
 勝手知ったるなんとやらである。俺は研究室の扉をノックもせずに開け放った。

「ヴェスタ、入ったぞー」
「ば、バカモノ!」

 するといつもは何も言わないくせに、今日に限って着替えを覗かれた生娘みたいな声をあげ、慌ててこちらに駆け寄ってくるヴェスタ。
 なんだよヴェスタ俺とお前の仲だろげっへっへ――などと言おうとして、思わず思考が停止した。
 部屋には、先客がいたのだ。

「……フム。お主、博士とはだいぶ懇意にしとるようじゃの」

 栗色の髪をかきあげながら、紅い瞳が楽しげに弓をつくる。研究室のディスクに座り、頬杖をついてこちらをのぞきこんでくるのは、つい先程すれ違ったばかりの少女だった。

「申し訳ございません、皇女殿下。所詮は野蛮星の田舎猿ですので、未だ躾がなっておらず……」
「よい。博士の良き話し相手ならば、我にとっても同じようなものじゃ。それに、現地の人間の話を聞くのも悪くはなかろう」
「殿下がそうっしゃるなら。……貴様もいつまでも木偶の坊みたいに突っ立っとらんで頭くらい下げんか無礼者が!」
「お、おお?」

 いや、この場に彼女がいることもびっくりしたが。
 それより何より、こんな態度をとるヴェスタの姿のほうに面食らってしまい、しばらく動けなかった。慌てて頭を下げつつ、横に立つヴェスタをまじまじと見つめる。

「いやお前、そんな言葉遣いもできたんだなー。驚いたよ」
「あ、頭を撫でるな! 殿下の御前だぞ!」

 ぐりぐりとヴェスタの頭をかき回すと、それを見た少女が腹を抱えて笑い出す。

「わはははっ! お主ら、よっぽど好きおうているのじゃな! かのヴェスタ・ノワールの新たな一面を拝ませてもらった気分じゃ! うひひひし、しかし、あのヴェスタがのう……ぷくく!」
「し、失礼しました……!」

 なんだか顔を真っ赤にして黙りこくってしまうヴェスタ。
 ……おお、照れてやがるのかコイツ? なんつう斬新なシーンだ。一生もんだぞ。
 どうせならもっと遊んでみるか。俺はいつもやっているように、ヴェスタの三つ編みを掴んでパイロットごっこしてみたり、頭に結んでやったりしてみると、その度に少女は声高に笑い転げ、ついには文字通り席から転げ落ちてしまった。
 しばらく笑い転げていた少女は、涙を拭いながら紅潮した頬で立ち上がると、こちらを見上げて楽しそうな表情で頷いた。

「たまらんわ! 主よ、我はお主を気に入ったぞ! 博士、案内役はこやつにする!」
「し、しかしコイツは……い、いえ。殿下がそうおっしゃるのなら……」
「うむ!」

 満足げに数回頷くと席に戻り、「くくく、何度思い返しても涙がとまらんわ……」と思い出し笑いに夢中になっている少女のことはとりあえずおいておき、改めて赤面中のヴェスタに視線を戻す。

「……とりあえず、資料もって来たぞ。おやお邪魔だったかな席はずそうか?」
「何もかも遅すぎるわ阿呆が!」

 叫び、またこちらをニヤニヤと見つめている少女の視線に気付くと、ごほんと咳払いを一つ。ヴェスタはいつもの調子を取り戻そうといったん間をおいて仕切りなおした。

「……資料は預かる。『ファントム・メダル』のシステムは既に完成している。あとはこの情報を詰め込み、それをお前の身体に反映させるだけだ」
「で、結局起動してからどれくらい活動できる?」
「貴様の脳への負担を考えても、10分……いや、最初は5分に設定しておく」
「そんなに短いのかよ!」
「馬鹿を言うな、本来なら1分でも脳が悲鳴をあげるぞ。どのみちその素体では長時間戦えまい。一瞬で決着をつけることを常に念頭においておけ。最初に言ったとおり、強制排出の安全装置は絶対に取り付ける。……貴様を殺すには、まだ惜しいからな」

 こちらを一瞥し、強引にバインダーをひったくるヴェスタ。
 ま、俺ほど気軽に動かせる研究被験者もそうないからな。重宝するのも分かるが、それで勝てないんじゃあ意味はないんだが……まあ、慣れるまでは仕方ないか。
 とりあえずこの件はこれで仕舞いにしておき、次の話題に移る。

「……で、彼女の紹介が欲しいんだが」
「アルシャムス皇女殿下だ。我らが黒き星ノワールを統治する四大国家、その一国の姫君であり、此度総帥の命を受けて地球視察に参られた使者でもあらせられる」
「はあ……」

 なんと言ってよいやら分からず生返事を返す俺の脛に、ヴェスタの蹴りが直撃する。無論痛みはないが、敬えということだろう。

「よろしくお願いします、皇女殿下」
「うむ」
「……で、えーと、さっき案内役がどうたら言ってた件は?」
「殿下は今回の戦いの舞台である御門市を直接その目でご視察なさりたいと仰っていてな。丁度さっきまで、その護衛役を誰にするか話していたところだったのだ」

 で、それが俺、と?

「えー、駄目っすよせんぱい! せんぱいはこれからナミ子と訓練するって約束だったじゃないっすかー!」

 すると今まで黙っていた隣のナミ子が、猛然と抗議の声をあげる。
 ……お姫様の直接の願いだっていうのに、どんだけ度胸あるんだこいつ。

「バカモノ、小娘は黙ってろ! 殿下自らのご指名なのだぞ!」
「やだやだやだっす~! それならナミ子も一緒に行くっす~! どうせせんぱいなんて街のこと全然知らないし女の子が行きそうなところなんて思いつきもしない素人童貞なんすからー!」

 俺の右腕にぶらさがり、駄々っ子のように首を左右に振って揺れるナミ子。いやあの、どさくさにまぎれてすごいこと言ってませんかナミ子さん?

「ふむ。確かに男だけでは街案内に不便かもしれんのう。一人くらい従者がついても我は構わんぞ」
「やったー!」

 あっさり承諾する殿下に、目が点になるヴェスタ。いやそれよりさっきの発言が気になるんですけど。

「で、殿下!? しかしこの娘は死体から造っているので、あまり外には……」
「変装させれば文句あるまい。戦いにでるわけではないし、他人の空似などどこにでもおる。……特にその娘の場合、“問題はなかろう”。のう? ナミ子とやら」
「そうっすよせんぱい。どうせあたし昔から存在感なくていてもいなくてもどうでもいい存在だったし、気にする人なんていないっすよ」
「そういう問題じゃねえだろ、バカたれ」

 ぐりぐりとナミ子の頭を撫でる。くすぐったそうに目を細めるナミ子を見やり、殿下に視線を戻した。

「……じゃ、俺らじゃ不足かもしれませんが。殿下がよろしいのなら、ご案内しますよ」
「うむ、実に楽しみじゃのう」
「……不安しかないんですが……」

 三者三様の表情を浮かべる。なし崩し的に、皇女様に街案内することが決まってしまった。






※ロリババア書きたかっただけという。
あれ、しかしおデートまでいきませんでしたね。いっそ次は全部デート茶番編にしようかな。その次が戦闘回だし。
たまにはラブコメ分いれたほうがいいでしょう。ラブコメ謳ってる以上。

というわけで次回、全編茶番。
その次で殿下退場します。



[18737] 第08話:『御門市観光! 引き寄せられた逢瀬!?』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:ea56ae31
Date: 2010/06/13 07:45
「うむ、揃ったようじゃな。では参るぞ」
「へえへえ」

 地球を調査しに遠い銀河の彼方からやって来たノワールの使い、アルシャムス皇女の実地調査が決まってから、数分後。
 服装を改めた俺達三人は、転送ポットに乗って地上へと向かっていた。
 皇女様は同じような背丈のヴェスタから借りたワンピース。
 ナミ子は自前なのか、チュニックにレギンスというシンプルな出で立ちに、念のためということで深く帽子をかぶらせている。
 そして俺はいつぞやと同じ、支給されたパーカーにジーンズという適当な格好である。
 やや不恰好ではあるが、他人から見れば少なくとも異星人とそれが造りだした改造人間の一味には見えまい。……見えても困るのだが。

(しっかしこれ、周りから見たらどんな三人組に見えるんだろうな)

 やっぱり兄と妹×2……ってのが無難な線だろうか。
 そのうちの一番小柄な奴が一番身分が高いというのが、なんとも俺達のデコボコ具合を上手く表しているような気がした。

「よい天気じゃ。歩き回るにはうってつけじゃの~」

 青い空の下に出た皇女殿下が、ん~とおもいきり伸びをする。
 確かに見上げれば、空は快晴。雲ひとつなく、お洗濯とおデートには最適な昼下がりだった。ついでに俺の気持ちも目下駄々下がりである。
 それというのも、この皇女様土地見物が決まった後、二人が着替えを行っていたその最中、俺は一人作戦室に呼び出され、我らが大将ディアナ様によって口すっぱく注意を受けているからだ。

「いいか、160号。あの方はノワールにとって掛け替えのない御身であると同時に、総帥のご寵愛を授かっている姫のご身分でもあらせられる」
「はあ……」
「間違っても粗相のないようにしろ」
「そりゃもちろん気をつけますが」
「いいか、間違っても、間違っても、ま、ち、が、って、もっ! あの方を不自由にさせることや不機嫌にさせることは回避しろ。貴様の命をもってしてもだ」
「…………」
「本来ならば私がついていきたいところ、殿下の申し出によって貴様が選ばれたのだ。その意味を深く理解し、全力でその任務を遂行しろ。……いいか、間違うなよ。貴様の優先順位を。もしまがり間違ってあの方の麗しいお顔に皺一つでもあってこの基地に帰還してみろ。即刻貴様を解体してやる」

 鬼みてえな表情で詰め寄られ、散々皇女様に対する注意を受けてきたのだ。
 そりゃ憂鬱にもなる。
 この小さなお姫様の虫の居所がどこにいるのかは知らないが、その機嫌一つで簡単に俺の命が決まるのである。
 慎重にいかないとな……。
 俺はごほんと一つ咳払いし、頭の中で幾つかの言葉を選択しつつ、皇女に向かっていまだかつてない丁寧さで問いかけた。

「では殿下。まずはどこから回りますか? こう見えても俺、これまでノワール軍が戦ってきた場所のデータとか全部閲覧してますから、どこからでも案内できますよ」
「は? 何故そのような場所に行かねばならんのだ。アホかお主は」

 皇女様の表情ランクが一つ下がった。分解確定。

「えぇぇぇっ!? だ、だって、地球の調査に参られたんでしょっ!?」
「うむ、そうじゃぞ。まずはこの星の文化から調査していくことにしよう。ナミ子、劇場に案内せえ」
「映画館っすか? じゃあこっちすねー」

 すたすたと歩いていくナミ子と、それについて行く皇女殿下。
 その二つの背中を呆然と見送りながら、俺はひきつく頬をおさえられずにいた。
 な、なにゆえ映画館……?

「せんぱーい、何ぼやぼやしてるっすかー? とっとと行くっすよー」
「早く来んか! 我は退屈は好かんぞ!」
「お、おう!」

 慌てて二人の後を追いつつ、なんとなく俺は、この後の自分に降りかかるであろう不運を想像し始めていた。





 映画館で大長編アニメを2本連続で見た後、ポップコーンを食べきった皇女様に次は甘い物が食べたいと言われてアイスの3段を(ナミ子と共に)奢り、

「ん~、甘くて美味しいのじゃ。ノワールではこのような物は生産されておらんからの~」
「改造されてもアイスは美味しいっす~」
「160号、おかわりじゃ。今度は5段を持ってこい」
「あせんぱい、ついでにナミ子の分もお願いするっす。や~、太る心配がないってサイコーっすね!」
「……へい」

 次は何か身体を動かしたいと言うので近くにあったゲームセンターで体感シミュレーションを(俺のお金で)体感してもらい、

「おお~、またパーフェクト。すごいっすねー」
「ふん、当たり前じゃ。このような子供だまし、我の手にかかればちょろいもの」
「まあナミ子が昔出したレコードより8点低いっすけどね」
「な、なにぃっ! おい160号、もう一度じゃ! さっさと投入せんか!」
「あー、見てたらナミ子も体動かしたくなってきたっす。久々に挑戦しようかなー」
「……へいへい」

 ……で、続いて星の風土を調べたいと言うので御門市で一番の大手デパートに連れて行き、またそこの地下から屋上まで全て順に巡っていくことになって、食品部門で試食したり玩具売り場で立ち止まったりナミ子が服を見たいとか言い出してまたそれに付き合う羽目になったりして――

「そ、そろそろ休憩にしませんか……殿下……」
「なんじゃ、だらしない奴じゃのう。ナミ子はまだまだ元気そうじゃぞ」
「そうっすよせんぱい。いくら女の子とのお付き合いに慣れてないからってバテるの早すぎるっす」

 女二人にぶーぶー言われながらも俺は必死に男としての権利を主張し、ようやく安息の地を得ることにお許しが出たのだった。
 いや、ていうかなんで俺こんな両手にいっぱいの荷物持ってるの?
 案内役だったはずなのに、いつのまにか完璧にただの荷物持ちになってるし……。

「つ、つかれたぁ」

 近くにあったカフェのオープンテラスに腰を落ろした瞬間、今までの疲れが一気に来て、テーブルにばたりと上半身を倒れ付す俺。

「邪魔じゃ、ばかもの。カップがおけんじゃろうが」

 ……が、すぐにテーブルから払いのけられる。よろよろと身体を起き上がらせ、仕方ないので背もたれに大きく身体を預けることでそのかわりとした。

「情けない奴め。それが地球での戦局を覆した男の姿か?」
「んなタイソーなもんじゃないですよ……ぶへえ」

 俺の真正面に座った殿下の嘆息交じりとジト目の反応に、俺はぐったりとして応える。
 と、やや遅れてトレイをもってナミ子がやって来た。俺の隣に座り、トレイに乗っかっているカップの一つをこちらに差し出してくる。

「せんぱい、ご注文のコーヒー持ってきたっすよ」
「ああ、助かる……」
「ほら、飲ませてあげるっすから」

 疲労困憊には冷えたコーヒーで喉を潤すのが一番だ。
 もはや動く体力もない俺に、隣からナミ子がゆっくりと口元にカップを傾けてくれる。なんていい後輩なんだ。結婚しようナミ子。
 液体が口を通ると同時、激痛と熱が喉を焼く。

「あちぇえっ!? ごほっ、ごほっ!」

 なんでホット!? もう初夏だというのにホット!?
 あと痛い! 口内は痛覚切ってねえのかよ! 舌切り自殺推奨設定!?

