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[14030] 死んで覚える迷宮探索(よしお→異世界)
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2010/01/07 01:11
あらすじ
よしおが異世界へいった。

前書き

サザエ「コノ バングミ ハ チュウニビョウ ノ テイキョウ デ オオクリイタシマス」

タラオ「イタシマース!」


※グロテスク表現が時々出てきたりします。苦手な人は注意してくださいませ

12/2 試験的にルビ振りを導入して見るテスト



[14030] 第一話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/11/28 08:01
■ホームポイントが設定されました。■
■現在のホームポイントは 東ウェリントン 近郊 ドモ平原 (F-9) です。■
■It is one of your pleasure to die.■




一年来の付き合いがある耳をつくざく様な目覚まし時計からの訴えではなく、そんな意味不明のメッセージが脳内に響き渡ったことにより、よしおは覚醒した。

体の節々に痛みを感じ、大きく伸びをして、尻をポリポリと搔きながら瞼を開く。
瞼を開いて最初に目に入ったものは自身の手を這いまわるゴキブリに似た昆虫であった。

「ひぎぃっ!」

幼少の頃より、現代の子供に洩れず、「遊ぶ」といえば外ではなく内でゲームであったよしおにとって、虫に対する耐性は当然の事ながら有しておらず、尚且つ嫌いな昆虫NO.1に位置するゴキブリに似た虫が手を這いまわっていることもあって18禁陵辱ゲーのヒロインのような声を出してしまったのも仕方のない事なのだろう。

手を激しく振り回すだけでなく、寝転がりながらモーターの様に回転し、猫科の如く素早く体勢を整えたよしおが続いて目にしたものは自身の腕で轢殺したと思われるゴキブリに似た昆虫の死骸がそのまま腕に張り付いている光景であった。


「ギャーッ!!」


漂流教室の高松少年のような顔をしながら叫び声を上げる。

よしおが自身の周りの環境の変化に気がついたのは、急ぎ張り付いた死骸を処理しようやく一息つけてからであった。


「………」


周りの景色は平原となっていた。遠くの中世ヨーロッパのような都市を月明かりが照らしている。
周囲は石壁で囲まれているようだ。
現代社会であれば真夜中であっても街灯などにより、光が絶える事は無いが、遠くに見える都市はまるで死んでいるかのように暗く静かであった。


よしおが再起動したのはそれから5分ほど経ってからであった。しかし、よしおの脳内コンピュータは再起動した後、すぐさまこの現象に対する一つの演算結果を導き出した。


どうやら自分は未だ夢の中にいるらしい。夢の中で夢だって気づくなんてレアじゃね?


自身の脳内コンピュータが弾き出した結果に対して、続いてよしおが行った事は二度寝であった。

寝て起きたらベッドの上だろう。
夢ならばゴキブリが徘徊するであろう平原に横になるのも気にならない。
夢でゴキブリが出てくるなんてついてないな、と思いながらよしおの意識は深く沈んでいく。


そして、朝日に目を覚まして最初に目に入るのはやっぱり辺りを徘徊するゴキブリであり、再びよしおは高松少年の如く叫び、目を覚ましても夢は夢のままであった現実に対してよしおの脳内コンピュータは再度フリーズするのであった。



---------------------------------------------------------------------------------



眩しい朝の光に目を細めながらよしおは自身の昨日の行動を思い起こし、何も問題が無い事を確認する。

土曜日という全国的に祝日であった昨日、よしおの行動は極めて模範的であった。
昼まで惰眠を取るという自身の法令遵守を徹底し、午後には積み上げられたゲームの消化作業という社会的責任を果たしたのだ。

間違っても、取引現場を目撃した体は子供、頭脳は大人なK少年のように黒い組織にアポトキシン4869っぽい薬物を飲まされるような非日常は起きなかったし、昨日は平穏無事に一日を終えたはずである。
従って、こんな平原に放置される状況には陥る要因はないはずだ。

現状に対するよしおが持つ情報は全くといっていいほど無い。
よしおは現状に対する原因を必死で考えたが思いつかないので
―そのうちよしおは考えるのをやめた。







遠くに見える都市を目指し、ひたすら歩く。
随分歩き続け、前方の都市のシルエットが徐々に大きくなってきたことを感じるが、予想以上に距離があった。
前方にヨーロッパ風の都市、その以外の周囲は一面平原であり、壮大な景色ではあるのだが、道端で時折目に入るゴキらしき虫がよしおを辟易とさせていた。



歩き続けて1時間半、よしおは漸く都市を囲む石壁の前に到着した。
壁にそって歩き続けるうちに関所の門らしき施設を見つけたのであるが、よしおは思わず隠れてしまった。


異文化コミュニケーションってレベルじゃねーぞ!


関所の門には二人の人影があった。
一人はおっちゃん。茶髪で決して日本人のようには見えない顔立ちをしており、銃装備で尚且つの防弾ベストようなものを着込んでいて、何故か犬耳で尻尾みたいのが尻から出ているのには多大な不安感を抱くがそれはまだいい。
もう一人の人物が問題であった。


モス亜種…!


頭が豚であったのだ。ゲームで言えばオークと呼ばれる種類なのかもしれない。
よしおは最初はマスクの類かと考えた。
日本では馬のマスクなどが販売されているが、目の前にみえるベイブ種は明らかにマスクの類では再現出来ない位生々しく、尚且つ言語らしきものを発音していた。


ここにきて初めてよしおは自身の現状がより深刻なことを理解する。
今までは現在位置は日本じゃないにしろ、地球のどこかであると勘違いしていた。
しかし、アレは明らかに地球には存在しない生物。すなわち、現在位置が別世界であることを示唆している。


これからどうするかを考える。
目の前の石壁内にある都市以外は一面平原が続き、当然の事ながらサバイバル知識のないよしおにとって現状維持で野宿するのも危険であろうし、ゴキブリ的な意味でも遠慮したかった。

もう一度関門の一人と一匹を一瞥する。


どうすんだよ…アレに話しかけんの?俺やだよ。


対人スキルのそれほど高くないよしおは一時間くらい話しかけるかやめるべきかと迷っていたが、都市内に入るには話しかけざるを得ないであろうと結論をだした。

意を決して、よしおは目前の二人に話しかける。



「エクスキューズミー」


「アイアムジャパン!ジャパニーズ!」


「アイアムヨシオ!」


犬耳のおっちゃんが聞いた事もないような言語で話しかけてくる。


「jios jhsoare? Jfewo! Segjre serow!」


「イェス!ザッツライッ!」


「serij! Seg wegji seojk! Segji gewass plmjj?」


意味は分からなかったが、手に持った銃も突きつけられていないし、なにやら友好的な雰囲気が漂う。
隣のモス亜種が鼻をヒクヒクさせながらよしおの匂いを嗅ぎ始めたが、よしおは手ごたえを感じていた。


「イエス!オフコース!」


「Hoo!! Mveww!」


よしおは今確かに異文化の人々とコミュニケーションがとれているのだ。
彼らの「想い」が!言葉ではなく心で理解できたッ!
分かりあえたという充足感が胸いっぱいに広がる。
今ここに国境も言語も種族も世界も越えて二人と一匹の心はリンクしているのだ。

犬耳のおっちゃんがよしおの手を掴み、都市内へと誘導し始めた。
どうやら都市内を案内してくれるらしい。


「イェァッ!ヒィアウィィゴォ!」


かけがえのない友ができた。この親友達がいる限り、第二の人生もきっと頑張っていけるだろう。
よしおは安堵とともにこれからの生活に期待に胸を膨らまし、光を見出していた。

俺たちの冒険は始まったばかりだ!















■現在位置は東ウェリントン サザーン区 (G-8) です。■
■Welcome to East Wellington■



ガシャン、と金属同士が重なり合う音が響き、続いてガチャリと鍵の閉められる音がする。

かけがえのない親友達に連れてこられたのは豚箱の中だった。

留置所と思われる冷たい牢屋の中でよしおは叫ぶ。


「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!!」







あとがき
設定オンリーでノープロットで進むSS第一弾。
迷宮にすら未だ潜ってないというのに続けられるのか…?



[14030] 第二話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 10:41
■現在位置は東ウェリントン サザーン区 (G-8) です。■
■Welcome to East Wellington■



現状に対してよしおが最初に心配した事はこれからのことではなく、自宅のPCのハードディスクについてであった。
多くの男性がそうであるように自宅のPCのハードディスク内には二次元的あるいは三次元的機密データが保存されている。
よしおもこの例に洩れず、そのジャンルは広かった。
PCが極めて高い汎用性を持つと同じようによしおの脳内コンピュータもさまざまなジャンルに対する汎用性を持っているのだ。
一人暮らしであったので、パスワードなどもかけていない。
あの機密データが家庭内敵性分子に無断閲覧されると憤死できる。

地球へ帰還するにしてもその方法が分からないし、帰還出来るにせよ、それまで確実に時間はかかるであろう。
つまり、自分が行方不明とされた場合、自宅PCのハードディスクのデータが家庭内に流出する可能性が極めて高く、それはよしおの終焉といっていいだろう。




可及的速やかに現実世界へ帰還する必要がある。




現在の最大目標である。


だが、ここでよしおの優れた脳内コンピュータはもう一つの解答を導き出す。

シュレーディンガーの猫である。

要約すると不確定性原理においては、「観察されるまであらゆる可能性が不確定」であり、観察した瞬間にそれは一つの状態に収束するのである。

すなわち、自宅のPCの内容物が暴かれているという結果が観測されて始めてよしおの終焉は訪れるのだ。
自宅のPCの内容物が暴かれているという結果を観測しないためにはどうすればいいか。









最悪の場合、よしおはこの世界に骨を埋める覚悟をした。








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「アイアムヨシオ!」


「zefjwa dfe? safea ko eafey?」


「アイアムヨシオ!」


「Ai, aim osio?」


「イェスッ、マイネームイズヨシオ!」


「sushi? tenpura? geisya?」


「ヨシオだッつってんだろ、この豚野郎!」


取調べと思われる質疑応答は全く進展していなかった。
異世界転移という現象に対するよしお脳内コンピューターの計算した今後の予測では、銀髪でオッドアイでスタイルがよくてどっかの国の王女様で悪いやつらをやっつけるスーパー美人が「余の家来となるのじゃ!」なんて言って、よしおはめでたく生活基盤を手に入れる…はずであったのに、現実で目前にいるのは脂の乗った豚である。


現状は極めて厳しい。
言語の違いという壁は予想以上に高く、容易には乗り越えられないものである。


「豚インフルエンザ大丈夫なの?」


「自分の体で一番肉が美味しい部位はどこだと思う?」


互いを理解するため、こちらからもいくつか質問をしているのだが、まるで進展がない。
こんな調子ですでに1時間、進展しない状況に辟易としてきたところである。


結局、有意義な話し合いなど出来ず、よしおは自分の寝床となった冷たい牢屋へと戻された。






-------------------------------------------------------------------------------------







え? これ何の肉?


留置所内で出された食事はパンとスープだったのだが、そのスープに含まれていた肉が見た目も味も豚そっくりだったのである。

あの豚人は食料としての役割もあるのだろうか。恐ろしい世界観である。

関門前で出会ったかつての友人である一匹のオーク、デイブ(仮)を思い浮かべる。


[俺を喰え…。俺は肉片と化そうともお前の糧となり、生き続けるだろう…]


スプーンにのった謎の肉がそう言っているように聞こえた。


「デイブッ…!俺の為にどうしてそこまでッ…!」


目の前の肉をデイブ(仮)と決めつけ、話しかけるよしお。

裏切ったと思っていた友がこのような姿になっても、自分の力となる為舞い戻って来てくれたのだ。
彼にもきっと何らかの理由があったのだ。

漢泣きに伏すよしお。

慣れない環境と連日の取調べによるストレスにより、ぶっちゃけよしおの精神状態はヤバかった。















「xgewo. sefgfw sew fepcvhu.」


「日本語でおk」


「fjewopajfewap」


「はいはい、ワロスワロス」


連日続く、進展のない取調べに対して、さすがによしおも対応がおざなりとなっていた。
そんな状況がしばらく続いていたが、よしおに転機が訪れる。


いつものように取調室へと連れられ、お互いが捕球しない言葉のキャッチボールを続けるよしおと豚。
しかし、見慣れない長身の女性が扉を開け、入ってきた。

銀髪にオッドアイ、スタイルが良くてどっかの国の王女様かどうかはわからないが悪いやつらをやっつけてくれそうな厨二病的な外見を持つ美人である。


(これは…やはり俺の考えは正しかったということか!)


「余の家来になるのじゃ!」なんて言われて生活基盤を手に入れる将来のビジョンが見える。


「cesoapei vceaop? feaopwew fewapo fefpse flsewe veapefj feefeip feajvv eafeaewpk fvewiop? fewapjvpewrepj!」


しかし、よしおにはやはり彼女の言っている事も全く理解できない。


「なげーよ、わかんねーよ」


「otintin land」


「おちッ!?今なんて言ったの!?ねぇ!?」


「otintin power」


長身の美人が発した卑猥な言葉に青年の未熟な心は平静を失ってしまう。

そんなよしおを尻目に長身の女性はこちらに手を伸ばし、ピアスのようなものを渡してきた。


「udontabetai@sobademoii.co.jp」


「え?これ耳につければいいの?」


長身の女性は指で自分の耳を指している。どうやらピアスをつけろということらしい。
ピアスなどというハイカラなものをつけたことがないよしおは手間取ったもののなんとか取り付ける事に成功した。


■トランスレーション ピアス を装備しました。■


「fswaepeゥ整中です。聞こえるかしら?分かるかしら?」


「うぉっ!聞こえます!わかりますっ!」


このピアスは相手の言葉を翻訳してくれるらしい。よしおにとって非常にありがたい物を頂いたものだ。
やはり、厨二成分を含むやつらはやってくれることは一味違う。
思わず、目の前の厨二女神に対し、賛美の言葉が溢れ出る。


「あなたが神か」


「申し訳ないけど貴方が何て言っているか分からないわ」


「神、いわゆるゴッド」


「そのピアスは一方的なものよ。貴方が私たちの話す言葉を理解を理解できても私たちが貴方の言葉を理解する事は出来ないわ」


あ、そういう事なのか。


しかし、相手の言葉が分かるようになっただけでも非常に助かる。
彼女には感謝してもしきれないだろう。


「あなたのお名前は何ていうのかしら?名詞だけで答えて頂戴。助詞や助動詞は要らないわ。」


「よしお!」


「そう…。貴方は桃色回路ストロベリースクリプトというのね。良い名前だわ」


え?何言ってんのこの人。怖い…。


「貴方の言葉を私達が理解する事は出来ない。だから、私の質問に対してYESなら首を縦に、NOなら横に振って欲しいのよ」


迷わず首を縦に振る。桃色回路ストロベリースクリプトなんて厨二病な二つ名で呼ばれた気がするが、それを気にするよりもよしおとしても自身の現状をより正確に理解したい所であった。


「貴方は致死斬鬼シームレスコラプションのスパイかしら?」


またしても出てきた二つ名っぽい固有名詞を耳にして、よしおは彼女の病気がもはや治療出来ないまでに進行している事を理解し、これからの取調べはもしかして言葉が分からなかったときよりも大変になるのではないかと不安に感じるのであった。


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設定

・トランスレーション ピアス 
これを身につけた者は公用語を理解することが出来る。ただし、身につけた者が話す言語の公用語への変換は行われない。

よしおに渡された物は製造されてから6年経過したもの。故障している。
そのため、特定の国家や組織、アイテム名などの固有名詞が厨二病的な翻訳がされてしまう。

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あとがき
致死斬鬼(シームレスコラプション)は二つ名メーカーで自分の本名で生成したときにできたもの。
よしおは桃色回路(ストロベリースクリプト)。
これからは汚い忍者改め致死斬鬼(シームレスコラプション)と呼んでいただいても構わない。




[14030] 第三話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 10:48
東ウェリントン国。西ウェリントン国

元々は一つの国であったそうだが、現在は東西に分裂し冷戦状態。まるで第二次世界大戦後のドイツのような国家である。
ドイツではその境界線上にベルリンの壁が位置していたが、東西ウェリントンでは魔法的な何かで遮断されており、基本的に行き来することは出来ない。

そんなウェリントン国には地下迷宮が存在する。
現在、迷宮は3つ確認されており、東ウェリントンに1つ、西ウェリントンに2つ存在するという。
お約束の如くどの迷宮の内部にも様々なモンスターが存在し、非常に危険なスポットであるのだが、その危険な迷宮への挑戦者達は後を絶つことはない。
何故ならば東ウェリントンに位置する迷宮では100年ほど前に地下6階で多くの財宝が見つかった記録があり、また希少な資源の採掘が可能であるからだ。
その為、犯罪者や政治犯などの強制収容所の労働者達が毎日迷宮へと潜らされ、虫けらのように死んでいる。

東ウェリントンの迷宮は現在地下9階まで攻略されている。
迷宮に対して様々な記録や資料はあるもの地下9階以降について書かれたのはない。
それぞれの迷宮は独立していると考えられている。
しかし、200年程前に西ウェリントンに位置する迷宮の入り口から入った国軍小隊が壊滅しながらも、そのうち2名が東ウェリントンの迷宮の入り口から帰還したとなんていう逸話も残っているらしいが、真偽の程は不明である。
すなわち、構造やモンスターの種類、最下層は地下何階なのか等、迷宮については殆ど分かっていないのが現状なのである。







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■エリアジャンプ中です。 東ウェリントン サザーン区 >>> ブーヘンヴァルト強制収容所■



ゆったりとした速度で囚人護送車が進む。

角っぽいものが生えている以外は見た目は普通の人間っぽい男性だったり、頭がトカゲな大柄な男性だったり、猫耳と尻尾をつけているというのに全く萌えという要素を見出せない40台女性だったり、牢内に閉じ込められている人々のラインナップは幅広い。


唯一つ統一しているのは全員まるで映画の囚人が着ている様な縞々模様の服を着ていることと一様に暗い表情をしていることであろうか。

そんな顔ぶれの中でよしおはこれからの生活に希望を見出していた。




よしおはあの尋問後の驚愕の展開を思い起こし、期待に胸を膨らませていた。

結局よしおは致死斬鬼シームレスコラプションとやらが一体何なのか皆目検討がつかなかったので、厨二美人の質問に対して首を横に振ったのだ。

すると


『YESと答えるヤツは致死斬鬼シームレスコラプションのスパイ!NOと答えるヤツは訓練された致死斬鬼シームレスコラプションのスパイだわっ!』

『丁度ブーヘンヴァルトへの補給要員が欲しかった所なのよっ!』

等と言われ、いきなり就職先を斡旋された。
そしてあれよあれよという間に内定が決まったのだ。

意味が分からないが、先立つものがないよしおとしては就職先が決まったのはありがたい。

聞いたところによると就職先では寮も完備されており、待遇と福利厚生も充足しているという。
留置所で用意してあったのか、縞々模様の囚人服のような制服もすぐさま支給された。
就職先へ向かう移動手段が囚人護送車っぽいのは気になったが、文化の違いなのかもしれない。

どうやらよしおが桃色回路ストロベリースクリプトとやらで尚且つ訓練された致死斬鬼シームレスコラプションとやらのスパイであったことが採用の決め手となったらしい。

本人ですら覚えのない自身の境遇をありがたみながら牢馬車に乗る前に配られた就職先の資料をもう一度眺める、
が、よしおにはなんと書いてあるのかさっぱりわからなかった。


幸いな事に翻訳機の役目を果たすこのピアスはさほど高いものでもないらしく返却してくれとも言われなかったのでそのまま頂いてしまった。

しかし、残念な事にこの翻訳機には公共語聞き取れるようになっても読めるようになるという訳ではなかった。











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王国暦653年度入社案内

株式会社 ブーヘンヴァルト強制収容所

◆あいさつ
こんにちは。株式会社 ブーヘンヴァルト強制収容所人事部採用担当です
淘汰の激しい迷宮探索業界で、当収容所が創業400年を超える企業であるのは、政府をはじめ周り
の人々に信頼されてきた証だと思っています。
会社を形づくるのは社員です。
その一人ひとりが、強く逞しい人になってこそ、会社も発展すると信じています。
ですから当社では、出身やそれまでの経歴に一切とらわれない、人材採用と教育を行っています。
当社が求めるのは、何事にも積極的に取り組んでいく姿勢と、今日よりも明日、少しでも成長しようとする
意欲、そしてそれを元に確実に成果へ結びつける能力です。
どんな仕事でもつらいものですが、その中にやりがいや喜びを見出して、素晴らしい人生を築いてほしい
し、ブーヘンヴァルト強制収容所という会社で、私と一緒にそれを実現してほしいと思っています。
厳しい迷宮探索から生還し、青空に映える太陽の光を浴びたとき、きっと貴方は言い表せないやりがいと
いうものを感じることが出来るでしょう。
向上心とチャレンジ精神あふれる皆様のご活躍を期待しています。

◆仕事内容
探索部…地下9階以降への探索を目標としています。未知なるモンスターとの戦闘も必要になる過酷な
職場ですがだからこそスキルアップには最適な職場と言えるでしょう。

拠点防衛部…地下4階に位置する拠点の防衛任務に携わっていただきます。凶暴なモンスターから拠点
を守りきるという仕事は非常に責任のある仕事ではありますが、それだけやりがいのある仕事です。

資材部…迷宮内の資源の発掘をしていただきます。未経験の方はまず浅い階層で技術を身につけてか
らより深い階層での発掘、もしくは探索部か拠点防衛部への異動となります。

実績…新人初迷宮探索の生還率60%を達成!他社には真似出来ない安全な職場です!

◆給与
完全出来高制

◆待遇
迷宮探索会社である以上、命の危険があるのは当然ですが、当社は他社にはない充実した待遇で皆様
をお迎えしております。
月休3日・連帯責任・寮完備・購買施設あり・あなたの頑張りによっては賞与のチャンスも!?

◆勤務地 
東ウェリントン国 ブーヘンヴァルト区

◆ 福利厚生
迷宮探索業界では命の危険というのは避けて通れないもの…。積極的採用を推進している当社では新
たな仲間との出会いも数多くあるでしょうが、当然の事ながら親しい仲間との別れもあるでしょう。
だからこそ仲間との絆は大切にして欲しい。そんな思いを込めて当社ではパーティ制度を採用していま
す。気の合う仲間同士でともに汗を流し労働の喜びを分かち合いましょう!

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よしおの就職先は間違い無くブラック企業であった。







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■現在位置は 東ウェリントン ブーヘンヴァルト区 ブーヘンヴァルト強制収容所 (C-2) です。■
■Welcome to Konzentrationslager Buchenwald■


辺りは石壁で囲まれ、その上には有刺鉄線。入り口は1箇所のみ。厳重な警備を抜けて新入社員たちは社内の広場へと集められていた。

広場の中心には石碑らしきモニュメントが設置されており、その前に鶏頭のスーツを着た男性が立ち、ハキハキとした声でスピーチを始めた。


「皆さん!入社おめでとうございます!株式会社 ブーヘンヴァルト強制収容所の人事部採用担当の†堕天使猫姫†と申します!」


人事部採用担当の大きな挨拶から始まり、会社案内を口頭で説明している。


頭が鶏でしかも男なのに猫姫とはこれ如何に。


と、この世界の人間(といえるのかどうかはわからないが)のネーミングセンスは相変わらず酷い、なんてことを考えていたのだが、会社案内を聞いて仕事内容や待遇を知ったよしおは自身でも血の気が引いて行くのを感じていた。


(モンスターとの戦闘あり。月休3日、新人の生還率60%って…どんなブラック企業だよ…。)


よしおは牢馬車に載せられる前にこれまで尋問を担当していたオークが冷たい視線でこちらを見ているのを思い出した。

あ…あの豚の目…自身が豚のくせに俺のことを養豚場の豚でも見るかのように冷たい目で見ている…。
残酷な目だ…“かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね”って感じの!

と、印象に残っていたのであるが、あの目はこうなる事を哀れんでいたのだろうか。


「以上で当社の説明を終りとします。みなさんはまず資材部での所属となるのですが、資材部の担当教官からこれからについてのより詳しい説明があるでしょう」


「さて、皆様のご活躍を願いまして拙い物ではありますが当社からプレゼントを用意しております」


支給されたのは、使い込まれたであろう青銅の剣、青銅の盾、つるはし、皮のリュックサックであった。所々血液と思われる染みが付着しているのはどういうことなのだろうか。


「皆様に支給しました武器防具の使用者は残念ながらすでに退職してしまったのですが、それらには先輩たちの血と汗、思いが詰まっているのです!」


「貴方たちがそれを継承するのです!彼らのような立派な社員となってください!」


退職した人間もいる、と聞いてよしおは少しの安堵を得る。

当然、よしおはすぐにでも辞表をだす決心をした。








一度入れば死体となってしか出られないと噂される株式会社ブーヘンヴァルト強制収容所。
通称蟻地獄。
「退職とは死ぬ事と見つけたり」なんて標語が張ってあったりする超ブラック企業である。

よしおはわかっていなかった。

”退職届”という書類が、蟻地獄の総務ではすぐにでも「退職」できる最大の激戦区である”探索部への異動願”と同義とみなす慣例があることを。

桃色回路ストロベリースクリプトの命を賭けた生活は鶏頭の激励と無謀な決心を合図にこうして始まったのだ。



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設定

[よしお]
桃色回路(ストロベリースクリプト)の二つ名を持ち、謎の組織 致死斬鬼(シームレスコラプション)のスパイではないか噂される男。その真相は未だ不明。

[致死斬鬼(シームレスコラプション)]
西ウェリントン国の情報機関の一つ。実際は致死斬鬼なんていう厨二病的な名称ではないがよしおのもつ翻訳機が故障しているため、間違った翻訳がされている。

[ブーヘンヴァルト強制収容所]
蟻地獄とも呼ばれる。採用者と退職者の入れ代わりが激しい。犯罪者や政治犯、密入国者を積極的採用しており、退職=死の超優良企業。
ちなみにブーヘンヴァルト強制収容所は実在した強制収容所である。

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[14030] 第四話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 11:11


「いいかー、お前らぁ。人という字はだなぁ…」


広い教室に移動させられたよしお含む新入社員20名は資材部の教官より迷宮探索の講習を受けていた。

講習の前に厚さ2cmほどの教科書を配布されたのであるが、モンスターの姿形や迷宮の地図などが図解で説明され、教官が口頭で説明してくれたこともあり、公共語の読めないよしおでもなんとか迷宮探索についての知識を得ることが出来た。

よしおが得た情報は以下の通りである。







①社内規定

株式会社ブーヘンヴァルト強制収容所は社員の自主性を重視する会社であるそうで、その体系は非常に独特である。

まず、給与は完全に出来高制であることが上げられる。
迷宮内で収集した資源を総務窓口で提出する事により、賃金を得ることが出来る。
その為、新入社員であっても実力のある者は十分裕福な暮らしが可能であるし、逆に実力がない者はその日を食べて行くだけでも精一杯の生活しか出来ない。

社内には食堂や購買も存在しており、社員は得た賃金で食事をしたり、購買で生活品を購入している。
購買の品揃えは豊富であり、回復キット、より上質な剣や盾のみならず、銃器や防弾防刃ベスト、果てはテレビからパソコンまで、様々な商品が販売されている。
社員は社員寮に住む事になるが、料金を払えば個室に住むことも可能だそうだ。

遅刻や無断欠勤、脱走、社員同士の争いの罰則も当然存在する。
だが、その罰則は極めて厳しいものである。


(最も軽い罰則で給与5割カットって…ブラック企業ってレベルじゃねーぞ!)


あまりの会社罰則の理不尽さに戦慄するよしお。
ここで言う給与5割カットとは総務部が迷宮内部で得た資源を従来の5割の値段でしか買い取ってくれないことを意味する。
この会社のブラックさに改めて恐怖を覚えるよしおであった。




②各部門について

株式会社ブーヘンヴァルト強制収容所は迷宮探索部、拠点防衛部、資材発掘部、情報調査部、人事総務部から成り立ち、迷宮探索部、拠点防衛部及びよしお達が最初に配属される資材発掘部は併せて攻略本部と呼ばれている。
それぞれの部署は独立しているわけでは無く、互いに連携し合い、業務の効率化、コスト削減及び、社内環境の向上に努めているそうである。
週に一度、総務部以外の各部署の事業部長、部長が集まった情報交換会議が行われ、その内容は各部署の社員へ主に掲示板を介して通達される。



迷宮探索部、迷宮の最前線に立つ花形と言っても良い部署であるが、その業務内容は多岐に渡る。
迷宮のより下層への到達を最大の目的とする部署であるが、それ以外にも未知モンスターの情報収集、迷宮構造の情報収集、到達済みの階層の未探索部分の調査等が行われる。
迷宮は下層に降りる程モンスターも強くなる傾向を持ち、未知モンスターとの戦闘もある以上、最も死傷率の高い過酷な部署である。

しかし、迷宮の最前線に立つからこそ、そのリターンは極めて大きい。
未知のエリアに一番最初に踏み込む彼らには、貴重なアイテムを発見できる可能性が高いし、未知モンスターやその階層の構造などの情報を報告すれば会社側から報奨金が出るのだ。
しかし、もし報告した情報の虚偽が判明した場合、その報告を行った社員は「解雇」されるらしい。
ハイリスクハイリターン、それが迷宮探索部という部署の本質であると言えるのだろう。


拠点防衛部は迷宮地下4階に設立されている拠点の防衛任務が仕事である。
地上から地下9階までは迷宮探索部のエースチームが寄り道せずに向かっても一日近くかかってしまうのだ。
帰りの事を考えると拠点なしの迷宮攻略は現実的ではない、探索部のそんな意見から発足したのがこの部署である。
地下4階に拠点が設立されている理由はモンスター生息数が他階層よりも比較的少ないからである。

しかし、だからと言って安心してはならない。
下層から大量のモンスターが流れ込んでくる“忘れられた地獄チェインサッドネス”なんていう厨二的名称で称される現象が月一回のペースで発生し、拠点に駐在する社員の損耗率を跳ね上げている。
モンスター討伐数によっても給与が払われるが、“忘れられた地獄”を生き残った社員には手当てが送られる。
“生き残る事”さえ出来れば、最低限の給与は得ることが出来る安定な部署と言えるだろう。



資材発掘部は探索部からの情報を元に、各階層にてつるはし等を用いて採掘や素材の収集を行う。
浅い階層や拠点のある4階では資源は殆ど取りつくされており、高価ものは期待できないそうだ。
その為、よりお金を稼ぎたければ地下5階以下で採掘・収集を行う必要があり、地下5階で発掘できるようになってようやくヒヨッ子卒業と言われている。

お金を重視するのならより深い階層へ、身の安全を重視するならば浅い階層へと、探索部、拠点防衛部に比べて自由度が高いのが特徴と言える。
だからこそ実力のない社員は一日の食事の賃金すら稼ぐことはできない。
迷宮探索未経験であるよしお達新入社員が当分貧しい暮らしになるのは避けられないだろう。



情報調査部についてはよしお達がここに配属されることはないということもあり、詳しい説明はされなかった。
どうやら探索部が報告した情報を元にして、迷宮の地図の作成、未知モンスターの分析を行い、それを各部署へ通達する部署らしい。

また、上記の“忘れられた地獄チェインサッドネス”の発生日時の予測も業務内容に含まれ、拠点防衛部以外の社員はこの予測を元に総務へ休みの申請を行っている。
発生日時の的中率は割と高い数字を誇るが、予測が外れ、1日程度の誤差が発生する場合もある。
そのため、多くの社員は“忘れられた地獄”の予測日時の前後にも休みの申請を行っている。



人事総務部は総務、庶務、秘書、広報、人事、給与、購買センターの管理等、幅広い業務内容を持つらしい…が、詳しい事は攻略本部にも情報調査部にも殆ど知らされていないブラックボックスのような部署なのだそうだ。




③迷宮内モンスターについて(基礎編)

地下1~2Fに生息するモンスターは以下の種類である。

(a)桃色暴動マニックパーティ    
教科書に描かれている図ではどこからどう見てもゴブリンと呼ばれるであろうモンスターに対して“桃色暴動マニックパーティ”なんて厨二病的な名前が付けられている。
常に群れで行動しており、素手や噛みつきで攻撃してくるそうだ。
最近では殺した社員の剣を奪い、それを武器として使用する固体も確認されている。
自身より強そうな相手には逃走し、自分より弱そうな相手に対しては積極的に攻撃をしかけてくる狡猾ないじめっこタイプ。
その為、新入社員ばかりを狙い打ち、新人初迷宮探索の生還率を低下させている一番の原因である。
対処はこのモンスターに遭遇しても脅えを見せないことである。
要するに、このモンスターに遭遇したら、「ァンだ、こら!」と不良少年の如くメンチを切ればいいのである。
とは言っても新入社員の中にはこれまでモンスターに遭遇した経験がない者が多く、脅えの態度を見せてはいけないと分かっていても見せてしまうのは仕方ないのである。

(留置場で出会ったあの女は俺の姿形にゴブリン的な要素を見出して“桃色回路ストロベリースクリプト”なんて呼んだのか?)

自身の二つ名と何処か似た不思議な響きを持つこのモンスターは別の意味でもよしおを不安にさせた。



(b)ポチ
見た目は柴犬に似ているが、素早い動きで飛び掛り、噛み付いてくる名前に似合わない非常に獰猛なモンスターである。
幸いな事に一匹で行動していることが多く、脅威度はゴブリンに比べて低いが、足の速さと嗅覚が鋭い事からこのモンスターから逃げ切るのは至難の技と言えるだろう。



(c)アオジタリザード
巨大なトカゲのようなモンスター。
鋭い牙を持ち、見た目以上に素早く動く。
天井に張り付いていることもあり、迷宮に潜る社員は上方に対しても注意を払う必要がある
このモンスターの皮は総務で買い取ってくれるので、自分の実力に自信があるのなら討伐するのもいいだろう。



(c)クロウラー
姿かたちは大きな緑色の芋虫である。
動きが遅く、テリトリーに入らなければ攻撃してこないため、脅威度は低い。
しかし、絶命時に何故か爆散して非常に悪臭な体液を撒き散らすので遠隔攻撃で倒すことが薦められているモンスターである。



(d)モー
牛に似た温厚かつ臆病な性格なこのモンスターは迷宮内ヒエラルキーが社員のそれよりも低く、脅威度は0である。
だが、その肉は美味な為、見かけたらラッキーである。
満腹度に貢献するこのモンスターは社員から敬意を込めて“業務用食品部 事業部長”と呼ばれてもいる。



(e)社員殺し
姿形はゴリラに似ているが、それより遥かに巨大で四本の腕を持つ。このモンスター相手に戦ったら死ぬ。
稀に浅い階層に現れ、そのフロアにいる社員を殺し尽くす。
強さのレベルが他のモンスターに比べて圧倒的に違い、討伐不可能とさえ言われている。
もし見かけたらすぐに引き返し、情報調査部まで一報することが義務づけられている。



その他、採集できる資源や今回の実践で採掘を行う場所の説明を経て、2時間に及ぶ初心者向け迷宮攻略講習は終了し、その後社員証が配布された。




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さて1時間休憩を挟んだ後はいよいよ生存率60%の実践である。

(早速、退職届をだしてこんな場所からさっさとエスケープだぜ!)

なんて甘い考えを抱きながら、早速退職届を書こうとしたよしおであったが、ここに問題が発生する。

(日本語で良い訳ないよなぁ…)

公用語を読むことすらできないよしおは当然書くことも出来ない。
口頭で伝えようにも公用語の話せない現状ではどうしようもないであろう。
よしおはどうしようもない現状に焦りを感じていた。
当然、仮に退職届が受理されたとしてもすぐに退職できるわけではない。
関係各所への通達など、色々な過程を経てようやく退職できるのが会社というものなのであるが、異世界への転移という大きすぎる環境の変化はよしおにそのことすら失念させていた。

(脱走…いや、あの警備をくぐるのはさすがに無理な気が…)

会社の入り口の警備の厳重さを思い出す。
教室の入り口も締め切られ、脱走を防止する為なのか社員が立っている。
初日からの無断欠勤も出来そうになかった。

結局、打開策が思いつかないままタイムアップとなり、よしおは実践の参加を余儀なくされたのだ。

“幸運”なことに、よしおの退職届の提出は今暫く先になりそうである。








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■青銅の剣 を装備しました。■
■青銅の盾 を装備しました。■
■社員用リュック を装備しました。■
■アイテム:つるはし の使用が可能です。■



新入社員たちは五人一組のパーティとして4つに分けられていた。
よしおを含むパーティの顔ぶれは頭が猿だったり馬だったり豚だったり半漁人だったりと全く統一されていない。


「よぉぉーし、みんな!これ見ろ!」


腰に手を当て、もう片方が空を指差しているオークの銅像の隣に立ち、教官が声を放つ。


「この会社を設立した初代社長の像だ!よく知らんけど偉いんだぞぉ」


「それじゃぁ偉大なる初代社長の栄誉を称えて、一同万歳ぃ~!」


いきなり万歳なんて言われたので、新入社員の中に反応できた者はいなかった。


「お前らぁー、ちゃんと万歳しろよ!俺が総務に怒られるだろぉ。はい、せーの!初代社長万歳ぃ~!」


「「バンザーイ!!」」


「もっと大きい声でッ!ばんざぁぁ-い!」


「「「「バンザーイ!!!」」」


某半島北部の将軍に送るかの如く新入社員たちは像に向けて万歳する。
この会社の教育方針に対しても凄まじいブラックさを感じるよしおであった。


■ホームポイントが設定されました!■
■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 迷宮前 (D-9) です。■


(ん?)








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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 2F (E-2) です。■




「マカライト鉱石キタコレ!」


採掘場まで1時間、つるはしで掘り始めて2時間。地下2階に位置する採掘場で掘りあげた青い鉱石を手によしおは叫ぶ。
先程から石つぶてや鉄鉱石しか掘れていなかったのであるが、地下1~2Fで掘れる事は非常に珍しいと言われるマカライト鉱石が採掘できたのだ。
それなりに高く売ることが出来るだろう。

「よしおは壁を掘るゥ~ヘイヘイホ~ヘイヘイホー」

迷宮に入って3時間。
道中や採掘中に何匹かのポチやトカゲが襲い掛かってきたものの、単体であったことと4つのパーティと教官を含めた20名余りが固まって行動していたこともあり、多少の怪我人は出たものの現在のところ、迷宮探索は極めて順調と言えた。
初めて見るモンスターに最初は恐慌状態に陥り、教官以外動けなかった面々であるが、何度か戦闘をこなすうちにそれぞれのモンスターに対する対処の仕方を覚えてきたようである。

よしおは現在までに石つぶて12個、鉄鉱石6個、マカライト鉱石1個と中々の成果をあげていた。

新人生還率60%というには余りにあっけない迷宮探索によしおを含む新入社員の多くは油断していたと言っていいだろう。
状況の変化は他の面々より少々離れた位置にて採掘を行っていた一人の新入社員の小さな叫び声から始まる。


「ぎぃあっ!痛っ、やめッ…ッ!ッ……!」


大声を出す余裕すらないようで、その悲鳴は酷く小さなものだった。だが、その声は本当に命の危機に陥ったときに出すであろう切羽詰った声である。

見ると四尺ほどの小さな人影達が倒れた一人の新入社員に群がっているではないか。
その数13匹。
二十秒足らずで人の形をしていたその新入社員は、小さな人影達により肉片へと分解されてしまった。

さて、肉片と化した同僚の小さな断末魔を偶々耳にしたただ一人の新入社員。
目前で分解されていく同僚を目に、彼の起こした行動は、脅えを見せてはならないというルールを無視しての大絶叫であった。
彼が次のターゲットとなり、犠牲となるのは自明である。

かくして恐怖は伝播する。

大絶叫を耳に振り向けば、叫びを発した同僚が小人に群がられ、小さく分割させられていく光景。
最初は鼓膜が破れるかと思われた大絶叫も時間が経つごとに小さくなっていった。

新人殺害数NO.1と謳われる”桃色暴動マニックパーティ”達との初遭遇はこうして始まったのだ。






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2名の同僚の犠牲を対価に、モンスターの襲来を知った新入社員18名と教官1名。
彼らの取った行動は以下4つに分けられる。


一つは余りの出来事に茫然自失となる8名
一つは我先に逃げようとする3名。
一つは犠牲となった同僚と同じく大絶叫し、次の犠牲となる確率を上げる7名
最後に今回は例年より数が多いな、と冷静に現状を把握する教官1名


さて、よしおはどれに含まれるかというと最初の茫然自失組である。
同僚が肉片へと変わっていく光景が、出来の悪いスプラッター映画を髣髴とさせる。
あまりの現実感の無さに叫ぶことも逃げ出すことも思いつかず、よしおはただじっとその光景を見ていた。


今回襲撃して来た“桃色暴動マニックパーティ”13体。
新入社員20名で撃退可能か否かと問われれば可能である。
“桃色暴動”の最も恐ろしい点は数の暴力である。
社員一人に対して数体で襲い掛かるからこそ恐ろしいのだ。
ならば一体一体分断して対処すればば、ワンパターンな攻撃しかしてこない桃色暴動を相手にするのは新入社員と言えども容易いことであろう。
対して、実力もない新入社員パーティの強みは何であろうか。

答えは“桃色暴動”同様、数の暴力である。
実は桃色暴動一体一体の実力は、実力がないと言われる新入社員と比べてもさらに下なのである
犠牲となった最初の1名を別としても、新入社員19名 対 実力が新入社員より劣る桃色暴動13体との戦闘で勝てない道理はない。
各々が冷静に桃色暴動達を分断させて戦えば、犠牲なしで勝利することも十分可能なのだ。
だが、そこには新入社員が冷静に対処できるという前提が必要だ。
初めてスプラッタな光景を実際に目にして冷静にいられる者は果たして多いのだろうか。
現状はその答えを正しく示していた。





茫然自失なよしおが次の行動に移ったのは犠牲者数が3名に達したときである。
その理由は桃色暴動達の一体がよしおのふくらはぎに蹴りを放ったことによる。


「痛っ…!何よ…ちょッ…痛いってば!やめてよ」


親の仇と言わんばかりにただひたすらによしおのふくらはぎにローキックを放つ桃色暴動。


(え?何?なんでゴブリンみたいな生き物にローキックされてんの?)


