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[16894] 隔離都市物語(完結)
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/07/10 14:34
本作は前作"幻想立志転生伝"の蛇足にして続編です。

前作↓
http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=original&all=6980&n=0&count=1


前作以上に人を選ぶ「前作主人公最強主義」を引っさげた、

SF(サディストファンタジー)を目指し書いていく予定になります。

本作にはチート、パワーインフレ、転生、トリップなど、

所謂最低要素をふんだんに使用しております。

これらの要素にアレルギーをお持ちの方は、

不快感を覚えられる可能性が非常に高くなると思われます。

気に入らないと感じたら精神の安寧の為にも、

即座にページを戻って見ないようにする事をお勧めします。

不快感を覚えても当方は責任を負いかねますので。


それでは、新たなる駄文の世界に暫しお付き合い下さい。



[16894] 01 ある勇者の独白
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/03/02 23:23
隔離都市物語

01

とある勇者の独白


≪主人公≫

永遠の平和が続くと思われていた我が祖国世界統一王朝アラヘン。

だが、その永久の平和は脆くも崩れ去った。


「はーっはっはっは!我は世界を渡る者!人呼んで魔王ラスボス!」


今でもあの高笑いを忘れる事は出来ない。

当時の私は一介の見習い近衛騎士で、

そう、最初は軽い気持ちで仲間達と共に出陣したのを覚えている。

一年も前の事だと言うのにその時の会話までも一言一句思い出せる。


「聞いたか?魔王だとよ」

「ああ、七つの世界を滅ぼした伝説の魔王……って普通自分で言うか?」

「しかし同志よ。幾つかの村が奴によって滅ぼされたのは事実」

「そうだな。だからこそ我等に出陣の命令が下ったのだろう」

「ふっ、まあいいさ。俺達に手柄を立てさせてくれるんだ。感謝してもいいかもな」

「不謹慎すぎるんだよお前は」


一年前のあの日。

私達王国騎士団は馬を連ね、軽口を叩きながらのんびりと街道を進んでいた。

そうだ。確かその日は抜けるような青空だったように思う。

空一面の青と所々に散らばる白い雲。そして気のいい仲間達。

……全てはもう失われてしまったものだ。


「叙任の儀を、執り行う」


思い出から引き戻された現実の私は王の目の前で膝を折っている。

それだけなら何とも名誉な事なのだが、実際は私以上の兵が残っていないと言うだけの事。

威厳の節々に不安の見え隠れする王の言葉をかみ締めながら、私は勇者の称号を授与されていた。


「近衛騎士シーザーよ、汝に勇者の称号と我が国に代々伝わる伝説の武具一式を授ける」

「ははっ!」


白く輝く伝説の武具に身を包み、国王陛下と城下町の民の大歓声を背に私は魔王の城へと向かう。

空は厚い黒雲に覆われ、足元には枯れ草のみ。

ここで私が何とかせねば世界は文字通り滅んでしまうのだろう。


「既に先行した王国軍の精鋭が敵本隊と戦闘を開始しております」

「自分等はその隙に魔王の根城に潜入して直接ぶっ叩くって訳さ」

「ガハハ!腕が鳴るわ!」


宮廷魔術師最後の一人でもある老魔道師とギルド一の腕利き盗賊。

……そして力自慢の木こり。

この日の為に集められた精鋭である。

いや、この国に残された……と言うべきだろうか?


かつて余裕と共に歩んだ街道は半ば崩れ、

跨る乗馬も随分と痩せ衰えて見えた。

かつての民家は焼け落ち、屍が埋葬もされずに野ざらしとなっている。

青々と茂っていた草原は最早唯の荒地と成り果てていた。

そう、全ては死に絶えようとしていたのだ。

現状を打開する方法はただ一つ。

……魔王を、討伐する事……。


「酷いものじゃ……せめて騎士団が残っておれば」

「おっと爺さん!若旦那の前でそれは禁句だぜ?」

「ガハハ、何せその騎士団最後の生き残りだからな!」

「……最後の生き残り、か」


一年前のあの日、魔王の根城に攻め込んだ我々王国近衛騎士団は壊滅。

生き残った私達はその後も魔王とそれに従う軍勢との絶望的な戦いを続ける事となったのだ。

永き戦いで櫛の歯が抜けるように磨り減った騎士たちは更にその数を減らし、

今では遂に戦えるものが私一人となってしまっていた。


王国軍もかつての威容はもう無い。

だが今回は私達の突撃にあわせて陽動作戦を決行すべく、

全国に散っていた部隊を総結集させていると言う。

そして、一気呵成に敵本陣に切りかかるのだと聞かされている。


だが敵対者は余りに強大で正面からの勝ち目は無い。

だが、もし後方で魔王が倒れれば……万一の勝ちの目が出てくると思われた。

そう、全ては私達にかかっているのだ。


「……命の火が消えていく」

「ガハハハハ……ご老体。それは覚悟の上だろう?」

「違いない。ギルドも世界がなくなりゃお飯の食い上げですんでね?頑張りますよ今回は」


死闘の繰り広げられる大草原を迂回し、

魔王により占拠された、とある城の門を開ける。

鍵を変えられていなかった事に僅かばかりの安堵をしつつ、

私達四人は昼なお暗い城の中を進んでいく。


「シンニュウシャ!」

「人狼……ワーウルフじゃ!」


腰巻を付けた犬と人の中間の姿をした魔物に対し剣を抜き放つ。

こんな奴等にやられている場合ではない。


「ちっ!横から後ろからゾロゾロ来るぜ?」

「あっちゃー……隠れる場所が無いと自分の持ち味が出せないんですけどね」


木こりが斧を振り上げ盗賊が短刀に毒を垂らす。

老魔道師は杖を掲げ、口元に手をやって呪文の詠唱を始めた。

……敵の増援は近い。時間を無駄にしている余裕は無い。

ならば答えは一つだろう。


「前方を突破する!……この奥に玉座の間があるはず。私に続け!」

「ガハハハハハハ!よし、ならば殿はこちらで務めよう」

「木こりのオッサン、正気ですかい?」

「ここは奴の、戦士の心意気に応えようぞ。勇者シーザーよ……先に進むぞ!」


私達三人は走る。

眼前に迫ったワーウルフの剣を盾で受け止め、がら空きになった胴に伝説の剣を突き立てる。

老魔道師の指先から巻き起こる熱線が毛皮と肉を突き破り、

盗賊の短刀にたっぷりと塗られた毒により敵は錯乱し、見境無く仲間まで襲い始めた。

……好機!


「今だ!突撃!」

「クソッ!正面戦闘は自分の領域じゃ無いっての!」

「わがまま言うでないわ!ハァ、ハァ、先に、進むのだ!」


盾を前面に押し出し、力づくで先に進む。

時折金属音が盾の表面から聞こえるが、流石は伝説の一品。

欠ける事はおろか傷が付く事も無く敵の攻撃を受け止め続けている。

盾をずらして剣を突き出す。


「キャイイイイイン!?」

「今だ!やってくれ老師!」

「うむ!」


更に敵が怯んだ所に老魔道師の大呪文が炸裂。

爆発が前方に対し無数に巻き起こり、収まった時には前方から敵の姿が消えていた。


「よし、このまま魔王の元へ走る!」

「ハァ、ハァ……そうじゃの。あと……ひと踏ん張りか」


……きっと木こりは生きている。

生きてこの地獄から脱出してくれただろう。

必死に自分自身にそう言い聞かせ、

ふと……盗賊の声がしない事に気が付いた。


「彼は何処だ?」

「あの盗賊坊やか……そこにおる」


はっとして振り向く。


「へ、へへ……畜生、ドジっちまった」

「……その傷は」


盗賊は足に深い傷を負っていた。

足の腱が切れている。最早歩く事は出来まい。

一体どうすればいいのか。


「ちっ。これじゃあもう足手纏いだな……行け」

「ぐっ!?……ああ、そうだな」

「良いのかの?その足では逃げ切れまい」


「どうせこのままじゃ進むも引くも出来ないもんでね……ま、見てな」

「お前の事は忘れない!忘れるものか……!」

「さらばだ。わしもすぐ同じ所に行く……」


老魔道師と二人、廊下を走る。

背後からの爆発音。

そして追撃が止まった。

盗賊だ。彼がやってくれたのだ。


必死に歯を食いしばり、玉座の間に続く扉に手をかけた。

思い起こせば、我が騎士団は一年前、ここで力尽きている。

魔王の姿を見るのも私自身は初めてだ。

まあ、だからと言って何かが変わる訳では無い。

どちらにせよやる事は一つだ。

ともかく一度大きく深呼吸をし、扉にかけた手に力を入れた。


「魔王ラスボス!覚悟おおっ!」

「死んだ婆さんの仇じゃっ!」


心の奥底から沸き上がる恐怖を叫び声の奥に閉じ込め、扉を押し開くとそのまま室内に突入。

そして私は見たのだ。

魔王の姿を。


「ようこそ勇者よ。我が名は魔王ラスボス!七つの世界を滅ぼした伝説の魔王だ!」

「貴様が……ラスボス!」

「覚悟するのじゃ!」


魔王ラスボス。それは巨体を持つ悪魔……とそう呼ぶ他無い存在だった。

玉座の間から更に三階までぶち抜いて作られた巨大な私室。

その奥全てを占有するかのごとく鎮座するは、

頭部の側面から巨大な角を生やした筋骨隆々の巨人。

立ち上がるとそれでも角が時折天井に擦り、石の破片が周囲に降り注ぐ。

背には蝙蝠の様な羽。

武器のようなものは見当たらない。だが、鋭いその爪は明らかに凶器でしかない。


「ふふふ、この世界にもやはり骨のあるものが存在するか……」

「魔王よ!貴様の暴虐もここまでだ!私が……勇者シーザーとその一行が貴様を倒す!」

「まずは食らえぃ地獄の熱波を!"マックス・グリル"じゃ!」


だが、私達も負けてはいられない。

世界の命運は、まさに私達の戦いぶりにかかっているのだから!

老魔道師の最強炎熱呪文が凄まじい熱波を引き起こす。

そして魔王がそれに巻き込まれるのを確認し、

私自身も剣を抜いて走り出した!


「こんがりと美味しいローストになってしまえぇい!」

「……温い」

「ならば、これでどうだっ!」


驚異的な熱波の中、魔王は涼しい顔をしている。

効かないと言うのか!?だが、伝説の剣の一撃なら!


「真っ向勝負!逆袈裟切り!」

「……ほぉ?」

「おお、魔王の指が!」


しかし、私の渾身の一撃は魔王の小指を第一関節から切り離しただけに終わった。

馬鹿な……飢えた虎でさえ一刀両断にする私の剣技が!?

いや、僅かでも効いたと考えるんだ!

傷が付くなら殺せる筈……!


「中々やるではないか。我が体に傷を付けるか?」

「ゆ、指が……くっ付いた、だって!?」

「ぬ、ぬぬぬ!ならばこれじゃ!宙を舞う刃に切り刻まれよ!"フライング・スラスト"じゃ!」


しかし、魔王は自分の指を拾い上げると傷口に当てる。

ただそれだけで指は再び元に戻り、数秒後には傷跡すら残らなかった。

恐るべし、これが魔王か……。

だが、老魔道師も私も諦めはしない。

詠唱が始まった次なる呪文は風の刃を発生させ敵を切り刻む"フライング・スラスト"か。

特筆するべきはその数。かつて畑を荒らすカラスに放つ所を見たことがあるが、

数十羽の群れの一羽一羽に直撃を与えていたのを覚えている。

決して威力の高い術ではない。

だが、隙を必ず作ってくれるはず。

……そのはず。なのだが。


「……老師?」

「ぐはっ」


何故か飛んでこない無数の風の刃。

ぞっとする感覚が背後から迫り、思わず振り返る。

そこで私の目に飛び込んできたのは……。


「脆いな、魔道師というものは。何処の世界でも変わらぬ。奴等が異常なだけなのだ、うむ」

「老師ーーーーーっ!?」

「あ、あが、が……」


無残に顔面を石で潰された老魔道師の姿。

砕けた鼻からはとめどなく血液が流れ出る。

見ると小石、と呼ぶには大きすぎる石が老魔道師の顔面を潰していた。


「く、そっ……何故じゃ……異界への移動なぞ、天使でもなければ不可能では……」

「愚かなり。それはあくまでこの世界の常識。我が故郷では異界へ飛ぶ技術は確立されていた」


「む、無念、じゃ……がはっ」

「老師!?」

「力尽きたか……多次元時空では弱き事こそ罪悪。我意を通したくば強くある事だな」


そして遂に力尽き、その場に倒れこんだ。

駄目だ。これでは、もう……。

ぐっと怒りをかみ殺し私は魔王を見上げた。

その顔は笑っている。


「それにしても。こんな小石を弾くだけで死んでしまうとは。何とも脆い」

「き、貴様っ!」


魔王は次なる呪文に気付いていたのだろう。

指先で小石、と言っても人間の握り拳大ほどもあるそれを弾き飛ばしたのだ。

……そしてそれは老魔道師の老いた肉体を破壊するには十分すぎるほどの威力を持っていた。

既に呼吸は停止している。

そして、戦闘中に蘇生を行う方法を私は持っていなかった。


「哀れだな勇者よ。これでお前は一人だ」

「……私は、それでも……諦めない!」


嘲りの声に屈しそうになる自分を必死に繋ぎとめる。

そうだ。仲間を失うのも覚悟の上でここに居るはずだろう。

もし老魔道師の死に動揺し、そのせいで倒されてしまったら、

天国の仲間達に何と言って詫びろと言うのだ。


「伝説の剣よ。私に力を……!」

【宜しい、勇者よ。この世界を救うのです!】

「ぬ。剣に光が?」


心を無にし、剣を正眼に構える。

……その時、私の心の叫びに応えた伝説の剣、

いや、剣に宿った世界の守護者の意思が奇跡を起こした。

光が剣に宿り、全てを切り裂く力を与えたのだ。

そう、それこそがこのような事態に備え古の人々が残した軌跡の力!

……奇跡にあらず。

それは長く続く歴史の生み出した"軌跡"の結晶!


「おおおおおおっ!魔王ラスボス!覚悟おおおおっ!」

「む!?」


光を得た剣に全てを託し、敵を目掛け突進する。

……何も教えられなくても判る。

この光り輝く剣を突き立てれば流石の魔王ラスボスといえど無事では済まない!

私は文字通り全ての力をその一撃に託し、

輝く剣の力により魔王の想像を超えた速度で魔王の胸元目掛けて剣を突き立て……!


「危ない魔王様!」

「なっ!?」

「馬鹿な!」


ようとした瞬間、横から割り込んできた子悪魔に輝く剣は受け止められた。

いや、小悪魔は己の身を挺して主君を救ったのだ。

敵は剣を己の胴で受け止め、自らの体が半ば両断されても決してその手を離さない。

敵ながら何と天晴れな心意気か。

違う……そんな事を気にしている場合では……!


「馬鹿者があっ!」

「ぐはあああっ!」


そう、その一瞬。

その一瞬が余りにも致命的だった。

魔王の腕により薙ぎ払われた私は吹き飛ばされ石壁に半分ほどめり込んで、

そのままズルズルと地面に落ちていく。


【まさかこんな結末があろうとは……】

「……ふん」


なんと言う事だろう。

私の手に剣が無い。魔王が指先でつまんでいる。

……伝説の剣は敵に奪われてしまった。

剣に宿りし世界の守護者も絶望的な溜息をついている。

世界はこのまま闇に落ちてしまうのだろうか?


……だが、魔王の取った行動は私の予想を遥かに上回っていた。


「……勇者よ。一撃だけ食らってやる」

「なっ!?剣を返すだと!?」

【何を考えているのですか?まさかこの輝く一撃に耐えられるとでも!?】


魔王は何を思ったか輝く剣を私の足元に放り投げてきたのだ。


「ま、おう、さま?」

「愚かな使い魔よ。我が名はラスボス。七つの世界を破滅させしもの……その力を見まごうな」

「たった、それだけの為に……!?」

【勇者よ!何にせよチャンスです。輝く一撃を魔王に食らわしなさい!】


余りの事態に一瞬思考が停止したが、確かにそうだ。

どんな形であれこれはチャンス。

一体どういう意図があるのかは知らないが、事は私一人の問題ではない。

私の背中にはこの世界に暮らす全ての人々の平和がかかっているのだ。


「私は勇者シーザー……魔王ラスボス!その敵を侮る態度が貴様の敗因と知れ!」

「侮る?我がお前を……か?」

【その余裕が何時まで続くか見物ですね!】


剣を握り締め、輝きを増す刃を敵の胴体に向けて突き出す。

魔王は腕組みをして仁王立ちのままだ。

伝説の剣はそのまま光り輝きながら魔王の胴体に吸い込まれていく。

……何故だ?何故回避も防御もしないのだ!?


「ぐふっ……ふ、ん……この程度、なんと言う事は無いわ!」

【苦し紛れに強がりを!】


そして、本当に回避のそぶりすら見せないまま、

魔王の体に伝説の剣は突き刺さって行く。

その魔王の顔に苦悶が浮かぶ。

だが、崩れない。

堂々と立っている。


「剣如きが何を偉そうに……」

「いいのか?お前の体は伝説の剣の力によって崩れ去ろうとしているぞ!」

【剣に宿りし力は"崩壊"の魔力。誰であろうと破壊するのです!】

「ま、おう、さま……」


今言ったとおり、突き刺さった剣は未だ光を失わず、

傷口から魔王の肉体に亀裂が走り、そこから崩壊して行くのがわかった。

しかし何故だ?何故剣を抜こうとも……そもそも動こうともしないのだ?


「我が故郷は食料を得る事すらままならぬ荒廃した土地……力こそが正義の世界」

「だからって、私達の世界を襲って良い理由にはならない!」

【その通りです。心得違いをした時点で貴方に勝ち目は無かったのですよ、魔王!】


「故に我は負けられぬ。我は我意を通すべく最強足らねばならぬのだ!」

「……剣を掴んだ!?」

【いけない……ギ、ギャッ!?】


動かなかった理由は、至極単純なものだった。

動けないのでも、侮っているのでもない。

……剣の柄の宝石が握りつぶされ、再び剣は魔王の親指と人差し指の間に捕らわれた。

守護者の声はもう聞こえない。


「どうだ……正面から耐え切ったぞ……」

「そん、な……!」

「魔王様……ま、お……」


瀕死の小悪魔が感涙の涙を流す中、魔王はさも興味なさげに言い放つ。


「見るが良い、これがお前の主君!七つの世界を滅ぼした魔王、ラスボスなるぞ!」

「おお、おお…………うぅ……」


小悪魔は、そのまま息絶えた。

魔王は伝説の剣と正面から戦い、粉砕する事こそ望んでいたのだ。

己の力を誇示せんがために。

……光を失った剣は、そのまま魔王の足元に落ちる。


「終わりだ。どうやら肉体の崩壊する呪いのかかった剣だったようだが、力の源は砕いたぞ?」

「は、はは、は……殊勝な部下への餞(はなむけ)とは、魔王という割りには高潔な事だ」


「……唯の下郎に魔王は務まらぬ。そんな事より、神とやらへの祈りは済んだのか?」

「生憎と、私はあまり信心深いほうでも……ましてや諦めの良いほうでも無いのでな!」


伝説の剣を失ったのは余りにも痛い。

だが、あれではもしまともに食らわしていても耐えられていた事だろう。

そう考えれば最初から無い物として考えた方が都合が良い。

諦めるのは何時でも出来るのだ。

ならば、最後まで足掻くべきだろう!


私は気を取り直し、予備の……そして愛用の鋼鉄製長剣を鞘から抜き放つ。

見習い時代に今は亡き父が腕の良い鍛冶屋に作らせたもので、

この一年を私と共に歩んできた業物だ。

伝説の剣のような強い力は一切持っていないが、手にした時の安心感が全く違う。

最後に頼りになるのは手に馴染んだ武具と言う事なのかもしれない。


「行くぞおおおおおおおっ!」

「……来るが良い!」


魔王の手より鋭く硬い爪が突き出すかのように生えてくるのが判る。

鋭く振り下ろされた鋼鉄の如き爪と私の愛用武器が交差し、

……爪が一本折れて宙に舞った。


「……我は負けぬ。もう二度と、負けぬのだ!」

「く、そっ……!」


だが、残る四本の爪は私の鎧を裂き、傷口からは鮮血が舞っている。

……魔王自身は無傷だ。

私は……負けた?

ああ、負けてしまったのか……。


「あぐ、ぐうっ……!」

「どうやら傷が内臓まで達したか……ふん。これでは訓練にすらならん」


「く、んれ、ん?」

「お前達には関係の無い事だ。滅び……ぬ?」


その時、急に体が落下するような感覚を覚えた。

体が支えを失って急激に沈み、私は急速に落下していく。

何時しか元居た広間が暗黒の中の小さな光の点に変わっていった。

これは、これは一体!?


【幸か不幸か……どうやら召喚魔法を受けたようですね】

「け、剣の精霊!?剣の……守護者よ、こ、これは一体!?」


先程砕かれた筈の伝説の剣がまるで私を追うかのように落ちてくる。

朦朧とした意識の中必死にそれを掴むと、私は声を張り上げた。

そうでもしなければ意識を保つ自身が無かったからだ、

だがその手に収まったものは剣では無かった。

これは……割れた宝石?


【口惜しい事ですが、自らの傷を癒す為に暫し眠らねばならぬようです】

「なおる、の、か?」


【喋る必要はありません。私は聖剣……時があれば修復は容易い】

「そ、か……」


既に意識は半分飛びかけている。

震える手で砕けた宝石を必死に道具袋に放り込んだ。

……これでとりあえず失くす事は無いだろう。

これから向かう地がどんな場所なのかは知らないが、

それでも今以下と言う状況は無いだろう。

私は暫しそこで傷を癒し、そしてまた戦おうではないか。


「逃さぬぞ!」

「魔王ラスボス!?」


その時、飛びかけた意識を現世に引き戻す怒号が遥か上空から響く。

……声の主は、魔王!

追って来るにもその巨体が邪魔をしてこの暗闇へは腕を突っ込むのが精一杯のようだ。

窮屈そうに穴から突き出された腕が私のほうへ突き出され……光を放った!


「うあ、うあああああああああっ!?」

「刻印が己に刻まれたのがわかるか?その印がお前の場所を我に教えてくれる……逃さんぞ」


腕が見えなくなり、変わりに豆粒ほどになった"穴"から魔王が此方を覗き込んでいるのが見えた。

そして、段々とその顔すら判別できなくなって行く。


「くっ!追って来る必要は無い……傷を癒し、何時か必ずお前を倒しに戻ってくる!」

「ほう……ならばこの世界を制し次第、逆にお前を追って行こうではないか!」


既に声も聞き取りづらくなってきた。

だが、その言葉は聞き捨てならない。

思わず聞き返す。


「何!?」

「お前のせいでお前の落ちた先は災厄に包まれるのだ。疫病神になるという経験を楽しむが良い」


楽しめるか!

だが、言い返そうにも既に魔王の声は届かない。

光も最早点にしか見えない状態だ。


くっ、こうなれば何としても私を呼んだ人達に……。

と、ここまで考えて気が付いた。


「私は、これから一体何処へ行くというのだ!?」


既に召喚魔法が使えるほどの術士は先程戦死した老魔道師以外に存在しない筈。

それに、私がここに居る事は国民全員が知っているだろうが、

正確な場所など判りようが無いではないか。

だとしたら一体誰が!?


いや、よく考えれば敵と言う事も無いだろう。

何故なら当の魔王自身がこの展開に困惑していた。

そもそも敵だと言うのなら、あのまま数秒待っていれば私は死んでいたはずだ。


「……まあいいか。全ては行ってから確かめれば良いだけの話」


私は仰向けに落ちている。

そして背後から光を受け始めている、

と言う事は出口が近いと言うことだ。

何にせよ、召喚者は驚くだろうな。

何せ召喚したものがこの通り死にかけているのだから。

さて、ここは少し休ませてもらおうか。

もう意識を保つのも辛いしな……。


……いや待て。

よく考えろ。


召喚と言う魔法を使う場合は数種類に分けられる。

儀式か、それとも戦いの為か。

もしかしたら何かの実験と言う可能性も考えられない事も無い。

だが、もしも。


「おねーやんには指一本触れさせないお!アルカナが相手……痛いお!噛んじゃ駄目!痛いお!」

「「「「ガヴ、ガブ!」」」」

『来たれ、来たれ……!』


「おねーやん!ワンワンにかじられてるお!痛いお!早くするお!痛いお!痛いおーっ!」

『来たれ、来たれっ……竜王とクレア=パトラの名の下に!』


もしも、召喚者自身が危機に陥っていたとしたら?

だが、体は満足に動かない。限界はもうすぐそこまで来ていた。

故にせめて覚悟を決める事にした。

いかなる事態にも冷静さを失わないようにと願いを込めつつ。


「あー!来たお!何か落ちてきたお!召喚成功だお!おねーやん!助けが来たお!」

『竜王の名において!この場を切り抜けられるだけの力を持った存在よ!"召喚"(コール)!』


そして、私は降り立ったのだ。

文字通りの"異境"へ。


「グベラアアアアアアアッ!?」

「助けがき、だおおおおおおおおっ!?」

「「「「キャイイイイン!?」」」」


……全身を地面に叩きつけながら……ではあるが。

成る程、私はこの差し迫った危機を回避すべく呼ばれたと言う訳か。

まあ、落ちた衝撃だけで問題が解決した事はいい事だな。

……細かい問題点はこの際無視する事としよう。

特に、何か守るべき相手まで巻き込んでしまったような気がするところとか……。


「お、お、おお!見事に飢えた野犬の群れを蹴散らしたお!凄いお!」

「……小型の流星かしら?」

「残念だが、私は……人間だ……」


姉妹だろうか。

快活そうに見えて意外と淑やかな雰囲気をかもし出す姉。

そして、見るからに快活そうな妹か。

彼女達はこちらを見て驚いていた。

正確に言うと妹の方は私の背中の下から這い出した上で驚いていたが。


「い、生きてるおーーーーっ!?」

「え、え、え……ええぇぇぇ!?」


まあ、それも当然か。

ともかく高所から落ちてくればなんでも良かったようだからな。

野犬の群れ相手ならそれも当然だ。


何にせよ、助けられたのは私のほうかも知れんな。

明らかにあのままでは殺されていたのだ。

だが一応……彼女達は此方の都合も考えず召喚してきたのだ。

私にだって傷の手当てと送還を乞う権利ぐらいはあるだろう。


何にせよ、婦女子を前にして無様に倒れているのは勇者にしても騎士にしても名折れ。

苦痛を隠して出来る限り穏やかな表情を作り、折れた骨を騙し騙し立ち上がる。

愛用の剣を杖代わりにして立つと、折れた骨がズキリと痛んだ。

だが、構ってはいられない。

まずは挨拶だ。

必死に笑顔を作り、出来る限りにこやかに。


「ぐっ……あぁ、はじめまして」

「はじめましてだお!アルカナだお!」

「え、と。クレアと申します」


姉の方は相当におっかなびっくりとした挨拶だ。

だが、現在の私の状況を考えれば当然とも言えよう。


対して未だ幼子の域を抜けていないように見える妹の方は堂々としたものだ。

小さな胸を張り、短い手足をピンと伸ばして妙に偉そうに挨拶をする妹と、

自分の膝ほどの身長しかない妹の後ろでぺこりと頭を垂れる姉の退避が可笑しくて、

ついつい苦笑が顔に出てしまう。

いかんいかん、城づとめでこう言う事があまり良く無い事は判っているはずなのにな。


何はともあれ、まずは交渉の基本だ。

此方も相手の事を何も知らないのだ。出来る限り穏やかな表情で、と。


「可愛らしいお嬢様方。この度は一体どういうご用向きですか?」

「済んだお!お散歩してたら道に迷ったんだお!本当だお!勉強を抜け出したりはして無いお!」

「申し訳ありません。妹を連れ戻そうとしたら野犬の群れに襲われてしまって」


やはりか。

それを確認すると、僅かばかりの安心感と共に周囲が白く染まっていくのがわかった。

限界なのだ。私の体も精神も。

幸い、彼女達は友好的なようだ。

例えこのまま倒れても、最低限治療はしてくれるだろう。

……とは言え、野犬の群れに教われるような状況で女性二人を置いて勝手に気絶と言うのも、


「ユーアー、ダァァァアイ!……誘拐犯よ!貴方の好きにはさせませんよ!」

「「「「舐めた真似をーーーーーーっ!」」」」


……!?


「え?違う!違うよ皆!?」

「おにーやん、誘拐犯だったお?……オド!だったらやってしまうお!悪即斬、だお!」


どうやら、考える意味も無かったらしい。

私の胴体は腰から上と下に一刀両断された。

そして、私の意識は、ゆっくりと、薄れていく……。


「しっかし、おねーやんの魔法で呼ばれた人が誘拐犯らったとは。世界は意外で満ちてるお」

「アルカナ!そうじゃないでしょう!?ああ、もうこの子は……」

「ホワッツ?どう言う事でしょうか?」


これが私の終わりか。

なんとも無様であっけない。

こんな事なら、

いっそ魔王に殺されていた方が。


……違う!


それは無い。

それだけは望んではいけない。

何故なら私は、勇者だからだ。

倒れる時まで、願わくば前のめりに……!


「ノォ……ではこの方は貴方がたの恩人では無いですか!」

「そうなの。何とか出来る?」


「アイ、マム。陛下と姉君に出来ない事など最早ありません……姫様にお願いしましょう」

「えー。おねーやんにお願いするお?アルカナ、また怒られるお!斧で頭かち割られるお!」

「私の召喚術のせいだもの。私が姉さんにお願いする。オド?お父さんへの報告は頼んで良い?」


なにやら頭上が騒がしいが、もはやまともに意味を捉えることも出来ない。

どうやら私への誤解は解けたようだが。

まあいい。どちらにせよもうこれでは助からん。

人が生きていくうえで重要な何かが幾つも切れてしまっているようだ。

どう考えても、これでは……。


「隊長!この方の心臓が!」

「ホワイ!?くっ、とにかく心臓マッサージ!体の上下も即繋ぐんです!」

「「「はっ!」」」

「私は念話で姉さんを呼びます……精神集中用の絨毯をここへ」

「はっ!」

「アルカナは元気付ける為にお歌を歌うお!自分で作詞したお!これで怖くないお!」

「……何がでしょうかアルカナ様」


ああ、意識、が……。


「いち、にい、さん!いち、にい、さん!」

『姉さん!ハイム姉さん!助けて!?私、とんでもない事してしまったの!』

「アーユーレディ?貴方は担架を用意、貴方達は処置を続けなさい。私は陛下に報告に上がります」

「「「サーイエッサー!」」」

「わたしはわたしははーちゅねー。は・ちゅ・ねっぽいな・に・か♪」


……途切れ、る……。


「に、に、さん!さん、に、さん!」

『急いで!死んじゃうよ!うん、死んでから生き返らせるのが楽なのは判るけど……』

「今日も元気だよはーちゅねー、はーちゅねっぽいー、なぁにぃか!」

「そこから台詞入るんですよね確か。とりあえず邪魔なので退いてくださいね姫様」


「何か何だか何なのか?あ、それ。何が何だかなにぬねのー♪」

「よいしょっと。おーい、姫様退かしたぞー!次はどうするーっ!?」

「陛下が前世の故郷から持ってきたって言う……LED?だっけ?あれ持ってきてくれ!」


「心臓本格的に止まったぞ?マズイ、急いでくれ!」

「畜生!我が聖印魔道竜騎士団が護衛の任務についてる時にこんな失態を……」

「これだから守護隊と差を付けられるんだよな。最精鋭の二枚看板が聞いて呆れられちまうぜ」

『お父さん!お母さん!ルン母さん!アルシェ母さん!お願い……姉さんに何とか言って!』

「~♪~~♪~~~♪ありがとうだおー!……誰も聞いて無いお。空しいお」


……。


「アルカナ!アルカナからもお願いして!姉さん来てくれないの!」

「やだお!姉やんにお願いなんて嫌だお!」


「この人死んじゃうよ?折角私達を助けてくれたのに……本当に死んじゃうよ?」

「……それも嫌らお。判ったお、何とかするお…………ハー姉やんの、お馬鹿!おぶあーっか!」

「"転移"!……このアホ妹めが……今日と言う今日はしっかりと教育を……はっ!」


……わ、た、し、は……。


「姉さん、お願い!私、私のせいでこの人死んじゃうかも知れないの!助けてあげて!」

「むう、しかし既にこの男死んでおるぞ?下準備の無い死者の蘇生は世界への負担が大きい……」

「おねーやんの言い方じゃ駄目だお。ハー姉やん?そんな事も出来ないお?駄目駄目だお!」


「何だと!?ふん!では見るがよい!わらわの力を!」

「ふふん。ちょろいお」

「うん。その手腕は認めるけど……私、そういうのはズルイと思う……」


そして、わたしのいしきは、

しろくそまって、

かくさんして、

いった……。


……。


「……ここは……?」


目を開けると、そこは白い部屋の中だった。

清潔な毛布のかけられたかなりしっかりしたつくりのベッド。

恐る恐る手を毛布の中に突っ込んでみると、上半身と下半身はしっかりと繋がっているようだ。

だが、僅かに残る傷跡が、私の身に起こった事が事実だと教えてくれる。


「あの姉妹はちゃんと治療をしてくれたようだな……」


誰も居ない部屋で一人深い息を吐く。

突然誘拐犯と間違われて切り倒されるとは思わなかった。

恐らく彼女達の護衛だったのだろう。

雇い主を探し回っていたら血塗れの男が目の前に居たのだ。ありえない話では無いか。

怨みは無い。

むしろ騎士としての私は彼等の必死さを好ましく感じていた。

主君を守れない騎士に何の存在意義があろうか。


「主君を守れなかった騎士……か」


自分で考えておいて空しくなる。

それは他ならぬ私自身ではないか。

国中の期待を背に戦いに向かい、

敗北し仲間を失い。

そして自分ひとりだけ幸か不幸か生き延びている。

……国の皆は無事で居るだろうか。

魔王に蹂躙されて居なければ良いのだが。

しかし、同時にこうも思う。

今私がもし帰ったとして、果たしてなんの役に立つのだろうかと。


部屋の隅に裂けた鎧と砕けた剣の破片が転がっている。

これでは最早手の施しようもあるまい。


「体は戦える状態ではない。伝説の武具は失った……そもそも実力が違いすぎる」


気概と精神論でどうにかなるレベルでは無い。

例え今すぐ傷が全快し直ちに帰還したとしても、

無様な敗北と周囲への失望を与えるだけではないか。

そも、国民と兵の士気を高める勇者と言う存在が軽く捻り潰されては士気が持つまい。

だとすれば私はどうすればいいのか……。


「ここで引き篭もっているか?ははは、それこそ無様な!」

「ぶーざまぶざまぶーざまー♪」


「!?」

「やっほい、目は覚めたお?」

「良かった。一時はどうしようかと思いましたよ」


随分悩んでいたからだろうか。

先日の姉妹が見舞いに来てくれていたようだが全く気付けなかった。

これはいかんな。襟を正さねば。


「これはご婦人方。いえ、みっともない所を見せてしまいました」

「あ、いえ。こちらこそいきなり呼びつけた上あんな高い所から……申し訳ありません」

「でも助かったお!お陰で歯型があんまり付かないで済んだお!」


ふむ。なるほど。

顔や腕を中心に全身に野犬の歯型が付いている。

姉の方は全身を覆う衣装のお陰でよく判らないが恐らく無傷だと思われた。

そう考えると私の膝までしかないその小さな体で良く持ちこたえたと幼子に賞賛を送りたくなる。

うん。私の無様な墜落もそう考えると意味のあることだったのだな。

良かったと思う。本当に。


「そうか。一人でお姉さんを守っていたのか。偉いな、君は」

「えっへんだお!」

「もう。あんな目にあったのは元々アルカナのせいでしょうに」


「それでも死を賭して貴方を守ろうとしたのは事実だろう。そこは認めても宜しいのでは?」

「ふふ、そうですね。そうかも知れません」

「おお!判ってくれる人が現れたお!嬉しいお!」


妹は姉の為に体を張り、姉は妹が褒められた事を自らの事のように喜ぶ、か。

良い姉妹だ。本当にそう思う。

だが、その微笑ましい光景を眺めてただ座している訳にも行かない。

私には、成さねばならぬ事があるのだから。


「自己紹介が遅れましたね。私はアラヘン王国の騎士にして勇者が一人。シーザーと申します」

「アラヘンという国の名。聞き覚えがありませんね……アルカナ、聞いた事ある?」

「無いかな!」


……はて、彼女達の言いたい事が判らない。

世界に国家と呼べるものはアラヘンのみ。

かつて世界中に国家が乱立し群雄割拠を呈していたのは最早100年以上も昔の話のはず。

それを知らぬとなると、ここは人里離れた隠れ里なのだろうか?


「もしかして……あの、カルーマ商会の名前、聞いた事あります?」

「え?いえ……そんな名前の商会なんてあったかな……私は存じませんが」


「モグリだお!天然記念物だお!」

「こら。そう言う事言わないの。……そうですか。カルーマの名を知らない、と」


そう言うと少女は暫し黙り込んだ。

妹さんの方はその周りをぐるぐると走り回っている。

その間、私はこの周囲と彼女達の観察を始めた。

何か、先程の問答の中に余りに不可解な感じを受けたのだ。


「退屈だお!」

「待って。ちょっと考えを纏めたいの……もしかしたら、この人は……」


姉の服装……確かクレアさんと言ったか。

身に纏っている物だが上半身は水兵の服装に似ている気がする。

下半身は幅広で膝ほどまでの半ズボンか。

比較的動きやすさを重視しているようだ。

だが、まるで顔を隠すかのように分厚いフード付きマントを羽織っている。

これでは動きやすさも台無しでは無いか?

口元も布で覆って表情を判り辛いようにしているような感じを受けた。

だが、それでも隠された中から覗く目元だけでも相当の美少女である事は疑う余地は無い。

そして、特筆すべきはその身に纏う衣装の材質である。

特別飾り立てている訳ではないのに一目で高級品である事がわかる。

光沢が違う。布も糸も最高級品では無いだろうか。

明らかに隠れ里の住民のものではない。例え里の長の子だとしても不相応だ。

……間違いなく王侯貴族、さもなくばかなり裕福な商家のお嬢様か。

まあ、先程の会話から察するにきっと大店の跡取り娘なのだろうが。


「おねーやんが無視するお!シーザー!遊んで欲しいお!」

「私が?まあ構わないが……」


妹さんの方は随分活発だ。確か名前はアルカナと言ったか。

こちらのベッドに飛び乗ってコロコロ転がっている。

頭髪を顔の左右に一房づつ垂らしている。確かツーテールとか言う髪形だ。

まだ幼子の域を出ていない。姉とは10年ほど歳が離れていると思われた。

ただ、だとしても余り顔立ちが似ていない気がするのが気にかかるが。

話し方は舌足らず。だが、声の質自体はよく通り美しいものだと思う。

歌が好きなようだがそれも納得である。

……服は暗色系統、だが決して暗くは見えない。

そして恐ろしく頑丈な材質で出来ているようだ。

そう言えば落ちてきた私に下敷きにされても全く傷が付いていなかったような……。

それでいて触れてみても全く硬そうに感じない。

一体何で出来ているというのか?どちらにせよ値の張る一品であろう事は疑う余地も無い。


第一この部屋の清潔さは何だ?

王都だとしても魔王の襲撃に怯える我が国にこんな清潔で静かな部屋などない。

あったとしても、たとえ勇者でも一人で使わせてもらえる訳が無い。

第一王都の医師の下には毎日何百人と言う怪我人が担ぎこまれ、

どのベッドにも洗っても落ちきれない血液がこびり付いていた筈だが……。


では、だとすると……。

ここは、何処だと言うのだ!?

この平和な場所は、一体何処だと言うのだ!?


「……もしかしてと思いますが……貴方は」

「まさか、私は……」


その答えを聞くのが恐ろしかった。

私は勇者の称号を得たものだと言うのに。

それを認めるのが恐ろしかった。

……帰れないかも、等と思いたくも無かったのだ。


そしてその時、去り際の魔王の言葉を思い出した。

"この世界を制したらお前を追う"と言うその言葉を。


「あの……魔王……その名をご存知か?」

「ハインフォーティンだお!常識問題だお!でも、何でだお?」


「では、ラスボスと言う名の魔王に心当たりは?」

「ああ、やっぱり……」


そう言ってクレアさんはキッ、と私の目を見つめてこう言った。

始めに、信じられないかもしれませんが、と前置きをしてから。


「ここは商都トレイディアの南部森林地帯でカルーマ商会の拠点。アクセリオン館です」

「聞いた事も無い……」


「トレイディアはリンカーネイト大陸の由緒正しき商業都市です。落ち着いた街並みの街ですよ」

「何処だ!?そんな街、そして大陸の事なんか、聞いた事が、無い!」

「めっちゃ有名だお。もしかしてシーザー……知らない世界から来たお?」


……目の前が、真っ暗になった。

世界は、どうなってしまうのか。

私は、何も出来ないのか。

その無力さと、余りの無慈悲な展開に。

私は今一度、気を失ったのである……。


「かわいそうに。アリシア姉さん……今日はどうして助けてくれなかったの?」

「そうだお!シーザー、何か可哀想だお。助けが来てたら呼ぶことも無かったお」

「ひつようだったから。です」

「ま、精々苦労してもらうでありますよ」

「……それ分の見返りはあるからねー。色々と」


これが、この私のはじまり。

世界を見失った勇者。国を失った騎士。

そんな私がこのおかしな世界に迷い込んだ。

その……始まりの日の話である。


続く



[16894] 02 とある勇者の転落
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/02/28 20:44
隔離都市物語

02

とある勇者の転落


≪勇者シーザー≫

見知らぬ土地に迷い込んで早三日。

私が訳が判らなくとも世界はそれに関係なく時計の針を進めていく。


「……体の傷は癒えたか」


召喚主の館で傷を癒していた私だが、傷が治れば体を動かしたくなってきた。

正門を開け、近くの木陰で愛用の長剣を抜き放つ。

現状何も出来ないし、元の場所に戻れる算段も無い。

だが、それでも。

いや、だからこそ剣を握り、無心に振り下ろし続ける。

……そうでもしないと、狂ってしまいそうだった。


「400、401、402……」

「だお!だお!だお!」


いつの間にか横ではアルカナ君が棒切れを無造作に振り回していた。

ただ、私の素振りとタイミングを合わせているように見えることからして、

もしかしたら私の訓練に付き合ってくれているつもりなのかも知れない。

その微笑ましさに思わず笑みが零れ落ちた。


「何笑ってるお?」

「いや、中々どうして堂に入ったものだったのでね」


その小さな子供はふん、とふんぞり返って殊更大げさに言う。


「当然だお!おとーやんの鍛錬に付き合って素振りしたりするんだお!」

「ほお。父君も剣をお使いになるのか?」


しかし、何処まで行っても微笑ましさの抜けないその姿は、

ただただ笑いを。それも失笑を誘う類の動きだったと思う。


「強いお!才能は殆ど無いって皆が言うお。でも最強なんだお!」

「……ふむ。私は君の父君は商人かとばかり思っていたが?」


ただ、そんな底抜けの能天気さが今の弱りきった私には随分と心地よかった。

時折ふんぞり返ってそのまま後ろに倒れたり、突然無意味にうずくまったり転がったり。

その何処か間の抜けた行動は私の精神に僅かばかりの余裕を取り戻させてくれる。


「間違って無いお!でも、戦竜とか外道王とか書類埋没男とか言われる事の方が多いのら」

「……二つ名持ち……随分勇ましそうだったりする物もあるが……君の父君は騎士、なのか?」


驚いた。

いや、考えてみれば護衛の彼等は明らかに騎士の装いをしていた。

ならば彼等を従えている以上その主人の地位は限られる。


「どっちかって言うと騎士を一杯従えてるのら。でも一番大事なのは商会だっていつも言うお?」

「……領主。それもかなり位の高いお方のようだな。あれだけの騎士を多数召抱えておられるとは」

「領主と言うか、一応王様なんですよ。うちのお父さん」


振り返るとクレアさんがこちらに向かって歩いてきていた。

どうやら随分と話し込んでしまったらしい。

訓練でかいた汗も、既に乾ききってしまっている。


「と言うか、国王陛下であらせられましたか……む。となると、あなた方は……」

「世界で一番お姫様だお!頭が高いお!ひかえおろう、だお?」


……汗と共に血の気が引いた。

私とした事が数日もの間、何という無礼を働き続けていたのか?

急いで膝を折り、今までの無礼を詫びねば!


「これは、知らぬ事とは言えなんと言うご無礼を。何卒、寛大なるお心でお許し下されますよう」

「許すお!ちこう寄るお!」

「シーザーさん、貴方は私達姉妹の恩人。過度な例は不要です……それとアルカナ?」


「なんだお?おねーやん」

「無礼なのはあなたの方でしょう?むしろお礼を言うべき立場なのに」


「それは良いけどおねーやん」

「よくは無いの。いい、アルカナ?貴方はね」


「シーザー、さっきから膝を折ったまま動かないお?」

「……シーザーさん。顔を上げていただけますか?先ほども言いましたが過度の礼は不要ですので」

「承知いたしました」


何とか顔を上げる許可が取れたので地面から視線を離す。

ふう、どうやらアラヘンの騎士として最低限の勤めは果たせたようだ。

騎士が貴人に礼を失するなどありえざる失態だ。

異郷の地で、我が祖国の恥を晒すなどあってはならない。


「何にせよ、傷は癒えたようで何よりです」

「はい。しかし我が祖国は今や何処にあるかも知れず……途方に暮れているのが正直な所ですか」

「帰るのかお?」


「ええ。成さねばならぬ事もありますゆえ」

「……なんか、言葉遣いが変わったお。腫れ物扱いは気に入らないから元に戻すのら!」

「どれだけワガママなの貴方は!?シーザーさん、貴方の使いやすい喋り方でいいですからね?」


……流石に一国の姫君相手に素の言葉で話すわけにも行かない。

ここは礼を失せぬようそれなりの言葉遣いを続けるべき、なのだろう。

ただ、私は先ほどの言葉が引っかかっていた。


「腫れ物?」

「皆、アルカナを腫れ物みたく扱うのら!気に入らないのら!不満だお!」

「私達が腫れ物のように扱われるのは当然なの。わがままを言っては駄目なのよアルカナ?」


手足をパタパタさせながら抗議の声を上げるその姿に私は少しばかり心を動かされていた。

……どうせ長居する事は無いだろう。

送還用魔法が存在する事は先日の夕食の際に聞きだしている。

ならば、向こうの望みに合わせてみるのも良いかも知れない。


「では、素の言葉で話させてもらうが構わないのだなアルカナ君?」

「だお!」

「すみません。却ってやり辛いでしょうに。……あ、私にも普通の喋り方で構いませんからね」


アルカナ君は非常に満足そうに頷く。

姉であるクレアさんのほうは感情を抑えたような抑揚の乏しい声だが、

それでも申し訳無さそうな気持ちは十分にこちらへ伝わってきた。

素の言葉で構わないといったその時の言葉には多少の茶目っ気すら感じられたのだ。

もしかしたら、そちらの方が素なのかも知れない。


「実際の所、気を使われるのは気が滅入るのも事実なんですよ。仕方ない事ですが」

「正直な事だ」


「生まれだけで判断されるのは正直好きではありません……見た目で判別されるよりはましですが」

「そうだお!アルカナは可愛いけど、それが全てでは無いのら!」


表情抜きで気持ちを伝えるのは高等技術である。

ただ私は完全に他人だ。

と、言うのに本音を隠そうともしないその姿勢は、

王族ともなれば本来軽率に過ぎる行為だと思うのだが……。


「不思議な人だな。クレアさんは」

「そうでしょうか?」

「別に不思議でもなんでもないお?」


「いえ。王族なれば本音を隠す術を持つは当然だが、貴方は表情を隠しても感情を隠していない」

「あー、そう言う事かお。いまんところ宮廷闘争とかは無いから、もーまんたいだお」

「温かさが自慢なんですよ、我が国は」


「気に入らなかったら、王様相手に好きに殴りかかるなり切りかかるなりしてもOKだお!」

「大抵返り討ちに遭いますけれどね」

「……それは国家としてどうかと思うが」


臣下が王に剣を向けるのを容認する国など聞いた事も無い。

そも負けたら死んでしまうかもしれないし、

生き残ろうが、威厳と権威の低下は避けられないではないか。

無制限の王の権威の低下。

それが、その国の為になるとはとても思えない。


「王の威厳と生命はどうやって守られている?私には理解できないのだが」

「おとーやんは強いお!って言ったお!」

「ですから、全て返り討ちです。例え相手が軍であろうが神であろうが……普通じゃないですよね」


確かに普通ではない。だが、ある意味納得はした。

ここは並外れて強大な王が強権で治める類の国家なのだ。

ならば、その力が衰えるまでは有効な統治手段であろう。

力衰えた後については……他国民である私の関与するところでは無いか。


「成る程……ところで私の帰還準備にはあとどれだけの時間が必要なのだ?」

「おねーやんたち、随分ゆっくりと作業してるから……わかんないお」

「良く判らないんです。普段なら、送還術の準備なんて一日で終わる筈なのに」


……思わず考え込んでしまうが、心当たりはある。

魔王ラスボスは私の故郷を蹂躙しているだろう。

そんな所に世界の壁をも越える大魔術のゲートなど安心して開ける訳が無い。

だとすると、無理強いは逆にこちらが迷惑をかけることになるか……。

やはり帰還方法は己で探し出す他無いな。

幸い、元の世界に戻る術自体は存在するのが確実なのだ。

何、修行のついでだと考えれば苦にもなるまい。


「……では、私はそろそろお暇させて頂こう」

「だお!?」

「なんでですか!?待っていれば帰る準備は何時か終わるんですよ?」


「しかし、私の個人的事情で無理をさせるわけにはいかない」

「いえ。これは召喚士たる私の責任なんです。責を取らせてください」


「そう、です」

「それに、送還準備に既に結構なお金が動いてるんでありますよ?」

「あたしらのめんつ、つぶさないで、です」


「……あなた方は?」


今度は似たような顔の行列だ。

何やら荷物を抱えた子供の群れがこちらにゾロゾロとやって来ている。


「この子達のねえちゃであります」

「しょうじんかんきょをしてふぜんをなす、です?」

「暇だから色々嫌なこと考えるのであります。どうせなら、お仕事手伝うであります!」

「にもつもち、です。トレイディアまで、はこんでほしい、です」


……こちらの懸念も焦りも、全てお見通し、か。

やれやれ、こんな子供達にまで心配されてしまうとは私も焼きが回ったものだ。


「貨物の輸送か……まあ、私は構わないが」

「姉さん。お客様に雑用なんて……」

「はたらかざるもの、くうべからず、です」

「動けるなら、働いてもらうのがあたし等のジャスティス、であります」

「まあ、らくなしごと、です」

「にやにやにやにや、であります」


ともかく、地図と背負い鞄に入った荷物を受け取る。

うむ。結構な重さだ。訓練にも丁度良い。

暫く世話にもなったし扱いも良かった。

ここいらで少し手伝っても罰は当たらないだろう。


「では。北に向かえば良いのだな?」


「そうであります。街道沿いに進むであります」

「おおきなじょうもんみえたら、そこのもんばんにわたすです」

「はなし、とおってる、です」

「……もう。最近の姉さん達ちょっと変よね」

「へんちくりんなのは昔からだお?とにかく頑張るお!このおねーやん達は太っ腹だお!」


その言葉に頷くと、私はゆっくりと歩き出した。

この先に待っているものに、

不安八割と、二割の好奇心を感じつつ。


……。


森の中は中々気持ちが良い。

不安を吹き飛ばすような抜けるような青空の下、

私は余り使われていないように見える街道を北に向けて進んでいく。


「……ご愁傷、いやご苦労様」

「確かに荷物は渡したぞ」


街に着いて、その巨大な城門に驚いて固まると言う失態こそ見せてしまったが、

それ以外には特に問題らしい問題も無く、私は荷物を担当の衛兵に手渡していた。

城門前は十数名の兵によって護衛されていた。

どれがその門番なのかと一瞬焦るが、幸い向こうが私を、

いや、正確にはその背の荷物を覚えていたらしく比較的スムーズに話は進んでいく。

そうして一通り荷物を渡し終え、私は元来た道を戻り始めていた。


「……良い気晴らしではあったな」


今回の散歩のような旅路は私に考える余裕を与えてくれていた。

近視的な物の見方に陥っていたが、考えてみれば確かに向こうの面子を潰しかねない愚行であった。

あれではまるで貴様らでは役に立たんと宣言しているようなものではないか。

やはり焦っていたのだろう。

もう少し、先を見据えた物の見方を……、


「あの!軍の方でしょうか!?そのお姿は騎士様とお見受けしますが!」

「え?」


横を見ると、森の街道から少し離れた所から小さな街道が枝分かれしていた。

そこから出てきた中年女性から私は声をかけられたのだ。


「私でしょうか?」

「そうそう!そのお召し物の紋章、リンカーネイト王国のものですよね!」


鎧が壊れて借り受けた衣服。

その背中には何かのエンブレムが刺繍されていた。

屋敷で働く使用人の中でも位の高そうな者が良く身に着けていたので余り気にしていなかったが、

これはクレアさん達のお国の紋章だったらしい。

……戦闘用とは思えないが、腰に剣を下げているので確かに軍人に見えない事も無いかもしれない。


「いえ。これは借り物でして……ですが何かお困りのようですね?」

「ああ、そうなんですよ!うちの家畜小屋が近所のコボルトの悪がきどもに燃やされちまいましてね」


「家畜小屋が燃やされた!?」

「あの悪ガキわんこども、悪戯が過ぎるんですよ。軍の方なら何とかしてくれるかなと思いまして」


コボルトの名は聞いたことがある。

小型のワーウルフとでも言うべき魔物の一種らしい。

先日暇を潰すべく借り受け屋敷で読んだ古い魔物図鑑に載っていた。


「私は軍に所属している訳ではありませんが」

「あらら。引き止めて悪かったね。じゃあ街まで行って領主様にお願いしてくるかねぇ」


一個一個の個体は弱く、大軍となり纏まらない限り大きな脅威ではない。

ただ、作物や家畜を荒らすので注意が必要、とその古い辞典には書かれていた。


「……数はどれほどでしょうか。余り多く無い数なら私が何とか出来るかもしれません」

「え?いいのかい!確かに今も村で暴れてるんだ。早く解決できるからそれに越した事は無いけどさ」


ただ、大した礼は出来ない、とその中年女性は言った。

私は関係ありません、と答えたのである。

……弱き物を助けるは勇者の務め。

それに、浅ましい事だがこれで自身の自信が取り戻せるのではないかと言う期待もある。

そうして私は街道を外れ、近くの小さな集落へと向かっていったのであった。


……。


細い道を進む事暫し。

太陽が西の空に消えていこうとし始める中、

私は村はずれの火災を消しとめようと必死に活動する村人達と出会った。

どうやら、ここが問題の村らしい。


「爺様ーっ。助けが来たよーっ」

「早いのう!?……あの犬っころども、今は畑で遊んでおるよ」

「新鮮な作物が……」


視線の先で夕焼けに赤く染まった畑の中を荒らしまわる魔物の姿が見える。

……あれがコボルトか。犬が直立したほどの大きさだな。


「剣士さん。奴等を追っ払ってくださいな」

「……任されました」


このままではあの畑は全滅だろう。

私は軽く答えると畑に向かって走り出した。

……向こうは無警戒だ。

一撃で仕留めるべく剣を抜き放つ。


「お、おい。あの剣士さん白刃を抜いちまったぞ!?」

「なあおばさん。この間の大陸外から来た勇者様みたいな事にならないだろうな!?」

「いや、リンカーネイト王家の紋章の入ったシャツを着てたんだ。まさか……」


ニンジンを掘り出し、放り出して遊んでいる一匹の元に駆け込み、

一息で首を切り飛ばす。


「あああああああああっ!?」

「……えーと……」

「こりゃあ、あれじゃな」

「うん。全く迷いが無い……少なくとも盗賊の類では無かろう」


二匹目は呆然と立ち尽くしていた。

仲間の死に気を取られている隙を付いて、胸元に剣を突き出す。


「そんな。王家の紋章の入ったシャツを来て居なすったのに……」

「のう。あの男本当に王家の方じゃったのか?」

「そういえば、服は借り物とか何とか……」


「キャイイイイイイイン!?」

「あちゃー……こりゃまずいぞ……」


三匹目は茫然自失から即座に立ち直り、走り出した。

残りも猛然と一方向目指して走っていく。

……素人だな。

群れの本隊が何処にあるか、一目瞭然だ!

魔物が走っていく方向に、私自身も走っていく……!


「行っちまうが……?」

「急ぐんじゃよ!また大問題になるぞ!?」

「おばさんはものぐさ過ぎるんだよ。そう都合よく軍の警邏に出会う訳が無いだろうに」

「また虐殺コースかねぇ……」

「おい、若い連中から二~三人、軍を呼んで来ておくれ!今度は本当に急を要するよ!」


……。


驚いた事に、問題のコボルト達の集落は、先ほどの村からそう離れていない森林の中にあった。

驚くべき事に街道で繋がってさえ居る。

ここの軍隊は何を見ているのか、理解に苦しむな。

……ともかく、あの村の人たちのためにも奴等を壊滅させておかねばならないだろう。


「「「き、キャイイイイイイン!?」」」

「ガル!?が、ガルウウウウウウゥゥゥ!」


村の入り口らしき場所には門番が立っていて、中々立派な槍で武装していた。

先ほど逃げ出したコボルトたちはその脇をすり抜け村の中に逃げていく。


「逃さん!」

「が、が、がああああああおおおおおおっ!」


門番が殊更大きな叫びを上げながら槍を無造作に突き出してくる。

だが、本当に素人のような動きだ。

ただ突くだけの槍。しかも一人きりでは、ある程度腕の立つものを押し止める事など出来ない。

剣の腹で槍を押し止めると、そのまま滑らせるように敵の手元に走りこみ、

まるでどうしてよいのか判らないように固まっている門番の手首を切り飛ばし、

痛みに転がった所を首への一突きで止めを刺した。


「ワン!ワン!ワン!」
「グルルルルルル!」
「ば、ばうっ!」

「……まだ来るか」


今度は三匹か。

手斧持ちが一匹、鉈を持った者が一匹。

もう一匹は何も持たず、両腕を広げながら威嚇をしている。

もしかしたら格闘家なのかも知れない。

……だが、私の敵では無い。

戦士特有の気配が、目の前の三匹からは感じられないのだ。


「はあっ!」

「「「がふっ!?」」」


流れるような動きで一頭づつ斬って行く。

仲間が斬られている内にこちらに攻めかかればいいのにそれをしない所を見ると、

余り戦い慣れている訳ではないのだろう。

お前達はやりすぎたのだ。人の領域に手出しさえしなければ命を失う事も無かったろうに!


「……さて、さっき逃げた奴等は……居たか」


軽く周囲を見回すと、納屋らしき場所の奥でガタガタ震える見覚えのある毛皮。

……仲間に戦わせて自分は隠れていたのか臆病者め。


「悪行の報いを受ける時が来たな」

「き、きゅうううううん……」


哀れっぽい鳴き声を上げても無駄……

足元に違和感?


「が、あ、おおお……」

「き、キャイイイイイイン!」


振り返ると、先ほどの内一匹が全身を痙攣させ、這い蹲りながらも私の元まで前進し、

足を掴んでいるのだった。

……そうしている内に怯えていたそのコボルトは逃げ出した。


「仲間を逃がすべく命を張ったか。敵ながら見事なり!」

「ガハッ!」


その勇気と根性に敬意を表しつつその背に剣を突き立てる。

魔物といえど時として人をも超える情を見せる時がある。

私はこの一年で幾度と無くそれを見てきた。

故に、気高い行為に対しては種族に関らず賞賛を惜しむつもりは無い。

ただ、今回我等は敵同士だった。

それだけの話なのだ。


「……戦えない者まで斬り捨てるつもりは無い。森の奥で静かに暮らせ」


まあ、理解できる訳は無いだろうが一応声をかける。

かける先は先ほどの納屋の中。

……警戒こそ解かないままだが剣を鞘に収め、三歩ほど後ろに下がる。


「ぐ、グルルルルルルルッ!」

「「「「キャン、キャンキャンキャン!」」」」


そして、私の攻撃範囲から離れたのを察したのだろう。

納屋の中から子供を抱きかかえた母親らしきコボルトが森の中に逃げ去っていく。

……将来の禍根と言う点について、私は愚かしい事をしていると思う。

だが、例え邪悪な魔物と言えど何も知らぬ幼子まで手にかけてしまってもいいのか?

私は最近そう考える事が多くなっていた。


「なんにせよ、あの村が襲われる事は暫くはあるまい……まずはこれで良しとしようか」


空は夕暮れから段々と夜に移行しかけていた。

今から戻るとすっかり真夜中だろう。

それに服も汚れてしまっているし、怒られてしまうかも知れない。

……そんな事を考えながら街道に戻ると、


「……剣を抜くっす」

「……誰だ……!?」


私は一人の剣士に剣を突きつけられていた。


……。


空に星が瞬き始める中、

私は突然現れた男に剣を突きつけられている。

……山賊か?

いや、それにしては身なりが良すぎた。

夜の森の中という都合上殆ど目がきかないが、

それでも金属鎧特有の光沢が全身を覆っている事は判る。


「剣を抜くっす……アンタ、悪事の報いを受ける時が来たっすよ」

「……悪事?人違いではないのか?」


復讐の人違いか?

だが少なくとも私がこの地を出歩いたのは今日が始めて。

少なくとも悪事を仕出かしてはいないし、仕出かす暇などあるわけも無いのだが。


「……ひとつ質問っす。アンタ、この大陸の人間じゃないっすよね?」

「ああ。そうだ……私はアラヘン王国から来た」


「そうっすよね……大陸の人間がこんな馬鹿な事仕出かす筈が無いっすからね」

「……馬鹿な事?」


すっと音も無く白刃が上段に構えられる。

……こちらも構えろと言う事か。

相対する様にこちらは肩口に剣を構え、正面に突き出した。

本当は盾が欲しい所だが贅沢は言っていられない。


「判らないならそれはそれで良いっす。この大陸だけのローカルルールっすからね」

「知らない内に罪を犯したというのか私が……一体何を?」


何を?と問いかけた瞬間、

甲高い音が至近距離から響き、相対するものの顔が火花によって一瞬照らし出される。

凛々しい顔立ちの青年だが、獅子の如き気迫を持ってそれは私に相対し、


「……所変われば品変わる……多分今のアンタには決して理解できないっす」

「……!?」


気が付いた時、私は剣を弾かれた上に、

全身を細切れに、切り裂かれ……!


「ちょ!まつ、です!」

「衛生兵!衛生兵であります!」

「……おかしいと思ったら、姫様達の策謀っすか……蘇生準備万端って事は自分がここに来るのも」

「いくらなんでも、こまぎれはよそうがい、です!」

「道理で蘇生じゃなくて復元の準備をしておくようにと言われる訳であります!」


……。


「主文。被告人アラヘンのシーザー=バーゲスト……迷宮隔離の刑に処す」

「……」


そして、私は……裁判にかけられ。


「わらわはお前に同情しよう。だがな、遺族の心情を考えると死刑以下の刑罰には出来なかったのだ」

「隔離が死より重いのが、この地の理なのか?裁判長殿」


「……そうだ。囚人は普通の職に就く事が出来ぬ。迷宮に潜るより他に無いのだ」

「迷宮で死ぬまで苦しみ続けろと言う訳か……」


「お前は知らなかったろうな。我が国では法を守り税を納めるものなら何でも国民になれる事を」

「善良な魔物が普通に人と共に暮らしている。など……どうして想像できようか……」


「あの一件は悪戯坊主に手を焼いた村人が隣村に注意をしてくれと陳情しようとした、それだけなのだ」

「……理解はした。私の勘違いであり、成した事は集落への襲撃に他ならなかった事は!」


「よい。事情を知っているゆえお前を怨みはせん」

「……私は、一生迷宮を這いずり、惨めに死んで行く他無いのか……」


「よく聞いてたもれ?彼の迷宮には異界に通じる門が各所にある」

「異界……の門?」


「そうだ。その中にはお前の故郷に通じる道もあるやもな?」

「見つけたら、私は帰ってしまうかも知れないぞ?」


「異界に飲まれた者の事まで法は縛れぬ、もしその万一があれば、勝手に帰るが良い」

「帰れ?……この」


「む、どうしたシーザーよ?」

「……この、惨めな気持ちを抱えてかっ!?」


隔離都市・エイジス。

そう呼ばれる街へ、連行される事となったのである。

ここはリンカーネイト大陸。

人と魔物が共存する地。

私が、罪を犯した地。


そして私が落ちてきて。

……堕ちてしまった地である。


続く



[16894] 03 隔離都市
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/03/16 20:54
隔離都市物語

03

隔離都市


≪シーザー≫

潮の香りがする。

ここは隔離都市エイジス。

荒くれ者と犯罪者。そして"迷宮"を隔離する為に作られた街だと言う。


「着いたぞアラヘンのシーザー。では、確認する。この時刻を持って汝はこの街に隔離された」

「護送官殿、承知した。私はこの街の、この壁の内側にいればよいのだな?」


「そうだ。正確に言えばその首輪を付けたままで壁の内側に居れば良い。ま、その首輪は外れんがな」

「……ああ。元より私には外す気も無い」


私はコボルト族の集落で大量殺人を行った現行犯で捕らえられ、

この街に連れてこられた。


……魔物であるが故に討ち果たすが当然と考えていた私にとって、

善良に暮らす魔物と言う存在は脳天に巨大なハンマーを落としたような衝撃を今も私に与えている。

人並みの情を持つのなら、人と同じ営みを送るものも居るかもしれない。

そんな事は、考えた事も無かった。

そしてここではそれが実現している。

……その事実がここは本当に私の知らない世界なのだと、私に教えてくれた。


「まあ、個人的には同情する。普通ならただの死刑で済むんだがな……最上級犯罪者扱いとは」

「集落を一つ勘違いで壊滅させた男には丁度良い肩書きだろうさ」


彼等の外見は犬そのものだった。

だから私は疑問に思わなかった。

……だが、彼等を人と定義すれば、私のした事とは、つまり……。


「おい、余り考えすぎるな。勇者にはよくある事さ……さあ行け。まずは歩くんだ……」

「……そうだな。では、世話になった……」


「うん……ではまず、引き取り先の宿に向かえ。身元引受人のガルガン殿に挨拶をしておくんだ」

「……ああ」


ゆっくりと歩き出す。

……城の如き門を潜り、隔離都市へと足を踏み入れる。

背後で重々しく閉じていく門の音も気にせずにただただ重い足を引きずっていく。


「よーお。お前さんも囚人かい?」

「……誰だ?」


人通りの多い大通りを半ば惰性で歩いて行くと、突然横から声をかけられた。

キナガシとか言う東方のサムライの装備を身に着けた、

年季の入った風貌の壮年の男だ。

……首に私と同様の、銀色をした第一級犯罪者用の首輪を付けられている。


「俺か?俺はここいらのモグラで一番の古株。コテツって牢人だ。よろしくな」

「……シーザーだ。ゆ、いや、き……そう言えば、今の私は一体何なのだろうな」


今更勇者などと名乗れはしない。

かといって騎士……?

ありえない。これ以上もなく不名誉な男が騎士などと。

だが、だとしたら私は一体何なのだろうか。


「ゆ、ねぇ……ま、予想はつくか。とりあえず迷宮に潜るんだろ?装備の当てはあるのか?」

「いや、無いが……」


伝説の武具はクレアさん達の屋敷に預けたままだ。

伝説の剣の宝石と愛用の剣は、没収されてしまい今は無い。

裸足でボロ布を纏い這いずっている。それが今の私だった。

勿論装備の当てなどある訳が無い。


「へっ、当たりだ。なあ、知り合ったのも何かの縁だ。良い所に案内してやるぜ」

「良い所?」


「ああ。迷宮ってのは危険極まりないんだぜ?装備無しじゃあ死ぬだけさ。だから、ここだ!」

「……オーバー・フロー金融?」


幸い、元から言葉は通じたし、

未知の言語を翻訳する魔法をかけてもらったお陰で読み書きには苦労していない。

……しかし、ここは……。


「名前からして、高利貸しだな?」

「おおよ。十日で一割は当たり前ってな……けど、罪人に種銭を用立ててくれるのはここだけだぜ?」


成る程。確かにそうだ。

まともな商人が重罪人に資金を融通してくれる訳が無い。

……このまま迷宮に入って野垂れ死にも良いかと思ったが、

今となってはどこまで落ちても同じか。


「借金漬けか……毒食わば皿まで、だな」

「いよおおーーっし!じゃあこの俺が紹介してやるから安心しな!」


そして、私は一年以内に返せば無利子だがそれ以上なら返済額が千倍に膨れ上がる。

と言う暴利なのか温情的なのかよく判らない利子で銀貨十枚を借り、


「今度は武器屋を紹介してやるぜ!俺の知り合いでな、防具も少し置いてるぜ」

「……ああ」


「予算は銀貨10枚?じゃあ中古のレイピアだな。先が折れてるが仕方ないよな」

「防具はこの木の胸当てがお勧めだぜ、俺の紹介料的に……ああ、お前が払うんじゃないから安心しな」

「いや、まずは靴が欲しい……」


折れたレイピアと胸当て、そして鍋の蓋のような盾と革靴を手に入れる事が出来た。

私が一つ物を買うたび、何故か牢人の手に店主が小銭を握らせているのが少々気になったが、

まあ、犯罪者に善意で手を貸すものなど居ないと言う事だろう。

気にしても仕方ない事だ。


「じゃあな!もう会う事も無いかもしれないが、達者でな、あばよーっ!」

「会うことは無い、か」


しかし、少しは疑うべきだったかも知れない。

コテツと言う名の牢人は、私が買い物を済ませると風のように去って行った。

そして。


「ここが盗品専門の……!」

「警備隊だ!店主、両手を挙げてそのまま出て来い!」

「おい、そこのお前!その剣、少し見せてもらおうか!」


「これは、この店で買ったものだな?」

「あ、ああ……そうだが、まさか……これも盗品!?」


……やられた。

盗品を掴ませた挙句自分だけ逃げたのか!?


「店主、どうなのだ?」

「あー、いや。これは違うな……実はゴミ箱から拾ってきたんだが……」

「ご、ゴミ、箱……」


結果から言えば、何も知らずゴミをつかまされた私は程なく無罪放免と相成った。

購入物を没収される事も無い変わりに払った金も返ってこなかったが。


ただ一つだけ言える……私の心はこの街に来た時以上に冷え切っていた。


とにかく、早く目的地に急ごう。

何か、長居するたびにろくでもない事に巻き込まれるような気がする。


……。


「ここか……」


中央の大通りから少し離れた路地にある宿、名前は略して"首吊り亭"との事。

不吉極まりない名前だが今の私には相応しいかも知れない。

軽くノックをしてドアを開けた。


「おう、お主がシーザーかの?遅かったのう」

「貴方がガルガン殿ですか?」


それ程広くない店内に、何人かの武装した男達と初老の店主がいた。

そして。


「……げっ」

「牢人殿。確かコテツとか言ったか」


先ほどの牢人がいた。

そして、


「なんじゃ、こ奴に会っていたのか?変な店を紹介されてはおらんじゃろうな?」

「あははははははは!いや?それ程でも無いぜ?ちょっと金貸しと武器屋を……」


「あー!シーザー来たお!生きてるお!良かったお!」

「なんて言うか……ごめんなさい!私達のせいでとんでもない事になっちゃって……」


どういう訳か、アルカナ君とクレアさんまでここに居た。


「まさか、帰り道であんな事になってるなんて……」

「勇者にはよくあるミスだお!余り気にしちゃ駄目だお!」

「良くある、事?なのか……?」


いや、問題はそこでは無い。


「ところで二人ともどうしてここに?」

「シーザーがここに放り込まれたって聞いて急いで家出して来たお!心配したお!」

「家出じゃないでしょうアルカナ!お父さん達の許可はキチンと取ってるのに家出だなんて……」


何故ここに居るのか気になって聞いてみると、

アルカナ君が背中に背負った箱を手渡してきた。


「装備一式入ってるお!剣も裁判所から取り戻しておいたお!」

「もう、送り届けてあげられる状況じゃ無くなってしまったから……私達に出来るのはこれが精一杯」


そうか。責任を感じていたのだな。

だが、気にする事ではない。

思えばあの時、余計な事に首を突っ込んだ理由の半分は、

己の誇りと自信を少しでも取り戻したかったから。

……実際の所、私の自業自得なのだ。


「おい、ちょっと待て……お姫さんの知り合いなのかよ……」

「コテツよ。歯がガチガチ言っておるぞい」

「装備か……」


どうやら牢人殿も知り合いらしく顔を青くしている。

しかし借金までしてようやくボロ装備を用意したと思ったら、

既に装備は用意されていた、か。

……嬉しいような、悲しいような……。


「……どうしたお?装備のお金はアルカナのお小遣いから何とかしたお。心配するなお?」

「あら?そう言えばその剣と鎧……何処で手に入れたのかしら」

「う、う、うわああああああっ!」


「あ、コタツが逃げたお」

「まさか……」

「昼間、あの人に出会って……金貸しと武器屋を紹介されたよ。まさか盗品市だとは思わなかったが」


……ぴしり、と周囲の空気が凍る。


「盗品市、だお?」

「……違うでしょ、アルカナ」


違う?訳が判らない。

結局問題にならなかったとは言え、盗品市は大問題だろうに。


「のう、シーザーよ。その金貸し……何という?」

「……確か、オーバー・フロー金融と……」


ガタン、と姉妹が席から立ち上がった。

顔色が青い。

……一体なんだと言うのだろう。


「急ぐお!まだ間に合うと思うお!」

「シーザーさん、お金は私達が立て替えるから証文をこちらに!」

「え?」

「ああ、やはりか……こりゃ無利子の罠じゃ!」


……罠!?

今の私を陥れても何にもならないと思うが?

それに、幾らなんでも一年以内なら同額を返済するくらい出来ると……。


「あの店、明日から一時休業するんじゃ!もし明日以降金を返す時は本店まで行かねばならぬ」

「本店は別な街にあるし、別なお店に返す時は本人じゃないといけない事になってるお!」

「だから、今日中に返済しておかないといけないの。明日以降じゃあなたは返済しに行けない!」

「そして、高利貸しは来年また戻ってくる、のか……この街の住民は悪魔ばかりかっ!?」


確かに、それでは街を出られない私では返済に行けない事になってしまう。

そうなれば、向こうはこれ幸いに、来年千倍に膨れ上がった借金を取り立てに来ると言う訳か。

……結局、クレアさん達に立て替えを頼み、

私自身は無言で差し出された紅茶のカップに口をつけている事にした。

冷え切った心にそれは余りに温かく、思わず泣きそうだ。

騎士の見習いになった時から、涙は己に禁じていた筈なのだが……。

と、ここまで考えて未だ騎士道を捨てられないでいる自分に思わず苦笑する。


「ままならない、ものだな……」

「そりゃそうじゃ。一度の過ちが一生後ろを付いて来る事もある……災難じゃったのう」


そして、そっと手渡される部屋の鍵。

手に取ると、店主が声をかけてきた。


「4989号室がお主の部屋じゃ、が……一つ聞いてよいかの?」

「なんでしょうガルガン殿?」


「いや、お主……何者なんじゃ?」

「と、言いますと?」


店主は怪訝そうにしている。

きっと、私も怪訝そうにしていることだろう。

……何者と言われても困るのだが……。


「うむ。お主への対応じゃが、何処かおかしいと思うんでの……厚遇と冷遇が極端でな」

「厚遇と、冷遇が……極端?」


「クレアとアルカナは父親の溺愛を受けておる。罪人一人無罪放免にするなど容易い筈なのじゃ」

「……だが私の件に限り断られたと?」


「そうじゃろうな。そのくせ装備の贈与は誰も止めず、こうして会いに来る許可はあっさり下りた」

「そちらは望外の厚遇なんですね」


「そうじゃ。しかも件の事件に使われた剣も、王家の強権を行使して取り戻しておる」

「……そんな事、普通、許される訳が無い、か」


そう考えると、確かに怪しい。

思えば全てのタイミングが出来過ぎていたような気もする。


「ああ。要するにじゃ、お主……何かの陰謀に巻き込まれた可能性が大じゃ」

「この地に来たばかりの私が?どうして?」


「さあ。わしは所詮宿屋の親父に過ぎんからの……さて、今日はもう遅い」

「ええ、それでは失礼します」


「うん。それとな。わしを相手にするのに敬語は要らんぞ。もっとざっくばらんで構わん」

「判った。ならばそうする」


一通り会話を終え、先ほど渡された装備一式の入った箱を抱えた。

そして私は地下にある個室に向かう。

……確かに考えてみれば死刑囚以下の扱いな筈の私に個室が与えられる事がまずおかしい。

しかも、それ以上を確かめる術は今の私には無いのだ。


「生き延びねばならない理由が出来たか……」


だが。彼のコボルト族の集落での出来事が誰かの陰謀だったとしたら。

そして私が誰かに嵌められたのだとしたら?

……私は真相を知りたいと思った。


「私の罪は罪、だが……」


もし、私にコボルトの言葉が理解できたのなら。

もしくは最初に出会ったコボルトが家畜小屋を燃やし畑を荒らしていたのではなかったら。

そう。例えば最初に見た時隣の集落の人々と仲良くやっている姿だったら私はどう思ったろう。

……今となっては詮無き話だ。

だが、こちらの選択肢を奪った何者かがいると言うのなら、

その意図は何処にあるのか?

疑問は尽きない。


「だが……もし、黒幕がいると言うのなら……借りは返してもらわねばな!」


朧げながらに見えた敵の影。

その存在に私は……。

……敵!?


「まさか……魔王ラスボス!?」


ありえる。あり得るぞ。

魔王の最後の言葉を思い出せ。

……疫病神を楽しめ。

そうだ、奴はそう言ったのだ。


「……そうか、そう言う事か」


成る程、そう言う事なら負けていられん。

いいだろう、

この惨めな境遇が魔王の差し金だと言うのなら、

諦めない限り私は未だ……勇者なのだ!


「私は必ずこの境遇を打ち破り、お前を打ち滅ぼすぞ!待っていろ、ラスボス!」

「五月蝿いぞい!」


ごつん、と杖で殴られた。

……しまった、他人の部屋の前で叫んでしまっていたか。

振り向くと怒り顔のご老体が居たのでとりあえず謝罪をする。


「申し訳ありません。少し興奮していました。重要な事に気付いてしまいまして」

「そうか。じゃがのう。地下では声が響くから気を付けるんじゃよ」


喋り方が先ほどのガルガン殿と似ているな。

年の頃が同じ位だから仕方ないのかも知れないが。

何にせよ、近所迷惑だったのは確かだ。


「ご老人、重ね重ね大変申し訳無い。私の名はシーザーと申します」

「わしは隠居の身でな……竹雲斎。周りからは含蓄爺さんと呼ばれておる」


「それは、妙なお名前ですね」

「本名は新竹雲斎武将(あたらし ちくうんさい たけまさ)と言う……趣味で迷宮に潜っておるよ」

「某は備数合介大将(そない かずあわせのすけ ひろまさ)」

「「「「「「「「「「某も備数合介大将なり!」」」」」」」」」」


お互いに自己紹介をしていると……いつの間にか同じ顔の男達に取り囲まれていた。

ええと、ひろまさ殿におおまさ殿にたいしょう殿におおしょう殿……?


「わしの家の家臣どもじゃ」

「備(そない)一族は祖国では名の知れた人材派遣の大家なのです」


成る程。竹雲斎殿の配下の方々か。

しかしどうやら地下一階でかなりの部屋から人が出てきて集まってきたようだ。

五月蝿くて敵わない。

いや、五月蝿くしたのは元々私なのだから文句も言えんが。


「昼は大抵こやつ等と迷宮に潜っておる。もし会う事があったら宜しく頼むぞ」

「貴殿は……どうやら迷宮に潜らねばならぬ境遇のようでござるな」

「時に部屋は何処ですかな?某が案内して差し上げよう」

「それはありがたい。4989号室なのですが……」


「ふむ。ならば地下49階の89番目……最奥部の近くだな」

「モグラの化け物やミミズモドキの怪物がたまに出現するが部屋にまでは侵入できぬ筈」

「負けるでないぞ?まあ、その首輪を見るに、例え負けても問題無いのだろうがな」


その言葉に地下の余りの深さに目を見開き、

宿だと言うのに魔物が出る事に唖然とし、

……命の軽すぎる自身の現状に唇を噛んだ。


「有難う御座います」

「うむ、精進せいよ?」


魔王に負ける訳にも行かない。

だが、私の目の前には遥かな関門が待ち構えていたのである。

……具体的に言うと、まずはこの地下49階までの階段降りが。


……。


「はぁ、はぁ……装備を抱えてこの距離は……地獄だ……」


ようやく部屋に辿り着いた。

流石にこんな所まで案内までさせられないと断ったが、どうやら当たりだったようだ。

少なくとも、まともな人間なら降りる時は兎も角あの階段を好んで昇ろうとは思わないはず。


延々と続く階段を下り続け、ようやく辿り着いたその部屋は、

地下深くだというのに天井の一部が発光し、昼間のように明るく照らし出されている。

備え付けの説明には、天井から伸びる紐を軽く引っ張ると明かりが灯ったり消えたりするとの事だ。


室内には備え付けのベッドが一つとクローゼット。

そして小さめの机が一つ。

囚人に対する設備としては過大すぎる程だ。


とりあえず装備の入った箱を開ける。

重いと思ったら、鎧が二着も入っている。

しかもその片方は故郷で着用していた伝説の鎧ではないか。

その上完璧な修理が施されている。

伝説の剣も宝石を含め破損していた装備がまるで新品同様だ。


「……いや待て。それはおかしい」


だがおかしい。あれから数日は経過しているとは言え、

伝説となった武具をそう簡単に修理できるものなのだろうか?


【彼等の用意した鍛冶屋の腕が尋常ではありませんでしたね】

「この声は剣の守護者!無事なのか!?」


疑問に思った時、伝説の剣の守護者が声を上げた。

砕けかかっていた宝石は今やかつての輝きを取り戻している。

……だからこそ空恐ろしいものを感じてしまうのだが。


「しかし、伝説の武具がそう簡単に修理できるものなのだろうか?」

【そんな筈は無いのですがね……まあ、修復された事は良い事です。問題はもっと別な所にあります】


「別な所?」

【……もう一着の鎧をよく見てみなさい。勇者よ、私は暫く現実逃避していますので……】


何処か遠く聞こえる剣の守護者の声。

こんな笑えもしない状況の私に声をかけてくれたことに感謝しつつ、

件の鎧を手に取った。


「鋼鉄製のフルプレートか。思ったより重くは無い。鋼板の厚さはそれ程でもないが……え?」


硬く、そして柔軟な鉄。

私は気付いた。気付いてしまった。

その防御力の高さに。


「素晴らしい出来だ……何と言うか、その……今まで着ていた鎧がおもちゃに見えるほどに」

【ですよねぇ……信じられませんよ。だってそうでしょう?これでもそれ、伝説の鎧ですよ?伝説の】


「しかも、値札が付いている」

【量産品に負けたとかありえませんよ。銀貨50枚?なにそれ、高いの?安いの?……こほん】


【ともかく、悲しい事ですが良い方に考えましょう。伝説以上の武具が手に入ったのだと】

「そう、だな……まあ、その……私は暫く帰れそうにも無いのだが」


……どうやら剣の守護者もその鎧の余りに出来に混乱をしていたようだ。

だがこの際はっきりさせておかねばならない事もある。

もしかしたら私の現状を知らない可能性もあるし、

この場を借りて言っておかねばならないだろう。

そう考え、私は剣の守護者に今の自身の現状を語って聞かせたのだ。


「……そう言う訳で私はこの地の法に引っかかってしまったのだ」

【ふむ。それで私に何が言いたいのです】


「魔物だからと彼等の真意を問う事も無く攻撃した私は勇者として失格かもしれない」

【だから?】


「幸い、召喚主は上の階に来ている。守護者よ、貴方だけでも元の世界に帰れるのではないか?」

【そして、新たな勇者の手に渡るのを待てと?】


「そう言う事になる。私の解放を待っていては何時まで経っても魔王を倒せない……」

【……そう言う事なら待ちましょう】


一瞬、何を言っているのか判らなかった。

……待つ。そう言ったのか?


「しかし放っておけばアラヘンは……!」

【もう、手遅れです】


て、おくれ?


【シーザー。貴方が勇者に選ばれたのは何故だか判りますか?】

「遺憾ながら。私が騎士団最後の生き残りだからだ……かつては私以上の男はごまんと居たのだが」


【ええ、その通り。未熟な貴方が適任になってしまうほどアラヘンは追い詰められていた】

「しかし!未だ居る筈だ、伝説の武具を扱える勇者の素質を持つものは!」


【辛うじて使える、などというレベルの相手に何を期待できます?貴方とて最低限の実力しかない】

「……ぐっ!」


元々見習い騎士で、この一年で騎士の数が激減したが為に正規の騎士に叙任されていた私だ。

確かに実力不足は否めない。


【アラヘンには数百もの伝説の装備が存在していました。しかし……】

「この一年、送り出された勇者達と魔王軍との戦いでその大半は失われた」


【そう。そして敗北の理由は……ひとえに使用者たる勇者の実力不足にあります】

「言われてみれば最初の勇者達十数名が倒されてからは負け続ける一方だったが……」


思えば魔王ラスボスとの戦いで、開戦直後は善戦する勇者も何名か存在していた。

武運つたなく魔王の元まで辿り着く前に倒されてしまっていたが、

その反省を生かし、私達は囮が戦っている内に魔王の元に直接向かうという戦術を取ったのだ。

もし、開戦当初の百戦錬磨の勇者達が魔王の元にたどり着いていたらどうなったか。

……詮無き事だが思わずそう考えてしまう。


【これも何かのお導きでしょう。勇者シーザー、貴方はこの地で戦闘経験を積むのです】

「待て、守護者よ!アラヘンはどうなる!?」


【破壊すると彼の魔王は言っていますが、幾らなんでも皆殺しにはされないでしょう】

「……勝てる算段が付くまで、待っていてくれと、そう言えと!?」


【どちらにせよ、王国軍は壊滅しているでしょう……この安全な地で力をつけるのです】

「……時間をかければラスボスはこの地に向こうからやってくる。この地の人々を巻き込めと!?」


故郷を見捨て、この地も混乱に巻き込めとでも言わんばかりの剣の守護者の言葉に流石に反発を覚え、

思わず声を荒げた。

……しかし、帰ってきた返答は冷徹そのもの。


【ええ。むしろこの世界の人々の援護を受けられるであろう分、その方が都合が良いかも知れません】

「勇者が人々の不幸を望めと!?」


【勘違いしないで下さい。私は剣……勝利への最適の回答を述べただけです】

「そうだな。そうだ……別に無理に巻き込まねばならないわけじゃ……」


【それも勘違いです。今の貴方に選択の余地などあるのですか?勇者シーザー!】

「……!」


確かに、確かにそうかもしれない。

……どちらにせよ、今のままでは街から出る事すら出来ない。

そして、罪人たる私の言葉に耳を傾けてくれるものは稀だろう。

必然的にこの地の人々も巻き込まねばならないのだ。


「もし、巻き込まない可能性があるとしたら……それは」

【魔王がこの地にやって来る前に腕を磨き、元の世界へ続く門を見つけ出す事……それぐらいですね】


「希望はまだ、ある訳だな?」

【貴方が諦めない限り】


その言葉を胸に刻み、軽く目をつぶり精神を集中させる。

そして伝説の剣を鞘に戻し、クローゼットに立てかけた。


「……明日から迷宮に潜る。剣の守護者よ、貴方を満足させられる使い手になった時また手に取ろう」

【その日が一日でも早く来る事を祈ります】


天井から伸びる紐を引くと、確かに部屋の明かりが消えた。

私はベッドに戻ると静かに手を組んだ。

成すべき事。

そして成さねばならぬ事を考えつつ。


「……そうだ。クレアさん達には魔王侵攻の事を話しておかねば。例え無駄だとしても」

【そうですね。もしかしたら、迎撃準備を始めてくれるかも知れませんしね……】


考え事をしながら静かにベッドに横たわる。

そして、何時しか私の意識は溶けていった……。


『こそこそ。まじめ、です』

『うんうん、さすがあたし等の見込んだ男の子でありますね』

『まあ、げいげきじゅんびはとっくにおわってる、ですが』

『10年前の大侵攻の時は兎も角、今のはーちゃん達がラスボス風情に苦戦はしないであります』

『……あだうちのひはちかい、です』

『やむなし、であります。勝った上で誰かが倒れないと、後々慢心が敗北を呼ぶでありました』

『そう。あれが、さいぜん、だったです……』

『まあ、シーザーにはくーちゃんの問題を解決してもらえばそれでOkでありますがね!』

『とりあえず、さいしょのいべんとのしこみ、できた、です』

『りょうかい。では、きょうは、このへんでかえる、です』


妙な音が断続的に聞こえるせいか、

微妙に寝苦しかったが。


「……地下のせいか?何かささやくような妙な音が聞こえるんだが……」

【そうですか?私には何も聞こえませんが】


……。


そして、翌日の朝……と思われる時間帯。

暗闇の中起き出した私は、部屋の明かりを付けると早速迷宮に潜る準備を始めた。


「愛用の剣とフルプレート……はは、あの店で購入して役立ったのは結局この革靴だけか」

【伝説の武器はきちんと仕舞いこんで置くのですよ?】


「ああ、それじゃあ行って来る」

【こほん。勇者よ、汝の行いが故郷とこの世界の命運を握っている事を忘れないよう……さあ行け!】


そして、私は迷宮に赴くべく、

……まずは地下49階から地上目指して階段を昇り始めた。


「よお!新顔かい?精が出るな」

「お、おはよう御座います」


重い鎧を纏い、汗を流しながら長い階段をただ無心に昇っていく。


「いい運動になりますよねこれ。貴方は地下何階にお部屋を?」

「よ、49階です」


「……大した坊やね……尊敬するわ、わざわざこんな……」

「だな。普通はそこまでやらないぜ」

「?」


何故か行き交う人たちに声援を受けつつ。

そして私はようやく太陽の光の差し込む扉の前までやってきていた。

……朝に部屋を出てもう昼近く、のような気がする。


とりあえず朝と晩の食事は賄われるらしいが、

果たして昼に朝食を取る事など出来るのだろうか……?

等と考えつつ、私はガルガン殿の待っているであろう地上一階の酒場兼食堂のドアを開け、


「ひ、姫様ぁあああああっ!あ、アンタがいけないんだ!そんな風に俺達を誘惑するから!」

「そ、そうだそうだ!いや、そうじゃねえ!ちがう!そうだ!」

「だから俺達は……軍にも居られなくなっちまって!くそっ!くそっ!くそっ!があああっ!」


「待つお!おねーやんには指一本触れさせないお!あ、剣を頭に刺しちゃ駄目だお!痛いお!」

「ご、ごほっ……待て、待つんじゃ……お、落ち着かんかお前ら……!」

「嫌!嫌、嫌ああああああっ!来ないで、来ないでえええええぇぇぇぇっ!」


「「「ごほっ、がはっ……」」」

「く、くそっ……魔道騎兵が馬無しでは無力だと思ったら……ぐうっ……」


血みどろになった店内、

倒れ臥す戦士達。

壁に叩きつけられた口から血を吐くガルガン殿。

そして店の隅に追い詰められ、怯えながら丸めた絨毯を盾のように突き出すクレアさんと、

それを取り囲もうとする目を血走らせた何人かの男達。

更にそれを阻止しようと、脳天に剣を突き刺されたながらも仁王立ちを止めないアルカナ君。

……そんな余りの惨状に呆然とする羽目に陥っていた。


「な、一体何が!?」

「し、シーザー……奴等を、奴等を止めてくれい!」

「シーザー!おねーやんを助けるお!何でか知らないけど護衛の追加が来ないお!おかしいお!」


「なんだよお前……止めてくれるのか?」

「言っておくがな。俺達は被害者なんだぜ?ひ・が・い・しゃ!今にも加害者に化けそうだけどな」

「このお姫様が眩しすぎる笑顔なんか見せたりしたから俺達はよ……いや、いい笑顔なんだぜ?」


い、一体何なのだ!?

真っ昼間、それも客の居る店内とはとても思えない。


「く、クレアさんが何かしたのか!?例えそうだとしても怯える女性に乱暴を働こうとは何事か!?」

「微笑んだんだよ」


「は?」

「だから笑ったんだよ。三年前に!いや、判ってるんだ!仕方ない事なんだ!」

「俺達が未だ城で警備をしていた頃の事だ!ああ!駄目だ!もう駄目だ!」

「そのせいで俺達は死刑囚扱いよ!悪いのは姫様だ!ああ……俺のもんにしたい……したい……」

「ち、ち、近寄らないで下さい!帰って!お願い!」

「おねーやん!そんな怯えたような声じゃ逆効果だお!もっと覇気を持って言うお!」


男達は異常なまでにヒートアップしている。

このままでは惨状は必至。

……訳が判らないのは変わらないがどう考えてもコイツ等はおかしい。

そもそも、目の焦点が合っていないような気もする。

まるで、何かの術にかかっているかのようだ。

そう、精神操作の術を食らったような……。


「くっ!止むをえん……少々乱暴になるが、許せ!」

「……あーん?なんだそりゃ!」


咄嗟に走り寄り、剣を抜き放つ。

そのまま峰打ちを、


「畜生!それじゃ駄目だ!遅すぎらあああああああっ!」

「ぐぼっ!?」

「し、シーザーのみぞおちに膝が入ったお!痛そうだお!?無事だお!?」


しようとした瞬間。

私は逆に丸太のような腕で頭部を押さえ込まれ、鳩尾に手痛い膝蹴りを食らっていた。

……脚の動きが見えなかった、だと!?


「格好つけんなよ。こっちの事情も知らないくせに……」

「誘惑されたんだよ……誘惑されたのはこっちなんだよ……畜生……!」

「正気に戻らんか!ごほっ……こ、後悔するぞい!?後悔するのは自分でも判ってるんじゃろ!?」

「あ、あ、あ……やだ……来ないで……何で、私は……そんなの望んでないのに……」


こちらへの興味を失った男達がクレアさんの元に向かう。

そしてその手が彼女の肩に……!


「駄目だ!止めるんだ!」


もう、手加減している場合ではなかった。

剣を構えなおすと裂帛の気合を込めて振り下ろす。

……死刑囚以下の現状で殺しなどしてしまったら最早助かる筈も無い。

昨晩の誓いも何もかも消えてなくなってしまうだろう。

だが、目の前のこの暴虐を黙って見過ごせる訳も無い。

……後の事は……後で考えるだけだ!


「おおおおおおおおっ!真っ向、しょううううぶ!」

「五月蝿いんだよ!それに遅えよ!それじゃあ俺達は止められねぇ!とまれねぇ!」

「元守護隊、舐めんな!」



あれ?

私の剣が、飛んでいる?

手放した覚えは無いが。


「にゃああああああ!?シーザーの腕が飛んでるんだおーーーっ!」

「ちっこい姫様も五月蝿いんだよ……アヒャヒャヒャ!ほれ、もう一本くれてやる」


「ふぎゃあああああっ!?目ん玉串ざしにされたおおおおおおおおっ!?」

「やあああああああっ!アルカナああああああああっ!?嫌ああああああっ!」


私の腕が、飛んだ?

いや、待て、それはつまり……。


「さあ、お待たせだぜ姫様……逃げてくれよ……じゃないと、もう」

「駄目だお!アルカナが相手……ぷぎゅっ!?踏んづけちゃ駄目だお!痛いお!痛いお!」

「へへ、へへ、へへへへへへへへへ!」


……!


「止めろと言っているーーーーーーーッ!」

「何度も五月蝿いんだよ!止めてくれるなら頼むからもっとそれなりの実力で来てくれや!」


思考は戻っていなかった。

腕が切り飛ばされた事に気付けなかった事もそうだが、

その後のクレアさん達姉妹の危機に勝手に体が動いて突撃し、

……だが空しく太い腕で首を掴まれた。

圧倒的な技量と腕力の差にどうすれば良いかすら判らなくなったその時、

ボキリと言う音が己の首から響いて来る。


「ふん。格好付けるからそうなるんだぞ?ああ、やっちまった……!」

「首輪があるから首への攻撃は無いとでも思ったか!?」

「ヒヒヒヒヒヒヒ!もう、我慢できねぇ!ぐ、ぐぐぐ……姫様……も、申し訳ありません!限界だぁ!」


さすがにもう、体の何処からも力が湧いてこない。

ただ、抜けていく。

穴の空いた水がめから水が噴出すかのように。

力が入らない。

ありえない方向に首が曲がっている……。


でも、片腕が動いた。

だから私は、

必至に男の一人の足を掴んだのだ。


「何だ?」

「お、コイツ……未だ動けたのかよ」

「大した、根性……だ、な……」


だが、力が入っている訳ではない。

僅かに向こうの気を逸らすのが精一杯。


「ひひひ、ひひひ!限界だ!気を紛らわせないともう限界だ!丁度良い、殺そう、こいつ殺そう!」

「そうすりゃ、破滅までのカウントダウンは遅らせられるか……」

「まあ、なんだ……許せや……!」


稼いだ時間は僅かに数秒。

既に痛みは無い。

ただ、視界が赤く染まって、誰かの叫ぶ声が聞こえた。

それだけ。

……誰も逃げられない。

逃がす時間も稼げなかった。


「なさけ、ない、な……」

「そうでもないっすよ。上出来っす!」


「あ、あああああああ!」

「た、隊長だあ!よく来てくれたぁ!」

「は、早く俺達を吹っ飛ばしてくれ!ケヒヒヒ!て、手遅れになる前に!」


だけど。

どうやら本物の英雄の登場までの時間は、稼げたようだ。


「お前達も、良く……耐えたっす、ねっ!」

「「「ぐああああああああっ!」」」



気を失う直前、頭上では、

数回の打撃音……と呼ぶには余りに衝撃的な炸裂音が何度か響いていた……。


……。


「そうだねー。期待以上の根性だったよー。偉い偉い」

「かいふくざい、どばー、です」

「予想以上の逸材であります」

「何言ってるお!おねーやんの貞操が大ピンチだったお!傷物になったら世界が滅ぶお!」

「…………あーちゃんも、きずのてあて、するです」


「ひっく、ひっく……ぐずっ……」

「ほら、くーちゃんも泣かないででありますよ……遅くなってゴメンであります」

「何考えてるかは知らないっすが、姫様のトラウマを酷くしてまでやる価値のある事なんすかこれ?」

「お前ら……今度は何を企んでおるんじゃ……」


気が付くと、私は店の床に……そこに敷かれた絨毯に寝かされていた。

テーブルクロスを丸めたらしい枕で目覚めた私は、周囲を取り囲む人数の多さに目を見開く。

更に、その中には……。


「おう。なんつーか……悪かった。済まん。謝る。それと、ありがとな……」

「まさか発作が起きた時に近くにクレアパトラ姫様が居るなんて思いもしなかったんでな……」

「クソックソックソッ!何でだよ!もう三年だぜ!?なんでまだ……なんでだよ畜生!」


先ほどクレアさんを襲おうとした男達まで居た。

何故だ?さっきと全く雰囲気が違う……。


「……おねーやんの異能のせいだお」

「自分と本質的には同じ力の筈っすが……いや、女の子だとここまで悲惨な事になるとは」

「「「うおおおおおおっ!ひ、姫様、申し訳ありませんーーーーッ!」」」


「ひいっ!?……い、いえ。元を正せば私の不注意のせいで……」

「駄目だお!そこはもっときっぱり叱るお!そうでないといつまでも力に負けたままだお!」

「そうっすね。克服しないといつか魅了した男どもに押し倒されるっすよ……」


「い、一体何の話なんだ……」

「問題なのは"魅了の微笑"(ニコポ)と呼ばれるくーちゃんの先天性能力であります」

「こうかは、ほほえみかけた、いせいを、とりこにする、です」

「くーちゃんは、それを生まれながら持っていたんだよー」


微笑みかけた異性を虜にする能力?

それは凄まじい……。

いや、何でそんな能力を持っていながらあんな目に?


「……虜にした後精神的に優位に立てないから、逆に支配されそうになるでありますよ」

「要するに"惚れた!俺の物になれ!"って事だよー。そんな訳でしょっちゅう襲われかかるんだよー」

「せいしんてきゆういにたてれば、ぎゃくに、しはいも、かのう、です。……はいひーる!」

「性格的に、難しいみたいでありますがね……」

「魅惑した相手を足で踏まれれば幸せ状態!に出来れば何の問題も無いでありますが」

「たりないのは、はき、です」


……成る程、クレアさんは先天的に微笑みかけた相手を魅了してしまう特殊能力の持ち主なのだ。

ところが気の弱い所があって、魅了した相手の虜にされかかってしまうと言う訳か。

先ほどの男達の様子を見る限り、

一度受けると中々効果が抜けず時折耐え難い衝動に襲われるようだし、

何の対策もしていないとまさしく狼の群れの中に子羊、となってしまう訳か。


今回は護衛が間に合わず危ない所だったようだ。

……私の足掻きが彼女を救ったのなら、これほど嬉しい事は無い。


「しかし、大変だな……今後も同じ事が繰り返されるのだろう?」

「本当は最終解決しちゃえば楽チンなんでありますがね」

「……彼等のような者達は百名単位で居るけど、私のせいで極刑なんて……」

「一応、笑顔時の素顔を間違って見ちゃった被害者ではあるからねー」


「けどそこで"そうだね"と言えないから舐められるんだお!でも、優しいおねーやんは大好きだお」

「あながちまちがってない、です」

「そうだよー。そこで非情に徹する事が出来るならとっくに能力を制御できてる筈だよー」

「まあ、それが出来るようなら姫様じゃないっすけどね」


ふむ。しかし、だとすると。

彼女は一生このような悪夢に怯え続けるのだろうか?


……ふと、出会った時の事を思い出す。

クレアさんは前のアルカナ君を抱くようにして後ろに居た。

そして、その表情は覆面で隠されていた。

だが、今思えば彼女はあの時怯えていなかっただろうか?

アルカナ君を抱き抱えていたのではなくて後ろに隠れていたのではなかったか?

そして、あの感情を抑えた表情もただ間違って笑ったりしないように自制しているだけでは無いのか?

そう思うと、目の前で怯えている彼女が酷く不憫に見えた。

それはきっと、彼女にとっては野犬の群れに食い殺されるよりずっと身近な脅威なのであろうから。


ことん、と横で音がした。

……先ほどの戦いで早速破壊された鎧がもう修復されている。

修復で思い出したが私は腕をもぎ取られた筈だが、それも元通りになっていた。

一体どうやって、とは聞かない方が良い様な気がする。

多分魔法なのだろうが、そんな強力な魔法は聞いた事が無いし。


「とりあえず、くーちゃん顔色悪いし、今日は宿舎に送っていくよー」

「とりあえず、しーざー。よくやった、おもう、です」

「じゃ、あたし等はこれで行くでありますね」


風のように去っていく子供達。

……誰なのか聞く暇も無かった。


「俺達も行くよ」

「……暫く部屋から出ない方が良さそうだしな」

「はぁ……気が滅入るばかりだ」


とぼとぼと去っていく元兵士達。

そして、


「シーザー、良くやったお!おねーやんと世界は助かったお!レオも大義であったお!」

「ははは、どんと来いっすよ」

「そう言えば、貴方はあの村で戦った……レオ殿と仰られるのか」


「そうっす。リンカーネイト近衛騎士団長、レオ=リオンズフレアっす。よろしく」

「こう見えて、20人以上の子持ちだお!」

「……それはまた……」


若いように見えたが実はかなりの歳なのだろうか。

まあ、あれだけの剣術を使うのならご婦人方に人気があるのも頷けるが。


「そうそう。今日はアンタに迷宮の入り口付近を案内しようと思ったっすよ」

「本当はおねーやんも付いてきたいって言ってたけど、アルカナだけで我慢だお!」

「……アルカナ君も付いてくるのか?」


そう言えば、結局未だ迷宮の位置すら知らなかった。

……案内が付く、しかも騎士団長?

それを疑問に思わないでもなかったが、

この場合ワガママを言い出したアルカナ君の護衛と言う意味合いが大きいと考えた方がいいだろう。

まさか目の前の騎士団長が、魔王ラスボスの暗躍にかかわっているとも思えないしな。


まあ、最低限の警戒だけはしておくべきだろうが。

おっと。それと挨拶も忘れずに、と。


「では、今日は宜しくお願いします」

「いやいや此方こそ。まあ、お手柔らかに行くっすよ……まずは迷宮入り口のエリア」

「行き先は入り口付近の王国管理下の場所だお。その名も"中途リアル迷宮"なのら!」


こうして、私は付き添いの騎士と姫君と共に迷宮に挑む事となったのである。

……初日、それも迷宮に潜る前から厄介事に巻き込まれすぎている気もするが、

きっと今は不幸が纏めて来るような星のめぐり合わせなのだ。

だからもうすぐ運の開ける時も来る。

せめてそう信じて先に進もうと思う。


いずれ来るであろう魔王ラスボスとの決戦。

その前に出来る限り実力を付けねばならない。

いや、その前にする事があるか。


「そうだ……レオ殿。実は……」

「魔王ラスボス?今の我が軍にかかれば恐れるに足りないっす。心配無用っす」


……駄目か。やはり脈絡も無く危機を説いても何の効果も無い。

彼の魔王が来ればその余裕など吹き飛ぶのだろうが……。


いや、私が早急に力を付け、こちらから向こうに出向いて倒せば良いだけの事。

こちらの世界に迷惑をかけることもあるまい。

まずは実力を付け、そして故郷に通じる門を探す。

……それが私の成すべき事。


「さあ、この先にある灯台が見えるっすか?」

「……ええ」

「あの地下に入り口があるお!周りの屋台は美味しいけど割高だから気をつけるんだお?」


ここは隔離都市エイジス。

遥かなる異郷の地。

私の新たなる冒険は、今、ここから始まるのだ。


「ああ、そうだアルカナ君?」

「なんだお?」


「さっき、目玉をくりぬかれていた様な気がするが……」

「あのくらい唾付けとけばすぐ治るお!心配要らないお!」

「まあ、ご兄弟でまともな生き物はクレア姫様だけっすからね」


……おかしな知人達と共に。

続く



[16894] 04 初見殺しと初戦闘
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/03/08 22:41
隔離都市物語

04

初見殺しと初戦闘


≪勇者シーザー≫

古い灯台が私の目の前にそびえ立つ。

地下には迷宮があるとの事だが、

その他にも一階が屋台村と化している上、

二階以上はどういうわけか教会として機能している。

……不思議な建物だと思う。


「この先に下に続く階段があるお!降りれば早速迷宮だお!」

「いいっすか。王国管理下とは言え初心者殺しの即死トラップが山ほど仕掛けられているっす」

「……成る程、事実上の処刑場と言う訳か?」


「違うお!その先は危険すぎるから先に進める人か試してるんだお!」

「進めるまでは特訓あるのみっす」

「いや、それはおかしい」


即死の罠を食らったらやり直すも何も無いだろうに。


「迷宮のあちこちに救済用設備が用意されているんだお!」

「危なくなったらすぐ駆けつけるっす。それに地下一階には捕らえた山賊も配置されて無いっす」

「まるで地下二階以降にはそう言う輩が住んでいる様な物言いだな……」


いや、死刑以下の者達が集められている以上そうやって潰し合わせていると言う事か。

話から察するに鍛錬に潜るものも居るようだし、

殺しても良い敵役であり、本当の危険さをかもし出す仕掛けとしても有用な訳だな。

いや、良く考えたものだ。

……倫理観さえ無視すれば大したものだと思う。


「居るお!賞金を首にかけられても、殺されるまでは生きていていい事になってるんだお」

「まあ、問答無用で死刑よりはマシっすよね。それに」

「それに?」


「スリルを求めて他国からやって来る暇人とか、賞金目当ての狩人とかの落としてく金も美味いっす」

「戦闘を見物に来る暇なお金持ちも多いんだお。たまに返り討ちで身包み剥がされる人も居るお」


「まあ、一種のテーマパークでもあるって事っす」

「対価は自分の命だけど、無駄に人気もあるんだお。人はお馬鹿だ……ハー姉やんの受け売りだお」

「罪人の巣で命がけのお遊びか」


恐ろしい。しかも悪辣すぎる。

これを考えた輩の顔が見てみたいものだ。

こんな物を考え付くような頭の持ち主だ、きっと人間では無いだろう。

まあ、それはさておき。


「つまりだ。先に進みたくば地下一階では罠の避け方を覚えろと言う事だな?」

「そうっす。見事一番奥まで辿り着けたら、試験官兼地下よりの脱走防止用の門番と戦うっす」

「で、それに勝てたら先に勧めるんだお!」


まずは、先に進み障害を砕かねば先に進めないということだな?

……私とて山賊の巣となった自然洞窟の攻撃くらいこなしている。

魔王の軍勢に奪われた砦の奪還も二度三度とこなした事もある。

良かろう!この程度、今日一日で何とかしてみせようではないか!


「では、行こう!」

「おう!だお」

「さて、無事に最深部まで辿り着けるっすかね?」


「おせんにキャラメルー」

「焼き芋ー、石焼き芋ー、おいしいよー」

「一寸先は闇。迷宮に潜るならカルーマ商会の武具破損保険に是非ご加入下さい」

「女神を讃えよ!怒れる女神が再び魔王と化すのを防がんが為に!女神を、讃えよっ!」

「「「「女神ハイム万歳!ジーク・ハイム!我等に奇跡を!」」」」

「迷宮に入るならトイレットペーパーは必需品ですよー。備え付けは無い事がありますよー!?」


……周囲の喧騒に気がそがれるが、あえて気にはすまい。

そんな細かい事を気にしたら負けだ。

きっと負けなのだ……。


……。


「さて、階段を降りると早速扉か」

「ここには最初の初見殺しがあるお」

「姫様。教えちゃったら初見殺しにならないっす。今後は自重するっすよ?」


さて、灯台地下に潜ると言葉の通り大きな扉があった。

そして、備数合介武将殿が三人ほど死んでいる。

うん、間違いなく死んでいるな。

……今はそれ以上考えまい。


あ、いや、名前は武将ではなく大将だったか?

ともかく、


「見るからに危険そうだな……」

「さて、シーザー、あんたはこれをどう見るっす?」

「答えを教えちゃ駄目って言われたからアルカナは黙るお!お口にチャックだお!」


周囲は焦げ臭い。

そして死体は三つとも下半身に酷い火傷を負い、

更に脚に欠損が見られる。

と、なると。


「足元が爆発した、とでも言うのか?」

「当たりっす。入り口のすぐ奥に地雷原があるっすよ。何も知らないとここで早速お陀仏っす」

「因みに地雷とは踏んづけたら爆発する爆弾だと思えば良いお。シーザー、火薬は知ってるお?」


「……ええ、一応。成る程あれを地面に埋め込んでいるのか」

「踏んだら足が吹っ飛ぶ仕掛けっす。運が悪いと命も落とすっすよ」


足元を良く見ないと始まる前に終わると言う事か。

よく目を凝らせば、地面が僅かばかり盛り上がっているところがある。

恐らくその部分を踏みつければあのような目に遭うということだな。

……昨日知り合ったばかりだが、せめて彼等の冥福を祈るとしよう。


「とは言え、またいで通れば問題は無いのだろう?」

「そりゃそうっす。一応歩いて向こうに行ける余地は残してる筈っすよ」

「因みにアルカナならこうするお!」


そう言ってアルカナ君は走り出し、闇の中に消えていく。

……彼女の足元に幾つもの爆発音が続けざまに響いていった。

はて。あの爆発に巻き込まれたら足が吹っ飛ぶ筈では?


「アルカナ強い子元気な子!爆発なんて関係ないお!」

「強行突破っすね……それが出来るのは姫様達だけっすが」

「つまり、私の参考にはならないか」


どちらにせよあの子の真似をする訳にも行くまい。

私は普通に突破するべきなのだ。

何故ならここで今行われているのは結局の所初心者用の訓練なのだ。

ここで楽をしても、後々不必要な苦労をするだけだ。


「地道に行く。今の私に不当な近道は許されないのだ……修行でもあるのでな」

「真面目っすね。自分は姫様の進んだ跡を辿って行く事にするっす」


だから、私は……


「あ、シーザー、そこ!危険だお」

「ぐあっ!?」

「トラバサミ!?あったっすか?」


しまった、爆発を避けようとするあまり火薬の匂いのしない罠に対する警戒を忘れていた。

……まさに訓練だな。

心理的な隙を突いて隠した刃を突き立てる、まさに、

ん?

風を切る音……。


「えええええっ!?こんなの知らないお!?」

「丸太が飛んでくる罠っすか!?確か対象を吹っ飛ばす為の物の筈、っすけどこれじゃあ!」

「ぐうっ、トラバサミが外れ、ごほっ!?」


通路の先から、このトラバサミの罠に連動していたであろう丸太が飛んでくる。

いや、正確に言うと振り子のように天井から落ちてきて、動けない私の腹に突き刺さり、


「ぐはっ!」

「た、倒れちゃ駄目なのら!後ろ、後頭部のあたりにさっき避けた地雷があるお!」

「無理っす!どう考えてもこれは、ああっ!」


……仰向けに倒れた私の後頭部の後ろで、

かちりと言う音が。


後頭部からの激しい衝撃。

そして、

私の意識は、

途絶えた……。


「酷いお!ハー姉やんより酷いお!初見殺しなんてレベルじゃないお!」

「うわぁ……ミンチより酷いっすね……」


……。


あたた、かい。

ここは一体……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「いや、黒幕はわらわではないのだが!?聞いてるかゲン!?おい!ちょっと!」

「シーザー……治ったお?」

「ええ、直ったっす。……あの、幾らなんでもやりすぎっすよ姫様」

「仕方ないよー。あの身の程知らずがもう尖兵を送り込んできてるしねー……時間が無いよー」

「あたしら、あのていどのてきに、でるわけ、いかないです」

「もっとやばい奴、近くに沢山居るであります。気づかれる訳には行かないであります」


意識がはっきりしない。

私は、確か……。


「まだだめ、です。さいりょうのけつまつのため、まだ、めだつのはだめ、です」

「時間と歴史を操れる敵は厄介であります。こちらの最大の有利な点を潰されかねないであります」

「勝てる算段は付いてるよー。でも、勝つための準備は必要だからねー」

「てきに……まんいち、かのうせい、あったら、それを、ひゃくぱーせんとに、されるです」

「つまり、こっちの勝率100%を崩す訳には行かないでありますよ」


「辛いっすね……今や小指で捻れる相手に好き勝手させなきゃならないって」

「しかたない、です」

「シーザーには頑張ってもらうであります。せめて後で部屋にコーヒー持ってくでありますよ」


「ともかく、ひみつりのこうどう、だいじ、です」

「例え相手が一度勝った相手だとしてもであります。当時はラスボスも強敵でありましたし」

「兵数に圧倒された10年前とは違います。ですがそれを敵に悟られるのは愚策なのですよね女神様」

「ふん、わらわの張った結界の効果で敵は迷宮内部にしか門を開けん。守るだけなら楽な筈だ」

「女神様。勇者殿がお目覚めになりそうですよ?そろそろ機密の話はお控えになられないと」


……勇者。

勇者とは……ああ、私だ。

目覚める?

私は、眠っているのか?


「うむ。ゲン司教……では今後、こ奴の蘇生はお前に一任する」

「はい。しかし宜しいのですか女神様?蘇生用神器の作成は世界の寿命を大量に削るのでは……」


「はっ。これはラスボスの故郷で作った代物だ……ハピも随分乗り気だったぞ?まあ、当然だがな」

「ああ、あれは酷い戦でしたな……女神様の身内の方からも殉教者が出るほどに」


「殉教でもなんでもない。わらわの指揮がお粗末だっただけだ。それと、わらわは魔王ぞ?」

「……まおう?」

「あ、シーザー起きたお」


今、とても大事な事を彼女達が言っているような気がする。

それに、魔王?

確かこの世界にもハインフォーティンとか言う魔王が居ると言う話であったが……。


「ああ、お前が知る必要の無い汚い話だ、と言う事で"洗脳"(ブレインウォッシュ)!」

「今暫くお休みなさい。女神様の御許で……」

「せかいはすくってあげるです。まおうもたおさせてあげる、です」

「あのままラスボスに殺されるよりはずっと良い結末を用意するであります、だから……」

「もう少し、苦労して強くなってもらうよー?心さえ折れなかったら絶対強くなれるからさー」

「うむ。ではわらわは行くぞ……クレアパトラの様子も見てこねば」

「ハー姉やん。クー姉やんに元気出せーって伝えておいて欲しいお!絶対だお!」


「ああ、判った判った馬鹿妹よ」

「アルカナ馬鹿じゃないお!訂正するお!」


ああ、記憶が壊れる。

バラバラにほどけて行く。

ああ……私は……。


……。


む?

私は、一体何を考えていたのだったか?

いや、それ以前にここは……。

この壁の質感、灯台の中か。

しかも良く見ると上層階の教会内部?


「シーザー!目、覚めたのら!?」

「いやあ、まさか入り口でいきなり死んでしまうとは予想外だったっすね……あはははは……」

「おお、勇者よ死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」


確か私は、

そうだ。地雷と言うもので頭を吹き飛ばされて……。


「我ながら、よく生きていたものだな」

「いや、死んでたっすよ」


そうか。そんな大怪我を負っていたか。

しかしその割りに怪我の跡なども無いな。

……さて、私は一体どれだけの期間眠っていたのか。


「30分も目を覚まさないから心配したお」

「……ということは、迷宮にはまだ潜れるな?」

「時間的には可能っす……つーか、普通なら気持ちが折れてる所っすが大丈夫っすか?」


「今更折れるプライドなど、私には無い」

「誇りの問題じゃないっす……いや、大丈夫ならそれで良いっすがね」

「じゃあ早速また潜るお!ゲン司教。シーザーの治療、大義であったお!」

「はい。お気をつけて」


軽い問答の後、この教会の責任者だと言うゲン司教と言う老人に礼を言うと、

私達は再び地下へと足を進める。

それにしても私の首輪を見ても気にせず治療を施してくれるとは。

何とも心の広い教団だと思う。

実際の所はアルカナ君の七光りなのだろうが、それでも今の私にはありがたいことに変わりない。

感謝をしつつ再び地下に挑もうではないか。


「今度は引っかからないように注意するお!あ」

「……姫様が引っかかってどうするっすか」

「いや、それ以前に助けないと!」


先ほどの罠に今度はアルカナ君が引っかかる。

体が小さいせいでトラバサミが首に食い込み、

丸太が顔面に直撃し、

だが、その小さな体のお陰で地雷が爆破せずに済んだようだ。

頭部の上の方で、待ち構えていた爆発物が何処か寂しそうにしているように私には見えた。


「……痛いお」

「私としてはあれを痛いの一言で済ませる君が恐ろしい」

「まあ、アルカナ姫様っすからね」


なんにせよ、最初の罠を乗り越えた私達は迷宮の奥へと進んでいく。

……ん?

今足に何か引っ掛けたような。


「トラップワイヤーを切っちゃったのら!」

「こんな普通の通路に仕掛けるとかなに考えてるっすか!?」

「何が起きるのだ?」


ころころ。


「わかんないお!でも何かの罠が起動したのは間違いないお!」

「唯の警報とかだといいんすけどね……あ、自分は巻き込まれるとやばそうだから一時退避するっす」

「ん?足元に何かが転がってきたが」


拾い上げる。

何だろう、この手のひらサイズの物体は?


「パイナップルだお!」

「……随分小さいな。食える所があるのか……などと言うか!」

「当たりっす!投げるなり何なりして体から離すっす」


また火薬の匂いがしていたぞ!

っと、爆発だ。予想通り。


「グレネードが天井からぶら下がってたみたいっすね」

「おとーやんの言う、剣と魔法の世界にあるまじき代物だお!」


グレネードと言う代物もまた、爆発する武器だったのか。

警戒していなければ珍しい物だなと、掌で転がして鑑賞していた所だ。

流石にそこで爆発されたら命はないだろう。

だが、似たような罠に一日に二度も引っかかるものか。


「ともかく、焦げ臭い匂いには要注意と言う事だな?」

「少なくともそれは当たりっす。でも、それ以外にも」

「部屋入り口の血痕を見落としてるお!良く見るお!」


確かに今入った部屋の入り口付近に血痕が残っているな。

……近くに敵でも潜んでいるのか?二人とも部屋に入ろうとしないが。

ん?地震……?


「あっ」

「部屋ごと落ちて行くお!」

「ああ、あれっすか」


突然、足元が消えたような感覚。

いつの間にか床が凄まじい勢いで下降している。

しかし一体何を……。


「あれ?落ちきってもトゲトゲが出てこないお?」

「おかしいっすね。あ!判ったっす姫様、身を乗り出すと多分危険っす!」


突然急降下した床に驚いていると今度はガコン、と言う音がした。

じわっと床が競り上がり、元の位置に戻らんと加速していく、

そして、今度は元の高さを超え更に上に……。


「あ、天井にトゲっす。中央から円を描くようにぎっしりっすね」

「あちゃー、だお」

「うあああああああああっ!?……ぐばっ!」


そうして私は意識を失う。

最後に見た光景は、私を天井のトゲに突き刺したまま、勝手に元の高さに戻っていく部屋の床。

そして、眼下で頭を抱えるレオ殿の姿であった……。


……。


「さて、と言う訳でまたあの部屋に戻ってきたお!」

「今度は引っかかりはしない……だが、どうやって先に進むのか」


「答え言うっすか?」

「いや、私自身が解決せねば意味が無いのだろう?」


目覚めると、また教会。

司教殿の激励に礼を言うと私はまた先ほどの部屋の前までやってきていた。

しかし、足を踏み入れるとまた同じ目に会うのは明白。

どうやって突破するべきか……。


「……ここは強行偵察だお!」

「あ、アルカナ君!?」


考え込んでいるとアルカナ君が部屋の中に駆け込んでいく。

そして、部屋の中央付近に達した時、また部屋が沈み込んでいった。


「くっ、このままでは!」

「いや、あれもまた一つの回答っす」

「だおーーーーーーっ!」


しかし、部屋が沈み始めてもアルカナ君は止まらない。

走って走って部屋の逆側に……、


「ジャンプだおーーーーーッ!」

「向こう岸に手が掛かった!?」


そして落ちていく部屋を尻目に出口に飛びついてよじ登り、

無理やり突破したのである。

成る程、これなら部屋ごと落ちようが持ち上がろうが関係ない。

正しく力押しだが目的を果たせているのだからそれでいいのだろう。

しかし、重装備の私には出来ない真似だな。

私自身はどうやって先に進めばよいのやら……。


「さあ、シーザーも同じようにやるんだお!」

「ん?今またガコンと音がしたような」

「ああ、成る程。二段落ちっすか」


二段落ち?

いや、むしろ落ちているというよりは、


「あるぇええっ!?この部屋も持ち上がって……ぷぎゃあああああっ!?痛いお!痛いおーーーッ!?」

「ふ、二つ目の部屋が持ち上がった……アルカナ君!?大丈夫なのか!?」

「罠を乗り越え安心した所に追撃のトラップ……相変わらず勇者育成コースは鬼のような難易度っす」


私達が見ているしか出来ない所で、二つ先の部屋の床が持ち上がり、

ぐしゃりと言う嫌な音を響かせた後、元に戻った。


「ふえええええぇぇん!痛いお!体中穴だらけで痛いんだお!」


……アルカナ君が血塗れで泣き喚いている。のは無事生きていたのでとりあえず良いのだが、

あの子は何故あんな目にあって無事なのだろうかとふと疑問に思う。


「やれやれ、あのままあそこに居たら時間が経てばもう一回巻き込まれるっす」

「なっ!?何とかできないのかレオ殿!」


「じゃあ自分ちょっと姫様を迎えに行くっすね」

「ここを通り抜ける術があるのか?」


レオ殿なら突破法を知っていてもおかしくは無い。

本当なら私自身で考え付かねばならないのだろうが、子供の命がかかっているのだ。

ここは仕方ない。彼にお任せしよう。


「ちょっと助走付けて……飛ぶっす!」

「同じ作戦か…………どころじゃない!?」


任せたのは良いが、レオ殿は軽く後ろに下がって助走を付けると、

ダンッ!と言う勢いの良い音と共に吹っ飛んでいった。

そして、部屋に足すら付けずにアルカナ君の襟首を掴んで、

そのまま二部屋分を跳び越してしまった。

……そんなの有りなのだろうか?


「た、助かったお!酷い目に遭ったお!」

「さあ、シーザーもやってみるっす!」

「……出来る訳無いだろう!?」


しかし本当に人間なのかこの御仁は!?

さっきのアルカナ君以上に非常識な……いや、まさかこの世界ではこれが普通!?

まさか住んでいる人々全員が怪物じみた力の持ち主なのか!?


「ああ、まともな人じゃ無理っすよね」

「じゃあ大ヒント!上のトゲをよく観察するお!」


部屋の上のトゲ?

見上げると先ほど私を串刺しにしたトゲが相変わらず刺々しい姿を見せつけている。

トゲは部屋の中央から円を描くように均等に配置され死角など何処にも……あ。

円を描くように配置されていると言う事は。つまり。


……私は部屋に足を踏み入れる。

そして部屋のはじを壁伝いに進んで、部屋の角に陣取った。


「おっ、判ったっすね」

「ああ」


部屋が落ち、そして持ち上がる。

金属質の音が響く中、部屋が落ち、一気に急上昇。

そして、棘の先端と部屋の床がガキンと音を立てる。


「そうっす!罠ってのは製作者は素通りできるように出来てるものっす!」

「きっと突破口はあるのら。何事でもそうなのら。覚えておくのら!」


だが、私は部屋の隅でしゃがみ込んでいる。

円を描いて配置されたトゲはその形状ゆえに部屋の四隅には存在していなかった。

そう、そこに居れば取りあえず串刺しにされることは無い。


「後は、部屋が落ちてまた登るまでに先に進めばよい、と」

「そうだお!」

「さ、次の部屋っす。降りて……が無いから時間制限厳しいっすよ!」


先刻承知だ。

私は次の部屋に足をかけると一気に部屋の隅に走りこみしゃがむ。


「あ、やらかしたお」

「……まあ、想定内っすね」

「ん?」


不審に思い天井を見上げる。

……迫り来るトゲ。


「なあっ!?今度は隅にもトゲがある!?」

「今度の安全地帯は真ん中だお!因みに隅っこでしゃがんだ後だと間に合わないようになってるお!」


くそっ!同じ手は通用しない。

そう言う事なのだな!?

くっ!?トゲが、迫って……!


……。


「……さて、次は何だ?」

「精神力は物凄いっすね。普通はもう心が折れてるっす」

「お次はバトルだお!用意された敵と戦うんだお!」


結局、また教会から出直した私は再々度の挑戦であの落ちる部屋を突破する事に成功した。

多少眩暈のする中、それでも次なる試練は迫る。

次は、戦闘か。


「私とて基本は押さえているし実戦経験もある。流石にここは……いや、油断は禁物だな」

「当然っす」

「あ、ほねほねが出てきたのら」


大きな広間の先に骸骨が骨だけで立っている。

そして、その奥には鉄格子があり更にその先に更なる地下への階段が見えた。


「あのスケルトンを倒せばいいのだな?」

「そうっす。ただしかなり魔法で強化されてる筈っすから気をつけるっすよ?」

「はいはいはーい!その前にやっておくべき事があるのら!」


相手は向こうから動かないようだし、戦闘準備か?

しかし今回は剣を抜けばそれで準備完了なのだが。


「おトイレがそこの部屋にあるんだお!先に済ませておくべきだお!」

「喉が渇いたら近くに自動販売機もあるっすね」

「……すまない。私には君達が何を言っているのか良く判らない」


ここは迷宮ではなかったのか?

どうしてトイレが?

それに自動販売機とは何だ?

自動?で何かを販売する、キ、とは何だ?


「お金を放り込んで欲しい商品のサンプル下のボタンを押すと買い物が出来るっす」

「ジュースとかコーヒーとか……あ、要は缶詰が売ってるお」

「缶詰?」


「そこからかお!?……食べ物や飲み物が鉄とかの缶に詰まってるから缶詰だお」

「姫様、カルチャーショック受けてる場合じゃないっす。この世界でも歴史の浅い代物っすからね」

「何故そんな面倒なことを。貴重な鉄をコップに使うなど……木製で十分と私は思うが?」


……殺気!?


「おばかなこと、いわないで、です」

「あたしらがこれを実用化するためにどれだけ苦労したと思ってるでありますか」

「何時の間に後ろを!?」


ふと気が付くと先ほどの子供達だ。

全く気配を感じさせないまま私の背後に回りこんでいる。

……何者なんだ?


「あり姉やん。シーザーが困ってるお。自己紹介するお!」

「アリシア、です」

「アリスであります。あーちゃんのおばさんに当たる……ねえちゃであります」


アルカナ君のように小さな姿。

突然現れた彼女達は怒りを隠そうともしないまま、

ぷんすかと両手を上げ下げしながらいきり立っている。

そして自動販売機の開発に当たっての苦労話と缶詰の有用性について熱く語りだした。


「つまり、缶に封印した食料品は腐るのが遅いと」

「そう、です」

「泥棒とかが出たり、色々大変なのでありますが利便性には変えられないであります」


「理解した。暴言を許していただきたい」

「おーけー、です。わかればいい、です」

「じゃ、頑張るでありますよー」


そうして、先ほどの自動販売機という大きな箱の前に連れてこられ、


「とくべつさーびす、です」

「ぺたっとな、であります!」


50%特別割引、と言う札を貼って、


「「じゃ!」」

「バイバイだおー」

「お疲れ様っす」

「凄い足の速さだな……」


二人のお子様は風のように去っていった。

……一体なんだったのだろう。あれは。

まあ、考えるだけ無駄な事なのだろうがな。


「取りあえず一息ついたら気を取り直してまた行くっす」

「おごるお!安売りで助かるお」

「これを持ち上げると……成る程、缶の上部に穴が開いた。良く考えられている、ぶはっ!?」


な、何だこの味は!?

しかも、舌が痺れる!

まさか毒か!?

それとも腐っているのか!?


「唯の炭酸だお」

「いや、知らない人だと驚くと思うっすよ?あ、それでいいんす。なれると癖になるっすよそれ」


……世界は広い。

いや、異世界だったなここは。

取りあえず酒の泡を強くしたような物だと考えよう。

多分だが、順応できないと数日以内に狂ってしまうような気もするし。


「兎も角そろそろ行こう。目的地はすぐそこなのだから」

「だお!取りあえず安売りの内に買いだめしてから行くお」


「やれやれ……卸売市場で箱買いすれば良いっすよ」

「それは盲点だったお!」

「……取りあえず行こう。時間が勿体無い」


私は剣を抜き放ち歩き出す。

……時間が無いのだ。

魔王ラスボスがこの世界に何時来るのかは判らない。

私はそれまでに、せめて彼の者を相打ちに出来るだけの実力を身に付けねばならないのだから。

そして、願わくば元の世界へと続く道を見つけ逆にこちらから攻め込みたいが、

そのための時間は、それほどあるとは思えない。

何度も言うが、私は時間が、惜しいのだ。


……。


殊更大きく作られた大広間。

その奥にて地下二階に降りる階段を守るのは骨のみで体を構成されるスケルトン。

魔王ハインフォーティンが髪のセットの片手間で作成したと言うそれは、

霊的な物ではなくむしろゴーレムなどに近い物だと言う。


「あれが門番か……シーザー、参る」

「自分達は見物っす。まさかあれに勝てない事もないと思うっすがね」

「あれはカーヴァーズ・スケルトン。特殊な攻撃はしてこないから頑張るのだおー」


私は剣と盾を構えながら部屋の中央へ進む。

それに反応したスケルトンもまた、階段の脇に立てかけられていた幾つもの武器の中から、

似たような剣と盾を持って前へと進んできた。


「行くぞっ!」


正面から突っ込んでそのまま必殺の刺突を……と考えて、

骨相手に当てるのは至難の業である事に気付き、

代わりに盾を構えたまま全体重を敵に叩きつける。


「シールドバッシュっすか」

「体当たりだお!」


……手ごたえが、無い?


「なっ!?」


サイドステップで回避されている!?

あんな骨だけの体でよくもあんな動きを!

いや、それだけで終わりのわけが無い。

振り上げられた剣が前のめりにつんのめった私の背中に叩きつけられる。


「……ぐうっ!」

「体制の崩れた所に一撃!まあ基本っすね」

「あれ?でも追撃できるのに下がったお」


筋肉が無いせいだろうか、その一撃は軽い。

一撃は鎧に跳ね返され大したダメージを受ける事もなく私は体勢を立て直した。

……スケルトンは後ろに下がって身構えている。


「一応訓練っすからね。いきなり即死コンボは使ってこないっすよ」

「……そう言う事か」


剣を構える。

こちらが武器を構えるのを見ると、敵はゆっくりとした足取りでこちらへと歩を進めた。


「威風堂々、だお」

「あれで生前はお山の大将だったんだって言うんだから驚きっす」


待っていても仕方あるまい。

また、こちらから仕掛けるか!


……。


≪RPG風戦闘モード 勇者シーザーVSカーヴァーズ・スケルトン≫

勇者シーザー
生命力95%
精神力40%(軽い衰弱)

カーヴァーズ・スケルトン
生命力0%
魔力90%(今回の戦闘用割り当て分)

特記事項
・カーヴァーズ・スケルトン手加減モード実行中
・ステータスのパーセンテージには深い意味はありません。目安程度にしてください。


ターン1

勇者シーザーが敵目掛けて突進!

スケルトンはシールドを前方に構えた。


「このおおおおっ!」


シーザーの攻撃は盾で防がれた。

スケルトンは相手の実力を測っている。

アリシアは手加減モード続行を指示した。

アリシアは壁の中に居る。


ターン2

スケルトンは無造作に剣を突き出す!


「私がそんな攻撃に当たると!?」


シーザーは剣を薙いで弾いた!

そして、その勢いのままシールドバッシュで敵を弾き飛ばす!

スケルトンは吹き飛んで壁にぶつかり、床に落ちた。

破損部品修復と再稼動に魔力を消費!


『おお、やるです。でもまだまだ、です』


アリシアは戦力評価を一段階引き上げた。

スケルトンの手加減モードが緩和された!


ターン3

スケルトンの攻撃!

スケルトンは立ち上がるや否や盾を構えて突進した!


「動きが変わった!?」

「少し本気出してきたお!気をつけるお!」

「さて、自分の戦術をどういなすっす?」


シーザーも盾を構え、正面から迎え撃つ!

盾と盾がぶつかり合った!


「おおっ!勝ったお!」

「骨だけじゃあ、重さが全然違うっすからね」


全重量が軽いスケルトンが一方的に吹き飛ばされる!

床に落ちた衝撃で大腿骨などの各部位が破損、

破損部品修復と再稼動に魔力を消費!

……手加減モード、解除!

アルカナは踊っている。


ターン4

双方、剣を振り上げる!

剣と剣がぶつかり合い、そして鍔迫り合いに発展する!


「正面からの斬り合い!騎士はかくあるべし!」


勇者シーザー、士気高揚!

相手の本気を物ともせず一気に体重をかける!

押し勝ったシーザーが体制の崩れたスケルトンに重い一撃!

胸部に命中!

スケルトンの肋骨が数本砕けた!


しかし、スケルトンはそもそも生きては居ない。

怯む事もなく踏みとどまると、そのまま反撃に移った。

振り下ろされる剣がシーザーの兜を強打し金属音が周囲に響き渡る!


「だから、何だというんだあああああっ!」


勇者の誇りがダメージと恐怖を押し止める!

勇者シーザーの再攻撃!

シーザーは更に一歩踏み出すと、渾身の力を込めて剣を振り上げた!


「このアッパースウィングで、終わりだっ!」

「いったお!」

「頭蓋骨を砕いたっすね!」


クリティカルヒット!

カーヴァーズ・スケルトンの頭部を粉砕した!

イエローアラート!

割り当て魔力残存量が50%を下回った!

修復、再起動用の魔力が足りない!

スケルトンは完全修復の為の休眠モードへ強制移行。


「……もう、動かない、な?」

「まあ、あれだけぶっ壊したら内部に込められた魔力も尽きるってもんっす」


破損部分の修復の為にスケルトンはその機能を停止した。

戦闘続行不能!


『あいてがつよいほど、もえるですか。すごい、です。ごうかく!』


勇者シーザーの、勝利だ!

勇者の精神力が30%回復した!


……。


≪勇者シーザー≫

ようやく動きを止めたスケルトンの首からぶら下げられていた鍵を取り外す。

これで、地下二階へいけるのだろう。

しかし、唯の骸骨かと思ったら中々の兵だった。

成る程、門番と言うのも伊達ではないらしい。


「しかし、門番を破壊してしまって良かったのだろうか?」

「すぐ直るっす」

「次のお客さんが何時来るか判らないから当然だお」


そう言えば残骸がさっきからカタカタと僅かに振動している。

残骸同士でくっ付いて再び本体目掛けて集まりはじめていた。

これなら心配は必要ないか。


さっそく鍵を開けて鉄格子を開ける。


「では、早速地下二階に」

「あ、だお」


そして一歩踏み出した時、私の体は床をすり抜けて落ちていった。

……何故だ?


「罠だお!初見殺し最後の刺客だお」

「門番を倒し、安心した所でか?」


「そうだお。見えてた床は幻だお!通路のはじっこしか通れないんだお!」

「……この迷宮、絶対に生かして帰す気がないだろう?」


「そんな事は無いお!シーザーが勇者だから特別に難易度が高いコースなんだお!」

「そうなのか……ところで」


「なんだお?」

「何で君まで一緒に落ちているんだアルカナ君!?」


「ノリと勢いだお!」

「何を言ってるのか判らないのだが」


そう、私達は落ちている。

ずっと、ずっと落ちているのだ。

む。下に何か見え、


……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「はい、装備だお。直しておいたお!」

「……取りあえず。今日はもう遅いし帰って休むとしようか」


気が付いたら私達はまた教会に居た。

何とか地下一階を突破した事だし、今日はもう休む事にする。

……心底疲れた。


「おう!だお。帰っておとーやんのお仕事手伝うお!お小遣い貰うんだお!」

「ところでアルカナ君はどうして無事……いや、何でもない」


こうして私の迷宮探索一日目は終わったのだ。

一体何度死に掛ければ気が済むのだろうか?

何にせよ、強くなったかどうかはともかく、罠に対する知識は増えたと思う。

まあ、悪い事ではないだろう。


「じゃあ、頑張るっすよ。また今度様子を見に来るっす」

「レオ殿。今日は本当にありがたく思う。また何かあった時は宜しくお願いする」

「かえるが鳴くから帰るんだお♪」


とにかく、さっさと部屋に戻ろうか。

それだけで地下奥深くまで潜らねばならないしな。


……。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「……日に何度もすみません司教殿……」


余談ではあるが、宿屋の地下45階ほどでミミズの化け物に襲われ、

気付いたらまた教会の世話になっていた。


「あの。司教殿……」

「何も言いなさるな。貴方を助けるのは女神のご意思なのですから」


……心遣いがありがたいが、それ以上に申し訳ないと感じる。

既に夜はすっかり更けてしまっている。

朝までに部屋に戻れるのかと心配していた私がエレベーターなる施設の存在を知って愕然とするのは、

それから暫くしての事であった……。

続く



[16894] 05 過去の過ち
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/03/16 20:55
隔離都市物語

05

過去の過ち


≪勇者シーザー≫

私がこの街にやって来て早一週間。

だが、初日に地下一階をパスしたっきり、

私の探索行は暗礁に乗り上げていた。


「ガルガン殿。そう言う訳で地下4階に行く階段が見当たらないのだ」

「……ふうむ。しかしお前さんの潜っておる迷宮は特別製のようじゃしのう」


地下二階はいわゆる迷路と言うものだった。

時折地下三階に落とされる落とし穴があるがそれだけだ。即死の罠は見当たらず、

落ちたとしてもすぐに二階に戻れるようになっていた。

地下一階に比べたら随分良心的に思われる。

そのあちらこちらに動く人形や軟体生物が配されていて、戦闘訓練も積むことが出来た。


ところが、幾ら探してもそれより下に降りる階段が見つからない。

そんな訳で私はこの一週間を地下二階と三階をうろうろするだけで過ごしてきたのだ。


「本来ならば、そろそろ先人の知恵をお借りしたい所だが……」

「そうじゃのう。お前さんの他にはモグラはおらんのじゃろう?」


モグラとは、地下迷宮に潜る探索者の総称だ。

私が潜っている迷宮は特別製のようで他のモグラたちは見当たらない、

その代わりに私は普通の探索者の潜る迷宮には出入り出来ないようになっていた。

具体的には地下一階に"旅行者向け"や"キノコ狩り専用"など、個別の地下迷宮入り口があり、

私が近づくと、鉄格子が降りる仕掛けになっているようだった。

私が初日から潜っているエリアには"しーざーしよう"と大きく看板が立てかけられていた。

どんな意味かは良く判らないが、

シーザー使用。即ち私が使っている迷宮とも読める。

まあまさか私のために迷宮を掘ったなどと言う事もあるまいが。

……兎も角、誰もあのエリアの事は知らないのだ。


「流石に一人きりで潜り続けていると、時折気が狂いそうになるな」

「まあ、一人きりで他に会うのは敵ばかりじゃしのう……」


当初は修行だからかえって都合が良いと考えていたが、流石に限界だ。

変わり映えのしない通路、代わり映えのしない敵。

そして幾ら地図を埋めても一向に見つからない次への階段。

地下二階が地下三階より少し広いのが気になるが、

そこにはあからさまな落とし穴以外何もないのだ。


「まさか、あれで迷宮自体が終わりとか……?」

「それは無いですよ、シーザーさん」

「だお!」


流石に疲れ果て、今日は休暇にしようと宿のカウンターに昼間から座っている訳だ。

だが、そうは行かないらしい。

一週間ぶりの声に私が振り向くと、予想通りの顔がそこにはあった。


「クレアさん。アルカナ君も……」

「おお、良く来たのう」

「ガルガンおじさんもお元気そうで何よりです」

「シーザー、そろそろ地下8階ぐらいまでは行ったかお?」


クレアさんとアルカナ君、そして護衛と思われる騎士達がゾロゾロと連れ立って店内に入ってくる。

騎士の方々はそのまま壁際に移動し、静かに椅子に腰を下ろした。

要するに「我々は居ないものとして扱え」と言う意思表示だ。

その意思を無碍にしては却って失礼だろうと思い、彼等には軽く会釈するだけに止めておく。

そしてクレアさんたちと挨拶を交わした。


「元気そうだな二人とも。迷宮の方は地下三階で立ち往生だな。正直困っている」

「そうだったんですか……えーと、それについてですが」

「おねーやん?その前に言う事があると思うのら」


「あ、そうでした。この間は危ない所を本当に有難う御座います!」

「いや。私の稼げた時間はほんの数秒に過ぎない。己の未熟さを痛感したよ」

「……元守護隊相手に秒単位で時間稼げるのは大したもんだと思うお」

「「「「うむ」」」」


どうやらあの無様な戦いが、かなりの高評価を頂いたらしい。

以前より警戒が薄れ、騎士達の視線が温かいような気がする。


「そうだ。それで先ほどのお話とは?」

「はい。色々ありまして、ようやく件の村と和解が成立したんですよ。それを伝えたくて」

「和解!?」


「若者二人は自業自得なので保険の対象外にされたらしくて、随分長い間揉めていたんです」

「だから全員の蘇生に加え、国からの見舞金を増額する事で決着したんだお!」

「ほお。ではもう人権団体からの突き上げを気にする必要はないというわけじゃの?」


はて。私の起こした事件の話のはずだが私自身はどうも蚊帳の外だな。

どうも理解できない部分が多すぎる。

それに……いや、そう言う問題ではないな。


「ともかく、私の剣に倒れた方たちは全員助かった、という事ですか?」

「だお!おとーやん達、今回は何故か保険が降りたのとは別に蘇生までしてやったんだお!」

「正直、極普通の一般家庭に蘇生術を施してくれるとは思いませんでしたよ」


「記憶操作によるトラウマの除去までやるとは尋常じゃないのら!なんか元から用意してたっぽいお」

「普通は保険が降りてお金で解決ですからね。何にせよほっとしました」

「いや、今回は実質お前さん達の不祥事だからの……ちと気になる事はあるがな」


ガルガン殿の気になること、と言う台詞は引っかかるが、

兎も角コボルト村の住民達は助かったと言う事か。

……私のしでかした事は消えないが、それでも犠牲者が全員助かったのは喜ばしい。

思い起こせばこの世界には死者を生き返らせる事すら可能な術者が居るのだ。

そう。死すら不可逆変化ではない。


何はともあれ彼等は助かったのである。

本当に、安心、した……。


「それでですね、ついては……あ、あの、何処に行くんですか?」

「シーザー?」

「う、ぐすっ……す、すみばせん。ちょっと表で風に当たってきます」


涙でぐしゃぐしゃの顔を彼女達に晒す訳にも行かない。

思わず立ち上がり、店から駆け出していた。


……。


気持ちが落ち着くまで暫く物陰で身を潜めていた私だが、

落ち着いてみると、最初に思ったのが少し出歩いてみたい。と言う物だった。

と言うのも、この一週間義務感と後悔などでがんじがらめのままただひたすらに迷宮に潜り続け、

気が付いてみたら迷宮のある塔と宿以外の場所を何一つ知らない事に気付いたのだ。


「……たまには、出歩いてみるかな……」


多少気が緩んでいたのかも知れなかった。

結論から言うと、それは大失敗だったのだから。


……。


「なあ、シーザーよう?幾ら生き返ったからって責任が消えるとは思っちゃ居ないよな?」

「……牢人殿……それに君は……」

「「「ばう!わう!」」」


ふと路地裏に迷い込んだ時私は件の牢人殿に手を引っ張られ、

あれよあれよと言ううちに、

あの時畑を荒らしていた三匹組みを加えた四名に、取り囲まれていたのである。


「助かったとは聞いていたが」

「ああ?助かっただ!?コイツ等はな?死ぬ思いをしたんだぜ?文字通り!」

「「「ばう!」」」


……甘かった。

盗みをした者が例え改心し盗品を返却したとてその咎が消える訳ではない。

当然、それは私もなのだ。


「……私にどうしろと?彼等に殺されろと言うのか?」

「いや。流石にそうは言わないぜ?だけどな。まあ、誠意って奴だ」

「「「わんわん!」」」


直接詫びろと言う事か。まあ、当然だな。


「確かに。知らぬ事とは言えご家族まで命を奪ってしまった事、申し訳なく思う」

「おいおい!誠意って奴が足りないぜ?具体的に言えば、これ、だな」

「「「わふっ!」」」


くいっと指を円形に曲げるジェスチャー。

これは、金か。

金で解決しようと言う訳か。

だが……。


「すまんが私は収入の当ての無い一文無しでな。牢人殿も知っているのではなかったか?」

「おお、それは知ってる。何せ同じ宿に世話になってるしな」


「だったら何故だ」

「へへ。けどよ。金目の物は持ってるそうじゃないか」


「金目の物?」

「なんでも伝説の武具一式、転がってるそうじゃないか。どうせ使わないんだ、有効活用しようぜ?」


馬鹿な!