「わはははははははっ!!」

 目の前では殿下が大笑いしてるし……。

「がほっ、ごほっ……おい、ナミ子てめぇ……」
「お気に召しませんでした? 頼まれた通りのコーヒーっすけども」
「召さねえよ! なんでこの暑いのにわざわざホット頼んでくるんだよ!」
「いえ、アイスかホットかは注文になかったんで、ナミ子の好みで選ばせてもらいました。冬より夏派ですし」
「明らかに嫌がらせだろ!? 分かっててやっただろナミ子ォ!」

 涙目で咳き込む俺に、ナミ子はにやにやと笑うだけである。なんちゅう悪魔だこいつ。
 見ろナミ子、殿下も大笑いしてはいるが、この子供じみた悪意に内心では呆れてるぞ。

「ちなみに、ホットにしたらどうじゃと提案したのは我だ」

 共犯だったー! ていうか首謀者が目の前にいた!

「……勘弁してくださいよ、本当に……」

 ようやく落ち着いてきた喉に気を遣いながら、再びため息をつく。

「許せ。ヴェスタがお主と楽しそうに戯れておったのでな。つい我も同じことをしたかったのじゃ」
「はあ……」

 なんというか、姿と同じで、子供みたいなことをする人だ。
 いや、それは今日一日付き合ってみて、幾度となく抱いた感想だった。
 楽しそうに遊び、楽しそうに食べ、心の赴くままに行動する。そのキラキラした瞳や時折見せる屈託ない笑顔は、まさしく子供の表情のそれと同じだった。
 どうしても、皇女という立場には似つかわしくない……そんなイメージがある。

「うむ、しかしこうして羽を伸ばしたのは、もう何十年振りになることか。久しぶりにおもいきり遊んだのう」
「何十年ぶりって……。そんなお歳でもないでしょう、殿下」

 俺が苦笑交じりにそう言うと、殿下は口元を釣り上げ、静かに微小を漏らした。

「我は幼生固定されておるからの。確かに齢は見た目どおりのまま止まってはいるが、生きた年数は貴様達の何十倍もある」
「幼生固定?」
「子供の姿のまま、成長を止める技術のことじゃ。我らノワール人は皆早熟な造りになっていてな。特に頭脳は我くらいの年齢がもっとも発達していて、あとは衰える一方になる。エテルの扱いも、子供のほうが全てにおいて都合がよいのじゃ。だから、国の重鎮や優秀と判断された子供は、幼少時に幼生固定を受け、不老の身となる」

 カップのオレンジジュースに口をつけながら、さらりとなんでもないことのように言っているが……いや、それを「なんでもない」と感じる程度には、俺も麻痺しているということなのだろうか。
 改造人間にされてから、もう2ヶ月の時が流れている。
 人体を改造する組織だ。不老を授けることくらい、なんら不思議ではない。

「ま、確かに今更っすよねー。ナミ子たちもこうやって改造されてるわけですし」

 だからってお前は馴染むの早すぎんだよ新人改造人間。
 まだ生まれて二週間くらいだろお前。

「我らが全能の主であるアテナ総帥なぞ、生まれる前から幼生固定が決定されていたほどだ。我らのような姿をしている者ほど、ノワールでは重要視されている存在といってもよい。もっとも、この肉体ではどうしても生身での戦闘が不得手になる故、戦の担い手はあえて幼生固定を受けさせていない者もいるがの」

 アテナ、総帥。
 それが、こいつら黒き星のボスの名前か。そういや聞いたことなかったな。
 なんつうか、雲の上の存在過ぎて実感も沸かないけど。どうせ出会うこともないだろう。
 ……しっかし。
 改めて目の前の少女を見る。言動はどう見たって子供のそれなのに、実は何十年も生きているとか言われても、俄かには信じがたいよなぁ。
 まあもちろん、そんな失礼なこと口に出して言いはしないけど。

「じゃー殿下は、本当なら80歳くらいのおばあちゃんなんすね」
「ナミ子さん口が過ぎますよっ!?」

 お前なんでそんな直球なの!? 今日俺がどんだけ肝を冷やしたと思ってるんだ!
 しかし殿下はナミ子の失言に怒るばかりか、気を良くしたように軽快に笑う。

「そんな可愛らしい歳ではない。ま、ヴェスタに比べたら、我もそれくらいの子供と言えるがな」
「え? アイツのほうが、殿下より年上なんですか?」
「ふふふ。まあ、いずれ機会があれば本人に聞くとよいじゃろう。奴も女の端くれ、自身の歳を他人から男にバラされたくはあるまい」
「……ンな神経持ち合わせてないでしょ、あいつは……」

 どう考えてもヴェスタとはイコールで繋がらない言葉の数々に、脱力したようにうめく。
 そんな俺に、殿下は「仲が良いの」なんて呟きながら、くっくっくっと喉の奥で笑うだけだった。





「あ、せんぱい」
「んー? なんだよナミ子」
「見てください、この期間限定ケーキ、今日までらしいっすよ」

 見ればやけに大人しいと思ったら、隣で店のメニューとにらめっこしていたナミ子が写真を指差してそんなことを言った。
 確かに、写真に写っている高級そうなチーズケーキの横には、今日を示す日付がシールで貼られている。

「そうみたいだな」
「美味しそうっすよね」

 なんとなく、ナミ子の真意を即座に汲み取り、俺は半眼で興味なさげに告げる。

「……欲しいなら、買ってきたらどうだ? 止めはせんぞ俺も」
「殿下、これ美味しそうっすよね」

 あ、てめぇ! ずるいぞ、殿下にふりやがって!
 そうなると今までの流れから考えると――

「む? 確かに美味しそうじゃの。よし160号、今すぐ買ってこんか」
「やっぱり! い、いやナミ子、さすがにそれは自分で買えよ。今日一日の身に覚えのない散財で、もう俺の財布はボロボロなんだよ」
「やだ……せんぱい、デートで女の子にお金払わせる気っすか……?」

 信じられないといわんばかりの表情で身をよじり、ふるふると身を震わせるナミ子。
 殿下まで、身も凍るような冷たい視線を投げかけてくる。

「引くわー。甲斐性のなさが浮き出るようじゃのう」
「そんなんだからせんぱいは童貞のままなんすよ。あと財布がマジックテープ式ってところがもうサイアクっす」

 なんで俺、付き合ってもいない後輩からこんなボロクソ言われなきゃいけないんだ……?
 あと財布は組織支給の物だから俺の趣味でもねえよ。お前だってその財布だろうが。
 ……あ、こいつだから支払いを頑なに拒んでやがったのか!
 一人だけ俺の金で財布買いやがって、おかしいとは思ってたんだ。

「ほらほらせんぱい、早くしないと売り切れちゃうっすよ」
「売り切れねえよ……ったく、分かった分かった! 行くから待ってろ!」
「わーい」

 無邪気に喜ぶナミ子にあらん限りの悪意を心中で毒づきながら、俺はやや強引にイスを押して席を立つ。

「……きゃっ」

 それがまずかった。後ろを歩いていた人に気付かず、おもいきりイスをぶつけてしまったようだ。

「あ、すみません! 大丈夫で――」
「…………ぁっ」

 慌てて頭を下げようと振り返り、その相手の顔を見て、俺は少なからず驚いた。
 目元の隠れた前髪と、全身から醸し出している大人しそうな雰囲気。
 以前とは違って涼しそうなキャミソールにその身を包んでいるものの、彼女の姿は強烈な印象として記憶に残っていた。

「君は……公園のときの」

 間違いない。丘の上公園で絡まれていた女の子だった。
 イスをぶつけたのは俺のほうだというのに、彼女は恐縮そうに何度もぺこぺこと頭を下げる。

「あ、いや。ごめんね、ケガなかった」
「……はぃ。だ、だいじょうぶ……です」

 相変わらず奥ゆかしい声音をしているが、以前よりもやや声に張りがあるような気がした。
 恐らく極度の人見知りからくる小声だろうから、初対面の時とは違って、単純に少しだけ俺に慣れたというのもあるんだろう。

「君もカフェに? ……はは、当たり前か。地元の人だもんね」
「……はい。その、お友達と……。……ぁの、あの時は、お礼も言えなくて……」
「え? 何度も聞いたよ。気にしてないって」

 俺の言葉に、やや頬を熱で赤らめた少女の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
 なんというか、いまどき珍しいくらいに恥ずかしがり屋な娘なんだなあ。
 けどやっぱりこの娘と会うと癒されるよなあ。周囲には頭のおかしな将軍とか博士とか魔法少女とかお姫様とか後輩とかしかいないから、この希少な存在は俺の爽やかな清涼剤となって全身を駆け巡る。

 たったったっ……

「あ、そうだ。よかったら一緒にお茶でもどうかな? ちょうど俺もこれから買いに――」
「杏に気安く声かけてんじゃないわよっ!!」
「ぶべらっ!?」

 駆け足と共に怒声が鼓膜を突きぬけ、同時に脇腹あたりにとんでもない衝撃が伝わる。
 気付いたら俺はわけもわからず慣性に従って吹き飛ばされ、数メートル先のコンクリートに向かって頭からダイブしていた。冗談みたいに吹っ飛び、成す術もなく地面に転がる俺。

「ぁ、あ、ああっ……」
「杏、大丈夫だった? 変なことされてない? だから一人で勝手に行っちゃ駄目だって行ったでしょ? この辺はナンパも多いんだから」
「……っ!(ふるふる)」

 突然飛び蹴りで現れた勝気そうな少女とこちらをおろおろと見比べるあの子の視線を痛いくらい受けながら、俺はなんとかよろよろと立ち上がった。
 ま、もちろん痛みはないので、この辺は多少演技である。

「いっつー……」
「ちっ、しぶといわね。ほら、杏あっち行こっ! 菫も待ってるわよ!」
「ぁ、あ、あのまっ、まって……っ、わ、」

 強引に手をとられて店内へと入っていく女の子は、最後まで申し訳なさそうにこちらをちらちらと見やっていたが、結局後から現れた女の子には勝てず、売られる羊のように引きずられながら、やがて店内へと姿を消してしまった。

「……なんだったんだ……一体」

 蹴られた腹をさすりながら、こちらは呆然とするしかない。
 怒りより先に、なんだか呆気にとられてしまった。
 ……いや、なんつうか。世の中にはいろんな人がいるんだなぁ。

「おい見たか、二人とも。あーいう非常識な女の子にはなっちゃいかんぞ」

 仕方なく店の扉から視線をはずし、俺はなんとなく気恥ずかしさに頭をかきながら、連れの二人のほうを振り向く。

「…………っ!!」
「……っ、…………っ!」

 笑いすぎて過呼吸に陥っていた。
 ……いや、もうなんでもいいや……。ケーキ買いに行こう……。
 苦しんでいる二人に背を向け、俺はとぼとぼと店のほうに向かって歩くのだった。



 結局基地に戻る最後の最後まで、視察らしい視察は行われぬままであった。
 俺、何しに行ったんだろう……。





※次回、巡る思惑


一度だけ、宣伝タイム。
①オリジナル板で、『腹黒魔女の落とし方~奮闘記160号~』という別連載はじめました。この戦闘員を読んでくださっている方は、にやりとできる内容かもしれません。
まあにやりというかモロネタバレというか、まあこれ以上はノーコメント。

②サイト作りました。というのは、この戦闘員SSの、本筋とはまったく関係のない僕の趣味でしかない番外編を掲載する場所が欲しかったからです。
そっちではこっちとはまったく繋がらないわき道ストーリーで、160号の休日を描いてみたり、地球の犯罪組織『R.O.D.』に二つの宇宙人勢力が互いに別の思惑で挑んだりとか、もう誰得でしかない話をひっそりとやる予定です。
ナミー子さんの過去話とか、本筋に関連することはこっちでやりますのでご安心を。


