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[15363] ヌーディストドラゴン (異世界・変態ファンタジー)
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/05/04 02:08
***** 下ネタ超注意 *****



 
 
 1-1
 
 
 
 まぶたの向こうに眩しさを感じ、少しずつ意識が覚醒していく。
 聞こえてくるのは朝の音。小鳥の軽やかな鳴き声が、ゆっくりと頭の中に浸透してくる。
 
「……ん……」
 
 目覚めが進んで行くにつれて、奇妙な感覚が生じてくる。
 
 寒い。でも暖かい。
 
 相反する二つの感覚。
 寒いのは、おそらく外気によるもの。
 このあたりは、夜になると急激に冷え込む気候なので、肌を出して眠るのは少々辛いところがある。
 ……はて。確か自分は、しっかり夜着を身に付けてから、就寝した気がするのだが。
 寝苦しくて無意識に脱いだのだろうか。
 否、そのようなことがないように、自分はいつも、念入りにボタンを留めるのが習慣になっているはず。
 ならば何故――
 
 ――そういえば、肩や背中にはひんやり空気がまとわりついてるにもかかわらず。
 前面――腕の内側は妙に暖かいというか、温かいというか、柔らかいというか、というかむしろこれは、
 
 
 
「……むにゃ、りゅーじんさま……」
 
 
 
「……ッ!?」
 
 がばりと跳ね起きた。
 ころりと脇に転がり落ちる気配。
 寝ぼけ眼を無理矢理こじ開け、横を向く。
 そこには。
 
 
「……ん? もう、あさ? …………うう、さぶさぶ」
 
 
 一糸まとわぬ裸の女の子が、朝の冷気に身を震わせていた。
 年の頃は10代前半といったところ。
 あどけなさが多分に残りながらも、少しずつ肉付きが良くなってきている、そんな歳。
 流れる銀髪は白い肢体に絡みつき、目を瞠らせる幻想性を演出していた。
 眠気にとろけた瞳が、こちらにまっすぐ向けられている。
 含まれているのは信頼と親愛。混じりっ気無しの純粋な瞳には、此方の意識が吸い込まれそうで、
 
 
 いや、まて。
 飲み込まれちゃダメだ。
 
 
 俺ハダカ。
 こいつもハダカ。
 
 
「って、こら! なにやってんだノユキ!?」
「……? カキヤ、どうしたの? あさからおーきなこえ、うるさいよ」
「いやいや、ハテナ顔するところじゃないから。というか怒られてるからお前」
「……?」
「だから首を傾げながらくっついてくるなってーの! ああもう、とにかく! ――服を着てくれ!」
 
 ヒトは裸で生きるものに非ず。衣服こそがヒトをヒトたらしめている。
 だというのに裸の少女はまったく悪びれもせず、
 
「カキヤも、はだかだし」
 
 などとのたまった。
 全裸で胸を張ったりしている。どう見ても痴女だ。けしからん。ではなくて。
 
「お前が脱がせたんだろうが! そして離れてくれっ!」
「やだー。……ぎゅー。ぬくぬく」
 
 反省の色は全く見えず、あまつさえより強く体を押しつけてくる始末。
 俺はロリコンじゃないが、朝にこういうのは、その、ちょっと、
 
「…………っ!」
 
「……カキヤのここは、いやがってないのに-。むしろこれは、さそって」
 
 
 うん、もう無理。
 とりあえず、雷を落とすことにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「『寝ている人の服を勝手に脱がしてはいけません』 はい復唱」
「……うー。ねているひとのふくを、かってにぬがしては、いけません。
 つぎからは、ちゃんとおこしてからぬがすね――あいたっ」
「『異性に裸でくっついてはいけません』 はい復唱」
「……で、でも、かきやだけはだかなのはかわいそうだから――いたいいたいごめんなさい。
 ……むー。いせーにはだかでくっついては、いけません」
「よし。もうやるなよ?」
「はーい」
 
 唇を尖らせながらも、ノユキは一応頷いた。
 しかしその約束はすぐに忘れ去られるのだろうな、と俺――カキヤは半ば諦めていたりする。
 
 こんな朝のやりとりは何度目か。
 数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、何度も繰り返されてきた。
 というか、自分がこの少女を引き取ってから、毎朝繰り返されている気もするが。
 何度叱っても、ノユキは此方が寝ている隙に、服を脱がして抱きついてきている。
 そうする理由は承知しているし、ある意味仕方のないことだということも悟ってはいるのだが。
 
 だからといって、年端もいかぬ可憐な少女が夜な夜な男の寝床に全裸で忍び込み、
 服を脱がせてそこへ抱きつくだなんて痴的行為を見逃すわけにはいかなかった。
 主にノユキの将来を心配して。
 
「……このまま放置すればエリート痴女間違いなしだもんなあ」
 
 はあ、と重い溜息が漏れてしまう。
 
「むー。わたし、ちじょじゃない。くっつけられるのは、カキヤだけだもん」
「やってることは立派な痴女だってーの。……おいこら。褒めてないから。胸を張るところじゃないから」
「そんなことより、カキヤ。おなかすいた。あさごはん、たべよ?」
「はいはい。相変わらず反省の色皆無ですねふざけんな。
 ……はぁ。んじゃあ下の食堂から飯もってくるから、ノユキはさっさと服を着るように」
「あ! だったらわたしがあさごはんもってくる!
 だからかわりにカキヤははだかになるやくということで!」
「いい加減諦めろっ!」
 
 
 
 
 
 とまあ。
 こんな感じで、いつも俺を脱がそうとしてる小娘と、旅なんかやっていたりする。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それじゃあ、協会に行って仕事探してくるから、留守番よろしくな?」
 
 朝食を取り、一息ついたところでノユキにそう声をかける。
 
 俺の収入源は、主に雑用。誰かが何かに困っていたら、それを解決して謝礼を得る。そんな仕事である。
 個人同士の契約もあるにはあるが、各国に存在する“冒険者協会”に仲介されてのものがほとんどである。
 冒険者協会は大陸内の主立った国の大きな都市には必ずといっていいほど存在している。
“協会”という名ではあるが、別に義務のようなものは存在せず、あくまで仲介や紹介しかしていない。
 要は「定住できないお前らのために仕事や求人まとめといてやったよ。その代わり報酬少し分けろ」といったところである。
 ただの紹介屋と違うところは、横の広がりが強いので、近場だけではなく、違う都市や国の仕事まで探せるところだろうか。
 
「つぎは、どんなしごと?」
「そうだなあ。昨日までのは大仕事だったから、今度は安くてもいいから楽そうなのを――」
「えっ。ねこのうわきちょーさが、おおしごと?」
「次は猫に餌をあげる仕事がいいなあ」
「カキヤは、なまけものだ。……わたしは、こうはならない」
 
 あ、地味にぐさっときた。
 
「ま、まあ、俺がいない間は気をつけろよ?
 怪しい人が来たとき、無闇に扉を開けないように」
「じゃあ、カキヤはふくをぬいでから、かえってくるんだね」
「……………………」
「あ、ごめんなさい。うそです。ふくをきててもおむかえしま――いたいいたいいたい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おや、カキヤさん。もう出てきて大丈夫なのかい?」
 
「ども。何か新しい仕事ってありますか?」
 
「……あんまり、無理するもんじゃないよ? まあ、あるにはあるが、あんな仕事の翌日なのに……」
 
「ちょっと美味い飯をたらふく食わせてやりたいので、稼げるときには稼がないと」
 
「…………そうかい。じゃあ、これなんかどうだい?
 ちょっとした護衛。拘束2日で、実入りはかなりいいよ。今朝入った依頼だ」
 
「あ、じゃあそれお願いします」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「というわけで、猫のお守りをすることになった。
 2日ほど空けるけど食事はしっかり取るように。下の食堂には頼んであるから」
「ほんとにらくなしごとをとってきた……!?
 あ、ねえねえ、ねこさんのおもりだったらわたしもいっしょに……」
「駄目。いいから留守番してろ。ほら、この前買ってやった本でも読んでろ」
「……しょんぼり。……いいなあ、ねこさん。カキヤのおっきなねこじゃらしであそびたいなあ」
「よしやっぱり飯は無しにしようか」
「あ、ごめん。いまはちいさいんだよね」
「……ホントにお前の将来が心配なんだが……」
 
 
 
 
   (つづく)



[15363] 1-2
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/01/11 14:19
 
 
 
 
 
1-2
 
 
 
 
「――あ、薬草はっけん。これも持っていこっ」
 
「……あの、ベラウお嬢様。そろそろ積載量が限界に達しつつあるのですが」
 
「まったまた。カキヤさん、体格いいんだからもう少し持てるでしょっ?」
 

 
 
 雲ひとつない晴天の下。
 街から歩いて四半日ほどかかる丘陵にて。
 革や硬い布を基調とした重装備の二人組――青年と少女が薬草採取に取り組んでいた。
 少女――ベラウは、踏み固められた山道の脇、獣道へわさわさと踏み入って、目当ての薬草をざくざく採取。
 少し後ろに控えたカキヤは、依頼主の強引な行軍に溜息を吐きながら、薬草の詰まったカゴを差し出して見せた。

「いやいやいや、ほら、コレ見えません? もう入りませんって。というか腕プルプルしてますよ俺。
 こんなんじゃあ、いざというときお嬢様を守れないかもしれないのですがっ」
 
「や。天気も良いし大丈夫でしょっ。これだけお日様もご機嫌なら魔物も襲ってこないって」
 
 けらけらと笑いながら、カキヤの持つカゴに薬草を詰め込むベラウ。
 その表情に恐れはなく、薬草を採取する楽しみに明るく彩られていた。
 
 艶の良い金髪は肩口で切り揃えられており、ひとつひとつの動作から軽やかに踊っている。
 蒼い瞳は曇り一つなく、護衛役のカキヤに対しても、惜しげもなく満面の笑顔を向けてきている。
 国内ではそれなりの大きさを誇る薬品問屋の中位薬師。
 齢17の少女にしては、それなりの地位に属しているといえるだろう。
 身分もあり、容姿も可愛い女の子がそこまで楽しそうにしていたら、ついつい譲ってしまいたくなるところではあるが。
 仕事は仕事、ということで、カキヤの立場としては、一応忠告をしなければならない。
 
 
「確かに、このあたりは見晴らしも良いですし、魔物臭さも特にないので、危険は少ないかもしれません。
 ですが、万が一ということもあります。採取はこのあたりで切り上げた方がよろしいかと」
 
 
 草の高さはせいぜい膝まで。大きな岩や樹木も少なく、身を隠せるところもそうはない。
 それに加えて、魔物が生活圏に残す独特な臭気も感じられない、ということならば、魔物が近くに隠れている可能性は皆無だろう。
 とはいえ。
 
 
 ――魔物。
 
 
 この大陸、否、世界中にて人類を脅かす存在を、そう総称する。
 さまざまな種族が存在するが、共通して言えることは“人類を凌駕する能力を有する”ということである。
 怪力を振るうものや、炎や氷を操るもの、人類以上の知力を持つものなど、その能力は種族によって様々である。
 人類に広く知られていない種族も多く、魔物のテリトリーには近付かないのが鉄則である。
 
 数百年前までは、魔物を統括する存在がいたので、魔物は人類の領域に深入りしようとはしなかった。
 しかし、その親玉が死亡してから、押さえつけられていた一部の魔物が人類への敵対を表明した。
 以来、魔物は人類の生活圏内にも姿を現すようになり、その生活を脅かすようになっていた。
 
 今、カキヤたちが薬草採取をしている丘陵は、街からそれほど離れておらず、比較的安全な場所とされているが。
 だからといって、気まぐれな魔物が姿を現す可能性も皆無ではないため、油断するわけにもいかない。
 ベラウがカキヤを雇ったのも、魔物が現れたときの生還率を上げるためというのが大きい。
 だというのに、その魔物を軽視して、趣味の方を優先させるというのは、護衛として苦言を呈したくなるのも仕方がない。
 
 
「むぅ。カキヤさんはお堅いなあ。前の護衛の人は、結構大目に見てくれてたのに」
 
「たしかにここは、かなり安全な採取場所ではありますけどね。
 でも、俺にとってはベラウお嬢様の安全が第一ですから。お嬢様を守るためには、少しばかり厳しいことも言わせてもらいますよ」
 
