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[5794] 水鏡の映すモノ Naruto (憑依or転生)
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 22:57
 ある日
 ある時
 
 僕はこの世界にやってきた。









 ふと目を開けてみれば暗闇が広がっていた。

 ・・・・・・はて?

 何かおかしい。死後の世界にしては感覚がはっきりしすぎてるような・・・いや、行ったことないから知らないけどさ。

 腕を動かしてみると普通に動いたけど、すぐに木の板らしき物体にぶつかった。どうも木箱らしき物の中にいるようだ。

 木の箱・・・・・・うん、まるでどころか思いっきり棺桶だよね・・・・・・

 ・・・・・・あれ?何だか焦げ臭いような・・・それにちょっと暑いし・・・・・・外からパチパチと何か爆ぜる音が・・・・・・

 「って熱っ!熱いって!!」

 思わず叫んだ。決まりだ。完っ壁に棺桶で火葬だ!いやだから熱いんだって冗談じゃなく!

 誰か助けてー、って感じに思いっきり棺桶がたがたさせると外が騒がしくなり、バシャッ、ジュゥゥゥ・・・と火が消え熱さも失せた。・・・・・・っておい!今度は煙――げほっ、ごほっ・・・く、苦し・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そのままあっさり意識を失いましたとさ。・・・・・・なんかむなしい・・・。





 「・・・・・・ぅ」

 目が覚める。覚めて思った第一感想。・・・・・・・どこだここ。

 かぶりを振りつつ起きあがってみれば、縦に長い部屋の中、周りの家具が異常に大きいのに気が付いた。・・・・・・あれ、でも計算上普通の家具と変わりないぞ?周りが大きい訳じゃないとすると・・・相対的というか論理的に考えてでもそんなの科学的におかし――

 とそこまで考えたところで大人の身の丈ほどもある姿見に目がいった。

 ・・・・・・・・・・・・

 十泊。

 「えええええええええええええええええっっっっっっ!!!」

 絶叫激叫大喝叫!・・・意味わかんないって・・・・・・・なんで子供の・・・それも3歳児ぐらいの姿してやがりますかね僕は!!

 どたばたと僕の叫びを聞きつけてか誰かの走る音が聞こえ、がたんっ、と慌ただしく扉が開き、

 「刹那っ!」

 と叫びつつ水色の髪の綺麗な女の人に抱きつかれた・・・もとい、抱きかかえられた。

 「ああ、刹那刹那!よかった・・・・・・!」
 「???」

 突然の事態に僕の思考は付いていけなかった。珍しい。




 このときの僕は気付いてなかった。
 この僕が、何故、上手く思考を巡らせられなかったのか。
 このときは、まだ、気付いてなかった。




 抱きしめられたまましばらく時間が過ぎてようやく女の人が落ち着いた頃、僕はトントンと背中を叩き、髪と同じく水色の瞳を見つめて軽く首を傾げた。

 「・・・だれ?」
 「!!・・・・・・っ」

 その時の女の人の顔は・・・・・・何も分かってない僕の心を軋ませるほどに、辛そうだった。

 ・・・・・・もう、二度と見たくない。
 初めて、そう思うような顔だった。
 



[5794] 01 僕が来た世界
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/05/01 11:24
 その日
 その時
 
 僕は罪を犯した。









 僕が目覚め、水色の女性と邂逅を終えてはや五日。ようやく状況がつかめてきた。

 馬車や人の集団から少し離れた草の上に寝転がりひなたぼっこしつつ、得た情報を整理してみる。

 まず第一に、ここは僕の住んでいた世界ではない。

 およそ7日前、今僕が動かしている体の本当の持ち主、白亜刹那(はくあせつな)は馬車から転落し頭を打って死亡。その後火葬に処そうとしたところ、僕の精神もしくは僕の命そのものが転移、あるいは憑依して生き返った(?)ようだ。

 それだけならまだ良い。世界を越える空間技術など発明されてなかったから、もしかしたらそういうこともあるかもしれない。

 「でもねぇ・・・・・・まさか想像の世界だとは思わなかった」

 ここが何なのか確信したのはつい昨日の話。偶然盗み聞きしてしまった大人達の会話に火の国だの砂の国だの、あげくは忍者がどうこう護衛がどうこうと聞いてしまったからもう大変。

 うわぁい、NARUTOの世界だ~。

 ――何でだよ!

 思わず叫んでしまったものである。変な目で見られたが。

 いや、だってねぇ~。NARUTOだよ?忍者でチャンバラでドカドカズバズバだよ?

 ・・・・・・うん、言いたいことは伝わったと思う。多分。

 とにかく、危険な世界なのだ。力がなければ即瞬刹されてもおかしくないような、そんな世界。

 ・・・・・・ぜっっったい、そんなのやだ!

 せっかくの自由を奪われてたまるか!

 ・・・と意気込むのは良いのだが、はてさてどうしよう。現在僕は予想通り3歳児。いくら健康優良男児(注、1回死亡)とはいえこのままでは普通の大人にすら負ける。どうしたものか・・・

 幸い、と言っても良いかはともかく、白亜家は代々商隊の護衛として生活費を稼いでいた(母親談)。つまり母さんはそこそこ強いはず。父さんはと言えば、2年前に事故に遭い既に鬼籍に入っているという他に頼りようもない事態だったりする。・・・・・・気は進まないけど母さんに頼むしかないのかな~・・・・・・ 

 「・・・・・・刹那?」

 いつの間にか閉じていた目を開けると、今し方考えていたばかりの女性が僕を見下ろしていた。

 結うこともなく背中まで伸ばした水色の髪は風に流れ、

 鍛錬からか引き締まった身体は優雅さをたたえ、

 僕を見つめる水色の瞳には、ただ慈愛だけが揺れている。

 白亜刹那の母親、白亜アゲハ。

 客観的には、僕の・・・母さん。

 とそう思った途端、なんとなく面はゆくなってはにかみつつ起き上がる。

 「お母さん、どうかした?」

 そう言われて、母さんは明らかにほっとしたようだった。

 「いらっしゃい、お昼ご飯出来たわよ」
 「え、もうお昼?」

 どおりでお腹がすくわけだ。

 伸ばされた手を数秒見つめ・・・逡巡の後、暖かなそれを握って――

 心からの笑顔を、母さんに向けた。
 




 僕が目覚めて母さんに抱きしめられた時、記憶喪失であると嘘を吐いた。

 もしも僕が【白亜刹那】でないと知ったら、母さんはまたあんな顔をするだろう。

 ・・・・・・嫌だ。

 断言できる。あれを見るのは、二度とごめんだ。

 記憶喪失――そう知って、母さんは今にも泣きそうな顔だった。

 ・・・・・・僕の、嫌いな顔。

 だけど、母さんはすぐに表情を改めて、

 『生きてるだけでいいの』

 ――そう、言ってくれた。

 【白亜刹那】ではない、この、僕を。

 ・・・・・・初めてだった。

 こんな暖かい言葉をかけられるのは。

 短くも長い15年の人生の中で、

 ・・・・・・初めてだった。

 その時わき上がった感情は二つ。

 胸を締め付けるような、嘘からくる罪悪感と、

 もう一つは・・・・・・分からない、

 暖かくて、全てを依存したくなる。・・・・・・こんな気持ちは、知らない。

 けど、悪い気は、しなかった。

 膝に乗せられて、母さんは記憶補完のためにたくさんの話をしてくれた。

 言葉の端々から、母さんがどれだけ【白亜刹那】を愛していたか・・・容易に、感じられた。





 そして、僕は決めた。

 この人から、二度と【白亜刹那】を失わせないと。

 僕が刹那じゃないと知ったら、この人はまた悲しむ。この人が悲しむのは、見たくない。

 だから、僕が【白亜刹那】になる。

 ナルトや我愛羅も気になるところだけど・・・今がいつなのか分かってないから、後回しだ。

 最優先事項は【白亜刹那】としての自己の確立。全ては、それから。

 母さんに僕の真実を伝えることは・・・多分、一生ないと思う。

 悲しむから、伝えない。

 そう、僕が決めた。

 ・・・・・・これも初めてだな、と内心苦笑する。




 
 まだ1メートル以上差がある母さんを見上げる。

 視線が合い、僕は子供らしく母親に笑顔を向ける。

 それで、母さんが笑ってくれるから。

 何度でも、何度でも。

 僕は、笑った。 
 




[5794] 02 危険な世界
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/14 09:54
 ここは違う
 あそことは違う

 なら、僕はここで何ができるのだろう。









 ガラガラガラガラガラ・・・・・・

 延々と続く轍の音。最初は辟易したけどもう慣れた。

 現在僕等の商隊は一路南へ、茶の国を目指している。どこで何が売れるのかなんて何も知らないけど、旨みがあるからこそわざわざ足を運ぶのだろう。

 商隊は頭の名を取って『カシワ隊』と呼ばれていて、母さんは護衛のために馬で荷車の辺りを警戒している。で、僕はと言えば、

 「ねーねー、セツナくんの番だよ?」
 「あー・・・うん、どれがいいかなぁ・・・・・・?」

 ――頬を引きつらせつつ、幌馬車の中二人ででババ抜きなんかやっていたり・・・

 何でだよ!?・・・・・・ってつっこみたいのは山々なんだけど、移動中は遊ぶ以外他にすることがないのだ。

 しかも目の前できらきらした目で僕を見つめてくるお下げの童女、ナズナという名前なのだが、母さん曰く幼なじみでしょっちゅう遊ぶ仲だったらしい。となれば白亜刹那として無下にはできまい。・・・・・・親同士仲もいいみたいだし。

 カシワ隊には子供が少ない。というより、普通の商隊では子供を連れ歩かないだろう。だって子供だよ?仕事はできないし子供1人分の食料や衣服も必要となるし。その分商品の置き場に回した方が利益は出るはずだ。

 「う~ん・・・よし、これだ!」

 残った二枚の札の一枚を引き、出てきたのはハートのクイーン。ビンゴ!

 「あー!またまけた~~!」
 「あはははは!そう簡単には負けないよ」

 だけど・・・・・・カシワ隊のメンツはどうも皆さんお人好しの感じがする。

 母さんを始め、お頭のカシワさん(御年69歳!)にナズナの両親。全員合わせても20名ちょっとの隊は、その分皆の仲の良い、アットホームな空気に仕上がっていた。

 黄泉返りという異常な現象にも、「生き返っただと!?いいこっちゃねえか!!祝いだ、飲め!」とあっさり流されたり・・・・・・

 良いのだろうか?と僕の方が気後れしてしまったほどである。

 ともあれそんな良い人達ばかりだからこそ、逆に子供を連れ回しているのだろう。

 ――家族として。

 「むぅ~。セツナくん、もっかいやろ!」
 「えぇ!?いまので26回目だよ、まだやるの?」
 「やる!だってぜんぶまけてるもん!」

 ・・・・・・わざと負けようかなぁ~。ていうか、今更ババ抜きをやる羽目になるとは思わなかった。子供の宿命か・・・ああそんな悲しそうな顔向けないで。やってあげる、やってあげるから・・・・・・!

 もうとっくに飽きたけど、渋々トランプを集め手際よくシャッフル。二つの山に分けていく。・・・・・・それにしても、この世界にもトランプがあったのか。スロットや宝くじまであるのだから、別に変でも何でもないけど。荷台を引っ張ってるのも車じゃなくて馬だし。確かエンジンの類は存在してたはず。・・・・・・変なの?





 昼食後、出発した馬車の中で始まったババ抜きは日が沈むまで続き、最終的に157回で終わりを迎えた。根負け・・・もとい疲れたナズナが眠ってしまったのだ。子供というのは妙なところで鋭く、手を抜こうとすると怒られるのである。不思議だ。

 揺れる馬車をものともせずぐっすり眠るナズナに毛布を掛ける。心温まるあどけない寝顔に、僕は穏やかな微笑を浮かべた。

 その時だ。

 「うわっ!」

 急に馬車が減速して尻餅をつき、積み重なった荷物がナズナの上に落ちそうになったので慌てて支える。あ、危な・・・!

 ――一体、何事?

 「おい刹那!」
 「しゃこつさん、何があったんです!?」

 僕が問いかけたのは、まだ若い、御者台に座る青年。長身で筋肉質な身体つきのこの青年は、血の気の多く喧嘩好きの性格の癖して子供好きで面倒見が良いという複雑な精神構造をしている。

 「盗賊だ!危ねえから絶対出てくんじゃねえぞ!!」

 そう言い残し、しゃこつさんは刀片手にどこかへ行ってしまった。――って盗賊!?

 つまり、お母さんも戦う・・・・・・?

 「大変だ・・・・・・!」

 こんなとこでじっとしてる場合じゃない!

 だけど・・・足手まといなのも確かだ。

 子供が戦うというのは明らかに間違いで、荒事は護衛や大人に任せておけばいいというのも理解している。

 けどそれは平和な世界の平和な国での話だ。ここでは幼い子供でも大人顔負けの働きをしたりもする。――いや、しなければならないに状況になったりする。

 ここは、そういう世界なのだから。

 もし万が一――想像するのもいやだが――母さんたちが全滅したら?僕と、ナズナはどうなる?

 ・・・・・・考えるまでもない。

 お母さん達の実力は全然知らないけど、本当に万が一があってからじゃ遅い。

 何か、何かできることは・・・・・・

 きょろきょろと馬車の中――家具で占められた空間を見回し、必死で思考を巡らせる。

 そして、ある一点で目を留めた。・・・いや、何でこんなのあるの!?そりゃラッキーだけどさ。NARUTOの世界にこんなのあったっけ?

 それを手に取り、でもこのままじゃ不完全だと言うことに気付く。

 ・・・えっと、刃物どこ~?





 ――戦場とは、こういう事を言うのだろう。

 風に漂うむっとした血の匂い。叫びと悲鳴。篝火とたいまつ。

 だけどその光景を見て僕の感想はこれだけだった。

 「なんだ・・・・・・あそこの方が酷いじゃないか」

 冷ややかな視線を踊る炎の群れに向け、落胆を込めて呟いた。

 ・・・・・・と、感傷に浸ってる場合じゃなかった。

 ナズナを起こさないよう気をつけながらだったので、発見に時間がかかりすぎた。しゃこつさんが出て行ってから、既に12分37秒が経過している。

 よいしょ、と器用に幌の上に登って全周に目をやり、

 ――観察する。

 観測し推測し思考に思考を重ね求める一点を見いだす。

 動き回る盗賊の群れ、47騎。その配置と行動と聞こえてくる怒声からおおよその方角を割り出し、

 ・・・・・・見つけた。

 西方の片隅で怒声を上げる男に視線を定めた。

 見た限りでは、十中八九あのひげ面がボスだ。

 前世(?)とは身体のスペックが桁違いに良いおかげで、夜目も相当に効いている。ありがたいことだね。

 すっと腰を落とし、右手に持ったくの字型の物体を頭の後ろへ。

 「・・・距離47.25メートル。東南東の風、風速5.8メートル。移動速度修正・・・予測移動地点算出終了」

 淡々と計算結果を口にしてタイミングを計り、僕はブンと腕を振るった。

 そのまま身体を回転。

 1回、2回・・・3回転目、円盤投げの要領で、僕は計算どおり物体――ブーメランを、投げた。

 遠心力で得たエネルギーを完璧に伝え、子供の筋力としてはあり得ない速さで夜空を駆けるブーメランは、見つけたナイフで空気抵抗を受けないよう極限まで無駄なく削ってある。空気を切り裂きながら頭の中で描いた通りの軌跡をなぞり風に乗り、狙い誤たず目標の後頭部へ直撃――落馬。

 ・・・・・・音は聞こえなかったけど、周りの騎馬の動揺具合とまったく起き上がる様子のないことから重傷らしいことが分かった。

 手下の1人が慌てたように撤退の銅鑼を鳴らし、頭目を潰された盗賊達はしっぽを巻いて逃げ帰っていった。

 「――っよし!狙い通り」

 ――頭を潰すのは戦術の基本なり、ってね。

 「あれ・・・なんか、妙に体がだるい・・・・・・」

 とこめかみを抑えつつ僕は幌の上にばったり倒れる。

 ・・・・・・む・・・成長しきってないこの身体じゃ、あの思考の仕方はちょっと・・・疲労が激しすぎ・・・

 まだ、お母さんが生きてるかも確認できてない、の、に・・・・・・

 一日馬車に揺られ続けた疲れも相まって、僕は襲いくる睡魔へ抗うこともできずに、ダメだダメだと思いながら呆気なく意識を失った。




 


 その様子を、離れた所から目撃した人物がいた。

 戦場となった街道の西側で、今まさに頭目へ奇襲をかけようとしていた女性。

 「刹那・・・・・・あなたいったい・・・」

 水色の髪を揺らし、血に濡れた苦無を構えたまま、白亜アゲハは呆然と吐息を漏らした。

 



[5794] 03 意思確認
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:14
 「それは、確かなの?」

 いずことも知れぬ広大なる宮の中、女は目の前に座す存在に問いかけた。

 《間違いねえ。外側は全く同じだが、ありゃもう別の人間だ》

 奇妙なほどに反響する低い声が、それに答えた。

 「・・・・・・・・・・・・」

 沈黙がその場を包み、数分の時が流れる。宮の主には、女が何を考えているのか手に取るように分かった。

 故に、問う。

 《どうする気だ?》
 「・・・・・・別に、これまでと変わらないわ」
 《嘘を吐くな》
 「・・・・・・」
 《俺に嘘が通じんことは、お前が一番理解しているだろうが》

 やれやれと溜息を吐き、宮の主は葛藤に揺れる女へ、言の葉を向ける。

 《少しだけ、中を視たがな・・・・・・あれはお前のことを、真実母親として見ている》
 「!!」
 《だからどうしろとまでは言わんが・・・・・・2人目として、考えてやったらどうだ》
 「2人、目・・・・・・」
 《なかなか面白い奴だと、俺は思うがな》

 言いたいことは言ったのか、気付けば宮の主はどこへともなく消え失せていた。

 それを至極当然のことと受け止めて、女は目をつぶった。

 数秒の後、水色の髪を翻して、女は宮を後にした。

 ――・・・それで良い。水鏡の末裔よ・・・・・・

 誰もいなくなった宮に、吐息のようなささやきが木霊し、消えた。










 目を開く
 世界が見える

 僕は、ここで生きている。









 「はあ~~・・・・・・」

 座布団に座って、刹那は淹れたばかりのお茶をまったり楽しんでいた。

 盗賊の襲撃から3日。『カシワ隊』は1人の欠員も出さず目的地の茶の国へ到着していた。若干の怪我人は出たものの、襲ってきた盗賊の人数からすればとんでもない快挙である。翌日目が覚めた刹那がそのことをカシワさんに言ったところ、

 『ま、アゲハの奴のおかげだな』

 との返事が返ってきた。へぇ凄いんだー、と感心していたら、

 『なんだ坊主、お前自分の母親のことも知らんのか?坊主の母親はな、くの一なんだよ、く・の・い・ち!』

 ・・・・・・あまりの都合の良さから、情けないことに少しの間自失してしまったのは忘れてほしい過去だ。お、おい大丈夫か、とカシワさんに心配されたけど、その時は正直頷くだけで精一杯だった。

 ――だってあり得ないでしょこんな上手い話!偶然転生(?)して偶然NARUTOの世界に来て偶然親が忍者だなんて・・・・・・運が良すぎる。馬鹿馬鹿しいまでに。・・・・・・ラッキーだけど。

 心の中で色々つっこんだことはさておいて、運が良いのならそれを利用しない手はない。チャクラ、忍術、幻術・・・・・・好奇心が刺激されることこの上なし!

 だと、言うのに。

 「お母さんどこ行ったのかなぁ・・・・・・」

 街に入って護衛任務も一時中断したので、早速修行のお願いをしようと思ったのに、

 『お母さんちょっと行くところがあるから、泣かないで待っててね』

 ぎゅ~っと抱きしめながら逆にお願いされて、1も2もなく頷いてしまった自分が恨めしい。・・・・・・言っとくけど、マザコンじゃないからね?

 ズズ~・・・とお茶を一口。茶の国と言うだけあってホントにおいしいね。子供の趣味じゃない?知るか。

 ナズナはナズナで両親と買い物に行き、後の者は商品の取引や生活用品の買い出しに出かけている。一緒に行くかと誘われたけど、お母さんを待つと言ったらあっさり引き下がってくれた。

 親の偉大さを実感した瞬間だった。

 でも、いい加減退屈である。この身体がどの程度の動きに耐えられるかの計算も終わってるし・・・・・・見よう見まねどころかなんとなくでチャクラ練ってみようかな――

 「刹那?」
 「ぶほっ!?」

 何の脈絡もなくいきなり背後に現れた母さんのせいで思わず茶を噴いた。

 「ああっ、刹那大丈夫!?」
 「げほっ、ごほっ・・・・・・お、お母さん、お帰りなさい・・・けほっ。でも、今度から脅かさないで・・・」
 「そ、そんなつもりじゃなかったの!ただ、帰ってきたらちょうど刹那がいて・・・・・・」

 うん・・・つもりじゃなかったのは重々承知してるけど、人間にははずみというものがあるんですよ?うっかりとか。

 汚れた机を拭いて、綺麗に片づき一息吐いた。

 「・・・刹那、大事な話があるの」

 そして、母さんは真剣な表情でそう切り出した。





 ・・・・・・何から話そうかしら。

 座布団敷いて息子と向かい合わせに座り、今更な感じでアゲハは悩んでいた。

 自分と同じ水色の髪は、長くも短くもないストレート。同色の瞳は、以前とは比べ物にならないほどの落ち着きをたたえている。背丈は平均的だがスラッとした手足で、もう何年かすれば女の子の方が放っておかなくなるだろう。

 ・・・・・・いけない、思考がずれた。咳払いして仕切り直す。

 「・・・この間の、盗賊のことだけれど」
 「・・・・・・?」

 首を傾げる刹那の前に、回収しておいたそれを置く。

 「これがいきなり降ってきて、私の目の前で盗賊の首領に直撃したの」

 息子の一挙手一投足に注意を払いながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「これはね、タヅサが・・・刹那のお父さんが趣味で造った物で、まだ完成はしてなかった」 

 そう、完成してなかったはずだ。タヅサが何度投げてもすぐ地面に激突するような代物だったのだから。

 だけど――これはアゲハの目の前で50メートル近い距離を飛び、あまつさえ標的に当たって見せた。

 あり得ないことだった。

 ――未完成なら。

 表情1つ変えない我が子に、告げる。

 「刹那が・・・これを完成させたのね?」

 質問ではなくただの確認として、そう口にする。

 果たして刹那は・・・・・・

 「うん」

 何のためらいもなく、

 「僕が造ったよ」

 肯定した。





 ・・・・・・まさか、ばれてるとは思わなかった。

 内心冷や汗を拭う。

 あのとき見つけたブーメラン、制作者が父さんだったなんて・・・

 しかも、話し方からして投げたのも僕だと分かっているらしい。言い逃れは無理だろう。

 肯定する他に道はなかった。

 「はあ・・・・・・」

 それを聞いた母さんが溜息して額に手を当て、既に3分。

 閉じた目の向こうで何を考えているのか気になることこの上ない。

 「・・・・・・刹那」
 「はい」
 「念のために聞くけど・・・忍びになる気は、ある?」

 ・・・・・・え?