はい以上宣伝乙。今回限りですのでご容赦ください。



[18737] 第09話:『決戦! 御門市廃ビルでの死闘! 前編』
Name: とりす◆bdfaf7a6 ID:ea56ae31
Date: 2011/01/01 19:33
 視界が歪んでいる。どころか曲がっている。あるいは揺らいでいる。
 景色は一秒ごとに色を変え、天地はコンマの単位で逆転し、それが繰り返される。
 ぼやけて見えていた壁が次の瞬間には天井になっていて、瞬きした瞬間にはまたそれが地面へと切り替わっていた。
 見えているものに統一性はなく、映っている色もまちまちだ。白だったり黒だったり赤だったり青だったり、それこそ意識が飛ぶごとに色が目まぐるしく移り変わっていく。
 ああ、面白い。なんて愉快な光景なのだろう。
 こんな素敵な見世物が見れているんだ、この身体に走る熱の篭った痛みも吐き気のする鈍痛も、脳みそに指を直接差し込まれてこねくり回されているようなこの不快な感覚さえ、それを思えば取るに足らない駄賃に過ぎない。
 身体から何かが飛び出したくてうずうずしている。今にもこの肉体を食い破り、外に出ようと必死に暴れまわっている。
 そんな感触。
 そんな感覚。
 ああ、こりゃ間違いない、最高にハイってヤツだ。
 気分はまぎれもなく、答える気も起きないくらい、単純に明快な、ともすれば気楽な鼻歌でも一緒に流れるかと思わんばかりのただ一言――
 ――最悪だった。
 




「根性が足りん、根性が」

 間のぬけた空気の抜ける音と共に特殊演習場の扉が開き、開口一番聞こえてきたヴェスタの台詞に、反論する余力は無かった。
 俺は息も絶え絶えに壁によりかかり、尻を床につけたまま、ただ呼吸を繰り返すだけ。全身の筋肉に力が入らず、両腕も両足も、情けないくらいにだらんと床に放り投げられている。
 立ち上がることはおろか、関節を動かすことすらできそうになかった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 視界が霞んでいる。しかしそれでも、ちゃんとぼやけながらでも視界の床が固定されているあたり、先ほどの悪夢とは比べ物にならないくらいマシだった。
 ……まったく。
 シャレになってねえな、ありゃ……。
 そんなぐにゃぐにゃの視界に現れたのは、小さくて細い少女の足と、床に垂れている白衣の裾。それが誰のものであるかをイカれた頭で認識しようとした矢先、額に、突如としてひんやりとした感覚が宿った。

「……あ……」
「……馬鹿者が。だから無理をするなと言ったんだ」

 頭を上げることすらできないので彼女の顔を覗き見ることはできなかったが、その口調には、明らかな呆れの色が濃厚に帯びていた。

「実験はここまでだ。最終調整がコレでは、使い物になるまでまだまだ時間が必要のようだな」

 台詞と共に少女はかがみ込み、ゆっくりと俺のベルトに手を伸ばした。
 シチュエーション的にこれは言わなければならない。それは俺の理性をも超えた本能だった。

「……へ、へへ、えっちいなあ……ヴェスタ……こんなところで、脱がす気か、よ……」
「それだけ喋れれば治療の必要はなさそうだな」

 嘆息交じりの返答で、ヴェスタは臆することなくその未発達な小さな指をベルトにかけ……
 ぱちん、と中心部にはめ込まれていた鈍く銀色に光る小型のメダルを弾いた。





 俺の提案で開発が始まった『ファントム・メダル』――その調整は、絶賛頓挫中だった。
 未だエテルを我が物に出来ていないノワールには、急造でも新兵器というべき力が必要だ。完全に硬直したこの現状をひっくり返すには、どちらかに変化がなければならない。それは、俺達と奴らの歴史が物語っている。
 ルピナスは地球人の生命力をエテルに変換する技術を編み出した。ならばこちらも、それに見合うだけの技術で応戦しなければ勝ち目はないのだが、その目処は未だ立っていない。
 だからせめて、ちょっとでもいいからヴェスタの時間稼ぎになればと思い、無い頭を絞って考えたのがこのメダル。通称『ファントム・メダル』なのだ――
 ……なのだが。
今のところ俺専用ということで開発が進んでいるけど、専属の俺でさえまったく使いこなせていない。システムに不備はない、技術面においてヴェスタは妥協なく負荷も極限にまで減らしてくれている。
 しかし、そうまでしても。

「……やはり脳にかかる負担が大きすぎる。Bランク素体はメダルの力を十分引き出しているが、お前がそれを無意識に拒絶している状態だ」

 手元のボードに表示されているグラフを睨みながら、少女は忌々しげに眉をひそめる。科学者として、成果が実らないことに苛立ちを感じているのだろう。
 しかし彼女はよくやってくれている。恐らく、彼女が協力できることは、もうほとんど無い。
 でなければ……俺にあの苦痛を与えるたびに、こんなにも後悔するような表情はしないだろうから。

「この能力は人間には危険すぎる。今からでも遅くない、廃案にすべきだろう」

 共に並んで廊下を歩いていると、苦渋の表情でヴェスタがそう口にする。

「今更そんなことディアナ様に言えないだろ。ただでさえアルシャムス殿下が視察中の時期なんだ。今すぐにでも結果を出したいだろうしな」
「しかし……」
「わぁーってるって。ようは俺が気張ればいいだけの話だろ、って痛ぇえ!」

 見れば幼女の足が思いっきり俺の片足を踏み抜いていた。くそこいつっ、自分の勝手なタイミングで痛覚オンにしやがって!

「バカモノが。気合でどうにかなる問題か。下手をすれば脳が壊死してもおかしくないんだぞ。直接電流を流し込んでいるんだからな」

 上目遣いで睨まれる。俺は肩を竦め、反省の意を示した。

「……フン。とにかく、この試作メダルは私が預かる。貴様に持たせていると危なっかしくていかん」
「信用ないなあ」
「信用など最初からしておらんさ、戦闘員160号。お前は命令どおり戦えば、それでいいんだ」

 余計なことをするな、というヴェスタの強い言葉に、俺は片目を伏せて適当に答えるのだった。
 アルシャムス皇女殿下が地球に降りてから、幸か不幸か、まだ一度も『超エネルギー体』を憑依させたバケモノは現れていない。だから殿下も判断できず、視察の期間はズルズルと延びている。
 けど、もし次に憑依獣が出現したら。
 ……敗北は、許されない。
 それはディアナ様も、ヴェスタも理解していることだろう。
 勿論、俺も。

(時間はねぇけど……出てきちまったら、それがタイムアップだ。俺はメダルを使わせてもらうぜ、ヴェスタ)

 その決意は、体の何処から沸き上がってくるのか、自分でも分からない。
 けれどそれだけは、迷うことなく、躊躇することなく、俺は既に自分の中で決断を下していた。
 まるでそれが、俺の使命だといわんばかりに。





 御門市の駅前は、世間一般的に休日ということもあってか、それなりに人の数で賑わっていた。
 老若男女様々な人間が行き来するのをなんとなしに眺めながら、俺は駅の広場中央にある大きな時計台に背を預け、時間が来るのをぼんやりと待ち構えていた。
 俺と同じ境遇の人間も何人か周囲にはたむろっていて、ある人は待ち人が来てその場を離れたり、またある人は俺よりずっと前からその場を占拠して誰かを待ち焦がれたりしているようだ。
 すぐ近くにはベンチもあったりして、空いているときもあったが俺は座ることをしなかった。
 なんというか……不自然な居心地の悪さを感じていたからだ。

(いや、てかこれ、どう見てもデートの待ち合わせだよな……)

 周囲を見れば、明らかにそれが目的のアベックの片割れが、時にはそわそわと、時には苛々しながら、同じ時間を共有している。俺はというと、約束の時間までまだ15分もあるので、それほど相手に対する感情はない。というよりも、あまり知らない、といったほうが適切か。

「どうしてこうなったんだろうなあ……」

 不思議に首を捻りながら、腕組みで直立の姿勢を崩さず、ただ疑問に思う。

「……ん、あれ?」

 何気なくすることもなくぼーっと前を見ていたら、ちょうど視界の遠くで、待ち合わせ場所を設定した人物が歩いてくるのが見て取れた。何秒か遅れて相手もこちらの存在に気付いたのか、いままでゆったりだった歩幅を、目に見えて早歩きというか、もはや小走りともいうべき速度に変えてこちらに駆け寄ってくる。

「え? ま、まだ15分前だよな?」

 振り返って背にした時計を仰ぐと、やはり時間は10時45分。キッチリ約束の時間15分前である。
 だというのに慌てたように俺の目の前まで走ってきたその少女は、呼吸を乱しながら、あわあわと申し訳なさそうに、一心不乱でぺこぺこと頭を下げはじめた。顔にかかる乱れた前髪が、少女の可愛らしい瞳をちらつかせている。

「……ご、ごめ、ごめんな、さい……! ま、待たせてしまって……」
「いやいや! 時間前だって! 俺が勝手に早く来ただけだから!」

 そんな態度を彼女がとる必要はまったくない。俺も少女と同じくらい慌てながら、彼女の謝罪を止めるように呼びかけた。……なんというか、こういうときの対処法ってなんでマニュアルがないんだ。どうしたらいいのかまったく分からず、俺は少女の肩を掴んで止めようとして触れることに思い留まったり、なんと言えば彼女が素直に受け入れてくれるのか必死に頭の中でキーワードを探し出したり(該当件数:0件)と四苦八苦してしまう。
 結局お互いの混乱が収まったのはそれから数分もした後だった。
 周囲の視線が集まっていたが、そのときの俺は――戦闘員として感覚が研ぎ澄まされているはずの俺は、周りの奇異あるいは微笑の目に、まったくもって気付かなかったのである。





 彼女――雛菊杏というらしい――との出会いは、全てが偶然で彩られていた。
 最初は丘の上野公園で、次は街のオープンカフェで、そして三度目はオフの散歩中に道端でばったり。
 無論少女が御門市で暮らしていて、俺達がそこを拠点に活動しているのなら、出会う確率は決して0ではないのだが……だとしても三度の逢瀬は、ともすれば運命とも呼べるほどの低確率のはずだ。
 三度目に出会った彼女は、俺を見て驚きの混じった挨拶をすると、思い出したように前回のことを詫び始めた。どうにも彼女とは出会い頭に謝られてばかりのような気がする。
 そしてそのどれも、彼女に非はない。前回だって悪いのは少女の連れだった勝気そうな女の子のほうで、それだって俺はなんとも思っていないし無傷だった。しかし心優しい雛菊ちゃん(多分年下だろうという勝手な思い込みでそう呼称することに決めた)はこのままではよくない、せめて俺にお礼をしなければ気がすまないと彼女にしては頑なに譲ろうとしなかったので、俺は妥協案としてこう言ったのだ。

「――だったら、俺ってこの町に越してきたばっかりで、あまり町のことをよく知らないんだ。よかったら案内してくれないかな」

 ……言った後で激しく後悔した。何故ならその台詞は、聞き取りようによっては……というか誰がどう聞いても、デートのお誘いだったからだ。
 彼女がその面に関して非常に乗り気でないことは、最初の出会いでのナンパで分かっていたはずだったのに、これじゃああの連中と何もかわらねーじゃねえかあ!と頭を抱えそうになったほどだ。
 ごめん今のは気にしないで――と口にすることさえ、次の瞬間には躊躇われた。彼女の顔は、もう本当に同情するくらい羞恥で真っ赤に染まっていたのだから。
 あああああ俺の馬鹿!童貞!だから後輩にもなめられるんだちくしょう!などと悶々とするも、もはや修正したところで少女の心の内に与えたダメージは拭いがたい。いっそ切腹デモンストレーションでもしてその場を和まそうかなどと狂ったことを考えていたそのとき――

「……ぁ……は、い……! わかり、ました……わたしで、よければ……その」

 ご案内いたします、とは口の中だけ呟いて、彼女は俺の申し出を、何故か引き受けてくれたのだ。





 そういうわけで二人並んで……正確には半歩後ろを歩く雛菊ちゃんを従える形で、俺達は散策を開始した。

「……えっと、本当にごめんね。休日に時間とってくれちゃって」
「……い、いいいえ! わ、わたしも……きょ、今日は暇でしたから……」
「そ、そう」

 ここで気後れしてはいけない。彼女と付き合うコツは、「彼女が怯える要素を与えてはいけない」ことだ。
 もしここで俺が黙りでもしたら、雛菊ちゃんはきっと、自分のせいで、とか考えてまた落ち込んでしまう。本当にガラス細工で出来たように繊細な女の子だ。
 その鈍さを嫌う人もいるかと思うけど、俺はそれこそ彼女の美徳だと感じていた。
 だから、その美しさを、翳らせてはいけない。
 俺にできることは、俺がいつもと同じ調子であることをアピールして、彼女を安心させてあげることだ。

「ご飯食べてきた?」
「は、はい……ぁ、で、でも、七篠さんがまだでしたら……」
「あ、それは大丈夫。この後の昼食のこと考えてただけ。いいお店、期待してるね」
「は……はいっ」

 恥ずかしそうに俯く小柄で華奢な身体。相変わらず前髪が少女の表情を隠していて、その奥ゆかしさがなんとも愛らしい。周囲が過激派ばかりだからか、この娘に癒しを求めている俺にとって、彼女の一般的に指摘されうる欠点は、全て美点に置き換えられていた。
 ちなみに、名前がないと(160号なんて名乗ってもドン引きされるだけだ)座りがわるいし呼びにくそうだったので、その場で咄嗟に『七篠太郎』と名乗っておいた。ナナシノゴンベーに、ヤマダタロウという、日本人の偽名を組み合わせたまったく新しい斬新なコードネームである。
 ヴェスタやナミ子にそのことを話したら何故か身を震わせながら軽蔑するような目で俺を見ていたがまったく理解できん。およそ引かれる要素がねえよ。
 ナミ子にいたっては「どーせならナミ子みたいに番号からもじればよかったのに。160でイチローとか」なんてもはや壊滅的なネーミングセンスを訴えていたので鼻で笑ってやった。ありえん。