「……むぅ。し、仕方ないなあ――」
 
「あと、ぶっちゃけ俺も疲れましたし。これ以上荷物持ちたくないんですってマジで」
 
「――うん。台無し」
 
 
 むすー、と膨れるお嬢様。
 あれ、納得しかけたのに何で!? と首を傾げる護衛人。
 
 
 こんな感じでのほほんと、薬草採取の護衛役をこなしていたカキヤだった。
 
 
 
 
 
 と。
 そのとき。
 
 
 
 
「――ッ!? お嬢様、少し息を潜めて姿勢を低くしてください」
 
「え? どうしたの、まさか魔物が出たとか」
 
「静かに!」
 
 冗談半分に言ったベラウだったが、カキヤの鋭い声に身を竦ませた。
 半日ほど一緒にいて、ベラウはカキヤの人となりを大まかなところまで掴んでいる。
 口調や態度こそ適当なところも多い青年だが、仕事に対してはかなり真面目である。
 ここに来るまでの道中も、無理矢理持たせた重い荷物に文句こそ言いながらも、きっちり運んで、かつ安全への気配りも忘れていなかった。
 常に依頼人への配慮を欠かさないし、融通を利かせながらも守るべきところはきっちり守る。そんな男だ。
 それが、真面目に、何かを警戒している。
 
 ということは――
 
 
「……ほ、本当に、魔物が出たの……?」
 
 言われたとおり姿勢を低くしながら、小声でベラウは訊ねた。
 カキヤが向く先へと目を凝らすが――それらしき姿は見えない。
 ここは安全な場所のはず。自分は何度もここに来ている。きっとカキヤの勘違い。そう思いたかった。
 
 
「…………」

「…………」
 
 
 じっと縮こまってしばしの間。
 
 
 特に怪しい姿も見えず、やっぱりカキヤの気のせいだったか――
 
 
 ベラウがそう思い、大きく息を吐いた、瞬間。
 
 
「――危ないっ!」
「きゃっ!?」
 
 
 カキヤが一喝し、ベラウを抱きかかえて横に跳んだ。
 
「な、な、なに!? え、やだ、ちょ、おろして」
「すみません、ちょっとこのままで」
 
 混乱するベラウ。カキヤは彼女を抱いたまま、全速力で駆け出した。
 お姫様抱っこをされながら、カキヤの背後に目を向ける。そこには。
 
 
 
 ――巨大な“棘”が、直立していた。
 
 
「……え? なに、あれ……?」
 
 ちょうど、自分たちがいたあたり。
 野草の生い茂る地面から、先端の尖った赤黒い物体が突き出ていたのだ。
 大きさは成人男性の背丈ほどはあるだろうか。
 表面はウロコのようなものに覆われており、太さは成人男性の腕ほどもある。。
 先端は遠目でもよくわかるくらい鋭利になっており、あのようなものが突然突き上げられたら――そこにいた人間は容易く串刺しになってしまっただろう。
 つまり。
 あれは。
 自分たちを狙って――
 
 
「――お嬢様」
 
 
 発作のような恐怖に震え始める直前。
 冷静な声が、ベラウの意識を繋ぎ止めた。
 
 ぐい、と体が持ち上げられる。
 振り返ると、巨大な岩があった。
 
「この上なら、地中からの不意打ちを受けることもありません。
 しばらくここで待機していてください。――なにがあっても、ここから降りないように」
 
 声を出す余裕もなく。ただこくこくと頷くベラウ。
 ひょい、と岩の上に乗せられて――そこで、ふと気付いた。
 
 
「……あれ、カキヤさんは、登らないの?」
「アレがいる限り、街には戻れなさそうですので」
 
 そう言って、“棘”を指さす。
 
「あの程度の魔物だったら、今の装備でも追い返すくらいは楽勝ですから。
 不便かとは思いますが、できるだけ待たせないよう努力しますので、ご勘弁を」
「え、あ、うん。わかった」
「んじゃ、行って来ます」
 
 言うなり。
 カキヤは“棘”に向かって駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて。
 見栄を張って飛び出したのはいいものの。
 
(……今の装備で何とかなるかなあ……?)
 
 ちょっぴり自信なかったりするカキヤだった。
 
 おそらく棘を出してきたのは、地竜の眷属の可能性が高い。
 地竜の眷属は大地を操ることができ、自在に地中を移動できるものが多い。
 高位のものになると、地中にいながらにして大地を操り、地上の獲物を虐殺できるほどである。
 自分の体の一部である“棘”を出してきたということは、それほど高位の魔物ではないということなので、何もできずに殺されるということはないだろうが。
 さりとて、相手は竜の眷属。ヒトにとって凶悪な魔物であることに変わりはない。
 
 魔物退治を生業とする、屈強で重装備の戦士ならば。
 あるいは単独で撃破することも可能だろう。
 しかし大抵魔物退治という者は、様々なスキルを持った者がチームを組み、集団で戦うのが常である。
 
 それに対して、今のカキヤはたった一人。
 装備も、厚手の皮の服に、急所付近を革板で覆っているのみ。
 棘の一刺しで、容易に重傷を負ってしまうだろう。
 武器は、護衛用の小剣一本。ヒト相手ならこれだけでも余裕だが、魔物相手では致命傷を与えるのも難しい。
 
 まあ、それでも。
 仕事なのだから、やるしかない。
 
(……それに、殺すのは難しくても、傷つけて怯ませれば何とかなるか。
 不必要にダメージを与えて逆上させるのは良くないから、急所付近に一撃入れて、それで逃げてくれることを祈ろう。
 ――そのためには、まず土の中から引っ張り出さないと)
 
 
 見ると、“棘”は既に地中へと引き戻されていた。
 これでは再び攻撃してくるのを待つしかない。
 しかし、地中からの攻撃など、予測しきれるものではない。
 
 
 普通なら。
 
 
 ――上半身の革板を外す。
 防御力は落ちるが、あの棘相手には意味のないものなので、問題ない。
 心臓を守るように、円形に作られたそれには、容易に外れることがないように頑丈な麻縄が付いている。
 右手に革板、左手に縄の先端を持ち、3秒静止。
 
 瞬間。
 
 一歩後ろに退いたところで、元いた場所に棘の一撃。
 
「よしっ!」
 
 誰もいないところを貫いた“棘”に、革板を投げつけ、縄を巻きつける。
 棘の下から戸惑う気配。此方の狙い気に付いたか、しかし遅い。
 
 
「――実は、昔から芋掘りに興味あったんだよっ!」
 
 
 大嘘だがそれっぽいことを叫んだ方が格好いいかなーと思ったカキヤである。
 棘の主は抵抗したかもしれないが、攻撃しようと棘を突き上げた直後ということもあり、そのままずるずると引き抜かれていた。
 
 ――ギャンッ!?
 
 地面の上に放り出された棘の主が、驚いたような鳴き声を上げた。
 
 大きさはせいぜい野犬程度。
 赤黒いウロコに全身覆われており、黄金の瞳がカキヤを睨み付けていた。
 尾だけが異様に長く、その先端はカキヤの拘束から逃れようと暴れていた。
 
「――やっぱり、尾獣か。一本でしか攻撃してこないから、そうだと思ったぜ」
 
 尾獣。地竜の眷属ではかなり下位に属する魔物である。
 下位とはいっても、地中を自在に移動できる能力と長く鋭い尾での不意打ちは、多くの冒険者にとって脅威となりうる。
 これを単独で撃破できる強者は、なかなかいないだろう。
 
 
「……っと! 暴れるなって。ここで放したらまた土の中に逃げられちまうからな!
 とりあえずさくっと一突きして、びびって逃げてくれるといいんだけどなあ……」
 
 言いながら、小剣を構える。
 小型とはいっても、れっきとした地竜の眷属である。
 そのウロコは硬く、小剣程度ではよほど強く突き入れない限り致命傷は与えられないだろう。
 というか、尾を抑えながらでは、まともな一撃すら満足に加えられないのは間違いない。
 
「狙いは……尾の付け根あたりかな。
 尻の筋肉傷つけられれば、少なくともまともな攻撃は出せなくなって逃げるだろ」
 
 そう判断したカキヤは、全力で尾を引き、本体を近づける。
 革板の紐で尾獣の尾をがっちりと右腕に固定しながら、左手で小剣を構える。
 狙いは尾の付け根。竜族の身体構造は熟知しているので、狙い通りに傷つけられるだろう。
 
 尾獣は此方の狙いを察したのか、媚びるようにきゅーきゅーと鳴いている。
 真っ直ぐ向けられた黄金の瞳も、まるで命乞いをしているようで、ちょっぴりと罪悪感も覚えてしまうが。
 
「いや、命狙ってきた奴に手加減とかしないし。
 殺すわけじゃないからそんな目で見るなっての。あとこれからはヒトを襲うんじゃないぞー。てい」
 
 
 ざくっ。
 
 
 ウロコの隙間を縫うように、小剣の先端をねじ込んだ。
 竜族の強靱な筋肉がぶちぶちと千切れる感触。その硬さは尋常ではなく、剣を四分の一ほど突き刺したところで止まってしまった。
 
 ――まあ、この程度なら骨にまで届いてないし、すぐに完治するだろう。
 願わくば、これに懲りて人を襲わないようになって欲しいのだが……。
 
 そんなことを思いながら、痛みに暴れる尾獣の尾を解放した。
 傷ついた尾獣は反撃を試みることもなく、そのまま地中に潜って逃げていった。
 
 
 
「…………ふう。撃退」
 
 尾獣の気配が充分に離れていったのを確認してから、カキヤは大きく息を吐いた。
 ……魔物からの護衛も想定の範囲内だったとはいえ、まさか竜族が現れるとは思ってなかった。
 というか、竜の眷属は、滅多なことではヒトの前に姿を現さない。
 大体の連中は、親分の領地から離れずに生息しているはずなのだが。
 
「……まさか、上位の竜族がこのあたりに来ているとか?
 魔物臭さもない場所だし、ひょっとしたらその可能性も――」
 
 
 ――まあ、考えても仕方ない。
 とりあえずベラウを連れて街まで戻り、協会に報告してから難しいことは考えよう。
 
 そう思い、とりあえずベラウのもとへ戻ろうと振り返ったところで。
 
 
 
 
「正解。貴男、結構勘が良いのですね?」
 
 
 
 
 岩の上。
 ベラウを避難させたところに。
 見知らぬ少女が、立っていた。
 
 
 背丈はベラウと同じくらい。
 身につけた衣服は、こんな人里離れた丘陵には似つかわしくない豪奢なドレス。
 白絹で作られた美しい衣装は、すらりとした肢体を煌びやかに飾っていた。
 髪の色は頑強な岩を連想させる鈍色で、背中まで無造作に伸ばされている。
 目鼻の整った美貌には、黄金の瞳が爛々と輝いていた。
 そして。
 
 ――額から生えた、岩のような角。
 
 
「ッ!?」
 
 
 慌てて駆け寄ろうとするが、少女が足下を指さした。
 そこには。
 
「か、カキヤさん、た、たす……」
 
 
 ドレスの裾からすらりと伸びた白い脚に踏み付けられた、依頼人の姿があった。
 
 
 ――そのまま動くな。
 
 
 言葉に出されずとも、相手の要求はすぐに理解できた。
 できるだけ角の生えた少女を刺激しないよう、カキヤはその場に立ち止まり、恐る恐る声をかけた。
 
 
「……俺たちに、何か用か?」
 
 わざわざ姿を現して、あまつさえ人質を取っているのだから、何らかの狙いがあるのだろう。
 行動を起こすのは、それが明らかになってからでも、遅くはない。
 
「はい。少々訊きたいことがありまして」
 
「……訊きたいこと?」
 
「ええ。訊きやすくするために、一人ピーちゃんの餌にしようと思ったのですが、失敗してしまいました」
 
 ピーちゃんて。
 さっきの尾獣かよ。そんな可愛い名前つけるなよ。
 
 頭の中でツッコミながらも、カキヤは先程の尾獣出現の理由がなんとなくわかってきた。
 
 要は、脅しだったのだ。
 二人組の一人を虐殺し、それに怯えたもう一人から知りたいことを聞き出す。
 そのために、先程の尾獣をけしかけたのだろう。
 そして、仮にも地竜の眷属である尾獣を従えられるということは。
 この少女は、高位の竜族――ヒトが逆立ちしても勝てない魔物、ということだ。
 