ひたすらにローキックを放つゴブリンとそれを一心に受けるよしお。
かなりシュールな光景であった。

よしおの脚へのダメージ蓄積が狙いか、はたまたガードの意識を下に散らすのが目的であろうか、ひたすらにローキックを繰り出すゴブリンの攻撃を受け、よしおのストレスも溜まっていく。


「痛ぇッつってんだろうがッ!」


さすがに頭にきたよしおは手にしたつるはしで目の前のゴブリンを何度も採掘する。
瞬く間に小人は血に塗れた何かへと変貌した。


「……」


多少冷静さを取り戻し、辺りを見回すと、中々に地獄絵図である。
何人かは剣と盾を持ち、恐れながらも戦闘しているようだが、恐慌状態に陥りただ泣き叫ぶ者は我先にと死者の仲間入りを果たす。


教官に至っては、戦々恐々ながらも戦闘をしている者に対しては


「がんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!!
やれる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだ!そこだ!
諦めんな絶対にがんばれ積極的にポジティブにがんばれがんばれ!!
俺だって新人の教育研修なんて殆ど手当てが出ないのに頑張ってるんだから! 」


などとエールを送り、泣き叫び今にも殺されそうな者に対しては


「諦めんなよ
諦めんなよ、お前!!
どうしてそこでやめるんだ、そこで!!
もう少し頑張ってみろよ!
ダメダメダメダメ諦めたら。
周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと思ってみろって。
あともうちょっとのところなんだから。
俺だってこの地下2階なのに、もしかしたらダイヤモンドとか採れるかもって思って頑張ってんだよ!
ずっとやってみろ!必ず目標を達成できる!
だからこそNever Give Up!!」


などと檄を飛ばし、モンスターが新入社員を狙い撃ちしているのを尻目につるはしで採掘を続け、手助けをしようとする素振りすら見せない。


そんな非現実的な光景にまたしても呆然となるよしおであったが、その目に桃色暴動のある一体が移る。


「ああっ!」


先程のローキックを食らったからであろうか、よしおは手に持っていたマカライト鉱石を放り投げてしまっていた。
そのマカライト鉱石を運び去ろうとする桃色暴動の一体。
自身の持ち物を持ち去ろうとする狼藉者を見てハイになったよしおは恐怖も忘れ、ただマカライト鉱石を取り返すことしか考えられない。


「てめっ!返せよッ!」


つるはしの変わりに床に置いていた剣を拾い、持ち去ろうとする桃色暴動を追いかけようとする。
が、目の前に尻餅をついた同僚と彼に今にも襲い掛かろうとする桃色暴動が行く手を阻む。


「だぁッ!邪魔だってッ!こんのヤロッ!」


行く手を阻む桃色暴動に向けてつるはしで採掘するように剣を両手で振り下ろす。
振り下ろされた剣は桃色暴動の頭頂から半ばまでめり込み、よしおの顔に血の化粧を施す。


「げっ…!抜けん!」


頭蓋の半ばまでめり込んだ剣は中々抜けなかった。
桃色暴動の死体に足をかけ、力を入れて引き抜こうとする。


「ふッんッ!」


よくやく剣を引き抜いたと共にどろりとした脳液がよしおの靴を汚す。
しかし、よしおはそんなことは気にならなかった。
気になるのは唯一つ、自信の持ち物を奪い去ろうとした不届き者のことだけだ。


「ああーッ!!」


しかし、どこを見渡してもよしおの心を奪ったあの桃色暴動は見つからない。
よしおが少し目を放した隙に奴はマカライト鉱石奪取という任務を見事果たし、戦場から離脱したのであった。


マカライト鉱石を奪われたよしおはあまりのショックに三度目の茫然自失となるのであった。





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さて、今回の新人初迷宮探索実践の結果がどうなったかというと、新入社員20名のうち生還者12名という中々の戦績である。
帰還の際、ポチやトカゲと何度か戦闘はあったが、桃色暴動との戦闘はなく、これ以上の人員の欠損を出すこともなかった。
桃色暴動の数が前回より多かったにもかかわらず、生還率は例年通りといったところか。
その要因はよしおの功績が大きい。
よしおが率先してあっけなく2匹の桃色暴動の命を奪った事から、生存していた新入社員一同は相手が個々ではそれほど強くない事を知る。
落ち着きを取り戻した一行が桃色暴動を全滅させるのにそれ程時間がかからなかった。
ちなみに敵前逃亡をした3名については食い荒らされた死体となって見つかった。その原因はポチである。
ポチは嗅覚が非常に優れ、獲物感知能力が高い。尚且つ足の速さも人間とは比べるべくも無い。
故に見つかってしまえば逃げ切るということはほぼ不可能なのである。

さて、率先して敵を倒し、いち早く同僚に落ち着きを取り戻させたよしおはこれ以降同僚からも教員からも一目置かれ、新人のエースとして期待をかけられていくことになる。
それはよしおが言語を話せない、書けないというハンデの克服に大きく貢献する事になるのだが、逆にエースとして率先して前に立ち、結果を出すことも求められてくる。

そんなことを知ってか知らずか無事帰還を果たし、自身の寮という安全な場所に到着した途端、迷宮探索中はハイな気分で実感できていなかった恐怖を今更ながらに実感し、布団を頭から被り、二度と行きたくねぇ、と恐怖に震えるよしおの姿があった。

彼の受難はまだまだ始まったばかりである。








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第四話設定

第4話の誤変換

津波…二つ名メーカーでは“忘れられた地獄(チェインサッドネス)”。下層から大量のモンスターが流れ込んでくる現象である。事前準備なしに巻き込まれればほぼ死ぬ。拠点防衛部はこの”津波”という現象から拠点を破壊されないよう守りきらねばならない。

ゴブリン…二つ名メーカーでは”桃色暴動(マニックパーティ)”。変換してみたらよしおの二つ名と似た響きを持っていたので採用。弱点はメンチビーム。不良相手には勝利を知らない哀れなモンスターである。


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あとがき
これからは更新が多少遅れることになります。



[14030] 第五話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 11:19
■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■



「なぁ、君」


例年通りの死者を出した初迷宮探索も終了し、迷宮内での体験を思い出して自室の寮で布団を頭から被り、恐怖に震えるよしおは声をかけられて、布団から顔を出した。

そこに居たのは同じパーティに配属されていた猿男である。
その隣には同じくパーティを共にした馬男もいる。


「君さ、今日の迷宮探索中で桃色暴動に襲われていた僕を助けてくれた人だよね。有難う。君が居なかったらきっと今僕はきっと死んでいたと思うよ」


そう言って、よしおに頭を下げる猿男。
猿なくせして、妙に理知的な仕草をする男だ。はたして、よしおよりも賢いのではないか。


はて、助けたとは何だろう?
そういえばマカライト鉱石を持ち去ろうとするあのゴブリンを追いかけようとハイになっていたとき、尻餅をついた同僚に今にも襲い掛からんとしていたゴブリンが進路上で邪魔だったので切り伏せた覚えもある。


「俺からも礼を言うぜ。コイツとは長い付き合いなんだ。親友の命を助けてくれてありがとよ。」


隣に立つ馬男からも感謝を言われる。
言葉を喋る馬男の口の動きが余りに滑らかでリアルを感じさせる。
さすがファンタジー、とよしおは再度自身が居世界にいることを実感した。


「僕の名前は“呻く残響サラウンドプリズン”。皆からは藤吉郎って呼ばれてる。こっちは“鮮血鍵盤シークレットクリムゾン”」


「“鮮血鍵盤シークレットクリムゾン”だ。ユーマって呼んでくれ」


あんまりな自己紹介につい、うわぁ…、と呟いてしまうよしお。


(どうやったらその厨二病の名前がそんな愛称になるんだよ…)


目の前の亜人種二人にあの厨二美人と同様の近寄ってはいけない雰囲気を感じるよしおであった。

猿は更に話しかける。


「君の名前を聞いてもいいかい?あの地獄の中で率先して行動して僕たちに勇気をくれたリーダーの名前を知りたいんだ!」


どうやら自分の名前を知りたいらしい。
リーダーの名前がうんぬんかんぬんと言っていることについてはよく分からないが、たぶんどこかの神界からのご信託を受信しているのだろうと厨二病特有の行動として片付けるよしお。


「…yoshiodesu」


「ヨシオデス?」


「no-!noー!matigatteru!」


首を振って、間違っている事を伝える。


「yo・shi・o!」


そう言って、自分を指差すジェスチャーをする。
どうやら分かってくれた様で猿は自分の顎に手を当て頷いた。






「なるほど…。“桃色回路ストロベリースクリプト”か…。珍しい名前だけど良い響きだね」






(ヤダ…何これ、新手の社内イジメ?)


命を預けあう同僚からもアレな二つ名で呼ばれ、よしおはあまりの世間の辛さに泣きそうになるのであった。







しかし、この出会いはよしおにとってかけがえのないものであった。

極めて奇妙な自己紹介の後、よしおは自分の耳に付けている翻訳機の役目を持つピアスを見せる事により、藤吉郎とユーマに自分が文字の読み書きと言葉を話すことが出来ないことを分かってもらえた。
そんな言葉のわからないよしおに対しても、彼らは「でもそんなの関係ねぇ!仲間じゃねぇか!」と差別することなく、よしおが困っている時は手を貸す事を約束してくれた。

異世界に来て以来、会う人殆どにロクな目しかあわされず、また初の迷宮探索にて人が死ぬ光景や自分の命が脅かされた経験で精神的にも酷く参っていたよしお。
そんな彼が同僚の温かい心に感極まって涙するのも仕方のないことであったのだろう。
いきなり泣き始めたよしおを目にして二人は最初は狼狽していた。
しかし、泣きながらも日本語で「ありがとう」と何度も呟くよしおの声を耳にして、その言葉の意味は分からないながらも彼らにも確かによしおの感謝の意は伝わったのである。

社会人になって厨二病という病気を患っているという欠点はあるが、こうしてよしおは種族や国家、言語を超えた真なる友情を育んでいくことになるのである。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 食堂(K-3) です。■
■Good Morning Yoshio! Enjoy your life of Konzentrationslager Buchenwald!■


さて、誠の友情を得たよしおは翌日の朝、手に入れた資源の提出の為、総務の窓口へ訪れていた。
窓口の職員に鉄鉱石6個と石つぶて12個を手渡し、紙幣が1枚、銀色の硬貨が2枚、銅色の硬貨が6枚を得る。
それが彼の初給与の全てである。


鉄鉱石(200マネー) × 6 = 1200マネー
石つぶて(5マネー) × 12 = 60マネー 

計 1260マネー。


日本円に換算して1260円である。
昨日は初日とあって、実務労働時間は5時間と早く切り上げられたのであるが、時給に換算しても252マネー。
某霊能事務所のようなあんまりな時給である。

だが、よしおはこの国の貨幣についての知識はない。
あれだけの危険を冒して手に入れた初任給である。
1000マネー紙幣を、この紙幣は日本円で1万円くらいかなー、と暢気な考えをよしおは抱いていた。
ちなみにマカライト鉱石は10000マネーで買い取ってもらえる。
あの桃色暴動さえ逃して居なければ、よしおは自身が予想している金額とほぼ相違ない金額を得られていたであろう。
だが、現実は優しくないのであった。




■現在の 所持金は 1260マネー です。■


初任給は親のために使う、なんてジンクスがあるが、生憎よしおには現実世界に親は居てもこの世界に親など居ないし、現状を考えるとそんな余裕もないであろう。

そんなよしおが初任給をどこで使ったかというと食堂である。
昨日から何も食べていないよしおは空腹で目を覚ましたのだ。

ブーヘンヴァルト強制収容所では社員はシフト制で働いていることもあり、食堂は24時間営業である。
よしおは食堂へと足を踏み入れ、辺りを見回したが、早朝である故か人は疎らであった。

食堂では食券販売機にて食券を購入して、食堂のおばちゃんにその食券を渡して料理を作ってもらうというシステムである。

食券販売機の前に立つよしお。

よしおには全く読めないラベルが貼られたボタンが30個程有するその食券販売機は恰も
(坊やにはまだ此処は早いんじゃないのかい?)
と主張するかのように悠然と立つ。

坊やだなんて言わせない…!

よしおは自身の優れた脳内コンピューターを用いて、現在所持する貨幣、及び食券種類の検証作業へと突入する。

さて、初任給である紙幣1枚、銀色の硬貨2枚、銅色の硬貨6枚を現在よしおは所持している。
命の危険が当然存在する迷宮探索において、新人であるよしおは食費を抑えて救急キットや迷宮内での水分補給用の飲み物に費用を使う必要があるのは当然である。
その為、よしおが狙う食券の種類は、現実社会の食堂の多くに存在するコスト効率の良い"かけそば"、あるいは"かけうどん"的な料理である。

目的の食券の入手に向け、よしお脳内コンピューターはフル回転を始める。

手にした貨幣を元に現在の情報を整理する。

まずは銅色の硬貨が6枚。
以下にも価値の低そうなこの硬貨は"6枚"で渡されたことが注目すべきポイントである。
このことからこの硬貨が日本円で1円、10円、100円のいずれかの価値を持つ可能性が高い。
なぜなら、この硬貨が仮に5円玉であると考えると6枚で30円となるが、それならば10円玉3枚で支払われるのが普通だからだ。
50円玉で考えても100円玉3枚で支払えばいし、この貨幣が5の倍数の価値を持つ可能性は少ないだろう。

続いて銀色の硬貨2枚について。
まず銅色の硬貨が100円玉であると仮定する。
すると銀色の硬貨は500円玉である可能性が高くなる。
そうなると2枚で1000円となるが、それならば1000円札(札かどうかはわからないが)で払ったほうがいいだろう。
故に、銅色の硬貨が100円玉である事、銀色硬貨が500円玉である可能性は低い。
次に銅色の硬貨を10円玉と仮定。
これまでのことを踏まえて考えると銀色の硬貨が100円玉である可能性が高い。
最後に銅色の硬貨が1円玉であると仮定する。
そうすると、可能性があるのは銀色の硬貨が10円、あるいは100円の価値であることである。

整理すると
銅色の硬貨…1円、10円のいずれかの価値の硬貨
銀色の硬貨…10円、100円のいずれかの価値の硬貨である。


以上の情報を元によしおは検証を開始する。


まずはいかにも一番価値が低そうな銅色の硬貨を投入する。
1枚、2枚と続けて投入を行ったが6枚入れたところでも食券販売機のボタンに赤いランプは点らない。
一旦レバーを引いて投入した硬貨を回収。

続いて、銀色の硬貨を1枚投入する。
1枚目を投入したところでは未だ赤いランプは点らない。
2枚目を投入したところで左上の赤いランプが2つ灯った。
以上のことからよしおはこの硬貨が日本円で100円の硬貨であると認識。

続けて銅色の硬貨を投入する。
5枚投入したところで赤いランプが追加でもう一つ灯ったことから、10円玉であると推測。

それはまさしく正解である。


このよしお脳内コンピューターの計算はここまでは確かに正しかったのだ。




よしおは次のプロセスへと移行する。
いよいよ食券の選別である

検証の結果、小銭では110マネー、150マネー、250マネーの食券が選択可能であることが判明。
かけそば、あるいはかけうどん的料理の値段を150~300マネーの範囲で設定し、可能性が高い150マネー、250マネーの2つに絞る。

1/2の確率である。

よしお脳内コンピューターは更に回転を早める。

脳内の“桃色回路ストロベリースクリプト”はあまりの負荷にバチバチと火花をたて、今にもオーバーヒートしそうだ!


よしおは壮大な人類の歴史を振り返る。
古来より多くの者は"安価だから"という理由で多くの失敗を犯してきたのだ。
よしおの母の買った2500円の掃除機も1ヶ月で壊れたのだ。間違いない。
極めて論理的な考えに基づく状況の予測は常に正しいのだ。







せっかくだから、俺はこの赤のボタンを選ぶぜ!






一寸の躊躇い無く、よしおは250マネーのボタンを押した。





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こうしてよしおは、枝豆のような何かを手に入れた。





美味い…確かに美味いのだが…腹も心も何か満たされないのだ。
全てを食したよしおが、振り返り、食券販売機を一瞥する。




桃w色w回w路wwwストロwwベリーwwwスクリプトww”wwwwバロスwwww
厨二病患者は豆でも食ってろwwwww




奴がそう言っている気がした。


「フッ」


よしおはニヒルな笑みを浮かべる。
自販機風情があんなことを言っていられるのも今のうちなのである。よしおには切り札があるのだ。
この10000マネー札で貴様の息の根を止めてやる。
一番高い定食であっても1000マネーくらいであろう。10000マネー札が9000マネーになったからといってどうだというのだ。
食券販売機はすでにチェックメイトに嵌ったのだッ!

食券販売機の前に再び立つよしお。


(ここが貴様の終焉だ…)


手にした10000マネー札を食券販売機に投下する。

"ヴィィィー"と苦しそうな音を出しながら食券販売機がよしおの切り札を飲み込んでいく。

するとまるでよしおの切り札に無条件降伏するかの如く食券販売機のボタンは全て赤く染まったのだ。


(貧弱、貧弱ゥー!)


よしおは勝利したのだ。そして、敗者は勝者に搾取される存在と堕ちるのだ。
貴様の持つ最も高価なものを戴くぞッ!と一番下の段の左から2番目の赤いボタンを押そうとする。
定食とか高価なものは一番下のボタンに位置することが多いのだ。
そして、それは実際に正しかった。よしおが知る由もないが今まさに押そうとしているボタンは偶然にも食堂で最も高い焼肉定食であった。


やっ、やめてくれっ…!それだけは…!


食券販売機の声無き声を聞いたような気がした。


(なぁに?聞こえんなァ~~ッ!)


だがしかし、無慈悲にもよしおはボタンを押したのだ。この世は弱肉強食、敗者の戯言など聞いてやる道理はないのである。







"カシュンッ、ジャリジャリジャリ"






こうして食券販売機の断末魔と共に、よしおが10000マネー札だと思っていた紙幣は、焼肉定食の食券とたった4枚の銅色の硬貨へ変貌したのである。

そんな自身の切り札の劇的な変貌を目にして、真っ白な灰になったよしおの姿がそこにはあった。

以上が多大な犠牲と引き換えによしおがこの国の貨幣について正しく認識することができた経緯である。



■現在の 所持金は 50マネー です。■



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第5話設定

藤吉郎…よしおの友その1。本名は木下 藤吉郎。二つ名メーカーでは本名は"呻く残響(サラウンドプリズン)"と変換される。頭が猿だが、理知的で頭がいい。当然モデルはあの人。


ユーマ…よしおの友その2。馬頭でちょっぴり粗暴だがいいヤツ。作者によって極めて適当に名づけられたキャラ。
馬→UMA(未確認動物)→ユーマ。未確認動物を二つ名メーカーで変換すると"鮮血鍵盤(シークレットクリムゾン)"。
本名?僕もしらないんです。

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第五話あとがき
更新遅れます。なんていいながら最新話の提供。
よしおの日常編です。

文章量が安定しなくて申し訳ナイデス



[14030] 第六話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 11:32
さて、よしおが不本意ながら賃金を殆ど食費に費やして灰になっていてもこの星も地球と変わり無く回り、時間は流れ、集合時間と相成った。

新人研修2日目である。


■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 迷宮前 (D-9) です。■


結局、迷宮探索用のアイテムなどを用意することも出来ず、嫌々ながらも集合場所へと到着したよしおであるが…
すでに集合場所に到着し仲間内でガヤガヤと騒いでいた同期の皆はよしおを見つけるやいなやその声をピタリと止め、続いてボソボソと小声で何か話し始めた。
何やらよしおをみて仲間内でコソコソと話す面々。
よしおは皆から少々離れた位置にいたこともあり、その内容を把握する事は出来なかった。

どうにか“桃色回路ストロベリースクリプト”という単語は聞き取れた事から同僚達は


えー!?桃色回路ぉー!?キモーイ!!厨二病が許されるのは中学生までだよねー!!

見ろよ…あの顔。なんだか昨日の桃色暴動マニックパーティに似てない?桃色回路とは言ったものだよなー

ぐぅッ!――この痛みは…共鳴だと!?まさかヤツは俺と同じ刻印を持つ選ばれし者だというのか!?


なんてよしおを馬鹿にしているのではないかとよしおは思う。


(母ちゃん…社会は辛いけど…それでも俺は頑張っています)


だが、実際はよしおが知る由もないが同僚達は


おい…来たぞ…

“桃色回路”…俺たちのエース…!

メイン盾来た…!これで勝つる…!

“桃色回路”はワシが育てた


と、よしおの事を褒め称えていたのである。


唯でさえ自身の切り札を失って凹んでいたというのにさらに憂鬱となるよしお、そんな彼に近づく2名の影がある。
藤吉郎とユーマである。


「おはよう、“桃色回路”。何だか元気がなさそうだけど大丈夫かい?」


「よう、“桃色回路”。しっかりしてくれよな。何だって俺たちのエースなんだからよ!」


俺をその名で呼ぶんじゃねぇ!と思ったが彼らも“呻く残響サラウンドプリズン”だとか“鮮血鍵盤シークレットクリムゾン”なんて自己紹介をした猛者である。


(これはアレか?スタンド使いがお互い引かれ合うように厨二病患者同士でもそれが適用されるのか?)


そりゃかつてはよしおの中にも学校に攻め込んできた謎のテロリスト集団に学校が占拠されちゃったりして教室のテロリストの隙を見て銃とか奪ってふんじばっちゃったりして、
スティーブン・セガールが如く奪った銃でテロリスト達を全員やっつけちゃったりなんかして、よしおのお陰で無事学校は開放されちゃったりして、その事について警察に表彰されちゃったりして、
「君のような勇敢な男を警察は欲している!」なんて勧誘されちゃったりして、「いえ、俺はどこにでもいるただの学生です」なんて格好良く辞退しちゃったりして、
[その後、よしおの姿を見た者はいない]なんてエンドロールが流れちゃったりする妄想をした中学生の青い自分が存在したことは確かだ。

修学旅行でバスが横転しちゃって当時好きだったクラスメイトの女子と自分しか生き残んなくて、しかも横転した場所が何故か樹海だったりして遭難しちゃったりして、
必死に二人で生き残ろうとして、なんかその時の自分は凄く頼りになっちゃったりして、女の子に「俺がお前を守ってやる」なんてこと言っちゃったりして、
女の子がポッって頬を赤らめちゃったりして、二人に愛が芽生えちゃったりして、無事生還してハッピーエンドになっちゃったりするシチュエーションで妄想した事は日常茶飯字だった。

それどころか、母が実は天使だったりして、自分は天使と人間とのハーフと知らず育てられちゃってて、学校から帰る途中いきなり「貴様の持つその力の源を戴くぞ!」って悪魔に襲われちゃって、
「やめろ!それは母さんに貰ったペンダントなんだー!」って取り替えそうとしちゃったりして、「ええい!小賢しい!食らえ!暗黒絶憐衝!」なんて謎のダークパワーを食らっちゃって、
そんな時、「体が熱い!ぐわぁぁー!」って言ってよしおの未知なる光のパワーが覚醒しちゃったりして、「これは…まさか暴走!?」なんて言ってた悪魔をこてんぱんにしちゃって、
ちなみにダークパワーっぽいのはよしおが持つと光と闇が両方そなわり最強に見えちゃったりして、暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死んじゃったりして、
おかんが現れて「ダメねぇ、この2500円で買った掃除機。吸い込み悪いわー」なんて倒れた悪魔を掃除機で吸い込んじゃったりする妄想だってした事もある。

だからと言って、よしおはそんな青臭い自分をもう何年も前に卒業しているのである。


しかし、よしおは彼らが厨二病患者だからといって距離を置くことはしない。
確かに自分が何も知らない異邦人であり、頼れる人が彼ら以外に居ないという打算的な部分もある。
だが、何より彼らは厨二病患者であるが、言葉の分からないよしおを差別することなく友人となってくれたとてもいい奴らなのだ。
そんな彼らに対して、助けられるばかりでなく、友人として彼らが困っている時には手を貸して上げたいとよしおは思っている。
厨二病?それがどうした!と、彼らと友人であり続けることはよしおにとって決定事項なのである。


彼らに対し親指をグッと上に立て、問題ない事を伝える。

それを見て、微笑む猿と馬。

いよいよ新人迷宮探索2回目の開幕である。





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2日目の迷宮探索では教官は同伴しないとの事。
とは言っても、昨日の教官であれば居ても役に立たないであろうが。

本日の研修では新入社員のみで昨日と同じ地下2階の採掘場にて6時間採掘を行ってこい、という課題であった。


さて、よしおの架空の10000マネー札の劇的な変化のように、新入社員達のそれも劇的であった。
各々はポチやトカゲに遭遇しても冷静な対処にて、危なげなく勝利した。

さらに採掘場までの道中、昨日多くの死者を出した原因ともなった“桃色暴動マニックパーティ”にも出会ったのであるが、その時の同僚達はそれはもう凄まじいものだった。

遭遇した桃色暴動は8体。
昨日よりも数は少ないものの同僚達が昨日と同じ精神状態に陥ったのなら、人死には避けられなかったであろう。
事実、遭遇を果たしてよしおは内心では凄くビビッていたのだが、恐怖に負けて目を逸らすと襲われる!と考え、外見では恐怖を見せまいとするのに必死であった
――――のだが同僚達は違った。


彼らが昨日と同様の精神状態に陥ったのではない。むしろ逆である。

同僚一同揃いも揃った桃色暴動とのガンのつけあい飛ばしあいである。
他校同士の不良達が出会った時に発生するような喧嘩勃発寸前特有の険悪な雰囲気があたりに流れ始める。


「お?やんのか?やんのかコラぁ!?」


「こっちにはエースの桃色回路さんがいらっしゃんだぞ!てめぇら…覚悟出来てんだろうなぁ、オイ!」


「マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴るぞ!」


「桃色回路さん、こいつ等俺らの事舐めてますよ。やっちまいましょうよ」


(いや、俺に訊かれても困るよ…)


余りの同僚達の変貌振りに戸惑いを内心に覚えるよしお。


(なにこいつら。マジ怖ぇ…)


桃色暴動達同様に、同じ新入社員の同僚達に対しても恐怖を覚えたのであった。







結局、余りの同僚達の変貌振りによしお同様恐怖を覚えたのか、桃色暴動達は"チッ、今日は勘弁してやらぁ"とでも言うように踵を返し、撤退していった。


「さすが桃色回路さんは格が違った」


「超冷静だったからな。しかも見たか?桃色回路さんのあの目…」


「ああ、冷酷な目だった…。桃色暴動達に対してまるでゴミを見るかのような目つきだった…あんな目で見られたら…俺だとブルッっちまって漏らしちまうよ」


「そこに痺れるッ、憧れるゥ!」


「マジ半端ねぇな…!桃色回路さん」


よしおは外見は冷静(内心では凄くビビッていたが)に唯立っていただけであり、他の同僚のように桃色暴動に対して威嚇などしていない。
にも拘らず初日の迷宮探索での活躍補正もあり、よしおの同僚達の間での株は更に上がっていくのであった。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下2F (E-2) です。■


地下2階の採掘場に到着したよしお達一行は早速採掘を開始する。

そして採掘を開始して2時間が経過した。


(石つぶて8個、鉄鉱石1個…)


よしおの掘り上げた成果は芳しいとは呼べなかった。


(ただでさえ50マネーしか持ってないのに…)


帰りのことも考えると採掘できるのは後2時間程度であろう。
自身の生活費のためにもつるはしを一心不乱に振るう。


(お!マカライト鉱石かな!?あぁ…普通の鉄鉱石か…)


石つぶてよりはマシなもののそう高い物でもない。
さらに1時間掘り続けたが、それから採掘できたのは石つぶて5個であった。


(このままだと…飢え死してしまう!)


迷宮探索中の危険とは別の要因で死んでしまいそうである。
そんな焦り始めたよしおにいつの間に近づいたのか後ろから藤吉郎が話しかける。


「どうだい、桃色回路。今のところの採掘の結果は」


手を休め、後ろを振り返り、自身の友人である猿顔を視界に入れると、よしおは芳しくない旨を首を振ることで答える。


「じゃ、これ」


藤吉郎が手に抱えているものを差し出され、落とさないよう慌ててよしおは受け取る。
見るとそれは青い輝きを放つマカライト鉱石であった。


「さっき偶然掘り当てたんだ。昨日助けてくれた恩とは釣り合わないけれど…よければお礼として受け取ってくれるかい?」


美しい友情がそこにはあった。


(おぉ…心の友よ…!)


よしおは藤吉郎にむけて何度も頭を下げ、感謝の意を伝える。
"ありがとう"と日本語でしか話せないことがなんともどかしい事か。

この得がたき友人に自身の思いを言葉でも伝えられるよう、よしおは寮に戻り次第、公用語の"ありがとう"という言葉をまず初めに勉強をすることを決心したのだった。






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時間となり、よしお達一行は採掘作業を追え、帰還の途につく。
あの後、運よくよしおはさらに鉄鉱石3個を掘り上げることができた。

そして、帰りの道中でも桃色暴動達に遭遇したのであるが、行きの道中とは打って変わってよしおは昨日の様にマカライト鉱石を取られまいと鬼気迫る表情で桃色暴動達を睨み付ける。
それを目撃した桃色暴動達はあからさまに恐怖の表情を浮かべ、我先にと逃げるように撤退していった。
その余りの迫力は敵に恐怖を与えるだけでなく、味方からも畏怖と尊敬を一身に受けることとなり、さらによしおの同僚達の間での評価を上げる事になるのは言うまでも無かった。











あとがき
よしお第六話を記念してオリ板に移動。
こんなSSでも受け入れられるのか!?

頂いた感想で"予言詩メーカーも見てみたら、よしおの行動が微妙に予言に沿った流れだった"との意見があったので実際に見てみると時系列を考えないで読むとまさにそうだったw

以下その予言

1日〜7日
気が狂いそうな青空の下で
過去の亡霊は全てを例外無く許すだろう
女は塔に登るだろう                       ←厨二美女がよしおを騙した事を示唆?
——男は大きく迂回をする                    ←よしおがブラック企業に入社した事を示唆?

8日〜14日
あなたは口を塞ぎ続ける                     ←よしおが言葉を話せないことを示唆
(意識が改革される)                      
自然の声に耳を傾けなさい                   ←食券販売機の声?
真剣に望んだ希望は叶えられる                ←食券販売機の声のおかげでよしおは貨幣の価値を知ることが出来た。

15日〜21日
武器を開発するのはやめたほうがいい
心に対立するのはいつも心なのだから
妄想・知識・自我
あなたは忘れていたことを思い出すだろう

22日〜末日
絵描きは誰かがついた嘘を美化する
そして男は海流を観察する
誰かがあなたに期待してしまう                 ←ここはあきらさまですねw
あなたは高いところに登るだろう                ←ここもw




[14030] 第七話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 11:41
さて、二日目の迷宮探索も幸いな事に無事終了し、社内に戻ったよしおである。

今回の迷宮探索で入手した資源を手に、早速総務へと換金手続きの為に急ぎ、彼は10840マネーをその懐に納めた。
今朝のような使い方をしてはならない。このお金には言語を超えた粋な友情が詰まっているのだ。
本当に必要なものの為に使おう、とよしおは決心する。


続いて彼が向かったのは購買である。

購買では迷宮探索に必要な救急セットやアウトドア用品、刃物や銃器などの武器、安全ヘルメットや防刃ベスト、ガスマスクなどの防具、果てはテレビやパソコンなどの家電用品など品揃えが豊富に揃っており、まるで何処かのデパートのような広いスペースが取られている。

武器や、防具の置いてある一角を除けば現代日本と同じような製品が置いてある事によしおが既視感を感じてしまうのも仕方のないことだろう。


「お会計合計で1960マネーになりまーす。ありがとうございましたー」


まず先にとよしおは最も安価な救急セットを二つと簡単な食料を購入する。
水分補給用の飲料水などは購入しない。

今朝、購買で飲料水を購入するお金すら持っていなかったよしおは社内の自販機近くのゴミ箱にてペットボトルを入手。
トイレの洗面器で無料で飲料水を確保していた。

周りの人からジロジロと見られたが、いつ死ぬか分からない迷宮探索に恥など不要。
そんな物は迷宮内でポチにでも食わせてやったほうがマシである。

安価な2500円の掃除機を買う母を親に持つよしおである。
食堂での失態はあったが、その節制意識を持つ母の遺伝子は確かに彼にも継承されていた。




とりあえず迷宮探索に最低限必要な物資を購入したよしおは、ブラブラと購買内の商品を見回る事にした。

テレビ、パソコンなどの家電製品に加え、現代日本では見る機会の殆どない実際の銃器や武器としての刃物など買えなくても見て回るだけでも楽しいものである。
よしおは時間を忘れ、購買の散策に楽しむのであった。








展示用のテレビに流れる巨大な人型ロボットが手から何か体に悪そうな光線を放ち、目の前の恐竜型の巨大生物がその光線接触した瞬間、光線に含まれる何らかの物質αが励起状態から基底状態に戻り、ΔEのエネルギーを放出する事で爆発を起こす子供向け特撮番組をぼんやりと眺めるよしお。

「先に行け!俺は敵の兵糧にダメージを与えてから向かう!」と肥満体質のイエローがカレーの匂い漂う敵アジトの食堂へ突貫していき、[決死の覚悟で仲間達のために敵のアジトに残ったイエロー。彼の運命や如何に!]とナレーションが流れたところで番組は終了した。


続いて、ボウリングのように投手が転がした球を別の選手が前方へ蹴り飛ばすという何かのスポーツの番組が始まった事でこの場を立ち去ろうとするよしお。

そんな彼の目に何かの製品が派手展示された一角が移る。


(これは…ボイスレコーダーか?)


もしかしたら大特価セールなのかもしれない。
製品のサンプルを手にして、値段を確認する。


(一番安いので3980マネーかぁ)


よしおはその場にしばらく留まり、思考を続ける。
このボイスレコーダーが言語の習得に役立つのではないかと考えたのである。

よしおは現在翻訳機の役目となっているピアスを耳につけており、これのお陰で日本語へと変換され、相手の言葉を理解することができる。
これを外してしまえば、耳には公用語そのままで伝わってしまい、よしおは相手の言葉を理解できない。
これを利用するのである。

ボイスレコーダーに誰かの声を録音し、ピアスをつけた時とつけていない時に聞こえる声を比較する事によって、言葉の意味を理解しようというのだ。
友人に言葉を教わるのもいいが、相手の都合を考えず四六時中教えてもらうというのも失礼だろう。

よしおはかなり迷ったが、このボイスレコーダーの購入を決めた。

そして、早速購入したボイスレコーダーを何かの映画を流している展示品のテレビの横に置き、録音を開始し、映画を楽しむよしおの姿があった。


■現在の 所持金は 4900マネー です。■








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翌日、よしお達新入社員は本来の集合時間には早い早朝に呼び出され、迷宮前へと集合していた。


「一体何が始まるんです?」


「第三次新人研修だ」


新入社員の一人が質問し、教官がそれに答える。

新人研修最終日である本日。
教官から説明された最後の課題というのは地下4階の拠点まで新入社員の力のみで辿り着き、そこに駐在する担当員より判を貰い、帰還せよというものである。

初日、1日目は入り口から1時間程度で辿り着ける地下2階の採掘場にて採掘を行うというのが課題であった。
対して、今回の課題である地下4階の拠点までの到達はモンスターの遭遇率にもよるが慣れている社員でも3時間半程度かかる。
地図は配布されているものの、慣れていない新入社員ではそれ以上の時間がかかる事は間違いないだろう。


「地下3階と4階に出てくるモンスターは地下1、2階に出てくるものと比べて強いぞー。お前らーちゃんと教科書読んで予習してるかー?」


(拙い…忘れてた…)


ボイスレコーダーに録音した言葉の勉強に夢中で、予習の事など頭から抜け落ちていたよしお。
とは言っても、文字の読めない彼が満足に予習など出来なかったであろうが。


だが、そんな青褪めるよしおとは対照的に他の同僚達は何か不安はなさそうな表情である。
各々がしっかりと予習していたというのもあるが、やはりよしおの存在が大きい。

大丈夫!俺たちのエース、桃色回路ストロベリースクリプトさんがいるよ!なんて同僚一同は思っていたのである。







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「ダニー、グレッグ、生きてるかぁ!?」


「あ"ぁ、な"んとかな"ぁ」


「上から来るぞ!気をつけろぉ!」


「こっちだぁ、越前…」


「何だ、この階段は!?」


「兎に角入ってみようズェ」


迷宮に潜って2時間半、ポチや天井に張り付くトカゲに何度か襲われ、多少危ないところはあったものの人員の欠損無くなんとか地下3階まで到着した一行。
ここから先は予習していないよしおにとってはいよいよ未知のエリアである。

どんなモンスターが来るか分からないという恐怖は自然とよしおの心臓の動きを早くさせた。




早くなった鼓動が落ち着かないまま15分ほど通路を歩き続けているが、今の所モンスターとの遭遇はない。
パーティにも張り詰めた空気が少しながら緩くなってきた所である。
このままモンスターに遭遇せずに拠点まで到達できるかもと少しの期待をしていたが、


「“共鳴無惨グロテスクハウリング”ーッ!後方ッ40メーターッ!」


と後方の同僚が恐怖を含んだ大声をあげたことにより、驚いたよしおは心臓が止まりそうになる。

後ろを振り返ると2メートル近くの体躯と大きな腕を持ち、頭の大部分を左右に大きく分かれた口とそれに並ぶ牙が占める二足歩行の毛むくじゃらの何かがドスンドスンと音を立てながらこちらに向かってくる。

更に


「ッえあぁ!?前方も!?“酩酊蜂起ビースティミラージュ”ッ!――2体ッ!」


と先頭からも大声。

モンスターの挟みうちに一気に混乱状態へ陥った新人パーティ。

混乱したパーティを復帰させようと落ち着けと叫ぶ者。恐怖に悲鳴をあげる者、尻餅をついて動けない者、現実を直視しないよう頭を抱えて蹲る者。

初日の桃色暴動マニックパーティ遭遇時の様に一気に絶望がパーティを支配する。

そんな中、よしおはこちらに向かって確実に距離を縮めてくるあの見るからに凶暴なモンスターを視界に入れて、他の同僚達同様混乱状態に陥っていた。


(無理ッ!マジかよッ!あんなん絶対無理ッ!)


あまりの動揺と恐怖によしおは前方にもモンスターがいるという注意を聞き逃してしまい、後方のモンスターから逃れようと前方へ走る。


(早くッ…早くッ…!)


よしおの思考回路からはもはやその言葉しか出力されていなかった。
息が荒い。呼吸がしにくい。心臓が痛い。

人を搔き分け、必死に先頭へと躍り出たよしおは止めること無くその足を動かすが、何か軽いものがよしおにぶつかり、体勢を崩してしまう。



体勢を立て直したよしおの目に映ったのは胸に張り付く巨大なガガンボのような虫であった。


「……ッ!……ッッッ!」


虫嫌いなよしおは恐怖と嫌悪感を同時に抱き、ゾッと背筋が凍る。
言葉を発することすらできない。
神速と言っていいほどの速さで反射的にその虫を自分の胸から払ったが、


"ブ、ブブブ、ブゥーン"


そんな音と共に再度巨大なガガンボがよしおに向かって飛んでくる。


「ひぎぃっ!」


その光景に更なる恐怖を抱いたよしおは妙な叫びと共に手に持った剣を目の前の存在に叩きつける。
巨大ガガンボは剣に叩きつけられて床へ仰向けに落下したが、更なる追撃がそれを襲う。

自身を恐怖に陥れた脅威を排除しようとする防衛本能に動かされたよしおが巨大ガガンボを何度も全力で踏みつけたのだ。
巨大ガガンボの体液だろうか謎の黒い粘液が靴と床に糸を引かせても、明らかに対象が沈黙していてもよしおは踏みにじり続けた。

そんなよしおが次の行動を起こしたのは新たな脅威が発生したからである。
もう1匹の巨大ガガンボがよしおの視界を"ブゥーン"という音と共に横断し、防衛本能が再度正しく作動したよしおが「キェェー!」と奇声を発しながら、壁に張り付いたそれを剣で串刺しにする。

その時のよしおの脳内には嫌悪感と恐怖を与える巨大ガガンボを排除することしか存在しておらず、後ろから近づいてくる体躯2メートル近くのモンスターの事など頭から抜け落ちていた。


それを目撃した同僚の何人が叫ぶ。


「落ち着け!前方のモンスターは桃色回路さんが倒した!後方にだけ注意を払えばいい!」


「よく見ろ!相手の動きは速くない!動きをよく見るんだ!落ち着いて対処すれば倒せる!」


それを聞いて立ち直った何人かと共に、恐れながらも彼らは後方の巨躯に立ち向かっていった。








目の前の脅威を排除したよしおは正気に戻り、暫く荒い息をついていたが、後方の存在を思い出し、目を向ける。


「ィ"イ"イ"ェ"エ"エ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!」


巨大な顎に捕らえられ、高く抱えあげられた同僚の一人が手足をバタつかせながらそんな断末魔と共に上半身と下半身に噛み千切られる光景がそこにはあった。

その光景を目にして再度恐怖がぶり返す。
しかし、その光景から逸らし、逃げ出すわけにはいかない理由があった。


(ユーマッ!?何やってんだ!早く逃げろって!)


見ると、ユーマが尻餅をつき、剣をモンスターに向けながらじりじりと後ずさろうとしている。
あのモンスターに立ち向かっていった一人だったのだろう。

他に立ち向かっていった同僚は犠牲になった同僚を目にして恐怖と警戒を感じたのか、モンスターから距離を開けている。

足腰が恐怖で言う事を聞かないのだろうか、ユーマのあの姿は逃走という言葉からは程遠かった。
そんなユーマのいる方向にモンスターが体を向ける。


(ヤバイって!早く立てってば!)


しかし、ユーマは恐怖の表情を顔に貼り付けたままジリジリと後ずさるだけだ。
このままでは次の犠牲者が彼になってしまうのも時間の問題であろう。

ユーマに向かってゆっくり近づいていく巨大なモンスター。




よしおは昨日見た映画を思い出した。

ありがちな戦争映画だった。
途中、ピンチに追い込まれちゃって主人公の十数年来の友人が「悪いねNOBITA、この脱出カプセルは一人用なんだ」っていって主人公を気絶させて脱出カプセルに押し込んで
ボタンを押して無事脱出カプセルが発射されたのを見て安心した表情を見せて自分は体に爆薬を巻きつけて「ママーッ!」って叫びながら敵陣に特攻、自爆しちゃって、
脱出カプセルで気がついた主人公は友人がいない事に気づいて一緒に生き残れなかったことを酷く後悔していた。



別に今はそんな映画みたいなシチュエーションじゃないし、


(ウソだろ…?どうすんだよ…!)


あの馬と出会ってたった2日しか経っていないし、


(うぁぁっ…!マジかよ…!)


あの馬の事なんて殆ど知らないし、


(あ"あ"あ"ぁ"ぁっ!マジでやんのッ!?)


しかも少し粗暴で、厨二病を患ってたりするし、


(あ"--------ッ!!)


だけどそんなヤツだけど、言葉も話せなかったよしおを仲間と呼び、困った時は助けてくれると言ってくれた仲間であり、


(あー)


よしお自身の命をベットするくらいは価値のある存在なのであり、


(マジかよ、畜生。怖ぇ…)


そして、よしおはあの映画の主人公みたく後悔するのは御免なのである。





よしおの足は震えは止まらなかったけど言うことは聞いてくれた。






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ヒロイン(馬)が絶体絶命の危機である。
ここで助けねば男が廃る。

距離は15メートル。
右手で剣の柄を掴み、左の掌を柄の先に当て、目前の目標の脇腹目掛け突進する。


「タマとったらあぁぁぁーッ!!」


よしおの青銅の剣は運動エネルギーによって攻撃力上昇補正され、見事目標の脇腹に深く突き刺さり、


「ま"っ!?」


よしおの左手首に痛みを与え、ボキリと折れてその役目を終えた。

青銅の剣と左手首の捻挫を犠牲によしおは多大なダメージをモンスターに与える事に成功した
――はずなのだが、


「こいつ…動くぞ!」


毛むくじゃらの彼はまだ存命なようである。

共鳴無惨グロテスクハウリング”はゆっくりとよしおに体を向け、その逞しい右腕を後ろに大きく振りかぶる。
まもなく凄まじい一撃が来るだろう。
とんでもない威圧感を感じる。


武器も壊れてしまった。
だが、しかしよしおに恐怖はない。
実際に行動に起こすと、恐怖は何処かへ飛んでいき、よしおはハイな気分になっていた。
今のよしおはよしおではない。真・恐怖を克服したよしおなのだ。


「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃぁッ!呼吸をみだすのは「恐怖」!
だが「恐怖」を支配した時!呼吸は規則正しくみだれないッ!波紋法の呼吸は「勇気」の産物!
人間賛歌は「勇気」の賛歌ッ!! 人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!  いくら強くてもこいつらモンスターは「勇気」を知らん!ノミと同類よォーッ!!


(ですよねッ!ツェペリ卿ッ!)


あまりにハイになりすぎて、よしおは電波を受信していた。


「メイン盾舐めんなッ!」


よしおは左腕につけた青銅の盾でガチガチの防御の構えを取り、衝撃に備え、


「呼吸は!規則正しく!乱れな…イ"ぶッ!?」


共鳴無惨グロテスクハウリング”の一撃をくらい、青銅の盾を大きく凹ませながら、5メートル以上飛ばされた。

ボスッという着地音の後、ゴロゴロと転がり、モンスターから10メートルほど離れた所で飛ばされたよしおの勢いは止まった。


(痛ぇ…口切った…鼻血も出てる…)


口内に鉄の味を感じ、自分がまだ生きている事を実感する。
視界がぼんやりとしたままだが、早く起き上がらねば追撃が来る。
何とか立ち上がろうとするよしおであったが…


「“共鳴無惨グロテスクハウリング”が倒れたッ!桃色回路さんがやってくれたッ!」


「今のうちに止めを刺すんだッ!斬るんじゃなくて刺して攻撃しろ!」


どうやら致命傷だったのか倒れた“共鳴無惨グロテスクハウリング”に初日の桃色暴動達のように群がっていく同僚達が見える。

四方八方から串刺しにされた“共鳴無惨グロテスクハウリング”はその生涯に幕を閉じた。






「桃色回路さん!大丈夫ですか!?」


「パネェッス!桃色回路さんマジパネェッスよ!マジソンケーッス!」


「私男だけど桃色回路さんになら抱かれてもいい」


同僚の手を借りて、何とか立ち上がる。
俺をその名で呼ぶんじゃねぇ、と思ったが、よしおにはそれを表現できる言葉がなかった。
体の節々が痛むが、どうやら大きな怪我は幸い無さそうだ。


「桃色回路、助かったぜ。礼を言う。しかし、やっぱお前は凄いヤツだな。大きな借りを作っちまった」


「流石桃色回路ッ!本当に凄い奴だよ、君は!」


無事魔王から救出された助けられたヒロイン(馬)とサブヒロイン(猿)がよしおに話しかけ、友人達の無事に安堵したよしおは鼻血を流しながらも、グッと親指を上げ、お互いの無事を祝いあうのであった。




そうして、一人の犠牲者を出しながらもどうにか落ち着きを取り戻した一行は拠点に向けて進軍を再開する。

道中、何体かの“酩酊蜂起ビースティミラージュ”やポチとトカゲにも遭遇したが、同僚達が問題なく対処してくれ、虫嫌いのよしおは戦うことが無くホッとしていた。

さらに“共鳴無惨グロテスクハウリング”1体にも遭遇したが場所が広場だったことも幸いして、一方の部隊が前方から囮となり、気がそちらに向いている“共鳴無惨グロテスクハウリング”を後方から別部隊が刺殺するという戦術により、これ以上の人員の欠損なく討伐する事が出来た。


かくして、一向は4時間半かけて折り返し地点である拠点に到達し、一息つくことができたのである。











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第七話 設定


トロール…二つ名は"共鳴無惨(グロテスクハウリング)"。外見は本文参照。攻撃力は非常に高いが、動きはそれほど速くない。加えて単細胞。一つの物事にしか目が向かない。なので一方が囮になる戦法が有効。


ダディロングレッグ…二つ名は"酩酊蜂起(ビースティミラージュ)"。ガガンボは英語で別名ダディロングレッグ(足長おじさん)と呼ばれているらしい。太く堅い口吻で獲物に突き刺し、血をチューチューしてくる。麻痺毒があるので注意。

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第七話あとがき
今回の話は少し長め。
第三次新人研修後半に続く!