「今日も暑いね~」
「はい……」

 ちらりと雛菊ちゃんのほうに視線を配る。夏らしく清涼なノースリーブに、下はホットパンツだろうか? 大人しそうな彼女にしては大胆に肌を見せる服装に、なんだか年甲斐も無くドキドキしてしまう。
 おかしいなあ、心臓は置いてきたはずなんだが。

「……あ、ここのパン、とっても美味しくて……」
「へ~。確かに焼きたては鼻をくすぐりそうだ。雛菊ちゃんはパン好きなの?」
「は、はい……朝は、いつも食べてます」
「そうなんだ。俺も結構パンには凝ってて……というか基本ご飯とか炊かないから買って食べるしかないんだよね。雛菊ちゃんはなんのパンが好き?」
「え、えっと……ミルクブレッドとか……」
「あー、ふんわりしたやつ美味しいよね」
「は、はい、それでこのお店が、私が食べた中で一番美味しくて……」
「えー、だったら贔屓にしないとなあ。お店の人に顔覚えられたら安くしてもらえるかな?」
「……くすっ。どうでしょう」

 そんな感じで、俺達は他愛も無い会話を繰り返しながら、ぶらぶらと町を歩き回るのだった。





 お昼ご飯は雛菊ちゃんとそのお友達がよく一緒に行っているという軽食つきの喫茶店でとり、そこの顔馴染みらしいマスターが雛菊ちゃんをからかったり、それで雛菊ちゃんが赤面して撃沈したりと楽しいハプニングもありながら、その後も色々と御門市を見て回った。
 驚いたのは、雛菊ちゃんのこの町に対する愛情の深さだ。どんな場所でも聞けばそこにまつわるエピソードを聞かせてくれて、その言葉はたどたどしくても、俺に伝えようとする一生懸命な熱意が感じられ、その場所に興味を抱かずにはいられなくなる。俺は思わず感心しきっていた。

「雛菊ちゃんは話すのが上手いなあ」

 それをそのまま口に出して伝えると、彼女は怯えたように目を丸くした。

「え……?」
「話の盛り上げ方も上手いし、要点もまとまってるし。なによりすっげえ興味わいちゃうもん」
「そ、そんなこと……ないです。私いっつもトロくて、そのせいでみんなに迷惑……」
「話す速さのことじゃないよ。君が話す中身が、とっても面白いってこと。だいたい、話す速さなんてそれこそ人それぞれなんだし、聞き手次第だよ。俺が面白いって言うんだから、俺にとっては面白いの。他人は関係ないんじゃないかな」
「…………そんな……」

 彼女はそれっきり俯いてしまった。
 ……うーん。自分の欠点を欠点と認めている時点で、彼女の問題は既にその欠点の内容ではないんだけど。それに起因する自信のなさが色々と邪魔している気がする。
 とはいえ、所詮彼女の肉親でも恋人でもましてや友人ですらない俺に、そのことを指摘する資格はない。
 だから代わりに、

「……雛菊ちゃん。君の一番思い出の場所、連れて行ってくれないかな」

 せめて、彼女の気が晴れる場所を求めた。
 そうして丘への長い坂を上っている最中、その運命は唐突に訪れたのだった。





「……ん」

 胸ポケットにいれていた携帯が音を鳴らす。
 それの意味することは、たった一つだけだ。元よりこれは携帯電話ではなく、戦いへと誘うコールサインの役割しかもっていないのだから。

「……あの、携帯……」
「ああ、うん」

 音は鳴っているのにいっこうに取ろうとしない俺を見上げ、可憐な少女が不思議そうに見つめてくる。
 ……ああ、なんということだろう。
 俺の役目は唯一つ、そのためだけにこの世界に存在しているというのに。
 あろうことか、その任務を、俺は一瞬、疎ましく思ったのだ。
 この電話をとれば、彼女との別れが確定する。俺はそれを、嫌だと感じたのだ。
 そう、感じてしまった。
 それは、俺自身を否定すること。

(……なんて、ね。可愛い女の子と別れるのが辛いなんて、男の性だよな)

 格好つけたって、俺にとって、彼女とのデートは『その程度』であるべきで、そして実際、一瞬の躊躇はすぐに拡散した。
 俺がやるべきことは、臆病な少女を元気付けてやることじゃない。
 そんなものは、彼女が長い人生の中で出会う未来のパートナーに任せればいい。
 俺は俺にできること、俺にしかできないことをこなす。
 そしてそれは、この先の彼女と歩む道にはないのだ。

「はい」
『出番だ、160号。すぐに基地に戻って来い』
「分かりました」

 電話をとり、短いやりとり。それが俺にとっての全てだった。

(……さあて、どうやって切り出そうかなあ)

 しかし彼女にそれを告げるのはいささか骨だった。ここから少女が最も大事にしている場所に向かうというのに、俺はそれを拒絶しなければならないのだ。
 だがやるしかない――と重い腰を上げて雛菊ちゃんのほうに振り返ると、そこに少女の姿はなかった。

「あれ?」

 見ればここより少し距離をあけた後方で、彼女もいつのまにか、一回り小さなピンクの可愛らしい携帯電話を耳にあて、何事か喋っている様子だった。聞こうと思えば会話も聞き取れるが、そんな無粋なことをするほど俺も馬鹿じゃない。
 しばらくして電話を終えたのか、携帯を持っていたバッグにいれると、いそいそとこちらに駆け寄ってくる。
 さて、言うぞ――

「雛菊ちゃんあのさ、わる――」
「ご、ごめんなさい! 私急な、よ、用事ができちゃって……っ!」

 俺が言葉を紡ぎ終わる前に、勢いよく垂れた頭と共に飛び出た言葉のほうが早かった。

「……え?」
「ほ、ほんとうに……ごめ、ごめんなさい……で、でも、私行かなきゃいけなくて、とても、だいじな……ぇ、えっと、今日の日と同じくらい大事な……こと、で……」
「いや、うん」

 顔を上げた少女の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。前髪の隙間から窺えるその後悔と申し訳なさでいっぱいの目に、俺は努めて笑顔が映えるよう心がけながら、

「偶然だ。実は俺も、上司から緊急の出勤コールはいっちゃって。君にどうやって断ろうか悩んでたんだ」
「……え?」

 ぽかんと呆ける少女に、俺は笑いかける。

「こうなってくると、なんていうか、もう神様のせいってやつだよこれは。……いつかまた、機会があったらこの日の続きをしよう、ってことで。今日はすっごく楽しかったよ、雛菊ちゃん。うん、掛け値なしに」
「は、はい。私も……うれし、かったです」
「うん。なーんか中途半端だけどさ……ここでお別れってことで。じゃあまたね」

 長くいればいるだけ、離れづらくなる。それは彼女にとってもそうだろう。ここは後腐れなく見せかけるのが一番の手段のはずだ。
 俺は未練なく、少女から背を向け、坂を下り始める。
 振り返っちゃダメだ。彼女に余計な尾を引かせてはいけない。
 そう念じて振り返らずただ歩き続けたのが功を奏したのか、やがて背後では、少女の足音が響き始めた。俺とは逆の方角に。
 きっとそのまま、彼女の好きな丘の上公園に向かうのだろう。
 丁度いい。このまま同じ方向に進んだのでは、俺の立つ瀬がなかったことを、間抜けながら今思いついたところだったのだ。



 そうして俺達は、互いに背を向けて、それぞれの道へと歩き始めた。







※次回、はじまりの“変貌”


うん。メダルネタは仮面ライダーオーズ放送前から作品内に名前として出してはいたんです。
こっちのほうが先に出してパクリだと気付かれないようにする作戦だったんですが。
とはいえ次回、メダルが動きます。歌は鳴りません。



[18737] 第10話:『決戦! 御門市廃ビルでの死闘! 後編』
Name: とりす◆6afcdd68 ID:b2bf9b17
Date: 2011/01/14 03:37
 帰って見れば、既にどこか緊迫した空気がノワールの地下施設全体に張り巡らされていた。
 普段とは違う、得体の知れない感覚に一瞬戸惑うが、すぐにその原因を察知する。

「……ヴェスタのやつ。今回は本気だな」

 それは、音だった。普通の人間なら認識することもできないような『超音波』ともいうべき振動が、基地の至るところから発信されている――隙間なく、逃げ場がないくらいにまんべんなく、隅々まで、全体に。
 それを「認識」できるのは、恐らく戦闘員の中では上級の素体を使っている俺だけだろう。その他の奴らは、この違和感になんとなく気付くだろうが、その原因までは探れない。そしてやがて、意識から外れていく。
 戦闘員共通の黒の鎧を身に纏い、グローブを締めながら、俺は歩く速度を緩めない。誰もいない廊下に、コツコツと、俺の焦れるような足音だけが響き渡る。

 今頃他の戦闘員たちは、ミッションルームという名の巨大ホールでディアナ将軍による演説という名の決起集会が行われていることだろう。そこには殿下もいて、恐らくは普段は姿を見せないヴェスタも参加していて、士気を高めているに違いない。
 ……それこそ、物理的にでも。
 勿論、本来ならば俺もそこに参加しなければならないのだが、何、戦闘員の数が一人二人足りないところで、誰も気にはとめないだろう。その場にいる戦闘員達は全員お揃いの黒のスーツにドクロの仮面をつけているのだ。誰が誰かなんてわかりゃしない。
 だから俺は、集会には端から参加せず、ある目的の場所へと急いでいた。長くくねった無機質な廊下も、この角を曲がれば終点である。

「待たせたな、ナミ子」
「遅いっすよ~、せんぱい」

 そこには同じく、全身黒のコーディネイトに身を包んだ少女が、小さく頬を膨らませていた。彼女にも「音」の影響は出ているのだろうに、傍目ではあまり違いが感じられない。

「ナミ子、お前耳鳴りとかしていないのか?」
「ほぇ? あー、そういえばなんとなくさっきからキーンってするような……」

 トントンと片耳を叩きながら不思議そうに首をひねっているナミ子。やはり彼女には、あまり影響が出ていないらしい。女の戦闘員はコイツだけだから、もしかしたら素体の性別の差によっても違うのかもしれない。

「すまん、あまり気にしないほうがいい。……それより、例の物は?」
「あー、これっすね」

 はい、と気軽にナミ子が差し出してきたのは、銀色に輝く小さなメダルだった。メダルにはノワールのシンボルである紋章が刻まれており、しかしそれ以外は、どこにでもある普通のメダルである。

「……頼んだ俺が言うのもなんだが、よく入手できたな、コレ。研究所に厳重に保管されてただろ」

 呆れて受け取る俺に、彼女はあっけらかんと両手を頭の後ろで組みながら、涼しそうな顔で言う。

「ええ。なもんで流石にナミ子一人じゃ荷が重そうだったんで、殿下に話したらとってきてくれました」
「…………あ、そう」

 殿下に、ね。
 確かにあの人なら、その権限は持っているだろうし、ヴェスタにも内緒にしてくれていることだろう。
 俺が死のうと生きようと、あの人には何ら影響はないのだし。

「でもいいんすか? それ、使ったらせんぱいのほうが壊れちゃうんでしょ?」
「まあな」
「ふーん」

 彼女は気楽そうに――特に何も感じていない表情で、そうっすかーと小さく笑う。いつものように。いつもと変わらず。
 俺は、そんな彼女の頭を軽く撫でてやった。くすぐったそうに目を細めるナミ子。

「ま、そうならないように気合でなんとかするさ。ありがとな、ナミ子」
「へへー、これぐらいラクショーっすよ。ナミ子はせんぱいの言うことは守りますからね~」

 そう。彼女は、俺の言葉に忠実であってくれる。
 たとえそれが間違っていても、たとえそれで俺がどうなろうとも。
 俺の言葉に、絶対的に従う。今はそれを、ありがたいと思うことにしよう。

「じゃ、怒られる前に俺達もしれっと集会に参加することにするか」
「でもせんぱい、本当に……ナミ子は不思議でたまらないっすよ。なんでそこまでするんすか?」

 踵を返して歩き出そうとした矢先、ナミ子の言葉に俺は歩みを止める。結果的には背中越しに、彼女の言葉を聴くことになった。

「この戦いに意味なんてないっす。みんなはお金のために、あるいは無理やりに戦ってるだけで……なのにせんぱいは、一人だけ勝手に盛り上がっちゃって、あの魔法少女に真っ向から挑もうとしてる。適当にやってればいいのに、死なない程度に遊んでいればいいのに……それとも戦う理由が、せんぱいにはあるんすか?」

 ナミ子の声にはまったく熱が入っていない。俺を馬鹿にしているわけでも、止めようとしているわけでもなく、本当に、純粋に、疑問に思ったから訊ねている――そんな感じだった。
 そしてその言葉は、正しく的を得ている。
 大金のために戦っている連中、死体から蘇って洗脳されて戦っている連中。彼らにはノワールに存在意義がある。目的という名の、そこにいていいだけの、大義名分と役目がある。
 けど、俺やナミ子にはそれがない。だから適当に、みんなに合わせて出動して、適当に負けて、そのまま帰ってくる……それを繰り返せばいい。脳さえ無事なら、俺達はそれで事足りる。
 死にたくなったら、すぐに脳を殺してもらえばいいだけの話。
 だから不思議に思うのは無理もないことだ。俺が、何の目的も見返りもないのに、それこそ命を賭けてまで、あの魔法少女に挑もうとする理由――