あれはアラヘン王からの預かり物だぞ?

そもそも私の物ではない!


「おい。まさか勇者ともあろうもんが下らない理由で出し惜しむんじゃないよな?」

「下らないだと!?あれは王からの預かり物なのだ!」


私の一喝に対し、

牢人……コテツからの罵声が飛ぶ。


「それが甘いってんだよ!いいか!ここにお前のせいで苦痛を受けた被害者が居るんだぜ!?」

「……!」


「使っても居ない武具は骨董品だ!いいから俺に預けな!こいつらをきっと救って見せるからよ!」

「し、しかし……」


「黙りやがれ!犯罪者め!黙って賠償をし続けてればいいんだよお前は!良いな!」

「なっ!?」


まるで反論を許さない怒涛の攻撃が続く。

私の思考を麻痺させるかのようなその攻撃的な口調。

……だが、思えば元々悪いのは私だ。

ならば……いや!あれは駄目だ!


「先ほども言ったが、あれは預かっているだけの物で私のものでは」

「いいから黙れって言ってるだろ!?いいから渡せ!うだうだ言うな!」

「……だうと、です」


この声は!?


「…………あ」

「「「……わうっ!?」」」


「確か、アリシアさん?でしたか」

「そう、です」

「コテツ?詐欺と恐喝の現行犯で逮捕であります!」


は?


「ち、違うんだ!違うんだぜ!?いいか?俺はコイツ等の苦境を聞きつけてだな」

「やかましい。です……はあ、やっぱりこうなった、です」

「そもそもこの子達は家畜小屋を焼いた……放火は重罪、普通は牢屋の中でありますよ」


あ、そう言えばそうだ。

畑を荒らすだけでも考えてみれば酷いが、

火事が起きれば死傷者が出かねないし、

そもそも農家にとって家畜とは財産そのものではないか。


「因みにシーザー。コイツ等、隣村から民事で損害賠償請求されてるでありますよ」

「そうがく、きんか……せんまい、です」

「そ、そうだ!だけどコイツ等に支払える訳がないから仕方なくだな、ぐはっ!?」


容赦の無い蹴りが飛ぶ。

蹴り飛ばした子供達は頬を膨らせながらお説教を始めた。

……屈強な大の大人が、子供に折檻を受けている。

余り理解したく無い図柄だなこれは……。


「やかましい、です。いつもびみょうに、しょうこのこさず、わるいことばかりして、です!」

「国からの見舞金で損害賠償の支払いは可能でありますよね?」


「いや、しかしだな……そう!これは精神的苦痛に対する賠償としてだな?」

「むらのほうで、わかいはしたはず、です。これいじょうは、ぎゃくに、ばっせられる、です!」

「まあ、コテツは二割を分け前として貰う予定だって話だし、こうなるのは当然でありますが」


……周囲が静まり返る。


「……えーと、あー…………おい!お前ら話が違うじゃねえか!」

「「「わ、わふ!?」」」


「ち、畜生!お前らが金が足りないって言うから助けてやろうと思ったのによ!」

「「「わん!?わんわんわん!」」」


「足りない金は、遊ぶ金だったんだな!?新しい首輪か?玉入れ遊びか?」

「わ、わう?」
「わうううううん!」
「き、きゅううううん!?」


そして、これは……。


「なんて酷いガキどもだ!なあお姫さんよ!コイツ等を許してやってく、ぐぼおあああああっ!?」

「……げす」


なんて、ひどい。

そして……許せん!


「……腐っているのか貴様はああああああっ!」

「「「ばううううううっ!」」」

「ひっ!?お、俺は知らない!しらねえんだ!」


そうして私は目の前の外道を、三頭のコボルトと一緒に殴り飛ばしたのである。

……かなり人間不信になりそうな、ある晴れた日の話であった。


「むかしは、もすこし、まともだったきがする、です……あれ?そうでもない、です?」

「首吊り亭最後のB級冒険者が聞いて呆れるでありますね」

「まあ、腕が立つのに結局どこの軍からもスカウトが来なかったからのう……」

「……シーザーさん、沈んでる。罪状が消えて首輪を外せるようになったのに。何処で言えば……」

「おねーやん。そんなの宿に戻ったらに決まってるお」


そんな訳で私はその日迷宮に潜る事はなかった。

だから、私はそれを知るのが遅れたのだ。

……地下迷宮を覆う、巨大な悪の影の事を。



……。



≪旧アラヘン王宮・現第三魔王殿(仮)にて≫


気だるい午後。いや、何の気力も湧かないような午後。

空は夜のように暗い。

分厚い雲に覆われた空と枯れ草しか見えない大地。

……かつて世界統一王朝と呼ばれたアラヘン王国の首都である。

いや、首都であった、と言うべきか。


「これで我は……8つの世界を破壊した魔王、ラスボス、か」

「はっ。最後の抵抗勢力の駆逐に成功いたしました」


「……では予定通り9つ目の異世界侵攻を開始する。例の勇者の居る世界に尖兵を送れ!」

「既に四天王ヒルジャイアント様と直属の兵が転移準備中で御座います」


その王宮の中央に位置するかつて吹き抜けのホールだった場所。

今はそこに巨体の魔王が鎮座している。

……魔王ラスボス。

遂に八つ目の世界を滅ぼした偉大なる魔王である。

シーザーの故郷であるこの世界は既にこの魔王の支配下にあった。


「ふむ。時に、物資の搬出はどうなっておる?」

「はっ!世界中から全ての物資をかき集めております」


「兵は?」

「この世界の人間どもには通達を出しております。食いたければ従え、と」


彼等は何かを生産したりはしない。

ただ、奪うのみだ。

後先考えず目先の全てを奪いつくすそのやり方はまるでイナゴの群れに似ている。

もしくは焦土戦術のつもりなのかも知れないが。

ともかく、普通に考えれば破綻必至。

それなのに軍を維持し続けているその手腕だけは評価できるかもしれない。


「物資の2割は我が故郷に送れ。それ以外は軍に回すのだ」

「はっ、御意のままに」


「御意?それぐらいいつもの事ではないか。それぐらい指示を待たずに手配しておかぬか!」

「は、ははっ!申し訳御座いません!」


魔王は苛立っているようだった。

額に青筋を浮かべ怒りを見せる。

……が、少し考えて思い直した。


「……一応詫びておこう。ちと心労がな」

「い、いいえ。故郷の異常気象は酷くなる一方……僅かながらお察しします」


魔王の故郷は貧しい土地。

彼はそれを打開すべく軍を作り上げ、異界にその突破口を求めたのだ。

そして確かに10年前まではそれなりに上手く行っていたのだ。

だが、ある日を境に状況は一変した。


生まれて初めて出会った自分以外の魔王。


激戦の結果軍は半壊し、己の力が異界の魔王に劣る事を痛感し、

そして……何故か時を同じくして故郷に異常気象が起き始めたのだ。


「報告!本国にて熱湯の如き雪が!」

「報告……コボス大陸が、海面に……沈みました!」

「大都市マケィベントにて大地震……もう、駄目です!」


次々と届く凶報。

……遂に征服した異界への遷都を余儀なくされる始末。


「もうじき、我が故郷に住める者はいなくなる」

「踏んだり蹴ったりですな、はぁ」


「それもこれも、あ奴のせいだ……あの女魔王の!」

「げに恐るべし、魔王ハインフォーティン、ですな……」


そして、ラスボスの意識は10年前の屈辱の日へと飛ぶ。

……それは彼にとって余りにも忌まわしい、呪われた記憶……。


……。


≪回想・戦争モード ピラミディオン山麓・魔王戦役≫

防御側大将、魔王ハインフォーティン
初期戦力(総軍11万)
・直属リザードマン部隊  2,000
・聖樹と女神の信徒達  50,000と1,000
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    30,000
・モーコ弓騎兵      6,000
・サンドール軽歩兵    8,000
・混成魔物部隊      3,000

特記事項
・広域防衛の為不利は覚悟で鶴翼の陣を敷いた。この為各部隊の層が薄くなり指揮官危険度上昇。
・員数外の"圧倒的実力"な伏兵あり
・蟻達は故あって諜報活動のみで支援
・初期配置で銃火器は女神の信徒のみ装備(この時代ではまだ機密の為)
・魔王ハインフォーティンは女性型に改装された外装骨格搭乗済み


攻撃側大将、魔王ラスボス
初期戦力(総軍100万強)
・魔王直属軍   200,000
・最精鋭竜人部隊  1,000
・死霊の軍勢   100,000
・混成魔獣軍団  500,000
・隷属人間部隊  200,000

特記事項
・壊滅的に士気の低い部隊あり
・日中の戦闘の為アンデットの戦闘能力激減
・後方に予備兵多数
・情報が敵に筒抜け


……。


ターン1

防御側全軍、敵兵数を視認。兵数的に圧倒的劣勢の為士気低下。


「魔王ラスボスの名の下に!進め人間ども!」


攻撃側は隷属人間部隊を前進させた。

望まぬ戦いの為士気は低い。

部隊はゆっくりと前進し……爆ぜた!


「……地が割れた?いや、爆発しただと!?」

「魔王様、敵の攻撃です!」


地雷原が敵の前進を拒む。

隷属人間部隊は多数の死傷者を出し進軍を停止、

その場で右往左往を始めた。


「馬鹿者が!足を止めるな!」

「よし!わらわ達の実力を見せ付けてやれ!」


防御側はサンドール軽歩兵による迎撃を試みる。


「こちらは高地、敵は低地におる。投石器、バリスタ……一方的に叩き潰してたもれ!」

「御意……攻撃準備、完了。自軍遠投兵器……全機、発射!」


ピラミディオン山中腹に設けられた防御陣地内より、サンドール軽歩兵が攻撃開始。

高低さ、射程の隔絶により一方的な遠隔攻撃!

敵陣中央に命中!隷属人間部隊に大きな打撃を与えた!


「ええい!奴等を前進させよ!」

「駄目です!奴等右往左往するばかりです!」


魔王ラスボスは前進指示を送った!

だが、部隊は混乱している。

攻撃指示は部隊に届かなかった……。


……。


ターン2

サンドール軽騎兵の迎撃は続いている!

敵の被害は拡大した。

防御側の士気が上昇している!


「魔獣どもを向かわせよ!後ろから発破をかけてやれぃ!」

「はっ!」


攻撃側、混成魔獣軍団の一部が前進。

隷属人間部隊の後方より圧迫を開始!


「「「「ウガアアアアアッ!」」」」

「「「「ひっ、ひ、ひいいいいいいいぃぃっ!」」」」


恐怖が足を突き動かす。

隷属人間部隊が前進を開始した!

だが、士気は更に低下した。

地雷原により被害が広がっていく……。


「魔王様。敵は被害を無視して突き進んでくるのですよー」

「ええい!奴等は兵を何だと思っておるのだ!?」

「捨て駒でありますね、間違いなく」

「しょせん、せんりょうちの、いっぱんぴーぽー、です」


「まあ、ここは魔王軍の軍師にして四天王筆頭たるこのハニークインちゃんにお任せなのですよー」

「……お前は第四位なのだが……まあいい。やって見せてたもれ」


魔王は一部部隊の指揮を参謀に一任した。

ハニークインは3000の兵を率いて戦列を一時離脱!


「ふっふっふ。任せるのですよー」

「よろ、です」

「頑張れであります」


……。


ターン3

地雷原が三割まで侵食されている。

隷属人間部隊の被害が全滅レベルに達した。

魔王ラスボスは更なる前進を命じる。


「「「もう嫌だーーっ!」」」


隷属人間部隊からの脱走者続出!

だが、後方の混成魔獣軍団からの督戦により戦場に引き戻される。

混成魔獣軍団は督戦を強化!

背後から矢を撃ち込み始めた。

だが、隷属人間部隊の士気は最低レベルまで落ち込んでいる。


「もう嫌だ、もう駄目だ!もうおしまいだーーーーッ!」

「どうせ死ぬのか?どうせ死ぬなら!」

「おううううううううっ!?」


隊列崩壊!

部隊は軍の体を成さなくなった!

全てを見境無く攻撃!


「何をやっておるのだ!?魔王様!督戦の強化をお命じ下さい!」

「待て!奴等限界を超えておるな?督戦はよい。一度下がらせ再編成!」


魔王ラスボスは隷属人間部隊の一時後退と再編成を命じた!


「バウワウ!了解だワン!……と言う訳で督戦を更に強化せよとのお達しだバウ!」

「ワカッダ!」

「うがああああっ!こうなったらもう、破れかぶれだーッ」


しかし何故か督戦が更に強化される。

隷属人間部隊の一部が離反した!

魔王ラスボス配下内で同士討ちが起こる!


「ニヤニヤなのですよー。さあ、次の目的地に行くのですよー」

「バウ!」

「ええい!奴等は何をやっておるのだ?我が命を理解出来ないとでも言うのか!?」


ハニークイン指揮の混成魔物部隊がラスボス軍内部で命令伝達を阻害!

誤った命令が敵陣内を駆け巡っている。

攻撃側の軍内に不信感が漂った。

魔王ラスボスは怒り狂っている。


……。


ターン4

攻撃側前衛は混乱している。

隷属人間部隊と混成魔獣軍団の同士討ち!

隷属人間部隊はほぼ一方的に殲滅されている。


「何をやっておる!?我が命を伝えよ!」

「バウ!」

「お馬鹿なのですよー。ふっふっふ!」


ハニークインの妨害により、魔王ラスボスの命令は伝わらない!

混乱に拍車がかかった!


「よし、ハニークインが頑張っている間に敵陣に攻撃を加える!」

「混成魔獣軍団には味方の兵が混じっているからそれには当てないようにするであります!」

「「「「コケーッ!」」」」


防御側陣地よりコケトリス空挺爆撃隊、出撃!


……。


ターン5

攻防双方に被害状況の報告が入った。

防御側
・混成魔物部隊     200(残存2800)
・サンドール軽歩兵   弾薬消費30%


「ちっ、予想以上に混戦に巻き込まれておるな」

「しかたない、です」

「将の損耗無しと仮定すると勝利には最低全軍の半数が犠牲になるであります。覚悟するであります」


攻撃側
・混成魔獣軍団     5,000(残存49,5000)
・隷属人間部隊     壊滅状態


「所詮は人間か!ええい!奴らなどもう知らん。混成魔獣軍団前進せよ!」

「魔王軍四天王第三席、呪われた大羊デモンズゴート出陣致す」


魔王ラスボスは主力の前進を決定。

混成魔獣軍団長デモンズゴートに指揮を委ねる。


「魔王様。敵を舐めてはいけませんぞ」

「ほう?ではどうするのだプロフェッサーリッチー?」


「四天王第二席、死霊教授プロフェッサーリッチー、私のアンデッド達も共に参ります」

「ふっ、力押しか。だが我の軍勢には最も相応しい……よし、許可する」

「良いのか教授?汝の軍勢は太陽の下では真価を発揮せぬが」


「ほっほっほ。例えそうでもあの爆発する地面の対策には不死身のアンデッド達が必要でしょう」

「ふん!それぐらい我が軍勢だけで……だが魔王様のご命だ。着いて来られよ」


混成魔獣軍団500,000弱、

死霊の軍勢 100,000

総勢60万弱の大軍が力押しで防御側本陣に迫る!


「地雷原を力押しで押し通るか。単純だがわらわが最もやって欲しくなかった手だな」

「こっちの本陣に部隊を集結させるであります」


「……サンドールに敵をやるわけには行かんぞ?」

「だから出来る限り、であります」


魔王ハインフォーティンは主力を集結させた。

中央に直属部隊2,000とガサガサ達50,000。

さらに神聖教団からの志願兵1,000。

右翼にモーコ弓騎兵6,000とサンドール軽歩兵8,000、

左翼にシバレリア歩兵30,000を配置。


その内中央に当たる53,000の兵が敵60万を正面に迎える!

正面で受けきれない分は両翼に殺到。

高所で防御陣地の中に篭る右翼は善戦している!


……。


ターン6

攻撃側は被害に構わずなりふり構わない前進を続行!


「恐るべき敵の軍勢が……」

「女神よ、レントの聖樹よ。私達に力を!」

「「「「ガッサガサガサガッサガサ」」」」


「……クイーンの分身よ。リーシュとギーが……」

「何も言うなであります。こう言う人達はカッコいい名前を付けたがる物であります」

「ゲゲゲ、ゲッゲゲゲ!」


聖樹と女神の信徒達は防衛側正面で敵主力に相対!

……敵は多数の被害と引き換えに地雷原を突破してきた!


「来るぞっ!わらわも前線に立つ!迎え撃て!」

「「聖戦はここにあり!命を惜しまないでください。むしろ名を惜しむのです!」」

『まったく、この老骨にまだ出番があるとはな……スケイル、出陣する!』


5万と60万が正面からぶつかり合う……。


「ゴブゴブゴブッ!」

「わおーーーん!」

「コケエエエエエエッ!」


その瞬間、天空を行く白い死神たちが牙を剥いた!

コケトリス空挺爆撃隊が爆弾を敵陣内に雨あられと振り撒く!

攻撃側、混乱!


「よし、いまだ……魔王ハインフォーティンの名の下に……かかれぃっ!」

「「「「「ガサガサガサガサッ!」」」」」


混乱の隙に乗じ、防衛側が戦闘のイニシアチブを握った!


……。


ターン7

……何者かが戦場を観察している。


防御側本陣正面での戦闘、空挺爆撃の嵐の中混成魔獣軍団は辛うじて統率を取り戻した!

一進一退の攻防が続く!


「ふん!あの数でよく頑張る……」

「魔王様、駄目押しです。私が出ましょう」


「四天王主席たるお前までもか?」

「はっ、竜人ドラグニール、配下のドラゴニュート千騎を率い・・・…敵側面を突きたく思います」


攻撃側陣地より最精鋭竜人部隊1,000が出撃。

防衛側左翼に向かって進軍開始、

シバレシア歩兵30,000に接触した!


「敵の遊軍が動いた!テムに連絡を取れ!」

「あい、まむ。であります」


敵本隊以外の全部隊の行動が判明!

右翼の守備をサンドール軽歩兵に任せ、モーコ弓騎兵が突撃開始!


「馬鹿者め!本陣を動かさないとでも思ったのか!?」


魔王ラスボスは本陣20万を手薄になった右翼目掛けて前進させた!

サンドール歩兵8,000と敵本隊20万が激突する!


「さて、この誘いに乗らないほどの馬鹿者だったらどうしようかと思いましたよ」

「にゃおおおおおおおん!」

「ほう?大型の魔獣を山の陰に伏せていたか!」


側面よりイムセティ騎乗の守護獣スピンクス強襲!

敵本陣の側面を突いた!


「ふん。そちらは任せるぞ……若き新緑グリーンドラゴンよ」

「「「四天王第四席グリーンドラゴン様だ!」」」

「ゴアアアアアアッ!」


しかし、大型魔獣の群れに混じっていた緑色のドラゴンがスピンクスに襲い掛かる!


「くっ!警戒するほどの将は居ないという話でしたが!?」

「あれだけ罠に嵌めておいて我が何時までも警戒しないとでも思ったのか!?愚かしい!」


「わ、わふっ!?」

「そこの犬は敵の間者だ!斬り捨てよ!」


魔王ラスボスはニセ情報を流す者達を特定し、逆用した!

急襲を受けたスピンクスはグリーンドラゴンに押されている……。


「さあ、反撃開始だ。後方より予備兵を投入!見よ、300万を優に越える大軍勢を!」


魔王ラスボスは後方より全予備兵一斉投入!

……しかし、援軍は来ない。


「何をしておる!駄目押しだ!急がせよ!」

「そ、それが!」


魔王ラスボスの開いた異世界を繋ぐゲートより、赤い竜が首を出す!

そして、


「グオオオオオオオッ!」


炎を一吐きして戻っていった。


「……は?」

「ふははははは!父がやってくれたぞ!敵の増援はもう来ない!全軍反撃に移れ!」


攻撃側の援軍は封殺された。

防御側の反転攻勢!


「さて、行くとするっすか?」

「イエス!さあ、震えるが良いです」


守護隊500が"敵の開いた"ゲートより姿を現す!

聖印魔道竜騎士団200がそれに続く!


「ふう、若い者達のようには行きませんな」


更にルーンハイム魔道騎兵300がそれに続く。

だが、被害が大きく後方に撤退。


「な、何故我が開いた門より敵の部隊が!?」

「そんなの予め潜り込んで占領したからに決まってるっす」

「ユー・ルーズ。ユー・ルーズ。お待ちかねの援軍はもう来ませんよ。いえ、もう居ませんよ」


守護隊隊長、リンカーネイト王国近衛騎士団長レオ=リオンズフレア、

及び聖印魔道竜騎士団団長オド=ロキ=ピーチツリー、戦場に到着!

最後に火竜ファイブレス及び別働隊大将、戦竜カルマが門から出現し、そのまま門を破壊した。

魔王ラスボス旗下の全部隊、大幅な士気低下!


「ば、馬鹿な!?」

「……何を戦場で余所見をしておるのだ?」


クリティカルヒット!

混成魔獣軍団、士気崩壊!


「ぐっ!?デモンズゴートの部隊が!あ奴何をやっておるのだ!」

「そ、それが!」


攻撃側、魔王軍四天王デモンズゴート。

強襲する魔王ハインフォーティンの斧の一撃により絶命!


「しかし、何故羊なのにゴート(山羊)なのだろうな?」

「五月蝿い……ゴートなる名前の羊が居ては、悪い、の、か……めぇぇぇぇぇ……」


指揮官の敗北に混乱した混成魔獣軍団は統率を失い四散!


「こ、これはいけませんね……撤退するにも再編成するにも新たなゲートが必要ですな」

「教授!?いずこに!」


四天王第二席、プロフェッサーリッチー。

拠点再構築の為戦場を一時離脱!

最上位統率者を失った死霊の軍勢は太陽光に負けて次々と消滅していく。

攻撃側、中央戦線崩壊!


……。


ターン8

戦況確認

防御側大将、魔王ハインフォーティン
現有戦力(総軍76,000)
・直属リザードマン部隊  1,300
・聖樹と女神の信徒達  25,000と200
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    27,000
・モーコ弓騎兵      5,700
・サンドール軽歩兵    4,300
・混成魔物部隊      1,800
・守護隊           500
・聖印魔道竜騎士団      200


攻撃側大将、魔王ラスボス
現有戦力(総軍21万強)
・魔王直属軍   198,000
・最精鋭竜人部隊    980
・死霊の軍勢     4,000
・混成魔獣軍団   12,000
・隷属人間部隊     壊滅
・300万の予備兵     壊滅


戦況推移

当初の兵数比は10対1。

用意されていた兵数からすると最悪40対1になる可能性もあった。

策によりその戦力差はかなり軽減されたがそれでも未だ攻撃側本隊はほぼ無傷。

数値には表れないが、長時間戦い続けてきた防御側主力と、

敵予備兵300万を無力化していた増援の疲労も心配。

……と、言いたい所だが……。


「さて、行くとするか」

「アニキ。大丈夫っすか?まあ、聞くまでも無いっすね」


「……俺の領域を土足で踏み荒らさせてたまるかよ」

「イエッサー!こちらもまだいけますよ!」


全く疲労を感じさせない動きで700と一騎が後方から魔王ラスボス本隊に襲い掛かる!


「守護隊全軍、硬化・強力・加速の順でブースト!マナバッテリー起動、行くっすよーッ!」

「アーユーレディ?ワイバーン達はまだ飛べますね?魔力と残弾は?ええ。では行きましょう!」

「……突き崩せ。この一年の特訓が無駄でなかった証を立てるために!」


炎の竜とその黒い冠を先頭に、

凶悪極まりない精鋭部隊が猛烈な勢いで敵陣に食らい付く!


「止められません!」

「ビヒモスクラスの大物が次々に討ち取られていきます!」

「こちらと接触してからも進軍速度、落ちません!化け物だああっ!」

「……敵魔王を、我自らが討ち取る!奴さえ殺せば終わりだ。正直舐めていたぞ……もう容赦はせん」


後方に押さえを残し、魔王ラスボスは右翼方面より我武者羅に敵本陣を目指す!

そして視界の先に紫色の巨体を発見した!


「ハインフォーティンとは貴様か!?よくもやってくれたな!」

「それはこっちの台詞だ!わらわの世界を破壊?ふざけるのもいい加減にせよ!」


魔王と魔王の直接対決!


「そうそう。そろそろ貴様の軍は終わるぞラスボス」

「ふざけた事を!幾ら被害を受けようがすぐに立て直してくれるわ!くたばれぃ!」


突き出されたラスボスの拳を外装骨格が受け止める!

……遥か後方で火の手が上がった!


「兵糧!焼き払ったのですよー?」

「「「わふっ!」」」

「「「ゴブッ!」」」


ハニークイン率いる別働隊が後方に回り込んだ!

蓄積されていた兵糧が焼かれ天に大きな炎が上がる!


「はっ!この状況下で今更兵糧?何の意味がある!」

「それが判らんのでは貴様はわらわに決して勝てぬわ」


魔王本人の意思とは裏腹に、ラスボスの軍勢に衝撃が走る!

食料が無いという事実により、末端から順に混乱が広がっていく……!


「魔王様!やったのですよ、敵は不安にかられているのですよ!」

「よくやった!わらわはこ奴との戦闘に集中する。兵の指揮は貴様等に一任する!」


ハインフォーティンの通常打撃!

ラスボスはその双腕に魔力を込めて迎え撃つ!

外装骨格に10%のダメージ!

ラスボスに15%のダメージ!


「ふん!流石は魔王を名乗るだけあるな」

「……わらわを相手取るのに、貴様の実力はその程度か?」


「ならば、食らうがいい!我が名はラスボス。最後の敵対者の名を持つ最強の魔王なり!」

「貴様程度で最強?井戸の蛙か……大海を知れい!」


魔王ラスボスは力を溜めた!

そして……全身の魔力を込めた一撃を見舞う!


「誠は死に刹那の快楽が世を覆う。言葉は意味を持たぬ死に止(いた)る病!終わる世界を、ここに!」

「……来い……!」


「これを受けられるか?……"終わる世界"!(エンド・オブ・ワールド)」

「その程度で世界が終わってたまるか!」


膨れ上がる魔力が無数の刃となり外装骨格に突き刺さり……爆発する!

魔王ハインフォーティンは耐えた!

外装骨格に80パーセントのダメージ!

ダメージ、レッドゾーン!(ただし中身は平然と無傷)


「はっはっは!流石の貴様もこれには耐え切れまい!」

「……ふん。確かにボロボロだ……が、まだ動くぞ?」


魔王ハインフォーティンの膝狙い!

低い体勢で繰り出される前蹴りが、魔王ラスボスの膝を破壊する!


「ぐおおおおぁっ!?な、何故その傷で動ける!?」

「……まだ終わらん。祖父の代より続く赤き一撃を食らってたもれ?」


ハインフォーティンの更なる追撃!

ラスボスの鼻の穴に巨大な練り唐辛子をねじり込む!


「ぎゃあああああああああああっ!?」

「効くだろう?効くよな?うむ。効くのだこれがまた、ハハハ……」


未知の感覚!

魔王ラスボスは悶絶し戦意を喪失した!


「トドメだ……」

「そうはいかんぞ!」


竜人ドラグニールが左翼を突破!中央戦線に突入した。

側面からの強烈な斬撃!

外装骨格に3%のダメージ!


「ぬうっ!外装骨格の戦力は鍛錬では上がらん!もう暫くは動かんな。まあ止むなしか……」


外装骨格は緊急自己修復モードに移行!

魔王ハインフォーティンは一時戦線を離脱した。

その隙を突いてドラグニールは魔王ラスボスの元に駆け寄る。


「魔王様。教授が近場に撤収用のゲートを設置いたしました」

「ごほっ、ごほっ……ドラグニール?我に引けと言うのか!」


「その通りです。残念ですが現状では撤退すら危うい。ここは引いて再起を!」

「……ぬっ。ぐうっ…………全軍撤退準備!急げぃ!」


魔王ラスボスは撤退を決意した。

攻撃側全軍が一斉に反転!


「魔王様。門の守護はこの四天王第二席プロフェッサーリッチーにお任せを」

「うむ。我は先に行く……生きて戻れぃ!」


死霊の軍勢が最上位指揮官の戦線復帰を受けて復活。

……魔王ラスボスは一足先に元の世界へ撤退!


……。


ターン9

攻撃側はほぼ継戦能力を喪失。

防御側の掃討モード!

魔王ラスボス旗下、死霊の軍勢が撤収用のゲートを死守している。

太陽がさんさんと大地を照らした。

死霊の軍勢は弱体化している……。


「ほっほっほ。既に死んでおる身に生きて帰れとはご無体な」

「教授、私は追撃を受けている味方を助けに行く。ここはお任せします」


「いや、それは第4席殿に任せよう」

「……そのグリーンドラゴン殿は?彼はまだ若い。最前線に出すのは少し心配なのですが」


スピンクスはグリーンドラゴンと戦闘中!

サンドール軽歩兵部隊の援護攻撃!

二頭の巨獣の戦闘は一進一退を続けている……!


「押されている?それではこちらも加わるか!」


モーコ弓騎兵が駆けつけた!

火矢の雨がグリーンドラゴンに降り注ぐ!


「……い、今だ!」

「に、にや、オオオオン!」


相手が怯んだ隙を突き、スピンクスが特攻!

グリーンドラゴンに致命的ダメージ!


「勝った、ぞ……!」


しかしスピンクスも力尽きた。

双方共に戦場に倒れこむ……!


【どうやら勝負あったようですな】

【……どうやらラスボスと言う男の勢力が異次元移動の技術を保持しておるようで】


【ハインフォーティンなる女の勢力にその技術は?】

【無いようですね。まだ警戒には値しないかと】


謎の勢力の観察はまだ続いている。


……。


ターン10

攻撃側全軍の再集結完了。

撤退開始!


「さて、このまま無事に帰してくれますかな?」

「……無理だな。出来る限りこちらで敵の追撃を……」


『ならばこちらの相手をしてもらおうか?魔王軍四天王が第二位、竜殺爪のスケイル見参!』

「ゲゲゲと五月蝿い奴め!この四天王主席・竜人ドラグニールが相手だ!」


防御側の追撃!

撤退中の攻撃側は大打撃を受けた!

竜殺爪と竜人の戦いは一進一退を続けている!


「もう少しですな……最後は我がアンデッド達に任せて頂きたい」

「ぐうっ……お願いする。ドラゴニュート全隊撤収!」


最精鋭竜人部隊、撤収開始!


「そう容易く帰れると思うな!行け、真の魔王軍四天王筆頭よ!」

「ぴいいいいいいいいいいいいっ!」


敵の撤収に合わせ防御側の伏兵が発動!

魔王ハインフォーティン側の四天王筆頭にして魔王の幼馴染。

大きく育った氷竜アイブレス!

戦場の地下より大地を割って、駄目押しに登場!

その氷結のブレスにより広範囲の敵が凍りつく!


「ぐっ!私の最精鋭竜人部隊が!?」


氷結のブレスにより最精鋭竜人部隊は大きな損害を受けた!

……攻撃側の撤収は続いている。


「アイブレスは負けた時の保険だったのだがな?まあ勝てたのだからよしとしようか」

「……甘かった。と言う訳か?あの人間の女将軍といいこの世界の者どもは皆手強い……!」


「ドラグニール殿!戻りなさい!ここは私が出来る限り支える事にします!」

「…………全軍撤退!死霊の軍勢は殿をお願いする!」


攻撃側撤退成功部隊一覧(暫定)

魔王直属軍   20,000

最精鋭竜人部隊    300

混成魔獣軍団   4,500

隷属人間部隊     200


【……このままではこの世界に異次元移動の技術が渡るな】

【少なくとも初歩的な蒸気機関があるだけの世界には不要でしょう】


空中に不可視の戦闘艦が浮かんでいる。

謎の勢力からの攻撃。

不可視の戦闘艦より高出力レーザーが発射された!


「……こ、これは!?」

「奴等、でありますね」

「他所様に気を使いながらの戦争とは。なんとも面倒な時代になったのですよー」


高出力のレーザー砲によって門とその周囲が焼き払われる。

魔王ラスボス側四天王プロフェッサーリッチー、消滅!

最上位指揮官の消滅により全アンデッドが土に還った!

魔王ラスボス側の全勢力撤退、または消滅!


【これでよし。彼のラスボスと言う男の行動は今後も監視を続ける】

【了解。では、こちらも撤退します】


不可視の戦闘艦が撤退して行く。

これにより、全敵対勢力が戦場より離脱。

魔王ハインフォーティンの勝利が確定した!


……。


最終戦績

防御側大将、魔王ハインフォーティン
最終残存戦力(総軍67,000)
・直属リザードマン部隊  1,100
・聖樹と女神の信徒達  18,000と200
・コケトリス空挺爆撃隊 10,000
・シバレリア歩兵    26,000
・モーコ弓騎兵      5,100
・サンドール軽歩兵    4,200
・混成魔物部隊      1,700
・守護隊           500
・聖印魔道竜騎士団      200


攻撃側大将、魔王ラスボス
最終残存戦力(総軍38,900)
・魔王直属軍    19,400
・最精鋭竜人部隊    290
・死霊の軍勢        消滅
・混成魔獣軍団    4,100
・隷属人間部隊      110
・予備兵      15,000


戦死主要指揮官一覧

防御側

シバレリア大公 ジェネラル・スノー

サンドール総督 イムセティ=ハラオ=サンドール


攻撃側

四天王第二席 プロフェッサーリッチー

四天王第三席 デモンズゴート

四天王第四席 グリーンドラゴン

その他、リンカーネイトには関係ないが彼等にとっては重要だった人々多数



配置されていた場所が悪く戦う事が無かった人達(防御側のみ)


防御側撤退支援役、魔王軍四天王第三位 オーガ

念のための切り札、雷竜ライブレス・地竜グランシェイク

いつもの通常業務、グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ・風竜ウィンブレス

ルンのご機嫌取り、"まだ"手乗り竜のファイツー


……。


≪北の地・魔王城にて≫

昼なお暗い魔王城玉座の間。シバレリア皇帝の居城にもなったこの城で、

玉座に深く腰かけ深く瞑目していた長い青髪の少女が静かに目を開けた。

かつての短い手足は既に白魚のような爽やかな色気すら発する女のものに変化し、

胸元以外のスタイルも人が見れば羨むような美しい造形を見せている。


……魔王ハインフォーティン。巨大な外装骨格を駆る伝説級の魔王。

かつて異世界の魔王と戦った時、

彼女がまだ幼女と名乗っても問題の無い年齢であった事を知るものはそれ程多くない。


「魔王様。母を殺したあのラスボス配下の兵がこの大陸に侵入したと連絡があったゾ」

「……そうか。スー達の仇をようやく討ってやれるな。本当なら生き返してやりたかったが」

「当時はまだ蘇生の魔法の復活が間に合わなかったのですよー……間が悪かったのですよー」


傍らに控えるのは二人の少女。

空を舞う妖精と大型銃器を携えた民族衣装の戦乙女。


「10年前とは違う。今ならわらわだけで奴等を殲滅できよう……だが」

「魔王様。母の仇はこのフリージアにとらせて欲しいのだナ!」

「それに妹君の事もあるのですよー。即座に殲滅とは行かないのですよー」


妖精の名はハニークイン。

現、魔王軍四天王第三位・ミツバチの女王ハニークイン。

そして、


「よかろう。四天王第四位フリージア=ズィン=ルーンハイムに魔王ラスボス討伐の許可を与える」

「ありがたき幸せなのだナ、魔王様」


「従姉妹殿?余り無理をするでないぞ?」

「一切合切承知なのだゾ!」


彼女の名はフリージア。フリージア=ズィン=ルーンハイム。

10年前の戦乱で名誉の戦死を遂げたジェネラル・スノーの娘にして魔王の従姉妹。

シバレリア大公とモーコ大公の政略結婚の結果生まれた二代目シバレリア冬将軍である。

彼女は先代四天王である竜殺爪スケイルの引退に伴い、新たなる四天王として抜擢されていた。


……余談ではあるが、

父親のテム=ズィンが何処ぞのモンゴル帝国皇帝クラスの後宮持ちのためか、

親子関係は余り宜しくないらしい。

お陰でカルマの隠し子疑惑の消えない可哀想な娘でもある。


「……奴はもう少し落ち着いてくれればいいのだがな」

「母親から考えてそれは無理難題というものなのですよー」


兵を多数生き残らせた代償に、敵将と戦い死んだ先代ジェネラルスノー。

自分の伯母でもある彼女の死は、今もまおーの胸に小さなトゲとして残っているのであった。

……スノーの戦い方が下手だったのではないか?とは言ってはいけない事である。


「では、行ってくるゾ魔王様!」

「うむ。ガルガンの元へ向かうのだ。共に戦う勇者がおる筈だ!」


こうして新たなるトラブルメイカー、もとい戦士が隔離都市へと向かう。

大いなる敵と多分頼りになる味方。

勇者シーザーの、本当の戦いが始まろうとしていたのである……。


「あ、魔王様電話なのですよー?」

「もしもし、わらわだ。魔王ハインフォーティンだが?」

【これは姫様ご機嫌麗しゅう。早速用件に入らせていただきますが……】


なお余談ではあるが、10年前の戦いに介入してきた謎の組織は、

この10年の間に頭を挿げ替えられ既にカルマ一家の傘下に収まっていたりする。


続く



[16894] 06 道化が来たりて
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/03/28 22:23
隔離都市物語

06

道化が来たりて


≪勇者シーザー≫

昔、麦畑を見ていた事があった。

……農夫が麦を踏んでいる所を見て驚き、作物を粗末にするなと叫んだ事を覚えている。

農夫は言った。

麦は踏まれて強く育つのだと。


「……私も踏まれて、強くなるのだろうか?」

「立った!シーザーが立ったお!」


人の醜さを見せ付けられたあの日より三日。

あれから何もかも嫌になり塞ぎこんでいた私だが、

それでは何も解決し無い事に気付き、再び迷宮に挑むべく立ち上がったのだ。


「……では、行って来る」

「気をつけるんだぞ。しかし、今回ばかりはどうなるかと思ったわい」


私が絶望して喜ぶのは誰か?

そんな事は決まっている。

私が立ち上がり続ける限り、魔王ラスボスとの戦いは続いているのだ。

……だから、何時までも同じ場所で座り込んではいられない。

心技体を鍛え上げ、再び来る決戦に備えるのだ!


「それでは、首輪は外しますね」

「これでお家に送ってあげる事も出来るお。どうするお?」

「……ご迷惑でなければ、これからも迷宮に潜りたいのですが」


それ故クレアさん達にお願いし、自由の身になった後も迷宮に潜り続ける許可を取った。

そう、これからは義務感で潜るのではない。

全ては己の為、故郷の為。

自らの力で道を切り開くためだ!


……。


「と言う訳でシーザーが復活したからアルカナも一緒に遊びに行く事にしたのら」

「もう、この子は!シーザーさん、忙しいとは思いますが私達も同行させて貰えますか?」

「構わないが……クレアさんも?」


ただ、困った事に同行者が付いて来てしまった。

アルカナ君の耐久力なら何の心配も要らないが、どう考えてもクレアさんは危険だ。

護衛の騎士達も慌てているように見える。


「押さえがいないとこの子、何処までも暴走するんです。私が手綱を握らないと」

「おねーやんには危険だお!槍で2~3回刺されたら死んじゃうお?」


私としてもクレアさんには危険な事をして欲しくない。

よって、その旨を伝えたのだが……。


「いえ、他の探索者の方が居ないこちらの管理下の迷宮なら、街中より安全かと思いまして」

「……そう言えば盛りのついたわんこみたいなのはあのエリアには居ないお……」


「それに、その……」

「どうかしたのか?」


クレアさんはちょっと迷った後、こう言ったのだ。


「私達のせいで苦労してるんですよね?だから、私にも協力させてください」

「しかし……」


「迷宮の設計図を家から持ってきました。先に進むお手伝いが出来る筈です」

「クレアさん……」



これで首を横に振れる輩が居るのなら見てみたいものだ。

ともかく、私達三人はクレアさんの護衛数名を後ろに引き連れる形で迷宮に潜る事となったのである。


……。


「はっ、とっ、ほっ!」

「バックステップからのダッシュ突きだお!」

「アルカナ。私達の出番、無いね」


とは言え、基本的には私の特訓。

地下一階でいつものカーヴァーズ・スケルトンを破壊し、

すっかり顔馴染みのようになってしまったゴーレムに剣を叩きつける。


「最初の頃は随分殴られて青痣ばかり作っていたものですが、今は攻撃を食らうことすら稀ですよ」

「成長しているんですね」


言われてみて自分がこの迷宮に入る前より強くなっている事に気付く。

確かに、先日まで苦戦していた相手に勝利できるようになった。

これは大きな進歩だと思う。


「一週間の停滞は無駄ではなかったのか……」

「挫折してた三日間は無駄だったと思うお」


痛い。痛いところを突かれてしまった。

人の黒さを見せ付けられたとは言え、今の私に三日の時間は余りに大きい。

このロスが後に響かねばいいのだが……。


「シーザーさん!?」

「落ちるお!」

「……はっ!?」


ずり落ちかけた足。

慌てて落とし穴の淵に手をかけ、すんでの所で踏みとどまる。

危ないな。

考え事をしていて見えている落とし穴に落ちるなど笑い話にもなりやしない。


「危なかった……っと、これが例のあからさまな落とし穴だ」

「確かにあからさまですね」

「何の偽装もしてないお。やる気あるのかお?」


地下二階の落とし穴はどれもこれも落としてやるぞという意気込みの伝わってくる物ばかりだった。

天井に怪しげなオブジェを配置し足元への注意をそらしてみたり、

曲がり角の先にいきなり穴があったり、

一見すると別の箇所に落とし穴があるように見える幻術がかかっていたりと言う物もあった。


挙句に偽装の強度がかなりの物で、

上で戦闘でもしない限り落ちない落とし穴、そしてその先で待つ複数のゴーレム。

等と言う反則すれすれの物まで。

まあ最低でも上に何かのシートくらいは被せている。

だというのにここを含めて数箇所は判りやすい広間の真ん中に大きく穴が開いていた。

落とそうという気が全く感じられない。


「まったく、何のためにこんな物があるのか」

「これは……この中の一つが地下四階に続く階段のある部屋に繋がっているようですね」


……は?


「ハトが豆鉄砲食らったような顔してるお」

「つまり、あからさまで"落ちる訳が無い落とし穴"こそが先に進む道と言う訳です」


そんなの、ありなのか!?


『『『蟻!』』』

「あり姉やんが何処かで叫んでるお……とりあえず、正解の穴に飛び込めばOKって事だお?」

「そうみたいねアルカナ」


そうか。落ちたく無いという先入観とこんなのに引っかかるかと言うプライドが邪魔をして、

普通は見えている穴に落ちようなどとは思わない。

それが罠に見える道、と言う凶悪な偽装を生んだという訳か!?


「ならば、恐れる事など何がある?」


そして私はあからさまな落とし穴に飛び込んで……。


「でも、外れの場合は……酷い、地下水脈直行コースや電気ナマズ入りの池に針山!?」

「とおっ……え?おおおおおおおっ!?」


「あ、シーザーが串刺しになったお」

「……え?シーザーさんがどうかし、きゃああああああっ!?」


……またやり直す羽目に陥った。

どうも司教殿。探索三日目以来だから、一週間ぶりですか?

ええ。またお世話になります……。


……。


「さて、と言う訳でこの穴は外れと。地図に書き込んでおこう」

「後で売るんだお?」


「……何をだい?」

「地図だお」


青天の霹靂である。

教会で治療を施してもらい再び元の位置にやって来ていた私だが、

そこで地図上の落とし穴に針山のマークを記入した時にアルカナ君が横から顔を突っ込んできた。

そして第一声がこれである。


「売れるのかい?こんな個人用のメモ書きが」

「前人未到の新しい迷宮の地図だお?結構な値段がつくはずなのら」

「そうですね。唯でさえ探索許可が下りているのはシーザーさんだけですし」


いや、だとすればこの場所の地図が必要になるのは私だけのはずだが?

それに、設計図をクレアさんたちは持っているはずだが。


「通行禁止区域だから、それだけに奥に何があるのか気になってる人が一杯居るお」

「私達は運営側ですので。シーザーさんが作った地図はシーザーさんの物ですよ」

「つまり、道案内としての地図と言うより迷宮の内容自体が知りたいと」


進入禁止だからこそ先が気になるのは人の常か。

さればこのメモ書きもそれなりの価値を持ってくるのだろう。


「そうですね。それじゃあ、後で地図を写させてもらいます。利益の三割を後でお支払いしますので」

「幾らの値段がつくか楽しみに待ってるお!」


予想外の所から収入のあてが出来た物だ。

一応自由の身の上になったが自由に出来るお金は一銭もなかった。

これは正直ありがたい。


「さて、でしたら早速次の落とし穴に行きましょう?」

「そうですね。次はここです……っと、これは当たりか?見覚えの無い区画に、降りる階段だ!」

「おめでとうだお!」


そして二つ目の落とし穴で地下四階に降りる階段を発見した。

うん。これは幸先がいいな。

そう考えていると上から何かが降りてくる。

見ると、アルカナ君が柱にロープを結び付けていた。

所々に結び目があるが、これを足がかりに上り下りする訳だな?


「じゃ、上がってくるお」

「……何故だ?」

「あ、その……地図は正確で詳しい方が高値が付くんです」


それはそうだろうが、他に書き込んでいない区画など、

……まさか。


「つまり!残りの穴にも落ちておくんだお!」

「なん、だと……」


こうなってはやる他あるまい。

幸いアルカナ君がロープを何本か持っているようだし、柱に括り付けてゆっくり降りていくとしよう。

そう言う訳で三つ目の落とし穴にロープを腰に巻いて降りていく。

……足元に罠が無い事にいぶかしんだ私を数十本の矢が襲った。


「……血が……」

「弓兵が一杯うろついていたのら!書き書きするお!」

「鎧が弓矢で針鼠……あの、傷薬塗りますね?」


続いて四つ目に降りようとして、


「うおおおおおおおおおっ!?」

「ロープごと流されたお!」

「折角ロープで降りていたのに!地下水脈の急流に脚を取られるなんて!」


私は溺れた。


「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない!だが心折れる事無かれ!女神のご期待に沿う為に!」

「いつもすみません……」

「ごくろーさまなのら。一応、これで地下二階と三階の地図は埋まったんだお。先に進むお!」


……。


そんな苦労に苦労を重ねようやく辿り着いた地下四階。

……そこは、幾つもの立派な棺の並ぶ広大な空間だった。

奥には一際豪華な棺が静かに鎮座し、

更にその奥に地下5階へ続くと思われる巨大な鋼鉄の扉が存在している。

どうやらここは墓所のようだ。


「罠は無し……敵も無し、か。まあ、この棺にアンデッドでも入っていなければだがな」

「当然入ってるお」

「開けてみましょうか?」


今回に限りあっさりと言うものだ。

アンデッドが入っている棺を何故そうも簡単に開けようなどと言えるのか。


「おじちゃん、元気かお?」

「ヲヲヲヲヲヲヲ……」

「お元気そうで何よりです。起こしてしまって申し訳ありません。忠勇なるミーラの兵よ」


しかし、アルカナ君が軽くノックをしただけで勝手に棺が開き、

中から全身包帯姿の枯れ果てたアンデッドがその上半身を起こす。

そして二人に対し深々とお辞儀をしたのである。


「このおじちゃんはレキ大公国時代の防衛戦で死んだ英霊だお」

「そちらの方は北の皇帝との戦いで亡くなられた方ですね」

「……それは良いが……そんな英霊がなんでアンデッドになっている?」


しかも棺の中には立派な副葬品やお菓子、花まで備えられている。

しかも花は生花でその上枯れていない。

明らかに頻繁な手入れがされているように見えるのだが。


「そりゃ当然だお。一応志願制だし」

「……死霊術の餌食に志願、か……」


眩暈が、する。

何を考えているんだこの国の人間は。


「因みに一番の使い手はもう死んでるけど、かつての神聖教団大司教だお!常識だお!」

「常識!?これが常識!?頼む、これ以上揺らがないでくれ私の常識っ!?」


そしてここの世界の聖職者はどうなっているのだ!?

本当に何を考えているのか理解しがたい!


「術も道具も使い方次第です。それを理解できないようではまだまだですね」

「……誰だ!?」


落ち着いた声が何処からか響いた。

……そして、奥に鎮座していた一際豪華な棺が静かに開いていく……。


「ようこそシーザー君。私はイムセティ……見ての通りアンデッド、のミーラ兵ですよ」

「イムセティおじさん。お元気そうで何よりです」

「死人に元気も何も無いと思うお?とりあえずイムセティのおじちゃん、やっほいだお!」

「……最近のアンデッドは喋るのか……そうなのか……」


すっくと立ち上がるその姿はやはり枯れた包帯まみれのアンデッド。

しかしその上に煌びやかな鎧を身に着け、立派な槍を手にしている。

きっと、生前はひとかどの人物だったのだろう。


「イムセティおじさんは母の弟に当たる方でして、祖父の祖国を預かって貰っています」

「死んでるけど今でも総督なんだお。今回はシーザーの為に特別に来て貰ってるお!」

「そ、それは光栄です……」

「驚かれましたか。まあ気持ちは判りますね。私としても余り人前に見せたい姿ではないですから」


その後軽く自己紹介があったが、彼は10年ほど前に無くなったクレアさん達の叔父らしい。

要するに戦死したが優秀だった事もありそのまま死なすのは惜しいと復活させられたのだとか。

普通のアンデッドとは違い知能を高く残したままなのが特徴との事だ。


「幸か不幸か、術の下準備は済んでいました。私としても姪が一人前になる所を見れるのは嬉しい」

「……はあ」


良かったですね、とも酷い話だ、とも言えず私は沈黙するしかなかった。


「おじさんが、最終試験の試験官を勤めます。それにパスすれば他の迷宮の探索権が得られるんです」

「クレアの言う通り。強い武具を探すもよし、体を鍛えるも良し……帰りたければすぐに帰れますよ」


ああ、そうか。

私の罪状は消えている。送還術の準備は整っているだろうし、帰りたければ帰れるのだ。

ただ、帰ったところで今の私ではラスボスに捻り潰されるのがオチ。

国の皆には本当に申し訳ないがもう少し待ってもらわねばならない。


どうやら強力な装備品もこの迷宮には眠っているようだ。

それらを集め訓練を積み、魔王と戦いうる状態を早く作らねばならない。

その事を胸に私は口を開く。


「私が帰る時の絶対条件として魔王ラスボスに勝利出来る力を得ている必要があります」

「……ならば私の試練を突破していただきましょう。試練は二つ」


二つの試練か。

これを乗り切る事が出来ねば話自体が始まらない。


「まずは……私と戦って貰います!」

「望む所です!」

「では、私達は後ろで見ていようねアルカナ」

「シーザー、頑張るお!」


……。


≪戦闘モード シーザーVSミーラ・イムセティ≫

勇者シーザー
生命力80%
精神力90%

ミーラ・イムセティ
生命力0%
魔力60%

特記事項
・仕事の後、強行スケジュールで移動した為イムセティのステータスが低下している。
・アリサから休みを取って見て来るよう頼まれたカルマが後ろの方でこっそり観察中。


ターン1

クレアとアルカナの声援!


「シーザーさん!頑張ってくださいね!」

「ファイトだおー?」

「ああ、頑張らせてもらう!」

「やれやれ、私は悪役ですか」


声援によりシーザーの精神力が回復した!

カルマの機嫌が少し悪化。


ターン2

イムセティの攻撃。

鋭く槍を突き出した!


「さて、まずは小手調べですよ?これで落ちるようでは話になりませんが」

「心配無用!」


シーザーは盾で槍を受け流した!

シーザーはダメージを受けない。


「今度はこちらから行きますよ、イムセティ総督!」

「むっ!話で聞いていたより攻撃が鋭いですね」


シーザーの反撃!

薙ぎ払われる剣の切っ先がイムセティを襲う。

剣がイムセティの肋骨を一本砕いた!


ターン3

イムセティの速攻!

イムセティは槍を振り下ろした。


「速い!だが……軽い!」

「受け止められましたか。ですが!」


シーザーは槍を盾で受け止めた!

イムセティの追撃!


「まさか一段で終わりなんて思ったわけではないですよね!?」

「盾が!?」


イムセティは受け止められたまま槍を回転させる。

そして、盾の下に柄をぶつけるとそのまま振り上げた!

シーザーの盾が腕ごと大きく持ち上がり、跳ね上げられる!


「腕が跳ね上げられた後、残るのは無防備な腹、ですよ!」

「ぐあっ!?」


盾を跳ね上げられ無防備になったシーザーの胴体に、容赦の無い槍の一撃が突き刺さった!

生命力に30%のダメージ!

シーザーは突き刺された槍を腕で掴んだ。

そして即座に反撃を試みる!


「はああっ!」

「ふむっ!?」


弾かれた盾での盾殴り!

イムセティは後方にローリングして回避!


「……申し訳ないが、槍に対して剣では不利なので」

「私は脆い。受けていたら大ダメージは必至、回避されてもこちらは武器を失う。いい判断です」


シーザーは手放された槍を後方に投げ捨てる。

イムセティは槍を失った!

カルマからの評価が上がった。


ターン4

イムセティはバックステップを繰り返し棺に戻ると銀の剣を手に取った!


「それでは、先の試練もありますし……いずれにせよここで決めましょう」

「望む所です」

「シーザー!気をつけるお!」

「シーザーさん。剣を抜いたからって剣で攻撃する訳じゃないですよ!」


イムセティは銀の剣を振り下ろす!

しかし、間合いは遠くシーザーには届かない。

シーザーは軽く腰を落とした!


「……はっ!」

「にゃあおおおおおおおん!」


横の壁が勢い良く崩れる!

側面から守護獣スピンクスが突っ込んできた!

シーザーは後ろに転がって辛くも攻撃を回避した。


「成る程、よい動きです。しかし回避運動を壁が崩れる前に始めていたようですが?」

「幾らなんでもあの距離で剣を振るっても私には届かない、つまり」


「つまり?」

「あれは兵の指揮を取る動きと見ました。少なくとも貴方からの攻撃ではない」


「それさえ見抜ければ、後は回避するだけと」

「最低限の備えですよ。何時でも一度跳べるようにしておけば動きの幅が広がりますし」


イムセティはシーザーの更に先へと視線を移した。

カルマが頷く。

イムセティは全力で突進した!


「……いいでしょう!ではこれを受けてご覧なさい。受けられるものなら!」

「真っ向勝負は騎士の誉れ!」


イムセティは△を描くような三段切りを放った!

シーザーは盾を捨て、両手で剣を握り締める!

……シーザーの力ずくの斬撃!

イムセティの剣は弾かれ、逆に鎧ごと袈裟懸けに切り裂かれた!


「……見事です。ですよね、陛下」

「ああ、正直この短期間にここまで伸びるとは思わなかった。こりゃ合格だろイムセティ」

「おとーやん!」

「お父さん、来てたの?お仕事は?」

「陛下?お父さん?……ということは、まさか……」


シーザーは一つ目の試練を突破した!


……。


≪勇者シーザー≫

私の目の前に王がいる。

……正確に言えばこの地は隣国からの租借地との事なので、

正確に言えばこの国の隣国の国王と言う事になる。


「それで?こいつの実力は扉の向こう側に居る連中に通じるのか?」

「はい。大丈夫でしょう……敵将にさえ会わなければ」

「それってボスには勝てないって聞こえるお」


「にゃおおおおおん……ごろごろごろごろ」

「スピンクス、元気そうね?ふふ、巨体のゴーレムの癖に甘えん坊さんなんだから」

「クレア、スピンクスはサンドール王家の守護者。真に女王たるお前にならば傅いて当然なのです」


しかし良く判らない。

この国はトレイディア、クレアさん達の国はリンカーネイトと言う筈。

なのにクレアさんの事を人はサンドールの王女と呼ぶ。

はて、いったいどうなっているのやら。


「しりたい、です?」

「ならば教えてあげるであります」


背後から声がかかる。

いつの間に後ろにいたのかアリシアさんとアリスさんがニマニマしていた。

子供に見えるが彼女達はクレアさん達の叔母に当たる。

私よりも年上の可能性もあるならば一人前のレディとして扱わねば失礼に当たるだろう。


王宮勤めで一番最初に身に付いた出来る限りの優雅な一礼。

各家のご婦人方のご機嫌を損ねないよう必死に覚えたものだが世の中何が役に立つか判らないと思う。


「これはアリシアさん、アリスさん。ご機嫌麗しゅう」

「いえいえ、どういたしまして、です」

「シーザーは真面目でありますねぇ。とりあえず、細かい所はごにょごにょ……」


……聞かないほうが良かったかも知れない。

本国は公国級なのに王国級の支配地域を幾つも持っている連合王国。

それがリンカーネイトの正体なのだ。


現在存在する構成国家はレキ大公国・ブラックウイング大公国・シバレリア大公国・モーコ大公国。

そしてサンドール王国・ルーンハイム王国(旧マナリア王国)の六カ国。

更に、次期国王であるグスタフ王子と、トレイディアのガーベラ王女との婚約により、

数年後にはこのトレイディア王国もその版図に加わる事になっているのだという。

しかもそれでこの大陸が一つに纏まるとの事。


……もしかしたらいずれアラヘンのように世界が一つに、

などと思ったが、それについては否定された。


「うちのやりかた、こくみんにあまい、です。ちいさなくにのうちは、よかったです、が」

「今のままだと次の世代辺りから増えてくる増長した連中に、国ごと食い潰されるであります」


何故それが判っていて変えられないのだろうか。

いや、一度上げた生活水準をそう容易く落とせはしないか。


昔……アラヘンに手漕ぎポンプの井戸が無かった頃、水汲みは重労働だった。

城で使う水を、井戸に桶を下ろし持ち上げる労働を幾度と無く続けるだけで用意せねばならないのだ。

私が子供だった当時、その仕事は嫌われ者や立場の弱いものの仕事だった。

立場の強い使用人はそれよりは楽な仕事に従事していたのを覚えている。


……水が楽に汲めるようになった途端それは一変し、今度は立場の強い使用人が水を汲むようになった。

そしてポンプが壊れた時、

直るまでの間また立場の弱い使用人が桶を井戸に下ろすことになったのだが、

その時彼らはこういったのだ。


"早くポンプが直らないかねぇ"と。


ポンプが直れば結局別な仕事に回されるだけだ。

彼らに益は無い。

元よりは楽な仕事では?と言う意見もあるが、

なれない仕事は却って大変そうに私には見えていたのだ。


だが、彼らに言わせればもっと楽に出来るのにこんな苦労をするのは馬鹿らしい、との事だった。

……長年勤しんで来た仕事だと言うのに。


「何時か、ご飯を貰えるのが当たり前だと思う連中が出てくるであります」

「そして、もっともっと、いろんなもの、ほしがるです」


「そのときは、くになんか、すてちまえって、にいちゃ、いうです」

「大切なのは家族の幸せ。こっちを敵対視する国民なんてもう家族じゃないでありますからね」


しかし、だからと言って国ごと捨てようという彼女達の言い分は良く理解できないが。


「いまさら、しょくりょうはいきゅう、やめられない、です……はんぱつ、すごくなる、です」

「今は嗜好品の為に働くから一応バランスが取れてる。でも何時かそれもただで欲しがるであります」

「……あなた方は人を信じているのですね。人の悪意を」


だから何の気負いも無くそんな事をいえる彼女達に私は空寒い物を感じたのである。

国民は国と共にあるものだ。例え王が王足りえずとも臣たれ。

私は子供の頃からそう教えられてきたのだから。


……。


「……では、陛下ご自身が出られるのですか?」

「不服かイムセティ?」


「いえ。陛下がお出でとあれば何の心配もありません。ご武運を」

「よし!では試練の第二部は俺が引き継ぐ。シーザー・バーゲスト!」

「は?……はっ!」


はっとした。

国王陛下が私を呼んでいる。


「ちょっと、はなしこみすぎた、です」

「長い説明ゴメンであります」

「いえ、大変ためになりました。有難う御座います。それでは!」


小さなレディ達にまた一礼をすると私はリンカーネイト王の元に向かう。

……武人肌の王のようだ。黒と金の鎧をまるで普段着のように着こなしている。

さて、次の試練とは一体?


「さて。俺がリンカーネイト王カール・M・ニーチャだ。カルマで良い」

「はっ!陛下。ご尊顔を拝する栄誉に預かり光栄至極」


「……ではシーザー。お前にはこの先に何が見える?」

「はっ!扉ですね。それもかなり大きく頑丈な」


地下4階の最奥部にはその先へと続く階段を塞ぐかのように巨大な鋼鉄の扉が……、

……今、振動しなかったか!?


「気付いたな?」

「は、はい……揺れております国王陛下」


やはり、揺れているのだ。

しかし何故!?


「……この先に身の程知らずにもここに攻め込んできた馬鹿の軍勢が居る」

「まさか!魔王ラスボス!?」


リンカーネイト王がゆっくりと頷いた。

……奴等、もう来ていたのか!


「陛下!奴等は私を追ってここまで来たものと思われます!私は奴等と戦わねば!」

「馬鹿言うなお!扉を開けたらなだれ込んでくるお!」


無茶は承知だが、私がやらずして誰がやる!?

元々私が呼び込んだ災厄なのだ。せめて数秒の時間があれば表には出られる。

元よりその後は扉を閉めてもらっても構わない……!


「……シーザー。ラスボスの軍勢を突破し敵将に到達せよ。これが第二の試練だ!」

「おとーやんが無茶苦茶言ってるお!?まあ何時もの事なのらけど……」

「お父さん!シーザーさんに死ねって言うの!?」


クレアさん達が抗議の声を上げるが、

どちらにせよ、私は駄目と言われても突っ込んでいく気だった。

それが試練だと言うのなら丁度良い。


「行きます。行かせて下さい国王陛下!」

「そんな!?」


「クレアは心配するな。俺が引率するから」

「本当に心配なくなったお!」

「なんだ。それなら問題ないね。シーザーさん、父に付いて行けば大丈夫ですよ」

「え……と。それは国王陛下直属の軍勢が共に来て頂けると言う事ですか?」


それならば確かに心強いが、それでは試練にならないような気も。

いや、侵略軍が迫っているのだ。

細かい事など言っている場合ではないのか?


「いや?付いて行くのは俺一人だが」

「むしろ陛下の突撃についていける兵はそう多くないですからね」

「……あの、国王が敵軍に単騎突入すると言っているように聞こえるのですが?」


正気か!?いや、本気なのか!?

確かに今も扉からかんぬきが抜かれようとしているし、

クレアさん達も後ろの方へ下がっていった。

更に兵達が半円の陣を組んで敵の突破を押さえようとしているのはわかる。

だが、王自身が敵陣へ突入。だけでも理解しかねるのに、

しかも単騎で……など、無謀以外の何物でもない!


「死ぬ気ですか貴方は!?」

「むしろ殺る気が満ち満ちているが何か?」


しかも周囲が"またか"とでも言いたげなほどに慣れているのが恐ろしい。

彼らは自国の王が戦死されたらとか考えないのか!?


「ふう、意外と扉が早く破られそうだな。こりゃ俺が出張ってきて正解だ」

「アリサ様の見立てが間違っていなかった、と言う事でしょう。さすが我が国の黒幕様ですね」


「違いない……アリサの奴、後で小突いておくか。せめて俺には正確な情報を寄越せと小一時間……」

「あり姉やんだったら、全部知ったら面白くないとか言い出すお。無駄な事は止めるお、おとーやん」

「あの!?本気で王が単騎突入する気ですか!?後詰の兵は!?」

「シーザーさん?父なら何の心配も要りません。むしろ貴方が付いて行けるかが心配なくらいですよ」

「まあ、心配は無用です……陛下!ご武運を!」


そして本当に巨大な鋼鉄の扉が開かれていく。

迷宮の上層より兵士が駆けつけてきたが、彼らは本当に迎撃に専念する気のようだった。

……信じたくは無いが、これは本気だ。

私はリンカーネイト王と共にたった二人で敵陣に攻め入らねばならないのだ。


「シーザー、とりあえず俺は軽く流していく。遅れるなよ」

「……魔王ラスボスは軍勢も強力無比。決して侮られませんように」


私の言葉に国王は笑う。


「ああ。知ってるよ……確かに一般兵には相手にさせられないな。確かに強力な兵が多い」

「一般兵には、ですか?・・・・・・くっ、敵がなだれ込んできたか!」


私がその言葉の意味を本当の意味で知るのは、

そのすぐ後の事であった。

そして私は思い知る事になる。

不条理とは本当に何処までも不条理であると言う事を。

そして、何故彼の王が魔王の軍勢の強さを知っているのかと言う事を……。



『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』



開きかけていた扉が外側に吹き飛ぶ。

まるで時が止まったかのような一瞬の停滞。

火の玉のような何かが下階へと飛んで行き、そして消えていく。

そして肌に痺れが走った瞬間、

……視界全てが白く染まった。


……。


「い、一体何が……!?」

「……!……!?」


気が付くと迷宮の床に仰向けに倒れていた。

イムセティ総督が私の肩を強く揺さぶっている。

何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。

……ああ、耳をやられているのか。


「……すか?……いじょうぶですか!?」

「大丈夫、です……」


頭を振って起き上がると鋼鉄製の巨大な扉がひしゃげて転がっていた。

国王陛下は既に先に進んだのだと言う。

総督に肩を貸してもらい先に進んで、

壊れた扉の先、焼け焦げた階段を降りていくと……私は圧倒された。


「これは……」

「地下5階は異世界からの侵攻に対する防衛ラインなのですよ」


生気を失った両腕を大きく広げ、イムセティ総督が少し自慢げに言う。

そこは、まさに巨大地下空洞と呼ぶに相応しい空間だった。

これといった罠は無い。代わりに天井に小さな穴が空いていて、そこから矢が降り注いでいる。


「第一王女様のお力により異界よりの侵入者はこの迷宮奥地にしか転移出来ないようになっています」

「それなら完全にシャットアウトした方が有効なのでは?」


「完全に入れないのなら敵対者は結界破りをしますよ。穴があったほうが御し易いのです」


そう言って総督は迫ってきたワーウルフに槍を突き立てる。

そう言うものなのだろうかと思いつつ、私も剣を振るった。

次々と攻め寄せる敵を切り伏せつつ少しづつ先に進もうとしていると、

突然前方に巨大な火の海が出現し、魔王軍の流入が止まった。


「陛下の"火球"(ファイアーボール)でしょう。さて、これなら先に進めますね。武運を祈ります」

「有難う御座います……奴等は私が呼び込んだようなもの。この世界の方々には本当に……これは?」


総督に礼を言い、先に進もうとした私に差し出される小瓶。


「傷薬です。姪を助けて頂いたせめてもの礼ですよ……今日でなくとも何時かきっと必要になるから」

「宜しいのですか?」


「ええ。クレアは我がサンドールの希望。アルカナ様は第一王妃殿下の愛娘ですからね」

「感謝します!」


それを受け取り、私は走り出す。

これは魔王ラスボスとの戦いであり、同時に私に対する試練でもある。

本来試験官であるイムセティ総督がここまで着いて来て、

更に薬まで用意してくれたのは本来良く無い事のように思う。


「では、私はここまで……さあ、行きなさい。私は後続が来るまで地下四階を守らねば」

「お世話になりました!」


それでもここまでしてくれたのだ。

その心意気に応えずして何が勇者か!


……。


所々に焦げ跡の残る地下迷宮を行く。

目印は視線の先で時折上がる炎。

時折ワーウルフや更に強力な亜人種であるワータイガーが襲い掛かってくるが、

敵が傷ついている事もあってか何の問題も無く先に進める。

特にワータイガーは本来一対一でようやく倒せるレベルの相手のはずが、

かなり弱っているのか4~5回の斬り合いで討ち果たせていた。


「お。追いついたか?」

「国王陛下……」


そしてリンカーネイト王に追いついた所で私が見たもの。

それは。


「お前……お前は一体何者なんだよぉ!?」

「カルマだ。覚えておけ」


大地にのたうつ巨大な……ヒル。

体の太さだけで私の倍もある文字通りの巨大な軟体生物だった。


「俺は魔王ラスボス様に仕える四天王ヒルジャイアント!」

「第何席だよ。言ってみろ巨大ナメクジ」


「……四天王だ」

「つまり第四席か。四天王では下っ端なんだな?そうなんだな?」


「うがああああああああっ!うるせえええええええっ!」

「そら、デコピン」


「ウギャアアアアアアアアッ!?」

「そういや10年前、上司見捨てて泣きながら逃げてなかったかお前……」


あの巨体がひしゃげて吹っ飛んだ!?

一体国王陛下は何をしたんだ?

飛び掛られたところに軽く腕を伸ばしたように見えたが。


「くそっ、何もんだお前!このヒルジャイアントが手も足も出ないとは!……元々無いが」

「なんと言うかご愁傷様だな。とりあえず、飛んでけ」


そして無造作にそのぬめぬめとした体を親指と人差し指で掴むと、

まるで小石を放り投げるように吹き飛ばした!

飛ぶ、飛ぶ、落ちる、轟音と共に転がる。

そして多分仰向けで痙攣し……暫くしてからようやく起き上がった。

まるで相手になっていない!


「さて、シーザー。コイツがここの指揮官のようだ」

「は、はい。そのようですが」


……もう、私の出る幕など無いのではないだろうか。

どう見ても国王陛下は余裕そのもの。

今もワータイガー三体の攻撃を平然と受け続けている。

まるで、居ても居なくても変わらないとでも言うかのように。


「しかし、流石にうざったいな……それ、パチンとな」

「指を鳴らしただけで吹き飛んだっ!?」


そしてまるで馬が尻尾でハエを払うかのように面倒そうな動作で指をパチリと鳴らすと、

次の瞬間、私のところまで届く激しい衝撃。

鎧がグワングワンと音を立て、全身には張り倒されたような痛みを覚える。

衝撃に弾き飛ばされた兜を急いで拾い上げると、

気付けば至近距離に居たワータイガー達は全員死ぬか泡を吹いて気を失っていた。


「この微妙なレベルの相手だと加減が難しいな」

「化けもんだ!化けもんが居る!」


巨大な軟体動物が何を言っている!?

という気もするが、正直私も同意見だ。

何者なんだろうこの方は?


「さて、シーザー……お前の出番だぞ」

「……はっ」


そうだ。驚いている所ではない。

奴等はアラヘンを滅ぼし、今この世界に攻め込んできた侵略者だ!

国王陛下の自信の理由は判った。

これだけの力があれば、

魔王ラスボスはともかくとして配下の四天王などは文字通り一人で倒せてしまうのだろう。

だというのに今まで戦闘を長引かせていたのは……。


「私に、国の皆の仇を取らせて頂けるのですか!?」

「それもあるが……実際の所、主な理由はあまり褒められたものじゃないな」

「おいお前!俺を馬鹿にしてるのか!?手を抜いていたというのか!?」


……幾らなんでもそれに気付いていなかったのか!?

腰の剣は抜いていないしあの恐るべき威力の炎の魔術も使用していない。

その上明らかに体中の筋肉が弛緩しているではないか。

いや、違うか。そんな所まで見ている余裕が無いのだ。

迫り来る死の実感……受けた事が無くばその重圧に耐え切れまい。


「私はアラヘンの勇者シーザー・バーゲスト……四天王ヒルジャイアント、勝負だ!」

「……まあいい。ならせめてこの負け犬だけでもぶっ潰させてもらうか」


「負け犬か……」

「そうだ!お前の故郷は滅んだぜ、そして……次の標的を見つけてくれた以上お前はもう、用済みだ!」

「「「「「ブッツブセーーーーーッ」」」」」


国王陛下が後ろに下がったのを見計らったかのようにワーウルフとワータイガーの混成部隊が現れる。


「……卑怯な!」


圧倒的強者の影に怯えて主君を見捨てて戦いもせず逃げ!

挙句に与し易い相手と見るや出てきて徒党を組む、か。


私は盾を背中に背負うと剣を両手で構え、力を貯める。

卑怯者め!

我が家に伝わる家伝の妙技を……食らえええええいっ!



「秘剣、回・転・斬りぃっ!」

「「「「グヤアアアアアアアアッ!?」」」」



全身を一回転させ、全方位を一度に切り裂く!


その剣閃が舞った後、生きて残る敵は無し。

場合によっては敵から背中を切り刻まれる危険を孕むが威力は抜群、

そして360度を一度に切り払うが故に一体多数でその真価を発揮する。

これこそ我が家に伝わる奥義、回転斬りなり!


「ふん。人狼に虎人どもが一撃か」

「次は貴様だ、ヒルジャイアント!」


血糊で濡れた剣を三回ほど振り払って血を飛ばす。

そしてヒルジャイアントに向かって切っ先を突きつけた。


「魔王様に傷を付けたと言うのも頷けるな。丁度いい、お前を倒して今回の失態の穴埋めとしよう」

「舐めないで頂きたい!」


私の剣がヒルジャイアントの体に吸い込まれる!

切り裂かれた部分より血飛沫が飛ぶ!

……が、すぐに傷口は塞がり血も止まった。


「なっ!?」

「この再生能力こそ俺が魔王軍四天王になれた理由だ……残念だったな!」


そして、ゴロリ、と言う音と共に。


「その重装備では、避けきれないよなぁ?」

「うわああああああっ!?」


迫る巨大な影。

体勢は剣を振り切ったまま。

確かに避ける事も、防御を固める事も、出来ない。


私は、黒い影とその巨体に飲み込まれ、

……押しつぶされた。


……。


それからどれくらい経っただろう。

私は迷宮で誰かに背負われている事に気付いた。


「まさかあの攻撃から生き延びてくれるとはな……嬉しい誤算だ」

「国王陛下……?」


私は国王陛下に背負われ、地下四階への道を戻っている所だった。

全身の感覚は無い。

ただ、明らかにひしゃげている鎧兜の感覚から、己の敗北を知るのみだ。


「命も危ない所だったがな。まあ紙一重って奴だ」

「……私は、負けたのですか」


悔しいとかそう言う気持ちも湧いてこない。

ただ、あれだけ無様な所を見せていた相手にすら瞬殺される自分が惨めで、悲しいだけ。


「まあ正直あいつにはまだ勝てる訳が無い。気にするな」

「そうだ。ヒルジャイアントはどうなったのですか!?」


「……逃げた」

「そんな!国王陛下なら幾らでも倒せた筈……」


まさか、私を逃がすために止めを刺しそこなったとでも言うのか!?

だとしたら、私はとんだ道化だ。


「勘違いするなよ。どちらにせよあいつはここでは逃がす予定だった」

「え?」


敵を逃がす?しかも四天王を。

あいも変わらずこの世界の人間は何を考えているのか判らない。

ただ、どちらにせよ私には判らない理由がある事だけは判った。


「一つだけいえるのは、大事な事は与し易さだって事だ……で、どうする」

「どうする、と言いますと?」


そして、国王陛下はぴたりと立ち止まると真剣な面持ちでこう言われた。


「諦めるならそれも良しだ」

「……」


「俺達の力は良く判ってくれたと思う。お前が諦めてもこの世界は問題無い事もな」

「その場合、私はどうなるのです……元の世界に送り返されても居場所などありません」


そうだ。このまま諦めるというのなら私という存在はどうなる?

ここで逃げを打ったら私はもう勇者とも騎士とも名乗れない。

勇者でもない、騎士でもない私とは一体?


「唯の人として生きればいい。市民権はやるからごく普通に生きればいいさ」

「お断りします……私は、諦めない。一度折れても最後には必ず立ち上がってみせます!」


聞くまでも無い。

そうなったら私は死ぬ。間違いなく自分で自分を許せないだろう。

生きた屍となるくらいなら、最後まで戦って前のめりに倒れたい!

……そうだ。一度や二度の敗北で諦めていられるか……!



「よし、合格だ!」



と、そう考えた時だ。

国王陛下の何処か嬉しそうな声が聞こえてきたのは。


「いいだろう。ならばこの迷宮を有効に使い、魔王ラスボスと戦えばいいさ」

「宜しいのですか?国王陛下が直接動いた方が楽に問題が片付くのは間違いないように思いますが」


それは私の本心だった。

どう考えても国王陛下だけで四天王の一人や二人は倒せそうだ。

勇将の元に弱卒無し。

魔王ラスボスといえど、彼の王に仕える騎士達なら全力で挑めば間違いなく勝てる。

私に戦わせるなど無駄の極みのような気がするのだが。


「最近小うるさい利権団体が五月蝿くてな……どっちにせよ暫くは守りを固めるしかないのさ」

「国内の意見集約ですか」


なるほど。私に許されたタイムリミットは、国王陛下が国論を統一するまでの間と言う訳か。

いいだろう、やって見せようではないか。

我が名誉のために!


「別に強権発動してもいいんだが、そうなると連中鬼の首を取ったかのように喜びやがるからな」

「何処の世界にも自分の事しか考えない連中は居るものです。ご心痛お察しします」


「まあ、いざとなったら国の方を切るから問題は無い……さて、立てるか?」

「は、はい」


そういえばまだ背中に背負われたままだった。

ゆっくりと降ろされると、国王陛下はニヤリと笑う。


「そうだ。丁度いい……お前、魔法に興味はあるか?」

「はあ。魔法ですか?」


魔法か。確かに使えるのなら使えた方がいい。

しかし、今まで剣術一本で来たのだ。

今更それに時間をかけるよりは剣を降る時間を増やした方がいいと思うのだが。


「もし興味があるなら俺が使えるようにしてやるが?お前には確実に才能があるはずだからな」

「……はあ、では一度だけ試してもらって宜しいですか?」


とは言え、折角の国王陛下の行為を無にするのもな。

とりあえず一度だけ教わってみるか。

結局私の非才により出来ませんでした、なら向こうの面子も潰さないだろう。


「よし、では『管理者ファイブレスの名の下に彼の者に魔力の使用権限を与える』っと!」

「はい。ではまずどうすればいいのですか?とりあえず今日は体がボロボロで余り無理は……」


そう思っていたのだが……。


「うん。では両手をこう組んで……とりあえず、で、こう叫べば……よし、やってみろ」

『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』


組み上げた手の先から炎が飛んで行く。

勿論国王陛下のものには遠く及ばない。

だが、全くの素人であるはずの私の腕から魔法が……。


「……なんですかこれ?」

「火球(ファイアーボール)の魔法だ。まあ基本中の基本だと思ってくれればいい」


「いえ、そうでなくてなんでこんな簡単に」

「俺が認めたからな。魔力の自然回復はしないから切れたら……話は通しておくから教会に頼め」


「……いえ、ですから……いえ、なんでもありません……」

「よし。今度会う時は別な魔法を授けよう……魔法も使い方次第だからな。頑張れよ」


「は、はい」

「今後は地下一階から行ける別なフロアへも入場可能だ……この奥へは自信が付いたら潜るといい」


そう言って、呆然とする私を尻目に国王陛下は行ってしまった、


しかし何故あんな簡単に……いや、細かい事は考えるな。もっとポジティブに行こう。

即物的だが新たなる力が手に入ったのだ。

あのヒルジャイアント、あの軟体具合では炎が弱点の可能性は高い。

魔王軍に一矢報いる切り札が増えたと思えばいいのだ。

うん。理不尽だと思うべきではないな。


「魔王ラスボスーっ!母の仇なのだナーっ!」


む?

今誰か私の後ろを通り過ぎなかったか?

誰も居ないか……きっと気のせいだ。

ああ、今日は疲れているな。

もう部屋に戻ってゆっくりと休む事にしよう……。


続く



[16894] 07 小さき者の生き様
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/04/15 16:09
隔離都市物語

07

小さき者の生き様


≪勇者シーザー≫

あの魔王ラスボスの尖兵との戦いより数日。

色々散々な目にもあったが、戦うべき者が現れたことにより私の心はむしろ軽くなっていた。

……私は世界を蹂躙する魔王の軍勢と今も戦い続けている。

決して逃げた訳でもなければ諦めた訳でもない。

不謹慎極まりないが、そう言える事のなんと心強い事か。


それに私の作った地図に値が付いたとクレアさんから連絡が来て、

私は前日に銀貨の詰まった袋を受け取っていた。

それを使って市場に並ぶ迷宮探索用の便利な道具類を一揃い買い集めたが、

買い集めた高品質の品々を見ていると、何処かこの先に進む自信が湧いて来る。

……私は少しづつだが先に進んでいるのだと、この地で得たその品々が教えてくれるのだ。

そう、諦めぬ限り道は決して無くなる事は無い。


例え、リンカーネイトの国王陛下の手によって魔王ラスボスが倒される事になろうとも、

あの方達はこの世界の住人。

祖国アラヘンを救うのは私しか居ないのだから。


「とは言え、何とも遅々として進まぬ道のりである事か」

「まあ、気にしても仕方ないっす。それで多分一通りの道具は揃ったし後はそっちの腕次第っすよ」


「はっ。感謝しますレオ将軍。折角の休暇を買い物に付き合って頂いて助かりましたが……」

「気にしない事っす。そっちは自分等を祖国解放の為に利用する、そして」


「そして、貴殿等は私を魔王ラスボスと戦う尖兵として利用する、そう言う事でしたね?」

「そう言う事っす。気に病むほど一方的な関係ではないって事っすね」


先日、あの地下空洞を守備している息子さんの様子を見に来たというレオ将軍と出会った際、

話の流れで収入が入りそうな旨を話したら、こうして買い物に付き合って頂ける事となったのだ。

コンパスと言う自身の向いている方角のわかる道具や荷物を背負うのに適した背負い鞄など、

見るだけでその有用性が一目瞭然の物から、

貼り付けるだけで細かい傷を止血する事の出来る絆創膏と言う地味だが有効そうな物まで。


「これだけの素晴らしい品物の数々があれば、魔王との戦いも楽になります」

「ああ、そうっすね。ラスボスとの戦いに……いや、むしろこれは迷宮を潜る助けになる物っすよ」


世話になっている宿の"首吊り亭"まで戻ると、

地下の視察も終わったので本国にそろそろ戻らねばならないというレオ将軍に別れを告げた。


「感謝します。私も特訓を重ね、この国の騎士達のような強さを身に付けねばなりませんので」

「……もしその気と実力があるなら迷宮地下四階に詰め所があるからそこで鍛えてもらうと良いっす」


実は今も将軍旗下の精兵の内100名が迷宮地下で魔王ラスボスの軍勢を押しとどめていると言う。

あの大軍勢を僅かな兵で抑え続けるとは尋常ではない実力と胆力の持ち主に違いない。

彼らはまさしく精鋭の中の精鋭なのだろう。

私はその勇気と力を見習わねばと思う。


「……では、いずれ己の力に自信が付いたらその時はお願いします」

「了解。じゃあ話は通しておくっすよ……でも、半端な実力で行ったら命の保証は無いっすからね?」


そんな話をしながら将軍と判れた私は、買い込んだ荷物を抱えながら首吊り亭のドアを開ける。

しかし、何か雰囲気がおかしいような?

良く目を凝らすとそこには、


「アルカナを可愛がるお!可愛がるんだお!」

「何をしているんだアルカナ君……」


テーブル上の木箱に入った文字通りの"箱入り娘"が居た。

自分の入った木箱をバンバンと叩きながら、何処か憮然とした表情で"可愛がれ"を連呼している。

一体どうしたというのか?

ガルガン殿も困り果てているようだし。


「おお、シーザーか。いやアルカナがの……」

「最悪だお!お小遣いを騙し取られたんだお!珍しいカラーひよこなんて嘘っぱちだったお!」

「……一体何が……」


話を聞いてみると、綺麗な色のひよこが売っていたので大量に買って来たのは良いが、

風呂に入れたら全部色が落ちてしまったらしい。


「コタツを探してるお!見つけ次第フルボッコにしてやんお!」

「あの牢人殿か……」

「良くコテツを信じる気になったのうアルカナ……」


「だって"信じてくれ!とらすとみー!"って言ってたんだお!騙されたお!」

「……信じろと他人に自分から言う輩ほど信用ならないものも無いのだが」


しかし、子供からお金を騙し取るとは相変わらず不届きな事だ。

因みに騙されて買ったひよこが何処に居るかと言うと、

木箱にアルカナ君と一緒に数十羽ほど一緒に入っていて、

今もピヨピヨと元気に声を上げている。


「因みにこれ全部普通のひよこだったのらーっ!」

「一体幾ら突っ込んだんじゃ……」

「銀貨12枚、ってこの子は言ってます」


良く見ると店の隅でクレアさんががっくりと肩を落としている。


「どうするのアルカナ?今月のお小遣い殆ど使い切っちゃったんでしょう?」

「だぁおおおおおおおっ!可愛いし転売すれば大儲けだと思ったんだおーーっ!」

「自業自得だの」


……泣き叫ぶアルカナ君と苦笑しながら宥めるクレアさん。

そして頭を抱えるガルガン殿。

さて、私はどうすれば良いのやら。


「しかも一羽だけやたらとデカイんだおっ!」

「その大型犬のような鳥は本当にひよこなのか……」


本当に大きな鳥だ。

確かにひよこのようにも見えるが、明らかに小鳥の大きさではない。

アルカナ君なら背中に乗せて歩けるのではないだろうか?


「でかいお!まるでコケトリスだお!」

「……まるで、って言うか。ねえアルカナ?この子、コケトリスの雛じゃない?」


「こけとりす?コカトリスの間違いでは……?」

「いや、コケトリスで良いんじゃよ」


因みにコカトリスとは伝説に名高い鳥の怪物で、

石化するくちばしを持つと伝えられる。


そして聞いてみると、

コケトリスとはこの世界の魔王の手によってニワトリを元に生み出された魔物の一種であり、

名の由来であるくちばしの強力な麻痺毒と強靭な足腰、

そしてニワトリにあるまじき飛行能力を持つ馬ほどの大きさの巨大怪鳥との事だった。


……毎度の事ながら、この世界の異常さ加減には辟易とさせられる。


「とーもーかーくー!コタツを見つけたら教えて欲しいお!……ピヨちゃん。なんだお?」

「「「「ピヨピヨ!」」」」

「お腹空いてるんじゃないかな?」


「だおー……残り少ないお小遣いがえさ代に消えていくのら……トホホだお」

「世話が出来ないのなら処分するという選択肢は無いのか?」


少し非情ではあるが、現実的な提案を私がするとアルカナ君は首をブンブンと振った。


「駄目だお!アルカナの保護下にある以上アルカナには世話をする義務があるんだお!」

「うん偉い偉い。はぁ、しょうがないな……私も少し協力してあげるから。だから泣いちゃ駄目だよ?」

「何とも真っ直ぐな事だな」

「シーザー、お前も人の事は言えんわい」


ひよこの命を必死に主張するアルカナ君に、それを見て妹の頭を撫でるクレアさん。

私は微笑ましくそれを眺めていたが、それと同時に牢人殿に対する怒りも湧いてきた。

私だけならともかく、こんな子供を騙すとは大人の風上にも置けない。


「済まないがガルガン殿……この荷物を部屋まで運んでおいて頂けないか?」

「構わんが。もしやコテツを追う気か?」

「やってくれるお?流石はシーザーだお!」

「すみませんシーザーさん、何時も何時もご迷惑ばかりかけて……」


当然だ。

幾らなんでもこんな事が許されて良いはずも無かった。

誰も止めないというのなら、私が止める外無い。

買い込んだ荷物をガルガン殿に手渡すと、

私は剣を片手に街に飛び出そうとして……固まった。


「しかし。あの牢人殿は一体何処に居るのだろう?」

「……だおー……」

「それについてはわしが知っておるぞい?」

「……来たか!キャラ被りの爺様め!」


この声は……ここでの初日に出会った新竹雲斎武将(あたらしちくうんさいたけまさ)殿!

あれから中々会う機会が無かったが……。

ああ、そうか。趣味で迷宮に潜っていると言っていたな。

ならば牢人殿がよくいる所も知っていてもおかしくは無い。


「案内して頂けるのですか?」

「うむ。いいぞ……これ以上被害者を出す訳にもいかんしのう」

「そうか、じゃあ早速行ってくれ。似たような言葉遣いの人間が二人居ると何が何だか判らんからの」

「アルカナも行くお!」

「ふう、それじゃあ私も行かないといけないよね……この子を放っておく訳にも行かないし」


そんな訳で私とクレアさんにアルカナ君。

それに竹雲斎殿を加えた四人は、


「……行き先は迷宮ではないのですか?」

「そうじゃ。今あ奴がおるのは……そこじゃ!」


中心街にある広場に向かったのである。

そしてそこには、


「よお!そこのアンタ新入りだろ?良い出物を扱ってる店を知ってるんだけどよ?」

「……何やっておるのだお前は」

「だおっ!だおっ!だおっ!嘘つき発見だお!」


何時ぞやのように怪しげな店の近くをうろつき、

何も知らない人間を連れ込もうとする牢人殿の姿があった。


……。


牢人殿はこちらを見かけるとピタリと一瞬停止し、

そして数瞬ほどで精神の再構築を終え、無駄ににこやかに近づいてきた。


「よお!どうした?何か問題でもあったか?」

「あのひよこ、お風呂に入れたら普通のひよこになったお!詐欺だお!」


口火を切ったのはアルカナ君だ。

怒り心頭のようで牢人殿の目の前でぴょこぴょこと飛び上がりながら荒ぶっている。

ところが、牢人殿は全く表情を崩さずにこう言ったのだ。


「違うぜお姫様!俺はひよこは売ったが別に生まれながらに色付きだなんて言った覚えはねぇ!」

「ひどいお!"しんじてくれとらすとみー"は嘘だったのかお?」


「信じてもらえるよう頑張ったじゃねぇか……結果はどうあれ、よ」

「過程は良いから結果出せお!」

「そんなに軽い言葉だったかのう、あれ」


一見遠い目をしているように見えるが……あれは違う。

あれは内心目の前の相手を小馬鹿にしている目だ。

アラヘンの宮廷にも沢山居たのを覚えている。

ああいう場合、本人は気付かなくとも周囲には隠し切れない侮蔑の感情が滲み出ているものだ。

……醜い、な。


「ああ、判ったぜ……じゃあこれで仲直りだ」

「銅貨一枚で誤魔化されないお!」


「ところがこれは珍しい銀貨模様の銅貨なんだぜ?そうそう無い代物だ。俺のお詫びの気持ちよ」

「コタツ……アルカナはコタツの事を見損なっていたお!言われて見れば凄く珍しい気がするお!」

「嘘……うちや商都の造幣局がそんな不良硬化を見逃して世に出してしまうなんて」

「と言うかわしには騙す気満々に見えるがのう……」


ふむ。


「牢人殿。その珍しい銅貨、私にも見せて頂けるか?興味があるのだ」

「シーザーか。まあ良いぜ、穴が開くほど見てみな」


手渡された銅貨は確かに本来銀貨に施されるべき模様が印字されていた。

不良品といえばただの不良品だが、珍しい物ではあるのだろう。

物好きな好事家なら高い金を出すかもしれない。

話からすると、不良品が世に出回るのはあり得ざる大問題のようだしな。

だが、そんな代物をどうして彼が持っているのか。


……裏側を軽く指の腹で擦り……確信する。


「へへっ、どうだい珍しいだろ?なあお姫様。これで機嫌直してくれや」

「呆れた。コテツ……あなた、私達が文句を言うに来る所まで計算済みだったんですか?」

「確かに珍しいお……こんなのが世に出回ってたのが知れたら大問題なのら……なら……」

「少し待ってくれ」


持っていた自前の銅貨とその"珍しい銅貨"を激しくぶつける。


「な、何をしやがる……ああっ!?」

「嘘……メッキ!?」

「なるほどのう……まさか銀貨に胴メッキで一番安い硬化に偽装するなぞ、普通は思いつかぬからの」

「この銅貨、重さがおかしかったんでね。まあ、最初から疑ってかからねば判らないほどの差だが」


以前この手の詐欺が流行った事がある。

まだ見習い騎士だった私が逮捕したその詐欺師は、安価な銅貨に金箔を貼り付けて金貨だと謳ったのだ。

無論洒落にならない粗悪品だったが、

それでも金貨はおろか銀貨すらまともに見たことの無い郊外の寒村の者達は見事なまでに騙された。

結局、暫くして金箔が剥がれた事により全てが発覚したのだが、

捕縛する為に乗り込むと当の詐欺師は詐欺で手に入れた本当の金貨から型を取って、

今度は普通の贋金作りに手を染めていたのだから驚きである。

……ともかく、その当時の記憶が役に立った訳だ。


「畜生……騙されると思ったのによ……」

「銀貨を銅貨に見せかけたんだからまだ良いが、逆ならとっ捕まるぞい。判っておるのかコテツよ」

「いえ、これも立派な犯罪です……人の先入観に付け込んだ分、よっぽどたちが悪いですよ」

「いっそ一度牢に閉じ込められて心を入れ替えた方が牢人殿のためかも……そう言えば死刑囚か」


「……許すお!」


騙された事に全員が憤慨している……と思ったが、突然アルカナ君が予想外の声を上げた。

驚いて全員がアルカナ君のほうを向く。


「良く考えたけど、許すお!」

「ほ、本当か!?許してくれんのか!?」


「だお。ただし、騙し取ったお金は全部返せお!代わりにひよこは全部引き取ってやるお!」

「わ、判った!ほれ、お前が払った銀貨11枚だ!」


「……12枚だお」

「あ、あはははは……悪い、間違えたぜアハハハハハ!」


そうして財布から銀貨をアルカナ君に握らせた牢人殿は、

気持ちが変わる前におさらばだ、とでも言わんばかりに走り去ろうとして……、


「「「「備数合介大将(そなえかずあわせのすけひろまさ)、参上!」」」」

「げげっ!叔父貴!?」


備殿達に取り囲まれた。

……しかし、叔父?


「どういう事でしょうか?」

「ん?ああ……コテツはかつて備一族の麒麟児と言われた男だったそうじゃ」

「だと言うのに」「こ奴は」
「派遣なんて嫌だなどと抜かして」
「家を飛び出したのです」


と、なると牢人殿は備一族の方だったのか。

まあ、家業に嫌気が差して逃げ出すなど良くある話だが。


「お陰でこの歳になるまでまだ元服(成人の儀式のようなもの)もしておらんのう……」

「その通り」「40過ぎで」「幼名で名乗りを上げるの」「辛くないか?」


「五月蝿ぇええええっ!第一何でこの俺が出来ない奴に合わせにゃならんのだ!?」

「我等の中で誰よりも優秀なお前なら」「誰にだって合わせられたはず」
「備一族は人材派遣の大家」「一律なる能力の持ち主を多数用意できるのが自慢」
「周りが真似できぬ高い能力は不要」「出来る奴が居れば次からそれが当然とされる故に」
「具体的に言うとオークを倒せてはいかん」
「あくまで数合わせ」「緊急時に人が足りない時だけご用命下さい」
「それが備一族だ」


……切ない。

何だろうその生き方は。


「やっほい!お金かえって来たお!ひよこは手元に残るお!結果的に得したお♪」

「……ねえアルカナ。だとしても、今後はもう少し気をつけようね?」

「そうじゃのう。何時も何時も上手く行くわけではないぞ」


後、アルカナ君。

少しは空気を読むようにしてくれ。

そしてお願いだから義憤に燃えたのを後悔させないでくれ……。


「おいシーザー!お前もそう思うよな!?」

「……え?」


何か知らないが、突然コテツ殿が肩を掴んで来た。

しかも半分泣いている。

一体どうしたと言うのだろうか?


「自分の人生は自分で決めるもんだよな?主君とかしきたりとか糞食らえだよな?」

「いや、私は騎士なのだが?」


何かと思えば。

忠誠とは全てに優先されるべき物だろうに。


「くっそーーーーっ!聞く奴間違えたあああっ!」

「さあ、コテツよ」「帰ろう」
「そして立派な備大将になるのだ」
「今からでも決して遅くない」
「何、駄目なら死ぬだけよ」


いつの間にか集まって来ていた備殿のご一族、総勢数十名に取り囲まれる牢人殿。

涙目で壁に追い詰められているが、どう考えても逃げられそうも無い。

まあ、あれだけ馬鹿な事を続けているのだ。

そろそろ一族の恥を雪ぐと言う事になってもおかしくは無いな。


「さて、帰るとするぞ」
「コテツ、お前も数合介を名乗る時が来たのだ」
「まず髷を結うか」
「いや、まずは一族の心得を仕込む方が先でありましょう」

「嫌だっ!俺は俺として生きるんだっ!その他大勢として死んで行くのは嫌だっ!」


……とはいえ。

例え騙すつもりであったとしても。

心がズタズタだったあの時。

声をかけられて私も内心嬉しかったのは間違いない。


「仕方ない……今回だけは助けておくか」

「人が良いお」

「でも、シーザーさん?どうやって助けるのですか?他人の家の事情に余り踏み込むのは……」


それに、あのまま帰って家業を継いだところで良い結果になるとはとても思えない。

備殿には初日に良くして頂いた。

あのまま牢人殿を連れ帰っても決してお互いの為にならないだろう。

ならば。


「牢人殿……では契約は破棄と言うことで宜しいかな?」

「へ?契約……?」


「前に言ったのではなかったか。何時か一緒に迷宮に潜ろうと」

「……?……あ、ああ!そうだった!悪い叔父貴達、俺こいつの迷宮探索に付き合う事になってたわ!」


「なんと!?」「それは初耳!」
「ぬう!備一族にとって契約は命より重いもの……」
「その契約がある間は下手に手を出す訳にも行かぬか」
「一族の者に契約破棄などさせる訳には!」


今回だけは、助け舟を出してみよう。

それを生かせるかどうかは、牢人殿次第だがな?


「ほほう?これは面白い事になってきたのう」

「そんな約束してたのかお?知らなかったお。世界は不思議で満ちてるお」

「シーザーさん、優しいんですね……でも、シーザーさんに付いて行くって事は……まあいいか」


まあ、私とて共に潜る仲間が欲しかったのは事実だ。

本人の言を信じれば腕前は相当の物のようだし、一緒に探索してみるのも面白いかもしれない。

それに……あの迷宮なら牢人殿の性根を叩きなおすにも丁度良いと思う。


「では、明日にでも行った事の無い迷宮に潜ってみる事にしよう……牢人殿、道案内を頼めるか?」

「え?あ、判ったぜ…………こりゃ、運が向いてきたかも」

「では、わしも同行させていただこうかの?」


「竹雲斎殿も?それは構いませんが」

「なっ!?ご隠居……正気かよ!?」

「コテツよ、お前が本当に真面目に仕事をするか……この目で確かめさせて貰うぞい」


「「「それは良いお考えです竹雲斎様!無論我等もお供します!」」」

「あちゃーーっ……こりゃ駄目だな……ちっ、仕方ねえ。真面目にやるか」

「シーザーさんが恩人になってもまだ騙す気なの?……コテツさん本当に最低ですね」

「あのハー姉やんに喧嘩売っただけの事はあるお。頭悪過ぎるお!」


まあ、そんなこんなで私の新しい冒険が始まる事になったのだ。

多少ゴタゴタはしているがこれはもう仕方ないと割り切るべき事なのだろう。


「それで牢人殿。行き先はどうする?」

「……そうだなぁ……まあ、無難な所で"トロッコ坑道"にでも潜るか。金と力が同時に手に入るぜ」

「鉱石掘りだお?あれは良い運動になるお」

「あそこは巨大ミミズやら人食いモグラどもの巣じゃな……まあ悪くは無いのう」

「では、明日の朝に首吊り亭に集合ですね。私達は準備があるので先に帰ります。さ、アルカナ?」


行き先はトロッコ坑道。

確か迷宮の地下一階にそう言う名前の区画に向かう道があったはずだ。

さて、牢人殿は……心強い味方か大きな不安要素か。

それともその両方かもしれない。まあ、自分で決めた事だ。

やってみる他無い、か。


……。


そして、翌日。

私達はトロッコ坑道の入り口付近までやって来ていた。


「さて、今までは入り口が開かなかったが……」


私が前に立つと入り口の鉄格子が上がって行く。

どうやら本当に他の区画にも進入出来るようになったようだ。


「そら、そこにトロッコがあるだろ。これに乗って先に進むんだぜ」

「ここから先は自然洞窟なのか……」

「そうだお。トロッコでずーっと先まで進んだ所に坑道があるんだお」

「今でも鉄鉱石や銅鉱石などを産出する現役の鉱山でもあるんですよ」

「と言うか、現役の鉱山に迷宮を繋げた物だのう」


現役の鉱山?

と、なると工夫と出会う事もあるだろう。

しかし同時に巨大なミミズなどとも遭遇するとなると……、


「成る程、作業者の安全を確保する為に迷宮から私達のような者を呼び寄せているのか」

「そうです。そして、呼び寄せる為の"餌"も用意してありますよ」

「宝箱があるんだぜ、ここにはよ」


宝箱?


「ああ。金目の物が入った鍵付きの箱だ。開けられたなら勝手に持って行って良いのさ」

「それが報酬代わり、と」


しかし、それなら最初から普通に人を雇っても良いように思うが。


「宝箱は奥の方にあります。辿り着く前にはある程度成果が上がっているという寸法なんですよ」

「だお!害獣をぶっ飛ばさないと先に進めないから、手に入る頃にはお仕事は終わってるんだお!」


「まあ、そこは敵をいかに避けながら先に進むかが俺の腕の見せどころよ……楽に行こうぜ」

「いや待てい。それでは駄目ではないかコテツよ……」


竹雲斎殿の言うとおりだ。

第一私の場合訓練も兼ねているのだから避けて行くなど論外。


「避けられるなら、見つけるのは容易いだろう?」

「ああ、そりゃそうだが。まさか!?」


「そうだ。見つけ次第全て教えてくれ牢人殿……全て討ち果たして先に進む故!」

「信じられねえなあ……」

「コテツはそこでそう言う考え方するから駄目なんだと思うんだけど」

「おねーやん。そこで頑張れたらコタツじゃないお」

「お主等さり気なく酷い言い草じゃのう。まあやられた事を考えれば甘いくらいか」


笑顔を引きつらせながらトロッコに乗るよう促す牢人殿。

洞窟内は緩い坂道になっていて、止め具を外すとそれだけで先に進んでいく。


「……しかし、早くなり過ぎたりはしないのか?」

「ああ、大丈夫だ。時折平坦な所もあるからそこで速度は落ちるからよ」

「明らかに計算されてるからのう、ここは」


後ろを見ると、他のトロッコ数台で後ろを追走する備殿達。

ここに来た時の、あの怒涛の罠による大攻勢に比べれば何ともゆったりとした……。


「ん?なんだこれは」

「蝙蝠だお」

「……痛い。ねえアルカナ、これってもしかして」

「ど畜生ーーーッ!なんでこんな時に限って血吸いコウモリの大群が!?」

「困ったのう……」


……ゆったりと出来る筈も無いか!

血吸いコウモリ?

くっ、そんなもの私の剣で追い払ってやる!


「とおっ!はあっ!たあっ!」

「何やってんだ!?当たる訳無いだろうに!」

「第一数が多すぎるのう。ほれ、三匹ほど叩き落せたようじゃが、何の意味も無いじゃろ?」

「痛いお!痛いお!カジカジしちゃ駄目だお!」

「痛っ……このままじゃ!?……仕方ないよね、なら!」


コウモリの大群にたかられる中、突然クレアさんが立ち上がる。

あれではまるで的だ……何と言う自殺行為な!

私自身も立ち上がり、マントでクレアさんを庇うが余り意味は無さそうだった。

……耳を少し噛み千切られた。

僅かな出血も長く続けば致命傷だ。


確かにこのままでは何も出来ずに殺されてしまう。

そう焦りを覚えたときである。


『竜王の名において!火山の火口より来たれ!"召喚"(コール)!』

「な、何だ!?」

「おねーやんの召喚魔法だお!……何を呼んだんだお!?」


突然、コウモリ達の動きが乱れる。

そして凄まじい熱気を感じ、


「ぎゃああああああああっ!?」

「な、何だ!?赤くてドロドロした何かがシーザーの奴の頭にかかったぞ!?」

「え?きゃあああああっ!?ご、ごめんなさいシーザーさん!?」

「溶岩を召喚したお!?」


「……アルカナ?はいこれ、超回復薬であります」

「とろっこのれーる、もうすこしで、おわるです。そこでつかってあげる、です」

「久しいのう。しかし十数年前に魔王城で助けられた時からお主等全然変わっとらんのじゃな……」

「ひえええええっ!?嫌だっ、死にたくねええええええっ!」


私は、気を、失った。


……。


そして目を覚ました私の目に飛び込んできたものは……。


「ご、ご、ごめんなさいシーザーさん!当てるつもりはなかったんです!」

「いや、おねーやん……あの乱戦時に正確な場所に召喚とか……出来る訳無いお」


私を膝枕して泣いているクレアさんと、

全身歯形だらけでまだ一匹コウモリに噛み付かれたままのアルカナ君。


「まあいいじゃねえか!助かったんだしよ?」

「コテツはもう少し勇気を出して欲しかったのう」


そして自分で薬を塗る竹雲斎殿と、一人だけ無事な牢人殿の姿だった。


「どうして牢人殿は無事なんだ……」

「こ奴、一人だけトロッコの床に伏せておったからのう」

「はい、焼けた兜は直しておいたであります。じゃ」


そして突然現れ、「熱で破壊された兜を修復した」と置いて去っていくアリスさん。

……もう、これに関しては追求する事自体が間違っているのだろう。

直して貰えなくなる事の方が大きな問題だと自分に言い聞かせ、

私もあえて何も言わない事にする。


「しかし牢人殿。あそこで伏せていても何の問題解決にもならないと思うが」

「仕方ねえだろうが!俺に何が出来るって言うんだよ!?」

「お前が伏せたせいで隠れる場を失ったわしらがこのざまなのじゃが?」

「逃げ場が無かったお!」


うっ、と唸った後で牢人殿は少し慌てたように口を開く。


「ま、まあ先に進もうじゃねえか!よし、確かこの先の小部屋に良く宝箱が置いているんだが!?」

「本当だお!?じゃあ早速行くお!」

「あっ、ちょっとアルカナ!?危ないから勝手に一人で行かないの!」


何か騙されている気もするが、

あの牢人殿の事だし気にしても仕方ない事なのかも知れない。

気を取り直して先に進む事にしよう。


「本当にあったお!」

「当たり前だろうが。俺もここの箱には良くお世話になったもんだぜ」

「ふうむ。コテツよ……お前が自分の稼ぎどころを人に教えるとはのう。成長した、のか?」


進んだ……と言うほど先に進んだ訳でもないが、

少し先にあった小部屋の中に確かに宝箱はあった。

丁度アルカナ君が寝転がるとすっぽりと納まる程度の大きな箱だ。


「この中に定期的に金銭や財貨が入れられているんだぜ」

「……でも、ここって何もしなくても辿り着ける場所だよね」

「すぐそこにトロッコ乗り場が見えるお」


しかし、あからさまに怪しいな。

今までの例から言うと、楽をして得られる物は少ない。

さもなくば罠だ。


「へへへ、この箱には罠が仕掛けてあるんだ。知らない奴はそれでお陀仏って訳さ」

「おいおい。コテツよ……ならばここに始めて来た者はここで皆死んでしまうではないか」

「「「「全く持ってその通り」」」」


どうやら備殿達が追いついてきたようだ。

しかし全員コウモリにやられて酷い有様だ。

そう言えば、最初に付いて来た数より数名ほど減っている気がするが……。

あー、ここは危険な者は戻ったと考える事にしようか。

己の精神衛生のためにも。


「おい、シーザーも良く聞けよ?まあ、確かに普通ならそうなるわな?けど……これ、開けられるか?」

「ふぇ?鍵かかってるお」


……大事な話から気が逸れていたな。

もう少し真面目に話に参加せねば。


「そう言うこった。で、この箱の合鍵は洞窟のかなり奥においてあるんだが……それがここにある」

「驚いた!真面目な探索もしていたんですね」

「一度取った鍵で開く箱は何時でも開けられる……これは一度奥まで行けた者への褒美と言う訳だな」


そう言う事か。

一度奥地まで行ったのなら相当な危険も冒しているだろうし、害獣も多数討ち果たしているに違いない。

そう言う者達に対してなら入り口付近に報奨を置いておくのも意味がある。

新しく入った者達への励みにもなるだろうしな。


「しかし、それは今の私には不要の代物だな……私が奥地まで行けた時に初めて手に出来る宝だ」

「そう言えば、お金目当てじゃないんだからここで開ける意味が無いお。何で連れてきたお?」

「……あははははは!まああんまり気にすんなよ!?」

「コテツが皆が危険な時に一人して隠れてたのを誤魔化す為じゃろ?」

「「「「まったく、人としての器の小さい事よ」」」」

「そう言えばそうでしたね……すっかり誤魔化されてましたが」


「まあ、なんだ。気にすんな。それよりもよ……開けるよな?」

「勿論だお!」

「やっぱり開けられる物を開けないのは勿体無いしのう」


「じゃあ、行くぜ」

「だお?何でアルカナの襟首を……だおおおおおおおおっ!?」


ともかく、開けられるなら開けてしまえと牢人殿が箱を開け、

アルカナ君の襟首を掴んで手前に押し出した。

当然罠が発動し、箱から数十本の針……いや尖った鉄の棒が飛び出してアルカナ君を貫いていく。

……いや、待ってくれ!?


「痛いお!?痛いお!体中穴だらけだお!?血がビュービュー噴き出してるお!」

「よおし、罠は回避したぞ」

「アルカナあああああっ!?なんて事を!」

「とは言え自発的にやるかやらされるかの違いだけで盾にしてるのはお主もなんら変わりないぞ?」


と言うか、いいのか?

誰もアルカナ君を心配してる人が居ないのだが!?


「ふう、痛かったお。死ぬかと思ったお」

「ふふ。そう言う言い方が出来るなら問題ないね……コテツ?余り妹を虐めないで下さいね」

「こんだけ丈夫なら何の問題も無いだろ。マジでヤバイならカルマの奴が血相変えて来るだろうしな」

「コテツよ。その場合お主の命は保障されんぞ?」


しかし、まるで平気そうにしているし、

クレアさんも慣れた手つきで棒を抜いている所を見ると、

これはいつもの事であり、心配している私のほうが間違っているのか?と言う感覚に囚われる。

いや、そうは思うまい。

例えそうだとしても人を盾にして良い事にはなるまい。

無論、私の価値観を他人に押し付けたりも出来ないし、

クレアさんを庇う時のように本人が望んでいるのなら話は別だろうが……。


「ともかくだ!まずは獲物を確認するぜ!」

「だお!」

「泣いたカラスが、か……本当にものを考えない子なんだから」

「まあ、だからこそこんな奴とでも仲良くやれるんじゃろ。これも一種の才能じゃよ」


大きな箱にもそもそと潜り込んだアルカナ君が次々と中の物を取り出していく。

金細工の美しい水がめやビードロ(硝子)のボウル。

銀貨の入った皮袋に……。


「おいおいおいおい!今日は何でだか色々入ってるじゃねえか!」

「……何処か、おかしいのう」

「「「「そうなのですか?」」」」


めぼしい物はこれぐらいだが、箱の下のほうに入っている物が明らかにおかしい。

干し肉や干し葡萄などの保存食に火打石。

毛布が数枚に鋼鉄製のいやに丈夫そうなカンテラ……。

これは……どう言う事だ?


「明らかに金目のもんとは言い難いな。どうなってんだ?」

「さあ、な」


とにかく手に取ってみようと箱の中に手を入れる。

すると。


『ごあんない、です』

『次はサバイバルでありまーす』

「誰だ!?」


箱の中から伸びてきた腕に手を取られ、

私は、箱の中に引きずり込まれる。


「なっ!?箱の底が開いただって!?知らねえぞこんなん!」

「し、シーザーさん!?今助けます……くうっ、駄目、引きずり込まれる!」

「おねーやんの腕力じゃ無理だお!手を離さないと巻き込まれるお!?」


そして、私は……。


「下は真っ暗だぜ……ありえねえ……これじゃあもう、この箱おっかなくて開けられねえや」

「ほっほっほ、残念じゃったのう。しかし……」

「シーザー、落っこちちゃったお」

「……そんな……どうして……何か、何かおかしいよ?おかしいよ絶対!」


真っ暗な闇の中に、落ちていった。

……何か、意図的なものを感じながら。


……。


ぴちゃん、ぴちゃん。

水の滴る音がする。

……額が何か冷たい。


「……目が、覚めたか?」


誰かの声が聞こえる。

薄く開いた瞳に見えるのは、私の装備と良く似た全身鎧の光沢。


「まあ、今は休んでおけシーザー……目が覚めたらまた悪夢が始まる」


誰だろう。

この声は……随分前に死んだ父さんだろうか。


「薄ぼんやりとだけど、聞こえているよな。確か」


それとも。

魔王との戦いで死んだ兄さん?


「さて、私もそろそろ準備をするか……」

「アオーっ。敵の配置はオーケーでありますよー」

「あぶら、みず、たべもの……よし。です」


グギャリ、と空恐ろしい音がする。


「ぐうっ……があっ!?…………これで、良し」

「はい。ほうたいと、そえぎ、です」

「じゃ、頼むでありますよ」


「では、後は台本どおりに。姫様?」

「よろしく、です」

「よーし、あたし等全員撤収であります!」


しかし、眠い。


「シーザー。もう暫く寝ておけ……」

「……あ、ああ……」


寝ていても良いのだろうか。

ならば。もう暫く……。


……。


「……はっ!?夢か!?」

「残念ながら夢ではないな」


ぴちゃり、と言う音で目を覚ます。

私は兜だけを取った状態で寝かされていた。

確か、宝箱に引きずりこまれた後、闇の中を落下していたような気がするんだが……。


「随分うなされていたが、何かあったのか?」

「い、いえ……っ、そうだ。助けて頂いたのですか?私はシーザーと言います」


気が付けば、目の前に居る見知らぬ男性が額の濡れタオルを交換してくれていた。

私と同じような装備を身につけたこの人は何者だろうか?


それに、今まで会話をしていて全く違和感が無かったが、

良く考えるとこの人とはまったくの初対面。


まったく、騎士が礼を失してどうするのか。

慌てて礼と自己紹介……我ながらなんと情けない事か。


「私はアオ。リンカーネイト王国守護隊副長のアオ・リオンズフレアだ」

「リオンズフレア……レオ殿のご一族ですか」


「聖俗戦争前に生まれた息子だ。一応長男坊と言う事になる」

「そうでしたか。お父上にも大変お世話になっております」


私の自己紹介に対し、向こうも自己紹介で返してくれた。

武人肌で礼儀正しい御仁のようだな。

丁寧な略式礼で迎えられたのでこちらも深々と礼をする。

……よく見ると、アオ殿は足に添え木と包帯をしていた。

まさか。


「私もここに落ちた口だ。足を折ってしまい身動きが取れない所に君が落ちて来たと言う訳だ」

「……それは……」


「君の怪我は軽いようだ。すまないがここは協力して脱出の手段を整えるべきだと考えるが?」

「ええ、無論ですアオ殿」


そう応えるとアオ殿は少し苦虫を噛み潰したような顔をして口を開く。


「……シーザー。君は確かリンカーネイト王家の方々と面識があったな?」

「え?ああ、ありますが……」


「実は故あって普段は出自を隠している……いつもはブルーと名乗っているよ」

「でしたらそちらで呼んだほうが良さそうですね。了解しました、ブルー殿」


色々理由はあるのだろうが、命まで助けてもらってそれを追求するのは人の道に外れる。

それにこの僅かな期間だけでもレオ殿の悪い方の噂は聞き及んでいた。

……女殺しな20人の子持ち。口さがない者は彼をそう呼んでいる。

その息子だと言うのならその関係を隠しておきたいと思うのは人の常だろう。


そう思っているとアオ殿、いやブルー殿は私と同じデザインの兜を被ると、

先ほど落ちた時に一緒に落ちてきたらしい見覚えのあるカンテラに火を入れた。


「さて、ここも完全に安全とは言い難い。これからどうするか案はあるかな?」

「……それ以前に今目を覚ましたばかりで状況も良く理解出来て居ません」


周りを見回すと、少しばかり乱雑に役立ちそうな物資が集積されているのがわかった。

中には私と共に落ちてきた道具類も見受けられる。

……ふむ。そうなるとこの状況は……。


「そうですね。ブルー殿……待っていれば救援は来ると思われますが、私は出口を探そうかと思います」

「ふむ。救援が来るという根拠と、それでも道を探す意味は?」


「ひとつ。私がここに落ちる前、宝箱にこれ見よがしに物資が満載にされていた」

「つまり、シーザーは人為的に落とされたという訳か」


「恐らく。そして人為的に落とされたが故に、危なくなるまでは救援が来ないと想像しています」

「それが自力で出口を探そうと思う理由だな?」


頷くと、ブルー殿が水差しから水を木製のコップに取ってくれた。

……そう言えば喉が渇いていた。

ありがたく頂く。


見ると、岩壁の割れ目から僅かに水が滴り落ちていて、

それを水差しで受けているようだった。

足が動かない為に、助けが来るまで長期間の耐乏生活を見越しての事だろう。


「まあ、私は見ての通り、暫く歩ける状態ではないのでな。こうして先を見越して備えている」


……そうだ。

今目の前に歩けない怪我人が居るではないか。

それを見捨てて先に進んで良いものだろうか?

悩んでいると、それを察したのかブルー殿は別な会話を振ってきた。


「シーザー、ところで気付いているか?」

「何をです?」


「この滴り落ちる水が、段々とその水量を増しているという事に」

「そう言えば、夢うつつに聞いた音は水滴の音でしたが」


今は、僅かとは言え湧き水といって良い水量だ。

……水かさが増し続けている?


「恐らく、遠くない未来この辺りは水没するのではないかと思っている」

「なっ!?」


「そこでだ。すまないが私が移動できそうな場所を探して欲しい。取りあえずの拠点、と言っても良い」

「移動準備を整えるのですか?」


「ああ。このままでは長期戦用に用意した食料品が腐ってしまうしな」

「……そうですね……む?」


なんだろう。この感覚は。

違和感?いや、違うな。


「とりあえず、鉱物を運んでいた荷車がこの階の何処かにある筈だ。それと荷車で進める坂道がな」

「……何故、そんな事を知っているのです?」


まさか……。


「一つ上の階に休憩所だった部屋がある。そこならドアも分厚いし物資を逃がすには丁度良いだろう」

「まさかブルー殿、貴方は」


ブルー殿はこくりと頷いた。


「そうだ。気付いたな?私は本来君に同行し、訓練を手助けするように言われていた者だ」

「考えたのは国王陛下ですか?」


「……細かい事はいいんだ。問題は用意された水の勢いが予想より遥かに激しかった事、そして」

「あなた自身の不慮の怪我、と言う訳ですか。手の込んだ事をしてこの体たらくとは……」


何もここまでしなくても。

魔王と戦う為の試練なら幾らでも自ら受ける覚悟はあるのだが。

……もしや、私はあまり信用されていないのだろうか?


「信用云々の問題ではないな。勇者を名乗るなら想定外の事態に対応する力が必要なのだ」

「そして、その"想定外の事態"を鍛える為の準備を更に想定外の事態が襲った、と?」


私を鍛える為にここまで大掛かりな仕掛けを用意して頂いたのには感謝するが、

これでは訓練どころではない。

確かに、部屋が水没する前に上の階に脱出しなければならないだろう。


「判りました。ですが脱出の手伝いはして貰いますが宜しいですか?」

「無論だ。だが、言うまでも無いが置いていく事は無いな?勇者ならば」


無論言われるまでも無い。

何故なら私は……勇者だからだ。


「さて、右手側の迷路のような坑道の何処かに上階に進む為の鍵がある。場所は流石に知らないが」

「それを見つけ出せば良いのですね?」


「ああ。そして坑道の一番奥に荷車が居る筈だからそれを引いてここまで戻ってきて欲しい」

「上の階に続く道は知っているのですよね?」


これも何かの試練だろう。

訓練が期せずして実戦になった訳だが、訓練だと知らねば本人にとっては実戦と変わらないのだ。

私からすればどちらも本当の危機には違いない。

いずれにせよやる事は同じ。

何とかして乗り越えてみせようではないか。


「知っているさ。ともかくシーザーが戻る前に物資の移動準備はしておく。頼んだぞ」

「心得ました」


私は走り出した。

……長期戦の備えと言う言葉、そして食料を水に濡らしたく無いという事実。

これだけでも数日中に助けが来る可能性が低いのは明白だ。

となると、これからは時間との勝負になるだろう。


「シーザー!原生する野獣や隠れ住む賊どもがうろついている筈だ。気をつけるんだぞ!?」

「ええ。そちらも気をつけて!」


兜を身に着け剣を腰に下げる。

そして盾を手に取ろうとした時、その盾が私の今まで使っていた物で無い事に気付いた。

今まで使っていた物より明らかに立派な、獅子の紋章入りの盾。


「私の盾だ。助けてもらう礼の前渡し……丈夫な品だ。生かしてみせろ!」

「承知しました。ありがたく使わせて貰います」


そして私は盾を手に取ると迷路のような坑道に走っていく。

……零れ落ちる水は、更にその水量を増しているようであった……。


(おーけー、です。こそこそ)

(迫真の演技でありましたね、アオ?)

(……ところでシーザーの装備ですが、グリーブの下が中古の革靴のままなのですが)


(わかった、です。よういする、です)

(次来る時までに何か見繕っておくであります。頼むでありますよ、アオ?)

(はっ。騎士の名誉とブルー・TASの異名に恥じぬ行動を誓います)


急がねば。

……この地が水没する前に。


……。


《一方その頃 旧アラヘン王宮・魔王殿にて》

かつて、この世界を統べていたというアラヘンの王宮。

我等はここを改装し我が宮殿たる第三の魔王殿としている。

……そう、第三だ。

彼らの故郷の世界にあった第一、第二の魔王殿は既に失われた都に過ぎない。


「……故郷の状況を報告せよ。四天王主席、竜人ドラグニールよ」

「はっ、異変は広がるばかりです。昨日、古代に滅んだ筈の巨大な生物が闊歩していると報告が」


「古代生物の復活だと?……時間すらおかしくなるとは。もう何が起ころうが驚くに値せぬな」

「地震が断続的に続き、大陸が一つ沈み始めています。代わりに隆起した島々もありますが」


笑えもしない。

それに長らく海の中にあった陸地では雑草すらすぐには満足に生えない。

それはラスボス達も理解しているのか、その顔に喜色は無かった。


「……その話はもうやめましょう魔王様。気が滅入るだけです」

「うむ……では、彼の世界の侵略作戦の侵攻具合を誰か報告せい!」


魔王が声を上げるが周りの者どもは黙り込む。

つまり、進みは悪いという事だ。

愚かしい事ではある。

その沈黙がラスボスの機嫌を損ねるのは火を見るより明らかだというのに。


「ええい!誰でも良い!早く話さぬか!」

「仕方ないですな。それもこの私が……」


ドラグニールは嘆息しながら口を開く。

軍の再編成、装備の調達。やらねばならぬ事は沢山ある。

しかし魔王ラスボスに面と向かって話が出来る臣下は、今や彼以外には殆ど居なかった。

イエスマンばかりの側近衆。そんな中で魔王の傍を離れるのには抵抗があったのだ。


「ヒルジャイアントですが、またも敗北した模様です」

「……四天王も質が落ちたという事か」


10年前の被害は大きく、今の魔王軍にはまだ魔王の側近と言えるような者は育っていない。

それ故本来後方任務向きではない彼が仕切らねばならない状況に陥っていたのだが、

現状はそれすらも許さないのであった。


「そうかも知れません。ここは奴に任せましょう……これ以上の部隊を送る余裕はありません」

「ふむ、ならばそうしよう」


故に、彼らは大きな間違いを起こそうとしていた。

本人が出向いて確認しておけば、すぐに判る事だったのだが。


「ヒルジャイアントは現在占領した洞窟の奥地で傷を癒しているとの事」

「不甲斐無い事だ……まったく、かつての四天王が懐かしい」


兎も角、彼らは対処を怠った。情報を集めようともしなかったのだ。

まあ将はともかく兵数は既にかつてを凌駕していたし、普通なら何の問題も無かったろう。


だが、今戦っている相手が10年前に大敗した魔王ハインフォーティンの一党であり、

ヒルジャイアントを倒したのがロケットランチャーを筆頭とする重火器と言う恐るべき武器である事。

それを知る事が出来なかったのが彼らの不幸だろう。

無論この時点で気付いていれば、何らかの対処もあったかも知れない。


『でも、たいしょさせない、です』

『気づいた時には既に遅いでありますよ、にやにや』


『しかし、ぐんたいの、うちがわぼろぼろ、です』

『まあ、あたしらがやった、ですが。ぬすみぐい、うまー』

『そろそろ嫌がらせも次の段階に行くでありますかね?』

『じゃあ、さっそく食料庫にネズミを放すであります』


もっとも、どう転ぼうが気付かせてもらえたかどうかは定かではない。

個人的な戦闘能力だけで戦いが行われる訳ではないのだ。

小さき者には小さき者なりの戦い方があるのである。

今日も拡大する蟻の一穴が、巨大な堤を破ろうと今日も地下を蠢いている……。

続く



[16894] 08 見えざる敵
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/04/20 15:46
隔離都市物語

08

見えざる敵


≪勇者シーザー≫

薄暗い坑道を、等間隔に吊るされたカンテラが照らし出す。

……良く考えればおかしな話だ。

工夫も居ない坑道に、明かりを灯し続ける油が供給される訳も無く。


「これも、私のためだけに用意された配慮だというのか……」


ありがたい事だがそれ以上に重い。

僅かな縁があっただけの私に対して、坑道を一つ潰して訓練の場を用意して頂いている。

だと言うのにそれに報いる物を私は何一つ持っていない。

ただただ恩を重ねるだけなのだ。


手違い、不運、思惑。

様々な状況が重なったがゆえの配慮であろう事は疑う余地も無いが、

王のあの戦いを見て思う。

……こんな事をする必要は、本来この世界には無いのだと。


「恩を返そうにも、私に出来るのは戦う事だけだ」


だが、それすらも私本来の目的、魔王ラスボス打倒と祖国解放の為に必要な事に過ぎない。

あの一時の野犬の群れとの戦い……とも呼べない邂逅だけでは、

借りを返すどころか逆に恩が重なるばかり。

……今の私に出来る事と言えば、


「やはり、ブルー殿……この国の騎士殿を無事に送り返す事か」


そもそも彼自身が私の訓練の為に遣わされた人物なのだが、

この状況下だ。救い出せれば少しは借りも返せるだろう。

……そう思いたい。


……。


「そういえば巨大ミミズが出ると聞いていたが……」

「グオオオオオオオオオオオッ!」


そうとも思わねば、

この……私の身長ほどもある巨大な……、

恐ろしい声で何故か吼える……その……。



「こんな巨大ゴキブリが出るとは聞いていないのだが!?」

「「「「「グアオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」



黒い悪魔の大群と戦う勇気が、湧いて来ないのだ……!

神よ。

私を救い給え、とは言わない。

……せめて勇気を!

このまま彼の黒い悪魔に斬りかかる勇気を私に!

あんなのにじっと睨みつけられていると気が狂いそうだ……!


「うむ、頑張ってたもれ?」

「うおおおおおおおおおっ!」


必死に己を叱咤し、眼前に迫る巨大で油っぽいガサガサと動く何かに斬りかかる。

……首が飛ぶ。そして、


「ま、まだ動いているっ!?」

「シーザー、それより上だ」


「上!?」

「シギャアアアアッ!」


坑道の天井から落ちてくる。

沢山落ちてくる。

私の頭目掛けて落ちてくる。

腹を見せながら落ちてくる。

テカテカと、光っている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「うむ。見事なローリングだな」


間一髪……間一髪で回避する。

落ちてきたそれはひっくり返って足をバタバタと動かし、

そしてクルリと回転し、ほこりを払うかのように翅を高速で動かした。

……見ているだけで吐き気がする。


「どうすればいい……どうすればこの場を切り抜けられる?」

「わらわなら火を使うな」


火?火か。

しかし腰に下げたカンテラから火種を取り出している暇は無い。

……どうすれば。


「あー、全く見ていられんわ。良いか?一度しか言わんぞ?"火球"だ……炎で敵を焼き払うのだ!」

「そうか!」


天啓の如く響いた声に従うままに、後ろにステップして両手を組み上げ、詠唱。

そして先日教わったばかりの魔法を、放つ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「「「「「「グオオオオオオオオオッ!?」」」」」」


鼻をつまみたくなる様な焦げ臭さを残したものの、

黒き悪魔どもは蜘蛛の子を散らしたように一目散に散っていく。

……ふう、どうやら一息つけそう、


「残心だ。まだ来るぞ、わらわの期待に応えてたもれ?」

「……!?」


と、考えたのが間違いだったか。

はっとして周囲を注意深く見渡すと、敵は周囲に散っただけで遠巻きにこちらを伺っている!


「ならばっ!」

「……ちょ!?待ってたもれ!」


周囲の潜めそうな場所に"火球"をばら撒く。

自分の周囲を含め周囲は炎に包まれたが、

こちらを遠巻きにしていた黒い悪魔どもは流石に逃げ去ってくれた。

これは好機!


「このまま突っ切る!」

「ふむ。まあまあだと言っておこうぞ。一時は自分を焼く気かと思ったがな」


熱にやられたのか少しばかり頭痛がするが、気合を入れ直すと一気にその場を走り去る。

時間の制限がある以上わざわざ全てを相手にする必要は無い。

……出来るだけ広い道を選んで走り続ける。


「意味はあるのか?」

「無論!」


意味は無論あった。

荷車、これが今回の鍵となる。


「荷車があるということは、当然それを運べるだけの広い通路沿いにあるはず」

「うむ、その通りだな」


しかも、あの場所まで持っていけるとしたら、

当然あの部屋に通じる通路で、一度も狭くならない場所に無ければならない。

……もしかしたら、道を広げる作業なども考えられていたのかも知れないがこの緊急時、

まずは可能性の高い方を優先する!

そして走る事暫し……。


「当たりだ!見つけたぞ!」

「ふむ。予想以上に早いな……だが」


視線の先には一台の荷車。

恐らく暫くの間放置されていたのだろう、埃が積もったそれを軽く叩いた。


「これを持っていけば良いのか」

「持っていければな」


そして荷車に手をかけ、押そうとして……止まる。

何か良く判らない不安を感じ周囲を見渡すが特に何がある訳ではない。

今一度荷車に手をかける。

……車輪が外れ軸が折れた。


「古すぎたのか?」

「埃が厚く積もるほど放置されていたのだから当然だな」


これが不安の正体か。

成る程、これほどボロボロでは使い物にならない。

私はその荷車を置いて走り出した。


「ならば、他を当たるのみ!」

「おい、急ぎ過ぎではないか!?」


こんな時にとは思うが、

軸まで壊れてしまったのでは、直すより別な物を探した方が早い。

しかし壊れた罠の荷車まであるのでは時間が幾らあっても……。

……炸裂音!?


「ギャアアアアアッ!」

「っ!?」

「ふう。巨大ミミズ、とは言っても実質は人食いミミズだ……慌てるからそうなる」


まるでこちらの緊張の糸が切れるのを待っていたかのように、

側面の壁を食い破り現れ、私の体に絡みつく巨大ミミズ。

……口にあたる器官を開けてこちらを丸呑みにしようとするその姿はミミズと言うよりまるで蛇だ。

体に力を入れても殆ど動けもしない。

くっ、このままでは……!


「体で動く場所は……片腕だけか!?」

「これは蘇生準備か?余り手間はかけないでたもれよ?」


剣を振るうも、体を締め付ける巨大ミミズにはあまり効果が無い様子だ。

火球を使えれば良いのだが、生憎片腕は腹の辺りに埋まっている。

締め付けから逃れようにもしっかりと押さえつけられていて指先がようやく動かせる程度。

そして、鎌首がもたげられ口に当たる器官が大きく広がって……、

いや、待てよ?


「その瞬間こそ、好機っっ!」

「なんだと!?」


私を頭から飲み込もうと襲い掛かってきた瞬間を狙って剣を突き出す。

狙うは開かれた口!

そんな知恵があるかは不明だがこちらを完全に封じたと思い込み無警戒に迫るその口元に、

相手の向かってくる力をも利用して剣を突き刺す!


「!?」

「自分の力で体を貫かれた気分はどうだ!?」

「あえて喉とは言わんのだな……まあ、喉など無いとは思うが」


のた打ち回る巨大ミミズ。

そのまま私を締め付けていた体を緩め、自分の空けた穴の奥へと逃げ去ろうとする。

だがそれは早計だったな。

そのまま行かせてやる訳には行かないのだ。

私の両腕を自由にした事を悔やむが良い!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「グギュアアアアアアッ!?」


狭い所ならこの炎は効くだろう!?

怒涛の勢いで狭い穴を蹂躙する火の玉。

まず凄まじい振動が起き、

そして暫くして今度は不気味なほどの静寂が広がる。


「ふむ。良くあの状況を覆したな」

「……まだだ!」


だが、私はその焼け焦げた穴の奥から原始的な殺気のようなものを感じ取った。

まだだ、まだ生きている。

生きて、こちらに反撃する機会を伺っている!

ならば!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「……!?」


焼け焦げた穴を照らし出しながら進む火の球。

それは穴の奥で息を潜める満身創痍の敵を捉え、紅蓮の炎で焼き尽くす。

断末魔の絶叫が周囲に響き渡り、今度こそ本物の静寂が周囲を包んだのである。


……私の、勝ちだ!


「はぁ、はぁ、はぁ……っ、頭痛が……」

「魔力の使いすぎだ。幾ら適正のある一族とは言え無理がたたったな。これを飲むがよい」


安堵感と共に、無理が祟ったのか頭に激痛が走る。

意識が飛びかける中、手渡されたのは一瓶の薬……いや、酒か?


「それを飲むが良い。普通の人間の場合、魔力は自然回復しないようになってしまったからな」

「回復薬?あ、ありがとう御座います……しかし、貴方は一体?」


そういえば、先ほどからこちらを追走してきたり助言をくれたりしていたが、

この声の主は一体誰なのだろう?

何処かで聞いたような気もするのだが……。


「誰でも良かろう。わらわの正体など」


しかし、それを確認する余裕は無かった。

意識が朦朧として視界が定まらない。

眠いとか眠くないとかそう言う問題ですらない。

今にも自分が霧散してしまいそうな不思議で不安な感覚が全身を覆う。


「ふむ、倒れる前に飲んでおけ。ここで寝たらそのまま目覚めん。いずれは死ぬぞ?」

「う、うぐっ……」


不審に思う余裕も無く、必死の思いでビンの栓を開けて飲み干す。

すると眠気は酷くなったが頭痛は消え、

何か峠を越したようなゆったりとした倦怠感に包まれた。


「まあ、暫く敵が来ないよう人払いはしておくぞ?さて、わらわは忙しいゆえここまでだ。頑張れよ」

「は、はい……かたじけない」


私は力尽きてドサリとその場に崩れ落ちる。

そして巨大ミミズを片付ける余裕すらないまま、

うつ伏せに倒れそのまま眠りに落ちていった。


「……まったく、クレアの為とは言えこの男も災難だな。どれ、ミミズの死体は片付けてやるか」


完全に意識が落ちる前、

私の焦点の定まらぬ瞳に写ったもの、

それは。


(……アルカナ君?)


アルカナ君を大きくしたような、

そして何処かで会った事がある気がする、一人の女性の姿であった。


「そうそう、後一つ」


何故彼女が私を助けてくれたのかは判らない。

なんと言っているのかも判らない。


「わらわの妹どもと、今後とも仲良くしてたもれよ?大事な家族なのでな」


だがただ一つ確実な事がある。

私が助かった事実。

それだけは間違いない。

その絶対的な安堵感の下、私は意識を手放したのである……。


……。


一体どれだけの時間が経ったろう。

私の眠りを妨げたのは敵の刃でも時の経過でもなく、体を這う何かの感覚。


「……虫?蟻の行列か……蟻の行列!?」


思わず体を起こすと、体の上を並んで進んでいた蟻達が一斉に逃げ出し、

そして私から少しだけ離れた場所で行列を作っていく。

何かを咥えながら蟻達は歩いているようだった。

そう、何かを咥えながらだ。


「……ならば近くに食べ物。それも長期間放置されたもので無いもの……がある可能性が高いな」


そっと壁を撫でる。

長らく放置されていたような汚れ具合。

果たして蟻達がそれだけ長い間放置されていた食料を見逃すだろうか?

私はそうは思わない。


「お前らはそんな間抜けではない。お前ら自身もそう思うだろう?」


普通なら無意味な問いかけ。

だが……少なくとも、私の故郷の蟻と言う生き物は、

人の言葉に反応してこっちを一斉に向いたりはしなかったと記憶している。

あまつさえ、こっちに向かって手を振る奴や、それを叱りつける奴まで居るのだ。

少なくとも人間の子供並の知能のある個体が存在するのは間違いない。


「だと、したらだ……」


続く行列を遡って歩く。

何故ならその先にあるはずなのだ。

物資の供給先が。

そして、これが元々私の訓練の一環だった事を考えると……、


「あった……」


その行列の始まりにそれはあった。

明らかに不自然に放置された一台の荷車。

周囲にはおあつらえ向きに、

採掘中に出来たと思われる岩がまるで障害物のように散乱している。


……あからさまな罠。

この状況でまだ訓練が続いているとは思えないがここでブルー殿の言葉を思い出した。

そして、まだ出て来て居ない敵対者の事を。


「賊が居るという話だったが……気配くらい消さないのか?」

「ちっ!」

「「「「同じ事だ、やっちまえ!」」」」


かまをかけると周囲の遮蔽物からゾロゾロと賊が現れる。

ここで思うのは、敵ながら考えが足りないと言う事。

まあ、これで全員では無く伏兵が居るという可能性もあるが、

少なくとも敵が居る事がハッキリするだけでこちらとしては対策が立て易い。


「アラヘンの騎士!シーザー、参る!」


ここ暫くの迷宮生活で身に付いた知恵……決して後ろだけは取らせない位置取りを心がけ、

敵と己自身に対し、高らかと名乗りを上げた。


「へっ!英雄気取りの騎士様か!?」

「地の底を這う俺達を舐めんじゃねえぞオラ!」

「「「久しぶりに肉が食えるぜっ!」」」


敵の数は5。

それが我先にと突き進んでくる。

大局を見る戦略も、その場を支配する為の戦術も無し。

……今までに無い、迂闊さだ!