 「刹那は私の息子だけど、一応意見を聞いておきたいの」
 「・・・なれるなら、なりたいです」
 「どうして?」

 真剣な声、真剣な口調・・・・・・何か、試されてる気がする。前世でも似たようなことがあった。

 「・・・・・・3日前みたいに、悪い人達に襲われた時・・・護りたい人を護れるようになりたいから・・・です」
 「それだけ?」

 ・・・プレッシャーを、かけてくる。嘘や偽りは許されない。そんな、声。

 今口にした言葉は真実だ。でも、それだけじゃない。

 忍びになりたい理由、力が欲しい理由は、それだけじゃ・・・ない。

 でも・・・・・・それを口にするのは、ためらわれた。

 多分――【白亜刹那】が、生まれてこの方想像したこともないような理由だから。

 言葉には・・・できない。

 「もう1つ・・・忍びになりたい理由があります。でも、これは口にはできません」
 「・・・何故?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・なら、これだけは教えて。あなたの言えない理由は、正義足り得る物?」 

 言い逃れを許さない問いかけに、僕は静かに、しかし力強く。まっすぐ目を合わせて、断言した。

 「――はい!」

 僕の視線に、何を思ったのだろう。

 母さんは小さく微笑んで、ぽん、と僕の頭に手を乗せた。 

 暖かな手になでられて、心地よく目を細める。

 しっぽがあったらぶんぶん振ってるかもしれない。

 「じゃあ、明日から早速修行よ。今日は早く寝てゆっくり休むこと。いいわね?」
 「はい!」

 その微笑みが悲しそうに見えたのは・・・・・・僕の気のせいなのだろうか・・・・・・






[5794] 04 体力テスト?
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:19

 ここは良い
 あそこより良い

 人の心に、触れられるから。 









 翌朝。

 「・・・・・・ぜっ・・・・・・はっ・・・・・・ぜっ・・・・・・」

 ――まずは基礎体力!・・・・・・そう笑顔でのたまってくれた母さんが監視する中、僕は森の中をひたすら走り続けていた。

 宿場街の北東に広がっているかなり深い森。成長しすぎた感のある大樹の根がグネグネとのたうつ地面は、不規則過ぎて計算しにくく、体力を大きく削る。

 『軽く走ってもらうから』

 と言って送り出してくれた母さんだが、3歳児に1時間ぶっ通しで走らせるなどまず無茶である。なんて非常識。・・・・・・僕だからできたけど、普通無理だよ? 

 ――運動エネルギーの効率的運用もそろそろ限界かな・・・・・・

 前進するエネルギーを腕に伝え根を乗り越え、飛び降りる際の落下エネルギーを損なうことなく再び前進のエネルギーに変える。・・・・・・前なら完璧にできてたけど、この身体だとまだ少し誤差が出るね。

 肉体的には前世と比べて遥かに出来がいいのだけれど、指の末端まで把握するには足りてない。よって少しずつだが疲労は蓄積し、後5分も走れば倒れるところまで来ていた。

 というか、いつになったら終わるのだろう?チラリと樹上に見える水色の髪へ視線を向ける。・・・・・・別に倒れるまで走ってもいいけど、まさかそれだけで終わりとか?

 そして5分が経ち、いい加減疲れに疲れて思考も極端に鈍くなり半ば夢心地で足を前に出していると、ズルリとこけで足裏を滑らせた。

 一瞬の浮遊感。だが、あーまずいかもー、なんて余計な思考が入るぐらい限界だった。

 身体は認識に反してまるで動いてくれず、ただただ近づいてくる地面を見つめていた。

 ――トサッ。

 けれど、ギリギリでどこからともなくやってきた母さんが抱き留めてくれて、凄く嬉しくなった。

 ――が、意識を失う直前に見た母さんの浮かべる満面の笑顔から、倒れるまで走らせるつもりだったことにようやく気づき、見抜けなかった自分に刹那はがっくりと肩を落としたのだった。

 ・・・・・・お母さん、地味に酷いよ?





 ・・・・・・信じられないわね。

 母の腕に身を預け、多少息は荒いものの一定した呼吸で眠る息子の姿に、アゲハはひっそりと息を呑んでいた。

 忍びの血を継ぐとはいえ、まさかこの歳でこれ程の距離を走破できる体力があるとは驚きだ。・・・それも平坦な道ではなく、凶悪とさえ言える悪路を。

 白亜の伝統で忍びになると決めた者は例外なくこの試験を受ける。単純に走り方から才能を見極めようとするものだが、無論これだけで全ての才を押し測れる訳ではないため一応の目安として行われている。

 ――結果、刹那には才能があると言える。それも尋常でないレベルの。

 あの手足の動かし方からして、その異常さは窺い知れる。

 無駄の一切ない動き・・・・・・それだけなら、勘が良いで済む。それなりに才能があるなら、訓練次第でできる者は多いだろう。

 だが、アレは違う。

 無駄がないとか、そういう次元ではない。

 この子は識っているのだ。力の向きを、流れを。消費する体力を極限まで減らす術を。

 ――力の、使い方を。

 ゾクリ、とアゲハの背に震えが走った。これは恐怖か。それとも・・・・・・・・・・・・歓喜か。

 「・・・・・・決まってるじゃないの。ねえ、【眩魔】?」

 ――知ったことか・・・

 どこからか響いた声に、アゲハは愉しげに微笑んだ。





 はたと目を覚ませば暮れなずむ夕日が美しかった―――じゃなくて。

 ・・・・・・何だっけ?

 布団から身を起こそうとしたが、上手くいかなかった。・・・疲労で。

 ああそう言えば、走りすぎて倒れたなー、と明らかに本調子でない思考を巡らせながら、首を回して周囲を見、縁側で緑茶をすする母さんを発見した。

 水色の輝きは、橙赤の世界に在りながらもはっきりと己を誇示し、染まることを決して良しとしない。

 同じ髪を、自分も持っている――それが何故だか誇らしく感じて、刹那は戸惑った。

 「・・・・・・起きたのね、刹那」

 背を向けたままの母さんが、どんな顔をしているのか分からない。だからこそ淡々とした声は、少しだけ怖かった。

 ・・・その『怖い』という感情自体に、また、戸惑う。

 「今日走ってもらったのは、あなたの才能を見るための試験だったの」
 「・・・試験?」

 え?うそ。

 今更焦るという普段なら有り得ない動揺を見せる刹那に、アゲハは視線を向けることなく続ける。

 「試験結果を発表します」
 「!?」

 ちょ、ちょっと待って!まだ心の準備が――

 「合格です」
 「・・・・・・・・・・・・え?」
 「見たところ、成績は非常に優秀と言えるものでした。今後の成長に期待しています」

 がんばってね、と言って茶をすすり・・・それで終わりなのか、母さんはそれ以上何も言わなかった。

 「・・・・・・」

 どのあたりが優秀だったのか、刹那当人にしてみればトンと心当たりがなく首を傾げるも、じわじわと合格したことへの実感が染み込んできて、

 ――笑った。

 笑おうとして笑うのではなく。本当に、自然と。

 ・・・・・・ああ。

 15年――決して短くはない人生の中で、刹那はようやく知ることができた。

 ・・・・・・これが、『喜び』・・・嬉しいという、感情・・・・・・

 気配を察した母さんが振り返ろうとしたので、刹那はとっさに布団へもぐりこんだ。

 何故そうしたのかはよく分かっていない。

 だがこれまでに得た経験から言うのであれば、

 ・・・・・・泣いてるとこ見られたくない・・・かな?

 感情というのは複雑だなと、しみじみ思う刹那であった。





 ・・・・・・結局泣いてるのがばれて、怪我でもしたのかと心配し過ぎた母さんが刹那の説得も聞かず医師と薬師を手配しようと半ば暴走したのは、まあ余談だ。

 折りよくやってきたナズナの両親がいなければ、どうなっていたことやら。
 




[5794] 05 血脈の過去
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:29
 嬉しさを識った
 楽しさを識った

 ここでの僕は、『人』だから。
 








 「さて、今日から血継限界の授業を始めます。しっか付いてきなさい」
 「・・・・・・はい?」

 朝食の焼き魚を口にくわえ、僕こと白亜刹那は寝耳に水の話に珍しく硬直した。





 本格的に始まった修行で何が大変だったかと言えば、チャクラの生成に尽きる。

 体力と精神力を混ぜ合わせた万能のエネルギー。

 ・・・・・・僕の中ではそういう風に定義されていたのだけれど、精神力とはなんだろうというところで躓いた。

 一週間悩み続けて、結局深く考えずに感覚でやったら上手くいったのだから理論を重んじる僕としては情けない限りだったりするが、まあいい。

 とはいえ1度できたら後は簡単だった。僕はもともと『把握』することとそれを実際に『操作』することが大の得意だったから、チャクラを把握して1月後には微細なコントロールも可能となった。これによりエネルギーの効率化をしなかったとしても、幼児期の肉体では異常な身体能力を手に入れた。・・・・・・大人並みの力出すと、チャクラすっごい喰うけど。母さん曰く、チャクラの総量は平均よりそこそこ高いぐらいだから、身体が成長するまで接近戦は避けた方が無難だ。

 ゴールなき地獄マラソンから早一年。

 母さんが前振りなく血継限界の修行を始めると宣言した。





 「・・・・・・ていうか、白亜って血継限界だったの!?」
 「そうよ。まず基礎を確立させたかったから黙ってたの」

 ごめんね、と悪びれず舌など出す仕草は、間違っても4歳の息子に向けるものではないと思う。

 だが実際の問題として、そういった所作をさせる原因が僕にあるというのが頭痛の種だったり。





 およそ10ヶ月前。

 『カシワさん、何やってるの?』
 『お?刹那の坊主か。これはな、今回の行商から出た収支計算じゃ』
 『ふ~ん・・・算盤は使わないけど、使い方は知ってるよ?』
 『わっはっは!それじゃその内うちの会計を任すことになるかも知れんな。坊主にはまだ難しいだろう』
 『そんなことないよ。それより、その計算間違ってるよ?』
 『・・・・・・何じゃと?』
 『収入のとこの上から7番目、桁が1つずれてるから、本当は黒字なのに赤字の計算になってる』
 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・むぉ!?本当じゃ!』
 『ね?』
 『ふむ・・・・・・どうやって気づいたんじゃ?』
 『え?普通に足し算と引き算しただけだよ』
 『・・・暗算でか?』
 『だって、算盤使うより頭の中で計算した方が速いし』
 『・・・・・・ぷっ・・・くくく・・・おいお前ら、ちょっと来てみろ!』





 ・・・・・・てな感じで僕の頭の良さと精神的な成熟度がばれて、母さんは母親というより友人みたいな態度を見せるようになった。そのことは別に悪いことではなく、むしろ堅苦しさが消えて親子の中をさらに深めることができたと思う。カシワさんも計算の最後には必ず僕に確認するようになって、隊の中では会計補佐みたいな立場を任されていた。

 そのようなことがあって前より砕けた態度で接しているが、母としての愛情はかけらも薄れてないので僕個人として文句はない。・・・・・・ないのだが、ないのではあるが、

 ・・・・・・もう少し、ましな行動してもらえないかなぁ・・・なんて。

 お茶目というかなんというか、母さんこと白亜アゲハは、残念なことに息子の驚く顔を見るのが大好きという奇矯な趣味に目覚めていた。

 ・・・・・・ように、思える。いや、それしかない。

 手裏剣をよける訓練で煙玉を使ったり、

 気配を消す訓練で吸血蝙蝠の巣に放り込んだり、

 はい、と渡された苦無に着火した起爆札がくっついていたり・・・・・・

 もう殺す1歩手前何じゃないかと思うことがしばしば(しょっちゅう)。

 ・・・・・・驚く顔じゃなくて、慌てる顔かなぁ?(汗)

 僕だから全部乗り越えられたけど、普通の子供は風切り音から手裏剣の位置を特定したりできないよ?

 そして今日も今日とて――幾分ましだが――いきなり血継限界であることを告げられたりともうやりたい放題な気が。

 ・・・・・・やられる方としてはたまったもんじゃない。

 「・・・で、基礎が合格点に達したから血継限界の修行に移る、と」
 「そういうことね」
 「【白亜】の血継限界はどういう力なの?」
 「百聞は一見に如かず。修行の時まで待ちなさい」

 わざわざ話して期待させておきながら説明はしない。

 理不尽だ。





 商隊の手伝いが終わり、やっと始まる修行の時間。時刻は昼過ぎ2時ぐらい。

 カシワ商隊は現在岩の国を通過中なので、修行場所は必然的に近くの岩山となる。平地や街中では一般人に見られる可能性が高いからだ。

 ――よく見ておきなさい。

 巨岩が並ぶ周囲から隠された空間で膝を突き合わせ、母さんはそう言って、見えない何かを上下から挟むように胸の前で両手を構えた。

 瞬時に練り合わされたチャクラが両手の狭間で収束し、薄く引き延ばされ、紛う事なき真円と化し、眼前の僕の顔を映し出す。

 まるででもなんでもなく――それは鏡だった。

 「これが【白亜】の血継限界、【水鏡】よ」
 「・・・・・・何に使えるんですか?」
 「それを話す前に言うことが1つ。この【水鏡】を見た人間は、黙秘できる者を除き確実に殺しなさい」
 「っ・・・・・・!?」
 「それが、貴方のため」

 水色の瞳は、いつになく本気の色が強かった。

 「・・・・・・理由を、聞かせてください」

 修行の時だけ用いる敬語で、険しい瞳を自らの師に向ける。

 「・・・・・・白亜という姓は、偽名なの」
 「・・・・・・え?」
 「約100年前、私達白亜は多くの忍びに狙われていた。遺伝子的に子をなし難い身体の私達は数が少なくて、数の暴力を前に全員が生き残るのは不可能だった」

 いきなり始まった昔話に、僕は耳を傾けた。

 「私達の血継限界【水鏡】は、あらゆる事象と存在を映す至高の鏡。・・・詳しくはまた今度話すけど、とにかく狙われていた私達は、ある賭けを実行に移した」

 ――一族の中で最も優秀な男女2名を残した、捨て身の戦法。

 彼らが扱える中で最大の破壊力を持つ術を使っての、自爆戦術。

 目論見は成功し、当時彼らを狙っていた忍びの集団は尽く壊滅。一族のほぼ全てを犠牲にし、二人は生き残った。

 「・・・・・・今まで私達のことが世に知られたことはない。けれど、知られた瞬間から狙われ続けるのは目に見えている。私は・・・私の息子にそんな道を歩ませたくはないの」

 話はそれで終わり。そう言った母さんは、どこか後悔しているようにも見えた。まだ話すのが早すぎたと感じているのかもしれない。

 けれど・・・僕にとっては・・・・・・・・・・・・大したことじゃ、ない。

 「そんなの、簡単な解決法があるよ?」
 「・・・・・・?」
 「僕が、他の誰よりも強くなれば良いだけ」
 「っ!!」

 驚いた顔の母さんは、考えてみれば見たことがないので貴重だったかもしれない。

 「強い忍びに手を出すのは、同じくらいか、それ以上に強い忍びだけ。だったら、誰よりも強くなれば良い」

 それは、1つの極論。

 しかしそれ故に――間違いではない。

 「忍びとして目指すものが1つ増えるだけですし」
 「だからって、最強になれるとは限らないのよ?」

 慌てたような母さんの顔。・・・・・・ああ、確かに。人の驚き慌てふためく表情は、かなり面白いかも。

 「はい。現状では不可能なんです。だから、」

 ――早く血継限界の使い方教えてください。

 そして浮かべるのは、この世界に来て識った本当の笑顔。

 それを前にした母さんは―――

 本当に、何故か。

 悲しくもないはずなのに。

 今にも、泣き出しそうだった。
 



[5794] 06 砂の少年
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:53
 介入
 改変

 自ら動くからこそ、愉しい。









 僕がこの世界に来て、4年の月日が経っていた。

 7歳。日本で言えば小2か。教育機関なるものに通ったことがない僕としてはイマイチ想像しづらいが、まだまだ子供っぽい年代のはず。

 この4年でだいぶ背が伸びたけど、ナズナに負けてるのは何故だろう。女性の方が成長が速いと分かってはいるが、この胸の奥に悶々とわだかまる心情は――悔しい、だろうか?

 ・・・・・・まだ実感は湧かないので答えは保留しよう。

 「!」

 突然の突風に目をつぶり、砂の侵入を防ぐ。ある意味我慢強い性格だと僕なりに思ってるけど、さすがにこの気候は辟易する。砂や日光から身を守るため、長袖長ズボンは必需品だ。

 ガラガラと歯車鳴らす二台を牽くのはラクダ。見渡す限り砂漠の世界において、馬では心もとないと心底から思った。

 「・・・・・・あ」
 「どうした、刹那」
 「しゃこつさん、砂の里が見えましたよ」
 「は?何キロ先だと思ってんだ。見えるわけないだろ」
 「いやでも、見えてますし。ちょうどここが里より標高が高い砂丘だからでしょうけど、10キロぐらい先にポツンと見えてます」
 「・・・・・・あのな、俺はお前やアゲハみてーに忍びの身体じゃないの。んな10キロ先のもんがこの天気で見えるかっての!」
 「・・・・・・」

 実際その通りなのに今更気付く。熱気に炙られ揺らめく陽炎。舞い上がる砂塵。いくら晴れていたって限度のある直射日光。・・・・・・見辛くて当然か。

 というか、まさか木の葉より先に砂の国に来ることになるとは思わなかった。

 各国津々浦々、行かぬとこなどないようなカシワ商隊だけど、この4年で行ってないのは隠れ里を除けば水の国ぐらい。あそこは血継限界が迫害される所なので、カシワさんがわざわざルートから外してくれているのだ。

 隠れ里も、砂と木の葉、そして湯隠れの里以外ではほとんど寄り付くこともないとか。

 砂の里と聞いて、真っ先に思いつくのは我愛羅だ。この世界の年号などマンガに出ることはなかったので、今がいつの頃か見当も付かない。

 けれど、もし会えたならば始めよう。

 ――歴史の、改変を。





 「・・・・・・見つからない」

 適当な日陰で身を休め、僕は大きく嘆息した。

 入国審査を受けて里に入り早4日。カシワ商隊の行商は成功し、物価の関係から大もうけをしたと昨夜は宴会を開いていた。適当なところで退席し、警戒のため僕と母さんだけはいつも通り床に入ったけど、他の人は朝まで騒いでいたらしい。

 町の人から話を聞いたところ、風影は現在4代目。子供は3人いるけど木の葉と何かあったとかは聞かないので、NARUTOの憑依転生ものとしては妥当な期間と言える。

 滞在期間はもう一週間ほどあるが、今後の交流のためにも今日辺りには接触したいところだ。

 「・・・ほんっと、どこにいるのかな・・・・・・」

 昼の時間をほとんど費やして探しているのにろくな情報が得られないのは何故だろうか。やはり人柱力の捜索は簡単なことではないのか。

 結局その日も諦めて、夕暮れ時に僕は宿へと帰還した。
 




 「ただいま」
 「おかえり、刹那。今日は早かったのね」

 割り当てられた宿部屋で、母さんはすりこぎ片手にゴリゴリやってた。

 「・・・・・・ああ、酔い止め?」
 「うーうーあーあーうるさいのよ。いい加減自分の限界を知って欲しいわね」

 耳を澄ませば広間の方からそれらしき声が聞こえてくる。

 「・・・・・・懲りない人たちだね」

 宴会の度にこうなっているのだから他に言いようがない。

 別の薬草を鉢に放りながら、母さんはチラリと忍びの目を向けてきた。

 「そう言えば刹那、ここに来てから毎日出歩いてるけど、何してるの?」
 「――ちょっと気になることがあって。・・・・・・大丈夫、下手は打たないよ」

 暗に忍者との接触は避けろと言われたのだけれど、僕の返答は接触を前提とした上で血継限界を知られないよ

うにするというものだった。

 「・・・・・・あのね、確かにあなたは他の同年代の子と比べたら抜きん出てるけど、上忍からすれば赤子も同然な

のよ?」
 「心配ないよ。警告はされるかもしれないけど、何かされるって事はないはずだから」
 「警告される時点で危ないじゃない・・・」

 諦念を吐息として漏らし、母さんは止めていた手を再開した。

 「全くこの子は・・・・・・昼間っから外に出て何してるかと思えば・・・・・・」

 ・・・・・・あれ?