「貴男もなかなかやりますわね。非力なヒトの分際で、私のピーちゃんを退けるなんて。
 力こそなくとも、それなりに経験を積んで知恵も回るようなのですね。
 ……仕方ない。
 ドレスが汚れてしまうのは残念なのですが、私が直接訊ねるしかありませんか」
 
「……答えられることは何でも答えるよ。
 だから、ドレスを汚すのはやめてくれないかな?」
 
 素直で宜しいわね、と少女は満足そうに頷いてから。
 
 
「――訊きたいことはひとつだけ。
 このあたりに、竜神様の生まれ変わりがいらっしゃるようなのですが。
 貴男はそれらしき話を、聞いたことはありませんか?」
 
 
 
 
 
(続く)



[15363] 1-3
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/01/14 05:46
 
 
***** 下ネタ激注意 *****
 
 
 
 
 
 
 
1-3
 
 
 
 ――竜神。
 
 遙か昔、大陸中に蔓延る魔物を統帥していたと伝えられる存在である。
 あらゆる魔物が束になっても敵わず、その絶対的な実力をもって全ての魔物を従えていたらしい。
 
 伝承によれば。
 竜神が魔物達をまとめ上げていた時代は。
 現代ほど魔物はヒトに忌避される存在ではなく、無闇矢鱈にヒトを襲うこともなかったと云われている。
 
 そして竜神が死んでから。
 魔物達は多くの派閥に分かれていき、ヒトと敵対しようとする派閥が現在の主流派になったとのことである。
 竜神さえ死ななければ。
 竜神さえ蘇れば。
 そのような幻想は、長い時間をかけて熟成され、今日様々な形の“竜神伝承”として広まっていた。
 
 各地の竜神伝承の内容は多岐にわたるが、共通点として“竜神はヒトを救う存在である”ということが挙げられる。
 長い年月、魔物によって生活圏を脅かされてきたヒトにとって、その魔物を上回る存在は希望の象徴ともいえるからだろう。
 
 そんな竜神伝承の中で、ありふれたもののひとつとして。
 
 
 ――竜神がヒトに転生する。
 
 
 というものがある。
 
 魔物を統べていた最強の存在、竜神が。
 自分たちと同類に生まれ変わり、その力を自分たちのために使ってくれるという、甘い幻想。
 その甘さは多くの者を蕩けさせるのに十二分で、今でも様々な形で各地に広まっていた。
 
 
 ただ、伝承を知る多くの者は。
 これはあくまで作り話であり、現実に竜神が今の状況を一瞬で打破するなどということは信じていないのが常である。
 現実に、魔物の勢力が依然ヒトを脅かしているのだから、仕方がない。
 甘い幻想は間食にこそ丁度良いが、主食とするのはどだい無理な話である。
 竜神伝承はあくまで作り話であり、現実に竜神の生まれ変わりなんて居るはずがない。
 
 
 
 はずなのに。
 
 
 
 カキヤに向かって竜族の少女は「竜神の生まれ変わりがいるようだ」などと言った。
 甘い幻想を欲するヒトなら兎も角、虐げる側である魔物がそのようなことを言うというのはどういうことか。
 
 考えられるのはふたつ。
 
 ひとつは、この魔物が想像を絶するくらいの素直さを有しており、
 あろうことか何処かで聞いた竜神伝承をそっくりそのまま信じてしまった可能性。
 だが、少女の話しぶりや立ち居振る舞いから、そのような可能性は否定できてしまう。
 
 
 そして、もうひとつは。
 
 
 この少女が、何らかの伝手により。
 
 ――竜神が生まれ変わったことを、確信している可能性。
 
 
 
 
 
 ごくりと唾を飲み下してから。
 カキヤは、ゆっくりと竜族の少女に問いかけた。
 
 
「……その話は、どこで聞いたんだ?」
 
 
 
 
「聞いているのは私よ」
 
 
 
 
 瞬間。
 
 少女の立つ大岩から一部の欠片が分離して、カキヤに向かって射出された。
 
 反応するも疾すぎる。
 鋭く尖ったそれは、避けようとしたカキヤの左肩に容赦なく食い込んでいた。
 
 
「――ぐっ!?」
 
 鮮血が溢れる。
 激痛で膝をつきそうになるが、カキヤは歯を食いしばってその場で堪えた。
 骨までは届いていないようだが、肩の筋肉が引き裂かれ、左腕を動かせなくなっていた。
 
 油断していなかったといえば嘘になる。
 いかに竜族とはいえ、美少女然としたその容貌に、いきなり無茶はしないと踏んでしまっていた。
 しかしそれは間違いだった。
 少女はあくまで高位の竜族。
 ヒトなど虫螻以下としか思っておらず、己の不快を買うのであればその瞬間に殺すのが当然と認識していた。
 
 
「……あら? 心臓を外してしまいました。
 どうやら貴男、避けようとしたみたいですね。ヒトのわりになかなかの反射神経をお持ちのようで。
 褒めて差し上げますわ。――ご褒美に、もう一度だけ答える権利を与えましょうか」
 
 そいつはどうも、と口の中でもごもごと呟いて。
 改めて、カキヤは何と答えるべきか考え込む。
 
 少女の問いには――答えられる。
 そして、誰のことなのかもはっきりしている。
 しかしそれでも、躊躇してしまうのは。
 
 
 
『……カキヤのむね、あったかい』
 
 
 
「――ああ、知っている」
 
 ぴくり、と少女の眉が動いた。
 空気の密度が濃くなる錯覚。
 ここから先、対応を間違えたらカキヤとベラウの命はないだろう。
 
 まずは、先手を打つ。
 
「今度はこっちの質問に答えろ。
 ……その、生まれ変わりとやらを探し出したら、どうするんだ?」
 
 少女の顔に不快の色が混じる。
 ヒト無勢が愚かにも竜族である自分に質問してきたのだから。
 しかし――カキヤは「知っている」と答えた。
 なのにそれを殺してしまっては、自分の知りたいことを聞けなくなってしまう。
 そして投げかけられた問いは、答えることに何の躊躇いも浮かばないものだった。
 
 よって少女は、カキヤを瞬殺せず、彼の質問に答えてきた。
 
 
 
 
 
「殺します」
 
 
 
 
 
 当然のことのように、少女は言った。
 どうして、とは訊かなかった。
 
 ――あらゆる魔物を力で従えていた“竜神”を。
 恨んでいる者も、魔物の中には多いことだろう。
 それが脆弱なヒトに生まれ変わったのであれば、殺すのもきっと容易いはず。
 そう考える魔物がいても、何ら不思議ではない。
 目の前の少女も、その類。
 
 
「見つけるのは苦労するでしょうが、関わりのあるヒトを全て殺していけば、いずれ本体に辿り着くでしょう」
 
 
 関わりのあるヒトを、片っ端から。
 それはつまり。
 
 
「それには貴男も含まれるのですよ?
 微弱ではありますが、貴男からも竜神様のニオイがします。
 血族ほど近くはなくとも、肌を触れ合わせる程度には近い存在だったのでしょう?
 その身から漏れるニオイと、先程の言葉。これで充分確信は得られましたわ」
 
「……………………」
 
「あら、黙ってしまってどうしたの。
 ……ああ、私がここまで親切に教えて差し上げているのが不思議なのかしら?
 これは、ヒト風に言うなれば“冥土の土産”というものですわ。
 貴男を殺した後は、ちゃんと近くの街にいる、同じニオイの者もしっかり殺しますから。寂しい思いはさせません」
 
 
 
 同じニオイの者を、殺す。
 つまり、自分と触れ合っていた少女も、きっと――
 
 
 
 
 脳裏に蘇るのは幼い声。
 舌っ足らずな喋り方で、しかし偽らぬ想いを乗せてくる。
 
 その声の主を殺すなんて、絶対に許さな、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『カキヤのって、ちいさいほう?』
 
 
 
 
 
 
 
 ちょっと待て。
 
 ……声の主は同一人物だが、思い出す台詞が間違っていた気がする。
 
 今はこう、あの娘と出会ったときとか、助けたときとか、そういう重要な場面の台詞を思い出して、アイツは俺が守る-! ってな感じで心を奮い立たせるところではあるまいか。
 そりゃあ確かに、あの幼痴女には、毎日のように痴的な台詞を剛速球で連投されてはいるが。
 流石に命の関わる今のような場面では、空気を読んで真面目な台詞を思い出すべきだろう。常識的に考えて。
 
 
 あ。
 でも。
 よく考えてみれば。
 
 
 
『わたしを、さらって。めちゃくちゃにして』
 
『カキヤー。わたしはじゅんびおっけー』
 
『ふくをきるなんて、とんでもない』
 
『……きめた! わたしは、おおきくなる! だからカキヤ、もんいたいいたいいたい』
 
 
 
 
 
 ――まともな台詞を聞いた覚えが、ない!?
 
 
 流石にフツーの日常会話だったらしているが、それらはインパクトが薄すぎて痴的台詞に負けてしまう。
 なるほど、つまりこういうことか。
 
「命とか心配する前に、まずノユキの将来を真剣に心配すべき、と」
 
 悲しくなった。
 あと腹が立った。滅茶苦茶腹が立った。
 俺がここまでも気遣っているというのにもかかわらず、あの幼痴女は飽きることなく変態的なことばかりのたまいやがって。
 だいたいアイツは――
 
 
「? 急に何を言い出すのかしら? 恐怖で狂ってしまったの?」
 
「うっせえ黙れ角娘!
 気付きたくなかった真実に気付かせやがって!」
 
「つ、つのむ……!? 失敬な!
 ヒトの分際で、地竜の姫たるこの私、ジスフェイカに向かって、あ、あろうことか角娘などと……!」
 
「地竜だか痴竜だか知ったこっちゃねー!
 ああもう! さっきまで脳内真面目成分でいっぱいだったってのに!
 わかってるよ畜生! 俺にはどうせ、真面目なのは似合わねーよ!」
 
 
 
 
 
 叫びながら。
 
 
 カキヤは、おもむろに肩の岩を引き抜いてから――
 
 
 
 
 ――上半身の服を、脱いだ。
 
 
 
 
 剥き出しになる肩、背中、胸板、腹筋。
 鍛えられた者特有の、がっしりとした体つきに、瑞々しさを失わない肌。
 うっすらと滲んでいた汗が、体表を艶めかしく濡らしていた。
 
 
 急に脱ぎ始めたカキヤを見て、ぽかんと口を開ける角少女。あとその足下のベラウ。
 わけがわからない様子である。
 無理もない。直前まで命のかかったやりとりをしていたはずなのに。
 いきなり怒り出したかと思えば、何の躊躇いもなく服を脱ぐ男。
 特に、殺すつもりだった角少女――ジスフェイカとしてはどのように反応すればいいのか本気でわからなかった。
 
 
 ――が、ジスフェイカの表情が一変する。
 
 まさか、と思ったが、間違いない。
 
 先程より。
 
 
 
「……竜神様のニオイが、強くなってる……!?」
 
 
 
 カキヤの手は止まらない。
 流れるような無駄のない動きで、ズボンに手が添えられる。
 
 
 躊躇はなかった。
 むしろ清々しささえ漂わせていた。澄み渡った清流を想起させる一連の動きは、そこに衣服があったことを忘れさせた。
 
 
 脱ぎ捨てられたズボンと下着。
 冒険用に厚手の布を使われたそれらが、宙に舞う。
 
 
 隠すものはなくなった。
 隠されているものはない。
 全てがさらけ出されている。
 
 
 
 紛う方なき全裸。
 カキヤがためらいなくそれを晴天の下で晒すと同時に。
 
 
 空気が、一変した。
 
 
 知らぬ者は、多少息苦しくなる程度。
 しかし、それを知る者にとっては。
 
 
 
「――り、竜神様!?」
 
 
 
 周囲の空気に広がり充満するそれは。
 数百年前、魔物達をその力で抑えつけていた。
 
 
 ――竜神のニオイ、そのものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……はっ!?」
 
 呆けていたのは一瞬だった。
 探していた相手がいきなり見つかったことと、その相手が取った突飛な行動に、一瞬だけ意識を奪われた。
 その一瞬で。
 
「――きゃっ!?」
 
 カキヤは一足跳びで間合いを詰め、目にも留まらぬ速さでジスフェイカを突き飛ばした。
 投げられた小石のように吹き飛ぶ高位竜族。
 魔物に詳しい者が見れば、冗談としか思えない光景。
 しかしそれは、現実に起こったことだった。
 