[14030] 第八話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/02 11:47
地下四階に位置する拠点に到着したよしお達新入社員一行は、各々、怪我の治療や食事、睡眠など思い思いに休憩を取っていた。
さすがにくたくたに疲れたよしおも自身の治療を施した後、少しでも疲れを癒すため仮眠に入っている。



拠点でも社員から"死ぬにはいい日"とも称される“忘れられた地獄チェインサッドネス”発生日以外は食堂で食事を出来たり、さすがに電化製品の類は置いてないものの武器防具雑貨などの購入が可能である。

地下深くに潜ることが必須な迷宮探索部や一部の資材発掘部は、社内に戻らず拠点で寝泊りしたり、必要な物資を購入した方が効率が良いので、彼らで拠点は賑わっていることが多い。

また、社内に戻らずこちらで行動していても、拠点出口にも設置されている無線通信機によって社員証のデータを読み込み、社員がきちんと"出勤"しているかどうかも記録されている。


さて、そんな地下四階の拠点には出口が2箇所存在する。
一つは地下三階への階段へと通じる出口、もう一つは地下五階へと通じる出口である。
前者に比べ、後者の守りは大量のモンスター達が下層から押し寄せてくる“忘れられた地獄”という現象の対策の為、非常に堅いものとなっている。

地下五階へ通じる出口に設置されている門は"忘れられた地獄"発生時、鉄柵が降り、封鎖される。
とは言ってもこれは対モンスター用の物ではない。
いくら頑丈なバリケードを用意したとしても、物量で押し寄せてくるモンスターには数分間の足止めにしかならない。
では、何のための鉄柵か。
対社員用の鉄柵である。
社員の逃走防止用に設置されたこの鉄柵は、拠点防衛部社員に対し"全滅するか"、"全滅させるか"どちらか一方の選択を強要させるものなのだ。

そんな理不尽な扱いを受けてきた拠点防衛部であるが、犠牲を出しながらも拠点を長年守ってきただけのことはある。
設立されたばかりで戦術も何もない頃はとんでもない犠牲を出していたが、徐々に彼らの戦術も進化してきた。

地下五階へと通じる出口の先は広間が3つ連なっており、拠点に近い順に各々A、B、Cと名付けられている。 

現在の彼らの戦術は以下の通りである。

まず始めに、広場B方向への出口に設置されたバリケードで広場Cにモンスターを封じ込める。
続いて、モンスターが貯まりに貯まってバリケードが破られる寸前に広間Cに設置された貴重な部の予算から降りた志向性対人地雷のリモコン操作による一斉起爆を行い、モンスター数の減少を図る。
勿論これだけで殺しきれるほど生易しいものではない。


続いての広間Bではこれまた貴重な部の予算から降りた弾丸と2丁の重機関銃により出口に作られた十字砲火点に敵を呼び込み、更なるモンスター数の減少を狙う。
そして、弾丸を撃ちつくしてからがいよいよ最も死傷者の出る白兵戦である。
各々がモンスターへ突撃し、殺し殺される地獄となる。
そんな広場Bは最も拠点防衛部の数多くの戦友が散っていった場所でもあるため、別名“墓場”とも呼ばれていたりする。

広間Aでは広間Bで討ち漏らしたモンスターの処理を担当する。
所謂最終防衛線である。
しかし、広間Bと比べると安全なので、拠点防衛部に配属されて間もない社員がここを担当ことが多く、頼りない防衛線となっている。
すなわち、実質広場Bで大半の敵を抑え切れなかったらゲームオーバーというなかなかシビアな仕事場なのである。
勿論、広場Aを担当する社員の給与は広間Bを担当するものより安くなる。


予算がもっと増えれば、犠牲が少なくなることは明らかであるが、新入社員が次から次へと入社してくるこのブラック企業は、"利益>社員の犠牲"が方針として成り立っており、最低限の予算しか遣してくれないのである。




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よしおが熟睡している頃、藤吉郎とユーマは拠点の休憩室の中で寛ぎつつ会話していた。
議題は彼ら共通の友人であるよしおについてである。


「けどよ。あいつって確かに凄い奴だけど…結構謎の男でもあったりするよな」


「謎の男って…。まぁ、よしおは言葉が話せないから僕らも彼の事は殆ど知らないけどさ」


そう言って、藤吉郎は自動販売機で購入した120マネーのコーヒーの入った紙コップに口をつけ、うぇっ、なんだこれと呟いた。
この男、三度の飯よりコーヒーが大好物であり、金のない今こそは節制して一日一杯の制限を取っているものの、以前はコーヒーを水でも飲むかのようにガブガブと消費していた中毒者である。


「いや、それもあるけどよ。あいつって見た所純粋な古代種だろ?古代種って言えば数も少ないし、他国ではどうか知らないけどこの国では皆、“学会”所属のお偉いさんだったりするし…」


「あー、確かに…それに黒髪黒目だったよね。」


「こう言っちゃ何だけど…古代種にしては地味だよな」


銀髪やオッドアイ、整った美貌などこの世界で確認されている古代種は須らく特徴的な容姿を持つ。
対して、よしおは黒髪黒目で至って平凡な容姿であった。
黒髪黒目の古代種など藤吉郎もユーマも見た事も聞いたこともなかった。


「それにあいつはよ、連中みてぇに偉そうにしたりしないし」


「泣きながら感謝された時は驚いちゃったよね」


「あれには驚いたな」


その時の情景を思い出して二人の口元に笑みが浮かぶ。
よしおは変な奴だ。変な奴だけどそれ以上にいい奴だ、と二人の意見は一致する。


「それに昨日助けてくれたお礼をした時も頭を何度も下げられたなぁ」


まさか古代種に頭を下げられるとはとあの時も驚いたものだ。


「少なくともこの国出身ではないよな。あーっと、8人だっけ?」


「7人。4年位前にトメ評議員が病気で亡くなってる」


この国で確認されている古代種は現在7人。
全て"学会"という組織に属しており、重要な役職に就いている。
その7人の中に黒髪黒目の男が在籍しているなど藤吉郎は聞いた事がない。


「学会…ね」


「連中の言ってること信じるか?」


「信じてない。あいつらの理論は科学と魔導を馬鹿にしてる」


"学会"の教えとは、"神が自身の姿をモデルとして人類を創造したのであり、その神の姿を最も色濃く受け継いだのが古代種である"というものである。
そこからはやれ"この銀髪とオッドアイは神に選ばれし者のみが持つ"だとか"魔導とは神の力による奇跡の一種"だとか"この神像を買えば来世は古代種として生まれ変わる"だとか胡散臭い教義ばかりを発している。
それでもこの"学会"という組織、古来からあるものであり、その信者数は少なくない。
魔導が衰退する前、そして科学が発達する前から存在していた組織であるためか、その影響力は現在においても多大なものなのである。


藤吉郎は紙コップの中のコーヒーと称されるには許可出来ない黒色の液体を一気に飲み干し、その苦味によるものなのか顔を顰めて言葉を続ける。


「しかも、こんな会社の株主だったりするしね」





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下四階 拠点 (H-7) です。■


空腹で目を覚ましたよしおは、食事をするために休憩室へ向かっていた。
休憩室に入るとそこには他の社員に紛れ、自分の友人である藤吉郎とユーマが座っていた。


「おっ、桃色回路ストロベリースクリプトじゃねぇか。ちょうどいい所に来たな。」


「起きたんだね。具合はどうだい?」


よしおを見つけるや否や、手を上げて笑顔でよしおに呼びかける友人達。
いつものように親指をグッと上げる事により、よしおは返信する。
彼らが陣取っているテーブルの正面の椅子に座り、購買で購入した某バランス栄養食のような簡易食料をモソモソとリュックから取り出す。


「桃色回路にいくつか聞きたい事があったんだよ」


聞きたい事?はて、何だろうか、と取り出した食料の包装紙を剥ぎ取りながらよしおは思う。


「桃色回路ってこの国の外から来た人だよね?見た所純粋な“錯覚微塵プラズマトリック”種のようだけど」


意味が分からない。
いつの間に自分は人類から“錯覚微塵プラズマトリック”種なんていう厨二病的な進化を遂げたのだろうか。
しかし、それは置いておいて、確かによしおはこの国の外から――厳密にはこの世界の外からだが――来た人間であるので頷くことによって答える。


「ほら、やっぱりな。そんで、お前は何処の国の出身なんだ?」


そういえば、自己紹介(あれを自己紹介と言っていいのかわからないが)で自分の名前しか彼らに伝えていなかった。
どうやら自分の事についてもっと知りたいらしい。
別に答えて困ることでもないのでよしおは素直に返答した。


「nihon」


「“脳髄錯綜ブラッディパラダイス”?聞いた事のない国だな。藤吉郎、知ってるか?」


「僕も聞いたことないよ」


(俺だって聞いたことないよ…)


よしおの出身国は何か物騒な名前の国になっていた。





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下三階 (G-5) です。■


よしお達新入社員一同は2時間ほど休憩を取った後、帰還のため拠点を後にしていた。
1時間半ほど歩き続け、何度かモンスターにも襲われているが、怪我人もなくその道中は今の所は順調と言える。

そんな時、先頭の同僚から声が上がった。


「前方にスライムの群れッ!緑色です!」


どうやら広間一帯にスライムの群れがこびりついているらしい。


「ガラス瓶誰か持ってるか!?」


「ないッス!」「ない!」「ペットボトルならありますけどこれじゃ無理ですよね?」


「緑って燃えたっけ?あ、燃えるの?燃えるんだってさ!燃やせ燃やせッ!」


「火ッ!誰か火持ってない!?」


そして、一人の新入社員が丸めた紙にライターで火をつけ、


「汚物は消毒だァーッ!」


それをアーモンド臭を放つプルプルしたゲル状モンスターに向かって投げつけた。

火のついた紙玉がスライムにぶつかった瞬間、スライムは見る見る燃え出した。
さらにそれを火元として、周りのスライムにも引火していく。


「全員下がれ!有毒ガスに注意しろ!」


轟轟と勢いよく燃え上がる炎は迷宮内を熱気に包む。
よしおもその熱気により、額から汗を垂らしていた。

燃え続ける事5分余り、程なく鎮火するに至ったが、スライムが燃焼した時に発生した有毒ガスが広間に充満している可能性がある、という意見によって別ルートで地下二階への階段を目指すこととなった。





緑のスライムは、非常に溶解性の強い溶液で構成されているとの事である。
動きは鈍いものの下手に触れようものなら、人間の体などあっという間に溶かしてしまう。
しかし、そんな危険な緑色のスライムは可燃性が高いのでマッチ1本あれば倒せてしまうモンスターでもある。
より下層には色の違うスライムも生息しているらしく、色によって燃えなかったり、粘度が違ったりと様々だそうだ。

よしおは藤吉郎とユーマより、先程のスライムについての説明を聞いていたのだが…


「つまり、緑スライムの溶液はその可燃性が高いという面を除けば粘度が低くて、かつ極性が非常に高いという相反した属性を併せ持つ夢のような資源なんだ。加えて非プロトン性も有していて電気分解性にも強い。ただ、スライムとしての体を安定させるのに必要な架橋成分がまだ見つかっていないんだ。スライムは死ぬと同時に粘度の低いただの溶液に変化して床に一面広がってしまう。そのことはこの架橋成分こそがスライムの本体であり、死ぬと同時に消滅するものであるということを証明している」


「つまりこのスライムの本体は何らかの物質を主軸とした三次元ネットワークで架橋された分子鎖で構成されているということだな。俺の考えだとこの分子鎖についてだけどまず耐溶解性を有していないといけないから間違いなく炭素では構成されていない。消滅するという現象から揮発性も必要なのか?"死んだ"という電気信号によって化学変化を起こす可能性は?」


「電気信号を発信させるコアが存在してそれこそが真の本体ってこと?という事は三次元架橋ネットワークもマクロ的な要素に過ぎないよね。それに架橋成分は電子伝導性を有していて、電気信号に反応して揮発する物質ってことになるのか…。いや、それよりも溶液自体を媒体として電気信号が伝わるという可能性もあるよね。だけど"移動する"っていう命令に対する電気信号との区別についても――」


(ヤダ…何?何か魔法の呪文唱えてる…モンキーマジック怖ぇ…)


いつの間にか藤吉郎とユーマが白熱した議論を繰り広げていた。

よしお脳内コンピューターが、"スライムの溶液→危ない→だけどお金になる"という3ステップの情報処理しか行えないのに対して、彼らはその何百、何千倍もの情報処理を行っているようだ。

こいつらこんな頭が良かったのかと思うと共に、脳内コンピューターの性能が、戦力の決定的な差であることを思い知ったよしおであった。




「ポチが前から来てまーす」


迷宮内の資源採集は何もつるはしで採掘するだけが方法ではない。
例えば、先程のスライムやアオジタリザードなど、特定のモンスターから資源採取も可能である。
それ故、迷宮内での資源採集をする者は、地図を元につるはしを用いた採掘により資源を得るだけでなく、特定のモンスターを狙い、その死骸から資源を得る事も覚えておいて損は無い。


「ポチ来まーす」


当然これまで採掘しか行ってきていなかった者が「じゃあ明日から特定のモンスター倒して資源の採取をする!」なんて言っても上手くいくものではない。
どのモンスターの部位からどんなものが採集できるか、という事をきちんと把握しておく事は当然であるが、資源を採集する時、専用の用具が必要になったり、慎重な取り扱いを要求されることもあるからだ。
例えばスライムから入手できる非常に溶解性の高い溶液はガラス瓶など溶液に対して溶解しない入れ物が必要であるし、触れると大変危険であるのでその取り扱いも慎重に行う必要があるのだ。


「ポチでーす」


「ポチUZEEEEEEEE!!」


とは言っても、ポチのような死骸から何も資源の回収が出来ない様な迷宮探索、資源採集に邪魔な存在にしかならないモンスターがほとんどであるのも事実である。


一行はモンスターに邪魔されつつも地上を目指す。





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■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 地下二階 (F-8) です。■


漸く地下二階へと辿り着いた一行。
あの広間さえ通れていたのなら、地下二階への階段は目と鼻の先であったのだが、有毒ガスの影響により来た道を引き返し、別ルートを経由したことで更に1時間半かかってしまった。


(疲れた…)


いくらか休憩を取りつつ進んでいるものの何時間も歩き続けている。
さすがによしおの顔にも疲労が浮かぶ。
同僚達の顔にも同様疲労の色が色濃く浮き出ていた。
疲れのためか誰も会話をしようとしない。
しかし、幸いな事に何故か地下二階では一体のモンスターとも遭遇せずに進めている。
このペースでいけば思ったより早く帰る事が出来るだろう。

"早く帰って休みたい"

新入社員一同はそんな思いを等しく胸に抱き、歩き続ける
――のだが、異変に気づき、歩みが止まる。




目前の広間にぶちまけられた赤色と共に何かが落ちている。

よしおにはそれが何か足首のような物に見えた。


「ッ…!足じゃないか…?」


「足だな…」


「足首だ…」


同僚達も足首に見えるようである。
果たしてよしおが足首のように見えた物は正しく"足首"であった。

問題であるのは"足首以外の部分は何処へ行ったのか"と言うことであるが。


「しかし、これだけ血の跡があるってことは…」


間違いなく生きてはいないだろう。それは確かだ。


別段迷宮内で社員の死体を見かけるのは珍しい事ではない。
最初は20名いた新入社員も今では生き残っている者は11名だ。

だが、何人も同僚が死んでいくのを見てきたとは言え、未だ入社三日目の新人である。
"千切れた左足首"を見てストレスを感じないほど心は擦れていない。

そんな時、迷宮内に突然音楽が鳴り響く。
よしおはビクリと肩を震わせ、一体何なんだ、と音楽のした方向に目を向けた。
見ると、スピーカーのようなものが天井の隅に設置されていた。


「夕方の五時半か…」


隣のユーマがそんなよしおの姿を見て疑問に答える。
地下四階までは各階層のあちらこちらにスピーカーが設置してある。
このスピーカーを用いて迷宮内の社員に連絡が伝えられるそうである。

スピーカーから流れてくるのは時刻を知らせる現実世界では"蛍の光"と名付けられた曲に似たメロディ。
何処となく眠気と夕方を意識させる音楽なのだが、現状が不気味さを感じさせる。

"蛍の光"に似たBGMが鳴り響く迷宮を一行はさらに進む。






「おい…」


「……」


胴体、右腕、右足、左足はある。

だが、果たして――頭部と左腕は何処へ消えたのか。

新人達の進んだ先には広間の壁にもたれかかり、強烈に自己主張する死体があった。


犯人がポチなのか桃色暴動なのかトカゲなのかなんて分からない。

だけどあまりにも雰囲気が妙だ。
さっきからモンスターにも一体も遭遇していない。

凄くヤバい
何がヤバいのかは分からないけど…
とにかくヤバい気がする

そんな不安感が新入社員一同を包む。


「引き摺り跡があるな。何を引き摺ったのか…予想がつくが」


何かを引き摺った跡がある。暗い赤色で示されるそれは"どちらの方向"に"何"があるのかのヒントを与えている。
このヒントは殆ど答えとなっているようなものだ。


沈黙が立ち尽くした一同を支配する。


「こっちの方向は…何かマズい気がする…」


引き摺った跡の方向に向いた同僚の誰かがそう言った。
よしおもそう思う。

そう思うのだが、地下一階への階段はこの先で、さらに一本道なので別ルートなんてものは存在しないのだ。


早く帰りたい。よしおは思った。


「早く帰ろう」


心の中で思った事に同僚の誰かが声を出して答えてくれた。






ブツッという音と共に鳴り響いていたBGMが突然止む。
新入社員達がここで何が起きたのかを知ったのは、この時である。

続いて女性の声が響き渡る。


―――業務連絡ー。業務連絡ー
―――こちら情報調査部ですー
―――現在、地下二階付近に"社員殺し"出没中との情報が入っておりますー
―――付近の社員は可及的速やかに避難するようお願いいたしますー
―――繰り返します―
―――こちら情報調査部ですー
―――現在、地下二階付近に"社員殺し"出没中との情報が入っておりますー
―――付近の社員は可及的速やかに避難するようお願いいたしますー


ブツンという音が鳴り、再度BGMが流れ始める。


「ちょっ…!」


声を出せたのはよしおだけだった。
よしおもその言葉を最後に黙り込む。

再度、新入社員一同は沈黙で満たされる。
沈黙を破ったのはパーティのまとめ役をしていた一人の同僚である。


「みんな。疲れてる所申し訳ないけど…拠点まで引き返そう」


皆疲れていた。
しかし、反対する者はいなかった。




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拠点まで戻るために地下三階への階段を目指す。


「あ」


と誰かが声を発したのは歩き始めてどのくらいたった頃だろうか。
その声を発した人物は後方を見ている。

その姿を見てよしおも後ろを振り向いた。

後ろを振り向いて分かったのは、巨大な"何か"がこちらを見ている事。
「あ」と声が出た。
"うわっ、超こっち見てるじゃん。とりあえずどうしよう"とか考えて、答えが出たよしおはまず隣の藤吉郎の肩を突き、こちらを向いた藤吉郎に後ろを見ろと指で促す。
後ろを見た藤吉郎も「あ」と声を発した。
それを聞いた同僚達が次々と後ろを向く。

全員が後ろにいる"何か"を認識した。
"何か"は四本の腕の内、二本にそれぞれ、"右足の無い下半身"と"頭の無い上半身"を持っていた。
それは自分を誇示するような鳴き声を出すこともなく、ただ静かに佇んでいた。


後ろにいる"何か"を認識しているのだが新入社員一同は時が止まったかのように動かない。
目の前の圧倒的な存在に現実感がついてこなかったのである。

いち早く現実感を取り戻したパーティのまとめ役だった同僚が小さな震えた声で言う。


「フーッ、フーッ、この道は、すぐ先が、フーッ、フッ、二又に、分かれて、る」


"何か"がいる向きとは逆の方向を震える指差して続ける。


「フーッ、自分の、好きな道を、フーッ、選べ」


よしおを含む新入社員達も徐々に現実感を取り戻す。
その現実感は等しく皆に眩暈、震えの症状を引き起こした。
だが、誰も声を発しない。
嫌なのだ。大声を発した瞬間、"アレ"がこちらに向かって走って来るのは。


二手に分かれる。効果は至極単純。

後ろの"アレ"が追いかけてこなかった方は助かり、

追いかけてきた方は 死 ぬ。


新入社員の誰の中にも俺たちならやれるだとか、エースのよしおがいるだとかそんなものは一切無かった。
そんなものはあの存在には何の意味もないことを理解していた。

"死にたくない"

それしかなかった。




そして、程なく後ろの"アレ"、社員殺しが動き、


「走れェェぇッッ!!!」


同僚の誰かが放ったその命令に従わなかった者はいなかった。




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走る。

自分が左の道か右の道か選んだなんて分からない。
ただ目の前を走る名も知らぬ同僚の後ろをついて来ただけだ。
視界には他にも2人の同僚の必死に走る姿が見える。
こっちの道を選んだのは自分と目の前の同僚だけじゃなくて良かった、とよしおは妙な安心感を抱いた。
その妙な安心感のお陰でほんの少しだけ余裕ができたよしおは後ろを振り返る。



そして、後ろを振り返った事を後悔した。



鳴き声を上げることなくただ静かに
――社員殺しが後ろから追ってきていた。




―畜生畜生畜生畜生ッ!


そして、よしおの怨嗟は社員殺しがこっちを追いかけてきたことに対して向けられ、


―畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッ!


目の前の道が行き止まりであるという視覚情報に対して向けられ、


―畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッ!


自分が確実にここで死ぬ事に対して向けられた。



藤吉郎とユーマの姿は無い。よしおとは別の方向に逃げたようだ。
だが、なんでこっちに来たんだ、どうしてあっちに行ってくれなかったんだ!とよしおの心は叫び続ける。

大事な友人である彼らが無事で良かった、という考えも“共鳴無惨グロテスクハウリング”とやらからユーマを助けるため立ち向かっていった勇気も自身の確定された死に対する恐怖によって駆逐されてしまった。

よしお達はいよいよ行き止まりの壁に到達し、これで逃げ場は何処にも無くなった。


膝から力が抜けた。
しゃがみこみ、額を壁につけた。

自分をこれから殺すであろう相手の姿を見たくなかった。


「畜生…」


涙が溢れ出た。

異世界に来て泣いてばかりだ。

武器もない。盾もない。あってもどうしようもない。


なんで

なんで俺ばっかりこんな目に合う

憎い。あっちに逃げた同僚が生き残れて自分が生き残れないことが憎い。



そこに友人の二人もそれ以外も区別なんて無かった。

自分以外の全てを呪うよしおの無様な姿がそこにはあった。


そうして


無謀にも引き返して社員殺しの横を通り抜けようとした一人の社員は、二つの腕で敢無く胴体と足を掴まれ、更にそれぞれ反対方向に力を加えられ、バツンという音と共に、破れた腹部から腸を露出させて死に、

無謀にも震えながら手にした剣で立ち向かっていった一人の社員は、一つの腕で頭を掴まれてそのまま壁をヤスリ替りとして何度も擦り付けられ、頭部を削り落とされて死に、

無謀にも社員殺しを背に壁に向かってしゃがみこみ逃げようともしない一人の社員は、一つの腕によって胴体を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられた後、上半身を踏み潰されて死に、

無謀にも呆然とただ立ち尽くしていた最後の社員は"どれだけ人間という生き物は頑丈なのか"という実験を実践するかの如く、五体を一本ずつ引き千切られていき、頭と胴体と右足しか残らなくなった所でようやく死ねた。



よしおを含む4人の新入社員に対して、社員殺しは自慢の豪腕をもって一切の不平等なく、彼らの命を刈り取った。





■Game Over■
■ホームポイントへ帰還しますか? Yes/No■





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第八話 設定

古代種…別名"錯覚微塵(プラズマトリック)"種。厨二病要素満載の人種。厨二美人とかもこの人種。

日本…通称"脳髄錯綜(ブラッディパラダイス)"。外国人から「あいつら未来に生きてんな」とまで言われるその国家はある意味その二つ名に相応しい。


[よしおステータス]
名前:よしお
二つ名:桃色回路(ストロベリースクリプト)
職業:株式会社ブーヘンヴァルト強制収容所 社員 (元 致死斬鬼(シームレスコラプション)のスパイ)
出身;脳髄錯綜(ブラッディパラダイス)


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第八話 あとがき

ざんねん!よしおのぼうけんはおわってしまった!
難産だったー。
8話目にしてようやく死んだよしお。
ほんとはもっとコメディちっくによしおに「来いよベネット。銃なんて捨ててかかって来い」とか言わせて死ぬ予定だったのですが、それだとよしお君の心理が普通の人間のものから大きく外れてしまうような気がしたので急遽内容を変更。
おかげで後半はこれまでとはうってかわってシリアスになっちまった。どうしてくれる。こんなんでいいのか。
人間、ほんとに余裕がない時は自分の事しか考えられないものです。

主人公が死んでしまったので
次回からは新番組 魔法忍者ヌルヌル秀雄 が始まるよー




[14030] 第九話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2010/01/12 01:40
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王国暦653年 6月27日
情報調査部 事業部長殿

資材発掘部 Pierluigi Keibich
情報調査部 Patlicia Harfouch

                           調査報告書


6月22日発生の社員殺しによる社員複数人の殺人事件(以下S530622事件)において、調査を実施致しま
したので、以下の通り報告いたします。


                                記
目的
今回、S530622事件における現場調査を実施し、当該事件の犠牲者ついて把握したく、本件調査に及ん
だものである。
鋭意、調査の結果、次の通りご報告致します。

概要
S530622事件の現場調査を王国暦653年6月23日~6月25日の計3日間実施した。
当該実施日の調査により、本事件の経過詳細及び犠牲者の氏名が明らかになった。

発生日時
王国暦653年6月22日16時15分~

発生場所
ブーヘンヴァルト迷宮地下二階

事件発生日の状況
王国暦653年6月22日16時15分頃、迷宮探索部所属のFeodor Arbogastをリーダーとするパーティ6名
(以下Aパーティ)がブーヘンヴァルト迷宮(以下迷宮と略称)地下二階を移動中に社員殺しに遭遇。リー
ダー含む4名が死亡、2名が地下二階より離脱。

同日17時頃、資源発掘部所属のArtur Augenthalerをリーダーとしたパーティ8名(以下Bパーティ)が同
階層において社員殺しに遭遇、全滅したと思われる。5名の遺体が確認されており、残り3名については
現在も行方不明であるが、生存の可能性は極めて低い。

同日17時30分頃、Aパーティ所属Robertine Zechmeister、岸間明剛2名が情報調査部に社員殺しの
発生を報告。これを受けて情報調査部は迷宮内に社員殺し発生の通達を行う。

同日同時刻、地下四階拠点より帰還中であった試用期間中の第530620新人パーティ(以下Cパーティ)
11名が放送を受け、地下三階への避難を行うものの同日17時50分頃、社員殺しに遭遇。3名が死亡、7
名は地下三階へ離脱、そのまま拠点へ引き返し保護された。残る1名については理由不明であるが迷宮
内入り口に倒れており、保護された。

王国暦653年6月23日4時頃、社員殺しの消息を確認。
同日5時30分頃、社員殺しの消息の旨を通達した。

犠牲者
1)Aパーティ
   Feodor Arbogast
   Aarre Vaskelainen
   Basileios Cederstrom
   村川 哲司

2)Bパーティ
   Artur Augenthaler
   Bill Gamero
   田村 宗太郎
   北郷 一刀
   Gehry Hastanvide
Wassily Lezaun(行方不明)
   吉川 明義(行方不明)
   Oleg Agafonnikov(行方不明)

3)Cパーティ
   Akinfeev Muravyov-Amursky
   Nova De Portago
朝倉 匡

所見
事件発生後から通報までの時間的ロスにおいて犠牲者が出ている。
迷宮内緊急電話など何かしらの対応策を要するのは確定的に明らかである。



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「久しぶりに社員殺しが出たね」


立派な角を持つ牛頭が調査報告書に目を通しながら、コーヒーを啜りながら呟く。

彼の名はスタニスラフ・グシンスキー。
ブーヘンヴァルト強制収容所に勤めて36年、情報調査部の中では最も上の立場である牛男である。


「半年ぶりですね」


その呟きに答えるのはオズボーン課長。
馬の首から上が人間の上半身に置き換わった所謂ケンタウロスという種族に属する男である。
上半身にスーツ、下半身はその逞しい裸体を晒しているというなんとも公然猥褻罪に問われそうな出で立ちである。


情報調査部の人間は攻略本部同様、犯罪者、密入国者、政治犯といった者たちから雇用されているのだが、攻略本部の人間と違って彼らに命の危険は殆ど無い。
その為、この部署からの退職者は極めて少なく、新人が入ってくるのは非常に稀である。逆に言えばこの部署に配属されたのならラッキーである。
彼らの給与は攻略本部の人間とは違い、出来高制ではない為安定しているが、それでも攻略本部の人間が持ち帰った情報の量、質によって左右される部分も当然ある。
故に、全く実態の掴めない総務とは違い、情報調査部は攻略本部と密接な繋がりがある。
攻略本部が業務を円滑に行えるようサポートしていくのも情報調査部としての方針の一つなのだ。


「攻略本部の奴ら、やっぱり迷宮内に緊急電話が欲しいってさ」


「総務の連中が簡単に予算を寄越すとは思えないですけどね。スピーカー設置の時だってあんだけ苦労したのに…」


この二人、職階は近くはないが、25年以上の付き合いである。
迷宮内のスピーカー設置に関してもこの二人と当時の情報調査部事業部長、攻略本部の事業部長達が十数年前に総務に何度もかけあってどうにかある程度の予算を出させたのだ。


「犠牲者何人出たんです?」


「ちょっと待って。最近年のせいか細かい字が…」


そう言ってスタニスラフは自分の机の引き出しから単眼鏡を取り出す。


「えーっと…、15人」


「やっぱスピーカー設置してから大分減りましたよねぇ」


「だねぇ。効果大きいよねぇ。総務もケチらないでさ、地下四階までじゃなくて一気に地下九階まで設置できるだけの予算くらい出せよって僕は思うよ」


十年程前にスピーカーが設置される以前は、社員殺しが現れたときは今と比べ物にならないほど犠牲が出ていた。
当時は通達手段が人づてしか無く、迷宮内に居た社員達の中で社員殺しが現れているという情報を知ることが出来た者は実際に遭遇した者以外に殆どいなかったのである。
その為、被害は拡大するばかりであった。


「全くですね。それに攻略本部の言ってるように緊急電話もあれば便利にもなるでしょうね」


「けれども今更社員殺し対策に緊急電話の設置お願いしますなんて言った所で総務が動くとは思えないよ」


当時は社員殺し死亡者数が余りにも酷く、出没後は必ず人員不足となり、補充要員が揃うまでは業績悪化に陥っていた。
そう言った経緯もあり、総務もイヤイヤながらもスピーカー設置の予算を出したのだ。
お陰で社員殺し出没後に人員不足に陥る事は無くなった。
だと言うのに、たかが社員の命の為に多くの予算を出して緊急電話の設置する必要性が何処にあるのか。
それが総務の意見である。


「総務の連中はお金の事しか考えていないからね。その件についても僕の方でも何度か嘆願書出してるけど良い返事が返ってきた事は無いよ」


そう言って溜息をついたスタニスラフは再度調査報告書に目を戻し、しばし読み耽る。


「ん~?」


しかし、気になる点でもあるのか手に持った報告書を目に近づけて何やら唸り始めた。
暫くして目から書類を遠ざけキョロキョロと周囲を見渡し、やがて一人の人間が彼のその眼に映った。


「あ、いたいた。ハルフォーフさーん、ちょっといいー?」


「はいー?」


スタニスラフの声に返事をしたのは遠くからの女性の声だ。
そうして近づいてきたのは20代前半のゴールデンレトリバーのような垂れ耳とふさふさの尻尾を持つ女性であった。


「ちょっとこの報告書でさ、聞きたいことあるんだけど今大丈夫?」


「うあっ、なんかマズい箇所ありました?」


「いや、大したことじゃないよ。このさ、“理由不明だがパーティの内の一人が迷宮内入り口で倒れていて保護された”っていう部分あるでしょ。ほらこの部分。これって?」


スタスニラフはもう片方の手にもったコーヒーカップを机に置き、報告書のある部分を指差した。


「あー、私も資材のクライビッヒさんから聞いた事を纏めただけなんで詳しい事も知らないんですけどね」


ハルフォーフと呼ばれた女性はそう言ってスタニスラフが質問したことについて説明を行う。


新人パーティ一同は社員殺しに遭遇時、地下三階の階段方向に向けて逃走を開始し、先の二又の分かれ道にて二手に分かれたらしい。
生還した面々が地下三階へ離脱した時、該当人物はその中にいなかった。この事から該当人物は彼らとは別方向の道へ逃走した、あるいは途中で逸れたと考えられる。
生還した面々とは別方向の道は行き止まりであり、そちらの道を選んだ3名は全員遺体となって見つかっている。
しかし、何故か該当人物が迷宮内入り口で倒れているのを発見されたということである。
その時刻、社員殺しは未だ出没中であり、一人の力で地上へ到達は不可能であった。


「…なんだか不思議な話ですね」


近くで聞いていたオズボーンが感想を述べる。


「彼に詳細を聞こうとしたらしいんですけど公用語話せないようなんです」


ハルフォーフのその言葉にスタスニラフは「ふーん」と返事をしながら机の上のコーヒーカップを手に取り、コーヒーに口をつける。


「まぁ、変な話だけれどあんまり重要なことでもないか。ありがとね、ハルフォーフさん」


「いえー、では戻りますね」


自分の席へ戻っていく彼女の後姿を見ながら、スタニスラフは報告書を机の上に置き、椅子の背にもたれかかり、そのまま大きく伸びをした。


「……社員殺し、なんとか討伐できないもんかねぇ。僕がここに入社してからもずっと現役だよ、アレ」


「難しいでしょうね。ミイラになったミイラ取りの人数だって相当な数ですよ」


社員殺しが初めて出没してから約80年余り。
幾度となく有志がそれの討伐を試みたものの何れも失敗に終わっている。
その時生き残った者より、刃物類のみならず銃器類も効果が薄いという報告書も受けている。


「まぁ、実際命掛けてるのは攻略本部だから彼らも必死になるのも仕方ないか。個人的にはなんとかしてあげたいとは思ってるんだけど…」


ままならないもんだね
そう言って、残りのコーヒーを飲み干した。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 医療室 C-5 です。■
■Yoshio will not die. It will revive.■


時間は数日遡る。

6月22日21時44分、よしおは視界が真っ赤になって飛び起きた。
怖い夢を見たのだ。今までの人生で見た夢の中でも断トツに最悪な夢だった。

夢だと言うのにハッキリとその内容を思い出せる。

気がついたら異世界にいた。そして、何故か危険なダンジョンに潜らされる会社に入って、色々なモンスターと戦うことになった。
だけど、結局モンスターに殺されて死んでしまうのだ。
しかも、夢の中だというのに死の痛みすら写実的だった。

呼吸を落ち着けると同時に心に安堵が広がる。
現実にあんなモンスターなんて存在するはずがないのだ。

寝起きが最悪だ。寝汗も酷い。シャワーを浴びたい。
確か今日は日曜日だっけ。

そこまで考えたところで周囲の環境の変化に気づいた。
よしおは自室ではなくどこかの医療室の部屋のベッドにて寝かされていた。

辺りを見渡して暫く呆然とした。
ここは何処なのか、何故自分はこんな場所にいるのか、分からないことだらけだ。

しかし、ここが何処かを考える前に水が欲しかった。喉が渇いていた。

そうして水の飲める所へ移動しようと立ち上がり、歩き出そうとした。
そのよしおの目にある物が映る。

なんて事のない、ただの壁に掛けられたポスターである。
なにやら夢の中で出てきたような豚の顔をもつ男性がその太った腹を撫でている絵。
横にパンと肉と野菜の絵も添えられているので、メタボ対策か何かの健康ポスターなのではないかと思われる。


「あ」


ただし、それは日本語ではない、あの夢の中の異世界で見たような文字で書かれていた。


よしおが最初に覚えたのはこのポスターが何故この文字で書いてあるのかという戸惑いである。
それに続いたのは信じていたものがあっという間に崩れ去ってしまったような失望感。
最後にそんな訳あるはずはないと往生際の悪い期待が続く。

だけども期待を押しつぶして絶望がひたひたと心を占領していくのも感じている。

そんな訳あるはずがないという今にも消えてしまいそうな期待を確信へと変えるため、急いで窓に近づきカーテンを開いて外を見た。


「…いやだ」


外の光景には現実の風景とは見慣れない、夢の中のブラック企業内にあった広場の石碑、それとその周りを掃除する狼男の用務員。


膝が震える。
その場にしゃがみこみ、腕を押し付けて目を隠す。
袖はすぐに濡れ始めた。


「もう、いやだ」


医療室から小さな啜り声がしばらく止む事はなかった。






暫くして涙も枯れた頃、蹲っていたよしおは立ち上がった。
こんなところでグズグズと泣いて臥せっている場合ではない。
切り替えの早さはよしおの長所の一つだ。

自分が何故ここにいるのか、あの場で死んだのではないのか、気になる疑問ではあるが、今はそんなことは些細なことだ。

辞めてやる、こんな会社絶対に辞めてやる。
よしおの頭には最早その事しかなかった。
速やかに退職願を作成する必要がある。形振りなど構っていられないのだ。

お金もなければ、次の就職先の宛だってないが、こんな会社で働き続けて命を落とすよりはマシだ。
ただし、今後のプランについてはある程度考えておいた方がいいだろう。

よしおはこの会社を辞めた後の計画について考えてみるのだが…



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プランA:異世界法則を利用した生活基盤取得計画

概要

よしお: ぐっ…!俺はこんなところで行き倒れて死ぬのかっ…
           ↓
美少女: まぁ!こんなところに行き倒れが!どうしましょう!とりあえず私の家に運びましょう!
           ↓
よしお: ううっ…
           ↓
美少女: あ!起きたんですね!
           ↓  
よしお: こ、ここは…君が介抱してくれたのか、ありがとう。
           ↓
美少女: いいえ、お気になさらないでください。ここは私のお店です。それで、どうして倒れていたんです?まぁ、いきなり異世界に? 
           ↓
よしお: 世話になった。俺は出ていかなくてはならない。致死斬鬼シームレスコラプションの追っ手がかかっているかもしれない!
           ↓
美少女: 待ってください!そんな怪我では無理だわ!困っている人を放ってはおけません!仕事がないなら私のお店で働けば良いわ!
           ↓
よしお: しかし、それでは君に迷惑が…
           ↓
美少女: 気にしないでください!雨だって降ってるのよ!
           ↓
よしお: そうか。すまない、お言葉に甘える事にするよ。
           ↓
美少女: それに…私、一目見て貴方のことが…
           ↓
よしお: えっ、今なんて言ったんだ?
           ↓
美少女: (もうっ!鈍感!)  


異世界への迷い込み、その後は上記のような展開になることが多いことを利用する。
異世界にて主人公が行き倒れた時、ふっくらとした桜色の唇、アイドル顔負けの長い鼻立ち、見るもの全てを慈しむ様な穏和そうな目をした
優しそうな美少女が拾ってくれる確率が高いという集計結果がネット上で出ている。
所謂、異世界の法則である。
ただし、この異世界の法則はさらに何らかの幼女が登場人物として絡んでくる確率が高いのもネックである。
加えて、その幼女も自分に対して好意を持っている事が多い。
異世界に迷い込む者はその事を深く留意しておく必要がある。

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よしおの頭の中ではこんな根拠のない法則頼みのプランAしか思い浮かばない。
異世界に迷い込んでから法則に縛られないシビアな状況が続いていることもあって、このプランには信頼を置けないとよしお自身も思ってしまっていた。


その時、ガチャリと扉の開ける音がした。


「あ!起きたんですね!」


ふっくらとした桜色の唇、アイドル顔負けの長い鼻立ち、見るもの全てを慈しむ様な穏和そうな目。
長い耳を持った金髪のふわふわと波打つ髪を持つ優しそうな美少女が入ってきた。
展開的には行き倒れていたよしおをここまで運んできてくれたのだろうか。

まさか、ここにきてやっと異世界の法則が発動したのだろうか。
この後の展開は分かっている。
己の暗い過去に絶望する男をこの美少女は必死に慰めるのだ。そんな少女の献身的な介護により男は再起する。男は少女を連れてこの会社を脱出することを決意する。そして、いつしか芽生えるのは愛。
異世界法則が発動しているとすればここは重要な局面だ。選択肢を間違えてはならない。
異世界の法則が発動したということはプランAも通用するはずである。
状況が多少異なるものの上記プランAを成立させるべく、よしおは通じないであろう日本語でも答える。


『こ、ここは…君が介抱してくれたのか、ありがとう』


「怪我もしてないくせによくぞ医療室に来ましたね。治療費払わない人は私はお客さんだと認めていないんでさっさと出てってください」


よしおは追い出された。
プランAが通用するなら彼女の次の台詞は「いいえ、お気になさらないでください」のはずだ。
だというのに、優しそうな顔をしている癖に、優しさの欠片も見られない応対だったのは何故だ。
やはり、この異世界に関しては法則が適用されないらしい。
プランAは30秒を持たず破綻した。
今後の計画を大幅に修正する必要がある。


(プランBで行こう。プランBは何だ?)


あ?ねぇよそんなもん
と誰かに突っ込まれた気がした。




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翌日の朝、社員寮のよしおの部屋にはよしおともう一人の男がいた。
ピエルルイジと名乗ったその男は、昨日の社員殺しの件について聞きたいことがあるということでよしおを訪ねたそうだ。
聞かれたことは、社員殺しに襲われていたのにどうやって一人で地上の迷宮入り口まで戻ってこれたのかという事だった。
どうやら自分は迷宮入り口前に倒れていたところを医療室へと運ばれたらしい。

しかし、これについてはよしお自身も全く検討がつかない。
少なくとも昨日、自分が社員殺しと対峙していたのは覚えている。
社員殺しに背を向けて蹲っていたので詳しく何が起きていたのか分からないが、急に何かに掴まれて重力がなくなったと思ったら、続いて凄まじい衝撃と痛みが襲ってきた。
そこまでは覚えている。しかし、次に気がついたら医療室だった。

よしお自身にも理由は全く分からない旨を、身振り手振りジェスチャーでなんとか示そうとしているのだが、どうも相手は分かっていないようだ。
それはお前の故郷に伝わる踊りか?なんて言われてしまった。
しかし、よしお自身が言葉を話せないことは相手方にも伝わったらしく、まぁ対して重要じゃないことだからいいか、と言われてそれ以上の追求はなかった。

その後、他の新人パーティはなんとか拠点に辿り着き、無事であることが彼から伝えられた。
どうやらその事をよしおに伝えるのが、彼の主な目的でもあったようだ。
パーティの無事に安堵するよしお。心配だった事が一つ解消されて少しの余裕が出来たのであった。



さて、社員殺しも既に姿を消してしまったAM9時37分、既に迷宮に潜って業務を行っていなくてはならない時間帯であるが、よしおは未だ自室にいた。
迷宮内であんな思いをするのはもう御免だったので無断欠勤する気満々だったのだ。

どうせ退職するんだ、仕事しなくたって何が悪い!とよしおは思っていた。
確かに、よしおの心情を抜きにしても迷宮探索に向かうのは危険である。
他のパーティメンバーが拠点から地上に戻っている途中だからよしおは一人で探索に向かわねばならないのだ。
だが、そんなもんはいい訳にすらならない。
よしお個人の都合など会社は知ったこっちゃないのだ。

[利益に貢献しない社員には罰則か解雇を]

それをわかっていなかったよしおは想像以上の罰則に苦しむ事になる。


■ペナルティが発生しました!■






無断欠勤を行ったよしおは購買センターへと向かう。
展示テレビから流れる音声を録音し、言葉の勉強を行う為だ。

よしおが狙っているのは“退職”、“書類”、“仕事”、“辞める”といった単語、あるいはその類語を録音することである。
これらの言葉さえ分かれば、藤吉郎かユーマあたりに適当な紙を指差しながら、「退職!書類!」などと公用語で話せば自分が退職届を書きたい事を理解してくれるかもしれないと思ったのだ。
そして、字の書けないよしおの代わりに退職届を書いてもらえばいいのだ。

最初はそれらの単語が出てきそうなニュース番組に絞って録音していたのだが、結果は芳しくなかった。
そのうち、ニュース番組に飽きたよしおは昼ドラやアニメの音声を録音し始める。
よしおはダメな男だった。




『い、いけません。秀雄さんっ!』


『はぁはぁ、奥さん、見てください!奥さんの魔法ですっかりぬるぬるですよ!』


『ああっ!ごめんなさいっ!秀雄さん!私の魔法であなたの忍者服がぬるぬるに…!』


昼間から展示テレビの前でぼんやりと昼ドラを眺めるよしお。
この男、本当に退職届を作成するつもりがあるのだろうか。
先程から目的のものとは程遠い言葉ばかりを録音している。

その時、ピーッという音と共にボイスレコーダーの電源が切れた。どうやら電池切れのようである。

ボイスレコーダーだって電化製品である。
よしおの持つボイスレコーダーは10時間以上の録音は可能となっているものの使い続けていると当然電力の消耗によって機能しなくなる。
購入してから一度も充電もせず使っていたので電池切れするのも仕方ないのであろう。
幸いな事にこのボイスレコーダーは充電式であった。
電池を使い捨てる物であったのなら、更なる支出となって唯でさえ中身の少ないよしおの財布にダメージを与えていただろう。

充電のため、よしおは自室へ戻った。もしかしたら部屋にコンセントがあるかもしれない。
しかし、残念な事によしおの自室にコンセントらしきものは見つけられなかった。
別の場所にて充電を行う必要があった。
結局、よしおは社内通路の目立たないスタンド照明のプラグを引き抜いてボイスレコーダーの充電器のプラグを差込み、充電を行った。
超法規的措置により社内に設置してあるコンセントの無断使用がよしお脳内で許可されている。
ここは異世界、治外法権なのだ。何も問題はない。
よしおは現実社会の法に縛られない自由な男なのだ。

1時間くらい充電した後は、再び購買に戻り、展示テレビの音声の録音を行う。


『イ、イエロー!生きていたのか!』


『き、貴様!あの時、アジトの崩壊と引き換えに殺してやったはずでは…!』


『フン、貴様のアジトの食堂のカレーによって作られたこの筋肉と脂肪の鎧が崩壊の落石から俺を守ってくれたんだ、さぁ、覚悟しろ、アルゼンチンアカエビ博士!』


『ありがとう、イエロー!助かったぜ!』


戻ってきてからも展示テレビの前でぼんやりと特撮番組を眺めるよしお。

そして、ありのままに起こった事を話すと昼ドラと映画と特撮番組の音声を録音して日が暮れていた。
結局その日は目的の単語を録音することは出来なかった。
それでもよしおは満足だった。
目的の単語は録音できなかったが、“自分の知りたかった言葉”の録音は出来たのだ。




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その日の夕方である。
拠点から帰ってきたばかりで非常に疲れているはずの生き残ったパーティメンバー一同がよしおが無事だったという知らせを聞いてよしおの元にすっ飛んできたのである。

やっぱお前は凄ぇな!
どうやって社員殺しから逃げ延びたんだい?
やはり君は僕のライバルに相応しい。
マジパネェッス!マジ凄ぇッスよ!マジカッケーッス!桃色回路さん!