「あるさ」

 俺は手に持ったメダルに視線を落とす。鈍い輝きを放つそれは、俺を死へと誘う麻薬だ。

「あっちはどう思ってるか知らないけどな――」

 腰に備え付けられている仮面を手に取り、俺は静かにそれを顔へと近づける。
 皮膚にくっつけた瞬間、それはまるで生きているかのように伸縮し、瞬く間に俺の頭部全体を覆った。
 そうなれば、そこに存在するのは、大勢いる戦闘員の一人となった俺だけだ。
 仮面越しから聞こえる音声は、仮面をつけた人間でないと正確に聞き取れない。それを知っている上で、俺は自身の言葉を続けた。
 いつからそうだったのか、それは俺にも分からない。
 初めて出会った時からなのか、アイツの映像を調べまわった頃からなのか、最初にアイツに一泡吹かせた時期からか――思えば最初から、キッカケはあったようにも思う。
 だから「いつからか」という曖昧な表現でしか自分を納得させられないけれど……いつからか。
 俺は、あの女に――プリンセス・フリージアに。
 惹かれていたのだ。
 男と女としてではなく。
 相対する、敵として。

「――もう、代理戦争じゃないんだよ。俺にとって、アイツとの戦いはな」






 御門市のオフィス街ともいえるその場所は、不気味なくらいに人の気配を感じさせなかった。
 まだ夕焼けに染まる茜色の時刻だというのに、その周辺だけ、喧騒から切り取ったかのように静寂を保っている。
 人の姿は、ない。
 ……『超エネルギー体』は、出現する時間や場所を選ばない。
 だから今日に限らず、人が沢山いる場所と時間帯に出現したこともあったし、その姿を街の人たちに目撃されたことも、何度かある。
 しかし翌日にはそのことは街の誰にも知られていないし、ニュースに挙がることもない。
 そして『超エネルギー体』が行った破壊活動も、次の日にはまるでなかったかのようにリセットされている。
 これらは全て、ノワールではなくルピナスの情報操作によるもの――らしい。

 俺らとは違って、魔法という神秘の技術を習得しているルピナス。
 ならば漫画やアニメのように、人間の記憶を消したり、こうやって人払いの「結界」のようなものを張るのも、決して不可能ではない……というわけだ。
 しかしこれらの能力は、地球人にのみ作用する――すなわち、俺達改造人間には効果がない。
 結果的に、おあつらえむきな戦場が、そこに形成されるというわけだ。

『今回の憑依獣は、今までと違い、小型の生命体のようだ。かなりすばしっこく建物内を動き回っているようで、奴らも苦労しているようだな』

 憑依獣が逃げ込んだのは、老朽化によって解体することが決定している廃ビルの内部。今ではロッカー一つ置いていないガランドウの建物ということらしい。見た目的にも、むき出しのコンクリートや剥がれきった塗装から、そこが何年も放置されていることが見て取れる。

「しかし建物内ってのはまずいな……。いつもの人海戦術が狭い場所じゃ使えない」

 敵が狭い場所にいるというなら、数が多いほうが有利なのは間違いない。現に俺達はこのビルの全階層に部隊を分けて一挙に送り込んでいる。フリージアと憑依獣がどの階にいても対処できるように、だ。
 フリージアによる撃退の報告がある度にビルに戦闘員を補充して行っているが……部隊を分けたことによって戦力は細分化され、更に狭いビル内には送り込める戦闘員の数がどうしても限られてしまい、戦力の心許なさは否めない。
 元より、戦闘員が何人いようと、彼女の障害にはなりはしまい。
 俺達が先に憑依獣を発見、封印することができれば、フリージアとの距離差によってはそのまま持ち帰ることもできる――結局のところ、今回の作戦はこの半ば運頼みによるものだった。
 フリージアと遭遇した場合は全力で足止めし、その間に憑依獣の相手をする。相手は一階分しか見て回れないのに対して、こちらは全ての階を把握できるのだ。
 今までにない、圧倒的なまでの有利な条件で戦場は整っている。

『こちら3階! 憑依獣を発見しました!』
『フリージアは!?』
『現在7階で交戦中です!』
『よし、遠い! 今のうちに憑依獣を捕獲、封印せよ!』
『フリージア、移動します!』
『止めろ! なんとしてもその場で足止めさせるんだ! 博士、脳波の出力を上げろ!』
『やれやれ……あまり壊したくはないんだがな』

 仮面から聞こえる通信音声では、目まぐるしく変わる戦況の状況が絶えず報告されている。
 フリージアがいるのは7階。憑依獣が現在いるのは3階。絶好の好機である。
 ただの戦闘員程度じゃ、フリージアを足止めできる時間なんて、ハッキリ言って数秒に満たない。
 ……そう、それが、今までなら。
 今回、全ての戦闘員には、基地で流れていたものと同じ「音」が仮面を通して随時流れている状態にある。それは普段なら使わないある特定の周波で、戦闘員達の感情をコントロールしている。

 いわばバーサーカーモードへのスイッチというわけだ。
 今回の戦闘員は、一筋縄ではいかない。倒されても、手足がもがれても、脳が音を聞いている限り、限界まで稼動して敵に向かっていくように仕向けられている。数秒でも、彼女の動きを止められればそれでいいのだ。その過程で戦闘員達が壊死しようが、全て結果が優先される。
 今まで使わなかったのが、不思議なくらいの処置だ――しかしこれは、まさしく戦闘員しか駒がいない俺達ノワールの切り札ともいえる。その数を減らす覚悟で、この一戦に臨んでいるのだから。
 戦争はこの後も続いていくのだから、大きな目で見ればこの手段は非効率的でしかない。だからヴェスタも使わなかった。
 けれどそれだけ、この戦いが背水の陣なのだ。
 失敗は許されない。
 敗北は――認められない。

「さて……」

 俺がいるのは、6階――幸か不幸か、目的の目と鼻の先である。
 この建物は構造上、階段は通常のそれと非常口しかなく、本来行き来するために使われていたであろうエレベーターは当然動いていない。
 となれば――
 見上げた先に、足音が近づいてくる。
 7階と6階を繋ぐ、階段。その6階フロアに通ずる場所で、俺はゆっくりと手首を回した。
 コンクリートの音はやがて振動となり、そこに現れる誰かの出現を告げている。
 夕焼けだと思っていた空は、いつのまにか暗がりが刺したようで、ところどころひび割れた窓からフロアに差し込む光も、徐々にその色を薄めている。
 音は今なお限界まで近づいていき――やがてぴたりと、それが止まった。

「…………っ」
「…………」

 見下ろす視線と、見上げる視線。
 彼女の息は、若干上がっているようだった。僅かだが、肩で息をしている。元より憑依獣を追ってビル内を駆け回っていたことに加え、戦闘員達の執拗な妨害を受けていたのだ。それも当然の姿といえた。

「……まったく。次から次に……今日はいつにも増してしつこいわよ、あんた達」
「そう言うなよ。今日はこちとらも都合でね。今回ばっかりは素直に譲ってくれないか?」

 相手に聞こえていないのをわかっていて、俺は彼女に向かって話しかける。
 少女は――燃えるような髪と瞳を携えた、プリンセス・フリージアは、その正義の炎を胸に絶やすことなく、今日も美しく、可憐で、それでいてただ、正しく――おれの前に、敵として姿を現した。






「ファイヤー・アロー!」

 フリージアの持つ杖から放たれる火炎の矢をすんでのところでかわし、距離を詰める。彼女もまた、その攻撃を直撃させる気はなかったのか、すぐに次の予備動作に移っていた。
 回転し、遠心力を伴った強力な蹴りが眼前で放たれる。
 避けなければ、直撃したその箇所は壊死するだろう。もう使い物にはならない。

「――それがなんだってんだ!」
「っ!? きゃっ……!」

 俺は迷わず左手を盾にして彼女の蹴りを受け止め、軸にしていたもう片方の足を転ばせた。可愛らしい悲鳴と共に体勢を崩すフリージアの腹部に、右手をねじこませる。
 しかし彼女の白いボディスーツに触れる寸前、俺とフリージアの間には赤い壁のような物がはりめぐらされ、その一撃が届くことはなかった。反動のように壁から強い力で押し返され、後方に吹き飛ばされる。

「……ちぃっ……!」
「……くうっ……!」

 互いに受身を取り、膝を突いたまま、俺達は距離を開けて対峙する。

「……やるじゃない。“アンタ”が、“アイツ”ね」
「変な日本語、使ってんじゃねえ、よ」

 よろけながらも、立ち上がる。左手はだらんと力なく下げられたままだ。もう、俺の命令も聞いてくれない。
 フリージアは杖を構え、こちらから視線を外さない。同様に俺もまた、彼女の一挙一動を見極めようと、その全神経を集中させている。
 仮面からの通信は、先ほど切断している。この戦いを、誰にも邪魔されたくはなかった。
 電気の通らない暗いフロアで、俺とフリージアは、窓から入るわずかな光を頼りに、真正面から相対していた。

「…………」
「…………」

 少女の敵意を向けた瞳が、実に心地良い。彼女の引き締まった表情も、硬く結んだ唇も、今この瞬間、全て俺だけが独占しているからだ。
 右手首を、軽く回す。それが合図だったのだろう。
 フリージアは杖の先を、力強く床にたたきつけた。刹那、複雑な図と文様の描かれた赤の魔方陣が彼女の足元に展開される。

「――深紅なる炎の源よ」

 少女の詠唱が始まる。……まずい、あの呪文は!
 俺はすぐさま駆け出す。しかしあの時とは違い、相手との距離が開きすぎている!
 俺の戦闘員としての全速力をもってしても、彼女の呪文が完成するほうが圧倒的に早かった。

「我が意思、我が望みと共に敵を討て――」

 巨大に膨れ上がった炎の渦が、フリージアを中心にして、魔方陣からうねりをあげて放出されていく。荒れ狂うその姿は、まるで龍を彷彿とさせた。
 少女の魔法が完成しても、俺の脚は止まらない。いやむしろ、更なる速度を求めんとばかりに加速を強めていく。
 フリージアの面持ちは変わらない。完成した魔法を、圧倒的な威力という名の破壊を、静かな面持ちで俺へと指し示した。

「――終わりよ、変態。バーニング――!」

 少女の詠唱が終わる。その津波ともいうべき絶対不可避の巨大な火炎が、上から覆いかぶさるように俺へと襲い掛かる――その間際。
 彼女の足元で、小さな破裂音が連続して炸裂した。

「な、なにっ!?」

 驚いたように足元を見るフリージアが、しかしすぐに、ハッ!としたようにこちらに視線を戻す。……だが!
 その数秒で、俺達の距離を埋めるには――俺が勝つには、充分だ!
 遅い!



『――……ですか、……様。……を使っ……魔法には、絶対……な法則があ……すの』



 魔法を放つには、エテルにそれぞれの術式をもって指向性を示さなければならない。バリアならバリアの術式、火炎なら火炎魔法の術式にエテルを通して、初めて魔法が完成する。これらは全て術者の意思で行わなくてはならず、自動化することはできない。
 しかし術式を構築している最中は、術者の意識が全てそちらに集中するため、別の術式にエテルを通すという作業と並列化させることは極めて難しい。
 だから、相手が術を発動させる前、いや、その瞬間に仕掛ければ、事前に術式を準備しているバリアでも、エテルを通さなくては発動できない!

「もらった――!」

 高揚して昂ぶった感情が、あらゆる刺激を与えてくる。ある種の充実感、達成感のような物が、脳を通して全身に駆け巡っていた。握る右手に、力が篭る。震える指をなんとか抑えつけて拳の形を作り、俺は驚愕の表情を浮かべるフリージアへと、まず間違いない、不可避にして確実なる一撃を渾身の力と共に振りかぶり――

 ぱしゅん、と。

 ともすれば間抜けな、空気の抜けるような軽い風切り音がして、俺の右足を緑の光が貫いた。






「なっ……!?」

 絶句する。がくんと体勢が崩れ、俺の火薬を仕込んだ右手は彼女に触れることなく、虚しく空を切る。体が崩れ落ちる瞬間、確かに俺には見えていた。
 窓の向こう側、この建物の向かいにある、丁度この階と高さ的にほぼ並列しているマンションの屋上に――巨大な弓をつがえた、翠の魔法少女の姿が。




 ◆◆◆

「サ、サイネリアだとっ!?」

 ノワールの地下施設、その作戦室。
 巨大なスクリーンに映った第二の魔法少女の姿に、ディアナは思わず身を乗り出して叫んでいた。
 作戦は順調にいくと思われていた。あの戦闘員160号がプリンセス・フリージアを足止めし、それどころか、ついにその身に一撃を加えようとしていたのだ。その瞬間、ディアナはほとんど勝利を疑わなかった。
 あの、乱入者が現れるまでは。

「なんということだ……! よりにもよって、この日に出てくるとは……!」

 唇を噛み、悔しさに我を忘れて激昂する。普段は戦場に出てこない癖して、今日に限って……!