 
 速く、力強い一撃。
 
 これだけで、自分など足元にも及ばない強さを有していることを、ジスフェイカは悟ってしまう。
 
 これは、まるで。
 
 
 竜神、そのものではないか。
 
 
 ――ジスフェイカは、竜神の生まれ変わりを殺すつもりだった。
 
 竜神の怖さはよくわかっている。
 彼女が生まれる前に死んだとはいえ、その強さは魔物内でも伝説となっていた。
 残された彼の遺品のニオイを嗅ぐだけで、その恐ろしさが伝わってくるほどだった。
 
 しかし、ヒトに生まれ変わったのであれば。
 どれだけ強い魂や魔力を持とうとも。
 脆弱なヒトの肉体や精神ではたかが知れているだろう、と。
 そう思っていた。
 
 ヒトに生まれ変わる、ということは。
 ヒトの属性を持つということである。
 ヒトと竜神とは、当然ながら属性が全く異なるため、その能力を使うことなど不可能のはず。
 
 なのに、目の前の男は、紛う方なき“竜神”の力を使っている。
 
 肉体変換を行ったり、依り代を召喚したりしたわけでもない。
 純粋に、ヒトの肉体で、人外の能力を行使している。
 これはどういうことなのか。
 
 
 
 その疑問に答えるかのように。
 カキヤが、口を開いた。
 
 
 
 
「……角娘。ヒトがヒトであるには、何が必要だと思う?
 遙か昔の“オレ”にはないが、今の“俺”には必要なものだ」
 
「……けほっ。――そんなこと、私の知ったことではありませ、」
 
「俺はそれを失うことで、かつてのオレを取り戻している。……まあ、言ってもわからんか」
 
「……知りたくも、ありませんわっ!」
 
 蹴り上げ一閃。
 無造作に近付いてきたカキヤの股間めがけて、ジスフェイカは全力の蹴りを放った。
 
 たとえ竜神の力を振るおうとも、その肉体はヒトのもの。
 竜であるなら体内に隠されている急所が、ヒトは体外に露出している。
 昔、同族の雄に押し倒されそうになったときも同じ技を放ち、そのときは一撃で相手を沈めることができた。
 ヒトだろうと竜だろうと急所は急所。
 この一撃を喰らわせられれば、いかに竜神といえども大ダメージを負うはず。
 
 と、思ったのだが。
 
 骨の砕ける音。
 激痛。
 
「……ッ!??」
 
 見ると。
 ――ジスフェイカの脚が、無惨にも砕け折れていた。
 
 高位竜族の逸物を千切り飛ばした自慢の蹴りは、しかし“竜神”の逸物にあっさり負けてしまったのだ。
 あまりの激痛で、その場にしゃがみ込んでしまう。
 喉から悲鳴が迸る、その直前。
 
 がしり、と頭を掴まれた。
 悲鳴を上げる時間さえない。
 視線を上げると、脆弱なはずのヒトが、自分を見下ろしていた。
 
 
 こんな化け物に、敵うはずがない。
 どうして自分は“竜神様”を殺そうなどと思い上がっていたのだろうか。
 
 
 カキヤの腰が捻られる。
 硬く膨張した逸物が、ジスフェイカの顔の高さに位置していた。
 
 その存在感は異様だった。
 この世全ての力を詰め込んだかのような、規格外れの威圧感。
 
「…………ぅ……」
 
 何をされるのか、容易に想像がついてしまう。
 あの捻られた腰が、反対方向に回転されたら。
 竜神の逸物は、ジスフェイカの頭部を果物のように破裂させるだろう。それだけの威力を秘めているのは間違いない。
 せめて最後に噛み付いてやろうかとも思ったが、相手にとってはせいぜい子猫に舐められた程度のダメージしか与えられないだろう。
 
 
“竜神”は無表情にジスフェイカを見下ろしている。
 
 
 ああ、自分はここで死ぬのか、と。
 少女の心が諦観に満たされかけた、瞬間。
 
 
 空気が震えた。
 全てがゆっくりに見える。
 腰が回る。
 近付いてくる。少し皮の被ったそれは、風圧や遠心力にも負けず、その形・角度を保っていた。
 もうすぐ届く。
 もうすぐ死ぬ。
 もう目の前。
 
 
 最後の瞬間。
 そこで今更のように。
 ジスフェイカは、思った。
 
 
 
 
 死にたくない。
 
 ごめんなさい。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…………………………………………?」
 
 凶器が頬に触れる手前。
 ギリギリのところで、腰の回転は止められていた。
 
 
 まだ、死んでない。
 
 
 それがわかっただけで、ジスフェイカの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
 
 
「……死にたくないか?」
 
“竜神”の問い。必死に頷く。
 
「……もうヒトを襲わないと誓うなら、許してやる」
 
「……え?」
 
 聞いた瞬間は理解できなかった。
 しかし、その意味が頭の中に浸透してくるにつれて、安堵から全身が弛緩していく。
 首が折れてしまいそうな勢いで、何度も何度も、全力で頷いた。
 
 
「――約束だぞ」
 
 
 そう言うと、竜神は背を向けて、去っていった。
 呆然とそれを見送るジスフェイカ。
 竜神との距離が離れていくにつれて、今更のように膨大な恐怖が押し寄せてきた。
 
 
 ――あれが、“竜神”。
 
 
 逆らうなどと烏滸がましい。
 あらゆる者をねじ伏せる力、それはたとえ生まれ変わろうとも、損なわれるものではなかった。
 
 
 恐怖に押し潰されたジスフェイカは。
 カキヤの姿が見えなくなるまで、その場を一歩も動けなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ちなみに。
 
 端から見たら。
 
 涙を流す少女に、己の逸物を突き付けていた全裸の男。
 
 それが先程のカキヤだった。
 
 
 
 竜神やら何やらを全く知らないベラウから見たら。
 
 ――ただの変態。それ以外の何者でもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……カキヤ、もうねてるー?」
 
 小声でこっそり、声をかける。
 反応はない。
 チャンス到来! と喜び勇んでノユキはベッドに潜り込んだ。
 
「んー。カキヤあったかい」
 
 逞しい腕に頬ずりしながら、ノユキはそっと服のボタンに手をかける。
 
 慎重に、しかし手早く。
 
 ノユキはカキヤの服を脱がしていく。
 
「……カキヤ、きょうもがっくりしてかえってきたね」
 
 その理由を、ノユキは知っている。
 
「きっと、またきらわれちゃったんだね」
 
 カキヤは服を脱ぐと強くなる。しかし人前で脱ぐのはいけないこと。
 ノユキはカキヤにそう教わってきた。
 
 カキヤは竜神の生まれ変わり。
“衣服”という、ヒトをヒトたらしめている概念を外せば、竜神としての力を発揮できる特異体質。
 ノユキはとある特殊な生育により、その竜神の力を感じ取ることができる。
 魔物が皆怖がる力の波動、しかしノユキはそれを怖いと思わない。むしろ、暖かで心地良いものだと思っている。
 だから最初は、その暖かさを感じたくて、カキヤの服を脱がして抱きついていた。
 
 
 
 でも、今は違う。
 
 
 
 脱がなければ強い敵と戦えないカキヤ。
 カキヤは脱ぐから嫌われる。
 みんなはカキヤを変態と呼び、違うものだと認識し、それがカキヤを傷つけている。
 
 でも。
 ノユキは。
 ノユキだけでも。
 
「……わたしは、カキヤと、いっしょがいい……」
 
 カキヤの服を脱がしたら、自分も脱ぐ。
 二人ともハダカ。
 他のヒトなんてどうでもいい。
 カキヤはハダカ。
 ノユキもハダカ。
 
 
「……ずっと、いっしょ…………ふふ……」
 
 
 
 こうして今宵も。
 気持ちのいい眠りに浸る。
 
 
 
 
 
 
 
 
(第2話につづく)



[15363] 2-1
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/01/17 13:41
 
 
 
***** 下ネタメガ注意 *****
 
 
 
 
 
 2-1
 
 
 
 
 
 馬車の中。
 がたんごとんと、路面の凹凸が腰に響く。
 客室内には4人の男女。
 10人は座席に座れる中型の馬車なので、室内にはかなりの余裕がある。
 次の街まであと半日はかかるので、それぞれが自分なりの時間潰しに勤しんでいた。
 
 一人の女性は、揺れに身を任せながらすやすやと寝息を立てていた。
 癖の強いセミショートが、窓からの陽光で鮮やか翠に輝いている。
 年の頃は20に届くかどうかといったところか。
 仕立ての良い襟付きシャツを着ているところからすると、旅行中の貴族学生の可能性が高い。
 長旅の疲れからか、はたまた時間の潰し方が思いつかないからか、その眠りは深く、容易な刺激では起きそうにない。
 
 
 一人の男性も同じく深い眠りに就いていた。
 焦げ茶に近い、明るめの黒髪。
 鍛えこまれているがっしりとした体格に、造りのしっかりしている旅人服。
 武器こそ携帯していないが、見る者が見れば経験を積んだ冒険者だとよくわかる。
 こちらは、純粋な疲労から熟睡に沈んでいる模様。
 閉じた瞼の下には、明らかに憔悴したであろう疲労の跡が見て取れた。
 座席に深く腰掛けて、腕を組んだまま微動だにしない。
 こちらも、容易な刺激では絶対に起きそうになかった。
 
 
 寝ているのはこの2人。
 あとの2人は、それぞれの事情により、眠りに落ちることなくそれぞれの時間を過ごしていた。
 
 
 そのうちの1人はというと。
 
 
 ガン見していた。
 
 
(……うわ、わわわ……ひえぇ……!)
 
 心の中で悲鳴を上げながら、頬を染め、口を半開きにして。
 ちょっと信じられない光景を、呆然としながら見つめていた。
 
 
 ぽっぽと顔を真っ赤にしているのは、中堅薬師の少女――ベラウである。
 隣町の商会から商品鑑定の依頼があったので、こうして乗合馬車で移動中、なのだが。
 
 まさか、このような場面に遭遇することになろうとは。
 
 
 
 
 最後の1人。
 こちらは、座席に座っていない。
 広々とした客室の座席、その上に寝そべっていた。
 
 まあ、これだけならまだいい。
 どうせがら空きの室内なのだ。多少マナーが悪くても、困る者はいないので咎められることもない。
 
 だが。
 
 きらきら輝く白銀の長髪。
 体つきはまだまだ幼く、年の頃は十代前半といったところか。
 馬車に乗り込むときに見た顔は、将来を想うだけで陶酔しそうな、発展途上の美しさを顕していた。
 そんな、人目を惹き付ける美少女が。
 
 
 
 ――熟睡している男の股間に、顔をうずめていた。
 
 
 
 膝枕してもらっている、とかそんな生易しいものではない。
 女の子は、明らかに男の中心部へ顔を向け、顔を思いっきり押しつけていた。
 
 
(うわ……! ぐりぐり顔を押しつけてる。……くんかくんか吸ってるよねアレ……!?)
 
 
 何度か、止めようとした。
 ベラウは良識ある一般人である。
 年端もいかない少女が、いかがわしい行為に走ろうとしているのなら、止めに入るのが常だろう。
 
 しかし、そのたびに、少女にもの凄い目で睨まれた。
 
「うるさい、だまれ」とまで言われた。
 
 なんか命賭けてるっぽかった。
 
 いったい何が、少女をあのような変態行為に駆り立てているのだろうか。
 まさか男の股間が、ヒトを陶酔させる香しさを醸しているわけでもあるまいし。
 
 
(……というか、カキヤさんもどうして起きないんだろう……?)
 