よしおの元気な姿を見て喜びと安堵を見せてわいわいと騒ぐパーティメンバー達。

対してよしおも表情では彼らの無事を喜んではいるのだが、その内心は暗い。

仲間達はこうして自分の無事を喜んでくれている。
だというのに、自分ときたらあの社員殺しと遭遇した時何を思っていただろうか。
その時の自分は自身が生き残れないことを憎んで、生き残れた仲間達を逆恨みしていた。
自分はなんて醜い奴だろうか、とよしおは自分に嫌気が刺していた。

その後は皆拠点から戻ってきたばかりで疲れているという事もあり、すぐに解散となった。

生き残った仲間達と再会したというのによしおの心は晴れない。

自分一人が共に生き残ってきた仲間を残して、退職を決心していることに、
自分が仲間達から無事で良かったと喜ばれる価値のないどうしようもなく醜い男であることに、
よしおは仲間に対して申し訳なく感じてしまっていた。






「…よしお、表情には隠してたけど、辛そうだったね」


「あぁ…」


食堂の椅子によしおとユーマは座っていた。二人の表情も暗い。
出会ってまだ4日目であるが、最もよしおと接する時間が多かったこの二人はよしおの隠された感情を見抜いていた。


「あの時、生き残った俺達はよしお達を見捨てたんだ。あいつに恨まれていたとしても仕方ない事だ」


「…そうだよね」


そう呟いて、藤吉郎は紙コップの中のコーヒーに口をつけた。
あの時、地下三階まで辿り着き生き残った社員達は地下二階で逸れた仲間を助けに行こうという選択肢はとらなかった。
逸れた仲間を助けにいこうと地下二階に戻れば社員殺しに返り討ちにあうのは明白だったからだ。
皆泣きながら、ごめんなさいと謝りながら逸れた仲間を見捨てたのだ。
二人はよしおが辛そうだった理由が、逸れた自分達を見捨てた自分達に対する恨みの感情を必死に隠そうとしているからだと勘違いしてしまっていた。
しかし、実際は社員殺しに対峙していた時であったなら話は別だが、今現在においてはよしおが彼らを恨む理由はない。
よしおは自分の醜さに嫌気が刺しそれがわずかながら表情に出ていただけであったのだ。


「でもさ、よしおってどうやって社員殺しから生き延びたのかな?」


二人の間の暗い雰囲気を払拭しようと藤吉郎が気になっている話題を明るい声で振る。


「分かんねぇ…あいつが言葉を喋れてたなら分かったかもしれないんだけどな」


「後から聞いた話なんだけどね。僕達の逃げた道とは違うもう一方の道の先は行き止まりだったらしいよ」


「…ってことはだ。よしおは逃げた先の行き止まりで社員殺しと対峙して、尚且つそれから逃げ延びて一人で地上まで到達した訳だ」


そこまで言って、ユーマは苦笑した顔を浮かべる。


「あいつを見捨てて逃げた俺がこんなこと言うのも何なんだけどな」


裏切ってしまった自分達が彼と未だ友人であるなんて言えた事じゃないのかもしれない。
それでも彼の事を友人として誇りに思ってしまう自分を止められないのだ。
ユーマの表情からも暗さがとれ、徐々に嬉しそうなものに変わる。


「どういった方法にしろ、例えたった一人でも、例えどうしようもない絶望的な状況であっても、あいつはそれを覆して生き残りやがった」


それを聞いた藤吉郎も彼が続ける次の言葉を理解して、その顔に笑みを浮かべる。
長年の付き合いである藤吉郎には彼の放つ次の言葉が手に取るように分かる。自分もよしおに対して彼と同じ心情を抱いているのだから。


「「やっぱりよしおは凄い奴だ!」」


二人の同時に放った言葉は一言一句違えることなく辺りに響いた。




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翌日6月24日AM9時13分。
すでに出社時間は過ぎている。
しかし、よしおの姿は迷宮内ではなく、未だ自室にある。
絶対に働きたくないでござる状態のよしおは本日も無断欠勤であった。

そんなよしおの手には一枚の黄色い手紙があった。
昨日の夜、自室に戻ると郵便受けに入っていたものだ。
社員寮のよしおの自室の同居人は入社初日に死亡している。
その為、本来は相部屋なのであるが、今の住居人はよしおだけだ。
つまり、この手紙はよしお宛に送られたものだと思われる。
しかし、公用語の読めないよしおにはそれが何と書いてあるのかは分からない。
どうせ深く考えても分からないのだ。
その紙をポイとごみ箱に投げ捨てた。







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                                        王国暦653年6月23日    
                                      ㈱ブーヘンヴァルト強制収容所
                                           人事総務部      
 よしお殿                                                 
                                                        
                       懲戒辞令                             
                                                        
   貴殿は、王国暦653年6月23日、当社と労働契約を交わしているにもかかわらず無断で
   欠勤を行った為、就業規則第8条6項の規定により、王国暦653年6月24日から1ヶ月間、
   基本給80%を減額する。

   以 上                                                 























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そして昨日と同様、言葉の勉強のためによしおは購買センターへと向かう。
昨日は特撮番組、映画、昼ドラばかり見ていた。だから、目的の単語が録音できなかったのだ。きっとそうに違いない。
今日は一日中ニュース番組を見るぞ!と意気込んで展示テレビの前に立つ。
その甲斐あってかよしおは"書類"という単語を録音する事に成功する。

しかし、その為に払った代償は大きい。
二日連続の無断欠勤により、罰則が凄まじい事になっているのによしおは気がついていなかった。


■ペナルティが発生しました!■




事態が一転したのは夕方である。
よしおの自室に仕事の終わった藤吉郎とユーマがすっ飛んできて、いきなり頭を深く下げられて、謝罪されたのだ。

いきなり謝罪をかまされ、意味も分からず困惑するよしお。

聞けば、よしおが今日無断欠席した理由を、よしお達を見捨てて逃げた自分達を許せなくて顔も見たくなかったから、などと勘違いをしていたそうなのだ。

そこまでよしおの事を考えてくれて、自分が気にしていない事をわざわざ謝りに来たこの友人達によしおが感激してしまった。
思わず目に涙が浮かんできてしまう。

けれどもお互い様なのだ。
よしおだって、社員殺しに対峙していた時は自分が生き残れないことを憎んで、さらに生き残れた仲間達にまで逆恨みしていたのだ。


よしおは二人の肩を優しく叩いて、頭を上げさせた。
そして逆に深く頭を下げた。
仲間達に対して逆恨みしてしまったことを謝りたかった。
涙が零れそうになるのを我慢していたのだが、彼らに深く頭を下げて顔を下に向けてしまったので涙は零れてしまった。

それを見た二人が慌ててよしおの頭を上げさせようとする。

しかし、その前に



ありがとう。ごめんなさい。



よしおの口から“公用語”でその二つの言葉は放たれた。

最初に無断欠勤した日によしおはその二つの言葉をボイスレコーダーに録音することが出来ていた。
その日の夜、この言葉を喋れるように何度も練習したのだ、
いつも世話ばかりかけてしまっている友人達にお礼と謝罪が言葉で伝えられるように。

それを聞いて驚く藤吉郎とユーマ。
急いでよしおの頭を上げさせる。
そしてボロボロと泣くよしおの顔を見て、感激した藤吉郎も思わず貰い泣きをし、ユーマも二人に背を向けて泣きそうになっているのを誤魔化していた。

美しい友情がそこにはあったのだ。







暫くして落ち着いた面々はよしおの今日の無断欠勤についての話をすることとなった。


「でも、桃色回路ストロベリースクリプト。やっぱり勝手に無断欠勤するのは拙いよ。」


確かに罰則が厳しいのは分かるが、どうせ辞めてしまうのだ。無断欠勤して何が悪いのか。


「無断欠勤3日続けちゃうと解雇されちゃうんだよ?」


なんと、たった無断欠勤3日するだけで解雇されるという。わざわざ苦労して退職届を作成しなくても良かったらしい。
そんなよしおの無断欠勤上等という顔を見て、ユーマが言う。


「あー、藤吉郎。多分だけどこいつ分かってねーよ。桃色回路はこの国の人間じゃないしな」


「え?あ、あぁ、そうか。桃色回路はこの国の外から来たんだったね。それじゃ仕方ないか。いいかい、ここでの“解雇”って言うのは文字通りの意味じゃなくって――」


そんな時、よしおの自室の郵便受けにガチャンと何かを入れられたような音がした。


「あぁ、早速来たね。多分懲戒辞令か通告書とかだと思う。黄色い色のヤツ」


藤吉郎がそう言った。
会話が中断してしまったが、よしおはとりあえず郵便受けに向かい、中に入っていた“赤い”手紙を取り出した。








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                                        王国暦653年6月24日
                                      ㈱ブーヘンヴァルト強制収容所
                                           人事総務部
 よしお殿

                       懲戒辞令

   貴殿は、王国暦653年6月24日、当社と労働契約を交わしているにもかかわらず再度
   無断欠勤を行った為、就業規則第8条7項の規定により、王国暦653年6月24日から
   2ヶ月間、基本給80%を減額する。


   また、再度無断欠勤を行った場合、就業規則第8条9項の規定に違反したと認め、懲戒  
   解雇に処すことをここに通達する。                                 
                                                        
   以上                                                  





















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「…って、桃色回路!それ赤紙じゃねぇか!お前無断欠勤2日目だったのかよッ!」


ユーマが何やら大声で喚いている。
だから、退職をしようと決心しているのに無断欠勤して何が悪いと言うのか。
藤吉郎は隣で何故か頭を抱えて溜息をついている。


「……いいかい、桃色回路。“解雇”って言うのは文字通りの意味じゃ無くて――」






藤吉郎の話を聞いて“解雇”の真の意味を知ったよしおはあまりのこの会社のブラックぶりに凄まじい動揺を示した。


(処刑って何よ!処刑って何よ!処刑って何よッ!)


“解雇”というのは処刑を意味するらしい。
安心と信頼と実績の“電気椅子”。
冗談ではない。


(うあぁ!やばいッ…!俺あと1日でアウトだよ!?)


あんまりにもキツ過ぎるんじゃないですか、おかしいんじゃないですか、この会社!?とよしおはこの会社の理不尽さの青天井ぶりに激しく動揺しているが、よしおはこの会社の社員は基本犯罪者であること、また自身も密入国者として連れて来られた事を未だ知らない。
その為、未だ“退職”を諦めてはいないのだ。


(ま、まだだ…きっと正式に退職届を出せばキチンと辞められるんだ。大丈夫、大丈夫だ、俺は…)


「フヒ、フヒヒ…」と気味のの悪い引き攣った声で笑うよしおを見て、やっぱりこいつ知らなかったか、と藤吉郎とユーマは思う。


「そう言う訳だから、もう決して無断欠勤しないでね?桃色回路には次はないんだから」


そんな藤吉郎の警告を聞いているのかいないのか「フヒッ、ヒヒ…ヒィイイイーッ!」と引き攣った笑いが奇妙な叫び声に変わるよしお。

よしおは二度と行きたくないと思っていた迷宮にこれからも毎日潜らねばならなくなった。


こうして、軽はずみな無断欠勤という行動によってよしおは更に苦しめられる状況へと陥ってしまったのである。






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あとがき

このSSに厨二病感を出すためにルビ振りを採用してみるテスト

超難産だった…。よしおを如何に立ち直させるかの展開に苦労しました。
大筋のプロットは作ってみたものの細かいプロットとなると何一つ作ってないのです。
本当はもっと精神的ショックを引きずらせて、PTSD発症するくらいに酷いトラウマを植え付けようと思ったのですが、それだと5時間以上頑張って考えたけど展開を進められないw
と、言う事で社員殺しに対峙した時、よしおは背を向けていて、何がなんだか分からないうちに殺されたので精神的ショックが少なかったという設定に。

そりゃねーよ!って思うかもしれませんが、そういうことにしておいてください('A`)
しかし、どんどん1話毎の文章量が多くなっていくのはどういうことか。

ちなみに冒頭の調査報告書に書いてある犠牲者の名前は全てフィックションです。



[14030] 第十話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/07 00:32

無断欠勤を二日続けて行ったよしお。
もう一度無断欠勤を行えば、“電気椅子”直行という想像を絶するペナルティを与えられてしまう。
友人二人と別れた後も、よしおは焦りながらこれからの事について考えていた。

少なくとも退職するまでは、彼は休み以外の日は毎日迷宮に潜らねばならないのだ。
そんな状況下で如何にして退職するまで生き残るか。
それが彼の課題である。

必死に頭の中で考えを巡らすよしお。
迷宮内に潜らないという選択肢は最早取れない。
ならば、迷宮探索で自身の生存確率を少しでも上昇させなくてはならないだろう。
その為に必要な事は何か。

最も重要なのは団体行動を取る事であると今のよしおなら答える。
“仲間との絆を大切にして欲しい、そんな思いを込めてパーティ制度を採用しています!”などとこの会社は謳っているものの、仲間との絆云々の前にパーティ単位で行動しないと普通に死ねる。
基本的に敵の一撃を喰らえばほぼ死亡、あるいは行動不能にさせられることが多く、また多数の敵との戦闘も頻発するので単独で迷宮に潜るというのは自殺行為なのだ。

よしおが一時期嵌っていたゲーム、“不審なダンジョン ポルネコの大冒険”で例えるならば
①敵を倒しても経験値を得られない
②ダンジョン内に自分が有利になる便利なアイテムが落ちていない
③1対1になるよう敵を呼びこめる通路がない
という縛りで、プレイするようなものである。

友人に聞くところによると、昨日と今日の迷宮探索では幸いなことに死者は出なかったそうだ。
20名居た新人たちも今では自分を含め8名まで減ってしまったが、生き残った者達は短い間だが苦難を共にしてきた仲間だ。
彼らは十分すぎるほど信頼するに値する。
団体行動するという面では問題は無いだろう。


では、次に大切な事は何だろうか。

それは防具であるとよしおは考えた。
前述したように迷宮内のモンスターは当然人間よりも力が強いモノが多く、その攻撃を喰らえば一撃必殺となってしまう場合も多い。
モンスターの攻撃は基本受けてはならない。死刃は全てかいくぐるべし。
即ちモンスターの攻撃は基本的に全て回避するというスタンスが重要である。

それでも、どうしても回避できない場合に盾などの防具を持っていれば、モンスターの一撃を喰らっても助かる場合もあるのだ。

事実、よしおも3日目の探索で“共鳴無惨グロテスクハウリング”からの一撃を青銅の盾で防御し、辛うじて生き長らえた実経験がある。


(そういえば…)


そこまで考えて、よしおはある事を思い出した。
よしおの青銅の剣と青銅の盾は3日目の探索でその“共鳴無惨グロテスクハウリング”と相打ちとなり、両方とも壊れてしまっていたのである。

武器防具無しで迷宮に挑むというのも極めて危険である。
“不審なダンジョン ポルネコの大冒険”のように迷宮内で武器防具を拾えるという訳ではないのだ。
早速よしおは購買センターで自分の新しい武器と防具を見繕いに向かうことにした。




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社内購買センター内の武器防具販売店。
武器はナイフや片手剣、斧などの近接武器からボウガンや拳銃、自動機銃などの遠距離武器、手榴弾や志向性対人地雷などの爆弾類、
防具は盾、皮鎧、鉄鎧など古来からあるものは元より、暗視スコープや防刃ベスト、現代軍隊が採用している様なインターセプターボディーアーマーなんていう物まで存在して、その品揃えは非常に豊富だと言える。
その店内によしおの姿はあった。

よしおがまず見繕おうとしているのは盾である。
“共鳴無惨”の凄まじい一撃から破壊されながらもよしおの命を救った青銅の盾。
それは、よしおに盾こそが迷宮探索において最大に頼りになる防具であるという認識を与えていたのだ。

盾と一言で言ってもよしおが使っていた青銅の盾や鉄製の盾、真鍮の盾など様々な種類が販売されている。
よしおは店内で販売されている盾を見て回ることにしたのだが…


(530000マネーって…)


よしおが今見ているのはジュラルミン製の重厚な大盾である。
文字の読めないよしおが知る由はないが、“当店イチオシ!7.62mmライフル弾を耐弾(耐弾レベル3)!”などと宣伝文句が張られていた。
よしおはその盾を持ってみたが、非常に重く少なくとも重量10kg以上はありそうだった。
確かに防御力の面で見れば最高レベルの物かもしれない。
しかしながら、移動が前提である迷宮探索においてはこのような重すぎる盾はデメリットが多すぎる。
それに取り回しも難しいだろう。
そして何よりも値段が凄まじい。フリーザの戦闘力と同じなのである。
限定的な範囲でしか使用が難しいと思われるこの盾は価格と汎用性の面でよしおから不合格の烙印を押されてしまった。


次によしおが注目していたのは透明かつ軽量のポリカーボネート製防護盾である。
銃弾とかも防げて機動隊とかでも採用されている盾だったよなー、とよしおはテレビか何かで見たのを思い出した。


(これいいなぁ…)


よしおはその盾を手に持ってみて、重量もかなり軽く、負担になりにくそうだという感想を持った。
グリップが二つと肘掛も付いているので片手でも扱えるし、両手でしっかりと盾を保持することも可能である。
しかし、


(38400マネーか…)


新入社員であるよしおではとても買えるような値段ではない。
非常に心惹かれる盾であったが、断念せざるを得なかった。


その他にも色々と見て回ったのであるが、結局全て価格面で諦めざるを得なかった。
最初に使用していた青銅の盾すらよしおの財布の中身では買えなかったのである。


(ポルネコの大冒険とかでは300Gとかで買えてたのに…)


もしかしたら某ゲームと同じくらいの値段かもしれないとほんの少しの期待も持っていたのであるが、現実はやはり非情であった。

その後、武器についても見て回ったのだが、よしおの所持金で買えるものは刃渡り100mm程度の小さいナイフだけであった。


(……不安すぎる)


流石にこんなものでは、モンスターに対して武器になるかと問われれば首を傾げてしまう。


(死んじゃった同僚の剣と盾を拝借すれば良かった…)


過去のことを思っても仕方がないのである。
結局よしおは武器防具は何も購入することなく、簡易食料だけを購入して購買を後にすることとなってしまった。


■現在の 所持金は 2570マネー です。■




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 迷宮前 (D-9) です。■




翌日となり、いよいよ迷宮探索に向かう時間である。
よしおは集合場所である迷宮入り口にいた。
しかし、社員殺しに襲われた恐怖が未だ癒えていないよしおは当然、気が気ではない。
自分がどうやって社員殺しから生き延びたのかも謎のままだ。
しかし、そんな都合のいい事は二度も起こらないだろう。
また社員殺しと遭遇してしまうのではないかと心配して、よしおは昨日は殆ど眠れていなかった。

しかし、いくら恐怖が癒えていないといっても迷宮内で脅えを見せてはならない。

迷宮内で脅えを見せていると、桃色暴動マニックパーティと出会ったとき、自分だけでなく同僚も危険な目に合わせてしまうからだ。
必死に恐怖を隠そうとしているが、体の震えは止まってはくれない。
周りから見てもよしおが怖がっているのは丸分かりであった。

そんな時、よしおの肩がポンと軽く叩かれた。
その感触に思わず「うぇぁ!」と驚いて叫んでしまったよしお。
慌てて振り返ると藤吉郎の笑った顔がそこにあった。


「はは、桃色回路ストロベリースクリプト。そんなに怖がってること隠さなくても大丈夫だよ」


ユーマもよしおの驚いた姿を見て、笑いを噛み殺していた。


「ふくく…!その通りだ、桃色回路。俺達だってあの後、全員震えが止まらなくてな!拠点から地上に帰る時は桃色暴動マニックパーティに襲われまくったんだぜ!」


社員殺しから生き残った同僚達も拠点から帰る道中は皆体の震えが止まらず、結果多くの桃色暴動マニックパーティと戦闘をする羽目になったのだ。
ユーマのその言葉に続き、


「そうだ、安心しろ、桃色回路ストロベリースクリプト。守ってもらってばっかだからな、今回は俺達がお前を守ってやる番さ」


「そうですよ、桃色回路さん。もしもまた社員殺しに遭遇しても今度は俺達だけでブッ倒してやりますよ!桃色回路さんは後ろでどっしり構えてるだけでいいんですよ」


「フッ、桃色回路の出番はない。既に紅炎検死官ジャッジメントプロミネンスとの契約は終了した。死魔殺炎烈光ディアボリック・デスバーストが今なら使える…」


同僚達もよしおに気にする事はないと慰めてくれている。
社員殺しを恐れるエースの姿を同僚達は頼りないと思うのではなく、むしろ自分達と同じであるという親近感を与えていたのである。

同僚達のそんな言葉にまたしても感極まって涙が出そうになってしまうよしお。
涙を零さないようにすぐ上を向いたが、覚えたばかりの“ありがとう”という言葉は涙声になってしまっていた。
泣いているのは同僚達にバレバレなのであった。




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今回の採掘は地下3階の階段近くの採掘場で行うこととなった。
この場所は地下1、2階とは違い、銀鉱が出る事があるのだ。
ただし、鉄鉱石は出にくく、代わりに鉄鉱石も安い銅鉱が出やすいとの事である。

採掘場までの道中では、社員殺しの恐怖を忘れられないよしおは歯をガチガチと鳴らすほど怖れを見せていた。
そんな時にポチやトカゲの他に桃色暴動とも遭遇したのであるが、こちらが見つかる前に同僚達が先手必勝であっという間に皆殺しにしてしまった。
よしおへのフォローは完璧であった。
同僚達の冷静かつ迅速な行動により、誰一人怪我人も死者も出すことなく地下三階の採掘場まで辿り着くことが出来た。

よしおとユーマだけでなく同僚達は皆、よしおを見捨てて逃げたことに罪の意識を感じていた。
俺達のエースに対して償いをしたい。
そんな同僚達の思いはよしおを傷つけさせまいとする彼らの行動に反映され、確かによしおのトラウマ克服に貢献していた。


(こいつら凄ぇ…)


頼りになる同僚達の姿は、よしおにも多くの安心感を齎していたのである。




■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 3F (D-11) です。■


地下3階の採掘場で採掘を続けて5時間。
よしおの採掘の戦績は以下の通りである。

石つぶて × 15
鉄鉱石 × 3
銀鉱 × 2
銅鉱 × 12

採掘は話に聞いていた通り、鉄鉱石は出にくく、銅鉱が出やすかった。
しかしながら銀鉱も2個掘り当てることができた。
確か銀鉱は1個600マネーで売れたはずである。
少なくとも地下1、2階で採掘するよりは良い成果なのではないかとよしおは思う。

そして帰還する時間と相成った。
帰還する頃にはよしおの恐怖も完全に消えたわけではないが、随分薄くなっていた。






「それにしても桃色回路ストロベリースクリプトはやっぱり幻術力学ミラージュエコーだねぇ」


「全くだな」


(幻術力学ミラージュエコーって何ですか…)


帰還の道中、藤吉郎とユーマはよしおを何かの厨二病的固有名詞で表現し始めた。


桃色回路ストロベリースクリプトも自分の事を幻術力学ミラージュエコーだって思うでしょ?」


(そんなん聞かれても困るよ…)


藤吉郎がこちらに質問を投げかけるが、幻術力学ミラージュエコーが何なのか分からない。
少なくとも自分はそんな厨二病的固有名詞で表現されるような男ではないのでとりあえず首を横に振った。


「クク…!自分ではそう思っていても他人から見れば幻術力学ミラージュエコーに見えるもんだよ」


ユーマが笑いながら言った。
なんと、よしおは他人からみても幻術力学ミラージュエコーに見えるらしい。
驚愕の事実であった。
桃色回路は何となくわかる。いつも頭の中のシナプスとかいう神経回路でいつもピンク色の妄想をしているとかそういったアレだろう。それは別に否定しない。
だが、幻術力学とは一体何だ。意味が分からない。


「確かにお前は幻術力学ミラージュエコーだ。だけどよ、そんな幻術力学ミラージュエコーなお前が誰にも負けない勇気を持ってるんだぜ!」


ユーマが力強くよしおの肩を叩く。


幻術力学ミラージュエコーなのに勇気があるっていうのはある意味矛盾してるのに桃色回路ストロベリースクリプトらしくもあるよね」


藤吉郎も笑いながらユーマの発言に同意している。

何やら自分は褒められているらしい。
ポカンとした顔のままで二人の会話を聞いているよしお。
分かったのは、よしおが勇気ある“幻術力学”であるということだけ。
結局、肝心の“幻術力学”がどういう意味なのか分からないまま無事地上に帰還したのだった。





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無事に仕事を追えたよしおは同僚達と別れた後、早速総務に向かう。
今日採掘した資源を提出しにいったのだ。
だが、そこに待っていたのは余りに理不尽すぎる総務の非道であった。


石つぶて × 15 = 75マネー
鉄鉱石 × 3 = 600マネー
銀鉱 × 2 = 1200マネー
銅鉱 × 12 = 600マネー

減給補正-80% = -1980マネー

計 495マネー


余りの衝撃に口を開けて唖然となってしまうよしお。
迷宮内に潜っていた時間は9時間。
時給55マネーというあまりにも冒涜的な給与である。
2日間の無断欠勤の代償は2ヶ月間給与80%減給という凄まじい罰則であった。


(否…!これは…罰則じゃない!すでに処刑は始まっている…!?)


自分を飢えさせて処刑するのが目的だろう。なんと残酷な奴らか。2日間の無断欠勤で処刑を図るとは、げに恐るべき会社である。
あまりの暴虐に温厚なよしおでさえも怒りを感じてしまう。


(だが…負けん…!俺は必ず退職して生き残ってみせる…!)


奴らの掌の上で踊ってやるものか、
小銭を強く握り締め、決意した表情を見せるよしお。
しかし、その“退職”がどういう意味を持つのか彼は分かってはいない。


■現在の 所持金は 3065マネー です。■




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よしおの最優先事項は退職届の提出である。
しかし、総務窓口での給与問題、これはよしおに新たな副次目的を迫る結果となった。

その副次目的とは一体何か。
マカライト鉱石の入手である。

手持ちの金銭だけで退職届を提出する日まで生活することができればいい。
しかし、それだけで足りない場合、近い内に人として拙い状態に陥ってしまうだろう。

マカライト鉱石は10000マネーで買い取ってもらえる。
給料8割カットだとしても2000マネー。
中々悪くはないのである。
マカライト鉱石が1個取れれば3日は食費に困らない。

このまま取れなければいざとなれば友人達に泣きつくという選択肢もあるが、これまでも多くの迷惑を彼らに掛けてしまっている。
彼らの負担をこれ以上増やすのは憚れる。できれば御免したかった。

よしおは自分の相棒であるつるはしを握り締めた。
マカライト鉱石を必ず掘り当ててみせる、
十分な気合を胸に秘め、よしおは決戦の場へと向かった。




本日も昨日と同様、地下3階の階段近くの採掘場で採掘を行う。
よしおの社員殺しへの怖れも大分薄くなっていた。
仲間達といれば大丈夫、そう思えるようになっていたのだ。


ところで、武器も盾も“共鳴無惨グロテスクハウリング”との戦闘で破壊されてしまったよしおであるが、彼は満足に武器を買うお金すら持っていなかった。

では、よしおが手ぶらで迷宮に挑んでいるのかと言われるとそうではない。
実は彼は採掘に用いるつるはしを武器として使用していた。
実際に使ってみるとこれが中々強いのである。
鋭い嘴に一転集中される力は、柔らかな皮膚を持つモンスターは言うまでもなく、比較的堅いトカゲの甲殻も難なく破壊してしまえるのだ。
ただし、青銅の剣のような片手剣ほど使い勝手が良いという訳ではないが。


「桃色回路!右からポチが来るよ!」


藤吉郎のその大声にも慌てはしない

よしおはこれまで採掘を行う時に何度も繰り返してきた動作を行う。
即ち、上方につるはしを振り上げ、ポチが射程内に入るタイミングに合わせて、つるはしを振り下ろす。
つるはしの鋭い嘴はポチの頭頂から顎を貫通して、一撃で絶命させた。

ポチの死体に足を掛けて、力を込めてつるはしを引き抜く。


「ふふっ、桃色回路も大分勘を取り戻してきたみたいじゃないか」


確かにその通りである。昨日は迷宮探索に必要以上に脅えていた節がある。
しかし、同僚達のお陰で既によしおは迷宮探索でのトラウマを克服しつつあった。
今回の迷宮探索でで このよしおに精神的動揺による失態は決してない! と思っていただこうッ!

グッと親指を上げて、藤吉郎に返事をする。
藤吉郎もそれを見て嬉しそうに笑って親指をグッと上げてみせた





■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 3F (D-11) です。■


道中も特に問題なく、順調に地下3階へと到達したよしお達一行。
早速採掘を開始した。

一振り一振りに自分の魂を込めてつるはしを振るうよしお。
そんな熱い男の背中は歴戦の鉱山夫のオーラを醸し出していた。
自分のコンディションだって悪くない。
―――マカライト鉱石が掘れそうな気がする!
よしおは何故か妙な期待感を得ていた。


そんなこんなで1時間程経過した頃のよしおの戦績は以下の通りである。

石つぶて × 6
鉄鉱石 × 0
銀鉱 × 0
銅鉱 × 2

正直かなり悪い。


(まだ慌てるような時間じゃない)


まだ、採掘を開始して1時間だ。後4時間は掘れる。
よしおはスロースタータータイプなのだ。そうに違いない。


さらに1時間経過後のよしおのスコアは下記のように変化していた。

石つぶて × 9
鉄鉱石 × 1
銀鉱 × 0
銅鉱 × 3


(小手調べはここまでだ…)


まだ、採掘を開始して2時間だ。後3時間は掘れる。
まだエンジンが温まってないだけなのだ。問題ない。


そして更に1時間、3時間経過後のよしおのスコアである。

石つぶて × 12
鉄鉱石 × 1
銀鉱 × 0
銅鉱 × 6


(次から本気出す)


まだ、採掘を開始して3時間だ。後2時間は掘れる。
漸くエンジンが温まってきたところだ。そんな感じがする。


4時間経過後のよしおのスコアである。

石つぶて × 17
鉄鉱石 × 2
銀鉱 × 0
銅鉱 × 8


(諦めるな…!自分の感覚を信じろ!)


まだ1時間も掘れる。
ドラマは最後に待っているのだ。逆転劇は近い。


彼の目は諦めた者のそれではない。
ギラギラと輝く獣のようなその眼差しは唯一点、つるはしを振り下ろす位置にのみ向けられている。
愚直につるはしを振り下ろし続けるよしお。
すでに残り時間はあと2分――。
だが、よしおには十分すぎる時間だ。
その2分の間にドラマが待っているはずなのだ。





石つぶて × 18
鉄鉱石 × 2
銀鉱 × 0
銅鉱 × 11

本日のよしおの戦績である。

結論から言えばドラマは起きなかった。

換算すると1040マネー。
減給補正-80%で計208マネーとなる。
時給換算で23マネー。

口に出すのも憚られるあんまりな結果によしおは呆然となっていた。


(馬鹿な…こんな事が…許されるとでもいうのか…)


否、許されてはならない。

GS美髪ゴーストスポーティミカミ”の横川忠夫の1/10以下という時給など許されてはならないはずだ。

だが、総務にはそんな横暴を許容してしまう狂気があるのだ。
恐ろしい、この会社はなんて恐ろしいんだ。

よしおの命を最も危険に晒している最大の敵は迷宮内のモンスターではなく、この会社の総務なのであった。




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採掘を終えた一行は帰還の途につく。
たまに行く手を阻むポチ、トカゲ、桃色暴動。
しかし、何度も戦闘していい加減慣れてしまっている一同はあっという間に殲滅してしまった。
このまま何事もなく無事に地上に帰ることが出来るだろう。

しかし、よしおの表情は暗い。
脳裏に食堂の食券販売機で150マネーの食券しか買えなくなる未来が見えるのだ。
時給23マネーという今回の結果はよしおに将来の不安をまざまざと感じさせていた。

そんな陰鬱な雰囲気のまま歩くよしおを見て、他の同僚達も心配そうである。

それでも順調に、地下2階の登り階段近くまで辿り着いた一行。
あとはこの大きな広間を過ぎれば登り階段はすぐそこである。

そんな時、ペタペタと小さい足音が聞こえた。
俯いていたよしおは顔を上げ、何気なく聞こえた方向を向いた。


「…あ」


よしおの目に入ったのは一匹の桃色暴動。いや、“一匹で行動している”桃色暴動。
その桃色暴動は自分達のことが目に入っていないのか、自分達の進む方向とは全く別の方向へ立ち去ろうとしている。
桃色暴動は基本的に群れで行動する習性がある。
これまで出会った桃色暴動も皆群れを成していた。
一匹で行動してるなんて珍しいなー、なんてそれを眺めていたよしおであるが、よくよく見るとその桃色暴動は何かを抱えているようだった。

目を凝らしていたよしおだが、その何かの正体が分かった時、彼の纏う雰囲気は一転攻撃的なものへ変化した。

桃色暴動が持っていたのはマカライト鉱石であったのだ。
迷宮探索初日によしおのマカライト鉱石を盗み去ったアイツに違いない。


『…お前かッ!!』


よしおは一瞬でハイになった。

その桃色暴動も怒号に驚いて、声のした方向を見ればそこには鬼面のようなよしおの表情。
それに怖れをなしたのかよしおの顔を見た瞬間、桃色暴動は全速力で来た道を戻り始めた。

よしおのいきなりの大声に同僚達も皆驚いていた。
そんな同僚達を置いたまま、つるはし片手によしおはその桃色暴動を追いかけ始める。

迷宮探索において団体行動することは原則である。
しかし、目の前の桃色暴動にハイになっていたよしおはそんなルールは頭から吹き飛んでいた。


「ちょっと…!桃色回路!どこ行くのさ!」


そんな藤吉郎の大声も聞こえていないのかよしおは桃色暴動を追って通路の先へと消えていってしまった。



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彼は後ろから笑いながら追いかけてくる化け物に心底恐怖していた。
足が震えて躓きそうになる。だが、躓いたときが自分の最後だ。
あの化け物は手に持った鋭い武器で倒れた自分を滅多刺しにして殺すだろう。
仲間と合流しなければならない。そうしないと自分は間違いなく死ぬ。


「はははは!」


もう少しだ…あと少しで仲間達と合流できる…。
そうすれば助かる…!
この通路さえ抜ければ……!


「はははははは!」


直後、自分の右脚に鋭い痛みを感じる。
右脚が灼けるような凄まじい痛み。
だけど倒れない、倒れたら死ぬ。
走り続けろ、じゃないと死ぬ。
後少しなんだ…!


「    は は   は !」


意識が朦朧とする。
それでも足を一歩前に出す。
一歩出した足には鋭い嘴が貫通していた。
あの化け物の持っていた武器だ。
武器を投げたのか…?
いや、そんなことより進まなくては…
左足!左足を前に出せ!


「つかま た」


左足が前に出た!次は右足だ!
あいつの声がもうすぐ後ろから聞こえる!
右足を前に…!出ろ!

しかし、右足が前に出ない。
どんなに力をこめても右足は痛みしか発信してくれない。
思わず右脚を見た。
相変わらずアイツの武器が貫通したままだ。
だけどその武器の柄に誰かの手が掛けられていた。

そして、すぐに自分の喉から叫び声が出た。
いきなり右脚から鋭い嘴が引き抜かれた痛みによるものだ。
思わずバランスを崩し、倒れてしまった。
だけどチャンスだ…!右脚を固定していたアイツの武器はもう無い!
今なら右足だって前に出る!
立て!急いで立て!アイツに追いつかれる前に!

腕と足に力を込めて立ち上がろうとしたが、
腹部に灼熱のような痛みを感じ、再び倒れてしまった。
痛い!一体何が…!
さらに腹部に進入した何かが引き抜かれていく感触を感じた。
それに引っ張られ体が浮き上がり、体内から何かが抜けたと同時に落下して仰向けに倒された。
視界が霞んでいる。
しかし、目前の獣のようにギラつく眼と悪魔のように口元を釣り上がって笑う化け物の顔を確かに認識した。
そして、化け物があの鋭い武器を振り上げる。
それが彼の最後に見た光景だった。
彼の頭蓋に鋭い嘴が突き刺さり、彼の意識を持ち去ったのだ。




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殺った!

よしおは一仕事を終えて満足した顔で額の汗を拭う。
遂によしおは宿敵を倒したのである。
マカライト鉱石も回収できた。
採掘の結果は残念だったが、こうしてマカライト鉱石を手に入れることが出来るとは非常に幸運だった。

ご機嫌で手にしたマカライト鉱石を自分のリュックに入れようとしたとき、


「あぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ」


この先の奥から叫び声が聞こえてきた。
何だか人間っぽいものであった。


(何よ…)


声の聞こえてきた方向は真っ暗。幽霊でも出そうな不気味な雰囲気であった。


(うぁあ…超怖ぇ…)


そういえばマカライト鉱石泥棒を追いかけてよしおは単独行動をしてしまっていた。
当然一人で向かうのは危険である。


(絶対行きたくねぇ…)


よしお自身も奥に進むのは遠慮したかった。もし社員殺しがいたら最悪なのである。
社員殺しに遭遇した時の恐怖が再びぶり返してきて固まってしまうよしおであった。

続いて複数人が走ってくる足音が逆の方向から聞こえた。
同僚達が自分を追っかけてきたようだ。


「おい、桃色回路!単独行動は危険だぞ!」


無謀にも単独行動を行ってしまったよしおだが、運よく無事に仲間達と無事合流ができた。
ユーマの注意もよしおにとっては安堵を与えるものとなっていた。


「ひぎぃーーーーーッ」


再度奥から悲鳴が聞こえてくる。


「あん?」


どうやら同僚達にも聞こえたようである。
一体何と戦っているというのか。


「成る程。桃色回路はこの悲鳴を聞きつけて助けに向かおうとしたんだね」


「クク…そういうことか。全く、お前は正義のヒーローみたいヤツだな」


藤吉郎とユーマの言葉を聞いて、同僚達も桃色回路さんスゲェ!だとかパネェ!だとか褒め讃え始めた。

意味の分からない流れになってきた。これは良くない流れだ。
付き合いが短いとは言え、彼らが次に言いそうな言葉は容易に想像できる。


「よし!ちょっくら俺達も正義の味方と洒落込もうじゃないか!」


「「「ウオオオオー!!」」」


(馬鹿なの?死ぬの?)


そんなよしおの思いを無視して雪崩のごとく奥に向けて特攻していく同僚達。
物凄く行きたくなかったが、そのまま置いていかれそうになったため、慌てて皆の後を追いかけるよしおであった。




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結論から言えば、社員殺しはいなかった。
奥にいたのは単なる桃色暴動の群れであったのだ。
今のよしお達であれば敵ではないだろう。

だが、桃色暴動が相手をしていたのはよしお達ではない。
むしろ今のよしお達は桃色暴動に悲鳴をあげさせる側である。
では、誰が悲鳴をあげていたのか。

答えは迷宮探索初体験の、即ち本日入社した新入社員達だったのである。
なんとこの会社1週間に1回のペースで新入社員が入社してくるのである。

生き残っている新入社員は全部で13名くらいだろうか。
対して桃色暴動は9匹。
ある者は恐々ながらも剣を持ち、戦おうとし、
ある者は余りの恐怖に泣き叫んでいた。
よしお達が桃色暴動と初戦闘した時と同じ状況であった。


よしおはもしかしたら社員殺しがまた現れたんじゃないかと戦々恐々としていたが、実際奥にいたのは桃色暴動だったので拍子抜けしていた。

しかし、周りを見渡すと中々死体が多い。
桃色暴動の死体ではない。新入社員と思われる者の死体だ。
7、8名は死んでるんじゃなかろうか。
よしお達も桃色暴動との初戦闘では多くの死者を出したので大声でいうのも何なのだが、今に思えば桃色暴動程度で良くこんなに死者出せるよなぁと思ってしまうものである。
やはり慣れるというのは重要な事らしい。

それは兎も角、急いで彼らを救出せねばなるまい。
同僚達は各々、桃色暴動に立ち向かって行く。
よしおもそれに遅れず、戦闘行動を開始しようとしたのだが、その目に変わった桃色暴動の姿が映った。

よしおの目に映ったその桃色暴動はマシェットナイフと呼ばれる大型ナイフをその手に持っていたのである。

そういえば、桃色暴動の中には殺した社員の剣を奪い、それを武器として使用する固体もいるという説明を聞いた事があった。
あの武器を遠めに見た感じ、新入社員達の使っている青銅の剣より何だか強そうな気もしなくもない。
対して、よしおの使用している武器はつるはし。
これはこれで強いのだが、ちょっと使いにくい。


(あれいいなぁ…欲しいなぁ)


その桃色暴動をじっと凝視していたよしおだが、その口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
選んだ選択肢は勿論「殺してでも奪い取る」である。
ジャイアニズム精神を胸に、よしおはその桃色暴動に立ち向かっていった。




程なくして桃色暴動達は全滅した。
マシェットナイフを持っていた桃色暴動もよしおの足元にて穴だらけとなって絶命している。


(おぉ…)


よしおは奪い取ったマシェットナイフを周囲に気をつけながら振り回す。


(これいいなぁ)


奪い取った獲物は中々の物なようだ。
刃渡りは50cm程度あり、先端も尖っている為、刺突も有効だろう。
多分鋼で出来ているようだ。青銅の剣より丈夫そうである。
鞘は無いが、適当な布に包んで持ち運べばいいだろう。

満足げな顔で手に入れた戦利品を眺めるよしお。
最初はどうなるかと思ったが、結果的にマカライト鉱石も新たな武器も入手出来た幸運な日であった。




敵性分子を排除して一息つけた皆々。
話を聞くと教官は「じゃ、俺ここで休んでるからあとヨロシク」なんて言って初日から新入社員だけで迷宮探索に向かわせたそうである。
相変わらず教官は使い物にならない。

頭を下げて助けてくれたお礼を言う新入社員達。
そんな彼らに「礼なら桃色回路に言いなッ」と少し離れたよしおを指差して丸投げするユーマ。
他の同僚達もそれに同意するように頷き、あの人はスゲェ!ヤベェ!パネェ!の三拍子揃った凄いヤツなんだとよしおの武勇伝を後輩に語る。

マジで?桃色回路さんスゲェな。
マジヤベェ、マジキてんな!
パネェ、あの人はマジパネェ。

こうして後輩からもスゲェ!ヤベェ!パネェ!と尊敬を一心に受けてしまうことになったよしお。

当のよしおはそんなことも知らず、ニヘラニヘラと戦利品を見てにやけていた。



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設定

・幻術力学(ミラージュエコー)
“泣き虫”という言葉が誤変換されたもの。よしお君はちょっとしたことで泣いてしまう泣き虫という設定。

・紅炎検死官(ジャッジメントプロミネンス)との契約による死魔殺炎烈光(ディアボリック・デスバースト)の使用について
別によしおのピアスが誤変換しているわけではない。リアル厨二病患者が編み出した究極の必殺技。相手は死ぬ。



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あとがき

初めての略奪。
それはマシェットナイフで、よしおはつるはしを装備していました。
その性能はきっと凄く、こんな素晴らしい武器を奪えるよしおはきっと素晴らしく運がいいのだと感じました。今ではよしおが所有者です。
選んだ選択肢は勿論「殺してでも奪い取る」。
なぜならよしおもまた、ジャイアニズム精神を胸に宿しているからです。




[14030] 第十一話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/10 02:08


株式会社 ブーヘンヴァルト強制収容所。
その社内規則にも様々な黒い規則が存在する。
その一つに換金制度というのがある。
社員は総務にて迷宮内で採集した資源を換金するが、実は誰がいくら換金したかというのは全て記録されている。
それは何故か。
社員の昇格の目安にするというのもあるが、一番の目的はサボリ防止の為でもある。
精力的に働かない社員は会社としては要らない人間なのである。
そのため、総務では資源発掘部に対して最低換金制度を実施している。
即ち、1日及び、1ヶ月で換金しなければならない最低金額が設定されているのである。
配属先や勤務年数によっても異なるが、よしお達新入社員の場合、一日に最低1000マネー、1ヶ月全体では30000マネー分の資源を換金しなくてはならないという規則がある。
前者の1日に1000マネー分の資源を換金しなくてはならないという規則、これを無断で破れば勿論ペナルティーである。
しかし、日によっては採集出来た資源が1000マネー以下になることもあるだろう。
そういった場合は総務窓口に置いてある免除届を出さなくてはならない。
これを提出する事によってその日の換金額が1000マネー以下であってもペナルティが免除される。
勿論免除届ばかり出している者にはペナルティが与えられてしまうが。
だが後者、1ヶ月全体で30000マネー分の資源を換金しなくてはならないという規則、これの免除はない。
この規則を守れない者は“解雇”である。
ただし、これは真面目に採掘していれば十分クリアできる条件でもある。


さて、よしおは無断欠勤を2日間続けて行い、現在給与-80%という罰則が与えられている。
支払われる給与に対しては-80%という補正が発生するが、幸いな事に総務で記録される換金額についてはこの補正は発生しない。
つまり10000マネー換金した場合、給与は-80%補正で2000マネーしか入手できないものの、総務ではしっかりと10000マネーを換金したという記録が残るのである。
しかし、減給が与えられた者の中には、手に入れた資源を知り合いに自分に代わって換金してもらい、減給を逃れようとする者もいる。
その対策をこのブラック企業がしていないはずはない。
罰則を受ける前のよしおであれば1ヶ月で30000マネー分の資源を換金すればよかった。
しかし、罰則を受けたものは、この1ヶ月の最低換金額が引き上げられるのである。
例えば無断欠勤を1日行えばこの最低換金額が10000マネー引き上げられ、1ヶ月に40000マネー分の資源を換金しなければならなくなる。
即ち、無断欠勤を2日間行ったよしおであれば、1日に換金しなければならない金額は1000マネーそのままだが、1ヶ月全体では50000マネー分の資源を換金しなければならないのだ。