「はああああああっ!」

「ぐあっ!?」


裂帛の気合と共に一人目を袈裟懸けに切り伏せ、


「とぁあああああっ!」

「ぐふっ!」


返す刃を振り上げてもう一人を真っ二つにする。


「「「ひいいいいいっ!?」」」

「まだやるか……?」


残る三名はその場で固まった。

ここで全員一斉に切りかかられていたら多少厄介だったが、

やはりただの賊徒。

折角の優位を生かす事も出来ず、ただ無駄に立ち呆けている。


「下がるか斬られるか、好きな方を選べ!」


切っ先を揺らすように突きつけ、最後の決断を迫る。

……従うか抗うか。

どんな結果になろうと、この連中に負ける気はしない。


だが小さな確信があった。

先ほど最初に斬った男は装備が少しばかり豪華だった。

もし、あれが頭なら既に彼らに戦意は残されていないだろうと。


「あ、や、その……スイマセンしたーっ!」

「アニキいいいい一っ!」

「もうこねぇよーーーーーーっ!」


そして、その予感どおり、賊徒達は思い思いに逃げ出していく。

……私は周囲を見回し、問題が無い事を確認すると荷車に手をかける。

積荷は小麦粉と、砂糖。

湿気の多い所に放置しておけるものではない。

やはりここに配されていた物をあの賊が見つけたのだろう。

……大半の荷物は置いて行く。

何となくあの蟻達に残しておいてやりたい気持ちになっていたし、

どちらにせよ、他に運ぶべき物も多いのだ。


「さて、荷物が濡れないうちに戻らないと……」


周囲を油断無く見回しながら荷車を押していく。

……広めの坑道を進み、坂道を下る。

途中での襲撃があったらと思うと恐ろしかったが、

幸い何に出会う事も無く、

私はあの落ちてきた広間まで戻る事に成功したのである。


……。


「戻ったようだな……その分だと多少は苦労したようだが?」

「ええ……賊に襲われたり巨大ミミズに締め付けられたり。散々でしたよ」


戻るとブルー殿は既に移動準備を終わらせていた。

荷物は比較的高台に集められ、

余った時間で作ったのであろう松葉杖を片手にこちらへ向かって来る。


「荷物を載せるぞ。水の増える勢いは早くなるばかりだ」

「……既に池と化していますね」


恐ろしい事に私達が最初に座っていた地点は既に水に浸かり、

膝丈ほどの深さの池となっていた。

……この僅かの時間でこうならば、果たして上層にあがっても助かるのかどうか。


「心配するな。ある程度の高さが稼げれば地下水脈に水を逃がせる……それまでの辛抱だ」

「地下水脈が近くに?」


「そう。浸水時に完全に水没しないよう、遥か下層の地下水脈に水を逃がす穴があるのだ」

「……けれど、その穴はもっと上層にある、ですね」


ブルー殿は折れた足を引きずり、杖に頼りながら荷車の前に立つ。


「済まないが私は荷を押せる状態ではない……せめて警戒はさせてもらうが」

「ええ。ですが戦える状態でもないでしょう?ブルー殿、敵を見つけたらすぐ後ろに」


「そうでもないさ……これがある」

「弓、ですか?」


松葉杖を脇で支えるようにして番えられた弓。

かなり不安定そうだが本当に大丈夫なのだろうか?

とは言え、そう選択肢は多くないのだが。


「浸水が知れればこの坑道内も大混乱になるだろう。それまでに拠点は確保しておきたい」

「はい」


考えてみれば、もし坂道で襲われたら荷車が落ちていかないようにせねばならない。

私も戦えるかどうかは判らないのだ。

しかもこの大荷物。

食料なども何時手に入るか判らない以上、置いて行って腐らせるのは論外だ。

もし余裕があったら後で乗せきれない事を見越して破棄した砂糖袋も回収せねばならない。

この現状でさえ誰かに見つかったら襲われる可能性は大。

迅速な行動が出来ない以上、出来る限り行動開始を早めねばならない……。


「さて、では行くか……私の後を付いてきてくれ」

「ええ、先導は任せます。ただ、無理はされないように」


こうして、私達の気の休まる暇も無い大移動が始まったのである。

背後では今も水かさが増え続けていた……。


……。


《戦闘モード 坑道内移動戦闘》

勇者シーザー
生命力70%
精神力50%

騎士ブルー
生命力30%(重症)
精神力80%

特記事項
・シーザー、荷車輸送中により行動阻害
・ブルー、片足骨折により移動力激減


ターン1

シーザー達は移動をしている……。


……。


ターン2

移動が続いている。

坂道に入った。

シーザーに状態異常、即応不可!


「意外ときついですね」

「荷車は私が死んでも放さないようにな……一度坂道を下り始めると止められない」


ブルーは警告と共に弓を構える。


「確かこの辺で……居たっ!」

「……ちいっ!」

「天井に潜んで居ただと!?」


存在を看破され、

天井に張り付いていた賊が下りて来る。


「逃さん!」

「ぐはっ!」

「手前ぇええええっ!?」


その降りて来た隙を突き、ブルーの弓が敵の一人を射抜く。

喉を射抜かれた賊はそのまま息絶えた。


……。


ターン3

敵確認!

死刑囚盗賊団
残存11人
士気80%


「けっ!中々やりやがる……だが!動けない荷物持ちに怪我人。俺達の敵じゃねぇ」

「ぐっ!ブルー殿、下がってください!ここは私が……!」

「そうか?」


ブルーは三本の矢を一度に番え、無造作に放った!


「ぐふっ!?」「ざ、ザクッ!?ざくって俺の頭に!」「ぎゃん!?」

「んな馬鹿な!?」

「ブルー・TASの異名、伊達では名乗れん……!」


杖に寄りかかりながら、しかも三本同時射ちにも関らず、

ブルーの射た矢は三人の賊の額を正確に射抜く!

……賊の士気が大幅に下がった。


……。


ターン4

賊の士気が下がり続けている……。

現在の頭らしき男が声を張り上げた!


「おいお前ら!何かを盾にして一気に攻めろ!」

「「「「お、おおおーーーーっ!」」」」


賊の一行は一度後退。坂道の上へ走っていく。


「シーザー!荷車をずり落ちないように壁に密着させろ!戦闘準備だ!」

「判りました!」


シーザーは荷車を壁に寄せ、剣と盾を装備した!

行動阻害、解除!

二人は敵が戻るのを待ち構えている。


……。


ターン5

賊の一行が戻ってきた。

戸板や椅子、壁板などを材料に作られたらしい盾を装備している!


「荷物は頂くぜっ!」

「どうせ死ぬまでここから出られない身だ……せめて好き勝手くらいしても良いじゃねえか!」


「……愚かしい事だ。それでは絶対に恩赦は出んぞ」

「出る事があるのですか?いや、私もそうか……」


賊の一行は上から数個、丸めの岩を落とした。


「くっ、ブルー殿!?」

「シーザー、右の壁に張り付け!私はこのままで良い!」


シーザーは右へ飛んで回避!

ブルーはその場で弓を構えた。


「……残念だが外れだ」

「「「「そんな馬鹿なーーーっ!?」」」」


岩はブルーの脇を通ってそのまま下へ落ちていった。

ブルーの反撃!容赦ない射撃が賊の一行を襲う!


「へぶっ!?」

「ああっ!戸板の隙間から矢が!?」

「ドンだけ運が良いんだコイツは!?」


戸板でできた盾の隙間から侵入した矢が、容赦なく賊の頭に突き刺さる!


「残り、7人」

「奴は怪我人だ!近寄って仕留めるぞ!」


「ブルー殿はやらせん!」

「「お前の相手はこっちだぜ!」」


残存する賊の内5名がブルー、2名がシーザーに向かう。

ブルーは弓を背負い、剣を抜いた!

片腕は松葉杖に取られているので、片腕のみで大上段に剣を構える。


「囲めええええっ!」

「「「「おおおっ!」」」」


「「挟み撃ちだああああっ!」」

「させるかっ!」


シーザーに左右から迫る敵。

シーザーは片方を盾で受け、もう片方を剣で切り払う!


「うぐっ!?」

「ぐっ、手前えええっ!」

「お前達など中途リアル迷宮第一階層の番人にすら劣る!」


更に返す刃で逆側の敵をも斬り捨てた!


「ブルー殿!」

「心配は無用だ。既に終わっている」


ブルーの側に向かった五人は既に討ち取られている。

……シーザー達の勝利だ!


……。


≪勇者シーザー≫

足に怪我をしたままのブルー殿に5人もの敵が向かって行った。

こちら側に迫っていた敵二人を倒した私が急いで駆けつけようとブルー殿のほうを見ると、

既に5名の敵は息絶えている。

ブルー殿自身は、敵の死体の中央に座り込んでいた。


「あの数秒間の間に一体どうやって……」

「私自身が倒したのは一人だけだ」


良く見ると、ブルー殿の剣は前方の一人に突き刺さったままだ。

そして、周囲の四人の体に刺さっていたのは……味方の武器。

ブルー殿は不適に笑って言った。


「一人目に剣を突き刺した所で残り四人が一斉に攻撃してきたのでな。そのまましゃがみ込んだのだ」

「だからってそんな見事に四人とも同士討ち!?そんな馬鹿な……」


驚愕、としか言いようが無い。

恐ろしいのはそれだけの無茶な行動をさも当然のように言ってのける事だ。

あの表情はどう考えても同士討ちを狙ったとしか思えない。

リンカーネイトの騎士とは全員が全員こんな猛者ばかりなのだろうか?


「シーザー。お前はもう少し頭を柔らかく考えた方が良い」

「と、言いますと」


「敵は私を四人で囲んだ。上手く体を動かせば攻撃半径に別な敵をおびき寄せる事も可能だとな」

「あの……確かに理論上不可能ではないですが……」


だが、事実上不可能ではないだろうか?

時間差で切りかかられる可能性もあったろうし、誰かが飛び道具でも持っていたらそれで終わりだ。

第一、普通味方の攻撃が迫っていたら避けようとするだろうし、

四人全員が味方の攻撃に当たる?

そんな都合良く全てが上手く行くわけが……。


「TASとはそう言うものだ。確率がゼロで無ければそれは100%にほぼ等しい」

「なんなのですかそれは……」


その後TASと言うものについて軽く説明してもらったが、さっぱり意味が判らなかった。

良く判らないがとにかく凄まじいものだと言う事は判ったが。

ともかく、危機を乗り越えた私達は上層の階へと向かう。

そして私達の目に飛び込んできたものは……。


「シーザー、あの金網を見てみるといい」

「……下は真っ暗ですね。暗くて何も見えない」


「そう、ここが排水溝……下は地下水脈だ」

「と、言う事は……」


「そうだ。ここまで来ればとりあえず水没する事は無い」

「……ふう……」


背後を振り返ってもまだ水は見えない。

ただ、あの増え方からすると明日にも下の階は水没するのではないかと思う。

だが、どうやら間に合ったようだ。


「そして、この少し上に休憩所が……ああ、確かここだったな」


ブルー殿が懐から取り出した鍵で部屋のドアを開ける。

とりあえず、ここが最初の目的地と言うことだろうか?


「本当なら、ここでシーザーに鍵を探す課題をやって貰う予定だったんだが……」

「そんな事を言っている場合じゃなくなりましたからね」


分厚いドアの向こうには、机と幾つかのドア。

それ以外は何も無い割りに妙に綺麗に掃除してある部屋がそこにはあった。


「さあ、荷物を運び込むか……配置は私がやる。とにかく運び込んでくれ」

「判りました」


ごそごそと持ち込んだ荷物を部屋の中に入れ、

明かりを手持ちのカンテラから部屋備え付けのランプに変える。

最後に用心の為ドアに鍵をかけて、取りあえずの安全な空間を確保した。

ようやく一息をついて椅子に座り込む。


「しかし、まさかこんな事になるとは」

「そうだな」


「そうだ。ブルー殿?ここからの脱出の手筈はどうなっています?」

「……それが、だな」


そして、ブルー殿に今一番気になっていた事を問いただしたのだが、

……何処か歯切れが良くない。


「どうかしたのですか?」

「予定の展開では、知恵をつけるためのパズルを解きながら上に登って行く筈だったのだが」


なにか、問題でもあるのだろうか。

言い辛そうにしながら、それでも決意したかのように口を開いた。


「……あの人はこんな気持ちだったのか……」

「え?」


「いや、何でもない。ところが問題が持ち上がったのだ」

「問題ですか」


「そうだ。上層をある"侵略者"に占拠されてしまったのだよ……シーザーも良く知っているはずだ」

「魔王軍四天王……ヒルジャイアント!」


私が思わず上げた声に合わせ、ブルー殿が首を縦に振る。

なんと言うことだ。

奴等の侵略は着実に進んでいるという事ではないか!


「これは、急がねばなりませんね。しかし、今の私に奴を討ち果たす事など出来るのだろうか?」

「そうだな。急がねばとんでもない事になる。時間が無い……そこでだ」


ブルー殿は私に一枚のメモを手渡してきた。


「パズルの答えだ。実際、謎解きなど魔王ラスボス打倒の役には立たないからな、問題あるまい」

「ありがたい……勝機があるかはわかりませんが最善を尽くします」


感謝の言葉を述べるとブルー殿は何か懐かしい物を見るように目を細め、

今度は首を横に振った。


「無駄死には止せ。シーザーには地上に戻り、あるものを取って来て貰いたいのだ」

「あるもの?」


「アリシア様かアリス様を探して、私の足を治す薬を貰ってきて欲しい」

「成る程。ブルー殿がまともに戦えれば心強い」


「その時現状の報告もして貰えると助かる。そこで増援を呼べればそれが最善だ」

「判りました」


立ち上がり、部屋の外に飛び出そうとする。

だが、そこに待ったの声がかかった。


「シーザーまずは休め。坂道を荷物満載の荷車で延々と押してきたんだぞ?」

「この状況下で休んでいられますか!?」


「……必勝を求められる勇者の割りに無茶な事だ。成る程、傍から見ていれば心配にもなるだろう」

「どういう意味です?」


のんびり休んでいる場合でもあるまい。

それはブルー殿も良く判っている筈ではないか?


「なあ。この世界でアラヘンを救いたいのはシーザーだけだ……判っているだろう?」

「……ええ。あなた方はどうやったってこの世界の住人。そこまで考えて欲しい等と言える訳も無い」


がしり、と肩を掴まれる。


「そうだ。ならば、お前が倒れればお前の世界はお終いだぞ?お前は負けてはいけない」

「しかし、現実は負け続けています」


そう。実際の私は敗北を重ねている。

だからこそ、気持ちだけは負けたく無いと思うのだ。


「……気持ちだけで勝てるなら汚い手を使う奴など居なくなる。いいか?最善を尽くせ」

「最善なら何時も尽くしています!その時に出来る最善を!」


「お前の最善は今の所、その時持っている力をどう使いきるかで終わっているのではないか?」

「全力を尽くす事の何処がいけないのです?」


「闘争とは戦いが始まる前に八割がた決する!準備不足で未知の土地を行くのがお前の最善なのか?」

「……!」


傷ついた体を引き摺って見知らぬ土地を行くのが最善……そんな訳は無い。

いや、しかし敵の存在を地上に知らせるのは早ければ早いほど良い筈だ。

私の個人的な事情で、この世界の危機を放り出して良い物なのか?


「……シーザー。お前の忠誠は故国の王に向いている筈、この世界の事など二の次で良いだろう?」


確かにそうなのかも知れない。

だが……。


「それでこの世界を見捨てるのも勇者としてどうかと思うのです」

「……ならば今すぐ元の世界に戻って玉砕して来い」


取り付く島も無い。

しかし考えてみれば、今の私は故国を取り戻す力を得るために現在の故国を見捨てているも同然。

そんな私にこの世界の事をどうこう言う資格等無いという事なのだろうか?


「……そんな顔をするな。いいか、私は優先順位を間違えるなと言っているだけだ」

「優先順位?」


「勇者らしくありたいと願うお前は目の前の悲劇に過剰に反応しすぎるきらいがある」

「大局を見ろと?しかし、だからと言って手の届く物を見捨てて勇者を名乗れましょうか」


ブルー殿は私の言葉に苦虫を噛み潰したような、それで居て何処か嬉しそうな顔を見せた。

……やはり兄や若い頃の父に似ている……だがこの人はこの世界の住人、父や兄の筈も無い。

そんな感想を私が持つと、彼は先ほどの戦闘で使っていた弓を取り出し私に手渡してきた。


「ならば、全てを正面から叩き潰せるだけの力を持つ事だな……これはその一助となるだろう」

「頂いて宜しいのですか?」


「ああ。我意を通したくば力を持て。力が足りないなら知恵をつけろ。私から言えるのは以上だ」

「……はい」


私は貰った弓を軽く弾く。

一応王国で弓の訓練はしていたし使えない事は無いだろう。

良く見ると矢には油が塗ってある……手段は選ぶな、と言うことだろうか?


「シーザー」

「はい。なんでしょうか」


その時、ブルー殿がまた声をかけてきた。

酷く真剣な声に思わず顔を上げる。


「今まで言ってきた事とは矛盾するがな。お前は手段を選んでいいんだ」

「え?」


「勇者シーザーよ。例え非合理だろうが何だろうが、命を賭して己の意地を貫くという選択肢もある」

「何故そんな事を?」


「さあな。ただ……お前の最大の武器は技でも力でもない。勇者の誇りでもない」

「では、何だというんですか?」


「不屈の魂、折れぬ心さ」

「折れぬ心?」


ブルー殿は笑った。

何処か自嘲気味な笑みだと思う。


「普通、お前の置かれた現状に普通の人間が陥ると自暴自棄になる物らしいぞ?」

「しかし、私は勇者なのです!」


「そう。そこだ」

「そこ……ですか?」


「お前の不屈の志は、勇者と言う肩書きに支えられている」

「そう、なのでしょうか」


ブルー殿は頷く。

そう言えば、私自身も良く"私は勇者だ"と言う物言いをしていたように思う。

もしかしたら、彼の言う様に勇者であるという事が心の支えになっていたのかも知れない。


「……だからお前は真っ直ぐ生きて良い。自分を肯定しきれなくなったら心が折れてしまうからな」

「しかし先ほどの言い分だと、それでは私は近いうちに優先順位を間違え、倒れるのでは?」


そう。彼の物言いは自分で言うように矛盾している。

私の今のあり方では先が長くないと警告しながら、

そうでなければ私は私で居られなくなるから止めておけといっている様に聞こえる。

これはどう言う事だろうか。


「どう言う事だ、って思っただろう?簡単だ。お前の生き様はお前が決めるしかないって事だ」

「……自分らしく生きてのたれ死ぬも、志を曲げて心折れるも私次第。と?」


考えてみれば当たり前だが、

そうなると私は既に詰んでいるのではないだろうか?


「そうだな。で、その場合お前はどうする?」

「……そう、ですね……やはり、勇者としての有り様は捨てられないでしょう」


そうだ。私はアラヘンの騎士にして勇者シーザー。

例え叶わぬ相手だとて戦いもせず無様に逃げ出せるものか。

しかし、それで無駄死にし故国を救う事も出来ず倒れるのが本当に正しい勇者の道なのだろうか?

そう問われると……応えに窮するのもまた事実だ。


「ならば……良いとこ取りするしかないな」

「え?」


ブルー殿は今、何と言ったのか?


「簡単だ。壁にぶつかったら打ち破れば良い。勇者らしく戦っても勝てるならば問題は無い」


簡単に言ってくれる。

それがどれだけ無茶な事かは彼も判っているのではないだろうか?

だが、勇者らしくありながら勝利する為にはそうならざるを得ないのかも知れない。


「それでだ。お前はラスボスの軍勢と出会ったら戦わざるを得ないだろう。心情的にも名誉の為にも」

「当然です」


「唯でさえ力の差がある相手にボロボロのまま向かうのは、名誉ある行いか?理に適っているか?」

「……名誉も勝利も遠ざかる選択、ですね……」


その言葉と共に私は毛布に腰を下ろしていた。

結局ブルー殿が言いたかったのは"何でも良いからまずは休め"と言う事だったのだ。

確かに休む余地があるのに自ら死地に赴いて敗北するのが勇者の行いかと言うと、違うだろう。


まだアラヘンが健在ならば後に続くものが居るのだから無意味ではないだろうが、

今の私に無駄死には許されない。


「一度眠ります……警戒をお願いして宜しいですかブルー殿」

「ああ。早く寝るんだ勇者殿」


目を閉じる。

程なくして睡魔に誘われ、私は眠りへと落ちて行った。


「頑張れよ……お前の行く手には幾多の試練が待ち構えてるのだからな」

「そう、でしょうね。ですが負けません……私は、勇者シーザーなのですから……」


だから、彼の最後の言葉が妙に意味深な事に気付きもしなかったのだ。

もっとも気づいた所でどうしようもない事ではあったのだが。


……。


翌朝、と思しき時間帯。

私が目を覚ますとブルー殿は折れた足の包帯を取り替えている所だった。


「行くのだな?」

「ええ。薬を取ってきたら共に魔王軍退治と参りましょう」


剣を腰に下げ、盾を構える。

背中に弓矢を背負って立ち上がると、一枚の紙が手渡された。


「地図だ。簡単だがお前が寝ているうちに用意しておいた……手書きだが役には立つだろう」

「助かります」


「……後、細かい事だが決して諦めるな。心が折れても無理やり繋ぎなおせ。その事を忘れなければ」

「忘れなければ?」


ブルー殿は不敵に笑う。

そしてある種の確信のような何かと共に檄を飛ばしてくる。


「何時か必ず、魔王ラスボスにその剣が届く日が来るだろう。絶対に!」

「はい!」


最後の激励に礼をもって応え、私は部屋から踏み出す。

内側から鍵がかかったのを確認し、坑道の上層へと歩き出した。


……。


ハシゴに手をかけ登り続け、時には坂道を進み続ける。

……そうして暫く進んでいると、何者かによって殺害されたばかりの賊の遺体を見つけた。


「これは……とうとう来たのか……」


少しだけ嗅ぎなれた獣の匂い。

坑道の坂道の上で、一頭のワーウルフが目を血走らせながら周囲を警戒している。

幸か不幸か先ほど見つけた賊の遺体から発せられる血の匂いのせいで、

私の存在は察知されていないようだ。


「この先に、あのヒルジャイアントが居る」


呟きながら先日の無様な負け戦の事を思い出す。

リンカーネイトの国王陛下が一緒でなかったら、間違いなく殺されていた。

……そして、残念ながらこの短期間で彼の者を超える力を得る事が出来たとはとても思えない。

今戦いを挑めば、ほぼ確実に殺されるであろう。


「だが、だからと言って逃げ出しては……私は一生逃げ回る羽目になる!」

「き、キャイイイイイン!?」


剣を抜き斬りかかろうとすると、見張りだったらしいワーウルフは明後日の方向に逃げていった。

あれではヒルジャイアントに報告も出来ないだろうに……、

まあ細かい事だ。

どちらにせよ、私は正面から突き進むのみ!


……。


「四天王ヒルジャイアント!勝負…………だ?」

「ふははははは!母の仇、弱すぎるのだナ!」

「ぎぃやあああああああっ!お前は人間だって名乗ってたよな!?化け物かよ!?」


……の、筈だったんだが。

何だこれは?


「食らえミサイル!自走砲より主砲発射!更に火炎放射器で汚物は消毒なのだナーーっ!」

「熱い!痛い!反撃の暇がねえええええええっ!魔王様!お助けーーーーーッ!」


まるでこの為にあつらえたかのような巨大な地下空洞に凄まじい爆風と轟音が轟き続け、

ヒルジャイアントのぬめぬめした巨体は無様に天と地を行き来している。


「ミニガン行くのだナ!ガトガトガトガトっ、なのだゾ!」

「畜生おおおおっ!一発一発は大した事無いが攻撃が途切れやしねえええっ!」


「それにしてもしぶといのだナ。レーザーライフルでトドメなのだゾ!」

「ぎゃああああああああああっ!お母ちゃああああああああああん!?」


「お前にも母が居るのカ。私にも居たのだナ……今日こそ敵討ちだゾ!」

「お前の母ちゃん殺したのは少なくとも俺じゃねえよっ!?」


……圧倒的じゃないか。

私の出番など元から無かった、と言うことか?

気負っていた分、落胆が酷い事になっているのだが。


「私はフリージア。シバレリアの冬将軍ジェネラルスノーの一人娘なのだナ!」

「あ、その名前は聞いたことが……いや、違う!俺じゃない!俺じゃないんだっ!」


そう言えばブルー殿の言った幾多の試練とはまさか……。

いや、幾らなんでもそれは無いだろう。

しかしどうしたものか……もうこのまま横を通って上層に上がってしまえば良いのだろうか?

だが、ここでヒルジャイアントが倒されたら私の報告は半ば以上無意味なものの様な気もするが。


「関係ないのだナ!死ねラスボス!」

「いや、待て!そこからして違うんだが!?」


とは言え、ブルー殿の救援は要請せねばならない。

全てが無意味にはならないのが救いか。


ああ、なんと言うか緊張の糸が切れてしまった。

……もういい。とにかく上にあがるか。

あの戦っている女性の目的は敵討ちのようだし邪魔をしても仕方ない……。


「今度こそトドメなのだナ!トドメのロケットラン……ああっ!弾切れなのだな!?」

「何か知らんが、好機!くたばれ、圧し掛かりからの尻尾攻撃!」

「……え?」


そう考え、戦いの邪魔をしないようにと部屋の脇を通り上層へと向かっていた私の後ろから、

何か人影のような物が吹っ飛んでいく。


「ふ、ふ、ふははははは!勝った!何か知らないが勝ったぞ!?」

「い、痛いのだナ……きゅう」


「ま、全く脅かしやがって!あの黒い鎧の男みたいな化け物がそうそう居てたまるかよ!」

「…………(気絶中)」


え?あれだけ優位に戦闘を進めていたのに……負けたのかあの少女は?

シャクトリムシのような格好でうつ伏せに倒れたまま動かないのだが。


「しかし、手強い人間だった……万一の事もあるし復活できないように食ってしまおう」


ヒルジャイアントはずるずると胴体だけの体を引き摺りながら、

気を失って倒れている若い女性の下に向かっていく。

……このままだと……。


「まあ、肉は締まってて美味そうだ。いっただっきまーす!」

「させるかーーーっ!」


彼女が食われてしまう。

そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。

思わず叫び、向こうの注意を引き付けた上で油の付いた矢を岩壁にぶつけて発火させ、弓を引く。


「お前、あの時のへっぽこ勇者!?何時の間にそんな所に!?」

「今度は私が相手だ!四天王ヒルジャイアント!」


あの時点では気付かれていなかったのだから、見知らぬ人など放って置けばよかったのだ。

ここで負けたら私だけではなくブルー殿の生死をも左右するのだから。

……だが、それは出来なかった。


しかしこれで判った。私は何処まで行ってもこうする他無いのだろう。

例え愚かしくとも、目の前の誰かを見捨てる事は出来ない。


「なんだ。今度こそ死にに来たのか?あの黒い野郎は居ないようだが」

「最初から諦める事はしない!」


火矢がヒルジャイアントに突き刺さり、小さく燃え上がって……消えた。


「熱ううっっ!?……だが、その程度か?大した被害じゃないな」

「……ふっ」


「何がおかしい!?」

「いや、今度はダメージを与えられたな、と思ってな」


思わず笑ってしまった。

前回は一瞬で回復してしまうような軽い切り傷を与えるのが精一杯だったが、

今度与えた火傷はどうやら治りが悪いらしい。


「馬鹿な奴め!また押しつぶしてやる!」

「くっ!」


突進してくる巨大な軟体を横っ飛びで辛うじて回避する。

壁にぶち当たったそれはそのまま跳ね返り、また私を狙って転がってきたが、

回避に専念すると今度もまた紙一重でかわす事が出来た。


「避けるのが精一杯か?」

「そうみたいだな」


だが、私の口元はまだ笑っている。


「それにしちゃあ、随分嬉しそうじゃないか。恐怖のあまりとうとう気が触れたか?」

「いや、嬉しいのさ。純粋にな」


そう、先日は初撃を回避する事すら出来なかった。

それに比べればなんと言う進歩か。


「私は進んでいる……一歩一歩でも先に進んでいるのだ!……それが嬉しい」

「ふん。それはいいが、そもそもお前はここで終わりだ!役を終えた役者はさっさと引っ込め!」


私はそれに答えず、無言で弓を引いた。

ここに私の雪辱戦が始まったのである。

無論、勝率は限りなくゼロに近かったのだが。


……視線の先では、先ほどの少女が未だ目を覚まさず倒れていた。

少なくとも、私は彼女が目を覚ますまで粘らねばならない。

彼女を生かして帰す事。それが今回の勝利条件だ!


続く



[16894] 09 撤退戦
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/04/20 15:52
隔離都市物語

09

撤退戦


≪勇者シーザー≫

火矢を番え、じりじりと横に歩き続ける。

目的は広間の隅で倒れている少女から敵の目と攻撃を逸らす為。

もう一撃を食らってしまっては彼女は最早助かるまい。

……ここは勇者として私が何とかしないと。


「アラヘンのシーザー、参る!」

「来いよ!最近碌な事が無くてストレス溜まっているんだ!」


久々に勇者として何一つ後ろめたい事無く、誇りをもって行動できる展開に不謹慎ながら心が躍る。

細心の注意を払いつつ彼女が敵の背後に回るまでじりじりと距離を取るように円運動を続け、

ここなら絶対に彼女に攻撃が行く事は無いという地点まで移動した時、ここぞとばかりに矢を放つ。


「熱っ!……だが大して効かないのは判ってるよな?」

「無論だ」


一本、二本、三本……。

燃え上がりながら突き刺さる矢は、その周囲を焼く事しか出来ない。

だが、現状これが最も確実な攻撃手段。

賭けに出るにはまだ早すぎた。

それにだ。


「じゃあ俺の番だ!」

「ぐっ!」


この距離ならば、あの突進を辛うじてだが回避できる。

剣で斬りつけた後では決して避けきれないが、

これならこちらのダメージを最小限にして戦う事も出来よう。

……勝てるとは思えない。

だが、今回の勝利条件はそもそもヒルジャイアント打倒ではないのだ。

優先順位を間違える訳にはいかない。

……まずは、時間を稼ぐ事。それが肝心だ。


……。


《戦闘モード 勇者シーザーVS四天王ヒルジャイアント》

勇者シーザー
生命力70%
精神力100%

ヒルジャイアント
生命力40%
延焼率50%

特記事項
・ヒルジャイアント、連戦により疲労状態!
・不適切ながら、あえてその体に火傷の及ぶ範囲を"延焼率"と呼称


ターン1

シーザーの攻撃!

火矢がヒルジャイアントに突き刺さる!


「あちちちちっ!しつこい奴だな……!」

「褒め言葉だな、それは」


ヒルジャイアントに軽微なダメージ!

炎がぬめる軟体を焼いていく……。

ヒルジャイアントの火傷が悪化!

延焼率が3%上昇した!


「押しつぶす!」

「させるかっ!」


ヒルジャイアントの反撃!

ヒルジャイアントは巨大な体を横倒しにして回転しながら迫ってくる!

シーザーは飛び退いた!


「う、くそっ……火傷のせいで傷の治りが……」

「どうやら思ったよりも火には弱いようだな」


ヒルジャイアントの自己再生!

圧倒的な再生力によりヒルジャイアントの生命力は毎ターン10%回復する。

だが、再生力は五割を超える火傷のために激減している!

延焼率低下3%が精一杯で、生命力回復は不可能!


……。


ターン2

ヒルジャイアントの速攻!

前ターンより続く回転移動により、再度の押しつぶしがシーザーを襲う!


「く、そっ!」

「避けてばかりで、勝てると思うなよ畜生!」


シーザーは回避に専念!

シーザーは攻撃を回避した!


「ひぃ、ひぃ、火傷が染みやがる……」


ヒルジャイアントの自己再生!

圧倒的な再生力によりヒルジャイアントの生命力は毎ターン10%回復する。

だが、再生力は五割を超える火傷のために激減している。

延焼率低下3%!


「だが……少しはマシになってきたぞ……!」

「くっ、継続的に焼いてやらないと回復に追いつかれるのか?」


延焼率が五割を割った事で、自己再生が再度機能し始めた!


……。


ターン3

シーザーは火矢を放つ!

ダメージ軽微、延焼率3%上昇!

ヒルジャイアントの自己再生能力が停止!


「……っ!?」

「どうやら、ネタ切れか?今度は俺の番だ!」


シーザーは火矢を使いきった。

ヒルジャイアントの突進!

シーザーは辛うじて回避した。

が……弓を取り落とした!


「っと。そう何度も焼かれちゃ敵わん」


ヒルジャイアントの追加攻撃。

弓は鈍い音と共に押しつぶされた!


「はっはっはっは!これでお前はこちらに有効な武器を失った訳だ!」

「……その隙が命取りだ!切り札を切らせて貰う!」


シーザーの再攻撃!

紅蓮の火球が敵を襲う!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「!?」


ヒルジャイアントの胴体を炎が覆う。

延焼率10%上昇の上、生命力にも中規模ダメージ!


「ぎゃああああああっ!?」

「今だ!」


……。


ターン4

ヒルジャイアントは炎に包まれのた打ち回っている!

シーザーは駆け出した!


……。


ターン5

ヒルジャイアントは地面をのたうち回り、全身を包む炎を消化しようとしている!

シーザーは走っている!

シーザーは回収を行った!


……。


ターン6

ヒルジャイアントを包む炎が消えた!

シーザーは走って行く!


……。


ターン6

ヒルジャイアントは火傷部分の修復に全力を注いでいる。

シーザーは走り去った!


「……あー?あのへっぽこ勇者は何処だ?」


ヒルジャイアントはシーザーを見失った!

ヒルジャイアントはシーザーを探している……。


……。


ターン7

ヒルジャイアントはシーザーの戦線離脱を理解した。

ヒルジャイアントは"戦闘に"勝利した!


「野郎、逃げやがったな……まあいいか。さて、あの女を食ってやる……」


ヒルジャイアントは周囲を見渡す。

……フリージアの姿は無い。


「もしかして、逃げられた?」


シーザーはフリージアを背負って戦線離脱していた!

フリージアの救出に成功。シーザーは目的を達成した!


……。


≪勇者シーザー≫

気を失ったままの少女を背負い、先ほどまで進んでいた道を下っていく。

残念ながら、上層への道が判らない上に人を背負っている以上、

上り坂を敵から逃げながら進むのは不可能と判断した故だ。


「大丈夫か!?」

「……ううーん」


残念ながら彼女はまだ目を覚まさない。

これはもう、一度ブルー殿と合流し彼女を託して行く他無いだろう。

一度見つかった以上、相手は更に警戒を強めているだろうが、

彼女を見捨てられなかったのだから最早止むなしである。


「ふん!ぬうっ、ぐううっ……」


縄で体を固定し、必死になってはしごを降りていく。

たかが人ひとり、されど人ひとり。

気絶した人間の重みが私の体力を奪って行く。

だが幸か不幸かここまでの道程で結構な数の巨大ミミズなどを討ち取っていた。

その為に戻りの道で誰かに会う事も無く順調な移動が続く。


……とは言え、この行為は地上への脱出からすると逆行だ。

それに対する落胆は隠せないが。


「弓も失ってしまった……ブルー殿にも詫びねばならん」

「ガルッ、ガルッ、ガルルルルルルルッ!」


……呟きをかき消すような唸り声。

しまった。追っ手か!?


敵はワーウルフのようだ。

鼻が効く種族だ……人を背中に背負っていては最早振り切れまい。

振り返り、剣を抜き放った。


「ガルルルルルルッ!」

「ガアアアアアッ!」

「匂いを辿られたか!」


背後から迫るワーウルフを切り裂く。

たった二頭だからよかったものの、今後も追っ手が来るのは避けられまい。

……追っ手をかく乱したい所だが、それだけの余裕は無い。

これは、拠点を突き止められるのも時間の問題だ。

あの部屋に隠れている訳にもいかなくなりそうだ。


「くっ、ブルー殿は足を痛めているというのに!」


最早一刻の猶予も無い。

急いで彼と合流し、別ルートを探さねば。

敵の総数は未知数だが、


「ガアアアアアアアッ!」

「こう頻繁に襲われる以上、敵は少数ではあるまい!」


少なくともこちらより優勢な敵相手に、

気絶した人間を背中に背負って戦えるほど私は自信家ではなかった。

……急がねば。

もし、先回りでもされてしまった日には目も当てられない。


……。


「ブルー殿!一大事です!」

「鍵なら開いている。どうした?敵の囲みを抜け切れなかったか?」


部屋のドアを乱暴に開け中に飛び込み、急いで鍵をかける。

時間稼ぎにしかならないだろうが、今は僅かでも時間が欲しい。


「それどころではありません!敵に追われています。振り切れませんでした」

「……想定内でも最悪の展開か。まあいい」


ブルー殿の足元からはぎしり、と包帯を巻く音が聞こえる。

ただ気になるのは巻くと言うよりは締めると言った方が適切なほどにきつく包帯が巻かれていた事。

……これを予測していたと言うのだろうか?

既に最低限の荷物と思われる背負い鞄も用意され、部屋の片隅に積まれている。


「敵は軍隊だ。敗北してもまだ無事ならば、後を追われるのは当然だろう」

「そうですね……実際この有様です」


背負っていた彼女は既に毛布に降ろしているが、未だ目覚める様子は無い。

彼女の事も一体どうすれば良いのか。

念入りに装備の状況を確認しているブルー殿の表情は見えない。

不安そうにしている様子が無いのは正直とても心強かったが、今後の当てはあるのだろうか?


「しかし、彼女を庇って移動するだけでも一仕事です。別な脱出ルートは無いですか?」

「庇う必要はあるが戦力外ではないぞ?フリージアの射撃術は第二王妃様直伝だ」


そう言うとブルー殿はゆらりと立ち上がり、松葉杖片手に彼女……フリージア殿の元へと向かい、

その脇に座り込むと腰の小さな鞄から一粒の丸薬を取り出した。


「気付け薬だ……済まないフリージア、だが現状は一刻を争う」

「何故気付け薬を飲ませるだけで謝る必要が?」


相変わらず良く判らない展開だ。

普通なら感謝される所だろうに何故詫びる必要があるのか。


「原材料に唐辛子などがふんだんに使用されている上、唾液で溶けると鼻の奥に刺激臭が……」

「……成る程、理解しました」


正気に戻す為には手段を選ばない薬と言う訳だ。

だが、効き目は確かなのだろう。何となくそう思う。

第一、そこまでやって効かないのなら薬の存在意義が問われるに違いない。


「……むぐ……ぎゃあああああああああっ!?く、口の中が噴火したのだゾ!?」

「フリージア。シバレリア大公ともあろう者が不覚だったな」

「大公?」


「む!ブルーではないカ。助けてくれたのだナ?危ない所だったのだゾ!」

「いや、フリージアをここまで連れてきたのはそこのシーザーだ。感謝はそちらにするといい」


ブルー殿がそう言うとフリージア殿はくるりとこちらに向き直った。

そしてぐっと頭を下げる。


「危ない所だったのだゾ。私はお前に感謝するのだナ!」

「いえ、人として当然の事かと」


「そう言えば、お前がシーザーか?ふむ、アルカナやクレアに聞いていた通りの男だナ」

「お二人とお知り合いなのですか」


「うむ。私はシバレリアの大公フリージア。あの二人とは従姉妹に当たるのだゾ」

「……大公殿下であらせられますか……」


驚いて目を見開く。そう言えばブルー殿もそんな事を言っていた。

……それにしても、大公自らが直接乗り込んでくるとは。


「部下の方はどうされたのです?はぐれたのですか?」

「ん?どう言う事なのだナ?」

「……まさか大公ともあろう者が一人で敵地に乗り込む訳が無いと思うだろうさ。普通なら」


呆れたようなブルー殿の声。

まさか、本当に一人で?


「そうなのか?私としては私怨に部下を巻き込みたくなかっただけなのだがナ」

「母君の仇討ちならば、むしろ国を挙げて行うべき事業だと思うのだが」

「何か深い事情がおありのようですね。失言をお許し下さい」


私が深々と頭を下げると、フリージア殿はそれを手で制する。

何事かと思うと、彼女はニカッとした笑いを浮かべるとこう言った。


「命の恩人に失言も何もあるものか。それとシーザー、クレア達同様私にも普通に話して構わんゾ?」

「宜しいので?」


「叔父上達もそうだが、私も堅苦しいのは苦手なのだナ……なんなら命令しても良いゾ」


「ならば自然体で話させていただく。アラヘンのシーザーだ。フリージア殿、宜しくお願いする」

「うん。宜しくされたのだナ」


フリージア殿の差し出した手を取るとブンブンと強く握手をされた。

面食らうが、そのためか何か不自然な点に気付いた。

……改めて彼女を見てみる。


「時にフリージア殿」

「なんダ?」


「……このマントを羽織ってくれ」

「何でなのダ?」

「フリージア、お前の格好だが、知らない者から見たら下着丸出しにしか見えんぞ」


そう。彼女は下半身が下着のままだった。

きっと戦闘中に破れてしまっていたのだろう。

私としたことがこんな格好に長時間気付かないとは……恥をかかせてしまったな。

幾ら緊急時だったとは言え、騎士としても紳士としても失格だ。


「む?この格好の何処がおかしいのダ?」

「水着の上に胸甲、皮手袋とブーツのみ……その格好の事を言っているのだ!」

「……まさか、その……その格好で普通?そんな馬鹿な」


余りの事態に呆然としていると、フリージア殿は胸を張って言い放つ。


「叔父上が言う所の水練着スクミズ。水に入る事をも想定した装備だゾ?」

「戦闘の事を考慮して欲しいと昔から何度も言って居たのだが」


「その為の胸部アーマーなのだナ!」

「昔から思っていたが……少なくとも冬と森の国の姫君の格好ではないぞ?」


「気にするな。私は気に入っているのだゾ、幼馴染よ」

「傍から見ていると目のやり場に困るのだよ」


……言葉が出てこない。


「見てみろ、シーザーも呆れかえっているではないか。これが普通の反応だ」

「私は気にしないゾ!褒めてくれる人も一杯居るゾ!」

「それは鼻の下を伸ばした男達以外の何者でもないような気が……」


私はどうしたら良いのだろう?


「……フリージアを矯正しようとした私が愚かだった。こうなる事は判りきって居たのだがな」

「判りきって……ですか……」


「ああ、それよりこの場から脱出する事を考えたほうがよほど有意義だ」

「そうですね、他人の趣味に無闇に口出ししても仕方ありません」


どうしようかと困り果てていると、

ブルー殿が兜を外し、髪をガシガシとかき上げて話題を転換してくれた。

正直に言えばどうして良いか判らなくなっていた為助かったと思う。


しかし、不毛な話題だったが良い事もあった。

出会ったばかりの私達だが、

この僅かな会話でまるで10年来の友人のように打ち解けたような気がするし、

精神的にも色々と解きほぐされたのも事実。

とは言え、これ以上は貴重な時間を浪費するだけだ。

あの時点での会話切り上げは見事としか言いようが無い。


……まさか、ブルー殿がそこまで計算していたとは思わないが。


「さて、では現状を確認する」


その言葉に合わせ、三人で輪になってそれぞれの状態を報告しあう。


「では、シーザーに関しては弓を失った他は万全といって良いんだな?」

「剣も盾も健在です……火球に関しては、使いすぎると気を失うので当てには出来ませんが」


私のほうはまだ大丈夫だ。

疲労はしているが、休めば何とでもなる。

それより問題なのは、


「……では、ブルーは満足に戦えないのカ?」

「ああ、足の骨が完全に折れている……実質片手でしか戦えないし、走る事も出来ない」

「済みません、弓さえ無事だったら良かったのですが」


ブルー殿の武器が剣しかなくなってしまったと言う事実だ。

弓は私が借りている時に壊してしまったし、盾は今も私が使っている。

それについては元々片腕は松葉杖に占拠されているので問題が無いと言えば無いが、

満足に体が動かない状態で遠隔攻撃手段を失ったのは痛過ぎるのではないだろうか。

更に、


「済まんが私のほうも余り期待するナ。武器の大半を失っているし残弾も残り少ないゾ」

「フリージア、残存戦力はどうなっている?」


「無事な装備は拳銃が一丁にアサルトライフルひとつ……だナ。ただし残弾は殆ど無いゾ」

「……済まないが荷物持ちを頼めるか?銃の音はこの坑道では響きすぎると言う事情もある」

「いえ、ブルー殿……荷物なら私が」


「シーザー。現状ではお前が主力を務めねばならないのだ……体力は温存してもらう」

「そうだナ……まあ仕方ない。ブルーの判断が間違っている所を見た事もないしそれが妥当なのダ」


フリージア殿も戦える状態では無い様子。

実質、満足に戦えるのは私一人になると言う事だろう。


「ライフルは借りるが良いか?……無論、お前の所には敵を出来るだけ向かわせないようにするが」

「ふむ。まあ仕方ないナ」


フリージア殿からブルー殿にアサルトライフルと言うものが手渡された。

鉛の粒を飛ばす小型の弓のような物との事だが、肝心の矢が殆ど残っていないらしい。

心許ない装備だが、それでも止むを得ないのだろう。


「……今、表が騒がしくなかったカ?」

「そろそろ嗅ぎ付けられる頃だ。鍵のかかった扉の奥に人間の匂い……完全に補足されたな」

「くっ!」


既に周囲は包囲されているようだ。

この囲みを破り、何とかまずは地上まで逃れねばならない。


……。


私は敵が少ないうちに突破しようとしたのだが、ブルー殿によってそれは止められていた。

彼の言う事には、むしろ集まってくれた方が都合が良い、と言う事らしい。

体を休めつつ、警戒だけは解かずにドアを凝視する。


「……気配が増えてきたゾ」

「そうだな。だがまだ突入までは時間があったはずだ。今の内に今後の作戦を説明する」


ブルー殿の言う事には、上に戻る事が出来ないのなら最早道は一つしかないとの事だった。

そのたった一つ残った道と言うのが……。


「私達が落ちてきた穴を逆流する」

「無茶ではないのですか?どうやってあの崖を上るつもりなので?」


「……そろそろあの広間が水没する頃だ」

「そう言う事、ですか」

「何のことだかさっぱり判らないゾ!?」


成る程、落ちてきたのは穴だが今その場所は水没しつつある。

水に満ちた穴ならば泳げば戻れるだろう、という事だ。


「水は穴の上までは届くまい……だから、水面に辿り着き次第ここで見つけたこれを使う」

「杭とハンマーなのだナ?」

「足場が出来ればハシゴと変わらないという事ですね」


しかし、それなら最初からあの場所で待っていれば水没した時にそのまま上へ……、

いや、それだと穴の中腹で立ち往生か。


「問題もある。水に潜り浮上する以上、金属製の装備は持ち出せないだろう」

「鎧は置いていくしかない、と言う事ですか」

「シーザー、剣だけは手放すんじゃないゾ。上も敵に占拠されていないとは言い切れないのダ」


しかも、失う物も多そうだ。

……だが、命には代えられん。


「敵がドアを破ったタイミングで反撃、殲滅しそのまま坑道を下る。質問はあるか?」

「特に無いゾ」

「最早選択肢はそう多くありませんしね」


私達の答えを聞いて、ブルー殿は自身有りげに頷いた。

それにしても凄まじい胆力だ。

敵に包囲されつつある現状、しかも満足に戦えないと言うのに。

一体、彼の自信は何処から来るのだろう?

そんな事をふと思う。


「……私はな、模範であらねばならんのだ」

「え?」


もしかしたら無意識に呟いてしまっていたのだろうか?

驚いて顔を上げるが既にブルー殿は明後日の方向を向き、剣の曇りをチェックしていた。

……幻聴だったのか?


「いかんな。緊張しているのかも知れん」

「ふむ。実は私もダ。装備をここまで失う事はそうそうなかったからナ」


「そう言えば、凄まじい威力の攻撃だった……あれなら魔王相手でも楽に勝てるのではないのか?」

「ははは、まさか。弾き返されて終わりダ」


お互い緊張しているのだろう。

フリージア殿と他愛も無い話をして気を紛らわせてみる。

だが、その間にも……敵の気配は更に濃くなっていった。


「そろそろだな。二人とも準備しておけ」

「はい……」

「判ったのだゾ。銃のセーフティも解除しておくのだナ」


すらり、と剣を鞘から抜く。

フリージア殿はテーブルを倒すとその後ろに陣取った。

ブルー殿はドアの脇……ドアノブ側の横に立ち、剣を振り上げた体制のまま静止している。


……ドアに衝撃が走った!


「グオオオオオオオッ!」

「側面注意、だ」


ドアが吹き飛び、一頭のワータイガーが部屋に踊りこむが、

側面に待機していたブルー殿の一撃で首を飛ばされ前のめりに転がる。


「「「バウウウウウウッ!」」」

「迂闊すぎ、だゾ!」


続いて三匹のワーウルフが飛び込んでくるが、

フリージア殿の手元から破裂音がしたかと思うと、

獣の額から血が噴出し、悲鳴と共に次々と倒れていった。


「フフン。まだまだなのだゾ?」

「まだまだなのはそっちもだフリージア!良く見ろ、まだ死んでいない奴が居る!」


「え?」

「ぐお、グアアアアアアアッ!」

「させん!」


だが、その内一匹が渾身の力を振り絞って立ち上がり再び駆け出す。

倒されたテーブルに手をかけ、その爪がフリージア殿に振り下ろされ、

……てしまう前に何とか私の剣が間に合った。


「が、ううううう……ぅぅ」

「び、ビックリしたのダ」

「大丈夫ですか?」


背中から斬られ、断末魔の声と共に倒れるワーウルフ。

フリージア殿は面食らいながらもその死体を脇に退けている。


「まだ来るぞ……私はここを動けない。体勢を立て直すんだ!」

「判りました!」

「り、了解なのだゾ!」


破られたドアの向こうでは敵が半円を描くように取り囲んでいる。

横の同僚を小突いたりして、私にはこちらに突入する面子を押し付けあっているように見えた。

……奴等も、恐ろしいのだ。


「グオオオオオオオッ!」

「ぐうっ!」


僅かな時間が経過し、一際体格のよいワータイガーが突入してくる。

私は盾を前面に押し出し正面から受け止める……が、


「オオオオオオオオッ!」

「お、押し負ける……!」


種族としての元々の地力が違うのだろう、じりじりと後ろに押しやられていく。


「シーザー!ちょっと待て、今何とかしてやるゾ!」

「駄目だ!フリージアは敵の牽制に専念するんだ!」

「だ、大丈夫だ……私は、勇者……この程度の事で……!」


フリージア殿は銃と言う武器で飛び込んで来ようとするワーウルフ達を牽制している。

こちらの援護に入ったら、その一瞬の隙を突いて敵の大群が攻め込んでくるに違いない。

そしてブルー殿は歩けないのでドアの脇に寄りかかりながら戦っている。

この魔獣は私一人で何とかせねばならないのだ。

しかし、人の腕力では敵に敵う筈も無い。

ならば……!


「グギャッン!?」

「搦め手から攻めるだけだ!」


体制を崩したふりをして相手の力をいなしつつ、

鉄の脛当てに守られた足で相手の膝と足首の中間あたり……弁慶とか言うらしい急所を蹴り飛ばす。

骨が折れる事こそ無かったが痛みにうずくまる敵の背中を取り、

背後から、貫く!


「卑怯、な手段なのだろうな……だが、今の私では正面からでは勝てない……」

「それで良いんだシーザー。何時か正面から戦える日が来たら、背後からの攻撃を封印すればいい!」


敵が息絶えたのを確認し、ドアの正面に向き直る。

幾つか死骸の増えた室内には、いつの間にか侵入者が入って来る事も稀になっていた。

ただし、包囲は続いている。

あくまで、無理をしてこの部屋に直接攻撃を仕掛けるのをやめただけだ。


「攻撃が止んだのは良いが、敵が遠巻きにしてるという事は策があるのではないかと私は思うゾ?」

「当然だな。敵は指揮官が来るのを待っているんだ」

「しかしブルー殿。ヒルジャイアントはこの狭い坑道まで入れませんよ」


そう、彼の魔物は巨体だ。

荷車が通れる広さのこの坑道でさえ、その巨体が収まるには小さすぎる。

それとも、他に指揮官が居るというのだろうか。

魔王ラスボスの軍勢には大将格と兵士が居るだけで、細かい部隊を率いる士官階級は居ない筈。

それはアラヘンでの常識だったのだが。


「常識は書き換わる物。それに奴もこの一連の戦いで大損害を受けて、増援を呼んでいる筈だ」

「アリシア様達の率いる諜報部隊の成果だナ?相変わらず非常識なのだゾ」


「向こうは随分長い間増援要請を無視し続けて居たのだが、要請の余りの頻度に面倒になったらしい」

「奴等も厳しい、と言う事ですか」

「まあ当然だ。叔父上の臣下でも最強格の部隊が対処に当たっているからナ」


「増援部隊の敵将についても情報がある。ワーベアと言う熊と人を混合したような魔物だ」

「人狼、虎人に続いて熊人ですか……アラヘンでも見た事の無いタイプだ」


人狼(ワーウルフ)は戦力こそそこそこだがその幾ら倒しても減る事の無いような数が脅威だった。

虎人(ワータイガー)は戦力が高く個体数が少ない。

そこから察するに、

熊人(ワーベア)は個体数が絶対的に少ない代わりに極めて強大な種族の可能性が高い。


「腕力だけでは無いぞ。彼らは比較的人間に近い知性を残している。人語を操る個体も居るんだ」

「ふふん!コボルトやゴブリンも喋れないけど理解はしているのだナ!負けてないのだゾ!」


「……頭に"ワー"の付く種族はほぼ全員人語を理解はしているのだ。そうでなくば命令も出来まい」

「そ、そうなのかブルー。むう、だが我等が同胞が劣っているとは思いたくないゾ?」

「同胞?……ああ、いや集落が普通に認められているのだからそれも当然なのか」


要するに、極めて強力な敵がこちらに近づいていると言う訳か。

しかしそんな奴を、ブルー殿はまるで待っているかのようだ。


「シーザー……来たぞ」

「あれが!?」

「熊が斧を持ってるのだナ……しかも筋肉が凄いゾ……むきむきダ」


まるで待ち焦がれていたかのようにブルー殿が呟く。

ドアの外がにわかに騒がしくなり、人垣が割れてそこから一頭の魔物が姿を現した。


「ガハハハハハ!俺は魔王ラスボス様の僕、ワーベア族のハリーだ!人間ども出て来ぉい!」

「なんか、馬鹿っぽいのが来たゾ?」

「……言うなフリージア」

「あれが、ワーベア……」


それは巨体の熊だった。

ただししっかりと二本の足で大地を踏みしめ、片手には巨体に比べると小さめの斧まで装備している。

全身は毛皮の上からでも判るほどに筋骨粒々で、明らかに高い腕力を持っていることが伺えた。


「……行くぞ」

「え?何を言っているのだナ?」

「正気ですか!?」


敵は多数で、その上群れを率いるに相応しい個体まで現れた。

もし飛び出すのなら、ワーベアが来る前の方がよほど良かったと思うのだが。


「何か策があるのですかブルー殿」

「策は無い。策は無いが問題もまた無い、心配するな」

「判ったゾ。どうせ銃も弾が殆ど残ってないし、ナ」


それでも他に道があるわけでもない。

足を引きずりながらもブルー殿が先頭に立つ形で私達は敵の群れの包囲網の中に進んでいく。

そして相手が口を開くその前に、場を支配するかのように高らかに言い放った。


「敵将よ。私はブルー!貴殿に一騎打ちを申し込む!」

「なっ!?」

「正気なのカ?」


状況を優位に運ぶ為にはこちらからの積極的な働きかけが有効だ。

だが、魔物相手には少々無謀だったのではないだろうか?

じりじりとワーウルフ達がその包囲を狭めて……、


「待て……お前達、下がっていろ」

「「「「ギャウ?」」」」


ワーベアに制された。

ワーウルフ達はすごすごと下がり元の位置に戻る。


「お前、馬鹿だろ?その折れた足で何が出来るというんだ?阿呆だな、ガハハハハ!」

「……もし、その折れた足で貴殿を倒せたならば私達を見逃してもらえるか?戦士よ」


そうか、ブルー殿の狙っていたのはこれなのか。

統率の取れた集団ならば、交渉するのはその上位者だけでいい。

後はそれが下位の者を抑えてくれる。

しかし、そもそも交渉を飲んでくれるとは思わないのだが。


「ガハハハハハハハ!馬鹿め!このワーベアがそんな訳の判らない条件を飲むと思ったのかよ」

「思わんよ。貴殿は戦士だ……戦わぬ者に敬意は持ち辛いだろう。だが……これならどうかな?」


「「「「キャイイイイイン!?」」」」

「あ、私のアサルトライフルだナ……しかし、フルオートでは弾がもたんゾ……」


私が不安に思っていると、ブルー殿は借り受けた武器に手をかけた。

軽快な、と思ってしまうような炸裂音が響き渡り、

続いてワーウルフの屍と重症のワータイガーが幾つも出来上がる。

……目を見開くワーベアに対し、ブルー殿は不敵な笑みで応えた。


「こう言う事だ。この武器の前では貴殿はともかく部下は助かるまい」

「……ふん。勿論俺との戦いでその武器は使わんのだよな?」


「無論だ。もし断るのなら貴殿に討たれたとしても、せめて部下には皆道連れになってもらう」

「……」


恐ろしいハッタリだ。

あの武器はもうあまり長くは使えないはず。

いや、恐らく最後の一撃だっただろう。

もし見破られたら私達は終わりだ。

……だというのに。何故ブルー殿はあれだけ自然にしていられるのか……。


「……ガ……ガハハハハハ!別に部下などどうなっても構わんが、お前に興味が沸いた!」

「そう言う事にしておこう。とにかく受けてもらえるんだなハリー?」


「ああ。お前が勝ったら全員見逃してやるさ」

「……ついでだから一つ条件を付け加えさせてもらえるか?」


「ん?何だ?」

「この二人に関しては今の時点で見逃して欲しい。負けた場合は私の命を差し出そう」


何?いや、それはおかしい。

ブルー殿は命を対価として差し出しているように見えるが、

実際のところ負けたら今の状態では全員殺されるのは間違いない。

これではこちら側が有利すぎると想うのだが。

……横ではフリージア殿も不思議そうに首を捻っている。

やはりその条件はおかしいのではないか……?


「まあいいぜ?どうせここから逃げるにも四天王様の居る部屋を通らにゃならない。同じ事だ」

「宜しい、交渉成立だ」


だと言うのに何か通っちゃったんだが!?

良いのかそれで?

……まあ、こっちが有利になったのだから良いのか……。

とは言え、


「ブルー殿を残していくのは心苦しいのですが……」

「気にするな。上に戻れたら私の事を伝えてくれれば良い。迎えを寄越すようにとな」

「わ、判ったゾ……まあ、大丈夫だとは想うが無理はするなヨ?」


ここでこのまま進むのは、味方を見捨て敵に後ろを見せるかのようで辛い。

だがここで全滅しては意味が無いのだ。

時として味方を置いて進む事も必要になるのを私は知っていた。

そう、あの魔王ラスボスとの戦いの時のように。


「必ずブルー殿の事は伝えます!ご武運を!」

「ここは頼むゾ!」


「ああ。まあ心配は要らんさ……むしろヒルジャイアントまで倒してしまうかも知れんぞ?」

「ガハハハハ!大した自身じゃねえか!その顔引き裂いてやるぜ!」


私達はワーウルフ達が空けた道から坑道の奥へと走り出す。

あの時落ちてきたあの場所を目指して。

ただひたすらに。


……。


≪ワーベアとの対峙から数時間後・旧アラヘン王宮・第三魔王殿にて≫


「……我はそのような冗談を好まん。ふざけた事を言うな」

「いえ、事実です……魔王様。ヒルが……ヒルジャイアントが討たれました」


魔王殿に、魔王ラスボスの激怒の声が木霊する。

側近の小者どもは既に逃げ去り、

玉座の前には四天王主席、竜人ドラグニールの姿のみ。

魔王でなくとも泣きたくなる様な配下の体たらくを見せつけられ、

ラスボスは深く溜息をついた。


「馬鹿な。せっかく久々に出来たワーベアを送り込んだのだぞ?奴はどうしている」

「……半死半生で床に伏せているとの事」


ピシリ、と窓にひびが入る。

魔王の怒りが大気を震わしているのだ。

最早溜息などで解消できるレベルのストレスではなくなっていた。


「それもまた、ヒルジャイアントを殺した奴の仕業か」

「はっ。その人間はそのままヒルの元に移動し、八つ切りにした上で焼き殺したとの事」


「有り得ん……」

「幸い肉体の一部が生き残りましたので再生は出来ますが」


「もし元に戻るならお前は"討たれた"等とは言うまい!?奴は元に戻るのか?」

「……いえ」


怒りを隠そうともしないラスボスと、落胆した様子のドラグニール。

末席とは言え四天王を失ったという意味は重い。

何故なら魔王と言う存在が四天王と言う配下を持っていた時、

多くの場合それは魔王の力たる象徴であるのだから。


「再生したヒルの欠片達は記憶を継承していませんでした……別個体として扱うべきでしょう」

「ぬ、ぐうっ……ヒルジャイアントよ、何故だ……何故お前が……馬鹿者……」


暫し魔王は天を仰ぎ、そして冷静さを取り戻すと表情を消して部下に向き直る。


「四天王主席、竜人ドラグニールよ」

「はっ」


「ヒルジャイアントに代わる四天王を至急選定せよ。欠員を何時までも放ってはおけん」

「「「でしたらここは私に!」」」
「「「いえ、俺に任してください!」」」
「「「ひゃっひゃっ!そんな奴等よりわしの方が」」」


そして次なる四天王を選ぶよう命を下す、とそこに押し寄せる魔物達の群れ。

魔王ラスボスの配下にとって四天王になるという事は支配者の最も信頼する部下になるという事。

それはつまり支配階級のトップに立つと言う事だ。

当然、ろくでもない輩も集まる。


「……急げ。それと我は気分が悪い。全員下がれぃっ!」

「「「「「「「「ひいいっ!?」」」」」」」」

「教授……ゴート……グリーン……お前達は幸せだったのかも知れんぞ……」


余りにも見苦しいその光景に、かつての四天王の勇姿を知る竜人は嘆きの吐息を吐くしかなかった。

かつての最精鋭部隊は10年前の戦で影も形も無く。

……数のみを頼りにするほか無い現状に、彼はほとほと困り果てていた。


「ふひゃひゃひゃ……婆さんは何処かのう?あんたは何を困っているのかのう?」

「む?顔無しゾンビか。いや、次なる四天王を選ばねばならんのでな」


「ひゃひゃ。なら選べば良いのう。飯はまだかのう?」

「……選べるほどの人材が居れば困りはせん。出来れば昔のように誰にしようかと悩みたかった」


悲しい事に、今や直属の部下の中で知恵を借りられそうな者が、

この鼻から上が無い、何処か人格に異常のあるゾンビ一体しか居ないと言う始末。


「なら、探す他無いのう。漁るしかないのじゃ。婆さん、飯はまだかのう?」

「探す、か。まあ止むを得まい……お前に心当たりはある、訳は無いか。出来たばかりのお前に」


しかも、つい先日作られたばかりと来たものだ。

だが、それでもそれに頼らざるを得ないという彼らの状況は、かなり酷いと言わざるを得なかった。


「さあ、のう?全然判らんのじゃ?」

「くっ!所詮は人間ベースか。使い物にならん……いや、待てよ」


ドラグニールは顔無しゾンビに鉄の兜を被せ、一本の杖を手渡した。


「お前が生前使っていた杖だ。それでアンデッドの群れを率いて彼の世界へと渡るのだ」

「判りましたのう……婆さんを探しに行きますじゃよ……」


そしてよろよろと歩いて行く顔無しのゾンビを見て呟く。


「どうせ倒されれば新しい四天王になるだけ……ならば誰でも良いではないか」

「婆さん、飯はまだかのう。行き先はまだかのう?」


彼は心底どうでも良さそうに手持ちの書類にサインをした。

そこには"四天王第四席(仮)顔無しゾンビ"の文字。


「顔無しゾンビ……お前の勇者の下へ行け。行って人間ども同士で潰し合うが良いさ」


だが、適当に選んだその人選はかなり的をついた物だった。

彼のゾンビは暫く前に魔王ラスボスに挑み、殺された老魔道師の成れの果て。

そう。かつて勇者シーザーが老師と呼んだ、あのパーティーメンバーの老人だったのだ。


……かつての仲間が牙を剥く。

勇者シーザーに次なる試練が降りかかろうとしていた……。

続く



[16894] 10 姫の初恋
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 17:48
隔離都市物語

10

姫の初恋


≪勇者シーザー≫

走る。走る。ただひたすらに。

ただ走り続ける。地の底に向かって。


「シーザー、まだなのカ?」

「もう少しだ……もう少しで……え?」


だが走り続けた私達を待っていた物。

それは水没した地下空洞などではなく、底に僅かに水溜りのあるただの洞窟だった。


「水が、引いている!?」

「それがどうかしたカ?」


……途中で水が引いた理由は判らない。

だがやる事は変わらないのだ、何の問題も無いだろう。


そう思いつつ剣の柄で杭を穴の下の壁に打ち込んでいく。

果たしてブルー殿が何時までもつのか。

それが判らない以上悠長な事はしていられない。


「フリージア殿は周囲の警戒をお願いする」

「うむ。心得たのダ」


既に矢玉の切れかけた武器を構え、フリージア殿は上層へと続く坑道に注意を向ける。

だが、例の箱の底まで手が届くまでに敵に補足されたら私達の負けだろう。

一本一本丁寧に、しかし出来る限り迅速に杭を打ち込んでいく。


「よっ、と」


互い違いに打ち込まれた杭を足場に、更に上層へと歩を進める。

そして、上層に打ち込まれた杭をまた足場にして更に上へ。

気の遠くなるような作業だが、遥か上の視界の先には小さな光が見える。

あそこまで辿り着ければ……光?


「宝箱の底にこの穴の入り口があるのだから明かりが漏れる訳が……まさか誰か箱を開けているのか?」


それに気付いた私は声を張り上げるべく大きく息を吸い込み、


「だお?」

「ぎゃあっ!?」


落ちてきた何かに押しつぶされて地面に叩きつけられたのである。


……。


「おーい。シーザー、生きてるナ?」

「う、な、何とか……」

「無事で何よりだお!」


後頭部から地面に再会し、悶絶する事暫し。

聞き覚えのある声にはっと顔を上げるとそこには、

すっかり馴染みになった小さな女の子の姿があった。


「アルカナだお!お迎えに来たお……下に居てくれてよかったのら。探す手間が省けたお!」

「だからって押しつぶす事は無いと思うゾ?」

「……そう言えば上に私が落ちた事を知っている人が居るのだから当然迎えの来る可能性もあるか」


ふと穴の方を見ると、私の打った杭に寄りかかるように上から降りたロープが揺れていた。

……アルカナ君はこのロープを握って落ちてきたのか。危ない事をするものだ。


「長いロープを探すのに時間が掛かっていたのら。無事でよかったお」

「ありがとう……しかし急いで戻らねばならない。済まないが最寄の軍の屯所まで案内して欲しい」

「ブルーが大変なのだゾ!」


「あるぇ?何でフリージアが一緒に居るのら?」

「そんな細かい事は良いんだ!いいから急いでくれ……!」


首をかしげている仕草は可愛らしいが、今はそんな事を言っている場合ではない。

急ぎ援軍を連れて行かねばブルー殿が危ない!


「私達を逃がすために危機に陥った騎士殿が居るのだ……魔王軍と戦える戦力が必要だ」

「でも、あのブルーが苦戦?ありえないお」

「足が折れているのダ……あれじゃあ流石のブルーでも危険だと思うゾ」


故に今は一刻一秒でも早く……、

……袖を引っ張るのは誰だ?

アルカナ君もフリージア殿も目の前に居るが。


「あたしら、です」

「ご苦労様であります。もう増援は手配しているであります……あたし等も行くのであります。じゃ」

「急ぐであります。回復薬はあたしが持ったでありますから急ぐであります!」

「あり姉やん、ガンバだおー」


えっ、と思って横を見ると、

何時降りてきたのかアリシアさんとアリスさんとアリスさんが上層目掛けて走っていく。

そう言えば彼女達は諜報部の指揮官だとかフリージア殿が言っていたな。

この事態を察し既に動いてくれていたのか?


「……ならば話は別だ。よし、戻って援護を!」

「だおっ!?せっかく迎えに来たんだお?帰るお!」

「いや、幼馴染が危ないのダ。のんびり帰ってる場合じゃないゾ」


状況が変わったようだ。

援軍を呼ぶと言う目的も果たした以上、地上に戻る時にはブルー殿も一緒に戻りたい。

ここは私達も合流し共に戦うべきだ。


「のんびり戻ってる場合じゃないのは確かであります、が」

「アリスさん?何時戻って来られたので?」

「いや、違うぞシーザー。この方はだナ……」


と思ったら、何故かアリスさんに引き止められた。


「急いで戻るであります。上でクレアが心配してるであります」

「いそいでかお、みせるです」

「クレアさんが?そうか、私は穴に落ちて行方不明になって居たのだよな」


成る程、彼女の性格から言って心配をかけてしまったのは間違いない。

ブルー殿への援軍は既に向かっているようだし、ここはクレアさんを優先させるべきか。


「では、戻らせて貰います。クレアさんに顔を見せて安心してもらう事にしますよ」

「そうする、です」

「言っとくけど、急いで戻るでありますよ?急いで……でありますからね?良いでありますか?」

「顔を近づけすぎなのだナ……」

「大丈夫なのら。上からロープをコタツが引っ張りあげてくれる事になっているからすぐ戻れるお」


「…………やくそく、です!」

「本気で急ぐでありますよー?もし寄り道したら生かしておかないでありますからねー?」

「それじゃあ、あたしら、いそがしいから、さきにいく、です」


パタパタと手を振りながら、アリシアさん達はまた行ってしまった。

アリシアさんとアリスさんとアリシアさんが……。

え?


「……アリシアさん、今……二人居なかったか?」

「それがどうかしたんだお?」

「変な事を言う奴なのだナ」


変なこと、か。

まあそうだ。人が増える訳が無い。

私の目の錯覚か、それとも魔法か何かだろう。

そんな事より上に戻ってクレアさん達を安心させねば。


「じゃ、上がるお!おーい、コタツーっ……引っ張るおーっ!」


……くいくいとロープを引っ張りながらアルカナ君が叫ぶが反応が無い。


「引っ張る、おーーーーっ!……ゼーハーゼーハー、反応が無いお?」

「声が届いてないんじゃないのカ?」

「……まあ、仕方ない。普通に登る他無いな」


仕方ないのでロープを頼りに垂直登坂を開始。


「じゃ、先に行って待っているのだナ!」

「クレアさんに宜しく伝えてくれ」


私が鎧を脱いでいる間にフリージア殿が先に登り、

その後、身軽になった私が登っている間に鎧をアルカナ君に梱包してもらう。


「では、鎧を頼むぞアルカナ君」

「頼まれたお!」


そして、アルカナ君に鎧をロープに吊るして貰い、

そこを私がアルカナ君ごと引っ張り上げるという寸法だ。

装備無しで身軽になって猿のように穴を遡り、

そして大きな宝箱から這い出すと、今度はアルカナ君を引っ張り上げる。


「ああ、あの時の坑道だ。トロッコも見える……」

「うむ!帰還成功なのだナ!」

「アルカナも帰ってきたお!シーザー、お疲れだお!」


そして生きて戻れた幸運をかみ締め、鎧を再び身に着けながら……違和感に気付いた。

居る筈の人達が、居ない?


「ところでクレアさんや牢人殿は?」

「それが誰も居ないのだナ。見回しても誰も居ないのだナ」

「おかしいお?アルカナが降りるまでは新(あたらし)のおじーやんたちも一緒に居たお?」


そう、周りに誰も居ないのだ。

牢人殿が引っ張り上げるのを嫌がって……までは予想していたが、

クレアさん達まで居ないのは予想外だ。


「コテツが逃げてそれを探しに行ったのではないのカ?」

「それは無いお。もしそうなら備(そない)のおじちゃんたちが引っ張り上げてくれる筈だお」

「……あのご老体まで来ていたのカ?だとしたらおかしいゾ」


そう言ってフリージア殿は周囲を見渡し……何かに近づいていった。

角ばった魔法陣?

何でこんな物がここに?


「これは……魔方陣なのだナ……むう、私は魔法に関しては専門外なのだゾ……」

「この四角い魔法陣はなんなのです?」

「うちでは大規模魔法使う時にこれを使うお。魔方陣で魔法使うのは平行世界でも珍しいらしいお」


大規模魔法……。

なんだろう、嫌な予感がする。


「何をする魔方陣なのかは判りますか?」

「さあ?でも多分召喚魔法だと思うゾ。陣を使うような魔法は大抵召喚術なのダ」

「でも何を呼んだお?近くになんにも居ないのら」


召喚とは対象を呼び寄せる術だ。

だと言うのに近くには何も居らず、逆に居る筈の人々が居ない。

……とりあえず可能性は二つ考えられるな。

一つは呼ばれたものが不可視の存在であると言う可能性。

もう一つは、呼ばれたのは"ここに"ではなく"ここから"である可能性だ。


「……これは、まずいかも知れない」

「何だと?どう言う事ダ?」


「もしかしたらクレアさん達がどこかに呼ばれたのかも知れない」

「でも、この魔方陣ずっとここにあったっぽいお?書かれてから随分時間が経ってるっぽい……お?」

「……それって、罠ではないカ!?」


そうだ、その可能性が一番高い。

誰が仕掛けたのかは判らないが、運悪くクレアさん達は罠にかかってしまったのではないだろうか?


「そう言えば、誰かが踏んづけた跡があるゾ……」

「……これはマズイお……おねーやんがピンチだお!」

「君たちがそう言うという事は、君達の国で仕掛けた罠ではないのだな?ならば時は一刻を争う!」


冗談ではない。

私を助けにきてくれた人々がこんなことで危険に陥るだと?

そんな事許される訳もないし、私が私を許せない。


「……踏んで発動する罠ならば、もう一度踏めば起動するかも知れない」

「まさか!?行く気なのカ!?」

「無謀だお!」


それは重々承知。

だが、ここで動かずして何が勇者か!?


「フリージア殿はアルカナ君を連れて今度こそ援軍を連れてきて欲しい」

「だおっ!?」

「一人で行く気カ!?」


それはそうだ。

明らかな罠に飛び込むのだ、そんなものは私一人で十分だろう。


「元々私達はブルー殿への援軍を頼みに行く予定だった。呼ぶ先が変わるだけだ」

「……むう……しかしだナ……」


「全員で突入して全滅したら本当に終わりだ。二人には万一の時に救出を頼みたいのだ」

「ううう……わかったお!急いで精鋭部隊を連れてくるお!」

「それが一番良いのだろうナ……それにしても、そうしているとまるでブルーのようだゾ」


その言葉を聞くと、私は魔方陣に向き直る。

そして一歩を踏み出し……、

一瞬の浮遊感と共にその場から飛ばされたのであった。


……。


ざわめきに満たされた広い空間。

壁の土質の違いを見るに相当遠くへ飛ばされたように思える。

前を見ると数多の背中が不気味に蠢いている。


……あれは人だ。

人の背中だ。

だと言うのに何故こんなに不快感を覚えるのだろう。


「来ないで下さい!」

「お前ら正気か!?カルマの野郎を本気で敵に回したいのかよ!?殺されるぞ!?」

「若いの。いい加減にしておくんじゃ……取り返しの付かん事になるぞい……」


クレアさんに牢人殿。竹雲斎殿も!

……隅に追いやられていると言う事は……やはり罠だった訳だな。


「五月蝿い!俺達は被害者なんだよ!」

「あのお目見えの日、見物に行った野郎どもはお陰で全員犯罪者扱いだ!」

「さもなくば病気だとよ!」

「俺達は何も悪い事はしていないんだぜ?あぁん?」

「それをそこのお姫様のせいで一生を棒に振ったって訳だ!」

「嫁に見捨てられた!」

「娘が口を利いてくれないんだよ畜生め!」


……そう言う、事か。

これで不快感を持たないはずが無い。


「この子のお目見えの日。力の暴走に巻き込まれた者達には一生の生活が保障された筈じゃが?」

「被害者面して寝て暮らせば良いご身分になったそうじゃねえか!まだ不満なのかよ!」

「「「「ご隠居!駄目です、こやつ等人の話を聞いておりませぬ!」」」」


「やかましいんだよ……」

「頭の隅でがなり立てるんだよ!その女をモノにしろってな!」

「笑い顔見ただけで人を狂わすなんて誘ってるようにしか見えねえんだよ!?」

「良いからさっさと姫様を寄越しな!特にコテツ。お前は俺達の同類じゃねえか!」


「流石に一緒にされたくねえ!つーかお前ら、あの日城に行ってない奴等が多数混じってないか!?」

「は?何言ってやがる!?」

「そんなの判る訳ねえだろ!」

「俺達はだな。ただ単に理不尽な理由で犯罪者呼ばわりされた過去を清算したいってだけ。判る?」


「第一先に仕掛けてきたのはそっちなんだからな!何されたって文句付けられるいわれは無い!」

「さあ、お姫様。判ったらさっさとこっちに来てもらおうか。なぁに。命までは取りやしねえよ」

「まあ色々お付き合い頂いて……最終的には国外旅行にお連れしますよ?」

「ギャハハハハ!それって好き放題した挙句に外国に売り飛ばすって言ってるのと同じじゃねえか!」

「ひ、ひぃぃっ!……嫌だ……来ないで……来ないで……!」


……私には、これが、被害者には、見えない。

例え最初はそうだったとしても、これは、もう、加害者以外の何者でもない。

不快だ。不愉快を通り越して不快すぎる!


「私、あなた方を不幸にしようなんて思っていません!こんな体質、望んだ訳でもない!」

「知るかよ!俺達はな?ずっと機会を伺ってたんだよ」

「へへっ、護衛も満足につけず坑道に潜るなんて話を聞いた時は思わず背筋に寒気が走ったぜ!」

「転移トラップの設置にも大金がかかってるんだ。さあ、元取らせてくれよな?」

「クックック、警備のシフトも把握済みよ。助けは来ないぜ?来るとしても夜中かなぁ?」



クレアさんは広間の隅に追い立てられ、牢人殿と竹雲斎殿に守られるようにへたり込んでいた。

その周りには備殿達がボロボロになって倒れている。

周囲を取り囲む連中は思い思いの武装をして下衆な笑みを浮かべ、

欲望丸出しで煽り文句と自己正当化の美辞麗句を並べ立てていた。


「……反吐が出る……」


彼女達を取り囲むその数は百人を超えている。

それでたった三人に対し暴力を振るい脅迫を行う。

……被害者だと言うのなら望まぬ体質で生まれてきてしまったクレアさんとて被害者だろうに。

弱者の痛みを知るはずの被害者という立場の者が、どうして弱き者を嬲り者にするのだろうか。


「仲間じゃないなら敵だな!あばよコテツ!」

「うぎゃあああああああああっ!」


「……コテツ、大丈夫なのかの!?」

「痛ぇ、痛ぇよぉ・・・…痛ぇよう……」

「ひっ!?剣が、背中から……!」


「はっ、それぐらいの傷で泣き言言ってるんじゃないぜ全くよ」

「良いざまだぜ?似合わない仏心なんぞ出すからそうなるんだ」


それを人の弱さゆえ、と断じてしまうのは容易い。

だが、それで済まされる域をあれは完全に逸脱していた。

あれはもう、弱者と言う錦の御旗の元に好き放題をする山賊の群れに他ならない!


「そこまでだっ!」

「ぎゃっ!?」

「シーザーさん!?」


有無を言わさず山賊の群れに背後から飛び込み我武者羅に剣を振るう。

敵を背中から斬ってしまうは騎士道に反するが構うものか。

この連中に敬意を表する意味を私は見出せん!


「私はアラヘンの勇者シーザー!腐った性根の者どもよ!我が剣の錆となれっ!」

「なめんなっ……あれ?」


敵は数を頼りに群がってくるが、その全てを切り伏せた。

残念ながら手加減できる余裕は無い。


「野郎!強いぞ!?」

「意様らのような輩にだけは負けられん!」


足元に倒れる死体が10、20と増えていく。

……凄惨な惨劇ではあるが、

今回ばかりは容赦する気も反省する必要も全く感じられない。


「ふむ。どうやらもう一頑張りといった所のようじゃな?」

「あはははは……何か助かったみたいだぜ……」


例え一対百でも、剣が届く範囲に入れるのは精々5~6人。

百人を一度に相手には出来なくとも、一対六を何度も繰り返すのなら不可能ではない。

第一この程度の素人に毛の生えたような連中に負けてやる気も、余地も無い。

幾度となく死にかけたあの日々に比べれば、これぐらいどうと言う事は無いのだ!


「やばいぜ?コイツ強ぇぇぇぇええええっ!?」

「何処の騎士団所属だよ!?」

「ちっ!仕方ねえ!全員散開!」


30人ほど切り伏せた頃だろうか。

流石に無理を悟ったのか山賊どもが私から離れた。

だが……賢明な判断だが意味は無いな。

近寄らねば私に斬られる事も無いが、私を斬る事も出来ない……。


「撃て!撃て撃て撃てえええっ!」
「オラオラオラオラ!」
「ヒャッハーーーーーッ!」

「……そ、それは銃!?」


……斬る事は出来ないが、どうやら撃つ事は出来たようだ。

取り囲まれた状況での一斉攻撃の前に防具はものの役にも立たない。

盾で防ぎきれなかった分の、鎧を貫いた鉛玉が私の全身にめり込み、血飛沫をあげていく。


「いやあああああっ!?シーザーさんっ!?」

「ひ、ひ……酷ぇ……」

「なんと言う真似をする……多勢に無勢にも程があるのじゃ……」


異物が全身に次々と埋め込まれていく感覚。

痛みはいつの間にかなくなっていた。

いや、感じ取る余裕が私の肉体にはもう無いのだ。


「が、はっ……」

「運が悪かったな、正義の味方」


口から血を吐き出しその場に倒れる。

私の体にこれだけの液体が詰まっていたのかと自分でも驚くほどに血液が流れ出す。

意識が混濁し、周囲と自分の区別が付き難い状態に陥って……、


「そら!さっさと退くんだよ!」

「年寄りを粗末にする奴は長生きできぬぞ!」


それでも必死に視線を向けたその先に映ったもの。

それは、


「そらっ、どきやがれ!」

「だ、駄目だお前ら!それはマズイ、やばすぎるんだ……げふっ!?」


蹴り飛ばされて部屋の隅に転がる牢人殿と、

後ろ手に縛られ転がされた竹雲斎殿。

備殿達に至っては当然のように踏みつけられている。

私はその光景を何処か別世界の風景のような感覚で見ていたのだ。


「こ、来ないで下さい……」

「それは無い」
「へっへっへっへ……」
「馬鹿な真似は止せよ?商品価値が落ちる」
「酷ぇ連中だぜケッケッケッケ」


……地下空洞の隅に追い詰められ、半分泣いたように怯えるクレア殿を見るまでは。


……。


「うおおおおおおおおおおっ!」


無意識の内に体が動いていた。

空気の流れを感じる事は出来ない。

目は霞み、意識は朦朧としていた。

だが、それでも体は動いて居たのだ、間違いなく。


「まだ動けるのか!?」

「ちっ、弾代が勿体無いが……」


鉛の粒が腹に叩き込まれた。

続いて腕、腰、足……。

その度に体が不安定に揺れる。

だが、それでも私は前に進む。


「ちっ!大した忠犬だ」

「少し、違う、な……」


クレアさんを助けねばならない。

それが私を突き動かしているのは確かだ。

だが、それだけではない。


「わたしは、わた、し、は……」

「なんだよ!?何で倒れない!?何で死なない!?」
「おい!お前らまた一斉射撃だ!次で止めを刺すんだ!」
「もう弾がねえよ!」
「折角奇跡みたいな好条件が揃ったんだ!こんな奴のせいで躓いてたまるか!」


私の人格のかなりの割合を構成する名誉と誇り。

だがそれは今や汚れ、穴の開いた無様な姿を晒している。

故郷も守れず、魔王打倒どころか四天王にすら届かぬ我が実力。

無力感に苛まれながらこの地にある今の私にとって、

私をこの地に召喚したクレアさんは数少ない守りきれている存在。

故にそれすら守りきれないのは屈辱を通り越し墳死ものの事態なのである。


それに、私が来なければ彼女がこの迷宮に足を踏み入れる事など無かったのは間違いないだろう。

彼女がこんな地下坑道をうろついていたのは他ならぬ私のせいなのだ。

だとすれば、私が彼女を助けるのは当然ではなく必然!


「だか、ら……!」

「「「「まだ動いてやがる!?」」」」


だから、腹に大穴が開こうが腕が折れようがそれだけは譲れないのだ。

クレアさんは守りぬかねばならない。己の誇りを守るためにも。

第一彼女のような優しい人がこんな目にあって良いはずが無い!


「だから、私は……お前らのやり方を、許さない……!」

「撃てえええええっ!」


全身にまた傷が増える。

血が流れすぎたのか、体の反応どころか頭の回転まで鈍い。

だが、一つだけ判る事がある。


「そも、この程度で倒れるようでは……最初から魔王を倒す事など不可能だっ!」

「「「ぎゃっ!?」」」


そう、この程度の連中に負けるようでは最初から魔王討伐など不可能であると言う事。

そして。


「私は、負け、ない……!」

「「「グアッ!?」」」


「何故なら私は……」

「や、止めろ……来るな!姫がどうなっても良いのか!?」


私は何処まで行っても。


「いい加減にしやがれーーっ!俺を破滅に巻き込むんじゃねえええっ!」

「う、腕が、俺の腕がああああっ!」


多分私としての人生を終わるその日まで、


「私は、勇者なのだ!」

「や、止めろおおおおおおっ!?」


私は勇者シーザーらしくあり続けるのであろう、と。


……。


鉛の弾丸に撃ち貫かれながらも、クレアさんに手をかけようとしていた数名の賊徒を切り伏せる。

途中クレアさんを人質に取ろうと目論む者も現れたが、

牢人殿が痛む傷を押さえながらも背後から切りかかったことにより、その試みは失敗に終わった。


「クレアさん……大丈夫、か?」

「わ、私は大丈夫です……でも……」

「お前の方が大丈夫じゃねえよ!?」


どうやらクレアさんは無事なようだ。

その後ろでは牢人殿が失血によりへたり込んでいる。

……とはいえ、これで問題が無くなった訳ではない。


「おい、どうする……」

「どうするって……どうするんだよ。もう弾も無いぜ?」

「もう、やめようぜ?そろそろ流石に時間が……」

「それ以前に俺達、勢いに任せてとんでもない事やる所だったんじゃ」

「馬鹿かよ!?もう何もかも遅いんだぜ?……いっそ、せめて……」


敵の半数はまだ無傷で残っている。

……まだ警戒を解く訳にはいかない。

クレアさんを背に隠すように振り返り、剣を構え……構え……か、ま……え……。


……。


≪サンドール王女 クレア・パトラ≫

暴徒と化した人々に取り囲まれた私達を助けに来てくれたのは、

私達が助けに来た筈のシーザーさんでした。

でも、彼は私達の前に仁王立ちになった後……そのまま糸の切れた人形のように倒れてしまう。


……何故か、この事態の原因となった事件の事を思い出しました。

昔、お披露目としてお城のテラスで微笑んだあの日、

私とそれを見に来て居た何人もの人たちの運命を変えてしまった忌まわしい出来事。

私の生まれ持った力が暴走して男性達が暴徒となり、

王女襲撃犯として犯罪者、もしくは病人とされた人々が多数出た忌まわしい事故。

今回の事はその時の事を根に持った方々が計画したのだと襲い掛かってきた彼らは言う。

……その割りに資金面や統率などが完璧すぎるのがおかしいと思うのだけれど。


「お、おいシーザー!?待てよ!俺はどうなるんだ!?」


コテツは出血が多くて歩けない。


「に、逃げるんじゃ……」


竹雲斎のお爺さんは長時間の戦いで全身痣だらけ。

しかも縄で縛られて転がされている。


「「「「……」」」」


シーザーさん、そして備のおじさん達は倒れたまま動かない。

……もしかすると、命を落とした方も居るかも知れません。

王国管理下の迷宮ならいざ知らず、このような所で亡くなられたとしたら蘇生も間に合わない。

それは即ち、ここで倒れた人達の何人かとは二度と会う事が出来ないと言う事。


私は、私が呪わしかった。

何故、こんな目に遭わねばならないのか。

何故、こんな目に遭わせねばならないのか。

私は誰も傷つけたくなんか無いし、誰にも傷つけられたくも無い。

ただそれだけなのに。

でも、現実は、


「……もう、起きねぇよな?」

「多分な。ああびっくりした」

「へ、へへ……姫様、騎士殿はお寝んねの時間みたいですぜ?」


私が居る限り人は傷つき続け、人は私を傷つけようとする。

お父さんやお母さん達は私を大事にしてくれるけど、

それは同時に負担をかけ続けるのとも同義。

それに私は一生この体質と付き合わねばならない……つまり一生家族に負担をかけねばならない。


……だったら、いっそ。

私など、居なくなってしまっても。


「ぎゃっ!?」
「こ、コイツまだ動くぞ!?」
「馬鹿な!生きてられる出血じゃない筈だぜ!?」


ふと、そんな風に何もかも諦めてしまいそうになった時。

良く知らない誰かの手が私の手を取ろうとしたその時。

あの人の手が、良く知らない誰かの足を掴んでいた。


……私を救うために。


……。


「…………」

「何だよ……大人しくしてれば生きてられたのによ」


シーザーさん。

どうして。

どうしてまた立ち上がろうとするんですか?


「……ぉ、ぉ……ぁ……」

「ゾンビかコイツは……!」
「まあいい、どうせ死にぞこないだ」
「くたばれ!」


何処かの誰かが突き出した刃物が、刃の部分が見えなくなるほどシーザーさんに食い込む。

もう、殆ど血も出ていない。だと言うのに彼は私の前に仁王立ちして動こうとはしない。

それが何を意味するのか……私、考えたくも無いよ!


「今だ!お姫さん逃げるんだ!シーザーの奴が時間を稼いでくれてるうちに!」

「そ、そうじゃ……お前さんに万一があったら童達が怒り狂う!そうしたら世界は終わりじゃ!」


コテツ達はそう言ってくれる。

多分、シーザーさんも同じ気持ちなんだろう……意識があれば多分そう思ってくれていると思う。

でも、足が動かない。

膝が笑って立っているのもやっと。

怖い。怖い、怖いよ助けて誰か!


「この野郎!?まだ……ぐはっ!」

「全員ひとまずコイツを八つ裂きにしろ!」

「生かしておけば何するか判りやしねぇ!」


無言で立つシーザーさんの全身に剣が、槍が、斧が。

無数の武器が次々と突き立てられていく。

遂に無理やり突き倒され、鎧の隙間からその心臓にシーザーさん自身の長剣が……。


「嫌。やめて、それ以上は本当に……死んじゃうよ……」


余りの凄惨な光景に、私は目を逸らしたくとも指一本動かせなくなっていました。

だってこんなの、酷すぎる。

へたり込んで手を伸ばすのが精一杯。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「化け物め……」


何時もアルカナがケチャップみたいになっている所は見慣れていたので平気かと思っていたのに。

全然、平気じゃなかったみたい。

私はこんなに血に弱かっただろうか?自分でも信じられない。

違う。アルカナの血には死の匂いがしない。

私は死の匂いにあてられているんだ。


「さ、さあお楽しみの時間だ!気を取り直そうぜ!?」

「駄目だな。もう取引先が来てる頃だ……このまま連れてくしかねぇ」

「なんだと!?畜生!」


ふわりと何かが落ちる音。

……誰かが私の覆面をとった、の?


「でもま、この美しいお顔が一瞬とは言え俺達の物になるんだ。悪くはねぇ」

「どうせ王に殺されるしな。礼金貰ったら死神のお迎えが来るまで精々楽しむとするさ」

「はん?俺は死なないぜ?逃げ切ってみせらぁ」


酷い人達の手が私の腕を掴み、引っ張っていく。

……私は売り払われるんだと思う。

相手の心当たりは幾つもあった。ただ、どう考えても幸せにはなれそうも無い。

それだけは確かだと思う。

お父さん、お母さん。そして皆。

嫌だけど……お別れみたいです。

でも何時か、私を見つけてくれる事を信じて……、


「……があああああああっ!」

「何だと!?へぶっ!?」


しーざー、さん?

なんで?もう動ける筈が無い。

なのに、なのに……?


「なんで、そこまでして……?」

「……だからだ……」


「え?」

「な、何故なら、私は…………」


返って来る筈が無いと思っていた答え。

けれど、彼の喉から時折苦しそうに漏れる呼吸音と共に紡がれた言葉は……。


「……君に、呼ばれたからだ」

「え?」


意外だった。

シーザーさんなら、勇者だからだ……って答えると思っていたのに。

敵に視線を向けたまま背中で語るシーザーさん。

私は呆然と見ているしかない。


「私は、君に、呼ばれた……君達を、助ける、為に……!」

「でも、だからって……!」


シーザーさんは自分の胸に突き刺さっていた剣を力を込めて抜くと、

血が流れ出すのも構わずに近くに居た暴漢を薙ぎ払う。

誰も、その気迫に近寄れず、三歩ほど後ろに下がっていく。

そして、敵の手が私に届かない位置に行った事を確認した彼は、息を整えて静かに語りはじめた。


「私は敗残兵だ。国を救えず流れ着いたこの国でも無力さを痛感するばかり。名誉すら守れずにいる」

「そんな、そんな事は無いです。シーザーさんは誰よりも頑張ってるじゃないですか!?」


「いや、それが事実だ。……だが幸いな事に君達はまだ守れている。召喚された者として」

「でも、その為に命まで捨てることは!こんな所では蘇生もしてもらえませんよ!?」


そう。ここで死んだらそれで終わり。

遺体が回収されないまま腐っては、誰にも気付かれずに土にかえってしまう。

……そうなったら本当に終わりなのに。


「そうだとしても私は君に召喚され、救われたのだ。……だから私は。そう、私は!」


そして、シーザーさんはもう動く筈のない体を引き摺って、敵の下へと突撃していきました。

ただ一つ、私の心を貫く一言を残して。



「私は君を護る!……私はきっと、貴方を救うためこの地にやって来たのだ!」



心の奥底に響く言葉。

きっと彼は意識などしていないのだろう。

まるでプロポーズのような言葉を恥ずかしげも無く披露して、

そのままゆっくりと。

そして、まるでロウソクの炎が消える一瞬のように激しく。

それでも……堂々とした姿で、死地へと向かって行ったのです……。


……。


その後はまるで台風が過ぎたかのようでした。

好戦的な敵、敵の頭脳になりそうな敵をまるで本能のような何かで見つけ出し、殲滅。

剣で切り裂き、盾で叩き潰し、剣が折れたら殴り飛ばし、首を折る。

それはまさに鬼神の如く。

ですが同時に、それが最後の輝きである事を私は否応無く理解していました。


「がはっ!ごほっ……ふ、ふ、ふふふ……もう、た、戦え、まい……?」

「「「「ひいいいいいいいいっ!」」」」


そして。

残ったのが怯える迎合者ばかりになったのを見て彼は何処か安心したように動きを止め、

その体は糸が切れるようにそのまま崩れ落ちました。

……今度こそ、自分の意思で。


「なんて、奴だよ・・・…」

「よく、やったぞ。残りの連中ならわしらで何とかできる。じゃが……」


コテツが竹雲斎のおじさんの縄を解いて私の前に出ます。

守ってくれているのでしょう。

きっと彼はそれを見たからこそ、安心して倒れたに違いありません。

でも、私はそれどころではありませんでした。


「シーザーさん!」

「おい!まだ敵が居るんだぜ!?」

「……いや、連中にもう戦意はないのう」


制止の言葉も聞いていられません。

思わず駆け寄り、その状況を確認し……、

私は絶望を禁じえませんでした。


「こんなボロボロじゃ、蘇生なんて不可能だよ……あんまりだよ……」


文字通りボロ雑巾のような姿。

切り裂かれ、叩き潰された体に、鎧の破片が殆ど一体化するようになっています。

……ありえないほどの損傷具合でした。教会でもこれを蘇生できるとは思えません。

でも、万一と言う事もある。それにお父さんや姉さんに頼めば大抵の事はどうにかできる筈です。

私はそこに賭けるしかない!


「……今、教会まで連れて行きますから。姉さんに土下座してでも助けてあげますから……!」

「それは構いませんが、貴方はこちらに来てくださいね?」


でも、そう簡単にはいかないようでした。

聞き覚えの無い声。

はっとして顔を上げると……魔方陣が光り、中から次々と武装した兵士達が現れてきました。

そして、その中に不相応な姿の青年。

彼の顔だけには私も見覚えがあります。


「……隣の大陸の方でしたね?何の御用でしょうか」

「おお、一度は求愛までされた相手に対し何と言う冷たいお言葉!」


その後彼は独りよがりな持論を展開していましたが、

要するに私を無理にでも国に連れて行きたい。

そう言う事みたいです。

……わざわざその為に私の行動を見張り続け、

この街に長期滞在している事を知るや否や、

警備が緩くなる機会をずっと探り続けていたとの事。


「これは運命なのですよクレア!さあ、僕の元へ来るんだ!」


比較的穏やかな言葉とは裏腹に、武装した兵士は私の周囲を取り囲みつつあります。

それにしても、彼は何故私にここまでこだわるのか。

いえ、確か父に書類選考で落とされたと言う婚約者候補の一人に彼の名もあったような気もしますが。

いずれにせよ、このままでは無理やりに連れて行かれてしまう。


……先程まではそれでも良いかと思ってた。

でももうそれを認める訳にはいかない。

私の安全云々ではなく、私を救おうと命を投げ出してくれた彼の為。

その想いに、私は応えたい。

応えねばならない。


……けど、コテツは大怪我。

竹雲斎おじさんも疲れが激しいし、これ以上迷惑をかけるわけにも行かない。

私も魔法を使うにはもう少し休む必要がある。


「駄目だよ、わがまま言っちゃ?さあ、怖い目に会う前においで?」

「……れ」


なら、どうすれば良いのか。

……答えは最初から判っていた。


「なんだって?その可愛い声をもっと聞かせてご覧?」

「……がれ」


生まれ持った私の力。

私を不幸にしかしなかった力。


「え?聞こえない……」

「下がれ、と言っている」


何人をも魅了してしまう……否、魅了"する"力を飼いならす。

それしか道は無い!


「な、何を言って……」

「控えよ下郎!小国の木っ端軍閥の跡取り如きが私と同格だと思うな!」


相手が呆然とした隙を突き、薄い笑みと共に蔑むように言葉を続ける。

それで男どもは傅くだろうと姉さんは言った。

……足りなかったのは勇気と気迫、そして一欠けらの自信。

それを補うべくなけなしの勇気を振り絞る!


「私の命が、聞けないのか?」

「「「「……は、ははぁっ……!」」」」


まるで水の波紋が広がるように、周囲の兵達が膝を付いた。

呆然とした目の前の男も、一瞬送れて膝を付く。

……怖い。

目の前の人達も、私の持っている力も。

でも。

譲れないものがある事を私は知った。

だから引かない。引く訳には行かない!


「では、言う事を聞いてもらいますよ……?」

「ははっ!何でもどうぞクレア、貴方の言う事なら」


「呼び捨てにしないで。汚らわしい」

「はっ!クレア様!」


だから恐怖を押し殺し、蔑むような笑顔で覆い隠す。

……こんな人達に優しい笑顔は見せてあげない。

それを心に刻んで。


「じゃ、言う事聞いてくれる?」

「ええ、何でもお言いつけ下さい!」


蔑まれ、命令され。

それでも。そしてこんな笑顔でも良いなら笑いかけてあげる。

……その代わり。


「なら、シーザーさんを神聖教団の施設に運んで。急いで?そして丁寧に、ね……?」

「「「ははーーーーっ!」」」


その代わり、シーザーさんを助ける力になってもらう。


相手の心を奪い、隷属させる力。

そんな物が正しいとはとても思えない。

でも、今回の事でやらねばやられると言う事実が良く判ってしまった。

自分だけの問題ではない、なんて言葉で判っていたつもりだった。

でも、まさかこんなに凄惨な事になるなんて。

……父さんも、人を斬る時こんな気持ちだったのかな?

そう思いながら、次々と指示を出してく。

急がないとシーザーさんの体が腐ってしまうから。


「「「えいほ、へいほ!」」」

「こらそこ!そんな雑に扱うとクレア様からのお叱りが飛ぶぞ!?……いや、それもまた……」


「!?……無能は嫌いよ」

「「「「そ、そんなああああっ!?」」」」


背後でぞっとするような会話が聞こえたので釘を刺す。

もうあんな目に遭いたくはないし、シーザーさんが雑に扱われるのも納得いかない。

だから出来るだけ酷い言葉を選ぶ。

怖い……でも、負けられない。

私がどうにかしなきゃ、この危機は乗り越えられないのだから!


「では、行きましょう」

「……何かお姫さんの性格、変わってないか?」

「一皮剥けたのじゃよ。いや、そう見えるだけかも知れんがの」


すっかり私の言う事を聞くようになった兵士達を従え、

坑道に戻り、地上を目指す。


……すっかり冷たくなってしまい、しかも挽肉のような姿になってしまった。

そんなシーザーさんの横にしっかりと寄り添いながら、私は一つ誓いを立てる事にした。

……弱虫な自分が出て来れないように。


「シーザーさん?貴方が私を護ってくれたように、私も貴方を守れるようになりますね」


勇者シーザー、私の騎士様。

貴方がそれを望まなくとも、私は貴方を助けます。

魔王ラスボスを倒すその日まで陰日向無く支えます、と。


それは誓い。

誰に知られるものでもない。私が私自身に対して課した責任。

人を無理やり召喚して苦難の道に叩き込んだ。

これはそんな私の贖罪であり……決して譲れない一線でした。


『シーザー、頑張ったであります』

『クレアもがんばった、です』

『必要なのは強さだよー。ようやく力に振り回されない意思ココロを手に入れたね。偉いよー』

『シーザーが、いいぐあいに、いのち、かけてくれて、ひとあんしん、です』

『まあ。あれで、ふんきしないなら、にいちゃのむすめ、しっかく、ですが』

『アオだと殲滅しちゃうから意味無いでありますしね……』


『それにしても条件を整える為の人材確保が大変でありました、はふー』

『危なすぎでも駄目、紳士過ぎても駄目でありますからね』

『……ところであの馬鹿の国はどうするでありますか』

『あたし等の家族に手を出した以上見逃す気は無いよー。煽った分は差っぴいて攻撃開始ー』

『あい、まむ。てきとうに、ききんでも、おこすです。おなかぺこぺこじごく、です』

『おつ、です!……それにしても、ひやひや、したです』

『……クレアも、おつかれさま、です……』


彼の手を取りそっと握り締めていると、

何処からかアリサ姉さん達の声が聞こえた気がしました。

……もうすぐ、地上に戻れる。

早く、シーザーさんを助けてあげないと……。


こうして心配のあまり異様に高鳴る胸を押さえつつ、

私達は坑道を後にする事となったのです。

幸い教団施設に姉さんが居たので蘇生は間に合いました。


でも、何でかな。

シーザーさんが助かってほっとした筈なのに。

…・・何故か胸の高まりが一向に治まってくれないよ……。


続く



[16894] 11 姫様達の休日
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 17:53
隔離都市物語

11

姫様達の休日


≪勇者シーザー≫

暗い。

真っ暗な良く判らない場所を浮遊しているような感覚。

横たわる私の横では何故か沢山のアルカナ君が思い思いの大工道具を持って何かを修理していた。


『あ、しーざー、もうすこしで、なおるお』

『もうすこし、まつんだお』

『はーねえやん、きたら、きっちりなおしてくれるのら』

『それまで、おうきゅうしょちだお!』


全く、一体何を直しているのやら。

それになんでアルカナ君が沢山居るのだ?

……ああ、そうか。


「これは夢か」

『そうだお。あるかなほんたいは……おなかのうえで、たしたし。してるお』

『まだしゅうふく、おわってないんだから、ゆらさないでほしいんだお……』

『それでもがんばるあるかなだおー♪だおだおだおー♪』


トンテンカンテン音がする。

何かを治す音がする。

どこかで聞きなれた……音がする。

今日も今日とて、音が、する……。


……。


「……よっと、これでひとまず問題ないぞ。うむ、良く耐えた物だ。かつての父を思い出すな」

「おとーやんが心臓ぶち抜かれた時、ハー姉やんはまだ生まれてなかった筈だお!」

「はい。ですが女神様の言うとおりですよ?陛下は何時も苦難続きで御座いましたから」

「そんな事よりシーザーさんは大丈夫なの姉さん?……大丈夫だよね?」


……誰かの声が聞こえる。

クレアさんアルカナ君。それにゲン司教殿か。

もう一人は……確かに聞き覚えがあるが、何処で出会ったのかは判らない。


「何にせよ、彼が助かるのは必然です。何せ女神様が直接お力を振るわれたのですから」

「まあ、そんなに褒めても何も出んぞゲン。って何だこれは?」


……何処だろう。

思い出そうにも頭がぼんやりして余り役に立ちそうも無い。


「はい。不治の病に倒れた信徒たちのリストで御座います」

「いや待て!わらわに治せと言うのか!?いや、忙しいから!出向いてる暇は無いぞ!?」

「「そう仰せられると思いまして、全員連れてきてあります!」」


「あ。リーシュさん、ギーさん、お元気そうで何よりです。教団のお仕事は順調ですか?」

「うはうはに決まってるお!神様に直談判できるなんて恵まれすぎだお!」


妙に周囲が騒がしいが、それ以外は実に何時も通りだ。

……何時も通り、か。

そうなるとここは……塔の二階にある教会だな。

どうやらまた死に至りかねない大怪我を負ったらしい。

まあ、あれだけ無茶をしたのだから当然だ。

むしろ我ながら良く生き延びたものだと感心する他無い。


「ふん!だがそういつも懇願に乗ってやるものか!それ、これを持って行ってたもれ?」

「「これは!国王陛下宛の書状……ですね?」」


「おお、陛下は広範囲回復魔法をお持ちです。この書状を見せればそれを使って頂けるようですぞ!」

「「流石は女神様!実はそう仰せになると思って患者は王都に集めていたのです。では!」」

「え?ちょっと待てリーシュ、ギー!?どういう意味だ?って、こら!逃げないでたもれーっ!?」


バタバタと2人分ほどの足音が遠ざかっていく。

忙しい事だ。

同時に司教殿の声が聞こえたのだからきっと教団関係者なのだろうが。


「えーと…………はっはっは!何時でも願いが叶うと思うなよ!?」

「おとーやんに頼るって……今回も十分頼みを聞いてると思うお」

「良いじゃないアルカナ、助かる人が居るんだし。それよりシーザーさんは?」


そっと、クレアさんと思われる手が胸の上に置かれた。


「心臓、ちゃんと鳴ってる……良かった……良かったよぉ……」

「泣くなクレアよ。後で姉どもはボコっておくから泣き止んでたもれ?」

「何であり姉やんがボコられるんだお?わけわかめだお」


ああ、温かい。

生きているということを実感する。


「……まあ、色々あるのだ馬鹿妹」

「アルカナ馬鹿じゃないお!馬鹿って言う奴ばーか!おぶぁーっか!」

「ふふ、アルカナ。今自分で馬鹿って言っちゃったじゃない」


どうやら、クレアさんの誘拐を阻止する事は出来たらしい。

……良かった。

これすらも出来ないならどうしようかと思っていた所だ。


「誰が馬鹿だ……まったく、親の顔が見てみたいわ」

「ハー姉やんのおかーやん、でーべそーっ!」


良かった、本当に良かった……。


「シーザーさん……良かった……温かい……」

「……突っ込まんかクレア!」

「おねーやん!ツッコミ入れるお!」


「え?あ、ゴメンね。聞いてなかった……後、ルン母さんはお臍出っ張ってないよ?」

「そう言う問題じゃないお!……お互いの悪口が自分のおかーやんの事を言ってるってネタだお!」

「そこは聞いてたのかい!……なら今度は"姉さんの親でもあるんじゃ……"とか言ってたもれよ?」


何とも気の抜けるやり取りではある。

そのやり取りが予想以上に私のツボにはまったのか、

まるで咳き込むように喉の奥からくぐもった笑い声が漏れた。


「ぬおっ!?わらわを脅かしてどうするつもりだ!?」

「あ、シーザー起きたみたいだお」


……それにびっくりしたのか、

周囲に居た全員が私の寝ているベッドの横に集まってきたようだ。

クレアさんの両手が私を揺すっているのがわかる。


「シーザーさん!意識が戻ったんですか!?」

「落ち着け!こ奴も重体患者だぞ!?」

「だお!シーザーが生還したお!」


静かに目を開けてみる。

……窓の横にある光の当たるベッド。

そしてそれに横たわる私とそれを取り囲む人々が居た。


「良かった……間に合ったんだ……」

「おねーやん、良かったお!」

「はは、心配かけて済まない」


軽く手を伸ばすとアルカナ君がはしっ、と私の手を掴んで。

そして親指を押さえると何故か数を数えだした。


「いちにいさん……じゅう!アルカナの勝ちだお!」

「指相撲か!?馬鹿な事はしないでたもれよ……まったく」

「……あ、貴方は裁判長殿?」


私の指を押さえたまま後ろから引っぱたかれたアルカナ君。

そして後ろに目をやると、何時ぞやの裁判で私を裁いた女裁判長の姿があった。


……先ほどの話からすると、彼女がクレアさん達の姉君なのだろう。

そう言えばアルカナ君が成長すれば同じ姿になるのでは?言うほど良く似ている。

良く見ると頭の両脇で纏める髪形も同じだ。うん、良く似ている姉妹だな。


「うむ……久しいな。妹どもが世話になっていると聞いた。感謝するぞ」

「むしろお世話してあげてるんだお!迷宮案内だお!」

「アルカナ!シーザーさんにも姉さんにも失礼でしょう!?」


クレアさんはアルカナ君を抱き上げると部屋の隅に連れて行って降ろし、

自分もしゃがみ込んでお説教を始めた。


「だからね?年上相手には社会的立場はどうあれ失礼な事をしちゃいけないの。判る?」

「判ったお!本当だお!とりあえず首を縦に振っとけば怒られタイム終わるとか思ってないお!?」


……どうやらお説教は長くなりそうな雰囲気だ。

やれやれと思いつつ裁判長殿の方を向く。


「……何時ぞやは大変ご迷惑をおかけしました」

「いや、いい。そもそもあれは、後で聞いてみたらむしろわらわ達の落ち度ではないか……」


頬をかきながらむしろ申し訳無さそうに言う裁判長殿。


「それよりこの地には慣れたか?何時も迷宮に潜るばかりで息抜きもして居らぬと聞いておるが」

「不要です。私は一刻も早く魔王を打ち倒し祖国を救わねばならないのです」


「……ふふ、魔王を倒す。か」

「確かに笑われるような無理難題ではありますが、万に一つの可能性があるなら決して諦めはしません」


そう。今の私にはそれしかないのだ。

アラヘンの民が今も苦しんでいると言うのに私一人がのんびり等していられよう筈も無い。


「その余裕の無さは良く無いぞ……ふむ、ならば丁度良いか」

「何がです?」


「……異邦人シーザーよ。リンカーネイト第一王女ルーンハイム14世として命ずる!」

「はっ!」


裁判長殿は私の答えを聞くと苦笑をもらしていたが、突然襟を正すと凛とした声で命を発した。

……本来私はこの国の民ではないが、

この地に在り、アラヘン王の命も無い以上その命を受けるのが当然だろうと頭を下げる。


「今後一週間は肉体の休息期間とし、迷宮に潜る事を禁ずる!」

「はっ!…………は?」


のは良いのだが……今、この方はなんと言った?


「あの。裁判長殿」

「……わらわの事もハイムで良いぞ。時と場合を考慮してくれればな」


「ではハイム様。その……今何と仰せで?」

「迷宮探索禁止一週間。それがお前に下された処分だと言っておる」


「馬鹿な!ではその間何をして居ろと!?こうしている間にも魔王の間の手はこの世界にまで!」

「あんな雑魚、問題にもならん。それに意味はあるぞ?たまには体の回復期間を設けてやってたもれ」


……肉体の回復は魔法で何とかなる筈ではないのだろうか?

それなのにわざわざ時間を置く意味が判らない。


「お前の故郷の文明レベルではまだ判らんだろうが、肉体は酷使すれば良いと言う物ではないのだ」

「超回復って奴だお!」

「こらアルカナ!……ああもう。ごめんなさいねシーザーさん、騒がしい子で」


こちらの会話に食いついたのかアルカナ君がベッドの上に飛び乗ってきた。

しかし、超回復とは一体?


「……人が鍛えて強くなるのは、一度破壊された肉体が修復される時、少し余計に修復されるからだ」

「その、少し余計を繰り返して人は強くなって行くんだお!」

「そうなのですか。ですがそれなら尚の事時間を置く意味が判りません」


そうだ。人が鍛えられる事が、破壊された肉体を余分に修復する働きがあるせいだとしたら、

むしろ酷使する方が効率が良さそうな物だが。


「色々理由はあるがな。とりあえず……近年判った事だが、治癒魔法ではその超回復が起きんのだ」

「超回復前に魔法で元の状態まで戻るから、それ以上の回復が起きないって事らしいです」

「"治癒"はその名とは裏腹に肉体を元の状態に復元する魔法らしいのら!」

「女神様のお言葉ですが、つまり成長するには自然治癒力に任せる他無いと言う事です」


そうか……このまま治癒魔法で一気に回復してしまうと、

あれだけ体を動かして得た肉体的な鍛錬成果をドブに捨てる事になるのか……。

だから治療も最低限と言う事なのだろうな。

道理で体が満足に動かないと思った。


「それに、精神的にも追い詰められて居るようにわらわは思う。少し休暇を取れ……命令だ」

「それが良いと思います……シーザーさんは無理をし過ぎです。私も心配ですよ」

「だお。顔色が悪いお。それに最初一緒に迷宮に行った時に比べて眉間に皺が寄ってるお!」


どうやら私は、自分で思っている以上に追い詰められていたようだ。

観念して首を縦に振ると、特にクレアさんは心底ほっとしたように安堵の息を漏らした。

……どうやら酷く心配をかけてしまったらしい。

まあ、ボロボロになっていただろうしそれも当たり前だが……。


「ともかく、そう言う事ならありがたく休暇を頂きましょう。感謝します、ハイム様」

「うむ、じっくり休んで英気を養ってたもれ?」


それだけ言うとハイム様は軽く手を振って歩いて行ってしまった。

……それにしても何とも堂々とした後姿だ。

華奢な見た目に反して威厳が生半可ではない。

一国の姫君なのだから当たり前と言えば当たり前だが、むしろあれでは王の域ではないか。


「ふっ、決まったぞ」

「……何もかも台無しだお」


成る程。国王陛下やハイム様の様な方々の元ならばあれだけの精鋭が整えられるのだ。

そしてそれ故にこの国には魔王にも屈しない磐石な態勢が整えられているのだろう。

……私は祖国の事を思い出し、この国の現状をそう結論付けたのである。


「よいしょ、よいしょ。シーザーはお休みだお……と、言う事は……遊んで欲しいお!」

「駄目でしょアルカナ。シーザーさんは疲れてるんだから休ませてあげないと」


そんな事を考えながらぼんやりとハイム様を見送っていると、

アルカナ君が私を運ぶ為と思われる車椅子を押して……、

しかもハンドルまで手が届かないのか、背もたれを押して現れた。


「……遊ぶ?」

「だお!一緒に虫取りするお!バスケットボールでも良いお!」

「出来る訳無いよ!体がボロボロで休んでるのに……シーザーさん?気にしなくて良いですからね?」


その上で遊んで欲しいとせがんでくる。

……考えてみるとアルカナ君にも良くして貰ったが、私自身は何一つ恩を返せていない。

それに息抜きをしようにも、

牢人殿の騒動で判った様に私はこの街の事を殆ど知らないのだ。


ならばここはこの小さなレディにお付き合いして、

そのついでに街を案内して貰うべきだろう。


「判った。アルカナ君……ただ私はこの街の事を知らない。面白い所があるなら案内を頼めるか?」

「わーいだお!うんうん、面白い所一杯あるから案内するお!一緒に遊ぶんだお!」

「……ごめんなさい、折角の休日なのに……え、と。ところで私もご一緒して宜しいですか?」


司教殿に見送られながら、私達は明日からの予定を立てていた。

アルカナ君が無茶な計画を立て、クレアさんが慌てて訂正し、私はそれを静かに見守る。

意外な事にクレアさんが妙に乗り気だったのが印象的だった。


「おし。シーザー車椅子移乗完了だお!」

「私が押しますね。数日もすれば歩けるようにはなるってアリサ姉さんが言ってましたよ」

「……明らかに足が折れているが、数日で治るのだろうか……いや、最後は魔法を使うのか?」


……本当に、久々にのんびりとした時間。

私は祖国アラヘンにも、こんな時間を取り戻したいのだ。

だが今は、今だけは歩を止める事を許して欲しいと思う……。


……。


「……と、言う訳で明日から一週間は迷宮立ち入り禁止になってしまった……」

【勇者と言えど人の子。たまの休息は必要でしょう】


そして、祖国の苦しんでいる人々を残して自分だけ楽をする罪悪感からか、

その日の夜、私は首吊り亭の部屋に戻ると剣の精霊に許しを乞うたりしている。

しかし我ながら何とも心の弱い事だ。

どちらにせよ自分では覆しようも無い事なのだから、普通に受け入れれば良いものを……。


【正直、私としては時折こうして手入れをしてもらえる方が良いですがね】

「……蜘蛛の巣が張ってしまうまで放置して申し訳ない……」


故に、私はこうして聖剣の手入れをしながら、

こうして剣の精霊と話をしているのである。


【まあ良いですがね?使命を忘れずに居るのですから。そうでないなら見捨てるを通り越す所ですが】

「見捨てる以上とは一体!?いや、部屋に戻り次第即死んだように寝てしまう私が悪いのだが!」


お陰で余計な藪を突付いてしまい蛇が出てきてしまったが。

……しかし、伝国の聖剣に蜘蛛の巣を張らせてしまうとは、

我ながらなんと不甲斐無い勇者なのだろうか……。


【……ですが、これも良い機会。世話になったと思うのなら彼女達を楽しませる事です】

「いいのだろうか?国を放り出して遊んでしまっても」


【大事な事は最終的に魔王を打倒出来るか否かですが、これはそのために必要な事でしょう】

「最終的にアラヘンを取り戻せればそれが私達の勝利、か……」


【私達の目的は忘れないように。それさえ守れるならたまの休日くらい有っても良いのでは?】

「その言葉に感謝する。剣の精霊よ……」


そうして私は眠りに付く。

……それは久々に心安らぐ眠りだった……。


……。


「シーザー!起きるお!遊ぶお!」

【待ちなさい!そこの貴方、危ないですよ!?】


……ばしばしと顔面を何かで叩かれている。

この声は、アルカナ君か?

しかし随分と痛いのだが……。


「時間だお!遊ぶお!お迎えに来たお!」

【伝説の剣を目覚ましに使うとか!ちょっ、まっ、そのっ!?】


なるほど、これは聖剣か。

鞘に入れたままとはいえ剣で顔面を叩かれているのだからそれは痛いはずだ。

……聖剣?


「待ってくれっ!?」

「あ、起きたお」

【はぁ、はぁ、はぁ……い、一時はどうなる事かと……】


にこやか、かつ朗らかな笑顔でアルカナ君は私の腹に乗っていた。

そして伝説の聖剣で私を起こそうと叩き続けていたらしい。

……まったく、なんと言う事を。


「アルカナ君、刃物を人に向けてはいけない。鞘に入っているとは言えやはり刃物は刃物なのだ」

【ただの刃物扱い!?】


剣の精霊が抗議の声を上げるが、そこは我慢して欲しいと小声で話しかけておく。

やはり、ここは年長者として一般常識を教えてあげないとなるまい。


「いいかな?例えばアルカナ君に刃物が向けられたとして……良い気分はするかい?」

「別にどっちでも良いお。ハー姉やんにはしょっちゅう刺されてるんだお!」

【……どんな家族なんですか】


駄目だ。この子には一般常識が通用しないのだった。

何時ぞや一緒に落とし穴に落ちたときがあったが、その時普通にひき肉と化していた筈なのに、

私が教会で目覚めた時にはもう普通に走り回っていたな……。


「ともかく行くお!遊ぶお!遊ぶお!」

「待った!引っ張らないでくれ!?」

【ふう、勇者よ。束の間の休暇を楽しんでくるのですよ……はぁ】


そんな事を考えつつ着替えを終えると、

私はアルカナ君に車椅子に乗せられ、部屋から押し出された。

剣の精霊に見送られながら酒場に行くと、

そこには片腕を吊ったままの竹雲斎殿の姿。

そして。


「おお、シーザーか。お互い無事で何よりじゃな」

「……キャラ被りの爺に台詞まで取られたぞい……トホホ」

「あ、シーザーさん。おはよう御座います!」


ガルガン殿とクレアさんの姿。

特にクレアさんはトレードマークでもあった覆面も外し、

申し訳程度に帽子を目深に被ってこちらに手を振っている。

……うん。元気になったようで何よりだ。


「ガルガン殿、不肖シーザー、生きて帰還に成功した」

「うん。しかしまさかあそこで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされるとはのう」

「ガルガンよ。あそこも一応迷宮内じゃし、そもそも危機も罠に嵌ったからこそじゃ」

「……本当に、一時はどうなる事かと思いましたよね」


コトリ、と私の目の前に温かなスープが置かれた。

どうやら軽めの朝食らしい。

スープを片手で持って、車椅子を近くのテーブルまで押してもらう。


「まあ、食わんと力が出んぞい?さあさあ食った食った」

「ガルガン殿、感謝する」

「……だおー……」

「こら、物欲しそうに見ないの!」


スプーンで湯気の昇るスープに掬い上げる。

ジッと私の手元を覗き込んでいるアルカナ君にも悪いのでさっさと食べ終え、

そしてクレアさん達の方へ向き直った。


「では、今日は街の案内を宜しくお願いする」

「はい。任せてください」

「任されたお!」


一礼をすると二人から返礼がかえってくる。

そしてクレアさんが車椅子の背後に回りこみ、アルカナ君が宿のドアを開けた。


「では行きましょうか」

「とりあえずお店に行くお!でもコタツの出入りしてる怪しい店じゃないのら!」

「今から行く所はカルーマ商会のエイジス支店です……実は母が来ているんですよ」


……ほお。

クレアさん達の母君か。


「母さん、先日の礼をしたいと強く要望してるんです。無理して時間作ったみたいですよ?」

「ハピおかーやんにとっておねーやんは商会と同じくらい大事なものなんだお!」


ちょっと待て。

その優先順位はおかしい。


「ふふ、うちの母は元々父さんの妻になれるとは思ってなかったそうなんです」

「だからおとーやん達と育て上げた商会は、ハピおかーやんにとって文字通りの"我が子"なんだお!」

「……あ、ああ。そう言う事か」


一瞬子供より金の方が大事なのかと激昂しかけたが、どうやらそう言う事ではないらしい。

逆に自らが関わり作り上げた組織が我が子同然と言う意味だったか。

良かった。クレアさんの母君ともあろうお方がそんな情の無い方だとは思いたくなかった。


「あ、あそこが商会の支店だお」

「まるで城だな……と、言うかだ。私はあれがここの王城だとばかり思って居たのだが」

「……いえ、ただの百貨店です。我が国の大使館などは別にあるんですよ」


幾つかの通りを抜け、見えてきたのは城のような巨大な城門。

無論、上の方は首吊り亭でも見る事が出来る。

多分あらゆる意味でこの街で一番の建物ではないだろうか?


「ようこそ勇者シーザーさん。カルーマ商会副総帥にしてリンカーネイト第三王妃、ハピと申します」

「はっ。お初にお目にかかります!……第三?」

「そうなのら。おねーやんのおかーやんだお」


第三と言う事は……いや細かい事は考えない事にしよう。

ともかく、なるほど確かに品のある女性だ。

服装などから見ても貴族と言うより商人に見えるが、

先ほどの話からすればそれも当然の事なのだろう。


……邪推では有るが、この方は第三王妃だという。

となると第一、第二の王妃がいらっしゃる事になるが、

この方は他の王妃と違う面で存在感を持つ事で、身分等の差を補おうとしたのかも知れない。

何となくだがそんな風に思う。


さて、何時までも一国の王妃を放って置く訳にも行くまい……まあ、何にせよまずは挨拶からだな。

私は車椅子の為立つ事が出来ない。両手を膝に乗せると深々と一礼した。


「王妃様にはご機嫌麗しゅう」

「はい。この度は我が娘を助けて頂き、本当に有難う御座いました」


一国の王妃とは思えない腰の低さ……で驚いている私のほうがおかしいのだろう。

いや、最早この程度で驚いてはいられない。


「しかも、幼い時よりの持病まで直すきっかけになって頂いたとか」

「……持病?」

「ふふ、シーザーさんも知ってるはずですよ」


クレアさんは薄く笑って言った。

しかし、彼女は至って健康な筈だが、何処に持病が……あ。


「クレアさん!?笑っていて大丈夫なのですか!?」

「……はい。もう大丈夫です。あの日以来、力の制御に成功しましたので」

「おねーやんは一皮剥けたんだお!」


美しい笑顔に一瞬魂を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

そして次の瞬間、頭の奥底から亡者の如き声が私を惑わそうと近づいて……、


「!?……ハァッ!」

「きゃっ!?」

「ど、どうしたお!?」


……近づいてきたので気合を入れて煩悩を心から追い出した。

私は仮にも勇者。か弱い姫君をそんな目で見る事など許されよう筈も無い。

今の私には勇者としての名誉以外何も残されていない。

魅了された程度の事で自制心を失う訳にはいかないのだ。


「申し訳無い。少し気を入れただけだ」

「びっくらしたお」

「私も驚きましたよ。さあ勇者さんもこちらへ……せめてものお持て成しをさせて頂ますよ」


そして私は奥に通された。

随分と地味だが、その見栄えとは逆に実に高級な一品を惜しげもなく使った応接間。

故郷の王宮でも見たことの無いようなその部屋には色とりどりのご馳走が所狭しと並んでいる。


「首吊り亭に連絡し今朝の食事は軽めにして頂きました。時間が取れず午前中で申し訳ないのですが」

「い、いえ、望外とはまさにこの事!ありがたくご相伴に預からせて頂きます」

「アルカナも食べるお!」

「ふふ、アルカナはこの為に今日の朝ご飯食べてないものね?」


アルカナ君はテーブルの上に手が届かないのか、

クレアさんに抱き上げて貰いつつ、立食形式で料理を皿に乗せていく。

まあ、車椅子の私にはどちらでも同じ事だが。

それにしてもとんでもない歓迎ぶりだ。このワインなどどう見ても最高級品ではないか。


私が異常なまでの歓迎に二の足を踏んでいると、

王妃様御自らが料理を幾つか取り分けてこちらに差し出す始末。

……受け取らない訳にも行くまい。

少し面食らいながらも礼を言いつつ皿を受け取る。


「素晴らしい料理です。わざわざ用意していただいて有難う御座います」

「いえ。クレア・パトラを助けて頂いたのです。あの子の事を考えるとこんなお礼では足りません」


第三王妃様が横の従者に目配せをすると、

ずっしりとした麻袋がトレイに乗せられてやって来た。

王妃様はそれを私に手渡すと少し申し訳無さそうに言う。


「私は王妃より商人の割合が多いんです。感謝をお金でしか表せないのが恥ずかしいのですが……」

「いえ……お気持ちは十分に伝わりました」


異様に重い袋とその中に袋の形が歪になるほどに詰め込まれた黄金の輝き。

……この国における金貨の価値が異常に高い事は知っている。

王家の人間といえど僅かな期間にそうそう集められる物ではあるまい。

しかも、自身の本質は商人だと言う方が金銭感覚が狂っているはずも無く。

だからその袋の重さは王妃様の感じている恩の重さなのだろうと私は思う。


「私も総帥も何も知らされていませんでしたからね……事の次第を知った時は気を失いかけましたよ」

「ごめん、です」

「……色々と謝るであります」


……いつの間にかアリシアさん達が頭に大きなこぶを作った上で横に土下座していた。

流石に諜報機関の長として責任を感じる所があったのだろう。

しかし、あれだけの大規模な謀略……察せられたとしたらそれこそ普通ではないと思うが。


「ともかくクレアさんは無事だったのだから良いではないですか、王妃様」

「……そうですね。長年の心配も無くなった事を考えると……ですが、それでも……」

「だから、ごめん!です。にらむ、だめです!にいちゃに、さきに、おこられた、ですから……」

「もうしないから許してであります!はーちゃんにも派手に殴られたからそれで許してであります!」


オロオロしながらも地面に額を擦りつけたまま部屋から出て行くアリシアさん達。

こうしてどこかドタバタしたりもしたが、その後は特にトラブルなどもなく、

腹いっぱいにご馳走を詰め込んで食事会は終了した。

続いて少し商会の中を見せてもらっていると、いつの間にか太陽が頭上に来ている。

そろそろ行かねばならないだろう。


「そろそろ次行くお!」

「……そうだな。王妃様もお世話になりました」

「いえ、こちらこそ」


深々とした一礼で見送られた私達は、次なる目的地へと向かう。


「次はどうするのだ?」

「次は的当て屋さんなのら!弓で狙って高得点を出したら景品がもらえるお!」

「シーザーさんは弓が使えますよね、確か」


無論だ。先日実戦で使ったばかりだし、そもそも故郷で一通りの武具は使えるように訓練されている。

しかし的当てか。

懐かしい。故郷でも訓練中に同僚達とよく賭けをして楽しんでいたものだ。

騎士団長が来ても訓練にしか見えないし、

逆に真面目にやっているなと褒められた時は、後々見習い騎士全員で大笑いしていた記憶がある。

……もう、その中に生きている者は一人も居ないが。


「どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

「もしかして自信が無いのかお?」

「え?ああ。いや、何でもない」


まあ、全ては詮無きことだ。

それに私の都合で彼女達を心配させる訳にも行くまい。

殊更に笑顔を作り、腕を曲げると力こぶを作った。


「まあ、自信はあるぞ。無論百発百中とは行かないし……この足で何処まで行けるかは判らんが」

「だお!実は高得点域に欲しい景品があるお!取って欲しいのら」

「期待していますよ?」


二人に背を押されるように店の戸を潜る。

意外なほどに立派な建物の中に、室内射的場としてはかなり大規模な設備。

恐らく本来は軍の訓練施設だったのではないかと思うほどに本格的だ。

的は円形で縞模様のようになっているオーソドックスな物。

ありがちだが中央に近ければ近いほど高得点のようであった。


「ククク。お前らか……ふぅん。新顔かよ……若いの。俺様の店に良く来たな」

「やっほい!ビリーおじーやん。元気そうだお!」

「こんにちは。えーとシーザーさん、こちらはビリーお爺さん。ここの店長さんです」


この店の経営者はビリーと言う名の老人だった。

元は傭兵を生業にしていたらしい。

聞くとこの店も元々傭兵の組合だったらしいが近辺の傭兵達は大体定職に就く事に成功したのだとか。

そして役割を終えた組合の建物はギルド長だったこの老人の"勿体ねぇ"の一言で、

訓練場に多少の改装を加えられ、こうして射的屋として機能していると言う。


「いずれ俺様の孫がこの大陸全てを統べる事になるのよ……ククク、笑いが止まらねえ……」

「グスタフ兄さんの事ですね。次期リンカーネイト連合王国の長になる事が決定しているんです」

「王様を統べる王様だお。偉いお!でも実際は面倒事を押し付けられただけなのら……」


しかも、リンカーネイト王国第二王妃様の義理の父上であり、

かつては一国の王だったらしい。

……やはりこの世界は何処かおかしいと思う。

どうしてそんな大物がこんな所でこんな事をしているのだろう……。


「ククク……言いたい事は判るぜ?一つだけ言っておく。……書類はもう嫌なんだよ……」

「とか言ってタクトおじーやんのほうは今も書類に埋もれてる筈だお!」

「だからビリーお爺さんの方は外で自分のしたい事をしているの。それをとやかく言っちゃ駄目よ?」


良く判らないがきっと突っ込んだ話をしてはいけないところなのだろう。

余りに重い雰囲気を察し、私は話題の転換を試みた。


「……それはともかく早速始めたいのだが……」

「ああ。矢を一本射る度に銅貨一枚だ。得点が規定まで溜まったら景品と交換できるぜ」


弓矢を受け取る。

銀貨を一枚渡したら100本の矢束が普通に渡されたのを見ると、

時間と資金さえかければ誰でも、そしてどんな景品でも一応手が届く事になっているのだろう。

腕があれば相場より安く、腕がなくともいずれは望みの品に手が届くのか。

私の腕の見せ所だな。


「では……始める」


とりあえず放った矢は正面の的の中央左寄りに命中した。


「おお、やるじゃねえか。最初から70点だぜ」

「シーザーさん。真ん中だと100点です、頑張ってください!」

「アルカナが欲しいのは大きな熊のヌイグルミだお!150万点だから頑張るんだお!」


……アルカナ君のほうをまじまじと見た。

150万点?

全部真ん中に当てても1万点にしかならないのだが?


「良く見ろ。奥の壁に10万点とかのボーナスゾーンがあるぜ」

「……その中央が10万点……しかし、遠い上に小さい的だ……」


言われて首をずらして後ろを見てみると、

的の後ろ、死角になっている壁に小さく丸が書いてある。

横の文字は小さすぎて判別できないが、どうやら法外な点数が書いてあるようだ。


「ククク、簡単に渡せない景品の点数は少々馬鹿高く設定させてもらってるんだぜ」

「悪い顔してるお!」

「えっと……シーザーさん?無理はしなくて良いですからね……」


思わず冷や汗が一筋流れる。

クレアさんは余り気にするなと言ってくれるが、膝の上に飛び乗りズボンの裾を掴んで、

期待の眼差しをこちらに向けるアルカナ君を見ていると応えたいと思わず考えてしまう。


「……確実に、とは言えないが最善は尽くそう」

「良く言ったお!シーザー!」

「ああもう、この子は……」

「ククク……仲が良いなあ、お前ら」


目を閉じて数回の深呼吸。

呼吸を整えた後、無駄な力を抜いて的に神経を集中する。

狙うべき的はそれより遥かに大きな普通の的に阻まれている。


……弓を引く力に加減を咥え、山なりに矢を放つ。

だが足が使えないので唯でさえ精度が低い矢は、無様なほどに右往左往を繰り返した。

そして……。


「外れがひいふうみい……お、この位置だと1万点だぜ?で……合計で1万と700点だな」

「……だおぉ……アルカナの熊さんが……」

「アルカナが無茶言ったからでしょ?」


景品の棚を占拠する、人より大きな巨大ぬいぐるみ。

それをガラス越しに張り付いて穴が開くほど見つめているアルカナ君には悪いが、

私の力は及ばなかったのだ。

幸い国王陛下ならば手に入れるのは容易かろう。

残念だが今回は諦めて直接父君に頼んで欲しいと思う。


だが……せめてもと思い、

まともな点数の景品棚からあるものを貰うとアルカナ君を呼び寄せた。


「じゃあ、これは代わりの品だ」

「だお?紐?……リボンだお!」

「アルカナ良かったね。……本当に良いな……」


何処にでもある材質の極普通のリボン。

幸い低い点数でも手が届いた為アルカナ君へのプレゼントとして贈る事にしたのだ。

小さいながらも彼女とて立派なレディの卵。きっと似合う事だろうと思う。


「はい、出来たよ……それにしてもこの格好……ああ、今日だったんだ……」

「わーい。わーい。貰っちゃったおーっ」


うん。実に似合っている。

……まさかその場で着けるとは思わなかったが。


「クレアさんには……これかな」

「おいおい、相手はクレアだぜ?そんなブローチなんぞ自称婚約者どもから腐るほど贈られてきてるぞ」

「え!?いえ!頂きます!大事にしますので!それはもう!……本当に大事にしますね……」


クレアさんには残った点数で取れる中で一番高い装身具を。

意外にしっかりとした造りの銀のブローチがあったのでそれを贈る事にした。

ビリー殿の言うとおりクレアさんならそれ以上のものを幾つも持っているだろうが、

まあ、そこは気持ちと言う奴だ。少なくとも無駄にはならないだろうし。


「じゃあ次だお!ビリーおじーやん。バイバイだおー!」

「おうよ。またな!」

「それでは失礼する」


そう言えば仮にも王家に連なる人間に対しこの口調は拙かったな。

……とは言え、何故かこの世界の王族の方々には多少ざっくばらんな口調の方が受けが良いようだ。

まあ、今更変えるのもまずかろうし、注意されるまでこのままで行く他無いか……。


「……何かいいな、これ……」

「おねーやん。なんで宝石も入ってないただのブローチに見とれてるんだお……」


その後、店を出た私達は近隣の施設や有名な場所を一日かけてぐるりと一回りした。

その強行軍は夕暮れ時になる頃には遊び疲れてしまうほどだったが、

精神的には限りなく素晴らしい休暇になったと思う。


「お、おおおおっ!ひ、姫様だあああっ!」

「下がりなさい!」


「は、はいいいいいいっ!」

「……はぁ、驚いた……」

「また撃退だお!」


時折クレアさんの笑顔に引かれてやって来る者どもを、彼女は一喝して下がらせる。

確かに彼女は一皮剥けたのだ。

それは私のお陰だと言われたが、もしそうならそれだけでもこの世界に来た甲斐があったというもの。

嬉しそうに街を歩くクレアさんを私は目を細めながら見ていたのである。


……。


「どうでしたか?この街は」

「ああ。活気に満ちた良い街だ。暫く世話になっていながら私は何も知らなかったのだな……」

「事情が事情だから仕方ないお」


そして今、私達は迷宮のある塔の最上階から街を見下ろしていた。

流石に元灯台と言うだけあって素晴らしい眺めだ。

段々と明かりの増えてきた街並みを夕日を背にして眺めていると、

自分が悩んでいる事が何故だか小さな事のようにすら思えてしまう。


「だったらこれから色々知っていけば良いと思います。私も少しはお手伝いできると思いますし」

「……感謝する」

「アルカナもだお!早速明日も色々案内するお!」


その言葉に思わず涙腺が緩んでしまい、慌てて夕日を見るふりをして上を向く。

……涙が零れる前に乾くまでそのままでいて、ようやく落ち着いたので後ろを振り向くと、


「だおぉーーー……」

「アルカナーっ。昔の私によろしくねーっ?」


アルカナ君が謎の穴に落ちていく最中だった。

……しかもクレアさんは至って普通にしている。

普通慌てるのではないか?一体これは何事なのだ!?


「昔、私が小さい頃なんですけど……初めての召喚でアルカナを呼び出した事が有るんですよ」

「それが今のアルカナ君だと!?」


「はい……あのリボンを見て召喚されるのが今日だと確信しましたから心配はありません」

「えーと、それは過去で無事に戻れる結果を知っていると言うことか?」


「そうですね。リボンを貰った日に呼ばれたって言ってましたから」

「……そう、なのか。しかし判っているなら止められたのではないか?」


にわかには信じ難いことだがクレアさんはこくりと頷いた。

止められたと言うのに何故……?


「当時色々とあって塞ぎ込んでいまして……あの子に救われた事実があるので止められません」

「そうか。しかし召喚術とは世界はおろか時間すら越える術なのだな……凄まじい」


それにしても過去に飛んだアルカナ君が昔のクレアさんを救う、か。

何か卵が先かニワトリが先かと言う感じの……どうも歯に物が挟まったようなもどかしい話ではある。


「みたいです。過去何例かの前例もあるようですよ」

「そうか……せめて私はアルカナ君の無事を祈ろ、フガっ!?」

「ようやく帰れたお!ただいまだお!」


それで……アルカナ君の無事を祈ろうと天を仰いだら当のアルカナ君が空から降ってきた訳だ。

着替えた跡があるし、ようやくと言う台詞からも結構な時間経過があった事が判る。

本当に……召喚魔法とは恐ろしい物なのだな……。


「……ところでシーザー。首、大丈夫かお?」

「アルカナがやったんでしょう!?」

「あ、いや、大丈夫……だと思う……」


とりあえず、降ってきたアルカナ君が直撃したから痛むだけだ。

……彼女達を送ったら最後に医者に寄って行こうかと思う。


どちらにせよ、既に日は傾いている。そろそろ帰るべき時間だろう。

休暇なのだから少し茶目っ気を出してもいいだろうと、出来る限りの優雅な一礼。

そのまま片膝を付いて、淑女に対する作法とも言える社交辞令を口にした。


「では姫様?そろそろ日も暮れますし、お屋敷までお送りしたします」

「そうですね。今日は楽しかったですよ……え、と。お礼です、手を……」

「お手を拝借、だおっ!」


そっと差し出された手の甲に軽く口付ける。

勇者と言うよりは騎士の礼儀だ。

姫の手への口付けは最大級の名誉。今の私にとっては何物にも代え難い報酬。

……今日は喜んでいただけたようで何よりだ。


「どしたお?おねーやん。お顔が赤いお」

「え?…………ゆ、夕焼けに照らされてるからじゃない?」


言われて見ると、素晴らしい夕焼けが街を赤く照らし出していた。

……美しい。

そう感じると共に、この世界をも飲み込もうとする魔王ラスボスへの怒りがふつふつと湧いてくる。



「うおおおおおおっ!わらわ、今日は折角の休暇なのだぞーーーっ!?遊ばせてたもれーっ!?」

「「女神様、次はこちらです!隣の大陸のとある村で疫病が!」」


「だあああっ!これで最後だぞ?本当だぞ?……ええい!縋りつくな!分かったから!……転移っ!」

「「行きましょう!女神様のお力を求める信徒の下へ!」」


「ハー姉やん、忙しそうだお」

「でも何処か楽しそう、かも。やっぱり頼られると嫌と言えない姉さんだものね」


騒がしいが既にアラヘンが失ってしまった活気に満ちた街、隔離都市エイジス。

私はこの街を守りたいと思った。

……無論、故郷アラヘンを救う為という大前提は忘れていないが……。


「明日はどうするんだお?アルカナは」

「駄目。アルカナ、昔に行って来たんでしょ?お父さん達にその事をお話しないと」


「だお?呼ばれたすぐ後の時間軸に飛ばして貰ったから言う必要ないと思うお」

「……おとうさん達はアルカナが何時過去に飛ばされるかは知らないの。安心させてあげるべきよね」

「そうだな。何時の日か娘が行方知れずになる事を知っているなど、不安の種以外の何物でもない」


彼女達を仮の宿へと送る道すがら、そんな取り留めの無い会話をしていた。

しかし、二人は帰るのか。どうやら明日は完全に自由時間のようだな。

さて、明日からはどうしよう。


「では。私はこの辺で失礼する」

「お見送りありがとうだお!」

「さ、明日はお家に帰るからね。ご飯食べたら転移の準備だよアルカナ」


ようやく辿り着いた彼女達の泊まる宿は、流石の一流店。

私の格好では中に入る事すら許されなかったので、宿の前で別れの挨拶をした。


「……本当に楽しかったです。シーザーさん、また一緒に何処か出かけましょうね」

「はっ」

「その時はアルカナも連れて……!?……行って貰うかも知れないお」


……。


そうして私は首吊り亭に戻ったのだ。

だがそこには予想もしない人がいたのだが。


「ブルー殿!?」

「元気そうで何よりだ。シーザー」


ブルー殿だ。

しかも足も治ったようで元気そうにしている。

……良かった。彼も助かったのだ。


「迷宮に暫く出入り禁止のはずだな?明日の予定は空いているか?」

「ええ。空いていますが」


私の答えに彼は不敵な笑みを浮かべ、何かを手渡してきた。


「そうか。ならば付き合え……武具を失っただろう?新しい物を新調するぞ……これ以外はな」

「この獅子の紋章盾は、元々貴方の物ではないですか」


「助けられた礼の先払いと最初に言ったはずだ。もう既にお前のものだ、大人しく受け取れ」

「そう言う事でしたら……」


ブルー殿が差し出してきたのは、私が借りていた筈の盾だった。

私の武具は先日の戦闘でくず鉄同然になってしまい、既に手元には無い。

愛用の剣も折れてしまい最早使い物にならないだろう。


……だと言うのにその盾には傷すらない。その防御力は驚異的だ。

これだけの一品を手放させるのは申し訳ない気もするが、

今の私にはどうしても必要なものだ。ありがたく使わせていただこう。


「……守りたいもの。守るべきものの再確認は済んだか?」

「はい」


「そうか。何時かお前もそれに押しつぶされる日が来る。かも知れん……だが決して諦めるなよ」

「無論です」


それを聞くとブルー殿は何処か満足そうに頷いて店を出て行った。

……どうやら明日はブルー殿に付き合う、

と言うかブルー殿がこちらの武具の新調に付き合ってくれるらしい。

ついでにあの後どうなったかも聞いてみようかと思いつつ、

私は体の疲れを癒す為、部屋へと戻って行ったのである。


……それにしても、エレベーターとは便利なものだな。

これがなかったら私は部屋に帰り着く事すら……、


「キシャアアアアアーーーッ!」

「っ!?」


結局私が部屋に帰りついたのは、それから三時間後の事。

部屋の辺りに殺人巨大ミミズが出る事をすっかり忘れていた私のミスであった。

夜道を教会から車椅子で戻るのは少々肌寒く、その上に惨めだった。

……部屋に入るまでは安心してはならないというのに……無念だ。


……。


≪某一流ホテルにて≫

和気藹々と会話の弾む姉妹の部屋の前に、一人佇む男が居る。

賊だろうか?……いや、この宿の警備は万全だ。


「ところでおねーやん。もしかして、シーザーの事好きなのかお~♪」

「なっ!?そ、そんな事無い…………事も無い、かな?」


男は姉妹の会話を暫し聞いていたが、必要な事は聞けたとばかりその扉の前を離れる。

……何故か、ホテルの従業員達がその男の行動に異を唱える事も無かった。


「……姫」

「貴方とレオ将軍には地に頭を擦り付けて詫びねばなりませんね……アオ」


いや、もう一人。

サンドール系の顔立ちのその美女……ハピは、共に居たブルーに対し心底済まなそうに頭を下げる。


「……私は、あの子の幸せを願っています。だからこそ、貴方だった訳ですが」

「私が姫様を想う事と姫様が誰かを想う事は別です、王妃様。私の事は考慮するに値しません」


「私はあの子が選んだ人が居るのであれば、それを優先したいと願ってしまいますよ?」

「姫は力を得られた。王たるものが力を得たなら己の望みを叶えられて当然かと」


淡々と語るブルーの顔に表情は無い。

何処か達観したようなその顔に、ハピの目じりには涙すら浮かんできた。


「……何時かあの子と貴方の婚約を破棄すると言い出すかも知れませんよ?本当にいいのですか?」

「姫の望みが叶う事が第一です。私の事はお気になされませんように」


アオ・リオンズフレア、それは王女クレアの婚約者の名でもある。

昔、まだ幼いにも関らず鎧で歳を誤魔化して守護隊に入隊した彼は、

驚くべき才能を発揮し、瞬く間に副長まで上り詰めた。

血筋、忠誠、能力、そしてクレアへの想いと態度の全てが優れていたアオではあったが、

それをひけらかすのを良しとせず、普段はブルーと言うただの一騎士として振舞っている。


「守り抜けるなら一生守り抜けば良いのでは?それさえ確約してくれるなら……」

「私にとっては姫が幸福である事が一番大切です」


それをカルマ達に評価され、

生涯守りぬける伴侶が必要であったクレアの夫として白羽の矢が立つ。

それからはクレア自身にすらその事を気取らせず、アオは陰ながらクレアを守って居たのだ。

……だが、状況は変わった。

クレアが自身の能力を克服した事で、絶対安心な誰かに任せなければならない必要はなくなっていた。

無論、伴侶はクレア自身に決めさせたい。

と言いながら苦虫を噛み潰したように言うあたり、カルマが馬鹿親である事は間違いなかったが。

……何にせよ、代わりが居ないが故に安泰だったアオの立場が、

シーザーの登場によりかなり微妙な立ち位置になってしまったのは間違いない。


「まさか。こうなる事を予期していた!?貴方にとって利は何一つ無いのに?」

「姫は女王となるお方。誰かの後ろに居ないとならないのでは後々致命的な事になりかねませんから」


痛々しい沈黙の中、

がり、と歯を食いしばる音がする。


「貴方はそれで良いのですか?アリシアさん達に相談しても予定調和だとしか言ってくれない」

「……私にとって、姫の心が他の男に向くのは死ぬほど辛い」


「では何故!?」

「それでも。姫の心がシーザー・バーゲストに向かないのも、私にとってあってはならない事ゆえ」


意味が判らない、と夫の名を呟きながらその場にへたり込むハピ。

それを尻目にブルー、いやアオ・リオンズフレアは静かに歩き出した。


「あれを鍛える準備がありますので今宵はここで。今頃油断して死んでいる頃でしょうしまだ鍛えねば」

「それで、それでアオは満足なのですか?総帥も困惑していますよ!?」


「……今の私に出来る事は、あれを姫の想い人に相応しい勇者に鍛え上げる事だけなのですよ……」

「アオーっ。次の準備できたよー」

「ぎみっくよし、てきはいち、よし、です」

「あたし等クイーンアント一族に不可能は無いのであります」


彼が何を考えているのか。

それを知るのは……世界を裏から牛耳る見た目は可愛らしいクリーチャー達だけであった。


続く



[16894] 12 獅子の男達
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/05/09 18:01
隔離都市物語

12

獅子の男達


≪勇者シーザー≫

怪しげな裏通りにその店はあった。


「俺だ。ここのお坊ちゃん達、金は持ってるから良い出物があったら見せてやってくれや」

「あいよ。コテツよぉ、今日の客は本当に上客・・・・・・ヒッ!?」

「この死体漁り屋にも存在意義がある事は認めよう。だがそれ相応の価値は見せてもらう」

「ぶ、ブルー殿!?」


ブルー殿と待ち合わせた場所に付いてみると、何故か牢人殿の姿もあった。

・・・・・・予想外な組み合わせだが仲は良いのだと二人は言う。

なんでも昔からブルー殿は牢人殿に色々と便宜を図っていたらしいのだ。

こういう末端社会に対するアンテナなのだそうだ……アンテナが何かは判らないが。

しかし、本当にブルー殿は何を考えているのだ?