 独り言だったろう言葉に、齟齬を感じた。

 「昼に出歩いちゃ行けないの?」
 「灼熱地獄の中歩き回る子供はそういないわね」
 「・・・・・・・・・・・・あ、それでか」
 「どうかした?」
 「もっかい出てくる」
 「そう。余り遅くならないようにね」
 「はーい」





 沈む夕日を背景に里を歩き、自分の馬鹿さ加減に心底溜息した。

 考えてみればそうだよね・・・・・・気温の下がった夕方から夜にかけてが一番過ごしやすいのは当然だよね・・・・・・

 つまり、子供である我愛羅もこの時間帯に出歩く可能性が一番高いと言うことだ。わざわざ直射日光の一番厳しい昼に遊ぶ必要はないのだから。 

 知識として知ってはいても実際の体験として活かし切れてない。自分の常識知らずを今一度実感した瞬間だった。

 ・・・・・・あそこは完璧に環境が機械で制御されてたから、逆にこういう日常豆知識には気付かないことが多いね

・・・『人間』を育てる場所じゃなかったからそれも当然かな。

 子供の寄り付きそうな公園や大通りは捜索対象から外す。むしろ人気の少ない裏路地等を中心に里を歩き回る。

 「・・・・・・!」

 不意に、悪寒。

 隠す気がさらさら無い純然たる殺気と――真紅に色付く生暖かい液体が降ってきた。

 そして更なる落下音。グシャッ、と生肉が叩きつけられる音がして、かつて人間だった(と思われる)物体が裏路地に散らばった。

 「最悪・・・・・・戦闘中だよ」

 反射的に身を隠した頭上では、金属音、静かなる裂帛。そして禍々しいチャクラで溢れていた。

 ・・・・・・そういえば暗殺者に狙われてるって漫画で言ってたっけ。

 さておきぼうっとしてても埒が開かない。

 気は進まないながらも、僕は音なく地を蹴った。





 多勢に無勢とはこのことである。

 我愛羅と暗殺者達の戦闘を離れた建物の頂上で観戦しながら、僕は呑気に評を下した。

 見た感じ我愛羅の年齢は僕と同じくらい。『愛』の文字が刻まれていることからして、夜叉丸イベントは終わった後か。

 というか、我愛羅のあのチャクラ量はふざけてるとしか思えない。他の暗殺連中と比較しても隔絶している。

 「やっぱ主役は違うなー」

 それだけに、ここで手を出さずとも死ぬようなことにはならないはずだ。・・・・・・多分。

 「・・・・・・ん?」

 眺めるように観戦している内に、奇妙な点に気が付いた。

 ・・・・・・この配置と動き方・・・連携・・・回避方向・・・・・・

 一連の事象から推測されることはただ1つ。

 「・・・誘い込まれてる?」

 つまりは罠か。だが生半可な罠では我愛羅の盾は破れない。

 「当然そんなことは百も承知だろうから・・・・・・あー・・・ちょっとマズいかも」

 杞憂に終わるに越したことはないが、備えあれば憂いなし。

 気配を殺し、チャクラを練りながら移動を始め、懐の忍具に手を伸ばした。





 「・・・・・・」

 ――数が多い。

 一匹目を砂瀑送葬で片づけた我愛羅は、傍目には分からないほど微かに表情をしかめた。今も砂は自動で苦無や手裏剣を防ぎ未だ一太刀も喰らってないとは言え、いつになく敵が多いのは事実だ。

 しかし、

 「雑魚が何匹いようと無駄だ」

 グシャッと肉の潰れる音が響き、また1人この世から失せる。数をそろえたせいか、やはり質は低い。

 奴らにとって持久戦は下策だろう。下手をすれば守鶴が出てくる。

 ――ならば、こちらは持久戦を選ぶまでだ。

 時間とともに、奴らの焦りを大きくしてやろう・・・・・・

 屋根から屋根へ跳び移り、そう結論した直後。

 「!!」

 堅いはずの石造りの屋根が、着地した瞬間に消え失せた。――幻術?いつの間に!

 「ちぃっ!」

 舌打ち。崩れた体制を立て直しつつ部屋の内部を見、瞠目する。

 壁、床、天井。全てが千にも及ぶ起爆札で埋め尽くされた、いわば爆殺の処刑場。

 ――マズい・・・・・・!

 砂の盾は間に合ったとしても、これだけの起爆札の前には紙ほどに頼りない。――数をそろえたのは、最初か

らここへ追い込むためか!

 起爆札から一斉に白煙が上がり、対抗手段もなくまさに爆発する――その、寸前。

 突如我愛羅の目と鼻の先を何かが通り抜け、甲高い破砕音が耳に届き、

 ――爆裂と閃光が、弾けた。

 ・・・・・・何が起きた。

 覚悟した爆発は一向に訪れず、しかし爆音だけは響きただガラガラと石壁の崩れる音がする。

 真球を形作った砂の盾の一部を解くと、信じられない光景が飛び込んできた。

 完全に崩壊し屋外と化した部屋。これはまだいい。あれだけの起爆札を使えば当然の結果だ。

 だが、その爆心点の中心にいる自分が、全くの無傷なのは何故だ。

 とそこで、自分を覆うように取り巻く破片に気付いた。チャクラの糸で繋ぎ合わされ1つの網か膜のように展開するそれら。一目見てこれが原因だと分かる。・・・が、このような術は聞いたこともなかった。

 「やれやれ・・・危ないところだった」

 声に頭上を仰げば、片手で奇妙な印を結び壁に直立する同年代らしき少年の姿。・・・・・・こいつの仕業か?

 「・・・・・・何のつもりだ」
 「助けてあげたのに礼の1つもなし?別に良いけど・・・」

 よっ、とそいつは飛び降りると、まるで警戒もせずに歩み寄ってきた。途中刺客どもに牽制の手裏剣を投げることも忘れない。

 「・・・・・・何だ、お前は」

 我愛羅に、人柱力である自分に、何の気負いもなく近づく人間に、戸惑い、訊く。

 「僕?僕はね、白亜刹那」

 君は?――と、純粋で、後ろめたいものが欠片もない笑顔を浮かべて、今度はそいつが、訊いた。・・・・・・俺を知らない?

 「・・・・・・我愛羅だ」

 その時、自分が何を思ったのか。

 後になっていくら思い返してみても、明確な形にすることはできなかった。

 ただ、何かが変わったということだけは、たとえようもないほどに、確信していた――






[5794] 07 砂との共闘
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/13 11:13
 化物
 怪物

 創った奴らが、何を言う。









 訳が分からなかった。

 化け物を上手く誘い込み殺ったかと思った瞬間、何故か本来の2倍近い爆発が起き、その上でアレは無傷で現れた。いくら砂の盾が堅牢でも無傷はあり得ない。家屋1つが丸ごと吹き飛んでいる。それほどの爆発だった。

 それに、あの水色の子供だ。いきなり湧いて出たかと思えば化け物へ好意的に話しかけている。しかも口振りからすればあの子供が化け物を助けたらしい。馬鹿が、ソレがどんな奴かも知らないで・・・・・・!

 「・・・・・・そこの子供」

 振り返った水色の子供は、場違いなほどに笑顔だった。・・・・・・知らないのだろう、化け物の存在を。知らないのだろう、そいつがどれほど恐ろしい奴かを。

 ならば、教えてやろう。

 「知らないだろうから教えてやる。お前がかばったソレの中には、化け物がいる」
 「へー」
 「ソレも完全にコントロールできてるわけではない」
 「ふむふむ」
 「近くにいれば、何かの拍子で殺されるぞ」
 「ほー」
 「・・・・・・」

 余りにふざけた返事に、少しだけ殺意を覚える。

 「・・・・・・冗談でも、脅しでもないぞ?」
 「だから?」

 その言葉に、俺達だけでなく化け物の方も、一瞬呆気にとられていた。・・・・・・こいつは、何を・・・?

 「仮に我愛羅の中に化け物がいたとして、それが何?殺される?大いに結構。我愛羅が落ち着くまで僕は隠れてるから。これでも遁走術には自信があるんだ。それに、我愛羅が化け物だって?馬鹿馬鹿しい。中に何がいようと外側の人格を否定することには繋がらない。ねえ、聞くけど、誰か1人でも、まともに我愛羅と接しようとした人間はいるの?ほら、答えなよ」

 ・・・・・・何だ、こいつは・・・何を言っている・・・・・・

 「1人もいないの?あなた達馬鹿?幼少期の人間には人との触れ合いが人格形成に一番重要なんだよ?それが、何?誰も触れ合わなかったわけ?我愛羅、よく生きてたね」

 怒濤のような言葉の乱射で半ば放心していた我愛羅はいきなり話を振られてはたと我に返り、動揺を隠すためにも口を開く。

 「・・・・・・・・・・・・昔、1人だけ俺に接する人間がいた。俺の世話役・・・夜叉丸だ」
 「あ、いたんだ、1人だけでも」
 「その夜叉丸も、最後には俺の命を狙う刺客として襲ってきた」
 「・・・・・・う~ん。なんか、どうしようもない話だね」
 「昔のことだ」
 「そう。ならいいけどね」

 ・・・・・・この子供は、何なのだ?というか結局、何が言いたかったんだ・・・・・・?

 今回の任務で隊長を任された男は、多少以上に頭を混乱させつつ首をひねっていた。 





 ・・・・・・参ったなぁ。

 周囲はとっくに夜の帳が降りている。街灯の明かりも遠いからかなり暗い。

 取り敢えず言いたいことだけ言って、周りで困惑というか半ば惑乱しているだろう暗殺連中を視認しながら、僕は内心吐息を漏らす。

 正直戦闘になる予定ではなかった。適当に歩いている我愛羅を見つけていかに信用を引き出すかが当初の課題であり、現状では半ば以上それがクリアされているとはいえ、戦うとなればデメリットの方が大きいかもしれない。

 しかも、既に血継限界を使っている。

 「・・・・・・考えるのは後で良いか」

 面倒が勝って思考放棄した僕の呟きを我愛羅が聞きつけた。

 「何がだ?」
 「こっちの話。それよりさ、こいつら殺して問題とかある?」
 「ないな」
 「じゃ、共同戦線。前衛行くから、バックアップお願い」
 「・・・いいだろう」

 ふむ。予想以上に信頼を得たらしい。やはり窮地を救ったのは高ポイントか。

 あの爆発から我愛羅が無傷で現れたことによる動揺から、連中は立ち直りつつある。今を逃せば、好機はない。

 ・・・・・・では、白亜刹那での初実戦。

 「――行くよ!」

 口の端を歪めながら手近な奴らに手裏剣を投げ、腰に仕込んであった脇差を抜き、話しまくってる最中にこっそり練り上げてたチャクラをもって地を蹴った。





 我愛羅の人間不信は濃い。

 生を受けて絶える事のない里人からの拒絶、そして唯一信じていた夜叉丸の裏切り。我愛羅にとって人間とは憎しみの対象であり己が生存意義を奪う敵でしかなかった。

 よって自分を助けた相手とはいえ、初対面に等しい人間に共同戦線を持ちかけられた時、即答してしまった自分に驚いた。一瞬間が空いたのは、人からお願いされるという世界が引っくり返っても有り得ない(と思っていた)事態に思考が凍りついたせいである。

 固まった思考でありながら瞬時に了承した。――それは紛れもなく反射による応答であり、即ち刹那を信頼しているという証であった。

 故に戸惑う。自分は一体何を指標として刹那を信頼するに至ったのか。

 助けられたから?否。その程度で心を開くはずもない。思い出せ。自分の心が変わったのは――

 ・・・・・・目か?

 気付き、理解する。あの水色の双眸は、自分を見ていた。人柱力ではなく、我愛羅という名の、『個人』を。

 「・・・・・・」

 チャクラを練り、意識を外へ向けながらも、我愛羅は自らの思考に意識を傾ける。その横で、刹那は脇差を逆手に抜き放ち――消えた。

 「!?」

 我愛羅の視界から外れた一瞬後には、10数メートル離れた石壁に着地していた。

 同時、ほぼ一直線上に立っていた、恐らく中忍クラスの忍び4名が、頚動脈から血を吹き倒れる。

 砂はかろうじて反応できても、自分では捉えきれない――

 我愛羅をして戦慄せしめるほどの、早業だった。

 僅かに放心していた我愛羅は自身の役割を思い出し、回り込ませてあった砂に命じて、3名の忍びの頭部を包ませた。

 ――砂瀑柩!!

 拳を握り、砂の圧力に負けた人体は容易く砕け命を散らす。

 ・・・・・・4と、3・・・・・・

 ギロリと残りの刺客を睨みつける。

 なんとなく対抗心が刺激された我愛羅であった。





 タンッ、っと足音立てて壁に直立し、脇差を振って血を払う。・・・・・・うん、やっぱりこれは初撃にもってこいだね。

 刹那が何をしたかと言えば、単に足元でチャクラを集めた足で走っただけ。原作で綱手が馬鹿力をを発揮していたが、それを速度に変換したものと言える。しかしこの走法、意外にチャクラを喰うので今のところ連発は不可。・・・・・・チャクラ総量が多いとは言えない僕なので、現状では溜めが必要なのです。便利なのに・・・

 ん・・・・・・我愛羅も3人倒して後6人。けどねぇ・・・・・・あの人思いっきり上忍だよね。他は中忍みたいだけど。

 『上忍にとっては赤子・・・』とか母さんは言っていたけど、果たしてどうなるやら。

 「っと!」

 飛んできた苦無を脇差で弾き、そのままの体勢で足に流すチャクラを止める。自由落下。苦無と同時に放たれていた風刃は背後の壁だけを多きく削った。

 ・・・・・・風遁か。やっぱり風影に命じられた砂の忍びかな?

 「ま、関係ないけどね・・・!」

 地面に着地。脇差を上に放り投げ、両手で適当に印を組む。術が来ると警戒した刺客達の意に反し何も起こることはなく、続いて苦無を投擲。

 術に失敗したと思ったのだろう。嘲笑の気配を感じる。額を狙った苦無を最小限の動きでかわした4人の刺客は、接近戦に持ち込もうと足を踏み出し、瞬間反転した苦無に後頭部を穿たれ血の海に沈んだ。

 ――水鏡・森羅転進の法

 「くすくす・・・・・・油断大敵だよ?」

 彼らが見た最後の光景。それは、悪戯を成功させた子供の、無垢故に恐怖を誘う純粋なる笑顔だった。
 
 
 


 ・・・・・・不可解な技だ。

 チャクラを練り上げ砂に送りつつ、我愛羅は思う。

 投擲した苦無が慣性を無視して突如鋭角的に軌道を変えるなど、糸では不可能。何らかの術と考えた方が良い。・・・見当も付かないが。

 一息に11人が倒され、3個小隊いた刺客も残りは2名。・・・・・・8:3。残りを仕留め、最初の2匹を足しても8:7・・・・・・

 「・・・・・・」

 ――砂時雨!!

 己の苛立ちを即座にぶつけ、ぶつけられた方はたまったものではなく、高速で射出された砂の弾丸に打たれた片方の忍びは砂瀑送葬へ繋げられ、あえなく冥界へ住まうこととなった。

 「――ちっ!」

 不利を悟った最後の忍びは煙玉を投げ逃走に転じた。

 気配でそれを悟った我愛羅は自分の機動力では追いつけないと冷静に判断し、7どころか6になってしまった腹いせに潰れた肉塊をさらに押し潰すのであった。

 哀れ、名もなき忍び。







[5794] 08 砂との対話【前】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:50
 世界は変わる
 僕が変える

 変革は僕の代名詞なのだから。 









 ・・・・・・くそっ、何なんだあのガキは!

 この任務で唯一の上忍であった男は、数分も経たず唯一の生存者となっていた。身を隠しつつ、男は報告のため風影邸向け手走り続ける。

 元より最初の罠を破られた時点で任務は失敗だった。自分たちに砂の盾を破るほどの攻撃力はない。故に目撃者でもあり、アレに手を貸したガキだけでも葬ろうとしたのだが・・・・・・実力を見誤っていた。

 ――いや、違う。実力ではなく、能力を見誤っていたか。

 だが、あのような術は見たことも聞いたこともない。起爆札千枚の爆発を容易く耐え、投じた苦無の軌道を変える・・・

 ・・・・・・待て。爆発は耐えられたのか?想定したよりも倍近い爆発受けて・・・・・・倍近い!?

 最早お伽話に等しい伝承を思い出した男は、戦慄して口を開く。

 「まさかあのガキは、水鏡の――」
 「残念、気付いちゃったのね」
 「っ!?」

 突如として現れた声と気配に、男はギョッとして振り返る。

 「どちらにしても、始末するのは変わりないけれど」

 闇に紛れることもなく。

 堂々と己の姿をさらす、長い水色の髪、水色の瞳の――女。

 「その容姿・・・あのガキの母親か!?」
 「フフフ・・・貴方に恨みはないのだけれど、私達のことを知ったからには生かしておけないのよ。様子を見てて良かったわ」

 妖艶――まさにその言葉がしっくりくる美貌と・・・異質さ。どうにも捉えどころがないあのガキとは違い、明確に測れる、その器。

 ・・・・・・化け物が・・・!

 汗のにじむ手を握り、心の中で罵る。

 「酷いわね。こんな美女に向かって化け物だなんて」
 「っ!!・・・・・・そ、そうか。心写し・・・いつの間に・・・・・・!」
 「ずいぶんと博識なのね」

 呆れたように女が言い、パチリと指を鳴らした。

 とっさに身構える。・・・が、何も起こらない。

 「・・・・・・何をした?」
 「すぐに分かるわ」

 まさしく気楽そのものといった態度で女は言い、男は油断なく周囲の気配を探った。

 そして、前触れなく。

 ――――ヂイィィィィィィィィン!!!!!

 備えをしていたにも関わらず、全身を衝撃で打ち抜かれた男は骨と内臓と筋肉とを均等に破砕され自らが死んだことにも気付かないまま全員から血を吹き息絶えた。

 「【水鏡・残鏡増震の術】」
 《・・・・・・1人相手にエゲツねぇ真似だな》
 「だって手っ取り早いじゃない。それより眩魔、これ片づけて」
 《へいへい・・・にしても、やぁっぱ厄介ごとに首をつっこんだみてぇだな》
 「そうね。一応釘は刺しといたのに、何考えてるのかしらね」
 《で?お前の見立て通り、あいつじゃ上忍クラスに勝てねぇか?》
 「それが分かったら苦労しないわ。確実に勝てるレベルは分かるけど、どの程度強い相手に負けるのかは全然分かんないのよ」
 《はあ?意味分かんねぇぞそれ》
 「・・・底が知れない、っていうのが一番適切かしら」
 《あー・・・・・・模擬戦中に新技考えて即使ってくるような奴だからな。どういう応用力してんだか》
 「印やチャクラコントロールも1回覚えたら2度と忘れないし」
 《巻物読ませたら流し見して一字一句間違えずに諳んじるしな》
 「唯一のネックは体術だけど・・・こればっかりはねぇ」
 《技術力はあるがな。チャクラで威力やスピードを上げても、7歳の身体じゃ限度ってもんがある》
 「それは成長すれば解決することだし・・・天才って言葉を体言したような子ね」
 《(・・・・・・精神面は気になるが・・・)》
 「眩魔、何か言った?」
 《いや、何も》

 いつの間にか育児相談会みたくなっていた会話は、アゲハが宿に帰り着くまで続いたとか。
 




 その日、風影邸は驚天動地の大事件に見舞われていた。

 食事はいつも必ず摂る我愛羅が夕食の時間になっても帰ってこず、何かあったのか(とうとう殺されたのか)とカンクロウはテマリともども心配はしてないが気にしていた。

 そして遅れること3時間。里が寝静まる頃合になって、ようやく我愛羅が帰宅した。

 「お、遅かったじゃん。俺等はもう寝るけど、夕食はまだ残って――」
 「必要ない」

 一応これでも家族なため義務感から言ったのだが、真っ向から切り捨てられた。

 「・・・・・・へ?何でじゃん?」
 「・・・・・・食べてきた」

 何故か視線を逸らしつつ答える我愛羅。・・・・・・い、今有り得ないこと言ったじゃん!?

 守鶴の入れ物として嫌われている我愛羅が店で買い物できる訳がなく、つまりは買い食いも外食も不可能。・・・・・・な、はずなのだが。

 よくよく見れば、無表情ではあってもいつになく機嫌が良いように見えた。7年も付き合っていれば(それが嫌々ながらでも)そのくらいは分かる。

 「な・・・・・・何があったじゃん?」

 普通というか平時であればカンクロウは何も聞かずに関わり自体を避けるのだが、さすがに無視するには事態が重すぎた。

 我愛羅も我愛羅で黙殺するのが常の癖して、今日ばかりは機嫌の良さから説明のために口を開いた。

 「・・・・・・友達が、できた」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
 「その友達の家で・・・食べてきた」
 「・・・・・・ちょっ、テ、テマリ!!頼む今すぐ来てくれーーーーーー!!!!!」
 「・・・うるさい」

 ごっ!

 世界崩壊どころではない異常事態にカンクロウは絶叫に近い叫び声を上げ、耳元で声を張り上げられた我愛羅は兄の脳天に砂製の拳を落とすのであった。





 ――そして話は逆のぼり、刹那と我愛羅が刺客を撃退した後。





 「あー疲れた!」

 と今の今まで命の遣り取りをしていたとは思えない気楽さで、白亜刹那と名乗った少年は俺の隣で瓦礫に腰を下ろした。

 「・・・・・・おい」
 「んー・・・何?我愛羅」

 その水色の瞳は化け物云々の話を聞いた後で欠片も変わることなく。

 ただただ否定のできぬ現実として、俺の前にあった。

 「何故・・・俺を助けた」

 それでも俺は確認しなければならない。こいつが、どのような意図を持って俺に近づいたのか。

 「助けない方が良かった?」
 「俺は理由を聞いている」
 「んー・・・・・・なんて言えばいいのかな。とにかく、見てられなかったし」
 「・・・・・・いつから見ていた?」
 「なんかねー、適当に歩いてたら上から死体が降ってきて、それからかな。ていうか、あいつら誰の差し金だろうね」

 世間話のような気の抜けた会話。答えを聞いて、こいつはどう思うのか。

 「決まっている。俺の実の父親だ」
 「ふーん」
 「・・・・・・」

 あまりに薄すぎる反応に無い眉をひそめた。

 「驚かないのか?」
 「なんで?物事には必ず原因がある。我愛羅のお父さんがあいつらを雇ったのは、あいつらの言葉から考えてみると我愛羅・・・というよりその化け物が危険すぎるから。よって雇ったのが誰であろうと、それ相応の原因があるなら驚く理由は無いでしょ?」
 「・・・・・・」

 ね?と笑顔で首を傾げる、俺と同年代の少年を・・・俺は、理解できなかった。たとえ親であっても、そこに殺す理由があるのなら、何も驚くことはない、と。

 一口で言ってその思考回路は異質なまでに突き抜けすぎている。原因があるから結果がある。それは世の理であり真理だ。そして刹那の考えは、その真理を飛躍させた・・・いや、飛躍させすぎたものだった。・・・・・・出会って10数分程度の俺でも分かるぐらいに・・・こいつは、こいつの価値観は・・・おかしい・・・・・・

 端的に言ってぶっ飛んだ思考の持ち主。その認識は後にも先にも変わることなく我愛羅の中に残ることとなる。

 とそこで、話がずれていることに気付く我愛羅。修正のためにも話題の転換をはかる。

 「・・・わざわざ忍びの戦いに介入したのか?」

 「・・・・・・ああ、なるほど。僕が君を利用しようとして近付いたんじゃないかって、疑われてるわけだ」

 ・・・・・・頭は回るらしい。

 「くすくす・・・・・・君は利用されるようなタマじゃないでしょ?ま、すぐに信用しろというのは無理だし・・・・・・ああ、目的と呼べるものが、一応あったっけ」

 「何・・・・・・?」

 瞬時に身構える。どのような攻撃を仕掛けられようと防ぎ粉砕するつもりで生まれ持つ莫大なチャクラを練り上げ砂に流し込み――

 「友達にならない?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そのままの姿勢で、凍りついた。

 予想の斜め上を地で行く言動の数々からぶっ飛んだ思考の持ち主と評した我愛羅でさえも、この斜め上を超越した言葉に前代未聞の衝撃を受け半ば以上前後不覚に陥いっていた。

 砂の盾まで固まっていることからして、余程のものだったのだろう。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」

 今なら一般人でも殺れるんじゃないかなーという時間を20秒ほど費やして、どうにかこうにかそれだけ口にする我愛羅であった。





 ・・・・・・ちょっと・・・いきなりすぎたかな・・・・・・

 友達になろう発言から凍りついている我愛羅を見て、自分の言葉から何を企んでいるのか看破しようと長考しているのだと、本気で思う刹那。

 ・・・・・・でもねー、下手に搦め手とか嘘とか使っても我愛羅気付くだろうし・・・直球が一番効果的、なはず。

 後は逃げちゃった隊長さんだけど・・・・・・あー、母さんが殺ってくれたのか。よく見れば周りに気配隠蔽の結界張られてるし。僕もまだまだかなー・・・・・・ってもしかしてこれ、後で覚悟してなさいみたいな意味だったりして・・・・・・やだなぁ。

 「・・・・・・・・・・・・何?」

 思考が終わったのか、ようやく返事をする我愛羅。僕も僕で意識を目の前に向ける。・・・ん?なんか会話に齟齬があるような・・・・・・?