例を挙げよう。
よしおがマカライト鉱石1個(10000マネー)と鉄鉱石5個(1000マネー)を採掘出来たとしよう。
そのまま全てを換金してしまっては、給与-80%の補正により2200マネーしか手に入らない。
そこでよしおは考えた。
藤吉郎に自分の代わりにマカライト鉱石を換金してきてもらおう!
自分は鉄鉱石5個を総務で換金すれば1日に1000マネー以上換金しなければならないという規則もクリアできるし、10200マネーを手にすることが出来る。
だがしかし、前者では11000マネー分の資源を換金したという記録が残るが、後者では1000マネー分の資源を換金したという記録しか残らない。
そのままよしおは毎日1000マネー分の資源のみを総務で換金し、残りの資源は藤吉郎に代わりに換金してもったとしよう。
さて、そうして1ヶ月たった時、全体でよしおは30000マネーしか換金できておらず、クリア条件の50000マネーには届いていない。
結果、よしおは“解雇”となった。

このように下手に知り合いに換金を頼むと1ヶ月全体の最低換金額をクリアできなくなる恐れがあるのだ。
罰則を犯した者に危機意識を持たせて更生させようとする総務の粋な計らいがそこには見られる。

現在のよしおの総換金額は本日手に入れた資源を全て換金しても25000マネー程度。
今月中に更に25000マネー換金しなくてはならない。
仮に残りの25000マネー分の資源を今月中に換金出来たとしても来月も50000マネー分の資源を換金しなくてはならない。
運よくマカライト鉱石を入手できれば良いが、手に入らなければ浅い階層で真面目に採掘していても50000マネー分には届かないのだ。
実はよしお、現状がかなり危険な状態なのである。




さて、社内に帰還し、総務で本日の成果を換金したよしおは急いで購買へと向かった。
いつものように展示テレビの前に立つよしお。
時刻は午後18:45である。


(何とか間に合った…)


早速ボイスレコーダーを展示テレビの前に置いて録音を開始するよしお。


『助けてくれー炊飯ジャー!』


『ククク…さぁ、ライス博士、貴様の好きなお米をたらふく食わせてやろう…!』


『な、なんて酷い事を…!お米がベタベタじゃないか!許さんッ!』


特撮テレビ番組“圧力戦隊 炊飯ジャー”を見るのはよしおのこの世界での数少ない楽しみの一つだ。
ただの特撮テレビ番組と侮ること無かれ。この番組、なかなかにレベルが高いのである。
恐慌状態のブルーが 既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様や空中高く放り上げられたイエローが 効力射でばらばらになったシーンなどとてもCGとは思えない。
マジでこれ実写なんじゃねぇ?と思ったほどである。
果たしてそれが、退職届を作成するために有用な番組か否かは置いておくとしてだ。

“圧力戦隊 炊飯ジャー”終了後も展示テレビ前で録音を続けるよしお。
結局、その日も目的の単語を録音する事は出来なかったのだが、“圧力戦隊 炊飯ジャー”以外にもよしおの興味をひいた番組があった。
それは“衰退した魔導、発展した科学”というドキュメンタリー番組であった。


その番組によるとなんとこの世界には魔導と呼ばれる魔法のような力が存在しているというのだという。
魔導という物がいつ頃確立されたものであるのかは分かっていない。
しかし、古来より、人類は魔導と共に発展してきた。
かつての魔導は誰もが使える物であり、日常生活や学問、戦争に用いられたりなど様々な場面で活躍したそうである。
例えば直線上に炎を飛ばしたり、矢に魔力を付与して貫通力を高めたり、鎧に魔力を込めて頑丈にすることが出来た。
一方で、科学の発展が魔導と比べて遅かったという訳ではない。
魔導の発展は科学の発展に依存している部分もあり、むしろ科学ありきの魔導であったと言える。
即ち、科学の分野で新しい発見が見つかる事により、魔導もそれに引っ張られて発展するという形であったのだ。
このように共に発展してきた科学と魔導だが、その二つには大きく相違点がある。
科学は普遍的な物であり、自然の法則を利用している為、何事にも高い効果を得られる。
対して、魔導は習得にも時間がかかり、加えて魔導を覚えたとしてもその力は個人差が大きく、かつ個人の力量の範疇を越える事は無い。
それでも当時は魔導というものは便利なものであり、当時の人々にとって必須の技能であった。
しかし、一人の男が生まれたことによってその状況は大きく変わる。

その男の名は、“斬鉄封神ディバインブレイド”。
彼は貴族の次男に生まれた魔導が全く使えない人間であった。
当時の貴族社会では魔導の力量がステータスの一種となっていた。
その為、彼は魔導が全く使えないことから落ちこぼれのレッテルを張られ、幼少期は辛い時代を過ごしたという。
必然、彼は自分を不幸にした魔導を憎み、その憎しみを全て注ぎ込むかのように科学にのめり込んでいった。

「魔導を殺す」

彼のその執念は見事実り、彼の科学分野での新発見は科学分野を爆発的に発展させるトリガーとなる。
そして、たった数十年で、これまで魔導で行ってきた事が科学で誰でもより簡単に行えるようになり、魔導で誰も出来なかった事が科学で誰でも簡単に出来るようになったのである。
数十年で爆発的に発展した科学、一方の魔導も発展が無かったというわけではない。
彼の発見は、皮肉にも彼の最も憎む魔導の発展にも確かに貢献したが、その発展は科学のそれに追いつくものではなかった。
結果、たった数十年で、科学>(超えられない壁)>魔導、という優劣が成り立ってしまったのだ。
見事に魔導に対して復讐を遂げた晩年の彼は魔導を憎むのではなく象が蟻を見るかのように見下していた。
当時の新聞記者の「魔導分野についてどう感じていらっしゃるか」という質問に彼はこう答えている。

「魔導?なにそれ、おいしいの?」

彼の没年後も科学の爆発的な発展は終わらない。
後年の彼の提唱した“科学技術最強伝説”に意を同じくした者達による新たな発見が次々と発表され、さらに戦争による軍事面での科学発展が続く。
魔導で炎を飛ばして攻撃するより、銃を使ったほうがいい。矢に魔力を付与して貫通力を高めても銃には敵わない。鎧に魔力を込めて頑丈にしても銃弾は止められない。
魔導の発展との差は開くばかりであった。

そうして現在、“斬鉄封神ディバインブレイド”の目論見通り、科学は魔導をほぼ殺し尽くしたと言ってもいいだろう。
今では魔道を覚えようとする者も僅かな人のみとなっており、魔導自体も保護指定の文化の一つとなっているとの事である。

たしかによしおの世界でも科学は爆発的に発展した。
この世界が猿頭とか馬頭とかいったファンタジー要素を含んでいるのに、現実的な科学技術ばかりで魔法的な要素がこれまで見られなかったのもこういう理由があったのだ。


もしこの世界で魔法なんて要素があるのなら自分も使ってみたいなー、なんて思っていたよしおも流石にこれでは諦めざるを得ない。
絶滅寸前の文化であるようだし、多くの時間を使って習得したとしても迷宮探索においては有効ではないのだろう。
少し残念に思いながら、よしおは社員寮の自室へと戻っていった。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■


「120ッ…!121ッ…!122ッ…!」


(うぉっ、ヤベっ!)


すぐに扉を閉めた。部屋を間違えたようだ。
扉を開けたらなんか上半身裸のリアルタイガーマスクがいた。凄い早さで腕立て伏せしてた。超強そうだった。
すぐに部屋番号を確認する。


(あれ、440号室?)


部屋番号はよしおの部屋で合っているはずである。
アレは一体何だったのであろうか。


(どういうことなの…)


扉の前で暫く考えていたのだが、答えは出なかった。
見間違いではないと思う。だけど、もう一度入って確認するのは怖い。


(とりあえずアレだ、1時間くらい時間潰してこよう。そしたらいなくなってるはずだ)


よしおはチキンだった。




1時間、購買の展示テレビ前で過ごして自室に戻ってきたよしお。
恐る恐る自室の扉を開いたのだが、中には誰もいなかった。
どうやら部屋を間違えていたのはよしおではなく、あのタイガーマスクだったのだろう。
安堵のため息をつきながら、自分のベッドに腰掛ける。
ボイスレコーダーに録音した言葉を勉強しなければならない。早速再生し始めたところで、


「あ」


ガチャリと扉を開いて入ってきたタイガーマスクとよしおの目が合った。
でかい。身長190cmくらいはあるんじゃなかろうか。

――お互い固まったまま無言が続く。


『い、いけません。秀雄さんっ!』『はぁはぁ、奥さん、見てください!奥さんの魔法ですっかりぬるぬるですよ!』
『ああっ!ごめんなさいっ!秀雄さん!私の魔法であなたの忍者服がぬるぬるに…!』


ボイスレコーダーだけが卑猥な声を出していた。


「えっと、あの…」


タイガーマスクも戸惑っているのか気弱な声を出している。
よしおも今の状況が理解できない。
だけど何かヤバい。だってあのタイガーマスク筋肉ムキムキなんだもん。


「ゴメンナサイ」


とりあえず公用語で謝罪するよしお。ごめんなさい、とさえ言っておけば何とかなる。
彼の機嫌を損ねるのは拙いのだ。食物連鎖的な意味で。


「え、あ?あ、いえ、こちらこそ、すいません…」


なぜかタイガーマスクも謝罪した。
超強そうなタイガーマスクが気弱な声を出しているのは少しシュールだった。

―そしてまたしても二人は無言となる。


『あぁっ!もうダメ!魔法の呪文唱えちゃうっ!』『くっ…忍者服がからみついてっ…!』


いい加減五月蝿くなってきたので慌ててボイスレコーダーの電源を切る。


「……」


「……」


「あ、あの!桃色回路ストロベリースクリプトさんですよね?」


直後、いきなりの大声で自身の二つ名を呼ばれ、ビビるよしお。
初対面の人からも“桃色回路ストロベリースクリプト”なんて呼ばれるとはどこまでこの二つ名が広まっているのだろうか。
よしおはげんなりとした顔をしながら頷いた。


「自分、あの、虎次郎って言います。今日は助けていただいてありがとうございました!」


タイガーマスクの大きな体が深く折り曲がり、何故か自分に頭を下げたのだ。


(え?ヤダ…何…何なの…?怖い…)


頭を下げられる覚えのないよしおは明様にうろたえた。
そんなよしおの様子を見て、虎次郎と名乗った男は続ける。


「あの…今日、迷宮内で桃色暴動マニックパーティに襲われてたところを…」


そういえば、今日新入社員が桃色暴動マニックパーティに襲われていたのを助けた覚えがある。
このタイガーマスクもその中の一人だったのだろう。
しかし、


(どう見てもタイガーマスクの方が強そうじゃねぇか…)


この筋肉モリモリタイガーマスクが桃色暴動マニックパーティに負けるとはよしおには思えなかった。


(―擬態、擬態なのか)


何らかの目的のため敢えて自分を低く見せるタイガーマスクとそれを看破しようとするよしおの相手の裏の裏を読み合う極めて高度な心理戦、知能戦がきっと始まるのだ。


「ええと、すいません。今日から自分もこの部屋で暮らすことになりまして…あの…よろしくお願いします」


タイガーマスクはそう言ってよしおに握手を求めてきた。


(マジか…)


なんとこの筋肉タイガーが自分のルームメイトになるのだという。
もしかしたら握りつぶされるんじゃね?と引き攣った笑みを見せながらもよしおは彼の握手に応じるのだった。


結局、その日は隣の彼が怖くて殆ど勉強出来なかった。






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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■


翌日AM6:44、奇妙な音によしおは目が覚めた。


「シッ…!シッ…!シッ…!」


眠気眼を擦りながらむくりと起き上がるよしお。
目に入ったのは筋肉ムキムキのタイガーマスクがスクワットしている光景だった。
眠気が一気に吹き飛ぶ凄惨な朝の情景だった。
その光景に、うわぁ…、な視線を向けるよしお。
そんなよしおに気付いた虎次郎はスクワットを中断して、申し訳なさそうに声を掛けた。


「あ、す、すいません。起こしてしまいましたか」


彼は急いでタオルを取り、鍛え上げられた鋼の肉体に光る汗を拭き始める。


「おはようございます。桃色回路さん」


「…オハヨウ」


公用語で朝の挨拶をするのだが、部屋内のほのかに香る漢の匂いに早朝の清々しさを全く感じ取れないよしおであった。





AM8:45。
業務開始時刻の15分前である。
しかし、集合場所に集まっているのは同期の者達だけではなく、昨日の新人達も揃っていた。
彼らの教育を担当する教官が「今日はこいつらに付いていって勉強してこい、な!」とよしお達に新人の世話を丸投げしたのだという。
しかし、これはよしお達にとっても悪い事ではない。戦力が増えることは歓迎すべきだ。
ただし、彼らが戦闘時に使い物になるという前提が必要だが。
新人達にとっても自分達だけで潜るよりも少しでも経験のあるよしお達と潜ったほうが安全だろうし、加えてモンスターの対処法についても学ぶことが出来るだろう。
そういう訳で、今回の迷宮探索は先輩、後輩の合同で行う事となったのである。





地下3階の採掘場へ向かう一行。
その道中によしお達にとってはもはや雑魚となってしまった桃色暴動マニックパーティ達が立ちはだかったのだが…


桃色暴動マニックパーティ共が来やがったぞッ!」


「脅えてんじゃねぇよッ、新人共ッ!舐められたら“不運ハードラック”と“ダンス”っちまうぞ!あ?分ってんのか!?」


「オラオラ!新人共ッ、お客さんが襲ってきたぞッ!奴らの首をぶった切ってやる事だけを考えろッ!」


「そこッ!蹲ってんじゃねぇッ!立ちやがれ!心の中でブッ殺すと思え!そしたら既に行動は終了してんだよッ!」


初の合同迷宮探索は何か軍隊の訓練のような有様であった。
新入社員達はよしお達とは違い、脅えを見せる者が多かったのである。
必然、襲いかかってくる桃色暴動達。
昨日の迷宮探索で彼らを助けた時、よしお達は自分達だけで桃色暴動を殲滅してしまった。
つまり、新入社員達は自らの力で桃色暴動を倒すいう経験を積めなかった。
その結果、新入社員達は桃色暴動が1体1体ではそれ程強くないということを知識で知っていても体では理解できてはいないのだ。
理論と実践は違う、それが現状にまざまざと表れていた。

対してよしおと同期の皆は入社してからまだ8日目であるものの、幾度も共に死線を越えてきた者達でもある。
彼らの後輩を死なせたくないという思いは自然、厳しい教育姿勢となって現れていた。
先輩頼みではなく自分達で処理する。その事を覚えなければ迷宮探索を行うにおいて生きていけないのだ。


「そこの図体でかいヤツ!さっきから桃色暴動マニックパーティにローキックばっか喰らってんじゃねぇよ!その筋肉は飾りか?あぁん?」


よしおが見ると丸い筋肉の塊に向けて桃色暴動マニックパーティがひたすらローキックを放っていた。
しかし、何故ローキックなのだろうか。意味が分からない。
さらにもっと意味不明な事に、桃色暴動がローキックを放っている対象が頭を抱えて蹲った筋肉モリモリの虎次郎であるという事だ。


(シュールだ…)


恐らく虎次郎は桃色暴動マニックパーティより遥かに強い。
というか、このパーティ全体の中でも誰よりも強いのだろう。
しかし、誰よりも臆病なのだ。
その気になれば桃色暴動マニックパーティなぞ秒殺できる。
しかし、彼の臆病すぎる性格がそれをさせないのだ。
よしおに対してもキョドっていたあの態度はその臆病さから来るものだったのだろう。

確かにその気持ちも分かる。よしおだって慣れない内は桃色暴動マニックパーティが怖くてならなかった。
しかし、慣れてしまえばどうってことはない存在なのだ。


(どうしたもんかね…)


彼がその臆病さを克服してくれれば凄まじい戦力になってくれるのに、と溜息をつくよしお。

結局、蹲ったままローキックを喰らう彼を放っておけず、その桃色暴動の頭をマシェットナイフで叩き割る。
マシェットナイフの切れ味は上々だったのであるが、よしおはそんな事も気にならず如何に彼に臆病さを克服させるかを考えていた。


程なくして戦闘が終わり、新入社員の何人かは恐れながらもどうにか桃色暴動を倒して、それ程強くないということを体でも学んだようである。
対して、虎次郎はと言うと戦闘が終わってもずっと蹲ったままである。
同僚から戦闘が終わった事を告げられて漸く起き上がった彼のその顔は大粒の涙でぐしゃぐしゃであった。
猫背の姿勢のまま袖で涙を拭う彼の姿によしおは何処か自分の姿を重ねてしまうのであった。




■現在位置は ブーヘンヴァルト迷宮 3F (D-11) です。■


どうにか地下3階の採掘場まで辿り着いた一行。
それぞれが早速採掘を開始した。

そして、採掘を続けて5時間、帰還の時刻と相成った。
本日のよしおの採掘結果は以下の通りである。

石つぶて × 10 = 50マネー
鉄鉱石 × 1 = 200マネー
銀鉱 × 3 = 1800マネー
銅鉱 × 15 = 750マネー

銀鉱の出が良かった為、マカライト鉱石は取れなかったもののかなり良い成績である。
ただし、減給によって、口にするのは憚られるような補正がされてしまうが。
昨日の迷宮探索でマカライト鉱石を入手出来たものの、アレは滅多に採掘できるものではない。
減給2ヶ月なんて生活できるはずがないのだ。

一刻も早く退職届を提出せねばならない、と改めて決心するよしおであった。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■


迷宮探索を終え、無事社内に戻った一同。
よしおはと言うと、総務で資源を換金した後、購買でのいつもの日課を終え、自室へ向かっていた。
そして、自室の扉を開けると、目に入ったのはどんよりとした空気を纏ってベッドに座っているタイガーマスク。
思わず扉を閉めて逃げ出したくなったが、彼は同じルームメイトなのだ。問題を先延ばしにしても意味が無い。
仕方なくよしおは部屋に入る。
そんなよしおに気が付いた虎次郎はよしおの方向に顔を向け、


「あ、あの…桃色回路さん。今日はお恥ずかしい所を見せ、見せてしまいまして…あの、すいませんでした」


と暗い顔をしたまま謝り、俯いてしまった
今日の桃色暴動との戦闘でずっと脅えて蹲っていたことを謝っているのだろう。
しかし、脅えてしまうのも仕方ない事だろう。
よしおだって初めて桃色暴動と戦ったその夜は布団に包まってガタガタ震えていたものである。
よしおにとっては彼の悩みは共感できることだ。

暗い俯いたままベッドに座っている彼の肩によしおは手を置く。
そうして、顔を上げた彼の目の前でグッと親指を上げて見せた。

気にする事は無いぜ!という意味が伝わってくれればいいのだが、とよしおは心配していたのだが、彼が「ありがとうございます」とよしおにお礼を言った事からどうやら伝わったようである。

少しばかりか、明るくなった彼の顔を見て、よしおは頷いてみせた。




自分のベッドに戻り、ボイスレコーダーを用いて言葉の勉強を開始するよしお。
翻訳ピアスを外してボイスレコーダーから流れてくる音声を自分の口でリピートする。


『おまえ……!『再点火』したな!』


「オマィエ シャイセンカ シナナ!」


『お前の信じるお前を信じろ!』


「オマィエ ヒンズズ オマエオヒンジオ!」


『SHINと繋がったままこんな街中歩くなんて頭がフットーしそうだよおっっ』


「シント ウナガッママ コンナ マチヌカアルンナテ タマガフトー シソーダオォ」


公用語は中々発音が難しい。キチンと発音出来ているのかよしおにはわからないのが辛いところだ。
暫くそうやって勉強を続けていたよしおであったが、


「afe yoshioskfepo saeriojiog fepakeo was feowpakvff?」


「ん?」


隣で虎次郎が自分に話しかけていることに気が付いた。

待ってくれ、という意味を込めて掌を前に突き出すジェスチャーをして、急いで翻訳ピアスを耳に装着する。
ピアスを耳に装着し終わったので、親指と人差し指で輪っかを作り、OKサインを出す。


「あ、もう大丈夫ですか?」


「ハイ」


よしおは虎次郎のその質問に頷きと共に答える
一体どうしたというのだろうか。


「あの…公用語の勉強をされているんですよね?」


(あ、もしかして煩かったのかな)


隣にルームメイトがいるのも気にかけず、声に出して公用語の勉強をしていた。
煩わしく思われるのも仕方がないのかもしれない。
よしおは自身の配慮の無さを謝ろうとしたのだが、


「自分でよろしければ…その、お手伝いしましょうか…?」


なんと藤次郎は自分の勉強を手伝ってくれると言ってくれたのだ。非常にありがたい。
なんと良い奴なのだろうか。見た目は強面でムキムキな筋肉であるが、彼は優しい筋肉だった。
よしおがそれを断るはずも無い。


「アリガトウ、ハイ、アリガトウ」


「い、いえ!気になさらないでください!」


「アリガトウ、アリガトウ」


こうしてよしおは虎次郎に公用語を教えてもらえる事となったのである。




そうして、虎次郎に家庭教師をしてもらって約1時間が経った。


「オ前ノ信ジウお前ヲ信ジオ!オ前ノ信ジウお前ヲ信ジオ!」


「大分良くなってきましたね」


やはり講師がいるのといないのとでは大きく違う。
特定の言葉に対してのみだが、よしおの発音も大分良くなってきたようであった。


「アたマやフットーシそーだオーっ」


「あ、そこ違います。ピアス外してください。…OKですか?頭がフットーしそうだよおっっ、です」


「アタマがフットーしそーだオーっ」


「Good!」


果たしてこの言葉は日常会話に有用かどうかは考えてはいけない。
どんな言葉でもいざという時は使い道があるものなのである。
覚えておいて損はないはずなのだ。


桃色回路とムキムキ臆病タイガーマスクとの夜はこうして更けていくのであった。








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設定

斬鉄封神(ディバインブレイド)…トマース エソジン。某発明王がモデル。二つ名は斬鉄封神(ディバインブレイド)


科学と魔導…魔導とは生物の精神力なんていう曖昧なものを利用する力。その為、科学で魔導を再現することは出来ない。魔導科学みたいな二つを組み合わせたものは無い。


圧力戦隊 炊飯ジャー…よしおの楽しみの一つ。リアリティを追求するため、CGは一切使わないという監督のこだわりが見れる特撮番組。以下、圧力戦隊炊飯ジャー設定。

戦隊紹介
圧力戦隊炊飯ジャーは敵の命乞いを聞くため淡々と死と隣り合わせでいるのだ!

隊員
ジャンケン弱いぜ炊飯レッド!
親が金持ち炊飯ブルー!
節約上手な炊飯グリーン!
ピクルス大好き炊飯イエロー!
男の前では甘えん坊炊飯ピンク!


宿敵冤罪財団ゲッゲッはノリがいいぜ!

合体ロボ
名称 スーパー炊飯U
データ 身長:70メートル 馬力:63万馬力
各隊員マシン
炊飯レッドアーツ号(リムジン)
炊飯ブルーセレブ号(スノーモービル)
炊飯グリーンフォックス号(戦車)
炊飯イエローファニー号(潜水艦)
炊飯ピンクハニー号(スクーター)
合体決めゼリフ やればいいんでしょやれば!

テーマソング
人に辛くペットに優しく
言葉責めで倒していくぜ
駆けろ!嵌めろ!かき混ぜろ!
地球のためなら不正にも目をつぶる

”オカネデナントカナリマセンカネ”
勝利の為の合い言葉

アウェイ&スモール
昨日の晩飯なんだっけ

またお前か!炊飯ジャー!
あっち行け!炊飯ジャー!

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あとがき
仲間に資源渡して換金すりゃいいんじゃね?という意見がありましたが。

そ の 発 想 は な か っ た。

急遽、それを防止するためのシステムを考えることに。
一応作っては見たものの何か穴がありそうで怖いのさ。

圧力戦隊炊飯ジャーは戦隊メーカーでの変換を参考にしつつ作成。
二つ名メーカー以外にも色々あるんですねぇ。





[14030] 第十二話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2009/12/26 10:00
(収入) - (支出) = (収支)

誰もが一度は見た事のある式である。

通常、真面目に働いて収入を得て、散財していない者は収支が正の値になる。
その者が支出を抑えるようにしているのであればその収支の値も当然大きくなる。

だが、毎日過酷な職場で9時間働き、可能な限り節約したとしても収支に負の記号が付いてしまう男がここにいる。

総務の換金窓口前で本日の給与343マネーを片手に苦々しい顔で立つよしおである。

よしお達の後輩である新人パーティとの合同迷宮探索を行ってから早5日が経過。
常に1日の収支がマイナスのよしおは現在ほんの少しの貯蓄を削りながらも何とか生活できているレベルだ。

しかし、長くは保たない。
現状のよしおの手持ちは2500マネーを切っている。
この5日間、残念ながらマカライト鉱石の一つも入手できなかった。
このままでは後1週間程度で貯蓄が尽きてしまうだろう。
退職届作成の件についても進捗状況は芳しくない。


(あぁ…それにしても金が欲しい…っ!)


よしおは現在殆ど食費にしか金銭を費やしてはいない。
一日二食。日に費やす金銭は1000マネー以下である。
例えば自炊などすればもう少し節約することも可能だろう。
しかし、よしおの住む社員寮にはキッチン等はなく、ベッドしか置いてない。
その為、これ以上節約しろといっても出来ないのが現状なのだ。

現状を脱出するには収入の値をより大きくする必要がある。
かといって、収入を大きくするにはより深い階層に潜って採掘を行うしかない。
深い階層ほど掘り尽くされてはおらず、また貴重な資源が採集しやすい。
しかし、当然ながら深い階層になればなるほどモンスターの強さもそれに比例し大きくなるので、命の危険は増す。

臆病なよしおとしてもそれは御免であったのだが、残念な事にそうも言っていられない状況が後日発生するのであった。




総務で換金を終えた後は、いつものように購買へと向かう。
今日は“お米戦隊炊飯ジャー”の他にも“ティガーマスク”というアニメの放送があるのだ。
見逃す道理はない。


『虎だ!お前は虎になるのだ!』


“ティガーマスク”のストーリーはどこかデジャヴを感じさせるものだ。
現代社会でも見たことがあるような見たことがないような…。
何か虎次郎はこのアニメの主人公に非常に似ている。性格は全く似てはいないが。
虎次郎もこの主人公のように少しは勇敢さを持ってくれればとよしおは思う。
虎次郎にとっての“虎の穴”とは果たしてこの会社のことであろうか。
彼がブーヘンヴァルト強制収容所という“虎の穴”でどうにか生き残る術を早い内に身につける事をよしおは祈るばかりであった。




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翌日の業務が終了した後、今では8名まで減ってしまったよしおのパーティの面々は一同に会し、会議を行っていた。
命の危険がある迷宮探索。少しでもその危険性を減らすために、週に何度か、このように集まって互いの意思疎通を行い、今後の方針を決めていこうというのだ。
しかし、今回集まったのは、今後の方針について話し合うためではなかった。


「例の新人共がより地下深くで採掘を行う計画をしている」


よしおのパーティのリーダー役を務める黒い鴉頭の男が今回の議題について語った。
彼の名は烏丸九郎。名は体を表すといったところである。


「例の新人共というと……あの桃色暴動マニックパーティに襲われていて俺達が助けたパーティか?」


ユーマがそれについて確認を取る。


「そうだ。連中、もっと贅沢な生活をしたいそうだ。その為には浅い階層で採掘なんざしていられないらしい」


確かに浅い階層で採掘していても十分な賃金を得る事は出来ない為、食べていくだけで精一杯だ。
現在減給処分中のよしおはその事を人一倍強く実感している。


「無謀だと思うね」


藤吉郎が意見を述べる。
よしおも藤吉郎と同意見だ。

迷宮探索において最も必要なものはモンスターに対しての情報である。
どのような攻撃をしてくるのか、弱点は何なのかを知っておく事は迷宮探索のリスクを格段に下げることができるのだ。
だからと言って、理論と実践は違う。知識としては知っていてもそれを実際に活かせないことが多い。
よしお達が助けた新入社員達も桃色暴動に関する知識は得ていても恐怖によってそれを実践に活かせてはいなかった。

彼らだけではない。よしお達だってそうである。
入社初日の桃色暴動の時は言うまでもなく、3日目の毛むくじゃらの共鳴無惨グロテスクハウリングと巨大ガガンボみたいな酩酊蜂起ビースティミラージュの挟み撃ちにあった時などでも一気にパーティは混乱状態に陥った。
そうして、多くの死者を出した事と引き換えによしお達は、実践での心構えや想定外の事が起きても冷静を保つ事など多くの事を学んできた。

だが、それがよしお達が助けた後輩達に適応されるかというとそうではない。
1週間入社が早いか否かの違いではあるが、よしお達は誰の助けもなく、モンスターに対しては自分達のみだけで対処せねばならなかった。
しかし、対して彼らはどうかというとよしお達の助けがあって実践でのモンスターの対処を覚えてきたのだ。
よしお達と同じく彼らにも与えられた拠点まで辿り着いて戻って来いという課題も、彼らが心配だったよしお達が同行し、共鳴無惨や酩酊蜂起の対処の見本を見せていた。
きっと彼らはよしお達から地下1~4階の敵の対処法を覚えて、これなら深い階層のモンスターの対処なんて簡単なんじゃないか?なんて勘違いしているんではないかと思う。
そうした彼らが、理論と実践は違うという心構えや、想定外の出来事に対して冷静に対処する事を十分に学んでいるかと聞かれると疑問に思わざるを得ない。
短い間であるものの、よしお達は彼らに厳しく教育してきたつもりだが、結果的には彼らを甘やかすことになっていたのではないかとよしおは思う。


「私もそれは無謀だと言って止めたんだがね。話を聞いてはくれなかったよ」


九郎は不機嫌そうに答えた。


「…精霊執行官ホーンテッドジュピターの野郎か?」


その名前を聞いた九郎は苦虫を噛み潰したような顔をしたことでそれを肯定した。

精霊執行官ホーンテッドジュピター
中々にアレな名前だが、後輩達の中でリーダーをしている者である。
人間に近い容姿をしているが、耳が長いのが特徴だ。
ゲームでいうエルフとか呼ばれる人種なのかもしれないが顔の造形は至って普通である。
エルフといえば美形なイメージが先行するがこの異世界では別にそんなことはないようだ。
俺のほうがカッコいいな!なんてよしおは思っちゃったりするくらいである。
よしお達のリーダーである烏丸九郎という男が冷静沈着であるのに対して、彼は何処か支配者気取りな男であった。
これまでもどこか独裁的な部分を見せていた事で、よしお達は彼を要注意人物として見ていた。
彼に反抗してくれる者が後輩達の中で誰か居ればよかったのだが、残念ながら彼を除く他の面々は流されてしまう性格のようだ。
必然、彼が独裁的にパーティの方針を決める事となったのだろう。


「それで…いつだ」


「…明日だ」


「はあぁ!?」


「既に拠点宿泊施設の使用届も総務に提出してしまっているらしい」


「場所はどこだ?」


「地下6階だ」


「せめて地下5階にしておけってんだよ…」


地下6階であれば休憩せずに往復するだけでも半日かかってしまう。
そこで採掘することを考えると必然、拠点での泊まりは必須となる。
既に彼らは総務に拠点宿泊施設使用の申請を行ってしまっている。
即ち地下深くの階層で採掘を行うことを総務に知らせてしまっているわけだ。
今から取り消しするよう精霊執行官ホーンテッドジュピターに言いつけたところで彼が素直に従うとは思えないし、拠点宿泊施設の使用の急なキャンセルは総務から何らかのペナルティを受けることになるかもしれない。


「…で?どうすんだよ」


「我々も彼らに同行する事を提案する。後輩には死なれたくないしな」


何だかんだ言って可愛い後輩達である。死んで欲しくはないのだ。


「それに我々も試用期間が終わればバラバラに配属されてしまう。中には探索部に配属されて地下深くに潜らなければならない者もいるだろう。今回の件はそうなった時の為の予行演習とでも考えるしかないな」


よしおとしてはルームメイトである虎次郎には悪いが、ぶっちゃけ新人達には同行したくなかった。
だがしかし、他のメンバーは、新人達の悲鳴を聞きつけて助けに向かったよしおに触発されて妙な正義感が彼らの中に育っていた。
実はそれは誤解であるのだが。


「仕方ねぇな」


「ここで見捨てたら桃色回路ストロベリースクリプトさんに笑われちまいますよ!」


「ハハハ、全くその通りだ。ただし、新人共にはお灸を据えてやらんといかんな」


(え?何?何でそこで俺の名前が出てくるの?!)


よしおを除くパーティーメンバー全てが仕方なしではあったが、それを了承した。


(笑わないから付いていくのやめようよ…)


心の中ではそう思っているよしおであるが、言葉が分からないという要因だけではなく、彼もまた流される性格であったので反対意見は言えなかったりするのであった。


「どうやら気持ちは皆同じようだな…。時間がない。このまま採掘場所と地下5階、6階に出没するモンスターについての説明を行う」


そうして、それから1時間、採掘場所と地下5,6階に出没するモンスターについての対処についての説明が九郎より行われた。


「それでは各自、地図と出没するモンスターの復習、それと明日の準備を怠るな。拠点宿泊施設の使用申請は私が行っておく。以上、何か質問がなければ解散とする」


(マジか…。マジで行くのかよ…)


こうして流されるままにいやおうなしに深階層へと潜る羽目になったよしおであった。




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会議が終わり、自室に戻ったよしおであるが、今宵はとても勉強できる心境になかった。
明日は未知エリアの地下6階まで降りなくてはならないのである。
ベッドにてうつ伏せに顔を伏せて沈むよしおを心配したのか、ルームメイトの虎次郎が声をかける。


「あの…大丈夫ですか」


「頭がフットーしそうだよおぉ」


顔を枕に沈め、パタパタと手を振りながらよしおは答える。
明日の事について考えると頭が痛い。
絶対何か起きる、ヤバい事が起きる、とよしおは深憂していた。
異世界に来てからの運勢は下限突破であるよしおは、ネガティブシンキングに陥ってしまっていた。


「…頭痛薬買ってきましょうか?」


マッスルタイガーは気配りも出来た。
なんと懇篤な男だろうか。よしおと同じく試用期間中である彼も十分な金銭は持っていないであろうに。
全く容姿とは似つかない性格である。


「ダイジョウブ」


埋めていた顔を虎次郎へと向け、返事をする。
それでも心配そうな虎次郎の顔を見てよしおの顔に若干の笑みが浮かぶ。
ごちゃごちゃと心配ばかりしていても仕方がないのだ。決まってしまったものはもう覆らない。腹を括るしかないのだ。
よしおは気持ちの切り替えが早い事が長所なのだ。
自分を心配してくれるこの筋肉虎の為にもなるのならばまぁ仕方ないか、とよしおは思った。
何だかんだでよしおはお人よしなのだ。




よしおにとって虎次郎とは見た目は怖いが、臆病で優しいルームメイトであるという評価だ。
対して虎次郎にとってよしおという存在は実は精神的な支柱となっている。

虎次郎は計り知れない程の筋力を持ち、高い戦闘力を有するものの臆病な性格である。
彼以外の同期は桃色暴動やポチなど対処の仕方を覚え、戦闘行為が行えるようになったのであるが、彼はその臆病な性格が災いして、未だに敵と遭遇すると恐れから頭を抱えて蹲ってしまって戦闘時役に立たないだけでなく、邪魔になっていた。
そんな見た目は強そうであるのに邪魔にしかならない存在である虎次郎は他の新入社員からイジメの対象となってしまっていたのだ。
陰口を叩く者も居ればあからさまに邪魔である事を責め立ててくる者(後者は主に精霊執行官ホーンテッドジュピターであるが)。
気弱な虎次郎はそれに反論できなかったし、実際責められてしまう行動をしているのも確かであった。
そうした虎次郎が精神的に追い詰められてしまうのも仕方のない事である。

だが、彼の同期達とは違い、先輩であり、ルームメイトであるよしおは虎次郎をそんな目で見るような事はしなかった。
よしおは言葉が話せないというブランクがあるものの、虎次郎を見下したりはせず、自分と対等に接してくれていたのだ。
彼に言葉を教え、たどたどしい公用語ながらお礼を言われると自分が少しは彼にとって役に立っていることを実感できる。
そのことだけがこの辛い職場でも彼を支え続けてきたものなのだ。
入社して1週間程度だが、よしおが居なければ彼は辛い職場、人間関係に苦しみ、早々に潰れてしまっていただろう。

しかし、虎次郎もいつまでもそのままではいられない。
自身の臆病な性格をどうにかしないと比喩的表現抜きでこのブラック企業では生きてはいけない。
よしおが減給により金銭的に崖っぷちなのに対して、虎次郎もまた精神的な要因により崖っぷちなのである。




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翌日の始業時間15分前、集合場所にはよしおのパーティと新人パーティが集まっていた。
いきなり現れた先輩達に新人達も戸惑いを隠せないようである。
よしお達を見て精霊執行官ホーンテッドジュピターなど明様に嫌そうな顔をしている。


「整列しろッ!ウジ虫共ッ!」


イタクラの容赦ない怒声が響く。
イタクラはよしおのパーティーメンバーの中の一人で最も後輩達に対して厳しく教育してきた狼男である。
この男に対しては新入社員も皆恐れており、彼に口出しをするような勇気のある者はいない。


「地下6階で採掘するつもりらしいな…そんなに自分の力を過信しているか、ウジ虫共!貴様らに出来るのはクソの山から体をくねらせながら這い出る事だけだッ!」


自身の力を過信して地下6階に行くという無謀な計画を立てたのだ。
彼らだけで生きて帰ってこれるとは到底思えない。
おせっかいかもしれないが、彼らを助けるためよしお達もついていかなくてはならなくなった。
彼らの無謀な行動によって、よしお達の予定も急遽変更しなくてはならなくなったし、命の危険も増す。
そんなわけでいつも以上によしお達先輩が新人達に厳しくあたるのも仕方のない事なのかもしれないが…


「いいか、貴様らはこの星で最下等の生命体だ。貴様らは人間ではない。両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!」


(怖ぇ…)


何かハートマン軍曹が憑依しているイタクラに同期であるよしおですら恐怖を覚えてしまうのであった。


「計画を立てたのは誰だ」


新人達の誰も返事をしようとはしない。
板倉は新人達の前を歩き、一人一人睨みつける。
その内の一人の前で立ち止まり、


「お前か!?」


彼の顎を強引に掴み、顔を近づけた。


「ち、違…!」


「ふざけるな!口でクソたれる前と後に“サー”と言え!分かったかこのウジ虫がッ!」


「Sir, Yes, Sir!」


「もう一度聞く…計画を立てたのはお前か!?」


「Sir, No, Sir!」


「嘘つくなクソガキが!貴様だろ!」


「Sir, No, Sir!」


犯人が分かっているというのに敢えて間違った人物を叱責している。
良心の呵責に耐えられない真犯人を燻りだそうという魂胆だ。
まさに鬼教官である。


「自分であります、サー!」


耐えられなくなったのか真犯人の精霊執行官ホーンテッドジュピターが大声を出す。
他人に責任を擦り付けないのは感心だ。最も責任を他人に擦り付けてしまえばさすがに彼の同期も従わなくなるだろうが。


「そっちのクソか…正直なのは感心だ。気に入った。名前は?」


精霊執行官ホーンテッドジュピターです、サー!」


「名前が気に入らん。本日より“たれ蔵”と呼ぶ。いい名前だろ、気に入ったか?」


「Sir, Yes, Sir!」


あんまりすぎる。元の厨二病の名前もアレだがあんまりすぎる。あまりの暴虐にドン引きのよしおである。


「なぜ計画を立てた」


「お金の為です、サー!」


「ふざけるな!クソの中で孵化した貴様らは1マネーの価値だってありはしない!自分より価値のある物を持とうなんざおこがましいと思わんか!?」


「Sir, Yes, Sir!」


「フン、いいか、喜べ!今日は俺達が貴様らウジ虫共についていってじっくりかわいがってやる!」


それを聞いて新人達は皆顔を青ざめる。
こうして新人達にとって地獄の合同迷宮探索が始まったのである。




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「よォし!ここで3時間の休憩を取る!その後はいよいよ地下6階へ向かう!恐怖でズボンを湿らせないようにしっかり用を足しておけ!解散!」


どうにか無事に地下4階の拠点まで辿り着いた一行。各々が休憩を取るため散っていく。
新人達は言うまでもないが、流石によしお達もクタクタである。
最もよしお達は新人達に疲れを見せないよう隠してはいたが。

よしおもすぐさま休憩を取りたかったが、その前に懸念している事を解消しなくてはならない。
それは虎次郎の事だ。
相変わらず臆病が治っていない虎次郎は道中でもしっかりと皆に迷惑をかけ、板倉からも厳しい叱責を受けていた。
きっと落ち込んでいるに違いない。世話になっている身として、ルームメイトとして彼を慰めてやらなければならないだろう


虎次郎を探しに回るよしお。
暫く歩き回った後、休憩室の片隅で案の定、鬱状態の虎次郎を発見した。


(空気が…澱んでおる…)


虎次郎を基点に何か負のエネルギーが充満している様な気がする。
これはいかんとよしおは虎次郎に声をかける。


「ダイジョウブ?」


「…あ、桃色回路ストロベリースクリプトさん。すいません。ご迷惑ばかりおかけしてしまいまして…」


よしお自身も臆病だから虎次郎の気持ちはわかるつもりだ。
確かにモンスターは怖い。
しかし、一匹モンスターを倒してしまえば臆病は半分に、さらにもう一匹倒せば四分の一に、三匹目でそのモンスターに対しては恐れは感じなくなるものだ。
言い換えれば、最初の一匹で勇気を出して戦うことが一番難しい。
虎次郎にもその勇気を出す切欠というものがあればいいのであるが中々都合良くは行かないものである。
虎次郎に何かアドバイスが出来ればいいのに、よしおは自分が言葉が満足に話せないのをもどかしく思うのであった。


「ダイジョウブ!ダイジョウブ!」


虎次郎の肩を叩きながらそんな短い言葉しかかける事が出来ない。


「ありがとうございます。桃色回路ストロベリースクリプトさん…」


弱弱しいものであったが、虎次郎はよしおに笑みを見せた。
少しは虎次郎を慰めることができただろうか。
しかし、こんな簡単な言葉でしか慰めてやれない自分自身をよしおは情けなく思うのであった。




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いよいよ出発時間と相成った。
目的地である地下6階への採掘場までは2時間半程度の道のりである。

ブーヘンヴァルト強制収容所社員は地下5階以下で採掘できて初めて一人前だと言われる。
その理由はやはりモンスターの強さによるものである。

地下1階~4階までの敵はある意味、“攻略法”と呼べるものが確立していた。
例えば、“桃色暴動マニックパーティ”に対しては脅えを見せてはならないこと
共鳴無惨グロテスクハウリング”に対しては囮戦法が有効であることなどである。

これまでは“攻略法”が確立されていたので、恐怖によって混乱に陥っていなければ実力がない者でも何とか敵を倒すことが出来た。
しかし、地下5階からはそのような“攻略法”が確立されている敵は殆どいない。
即ち、社員自身の実力がダイレクトに影響してくる部分があるのだ。
その中で“桃色暴動マニックパーティ”のように徒党を組んで襲ってくるモンスター達も当然存在する。
しかし、その強さは、“桃色暴動マニックパーティ”の比ではない。
群れているくせに敵の一体一体が即死級の攻撃手段を持っていることなんてざらなのである。


そんなわけで、これから地下6階へと向かうパーティの中でも、よしおパーティのメンバーは緊張感に溢れていた。
地下1~4階までの慣れている敵とは違う。
ここから先の敵はパーティメンバーそれぞれの実力がより反映されてくる。それ以前にまず、恐慌状態に陥らないことが重要である。
これまでのように初見の敵に出会ったからと言って、仲間が死んだからと言って、容易く恐慌状態へ陥ってるようであればこの先へは踏み込むべきではない。

よしお達のパーティはこれまで何度も恐慌状態に陥り、全滅しかけてきた。
歴代の新人パーティの中でも上位に入るほどのハードな経験をしてきたのだ。
そして、その経験は決して無駄ではない。
社員殺しという別格の敵と遭遇して生き残ってきた彼らである。
そんじょそこらの敵と初めて遭遇したからといって怖気づくような事はないのだ。
また、多くの同期を失う内に、彼らは無意識下で仲間が死ぬ事に対してある程度は慣れてしまっている。それは、よしおも例外ではない。
その為、不測の事態が起こって仲間の一人二人が死んでしまったとしてもも、これまでの様に容易く恐慌状態へ陥る事はないだろう。
入社して1ヶ月経っていないというのに、彼らは“度胸”という面では立派に一人前なのだ。

対して、後輩たちは大いに甘やかされて育ってきた。
これまでよしお達に付いて回って、モンスターの対処法を学んできたからと言って、不測の事態が発生した場合に彼らがよしお達と同じように恐慌状態にならないというのは楽観的すぎるだろう。
そんな彼らが自分達だけで地下5階以下に降りようとするなど片腹痛いのだ。

だが、“実力がない”という事に付いては先輩後輩どちらも同じである。
度胸があるよしお達なら地下5階以下での探索も可能!なんて思われるかもしれないが、彼らも新人の域を出ず、実力がついてきていないという点では後輩達と同じだ。
後輩達が無謀なのは言うまでもないが、単に後輩達が心配だからと簡単に彼らに付いていく事を決めた彼らもまた無謀であると言える。
地下6階に潜る事に決まり、唯一人「行くたくねぇなー」なんて思ってたよしおが実はメンバーの中で最も懸命な判断をしていた者であったのは誰も知る由がない。
惜しむべきはよしおが言葉を話せず、それを彼らに伝えられなかったことだろう。





拠点を出発して40分、何度かモンスターに襲われながらも一行は地下5階入り口へと辿り着く。
今までは前座に過ぎない。ここからが正念場である。

半人前と一人前を隔てる壁の入り口を前にしてよしお自身も不安は隠せない。
同期達も何だかピリピリとした雰囲気を醸し出している。

一方で後輩達はどこか暢気そうである。
“たれ蔵”とかは調子に乗って「迷宮探索など貧弱貧弱ゥー!」なんて事をイタクラに聞こえないように後輩同士でコソコソ言ってるが、お前らマジ自重せぇよ、とよしおは思う。
あーいう奴は真っ先に死ぬのだ。実力があるとかないとか関係がない。テンプレ的死亡フラグな人間だからだ。

彼が命の危機に陥ってもよしおは助けはしない。助ける義理もない。
もしこれが同期のメンバーであったなら……もしかしたら助けようとするかもしれない。
実際にユーマや藤次郎が命の危機に陥っているときに率先して自分が助けたという経験がある癖に、必ず助けに向かうとは言わないあたり、未だチキンっぷりが抜けないよしおであった。




恐る恐る地下5階に降りる一行。
そして、地下五階に降りるや否やよしお達は早速敵と遭遇することとなる。


「うおぉッ!」


そんな大声が先頭から発せられた。
正面方向に大きい四足歩行の何か。一瞬ポチかと思ったが違う。サイズが違いすぎる。


(でけぇ…マジかよ…!)