こんな盗品市を見逃す意味など無いだろうに。


「落ち着けや店長。コイツは守護隊のエリート様よ……ご機嫌を損ねたら首が飛ぶぜ、物理的に」

「……地下迷宮中層深部で先日高名な冒険者が亡くなられた。ここに遺品が来ているな?」

「え?い、いえ。自分等はまっとうな商売を……」


「打ち捨てられた遺体を回収するついでに装備品の一部を懐に入れているのは知っているぞ」

「……それは」

「もうネタは上がってるとよ。いいから出せ、死にたく無いだろ?キチンと金も払ってくれるぞ」

「ブルー殿……まさか貴方がこんな盗品市に係わり合いがあるとは……」


しかし唖然としたのも事実だ。この国にも腐敗の影が迫っているのを残念に思った事も。

高潔そうに見えたブルー殿が……こんな……。

確かにある程度以上の唯一無二の装備品など普通の店で取り扱っている筈もないが、

だからといって、


「シーザー。もしまっとうな手段でラスボスに通用する装備を求めたら20年は覚悟する事になるぞ」

「20年!?そんなに待てません、しかし普通の店売りの武具でも」


そうだ。武器は伝説の聖剣がある。

防具も伝説級の物が欲しくない訳ではないが、それでも盗品にまで手を出す気は、


「盗品ではない、死亡したモグラの装備は極普通の取得物として扱われる」

「要するにだ。保険に入ってない武器は迷宮でなくしたらその時点で誰のもんでも無くなるって訳よ」


「……それに、この店では打ち捨てられた死亡者の遺体を迷宮から連れ出し埋葬までしている」

「そこまで国が面倒見る訳にはいかないそうでな。必要悪って奴だ、ってコイツは言うのよ」

「お分かりですか!法律上遺体をお連れする必要なんてないんですがね、まあ良心の呵責って奴でさ」


私には、判らない。

なるほど、特別に保護されたもので無い限り迷宮内部は自己責任。

その原則は理解した。

……だが、ご遺族は遺品を待っているのではないだろうか?

死者の持ち物はその家族に返すのが筋なのではないか。

私はどうしてもそう考えてしまう。


「贅沢な事を考えているな?」

「!?」


何を考えているか読まれたのか?

……どうやら私はよほど感情が顔に出る性分らしい。


「ならば勇者など辞めてしまえ。魔王ラスボスを打倒出来ぬお前に価値はあるのか?」

「ぐっ!」


「そもそも、魔王を倒すのは早ければ早いほど良いはず。自ら遠回りを選ぶのが正しい選択か?」

「いや、しかしそれでも死体漁りなど!」


気付くと路地裏では良く見かけるレンガ造りの塀に叩きつけられていた。

……殴られたようだ。


「言っておくが店売りの装備は以前の鎧より遥かに劣る物ばかりだぞ?」

「構いません。今までもそれで何とかしてきたんです。資金は幸い有りますから」


決意を示すつもりで口にした言葉だったが、ブルー殿には気に入らなかったようだ。

吐き捨てるような、諭すような返答が帰ってきた。


「……破壊されたあの鎧を用意するために姫様達が何人の職人に頭を下げたか知っているか?」

「え?」


「ああ、あれは量産品だ。だが最高精度の部品を最高の職人に組み上げさせた半特注品なのだよ」

「道理で軽い割に堅固な鎧だと思いました。それこそ鎧を着てながらローリングできる程に軽かった」


姫様、の台詞の部分で僅かにブルー殿の語気が荒くなる。

……その思いはまさに敬愛する姫君に対するもの。


私は急に恥ずかしくなった。

あの二人がどんな思いであの鎧一式を用意したのかなど深く考えた事など無かったのだ。

くず鉄になるまで幾度となく修復が出来たのも一つ一つの部品が優秀だった為なのだろう。

それだけの物を用意してもらっておきながら、それ以下でも構わないなど暴言以外の何者でもない。


「まあ、巡り巡ってその鎧が姫様を救ったのだ。これぞまさしく慧眼と言えぬ事も無いがな」

「……そうですね」


要するに、あれだけの一品はそうそう手に入らない、と言う事だ。

ならば遺品だろうが何だろうが手に入れねばならぬと言う言葉にも確かに一利ある。

今まで魔王軍に対して、特に幹部級に対しては殆ど歯が立たずにいるが、

そんな中で以前より劣る装備で立ち向かった所で勝機など無いし、

あれ以上の装備がそうそう手に入る訳は無いのならば手段を選ぶ暇など無いのも理解できる。


……だが、果たして勇者が盗品に手を出して良いものなのだろうか。

幾ら法で認められた行為とは言え、私自身の心までは誤魔化せないと思うのだが。


「……シーザー。納得いかないのか」

「ええ」

「額に皺が寄ってるぜ?真面目だなぁシーザーはよぉ?」


だが、その心は見透かされていたようだ。

私の心境を完全に読みきってブルー殿が静かに言う。

しかも、とうとう牢人殿にまで心配されてしまった。


「では、こう考えたらどうだ?お前は装備品と共に志も継ぐのだと」

「志、ですか?」


「そうだ。お前と共に装備品の名もあがれば前所有者も満足するのではないかと思うのだ」

「名を、あげる。ですか」


「心配するな。私が目を付けている装備は名誉と栄光を望み続けた、名のある探索者の遺品だ」

「へっ。成る程な……前の持ち主に恥じない行動を取ればきっと許してくれるぜ、って事かよ」

「いや、なんで騎士様がうちの商品の内実を!?確かにお言葉どおりの代物ですが」


店主が驚く中、ブルー殿は遠くを見るような眼をして言う。


「結局、死者は語らないのだ……普通はな。本当に納得させるべきはやはり自分自身なのだよ」

「自分を、納得させる……」


静かに目を閉じて己の中に問いかけた。

アラヘンの事。魔王の事。

そしてこの世界の事……。


そして自分を納得させる。

今現在、この世界は危機に陥っている。魔王の軍勢が今も地下迷宮を闊歩しているのだ。

そして魔王ラスボスを打倒するのは私の役目だ。

時間が経てば被害も拡大するだろう。しかも、我が祖国は今も奴等に蹂躙されているのだ。

だとすれば、私の我が侭で被害を拡大させて良いものなのか?

だとしたら、答えなど決まっているではないか。


「……判りました。故人のお力をお借りしましょう」

「それで良い。だが理論武装で屁理屈をこねる様にはなるなよ……まあ心配は要らんだろうが」


答えに満足したのかブルー殿が牢人殿に手で何かを合図する。

それを合図に民家か倉庫のようにしか見えない店舗から運び出されてきたそれは、

確かに並みの代物ではなかった。


「皇帝の鎧、そう呼ばれている。北の皇帝が生前愛用していた鎧の複製品だ」

「強度は本物と変わらねえとよ。因みに本物は45~50年位前に魔王をぶっ倒した伝説の代物だぜ」

「魔王を倒した鎧!?」


思わず鎧に駆け寄る。

……材質、形状共に考え抜かれているのが一目で判る。

更に何かの魔法が永続化して付与されているようで、纏うオーラからして他とは違った。


「普通は金でポイと手に入るもんじゃねえ。完全オーダーメイドでも届くまで……まあ一年はかかるぜ」

「本物は国宝として魔王城に飾られているのですよ。これが何と金貨百枚!安いなんてもんじゃない!」

「……買わせて貰う」


震える手で鎧に振れる。

装飾の殆どが簡略化されているようだが、

確かに伝説の鎧として十分な力を持っているようだ。


思わず第三王妃様から頂いた金貨の大半を差し出していた自分の浅ましさに顔が引きつる。

だが故人の遺体から引き剥がされてきた物だという罪悪感は、それを上回る激情にかき消されていた。

高潔を求めていてこれとは我ながら度し難い……だが。


「……あの、店長。このまま試着してみても宜しいか?」

「あー、はいはい。更衣室はこちらですよお客さん」

「へへへ。金払っておいて今更試着も何も無いだろうによ」


そそくさと更衣室に駆け込み鎧を身に着ける。

部品が体にフィットするたびに、力が湧き上がるかのようだ。

複製でこれならもし本物なら……。


「言っておくがな。気分の高揚などの効果がある鎧ではない。お前が浮かれているだけだぞシーザー」

「そうかも知れません。ですが、勇者として!騎士として!これだけの武具を纏う日が来るとは!」


我ながらはしゃいでいると思う。

だが、魔法のかかった鎧など中々お目にかかれるものではない。

リンカーネイトの国王陛下の鎧ですら、材質はさておき魔法がかかっているようには見えなかった。

そう。魔法の武具の中でも防具はそれだけ貴重品なのだ。


「素晴らしい品物です。ブルー殿、今日は紹介頂きまことにありがたく思います!」

「まあ、恩に着る必要は無い……これからの事を考えると少々心細いほどだ」

「我が商店もお客様に喜んでいただけて光栄です」

「……まあ、所詮は死体漁りのブラックマーケットなんだけどよ……」


少々弾む足取りで、新しい(中古ではあるが)鎧を装着したまま店を後にする。

そしてブルー殿から紹介料を受け取りホクホク顔の牢人殿と別れ、

私はブルー殿と共に他の装備品を揃えるべく店を回ったのだ。


「直剣なら切れ味より耐久性を重視した方が良い。こまめな装備の手入れなど中々許されんからな」

「でしたら、これでしょうか?」


「そうだな。ただし耐久力重視の剣を持つなら、予備武器に切れ味の鋭い短剣でも用意しておけ」

「他に注意すべき点は?」


「お前は勇者だ。一通りの事はせねばならんが……さて、その場合は何を用意するべきだ?」

「念のために鍵開け用ツールや止血剤に包帯。それと遠隔攻撃用に投げナイフ、ですか」


「まあ、間違いではないな。だがまだ足りない。後は追々考えておくんだぞ……」

「はい!」


時折選ぶべき武具の優先点などを教わりながら、失った装備の補充を行っていく。


「とりあえず私からのお勧めはこれだ。まあ、何の変哲も無い針と糸なのだがな」

「それが一体何の意味を?もしや武具の補修に使うのですか?」


「それだけでは無い。縫うべきは己の裂けた肉体……焼いた針は命を繋ぐ命綱にもなると覚えておけ」

「なるほど……」


一つ気になるのは、ブルー殿がこちらの不足している点や不備を的確に突いて来る事。

まるで知っているかのように問題点の穴を埋めていく。

うろ覚えだがTASとは何かの手助けを借りて最適な動きを見せる事らしい、

成る程、ブルー・TASとは良く言った物だ。


「こんな物が最適解だと思うな、シーザー。お前の目指す頂はもっと遠くにあるのだからな」

「!?……また考えを読まれていましたか?顔に出していたつもりは無かったのですが」


剣と予備武装を買い込み、一部は盾の裏側に装着していく。

そして腰の鞄に薬や包帯などの緊急用備品を詰め込んだ。

更に高価な薬を購入。


「もう大丈夫だろう。今日は稽古も付けてやるから使っておけ」

「判りました!」


指示をされたので傷口にすり込むと瞬く間に傷が消えていく。

これでいつでも迷宮に潜る事が出来るだろう。

……まあ、謹慎期間はまだ数日残っているが。

必要なくなった車椅子を返却すると、ブルー殿は見覚えのある店に向かって歩いていった。


「さて、では次の店に行くか」

「……ここは、例の射的屋?」


どうやら、ブルー殿が武器を揃えさせたのには理由があったようだ。

先日クレアさん達と一緒に入った射的の店。

そこに完全武装のまま入っていくブルー殿を追っていく。

どうやらここで訓練を行うつもりのようだ。

……私は武者震いを押さえきれないまま、店に入って行ったのである。


……。


「傭兵王。先日のお話どおり奥の訓練場跡を使わせてもらいます」

「ククク、判ってるぜ。まあ汚れてるから掃除してからな?」

「……そう言えばここは元々傭兵の溜まり場だったか……」


ブルー殿はすっ、とビリー殿に一礼をする。

そして射的の的のある区画を越え、関係者以外立ち入り禁止の表示のあるドアを開けた。


「ここから先はかつて傭兵達の鍛錬場でな……無闇に剣を振り回しても法に触れない場所だ」

「しかし、埃を被っていますね」


そこは広い訓練場だった。

埃っぽい室内のあちこちに、砕けた的や蜘蛛の巣の張った木人が転がっている。

……ブルー殿から箒を手渡された。彼自身は雑巾を手にしているようだ。


「まずは掃除からだ。金を積んでもここは使わせてもらえんのでな。まあ精神を鍛える修行だと思え」

「はい!」


鎧を外す事も許されず、完全武装のまま広い訓練場の清掃を行う。

汗が垂れるし重い鎧に体力を無駄に持っていかれるが、

訓練だとするなら弱音を吐く訳にも行かない。


「どうした!?腕が止まっているぞ!」

「はい!」


第一、ブルー殿は同じように完全武装の上に木人を三体ほど背負ったまま掃除を行っている。

これでは私だけ弱音など吐けよう筈も無いではないか。


「部屋の隅も忘れるな。小物は持ち上げて下の汚れを取るんだ」

「訓練用に刃を潰した斧の入った籠を小物と言い張りますか……ハァ、ハァ……」


私が一をやる間にブルー殿は三~四の仕事を終わらせていく。

動き自体はそれ程早いわけではないのだが……きっと効率的に動いているのだろう。

まさか……戦いも同じ事、とでも言いたいのだろうか。


必死に付いて行こうとしていると、いつの間にか広い訓練場から埃とゴミが消えていた。

掃除用具を私から受け取るとブルー殿はそれを片付け、代わりに木剣を一振り持ち出す。

本格的な訓練の時間がやってきたのだ。


「さて、準備運動を兼ねた掃除も終わった。さっそく剣を交えてみるか」

「はっ!」


……しかし、私に木剣が手渡される事は無かった。

ブルー殿は少し距離を取り、正面に剣を構える。


「さあ、かかって来るんだシーザー!」

「待ってください!こちらは武器がありませんよ!?」


「腰に下げた剣は飾り物か?」

「……まさか」


ブルー殿は頷く。


「こちらは真剣で構わない、とでも?」

「当然だ」


……正気なのだろうか。

ブルー殿自身が勧めて来たこの剣は店でも一番の業物だった。

木製の剣では鍔迫り合いすら出来ずに切られるのが落ち。

幾らなんでもハンディキャップが大きすぎるような。


「来ないならこちらから行くぞ」

「え?……ぎゃッ!?」


だが、考え事をしている暇は無かったようだ。

恐ろしいほどに甲高い音を立てつつ私の鎧が振動を伝えてくる。

上腕に鈍い痛み。

……鎧が無ければ間違いなく骨が折れていただろう。


「随分と余裕だな。お前は何時からそんなに強くなった?」

「……お願いします!」


呆れ返ったような物言いに流石に苛立った私は一声上げるとブルー殿に突撃を仕掛けた。

大きく振り上げた剣の柄で脳天を付くように刃先を上にしたまま柄を振り下ろす。

ブルー殿といえどまさか私が真剣をまともに振り下ろすとは考えて居まい。

余裕を見せすぎなのはむしろ其方なのだと……!


「胴に一閃。これでお前は一度死んだぞ」

「え?」


今度は脇腹に鈍い痛みが走る。

……ブルー殿の木剣は私の腕の振りより早く、腕が持ち上がってがら空きになった私の胴を打ち据える。

鎧越しに伝わるその衝撃から察するに、武器さえ本物ならば軽く私を両断していただろう。


「そんな!?何時の間に」

「後頭部に一撃。これで二回目の死亡か」


振り向こうとすると、いつの間にか後頭部に木剣が寸止めされている。

……その直前に感じた僅かな風が私の心に恐怖を呼び込む。


「今度こ、うぐっ!?」

「……剣を取り落とさなかったのは及第点だな。だがまだまだ」


剣を構えなおそうとすると、今度は木剣が私の手、指の第二関節付近に痛打された。

痛みに剣を取り落としそうになるのを必死の思いで耐え切ると、

ブルー殿が動きを止め軽い賞賛の言葉を投げかけてくる。

しかし死角から死角に動いているだろうか、動きが全く読めない……!


「よし、迷いは消えたな?ならばいい。打ち込んで来い」

「はっ!」


確かにこれで判らないようなら唯の愚か者だ。

剣を構えなおし、無造作に突き出された木製の剣を断ち切るように切り裂く。

だが巧みに揺れる太刀筋に当てる事も出来ず、

あまつさえ剣の腹を押さえつけられて体勢を崩し膝を付いてしまう始末。


「よし、もう一本!」

「はい!」


二回、三回と打ち込むがブルー殿はおろか鎧に剣を当てる事も出来ない。

いつしか本当に迷ったり躊躇したりしている余裕は無くなり、

真剣で木剣の相手に斬りかかっているにも拘らず、こちらは全力と言う立会いが続く。

それでも……全く当てられないのは変わらないのだが。


「もう一本だ!」

「は、はいっ!」


振り下ろされた剣と剣がぶつかり合う。

ブルー殿は木剣、こちらは鋼鉄製だと言うのに彼の木剣を断ち切る事が出来ない。

……僅かに横に押されるような感覚。

木剣に鉄剣の刃が当たらないように、巧みに力を斜めにかけているのか!?


「それが判っていて、動けない……?」

「無理に力をかければいなされる、引けば押し切られる。そういう事だ……このようにな!」


ガクリ、と前方につんのめる。

ブルー殿が力を抜いて側面に消えていく。いや、私が前に出ているのだ。

かろうじて踏ん張り、振り向きがてらに剣を振る。


「当たらない!」

「下だ」


しかし私の剣は空しく空を切り、続いて兜の隙間から差し込まれた剣が私の首に触れる。

しゃがみ込んでいたブルー殿だ。

私の無理な反撃などとうにお見通しか。まあ当然だが。

だが疑問もあるな。少し聞いてみるか。


「……もし私が下段に剣を振るっていたらどうするつもりだったのですか?」

「後ろに飛ぶ。そもそもあの体勢では後方下段に剣を振れまい」


つんのめったまま振り返りざまに……ああ、確かに無理がある。

そこまで無理な体勢ではブルー殿の位置を把握していたとしてもまともな威力は見込めないか。


「では、次お願いします!」

「判った!シーザー、かかって来い!」


そうして私達は何時間もの間木剣をぶつけ合っていたのである。

もっとも、それに私が気付いたのは何もしていないのに木剣を取り落とした時であったのだが。


……。


「さて、そろそろ休憩が必要だろうな……ところで気付いたか?」

「え?」


「シーザー、お前と私の身体能力はそう違わない事に」

「そうなのですか!?」


取り落とした剣を拾い上げるとブルー殿が不思議な事を言い出した。

とても信じられない。

まるで違う生き物のようにしか思えなかったが。


「私は体の動かし方を知っているだけだ。お前にも届く、何時か必ずな……」

「そうでしょうか……」


あちこち痛む体をさする。

剣はまるで届かない。動きを捉える事も満足に出来ない。


……これでも故郷では勇者に選ばれうる程度には腕が立っていたのだ。

そしてこの世界も普通の人々の能力はアラヘンと大して変わらず、別格の方が何人か居るだけ。

私はそう感じていた。ブルー殿もその"別格"の一人だと考えて居たのだが?


「私は人だ。ただの人間だ……我が主君たる方々のようにはなれない」

「貴方とて十分強いではないですか。主君の剣となり盾となる……騎士の誉れです」


だがブルー殿は首を振る。

その瞳には遠い何かを見るような、悲しそうで懐かしそうな不思議な色が見えた。


「……私にもそう思っていた頃があったな」

「あった?」


「あの方達にだって盾や剣となる人間が必要だと、そう考えていた頃が」

「確かに素手で魔王を討ち果たしそうな勢いでしたが」


一度だけ見たあの凄まじい戦い。しかも四天王に対しあからさまな手加減をしていた。

しかし、どんなに強くとも国王陛下はお一人だ。

軍隊を相手にするのに軍が必要ない、などと言う事はないと思うのだが?


「ははは。シーザー、お前にも何時か判る日が来る……真に法外なる方々の力をな」

「はぁ……」


そんな事を言いながらブルー殿は木剣を新しい物に取り替えた。

そして更にもう一本木剣を取り出す。


「では、模範演舞を見せる……来ているのでしょう父上」

「あ。ばれたっすか?」


一体何を、と思う暇も無かった。

いつの間にか私の背後に立っていた人影。

最早驚くに対しないだろう……レオ殿だ。


「いやあ、やるっすね。息子の成長に感動したっすよ自分は」

「有難う御座います。時にそこの未熟者に模範を見せてやりたいのですが」


「まあ、いいっすよ?たまには息子の成長を自分で確かめるのも一興っす!」

「感謝します。父上!」


私は後ろに下がり床に腰を下ろす。

まだやれるが。と思っていたら気付けば壁を背もたれにしていた。

しかも体が動かない……予想以上に消耗していたようだ。

丁度良い。観察で得られる物もあるだろうし休憩がてら勉強させてもらうか。


……。


「じゃあ、始めるっすよ……ルールは?」

「地力のみでお願いします」


「了解っす。昔の戦い方っすね」

「強化有りにすると参考になりませんからね」


互いに木剣を携えたお二人は、軽く訓練場を回るようにしてお互いを牽制している。

軽口を叩いているようにしか見えないが……とんでもない。

双方、相手の僅かな隙を見つけようとにこやかな目元の下で既に戦いを始めているではないか!


「じゃあ隙を作るっすか」

「ご自由に」


レオ殿が動いた!

剣を大きく振りかぶったまま突っ込んで行く。

確かに腹はがら空き。

だが、ブルー殿はそれに目もくれない。


「見え見えすぎるんですよ父上」

「じゃあどうするっすか?そらっ!ライオネル・ハイパー・スラアアアアッシュ!」


掛け声と共に放たれる神速の斬り下ろし。

全体重をかけたそれがブルー殿を襲う!


「真っ向勝負あるのみ!おおおおおおっ!アッパーァッ……スウィングッ!」

「その意気たるや良し!けど斬り上げが斬り下ろしに勝てるっすかね!?」


瞬間、大気が爆ぜた。


「ぬぐうっ!」

「重力を味方に付けられる分こっちの勝ちっす……判ってた筈っすよねぇ。って、うおっ!?」


二振りの剣が交差した瞬間恐ろしく甲高い打撃音と共に僅かな衝撃が頬を叩く。

そして次の瞬間ブルー殿の木剣がレオ殿の顔を掠めて行った。

"掠めた"だけなのはレオ殿の剣のほうが僅かに競り勝っていたからだ。

レオ殿の木剣は容赦なくブルー殿の額を叩き、盾を持つほうの肩口をも強打した。


だが、ブルー殿も負けてはいない。

額を打ち据えられるのにも構わずぐるりと1回転してレオ殿のこめかみを打ち据えた!


「イタタタタ。しかし訓練だからって肉を切らせて……は良くないっすよ。これが真剣なら」

「兜で滑って片手を切り落とされていましたね。ただし実戦なら死んだのは父上です!」

「え?」


訳が判らない。

片腕を切り落とされたらそこで終わりでは?


「ああ、そうっすね……油断したっす。盾持ちのほうに剣を誘導したっすねアオ?」

「……まさか……」

「そうだシーザー!隻腕になっても武器さえ無事なら相手に致命傷を見舞う事も可能だ!」


「治癒持ちの所までいければ腕はくっ付けて貰えるっしね……」

「こちらは半死人、向こうは死人ならこちらの勝ち。無論余裕を持てるならそれに越した事はないが」

「確かにそうです。しかし、なんと言いますか」


幾らなんでも無茶ではないだろうか。

例え実戦でもそうまでして戦わないと勝てない敵と当たる事などそうそう……。


「勇者シーザー!お前の戦うべき相手はお前と同格だと思っているのか?」

「……ぐっ」

「まあまあ、あんまり虐めちゃ駄目っすよアオ」


ああ、そうだ。私の実力など四天王にすら及ばない。

今後も魔王ラスボスとの戦いを続けるというのなら格上とばかり戦うのは火を見るより明らかだ。

つまりこれは私向けの演舞……ブルー殿本来の戦法はこんなものではないのだろうに。


「しかし相変わらず命がけの戦い方するっすねお前は……父ちゃん心配っすよ」

「ご心配には及びません。自分の実力は自分が一番良く知っています」

「ブルー殿本来の戦い方だったんですか……あれが」


「アリサ様曰く、瀕死の底力にて百戦百勝こそTASの醍醐味との事だぞ?」

「無駄に命を縮めそうな話ですね……」

「いつもながらアニキやアリサさん達の言う事は良く判らんっす」


私が頭を抱えていると二人はまた剣を構えて相対する。


「じゃあ今度は少しばかり本気で行くっすよ?」

「お願いします!」


そして二人は、

風に、

溶けた。


……。


「ハッ!タアッ!トオッ!くっ、当たらん……!」

「よっと。ほい。まだまだっすねー」


足元はまるで動いていないように見える。

だが、体は僅かにぶれていた。

そして腕はめまぐるしく動き回り、肘から先は殆ど捉えることも出来ない。


「届かない……何故だ!以前の組み手の父上なら……いや、その後の成長を考慮もして訓練したのに」

「桁外れに伸び続ける息子を見たら父ちゃん奮起するに決まってるすよ。常勝不敗舐めんなっす」


木剣?見えもしない。

ただ、時折響く激突音が激しい戦闘を物語るのみだ。


いや見えてはいるのだ。一応見える事は見えている。

だが、一言で言えば"上手い"のだろう。

もう少し別な言い方をすれば……"理解し難い"だろうか。


視界に入り辛い、動きを読まれにくい動きをお互い心がけているのに違いない。

もしかしたら無意識にやっているのかも知れないが。


「本当に、私もこの域に辿り着けるのだろうか?」

「アオが出来るって言うなら出来るんじゃないっすか?……はっ!?」

「父上!隙ありっ!」


私の呟きに反応したレオ殿。それを隙と称したブルー殿の突き!

だが私は見てしまった。にやっと笑うレオ殿の顔を。


「カウンターっす!」

「!?……しまった!」


ズン、という鈍い音。

そしてレオ殿の木剣は、明らかにブルー殿の喉に突き刺さっていた。

……よろり、とぐらつくブルー殿。

レオ殿はそれを見て少し下がり、


「ライオネル・ハイパースラッシュ!」

「がはっ!」


容赦ない追撃!

だがまだ終わらない。

更に完全に体勢を崩したブルー殿に対し、


「ハリケーンストームソードっす!」

「が……ごほっ!?」

「それは回転斬り!?」


壁にまで叩きつけるほどの本気の一撃を見舞う!

……親子、の筈なのだが……いいのだろうか?


「アオはしぶといんす。これでも心配なくらいっすよ」

「うぅ…………ただ無様に、負ける訳……いかな、いっ!」

「……本当ですね」


半ばブルー殿の意識は飛んでいるように見える。

だが剣と盾は決して離さず、壁から崩れ落ちそうになった瞬間に駆け出してきた。

直線的な動き、迎撃は難しくないだろう。

だが、レオ殿は決して警戒を緩めない。


「ここから先がアオの真骨頂っす……行くっすよ!」

「がああああああああっ!」


レオ殿の迎撃はまずは蹴り、と言うより頭上への飛び乗り。

更にそのまま突っ込んでくるブルー殿を嘲るように後方に飛んで行く。


「まともに相手したら命が幾らあってもたりないっす……痛っ!?」

「おおおおおおおおおおっ!」

「木剣がブルー殿の手に、無い!?」


だが、そんなレオ殿の顔面に宙を舞っていた木剣がぶつかる。

何時の間に投げていたのかは判らない。重要なのはこれでレオ殿の意識が一瞬ブルー殿から逸れた事。

私は見た。

レオ殿が自分を襲った物の正体を探し目を動かしたその瞬間を狙って、

肉食獣のような目をしたブルー殿が反転、その四肢に力を込めたのを!

……そしてその瞬間を待っていたかのように瞳に力と意思が戻る!


「がああああああああっ!」

「良い奇策っす!70点やるっすよ!」


だが、レオ殿は動じない。


「だが、最終目的が自分だと判ってるなら対処は容易いっす!」

「……ごぼっ!」


着地の無防備な所を盾で殴られると一瞬で判断。

迫る盾を掴むと一気に自分の方へ引き込む。

そのまま逆の手を、手にした木剣を……先ほど痛めつけた喉にもう一度叩き込んだ!

凄まじい……しかし本当にこれは訓練なのだろうか!?


ともかくこれで勝負は付いた。

ブルー殿は口から血を吐いて倒れ、


「……まだだ」

「やっぱりっすか?」


いや違う!……倒れる事もなく突っ込んだ勢いのまま強烈な頭突きを食らわす!

馬鹿な。既に勝負は付いた筈では!?


「まだ届いていない!あの人はこんな物ではなかった。この程度で倒れはしなかった!」

「幼少時から言ってるっすけど一体誰の事っすか?って危なっ!?」


無意識の内に抜いてしまう事を恐れたのだろう。

ブルー殿の剣はいつの間にか部屋の隅に転がされていた。

だからと言う訳でもないだろうが、彼はレオ殿の頭を掴むと全身を躍動させて膝蹴りを繰り返す!


「イタタタッ!待つっすアオ!父ちゃんの鼻が大惨事っすよ!?」

「父上、私はシーザーに見せねばならないのです!不屈の魂と言う物をっ!」


「いいっすね……なら父ちゃんにも見せてみるっす!その不屈の魂って奴を!」

「お見せしましょう!」


……。


結局……その後、数時間もの間に渡って激しい戦いが続けられた。

時折ブルー殿がレオ殿を出し抜く場面も見られたが、

何が違うのか……何時の間にやら逆転され、反撃を受ける展開が続く。

私は黙って見続けるほか無かった。

そして。


「……ぜーっ、はーっ。いやあ、自分の息子ながらしぶとかったっすね……うんうん」


木剣で戦ったにも拘らずお互いの鎧を歪みとへこみだらけにして、

それでも力及ばず遂にブルー殿は倒れ、そのまま意識を失った。

いや、そのすぐ後にレオ殿が心臓を叩き始めた以上心肺停止に陥ったのだろう。

心臓に耳をあて、真っ青になって何か大事そうに薬を取り出して飲ませていたのが印象的だったが。


ともかく何故そこまでする必要があったのか。私にはまだ判らない。

私に何かを見せたかったのだろうが、それが私にはまだ見えてこないのだ。

それにここまでしてくれる理由も。


「うぐ……私は……気絶していたのか」

「アオ。まだ動くなっす……アバラが折れてるっすよ」


「シーザー……ひとつ聞きたい。今の、今の時刻は!?」

「どうしたんすかアオ!?そんな事気にしてる場合じゃないっす!」

「え?ああ、時刻は……」


私は古ぼけた時計を覗き込み、時刻を答えた。

正直自分でも驚いた。既に日が暮れるどころか既に短針が深夜に近いではないか。


「もうすぐ……えーと、零時です」

「そうか。まあ当然そうなるか。ふぅ、出来れば圧倒的強者に勝利する一例を見せてやりたかったが」


……ブルー殿はそれを聞いて何処か安堵したように一言呟き、

そして再び気を失った。


「済まんなシーザー……情けない模範、で……」

「気絶したっす。アリサさんに言われてやってる特別任務がらみだとは思うんすが無茶しすぎっすよ」

「……何で、ここまで?」


既にブルー殿は気を失っている。

答えてはくれない。

代わりにレオ殿が口を開いた。


「コイツは小さい頃から何かに追われる様に生きてるっす」

「はぁ」


「……何かありそうなんすが相談すらされない。自分、父親として情けないっすよ」

「そう、なのですか」


「ただそれだけに責任感は強いし、訓練は何も言わなくても欠かさない……自慢の息子っす」

「そうでしょうね」


「でも実際、普段はここまでやる事は無いっす。自分の方が圧倒的に強いっすから」

「……では、何故?」


……少しばかり、周囲が寒くなった気がする。

これは、怒り?それとも悲しみだろうか。


「……心当たりはあるっす。アオの奴はきっと、シーザーを立派な勇者に鍛え上げたいんすよ」

「それは有り難いのですが、それこそ何故です?そんな義理など無いでしょうに」


「まあシーザーが悪い訳じゃないんすよ。気にするなっす……ただ、アイツにとっちゃ重大事なんす」

「良く判りませんが……ありがたい事だけは確かです。私は異邦人、頼れる物が少なすぎる……」


私の言葉にレオ殿は額に皺を寄せた。


「そうっすね……まあ、ちびっ子軍団が自分等に不利益を被らせる筈も無いし信じるしかないっす」


レオ殿は少しの間じっとブルー殿を見ると、やるせなさそうに首を横に振る。

そして私の方を見た。


「さて、じゃあ次は自分が稽古をつけてやるっす……こっちからは攻撃なしっす。かかってくるんすよ」

「はい!」


彼の思惑がどうであれ、その瞳に悪意は欠片も見られなかった。

微妙な感じに嫉妬めいた視線を向けられる事はあったが、

ブルー殿が私に妬むような物もあるまい。


……ならば利用させてもらおう。以前ブルー殿自身が言ったように。

ただ、願わくば。

願わくば全てが終わった時に、ブルー殿や世話になった皆に礼とお返しが出来れば良い。

私はそう思うのだ。


「こっちは準備OKっす!そっちは真剣で良いっすよ?さあ来いっす!」

「お願いします!」


私が剣を振るうたび、容赦なく床や壁。あげくに天井に叩きつけられる。

だが私は諦めない。

私と数時間に渡り組み手をした後、更に数時間もの間この猛者と戦い続けた男を今見たばかりなのだ。

クレアさんを助けた時は私も根性を振り絞ったが、それは僅か十数分に過ぎない。

実力的には兎も角、気概でまで負けてなるものか。

再び立ち上がり、剣を構える。


「……そうだ。それでいい……」

「ブルー殿!」


「諦めなければ必ずラスボスに手が届く。何故なら……お前は勇者シーザーだからだ!」

「はい!」


ようやく目の覚めたブルー殿の激励に後押しされ、私は再びレオ殿に向かっていった。

まあ、結局の所触れる事も出来ず。

気付けば朝日の中、床に寝転がっていたのだが。


「ふぁ……じゃあ自分は仕事もあるし帰るっす……アオ、頼むから無茶はするなっすよ」

「父上、有難う御座います。お忙しい所大変有難う御座いました」

「お世話になりました、レオ殿」


レオ殿が訓練所から出て行く。

二人になった広い部屋。だが前日の酷使で結局汚れ、散らかってしまっている。

だから私達は無言で頷き合うと、黙って掃除をするのであった。


「さてシーザー、腹が減ったな?朝飯にしよう。近くの屋台に美味い店があるんだ。奢ってやる」

「よろしいのですか?有難う御座います!」


言われて見ると腹の虫が盛大に鳴いていた。

適当な所で掃除を切り上げると私達は屋台へ向かう。


「何にせよ、私は実力不足なのですね。痛感しました」

「騎士としてなら既に十分過ぎるのだがな。相手は仮にも魔王、もう少し訓練に集中しておけ」


結局私達はその後、私の謹慎が解けてからも、

その部屋に半ば篭るように訓練を繰り返す日々を送る事となる。


首吊り亭とこの部屋を行き来する毎日。

……アリシアさん達が動いてくれたらしく、

ブルー殿を中心に日替わりでやって来る軍の精兵に鍛えられる日々はそれなりに充実していた。


「だいぶ体が動くようになってきたなシーザー?」

「はい!ブルー殿のお陰です」


そんなある日、ブルー殿が首吊り亭に一枚の号外を持って現れる。

その顔には"遂にこの日が来た"とでも言うような苦虫を噛み潰したような色が浮かんでいた。

……不安に思い、軽く問いただしてみる。


「何か、あったのですか?」

「……連中、遂に本腰を入れてきたようだ。次の四天王を投入してきたぞ」


差し出された新聞に目を通す。

……そこにはとある国家が謎の軍勢により滅ぼされたと言う一報が不安を煽る物言いで書かれている。

しかもその名には私も覚えがあった。


「1か月前、クレアさんを襲った連中の国ではないですか!?」

「そうだ……まあ自業自得だがな。何にせよラスボスはこの地にも遂に領土を持ってしまった」


由々しき事態だが……しかしおかしい。

奴等は一体どうやって別大陸の国家を襲ったのだ?

まさかこの国の防備が熱いのに業を煮やして別な場所に世界を渡る門を開いたか?


「……馬鹿な話でな。姫様を浚う為に連中が用意した大陸間横断の地下トンネルを奪われたのだ」

「己の欲望の為だけに大陸を横断する程の地下道を作っていたと!?」


「酷い"罠"だと思わんか?シーザー」

「罠と言うより自爆のような気がしますが。まあ何にせよ敵も良く見つけたものですね」


愚かしいにも程がある。

だがこれで対処法がある事はハッキリした。

要は魔王ラスボスさえ倒せばよい。

もしくは我が故郷に通じる門をどうにか確保すれば敵側の増援は遮断できる。


「では、私もそろそろ動く時が来ましたね」

「ああ。どうやらヒルジャイアントの……息子達も前線に投入されたようだし頃合だ」


幸い今日も訓練に行くつもりだったので装備の手入れはしっかりしているし、

探索用の荷物は用意してからは切らした事が無い。


鎧を身に付け剣を腰に下げ、盾を背負い荷物袋をしっかりと腰に固定する。

そして気合を入れて立ち上がった。

しかし、


「まずはヒルジャイアントか……今度こそ、倒してみせる!」

「ん?すまんがそれは私がもう倒してあるぞ」


……心の奥底で何かがボキリと音を立てて折れる音がする。

ああ、何があろうと決して諦めまい。

だが、諦めるも何も挑戦する対象がなくなっては意味が無いではないか。


「あー……ガルガン殿。今日は休暇と言う事で」

「う、うむ。のうアオ……いやブルーよ。まさか言ってなかったのか?」

「小さな意趣返しと言う奴ですよガルガン殿……良く休んでから戦いに赴いてもらいたいですし」


……砕くべき壁の喪失に何か力が抜けてベッドに倒れこむ。

もっとも。その半日後には気を取り直してこんな事を言ってはいたが。


「いや……まだ敵は居る!故国も救えていない!こんな事でくじけている場合ではない!」

「立ち直りが早いのう」

「相変わらず真面目な奴だぜ。俺は……もう歳だしな。うん、暫くゆっくりしていくか」


何にせよ、この世界の人々にも魔王ラスボスの名が刻み込まれたのである。

私は勇者として奴等を倒さねばならない。


「魔王ラスボスがまた来たんですって奥様?」

「そうらしいですわ。恐ろしいですわね奥様!」

「本当に恐ろしいわぁ。特売品のお知らせを見逃すくらいに恐ろしいですわ!」

「そうですわねぇ。特に宅の息子は食べ盛りでしょ?食費が幾ら会っても足りませんの、オホホ」


しかし……、


「ま!食費って……配給品じゃ足りないの?レントの聖樹の果物でも?」

「ほほほ。うちはマナリア貴族階級出身ですの。化け物から採れた果物なんて恐ろしくて使えませんわ」

「おやめなさい。下々の者達には大いに役に立つでしょうし否定はしてはいけません事よ、オホホ!」

「え?……オーホホホホホ!た、確かにそうですわね!下々の……オホホホホホ、ホホ……下々……」


この街の人々は、どうしてこんなに楽観的なのだ?

恐ろしくないのだろうか?相手は魔王だというのに……。


それと、貴族が特売に並ぶ姿を私は想像も出来ないが、

あの方達は本当に貴族なのだろうか?

……まあ、気にするだけ間違っているのだろうがな。

続く



[16894] 13 戦友
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/05/26 22:45
隔離都市物語

13

戦友


≪勇者シーザー≫

来るべき時が来た。魔王ラスボスの軍勢が遂に地上に現れたのだ。

私が特訓に入ってからの一ヶ月、奴等は大きな動きを見せなかったが、

それは手をこまねいていた訳ではなく、守りの弱い所を探していたのだろう。


「奴等からこの世界と故郷を救うために私に出来る事はただ一つ。それは魔王ラスボスを倒す事だ!」


大分体に馴染んできた鎧を着け、中途リアル迷宮を下っていく。

何時ぞや殺されかけた罠の数々も、今や特に気負う事無く回避できるまでになっていた。

あの地獄のような特訓で私も成長しているのだと実感する。


「ブルー殿、守護隊の皆さん。不肖シーザー、ただ今より魔王ラスボスとの戦いに赴きます!」

「ああ。副長は別命で居ないが……今度は奴等に一矢報いる事が出来るだろう……頑張れよ、だとさ」

「「「気合入れていけよ、へっぽこ勇者!」」」


地下四階に駐屯する騎士団の方々に挨拶をし、魔王軍の闊歩するエリアに侵入していく。

……彼らは見事にこの地を守り抜いている。私もそろそろ結果を出さねばなるまい。

鋭い目つきでこの地を見張り、敵を見つけるや否や殲滅していく。

そんな彼らに敬意を表して敬礼をすると、向こうからも見事な返礼が返って来た。

お互いにふっと笑い合って彼らと別れ、私は奥に向かって進んでいく。


時折転がるワーウルフやワータイガーなどの屍を踏み越え、

更に奥へと進み続ける。

そして……幸い、敵に出会う事もなく次の区画まで辿り着く事が出来たのだ。


そこは一言で言えば砕けた城門だった。

そうとしか言いようのない地形が私の目に前に広がっている。

その先は雰囲気が違う。見た目も違う。

……そして、中から僅かに聞こえる喧騒が、これから先の道程を物語っていた。


「さて、ここからだな。しかし迷宮を構成する材質が変わっているが……別な区画なのか?」

「そうだゾ。ここからは"無銘迷宮"と呼ばれる区画なのだナ」


独り言に対して反応がかえってきたので後ろを振り向く。

するとそこには。


「元気そうだナ、シーザー。私も一緒に行かせて貰うゾ!」

「フリージア殿!」


「えーと。来ちゃいました」

「クレアさんも?」


「アルカナも居るんだお!」

「クレアさんが居る以上、当然アルカナ君も居るか……」


フリージア殿にクレアさん、そしてアルカナ君の三人が居た。

更に、その後ろから複数の人影が。


「竹雲斎殿に備殿達も!?」

「……わしもお供させてもらうぞい。奴等を野放しにしてはいずれわしの故郷も危険になるからの」

「「「「「某どもはまあ、黒子のような物だと思って頂ければ」」」」いいぜ」


……彼らはこの地に来てから出会い、そして助けられて来た人々だ。

幸運な出会いも不幸なものもある。

だが、これまでの私を支えてくれた大事な人たちだ。


「ほっほっほ。クレアを庇って戦っていた時、お主が来てくれなんだらわしも死んでおったしな」

「「「「某たちもです!」」」だぜ!」


「救われた恩を返す時が来ました……いいよねアルカナ?」

「オッケーだお!おねーやんはアルカナが守るお!」

「私も危ない所を助けられたのだナ。それに行き先は同じなのダ、一緒に行っても構わないよナ?」


彼らがそれぞれの武器をこちらに差し出し、重ね合わせた。(装備品扱いの備殿達を除く)

……私はそれに応え剣を抜くとその上に重ねる。


「わしはの、あんな魔王は好かんのじゃよ」

「今度は勝つゾ!弾薬も一杯持ってきたから安心なのだナ!」

「行きましょう。私の召喚魔法がお役に立てれば良いんだけど……」

「アルカナも頑張るお!負けないお!えいえいお!」

「ああ。行こう!魔王ラスボスを倒す為に!」


キン!と音を立て、(一部例外あり)

剣が、仕込み杖が、銃が、緑色の手斧が、そして何故か丸まった絨毯が組み合わされる。

そしてそれが一気に天を向き、一つの誓いとなったのである。

そう……ここに魔王討伐の一団が誕生したのだ!


「何だか本格的だお!勇者様ご一行が誕生したのら!」

「そうだナ。勇者に銃士に召喚士、そしてサムライに……アシガル?」

「「「「いえ、某達は竹雲斎様の装備品のような物ですから」」」な!」


「だお?じゃあアルカナは何だお?」

「え?えーと……斧持ってるから戦士かな?でも似合わないよね……」

「ふむ。誰かに聞いてみれば良いのではないかの?」

「ならばちょっと念話でお聞きするのダ……はい、なるほど……わかったゾ!」


突然耳に手を当てて見えない誰かと会話しだしたフリージア殿の素っ頓狂な声に皆が振り向く。

そして、彼女はアルカナ君の職業を高らかに言い放った。


「曰く、アルカナは"みそっかす"だそうだゾ!」

「だお!アルカナはみそっかす?アルカナはみそっかすだお!……みそっかすって、なんだお?」

「えっと、何て言うかね。うん。……アルカナ、抱っこしてあげようか?……あは、は……」

「ほっほっほ。まあそれも良かろう」


……みそっかす、か。

みそっかすとはどんな戦法で戦う者達に与えられる称号なのだろうか。

いや、あの国王陛下の娘なのだ。きっと凄まじい力を秘めているはず。

どんな戦いを見せてくれるかは判らないが、その時を楽しみにするとしようか。


「では先に進もう……私が先頭を行く。その後ろをクレアさんとフリージア殿を囲むようにしてくれ」

「承知したわい。ではわしはしんがりを勤めるかの」

「「「「周囲の警戒を行います!」」」」ぜ!」

「じゃあアルカナはお歌を歌うお!」

「判りました。では中央に空飛ぶ絨毯を広げますので荷物はそこに載せてくださいね」

「何時でも私のアサルトライフルが火を吹くゾ!大船に乗ったつもりで居るのだナ!」


こうして私達は私を先頭、竹雲斎殿を殿にして、

中央に円陣を組む形で進んでいく事となったのである。

5人+αと言う豪華な一団は今の私に考えられる最善に近い布陣だ。

時折現れるワーウルフくらいなら、近寄らせる事すらなく撃退できる事だろう。

……これだけの物を与えられたからには必ず魔王軍に一矢報いる。

私はそう内心で誓うのであった……。


……。



≪同時刻 アラヘン旧王都にて≫

勇者が迷宮に潜っている間も時は万人に対し平等に流れている。

そして世界で紡がれる物語は一つだけではない。

ましてやそれが異世界なら尚の事。


勇者シーザーの一行が結成されていたまさにその頃、

かつてアラヘンと呼ばれていた王都を臨む丘の上に、数名の人間らしき影が現れていた。


「これがアラヘンで間違いありませんね、アオ?」

「はっ。殿下……間違いありません。これがアラヘンです……」

「ラスボスが治めるようになって治安も悪化して衛生状態も悪くなったっぽいでありますね」

「アリス。おさめてない、です。ただただ、うばってる、だけです」


「話になりませんね。僕には政治のせの字も理解出来て居ないように見えます」

「そもそも、りかいするき、ないです」

「基本的に脳筋魔王でありますからね……」


先頭に立つのは一人の貴公子。

名はグスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ。

前作主人公カルマの息子にして文字通り"最強の一角"グスタフ王子である。

指先で星すら余裕で割りうる彼は最大の防御力を誇るシェルタースラッグの殻を加工した兜を被り、

色々な意味で究極の魔剣"炎の剣ふれいむタソ"を腰に下げている。


「殿下……焦土戦術と言う物がありますが、魔王ラスボスはそれをそのまま戦略にしているのです」


その後ろに続くはリオンズフレアの御曹司にして守護隊副長。

ブルー・TASことアオ・リオンズフレア。(因みに正式名はもう少し長い)

当代では最強を誇る無駄に謎多き騎士である。

今回は道案内などを務める為にグスタフに同行していた。


「いや、アオ。あれには、せんじゅつとか、ないです」

「目に付いた物を奪い尽くしてるだけでありますよ」

「最低ではないですか姉上。それを有効に利用できるなら話は別ですが」

「……いえ。民から根こそぎ奪う時点で最低なのですが、王子殿下……」


「そうでありますね。でもまあ、どっちでも同じでありますよ」

「どうせ、あたしらが、なかから、ぼろぼろにする、ですから」


そして、毎度おなじみ最強種族クイーンアントよりロード・アリシアとアリスが多分一匹づつ。

要するに働き蟻と兵隊蟻の親玉である。

人類に有益でなければ間違いなく消されていたであろう凶悪クリーチャーではあるが、

それを理解した上で人に味方しているから始末に終えない。

何せ居なくなったら首を吊る羽目に陥る人間が百万単位で居る上に現在も増加し続けているのだ。

可愛い顔して相変わらず腹黒い蟻ん娘達である。


ともかく彼ら二人と二匹?がこの地に……いや、まだ居る。

彼らの背後に何か巨大なものが。


『……で、どうするのだ兄よ。我が身は何時、何をすればいいのだ?』

「ファイツー。僕達はこれから抵抗勢力に接触するのでその際に陽動をお願いします」


かつての結界山脈の火竜と同じ大きさにまで育った、生まれ変わりし火竜ファイツーである。

カルマの腹の中で卵からかえったと言う経緯があるため家族同然に育てられ、

その後理性が芽生えた後も居心地が良かったのか常に彼らと共にあった。


先代とは姿が違い、大空を飛ぶに相応しい大きな翼と先代以上に強靭な筋肉質の体を有している。

もしかしたら、ファイブレス自身が理想としていた姿に生まれ変わったのかも知れない。

かつてのような愛らしい小さな姿は失ったが、それ以上のものを彼は得たのである。

以前のような小動物アイドル的な立場は、


「ぎゃう?」「みゅー」「はぐはぐはぐ」「ぎゃ!」
「むしゃむしゃむしゃ」「……げぷ」「ふぁー」

『お前らそろそろ食い終われ……何時まで食ってるつもりだ?』


その更に後ろで巨大なラム肉を貪る子竜達に任せる事になる。

カルマは失った心臓の代用として竜の心臓を必要とするが、

それは竜の心臓=核=卵を活性化させる事となり、定期的に子竜が生まれてくる事となった。

そのお陰で結構な数のチビ竜が城の中をうろつく事となったのである。


「今回はこの子達のお散歩も兼ねています。僕は接触先の代表と話があるので……アオ?」

「はっ、お任せを。私が引率させていただきます。ご安心を、奴等の虜囚になどさせはしません」

『ふっ。実戦を遊び場に使うとはあの父め。あいも変わらずイカれているな……母よりはマシだが』


と言う訳で今回は悪戯盛りな数頭を連れて来た訳だ。

今はお腹いっぱいなためか、上機嫌でころころと転がっている程度だが、

むずがるとブレスは吐くわ鉄板を裂くわ石壁に穴を空けるわで大変なのだ。

そんな訳で思い切り遊ばせそのまま寝かしつけようと言う作戦の為、ここに連れて来ているのである。


「敵さんには可哀想ですがこの子達の玩具になってもらいます。では前進!」

「はい、せいれつ、です」

「街までは並んで歩くでありますよ?」

「みゅ?」「ぎゃ!」「……zzz」「ふぎゃー」
「くぎゅー」「がう」「くぁぁ……」


敵を徹底的に舐めているような気もしないでもないが、

正直舐めても仕方ない面子なのだ。何せ殺されるどころか怪我すらしそうも無い面子だし。

……余談だが、強化魔法を使わないアオでだいたいラスボスと同等である。

そしてファイツーはアオが全ての力を出し尽くしてもまず勝てないし、

そのファイツーが束になってもグスタフには勝てない。


勝率ゼロに何をかけても確率はゼロのままなのだ。


「まあ、いざとなったらラスボスなんてさっくりと殺せますから気楽に行きましょう」

「いえ、あの……お願いですからシーザーに倒させて下さい、殿下」

『明らかに格下の相手に殺させるのが復讐か……何か腑に落ちないが、まあいいだろう』


と言う訳で、争点は誰がどのように倒すか。

そして、いかにしてスーの仇を討つか、その2点なのである。


『しかし、奴が犠牲になるとはな……未だに母の嘆く姿が忘れられぬわ』

『……だけど、それで……へいたいさんたち、おごり、きえた、です』

『きっと、必要な犠牲でありました。あたし等が容認できるなかでは最大の犠牲でありましたしね』


……ただし、その死は避け得たものである。

それでも必要だったので見過ごしたのが蟻ん娘達なので、本来彼女達には敵討ちの権利など無い。


『でも、それはそれ、これはこれ。です』

『ねえちゃを泣かせた罪は重いでありますよ?はーちゃんも顔真っ青だったでありますしね』

『意外と人望があったでありますよね。切り捨て得るリストに入れないほうが良かったでありますか?』

『ねえちゃにとって、にいちゃをねらう、わるものだった、はずですが』

『……それでも。それに血の繋がりがなくても、やっぱり姉妹だったって事でありますかね』

『最後はにいちゃを諦めてくれたでありますからね……そうでなくても泣いた気もするでありますが』

『にんげんの、こころ。むずかしい、です』

『あたし等に判るのはねえちゃもにいちゃも悲しんだって事だけであります』

『だから、せめて、かたきうつです……それが、あたしらにできる、ゆいいつのつぐない、です』

『もちろん、にいちゃたちにたいしての、つぐない、ですが』

『……すごく身勝手だとは思うでありますがね』


でもそんなの関係ねえ。とでも言った所か。

人間達には聞かせられない内容のため古代語でヒソヒソ話をしながら蟻ん娘達は皆の後ろを付いて行く。

因みに同時に死んだイムセティはミーラ化の下準備のお陰で普通に今でも会話が成り立つので、

父親と姉弟以外は誰もその死を悼んでいなかったり。


「さて、では皆の者……作戦開始です!陽動班は正面より突撃!残りは僕に続いてください!」

「はっ!」

「いく、です」

「ファイツー?後は任せるであります!」


「「「じゃ、あたしら、さがるです」」」

「「「後はよろしくであります!」」」


グスタフの号令とともにその場に居た全員が動き出す。

余分な蟻ん娘が地に潜り、街に潜入する者達が走り出す。


『承知した!我が身に全て任せよ。同胞達よ!続けッ!』

「みゅ?」「はぐはぐ……ぐぁ?」「ぎゃ!」「zzz……ぎゅっ!?」
「ぎゃおーーーーん」「きゅう♪きゅう♪きゅー♪」「しぎゃー」


子竜は取っ組み合ったり残り物を口に放り込んだりしている。


『いいから続け……飯は終わりだ……いいから続いてくれ!?頼むから!』

「「「「「「「ぎゃ、ぎゃおおおおん!」」」」」」」


更にその動きを覆い隠すかのように、巨体の赤き竜が立ち上がり雄叫びを上げた!

走り出す赤い津波。

それにバスケットボールサイズから手乗りサイズまでの色とりどりな子竜達も続く。


「な、何だあれ?」

「ガルルルルルル!(何をして居やがる人間ども!)」


それは疾風だった。

それは悪夢だった。

そしてそれは……災厄そのものだった。

それは……当初、米粒ほどの何かにしか見えなかった。


「……なんか来たぁぁぁぁああああああっ!?」

「きゃいいいいいいいいん!?」


だがそれは見る間に巨大化する。

……それが何なのか門番達が理解したその時は既に遅く、

凄まじい衝撃とともに、アラヘンの城門は、爆ぜたのだった……。


……。


≪勇者シーザー 無銘迷宮第一階層≫

無銘迷宮。それは名を付けられる暇すら無かった新設された階層だという。

それまでは壁などに人工的なものが見受けられたがこの区画に限っては完全に自然洞窟。

唯一道らしきところが整備されているのみだ。


「だおだおだー♪アルカナだー♪デデンデデンデンデン、だおっ♪」


カンテラの明かりで周囲を照らしながら先に進む。

先頭を行く私がしっかりせねば、後方の彼女達に危険が及ぶ。

それだけは避けねばならなかった。


「暗いですね……こんな整備されていない迷宮は初めて」

「それはそうだろうナ。ここはあえて整備されなかった区画らしいからナ」

「なんでかのう?あの童達がそんな所を放置しておくとは思えんがの?」

「てゅらてゅらチャチャチャー♪今日ーも、行・く・おー♪」


あの時は嬉しくて思わず受け入れてしまったがここは戦場。

クレアさん達はこの地の王族だし万一怪我でもされたら大変だ。

竹雲斎殿が時折クナイと言う刃物で迷宮の壁に目印を付けてくれているが、

最悪の場合それが私達の墓代わりになりかねないのだ。


だが……今更追い返すのも勝手すぎる。

全ては己のまいた種。受け入れて先に進む他ないだろう。


「む……シーザー。この奥の暗がりに何か居るゾ?多分ワーウルフだナ」

「そうか。とうとう、か」

「だおらおらー♪アルカナらー♪デデンデデンデンデン♪だふぉっ!?」

「しっ。静かに」

「「「「どうするのですか?」」」んだよ?」


そうこうしているうちに、遂に魔王軍の縄張りに入ってしまったようだった。

僅かに下に向かって傾斜する自然洞窟。

それを塞ぐかのように積み上げられたバリケードを見つけたのだ。

周囲は広く、洞窟内とは思えないほど天井も高いが、それを丸ごと封鎖している。

更に……小高い丘のようになったそれの上には見張りらしいワーウルフが一匹立っていた。

登れない事も無い傾斜の防壁だが、上ろうとした時点で見張りに見つかるのは間違いない。


ともかく、気付かれない程度で出来るだけ近づいてみる事にした。

私達は気付かれないように洞窟の左右の壁に沿うようにゆっくりと降りていく……。


「……わふぅ」


幸運な事に見張りはだらけきっている様だった。

まともにこちらを見ても居ないし、非常に注意力も散漫だ。

まあ、ここまで敵が来る事など無いと踏んでいたのだろう、それも当然か。


「小石や洞窟を砕いた岩で防壁を築いてたのだナ……まあ、登れない事も無いゾ」

「馬鹿を言うでないわ。わしの背丈の三倍はある。登っているうちに上から串刺しじゃ」

「はいはい、だお!おとーやんならこのまま洞窟崩して全部一網打尽にすると思うお!」

「それが出来るのはお父さんか姉さん兄さん位じゃない……あ、ルン母さんならもしかしたら……」

「……少なくとも今の私達には不可能だな。ならばどうする?」


周囲を見渡してみる……とフリージア殿の武器が目に入った。

そうだ。銃は弓より遠距離から一方的に攻撃できるではないか!


「フリージア殿。この位置から敵を討てるか?」

「出来るゾ!よし、ここは私のスナイパーライフルの出番なのだナ!」

「駄目だよフリージア。その銃、音が大きすぎる」

「そうだの。音でばれてしまっては敵の第二陣を呼ぶだけじゃ」

「……ならばどうすれば……」


残念ながら弓は持って来ていない。

投げナイフなら幾つかあるが、その飛距離では一撃で倒せるか不安が残る。

さて、どうしたものか?


「なあ、皆。私は考えたのだがナ……別に隠れなくてもいいではないカ?」

「え?」


「こうして、と……ぶっ放すのだナ!」

「あっ!?」

「フリージア、待って……!」


どうするか考えていると、業を煮やしたのかフリージア殿が通路の真ん中に歩み出る。

見つかるからやめるんだ、と言う暇もあればこそ。

彼女は一際大きい銃を構えると……爆音を轟かせながら撃ち始めた!


「ミニガンなのだナーーーーーっ!」

「派手だお!それに重そうだお!」

「そう言う問題じゃないでしょアルカナ!?見つかっちゃうよ!」

「もう、おそい、のう……」

「次々に後続がやってくるぞ!?……こ、これは!?」


確かに敵はやって来る。

これだけの音と敵が倒れる時の悲鳴。気づかない方がどうかしている。

だが……それだけだ。

確かに敵は来るが、姿を見せた瞬間に蜂の巣のようになって死んで行く。


「全部倒せば無問題なのだナ!ぶっ放すんだナーーーーっ!」

「はい。おかわりの弾だお」

「……そ、そっか……それも一つの選択肢、なのかな……?」

「何か、敵が防壁の後ろで怯えているような」

「そりゃそうじゃ。顔を出したらその場で死ぬからの。しかしこれではこちらも先に進めんぞ?」


そうだ。敵に警戒されては結局先に進めない。

だがもう見つかってしまった。

ここまで派手にやってしまった以上隠密で事を運ぶのは諦めた方が良いだろう。

もう、こうなれば正面から行く他無いのか!?


「はっ。甘いのだナ……アルカナ、私の荷物からロケラン持ってくるのだゾ」

「既にここにあるお!派手に行くお!アルカナも手榴弾投げるんだお!」

「ろけ、らん?」

「!?し、シーザーさん、巻き込まれちゃ大変だから物陰に逃げましょう!」


慌てたクレアさんに手を引かれるまま壁際の少し引っ込んだ場所に身を隠す。

……次の瞬間アルカナ君の投げた何かとフリージア殿の武器が火を吐き、爆発した。

実際は物陰に居たせいで爆音と自分達の横を転がる残骸を見ただけだが、

素人の私から見ても恐ろしい何かが起こったのは間違いない。


「終わったゾ?」

「防壁ごと吹き飛んだお!」

「……す、凄まじい威力だ……」

「あれだけの火力をこの狭い中に詰め込んだのじゃ。そりゃあこうもなるわい」


顔を出すと、防壁は消えていた。

ただ残骸が壁や床に張り付いて残るのみだ。

……敵の体すら残骸と化している現状を見ると、

その武器の恐ろしさが良く判る。


「私の出番は無さそうだな……」

「そうでも無いゾ。私の防御は人並みだからナ」

「いざと言う時はアルカナも守るけど、アルカナはハー姉やん以外じゃ盾にしかならないんだお!」


敵側にも僅かばかりの生き残りが居るが、ガタガタと震えて通路の隅で縮こまっていた。

私の故郷を蹂躙した凶悪な魔物たちが何故かその時、かつて惨殺したコボルト達と重なる。

……こうなってしまうと、哀れさすら感じてしまい討てたものではない。


「流石に、私とてこうなってしまった者達までは討てない……」

「じゃあ、せめて縛り上げておくのダ。後方の安全確保は急務だゾ?」

「そうじゃの。無益な殺生はしないに越した事は無い……皆の者、頼むぞい」

「「「「委細承知」」」だぜ!」

「……あれ?コタツの声がするお?」


幸い備殿達が怯えるワーウルフたちを縛り上げ一箇所に纏めてくれた。

そして、連絡役の数名を後方に戻し、

私たち自身は捕まえた獣人達の見張りと、前線の拠点の確保を行う。

防壁の残骸を利用して備殿達が簡易的な柵を作り上げる。

その間に私は少しだけ先を偵察すると言ったところだ。


「おーい、シーザーよ。軍の連中と連絡が取れたぞい」

「でかいワンコたちの引き取り手が来たんだお!」


暫く周囲を警戒していると後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

どうやら軍の部隊が到着してくれたらしい。

今も捕虜にした魔物達を後方に連れて行く手続きをしているようだ。

……どうもこの辺りの魔物達は、あの騒ぎに巻き込まれてやられるか逃げるかしたらしく、

迷宮の先はしんと静まりかえっている。


彼らを引き渡したらまた先に進む事になるのだ。

その際敵に出会わない事に越した事は無いのだが、

私は同時にその静けさが何か恐ろしい事の前触れのような気がしていた……。


……。


担当の部隊の方々に挨拶と礼をすると、私達は再び奥に向かって前進を続けた。

……静かだ。

時折原生生物らしき生き物からの襲撃はあるが、

魔王ラスボスの手先と思われる者達からの攻撃はぴたりと止んでいる。


「だおだおだおだお♪静かだお~♪」

「……本当に静かだのう」

「さっきの攻撃で敵が全滅したとでも言うのカ?」

「まさか。そもそも指揮官が出て来ていないのだし……」


そうこうしている内に下り坂は終わり一気に視界が開けた。

大空洞だ。

中途リアル迷宮を含めこの洞窟では珍しくも無い地形だが、

私はそこに妙な予感を感じている。


「……罠、かも知れないな」

「そうじゃの」

「だお。どう見ても罠だお」

「なんでダ?」

「ねえフリージア。この地形、不意打ちや待ち伏せにぴったりだと思わない?」


広まった地形だけなら兎も角、その床は上下にうねり天然の遮蔽物と化している。

いや、もしかしたら人の手が加えられた地形なのかもしれない。

そして、隠し切れない気配がその広間の中から漂っていた。

……出入り口は一つ。迂回路は無し。

これは敵が潜んでいない訳が無い。


「良く来たのう婆さん」

「誰が婆さんだお?」


いや、敵は姿を隠す気すら無い様だ。

鉄兜を被った魔道師風の老人が、数体のワータイガーを周囲に従え広間の奥に立っている。

更にその周りをワーウルフが固める。

典型的な魔王軍の戦法だ。

これでは広間の凹凸にも大量の敵が潜んでいるに違いない。

だが、ワーウルフが相手なら数が居ても勝機はある……私はそう考えて居たのだ。

勿論、そんな皮算用は甘い以外に言いようの無い愚かな計算に過ぎなかったが。


「行くのだ婆さん!」

「う、臭い……ゾンビ!?そんな、防腐処理もされていないなんて!」

「しかも子供や老人の死体ばかりだゾ。文字通り腐った連中なのだナ」


老人のおかしな号令と共に広間の死角から現れた幾つもの影。

それは文字通り腐るがまま放置されていたであろう腐乱死体……ゾンビだった。

彼らが近づいてくるにつれて、その腐敗臭が鼻をつく。

動きは鈍い。だがその見た目、匂い。

その全てがこちらの戦意を挫いて行くかのようだ。


「……だが、私の心を折るにはまるで足りぬ!」

「おお!容赦なく切り裂いたのだゾ!私も負けていられんナ。火炎放射器で焼き払うのダ!」


私は躊躇無く先陣を切る。

そしてゾンビの頭部を切り飛ばすと首から下がその動きを止めた。

幸か不幸かあまり出来の良いゾンビではなかったらしい。

転がった頭だけがまだ動こうともがいているが、それも踏み潰しておく。

すると動きが止まった。どうやら脳を失うと活動停止するタイプのようだ。

だったらやりようは幾らでもある。


最早、救いようの無い人々だ。

アラヘンの無辜の民か、それとも別世界の方々か。

どちらにせよもうこうなっては終わらせてあげる他に救う術は無い。


「私に出来るのは……せめて彼らの魂の冥福を祈る事だけだ!」

「おねーやんの所には行かせないお!あ、かじっちゃ駄目だお!痛いお!」

『来たれ……来たれ……白き魔獣よ来たれ!召喚・始祖コケトリス!』

「コケー!」「コッコッコ!」

「おお、ハイラルにコホリンなのだナ!伝説の始祖コケトリスなのだゾ!」


私が敵の突進を防いでいると後方から巨馬の如き白い怪鳥が飛び出し、

ゾンビの頭部を次々とその爪で引き裂いていく。

クレアさんの召喚魔法だ!

コケトリスの成体が二羽呼び出され、クレアさんの願いの通りに敵を殲滅していく。

そして、暫く暴れるとふっと消え去っていった。


「……これは!?」

「帰ったお」

「あの子達も仕事があるから、時間が来れば勝手に送還されるように設定されてるんです」

「正式な契約に基づく召喚魔法だからの。アフターケアとやらも完璧と言う事じゃ」

「武器なんかだと呼びっぱなしでも良いんだゾ……だが相手が生き物だからナ」


成る程。私のような例はかなり特殊な事情にあたるようだ。

無論それで救われたのだから文句など言いようも無いが。

ともかく心強い。

久々に本当の意味で安心して背中を任せられる戦友の存在を感じ思わず涙ぐみたくなる。


『来たれ、炎よ!』

「燃えたゾ。と言うか、相変わらず召喚ばかり使うのだナ……回りくどいゾ?」

「いい匂いだお。焼けたパンの匂いだお。お腹空いたお……」

「わざわざパンの窯から炎を召喚かよ……」

「「「「こらコテツよ。お前も備大将としてここに居るのだからもう少し我は押さえるように」」」」


続いてクレアさん何処か香ばしい匂いの炎を召喚してきた。

突如天井から降り注いできたその炎は狙い違わずゾンビ達を焼いていく。

こうしてただの炎すらわざわざ召喚する所を見ると、

クレアさんはどうやら召喚魔法に並々ならぬこだわりがあるらしい。

だが、私はとってそれは何の問題にもならない。

今一度言うが背中を預けられる存在のなんと心強い事か!


「死してなお体を弄ばれる者達よ……今ここに解放の鐘の音を打ち鳴らさん!」

「おっと、ハリケーンストームソードなのだナ!」

「何時の間にレオの技を盗んだんだお?」


一気に敵陣に踏み込み、回転斬りで周囲の敵を一掃する。

更に回転を逆周りにしてもう一撃。

特訓中に幾度か見たブルー殿の回転斬りは我が家に伝わるものに似ていたが完成度が桁違いだった。

その技としての差を埋めるべく私も頭を捻り、自らの技を返す刃でのニ連撃に改良したのだ。


死を恐れないゾンビの強さも、

頭さえ何とかできれば倒せると言う安易さもあり、それ程の脅威ではなくなっていた。

これならいける、そんな思惑が頭を支配し始める。


……だからこそ、私は既に敵の策に落ちて居たのだろう。

この地での油断は即ち敗北の序曲でしかない。それは痛いほど理解していた筈だと言うのに。


「今じゃ!行け婆さん!」

「ガハハ。黙れよ爺さん!俺は婆さんじゃないぜ!?」

「うおっ!?後ろに回りこまれておったか!」


故に敵の策は成り、私達は気付かぬ内に回避不可能な状況下に陥っていた。

敵の別働隊により退路を絶たれた上、挟み撃ちの憂き目にあっている事に気付いたのは、

私自身の剣がもう少しで老人に届くと思った時の事であったのだ……。


……。


「ガハハハハハ!ワーベア登場だぜ?悪いが仲間の為だ。消えてもらうぜ!」

「抜かせっ!仕込み杖の錆にしてやるわっ!」

「え!?う、後ろを取られたの!?ど、どうしよう……」


「「「「「ガルルルルルルルウッ!」」」」」

「「「「なんと言う事だ、某には荷が重い相手……」」」だろうな。俺は別だが」


ワーベア率いる部隊を竹雲斎殿と備殿達が必死に抑える。

だが、回り込んできた敵の数だけでもこちらの数倍。

更に囲まれていると言う不安感からだろうか、クレアさんからの援護まで散発的になる始末。

そもそも、備殿達ではワーウルフですら勝つ事が出来ず時間稼ぎしか出来ないでいる。

このままでは後方から陣形が崩れてしまうだろう。

敵将まであとわずかだがここで戦いは終わりではないし、この場所は広すぎた。

後方の皆はまだ通路に居る。

閉所に篭れば前後だけ考えれば済むと判断し、一度後方に下がり皆と合流した。


「婆さんを探さんとならんのだ。悪いが打ち倒させてもらうぞい婆さん!」

「アルカナはおばーやんじゃないお!?」

「いや、相手はまともな精神状態ではないのだろう。気にするなアルカナ君」


しかし、一塊になった所で敵は圧倒的多数。このままではいずれ押し切られる。

この窮地を乗り越えるには……。


「うおおおおおおおおっ!」

「おおっ、シーザーが吼えたゾ!?」


私自身が突破口と希望を示さねばなるまい!

何故なら私は……勇者なのだから!


「フリージア殿!暫しこちらは私が抑える。後ろの敵をまずは何とかしてくれ!」

「わ、判ったゾ。だが、大丈夫なのカ?」


心配そうなフリージア殿に力強く頷くと、私は剣を鞘に戻し盾を両腕で構えた。


「ここから先は持久戦だ!私の鉄壁の構え……そう容易くは破らせんぞ!」

「婆さん!婆さんではないか!なあ婆さん、婆さんは何処におるか知らんかのう!?」


これは既に敵を討つための戦い方ではない。

ブルー殿達に鍛えられていた時、

重い猛攻にひたすら耐え、何時か来るであろう反撃の時を待つために覚えた構えだ。

両手で盾を構え、自らは敵の矢面に立つ。


「……ここは、通さん!」


群がるゾンビ達を盾で押し出し、突き倒す。

どちらにせよ相手は多数。

どんなに倒そうとも剣では殲滅には届かない。

ならば今はただひたすら耐えよう。


……大丈夫だ。

今の私は、一人では無い!


「シーザーが一人で頑張っているゾ!私達も頑張るのだナ!」

『来たれ……我が兄弟達!』

「ぎゃおー」「みゃみゃみゃおー」「きゅ?」「がうっ!」

「おうちに居たドラのにーやんねーやん、一杯来たお!」

「……相変わらずお前らの家族はどうなって……」

「「「いいから刀を振れコテツ!某たちは死にそうだ!後自己主張禁止!」」」

「と言うかコテツよ……お前、一体どういう心境の変化なんじゃ?……むっ。無刀取りじゃっ!」


後ろを固める仲間達が居るのだ!


「くそっ!敵の戦力が一気に底上げされたか!おい爺さん!そっちは一人だろ!何とかしてくれ!」


「この婆さんは強いぞい!流石は婆さんじゃ!」

「それしか言う事が無いのか貴様はっ!」


フリージア殿が加わった事で一気に後方の戦況は良くなったようだ。

敵の悲鳴と味方の雄叫び、その比率が逆転し、

フリージア殿の武器が唸りを上げるたび敵の声が消えていく。


「はは、ガハハハハ!おい、まさか挟み撃ちしておいて正面から打ち破られるのかよ!?」

「婆さん!もう少し持たせてくれい……婆さんとて一人では限界があるはずじゃ!」

「……私は、一人では、無いっ!」


盾にかかる敵の体重が増していく。

味方に当たる事も押しつぶす事も構わずに、ゾンビたちは文字通り死兵となって押し寄せる。

私はそれを二本の腕だけで押さえ込まねばならなかった。

だが、恐れはしない。

恐れる必要など無いのだ!


「くそっ!兵士どもが限界だっ!コイツ等を無駄死にはさせねえ!悪いが下がるぜっ!?」

「ば、婆さん何処へ行くんじゃ!?」


「後ろの五月蝿い奴らは黙らせたのだナ!」

「全身歯形だらけで痛いお……」

「シーザーさん、今行きます!」


「わ、わしも歳じゃのう……ふぅふぅ、わしらはここで後ろを押さえとるからな!」

「「「「ここはお任せを」」」……それしか出来ねえし」


そう、均衡は破れた。

後方に走り去る足音が響く。敵の別働隊を撤退に追い込んだのだ!

後ろからかかる声と共に、轟音と鉛の飛礫が私を追い越して敵陣に降りかかる。

召喚されたらしい人間大の幼竜がその牙を剥く!


ゾンビたちが吹き飛んでいき、指揮官までの道が開けた。

私はそれを勝機と捉え、盾から片手を離すとそのまま走り出す。

目指す敵はもう目の前だ。

長剣を抜く余裕も無く、盾の裏から予備兵装の短剣を抜き、斬りかかる!

魔道師の突き出した、何処か見覚えのある杖と私が抜き放った短剣が交差する!


「ぐおっ!?やるもんじゃの!流石は婆さん。わしと共に魔王様と戦っただけはある!」

「わしと"共に"!?」


はっとして敵指揮官の姿をよく見る。

そうだ、杖だけではない。

薄汚れてしまってはいるが、そのローブも、その口元も見覚えのあるものだ。

ただ唯一、無骨な鉄兜だけが彼の印象を失わせてしまっていた。

……もしや……。


「まさか老師!?老師なのか!?生きていたのか!?」

「おう、そうじゃよ?婆さんはどこかのう?」


一度可能性を考えてしまえば最早見間違える筈はない。

かつて私と共に魔王に挑み、道半ばで倒された宮廷魔術師の老師だ!

……無事だったのか!


「しかし、何故魔王の手下に!?」

「わしが?魔王の手下?婆さん飯はまだかのう?」


駄目だ。正気ではない!

しかしどうやったら老師の人格をここまで破壊できるのか。

かつての老師は魔王軍の侵攻で死んだ奥様を大事にしていたが、

その死を認められないような弱い人ではなかったが……。


「それにしても、強くなったのう、婆さん」

「私は奥様ではないのだが……まさか、洗脳!?」


あり得る。

相手は魔王ラスボス、どんな手を使ってくるか知れたものではない。

しかし……まさかかつての仲間を差し向けてくるとは!


「しかし、どうやって元の老師に戻したらいいのだ……」

「どうかしたのカ、シーザー?」

「あの魔法使いなのに重そうな兜を被ったお爺さんと知り合いなのですか、シーザーさん?」


……いや、別に老師は変わり者と言う訳ではないんだクレアさん。

私と旅をした時の老師は別に兜など……そうか!


「フリージア殿!クレアさん!援護をお願いします!私は……あの兜を破壊します!」

「ん?まあいいがナ」

「そっか。あれが問題の元凶なんですね?わかりました、手伝います!」

「アルカナは応援するお!」


彼女達に一言告げると私は剣を振り回しながら敵陣奥深くへ切り込んでいく。

私はせかされるように短剣を盾の裏に戻し、腰から長剣を引き抜きながら走った。


随分と数を減らしたゾンビたちはそれでも執拗に私を押さえ込もうとするが、

フリージア殿達の援護のお陰もあり、その数をみるみるうちに減らしていく。

……そして。私は辿り着いたのだ。かつての戦友の元へ。


「受けよ……この一撃をぉっ!」

「ぐはっ!」


出来る限り怪我をさせないように浅く振りぬいたその一閃。

……狙い違わず兜のみを断ち切った私の剣は、それが故に私に容赦の無い絶望を運んできた。

そう。判りきっていた筈だ。

あの傷で助かる筈も無い事は。


判っていたではないか。

この結末は。


……だが、


「顔が、無い、ゾ?」

「嫌ぁ……何なのこれ……酷いよ……」

「婆さん、そう言えばわしの顔も何処に行ったか知らんかのう?」


これは、無いだろう。


幾らなんでもこれは無い。

予想外だ。

……鼻から上が無いなんて!


「ガハハ!……顔無しゾンビの爺さん!生きてるか!?ってもう死んでるんだけどな!」

「おお婆さん。大回りして戻ってきたのか」


呆然とした私の隙を捉え、茶色い巨体が私と老師の間に割り込んできた。

……ワーベアだ。

どうやら回り込んでこちらに合流したらしい。


「いいから下がれ!四天王の爺さんが居なくちゃ、ここの俺達は回らねえんだ!」

「仕方ないのう。もう少しで婆さんが見つかりそうな気がしたんじゃが」

「ま、待て!待ってくれ老師!」


一瞬、と呼ぶには少々長すぎる硬直を突かれ、私の腕が届く場所から老師が下がっていく。

顔の無い老師が歩いて行く。

……覚悟はしていたはずだ。かつての仲間達が生きていない事など。

だが、ここまで酷い再会を想定できる人間など居るのだろうか!?

これは無い。あってはいけない……。


魔王ラスボス……奴の魂は何処まで腐っているのだ!?

しかし激昂と共に思わず駆け出した私の前に茶色い巨体が立ち塞がる。


「ガハハハハハ!おっと、ここから先はこのワーベアが通さないぜ」

「落ち着いてシーザーさん!シーザーさんが追いかけたって、あのお爺さんは帰ってこないんですよ?」

「そうだゾ!どうするにしてもまずはコイツから片付けるべきなのだナ!」

「……ゾンビになっちゃったら、蘇生してもゾンビとしてだお……あのおじーやんはもう駄目だお」


そうだ、私は何を混乱している?

老師を追っても最早助ける術すらないではないか。

それなのに今の仲間を置いてかつての仲間を追いかけたところで……仲間を……!

くっ……何故だ?私は何処で間違ったのだ!?


「くっ!……し、勝負だ!」

「ガハハ……なあ。酷い顔だぜ勇者様よぉ……?」


半ば狼狽しながら叫ぶ私にワーベアがその巨体をもって応じる。

正直ありがたい。


敵との戦いならばどんな痛みも耐えてみせよう。

体の痛みなら歯を食いしばって我慢もしよう。

だが、かつての味方を救う術も無い……この無力な現状は辛すぎる!


しかし戦っている間ならば悩みを忘れる事が出来る。

例えそれが、一時の現実逃避であろうとも、だ。


「じゃあ一騎討ちなんてどうだ?……さあ、始めようぜ」

「……望む所だ」


私達の進路を塞ぐように立ちはだかるは、まさに茶色い防壁。

だがその時、私はワーベアの視線が後方を向いたのを悟った。

その視線の先では生き残ったワーウルフが老師だったものに肩を貸して逃げている。


……そう言う事か。

私はそれを見てこの男の狙いを察し、そして好感を覚えた。

彼は仲間を逃がそうとしているのだ。

こちらの人数は多いし、フリージア殿の攻撃力も知っているだろう。

その目は明らかに自分に勝ち目は無いと踏んでいた。


だが、それでも譲れない一線はあったのだ。例え魔物だとしても。

その姿に、私は何故か故郷で散った木こりの事を思い出す。

戦術的にはここで敵を逃がすのは色々と良く無い事は承知している。


「では、正々堂々一騎打ちと行こうか」

「ガハハ!そう言ってくれると嬉しいぜ!」


しかし、だ。

私の心は命を賭して立ち塞がるこの武人を放り出し、

戦意無き者を斬りに行く事を否としていた。


「なあアルカナ、敵が逃げてくゾ?」

「だお。シーザーが見事に騙されてるお」

「いいんじゃないかな二人とも。シーザーさんが納得してるならそれで」


そうかも知れない。

だが、それも良いのではないだろうか?

……第一、私自身とて老師をどうしたら良いのかまだ結論が出ていないのだ。

丁度良いといえば丁度良い。


立て続けの衝撃に私の心は乱れていた。

……頭の冷静が部分が叫んでいる。

冷静になれと。冷静にならねば更に多くを失う、と。

だが。少なくとも今の私にそこまで考える余裕などなかったのである。


剣と斧が交差し甲高い音を鳴らす。

しかし、そういえば……その斧も、どこかで見た事があるような気が……。

続く



[16894] 14 形見
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/05/26 23:01
隔離都市物語

14

形見


≪勇者シーザー≫

視界の先に敵と、かつて仲間だったものが消えていく。

暗い迷宮のそのまた奥に。

……そして、眼前には巨体の大熊。


「ガハハ、悪いな。こっちの都合に付き合ってもらっちまってよ」

「礼は要らん。礼を言われるほど善良な理由でこの一騎打ちを受けた訳ではないのだ……」


仲間を逃がすための決死行。

回り込んで一度戦闘をした後、再度回りこんでここに立ち塞がったワーベアの体力は消耗している。

それでもなおここに居ると言うのなら、既に覚悟は出来ている筈。


……老師の事は問題だが今は置いておこう。

一騎討ちの際に別な事を考えているのも礼を失した行いだ。

そう考え、無理やり頭を切り替える。


「アラヘンのシーザー、参る!」

「ワーベア族のハリーだ!さあ、派手に行こうぜ勇者!?」


お互いに武器を抜き軽く距離を取る。

私は盾を前面に押し出し、ワーベアは斧を振りかぶった。

そして一瞬の静寂。


我等がお互い目掛けて走り出したのはまさに同時。

……何故だろう。

私はこの光景をどこかで見た事があるような気がしていた。

いや、見た事など無い筈だ。

強いて言うなら正面ではなく背中側からなら……。


……。


≪RPG風戦闘モード 勇者シーザーVSワーベア"ハリー"≫

勇者シーザー
生命力40%
精神力30%

ワーベア
生命力80%
持久力60%

特記事項
・シーザー、ワーベア共に疲労状態
・ワーベア、精神状態"決死"により持久力(スタミナ)が一時的に増加
・シーザー、精神状態"困惑"により精神力が一時的に低下


ターン1

ワーベアの先制攻撃。

手にした斧を容赦なく振り下ろした!


「ガハハハハハハハハ!さあ受けてみろ勇者様よ!?お前なら受けてくれるだろ?」

「無論!」


シーザーは獅子の紋章盾で受け止める!

金属質の甲高い音が周囲に木霊した!


「……!?馬鹿な!これを受けきれるわけがねえのに!?」

「何を根拠に受けられる受けられないと言っている?それに私とて成長しているのだ!」


シーザーは敵の攻撃を受け止める事に成功!

盾に阻まれ斧はその動きを止めた!


「今だお!やってしまうお!」

「今度はこちらの番だ……!」

「うおっ!?あぶねえ!」


シーザーの反撃!

シーザーは盾の脇から剣で突く。

しかしワーベアは仰け反ってかわした!


「シーザーさん。頑張って……!」

「しーざーしーざー頑張るおー♪」

「おーおー。少し見ないうちに腕上げたなぁ……へっ。差は開くばかりかよ」

「「「「良いから自己主張は止せ」」」」


クレア・パトラはシーザーの勝利を祈った!

アルカナは歌っている。

コテツはぼやいている。


……。


ターン2

敵は仰け反っている。

シーザーの猛攻!

体勢を崩した敵に一歩踏み出し、渾身の力を込めて剣を振り下ろす!


「おおおおおおおおっ!」

「ぐっ!?」


ワーベアは片腕を突き出してガードした!

だが、生身の腕では受けきれない。

腱が切れ筋肉は断ち切られ、腕はだらりと垂れ下がった!

20%のダメージ!


「好機ぃぃぃっ!」

「……ちっ」


片腕が下がったのをみるや、シーザーは追撃の一撃を見舞う!

振り下ろされた状態からV字を描くように、

天を往く燕をも切り落とすのではないかと錯覚する鋭い一閃が、

無防備になったワーベアの脇腹から肩口にかけて深く切り裂く。


「ぎゃあああああああああっ!」


ワーベアの生命力を気力諸共大幅に削り取った!

生命力に50%、持久力に50%のダメージ!

ワーベアはダメージが深すぎるため反撃不可能!


……。


ターン3

シーザーの猛攻はまだ続く!

一気に敵に肉薄し勝負を決めに行った!


「おおおおおおおおおおっ!」

「……へっ。ここまでかよ」


体当たりするように剣を相手の腹に深々と突き刺す。

剣は肉と内臓を貫き、骨をかすめて背中まで貫通した!

10%のダメージ!……ワーベアの生命力は、尽きた!


「が、ガハハハハハ!まだだ、まだ終わらねえ!」

「!?」


「やばいお!シーザー!」

「逃げて下さい!相手はまだ諦めてない!」

「斧が来るゾ!」


ワーベアの"決死"の一撃!

肉を切らせて骨を絶つ!


「ごふっ!?」

「駄目えええええええっ!シーザーさんっ!」


胴を貫かれたまま、ワーベアは気力のみで腕を振り下ろす。

少々やり辛そうに振り下ろされた斧が、シーザーの兜を砕いた!

脳震盪を起こしたシーザーはよろめいている!


「ふれー、ふれー、し、い、ざ、あ!それっ、ふれっふれっシーザー、ふれっふれっシーザー!だお」

「……何をしているのダ?」


アルカナは応援している!


「ど、どうしよう……どうしよう!?」

「まあ落ち着け。いざとなればわらわが出る」

「……つーか居るなら出て来いよ魔王」


クレア・パトラは混乱している!

魔王ハインフォーティンはこっそりと観戦している。

コテツは突っ込みを入れた。


「「「「こ、これはいけない!」」」」


十把一絡げは動揺している。


……。


ターン4

シーザーは脳震盪でよろめいている!

ワーベアは深手を負ってよろめいている!

両者行動不能!


……。


ターン5

ワーベアは辛うじて踏みとどまった。

気力を振り絞り最期の一撃を振りかぶる!


「ガハ、ガハ、がはっ!……食らえええええっ!」

「!」


シーザーは半ば無意識に盾を構えた!

斧と盾がぶつかり合う!


「あ、やっぱ、限界かよ……」

「……まだだ!」


全身を包む衝撃でシーザーの意識は回復した!

シーザーは斧を受け止め、更に腕を払っていなす!

そして、下がっていた腕に渾身の力を込めた!


「アッパースイィング!」

「ぐっ……!」


斧を振り下ろした為軽く前傾していたワーベアの顔目掛け、シーザーの剣が叩き込まれる!

だがその剣は空しく鼻先を掠めたのみであらぬ方向に外れていき……、


「からの……回転斬りだっ!」

「あ、あ……あ……」


そのまま円運動を描いて、ワーベアの胴を切り裂いた!

赤く染まった茶色い巨体が倒れこむ!


……。


ターン6

ワーベアが再び立ち上がった!

だが、その目は白目を剥き、斧すら取り落としている。


「気力だけで立っているのか……」

「だったらアルカナがやるお!」

「待てアルカナ!一騎打ちを邪魔するナ!」


シーザーが荒い息をつく中、アルカナが緑の斧を持って走ってきた。

そしてゆらりと立つワーベアに斧を振り下ろすべくよいしょと持ち上げる!

……止める暇も無かった。


「グアアアアアアアッ!」

「だお?」


野生の雄叫びと共にワーベアの残った腕が振り下ろされた!

鋭い爪がアルカナを襲う!


「だおっ!?」

「あ、アルカナ君!」

「馬鹿妹め……」


アルカナは無残に切り裂かれた!

爪は頭蓋を砕き、その傷は頭頂部から足首にまで及ぶ。

普通なら致命傷どころか挽肉と呼ばれるレベルだ!


「……い、痛かったお!」

「む?それ……爺の斧!?ちょっ!?何時の間に持ち出したあああああああっ!?」


「ハイム様ではないですか!?一体何時から!?」

「何時から、と聞くのは無駄なのだナ。望むなら何時でも何処でも、ダ」


しかしアルカナは一瞬にして全細胞から衣服まで復元した!

アルカナは致命傷を痛いの一言で済ませている!

ただし、緑の斧は取り上げられた!


魔王ハインフォーティンは涙目で"投擲斧・根切り"を凝視している。

……魔王は刃こぼれと錆を発見して泣いた!


「馬鹿者!馬鹿者!馬鹿者おおぉっ!?わらわの宝に何をする!?」

「おじーやんの遺産ならアルカナにだって使う権利はあるお!ハー姉やんはズルイお」


「阿呆か!わらわが貰った物だぞ!?それに扱いが雑すぎる!」

「雑と言うならハー姉やんのアルカナの扱いも雑だお!もっと可愛がるお!」


「出来るかーーーーーーーーっ!」

「やるのらーーーーーーーっ!?」


「まおーーーーーーーっ!」

「だおーーーーーーーっ!」


魔王と妹は争っている!

お互いにほっぺたを千切れんばかりに引っ張り合う!

……ただしお互い怪我しない程度に。


無論、この戦いの趨勢にはまるで関係が無い。

そうしている間にもシーザー達の戦いは続いていた。


「くっ!それにしてもまるで近づけん……まさに手負いの獣だ!」

「グルルルルルルルル……!」


シーザーは隙をうかがっている。

ワーベアは唸り声を上げながらも幽鬼の様に佇んでいる。


……。


ターン7

シーザーとワーベアは一定の距離を取って相対している。

……シーザーが動いた!

ゆっくりとした動きで近づき……最後は一足飛びで斬りかかる!


「!?」

「グァァアアアアアアッ!」


ワーベアは動くものに反応した!

丸太のような腕がシーザーを襲う。

シーザーは構わず剣を振りぬいた!


「ぎゃっ……!?」

「シーザーさん!」

「吹っ飛ばされたゾ!?」


「ぐぬぬぬぬ……まだ懲りぬか!このぷにぷにほっぺめ!ぷにぷにほっぺめ!」

「ぼ、暴力には屈しないんだお……でもお菓子になら屈するかもしれないお」

「童たち。いい加減にせんか」


剣はワーベアの指を一本斬り飛ばした!

だがシーザー自身も腕で薙ぎ倒され近くの地面に転がる。

剣は弾き飛ばされ、シーザーから見て丁度ワーベアと反対側に転がった。


……。


ターン8

ワーベアは不気味な沈黙を保っている。

シーザーは朦朧とした頭を振りながら起き上がった。

……剣の回収はひとまず諦め、盾の裏から短剣を取り出す。


「大した、執念だ」

「……グルルル……ルル……」

「シーザーよぉ。お前も人の事は言えないと思うがな?」

「「「「だから自己主張禁止だ」」」」


「だが、私達もここで止まっている訳にはいかない……!」

「……!」


シーザーは走り出した!

真っ向から突撃し、手にした短剣を投げつける!


「グアアアオオオオオオオッ!?」

「まだまだぁっ!」


短剣はワーベアの肩に突き刺さる!

シーザーはもう一度短剣を盾から取り出すと、そのまま突撃する!


「駄目!シーザーさん!相手はシーザーさんしか見てないです!」

「言っても無駄なのだナ……これは正面対決。口出しするだけ野暮なのだゾ」

「ふむ。牽制の短剣は避けもせんとはのう。意識も満足に無かろうに大した勝負強さじゃ」

「いや。ありゃ野生の勘だな。旦那、このままじゃシーザーの野郎やばくないか?」


ワーベアは突っ込んでくるシーザー目掛けて爪を突き出した!

シーザーは盾を構えてそれに正面から突っ込む!

鋭い爪と堅固な盾が正面から激突!

そして、


「……防ぎきったゾ!」

「凄いよ、正面からあの巨体を受け止めるなんて……」

「んー、あれ計算づくじゃねえのか?」

「そうじゃのコテツ。敵に振りかぶる暇を与えずシーザー自身は全体重を乗せて突っ込んだからのう」


「だおだおだおだおだおだお!だ……だ、お……」

「まっおーまおまお!まおーまおーっ!」

「「「「お二人とも落ち着いて。特にアルカナ姫。首を絞められて顔が青いですぞ!?」」」」


外野の茶々はさておき、シーザーは突き出された爪を受けきった!

そしてそのままずるり、と巨体が揺れ……そのまま大地に倒れこんだ。

ワーベアの気力が、尽きたのだ……!


「私は貴殿に敬意を表する!ワーベア殿……貴殿はまさしく武人の鑑であった……!」


シーザーは賞賛と共に手にしていた短剣でワーベアの喉笛を切り裂いた。

ワーベアの呼吸が、停止した。

シーザーの勝利だ!


……。


≪勇者シーザー≫

息が荒い。叩きつけられた全身が痛む。だが、それでも最後に立っていたのは私だった。

倒れたワーベアを介錯し、落とした剣を回収する。

……そして、戦った相手の完全なる沈黙を確認すると、

安心感に疲れがどっと押し寄せてきただろう……私は思わずその場に座り込んでいた。


「予想以上に、強敵だった……」

「シーザーさん、大丈夫ですか!?」

「良くやったゾ。敵四天王を逃がしたのは惜しいが、まあ止むを得ないナ」

「ふふ、見事な戦いじゃったわい。だが今後も精進は忘れぬようにのう」


周囲に仲間達が駆け寄ってくる。

その声を聞いて、私はようやく勝利を実感したのである。

……しかし、同時にこうも思って居た。


「そうだ。敵はまだ居る……こんな所で満足している場合ではない」

「……うむ。それが判っているなら問題無さそうだな。今後も頑張ってたもれ?」


「え?そう言えばハイム様。何時から、そしてどうしてここに?」

「うむ、少しな。……時に、中々見事であった。一騎討ちを後ろで観戦させてもらっていたぞ」


独白をポツリと口にすると、何故かハイム様から返答が帰ってきた。

驚いて問いただすと、どうやら先ほどから私の戦いは見られていたようである。

何故ここまで来られたのかは判らないが、ともかく私の戦いはお眼鏡にかなったようである。


アルカナ君がズタボロになっているのが少し気になるが、あの戦いに割り込んだ代償だろう。

決闘の礼儀など知る由も無いのだろうが、

今後は流石に一騎討ちの邪魔だけはしないようにして貰いたいものだと思う。


「それにしても地面に叩きつけられてボロボロだな。どれ、見せてたもれ。怪我は治してやろう」

「あ、はい。お願いします」


ハイム様が私に手をかざし何やら唱えると、全身から痛みが消えていく。

成長の事を考えるのなら自然治癒に任せるべきなのだろうが、現状はまだ奥に進みたいと考えている。

それなら治して貰っていた方がいいだろう。


回復した体を軽く動かして調子を確かめていると、ズボンの裾が引っ張られる感覚があった。

……アルカナ君だ。何か泣きそうになっている。


「アルカナ君。一騎討ちに割り込むのは礼を失する行為なんだ。斬られたのも自業自得なのだよ」

「シーザー……そうじゃないお。斧取り上げられたお……ハー姉やんは横暴だお……」

「やかましい!わらわの部屋から爺の形見の斧を持ち出しよってからに……」


ああ、そうか。

あの緑色の斧はハイム様の持ち物だったのか。

ならばハイム様はあの斧を取り戻しに来たのだろう。

しかもこんな暗い迷宮にまでやって来るくらいだ、きっと大事な物に違いない。


「申し訳ない。アルカナ君の年齢で武具を持っているのがおかしい。そう思わねばなりませんでした」

「いや、わらわの管理不行き届きだ。斧も、馬鹿妹の行動もな」


お互いに頭を下げあう。

良く見るとハイム様は小脇に大量の書類を抱えていた。

仕事を途中で抜け出してきたようだ。

やはり……色々とお忙しいのだろう。


「お忙しい中、こんな所まで……」

「ん?これか?一時期はこの三億倍はあったからな。まあ心配するな」

「……仕事中に気付いて慌てて追いかけてきたの?姉さん……」


これの三億倍?

人間がこなせる仕事量では無いぞ?

いや、きっと3~6倍の聞き間違いだろう。

先ほども思ったがそんな量の書類を人類が処理できる訳が無い。


「でも姉さん。わざわざその為にここまで来たの?念話を飛ばしてくれれば私が……」

「いや違うぞクレアよ。ついでに馬鹿妹に忘れ物を届けようと思ってな」

「……別に忘れ物なんかしてないのら」


む。ハイム様がニヤリと笑った?


『来たれ。馬鹿妹のコケトリスよ』

「……コケーーーーッ!」

「あ、ピヨちゃん。……な、なんで突っつくんだお!?痛いお!痛いお!」

「置いてけぼりにするからでしょアルカナ」

「……はい?ピヨって……あの、ひよこ!?」


詠唱と共に虚空から巨大ニワトリが降ってくる。

しかも一ヶ月ほど前、牢人殿に騙されて購入していたあのひよこらしい。

たった一ヶ月で犬並みのヒヨコが……幾らなんでも馬ほどの巨体に育つものなのか!?


いや、これも私の考え違いだろう。


きっとあれだけ巨大に育つのは特別な例に違いない。

さもなくば特別に成長の早い固体だったのだ。

そうでなければこのような迷宮に連れて来たりはしまい。


「とおっ!着・席!ピヨライダー!……だお」

「コケッ!」

「ギャアアアアアアアアアアアッ!?クロレキシハダメダーーーーーーッ!」

「血は争えないのだナ……恐ろしいゾ」


しかし突然ハイム様が絶叫したが……一体どうしたのだろうか?

何か思うところでもあるのだろうか?少し心配になる。


「お、おい童!?大丈夫かの!?」

「姉さん!?どうしたの姉さん!?」

「……私は口をつぐむのだナ……それが忠義なのだナ……」


まあ、アルカナ君が楽しそうだから良しとしようか。

恐らくだが、本人も触れて欲しそうに見えない事だし。


……。


「う、うむ。それではわらわはそろそろ帰るぞ。お前らも頑張ってたもれ?」

「お任せ下さいなのだナ!」

「ありがとう姉さん。何かあったらまたよろしくね?」


そして、少しばかり話し込んだ後、ハイム様は地上に戻る事になったのだが……、

実はあの後、ワーベアの遺体を埋める所まで手伝って頂いてしまった。

心苦しかったが、向こうは気にしていないようなので正直助かったと言うのが本音だ。


「だお……ところでハー姉やん」

「なんだアルカナ。手など出して?」


「代わりの武器ちょうだいだお?アルカナ武器無いお」

「お前に武器は要らんだろう?被害担当よ。後、重いから降りてたもれ」


ただ、それでは腹の虫がおさまらない者も居る。

今アルカナ君が不満そうにして、ハイム様の頭の両脇から下げられた長い髪にしがみ付いている。

どうやら武器を取り上げられたのが不満なようだ。


「何か欲しいお。くれなきゃゆさゆさするんだお?」

「毛が抜けるわーーーーっ!?いい加減にしろっ!」

「姉さんの言うとおりだよアルカナ。良い子だから降りてね?」


「大丈夫だお。こんなのハー姉やんにしかやらないお!」

「……そう。人様に迷惑かけないの?なら良いんだけど」

「良いわけ無いだろう!?クレア……わらわとて痛いものは痛いのだぞ!?」


「大丈夫。だって姉さんは最強の魔王じゃない」

「だおだお。ハー姉やんより強いのはおとーやんとおにーやんだけだお!」

「……のおぉぉぉ……し、信頼が重い……後、馬鹿妹もな」


しかし……あまり姉君を困らせても仕方あるまい。

幸い私には予備武器もあるし……短剣の一本でも持たせておくべきか。


「アルカナ君、もし良ければ私の予備武器を……」

「駄目ですよ。この子に予備武器を渡していざと言う時足りなくなったら後悔どころじゃないです」

「うむ。自分の切り札は何時も手元に置いておくべきだナ」


全員から反対されたのでアルカナ君のほうを向くと、差し出した短剣を押し戻された。


「シーザーの物を貰う訳にはいかないお……人様の財産に手を付けたら駄目なんだお!」

「妙な所で律儀じゃのう」

「おいおい。姉の財産は良いのかよ?」


「その通りだ。第一、最初から誰にも相談せずにわらわの宝を持ち出したお前が悪い」

「だおー。それは悪かったお……謝るから代わりの武器ちょうだいなのら」


しかし、だ。

両手をピンと差し出しておねだりする姿は可愛らしいが、

少なくとも子供の欲しがる物では……いや、子供だから欲しがるのか?

兎も角その場の全員が少し困った顔をする羽目になったのだ。


「あの……ねえアルカナ……武器庫から適当に槍でも召喚する?」

「えー。出来れば魔剣。せめて曰く付きの業物がいいお!」

「わらわでさえ魔剣クラスの武器は持っておらんのだぞ!?いつもみたくお前を武器にするぞ馬鹿妹?」

「まあ、父親や兄が持っておるからのう……欲しがっても無理は無いが」


おもちゃを欲しがる子供のような我が侭。

遂には地面を転がってむずがりはじめたアルカナ君に周囲一同本気で困り果てる。


「欲しいお!欲しいお!用意してくれなきゃ泣くお!暴れるおーっ!」

「……じゃあよ。そこの斧じゃ駄目なのかよ?」


そんな事を考えていると、そこに牢人殿の声がかかった。

何時の間に?……ハイム様に付いて来たのだろうか?

まあ兎も角、牢人殿の指差した方角を全員が見る。

するとそこには、確かに業物の斧が一振り落ちていた。


「……これは、ワーベアの斧だナ!」

「成る程。業物じゃの」

「これなら良いよね。アルカナ?」


「……だお!これは今日からアルカナのだお。貰ったお!もう返さないお!」

「ユニーク武器など10年早いわ馬鹿妹め。まああれだけ喜ぶならそれも良い、か」


先ほどの戦闘で打ち捨てられていたそれを嬉々としてアルカナ君が持ち上げる。

どうやら投げ斧だった先ほどの斧より重かったらしく、左右にヨタヨタとよろめくが、

すぐに慣れたのか、柄を肩に乗せてコケトリスに飛び乗った。


「まさかり担いだアルカナだお~♪」

「うんうん。可愛いよアルカナ」

「はは。確かに良く似合っておる……脳筋的な意味でな」


そしてアルカナ君はだおだおと言いながら上機嫌で新しい武器を私に見せつけて来た。

……しかしこれ、武器ではなく木こりが木を切る為の斧ではないか。

まあ、喋ってアルカナ君の機嫌を悪くする事でもあるまい。

何せ私は丁度こんな斧一本で魔王の城まで乗り込んだ木こりを一人知っているのだ。


……そう言えば彼の遺品も回収出来ていない。

何時か遺品か遺髪か何かだけでも取り戻して墓の一つも作ってやりたい。

そう思いながら、私はワーベアの為の簡素な墓に手を載せた。


「……結局、奴は最後まで気付かなんだか……ま、その方が幸福なのだがな」

「姉さん?」


「いや、何でもない……知れば知るほど嫌になる事もあるという事だ……ではさらばだ」

「うん……じゃあね姉さん。アルカナは後で叱っておくから……」

「サラダバー、だお」


そして、私達はハイム様と判れ再び無銘迷宮の奥へと潜っていく事となる。

……それにしても、魔物に墓を作ってやる、か。

幾ら好感を抱いたとは言え……老師の事が予想以上に堪えているな。

私は敵に情けをかけられる程、強くは無いというのに。


「まあ。なるようにしかならない、か……」


しかし今までの会話で何か違和感があったような気がする。

何か大事な情報を聞き漏らしている気がするのだ。

まあいい、本当に大事ならそう遠くないうちに気付くだろう……。



……。


≪アラヘン王都にて≫

どんよりとした雲に覆われた世界。全てが搾取されつつある世界でただ一つ。

このかつてアラヘン王都と呼ばれた街だけは論外の活気に包まれていた。

ただし、それはまともな"活気"ではない。

街を行く魔物や獣人達と、道の脇をこそこそと早歩きする人間、

だけならば魔王軍支配化の街としてありがちなレベルであろう。


だが、街を埋め尽くさんばかりに積み上げられた物資の山。

そしてそれを上回らんばかりで増殖していく放置されたゴミ。

更に街の中がそんな状態であるにも拘らず、

街の外に一歩踏み出すと……一面の荒野が広がるばかりで街道すら消えかかっていると言う現状。

これがこの世界の異常さを示していた。


滅び行く世界から取り残された街。

そう、ここもまた隔離された都市なのだ。


そんな街中で目立つのは、年端の行かない人の子供達が重い荷物を背負いながら歩いている事だ。

代わりに魔物の子供達が歓声をあげて遊び歩いている。

魔王ラスボスは人に容赦しないが同族である魔物たちには優しかった。

確かにそれもまた一つの正しい形だろう。


そも、そのあり方は他ならぬカルマ一党のやり方と被る。

違いはただ一つ、異種たる者達を認めるか否か……それだけ。


だがその違いは余りに大きい。排除される方は笑えもしないだろう。

故にそれを認められる人間はさほど多いはずもなく。

第一人間でその存在を考慮されるのは戦える者ばかり。当然街を行く人間はチンピラ紛いばかりだ。

自分勝手なものばかりが生き残るのは古今東西良くある話だが、ここではそれが徹底している。

心ある物は消され、心技体備えし者達は無残に改竄された。

終わりの無い悪夢に無力な人々は怯えるばかり。

そんなある意味ありがちな終わった世界だが……無論、それを是とする者ばかりではなかった。


「こらぁ!そこのガキ……魔物様の荷物を落っことしてるんじゃねえよ!」

「ひいいいいっ!」


だが、そんな人々はやはり少数派だ。

どこにでも、上に媚びへつらい下にきつくあたる者はいるもので、

ここにもそんな連中の見本のような男が存在していた。


「へっへっへ……俺様がちょいとキョーイクってもんをしてやんよ……」

「や、止めてください!早く持っていかないとご飯も貰えないんです!」


明らかにチンピラ風の男が、転んでしまった少年に因縁をつけている。

……少年は荷運びをする代わりに僅かな食料を与えられ生かされていた。

対して男は一応は戦えそうだと言う理由で人としては優遇されていたのだ。


戦えない人間に存在意義は無い。

この魔王ラスボスの方針に従い、ろくでもない人間ばかりが生かされる状態が続いている。

何故ならまともで、かつ戦える者は既に大半が倒されてしまっていたからだ。

そんな訳で、この男のように振舞う連中も増える一方。


「おらおらおら!蹴っ飛ばすぞコラぁ!?」

「うわああああああっ!?」


「ガル?」

「グルルルルル……フン」

「ギャギャギャギャ!」


……無論、この男に少年を罰する資格や権利などあろう筈も無い。

だが、その横暴を罰する者もまた……無いのだ。

魔物たちは人間同士の諍いを面白そうに見ているばかり。

さもなくば無関心が普通。それがこの世界の現状だった。


「ガオオオオオッ!何をやっていやがる……邪魔だ!」

「へっ!?こ、こりゃあ魔物様!いえね、このガキがあなた方の荷物を粗末に」


……その筈、なのだが。

この時は少し様子が違った。街中では見た事も無いような獣人が、男の前に立ちはだかったのだ。

それは筋骨粒々で首から上が獣と言う、比較的人に近い形をしている。


「応……俺は邪魔だって言ったんだ!道を開けやがれ!」

「ぐはっ!?ひっ!……通行の邪魔をして申し訳ありませーーーーん!」


それは道を塞いだという理由で男を殴り飛ばすと、少年の襟首を掴む。

そして少年を吊り下げたまま歩き出したのだ。


「ひいいいっ!?」

「……ちっ……こらぁ!ガキめ!俺の道を塞ぐとはな!食ってやる!」


「ガウウウウウッ♪」

「ガッオオオオオオオン!」


顔色を失う少年を見て、周りの魔物たちは面白そうに囃し立てる。

"それ"はその有様を見てふう、と息を吐くと少年の襟を掴んだまま近くの廃屋に消えていった。

……だが、それに疑問や異議を挟むものは誰も居ない。

何故なら、それもまた魔王支配下たるこの街での"良くある光景"だったのだから……。


……。


「ぼ、ぼくは美味しくないよぉ……食べちゃ嫌だよ……ごめんなさぁい!許してくよぉ……!」

「……あー、心配すんな。死にたくないなら黙っとけ」


そして先ほども言ったのだが、

そんな惨状の中、それでも必死に戦う者達もまだ存在していたのだ!


「旦那。毛皮を取りますぜ」

「え!?……人間……?」

「応よ。俺は正真正銘人間だぜ。まあ、異邦人だがな」


獣の皮を被り、魔物のふりをしながら人々を助ける抵抗勢力。

国も、軍隊も頼りにならないこの悪夢の中で絶望に対し必死に抗い続ける、

それはこの世界に残された数少ない希望の一つ。


「いいか。もう少ししたら俺の仲間がこの街を混乱させる……その隙に逃げ出すんだ」

「え?でも街のお外にはもう食べる物が無いんだよお爺さん……」

「いや、ところがそうでもない。坊主は運が良いぜ……逃げ出せるのは多分、最初で最後だからな」


主な活動は、同じ人間に虐げられた者を見つけたら魔物に扮して暴漢を討つ事。

そして僅かばかりの食糧の配給と、敵戦力へのゲリラ戦である。

……抵抗勢力総帥の名は、ライオネル。

そう、かつてカルマに戦い方を教え、導き、時として敵として立ちはだかった"兄貴"だ。

また、レオの父親でもある。

そんな彼は老境に差し掛かった髭もじゃの顔で少年の頭を撫でていた。


「まあ、俺の故郷まで辿り着けりゃ食うのにだけは困らんからよ」

「本当!?本当なのお爺さん!?」

「ああ。何せ俺達の食い物を提供しているのがこの旦那だからな」


何故彼がこの世界でこんな事をしているのか。

それはまた後ほどとしよう。

ともかく彼らは王都に激増した廃屋に散らばって人々を匿い、王都からの脱出を計画していた。

……そしてこの日はその決行当日だったのだ。


「旦那ぁあああああっ!城門の辺りが騒がしいですぜ!?」

「竜が来たとか何とか……街は大混乱ですよ!」

「来た!本当に助けが来たんだああああっ!」


その時、彼らが隠れていた廃屋に何匹かのワーウルフ、

いや、犬の被り物をした男達が駆け込んできた。


「へへへ。奴等意外とドン臭いですぜ……何人くらい助けられそうですかね?」

「応……だいたい100人弱か。それと被りもんは取るな。お前らじゃばれたら助からねぇぜ?」


彼らは元々一般市民。戦える筈も無く、こうして敵に化けて妨害活動が精一杯。

歯がゆかったであろう。

だが、その苦労もようやく報われようとしていたのだ。


「ふう。短いが辛い日々でしたねえ……旦那に半死半生で助けられたのが昨日の事のようでさ」

「言っとくがな、お前らにとっちゃ辛いのはこれからなんだぜ?まだ何も終わっちゃいねぇ」


「ま、その通りでさ。でも反撃の糸口もつかめない状況は終わりますぜ」

「そうかい……大した根性だ。流石は勇者の仲間、って訳だなぁ、ラビットよぉ?」


「自分は足をやっちまって、もう大した事は出来やせんがね。盗賊ギルド一の凄腕が泣きますわ」

「へっ。勇者の仲間の底意地、期待させてもらうぜぇ?……俺も一応、勇者の弟子って奴だからな」


グスタフ一行の侵入と言う名の乱入に合わせ、大脱出作戦が幕を開ける!


「ライオネルの旦那!ラビット先輩……街が騒がしいぜ!」

「城門が突然崩れたとか……」

「残りの連中も来やがったな!おい、お前らラビットとの打ち合わせ通りに動けよ?」

「パン屋と魚屋は陽動!渡し守の親父さんは動けない奴を船に乗せて移動開始ですぜ」


「老人会のお達者爺さん達はどうするんだよ!?」

「…………打ち合わせ通りに……お願いしや、します…………」

「あい判った!さあ、行こうかのう?」

「この年寄りの最初で最後の大戦じゃあ!」

「孫達を頼むぞ、遠くから来た方よ!」


彼らはただの、普通の人々だった。


「おい、靴屋の兄さん!子供達と一緒に逃げろ!お前さんはまだ若すぎる!」

「冗談!やつらの言いなりにデカイ靴ばかり作ってたのはこの日のためなんだぜ!?」

「息子に伝えよ!父は騎士として誇り高く逝ったと!」

「手前ぇの仕事は罠作りだろうが執事さんよ!?」


ただ、日々の暮らしを守りたかっただけのただの人間だった。


「……はっはっは。一度言ってみたかったのですよ。どうせ、これが最後ですし」

「オラの畑と牛返せこの獣野郎どもーーーーっ!」

「おいこら!まだ早いっての!?」


……別に立ち上がりたかったわけではない。

ただ、立ち上がらねば何も残せない事に、

戦えるのが自分達だけだと気付いてしまっただけ。


「……集まったのはたったこれだけかよ。世界を統べしアラヘンの人間様ともあろうもんが」

「いや?こんなにいるじゃぁないか……戦える奴は殆ど残ってないってのによ!」

「応。お前らは強ぇ!勝ち目は無いが戦わにゃならない時、立ち向かえる奴は……強ぇ!」

「旦那!自分等もそろそろ行きやしょう?今回は仮面も無しでさ。正面で奴等の注意を引き付けないと」


蟷螂の斧は容易に折れるだろう。

だが、彼らは行く。その小さな刃が憎い敵に僅かばかりの傷を付け、

彼らの守りたい未来を欠片なりとも守れると信じて。


「人は無力なんかじゃないんじゃーーーーーッ!」

「おじいちゃん……」


各地のアジトから飛び出し、見境無く周囲の魔物たちに襲い掛かる抵抗勢力。

無論それは数えるほどの間に鎮圧されていく。


だが、街は元々大混乱の渦の中に陥りつつある。

巨大な竜が暴れ周り、小柄な竜が荒らし回っている。

しかも魔王は竜にご執心で不殺命令が出る始末だ。


そんな中、ある者は河を下りある者は被った毛皮を頼りに走る。

そして必死に逃げる者達を死に場を定めた者達が囮になって逃がして行く。


「ぐああああああっ!?」

「ガ、ガルルルル!?」

(知らないお爺ちゃん……ありがとう!)


そして、逃がされた者達はその背中を記憶の奥深くに刻み込んでいった。

それは形見だ。

誇り高き生き様と言う、形の無い無二の財産だった。


「アッパースイング!……クソッ!動きが鈍いぜ……力任せで生きてきた結果がこれかよ!」

「自分ももう手投げ弾がありやせん!今回はここまででさぁ」


「……応!さあ全員逃げろやぁぁああっ!ここはこの俺が任されたぜっ!」

「足引きずりながら逃げるのはきついんで自分は先に行きやす!」


街の外へ人々が逃げていくのを見て、抵抗勢力は少しづつ姿を消していく。

何故なら彼らの戦いはまだ終わっていないからだ。

逃がせるだけの数は逃がした。だが大多数の人間はまだこの街で生きていかねばならない。


「……はぁ、はぁ。歳は取りたくないもんだぜ……俺の唯一の武器が、腕力が衰えていくとはな……」

「流石ですねライオネル将軍。父上の兄貴分と言うだけの事はあります」

「お爺様。ご無事で?」


まあ、だからこそ彼らが来たのだが。


「応。グスタフに……アオか。悪ぃな、無理して呼んじまってよ」

「ええ。残念ながら父上は国から動けないため僕が名代として参りましたが」

「あたしらも、いるです」

「逃げた人達はうちの国に亡命扱いで受け入れるでありますよ」


理不尽をそれを上回る理不尽な力で叩き潰す法外の権化達が。


「しかし、この騒ぎは何なのですか?」

「細かい事は良いんだよ!……ただ、お前らが来る時絶対騒ぎになると思ったからよ……」

「そのすきをみて、ひとを、にがした、です?」

「ま、とりあえずどっか隠れるでありますよ」


……。


それから30分ほど経過したライオネルの隠れ家。

竜達も適当に暴れまわって満足したのかさっさと帰ったため、王都も静かなものだ。

そんな中、彼らは今回の件について話をしている。


「まあ、と言う訳で俺はこの国に骨を埋めるつもりでよ……」

「手紙を見た時は信じられませんでしたが、本気なのですね?」

「でも、なぜです?(棒読み)」

「アリシア。あからさま過ぎでありますよ?」


はっ、とライオネルは笑う。

だが、それは酷い自重の笑みだった。

正直彼に似合う笑い方ではない。


「……ちびリオはこの世界に飛ばされ、この世界で生き、この世界で死んだ。皆俺のせいだ」

「そうですね。貴方が皇帝の甘言に乗りさえしなければマナリア王都は落とされなかった」

「殿下!幾ら事実でも言って良い事と悪い事があります!」


「いや、構わねぇよアオ。馬鹿貴族の嫌味にぶち切れて国を出て行ったのは他ならぬ俺だからな」

「はい。ですが、僕は貴方が責任を感じる必要は無いと思います。戦争でしたし」

「それに世界の崩壊の一環で出来た時空の穴にリンが落ちるなんて誰も予想できなかったであります」

「まあ、いまのあたしらなら、はなしはべつ、ですが」


「リン様……世界統一を成し遂げた伝説の女傑でやすね。まさか縁者が異世界にまでおられるとは」

「そうだなラビット殿……それにしても会えて嬉しかった。シーザーが……世話になったな」


「いえいえ。自分は王の依頼に従っただけでさ、じゃなくて……です」

「敬語は必要ない。私は……アオだ。シーザーとは…………うん、遠い親戚に当たる」


リン。もしくはフレアさん……。

そう呼ばれる彼女は先ほどのライオネルの娘であり、レオ将軍の姉でもある。

前作終盤でオークの群れに襲われるままフェードアウトした彼女ではあったが、

どう言う訳か100年以上前のこのアラヘンに流れ着き、伝説を築いていたらしい。


「……伝説の女傑は良いがよぉ。手前ぇの不始末で娘にえらい苦労をかけちまったと思ってな」

「ちなみに、みつけたのも、あたしら、です」

「10年前の戦争後、馬鹿のアジトを探してたら偶然この世界を見つけたであります!」

「それで姉上達から話を聞いて、娘さんが骨を埋めたこの国の為に働いている。と言う訳ですね」


そして、話を聞いてこの世界に渡ったライオネルだが、

それから暫くして魔王ラスボスの侵攻があったというわけだ。

残念ながら、体力の衰えた兄貴ではかつてのような無茶は出来なかったらしい。


「応。でもな、体がもう自由に動かねぇんだわ……俺も歳って事か」

「いえいえ!旦那のお陰で助かった奴は百人を越えます!十分過ぎるほど助かってますぜ?」

「魔王打倒どころでは無いと言う訳ですね。それで僕達を呼んだ、と」


ライオネルは無言で首を縦に振った。

力自慢の豪傑だった身の上としては忸怩たる想いがあるだろう。

だが、そんな事を言っている場合でもない、と言う訳だ。


「ですが、お断りします。我が国の国益になりませんし」

「おいおい!俺はまだ何も言ってないぜ?」


とは言え、グスタフは問答無用で切り捨てる。


「大方ラスボスの打倒か、奴の支配下からこの世界の解放を、と言う事でしょう?」

「応よ。そんで復興はカルーマ商会主導でやりゃお前らの利益にもかなうぜ?どうよ?」


「お断りします」

「……何でだ?ちびリオの子孫達が一杯住んでるんだぞ?住んでる奴等も気の良い奴が多いんだぜ?」


兄貴の疑問ももっともだ。

だが、それに対し彼らは明確な理由を持って否定をする。


「それが良い結末に繋がらないからです。恐らく、僕らの介入で幸福になる世界ではない」

「相手は世界政府でありますから。こっちの存在を認められないであります」

「まあ、シーザーがくるから、それをまつ、です」

「お爺様。そうして下さい……アラヘン王の面子を守るためにも……」


王の面子、の言葉に段々と熱くなっていたライオネルが矛を収めた。

どさりと背もたれの壊れた椅子に腰を下ろし、何処とは無く上のほうを向いて疲れたように言う。


「そうか。この国のお偉いさん方の面子もあるもんなぁ……」

「ちからおしで、かいけつできない、むずかしい、もんだい、です」

「後々リンカーネイトが怨まれる事態は認められないでありますからね?」


つまり、天に日輪は二ついらないという訳だ。

プライドが高いと思われる連中を無闇に刺激したくは無いという事なのである。


「まあ、一応これからアラヘン国王陛下にお会いする予定なのでその際に支援の話はしてみますが」

「なんだと?だがどうやっていくつもりだ?王様は占拠された城の奥に幽閉されてるって噂だぜ?」


……その至極当然な疑問に対し、グスタフ達はきょとんとして言う。


「そんな事。普通に城門を通って歩いて行くに決まってるじゃないですか」

「いま、おしろにいる、てきのかず、たった、いちまんさんぜん、です」

「ぐーちゃんには余裕でありますよね!」


「いやいやいやいや!ちょっと待って下さいよ!?それの何処がたった、でやすか!?」

「ラビット、諦めろ。この方達の前に常識は通用せん」


どうやら、性格は相変わらずのようである。


「とりあえず国王陛下には僕らの支援が必要かお伺いします。それで嫌なら彼らが決めた事です」

「ほろんでも、しかたなし、です」


ライオネルも思わず苦笑しつつ、

煙突に隠していた、と言うよりは煙突以外に隠しようの無かったある物を指差した。


「……相変わらず微妙に人情を理解しないやつだなぁ。まあ、いい……アオ!これをやる」

「これは、お爺様の長々剣!?」

「旦那!?その糞長い剣、手放すんでやすか?」


ライオネルは少しばかり遠い目で、未だ煙突に収まったままの剣の柄を指差す。


「……応。俺にはもう、重すぎらぁ……形見だと思って良いぜ」

「形見、などと……」


「へっ。俺はもうここで死ぬ事に決めてるんだ。故郷には帰らねぇからな」

「では……お預かりします」


それを受け取ったアオは柄を握り締め、煙突内部に消えていった。

……そうでもしないと取り出せないから仕方ないのではあるが。


「では、僕達は行きますね」

「ばいばい、です」

「応。達者でな……」

「勇者様のご帰還を楽しみにしてますぜ!」


そして、不条理の塊は去っていく。


「ところで。最初から僕らに依頼してくれれば、脱出作戦も犠牲者無しでいけたと思うのですが」

「……ぐーちゃんが動く以上大騒ぎになる事は理解していたでありますよね?」

「それ、りようする、さくせんは、おもいついたのに……なんで、です?」


「応……そういや、そうだな……?」

「思い付かなかったんですか」

「おばか、です」

「まあ、判ってて言わなかったあたし等も大概でありますが」

「いやいやいや!判ってたなら言って下さいよ!?自分等の犠牲は何だったんでやすか!?」


全てを台無しにしながら。


「……それにしても、酷い光景ですよね」

「おうねんの、えいが、まったく、みるかげなし、です」

「もう、焼け落ちた廃墟にしか見えないでありますね」

「数時間前までは一応その面影を偲ぶ事は出来たのですがね……」


「わーい。アオが、おこった、です!」

「逃げろでありまーす」

「姉上!敵に見つかったらどうするのですか!?まあ、その時は皆殺しにするだけですが」

「殿下……ご自重を!……さあ、道案内いたしますので私に付いて来てください!」


何処かのんびりとした空気をかもし出しながら、彼らは街の奥へと消えていった。


周囲は悲鳴と怒号の木霊する現出した地獄のような光景。

その中をまるで観光客のように行く彼らは非常に目立ったが、

彼らを押し止めようとする者は一人としていなかった。


……居たとしても一瞬で消し飛ばされたが。


ここはアラヘン。

かつてこの世界を治めていた街。

今は魔王ラスボスが鎮座する街。

そして……勇者シーザーの目指す場所である。


変わり果てた故郷を見た時、

果たして勇者は何を思うのだろうか……。


続く



[16894] 15 王達の思惑
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/16 08:08
隔離都市物語

15

王達の思惑


≪リンカーネイト王・カルマ 執務室にて≫

その日の仕事が終わった時、既に時計は明日に片足を突っ込んでいた。

数年前からようやく一人前になった文官達の教育が終わり始め、

かつての三億分の一と言われる程に仕事量は減ったが、それでも未だ時折こんな日もある。


「……おつ、です」

「お前もな、アリシア」


死ぬほど眠そうな目でコーヒーを差し出してきたのは妹の一匹。

礼を言って受け取ってはみたものの、向こうも相当疲れ果てているようだった。

何せ、これから寝る男にカフェインの塊を差し出して来るくらいだしな。

目を開けて複眼を晒している事と言い、普通なら絶対にやらない失態だ。


「……しかしまあ、疲れもするか。クレアの為とは言え今回は相当に無理をしたからな」

「そう、です。でも、これが、さいしょでさいごの、ちゃんす、でした」

「くーちゃんの未来はお金で買えないでありますからね」


コイツ等の好みに合わせて殆どコーヒー牛乳と化したコーヒーの湯気を眺めながら、

俺はうちの娘の中で唯一しとやかに育てる事に成功したと自負しているクレアの事を考える。


「しかし。クレアがまさか、あんな異能持ちだったとはな……」

「とうじは、おおさわぎだった、です」


5歳の時、だったろうか。

お披露目でクレアに微笑ませたその時、集まった群集は暴徒と化した。

幸いレオの息子……アオが非番にも拘らず何故か駆けつけ、いち早く鎮圧してくれたが、

その時のトラウマでクレアは酷く怯えて引き篭もってしまった。


因みに当時まだ子供だったアオ一人で鎮圧した、と言うかなんで子供が軍に居るんだ!?

と言う事で、

たるみ過ぎとか色々、軍のあり方等が色々と議論になったものだが、とりあえず今は関係ない。


「ははは、俺達じゃどうしようもないと困り果ててたらアルカナが現れたんだっけな」

「そらから、どさり、です」

「ま、お陰でくーちゃんも、ねえちゃの自覚が出来て立ち直ったから良いでありますよ」

「代わりに、まだ生まれてない娘の登場でにいちゃ達相当に大慌てでありましたがね」

「いや、あれは、むしろ、ねえちゃたちの、せんそう……です」


その後、突然現れて周囲をかき回したアルカナのお陰で結果的にクレアは立ち直った訳だが、

それでも惹きつけた人間に怯えて、結果的に自らを危機に追い込む悪癖は残った。


で、長年苦しんでいたので見るに見かね……それをどうにかする策があるという妹達の言に従い、

異世界からの勇者召喚に合わせ、その行動の誘導と舞台準備をした訳だが、

その為に今現在、既に金貨10万枚近い金を使う羽目になっている。


「結果良ければ全て良しの精神で生きてると、その過程で苦労するよな」

「それで良くて生きてきて、今更何言ってるでありますか?」


これでクレアが治ったから良かったものの、

そうでなくば俺は文官団やら各地の代表者に突付かれまくる羽目に陥っていただろう。


……我ながら丸くなったもんだ。

以前の俺ならそんな連中容赦なく叩き潰していたもんだが、今はそんな面倒な事をする気にならない。


それに、奴等だって国家と言う巨大家族の一員なのだ。

余り無碍にも出来ない……と思うほどに俺の手は広がってしまった。

色々と、わずらわしい事に振り回される立場になってしまったもんだと思う。


「因果だなぁ……」

「因果といえば、例の連中どうするであります?」

「また、はいきゅうひん、ぞうがくようきゅう、してるです」


その言葉にはまたか。と思う他無い。

一部の識者と言うより指揮者とか扇動者の呼び名が相応しい連中が、

現在一日二食配給している食糧を増やせと言ってきているのだ。

応える事は出来るが、それをしたらすぐに次の要求を突きつけるような連中だ。


しかも、一般市民連中にいかに俺達のやり方がまずいかを屁理屈こねて言い放ち続けている。

それで飯を食ってるとは言え政情不安を煽って喜ぶそのやり方は勘弁して欲しいと思う。


「……黙らせろ。やり方は任す」

「はい、です」

「でもすぐに次の馬鹿が出るでありますよ?」


ま、最初から予想出来ていた事ではある。

第一世代は感謝するだろう。

だが、生まれながらに貰えるのが当然だった世代は、それでは不満を覚える。

そしてもっともっと、と要求し続けるものなのだ。


今は恩義を感じているまともな連中と、それに教えを受けた第二世代がそれを叱り飛ばしてくれるが、

次の世代辺りから屁理屈をこねる事に血道をあげる馬鹿が大量生産されるのは間違いない。

……とりあえず、俺達に害が及ばない内は放って置いても良いと思うが、

いつか増長した阿呆が背中から切りかかって来る事だろうさ。

ま、そうしたらさっさと国ごと捨ててしまえとグスタフには言い含めてあるが。


……その後、奴等は自分自身が困り果ててから反省して泣きついてくるだろう。

だが、そんな連中はまた何時か同じ事を繰り返す。

面倒だ。商会の財力と物資のみ手元に残して、後は捨ててしまうのが最善の選択だろうな。


グスタフはその点、結構ドライだ。取りつく島も無く追い払うだろう。

最初の暴動時、文句も言わず付いて来た奴等までは家族扱いして良いと俺は思う。

……それ以外は知らん。


「しかし、我ながら人間ってのもどうしようもないよな……」

「与えれば増長、与えねば憤怒。結局何しようが絶対満足し続けたりはしないでありますからね」


俺はこの世界に転生してから、神は居ないのかと何度も思った事がある。

そして気付いたのだ。

少し大げさすぎるが何故神様は人を救わないのか……その仮説だ。


人に幾ら幸福を与えても、それを最後には退屈と切って捨ててしまう。

だったら不幸を与えてそれを切り抜けた達成感を味わわせる方が楽。

人の幸や不幸は感じ方次第。

つまり人間は自分で勝手に不幸にもなるが、同時に勝手に幸福にもなり得るのだから。


要するに神様は全てを自分にとって都合の良い方向に考える人間の思考を逆手に取った、

極めて高度な統治法を採っているんじゃないか?って事だな。

無論これは俺の勝手な思い込みだが、そうとでも考えないと納得がいかない。


ま、神様が人間を愛して無いなら話は別だがな?

……何故なら。


「うおおおおおおおおおおっ!昼間外出したせいで仕事が終わらーーーーん!?」

「ったく。ハイム……足が出るなら一束貸せ。やってやる」


「父?父ーーーーーッ!?お願いする!助けたもれーーーーーっ!うわーーーん!」

「人を大事にしてる神様は死ぬほど忙しくてこの様だもんな……」


泣き喚くハイムから書類を一束もぎ取ると、コーヒーを飲み干して目を覚まし、書類に目を通す。

迷宮の修繕費の書類だ。半ば公費の私的流用であるが故に、これの決済を通すのは大変だろう。

僅かな間違いも許されまい……今日の仕事は徹夜を覚悟せねばならんな、常識的に。


……あ、そうだ。

ついでだからあの件の事をハイムにも聞いておくか。


「ところでハイム。シーザーの件なんだが」

「何だ父?助けられたゆえ多少の相談には乗るぞ?」


「いやな。クレアを助けて貰ったじゃないか。その礼はどうしようかと思ってな」

「……まあ、百叩きでも高速ストンピングでも父の思うようにやれば良い」


ヲイヲイ。

ハイムは何を言っているんだ?

家族の恩人に対して何を言っているんだか。


「どうやったかは知らんが、クレアはサンドール女王としてやっていけそうな感じだ」

「うむ」


「クレアのトラウマを除去してくれたシーザーに対して正当に報いるのは当然だろうが」

「だから父としてはこのまま切り殺してやりたいのだろう?命はとるなよ。クレアに怨まれる故にな」


……いや、だから何でそうなる。


「…………おい、姉ども!?……まさか何も言っておらんのか?」

「えーと。おなかすいた。です」

「夜食食べに行くであります!」


え?あの……もしかして俺、何か大事な事を聞いてないのか?

もしや何かあったのか!?

……だとしたら……。


「シーザーが、まさかクレアに何かしたというのか!?」

「のあっ!?父、止せ!力を解放するな!?」

「せかい、ほろぶです!」

「にいちゃ!激しく自重であります!」

「なんという、あくむ、です」


俺の怒りと連動し、天が揺れ、地が裂け、風が唸る。

そのまま周囲が帯電し、振動を始めた。

驚いて飛び出した警備の兵達が、俺の状況を見て大慌てで走り出した。


……このままでは無駄に付いてしまった力を抑えるための封印が一つ解けてしまうな。

これが無いと日常生活が送れないから仕方ないが、解除はともかく再封印は面倒すぎる。

しかしそんな事は関係ないのだ。

クレアの事が第一だ!場合によっては許さん!


「いや待て父、世界滅んだらクレアも死ぬぞ!?第一クレアは何も傷ついておらんわ!」

「そうそう、むしろうれしそう、です」

「!?……ならいいんだが」


全身に僅かに込めてしまった力を抜き、蟻ん娘を一匹捕まえ目を開かせて複眼を凝視する。

……どうやら嘘は付いていないようなのでそのまま解放した。

俺はコイツ等を信じている。

裏切られたとしたら最早仕方ないとも思うのだ。

ならば最後まで信じよう。蟻ん娘達は俺を絶対裏切らないと。


「いいだろう。お前らがそう言うのなら信じよう」


「う、む……まあ、この話はここまでだな父」

「はーちゃん、今後その話題は禁止でありますからね……」

「まだ、にいちゃには、とてもいえない、です。こそこそ」


さて、ではさっさとこの面倒な書類を片付けてしまうか。

どうせ明日も早いしな。

しかし、何か騙された様な気がするのは俺の気のせいなのだろうか……?


「……のう、父に何も話しておらんのかい」

「にいちゃが真実を知ったらシーザーが殺されるであります」

「それは、まだはやい。だから、まだ、いわない、です」


さて、じゃあ今日ももう少し頑張りますか。

可愛い家族達の為にもな。


……しかし仕事のストレスが溜まるな……今度適当に全時空ひとつ滅ぼしてくるか?

え?全時空ひとつって何ぞ、だと?

そんなの世界観ごとに全時空があるに決まってるじゃないか。

そうでなければ全時空最強とかが何人も居る筈が無いだろうに常考。

もっとも、住んでる連中が可哀想だから本当にはやらないけどな。


はぁ。俺は元々適当に贅沢さえ出来ればそれでよかったんだけどなぁ……。

まったく。どうしてこうなったんだか。


……。


≪魔王ラスボス 第三魔王殿にて≫

我はラスボス。八つの世界を破壊した魔王なり。

我はその八つ目の領土にて戦力を蓄え、九つ目の世界との戦いの真っ最中である。


街も幾つか手に入れたが、予想外に敵は手強い。

10年前の悪夢を見ているかのような被害状況の中、今日は望外の朗報が飛び込んできた。


「魔王様!ドラゴンです!ドラゴンが暴れまわっているんです!」

「ガルルルルルルル!」

「どうか奴を追い払ってください!」


ドラゴン。最強の幻獣。

我とて今までただの一頭しか手に入れる事叶わなかった究極の種ではないか!

この世界にも存在したのか。


……我は内心の興奮を抑えつつ、まず異様に動揺している部下どもを怒鳴りつけた。


「静まれい!奴は食い物が無く止む無く街まで降りてきたものだろう!」

「「「ははっ!」」」
「「「ガウッ!」」」


「何としても捕らえよ!我は配下にする為の準備にかかる!」

「「「「ギャウウウウウウン!?」」」」
「「「「えええええええええっ!?」」」」


そして我は外野からの声を完全に閉ざした上で精神集中を開始した。

手に入れば久々の大規模戦力増強となる。気合を入れていかねばな。


「ま、魔王様!?」
「きゅうううううん!」
「駄目だな、聞く耳持たれないようだ」
「覚悟、決めるガアアアアアッ!」


もう少し精鋭が手に入れば、人間を獣人やアンデッドに改造する必要もなくなるだろう。

そうしたらハインフォーティンを探して討ち果たし、屈辱を晴らすと共に奴を配下にするのだ。

そして、かつて故郷に突然現れ我に最初の敗北を与えた者どもへの反攻の第一歩とする。

……何処に居るかは判らんが、そこは何時か必ず何とかして見せよう!


【お前はまるでラスボスだな】

【ラスボス?とは何だ!?】


【……最後の敵、と言う所か】

【最後の敵対者……ラスボス!】


不可視の船に乗り圧倒的な戦力を見せ付けた彼の化け物ども。

あの連中との戦いにより我は異世界の存在を知り、世界を渡る術を盗み出す事に成功した。

そして……その制圧に乗り出す決意をしたのだ。何せ異世界は豊かなようだったからな。


我は奴等を倒す事を最終目標として、奴らの呼んだラスボスと言う名を名乗り続けている。

かつての屈辱を忘れぬように。

……異界の魔王ハインフォーティンなど奴等の前座に過ぎぬ。

そう、こんな所で停滞している訳にはいかんのだ!


……。


「ま、魔王様!」

「……竜を捕らえたのか?」


「いえ、侵入者です」

「追い払え。忙しいのだ」


「いえ、じつは、わたし、も、すでに、はいぼ、く……ぐふっ」

「……どうした!?」


一体どれだけ深く瞑想に入っていただろうか。

突然部下の一人が駆け寄ってきて話しかけてきた挙句、

与えた仕事の完遂どころか侵入者に負けたと言ってきたのだ。


何があったのかと感覚を自らの内面から外界に向ける。

すると……これは、どう言う事だ!?

街が、壊滅しているではないか!

いや、それは構わんが折角集積した物資が焼け落ちている!

これから敵地に攻め入るというのになんと言う体たらくか!