 
 男――カキヤの方は、ベラウもよく知っていた。
 先日の一件は、記憶から消去するにはあまりに印象深すぎる。
 
 
 魔物――しかも高位の竜族に襲われたときは、正直なところ死を覚悟していた。
 それほどまでに絶望的な相手を――カキヤはあろうことか撃退してみせたのだ。
 途中、全裸になったりもしていたが、命を救われたのだからベラウとしては文句を言える立場でもない。
 機会があれば何らかの形で謝礼するつもりだった。
 
 しかし、あの事件以後、カキヤは街の宿に引きこもり、表に出てくることはなかった。
 ベラウとしても、引きこもっている相手の所まで押しかけるつもりはなかったので、冒険者協会に仲介を依頼して、そのまま待っていたのだが。
 結局、カキヤは誰にも知られないように、こっそりと馬車で街を出ようとしていたのである。
 
 
(理由は……まあ、想像つくけど……)
 
 
 カキヤは竜族の少女を全裸で撃退した。
 確かに見た目はアレだったが、それでも命を救われたことに変わりはないので、ベラウも別に彼を蔑視したりはしなかった……つもりである。
 
 ただ。
 その後が不味かった。
 
 少女に逸物を突き付けて泣かせた後、カキヤは全裸のまま、ベラウを抱きかかえ、走り去ったのだ。
 そしてそのまま、街へと帰還した。
 
 当然、服は置いたまま。
 
 驚いたのは街の住民たちだ。
 年頃の女の子を全裸で抱きかかえた青年。
 変態扱いされたのは言うまでもない。
 
 滅茶苦茶傷ついた風なカキヤがベラウを降ろし、別れようとしたところで。
 とにかくお礼を言おうと呼び止めたベラウであったが。
 振り返ったカキヤの股間が見事に屹立しているのを見て、つい退いてしまったのは仕方のないことかもしれない。
 
 結果、誰にも報われることなく、街中から変態扱いされる青年が出来上がった。
 
 
(……まあ、もともと旅してたみたいだし、出て行くのには抵抗ないのかもしれないけど……。
 …………でも、あれだけ凄いことをしていて、何もないってのは可哀相だよねえ……。
 ――うん、決めた! 次の街に着くまでには、絶対にお礼を言おう!)
 
 
 少なくとも自分は、命を救われたのだから。
 そう思い、カキヤの寝顔を見ながら決意するベラウだった。
 
 ただ、問題があるとすれば――
 
 
 
「……? ぎろり」
 
 
 カキヤの方を見るだけで、怖い顔して睨み付けてくる銀髪の女の子。
 そう言えば、座席に座るときでさえ、カキヤの方に他の人が近寄らないよう、牽制していた気がする。
 
 ……あの少女の防壁を破り、カキヤにお礼を言う。
 
 結構な難題のような気がしたベラウだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ノユキは不満だった。
 頭の下には弾力のあるカキヤの太股。見上げれば眠りに落ちたカキヤの顔。
 
 カキヤは疲れに疲れ切っていて、そう簡単に起きはしない。
 というのも、滞在していた街でも露出狂だという噂が広まり、居たたまれなくなっていたからなのだが。
 そのような些末事は、ノユキにとってはどうでもいい。
 ハダカを厭う低俗な連中など、気にかけるだけ無駄なのだから。
 それよりカキヤだ。
 心優しいカキヤは、低俗な連中の精神攻撃により疲弊しており、自分が大胆なことをしても大丈夫なくらい熟睡している。
 
 これは絶好のチャンス! のはずなのに。
 
 
『馬車の中で服を脱いだら、その場で降ろされて次の街には行けなくなるからな』
 
 
 と、カキヤに厳しく言われていたので、渋々だが膝枕で妥協していた。
 服越しでは竜神の気配が感じられず、せいぜいカキヤの体臭を嗅ぐのが精一杯だが、馬車を降ろされては敵わないので我慢するしかない。
 
 だというのに。
 ノユキ的には最大限譲歩している現在の行為ですら、咎めようとしてくる悪者がいたりするので、現実は残酷である。
 しかも、あろうことか、その悪者はカキヤに色目を使いそうな雰囲気すらあるのだから侮れない。
 ちらちらとカキヤの寝顔に視線を送っているし、一度は彼を起こそうとまでする始末。
 接近してくるたびにとりあえず視線で威嚇しているが、何故か諦める気配がない。
 自分に竜神の力があれば、今すぐ全裸になってけちょんけちょんにしてやるのに、と内心で憤慨するノユキだった。
 
 
 悪者といえば、もうひとり。
 カキヤと同じくすやすや眠っている翠髪の女も、ノユキ的には要注意かもしれなかった。
 
 翠髪の女自身は特にこれといっておかしなことはしていないが。
 カキヤの方が、妙に女を意識していたのが気に食わなかった。
 
 馬車乗り場で少し驚いたような表情をしていた。
 馬車の中でも、女が先に眠りに就くまで、それとなく注意を払っていた。
 カキヤ的には隠していたつもりだったのかもしれないが、常にカキヤ第一のノユキから見ればバレバレだった。
 
 ……なんだか、もやもやした。
 
 そりゃあ確かに、顔立ちは整っているし、シャツの胸元を押し上げる双丘も見事なものだ。
 しかしノユキも美しさという意味では負けてはいないと思っている。
 とある事情で育てられたことにより、外見は一級品を保ち続けるように教育されているので、そこらの“美少女”よりレベルが高いことも自覚している。
 今でこそ、体格面では余所の馬の骨に負けてしまうこともあるが。
 成長して大人の肢体になれば、誰よりもカキヤの隣に相応しい、全裸の美女になれるに違いない、はず。
 
 
(……いいもん。そのうちカキヤは、わたしのはだかでめろめろになるんだから。……かくごしてろ)
 
 
 そのためにも。
 充分な栄養と運動を欠かさず、己の美貌を磨き続けなければ。
 というわけで、まずは精神面での栄養を補給すべく、カキヤの竜神様をくんくん嗅ぐ。
 
(……やっぱり、ふくのうえからだと、りゅーじんさまはおいかりにならないなあ)
 
 やはり全裸にならなければ。
 早く次の街に着き、宿へ入らなければ。
 
 
(はやく、つかないかなあ……)
 
 
 次の街(の宿屋)へと期待を膨らませながら。
 とりあえず、このまま次の街まで平穏無事にニオイを嗅ぎ続けていたいなあ、とノユキは思っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――しかし、その願いは叶わなかった。







(つづく)



[15363] 2-2
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/05/02 21:33
 
 
 
 ***** 下ネタ少しだけ注意 *****
 
 
 
 
 

 2-2
 
 
 
 
 
 頬にぶつかる冷たい感触。
 
「……ッ!?」
 
 覚醒してから、直前まで意識を失っていたことに気がついた。
 
 次いで、周囲が暗闇に包まれていることを認識し、
 
 その後に、自分が縛られていることを把握した。
 
 
 パニックに陥りそうになる思考を必死に抑え、現状について考える。
 
 
 ……自分について。
 名前はカキヤ。痴幼女を連れて旅をしている、ちょっぴり特異体質な好青年。
 何故か身体を縛られている。拘束されているのは両手と両足。満足に動くことすら叶わない
 
 ……ここはどこか。
 身体を縛られているため周囲を見回すのは困難だが、おそらく岩牢の類だろう。
 洞窟の奥深くか、何処ぞの地下室かはわからないが、日の光が届かない所に違いない。
 暗所特有の澱んだ冷気が喉に絡む。先程の頬の感触は、上から落ちた水滴か。

 ……どうして縛られているのか。
 理解できない。眠っている間に縛られた模様。自分を縛ろうとする者――自分を狙う者には少なからず心当たりがある。
 しかし、このようなことを避けるために、自分は常に気を張っていたはず。
 
 ……そもそも、何故自分は、縛られても気付かないくらい熟睡していたのか。
 これも理解できない。
 自分が狙われやすい身の上だということは理解している。警戒は怠っていなかった、はず。
 可能性があるとするなら、気絶させられたか、眠り薬でも盛られたか――
 
 ……自分は、いつから意識がなかったのか。
 最後の記憶は、馬車の中。
 痴幼女を連れて、次の街へと移動中。
 同乗していた“女性”のことが気になっていた。
 だから不覚を負わないよう、いつでも脱げる用意をしつつ警戒していた。
 しかし、急に眠気が襲ってきて――気付けば縛られて転がされていた。
 
 
 
 ――“女性”。
 
 
 
「そうだ、アイツは!?」
 
 縛られた身体を跳ねさせる。
 自分の勘が正しければ、あの“女性”は――
 
 
 
「あ、起きました?」
 
 
 
 初めて聞く声。
 目を向けると。
 
 
 自分と同じように縛られた“女性”が、
 
「あ、ダメです、こっち向いちゃ――」
 
 
 
 ――ふたたび、カキヤの意識は闇に落ちた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 カキヤが洞窟の岩牢にて一度目の覚醒を果たした頃。
 
 同じような造りの岩牢にて、2人の少女も目を覚ましていた。
 
 
「……痛い……。ここ、どこ……?」
「……むにゃ……あとちょっとだけ…………すやすや」
 
 一人は即座に二度寝をしていたが、まあそれはそれとして。
 起きた片割れ――ベラウもまた、混乱しながらも状況分析を始めていた。
 
 十中八九、誘拐。
 誰が本命かは不明だが、少なくとも自分(と二度寝している少女)を殺すつもりはない模様。
 殺して金品だけ奪うつもりなら、わざわざ牢まで運ぶ必要など無いからだ。
 問題は、誰が本命なのか、ということだ。
 自分が本命ならば、交渉次第では自分の安全はそれなりに保証される可能性が高い。
 しかし、本命ではなかった場合。
 こういう状況ではあまり喜べないが、ベラウは若くそれなりに美しい女である。
 闇に流すなり誘拐仲間で楽しむなり、利用価値は少なからず存在する。
“そのため”に確保されているのであれば、自分の先は長くないだろう。
 
 では、自分は“どちら”なのか。
 
 
「……たぶん、後者だよね……」
 
 重い溜息が漏れる。
 本命はそれ以外と分けるのが定石。
 自分は、幼くとも美しい女の子と一緒。
 おそらく対象外であるカキヤと、貴族学生風の女性はいない。
 
“カキヤは処分されて、本命と思しき女性は別室。そしてオマケに使えそうな自分と女の子はこの牢に”
 
 これが、一番、しっくりくる。
 
「……いやいやいや、ちょっと待った」
 
 自分の中に浮かんだ嫌な結論に、慌てて待ったをかける。
 
 ひとつ、どうしても頷けない部分があった。
 
 
 ――カキヤが、処分、された?
 
 
 あの、竜族すら圧倒した、規格外の冒険者が?
 たとえ百人単位で襲ってきても、カキヤが倒される場面を想像できない。
 何せ、この目で見たから。
 大きな街を一晩で滅ぼせるとすら云われている、人外の存在。
 それを全裸で叩きのめしてしまった、あの人を。
 故に、山賊がカキヤを殺す場面なんて、想像できない。
 そもそも、襲われて捕まる場面すら、
 
 
「あれ? そういえば……?」
 
 
 自分は、いつの間に、捕まったのか。
 その記憶が存在しないことに、今更ながら気がついた。
 
 必死に思い返す。
 馬車の中の記憶はある。
 
 確か自分は、カキヤに謝ろうとしていて。
 傍らで寝ている女の子の壁を突破できずにいて。
 
「それから、えっと……」
 
 自分を牽制していた女の子が、今度は離れて座る女性のほうへと警戒の視線を向けて。
 
 ――そのまま、こてり、と寝入ってしまったのだった。
 
 そうだ、それで自分は、疲れてたのかな? とか考えて。
 起きてるのは自分だけかな、とか周りを見て。
 ふと、寝入っていた翠髪の女性を、何とはなしに見つめたら。
 
 そこから先の、記憶はなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「――見れば見るほど眠くなる?」
「はい。ですからこっち向かないでくださいね」
 
 二度目の覚醒を果たしたカキヤに。
 件の“女性”は、自分を見るなと言ってきた。
 
 
「私、特異体質でして。
 普段はコントロールもできるのですが、今はその、平常とは言い難い環境からか、上手く自分の体質をコントロールできなくて」
 
 
 しょんぼりとした気配が、カキヤの背中に伝わってきた。
 それを聞きながら、しかしカキヤは緊張を解いてはいなかった。
 
(……特異体質? そんなもんじゃないだろう)
 
 自分自身なら兎も角、他者にまで特殊な状態――例えば睡眠など――を強制させるには、それなりの要素が必要である。
 例えば外的な圧力であったり、薬物であったり、魔力であったり。
 それらを、無作為に撒き散らすなどという特異体質が、あるとは思えない。
 ――少なくとも、ヒトには。
 
 女性の話を聞くと、長時間注視すると、どんな相手であろうとも眠ってしまうとのことである。
 たとえ強い意志を持っていようとも。身体が睡眠を欲していなくとも。
“この女性を見る”という過程を経ただけで、その者は眠りに落ちてしまうという。
 