敵モンスターを見て案の定ビビるよしお。
しかし、それと同時にどこか冷静な部分が無意識に敵モンスターの情報を頭の中から汲み取っていた。
確かアレの名前は“ビッグポチ”。名前の通りポチのビッグバージョンだったはずである。
ポチが普通の犬くらいの大きさなのに対して、コイツは小さめの象くらいのサイズがある。
当然、地下1~4階に生息するポチとは比較にならないくらい強い。


そして、大声に反応したのかビッグポチもこちらの方向を向く。
顔自体はポチと同じく何処か愛嬌を感じさせるものだが、涎をだらだら垂らしていることがそれを台無しにしている。
そして、その表情もよしお達を認識するや否や、非常に恐ろしいものへと変わり、モンスターと呼ぶに相応しい造形を取る。
その表情の劇的な変化を見てよしおは、


『ごめん。帰っていい?』


と、ボソリと日本語で呟いてしまうのであった。




あれだけ暢気だった後輩達も全員固まってしまっている。役に立ちそうにない。
というか、戦闘に参加しても邪魔になるだけだろう。
虎次郎は…いつもの通り蹲って筋肉ダンゴになっている。
結局、処理は先輩達がするしかなくなった。


「ヒヨッ子共は後ろへ下がれ。」


その命令に後輩達は素直に従う。
逆に先輩達は前へと出る。


(え?俺も前に出るの?)


よしおとしては当然自分も後ろに下がりたかった。
だって、嘗てよしおがハマッていた“ファイナルファンタジア11”というネットゲームでは白魔道士をレベル上限まで上げたことだってあるのだ。
その卓越したプレイテクニックによって仲間内では“癒しのYoshio”なんて呼ばれていたくらいである。
つまり、自分は後衛ジョブだから後方で支援すべきではないのか。

自分が後ろに下がりたい理由に意味のわからない理論を持ち出すよしおだった。


いつの間にかビッグポチは呻り始めて、今にも飛び掛らんとしている。


(おい…アレやばいんじゃない?時間ないよ?)


せめて心の準備をする時間が欲しい。
よしおはビッグポチが気短な性格でないことを祈った。


「囮になる。死角から刺し殺せ」


10秒かからずに九郎が戦法を構築する。


「一人じゃ危険だ。俺もやろう」


10秒かからずにそれにユーマが修正を入れる。
そうして、作戦は20秒かからず完成した。


「スリーカウントだ」


「わかった」


(ちょ!心の準備がまだ…!)


気短だったのは同期の皆達の方だったようだ。
よしおの心の声を無視して九郎が声を出す。


「3」


ビッグポチの唸りが止まる。


「2」


その数字と同時に強靭な足で地面を蹴りつけたことにより、ビッグポチの運動ベクトルが前方を向く。


「うおぉぉッ!?」「うあッ!?」「なッ…!」


合図を無視して、凄まじいスピードでビッグポチがよしお達に迫ってきた。


「フライングだよ、馬鹿野郎ッ!」


囮も何もない。真正面からぶつかることとなってしまった。
考えてやったのだとしたらこのビッグポチ、中々の策士である。

距離はあと4メートル。
1秒を待たずに両者は接触する。
結果はどうなるか分からないが、高い確率で同期の誰かが死ぬ。


その筈であったのだが、


「…ッ!?」


衝突目前でいきなりビッグポチが横っ飛びをする。
そして、よしお達を無視して横を過ぎ去って行く。


「…ッ!?拙い!そいつの狙いは…ッ!」


(は?え?)


よしおは展開が予想外すぎて状況を把握できない。
状況を正しく理解出来たのは後輩の誰かの悲鳴が耳に入った直後である。


「あ"あ"あ"あ"っ!」


振り向くと、ビッグポチが後輩の一団に突っ込んでその中の運の悪かった一人の腹に食いつき、鋭い牙と強靭な顎によって完全に固定していた。


「痛だい"い"い"い"い"い"あ"あ"あ"!?」


何度聞いても聞き慣れない。酷い音声だ。
だというのに、仲間がこんな醜い悲鳴を上げる羽目になっているというのに、後輩の誰も助けようとしない。


「喰ってんじゃねぇよ、畜生がッ!」


先輩の中で最もビッグポチに近い位置にいたイタクラが勢いをつけて刺突を繰り出そうとする。
しかし、哀れな後輩を咥えこんだまま、ビッグポチは再度横っ飛びをして回避する。
そして、そのまま奥の方へと走り去っていき、彼を連れ去ってしまった。


「やべぇ!逃がすなッ!追えッ!」


「新人共!突っ立ってんじゃねぇッ!お前達も行くんだよ!」


先輩達が先頭を走り、それに置いてかれまいと後輩達も続く。
10分くらい走り続けた頃だろうか、誰もかれもが息が途切れ途切れである。
日々過酷な業務で鍛えられているとはいえ、入社して1ヶ月未満のよしおにとってまだまだ運動は苦手であった。
しかし、間も無く一同は停止する事になる。
物凄い早さでカッ飛んでいって後続を突き放していたユーマとイタクラが先の広間の入り口で立ちすくんでいたからだ。


「…止まれ」


「ハァッ!ハァッ!何でだ!早くしないと…!」


藤吉郎が息を切らせながら抗議するが、ユーマの次の言葉に黙ってしまうこととなる。


「遅かった…。今は“食事中”だ」


その意味を誰もが正しく理解した。
その報告にへたり込んでしまう者達。よしおもその中の一人だった。


「クソッたれがッ!」


そう言い放って、イタクラはズカズカと後輩達に向かって歩く。
そして、“たれ蔵”の胸倉を掴んで低い声で脅す。


「撤退だ、文句はねぇよな…?」


その声には怒りが込められていた。爆発しないように必死で押さえ込んでいる、そんな声であった。


「…Yes, Sir」


たれ蔵はただ力なく答えることしか出来なかった。





暫くその場で黙ってへたり込んでいたが、イタクラがそれを破る。


「…おい」


「ん?」


「あの臆病筋肉は何処へいった」


「は?」


(臆病筋肉?……あ!!)


よしおはキョロキョロと周りを見渡す。居ない。
あの臆病な大柄のタイガーマスクはどこにも居なかった。
よしおの顔が青ざめる。


「おいおいおいおいッ!マジかよッ!」


そんな様子のよしおを見て、イタクラも現状を理解する。
きっと彼はあの場所で一人で蹲ったままなのだ。


(畜生、マジで!?マジかよッ!)


足が疲労でブルブルと震える。それでも戻らなくてはならない。
虎次郎は臆病者だけど、言葉の勉強を教えてもらった優しい男だ。
恩ばかり受けていて、彼には何も返してはいない。
転びそうになるのを堪えながらよしおは立ち上がり、来た道を引き返そうとする。
そんなよしおを見てユーマが肩を叩き、告げる。


「俺に任せろ。俺なら5分…いや4分で戻れる」


それを聞いていたイタクラが追従する。


「遅いな。俺なら3分で行ける」


そんな事を言っているけど彼らだって疲れているんだろう。


「何、お前のルームメイトが襲われていたとしてもお前達が到着するまで時間稼ぎくらいはできるさ」


「アイツは一番ダメな奴だからな。死んでもらっては困る。しっかり教育しなけりゃならん」


それでも尚、可愛い後輩のため、そしてよしおを安心させるため、少数行動は危険だっていうのに彼らは骨を折ってくれるのだ。

異世界に来て酷い目にあってばかりだ。
それでも、異世界に来てたった一つだけ幸運なことがあった。
種族も言葉も違うけれど、このかけがえのない友人達を得る事が出来たというのはこの世界でのたった一つの幸福だ。


目頭が熱くなる。またしても「ありがとう」という言葉は涙声になってしまった。


「おい、桃色回路ストロベリースクリプト泣くんじゃねぇよ」


「ククク…ホント幻術力学ミラージュエコーだな、お前は」


(何よ…幻術力学ミラージュエコーって…)


またしても出てきた謎の単語に顔を上げる。
ユーマとイタクラが互いに顔を見合わせ苦笑していた。
彼らにとって虎次郎はよく知る相手では無い。
それでも彼は自分達の後輩だ。だから助けにいかないといけない。
だけどそれだけが理由じゃない。
彼らはよしおが虎次郎から言葉を教えてもらっていることを知っている。
虎次郎はよしおの友人でもあるのだ。
自身の友人の友人の為だ。多少の危険がなんだっていうのか。
どんなに疲れていても、どんな危険な目にあったとしても、彼らは虎次郎を助け出すことを決意していた。


「さて、こうしてる場合じゃないな。ユーマ、俺に付いてこれるかな?」


「俺にそんな口を聞けるとでも?“東ウェリントンの赤兎馬”の異名を知らないわけじゃないんだろう?」


こんな状況だって言うのにふざけあって楽しそうな二人。
そんな二人をみてよしおは不安に思うどころか頼もしさを感じるのであった。






それから15分後、先に向かったユーマとイタクラを除くよしお達は階段へと戻るべく急いでいた。
疲れていたけれど出来るだけ急ぐべく、走ってきた。
口の中の唾の粘度が高くなってしまった。喉に絡み付いて辛い。それに脇腹も痛い。
それでも彼らは走るのをやめなかった。
すでにユーマとイタクラは到着しているはずである。
彼らと虎次郎が何事もなく無事だといいのだが。
もうすぐ到着だ。きっと彼らは元気な姿で迎えてくれるはずだ。

よしおはそう信じていた。







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よしおは目前の光景が現実とは思えなかった。
いや、パーティの全員が目の前の光景を信じられなかった。


(何だよ…これ…)


よしおの心の声はパーティの誰にでも向けた物ではない。
唯一つ、目の前の緑色の巨大な生物に対して向けられている。

対してその巨大な生物の二つの複眼はよしお達に向けられてはいない。
ただ目の前の“食料”に対して向けられていた。

それはカマキリだった。
鎌状の前脚で“食料”を抑えつけ、大顎でかじって食べている。
“食料”を噛み砕く、ゴリゴリという音がここまで届く。
初めて聞いたその音は非常に嫌悪感を齎すものだった。

“食料”は人の形をしていた。
ただ、頭がない。床にも落ちていない。だとしたら何処へ言ったのか。
答えは当然「胃の中」だろう。

いや、そんなことは重要なことではない。
問題は“食料”が誰なのか、ということだ。
頭さえあれば判断が出来たのにその肝心の頭が無かった。

虎次郎はあそこで蹲ったままだ。震えてるから無事みたいだ。
ユーマは倒れている。大丈夫なんだろうか。気を失っているだけだといいのだが…。
イタクラは…イタクラは何処だ。見当たらない。

パーティの全員がその非現実を眺めていた。
均衡が崩れたのは、後輩の一人が蹲り、嘔吐したことによるものである。
それに続いて、皆、床に吐瀉物を撒き散らかす者が続出する。
よしおもあのカマキリに喰われているのがイタクラだと分かった時、胃から酸っぱい物が込み上げてきて、床に嘔吐してしまった。


(何でこうなった…何が悪かったんだ…)


蹲り、床に撒き散らかった自分の吐瀉物に目を向けていたが、そんな視覚の情報などよしおの脳では処理されない。
よしおが頭の中で処理しているのは“何故こうなったのか”、“何が悪かったのか”その二点の理由についてのみである。


“何故こうなったのか?”
あのカマキリの化け物が襲いかかってきたのだろう。そしたら、イタクラの頭が無くなってしまった。
これはいい。間違っていないはずだ。


じゃあ“一体何が悪かったのか?”
よしお自身なのか?虎次郎?それともそもそも地下6階に潜ろうと計画を立てたたれ蔵?


否、違う。


カマキリの化け物だ。
こいつだ。こいつのせいだ。全部こいつが悪い。


心の中で沸々と何かが湧き上がってくるのを感じた。怒りというその感情は今までの人生でも何度も感じた事のあるものだ。
だけど、よしおは今まではそれを表に出す事は滅多になかった。
だけど今回のそれは規模が違う。抑えられそうにないものだった。
目の前の怨敵を睨みつける。


(うぅうぅぅ…!うぅう…!)


それでも、その怨敵を視界に入れてしまうと怒りよりも恐怖が上回ってしまうのは何故だ。
目の前の存在が許せないはずなのに、戦いたくないと思ってしまうのは何故だ。
イタクラの仇をとらなくちゃならないっていうのに、死にたくないなんて躊躇してしまうのは何故だ。

目の前で倒れている仲間がいるっていうのに、早く助けなくちゃならないっていうのに、心の何処かが「早く逃げろ」と叫んでいるのだ。


(いやだ…死にたくない…)


今まで何度も自分自身を情けないと感じた事はある。
だけど、今回のそれは今までのものとは比にならない。
自分が途轍もなく醜く感じてしまうのだ。


それでも脳裏に過ぎる。
イタクラとユーマはどうだっただろうか。
「俺に任せろ」と言って命をかけて虎次郎を守りに行ってくれたではないか。
そして、イタクラは自分の命と引き換えにして、虎次郎を守りきった。
それに比べて自分はどうだ。仲間の仇よりも自分の命を優先するっていうのか。


「うぅうあああぁ」


子供のように大声でよしおは声を上げて泣いた。


涙を流しながら、大声で泣きながら、それでも立ち上がって、マチェットナイフを包んでいた布を剥ぎ取った。






涙は止まらない。恐怖は麻痺しない。
グスグスと鼻を鳴らしながら、顔を涙でぐしゃぐしゃにさせながら怨敵を視界に入れる。
涙でその肖像はぼやけてしまっていた。
それでもマチェットナイフを片手にカマキリに突撃しようと体勢を変える。


「待って、桃色回路ストロベリースクリプト!」


それを後ろで見ていた藤吉郎が大声でよしおを止める。
だけど振り向かない。止めないで欲しいとよしおは思っていた。
仇をとるという決意が鈍りそうになってしまいそうだったから。

しかし、彼の次の言葉は予想外のものであった。


「僕も混ぜろ」


よしおは驚いて藤吉郎の顔を見る。
彼の目は怒りに燃えていた。


同期の皆がその言葉に追従する。


「クソッ…怖いけど…!ライバルである桃色回路ストロベリースクリプトに遅れを取るわけにはいかない!」


「屋上へ行こうぜ…久しぶりにキレちまったよ…」


「許さん…!許さんぞ!虫けらッ!じわじわと嬲り殺しにしてくれる…!」


よしおだけではない。彼の同期のメンバーは皆計り知れないほどの怒りと恐怖を感じていた。
しかし、よしおの恐怖で泣き喚きながらも、敵と戦おうとする姿勢を見て全員が恐怖を乗り越えていた。


「殺せ!絶対に生かして帰すな!」


九郎のその号令を元に先輩メンバーは目前の敵目掛け、殺到する。
策も何もない。最早全員怨敵を排除することしか頭に残っていなかった。


「いい加減ッ放しやがれ!」


イタクラを食べ続けているカマキリの鎌状の前足目掛け、九郎が剣で斬りつける。
しかし、昆虫類の甲殻の堅さは並ではない。
ましてやこの巨大なサイズの虫のものであれば、青銅の剣で切り落とすというのは極めて困難なことだ。
全身の力を込めて放たれた斬撃は当然の如く、甲殻によって弾かれてしまった。


「クソッ…!堅いぞ…!」


同僚達は何度も何度も斬りつけているが、そんなことを気にもしていないのかカマキリはのんびりとイタクラを捕食し続けている。


よしおもその悠悠自適なカマキリの態度を見て、怒りが完全に恐怖を上回った。


(ブッ殺してやる…!)


手にしたマチェットナイフでカマキリの後方から走り寄り、下から上へ掬い上げるように斬りつける。
その斬撃は、偶然にも甲殻で覆われていない、腹の部分を傷つける事に成功していた。
それによって驚いたカマキリはイタクラの死体を放した。


(腹…!腹が弱点か…!)


仲間達に腹が弱点であることを伝えたい。だけど的確な言葉がよしおにはわからなかった。
なんとか伝えられないかと、今まで学んできた言葉を思い起こすが、一向に妙案は思いつかない。

戦闘中だというのに考え事をしていたよしおはいつの間にかカマキリがよしおの方へと向き直っているのに気が付いた。
カマキリはよしおに向けて鎌を大きく広げ、羽を扇状に広げて威嚇をしていた。


「うぉぉっ!?」


直後、よしおの視覚情報はカマキリが体を中脚と後脚で支え、左右の前脚を揃えて胸部につけるように折りたたむ捕獲の姿勢に入ったのを確認した。


(うっ…!?)


ヤバイ!と直感で感じたよしおは咄嗟に回避の姿勢に入り、横っ飛びをしようとしたのだが、誤算だったのはその巨体からは想像も出来ないスピードでカマキリが動いたことだ。


「い"っ!?」


大鎌が広がり、大きく敏速に伸びてきた。
回避は間に合わず、左腕の付け根と手首をその二つの大鎌でがっちりと挟みこまれる。


(あぁああぁあぁ!痛ぇあ…ッッッ!)


桃色回路ストロベリースクリプトッ!?」


ギリギリと万力のような力で締め上げられていることによって、大鎌に付いている多数の棘がよしおの腕に食い込む。
血が流れ出し、ボタボタと床を赤く濡らす。


(このッ…放…せよッ!)


それでも、右手に持ったマチェットナイフで何度も斬りつけるが、甲殻によって弾かれてしまう。
カマキリはそんなことを意に介さず、さらに締め付けてくる。


(痛だだだだだッ!あ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!)


そして、その大顎でよしおの二の腕に噛み付いてきた。


「あがッ……ッッッ!?」


たった1回噛み付かれただけだ。
だというのに二の腕の肉は切断され、骨も切断され、皮で辛うじて繋がっているだけになってしまった。
血飛沫がカマキリの顔を赤く飾る。

程なくよしおの左腕は完全に二つに分離した。

だというのにカマキリはよしおを放しはしない。
片方の鎌はよしおの左腕の付け根を挟みこんだまま、更にもう片方の鎌でよしおの腹から胸を挟みこんだ。


「い"あ"ッッッ…!?」


よしおの胸と腹と背に大鎌の棘が食い込み傷つける。次はよしおの腸を喰おうとするつもりなのだろうか。
さらに血がボタボタと流れ落ちる。よしおは最早、全身血塗れであった。


「手前ぇぇぇッ!!」


それを見て再度ブチ切れた同僚達が、カマキリに殺到する。
多くの者の放った斬撃が甲殻によって弾かれてしまったが、その中の一人が偶然カマキリの比較的柔らかい腹の部分を斬りつけて傷を負わせる。


傷つけられたカマキリはよしおを投げ飛ばした。
投げ飛ばされたよしおは虎次郎の蹲っている近くに叩きつけられた。


桃色回路ストロベリースクリプトッ…!」


駆け寄ろうとした藤吉郎に九郎が大声で注意する。


「後ろを向くな!今は前だけを見るんだ!」


「くッ…!桃色回路ストロベリースクリプト、すぐアイツを倒すから待っててくれッ!」


声をかけたが、よしおはピクリとも動かない。


「腹だ!腹を狙え!」


「正面に立つんじゃない!予想以上に攻撃範囲が広いぞ!」


傷つけられたことに怒りを覚えたのか、カマキリは大きく暴れ始めた。


「腹なんて狙えねぇよ、畜生!」


暴れ回るカマキリに誰も近づく事は出来なかった。
事態は硬直したまま、時だけが過ぎていった。




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「トラジロー」


「トラ、ジロウ」


蹲って震えていた虎次郎が顔を上げたのはそんな弱弱しい小さな声によってである。


「トラ、ジロ」


声の聞こえる方向に顔を向けるとよしおが仰向けに倒れながらもこちらを向いていた。。
だが、酷い状態だ。

よしおは血塗れなのだ。それによしおの左腕は何処に行ったのだ。


「う、うあぁ…桃色回路ストロベリースクリプトさん…っ!腕…腕が…」


急いでよしおの元に駆け寄る。左腕だけじゃない。よしおは胸部にも腹部にも酷い怪我を負っていた。
これは助からないんじゃないだろうか、心の中でふと浮かんだ考えを即座に否定する。


「うぅああ…!桃色回路ストロベリースクリプトさんっ!しっ、死なないでください!」


虎次郎にとってよしおはたった一人の味方だ。
虎次郎は自身の臆病な性格のせいで、迷宮探索では全く役にたたない単なるお荷物、そんな評価が同期の皆からはされている。
だけど、ルームメイトのよしおだけは、自分をそういう目で見なかった。
それどころか何度も何度も励ましてくれた。
そして、よしお自身もこんなどうしようもない自分を頼ってくれていた。
それだけが、この会社での生活においてたった一つの救いだった。
だから、よしおが死んでしまったら、自分はここで、この会社できっと生きてはいけない。

それは“依存”と呼ばれてもなんら差し支えのないものであった。


「トラジロー」


よしおは何度も虎次郎に呼びかける。
きっと何か言いたい事があるのだろう。


「はいっ!ここにいます!僕はここにいます!」


虎次郎はよしおの小さな右掌を自分の大きな両手で握る。
涙が溢れ出る。流れ落ちた涙はポツリと音をたて、よしおの血塗れの服に吸収されていった。


「ダイジョウブ?」


左腕を千切られてしまっているというのに、腹部にも酷い怪我を負っているというのに、自分の事より、ずっと恐怖で蹲っていただけの自分の事を心配している。


「無事ですっ…!僕は無事です!うぅ…それよりも桃色回路ストロベリースクリプトさんがっ…!」


その言葉によしおは弱弱しくも笑みを浮かべる。しかし、その直後、ゴボゴボと大量の吐血をした。


「ひっ…!び、病院っ…!病院に行かないと…!」


誰か頼りになりそうな人はいないだろうかと辺りを見渡した。
頼りになりそうな先輩達は皆、何かカマキリのような化け物と戦っている。
自分の同期である者達は皆、目の前の光景に戦慄し、ただ突っ立っているだけだ。


「た、助けっ…!助けてください!誰か助けてください!桃色回路ストロベリースクリプトさんが…!」


こんな大声を出すのはいつくらいぶりだろうか。
自分の同期である皆のほうに向けて呼びかけるが、虎次郎の大声にこちらを見るだけで誰もその場を動こうとしない。


「うぅぅ…っ!」


ならばと、戦っている先輩達に向けて同じように大声で助けを求めた。


「五月蝿ぇ!黙ってろッ!コイツをぶっ殺した後…ッ!嫌でも助けてやるよ…!」


駄目なのだ。それじゃきっと間に合わない。血が止まらないのだ。今すぐ助けが必要なのだ。
あのカマキリのような化け物のせいでこのままでは間に合わなくなってしまう。


「うぅうううぅう…っ!」


「ダイ…ジョブ、ダイジョウブ」


よしおがうわごとのように同じ言葉を繰り返す。


「……はい!大丈夫ですっ!安心してください、桃色回路ストロベリースクリプトさんっ!」


急いで止血と簡単な応急処置を施す。しかし、こんなものは時間稼ぎにもならないだろう。
だから、急がなくてはならない。
よしおの手を強く握る。
これからやることは凄く怖いことだ。
だけどそれよりも怖いことがある。

それはよしおが死ぬことだ。

それに比べたら、断然マシなのだ。
よしおに届くよう、大声で自分の誓いを宣言する。


「僕がっ…!僕が今すぐアイツを倒してきますからっ!ここで見ていてください…!」





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「雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


鼓膜が破裂せんばかりの大音量の叫びが、迷宮内に木霊する。

その大声によってよしおは出血によって薄れていた意識を取り戻す。
音のする方向を見ると虎次郎の大きな背中が見えた。

その雄叫びの発生源は虎次郎だった。
あの臆病な虎次郎が前線に出ているのだ。
きっと彼は、涙を流しながら、鬼気迫る表情をしながら、心の中では脅えながら、
それでも前に出て巨大カマキリと対峙しているのだろう。
彼の背中しか見えていなくてもよしおには何故だかそれが手に取るように分かった。

巨大なカマキリに対峙する虎次郎の大きな背中を眺め続ける。

その背中も見る見るうちに変化する。筋肉が大きく隆起する。それにより、服が破れ千切れる。
そして顕現する彼の上半身。

遠目であったとしても、視界がぼやけていたとしても、わかる。


―なんと、

――なんと凄まじい肉体だろうか!


薄ぼんやりとした意識の中で、根拠も無くよしおは確信した。

あんな昆虫風情が虎次郎に勝てるはずがないことを。






「フッ!」


直後、虎次郎が動く。
下半身の柔軟で強靭な筋肉から生み出される爆発的なエネルギーは全て前方へと向けられ、虎次郎の速度は0から一気にトップスピードへと変化する。


「馬鹿…ッ!真正面から行k…!」


しかし、九郎が言葉を言い切る前に、巨大カマキリまでの距離は一瞬で30mから残り1mへと化す。

そして、大地を割らんばかりに足を踏みしめて全てのスピードを殺す。
筋力にものを言わせて、今度は逆に虎次郎の速度はトップスピードから0になった。

否、止まったのは下半身のみであった。
上半身は未だにそのスピードを維持している。
凄まじいエネルギーを持った直線運動は、腰の回転によって、何のエネルギー損失を生み出す事もなく、全て回転運動へと変換される。


そして、全てのエネルギーがただ一点、虎次郎の両手で支えられた青銅の剣、その切っ先にのみに収束され、


「だらッシャアアアッ!」


ボゴンッ!という音と共に、青銅の剣の刃をまるでガラス細工のように砕け散らせながら、巨大カマキリの右前脚の鎌を吹っ飛ばした。




その光景に口を開けて唖然とする一同。
否、瀕死のよしおだけがやっぱり、という表情でその光景を見てにやけていた。

甲殻が堅いだとか柔らかい腹の部分を狙えだとか、そんな戦術的要素では虎次郎を拘束することなんてできない。
全ては虎次郎の凄まじい筋肉によって一方的に決着がつけられる。
その筋力はあらゆるものを破壊の対象とする。勿論、それには武器である青銅の剣自身も含まれていた。
彼の筋力には並大抵の武器では耐えられないのは明白だ。

では、武器のなくなってしまった虎次郎は最早戦えないのだろうか?

その答えはすぐさま解明されることになる。


片方の前脚を吹き飛ばされ、巨大カマキリが思わず後退する。
しかし、それを逃がすほど、今の虎次郎は甘くはない。

攻撃を放ち終わった無防備な姿勢からすぐさまリカバリーを行い、後退するカマキリに追撃する。
そして、素早い動きで、手を交差させて、カマキリの頭を掴んだ。

頭を掴まれたカマキリは暴れるも、虎次郎の凄まじい握力から逃れられない。
残った方の大鎌で虎次郎の胴体を挟み、締め付けるも虎次郎はそれを意に介さない。


「NUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


そのまま虎次郎はゆっくりとバルブを回すようにカマキリの首を回転させる。
180度回転させるまでは必死に暴れた。
それを超えた辺りから抵抗は徐々に弱くなっていき、
360度を超えたところでカマキリは死んだ。

だが、虎次郎は首を回し続ける。

720度
1080度
1440度

そうして、ほつれたボタンのようにカマキリの頭がブラブラになった頃、


「フンッ!」


虎次郎の渾身の右手刀によって、カマキリの頭は完全に切断された。






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桃色回路ストロベリースクリプトさん、終わりました」


すぐに戻ってきた虎次郎がよしおに声をかける。
意識は朦朧として、体が非常に重く感じたが、よしおは必死に体を動かして残った右手で親指をグッと上に上げて見せた。

見ていたぞ、格好よかったぞ、ということを伝えたかった。

それを見て、虎次郎も涙でぐしゃぐしゃな顔のまま、大きな手で親指をグッと上に上げて返事をした。


「帰りましょう。桃色回路ストロベリースクリプトさん。僕が負ぶっていってあげますから」


瀕死のよしおを赤子でも抱くかのように優しく、自分の背に乗せる虎次郎。
筋肉モリモリの男臭い背中だって言うのに、その大きな背中は酷く自分を安堵させるのは何故だろうか。


だけど、虎次郎の背中を汚してしまった。

やっぱり簡単な応急処置だけでは血は止まってくれないみたいだ。

止まる事がなく流れ続けるよしおの血が虎次郎の背中をどんどん赤く染めてしまうのをよしおは朦朧とした意識の中で申し訳なく感じていた。








「おい」


九郎が呆然としたまま突っ立っていた“たれ蔵”に声をかける。
たれ蔵はゆっくりと九郎の方に顔を向けた。


「これは計画を立てたお前だけのせいじゃない。蹲ったままだった虎次郎のせいでもあるし、お前を止め切れなかった俺達のせいでもある」


そう言って九郎は目を閉じた。


「これはまだ誰にも伝えていない」


そして、静かに涙を流す。


「…俺は昔、医者を目指していたからわかる。アイツは…よしおは助からない」


涙を隠すため、腕で両目を覆う九郎。


「だから、この経験を無駄にしないでくれ。二度と同じ過ちを繰り返さないでくれ、お願いだ。頼むよ」


「はい」


“たれ蔵”も俯いて涙を流して返事をした。








ユーマは気を失っていただけのようだ。それを聞いてよしおは酷く安堵を覚えた。
よしおは虎次郎に背負われて、意識のないユーマも藤吉郎に背負われてパーティ一同は急いで拠点へと引き返えしていた。


「もう少しですからね。もう少しで拠点まで着きますからね」


虎次郎に背負われて、揺れる背中でよしおは思う。

本当に疲れた。
自分の左腕は何か千切れてしまったみたいだ。何だか現実感がわかない。
幸運な事に体の痛みはいつの間にか全身の痺れへと変わっていた。
現実感がないことと痛みを感じないお陰で取り乱すことはない。
というか、取り乱すほどの体力がない。
血が止まらないのだが、これは大丈夫なのだろうか。
まぁ、何とかなるんだろう。
虎次郎も藤吉郎も大丈夫、心配ないって言っているのだ。
しかし、何度も意識が途切れ途切れになりそうになってしまう。
意識を失う前に今日の虎次郎の活躍を褒めてやりたいとよしおは思った。

今日の虎次郎は凄かった。
思った通りだった。
初めて会ったときからあの筋肉には秘められたパワーが込められていることをよしおは見抜いていたのだ。
やはり、虎次郎の戦闘力は凄まじかった。
まるでアレだ。あのアニメでみた“ティガーマスク”みたいだった。
自分自身が何故かヒーローだなんて呼ばれているけれど、虎次郎のほうがよっぽどヒーローだとよしおは朦朧とした意識の中で思う。


「トラジロー」


大きな声を出したつもりだったが、弱弱しい声しか出なかった。
こんな声じゃ、虎次郎に気付いてもらえないだろう。


「はい。何ですか?桃色回路ストロベリースクリプトさん」


予想に反して、虎次郎は答えてくれた。
あのアニメからちょうど良い台詞を録音出来ていたのだ。今こそ使うべきなのだろう。


「虎だ、お前は虎になる、のだ」


「…」


虎次郎は何も言わなかった。
だけど、暫くして虎次郎は返事をしてくれた。


「はい。もう臆病者は卒業します。虎のように勇敢になります」


どうやら、虎次郎は臆病を完全に克服したようだ。
返事を聞いてよしおはそのことを嬉しく思った。


「トラジロ」


「はい。何ですか。桃色回路ストロベリースクリプトさん」


「お前、の、信じうお前を、信じろ」


「…はい。自分の力を信じます。もう誰にも負けてなんかやりません」


それを聞いてよしおは安心した。この分なら、虎次郎はもう大丈夫だろう。
親しいルームメイトの大きな成長をこの目で見る事が出来たのだ。
何でか分からないけれど自分の事のように嬉しく感じてしまう。
口元に満足げな笑みが浮かぶ。
さすがにもう意識を繋ぎとめているのが限界だった。
そうしてブツンと電源を切るかのように意識が落ちた。









「…えっ?」「なっ!?」「あっ…!」


背負っていたはずのよしおの重さが急に消えた。
よしおを背負っていた虎次郎と後ろにいた九郎と藤吉郎が驚いて同時に声を出す。


いや、重さだけではない。よしお自身が消えていた。
霞のように、一瞬で。


「え?あ?何が…?」


後ろにいた九郎が答える。


「分からない…。体が半透明になってそのまま消えてしまった」


「え、あ、あ…」


よしおが急に消えてしまって狼狽する虎次郎。
考え込む九郎。


「戻るぞ」


「で、でも、よしおさんが消え…消えて…」


「新人ッ!その理由をゆっくりと考えるために安全な場所へ行く必要があるんだッ!いいから付いて来いッ!」


「う、…はい」


九郎も本心ではよしおを探したい。
だけど、この場に留まっていては危険が増すだけだ。下手をすると全滅の危機だってあるのだ。




一行は急いで拠点へと向かった。
拠点に到着して早速、よしおが急に消えてしまったことについて、仲間と共にその理由を考えてみる。


「よしおは妖精だったのではないか、力尽きたから消えてしまったんじゃないか」

そんな意見が飛び出たが、

妖精は力尽きると消えてしまうのか?
いや、それ以前に妖精なんていう空想の産物が果たして存在するのか?
ビバリーヒルズ商店街で妖精を見た事あるよ、どことなくよしおに似ていたような気がする

と訳のわからない議論になる始末。3時間話し合いを続けても結局何一つわからないままであった。


単独でよしおを探しに戻ろうとする虎次郎をあの手この手で引き止めつつ、仕方なしに一行は更に半日かけて、地上へと帰還する。
誰も彼もが皆、暗い表情をしていた。


そうして地上に戻った彼らが見たのは、食堂でモリモリとメシを食っている消えたはずの妖精の姿である。


何故五体満足なのか、何故地上に戻ってきているのか理由は分からないままが、よしおと無事再会できたことに同期の皆は涙を流して喜び、
後輩達はやっぱ桃色回路ストロベリースクリプトさん、ヤベェ、パネェ、スゲェの三拍子の賛辞を送り、
虎次郎は涙と鼻水を流しながら、よしおを両手で胸に埋め、ギリギリと万力のように締め付け、よしおの気を失わせていた。

結局、その日、よしおは目覚める事はなかったのでなぜ消えてしまったのか聞く事は出来ず、虎次郎は先輩メンバーから叱られて、涙目になるのであった。






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設定

精霊執行官(ホーンテッドジュピター)…後輩パーティのリーダー。通称“たれ蔵”。本名はマルセルという名前があるが、このSSでは以降、たれ蔵として表記される可能性が高い。

巨大カマキリ…正式名称はキラーマンティス。地下5~6に生息。強いぞーかっこいいぞー。


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あとがき

更新が遅れて申し訳ないです。
なんだか書いててヒロインが虎次郎なような気がしてきた。
BL…?いや、虎次郎をTSさせて、筋肉モリモリの虎女とでもいうのか…。
しかし、文章量が50k近いとは、何だこれは。

わかりにくいかもしれませんが、キャラ同士の会話においてよしおがその場にいない場合、「桃色回路」ではなく、「よしお」と普通に表記しています。
アレだ、言葉が伝わらないって設定だとSS書くにおいても難しいね!







[14030] 第十三話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2010/01/11 00:27



「またこの男…」


医療室の主、ロゼット・リュドヴィッグは医療室に筋肉質な猪頭によって運ばれてきた黒髪の男を見て、顔を歪めていた。
ふわふわの金髪に隠されているが、彼女のこめかみには静脈が浮き出て、少年誌の不良漫画の如く、ピキピキと音が聞こえてきそうである。
猪頭はいつもの優しげな表情から般若の形相へと変化するのを見て、そそくさと医療室を後にした。

仕事が一段落し、休憩に入ろうとした途端にまたしても運び込まれてきたこの男。
軽く診察をしてみたのだが、やはり外傷は見当たらなかった。
怪我をしているのなら兎も角、診断結果はただ単に寝ているだけ。
猪頭によると、この男は前回と同様に迷宮内入り口で寝ていたとの事だ。


(一体何なのだろうか、この男は。寝るなら自分のベッドで寝ろよ。何故、そんな所で寝る。アレか、わたしに対する嫌がらせか)


ロゼットは金にならない商売が嫌いである。
“人は、金を払って初めて客になれる”を自論として持つ彼女は、その通り、客となった人間に対しては礼儀正しいが、それ以外の人間に対しては厳しい。
しかし、彼女の持つ医療技術は並大抵のものではない。
彼女自身、自分の持つ医療テクニックは追随を許さないと自負しているが、確かにそれは事実であり、多くの者が彼女に命を救われてきた。
そんな彼女が治療費も払わず、ただ自分の城とも言える医療室にあるベッドで前回と同じ様にグウグウと眠り続ける男に対して苛立ちを感じないというのはやはり無理なことであった。
怪我をしているのであれば治療して、後から無理矢理にでも治療費を徴収すれば良いが、怪我も無く、単に寝ているだけというのがまた厄介だ。
追い出したい所であるが、一応は患者という扱いをせねばならない。


暫く椅子に座って、イライラしながら、紅茶を啜っていたのだが、彼女の脳裏に天啓が閃く。


逆に考えるのだ。
彼は単に医療室に眠りに来たのでは決してない。
「限界まで血を抜いてくれ…これで多くの人が助かるのなら…」と殊勝な彼は少しでも多くの患者を救うため、献血にやってきたのだ、と。


輸血パックというものは実は中々高いのだ。1つ5000マネーくらいはする。
ここで彼から限界まで採血しておけば、少しは予算が浮く。余った予算は自己投資に費やすことで還元される。


(1L…いや、1.5Lまで行けるかしら…?)


ベッドには相も変わらずに眠り続ける男。
ロゼットはその男を一瞥して、どれだけ血を抜けるか冷静に分析しようとする。

しかし、時折、男の口から出る意味不明の寝言のようなものが、更に癇に障らせ、彼女の判断に確証バイアスをかける。


(行ける…!)


無根拠の判断と共にロゼットは早速行動を起こす。
急ぎ、献血器具を準備しなくてはならない。
奴が起きる前に全工程を終了させなくてはならないのだ。
たしか、献血器具は倉庫で埃を被っていたはずである。
重要なのは衛生面ではない。スピードなのだ。

ドタバタと忙しなく動き始めるロゼット。
そんな彼女の思惑とは別に、ベッドに横たわる男は今、目覚めようとしていた。




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■Game Over■
■ホームポイントへ帰還しますか? Yes/No■

→Yes























■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 医療室 C-5 です。■
■Try again your stimulative life.■




よしおが目を覚ましたのはロゼットが必要な器具を倉庫に取りに医療室を出ていった暫く後である。


「ぅんん…?」


起き上がって辺りを見回すとどこかで見た事のあるような部屋である。
近くの窓のブラインドに指を掛け、外の光景を確認してみたが、隙間から覗く光景は地上の広場の石碑であり、外はすっかり薄暗かった。


(地上…?)


確か自分は虎次郎に背負われて、拠点に向けて帰還中だったはずである。
見覚えのある部屋だと思ったが、どうやらここは医療室のようだ。
虎次郎がここまで送ってきてくれたのだろうか。

ポリポリと“左腕”で頭を?くよしお。
とりあえず、誰か呼んだ方がいいのかなー、とぼんやりと考えていたよしおであったが、


「…えぁ?…アレッ!?」


迷宮探索中に失ったはずの左腕が依然として胴体に付いているのに気がついた。


(え、何?超意味分かんないんだけど…)


左腕には何の違和感もない。それどころかペタペタと身体中を触って確認してみた所、身体には傷の一つも見当たらなかった。
一体どういうことなのか。あの迷宮探索で左腕を千切られた痛みはとても夢であったとは思えないのだが…。
よしおはその時の状況を思い出し、ブルリと震えてしまった。

そのまま震えながら、暫く思案を続けていたよしおだったが、


(え?マジで?夢オチなの?)


そうとでも思わないと辻褄が合わないのである。
小説とか映画とかだと、金返せレベルのあんまりの展開オチに呆然とするよしお。
しかし、夢オチだというのなら、何故自分は医療室にいるのか?
その理由が全く分からないのだ。まるで今日一日の行動に空白の時間が出来てしまったようだ。

生まれて初めて、リアルキングクリムゾンを喰らったよしおはその場で困惑し続けるのだった。


困惑し続けていたよしおであったが、ガチャリと扉が開いた音がして、よしおは再度ビクリと肩を震わせる。
急いで音のした方向に顔を向けると、視界に映ったのは開いたドアの前に何らかの器具を持って満面の笑顔で立つ美少女。
どこかで見覚えがある。というか、以前にもこういうシチュエーションがあった気がする。
思い出した。以前、プランAをギッタギタに破綻させたあの少女だ。


そのまま、しばし、見つめ合う両者。
よしおの優れた脳内コンピューターはこの状況にすぐさま解答を出す。
コレはあれだ。恋の駆け引きに違いない。視線と視線がぶつかった時、二人のドラマが始まるのだ。
恋の駆け引きは一瞬の油断が命取り。迂闊な真似はできない。
まずは相手の出方を探るのだ。そして、適切な受け答えと共に素敵な言霊を彼女に投げかけ、二人のドラマを次のステップへと紡ぐのだ。
その為には“待つ”…!それが今の自分の取るべき行動…ッ!


「…空気を読むって言葉、知ってる?」


待ちに徹したよしおに満面の笑みのままの美少女から投げかけられた言葉はよしおにとって意味不明のものであった。
困ったことに投げかけられた言葉に対する適切な受け答えが思い浮かばない。
拙い。ここはとりあえずドラマで学んだ素敵な口説き文句をこちらから投げかけて、彼女の様子を見るのだ。


「神様は君が天国から逃げてきたって事、知ってるのかな?」


口説き文句は何処か80年代の素敵な香りがした。
しかし、その言葉をトリガーとしたのか、目前の美少女の表情がみるみるうちに般若の形相へと変わる。
どうやら、掛けるべき言葉を間違えたようだ。女心は全く分からないものである。


「よしわかったお前喧嘩売ってるのね」


(えっ…何この人…何で怒ってんの…)


般若と化した少女の低く深めて呻るような声での怒声を聞いて、よしおはビビる。
般若は手に持った何かの器具を勢いよく自分の足元に投げ捨てた。
ガシャンとした音によしおは、床に落叩きつけられた器具に目を向ける。
何かを固定するためのベルトと透明アクリルの長い管のようなものがそこにはあった。


(え…?これって…まさか!?)


その時、よしおに電流走る―――!


夢オチ、記憶に存在しない空白の時間、美少女に擬態する般若、固定ベルトや透明アクリル管等の怪しい器具。
これら全てのピースが一つの可能性を指し示している!


即ち、ここで行われていたのは改造人間手術――!
よしおはここで何らかの改造手術を受けていた可能性がある――!


空白の時間…!それは記憶を操作された証!周到にも迷宮探索に潜っていたという偽の記憶まで植え込まれている―!
美少女に擬態する般若――言うまでもない!こいつは女幹部!記憶操作が完璧でないまま、目覚めた自分を見て、本性を現し、自分を消そうというのだ!
固定ベルトと透明アクリル管等の謎の器具…!これから更に何らかの改造手術をよしおに行うつもりだったのか!
この事が事実だとすると、このブラック企業は社員を知らぬ間に改造人間にしてしまうシステムを併せ持っている!


(馬鹿な…!そんな事があり得ると言うのか…!?)


現実社会であれば一笑に付す仮説も異世界のブラック企業であれば別――!
あり得ないという事こそがあり得ない!


(なんと卑劣な…!)


よしおの中の熱き正義感ソウルが燃え上がるのを感じる。
よしおは目の前の般若を睨みつけた。


「あ"?」


しかし、逆によしおのものとは比較にならないほどの般若の睥睨を貰ってしまった。


(あっ…ヤダ、怖い…)


燃え上がる熱き正義感ソウルはあっという間に鎮火して、よしおは目を逸らした。

改造人間説が実際に正しいのかは今現在判断がつかない。
しかし、悪の組織の女幹部かどうかに関係なく、この女自体が危険だということは間違いない。
このままここにいたら餌食になる!可及的速やかに脱出せなばならない!

医療室のドアの前には女幹部(仮)が立ち塞がっており、前方からの脱出は不可能――ならば!


「あっ…!待ちなさい!」


よしおはその場を振り返って、急いで窓に走り寄り、脱出を図る。
流れるような手付きで窓のロックを外し、窓を開放する。
窓から流れ込む新鮮な風が、「自由はこの先にある」と導いているようによしおは感じていた。


「待ちッ…待てやオラァッ!!」


(うわっ…!怖っ!何なのあの人…!)