 「だから、友達にならないかって」
 「・・・・・・何故、俺と?」

 まあ当然の疑問。僕は兼ねてより用意していた話(事実)を口にする。

 「僕、これでも友達少ないんだ。うちは商隊の護衛やってて年がら年中移動してるから、友達ができにくいわけ。でもねー、この里の人達が話してる噂聞いて、これは友達になるしかないな、って思った子がいた。・・・昔の僕みたいに、孤独に囲まれた子が。まあそのときの僕は、孤独であるという事実にすら気付いてなかったけど」

 口を挟まず先を促す我愛羅に、僕は続ける。

 「その子の名前が、我愛羅。君だよ。3日探してようやく見つけたと思ったら戦闘シーンの真っ只中だし、どうしようかと悩んだね。危なそうに見えたから手出したけど・・・無事でよかった。友達が死ななくて、良かった」

 我愛羅の瞳に、動揺が走った。心からの言葉。そこに偽りは欠片も含まれない。

 よっ、と立ち上がり、揺れる瞳と目線を合わせる。

 「友達・・・・・・か」
 「そう、友達・・・・・・って、」
 「・・・どうした?」
 「いやいや、なんでもない」

 微かに、本当に微かに、我愛羅が笑った気がしたのだけれど・・・・・・見間違いかな?どちらにしても、指摘すると意地でも笑わなくなりそうなのでごまかす。

 「さて、と。そろそろ晩御飯の時間だから僕は帰らないといけないけど・・・・・・我愛羅はどうする?もしよかったら、うちに来て食べない?宿屋だけど、もっと話できるし」
 「・・・・・・・・・いいのか?」
 「一人分の食事ぐらいどうにでもなるよ」
 「・・・・・・分かった。案内してくれ」

 よし、難関突破。・・・・・・多分。





 さあ救い出そう。哀しみの底から孤独の中から絶望の淵から。
 さあ変え導こう。幸福な未来へ希望ある明日へ平穏なる世界へ。
 僕の歩む道こそが、変容せし歴史の道行きなのだから。










 「あ、苦無とか回収するから手伝ってくれない?忍具にかかる費用も馬鹿にならないんだ」
 「・・・・・・」

 どうあっても予想を斜めに横切るセリフのせいで、未だ器のほどを測りかねる我愛羅であった。





[5794] 09 砂との対話【後】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:00
 「・・・・・・刹那」
 「・・・・・・何かな?我愛羅」
 「・・・・・・この状況を、打破するには、」
 「ごめん、無理。もうやってみた」
 「・・・・・・そうか」

 悄然とうなだれる我愛羅の姿。・・・・・・原作では見ることもかなわないレア映像だけど、それを楽しむ余裕は僕にはない。・・・・・・ごめんね、我愛羅。こんなことになってしまって。

 目の前では、全員明日の朝には屍と化すと知りながら暴れ騒ぐ約20名。

 広がる惨状。飛び散る液体。とどまるところを知らない喧騒。時折すえたような臭いが漂ってきて、顔をしかめる。

 ああ、何故こんなことになってしまったのだろう。我愛羅を招待して、ゆっくり話をしようと思っただけなのに。

 何故こんな、こんな・・・・・・・・・・・・


 「大宴会になってるんだか・・・・・・」
 

 ひっそり呟いた僕のところへやってくる騒ぎの元凶。

 「おうお前ら、楽しんどるか!?」

 一升瓶片手に未だほろ酔い程度のカシワさん(72歳)。・・・一人で4本ぐらい空けてたはずだけど、どういう肝臓をしているのだろう?

 「楽しんでるわけないでしょ!まだお酒も飲めない子供が宴会に出てどうしろって言うんですか!?」
 「わっはっは!そういうな!ほれそこの、ガアラだったか?お前も飲め!」
 「7歳の子供にお酒を勧めないでください!」
 「よし、飲め!」
 「話を聞けーーーー!」

 猛然と食って掛かる僕の抗議もどこ吹く風。カシワさんは飄々と笑いながら若い衆のところへ歩いていった。

 カシワさん企画の魔宴は恐らく訳ありの我愛羅を元気づけようとかいう試みだったのだろうが、途中から自分達で騒ぐだけになっていたり。・・・・・・人との触れ合いは、我愛羅にとって良いことだけどさ。

 ぜいぜいと今にも息を切らしそうな僕。体力不足とか言わないでほしい。本気で相手しないといつまでも誘ってくるのだ。酒が入ってるから飽きることなく延々と。・・・・・・くそ、宿の経営者連中に幻術なんかかけるんじゃなかった。いやでもそうしないと我愛羅が宿に入れなかったし食事の方も・・・・・・けどこの魔宴に比べれば・・・・・・

 「・・・・・・刹那」
 「何!?」
 「おまえでも、怒鳴るんだな」
 「・・・・・・それは言わないでほしい。こんなの僕のキャラじゃないって分かってるから」
 「・・・なら、何故」
 「怒鳴りでもしないとまともに話聞いてくれないんだよっ!あーもうっ、こうなったら強行手段だ!我愛羅、食べたいものだけ適当に集めて。さっさとこんなところ脱出しよう」
 「分かった」

 返事が共同戦線のときより速かったのは気のせいだろうか?

 さておき僕等は適当な料理だけくすねて宴会場という名の魔界からの脱出に成功するのであった。





 ――――およそ1時間前。

 「ただいま~」
 「お、帰ったか刹那。遅かったな。・・・・・・そっちの子、名前は?」

 宿にたどり着いたらちょうどカシワさんに出くわし、我愛羅がその目に留まった。

 「・・・・・・」
 「ほら、自己紹介自己紹介」

 普通の対応に慣れてない我愛羅から視線で助けを求められたけど、これも経験。自分でがんばって。

 「・・・・・・我愛羅、です」

 敬語!?驚きつつも表には出さず繋げる。

 「さっきいじめられてるとこ助けて、仲良くなったんだ」
 「ほほう・・・そりゃーいいことしたなぁ、刹那」
 「それでさ、一緒に晩御飯食べようと思ったんだけど、もう一人分お願いできます?」
 「親の許可取ってるならかまわんが・・・・・・」
 「我愛羅?」
 「・・・問題ない」
 「・・・・・・おい刹那、ちょっと来い」
 「え?あ、我愛羅、ちょっと待っててね」
 「・・・分かった」

 何故か僕はカシワさんに引きずられ、少し離れた階段の辺りまで連れてかれた。振り返ったカシワさんの表情は、珍しく真剣なもの。

 「カシワさん・・・・・・?」
 「刹那、単刀直入に聞くが・・・・・・あの子、訳有りか?」
 「うわ・・・・・・なんで分かったんですか」

 本気で驚く僕。

 「商人なんてのは人の顔色見てその裏を読み、自分に有利な交渉をするのが仕事だ。ガキの表情ぐらい読めねぇでどうする」
 「・・・・・・カシワさんて凄かったんですね」
 「そりゃ聞き捨てならねぇなあ。後でとっちめてやるから覚悟とけ。・・・・・・で、その訳有りの子相手に、お前さんは最後まで付き合う気があるんじゃろうな?半端な気持ちで関わるっつーなら、悪いことは言わん。やめとけ」

 ・・・ああ、なるほど。安い同情は相手を余計に傷つけるだけだからね。長年人の上に立ってるのは伊達じゃないな。

 「・・・・・・あのですね、心配していただくのは大変ありがたいのですが、僕はそこまで馬鹿じゃないですよ?」
 「・・・本当じゃな?下手なことして、取り返しのつかんことになってもワシらにはどうにもできんぞ?」
 「甘く見ないでください。その程度の覚悟がないなら最初から関わろうとしません」

 よく日に焼けた、齢70を超える隊の頭を、僕は真摯に見つめる。

 「我愛羅はもう、僕の友達です」
 「・・・・・・そうか。よし、分かった!そうと決まればワシらも後押し後押ししてやろうじゃあないか!」

 この時、カシワさんの言葉の意味に気付けなかったのは、本日最大の失態だったと僕は思う。

 「ありがとうございます」

 だからこそ僕は満面の笑顔で返事をし、

 「支配人!酒と馳走を用意せい!――何、急すぎる?客の要望に応えるのがサービス業じゃろうがっ!金は払うからさっさとせんかー!」
 「・・・・・・・・・え?」

 一気に慌ただしくなった宿内を前にして、僕は呆然と呟いたのだった。
 
 
 
 

 「――で、尻尾を巻いて逃げ帰ったってわけね」
 「・・・お母さん、いくらなんでもその言い方はないと思うよ?あと、お茶飲んでる暇があったなら助けてくれてもよかったんじゃない?」
 「だって巻き込まれたくなかったもの♪」
 「・・・・・・ホントに僕の親ですか貴女。息子を守ろうとか助けようとかいう母親魂はどこに?」
 「子離れはいつか訪れるものなのよ」
 「・・・ったく、ああ言えばこう言う」
 「こう言えばそう言うものね」
 「・・・・・・はあ」

 こういうノリの会話では母さんに勝てたためしがない。・・・・・・むぅ、何故だろう?普通の議論なら簡単に論破できるのに。この世の7不思議か。

 魔界(宴会場)から脱出した僕と我愛羅は、無事に当初の目的地たる宿の一部屋、白亜の親子に割り当てられた部屋へ逃亡を果たしていた。・・・・・・そこに母さんがいて、騒ぎにも気付いてるくせにまったりしていたのは予想外だったけど。

 「もっと楽しんでくればよかったのに」
 「冗談じゃないって・・・・・・カシワさん、なんでまた我愛羅歓迎会始めたりしたんだろう・・・」
 「フフフ・・・我愛羅くん、あの馬鹿騒ぎは楽しかった?」

 まだ硬い自己紹介を終えた後、会話に意識を払いつつも箸を止めず食べ続けていた我愛羅に母さんが話を振る。

 「・・・・・・分か・・・りま、せん」
 「・・・・・・ねえ我愛羅。カタコトだけど敬語使えるなんて知らなかったよ?」
 「・・・・・・不慣れだ」

 それはそうだろう。大人と接する機会は殺し合いしかないんだから。

 「・・・さて、私はそろそろあの騒ぎに物申して来るわ。・・・二日連続なんていい迷惑じゃないの、まったく・・・・・」

 後半は独り言と化しつつ母さんは部屋を出広間の方へと歩いていった。いずれあの饗宴も収まるだろう。最悪忍術使って強制鎮火させるから。

 と、何か物問いたげな我愛羅の視線に気付く。

 「・・・どうかした?」
 「・・・・・・母親が、いるのだな」
 「我愛羅と逆だよ。代わりに父さんがいない」
 「だが・・・優しそうだった」
 「まあ・・・ね」

 否定はできない。たとえ遊ばれている感がひしひしとあれど、心の奥で想われてることぐらい分かる。我愛羅とは、違って。

 「・・・・・・刹那は、優しい母親がいるのに・・・孤独だったのか・・・・・・?」

 我愛羅の声には、わずかな不信があった。孤独だったと言いながら、愛情を注いでくれる母親がいる。・・・・・・それは確かに、大きな矛盾だろう。

 「・・・・・・説明しづらい事情があってね・・・まだ、それに関しては答えられない。けど、いつか必ず話す。約束する」
 「・・・いつだ」
 「?」
 「いつなら・・・話せる」

 性急にすぎる我愛羅の言葉。・・・・・・僕はその内情を推し量って、微笑んだ。

 「・・・・・・そうだね。僕と我愛羅が、親友になった頃かな」
 「どうやったら・・・・・・親友になれる・・・?」
 「くすくす・・・・・・親友はね、なろうと思ってなれるものじゃなくて、いつの間にかなってるものなんだ。時が過ぎればいつの間にか、ね・・・・・・大丈夫。僕と我愛羅なら絶対親友になれるから、焦らなくていいよ」
 「・・・・・・」
 「あ、さっきくすねてきたタン塩食べる?」
 「あったのか・・・・・・!」
 「あれ、もしかして好きだった?」
 「・・・好物だ」
 「そう。どんどん食べていいよ」
 「・・・・・・ありが、とう」

 前世で得た知識を使いとりあえず餌付けしてみる僕でした。





 「・・・・・・と、いうようなことがあった」
 「「・・・・・・・・・・・・」」

 我愛羅から一通りの説明を聞き終え、寝巻き姿のテマリとカンクロウは顔を見合わせ絶句していた。

 「(ちょっ、どういうことじゃん!?あの我愛羅が初めて会った奴のとこでご馳走になるなんて、信じられないじゃん!!?)」
 「(わ、私に言うな!と、ともかくこのことは父様に報告して――)」
 「言い忘れてたが・・・明日、ここに来るらしい」

 ひそひそと相談をかます2人に更なる爆弾を落とす我愛羅。

 「・・・・・・え?誰が来るの?」
 「今言った・・・・・・白亜、刹那・・・だ」
 「「・・・・・・・・・え?」」
 「友達になったら・・・お宅訪問とやらは、当たり前らしい・・・」

 嘘かホントかは微妙な知識を吹き込まれたらしい我愛羅の言に硬直する2人。
 5拍の後。

 「「なにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?(じゃんんんんんんんんんんんんん!!?)」」

 「・・・・・・うるさいと言っている」
 「「げふっ・・・・・・!」」

 顎を砂で打ち抜かれ、その日2人は居間で寝る羽目になったそうな。

 風邪を引かなかったのは、さすがと言うべきか。





 ・・・・・・そう言えば。

 寝ることのない我愛羅は鼓膜を破ろうとする二人をのした後、自室の窓から砂漠の夜を見上げながら、刹那が別れ際に言った言葉を思い返していた。

 ・・・・・・自分の術に関しては、調べるのはいいけど誰にも言わないでと、頼まれていたな。・・・・・・これも親友になったら、説明してくれるそうだが。

 友達の頼みだ。聞くべきだろう。

 ごく自然にそう考えて、我愛羅は友達と過ごしたひと時の残滓に身を任せた。





 我愛羅が去った後の白亜親子の居室にて。

 「何か申し開きはあるかしら、刹那?」

 膝を突き合わせ、威圧感たっぷりにじと目を向けるアゲハ。

 「・・・・・・ご迷惑をおかけしました」

 平伏し、修行時の言葉遣いで素直に頭を下げる刹那。

 「分かってるならいいわ。けど、あまり軽はずみな行動は慎んで。お願いだから」
 「・・・可能な限りは」
 「・・・・・・」

 どれだけの思いで言っているか分かっていながら、一線は譲らない刹那にアゲハは溜息する。

 「・・・今回は何もなく終わったからいいけど、次もこうとは限らないのよ?」
 「・・・・・・えー、一つ言わせてもらえるならば、最後に逃げた一人にはマーカーを付けてました」

 一瞬沈黙に包まれる室内。

 「・・・・・・本当に?」
 「はい。ですから、仮に母さんがいなくても口封じは多分できてました」
 「上忍相手でも?」
 「恐らくは」
 「・・・・・・」

 「それと、我愛羅の方は心配ありません。ちゃんと友達になれましたから」
 「・・・・・・あの子、守鶴の霊媒よね。知ってて近づいたんでしょう?」

 それは質問ではなく、確認。確信した上で訊いてくる、問い。

 「・・・・・・はい」
 「まったく・・・・・・深くは聞かないわ。ただし、最後まで責任を持つこと」

 その口ぶりに商隊の頭を思い出し、刹那は苦笑する。

 「あはは・・・カシワさんにも似たようなこと言われました」
 「・・・・・・あの人は変なところで勘が良いんだから・・・」
 「お酒も程々にしてほしいですよね」
 「薬を作る手間と費用も考えてほしいわ」

 その後刹那の責任追及会は魔の宴に対する愚痴に変わっていったとか。

 ・・・・・・明日が楽しみだなー・・・・・・テマリとかカンクロウとか。

 延々垂れ流される愚痴の数々に刹那が現実逃避を行ったのは、余談である。






[5794] 10 砂の姉弟
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:12
 兄弟
 姉妹

 僕にはとても、縁遠い存在。









 「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 日も傾きそろそろ沈むだろうという頃合。我愛羅、テマリ、カンクロウという3人もの人間がいながら、風影邸は不気味な沈黙に包まれていた。

 1人は壁に背を預け時計へ視線を定めたまま石のように動くことはなく。

 1人はやがて来るだろう待ち人へ対する弟の反応に戦々恐々とし。

 1人は万が一に備え特大の扇をいつでも抜けるよう身構えていた。

 時間は刻一刻と過ぎ行き。

 カチ・・・・・・コチ・・・・・・カチ!

 「「「・・・・・・!」」」

 分針が訪問予定の時刻を指した。

 そして数秒。何事も起こらず2人はひとまず安堵の息を吐き、1人は微かに表情を動かし、

 コンッ、コンッ。

 「「「っ!」」」

 騙まし討ちのように絶妙な間をおいてなされたノックに顔を引きつらせる者若干名。即座に反応し扉に向かう者1名。

 「・・・・・・刹那か?」
 「あ、我愛羅?遊びに来たよ~」
 「「―――――」」

 できれば弟の妄想と信じたかった2人は本当に現れた水色の少年を確かめ奇なる現実に魂を飛ばしかけたのだった。
 




 ・・・・・・あれが、白亜刹那か・・・・・・

 一般と比べてかなり広いリビング。テーブルを挟んで座る弟と刹那の姿を眺めながら、テマリは冷徹な思考を巡らせる。

 我愛羅のつたない説明ではイマイチ刹那なる人物の人となりが掴めなかったが、あの弟を友達と言ってしまえるような人物なら相当な変わり者か、危ない思考の持ち主だろうと予測していた。

 しかし、現れた白亜刹那はテマリの予想をことごとく覆してくれた。

 温厚にして快活、社交性の高さが伺える明瞭な挨拶に始まり、言葉遣いまで。傍目から見て何から何まで我愛羅と真逆。さながら水と油のように思えるのだが・・・・・・

 「――そして彼は監視の目に晒されながらも巧妙にその死角を突いて名前を書き続けた」
 「・・・俺にはとても真似できない。死神すら飴と鞭を使い分け従わせる・・・・・・見事だ」
 「監視者達は決定的な証拠を掴めないまま時は過ぎ、その間にも犠牲者は増え続けた。未だ疑惑は残ったままだがこれ以上の監視は無意味と判断し、彼らは撤収した」
 「・・・・・・疑惑が残ってるのは何故だ?俺ならその時点でシロと判断する」
 「殺人鬼ではないという確証がないからだよ」
 「だがそれはほぼ全ての人間に言えることだ」
 「違うよ。キラと呼ばれる者の知力は馬鹿みたいに高い。そんな人間はなかなかいないし、限られた地域であれば尚更。彼は全てを演じ切り騙し通した訳だけど、その完璧さが逆に引っかかったんじゃないかな。こんなにも完璧に見えるのは『何故』か、って」
 「・・・・・・難しいな」
 「我愛羅、『何故』と思うことは凄く重要なんだ。自らに問い、可能な限り推測し、その推測を裏付ける証拠を集め、自ら答えを出す。・・・・・・忍びとして上を目指し、人のうえに立つ気があるなら、日常生活で実践してみるのも良いかもしれないね」

 ・・・・・・この仲の良さは何なのだろう?しかも妙な知識を吹き込まれているようでいて、その内容は相当に高度。ただ傍観しているだけのこちらまで話に引きずられそうになるほど奥深く、興味深い。将来里を背負う立場になる自分達にとっては、素晴らしくためになる話だ。

 そういった話を完全に覚えている記憶力もそうだが、話術のレベルも凄まじい。あの我愛羅が喰いついていることからしてそれは明らかだった。

 ・・・・・・いけない、私まで影響されてどうする!

 今朝方、カンクロウと相談して決めた内容を思い返し、テマリは紡がれる話に耳を傾けながらも刹那自身に共感しないよう尽力する。

 顔を合わせて間もないテマリや我愛羅の心を揺らすほどに、白亜刹那という人間は、強烈な魅力を放っていた。





 ――そして楽しいひとときは終わりを迎える。名残惜しそうにしながら別れの言葉を口にし、刹那は風影邸を離れた。

 「(行くよ、カンクロウ)」
 「(了解じゃん)」

 時を同じくして、2人も風影邸を出る。肉親だろうと興味の対象外である2人の行動に、我愛羅は何の注意を払うこともなかった。





 ・・・・・・?どこへ向かっている・・・・・・?

 テマリは特大の扇、カンクロウは包帯を巻かれた等身大の物体。それぞれを背に結わえ、完全戦闘態勢で刹那を尾行していた。

 しかし当の刹那は宿場街には向かわず、逆に人気のない寂れた方角へと歩を進めていた。

 おかしい。この先にある物と言えば演習に使う広場ぐらいだ。確か今日は何の予定もなかったはず。・・・・・・一体、何の用で?