 ここまでの強制力は、たとえ特異体質であろうとも、ただのヒトには持ち得ない。
 
 あるとするならば、自分のような“生まれ変わり”か。
 もしくは――
 
 
「――なあ、あんた、もしかして、」
 
「あ、すみません、名乗ってませんでしたね。
 私は、リシトアーキと申します。
 東の方に拠点を持つ、蛇竜の眷属です」
 
「魔物なんじゃ――って自分から明かすのかよ!」
 
 ツッコみながら、思わず振り向いてしまった。
 女性――リシトアーキの顔が視界に入る。
 途端、襲ってくる睡魔に瞼を閉じそうになる――が、
 
「……ッ! これなら、耐えられない程じゃないな……!」
 
 歯を食いしばって、寝入る直前で耐えきった。
 
「あらあら、セーブしていない私を見ても眠らないとは。貴男も只者ではありませんね?」
「そりゃどうも……! 後ろ手に縛られてても、ズボンを少し下げることくらいならできたからな……!」
「……?」
「ああいや今のは何でもない! 何でもないからこっち見ないでくれ!」
 
 暗闇の中では、少しだけ尻が出ていることまではわからないはず、とカキヤは内心で自分に言い聞かせた。
 カキヤは“脱げば脱ぐほど竜神の力を発揮できる”という特異体質である。
 部分開放の状態でも大抵の毒や呪いは効かなくなるので、いざというときのために衣類は脱ぎやすいものを常用していた。
 今回はそれが役に立ち、縛られながらも尻を半分出すことで、リシトアーキの“睡眠”を耐えることができた。
 ……端から見たら、縛られながら尻を出す変人だが、それは気にしないことにする。したい。
 
「……こほん。
 話を戻すけど、馬車の中で俺を眠らせたのも、あんたの能力ってわけか」
「はい。私が起きている間は、そんなに敵意のない視線では、眠らせないようにしているのですけれども。
 すみません、長旅の疲れが出ていたようで、いつの間にか眠ってしまい……」
「で、制御されていない能力が俺を眠らせた、と」
「多分、そうだと思います」
「……まあ、そこまでは、いい。問題は、だ」
 
 言いながら、リシトアーキを改めて見据えた。
 ――襲ってくる眠気は、尋常なものではない。
 尻を部分開放しているというのに、この強制力。
 生半可な魔力では、こうはならないはずだ。
 
 先程は“蛇竜の眷属”などと名乗っていたが。
 眷属だなんてとんでもない。
 おそらくは、高位も高位。魔族の中でもトップクラスの魔力を持つ、蛇竜のお姫様ではなかろうか。
 
 そんな彼女がいたというのに。
 
 
「――誰が、俺たちをここに閉じ込めたのか、だ」
 
 
 リシトアーキ自身も縛られているので、彼女が黒幕という可能性は低いだろう。
 もし“竜神の生まれ変わり”である自分や、あの痴幼女が狙いであるならば、一緒に縛られる意味などない。
 自分たちに手を出すのであれば、カキヤが戦えないとき――たとえば寝ているときしかない。
 竜神の力は、高位の魔族ほどよく知っているだろう。
 この前の角娘のような者が、わざわざこちらが寝ている隙を見逃すとは思えない。
 むしろ、“見た者を眠らせる”という彼女すら、一緒に捕まえているということは――
 
 
 それなりに魔力を持つ者か、
 あるいは、
 
 
「……はい。
 ご想像の通り、私を狙っている方々だと思います」
 
 
 リシトアーキの能力に、
 何らかの“対策”を講じている者、ということになる。
 
 
「……事情を聞いても、いいか?
 言いにくいなら別に構わないけど、こっちも巻き込まれた手前、な」
 
「はい。隠すほどのことでもありませんし。
 昔から、私たちの眷属には敵対する方が後を絶たず、私も今の旅をしている中で何度か同じような目に」
 
「ってもう何回か捕まってるのかよ!」
「はい、ですからきっと今回も、何とかなりますよ」
「いやいやいや、流石に複数回失敗してれば、相手も策を講じてくるだろ。
 ……ちなみに聞くけど、今まではどう解決してきたんだ?」
 
「えっと……今回で3回目ですけど……、
 1回目は、私が街道を歩いていたら待ち伏せしていた方々がその場で寝入ってしまって。
 2回目は皆様が目隠しをしつつ、私が寝ている隙に縛り上げて攫われたのですが、
 私、こう見えて頑丈でして、結局寝ている間は傷つけられず、
 そのうちに私が起きて縄を千切ってしまいまして。
 そして今回は、とても頑丈な縄を使っているようですが……あれ?
 ひょっとして、私、逃げられないのでしょうか?」
 
 
 暗い岩牢の中で。
 風が吹いた、気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「――おい、起きな!」
 
 暗闇の中に響いた声。
 反響してガンガン響く野太い声に顔をしかめながら、ベラウは顔を上げると。
 
「へへっ。やっぱり上玉だ。こいつらは高く売れそうだな」
「待って下さいよ兄貴、売る前に俺たちで楽しみましょうよ」
「いいけどよ、壊すんじゃねえぞ?」
「わかってますって。……でも、片方無事ならいいですよね?」
「そりゃどっちの意味だってーの! ぎゃはははは!」
 
「…………」
 
 なんというか。
 予想通りすぎる連中が、薄ぼんやりとした灯りを片手に、牢の前までやってきていた。
 
「うー……うるさい……」
 
 男達の喧しさに、女の子も目を覚ましたようだ。
 
「お前ら、外に出してやるからありがたく思えよ」
「兄貴、それどっちの意味っすか?」
「うるせえ! いいからこの娘ども、引っ張ってけ! どうせ自分の足ではついてこないだろうしな」
「へーい」
 
 牢に入ってくる男達。
 抵抗しようにも、両手を縛られていてはろくな反撃もできない。
 体格で勝る連中に、無理矢理引っ張られていくことになった。
 
「やっ!? はなせー! こらーっ!
 わたしにさわっていいのは、カキヤだけなのにーっ!」
 
 見ると、女の子も暴れて抵抗していたが、それもすぐに担ぎ上げられていた
 
「かきや? ああ、あの男か」
 
 ふと。
 男達の一人が、言った。
 
 
 
「残念だったな、お嬢ちゃん。
 あの男は売れなさそうだからな。
 俺等の標的は中途半端にヒトを気遣うから、時間稼ぎに一緒に置いておいて。
 
 ――最後は仲良く一緒に、岩山の中で押し潰されてもらう予定なんだわ」






(2-3に続く)



[15363] 2-3
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:52b592ea
Date: 2010/05/04 02:09


***** 下ネタギガ注意 *****






 2-3







 ――衣類。
 
 ヒトをヒトたらしめている概念のひとつで、ヒトが社会の中で生きていくためには必要不可欠なものである。
 まず大前提として、体温調節や表皮の保護が、衣類の存在理由として挙げられるだろう。
 寒いところでは服を着込み、日差しが強いところでは布を被り、硬い物で負傷しないよう革で防ぐ。
 外套や手袋、防具などは、ヒト自身を守るために作られ、使われてきた。
 
 しかし、自身を守るだけならば、毛皮を発達させればそれで済むことも多い。
 実際に、多くの獣や魔物は、自身の体表を進化させることで、様々な環境に適応していった。
 
“隠すこと”
 
 それが、ヒトとケモノを分けるひとつの要因である。
 
 ヒトが社会の中で生きていくためには、“ヒトらしくないこと”は表に出すことができない。
 制約を守り、周囲と協調していくことで、ヒトは社会性を維持しているのである。
 その“社会性の維持”に欠かせないのが、衣服によって己の一部を隠すことだ。
 
 
 人前では、服を脱いではいけません。
 
 
 全ての状況に当てはまるわけではない。
 しかし、この世界において、最も多くのヒトが遵守しているルール。
 
 ヒトが服を脱ぐのは、ヒトである必要がなくなったとき。
 
 ケモノと変わらず、本能のために動くとき。
 人前で満たすことを許されない、原初の欲求を満たすとき。
 
 すなわち、排泄と生殖である。
 
 そのための器官を衣類で隠すことで、ヒトは社会に適応できる。
 
 
 そして。
 そのための器官を晒すことが、カキヤの能力解放へと繋がるのである。
 
 
 腕や顔を露出させることも、部分開放にはなっている。
 
 実際、長袖より半袖の方が体調も崩れにくくなったりする。
 しかし、それらは微々たる変化でしかない。
 大きく変わってくるのは、体幹部だ。
 
 乳首や下半身を晒したときに生じる“力”こそが。
 カキヤを“竜神の生まれ変わり”と言わしめているのである。
 
 
 
 故に。
 
 
 
(……まずいな……。今の状態だと尻を半分出すのが精一杯だ……!)
 
 
 
 拘束されて逸物を晒せない今の状況は。
 なにげにピンチだったりする。
 
 
「……もぞもぞして、どうしたんですか?
 はっ!? まさか背中に虫がはいったとか!」
 
「(びくっ)ああいや、ごめん何でもない。
 それより――えっと、リシトアーキ? 君は敵対する者が後を絶たないって言ってたけど」
「? はい。私の眷属を狙う者は多いですが……それが?」
「いや、竜族を狙うなんて、とんでもない輩がいたんだな、と思って。
 ……やっぱり、他の魔族とか、そういう連中なのかな?」
 
 訊ねながら。
 カキヤはこれから自分はどう動くべきか、考えていた。
 
 今回の事件は。
 ほぼ間違いなく、自分たちが巻き込まれただけの話。
 自分やノユキに危害が及ばないのであれば、静観すべき問題だろう。
 ただ、自分はこうやって縛られていて。
 そしておそらく、ノユキも捕らえられている。
 故に、脱出のために力を振るわなければならない。竜神としての力を。
 
 この、蛇竜の女性の目の前で。
 
 竜神が魔物全体から狙われているのは、嫌というほど理解している。
 今はまだ、あやふやな情報でしか“竜神転生”の事実は魔物内に広まっていない。
 先日の角娘のときのように、やむを得ない場合のみ正体を明かして倒しているが、それは高位の魔物に限った話である。
 実力の高い者ほど、自分が負けた話など吹聴しないだろう。
 カキヤはそう判断し、実際、カキヤが旅を続けていても、魔物内で自分の噂が広まる気配は感じなかった。
 
 重要なのは、自分の正体を明かしても、それが魔物達に広まらないことである。
 たとえ現状の窮地を打破できたとしても。
 噂を聞きつけて、大量の魔物が連日して襲いかかってくるような事態になったら。
 いくら竜神としての能力を発揮できるとしても、すぐに限界は来てしまうだろう。
 自分やノユキの命を守りきるのも、難しくなってしまう。
 だから、自分の能力の使いどころは、慎重に選ばなければならない。
 
 目撃者が人間や下級の魔物が相手なら、それほど心配する必要はない。
 せいぜい「変態だーっ!?」と思われる程度で済む。
 彼らは竜神について深くを知らないし、たとえ吹聴して回っても、信じる者は少ないだろう。
 しかし、高位の魔物となると話は違う。
 上述したように、相手に屈辱も与えておかないと、高確率で噂が広まってしまうだろう。
 
 
 蛇竜の女性――リシトアーキが、ヒトを害することも厭わない存在だったなら。
 自分はそれほど迷わずに鉄棒制裁を加えることができ、そのまま逃亡も容易となる。
 しかし。
 
 もし、仮に。
 
 
 
 
 
「ああ、いえ。
 私達を狙っているのは、魔物ではなくヒトなのです。
 私の祖父は、昔から一地方の守護をしていまして……どうも、そういうのが気に食わないヒト達も多いようなのです」
 
 
 この蛇竜が、“いいやつ”だったならば。
 
 
 
 
「とはいえ、私もヒトを傷つけたくはありませんし……。
 今までは私が頑丈だったから何とかなっていましたが、すみません、巻き込んでしまって……」
 
「……………………」
 
「あ、で、でも大丈夫ですよ!
 きっと私にトドメを刺すために、誰か来ると思いますから!
 そのとき、貴方は助けて貰えるよう、一生懸命お願いしますから!」
 
「……どうして、ただのヒトに、そこまで気を使うんだ?」
 
「え……?
 どうして、って……私のせいで巻き込まれてしまったのですから、当然じゃないですか。
 ただのヒトとか、そういうのは関係ないと思います。
 私、ヒトとは仲良くしたいと思ってますから。だから御爺様にも無理を言って、こうして旅しているわけですし」
 
 
 ……内心で、重い溜息を吐く。
 
 こんな“いいやつ”に、力尽くで口止めなんて、できそうになかった。
 
 
 
 ならば、することは、ひとつ。
 
 手早く脱いで、この場を脱出する。
 それだけなのだが――
 
 
 
(くそっ……これ以上ズボンを下ろせない……!)
 