マジやべぇ。
あんなのに捕まってしまえばどうなるか分からない。
窓枠を乗り越え、広場に降り立ったよしおはそのまま全力疾走を行う。
社員殺しに追われていた時と同じ位のスピードで広場を走り去ったよしおの姿は米粒のように小さくなっていき、すぐに見えなくなった。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■



どうにか女幹部から逃れられたよしおは寮の自室に戻り、もう一度考えを巡らせていた。
もう一度今日の出来事を整理するため、適当な紙に記憶にある今日のスケジュールを書き出してみる。



[よしおスケジュール]
①AM8:45          迷宮入り口前に集合。
②AM9:00          出発
③PM1:00頃        拠点到着
④PM4:00          拠点出発
⑤PM4:45頃        戦闘勃発
⑥PM5:00~PM6:00の間 左腕を失う 

⑦PM?:??-PM7:45頃   キングクリムゾン(空白時間)
⑧PM7:45頃         女幹部との邂逅



①~⑤までの時間について、よしおには今日迷宮探索を行い、左腕を失ったという記憶がある。
しかし、その失ったはずの左腕が、現に今もこうして存在している。
この事から思い浮かぶ要因を、書き出してみる。


A:左腕を失ったのは事実。その後、虎次郎達によって運ばれた自分は、女幹部による改造手術を受け、左腕を取り戻した。


これについては致命的な矛盾が一つある。
よしおが左腕を失ったのは、PM5:00~PM6:00くらいの間だと思われる。
そして、気を失った自分が次に目覚めたのは地上の医療室、この時の時刻、その日のPM7:45。
つまり、極短い時間で、迷宮内から地上へ帰還し、かつ改造手術を受けているという矛盾。
流石に、不可能である筈だ。

よしおはA案に線を引く。


A:左腕を失ったのは事実。その後、虎次郎達によって運ばれた自分は、女幹部による改造手術を受け、左腕を取り戻した。


続いて、B案。


B:①~⑤までの記憶は、女幹部によって植え付けられた偽の記憶。⑦と⑧のみが真であり、この⑦の時間になんらかの処理(改造人間手術?)が自分に行われた。


一笑に付したい所だが、あり得ないと思えないことが恐ろしい。
脳内に植え付けられた偽の記憶という物がその可能性を否定させないのだ。
他人の脳に偽の記憶を植え付けるという非人道的かつ得体の知れない科学力。改造手術が行われたはずがないと誰が否定できようか。

よしおは恐ろしくなった。
ライダーなら兎も角、ショッカーになるのはよしおは嫌なのだ。

いや、というか改造手術を受けていたとすると出勤状況とかどうなっているのだろうか。
改造手術されてたんで、出勤できませんでしたー、なんて事になるとヤバイのではないだろうか。


(あれ?もしかして俺詰んでない…?)


もし出勤してませんなんてことになるとよしおは無断欠勤3日目で、処刑なのだ。

しかし、今現在、特に総務の動きがない。不気味だ。アレだ。学校とかであった公欠扱いみたいな感じになってるんだろうか。
そうだ。きっとそうだ。そうに違いないのだ。

よしおは涙目になった。


しかし、この仮定が真だとするなら、一体何処からが偽の記憶なのだろうか…。
これは同僚達に聞いて、確認を行わなければならないだろう。


そうと決まれば、早速同僚達を探しに行かなくてはならない。
早速、腰を上げようとしたが…


(そういえば…)


ある過去に起きた事件について思い出したよしおは再びベッドに腰を落とす。

過去に起きた事件とは社員殺しと遭遇したあの事件のことだ。
あの時、自分は社員殺しに殺されたはずなのだが、何故か次に気がついた時、医療室だった。
これは、今回の事について何らかの関係性があるのではないだろうか。

思考を巡らせていたよしおであったが、一つの考えがよしおの脳裏に過ぎる。


(……)


よしおは急いで脳裏に浮かんだ考えをなんとなく紙に書き連ねてみる。


(…これはひどい)


自分で思いついたことながら、流石にこれはないだろうとよしおはC案に取り消し線を引いた。


C:自分自身には何らかの神秘のパワーがある。社員殺しに遭遇した時もその神秘のパワーで地上に脱出した。今日の出来事もその神秘のパワーによるご都合主義によるもの。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 社員寮 (J-7)です。■


(…おらん)


知り合いを探そうと彼方此方動き回ったよしおであったが、誰一人見つける事は出来なかった。
どういうことだろう。どこかで会議でもしているのだろうか?

仕方がないのでよしおは自室に戻る事にした。
ルームメイトである虎次郎なら、部屋で待っていればその内戻ってくるだろう。
彼に今日の出来事について聞けばいい。


しかし、夜遅くまで待っていたよしおも眠気を堪えきれずウトウトし始め、その内ベッドの上で意識を手放してしまった。






■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■
■Good morning, Yoshio!■




翌日AM6:30。


(……)


寝ぼけ眼のよしおは隣にある虎次郎のベッドを眺める。
結局、虎次郎は朝になっても戻ってこなかったようだ。


(大丈夫なのか…アイツ…)


迷宮内で死んじゃったりしてないよな、と心配になるよしお。
とりあえず同僚達の誰かに会って、昨日の事だけでなく、虎次郎の事についても聞いてみようと思うよしおであった。






■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 社員寮 (J-8)です。■


何故か寮の同僚達の部屋には誰一人いなかった。
どうもおかしい。ここまで誰にも会えないというのは変である。


(腹減ったなぁ…)


朝早くから動き回った事と昨日晩飯を食べてなかったので、腹の虫が鳴るのを抑えられない。
食堂に行ってメシ食うかー、と食堂へ足を向けようとしたが、


(あっ…!)


不意に今の状況に対しての一つの考えが思い浮かぶ。

同僚達が誰もいないとなると今日はもしかして自分一人で迷宮に潜らなければならないのではないだろうか。
このブラック企業の事だ。あり得る。
いや、あり得るどころか多分そう、絶対潜らないとダメ。


(マジで…?その死亡フラグは流石に折れないんじゃ…?)


自身の脳裏に過ぎった考えに背筋が凍るよしお。
迷宮に潜れば死、サボれば死。前門の虎、後門の狼とはまさにこのことである。


(ああぁ…!どうすんのよ!)


頭を抱え、その場をキョロキョロと見回し、不審な動きをするよしお。
もう一度、同僚達を探してみようと、焦りながらよしおはその場を急いで後にした。



■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 食堂(K-3) です。■



「フフ、フフフ、ウフフ、フヒッ…」


最後の晩餐。
キリスト教の聖書に登場するイエス・キリストの最後の日に描かれている最後の晩餐の情景を描いたものだ。
情景こそ、その絵画のものとは似ても似つかないが、よしおの今の状況はまさにそのタイトル通りのものである。

よしおは食堂へ足を踏み入れて、食事を取っていた。その顔には狂気の笑みが張り付いている。


(朝から焼肉定食を頼んでやった!ざまあみろ!)


何に対して、ざまあみろと嘲っているのか分からないが、食堂には自分の少ない所持金を省みず、朝からモリモリ焼肉定食を食う自暴自棄状態のよしお。
結局、同僚達は誰一人見つからず、よしおは焦りに焦って悪い意味でハイになっていた。
このまま一人で迷宮探索に向かわなくてはならない。
そんなどうあがいても絶望な状況によしおは、むしゃくしゃしてついカッとなって焼肉定食を頼んでいた。

いっちゃった目をして、物凄い速さで焼肉定食を食い漁る。
そんなよしおを不気味に思ってか、周囲の社員達はよしおの傍を離れてヒソヒソ話をしていた。


(まだだ…!まだ終わらんよ…!)


焼肉定食を食い終わったよしおは狂った笑みのまま食券販売機に向かう。
食券販売機ライバルに自分の持つ最後の1000マネー札を飲み込ませ、焼肉定食のボタンを連打する。
そして、血走った目をしながら、カウンターに焼肉定食の食券を叩きつけるよしお。
食堂のおばちゃんはガチでドン引きしていた。


この自暴自棄になった愚挙により、よしおは貯蓄していた所持金のほぼ全てを一食に費すこととなった。


■現在の所持金は、132マネーです。■







焼肉定食二膳目も物凄い勢いで消費するよしお。
よしおの精神状態が正常に戻ったのは、自分の名を呼ばれた事による。


桃色回路ストロベリースクリプト!!」


「は?え?うええっ!?桃色回路ストロベリースクリプトいるし!?」


ヤバげな目をしたまま、声のした方向を向いたよしおだったが、名を呼んだ人物が目に入ると、その眼から狂気の色はあっという間に消え去っていった。


(おぉ、おぉぉ…と、友よ…!)


よしおの二つ名を呼んだのは、昨日から姿を見せていなかった同僚達であった。
どうやら助かった。これでどうにか一人で迷宮へ潜らなければならない事も回避できた。
よしおには目の前の同僚達が救世主メシアのように見えていた。


「ちょ!?なんでお前がここにいるんだよ!?」


「やっぱり妖精…!初めてリアルで妖精を見た…!」


「てか、なんで無傷なんスか!腕どうしたんスか!あっ…!もしかして生えてきたとか!?やっぱり桃色回路ストロベリースクリプトさんは一味違うッ!」


急いでよしおの元に駆け寄ってきた同僚達は、何か興奮冷めやらぬ様子で矢継ぎ早によしおに質問する。
その尋常でない同僚達の様子に、よしおも状況が理解できない。


(何でここにいるかって…メシ食ってたんだけど…)


とりあえずよしおは一番最初のユーマの質問の解答として、食事をしているという意味を込めて、焼肉定食を指差してみるのだが、


「そうじゃねぇよ!迷宮からの帰還中にいきなり消えちまったって聞いたぞ!」


(へぇあ?)


よしおは口をポカンと開けて訳がわからないといった顔をする。
迷宮の帰還中にいきなり消えたとは何だ?何を言っているのだ?
というか、昨日迷宮に潜ったのは、偽の記憶だったのではないのか?
昨日の出来事が現実だったとするなら改造人間説は破綻してしまうのだが…。


(どういうことなの…)


頼りにしていたはずの同僚達の証言は、事件をより、混迷させるものであった。
迷宮内で起きた事件なだけに、迷宮入りだとでもいうのか。


「うぅ…、桃色回路ストロベリースクリプトが、ぶ、無事で良かったよ…」


涙に濡れた目元を拭いながら、安心したのか藤吉郎がそう口からこぼした。
それに追随して、同僚達も目に涙を浮かべ、よしおの無事を喜んだ。
当のよしお本人は、いきなり涙を浮かべた同僚達を見てどうしたらいいかわからずオロオロするのだった。


「それで、どういうことなんだ」


いち早く落ち着いた九郎が腕を組み、よしおに昨日の出来事について詳しく聞こうとするが…


「お"お"お"ーーーーんッ!桃色回路ストロベリースクリプトさん"ん"ーーッ!!」


食堂内に歓喜の叫びが木霊し、一同は思わずそちらを振り向く。
そこには涙を滝のように流しながら、食堂の入り口に立つ虎次郎の姿があった。


「あお"っ!あお"お"お"ーーーーんッ!!」


泣きながらこちらに向けて突進してくる虎次郎。
食堂内の床にボルトで固定されているはずのテーブルをまるで発泡スチロールかのように破壊しながら、一直線によしおへと迫る筋肉戦車。


「へアぁッ!?」


いきなり突っ込んでくる虎次郎にビビったよしおだったが、このままでは激突は必死である。
急いで回避行動を取り、筋肉戦車の進路上から逃れようとするよしお。
しかし、筋肉戦車はあたかもよしおをロックオンした追尾ミサイルの如く、進路を変え、


「え"おふッ!?」


見事よしおに命中し、よしおにダメージを与える。
しかし、それだけでなく、


「あ"お"ぉ"ぉ"お"お"ぉッ!?」


虎次郎は両の豪腕でよしおをがっちりとホールドし、よしおを胸に埋め、ギリギリと締め付けた。


(ダメぇッ…!出る…!焼肉定食出ちゃう…ッ!)


折角食べた焼肉定食が胃からせり上がってきそうになる。
しかし、そんなことを気にする余裕もないのか、虎次郎は涙を流しながら更に締め付ける。


「おいッ、虎次郎!止まれッ!このッ、聞けよ!」


同僚達の制止の声も聞こえないのか、涙を流しながら、よしおを締め続ける虎次郎。
なんとか吐き出すまいとしていたよしおもあまりの圧力にそのまま意識を失ってしまうのだった。




-------------------------------------------------------------------------------------



■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■
■You should not get nothing but sleep. Take the moderate exercise, and keep healthy life in mind.■



ひぎぃ!という叫びと共によしおは飛び起きた。
嫌な夢を見たのだ。
虎次郎が「筋肉の海で溺れろ!」という決め台詞と共に自分に開脚屈伸式ダイビングボディプレスを叩きつけるものだった。


「うおっ!?」


「うわっ!どうしたのさ、桃色回路ストロベリースクリプト!」


部屋の中にはいきなり飛び起きたよしおに驚く藤吉郎とユーマの姿があった。


(え?あれ?)


辺りを見渡すと、どうも自分の部屋のようだ。何故、自分の部屋に藤吉郎とユーマがいるのだろうか。
何が何だか分かっていなさそうなよしおに藤吉郎が答える。


「虎次郎君に気絶させられた桃色回路ストロベリースクリプトを僕達が運んだんだよ」


「あの筋肉馬鹿は今説教中だ」


なるほど、と納得したよしおだったが、ふと自室の壁に掛けられている時計を見て、血の気が引いた。


時計の針は10時40分を示していた。完璧に遅刻である。
ただでさえ無断欠勤を2日行っているというのに、これまた遅刻となると凄くヤバイことになるのではないか
恐慌状態になったよしおは時計を指差して、藤吉郎とユーマに遅刻しているということを伝える。


「…? どうしたんだよ、桃色回路ストロベリースクリプト


「…時計がどうかしたの?」


よしおの挙動不審な様子を見て、考え込む二人。


「もしかして、遅刻してるって言いたいのか?」


ユーマの的を得た発言に、よしおは大きく首を縦に振る。


「…今日は休みだよ。明日“忘れられた地獄チェインサッドネス”が来るらしいからね」


それを聞いたよしおはピタリと動きを止め、首をゆっくりと回し、藤吉郎の顔を見る。
よしおの、え、なにそれ、俺知らんよ、そんなの、という表情を見て、藤吉郎は苦笑して答えた。


「心配しなくても、休日の申請は九郎がもうしてくれてるはずだよ」


「掲示板に“忘れられた地獄チェインサッドネス”の発生予測日書いてあっただろ…って、そうか、お前字が読めないんだったな」


「それに僕達は一日中迷宮に潜っていたからね。総務に申請すれば、残業した分だけ始業開始時間を遅らせることもできるよ」


どうやら、一人で迷宮に潜らなければならないのでは、とあれこれ心配したのは取り越し苦労だったようだ。
よしおはそのまま力が抜けたかのようにベッドの上に腰掛けた。

しかし、払った犠牲は大きい。その取り越し苦労のお陰で、焼肉定食二食分の金銭を失ってしまったのだ。
よしおは顔を両手で覆い、「フヒッ、フヒヒッ」と引き攣った笑い声を上げながら酷く後悔した。

そんな様子のよしおを見て、ユーマと藤吉郎の二人はやっぱり何処か後遺症があるのかとちょっと引きながらもよしおを心配するのであった。




こうして無事、同僚達と再会することができたのだが、実は更なる問題が発生していた。
以前に少し述べた事があったかと思うが、社員証にはマイクロチップが埋め込まれており、迷宮内入り口と拠点入り口に設置された無線通信機によって、社員一人一人の出勤状況は総務に完全に把握されている。
酷い怪我を負って、瀕死の状態であったのに何故か深階層から一瞬で地上に帰還したよしお。
つまり、よしおは迷宮入り口を通らず帰還したので、そこに設置されている無線通信機に、“帰還した”という報告データが送られておらず、現在も迷宮に潜ったまま、という記録がされているのである。
このことが、総務によしおという社員が訝しい存在であると認識させる結果となるのだが、今のよしおはその事を知る由もなかったのだ。




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あとがき

更新遅れて申し訳ないデス。
もうちょっと執筆スピード早くできたらいいんですがね('A`)
長くなったので二分割してます。
14話の方も9割は完成してるので、推敲と少し加筆したらすぐ更新できると思います。
多分今日のうちか明日くらい。

第九話でもちょっとでてきてましたけど、今回の話で出てきたロゼットさんはヒロインじゃないです。
ヒロインの友人というポヂション。

13話になってもまだヒロインでないんだぜ…!





[14030] 第十四話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2010/01/13 01:32

その日は同僚達も帰ってきたばかりという事もあって、よしおへの追求は夜へと回されることとなった。
藤吉郎とユーマもその事をよしおに伝えた後、眠そうな顔をしながら、よしおの部屋を後にした。
多分夜には色々と聞かれる事になるんだろう。といってもそれについて自分が答えられるものは言語的な理由を含めなかったとしても殆どないだろうが。

一人になったよしおは暫く自信の迂闊な行動を後悔し続けていたが、冷静を取り戻した後、今一度、昨日の出来事について考えていた。
同僚達の様子から、どうやら自分は迷宮に潜っていた…らしい。
だとすると、更に状況は訳が分からなくなってくる。

一体この左腕はどうなっているのだろう。生えてきたのか?
まさか自分自身はナメック星人だったというのか。

それと食堂でのユーマの発言、「消えた」とはどういう意味なのだろう。
こちらから聞き返す前に虎次郎に落とされたので、その明確な意味が分からない。
眠いから、詳しい事は夜に聞くからと言って、藤吉郎もユーマも戻っていったし、聞くタイミングを逃してしまった。
まさか、自分自身が文字通り煙の如く消えたという意味なのか?
さすがにそれはいくらここが異世界だからといって非現実的だろう。

では、一体何が消えたのか?

年金?魔球?涼宮ハルヒ?
何かの厨二病的な刻印とか?例えば、パルスのファルシのルシの刻印を持つ者はコクーンでパージ?

よく分からない。

とりとめのない事をつらつらと考えるよしお。
結局、解答は得られずその内、ブルマーは何故消えたのか、と考えが脱線してきたところで、叱られていた虎次郎が戻ってきた。


桃色回路ストロベリースクリプトさんっ!」


よしおを見るなり、涙を浮かべて近づいてくる虎次郎。
近づいてくる虎次郎にまた筋肉の海で溺れるのは嫌だ、とちょっとビビるよしお。
しかし、虎次郎も叱られて冷静さを取り戻していたのか、食堂でやったような過激な行動はなかった。


「あの…そ、その…桃色回路ストロベリースクリプトさん…申し訳ありませんでした」


深く深く頭を下げる虎次郎。
気絶させてしまった事を謝っているのだろうか。
気にするな、と顔に笑みを浮かべ、よしおの虎次郎の肩に手を掛け、顔を上げさせようとする。

それでも俯いたまま、涙を床に零して咽び泣く虎次郎。彼は顔を上げようとしなかった。
単に自分を気絶させただけだというのに、この反応はちょっと大げさすぎるような…。

そう考えていたよしおだが、虎次郎が謝るもう一つの理由が思い当たる。

そうだった。今回の迷宮探索で同期の死者が出たのだ。
イタクラの事を思い出し、心が痛くなるよしお。

それでも顔に笑みを張り付けたまま、それが表情には表さないようにした。

確かに今回の一件は虎次郎にも責任の一端はある。
虎次郎の行動によって、イタクラが命を落とす結果となったのは事実だ。
それでも、よしおは虎次郎を褒めてやりたいと考えている。
虎次郎が自分から行動を起こして、あのカマキリの化け物をやっつけたのも事実なのだ。
それは、生き残ったパーティメンバー全員を救った事に他ならない。
それに虎次郎は自分に言ってくれたのだ。臆病者は卒業すると。自分の力を信じると。
よしおはそれがどうしようもなく嬉しかった。

その時のことを思い出し、少しの嬉しさがよしおの心の中に生まれると共に、今この時、虎次郎にかけてやれる言葉を自分自身が学べていないことに、よしおは逆に申し訳なさすら感じてしまい、顔に出した笑みも苦笑のものへと変わってしまうのだった。





長い時間が経ち、ずっと頭を下げて咽び泣いていた虎次郎も落ち着いた頃、虎次郎の口から一つの質問が出た。


「あの……桃色回路ストロベリースクリプトさん。どやって地上に…?」


この質問に対しては、よしおも首を傾げざるを得ない。自分自身でもその理由が全くわからないのだ。
そんなのわかりません、といった様子のよしおを見て、虎次郎は次の質問に入る。


「あの、じゃあ帰還中に桃色回路ストロベリースクリプトさんはどうして消えたんですか?」


出た。「消えた」という単語。しかし、話しの流れからすると、よしお自身が消えたということになる。


(え?俺自身が消えたの?リアル話?)


衝撃の事実に驚愕を禁じえないよしお。
まさか自分自身がリアルでプリンセス・テンコーイリュージョンマジックをやっていたとは思ってもみなかった。


桃色回路ストロベリースクリプトさん自身にもわからないんです?」


虎次郎のその言葉に頷くよしお。
不思議ですねー、という虎次郎の言葉を聞きながら、よしおは今回の一件が更なる泥沼に浸かっていくのを感じてた。





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夜である。
よしおとその同僚達は会議室に揃っていた。
九郎が総務に会議室使用の申請を行っていたらしい。抜かりない男である。

後ろのホワイトボードにはよしおには読めないが、ミミズのような文字が書かれている。
それを見つめる同僚達の視線。


「…」


「…」


「九郎、字が汚いよ…」


「すまん…。直そうとしているんだがこればっかりは直らないんだ…」


「この字で書かれた申請書…総務の奴ら理解できてるのか?」


書き手が藤吉郎に代わり、書き直される。




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[今回の迷宮探索におけるよしおの消失、及び、同人物の無傷での帰還について]


1.よしおの消失について
  帰還中において、よしおの唐突な消失。
  その時分、左腕が欠損及び、胴体部に重傷あり。

2.よしおの無傷での帰還について
  パーティーが地上に帰還時、よしおは食堂に在していた。
  左腕欠損なし。胴体部の怪我も見られない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




(同じミミズ文字じゃん…)


しかし、字のわからないよしおには藤吉郎の書いたものと九郎の書いたものの違いすらわからないのだった。


その後、よしおへの追及が始まる。
しかし、よしおは言葉が話せないため、中々議論は進まない。
渾身のよしおの全身を使って表現されたメッセージも、「なにそれ。雨乞いの踊り?」と言われて終わった。
極めて遺憾である。


そんなこんなである程度内容に纏まりを得るまで、3時間もかかってしまった。


「言葉を話せない奴から聞きだすのがこんなに大変だとは思わなかった…」


ユーマのその言葉に、全員が同意する。
言葉の分からないよしおはYes/No形式の質問にしか答える事は出来ない。
何処で目覚めたか、などは会社の地図を持ってきて指を差して答えるようにしてもらっていた。
誰も彼もが疲れていたが、特に色々と聞きだされていたあったよしおは満身創痍で机に突っ伏している。


この3時間の議論において判明した事実や推論が、ホワイトボードにもびっしりとミミズ文字が書かれている。




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[判明事実]
・気がついたら医療室だった。時刻は7時45分頃。
・その時から、既に腕は付いており、怪我自体が消えていた。
・焼肉定食を二膳食べた。

[仮説]
・妖精説→力尽きると消える。地上のお花畑とかで再生する。花の蜜が主食?(焼肉定食は副食)
・クローン説→クローンが20000体くらいいる。ヨシオネットワーク。レベル6への進化?
・スタンド説→よしお自身が何らかのスタンド。よしおの奇妙な冒険。遠隔自動操縦型?本体が攻撃を受けた?もしくはダメージによってスタンドパワーが消失。

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ホワイトボードに書かれた内容はかなりカオスである。
要するに、何が分かったかというと、何もわからないということがわかった。


「この中で最も可能性があるのは…スタンド説だなっ!」


ユーマが何故か興奮冷めやらぬ様子で熱く語る。
どうやら、よしおはスタンドというモノらしい。
それなんてJOJO?、という顔をしていると、ユーマに「ご存知ないのですか!?」と何故か敬語で言われる始末。

スタンドとは古い昔、ARAKIと呼ばれる者が生み出した伝説の魔導の概念なのだという。
長々とユーマは更に熱く説明を続けているが、よく分からない。なんか現実世界で似たような設定を聞いた事がある気もするけど分からない。


「だけど、それ、確かユーマの好きな小説で出てきた設定だよね」


藤吉郎のその一言で、よしおスタンド説は一気に破綻した。


「まぁ、よしおが妖精だとかクローンだとかスタンドだとかどれも信憑性がないけど…少なくとも不思議な存在であることは確かだね」


「全く不可解な奴だな」


藤吉郎の言葉に九郎が同意する。
そうして、3時間続いた会議は結局何も得る事が出来ないまま終わったのである。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■



部屋に戻ったよしおはよほど疲れていたのか、すぐにベッドに倒れ、そのまま眠ってしまった。
会議の内容がどんなものだったのか、新たな発見が何かあったのかどうか聞こうとしていた虎次郎も少し残念に思いながらも、日課の筋トレを終えた後、すぐに眠りについた。




虎次郎の目が覚めたのは夜中、小さく啜り泣く声によってである。
それは、小さくて聞き取りにくかったが、間違いなくよしおのものだった。

どうして泣いているのだろうか、その答えはすぐに思い浮かぶ。

きっと同僚のイタクラが死んでしまった事が悲しくて泣いているんだろう。
昼頃、自分がその事を謝罪したとき、顔に隠そうとしていたけれど内心で悲しんでいるのはバレバレだった。

それでも、よしおは虎次郎を許した。イタクラは自分が殺したようなものなのに。
イタクラは自分が殺した、その事実に虎次郎は胸が張り裂け、重圧に潰れそうになる。泣きそうになる。


それでも、よしおに誓った言葉が脳裏に過ぎる。


勇敢になることを。
自分の力を信じることを。


先輩達に言われた言葉が脳裏に過ぎる。


これからは危機に瀕している人がいたら、お前の力で助けてやってくれ、
それがお前を助けるために命を落としたイタクラが望む最大の供養になるんだ。


今にも涙が出そうな眼を強く瞑る。泣き声が出そうな口を、歯を食いしばって閉じる。
そして、恩人に報いるため、自分の犯してしまった過ちを償うため、今一度誓う。


虎になる。


啜り泣く声は決して二つには重ならなかった。ただ暗闇の中でも燦爛と光る二つの眼が生まれた。


心に住んでいた臆病者はこの瞬間確かに死んだ。殺したのは勇猛な目をした大きな虎である。




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翌日も休みである。
余りのハードワークとシビアな状況が続いたため、休みという概念すら忘れ去っていたよしお。

そんな彼が休みに行うこととは何か。

それは勿論、購買の展示テレビの前に立ち、テレビ番組の音声を録音すること以外にあり得ない。
外で健康的に運動…、それは今のよしおにはあまりに致命的である。
132マネー。
これが命のロープ。あまりに脆く頼りないそれを最大限駆使して、最大の結果を生み出さなくてはならないのだ。
所持金132マネーのよしおにとって、運動によって消費されるエネルギー量は致死量。
エネルギー損失を極力少なくなければならない。

しかし、今のよしおの目は昨日のように狂気を含んではいない。
湖水の如く青く澄み渡っていた。それは『覚悟』を内包した漢の目である。
決して、狂気が一回りして、澄んだ目に見えるというわけではないはずだ。


いつものポイントに佇むよしお。すでに戦いは始まっている。
またお前か、という店員の迷惑そうな視線。

そんなモノではよしおにダメージを与えられない。
今のよしおは山の如く、ハシビロコウさんの如く動かない。



そうして、2時間が経過する。
よしおの腹の音が鳴り続けていた。昨日の晩も食べていないのだ。仕方の無い事なのだろう。

いくら動かないからといって、時間というものは否応なしによしおにエネルギー消費を強要する。
やはり、動かないというだけではエネルギー消費を抑えきれないようだ。


(草…)


そうだ、草食おう。
かなりヤバげな考えによしおが至ったところで、一つの言葉が展示テレビから流れた。


『…若者の退職率が著しいものとなっており――』


(……あれ?今退職って…?)


急いで、ボイスレコーダーを取って確認を取るよしお。


『…若者の退職率が――』


「おおぉっ…!」


確かに、『退職』という言葉が録音されていた。
遂に念願の言葉が録音出来たのだ。


ついに退職届を作成する条件が揃った。
この会社での退職届とはどういうものか――それを知らずに嬉しさから、エネルギー消費のことも忘れ、ヒャッホーイと飛び回るよしお。









「これでこの会社辞められる…、そう思っていた時期が僕にもありました」


後年のよしおの独白である。




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「えっと…退職、書類…?もしかして退職届のことですか」


(やった…!計画通り…!)


よしおの他の人に退職届を書いてもらうという目論見は確かに成就したのである。
平成の孔明とは此処に在り。

よしおは虎次郎に向けて何度も首を縦に振る。


「タイショク、ショルイ、クダサイ、クダサイ」


「…」


瞼を閉じて、暫く考え込む虎次郎。そして、よしおの目を見て、言い放つ。


「流石です。桃色回路ストロベリースクリプトさん。その度胸…敬服します…!」


何か虎次郎は訳の分からないことを言っていた。少し怪訝に思ったもののよしおは気にしない事にした。




今回の行動で最も致命的だったのは、おそらく藤吉郎やユーマに退職届の作成を依頼しなかったことだ。
よしおは藤吉郎やユーマを探してみたものの会う事は出来なかった。
そこで、部屋内で筋トレをしていた虎次郎に退職届を書いてもらおうと思った訳なのだ。

以前にも述べたが、退職届という書類が、すぐにでも「退職」できる最大の激戦区である”探索部への異動願”と同義とみなす慣例がある。
これは、社員達、いや、この国においては公然の事実であり、その為、退職届を出そうなんて度胸のある者は全くといっていいほどいないのである。

藤吉郎やユーマであったならば、以前、無断欠勤がどういうものかよしおが理解していなかったということを知っていることもあり、「あ、コイツもしかして退職届の意味、取り違えてね?」と考えただろう。

しかし、虎次郎は違う。
虎次郎はよしおが減給処分を受けていることを知っているが、よしおが無断欠勤についてちっとも理解していなかったということは知らないのである。
つまり、虎次郎はよしおが退職届を出す理由が、以下のジョースター卿理論によるものだと考えたのだ。

即ち、

なに?よしお。
減給処分を受けて、その日食事をしていくだけのお金すら稼げない?
よしお、それは浅階層で採掘を行っているからだよ。
逆に考えるんだ。
「深階層で採掘してもっと稼げばいいさ」
と考えるんだ。

という理論である。


深階層に潜る為には?→迷宮探索部に入ればいい
迷宮探索部に入るためには?→退職届を出せばいい

そういうプロセスを経て、虎次郎はよしおさんはなんて度胸のある人なんだ…!と改めてよしおの凄さを思い知ったのである。


「任せてください、桃色回路ストロベリースクリプトさん」


そう言って、虎次郎はさらさらと退職届を作成してくれた。
出来上がった退職届を虎次郎から嬉しそうに受け取るよしお。



しかし、

自分一人が退職する事を決意してしまい、虎次郎以外の誰にも相談していないこと、
それと、大切な仲間と別れる事になってしまうこと。
それが、よしおの心をチクリと痛めていた。




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退職届を手に、総務窓口の前をウロウロするよしお。
いざ、退職届を出そうとするものの、やっぱり心に残った罪悪感がそれを躊躇わせてしまう。

そのまま、その場で1時間くらいウロウロするよしお。

退職届はもうこの手にある。いつでも辞められるのだ。急ぐ事はない。せっかくの休みを堪能してからでもいいじゃあないか。

結局尻込みしてしまったよしおは、そんな言い訳を心に思い浮かべ、踵を返して、その場を後にするのであった。。











■現在位置ブーヘンヴァルト強制収容所 広場 (C-2) です。■




「止まってください!それ食べられないですから!」


(そんなのやってみないとわからないじゃないか!)


その日の夜、空腹に耐えられなくなったよしおは広場の草を食おうとしていた。なんていったってタダなのだ。そこがミソだ。

それに、プッチ神父だってこう言っていたのだ。


「最初にキノコを食べた者を尊敬する…… 毒かもしれないのにな…… ただの幸運なバカがたまたま食べたら大丈夫だったのか…………? それとも………飢えで追いつめられた必死さが切り開いた発見なのか?」


自分は後者だと信じる。飢えで追い詰められた必死さが切り開いた発見なのだ!
今の自分も同じ状況だ!ただキノコか草かの違い!先人達に習って、自分も新しい発見を切り開くのだ!

しかし、その挑戦も今現在虎次郎によるトライアングルサブミッションを極められ、邪魔されている。


虎次郎は広場でランニングしていてよかったと心底思った。部屋で筋トレしていたら、この事態を見逃していただろう。
草むしりしているのかと最初は思っていた虎次郎も、よしおが草を口に入れ始めたあたりから急いで止めに入った。

しかし、よしおの身体は関節技で止められても、彼の心を止める事は出来ない。
自分が関節技を解けば、彼は草を食うだろう。間違いなく食う。あの目は食う。


(仕方ない…桃色回路ストロベリースクリプトさん、すみません)


よしおの頚動脈洞を圧迫し、頚動脈洞反射を引き起こさせ、脳に酸素が行き届かないようにする。


「ひぎょん」


カエルのような声を上げて、よしおは動かなくなった。
虎次郎がよしおの意識を締め技で落としたのだ。再起動したら正常に戻ってくれるよう願いながら。






「はい、2000マネーくらいしかなくって申し訳ないんですけど」


「ゴメンナサイ。アリガトウ」


結局、虎次郎からお金を借りる事になった。
米つきバッタのようにヘコヘコ頭を下げる。

気にしないでください、と笑いながら虎次郎は言っていたが、よしおは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(マジ何やってんだよ俺…どうかしてたわ…)


草を食うとかありえない。手に握る現金の感触は、確かによしおを狂気の淵から掬い上げていた。
少なくとも虎次郎にお金を返すまでは退職届を出すのは止めようとよしおは心に決め、懐から退職届を取り出し、ベッドの上に置いた。

しかし、よしおが知る由のない事であったが、実は虎次郎も減給処分を受けている。

それは何故か。

昨日、無事なよしおの姿を見て、暴走した虎次郎は食堂のテーブルを破壊していたからである。
減給処分はよしおと同じく2ヶ月。

ここで、2000マネーよしおに貸すという行為は、減給処分中の虎次郎にとってはまさに身を削るようなものである。
しかし、虎次郎に後悔は無い。

いざとなれば、自分もよしおの後を追って、迷宮探索部へ行けばいい。いや、必ず行く。

そう考えていたのである。


クワセロォォー、クワセロォォォー


よしおの腹から食べ物を食わせろという抗議の音が鳴り響く。

それを聞いた虎次郎は笑って、「桃色回路ストロベリースクリプトさん、行きましょうか」と恥ずかしそうに顔を赤らめているよしおを食事に誘うのだった。








その15分後くらいであろうか。
よしおの部屋にノックする音が鳴り響く。
ノックの音はどんどん激しくなっていき、ドアノブはガチャガチャと音がなり、その内、ガチャン!と鍵の外れる音がした。


「入るぞー」


ドアを開け、入ってきたのは、入社の時からちっともお世話になって居ないあの無駄に熱い教官であった。


(何だよー、いないのかよー、あはぁ~ん)


よしおと虎次郎はついさっきまで居たのだが、今は食事に出かけており、留守であった。

教官がよしおの部屋を訪ねた理由。
それは、よしおが“帰還した”という報告データが今になっても送られておらず、現在も迷宮に潜ったままという記録がされており、また、死亡届も出されていないため、よしおの状態について総務から確認を取ってこいと言われたからである。

減給処分中で辛かろうと思って差し入れ(しじみ)まで持ってきたというのに、まさか留守だとは。


(同じパーティの他の奴に聞いてみるか…)


そう思って、部屋を出ようとした教官であったが、ベッドの上の白い書類が目に入る。
遠目からでもその書類のタイトルを確かに教官は認識し、一気に熱くなる…!


「おおおおおおおおおおッ!!」


熱きパトスが口から溢れ出る。

なんとそれは退職届であったのだ。
例の慣例については知っていたが、まさか実際に作成する輩がいたとは…!

60年…!いや、70年ぶりか…!?

熱い…!なんて熱い血を燃やしているんだ!


流石の教官もこの退職届の作成者の熱さには感嘆を禁じえない。


しかし、退職届がなぜこんな場所にあるのか!?

退職届はこんな場所に置いてあっていいものではない!
あるべき物はあるべき場所へなくてはならない!
つまり、総務へ!

教官はその事について、興奮した頭で考える。


もしかして、退職届を出そうかどうしようか今更迷ってんじゃないですか?
なんとなく生きようとしてんじゃないんですか?
イキイキしたい?簡単ですよ。
過去のことを思っちゃダメだよ。
何で無断欠勤しちゃったんだろ…って怒りに変わってくるから。
未来のことも思っちゃダメ。探索部で仕事なんて大丈夫かな、あはぁ~ん。
不安になってくるでしょ?
ならば、一所懸命、一つの所に命を懸ける!
そうだ!今、退職届を出せば、きっとイキイキするぞ!!

もっと熱くなれよ…
熱い血燃やしてけよ…
人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!
だからこそ、もっと!熱くなれよおおおおおおおおおおお!!!


展開される俺理論。


教官はよしおの退職届を掴み、熱く叫び声を上げながら、走り去っていった。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト強制収容所 自室 (K-9)です。■




翌日、よしおの元に例の教官が訪ねてくる。


(出たっ…!マツオカ教官…!)


この人が来ると、ホント碌な事が起きない。
何の用で来たんだと目を半目にして訝しむよしお。

しかし、教官の用件はよしおの脳の許容範囲を超える壮絶なものであった。




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                                        王国暦653年7月3日    
                                      ㈱ブーヘンヴァルト強制収容所
                                           人事総務部      
 よしお殿                                                 
                                                        
                        辞令                             
                                                        
   王国暦653年7月4日付けで、探索部第三課勤務を命ず。
   

   以 上                                                 























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「は?」


「世間はさぁ、冷てぇよなぁ。
みんな、君の熱い思いを感じてくれねぇんだよ。
どんなにがんばってもさ、何で分かってくれねえんだって思うときがあるのよね。
俺だってそうよ。
熱く気持ちを伝えようと思ったってさ、お前熱すぎるって言われんだ。
でも大丈夫、分かってくれる人はいる!
そう!探索部の奴らなら分かってくれる!!!
明日からお前は迷宮探索部配属だ!!」


教官が引き攣った笑みを浮かべながら呆然とするよしおに何かわからない事を言っている。


「悔しいだろ、分かるよ。
思うように行かないこと、たくさんあるよな!
減給処分で、目の前においしそうなカニがあったとしても食べれない!
我慢しなきゃいけないときだってあるんだよ!
人生、思うように行かないことばかりだ!
でも迷宮探索部で頑張れば絶対必ずチャンスが来る!
頑張れよ!」











よしおは崩れ落ちた。











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あとがきという名の脳内設定


よしおの奇妙な冒険

本体名:よしお
スタンド名:ストロベリー・スクリプト
能力タイプ:自動操縦型

破壊力:超パネェ
スピード:超パネェ
射程距離:超パネェ
持続力:超パネェ
精密動作性:超パネェ   
成長性:超パネェ

能力
・このスタンドは死んでも特定の場所で何度でも復活する。
・復活する際、それまでにスタンドが負ったダメージはすべて回復する。
・このスタンドはしばしば墓穴を掘る。


※これは作者がよしおがスタンドならこんなんだろうなー、と思いついたモノであり、何一つ作中に反映されるものではありません。



[14030] 第十五話
Name: 汚い忍者◆64ee84f7 ID:62ef03fa
Date: 2010/04/03 19:09




ダニーは若き青年である。
彼の一日はいつもの日課である自身の鍛錬によって始まる。
何故、彼が身体を鍛えているのかは周囲は誰も知らない。
ただ分かるのは、彼は一日も休むことなく、毎日毎日愚直に鍛錬を重ねていることだけだ。
少なくともそんな彼は周囲から奇異の目で見られている。
何故なら、彼の同族達は身体を鍛えるようなことはしないからだ。
否、そもそも身体を鍛えるという概念すら知らなかったのだ。


ダニーには好きな人がいる。
その人はとてもキレイな人だ。
でも、彼女が自分をどう思っているのかは知らない。
彼女の前だと緊張してしまってしどろもどろになってしまう。
それでも、彼女はそんな自分に笑いかけてくれた。
それだけで、死んでもいいと思えるほど嬉しくなってしまったのを覚えている。


ダニーには尊敬する人がいる。
それは今は亡き彼の父である。
記憶に残る父の姿は殆ど色褪せてしまっている。
それでも、今でも色褪せずに思い出せる父の背中がある。
母がモンスターに襲われ、危機に陥った時、父は恐れることなく立ち向かっていった。
そしてその時、父の繰り出した“技”は数少ない色褪せない記憶の中でもより鮮明に思い出せる。
いつしか自然、ダニーは父のようになりたいと思うようになったのだ。


ダニーは臆病者である。
同族達からも臆病者だとからかわれていた。
そして、ダニーもそれを自覚し、臆病者な自分を嫌っていた。
だからこそだろう。好きな人にはそんな臆病者の自分を見せたくなかった。
それでも、彼女を守りたいと、いつしか彼女が危機に陥った時、父が母を救ったように、自分も彼女を救えるようになりたいと思っている。
ダニー自身も身体を鍛えるという概念も知らず、身体を鍛えているという自覚もなかったのかも知れない。
しかし、父のようになりたいと思うダニーは記憶に残る父の技を見様見真似で日々再現する。
本人に自覚は無くとも愚直に繰り返されるそれは確かに鍛錬と言えるものであり、ダニーは周囲の同族の一角をなす実力を持ち合わせていた。




そして、明日、ダニーは初めて“狩り”へと行く。
そこで、自分は臆病者のレッテルを返上して、彼女の隣に立てるようなそんな男になりたいと思っているのだ。








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70年ぶりに退職届を出した剛の者が居る。
その噂は、マツオカ教官を始点として社内に鼠算式に広がり、それが事実であるという事が判明するまで時間はそうかからなかった。


彼は自殺志願者なのか?


退職届を出したよしおという人物像について様々な憶測が流れるが、調べてみれば、今一番期待されている新人チームのエースと呼ばれている事、更には袋小路で社員殺しと対峙し、ただ一人逃げ延びたという実績もあるのだという。

そんな者がこんな回りくどい方法で自殺を考えるのだろうか?
彼が自殺志願者だという推論では整合性が合わない。
必然、“よしお自殺志願者説”は弱体の一途を辿る。

ならば、一体何が彼に退職届を出させるという理由になったのだろうか。




ある人曰く。


「彼は2ヶ月の減給処分を受けているらしい」


まさか、減給処分で生活が苦しいから、より給金を貰える探索部に異動しようというのか?
確かに浅い階層だと唯でさえ少ない給金が、減給処分によって雀の涙ほどのモノと化してしまう。


だからと言って、よりにもよって“あの”探索部に自分から望んで行くというのか?
確かに浅い階層で掘り続けるよりは多くの金を稼げるかもしれないが…。


社員達は推測を続ける。

というのも探索部の“現在の状況”というものについて考えると、「減給処分を受けて苦しいからもっと稼げる所に異動する」という理由だけでは少し弱いのである。

ならば、彼を探索部に向かわせる、もう一つの何かの理由があるはずなのだ。




また、ある人曰く。


「彼が退職届を出したのは、自身のキャリアアップの為という理由も含まれているからに違いない」


成る程。
確かに期待の新人チームのエースであり、社員殺しから単独で逃げ延びるだけの腕があるのならば、浅い階層での探索など、彼にとっては遣り甲斐の無いものなのかもしれない。

減給処分の件はきっと切っ掛けに過ぎないのだ。

もっと厳しい環境で自分を磨き続けたい。

そんな彼の願いが退職届を出させる最大の理由となったのだろう。
そうだとすると、よしおという人物像は実績だけではなく、その心構えもエースと呼ぶに相応しいだろう。
このよしおという人物ならば、もしかしたら今の探索部の現状を打破することが出来るかもしれない。


「スゲェな、よしおとか言う奴は!」
「ヤベェですよね、よしおって言う人は!」
「パネェんじゃよ、よしおという名の者はのう!」


いつの間にか社内の噂は、よしおスゲェヤベェパネェというものに変化していった。

こうして、よしおという人物像は、スーパーウルトラエリート社員として、社内全体に知られていくようになる。




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議事録

[内容]
よしお氏(以下被告人)は、退職届を作成しており、第三者が無断で退職届を総務に提出した事により、
パーティを脱退せざるを得なくなった。

被告人は、頻繁に購買の展示テレビ前にて音声の録音を行うという周到な準備を行っており、今回の事件
は計画的な犯行であることは明らかである。

しかし、被告人は公用語が話せない為、共犯者の疑いがある重要参考人、虎次郎氏が召喚された。

虎次郎氏は、
「よしおさんに退職届の作成を依頼されたのは確か」
と証言しており、事件の関与を認めた。
被告人が今回の事件を引き起こした動機について質問されると、
「よしおさんはお金が欲しいんじゃないかと思った」と語った。

よしおの生態、心理に詳しい藤吉郎氏は、
「動機は間違いなく勘違いによるもの。おそらく、退職届を総務に提出すればこの会社を辞められると被告人
は考え、退職届の作成を計画したものと思われる」
と、犯行時の被告人の心理状態について、情状酌量の余地があると話した。

また、総務入り口にて挙動不審な様子の被告人の目撃情報があり、退職届の提出を躊躇っていたと思わ
れる事からも、寛大な措置を取って欲しいと陳述した。

実際に退職届を総務に提出したのは、マツオカ容疑者であると考えられる。
マツオカ容疑者は被告人の自室に無断で侵入し、退職届を盗み、無断で総務へ提出を行った。
また、マツオカ容疑者は後日、被告人の元を訪ね、犯行声明を出しており、同室の虎次郎氏もそれを目撃
している。

また、被告人本人は、当初精神錯乱状態であり、意味不明の供述が続いていたが、今は落ち着いており、
反省の色が見られるとの事。

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どげざ【土下座】[名](スル)
土の上に直に坐り、平伏して座礼を行うこと。日本の礼式のひとつで、極度に尊崇高貴な対象に恭儉の意を示したり、深い謝罪、お願いの意を表す場合に行われる。


今も尚日本に残る美しい文化の一つである。

よしおはその誇るべき日本の文化をまざまざと同僚達に見せつけていた。
その姿はまさに“This is Japan”というフレーズを表現しきっていると言っても過言ではない。


明日より迷宮探索部に配属となるよしおは不本意ながら、新人パーティを抜けることとなってしまう。
別によしおが抜けたからと言って、迷宮内に潜れなくなるという訳ではない……が、戦闘力に関しては一般人の域を出ないまでも、これまで精神面で同僚達を支え続けていたよしおは同僚達にとって確かにエースなのだ。
よしおがパーティを抜ける事によって、士気の低下は避けられないだろう。


よって、緊急会議が行われた訳である。


マツオカ教官の策謀に嵌められたとはいえど、よしお自身が退職届を作成したことが今回の発端となったのである。
そりゃあもう同僚からも怒られた。


どう足掻いたって明日から探索部へ配属させられるのは最早避けられない。
一頻叱られた後、よしおは明日からの生存確率を少しでも上げるため、探索部の現状について同僚達から教えられた――――
のだが、話の内容を聞くと、探索部の現状はやっぱり想像以上にアレなもので、世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりであった。




探索部についておさらいしよう。

探索部は最前線に立ち、迷宮のより下層への到達を最大の目的とする部署であった。
その業務内容は多岐に渡り、未知モンスターの情報収集、迷宮構造の情報収集、到達済みの階層の未探索部分の調査等も行われる。

迷宮は下層に降りる程モンスターも強くなる傾向を持つ。
また、情報が迷宮探索において極めて重要視される要素の一つであることは周知の事実であるが、探索部は、地下へ地下へと迷宮を開拓する以上、地図情報など持つ事は出来ないし、未知モンスターとの戦闘も当然の事ながら頻発する。
彼らにとってこの情報という要素は供給する側であって、享受する側ではないのだ。

そんなわけで最前線へと送られる探索部の損耗率はそりゃあもうヤバイ。
どのくらいヤバイかというと、マジヤバイ。
しかし、ここまでは対外的に知られている部分であって、同僚達から聞いた探索部の実態は更に拙劣なものであった。

現在、迷宮は地下9階まで開拓されていることは承知の通り。
科学技術の爆発的な発達は迷宮の探索をも著しく進捗させることとなった。

にもかかわらず、地下9階以下の階層は未だ攻略されていない。

何故か。

別に地下10階への入り口が見つからないというわけではない。
そんなものは疾うの昔に発見されてしまっている。


ならば、何故地下10階の攻略は未だされていないのか?