「ほう。あれが二人目のガーディアン・プリンセスか。確か報告では、ほとんど戦闘に参加しないとあったはずじゃが?」
「……ええ。積極的にフリージアの戦いに介入してきたのは、今回が初めてとなります」

 自身の立場と、隣に誰がいるのかを思い出し、ディアナは我に返った。やや羞恥で頬を朱色に染めながら、通信機に向かって声を荒げる。

「160号! おい、聞こえるか160号!」
「無駄だ、将軍。あの馬鹿、フリージアとの戦闘前にこちらとの回線を切断している」

 本来ならばこのような場所にいるべき存在ではないのだが、今回はヴェスタもミッション中の作戦室に足を運んでいた。皇女アルシャムスの隣に腰掛け、やや冷ややかな面持ちでスクリーンを見据えている。その表情には、普段の彼女にはない焦りの色が確かに浮かんでいた。

『包囲網突破! 憑依獣は6階に移動した模様!』
『サイネリアもビルを飛び移り、こちらに移動しています!』
『……憑依獣の封印反応を確認!』
「残っている全部隊を6階に集中させろ! 誰か一人でもいい、カードを奪取するんだ!」

 その作戦が無理なことは、ディアナにも、そしてヴェスタにも分かっていた。
 戦闘員160号は、今なおスクリーンに映し出され、うつ伏せに倒れている。恐らくは連続した無理な行動がたたって意識を失っているのだろう。彼に期待することはできない。
 そう、唯一の望みであったあの男がいなくては、この戦いに勝利はないのだ。
 ……終わったか。
 その絶望的な言葉が、ディアナの脳裏によぎる。皇女殿下の前での無様な失態……報告されれば、地球作戦指揮の剥奪は逃れようもなかった。
 恐る恐る、アルシャムスのほうへと視線を向ける。

「……殿下……」

 視界の先。
 ディアナが見たのは、不敵に口元を釣り上げている、アルシャムスだった。

「……殿下?」
「どうした、何を諦めておる? 作戦指揮のお前がそんなことでどうする。少なくとも――あやつは、まだ何かやるようじゃぞ」

 愉快そうに嗤う少女の目は、ディアナのことなど一瞥もくれず、ただひたすらに、スクリーンの映像に釘付けだった。




 ◆◆◆

 ……混濁した意識が、徐々に回復していく。
 ぼやけた視界が戻った時に声をあげなかったのは、賞賛してもいいだろう。
 まだ、目の前に……二人の魔法少女が、存在していたからだ。

「これ……爆竹? 手の込んだマネするかと思ったら、子供の悪戯レベルねぇ……」

 しゃがみこみ、摘んだ燃えカスをその辺に投げ捨てながら、やれやれとフリージアは肩を竦めた。

「でも助かったわ、サイネリア。今回はマジでちょっとヤバかったかも。……ま、一対一じゃなかったのは気に入らないけどね」
「ご、ごめんなさい……」
「あー、いいっていいって! 私が油断したのが悪いんだし、今回の作戦はカトレア長官のアイディアでしょ? はー、だめだわ。もっと強くなって、サイネリアの出番がこないようにしなくちゃね」

 談笑する、二人の少女。こうやってみると、そのイカれた格好がなければ、普通の女子学生の会話みたいだ。実際、そのくらいの年齢なのだろう、彼女達は。

(……さて……右手、動く……よな)

 彼女達との距離は数十メートルは離れていて、二人は完全に俺を背にしている。敗北して倒れ伏せている奴が少しくらい動いても、気付かないだろう。
 そう、二人はもう、この戦いが終わったものだと処理している。
 これ以上ないくらいの、絶好な――チャンスだった。
 何もかも悪くない。最初の発動にしては、もってこいの、タイミングである。
 カードは、フリージアが手に持っている。それだけ認識できれば、十分だった。
 左手と右足は動かない。だがそれさえも、枷にさえならない。
 ナミ子にはああ言ったものの、できれば使いたくなかったが……やはり、使う運命にあったのだろう。
 ぐぐぐ、と彼女達に気づかれないよう細心の注意を払いながら、俺は右手を、地面についている腹部へと持っていく。力が入らない。全身の虚脱感が肉体を支配している。それでも腕を地面にこすりつけながら、ゆっくり、ゆっくりと、ベルトへと手を伸ばした。
 バックルの端にあるスイッチを掴めば、カチッ、という音がしてバックルが展開し、中心に円型の空洞を生み出す。
 ……もう、後戻りはできない。
 あとは、賭けるしかない。このメダルに……俺の、運命を。
 表が出るか、裏が出るか――

(賭けようじゃねえか、ヴェスタ……。お前の技術と――俺の悪運に!)

 その時俺は、ガチガチに凝り固まった頬の筋肉を無理やり動かして、確かに……笑っていた。




 ◆◆◆

「……なっ!? あ、あれはファントム・メダル……! 馬鹿な、何故アイツが……!」

 突然、何かに気付いたように叫んだヴェスタが、ぎょっとした表情で勢いよく隣をあおぐ。
 そこでは、少女が、変わらず笑顔で、変わらぬ嘲け笑いで、ただニヤニヤと、愉しそうに画面を凝視していた。
 その瞳が、赤い殺戮の瞳が、静かに弓なりに細まる。

「――さあ、我に魅せてくれ戦闘員160号。お前が――踏み外す、その瞬間を」




 ◆◆◆

《――PHANTOM・SPIDER!》

 それは、突然の出来事だった。
 背後で機械音のようなものがして、ほぼ反射的に振り返ろうとした、その刹那……

「きゃあっ!?」

 目の前でつい今まで笑いあっていたサイネリアが、視界から消えたのだ。
 慌てて彼女が消えた方向を見れば、サイネリアは全身を何か白い泡だった液体のようなものと共に壁に叩きつけられ、そのまま固定されていた。

「……っ!?」

 驚く隙はなかった。自身の類まれなる本能ともいうべきセンスが、すぐ近くに迫り来る脅威を察していたからだ。
 フリージアは迷わなかった。すぐさま強烈な印象を残すサイネリアから目を逸らし、彼女を吹き飛ばした「何か」が飛んできた方角へと身体ごと振り返る。
 ――そこに、今まさに、自分にとびかかろうとする存在を目視した。

「……ひっ!」

 術式を発動させる隙も、そもそもそんな余裕さえなかった。ただがむしゃらに振り向きに合わせて右足を繰り出す。空中にいる「それ」は避ける手段がなく、蹴りはそいつに確実に命中する――はずだった。
 しゅるる、と「それ」は左手の先から白い糸のようなものを吐き出し、天井に張り付け、その糸に手繰り寄せられるように高速で上昇していく。そのまま天井まで張り付くと――四肢をまるで地面にいるかのように、天井で這い蹲らせた。
 だらん、と。
 それの顔が、天井から、ぶらんと重力に従って垂れ下がる。
 逆さになった、ドクロの仮面。
 ……そう、暗くてよく見えなかったそれは、それは、間違いなく……!

「ひ、ひ……」

 先ほどまで自分が相手をしていた、あの、憎き戦闘員の一人だった。
 ……いや、あの姿を、もはや「人」として認識していいのだろうか?
 敵であるノワールの戦闘員達は、皆人間で、人間の格好をしていて、人間の姿で、人間の基準で襲い掛かってきた。だからフリージアも正義の味方として、正々堂々と戦ってきたのだ。
 そう、それはあるいは、スポーツのような認識だったのかもしれない。絶対的な能力を持つ自分が優越感を浸れる、対等なる条件でのカードをめぐった戦いという名のスポーツ――
 だが、あれはなんだ? 今目の前で、天井を這い、四肢を獣のように四つんばいにさせ、法則なく動き回るアレを……人と、呼んでいいのだろうか?
 違う。
 これでは違う。
 話が違う。
 アレとは戦えない。だってアレは、人間なのに、人間の姿をしているのに、アレではまるで……

「……ば、化物……っ!」

 競い合うというカテゴリーから逸脱してしまっている。
 もはやアレは、対等なる存在なんかじゃない。
 ……いや、正義の味方とは、化物と戦うことなんじゃないか?
 でもあんなの、どう、戦えって!?
 人間なら幾らでも対処の仕様がある。憑依獣のような規格外のモンスターなら魔法で戦えばいい。
 でもアレは……アレは……「人間」としても、「魔法少女」としても、戦うべき土俵にあがれない。
 ルールから、外れてしまっている。
 私達の戦ってきたルールに……あんな奴はいなかったのに!

「う、ううう、わああああああああっ!!」

 恐怖という膨れ上がった感情が、無差別に魔法を発動させる。いや、恐怖などという認識さえ今の彼女にはなかっただろう。ただ目の前に現れた、「説明のつかないモノ」を処理できず、とにかく意識から消そうと必死だった。
 軌道も威力もマチマチな火球を、しかし「それ」は奇妙な……あえて表現するならば、蜘蛛のような動きで天井を移動し、全てを回避していく。
 やがてフリージアが息を切らしたのを見計らったかのように、その蜘蛛はあの白い糸を右手から吐き出してきた。咄嗟に避けようとするが、足がもつれる――戦いにおいて、ここまで動揺したことがなかったフリージアにとって、それはあまりに予想外で、未知な出来事だった。
 何かできるわけでもなく、まるでか弱い少女のようにぺたんとお尻を地面につけたフリージアの手から、蜘蛛が放った糸が精密な動きでカードに巻きつき、あっさりと奪い取ってしまった。

「あ……」

 力なく言葉が漏れるが、もはや、立ち上がれない。
 人の形をした蜘蛛は、そのカードを手に取った瞬間、ぶらんと糸を長めに引いて空中に停滞すると、振り子のように自身を揺さぶり、威勢がついたところで、その勢いのまま天井の糸を離した。
 ガシャァンという大きな音と共に窓が割れ、黒い肢体が外へと躍り出る。
 追わなきゃ、という感情はあった。けれど決して、その気持ちに身体が追いつくことはなかった。
 だから、フリージアは。
 正義の味方として、はじめて、敵を見逃した。




 ◆◆◆

 ぱちん、という音がして、ベルトのバックルからメダルが外れる。
 5分経てば強制的に排出されるように設定されていたのだ。
 そのままメダルと共に、黒い鎧姿の人影が地面に崩れ落ちる。
 メダルはころころと転がっていき……やがて何かにぶつかり、その回転を止めた。
 それは、倒れた人影とまったく同じ姿をした者の、足だった。
 ゆっくりと、近くに転がっていたメダルを拾い上げ――倒れ伏せる男に、彼女は優しく微笑みかけた。

「お疲れっす、せんぱい」




 ――こうして、一つの戦いが終わる。







※次回、総集編。


怪奇、蜘蛛男現るの巻。
ところで8話あたりでホームページがどうのと言っていましたが、今現在トップペーが何かの更新の時に消してしまったみたいで見れない状態です。
しかしあのサイトにここ以外のSSは一切掲載しておりませんでしたので、存在は全然無視していただいて結構です。
短編とかは、書くとしてもこちらに掲載するようにしますので。



[18737] 第11話:『王の帰還! 黒き星の思惑!?』
Name: とりす◆6afcdd68 ID:a6f3365c
Date: 2011/01/18 05:09
 ファントム・メダルのシステムは、原理はともかく、効能は極めて単純である。
 そのキッカケは、いつだったか、ヴェスタが得意げなキメ顔で言っていた台詞に由来する。

『人間の脳が仕様を理解できんからな。例えば私は超天才科学者だから、貴様に翼をつけてやることなど造作もないが、しかしその動かし方を脳が知らないのでは、翼もただの飾りに成り下がる。人間は自分の想像外の物は、理解できても把握することはできないようになっているんだ。鳥の真似をしても人は空を飛べない――絶対にな』

 そう、人は人以外にはなれない。それ以外を知る術がないからだ。
 しかしノワール脅威の科学力で、それを覆すことができれば、どうだろうか。
 人間が翼の羽ばたかせ方を、触手の動かし方を、糸を吐き出す技術を、『理解』することさえできれば、その能力を自在に操ることができるのではないか――。

 ファントム・メダルは、それを装着したからといって、飛躍的に筋力や跳躍力が上がるわけでもないし、目に見えてパワーアップするような効果はない。
 ただ、俺の全身箇所、そのあらゆる場所にあらかじめて仕込んでいる『ファントム・アビリティ』ともいうべき擬似的な生物機能を制御し、俺がその使い方を分かるよう、生物データを情報化したものを無理やり脳に流し込んで、一時的にその生物であることを脳に「誤認識」させる――それがメダルの能力なのだ。
 例えば試作型として選んだサンプル・蜘蛛メダルを例に挙げれば、こいつが発動できる能力は手首から発射されるノワール特性の粘着性の糸。それを蜘蛛のように自在に操れるよう、メダルが蜘蛛の生態データを脳に送り込む。
 そうすることで俺は人間でありながら、傍から見れば蜘蛛であるかのように糸を手繰り寄せ、巣を作り、自由に移動することが可能となる……例え初めて発動する技能でも、俺はそれを、まるで生まれながらにして持っていたかのように、手に取るように『理解』できているというわけだ。

 ……とまあ、理論上そういう構造だったのだが、改造体である俺の肉体はともかく、脳みそは普通の人間のそれと変わらないわけで、いかにノワールの科学力が宇宙一であったとしても、なかなか脳が異物である生態データに拒絶反応を起こして素直に従ってはくれず、開発は難航の一途を辿っていた――。






「それがどうよヴェスタ。やっぱり俺って本番に強い男だったんだな!」

 改造室で目を覚まし、戦いが終わったことを聞いた時、真っ先に胸に浮かんだのは勝利の余韻というよりも、メダルを制御することに成功したことへの達成感だった。

「よっしゃあ! 俺ってば天才!」
「……お前は本当にどうしようもないくらいのオオバカだな」

 だというのに、俺と開発を同じくしたおさげ幼女ヴェスタ・ノワールは、心底呆れたような声と冷めきった目で俺を見つめ、ただ嘆息を濃い色にするばかりだ。面倒くさそうにタッチパネルをいじりながら、俺の素体の破損チェックに余念がなく、むしろ俺のことなんてシカトの一点張りである。