 
 
 後ろ手に縛られているので、今以上にズボンを下ろすことができない。
 すなわち、これ以上の“部分開放”が困難だということ。
 臀部を半分だけ晒している今の状態では、せいぜいリシトアーキの能力に耐えるのが限界である。
 カキヤを縛っている縄は蛇竜を縛るための特殊仕様のようで、生半可な力では千切れそうもなかった。
 この縄を千切るには、最低限、臀部を全て解放するか、逸物を外気に晒するか。それくらい露出しないと難しいだろう。
 
 尻の一番膨らんでいる部分を出しているのだから、あとは身体を捩るだけで全部脱げる――と最初は思っていた。
 しかし。
 とある事情により、それは困難となってしまっていた。
 
 
(くそっ……! 鎮まれ……! 鎮まれってんだよ……!)
 
 
 縛られている、という非日常性と。
 薄闇のなかでもよくわかる、リシトアーキの着衣の乱れが。
 
 カキヤの一部を、変形させていたのである。
 
 
 ぶっちゃけると、引っかかってこれ以上脱げなかった。
 
 
 
「あの……先程から動いていますが……本当に大丈夫ですか?
 苦しいとか……まさか、何か持病をお持ちなのですか!?」
 
 きかん坊が言うことを聞かないだけです。
 などと言えるはずがない。
 というか、這いずりながら近付いてこないでくれ!
 シャツの襟元がよりヤバイ開き具合になるじゃないか!
 というか、このままだと野営テントに気付かれてしまう!
 
「な、何でもないからっ!」
 
 慌てて転がり、背中を向ける。
 尻が見えてしまうが、やんちゃな男の子を見られるよりは幾分かマシだ。
 ――と、思ったら。
 
 
 勢いがつきすぎて。
 
 うつぶせの姿勢になって。
 
 後ろ手に縛られてて。
 
 体重が一点に集中して。
 
 緊張と焦燥感と、あとは魔族にもいいやつはいたんだなーというよくわからない嬉しさが混ざり合って。
 
 何の意図もなく身体を揺すったりしてしまって。
 
 
「……うっ!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どしん、と岩牢が揺れた。
 
 尋常ではない振動である。
 リシトアーキが慌てて周囲を見回すと、揺れは治まることなく続いており、時折天井の欠片が落ちてきていた。
 
 ――まさか、このまま自分たちを埋めるつもりなのか。
 
 なるほど、とリシトアーキは歯を食いしばった。
 これなら自分の姿を見ずとも、確実に息の根を止められるだろう。
 一緒に捕まってしまった男性も、逃げられずに。
 
 それはダメだ、と思った。
 自分が殺されるのは仕方ない。
 敵が多いというのを理解しているのに、無理を言って旅をしていたのだから。
 自業自得としか言い様がない。
 故に今までも、襲ってきた相手に報復するとか、そういうことは一切考えていなかった。
 
 しかし、他人を巻き添えにするのはいけない。
 この男性には何の落ち度もなく。
 ただ、自分と一緒にいただけ。
 それだけで、命を奪われようとしている。
 そんな理不尽、認めたくなかった。
 種族の違いとか、そんなのは関係ない。
 
 だってこの人は、きっと、いいひとだから。
 
 思い出すのは馬車の記憶。
 リシトアーキが寝入る前。
 きっと、彼はこちらの不自然さに気付いていた。
 しかしそれを暴き立てるようなことをせず、共に馬車に乗り込み、事を荒立てないよう寝たふりまでしていた。
 それは何故か。
 理由は簡単。傍らにいた銀髪の少女を、不安がらせないため。
 少女はとても安穏とした表情で、彼と共にいた。
 まるで全ての幸せが、そこにあるかのように。
 あのような――のニオイを纏う少女に、あそこまで信頼されているのだから。
 そんな彼が、悪い人の筈が、なかった。
 
 なのに。
 今、自分のせいで。
 
 リシトアーキは頭の回転の早い方ではない。
 よく竜族仲間には、どんくさいと言われている。
 そんな彼女が、必死になって考えていた。
 
 どうやったら彼を救えるか。
 どうやったら、この窮地を逃れられるか。
 
 わからない。
 わからなかった。
 
 
 少しずつ、今いる場所が崩壊していく感覚。
 ゆっくりと、諦観が心の中に忍び寄ってくる。
 
 身体を竜形態に戻せば、縄を千切ることは可能だろう。
 しかしそのときは、岩牢に収まりきらない巨体が、そのまま生き埋めになるだけである。
 しかも、傍らのヒトを押し潰す形で。
 
 もう、どうしようもない。
 
 そう思い、せめて最後は、相手の顔を見て謝罪しようと顔を向け、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何故かちょっぴり爽やかになった顔で。
 男性が、ズボンを脱ぎ捨てていた。
 
 
 そして。
 
 
 ――栗の花の香りと共に。
 強烈な“ニオイ”が、リシトアーキの嗅覚を灼いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――今度こそ、お礼を言おう。
 
 ベラウは心の中で、そう呟き、勇気を振り絞って声を出そうとする。
 しかし、彼女の喉が空気を震わせる前に。
 大きな声が、彼女の決意を吹き飛ばしていた。
 
 
「こらーっ! カキヤから! はなれろーっ!!!」
 
 
 響いたのは舌っ足らずな絶叫。
 声の主は、可憐な銀髪の女の子。
 その表情を憤怒で真っ赤にし、怒りの対象に唾を飛ばしていた。
 ちなみにベラウのことではない。
 
 逞しいカキヤの腕に抱かれている、翠髪の女性に対してだ。
 
「す、すみません。腰が抜けてしまいまして」
「あー、いいって。この場に置いておくのも危なそうだし、とりあえず次の街までは運んでやるよ」
「だめ! そこはわたしせんようなんだから、ぜったいだめー!!!
 そこはハダカじゃないといちゃいけないばしょなの! それでわたしはカキヤせんようなのっ!」
「いや違うし。というか誤解を招くこと言うんじゃねえっ!」
 
 女の子に注意しつつ、ベラウの方を窺うカキヤ。
 それに対して、苦笑いで手を振ったりでもすればフォローになったかもしれないが。
 とっさのことで、つい一歩退いて目を逸らしてしまう。
 
(……あ、落ち込んだ)
 
 心なし肩を落としたカキヤは、上半身に何も身に付けていなかった。
 下半身は、女性用の外套を巻き付けることで、なんとか隠れているが、その下は全裸である。
 ちなみにベラウの外套だ。返ってくることは期待していない。というか返されても着られないだろう。
 
 
 やはりというかなんというか。
 ベラウと女の子を助けに来たとき、カキヤは全裸だった。
 目にも留まらぬ早業で誘拐犯達を気絶させたカキヤは、やっぱり全裸のまま、ベラウ達を連れて逃げ出していた。
 今回は4人ということもあり、歩ける者は歩いての移動とはなったが、唯一の男性が全裸ということに変わりはなかった。
 これでは見た目があまりにもアレなので、ベラウは自分の着ていた外套を貸し、今に至る。
 どうして全裸で助けてくれたのかはさっぱりわからないが、
 そういう性癖なのだろう、とベラウは深く考えるのを止めていた。
 
 そんなことより、助けてくれたお礼を言わなければ。
 そう思い、何度か声をかけようとしているのだが。
 
 女性がカキヤにお姫様抱っこされているのが、そんなに気に食わないのか。
 銀髪の女の子が、烈火の如くお怒りになっていた。
 その怒り具合たるや、生半可な覚悟では近付くことすら困難で。
 ベラウはお礼を言いたくても言えないもどかしさを抱えたまま、彼らの後ろをついていくことしか、できなかった。
 
 
 
 
 ふと。
 
 女の子のわめき声に紛れながら。
 
 小さな声が、聞こえてきた。
 
 
「……あの、カキヤさん。あ、ありがとうございます。
 私、男の人にこうしていただくの、はじめてで、その」
 
 
 何やら、お礼を言っているようだった。
 私も言いたいのになあ、とちょっぴりジト目で、ぽーっとした翠髪の女性へ視線を向ける。
 と。
 
 
 
「あれ……ねむ…………ぁ……――――」
 
 女の子の倒れる気配。
 しかしそこまで気にする余裕もなく。
 
 ベラウの意識はそこで途切れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お、おい。リシトアーキ?
 能力が暴走してないか!? 俺も眠気がやばいんだが……!」
 
「す、すいません!
 ……お、おかしいですね。もう平気の筈なのですが、どうしてかドキドキして息苦しくて」
 
 
 ――そんな声が、聞こえたような、聞こえなかったような。







(第3話につづく)




[15363] 3-1
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:a4a6b5d9
Date: 2012/01/08 02:08
 
 
 
「へえ。結構活気のある街なんだなー」
「そうなんですよー。特に今の時期は、祭りが近いから旅人さんも多くてですね」
「カキヤー。あそこのくしやきたべたいー」


 喧騒あふれる人ごみの中。
 3人の男女が、世間話をしながら、のんびりと歩を進めていた。

 組み合わせは少々変わっていて。
 一人は如何にも冒険者風の男性。人の多い町なら必ず見かける風体である。
 一人は身なりの整った女学生。立ち居振る舞いから、その育ちの良さが窺える。
 一人は銀髪の幼い少女。とてとてと歩くその瞳は、周囲の出店に囚われている。
 ひとりひとりなら、それほど違和感のない者達だが。
 三人揃うと「どうして一緒に?」と首をかしげてしまう。
 そんな三人組だった。


 男は言う。

「で、リシトアーキの実家って、この近くなのか?」

 女は答える。

「はい。向こうに見える山が、私の実家です」

 そしてこっそり、幼女が言う。

「……カキヤ。はやくそいつかえして、つぎのところいこー……」


 男は純粋な興味関心から遠くの山を見上げ、
 女はそんな男をちらちらと熱い目で見たりしつつ、
 少女はそんな女をジト目で見上げていたりした。


 ここは、「蛇竜信仰」の街、クロウラベ。
 冒険者カキヤは、道中で知り合った女性を実家に送り届けるため、
 同行者ノユキの反対を押し切り、大陸の端にある辺境の街までやって来ていた。







 どうしてこのようなことになったのかというと。

「カキヤさん、助けてくださってありがとうございました! 何かお礼でも」
「いや、成り行きで助けただけだし、そんなに気にしなくても」
「いえいえそんな! 命を助けて頂いて、お礼のひとつもできないなどとは蛇竜の名折れ!」
「とはいっても、旅してる女の子からお金を貰うってのもなあ」
「女の子……! あ、すみません泣いてもいいですか?」
「ちょ!? 何故に!」
「それはそうと、確かに私も手持ちはそれほど豊かではありませんので……ううん」
「まあ、お互い次の街まで一緒に行くことになるだろうし、それまで話の相手でもしてくれれば」
「次の街……カキヤさんは、どこかに向かわれてるのですか?」
「ん? 別にこれといった目的地はないけど。……前の街からそこそこ離れてればどこでもいいし」
「で、でしたら、私の故郷に行きませんか!? そこでなら色々とお礼もできると思いますので!」
「故郷? って確か、お祖父さんが守護神やってるとか何とかの?」
「はい! 千年以上前から蛇竜の長として、眷属を統括している祖父が、ヒトたちと一緒に暮らしている場所です」
「……あの爺さん、陰でそんなことしてたのか……」
「はい? 何か仰いました?」
「いや別に何も。それより、その地域には少し興味あるから、行ってみるのはありかもしれないな」

 というやりとりがあったりしたわけで。

 ちなみにその裏ではノユキがひたすら、

「やだー! カキヤはわたしとふたりでいくのー!」
「カキヤにはわたしのハダカがあればいーのー!」
「わたしはべつのまちにいきたいー!」
「カキヤー! ほかのとこにしよーよー!」
「やだー! やだー! ぬぐー!」

 と喚いていたが取り入れられなかった模様である。
 そして当然のごとく脱ぐのは止められていた。あと説教されていた。









 そんなわけで。


 カキヤ達は、大陸の中でも稀有な存在である、竜族信仰の地へ足を踏み入れていた。

 冒険者として様々な地域を旅していたカキヤであったが。
 実は竜族を崇める地域に訪れるのは初めてだったりする。
 なので、竜神亡き今、人類と敵対していない高位竜が、どのような存在になっているのか興味があったりする。