答えは簡明。
地下10階への入り口が一方通行なのである。

一度入れば戻れない。
これまで何人もの探索部の社員が地下10階層へと降りていった。
だが、その後の彼らの姿を見たものは誰一人居ないのである。
その為、地下10階についての情報など一切存在しない。

地下10階層には一体何があるのか?
それは、屍と化しているであろう地下10階へと降りていった者にしかわからない事である。


閑話休題。


上記の理由で、迷宮は地下9階までしか攻略出来てはいない。
さて、そんな攻略状況が進捗しない探索部の現状とはどういったものであろうか。

より下層の攻略という最大の目的を達成できない以上、探索部は到達済みの階層の未探索部分の調査や階層深くでの採掘などを行って、給与を得ている。

確かにこれだけでも浅い階層で採掘を行うよりも、お金を稼ぐ事は可能である。


「より下層の攻略が出来ないなら、未知モンスターとも戦わずに済んで、むしろいいんじゃないの?」


そんな考えは甘いと言わざるを得ない。

いつまで経っても地下9階以降を攻略できない探索部。
さて、そんな結果を出せない攻略部を総務はどう思うだろうか。

結果は至極単純。
探索部の予算は大幅に減らされる事となったのは言うまでもない。
予算の大幅な削減は、唯でさえ高い損耗率を大幅に引き上げ、さらに結果を出せなくなり、また予算を削減されるという負のスパイラルが生み出されることとなった。

対外的には、花形と称される探索部であるが、その実態は予算不足に喘ぎ、ただただ腐り続ける最悪の部署であるのだ。

この悪循環を停止させるためには地下9階以降の攻略が必須である。
だが、地下10階への情報が何もない事、そして何より、入り口が一方通行であることが、それを阻んでいた。

どうしようもない状況に陥ってしまっている。それが探索部の現状なのである。





(終わった…)


少しでも生存確率を上げるため、同僚達から探索部の現状について教えられたが、こんなん知らされてどうやって生存確率を上げろっていうのか…。


知らない方が良かった事実というものがあることを生まれて初めて実感するよしおであった。




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嘆いても泣き伏しても状況は良くならない訳で。
結局、生存確率を上げるための具体的な方法などというものは都合よく存在するはずもなく、会議はお開きとなった。
準備を整えて、少しでも明日に疲れを残さないため、今日は早めに寝ておけ、という同僚達の配慮によるものだ。

連休の最終日にして、明日の始業開始時間まで後10時間余り。
よしおは自室のベッドの中で眠りにつこうとするも不安で中々寝つけないでいた。

よしおは自分の考えの甘さを痛感していた。
よくよく考えて見れば、退職自体が自由に出来るのならば、こんな会社に社員など存在しないはずである。
ならば、退職できないシステムがある。冷静に考えればそこまでは推測できたかもしれない。
言い訳になるかもしれないが、何故かこの世界に放り込まれて、悉く自分の想像以上の出来事が起きて、冷静になる機会など存在しなかった。
決して、よしおの頭脳がアレだった…という事はないはずだ。


もっと冷静でいれば…あの時ああしていれば…アレさえどうにかしていれば…


よしおの頭に思い浮かぶのはIFの事、そして自分の行動に対する後悔ばかりである。
そのうち、過去に対する後悔ばかりで、これからどうするかという事を全く考えていない事を思いたったよしおは、ベッドの中で大きくため息をついた。

このままではいけない。
かつてのクレバーなよしおは何処へ行ったのか。


(クールになれ…クールになるんだ、よしお…)


何かのアニメで見たフレーズを脳裏に思い浮かべる。

ネガティブシンキングはよくない。
起こってしまった事をあれこれ考えたって意味がないのだ。
これからの事を考えなくてはならない。

ポジティブシンキングだ。
こういう時のためにジョースター理論というものがある。


逆に考えるんだ。
「仮に退職できていたとしても、あのまま無一文で放り出されていたら何処かでのたれ死んでいたかもしれない。
むしろこの会社に残れてラッキー!」
そう考えるのだ。


無茶苦茶な理論であるが、同僚達と離れ離れにならずに済んだという点を考えれば、落ち込んだ気分も少しマシにはなりそうである。

だが、如何にプラス思考を行おうとしても、明日からはその頼りになる友人達とのパーティを抜け、独り探索部への配属となるのは事実。

プラス思考はあっという間に不安に流されてしまった。

結局、よしおはまたしてもネガティブ思考に陥り、不安で中々寝つく事が出来ず、絶好調とは言えない体調で朝を迎えるのである。




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■現在位置は ブーヘンヴァルト株式会社 探索部第三課 (G-4) です。■




翌日の朝、探索部第三課のドアの前によしおの姿はあった。

実はよしおは30分以上前に既に部屋の前まで来たものの、踏ん切りがつかず、ドアの前で立ち尽くしているのである。


(……、トイレ…!)


本日3回目のトイレである。

トイレは用をたす為にのみ用いるべきという意見は今のよしおにとっては酷く狭窄的なものに感じてしまう。
トイレの個室とは一つの聖域なのである。
誰にも邪魔されず、静かに己と向き合い、精神を鎮めるのに最適化された空間なのだ。

個室の便座に腰掛けて、耽るよしお。
静寂が空間を支配する。

この閉鎖空間によって隔離されたよしおという存在は、その瞬間にのみ辛い現実から逃避することが可能なような、そんな気がするのだ。

しかし、既に始業時間20分前。
そろそろ、行かないとかなり拙い。


(行きたくねぇ…)


なんて思っていても、このままこの素敵空間にこもり続けていても無断欠勤3日目となって確実に死ぬ。
ならば、たとえ生存確率が那由他の彼方であったとしても、探索部の扉を開くという選択肢を選ぶしかないのである。

生き残りたい。
心の底からそう思うよしお。

だけど、きっとそれは出来ないだろう。


「あーあ…」


上を向いて、額に掌を被せ、よしおは間延びした声を出した。
俯き、大きくため息をついた後、よしおはゆっくりと立ち上がり、個室のドアを開く。

その時のよしおの表情は、疲れきった中年のおっちゃんのようであり、結局、彼の腹を決めさせたものは、まさしく諦観という感情であった。



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「本日より新人が入る事はすでに承知であると思う」


首から上がブルドッグの男が、探索部のメンバーに向けて、朝礼を行っている。
よしおは、自身の半分くらいの背丈しかないブルドッグ男の隣に立ち、メンバーの視線を一身に浴びていた。


「この桃色回路ストロベリースクリプトという男はこんなクソッタレな部署に自らやってくるクレイジーな度胸を持つ野郎だ!」


よしおの背を叩き、ブルドッグ男もよしおの方に顔を向けた。


「貴様が新人のエースと呼ばれている事は知っている。しかし、だからといって贔屓はしない!貴様が一番下っ端だ!それを心に留めておけッ!」


大声で罵倒するように言われたが、ブルドッグ男のそのつぶらな瞳は何か癒しを感じさせるものだった。


「アイツが件のエース…」

「見かけはヒョロそうに見えるな…」

「フフッ!緊張しててカワイイわね」


よしおの姿を見て、素直な感想を小声で述べるメンバー達。

ブルドッグ、ゴリラ、ブタ、ヤギ、キツネ、クマ、アリクイ。
探索部第三課は、新人パーティーメンバーと同じように、動物王国であった。

しかし、第三課メンバーの中でも一際、異彩を放ち、熱い視線をよしおに向けてくる者が一人。


(何あれ、なんだアレ…凄ぇ…)


口紅を塗った、服がピチピチなオカマっぽい豚が凄まじい存在感を放っていた。


「うふふ」


よしおと目があったそのオカマ豚は、身体をクネクネさせながら、投げキッスを行った。

普通ならば、その姿を見て、よしおは「うへぇ」とか思って、それで終わるはずであったのだろう。

しかし、オカマ豚のその動作は現代科学では説明もつかない現象を伴うものであり、よしおを酷く混乱させることとなった。

視認出来る紫色のハートの形をした何らかエネルギー物質が、投げキッスと共に彼(あるいは彼女)の口腔より射出されたのである。


「あっ!」


不意打ち気味に飛んで来たその紫色のハートの形をした何らかのエネルギー物質をよしおは避けることなど出来ず、吸い込まれるようによしおの左胸へと消えていった。


(なんか入った!ヤバい!体の中になんか入った!何…、何なの!?)


得体の知れない何かが吸い込まれていった左胸を押さえ、よしおは酷く狼狽した。
今のは一体何だったのか。意味が分からない。
酷く混乱していたよしおの脳裏にアレの正体の推測が思い浮かぶ。


(…放射線!放射線!?)


どちらかというと理系タイプと自称するよしおは、放射線にはαとかβとかγとかあるのを知っていた。
詳しく知っているわけではないが、αよりβの方が何か進化していそうでたぶん強いはずだ。
そして、γは多分一番進化してて強いのだ。

もし、自分の体に入ったのがγだったらヤバイかもしれない。骨とか溶ちゃったりするんだろうか。
それに何だか気分も悪くなってきたぞ。


「うあッ…うあぁッ!」


よしおは恐怖のあまり、叫んだ。


そんなよしおの姿は探索部メンバーを引かせるには十分であり、「ホントにコイツで大丈夫かよ…」と不安にさせるのであった。



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実はよしおの身体に吸い込まれていった紫色のハートの形をした何らかのは、魔導によるものである。
とは言っても、別に攻撃魔法だとか呪いだとかそんなものではない。
オカマ豚は単に魔力なんていうファンタジー要素をハート型に形作って、飛ばしただけである。
魔導を用いて、挨拶を彩る所謂一つのエフェクトを演出したに過ぎない。


魔導について少し踏み込んで説明しよう。


他の漫画や小説なんかだと知らないが、この世界において、魔力は属性を持って、初めて作用する。
例えば、魔力に『熱』という属性を持たせる、あるいは『固体化させる』といった属性を持って顕現するのだ。
属性を持たない魔力は視認も出来ないし、外部に影響も及ぼさない。

つまり、魔力に属性を持たせて、出力する事を魔導と呼ぶのである。

今回、オカマ豚が行った投げキッスに伴った紫色のハートの形をした何らかのエネルギーの射出は、魔力に対して、
①可視化
②固定化(ハート型に整形する応用付き)
③推進力
という3つの属性を持たせていた。

実はコレだけでも、結構レベルが高いのである。


魔導には、

①属性の種類
②属性の質
③魔力の総量
④属性を付加させる魔力の量

大別して、この4つの要素がある。


わかりやすく以下に例を挙げる。
ゲームにありがちな炎熱魔法について、魔導を用いて実現してみよう。
デ〇ゴスティーニ出版、月刊「魔導の世界」を読み続けて15年、ブーヘンヴァルト近郊に住む会社員、西村氏(41)に協力していただいた。



100ポイントの最大MP値を持った西村氏がギラを唱えるとしよう。
ギラに必要なMPが10ポイントだったとする。
ドラクエならこの10ポイントのMPの消費で、ポンと炎が出る。

しかし、魔導を用いて、ギラっぽいモノを出そうとすると、話は単純にならない。

魔導では、
100ポイントのMP(魔力の最大値) = ③魔力の総量
メラに必要なMPが10ポイント(消費MP) = ④属性を付加させる魔力の量
である。

『属性』を付加しない魔力は外部に影響も及ぼさないのは、先程述べた通り。
よって、消費MPである10ポイント分の魔力に対して、『属性』を持たせてやらないと、何の意味も無いのだ。

ギラっぽいモノを出すには、この魔力に対して少なくとも、
①熱
②推進力
という2つの属性の付加は必要だろう。


そして、重要なのは『属性の質』という概念である。

熱という属性の質を上げれば、ギラの熱量が上がり、威力が上がる。
推進力という属性の質を上げれば、ギラの射出速度が上がり、命中率が上がる。

質は魔導の性能を左右し、魔導を扱う上で避けて通れない要素だ。
しかし、属性が2つ以上付加されている場合、それぞれの属性の質には一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないというトレードオフの関係にある。

豚の紫色のさっきの紫色のアレは固定化の質を上げていなかったため、よしおの左胸という障害物にぶつかり、容易く四散してしまったわけである。

どれだけ威力を上げたって、亀のスピードで放たれたギラなど容易に回避されてしまうし、逆に射出速度を限界まで上げたギラは、威力など期待できないのだ。



しかし、メラだと単体攻撃しか出来ず、俺TUEEE!!で無双したい西村氏は物足りないらしく、俺だってベギラマ唱えて範囲攻撃してぇ!などとワガママを抜かすのである。

その場合についても考えてみよう。

範囲攻撃を行う為には、消費MPも更に必要になるのはドラクエなんかにおいては当然である。
攻撃範囲を広くするために、消費MPが増加するのは、魔導においても同じである。

ベギラマの消費MPがギラの2倍の20ポイントだったとしよう。

魔導の場合、この20ポイント分の魔力に①熱、②推進力という属性を付加させる必要がある。

さて、魔導を用いて、ギラっぽいモノを出す場合において、推進力を一切犠牲にして、熱のみに属性の質を上げる状況を考える。
威力、命中率云々は置いておいて、このギラは100ポイントのダメージを与えられるとする。

同じ様に、ベギラマの消費分のMP20ポイントに対して、熱のみに属性の質を上げる事を考える。
これまた同じ様に威力、命中率を考えず、このベギラマの場合について与えるダメージを考えた場合、どうなるだろうか?


答えは、ギラの時の半分の50ポイントのダメージしか与えられない。


何故なら、西村氏はギラの時の倍の20ポイント分の魔力に対して質を上げないといけないからである。
1リットルの水と2リットルの水を同じ熱量で同じ時間温めた場合、前者の方が温度が高くなるのは自明であろう。

即ち、②属性の質 と ④属性を付加させる魔力の量 もトレードオフの関係にあり、少ない消費魔力の方が、質を上げ易い。


魔力に付与する属性の数、及び消費する魔力の量に比例して、制御の難易度が高くなるのはこういった理由による。



さて、こんなクソ仕様の魔導であるが、魔導で唱えたギラにはメリットとなりうる点が一つある。


“目に見えない”のである。


当然である。可視化という属性を持たせていないためだ。

これは、敵に対して、回避を大幅に難しくするだろう。




…と、ここまでは理論の話である。

実践でこのギラを行う場合、全く持って使えない。
ここまで長々と語ってきた話が、実践となると、外因的要素により、全く無駄になるのである。


最初は魔導には自信があると意気込んでいた西村氏であったが、実践での結果は散々なものであった。
西村氏の実践の結果を混ぜながら、解説しよう。


先に結果を述べておく。


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結果
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CASE1:熱量を犠牲にして、推進力を重視した場合
→10メートル離れた位置にある目標的につけられた温度計が1℃上昇した。


CASE2:推進力を犠牲にして、熱量を重視した場合
→西村氏が火傷をした。


CASE3:熱量、推進力を50:50で等割した場合
→あったかい空気が西村氏から目標的へ向けて流れたが、すぐに消えてなくなった。
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何故、このような結果になったか。
2つの要因がある

一つはどれだけ熱量の質を上げたところで、人間の力は高がしれているという事。
推進力を犠牲にして、熱量を重視した場合でも、80℃くらいが限界だったのである。

敵に十分なダメージを与えるほどの『熱』という属性の質を上げるのは、人間の力じゃ、無理なのである。


そして、もう一つの要因は“熱の分散”である。

淹れたての熱いコーヒーは放って置けば周囲に熱を分散させ、当然冷める。
同じ様に推進力を犠牲にして、熱量を重視した西村氏のギラは周囲に熱を分散させ、西村氏自身を火傷させてしまった。
そして、熱量、推進力を50:50で等割した西村氏のギラも、的へ向けて流れる最中に、熱を失ってしまった。

ギラを唱える上でこの熱の分散が地味に厄介である。

西村氏のギラは最大でも80℃程度までしか温度が上がらなかったからマシである。
例えば、突然変異の超スーパーウルトラハイパーエリートチートアームストロング美少女アームストロング魔導士がいたとしよう。
この、超スーパーウルトラハイパーエリートチートアームストロング美少女アームストロング魔導士は属性の質も魔力量もパネェくらいに設定された魔導式ベギラゴンもどきを放つことができる。

前提条件に疑問を持ってはいけない。思考実験では、どんな条件でも設定可能なのだ。

さて、この魔導式ベギラゴンはゾーマだとかバラモスなんかに1000ポイントなんていうダメージを与えてしまうものだとしよう。

しかし、この超スーパーウルトラハイパーエリートチートアームストロング美少女アームストロング魔導士は魔導式ベギラゴンを作ろうと熱の属性の質を上げていくが、当然熱の分散により、自分も焼けてしまう。

つまり、下手に威力を設定しすぎると自分も熱の分散により、ダメージを喰らってしまうのだ。

これを防ぐには、例えば時間差で熱量を発生させる、一定時間の熱を遮断するといった、また新たな属性の追加が必要である。
新たな属性の追加によって、そちらにも質を分配しなくてはならなくなり、普通の人間にとっては、ただでさえアレな魔導式ギラシリーズが更に弱くなるのは言うまでもない。

このように、属性を持たせると、周囲の外的要素によって、魔力は容易く影響を受けてしまうことが多い。

「それじゃあ攻撃魔法なんてできねぇんじゃね?」なんて思われるかもしれない。


出来る。出来るのだ。


科学が爆発的に発達する前、人間はどのようにして、魔導を攻撃手段として用いてきたのか。

例えば、その方法の一つは、魔力に『燃え易い』という属性を与えるのである。
属性には質の上げやすいもの、上げにくいものがある。
『燃え易い』という属性は、比較的質を上げやすく、また、周囲の気温等の影響を受けにくい。
このように外部から影響を受けにくい属性も存在する。


この『燃え易い』魔力に、推進力を付加して、射出する際にアナログで引火させるのが当時の主な魔導攻撃手段であった。
いや、むしろ推進力という属性の変わりに、固定化の属性を付加させて、手で投下したほうが効率がよかったりする。
固定化された燃え易い魔力を投げ合う戦闘。あたかも火炎瓶を投げるような暴徒達の如くである。
魔導はゲームや漫画のように煌びやかなモノではない。とても泥臭いものなのだ。




属性というものも、魔導の必要不可欠な要素である事は分かっていただけただろう。


そうなると、魔導研究での第一目標は当然、新たな属性の発見となる。

魔導は発展とはより汎用的な『属性』を創造する事と言っても良い。
そして、新たな『属性』の創造にはその構造、メカニズムが解明されている事は必須である。

『燃え易い』という属性を例に挙げよう。

石と紙がある。
紙は燃えるのに、石はなぜ燃えないのだろうか?

答えは、紙が燃える構造をしていて、石は燃えない構造をしているからである。

『燃え易い』という属性の創造の為には、燃え易い物質構造の把握が必要であり、それを実現させたのがまさに科学であった。
魔導が科学と共に発展して来た理由はここにある。


しかし、魔導は科学と違い、習得の為には、感覚的な部分を多いに必要とさせる。

科学ならば、
「AはBである。故にCである」
といった具合に説明が理論的だが、魔導は
「魔力をこう…ギュィィインッ!ってするんだよ。なんていうかさ…脳をスパークさせるような…、わかる?わかるよね?」
といった具合に非常に説明がしにくいことも多くある。


長くなってしまったが、以上が大まかな魔導の説明である。


魔力に対して属性を付加する、という言葉は何でも出来そうなイメージを感じ取れるかもしれない。
それはおそらくその通りで、魔導は属性の組み合わせによって、様々な汎用性を持つ可能性のあるモノだ。

しかし、人間の持てる魔導の力などちっぽけなものであり、それこそが魔導に汎用性を持たせないという制限を加えているのだ。

属性の組み合わせ次第では、ホイミだとかケアルだとかも出来るのかもしれない。
だが、その為には、人体の傷が治るメカニズムを知る必要があるし、仮に科学の発達によってそのメカニズムの更なる詳細が判明したとしても、果たして人間の持つ力量の範囲でそれが実現できるかと聞かれれば疑問に思わざるを得ない。




ベビーサタンはイオナズンを唱えた!しかしMPがたりない!

厳密には違うが、魔導を表すものとしては、この言葉がピッタリだろう。


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初めて魔導というモノを見たよしおが、その得体の知れなさに恐怖を覚えてしまったのも仕方の無い事である。
しかし、異世界住人の方々からすれば、魔導は現在こそ滅多に見るモノではなくなったが、身近なものであった。

つまり、今の状況を例えるなら、現代にタイムスリップしてきたアウストラロピテクスが、自動車とか電車とか見て恐れ慄いている感じである。
そんなアウストラロピテクスのマジビビッてる姿を見て、自動車とか電車とかを知っている現代人が抱くのは、「何ビビッちゃってんの?」なんていう感想だろう。


「落ち着け!魔導の応用だろうが!何を混乱してる!」


よしおを落ち着けようと、ブルドッグ男が慌てて声をかける。
その言葉を聞いて、ピタリと動きを止めるよしお。


マドウ――!
マドウというのはたしか魔法みたいなもんのハズである。
自分の心臓に吸い込まれていったあの紫色のハートの形をした何らかのアレの正体は魔法だった――!


しかし、正体が分かったからと言って、安心など出来るはずがない。
一体どんな魔法を掛けられたというのか。
呪い…?豚の呪い…。まさか、自分は豚になってしまうのか?
そういえば金曜ロードショーで見た「クレナイの豚」は格好良かった。それならまだ良い。
だけど「戦闘千尋の神隠し」の主人公の両親みたいになったらどうするっていうんだ。


恐ろしい―、なんて恐ろしいんだ――。


恐怖の目でオカマ豚を見つめるよしお。

そんなよしおの姿に小動物的な愛らしさを感じたのだろうか、オカマ豚は艶かしい笑みを湛えて声をかける。


「心配しなくてもさっきのアレには別に害はないわ。唯のアイサツよん」


その言葉と共に尻を撫でられた。
「ひっ…!」と引き攣った声と共に仰け反るよしお。

よしお脳内危険人物リストが即座に更新され、この男の危険人物ランクははマツオカ教官と同率一位へと駆け上った。

例の紫のアレに害はないというが本当だろうか。
というか紫のアレ以上に、この男自体に害がある気がしてならない。


「よし…落ち着いたようだな!では、第三課のメンバーを紹介しよう」


よしお自身はちっとも落ち着いて居なかったが、いい加減話を進めたいのだろう。ブルドッグ男がこれまでの話を断ち切るように少しばかり大きな声を出した。


「俺が踊る童話シンメトリースペクターだ。ヨシムラ係長と呼べ!」


またアレな二つ名が出たが、よしおももう慣れたものである。
もしかしたらこの世界にはちょっとアレな二つ名で名乗るという文化があるのかもしれない。
郷に入れば郷に従えと言う。
自分も恥ずかしがらずに桃色回路ストロベリースクリプトという名前で名乗るべきなのかもしれない。

しかし、よしおとしてはもっと格好いい二つ名がよかった。

何なのだろうか、桃色回路ストロベリースクリプトとは。
頭の中はいつもピンク色!みたいなイメージを持たれてしまいそうじゃないか。


「奥に座っていらっしゃるのが、ギリェウ…ギレ…ギリェルモ課長だ。今は人形を作ってらっしゃるから、そっとしておいてくれ」


奥のデスクに座って、よしおを一顧みもせずに、噛みそうな名前のゴリラがその太い腕で黙々とフィギュアと思しき何かを作っている。
デスクの上には、フィギュアがずらりと並んでいた。
アレは確か…、新世紀アルパカゲリオンのフィギュアのはずだ。暴走すると臭い唾で威嚇するという一風変わったコンセプト、そして初号機のあまりのイケメンフェイスさに老若男女問わず、メロメロなのである。

良く見れば、部屋中もポスターが至るところに貼り付けられている。
ポスター内の二次元の獣人美少女が、よしおに向けて優しげな笑顔を向けていた。

なんというか


(アクが強い…)


もしかして、探索部には変な人間が集うのだろうか。
ますます不安になってしまうよしお。

そして、最もよしおを不安にさせる人物の紹介が始まった。


「そこのオカマがドミニクだ。役職は係長になる」


(出た…)


「ドミニクよぉん。お姉ちゃんって呼んでもいいのよ?」


(え…?何?ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない…)


素で何を言っているのかわからなかった。
もしかしてツッコミ待ちだったんだろうか。


「こんな奴だが、コイツの持つ戦闘テクニックやサバイバル技術は目を見張るものがある。ウザイのを我慢さえすれば役に立つ奴だ。」


「あぁん、酷いわぁ。でもそんなに冷たくされたら……、フフッ、燃えちゃうじゃない」


オカマ豚がくねくねする。
あからさまにブルドッグ男はそれを目に入れないようにしていた。


「そこのクマ男がエルヴィン、アリクイがファルコ、キツネがギルベルトだ。」


ブルドッグ男に紹介された三人組はよしおの顔を見て、ニヤニヤと笑みを溢していた。
イヤな笑いである。
この後、「オイ、転校生!ちょっと体育館裏までツラ貸せよ」とかなんとか言いそうな奴らだ。怖い。


「そこのヤギ男がジェイソンだ。こいつも2日前に入ったばかりだから、お前と同じく新人だな」


なんというか眼鏡で暗い…典型的な引きこもりタイプという奴だろうか。完全に名前負けしているヤギ男である。
あんな細腕では、間違いなくチェンソ-なんて重くて持てないだろう。よしおと目が合うと、彼は目を逸らすようにすぐに俯いてしまった。
どことなく内面的な雰囲気が虎次郎に似ている。外見は正反対だが…。


「以上が、探索部のメンバーだ。この間は新人3名と異動してきた中堅が1人退職しちまったからな。早いとこ補給が来て助かったぜ」


「アイツらには美しさがなかったワ。勇気を持つ者特有の美しさがッ!見て!アタシを見て!勇気を宿す者はこんなにキレイッ!」


不安にさせるようなことをベラベラと喋るブルドッグ男と世迷言を抜かしながらくるくる回る豚野郎。
探索部が最大の損耗率を誇るという話は本当のようである。信じたくない話ではあったのだが。
探索部メンバーより、嘗て在籍していた結成1ヶ月程度の新人パーティの同僚達の方が頼りに思えるのはどういうことだろう。


「だけど、本当に勇気がない者は早死するわよぉン。探索部が求めるのはアタシのハートに響くような勇敢な戦士なのよぉ」


どうやらチキンなよしおには、厳しそうな職場のようである。


「暫くの間は、貴様を監督する教育係をつけることになるが…」


その言葉と共に何故かオカマ豚のくねくねするスピードが速くなった。
くねくねしながらバチンバチンと何やらウインクを寄越す豚。


(何…何なの…)


何モジモジしちゃってんの…。
トイレだろうか。トイレに行きたいのだろうか。
行けばいいじゃん。そんなの俺に伝えられても困るよ…。


「ドミニクが貴様の教育係となる!奴の持つ全ての技術を学べ!」


「フフッ、任せてぇん。バリバリ教育してアタシ好みのオトコノコにしてあげるわぁん…!」


オカマ豚が教育係になったようだ。
ドン引きのよしおである。
アレから何の技術を学べというのか。アッー!な事を強制的に教授するんじゃないだろうか。
先行きに不安しか感じないよしお。




一同の顔合わせも滞りなく済み、よしおの探索部での初探索の開幕となった。
今回の探索では、地下7階での未到達部分の調査、及び可能であればその近辺での採掘を行う予定である事が、ブルドッグ男ことヨシムラ係長から伝えられる。

それを聞いた本日から配属の新人が日本語で思わず「すいません、勘弁してください…」というかすかな呟きを洩らしたが、生憎ここは異世界である。
自身を除いて日本語を理解できる者は存在せず、他メンバーは、まるでいつものことだと言わんばかりに着々と探索の準備の最終確認を行っていた。


こうして、よしおは探索部配属初日から、4日前に文字通りの死闘を繰り広げた巨大カマキリの生息する地下5階を越えて、さらに地下6階をすっ飛ばし、いきなり地下7階へと行く羽目になったのである。


「よーし、準備は出来てるなー?それじゃオメェーらぁ、行くぞぉ!唱和っ!今日もにっこり笑顔で勤務!」


「「「「今日もにっこり笑顔で勤務!!」」」」


ブルドッグ、ゴリラ、ブタ、ヤギ、キツネ、クマ、アリクイがニカッと笑顔を作る。
正直不気味だった。





『死ぬ…ゼッテー死ぬって…』


よしおのか細い呟きは、誰にも伝わる事はなく、透き通った青い空へと消えていった。






地下4階の拠点へと向け、進行を開始する一行。


「いいかしらん?桃色回路ストロベリースクリプトちゃん」


よしおは、その道中、オカマ豚ことドミニクから探索部で活動する上での諸注意や身の振り方の教授を受けていた。


「間違っても9mm拳銃を買っちゃ駄目よぉ?その程度の銃弾じゃモンスターに対して有効じゃないから。
というか銃器全般は個人的にあまりオススメしないワ。予算が無いから弾薬代は自腹になっちゃうわよぉん?」


最初は教育係として全く期待していなかったよしおだが、彼の教えを聞いてみれば為になることが多く、よしおはこの豚を少しだけ見直すことができた。
特にドミニクが強調して伝えたのは、遠距離戦よりもむしろ近接戦の大切さである。
これには彼が言っていたように探索部の予算が非常に少ない事が要因として挙げられる。
銃器の弾薬代を出せないくらいに予算が少ない現状では、必然近接戦がメインとなるのは当然である。
リスクが高いのは言うまでもない。そこを工夫してリスクを出来る限り下げていくことが肝心であると彼は言う。
では、どう工夫すれば言いのだろうか?


「毒よ」


近接武器に毒性物質を塗布するのが、方法の一つである。
モンスターも所詮は生物。毒物が人間より効き難かったり、全く効かないモンスターも存在するが、それなりに多くのモンスターには通用する。

では、どうやってそんな危険物質を入手すればいいのだろうか。
それは特定のモンスターを討伐して素材を得たり、採集によって入手が可能である。
購買でも注文すれば、手に入れる事は出来るが、わざわざ金払って買うもんじゃないわよぉ、とドミニクは言う。
モンスターの素材の中には高く売れるモノだけに目が行きがちなよしおであったが、このように冒険に役立つモノも存在しているようだ。
少ない予算に苦しむ探索部は、物資の現地調達は必要不可欠なのである。


「近接戦こそ男を輝かせるのよぉ。肉体と肉体の激しいぶつかり合い…
そうよ!パンツ!パンツを奪い合うの!尻を叩くのよ!」


ただ話の内容のレベルが高すぎてよしおには理解できない部分もある。
近接戦とパンツの奪い合いの関連性がイマイチよく分からない。
尻?尻を叩く?尻が弱点のモンスターが多いということか。
成る程、凄く勉強になる。


「お」


戦闘を行くヨシムラが何かを見つけたようで立ち止まった。
進行方向の左手方向を指差すヨシムラ。


「あら」


「おわっ、何やってんスか。アレ」


ヨシムラの指差す先には、桃色暴動マニックパーティ達が、焚き火を囲んで踊っていた。


(何?何やってんの、アレ…)


よく見ると、何かを焼いているようであった。
何かの儀式…?お誕生日パーティだろうか。
少し離れているのでよく見えないが焼いているのは…まさか人間だったりする嫌なオチなのだろうか?


「あいつらが火を使っている所初めて見るな」


「人間の真似をしているのかしら。頭いいわねぇ」


そういえば、桃色暴動マニックパーティは人間の武器を奪って使う固体も存在していた。
アイツラは馬鹿だが、決して知能が無いというわけでは無いらしい。


「写真を撮っておく。こんなんでも報告すれば、多少は給与になるかもしれないからな」


ヨシムラが写真を撮ろうとデジカメを構える。


「おっ?」


デジカメのズーム機能で桃色暴動マニックパーティが何をしているのか分かったようであった。


「何よ」


「モー焼いてるっぽい」


モー…。
モーとは確か脅威度ゼロの食肉用モンスターだったような気がする。
遭遇する事はなかなか無いとの話であり、事実よしおも遭遇するのはこれが始めてである。


「ついてるわね。奪うわよ」


ドミニクのその言葉で今後の行動方針は決定した。

桃色暴動マニックパーティは完全にカツアゲ対象と化していた。




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極めて迅速で無駄の無い美しいカツアゲだった。


(何これ、うめぇ)


奪い取った肉をモシャモシャと食べるよしお達。
一方、そんなよしお達を遠巻きに眺めることしかできない桃色暴動マニックパーティ達の姿がそこにはあった。

桃色暴動マニックパーティ達は謎の武装勢力の介入によって追い払われ、彼らの至福の時間は砂で作られた城の如く崩れ去った。


(んめぇ)


ちらりと横目で桃色暴動マニックパーティ達を見るよしお。


『ギギギ…』


桃色暴動は 涎を溢して、プルプルと震えている。
仕事と睡眠以外の時間はテレビに噛り付いて、公用語の勉強は怠らないよしおである。
そろそろ彼の語彙にもバリエーションが揃ってきた。
こういう時、あの涎を溢して悔しそうにしている彼らに言ってあげるべき言葉があるのだ。

よしおは桃色暴動マニックパーティに見せつけるかのように、肉に齧り付きながら言う。


「くやしいのう!くやしいのう!」


『ギギゥ!ギギイイィィー!』


言葉は分からなくとも思いは伝わる。
よしおのこの態度に、さすがの桃色暴動マニックパーティ達も、おどりゃクソ森いいかげんにせい、と言わんばかりに、地団駄を踏んで悔しがり、今にも襲いかかってきそうなほど敵意を剥き出しにしている。

しかし、腕っ節では適わないことは明白であり、彼らもその事を解っている。
ならば、残された手段は言論を持って、相手の良心に訴えかけ、奴らの弱者に対する認識姿勢を糾すことだけであった。

一匹の桃色暴動がこの略奪行為に対して糾弾を行い始め、それに他の桃色暴動達も同調して、その声は大きくなっていく。


『(意訳)人間として恥ずべき許されざる行為。極めて遺憾。我々弱者の思いというものをないがしろにしている』


「やかましいわよッ!弱者がガタガタ抜かすんじゃあないッ!」


弱い。
この迷宮ではそれは罪なのである。
まるでファシズム政権下であるかの如く、略奪を糾弾する言論は、封殺された。
軍靴の音が何処からか聞こえてきそうである。






そして、いつしか肉は無くなった。
骨しか残らなくなったモーの変わり果てた姿を見て、ただただ呆然とする事しかできない桃色暴動マニックパーティ達。
一方、略奪を行った謎の武装勢力ははいそいそとこの場を去る準備をしているようだ。


桃色暴動マニックパーティ達の中の一人、若き戦士は思う。


あの謎の武装勢力に挑んだところで返り討ちに会ってしまうのが関の山だろう。
だからこそ、ここで指を咥えて見ているのが、吉っ……!それがベスト…!

しかし、それで…それでいいのか?

命は助かるだろう…。だけど…ここで奴らを逃せば…もっと大切な何かを失ってしまうんじゃないか――?


彼は心に思い浮かべる。自身の尊敬する父の姿を。
父のような勇敢な戦士になるという「信念」か命を奪われるという「恐怖」か。
葛藤に揺れる一人の若き桃色暴動マニックパーティ


そして、そんな極限状態の中で、彼は頭の中に誰かの声が響くのを確かに聞いた。


「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!


謎のツェペリ電波を受信した桃色暴動の青年は、恐怖を乗り越えた花京院ならぬ、桃色暴動となった。


奴らに一矢報いる…!
決意を固め、敵性分子の方へ振り向く。

見れば、謎の武装勢力は自分達に対して皆、背を向けていた。


今しかない――!
静かに迅速に行動を起こす。
焦ってはならない!
ハートは熱く…!頭はクールに…!

音を殺し、最短距離で、謎の武装勢力の一人の背後へたどり着く。

ヤツは気付いていない――!
完全な死角――!

繰り出すは、ただただ愚直に繰り返し鍛錬された今は亡き彼の父の必殺技―!
武器等に頼らない。信じるのはただただ己の肉体のみ。
愚直な研鑽によって培われた鋼の右足は、その威力の反動に耐えるだけの頑強さを持つ!


そして、謎の武装勢力の一人の右ふくらはぎに若き桃色暴動、ダニーの渾身のローキックが炸裂した!


「おぐぁ」


豚のような悲鳴をあげて、よしおは崩れ落ちた。




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突然、左脹脛に生じた痛み。
床に膝をつきながらも急いで後方を確認する。

よしおの目に入ったのは一匹の桃色暴動であった。



(追撃―ッ!?)


桃色暴動がローキックを放つ姿勢を取ったのを見て、よしおは急いで床を転がり回避を試みる。
間一髪、追撃のローキックは、よしおの背をかするのみに留まり、よしおは急いで立ち上がり、敵に相対する。


(ぬぅぅッ…!)


想像外の威力―!
コイツのローキック…!そこらの桃色暴動とは違う――!

目前の敵をよしおは、メンチをきる。
並の桃色暴動であれば、これだけで戦意を失い、逃走を図る。
しかし、目の前の存在は、その範疇には当てはまらなかった―!
恐れるでもなく、その目に戦意を湛えたまま、その桃色暴動は静かに佇んでいた。


(こ、こいつ…!)


よしおは確かに、目の前の桃色暴動マニックパーティの目の中に、ダイヤモンドのように固い決意をもつ「気高さ」が見えた…ような気がするのだ!

その目を見た瞬間、先程の突然の不意打ちに対する怒りなど消えてしまった。
コイツとサシで戦ってみたい。
そんな少年ジャンプ的な感情が、アニメによって毒されているよしおの心を支配したのだ。


(多対一の状況になることを恐れず飛び込んでくるとは…。お前のその勇気…、敬意を表するッ!)


自身の愛用武器、マチェットナイフを取り出す。

油断はしない―!こいつは決して『雑魚』とは呼べない!
こいつには、やるといったらやる……『スゴ味』があるッ!


決闘条件は勿論、一対一!デッドオアアライブ!
無粋な第三者の介入などあってはならないのだ。

研ぎ澄まされた感覚により、他の桃色暴動達や探索部メンバーの姿など映らない。
目に入るのはお互い、相手の姿のみ。
よしおは、どこか世界に自分と、この気高き桃色暴動しか存在しないような、そんな奇妙な感覚に囚われていた。


(わかる…!こいつの存在はもっと自分を高みへと誘ってくれる…!)


言葉も通じず、種族も違う。
しかしながら、奇しくも二人の思った事は全く同じ事であった。

誰にも邪魔されない、彼らだけの聖地ホーリーランドがそこにはあったのだ。


桃色暴動のつま先に力が入ったのをよしおの研ぎ澄まされた感覚は感じ取る。


(来る…!)


きっと奴が放ってくるのは、あの愚直なまでに磨き上げられた伝家の宝刀ローキック――!

凄まじい威力だった。
先程のダメージが抜けていない。
機動力を見込めない以上、先手を取ろうとするのは愚策!

ならば、後の先―!
敢えて、ローキックを受ける!
そして、自分の最高の一撃を出すのだ!
肉を切らせて骨を断つ―!
痛みを伴う構造改革―!


「うおぉぉぉぉッ!」


口腔から自然と雄叫びが漏れる。

数瞬の後には、決着がついてしまっているだろう。
このまま戦い続けていたい…。
よしおは、決着がついてしまうことに何処か寂しさを感じていた。








「何やってんだよ」


第三者、ヨシムラ係長によって振り下ろされた剣によって、必殺技発動直前の気高き桃色暴動の首はポーンと飛んでいき、決着はついた。


『な、何をするだァーッ!』


思わず日本語で抗議するよしお。
一対一の神聖な決闘を邪魔されたよしおの怒りは有頂天になった。この怒りはしばらくおさまる事を知らない。


「あぁ?何遊んでんだよ。仕事しろよ」


(あれっ?怖い)


これまで癒しを感じさせていたブルドッグの顔が、一気に般若の様相に変わった。
あまりの変貌振りにライバルを殺されたよしおの怒りは何処かへ飛んで行ってしまった。
上司に逆らえないというのはどこの会社でも同じのようである。






周囲の桃色暴動は既に逃げ出した後の様だった。


(あの桃色暴動の一撃…重かったな…)


未だに痛む左脹脛を擦る。
そして、跳ね飛ばされたあの桃色暴動の頭に目を向けた。

顔はよしおのいる方向と反対を向いているため、その表情を伺う事は出来ないが、さぞや無念な顔をしているのだろう。
好敵手の無残な姿に、やりきれない思いを抱きながらも、やっぱりこの世界は甘くは無い事を再び強く実感したよしお。


「桃色暴動は臆病者よ。討たれた仲間の仇を取ることもなく、こうして一目散に逃げ出してしまうわ」


跳ね飛ばされた桃色暴動の頭に目を向けているよしおにドミニクが声をかける。


「アイツらから見た人間がどうかは分からないけれど、アタシ達から見た桃色暴動という種族は醜いわ。内面も外面もね」


よしおだって、桃色暴動という人間に敵対的な種族に対して、友愛精神など持ち合わせてはいない。
それでも、戦闘が終わり、冷静になった今でもよしおはあの桃色暴動に対してだけは敬意を感じている。
こんなことを思うのは我が儘なのかもしれないが、ドミニクの言葉があの勇敢な好敵手を他の桃色暴動と一緒にしている様で、よしおは少し不快感を感じた。

しかし、それを口に出しては言わない。よしおの性格はそんな熱いタイプではないのだ。


「それでもアタシは彼だけは評価するわ。彼の目を見て分かった。勇気を持つ者特有の美しさが彼にはあった…」


ドミニクのその言葉で、よしおは彼に対する評価を少しだけ改める。
種族としては評価に差別はあるのかもしれないが、少なくとも個人として見た時、彼はその人物を正しく評価するのだろう。
外見的に言えば、ドミニクも十分アレなのだが、もしかしたら少しは信頼できる人間なのかもしれないとよしおは思う。



そして、その予感は正しく、この時のよしおは知る由もないが、このオカマ豚こそが、よしおにとってのただ一人の生涯の師となる人物であり、彼から様々な事を学ぶ事となるのである。

“ブーヘンヴァルトの峰不二子(自称)”ことドミニク・ニーデルマイヤーと“桃色回路ストロベリースクリプト”、よしお。


二人が初めて邂逅した一日はまだ始まったばかりである。







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あとがき

更新の件正直スマンかったです('A`)
忙しかったのと引越しとかあったので暫く執筆に手をつけて無かった。

次はもうちょっと早く更新したいなァ…


第2章の話しの大筋は出来ているのですが、そこまでどうやって進めるかという細かい部分が全く白紙の状態で、超難産でした。


今回の話では思いつきで少年誌でよくあるアレをやりたかった。

ライバルの出現→互いに戦い、傷つけ合い、そして強くなっていく主人公とライバル→第三者(ラスボス)の卑怯な手にかかり、ライバルが死亡→ 穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた、伝説のスーパー野菜人だ!

それを一話で無理矢理ライバル作って、纏めるのは正直無理があったぜ…


ところで、豚野郎は重要人物ですが、当然ヒロインじゃないです。
それと、魔導に関しては深く突っ込まんでください。
この話では魔導は殆ど活躍しないんで適当です('A`)

次回、第一回探索部迷宮探索 後編!




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