「一体、何事なのだ!?」

「……部下が侵入者だと言っただろう?」


……ふと気付くと、剣が宙に浮いていた。

いや、巨大な剣を人間が持っているのだ。


「ほぉ……中々良い素体だな。いい魔物になりそうだ」

「だろうな。だが、私を捕らえる事など出来はせん」


中々大した度胸ではないか。

観察をしてみるとその人間は全身を重厚な鎧で守り、

自分の数倍はある巨大な剣を肩に乗せ歩いてくる。

……とても扱いきれるとは思わんが、それでももしまともに振り切れると仮定すれば、

今の我になら十分に脅威となろう。


「……ふむ。貴様は勇者か?」

「否。私は騎士……リンカーネイトの騎士、アオなり!」


騎士か。

この国の騎士どもは大半が多少腕の立つだけの人間だったが、

中には素晴らしい素材も存在していた。

……特に現在の四天王第二席・死霊騎士デスナイトの素体となったユリウスとか言う男は素晴らしい。


何せ、死してなお主君への忠誠を失わず、あらゆる拷問に耐えきった。

従わせるには他ならぬその主君……ここの元王の存命を認めざるを得なかったほどだからな。

無論戦闘技術も人間にしては大したものだった。

更にリビングアーマーと化した今は、人間時代とは桁違いの力を得ておる。


こ奴もそれに近い素質を感じるぞ。

失った幹部の代わりになるやも知れん。

これは必ず手に入れねばならぬな。


「はっはっは!我は魔王ラスボス!我に逆らう愚か者よ……身の程を知れぃ!」

「身の程を知る、か。その方が良いぞ、魔王ラスボス……!」


それにしても全く動じないな。うむ、素晴らしい。

こ奴を捕らえたらアンデッドではなく獣人化させようか?

きっと見た事も無いような見事な獣が生まれる事だろう。


……それで思い出したが……まったく、デモンズウールの馬鹿者め。

10年前に戦死した四天王第三席デモンズゴートの息子だからと守備隊長に抜擢したにも拘らず、

敵をここまで通すどころか昨日辺りから行方を眩ませおって。

あの馬鹿羊め……四天王昇格は延期だな。せめて敵に即応してくれれば話は別だったのだが。


まあ、それもこれもまずはこの目の前の人間を倒してからか。

有能な配下は多ければ多いほど良いに決まっておる。


「さあ、何処からでもかかって来るが良い!」

「ならば正面から行かせて貰う!」


全身を躍動させ、明らかに人間の手には余るであろう巨大な剣を振り回す。

切り落としを横にステップして避けると、今度は返す刃で切り上げが襲ってくる。

振り回した力をも利用した二段攻撃か。


「だが甘い!我を誰だと思っておる!?」


避けられない事も無かったが、やられっ放しも不愉快な為、

迫ってきた剣を握り締めた。無論、切り上げの勢いが弱まった瞬間を狙ってだ。

刃が肉を切り裂き骨にまで達する……がそこで止まる。

手が血で濡れたが多少痛みを感じるだけだ。問題は無い。


「さて、中々やるようだが所詮は人間……我が軍門に下れぃ!」

「断る!」


そこで降伏を勧告してやろう。まあ、それで下るような根性無しならその場で踏み潰すが。

……そう考えながら口を開く、が敵の姿は既に無い。


「なっ!?剣の腹を――――――!?」

「私の本分は、盾と片手剣だっ!」


いや、この人間めは自分の剣を手放すと、己の手放した剣の腹を駆け上って来たのだ。

しかもその手には背中から取り出した盾と腰に下げていた普通の長剣が握り締められている。

……防御が、間に合わん!


「ぐっ!?喉をっ!?」

「はあああっ!」


奴は我の肩口に足をかけそのまま後方上部に駆け上るかのように跳躍する。

しかもすれ違いざまに我の首に一撃を加えてだ。

しかも我がそれに気を取られた一瞬の隙をつき、

壁を蹴って地面に戻ると股の間を通って巨大剣の柄を握りに戻り、

そのままズイ、と剣を我が手から引き抜く!


「ぐうっ!?」

「抜き身の刃を素手で握り締めているからだ……!」


深く切り傷を負った我の手を見る。

……手強いな。デスナイトの素体と戦った時を思い出す。そう言えば何処か似ている気もする。

だが同時にそれは、奴では我には勝てないという事実も示しているのだ。


「ふむ……中々やるようだが貴様も所詮は人。我の一撃には耐えられまい!……はあぁっ!」


全身に力を込めて衝撃波を起こす。

一斉に窓が割れ、壁・床・天井……その全てが一斉に打楽器のような音を奏でた。

どんなに身が軽かろうとも、避ける事がそもそも不可能なこの技には無力だ!

デスナイトも人間だった頃、これで体制を崩した所で詰んだのだぞ!?


「ぐっ!」

「……盾を構えて耐えたか。危険さを察知したのは優秀だが、守りでは勝てぬぞ!」


しかし、このアオとか言う人間は盾に身を隠して耐えきりよった。

……奴以上の逸材か!?これは楽しみだ。さっさと殺して改造してしまわねば!


構えた盾に目掛けて拳を振り下ろす。

経験から言って盾で防御を硬く固めた輩は、その防御に正面からぶち当たると受けに回る傾向がある。

防御しきれると言う自負がそうさせるのだろうが……我は魔王ラスボスぞ?

その盾ごと打ち砕いてやろう!


「おおおおおおっ!?……ば、馬鹿な!?」

「私の盾は特別製でな……特別に頑強なのだ!」


しかし、盾は……あの人間は耐え切った。

敵を砕ききれなかった拳には重い負荷がかかり骨にヒビの入る鈍い音がする。

しかしあの盾は健在だ。

いや、例えそうだとしても……何故我の腕力と体重に奴は耐えられるのだ!?


「陛下はラグビー……とか言っておられたな……」

「ぜ、全体重を盾にかけて凌いだだと!?」


腕だけでは足りぬと見て肩口から体当たりしてこちらの力と拮抗させたと言うのか!?

馬鹿な。

もし我が虚を突いて盾を引っ張るのに転じたら、そのままつんのめって無様に転ぶ所ではないか!

成功したから良いようなものの、何故そんな無謀な真似を!?


「……卑怯なら兎も角、姑息な小手先の技を使うとは思わなかった。お前は魔王ラスボスだからな」

「ふん。魔王の美学を解するとでも言うのか?思い上がりもいい加減にせよ!」


……最早、表のドラゴン捕縛どころではない。

目の前の人間は討ち果たすべき敵と認識した。

全身に魔力を漲らせ、万一の為に封じていた真の姿に戻る準備もしておく。

さて、久々に本気で戦うとしようではないか!


……。


しかし。現実は、この様だ。

我は無様に地に膝を付いている。

何故だ!?どうしてこうなった!?


「……な、ぜだ……何故、あらゆる技が、防がれる……!?」

「ラスボス。私はお前の手の内を全て知っている……ただそれだけだ、褒められた物ではない」


軋む体を騙し騙し立ち上がる。

相手はまだ軽く息があがっている程度だ。

だと言うのに、この我が……何故地面に膝など付いているのだ!?

せめてハインフォーティンとの再戦までは取って置こうとしていた真の姿すら晒しているというのに!

この不気味な、キマイラ(合成魔獣)としての姿を!


「舐めるな……我はラスボス……八つの、世界を……滅ぼせし……!」

「無駄だ!」


正攻法ではどうしようもないと指先からの閃光による奇襲。

だがあっさりとかわされ、逆に膝に飛び乗られて額に重い一撃を食らう。


「ぐうううううううっ!」


い、いかん。

我自身の血が目に入り何も見えん。

……これで、終わりだと言うのか!?

認めん!そんな事は認めん!


「止むをえん、な」

「……ほう。遂に切り札を切るか?」


心臓が、跳ねた。

いや。そんなまさか……我の切り札は故郷から出て以来使った事が無い。

使わなくとも勝てるように己を追い込むためだ。

あれを封印してからは痛みとの戦いを続ける羽目になったが、

そのお陰で強くなれたのは疑う余地も無い。


……眼前の人間を見る。

あの巨大な剣を大上段に構えていた。

用意するは防御を捨てた捨て身の一撃……それを見て我は悟る。


「……祖父から受け継いだ長々剣。いかなる防御をも貫いてみせよう……いかなる装甲もだ!」

「ふっ……本当に、知られているとはな」


力が抜けた。完全に、詰んだのに気付いたからだ。

我が切り札を知られ、対策まで取られていては話にもならん。

……我も魔王。余り無様には足掻くまい……。


「は、はははは!まさか、まさかこんな所で討ち果たされるとは!なんと、何と無様な!」


どうしようもない笑い声が喉の奥からとめどなく漏れ出す。

故郷での敗北も、10年前の屈辱も。

何もかも置き去りにこんな異郷の果てで果てるのか?

……まあいい。それもいい。我には似合いの死に様かも知れん。


だが、想定していた追撃は無かった。

奴は既に荒かった呼吸すら整えていたと言うのに。


「何故、殺さん?」


解せぬ。

誰かも良く知らんが、我を殺しに来たのは間違いないだろう。

奴の目には消しきれぬ憎しみの光。そして何故か哀れむような、または自嘲するような光が見えた。

我を逃す理由など無い筈だが。


「お前を殺すのは私の役目ではない」

「……何?」


「魔王ラスボスを倒すのは、勇者シーザーをおいて他に無い」

「千載一遇の機会だぞ?本気か?」


我ながら困惑に満ちた言葉だった。

彼の者はこちらに斬りかかりたい衝動を抑えるかのように武器を収める。

そして振り返って崩れかけた王座の間から去っていった。


「場を整えて待っていろ。……勇者は必ず、いつかお前の下に辿り着く!」

「……ほぉ。面白い……あ奴がか?あの未熟な勇者が我の命に届くと?」


既に奴は何も応えない。

唯一人、我は広間に残されたのだ。


……認めよう。


我は、見逃されたのだ!

下等な筈の人間から!

何たる屈辱、何たる侮辱か!?

我は、我は魔王ラスボスぞ!?


「ま、魔王様!ご無事でしたか!?」

「……ドラグニール、か」


暫し放心していると、肩口から血を流しながら四天王主席、竜人ドラグニールが駆け込んできた。

思えば、旗揚げ当初からの部下はもうこ奴しか残っておらん。

……我ながら、血を流しすぎ……いや、そうは思うまい!

さもなくば今まで我の後に続いてきた者達に申し訳が立たぬ!

奴等の挺身に報いる方法は我等の繁栄をおいて他には無いのだからな。


「は、はっはっは!我は魔王ラスボス!この程度の事で我が道を止められはせん!」

「魔王様?」


ドラグニールは怪訝そうにしている。

まあ当然か。


「よい。ところで……被害は?」

「はっ!兵の損失は不明ですが集積物資の約半数が消失……それと人間どもの一部が逃げ出しました」


人間が逃げた?

そうか。あの人間は他の人間を逃がすために戦っていたのか?

まあいい。

どうせ街に残っていたのはワーウルフにすらなれんような戦力外の者どもだ。


「それは構わん。それと他には何かあるのか?」

「……はっ。それが……城内奥に進入された形跡がありますが、何も無くなっておりません」


奇妙な。

奴等は一体何を考えている?

……不気味な不安感が我が内を駆け回る。


「ガウッ!一大事です!」

「ワータイガー?何事か?魔王様はお忙しいのだ、報告は迅速にせよ」


その時だ。

一頭のワータイガーが駆け込んできた。


「新規占領都市・新マケィベント近郊に人間どもの軍隊が集結しつつあります!街を取り戻す気です」

「なんだと!?この忙しい時にか!おのれ人間ども!」

「……静まれ」


そしてもたらされる凶報。

だが、お陰で我は逆に頭がすっきりとしていた。

……わからぬ事など後でよい。事は判りやすい方が良いのだ!

我は立ち上がり、拳を握り締めた。


「侵入者など最早構うな!主だった者どもを集めよ!戦の支度を始める!」

「はっ!」

「ガウッ!」


面白いではないか。

我を殺すのは勇者シーザー、だと?

ならば、抗おう。叩き潰そう。

我は何時だってそうしてきたのだから。


「我に逆らう愚かなる者どもを生かしておくな!魔王軍、出撃だ!」


我はラスボス。

何時もいかなる事をも力で解決をしてきた。

それは死ぬまで、変わりはせん!


……。


≪少し後、第三魔王殿最奥部にて≫

魔王ラスボスが配下の前で気勢をあげていたまさにその頃。

城の奥に進む少年と、それに追いつこうと足を速める青年の姿があった。

暗い廊下をランプの炎に照らし出されつつ彼らは進む。


「遅れました。ですがそろそろ連合軍の総攻撃が始まります、敵は私達に構う暇など無くなる筈」

「そうですか。アオ……時に我が国は連合軍に参加しなくて本当に良かったのですか?」


警護の兵を事も無く葬り去りながら、グスタフとアオは行く。

まるで無人の荒野を行くが如く。


「はっ……それで、いいのです」

「ラスボスは勝つでしょう。彼らの勢力が大きくなるのを黙って見ているのは合理的ではありません」


「……アリサ様のお言葉です。"この際だから膿を出し切るよー"との事」

「そうですか。成る程、僕にも判りました……道理で友好勢力が悉く連合に参加していない訳ですね」


コツコツと靴音を響かせながら。

彼らは己の存在を隠しもしない。


「グルルルルルルッ!」
「ガォオオオオオッ!」


「またですか?無駄な事を」

「殿下、ここは私が!」


通路の所々に赤いシミを残しながら彼らは行く。

その存在を察知して、生き延びられた牢番は居なかった。

誰もその存在を伝えられないのなら、それはある意味完全な隠密行動なのかも知れない。


「さあ、アラヘン王はこの塔の最上階です。殿下」

「随分、寂しい所ですねアオ?」


「……本来の用途は問題のある王族を隔離しておく為のものでしたから」

「王自身が使う羽目になるとは、皮肉ですね」


彼らは塔を登っていく。

目的はアラヘン王との対談。


……その塔は城の奥にあった。

王族とその護衛しか立ち入れない区画からしか入れないように作られた、隔離された塔。

それは権力闘争に敗れた王族の幽閉場所であった。

そして、今そこにはアラヘンの国王自身が閉じ込められているのである。

グスタフの言葉ではないが、それはまさに皮肉であった。

何故なら王自身がまさに権力闘争に敗れた者、そのものであったのだから。


「止まれ!この先におわすは、先のアラヘン国王陛下。貴殿らの害にはならぬ!」

「……看守?いえ、護衛でしょうか。王に対する敬意を感じますね」


そして、塔を登る彼らの前に現れるは重層鎧に身を包んだ一人の騎士の姿だった。


彼は奥に見える分厚い扉の前に一人立っている。

……だが、その声は妙に反響をしてくぐもっていた。

そう、まるで鎧の中身が無いかのように……。


「そうですか、ではさようなら……アオ?」

「王子殿下ここは私が。……失礼、魔王軍四天王第二席、デスナイト殿とお見受けする」

「いかにも。それを知って未だここを通りたいと言うのなら、それ相応の覚悟をして頂きたい」


無造作に腕を払おうとするグスタフ。

だが、それをアオは押しとどめ鎧の怪物の前で一礼をした。


「いや。私達は我が主君の名代としてアラヘン王に拝謁しに参ったのだ……通して頂きたい」

「お帰り願おう。今更この国に希望などあるものか……陛下にはせめて心安らかに過ごして頂く」


「話の価値を決めるのは貴殿では無いぞデスナイト卿!……それとも今は魔王のほうが大事なのか?」

「……私は魔王様に忠誠を誓ってしまったのだ。心ならずとも騎士は誓いを破ってはならない」


静かに、だが確実に場の雰囲気は鋭利な刃物のような鋭さを増していく。

だが、お互いまるで引くことも無く言葉に刃を載せて互いに向けて放ち続けた。


「では聞こう。アラヘン王はこの会談に否を突きつけたのか?」

「事前の約束もなしに王に謁見できると思わないで頂きたい!」

「……おかしいですね。先ほどの貴方はアラヘン王を"先の"王と呼ばれていませんでしたか?」


「ああ。大変遺憾ながらこの国の現在の王は魔王様なのだ」

「でしたら良いでしょう?彼に何をして頂きたい訳でもない。ご意見を伺いたいだけなのです」

「せめて王の意思を確認して頂けないか?……アラヘンの騎士、ユリウス殿」


その言葉に鎧の男はびくり、と体を震わせた。

そして暫し考え込むように固まっていたが、しばらくしてポツリと呟いた。


「……いいだろう。王にお伺いする、ただし」

「謁見を拒絶されたら私達はそのまま帰還と言う事で構わない。殿下もそれで宜しいですか?」

「ええ。会見拒否は即ち拒絶の意思表示に違いありません。僕もそれで良いです」


……鎧の騎士は扉を軋ませて奥に消える。


「アオ。部屋を見ましたか?」

「はい、王に対する扱いはどうやら悪くなかったようですね。安心しました」


「違います。部屋が豪華すぎるしワインセラーまで見えました。この期に及んで贅沢な事です」

「殿下。王としては贅沢どころか最低限の生活さえ保障されていないと感じている事でしょう」


「それは、まあ驚きましたね。何故か判りますか?」

「それまでが豪華すぎたのです。王も悪い方ではありませんが……そもそもの常識が違いすぎるのです」


「……判りました。僕はそれを念頭において交渉せねばならないのですね?」

「……はい。殿下、くれぐれもご自重を……」


扉の隙間から見えた王の生活。

部屋の中は豪華な装飾品と色とりどりの彫刻や絵画で溢れていた。

高価な酒瓶も切らさないようにされている。

……グスタフはそれが気に入らないようだった。

だが、交渉の為に務めてそれを腹の底に押し込めて表情を押さえる。


「待たせてしまった……陛下はお会いになられるそうだ。決して失礼が無いように」

「そうですか。では行きましょうかアオ。アラヘン王が僕らの提案を飲んでくれれば良いのですが」

「はっ」


そして、三人は扉を越え……囚われの王の寝室に踏み込んで行ったのである。


……。


豪華に見える部屋の中、かつて玉座だったものを椅子代わりにしてその王は居た。

着ている物は豪華絢爛、だが頬はこけ目の下には深いクマ。

豪奢であったろう口ひげすら伸びるがままのその姿はかえってみすぼらしさを感じさせる。

だがせめて威厳だけは失わないと気を張りつづける老人。

……それがグスタフ達が見たアラヘン王と呼ばれた男の姿であった。


「お会いできて光栄です。アラヘン国王陛下。僕はグスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ」

「今回我が主君から書状を預からせていただきました。私はアオグストゥス=リオンズフレア」


それに対しグスタフは片腕まで使っての深い一礼。

アオに至っては普段は偽名で過ごしているにも拘らず、

完全なフルネームで名乗った上、膝まで付いている。


「うむ。わしがアラヘン王……国名であり、わし自身を示す名でもある。此度は良く来たな」

「はい。我が父が貴国の苦難を知り、僕らに出来る事は無いかと思いここに参上した次第です」


「貴国の……苦難か。確かに苦境どころではないな。それにしてもあの魔物の群れをどうやって」

「蹴散らしました。城を汚した事をお許し下さい」


アラヘン王は笑った。

非常に愉快そうなその笑みは、久方ぶりに笑ったかのように大きなものだった。


「はっはっは!奴等を蹴散らしてか。面白い冗談だな」

「……いえ、陛下。彼らの言葉は本当です。城は今も大騒ぎで御座います」


それを冗談だと談じた王に対し、横から鎧の男が耳打ちをする。

王はそれを聞き、目を見開くと満足そうに笑った。


「ほう?ユリウスがそう言うなら真実なのだな……うむ。我がアラヘンもまだ捨てた物ではないのか」

「貴国の勇者から話は聞いています……ラスボス打倒は僕らの望みでもある、そう言う事です」


「勇者?確か勇者は全員魔王に殺されてしまった筈だが」

「生き延びて我が国に落ちて来た者が居るのです……彼は今もラスボス打倒を諦めていないそうですよ」

「その通りです!最後に旅立った勇者……覚えておいでですよね!?国王陛下?」


アオが何処か勢い込んで話したその言葉に鎧の男は震え、王はほぉ、と嬉しそうに呟いた。


「ユリウスの弟か!?そうか、あ奴め生きておったか!まだ諦めては居ないのだな?良い心がけだ」

「……シーザーが、無事だった……と?」


「そう。貴殿の弟は無事だ。勝ち目の薄い戦いだが諦めずに頑張っていると言わせて貰おう」

「そうか……無事だったか……!」

「良かったではないかユリウス!奴に授けた崩壊の剣なら魔王と刺し違える事も出来よう」


デスナイト、いやユリウス=バーゲストもアラヘン王も嬉しそうな顔をしていた。

彼らにとって、それは久方ぶりの朗報だったのだ。


「わざわざそれを伝えに来てくれたのだな?嬉しいがこんな所では満足に褒美も出せん……済まぬな」

「いえ、今回の本題は別にあります。アオ?」

「はっ!国王陛下……この書状をご覧下さい」


アオは王に一通の書状を手渡す。

それはカルマからのアラヘンに対する提案の書かれた親書であった。


「……リンカーネイト王国……それがお前達の名付けた国の名前なのか」

「はい。我が父はあなた方の国の奪還、及びその復興をお手伝いする用意があります」


「ふむ。だがただではあるまい?」

「条件は、その手紙に書かれたとおりです。いかがでしょうか?」

「国王陛下。本来ならば時間をかけて協議していただきたいのですが私達には時間がありません」

「……確かにそうかも知れん。我等がある限り警備の穴など二度は空くまいな」


手紙に書かれていたのは以下の通りである。

①リンカーネイト王国とアラヘン王国の国交の樹立。
②リンカーネイトはアラヘンの奪還と復興に力と資金を貸す事。
③上記にかかった費用は復興完了後、年1%の利子をつけてアラヘン側が返済する事。
④復興完了次第、難民の帰還を許可する事。ただし本人の意思次第ではその限りではない事とする。
⑤以上の契約が守られない場合、契約を破棄した側が実費の200%を損害賠償として支払う事。
追記1:復興完了とはアラヘンの税収がラスボス侵攻以前の8割にまで回復した時とする。
追記2:アラヘンの奪還が成らなかった場合、アラヘン側の支払い義務は生じないものとする。


「……ふむ。これは……」

「陛下。アラヘンの現状からすれば断りようの無い条件かと存じますが」


条件を見て唸ったアラヘン王にデスナイトが進言する。

これをよく読めば判るが、もし奪還に失敗した場合や税収が戻らなかった場合、

アラヘン側は一銭も支払わなくて良い。

負けて元々の現状からすればやるだけ得のように見えた。

だが、王はそれでも首を捻る。


「失敗した場合はわしの首がラスボスに飛ばされる、それだけで良いのだな?」

「はい。無論首が飛ぶかはラスボスが決める事ですが……お嫌なら亡命政府でもお作りになられますか」

「その場合はこのままこの地を脱出を。無論道中はこのアオが必ずお守りします」


「いや、わしは世界統一国家アラヘンの王……逃げ出したりだけはせん」

「そうですか。それで、申し訳ありませんがどうするのかこの場で決めて頂けませんか?」


……王は暫く沈黙した。

そして、静かに目を開く。


「グスタフとか言ったな。お前は全権を預けられた使者、そう言う認識でよいのか?」

「はい。そう考えていただいて結構です」


「では、一部だけ契約の変更をしたい……①番の項目の削除を頼めるかな?」

「……僕達の国と国交を樹立する気は無い、と?」


「うむ。そもお前達は何をしておる」

「何をしておる、と言われますと?」


「この非常時に乗じて己の国を作り上げた手腕は認めるが……それはな。反乱でしかないのだ」

「……何を仰っているのか判りかねます」


室内の空気に不穏なものが混じり始めた。

デスナイトは腰の剣に手をかけ、アオは悲しそうな、だが達観した顔で静かに一歩下がる。


「世界に存在する国家はアラヘンただ一つ!独立を認めるわけにはいかんのだ。わしの立場として!」

「王よ。貴方は勘違いしておられます。僕らの国は……世界の外にあるのです」


「……判っておる。わしが不甲斐無いばかりにお前達は自らの土地を自ら守る必要があったのだろう?」

「いえ。ですから」


グスタフは反論しようとするが、王はそれを遮った。


「何も言うな。無力な王であるのは承知の上だ……公のわしはお前達を認める訳にはいかぬ」

「……駄目ですね。聞いてくれません」

「殿下。国王陛下には異世界と言う概念自体が無いのです……まあ、判っていた事ですが寂しいですね」


「だが、個人としてはお前達の国を黙認しよう。それがわしの精一杯の好意だと思ってくれ……」

「……参りましたね、これは」

「出直しましょう。やはり、無理だったんです……」


お互いに、どうしようもない認識の差。

いや、これはある意味想定していた通りだ。

グスタフだって最初から無理ではないかと薄々感づいてはいたのだ。

実はカルマも親書こそ持たせたもののそれは名目でしかなく、

兄貴に呼ばれたので代わりに行って来い、が本題だったのだから。

……反乱者として討ち取れ!とか言われなかっただけマシだったのだろう。


「そうか、まあわしに独立を認めさせたいからこそ、こんな無茶を考えたのだろうしな……当然か」

「兎も角この話は一度白紙に戻します……とりあえず勇者への援助は続けますのでそこはご安心を」

「そうか……弟を、宜しくお願いする」


僅かに張り詰めつつあった空気が弛緩する。

お互いに妥協して最低限の取り決めが出来たからだ。

それは何か?

無論、基本的に相互不干渉と言う事をだ。

ただし片方の勢力は干渉不可能な状況であり……更に根本的な認識のズレがあったが。


「アラヘンに再度帰属してくる日を待っておるぞ。お前達に悪意が無いのは理解したからな」

「そう、ですか。ともかく僕らはこれで失礼します」


ともかく条約締結はならなかったのだが、

それなりに好意的な雰囲気のまま判れることが出来たのは幸運だったのだろう。

何故なら……これは根本的に価値観の違うもの同士の接触だったのだから。


グスタフは席を立つ。

そして帰ろうとすると王が呼び止めてきた。


「そうだ。折角ここまで来たのだ……土産の一つもやろうではないか」

「いえ。王に残された資産を奪うような真似はしかねます」


「気にするな。財宝などここでは何の役にも立たぬ。それより今日は久々に客人と話が出来たのだ」

「そう言う事でしたら、頂きますが」


そっとグスタフに手渡されてきたもの。

それは一本のレイピアだった。

銀で装飾の施されたそれは、熟練の職人が作ったものらしかった。


「これは?」

「これはわしが昔使っていたものだ……すまんな、褒美に出せそうな価値ある物はこれぐらいなのだ」


えっ、と思って周囲を見る。

……豪華な部屋だ。美術品や絵画で飾られている。

しかし、グスタフ達は気付いた。

その輝きが……あまりに安っぽい事を。


「絵や美術品は偽物や傷物ばかり……金色の輝きは真鍮だな。金貨はメッキ、宝石はガラス玉だ」

「……そう考えるとかえってみすぼらしく見えますね……」


「うむ。元々この部屋は嫌がらせの意味もあったからな……まあ我が一族の自業自得だ」

「リオンズフレアの末裔の名が泣きますね」

「いえ。マナリア時代の話を聞くとむしろフレア様達の世代が異常なのです……お爺様の血でしょうが」


恥を晒したせいで顔を顰めて少し俯き加減だった王だが、

……リオンズフレアの名で顔を上げた。


「ほほう!金獅子姫の伝説を知っておるのか?あの英雄譚は良いものだ!」

「ええ。故あって……それに先ほども言いましたがこのアオはリオンズフレア家の者ですよ?」


室内の視線が全てアオのほうを向く。


「そう言えばそう名乗ったな。しかし大仰な事だ……王家ですら遠慮する彼の家の名を名乗ろうとは」

「仕方ありませんよ。彼は本家筋ですから」

「本家筋は既に途絶えて久しい筈だが?……騎士階級以上なら血を引いている者は多……かったがな」

「父がリンカーネイトに分家を起こした時に引き続きリオンズフレアを名乗った。それだけの事です」


「ともかく、そんな大事な物でしたら尚の事受け取る訳には参りません。それは愛用の武具でしょう?」

「うむ。だが大事と言えるものでなくば褒美にはなるまい?」


つまり、運良く手元に残された愛用の武具を寄越そうとしていたと言う事だ。

流石に青くなったグスタフはレイピアを王に返却した。

流石にそんな大切なものを受け取る訳には行かなかったのだ。


「しかし。王が己の言葉を反故にする訳にもいかん。ワインセラーも中身は水だし、どうしたものか」

「……あの。でしたら国王陛下にお願いがあるのですが!」


とは言え、王としては自分の言葉を反故にしたくないようだった。

だが、グスタフとしても要求できそうな適当なものが無く困り顔をしていると、

突然アオが一歩踏み出して膝を付いたのだ。


「ふむ?今のわしに出来る事ならな」

「……でしたら、シーザーに……何か一言お言葉をかけてやって頂けませんか!?」


しん、と周囲が静まる。

リオンズフレア家に関する談義で妙に盛り上がっていた空気が一気に引き締まった。


「言葉、と言われてもな……わしはこの通り幽閉の身の上だぞ」

「手紙でも伝言でも構いません!異郷の地で必死に戦っている勇者に、何卒!」


……アラヘン王は暫し無言だった。

だが、突然机に向かうと一枚の羊皮紙を取り出し、ペンを走らせる。

そして己の指を噛むと血判を押した。


「……わしは、愚かだな。そんな事にも気付かんとは」

「いえ。差し出がましい事を致しました」


「アオ殿……」

「流石はアオです。これなら誰に対しても角が立たないでしょう」


差し出された手紙を大事にしまいこむと再びアオは王に一礼をした。


「有難う御座います……奴を鍛えた身としては、報われないアレが不憫でならなかったのです」

「いや、礼を言うのはわしの方だ。ユリウスの弟にも宜しく頼む」

「さて、遅くなってしまいました……僕らも早く撤収しましょう。アオ、行きますよ」


そして、グスタフと共に風のように去っていったのである。

……二人の消えた室内で、王はドサリと玉座に腰を降ろした。


「いつの間にか、わしも諦めきっておったのだな……まさかあ奴がまだ諦めておらなかったとは」

「はい……そうで御座いますね陛下……。そうか……あいつが……」


疲れたようにワインセラーから水入りのワインボトルを取り出す。

そして、王は欠けたグラスに二人分の水を注いだ。


「ただの水だが僅かにワインの風味がするぞ……ユリウス、付き合ってくれ」

「はっ……飲めないので口につけるだけで、で宜しければ」


「お前にも、苦労をかける」

「いえ。忠誠こそ騎士の本分なれば」


王は壁の絵画を眺める。

題は"巫女のボーナス"そして"モンクの叫び"と"ゲロニカ"

粗悪な贋作だが、今日はそんなものでも楽しく見れた。


「気持ちの良い男達であったな……謀反人にしておくのが惜しいくらいだ。まあ、わしの自業自得だが」

「……王が悪い訳ではありません!全ては我等騎士団があっさりと壊滅してしまった事によるもの!」


「何にせよ、全てが終わったら彼らの元へも討伐隊を向かわせねばならんのか」

「陛下……確かに王自ら法を破る訳には参りませんが……そもそも」


「魔王から国を取り戻せたらの話だがな?しかし無碍には扱うまい……良いポストを用意せねば」

「左様ですね。そういう事で悩める状態に戻れれば良いのですが……」


「王と言うのも因果なものだ。個人的には大層気に入ったのだが……ままならぬものだ」

「……無礼を承知で申しますが、その心配をする日は来ません。残念ながら」


コトリ、とグラスが音を立てる。


「ユリウスよ。時に本気で魔王に忠誠を誓う気か?わしのことなど気にする必要は無いぞ」

「いえ。不本意とは言え誓いがあります。私が魔王を裏切る事は無いでしょう」


「しかし、な。不本意ではないのか?」

「陛下……どうやら招集がかかったようです。暫くは別の者を寄越しますので」


ドアが軋みを上げて開き、そこに駆け込むようにデスナイトは姿を消した。

静まりかえった部屋。残された王は嘆きの声を上げる。


「辛くは無いのか?……命果ててまでわしに忠誠を捧げる必要など無いのだぞ、ユリウスよ……!」


アラヘンの王は偉大な王であった。

国を無難に治め、軍を無難に掌握していた。

魔王ラスボスの軍勢にぶち当たったのは、ただ運が悪かったからに過ぎない。

王宮はそれなりに腐敗していたが、それは長期安定政権のお約束だろう。


「しかし、他の国家か。アラヘンが力を失った証拠だな……嘆かわしい事だ。頼みの綱は勇者だけか」


……問題があるとすれば、王は根本的にカルマ達とは相容れぬ価値観の持ち主だったと言う事。

そしてもう一つ。


「勇者か……そう言えばユリウスの弟……奴の名はなんと言ったか?」


王に名前すら覚えてもらえないほど、シーザーは故郷から期待されていなかった。

と言う悲しい事実が存在する事である……。


続く





追伸:特に思惑が無いのでトレイディアの村正は端折りました。因みにあいつは今日も元気です。



[16894] 16 マケィベント戦記
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/16 08:09
隔離都市物語

16

マケィベント戦記


≪勇者シーザー≫

無銘迷宮到達より一週間が経過した。

私達一行はフリージア殿が存在を知っていた何個目かの秘密の小部屋で休息を取っている。

なんでも、洞窟を掘った時に作業者の休憩用として作られたものらしいが、

来客者に見せると萎えるだろうからと言う理由で隠されていたスタッフオンリーの楽屋、らしい。

……何を言っているのかは判らなかったが、

とにかく便利だし、隠し部屋でもあるので安全と言う事もあり、

私達は幾つもあるというこの小部屋を渡るように先に進んでいた。


「あ、シーザーさん?お風呂空きましたよ」

「クレアさんか。判った……しかし寝室はおろか浴場まで付いているとはな」

「だって汚いの、やだお」

「そうなのだナ……あ、排水溝の毛など拾うなヨ?」


拾うものか!破廉恥な!?

私を誰だと思っているのだ?


「私は勇者シーザー。そんな真似などするものか!」

「じゃあ、人の家でタンスとかも漁らないのかお?」


「漁る訳無いだろうアルカナ君!?何でそうなるのだ!?」

「だお。立派な勇者も居たもんだお。これはアレだお、縛りプレイなのら」


……縛りぷれい?とは一体何なのだ!?

それはともかくとして、この世界において勇者と言う称号は嘲笑の対象になっている気がする。

まったく、この世界では勇者とはどういう扱いになっているのか!

そもそも他人の家でタンスを漁るなど、それは勇者ではなく盗賊ではないか。


「伝説の五大勇者が一人、マナお婆さまは結構そう言う方だったようだがナ……」

「何なんだその人間のクズは!?」


む。アルカナ君が袖を掴んで引っ張っている?

しかも、涙目!?何故だ!?


「シーザー。うちのおばーやんをあんまり悪く言わないで欲しいお……事実だけど辛いお」

「マナ様は精神的なご病気だったんです……あの方が悪い訳じゃない、って母さんは言ってました」

「厳密に言うと、あの方だけが悪い訳じゃない、だがナ」


う、これはしまった。

アルカナ君やクレアさんのご縁者だったのか。

しかも心に病を抱えた方?だとしたら仕方ないのかも知れない。

……きっと、魔王との戦いで心を病んでしまわれたのだろう。


そう言えばこの地の魔王……ハインフォーティンと言ったか。

一体どんな魔王だったのだろう……。


リンカーネイトの国王陛下もその五大勇者の子孫と聞いた事がある。

あの方の祖先でもなくば敵わぬ様な魔王だとしたら、

それはどれだけ強力な存在なのか……恐ろしい事だな。


「……魔王ハインフォーティン、一体いかなる魔王なのか……?」

「突然どうしたお?」

「ふむ?知りたいのカ?今更?何でダ?」


ふむ。彼女達も知っているようだ。

一度聞いてみるのも良いかも知れん。


「いや、その50年ほど前に倒されたハインフォーティンなる魔王は一体どんな魔王だったのかと」

「違うゾ。それは先代なのだナ……ハインフォーティン様は伯父上が名付けられたのダ」


なんと、国王陛下が?

しかも名付けたとは一体どういうことなのか。

いや、それ以前に先代魔王?と言う事はこの世界において魔王は世襲制なのか?


「そもそも、この世界の魔王様は、代々先代を殺した輩の子孫として転生するのダ」

「自分より強い者の遺伝子を取り込むことで更なる能力向上を図るらしいですね」

「……そうなると……我が子が魔王として生まれる事があるとでも?」


皆はいっせいに頷いた。


「そうだナ。一時期のマナリア王国では生まれてきた赤ん坊が魔王だと判るや殺す風習まであったゾ」

「酷い話なのら」


恐ろしい。魔王を倒すだけでは終わらない。

いや、それこそが始まりだと言うのか!?

我が子が魔王だと知った両親の苦悩やいかなるばかりだろう。

……殺しても無意味、そんな恐るべき魔王に打つ手はあるのだろうか?


「まあ、魔王なんてほっとけば良いお。ホットケーキでも食わせてれば満足するお。お安い女だお」

「こら。アルカナ、幾らなんでも失礼でしょ?……怒られるよ?」

「と言うか、ホットケーキで満足するのはルン伯母上のだからなのだナ……アレは絶品なのだナ」

「いやちょっと待ってくれ!?」


ま、満足とは何なのだ?

その話からすると、まだ見ぬ第一王妃様はホットケーキで魔王を封じているとでも言うのか!?

……ありえん!


「第一、ホットケーキ一枚で魔王を封じられるものなのか?」

「一枚じゃ無理だお。二枚重ねがデフォだお」

「ルン母さんのホットケーキはすごく美味しいんですよ」

「後、満足していただくには上にたっぷりとメープルシロップを塗り、バターを乗せねばナ……」


……やめよう。

こんな話を聞いていたら私の精神衛生上良くない。

今にも胃に穴が開きそうだ。


「わ、判った。この世界の魔王はホットケーキで封じられているんだな?うん。判った……」

「違うゾ?そんなものでどうにかできる方ではないからナ?勘違いするナ」

「……そうですね。一言で言えば、魔王の矛を収めさせたのは……愛の力、でしょうか」

「だお。おとーやんもおかーやんも無駄に偉大なんだお!」


愛!?愛の力!

そうか、そうなのか!

良かった!

ホットケーキで魔王を封じる、より愛の力で魔王を封じる、のほうがよほど理解しやすい!

ホットケーキとは愛の一つの形、と言う訳か。

良かった、本当に良かった!

私の常識が通じる事があって本当に良かった!


「ふう、驚いた……この世界の魔王が一瞬とんでもない間抜けに思えてしまった……」

「基本的にお間抜けだお?そんでもってパンツは白と水色の縞々がお気に入りだお」

「こ、こらアルカナ!何を言ってるのいきなり!?」


いや、魔王の下着の色を言われてもどんな反応をしろと言うのか。

……ふう、ともかく風呂に入ろう。

この世界に来てから湯に浸かると言う風習を覚えたが、これが中々気持ちが良い。

故郷が解放される日が来たら、屋敷に浴室を作るのも良いかもしれんな。


……。


そして翌日。私達一行は隠し部屋の扉を出て迷宮に戻った。

……迷宮の中は異様なまでに静まり返っている。


「不気味だな……」

「おかしいじゃねえか。昨日までは流石に敵の気配まで消える事なんか無かったはずだぜ?」

「敵軍の最大の利点はその数だからナ。常に増援が来ててもおかしくない筈だゾ」


「それと牢人殿。一体何時から、そして何時まで付いてくるつもりなのだ?」

「え?いや、名を上げそうなやつに付いていけば俺の名も勝手にあがるとか考えてないぜ?」

「コタツ……語るに落ちたお」

「相変わらず狡い奴なのだナ……呆れるゾ」


牢人殿が居心地悪そうにしている中、

クレアさんの凛とした声が周囲に響き渡った。


『来たれ……備の名を知る者達よ!』


「おお、次の直が来たぞい。では交代するのじゃ」

「「「「「「お早う御座います」」」」」」

「「「「……では某達はこれにて」」」」


私達が軽い会話をしている間に、クレアさんが補給物資を持った新しい備殿達を召喚している。

更にその後、昨日の担当だった備殿達が送還され消えていく。

……迷宮の中で物資の心配が要らないとは何とも便利な時代になったものだと思う。


「さて、では準備は出来たな?……敵が居ないなら好都合、奴等の侵入口を探す事にしよう」

「へへっ。見つけたら潰すもよし確保するもよし、か」

「お馬鹿を言わないで欲しいおコタツ。シーザーの目的忘れたお?」

「見つかれば良いですね。シーザーさんの故郷に繋がる道が……」

「まあ、敵がそこから侵入している以上、道があるのは確実だゾ。良かったじゃないカ?」


そう。フリージア殿の言うとおりだ。

迷宮の奥に進み、魔王ラスボスの尖兵を倒す。

そしてやつらがこの世界に侵入する為の、そして異世界間を行き来する為の何かを確保するのだ。

そうすれば私はラスボスの元に戦いに赴けるし、故郷にも帰れると言う訳だ。


……道筋は見えてきた。それでも先はまだ暗闇の中一筋の光が見える程度のものだ。

だが、私は進む他無い。

何故なら私は、勇者なのだから……!


……。


≪同時刻 隣の大陸にある魔王ラスボス占領地・マケィベント近郊≫

この日、三方向を小高い丘に囲まれた名も無き平原に、

おびただしいまでの人影がひしめいていた。

ラスボスの手によりマケィベントと名付けられてしまった都市を取り戻そうとする連合軍と、

それを粉砕せんとする魔王軍との戦いが今まさに始まろうとしていたのだ。


平原の中央に円陣を組んでいるのは魔王軍。

魔王ラスボス以下10万の大軍だ。

それでも全軍には程遠いと言うのだから恐ろしい。


それに対するは三方の丘に陣取りし人の軍隊。

近隣はおろかリンカーネイトから見て逆の別大陸からの援軍まで存在する連合軍である。

30を超える諸侯による、数の上では魔王軍を上回る12万の軍勢が、

魔王ラスボスの軍勢を取り囲むように対陣している。


アルファベットにすればOとUの戦い、と言った所だろうか。

数の上でも、地形を考えても人間側が有利。

だが、兵の質を考えるとラスボス側に軍配が上がる。

……この戦いの行く末はこの時点ではまだ見えていない、かのように見えていた。


「ふふふ、思い出すな……」

「魔王様、いかがしました?」


魔王軍本陣。何重にも組み合わされた円陣の中央にそれはあった。

周囲を忙しそうにワーウルフが動き回る中、

魔王は四天王を従え、三方を取り囲む敵の陣を眺めていた。


「いやなに。10年前の戦を思い出していたのだ……まあ、あの時よりは楽な戦いになるだろうがな」

「はっ。所詮は人間、烏合の衆で御座いましょう。今回は魔王様の溜飲を下げて差し上げられます」


四天王主席・竜人ドラグニール。

上位爬虫類系亜人種ドラゴニュート族の長にして魔王最大の側近。

人を侮る悪癖こそあるが、それでも魔王軍が軍の体裁を整えられているのはこの男のお陰。

10年前のハイムとの戦いで四天王が壊滅した後は殆ど一人で軍を維持してきた魔王軍の重鎮である。


「人類を舐めてはいけない……お二方は人の底力を舐めているのではないか?」

「ふん、やはりお前は何処まで行っても人間気分が抜けないのだなデスナイト。哀れな事だ」

「止さんかドラグニール。デスナイトよ、気持ちは判るがそれでは軍の士気が維持出来ぬ。控えよ」


「…………はっ」

「婆さんも大変じゃのう?」


四天王第二席・死霊騎士デスナイト。

生前はアラヘン王国の騎士だったが初戦で敗北し生ける鎧(リビングアーマー)にされた元人間。

人であった頃の技量はそのままに、魔物の能力を手に入れた。

望まぬままに魔王に忠誠を誓ったが、一度誓ったからにはその誓いを守ろうとする愚直な男である。

なお生前はシーザーの実兄、ユリウス・バーゲストその人であった。


「まあ、騎士様ともあろう者が裏切る事も無いだろ。別に良いんじゃないの?」

「おお、ナインテイルか!良く来た」

「見た事の無い婆さんじゃのう」


「んー。お前が首無しかい?いや、顔なしだったかねえ?俺はナインテイルだ。ヨロシクな!」

「おうおう、そうかいそうかい。婆さん宜しくのう。ところで家の婆さんは見なかったかの?」


「……貴殿が。お初にお目にかかる……死霊騎士デスナイト。新参者の分際で……」

「はいそこまでな。デスナイトよぉ、俺は席順なんて気にしないのさ。それより期待してるぜ?」


「はっ!」

「お堅いねぇ。ま、俺は適当にやらせてもらうわ」

「ナインテイルよ。お前はもう少し真面目にやればこんな元人間などに第二席を取られる事も……」


「おいドラグニールのオッサン。俺達はもう仲間なんだよ……仲間信じないで誰を信じるんだヲイ?」

「む。そうだな……流石はナインテイル。鉄蠍族最強を誇る、誉れ高き九尾の蠍よ!」

「……ナインテイル殿……貴殿は……」


四天王第三席・九尾の蠍ナインテイル

かつての第三席、デモンズゴートの部隊で戦っていた。

超硬質のアダマンタイト製の殻の上に、更にオリハルコンの装甲を着込んだ巨体の装甲蠍である。

突然変異で猛毒を分泌する針の付いた尻尾を9本も持つ、人呼んで九尾の蠍。

10年前の敗戦後、全身に深い傷を負い失意のまま故郷に戻っていたが、

この度ようやく全快し四天王に抜擢される事となったのだ。


「壮観じゃのう……」

「ところでよ、顔無し……その、お前の婆さんは」


「婆さんが何処か知って居るのか!?教えてくれ、婆さんは何処じゃ!?」

「うわっ!?お、落ち着けや!お前の婆さんはもう居ない!とっくに死んでるって話じゃねえか!?」


「ああ、覚えとる。わしの目の前で無残に殺されたんじゃあ……じゃが、きっと何処かで生きておる!」

「んな訳無いだろが……」

「止せ、ナインテイル……それにはもうとっくに正気など無い。便利だから使っているが、ぐっ!」


「だからよ、オッサン。アンタが推薦したんだろ?もう少し言いようがあるんじゃないのか?ヲイ」

「落ち着かれよナインテイル殿!?竜人殿の首を吊り上げて何とするか!?」

「ふう。ナインテイル、お前は熱い男だな……だが所詮コイツ等は元人間。我等とは違うのだ」

「もうそこまでにしておけい。ドラグニール……気持ちは判るが今回はナインテイルの言う通りだ」


「は、ははっ!確かに言いすぎました。申し訳ありません!」

「はぁ……これさえ無けりゃ良いオッサンなんだがな……おい、お前らもあんまり気にすんなよ?」

「かたじけない、ナインテイル殿」

「……婆さんはどこかのう?」


そして……四天王第四席 顔無しゾンビ

かつて勇者シーザーと共に魔王ラスボスと戦った老魔道師、の成れの果て。

享年は驚きの130歳。老いらくの恋で70年前に16歳で娶った妻は魔王軍の侵攻で死亡している。

……生前の夢は故郷に妻を連れて行く事。

フレアさんと共に異世界に飛ばされた一人で、元の世界に帰還するため魔法を極めようとしていた。

だが皮肉にも彼の帰郷は死んだ直後に叶う事となる。

……生前の名は、ソーン。

かつてはアラヘンの大臣を務めた事もある重鎮であった。


以上四名が、現在の魔王軍四天王である。

そして彼ら全員がこの地に集結しているという事実が、ラスボスの本気をうかがわせる。

そう、彼らは……本気なのだ。


「我は魔王ラスボス!我に逆らう愚か者どもに鉄槌を浴びせよ!」


「魔王ラスボス様!万歳!」

「……はっ」

「ガチガチガチ!ハサミも絶好調。じゃあ始めるか!」

「婆さんは。婆さんはあっちにおるのかのう……?……故郷の風が、吹いておるのう?」


魔王の号令と共に、全軍が一斉に動き始めた。


「我は正面を叩き潰す!ナインテイルはデスナイトと共にこの場を死守せよ!」

「へーい。じゃあ好きにしろって事だよな?俺は前線で暴れるからここは頼むぜえ?」

「はっ。お任せを」


デスナイトは陣の中央で周囲の兵に指令を出し始める。

それを見るとナインテイルは喜び勇んで前線で暴れだした。

結果的にそれは遊軍となり、危険な状態に陥った遊軍を次々と救っていく。


「ドラグニール!右側は貴様が行け……お前なら兵は一万で出来る筈だな?」

「いえ、我が一族さえ居れば兵は五千で結構!魔王様のご期待に沿ってご覧に入れます!」


ドラグニールは己の眷属、すなわちドラゴニュート族千名を中心とする5千の兵で突撃していく。

凄まじい突破力で丘の陣地を貫いていく魔物の群れに人類は何も出来ず混乱するばかり。


「首無しゾンビよ。左舷の敵を討て。兵はいかほど必要か?」

「…………はぁ。向こうの婆さんをどうにかするには……5万。最低でも三万五千は必要ですな」


「よし、五万を連れて行け!だが必ず落とせよ!?」

「はい。婆さん」


首無しゾンビが率いるのはごく普通の魔物や従属した人間の部隊だ。

それ程見るべき所の無い軍隊であり、この方面だけは人類優勢の戦いが続く。

……だが、それも僅かな間だけだった。


「な、なんだこれ!?」

「ヲヲヲヲヲヲヲヲッ!」

「おい、お前、どうして俺に剣を、うわああああっ!?」


倒された筈の死体が起き上がる。

首無しゾンビとしての力。それは即ち死霊術だった。

敵味方無く、この場で死んだ者達は即席のゾンビとして蘇り、戦場を蹂躙していく……。

そして、


「我は魔王ラスボス!さあかかってくるがいい!」

「うわああああああっ!?」

「来た、何かキタアアアアアッ!?」


正面に突撃したのは他ならぬ魔王ラスボス。

魔王の通る所草木一本残らず……結果、三方の陣地はあっという間に蹂躙されていったのである。

一度乱れた陣形を立て直すのは難しい。

ひとつの軍隊ではなくそれぞれ思惑の違う連合軍なのだからそれは尚更であった。


「くっ!体勢を立て直す。一時後退だ」


「おい、なんか撤退してる奴らが居るぞ?」

「置いてかれてたまるか!我が方も撤収を!」

「なんだ!何故一斉に崩れる!リンカーネイト軍は何をやっているのだ!?」

「いえ、あの国からの援軍。気に入らないって貴方様が断ったんでしょうが!?」

「黙れええええええっ!」


主力であった一軍が陣形を立て直すため一時後退を開始した時、崩壊は起こる。

一時的な後退を撤退と勘違いした小粒の諸侯が蜘蛛の子を散らすように逃げ出したのだ。

そしてそれは全軍への不安と恐慌として伝播し、12万の大軍はあっという間にただの大群と化した。

組織的に動けなくなった軍隊が弱いのは言うまでも無い。

まさにドラグニールの言うとおり、それはまさに烏合の衆以外の何者でもなかったのである。


勝敗は一日を待たずして決した。

諸侯は算を乱して逃げ出していく。

無論、ただで逃がしてもらえよう筈も無かったが。


……魔王軍は指揮官ごとに二万づつの部隊に分かれ、何処までも追撃を続ける。

幾つもの村や街、そして城までもがあっという間に魔王ラスボスによって制圧されていった。

人々は恐怖した。世界は闇に包まれたり包まれなかったりするのではないかと。

唯一、隣の大陸の大国と繋がりのある者達を除いて……。


……。


およそ一ヵ月後。

魔王軍本陣に戦果の報告の為四天王と魔王が集まっていた。

海に面した大きな街……かつてはかなり大き目の国の首都があった場所だ。

近くにあった一番大きくて豪華な城と言う理由で魔王自らの猛攻を受けあっさりと陥落していたが。


元の名は意味が無い。今では第四魔王殿と呼ばれている。

そしてその城の大広間……巨体の魔王の居室と化したその場所に彼らは集まって居たのだ。


「うむ。皆見事なまでの大戦果だったようだな?では報告を聞こう」


魔王ラスボスも満足げに樽をグラス代わりにワインを飲みながらくつろいでいる。

その眼前に平伏する四つの影は席次の順にそれぞれの戦果を報告していった。


「ドラグニールです。魔王様……私は三つの城と二つの街を襲い、全てを破壊し尽くしました」

「……全てを、破壊?」

「気にすんなデスナイトよう。このオッサンは人間嫌いなんだよ……どうせ遅かれ早かれ皆殺しだ」


デスナイトの後方には大量の金銀財宝や美術品などが並んでいる。

無論略奪品だ。

彼の軍勢の行く所は廃墟しか残らず、生きている人間はまるで見当たらなかった。


「うむ。見事だドラグニール。流石は我が側近中の側近よ!」

「ははーーーっ!」

「……ぬぅ……何と言う、事なのだ……」


もしデスナイトに顔が残っていたら苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていたに違いない。

だがそれが自分の現状なのだとかぶりを振って、デスナイトは続いての報告を行う。


「……私は12の村々と7つの街を攻め立て、降伏させる事に成功いたしました」

「降伏?手緩いなデスナイト……所詮は元人間か」

「酷評は少し待てドラグニールよ。それで、理由はあるのか?我は殲滅を命じたはずだが」


それに対し、ドラグニールは背後に並んだ穀物を中心とした食料の山を指差して続けた。

……占領地からの献上品だ。


「はっ。彼の地は今後の恒久的な物資供給地となり得ます。我が軍の弱点を補うに相応しいかと」

「なるほどなあ。腹が減っちゃ戦えねえわな。ま、手緩いのは確かだがそれも良いんじゃないかね?」

「流石は婆さんじゃわい」

「……屁理屈をこねる奴だ……本当は人間どもを救いたいだけだろう?」

「そうか。まあ物資調達に難があるのは確かだ……手に入れた領土も広い事だしな。良くやった」


続いて一歩前に出たのは巨大な鉄蠍。

オマケにその後ろにはこれまた巨大なナメクジのような何かが並んでいた。


「よっしゃ!次は俺だな?俺は並み居る敵を探し出して潰していったぜ!今までで三万は潰したかな?」

「そうらしいな。見事な戦果よ……時に、お前の後ろにだけ献上品が無いようだが?」


言葉どおり、他の四天王の後ろには略奪品や献上品が並んでいた。

だがナインテイルの後ろにだけはそれが無い。


「いやぁ。戦ってるうちに時間が過ぎちまいまして。部下を食わすのが精一杯でした!」

「占領地無し!?阿呆かお前は!?」


「いやいや、俺がそんな奴なのはとっくの昔にご存知でしょ?俺は戦えりゃそれで良いんですぜ」

「さっすが大将!」

「後先考えなくてカッコイー!」


魔王は流石に呆然としていたが戦果の大きさに気を取り直し、

額に拳を押し当てながら言葉を発した。


「ええい!確かにそうだったなお前は!それとヒルの息子ども、悪い所は真似んで良いからな?」

「「「「は~い」」」」


先代の四天王第四位、ヒルジャイアントの息子……。

と言うか再生した欠片達を引き連れたナインテイルは大戦果を上げたのは良いが、

当のナインテイルに肝心の占領地の拡大を行う気持ちは無かったらしい。

彼は戦えればそれで良かったのだ。

怒られてもまるで懲りていないかのように彼らは下がって平伏した。


「では次はわしの報告ですな婆さん」

「……頭を潰したのは我自身だが……本当に誰も彼も婆さんに見えて居るのかこ奴は」


最後は四天王第四位、顔無しゾンビである。

顔が無い=脳味噌の無いこの男にまともな作戦遂行能力があるのかと少し不安になりながらも、

魔王ラスボスは威厳を保ったまま静かに報告を続けさせた。


「ふう、で。お前はどれだけの戦果を上げた?」

「はい婆さん。まずわしは各地の教会や墓地を占領しましたですじゃ」


痛々しい沈黙が場に広がる。


「いや待て顔無しゾンビよ!そんな所を占拠してどうなると言うのだ!?」

「……物資供給では知識があるから見所はあると思って居たのだがな。所詮は人間か」

「だからオッサンが推挙したんだろが」


「で、そこでアンデッド兵を増やして次は古戦場に向かったのですじゃ」

「……何?」

「古戦場……まさかソーン殿は!?」


「そこで3万の軍勢を追加し再編成した軍勢で南を攻めましての。略奪品は表においてあるのう」

「なん。だと……?」


顔無しゾンビの後ろには確かに結構な量の"略奪品"が並んでいる。

だが、その量はドラグニールの半分ほど。

とはいえ、とんでもない量であるのもまた事実だ。

だがそれだけではない、と聞いて……魔王は窓の外を覗いて、絶句した。


「一応この大陸の南半分、10の国を制圧いたしました。基本的に戦争は数ですぞ、婆さん」

「何だとオオオオオオオオオオッ!?」

「すっげえな顔無し!今度一緒に戦場に行こうぜ!?」

「……流石は元アラヘン宰相……略奪品が城の高さを上回っているではないか……」

「は、ははは……人間に、負けた?この、私が!?」


「殲滅しろとの事でしたので捕まえたうち幾らかは処理しましたからのう。骨の兵士は5万ほどに」

「は、はははははは!よ、良くやった!良くやったぞドラグニール!」

「え?は、はあ……あ、有難う御座います魔王様……?」

「……何故ドラグニール殿が?」

「さあな?わっかんねえ。あ、推挙したのがオッサンだからか?」


段々と場が混乱し、混沌とした空気に包まれる。

そんな中、狂気の中にあると言うアンデッドは気にもせずに話を続けた。


「生かしておいた分で労働力になる者達は子供や親と引き離して強制労働に従事させておりますじゃ」

「……ソーン殿?」


デスナイトが硬直した。

何か嫌な予感を感じたのだ。


「人質を取っておけば良く働くし反乱防止にもなりますからの」

「おーい。顔無しー?何か不穏すぎじゃないのかそれ?」

「人間の反乱など恐れるに足りんぞ?心配しすぎだ」


「と言う名目で引き離した者達は後方策源地となったマケィベントに移送してありますじゃ」

「……あー、何故だ?」

「流石に俺も引くわ……」


「一箇所に集めておいた方が管理が楽ですからのう」

「……そーん、殿……?」


鎧の怪物がガタガタと震え始める。

ほかの者もその視線を顔無しのアンデッドに集めていた。

今、この場の主役は間違いなくこの死した老人であったのだ。


「なお、残った者達には相互監視体勢をとらせ、さぼりや反乱を起こした者を通報させてますじゃ」

「馬鹿な。人間どもがそんなものを守るとでも」


遂に耐え切れずドラグニールが立ち上がった。

しかし顔無しゾンビは特に気にもせず先を続ける。


「いえ。それで功あった者には特権階級として生活できると触れ込んでおきましたので」

「待て。顔無し……お前にそんな権限は認めておらぬ。我の名代として偽りは許さぬぞ?」


「問題ありませぬ。通報に功あった者達はアンデッド化処理をしておりますからのう」

「な、成る程な。我等魔物となれば人間どもと比べれば特権階級、なの、か?」

「いや顔無し、それはちょっと無いんじゃないか?酷くね?」

「……あぁ……あぁあああぁぁぁぁっ……あ、貴方はもう……本当に正気を!?」


部屋の気温が段々と下がっていく。

流石の魔物の親玉たちも、余りの内容に段々と血の気が引いていった。

例え人間の事を家畜程度にしか見ていない者達でも、

涼しい顔で語られる"家畜"への虐待に空いた口が塞がらない。


「も、もういい。お前が有能なのはわかった。これ以上は我でも飯が不味くなりそうだ……」

「さ、流石は私が推挙した男、だ……に、人間どもへの扱いが、わ、判ってるではないか」

「びびってるじゃねえかオッサン!?どうすんだよ!コイツ頭のネジが外れちまってるぞ!?」

「……駄目だ、私が、私がしっかりせねば……!」


そしてどんよりとした空気が最高潮に達したその時、

当のゾンビ自身が口調を変えた。

極めて軽い口調でこう切り出したのだ。


「判りました婆さん。それはさておき大戦果の記念に宴の支度をさせておりますじゃ」

「ほ、ほう?……空っぽの頭にしては中々気が効くではないか」

「ん?……うっしゃ!飯だ飯だ!騒ぎまくるぜーーーーッ!」


「よし、ではこれより宴会としよう……占領地はそれぞれが責任を持って管理するように」

「「「「ははっ!」」」」


何事も無かったかのように再び平伏する顔無しゾンビ。

その表情を読めるものは誰も居なかった。

いや、そもそも顔自体が無いのだが。

ともかく少々グダグダにはなったが、それで報告会は終わりとなったのである。

無論、大戦果だったことは言うまでも無く、

その日は夜遅くまで狂乱の宴が繰り広げられる事となった。


……。


そして、その日の夜遅く。

周囲のものが寝静まった中、城のテラスに二つの広影があった。


「良い風じゃ……海風に乗って故郷の風も運ばれてきておる……」

「ソーン殿、ここは異世界。であればソーン殿の故郷の風など吹く訳がありますまい」


二体のアンデッド。顔無しゾンビとデスナイトである。

既に死んだ身の上ゆえ睡眠の必要が無い彼らはそのまま夜間警備をする事になって居たのだ。


「婆さん。ところがそうでもないのじゃ……ああ、この風の中におると頭が冴えるのう……」

「は、はぁ……まあ、そう感じるならそれも宜しいか」


デスナイトは困惑しつつも、悲しかった。

現役時代の故国を支えた名宰相が、このような状態になってしまった事が。

そしてこの地より南の民が受けたであろう苦痛について、異世界の事ながら苦悩して居たのだ。

……それと同時に、指揮官としての疑問もあった。


「それにしても、あの短期間に10もの国を制圧するとは……ソーン殿はどうやって?」

「あ?そんなの簡単じゃ……軍を率いて城門まで行って降伏勧告、で終わりじゃよ」


「え?後はどうされたのか」

「その後は予め定められていたように、女子供や老人を馬車に乗せてマケィベントに移送したが?」


「……?」

「後は向こうが勝手に略奪品をこの城まで運んでくれたぞい。まあ、根回しの成果じゃな、婆さん」


デスナイトの顔は兜だ。表情など無い。

だが、きっとかれは狐につままれた様な顔をしていた事だろう。


「ま、手紙のやり取りは重要じゃ、と言う事だのう……それにしても……ああ、なんでもない」

「良く判りかねるが、予め降伏勧告を手紙で行っていたと?」


それには応えず、顔無しゾンビはじっと海の方を見つめている。

……そして、一言呟いた。


「今少し、わしの目覚めが早ければの……」

「ソーン殿?」


だが、デスナイトの追及はここで止まる事となる。

片目が飛び出したアンデッドのカラスがヨロヨロとテラスに飛び込んできたのだ。


「……何事か?」

「伝書鳩じゃよ婆さん……ふむ。マケィベントが落とされたようじゃの」


……ピシリ、と周囲が軋むような音がした。


「何だと?」

「魔王様!」

「おや婆さん、起きられましたかのう?」


先ほどまで玉座でいびきをかいていた魔王ラスボス。

だが、凶報を耳にした途端に目を覚ましたのだ。

その辺は流石と言う他無い。


「一体どういうことなのだ!?確かに守備隊は500もいなかったが……だからと言って!」

「まあ、大した事ではありませんぞ婆さん。所詮は略奪しつくされた街一つ、惜しくはありますまい」

「そう言う事ではなかろうソーン殿!?そも何故第一報が敵襲ではなく陥落なのだ!?」


それに対し、顔無しゾンビは特に気にした風も無く言う。


「指揮官ばかり狙って襲撃を受けたそうですな。兵のみでは烏合の衆なのはこちらも変わりませんぞ」

「我には理解できぬ!兵を無視して指揮官のみを狙う事など不可能ではないか!」


「ああ、勇者の攻撃を受けたらしいですじゃ……街の中から」

「なん、だと!?」


そして、次の瞬間より城は、そして街は騒然とした雰囲気に包まれる事となる。


……。


≪勇者シーザー≫

迷宮から敵が姿を消しておよそ一ヶ月。

私達一行はおよそ一週間周期で撤収と再挑戦を繰り返していた。

敵の残した残滓から拠点を探し出し、迷宮の地図作りと探索を続けた。


そして、迷宮の奥深くで遂に見つけたのだ。

……淡く輝く巨大な光の輪を。


「綺麗だお」

「……明らかに大きな魔力を感じますよ、シーザーさん」

「周りの空木箱や机に椅子、ゴミ。うん、明らかに生活の跡があるゾ」

「ぬ?光が増したぞ、隠れた方が良いのではないか?」


……竹雲斎殿の言葉に従い周囲の遮蔽物に隠れると光の輪が輝き、

荷物を担いだ人間達がワーウルフに率いられて現れ、今度は迷宮の奥に消えていく。


「ガウガウガウ!」


「わ、判りました……怒らないで下さいよっ!?」

「お、奥に行けば良い、んだよな?」

「多分」

「ったく。ひとつで行き先が一箇所なのは良いが……せめて場所を纏めろってんだ!」

「文句言っても仕方ない……さあ行こうぜ、また鞭でぶたれる」

「畜生、何だってこんな事に……」

「さて、じゃあ次の転移門とやらに急ぎますか……はぁ」


人影が消えた頃、私達は物陰から出てくると今後の事を相談する。


「敵はワーウルフ一匹か……助けるべきだったか」

「いや、それは早計じゃ」

「何でダ?」

「頭悪ぃな。こっちの存在がばれるだろうが」

「……彼らは仕事を与えられている。と言う事はまだ殺されたりはしないです」

「だおだお!アルカナには判ってたお!馬鹿じゃないお!本当だお!?」

「「「アルカナ様……某達は何も言いませんぞ?」」」


確かにみんなの言う通りかもしれない。

今にも殺されそうなら話は別だが、彼らには今少し待ってもらおう。

……今は、この光の輪……転移門とやらの先がどうなっているのかを調べるのが先だ。


「……しかし、どうやって……む!?」

「だったら調べるお♪」

「アルカナ!?」

「転移門が光りだしたゾ!」

「馬鹿野郎!?不用意に踏み込む奴が居るかよ!?ああ、ここに居たよな畜生!」

「止むをえん!全員門の中に入るのじゃ。一人取り残されては格好の餌食じゃぞ!?」


そう思ったらアルカナ君がテケテケと歩いて光の輪に触れてしまった。

……あっ、と思う間も無く転移門に光が走る。

アルカナ君を見捨てる訳にも行かないし、彼女一人にしておくのは色々な意味で危険だ。

止むを得ず備殿達を残して私達も光り輝く門の中に駆け込んでいく。


「備大将!もしわしらが帰らなんだら軍に知らせてくれい!」

「「「「ははっ!」」」」

「じ、冗談じゃねえ!こんな所に叔父貴達と残されてたまるかよ!俺は行くぜ!?」


そして、私達は光に包まれていった……。


……。


光が収まった時、私達は教会の聖堂らしき場所に居た。

人影は無い。

歩き回ってみると教会中の金目のものが全て持ち去られた跡がある。

そしてその聖堂も荒れ果て、聖母像らしき残骸が転がっていた。

……ひどいものだ。


「この建築様式、隣の大陸のものではないかのう?」

「だお」

「……と言うか、来た事があるゾ?」

「私も。ここって隣の大陸にある街よね……名前は何ていったっけ?」


そして残念ながら、あれは私の故郷へ繋がる門ではなかったらしい。

だとするとここは……。


「つーかよ。ラスボスに占領された街ってここの事じゃねぇのか?」

「多分そうだと思うお」


「へっ。まともに移動するのが面倒になったんじゃねぇか?」

「その可能性は高いのう。定期的に行き来する為にラスボスが設置したのじゃろう」


以前話にあった、魔王に占領された街、か。

……時は夕暮れ時。

当たり前の世界なら今頃夕飯の準備の為に市場を人々が行き交っている頃だ。

だが、この街にはそんな活気は感じられない。


「人間の気配は沢山するゾ?だが出歩いているものは全然居ないようだナ」

「ううん。違うよフリージア……見て」

「パンを担いだおばやんがひぃひぃ言いながら歩いてるお」

「……食糧の配給か。しかし普通は男がやるような仕事の筈じゃが」


不気味だ。

……街はまるで廃墟のようなのに人の気配は凄まじい。

かと言って活気があるようでもなく。

これは一体……。


「まるで収容所じゃねえか」

「ふむ。まるでも何も、そのものかも知れんがな……」


……異常な雰囲気に私達は飲まれるようにゴクリと喉を鳴らした。

窓の外の夕暮れの光景はそれだけ引き込むような何かを持っていたのだ。

だからこそ、私達は誰も気付けなかった。


「コケッ?」

「どうしたお、ピヨちゃん」


「ガ、ガウ?」

「ワォン?……ガウ?」


教会の扉を開けてこちらを呆然と見つめるワーウルフの視線に。


……。


そして一瞬の後、先に動き出したのは敵側であった。

大きな叫び声が周囲に響き渡る。


「ガ、ガウウウウウウウウッ!?」

「ガオッ、ガオッ!ガオガーーーーーーーッ!」


「し、しまった!?」

「明らかに敵を呼ばれたぞい!」


気付かれた!

敵地だと言うのに私はなんと言う愚かな真似を!?


「くっ!この教会に立て篭もって応戦を……!」

「駄目だお!きっとその内後ろからも来るお!」

「……転移門か!畜生っ!?」


街を守るなら当然敵は守備隊程度の規模はあるだろう。

この人数でどうにか出来る物ではあるまい。

篭城するには後ろが不安すぎるし、手をこまねいていて居る訳には!


「ど、どうするんだよ!?一度転移門で帰ろうぜ!?」

「……これからが大変じゃがな」


逃げ帰るのも一つの手だ。

だが、次は確実に守りを固められているだろうし、

そもそも見つかった現状で無事に帰る事が出来るのかも不明だ。

……ならば!


「ならば、ここは打って出る!」

「正気なのカ!?」

「いや……そうでもないかも知れんぞ」


そう。こちらは少人数。

ならばそれを生かす戦術を選べば良い。

……幸い隠れる所は沢山あるだろう。

姿を隠しつつ敵の戦力を削り、敵将を狙い撃つ!

この地の人々を見捨てずに勝利する方法はこれしかない。


それに……流石に街一つまるごと見捨てて勇者を名乗れるものか。

それぐらいの矜持は私にだってあるのだ!


「無論、最悪私だけでやる!皆は戻ってくれ!」

「馬鹿言うなヨ!?」

「行けるよね、アルカナ?」

「無論だお!」「コケッ!」

「帰れる保証も無いじゃねえか!こうなったら自棄だ!付き合ってやらあ!」

「ほっほっほ。救援要請は恐らく大将どもがやってくれる……賭けに出ようぞ!」


全員で頷くと、既に数匹のワーウルフが集まって来ていた。

……剣を抜き、一度に二匹を斬り捨てる。


「一度近くの建物に逃げ込もう……出来ればかく乱の為にも裏口があれば」

「あのデカイ建物はどうダ?」

「市庁舎ですね。シーザーさん、私も悪く無い選択だと思いますが」


よし、決まりだ!

何を言う必要も無く、市庁舎の建物に向かって走り出す。


『来たれ、嵐よ!』

「「「「ガウウウウウウッ!?」」」」


クレアさんの召喚魔法で突風が呼び出され、

敵が混乱している隙に私達は市庁舎のドアを蹴り破って侵入した。


「ともかく奥に……ここにも敵が!」

「ガウウウウウッ!?」


市庁舎のエントランス付近で突然の侵入者に唖然としていたワータイガーの首を切り飛ばし、

私達は奥へと進む。

会議室だったらしい場所で暢気に食事をしていた数匹を打ち倒し、

トイレに篭っていた一匹を牢人殿が切り伏せ、

急いで武装してきたらしい一団をピヨ君が爪と嘴で蹂躙する。


「意外と守りが薄いな」

「そうですね。でも油断は禁物です!」

「今は奇襲だから相手も慌てているだけじゃ!」

「いずれは相手も本腰を入れてくるゾ!」


そうだ。それまでに敵将を探し出し、討ち果たさねば。

そうすれば、恐らく守備隊程度の敵ならば混乱する。

上手く行けばそのまま逃げ出してくれるだろう。


「一応念話で姉さんに増援を呼んで貰っておきますね」

「クレアさん、宜しく頼む」

「……そうじゃの。これなら備達を残しておかんでも良かったかのう?」

「馬鹿言うなよ旦那!叔父貴たちじゃすぐに全滅だぜ!?」

「だおだお!ピヨちゃん走るお!」「コケッ」


走り続け、裏口を蹴り破る。

……次は何処に移動するか。そう思った時である。

突然轟音のような叫び声が街全体を包んだ!


「何だ!?」

「凄い叫びだお。五月蝿いお……」

「10万、いや20万?それ以上かも知れん!?」

「ま、まさか敵の本隊が来やがったとか!?」

「……そんな。それじゃあ勝ち目なんか無いよ……?」


決着は、意外なほどにあっさりと付いてしまったのだ。

そう。驚くほどに。


「魔物が逃げていくよーーーーっ!」

「何だか知らないけど助かったわぁっ!」

「市庁舎にやつ等のボスの死体があったぞい!」

「助かった!私達助かったのよーーーーっ!」


「「「「え?」」」」


自分でも何だか判らないうち。

私達の、勝利と言う形で。

それは夕暮れから夜へと移り変わろうとするそんな時刻の、

まるで狐につままれたような……そんな不思議な遭遇戦であった……。


……。


ただ、この一戦が私にもたらした影響は決して小さな物ではなかった。


「――――――よって、シーザー・バーゲスト殿に名誉市民の称号と共に……」

「は、ははっ!」


翌日、私は英雄と呼ばれるようになっていたのだ。

臨時に選ばれた市長よりの感謝状授与に始まり、祝賀会。

国に戻れた人々と、何故か大陸南半分から集められていた人々による握手攻勢。


解放者、英雄、そして……勇者。

人々は私達を取り囲み、そんな声を上げている。

私は正直、色々と信じられなかった。


「……何と言うか、実感が……」

「いいじゃねえか!俺達ゃ英雄になったんだぜ!?やっぱお前に付いてきて正解だったぜー!」

「アルカナはぬいぐるみじゃないお~!モフモフしないで欲しいんだお~……」

「ほっほっほ。お前達、もう少しシャンとしとらんかい、まるでおのぼりさんじゃぞ?」

「全くだゾ……まあクレアみたいに恥ずかしがって隠れてしまうよりはマシだがナ」

「コケコケッ!」


後に知った事だが、この都市を巡る一連の戦いは"マケィベント戦記"と呼ばれ、

その記録は軍記物として大々的に発売される事となったそうだ。


そして魔王軍は大規模な勢力拡大により勝利を宣言し、

人類側も当初の目的……都市の開放が成し遂げられた事で勝利を宣言したと言う。


要するに私は。

そして私達は人間の敗北を隠す為の丁度良い偶像だったと言う訳だ。


「私、シーザー・バーゲストは魔王ラスボス打倒を目指し、戦い続ける事をここに誓う!」


「「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」」
「「「「「「勇者シーザー、万歳ーーーーっ!」」」」」」
「「「「「「人類に勝利をっ!」」」」」」


しかし、だからと言って私のやる事は変わらないし、

私の戦いがこれで終わった訳でもない。

急造の壇上で人々に求められるままに決意を表明したのもそのため。

壇の設けられた広場には入りきれないほどの人々が押しかけ、私の話に耳を傾けてくれる。

……故郷からの出立ですら見送りの無かった私としては感涙ものであった。


だから、その時寄せられた期待の眼差しを裏切らないように今後も精進せねば。

……私は密かにそう誓うのだ。


ただ、この一連の戦果に私は何か作為的なものを感じてしまっている。

敗戦を押し隠す様な社会的なものではなく、誰か個人の思惑のようなものを。

この世界に来てから色々ありすぎた。

それが故の杞憂であれば良いのだが……考えたら負けだろうか?

続く



[16894] 17 名声と弊害
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/16 08:10
隔離都市物語

17

名声と弊害


≪勇者シーザー≫

都市奪回の功により、この世界の人々に私の名が知られるようになって数日が経過した。

講演会やら祝賀パーティーへの出席や新聞記者との会談。

後は各国要人との会談など目白押しのスケジュールに追い立てられ全く行動の自由が無い事を除けば、

この世界に来てより初めてではないかと思うほどの充実した日々を送っている。


ただ、不安も無いわけではない。

まず、あれから迷宮探索をする暇も無く、せめてもの事と寝る前に素振りをするのが精一杯。

それでもこの状況下は物珍しさゆえだ。それ程遠くない内に解消されるだろう。

ただ、もう一つの問題は死活問題に発展しかねない危険さを孕んでいた。


「あはははははは!それでだ、俺の刀が一閃し、隠れて機をうかがっていた敵将を一撃の下に……」

「「「きゃー、きゃー」」」


牢人殿はあの日から遊び呆けてばかりだ。

……もはや戦いに赴こうと言う気概が感じられない。

まあ、彼の場合は名声を手にするのが目的なのだ、これ以上を強要する事は出来まい。


「……まあ、そんな訳で私も一度帰る事になったゾ。そう遠くない内に合流したいのダ」

「ああ、その日を楽しみにしている」


しかし、フリージア殿が上司からの呼び出しで急遽帰国する運びとなり、


「……済まぬな。わしももう少し手伝いたかったのだが」

「いや、竹雲斎殿には世話になりました。祖国で歓迎式典があるのですよね?良い事ではないかと」


「そうではない。息子や孫達がもう無理はするなとな……わしは隠居じゃ、もう来る事は出来まい」

「「「「元々道楽に来ていた訳ですし、出国許可が下りません」」」」

「……そう、ですか。お世話に、なりました……」


年齢的に無理を重ねていた竹雲斎殿が帰国、戦線離脱する運びとなってしまったのだ。

その護衛でもある備殿達も一緒に帰国する事になるという。

何でも名が知れたことで竹雲斎殿が戦っている事が故郷に知られてしまったらしい。

セーイ大将軍とか言う将軍より直々の貴国命令、断る事も出来ないそうだ。

そして、危険な地に来る許可は最早おりる事が無いだろうと……。


「すまんのう。出来れば最後まで付き合ってやりたかったんじゃが……こればかりはの」

「君命に背く訳にはいかないでしょう。……今まで本当に有難う御座いました」


残念だが今まで散々世話になっておいてこれ以上の我が侭を言う訳には行くまい。

竹雲斎殿もご老体に鞭打っている事は判っていたし、これでよかったに違いないだろう。

それに備殿もこの一連の戦いでご一族に何人死傷者を出した事か。

……故に、私には残って欲しいなどとはとても言えなかったのだ。


有名になり名を上げたのは良いが、そのために仲間を失うとは笑えもしない事態だ。

だが、ここに無為に止まる事も出来ない。


「シーザー、喜べ!お前の主君と……アラヘン王と連絡が取れたぞ!これがお前への書状だ!」

「ブルー殿ではないですか!……陛下はご無事だったのですか!?して王は何と仰せでしたか!?」


王より手書きの書状を賜り、祖国の危機が続いている事と我が王の存命を知った。

そして更に私が最後の希望だと言う旨を仰せつかるに及んだのだ。

ならば尚更ここでこのまま黙っている訳には行かない。

故に私は次なる戦いへの第一歩として共に戦う仲間を集める事としたのである。

……結論から言えば、それは余りに愚かな試みだったのではあるが……。


……。


……勇者シーザーが共に戦う仲間を集めている。

その情報は話をした新聞記者と言う方々の手により世界中に伝えられたと言う。

そして、数日後には私の滞在しているホテルに何人もの戦士達が集まり始めていた。


本当なら一度隔離都市エイジス、そして首吊り亭に戻って戦いの準備をしたかったが、

ホテルの周りを取り囲む群衆の歓声を考えるととても一度戻るとは言えず、

やむなくこの場で仲間を集い、このまま先に向かう事となったのである。


「シーザーさん、今日の希望者だけで数十人は居ますよ。凄いですよね」

「でも、使い物になりそうなのはそう多くないのら……期待はずれも良いとこだお?」

「コケケッ!」


現在残った二人と一羽の仲間達。

彼女達にも帰国するようにと命が下ったらしいが拒否してここに残ってくれている。

クレアさん曰く「シーザーさんを一人にはしておけません」との事だ。

召喚事件の時とその後のコボルト村の件でかなり責任を感じているらしく、

今でもお世話になった分と迷惑をかけた分のお返しは終わっていないと言うのだ。

ありがたい事は確かだが、これは実戦。

一国の王女を危険に晒してしまうし、そもそも私はあの召喚で命を救われた身。

それを気に病まれているとしたら逆に悪い気がするのだ。


……とは言え、それを面と向かって言えるはずも無い上、

今や私の冒険に彼女達の助力は不可欠な物となっていた。

居なくなられると困る故に、強く帰るようにも言えない。


となると、私も勿論守るがそれだけでは足りない事もあろう。

その為にクレアさん達の周囲を固める精鋭が必要なのだ。


「幸い給金は街より頂いた礼金がある……能力と人格を併せ持つ猛者を探し出さねば」

「でも、あり姉やんに調べてもらってるけど能力はへっぽこ、性格は下種ぅなおじやんばかりだお」

「そう言う方は正直お引取り願いたいですね……」


そう言う輩は論外だな。

いざと言う時に頼りにならないだけでなく、後ろから斬られかねない。

そも、必要なのはクレアさん達の護衛だ。

書類に性格・論外と書かれている書類は全て考慮するに値しない。


やむをえずそう言う書類を除けていると部屋のドアが開き、

アリシアさん、アリスさんと彼女達に良く似た方が部屋に入ってきた。


「やっほい。あたしだよー、アリサだよー」

「あり姉やん!」

「アリサ姉さん?忙しいんじゃなかったの?」


彼女の名はアリサと言うらしい。

相変わらずアルカナ君と同い年程度にしか見えないが、

姉さんと言う以上れっきとした大人の女性に違いない。


「くーちゃんとあーちゃんがお手柄立てたから褒めに来たんだよー。良くやったねー」

「ふふ、わざわざそれを言いに来てくれたの?ありがとう姉さん」

「アルカナも頑張ったお。もっと褒めるお!撫でるお!」


アルカナ君が周囲をぐるぐると走り回る中、アリサと名乗った少女はこちらに向けて歩いてきた。

どうやらこちらにも何か用事があるらしい。


「あ、シーザー。こちら、アリサ、です」

「あたし等の中のあたし等でありますよ」

「こんにちはシーザー。あたしはアリサ!アリサだよー」


「これはご丁寧に。私はシーザー・バーゲストと申します」


話の流れからしてリンカーネイト国王陛下の妹君だろう。

となると、同時に彼の国の諜報部の長でもある。

無礼があってはいけないと私は静かに膝を折った。


「良かったねー。国でもこんなに歓迎された事なかったでしょー?」

「はっ。私には過ぎた歓迎です」


それに……これは流石に口に出来なかったが全ては偶然の賜物。

この程度の功でこれだけ持ち上げられるとかえって気持ちが悪い気がするのだ。

あれだけ苦労してようやくここまで来たが、

それに対して名声を得ると言う過程が余りに無味乾燥な気がするのだ。

いや、むしろ苦労に見合わない報酬に不安感がある、というべきか。

勿論それが笑えもしない贅沢な話であるのは重々承知しているのだが。


ただ、そのせいで一行は半ば解散状態だ。

私の第一目的はあくまで故国アラヘンの解放。

仲間を一時的にとは言え失ったのは余りに痛い。

そして私は、どこまでいってもこの地に魔王を呼び込んだ疫病神に他ならないのだ。

それが英雄として持ち上げられると言う事態に困惑もしていた。


「正直な所、この歓待を持て余しております」

「……そうだよねー。でもさ、これはホントの所は歓迎じゃないよー?」

「まけいくさ、から、ひとびとのめ、おしかくすための、えさ、です」

「むしろ、今後は苦労する可能性が高いであります」


……はて、それはどう言う事だろうか。

人々の期待は確かに大きいだろうが、どちらにせよ私の目的も彼らの望みも魔王ラスボス打倒。

それは変わらない筈だ。

ならば今までどおりにやっていけば良いだけではないのか?

彼女達の言葉に首を捻っていると、当の彼女達はポツリと呟いた。


「やっぱ、わかってない、です」

「禍福はあざなえる縄の如し、でありますよ」

「英雄の苦悩をシーザーはこれから知る事になるよー。ねぇねぇ、耳貸してー」

「……はぁ」


ちょいちょいと手招きされたので耳を貸してみる。

すると、


「シーザー?気をつけるんだよー……今騒いでる人たちは唯の凡人だって事を忘れないでねー」

「は、はぁ……」


それだけ言って、アリサさんは言ってしまった。

……何か良く判らないが、とにかく気を引き締めねばと言う事だけは判ったが。


「なんだったんだ、あれは……」

「なんという、さでぃすと、です」

「今後来る、マイナスイベント予告編でありますね」


「……?ねえ、姉さん。ところでこの中でどの人を連れて行けば良いかな?」

「教えるお!」

「それは、くーちゃんたちが、きめること、です」

「言っとくけど、その報告書は普通の探偵さんに作らせたものだから気を付けるでありますよ?」


さて、何はともあれ時間が惜しい。

どうせ私の今までは常に困難と共にあったのだ。

まずは共に戦う者達を見出そうではないか!


……。


そして、数十人の中から人格的にも能力的にも問題の無いと思われる数名を選び出した。

魔王討伐と聞いてやってきた戦士や名を上げようとする下級騎士。

いずれ世界最強になる男を名乗る剣士と、妙に艶のある女魔道師。

彼らを部屋に呼び、共に戦う事を誓い合う。


「よお!宜しく頼むぞ?魔王討伐かい……いいねえ、金の匂いがする」

「我が家は吹けば飛ぶような家……これはまさに好機なのだ!姫、我が戦いをご覧あれ!」

「うん。君は何時か僕と共に戦った事を逆に誇る日が来るよ?何せ僕は銀河的最強存在候補生だからね」

「うふふ、坊やが勇者様?いいわ、お姉さんが色々と教えてあげるわね、うふふふふふ……」


「……人格に問題がありまくりそうな面々だお」

「しっ!失礼でしょアルカナ!?」


実際の所、実力は牢人殿に劣り人格は牢人殿と同程度、と言うのが私の判断だ。

金目当ての戦士に、

クレアさん目当ての騎士。(とはいえ、直接手出しをする気が無いと言う分あの中で一番まともだ)

剣士の少年は"チュウニ病トリッパー"らしい。良く判らないが確かに精神を軽く病んでいる気がした。

そして、女魔道師は……どうやら私の名声が目当てとの事だ。色仕掛けをする気がありありと見える。

だが、それでも彼らは魔王と戦う気があるだけまだマシだったのだ。


ああ、アリサさんの言ったとおりだった。

集まった者達の殆どは冷やかしで、中には禄でも無い事をもくろむ犯罪者も多数いた。

正直、背中を預けるどころか居ない方が助かるレベルだ。


「ま、まあそれでも彼らは約束は守るようだし、信頼関係はこれから」


「姫!見ていてください……このわたくし」
「申し訳ありませんが黙って頂けませんか?」

「けんもほろろ、だお」


「ハハッ!戦場に色恋沙汰を持ち出すとは超戦士(ウルトラファイター)の恥曝しだよねぇ?」

「いいねえ、契約金は金貨払いか。いいねぇ」

「うふふ、あの勇者のボウヤけっこう初心ね……楽な獲物ね」


……うん。牢人殿でもそうだった。

何時か彼らとも信頼関係を築く事も……。


「と、ともかく表に出てみよう……確か今日は記者会見とやらがあったはず」

「そうでしたね勇者殿!我がエゴマキチラース家の栄光への第一歩です!ささ、急ぎましょう!」

「ふんふんふん……出演料は、けっ、しけてるなぁ……」

「僕の伝説の第一章か。ふっ、フラッシュの焚かれる出発会見!悪く無いね!悪く無い!」


……本当に、大丈夫なのだろうか?


……。


ホテル前に私達は移動した。

今までに無いほどの人々がそこに集っている。


「ふう、面倒くさいぜ」

「はぁ~い?私の活躍、見ててねぇ?……チュっ」

「ふっ。愚民どもが僕の流し目に見とれてやがるぜ。太陽がまぶしくて火傷しちまうかもな、ハハッ」

「え?今日曇りだお?」

「さあ姫、ここが姫の特等席です、私の横へどうぞ」

「……結構です」


しかし何だろう、この不安感は。

寄せられる視線は相変わらずなのに、その質が違うと言うか。

……この手の不安感は当たるのだ。

敵襲でもあるのかも知れない。気だけは張っておく事にしよう。


「では、勇者様にご質問ですが魔王討伐は何時ごろまでに終わるでしょうか」

「明日にでも旅立つ予定ではあります。流石にまだ期日までは」


質問が始まった。彼らは新聞と言うものを書く為の材料を集めていると言う。

私の言葉を文章にして彼らは日々の糧を得、人々はその日何が起きたかを知るのだと言う。

ならば出来うる限り応えるのが人の道だろう。


「いえいえ、それはそうでしょうが……大体の目安ぐらいは何か無いですかね?」

「目安?目安ですか!?……そ、そうですね……でしたら」

「敵は異界より現れた未知の存在。期限など切れるわけが無いと思いませんか?」


「いえいえいえいえ。それでも、ねぇ?例えば敵の居場所を、とかね?」

「無責任な質問はよして頂きたいのですが」


質問責めを見るに見かねたのかクレアさんが私の前に出て言った。

だが、記者の方も負けてはいない。なんと言うか、言いあいがかなり不毛だ。

クレアさんのほうを見ると、私に気付いて軽く首を横に振った。

彼らの相手はやはり限界なのか?ならばここは私が何とか答えを出さねばなるまい。


「そう、ですね……出来れば一ヶ月ほどで敵の根拠地を探し出したい所ですが……」

「……シーザーさん!?下手な事を話しちゃ駄目って目で合図したのに……」

「あちゃー。だお」


「うふん。流石は勇者様ですわね、うふふふ」

「まあ任せておけ!勇者は気弱な事を言うが僕が居れば魔王など一週間で余裕さ!」

「おお、お仲間は豪気ですな!勇者様は慎重に慎重を重ねておられるようで……」


……。


このような感じで記者会見は終わった。

あれからも答えに窮するような事ばかり聞いてくる人々に辟易していた事もあり、

その日は他に何も出来ずに眠りに落ちる事になる。


……だが、私はその時まだ何も判っていなかったのだ。

あの受け答えの意味と言うものを。


「何だ、これは?」

「今朝の新聞だお……見れば判るけど昨日のことが書いてあるお」

「はぁ、やっぱりこうなっちゃった……」


翌日、私は目覚めと共に驚愕に囚われる事となる。

……翌朝の新聞にはこう書いてあったのだ。


"勇者シーザー。最低でも一ヶ月以内に!……魔王打倒を宣言!"


どう考えても私の言葉ではない。

私は魔王の"根拠地の発見"を"出来れば一ヶ月"と言ったのだ。

それがどうしてこうなるのか?


「"最低でも一ヶ月以内に"の後が省略されてるんだお。常套手段だお」

「魔王打倒、は期限こそ切ってませんけど最初から普通に宣言してますよね?」


それを都合よく切り貼りしたと言うのか!

私は怒りと共に立ち上がった。


「彼らに文句を言ってこねば!」

「だ、駄目ですよシーザーさん!?」

「これは孔明の罠だお!」


孔明の罠、とは何か判らないが……罠?


「奴等は敵だったのか!?」

「……違うけどあってるお。ああ言うのは売れれば何でもいいんだお」

「もしこれでシーザーさんが彼らに文句を言いに行ったら、それこそ記事のネタにされちゃいます」


……その後も軽く彼らの説明を聞いていたが、

どうやらあの会見の中に、あまり質の良くない連中が紛れ込んでいたらしい。

ある事無い事、と言うか辛うじて嘘ではない情報を垂れ流し、

話題性の高い話に仕立て上げる事で利益を得ているのだと言う。


「悪気は無いんだお。ああ言うのにとって他人は飯の種以外の何者でもないだけだお」

「出来るだけ人聞きの悪い言葉で不安を煽れば人はそれを読みたくなる……人間の心理ですよ」

「私は飯の種でしかないのか……」


しかし頭の痛い問題だ。

……つまり、私達はこれで一ヶ月以内に魔王を倒さねばならなくなったと言う事か。

いや、考え方を変えよう。これで街に缶詰のようにされている必要は無くなったのだ。

大手を振って迷宮に潜れば良いだけだ。そう考えれば良いだろう。


「……過ぎた事は仕方ない。明日からでも迷宮に潜る事にしよう。時間が無い」

「だお。じゃあ他の人に言ってくるお」

「……そう、ですね。まあ、心配しても仕方ないですもんね」


この時はまだ、私は楽観していた。

とにかくきちんと戦い続けていれば彼らもきっと判ってくれる。

この文章を書いた者の悪辣さをキチンと説明すれば、人々はきっと信じてくれるのだと。


……。


だが、迷宮探索は難航を極めた。


「おっ!敵だぜ?」

「数が多いな、では全員静かに回りこんで……」

「けち臭い事言うなよ!僕に任せてくれよな!?とおっ!僕、参上!」

「あ、待ちなさい!姫を危険に晒す気なのですか!?」

「……そっちの声のほうが大きいお」


剣士殿は身勝手でチームワークなど望むべくも無く。


「待ってくれ勇者様。姫をこんな所に連れて行く気かい?」

「そうだな。……エゴ卿、クレアさんの護衛を頼めるか?」


「ええ。任されました……さあ姫、こちらへ」

「何処に連れて行くおつもりですか?」

「そっち、迷宮の奥だお」


「おっと、これはいけませんね。では」

「いい加減にすればぁ?……ねえ勇者様ぁ……わ・た・し・たちはこっちへ……うふん」

「勘弁してくれ……」


騎士エゴ卿はクレアさんに必死に話しかけているばかり、

と言うかそれ以外に何の興味も示さない。

回りが危険になっても助ける気も無いのだ。


「私の役目は姫の護衛!勇者様もそのつもりで私を呼んだのでしょう?」

「……確かにそうだが、それでも限界と言うものがな」

「こんな人、気にしても仕方ないわよ……ねえ、そんな事より私内股がつっちゃったの……」

「なんで顔赤くして湿布をシーザーに手渡してるお……」


挙句にこんな事しか言わない始末。

魔道師殿に至っては色仕掛けばかりではないか!


「ふう、勇者様。こっちはどうするよ」

「ん?ああ、この地図だがここはここと繋がっていた……ふう、貴方だけはまともで助かる」


「金の分は働くぜ。それが仁義ってもんだ」

「……金か。そうだな」


唯一まともなのが金のために戦っている戦士殿だというのだからお笑い草だ。

……そんな状況では新しい区画の探索どころではなかった。

何が出来る訳でもなく、ただ無意味に時だけが流れて行く……。


「しょせんはシーザーに名声が付いたからってだけの連中だお。信じるに値しないお」

「……シーザーさん、やっぱりあの人達は駄目です。私達だけで良いじゃないですか!」

「コケケケッ!」

「俺は金さえもらえればそれで良いし、今までの給料は貰ってるからここで解雇でも構わんぞ」


三週間ほど経過したある日。

探索と言うか散策状態で迷宮を行き来しながら溜息をついていると、

クレアさんたちからそんな言葉がかかった。

……限界か。思えばクレアさん達の安全を確保する為にと思ったのだが、

結局精神的な負担をかけてしまっただけのような気もする。


ふと、視線を"仲間"達の方に向けた。

迷宮内の小部屋で僅か一時間ほどで小休止を求めてきた"仲間"達はと言うと。


「ふっ!究極最強の前に敵は無いんだ!ピシッ!……いや、これよりこのポーズがカッコいいか?」

「ふぁ。疲れたわねぇ?今日はもう帰るわ。勇者様ぁ、足手纏いは先に帰りますぅ!」

「走って帰れる割に……まあいいでしょう。む?姫、どうかなさいましたか?」


頭が痛い。

……私も覚悟を決めた方が良さそうだ。

これ以上事態が悪化しないうちに。


……。


さて、その翌日。

私達は戦士殿のみを残し"仲間"に解雇を言い渡す事とした。

クレアさんからの提案で後腐れの無いようにしなければと提案があったため、

金貨で違約金を支払う事とし、お互い気持ちよく分かれる事に成功したのだ。


……だが、甘かった。

そのまた翌日、私の部屋は押しかけてきた人々でごった返している。

今までの扱いが良すぎたのかも知れなかった。

だからそのしっぺ返しが私を襲おうとしていたのである……。


「勇者様!コボルト村の大虐殺事件の犯人があなただと言うのは本当ですか!?」

「村に存在した全ての村民が居なくなるほどの凄惨な事件について一言!」

「責任は?賠償だけで済むと本当に思っているのですかwwww」


「なっ!?これは一体!」


「魔王討伐の期限まであと一週間を切りましたが……どうなっているのですか?」

「仲間を役に立たないからと見捨てたと言う噂についてですが……」

「そもそも今回の都市開放も実は全てが偶然でしかなかったとの事ですが!」

「何故そうにも拘らず勇者などと呼ばれているのか詳しいお話を!」

「答えられないのですか?」

「答えられないのですね?」

「でしたら全てが真実なのですか!?」

「魔王をこの世界に呼び出したのは他ならぬあなただと言う噂が流れていますがそれについて!」


彼らは目を血走らせて眠っていた私を取り囲むようにして、

口々に何か喋り続けている。

訳が判らない、幾重にも重なり合う声は私の耳には意味のある言葉として聞こえないほどだった。


「待ってください。とにかく一人づつ」

「ひゃあ!」


え?と思う暇も無かった。

待って欲しい、と前に差し出した手。

それが軽く触れた誰かが突然後ろに向かってバックジャンプしたのだ。

更に、わざと音の鳴るように地面に転がる。

……一瞬の無音。

そして、


「ぎゃあー。ほねがおれたー」

「おい!勇者が記者を突き倒したぞ!」

「スクープだ!特ダネだwwwww!」

「よし、今日の夕刊トップはこれで行こう!」

「よっしゃあ!今日の売り上げは二倍増だ!」


何が何だか判らないうちに、人垣は勝手に帰っていった。

……無論、ほねがおれた、と喋っていた勝手に転んだ男を含め。


「な。何だったんだ?」


私はただ呆然とする他無かった。

……本当に何が何だか、判らなかったのだ。


……。


私がその事態を知ったのは、それから数十分後。

戦士殿が部屋に駆け込んできた時だった。

装備を整えている私に、戦士殿は少々慌てたように声をかけて来る。


「おい、奴等にしてやられたぜ雇い主!」

「して、やられた?」


「首にした連中だ。奴等世間話のふりしてこの三週間の内に聞き出した事を言い触らしたんだ!」

「……え?だが彼らには違約金を払い円満に別れたはずだが!?」


戦士殿は首を振る。

あちゃぁ、と言う声が聞こえて来るようなりアクションだ。


「勇者様ってだけあって世間知らずだな!契約違反にならない程度で情報を流したに決まってる!」

「なっ!?」


「それに……約束なんぞお前さんが消えれば意味が無いからな」

「シーザー!おねーやんが!おねーやんがあの馬鹿騎士に浚われたお!助けるお!」

「!?」


「ふん。奴が首謀者か……早く動かないと事態はもっと悪い方に転がるな」

「……クレアさんが危ない!?」


迂闊だった!

エゴマキチラース卿は最初こそ確かに紳士的だったが、

クレアさんが靡かぬと見るや段々と行動が露骨になって来ていたではないか!

今や危険度は最初なら書類で落とされるレベルまで落ちていた。

……このままではクレアさんが危ない!

安全の為に雇った護衛に襲われるなど……もしもの事があったら私はどう詫びれば良いのか!


「おい待て!表に奴等が罠を仕掛けて待ってるんだぜ!?おい勇者!ちっ!面倒な仕事だ」

「シーザー、落ち着くお!」


何も考えられなかった。

死に瀕していた私を結果的にとは言え救ってくれたクレアさん。

詫びの代わりだと自ら迷宮に潜ろうとするクレアさん。

そして、何時も自制するのも大変な程の極上の笑顔を向けてくれるクレアさん。

……それが失われる事などあってはならない!


「エゴ卿!貴殿はっ……!」

「シーザーさん、駄目ええええっ!」

「罪人が出てきたぞ!捕まえてください!」

「「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」」


だが、無策で飛び出したのは愚かだった。

私は大量の衛兵に取り囲まれる。

取り囲む人々の目には蔑みの侮蔑、そして好奇心の光。

……なるほど、罠か。

卿の方を見るとこちらを見てふふんと鼻を鳴らした。

どうやら民を扇動して味方に付けたようだ。


「……さあ、この勇者を名乗る不届き者を捕らえるのです!真に勇者足りえるはこの私!」

「はいはい。まあ精々僕の引き立て役になってもらおうか。ふっ、愚者(フール)はこれだから……」

「ああーん。エゴマキチラース様ぁ。素敵よぅっ?」


……奴等には最早呆れて声も出せんが、衛兵達は吹き込まれたままに動いているだけだろう。

ならば蹴散らす訳にも行くまい。


「逃げて!シーザーさん、逃げてッ!?」

「姫、お待ち下さい。私がこの男の化けの皮を剥いでご覧に入れます」


次第にその包囲を狭める衛兵達。

人垣の向こうで泣き叫ぶクレアさん。


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

「村を襲うような人だったなんて!」

「魔王を呼び込んだのもお前だって話じゃないか!?」

「仲間を見捨てるような奴が勇者?けっ!」


人々は面白がるように叫び続ける。

……そうか、これか。

アリサさんの言っていたのは、これなのか。

昨日まで私の事を英雄と呼んでいた者達の心変わり。

だが、予想出来なかった訳ではない。

人の心など弱いものなのだ。

その場の情報に踊らされる者も多い。


しかし……彼らが私を責め立てる言葉だが、

私は何回かあった会見できちんと全部話して居たはずだが、何故今更?


まあ恐らく周りが騒ぎ始めたからだろうがその余りの節操の無さに……いや、言うまい。

彼らとて奴等の流した噂に踊らされているだけだ。

それに、言っている事は間違っていないしな。

……所詮私はこの世界において異物以外の何者でも……。


「姫!さあこの悪人に何か言ってやってクダッ!?」

「いい加減にするお!」


その時だ。アルカナ君がクレアさんの手を握って此方を指差すエゴ卿の上に降って来たのは。

小さな体でも五階の高さから飛び降りたその衝撃はかなりのものだろう。

エゴ卿の頭に飛び乗ったまま、アルカナ君は続いて飛び降りてきたピヨ君に向かって叫んだ。


「ピヨちゃん!シーザーを助けるお!」

「コケエエエエエエッ!」

「「「「「ぎゃあああああっ!?」」」」」


続いて私を取り囲む衛兵達が白い旋風に薙ぎ倒される。

ピヨ君の爪が、嘴が私の周囲を取り囲んでいた者達を打ち倒していく。

……しかしこの場でこの行動はいけない!


「くっ!姫……妹君はこの男に誑かされたようです。これでもまだアレを信じるんですか!?」

「離すお!お前なんか人間じゃないお!恥知らずの……魔物とか呼んだら魔物に失礼だお!」


人々が更に騒ぎ出し……アルカナ君は捕まった!

……しかも刃をその喉に突きつけられただと!?

何を考えているんだあの男は!


「……おとーやんに殺されるお?」

「はは、ご安心を。あの悪党を良く知ればおのずと評価も変わります」


「……ニセ証拠まで用意して嘘八百を並べ立ててるのは知ってるお。所詮は腐れ貴族だお」

「……ちっ」


子供に論破された男は今度はピヨ君に向き直る。

奴はピヨ君が人語を解することは知っている……何をするつもりだ?


「おい、そこのニワトリ!アルカナ姫はここに居る、グハッ!?」

「コケッ!」

「それで良いお!脅迫に屈するくらいなら人質を見捨てて仇を討て!おとーやんの持論だお!」

「そう、それでいいのアルカナ!圧力に屈したものに勝ちの目は無いのだから!」


あの男はよりによってピヨ君に脅しをかけたのだ。

恐らくこの場での収拾さえ出来れば真実を捏造できると確信しているのだ。

それ自体は良くある話だったが……相手が悪かった。

周りの人々を蹴散らしながらピヨ君は突きつけられた刃物にも構わず、

無理やりアルカナ君とクレアさんを奪還する。


「ぐうっ!?姫様達の安全の事は良いのですか!?」

「はん。エゴみたいな奴の思い通りになるよりはよっぽど安全だお!」

「……許さない……絶対に!」


それは良いのだが……周囲の様子がさらにおかしくなってきた。

最早こうなっては名声などに拘泥してはいられないか……!


「ぐうっ……貴様……一国の姫君を誑かそうとは、このエゴマキチラースが許しませんよ!」

「良く言う……!」


お互いに剣を抜く。

こうなっては四の五の言っていられん!

最悪でもクレアさん達は守り抜く。

それすら出来なくて何が勇者か!


「ふふん、いいのですか?このままではまた指名手配ですよ?」

「何を今更!」


この手の悪党は故郷にも腐るほど存在していた。

そして、その対処でこの手の相手に主導権を握られてはいけないと言う事を私は良く知っている。

……奴はああいうが、既に私の指名手配は成されているだろう。

この場合の最善は自らの安全を確保した後に、冤罪を晴らす事。

間違っても決して奴等の思い通りに動いてはいけない!


「うおおおおおおっ!」

「え?ま、待ちたまえ!?本気で、本気で……ひいいいいいっ!?」


奴をこの三週間見ていて判ったが、そこそこ腕は立つ男ではあるが精神的に脆い部分がある。

腹に剣が突き刺さったくらいで戦闘の意思を失う程度の気概しか持っていないのだ。

私の剣が奴の盾を切り裂き、その腕に浅く傷をつけたと思ったら、

ある意味予想通りあたふたと逃げ去っていく。


「……覚えてろ!名声が仇になる。お前の悪名は一気に世界中へと広まるだろう!」

「今更構わん!貴様等のような信に値しない者を用いようとした私のミスだ。故に私は受け入れる!」


騎士ともあろう者が敵に背を向け、捨て台詞と共に走り去る。

……我ながら、良くあんな男と三週間も共に戦えたものだ。

まったく。今回の事では信じるに値する者達の大切さを思い知らされた……。


「……シーザーさん……」

「周りの馬鹿の目が痛いお」

「……行きましょう」


……しかしそれどころではないか。

なにせ周囲の喧騒は最高潮に達しようとしていた。

ピヨ君の倒した衛兵と私がエゴ卿を斬った時の返り血が周囲に散らばっている。

人々はそのせいか異様に浮き足立っているようだった。

人前で人を斬ったのだ……こうなった以上、最早私の悪名が覆る事はあるまい。

なまじ名声を得た直後だけに名も知れ渡っている。

故郷のアラヘンは兎も角エイジスにもこの一件がすぐに伝わるのは間違いないだろう。


「まあ、その時はまた首輪付きの死刑囚に戻るだけか」

「……!?」


何にせよ、この場に留まる訳にも行かない。

剣を抜き放ったまま一歩踏み出すと人垣が割れた。

そのままクレアさんを庇うようにして歩き出す。

……最早この街には居られない。

一刻も早く迷宮を経由してエイジスまで戻る必要があったのだ。


「……あの。何処へ行くのです?」

「教会へ。この街に長居はもう出来ないだろう」

「だおだお。大陸内ならおとーやんの権力が守ってくれるお!」


教会までの道程を走る。

気付くと戦士殿も後ろから付いて来ていた。


「やれやれ、今後はどうするんだい勇者さんよ……おっと、まだ雇用中だったな雇い主の旦那?」

「迷宮経由で隔離都市エイジスに戻る。一度体勢を立て直さねば」

「食料も道具もホテルの部屋に残して来ちゃったし、仕方ないお……」

「……あなたはそれで良いんですか?」


クレアさんはそう言うが、戦士殿自身が私と共に走っている所は人々に見られただろう。

申し訳ないがこのまま付いて来て貰うしかあるまい。

私の事はさておき、彼は無実なのだ。それだけは何とかせねばならないが……今は。


「今は彼にも付いて来て貰う。部屋には以前第三王妃様から頂いた金貨の残りもあるし……」

「継続雇用の話はありがたいが、まずは逃げるのが先決じゃないか雇い主さんよ?」


そう言えば、戦士殿はもう私の事を勇者とは呼ばないな。まあ、ああなってしまっては当然だが。

何にせよこの時点で付いて来て貰えるなら信用に値するだろう。

背を預けられる仲間が金で買えるのなら多少の散財は仕方ないのではないだろうか?


……だが、クレアさんの言わんとしている事は違う事のようだった。

今にも泣き出しそうな顔で彼女は叫ぶ。


「シーザーさんの事ですよ!せっかく……折角勇者って呼んで貰えるようになったのに!」

「そう言えばまた犯罪者呼ばわりだお……」


ああ、そっちの話か。

だがそれについては私の中でもう決着が付いている。


「問題無い。……全て事実なのだから。非難は甘んじて受けよう」

「そんな!?」


「なに、魔王ラスボスを倒すまでの辛抱。それさえ過ぎれば私は故郷に帰るのだから」

「あ……そっか、そうですよね……帰っちゃうんだ……いつかは……」


私と言う異物が紛れ込んだせいでこの世界に降って湧いた災難なのだ。

認められたいなどと言うのがまず根本的に間違っていたのだろう。

……周囲の評価など気にしている場合ではなかった。

私は私の成すべき事を成すのみ。

そこに協力してくれる方が何人も現れた事、それこそが奇跡だった。

ただそれだけの事なのだ。


「……ごめんなさい。私がシーザーさんにとんでもない十字架を背負わせてしまった」

「いや、アルカナが悪いんだお。おねーやんが追い詰められると弱いのは良く知ってたのに……」


あの日、アルカナ君が逃げ出した事。それをクレアさん一人で追いかけた事。

召喚魔法を使った事。呼ばれたのが私だった事。

……全ては偶然だ。それを責める気にはなれないしむしろ命が助かったのだから感謝していた。

クレアさんが苦しむ事など何も無いと私は思う。


「私は、クレアさん達と出合えて良かったと思っている……それでは不満かな?」

「え?……あ、ありがとう……」


クレアさんの手を引いて走る速度を上げた。

……まずはここから抜け出すこと。今重要なのはそれの筈だ……。


……。


幸いにも迷宮への入り口……転移門までは特に妨害も無く来る事が出来た。

不思議なほどに人の姿が見えないが、やはり私達の起こした騒動で慌しいのだろうか?


「とにかく早く門を潜ろう……追っ手がかかると厄介な事になる」

「だお。さっさと帰るお。この街は嫌いだお!」

「ふう。トレイディアに帰るのも何年ぶりかね……フローレンス先生、元気だと良いが」


周囲を警戒しながら門に近づく。

だが、既に遅かったのかも知れない。

……後ろから何人かの足音が近づいてきたのだ。


「姫!待って、待ってください!」

「近づかないで恥知らず!」


クレアさんは追っ手を魅了して動きを封じる。

エゴ卿は数名の衛兵と共にクレアさんの言葉に命じられるがまま硬直している。


「今更何のようだエゴ卿?縁は切れた……もしまだ追いかけてくるなら次は首を頂く事になるぞ」

「悪いがこっちも容赦出来ないぜ……金が切れない以上縁は切れないからな?」


僅かな間とは言え共に戦った相手だが……最早こう言わざるを得ないだろう。

今後もし私の戦いを邪魔するようなら、本気で討たざるを得ないのだ。

……だが、様子がおかしい。

突然彼は大地に頭を擦りつけ始めたのだ。


「勇者様……恥を偲んでお願いします……街を今一度お救い下さい」


「何を、言っているのだ?」

「おねーやん。これ、脳味噌腐ってるお?」

「…………だろうね、アルカナ」


そう言えば、先ほどイザコザしていた辺りから周囲が妙に騒がしかった。

……てっきり私達の事件の事でそうなったのかと思っていたが……違ったようだ。


「その……敵が……魔王軍が攻めて来たのです!」

「あっそう……だお」

「今更!?今更シーザーさんに助けを求めるの!?あれだけの事をしでかしておいて!」

「おいおい。そりゃあ少しばかり虫が良すぎはしないか?」


「う……身勝手は重々承知!ですがもう貴方しか居ないのです!」


奴は勝手に話を進めていく。

剣士殿が格好をつけて突っ込んで行き……一太刀で切り殺された事。

女魔道師殿は城壁の上で魔法を使っていたがすぐに射殺された事。

そして……目の前の男は……、


「随分と気取った言い方をしていたが……要するに逃げたのではないか!?」

「ち、違います勇者様!貴方を探しに来て、いた……だけでして……アハハ……」


私達の追求の視線に耐えられず、冷や汗をだらだらと流し続けていた。

……不思議だな。

報告書では彼は人格的に最低限のレベルは持っていた筈だが……私にはとてもそうは見えない。


「それはそうだ。報告書を作った探偵を買収して自分を良く書かせたのだからな」

「……ガハッ!?」


そんな風に不思議に思っていると、

突然背後から現れたブルー殿が、エゴ卿の背中に剣を突き刺した。

その目には何の感情も読み取れない。


「な、き、騎士だろ貴方も……何故、後ろから……!?」

「貴様の騎士道に合わせただけだ。仲間を売り、騙まし討ちにするようなお前の騎士道にな」


もう一撃、肉に刃が突き刺さる音と共にエゴ卿の体がどさりと倒れた。

……即死だ。


「痛みを長引かせないのがせめてもの慈悲だ……こいつが生きていては不幸になる人間が増える」

「……ブルー殿!」

「ブルー!?良く来てくれました!父さんの命ですか?」

「ブルーが来たお!これで勝つるだお!」


剣から血を振り払い、鞘に収めたブルー殿がこちらに向かって歩いてきた。

それを見てクレアさんもアルカナ君も嬉しそうだ。

そう言えば、困った時は昔から何時でも駆けつけてくれるのだと二人からは聞いている。

流石は最強と名高き部隊の副長格だと思う。


「姫様方。守護隊副長ブルー、今より護衛の任に就きます……シーザー、良く姫様方を守ってくれた」

「いえ、むしろ危険に晒してしまいました……」


「判っているなら今後は姫様から決して目を離すな……何時も無事で帰れるとは限らないのだからな」

「ブルー!?シーザーさんに何て言い草をするんですか!?」


ブルー殿は兜の面を下ろしている。

そのせいで表情は見えないが、怒り狂っているのは容易に想像できた。

私としても、全くその通りだと思う。

……もっとしっかりせねば、取り返しの付かない事になりかねないのだ。


「何にせよ、これで安心だお!さっさと帰るお。こんな街、滅べば良いお」

「……普段なら叱り付ける所だけど……今回は私も同意見です。行きましょうシーザーさん」

「やれやれ、じゃあ俺は久々に昔世話になった孤児院にでも顔を出すか……」


だが、これで一安心だ。

……私はブルー殿に軽く頭を下げた。


「ではブルー殿。お願いがあります」

「ああ。行って来い」


流石にブルー殿は私の事も良く判ってくれている。ありがたい事だ。

私はその答えを聞いて安心し、踵を返して歩き出す。


「シーザーさん?何処へ行くんです?」

「……私は勇者シーザー。故に行かねばならない」


目の前に魔王の軍勢が迫っている。

ならば、戦わねば。

幸い危険に晒したくない人達の傍には、今や託すに値する人が居る。


「そんな!?じゃあ私も!」

「いや、あの街にクレアさんを置いておくのは危険だ……戦闘後に街の人々の手で囚われかねない」

「そんなのが判ってるなら助ける価値無いお!それとも魔王と戦うだけが目的なのかお?」


クレアさんを宥めつつ、

アルカナ君に対して私は首を振った。


「助ける価値は無い人々なのかもしれない。だが、助ける価値のある人も居るかもしれない」

「それだけ!?たったそれだけの理由で明らかに敵みたいな民衆を守るんですか!?」


クレアさんの言葉はもっともだ。

……だが、これは理屈ではない!


「そうだ。何故なら私は……」

「……勇者だからな」


私を勇者と呼んだブルー殿に軽く礼をして私は走り出した。

魔王軍の攻撃は恐らく門を中心に行われていると思うが、

一度陥落したせいで破損したままのその門が長く持ちこたえるとはとても思えなかったからだ。


「待って!あの人達は危機が喉元を過ぎたらきっとシーザーさんに害を成す!」

「その時は……まあ、何とか逃げ切ってみせる」


「行くなら急げシーザー!それと……今回は絶対に勝てる陣容ではない。耐え切るのを勝ちとせよ!」

「判りましたブルー殿!」

「ブルー!?シーザーさんを止めて!あの人を死なせないでーーーーっ!」


背中からかかる声が段々と小さくなる中、私は大通りを城門目指して走る。


「……シーザー。生き延びろ!判っているとは思うが姫様を悲しませるなっ!」

「はっ!」


背後からの激励が、何より頼もしかった。


「待って!死んじゃうよ!?だから待って……シーザーさん!シーザーさんっ!」

「おねーやん……」

「さあ、ここは危険です。姫様達は一度戻っていただきます!…………もし怨むなら私を……」


背後からの慟哭が何より辛かった。


……だが、私は行かねばならない。

例え期待されていなくとも……例え助けた者達に背中から切り裂かれようとも……。

私は、私が呼び込んだ災厄から、この地の人々を救わねばならない!


「はっはっはっは!我は魔王ラスボス!残念だろうがこの地は再び我が破壊の火に焼かれるのだ!」


大通りの遥か先で城門が崩れ去り、魔王が高笑いしている。

このままでは城壁を失った衛兵たちは瞬く間に全滅するだろう。

それを防ぐには囮が魔王軍の注意を引くしかない。


「私はアラヘンの……シーザー・バーゲスト!……魔王よ!……勝負だぁぁあああああっ!」

「来たな……勇者っ!」


だから私は、その魔王の正面から大声を上げつつ突撃する。

……無論、無謀は承知の上。

あんな事の後だ、もし勝利しても誰も賞賛はしないだろう。


だが構うまい……弱き者を救うのが勇者というものだと私は信じている。

しかしそれは己が己に課したもので、誰かに頼まれた訳ではない。

王よりの使命を果たすには魔王さえ倒せれば良いのだ、本当は。

だが、それで本当に勇者を名乗れるのか!?

自らを蔑ろにするからと、何も知らない民を見捨てても良いのだろうか?

……答えは出ない。


だが、一つだけ判る。

このまま私が去れば、この街は魔王に蹂躙されるのだ。

……それを許す訳には行かない。


何故なら私は……勇者なのだから!


続く



[16894] 18 連戦
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/12 16:12
隔離都市物語

18

連戦


≪勇者シーザー≫

城門が崩れ落ちた。これの意味する所を想像するのは容易い。

……門が開いただけなら閉めれば良い。門を破られたなら新しい扉を用意すれば良い。

だが、城門そのものが破壊されたとしたらそれを短期間に修復する事は難しいだろう。


そしてこの街はこの大陸の中部から南部にかけては唯一人類側に残された拠点。

当然魔王ラスボスからは目の敵にされていることだろう。

これが意味する所、それは即ちこの街に未来が無いということだ。


何故か大陸南方より集められていた人々は、とうの昔にリンカーネイト大陸側に移動している。

この街に残っているのは元々この街の住人だったか近隣に住んでいたかのどれか。

それならば、精一杯時間を稼げば逃げる時間ぐらいは稼げるのではないだろうか?


……無論、私一人で地平線の彼方まで埋め尽くさんとする魔王の軍勢を押し止められるはずも無い。

一つだけ策はあるが、それを魔王が飲むか否かで此方の命運も変わってくるだろう。


「魔王よ、一騎打ちを所望する。名誉あらば私と戦えっ!」

「……ほう?」


崩れ去った城門前に勝ち誇ったかのように立ちはだかる魔王の巨体に、私は声を張り上げた。

……乗ってくれねば私はこの大軍に蹂躙されるだけ。

だが、私にはある種の自信があった……魔王はきっと"ある意味"私の言葉に乗ってくるだろう。

そして私の予想通りに事が運べば、私の生存の目も出てくるのだが……。


「ふふふ。面白いではないか」

「魔王様。相手は勇者とて所詮は人間……魔王様がお出でになるほどの存在ではありますまい」


「ドラグニールよ。そうかもしれんな……よし、ヒルジャイアント、お前が相手をするのだ!」

「え?僕がですかー?」「それとも僕?」「私かもねー?」「わーい、決戦だ決戦だ!」


「おいおい全員は無いだろ……長男坊、お前が行けや。魔王様のご期待に背くんじゃねえぞ?」

「はーい。ま、父ちゃんにボコボコにされたようなのには負けないからね。安心してよ!」


よし、乗ってくれた!

しかも相手はヒルジャイアント。一度戦った相手だ!

これなら行けるかも知れん。


「じゃあ名乗るよ。僕はヒルジャイアント。父ちゃんとは一度戦ったんだよね?」

「ああ。君の父上だったのか……彼は強かったぞ……」


ズルズルと巨体をくねらせ迫る軟体に、私は剣を構えて相対した。

周囲の魔物たちは付近に腰を下ろして完全に観戦状態。

……これなら時間を稼げる。


「勇者様ー!やっちゃって下さい!」

「……勝手なことばかり言ってスイマセンでしたーーーーっ!」

「勝利を祈っております!」


いや、待て。

逃げろといった筈だが!?

何をやっているのだ衛兵諸君!


「ここは危険過ぎる……君達は下がるんだ!」

「勇者様万歳!」

「勇者シーザー、万歳!」

「我等に勝利を!」

「勝った!これで勝った!」


正気か!?……勝てるわけが無いだろう!?

もしここで魔王を討てたとしてもその後配下の大軍に踏み潰されるに決まっている!

しかし、あまり逃げろと強調する訳にも……。

相手に此方の狙いを悟られるのは本末転倒ではないか。


「……なぁ、だけど本当にコイツは俺達を助けにきてくれたのか!?」

「まあ、普通はあれだけの事をして助けてくれる訳が……」

「いや、勇者ってくらいだし!」

「いいじゃん!助かるなら何でも!」


だったら早く逃げてくれ!

私の評価など後で決めてくれ。

さもなくば……。


「ところで。僕の事忘れてない?ねえねえ?」

「……はっ!」


響く地響き。

横になった軟体がゴロゴロと大地を均しながらこちらに向かってくる。


「それそれーーっ!」

「ぐっ!」


辛うじて横っ飛びで回避する。

……突進速度は父親同様か。

体は少し小さめのようだが、私から見れば大した差ではない。

つまり、直撃を受けたらどちらにせよ助からない。そういう事だ。


「父ちゃんが火傷したあの弓は持ってきてないみたいだね。それでどうやって勝つ気?ねえねえ?」

「……あの時の事は当人しか知らないはずだが?」


「うーん、僕らは父ちゃんの欠片だからね。少しは記憶も受け継いでるのさ!」

「成る程」


彼らはブルー殿に討たれたヒルジャイアントそのものと言う事か。

しかし、四等分されたにしてはそれぞれの実力は先代に近い。

全員合わせれば明らかにその"父ちゃん"より強いように思えるのだが?


「さあて、次はこれ!避けられるかな?」

「……縮んで?……飛んだ!?」


続いてヒルジャイアントは体をギュッと縮め始めた。

何をしているのかと思ったのもつかの間、それをバネ代わりにして宙に飛び上がる。

勿論、落下予定地点は私の上だ!


「グウッ!?」

「おっ?避けたね?でももう少し離れるべきだったかなあ?」


とは言え、軽く走れば避けられない訳でもない……。

そう思ってしまったのは早計だった。

反撃の為にも、とギリギリで避けた私を大規模な振動が襲う。

まるで局地的な大地震だ。

立っていられず思わず膝を付きそうになる。


「で、僕がそのまま倒れれば、と」

「……!」


そして当然のように、そこへヒルジャイアントの巨体が圧し掛かる。

私は倒れこんだまま転がって、辛うじてそれを回避した。

そしてそのまま走り、何とか距離を取る事に成功する。


「ふーん。流石にしぶといね。でも、それじゃあ何も出来ないまま死んじゃうよ?」

「……確かにこのままではな!」


とは言え、此方も前回とは違う。

火矢は持ち歩いていないが、それは別な攻撃方法がある故だ!


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「!?」

「何だと!?奴め何時の間に魔法を!」


私の手から生まれた火の玉が、ヒルジャイアントの湿った体を焼いていく。

まだ致命傷には程遠いが、十分な効果があったようだ。


「ぎゃあああああ、痛いよお、痛いよお!」

「おいおい!こりゃあまずいぜ!魔王様、あのチビ助下がらせて良いですかね!?」

「ふむ。好きにせよナインテイル」


……いや、それどころではなかった。

私にすれば片腕の皮が焼けた程度の傷だが、

先代と違いあのヒルジャイアントにはそれに耐える気概がまだ無かったようだ。

痛い痛いと泣き叫びながら後方に下がっていく。


「ちっ。まずはお前の勝ちだ……だがな、コイツがまだガキだったせいだ。それを忘れんな」

「判っている。ヒルジャイアントはその倍ほどの火傷を負ってもまだ戦い続けていた」


巨大な幾つもの尾を持つ蠍が火傷をした巨大ヒルを庇うように鋏を向けてくる。

……次の相手、なのだろうか?


「婆さん。わしじゃあ婆さんには敵いませんので、わしは下がらせてもらえますかの?」

「ふむ。では顔無しゾンビは下がるが良い」

「……老師……」


一度老師が前に出てきたが、自ら敗北宣言をすると後ろに下がる。

正直戦い辛い相手でもあるし助かった、のかも知れない。

どちらにせよ、明らかに戦いたがっているように見える鉄蠍は更に格上だ。

勝てるかどうかも定かではない。


「よっしゃ!じゃあこのナインテイルの番だな?腕が鳴るぜ!」

「いや、お前では少々楽勝過ぎて詰まらんな。そうだ、奴等を使うか」


だが、予想は外れた。

魔王が手を叩くと数頭の牛の化け物が姿を現したのだ。

どうやらコイツ等が私の次の相手か。

その中の一頭が私のほうへ歩いて来た事からもそれが判る。


「……ミノタウロス。我が軍が保有する中でもトップクラスの獣人だ」

「ほほう。我がドラゴニュート族に次ぐ実力者……悪くありませんね魔王様」

「おいおい、オッサン。腕力だけなら負けてたんじゃなかったか?それにあんたら寒冷地じゃ……」

「まあ、婆さん達が寒さに弱いのは生物的に仕方ない事だからのう」


そう言えば、故郷で魔王の傍を固める牛頭の怪物が居ると聞いた事がある。

これがそれか!

騎士団の精鋭の半分はこの種の魔物に殺されたと言っても良い。

いや、だが私とてこの世界で腕を磨いたのだ。

それに一対一だ。早々容易くやられはしない!


「頑張ってくれーっ!」

「俺達まだ死にたくねえ!」


だったら早く逃げてくれ!

苦戦しているのは判っているだろう!?


「ふむ、わたしが相手を務める事となったが……早速始めるかね?」

「隊長格なのか?喋る魔物とは……」


そうこうしている内に、向こうの準備は整ったようだ。

巨大なハンマーを持った牛頭の怪物が此方にゆっくりと歩み出て、喋った。

喋るワータイガーなどは見た事がある。

そう言う輩は大抵部隊を率いていたものだが……。


「いや、わたし達一族は普通に喋る。無論竜人達もだ……言葉とは知性の証だ。そうは思わないか?」

「そうか……ならば名乗ろう。私はアラヘンのシーザー!」


「ふむ。わたしはミノタウロス族の戦士だ。名は特に無い、好きに呼べばよかろう」

「承知した。では……勝負だ!」


昔話から出てきたような牛頭の怪物は意外なほどに理知的な物言いでこちらを見ていた。

私が戦いの合図と共に剣を構えると、

相手は私の胴体ほどの大きさを持つ巨大な斧を背中から取り出してきた。

当たったらただでは済まないのは先程と一緒のようだ。


「では、まずはこちらから参る!」

「っ!?」


突然、大気が振動したかのような痺れるような感覚。

次の瞬間私は宙を舞い、崩れかけた城壁に叩きつけられていた!

……無意識に構えていた盾が無かったら即死だったぞ!?

これは一体?


「……ふむ。もしや我々が鈍重な種族だとでも思っていたのか?足の速い者が居てはおかしいかね?」

「いや、おかしくは……ぐっ……ない。私が勝手に思い込んだ、だけの事だ……」


全身を覆う筋肉とゆったりと近づいてきた事からその全力を見誤ったか!?

腕力と速度は両立しないと言う訳ではないのか。


「いや、気にする事は無い。外見を生かしたハッタリだが中々馬鹿に出来た物ではない。むしろ」

「良く受け止めた、とでも言いたそうだな……」

「ふはははは!まあそういう事だな勇者よ!」

「「「「はははははははははっ!」」」」

「……ぬ、ぐぅっ……」


魔王は砕けた城壁に腰を下ろし、その周囲を魔物たちが取り囲んでいる。

……よし、時間を稼ぐ事は出来ているな。


「な、なあ……逃げなくて良いのか?」

「え?あ。そう、そうだな……」


少し後方を見てみると、段々と衛兵達が逃げ始めていた。

……これで時間を稼いだ甲斐があったと言うものだ……が、

何故だ?何名かだけは逃げる様子が無い。


「勇者様よぉ!自分達はあんたを見捨てないぜ!」

「そうだ!石投げられてまだ俺達の為に戦ってくれてる!」

「逃げないのが俺達の戦いだ!」


いや、逃げてくれ!

むしろ今残っているような人々を私は助けたかったのだが。


「馬鹿言ってるんじゃねえよ!あんな虐殺勇者に義理立てする必要なんかねぇ!」

「阿呆に構うな!まずは生き延びる事を考えろ!」

「死に損でした!悪いな!」


……よりによってあんなのばかり生き残るのか!?

いや、世の中なんてそう言うものだと判ってはいるのだが……。

やはり辛いものは辛い。


「……気の毒にな……守るべきものに唾を吐きかけられるとは」

「いや……気にする事ではない」


挙句に魔物から同情されている!?

そんなに惨めなのか今の私は。

いや……まあ、惨めなんだろう……だが。


「気にする必要もない。彼らを助けるのは私の意志、誰に頼まれた訳でもないのだ」

「ふむ、そうか……勇者とは哀れな生き物なのだな」


そう言ってミノタウロスは斧を振り上げた。

その目には哀れみの色がある。


「ならばその不幸な人生、わたしが終わらせてあげよう!楽になれ、そして我等が元に集うのだ!」

「断る!」


丸太を一刀両断する位は出来るのでは無いかと言うほどの鋭い振り下ろしが私を襲う。

再度ステップで避けると相手は地面にめり込んだ斧を持ち上げようと力を込めようとしていた。


「好機!」

「むっ!?」


相手は両腕に力を込めた為に隙が生まれた。

その隙を突き、私はそのアバラの間に剣を走らせる!


「……見事な、ものだ」

「くっ!貴重なミノタウロスをこんな所で失ってたまるか!ええい、負けで良いから下がれぃ!」

「はぁはぁ、はぁ……さあ、次は誰だ!?」


恐らく傷が内臓に達したのだろう。

ミノタウロスの体がヨロリと揺らめく。

それを見た魔王ラスボスは血相を変えて牛頭の戦士を呼び戻した。


……これでまた、時間を稼げたが……。

ここに自ら残ってくれた者達はともかく、町の人達は無事に逃げ出せたのだろうか?

それが気がかりだ。


「……勇者よ」

「なんだ」


その時、魔王が私に声をかけてきた。


「まさか、街の者どもが逃げ出せたとでも思っているのか?」

「なに!?」


魔王はクックックと忍び笑いを浮かべると、横に居るドラゴニュートに何かを命じた。


「ドラグニールよ、勇者にアレを見せてやれ……」

「ははっ、仰せのままに!」


そして私の目の前に何かが広げられる。

それは地図。この街の地図だった。

しかし黒い三角があちこちに描かれているな。これは何だ?

……まさか!?


「マケィベント近郊の地図だ。そして……」

「この黒三角は我が軍の配置だ!見よ、この蟻の這い出る隙も無い完璧な布陣を!」

「……確かに四方八方を完全に塞がれている」


魔王達は私の驚いた顔を見て酷く満足したようだった。

……確かに凄まじい図だ。三角形の底辺下に書かれた数字は配備された兵数だろう。

それを見ると、全方位に多重の防壁のように兵が敷き詰められている。

私が見る限り、蟻はさておき人が這い出る隙間は無いだろうと思われた。


「はーっはっはっは!見たか!?絶望したか!お前には誰も救うことなどできぬ!」

「貴様のような者が魔王様を倒す?出来る訳が無い!」

「くっ」


くっ、とは言っているが私は内心安堵していた。

魔王は忘れている。もう一つ逃げ場がある事を。

ならば私は出来うる限り時間を稼ごう。

何しろそれが私に出来る数少ない事なのだから。


「……だが、私は諦めん……諦めはしない!」

「ほう。流石に大した根性だな……我にはやせ我慢にしか見えんが」


「…………うぬぬ……ぐぅ……」

「ん?デスナイト、どうした。気分でも悪いのか?」

「オッサン、相変わらず性格悪いな……ってか、この10年で滅茶苦茶陰険になってないか?」


幸い、地図を見ているうちにミノタウロスの斧でやられた痛みは引いた。

今ならまだ、戦闘続行は可能なはずだ!


「さあ、次はどうする?此方の意図は潰したのだ……いっそ全員でかかってくるのか?」

「それも面白かろうが……ふふふ、ここまで我に逆らったお前には、絶望を与えてやろう」

「よっしゃ!俺の出番だな!?」


「いや、お前とデスナイトは戦闘能力が高いから後回し……まずはお前だ。行けドラグニールよ」

「ははっ!」


続いて出てきたのは、時々隔離都市で見かけたトカゲ型の魔物だった。

身に着けている装備から、恐らく四天王クラスだとは予測できるが……。


「私の名はドラグニール。魔王軍四天王主席、竜人ドラグニールだ。覚えておけ、人間」

「リザードマン?竜人とは大層な二つ名だな」


ピキリ、と音がしてドラグニールと名乗った魔物は怒りの表情を浮かべる。

どうやらプライドに関わるところに触れてしまったらしい。


「トカゲと一緒にするな!私はドラゴニュート……もっとも竜に近い存在なのだ!」

「ドラゴニュート!?故郷でも聞いた事が無い種族だが……?」


「……ふん、絶対数が少ないだけだ。ポコポコ増える人間どもには判らん悩みがあるのだよ」

「なあオッサン……ドラゴニュート連中、まだ10年前の痛手から立ち直ってないのかよ!?」

「婆さん。それは多分言っちゃいかん事だと思うぞい」


そうか。魔王ラスボスは幾つもの世界を侵略し続けていると言う。

つまり彼らは……。


「長い戦いの末に個体数が種族を維持できる数を下回った、と?」

「まだそうはなっていない!そもそも、それと言うのも貴様等人間のせいだろうが!?」


「……何の事だ?」

「貴様などには関係ない!」


『えせとかげ、めちゃ、おばか、です』

『人間を舐め腐ってると絶対痛い目を見るでありますがね……』


良く判らないが、このドラグニールと言う魔物は昔人間に痛い目に遭わされた事があるのだろう。

そうなればこの態度も判らないでもないが……。

何にせよ、このような敵が居る限り共存と言う選択肢はあるまい。


……何となくだが、私は敵の中で思想的に一番危険なのがこの目の前の魔物なのではないかと感じた。

だとしたら、ここで可能ならば一番に討ち取らねばならないのもまたこの魔物のように思う。


「だとしたら……ここは命の賭け時か?」

「賭ける?冗談ではない。勇者シーザー、お前の命運はここで尽きるのだ!」


敵は切れ味の鋭い曲刀を二刀流にして鞘から抜き放った。

それに対し私は盾を前面に押し出し、後方上段で剣に力を蓄える。

……まず最初の重要事項は私の剣で敵の鱗を破れるか否か、だな。


「はああああっ!」

「甘いわっ!世界最高の切れ味を誇る我が愛刀の切れ味を見よ!そんな盾など……!」


盾を前面に押し出して気に突っ込む。

敵は両手に持った曲刀を交差させるように叩きつけてきた!

盾と二振りの刀が激しくぶつかり合い、


そして、二本ほど、折れた。


「わ、私の愛刀があああああっ!?」

「隙だらけだぞ!?ドラグニール!」


続いて私が振りかぶっていた剣が敵の目掛けて振り下ろされる。

頭部には頑丈そうな兜……目標は二の腕だ!

吸い込まれるように剣は鱗に吸い込まれていき……。


思い切り刃こぼれした。


「……くっ!切れ味が足りなかったか!?」

「愚かしい!我が刃を折った事を後悔せよ!」


ドラグニールは背中に背負っていたもう一対の曲刀のうち片方を抜いて切りかかってくる。

刃こぼれの跡を見ていて反応が一瞬送れたため思い切り後ろに後ずさった。

刀は私の鎧を掠めていったが、その際胸当ての触れた部分がまるで薄布のように切り裂かれる。

……まるで抵抗が無かった。何て切れ味だ!


「どうだ人間!これが我等の刃の切れ味だ!」


三回ほど後ろに跳ね、距離を取る。

そして刃のボロボロになった長剣を鞘に戻すと盾の裏から短剣を取り出した。

こうなっては腹など、鱗の無い部分を狙うしかない。

と、その時私は気付いた。


「……片腕はどうした?」

「まあ、たいした威力だったのは認めてやる。痺れて動かんだけだがな?」


ドラグニールの腕がありえない方向に曲がっているのを。

私の一撃は鱗こそ貫通できなかったが、その下の骨には折れるほどの衝撃を与えていたのだ。

切り裂けなくとも叩き潰すのは有効なようである。

……そうなると、切れ味が幾ら良くても短剣では破壊力が足りない。

私はそっと、短剣の刃を持って投擲準備を行った。

唯でさえ刃渡りの短い短剣は致命傷を与え辛い。最早これで切りかかる事はまずありえないだろう。

これならもう一度、刃こぼれをした剣で叩き潰していた方が早い。


……それに、少し良い事を考え付いた。


「竜人ドラグニール!これで決着をつけるぞ!」

「良いだろう!人間にしては良い度胸だ!」


もう一度、盾を前面に押し出して突進する!

そしてまず短剣を投げつけ敵の注意を惹き付けた。

続いて盾ごと体当たりを敢行、そのまま剣を再び抜いて……!

……私の腹から刀が生えた?


「こういう手もある。真似できまい?」

「足!?」


私は盾で顔を庇っていたが為に判らなかったが、

いつの間にかドラグニールの手にあった曲刀がその足に握られていた。

……人間には刀を握ったまま走る事などまず出来はしまい。

だが、敵の足の指はまるで手の指のように発達していた。

それが種族的なものかドラグニール個人の特徴なのかは知らないが、

まあ、してやられたと言う事だ。


「がはっ!?」

「肺か心臓が傷ついたようだな……血を吐いたか。まあ、人間にしては良くやった……」


そうかもしれない。息が苦しい。

……だが、まだいける!


「まだ何かやるつもりか!?」

「がああああああっ!」


短剣を投げて空いた片腕をも使い、両手で盾を振り上げる。

そして、盾の角でドラグニールの頭部を兜ごと強打した!

……盾の角は硬くて中々に鋭く、まるで鈍器のようだ。

結構な重量のある獅子の紋章盾そのものを武器として、私はドラグニールに殴りかかったのだ。

先ほど思いついたのはこれだ。並の武器よりも効くぞこれは!


「ガハッ!」

「ぐ、ぐうっ!」


兜が弾け飛び、ドラグニールは地面に叩きつけられる。

だが此方も呼吸困難に陥りかけていた。

肺の中に血が溜まり始めているのか?それとも全身に血が行き渡っていない?

どちらにせよまるで水の中にいるようだ。まるで呼吸が続かない……!


「ドラグニールよ。この10年で腕を落としたか?あまり我は気が長くないのだが?」

「ははあっ!今少しお待ち下さい!」

「はぁっ!ガ、ハァッ!?」


突然酷いめまいに襲われ、思わず膝を付く。

視界が白く染まっていく。

……その不明瞭な視界の先で、立ち上がる人影。

このままでは、いかん!


「ガアアアアアアアッ!」

「!?獣かコイツは!」


気が付くと、人影がすぐそこまで迫っていた。

刃こぼれしたままの剣を全力以上の力を込めて叩きつける。

それが……今の私に出来る、ただ一つの事と信じて!


「ガハアアアアアアアアッ!?」

「ドラグニール!?」

「へぇ。やるじゃねえかよ。絶対死に掛けてるぜアイツ。その割に……」


当たったか!?

当たったんだな!?

最早その確認も出来ない。

だがまだ耳は聞こえている。

ならば、ならばもう一撃……!


「うあっ……!?」

「なっ!?まだ動けるのかよ!?普通アレじゃ致命傷……いや普通は死んでるはずだぜ!?」

「婆さん。はさみがガチガチと五月蝿いのう……」

「……シーザー……もういい、もういいんだ……もう、ほとんど体が動いていないではないか……」

「我は奴の健闘を認める。大したものではないか。心臓が動いている事自体が奇跡にしか思えぬわ!」


周囲がざわめいている。

トンテンカンテン音がする。

だが、まだだ。


「ぐ、ぐううっ……人間相手だと舐めすぎた!私も焼きが回ったな!」

「ならば往けぃ!相手は勇者。それに相応しい見事な最後を遂げさせてやるが良い!」


「は、ははっ!」

「そうだ!相手に止めを刺すまで安心してはならぬぞ!」


多分だが未だ相手は倒れていまい。

まだだ、ま、だ…………。


……。


「まだ生きてるかよシーザーよぉっ!?」

「……牢人殿!?」


その時、頭から広がる何か冷たい感覚と共に意識が急速に引き戻された。

ゴトリと地面に落ちる何かの空瓶。全身を濡らす薬品のきつい香り。

そして……。


「間に合ったかよ?へっ、折角の礼金が全部すっからかんだぜ畜生!」

「やはり、牢人殿!?どうしてここに!?」


何故だ?何故牢人殿がここに居る!?