 疑念は募るも、それはそれで好都合。人目を気にする必要がない。

 演習場への最後の角を刹那が曲がり、先行するテマリが手鏡でそっと向こう側を覗いた瞬間、

 「――なっ!?」

 突如急襲した手裏剣がカーブを描き頬をかすめ、髪の毛を数本散らしながら背後の壁にぶつかり甲高い音を立てた。

 「出てきなよ、我愛羅のお姉さん達。次は起爆札が行くよ?」

 ――気付かれていた!?

 一体いつ・・・とテマリが驚愕し思考する間にそれは降ってきた。

 千本――起爆札付き×3

 「「のあぁぁぁーーーー!!」」

 矢も盾もままならずとにかく逃げる。角向こうへ。

 直後。

 ドドドォオオンッ!爆風に吹っ飛ばされ2人は強制ヘッドスライディングの形に。

 ザザ~、っとかなりの距離を滑った二人の上に呑気な声が落ちた。

 「あ~あ、だから言ったのに。起爆札行くよって」
 「いくらなんでも速すぎんじゃん!?」
 「短気にもほどがあるだろうが!」
 猛抗議も当然であるが、原因を作った当人はどこ吹く風。
 「反応が遅いんだよ。ヒントあげただけでもありがたいと思ってよね」
 「役に立たないヒントに意味はないんだよ!」
 「そもそもいきなり起爆札なんて何考えてるじゃん!?」
 「完全に戦闘準備整えてる人のセリフじゃないね」

 会った当初より常に笑顔だった刹那から、にこやかさが消える。――否、消えたのは友好性。

 変わらぬ笑顔、変わらぬ口調。

 ただ纏う空気が違うだけ。放つ気配が、違うだけ。

 たったそれだけの差異で、テマリとカンクロウは背筋を凍らせた。

 爆風に押され倒れたままの2人。その数メートル先で佇む、白亜刹那。

 弟の友を名乗る人間が、口を開く。

 「それで?戦るの?戦らないの?」

 ――さあ、どっちだ・・・・・・?

 問い、笑い、待つ。

 絶対的に有利な状況を守ろうともせず。

 2人が敵として立ち上がるのを、傲慢に、待つ。

 ―――それは明らかなまでに挑発だった。

 さっさと立て。待ってやるから、殺すのを。立ったところで、勝敗は変わらない――

 ・・・・・・・・・・・・

 未だ幼いと言える2人の沸点は、しかし出自故か、教育故か、それなりに高かった。

 されど2人の矜持は、これほどの暴言を許して聞き流せるほどに、低くはなかった・・・・・・





 「くすくす・・・・・・そう来ないとね」

 ゆらりと立ち上がる2人の表情に苛烈きわまる戦意を見て取って、僕は素早く後退した。

 テマリとカンクロウ、弟思いの2人が何を思って尾行していたかぐらい容易に推測できる。いきなり現れた僕が、何の目的で我愛羅に近づいたか問いつめようと思ったのだろう。

 その証拠に、彼らは武装を整えておきながら奇襲を仕掛けなかった。ここへ来るまでにチャンスはいくらでもあったのにだ。

 ・・・・・・恐らく当初の予定は帰りがけに突如現れ尋問する・・・というものだったけど、僕が宿場街とは全然違う方向に行ったから、様子見してたんだろうね。

 そのおかげで被害の少ない所まで誘えて、しかも先手を打てた。テマリの慎重さに感謝だ。

 だが、問題が1つ。

 ・・・・・・テマリとカンクロウ、2人を相手に水鏡は使えない。

 たとえ我愛羅が水鏡のことを知っても、誰かに話すような真似はしないだろう。それは友を失うことと同義だから。しかし目の前の2人が報告を怠るなんてことは、あろうはずもない。

 つまり――知られれば、殺さざるを得なくなる。それは下策。歴史の流れ云々ではなく、砂との関係が最悪になるからだ。

 よって、血継限界は使えない。

 ・・・・・・水鏡なしで保つかな?

 とのんびり思索にふけってる間に、そのテマリが動いた。

 自らの身長ほどもある扇を勢いよく広げ、振りかぶる。

 「・・・初手としては妥当だね」

 両手を腰の後ろへ。右は順手、左は逆手、それぞれに脇差しを抜き、構える。僕はリーチより手数とスピード重視だ。

 「風遁・カマイタチ!」

 テマリが叫ぶとともに振り抜かれた扇は豪風を生み、豪風は数百の気流を生みだし広場を蹂躙しつつ、まさしく風そのものの速さで迫る。

 ・・・盾でもなければこんな広範囲攻撃、無傷で済ますのはまず不可能。一撃一撃は浅いとはいえ、手傷を負うこと必然。恐らく先にダメージを与え、少しずつ削る戦法。

 遮蔽物のないこの場では、確かに有効な手段であった。

 ――相手が刹那でなければ。

 スイ、っと水色の双眸が細まり、

 ――――世界が、止まる。

 砂塵が、暴風が、掻き回される空気が。

 テマリがカンクロウが、そして僕自身が。

 全てが、時を止めたが如く、止まる。

 ・・・・・・正確に言えば、止まっている訳じゃない。

 時が遅くなっているのとも違う。他と同じく、僕も動けないのだから。

 1秒を億や兆ではきかないほどの単位に細分化し、その中で思考を泳がせる。

 そして――計算。

 〈大気の流れを目視、気流637本を確認。軌道計算・・・算出終了。鎌鼬の発生箇所を特定。『算定演舞』イメージ・・・終了。演舞、開始〉

 ――時が流れを取り戻し、荒れ狂う刃風が襲いかかる。

 だが、刃風は最早脅威の欠片をも失っていた。

 右に1歩半、移動。

 僅かに前屈みの体勢へ。

 風が到達。右手の刃で風をいなし、真空と化す前に鎌鼬を霧散。

 左。迫る不可視の刃を『斬る』。真空状態が解かれ、ただの風へ。

 左足を一歩後ろへ。生じた鎌鼬が足下を裂く。ただ地面のみに傷跡。

 そして数秒。風は風として背後へ吹き抜けた。

 刹那に傷1つ、付けることなく。

 『算定演舞』

 目の前に在る事象から未来を計測し、イメージの通りに動くことで、自身にとって最良の道を選択できる。半ば未来予知にも似た技術。

 読んで字の如く、『計算によって定めし演劇を舞う』。

 名付けたのはそういう話が大好きな『人間』だった。今となってはどうでもいい記憶だが。

 ふう、と吐息し、視線を前方へ。

 全くの無傷で現れた刹那の姿に呆然とする2人へ向け、にっ、と笑った。

 ここまでは予定通りだ。種はまいてるけど、上手く芽吹くかな・・・・・・?
 
 



 ・・・・・・どういうことだ。

 現れた結果をまるで理解できず、テマリは思考も行動も停止していた。

 間違いなく、自分は今カマイタチの術を放った。未だ漂う砂塵や、地面に残る切り傷からも、それは明白な事実だ。

 なのに、その直撃を受けたはずの少年は、多少薄汚れているとはいえ、その身に傷1つなく現れた。

 何らかの術?いや、両手の短刀が邪魔して印は組めない。盾のようなもので身を隠した形跡もない。ならば一体――

 「テマリっ!」

 弟の声にはっと自失から返り、飛んでくる手裏剣を慌てて叩き落とす。

 ・・・・・・あ、危なかった・・・だが、あいつは私の風を、どうやってしのいだ?

 「・・・カンクロウ、前衛を任せる。私は今の術の正体を探る」
 「分かったじゃん!」

 数歩下がって、私は得体の知れない技を使う水色の少年を睨んだ。





 ・・・・・・訳分かんねーじゃん。

 前衛を任されたは良いが、さてどうするか、と悩むカンクロウ。

 実際テマリの風をまともに受けて無傷でいられるのは、遮蔽物に隠れた敵か我愛羅ぐらいしか思いつかない。後は土遁で地中に逃げるとかだが、地面に穴は空いてないので違う。

 ・・・・・・テマリに任せるか。

 カンクロウはあっさり正体の追究を姉に一任する。それは思考の放棄ではなく、信頼から来る必然。こういったことはテマリの方が得意なのだ。

 刹那は相変わらず笑顔のまま、特に構えるでもなく突っ立っている。少し違うのは、笑顔が何かを企んでいるように見えることぐらいか。タチが悪い。

 ひとまず手裏剣や苦無で様子でも見て――と意識が腕に行った瞬間、

 刹那が目の前にいた。

 「――っ!」

 首筋を狙う刃を全力で後退し避ける。しかし稼いだ距離だけ詰められ、肉薄。とっさに顔面へ拳を放つが、首を傾けるだけで容易く避けられ、左の脇差が腹部を貫いた。

 直後、何の痛痒を感じた様子もなくカンクロウは腕を伸ばし、がっちりと刹那の両肩を掴んだ。

 初めて動揺らしきものを見せた刹那。にやり、とカンクロウがほくそえむ。

 「引っかかったじゃんっ!」

 包帯を巻かれた背の物体から会心の声が上がり、もう1人のカンクロウが包帯から飛び出した。

 刹那を捕らえた方のカンクロウ、その体表からパラパラと砂が落ち、幾つもの腕持つ無機質な体が顕となる。

 ――傀儡師カンクロウが操る攻撃用傀儡、カラス。

 本体は傀儡の振りをし巻かれた包帯に隠れ、本体に化けたカラスは迂闊に近寄った敵を仕留める。

 未知の能力を持つ敵に対する安全策だ。

 目を瞠る刹那へ、カラスの余った腕に仕込まれた毒針を向ける。両肩は未だ掴んだまま。単純な力比べでは、人間よりも圧倒的に傀儡が勝る。

 これは脅しだ。動けば刺すぞ、と。

 「よくやったカンクロウ!」
 「さて・・・・・・我愛羅に近付いた目的を話してもらうじゃん?」

 快哉を上げるテマリ。残忍な笑みを浮かべるカンクロウ。

 間違いなく敵を捕らえたと確信したが故に―――油断が生まれる。

 緊張に強張らせていた表情を、刹那はふとやわらげ、2人の背後へと声をかけた。

 「やれやれ・・・来るのが遅いよ、我愛羅」
 「「んなっ・・・!」」

 刹那の口にしたとんでもない一言に2人は条件反射で振り返り――誰もいない空間を認めて思考を凍らせる。

 もちろんその隙にカラスから抜け出す刹那。術者が動かさなければ傀儡は動かない。

 「くすくす・・・嘘に決まってるでしょ。――風遁・大突破」
 「「わあぁぁぁ~~!!」」

 半ば不意打ちで放たれた暴風にカラスもろともあっさり飛ばされる2人。・・・・・・はて、こういう時の決めゼリフは何だったか。

 「確かそう・・・・・・まだまだだね?」

 某超人テニスマンガを思い出しつつ呟く刹那。

 間違ってはないのに、首を傾げながらしかも疑問形では、全く決まってなかった。残念。

 「くっ・・・・・・そ」
 「よくも騙してくれたじゃん・・・・・・!」

 ただ吹き飛ばしただけなのですぐに起き上がってくる2人。刹那は指を突きつけ、定番を口にする。

 「騙されるほうが悪い」
 「うるさいっ!そのネタは心臓に悪いんだよ!」
 「・・・・・・まあ、確かに」
 「くうぅ~!納得されるのも腹が立つ!」
 「全くじゃん!つーかチビ、お前俺達のこと舐めてるだろ。転がってる隙に攻撃しないなんてどういうつもり

じゃん!?」
 「だって殺しても意味ないし・・・・・・あ、我愛羅」

 視線を上――吹き飛ばされた二人の後ろにある建物の屋上付近に向けて呟く。

 「「2度も同じ手を喰うかー!(じゃんー!)」」

 と叫び各々の得物を構え怒り心頭の2人は特に考えることもなく駆け出し、

 ――――膨大な漠砂が視界を埋め尽くした。




[5794] 11 砂の乱入
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:14
 心と 
 感情

 計算で解けない、『人間』の本質。









 時は少し遡り――

 「・・・・・・」
 刹那の帰った風影邸は、先の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。

 元々手伝いの類は雇っておらず、屋敷とも言うべき家には血縁上の4人しかいない。幼い頃は養育係等がいたこともあるが、基本的に血縁関係にある者だけだ。

 誰の気配もない屋敷の自らの部屋で、我愛羅は座禅を組み先の会話を幾度となく反芻していた。

 刹那との――初めての友とした、雑談。・・・あれを雑談と言うかはともかく、非常に有意義な時間だったことに違いはない。

 『何故』と思い、答えを出すこと。忍びとして上に立つ中忍、上忍、そして風影。そういった立場に立つ者にとって、必要不可欠と言えるスキルだ。

 自分には欠けている、スキル、技術、思考の方法。言い方は何であれ、ただ強者を殺すだけの昨日までの自分では、思いつきすらしない発想だ。刹那と出会わなければ、そうと気付くのに何年かかったことか。

 ・・・・・・場合によっては、一生気付くこともなかったかもな・・・

 我愛羅は静かに瞑想を続け、眠る代わりにかつてなく熟考する。・・・・・・刹那の使ったあの術・・・爆発や苦無の向きを反転させるようだが、『何故』誰にも言うなと口止めした?他里の術だからか?・・・・・・いや、刹那はフリーの忍びだと言っていた。それはない。――待て。そもそもフリーの忍びなどというものが存在するのか!?

 『何故』と思った事象に情報が重ねられ、思考は推測を呼び流れる水の如く疑問が溢れる。

 刹那が護衛しているカシワ商隊はあらゆる国を巡っている・・・・・・仮に抜け忍であればそんなリスクの高い行為はしないはず・・・・・・ならばフリーの忍びとは何だ?抜け忍でもない、どこかの里の忍びでもない。・・・・・・可能性を上げるとすれば、独力で忍びの力を手に入れたか、歴史から抹消された忍びの一族。前者ならむしろ名を広め、どこかの里に入ろうとするだろう。抜け忍と間違われてはたまらない。後者なら・・・・・・刹那の対応にも納得がいく。あの時刹那は印を結んでなかった。・・・歴史に消えた血継限界の一族・・・・・・か?

 確かテマリの部屋にそういった書物の類があったはずだ、と思い出し、我愛羅は即座に足を向けた。

 ノックし、しかし返事はなく、気配がないことに気付き、問答無用で扉を開ける。

 ・・・・・・いない?・・・・・・・・・・・・・・・!

 部屋にない者と物に思い至り、すぐさまカンクロウの部屋へと踵を返す。

 ノックすらせず蹴破るような勢いで扉を開け、普段なら確実にあるべき物がないのを視界に映し――

 我愛羅は風影邸を飛び出した。

 チャクラで壁に吸着、瞬時に屋根まで駆け上がり初めて覚える焦燥をもって、視線を走らせる。

 ・・・・・・『何故』テマリとカンクロウがこんな遅くに外出している?

 夕食は既に終えている(刹那と一緒に)。それ以後外に出ることはまずない。それも、カラスと特注品の扇まで持ち出して。

 カラスを持って行った――すなわちそれは、巻物から口寄せするチャクラをも惜しんだということ。

 イコール、戦闘を前提とした行動に他ならない。

 『何故』今夜に限って?

 思い当たることなど1つしかなかった。・・・・・・杞憂で、済めばいい。

 取る物も取り敢えず、我愛羅は駆け出す。

 思うは初めての友の顔。始終笑顔を振りまく頭の良い、友。

 人柱力である自分に恐れすら抱かず、他と変わることのない態度で接する、友。

 その友を、もし万が一、傷つけるようなことがあれば、

 ―――俺はそいつを、殺す。


 それが、おおよそ10数分前のこと。




 我愛羅がさんざん里を駆けずり回り――宿で刹那がまだ帰ってないことも聞いた――ようやく演習場で見つけた時の光景は、刹那に向かって武器を手にした2人が、奇声を上げつつ今まさに突撃せんという瞬間だった。

 「クズどもが・・・・・・!」

 ―――砂縛柩!

 声をかけるだとか手裏剣を投げて止めるだとかいう考えをすっ飛ばし、我愛羅は感情に任せたチャクラコントロールで砂を操る。

 怒濤の如き漠砂は明確な意思を持って流動。テマリとカンクロウそれぞれを顔すら残さず拘束し、

 ―――砂漠送そ――

 「ストーーーーップ!!」

 バシャァァァッ!

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 憤怒のままに圧殺しようとしたところ、すぐ隣へ脈絡なく現れた白亜刹那に、どこから出したか水をぶっ掛けられた。

 風邪を引いたらどうする。

 オートの砂は何をやっていたのかと見てみれば、盾と化して集まるどころか拡散している。例の能力か。

 「・・・・・・何をする、刹那」
 「それはこっちのセリフだって!ようやく来たと思ったら何いきなり殺そうとしてるのさ!?」
 「・・・刹那が攻撃されていた」
 「それだけ!?」
 「お前の敵は俺の敵だ。たとえ血の繋がった存在だろうと、お前に刃を向けるならそれだけで殺すに足る」

 半ば以上盲目的と言って過言でない発言に若干の目眩を覚え額に手をやる刹那。友達効果はここまで絶大だったか。

 「あ~の~ね~!2人が僕と『何故』戦っていたのかちゃんと考えた!?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「全く・・・・・・テマリとカンクロウは我愛羅を心配して僕と戦ってたの!」
 「・・・・・・?」
 「訳が分からないって顔で首捻ってないで、とにかくあれ、砂縛柩!解除して!」
 「・・・・・・『何故』だ?」
 「あのままじゃ窒息死するからに決まってるって!」
 「問題ないだろう」
 「大有りだよ!これじゃ僕が我愛羅と共謀して2人を殺したって見られるかもしれないじゃないか!風影の子っていうのは飾りじゃない。下手に殺したりしたら外交問題・・・この場合は僕にも抹殺の手が伸びる可能性が高いの!」
 「・・・・・・刹那に害が及ぶのか?」
 「そう!分かった?分かったら即刻あれ解除して。速く!」
 「・・・分かった」

 どうにかこうにか我愛羅の説得に成功した。・・・・・・うん。テマリとかを相手にしてた時より疲れてるのは、きっと気のせいじゃないね・・・・・・





 歪な球状に固まっていた砂が崩れ、咳き込みながらも無事な姿を見せる2人に、僕は心底から安堵した。
 
 先ほど我愛羅に訴えた抹殺がどうたらというのは、思いっきり真実である。と、僕は推測している。昨日の刺客連中はともかく、風影の実子に手を出してただで済むはずがない。我愛羅が殺したとしても僕にそそのかされたせいとかにされそうだし。砂縛送葬仕掛けたときは冗談じゃなく肝が冷えた。自分にそんな感覚があるのに驚いたが。 

 ・・・・・・将来風影になってるから、判断力とかそういうのは優れてると思ってたけど・・・予想以上に速かったな。なかなか面白い場面で来てくれたし。種まきは見事成功した訳だ。

 「・・・それで、どうする」
 「・・・・・・へ?何が?」
 「あのクズ2つの後始末だ。殺さないなら、どうする気だ」
 「・・・・・・だからね、我愛羅。確かに僕は襲われたけど、それは君を心配しての行動だったわけで、」
 「あの程度に心配されるなど心外だ」
 「じゃなくて、僕が我愛羅を騙してるんじゃないかって疑ってたんだよ」
 「尚更だ。そんなことはありえない」

 腕を組み即答で断言する我愛羅。

 「・・・・・・僕が聞くのもなんだけど、その根拠のほどは何?」
 「お前の眼は他の奴とは違う」
 「・・・・・・で?」
 「それだけだ」
 「・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・ああ・・・・・・うん。もう何でもいいや。理屈じゃないんだろうな、こういうのは。

 そもそも記憶したパターンに、この状況がない。よって今の僕ではこれ以上の応対が不可能。

 『人間』の感情はとても複雑で、たかが4年程度の経験では未だ完全に理解するに至らない。前世で何万何十万と暗記した会話のパターンに沿いアドリブを含め、相手の感情を計算しながら話すのでせいいっぱいだ。埒外の感情行動など想定不能。慌てるのも、焦るのも、そういう時だけ。できるだけ『人間』らしい言動を心がけているけど、正直できてるかどうか不安に思うことはある。・・・いや、不安と言うよりも、これであってるのかどうかという自分への疑問。間違いではないかという思い。・・・・・・あれ?これって不安でいいのかな?

 ・・・・・・また今度考えよう。今はとりあえず、2人をどうするかだ。

 別に今すぐ仲良くなる必要ないんだよね。我愛羅の友達やってたらそのうち信用されるだろうし・・・・・・この収拾はどう着けよっか・・・・・・





 「げほっ、げほっ・・・・・・ぶ、無事か、カンクロウ?」
 「なんとか・・・・・・生きてるじゃん。・・・・・・死んだと思ったけど」
 「・・・・・・だな」

 それが不思議だ。あの我愛羅が、姉弟とはいえ砂縛柩までかけた相手を逃がすなんて信じられない。

 「・・・・・・だからね、我愛羅。確かに僕は襲われたけど、それは君を心配しての行動だったわけで、」

 ・・・・・・!