(というか、蛇竜の長って、あの9本首のジジイだよなあ。
 代替わりしたって話は聞かないし、あの頑固爺が裏で人を守ってたとか、その実態見てみたいな。
 変なことしてたら懲らしめればいいし、いいことしてたらほくほくさせてもらおう)

 ちなみに。
 竜神の生まれ変わりであるカキヤだが、前世の記憶については、イマイチあやふやだったりする。
 知識としてはかなりの量があったりするが、自身や周りの者に対する「感情」は。
 実は、ほとんど残っていなかった。
 
 どのような竜がいて、特性や能力は何を持っているのか、等は覚えているのだが。
 その竜が自分にとってどのような存在で、どんなやりとりをしていたか、等はほとんど覚えていない。
 
 数少ない例外の一匹が、実は件の「蛇竜の長」であり、
 前世では自分の右腕的な存在で、それなりに頼っていた、ような気がする。

(確かに、穏健派だった昔の俺と気が合ってたし、人を保護してたとしても不思議じゃないよなあ)

 竜神という絶対王者に秘密にしていた、ということには少々首をかしげざるを得ないが、
 だとしても、高位竜がヒトを蔑にせず、逆に守護しているという話は、この世界にとってとてもありがたい話なのではあるまいか。

 高位竜などの上級の魔物が人類を守っているという話は、
 物語や伝承などではよく聞くが、それらはあくまで御伽話の域を出ていない――というのが世間一般の考えである。
 しかし、カキヤの目の前には、紛う方なき蛇竜のお姫様がいて。
 その祖父が、実際に守護しているという話を聞いてしまったら。
 それは、かなり信憑性があると言えるだろう。


「でもさ、リシトアーキ。俺みたいなのが、急にお祖父さんのところに行ってもいいのか?
 そりゃあ一応縁のある者ではあるが、なんの連絡もなしにずかずかと入りこむのは迷惑じゃ……?」
「そんな! 気にしないでください! むしろ、祖父も喜ぶと思います!
 カキヤさんの前――っとと、竜神様のことを、祖父はよく誇らしげに話していましたから。きっと、大好きだったのかと」
「……そ、そっか。でもまあ、俺の正体のことは伏せておいてくれると助かる。
 一応、上級の魔物連中には秘密にしてるからな。できるだけ、例外は作りたくない」
「カキヤさんがそう仰るなら……」

 渋々と頷くリシトアーキ。
 彼女としては、祖父と“竜神様”の再会を願う気持ちもあるのだろう。
 しかしそれ以上に、カキヤは「命の恩人」なので、あまり強くも出られない模様。

「それより、リシトアーキの家ってどこらへんにあるんだ?
 この街はかなり大きいみたいだけど、あの山まではなさそうだし……山の中とか?」
「あ、それなんですけど、あの山のふもとに集落があってですね。
 そこが私たち一族が生活する場所になってます。歩いて半日といったところです」
「そうか。じゃあ、今日はそろそろ日も暮れるし、この街で宿を取っていくか。
 ――おーい、ノユキ。とりあえず色々蔑にしたお詫びに、好きな串焼きをおごって……ってこら! 走り出すな!」
「あれとあれとそれはぜったいにたべるのー!」

 カキヤの提案を受けて駆け出すノユキ。
 それを慌てて追いかけるカキヤ。
 そんな2人を、リシトアーキは微笑ましそうに見つめていた。

「いいなあ……ふふっ」

 浮かべる微笑みは、とても優しげなもので。
 ちょっぴり頬が赤くなっていたりして。



 ばたり、と。

 ――それを見かけた通りすがりの男性が、そのまま地面に倒れこむように寝入ってしまった。

「あわわわ、いけない!? また気が緩んじゃったみたい……!
 どうしたのかな……? なんか最近多いような……」

倒れて熟睡してしまった男性を介抱しながら。
リシトアーキは、最近うまく制御できていない自分の能力に、はてなと首を傾げるのであった。





(つづく)



[15363] 3-2
Name: サイ娘倶楽部◆c965b1c8 ID:a4a6b5d9
Date: 2012/12/27 01:28


***** 3-2 *****




「う~~~~、トイレトイレ」


 今、トイレを求めて全力疾走してる俺は、世界を旅しているごく一般的な冒険者。
 強いて違うところをあげるとすれば、竜神の生まれ変わりってとこかナ――
 名前はカキヤ。

 そんなわけで、ふと目についた公衆トイレにやって来たのだ。

「ん?」

 ふと見ると、ベンチに一人の若い男が座っていた。
 ウホッ! 可愛い男の子……。
 
「…………」
「!?」

 そう思っていると、突然その男の子は、俺の見ている目の前で――

「…………」
「…………」

 ――何かするはずもなく、
 トイレ前で目が合った気まずさだけが、その場に漂っていた。

(っていうか、我慢の限界なんだった!)
 
 リシトアーキの実家近く。
 竜族の棲む屋敷の手前。
 観光地というには人気が少なく、
 僻地というには手入れの整っている、そんな場所。

 来客が訪問直前に立ち寄るであろう公衆便所にて、
 場にそぐわない美少年が、何をするでもなく座っているのを見て、
 つい立ち止まってしまったわけなのだが。

(……普通に、用を足してる誰かを待ってるだけだろうな)

 そう脳内で結論付けて、カキヤは軽く会釈をし、そのまま中へと入っていった。
 
 気になったのは、それだけのこと。
 決して、自分に特殊な趣味があるわけではない。
 幼い子供に特殊な欲望をぶつけるなんてありえないし、
 だからノユキの肢体にだってこれっぽっちも興味あるわけないというのに、
 あの痴幼女はそこらへんをわかっておらず無駄な特攻を繰り返しおって、
 そこらへんを改めて説教してやった方がいいのかもしれない、とか何とか。

 そんな感じで、どうでもいいことをつらつら考えていたからか。

 カキヤは、ついぞ気付かなかった。


 少年が。
「目が合った」程度では済まされないほどに。
 カキヤのことを、凝視していたことを。












「どうぞ。何もないところですが、是非ぜひごゆっくりしていってくださいな」

 そう言って、リシトアーキはぺこりと一礼。
 どうも、と曖昧な感じで返礼しながら、
 カキヤとノユキは屋敷の中へと入っていった。


 室内は、一言で表すなら「木の神殿」といったところか。
 床こそ木の板が敷き詰められているが、
 壁やら天井やらは全て生の木が使われていた。
 山の一角に、箱状に樹が並んでいるような感じなのだが、
 隙間風が吹く様子もなく、室内の空気は安定している。
 
 なるほど。
 人間には作り得ない特殊な構造なあたりは、流石に蛇竜の屋敷といったところか。


「ふえー。きがいっぱいー」

 
 屋敷の中を見回して、ノユキが感嘆の声を上げていた。
 大小様々な木が絡み合い、部屋の壁を構成している。
 そんな光景を目の当たりにして、驚かない人間の方が少ないだろう。
 世界中を旅して、色々なものを見ているはずのカキヤですら。
 この部屋の特殊さには、感嘆の溜息がだだ漏れだったりする。



「すみません……カキヤさんを祖父に紹介できれば、と思ったのですが、
 ちょうど外出していたようで……。
 せめて、この屋敷で旅の疲れを癒していって頂ければ幸いです」
 
 そう言って、リシトアーキは深々と頭を下げてきた。
 竜族のお姫さまが、人間にここまで礼を尽くしていいのだろうか、と。
 カキヤは真剣に悩んでしまったりしているが、そんなものはどこ吹く風。
 リシトアーキは、まるで給仕が主人に仕えるかの如く。
 丁寧に。丁寧に、カキヤ達を歓待しようとしていた。

 命の恩人。
 竜神の生まれ変わり。
 
 なるほど、確かにカキヤを敬う理由はあるのかもしれない。
 だがしかし。
 リシトアーキのそれは、どちらかといったら――

「わ、私では役者不足かもしれませんが、なんでもお申し付けくださいね!
 精一杯努力しますから!
 カキヤさんも、どうかここが自分の家だと思って――きゃっ」
 
 てれてれと。
 自分で言いながら何やら照れてますよ、このお姫様。


 部屋の中にはリシトアーキとカキヤ達だけ。
 使用人の姿は見当たらない。
 訊くと、使い魔のようなものはいるが、呼ばない限り出てこないとのこと。

「命の恩人を歓待するわけですから、私が手ずから行わないと!」
 
 ふんすと張り切るリシトアーキ。
 これはまるで。

 いやいやまさか。
 
「……むー」
 
 ノユキの警戒センサーが反応していた。

(あ、やっぱり)

 ――まるで、意中の男を招き入れているかのようだ。


 心当たり……が無いと言えば嘘になる。
 一応、危ないところを助けたわけで。
 憎からず思われる可能性も、まあ、ゼロではないだろう。

 だがしかし。
 
 脱いでるわけで。
 全裸だったわけで。
 
 そこから惚れるというのはなんかこう、ありえないとしか。

 異性の裸体を見るのが好きとか何とか。
 そんな性癖持ちなら、まあわからなくもないが。
 見た感じ、リシトアーキは良識あるお嬢様なわけで。
 全裸ぶらぶらで長距離移動するようなのを好むとは、思えない。

 ならば、竜神というステータスに惹かれたか?

 否。

 短い付き合いだが。
 リシトアーキは『自身』をしっかり持っているのはよくわかる。
 種族間の偏見に囚われず、人間を大事に思えるような、できた娘。
 そんな娘が、ただの力に惹かれるはずもないだろう。


 では。
 何故か。
 
 
 まさか、一目惚れだとでも?

(ひょっとして……。
 脱いだ俺の肉体が、平均以上に引き締まっていたから!?
 確かに最近、腹筋周りのカットの深さは、自分でも惚れぼれするレベルというか。
 こういうところはやっぱりわかる奴はわかるんだなあ)
 
「……むむむ。カキヤ、へんなことかんがえてる」
「いてて!? 変なところをつねるな!」
「……むすー」

 何故か拗ねているノユキの頭をぽんぽんと撫でながら。
 
 ふと、どうでもいいことが、気になった。

(そういえば……。
 ここ、蛇竜の長の屋敷なんだから、
 そりゃあ当然、蛇竜の匂いが濃いのは当たり前だろうけど)
 
 鼻につく、懐かしい匂い。
 
 カキヤの前身が、感じさせるニオイ。
 
(にしても……。
 あのジジイのニオイが近すぎるというか……。
 むしろ、すぐ近くにいるような――)

 
 リシトアーキは。
 祖父は、出かけていると、言った。
 
 カキヤもそれは疑っていなかった。
 何せ、嘘をつく理由はない。
 カキヤとリシトアーキは敵対しているわけではないし。
 蛇竜の長も、竜神とは仲が良かった、はず。
 
 故に、わざわざリシトアーキが嘘をつく必要もなく。
 ただ、主のいない屋敷でのんびりしていればいい。
 
 
 その、はずなのだが。
 
 
(このニオイの濃さ……。
 やっぱり、すぐ近くにいるとしか、思えな)
 
 
 
 
 
 
 
「随分とまあ、変わったものよの」





 声が。
 
 真後ろから。
 
 
「ッ!?」
 
 
 慌てて振りかえったときには、既に遅く。
 
 
 目の前には手。
 中指と親指が輪を作っていて。
 
 その輪は一瞬で解き放たれて。
 
 デコピ、

 
 
 
 
 
 
 
 ンと叩きこまれたと思ったら。
 カキヤの身体は屋敷の壁を破壊して、山の奥まで吹き飛ばされていた。

 

 轟音。
 
 
 すっ飛んで行く景色の中で。
 カキヤの目に映ったのは。
 
 
 茫然としているノユキと。
 驚いているリシトアーキと。
 

 
 不機嫌そうな、少年。



「……随分とまあ、弱々しくなったものじゃの」
 
 そんな落胆が、聞こえた気が、した。
 
 
 
 声も姿も、昔とは大違い。
 しかし。
 なんとなく、カキヤは理解した。
 
 この、ノユキと同い年くらいに見える、少年が。
 
 かつて自分の片腕を務めていた。
 高位竜族の中でも最強といって差し支えのない。
 
 蛇竜の長、その人なのだと。





(つづく)


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