あれだけ英雄暮らしに満足していたのだ。

私は当の昔に逃げきったものだとばかり思っていたのだが。


「まあ、なんだ……有名税よ」

「有名税?」


「へっ。勇者の仲間として名が知れちまったんでな。逃げようにも周囲の期待感が、なぁ?」

「……そう言う、事か」


「お前が死んじまったら勝ち目なんかゼロだからな!有り金で最高級回復剤を買ってきたわけよ!」

「一瞬、仲間意識とか友情とかと言う言葉が浮かんだ私が馬鹿だったよ……助かったがな」


つまり、だ。

なまじ名が知れてしまったせいで、一般人に混じって逃げると言う選択肢が失われてしまった訳だ。

周囲からの期待感と言う名の圧迫に耐えるには牢人殿では少々荷が重かったのだろう。

それに、もし本当に逃げたら評判は元より下がってしまうだろうしな。

……名が知れたのは良いがその後が大変と言う事か。まあ、それは何処も同じだが。


「ああやだやだ。やばくても逃げられないこの現状、やってられねぇ……旦那も叔父貴も居ないしよ」

「今居るものだけで何とかせねばならない。何時も万全の体制で戦える訳ではないだろう」


そう言いつつ、片腕で頭を押さえながら此方を睨みつけているドラゴニュートに剣を向けた。

刃は完全に欠けてしまっているが、まだ殴打武器としてなら使えるな。


そして、足元には折れた曲刀が一本。

……どうやら先ほどの一撃は本人ではなく武器を砕いたようだ。

改めてブルー殿に感謝した。

剣は折れない限り武器であり続ける。

この剣を買う時に切れ味より耐久を重視しろといった彼の助言はまさに的を得ていたのだ。


刃こぼれした剣を構えつつ、私は相対した敵を見る。

此方の傷はある程度癒えた。

疲労はさておき、息苦しさは消えている。

だが、相手は青息吐息だ。苦しそうに頭を押さえている。

これなら討つのは容易い。容易いのだが……。


「さて、此方は期せずして回復させてもらったが……そちらはどうするのか?」

「ぬぐっ……魔王様!私の傷を癒していただけませんか!?」

「……否。ドラグニールよ、お前を失う訳には行かぬ。下がるが良い」


もしやと思い軽く揺さぶってみると、意外なほどにあっさりと引き下がった。

討ち損ねたのは確かだが……だがこれでこの一騎討ちは続く。


先ほどは奴は倒さねばと思ったが、恐らく誰か一人が死んだ時点でこの"お遊び"は終わりだ。

魔王は圧倒的優位ゆえに猫が獲物をいたぶるかのように私を嬲っているだけなのだろう。

故に、あまり相手を刺激してはいけない。

出来る限り時間を稼ぎ、街の人々の逃げる時間を稼ぐのが私の役目なのだから。


「はっはっは……ではそろそろ消えてもらおうか?勇者よ……ところで……だ」

「おいおい!何かいきなりやばそうな雰囲気なんだけどよ!?」


とは言え、例えここで魔王自身が出てこようが実際の所、

少なくとも私の最低限の勝利は揺るがない。


あれから随分と時間が経った。

人々は大多数が逃げ延びた事だろう……迷宮を通って。

そう、街の四方を囲おうが迷宮と言う穴がある。

そこから逃げ出せば逃げ切れる筈なのだ。後は最後に私が逃げる際に転移門を破壊すればいい。

それが私の計算だったのだが……。


「地下から人間を逃がそうとしているな?甘いぞ、我が別働隊が転移門奪還に向かっておる」

「……ぎゃあああああっ!?やばいぜどうすんだよ!?逃げ場無くなっちまったよ畜生!」


「え?そんな……」

「そうか、勇者は迷宮に皆が逃げ込む時間を稼いでたのか……」

「だが、その逃げ道をふさがれてちゃ意味がない……」


私は何も言わない。

せいぜい絶望していると勘違いすれば良い。

……だが私は知っている。リンカーネイト王が転移門守備のための兵を常駐させ始めている事を。

この三週間良く見ていたが、その備えは万全。

今頃別働隊とやらは返り討ちにされている頃だ……。

悪いが、お前の思い通りには行かせんぞ、魔王よ!


「……我が別働隊、その数三万がな?」

「な、に?」


だが、魔王のその言葉に私は思わず固まってしまう。

三万、だと?

何故そんな大軍を。


「兵が配されている事ぐらい想定済みだ!我を誰だと考えておる?」

「ぐっ、頭が痛む……ふふ、残念だったな勇者、敵兵は僅か五百……壊滅は時間の問題だ」


馬鹿な。

いや、我ながら希望的観測に頼りすぎた。

現実が自分の思うように行く訳が無いだろうに!

私の浅知恵くらいの事、仮にも軍なのだから一人位思いつく輩が居て当然だ。

ならば当然対策も立ててくるだろうに……。


「ま、魔王軍だーっ!」

「魔王軍が来たっ!」

「魔王降臨キターーーーーーッ!」

「ヤバイ!本当に来ちゃったよ!?」


……そして。後方遥か先から人々の声がここまで響いてきた。

悲鳴と言うより歓声のようにすら聞こえるそれは守備隊が遂に打ち倒されたと言う事実に他ならない。

三万対五百……良く頑張ったのだと思う。

ただ衆寡敵せずと言う事実があるだけだ。


「ふふふ。どうした?顔色が悪いぞ勇者シーザー……やはりお前では我が倒せる訳が無かったな」

「……それでも。それでも私は諦めない!諦めてたまるか!」


既にその言葉は負け惜しみ以外の何者でもない。

だが、大人しく軍門に下る事だけは出来ない。

例え私が倒れても、その生き様が誇れるものならばその後に続くものは必ず出る!

そう、緒戦で最後まで戦い続け、力及ばず……だが誰よりも誇り高く倒れた我が兄のように……!


「では、次はメインディッシュだ……行けデスナイト」

「哀れなり人間ども!同胞同士で殺しあうが良い。このデスナイトは元アラヘンの騎士だ!」


……そう言う事もあるだろうと老師の件があってから覚悟はしていた。

やはり、魔王ラスボスは死者を兵士として再生しているのだ。

だが、私を動揺させるには足りない。そもそも祖国を裏切った者に容赦などあるものか!

誇りを示せ、シーザー・バーゲストっ!


「行け。命令だデスナイトよ」

「…………はっ」


それは見まごう事無きアラヘン騎士の甲冑。そしてそれを着込んだ騎士の姿だった。

だがその言葉は妙に反響して聞こえる。


「魔王軍四天王第二席。死霊騎士デスナイト……参る」

「アラヘンのシーザー、まい……牢人殿?」

「待てよ。人間だったら俺でも戦えらぁ」


お互いに深くお互いの事を聞こうとはしない。

静かな一礼の後、お互いに鏡合わせの様な構えを取った。


……だがそこに牢人殿が割って入る。

人間なら組し易いとでも言いたいのだろうか?

だが、相手はアンデッドだ。

普通の人間の常識など……と言う暇も無く牢人殿は刀を抜いて歩き出す。


「へへっ!勝てそうな所で点数を稼がせてもらうぜ!?」

「まあ良い。デスナイト、まずはその身の程知らずから斬れ!」

「……感謝する」


敵の獲物はアラヘン騎士団の基本装備である剣と盾。

牢人殿は相変わらず刀一本だ。


「では改めて……デスナイト、まい……!?」

「うらあああああっ!奇襲砂かけーーーーーーーーっ!」

「いきなり卑怯な!?」


しかも相手が礼をしている隙を狙って顔面に砂を浴びせた!?

二重の意味で卑怯すぎではないのか牢人殿!

いや、まさかこれが伝説の東方武芸者集団の精神的支柱たるブシドーなのか!?

……何か違う気もするが。


「更に顔面突き入れだーーーーーっ!くたばれやーーーーーっ!」

「鎧の隙間から、刀を突っ込んだのか!?」

「おいおい!あの馬鹿卑怯すぎじゃないのか!?鎧の隙間からの攻撃は見事だけどな!ガチガチ!」

「見苦しい!見苦しすぎる!人間どもにしても見苦しすぎる!」


そしてデスナイトと名乗った魔物が砂を払っている隙に兜の隙間から剣を中に差し込んだ!

あまりにも酷すぎるが同時に見事でもある。

……ただ、その割に牢人殿の顔色が優れないのが気にかかるが……。


「何で、何でだよ畜生……なんで手応えが無えんだ!?」

「手ごたえが無いのは、手ごたえを与える物が無いからだ。何もな」


なっ!?顔に刃を突き立てられた筈のデスナイトが普通に喋っている!?

あの剣の動かし方からすると、目から口にかけてかき混ぜられてしまっている筈。

幾ら腐り果てていたとしても損傷は免れない筈だが……。


「……私には肉体が無い。鎧そのものが私の体なのだ……残念だったな」

「えええええええっ!?じゃあ俺には打つ手無しじゃねえか!」


デスナイトは己の兜を外した。

……そこには何も無い空間が広がっている。

無論、鎧の中も空であった。


「ちっ!幽霊じゃなくて九十九神かよ!?清めてもいない刀じゃあ相手にもならねえ!」

「……そういう事だ」


それが死霊騎士たる所以か。

続けてデスナイトは牢人殿を蹴り飛ばした。

牢人殿はゴロゴロと転がってこちらに戻ってくる。


「イテテテ……あんなの反則だぜ畜生!」

「蛮勇だけは認めるが、命を粗末にするな……さあ、改めて始めるぞ、シーザー」

「応!」


相手は盾で守りを固めつつ剣を振るう隙を狙う、アラヘン騎士伝統の構えをしている。

成る程、確かにアラヘンの騎士だったと言うのは嘘ではないのだろう。


……。


動きの一つ一つにも見覚えがあった。


「しかし何故だ。何故王国を裏切るような真似を!?」

「……答えても理解は出来まい。する必要も無い」


どちらとも無く前進し、お互いの剣がぶつかり合う。


「アラヘンの騎士の王道は忠誠にあり。時に友を、時に肉親を。全てを切り捨てても王家への忠誠を」

「……そうだ。それがアラヘンの騎士たる者のあり方」


響く剣戟。飛び散る火花。


「ならば何故!祖国を蹂躙せし者に従う!?」

「っ!?……お前が知る必要は無い!」


僅かな隙を突いて切りかかる。

避けられる、

いなされる、

そして弾かれる。


「もういい、もう良いんだ……終われ、これ以上苦しむ必要は無い!」

「勝手な事を!私は勇者シーザー、決して諦めはしない!」


私は知っている。

この剣閃を。

私の体に染み込んでいる。

この剣の軌道、

そして突破できない盾の動きを。


「判っているのか?アラヘンは滅びた。もうどうしようもない」

「まだだ!知っているのか!?王はまだご存命なり!」


……私は信じられない。


「無論だ!私はその為に魔王軍に身を投じたのだから!」

「故に、故に最後まで付き従うと?望んだ忠誠ではないと言うのに!?」


だが私には理解できる。

この人は、そう言う人だと。


「騎士たる者は誓いを違えてはならぬ!例えそれが、何一つ良い結果をもたらさないとしてもだ!」

「それは判っている……判っているのです!ですが、ですがっ!」


剣が疾る。

叩き付け合う金属質の音が周囲に響き渡る。


「何故、王を救わない!?貴方なら出来る筈だ。国への忠誠は全ての誓いに優先する筈!」

「出来るならとうにやっている!」


幾度と無く叩きつけた剣が、遂にデスナイトの、いや、あの人の盾にヒビを入れた。

そして、砕け散る。

守りの騎士たるアラヘン騎士団の象徴たる盾が。


「抗えば死とでも言うのか!?何時から貴方は自分の命と王の命を天秤にかけるようになった!?」

「見くびるなシーザー!私が消えて済むならとっくに逃がしていたに決まっている!」


剣がぶつかり合う。

だが、僅かに、僅かに私が優位だ。

それは私の技量が上回ったからではない。

あの人の剣は私の盾に阻まれる。

以前ならとっくに盾を弾き飛ばされていた頃だ。


そして、それを掻い潜った一撃を、

へこみ、砕け続けながらも私の体を守り続ける勇者の鎧。

そう、私の劣る技量でも猛攻を受け止めうるだけの装備の差。

それが私とあの人の絶対的な技量差を埋めている。


「そも、お前は私にどうやって勝つつもりだ?」

「砕く体が無いならば……寄り代の鎧を破壊するのみ!」


勝機を見出し、盾を前面に押し出しつつ突進。

走る、走る、走る。


「そして……お前は判っているのか?」

「無論!ここで勝てるとは最初から思っていない……だが、まだ逃げる訳には行かなかった!」


相手にはもう盾が無い。

剣を盾で受け止めきれればそれで良し。

剣を剣で受け止められても、盾を叩きつけてその鎧を砕くのみ!


「勝負だ!…………兄さんっ!」

「応!シーザーっっ!お前のその勘違い……せめてここで終わらせる!」


突き出した盾にかかる圧力。

受け止めて、見せる!


「そう言えば、お前にこの戦法は見せていなかったな」

「手?」


盾の端に掛かる兄さんの手。

そして、


「知っていたかシーザー……盾が邪魔なら退かせば良いだけだと!」

「うわっ!?」


思い切り横にかかる力に盾を持っていかれる。

手を離すような真似はしない。

だが、腕は確実に外に開き、


「戦場で無防備に開いた胴体……それが致命的な、隙」

「!?」


そこに、間髪居れずに突き出される剣の切っ先!

胸元から背中に、衝撃が突き抜ける!


「終わりだ……せめて何も気付かずに、逝けっ!」

「がはああああああっ!?」


背中から生えた剣の切っ先。

更にそれは勢いをつけた蹴りで私の体から抜けていく。

……ドサリ、とした音。

それが私の体が倒れこんだが故のものである事に気付いたのは……何時だったろうか?


「……なあ、シーザー……お前は魔王様を倒せば本当に陛下が助かると思っているのか?」

「……」


兄さんが……かつて兄さんだった魔物が何か言っている。


「それに例え陛下を救えたとして……アラヘンにはもう何も無い。終わっているんだよ、我等が祖国は」


その顔にはもう表情が無い。

顔どころか体すらない。

けれど、その仕草だけは間違いなく兄さんのものだった。


「はっはっは!良くやったぞデスナイトよ」

「……はっ」


「これならまだあの元王を生かしておいてやる価値はありますね魔王様」

「うむ。我の軍勢を率いるものとして相応しい」


全身から血が流れ出す。

周囲に血が水溜りを作っていく。


「……思えば哀れなものよ。王の命はあくまで我の思いのままだというのに」

「知らずに死んだ方が良いのです魔王様。余り頑張りすぎると当の陛下の命が危なくなるなど……」

「その程度、気付いてもおかしくは無いと思うのだが。まあ所詮は人間か」

「人には気付いていても気付きたくないと心を偽る時があるのじゃ、婆さん」

「オッサン達、それよりここまで頑張ったんだ。せめて健闘を讃えてやろうぜ?」


空が青い……。

駆け抜ける一陣の風が心地よい。


「さて、最後ぐらいは我が止めを刺してやるか……魔王の魔力をその身に受けて消えよ、勇者!」

「…………シーザー……済まん、シーザー……!」


遠くから、魔王が覗き込んでいる。

私を、

魔王が。


「……覇あっ!」

「その流れは阻止するお!」


何だ?

視界が……。


「突然飛び出した子供が盾になった、だと?」

「良い根性してるぜ……弾け飛んじゃ意味無いがね」


べちゃりと私の上に覆いかぶさる暖かな何か。

交じり合う。私の血と、その何かが。


「中々良い見世物であった。だが、奇跡は二度は起こらぬ……我の魔力で、今度こそ消え去れっ!」

「負けないおっ!」


「なっ!?」

「……馬鹿な!?あれだけの傷で何故動ける!?」

「本当に人間なのかよ」


これが、走馬灯だろうか。

今まで辿った軌跡が、思い出が私の脳内を駆け巡る。

五月蝿いほどに響く金槌の音が私の全身を包み込む。


【そんな事は無いお!シーザーが勇者だから特別に難易度が高いコースなんだお!】

【そうなのか……ところで】


その時、痛みが全身を包んだ。


【なんだお?】

【何で君まで一緒に落ちているんだアルカナ君!?】


視界が開ける。


【ノリと勢いだお!】

【何を言ってるのか判らないのだが】


そして、私は立ち上がった。


「私は、勇者……勇者シーザー」


「むっ!?時を与えすぎたか!?」

「魔王様よ!そんなレベルじゃねえぞあれ!」


「だおっ!無事だったお!?」

「普通は明らかに死んでいるはずじゃよな、小さな婆さん」

「くっ、暴れるな!大人しく拘束されていろ!」


全身を包む痛みはもう既に何処が痛むのかを特定するのも難しいほど。

頭は常に鈍器で殴られ続けているのかと勘違いしかねない有様。

だが、その痛みは生きていると言う証拠だ。

ボロボロでもまだ体は動く。

ならば足掻こう、最後まで!


「シーザー……お前は……!」

「兄さん。私は諦めない……この身が砕け散るその時まで。諦めない限り終わりはしない!」

「そうだおっ!シーザーが死んだらおねーやんが悲しむお!」


そして私は兄さんに剣を向ける。


……判っていた。魔王ラスボスの軍勢はまるで蝗。

人が生きていける環境が残っているかは疑問だ。

だからもし、倒せた所でアラヘンと言う国が再興できるかは判らないし、

そもそもまともな生き残りが居るかどうかすら不明だ。


だが、それでも私は諦めない。

陛下さえご無事なら……祖国は蘇ると信じて。

この身が動く限り、私は戦い続けよう!


続く



[16894] 19 まおーと勇者
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/15 18:33
隔離都市物語

19

まおーと勇者


≪勇者シーザー≫

刃がこぼれたままの剣を全面に突き出し、

ガンガンと痛む頭を振り払って、私は兄さんだったものに立ち向かう。

……視界の端には老師の姿。

思えば老師との一戦が無ければ私はかつての味方と戦うと言う事態に対応出来て居ただろうか?

何にせよ、いつの間にか私は遠い所に来ていたのだと今更ながらに実感していた。


「……信じられんしぶとさだな。デスナイトよ、そろそろ引導を渡してやれ」

「はっ」


しかし、王家に絶対の忠誠を誓っていた筈の兄さんが魔王の軍門に下っている姿を見るのは、

やはり、辛いな。


「……兄さんは、心まで魔王の僕になってしまったのですか?」

「シーザー。陛下には再起の夢を見ながら安楽に一生を過ごして頂く……それが最善の手なのだ」


「兄さんは陛下をも騙すと言うのですか!?」

「ではどうせよと言う!?お前はアラヘンの状況を知らぬからそんな事が言えるのだ!」


祖国への、王への忠誠を失っていない事が判ったのは嬉しい。

だが同時に、最早私と兄さんがこの点で相容れる事は無い事も判ってしまった。

だから……お互いに剣を引けない。


「むごいぞ……今の祖国には人でないものと人を辞めた者、そして無力な者しか居ないのだ」

「ならばなおの事魔王からの奪還が必要ではないですか!?」


「無理だ!魔王様が居なくなれば最後の秩序が崩壊する!最早民は王家に何も期待していないのだ!」

「そういう事だ。勇者よ、お前が頑張れば頑張るほどあの土地は酷い状況になるぞ?」

「そうですな魔王様。勇者との戦いで生まれた損失は全てあの地にあがなって貰わねばなりません」


私が戦う事で祖国が傷つく。

その言葉は事実なのだろう。

心が痛い。矛盾している。

祖国を救うために祖国に痛みを強いるなど……!


「我が問う。勇者よ、お前はそれでも戦うか?お前が戦う事でお前の守りたいものは苦しむのだぞ?」

「……それでも。それでも私は戦うのだろう」


だが、私はそれでも戦うのだ。

何故ならそれが王の命令であるのだから。

アラヘンにおいて騎士の本分は忠誠にあり。

王がそれを望んでいるのなら、万難を排して成し遂げねばならない。

私は魔王ラスボスを打倒する。例えその為に苦しむ人が居ようとも。

……その恨みは私一人で背負えば良いだけだ!


「私は勇者シーザー!例え祖国の人々に怨まれようとも!私は祖国を救おう!」

「そん時はうちに来ると良いお。おねーやんも狂喜乱舞するに違いないんだお♪」

「姫さんよ、喜んでる場合じゃねえだろ。しかしシーザーの野郎も災難だな、おい」


恐らくその日が来る事があったら、私は祖国を更に窮乏させた大罪人として裁かれるのだろう。

だが何を今更だ。

私は既に大罪人……しかも恐らく今まで斬って来た敵の何割かは元アラヘンの兵だったに違いない。

魔王に人を魔物に変える力があるなら、そうしない理由が無いからだ。

つまり私は祖国の人間を斬り捨ててここまで来たのだ……気付きたくは無かったが、な。


「シーザー……お前は……っ」

「兄さん、悲しむ必要は無い……私は全てを受け入れる、それだけだ!」


そして、私達は今一度相対した。

こちらの体はボロボロだが、相手は盾を失っている。

まだやってやれない事は無いだろう。


何にせよ、魔王軍に背後を取られたと言うのなら、

このまま敵陣を突破して森か何かに隠れるのが一番生き延びる可能性が高い。

牢人殿やアルカナ君も居る。

故に万一にもここで死ぬ訳には行かない。


「あ、ちょっと待つお」

「……アルカナ君?」


その時、アルカナ君が私のズボンを引っ張った。

……何か言いたいようだが?


「あの鎧、シーザーのおにーやんなのかお?」

「そうだ」


隠しても仕方ない事だ。

いずれ判る事なら自分の口から言っていたほうが良い。

これは敵に利用されたら致命的な事になりかねない醜聞なのだ。


「駄目だお。喧嘩ならともかくこれ以上は殺し合いだお!」

「……有難うアルカナ君、だが、もうどうしようもないんだ」

「シーザーの言うとおりだ。私達兄弟の主張は最早決して交わるまい……」


お互いに口をつぐむ私達兄弟の姿を見て魔王が笑った。

そして私達を嘲るように口を開く。


「はっはっは!中々面白い事を言うな小娘。確かにこれ以上はどちらかが死ぬが……止められぬよ」

「人間よ!己の無力さをかみ締めるのだな!」

「オッサン、会う度に性格が歪んでやがらねえか?何か弱くなってるしよ」

「仕方ないよね」「もう良い年だもんね」「ずっと内勤ばかりだったしね」「もう政治家だよね」


そう、今や私達の立ち位置は違う。

アラヘン王を救いたいと思うその気持ちは同じだろうが、

方法が真逆の上、所属すら違うのだ。


これで相容れよう筈も無いし、

この現状では戦う他に無い。

アルカナ君の気持ちは嬉しいが……。


「だお。兄弟同士は仲良くしなきゃ駄目なんだお?おとーやんもそう言ってるお」

「ああ、判っている。判ってはいるんだが」

「……良い出会いがあったのだな、シーザー……だが、今の私はお前の敵だ!」


今更、決定的になった断絶を止められる訳も無い。

お互いに剣を持ち、にじり寄るしかないのだ。


「待つのら!」

「最早私の力ではどうしようもないんだアルカナ君!」


そう思い、叫びながら剣を振り上げたのだが、


「……後ろから一杯来たのら♪」

「なっ!?」


しかし、それすらも許されないようだ。

後方から軍靴の音が聞こえる。

整然とした隊列を組んで。

しかし本当に靴音が揃っている……なんだこの軍隊は。

魔王の軍勢にはあるまじき程に、錬度が高いぞ!?


「とうとう囲まれたのか!?」


それにしても遂に来るべき時が来たか。

全方位を囲まれては逃げるどころか満足に立ち回る事も出来なくなる……!


「そんな!?」

「じゃあ先に逃げた連中はもう……」

「終わりだ!俺達皆殺されるんだ!」

「せめて最後くらいは格好良く!」


「はい、全員止まるのですよー?」

「「「「わふっ!」」」」


しかし、どこか様子がおかしい気もする。

そもそも魔王に近侍している兵よりも別働隊の錬度が高いなどありえるのだろうか?


「ふはははは!どうやら我の精鋭が……精鋭?……精鋭なのだが……?」

「……魔王様。今の我々にこのような見事な隊伍を組める部隊など親衛隊以外に居ましたっけ?」

「おい、見覚えの無い種族ばかりじゃねえか!?おかしいぞガチガチ!」

「それに魔王様……別働隊はこの地で補充した私とソーン殿のアンデッド部隊ばかりだったはずでは?」

「ほっほっほ。どうやら奥に若もおられるようですのう?懐かしい声が聞こえますじゃ……」


混乱が広がる。

しかし何故、魔王自身が狼狽しているのか判らない。

自分の部隊だろうに……。


「魔王様っ!東西より所属不明の魔物の群れが!」

「北より人間ども、と思われる部隊……凄まじい速度でこちらに向かってきております!」


そこに走りこんできた伝令、その慌てぶりがその場の全てを示していた。

……そう、今私の背後から現れた魔物の群れは……!


「ふっふっふ!遂に出番なのですよ?ハニークインちゃん、長き沈黙を破り続編に初登場なのですよ!」

「…………どなたで?そして何事で?」

「ただのメタ発言、らしいお……まあ毎度ながら意味不明なのら」


その思考を肯定するかのように背後から現れたのは空を舞う妖精のような子供だった。

……唯一おかしいのは胸元が普通の女性以上にありそうなところか?

いや、羽が生えている人型の生き物が飛んでいる事に疑問を抱かなくなった私自身が一番おかしい。

だがこの地に居る限りそんな事に拘っているのもまたおかしいような……。


「はじめましてなのですよシーザー。ハニークインちゃんなのですよー?」

「は、はぁ。こ、これはご丁寧に……い、いやそれどころではないでしょう!?」


私は魔王ラスボスを指差す。

そう、強大なる敵の親玉がそこに居るのだ、挨拶などしている場合ではない。

……この今来た魔物たちが此方の味方だとしても決して侮れる相手では無い筈だ!


「何か心配そうなのですよー?」

「シーザーは勝てるかどうか心配なんだお、羽虫」


すこん、と音がしてアルカナ君が頭を叩かれ「だお」と言った。

……何だろう、この脱力具合は。


「今や羽虫ではないのですよー。見よこの育った胸を!舐めた事言ってるとお仕置きなのですよー?」

「だおーっ!もう攻撃してるおー!?横暴だおーっ!背丈は全然伸びないくせに、だおー!」

「余裕だな君達は……」


まったく、こんな所でこんな喜劇じみた事をしている場合ではないだろうに。

放っておけば魔王が何をするか判らないというのに。

と、相手側を見て私は驚愕する事となる。

……魔王の指先が此方を向いたまま細かく震えているだと!?


「き、貴様……貴様は……貴様はあああああああっ!?」

「クスクス……久しぶりなのですよー?……弱・小・魔・王?」


魔王が……魔王ラスボスが、憤慨し、正気を失っている!?

あの少女、魔王と面識があるとでも言うのか!?


「あるぇ?言わなかったお?ラスボスは10年前この世界に攻めてきてるらしいお?」

「……そう、いえば」


そう言えば、そう言えばそんな事を聞いた事がある。

この世界が私を援助する理由の内の一つがそれだと。

いや、そうなれば確かに奴等を追い返した者。

そして奴等と互角以上に戦える者が存在するのは道理か。


「じゃあ後は羽虫やハー姉やんに全部任せてアルカナたちは逃げるお!」

「え?」

「おいシーザー!迷宮への道は確保されてるって事だ。衛兵どもも逃げやがれ!今がチャンスだ!」

「「「「「おおおおおっ!助かったーーーーっ」」」」」


私が答えるより前に残っていた衛兵達が走り出す。

それはいい……しかし、私まで逃げて良いのだろうか?

仮にも私は、勇者なのだが……。


「そのボロボロの装備で戦えるのかお?」

「うっ」


良く考える。

鎧は兄さんに砕かれて半壊。

剣は刃が使い物にならない。

それに、自分自身も……ん?


「時にアルカナ君、先ほど私を庇って挽肉にされていなかったか?」

「それぐらいどおって事無いお!」

「普通は死ぬぜ」


「それは良いんだが……何故服まで元通りに?普通は服まで直らないだろう?」

「アルカナの血を吸いまくってるからだお!アルカナの血は一粒一粒がちっちゃなアルカナなんだお!」

「意味判らねえよ」


「あー、……つまりアルカナ君の場合、体の傷はおろか服まで再生すると?」

「じゃないと裸んぼになっちゃうお。因みに敵に血がついた場合はむしろ毒として作用するお」

「相変わらず色々とおかしいなお前らの家系」


「だって♪ちっちゃくてもアルッカナはアルカナだから仕方ないんだおー♪おかしいお?アルカナ♪」

「歌うな。踊んな。回んな。そんでもって童謡すんな、この非常時に」

「もう非常時じゃないですよー。既に全軍配置についてるのですよー。時間稼ぎお疲れなのですよー」


今、彼女はなんと言った?

……時間稼ぎだと?


「そう言う、事か。何かおかしいと思っていたが……奴の差し金か!?」

「当然なのですよー。ハニークインちゃんがここに居るのがその証拠なのですよー」

「ぐ、ぐうぅ……ふ、ふん。だが今ここには魔王様に四天王が勢揃いしている……その意味が判るか?」


その言葉に魔王や竜人も更に動揺している。


「わかるお!一気に殲滅できるお!」

「おい小娘っ!幾らなんでも無礼ではないか!?」

「でも事実なのですよー」

「……まあ、そりゃそうもなるわなぁ」


それに引き換えハニークインと名乗った子供は余裕そのもの。

何故か牢人殿まで余裕の表情になっている。

……何故だ?


「おいおいおいおいおいおい!?ガチガチガチガチガチガチ……洒落になって無いぞこれはよ!?」

「どうしたー?」「大将!?」「体中震えてるけどー」「なんかあったの?」

「婆さん達が何かおかしいぞい」

「何なのだ一体?本当に彼女達は何者なのだ……?」


しかし、前も言った気がするが本当に周囲の雰囲気がおかしい。

私達を取り囲んでいる筈の魔王たちのほうがよほど狼狽しているとは一体?

しかも魔王軍内部でも混乱しているのはわかるが、どうして反応が二分しているのだ?


本当に一体何故だ!?

そう思った時、状況が動いた。


「ふはははははははは!久しいなラスボス!」

「だ、誰だ!?」

「城壁の上に誰か居るぞっ!」


突然響き渡る高らかな笑い声。

あの声は!?

私達は一斉に声のするほうへ顔を上げた。


「今日のパンツは白だお!」

「氏ね!死ねじゃ無くて氏ね!この、馬鹿妹がぁっ!」


そして突然、地面が爆ぜた。


「だっおーだおだおーーーっ!?」

「神罰っっ!」


そして一喝と共にアルカナ君が天高く吹き飛ばされる。

ああ、あの声は間違いない。


「ハイム様?貴方が何故ここに!?」

「何故か、だと!そんな事は決まっている……わらわの領域を汚す愚か者に制裁を執り行うのだ!」

「……ほぉ?我が魔王ラスボスと知ってもそんな大仰な口が利けるとはな。何者だ?」


やはりハイム様だ。

これは、とうとうリンカーネイト王国が動いたと言う事なのか!?


「む?わらわを忘れたのか?案外頭が悪いのだな?」

「ふん、何処で会ったのかは知らんが、そこいらの雑魚など一々覚えておらぬわ」


恐らく、事態の急変を受けてこの場に兵をかき集めてきたのだろう。

しかし……それでどうにかなるのか?

迷宮には三万の兵が迫っている筈だ。そちらの対処もせねばならないだろう。

決して楽観できる状況ではない筈だが。


「……そうか?あ、そうそう……お前の寄越した2万9千飛んで18名の兵士の事だが」

「細けえよ姫さん!?」

「おいおい!なんでこっちの別働隊の兵数を知ってるんだよガチガチ!?」

「すげーぜ大将」「大将も知ってたんだ」「僕は知ってたよ」「逆に兄さんは何で知らないの?」


「アンデッドはほぼ全部ぶっ壊したからな?まあ精々苦労して軍を立て直してたもれ?」

「……ちょっと待て!」


と、思って居たのだが敵は壊滅している、だと!?

そんな馬鹿な。もしや……はったり、か?

いや、それにしては自信満々すぎる。


「アルカナ君?」

「配置されたのは他ならぬ守護隊だお。ブルーも合流したからフルメンバーだお。負ける訳無いお」


守護隊?しかし彼らは中途リアル迷宮の地下4~5階に配されていた筈では?


「お前が敵の転移門……増援の拠点を落として前線を押し上げてくれたからな」

「ブルー殿!?」


私の声に応える形でブルー殿率いる100名ほどの小部隊が背中から声をかけて来る。

皆見覚えのある顔で、前線が押し上げられたと言うのも嘘ではないようだった。

怪我人の姿は無く、ただ返り血だけを浴びて真っ赤に染まった姿が酷く印象的だ。


「姫様!守護隊副長ブルー以下百名、残敵掃討中の隊長に先行して到着しました」

「うむ、ご苦労」

「大義であったお!」


そして入れ替わるように魔王ラスボスへも慌てふためいた伝令の姿が。


「魔王様!今連絡があって別働隊が壊滅したと……!」

「……馬鹿な!?」


こちらへの援軍の到着。

そして敵別働隊壊滅の報。

……また一気に戦況が動いた!


「……貴様!……やはり、これは奴の差し金、いや、罠だったか!」

「奴とは誰の事だ?まあ、罠である事は認めようぞ。こんな見え見えの罠に引っかかりおって」

「そっちにとって奪い返したい街にまともな戦力が駐屯して無いとか、罠で当然だお!」

「そうか……そう言えば敵に狙われている街に戦力が無いなど、普通はありえない……」


突然の状況の変化に周囲が騒然とする。

特に魔王軍の動揺は酷かった。


「嫌だ!俺は逃げる!」

「た、隊長!?」


「……終わりだ……もう、終わりだ……」

「何をしている!?」

「そ、それが鬼軍曹殿が……この通り」

「ば、ばう?」


特に普通は最後まで正気を保たねばならない筈の古参兵や隊長格が、

いの一番に恐慌に陥っているような……。


「魔王様ぁぁああああっ!東より氷竜!間違いなく……10年前のアイツです!もう駄目だーーーっ!」

「北より人間どもの軍隊、なんですが……良く判らない獣が爆発する唾を吐きつつ突進を!」

「西よりの軍勢に装甲を付けた巨人を確認……以前退路を塞いでいた奴に間違いありません!」


良く判らない。が……ともかく形成が逆転した、のか!?

しかし、これは……。


「氷竜……やはりか!やはりお前か……ハインフォーティン!何処に居る!?」

「まだ気付いておらなんだか!?ならば……思い出せる姿でお相手しようではないか!行くぞ!」


ハイム様が飛び立つ。

そして私には理解できない言葉で高らかに歌い上げた!

そう……それは言わば絶対者が謳う賛美歌か。

いや、むしろ鎮魂歌の如く響き渡る。


『魔王特権発動……外装骨格、展開っ!』

「ぐっ、光がっ!?」

「……だおだお、実は今必死に乗り込んでるお。お間抜けだおー♪」


そして、光が収まった時、


「わらわこそ魔王!……魔王ハインフォーティンなり!」

「やはりか……人間に化けるとは、気づかぬ筈だ!」

「化けてないお」


そこには巨体の"魔王"が居たのだった。


……。


私には正直、信じられない。

思わず間抜けな声を発してしまう。


「……なっ……!?」

「どしたお?」

「心配ありませんアルカナ様。シーザーの奴も流石に本気で予想外だっただけです」


そして私は呆然としていた。

呆然としているのが自分でも判る。


「あ、その通りではあるのですが……そう言えば、まさか……」

「言っておくがアルカナ様は変身しないぞ」

「ハー姉やんの特権だお。アルカナに出来るのは展開したのを乗っ取るくらいなのら」


乗っ取るとは一体?

まあ、いい。

最早そんな事は細かい事だ。


「……しかし、まさかハイム様が他ならぬこの世界の魔王だったとは」

「知らなかったお?」

「とっくに誰かから聞き出してるかと思ってたぜ。別にもう秘密でも何でもねえしな」


いや、知らなかったが気付くための手がかりはあった。

この地の魔王が死しても殺した家系に次なる魔王が生れ落ちる事、

クレアさんやアルカナ君が勇者の家系である事。

これだけでも身内に魔王が生まれる可能性は大いにありえるではないか。

……そして、迷宮の上にあった塔で聞いた"魔王とは女神の怒れる姿"と言う意味の文言。

更にハイム様を女神様と呼ぶ教団の方々。


「……我ながら何で今まで気付かなかったのだろう」

「シーザー自身が"それは無い"と思い込んでいればそんなものだ、気にするな」


ブルー殿はそう言ってくれるが……。

良く考えれば、フリージア殿が魔王"様"とか呼んでいたではないか。

何であの時の私は全く疑問に思わなかったのだ!?


「本当は内心気付いて居たのだろう?」

「……」


……相変わらずブルー殿には敵わない。

此方の心境はまるきりお見通しか。


「人の心は信じたくないものを無理に覆い隠す事がある。お前の場合それが顕著なのだ」

「そんな事よりブルー、抱っこするお。疲れたお!」


「はっ。お菓子とお茶も用意してあります。水筒で申し訳ありませんが」

「問題ないお!お菓子だお♪クッキーだお♪」

「良かったねアルカナ。ブルーには姉妹共々何時もお世話になりっぱなしね。ありがとう」

「クレアさん!?貴方まで戻ってきてしまったのか!?」


気付くとクレアさんまでもが横に居た。

敵の別働隊に討たれていなかったのは幸いだったが、ここは戦場。

余り長居してはいけないと思うのだが。


「シーザーさんだけ置いて行けません。それに、姉さんが居れば何も心配要りませんし」

「はぐ、はぐ、はぐ。ハー姉やんは世界で三番目に強いから安心だお」

「…………魔王が、三番目?」


待ってくれ。どれだけ怪物が揃っているのだこの世界は!?

恐らくもう一人はリンカーネイト王その人だろうが、もう一人は?

もう私は驚き疲れたぞ!?


「もう一人はグスタフ王子殿下だ。心配しなくてもいい、流石にそんな超人はあのご一家だけだ」

「後はおとーやんだお!おとーやんは最強なんだお!でもおかーやんには弱いお!」


そうか。

やはりあのご一家だけが異常なだけか。

普通ならクレアさんやアルカナ君でさえ天才鬼才扱いされてもおかしくは無いのだが、

流石に魔王と比べるのは……。


「そんな事より、お薬持ってきました!早く傷を……」

「え?あ、そうだな……」

「ふむ。では下がるが良い。ここよりは魔王と魔王の意地のぶつかり合いだ。人の出る幕ではない」

「そうなのですよー、勇者には勇者の役割があるのですよー。ま、今は体を休めるのですよー」


そんな事を言われつつ、私は両脇を抱えられ後方に有無を言わさず連れられていく。

……その筈だったのだが、

向こうからかかる声が現実から剥離していた私の意識を引き戻した。


「ま、待てシーザー!?お前……お前も魔王の軍門に下っていたのか!?あれだけ言っておいて!?」

「なっ!?……違う!兄さん、私は!」

「……これは何も知らんよ。何も知らぬから勇者で居られるのだ……デスナイト卿」

「わらわ達もこ奴もお互いを徹底的に利用し尽くしているだけだ。デスナイトよ気にするな」


……その日、私は知った。

世界は意外なほど複雑怪奇で、勇者と言えど世の中の歯車のひとつに過ぎないのだ、と。

そして、私を保護し守っていたのが、他ならぬ魔王その人であったというその事実を。

なんと言うか我ながら道化のようだ……気が滅入る……。


「まあ、色々思う所はあろうが気にするでないぞ。わらわはお前の望みを邪魔する気は無いからな」

「ま、待って下さい!ハイム様、いや魔王ハインフォーティン!聞きたい事が!」


「なんだ?」

「……貴方は、貴方はこの世界をどうするおつもりなのですか!?」


だがそれはもういい。えり好みできる立場でもない。

しかし何にせよ、これだけは聞いておかねばならなかった。

だから抱えられた両脇を振り払い、私は彼女の前に立つ。


「ふむ。その答えがお前の気に入らないものだったらどうなる?」

「立ち向かいます。例え勝ち目が無かろうとも」


そうだ。私は勇者。

例え恩義があろうとも、世を乱すのが目的だとしたら黙っては居られない。

恐らく後方からの援護がなくなったら私はのたれ死ぬだけだろう。

だが、それでも!


「ふん。世界征服?そんなものはとっくの昔に終わっておるわ」

「!?」


世界征服が、終わっているだと!?

だが、その割に世界は平穏に見えるが。


「……君主論曰く、暴君は割に合わん、と言う訳だ」

「心配は無用だ。姫様のやり方は人に比べて甘いほど……文句を言うのは後先の見えない馬鹿だけだ」

「いざとなったら政治からは引き上げるって父さんは言ってます。私の場合そうは行かないんですが」

「お馬鹿が増えてきてるんだお。いざ配給を打ち切られて泣くのを見るのが楽しみだお」


そう言えば、クレアさんの国では最低限の衣食住は全員にもれなく配給されているんだったか。

凄まじい制度だとは思うが、それも豊かであるが故……。

待てよ……しかしそれは他国から収奪している事をも示しては居ないだろうか?

現にアラヘンはそうだった。王都近辺と辺境での貧富の差は目を覆うほどだった筈。

まあ、一応それも聞いてみるか。


「しかしその富は何処から?祖国を肥えさせるために他国を窮させるのはどうかと思いますが」


……我ながら意地の悪い質問だ。

世界統一王朝アラヘンでさえやってきた事を1大陸の覇者如きで何とか出来よう筈も無い。

だがこれで魔王の、ハイム様の本音が聞けるはず。

答えられない、と言う回答だとしても声色や視線の向きから十分に真意の推測は出来るだろう。

私はそう考えていた……だがハイム様はあっけらかんと、さも当然のように答えたのだ。


「ん?そんなの所得倍増計画に決まっておる」

「収奪はある意味ありますよ。でもそれ分元々の実入りを増やしてあげられるようにしてますから」

「みんなが豊かになれる方法を教えて、その儲けの一部を貰ってるんだお。正当報酬だお」

「つまりだ。例えば3の上納があろうが所得が10から20になれば、手取りは17ではないか?」


ブルー殿は何を言っているのだろう。

……3の上納、手取りが増える……。


「ああああっ!?」

「判ったな?そういう事だ」


その時私の脳に稲妻が走った。

成る程、例えばとある家庭の収入が元々手取りで10あったとしよう。

その収入を20にしてやる代わりにその中から3程度の税を増やしても、

彼らは3の収入を増やし、取られた方の収入も17になり……つまり7も増える。

これなら全員幸せにもなれよう。

……しかし、そんな夢物語が可能なのか?


「父さんが前世から持ってきたって言う発案のお陰でこの世界の食糧生産は二十年前の10倍以上です」

「でも、色々あったせいで人はあんまり増えてないのら」

「その有り余る余剰生産物がリンカーネイトの力の源と言う訳だ。無論、それだけではないがな」


……なんだろう、この敗北感は。

しかも、隔離迷宮都市エイジスでの評判なども総合するとかなりの善政を敷いているようだし、

この人は本当に魔王なのだろうか?


「魔王様!左右の各部隊が破られました!」

「ええい、北の人間どもなら倒せよう?まずは弱いところから潰せ!」


「北は地獄です!鋼鉄のイノシシが火を吐いて、天から燃え盛る雨が降ってきております!」

「氷竜だーーーーーっ!」

「なんかゴツイ鎧を着た巨人が……来るな来るな来るなああっ!?」

「「「キャイイイイイイイン!?」」」


そして、今目の前で殲滅されかかっている軍勢が本当に魔王ラスボスの軍勢なのだろうか?

いや、むしろこれは蹂躙と呼ばれるものではないだろうか?


「何故これだけ差が開いた!?前回の戦いで壊滅的な被害を受けたのはそちらも同じ筈だぞ!?」

「ぴぃ?」

「今回はお空で見張ってる奴も居ないし本気で戦えるから仕方ないのですよー?」

「ウガアアアアアアアアアアアアッ!」

「おうおうオーガよ、今回は存分に働いてたもれよ……前回は何もせずに終わったしな」


……それにしても、これは酷い。

何と言うか、まるで相手になっていないのだ。


「じゃあ、この際だからこちら側の四天王を紹介しちゃいましょうか?」

「じゃあまずフリージアからだお!」

「……フリージア殿が魔王軍四天王!?」


ちょっと待ってくれ、彼女はどう見ても人間だろうに!?

何で魔王の軍勢で四天王などしているのだ?


「……信じられん」

「だお。フリージアは大公として、シバレリア二代目皇帝としてのハー姉やんの部下をしているお」

「一応魔王軍に所属する人間の取り纏め役と、銃火器のエキスパートと言う二つの面を持ってますね」

「四天王では最下位の第四位……ただし装備制限無しの場合、攻撃力だけなら四天王内でも随一だな」


思わず顔を引きつらせたままブルー殿のほうを向いてしまった。

クレアさんもアルカナ君もキョトンとしている。

……いや、私の耳にとんでもない情報が飛び込んできた気がするのだが……おかしいのは私なのか?


「皇帝?」

「ええ。先代の皇帝が死んで暫く大混乱だったので……何と言うか成り行きで……」

「魔王で女神で皇帝で姫だお。全然似合って無いお!」


何処まで異常なんだろうあの方達は。

あー、もうハイム様が魔王だとかそんな事すら細かい事のように思えてしまう……。

実際の所私としてはそれが一番の問題点のはずなのだが。


「ええと。た、確かこの世界の魔王とは……確かあの塔で言っていた文句からすると……」

「シーザーさん?顔色が悪いですよ?大丈夫ですか?」

「そうだな。女神ハイムが人類に絶望して堕天したのが魔王だと言う事になっている」

「実際は同じものだお。ただ邪魔になったから教団に排斥されてた事があっただけなんだお」


待った!……今、アルカナ君が更に物凄い事を言っていなかったか?

それこそもう今までの話題はおろか、今まさに喋っている四天王がどうとかすら関係ないほどに。


「くそおおおおっ!ハインフォーティン、勝負だ!我と貴様で決着をつけるぞ!」

「まあ構わんぞ?とりあえず破壊されるまではAUTO操作で、っと」


視線の先で魔王同士が殴り合いを始めたような気がするがそれこそ些細な事だ。

なんと言うか、今の話からするとこの世界の魔王がまるで善だったように聞こえるのだが。

いや、そもそも自分の信仰対象を邪魔だからと排斥する宗教団体が何処にある!?


「世界を守るために古代文明によって作られたのがハー姉やんなんだお」

「魔力の管理者にして世界の守り手、それがこの世界の"魔王"なんですよシーザーさん」

「それこそまるで……ああ、そうか」


つまり、同じ魔王を名乗っていても、ラスボスとは根本的に違う存在なのだな。

何とも言えんが……まあこの二人の姉上なのだし人格的な問題はそう大きくないだろう、と信じたい。

それに悪人で無い事は私も良く知っている。

ただ、問題なのは……。


「勇者の後援者が魔王と言うのはどうなんだろうな……」

「え?あ……き、気にしなくても良いと思いますよシーザーさん!」

「だお。お互い利用してやれば良いだけだお。今までどおりなのら」


やけに明るい空を見上げながら私は自問する。

周囲は阿鼻叫喚。

私はそんな中で兄とのやり取りを思い出して居たのだ。


「これじゃあ兄さんを悪くなんか言えないじゃないか……私も同じなのか?兄さんと……」

「シーザーさんが悪いんじゃないです!全部私が、私が……!」

「……姫様が悪い訳でもシーザーが悪い訳でもない」

「だお?ブルー。じゃあ誰が悪いんだお?」


本当にそうだ。

一体誰が悪いのか?


「……確かこの辺に……」


そう思っていると、ブルー殿が地面をジッと見つめ……。

手刀を地面に突き入れた!?

そして、引き上げたその手に握られていたもの。

それは。


「この方達ではないでしょうかねアルカナ様?後は私もですか」

「つかまった、です」

「ア……ブルー、離すであります。て言うか地面から引っこ抜くの禁止」


ちょ、ちょっと待ってくれ!?

ちょっと待って欲しい。

……落ち着け、落ち着くんだ。


「あり姉やん?」

「来てたんだ姉さん。いつもみたいにずっと地面に潜ってたの?」

「いやちょっと待ってくれ!?」


地面から引っこ抜かれたのは他ならぬアリシアさんとアリスさんだった。

なんで地面からお二人が野菜のように収穫されたりするのだ!?

別にこの地下が迷宮と言う訳でもあるまいに。

……私は現実逃避気味に周囲を見渡す。


「魔王様!既に半数がやられました!」

「……近くの転移門に血路を開け!」

「駄目です!各隊の古参兵がことごとく使い物にならない上、それを見た新兵どもまで……!」

「各地から火の手!やられました、此方が手薄になったときを見計らって……!」

「各占領地より一斉に敵襲の報が!どういたしましょう!ご命令を!魔王様っ!?」


それにしても酷い有様だ。


「よし行け!今回の主目標は敵の古参兵と下士官にあたる連中だ!一人も逃がさないでたもれ?」

「ぴー!ピピピピィ!」(相変わらず狙いがえぐいですね我が幼馴染殿は)

「ウガアアアアアアアアアッ!」

「オーガは流石に気合入ってるのですよー……さ、坊や達……ククッ、煮殺すのですよー?」

「さて、砲兵諸君。ぶっ放すのだナ!何、近づかれなければやられる事はありえないのだゾ!」


「くっ!四天王は各自一方向を守れ!決して相手を侮ってはならぬ!」

「竜以外は恐れるに足りぬ!あの赤いのが出てくる前に決着を付けよ!魔王様の激に応えるのだ!」

「魔王様の言ってる事と違うー」「馬鹿だ」「老害だー」「て言うか誰か助けてーーーっ!?」

「あの巨人、いや鬼か?兵を指揮する能力は持っていない……守りに徹せよ!いずれ綻びは出る!」

「蜂!?たかられるんじゃ無いぞ野郎ども!戦争屋の恐ろしさ、思い知らせてやれ!急げ!急げっ!」

「いやあ、どんどんやられていきますのう婆さん。最近の戦争は五月蝿いですじゃ」


なんと言うか、緊張感が一気に薄れたな。

魔王自身は魔王同士の戦いに忙しいし、

それ以外の各戦線も伝令の声を聞いているとかなり一方的な展開のようなのだが。

もしやこのまま勝負がついてしまうのか?



だが……その場合私の存在意義は一体?



いや、不謹慎な事を考えるな。

魔王ラスボスが死ねばそれだけで助かる命がある。

祖国も救われる。

何を悲しむ必要がある?何を悔しがる必要がある!?

問題になるのは私の面子だけではないか!


「せめて、貴様だけでも……ハインフォーティンっっ!」

「せめて、外装骨格だけでも破壊してみろ……ラスボス」


魔王と魔王の拳と拳がぶつかり合い、周囲に集まっていたワーウルフの一団を弾き飛ばす。

放たれる魔力の波動が電光と化して激しく火花を散らす!


「は、は、ははははは!軍勢は更なる力を得たようだが……お前は何一つ変わっておらんな!」

「ふむ。そう言うお前は自分の力こそ増したが軍の質は下がったようだが?」


「我さえ強ければ何の問題も無いわっ!」

「うちの父でもあるまいに……うおっ?中々やるものだな!」


そしてラスボスの一撃がハインフォーティンを揺るがした。

よし!…………よし!?


「私は今、何を考えた!?」

「どうしたんですかシーザーさん、顔が真っ青……」


……僅かに、僅かにラスボスが押している。

その姿に一瞬何か暗い希望を抱きかけた自分に驚愕する。

万が一にも考えてはいけない事だ。

魔王ラスボスがこの場で、私に関わり無いまま倒される事に否を唱える事など。

私は勇者。魔王を倒すもの。

……だが、人々の苦しみを長引かせるような事は、決して、決して望んではならない!


「いける、行けるぞ!貴様さえ倒れれば形勢は逆転する!覚悟せよハインフォーティン!」

「そうだな。ダメージレベルはレッド……ふふ、転生前のわらわなら負けていたと言う事か」


そんな事を考えてしまい、のた打ち回っていたその時だ。

魔王ハインフォーティンの胴体を、魔王ラスボスの拳が貫いたのは。


「あ、ああ……まさか、私が愚かな事を考えたせいなのか!?」

「関係は無い。だが……その自らの心の闇を自制できる心は磨いておけ……」

「なんか、まるで兄弟だお。デスナイトよりよっぽど兄弟らしいお」

「……なんでブルーにはシーザーの内心がわかるのかな。アリシア姉さんの仕業?」


背筋が冷えた。己の愚かな望みがとんでもない結末を呼び込んでしまったのではないのか?

そんな嫌な予感が全身を走り抜ける。

魔王ハインフォーティン、いやハイム様の巨体が膝を付き、胴体の穴から爆発が起きた。

駄目だ……これでは、もう!


「お、う……うおおおおおおおおおっ!……よしっ!高らかに勝利を宣言せよおおおおっっ!」

「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」


ラスボスの勝利宣言と共に、

ハイム様の軍は、軍隊としての機能を……失ってしまう!


「あ、外装骨格ぶっ壊れたのですよー。魔王様遊びすぎなのですよー?」

「ぴぃ(コクコク)」

「?……ふんっ(鼻息)……ウガアアアアアアアアアッ!」

「ん?ああ、拘束具が破壊されたようなのだナ。まあ気にする必要は無いゾ」

「「「「「「ですよねぇ」」」」」」


もし、これでこの世界の魔王軍が敗北するような事になれば、

私はどうやって詫びればいいのだ!?

だが私が悶々とした時を過ごす間にも時は容赦なくその時間を刻んでいく。

本当に、どうすれば……!


……。


しかし、その割に中々陣が崩れないのが気になるのだが。

……何故だ?普通総大将が倒れたら軍は四散するものでは?


「あー、びっくりした。よそ見して本など読んでるものではないな、うん」


あ、ハイム様が飛んでいる?

ご無事だったのか!?

……良かった……。


「では改めて……ふははははははは!わらわは魔王ハインフォーティン!」

「先ほどの人間?いや、ハインフォーティンめ、生き延びていたか!だがもう戦う力は残って……」


『魔王特権!外装骨格展開!』

「……また出てきただとっ!?」


と、言っている場合ではない!?

またあの巨体の魔王が現れただと!?

では先ほどのは?

普通に倒れている!?

本日何回言ったかも判らないが……どう言う事だ!?


「あ、予備出したお」

「ねえアルカナ。あれ作るの結構大変なんじゃなかったっけ?」

「代わりに私がお答えしますが、今の姫様のお力なら再展開まで1分あれば余裕です」


何が余裕なんですかブルー殿!?

もしや私の痛んだ胸は無意味!?

無意味なんですか!?


「そしてわらわは展開したばかりのそれを優雅に乗り捨てる!」

「鼻から!?しかも上下逆さま!?」


更に魔王の鼻から何か飛び出てきた!?

って、ハイム様!?

何をやっておられるので!?


「にょきっと飛び出るハー姉やんだお」

「力の誇示のためとは言え、姉さんも無駄な出費を……材料が姉さんの魔力だからいいけど」


「そしてわらわのこの、らぶりぃ♪な姿こそが、真の魔王ハインフォーティンなり!」

「…………ふざけるなあ嗚呼アアアアアアアアアアアアアッ!?」


そしてそのやるせない気持ちはラスボスも一緒だったようだ。

泣き叫びながら文字通りの渾身の力を込めて殴りかかり、


「ぐあああああああっ!?」

「わらわは避けとらんぞ。ガードもしておらぬぞ?」

「何があったお?」

「アルカナ様。ラスボスの拳が砕けたのです」


そのまま腕を押さえて膝を付いていた。

その姿を見下ろす、いや見下すハイム様の笑顔は凄惨であり、

そこには覆しきれないほどの絶対的な実力差が横たわっていた。

な……何だろう、この公開処刑は……。


「ならば我が魔力で……なっ!?」

「ふむ、この程度か?」


だが物思いに浸る時間も無く、

続いて凄まじいまでの魔力の本流が……ハイム様に届かずに掻き消える。


待ってくれ。本当に待ってくれ。

……呆然としているこれは一体何なのだ!?

私が全く手に負えなかった魔王ラスボスは一体何処に行ったのだ!?


「グオオオオオオオオッ!ならばこれでどうだ!?」

「……もう真の姿を出すか?底が知れるぞ?」

「でもハー姉やんはもうとっくに真の姿だお」

「姉さんは能力の99%以上を封印してあれだから良いの」

「あれで、百分の一以下!?」

「気にするなシーザー。あの方達は出てくる世界観自体を間違っているような方々だからな」


本当ならば私の目の前で姿を変えていく魔王ラスボスの姿に驚愕していなければならないだろう。

だが、私はそんな事より今まで普通に接していた人々の非常識加減に驚き疲れていた。

下半身が四速歩行の獣のようになり、二対目の腕や数多の獣の頭が生えてきたりと、

決してそちらのインパクトが低い訳では無かったんだが……。


「見よ、合成魔獣としての我の姿を!我は魔王ラスボス!8つの世界を破壊せし魔王な」

「よし、吹っ飛べ」


さいごの"り"の字すら言わせて貰えないまま、殴り飛ばされたラスボスは天高く吹っ飛んでいく。

せめて、せめてそれぐらいは言わせてやって欲しいと思った私は間違っているだろうか!?

と言うか、あの人間大の体の何処にあんな力が!?


「ふむ。ではそろそろ終わらせるとするか。大事な部下の命をこんな所で散らす訳にも行かぬ」

「姫様。アルカナ様をお連れしました」

「だお。もしかしてアレをやるのかお?」


そして……ハイム様は次にアルカナ君を呼び寄せ、抱きかかえた。

一体何を?


「来る……姉さんの……魔王ハインフォーティンの必殺技が!」

「必殺技!?」


そう言えばアルカナ君とハイム様は完全に血の繋がった姉妹の筈。

お二人で力をあわせて発動する大魔法でもあるのだろうか!?


「馬鹿妹。例のアレをやるぞ」

「あ、シーフードボンクラクレクレカツカレー風呂桶サイズ、いちごラッシー付きが食べたいお!」


「うむ。帰ったら奢ってやる」

「だお!気合十分だお!」

「……ご武運を!」

「何をする気だ!?……むうっ!?そこの人間は!?そうか、あの襲撃も貴様等の……!」


ハイム様はアルカナ君の脇を掴むと頭上に掲げる。

そして……周囲を振動させつつ力を溜め込み……!



「低空飛行!超音速アルカナーーーーーーーーっ!」

「アルカナを超音速で投げ飛ばしたらどうなるのーーーーっ!?だおぉぉぉぉぉぉぉ……!」

「答えは確か"衝撃波で周囲がヤバイ!"でしたか」



敵陣向けて投げ飛ばしたあああああああああああっ!?

何してるんですかハイム様!?

その……アルカナ君が可哀想過ぎるのですが!?


「流石に魔物さん達が可哀想かも……」

「クレアさんも少しはアルカナ君のほうを心配してください!?」


しかも早い!?

もう敵陣を突破して星になって……!


「「「「「ぎゃあああああああああっ!?」」」」」
「「「「「きゃいいいいいいいいんっ!?」」」」」
「「「「「ガオオオオオオオオオオッ!?」」」」」


良く判らないが敵陣が壊滅しているだと!?

一体何があった!?

何が起きたんだ!?

私の目にはただアルカナ君が恐るべき速さで飛んで行っただけにしか見えないのだが!?


「衝撃波だ」

「ブルー殿!?」


ブルー殿も何でそんなに冷静なのですか!?

どう考えてもあれは虐待……。


「アルカナ様がそんなに柔なお方か?」

「……いえ。しかし」


「それに、もう帰ってきた」

「え?」

「ぁぁぁぁああおおおおっ!世界一周ただいまだおおおおお!……だお。お仕事終了なのら♪」

「うむ、お帰り」


そして何故か後ろから帰って来て、ハイム様の腕に"着陸"した。

……どうしてこうなったのか、本当にさっぱり判らない。

本当に。どうしてこうなった!?


「お帰りアルカナ。楽しかった?」

「だお。でも熱かったお」

「何で平然としている!?しかも何故後ろから帰ってくるんだアルカナ君!?」


「ハイム様の投擲に耐えられる弾丸はアルカナ様だけなのだ……お疲れ様ですアルカナ様」

「疲れたお。全身がアルカナ100人分くらい焼け焦げて大変だったのら。瞬間再生が大変だお」

「……普通死ぬって」

「牢人殿!?居たのか!?」

「……最初から一緒に居ましたよねシーザーさん……まあ、ショックなのはわかりますけど」


……確かにショックだ。と言うかショッキングだ。

壊滅した魔王軍と全く無傷のもう一つの魔王軍。

そんな荒唐無稽な戦争など普通見られるものではない。

む?何か感想までおかしくなってしまった様だが……もう気にするまい。

これ以上深く考えると精神衛生上良く無さそうだ。


「そうだハニークイン。戦死者はいるか?」

「え?全力戦闘で死傷者など出る訳無いのですよー。精々ガサガサの枝が折れたぐらいなのですよー」

「うがあ♪」

「ぴぃ」(全くもってその通り)

「しかしラスボスは空間転移で逃げ出したのだナ……四天王も居ないのだナ……私の失策だゾ……」


「フリージアよ。それは想定通りだ。……皆、良くやってくれた。今日はゆっくり休んでたもれ?」

「さあ、ふっこうじぎょう、です」

「ここから先はあたし等の仕事であります!ガンガン儲けるでありますよ!」


なんと言うか……どうやら魔王ラスボスは撤退に成功したようだ。

思わずほっとしてしまった自分に腹が立つ。


「ははは、シーザー。仕事が残っていて良かったな?」

「ブルー殿!皮肉は止めて下さい……私は……自分の醜さに嫌気がさしている所です!」


酷い話だ。魔王の脅威を誰よりも良く知っているはずの私が、

当の魔王が滅びようとしているのを焦燥をもって見ていた。

そして生き延びたと知るやほっと胸を撫で下ろす始末。

……結局自分の功名が大事なのではないか!?

なんと言う愚かしさ、醜さか!


「私は、勇者失格なのかもしれない……」


人々の幸せを願えぬ勇者に価値などあるのか!?

……私にはとてもあるようには思えなかった。


「ふむ。色々と折れかかっているようだな、シーザーよ」

「……ハイム様」


そこにハイム様がやって来た。

アルカナ君は残された巨体の魔王の抜け殻に張り付き鼻の穴を必死によじ登っている。

どうやら壊れた城門の後片付けを手伝うつもりのようだ。

クレアさんは傷薬や包帯、食料品の召喚を引っ切り無しに行っている最中。

そしてこの地の魔王は今まさに"王"としての責務を果たした。

……立派ではないか。それに比べて私は……!


「口惜しそうだな。まあ腐るな……ラスボスの処分はお前に任せると最初から決まっておる故な」

「それはありがたいのですが、私は……私の矮小さが許せなくて……!」


ハイム様はふわふわと浮遊しながらニヤニヤと笑っている。

……私はその時、目の前の魔王が本当に恐ろしい存在なのだと気付いた。

こんな方が相手では、この地の勇者はさぞや苦労している事だろう。

魔王が善であれば勇者は悪になってしまう。それを見越して行動しているとしたら……。


「まあ、そんなに高尚であろうとする必要は無いぞ。勇者の本質を知っているか?」

「本質?誰よりも誇り高く立派に戦い抜き、最後には必ず勝利する、でしょうか」


私の答えを聞いて目の前に浮かぶ美貌の魔王は今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

何か間違っていたのだろうか?


「いいや。勇者の本質は……暗殺者だ。それも鉄砲玉に近い性質のな。もしくは生贄でも良い」

「なっ!?幾らなんでもその言い草は無いでしょう!?幾ら私が何の成果も出せないからと言って!」


そうだ、私は腐っても勇者。

殺し屋などと一緒にしてもらっては困る。

私の背には王国の未来と人々の期待が……期待は兎も角王国の未来はかかっているのだ!


「少数精鋭で敵陣奥深くに侵入し敵を討つ。正面から勝てねば搦め手を使う。弱点を突く……どうだ?」

「……それは……しかし私達の戦いは私怨ではない!」


そうだ。もしそうであれば今まで旅立った勇者達が報われないではないか。

彼らは皆誇りと名誉を胸に華々しく散っていった。

それが暗殺者などと……。


「暗殺者とは私怨で人を殺さぬ者。得られるものが金か、名誉か……その差でしかないのだよ」

「もし、そうだとして……貴方は私に何が言いたいのですか!?」


「いや。そんなに難しく考えるなと言う事だ……お前は王の命令でラスボスを殺す。それでよかろう?」

「……はい」


「高潔であるのが辛ければそうでなくとも良い。堕ちるのが嫌なら誇り高くあれば良い。それだけだ」

「それでも私は勇者だと?そう仰せなのですか?」


「うむ。それと魔王が後ろ盾が嫌ならば、女神が後ろ盾と考えよ。ま、わらわにすれば副業だが」

「……考え方次第。そう言う事なのですね」


ハイム様は頷いた。

つまりだ。この人は私を心配してくれていたのだ。

……何をやっていたのだろうな、私は。

私がどんなに悩もうが、悩んだ所で問題は解決しないと言うのに。


「ともかくラスボスの軍勢は最早しばらく軍隊としては機能しまい。万全を持って奴を打倒せよ」

「はっ」


「正式にフリージアを同行させる。こ奴は母親をやつらに殺されておる。仲良くしてやってたもれ」

「またよろしくなのだナ!」

「宜しく頼む、フリージア殿」


ある程度の戦後処理を済ませたらしいフリージア殿がやって来た。

そして私達は握手をして再開を喜んだのである。

……ハイム様はそれを微笑ましそうに眺めていた。

何か不思議な感覚だが……まあ、いい。

たまにはこんな魔王と勇者が居ても良いだろうさ。


「今しばらくすれば状況も動こう。それまでに祖国への入り口が見つかると良いな」

「はい!有難う御座います!」


……そんな風に必死に自分を正当化していた罰が当たったのだろうか?

それから一週間後、

首吊り亭でたまの休暇を取らされていた私の耳に信じられないような一報が飛び込んできたのだ。



"魔王ラスボス-魔王ハインフォーティン間に和平条約締結"



ハシゴを外された!?私は愕然とする他無かった。

また、一介の勇者として頑張っていこうとしていた矢先の事である。

しかし驚こうが困惑しようが事実は変わらない。

そう。私の周囲を取り囲む環境が、また大きく動こうとしていたのだった……。


続く



[16894] 20 自称平和な日々
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/18 23:45
隔離都市物語

20

自称平和な日々


≪勇者シーザー≫

あの悪夢のような条約締結から更に一週間が経過している。

私は魔王軍壊滅よりの2週間を訓練と傷の養生に当てていたが、

正直な所その後の行動をどうするべきか測りかねていた。

装備の修復も間も無く終わるが、例の条約が気になっていたのだ。


「と言う訳でブルー殿、和平条約とはいかなるものかお教え下さい」

「シーザー。心配するな、お前がラスボスと戦うのに支障はあまり無い内容だ。細かく言うと……」


私は例の射的屋の奥でブルー殿と木剣をぶつけ合いながら話をしていた。

直接迷宮に潜れないなら鍛錬に精を出すほか無い。

……やはり、時間を無駄にはしたくないのだ。


「……と言う訳だ。私としてはこの条約案に大きな穴があると思うがシーザーは、どう!思う?」

「ぐっ!……条約内容は"魔物"に限定されています。つまり私は条約の想定外、かと!」


"どう!"の部分で繰り出された一撃を受け流し、私は答えた。

ついでに"かと!"の部分で反撃も繰り出しておく。


魔王間和平条約はどうやら一言で言えば相互不可侵条約に近いものらしかった。

ラスボス側はこの世界から出て行く。代わりにハイム様はそれを追わない。

……端的に言えば決められ事はそれ一つだ。

無論、例外はある。


「そう、だ!……ただし私は駄目だそうだ。守護騎士ブルーは魔王討伐禁止、などと小手!先の技を」

「ぐはっ!?……そ、れはまた、高く評価されたものです、ねっ!っぐあっ!?」


私の稽古の相手をしてくれているこのブルー殿がそうだ。

魔王ラスボス側はこの強力な騎士が魔王討伐隊に加わるのを何とかして阻止したい、

そう申し入れてきたらしく、ハイム様もそれを二つ返事で引き受けたのだとか。


因みに今、ブルー殿が"だ!"の部分で踏み込んできたのをまともに食らってしまい、

挙句に"小手!"で文字通り小手を叩かれ、剣を取り落としてしまっている。

……胴、打、小手……次に何処を狙うかまで親切に教えてくれているのに私ときたら……!


「ふーん。要するによ……姫さんの魔物さえ来なけりゃ負けはしねえぜって事かよ」

「だから人間の精鋭が必要な訳だな?ふふふ、まあ俺は金次第で引き受けるが?」


牢人殿と戦士殿が部屋の隅に座り此方の話を聞いている。

そしてその脇にはフリージア殿が壁に背を預けながら立っていた。

牢人殿は有名税とやらで街中を歩くと怪しげな団体に寄付を強要されるようになったそうで、

最近は何かあるとここに避難してくるようになった。


そして戦士殿は拠点の街を捨てさせる羽目になってしまった為、

責任を取る形で引き続き私が雇用している。

最初は金に煩い彼を疎みたくなる事もあったが、実際は職業意識が高く優秀な人材だ。

因みに命まではかけてくれないらしく危なくなったら自己判断で逃げると言われていて、

それ故に傭兵とは名乗らないと彼は言っていた。

ともかく途中で逃げると言う宣言は確かに問題だが、私としてはその正直さは美徳だと思っている。


「ところでよ……マルク……良い儲け話があるんだけどよぉ?」

「いらねえよコテツ。お前の詐欺っぷりはフローレンス先生が警告出すレベルだぞ?」


何にせよ、以前の連中のように背中から刺される心配が無さそうなのが何より助かるが、

彼らと共にラスボスと戦うにせよそうでないにせよ、この世界に迷惑をかける訳にも行くまい。

ともかくもう一度条約の内容を頭に叩き込んでおこう。

実際の文面はもう少し言葉を飾ってあるが、簡潔に言うと以下の通りだ。


1、下記に魔王ハインフォーティン(以下、甲)と魔王ラスボス(乙)間の取り決めを定める。

2、甲と乙はお互いの保有する魔物の軍勢に対し以下の条文を守らせる義務を持つものとする。

3、甲と乙は戦争状態を解消し、以後条約が破棄されるまで両者間での戦闘行為を禁止する。

4、乙は甲の領域である世界から奪い取った領土を即時返還する。(履行済み)

5、甲は乙が条約調印時に保有している軍隊に対し食料10年分を手配する。(履行済み)

6、甲と乙双方とも条約違反があった場合魔王の誇りに賭けて以下の罰則を受け入れるものとする。

7、条約違反の魔王は、腹に刃を突き立て背中まで貫く事によりセップクをするものとする。

8、なお、守護騎士ブルーに関しては本条約内での分類では人ではなく魔物として扱う事とする。


まあ、要するに"ラスボスは帰れ、お駄賃はやるし追わないでおいてやるから"と言う事らしい。

ラスボスにとっては屈辱的だろうが、あれだけの負け戦の後の条件としては破格らしく、

顔面蒼白、かつ汗だくでうなだれながらも書類にサインする他無かったらしい。

……そんな魔王の姿は見たいような見たくないような……。


「それで、穴とは……つまり2番の"魔物の軍勢"の部分ですね。つまり人間なら問題ない」

「そうだ。……隙あり!」

「そんな訳で"魔王軍に所属する人間"の私は余裕で攻め込めるのだナ」

「……しかも、それの支援に関する禁止事項も無い……何ともズボラな契約書だ。正気ではない」


戦士殿(名はマルク)の言うとおり何とも緩い縛りの契約書だと思う。

これなら私が攻め込むのであれば何の問題も無いのではないか?

……私はそんな風に思うのだ……強烈な突きを受けて転ばされながらだが……。


「いや、シーザー。これはな……ラスボスはお前を誘っているのだ」

「……私を?」


鍔迫り合いをしながら私は疑問を呈する。


「流石に向こうの世界に入ってからはハイム様もお前を支援できない」

「それは戦闘行為に当たるのですね?」


「そうだ。ラスボスはお前を血祭りに上げる事でせめてもの溜飲を下げるつもりだろう」

「……そこを逆手にとって魔王を討ち取るのが私の役目、と」


ブルー殿が頷く。


「そうだ。敵地での味方への補給は戦闘活動に定義されかねん。出来るのは諜報や工作活動程度だ」

「手出しは厳禁だが自軍領域で軍外の輩に援助するのは自由、か」


成る程、それなら私にも存在意義が出てくるというものだ。

私が負ければ祖国はそのまま魔王ラスボスの物となる。

だが勝てば祖国解放。

うん。判りやすいではないか。


「それにな。穴は一つでは無いぞ?……色々あるが一つだけ教えてやるか。5番だ」

「これは……ハイム様はラスボスに食料を渡したのですか?」

「そうだゾ。やつらにはもう食い物が無いからナ……暴走させない為のセーフティなのダ」


成る程、理に適っている気がする。

しかしそれの何処に穴があるのだろう?


「ヒントをやろう。既に食料は一括で10年分引き渡された」

「……そんな量を一度に用意できたのですか!?……あ……」

「なあシーザーよぉ……連中壊滅してなかったか?」

「雇い主。うちの先生によれば向こうに帰れたのは一個小隊程度だった筈だぜ?」

「と言うか、噂のシスター情報網はまだ健在なのカ……恐ろしい話だナ」


そうだ。無論アラヘン側にも守備隊や残してきた兵士は居るだろう。

しかし、広大な占領地を維持する、と言うか占領地から一気に収奪する為に、

兵の大半をこちらの世界に連れて来て、挙句にその殆どを失ったらしい。


撤収できたのは魔王と四天王、そして近くに居た数名の側近のみ。

残りは条約締結までの一週間の間に、

この時を待っていたかのような奪還部隊により、占領地全域のほぼ全部隊で各個撃破された。

流石の魔王もあの状況では新たな転移門を開く事も出来ず、

歯噛みしながら見ているしかなかったらしい。


それでもラスボス側も魔王軍。腐ってもその兵は全軍で3万名程度も残っているとの事。

だがその殆どは文字通り本当に腐っている……つまりアンデッドで水増ししたと言う話だ。

……待てよ……アンデッド?


「条約締結時の"生きている"魔王軍兵士は僅か2000名。それなら余裕だろう?」

「アンデッドは食事をしませんからね……魔力補給は必要でしょうが……」


ブルー殿はニヤリと笑う。


「姫様が準備すべきはあくまで生者の為の食事であり"備品"の整備用物資は別問題だ」

「……アンデッド兵をあくまで備品と言い張りましたか……恐ろしい……」


2000名を10年食べさせるだけの食料。

確かに大量な事は変わりないが、そのレベルならばハイム様達ならば容易に準備できるだろう。

大幅な譲歩のように見せかけ、内実はお粗末……大した役者だ。


「……ふふ、シーザー。まだ二つ目の条約の穴は全貌を見せていないぞ?」

「まだ何か?」


「なあ、シーザー。10年も保存できる食料品を何種類くらい思い付く?」

「……ここで知った缶詰とやらに……干物?……あれ?」


そう言えば。例え穀物でも10年の月日を腐らずに耐えうるのだろうか?

いや、例えそうだとしてもただ黙って腐らせはしまい。

腐る前に食べきってしまうか兵数を増やすかするだろうから嫌がらせにも……ん?


「食料が10年分あっても、結局どう足掻こうが10年はもたないのでは?」

「だから一括で渡したのだ。奴等にはそれを元手に増やすと言う事が出来ないからな」

「向こうは補給に疎いからナ。倉庫が空になるまで何故不足したのか気付かないと予想されているゾ」


嫌がらせと言うレベルではなかった!?

無いものならばあるもので工夫するだろうが、あると思えば無くなるまでは使われるだろう。

そして、あると思っていた物が無いとなれば……。


「それだけではなく、もし話が長引いた場合、敵側の結束を乱す効果も期待されている」

「倉庫番は災難だと思うゾ?」


……軽く考え付くだけで嫌な予想が頭を埋め尽くした。

これはきつい。少しばかり人間不信になりそうだ……。


「隙が大きすぎるぞシーザーっ!」

「ぐはっ!」


そんな風に考え、かぶりを振った所を木剣で手酷く打たれた。

頭頂部にヒリヒリと痛みが走る。

考え事とは言え、鍛錬中に気を抜きすぎたか……。


「……今日はここまで。他にも穴は幾つもあるが、それは良く考えてみると良い」

「はい!」


稽古の終わりを宣言された私は剣や木人を片付けはじめた。

ともかく私にもまだ出番はあると言う事だ。

それが判っただけでも幸いだったと言えよう。


「よっと。じゃあ俺は行くぜ……もう英雄ごっこはこりごりだ」

「コテツは相変わらず腰抜けだナ」


「結局俺に英雄様は似合わなかったってだけよ……ま。忘れ去られるまでは稼いだ金でお茶を濁すわ」

「では代わりに俺が稼がせてもらうぞ。この戦いは結構な金になりそうだ」


去る者が居れば新しく来た者も居る。

何にしてもその縁を大事にしたいと思うようになった。

不思議なものだ。

故郷で暮らしていた頃は、牢人殿のような輩は反吐が出るほど嫌いだった筈なのだが。


「……マルク。金で敵側に転ぶなヨ?」

「そりゃあ先の見えない3流のやる事だ。信用を無くしちゃ次の仕事が来ないからな」


ぴたりと牢人殿が止まった。

何か言いたい事でもあるのだろうか?


「悪いが最後に言わせて貰うけどよ。お前の先生も酷いもんだったんだぜ?」

「ああ。先生は金貸しとしては一流、聖職としては二流だが人としてはな……ま、報いは受けたがね?」


「俺もまだ夢に満ちてた冒険者時代、最初に組んだのがあの人だったばかりに……かゆ、うま…」

「ああ、牢屋に何年も入って若い時代を無駄に過ごしたらしいな。けど、その後を考えると謝らんぞ」

「……何があったんだ……!?」


まあ、多分余談だ。

余り関わらない方が賢明だ、


「ごにょごにょ、です」

「シーザー。この話はここまでにするであります」

「所詮は暫く前に思いついた本当にただの後付裏設定なのですよー?」


と、私の耳元で囁く方々が煩いので止めておく事にしよう。

最近分かって来たが、彼女達を敵に回すのが一番危険らしいしな。

まあ……もしかすると、これこそ勇者失格なのかも知れないが。


「それよりシーザー。明日には装備の修復も終わるのではなかったか?」


そんな風に考えていたせいだろうか。

まるでブルー殿が気を使って話題を変えてくれた様に思ってしまったのは。


「はい。流石にそろそろ行動を起こしたいと思っています」

「私は知っての通り向こうから警戒されている。せめてお前の成功を祈らせてもらうぞ」


最近、ブルー殿も一度魔王ラスボスと戦い、しかも勝利を収めていると聞いた。

何にせよ、私としても今や師であり最も身近な目標でもあるこの偉大な騎士の期待に応えたいと思う。


「はい。クレアさん達も暫く忙しいらしいし、暫くはこの三人でアラヘンへの道を探そうと思います」

「そうするのだナ!転移門はこっち側においてあるから奴等はもう手出しできないのだゾ!」

「探し出せたら特別ボーナス頼むぜ」


そんな訳で、クレアさん達が復帰するまでの間は無理はせず、地図作りに奔走しようと思う。

最早、危険な時に都合よく誰かが助けに来る事など無いのだから。


幸いラスボスの設置した転移門はこちら側の世界にあり、

こちらの世界に魔物達が来る事自体が条約違反の為最早敵には触れる事も出来ない。

そもそも、奴等は私が来るのを待っているらしいし、間違いなく故郷へ帰れるのは確実になった。

……後は慌てず勝てる体勢を整えてから進む事にしよう。


……。


「ガルガン殿。と言う訳でまた迷宮に潜れる事になったのだ」

「それは良かったのう。わしとしちゃお前は無理しすぎだからもう少し休めと言うのが本音じゃが」


その日の夜の事だ。

私は首吊り亭に戻るとガルガン殿に迷宮に潜る旨を伝えていた。

……思えばここに来てから暫く経つが、今やここも私にとって帰るべき場所と言っても良い。

そう思える事の何と幸せな事か……。

そんな風に感慨にふけりながら安酒を煽っていると、不意に誰かが店に入って来た。


「む?客か……いらっしゃい……っておお!元気じゃッたか!?」

「よおガルガンさん。シーザーも元気そうだな?結構なお手柄だったじゃないか」


え?と思って思わず振り向いたその視線の先には。


「久しぶりだなシーザー。まさか俺の顔を見忘れたか?」

「こんばんはシーザーさん……えーと。お客さんです」

「国王陛下!それにクレアさんも!?」


何とリンカーネイト王その人とクレアさんの姿。

……正直驚いた。こんな場末の酒場に……違うな。

そう言えば王にとってこの店は思い入れのある場所と聞く。

それに今は何やら大事な使節を歓待するためにこの街に泊りがけだと言うし、

時間が取れてもおかしくは無い。

クレアさんはそれに付いて来たと言う所だろう。


「ところで私に客ですか?……正直新聞記者はもう勘弁して頂きたいのですが」

「あー、違う違う。さて、使節殿……入られよ」


そしてどう言う訳か私への客人を連れて来たらしい。

しかしこの世界であえて客と称さねばならないような知り合いが居ただろうか?

もし面識が無い方だとしたら、あまり良い思い出が無いのでお引取り頂きたい所なのだが。


「有難う御座います国王陛下……元気そうだな、シーザー」

「……ふむ。見事な街だがここは勇者の宿泊地としては少々安普請……いや品が足りないか」

「兄さん……それにあの時のミノタウロス殿?」


しかし、その背後から現れた者に私は驚きを隠せなかった。

……何故ユリウス兄さんと、先日一騎打ちをしたミノタウロスがここに居るのだ?

すると私が目を白黒させているのを見て、国王陛下はニヤリと笑ってこう言われたのだ。


「魔王ラスボスよりの使節団だとさ。どうやらお前に言いたい事があるそうだ」

「……魔王が、私に?」


「ま、今日の俺はうちの魔王から要請を受けた案内役と言う所か……そら、手紙だとさ」

「リンカーネイト王が御自ら案内役を?」

「良く知らぬが人間の王らしいな。ハインフォーティンも気を遣ったと見えるね……ではこれだ」


何事か、と思っていると店内を狭苦しそうに歩いてきたミノタウロスが一通の書状を差し出して来る。

彼を良く見ると私の付けた傷を包帯で覆い隠してその上に上着のようなものを纏っていた。

やはり、マケィベントの一騎討ち連戦で戦ったあの牛頭の戦士その人のようだ。

兎も角書状を受け取りその内容を確認する。


「……ふむ。つまり魔王は私との決戦を望んでいると?」

「そう。魔王様は転移門を残しておくゆえ見つけ次第かかって来て構わないと仰せだよ」

「ただしシーザーに動きが無ければ人間のまま残っていた賊徒兵どもをぶつけると言っている」


内容はある意味驚くべきものだった。

簡潔に言うと魔王同士の戦いは終わったから、準備出来次第かかって来い。

だが早くしないと大変な事になるぞ、と言う意味の文面だ。


「賊徒兵?ああ、人間のまま魔王に隷属した連中ですか兄さん?」

「そうだシーザー。そいつ等を件の洞窟内に放されるとの仰せだ……」

「合意案での扱いで、人間は一部を除いて条約対象外。怨むなら無能な交渉担当者を怨んでほしい」


……私は無表情のまま硬直する事にひとまず成功していた。

これはまさにブルー殿たちが言ったような展開だ。

仕掛けた側が違うだけでお互い本当に譲る気など無いらしい。


「賊徒どもはこの世界に侵入し荒らし回る事だろうね。わたしはああ言うのは嫌いだが仕方ない」

「シーザーよ。済まん……今の私にはお前に死地に飛び込んで来てくれとしか言えんのだ」

「……ま、脅迫だな。今更ハイムにも調印内容は変えられん。対処は出来るが面倒な作業になる」


二人より前に立ち、国王陛下はニヤリと笑った。

……悪辣だが、効果的だと思う。

敵の策に乗せられたふりをして実際の流れはこちらで掴んでおく、と言う事だろう。


しかし、そもそもなんで国王陛下ご自身が使節団の案内をしているのか?

魔王軍同士の条約にこの方は関係ないだろうに。

……何かおかしい気もするが。


「私が戦いに赴けば族の流入は止まるのか?」

「いや。ただ魔王様がある限りあの世界からは厄介者ばかりが現れるだろうな……」


兄さんが済まなそうにこちらを見ている、と思う。

どちらにせよ嫌がらせは止めん。悔しかったらこっちまで攻めて来い、と言う事だろう。

……まあ、何にせよやる事は変わらない。


「いいだろう……私がラスボスの所に辿り着く日が来たら……その時こそ決戦としよう」

「いいのか?言っておくが向こうでハインフォーティンの力はあてに……」

「デスナイト卿!それ以上言ってはなりますまい?」


ただ、これだけは言わせて貰っておこう。

流石に私とて好き放題言われっ放しは面白くないのだ。


「……それにしても。魔王ラスボスともあろう者が随分弱気な事だ」

「まあ、言ってくれるな。魔王様も今回ばかりは堪えたご様子だ……ふふふ」

「わたしもあの方にお仕えして長いが、これだけ酷い状況は生まれ故郷以来らしいのでね」


多少目を逸らしながら二人は答えた。

兄はどこか愉快そうに、牛頭の魔物は眉間に皺を寄せて。


効果的ではあったようだが……私は勇者だ。論客ではない。

余り舌先に頼るのも違う気もするしここまでにしておこうか。

そう考えていると、不意に兄さんが口を開いた。


「しかし、この街は……豊かだな……」

「わたしもそう思うよ……ハインフォーティンはかなりのやり手のようだな。敵わない訳だ」

「いや、別にここは俺の街でもハイムの街でもないのだが」


本当にやるせなさそうだ。

一体どうしたと言うのか?


「いや。同じ魔王に支配された土地だと言うのにこの差は何だろうと思ってな」

「デスナイト卿、今の暴言は聞かなかった事にする。それがわたしの最大の譲歩だとは思わんかね?」


兄さんの呟きをミノタウロスが押し止める。

その瞳には心底心配したような色が見えた。


「ほぉ……なるほど。ミノタウロスはそう言う役目か。大変だな」

「四天王主席殿からのたっての命令でね」

「ははは、信用されていないのだな。まあ、当然だが」


人に近い精神を持つが故に交渉には向くが、人に近すぎて信用も出来ないと言う訳か。

その穴埋めにこのミノタウロスが必要だった訳だ。

そんな者を重く用いねばならないとは魔王側の人材枯渇も相当なものだと思う。


「ともかく、元気そうで良かったよ……最早こうして話をする機会も無いだろうからな」

「僅かな時間ならある、魔王様に不利にならない程度で兄弟の親交を暖めると良いと思うがね?」


だが、それだけでも無いと言う訳か。

片目をつぶったミノタウロスは意外なほど気さくな態度で店の隅に腰を降ろす。

監視の任務はあるが、それに抵触しない程度なら羽目を外してよいと言う事らしい。

多分だが個人的好意のような気がする。こんな事をラスボスが許す筈も無い。


「人で無くなってから良かったと感じた数少ない事だ。彼らにも人格者は居るのだと知った事はな」

「……お互い、積もる話もありますよね兄さん……ガルガン殿。少し高い酒を頂けるか?」


「ほいほい。ふっふっふ……これはわしの奢りじゃ。そこの牛さんは何か要るかの?」

「仕事中なのでね。そうだな……新鮮なサラダはあるかね?」

「ガルガンさん。俺はステーキ……を、ポークで」

「もう、父さんってば……私にはいつものネクタルをお願いします」


そして私達兄弟は一晩かけて何名かの友人と共に久方ぶりの会話を楽しんだのである。

深夜から朝日が昇るまで取りとめも無く話は続く。

ガルガンさんも、今日ばかりはそれを諌める事は無かった。

ただ……これが最後だと思うと色々と感慨深いものがあったが……。


……。


「う、ううーーん」

「シーザーさん。もうお昼ですよ?」

「良いから寝かせとけ。昨日は随分楽しんだようじゃからのう」


「……むぅ。でも……せっかく父さんも使節を送って行っちゃって、私も今日は自由時間が取れるのに」

「はっはっは。構って欲しいのは判るが部屋に戻れないほど泥酔しておるのだ。期待は薄いぞ?」


……ん?何か騒がしいな。


「ここは……酒場のカウンター?」

「おはようさん。シーザー、お前昨日はそのまま寝ちまったんだぞい?」

「あ、シーザーさん。ふふ、お早う御座います」


クレアさんに差し出されるまま水を飲む。

そして昨日の事を思い出した。

……既に店内に兄さんやミノタウロス、そして国王陛下の姿は無い。


「夢だったのか?」

「楽しい一時でしたね。私あんなに楽しそうなシーザーさん初めて見ました」


どうやら夢ではなかったらしい。

確かにそうでなくばどうしてここにクレアさんが居るというのか。


「……そうだ。今日からまた迷宮に……」

「二日酔いで無理だってフリージア達には伝えておきました!無理しちゃ駄目ですよ?」


……確かにそうだな。

こんな状態で迷宮など潜れるはずも無い。


「迷宮下層階からその、賊徒兵?が来てもどちらにせよ中途リアル迷宮は越えられませんし」

「……え?」


「守護隊は兵を引いてますけど、そもそもあのフロアの罠って本来下層からの敵に対する迎撃用なので」

「……道理で入ったばかりの割に本気で殺しにかかっていると……」


衝撃の事実に一気に目が冴えた。

あの初見殺しにそんな意味もあったのか……。

しかし、同時に今日は突然暇になってしまった事にも気付いた。


……とりあえず装備は取りに行くとして、その後はどうするか?

ブルー殿は確か大使館に出頭するとか言っていたから鍛えてもらう事も出来ない。

ならばどうしたものか。消耗品でも買い足すか?

そんな風に頭を捻っていると、クレアさんから声がかかった。


「あの、シーザーさん。お願いがあるんですけど」

「クレアさん?どんな用事なのだ?」


クレアさんは太陽のように笑う。

思わず脳を突き抜けた感覚を必死に押し殺しながら務めて静かに返事を返す。

すると彼女は更に嬉しそうに話を続けた。


「お芝居のチケットが手に入ったんです。一緒にどうですか?」

「お芝居?観劇は確かに嫌いではないが……」


しかし、私にそんな暇は許されないのでは……?


「今日中に使わないといけないんですが、他にあても無くて」

「……はぁ」


何故かカウンターにもたれかかる様にしながら話をするクレアさん。

それを見ながら私はどうしたものかと頭を悩ませていた。


「使わないのも勿体無いですよね?(って言えば良いんだよね……?)」

(うむ!そうなのだナ!頑張るのだゾ!…………で、フリーになったブルーは私が頂くのだナ……)

「む、う」


(ありがとうフリージア。ところでブルーがどうかしたの?)

(……何でもないのだナ。じゃ、カウンターの裏は狭いから私はもう行くゾ?)

「どうしたものか……」


少しばかり騒がしい周囲の喧騒から逃れるべく自分の内側に篭って考えてみる。

……自分の為に時間を使う暇は無い。

だが、考えてみればせっかくクレアさんが誘ってくれたのだ。

アラヘンの常識に当てはめると、断るのはむしろクレアさんに恥をかかせる事になる。

正直あれだけ世話になっておいて殆ど恩を返せてもいない。

ならば……たまにはレディのエスコートも悪くは無いか。


「判った。お供しよう」

「!……はい!宜しくお願いします!」


差し出した手を両手で包み込むようにして喜ぶクレアさんを見ているとこちらまで嬉しくなる。

ともかく、そんな訳で私はクレアさんと出かける事になったのであった。


……。


大通りの中ほどに劇場があるのは知っていたが入るのは初めてだ。

軽くクレアさんの手を引きながら席までエスコートし隣の席に陣取る。

演目は『レキ大公妃の降冠』と言うらしい。

史実を元に作られた涙無しでは見られない感動巨編との事だ。

どれ、いかなるものか。まずはお手並み拝見……。


……。


「何と、何と気高きお后様なのだろうか!?感動だ、確かに感動だ!」

「……あは、は……そ、そうですね……」


とりあえず一通り鑑賞しての感想だが……。

うむ。娘と家臣を救うため、己を犠牲にするなど中々出来るものではない。

しかも周囲の人々がお后様を救うべく奔走し、

常識では考えられない解決策を見出すまでの物語も、私はとても美しいものだと感じた。

これが史実だと言うのだから大したものだ。きっと当時の人々が感動して劇にしたのだろうな……。


「だおっだおっだおー♪あるっかなっだおー♪とってもぷりちーな歌姫なんだおー♪」


ただ……次の演目がアルカナ君の独演会なのが気にかかるが……。

いや待て!?何故一国の姫君がこんな所で歌って踊っている!?


「アルカナは歌うのが好きだから……」

「……そうなのか」

「「「「「「ふぉぉぉおおおおおっ!可愛いぞ姫様ぁぁーーーーーっ!」」」」」」
「「「うぜえええええええええええっ!帰れーーーーーーーーッ!」」」
「「「「「「「「「「「「「両方五月蝿い」」」」」」」」」」」」」


しかも色々な意味で大盛況だ。


「だから出し物に乱入するんですよ。いつもの事です」

「……乱入?」


はて?今クレアさん、何かとんでもない事を。


「あーっ!またぷちっこい方の姫様がっ!?」

「お帰り下さい!いや、楽屋に連れてけ!」

「……あの、私達の演目はどうしましょ?」

「とりあえずちょっと待ってくれ!」

「むしろ持ってくれ!俺は脚を持つ、あんたは脇を!」

「は、はい!」


頭に疑問符を浮かべていると、物凄い勢いで舞台脇から裏方と思われる人々が乱入。

そして乱入者を抱きかかえてそのまま去っていった。


「あたしはあたしはーちゅねー、はちゅねっぽい何か♪今日も元気だよはーちゅねー♪」

「痛筋怪速楽屋へGO!……急げッッ!」

「それと王妃様、誰でも良いから呼んで来い!」

「えーと、それでは本来の……ではなくサクリフェス交響楽団による一時をお楽しみ下さい!」


小脇に抱え込まれながらも何一つ気にもせずに歌い続けたまま楽屋に消えていくアルカナ君。

そして冷や汗を拭いながら運び込まれるオーケストラ用の楽器郡。

……その上何事も無かったかのように再開される出し物に空いた口が塞がらない。

しかも観客のほぼ全員が何一つ動揺していないだと!?


「ふふ、でもアルカナが乱入するのは次の演目の準備が遅れてるときだけですから」

「……成る程」


だが、だとしても迷惑には変わりないような。


「……もう、皆諦めてるんです。鋼鉄製の檻に入れてもいつの間にか出てくるし……」

「はぁ」

「おねーやん!また怒られたお!」


アルカナ君が戻ってきた。

いや、正確に言えば私達を見つけてやってきた。

うん。アルカナ君は確かに何処まで行ってもアルカナ君だ。


「最近劇場の人たちが容赦ないお。マグナムで脳天ぶち抜かれたお」

「あらあら。でも迷惑かけるからよ?後で母さん達にも叱ってもらうからね?」


それを聞いてアルカナ君が目の幅の涙を流す。よほど嫌なのだろう。

ただし、脳天から噴水のように血液を巻き散らかしながらだが。

……いかんな。


「だおぉ……おかーやんに殺されるお!それだけは勘弁だお!」

「だぁめ」


本当にいかん。目の前の二人が微笑ましく見えてしまう。

普通は大惨事そのもの以外の何物でもないのだが。

なにせ血で出来た赤絨毯を作り出しながら子供が歩いているのに誰も反応しないし、

私自身いつもの事か、と一瞬思ってしまっているではないか。


「そ、そうだお!?逆に劇場のおじやん達も一緒に殺されるかもしれないお!」

「あ、そっか……じゃあ今回は黙っててあげる。でも今後は人様に迷惑かけちゃ駄目だからね?」


そう言ってお仕置きのつもりなのか、

クレアさんは銀貨を一枚取り出すとアルカナ君の目に突き刺した。


「痛いお!でも儲かったお!お饅頭食べに行くおーーーーーーーっ!」

「夕飯までには帰ってきてねアルカナ?」


一陣の風になってアルカナ君は去っていく。

背後にはオーケストラの素晴らしい合奏。


「今日は平和だねぇ……」

「南のチビ姫もあんまり暴れなかったからな。まあ流石姫様って所か」


「これで平和?」

「「「「YES!」」」」


思わず口をついた言葉に劇場内全員が一斉にいい笑顔で頷いた。

……そうか。ならいいんだ。もう良いんだ。

しかし何時になったらこの世界の常識と私の常識のすり合せが終わるのか。

全く予測がつかないのが困るが。


……。


ともかく劇場の演目を一通り観て、私達は街に繰り出した。

市場でペルシア製だと言う絨毯を見つけて一喜一憂してみたり、

城壁に上り、海を眺めてみたり。

……こうして見るとクレアさんも普通の年頃の女性に見える。


「ひ、姫ええええええっ!」

「……下がれ」


時折迫ってくるクレアさんの笑顔にやられた人々を軽くあしらいつつ、

と言う事を除けばだが。

ともかく私達は言葉も無く街を歩き……そして、お互いどちらとも無く話を始めていた。


「思えば、不思議な縁ですよね」

「そうかも知れない」


野犬の群れに襲われたと言う理由でこの世界に召喚されて数ヶ月。

気付けばいつの間にか私は魔王軍四天王相手に勝てなくとも戦えるレベルにまで至っていた。

故郷のように一か八かで魔王と僅かな護衛しか居ない城に忍び込んだ時とは雲泥の差だ。

そして、雲泥の差と言えばクレアさんも。


「ううーん!気持ち良い……こうやって顔を出して街を歩く事が出来る日が来るなんて、夢みたいです」

「私がその役に立てたなら、幸いだ」


クレアさんは自分の持っていた能力に折り合いを付けた。

今では正気を失って迫ってくる者達を軽くたしなめる事が出来る。


「こらーーー、ドロボーっ!」

「アルカナは盗んでないお!?」


クレアさんはそれが私のおかげだと言う。

……私はクレアさんが自分で乗り越えただけだと思うのだが、

それでもそのきっかけを私が与えたのは変わらないと皆が言ってくれる。

もしそうだとしたら、私も嬉しい。


「けどな、姫様……うちの商品をあんたが盗んだのは変わりない!」

「知らないお!?本当だお!?」

「コケッ!……げぷっ」


思えば私達はお互い恩を受けてばかりだと言っている。

考えてみればおかしな関係だ。

本当はどちらに恩があるのかが、これではさっぱり判らないではないか。


「クレアさんのお陰で私はここまで生き延びた……感謝している」

「え!?いえ、わ、私こそ何度もお世話になるばかりで、何も返せてないのに……」


横目でクレアさんをそっと覗き見る。

……目が合った。


「……うっ、いや、これは……」

「あの、えーと。そのですね」


お互い苦笑い。クレアさんの頬には赤みまで差している。

全く、何をやっているのだ私達は。気恥ずかしい。


「ここは名探偵アルカナに任せるお!アルカナはアルカナの無実を晴らすお!」

「へーぇ?じゃあその名推理とやらを見せて下さいよ……っておうあっ!?」

「ココッ!……ガツガツ」


……第一彼女はただの淑女ではない。

リンカーネイト王国第二王女にして、次期サンドール王国女王となるお方だぞ?

異国の者、しかも社会的地位は一介の騎士でしかないこの私が……。


「つりあう訳が、無い……」

「え?」


静かに、何でもないと答えを返す。

何時から?……等と言うのは細かい事だ。

これだけの女性と出会えただけでもこれ以上無く幸いだった。

ましてや共に戦っているのがそもそもの奇跡。

これ以上を望める訳も無い。


「最初から咲き誇る訳も無い恋の花、か」

「花?何の花ですか?」


おっと、いかん。口に出していたか。


「犯人が盗んだのはとうもろこしの粉!しかも袋は穴が小さく開いてるだけだったお!」

「ふぅん……それで?と言うかね?盗んだ、じゃなくて"盗んでいる"ですよ?この違い判る?」

「ガツガツ……コケッ!」


「犯人は!ピヨちゃんだお!謝るお!」

「……コケッ?」

「そんなのみりゃ判るだろうが!?」

「オホン……アー、店主さん?そこから先はこのオドが……」


……そうだな。……ああそうだ、良い例えがある。

私にもウィットに富んだ言い方が出来れば良いのだが……。


「向日葵だよ、クレアさん」

「ヒマワリ?ひまわりなんてこの辺にありましたっけ?」


「いや、私にもし似合う花があるとしたら向日葵かも知れないと思いまして」

「ふふ、なんですかそれ。男の人が自分を花に例えるなんて」


いや、実はそうそう間違ってはいないのだ。


「プリーズ。賠償金です、色を付けておきましたので姫様に関しては……」

「あー、判りましたよ。でも大きくなってあの売国奴みたいになったら困ります。教育のほうは」


「イエス……マナ様の二の舞にはさせません。このオド=ロキ=ピーチツリーの名にかけて」

「頼みますぜ本当に」


クレアさんは太陽の国の姫。その存在は彼の国の民からすればまさしく太陽そのものだと言う。

それも、砂漠を照りつける灼熱の火の玉としてではなく、

ここ20年で急速に増えたと言う田畑を優しく照らす天の恵みの化身として。


「……シットダウン!姫様、座ってください。貴方は何が悪いか判りますか?」

「全然判らんお!アルカナ何もして無いお」


「ノンノン……ピヨは貴方のペット。その行動は主君たる貴方が責を負わねばならないのですよ?」

「……それは盲点だお!?」


私は向日葵だ。決して天には届かない。

だがその顔だけは常に太陽のほうを見ている。

無論、太陽が地べたから見上げる一本の向日葵の事等知りはしないだろうがね?


……やれやれ、何を気取った事を考えているのか。

我ながら休暇だからと言って気の抜きすぎではないか?


「ひまわり、かぁ……大使館の庭でブルーが何本か育ててましたよ。ついでに見に行きません?」

「え?そうだな……お姫様、お供いたします」


「ふふ、だったら共に戦ってる時だけでも良いですから、私の騎士様になって貰えます?」

「魔王ラスボスを打倒すれば私は国に帰らねばならない。それまでで良ければ……」


私の言葉を聞いて、クレアさんは嬉しそうに肩を寄せて来る。

そして私達は歩き出した。

気恥ずかしいが、ある意味ありがたい。

……真っ赤になった顔などクレアさんだけには見せられないからな。


「でも、ピヨちゃんお腹すかせてるお……迷惑かけちゃ怒られるから一度お家に帰るしかないかお……」

「イエス!そうしてくだされば……」

「その必要はありませんオド団長……ピヨ君、ヒマワリの種だぞ?」

「コケッ」


「あ、ブルーだお!流石はTASだお。行動に無駄が無いお!」

「こうなると思って種を収穫しておきました。さあ、存分にお遊び下さいアルカナ様」

「ココッ」

「アー、ユー、スペシャル……相変わらず姫様達の事になると甘いですね貴方は……」


二人で歩く街並みは、一人で歩く時とも皆で歩く時とも違って見える。

……魔王を倒した時はこんな時間も失われてしまうのか。


いや、それを惜しんでどうする。

私は勇者シーザー。魔王ラスボスを倒すのが私の使命だ。

故郷の為にも一刻も早く魔王を倒さねばならない。


だが、今日くらいはその事を忘れても罰は当たらないだろう。

大使館の向日葵か。

季節外れの気もするが……いや、この世界ではそうでもないのかも知れん。


「シーザーさん。なんだか……デートみたいですよね」

「……そう言われると意識してしまうのだが……」


何にせよ、精神にも休息は必要だ、と言い訳させてもらう事とする。

たまには綺麗な花を見て、心和ませてもらう事としよう。


「クエスチョン!ところでブルー、なんで花など育ててるのかと思ったんですが……この為に?」

「ええ。向日葵は良いですよ。大きくて見栄えはするし、それに」


「それに?」

「……花の時期が終わって刈り取られても、その実は糧になりますから……きっと」


なお、大使館の向日葵は種を収穫する為に刈り取られていた。

刈り取られたまま地べたに転がされた枯れ果てた向日葵の花。

何とも不吉極まりない。

……私には、それが私の未来を暗示しているように見えるのであった……。

続く



[16894] 21 深遠の決闘
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/23 23:24
隔離都市物語

21

深遠の決闘


≪勇者シーザー≫

人間、いかなる状況にも慣れるものだ。

そう気付いたのはいつの事だったろう。


「よっ、はっ、とう。なのだゾ」

「この罠をかわしながら移動するだけで別料金が欲しい所だ……」


地雷原をステップを踏むように前進し、


「じゃ、お願いしますね」

「了解。クレアさん達は少しそこで待っていてくれ」

「頼むおー?」


振り子の要領で迫る丸太を盾で受け止める。

……気が付けば、これも息をするように自然に出来るようになっていた。

慣れとは恐ろしい。


「そうだお。ハー姉やんから伝言だお。もし今の実力でラスボス倒すならチャンスは今しかないお」

「それは一体?」


その話を聞いたのは、門番であるカーヴァーズスケルトンを盾押しで粉砕し、

更に地下奥深くに潜っている最中の事だ。

もし、そうだとしたら確かに千載一遇の機会なのだが。


「ラスボスの転移門は姉さんの結界により、迷宮内でしかその効果を発揮しません」

「待てよ。じゃああの街にあった門は一体どうなるんだ?金を積んでどうにかなるもんじゃないだろ?」

「良くわかんないけど出口の片方が迷宮にあったから、らしいお……名目上は」


「名目上?」

「そもそも街が罠なら門を開けたのも罠なのら。あり姉やんのお腹は真っ黒黒助なんだお!」

「要するにですね。自力のみでの転移により魔王ラスボスは魔力の枯渇が起きかけている筈なんです」

「けど、時間をかければそれも回復してしまう。生ものや儲け話と一緒で機会も鮮度が命って訳か」


周囲を見渡すと幸か不幸かここまで辿り着いた盗賊風の男達が、

上下運動するトゲ付き天井に幾度と無く押しつぶされていた。

……文字通りの串刺しだ。私も何時かああなっていたのだと思うとぞっとする。

因みにこの区画には一般立ち入り禁止。

ここに人間が居る以上、ラスボスに放り込まれた者達と考えて間違いは無い。


「人間は条約外だから人間を使って攻めようとは、けち臭い事だな」

「そう言うな戦士殿。私達もその穴をついて、こうして戦いに赴いているのだ」


それにしても、祖国の人々を売って自分達だけ良い思いをしていた者達が、

今やただの尖兵として無意味に命を落としている。

奴等とて望んでここに来た訳でもないだろうが……自業自得だ。


私は通路のあちこちに転がるそれを見ながら、

この地で聞いた因果応報と言う言葉の意味をかみ締めていた……。


「そろそろ守護隊が駐屯していた場所か……」

「もう誰も居ない筈だお」


最早この程度の敵には不要だと、無人となった駐屯地から中途リアル迷宮を抜ける。

激戦の跡として所々に血のしみが残るその区画を抜け、無銘迷宮に入った。

……当初はここに辿り着くだけで生きるか死ぬかだった。

変わったものだ。事情も、私自身も。


「……しかし、静かだな……」


変わったといえば、無銘迷宮に入り込んでから敵対者と出会う事が無くなっていた。

暫く前までは、何だかんだでワーウルフあたりには必ずと言って良いほどに遭遇して居たのだが、

その気配すらない。


「罠が無いからナ……食い物すらない賊徒兵はさっさと上に行くし、今や魔物は元々立ち入り禁止ダ」

「そうなると、どうしても無人になる、か」


かつて探索に一日二日と時間を要していたそのエリアを、

地図があり敵がいないとは言え、1時間単位で進んでいく。

時折襲い掛かってくる原生生物にももう慣れてしまっていた。


「……そこっ!」

「お。巨大ミミズなのだナ」

「シーザーさん凄い!一撃で倒しちゃった」

「でかい体の割に脳味噌ちっちゃいからそこを狙われると弱いんだお」

「大した勘じゃないか。ま、楽に稼げて良いがね」

「コケッ」


かつて幾度と無く殺されかけた巨大ミミズも、今となっては迷宮内で遅れをとる事はまず無い。

軽く警戒さえしていればその挙動を察する事が出来るようになったのだ。

……これは大きな成長ではないだろうか?

思えば武具に頼っている部分はあれども兄さんとまともに切り結べたのだ。

この地に来たその時より、私は絶対に強くなっているのだろう。


「あ?転移門がぶっ壊れてる!?勿体無いぜ!?」

「あの街に飛ぶための物だから仕方ないお」

「賊徒兵が万一にもあの大陸に渡らないようにと破壊されたらしいですね」


そして件の転移門に辿り着く。

……ここから先は余り探索が進んでいない。

エゴマキチラース卿を筆頭としたナカマ達と共に潜ったエリアは、

彼らの相手だけで精一杯だったという思い出しかない。

やはり、背中を任すに足る仲間達と言うものはよいものだ。


……背中を任すに足る仲間、か。


「済まないが、今日は少し戻った隠し部屋で休もうと思う」

「だお?」

「そうですね。この先は……あまりまともに探索もしていないし、良い事だと思いますよ?」


わたしは思う所があり、少し引き返して以前の探索で使った隠し部屋に入った。

何だかんだで皆、疲れていたのだろう。

食事をして暫くすると、思い思いの寝床を用意して皆眠りこけてしまっている。


そして私は休憩に入る仲間達を置いて、とある場所に向かったのである。


……。


「木こり殿……私は、薄情だな……」


私は自分自身が作った簡素な墓の前に立っている。

そこは老師と再会した場所。

そしてワーベアのハリー……つまり、木こり殿の成れの果てが眠る地でもあった。

私はあの時何も気付かなかった。

アルカナ君が回収した斧があっても気付かなかったのだ。

気付いたのは魔王が人間を魔物に変える力があると知った時。

即ちついこの間の事でしかない。


「……勇者ともあろう者が、な」


既に人としての記憶は残っていないなかったろう。

だが、その性格や言葉の節々に彼の面影があった。


「とは言え、同時にそれに気付いていたら負けていただろうな……」


逆説的だが、その薄情さ故に私は生き延びたのだ。

我ながら私の理想の勇者とは程遠い。

……所詮は数合わせに任官された騎士にして残り物の勇者と言う事か。


アラヘンの所有する神器・聖剣の類は、

ラスボス出現以降、多数旅立った勇者達に一つづつ与えられていて、

私に与えられたのは最後の一つ……つまり残り物だった。


要するに、私はその程度の期待しかされていなかったと言う訳だ。

幸い攻撃性能はアラヘンの神器でも上位にあたるらしく、

当時の未熟な私でも魔王に傷を与える事が出来たが……。


「我ながら、何とも情けない勇者ではないか!」


思わず地面に拳を叩きつけていた。

不甲斐無い自分自身に殺意すら覚える。


「…………ガ、ウ?」

「!?」


だが、それに対し思いもしなかった反応が返ってきた。

嫌な予感に突き動かされ、唾を飲み込みながら顔を上げる。

……墓の根元から、一本の熊の手が突き出していた。


「ウガ、が……」

「あ、あ、ああ……」


それは段々と地面から這い出してくる。

目は蝋細工のように変質していて、毛皮も所々剥がれかかっていた。

ましてや腹の肉が腐り落ちて背骨が見えているなど、まともな状況ではない。


「……アンデッド?」

「ウガ?……が、あ、あ……」


確認するまでも無い。

それは、死した怪物。

朽ち落ちた肉体に仮初の命を与えられた呪わしい存在でしかなかった。

だが、それは同時に……。


「……ぐうっ!?私は……私はもう一度彼を殺さねばならんのか!?」

「……が、あ……」


ドロドロになった肉体を引き摺ったまま、

ゾンビと化したワーベア……木こり殿は私に構う事すらなく歩き出した。

……何処へ?と疑う間も無く彼は通路の奥、死角になった部分を進んでいく。


「行かねば……」


何処に行くのかは判らない。

だが、私はそれを放っておくと言う事だけは出来そうにも無かった。

取るものとりあえず後ろを付いて行く、

……と、後ろから肩を掴まれた。


「おい雇い主!何勝手に出歩いてるんだ!?」

「戦士殿!?」


「何か顔が青いからおかしいぜと思って付いて来てみりゃこれだ。護衛が難しくなるから自重してくれ」

「し、しかし木こり殿が……」


戦士殿はざんばらと伸びるがままの髪をぼりぼりと掻く。


「どう見ても罠じゃないか!俺なら幾ら積まれたって付いてなんか行かないぜ?」

「……確かに、そうなのだが……」


とは言え、心がはやる。

……常識的判断は判るがかつての仲間に対する贖罪意識が私の心を引き裂かんとするのだ。

やはり、罠だとしても行かねばならん……。


「……ああ糞!その面見れば言いたい事は判る。仕方ない、お姫様達呼んでくるから目印置いてけよ?」

「頼む!」


その言葉を聞いて私は走り出した。

何故、彼が突然アンデッド化したのか。

そして何故私の前で墓から出てきたのか……。

私はそれを確かめたい。


「……あうう……う、が」

「木こり殿……」


木こり殿は何やら行き止まりの部屋の奥に、私に背を向けたまま佇んでいた。

……微動だにしないその姿に私は暫く警戒していたが、

それでも何かがおかしいと警戒しながら近寄る事にした。


「……アンデッド化はそのままか。ここで立ち止まるよう命令があったのだろうが……何故だ?」


木こり殿は答えない。答える知能ももう無いのだろう。

……だが、その答えは意外なところから理解する事が出来た。


「振動……!?」


木こり殿の正面の壁が崩れ落ち、深遠へと続く穴になったのだ。

……魔王軍用の隠し通路だろうか。そう思ってその穴を覗き込む。


「ウガアアアアアアアアアアアッ!」

「!?」


次の瞬間、それが罠である事に私は気付いた。

だが時既に遅し。

壁に向かって立っている木こり殿=ワーベアとその正面の穴。

それを横から覗き込んだ私と言う位置関係だけで判るだろう。

背後から不意打ちで力ある存在に突き飛ばされては抵抗する余地も無い。


「滑り台!?」


視界の先でワーベアが私を押したままの体勢で停止していた。

……この先に何があるのか。

体を捻った私の目に飛び込んできたもの、それは。


「転移門だと!?これでは、避けられない!」


滑り台の先にこれ見よがしに設置された転移門。

私は避ける間も無くその中に吸い込まれていった……。


……。


「……ようこそ、って所かい?勇者さんよ」

「突然の訪問に歓迎痛み入る。それで、これは罠と言う事で宜しいか?」


我ながら何を言っている、と言った所か。

転移した先は分厚そうな壁に覆われた一室だった。

背後では転移門が輝いている。


「ここは、まあお前の故郷の端っこって所か。牢獄だったらしいが、今は俺の巣穴って訳だ」

「……確か、魔王軍四天王、名はナインテイル殿……で宜しかったか?」


その巨大な蠍は重々しく頷いてきた。

厄介な事だ。十分な準備も無いままたった一人で故郷に放り出されるとは。

帰郷は嬉しいが、つまりそれは今の私が孤立無援である事を示しても居る。


「ああ。そうだぜガチガチ!四天王第三席、九尾の蠍ナインテイル様よ!」

「……」


私は無言で剣を構えた。

こうなった以上戦う他あるまい。

……ただし私は今まさに罠に嵌っている最中だ。

せめて周囲への警戒は怠らないようにせねばな。


「おい、流石にそれは俺に対して失礼じゃないか?……心配すんなよ、ここには俺しか居ない」

「……何故そう言い切れる?」


しかしナインテイルはそれが不満なようだ。

とは言え応答しながらも周囲への警戒は怠らない。

その言葉自体が罠である可能性も捨てきれないのだ。


「ん?強いて言うなら俺のプライドだな。他の連中とは違い俺はあくまで武人として四天王をしてる」


武人……となると当然個人戦闘能力は高い筈だ。

どれだけ警戒してもし過ぎると言う事は無いが、

確かに同時に周囲の警戒をしながら相手取れるのだろうか?


「……なあ勇者。お前もハインフォーティンの軍勢は見ただろ?」

「それがどうかしたか?」


「俺はな、10年前も連中と戦って完治までに2年もかかる大怪我を負った……外側だけでな」

「外側?」


内側の傷とは何の事なのか。


「トラウマって奴よ。先日も俺は内心体の震えが止まらなかった」

「それで、それが今回の事とどう繋がると言うんだ!?」


つまり、全力の私を叩き潰す事で自信を取り戻したいと言う事だ。

ならば乗ってやるのも一興だ。

ナインテイルはそれだけ言うと、その名の通りの9本の尾を放射状に広げた。


「ま、誇りを取り戻すため、って所か?……はは。お前を殺せりゃ俺は奴の呪縛から逃れられる……」

「そんな理由で!?しかも何故そうなる!?」


「お前にも判るんじゃないか?戦うしか能の無い奴がそれを否定された時の喪失感はよ」

「……さて、な」


そして次に巨大な両腕の鋏を軽く持ち上げる。

……それは威嚇にしては重厚すぎた。

それは明らかに此方を殺す為の構えだ。


「ま、勝手に付き合ってもらうぜ?なにせ……お前に拒否権は無いからな!」

「……だろうな!」


口の奥には不揃いの牙が並んでいるのが見えた。

……これで蠍だと言うのだから恐ろしいではないか。

だが、同時にチャンスでもある。


「一つだけ聞く。ここでお前を倒せたとして、私が生きて戻れる保障はあるか?」

「あ?さっきも言ったがこれは俺の独断よ……俺に勝てたら転移門で勝手に帰れば良いさ」


……何となく、今回の真相が見えてきた。


「あの転移門……条約後に動かしたのか」

「ああ。顔無しの爺さんに頼んでお前用の釣り餌も用意してもらった……条約?俺は知らねえ!」


その顔には憤怒があった。

その目にはどうしようもない悲しみがあった。

そしてその目にはどこか寂しげな、達観が、あった。


「魔王様が他の誰かに屈する所なんか見たくなかった……俺は、ハインフォーティンが、憎い!」

「それと私とのこの戦いがどう関わるというのだ!?」


私は所詮外様だ。ハイム様にとっては代えの効く駒にしか過ぎないだろうに。


「俺は奴の思惑を僅かでも潰せりゃそれで満足よ!脳筋舐めんじゃねえぞ!?」

「……っ!?」


ズシン、と重い音と共に鋏が振り下ろされた。

しかしまるで鉄塊だ。

こんなのに押しつぶされたり挟まれたりしたらそれだけで終わりではないか!


「つー訳でお前は消えろ!オラオラオラオラっ!」

「うわっ!?」


ナインテイルはその巨体をもって突進してくる。

速いとはお世辞にも言えないが、その重量感溢れる突撃は見ただけでその危険さが判った。


「今度はこちらの番だ!」

「甘い。避ける必要すら無いぜ」


幸い動きは鈍重だ。

私は鋏に飛び乗るとその巨体の割りには小さな頭部に剣を叩き付けた!

まるで刃が通らないのを確認すると、

今度は顔の脇に降り立ち、腕の関節に切りかかる。

……私は飛びのいた。


「……で、感想はどうよ?」

「関節部にすら刃が通らないとはな」


信じたくも無いが関節にまともに入ったはずの剣でさえ、当たり前のように弾き飛ばされた。

もしあそこに後一秒でも留まっていたら、そのまま食いつかれて居たに違いない。

しかし、関節部も駄目となるとどうする?

やはり、あそこしかないか。


「次は、これだっ!」

「……危なっ!」


頭部で赤く輝く両の瞳。

それを狙って突き出した私の剣は重厚な盾の如き鋏に阻まれた。

……やはり、目だけは話が別か。

ならば狙い続ける他無い。


「よぉし、これでお互い狙いどころは分かった訳だ。俺はお前を捕らえられれば良し……覚悟しな」

「悪いが柔らかい部分を狙わせてもらう……遅かれ早かれ当たる相手。覚悟するのはお前だ!」


言葉と共に振り払われた左の腕に飛び乗り顔の前に飛び降りる。


「そう簡単に行くかよコラ!」

「……右ッ!?」


逆の鋏による横殴り。

思わず左に飛ぶと、今度は先ほど振り払われた左腕が、私を捉えるべくその鋏を開いて戻って来た!


「まだまだーーーーっ!」

「こっちもだぜっ!……そろそろ少し気合入れるか!」


攻撃のチャンスの為に逆に攻撃を受けては堪らない。

バックステップを繰り返し距離を取った私に、幾つもの細めの影が覆い被さった!


「俺の尻尾は、狂暴だぜーーーーっ!?」

「こ、のっ!」


四方八方から迫る巨大な針、いや杭の猛攻!

後ろに下がり、盾で受け、体を捻って避けた先に突き刺さるその杭は、

毒液を撒き散らしながら壁に、床に穴を空ける。


「なんて威力だ!?」

「おまけに毒もそれぞれの尻尾で違うんだぜ?中には象を一撃で殺す猛毒もあるからな?」


ある尻尾から放たれた毒液は何とも言い難い異臭を放ち、

また別な尻尾からの毒は周囲の壁に反応して腐食させている。

中には腐りかけた果実のような妙に甘い匂いを放つものまであり、その異様さを更に際立たせている。


「そらそらそらーーーーーーっ!四方から迫る死神に、お前はどう対処するんだ勇者さんよーーっ!」

「ぬっ!ぐっ!……はあっ!」


次第に攻撃の精度があがっていく。

こうなれば、覚悟を決めねば。

そう思い、私は足を止めた。

ここぞとばかりに迫る尻尾が、私に一斉に殺到する!


「覚悟決めたのかよ?へっ。所詮は、その程度かあああああああっ!」

「おおおおおおおおおおおおっ!」


私が待っていたのはその瞬間。

逃げられないように一斉に迫る尻尾……それはつまり、敵の武器が一点に集まる事でもある。

私はそれを見るや、盾を構えて一気に回転した。

……さあ、鍛錬の成果を見せる時だ!


「これが私の……回転防御だ!」

「盾持って回っただと!?何でそれだけで俺の尻尾が悉く弾かれ、いなされてくんだよ!?」


要は私自身に当たらねば良いのだ。

そして私はその方法として回転切りの軌道で盾を構え、敵の攻撃のベクトルをずらす事を思いついた。

弱めの攻撃なら弾き、強い攻撃でも直撃をさせないための防御技法。

そして、


「更に……それに回転切りを重ねる!」

「!?」


二回転目は剣を前面に押し出した回転切り。

弾かれるほどに軽い攻撃なら届く事は稀だが、いなすのが精一杯だった強力な攻撃ならば、

文字通り手が届く位置にまだ残っている。


「攻防一体!二段回転撃だぁっ!」

「うぐっ!?俺の尻尾がーーーーっ!?」


特に太い尻尾三本が毒腺の部分から切り裂かれ、地に落ちる。

尻尾そのものに当たった部分は弾かれた。

……意外な事だが毒腺は脆かったのだ。


「ちいっ……毒を扱う為に毒腺が脆い事を良く見抜いたな」

「……」


私は黙って剣を構えた。

実は偶然だった、等と言える訳も無い。


「けど、考えが足りないぜ?……良く自分の姿を見てみろ」

「……ん?これは……!?」


雫が落ちる音がする。

何処から?

私の鎧から……。

と言う事は!


「へっへっへ。被ったな?俺の毒液をまともに食らったな!?」

「……!?な、なんだ!?」


幸か不幸か、先ほど周囲を腐食していた毒腺は破壊していない。

だが、未知の毒薬が私の体を蝕んでいく。

……これは、何だ?


「えーと。砕かれた毒腺はこれ、これ、これ……で、お前が被ったのは……これか」


ナインテイルは自分の頭上に掲げた九つの尻尾を見てニヤリと笑う。

その内三つの毒腺は破壊されていたが、本体にはまるで堪えないようだ。

……そして、私が受けた毒の種類を確認し、更にもう一度笑う。


「運が良いのか悪いのか……同時に破壊された麻痺毒と睡眠毒は上手くよけたみたいだな?」

「当たっていたらその時点で終わりか……で、私が受けたのは何なのだ?」


「ある意味最悪の毒だ。痛覚過敏化……意味が判るか?」

「……それだけか?」


ナインテイルの顔色が変わった。

明らかに怒っている。


「……何も分かっちゃいないな……その報いは手前えの体で受けやがれーーーーっ!」

「!?」


そして、ドシドシと足を小刻みに動かしたかと思うと、両腕を広げて一気に距離を詰めてきた!

9本の尾も毒腺の有無に関わらず、再び私に一斉に迫る!

口は大きく開き、不揃いな牙が一本一本己の意思を持つかのように蠢いている。


「……これを、かわせるかよーーーーーっ!?」

「避けきれ、いや避ける場所が無い!?」


その時、何故か先日の兄さん達との一晩の事が思い出された。

酒を浴びるほど飲み、久々にお互いの事を語り合った。

リンカーネイトの国王陛下も……ああ、そうだ……そう言えばその時、


「おらあああああああああああっ!砕けろやああああああああああっ!」

「…………!?あ、アガアアアアアアアアアアアアアッ!?」


その時、私は全身が弾け飛んだような錯覚に襲われた。

おかしい、おかしいぞこれは。

確かに痛みは倍増されているのだろう。

だが、倍なんてものではない。

何故なら、今回のこの感覚は件の初見殺しの時に受けたあの衝撃と同じ……!


「どうだ?壁に押し付けられただけ……精々ワータイガーの体当たり程度の威力だぜこれは?」

「……」


ぱくぱくと、陸に上げられた魚のように口が動く。

肺に空気を取り入れようと必死に喉が動く。

だが……それは叶わない。

何故なら、既に肺にははちきれんばかりに空気が溜め込まれているからだ。

それでも、それでもそうせざるを得ないほどに……私の感覚は狂わされていた。


「どうだ?痛覚を限界まで過敏にされた気分は……今のお前は軽く小突かれるだけで死ねる状態だぜ?」

「……ごはっ……」


続いて鋏で叩き潰された。

挟まれなかっただけまし、と考えられるとは私にも余裕が残っているのか。

それともただの現実逃避か……。


「そして、俺の毒腺には一本だけ毒が無い奴がある……これだ」

「……う、ぐ、が……」


必死に見上げると、その尻尾だけ毒腺の形が違う。

いや、あれは……、


「ま、見ての通り針と言うよか槍の穂先だな……と言う訳だ、食らえ」

「……!?」


続いて鎧を容赦なく突き抜けて、鞭の先に付いた槍の穂先とでも言うべき物が私を貫く。

確かに痛い、先ほど同様余り経験の無いレベルの痛みだ。

普通ならばその痛みだけで即死するに違いない。


「一本だけ毒が無い、という毒だ。偽りの希望とか言う奴かもな……まあ実際は一番痛いんだけどよ」

「ふ、ふ……ふふふ……」


だが、隙は見えた。

……いける。何も判っていないのはナインテイルのほうだ。

それに気付いていないなら、私にも勝機はある!


「……へえ、流石は勇者。まだ立てるのかよ」

「無論だ!私は勇者シーザー……この程度でへこたれては居られん!」


突き出された腕を盾を構えて正面から迎え撃つ。

勿論巨大な大蠍の腕力に人の身の上で勝てるはずも無い。

だが、その一撃をいなせれば、体勢さえ崩さなければ私にも……!


「盾で受けるってか?狂ったか。俺の攻撃を受け止めた衝撃だけでもショック死するレベルだぜ?」

「同じだよ!同じなんだ!」


盾に重みを感じた途端、

それは全身の細胞一つ一つに剣を差し込まれたような激痛へと変化する。

先ほど同様、普通なら即死するレベルの痛みだ。

いつかアルカナ君と一緒に落とし穴に落ちた時、地面にぶつかった時の痛みと同等か。


「だから、同じ……どれだけ痛くとも痛いだけならば、傷の多寡でどうすれば良いか決めるだけだ!」

「正気か!?普通死ぬぜ?」


傷の痛み?それがどうした。

死ぬほどの痛み?食らい慣れた。

重要なのは体を動かし続ける為に損傷を最低限に抑える事。

……痛みなどは本来警報に過ぎない。


「はああああああっ!」

「動きが、鈍くなる筈なんだ……普通は、もう、倒れてる筈なんだぜ!?」


痛みなどに負ける余地は無い。

敵から与えられる苦痛の中でも、肉体的な苦痛に屈する余地は無い。


知らずに虐殺を行った。

気付かずに戦友をこの手で討った。

実の兄を敵とした。

この一年にも満たない時間で……これ以上無いほどの汚名に塗れた。

その心の痛みに比べれば、戦場での苦痛など語るに及ばない!


「この一撃を、受けろーーーーーーーっ!」

「……いやむしろ、動きが……鋭く?冗談だろ!?」


毒腺が体を掠める。

針を無くした尻尾が鞭のようにしなり、私に叩きつけられる。

その一撃一撃が意識をもぎ取ろうと死神の鎌を構えて来る。

だが、そんなのは関係ない。


「ちっ!ちょこまかと!」

「……チェックメイト」


背を這い回り、鋏を掻い潜り、遂に頭部の上に立つ事に成功した。

狙うは赤々と輝くその瞳。

下向きに構えた剣の切っ先がナインテイルの瞳を捉え、吸い込まれていく。


そして、

剣の刃先が、

砕け散った。


……。


「……か、は……」

「ふう。良いところまで行ったなぁ……だが、根本的に間違ってるぜ?」


私は腹に数箇所の穴が開いた状態で転がっていた。

剣が砕けて一瞬呆然とした所に四方から来る毒針に貫かれたのだ。

咄嗟の防御で直撃は3箇所に収まったが、それでも全身が異様に震え、

まるで真冬に裸足で歩いているかのように寒さが背筋を駆け上がってくる。

だが段々と寒さを感じなくなっているような。

……これはまずい。


「俺の目の硬さは他の部分以上でな……」


もしや、麻痺毒が全身に回っているのか!?

……いや、まだ体は動く。


「へえ。まだ立てるのかよ?」

「……どうやら体が動かなくなる系列の毒ではなかったようだな……」


幸いにも体の動きにはまだ支障は無い。

全身が震え、痛覚は未だ過敏なままだが……体が動くなら何の問題も無い!

……しかしあの鉄壁の守りをどう崩せばよいのか……?


「無駄無駄。どんな攻撃も効かなきゃ意味が無いんだぜ?ガチガチ」


鋏を鳴らしながら挑発を続けるナインテイル。

確かにそうだ。現在の私に奴の装甲を傷つける武器など……そうだ!武器では無いなら!?


『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!火球(ファイアーボール)!』

「残念だったな。その程度じゃ俺の殻に焦げ目も作れないぜ?」


起死回生にと放った火球も空しく弾かれた。

あの未熟だった頃ですら、魔王に傷を付ける事が出来たのになんと言う体たらくか。

……魔王!?


「そうだ……思い出せ、魔王ラスボスと最初に戦ったあの日の事を!」

「ほう?何か手があるのかい?俺としてはもう少し粘って欲しいんだがよ?」


そうだ……私には聖剣があるではないか……!

と、ここまで考えて気が付いた。


「……聖剣、部屋に置いたままだ……」

「ちょっと待て!聖剣の一本も無しで魔王様と戦うつもりだったのか?ふざけんな!舐めるなよ!?」


ナインテイルの怒りもある意味もっともだと思う。

ただ、この数ヶ月の戦いの中、

いざと言うときまで聖剣には頼るまいと誓ったあの時から、

私は務めて聖剣に頼らないように、そして考えないようにしていた。

……まさかこの大事な時にまで持って来るのを忘れるほどになっていたとは……!


「それに……考えてみればここ暫く手入れもしていない……」

「おいおい、勇者!?何考えてるんだよ!?」


厳密に言えば例のマケィベントでの一ヶ月以来だ。

帰って来てからも部屋に戻ればすぐ寝てしまうと言う生活を送っていたため、

もしかしたら今や蜘蛛の巣が張っているかも知れない。


しかも……そう言えば寝る前には何時も何となく話をしていた気もするが、

何時も半ば寝ぼけながらだったような……これは、もう……。


「……下手をしたら聖剣から見放されているかも知れん」

「……まぢで?」


先ほどとは違った意味で滝のような汗が垂れる。

背筋が震える。

……あの世界に落ちてから何回めかの致命的な失態だ。

本当にどうすれば良いのか!?


「ふざけんなよ!最後の最後まで俺達を馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがってっっ!」

「う、うわああああああああっ!?」


その時私は見た。

ナインテイルの瞳から涙が零れるのを。

……彼の魔物もまた武人であり、主君を想う忠臣だったのだ。

戦争に敗北し、敵の温情で生かされているこの状況がそもそも許せなかったに違いない。

そしてその上に私のこの体たらく……その怒りはもっともだろう。


「今すぐ死ね!死んで魔王様と俺達に詫びろっ!……畜生!これも奴の計算なのかよ!?」

「うあああああああああっ!」


物凄い勢いで敵の両腕に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた所に鞭のようにしなる尻尾が、

嵐のように叩きつけられる。


「これが……俺達に対応する勇者だってか!?ふざけんな!舐めんな!消し飛べ!」

「お前がナ」


……その時私は聞いた。

ナインテイルの装甲を吹き飛ばす爆音と、頼れる仲間の声を!


『竜王の名の下に!来たれ!酸の雨よ!』

「ピヨちゃんは洞穴の前でお留守番だお♪帰り用のロープの端っこを握ってくれてるんだお!」

「まだくたばってないな雇い主!」


敵の猛攻から解放された私を少々乱暴に引き起こす戦士殿の腕。

目を開けるとフリージア殿が構えたロケットランチャーとやらが煙を上げ、

クレアさんの呼び寄せた雨が、何故かナインテイルの装甲を溶かそうとしていた。

アルカナ君は薬らしいビンを私の口に突き刺そうと悪戦苦闘している。


「シーザー、飲むお!」

「ごぼっ……助かる……」

「ったく。自殺志願者かよ今回の雇い主は」

「違います。シーザーさんは戦友を見捨てる事が出来なかっただけです!」

「惚れた弱みだゾ?やれやれだナ……」


そして、私は。


「お酢だお。体に良いお!」

「ぶはああああああっ!」


盛大に噴き出した。


「シーザーさん!?アルカナ、何て事するの!」

「だおだお♪勝手に罠にかかる阿呆にはお灸を据えとけってブルーが言ってたんだお!」

「無難だな。勝手に死なれちゃ俺の給料にも響く」

「ああ、そう言えば数日前に何か話していたナ」


……言われて見れば、いや言われるまでもなく今回の危機は私の独断による失策だ。

ブルー殿の呆れ果てる顔が目に浮かぶ。


「それと。おとーやんとのお話を思い出せって言ってたお!重要事項だそうだお!」

「……え?」


そう言えば、さっき思い出しそうになっていた事がある。

兄さん達と飲んだあの晩、皆が寝静まった頃に私は国王陛下に首根っこを掴まれた。

そして、例の射的屋の奥に連れて行かれて……。


「く、糞っ!不意打ちとは卑怯じゃねえか!」

「やかましいゾ。あれだけ大仰な罠で釣っておいて何を言っているのダ?」


……ナインテイルが目を覚ましたようだ。

先ほどのクレアさんとフリージア殿の攻撃で黒光りする装甲には所々ヒビが入り、

毒腺もほぼ全てが破損し針そのものはともかく毒は全てが流れ出てしまっている。

だが、その目に宿る闘志はそのまま。

いや、むしろ強くなっているようにも見えた。


「はっ。まあ、ハンデとしちゃ丁度良い……全員纏めてかかって来いや!」

「よし、まだ弾はあるからナ。文字通り蜂の巣になるがいいゾ」

「次は武器庫から爆弾を召喚します……シーザーさんを苦しめたその報いを受けよ!」

「高い給料貰っといて何もしない訳にもいかない……とりあえず前で防御固めとくか」

「アルカナはお歌を歌うお!」


……だが、私はそんな皆を手で制した。


「いや、ここまでで十分……後は私に任せてもらえないか?」

「だお!?殺されかけておいてまだ一人でやる気かお?」

「だから!死ぬ気か雇い主!?」

「装甲にヒビは入ったが、その刃こぼれ剣で貫けるほど甘い装甲じゃ無いと思うゾ?」


仲間たちは一斉に危険だと声を上げる。

だが、ただ一人だけそれに異を唱える人が居た。


「……いえ。ここはシーザーさんに任せましょう」

「おねーやん?」

「馬鹿言うナ!シーザーを信じたいのは分かるけどナ!?無茶と無謀って物があるのだゾ!?」


「確かにそうだと思うけど……シーザーさん。切り札を思い出したみたいだし」

「ああ。そう言えばクレアさんもあの日一緒に居た筈だな」


クレアさんが皆を手で制し、私は一人ナインテイルの前に歩き出す。

……痛覚過敏化はまだ解けてはいない。

だが、それでもやらねばならなかった。


「……私は、勇者としては何処まで行っても半人前だ」


それは独白。

そして、ある種の懺悔でもあった。


「何も出来ず流れ着いた場所で、人の好意に甘えて生きてきた」

「それは違う!違うんですシーザーさん!」

「……いや、ちょっと黙って聞いてやれ、姫様」


手に持つ剣は伝説の聖剣ではなくただの剣。

纏う鎧は紛い物で、頼りの盾は貰い物。

敗北と勘違い。そして愚かな独断先行を繰り返し、

それでも生き延びてここに居る。


「誇りか……私もそれは失って久しい。無礼を承知で言うが、お前の気持ちは判るぞナインテイル!」

「だったらあんな体たらくするんじゃねえ!伝説の武具に蜘蛛の巣たからせる勇者が何処に居る!?」


まったくだ。

そして今も戦友の遺体に引き摺られ、見え見えの罠に引っかかる始末。

……けれど、それもそろそろ清算しても良いのではないだろうか。

勇者の名誉だけでなく、誇りを取り戻すために足掻く時が来ているのではないだろうか。


「フリージア殿。蟻の一穴の確保、感謝する」

「うん。だがそれだけで勝てる相手では無いと思うゾ。気をつけるのだナ」

「フリージアの勘は当たるから気をつけるんだお!」

「シーザーさん。偉大なる我が父、カルマの加護があらん事を」

「ここで死んでも料金は通常どうり貰うからな?死ぬんじゃ無いぞ雇い主!」


ああ、勿論だ……勝ち目はある。

いや、最初から勝ち目はあったのだ。

ただ、私自身がそれに思い至らなかっただけで。


「では、行くぞ……」

「良い面構えになったな!……へっ。死ぬには良い日だぜ勇者!?」


鋏がガチガチと音を立てる。

鞭のような9本の尻尾が風を切る。

そして爛々と輝く赤い瞳を正面から見返しつつ、私は叫んだ!



『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』



その宣言と共に、一瞬の内に全身に力が沸き上がる。

……一歩前へと踏み出す。

想像よりずっと先に体が進む。


「出過ぎだぜ!迂闊すぎるぞ!?」

「そちらがな」


突き出された鋏、その先端が私を襲う。

だが、私は盾で受け止めた。

……そしてそのまま前進する。


「なっ!?俺が、俺が押し負けただと!?」

「おおおおおおおおおっ!」


敵の鋏を腕ごと持ち上げ、その下を前進する。

押さえつけようとするその力を、技巧ではなく腕力で撥ね退ける。

人知を超えたその力が他ならぬ私の体から出たとは正直信じられなかった。


「何を、何をしやがった!?」

「国王陛下は約束を守って下さった。それだけの話だ!」


初めて出会った時、国王陛下は私に魔法を授けると共に、

私にまた出合う時があったら次なる魔法を授けると言い残された。

そして、再び出会ったあの日。

その約束どおりに次なる力を私に授けてくださったのだ!


「くっ!こ、このっ!?」

「甘い!」


突き出された槍の穂先のような毒無き毒腺を、

私は脇で受け止め、そのまま握りつぶした。


桁外れの腕力を術者に与える"強力"(パワーブースト)は、

正面戦闘を好む私との相性が極めて良かった。

増強された筋力は、力強さだけでなく速さをも与えてくれる。


「……は、ははは……何だよ。何でいきなり強くなってるんだ!?」

「自分でも詳しくは判らん」


あの日。酒に侵された頭は完全に寝ぼけていて、私はその時の事を先ほどまで完全に忘れきっていた。

だが、一時的に瞬発力、持久力共に神がかった力を発揮できるようになる。

それだけは確かなようだった。


「当たれ、当たれ!……当たれーーーーーっ!?」

「遅い!」


先ほどまで私は敵より明らかに劣る身体能力を必死に埋めるための戦いをしていた。

だが今は、その立場は逆転している。

そして、技量の上で私はナインテイルを上回っているようだった。

直撃さえ受けなければ、最早負ける事はありえない!


「さて、と」

「……くっ!」


そして、敵の猛攻をかいくぐり、受け止めつつ私はナインテイルの眼前に立った。

……問題はただ一つ。

私の剣でどうやってこの装甲を破るか、と言う事。

先ほどの攻撃で、剣はその切っ先を失っている。

しかし、だ。


「ナインテイル!今やお前の装甲にも亀裂が走っているぞ!」

「……そんななまくらで、ヒビが入っていようが俺の装甲が抜ける訳が無い!」


結論から言うと、ナインテイルの言葉は正しかった。


「どうだ!ヒビが入ろうが関係ない!俺の装甲は誰にも抜けない!ただ、魔王様を除いて!」

「今さっきフリージア殿に抜かれたばかりだろうに!」


もし、これが聖剣だとしたら。

そうでなくとも硬度が同等であったのなら結果は違ったのだろう。

だが、私の剣はヒビの入った装甲に叩きつけると同時に無残に折れて飛んで行った。

……そして床に金属質の音が響き渡る。


「甘いんだよ!そんな柔な鋼の剣なんかじゃ俺を殺せやしない!」

「……そうか」


だから、私は。

今や最も信頼する武具を高く掲げ、振り下ろした!


……。


≪それから数時間後の同所にて≫

……不気味な、そして沈痛な沈黙が周囲に広がっている。


「何故だ。何故死んだ。ナインテイルよ……何故こんな無残な姿に?」

「魔王様……!」

「この折れた剣は、シーザーの?」


その場に立ち尽くすのは魔王ラスボス。そしてその側近達である。

彼らは急報を聞きつけ、この地にやって来ていた。


「奴の鎧を、奴の殻を打ち破れる人間が居る訳が無い。ハインフォーティン、早速約定を破ったか!?」

「いえ。魔王様……信じられませんがヒルの息子達の証言があります」

「それに、この散らばる残骸は他ならぬシーザーの装備……」


百を超える共を連れているものの、口を開くのは四天王クラスのみ。

ただの魔物達は恐れて居たのだ。魔王の逆鱗に触れるのを。


そして……屍と化した四天王第三席ナインテイル。

その亡骸は全身の装甲にヒビが入り、

頭部を鈍器のようなもので叩き割られると言う凄惨なものであった。

……ただ一つ救いがあるとするなら、残った顔に安堵のような安らかな雰囲気が感じられる事か。

絶叫を聞きつけ駆けつけたヒルジャイアントの息子達に、彼は簡素な遺言を残し息を引き取った。


【最後の反撃の機会を逃した気分だぜ……魔王様に、すまねえ。と伝えてくれ……】

【何言ってんだよ大将……】【何で寝るの?まだ朝だよ?】【死んじゃ嫌だよ】【そんなぁ……】


これが魔王軍四天王第三席、九尾の蠍ナインテイルの最後の言葉だったと言う。


「弱った装甲を打ち破られたか!?勇者め、忌々しいが奴も中々やる!」

「いえ……それが鈍器で叩き割られた跡にはヒビが殆どありません」

「信じられないがシーザーは、無傷の頭部装甲を一撃で貫いた事になる……」


「人間どもの腕力で出来る訳が無い!デスナイト、弟の事とは言え贔屓目をし過ぎではないか!?」

「ではこの陥没跡をどう説明するのだドラグニール殿は!?」


「よさんか!我の配下同士での私闘はこれを禁じる!」

「「ははっ!」」


魔王ラスボスは転移門に目を向けた。

……そしてそれを一瞥すると問答無用で破壊する。

そして死んだ側近の名を呟き重々しく溜息をついた。


「……勇者を迎え撃つ為の舞台を用意していた所だと言うのに……お前の穴をどう埋めろと言うのだ?」

「その、よってたかって……が気に入らなかったのでは無いか?」

「無礼な!魔王様の方針に異を唱えるつもりかデスナイト!?」


肩を落とす魔王の内心を推し量れる者はこの場に居ない。

ナインテイルを近くに墓地を作って埋葬するように命を下すと、

魔王は再び第三魔王殿に戻ろうと飛び立った。


「ゴート。それに教授、グリーン……魔王様を見守ってくれ。魔王軍は私が必ず守り抜いてみせる……」

「落ちぶれたものだな。だが、一度誓った忠誠は反故には出来ん……シーザー……私は……!」


そして、残る四天王もそれぞれの思いを旨に帰って行く。

その姿にかつての覇気は無く、魔物たちは否応なく魔王軍の斜陽を思い知らされつつあった。

……それを見てヒルジャイアントのとある息子は思う。


(勇者は急に強くなったみたいだ……あいつを倒さないといけないよね)


盾の角で打ち破られ息絶えた……父親代わりだった鉄蠍を見ながら、

かつての四天王ヒルジャイアントの息子は巨大な軟体をくねらせる。


(……でも、どうすればいいんだろう……?)