「んだよヴェスタ、もう少し喜べよ。これで第二第三のメダルの製作に着手できるんだぞ。いやあ、俺も全身に仕込んだこの秘密技能が無駄になるんじゃないかと心配で――」
「喋るな、馬鹿が移る」
「…………」

 冷たいお言葉である。
 流石に盛り上がっていた俺の感情は、一気に波が引いたように穏やかなそれに戻る。
 どうしようもない沈黙が、改造室を覆っていた。
 なんとなく俺も気まずくなって、視線をそらしたり、戻したりしながら、挙動不審に振舞う。
 ヴェスタはただ、淡々と自分の作業に没頭していた。

「……あの、ヴェスタさん」

 頭をかきながら、静かに、決して荒波を立てないよう、相手に刺激を与えぬことだけに細心の注意を払い、ぽつりと訊ねてみる。

「もしかして、怒っていますか」
「怒る? 私が? お前に? ――何故」

 こっちを見てもくれない。
 いや、頑張るんだ俺。ここで負けちゃいけない。
 挫けず、更なる接触を試みる俺。

「いや、まあ、メダルお前に内緒でとってきちゃったし……」
「殿下の行われたことだろう。私が口を挟むことではない」
「そうなんだけど、結果的に頼んだの俺だし……いや、相談しなかったのは悪かったと思ってるよ」
「唾を飛ばすな。不快だ、死ぬ」
「……っ」

 あまりに強硬な態度に、さすがに温厚で優しく態度もいいと評判の俺でも頭にくる。
 つい口調が荒々しくなったとして、それを誰が責められようか。
 これで失敗したというなら俺も自身の迂闊さを反省もする。けど結果的には何もかも成功だったのだ。少しはヴェスタだってこの研究成果を喜んでもいいんじゃないか。
 その態度は、気が付いたら知らないうちに言葉として口から飛び出していた。

「だってお前、言ったら絶対反対しただろっ!」
「反対したに決まっておろうがこのオオウツケがっ!!!」

 ……俺の、何倍もの音声で怒鳴りつけられた。




 ◆◆◆

「いいか! その容量の少ない脳みそによおぉぉぉく叩き込んでおけ! あのメダルはまだ私が完成品と認めていない物だったんだ! 科学者が、自分の満足いっていない作品を勝手に使われて、あまつさえそれがたまたま成功したからとドヤ顔してる奴を見て喜ぶと思うか! あんな欠陥品を本番に使わせたとあってはこの私の一生の恥なのだぞ! どう責任をとってくれるのだ! 貴様が、私の輝かしい栄光に泥を塗ったのだ! こんな屈辱は生まれて初めてだ、こんなに怒り狂ったのはお前が初めてだ!! 死ね! いやいっそ私の手で分解してくれるわっ!!」
「おお。派手にやっておるのう」

 改造室の扉一枚を隔てた廊下側では、今まさにドアを開こうとしていた紅い瞳の少女が、やれやれと肩を竦めているところだった。そっと伸ばしていた手を引っ込める。

「今行くのはキケンなようじゃの。ここでアヤツの武功を褒めようものなら我にまで飛び火がくるというもの。我の代わりに精一杯賛辞を与えておいてくれ、将軍」

 少女が振り返った先には、心痛な面持ちで直立しているディアナ将軍の姿があった。彼女は深く頷きながらも、やや困惑したように眉をひそめながら、目の前の存在に対して敬意を払いつつ発言を求める。

「しかし皇女殿下……本当によろしいのですか。出発の儀を行わずご帰還なさるなど」
「よいよい。堅苦しいのは苦手じゃ。それに存外、随分と長くこの星に滞在してしまったからの。あちらで残している執務に支障をきたすし……見たいものは、この目で見れたしな」

 ディアナには、正直、理解できていなかった。本星が急に使者を送ってきたこともそうだが、ただ1度の交戦だけを見て、それで満足したと言って急に帰ろうとしていることも――。

(……総帥は、何をお考えなのか。いや、本当は、何を見たかったのか……?)

 偉大なる主に疑念を抱いているつもりはない。ただ、この一連の行動は不可解極まるものであった。
 だが少なくとも、この目の前の皇女に示した結果は、決して悪い物ではなかったはず。それは、彼女の表情からもおのずと推測ができる。ディアナはただ、そのことに心の底から満足することしかできなかった。

「――ああ、そうそう。将軍よ。我が名において、一つだけ命じておこう」
「……っ! ハッ……何なりと」

 ディアナは腰を深くし、その命令を享受する姿勢をとった。
 使者の言葉は、そのまま自身の言葉と思え――それは総帥自らが仰っていたことだ。
 決して違えるわけにはいかない。

「この先、あの男を束縛するな。可能な限り、望むものを与え、好きなようにさせてやれ」
「…………はっ?」

 言われたことが一瞬理解できず、ディアナはその妖艶な美貌をまるで子供のように幼くし、きょとんとした目を相手に向けてしまった。しかし彼女はその表情が見たかったといわんばかりに悪戯めいた笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで歩き出す。

「久方ぶりに我を愉しませた、その労に報いねばな。もっとも、あの男が金や命のような低俗な物を要求するとも思えんが」
「お、お待ちください殿下。あの男というのは……160号のことですか?」
「他に誰がおる。――我は思うのだよ。恐らくあの男はの、この先も貴殿の裁量を越えた申し出を幾つもしてくるであろう。だから我が、あらかじめそれを赦すと申しておるのじゃ。“あやつの好きにさせよ”と」
「そ、それはしかし、作戦指揮に支障が――」
「ははは、将軍」

 ふいに足を止め、振り返り――その血塗られた瞳が、ディアナを辛辣に射抜いた。

我に同じことを言わせるつもりか・・・・・・・・・・・・・・・?」
「め、滅相も……っ!!」
「では、良い。なに、やつにそれを伝える必要はない。貴殿はきたるべき日に是と答えればよいだけじゃ。きっと、面白いことがおきるぞ。今日以上に面白いことがな。……くくく」

 ははは、はははは、ははははははははははははははははははははははははははっ!!
 廊下に、王の歓声が怒涛のように響き渡る。
 それを唯一傾聴することを許された者は、ただ、頭を地面に下げたまま、微動だにすることはなかった。




 ◆◆◆

 その日。
 気が付いたら、皇女殿下の姿は既に基地になかった。

「帰っちゃいましたねー、殿下」
「そうだな」
「結局、何しに来たんすかねあの人?」
「分からん」

 俺達は、そう首を捻ることしかできず、謎を多く残したまま、黒き星ノワールの使者は波紋を与えて地球から去っていった。
 彼女の退場が、次なるステージへの新たなる幕開けであることを、この時俺はまだ知る由もなかったのである――。

「……なんか格好よくそれっぽいモノローグいれてますけど、本当にそうなんすか? せんぱい」
「分からん」
「はぁ……。ま、いいや。訓練しましょーよーせんぱい」
「お前本当に訓練が好きだなあ……」
「はいっ! だって爽快に首折っても死なないじゃないすか! それが楽しくて!」
「怖ぇえよ!」

 こうして俺達は、殿下のいない日常へとあっという間に戻された。
 だが事態は、既に、変わっていたのだ。
 俺達とは係わり合いのない場所で――俺達ではなく、もう片方の星が。






※次回、覆った戦局盤

勝った!第一部完!
というわけでもないのですが、ここで一区切り。
次回から、白き星のほうの事情が少しずつ垣間見えてきます。
残る登場人物は二人。そのどれも女の子です。期待がもてますね。

嘘つきました。女の子と女の人でした。



[18737] 第12話:『番外編・天才科学者とぼんくら戦闘員』
Name: とりす◆6afcdd68 ID:a6f3365c
Date: 2011/01/21 08:42
「ああああああああ! もう、もうもうっ! 苛々するなあ!」

 その日は朝から、我がノワール地球支部の頭脳担当はご立腹だった。

「何故計算が合わない!? 理論値を完全に超えている! 私の計算が狂ってるというのか!?」
「あの、ヴェスタさん?」
「それともお前が狂っているのか!?」
「やめてください! スパナを振り回して暴れるのはやめてください!」

 俺、問答無用に敬語である。恥も外聞もあったもんじゃなく、ひたすら低姿勢かつ下手の下手で、目の前で自分の髪の毛であるところのおさげをむしゃむしゃ食べ始めているこの基地で一番頭の良い科学者を羽交い絞めにする。

「うー! うーうー!」
「うーうー言うのをやめなさい! ヴェスタ、お前は今、後で思い出したら恥ずかしさで迷わず自殺するような所業を繰り返しているんだぞっ! 目を覚ませぇ!」

 ……昨日からずっとこの調子である。
 ファントム・メダルは一応の成功を見たものの、まだまだ使用に値しないという開発者の強固な判断により、現場投入したデータを踏まえての更なる調整作業に入ったのだが、とにかくこれが難航しているようで、ヴェスタの怒りは今まさに美味しいお茶が淹れられそうなほど沸騰している有様である。
 今回は俺も助手としてつきっきりでコーヒーを入れたり雑用をしたり実験体になったりして手伝っていたのだが、所詮ただの素人に過ぎない俺は開発の補助までは手伝えず、こうやって癇癪を起こすヴェスタを宥めるのが精々だった。ちなみにナミ子は昨晩20分ほど付き合った後、「眠くなったんで部屋でゲームしてくるっすー」という矛盾をはらんだ言葉を残し、早々に研究室から逃げていった。まあ退屈が敵と豪語するあの元女子高生にそこまで期待をかけていたわけではないが。

「……フン」
「ヴェスタ……」

 やや冷静さを取り戻したか、俺の腕を振りほどき、親指の爪を噛みながら再度モニターと睨めっこを始めるヴェスタ。この後姿を、俺は何時間見てきたことだろう。
 そして今後、何時間見ることになるのか。
 そんな彼女の背中に肩を竦めつつ、現状の環境に限界を感じ始めていた。

(まずいな……)

 実際のところ、一度「発動」が確認されている以上、俺としてはこの調整をそれほど重要視していない。根性で耐えればなんとかなるのであれば、特に問題はないのだ。
 システムは完成している。
 ヴェスタが修正すべき箇所は、恐らくもうほとんどない。
 ……それでも、彼女は100%にするため、その努力を惜しまない。
 それが科学者の性というやつなのかもしれないが、それにしたって根を詰めすぎである。
 彼女の好きにやらせてやりたいが、そろそろ、何かしらの間をおくことが重要だろう――と、俺は考え始めていた。






 なあに、難しく考える必要はない。
 息抜きに大事な物は外の空気を吸うことだと相場が決まっているのだ。
 頃合を見て、俺はヴェスタに声をかけた。

「ヴェスタ、そろそろ休憩にしないか?」
「あ?」

 ……血走った目で睨まれる。超怖い。
 だがここで引くわけにもいかず、若干頬が引きつるのを肌で実感しながら、それでも交渉を試みる。

「昨夜からずっとやってるだろ? 改造人間の俺はともかく、お前は生身じゃねーか。息抜きも必要だよ」
「いらん世話だ。私を誰だと思っているのだ」
「お前が誰か知ってるから息抜きがいるって言ってんだよ。このままやったって結果なんて出やしないぞ。何時間同じところで躓いてりゃ気が済むんだ」

 実際、昨夜から進展は1ミリもないのだ。彼女の怒りもごもっともだが、だからといってこのまま時間を浪費するわけにもいかないだろう。

「もっと効率よく行こうぜ、ヴェスタ。『お前らしく』ねーぞ」
「………………」

 俺の言葉に納得したのかしてないのか、とりあえずヴェスタは作業の手を止めてくれた。つまらなそうな半目でいつも着ている白衣のポケットに手をつっこみ、その辺に転がっている部品を蹴飛ばしながらこちらに歩み寄ってくる。

「コーヒーを淹れてくれ、160号」
「ああ。……それから、今回の休憩は少し長めにとらないか?」
「何?」

 研究所には、設計図や本が乱雑に積んであるテーブルと数人分の椅子が申し訳程度に隅に置かれている。俺は適当に紙を片付けてスペースを作り、そこに彼女専用のカップを差し出した。当然中身はがっつり冷やしたアイスコーヒー(ミルク配分50%)。

「こんな辛気臭い場所にいるから息が詰まるんだよ。たまには外に出てお日様を拝もうぜ」
「人の研究室を辛気臭い呼ばわりした挙句説教か。巨大なお世話だ」

 とりつく島もなく、コーヒーをすするヴェスタ。くそ、さすが地球に来てから一度も自分で外に出たことがないと豪語するだけはある引き篭もりだ。年季の桁が違う。

「そうは言っても、このまま研究を続けても実りがないってのは分かるだろ?」
「なら外に出てお日様とやらを浴びれば成果が出るというのか? 見ろ、見事なカウンターで返したぞ」

 この野郎……。本当に可愛くねえな。

「俺のモチベに関わるんだよ。被検体の状態が万全じゃないと完全なデータはとれないだろ?」
「ならお前が一人で行けばいいだろう。私を巻き込むな」
「…………」

 いよいよもって、意地でもこのもやしを外に引きずり出したくなってきた。
 もはや最初の理由など頭から吹き飛んでしまっていて、俺はいかにこの小憎たらしい見た目幼女に紫外線を浴びせるか、ただそれだけに集中し始めていた。
 ……ようするに、こいつの意思なんて関係なく、外に連れて行けるだけの権限があればいいわけだ。
 こいつが何を言ったところで強引に外に連れ出せて、しかもそれを拒否できないだけの強力な力――。
 当然俺はそんなものを持ち合わせちゃいないが、その権利を有している人なら心当たりがある。