 聞こえた内容に、テマリとカンクロウは開いた口がふさがらなかった。完全に見透かされている。


 刹那にしてみれば原作から感情のすれ違いなどを知っていたのでそう言っただけなのだが、テマリには僅かな時間で心の奥底まで読めるとんでもない奴、というふうに映った。


 一応の会話を済ませた刹那と我愛羅が屋根から飛び降りて、2人の前に立った。片方の困ったような顔はともかく、その後ろで睨みを利かせる弟の目が、視線だけで殺しそうな圧力を伴っている。

 生きた心地がしない。

 「テマリさん、カンクロウさん」
 「・・・何だ」
 「とりあえずさっきのは、なかったことにしましょう」
 「「――は?」」

 カンクロウと声が綺麗にハモった。我愛羅の方も呆気に取られている。

 こちらの反応に、刹那は渋い顔をして続けた。

 「今回の諍いはお互いに落ち度があります。僕は話し合いが一番好きなのですが、完全武装の相手2人に先手与えたら逆にやられる可能性があったので、先制攻撃させてもらいました」
 「じゃああの挑発は何なんじゃん!?」
 「いやその・・・敵は怒らせた方が相手しやすいですから。・・・・・・半分はその場のノリだけど」
 「・・・聞こえてるぞ、おい」
 「ゴホン、さておき、あなた方は僕を脅迫するつもりだったみたいですから、お互い様ということにしません?」
 「・・・・・・どっちかっつーと、それだと俺達の方が非は少ねーじゃん?未遂どころか、憶測の域じゃん」

 カンクロウの言葉に私も頷いていると、刹那は我愛羅をチラ見しつつ、耳元に口を寄せてきた。

 ヒソヒソ
 「(両成敗ってことにしないと、我愛羅が納得しないんです)」
 「「――っ!?」」
 「(殺せ潰せゴーゴーって感じなんで、上手いこと収めないと砂が飛んできますよ?)」
 ヒソヒソ
 「(それってやべーじゃん!?)」
 「(しっ、静かにしろカンクロウ!もし我愛羅の耳に入りでもしたら――)」
 「俺がどうかしたのか」

 びくぅっ!と聞かれてはまずい2名が身をすくませる。

 最後のとこだけ聞こえたらしい。

 「い、いや、なんでもない!」
 「そ、そうじゃん!やましいところなんて、これっぽっちもないじゃんよ!」
 「・・・・・・刹那?」
 「んー?ちょっとした罰ゲームだよ。僕を襲った罰として、ほうれん草や足のたくさんある軟体動物(具体的にはタコやイカ)をボウルいっぱい食べてもらうからー、って」
 「「っ!??」」

 言葉の内容に戦慄するテマリ及びカンクロウ。そんな罰ゲームなど聞いてない。

 いやそれよりも。

 「(なっ、なんであいつが俺等の嫌いなモン知ってんじゃん!?)」
 「(あ、あたしが知るか!――うぅっ、思い浮かべただけでも気持ち悪い・・・)」
 「(いくら栄養豊富でも、嫌いなモンは嫌いなんじゃん・・・)」

 否定もできず(したら我愛羅に殺られる)、ガタガタ身を震わせる2人。

 「というわけで、この件はは不問に処す、でいいよね?」

 にっこり虫も殺さぬ笑顔で聞く刹那。

 答えなど、1つしかあろうはずもなかった。





 「我愛羅、罰ゲームの監督お願いね。僕もう帰るから」
 「分かった。きっちり食わせておこう。・・・刹那を襲った罰だ。覚悟しろ」
 
 前門のタコイカほうれん草、後門の我愛羅。

 逃げ道1つない現実に、2人は滂沱として涙したそうな。

 以後、二度と刹那へ敵対行動を取らないと、2人は堅く誓った。
 
 最初から最後まで、全て刹那の目論見通りだと、後になって気付いたから――――




[5794] 12 砂との別れ
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/19 21:32
 歴史
 正史

 其はすべからく、僕の道具。









 「それじゃ・・・またね、我愛羅」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「いや、そんな顔されても困るって。・・・・・・手紙送るから、ね?」
 「・・・・・・・・・・・・(コク)」

 なんだかなー。原作とのこのギャップは何なのだろうか?

 1週間の滞在期間が過ぎ、僕達カシワ商隊は次なる目的地へ出立しようとしていた。

 無論のことながらそれを告げた昨夜、我愛羅のテンションは最低ランクに落ち込みテマリ達共々フォローするのが大変だった。・・・・・・こう、ね?頼りにされるのはともかく依存はどうかと思う訳。そのへん交えて説教紛いなことしたら余計落ち込んだのさ。大変だったよ・・・ホント。

 テマリ達とはあの翌日謝罪(もといご機嫌伺い)に彼らの好物片手に行って一応仲直り(休戦?)した。それ以降はこれといった問題が起きることもなく、日々我愛羅との友好を深めていった。忍術及び戦術等の議論をしている時はテマリ達も参戦した。何でも、僕をまだ認めた訳じゃないがその脳力は認めてやるとか。我愛羅に聞こえないよう耳打ちだったが、それでもまあ僕は良しとする。最初と比べれば大きな進歩だ。

 ああそういえば、一度だけ風影と会ったっけ――





 「・・・お前が白亜刹那か」

 声には断定の響きがあった。恐らく砂の暗部などに探らせていたのだろう。表情は覆面に隠れ碌に見えないが、瞳には値踏みするような色があった。

 警戒は当然。砂の最悪にして最強の兵器と普通につきあう得体の知れない子供なのだから。

 「100年の伝統を誇る商隊『柏』を代々護衛する忍びだとか。・・・そんな昔からあるが故に、どこの里にも属してないそうだな」

 ・・・・・・さすがは風影。最低限のことは調べてるみたいだ。水鏡までは知らないだろうけど。

 「そういうことは母に言ってください。僕はさして詳しくありませんから」

 僕は友好そうな笑みをたたえたまま、口調のみを正しそう答えた。

 もちろん大嘘だ。歴史はとうに習っており、その記憶も万全である。五影に対し余計な情報を与えるなど愚の骨頂甚だしい。

 「こちらの知ることを口にしただけだ。気にする必要はない」
 「そうですか。僕としましてはその情報の信憑性の方がよほど気になりますが」
 「信頼はできる、とだけ言っておこう」

 風影の目が値踏みから満足そうな色に変わった。僕は何らかの基準を満たしてしまったらしい。

 「カシワ商隊と言えばあらゆる国々を廻ることで有名だが・・・」
 「ここ数年は霧も物騒ですし、そこまであちこち行ってる訳じゃないですよ」
 「そうだな。そこで物は相談だが、砂に雇われる気はないか?」
 「あの・・・・・・カシワ商隊と長期契約結んでるんですが」
 「言い方が悪かったな。情報屋にならないかという誘いだ」
 
 要は簡易スパイですかそうですか。ある意味自由に国を廻れる僕という存在は非常に適任ではあるけれど・・・・・・

 「こんな子供に頼むことですか?」
 「ただの子供は人柱力と仲良くしようとはしない」
 
 ・・・・・・一理ある。だけどどうしよっか。砂と、それも最高権力者とパイプを結べるなら魅力的な提案ではあるけど。

 「・・・・・・義務も責任もない歩合制なら考えてみましょう。価値の判断はそちら持ちで」
 「くっくっく・・・・・・成る程成る程、確かに歩合制だ」
 「口座番号はこちらですから、気が向いたらお支払いください。やる気に繋がります」
 「では交渉成立だな。契約を違えるのは忍びの世界でも御法度だ。安心すると良い」
 「では早速払ってもらいましょうか」
 「・・・・・・何?」
 「『赤砂のサソリ』が現在いる組織の名前・・・いくらで買います?」

 その名を出した瞬間、愉快気な気配が欠片も残さず消え失せた。里長となるに相応しいプレッシャーと眼光を前に、けれど僕は柳に風と冷めたお茶に口を付けていた。

 「・・・・・・冗談の類では無いようだな」
 「契約違反は御法度ですからね」

 言質を返され、風影は覆面の奥で唇をつり上げるとプレッシャーを収めた。双方一歩も動いてないにも関わらず、室内温度の上下移動が激しい。

 「信憑性は?」
 「100パーセント。仮に現段階で所属してないとしても、今後確実に入る」
 「判断の根拠は?」
 「秘密。契約相手であっても、手の内を明かす奴はバカだ」
 「・・・・・・百万両だそう。こちらで確かめ、間違いがなかった場合さらに九百万だ」
 「くすくす・・・賢明だね。一千万も出すとは思わなかったけど」

 日本円に換算すれば一億だ。軍縮で苦しいだろうに、よくもまあ。

 「では対価をもらおうか」
 「そうだね。早いとこ受け渡しを済ましましょうか」

 すい、っと僕は瞳を細め、それを口にする。

 「彼らの名は――『暁』」

 この一言だけで一千万両だ。それも、労力は一切使わずに。・・・・・・原作知識というのは、本当にありがたいね。





 「・・・・・・」

 アレは我愛羅とはまた違う一種の化け物だと、風影は考える。

 白亜刹那という少年が砂を訪れ、まだ一週間と経たない。だと言うのにあの子供は我愛羅を掌握しこの私すら半ば翻弄した。敵に回して良い存在ではない。我愛羅と共に刺客を倒した実力のみならず、その頭のキレにおいても・・・・・・いや、こちらの方をより注意すべきか。

 テマリからの報告・・・・・・あの2人が次に取るだろう行動をいち早く予期し、何気ない会話の中で我愛羅にそれを示唆する話術・・・心理把握・・・・・・異常な領域にあると言って過言にもならないか・・・・・・

 先の会話でも能力の高さはうかがい知れた。存分に見せつけられたとも言うが・・・・・・まあいい。あの子供と契約を結べたことは僥倖だ。それに、白亜が去り際に残した言葉・・・・・・

 『これはご忠告ですが・・・下手に話を広めて命を無駄にさせない方が良いですよ?』

 何を言いたかったのか瞬時には分からなかったが・・・よく考えれば簡単だった。確かに御意見番に知らせるのは時期尚早だろう。・・・・・・チヨ婆のことまで、一体どこで知ったのやら。

 『それと最後に、邪悪なる蛇の囁きは身を滅ぼします。では、またいずれ・・・・・・』

 ・・・・・・この言葉の意味はまだ不明だ。無駄という訳ではないだろうが。

 「何にせよ、長い付き合いになると良いな」





 ――風影との会合、そして秘密のお仕事は母さんには秘密である。何を言われるか分かったもんじゃない。口座は変化の術で大人に化けて取ったので母さんも知らない・・・はず。多分ね、多分・・・

 遠くなってゆく砂の里をぼんやり眺めながら、僕はこの一週間を思い返していた。

 4年かけてようやく出会えた原作キャラ。これから少しずつ、歯車はずれていく。

 木の葉崩しの砂参戦は恐らく防げるだろう。我愛羅とは友になれ、風影とは個人的な契約を結んだ。

 砂の里、そして我愛羅とはしばしのお別れだ。

 視線を背後に、商隊の進む向きへと移す。





 次は、木の葉だ――







[5794] 13 木の葉の奇縁
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:22
 奇遇
 奇縁

 歴史として見れば、定められし遭遇。









 行商をしながらの旅路だったため、木の葉到着に3週間もかかった。忍びがどんなに急いでも3日かかるとか書いてあったけど、僕達はのんびり馬車の旅。このぐらいは妥当かな。





 この前、砂の暗部らしい覆面男が接触してきた。本来ならこちらが一方的に色々と報せるだけなのだが、暁に関してさらに詳細な情報を持ってないかという文が届けられたのだ。全く良い勘してるよ。

 口座には既に一千万両が振り込まれている。仕事が速いのはいいことだ。

 さてさて・・・・・・暁、ね。どの情報なら問題ないか迷った結果、サソリの人傀儡について少し書いた。

 ズバリ、サソリは風影三代目を傀儡としている――

 ・・・・・・数日後、預金通帳の中身が3倍になっていたのは驚いた。そこまでの情報だったとは思えないのだが・・・能力に関しては何も言ってないし。人によって情報の価値は変わるけど、普通2千万両も出すかなぁ・・・?

 実際はこれでも少ないくらいだと風影(と言うよりはチヨ婆)は思っているのことを、刹那は知らない。





 馬車に揺られつつ入国審査をパスして見上げれば、木の葉名物火影岩。・・・・・・どうやって彫ったのかな。やっぱり忍術?

 ここに来るまでの街道でもそうだったけど、火の国は豊かだ。肥沃な土壌と広大な土地。これだけで国として発展するだけの可能性を秘めている。砂とは大違いだ。

 「木の葉、か・・・・・・」
 「刹那くんどうかしたの?」
 「何でもないよナズナ。ただちょっと、どっちを先にしようか悩んでるだけ」
 「どっち・・・・・・?」
 「くすくす・・・・・・ナズナが気にすることじゃないよ」
 「あー!刹那くんってばまた私を子供扱いしてる!」
 「ナズナは子供だよ?」
 「刹那くんもだよ!子供が子供を子供扱いしちゃいけないの!」
 「早口言葉・・・・・・?」

 ・・・・・・ナズナの理論には意味不明な箇所が多々存在する。

 それとも、これが子供の世界の理論なのだろうか?





 さて、ナルトはまあ後回しで問題ないとして・・・・・・うちは。

 虐殺事件の回避は可能だろうか・・・・・・?

 原作上のうちは一族虐殺は来年だ。つまり里の上層部との関係は悪化の一途を辿っていることだろう。イタチは既に二重スパイ。マダラにも気を付けないと。・・・・・・やること多いなあ。

 かといって投げ出す訳にも行かない。僕のささやかなる野望のためにもうちはをどうにかしないと。

 暇な時間になったのを見計らって、僕はいそいそと外出準備を始めた。

 「刹那、どこか行くの?」
 「公園にでも行って、未来の木の葉を担う子供達の顔を拝んでくる」
 「・・・・・・貴方、また何か悪巧みしてるでしょ」

 ぎくり、と僕は身を強張らせた。さすがはお母さん。鋭い。

 「あ、あはは・・・・・・無茶はしないから大丈夫だよ」
 「程々にしときなさいよ・・・・・・?」

 そこは多分大丈夫。軍縮でてんやわんやな砂と違い、木の葉の忍びは粒ぞろいだ。程々でないと命に関わる。

 「じゃ、行ってきまーす」

 元気良く部屋から出ていく息子を見送り、アゲハは静かに溜息した。

 「・・・・・・眩魔。あの子、今度は一体何する気かしら?」
 《碌なことじゃねーのは確かだな。ここでも人柱力に干渉すんじゃねえのか?》
 「一理あるわね・・・・・・ちゃんと見張っておいてよ?」
 《完璧は無理だぜ?刹那の奴最近やけに鋭くなっててよ》
 「それでもやって」
 《へいへい、契約にのっとりますよっと。・・・まあ1人勝手に風影と交渉するようなバカだしな》
 「ちょっと眩魔、それ聞いてないわよ!?」
 《お?そうだったか。最近物忘れがひどくってよぉ》
 「嘘おっしゃい」
 《バレたか。でまあその内容なんだがな――》

 刹那の知らないところで、こっそり秘密は受け渡されていた。





 「おー・・・いるいる」

 適当な公園を見つけて、僕は木の上から子供達を観察していた。全部で十人ちょっと。砂と違って気候は温暖、普通に昼間から遊んでてくれて助かった。

 んー・・・・・・でも知らない顔ばっかり。木の葉は広いし、名家の子はここにはいないみたいだ。どう見ても5歳とかその辺だし・・・・・・あ。

 「アカデミー・・・忍者学校か」

 ・・・・・・相変わらずこういう常識には疎いなぁ。そもそも前世どころか今生でも学校に行ってないから、意識に上ることすらまずないのだ。今日は平日なので、普通の子でも学校に行ってるだろうし、まだ昼を過ぎてそう時間は経ってない。・・・直接行ってみようか。

 そう決めて木から飛び降り、一歩踏み出したところで足を止める。

 「・・・・・・」

 ・・・・・・アカデミーって、どこ?





 前にも言ったが木の葉は広い。よって僕は足で探すより人に尋ねることにした。間違いなく妥当どころか最善の手段――だったはずなのに・・・・・・

 「それで坊主、昼間っから学校にも行かず何してたんだ?」
 「だからですね、僕は木の葉の子供じゃなくて商隊の」
 「若気の至りって奴は分かんねえでもねえ。けどよ、子供の仕事はやっぱり勉強にある訳だ」
 「いや、ですから」
 「それなのに勉強もせず外をほっつき回ってるってのは・・・・・・どういう了見だコラ!」
 「いきなりキレるな!それ以前に人の話を聞けーっ!」

 ・・・・・・何の因果か補導されてました。てか、何なんだこの人。補導だとか言って近くの署までしょっ引いたかと思ったら話すら聞かず一方的にしゃべり倒す・・・・・・仕事する気あるのか?

 「ったく・・・見たところ忍タマってとこだが、やる気ねーならお前忍者やめろ」
 「言いがかりも甚だしいんですが・・・・・・って忍タマ?」
 「おうよ。忍者見習いすなわちこれ忍者の卵だろうが。略して忍タマだ」

 あれー?これってひょっとして・・・・・・

 「発案者・・・もとい、言い出しっぺは誰ですか?」
 「俺だ、俺。以前これで流行語大賞取ったこともあるぞ、恐れ入ったか!」

 赤髪を逆立たせた目立ちすぎる髪型のそいつは、子供相手に自慢話らしい。しかし・・・

 「・・・・・・もしかしなくてもそれ、忍タマ乱太郎から取ってます?」
 「そりゃ当然――ってお前!?」

 泡を食ったような反応で確信した。

 「奇縁というのはあるものなんですね。初めて見ましたよ」
 「お前・・・・・・いや、本当にそうなのか?」
 「言うなればしんべえにきり丸にヘムヘムといったところでしょうか」

 転生だとか憑依だとかいう単語を使わず、暗に相手の言を肯定する。ここには僕達以外にも人がいるのだ。迂闊なことは口にできない。

 「・・・・・・よし、飯おごってやる。そこでじっくり語り明かそうじゃねえの」

 目の前の赤髪も僕の意図に気付いたらしい。ニヤリと笑った顔が・・・肉食獣めいて見えたのは気のせいだろうか・・・・・・?

 てか、朝まで話す気はないですよ?早いとこサスケに接触したいし。

 はたしてこの出逢いが吉と出るか凶と出るか・・・・・・





[5794] 14 木の葉の転生人
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/10 23:24
 敵
 味方

 同郷だろうと、断定はできない。









 「よーし好きなモン頼んでいいぞ!おととい給料日だったからな」
 「自分で払いますのであしからず」
 「・・・かわいくねーガキだなおい・・・・・・」
 「借りを作りたくないだけですよ、おじさん」
 「誰がおじさんだ!俺はお兄さんだコルァ!!」

 ・・・・・・精神年齢はガキだね。憑依型かな?

 などと、意味のない予想を立ててみる刹那。

 近くの茶店に連れてこられた僕は団子を注文し、目の前の恐らく同世界の人物は饅頭を頼んだ。・・・・・・ていうか、ここイタチと鬼鮫が休憩してたとこじゃない?ある意味レアスポットだ。

 「とりあえず自己紹介だな。俺は赤蔵ヒグサ(あかくらひぐさ)。これでもいちおー上忍だ」
 「白亜刹那。カシワ商隊の護衛やってます」
 「・・・・・・商隊って嘘じゃなかったのか?」

 大まじめな顔でそう聞いてきた。頭から信じてなかったとはなんて奴だ。・・・・・・僕みたいな立場の忍びが希少種なのは認めるけど。

 「気になるなら後で調べるなりなんなり自由にしてください」
 「まあ、今更どうでもいいことだな」

 いいのか。・・・いいのか?・・・・・・うん、それこそどうでもいいことだね。

 おまちどおさま~、と運ばれてきた三色団子あんこ付きと、栗饅頭。・・・・・・む、なかなか美味い。後でお持ち帰り頼もう。

 周囲で誰も聞き耳立ててないのを確認して、ヒグサが聞いてきた。

 「それで、お前がこっち来たのは何年前だ?」
 「4年前ですね。転生か憑依かは判断付きませんが」
 「ああ?お前どう見ても4歳じゃねえだろ。憑依に決まってんじゃねえか」

 そう簡単な話じゃないのだ。そもそも本来の白亜刹那は馬車から転落死しており、僕が死んでこの世界に来た時は火葬される寸前だった。・・・・・・実際されかけた訳だけど。悲しいことに。で、その死者の肉体に僕という新たな命が入り込み転生したのか、はたまた精神が憑依した際に何らかのショックで息を吹き返したのか、2つ考えられるのである。

 不思議満載ご都合主義満載の世界だから何が起きてもおかしく無いというのがまた悩みの種なのだ。・・・・・・全く、もっと分かりやすかったら良かったのに。別にそれが分からないから問題があるという訳でもないが、のどに小骨が刺さった感じですっきりしない。

 といったこと説明したら、なんとも複雑な顔をされた。

 「めんどくせー奴だなぁ」

 うるさい。好きでそうなった訳じゃないんだよ。

 「ヒグサさんはどうですか?」
 「俺はかんっぺきな転生者だな。もう20年にもなるか」
 「二十歳だったんですか・・・・・・」

 まるで見えないが、おじさんと言われて怒る訳だ。

 「おい、何だその今初めて知りました~、大変驚きました~、みたいな反応は」
 「さあ?子供の僕には分かりません」
 「嘘付くなテメェ。もうそろそろいい年したおっちゃんだろうがよ。なんだその若々しい身体は、このショタコン!」
 「失敬な。これでも精神年齢は19ですよ。20代前ですよ」
 「――はあ!?嘘だろお前!4年前だから・・・享年15歳!?」
 「声が大きいです。自重してください」

 緑茶をすすりつつたしなめると、赤蔵ヒグサは慌てたように口を手で覆った。・・・・・・本当に上忍なのかな、この人。
 
 チラチラと横目で辺りを確かめるヒグサ。

 「・・・・・・マジか?マジな話か?」
 「マジですね。残念ながら」
 「・・・・・・そいつは、悪かったな。死因とかは聞かん。断じて聞かんぞ」

 それは聞く気満々だったと捉えていいのだろうか?・・・・・・とりあえず話題を変えとこう。

 「それにしても、忍界大戦とか九尾事件とか、よく生き残りましたね」
 「あー・・・忍界大戦な、あれ途中で大怪我して後ずっと入院してたな」
 「何という悪運・・・・・・」
 「九尾の方は、その時期に無理矢理長期任務入れて回避したぞ」
 「あくどいですね・・・・・・てか、事前に口寄せを潰そうとか考えなかったんですか?」
 「は?口寄せ?九尾は天災の一種だろ?」

 何言ってんだお前、みたいな目を向けられる。・・・・・・ふむ。転生時期のズレ、そして死亡時期のズレ、か。なんか本当に知らない感じだし。・・・現状では黙っておこうか。

 「そうでしたっけ?どうも記憶が曖昧で・・・」
 「はっはっは!頭も鍛えんとダメだぞきみぃ~」

 たとえ誰が相手であってもそれだけは言われたくない。・・・・・・くそ、会話の流れ上言い返せないのが腹立たしくてたまらない。

 「うるさいですよ。・・・・・・原作への干渉はどうしてます?」

 さて、ここからが本題だ。この上忍は敵となるか味方となるか。

 「干渉?んなもんほとんどしてねーぞ」

 一瞬、間が空いて。

 「・・・・・・えっと、ナルトとかは?」
 「誰があんな死亡フラグだらけの奴に近づくか。そのうち勝手に助かるんだから放置に決まってる」
 「・・・・・・・・・・・・シカマル以上のめんどくさがり?」
 「きちーことなんざ一切ごめんだ。その分お前が何しようと俺は干渉せん。好きにしろ」

 これは・・・・・・ある意味ありがたいけど、味方に引き込むのも無理かな。唯我独尊じゃないけど、我が道を行くというか。

 「あー・・・そうですか。ではお互いのやることには不干渉ということで」
 「茶飲み友達ぐらいならなってやってもいいぞ」
 「あはは・・・・・・たまにはお話でもしましょうか。ちなみに、ヒグサさん以外に転生人はいますか?」
 「さあな。俺は特に気付かなかったが」
 「そうですか・・・」

 そんな感じで同郷人とのファーストコンタクトは終了した。得るものは特になかったけど、僕以外の転生人がいると分かったことが収穫といえば収穫か。

 ナルトや他のキャラにもこれといった干渉はしてないらしいから、僕もやり易い。





 「ところで、アカデミーどこだか知りません?」
 「いきなりやる気かよお前・・・・・・」

 呆れたような目を向けられて、僕はとりあえず愛想笑いしておいた。

 
 

 
 「・・・ったくめんどくせーことに何でわざわざ首突っ込むかねぇ」

 ずず・・・と冷めた茶を飲みながらヒグサはぼやく。

 見た感じ気のいい美少年である白亜刹那。その実若干15歳で死亡した、自分と同じ転生人。・・・・・・憑依の可能性もあるにはあるが、それはともかく見かけによらず辛い人生を送ってきたようだ。

 実力の程はさっぱりわからん。落ち着いた奴だが、全てに対して反応が希薄というか・・・・・・いや、詰め所でのつっこみは激しかったが、とにかくわからん。一度苦無を握ってみたがまるで無反応。・・・・・・素か演技かすらわかんねーし、実力に関しては保留だな。

 饅頭の残りを口に放り込む。刹那もここの味は気に入ったようで、去り際にしこたま買っていった。団子30本は買いすぎだろーが。

 「どう介入していく気か、見といてやろうじゃねえの」

 カカシ曰くの物騒な笑みを浮かべて、ヒグサは勘定に向かった。

 「・・・・・・え?既にお支払いされてますよ?」
 「あのガキ・・・・・・大人がおごられちゃ立つ瀬ねーだろうが・・・・・・」

 刹那の所有金額を知らないヒグサは、世間体を考えガックリ肩を落としたそうな。




[5794] 15 木の葉アカデミー
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:32
 学園
 学校

 僕にはまるで、未知の領域。









 赤蔵ヒグサなる転生人と別れた僕は、教えられた道をたどりアカデミーへと向かっていた。・・・・・・普通に歩いてだよ?屋根の上跳んだりしないよ?