だが巨体に比べて小さなその脳味噌では効果的な策を思いつく事が出来ず、

いつしか彼はそれを考える事をやめていた。


(ま、考えても仕方ないよね。きっと魔王様が何とかしてくれるよ)


……それが彼らの最大の弱点だと気付く事も無く。


「あ、朝焼けだ……綺麗だよね……と僕は思う」

「えー。そうかなぁ?」

「私はどんより雲とか湿気の多い天気が好き」

「僕も」


荒れ果てた大地を照らす朝焼けは、ただひたすらに不吉な空気だけを運んで行く。


……。


魔王殿と名を変えた旧アラヘン王宮に戻っても、

魔王ラスボスの顔色が改善される事は無かった。

後任を決める為の会議でも、その言葉に切れは無い。


「魔王様。ナインテイルの勝手な行動は今までの武勲をもって是非帳消しにして頂きたく」

「うむ……しかし、我の配下には最早次なる四天王に推挙できる者は残っておらぬ。どうすれば……」


ともかくこうして魔王軍四天王にヒルジャイアントに続く空席が生じた。

だが……魔王ラスボスが次なる四天王を指名する事は、遂に無かったのである。

この日より、魔王軍の軍編成には櫛の歯が欠けるような欠員が目立っていく事になる。

魔王ラスボスの威信も衰え、散発的な内乱も起こり始めた。

……その惨状は、まるで目に付く畑を荒らしつくした後の蝗の群れの末路にも似ていたと言う……。

続く



[16894] 22 最後の特訓
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/26 12:14
隔離都市物語

22

最後の特訓


≪サンドール次期女王 クレア・パトラ≫

私は今、首吊り亭地下49階の89号室……シーザーさんの部屋に居る。

眠っているシーザーさんの頭に濡れたタオルを載せている。

……あの戦いから三日。

シーザーさんは帰り着くと共に昏倒し、

まだ、目を覚まさない……。


……。


軽く魘されながら眠り続けるシーザーさん。

額の温くなったタオルを取替える。

……熱があった。


「お薬、持ってきますね」

「……」


姉さんの見立てでは、魔力の枯渇を起こした為との事だった。

けど、それだけじゃない。

猛毒を受けていたし、体はボロボロ。

過労も体を蝕んでいただろう。

肉体の不都合を精神力で押さえ込んでいた所へ魔力まで枯渇。


「そりゃ、倒れるよね……シーザーさん、無茶しかしないから」

「あ、くーちゃん」

「魔力回復用に魔王の蜂蜜酒持って来たでありますよ」


「姉さん達有難う!お金は必ず後で払うから!」

「あ、これは、ハニークインからの、ぷれぜんと、です」

「"身内に金は要らないのですよ"との事であります」


……貯めていたお小遣いを使い切るつもりでアリサ姉さん達に頼んでいた"魔王の蜂蜜酒"

これは古来より歴代の魔王に愛されてきたお酒で、魔力を即座に全快してくれるのだと言う。

現在ではその製法を伝えるのがハニークイン姉さんだけだと言う話で、

その値段は一杯(一本ではない)で金貨が何枚も吹き飛ぶほどとの事だった。


「ハニークイン姉さんにもお礼を言わないと。無理言っちゃったし」

「"気にする事は何も無いのですよと伝えて欲しいのですよ"って言ってたであります」

「ハニークインも、くーちゃんのこと、しんぱいしてる、です」


……三年先まで予約で埋まっていた物を無理やり横取りする。

これはお客様、それもこれを買えるような上客……に対する無礼以外の何物でもない。

でも、それでも私はシーザーさんに早く良くなって貰いたかった。


「村正おじさんがせっかくシーザーをお祝いしに来てくれてるんだし、会って貰いたいよね」

「おいわいだけ、かわりに、うけとっておくのも、ひとつのて、です」

「駄目でありますよ。名誉って奴は本人が直接受け取らないと効果半減でありますから」


軍用マナバッテリーの都合が付かなかったのは痛いが、何とかなるだろう。

魔法を使えるようになったとは言え、シーザーさんは普通の人間だ。

私達のように自然に魔力が回復するような事は無い。


そこまで分かっていて時間も有ったくせに、調達に時間のかかる物資を手配していなかった私のミス。

母さんならこんなポカはしないんだろうなと思いつつ、

市外に出回っている民生用のもので一番魔力保持容量の多いラインナップを思い浮かべる。

その中から副作用のあるものを除外し、カタログにある材質から一番頑丈なものを見繕った。

価格については一切気にしない。

何せ、向こうに行ってから何かあっても助けは来ないのだ。


アルカナは殺されても死なないし、私の場合はいざとなったら姉さんを召喚できる。

条約違反にはなるが、

そこまでしなくちゃならない時は姉さんの事だ、後腐れなく全てを焼き尽くしてくれるだろう。

……でも、それをしたら絶対にシーザーさんは悲しむ。

だからそれはしたくない。


「ところでアリス姉さん?敵方には次の四天王を立てる余裕は無い、って情報は本当?」

「そうでありますよ。情報提供者からも裏付けは取れてるであります」


だったら急がないと。

普通なら、シーザーさんにはゆっくりと休んでもらいたい。

けど、敵の戦力が落ちてるなら話は別。

敵が混乱しているうちにラスボスを討ち取らせてあげたいよ。

……きっと帰っちゃうと思うけど、今生の別れって訳でもない。


「とりあえず、お酒飲ませるんだお!魔力が枯れてるうちは絶対に目を覚ます訳無いんだお!」

「そうよねアルカナ。じゃ、さっそく、と」


シーザーさんに蜂蜜酒を飲ませる。

……あ、目が、開いた……!


「シーザーさん!シーザーさん!?」

「起きるお!寝ぼすけだお!もう朝だお!」

「う、ここは……?」


……。


≪勇者シーザー≫

半ば呆然としながら目を覚ます。

確か私はナインテイルと戦い、辛うじて勝利した後流石に傷が深かったから……。


「そうだ。街に戻った途端に緊張の糸が切れて……」

「三日も寝てたんだお!心配したんだお!?」

「魔力が枯渇した上、過労の症状も出てましたからね」


良く見ると額に濡れたタオルが乗せられていて、

胸の上にはアルカナ君が座っている。

ベッドの横ではクレアさんがじっとこちらを見ていた。


「すまない。心配をかけてしまったようだな」

「本当に心配しました!」

「そうだお!こんな時に限ってハー姉やん達も忙しくて魔法もかけてもらえなくて困ってたお」


顔の前に手を持ってくるとぐっと握り締めてみる。

どうやら動くのに支障は無いようだ。

軽く体を起こしてみる。


「あぶないお!」

「まだ体が本調子じゃないんです。無理しちゃ駄目ですよ?」


そうは言っても、気ははやる。

せめて現状を……。


「どうやら、目を覚ましたようだなシーザー」

「ブルー殿!」

「ブルーだお!シーザーに何か言ってやって欲しいお!」


どさり、と私の腹に放り出される紙の束。

……これは一体?


「洞窟に潜っていた日の分を含めたここ数日分の新聞だ。残らず目を通しておけ」

「これはありがたい」

「流石はブルーね。この量を読むのには時間が掛かる……」

「その間体は休めろって事だお!」


軽く頷いたブルー殿はその上で私の方を見て言った。


「……私からもお前に伝えねばならぬ事がある。最後の特訓は三日後より始めよう。遅れるなよ」

「え?しかし今更何を……それに、そんな悠長な事をしている暇は……」


いぶかしむ私に対し、ブルー殿はそっと新聞の束を指差した。


「その一番上の新聞は、今さっき刷り上ったばかり物だ。読んでみれば分かる」

「……これは!」

「おお。びっくらだお!」


その新聞の一面にはこう書かれていた。

"トレイディア王国軍・駐屯地構築の為迷宮を閉鎖"と。


……。


その二日後の事。私は街の政庁に呼ばれていた。

クレアさんやアルカナ君も一緒だ。


「一体何が起ころうとしているのか……」

「さあ。わたしにもさっぱりです」

「秘密のお話があるらしいお!」


突然の迷宮閉鎖と、それと時同じくして迷宮に列を成して入っていく軍隊。

ただ事ではないのは確かだった。

そもそもこの街はトレイディア王国よりリンカーネイト王国が借り受けている租借地の扱いらしい。

そこへ本来の持ち主であるトレイディア=商都軍が大軍を率いてやってくる事自体ただ事ではない。


……政庁の奥、来賓要の一室に通された私達は暫し待つようにと指示を受けた。

一体何が始まろうと言うのか。


「だお、だお……果物が美味いお」

「もう。食べ散らかしちゃ駄目だからね?」


緊張で喉を鳴らす私とは対照的にクレアさんは涼しい顔をしているし、

アルカナ君に至っては目の前に用意された茶菓子や果物を必死に食べ続けている。

この余裕は……やはり、生まれの差だろうか?

普段はそれを感じさせない方々だが、こう言う時にはやはり身分の差を実感してしまう。


「待たせたで御座るな」

「……(ぺこり)」


暫く待っていると部屋の奥から二人ほどの姿が現れた。

なんと言うか、東西の文化が妙に入り混じった格好をしている。


「村正おじさん!」

「こんにちはだおー」

「二人とも元気そうで何よりで御座るな!」

「……(こくこく)」


どんな方々かと言うと、まず一人は一言で言うなら"青い目のサムライ"といった所か。

袴姿に皮のブーツを履いて、レザーアーマーを纏っている。

その上に豪華なジンバオリを羽織っている……腰の刀は明らかに業物だ。

流石にチョンマゲは結っていないが、代わりに王冠を被って……王冠?


あー……もう一人は更に混沌としている。


髪を所謂ポニーテールで纏めたその少女はその纏めた馬の尻尾のような髪にカンザシを刺し、

曰く有りげな純白のドレスの上に、

噂に聞いただけで現物は生まれてはじめて見るジュウニヒトエを重そうに着込んでいる。

……そしてふわふわと宙に浮いていた。

一言も発しないが、何故か常に口元がプルプル震えているのが印象的だった。


「いやあ、大きくなったで御座るなぁ。拙者も歳を取る筈で御座る!」

「いえ。おじさんもお元気そうで何よりです」

「アルカナも大きくなったお!色っぽくもなったお!」

「……(呆れ)」


さて、現実逃避もここまでにしておこうか?


「お初にお目にかかります。私はシーザー……トレイディア王とお見受けしますが?」

「む!お主がシーザーで御座るか!その通り!拙者が村正……痛っ!?何するで御座るかお菊!?」

「……はぁ……(ぺこり)」

「おじやん。ガーベラが正式な名前で名乗れって言ってるんだおー?」


とりあえず挨拶をしようと立ち上がった私に対し……、

予想通りトレイディア王その人だったサムライは気さくに応えよう……として横の少女にはたかれた。

唖然としていると、その少女はスカートの裾を掴んで優雅に一礼。


「……菊。またはガーベラ……」

「え?あ、ガーベラ殿ですか。これはご丁寧に」

「全然丁寧じゃないお」

「ガーベラ。口元……」


そしてぼそっと一言呟いたかと思うと、クレアさんになにやら言われて口元を隠した。

そして指先でなにやら空中に文字を書く。


「沈黙は金、ですか」

「ガーベラの座右の銘だお」

「母親に似て、思慮深いので御座る」

「……え?生前のおばさんって……そんな人だったかな……?」


そうか。トレイディア王女殿下だったのか。

さて、ここで問題になるのは何故そんな方々が私を呼んだのかと言う事だが……。


「不思議そうな顔をしているで御座るな?」

「……顔に出ていましたか。無礼をお許し下さい、トレイディア王」


「はっはっは!礼儀正しい若者で御座るな!……まあ、そう硬くなるなで御座る」

「はっ」


とは言え、そう硬くなるなと言われても。

リンカーネイトの国王陛下と言い、この世界の王家の方々はどうしてこんなにフレンドリーなのか。

こちらはかえって恐縮してしまうのだが……。


「と言うか。逆に感謝の意を表さずに居ると拙者達の人格が疑われるで御座るよ?」

「……(ごそごそ)」


何を言っているのだろう、といぶかしむ私の目の前にガーベラ姫は一枚の地図を広げた。

これは……何だろう。


「世界地図ね。あ、あの街トレイディア領になったんだ!?」

「……(こくこく)」

「名前もマケィベントで決定かお。いい面の皮してるんだお!」


世界地図!?

しかも、色の塗られた箇所に、あのマケィベントの文字が。

魔王によって名付けられた地名だが良いのか!?

いや、それ以前にどういう経緯でこの国の領土になったんだ!?


「ははは、カルマ殿が手を出しかねていたで御座るゆえ拙者が、ね」

「あんな惨状の土地、面倒見れるのは確かにうち以外じゃトレイディアだけだお!」

「……投資額の回収に何年かかるのかな……結構リスクが高いよね……」

「はぁ……(ふるふる)」


ああ、そうか。魔王の手により何もかもが略奪され破壊された土地だ。

誰があんな場所を欲しがるというのか。

それを跳ね返して領有するには、それは当然"商都"と呼ばれるほどの財力が必要になるか。


「ま、叔父上の新しい領地としては十分で御座ろう?」

「……(溜息)」

「あ、遂にゲンカの村も廃村かお?」

「遂に四つ目か……あのおじさんの領土潰しもここまで来れば才能ね」


何なのだそれは。


「……おじーやんの意見が通ってたらあれがおとーやんになる所だったお!世界的危機だお!」

「魔王討伐すら否定された勇者マナの唯一無二の善行、か……えらい事になる所だったよね」

「はっはっは!まさか国内の新興一族どころかうちの父に話が来ていたとは!危なかったで御座る!」

「…………(こくこくこくこくこくこく)」


部外者の私には全く意味が判らないのだが?

いや、知る必要の無い話なのだろう。

何せ私に先ほどから一つも話がふられて来ない。


「拙者がその話を聞いていたら即刻潰してたで御座る。カルマ殿を敵にする羽目になるのは御免ゆえ」

「間違いなくルーンハイム公とマナ様が商都の財産食いつぶしてたしね……怖いなぁ……」

「因みにその場合、おとーやんが暴走してた気がするお。商都も今頃更地になってたのら!」

「なお、そのばあい、ねえちゃは、けっこんしきとうじつに……じがいするうんめいだった、です」

「て言うか、そうなってたらあたしらが潰してたであります……反吐が出るであります」


「向こうは財産、此方はマナリアの名門の血を手に入れる……それ自体は良い話で御座ろうが」

「……(ガタガタ)」

「家のおとーやんはおかーやんの為にマナリアまで乗り込んでった剛の者だお?」

「地獄絵図になってたろうね、アルカナ……あは、は……」


あれ?今アリスさん達が居なかったか!?

いやあの方達なら何処に居てもおかしくは無いが。

ふむ、しかし国王陛下の王妃殿下への愛は本物なのだな……。


「……などと言っている場合では無いではないか!?」

「ど、どうしたお!?」

「シーザーさん!?」


いや待て、途中から話が摩り替わって私も危うく騙される所だったが……。

今の話からすると、

……あの街を治める予定の方は、とんでもない放蕩貴族なのではないか!?


「……トレイディア王。貴方はまさかあの街を……?」

「ち、違うで御座る!今時海外領土は無いだろととか体の良い左遷だとかは思って無いで御座る!」

「……(だらだら)」

「ガーベラ。汗が滝のように出てるお……」


幾らなんでもそれは無いだろう。

あの街の人々だって……まあ、人格面に問題が無いわけではなかったが、

決して悪人では……悪人では……うん!少なくとも極悪人ではなかった!

流石に潰される事前提で遇される程の事はしていまい?


「国王陛下!私は勇者として」

「……るさい……」


む?聞き覚えの無い声が?

……と、横を見ると……夜叉が居た。


「貴方ねえ?こっちの事情も知らずに何を言ってるのかしら?いい?うちのボンクラ叔父様が今までうちにどれだけの被害を与えてきたら知ってたらそんな甘い物言いなんか出来ないですよ?私のぐー様なんかいっそ殺してしまえなんて言って来るくらいだし。まあ、流石にそれはやりすぎだとは思うけどやっぱりそう言う心配されてる物言いを聞くと愛されてるなーって思うんですよね。うん。まあそれは兎も角、今までカソ・ゲンカ・イシュー・ラークって四つの村や街を治めてきて、結局全部のところで人が居なくなってしまったんですよ。どう考えても施政者失格だと思いません?まったく、住んでた人々が可哀想でなりませんよ。経営者としてはそこそこ有能なのが更に腹立つんですけどね。特に問題なのが逃げ出そうとする人々に矢を射掛ける悪い癖があるんです。全然当たらないのに。まあ、当たらないなら何の問題も無いんですよね。ただ、あの人が当たらないように射た矢って、命中率100%なんですよ。お陰で何人の夜逃げする可哀想な家族が犠牲になったか……と言うか、下手したらカルマの義父様もあの矢の餌食になってた可能性もあったんですよ、恐ろしいことに。そんな事になったらぐー様が生まれてこないじゃないですか。ぐー様の居ない世界に何の価値があると?まったくもう。まあ、正義感が強いのは良いんですが、相手は考えましょうね?幾らフレンドリーって言ってもこちらも長い歴史を持つ名家ですよ?貴方一人潰すのは本来訳無いんです。いや、やりませんよ?ただ此方の立場も考えて欲しいなあって。ええ、勿論貴方が親愛なる義妹の想い人だからですけど。嫌ですよ?こんな事で未来の家族の不興を買うのって馬鹿らしいじゃないですか?そう思いません?」


あ、えーと、これは一体?


「つまり、私が何を言いたいかといいますと、貴方は黙ってこちらの出す物を受け取っておけば良いって事です。リオンズフレアの遠縁なら分かるでしょう?細かい事は良いんだよ、の精神ですよ。王侯諸侯のゴタゴタなんか聞いてて面白いものじゃないんですから。だいたい真っ直ぐな正義が通用するのは個人レベルまでです。それ以上の世界は皆灰色で白と黒に分かれてる事の方が稀なくらいなんですから。嫌になりますよ?普段から嫌味と陰口のオンパレード、そりゃあ人間不信にもなりますって。そこの所いくとぐー様のお家は見ていて清々しい程に王家への信頼感が満ち満ちてて本当にもうスカッとしますよ?流石若い王家だけありますよね。家にもそれだけのパワーが欲しい所ですよ、まあもうすぐグー様が来るんですが。と言うか、私が向こうに行くのかな?ぐー様も跡取り息子だし。まあ、私も頑張ってルーンハイム様みたいに国母とか自然に呼ばれるようになりたいなと。まあその為には人々の暮らしに目を配って部下の不正を見逃さず、されども愛情を持って見守りとか尋常じゃない苦労と努力が必要になりそうですけど旦那様が旦那様だしもし万が一つり合わないとか言われたらショックで死にかねないし、まあ頑張らないとと言う所ですか。あ、そう言えばあのボンクラ叔父様そのルーンハイムお義母様の人生を潰す所だったんですよね、あー、なんか腹立ってきた!…………あ。……あぅ」


嵐のように叩きつけられる言葉。

そしてそのまま固まったかと思うと、ガーベラ様は真っ赤になって口ごもってしまった。

……何なんだろう。本当に


「……沈黙は、金……なのに……」

「我慢する事は無いと思うんだけどなあ……無理しないでねガーベラ?」

「反面教師も大変だお」

「か、肩の落としぶりが尋常ではないのですが、大丈夫なのですか?」

「何時もの事で御座るよ」


余りの急展開に目を白黒させていると、突然トレイディア国王陛下がこちらに向き直る。

何か真剣そうな顔だ。こちらも襟を正して向き合う。


「まあ、これで理解できたと思うで御座るが、おぬしの働きで拙者の国は新たなる領土を得た」


そして、一通の書状を手渡してきたのだ。


「そこで、貴公を我がトレイディアの名誉騎士としたい。是非受け取ってもらいたいので御座るが?」

「……名誉騎士!確かにこれ以上無い名誉な事かと。ですが……」


私の背を冷や汗が一滴流れ落ちる。

それ自体はとても名誉な事だ。

だが、私はあくまでアラヘンの一騎士。他国からの叙勲を勝手に受けるのは不忠に当たる。

だが、かといって世話になったこの国の君主に恥をかかせるわけには……。


「む?どうしたで御座るか?」

「……!?(気付いた)」

「どうしたお?」

「おじさんの馬鹿ぁっ!シーザーさんの立場考えて!今は上司との連絡すら付かない状況なのよ!?」


冷や汗がニ滴、三滴……遂にぽたりと床に垂れる。


「むう。本当にどうかしたでござるか?それに上司と連絡が付かないのが……あ」

「……(冷や汗)」

「だお?だおだおだお!?意味不明だお!?」

「シーザーさん!?気にしなくて良いんですからね?シーザーさん聞いてますか!?」


どうすれば良いのだ。

本当に、どうすれば……!


「そんなの、簡単ですよ」

「本当ですか!?……どなたで?」


すると、それを見かねた見知らぬ方が助け舟を……。

いえ、それ以前に何方ですか?

変わった兜を被られていますが、物腰や装備などからかなりの人物とお見受けしますが。


「祖国に忠誠を誓うというならきちんと断れば良いんです。きっと先方も分かってくれますよ」

「……!(目標後頭部を強打)」

「兄さん?」

「出たお!グー兄やんご用達、人の心知らずな正論だお!」

「いや、立場的に分かっても分かる訳にもいかんので御座るが……」


グー兄やん?

まさか、今ガーベラ殿下に叩かれたこの方は!


「グスタフ王子殿下であらせられますか!?」

「ええ。僕がリンカーネイト王子、グスタフです。はじめましてシーザー。活躍は聞いていますよ」


王子はドンと私の肩を叩いて笑った。爽やかな笑みだ。

少々苛烈な所もあるようだが、不義や不正を嫌う好人物のようだな。

動きの一つ一つから見ても実力者である事は間違いない。

何せ、肩を叩かれた私がそのまま膝を付いて暫く動けないほどだ。

……少しは、手加減して頂きたいものだが……。


「グー兄やん。床にヒビ入ってるお」

「相変わらず加減を知らないんだから」

「いえ、シーザーが怪我をせず耐えられる限界を見切りましたから問題ありません。うん。これなら」

「魔王ラスボスに勝ちうるのは良いので御座るが……ここ、うちの政庁で御座る……」


本当だ。足元にヒビが。

……何なんだろうこの人は。


「建物はまた建てれば良いではないですか。ん?どうしたんだいお菊?」

「……(ぷるぷる)」

「何か言いたそうで御座るな」

「そりゃそうだお……」


そして、響き渡る平手の音。


「馬鹿ーーーーーーーーーっ!どうしてぐー様はそうなんですか!?いや、確かにそうですよ?この程度のヒビなんて補修すれば一日で直せるし、そもそもそれぐらいはした金ですよ。でもそう言う事じゃないんです!大丈夫だから叩いてみるとか、アルカナじゃないんですよ?もしこれで骨でも折っちゃったらどうするつもりなんですかぐー様?いえ、分かってます。私には良く判ってますよ?いざと言うときは幕僚動かして治癒術でも使うって言うんですよね?ええ分かってます。そしてぐー様は全然わかって無い。人の心を理解できないのは仕方ないとして、理解する努力くらいはしましょうよ。巨象だって蟻の群れにたかり殺されるこのご時世ですよ?いやぐー様ならたかられたり体内に入られたりしても、自分で腕を突っ込んで退治するんでしょうけどね。でも、それが出来ない人だって一杯居るんです。それを……」

「大丈夫ですよ。僕はこう見えて強いですから。それに言葉も力も通じないなら罠に嵌めます」

「……案の定分かってないし。流石兄さん、なのかな……?」

「天才を遥かに上回る頭の良い馬鹿だから洒落にもならないお!それにアルカナなら良いのかお?」


……どうしよう。

この惨状、私が悪いのか?

悩んだ私が愚かだったのか!?


「……正直、済まなかったで御座る……」

「え?いえ、此方こそ……」


悩んでいたらトレイディア王が心底居心地悪そうに寄って来た。

そして頭をぽりぽり掻きながら話しかけて来る。


「それで……あの、今日の事は何もなかったと言う事にして貰えるで御座るか?あはははは……」

「た、助かります……」

「シーザー、良かったお?」


正直本当にほっとした。やはり私は忠義を捨てられぬ。

無礼を働かずに済んでよかった。

もしかしたら王子はこれを見越してあんな芝居を打ってくれたのか?

そう考え、グスタフ王子のほうを見るが……。


「どうかしましたか?僕の顔に何か?」

「……それは無いお」

「今日のシーザーさん、凄く分かりやすい……」


違うのか。


「あ、そうそう……それ以外に大事な用件があったで御座る。今後の事なので御座るが」

「そう言えば迷宮の封鎖は何時頃解除されるのですか?」


場に微妙な空気が漂う中、トレイディア王がまた口を開いた。

それに対する私の反応は何気ない質問だったのだが、それを聞いて此方を向く夜叉が一人。

……私は何か悪い事をしたのだろうか?

もしそうなら誰か教えて欲しいのだが……。


「ああ、そうでした。今日の本当の用件はそちらの方でしたね。いいですか勇者シーザー?今の貴方の立場は非常に微妙な位置にあります。ご存知のようにぐー様の姉上様が魔王というには実力の根本的に足りないあの輩と一つの条約を結んだ事であなたと言う一勇者に非常に大きな存在感が出てきたのです。具体的に言えば万が一貴方が負けるようなことがあればそれは即ち姉上様、つまりぐー様の名誉が傷つく事になります。いえ、無論あの方達がそんなちっぽけな事を気にすることは無いと思いますが、周囲は違います。別世界の他の魔王たちがこれ見よがしに馬鹿にしてくるでしょうね。得にあのプリン好きの子供とか対話と称してぶっ飛ばす白いのとか変態機動の一族に何度もやられたこれまた変態機動の転生組とか……まあともかく貴方の働きに遥か天空の彼方に居るようなやんごとなきお方の命運がかかっていると言っても過言ではありません。無論、貴方にそれに関する責任はありませんし気負ってもらおうなんて恥知らずな事は言えません。ただ、私達は勝手に貴方をサポートする事に決めました。今も我がトレイディアの精鋭が、母の残した遺臣達が迷宮内を探索し、目指すべき門を探し出そうとしています。貴方は私達が開いた血路から故郷の城に向かうと宜しい。嫌と言っても勝手に動きます。何故ならそれがぐー様の利益、即ち私達の利益にもなりますし……それに」


そして姫君はそこで一息区切り、にこやかに笑みを見せながらこう言い切ったのだ。


「……私達は商いの民。顧客が居るのならば何処へでも行くのですよ」

「復興の際、物資の調達は任して欲しいで御座る。支払いは出世払いで結構で御座るからね」

「いざと言うときは僕も出ますよ。何せ僕も一応"人間"ですから」

「あ、有難う御座います!」


私の心に光が広がる。

ここに来て、新たなる心強い味方の援護が加わったのだ。

これ以上嬉しい事もそうあるまい。


「……阿呆だお」

「せっかく父さん達が気を遣ったのに……でも、あんなに嬉しそうじゃ指摘も出来ないよね……」


「だお。と言うかグー兄やんが出て行ったらそれだけで勝負有りだお」

「……その場合お城は更地になるだろうけどね……」


ただ、後ろでこそこそと心底心配そうに内緒話をするクレアさんとアルカナ君の姿が、

私に一抹の不安を抱かせてくれたのだが……。


……。


あの後、故郷へ続く道を見つけ次第私に連絡をする事を約束してもらい、

私は宿に戻った。

そして考える。今までの事、これからの事。

……思えば私の人生は騎士になると言う目標から始まった。

魔王が現れ、期せずしてその望みは叶う事となる。

そして魔王を倒すのが私の目標となった。

だが、それを成した後、私は何を目標にするのか?


「……止めた。魔王打倒の後のことなど……馬鹿らしい……そんな事はその時考えれば良い」

【余裕が出てきましたね】


ビクリと震え、部屋の隅を凝視した。

……そこでは聖剣が床で、蜘蛛の巣まで張った状態で転がっていた。

ああ、やはり放置しすぎたのだ。


「伝説の聖剣よ、剣の守護者よ……私は……私は……」

【良く頑張りました。何時もボロボロになってこの部屋に戻る貴方を見ていましたが……届きますか?】


届くか。

それはつまり魔王ラスボスに、その打倒に手が届くかと言う事。

つい先日までは夢物語だった。

いっそハイム様に全て任せてしまえば、とまで思った。

だが、今なら手が届く。

……とある条件さえ満たせれば。


「はい。剣の守護者よ……貴方の助力があれば……必ずや!」

【!……私の出番も、あるのですか!?私など、倉庫の奥で埃を被っているのが似合っているものだと】


聖剣らしくも無い驚きようだった。

……まあ、こんな世界を目の当たりにすればそれも分からなくは無いが、

それでも私の手に収まり得る中で最強といえるのはやはりこの聖剣だ。

この不甲斐無い私に、今での手を貸してくれるのなら、の話だが。

だから私は蜘蛛の巣を払いながら、丁寧に話しかける。


「蜘蛛の巣まで張らせてしまった事、お詫びする……今一度私に力を貸して欲しい!」

【……私にも、まだ出来る事があるのですね?ならば是非も無し!……ただし】


「ただし?」

【私は持ち歩くだけにして、本当に必要な時以外は抜かないように。いいですね?】


……どうやら剣の守護者は私を許してくれるらしい。

私は詫びと礼の両方の意味をもたせて深く頭を下げた。


「感謝する。今この国の兵達がアラヘンへの道を探してくれている。それが見つかり次第……決戦だ!」

【……感謝するのは、此方の方です】


そして私は久しぶりに聖剣を腰に差した。

そっと手を当てるとまるで痺れるような感覚が手に走る。

……いける。これならいける!

私は聖剣を装備と並べると明日のために眠りに付いた。

ブルー殿の言いたい事は何なのだろうかと思いつつ。


【……私のような聖剣が、魔王討伐の主力ですか……運命とはなんと……】


聖剣は鎧のその光を反射させながら、ただ静かに輝いていた……。


……。


そして翌日。

私は約束どおりいつもの射的屋の奥に向かう。

そこで私は、私の持つ力の限界を知る事になったのだ。


「魔力の限界!?」

「そうだ。お前の魔力量ではそう長く"強力"を維持しても居られまい?」


自然回復はしない魔力の特性は知っていた。

だが、その枯渇は初めての経験……いや二回目かも知れない……だったのだ。

何にせよナインテイルとの戦いの中で倒れなかっただけ運が良かったのだろう。

とはいえ、そうも言っていられない。

あの力なくして魔王討伐など、夢のまた夢なのだから。


「で、ではどうすれば?」

「ザンマの指輪でもあれば良かったがそれも無い……ならば体で覚えるしかないだろう?」


そう言ってブルー殿は木剣を構えた。


「……シーザー。これからお前は真剣で来い」

「はい!ですが私は何時も真剣に」


「違う!腰の剣を使えと言っている。あくまで実践本意だ」

「しかし……ブルー殿は木製の……」


流石に無茶な指示だ。だがブルー殿はお構い無しで言う。


「ハンデだ。それで切り殺されるようなら俺はあの人にはなれなかったというだけの話。気にするな」

「気になりますよ!?」


本当に無茶苦茶だ。

切れ味が鈍いとは言え鋼の剣と木剣。

鍔迫り合いすら出来ないではないか?

そう考えていると、額に軽い痛みが走った。


「そんな心配はせめて一本取れるようになってから言え……時間は無い。魔王は待ってくれんぞ!」

「は、はい!」


そしてなし崩しに特訓が始まる。

……多分、私とブルー殿にとって最後の特訓が……。


「良いかシーザー、事ここに至っては学ぶべき事はたった一つだ!」

「はい!」


どう攻めたら良いのかいつもとは別な意味で迷う私の親指の付け根が手酷く叩かれ、

あっさりと剣を取り落とす。

急いで拾い上げると影が私を覆い、


「手加減できる身の上だと思うな!」

「……がっ!」

【勇者よ!彼の騎士の言うとおりです。戦法が似すぎている。攻撃は全て察知されていると思いなさい】


見事に頭部を強打された。

部屋の隅で鎧と共に立てかけられている聖剣が檄を飛ばすが、

本当に真剣で切りかかって良いものか?


「いいか?此方も相応の準備をする。お前は"強力"を使い、その利点と難点を理解するんだ!」

「は、はい!」


私は静かに息を吸い込み……詠唱を開始した!


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

【こ、これは!?】

「我が王国軍の奥義……強化魔法の一つ"強力"……術者に類稀なる筋力を与える!」


強化された脚力で一気に距離を詰め、力強く剣を振り上げる。

……事ここまで来て遠慮するのは逆にブルー殿に失礼だ。

私の鍛錬なのだ。全力をもって打ちかかる事こそ礼儀!


「だが、本人の技能が上がる訳ではないし」

「くうっ!?」

【凄まじい強撃ですが、あっさりと盾でいなされましたね……】


だが、ブルー殿の構えた盾に逸らされた私の一撃は空しく床へと叩きつけられ、


「そして、本人は脆弱な人間のままだ!」

「ぐっ!」


容赦なく木剣の一撃が私の額を叩く。


「更に……分かっているな?」

「効果が切れた時は意識を失う、ですね?」


「違う!それはあくまで魔力切れまで使い続けた時!必要な時だけ使うようにするんだ!」

「ぐっ!?」


更に一撃!


「頼りすぎるな!所詮は底上げ……おまえ自身が強くなった訳では、ない!」

「……っっ!?」


もう一撃!


「……まあ、こうなるな。……では、次だ!」

「!?」


慌てて守りを固めるが今度は衝撃が来ない。

不思議に思って周囲を、


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

「なっ!?いや、使えて当然か!」

【速い!】


……それから後はいつもの如く、いやそれ以前からそうだったが受け一辺倒。

反撃を仕掛けようとすると間違いなくカウンターを受けるので迂闊に仕掛けられない……。


「最後の講義だ……ブースト系魔法の効果は倍率がけ……本人の地力が高いほど効果が上がる!」

「ぐっ、がはっ!?ぎっ!?」


それどころか、普段より差が開いているような!?

満足に受けきる事も出来ないとは!


「当然元々の力量差も倍増する……何が言いたいか分かるな!?」

「は、はい!」


つまり、何処まで行っても自分自身を鍛え上げねば意味が無いのだ。


「お前に増長している暇は無い!驕り高ぶる前に叩き潰させてもらう!心せよ!」

「はい!底上げは我が力にあらず!」


「よし!……では、最後に一度だけ私の……アオグストゥスの本気を見せてやる……生かせよ」

「!?」

【まだ上があるというのですか!?】


何処までも殴りつけられふらふらになりながらも、私はブルー殿の姿を目に焼き付ける。

ここで見せるという事は、私にとって必ず必要となる事なのだ。

我が目よ……活目せよ!


ジッと目を見開く私。

その目の前で……ブルー殿が木剣を、捨てた!?


『人の身は脆く、守りの殻を所望する。我が皮よ鉄と化せ。硬化(ハードスキン)!』
『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』
『疾き事風の如く!……加速(クイックムーブ)!』


ブルー殿の両腕が激しく動き、二つの印を形成する。

先ほどとは倍の長さの詠唱が終わるや否や、印を組み替えまた別な詠唱。

……来


「……これが、我が守護隊の秘奥義だ……!」

「 」


る!?


……。


反応すら、出来なかった。

地面に叩きつけられたような気もするし、天井に叩きつけられたような気もする。

そして気付いた。

ブルー殿が仕掛けてきたのは、私の強力が魔力不足で切れたその瞬間だった事を。

無防備になった全身にくまなく拳が襲い掛かる……いや、これはもう鉄塊ではないか!?

……何故!?


【勇者よ!……勇者シーザー!?】

「心配は無い、剣の守護者よ……気を失っただけだ」


私は一体どうなったのだ!?


【……何を考えているのです?普通は死にますよ】

「死なない程度に加減はしてある」


ああ、世界が真っ白に……。


【もしや憎いのですか?貴方の心からは勇者を心配する心と共に、憎しみもまた感じます】

「ああ、憎い……この不甲斐無いヒヨコ勇者が憎い。姫様をいずれ傷つけるこの馬鹿が憎いさ」


【何故?】

「私の事を知れば、そんな疑問は湧かないだろう……さて、剣の守護者よ」


【何ですか?】

「決戦まではまだ時間がある。それまでシーザーに基礎をもう一度見直すように言っておいてくれ」


【……それで、魔王に勝てると?】

「今でも勝てる可能性はゼロではない。まあ、聖剣よ。お前がその力を全開で発揮すればだが」


眠い……。


【私の事を知っていればそんな言葉は出てこない!私が何故……!】

「知っていればこそ、だ……これにとって、使命を果たせず死ぬのは死ぬより辛い事だと思わないか?」


誰かに指差されているような気がする。


【いいでしょう……で、騎士殿?愚直に基礎鍛錬を繰り返して、その勝率は?】

「……魔王ラスボスに勝てる可能性は……100%だ。間違いない」


そして私はそのまま眠りに落ちていたらしい。


後で剣の守護者に聞いたところでは、ブルー殿は暫く忙しいらしく、

私はトレイディア軍からの朗報が来るまで、

ひたすらに基礎鍛錬と己の魔力量の把握に努める事となる。


【そうですか。では最後に……先ほど言っていた姫を傷つける、とは?……場合によっては】

「……聖剣よ。お前は何処の国の聖剣なのだ?」


【ああ、そう言う事ですか……】

「シーザーは、何処までもアラヘンの騎士だ。それを違えはするまい。絶対にな」


決戦と、別れの季節。

その二つが足音も立てず、私も知らぬ間に迫っていた……。

続く



[16894] 23 故郷への帰還
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/27 22:44
隔離都市物語

23

故郷への帰還


≪勇者シーザー≫

待ちに待った時が来た。

訓練に訓練を重ね早数ヶ月。一日千秋の思いで待ち続けた"朗報"が遂に届いたのだ。

……故郷へ続く転移門、発見。

この報を耳にした私達一行は万全の準備を整え、迷宮入り口の塔の前に立っている。


気が付けば季節は巡り、

私がこの地に来てから既に一年以上の時が流れていた……。


「……長かった……」

「そうかも知れません……でも、これでシーザーさんも王様から受けた使命を果たせますね」

「転移門まではピヨちゃんが荷物持ちしてくれるお!」

「母の仇、ようやく討てるナ……」

「さあて、派手に稼がせてもらうかね?」


私の周りに集うは今回突入する事になっている者達だ。

即ち私こと勇者シーザー。

そしてクレアさんにアルカナ君。フリージア殿。

そしてあれからずっと雇い続けている戦士マルク殿を入れた五人。

これが今回敵陣に突入するメンバーである。


「頑張れよ!俺も遠くから応援してるからよ!」

「出来ればコテツは一緒に突入して欲しかったんですがね」

「……(ふるふる)」

「いや、信頼できない味方は敵以上に厄介。義息よ、今回ばかりはあ奴には荷が重いで御座る」

「だから何時まで経っても定職に就けないのでありますがね」

「まあ、それも、じんせい、です」


期待を背に私達は迷宮へと向かう。


「リンカーネイト王カール=M=ニーチャの名において……汝等に幸運があらん事を、ってな」

「頑張れよ?わらわは遠くから見ている事しか出来んがな」

「「「女神の加護があらん事を!」」」


商都軍があちこちに立ち番をしている中途リアル迷宮を下り、

地下四階の例の場所に出る。


「シーザー……勝てよ。そして……出来れば最善の未来を掴むんだ!」

「……決戦と聞いて激励に来ました……間違っても無様な負けだけはしないように」

「「「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ」」」」」」


そこで私達は予想外の見送りを受ける。

ブルー殿までは予想の範疇。

だが、まさかイムセティ総督まで来て頂けるとは。

豪華な棺から身を起こした彼の英霊は、クレアさんの元に歩み寄ると静かに手を握り締めた。


「我等サンドールの優しき太陽よ。勝敗は兎も角生きて戻る事を期待します」

「ふふ、叔父様も心配性ですね。大丈夫……生きて帰りますから」

「アルカナに任せるお!泥舟に乗った気分で居ると良いお!」

「「「「「ヲヲヲヲヲヲ……(一斉に額に手を当てる)」」」」」


少しばかり変わっているが、姪を心配する一人の叔父がそこに居る。

それにしても、少々心配過剰なほどに心配しているような気もするが。


「クレアはサンドールの最後の希望だからナ……伯父上と王家の血を両方引いてるのはクレアだけダ」

「……そんな大事な方を連れて来てしまって良かったのだろうか?」


思えば彼女の好意に甘えるまま実戦にまで付いて来てもらっているが、

本来はこんな所に居るような方ではないのだ。

……本当に、付いて来て貰って良いのだろうか?


「良いも悪いも無いゾ?クレアが付いて行くと決めたのダ。今更置いてけぼりの方が余程酷いのだナ」

「……かも知れない。ははは、責任重大だ」

「ま、幾らかかろうが守り抜けば良いだけの話だ……上手く行きゃ姫さん達にも箔が付くってもんさ」


他の仲間達は軽く言ってくれるが、こちらとしては気が気ではない。

……ただ、クレアさんたちなしでラスボスに辿り着けるかといったらそれもまた疑問だが。


「シーザー!死線を幾度も乗り越え、絶え間ない鍛錬によりお前の力は遂に魔王に届く所まで来た!」

「はい!」


「俺から言えるのはもうこれだけだ……魔力は最後まで温存しろ!それだけだ!」

「はい!」


ブルー殿から最後の激励が飛ぶ。

だが、実はそれに関してはもう心配要らないのだ。

クレアさんが用意してくれた魔力を貯蔵するマナバッテリー。

これにより私の保有魔力は大幅に向上している。


「最低でも魔王に止めを刺すその時までバッテリーに充填されている魔力が尽きる事の無いようにな?」

「……はい!」


これも想定済みなのか。

だが、何度も言うがブルー殿の言っていた事が間違っていたためしは無い。

それに……出来る限り力を保持しながら進むのは補給の利かない敵地での基本。

ゆめゆめ忘れないようにせねばな。


「シーザー!姫様達に怪我などさせるなよ!?……朗報を待つ!」

「では、名残惜しいですが……クレア、そして皆さん、ご武運を」

「「「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」」」」」」


ミーラの名を持つ英霊達と師である騎士に見送られ、

私達一行は無銘迷宮に侵入する。

……時折商都兵の歩哨に出会い、軽く礼をし合う。

たまにやって来るという侵入する賊徒兵も彼らに討ち果たされ道程は平穏そのものだ。

そして、歩き続ける事三日。(一部の人は空飛ぶ絨毯に乗って移動)

遂に私達は辿り着いた。


「ここが、私の故郷に繋がる転移門?」

「イエス!その通りですよシーザー?」

「あ、オドだお!こんな所に居たのかお?」


「イエス!イエース!これは姫様……相変わらず可愛らしいお姿で」

「だお!もっと褒めるお!」

「……オドが兵を率いて詰めているなんて……向こうはそんなに危険なの?」

「ま、当然なのだナ……多分向こうは罠だらけなのだゾ?」


巨大な広間、と言うか明らかにここ最近大規模な拡張が行われたように見える大洞窟。

その奥まった場所にそれはあった。

……相変わらずの姿を見せる転移門。

そしてその周囲には防壁が築かれ商都軍が配置され、

もう少し手前側には少し狭そうにだが飛竜に乗った騎士団が200騎ほど静かに整列している。


「随分広くしたと思ったら竜騎士団を運用する為かよ……金かかってんな……」

「ノンノンノン……守護隊をここに張り付かせておく訳にも行かないのですよ」

「まあ、今の敵さんならオド達でもやれるお、って事なのら?」

「聖印魔道竜騎士団はルン母さんの兵なんだから、アルカナだけは悪く言っちゃ駄目でしょ?」

「国内第二位の精鋭部隊を貼り付けてる時点で半端な備えじゃないと思うのだナ」


しかも、門の前に整列している兵士も多い。

……まさか……。


「オド殿!まさかトレイディアとリンカーネイトは!?」

「イグザクトリィ!その通り!シーザーの突入と共に商都軍も突撃します!」

「オドは行かないの?」

「行ける訳無いお。飛竜の無い竜騎士団なんてネギ抜きのネギラーメンみたいなもんだお」


説明によると、向こう側で明らかに此方に対する備えがしてあるようなので、

それを数の暴力でねじ伏せるとの事らしい。

この場に配備された商都軍歩兵部隊千二百の内、八百が私達と共に向こう側になだれ込むのだという。

ただし、竜は魔物扱いの為オド殿達は留守番だそうだ。


「OK?ただしその後はあくまで門の死守に務めるのみ……流石に攻め込むと問題が大きそうですので」

「それでも十分すぎる援護です!」

「帰り道があると言うだけで随分気持ちが楽になるナ!」


私達は私の先導の元アラヘン王都に向かい、そのまま魔王との最終決戦、と言う訳だ。

敵兵は多いが、そこについても考えはある。


「……クレアさん、敵兵に梃子摺っている場合ではない。雑魚は任せていいか?」

「うん。任せてくださいシーザーさん!」

「おねーやんの召喚魔法が唸るお!」

「まあ、魔王様も色々とお考えがあるそうだ。シーザーはラスボスを討ち取る事だけ考えれば良いゾ」


……そして、私達は突入前の休憩に入る。

長期戦に備え空飛ぶ絨毯に出来る限りの物資を載せ、

魔物扱いの為向こうに行けないピヨ君と暫しの別れを惜しむ。

装備の状況は良好……。


「では、行こうか!」

「はい!」

「行くんだお!」

「私の対物狙撃銃が唸るゾ!」

「魔王倒せたら金貨百枚は弾んでもらうからな?覚悟しろよ!」


「サーイエッサー!トレイディア王より選ばれし者達よ!勇者達を頼みましたよ!?」

「「「「「「おおーーーーーっ!」」」」」」


私の掛け声と共に八百を超える足音が怒涛のリズムを刻み、洞窟内に反響させながら進んでいく。

駆け出す人の波に飲み込まれるように私達の姿もその波の中に消えていくのだ。


「待っていろ!魔王ラスボスっ!」


そして、私達はその人の波と共に、

転移門へと駆け込んでいくのであった……。


……。


門を駆け抜ける。

人の波に飲まれかけながらも私は空を見上げていた。

……暗い。

何故こんなにと言うほどに分厚い雲が天を覆いつくし、

かといって雨が降るでもないどんよりとした空。

夢も希望も無いその雲行きは、まるでこの世界の現状そのものだ。


「なんか、どんよりしてるお」

「ああ。魔王ラスボスが現れ戦況が劣勢になった辺りからこの国に晴れの日は無くなった」

「っと、思い出話してる暇は無いみたいだぜ!?さあ荒稼ぎだ!」


ふと前方を見ると、小高い丘に防御陣地らしいものが見える。

そこからワーウルフが弓を射掛けてきているのが分かった。

……しかも囲まれているようだ。


「ふん、まあ想定どおりって所かね?」

「違いない……私達は何処を狙うか?」

「アレが良いゾ!」


フリージア殿が指差した先は王都に続く街道だった。

そこには今や廃材で出来た関所が作られている。

……そこには何体かのワータイガー、そして……。


「ドラグニール!?いや、違うか」

「リザードマンかお?」

「ううん、多分アレがドラゴニュート族だと思う」


指揮官と思しき鱗の魔物!

……狙うはあそこだ!


「私は勇者シーザー!名のある将と見た、いざ尋常に勝負!」

「……っ!?やっぱり来たか!ワータイガーども、奴等を通すな!」

「「「「ガ、ガウッ!」」」」


本来親衛隊であろうドラゴニュートをここまで出してくるとなると、

敵の疲弊と人材不足もかなりのものだと想像できる。


【勇者よ。王都まではまだ距離もあります……こんな所で時間を浪費してはいられませんよ?】

「承知している、剣の守護者よ!」

「よし!俺の出番だな?」


盾を構え、戦士殿と共に矢を弾きながら突撃を仕掛ける。

……この程度の相手なら、魔力を消耗する必要も無い!


『来たれ、極点の風よ!』

「寒ーい所の空気だお!凍えてしまえお!」

「があっ!?体が動かん!?」


身を切る寒さにドラゴニュートの動きが鈍った所を切りかかる。

変温動物ゆえの寒さへの弱さを利用した作戦だ。

毛皮に包まれたワータイガーには大したダメージは無いが、此方は普通に倒す事が出来る!


「たあっ!」

「ガウッ!?」


「へへっ!手柄首っと!」

「……ガオッ!?」


大将を失い混乱した敵本陣を軽々と制圧した。

これで一安心……のはずが敵の動きが鈍くならない?


「ここが敵本陣ではないのか!?」

「……あ、シーザー……転移門の上だお!」


アルカナ君の声に驚いて顔を上げると、

そこには巨大なロック鳥の群れがこれまた巨大な岩を数羽がかりで運んでいる所だった。

……目的地は、転移門?


「まさか!私達を此方に閉じ込めるつもりか!?」

「いけない……あんな高空を攻撃できる武器なんて私達には!」

「あるゾ?」


次の瞬間、破裂音が響いたかと思うと岩を運んでいたロック鳥の一羽がバサリと音を立てて落ちていく。

同時に支えを一部失った岩も落ちて行く。

……辛うじて門への直撃は避けられたが、いきなり罠に嵌る所だったのか?


「ふふん。銃は空を舞う敵にも効果的なのだゾ!」

「フリージア、やるもんだお!」

「流石はアルシェ母さんの弟子だけあるよね」


それを防いだのはフリージア殿のスナイパーライフルだった。

遠隔地を狙い打つ為の武器らしいが、恐ろしい威力と精度だ。

並みの射手ではこうは行かない。


「ふう、次の罠に嵌る前に敵の本陣を見つけ出すのだナ!」

「けど、何処にあるんだ?もし誰か教えてくれるなら銀貨一枚くらいなら払うぜ?」

「ちょっと待つお」


袖口をくいっと引っ張られる。

アルカナ君がさっき落とされた岩のほうを指差していた。


「転移門、なんかおかしくないかお?」

「え?」

「あ、光が明滅してる、かも……?」


ふむ。それは即ち……。


「少し当たったんじゃ無いか?修理費用幾らだよ……」

「むう。逆側の鳥を落とすべきだったナ。それなら岩はもう少し遠くに落ちていたゾ」

「分かってるならそっちを狙うお!相変わらず目の前の事ばかりだお……」

「……そんな場合じゃないよ!?このままじゃ……戻れなくなる!」


その事実に辿り着いたのは当然私達だけではなかった。

敵側はここぞとばかりに攻勢を強めるし、味方の足並みは乱れ始める。

どうしようもないまま最前線を支えていると、隊長らしい男がやって来た。


「シーザー様。出来ればここを確保したかったのですが……今回の攻撃は失敗です」

「そうだな。あなた方は転移門が機能停止する前に戻ってくれ。ここからは私一人で行く!」


「シーザーさん!?」

「……ここは私の故郷だ。それに他の門があるとは限らない……だが皆さんを巻き込む訳にも行くまい」


そうだ。折角覚悟を決め、入念な準備の元で戻ってきたのだ。

また戻れる保障も無い以上、今更危険だから出直すという訳にも行くまい。

だが、元々向こう側の人間である彼らを巻き込む訳にも行かない。

もし他の転移門があるなら後日また会えるだろうが、もし無ければこの世界に取り残されてしまう。


天を仰ぐ。大地を睨みつける。

この滅びかけた世界に取り残される事の恐ろしさ。

それを他者に味あわせて良いはずが無い!


「……今までありがとう。転移門さえなければあの世界がこれ以上ラスボスに脅かされる事も無い」

「いや、ぶっちゃけラスボスなんか雑魚だお?」

「別に来るなら来いって感じなのだがナ」


いや、お願いだから私の決死の覚悟に水を差さないでくれ……。


「でも、確かにトレイディア兵の皆さんまで巻き込む訳には行きませんよね」

「……ここから先はアルカナ達だけで行くべきだお!」

「なっ!?危険だと思うが?」


私としてはクレアさん達も巻き込みたくは無い。

しかし、それに対しアルカナ君は軽く答えた。


「いざとなったらハー姉やんが何とでもしてくれるお!」

「それに、いざとなったら私以外は送還魔法で送り返せますし」

「ほほぅ。クレアはいざとなれば自分を犠牲にするつもりカ?ふーん?むふふふふ……」

「俺は金さえ出りゃ何処でも構わないぞ?孤児院へ仕送りする必要もなくなるしな」


……私が言葉に詰まっている間にも、クレアさんはさっと指示を出し、

八百名の兵士達は後退戦闘を繰り返しながら次々と明滅する門の中に消えていく。

そして、


「ガアアアアアッ!」

「あ、門が壊されたお!」

「……連中、最初から私達を閉じ込めるのが目的だったのだナ」


兵士達が門の中に消えるのを待って、

周囲を取り囲みつつあったワーウルフ達の手により転移門が完全に破壊された。


「さて、どうするのダ?」

「とりあえず引き場は無くなりましたよね」

「何、この辺りの地理は私の頭の中に入っている。心当たりを当たれば雨露を凌ぐ場所くらい見つかる」

「でも、その前に……周りを取り囲んでるワンワン達をどうにかするべきなのら」


数百は居るだろうワーウルフとスケルトンの群れ。

その囲みの後ろにはワータイガーの姿があちこちに見える。

それに対し此方はたったの五人。

アルカナ君に至っては脳天に鉈が突き刺さっている始末だ。


……いかん、抜いてやらねば。

今気にもせずに話を先に進める所だったぞ、危ない……。


「よっと。無事か?アルカナ君」

「だおだお。アルカナを心配してくれるのはシーザーだけだお!感動したお!」


「じゃあ囲みを突っ切るかそれともここいらの敵を殲滅していくか……決めるのだナ」

「突破……まず誰かは成功すると思います。はぐれたり捕まったりする人が出るかも知れませんけど」

「けど、殲滅しそこなったら全賭けでの負けと一緒だ……で、どうするよ雇い主」


フリージア殿が機関銃で周囲を牽制している隙に作戦会議を行う。

殲滅していくのが後腐れが無くて良いのだが、それに手間取って後詰でも来たら元も子も無い。


「言っておくが私の弾薬も無限では無いゾ?」

「……敵中を突破する。方角は……向こうに王都が見えるのが分かるか?」

「ん?ああ、かなり距離はあるがデカイ都だから見えるゾ!」


「その逆方面に行く」

「ぬ?敵の本拠地から遠ざかるが良いのカ!?」

「フリージア……普通に考えようよ。目的地への道が封鎖されてない筈が無いよ」


「と、見せかけて微妙にずれた方角に走るぞ!」

「だお?わけわかめなのら」

「ま、そこまで考える事ぐらい敵さんも分かってるだろ……こう言うのは化かし合いだ」


はっきり言えば、その決断が正しいかなど分かる筈も無い。

だが、何も決めずに居るよりは遥かにマシだ。

向かう先は王都より少しずれた方角にある小さな村。


「私の家がある……いや、あった場所だ。とりあえず地の利を少しでも得られる場所に行く事にしよう」

「うお……あからさまに敵が伏せてそうだな」

「けど、リーダーはシーザーだからナ。決めたのなら従うゾ」

「どっちにしろ、ここが敵地であるのは変わらないものね」

「じゃ、煙幕焚くお!」


「「「「え?」」」」

「だおらおらー♪アルカナらー♪もっくもく・だ・お~♪」


目的地を告げると、アルカナ君がお腹のポシェットから筒状のものを何本か取り出した。


「発炎筒、バンバン行くお♪」

「え!?アルカナ!?何時の間にそんな物を……って危ない!」

「どわっ!?凄い勢いなのだナ!」

「……ま、結果オーライだ。さっさと走るぜっ!?」

「いや、敵も怯んでいる……行ける、行けるぞ!」


そして、私達は走り出した。

はぐれないようにクレアさんの手を引いて。


「だおっ!着席だお!」

「アルカナ君も無事か!?」

「私も大丈夫なのだナ」


背中にかかる重みはアルカナ君だ。

煙で何も見えないが、横からフリージア殿の声も聞こえる。


「おい、雇い主……まだ大丈夫とは思うが……ここいらで俺は別方向に逃げるぜ?」

「何!?あ、いや……そう言えば命までは賭けないと言う契約だったな」

「待つのだナ!?いきなりここでカ?」


フリージア殿は混乱しているようだが、それが元々の契約。

商都軍も撤収した。ここまで危険になってしまっては仕方の無い所だろう。


「いや、気づいて無いとは思ってなかったんだが、このまま一塊で逃げてたら行き先がバレバレだぜ」

「うっ」

「二手に分かれて追っ手を撒くんですね?では、シーザーさんの故郷で落ち合いましょうか」


……だが、それだけで大丈夫なのだろうか?


「二手か……一人だけはぐれても敵さんには旨みが無い……つまり意味が無いな」

「よし、だったら私はまた皆とは別方面に行くのだナ」

「しかしここからでは私の故郷はまだ見えてこないし、以前と同じ姿とは限らないゆえ説明もし辛い」

「……だったら目立つ所で落ち合えば良いと思うお!」

「じゃあ、王都で落ち合うというのは?」


まあ、無難な所だろうか。

近くまで行けば戦っている仲間くらい気が付くだろう。


「では、私は当初の予定通り故郷の村に行く……数日以内に王都に向かうが……気を付けてくれ!」

「私は装備が多いし攻撃力は有る。直接王都とやらに向かうのダ。クレア、空飛ぶ絨毯は借りていくゾ」

「俺は殿で適当に暴れてから適当に行くぜ。最悪逃げ延びるのを優先するから王都行きは期待すんな」

「……戦士殿、済まない!」


「なあに。生き延びるだけならどうとでもなるぜ。事が済んだら特別ボーナス頼んだぞ?」

「ああ。それは期待してくれ!」

「じゃ、私はそろそろ別れるカ……死ぬなヨ?」

「私達はシーザーさんと行動を共にするよ。フリージアも気をつけてね?」

「まあ、腐っても四天王だお。やられる事は無いと思うお!」


最後の発炎筒を手に戦士マルク殿が立ち止まる。

弾薬物資を満載した空飛ぶ絨毯を連れて、段々とフリージア殿が離れていく。

私達はと言うと、クレアさんの手を引いてアルカナ君を背中に乗せたまま全力で走り続ける。

……煙幕が切れそうになる頃合に森の中に駆け込んだ。


後ろを見ると、ある一点にだけ濃い煙が立ち込めていた。

最後の発炎筒だ。

あの中に戦士殿が居るのだろうか?……無事で居て欲しいものだ。


「さあ、私達も出来るだけ急いで行こう……追っ手に見つかれば確かに厄介だ」

「寝てる暇も無くなるお!」

「……そう言えばどんな所なんです?」


ふとクレアさんに聞かれた……私の故郷。

そう言えば最近思い出すことも無かったが、まあ、極普通の農村だ。

そしてその外れに割合大きいが古めかしい屋敷があり、それが私の家だった。

歴史こそあるが没落……する余地も無くずっと騎士階級の外れに居た。

それが我がバーゲスト家である。


「まあ、養豚など酪農が盛んなだけの極普通の農村だったな」

「豚さんだお!?焼いて食うお!」


元は女王……金獅子姫の最初の頃からの部下で、

この地で名が知れ出したばかりの女王と共に戦い、

褒美にオー肉とか言う豚肉を下賜された、らしい。


その後、故郷の辺りを治める事となった女王の末っ子に仕える事となり、

その末っ子のまた末っ子が婿入りして当主となる、など時折栄誉な事はあったものの、

特に栄達する事も没落する事も無く、無難に存在し続けていたのが我が家なのだ。


「兄さんは、そんな中で生まれた麒麟児でね……死んだ父も随分と期待をかけていたよ」

「で、魔王に戦いを挑んでやられちゃったのかお?」


厳密に言うと我が家の当主と言うよりは、騎士団の一員として戦いを挑んだのだったな。

私が仲間の見習い騎士一同と共にのろのろ現場に現れた時には既に騎士団は壊滅していた。

お陰で私達は生き延びた、と言う側面はあるがその後の事を考えると余り嬉しくは無い話だ。

無論、当時の見習い騎士だった私達が居た所で足手纏いにしかならなかったろうが……。


「ははは。まだ二年ほど前の話なんだな。私が軽口を叩きながら街道を進んでいたのは」

「……シーザーさん……」

「そう言えば、その村にラスボスの部下は居るのかお?」


「さあ、な……居なければ良いと思うが、それはつまり村そのものが無くなっていると言う事だしな」

「難しい所ですね」

「ま、行ってみりゃ分かるお」


……そしてその夜を森の中で明かし、

翌日の昼頃、私達は私の故郷の村に辿り着く事となった。

森を抜け、かつて畑があった場所に出る。


「何か、隠れ里っぽいお」

「まあ、辺鄙な所ではあるな。道が藪に隠れてしまえば陸の孤島になってしまうような場所だ」

「……でも、おかしくないですか?人が住んでいない割に……スズメの鳴き声が聞こえますよ?」


私は正直な所、そこが荒れ放題になっているのを想像していた。

けれど、そこで私達の見たものは……。


「がう?」

「キ、キャイーーーーン!?」


畑を耕し、私達を見るや否や逃げ出すワーウルフの群れだった。

……呆然としているとその戦意の無いワーウルフ達はボロボロになった小屋の後ろに隠れ、

警戒するようにこちらを見ている。


「……何処かで。何処かで見たような光景だ……」

「なんか、怯えてるお?」

「色々おかしくないですか?何でラスボスの部下が農作業なんかを……」


確かにおかしい。

そもそもラスボスの辞書には強奪以外の文字は無いはず。

真面目に畑を耕して収穫を待つような殊勝な考えは無いはずだ。

むしろ、そんな事を部下がしているようなら処罰するようなタイプだと思って居たのだが……。


「……きゅーん」

「なんだお?」


お互い混乱しながら対峙する事数分。

突然鳴き声が聞こえたので横を見ると……子供のワーウルフだと!?

有り得ん!魔王にとって魔物たちはあくまで部下であり戦力である筈。

かく言う私も勇者になる前の一年間、魔物の巣窟や砦などにも仲間たちと共に攻め込んでいたが、

今まで子供の魔物など見た事が無かった。

何故かと思っていたが、魔物は魔王が人間や他の生き物を基に作っていたという事実を知り、

私は魔物の子供などと言うものはそもそも存在しないと言う事をこの間知ったばかりだ。


「……これかお?クッキーはあげないお」

「きゅうううん!くきゅーーーん!」

「「「ぐ、ぐるるるるるる……」」」


……だとすればこれは一体なんだ!?

アルカナ君のおやつを必死に欲しがって絡み付いているこの……子犬は?


「グ、グルルルルルルッ!」

「!?」

「シーザーさん!危ない!」


その時、小屋の向こう側から此方を遠巻きに様子を伺っていたうちの一匹が、

突然唸り声を上げつつ突進してきた。

……だが、私にも長い鍛錬の末に身に付けた技能がある。

咄嗟に構えた盾がその突進を止めた。


「……このっ!……うっ!?」


そして、腰の剣に手を伸ばしたその時……、

突然あの世界に着たばかりの日の事がフラッシュバックを起こす。

性質の悪い悪戯と、我が子を守るため必死に戦った父犬……。


「……まさか……同じなのか?」

「ガウッ!ガウガウッ!」


「駄目だお!これしかないから駄目だお!?」

「きゅううううううううん!きゅううううううん!」


……私は咄嗟に叫んでいた。


「アルカナ君!そのクッキー、渡してやれ!」

「だお?あっ、取られちゃったお!?」


「わおーーーーーん!わおーーーーーん♪」

「がうっ!……きゅうううううううん!」


びっくりしたアルカナ君の手から、子犬がクッキーを奪っていく。

そして、私に今にも食いつこうとしていた"親犬"にじゃれつくと、

親犬は子犬を抱きかかえて一目散に走っていった。


「あ、子犬と……母親だったの!?群れに戻っていく!」

「これは、まさか……」


これは……間違いない。

魔王の軍団に、何か異変が起きているのだ。

そうでなくば、戦闘用に人から作られた存在であるワーウルフが普通の生活をするものか。

混乱しながらも、私はクレアさんに話しかける。以前のような事はごめんだったのだ。


「……クレアさん、悪いが食料品を半分ほど出してくれないか?」

「分かりました。でもリュックには言ってる分だからそう大した量じゃないですよ?」


いや、量の問題ではない。

こう言うのは気持ち、と言うか誠意の問題なのだ。

……こんな状況をラスボスが認めていたとは思わない。

だとしたら、彼らは……。


「明日までのご飯しか残らないけど良いのかお?」

「いざとなれば森の中でイノシシでも狩るさ」

「……まあ、それについては心配していませんけど」


どさりと食料品を地面に置き、

森の中、ただし双方から見える位置まで下がる。

……再び対峙する事一時間ほど。


「ぐ、ぐううう……」

「が、う……」


ふらふらと近寄ってきた一匹が置いたハムを手に取り、匂いをかぐ。

そして、むしゃむしゃと勢い良く食べ始めた。


「がううううう♪」

「がう!?」

「きゅうううううん!」


美味そうな声が聞こえたら後は雪崩の如くだ。

小屋の後ろに隠れていたワーウルフ達もワラワラと集まり、物凄い勢いで食べ始めた。


「腹空かせてたみたいだお」

「……まともな状況ではないな」

「話の通じる方が居れば良いんですけどね、シーザーさん」


……30分ほど饗宴が続いただろうか?

その場に置いた私達全員……つまり五人全員が一日食べられる分の食料を、

たった一食として食い尽くしたワーウルフ達の目からは、警戒感がコロリと抜け落ちていた。

その数7匹。その内2匹が子供だった。

群れと言うよりは家族といった方が正しいかもしれない。

そして、その内1匹だけ年老いた……老犬であり、恐らく長老格なのだろう。

ともかくその老犬がこちらに向けて寄ってきて、少し離れた位置で立ち止まった。

……やはりまだ警戒はされているか。


「……わふ」

「む。済まないが人の言葉は使えないか?ラスボスに仕えていたのなら知っている筈だが?」


出来る限り静かに声をかけると老犬は暫し目を瞬かせ……。


「驚いたな。人間が……それも武装した人間の言う事とは思えん」

「それはお互い様だ。魔王ラスボスは何時の間に部下の内職を許すようになったのだ?」


私の言葉に老犬は言葉に詰まったようだった。

だが、溜息を一つついてこちらを見てから、少し不安げに言葉を発する。


「……お前さんは何も見なかった。そう言う事なら」

「分かった。私は何も見ていないしここには何も無かった」

「何言ってるお?普通に村があるように見えるお」

「アルカナは黙っててね。大事なお話だから」


こちらも出来るだけ感情を抑えつつ静かに頷く。

今ここでの会話もかなり危ういバランスの上に成り立ったものだ。

それこそくしゃみ一つで台無しになりかねない。

……さて、相手はどう出る?


「人間さんよ。アンタもここまで逃れきった口なら分かるだろう?」

「……さて、な」


「魔王様は終わりだよ……わしらに飯を与える事も出来なくなっちゃあね」

「馬鹿な!?食料は10年分あるはずだ。例え足りなくなるにしてもまだまだ先の話の筈では!?」


だが、その話は私の予想の斜め上を行った。

僅か数ヶ月で、10年分の糧食を食い尽くしたというのか!?


「いや、ある事はある。だけどな……わしらの様な人狼族でも弱小の一家に食わせる物は無いんだとよ」

「酷い魔王も居たもんだお」

「……気持ちは判らんでもないが、それは確かに終わりだな。その後は大変だったのではないか?」


弱小とは言え魔物だ。本来特権階級であるはずの魔物ですら食事にありつけないとなれば、

不安と反発は想像以上だったのではないだろうか?

こうして遂に逃亡者まで現れる程なのだから。


そして、一度魔王と言う箍が外れてしまえば後は人や獣と変わらない。

狩りに畑仕事、そして子育て。

つまり魔王の支配下から抜け出せば、彼らも人と変わらないと言う事なのだろう。


「さあな。わしらとて食わねばならん。全てを捨てて逃げ、ここに辿り着いたのが二ヶ月前の事さ」

「それ以上後の事は知らない、か」


「ああ。あんた等は食い物を分けてくれたから言うが……悪いが早い所出て行ってくれ」

「何でだお?アルカナ達疲れてるお。何日間か軒先貸してだお」


「……ここいらには食うものが無いのさ。わしらの分も足りるどころか次の収穫まで持つか分からん」

「道理で獣の痕跡どころか食べられそうな若芽も無いと思った……アルカナ?」

「駄目だお!?この飴ちゃんはアルカナのだお!?取っちゃ駄目だお!?」

「くぅーん、くぅーん」


……子犬も必死、か。

毛皮に隠れて見え辛いがアバラが浮き出ているし、その毛皮も酷く薄汚れている。

先ほど食料を見た時の様子を見ても、栄養状態は予想以上に深刻なようだ。


「……これは、私達もこれから食料が得られるか判らないか……」

「ああ、この辺にはもう何も無い。あるのは食えもせん針葉樹ばかりだ。最後には食うしかないがね」

「だお?と言う事は明日からご飯無しかお!?嫌だおそんなの!?」

「……」


そしてそれは私達の食糧事情も直撃する。

山の恵みは壊滅的だ。川魚も取り尽くされていると見て良いだろう。

……つまり、これは今ある食料で何とかせねばならないと言うことだ。

時間制限がきついな。今の食料では今すぐに出ても王都に着く事も出来ない。

彼らに食料を与えたのは失策だったか?

あのコボルト村の事を思い出し、考える間も無く行動してしまったが。


「……いや、後悔はするまい……私の食事は木の皮だな、これは」

「お供しますよ。残りの食べ物は全部アルカナので構いません!」

「そこまで言われると今日の晩御飯すら食べ辛いお……」

「わふっ!」


あ、アルカナ君が飴を取られた。


「だおおおおおおおっ!それアルカナの飴ちゃんだおおおおおおおっ!?」

「わおーーーーーん!」


そして飴を口に咥えて逃げ出した子犬を追って森に分け入っていく……。

えーと、大丈夫なのか?


「心配ない。森の獣に生き残りはおらんよ。半年前に全部魔王軍で狩り立てたからね」

「愚かな事を……本当に使い捨てしか出来んのだな魔王ラスボスは」

「でも、このままじゃ本当に死んじゃいますよね。来年の収穫……本当にあると思っていますか?」


クレアさんは頭上の空を見上げて言う。

どんよりと曇った空。

二年前からずっと日の差さない空。

……作物などまともに育ちようも無い。


「どうせ街に居たら今頃死んでいた身。今でさえ他よりは長生きってもんだ」

「そんな……」

「私は奴を買いかぶっていたのか?魔王とは言え、部下には温かみを見せる男だと思っていたが」


正直、魔王ラスボスと言う男のやった事とは思えない迂闊さだ。

部下に見せる気概こそが魔王を魔王たらしめていた気がするのだが、

それを失って……何をもって魔王を名乗る気なのだラスボスは。


「お城にはまだ沢山食い物もあったがね……わしらにも回って来れば良かったが……」

「……お城には、あるんですか」

「それはまあ、あるだろう……自分達の分も無いのなら条約とか言っていられよう筈も無い……む?」


城には、あるのか。

と、なると。


「クレアさん。一つ聞きたいのだが」

「何ですかシーザーさん?」


「……私の指定する位置にある物体を召喚する事は出来るか?」

「それは、まあ……無理ではないですよ?でも、余り精度はよろしく無いですが」


つまり出来るのか。

なら、試してみるのも一興だ。


「じゃあ、昨日見た王都の……………に、このサイズの部屋があるのだが、その中身を召喚して欲しい」

「……はあ。とりあえずやりますが……この部屋は何の部屋なんです?」


私はニヤリと笑った。


「かつてそこは食料庫だった……食料庫なら、同じ使い方をしている可能性は高いと思わないか?」

「成る程!貯蔵に適した場所を使わない手は無いですもんね」


クレアさんはじっと神経を集中する。

そして魔物が居た時の為にと念のためワーウルフ達には小屋の中に隠れてもらっていた。

彼らは何処まで行っても、魔王軍にとっては逃亡者に過ぎないのだから。



『彼の地にある物よ、来たれ。全て来たれ!』


そして、クレアさんの詠唱と共に天に黒い穴が開き、

その天に空いた穴から……大量の食料品が降ってきた!


「よし、成功だっ!」

「やりましたねシーザーさん!魔王軍としても、これだけの食料品が失われたのは痛手の筈です!」


「ご飯が降って来たと聞いて戻ってきたお」

「わん!わん!」

「おお!おお!これは、これはっ!」


山のように降ってきた食料品は二千人が10年暮らせる量には程遠かったが、

それでもこの10匹に満たない小さな群れが何年か食べて行くには十分すぎる量だった。

それを見て、小屋に隠れていた者達どころか森の中で遊んでいたアルカナ君達までもがその場に集う。

幸い、日持ちのする物ばかりのようだ。その間に暮らしていける状況を作り上げれば良いのだ。

悪く無い結末だ……あの時のような悲惨な事にならなくて本当に良かったと思う。


勇者とは暗殺者だと聞いた事があるが、例えそうだとしても殺戮者ではないだろう。

対話できる相手とは極力話し合い出来ればそれに越した事は無い。

……いつの間にか、私はそう思うようになっていた。


「うおおおおおっ!?何だこれは!?何だここはぁっ!?」

「「「が、ガオオオオッ?」」」

「ひっ!?ド、ドラゴニュート様!ワータイガー様も、三匹も!?」


と、綺麗に纏まりそうになったと思った所で、食料の山の中から現れる闖入者。

……ドラゴニュートにワータイガーが三匹か。どうやら食料の上で眠っていたようだ。


「な、何だ!?我等を誰だと思ってやがる!恐れ多くも四天王主席ドラグニール様直属だぜ?」

「「「ガウッ!ガウッ!ガウッ!」」」


「ひ、ひいいいいっ!?い、命ばかりはお助けをーーーーっ!」

「「「きゃいいいいいいん!?」」」


その口上に慌てたワーウルフ達が怯えて転がり腹を出す。

だが私はと言うと、暫く前なら決死の覚悟を決めていた所なのだが、

……何故かもう恐ろしいと感じられないでいた。


「ちっ、何だこのガリガリのワーウルフは。だが、ここは食い物を隠すには丁度よさげだな?」

「ガウッ!」「ガオオオン!」「ガウガウ!」


いや、違う。この個体があまりに恐れるに足りないのだ。

なんと言うか、戦闘用の魔物にあるまじき事に……笑えるほどに肥えている。まるでトドだ。

恐らく倉庫の番人だったのだろう。

アラヘンにも居たが、職責で得た権限を自分の力だと勘違いした類の匂いがする。


「あ?人間?丁度良い、これを運ぶの手伝え!手際が良けりゃ大根の一本も分けてやらん事も無い!」

「大根一本とは言え魔王の財産だろう?勝手に隠して良いのか?」


余りの物言いについ言ってしまったが、

向こうは気にもせずにこう続けてきた。


「あ?魔王様なんぞ気にしても仕方ねえだろ。義理立てするだけ無駄。俺らは逃げ出す算段してた所だ」

「食い物持ち出す手間省けたガウ!」

「ついでに隠し場所探す手間も省けたガウ!」

「ここにドラゴニート様の王国を築くのよガウーン♪」


む、このワータイガー、普通に喋るのか。

となるとワータイガーとしてもかなり上位の個体だ。

残り数的に貴重な小隊長格だろうに、何故三匹も固まっているのだ?

そして……。


「ドラゴニート?名前か?」

「俺の事さ。言っておくが俺は族長……つまりドラグニールの伯父貴の甥っ子だぜ?」

「四天王を怒らせると怖いガウ!」

「ドラグニート様は働いたら負けが座右の銘なのだガオ!」

「私達はその側近なのガウガウ!」


「ひっ!?し、四天王主席様!?ワウワウワウワウ……もう終わりだ……」

「きゅううううん!?」


……呆れて声も出ん。

無言で剣を構え前に出るとドラゴニュート、いやドラゴニートはにやりと笑った。


「ん?何?何か文句あんの?俺に何かあったら伯父貴に殺されるぜ?しかも人間風情が」

「……勇者シーザー参上。四天王の縁者なら討つに値する手柄……覚悟せよ」


そしてそのまま硬直した。


「え?勇者?勇者って……四天王第三席の脳筋な蠍野郎を殺したって言う?あの?」

「ナインテイルを悪く言うな。奴は真の戦士だったぞ!?」

「少なくとも今の貴方よりは遥かにマシですよね」

「それに、独立を許すラスボスじゃないお。オジキのおじやんもそれを知ったら敵に回ると思うお?」


そのまま数十秒固まっていたかと思うと、

ようやく腰の剣を抜いてきた。

しかも……錆びているではないか!?


「そ、そんな訳無いだろ。ゆ、勇者がなんでこんな山奥に?」

「待つガオ!ガウ達も何でこんな山奥に居るんだガオ?」

「床が抜けたと思ったらここに居たガオ!」

「そもそも本物なのガオガオ!?」


魔力を使う必要すらない。

一気に距離を詰め、脅しの為に隙しかないその顔面すれすれに剣閃を走らせる。

弱い。ワーウルフでも前線に出てくる者はもう少し歯ごたえがあるぞ!?

これがドラグニールの言う最強種族なのか?信じられん。


「……あは、あははははははは!おい、ワータイガーども、何とかしろ!?」

「もう、居ないお」


軽い脅しにすっかり腰砕けになったドラゴニートは部下を呼ぶが、

その時既に三頭のワータイガーは茂みの奥へと一目散に逃げ出した後だった。


「……見捨てられたか。哀れな」

「え?え?嘘……ぎゃああああああああああっ!」


ドラゴニートは私を必死に突き倒そうとし、それすら叶わない事を悟ると四つん這いで逃げ出した。

……それは、私が見た事の無いような無様な魔物の姿であり、

人間の世界では良く見ていた何処にでも居る愚者の姿だった……。


「追って斬るか?……いや、その必要も無いな」

「だお!ここのワンワン達を怖がらせる事も無いお!」


だが、あの手の輩は卑劣かつ汚い。いずれこの村に害を及ぼすのは必至だ。

と、追いかけようとしたが、森の奥に見えたあるものを見て考えを変える。

……私が出るまでも無い。

それよりアルカナ君の言うとおり、この村の連中を落ち着かせるのが先だ。


「そら、恐ろしい連中は逃げて行ったぞ。もうここに来る事はあるまい」

「わふん!?…………えーと、あの。勇者、と言うのは……?」


ふむ。やはりそう来るか。

ここはどう答えるべきか?


「さて、どうかな。それにどちらでも良いだろう?私達はこの村に危害を加えるつもりは無い」

「……まあ、信じる他無いのは確かだ。多分、わしらなど片手で捻られてしまうだろうしな」


「ともかくこの食料の代わりに一晩の宿を頼めるか?それと出来るだけ新しい情報も欲しい」

「否応も無ければ断る理由も無い。歓迎させてもらうよ……情報は数ヶ月前のものだがな」

「良かったお!天井と壁のある部屋で寝られるお!」

「あ、井戸はまだ生きてる。良かったぁ……」


そして、色々あったがともかく食料と寝床の算段は付き、

その日はかつて宿屋であった建物で眠る事となった。

久方ぶりのご馳走に浮かれる野良ワーウルフ達を尻目に、私は老犬と情報交換をする。


「そうか。我が一族の屋敷は焼け落ちていたか……」

「もし無事だったらわしら全員そこに住んでおったよ。随分前に何もかも持ち出されたついでに、な」


うちの屋敷はこの森の動物達が狩り尽くされた際に略奪にあい、その上焼き払われたようである。

仕方ないとは言え、寂しい話だった。


「王都はもうズタズタだよ。魔王様の下に魔物はもう殆ど残っておらん。アンデッドばかりさ」

「最早魔王ラスボスの威光も末端までは行き渡っていないのだな?」

「餓死者に逃亡者、それに反乱、か……王国末期ってこんなものなのかもね」

「お芋だお~♪美味いかお?」

「わぉん♪」「くぅん♪」


アルカナ君は子犬と遊んでいる。

この集落は老犬とその息子、そして共に逃げ出した3匹の合わせて5匹から始まった群れだという。

今では老犬と二つの夫婦にそれぞれ一匹づつ生まれた子犬の合計7匹で形成されているとの事だ。

私とて鬼では無い。こうして静かに暮らしているのなら手出しなどしたくはない。

……分別の無かった昔の私の事を考えると魔物とは言え温厚なものには手を出し辛いのだ。


「ともかく助かったよ。わしらもこれで生きていけそうだ……感謝するよ、勇者さん」

「さて、な……まあ私達は所詮異物。明日には出て行くから安心してくれ」


そう言うと、やはり老犬はほっとしたようであった。

ともかく少し犬臭いベッドだがその日は久々にゆっくりと眠り、

そして翌日、何故か私達は老犬に連れられ馬小屋に来ていた。


「こいつ等を連れて行くと良い」

「痩せ馬だお」

「こら!アルカナ!?」


「ははは、確かに痩せ馬だ。逃げ出した時に持ち出してな。何時か食料にしようと飼っていたが……」

「馬だって満足に食べ物も無いとそれは痩せるお」


「そういう事だ。そしてもうコイツを食う必要は無くなった。礼だ、あんた等が連れてくと良い」

「……助かる。この馬達に積めない分の食料は君達の物だ。大切にしてくれ」


そして、彼らが王都から持ち出したという痩せ馬三頭を譲り受けた。

一頭にはクレアさんとアルカナ君を乗せ、

残り二頭に水と食料を積んで私達は村の入り口まで移動する。


「よお雇い主。あの馬鹿4匹は斬って埋めといたぜ」

「済まない戦士殿……昨日は何か食べたか?」


そして、別行動をしていた戦士殿と合流した。

……いつの間にか私達の近くまで来ていた戦士殿を森の奥に見つけたからこそ、

私はあの四匹を見逃す事が出来た。彼には感謝せねばなるまい。


「虎肉をたらふく食ったから問題ない。臨時収入もあったしな」

「成る程な。じゃあ臨時収入ついでに……これが戦士殿の馬だ。荷物があるから暫くは乗れないがね」


「ひゅー!太っ腹だな雇い主!」

「あ、虎の毛皮を背負ってるお……お肉もあるお」

「良く剥ぎ取れるよね……凄い執念」


度重なる臨時収入に口笛を吹く戦士殿と共に私達は旅立つ。

目指すはアラヘン王都。

まずそこでフリージア殿と合流せねばならない。


「話からすると、王都は変わり果てているようだな……」

「まあ、魔物と人間のクズを隔離したような街と化してるようだお。気にしちゃ負けだお!」

「魔王の中でもかなり程度の低い魔王だから仕方ないとは思うんですけどね」

「格の高い魔王とか居るのか?太っ腹なハイムの姫さんは法外としてもよ?」


久々にニンジンなどを腹いっぱいに詰め込み、上機嫌で歩く馬の蹄が奏でる音を聞いていると、

不意に、かつて騎士見習いだった頃を思い出した。


そう。私は取り戻したいのだ。かつての穏やかな日々を。

だから私は行く……変わり果てた王都へ。

例えそこが魔王に魅入られた者達を隔離する、ある種の隔離都市となっていようともだ。


……ふと、かつての故郷を振り返った。そこは今や野良ワーウルフの住む集落となっている。

そして思うのだ。彼らのような者となら、もしかしたら魔物とでも共存が可能なのではないかと。

魔王を倒した後の世界。その道筋が私の中で出来上がり始めていた、のかも知れなかった……。


続く



[16894] 24 滅びの王都
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/06/29 20:34
隔離都市物語

24

滅びの王都


≪勇者シーザー≫

懐かしい王都は確かに変わり果てていた。


「これが……これがアラヘンだと言うのか!?有り得ん!」

「有り得んと言うかむしろアラヘン……だお。うわ、アルカナの事ながら滅茶苦茶つまんないお」

「酷い……」

「ま、亡国なんてもんはそんなもんさ。気にしちゃ負けだぜ雇い主」


数日に及ぶ旅の果てに辿り着いたのは、崩れ落ちたまま放置された城門。

世界中からの人々をその荘厳華麗な姿で出迎え、

人々に畏怖と感動を与えていたあの巨大で重厚な城門は既に無い。


代わりに申し訳程度に作られた廃材利用の柵が、そのみすぼらしさに拍車をかけている。

一体何があったのだろう。竜に体当たりでもされねば壊れないと評判だったのだが……。


「まあ、いい……フリージア殿の姿も見えないし、ここに居ても目立つだけだ」

「だお!アルカナ達が来た事を目印に残して先に行くべきだお!」

「でも、どうするの?」

「……嫌な予感がするぜ」


アルカナ君はまたポシェットから何か取り出すとまだ無事だった城壁に張り付いた。

そしてそこによじ登りながら……。


「落書きしてるだと!?しかも赤い!」

「ペンキ!?違う、油性インクのスプレーなの!?」

「この日の為に用意しておいたんだお♪」

「うわー!?洒落にならねえぞこれ!?」


あっという間に描かれるアルカナ君の顔と"あるかなだおだお"の文字。

大きさはアルカナ君自身の三倍から五倍か?確かに目立つが……何と言うかこれは……。


「世紀末レベルが1上がったお!」

「アルカナの馬鹿ぁ!……ばれる前に逃げましょう!今はもうどうしようもないし!」

「違いない。罰金払わされる前に逃げだ逃げ!」

「……城門が……城壁が……」


半ば呆然としながら城門を超える。

ああ、あの今カラスが止まっている場所は見習い時代、私達の配置場所だった。

普通の兵士達も一緒に見張りに立つ時があり、

兵士達から見ればあの場所に立てる衛兵はエリートだったらしいが、

私達騎士見習いからすれば、あそこに立つ日は冷や飯食らいだったな……。


「シーザーさん、しっかりして下さい!」

「フリージアはとっくに来てたみたいだお!?」

「えっ?」


はっとして顔を上げると、大通りを彩っていた初代女王の銅像……。

は既に無く、代わりに魔王ラスボスの銅像が鎮座していた、と思う。

と、思うとは何事かと言うと……。


「ボロボロになっているだと!?」

「しかもこれは数日以内に傷が付いたばかりだな。しかも弾痕だぜ」

「つまりフリージアの仕業だお!」

「辛うじてラスボスだと分かりますけどね……」


強力をかけてそのまま引き倒したい衝動に駆られるが、

まだ満タンのマナバッテリーを握り締め、自重する。

そう、こんな所で有限の力を使い込む訳には行かないのだ。


「ともかく、魔物達に見つからないように建物を影にして行こう……向こうの庶民街なら……」

「よし、急ごうぜ?見つかっても一銭の得にもならない」

「……あ、見るお……魔物同士で戦ってるお!?」

「今まさに反乱の真っ最中なんだねアルカナ……」

「お腹が空けば、鋼の忠誠も何処へやらでありますよ?」

「でもこれ、おいかぜ、です。みんな、がんばる、です!」


建物を背にして影から影へ。

幸いな事に街並みそのものは見知ったあの頃のままだ。

枯れ果てた街路樹や澱んで死体さえ浮かぶようになった水路に泣きたくなるが、

それを必至に押さえて走り続ける。


「全員居るな?ここから暫く身を隠す建物は無い……駆け抜けるぞ!」

「分かった。全力で走るぜ雇い主」

「了解しました。アルカナはシーザーさんにくっ付いていてね?」

「だおだお」

「あたしらは、したから、いくです。ばいばい、です」

「じゃ、頑張るでありますよ~?」


いちにいさんしい、ごう……ろく?

一人多いような。

いや待て!?フリージア殿が居ないから二人多いぞ!?


「クレアさん、二人ほど多くなかったか!?」

「いえ?アルカナは気付いた?」

「ふぇ?アルカナは気付かなかったお」

「……金にならないから俺は突っ込まないぜ?」


まあいい、気のせいだろう。

ともかく幸いな事に警備の姿は見えない。

その隙を見て大通りを渡り、庶民街に飛び込む。

この辺には背の低い小さな建物が立ち並んでいる。

これなら隠れるのも容易だ。


「まさしく庶民街って感じですね」

「でも、想像以上にボロボロだお……崩れたまま放置されたお家も多いのら」

「住む奴が居ない家は荒れるもんさ。そしてこういう所じゃ他所まで気にかける余裕は無いだろ」

「戦士殿の言うとおりだ。そしてそれ故に隠れるのには適している」


かつて、訓練をサボろうと手近な廃屋に勝手に酒やつまみ、挙句に寝袋まで隠していた事を思い出す。

騎士見習い時代はそれ程訓練を大事にしていなかったのだ。

教官の老騎士の目から逃れるのにこの辺は適していた。だから私やその同期の見習い騎士達、

いや、それ以前の先輩達もアラヘン騎士は見習い時代にこう言う所に隠れ家を作る伝統があった。

私も何箇所かに作っていたが、その材料は先輩達の残した物だったという落ちが付いている。

つまり、ここいらには放置された隠し部屋が山のようにある筈なのだ。

食料は兎も角、酒ならまだ無事な可能性もあるし、いざとなれば無事な民家から借りても良いだろう。


「元々この辺には廃屋が多かったんだ。だが、その中には使える物もある筈だ」

「何でそんなに自信満々なんだ今日の雇い主は……」


まあ、あの頃は楽しかった。若気の至りでサボりや賭け事ばかりしていた気もするがね。

……だが今思えばもっと訓練に身を入れておけば良かったと思う。

魔王の脅威を実感し、私達はそれこそ寝る間を惜しんで特訓に明け暮れたものだが、

まさしく時既に遅しを地で行く惨状だったからな……。


「確かここに……おお、鍵は無事か!」

「どう見ても廃屋だお」

「シーザーさん何か嬉しそう……」

「何々?アラヘン騎士団代1492番駐屯地?誤字があるし手書きじゃねえか!?」

「どうみても、ひみつきち、です」


一番手近な隠れ家を確認しに行くとなんと錠前がそのまま残っていた。

近くの敷石を剥がすと鍵も多少錆びていたが無事だった。

これは幸先が良い、と取り出し大量の空樽で隠された隠し扉の鍵を開ける。


「昔、同僚達と作った隠れ家です……まあ、訓練をサボる為の拠点だったがね」

「シーザーがサボり!?信じられないお」

「へえ。まあ人間らしくて良いじゃないか?さて、中は……あん?」


「……ガ、ウ?」

「キャイン!?」


と、何故かワータイガーとワーウルフのコンビと目が合った。

なんでこんな所に魔物が?

しかもご丁寧にきちんと鍵までかけなおして。

……つんと鼻を突く腐敗臭から見て、どうやらこの二匹はどうやら酒を探してやって来て、

腐ったぶどう酒を無理やり飲もうとしていたらしい。

ワーウルフに至っては鼻が効くだろうにご苦労な事……じゃない!


「総員戦闘開始いっ!?」

「は、はい!」「いきなり罠かよ!?」「違うと思うお!」


仲間達に声をかけながら私自身も剣を抜く。

そして、


「……ガハッ」

「ギャイ、ン!?」


「はぁ、はぁ、びっくりした……」

「驚いたのは向こうもだと思うお!」

「あ、結構良い武器使ってるぜ。いただき!」


不意を突かれたという意味では此方に対し背中を向けていた魔物達の方が不利だった事もあり、

私達は難なく勝利をものにする事となる。

この場所が使えないのは問題だったが、まあ仕方あるまい。

ここに敵が寄ってきたのはワーウルフが酒の匂いを嗅ぎ付けたからだろうか?

それにしては腐った酒に反応するのはおかしい気もするが。


「へえ。こりゃあ騎士様の使うような装飾剣じゃないか?しかも装飾が雑な代わりに実用性もある」

「それはアラヘン見習い騎士用の長剣じゃないか、何でコイツ等が……あ」


この場所を知っているのは私と、一緒に作った数名の仲間達だけだ。

……そして彼らは例外なくアラヘンの見習い騎士だった。

人材の枯渇により私同様すぐに全員騎士へと引き上げられたが、

それでも見習いの内に戦死した奴等も沢山居る……つまり……。


「おい、雇い主……また考え込んでるのか?」

「これ。知り合いのかお?」

「だとしても、あまり気に病んでも仕方ありませんよシーザーさん。私は、貴方が心配です」

「……そうだな。考えるのは後でも出来るか」


そう言いつつも、私は目の前で倒れる二匹の魔物の正体について大体想像が付いていた。

何となく、人間だった頃の名前まで脳裏によぎるほどには。

だが、最早それを気に出来る立場では無いし、そもそも私に負けは許されない。

……後で必ず正式な葬儀を執り行うとかつての同僚に心の中だけで頭を下げ、私は走り出した。


「ではこっちだ……この奥に雨天用の遊技場があったんだ」

「外から覗くのか?確かに誰かは居そうな気もするが」

「闇雲に動くのも危険ですし、悪く無い選択だと思いますよ」


下手に隠れ家を開ける訳にも行かない。

そうなれば取れる行動は限られてくる。

ならばと私は会えてこの辺で敵が集まりそうな場所に目をつけた。

敵の動きを観察し、これからの動きを決める事にしたのだ。


「獣人諸君!聞いているか!?魔王は既に我等の主君たる資格を失った!」

「「「ガルルルルルルルルルッ!」」」


そうしたら、これだ。

壁の穴から覗き込むといきなりシュプレヒコールをあげている等、誰が想像できようか。

主導者らしきドラゴニュートとその側近らしきミノタウロス。

そしてそれを取り囲む30匹ほどのワーウルフがしきりに現状の打破を唱えている。


「配下を飢えさせて何が魔王か!私達は独立するのです。最早自分の命は自分で守らねばなりません」

「俺達だって生きているのだ。無意味に死ねと言われてはいと言える訳が無い!そうだろう!?」

「「「「ワォォォォオオオオン!」」」」


「先に魔王軍を離れた者達は正しかったのだ。反乱も、いや、あれは正当な戦いだった!」

「私達も立ち上がらねばなりません!」


櫛の歯が抜けるように魔王軍の崩壊は進んでいるようだった。

どう見ても最上位種族である二種から離反者が出るようではな。

……だが、この反抗は長続きしそうも無い。

まず人数が少なすぎるし……それに、


「我がドラゴニュート族の恥曝しめ!人間どものような事を言いおって!」

「婆さん。骨の兵士どもは既に配置に付いたぞい。諦めるのじゃ」


「族長!?……もう嗅ぎ付けられたか!だが、このままじゃ死ぬしかない……仕方ないだろう!?」

「四天王様、最早これまでで御座います!こうなってはもう、我等に明日は御座いません!」

「「「「ガウウウウウウウウウ……」」」」


もう、囲まれている。

ドラグニールと老師率いるスケルトン。

スケルトン一体一体の能力は低いが、意思を持たないアンデッドの上数だけはある。

500を超える多数で30程しか居ない反乱軍を取り囲んでいた。

これでは勝負にもならないだろう。


「しかしの婆さん。糧秣は今や貴重なのじゃ……割り当てが減っても仕方あるまい?」

「口惜しいがこの元人間の言うとおりだ。多少足りぬかも知れんが全ては魔王様のため」

「ふざけるな!毎日たったアレだけの量で足りるか!一日スープ一杯とか死ねと言うのと同じだ!」

「足りなくなるとは言え、まだ沢山あるのでしょう?だったらある内は分配し続けるべきでしたな」

「「「「ガウッガウッガウッ」」」」


どちらも正論のように私には思えた。

だが壁の隙間からそれの一部始終を覗いていた私達。

彼らの言い分に対しては皆それぞれ違う感想があるようだ。


「あの牛さんのいう事も分かるのら。あるのに貰えないのは腹立つものだお」

「……でも、ドラグニールたちの言い分も当然よね。だって先が見えないんだから」

「どっちにしろ詰んでるじゃないか。これも勘定の内か?うちの魔王はおっかないぜ」

「最初から真面目に働かないから当然であります。種芋だけは食べちゃ駄目でありますよ」


……私達がそれぞれ感想を抱いている間にも話は進んでいく。

体制側と反体制側、それぞれが己の主張を繰り返し……遂にお互い剣を抜いたのだ。


「おいぼれ族長!狂ったか!?魔王には世話になったがその為に俺達が滅ぶんじゃ意味無いだろう!?」

「今の私達があるのは魔王様のお陰だぞ!?こんな危機存亡の時にこそ私達が範となるべきだ!」


「パンが無いなら食わねば良いんじゃよ、牛の婆さん」

「黙れ屍!生きている者は食わねば生きれぬ事、貴方とて知っていた筈だ!」


ドラゴニュートの剣がドラグニールの曲刀と交差する。

ミノタウロスの斧が周囲のスケルトンを弾き飛ばす!

ワーウルフたちも生存を賭け、決死の覚悟で骨の海に飛び込んでいく……。


「酷い内乱だお」

「父さんはうちもいずれこうなるって言うけど……サンドールだけはそうはさせない。私、今決めたよ」

「ま、姫さんの所はハラオ王家に歴史と実績があるから心配無いな。配給制度も無いし」

「人々に食料を配り続けるのはそんなに悪法なのか?私には稀代の善政にしか見えないが」


「……人はな、驕り高ぶるんだよ。まともな連中ばかりが生まれる訳じゃないって事さ雇い主さんよ」

「そう言うものなのか?」

「新世代にとっては、旧世代にとってありえないほどの幸福な状態でもそれが当たり前になるんです」

「だから次が欲しいって必ず言い出すんだお。人の業なのら……っておとーやんは言うお」


私には判らない。国内から飢えを根絶したと言うリンカーネイト王家の行為は、

後世より絶賛させてしかるべきだと思うが……まあ、ままならぬのが世の中か。


「あ、勝負が動いたお」

「何?」


こちら側で内輪の話をしている間にも戦闘は続いていた。

ワーウルフは半数ほどが骨の海で溺死し、残りも虫の息。

ドラゴニュート一族同士の同士討ちは、経験で勝るものと若さを持つものとで拮抗していた。

ミノタウロスは暴れまわっている……がスケルトンは増えるばかりで段々と息が上がってきている。


「ほっほっほ……もう少し連れて来るかの。100体ぐらい」

「くっ!?なんと言う事だ……魔王軍が、アンデッドに制圧されているようにしか見えない」


「ぜぇ、ぜぇ……愚か者が!年老いたとは言え私にお前如き若造が勝てるものか!」

「けっ!族長こそ息が上がってるぜ、痛っ……傷は確かにこっちのが深いけどよ!?」


そして、均衡は破られた。


「ぐはっ!?」

「愚か者め!……年老い、鈍ったとは言え私は四天王主席だぞ!?……くっ、眩暈が……」


同族同士の諍いは、辛うじて老将に軍配が上がり、


「キャイイイイイイン!」

「これで最後か……気分が悪いわい……」


ワーウルフ達は遂に壊滅した。


「うおおおおおおおっ!?私一人か?残ったのは私、一人!?」

「その、通りだ!魔王様に抗いし罪、その身で償うのだ!」


そして、仲間を失い遂に戦意を失ったミノタウロスの首を、鋭利な曲刀が切り落とす。

……ここに、一つの反乱が幕を下ろしたのだ。


「何故だ……何故誰も彼も魔王様を裏切っていく!?」

「まあ、アラヘンも似たような物でしたじゃ……最後まで残るのは余程の律義者だけですぞ婆さん」


「ええい、黙れ!人間どもの王などと一緒にするな!魔王様は!魔王様はぁっ!?」

「ほっほっほ……」


狂乱して叫ぶドラグニールを残して。

……で、終われば良かったのだが……頭を振り乱したドラグニールと、

目が、合ってしまった。


「……貴様、は……」

「どうしましたかの、婆さん」


これは、まずいかも、知れない。


「顔無し!アンデッドをありったけ呼べ!勇者が居るぞ!」

「しまった!見つかった!?」

「止むを得ないがこれはチャンスでもあるぜ!?一度に四天王が二匹。分の悪い賭けじゃないぞ!」


体当たりで崩れかけていた壁を突き破り、ドラグニールと老師の前に立ちはだかる。

周囲のスケルトンは数を減らし200体程度になっていた。

確かにこれなら行けるかも知れない。


「ほっほっほ。心配は要りませんぞ婆さん」

「ほう?顔無し、既にアンデッドを伏せていたか?中々気が利く」

「ホネホネなんかには負けないんだお!」


「精鋭中の精鋭、婆さんのご一族とミノタウロス族を総動員して伏せて置きましたじゃ」

「……はい?」

「「「「族長っ!私達は最後までお付き合いしますぜ!?」」」」

「「「「勇者よ!誇り高き最期を遂げてください!」」」」


周囲の民家の壁が崩れ、その中から百を超えるドラゴニュート。

更に百に迫るミノタウロスが群れを成して現れたのだ。

……囲まれている!?


「元々ここの反乱が大規模だった時の備えだったのじゃが、と言う事になっておりますのう?」

「は、はっはっはっは!……越権行為だが今回は許そう!そうだ貴様だ。貴様さえ居らねば!」


「逆恨みだお」

「姉さんは真面目に畑を耕せばやっていける分の食料は渡したのにね」

「気にすんな姫さん。ここの連中じゃどっちにしろどうしようも無かったろ」


そうか、ここの反乱を鎮圧し切れなかった時の切り札だったか。

私達は他の獲物を狙った罠に、知らずにかかってしまっていたのだ。

……あいも変わらず、迂闊な事を!


「ほっほっほ。戦い得る上位種族を全て集結させましたからのう。さ、試練ですぞ婆さん?」

「……老師……!」


老師は流石に手強い。元宰相の名は伊達では無いのだ。

……敵に回せばこれほど恐ろしい方だとは思わなかった……!

戦力の集中は戦術の基本とは言え、これは、まずい!


……。


そして、恐らく30分ほどが経過しただろうか?

囲まれたという不利、そしてこちら側で土地勘があるのが私一人と言う事もあり、

私達は非情なまでの苦戦を強いられていた。


「だおっ!?」

「まず、一人……」


「だおらおっ!?」

「二人めっ!」


「痛いお!痛いおーーーーーーっ!?」

「三人目、ですね!」


「頭カチ割られたおおおおおっ!」

「四人目……っておい!このチビ中々死なないぞ!?」


アルカナ君のフォローも出来やしない。


「回転、斬りぃぃぃっ!」

「ぐはあっ!流石は勇者!」
「がっ!?……場違いかも知れませんが……名誉の戦死を与えてくれた貴公に、感謝を……!」
「うがああああっ!無念っ!」

「バルア!ハラミィ!?……ミノタローまで!くっ!よくも私の弟達を!」

「あるぇ?名前あったのかお?」


「む?そうだね。まあ、仲間内だけのあだ名のようなものだよお嬢ちゃん」

「馬鹿野郎!子供好きな所を見せてる場合じゃないだろ!?後ろを見ろ牛野郎!?」


「甘いぜちょろいぜまだやれるぜ!ほらよ、さっき拾った剣(無料)を食らえ!」

「ぐふっ……友よ、私の肉で生きながらえてくれ……」

「牛野郎ーーーーーーーっ!」

「……作戦大成功だお。ホントだお。信じるお!」


私自身、派手に動き回り敵の注意を引き付け、

味方に向かう敵の数を減らすのが精一杯だ。


『来たれ……怒れる火山の火口より!』

「うあああああっ!?溶岩が降って来たぞーーーっ!?」

「嫌だ!焼肉は嫌だっ!?私は元来乳牛なのだぞっ!?」

「アルカナも巻き込まれてるお!熱いお!沈むお!痛いおっ!?」


皆も奮戦してくれているが、流石に相手が悪い……!

半数ほど減らしたが、私は兎も角仲間達が限界に近い。

……どうする!?


「ああ、減っていく……我が一族が、減っていく……」

「婆さん。全ては婆さんの為じゃろう?奴等もきっと満足して死んでいくのじゃろうて」


「……そうだ。全ては、全ては魔王様のため。コイツさえ、勇者さえ倒せれば私達にも道は開ける……」

「だといいがのう?」


このままでは魔王どころか四天王すら届かずに、私達は、全滅してしまう!

どうすれば良い!?どうすれば!


……その時だ。突然周囲に降り注いだ黒い塊。

それが爆弾である事に気付いたのはそれが爆発してからの事だった。

周囲が爆煙に包まれる中、一番最初に叫んだのはドラグニールでは無かっただろうか?


「何だ!?何事だ!」

「爆破されたようですのう?被害甚大なようですじゃ、ほっほっほ」


煙が晴れるとミノタウロス達もドラゴニュート達も倒れ伏していた。

生き残っているのは皮肉な事に私達の回りで戦っていた者達のみ。

それらも余りの事態に頭が働かず呆然としている。


「……応、随分好き放題やってるじゃねえか」

「ま、自分達も人の事は言えないでやすがね」


突然、頭上から声がした。

私達が見上げると、建物の上に誰かが立っている。


「ライオネルだ。姓は無ぇ……だが、まだ錆び付いた剣はある」


その内一人が飛び降りた。

……今、グキッ、とか音がしなかったか?

しかも何か飲み薬を飲み干して……歩くのに支障は無さそうだ。

何だったのだろう、一体。

とりあえず、味方、なのか!?


「あ、ライオネルのおじーやんだお!」

「伯父様!?何でここに!?」

「よぉチビ助ども!ま、数年前に引っ越してきたってところか?」


もみ上げと一体化した髭がまるでたてがみの様に見えるその男性は、

私達を庇うように前に出た。


「ふ、ん……大した奇襲だが……まだ我等には届かんぞ?」

「婆さん。一応骨やゾンビを呼んでおきますぞい?」

「応よ……これが俺の最後の花道だからな」


その男性がすっと手を上げると、先ほど崩れた民家より更に少しだけ離れた民家から、

様々な格好に身を包んだ人達が次々に現れ私達を守るように取り囲んだ。


「抵抗を続ける人間だって居ない訳じゃねえ……ようやく会えたな、シーザーよぉ?」

「あんたが勇者か!?遂に俺達が解放される日が来たんだよな!?」

「てやんでぃ!牛が怖くて肉屋が出来るかい!」

「に、忍耐の日はここまでだ!俺達は、俺達の街を……取り戻すんだ!」

「い、生きていたのか!?この街に、まだ人間が!?」


彼らはそれぞれボロボロの仕事着に身を包んでいた。

あるものは薄汚れたエプロン。あるものは狩り装束。

またある者はほつれかけたモーニング……。

様々な職業をしていたであろう人達が、その立場に関わらずここに集っていた。

ただ……兵士や騎士の姿が見えない。

それを私は悲しむべきだろうか。それとも誇るべきだろうか?


「どうも、勇者様。お久しぶりです……自分の事、覚えてますか?」

「盗賊殿!?生きていたのか?私はてっきり!?」


そして、その中には見知った顔も一つだけあった。

魔王城で爆風の中に消えたはずの盗賊殿。確か名前はラビット、だったか。

ともかくその彼が彼らの中に居たのだ。


「足は不自由になりや……なりましたがね。そこのライオネルの旦那に助けられたんでさ」

「はは、は……生きていてくれればそれで良いさ……それともう敬語は不要だ」


「何を今更って事でやすか?ま、自分は楽で良いですが。ともかくお帰りなさい。待ってやしたぜ!」

「ああ、心強い。盗賊殿だけで百人の味方を得た気分だ!」


……人は、時として予想外の幸運に見舞われたとき思考を停止するものらしい。

それでも歓迎の言葉が出た以上、それは私の本心なのだ。

死んだと思っていた仲間が生きていた。一昔前の物語でもありふれた展開だが、

反面、その当人となれば嬉しさはひとしおだ。


「……さて、じゃあ初めるか……おらあっ!ライオネル、ハイパァ……スラッーシュッ!」

「グハッ!」

「「「「ライオネルの旦那に続けーーーっ!敵一体に数人がかりで行くんだ!」」」」

「「「「敵は疲れている!今なら俺達でもやれる!一人がやられている内に一匹は倒すんだ!」」」」


そして、その後はまさに怒涛の勢いで戦いは進む。

知り尽くした自分の街。その地の利を最大限に生かし、彼らは突き進む。


「これは旗色が悪いですのう。わしが死んだらアンデッドどもは全滅……ここは引かせて貰いますかの」

「待て顔無し!?我が一族を見捨てる気か!?……こら、行くな!」


「ここでわしらが死んだら魔王様は大変ですぞ?さあ、ここは婆さん達に任せて戻りますじゃ」

「なっ!?」

「族長ーーーっ!ここはお任せを!敵はこの時のため入念な準備をしてきた模様、グハッ」

「お逃げ下さい。四天王が一度にお二人も欠けてしまえば、魔王軍は本当に終わりですよ!?」

「くそっ!罠がっ!?罠がっ!?族長……爺ちゃん!助けて!助けてぇぇぇッ!?」


驚いた事だがドラゴニュート族に関しては普通に親子関係が成り立っているのか。

などと展開に付いていけなかった私は、半ば呆然としながらそんな事を考えていた。


「まあ、使い捨て状態のワーウルフとかワータイガーの方がそもそも異常だったでありますよ」

「魔物も生きてるから、子供くらい居るのが普通でありますよ……ラスボスは魔物作りすぎであります」

「それより、シーザーも、たたかう、です」

「シーザーが、たたかえば、それだけ、ひがい、すくなくなる、です」


……はっとして剣を握り締める。

そうだ。彼らだけに戦わせて良いはずが無い。

何故なら私は……。


「私は勇者シーザー!魔王軍、覚悟っ!」

「「「おおおおおおおっ!」」」


そして私は、私達は戦った。

戦場から立っているミノタウロスの姿が消え、ドラゴニュートも壊滅した。

生きて逃げ延びる者とて無く、遂にはスケルトンの群れがゆっくりとその場を離れだす。

……術者からの指令を受けるために引いていったのだ。

そしてそれは即ち……。


「応!俺達の勝ちだぜ!」

「やりやしたね、旦那ぁ……ああ、生き延びて、良かった……」

「「「「うおおおおおおおおっ!」」」」


この世界の人類が味わう、そう、それは久方ぶりの勝利であった。


……。


とは言え、それでも相手取ったのは魔王軍のほんの一部にしか過ぎない。

私達はミノタウロスの遺体と武器防具になりそうなものだけを回収し、

一路、彼らの隠れ家へと向かった。

既に暗くなった街に人気は無く、それに反して隠れ家は騒々しかった。

とは言え、ここに居るのはライオネル殿と盗賊殿、そして私達だけだ。

……この地の人間を匿いきれる場所などこの街にはもう無い。

だから彼らは分散して隠れ住んでいるのだという。


「何ヶ月か前から人間だってだけで連れて行かれるようになってな。もう街中を歩く奴は居ねぇんだ」

「……悲しい事です、ライオネル殿。それにしても良くミノタウロスの肉など食べれますね」


「応シーザー。俺の前では良いが他の奴の前でそんなことは言うんじゃねえぞ?」

「勇者の若旦那。この街にはもうまともな食い物なんか無いんでやす」

「普段は何を食べてるんだお?はぐはぐ」

「……虎肉とか、犬肉とか……ははは、つまりそういう事でやす」

「う、あ……ごめんなさい。私にはちょっとキツイかも……」

「まあ、サンドールの姫さんだから仕方ないぜ。あんたは慣れる必要ないだろ。あ、これ美味いな」


ライオネル殿は豪快な人物だった。

ミノタウロスを焼いた肉を事も無げに胃に収めていく。

……私は昼まで知性を持っていた者を食すのには多少の躊躇いがあったが、

それを見たライオネル殿はたしなめる様にこう言った。


確かにその通りだ。

今まで私がどれだけ恵まれていたのか……思い知る他無い。


「それで、フリージアの奴だが……実は俺達も見て無いんだよなこれが」

「あれだけ目立つのに!?」

「意外と隠密戦闘が上手いようで、時折発破音が聞こえたかと思うと魔物が死んでるんでやすよ」


そうか。無事ならそれで良い。

必ず何処かで合流できる筈だ。

まあ、向こうに預けた空飛ぶ絨毯には水も食料も十分にある。

心配は要るまいな。


「つまり、とりあえず全員無事と言う事か」

「良かったお!」

「そうですねシーザーさん」


「ああ、そうだ……そこの盗賊さんよ、悪いがこの毛皮預かってくれないか?破れると散財だ」

「了解……なあアンタ。これ、アラヘン金貨200枚で売ってくれないか?良い毛皮だ」


「何だって!?金貨200枚だと?よし、売る売る!……でも良いのか?」

「OK。金貨はそこの箱に入ってやすぜ。今じゃあ金なんか何の役にも立たないでやすからね」


「何も買えない金貨に意味は無いわな……ま、儲かったぜ……って何だこりゃ!?」

「うわ、質の悪そうな金貨だお……金の含有量何割だお?」

「トレイディア金貨でも18金、リンカーネイト金貨は純金だものね……これ、本当に金貨?」

「純金の金貨なんて見たことも無いでやすね。アラヘン金貨は含有量8割でやす!……不純物が」


「応、残念だったな。世界が変われば品も変わる……良い勉強料だったと思いな」

「悪いですね。でもこれで夜を凌げる人間が三人増えやす。寄付だと思って許してください」

「……ちっ。今度はこうはいかないぜ……ったく、人情に訴えるのは反則だ」


周りが騒がしくしている間、私は扉の影から街を覗き込んでいた。

……静かだ。

私が旅立った頃は既に敗色濃厚だったが、それだけにこの時間帯の歓楽街は異様な活気を持っていた。

だが、今や明かりすらまばら。

中央通りには人間どころか魔物の死体までもが放置されている。


「まるで死んでいるようだな、今の王都は」

「そうでやすね若旦那。ま、それも王様が助かれば変わると思いやすが」


王の生存は彼らの間にも知られていた。

それが彼らにとっても小さな希望だったのだろう。


「それにしても勇者の若旦那が生きてるって知らされた時には自分、狂喜乱舞しやしたぜ」

「まさかブルー殿が陛下と繋ぎを作ってくれていたとはな。私も驚いたよ」


むしろ陛下からの書が届いた時点で気づけと言わねばならないがな。

まあ、私も舞い上がっていたのだ。


「ところで……明日には王城に乗り込むんでやすか?」

「ああ。そうなる……一日も早く魔王との決着も付けねば国そのものがもたないように見えるしな」


「へへっ。ようし!そん時は自分も久々にお供しやすぜ!まあ、あんまり役には立てないと思いやすが」

「いや、そんな事は無い。心強い申し出だ」


そう、明日は決戦だ。

王城に攻め込み魔王を倒し、そして陛下を救出する。

それで万事解決だ。

後は私が魔王を倒せればそれで良い。


「へへへ、あの魔物どもをさっさと全滅させてしまいやしょうぜ!」

「……あ、ああ」


「皆、あの化け物どもには怨みが骨身に染みてやす。今後は奴等が自分達に怯える番でやすよ!」

「……そう、だな」


だが、本当にそうなのだろうか。

復興はトレイディア王国が手伝ってくれるが、

本当にそれだけで上手く行くのか?


「どうしたんですかい若旦那?」

「ん?いや、少し考え事をしていただけだ」


まあ、それは私が考える事ではない。

私はアラヘンの騎士、そして勇者。全ては王のご意思のままに、だ。

なに。我が陛下ならば全てを最善に導く方策を練って下さるだろう。

私はそれに従えば良いだけだ。


「……む?炎が上がっている」

「いけないですね。扉を閉めやしょう……魔王軍同士の同士討ちでさ。最近の流行でやすよ」


明かりが見えているのはまずいのだろう。

巻き込まれては敵わんとばかりに、元から少なかった街の明かりが更に次々と消えていく。

そしてこの小屋の扉も硬く閉められ、内側からの小さな明かりに扉だけが照らし出される。


「遠くから、ワーウルフの遠吠えが聞こえるな」

「そうでやすね。あいつ等でも痛みを感じるんでやす、自分等の勝利はもうすぐでやすよ!」

「応、それはそうだがまだ城へ突入も出来て無ぇ。安心するのはまだ速ぇぜ?」


そうして私達はライオネル殿に誘われるままテーブルに着いた。

……既に食器は片付けられ、代わりに一枚の地図が広げられている。

更に、その地図のあちこちには薄汚れたチェスの駒が乗せられていた。


「これは……敵の配置?」

「応よ。敵さんにも俺達の内応者が居るって訳だ。そして、敵の大まかな配置がこれよ」

「大広間にキングの駒があるお」

「これがラスボスね。横のクィーンは……もしかしてドラグニール?」

「そういう事でさ。まあ、女じゃないけど女房役って事でさね」


それにしても、配置がだだ漏れとは……本当に魔王軍は末期なのだな。

なにせ、明らかに守りには向かないような配置がされていると思ったら、そこは武器庫や食料庫。

しかも明らかに内部からの攻撃に備えている配置だ。


「……最早味方すら信用できないのか」

「そして、だ。今日の被害でこれがこうなるんだぜ?」


そして、ライオネル殿は幾つかの駒を取り除いた。

ルークやビショップが次々と地図上から消えていく。

……そう言えば、今日の被害で高位獣人であるニ種族がほぼ戦闘不能だ。

いや、再起不能と言っても良い被害を受けているはず。


「うわ。ガラガラだお」

「潜入する必要すら無ぇ……ひとつ問題もあるし正面から突っ込むのが上策だ」


今や城の内部には精々ポーンがちらほらしているに過ぎない。

ただ……二つほど気になるものもある。

一つは何個かの駒を紐で縛って形作られたナイトの駒が城のエントランスに堂々と置いてある事。

そして、この駒の中には通常のアンデッドが含まれていないように見える事だ。


「……俺も歳を取った。けどな……流石に雑魚に負ける気は無ぇぜ」

「まさか、スケルトンやゾンビは全部貴方が相手取るとでも?」


幾らなんでもそれは無茶だ。

奴等の数は死体の数。個体の力量など問題ではない……つまり尋常な相手ではないのだ。

だが、それをライオネル殿は笑い飛ばした。


「応!細かい事は良いんだよ。雑魚は"俺達"に任せてラビットと一緒にラスボスをぶっ倒せば良いのよ」

「まさか、今日の方々が私達と共に突入すると!?」

「それはそうでさ。まさか万を超える相手に若旦那達だけで戦いを挑むつもりでやしたか?」


……確かに無謀だ。

敗北を許されない以上、全てを利用して戦う他無いのだ。

故にここはもう、犠牲は出るものだと割り切って戦う他無い。


「で、問題はここだ。城の入り口をこの間から微動だにせず守る厄介な相手が居やがる」

「……若旦那、辛い現実を報告せねばなりやせん」

「そうか。兄さんか……」


エントランスを指し示す指。

そして駒の配置。

……ナイトの駒など最早一人しか対象者が居ないではないか。


「兄さんは、最後まで心ならぬ誓いを、それでも誓いは誓いだと守り続けるつもりなのだな……」

「アオの奴から話は聞いてるぜ。今のお前ならやれるんだろ?悪いが俺じゃあもう勝てねぇからな」


成る程、確かにこれを無視して奥に行く訳にも行かない。

兄さんを、死霊騎士デスナイトを倒すのはあらゆる意味で私の役目だろう。

……終わらせてあげねば。兄さんもあの状態では確かに絶対救われないではないか!


「フリージア殿も派手に戦闘が始まればきっと気付いてくれるだろう」

「そうだお!」

「うん。それじゃあ明日、決着が付くんですね……」

「そうだな。ま、でかいヤマだったぜ。けど、最後まで気を抜かないように、ってな」


仲間達と頷きあう。


「応、その調子だ。俺の孫に鍛えられたって言うその力、明日は存分に見せてもらうぜ?」

「旦那ってば。今日見ただけじゃ足りないんでやすか?ま、自分も期待させてもらいやすが」


「任せてください。この世界は……陛下は……この勇者シーザーが救って見せます!」

「シーザー。王様じゃなくてお姫様じゃなくて良かったのに……残念だったお♪」

「もう、アルカナってば。お姫様なら私達が居るじゃない……」

「ははは、こりゃ良い見世物だ。でも芸の押し売りだから見物料は払わねえぜ?」


最後に軽く決意を確認し、寝袋に潜り込む。

決戦は明日……滅びの王都も、今日までだ。

今日は速く休まねば。


はやる心を抑え静かに目を閉じた。

……時折燃え盛る炎の音と、途切れて響く悲鳴と怒号が、いたずらに私の心を乱す。

だがそれを鉄の意志で押さえつける。

明日、全てが終わるのだと、信じて……。

続く



[16894] 25 これがいわゆる"終わりの始まり"
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/07/01 19:18
隔離都市物語

25

これがいわゆる"終わりの始まり"


≪勇者シーザー≫

朝焼けの空の下、私達は王宮に向けて歩を進めていた。

私を先頭にその横にクレアさんと手を引かれて歩くアルカナ君。

少し後ろに戦士殿と盗賊殿、そしてライオネル殿が続く。

更にその後ろには、この日の為に決起した人類の生き残り達が思い思いの装備を手に歩いている。


「まさか、正面から進んで敵の迎撃が無いとは……」

「デカイ反乱でもあったみたいでやすね若旦那。ほら。その辺が燃えてるでさ?」

「こげ臭いお」

「死体が一杯転がってるよね……」


見張り台には申し訳程度にワーウルフが座っているが、

こちらを見ても特に動くでもなく、興味なさげにだらりと舌を出したままだ。

……もはや魔王軍は軍隊としての形を維持出来て居ないようである。

だが、油断は禁物。まだ魔王ラスボスに忠誠を誓う兵は必ず居る筈なのだ。

ここで油断して失敗しては元も子もない。

……と、そこで私は大通りの脇に座り込む大柄な姿を見つけた。


「勇者か。遅いじゃないか……出来ればわたし達が魔王軍らしかったうちに来て欲しかったがね」

「ミノタウロス……殿か」


いつぞや一騎打ちを行ったミノタウロスだ。

体のあちこちに噛み傷を付けた状態で道の隅に座り込んでいる。

……しかも、アバラが浮き出て血溜りがすっかり乾いてしまっているのを見ると、

随分長い間ここに座り込んでいたようだった。


「ははは。かつての部下に文字通り噛み付かれるとは思ってもみなかった」

「……何があった?」


「反乱の鎮圧に赴いたらそこで部下の裏切りに遭ってね……それは何とかしたが、この通りだ」

「お腹に酷い怪我だお」

「腐りかけてる!?それって何日前の話なの……?」


足元に転がる巨大な戦斧は血に塗れ、錆が浮き始めていた。

腹に受けた傷は大きく、満足な処置も行われなかった結果、腐り始め蝿が周囲を舞い始めている。


「まあ、ここで会えたのが不幸中の幸いか。悪いが……介錯願えるか?もう歩けないのでね」

「……分かった」


こんな王宮が見える位置で、重鎮の一族が倒れていても誰も助けようとしない現状。

それに疲れ、絶望し果てたのかミノタウロスのその目に生気は無かった。

そして、私の背後の人々から発せられる無言のプレッシャー。

私にはもう、無抵抗な彼を切り殺す以外の選択肢が無いと分かった。


「いずれ魔王もそちらに行く。出迎えの用意をして待っていろ!」

「ふ、はは……魔王様が?……まあ、そうかも知れないがね……」


何故か泣きたくなる気持ちを抑え、ミノタウロスの首を落とす。

出来るだけ、苦しめないように……一撃で。


「ああ……食料泥棒さえ、多発、しなければ……がはっ」

「……くっ」

「「「「「よっしゃああああああああああっ!」」」」」
「「「「「ざまあみろぉぉぉーーーーーーっ!」」」」」
「「「「「人間を舐めるな薄汚い魔物どもめ!」」」」」
「「「「「じつは、あたしらの、しわざ、です」」」」」


背中から聞こえる歓声が、何故かとても悲しかった。

私は振り向く事が出来ず、そのまま歩き始める。

何故そんな風に思うのか、自分でも理解できなかったが。


……。


私は無言で歩く。

士気上がる人々とは対照的に私の心は冷えていく。


「シーザーさん……あの、気持ちは判りますが、目が怖いですよ?」

「……姫さん。黙っててやりな。やりきれない事はあるもんだ。例えば金貸した奴が蒸発したりとか」

「貸してたのかお……」


「「「「「「オーオゥー、我等がアラヘン麗しの王都~♪」」」」」」
「「「「「「我等が勇者、非道の魔物を蹴散らして~~♪」」」」」」


即興の歌が響く中、私達は大通りを抜け王宮を取り巻く堀を渡った。

……跳ね橋は下りっ放しで引き上げる為の鎖は切れたまま放置され、最早その存在意義を失っている。

そして激戦を覚悟していたのだが……何も無い。

ここまで来ても、まだ何の出迎えも無いとはどう言う事か?


「だが、まだ兄さんが居る。死霊騎士デスナイトが居る」

「応。だが、今更だがやれるのか?もし辛いなら俺も手伝うが」


ライオネル殿からそんな申し出があったが断りを入れた。

これは勇者と魔王の戦いの一環ではあるが、

同時に私と兄の国の守り方の違いによる激突でもある。

我が侭かもしれないが……ここは他者を交えず一対一で片を付けたい。

そう考え、焼け焦げ穴の空きかけた王宮の門に手をかけた。


「ぐああああああああああああああああああっ!?」


その時だ……門の奥から断末魔の絶叫が響いたのは。


「なっ!?兄さん!?」

「応!?何事だよ!?」

「爆音が響いたお!」

「行ってみましょう!?」


私達は扉を蹴破りエントランスへなだれ込む。

そこで見たものは……。


「なんて、酷い。変わり果てた姿になってしまって……酷いよ、これは」

「空飛ぶ絨毯、おとーやんに頼んで作り直しだお」

「そっちかよ姫さん。まあ高そうだけどなその絨毯」

「お?シーザーか。遅いゾ!この辺までは露払いしておいたからナ!」

「うおっ!?まさかスーの所のチビ助かよ!?」

「旦那方の世界は人材の層が厚いでやすね……」


搭載した弾薬量を半分ほどに減らし、焼け焦げながら浮かぶ空飛ぶ絨毯と、

頬をすすで汚しながらもにやっと笑うフリージア殿。

そして。


「……」

「中々手強かったが今回は絨毯が荷物持ってくれたし、近寄らせなければどうって事は無いのだナ!」


ただの物言わぬ鎧と化した、いや戻った兄さんの成れの果て、

の、そのまた成れの果ての姿だった……。


「だお?何か鎧が自己修復しておるお……その内また襲ってくるんじゃないかお?」

「それは無いゾ。自我を封じ込めていたらしい宝石が兜にくっ付いてたからそれを砕いたのダ」

「……それは、鎧自体の効果だ。その鎧こそが兄さんに渡された"聖剣"なんだ。は、ははは……」

「そう言えば兜の飾りだけ修復されてないね。と言う事は倒したって考えて良いのかな?」

「自己修復能力を持った鎧かよ……凄い業物だな。幾らするんだ?」


私は力なく剣を取り落としていた。

……ぶつけたかった感情があった。問い質したい事があった。

そして、私は兄さんに勝ちたかった。


けれどもそれはもう、叶わない。

目の前にあるのはもう、ただの鎧だけ。

かつて兄さんが愛用した、その鎧だけだ。

そしてその中から、兄さんの意思はもう、感じ取れなかった……。


「えーと、雇い主……まあ、なんだ。人生色々あるさ、な?」

「……ああ、そうだな。有難う戦士殿……」


国を憂いるなら喜ぶべき事だ。

難敵がひとつ排除され、敵四天王の一角がまた崩れたのだから。

だが、先ほどのミノタウロスの事を含め、

なんと言うか、個人的にはやりきれないものがある。


「シーザー済まんな。必要だとは言えお前の兄を倒してしまった……あ、怨んでくれても良いゾ?」

「怨める訳が無い!共に戦ったフリージア殿を怨める訳が無いではないか!」


それに、彼女の戦いは正当なものだ。

仇討ちという側面もあるし、第一文句を言うのなら突入が遅れた自分自身にだろう。

……このやるせなさは、私が自分自身に向けるべきものなのだ。


「なんか、何処かの異世界で買ったゲームにあった、時限イベント失敗したみたいな感じだお」

「む。アルカナ……またこっそり遊んでたの?夜更かしはしないようにね?」


どんなに悲しくても悔しくても、

それを他人に向ける権利など私には、無い。


「お、応シーザー!とりあえず魔王との戦いはお前のもんだ!後の雑魚は俺達に任せな!?」

「そうですやね。自分等もここまで無傷でこれるとは思ってませんでしたし、いけるでやすよ!」

「……ああ」


必死に慰めてくれる仲間達の好意が、今の私には、痛い。

だが確かに言う通りでもある。

必死に気を取り直し、剣を拾い上げた。


「行こう……魔王はすぐそこだ!」

「はい!」「だお!」

「そうだナ!」「稼ぐぜ!?」


そう、ここは全員が無事に集結できた事を喜ぼう。

……何はさておき魔王を倒す。

今はそれだけを考えるのだ!


……。


エントランスから真っ直ぐに進む。

……かつては赤絨毯が敷かれ、その左右を微動だにしない精鋭の騎士達が固めていた謁見の間への道。

既に絨毯は取り払われ、大理石の床は所々ひび割れていた。

天井を彩るステンドグラスは割れて半ばが失われ、周囲には埃が舞っている。


「……変わり果てたものだな」

「なまじ過去の事を覚えてるだけ泣けやすよね。この絵画もかつては凄い値打ちもんだったのに……」

「こんなになったら売れもしないだろうな。勿体無い」


「応、お前ら気にしても仕方ねぇだろ?」

「伯父様の言うとおりです。大事なのはこれからですよねシーザーさん?」

「とりあえず勝つのが重要だお」


違いない。

今はまだ、秘匿されているだけで食べるものが本当に無い訳ではないからまだ良いが、

このままでは我が祖国に生きている者は居なくなるぞ?


「なあシーザー。お前の兄だがナ……実は私が来る前から疲れ果て、膝を付いてたのダ」

「え?」


その時、フリージア殿がポツリと呟いた。


「お前達が到着したときは爆風で吹き飛んでいたがナ、最初……周りは魔物の死体で一杯だったのダ」

「それは、魔王ラスボスに対する反乱軍か?」


「うむ。奴はここ一ヶ月ほど不眠不休で魔王の寝所に続くあの場所を死守していたそうなのだゾ」

「……そうか」


フリージア殿の顔に表情は無い。

務めて平坦を装っているようだった。


「馬鹿な話だゾ。死んだら何にもならんのだナ……本当にそっくりだゾ」

「……それでも私は、王家に対する忠誠を捨てないし、兄さんのそのあり方を否定もしない」

「だお?あ、シーザーにそっくりって事かお」

「シーザーさん。自分は大事にしてくださいね……貴方に何かあったら、私が……悲しいから」

「確かに雇い主は手前の命をないがしろにしがちだしな。俺としても護衛対象に死なれたくは無い」


生き延びろ、か。

気持ちはありがたいが敵は魔王ラスボス。

奴を倒せば私の戦いは終わる。

……皆には悪いが今こそ命の賭け時だと思う。


「……何でそんなにそっくりなんだろうナ、お前たち三人は」

「三人?ブルーかお?一応遠いとは言え親戚なんだから当たり前だお」

「でもレオは命を賭けるようなタイプじゃないけどね。元々賭ける必要が無いけど」


ブルー殿と似ている、か。

だからこそあの人も私を放っておけなかったのかも知れない。

……私も何時かあの人のようになりたいものだ。


「さて、そうこうしてる内に扉が見えてきやしたぜ?あの奥が謁見の間……今は魔王の居室でさ」

「妨害が無かったお!良い事なのら」

「私はそうは思えんがナ……何かあると思ったほうが良いゾ」

「そうね。扉の奥から来る重圧も相当な……あ、開いた!?」


そしてかつて陛下が世界中から集う人々と謁見をされていた巨大な広間の如き一室の前に辿り着く。

巨体の魔王が暮らせるほどに広く、天井の高かったその部屋は今では魔王の居室と化しているらしい。

……敵に逃げ場は無いし逃げる気も無いだろう。

そう考えていると、それを肯定するかのように突然扉が軋みをあげた。


「良くここまで辿り着いたのう、婆さん」

「老師……」

「話には聞いてたが……ソーン、お前なのか……応、久しぶりだな」


そこから歩み出てきたのは顔が潰れたままのアンデッド。

老師、即ち四天王第四席……顔無しゾンビだった。

ぞろぞろと現れるスケルトンの後ろには部屋の奥で腕組みをして座り込む魔王の姿も見える。


「お久しゅう。ハーレィもデイビッドももう居りません……今や私だけに御座います」

「ちびリオに良く仕えてくれたぜ……苦労かけたな。俺のせいだ、済まねぇ」


知り合いだったのだろうか。

ライオネル殿と老師は言葉少なく語り合い、お互いに頷きあった。


「さて、わしは立場ゆえに戦わねばな。帰るなら見逃すがのう?」

「老師。それが出来ればここまで来て居ない!」


私が叫ぶと老師はすっと道を開けた。


「婆さん、なら進むが良いわい……わしの役目は余計な者をここから先に通さない事じゃからのう」

「……老師?まさか貴方は……」


「応!シーザー、ここは俺達が引き受ける。先に行け!」

「「「「うおおおおおおおおおおっ!」」」」


後ろからドンと背中を押される。

スケルトン達は私達を無視し、後ろを固めていたライオネル殿たちに向かっていく。

……これは!?


「行けって事だと思うゾ」

「ラスボスも待ってるみたいです。行きましょう」

「決戦だお!」

「消耗戦にならなくて良かったぜ」

「自分もお供させてもらいやす!」


迷いは一瞬。

そして私は走り出した。


「私達が魔王を倒すまで頑張ってくれ!」

「「「「お願いしますぜ勇者様っ!」」」」


スケルトンは老師が居る限り幾らでも現れるだろう。

ならば、此方が消耗する危険性を避けるべきだ。

それに……彼らでは魔王に傷一つ付けられないだろうしな。


「応!ここは俺に任せな。無駄な死人は出させねぇぜ!?」

「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」


背中に響く剣戟の音を尻目に私達は謁見の間に走りこむ。

……背後で扉が閉まる音がした。


……。


扉が閉まるとそこには静寂の空間が広がっていた。

この一室だけは何も変わらない。

暗殺に備え窓が無く数箇所に炊かれたかがり火により照らし出された室内。

そして多少薄汚れはしているものの、いまだ豪華なままの装飾。

……違いと言えば、かつて玉座があり陛下が座っていた一段高い部分から玉座が取り除かれ、

代わりにその場所を椅子代わりにして魔王が座っているという事だろうか。


「良く来たな。勇者シーザー」

「魔王、ラスボス!」


腕を組み、目をつぶっている魔王は何故か苦痛に呻いているようにも見える。

そしてその目が開くと、以前より少し充血したように見える瞳が現れた。


「我は魔王。今まで幾つもの世界を破壊してきた」

「知っている。だがそれも今日までだ……お前は、この私が……討つ!」


決意と共に剣を抜く。

盾を構え仲間達の前に出ると、ラスボスは苦笑をしつつ立ち上がった。


「はっはっは。貴様などに殺される必要は無い。見るが良い、これを」

「……そ、それは!?」


ラスボスが脇腹をさすると僅かばかりだが血が滲み出る。

……ふと気が付いた。

あれは、かつて私が傷を付けた跡だ!


「あの日以来、この傷は完全に癒えると言う事が無かった……そして以前の戦いでまた傷が開いてな」

「アルカナが直撃したあの時だお♪」


「……少々力を使い過ぎたらしい。あれから全く血が止まらんのだ」

【私の崩壊の力、甘く見ましたね】

「最初に食らってから一年経ってるんだろ?……まるで呪いだな」


地響きを立て、魔王ラスボスは一歩踏み出した。

良く見ると、顔色が悪い。


「……我にだって分かる。これは致命傷だ」

「なに?」


「まあ、後三ヶ月はもつまい。それを知るや我に忠誠を誓っていた筈の兵達が一斉に牙を剥きおった」

「……そうか、それでか」


魔王の寿命が後三ヶ月しか無いとなれば、その恐怖も薄れるだろう。

後の事を考え暴走するものが現れてもおかしくは無い。

……いや待て、それ以前の問題があるぞ!?


「では何か?私がここでお前を倒さなくともお前は後三ヶ月あればそれだけで死ぬのか!?」

「……正確に言うと、長くとも三ヶ月だ」


しん、と周囲が静まり返り、かがり火の放つ音だけが周囲を覆った。

……私が倒す必要は無かったと?

今や魔王を放って置いても問題が無いと言うのか!?


「認めたく無いものだ。ハインフォーティンと戦わねばここまで致命的にはならなかったのだが」

「ハー姉やんに二度も逆らってまだ命があるだけ凄いと思うお」

「むしろ苦しめる為に生かされてるだけじゃ……あ、何でもないです」

「そんな事より母の仇は何処ダ?」


……フリージア殿?


「それはいい。悲劇に酔いたきゃ酔っておけばいいのダ。で?あのトカゲは何処ダ?」

「……ドラグニールか。奴は」

「私はここにいるぞ。人間ども……魔王様が貴様等如きにやられると思うな!」


突然顔色を変えたフリージア殿に驚きつつも、私は新たなる声のほうを見た。

部屋の奥に人間用サイズの扉があり、そこからドラグニールが現れたのだ。

……これで、役者は揃った……と言う事か?


「ククク……それはナイ。魔王様が貴様等のような人間どもにやられる事などアリエナイ!」

「……ドラグニールよ。どうした?様子がおかしいが」


魔王すら不審に思うなら私達はなおの事だ。

四天王主席……竜人ドラグニールの様子は明らかにおかしかった。

目は血走り、呂律も回りきっていない。


「もう我が一族も終わりだ……クハハハハ、終わりなのだ。ならば魔王様だけでも、魔王様だけでも!」

「……ドラグニール……お前は……!」


そこに、10年もの間殆ど一人でこの巨大組織を回してきた男の姿は無かった。

狂気に駆られた一匹の魔物が居るだけだ。

……ただ、私はその姿に同情すら覚えつつあった。

手塩にかけた組織とそれに誇りを持っていた一族をほぼ同時に失ったのだ。

精神に異常をきたしてもなんら不思議ではない。


「ククク、見よ、私の一族に代々伝わる決戦用の秘薬だ……これがあればマケンぞ?マケンゾ!?」

「ろくな物では無さそうだナ」

「明らかに命削ってるよね」

「だおだお」


それは間違いない。

薬を飲み干すたびにドラグニールの筋肉は肥大化していくが、それで無事で済むとはとても思えない。

……そして気付いた。

魔王だけではない。魔王軍自体が既に壊死を起こしかけているのだと。

そうでなくば、ここまで自棄になる筈も無い。


「ろくな薬じゃナイ?アタリマエダ!?だがな、勇者よ。この地の古文書を読んで知ッタガお前の」

【黙りなさい!見苦しい!】


私の腰に下げられた剣の守護者が一喝した。

刀身が輝き鞘から光が漏れ、その光に当たった皮膚に痛みが走る。

……凄まじい力だ。流石は伝説の聖剣。


「ハハハハハハハ!怯えルナニナイテゴロシ!さあ舞え、チカラヲツカエ!」

【……!】


「魔王サマが再びその光にヤカレル前ニ、オマエヲミツズレニ逝ッテヤルゾ!」

「来る!?」

【勇者よ!こんな相手に私を抜いている場合ではありませんよ!?】


剣の守護者の言うとおりだと同意しかけたその時、

既にドラグニールは私の懐に入り込んでいた。


「速い!?」

「オマエガオソイ!」


曲刀が私の鎧に叩き込まれ、私は扉に叩きつけられる。

……曲刀自体もその衝撃に耐えられず刀身が弾け飛ぶが、彼の竜人は気に気にした様子も無い!


「マオウサマハヤラセンZO、ONORENOBUKINIKOROSARERO!??????」

「ぐっ!?」

「だが断るゾ!お前の相手はこの私なのだナ!」


再び迫る一撃に盾を必死に構えるものの、その内側に入り込まれては意味が無い、

と思った瞬間、横から飛んで来た鉛玉にドラグニールは吹き飛ばされる。

……そしてフリージア殿が私を庇うように銃弾の雨を降らせた。


「コイツは私に殺させてくれ。頼むのだナ」

「……フリージア殿の仇はドラグニールだったのか……分かった」


「任せるのだナ……この位の大きさなら銃撃で吹き飛ばせる。やられはしないゾ!」

「承知した。そちらは任せる!」


そして私自身は魔王ラスボスに向き直った。

……魔王はどこか遠い目で言う。


「我と戦うか?お前がやらんでも事態は収束する。それでも勝ち目の無い戦いを始めるのか?」

「ああ。……何故なら、私は勇者だからだ!」


魔王はこの戦いを無駄と言い切った。

確かにそうなのかも知れない。

だが私は平和になるまでの、その三ヶ月の差が惜しいと思う。

そして……それ以前に勇者としてこのまま逃げ帰るという選択肢を選ぶ事は出来ない!


「そうか。では始めるか」

「……ラスボス!」


ところが、対する魔王はと言うと諦めのような雰囲気が漂い始めていた。

かつて感じたような分かりやすい覇気は感じられない。

……そして、私はその事実に何故か憤慨していた。


「魔王よ。何を黄昏ている!?お前は8つの世界を破壊した魔王なのではなかったのか!?」

「ふん……お前に理解できるか?10年の準備がまるで無駄だった我の胸の内が……!」


その言葉と共に、風を切る音と共に突き出された手より紅蓮の炎が巻き起こる。

文字通り無造作に放たれただけなのに、それは部屋中を炎に包んだ!


「故に、これは八つ当たり……最後に魔王が勝つ物語があっても良かろう!?」

「ふぇ?意外と多いと思うお」

「アルカナ。それは言っちゃ駄目じゃないかな?」


魔王の目に光が戻る。

もしかしたらそれはろうそくの消える前の一瞬の輝きなのかも知れない。

だが、


「魔王ラスボス……これが正真正銘の最終決戦だ!」

「来い!あの騎士の予言など粉微塵に打ち砕いてみせるわ!」


そんな細かい事はどうでも良かった。

そこに魔王が居て勇者がいる。

ならば戦うしかないと私の心が告げていた!


「クレアさん!援護を頼む!」

「はい!」


「アルカナ君、クレアさんを頼んだぞ!」

「頼まれなくても分かってるお!」


「戦士マルク殿!最善と思われる行動をお願いする!」

「簡単に言ってくれる……まあいい!勝って莫大な褒美でも貰うとするか!」


仲間達に簡潔な指示を出し、私は正面から走り出す。

部屋は燃えている。

長期戦は不可能だ!

ならば、成すべき事は一刻も早く魔王を討ち果たす事のみ!


「ちょ!?勇者の若旦那!自分は何をしやすか!?」

「この炎の中で爆弾は使えないだろう?」


走り出した私の背中に慌てたような声がかかる。

盗賊殿か。

満足に走れず武器は爆発物。そんな彼に何を任せれば……。


「そうだ……盗賊殿は奥に向かって陛下を一足先に救い出してくれ!」

「っと、これは大仕事でさ!?了解。任せてください若旦那!」


先ほどドラグニールが出てきた奥への扉を盗賊殿が一足先に駆けていく。

例え魔王を倒せても陛下が亡くなられるような事があれば本末転倒。

動けるものがいれば先に動いておくべきだろう。


「……あのような者にお前もデスナイトも何故拘るのか……」

「分かるまい……魔王であるお前には!」


鞘に剣を戻し、聖剣を抜き放つ。

……まだその秘めた力を発揮していないのか輝く事も無く、聖剣はかつてのように私の手に納まった。


【勇者よ。以前の事を覚えていますか?】

「ああ。酷い負け戦だったな」


【……貴方が私の"崩壊"の力を使えるのは精々後三回が限界でしょう……急所を狙うのです!】

「致命打を与え得るのは後三回のみ、か」


成る程。魔王に致命傷を与えうるほどの剣が私の番まで残っている訳だ。

剣なのに使用回数付きとは恐れ入る。恐らく魔力量などの限界があるのだろう。

だが、今の私には問題にならない!


「聖剣よ!剣の守護者よ!……今こそ私も切り札を切る時だ!」

【……?】


そして、そっとマナバッテリーを覗きこむ。

充填率はまだ100%……よし、いける!


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

【こ、これは!?】


全身に湧きあがる力を押さえる事もせず、私は魔王に突進する。

……今なら、何にだって負ける気がしない!