「埒があかねえ。じゃあ、ディアナ様に相談してくるってのはどうだ。ディアナ様が開発者も外で骨を休めるべきだと言えば、お前も勿論従うんだよな?」

 挑戦的な俺の言葉に、ヴェスタはフンと一言、鼻でせせら笑った。

「それこそ無駄骨だ。将軍が、そんな意見に耳を貸すはずがなかろう。戯言だと激昂されてお前がなで斬りにされるのが良いオチだろうよ」
「上等だ、掛け合ってくるぜ!」

 勿論、ヴェスタの言うことが圧倒的に正しかったし、あの御堅い美人がそんなことを許すはずがないのは分かっている。それでも俺は、なんとかこいつを外に連れ出そうと必死で、冷静な判断ができずにいたのだ。
 しかしそれが、今回の場合功を奏すことになる。

「……好きにしろ」

 将軍の言葉はあまりに簡素だった。思わず聞き返そうとすら思ったが、そのことで気が変わって意見を変えられるのはマズイと悟り、言葉少なにその場を後にする。
 なんだか苦虫を噛み殺したかのような複雑な表情だったのが気になるが、間違いなく言質はとったのだ。俺は浮かれ足で研究室に戻ると、まず手始めにヴェスタの白衣を脱がせ、グーで殴られた。






 世間では太陽も顔を出したどころか下り始めているお昼下がり。
 8月も真っ盛りどころか下り始めているという事情も相まって、夏にしてはそれなりの涼しさが俺達を出迎えてくれた。

「焼ける……死ぬ……」

 そして、隣でそんな太陽を仰ぎ、外出3秒で死にそうになっている少女がいる。
 ヴェスタ・ノワール。頭脳担当にして、戦力の全てを担う母。
 身長130センチくらいの小柄さにして、童顔(ただし目つきは老婆のように鋭い)。
 色濃い緑色の髪をぼさぼさのままおさげにして、普段は常に白衣を着込む科学者オブ科学者――
 そんな彼女だが、本日は装いを新たにしている。
 というか、俺が新たにした。

「しかしお前、ワンピース以外もってねーのかよ」
「……何の不満があるというのだ。すぐに着れてすぐに脱げる、生活をする上で欠かせない必需品だぞ……」

 ダルダルな口調で、うめくように漏らす。そんな彼女の格好は漆黒のワンピースである。何ら装飾が施されていない、小さな女の子が着るような機能重視のドレス。
 本当ならこれも着替えさせたかったのだが、本人がこれ以外持っていないというし、他に基地に女はおらず、頼みのナミ子では服のサイズが合わないのは明白。仕方ないのでせめて髪型だけはと無理やり洗面所に拉致監禁し、髪をとかしてきた。
 ウェーブのかかった(おさげを解いたのでそう見えるだけだが)長髪が、背中でゆらゆらと風になびいている。ヴェスタの少女らしい新鮮なその姿には、さすがの俺も一目置かずにはいられなかった。

「……あつぅ……帰りたい……部屋で冷たいコーヒーとガンガンに効いたクーラーに当たりたい……」
「…………」

 ぐったりと腰を折り、既に生ける屍状態だった。
 百年の恋も冷める仕草である。
 もっとしゃきっと生きろ宇宙人。

「ほら、行くぞ」
「……何故私がこんな目に合わねばならんのだ……まったく、将軍は何を考えて……」

 ぶつくさ言っている少女の手をとり、俺達はダルダルな昼下がりを、目的もなく歩き始めた。






「疲れた」

 思いのほか早かった。
 もう少し、いやせめて商店街までは行動範囲があると思っていたのだが、それは甘い考えだったらしい。
 甘すぎる考えだったらしい。
 とりあえず商店街まで行けばある程度の店は揃っているから、そこからヴェスタの機嫌と健康を考慮しながら適当なお店に入ってブラブラダルダルと暇つぶしすればいいだろうと考えていた、そんな俺が浅はかだった。
 歩き出してから10分ほど経っただろうか。
 ヴェスタは涙目でしゃがみ込み、自身の不調を訴えた。

「お前……運動不足とかそういう問題じゃねえだろ……。よく今まで普通に生きてこれたな」

 早すぎる……。
 驚愕といっていいくらいの驚異的な速度でヴェスタは根を上げていた。

「バカモノ、勝手知ったる基地内部でならともかく、ここは数百年に一度の日照りもかくやと言わんばかりの亜熱帯だぞ……。地上からこもるアスファルトの熱とで身体を板ばさみにされ、私の身体はボロボロだ。いやむしろボトボトだ……」

 夏も終わりに差し掛かっている昼下がりにそんなことを言われたら、日本じゃ生きていけねーよ。
 いやむしろどこでも生きていけねーだろ、そんな甘っちょろい考えじゃ。

「そんな生存能力で、本星でどうやって生き抜いてきたんだよ」
「こんな野蛮な星と一緒にするな……。環境や天候は、全てエテルで管理されているんだ……」

 今にも死にそうなしゃがれ声で泣き言を繰り返している。どうやら嘘ではないらしく、本気で限界らしい。

「つったってお前、こんな何もないところでしゃがみこんで俺はどうすりゃいいんだよ……」

 道端も道端、通路の途中である。
 これまた狙ったように、引き返すにしても商店街に向かうにしても中途半端な場所で折れてくれたものである。
 周囲を見渡してもポストくらいしか目だったものがなく、運悪く人通りもない。
 どうしたもんかと途方に暮れてしまう。
 しかし、ここで立ち止まっていても始まらない。

「仕方ないか……。おいヴェスタ、暴れるんじゃねえぞ」
「……ん……」

 しゃがみこむヴェスタの前に、背中を見せながら俺もしゃがみこむ。そのまま後ろに数歩移動し、彼女の脚に触れた。
 すぐさま、意外なほど素直に反応があった。ゆっくりと首に回される両手と、背中に預けてくる小さな体重。彼女の両足をしっかり固定し、一気に立ち上がる。
 覚悟していたのが拍子抜けするくらい、立ち上がることに支障がなかった。

「よっと。……なんだこれ。お前、身体綿でできてんのか?」

 え、なにこれ。
 女の子ってみんなこんなに軽いのか?

「……煩い。黙って歩かんか……」
「……へいへい」

 ま、口が達者なのは元気な証拠ってか。
 背中に騒ぐ荷物を担ぎながら、俺は商店街に向けて歩みを再開させた。このまま引き返したのでは、それこそ何のためにごねるヴェスタを外まで連れてきたのか分からない。
 せめて何かしらの、ストレスを発散させる場所に連れて行きたかった。






「あーーっ!!!」

 そうして歩き始めてから、ようやく商店街が見えた辺りに差し掛かった頃。
 突如背中に、素っ頓狂な叫びを浴びせかけられた。

「なんだなんだ?」
「……なんだ、騒がしいな」

 やや体力も落ち着いてきたらしいヴェスタの声を耳元で感じながら振り向くと、そこにはいつだったか、どこかで見たような女の子が、礼儀も何もあったもんじゃなく、おもいっきりこちらを指差していた。
 なんだなんだ?と思ったのは一瞬だった。すぐに視線が、その隣にいた女の子の存在を認識したからだ。

「あ、杏ちゃん」
「気安く呼んでんじゃないわよっ!!」

 途端に目をとんがらせて――その元気そうな女の子は、杏ちゃんを庇うように前に飛び出し、こちらを威嚇し始めた。
 すげー。
 喋ったこともない女の子に完全に変態扱いだ、俺。

「しかも今日は女の子を誘拐中!? とうとう馬脚を現したわねこのナンパ変質誘拐脅迫男!」
「どんどん罪が重くなってる……」
「ふん。あながち間違いではないところが侮れんな」

 うるせーよ背中の荷物。

「……蘭香ちゃん。あの人は……」
「杏、やっぱりアイツに変なことされたんじゃないの? 大丈夫? 実は脅迫とかされてない?」
「だから、違うって言ってるのに……」

 二人の女子はあからさまに俺から距離をとり(杏ちゃんは女の子に無理やり連れて行かれた)、なにやらこそこそと話し合いを興じている。まあ、全部聞こえているのだが。

「……なあヴェスタ、俺もう行ってもいいかな」
「知らん」

 背中の荷物はつまらなそうに一言呟くと、ことんと肩に顔を預けてきた。眠いのかもしれない。

「――ふん。わかったわよ、杏がそこまで言うなら、今日のところは見逃してあげるわ」

 なにやら談合が成立したのだろう。えらく長いポニーテイルを揺らしながら、少女はこちらに向き直ると、口惜しげにそう言うが否や、「ただし!」と力強くこちらに人差し指をつきたててくる。

「今度会う時に変な事してたら、ただじゃおかないからねっ! ――浅木蘭香! この名前、覚えておきなさい! いずれアンタの痴態に鉄槌を下す裁きの名よ! ……時間を無駄にしちゃったわ。行くよ、杏っ」
「あっ、な、七篠さんっ、ご、ごめんなさいっ……! ま、また今度……あ、あのお店で……っ」
「あんずぅっ!」
「あ、ああぁあ……」

 ……連れ去られていく子羊の図。
 思わず、そんな言葉が浮かんでしまう。

「相変わらず、個性的な女の子だなあ……しかも名乗って行っちゃったよ」

 戦国の武将かよ。
 どう見ても正反対にしか思えないけど、杏ちゃんの友達なんだろうか?
 ……そうなんだろうな。彼女――蘭香ちゃんの対応は失礼に無礼を掛けたような態度だったけど、その行動は全部、あの大人しい杏ちゃんを気遣ってのもの、なんだろう。
 ただでさえ、ナンパに合いやすい子だ(そして俺みたいなしょうもない奴に引っかかる)。
 あれくらいのボディガードがいたほうが、丁度よいのかもしれない。

「ああヴェスタ、殿下にも言ったんだけど、あれがこの星の一般的な女の子だと誤解するなよ? あれは両極端な例であって――」

 振り向き、彼女の表情を仰ぐ。
 ヴェスタは、何故だかやや不快そうに瞳を細めて、彼女達が去っていた方の路地を、ただじっと見送っていた。

「ヴェスタ?」
「……いや。なんでもない」

 小さく被りをふると、彼女はことんと再び顔を預けてきた。
 心地良い重みが増える。

「……さっさと行かんか。いい加減、ずっと背負われてお尻が痛くなってきたぞ」
「ビックリするくらい自分勝手だな、お前……」
「連れ出したのはお前だろう。いいから、とっとと行け」
「あー、はいはい! 分かりましたよ、お姫様」
「……お姫様……か」

 最後の彼女の呟きは、俺には届かなかった。






 結局。
 その日は何をするでもなく、何して遊ぶでもなく、勿論色気ある花のシチュエーションがあったわけでもなく。
 マックに行ってダベッて帰ってきた。
 互いにチーズバーガーセットを注文し、席につき、お互い対面に座って会話を一時間ほどこなしてから、基地に帰った。
 ……中学生か!
 このまま聞けば、俺の甲斐性とか懐事情が疑われてしまうが、それは誤解だということだけここにはっきりさせておきたい。単純に、ヴェスタが夏バテて(わずか地上に数十分いただけで病んだ)何もする気が起きないというから、クーラーが効いていて軽食を食べられる場所、なおかつ一番近くにあった店ということで、マクドナルドに足を運ぶことになったのだ。
 決して俺がデートスポットの一つも咄嗟に思いつかなかったわけではない。
 しかしたかがマクドナルドであっても、初めて入店することになるヴェスタにはとても刺激になったようで、

「なんだこれは? おい160号、これの食べ方を教えろ。私はこんな野蛮人好みの下賎な物は食べたことがない」
「どこの美食倶楽部の親父だよ、お前……」

 とかいう会話があったり、

「ほれ、ケチャップ口についてるぞ。じっとしてろ」
「ん……食べにくすぎる……。こんな物を地球人は食べているのか。まったくけしからん」
「そうか? 味は無難だと思うけど」
「けしからんなあ! はむはむっ」
「めっちゃ嬉しそうにかぶりつくなあ、お前」

 とか言って最終的には「お土産にしよう」などと言いながらハンバーガーを100個注文して視線を集めたりと、それなりに楽しかったのではないだろうか。
 基地に帰ってから、ヴェスタはすぐに白衣を着て研究に着手してしまったから、その日の感想は、彼女の口からは聞けなかったのだけど。

「ふむ……数値が安定してきたな。これなら活動時間を8分に延ばしてもいいかもしれん」
「せめて10分くらい戦えないのか?」
「それだけ戦ってどうするつもりだ? 一撃でも直撃すれば身体が吹っ飛ぶのは変わらんのだぞ」
「……だよなあ」
「まあそう落ち込むな。私のかわばんがーを1つやろう」
「ハンバーガーな」
「あれは良い食べ物だな! 研究片手に気軽に食べられるのが実に良い!」
「お前の星、サンドウイッチ伯爵の代わりいなかったの?」
「サノバビッチ? なんだそれは」
「お前もう狙って言ってるだろ!? ――ああもう、いつか食わせてやるよ!」

 ……それでも、この天才科学者の、少しでも良い気晴らしになったのなら、幸いである。








※次回、番外編2

えー、次回予告と違うじゃねえかとお怒りの方、ごもっともです。
しかし14話から新章~白き星の章~突入!としたほうがキリがよかったので、急遽番外編を差し込むことになりました。
これで2クール終わりを目論見ながら、今後も更新していこうと思っていますのでよろしくお願いします。


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