 茶店で少々時間を取られたため、もしかしたら既に皆帰ってしまっている可能性もあったが、サスケ辺りは居残りしてるだろう。

 「・・・・・・あ。あの建物かな?」

 なんかそれっぽい建造物グラウンド付きを見つけた。塀を乗り越えるようなことはせず(怪しさ満開だし)閉じた門に足を向ける。

 「えっと・・・インターフォンは、っと」

 無線があるので当然存在するスイッチをためらいなく押し込む。

 ピンポ~ン。

 どこの家庭だといった音調。・・・・・・もっと他のはないのだろうか。気が抜けすぎる。ジーー、ぐらいでいいのに。

 などと勝手極まりない感想を抱いていたら、女性の声で返事があった。

 前もって用意していたセリフを口にする。

 <どちらさまでしょうか?>
 「あ、すいません。見学希望なんですが」
 <・・・・・・見学?>
 「はい。僕はカシワという隊商の者なんですが、一度学校というものを見ておきたくて」
 <ここは忍者アカデミーですよ?>
 「一般人でも入学は可能ですよね?僕は忍びの訓練も受けてますが」
 <・・・・・・しょ、少々お待ちを>

 ブツッ、と音がして内線が切れる。ふむ、これならいけるかな?





 同時刻、アカデミー職員室にて。

 「先輩、見学希望の方が見えてるのですが」
 「は?そんなアポないよな?」
 「それが隊商の子らしくて・・・・・・一度学校というものを見てみたいと」
 「隊商?それならアポがないのも当然か。・・・・・・危険度のチェック、そして身元の確認ができたら入れてもいいだろう」
 「了解しました」





 「え~っと、白亜刹那くんね。身元の確認は取れたから・・・・・・後は武具忍具を全部預けてもらえるかしら?」
 「・・・・・・脇差以外は校内にあるのと一緒ですよ?」
 「念のためよ。いくら身元がはっきりしてても、ここには名家の子も通ってるから。万が一があっちゃいけないの」
 「全く仕方ないですね・・・・・・はい、どうぞ」
 「・・・・・・えー、何かしら?その無能め!みたいな目と言葉は」
 「何でもないですよ?女性とはいえ大の大人がこんな子供1人止める自信がないのか~、なんて思ってませんよ?」
 「思いっきりわざと言ってるわよねそれ!!大人をなめちゃいけないのよ!?」
 「大人ではなくあなた個人をなめてます」
 「・・・こっ、子供っぽくない・・・・・・可愛くない・・・・・・!」
 「早熟は忍びにとっていいことだと思いますが?それに、貴女の方が子供っぽいですよ?」
 (うぅ・・・・・・何なのこの子はーっ!?ホントに私が子供扱いじゃないっ!!)

 精一杯の反論はあれよあれよと封じられ、心の中で絶叫するくの一さん。

 可憐なくせして腹黒さ満載の微笑みに、新米女教師は子供の未来を憂うのであった。





 「元気出してくださいよ、ミミ先生」
 「・・・貴方のせいでしょ、白亜くん。というか、私の名前はミミナですよ!」
 「まあまあ、子供と大人のスキンシップということで」
 「貴方が子供に思えないのだけれど・・・・・・(見かけは可愛い子なのに・・・)」
 「あははは・・・お団子あるんですが、食べます?」
 「あ、もらう―――コホン。その、勤務中ですし、お昼休憩でもないのでいけません」
 「でしたらお持ち帰りください。はい、1パック(3個入り)どうぞ」
 「・・・・・・た、食べ物で釣ろうったって、そうはいきませんからね!」
 「でもしっかりもらうんですよね?」
 「う・・・・・・あ、ありがと」
 「いえいえ」

 ・・・・・・うん、楽しい。非常にからかい甲斐がある。これだけ読みやすい人は周りにいないなー。おかげで随分遊べたし。

 校門に現れ刹那の案内役となった松風ミミナという女性は、忍びとは思えないほどに思考が読みやすかった。・・・・・・いや、だから先生やってるのかな?前線に出ないで。

 てくてくのんびり木目調の廊下を歩く。刹那が来た時にはもう授業も終わる頃合だったのだが、校舎だけでも見て回りたいという要望を目の前の先生が聞き入れてくれたのだ。忍びとしての適正はともかく、良い先生である。

 ちょうどホームルームの時間なのか、通路に人はおらず、時々通りがかる教室の中から賑やかな声が響いてくる。そのほとんどが子供の声。当たり前だ。ここは学校なのだから。

 「これが学校・・・アカデミーかぁ・・・・・・」
 「通いたくなった?」
 「さあ・・・・・・いや、うん。こういうのも、悪くないかもしれない」

 声に、ミミナは思わず、隣を歩く少年を盗み見た。そして――息を呑む。

 窓から入る斜陽に照らされた、水色の髪と、瞳。目元と口元を緩ませた、穏やかな、けれどどこか寂しげな微笑。美少年だとは思っていたが、ここまでではなかった。

 それはそう、さっきまでが恐らく、作り物だったせいだ。半ば演技だったせいだ。

 羨望、憧憬。子供が浮かべるに相応しい。否、子供にしか浮かべることの叶わない、純粋にして自然な、笑顔。

 どうしようもなく、見とれた。

 ・・・・・・最初が最初だったので、そのギャップは凄まじい。

 たとえ言動が子供のそれとかけ離れていても、子供は子供なのだと、ミミナ心底から思い知った。

 頭の後ろで手を組んで歩く姿は、同年代の子供たちよりも、よほど幼く見える。

 この少年はもしかすると、限りなく純粋なだけなのかもしれない。

 脈絡なく、そう思った。





 ついでに自分はショタコンだったのかと、ミミナは激しく落ち込んだ。





 校舎を大体一周して、最後に屋上を見学した。

 「わぁ、火影岩までよく見えるね」

 沈みかけた夕日に照らされ、灰色の岩肌が朱に染まっている。さながらナルト版の炎のがけか。・・・・・・あれはゴビ砂漠だっけ?

 「これで校舎は全部回ったけど・・・・・・どう?満足した?」
 「そうですね・・・授業が見れなかったのが、残念といえば残念ですが」
 「それは仕方ないわよ。また今度早い時間にいらしゃい」
 「ですね・・・・・・あれ?」
 「どうかした?」
 「ミミ先生、あの端っこにいるの、誰ですか?」

 そう言って僕はグラウンドの一部を指差した。逆行でよく見えないが・・・確かに2人いる。

 「あれは・・・・・・多分サスケくんとシギくんね」
 「・・・・・・誰?」

 サスケは分かるが、シギって何?

 「背中の家紋が見えない?2人はあのうちは一族よ」
 「・・・え?2人とも!?」
 「そうそう。ああやって遅くまで個人訓練してるのよ。才能に溺れず努力するっていいことよねー」
 「・・・・・・ちなみに、兄弟だったりします?」
 「ううん。確かはとこだったはず。あ、サスケくんにはイタチってお兄さんがいてねー、この人がまた優秀でカッコイイのよ!」
 「そう・・・ですか。・・・・・・会いに行っても?」
 「んー・・・邪魔しなければいいと思うわ」
 「では早速」
 「って刹那くん!ここ屋上――」

 呼び止める声が聞こえたけど、僕は止まらなかった。まっすぐ縁へと向かい、跳ぶ。結構な高さがあっても、この程度は問題にならない。着地の寸前、タイミングを見計らって足を曲げ膝をつき前転。垂直エネルギーを全て横方向に変換し、少々土が付いたが問題なく地面に降りた。

 とそこで焦らずとも問題ないことに思い至る。・・・・・・う~ん、ちょっと動揺してたかな。

 ともあれ、まずは確認しないとね・・・

 
 


 「すご・・・・・・」

 高みから力任せチャクラ任せに着地するなら分かる。だが、あそこまで見事に勢いを殺す芸当は見たことがない。

 しばし呆然とした後思わず拍手したくなったが、案内以前に監視の役割があったことを思い出し、ミミナは慌てて刹那の後を追うのだった。

 もちろん、飛び降りるのではなく壁を伝って。





 努めて自然体で歩み寄っていくと、手裏剣術を磨いていたらしい2人が僕に気づきこちらを振り返った。

 片方は、うちはサスケ。後に万華鏡写輪眼をも体得する天才。今はまだ孤高といった感じはせず、見慣れない僕へ不審そうな顔を向けてくる。

 そして、もう1人。

 教師ミミナの言うことが確かなら、名をうちはシギ。サスケを二枚目とするなら、三枚目といったところか。若干容姿が劣っている。こちらはどうも切羽詰ってるというか、焦燥に駆られているというか、そんな空気が濃厚だ。・・・・・・可能性が高くなってきた。

 何か言われる前に、機先を制す。

 「How are you?」
 「っ!?」
 「・・・・・・?」

 片や顔色を劇的に変え、もう1人は訝しげに首を傾げた。

 これで間違えたらおかしいというぐらいに、決定的な反応だった。・・・・・・あー、あー。またですかそうですか。

 やれやれ。今日は呆れるぐらいに縁のある日だ。イレギュラーに2人も逢うなんて・・・・・・

 今後の対応への変化を思い、刹那はこっそり溜息を吐いた。十中八九、敵にはならないだろうと思いつつ・・・





  ・・・・・・はうあーゆう?

 見覚えのない奴が口にした聞いたこともない単語にサスケは首を捻る。・・・と、シギの様子がおかしいのに気づいた。

 「オイ、シギどうした?」
 「・・・・・・悪い、サスケ。後は1人で練習しといてくれ。俺は、こいつに話がある」
 「はあ・・・?知り合いか?」
 「・・・まあ似たようなもんだな。初対面だが」

 訳が分からなかったが、シギの真剣極まりない表情に気圧され頷く。こいつとは長い付き合いだが、こんな顔は見たことがない。

 「とゆー訳で、場所変えるぞ」
 「時間に余裕があるんだったら、僕が泊まってる宿なんてどう?」
 「それでいいから早く行くぞ!」

 初対面だと言ったにも関わらず、あの水色の髪の奴とシギの間には暗黙の了解らしきものがあるようだ。全くもって意味不明である。

 場所を変えるということは、つまり聞かれたくない話をするのか。

 自分にさえ話せない、けれど初対面の奴には話せる内容。・・・・・・気にならないはずもないが、後をつけたりしたらシギは怒るだろう。それだけは避けねばならない。どんな報復が待ってるか、想像するだけでも恐ろしい。

 以前それで弁当に下剤を仕込まれたことを思い出し、ついでにおかずが全て納豆にすりかえられたことを思い出し、更にはもらったトマトに濃縮された蜂蜜が入っていたことを思い出し、サスケはちょっとばかり青い顔で、離れていく2人を見送るのだった。





 うちはシギと連れ立って歩き、ひとまず自己紹介をしようとしたところで邪魔が入った。

 「刹那くんっ、いきなり飛び降りるなんて怪我したらどうすムゴっ!?」

 何やら凄い剣幕で迫ってきたミミナの口に素早く団子を詰め込む。うん。静かでいい。

 「ああそれで、僕の名前は――」
 「何やってるかお前ーっ!!」
 「―――!?」

 突如爆発した怒鳴り声と同時、何故かシギに殴りかかられ危ういところでこれを避けた。

 「い、いきなり何を――」
 「それはこっちのセリフだこの野郎!松風先生に何しやがる!?」
 「何って・・・・・・団子を食べさせただけだよ?静かにしてほしかったから」
 「ふざけるなぁーっ!!」

 別にふざけてなどいないというに、シギは怒髪天を衝く形相でまたも殴りかかってきた。しっかり顔面目掛けて打ち出された拳を余裕で回避し、とりあえず距離を取る。

 「えっと・・・怒る理由が見当たらないんだけど」
 「その態度がムカつく!天然かこの野郎、そこに直れぇ!!」

 侍じゃあるまいし、直れはないんじゃないかと思うのだが、そんなことを言っても止まってくれそうにない。ついには手裏剣まで取り出したシギを見て、溜息混じりに腰へ手を伸ばす。―――が、伸ばした手は空を切った。

 ・・・・・・武器預けたままだし。

 もちろんシギがこちらの事情を汲んでくれるはずもなく、当然の帰結として手裏剣が投じられた。・・・・・・連続で。

 「多っ!」

 投げすぎだろというぐらいの数、具体的には24枚。狙ってやったか否かはともかく、適度に軌道が散らばっているので下手に動けない。・・・・・・見た感じ思いっきりマグレだが。

 ああもうっ、チャクラの無駄使いだ!

 ほぼ一瞬で印を組み、手の平を地面に叩きつけた。

 ――土遁・土陸返し!

 流すチャクラ量を少なくし、必要最低限だけ地面をひっくり返す。ザクザク手裏剣が刺さってあらかた通り過ぎた後、眼前の土塊に掌底を向け、突き、触れる寸前でチャクラを爆発させる。

 刹那と同サイズだった土の塊は、途方もない衝撃で砕け散弾の如くシギへと襲い掛かった。

 ・・・・・・簡単に言えば刃のない手裏剣が10倍返しどころではない物量で飛来したようなものであり、無駄にたくさんの手裏剣を投げ体勢の崩れていたシギにかわす余力があるはずもなく――

 「のべごぼあぁーーっ!っ、・・・・・・・・・・・・」

 土の弾丸で全身を打ちのめされ最初の怒号が嘘のようにあっさり沈黙。・・・・・・うん。土を飛ばした際にエネルギーもかなり拡散したから大丈夫だと思うけど・・・・・・ちゃんと生きてるよね?

 泥まみれもとい土まみれのシギにそーっと近寄り――

 「引っかかっだゴベ!?」

 ゾンビの如く起き上がった気味の悪い物体の側頭に回し蹴りを叩き込み、今度こそ静かになった。

 「・・・・・・何だった訳・・・?」

 また起き上がりそうな気がしないでもないため、確実に意識を刈り取ったと判断しつつも微妙ーに距離を置いて呟く僕。

 と、一連の事態を離れたとこで見ていたサスケが、まるで頭痛をこらえるように手を額にやってこちらへ来た。

 「・・・・・・悪い、迷惑をかけた」
 「ていうか・・・今の何?」

 僕の問いにサスケはチラリと詰め込まれた団子を仕方なさそうに食べるミミナに視線を走らせ、耳元でぼそぼそと語る。

 「(この馬鹿はあの女教師に惚れてるらしい)」
 「は?」
 「(平たく言えば嫉妬したんだ。・・・・・・恥ずかしがって1人じゃ話もできないとか言ってたぜ)」
 「な・・・なんて傍迷惑・・・・・・」
 
 精神年齢的には適してるかもしれないが、まず間違いなく相手にされないだろう。

 ・・・・・・まともに話、できるかな?

 今後の道行きが不安になったと言わざるを得ない刹那であった。 





[5794] 16 木の葉、うちは邸
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/10/25 16:36
 転生
 憑依

 この世にどれほど、いるのだろう。









 宿泊している部屋の戸を開けたらそこに満面の笑顔で待ち構えていたナズナを発見。・・・・・・最近お母さんに鍛えられて気配が読みにくくなってるから非常に困っていたり。

 「えっと・・・ナズナ、何か用?」
 「刹那くん、お買い物に行こ!」

 にこにこと拒否を許さぬ輝かんばかりの笑顔・・・・・・笑顔、だよね?打算とか策略なんか欠片もない純粋さからくる笑顔だよね??

 「その・・・今日は用事があって、」
 「またそれ!?昨日も昨日でいなかったから今日こそ行こうと待ってたんだよ!」
 「・・・・・・約束はしてない」
 「でも行ってくれるんだよね?」

 うう・・・・・・そんなきらきらした眼差しを向けないでお願いだから!

 「・・・バイバ」

 ガシッ!

 ・・・・・・腕をつかまれた。ずるずると引きずられる。

 「ふっふ~ん!今日という今日は逃がさないんだから!こないだの砂の里の時も刹那くん1人でどっか行っちゃうし、暑いのに何やってるんだろうと思ってたら突然お友達連れてくるし。・・・・・・忍者の訓練がお休みになる里じゃないと遊べないんだから、こーいう日をユーイギに使わないと!・・・・・・ねえ、刹那くん聞いてる?」

 余りに反応がなさ過ぎる背後を振り返ったナズナが見たものは。

 ・・・・・・デク人形。それも人体を恐ろしく精巧に模した。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 顔の部分に苦無で縫いとめられたメモを見るともなしに読む。

 『ごめんねナズナ。この埋め合わせは必ず! 刹那より』

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 デク人形の腕、つかんでいたその部分がミシリと不吉な音を立てる。

 はらりと風でひるがえった紙の裏面に、追伸、とあった。

 『身代わりの術ぐらいすぐに気づけるようにならないとね。精進しなさい。 刹那より』

 「・・・・・・・・・・・・刹那くんの・・・刹那くんのバカーーーっ!!」

 いつの間にやらすりかわられていたデク人形にナズナの魂からの拳が打ち込まれたのは、言うまでも無いことである。





 決死の覚悟に近い感覚でナズナを撒いてきた僕は、うちは一族の住む区画へ足を運んでいた。・・・・・・うう。これからやる予定のうちはシギとの会話よりも、帰ってからナズナをなだめる方が憂鬱だよ・・・

 昨日、正当防衛とはいえ名家の子息をのしてしまったことへのお詫びに、刹那は目を回したままのシギを背負うサスケと連れ立ち、うちは邸を訪れていた。

 ・・・・・・何故か連れて行かれたのはサスケの家だったけど。何でもシギの両親は共働きで、警務部隊でなく普通に任務をこなしてるらしい。それで仲のいいサスケの家に泊まることが多いんだとか。

 で、うちは本家におじゃまして、僕はフガクさんと面会した。一族を束ねる日向で言えばヒアシと同じ立場なだけに、貫禄は相当だった。もっともサスケから事のあらましを聞いて苦虫を噛んだような表情になってはいたが。

 時たま起こるらしいシギの暴走とサスケの証言から当然僕はお咎めなし。逆に迷惑をかけたとかでお土産までもらってしまった。うちはせんべい。・・・・・・カシワさんが美味しそうに食べてたな。

 結局シギは目を覚まさなかったため、明日もう一度訪問する旨を告げて刹那は邸宅を辞した。





 ――そして現在、僕はうちは本邸にてうちはシギと対面していた。・・・・・・うん。目に敵意がありありと見えるね。

 「テメェ・・・白亜刹那だっけか。昨日はよくもやってくれたな」
 「正当防衛と言ってほしいね、うちはシギ。そもそもあの先生と話すらできないのは自分のせいでしょ」
 「なっ――なな何言って!」
 「サスケから聞いた」
 「・・・あの野郎・・・・・・」

 ぎりぎりと歯軋りするシギ。覚えてろだの覚悟してろよだの陳腐だが不吉に呟くのを聞き流し、案内された部屋の周りに聞き耳立てる者が誰もいないのを確認して本題に入る。

 「で、キミの中身は地球人ってことでいいの?」
 「・・・ああ。地球出身の日本人だ。お前もだろ?」
 「日本人じゃないけどね」
 「・・・・・・は?」
 「・・・国籍が違うだけで何驚いてるんだか」
 「あ、いやその・・・・・・」
 「NARUTOの漫画は英語版もしっかりあるよ?僕が読んだのは日本語だけど」
 「いや、なんつーか、先入観が。この世界思いっきり日本っぽいし」

 まあそういった考えになるのも仕方がないと言えよう。NARUTOの作者は日本人だし、一番出回ってるのも日本。そしてこの世界も日本じみた構成だ。無理もないね。

 「さて、僕が聞きたいことは簡潔だ。シギ、キミはどのくらい原作に干渉してる?」
 
 顔つきを改めシギを見やると、シギは何故かたじろいだように身を動かした。・・・・・・特に不審な行動ではないけど・・・なんだろう?