「まずは、一撃入れさせてもらう!」

「以前は当てさせてやっただけ!そう易々と当てられると思うな!」

「おねーやん!」

『来たれ……街に散らばる瓦礫達よ!』


振りかぶる聖剣に合わせ、天井に空いた穴からアラヘン中に散らばる瓦礫が降り注ぐ。

ダメージは無いに等しいが、細かい建材の欠片や木屑が魔王の視界を塞いだ!


「むっ!?目が、っ!?」

「はあっ!」

「弁慶に派手に当たったお!」

「目を開けていれば埃が入る。閉じれば見えない……地味に効きますよこれは!」


私の一閃は魔王の脛に吸い込まれ、脛の皮と肉を切り裂く。

だが、その一撃は骨に阻まれ止った。


【今です!足の骨を崩壊させ、機動力を奪えば】

「まだだ!剣の守護者よ!まだだっ!」

「うぐっ……してやられたが……この程度!」


そして、悪いとは思いつつ聖剣を足場として飛び上がり、

落ちながら膝の皿に盾の角を叩きつける!


「!?……あ、が、ぁっ!?」

「体勢が、崩れたっ!」

【これを待っていたのですか!?】


魔王ラスボスはたまらず膝を付いた。

……私はそれを見るや膝に手をかけ飛び乗るようによじ登り、

敵の太股を足場としてその顔面に聖剣を突き刺す!


「ぐお……グオオオオオオオオオッ!?」

「悪いが目を頂くっ!……聖剣よ!」

【我が崩壊の力を受けよ!魔王!】


聖剣が光り輝く。

魔王の眼球に突き入れられた刀身から輝きが溢れ出し、

魔王の顔面に大きくヒビが走った。


だが、魔王の残った片目は私を見据え動揺すらしない。

そして……突然、横から凄まじい衝撃が私を襲う!


「これでどうにかなるとでも思ったか!?」

「グハッ!」

「シーザーさん!?」


敵の膝の上では避けようも無い。

私は横殴りに弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

そのまま地面に落ちたが呼吸すらままならない。

……なんて威力だ。頭の奥でガンガンと音がするぞ!?


「ふん……厄介なのは……貴様のほうか!」

「きゃあっ!?」

「ぐっ!?クレアさん!?」


そして私を壁に叩きつけたことを確認すると、魔王はクレアさんに狙いを定める。

足元に転がる瓦礫をごっそりと掴み取ると、クレアさん目掛けて投げつけた!


「おねーやんはアルカナが守るお!」

「アルカナ!お願い!」

「……ほお!大した気概だ!」


そしてある程度予想できた通り、アルカナ君がクレアさんの前に立ちはだかり、

時折飛び跳ねながらクレアさんに向かう瓦礫をその身を持って受け止めていく。


「痛いお!痛いお!痛いお!?」

「ちょこまかと、小五月蝿いガキめ!」

「アルカナは不死身!そんな事でくじけるような弱い子じゃないもの!」


全ての瓦礫を受け止められると流石に魔王も驚いた顔をした。

血塗れになりながら「だお!」と立ちはだかるアルカナ君は魔王にとって不快だったらしい。


「ならば、直接くびき殺してやるわ!」

「だおっ!?向かってくるお!」

「くっ!急がねば!」


何とか体勢を立て直した時には、既に魔王は立ち上がり、

クレアさん達に向かって突進を開始していた。

だが、私はその視界の先にあるものを見つける。


「出費は最低、効果は最大に、ってな!」

「……ぬわっ!?」

「ラスボスがこけたのら!?」

「あ、ガラス玉なんて何処で!?」

「なんにせよ千載一遇の機会だ!」


戦士殿だ。戦士殿が何処から拾ってきたのか大量のガラス玉を魔王の足元に転がしたのだ。

幸い大半は魔王の重量に潰される事も無く、瓦礫に混じった丸いガラス玉は魔王の足元を脅かす。

その大質量と足の負傷故体勢が崩れやすくなっていた魔王ラスボスは見事に脚を取られ、

そのまま派手に仰向けに倒れこんだ。


「やったのら!」

「うおおおおおおおおっ!」

【飛び乗るのは危険です!どこか届く場所で最も効果的な場所を!】


その言葉に従い、私は……卑怯者呼ばわりを覚悟で魔王の古傷を思い切り抉り出す。

そう、かつて私が一撃を入れた。いや入れさせて貰った場所だ。

ハイム様との戦争で開いていた古傷は聖剣の輝きに焼かれ、更にその傷口を広げていく……!


「ウガアアアアアアアアアッ!?」

「いける、いけるぞ……うっ!?」

【いけない!勇者よ、一度下がるのです!】


剣の守護者が叫ぶ。だが、今は千載一遇の機会だ。

確かに手が何故か震えるし敵の反撃が来そうな状況下ではあるが、

敵のヒビは既にその胴体の半分を覆うほどに大きくなっている。

……ここで叩き潰されようが構うまい。

魔王と相打つならば、勇者として、本望だっ!


【下がるのです!もうこれ以上は貴方が保たない!】

「シーザーさん!?駄目ッ!ラスボスが拳を振り上げてるっ!」

「駄目だお!……忘れたのかお!?ラスボスはまだ本気出してないんだお!?」


……脳天に直撃を受けたような衝撃を受けたように感じた。

そうだ、まだラスボスには合成魔獣としての本性が残っている!

次の瞬間、私は聖剣をぐっと握り締め、後ろに飛んだ。

一回、二回、三回。

そして四回目のバックジャンプを敢行しようとした時、

今さっきまで私の居た場所を中心に、魔王の腕が周囲を薙ぎ倒す。

……危ない所だった!


「アルカナ君、済まない……危うく敵の奥の手の存在も忘れる所だった」

「判れば良いんだお!」

【それより勇者よ。体は大事無いですか?】


言われて確認するが、特にどうと言う事は無い。

強力な打撃だったがとりあえず当たってはいないようだった。


「ぬぐっ……腕を上げたか?いや、この腕力は人間の到達できる域ではないぞ!?」

「語るべき事は無い!」

「と言うか、反応して手の内晒したらアホだお」


魔王が体を起こした。怒涛の攻撃でかなりの体力を削り落とした筈だ。

だが顔と腹を中心にした胴体にヒビが入っている割りに、まだ余裕があるように感じられる。

そしてラスボスは体を起こしたまま片手を地面に付いて体を支えつつ、瓦礫を一掴み掴み上げ……、

そのまま口元に持って行った。


「……では、これはどうだ?」

「えっ!?瓦礫を口に含んでる!?」

「汚いお!」

「……いや、これは……避けろっ!」


私の声に反応して仲間達はいっせいに散開する。

刹那、その周囲を覆いつくす飛弾の雨。

魔王は口に含んだ瓦礫を細かく噛み潰すと、霧のように吹き付けてきたのだ!


「唾吐いて来たお!きちゃないお!」

「それどころじゃないよ。これ……一発一発がハンドガンくらいの威力があるかも……」

「それが霧吹きのようにか!?笑えもしな、うおっと!?」


続いて地面に付いたままだった手の指先だけを動かし、爪で弾くように手近な瓦礫を飛ばしてきた。

大きさは人の頭部ほど。

狙われた戦士殿は驚きつつも後ろに飛んで、


「ぐあっ!?しまったっ!?」

「炎の中に飛び込んだお!」


背後に迫っていた炎に巻かれた!

熱にやられ、地面を転がる戦士殿。

私にはそれが火を消す為に無意識にやった行動である事だと容易に想像が付いた。

……だが、今ここでそれをやってはいけない!


「逃げろっ!?戦士殿!炎は後回しだっ!」

「熱ぃぃぃぃっ!?……ぐああああああああっ!」

「逃すかああああああっ!」


警告を出すも時既に遅し。

ズン……と音がして、

飛び出したと思った瞬間、既に魔王は壁に突っ込んでいった。

それはあっという間の出来事。

ゆらり、と炎と砕けた壁から身を起こした魔王は凄惨な笑みと共に呟く。


「……まず、一匹だ」

「戦士殿……!」


その場の全員が理解する他無かった。

壁の奥に潰れた戦士殿の遺体……間違いなく即死だったろう。

胴体を丸ごと潰されて、生きていられる人間は居ない。

私は……思わず奥歯を砕かんばかりにかみ締めた。


【勇者よ】

「……分かってる。仲間の死だって初めてじゃない」


だが、それに流される訳にも行かない。

何度も揺れ、悩み迷ったとしても。

せめてこの場では、戦場ではそれに流されてはいけない。

……今まで守れていない事も多かった。

これからだってそうかも知れない。いや、これからがあるのかも判らない。

だが、今は……世界の命運を賭けたこの場では、

絶対に判断を誤らないようにしなくてはならない!


「たかが三ヶ月。されど三ヶ月……私の勝利が世界を救うと信じねば、勇者などやっていられない!」

【よろしい。では、ここで貴方が成すべき事は?】


そんな事は決まっている。

……私は覚悟を決めて走り出した。


「魔王を打倒する。まずはそれだけだ!」

「我を打倒?やれるものならやって見よ!」


正面からの突撃。

魔王は当然のように拳を振り上げる。

……それを確認し、私は盾を構えて立ち止まった。

ただし軽く腰を落としつつ、だが。


「正面から受け止めるつもりか!?笑止!」

「シーザーさん!?」

「何してるお!?」


当然の如く振り下ろされる腕。

……ここで警戒されたなら勝利は遠のいていただろう。

だが、相手は人間だと侮ったのが……ラスボス、お前の敗因だ!


「!?腕を、駆け上って!……この軌道は!まさか!?」

「その首、貰い受ける!……アッパースゥィングっ!」


魔王の一撃を飛び上がって避け、その拳から腕を一気に駆け上った。

そしてすれ違いざまに頚動脈を斬り上げ、切断して背後に飛び降りる!


「この攻撃法……ガハッ、奴と、同じ手を……!」

「やったお!」

「うん!でもまだ。まだ次がある!」


首から大量に血を流し、ドサリと倒れこむ魔王。

だが私は、私達は知っている。

魔王ラスボスがこんなもので終わる存在では無い事を。


「ふん……知っていようが、本来の我は合成魔獣……傷の受け過ぎだ。思わず元の姿に戻ってしまった」

「だおー。色々生えてきたお!」

「まさに合成魔獣(キマイラ)ね……でも、今までのダメージが抜ける訳じゃない。シーザーさん!」

「ああ、分かっている!」


魔王の姿が変わる。

下半身が肉食獣のような四本足になり、蛇の頭を持つ尻尾が生えてきた。

肩口からは山羊とライオン……ではないな、虎か。ともかく頭が二つ。

胸板も突き出てきたかと思うと二つに開き、竜の頭がせり出してくる。

背中にも変化がおきた。

何かが競り上がって来るのを見て、てっきり羽かと思いきや、

何と生えてきたのは巨大な鳥の足。爪が異様に発達していて動くたびに万力が閉まるような音がする。

……おかしい、以前マケィベントで見た姿と僅かに違うような。


「不気味か?」

「え?」


不意に、魔王が話しかけてきた。

その体の変態はまだ止まっていない。

その中で、魔王は私に「不気味か」と聞いて来たのだ。


「いや。ただ単に以前と姿が違うなと思っただけだ」

「……我はウロボロスの怪物。命の設計図を弄くられた存在。真の姿は変わる度に違うものになる」


それは、どう言う事だろうか。


「かつて、我は故郷で不可視の船に乗る人間どもに出会った……奴等は我の親だと言った」

「魔王の、親!?」


「イデンシを自己改造する最強生命体を作り出す実験だったらしい。後で知った事だが」

「それが、その姿とどう関係する?」


「我は失敗作なのだ。少なくとも奴等は我を殺す理由をそう言っていた。余りに不安定だとな」

「そんな……」


魔王の額から触角が生える。


「故郷は奴等の実験場(遊び場)に過ぎなかったのだ!我や、魔物たちは奴等の玩具よ!」

「その憤りが魔王の力の源だというのか!?」

「あ、そうか……合成魔獣は自然発生するような生き物じゃないよね……」

「今まで気付かなかったお!」


全身の毛が針のように鋭く尖り、毒々しい光沢を帯びる。


「我は人間を許さん……とは言わぬ。そんな事、我の知った事ではないからだ。だが」

「だが?」

「じゃああのドラグニールが人間を異様に嫌うのはその人達への恨み……!?」

「でもそれって、アレじゃないかお?」


爪が発達し、金属質に変化する。


「我は生き延び、逆に奴等の技術を……異界を渡る術を盗み出した。そして誓ったのだ!」

「……何を?」


「我は我を脅かすものをこの世から消し去ると。その為に最強の存在になると!」

「だから、世を滅ぼし続けていたのか!?」


なんと言う過去だろうか。

魔王が人を、人の文明を滅ぼすのはかつて魔王が人に滅ぼされかけた為!?

だとしたら、悪いのは一体誰なのだ!?


「仕方あるまい。人は我を脅かす。我は我を滅ぼしうる者を消し去るまで止まる訳には行かなかった」

「そんな事をしていても破綻するだけだろうが!?」


「……現に破綻したではないか」

「……そうだな」


魔王は寂しげに言った。

……結局、魔王は怯えていたのだ。

己を滅ぼそうとする創造主、その恐怖から逃れる為には創造主自身とそれを連想させるもの。

そして己を危険に追い込みうる全てを抹殺せねば安心出来なかったに違いない。


「占領した世界をすべて灰にしていったのは何故だ?」

「支配していても逆らうからに決まっておる」


これもそうだ。後ろから刺されるのが恐ろしかった。

そうでなくとも認められなかったのだ。

一体どれだけの想いをもって世界を渡っていたのか。

それを知る術は私には無い。

だが、一つだけ分かる事はあった。


「だからと言って、そのやり方を認める訳にはいかない!」

「だろうな……我も認めて欲しいなどとは思わん!」


異形の姿と化した魔王と私達は対峙する。

そう、魔王にどんな事情があったところで、私達の世界を侵略して良いはずが無い。

降りかかる火の粉は払わねばならないのだ。

さもなくばそのまま焼け死ぬだけなのだから!


「見るが良い。こんな生き物が居て良い筈が無い……」

「私はそうは思わない。だが、アラヘンを害するものは全て討つ!」


私は一時瞑目した。

そしてかっと目を見開いて、叫んだ!


「何故なら私は、勇者シーザーだからだ!」


それは私を定義する言葉。私が私である理由。


「では決着を付けよう。我は魔王ラスボス。最後の敵対者……ラスボスなり!」

「行くぞ!魔王ラスボス!」


私はマナバッテリーを握り締めた。

その残量は、いつの間にか残り三割。

果たして足りるのかと言う不安はあるが、それでもやらねばならない。


「そう言えば、聖剣はまだ使えるのかお?」

「問題ない。使用回数は後一回残っている!」

【ええ。まだ後一回は大丈夫でしょう……使いどころは考えなさい。生きて帰りたくば】

「!?……それって……使用回数の制限じゃないの?……あ……じゃあ、まさか!?」


聖剣もまだ一度は使える。

勝機は十分に残っている筈だ。


「終わりにしよう。ラスボス!」

「最早、我の寿命は尽きた……せめて最後の戦いは勝たせてもらう。道連れだ、勇者シーザー!」

【道連れですか。言い得て妙ですね】

「…………シーザーさんは、死なない。私が、死なせない!」

「えーと?じゃあアルカナはお歌を歌うお!」

「あーちゃん。くうき、よむです……」

「それが出来たらあーちゃんでは無いでありますよ?」


少なくとも、世界は救われた。

……例えこのまま私が倒れようとも魔王の命はもうすぐ尽きる。

ならば、後は私とラスボスの意地比べ以外の何物でもない。


「行くぞおおおおおおっ!魔王、ラスボスーーーっ!」

「……来い!勇者シーザーぁっ!」


さあ、決着を付けよう。

勇者と魔王、どちらが勝利を掴むのかを……!


続く



[16894] 26 決着
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/07/03 20:59
隔離都市物語

26

決着


≪シーザー・バーゲスト≫

合成魔獣としての本性を現した魔王と対峙しつつ、私は現状の把握を開始した。

まず周囲は炎に包まれつつある。

あまり長く戦ってはいられないだろう。


「……ぐうっ……」

「シーザーさん、ラスボスには蓄積したダメージが残っています。でも気をつけて!」

「いざとなればアルカナのまさかりが唸るお!」


先ほどから強力を使い続けていたせいで、魔力残存量は三割を切っている。

ブルー殿が指摘したとおり、ここまで温存したにも拘らず魔力の不足が懸念された。


【勇者よ。一撃です、一撃で勝負を決めるのです!】


そして聖剣も残り使用回数は後一回きりか。

あの光り輝く崩壊の魔力、使いどころを誤ればそれで終わりになりかねない。

つまり、次の一撃で勝敗は決まるという事なのだ。


「シーザーさん。いざとなれば逃げましょう……魔王の命……もう明日まではもたないですよ!?」

「とりあえず、世界は救われたも同然だお。やったおシーザー!」


「勝手にするがいい……その場合、我は高らかに勝利の咆哮をあげさせて貰うがな」

「……今更、逃げなど!」


反発して叫んだその時、魔王の胸元にある竜の首が息を思い切り吸い込んだと思うと、

その首から炎が吐き出された。

後ろに飛んで回避したが、当てる気が無さそうだったのが気にかかる。

……一応チラリと後ろを見るが、特に他の炎に巻かれそうな気配も無い。


「逃げておいた方が良いのではないか?死にかけているとは言え、我は魔王ラスボスぞ?」

「冗談がきつい!」


私は少し迷うと魔王の足元に駆け込んだ。

肉食獣のような四本の足とその爪が私を捉えようと動くが、

胴体も片方だけ残った目も遥か頭上にある。

確認もおぼつかない足元はかえって安全だったりする。


「狙いは……足の腱!」

「甘いっ!」


そして私は前足の後ろ側に回りこむと、その巨体を支える足の腱を狙って剣を振る。

だがその時背後からの風を切る音に気付き、

盾を向けると凄まじい勢いで迫ってきた蛇の頭が盾にぶつかって弾かれ、

尻の方に帰って行くのが見えた。


「我の尾は蛇だ。足元の獲物に食らい付くぞ?」

「くっ」


巨体ゆえの弱点に対する対策も万全か。

尻尾に攻撃を加えようかとも考えたが、後ろ足がこちらを蹴り上げようと手薬煉を引いて待っている。

足の腱を切り、上半身に攻撃を加えたいと思っていたのだが……どうする?


「頑張るおー♪しーざー。がーんーばーれーおー♪えい、えい、おー♪」


ん?この声は。


「黙れ!」

「へぶっ!?」


その時、何時の間にやら歌い始めていたアルカナ君に対し、魔王ラスボスが殴りかかる。

幼児特有の甲高い声が気に障ったのだろうが、お陰で私への警戒が一瞬薄れた。

……蛇の視線がずっと先を向いた事に気付いた私はゆらりと揺れるその蛇頭の尻尾に掴みかかると、

その頭頂部から顎にかけてを一気に貫く!


「……ぐあっ!?」

「うわぁっ!?」


予想外の事態が起きた。

痛みに反応した尻尾が激しく跳ね上がり、私自身も空中に跳ね飛ばされたのだ。

そして、落ちた先は……なんと魔王の背中の上。


「……これは……?」

【呆けている場合ではないですよ!これは千載一遇の機会!】


そうだ。元々足元を攻撃したのは上半身に聖剣が届く状況を作るため!

立ち上がる事も出来ず蠢く背中に張り付きながら、恐らく心臓と思しき所に聖剣を突きつける。


「魔王おおおおおおおおおおおおっ!」

「……!?」

【終わらせます!今回ばかりは……これで!】


グサリと剣が魔王の背中に吸い込まれ、根元まで突き刺さった所で輝き始める。

その光は強く、今まで見たことも無いような激しいものだ。


【勇者よ。光を直視してはなりません、失明しますよ!】

「分かった。ならば……もっと深く突き刺すまでだ!」

「……おごっ、が、はぁっ……!?」


ガチリ、と私のすぐ横で音がした。

見ると、魔王の左右の肩より山羊と虎の顔が此方を噛み砕こうと首を必死に伸ばしているのだ。

更に背中から生えた鳥の足も爪を必死に動かしている。

二つの首は本来は左右の警戒と、首の後ろ辺りに取り付いた敵を排除するためのものなのだろう。

目を血走らせて此方に食いつこうとする気概は立派だが、

本来腹の下から背中にかけてを守るはずの蛇の頭を持つ尻尾は先ほど私の手で潰れたまま……。

背中の鳥の足は、恐らく攻撃専用なのだろう。自分の生えている付け根など攻撃出来よう筈もない!

……!?


「ぐふっ!?」

【勇者よ!今少し頑張るのです!】

「……お、うおあぁあああああっ!?」


私の背中に強烈な衝撃が走る。

必死に片手で盾を頭上に掲げるが、守りきれない背中を鞭のような何かが強かに打ち据えてきた。

どうやら……蛇の頭は死んだが、尻尾としての機能は失われていなかったようだ。

己の頭部を潰されたままにも関わらず蛇の尻尾は体からの指令に従い、

ごく普通の尻尾として私を叩き潰しに来たらしい。

潰れたままの蛇の頭部からは舌がだらりと垂れ下がったまま、

鞭のように私の背中を叩いていたのだ。


「ぐっ……だが、だがこんな所でやられてたまる、うわっ!?」

「うおおおおおおおおおおおっ!」


魔王が吼える。

全身が激しく震え、聖剣の柄を握り締めたまま片手一本でその場に止まる私を振り落とそうとする。

無論私は全身全霊を賭けてその場に止まろうとしたのだが、何故か腕に力が入らず吹き飛ばされた。

……いや、違う。腕に力が入らなかったのではなく……、


「シーザーさん!?腕が!?腕が!」

「ボロボロに崩れてもげているお!大丈夫かお!?」

「なっ!?私の右手が!」


私の右手が、無いのだ。

しかも痛みすら無い。


弾き飛ばされクレアさん達の横辺りの地面に叩き付けられた私は、

自分の片手の肘から先が失われているのに気付いた。

てっきり衝撃でもぎ取られたのかと思ったが、切断面がボロボロと崩れ落ちている所を見ると、

まさか……これは、聖剣の力によるもの!?


【不幸中の幸いでした】

「剣の守護者!?」


不意に剣の守護者の声が響く。

魔王の背中からは未だ眩いばかりの光が放たれ続けていた。

まだ聖剣からの崩壊の力の放出は止まっていないのだ。

……見ると剣の柄を握り締めたまま、私の右腕の肘から下がボロボロと崩壊していくのが分かった。


【これが私の"伝説"です。担い手殺しの聖剣たる"崩壊の剣"それこそが私の真実】

「……最後まで、残される訳だ……」

「鉄砲玉御用達だお」


剣の守護者の声にはどこか安堵の響きがあった。


【今まで私は幾人もの持ち手を本願成就と引き換えに殺してきました】

「じゃあ、まさかやっぱりシーザーさんも!?」


クレアさんは薄々感づいていたようだ。

眉をしかめて聖剣を睨みつけている。

……その目はもしそうなら許さないと雄弁に語っていた。


【いえ。普通なら神経を焼かれ担い手も動けなくなっている頃……貴方は生き延びますよ】

「ラッキーだお!」

「敵に致命傷を与える時には持ち手も致命傷を受けてるなんて……それでも聖剣なんですか!?」


クレアさんは憤慨しているが、この状況を思えば相打ちでも上等だろう。

当時の技量も体力も不足していた私が魔王に届いたのはそんな聖剣の力あっての事だ。

絶対的な力量差を埋める為の代償としては軽すぎず、重過ぎずと言った所では無いかと思う。


【勇者シーザーよ。貴方は未熟な勇者だと思っていましたが、最初から悪運だけは人並み外れていた】

「手酷い言い草だな、まあ否定はしないが」


【感謝しますよ。貴方は立派な勇者に育ち……私も初めて担い手を殺さなくて済みます】

「う、ぐ、あ……」

「あ、ドスンってなったお!?」

「魔王が、倒れた!?」


……背中から広がる崩壊の力が魔王の限界を超えたのだろう。

魔王の腕は己の背中に突き刺さった剣の柄まで届かず、

翼代わりに生えていた鳥の足とその鋼のような爪も、

付け根に近い場所に突き刺さった刃物には無力だった。

尻尾だけが唯一その場に届くが、幾ら尻尾を振るおうが剣は背中に埋まるばかり。

蛇の頭さえ生きていれば話は違ったろうが、当の頭は先ほど潰したばかりだ。

つまり、魔王には最早聖剣を抜く術がない。


【……勝負ありですね。勇者よ、貴方の勝ちです】

「魔王は、真の姿とその力を発揮する事も出来ずに倒れる事になるのか」

「いいじゃないですか!勝てたんだから……シーザーさんは生きてるんですから!」

「腕のほうは大丈夫なのかお?」


腕に痛みは無い。

まるで乾燥した粘土のようになってしまった腕の先では神経が最初にやられてしまったようだった。

なるほど、これでは敵にトドメを刺せた時には自分も動けなくなっている訳だ。

伝説の聖剣なのにどんな伝説なのかも知らなかったが、これでは使う人間には聞かせられない。


「ああ、大丈夫だ……痛みは無い」

「良かったお!」

「良くないよアルカナ!?シーザーさんお薬塗ります!痛みが無いのは却って危険なんですよ!?」


本来は敵に致命傷を与える頃には担い手も神経を焼かれ、後は双方崩れ落ちるのみ。

それが本来の聖剣……"崩壊の剣"の使い方なのだ。

恐らく担い手がそれに気付いた頃には最初に崩壊する神経のせいで手を放す命令が体に届かず、

普通は硬く柄を握り締めたまま死んで行く他無いのだろう。


しかし今回は、一番最初に崩壊する片腕のみで体を支えていた事が幸いした。

魔王は聖剣を背に刺したまま暴れまわり、結果私は脆くなった片腕が千切れただけで済んだのだ。

確かに全身の神経が崩壊しかかっているのか体はだるく反応も鈍い。

その上トンテンカンテンと頭の奥が五月蝿いが、

それでも崩壊の力から離れた以上、時が経てば回復するに違いない。


何故なら……最初の時も多かれ少なかれ神経をやられていたのだろうから。

あの時は直後に受けた落下の傷の方が余程重かったため気づく事が無かったに違いない。



「まあ、後はのんびりラスボスが死ぬのを生暖かく見守るお!」

「……危険だからトドメは刺そうよアルカナ」

「危険はさておき、このままと言うのも不憫だ。確かにトドメは刺すべきだな」


頑丈さだけが自慢の鋼鉄の剣を鞘から抜き放つ。

……今の私なら聖剣無しでも傷を付ける事くらいは出来る筈だ、


「……ん!?」

「あ、"強力"が切れたお」


慌ててマナバッテリーを確認すると、既に残量が無かった。

……魔力をずっと使用し続けていたせいだ。

僅かに後悔したが、考えてみれば魔王の猛攻に耐えきったのは"強力"による力の底上げのお陰。

そう考えると、もし魔王に辿り着くまでに少しでも力を使っていたら、

魔王の背中で尻尾に叩き潰されていたか、

最悪合成魔獣の姿を晒させる事も出来ずに死んでいたかもしれない。

……私のこの戦いもまた、紙一重の勝利だったのだ。


【な、なにをする!?】

「ウ、ウ、ァ、ァ……!」

「……何?」


だが、その時突然響く剣の守護者の声。

驚いて魔王の背中をよく見ると、

うつ伏せで呻く魔王の背中に誰かが乗って聖剣の柄を掴み上げようとしている!


「マ、オ、ウ、サマ……今、オ助けシマ、ス!」

【止めるのです!くっ!?このままでは!】


ドラグニールだと!?

はっとして周囲を見渡すと、曲刀で腕ごと壁に刺され動けなくなったフリージア殿。

今も必死に刀を抜こうと奮闘している。


「す、済まんのだナ!倒せたかと思って油断したゾ!?」

「ミトメン、マオウサマガニンゲンドモニウタレルコトナド、ミト、メ、ン!」

【しまった!】


聖剣は魔王のほうに向けていた崩壊の力をドラグニールのほうに向けた。

崩壊の光に巻き込まれその腕がボロボロと崩れ始めても、

ドラグニールは一切の躊躇をせず聖剣を魔王の背中から引き抜く。

そして、こちらを見て、笑った!


「オノレノケンニコロサレロ!……ユウシャ!」

「うおおおおおおおおおっ!?」


崩壊は腕だけではなくドラグニールの体全体に及んだ。

両腕で剣を保持しているが、既に爪が砕け、鱗と皮膚が崩れ落ちている。

……程なく塵になって消えてしまうのだろう。

だが、彼の魔物が私達の元へ突進してくる時間はある!


「オマエモコイ!マオウサマダケヲイカセルナ!ニンゲンドモメ!?」

「くっ、そおおおおおおっ!?」


その時、私は何故か剣を捨てた。

そして代わりに背中に背負っていたものを取り出し、構えていたのだ。

獅子の紋章盾。

今まで幾度と無く私を助けてくれたそれを、残った左腕で握り締めた。

驚いた事に、私は剣よりもその盾のほうを信頼していたらしい。


【盾など無駄です!逃げるのです勇者っっ!?】

「駄目だ!私の後ろには仲間達がっ!」


私のすぐ脇にはクレアさんが、その後ろにアルカナ君が……。

そして背後の壁にはフリージア殿が居た。


私だけならば避ける事も不可能ではない。

だが、クレアさんを崩壊の力に巻き込む訳にも行かないし、

流石のアルカナ君もただで済むとは思えない。

そして、そこまで避けきっても……フリージア殿は……逃げられる状態ではない!


ならば私が受けるしかないだろう!?

私の使命は……もう半ばまで完遂しているのだ。

ここで倒れようとも、悔いは、無い!


「WRIIIIIIIIIIIIIIIIEEEEEE!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


ガツリ、と剣の切っ先が盾にぶつかる。

崩壊の光が周囲を包む。

……そして……!


……。


「シーザー、さん?」

「生きてるかお!?」


一体どれだけの時間が流れたのだろう?

光が段々と収まったかと思うと、ゴトリ、と音がした。

続いてガラガラと何かが散らばるような音がする。


【信じられません】

「……私も、信じられないな」


私が盾からそっと顔を覗かせると、光を失った聖剣が骨や塵と共に地面に落ちていた。

ドラグニールは塵になったのだ。

そして私達は……生き延びていた。


「はぁ……助かったゾ、シーザー。敵討ちが出来なかったのは残念だが、負けたからには仕方ないナ」

「……お互い、無事で何よりだ」


フリージア殿に応えながら、そっと獅子の紋章盾を見る。

驚いた事に、聖剣から受けた崩壊の力をもってしても盾には傷一つ付いていない。


【持っていた者が死に至る量の崩壊の力を受けて無傷とは……何なのですかその盾は?】

「あの世界で、恩人から貰った物なのだが……」

「そりゃそうだゾ。それ、シェルタースラッグの殻で出来た盾だナ。神の装甲を抜ける訳がないゾ」


シェルタースラッグ?

なんなのだろうそれは。


「カタツムリの化け物だお。物理攻撃も魔法も効かない超絶生命体だお♪でも愛嬌はあるお♪」

「見慣れるとですけどね?昔、父さん達が苦労して倒したって言う話です。今は家で飼ってますが」

「装備の材料としては他の追従を許さないゾ。ただし加工の手間と難度もだがナ」


……とんでもない代物ではないか。

ブルー殿もそんなものを私などに渡して良かったのだろうか?

いや、それがなくては私は生き延びる事など出来なかった。

これだけの物がなくては私には無理だと判断されていたという事なのだろうが……。

それはそれで嬉しいような悲しいような。


「……ドラグニールが、逝ったか」

「見事な最後だったゾ。最後の最後まで剣を放す事は無かったのダ」


悩んでいると、妙に透き通った声が響いた。

聖剣と崩壊の力が体から離れた為だろう。

魔王が意識を取り戻したのだ。


「ぬ、ぐ……がぁっ」

「もう無理だお。致命傷だお」


だがゆっくりと体を起こそうとして……力尽きて再び地面に倒れる。

そのまま暫く同じ行動を繰り返していたが……やがて諦めたのか肘を付いて上半身だけを起こしてきた。

そして、周囲をゆっくりと見渡したのだ。


「……奴等は、居ないようだな」

「もう、戦わないんですか?」

「おねーやんは戦士系じゃないから分かんないと思うけど、もう戦える状態じゃないお」

「その歳でそれが分かるアルカナは相変わらず規格外なのだゾ?」


そう。魔王はもう戦える状態ではなかった。

左右の山羊と虎の頭は既に沈黙していたし、胸元の竜も苦しそうに息をするのが精一杯。

背中の鳥の足は折れ、ひび割れは全身を覆いつくしている。

呼吸音も荒く、肺に血が入ったのか時折ゴボッと咳き込んでいた。


「……10年前の戦でもこちらを監視していたが……そう言えば先日の戦でも姿が見えなかったか」

「さっき言っていたお前達の生みの親か?」


魔王はこちらを見て頷く。

……顔色が先程より更に悪くなっている。

表情が苦しそうに見えないが、それはもう、体が死ぬ準備を整えだしたという事に他ならない。

向こうの世界で知ったが、人は死ぬ時苦痛を感じないよう脳内に薬物を分泌するのだとか。

それは魔王とて変わらないと言う事なのだろう。


「ああ。身勝手な連中だったがもう我を監視する必要も無いという事か?それはそれで腹立たしい事だ」

「……だったら呼ぶかお?」

「え?どういう事アルカナ?」


アルカナ君はケータイデンワとやらを弄りだした。

遠い場所の人々とも会話出来ると言う代物らしい。

少し努力すれば念話が使えるようになる世界で何故こんなものが生まれたのか。

私にはいまいち理解しがたい代物の一つだ。


「アルカナだおらお♪ハー姉やん。あいつ等呼んでだお!」

『それだけで分かるかボケェっ!……まあいい。今向かわせるから三秒待て』

「……姉さん。分かってるんじゃない……」

「流石は魔王様。と言うか3秒って事は既に向かわせてたんじゃないのカ?」


アルカナ君はクルクル回りながら小さな小箱を耳と口に当てて喋りだした。

事情を知らない者が見たら脳障害を疑うレベルの奇行だ。


「失礼します。ハイム特別司令よりの命により参上いたしましたが何用で御座いましょう?」

「いきなり空間に穴が!?召喚魔法か!?」

「あ、このラスボスに見覚え有るかお?」

「……何、だと?」


そして何か話していたと思ったら私の横の空間に突然穴が開いて、

中から文官らしき男が一人出てきた。

……今にも胃に穴が開きそうな顔をしている。


「えーと。ああ、廃棄実験体4126番に記述がありました。自己進化型生命体の試作品ですね」

「だお!」

「……どういう、事だ?」

「確か8年位前に姉さんが頭を挿げ替えて支配下に置いた組織の人ですよね?どう言う事ですか?」

「実はナ……ラスボスが血道をあげて探していた敵はとっくの昔に魔王様の手でボコボコなのダ」


……ちらりと先ほどの男がこちらを見た。

そしてこそこそとやってくると耳打ちを始める。


「えーと。貴方がクレア様お気に入りのシーザーさんでしょうか?」

「……お気に入りかは兎も角私がシーザーだが?」


「あ、そうでしたか。でしたら、その……クレア様経由で司令殿に連絡して頂きたいのですが……」

「何をですか?」


「いえ、実はこの件に関して私の部署は全く関わっておりませんので……」

「はぁ」


この男は何を言っているのだろう?

そんな事を私に言われても困るのだが。


「とりあえず、外部との折衝だという事で私が寄越されましたが、管轄外なのですよ」

「だったらそう自分で仰れば?」


「無茶言わないで下さいよ。もし不興を買って来期の予算削られたらどうしてくれるんですか!?」

「どうしろと言われても……」


つまり、自分では不興を買うのが怖いと。

そう言う事か。

……気持ちは判るがだったら何故ここに来たのだこの男は?


「時空航行艦を一隻動かすだけでも大変な金額が動くんですよ。うちに余計な事をする予算は無いので」

「……予算だと?」


「勘弁して下さいよ。該当部署はとっくに潰されて責任取れそうな者は全員独房入りしてるんです」

「待て!……該当部署!?独房入りとはどういうことだ!?」


その時、魔王が動いた。

瀕死の体を必死に起こし、片方だけ残された瞳を血走らせ男に食ってかかる。


「ひいいいいいいいいっ!?」

「答えろ貴様ぁぁぁっ!?」


「おじやん。そのラスボス、もうそれ以上動けないお。怯える必要ないお!」

「ひっ、そ、そう言われても、ひいいいいいいいいっ!?」

「……これが、これが我の……我の追い求めてきたものの姿だと……?」


腰を抜かして広間の隅でブルブルと震えるその男を見て、

魔王の中から何かがストンと抜け落ちてしまったようだ。

呆然としたまま固まり、そしてその場に崩れ落ちる。


「……く、は……くははははははは!我の生とは何だったのだ!?この程度の、この程度の輩に……?」

「弱っちいからこそ、強くて自分達が死ななくて済むような生き物を求めたのだナ」

「姉さんが実権を握った後、すぐに生命倫理に引っかかりそうな部署は解体されてます」

「因みに技術だけはあり姉やん達が確保してうまー、らしいお」

「となると、魔王ラスボスの"仇"はもう何年も前に失脚していたと……言うのか?」


ラスボスは泣きながら笑いこけている。

楽しいからではない。悲しみとも僅かに違うだろう。

暫くすると魔王の笑い声は段々と静かに消えていき、


「……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっっ!?」


そして、吼えた……!

慟哭するような、切なく、そして切実な叫び。

私は勇者にあるまじき事に魔王に対し同情してしまったが、

今回ばかりは流石に誰が責められよう?


……。


だが、それはやはり勇者としてあるまじき事だったのだ。


「だお?何かうるさいお」

「この音はまさか……空が……!?」

「ぬ!ラスボス、まさかお前、切り札を使ったのかナ!?」


切り札?

まだ魔王は何かを隠し持っていたのか!?


「……魔王?」

「もう、何もかも、どうでもいい……最後くらい綺麗に締めようかと思ったが、気が変わった」


私が不審げにしているのを見て、魔王は顔をあげた。

そして、指で天を指す。


「我の最終奥義"星落とし"……天より迫る脅威に打ち震えるが良い!」

「何だと!?」


私は駆け出し扉に体当たりを仕掛けるが効果が無い。

どうしたものかと思っていると、

突然壁が砕け、燃え盛る巨岩が広間に飛び込んできた!


「な、何だ!?」

「天より巨岩を雨あられと降らす最終奥義!使えるものは我以外におらぬわ!」


何だと!?

目を見開いた魔王はニヤリと笑い、そして今度こそ地に臥した。


「く、はは……見苦しいのは承知の上……滅べ、何もかも滅んでしまえ……!」


そして、全身のひび割れが一気に深くなり、そのままはじけ飛ぶ。

それが……魔王ラスボスの最期だった。


「お空から星を落としまくるのはおかーやんの得意技だお?別に魔王じゃなくても使えるお?」

「ルン母さんは間違いなく100%人間だしね……私達は厳密には人間と言えないかもしれないし」

「……四天王としてはこの運の無い魔王に同情するのだナ。知らずに死んでよかったと思うゾ」


私は初めて魔王ラスボスと対峙した時の事を思い出していた。

あの、威風堂々とした魔王は既に無い。

……この時私は気付いた。

私はこの魔王を憎むと共に、ある種の憧れも抱いて居たのだ、と。


……。


「応!大丈夫か!?」

「ライオネル殿?」


暫しじっと魔王の亡骸を見つめていた私だが、扉を破って現れたライオネル殿の声で正気に戻った。

そうだ。今はこうしている場合ではない!


「岩がいきなり降って来やがった。チビ助達に何かあったのか?ルンの奴がぶち切れたみたいだがよ」

「アルカナ達は無事だお?」

「伯父様。ラスボスが最後の力を振り絞ったみたいです」

「"流星雨召喚"(メテオスウォーム)を使えるとはナ。魔王様も教えてくれれば良いのにナ!」


魔王ラスボスの隠し玉"星落とし"は本人が死んだ今もこの地に大きな被害をもたらし続けている様だ。

さっきまで広間の隅で震えていた男はもう居ない。

そして、共にこの城に乗り込んだ者達も、いつの間にか姿を消していた。


「どいつもこいつも腰を抜かして逃げやがって。本当に想定外に弱い連中だぜ」

「……それより陛下をお救いせねば。魔王を倒せても王に何かあったら意味が無い!」


そうだ。そうでなくば私の戦いも意味を失くす。

魔王打倒後にゆっくり探す予定だったが、こうなると盗賊殿を先行させて良かったと思う。


「よし、じゃあ奥に行くぞ。カルマの妹達からここの王の居所は聞いてるからよ」

「では行きましょう!」


「それにしても、流星が降って来てるにしては随分弱いよね、アルカナ」

「だお。普通なら避けるだけで精一杯だお」

「ま、本質的に別な技なのダ。その代わり長時間降り続けるようだから気をつけるのだゾ?」


仲間達と一塊になって奥へと進む。

……老師がどうなったかは……考えないようにしよう。


王の囚われている塔は、城の奥にある。

王家の人間以外進入禁止の区画があり、その更に奥だ。

何故そんなつくりになっているかは、余り面白くない事情があるので割愛するが、

外からの囚人奪還を防ぐ為恐ろしく堅牢なつくりになっている。

とは言え、巨岩が何発もぶつかって耐えられる筈も無い。

早くお救いせねばならないのだが……。


「はぁ、はぁ……何なんだこの糞長い階段はよ……爺ぃにはキツイぜ」

「もうすぐです。ああ、あそこだ!」


暗い一本道をひたすら登り続けると、僅かに開いた扉が見えた。

……盗賊殿の声も聞こえる。


「陛下!ご無事ですか!?」

「……何者だ?」

「言ったじゃないですか王様。勇者の若旦那でさ。……ではなくて、です」


息を切らして駆けつけたのは礼を失するが、この際気にしてはいられない。


「陛下にご報告申し上げます。勇者シーザー、魔王ラスボスを討ち取りまして御座います!」

「なんと!ユリウスの弟か。良くやった!で、何をそんなに急いでおる?」


やはり現状の危険にお気づきではないのか。

どう説明しようかと考えていると、横からクレアさんが割り込んできた。

務めてにこやかに微笑むと、少々早口にまくし立てる。


「国王陛下にはお初にお目にかかります。私はクレア、先日お会いになったグスタフは私の兄です」

「…………ほぉ……」


そう言えば、ブルー殿が陛下に謁見した時、グスタフ王子も一緒においでだったと聞いていたような。


「単刀直入に申し上げます。ラスボスの最期の攻撃によりこの地は危険です。すぐに移動なされませ」

「…………わしにこの地を捨てよと?」


「そうは申しておりません。天より降り注ぐ滅びが国王陛下の御身を蝕もうとしているのです」

「魔王の手により巨岩が降り注いでおります。陛下……どうかご自愛を!」


……陛下は暫く考え込んでおられたようだが、すぐに顔を上げられた。

そして、凛とした声でこう仰られたのだ。


「む、むうう。確かに一利ある……が、魔王は滅んだのであろう?その力、何時までもつのか?」

「申し訳ありませんがそれは分かりかねます」

「わかる、です」

「効果時間は約一時間。後30分くらいであります」

「アリシアさん、それにアリスさんも一体どうしてここに!?」


私はアリシアさん達の突然の登場に驚いたが、陛下は特に気にもしておられないようだった。

そして、その言葉を聞いて宣言されたのだ。


「ならばわしは逃げぬ。王たるものが王都から逃れて、どうして王を名乗れようか!」

「……何か勘違いしてやがるなコイツは……ま、それも一つの考え方かもな」


ライオネル殿の毒のある言葉が陛下の耳に入らないか私は戦々恐々だったが、

王はそれすらも気にしていないように続けられる。


「ふむ。してそなた等は何ものぞ?勇者と共に旅立った者達はここのラビットを除いて死んだはずだが」

「俺はライオネル。故あってこの地でラスボスと戦ってた者だぜ」

「陛下。先ほど言っていた自分等の抵抗勢力のトップでさ!……です」


陛下は暫くライオネル殿を見て顎鬚を触りながら考え込んでいたが、

ふう、と一息吐き出しこう仰られたのだ。


「それでもわしは逃げぬ。愚かと笑われようが、余の不甲斐無さで苦労をかけた民に報いる方法は」

「方法とは?」


「共に苦労を分かち合う事しかないと余は考えるのだ。そうではないか?勇者よ」

「は、ははっ!陛下の仰られるとおりに御座います!」


そして、結局陛下はその場で天より降り注ぐ巨岩の猛攻に耐えられたのである。

一見泰然としているように見えて、

時折強く握り締められるその筋の浮き出した拳が王の本心を物語る。

だが、王は耐えられた。

我等と苦楽を共にされるために……耐える事を選択なされたのだ!

ああ、これだけでも必死に戦った甲斐があるというものではないか。


「……どうやら、時間のようだな」

「はい。陛下……私どもの勝利です!」

「勝ったんでやすね?自分達が勝利したんですね!?」


「おめでとう、シーザーさん」

「だお!」

「……さ、かえるです。くーちゃん、あーちゃん」

「ここはこの世界の人々の水入らずにするべきだと思うであります」

「何だよお前ら、随分急いでるじゃねえか……まあいい。お前らがそう言うって事は何かあるんだろ?」


……気が付けば、クレアさん達は消えていた。

アリシアさんが残した手紙によると、いずれまた会う事になるとの事だった。

私はそれを信じて、今度は復興の旗印として働く事となったのだ。


……。


そして、時はあっという間に流れた。

あれから三ヶ月。

私は王に呼び出され、急ピッチで修繕の進む王宮のテラスに、

老師と共に立っている。


「来たか、勇者よ」

「はっ、勇者シーザー参上いたしました!」

「良く来たのう婆さん……済まんな、もうこればかりは治りそうも無いのじゃ」


そう、老師だ。

あの後暫くして老師はひょっこりと帰ってきた。

今は砕けた顔を仮面で隠して、再びアラヘン宰相として辣腕を振るっている。

……どうやら途中から記憶を取り戻し、私達が有利になるように動いていたようだ。

普段ならば問題になるのだろうが、魔王軍四天王と老師が同一だと知る者は思いのほか少なく、

人材の決定的な枯渇も合わさり、老師の存在を周囲に認めさせている。


「はっ。いかなるご用件ですか?明日には辺境の蛮族を討ちに向かう部隊を編成せねばなりませんが」

「……いや、それは中止する事になったのじゃ……」

「勇者よ。現状をどう思う?この街の明かりを見てどう考えるか、忌憚無き意見を聞きたい」


陛下は眼下の町を見下ろしてそう仰せられた。

私には、急速に復興が進んでいるように見える。

トレイディアよりの支援により、世界の復興は後三年で終わるとまで言われるようになっていた。

それは大変結構な事だと思う。


「商都からの支援により復興は順調です。まあ、後で返さねばなりませんが、それは仕方ない事かと」

「……そうだな。わしもそう思う」


だと言うのに陛下は何故こんなに苦虫を噛み潰したような顔をされているのだろう?

そして老師はそんな陛下を冷たい顔で見ているのだろう……それも陛下に気付かれないように。


「勇者よ。街の声は聞いておるな?彼らに感謝をする民の声を」

「はっ。ですがそれは当然では?」


私は段々と不安になってきた。

この場から速く立ち去りたい。

……それが個人的な偽らざる気持ちである。

だが、ここは御前、そうもいかない。


「……そうだ。アラヘンではなく奴等をだ。中には奴等の支配下の方が良いという声まである」

「それは、ごく一部でしょう。民は基本的に王を、陛下をお慕いしております」


「だが奴等の力を借りるほどその声は大きくなる。それは我がアラヘンの屋台骨を揺るがしかねん」

「はっ。ですが今その支援を打ち切られると……」

「滅びますな。今わしらは薄氷を踏みながら踊っておるような物ゆえ」


そうだ。ソーン殿の、老師の言うとおりだ。

今更、いや最初から私達独力での復興は不可能なのだ。

陛下もそれは分かっている筈だが?


「そうだ。だが、アラヘン独力での復興を果たせばその声は消える」

「それはそうですが……先ほど言ったようにそれは不可能です」


……しん、と周囲が静まり返った。

最近戻ってきた虫の音すら一気に消え去る。

ああ、分かってしまった。王は、私に何かとんでもない事を命じる気なのだと。


「……リンカーネイトとか言う反乱者の王を殺せば、その財力は全てわしらのものではないか?」

「何を仰せですか陛下!?」


だが、その命令は私の想像を超えていた。

思わず声を荒げた私は決して間違っていない。


「そも、我がアラヘンは世界統一王朝……奴等もその元に集わねばならない筈だ。やってくれるな?」

「王命とあらば命は賭けましょう。ですがそれは信義に反しますし……そもそも不可能です!」


だが……王は私の言葉に対し、落ち着けと命じられた。

そしてこう続けたのだ。


「で、あろうな。現在のわし等は死にかけ年老いた獅子のようなもの」

「お分かりでしたか!」


私は正直心底ほっとしていた。

あの方達の力はラスボスを遥かに凌駕する。

今は気に入られているから良いが、もし敵対したとなればどうなるか知れたものではない。


「故にわしは次善の策として、彼の者達を王家に取り込むことにしたのだ」

「取り込む、と仰せられますと?」


ぞくり、と背筋が震えた。

なんだろう、嫌な予感が止まらない。


「……勇者よ。お前と共に来た娘……クレアと言ったか。あの者を我が妻に迎えることにした」

「は?」


はて。今、王は何と仰せになられたか?


「器量も良いし、わしに対して意見を通そうとするなど度胸もありそうだ。悪い話ではなかろう」

「……それを先方が承知するでしょうか?」


陛下は跡継ぎを含めたご一族全てを失っている。

確かに後を考えると新しいお后様を迎えられてしかるべきだが……。


「する訳が無いのう……陛下の仰せの通り先方に話は通したが、当然断られたのう」

「でしょうね」

「自分では同じ事をしておいて勝手な事だと思わぬか?」


リンカーネイト王国とトレイディア王国の併合の話だろう。

王子と王女の婚姻による国家間合併と言う1手。

見事だとは思うが、私達から向こうに出せるメリットが何も無い。当然断られるだろう。

……個人的にほっとしたのは陛下には言えないが、な。


「断りの理由は、当人がそれを望まないからだそうだ」

「……」


それはそうだろう。陛下は50歳を過ぎている。

クレアさんが10代後半である事を考えると、自らその道を選ぶとは思えない。


「だが、つまりそれは本人の意思があればいいと言う事ではないか?」

「それは、そうかも知れませんが」


……その時、私は陛下の目に狂気じみたものが宿っている事に気づいた。

これは、まさか……陛下もクレアさんの"力"に飲まれてしまったのか!?

あの一度会ってしまった時に!?


「今回の事では民の心も傷ついた。若く聡明で美しい新王妃……どうだ?士気を高めると思わぬか?」

「……」


私は何も言えない。

いや、王がそうお考えになるのは良いのだ。

考えてみればクレアさんが首を縦に振るはずも無いし、

万一媚薬でも嗅がせようものならあの方達の事だ、すぐにばれるに違いない。

そうだ。心配する必要も無い事ではないか。


「……そこでだ。勇者よ、お前が彼の姫を説得せよ。お前の言葉なら姫に届くのだからな」

「承知しました。成功はお約束出来かねますがやるだけやってみましょう」


アラヘンの騎士として、誠心誠意説得はしよう。

だが、まあ……首が縦に振られる事はあるまい。

近況報告や戦士殿の墓参りを兼ねて彼の世界に行ってみるのも一興だ。


「うむ。彼の姫よりの返答いわく勇者自身が説得するなら……と言う話だったからな。頼んだぞ」

「……は?」


そして私は知った。

この三ヶ月の間に陛下がクレアさんに送りつけた100通を超える書状と、

それに対する返信として、


「シーザーさんがそう言うのでしたら……」


と書いてあった事を。

……いつの間にか私がクレアさんに陛下との婚姻を勧めていた事になっていたのに驚きつつ、

私は与えられた家の個室でジッと腕を組んでいた。


【シーザー。どうするのです?】

「剣の守護者よ……私は既に王命を受けてしまった……今更取り消す事など……」


王はいつの間にかクレアさんの事に関してのみ常軌を逸するようになってしまわれていた。

周囲に聞けば、老いらくの恋だと笑っていたがこれはそんな生易しい話ではない。

しかもなまじ国益に適っている事も王の暴走を助長していた。


「どうすれば良いのだ?どうすれば!?」


やはり断ろうかとすると、逆に必ず成功させろと釘をうたれた挙句、

失敗すれば私だけでなく兄さんの名誉やバーゲスト家の家名まで奪われそうな話になっている。

と言うか、クレアさんに出された手紙には、

もし首を縦に振らないなら私を処刑すると……暗にだが……書かれていたらしい


王家の為に命を投げ出すのはやぶさかではないし、

この際私自身の処刑などは細かい事だと言い切っても良い。

だが、あれだけ自分を殺して王家への忠誠を貫いた兄さんが一匹の魔物として、

売国の徒として歴史書に名を残されてしまうのだけは避けたかった。


……しかし、そうなるとクレアさんはどうなる!?

やっぱり駄目と言われるのなら良いのだが、こちらの現状は既に向こうに伝わっているらしい。

私に同情して婚姻に同意でもされたら私はどうすれば良いのだ!?


【……ならば捨ててしまいなさい】

「剣の守護者?」


すると頭を抱える私に対し、剣の守護者は優しく宥めるように言った。


【貴方は良く頑張りました。奉公にご恩が無いのなら、捨ててしまっても構わないでしょう】

「私にアラヘンを捨てよと言うのか!?忠誠を捨てよと!?」


【貴方の兄も、ここまでして忠誠を誓えとは言わないでしょう】

「……そう、だろうか?」


部屋の隅に飾られた兄さんの鎧を見つめる。

額の飾りを失ったそれは、今やただ静かに輝いていた。


「忠誠を取るか、仲間を取るか……と言う事なのだな」

【私は貴方がどんな答えを選ぼうと、最後までお付き合いします……いえお供させて下さい、勇者よ】


その日、私は一睡もせず、ただひたすらに思案を巡らせる事となる。

正義、信義、忠誠、名誉、誇り、恋、友情、義理、人情……そして信念。

様々な事柄が私の頭を駆け巡る。

私は一体何を取り、何を捨てるべきなのだろうか。

失われた片手を撫でながら、私はひたすら考え続ける。


……そして数日後。

全ての家財を処分した私は一人静かにアラヘンを後にした。


「答えは出たでありますか?正しい答えは分かったでありますか?」


何処かから誰かの声が聞こえた気がする。

答えは……答えはある。悩みぬいた答えがある。

だがそれが正しいのか否か。

それは私にも判らなかった……。

続く



[16894] 27 勇者シーザー最期の戦い
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/07/06 18:37
隔離都市物語

最終話

勇者シーザー最期の戦い


≪かつて勇者シーザーであった者≫

転移門と迷宮を抜け、久々に見る隔離都市エイジス。

たった三ヶ月前の事にも拘らず、随分と昔の事のような気がする。


塔の司教殿に挨拶をし、

次に戦士マルク殿の育ての親だと言う女性……驚いた事に以前金を借りた金融会社の社長だった……。

……に、見舞金として、家財を処分して出来た全財産を差し出す。

意外な事に"子供の命だけは売り物に出来ない"と言う女性の言葉に従ってそれを教会に寄付した後、

私は懐かしい首吊り亭に足を運んでいた。


「おや、シーザーではないか。久しいのう?」

「お久しぶりです、ガルガン殿」


ガルガン殿は私を見ると嬉しそうに目を細めてくれる。

残念ながら地下の部屋は既に解約されていたので、

当日分の部屋を取り、同時にリンカーネイトに向かう馬車の切符を用立てて貰う事にした。


「よおシーザー!やったじゃねえか!なあ、今夜は奢れよ!」

「牢人殿か。分かった」

「羽振りが良いのう……」


別に羽振りが良い訳ではないのだが、と思いつつ、

酒の匂いに釣られてやってきた牢人殿に酒をおごり、

ついでに知り合い達の近況を聞いてみる。


竹雲斎殿は故郷で静かに暮らしているらしい。

ほとぼりが冷めたら備殿達を連れてまた遊びに来たいと思っているそうだ。

五大勇者の生き残り……ビリー殿は相変わらず射的屋を営んでいるらしい。


ブルー殿は国に帰っているようだ。

……残念だ。


「それにしてもお前、片腕になっちまったって聞いたぜ……大丈夫なのかよ?」

「ああ。少し不自由なだけだ……今は鎧で誤魔化している」


今私が身に纏っているのは兄さんの形見になってしまった鎧だ。

この世界で手に入れた鎧は、高値が付いたので既に処分してしまっている。

腰の剣、背中に背負った獅子の紋章盾と聖剣、そしてこの鎧が今の私に残された財産と言う訳だ。

まあ、盾はもうじき返却する予定なのだが。


「ま、俺が知ってるのはこんな所だぜ?」

「そうか。皆、元気そうで何よりだ」


「へへっ。まあな!で、お前は何時までここに居るんだ?」

「……明日には、リンカーネイトまで行く予定だ」


牢人殿はそれを聞くとありゃりゃと呟いて行ってしまった。

どうやらまた酒を奢らせるつもりだったらしい。

……懲りない男だが、それが良かったのかも知れない。


「で、裏切り者はどうするつもりなのダ?」

「……フリージア殿」


そう思っていると、突然背後から銃口が突きつけられた。

……フリージア殿だ。

怒り狂った表情でこちらを睨みつけているに違いない。


「クレアを売ったと聞いたゾ……私は、私はお前がそんな奴だとは思わなかったのだナ!?」


気持ちは痛いほど分かる。

いっそここで撃ち殺されたら楽になるのではないかとも思うのだが……。


「……何か言うべき事は無いのカ?」

「それについては心配しなくて良い」


とりあえずこれだけは言っておくべきか。

そう、少なくともクレアさんに望まぬ婚姻などさせる気は無い。

そもそも今回の訪問自体私が勝手に出て来たものだ。

もしかしたら今頃、空き家になった部屋を見て部下達が大慌てしているのかも知れない。

だが、それだけだ。

もう私はアラヘンに帰る事は無いのだから気にするだけ無駄なのだ。


「今回私はクレアさんに会う気は無い」

「本当だろうナ?」


信用されないか。

まあ当然だ。


「ならばフリージア殿がクレアさんに張り付いて守るといい。私が信用できないならそうすべきだ」

「もう一ヶ月前からガーベラが張り付いている!まったく、とんでもない事になっているゾ!?」


フリージア殿は胸の谷間から大量の書類を取り出す。

見るまでもない、陛下からの書状だろう。

……中身は読みたくも無い。


「お前の主君だろうが!どうにかするのだナ!」

「……これ以上したら首を切られそうだったのでな」


軽く首を叩いてみせると周囲が一瞬で静まり返る。


「え?あの?もしかして本当に処刑されそうだったのカ?」

「ああ。だからここに来たんだ」


それを聞いてフリージア殿はうんうんと頷いた。

そして心底安心したように言葉を繋ぐ。


「そうか!やはりシーザーもこっちで暮らす事にしたのだナ!うんうん、それが良いゾ!」

「どうりで様子がおかしいと思ったわい」


「そう言う訳でリンカーネイトに向かいたいのだが」

「わかっておるわい。明日の朝までに馬車の切符を用意しておくから安心せい」

「いや!ならば私に任せるのだナ!」


それだけ言ってフリージア殿は嬉しそうに店から駆け出していった。

相変わらず騒々しい人だと思う。


「そう言えば、国王陛下に謁見したいのだが……可能だろうか?」

「不可能ではないと思うが、手続きが少々面倒かも知れんな……で、何をするのじゃ?」


私はごそごそと手紙を取り出す。

それは王がクレアさんに出そうとした手紙の一番新しいものだ。

これを手に入れるために勇者にあるまじき盗みを働いてしまった。

もう私は勇者を名乗る事など出来ないだろう。

だが、もう後悔はしない。する必要もない。

……少なくとも名誉は捨てたのだ。


「ご存知か?陛下がおかしくなったのはクレアさんの"力"に当てられたためだ」

「なんじゃと?まさかそれを逆に告発する気か!?」


まさか、と私は首を振る。

第一そんな事を言っても言いがかり以外の何者でもない。

おたくの娘さんが魅力的過ぎるのがいけない、などとどの面を下げて言えるというのか!?


「ともかく、その事実とこの手紙をお見せして……後は現状の危険さを理解して頂くつもりだ」

「そうか。辛い立場じゃのう」


私に出来るのはそれぐらいだ。

……ここまでやってはアラヘンに戻る事など出来まい。

だが、それも覚悟の上。

最善はそれでクレアさんを呼んでもらい、アラヘン王に直接話を付けて貰う事だ。

魅了の効力下ならば、陛下もクレアさんの命令に従う筈。


だが、己の主君を他者の下に立たせるような真似をするなど許されよう筈が無い。

……ここまでやれば私は反逆者呼ばわりされても仕方ないだろう。

まあ、その時は大人しく首を落とされるだけ。

その場合兄さんの事に関してだけは何とかしてもらえるようにクレアさんに言って貰うつもりだ。

……我ながら、自分に都合の良すぎる話だとは思うがな。


その日は夢も見ず眠った。

もっとも朝、目が覚めたときの感想は、

悪夢よりよほど悪夢だ、だったが。


……。


そして私は馬車ではなくフリージア殿が用意してくれた自動車と言う乗り物に乗っている。

アラヘンとも別な遥かな異世界で作られたと言うこの乗り物は、

騎馬の全力疾走を上回る速度を、御者の体力が続く限り出し続けられるのだと言う。

……こんな物を所持する国家と祖国アラヘンを争わせる訳には行かない。

この恐るべき格差を知らない祖国の現状に、私の危機感は高まるばかりだ。


「流石に顔色が悪いゾ?酔ったのかナ?」

「……いえ」


私の顔色が悪いのを見てフリージア殿が心配そうに声をかけてくれた。

だが、違うのだ。

私は心の中だけでフリージア殿に詫びた。

何故なら私は、恐らくフリージア殿とその信頼を裏切る事になるのだから……。


……。


そして、私は……この世のものとは思えないものを見る事になる。

旅の果てに辿り着いたリンカーネイトの王城の壁は恐ろしく高く、

そしてその周囲をぐるりと一周するように坂道が続いていた。

いや、王城の外壁の周りを螺旋状の坂が覆っているのだ。


「これは……凄い」

「ふふふ、まだ驚くのは速いゾ!」


……だが私達がそれを使う事は無かった。

天空から吊り降ろされた板に載せられ、車ごと持ち上げられる。


「高い……しかし旅人を全て城壁の上に上げてしまって国防は大丈夫なのか?」


ぼんやりとそんな感想を抱いていた私の疑問は城壁の上に持ち上げられた時に氷解する。

……広い。城壁自体がまるで街のようだ。中には露天を開く商人まで居る始末。

そして、その中で明らかにこの街が初めてだと言う様な旅人達は、

全員が全員、城壁から内側を覗き込んで感嘆の溜息を漏らしている。

……ここからでは中央の巨大な塔しか見えないが、一体何が見えるのか?

そう思い私も車から降りて歩いて行き、そして、絶句した。


「城内が……水没しているだと!?」

「街の建物は基本的には船だゾ。万一敵が来たら、自分で逃げられるのだナ!」


しかも異様に広い。向こう側が霞んで見えない。

……周りからリンカーネイト海と言う言葉が聞こえるが、まさにその通りだった。

誰も城攻めで戦艦が必要になるとは思うまい。

荒野の中に海を内包する巨大都市……これは一見すると無駄の極みだ。

だがそれを可能にしたこの巨大建造物の存在こそがこの国の力を誇示しているとも言える。

ああ、やはり駄目だ。

アラヘンとこの国を仲違いさせる訳には行かない!


「このつり橋を渡ると伯父上の住む中央塔なのだナ……長いから気をつけろヨ?」

「わ、わかった・・・…」


先が見えないほどの長いつり橋を渡っていく。

……落ちたら……死ねるだろうか?

そんな事を考えながら。


……。


そして私は今、リンカーネイト王の玉座に通されていた。

……王は血走った目でこちらを見ている。


「よおシーザー。今日は……詫びでも入れに来たのか?」

「グルルルルルルルルルルッ……」


しかも竜の頭上に陣取って。

気の弱いものならそれだけで失神しかねないだろう。


「お久しぶりです国王陛下。その、ご機嫌麗しゅう……」

「俺の機嫌が麗しい訳無いだろう?で、遂にあの馬鹿はお前を送り込んできた訳か?」


分かりきった事だが国王陛下は怒り心頭直前と言った状況だ。

クレアさんほどの娘が居るのなら親馬鹿にもなろうが、その娘の危機だ。

ああ、言葉が通じるだけまだましなのかも知れない。


「時に、国王陛下にお見せしたい物がありまして」

「ろくなもんじゃ無さそうだな……で、どれだ?」


……今日はその怒りを私自身にぶつけさせる為に来た。

勿論、全ては覚悟の上。全ての責任は私が被れば良い。

少なくとも陛下がこの絶望的な差を理解すれば、話は纏まるだろう。

……陛下は決して暗愚な方ではないのだ。

どうにかあの魅了された状態を解除することさえ出来れば……。


「まずはこの書状ですが……お怒りをお鎮め下さい!おかしいとは、おかしいとは思いませんか!?」

「ああ可笑しいな!はらわたが煮えくり返る程度には……思わず笑ってしまう程度にはな!」

「お、伯父上落ち着くのだゾ!?」


まずは会話の切り出しのため、盗み出しておいた手紙を差し出す。

……ふわりと宙に浮いた手紙はそのまま国王陛下の手に収まり……。

僅かな間をおいて、修羅をこの世に生じさせた。


「あの野郎!?うちの娘に何しやがるつもりだ!?え!?おい!?」

「いつもの伯父上じゃないのだナーーーーっ!?」


これはまずい!?まともな会話になっていない!

……ここで斬られるかも知れない。

いや、斬られるのは良いがこちらの言いたい事を言うまで生き延びれるのだろうか!?

それが出来ねば二国間に無駄な緊張を強いるだけで終わるぞ!?


「……主殿。サンドールの民の怒り、何時までも押し止める事は出来ませんよ」

「押し止める必要が何処にある!?……糞っ!道理で俺の耳にに内容が入ってこないと思った!」


横で静かに立つ宰相と思しき人物もその目の奥に隠しきれない怒りが見える。

これでは、国王陛下の怒りに歯止めをかけてはくれまい……。

ならば無礼は承知で一息にまくし立てるのみ!


「国王陛下に一つご質問が御座います!クレアさんの"力"を解除する方法は無いのでしょうか!?」

「あるなら苦労はしない!俺達がどれだけクレアを可愛がっているか……知らんとは言わせんぞ!?」

「もしあるならとっくに使ってるのだナ」


それはそうだ。

あるのなら、精鋭部隊の人間が魅了状態のまま放逐される筈も無い。

だからこれは話をふる為の言葉なのだ。

実際の所、私は解決法を知っている。丸く治める為の策はある。

クレアさん自身が凛として命令を下せば良いのだ。目の前で陛下に正気に戻れと言って貰えば良い。


「……直接クレアさんからお断りの言葉を聞けば、陛下も矛を収められると思うのですが……」

「ヲイ……寝言は寝てから言え」


……だが、この剣幕を見るにそれは不可能だ。

今のアラヘンはクレアさんにとって獣の巣穴に等しいだろう。

例え安全が確保できようが、そんな所に年頃の娘をわざわざ行かせる親が居る筈も無い。

クレアさんに直接お願いする?

浚われたと勘違いするのが落ちだ。だから私は国王陛下をまず説得せねばならなかったのだが……。


「……最善の策は潰えた、か」

「シーザー!逃げろ!?伯父上がお怒りだゾ!?」


国王陛下が竜の頭部から降りてくる。

腰の剣を抜き、臨戦態勢だ。

……いや、まだ力を抑えているような感じを受けるな。

辛うじて感情を理性が抑えている状態か。


「これ以上ふざけた事を言えば……世界ごと潰すぞ、シーザー」

「……う、ぐっ!?」


国王陛下はまだ何もしていないと言うのに、とんでもない重圧が私を物理的に押しつぶそうとする。

横のフリージア殿に至っては転んで床にめり込んでいる始末。

だが、これは脅しだ。

つまりまだ殺す気は無いと言う事だ。


だから私はその重圧に血反吐を吐きながら私は次善の、

そして最後の策を行動に移す事を決意する。

いや、もしかしたら私は……最初から……。


「アラヘン王に伝えろ……クレアを諦めるか国ごと潰されるか、好きなほうを選べってな」


幸い国王陛下は目の前に居る。目の前で私を見下ろしている。

ならば……陛下からの"勅命"を果たすしかない。


『人の身は弱く、強き力を所望する。我が筋繊維よ鉄と化せ。強力(パワーブースト)!』

「なに?」


膝を付いた状態から一気に立ち上がる。

……あの時、陛下は"リンカーネイト王が殺せないから"クレアさんを娶るのだといった。

そう、全ては代替策であり次善の案なのだ……少なくとも名目上は。

そして私はあの日、確かに王の殺害を命ぜられていたではないか?

後は、それを名目に凶行を行い……全ての責任を私一人で被れば良いのではないか!?


リンカーネイトにはグスタフ王子もいる。国ごと崩れる事は無いだろう。

それに、国王陛下も私なぞに易々と殺されよう筈も無い!

……全ては詭弁であり、己の心を偽る為の方便に過ぎないが。


「最早私にこの世に生きる場所はありません……せめて国王陛下を討って、戦士の誉れとします!」

「……狂ったか?」


……かも知れない。

第一こんな事をして本当に祖国が無事なのか判らないではないか。

だが、もうこうするしかなかった。

忠誠と仲間。両方を守るためには、これ以外の方法が思いつかなかったのだ!

後の事は……もう考える必要など無いだろう。


「うおおおおおおおおおおっ!」

「腕を上げたなぁ」

「え?え?え?……な、何事なのだナ!?」


腰の剣を抜き、裂帛の気合と共に斬りかかる。

一撃、二撃、三撃!

その一撃一撃が陛下に叩きつけられ、その鎧を砕いていく。

……だが、何故回避もしようとしないのか……。


「当たってもどうと言う事は無い」

「……は、はは、はははははははははは!」


その理由は単純なものだった。

そもそも、かわす必要が無いのだ。

鎧を砕いた私の剣は、国王陛下の皮膚に阻まれ弾き返されている。

……鎧より肌の方が硬いとはこれいかに?

しかも人間らしい弾力も併せ持ったままのようなのだが……。


「そして当たらなければ更にどうと言う事は無いんだなこれが」

「!?」


そして四度目の一撃を食らわそうと剣を薙いだその時、

国王陛下の姿は消え、背後から頭を鷲掴みにされていた。

……何時の間に、背中側に回られたのだろう。

いや、そんな事を思っている場合ではない!


「はあっ!」

「よっと」

「何をしているのだナ!?シーザー、止めるのだゾ!」


振り向きざまに放った一撃は国王陛下のこめかみを直撃し……そのまま剣のほうが砕け散る。

切れ味が高いとはお世辞にも言えない剣だったが、それ分丈夫だった筈。

それを防御もせずに脆い筈のこめかみに受け、

逆に剣のほうが砕けるほどの衝撃を受けてさえ、無傷!?


「とうとう普通の剣じゃ耐え切れない程の力を得たか……」

「……それを普通に受けきる国王陛下も大概ではないですか?」

「いや待つのだナ!?なんでこの殺伐とした状況下で二人とも笑ってるのだナ!?」


そういえばおかしい。

私が笑っているのはもう色々とどうでも良くなっているせいだろうが……。

そう思いながら、私は剣の柄を捨て聖剣の柄に手をかけた。

……万が一、いや億が一にでもこの方を倒せるとしたらこの聖剣をおいて他に無い。


【勇者よ】

「やめてくれ……もう私はそう呼ばれる資格を失った。勇者の名も名誉も私にとっては捨てたものだ」


【ならば主よ。担い手よ。最後に聞きます……本当に私を恩人に向けるのですか?】

「それ以外に手は残っているか?」


【最早遅いでしょう。ここまでやって、首尾よく本懐を果たす事が出来てももう貴方は救われない】

「違いない。だが……」

「だが、この事が祖国に知れれば流石にアラヘン王も矛を収めような。誇りを知るお方ゆえに」


……壁際から声がする。

ブルー殿の、声がする。

私の考えを全て見通し、いつもの様に現れる。


「ブルー殿……おいででしたか」

「お前の考えは全てお見通しだ。やはりこうなるのか、馬鹿者が」


馬鹿か。その通りだな。

私の行為が知れれば流石の王もこれ以上無理難題は言い出すまい。

それが私の考え付いた次善の策、だ。

"他国"を認めることは無いとしても"恩人"に部下が剣を向けたとなれば、

陛下はそれなりの、いやそれ以上の対応をなさるお方だ。

自分で命じた事も覚えておいでにはなっているだろう。

……万一を考え、書置きも一応残してきておいたしな。


ならば、引いて頂ける筈だ。

王の誇りは強い。王は王であろうとなされる。

今回の一件は王の頭を冷やす筈なのだ。

ならば、正気さえ戻れば己の失策にも気づいて頂ける筈!

……次善であるがゆえ、兄さんと我が家名は悪い事をしてしまうと思う。

だが、全てはアラヘンのため。祖国を永らえさせる為だ!


「違うな。お前は姫様を王に渡したくないだけ。そのくせ不忠者になるのが嫌なだけだ」

「……」


だが、ブルー殿はそんな私の心の声を聞いていたのか、冷たい口調で断じて来た。


「認めろ。さもないとお前は永遠に己を偽り続ける羽目になるぞ……出来るな?」

「……そう、なのでしょうね……まあ、現実はそんな所ですか」


「まあ、これで王命に従い姫様を説得しに来て居たら、私がお前を斬っていたがな」

「やれやれ。で、どうするんだ?シーザー。お前も一応不肖の弟子だからな。一度だけ機会をやるが」

「……ブルー。もしかして伯父上に報告済みだったのカ?」


ブルー殿が私の動きに気付いていた、となると当然国王陛下の耳にも入っているか。

ならば成功の目は万に一つも無い。

……まあそれは良いのだ。だがそうなると機会とは何だろうか。


「シーザー、今回の事を不問にする代わり祖国を捨てろ。彼の王を討ち取れ……俺はそれで安心する」

「お前だって僅かに血を引いているのだ。新しい王を探し尽力せよ。それで"祖国は"救われる」


逆に、アラヘン王を討ち取れと言うのか!?

王に、王家に忠誠を誓ったこの私に!?


「要はクレアを狙う馬鹿が消えれば良い」

「我が国やトレイディアの影響が強くなり過ぎると言うなら見えないように動く事も出来る」

「成る程!こんな無茶を言う王様など消えてもらえば良いのだナ!」


王家に対する忠誠は王個人に対する忠誠にあらずと、そう仰せなのかこの方達は!

……私の心の中に炎が灯る。熱い、熱い炎が。


「もし、拒絶するなら……お前の首が飛ぶ」

「ふざけるな!そんな詭弁に騙されたりはしない……私は騎士……名誉無くとも騎士なのだ!」


不都合ゆえに臣下が王を挿げ替える。

そんなことが許されて良い訳が無い。

都合よく忠義を尽くす対象を変えるなど……忠義にあらず!

臣は君が君足りえなくとも臣たれ、だ!


「いいのか?お前のその判断でその"祖国"が消えるかも知れんぞ?」

「……ぐっ」


だが、国王陛下は私の叫びを哀れむように言い放つ。

確かにこの場ではどう考えても私が悪だ。

王への忠誠も国があればこそ。それもまた紛れもない真実なのだ。


「だが、まあ良い判断だったと思うぞ?シーザー……三日後だ。何の事だか判るか?」

「……リンカーネイトがアラヘンに攻め込んでくる日、ですか?」

「そうだ。私やアリシア様達も陛下を抑えたが、そこが陛下の我慢の限界だった」


あの剣幕ではそうなってもおかしくない。

浚ってきた訳でもないのだから宣戦布告の材料として考えれば普通は足りないのだろうが、

はっきり言えばこの目の前のお二人だけで我が国を滅ぼして余りある。

正直な所……これだけの戦力差があるのだ。実の所大義名分など必要無いのだろう。


「さて、条件は示した。お前の信念のために祖国を潰すか、主君を斬って国を残すか。選べ」

「私は国を残すのを勧める。だがまあ……お前の選ぶ道など分かりきっているがね」


……分かりきっている?

だったら、これを……読みきれるのか!?


「ならば……条件を付けて構いませんか?」

「条件?」


もしこれが聞き届けられないのなら、

自分で喉を掻き切るしかない。


「もし、国王陛下と私が戦って……あなたに傷を付ける事が出来たのなら勘弁して頂けませんか?」

「……OK、つまり体裁を整えたいんだな?まあ気持ちは分かる」


だが、国王陛下は軽くそう言った。


「ならば……参ります!」

「って、いきなり来るのかよ!?」


それは賭けだった。

彼の王は己の力に自信がある……ならば受けてくれる可能性もあると。

その言葉を聞くと共に私は突進した。

そして腰に下げられた聖剣の柄に手をかけ、


「そんな小細工が陛下に通じるものか……やはりこうなるか。どうしてもこうなるのか」

「ブルー殿、不肖の弟子をお許し下さい!」


その時、ふと姿がぶれたかと思うと、

いつの間にかブルー殿に柄の尻を押さえられ剣を抜けないように止められていた。

……故に私は聖剣の鞘を捨てる。そう"柄と共に”だ。


「これが私の……切り札!」

「失った腕に、聖剣の刃を直結だと?」


失った腕を隠すための鎧……それは嘘ではない。

だが、失った腕の代わりに取り付けられた聖剣の刃を隠すための鞘。

それがこの鎧姿の本当の理由であった。

……がちりと肩口の止め具を圧迫すると、失った腕を覆っていたヴァンブレイズが鎧から外れ、

肩口からするりと抜け落ちていく。

そう。片腕の肘から先を失った私は、己の骨を剣の柄として聖剣の刃を埋め込んでいたのだ!


「聖剣よ!剣の守護者よ!私に最後の力をっ!」

【……神よ、この報われぬ勇者に救いを】


肘から先を凶器とした私は、その刃の腕を、崩壊の光を、

その闘志の赴くまま、国王陛下に叩き込む。

国を出た時なら兎も角今や勝てるとは思っていない。良い勝負になるとも思っていない。

だが、聖剣の一撃ならば傷一つ付ける位は出来る筈!


「シーザー。お前は気づいているか?悩みすぎて論理が破綻している事に気付いているか?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


ブルー殿は悲しそうな目でこちらを見ている。

だが、聖剣の柄を拾い上げた後は何をするでもなくこちらを見ているだけだ。

……主君の力によほどの自信があるのだろう。

ただ、私は相手に傷を一つ付ける事が出来れば


【……信じられない……】

「え?」


その時、剣の守護者から呆然とした声が届く。

私は既に神経をやられたらしく体が動かないが、まだ耳や目はまともに働いている。

ただ崩壊の光のせいで国王陛下が見えないが……まさか。


【私の力を持ってしても、傷一つ付いていない……ですって?】

「……まさか……」


パキリ、と何かがひび割れ割れる音。

急速に弱まった光の先から国王陛下が溜息をついているのが見えた。


「聖剣が……」

【ここまで、ですか】


聖剣が砕かれる。守護者の意志もまた消えた。

しかも恐ろしい事に陛下の手を見れば素手で刃を掴んで握り潰したのが分かる。

かつて魔王ラスボスに砕かれた時のように。

いや、核である宝石までひび割れ砕けた。受けた衝撃はあの時の比ではないのだろう。

そしてそれは、私の勝ちの目が無くなったと言う事でもあった。


「寸止めデコピンっと」

「があああああああっ!?」


動けなくなった私を陛下の指が襲う。

当たらないようにと繊細な注意を払われたらしいその一撃は、

それでも私を壁にめり込ませるのに十分な威力を持っていた。


「……なあアリサ……俺は少々切ないんだが」

「仕方ないよー。亡命確率は五分五分だったしねー」

「七分三分でもアレならこの道を選んだでしょうが、ね」


……負けたか。体が動かない。

だが意地を張った甲斐はあったのではないだろうか?


「こうなったら仕方ありませんね。お言葉に従います」

「……出来もしないくせに何言ってやがる」


聖剣の力は既に私を蝕んでいる。

……致命傷だ。

あの方達と言えどこの期に及んで私を助けようとは思うまい。

つまり、私の刃が陛下に届く事は最早無いのだ。


「義理も捨て、名誉も捨ててでも忠誠を取ったか……まったく、迷惑な話だ」

「申し訳ありません。恩を仇で返して、国王陛下に刃を向けてしまいました……」


今更謝っても何の意味も無い。

それでも言わずには居られなかった。


「ん?俺を攻撃したのは別に構わん。ただな、あれ見ろ」

「え?」

「……だおー……」


アルカナ君だ。

今まで気付かなかったが部屋の隅で箱に入れられ、ガタガタと音を鳴らしていた。

……見ると両手に大量の立て札を持っている。


"シーザーを虐めるなお"
"おとーやん、激しく自重するお!絶対だお!"
"アルカナがお願いするお"
"仕舞いには泣くんだお?本当だったら本当だお!"
"次回作はMMだ!と思ってたら最新作が発売されるのですよー"
"何で閉じ込めるのら?"


これは……。


「お前のせいで娘から総スカンだ。どうしてくれるんだよコラ?」

「何も泣かなくとも」


「陛下にとっては死ぬより辛い事なのだこの愚か者が……だがお前の罪はそこではない」

「……アオ、それも十分罪じゃないか!?」


では何だというのだろう。

王を暗殺しようとした事以上の咎とは?


「……来るぞ。覚悟しておけ」

「一体、何を……」


「シーザーさん!?シーザーさんっ!?ああ、ああああああっ!」

「クレア、待ちなさい。総帥から言われた事を忘れたのですか?ここに立ち入ってはいけませんよ!?」


その時、謁見の間の扉が破壊された。

飛び込んできたのは……クレアさん!?

その両手は血塗れで、泣きながらこちらに走り寄ってくる。


「総帥申し訳ありません。まさかこの子が部屋の鍵を力づくで破るなんて……!」

「第三王妃様……」

「ひっ……酷い……あの、腕が……腕が崩れて……!?」


私の体は聖剣と直結していた事もあり既に崩れかけている。

風化した彫像のように、クレアさんが触れた部分からボロボロと崩れ落ちた。

……出来ればこんな姿は見せたくなかったし、今の私にはそもそも会う資格が無いのだが……。


「すみませんクレアさん……貴方のお父上を……私……は、」

「父さんの事は良いんです!どうせ殺したって死なないんだから……それより酷いよ父さん!」

「え?俺が悪いの!?今回ばかりは正当防衛だと思うんだが!?」

「クレア、残念だが今回は一方的にシーザーが悪いのだナ……」


フリージア殿がこちらを軽く睨みながら言うと、

クレアさんは泣きながら頭を振った。


「違う……シーザーさんは……シーザーさんだけは悪く無い!」

「何処がダ!?要するに進退窮まって暴走したってだけなのだゾ!?」


「違うよ……そもそも私が、私が契約もしていない人間を召喚したりするから……」

「ち……が、ぅ……」


否定してあげたかった。だがもう声が出てこない。

……必死に顔を上げようとすると、ジッとこちらを見つめるブルー殿と目が合った。

その目は雄弁に語っている。


「シーザー、分かったな……姫様を絶望の淵に追い込んだ事。それこそがお前の罪だ」

「残念だったねー。亡命するなり抗命して投獄されるなりすれば幸せにしてあげたのにさー」


よりにもよって、選んだのは最悪の道か。

そう言えばさっき五分五分とか言っていたな。

私にもそう言う道を選ぶ可能性があったということか。

だが……それでも私は忠誠だけは捨てなかったのだろう、と信じたい。


「シーザーよ。お前は勇者だった。戦う事で道を拓く者だった……だが、今回ばかりは……」

「兄ちゃもそうだけど、力押しではどうにもならない事も多いんだよー」

「そう言えば最強と言われるようになってから、その力が役に立った例が無いんだが……」

「それは良いからシーザーさんを助けて!治癒術をかけてあげて!お願い!」

「駄目です。良いですかクレア?総帥に手を出した以上彼はもう敵なのですよ……」


だがしかし、第三王妃様の言うとおり。

今の私は最早あなた方の敵でしかない。敵以外ではありえない。

そして、祖国を滅ぼす大罪人にすらなりかねないのだ。


「知らない!知らない!知らない!」

「カルマだが愛娘から仇を見るような目で見られている件について……俺、何か間違ってる?」

「いえ、主殿は何も間違っておりません」


そうだ。間違っているのは私。

結局の所、どうにもならなくなって煮詰まった挙句に安易な手に走った私のせいだ。

悩んだ挙句がこれか……こうなってしまった以上祖国も終わりかもしれない。

他ならぬ、私のせいで……!


「さて、こうなってしまった以上仕方ありません。陛下……お願いが御座います」

「何だアオ?言ってみろ」

「え……アオ?……ブルーじゃなくて?」

「知らなかったのですか我が孫よ」


どうすれば、いいんだ?

そう考えた時、希望と、それを上回る絶望が私の心を掴み上げた。


「不肖の弟子の命。このアオグストゥスの首でお救い願えませんか?」

「……は?」

「え?ブルー?」


ブルー殿!?

一体、何を!?


「弟子の不始末は師の責任……姫様のためにも、これの命は必要です」

「ま、待って下さい!?アオ、貴方に死なれては私はどうやってレオ君に詫びれば……第一貴方は!」

「おいアオ……婚約者であるお前が死んだら当のクレアの未来はどうなるんだ!?」

「え?婚約者?……婚約者って、どういう、事!?」

「待つのだナ!?婚約者が居た事自体を知らなかったのカ!?というかブルーがクレアの!?そんナ!」


周囲が一気に騒然とする。


「だ、だって私、婚約者なんて書類上のものかと……第一ブルー、貴方私が相談した時!」

「はい。姫様のお気持ちのままにと申し上げましたが」


「おかしいよ!?だってそうだとしたら何で自分に不利になる事を……ううん、そもそも何で今まで?」

「……立場に胡坐をかく訳には……それに私の意志など細かい事です。全ては姫様のご意思のままに」


「そんな……じゃあ昔から困った時とか何時も来てくれたのは……わ、私は……!」

「姫様はご自分の幸福だけ考えてください。そのためなら私の意思も命も安いものです」

「いや、安くないから!守護隊副長だしレオの息子だし。第一、将の価値は千の兵に勝るんだが!?」


その混乱の中、私は一人床に転がったまま考えていた。

忠誠と……恋。

その両方を取ろうとして足掻いた結果、師までも失いかねないこの現状。

愚かだった。余りに愚かな行動だった。

本当に私は戦うことしか出来ずそれ以外思いつかないのだろうか?

まあ何を今更だ……私は覚悟を決め、舌を噛み切る。

自分自分にこれ以上生きている価値を見出せなかったのだ。


「あーあ。さいごまで、せんたくし、まちがった、です」

「くーちゃんを泣かせた罪。精々報いを受けるであります」


誰にも気取らぬまま急速に崩壊が進む。

そんな私の頭上からかかる声はアリシアさん達の物か。


「ま、よていちょうわ、です」

「逆にここでブルーに死なれるのも気分悪いもんねー。ようやく業の負債払い終えたんだしさー」

「また会おう!でありますよ」


また会おう?

ここで死ぬ私に再び会える訳が無い。

……それとも、地獄で会おうという事だろうか?

ああ、意識が薄れていく……。


クレアさん、アルカナ君、フリージア殿。

それにブルー殿や戦士殿、竹雲斎殿や備殿、牢人殿も。

……済まない、本当に済まない……。


――――――。


私はただひたすらに後悔を抱え、一人消える。

その瞬間を誰にも見取られぬまま、床の上でチリになって。


周囲に人は多いにも関わらずだ……本当に愚かしい。

愚直な馬鹿が頭を使うとろくな事にならないと言う良い例だった。

まあ、馬鹿の死に様は精々利用させてもらう。

姫様の成長のための、糧にな。


「姫様?私から言わせて頂きたい事があります……姫様の責任はむしろ"これ"だと」

「なんだそれ?手紙……って何だこりゃあああああああああっ!?」

「何ですかこれは?シーザーさんが良いと言ったらあの王の妻になる。と言うように読めますよ!?」

「……あ、あんまりしつこくて……シーザーさんなら上手く断ってくれるかなって……」


今のままではまだ弱いのだ。

姫がサンドールの女王に……皆に慕われ、そして畏怖される女王になるには今少しの強さが要る。

……そう、だからこれは定められた結末。

私が出来れば避けたかった結末。


あそこで私の命で事が収まるなら、それはそれで構わなかった。

だが、こうなってしまった以上当初の予定に従おう。


「あのシーザーが、王命に逆らえるとお思いでしたか?」

「……あ……」

「違うお!おねーやんも追い詰められてたんだお!余り酷い回答だとシーザーの立場がって思ったお!」


「それがアレの寿命を縮めたのは理解していますね?」

「う、うう……うわあああああああああっ!」


「おいアオ!?ちょっと厳し過ぎやしないか!?クレアにはちょっときついぞ!?」

「にいちゃ。でも、ひつような、ことです」

「アリシアさん!?どう言う事……まさか全部あなた達が仕向けたのですか!?」

「ハピ……恨むなら私を……父を恨んで下さい。アリサ様達は自らの倫理に従ったまでなのですから」

「因みにホルスには黙認して貰っただけでありますよ」


姫様に怨まれようが構わない。命を捨てる事になろうが本望だ。

私の気持ちなど論ずるに値しない。

全ては姫様の……クレアさんの為。

サンドールの地を治める者は、陛下とハラオ王双方の血を引くもの以外誰も認めまい。


他に代わりの居ない彼女が誰にも利用されない為に。

誰よりも強く、優しく生きていけるように。

私はその為に存在を許されているのだ。


「姫様が決然と断る事が出来ていればアレは死なずに済んだ……強くなって下さい。誰よりも」

「ひげきが、いやなら、あらがえるように、なるです」

「引いたら負けるでありますよ。屈したら失う事になるでありますよ?」

「今回の事で分かったよねー?怖くても戦わなくちゃならない事をさー」


無論私は支えよう。命ある限り。

例えそこに私の居場所が無かろうとも。

何故なら……私はリンカーネイトの騎士であり彼女を愛する者である。

そして、それは贖罪でもあるのだから。


「ただいまー。む!?何事か?誰か教えてたもれ?」

「姉さん!?姉さん助けて!シーザーさんを……シーザーさん、何処?」

「ハー姉やん!シーザーを助けるお!さもなくばおやつ横取りするお!」


もう一人の姫様。ハイム様がお戻りになられた。

魔王にして偉大なる管理者。世界の中心。

そして、もう一人。生まれたばかりの魔物にしてかつての強敵(とも)が。


「シーザーなど何処にもおらぬではないか?後、馬鹿妹。どっちにしてもお前は取りに来るだろうが!」

「騒がしい城だな……ここが我の新しい家か」

「ハイム様お帰りなさいませ……キマイラ殿ですな?"お初にお目にかかる"」


ハイム様が抱きかかえて連れて来た"生まれたばかりの魔物"に一礼をした。

大層疲れているようだがそれも仕方あるまい。

死ぬ前にろくでもないものをアレだけ見せ付けられたのだ。

もうどうでも良いと言う心境に陥っていても仕方ない。

まあ……それがあの方達のやり口なのだが。


「ふん……どうやら我の敵はとんでもない相手だったようだ。お前も大変だな勇者シーザー?」

「……私の名はアオグストゥスだ……ブルーで構わないぞ……元ラスボス?」


私達は二人で顔を見合わせふうと溜息をつく。

お互いとんでもないお方達に目を付けられたのだと理解し尽くしている。

まあ、長い付き合いになりそうだ。

……さて、一応古巣が滅ぼされないよう動かねばならんな。

私はそう考えながら大切な人達の元に向かう。


「にやにや。これでくーちゃんをとりもどせる、ですね?」

「……取り戻す?私は一度も姫様を手に入れた事などありませんよ……私はアオですから」

「そうでありますね。じゃ、手に入れに行く、に言い直すであります」


小さく可愛らしいが同時に恐ろしいこの共犯者達と共に。


「手に入れる?太陽を手に入れたら焼け死ぬだけですよ、アリサ様?」

「じゃあ、頑張って選ばれるしかないよねー?」

「たいへん、おもうけど、がんばる、です」

「美化された死者に勝つのは難しいでありますからね」


……違いない。

そう思いながら私ことアオグストゥス・リオンズフレア。

かつて勇者シーザーと呼ばれた愚か者は最後の義理を果たしに行くのだ。

ま、元々が自分自身の尻拭い……文句など言える余地は無いが、ね。


何にせよ、終わったのだ。

勇者シーザーと三つの隔離都市を巡る物語は。


迷宮隔離都市エイジス、

敵軍を隔離したマケィベント、

そして侵略者隔離する為の生贄にされた我が前世の祖国アラヘン。


全ては姫様のため。サンドールの太陽を成長させる為の壮大な計画。

クレアさんの弱気をくじき、幸せになってもらうための舞台だったのだ。

主演たる勇者シーザーは黒幕の思うがままに踊りきった。

そして幕は悲劇と言うスパイスに彩られつつ盛大なカーテンコールの時を迎える。


「……そんな顔をされたらおちおち死んでも居られないじゃないか、クレアさん?」

「え?……シーザー、さん?」


長らく人前では外した事の無い愛用の鉄仮面を脱ぎ捨て、

ヒロインの前に躍り出る。

そして、全てのカラクリを披露した私は、

当然のように我が姫君に平手打ちを食らうのであった。


悲劇を悲劇で終わらせない。それが私達のあり方だ。笑いを取るのもお家芸。

その昔"私"から貰った獅子の紋章盾を拾い上げると背中に背負い、

申し訳無いと詫びると、何故かアリサ様達がおやつ抜きを宣告されていた。


過去を見せ付けられる時は終わった。

ではそろそろ私も時計の針を未来に向けようではないか。

なにせ、ようやく時の輪から抜け出せたのだから。


「さて、まあ精々苦労する事になるぞ……シーザー。お前に求められる事は余りに多いからな?」


……そう言えば"私"は今頃トレイディアで目を覚ました頃だろうか?

まあ、20年も前の事を今頃、と言うのもおかしい話なのだが、な。


次回、エピローグ



[16894] エピローグ
Name: BA-2◆45d91e7d ID:5bab2a17
Date: 2010/07/10 14:33
隔離都市物語

エピローグ


≪ 私 ≫

気が付いたら乳飲み子になっていた。

……私の現状を言い表すには他に丁度良い言葉が無い。


「あ、お……こえあ……い、あい」(あの、これは一体?)

「あ、坊や。目が覚めたのかしら?」


厳密に言えばこの目の前の女性の腹から生まれた時からはじまり、

今日この日まで普通に赤ん坊として何の疑問も無く生きてきたのだが、

ようやく頭が冴えて段々と状況が掴めて来た、と言うところか。


「ほう。この子が、アンタの子供かのう?ほい、お届け者じゃぞい」

「ああ、手紙の配達ですか。こんな朝早くから有難う御座います。冒険者って言うのも大変ですねぇ」


「別に冒険者と言っても魔物と戦ってばかりじゃないんじゃ。特にわしの様なCランク程度だとのう」

「そうなんですか?あ、あの人からだ……よし、今月もキチンと仕送りしてきてる」


まだ頭がボーっとしていて良く考えが纏まらないが、

考えてみれば普通の赤ん坊ならまだ自我の芽生えにすら至っていないだろう。

私は生まれ変わったのか誰かに憑依したのか?きっともう少し育てば……。

と思いつつ、何処かで見たような初老の戦士を見送る。


「ありあおー、おあいあいあ」(有難う御座いました)

「おや、元気じゃな……さて、マスターから最近やりすぎな若造を懲らしめろ言われておるし行くかの」

「そうですか。じゃあお気をつけて」


……時折聞こえる"商都"やら"トレイディア"と言う単語にどうも聞き覚えがある。

私は一体誰だったのか?何故このような状態に陥っているのか?

考え込んでいると熱を出してしまうので余り長くは出来ないが、頭の中の記憶を必死にほじくる。

そして一つ思い出した。


「おお、おえいえああ?」(ここはトレイディアなのか……そう言えば一度門だけ見た事がある)

「あら?お腹空いたのかな?ふふ、貴方のお父さんに早く見せてあげたいわね」


……更に暫しの時が流れる。

私が違和感に気付いたのは、母親と近所の女性達のとある噂話を聞いたときだ。


「聞いた?奥さん……最近大公様と教会の仲が急激に悪化してるって噂!」

「聞きましたよ。教団が隊商に通行税を吹っかけるようになって、お陰でうちの家計も火の車よ」

「裏では異端審問会と聖堂騎士団の対立問題があるとか……」


私は母に抱きかかえられながらその井戸端会議を傍聴していたのだが、

その余りの不穏さに驚きを隠せない。

第一あのハイム様が自らの使徒達を押さえられない筈が無いのだが?

……だが、次の台詞で私は呆然とする事になる。


「大司教クロス様辺りがどうにかしてくれないかしら。あ、お隠れになったんでしたっけ」

「最近名の知れるようになったカルマって冒険者になにやら弱みを握られたって噂よね」

「怖いわね……門外のスラムの連中もだけど、ああ言うのって追い出せないのかしら?」

「うーん。うちの人はあの連中相手の商売してるし居なくなるのは困るわぁ」


冒険者、カルマ?

それに大司教クロスとは確か五大勇者の一人で20年も前に亡くなった人の名ではないか!?

まあ、不審ではあるが今の私に何が出来る訳でもない。今はただ情報を集めるだけだ。


「この子もまだ小さいし……不安ね」

「そう言えば旦那さんはまだ帰ってこないの?」


「どうせ今も浮気の真っ最中よ。いい所のお坊ちゃんみたいだし……生活費が届くだけマシかもね」

「酷い話ねぇ」

「……そう、ね……アハハハハハハハ」


井戸端会議の参加者の一人から、必死に場を取り繕おうとするオーラが出ていたのが気にはなるが、

おおかたその父親の浮気相手なのだろう。

だが……この母親は怒りをを感じさせず私にも良くしてくれる。

また大人になる事があったら、どうにか恩返しをしたいものだ。


「じゃ行こうか坊や……そうだ、今晩貴方のお父さんが来るらしいの。お祝いのお酒を買いましょう?」

「あぃ」


年の頃は死ぬ前の私はおろか、クレアさんよりも年下かもしれない。

しかし、余り宜しくない相手に引っかかったようである。

……まだあどけなさの残る母親に私は少し同情していた。


「いらっしゃい」

「マスター。お酒を分けて欲しいんですけど」


だが人の心配をしている場合ではなかった。

その母が向かった店の名で私はまた驚く事となる。

"日照りの首吊り人形亭"略して"首吊り亭"……私の良く知る名だ。

だが、マスターは全くの別人だし店構えも随分と違う。

正直な所、余りの一致と不一致に私は混乱を始めていた。


「どうしたで御座るかお嬢さん……以前ここで働いてた人で御座るよね?」

「ええ。主人が帰って来るそうなのでお祝いのお酒を買っていこうかと思って」

「応、あんたか……まったく、悪い男に引っかかったそうだな……自分は大事にしろや?」

「心配要らんわいライオネルよ。その男からはきちんと毎月仕送りが来ておるよ」


……しかも、知り合いに似ている人達は居るがやはり違う。

なんと言うか、若いのだ。

これはもしかしたら、私が体験しているのは生まれ変わりと言うものなのかも知れない。


あの時代から何年経ったのだろうか?……そして私がここに生れ落ちた理由は?

私の価値観からすればあれだけの事をしでかした以上地獄に落ちても足りない。

だと言うのにこの現状はぬるま湯以外の何物でもないのだが……。

いや、もしかしたらその罪悪感を抱えて生きよと言うハイム様辺りのメッセージかも知れんな。


「応、そうだ!ちょっとその赤ん坊貸してくれや!」

「え?何でですか」

「ああ、なるほどのう……」


その時、突然ライオネル殿に似ている方が私を母親の腕からつまみあげた。


「いやな。ほら、そこの奴」

「……うわぁ、何あの不穏な空気……」

「カルマの奴が……ああ、お前さんが辞めてから来た男じゃがな、奴が居なくて拗ねておるのじゃ」


そして言われて見た視線の先には……漆黒の闇を背負う丁度クレアさんと同い年程度の少女の姿。

何故だろう。その人を見ていると似ても似つかないのにアルカナ君を思いだした。

……私はどうしてしまったのか?


「……先生、まだ帰ってこない……」

「ほれ、ルン。ちょっとコイツ持ってみろ」

「うあ!?」

「ええっ!?な、何をするんですか!?坊や!?」


いきなり押し付けられた赤ん坊に、少女も面食らったようであった。

目を白黒させながら私を見ている。


「……赤ちゃん?」

「カルマの奴もその内帰ってくるだろ?新しい魔法習ったんだよな?今はそれ覚えるのに集中しろって」

「そうじゃな。あの森での一件で……奴も厳しい立場になった……身を隠して当然じゃ」

「ガルガン殿!?目が遠いで御座るよ!?ガルガン殿ーーーーっ!?」


騒がしい酒場の店内で、母親の心配そうな視線を受けつつ私は少女に抱きかかえられていた。

……しかし、まるで虫でも見るような目だな。

余り気持ちの良いものでは……む?急に視線が柔らかくなったのだが。


「……赤ちゃん。可愛い」

「応、そうだろ?俺も娘が、ちびリオが生まれた時は……」


少女は暫く抱きかかえた私の頬を突付いたり引っ張ったりしていたのだが、

その内ジッと私の顔を覗きこんで呟いた。


「……赤ちゃんは可愛い……だって、私を馬鹿にしない……」

「暗っ!?」

「……苦労しておるのう、ルンも」


何だろうあの台詞は。

余りの内容と雰囲気に思わずヒッと声が漏れると母親が過剰に反応し、少女の腕から私をもぎ取った。

正直ほっとしたのは自分だけの秘密だ。


……ところでまた聞いた名前が……ルン、となると……。

その名はもしや……そしてそうなると、ここは、まさか……いや、だがそれは流石に……。


なお、私の父親はその日結局家に戻ってくる事は無かった。

言い方を変えるとどうやら別の女の家に行っていたらしい。

……人間のクズなのだろうか?今回の私の父親は。

まあ、どちらにせよ私は現状を享受するほか無い。

せめて親孝行が出来たら良いのだがと思う。

……前世で両親が早死にした私としては切にそう思うのだ。


……。


と、そう願う事自体が間違っていたのだろうか。


「ぼう、や、逃げて……にげ……ガハッ!?」

「ぶっひいいいいいっ!」


それからそう遠くないある日。

……母が死んだ。

豚顔の化け物……オークに殺されたのだ。


先日から起こっていた戦争はその戦火を拡大し続け、遂にこの街の中にも敵の侵入を許している。

それは突然の出来事であり、逃げそこなった市民も大勢居た。

そしてあろう事か敵は街で飼われていた魔物を見つけ出し……そのまま放ったのだ。


ともかくその逃げ遅れた人々の中に私と母も居た。

やむなく家の中で隠れて居たのだが、食料の匂いを嗅ぎつけた魔物に見咎められ、この始末だ。

……私は何も出来なかった。


「ぶひひっ、ぶひひひひっ!」

「……」


出来る訳も無い。こちらは床を這うのが精一杯の赤ん坊なのだ。

そして不意に思う。そうか、これが罰かと。

生まれてきてすぐ何も出来ず殺される。それが私への罰なのだろうか?


「ウガアアアアアアアッ!」

「ぶひ?」


死を前にしているにも拘らずそんな事を考えていると、突然床か巨大な腕が生えてきた。

そして私の目の前の豚顔の魔物が襲われていく。

地下の下水から伸びてきたらしいその腕はオークを無造作に掴み上げ、連れ去る。

しかも……悲鳴と租借音が聞こえ、すぐに静かになった。


「それ、ちがうです」

「オーガ。もう少し右であります。握りつぶすのは禁止でありますよ?」

「あまり、さわいじゃ、だめ、です」

「はーちゃんがうまれるまでの、がまん、です」


そして更にもう一度伸びてきた腕は、今度は私を捕まえて地下へと引きずり込む。

……抵抗は意味が無いし、そもそも不可能であった。

覚悟を決めるほかあるまい?何せそれ以外何も出来ないのだから。


「やっほい、です」

「初めまして。もしくはお久しぶり、であります」


そして、私は遂に私の事を知る見知った顔に出会う事になる。


「うがあああああっ!」

「しーっ、です。みつかったら、また、おりのなか、です」

「さ、**を連れてさっさと撤収であります」


懐かしい顔に抱きかかえられ、私は下水を進んでいく。

この先への不安は頭に浮かばない。ただあるがままを受け入れる他無いのは良く分かる。

ただ、この変わり果てた私を彼女達が何故認識できたのか。それだけが疑問だった。


……。


私は地下の一室に閉じ込められていた。

……壁際の机の上には哺乳瓶が置いてある。

どうやらこれを飲めと言う事らしいが、四つん這いにすらなれない赤ん坊にとって、

これは絶壁の崖に等しい。

一体あの方達は何を考えているのか?


そう考えていると、突然天井に穴が開き、そこからあの方達が……アリシアさん達が降りて来た。

壁伝いに降りてくるその姿はやはり人間ではありえない動きである。

いや、そもそも、だ。


「くわっ、です」

「さて。現状は理解してるでありますか?」

「この、まるとばつで、こたえる、です」


回答用の○×の形をした人形を手にした彼女達が3セット合計6人居る事自体がおかしいし、

その瞳も人間のものではない。

……まあ、それは私にとっても予想の範疇ではあったが。


「じゃ、だいいちもん……ここが20ねんくらいまえって、しってた、です?」


私は○を選んだ。何年かは兎も角ここはどう考えても過去の世界だ。

何故そうなったのかは置いておくとして、

その程度の事はリンカーネイトの人々ならやりかねないとは思う。

何せ何一つ常識と言うものが当てにならない方達なのだから。


「じゃあ、うまれかわったところで、こんごは、あたしらのために、はたらく、です」

「……うー」

「うわ。一瞬で×を選んだであります。流石は元シーザー」


とは言え、この選択肢を選ぶ訳には行かない。

わたしは何処まで行ってもアラヘンの騎士。

何故なら私は……!


「じゃあ、くーちゃん、しんじゃう、です」

「それでも良いのでありますか?」

「!?」


なっ!?今何と!?

思わず×の人形から手を放してしまう。


「……だって、分かってると思うけど誰かが守らなきゃ生きのびれる子じゃ無いでありますよ?」

「もしや、そんなの、ブルーが、まもればいい、おもった、です?」


そしてその言葉を聞いて、今度は一瞬の狂いもなく○を選択する。

そうだ。あの方さえ居れば正直な所私など居なくても……。

……と、ここで私は気付いた。

アリシアさん達がニヤニヤとしている事に。


「じゃあ、がんばる、です」

「自分で言ったんだから絶対上手くやるでありますよ……アオ?」


ポンポンと叩かれる肩。

そして、同時に否応無く理解してしまった事実がある。

今の私が……他ならぬアオ=リオンズフレアその人である事に。

いや、ある意味これからそうならざるを得ないという事実にだ。


もし私があの人にならないとなると、数年後にクレアさんは死んでしまう事になる。

5歳のお披露目の際の混乱はそれほどの物だったらしいと聞いている。


「アオ。アオはもうシーザーじゃないでありますよ!」

「あらへんに、ぎりだて、するひつよう、ないです」

「それに。もし、できないと、くーちゃん、あぶない、です」

「……やってくれる、です?」


……私は改めて○を選んだ。選ばざるを得なかった。

そして決意する。

やる以上は私の記憶に残るあの人そのものに成らねばならないと。


恐らくそうでもしなければ足りないし間に合わない。

そうでなくば、ブルー殿があのレベルに至るまで己を鍛え上げた理由が判らないではないか。


「……じゃあ、さいしょのしごと、です」

「出来るだけ早く自分を鍛え上げるであります。ノルマは三ヶ月以内に剣を振れる様になる事」

「これは、つぐない、です」

「普通は出来ないと言う言葉は認めないでありますからね」


私は返答の代わりに目を閉じると、己の意識を切り替えた。


……。


アリスさん……いや、アリス様の言うとおり、今の私に無理や無茶と言う言葉を使う権利は無い。

私が論理的に出来うる全てを行ってようやくブルー殿……あの人に追いつくと言うのなら、

最早瞬きほどの時間も無駄には出来ないではないか。


「……うーっ、あーっ!」

「あ、さっそくはじめた、です」

「これなら守護隊結成までに間に合うでありますかね?」

「これが、ほんとうにブルーなら、できる、です」


私は壁に近寄ると、まず立ち上がる訓練を開始した。

行軍も出来ないのでは話にならない。

剣を振るのが目的と彼女達は言うが、つまり戦力になれと言う事だ。

少なくとも走れなくては軍人失格なのだ。そしてその為には基礎体力と反復練習が必要になる。

剣を振る事より、立ち上がって走れるようになるのが私の急務だ。

まともに体が動くようになれば、剣も勝手に振れる筈。


「そうだ、なにかほしいもの、あるです?」

「こっちも無理を言う事になるし多少の無理は聞くでありますよ?」


それを聞いて私はアリシア様に近づいた。

……勿論よろけそうになる足を必死に叱咤して、だ。

今更、楽だからと言う理由で床を這いずる訳には行くまい。


「……あー」

「て?どうした、です?」

「指で何か書いているで……お墓でありますか?」


そして私は罪人である。

だから、私の望みは己の事であってはならないと思う。

故にアリシア様の手に字を書いた。

……母の墓を立派に作って欲しい……と。


「……うん。わかった、です。おかーさんは、だいじ、です」

「わざわざあそこで死ぬはずだったアオを助けた甲斐があるってもんであります」


アリス様達はそれに感動を覚えたようだ。

にこりと笑って、次に全員で顔を見合わせてこくりと一斉に頷き、

ある物を私に手渡してきたのだ。


『『『『だおだおらー♪アルカナらー♪』』』』

「!?」

「ちっちゃい、あーちゃん、です」

「20年先から送られてきた、生前のシーザーの体内に寄生してたあーちゃんの血肉であります」


……アルカナ君の血が体内に入り込み、その辺りから時折頭の奥より声がする事には気付いていた。

しかし、指先サイズとは言えまるで当人のように見える所を見ると、

本人の行っていた"ちっちゃなアルカナ"は真実であったのだろう。つまりこれはアルカナ君の血肉。


『さあ、ちっちゃなアルカナを食べるのら』

『ハー姉やんからぱわーを授かって来てるお!』

『アルカナが居ればガンガン育つお?』

『帰る本体がここには無いから宜しく頼むお。今日も大義であったのら!』


それらがそう言いつつ、勝手に私の口にもぞもぞと入り込んでくる。

苦しいが文句を言うのも申し訳ない気がするし、

そもそも意味のある言葉をまだ喋れず、私は目を白黒させる羽目になった。


「!?」

「因みに基本効果は"死亡時に体力を極僅かに回復"と"自然治癒、超回復率の向上"であります」

「さらに、しんわざ"追記"(リトライ)もついか。おめでとう、です」


脳内に力が入り込んでくる。必死に転ばないようにしていると、

いつの間にか私の頭の中にトンテンカンテンの音と共に新しい力の内容が流れ込んで来たのだ。

技の名は"追記"(リトライ)と言い、

脳内を活性化させて周囲の時間を自分の認識上遅くする事が出来るようだ。


更に、行動が致命的な失敗を招いた場合、

自分の全存在と引き換えに意識を過去の自分に転写すると言う凄まじさ。

無論、過去の自分はそれを元に行動を最適化しようとする。

それを続ければいずれは必ず目的に手が届く。しかも意識を転写して消滅した自分とその歴史は、

転写された時点で書き換えられ消滅し、無かった事になるという凄まじさだ。


これがブルー・TASを名乗ったあの人の根拠か。

この"追記"と言う魔法そのものがあの人の使っていたアシスト用ツールなのだろう。

何にせよ……これだけの力があれば、あるいは……!

そう思っていると、アリシア様が横から私を突付いた。


「……あたしらから、ちゅうこく、です」

「人の頭は何度も同じ情況を繰り返すのに耐えられないであります」

「だから。これ、きけんすぎて、きほんてきに、だれにも、つかわせられない、です」

「アオ?言っておくけど……擦り切れる事だけは無いように。でありますよ」


……良く判らないが、とりあえず○を選んでおく。

なんにせよ、あの人はそれに耐え切ったのだ。

私が限界までやればそれに届くと言うのなら、やるしかない。

そう、全てはあの笑顔を守るため。

最後に私が泣かせてしまった彼女の為ならば……今の私は何だってやり遂げてみせる。

何故なら……今の私は、彼女の為に存在しているのだから!


……。


その後の事は記憶がかなり擦り切れていて良く覚えていない。

昼も夜も無く、ひたすら闇の中で己を鍛え上げる日々が続く。

分かるのは時間的余裕が全く無いと言う事実のみ。


「ある瞬間までは歴史を書き換えたくないから、まだ余り派手に動けないのでありますよ」

「そう、れすか」


スコップで小突かれ、体当たりで天井に叩き付けられる。

頭の奥からドンデンガンガンと音が響く中、私はようやく持てるようになった小枝を必死に振り回す。


「ほら!折角鍛え上げられた剣技の記憶があるんだから、それを有効に使うであります!」

「あたしらは、あまり、おもてに、でられない、みのうえ、です」

「だから、アオには人間としてガンガン派手に暴れて貰わないといけないのでありますからね?」

「はひ!」


ならばそろそろ一撃入れられねばおかしいだろう。

そう思い"追記"(リトライ)を発動させる。

……満足に動かない体を補うべく最善の動きを模索する。

一回目、失敗。

二回目、失敗。

百回目、まだ失敗。

千回目、まだだ、まだ届かない!

一万回、何故だ、これならいける筈なのに!


……10万回を越えた辺りで諦めの気持ちが湧いてくる。

だがその直後にあの時の記憶が、クレアさんの泣き顔が脳内を駆け巡っていく。

そうだ、こんな事でくじけている場合では無い!


……気を取り直し百万回、二百万回、五百万回……。

そして数えるのを止めた頃、遂にその一撃がスコップを弾きアリス様に届いた!


「はああああ……あ!」

「痛い!?であります」

「……いっぽん、です」

「うわーい、まだ乳離れ出来てない赤ちゃんに一本取られたであります!」


ようやく事を成した安堵感に私はその場に倒れこんだ。

現実での時間経過はたった3秒。出来た事は木の枝で相手の額をぺちりと叩いた事のみ。

だがその為だけに一体どれだけの時間を経験した事か。

……これからのあまりの遠さに気が遠くなりかけるが、そこで一つ気が付いたのだ。

成る程、これが私への罰か。人に勧められない力を与えた理由か、と。


「これなら、いける、です」

「アオ、今日からブルーを名乗るであります……守護隊結成までに一般兵位までは強くなるであります」

「……にいちゃの、そばに、さいきょうぶたいを、しゅつげん、させるため。です」

「あい!」


これから先の私の人生に失敗は何一つ許されない。これはその為の力だ。

だがそれは即ち、成功するまで先に進めない事も意味する。

だが構うまい。何故なら私は……!


「りんかーねいとの騎士として、さいぜんをつくします!」

「……あ、まだ、けんこく、してない、です」

「その名乗りはもう少し待つでありますよ?」


「……あい」

「あんまり落ち込まないでであります……」


どうやら私には、格好良く決める権利すらないらしい。

まあ、それも止む無しだが。


……。


その後は必死に体を鍛え上げ、

離乳食から卒業する頃には辛うじて兵士と呼べるだけの肉体が完成していた。

私も努力はしたが幼児の身での訓練は体に負担が大きすぎる。

多分アルカナ様の血の力による所も大きいのだろう。


「おつ、です」

「ブルーもすっかりガチムチ幼児でありますね」

「有難う御座います。で、遂に……ですか?」


どさりと地面に置かれる全身鎧。

私の体にあわせて特注されたそれは、まだ不完全な骨格を補うものであり、

子供であると言う見た目のハンデを覆い隠すためのものでもあった。


「もうじき……レキ大公国が、建国されるであります」

「いまごろ……にいちゃ、むらまさに、さされてるころ、です」

「竜王の誕生ですね」


今まさに地上では、カルマ陛下が王妃様や千名の精鋭とともに南下をしている最中らしい。

そして、この戦闘で致命的な負傷を負った陛下は人ならぬ存在に昇華なされるとの事だ。

……アリシア様達も人ではない。それ故内心喜んでいるのかも知れない。

いや、敬愛する"父にして兄"の身に起こった不幸に怒り狂っているのか?


だがまあ、そんな事は細かい事である。

これで虐げられていた三万もの人々と、後に百万を超える奴隷階級の人々が助かるのだ。

まだ歴史を変える訳には行かない私達は、せめてその事を幸いとせねばならないのだ。


「じゃあ、れきに、いくです」

「久々の太陽に目を焼かれないように注意でありますよ?」

「はっ!」


そして、久々に太陽の下を歩いたその日。

私は"歴史"を目撃する。


「ウィンブレス!ライブレス!並んで叫べ!」


新たなる"大公"の命の元、二頭の巨竜が天を舞う。


「聞け!レキ大公国の忠勇なる臣民諸君!」

「彼の竜達は我が友人。この良き日のためわざわざ集まってくれた者だ」

「聞け、我こそは戦竜。人であり、竜でもある!」


その宣言に人は驚き、そして納得した。

陛下のして来た事は普通の人々にとっては遠い御伽噺に過ぎなかったのだから。

人間ではないと言われた方がまだ納得できた筈だ。


「諸君、聞いてくれ。我々は世界の負け組。三万程度の敗残者の群れに過ぎない。だが!」

「今は俺という庇護者が居る。……俺に従え!そうすれば生きる為の糧はくれてやる!」


そして同時に畏怖と安堵が広がる。

この土地に集った彼らは流浪の身の上であり、奪われるのを恐れる弱者でもある。

普段であれば嫌悪が先に立つであろう宣言も、

彼らにとっては絶対の守護者が生まれたと言う福音に他ならない。


「この地に俺達の理想郷を作り上げる!異論は認める!が、気に入らないなら出てけ!」

「従う物には幸いを!抗う物には滅びを!世界の動乱をこの世界の果てで嘲笑うのだ!」

「敗者にも再起の機会を!底辺より這い上がるチャンスを!それを与えられる社会を目指して!」


段々と高まる周囲の熱気。


「ここに、カール大公の名の下にレキ大公国の建国を宣言する!」


私はその建国宣言に被せるように声を張り上げた。

いずれ王となるお方とそのまだ生まれぬ姫君達の為に。

彼らは……あの方達は……こんな所で躓かれてはいけないのだ!


「カール大公殿下、万歳!」


私の声に引き摺られるように、周囲から万歳の声が上がり、周囲の熱狂は最高潮を迎えた。

殿下か。そう言っているのも今の内なのだがな。

……聞きようによっては不穏ですらある内心を押し殺し、私は訓練場にむかった。

休んでいる暇は無い。既に戦乱はすぐそこまで迫っているのだ。

そして私に出来るのは戦う事と、戦うものを用意する事だけなのだから。


……。


まあ、後は特に語るまでも無い。

子供に志願されてもなと困る係員や兵士を薙ぎ倒し実力を認めさせた上でアリス様の紹介状を手渡し、

正体を隠した上で極普通の志願兵としてレキ大公国軍に入隊。


続いて鎧で誤魔化しているとは言え見た目の小ささでどうしても侮られる所を、

文字通り実力行使で挽回していく。

……普通ならばこれで嫌われる所だろうがそこはアリサ様以下の情報操作と、

昼も夜も無い訓練漬けの生活を見せ付ける事で周囲を納得させた。


「……言葉ではない……行動で語るのみ」

「それでいい、であります。守護隊の構想がにいちゃから降りてきたから、さっさと行くであります」

「ここから、ほんばん。です」


そして遂に守護隊が結成された。レオ殿……父が隊長を勤める部隊である。

元の時代では間違いなく最強の存在であったが、残念ながら今ここに居る者達は違う。


「支給品を見たか?凄い鎧だよな……」

「それに殿下から直接凄い力を貰えるそうだが、それだけで勝てるのかねぇ?」

「勝てるではない。陛……殿下を勝たせて差し上げるのだ!」

「へいへいお坊ちゃん。まあ、適当にやるさ」


この時点ではまだ彼らは僅かながらの魔力の際を見出されただけの一般兵に過ぎなかった。

文字通り守護の為、硬くてしぶとい部隊であれば良い。陛下の期待もその程度だろう。

……だが、それは認めない。

何故なら私は……あの最強部隊の姿を知っているからだ。

そうでない姿など、見ていられん!


「なあ、サンドールの大軍相手に本当に勝てるのかよ」

「勝てる。カルマ様の元であれば必ず勝てる!……私が先頭を切る。貴方がたは後に続けばいい」

「へっ、ガキが……とは言え、お前は本当にやっちまうからな」

「そうだな。こんなチビ助に負けてる場合じゃない。俺達だってもう負け犬じゃないのさ!」


ある時は怖気づく兵達を必死に叱咤し、


「1に訓練、2に訓練だ!」

「意味有るのか……そこまで鍛え上げなくとも……」


「貴方がたとして、馬に乗った貴族様に大きな顔されても良いのならそれで良いがな?」

「……それは、余り面白くないな」

「仕方ない、やるか。チビ助一人だけ頑張って俺達がだらけてるのも問題だしな」


丁度良い比較対照もあるので、適度に煽って向上心を高める。


「な、なあ……マナリアが滅ぼされたとか……」

「勇者相手に勝てるのかね、新副長」

「恐れるな。我等が王は何ものぞ!?そして私達は……その王の最強の盾なのだぞ!」


そして……最強の敵を前にして遂に……、


「そうっすね。ブルーの言うとおりっすよ……自分等が王国を支えるんす!やるっすよ皆!」

「私達が規範となるのだ!リンカーネイト万歳!国王陛下万歳!」

「「「「万歳!万歳!」」」」


私の知る最強部隊は完成したのだ。


……。


その後も私の戦いは続く。


「ふふん。今や守護隊こそが王国の顔だ!」

「王妃様の直属とは言え、代々貴族だってだけで偉そうにされてたまるか!」

「愚か者が!その考えこそがお前達の嫌う"貴族的"な"選民思想"である事に気付かないのか!?」


「副長?ではどうするので?」

「連中、段々付け上がってますぜ……貴方程の男がそれを見逃すのか!?」

「行動で高尚さを示せ!私達の主君は絶対にそれを見ていて下さる!……と言う事でお願いします」


「あい、さー。です」

「実際威張ってるのは魔道騎兵でも竜騎士団でもないけどねー」

「とりあえず、何もしないで威張ってるのはねえちゃに告げ口、であります!」

「……と言うか、入国させないでありますよ。多分その方が早いし」


リンカーネイトが強国になるや否や増えてきた旧マナリア系の貴族階級の横暴を阻止し、

同時に守護隊が偉ぶらないよう誘導し続けた。

こんな事で崩れて欲しくは無い。慢心は堕落の温床なのだから。


「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」

「ひっ!?」

「なんだこれーーーーーーっ!?」


「姫様をお守りする!手すきの者は姫様を視界に入れないように円陣を組めっ!」

「ぶ、ブルー……来てたんすか?ってアオーーーーーーッ!?何やってるんすかお前はーーーーっ!?」


クレアさんが生まれた時は、私自身が挙動不審にならないよう出来るだけ離れていた。

だが逆に5歳のお披露目……運命の日には前日から壇上の下で待機しその御身を守る。

……非番?それがどうした。休んでいる場合ではないだろう?


「アルカナだお!」

「誰だよ!?」

「おとうさん。この子……いもうとだよ!呼んだの!」

「いや、何言っておるんだ末妹?」


「失礼します!アリサ様よりお話がありました!かのお方は未来から来た正真正銘の姫君です!」

「またお前っすかア……いやブルー」


「だまってれば、おもしろいのに、です。……いたい、です」

「いやブルー!?怒らないでであります!ゲンコツは駄目でありますよ!?」

「……これは別問題です。食事抜きを提言されたくなかったら、早くアルカナ様の事を陛下に!」

「「「「ひええええええええっ……です」」」」

「「「「ブルーが怖いでありますよ……」」」」


突然アルカナ君……いやアルカナ様が降って来られた時は、

いち早く駆けつけ混乱する前にその所在と生まれを明らかにしたりもした。

……そう、色々な事が有ったのだ。


……。


だが、それもまた、今や良い思い出だ。

結局不甲斐無い過去の自分は何もかも私と同じ選択をし、二日ほど前に消え去った。

計画は完遂された……私は"あの人"に。ブルー・TASになれたのだろうか?

疑問は残るが何にせよ、これで予定は完了。

舞台に上がっていた方達にも全てをお話しする事が出来る……。


「そして、今……こうして閉じた時の輪が再び開いた訳です。姫様」

「……ふーん」

「おねーやん不貞腐れてるお。でも気持ちは判るお!」


今私は、姫様がたと共に首都アクアリウム屋上の大噴水の傍に居る。

クレア姫様は軽く頬を膨らませながらベンチに座って足を揺らしている。

……まあ、当然だろう。

結果的に私は姫様が生まれてからずっと、嘘をつき続けて居たのだから。

嫌われても仕方が無いのだ。きっとそれも私に対する罰の一環なのだろう。


「ですが、あの時話した事は全て事実です。姫様が毅然と対処されていたらアレは死なずに済んだ」

「……分かってる。分かってるよブルー。でもね。やっぱり納得行かないよ!?」

「騙され坊主をしてたアルカナ達の怒りを食らうお!てやっ!」


とはいえ折角の成長を無にしたくないと苦言を呈した所、怒りを買った様だ。

アルカナ様の全力パンチがぽふっと飛んでくる……が全然痛くは無い。

むしろ微笑ましくて泣きたくなるほどだ。

……なお、アルカナ様が本気で殺しに来る時は大声で叫んで来る。

歌を極めるという事は逆説的に音痴も極めていると言う事。

周囲に広がる超振動で全てを破壊する必殺技が使われる事も無く終わったのはとても喜ばしい。


とは言え、どういう結果にせよ彼女達の心に傷を付けてしまった。

私はその責を負わねばならないのだろうし、それだけの対価を払わせた以上、

それ相応の成長を出来るよう促さねばならない。


だが、姫様達は分かってくれたようだ。

頬を膨らませながらもじっと遠くを見て考えている。


「本当に納得は行かない……でもね。皆にそこまで心配かけてたのかな、って悲しくもなるな」

「それがお分かりなら立場に見合った強いお心をお持ち下さい。貴方なら出来る」

「それが本当に出来ると思ってるのかお?元シーザーの癖に」


無論、簡単ではないだろう。

表向きの表情を取り繕う事は出来ても、本人の性根は変わり難い物なのだ。

だが、アルカナ様は一つ忘れてはいないだろうか?


「無論、このアオがお手伝いします。いえ、ご迷惑でも勝手に手伝います!」

「言い切ったお!」

「え?いえ、迷惑って訳じゃ……でもいいのシーザーさん……じゃなくてブルー?」


困惑したようにクレア様は言う。

だがクレア様もお忘れのようだ。


「今の私はリンカーネイトの騎士ですから」

「……ああ、そっか」

「でもその割にアラヘンの存続には尽力したお?」


それはそうだ。かつての祖国への愛着が消えた訳ではないのだから。

ただ、今は"ご恩"を受けているのが此方と言う事もあり、奉公先の違いで優先度が変わっただけ。

だから、かつての古巣に対して、最後の大規模援助&転移門完全封鎖を提案したのだ。

……生き延び得るだけの物は与えた。後はアラヘン国王陛下の手腕次第だ。

だが流石にその後までは責任を持ちきれない。何せ、私はもうシーザーではないのだから。

少なくとも、今の私なら同じ状況に陥った場合アラヘンの陛下でも切り伏せているに違いない。


「姫様が陛下にどれだけ大事にされているのか……アレは本当の意味では理解していなかったのです」

「それを知っててあんな事をしたのなら、おとーやんが本気でぶち切れてたお」

「……そ、そうなの?」


それはもう。ファンクラブどころかクレア様を信仰対象にしたカルト教団まで存在するくらいだ。

なお、私も数百回襲われているが、あそこ出身の精鋭も多いのが悩ましい。

因みに陛下から合法化にGOが出てしまった事もあるという恐ろしさである。

まあ、そうなる前に色々とやって潰したのだが。……私が。


「ともかく、全ては終わりました。姫様も強くなられた。まずはハッピーエンドではないでしょうか?」

「……ふん、だ。何がハッピーエンドなの?ブルーなんか知らない!馬鹿ぁっ!」

「あ、おねーやん。待つおーーーっ!?」


……また殴られてしまった。頬に紅葉のようなカタが出来る。

だがあの方にしでかしたことを考えるとこれぐらいで済んだだけで僥倖なのだろう。

もう二度と相思相愛となる事は無いだろうが……それでも私は。


「あ、ブルーだ。ふふ、ほっぺたに赤い手形が付いてるね。この色男?」

「困ったものですね。クレアも事情を理解はしているのでしょうに」

「それが人の心と言うものです。それが理解できるように務めてください。殿下」

「……(こくこく)」


その時、第二王妃様とグスタフ王子殿下、そしてガーベラ殿下が現れた。

私は王子に苦言を呈し、ガーベラ様には特に深く御礼を申し上げた。

今回の事でガーベラ殿下は一ヶ月の長きに渡りクレア様の傍に付き添う事になった。

後々の仕事に響いてくるだろうにその優しさと友情には頭が下がるばかりだ。


「それにしてもさ。ぶーちゃんがまさかそんな重い過去を持ってるとは思わなかったよ」

「いえ。私の事など細かい事です」

「言われて見ればブルーの言動の節々にライオネル節があるんですよね。良く隠し通したものです」

「……はぁ(父親と似てないから仕方ない、のポーズ)」


第二王妃様と私の縁は深い。

私は兵舎を中心に行動しているし、三王妃の中で第二王妃様は軍事が専門。

元傭兵と言う肩書きは伊達ではないのだ。

とは言え、その親交は普通の上司と部下と変わりなく、特に目立ったエピソードなど無いのだが。


「と、言う訳でぶーちゃん発見。じゃ、カルマ君の所に行こうか?」

「はっ。陛下が私をお探しですか?分かりました、すぐ参ります」


「じゃあ僕らも帰りましょうか……あれ?ガーベラ……僕の腕を引っ張って何処に行くのですか?」

「……(恋する乙女の目+いっぺん死んで来い馬鹿と言う視線)」


相変わらず仲の良い王子殿下達に一礼し、私は主君の元へ向かう。

そして。


「まあ、言いたい事は色々有るが……まずは長きに渡る任務ご苦労、と言っておく」

「はっ!」


「と言う訳で吹っ飛べ」

「は?」


殴り飛ばされた。

壊れないよう衝撃を殺しながら天井に張り付き、床に降り立つ。


「……どう言う事でしょうか?」

「にいちゃ、おこってる、です。……がく」

「やっぱり、くーちゃんがお怒りで話もしてくれないから悲しんでるのでありますよ、イタタタタ」


玉座の周りには簀巻きにされたアリシア様達が泡を吹きながらコロコロと転がって居る。

ああ、やはり案の定報いの時が来たか。

陛下に隠し事などしたからこうなる。ならば私も覚悟を決めねば。


「分かるか?手塩にかけた娘に口も利いてもらえない父親の悲しみが……え?」

「はっ。申し訳ありません!我が首を」


と覚悟を決めたら何故か陛下の怒りが頂点を迎えた。

しかもどこか怒りの焦点が違う気もする。

一体何が悪かったのか……。

今回の一件。アリサ様達も陛下を想って行った事なのは分かっておいでの筈だが?


「お前まで殺したらクレアだけでなくレオにまで口利いて貰えなくなるわボケエエエエエエッ!」

「まあまあ、伯父上落ち着くのだナ」


荒れる陛下を尻目に私はフリージア殿に引き摺られていく。

陛下は怒りのやり場を無くし震えているが、

自分の行為が八つ当たりだとは気付いているのだろう。

私達を呼び止める事もしない。いや、出来ないで居た。

最強の力を持ってしても……いや、だからこそ解決できない問題もあるのだ。

私はアオグストゥスになってからそれを学んだ。


「はっはっは、クレアにふられたのだナ!?ブルー」

「仕方ありませんよ。それだけの事をしでかしていたのですから」


さて、それは兎も角私は何処に連れて行かれるのやら。

いつの間にか城の入り口まで来ているのだが。


「うん、どうせブルーも色々あって落ち込んでいると思ってナ!どこか遊びに行くべきだと思うゾ!」

「……承知した。フリージア殿の温情に感謝する」

「じゃあアルカナも慰めるお!」


首をフリージア殿に掴まれ、足には降って来たアルカナ様をぶら下げ、

私は何処かへと連れて行かれる。

私とシーザーが同一人物だと知られてから、お二人の私への扱いが酷いような気もするが、

まあそれも止むを得ない事なのだろう。

私は罪人、彼女達を傷つけた罪は一生かかっても償わねばならないのだから……。


「ところでアルカナ?クレアの様子はどうなのダ?」

「相変わらず不貞腐れてるお!」


「ふむ。ならばその内に私がブルーを貰ってしまっても構わんよナ?」

「おねーやんが要らないなら仕方ないと思うお?」


天には今日も眩い太陽が登り、燦々と大地を照らし出す。


「でもじっさい、ブルーは、だれと、くっつく、です?」

「あーちゃんの勝率が三割とだけ言っておくであります」

「10年間勝負が付かなかった場合だけどねー」


「なあ、俺の振り上げた手は何処に行けば良いんだ?簀巻きの妹達よ……」

「しらない。です」

「て言うか許してでありますにいちゃ。そろそろおなか減ったであります!」


素晴らしき日々が続く事を私は願う。

リンカーネイトに栄光あらん事を。

そして……神よ。

我が姫君達に幸福を与えたまえ!


「あ、クレアがこの状況を嗅ぎつけたゾ!?」

「逃げるお!フリージアはブルーを引っ張るんだお!アルカナはこのまま足にしがみ付くのら!」

「……行ってらっしゃい」

「ルーンハイムの姉ちゃん。いいんすか?……いやそこで不思議そうな顔をしないで欲しいっすよ!?」


……段々とリンカーネイト流とでも言うべき、

何処か締まりきらない空気に染まっていく自分を感じながら私は姫様達の幸福を祈った。

ここから先の未来は決定されていない……筈だ、多分。

だが今後もより良い未来の為に、私は尽力して行こうではないか。

そう誓いながら、私はフリージア殿に引き摺られていくのであった。


ああ……今日も、良い天気だ。

我が太陽達よ、永遠なれ。


……。


幻想立志転生伝外伝にして蛇足・隔離都市物語

これにて、終幕






≪蛇足の蛇足≫

「妹どもの幸福?当然だ。わらわを誰と心得る?」

「……そう言えば神は貴方様でしたね……」



[16894] 魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか
Name: BA-2◆45d91e7d ID:25c4d81b
Date: 2018/04/02 23:28
注:久々に書いてみたくなったのでリハビリです。内容には余り期待できないのをご理解ください




・・・魔王召喚したら代理が出て来たけど「コレ」に頼んで本当に大丈夫だろうか・・・



大願成就の為祈祷に入り早49日

吾輩こと神聖ドコゾノ帝国宰相サモアリナン公爵は反逆を起こすべく
切り札として魔王召喚の儀に挑んでいる
現王家には嫡出の男子がおらず、このままでは国が割れ戦乱の世が来るのは明白
国家の誇りである大鉱山群も諸国の草刈り場となろう
ならば逆族の汚名を着てでも未来の憂いを消し去って……

いや、吾輩自身すら騙せない嘘はやめよう

端的に言えば吾輩は己の野心を抑えきれなくなったのだ
だが兵を大規模に動かせば周囲に反意有りと見破られるは明白
……そのために吾輩はこの禁忌の術に手を染める


異世界より伝説の魔王を召喚する大魔術

手を一振りすれば光弾が城を砕き、両手を掲げれば流星が街を滅ぼす
斧振り下ろせば歯が零れ冷や汗を流し、その眼で一睨みされると人も魔物も平伏すしかない
纏う衣は名工の打った剣を完全に防ぎ切り、スカート丈は股下20センチ

……何か違和感があるがとりあえず今は置いておく


今は無き大国ブレーモンの古文書に記されたその召喚術
それを使うため全財産の5/3をはたいたのだ
今更失敗は許されない
屋敷のドアを叩く音が聞こえる。借金取りのような気もするが今は気にならない
……気にしてはいけない
気を取り直し、もとい気を取り直す必要もなく召喚術を完成させる事に集中する


「……meltusa-ka-i-on-aru-kanannnnn!」


古文書の最後の一ページにまるで子供の落書きのように書きなぐられていた召喚呪文
それを唱え終わると同時に床に記した魔法陣が輝きだす!
おお……これで、吾輩は……この国を……!

光があふれる。魔法陣中央から大量の煙が噴き出す
そしてその中から人影が……!


「……む?」


人影が……

屋敷のドアを蹴破り現れたのである!


「ちゃーおー!魔王代行サービスの名門アルカナ魔王代行だおー?」

「誰だお前はぁぁぁっ!?」


何故だ!?

特に……あの魔法陣からの光は何だったのだ!?

と言うか魔王代行とは何なのだ!?

魔王なのかそうでないのかはっきりせんかーーーい!?

……。


「魔王じゃないお。代行なのら」

「そうなのか」


突然現れたそれを受け入れるのに……
正確に言うとその存在自体「は」受け入れるのに30分もの時間がかかってしまった
今は屋敷の応接間で「それ」をしげしげと眺めている所だ


身長、吾輩の膝丈ほど
体重、首根っこを片手で持てば持ち上がる
特徴、白丸目玉の幼女
自称、魔王代行業(五歳)


……どうしろと言うのだ……

え?これに征服を依頼するの!?
吾輩が!?
有り得んだろう流石に


「……でもお話がご破算になったらオジちゃん身の破滅だお。ねぇアリ姉やん?」

「はい、です」


ちっこいのが増えた―っ!?
どういう事なの?
いつの間に!?
一応人払いの結界とか使ってるはずなんだが!?
吾輩何か悪い事でもしたのか!?
あ、国家反逆しようとしてた

……いや、今考えるべきはそうではなかろう?
大事な事は吾輩の大願にこれが役立つか否かだ


「ふむ。ではお前は魔王の使い、と言う事で良いのか」

「だお。お使いだお……初めてのお使い」


滅茶苦茶不安な単語が飛び出した様な……


「あのね。今度ね……アルカナに甥っ子が生まれるの。甥っ子」

「……ふむ?それに何の関係が」


「召喚された理由聞いて来たら出産祝い買うお金出してくれるんだお。ハー姉やんが」

「意味が分からんぞ!?そもハーネイヤンとは何ぞ!?」


吾輩の言葉に対し目が光り口がかぱっと開く
……いや、本当にそんな音が聞こえたのだ
そして出て来た声は信じたくもない現実を吾輩に突きつける


「まおー」

「魔王」


あまりにも不毛な会話に思わずソファーにのけ反り天を仰いでしまう
まさに子供の使い
魔王がこの件に対しどれだけの熱意を持っているか、この対応だけで知れると言うものだ


「端的に言えば、吾輩の召喚に応える気は無いと言う事か魔王は」

「違うおー。だからアルカナが来たのら!」


違わんだろう
ならば吾輩の望みをお前たちに叶えられると言うのか?


「されば魔王の使いよ!一か月以内にこの国を吾輩の物としてみせるがいい」

「お代はどうするんだお?」


「もし成功した暁には望みの物を持って行くがいい!……出来るものならな?」

「はい、です。んしょ……じゃこれ契約書、です」

「やたっ!けーやく成功だお!」


吐き捨てた言葉尻を捕まえるようにちっこいの2号が吾輩の手を掴み
親指にインクを塗りたくった……ご丁寧に契約書までご持参とは
だが我が国は広大。本当に一月で制圧が終わるものか

そう思いつつ次の手を必死に考え始める
魔王の力で一気に事を進めるのは失敗だった
資金不足と言う足かせが出来た今、これからどう動けば……


「じゃ、これ。異世界から輸入したけーたいでんわ。です」

「だおだお……もしもーし!アルカナだおー?」


ん?あのちっこい者ども、まだ居たのか……と言うか誰と話しているのだ?


「もしもし?あ、ハー姉やん?かくかくしかじかでこの国をおじちゃんの物にしたいんだって」

「成功報酬は思いのまま、です」

『ふーん。何かと思えば……まあわらわも忙しいし一発で片付けるぞ……ああ面倒くさい』


……虚空から響くこの声は何だ!?

まさか、魔王!?


……。


で、まあ結果から言うと……
一発で片が付いた


いや本当に。ふざけている


天を埋め尽くす輝く方陣
降り注ぐ流星雨
何故か出ない死人
そして、ただ一つだけ無事な吾輩の領土


「……かくなる上は其方に全てを委ねよう……ケッ」


いや陛下……いや元陛下
無表情で毒づかないで頂きたい
いや、気持ちは嫌と言うほど分かりますがね?


「新陛下……来年度の予算だ。後は宜しく。私どもは 復 興 があるゆえな」

「……う。うむ……ってあれぇ!?鉱山の産出ゼロってなんぞこれ!?」


そしてぞんざいに投げ出された予算案を拾い上げて腰を抜かす
……我が国の誇りたる鉱物資源が。産出予測がゼロとはこれいかに!?


「うむ。魔王とその使いの姉を名乗る無数の何かが全部持って行ったぞ」

「ほう。つまりこれから急ぎ産出量を増やさねばならんと」


あの後、ちっこいの共は必要な物は勝手に持って行くと言い残し姿を消した
だがおかしな事にその後調査したものの、どこかから宝物が持って行かれたとか
金庫が狙われたとかそういう話はついぞ聞かなかった

何を考えていると思っていたが、精製前の鉱物資源で矛を収めたか
おかしな連中だと思っていたが意外と可愛い所があるではないか


「いや?鉱山地下が丸ごと消えておる。あの空洞は一見の価値があるな。一見だけは」

「ファ!?」


……そう考えていた時代が吾輩にもありました……




……。



以上で吾輩の話は終わりだ

面白かったなら幸いだよ旅の人


え?その後神聖ドコゾノ帝国はどうなったか?

ははは、陛下と呼ばれた吾輩がこうして牢屋に入ってると言う時点でお察しだろう?

そしてそれをお主が知らぬと言う事自体が、な


ふむ。それで結論だが……そもそも反逆に魔王の手を借りた時点で失敗だった

つまらぬ結論だがそう言う事になる

まあ楽に流れて良い事など無いと言う事かも知れんな


……おや?吾輩を牢から出してくれる?

だがそんな事をしてお主は大丈夫なのか


まあ牢番すらあまり近寄らぬ辺境の地。囚人一人消えても誰も気にせんか

……今の吾輩の価値などその程度と言う事だな


おや?これは旅費?そこまでしてもらっていいのかね?

お釣り。か……あんな与太話にこんな大金……いや、ありがたく頂いておこう

さらばだ。もう会う事もあるまい



「……終わった?おじちゃんこれで逃げられるのら?」

「うむ。わらわもこれで最低限の保証はしたと言い張れるか、な……はぁ」



終劇





































「ところで姉ども。国中の鉱物資源残らず持ち出す阿呆がどこにいる?」

「ここに居るであります」

「いる、です」


「……楽に流れてよい事など何もない、か……全く」

「ハー姉やんもいい勉強になったのら……そのゲンコツはなんだお!?暴力はんた……プギャ!?」


これでホントに、おわり


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