 「・・・・・・あー、まあサスケと仲良くなったぐらいで、他は何もできてねぇ」
 「何で?」
 「気づけよオイ・・・・・・うちはだぞ。後1年あるかわかんねーんだぞ!?」

 声が大きくなる。後1年・・・・・・うちはイタチによる、一族虐殺事件。

 そのタイムリミットまで、1年あるかどうかといったところ。

 不安は当然だ。この世界にやってきた理由は知らないけど、自分が1つの命であることには違いない。理不尽に殺されるなどもってのほかだ。

 それら全てを踏まえ、理解した上で、僕は答えた。

 「そうだね」

 まるで、突き放したように。

 それはただの、事実だから。

 「そうだね・・・だと?テメェ、他人事だと思って!」

 故に・・・シギがそこで怒る理由が分からなかった。

 今にもつかみかからん剣幕のシギに、僕は純粋な疑問から首を傾げた。

 怒っている暇などあるのか、と。時間は限られているのに、と。

 「・・・まあ他人事には違いないんだけど、僕的にはそのイベント回避したいんだよね」
 「はあ!?んなもん無理に決まってんだろうが!」
 「実際やってみたわけ?」
 「やんねえでも分かるっての!里の中枢とうちは一族の摩擦、優秀な忍びとしてのプライド、どうあろうと火影になれない鬱積に・・・・・・長年の因縁やら恨みやらが山ほどあるんだぞ!!どこをどーしたら回避できるってんだよ!?」

 シギの的確とも言える状況分析に、こいつは意外に頭がいいのかもしれないと認識を上方修正した。シギの見立ては正しい。それだけの問題点を普通の手段で解決するのは、僅か1年という時間では不可能だ。

 ―――普通の、手段では。

 故に、僕は思考に思考を重ね吟味し検討した答えを、口にする。

 「回避は不可能じゃない」
 「っ!?」
 「今から始めたんじゃ無理だろうけど、僕は2年前からこの時に備えて準備してきた」
 「な・・・・・・に・・・?」
 「確実とは言えない。不確定性も高い。だけど、うちは虐殺を回避するすべは、確かにある」

 僕の全てを斬って捨てる断言に、硬直しているうちはシギへ、僕は微笑んだ。

 「――協力、してくれる?」
 「っ・・・・・・!!」





 その時のシギの表情は、彼の自尊心のためにも言わないでおこう。

 不確定分子たるうちはシギ。彼と協力関係を取れたことで、回避成功の確率は僅かながらも上がった。

 僕の目論見が上手くいけば、うちはの存続は可能だ。

 僕のささやかなる望みのためにも・・・・・・願わくば、上手くいかんことを。








 「ところで忍タマで流行語大賞取った人には会った?」
 「あの人か・・・・・・相談しようと思ったんだが、調べたけど家もわかんねーから何年も前にあきらめた。どーせ一介の上忍に何とかできるとは思えなかったし、多分忙しいんだろうし」
 「・・・・・・昨日僕補導されたけど」
 「・・・・・・は?」
 「そっかぁ、忙しいのかぁ。・・・・・・昼間っから茶店に行くぐらいに」
 「なんだとぉぉぉーーーっ!?」

 その日、うちは本低に悲痛な叫びが響き渡りましたとさ。やれやれ・・・・・・








[5794] 17 模擬戦
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/23 10:43
 実戦
 模擬戦

 その差異は、殺意のみ。








 協力関係を取り付け、やれやれ一安心だとお茶をすすっていた時、ふとシギが顔を上げ口を開いた。

 「ところで白亜」
 「刹那でいいよ」
 「分かった、俺もシギでいい。・・・刹那、お前どれぐらい強い?」
 「さあ?強さというのは時と場合と相手によって上下するから、一概には言い切れない」
 「ならよ、模擬戦しないか?」
 「・・・・・・?」
 「いや、首傾げられても困るんだが・・・・・・とにかく勝負だ勝負!リベンジとしてお前に挑戦を申し込む!」

 言外に昨日の一戦は実力ではないと言いたいわけか。

 「んー・・・お互いの実力を把握しておくのも大事だしね。・・・乗った」
 「いよっし!なら演習場行くぞ、既に予約はしてある!」

 得意満面で言うシギを、僕は準備いいね~、と褒めておいた。・・・・・・シギって多分、図に乗るタイプだし。・・・・・・多分ね。






 太陽が斜め135度の辺りを停滞する現在、刹那とシギはうちは邸を離れ演習場へと足を運んでいた。

 「・・・・・・だからって第三演習場選ぶかなぁ・・・?」

 丸太3本とその裏の慰霊碑を見やり、僕は呆れが大半を占める呟きを漏らした。

 「原作で第七班が正式に結成されたとこだぞ?気分が出ていいだろうが」
 「・・・・・・・・・まあ、いいけど。よく借りられたね」
 「ふっふっふ。うちはの名を出せば一発だったぜ!」
 「職権乱用・・・・・・?」

 少し違うか。

 適当に会話をこなしながら地形を頭に入れ、10メートルばかり離れた地点で相対する。

 「そういえば・・・」
 「どうした?」
 「こういう模擬戦って、初めてかも」

 お母さんとは思いっきり修行な感じで基礎と新たな術の講義、練習がメイン。・・・・・・時々高位妖魔(野良)と戦らせられたりもするけど、それは割愛。

 ナズナはまだ僕とや戦り合える程成長してないし(最近はお母さんが付きっきり)・・・・・・それ以外だと模擬する相手がいない。

 あ、テマリとカンクロウの2人と戦ったのは唯一模擬戦と言えるかもしれないけど・・・決着付く前に我愛羅が来たから、やっぱりまともな模擬戦は一度もやってないな。
 
 「おいおい、なら対人戦の経験ほとんど無いんじゃねえの?」
 「う~ん・・・そういう訳じゃないけど・・・いいや、とにかくやろう」

 またごちゃごちゃ言われる前に足下の小石をつまんで、上空へと放った。

 「あれが落ちてきたら開始ね」
 「――よーし・・・覚悟しろよ?」

 シギは口の端をつり上げ、黒い瞳をギラギラと輝かせた。

 僕はそれに薄い笑みで応え、小さく放物線を描き落ちてくる小石を視界の隅で確認し――


 ――――カッ!


 地面で弾ぜた瞬間、僕は腰の後ろへ片手を差し入れた。





 定石として投げられた手裏剣4枚を抜きはなった右の脇差しで弾く。昨日のような無様な真似をすることもなく、シギは2本の苦無を投擲、そして後退。・・・・・・距離を取る気?

 ならば、と刹那は逆に前進しつつ手裏剣同様苦無を脇差しで弾き――

 「!」

 直後、弾いた苦無が爆散。生じた炎がまさしく爆発的に襲いくり刹那の身体を包み込む。

 ご丁寧なことに、起爆札の上から布を巻いて通常の苦無のように仕立て上げたもの。つまり、最初っから爆発させるためだけに作られた苦無だ。見分けるのはたとえ上忍でも難しい。

 まずかわしようがないタイミングだった。されど気を緩めることなくシギは漂う煙から目を離さない。

 「・・・決まったか?」
 「残念、ハズレ」

 漏らした吐息のような独白に返事があり、ギョッとそちらを見れば、眉を寄せた刹那が離れた茂みの中から姿を見せていた。

 「全く・・・模擬戦で起爆札使うかな普通」
 「別にルールなんか決めてねーぞ」
 「・・・・・・了解。実戦通りにやるよ」

 がさがさ茂みを揺らして刹那が出てくる。煙が風に流された後には、どこから取り出したのか焦げた木製の人形が転がっていた。・・・・・・変わり身か。しかし、それにしても――

 「何だよあの人形は。お前の趣味か?」

 シギが指さす人形は、見た限り趣味としか言いようがないほど精緻に整えられていた。焦げてさえいなければ、今すぐ色を塗ってお店に並べられるぐらいに。

 「んー・・・副産物とだけ言っておこう」

 にっこり笑って言う刹那に、何のだよ、と思わず突っ込みたくなったがやめた。

 サスケや自分みたいなクール系ではなく、どちらかといえばお姉様受けする可愛いとさえ言える笑顔の、裏。

 ――なんか、黒いオーラ見える気が。

 ・・・・・・・・・・・・考えるのをやめよう。

 たとえ腹黒であるにせよ今考えることではない。

 そう割り切って、シギは印を組んだ。





 さてさて・・・どう出るかな?

 苦無に隠された起爆札には驚かされたけど、変わり身でどうにかなった。果たしてこちらのジョーカーを切らせるほどの実力はあるかな・・・?

 そうして様子をうかがっていると、シギが印を結んだ。なかなか速いね。

 ・・・・・・あれ?サスケがあの術を習得したの、いつだっけ?

 つらつら考えていると、シギは最後を寅の印で締めくくった。十中八九あれは・・・・・・

 推測し、対抗のため、刹那もまた印を組む。

 ――火遁・豪火球の術!

 予想通りシギの口から火炎が吐き出され、円球と化して迫った。

 ――水遁・水陣壁!

 迎え撃つは文字通り水の壁。一方向にのみ張られた水膜は、猛る火炎を相殺する。

 しかしその時、何故かシギが怒鳴った。

 「お前昨日土遁使ってただろうが!水遁まで使えるのかよ!?」
 「たゆまぬ努力の成果だよ」

 理不尽な文句を斬って捨て、即座に次の術へ。

 「それじゃ、大サービスで見せてあげるよ」

 ニッと笑い、組みし印は・・・たった今シギが結んだものと同じ。

 「!!その印・・・・・・!」

 ――火遁・豪火球の術!

 豪!と吐き出されし炎は・・・しかし球とはならず拡散してシギを襲った。

 密度が下がった分広範囲へと影響する火炎がその姿を覆い隠し、こちらの視界から外れ、ドッ、という不可解な音に刹那は内心首を傾げる。

 「――っと」

 不意に背後から頭部を狙った拳が突き出され、左足を軸に回転した刹那は、回避と同時に右の脇差しを振るった。

 「っ・・・・・・!」

 惜しくも薄皮一枚届かず、のけぞったシギの胸部位の衣服を裂くに終わり、とっさの回避でバランスの崩れたシギは、しかし敢えて立て直さず地面へ転がり足の反動だけで起きあがった。

 「いい反応だね」

 素直な賞賛。だが賞賛された本人は不機嫌そうだ。

 「それは俺のセリフだろーが。何であのタイミングで反撃できんだよ」

 下忍どころか、恐らく並の中忍なら喰らっていただろう突き。それを平然と避け、あまつさえ反撃してきた刹那に警戒レベルを上げたらしい。

 「いや、空気の流れで何となく・・・・・・」
 「はいダウト!火遁で空気乱れてんのに読めるわけねーだろうが!」
 
 憤然とした猛抗議。・・・・・・嘘じゃないのに。

 「つーか何だよ今のエセ豪火球は!」
 「いや、今見て覚えた――」
 「ダウトダウト!!嘘吐くんじゃねえこの野郎!写輪眼でもないのにコピーできてたまるか!」
 「だからできてなかったでしょ?」
 「・・・・・・・・・・・・あー、うん。確かに」
 「覚えたのは印だけだよ。・・・もう何回かしたらコツつかめると思うけど」
 「どーゆーチートだこんにゃろうめーーっ!」
 「失礼な。単に僕の頭が良いだけだ」
 「俺が馬鹿だとこん畜生!?」

 ああ・・・なんかテンション上がりすぎで暴走したっぽい。

 やれやれと溜息する僕。

 「こうなったら俺の本気で潰す!潰すったら潰すぞオラーーッ!」

 そう叫んでシギが両腕をまくり――僕は目を見張った。

 束になった根性という文字が、ズラッと。

 言うまでもなく聞くまでもなく・・・マイト・ガイ特製ベルト。

 「・・・・・・入手経路は?」
 「俺の親父はガイの戦友だーっ!」

 なるほど。と納得する間に両足のおもりも外すシギ。視線を背後にやると、焼けた地面に腹巻きみたいなのが。

 もちろん、根性サイン入りで。

 ・・・・・・うわぁ・・・中忍試験の時のリーとどっちが重いかな?

 さすがに見ただけで重さは分からない。つまりは、速さの上昇率も。
 
 外し終わったシギが、笑みを向ける。

 「待っててくれてありがとよ!けどな・・・その余裕がお前の命取りだぜぇ!」
 「っ!」

 戦いの中においてもにこやかだった刹那の表情が、緊迫する。

 間一髪で体をさばき、腹部へと振り抜かれた拳を左手でずらす。速い・・・・・・!

 踏み込みの深い体勢のシギに一刀を加えようとするも、脇差しを振った途端目標が急速に遠ざかり空振る。

 ヒュン、ヒュン、と。瞬身を連続でかますような敢えて残像を残す動き。・・・目で、追えなくなってきた。

 「ホント・・・リーとどっちが速いかな。・・・・・・サスケも重り付けてるの?」
 「いーや。俺だけだ」

 軽く口にする僕の問いに律儀に返してくれるシギ。だとすると、サスケの実力は原作と同じくらいかな?

 「っ!」

 頬をかすめる疾風の如き拳打に、思索を止める。この身体で、この状態では、マズい。

 一息、吐いて。

 スイ、っと。水色の双眸が、細まる。

 視界の中で、速度がスッパリ切り取られる。

 重りを外したシギさえも、例外でなく。

 音速も超えられない速さでは、この技から逃れるすべはない。

 『算定演舞』

 凍り付いたも同然の段階から、少しずつ、ランクを下げる。

 ゆっくりと速くなっていく世界。その中で、シギの動作が通常の半分ほどの速さになった段階で、留める。そして、

 ――見る。

 足の動きを、体の向きを。

 ――視る。

 重心を、力の流れを。

 ――観る。

 チャクラの集中を、視線の先を。

 指の動き、僅かな重心変化、目の挙動、呼吸のタイミング。

 『全て』を。

 ――――読み尽くす。

 シギが一歩踏み込んだ。これは瞬身、一歩右へ。唸る拳が、空を貫く。

 ヒット&アウェイ。すぐさま移動を開始するシギ。予測移動ポイントに、手裏剣をばらまく。

 慌てたように、無理な力を加えてシギが方向転換。その先には、既に起爆札を巻いた千本が転がり。

 爆風。かろうじて避けたか。先読みされたトラップに動揺の表情。次。その隙に印を組む。

 ――水遁・鉄砲玉。圧縮された水弾。向かうは更なる予測ポイント。命中。腕でガードしたか。

 む。目つきが変わった。何をする気だ?

 そう考えた、直後。

 シギが、目の前にいた。

 「――!!」

 反射的に思考速度が上昇。シギの動きが遅くなり、思索の猶予。

 ・・・・・・無理。

 物理的に自身の限界的に回避もカウンターも不可。可能なのは防御ぐらいだが、これ多分喰らったら骨折れるよ?

 ・・・・・・嫌だなぁ。

 ならどうしようかと考えて、こいつなら迂闊なことは喋らないだろうと勝手に判断。

 チャクラを、左の手の平に集中。

 計算の結果・・・・・・間に合う。

 ゆったりした時間の流れる世界で、シギの拳がノロノロと進み、それに合わせるように左手を動かす。

 水の輝きを宿すチャクラが、薄く引き延ばされ、真円を成す。

 ――水鏡・森羅転進の法

 握られたシギの右手がそれに触れた瞬間、

 ガードの上からでも容易く骨折を促すに足る暴力的な運動エネルギーが物理的にあり得ない軌跡を刻んだ。

 ドゴォンッ!!

 ・・・・・・聞くのも嫌になるぐらい凄まじい音を立てて、地面にめり込んだのだ。

 「は・・・・・・?」

 訳が分からないといった表情のシギ。予備知識なく分かったら天才だと僕は思う。

 その、ちょうどよい高さに来た頭部を、見下ろして。

 ゴガン!!

 綱手の真似した怪力で、鉄拳を叩き込んだ。

 ・・・・・・頭地面に埋まったけど、手加減したから死んでないとは思う。

 「最後の加速・・・・・・もしかしてあれ、開門?」

 チャクラ八門の1つ、開門。原作でリーが表蓮華使う時に開けた体内門。・・・・・・それぐらいしか、あの加速の説明にはならない。

 「・・・・・・10秒も使ってないから後遺症なんてないだろうけど、そこまでやるかな普通。・・・・・・どう思う?」

 そう刹那が話しかけたのは、草木の茂る藪の中。がさがさと葉ずれをさせて、1人の少年が姿を現す。

 「結構負けず嫌いみたいだね。・・・水鏡まで使った、僕たちの言うことじゃないけど」

 ぼやきながら出てきたのは――白亜刹那。

 正真正銘、本物の。

 「チャクラは3割も注がなかったけど・・・・・・血継限界まで使わせたんだから、この年代にしては強い方だね」
 「そうだね。途中で見抜くかなー、っていうのは、無理だったけど」

 くすくすと笑う2人の刹那。おもむろにシギと戦り合っていた方が印を組み、明度が落ちるように薄くなって消えた。

 「鏡像分身、解」

 最初の起爆札による爆発。

 変わり身で木立の中から現れたあの時、既に創った分身と入れ替わっていた。

 ――水鏡・鏡像分身

 その利点は、分身体も自在に術を行使できる点にある。限りなく本体と変わらない実体だが、デメリットも、当然ある。

 この分身は、無論チャクラを込めて創られるのだが、その際保有するチャクラそのものを分割する・・・つまりチャクラの器が持つ限界総量を削って生み出すのだ。

 よって、分身体は術を解くか、死ぬかしない限り、普通の人間と同じように生活できる。器そのものを削っているので、休めばチャクラも回復するからだ。

 そして削られているが故に、本体もその分身が持つチャクラ量だけ、いくら休もうとも絶対に回復しない。

 デメリットは大きい。されどメリットもまた巨大な、鏡像分身。

 使いどころを間違えなければ、これほど強力な分身もない。

 「よいしょ、っと」

 シギの服をつかんで引っ張る。ズボッ、と音がして、土だらけの頭が地面から引き抜かれる。

 「おーい。シギ、帰るよー。起きろー・・・って息してない!?」

 さすがに慌てて気道を整えてやると、勝手に息を吹き返した。舌か何かで喉が詰まっていただけだったようだ。

 ほっと息を吐く僕。・・・・・・だって人工呼吸なんてしたくないし。

 「・・・・・・僕が担がないといけないのかなぁ・・・・・・?」

 うちはの家まで。・・・・・・面倒だなぁ。

 やれやれと、僕は溜息した。





 模擬戦、勝者白亜刹那。

 

 



[5794] 18 脅迫と贈り物と謀略と
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:24
 殺陣
 異性

 より神経を使うのは、後者。









 ・・・・・・ぐ

 ズキズキ疼く後頭部の刺激に、シギは半強制的に目が覚めた。

 「・・・・・・」

 水色が、視界を埋め尽くしている。

 それが刹那の髪だと気づくにのに数秒を要し、さらに数秒かけて何があったか思い出した。自分と同じ地球産の人間、刹那と試合をして、負けたのだ。

 全力を尽くした。仕込み苦無、重り、苦心の末可能となった体内門の解放。自分の全てを晒して、その上で負けた。

 日の傾き具合から、そんなに時間は経っていないことが分かる。自分が、刹那に背負われていることも。

 サスケより強い自信はあった。原作の下忍試験の時のサスケより、遥かに強いという確信があった。

 だが、負けた。それも、自分を背負って歩けるほどの余力を、相手に残したまま。

 ・・・・・・情けねぇ。

 昨日の負けはテンパっていただけではなかった。純粋なる実力の差だった。

 それも見抜けず、まともにやれば自分の方が強いなどと思って、雪辱戦を申し込んだ。

 なんという自惚れか・・・!

 イタチのことが気になっていたとか、サスケとの友好に力を注いで修行に身が入らなかったとか、言い訳はできる。

 しかしそんなことは、全くの無意味。勝ち負けを決める勝負の中では何の意味もない。

 負けは、負けなのだ。

 「体内門開いた時は、さすがに焦ったよ?」
 「っ!?」

 全く唐突に、口を開く刹那。気配からか、動きからか。目が覚めたのに気づいていたらしい。

 「最初の苦無もそう。模擬戦なんだから、僕はてっきり起爆札なんか使わないって、勝手な先入観持ってた。その隙を見事に突かれた訳だね」
 「・・・・・・」

 いや、あれにそんな高尚な考えはなかったのだが。

 「シギが根性ベルト付けてるとは思わなかった。あれだけで奥の手1つ使わされたし」

 は?そんなの使ったか?全然気づかなかったぞ!?

 「そして最後の開門。まさか血継限界使わされるとはね」
 「・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・はい?今何とおっしゃいましたか・・・?ああくそっ!疲労で動かん口が恨めしい!!

 つか言われてみれば確かに最後のあれ、なんか水色っぽいチャクラの円。あれに触れた瞬間突きが下に向けられたよな?・・・・・・聞いたこともない血継限界だが・・・フガクさんとかに聞いたら知ってるか?

 「言っとくけど、僕の血継限界について調べたり、誰かに口外したりしたら――」

 立ち止まり、肩越しに刹那は俺を振り返って。

 「っ・・・・・・!」

 氷よりもなお冷たい極寒を宿す瞳に射抜かれ、息が止まった。

 「――殺すよ?」

 囁くように、耳へ届くその声は。

 かつての世界で聞いた機械音声よりも数段、情緒に欠けていた。

 脅しですらない、最初で最後の、警告。

 破った瞬間、こいつは俺を、殺しに来る・・・!

 同一人物とは思えない感情なき瞳と声に、俺はそう、確信した。一も二もなく、頷く。

 「・・・・・・・・・ん、なら良し。これからもよろしくね、シギ」

 途端に屈託のない笑みを見せる刹那。こいつには絶対誰も勝てないんじゃないかと、妄想に等しい言いしれぬ予感を、覚えた。

 ・・・・・・やべ、冷や汗かきすぎた。

 威圧に負けてぐっしょり濡れていた背中。風邪引かないといいなぁーと、半ば現実逃避気味に考える。

 刹那と手を組んだのは、もしかしたら間違いだったのかと思いつつ。

 そしてシギは気づかなかった。

 どん底に落ち込みかけていた気分が、いつの間にやら平時に戻っているということに――

 



 ・・・・・・とりあえずシギには警告しておいたし、スランプの回避もできたから多分問題はない。それより大変なのは、こっちだ。

 シギをうちは邸に送り届け、テクテク茜色に染まる道を歩く現在。刹那はウインドウショッピングにいそしんでいる。

 和菓子、ケーキ、髪飾り、イヤリング、ネックレス・・・・・・色々考えてみてもしっくり来る物がない。というか

、どれもプレゼントし尽くした。どうしたものか・・・・・・

 「むぅ~・・・・・・」
 「お悩みかい、坊や」

 雑貨屋に飾ってあった可愛らしい人形を、これも違うなと思いながら見ていると、店の主人らしいにこやかな初老の男性から声をかけられた。・・・・・・坊やって・・・・・・まあいいけど。

 「うん、悩んでる。・・・・・・おじさん、僕と同じくらいの女の子が欲しがる物って、分かる?」
 「プレゼントかい?オーソドックスな物なら、その人形とかだけどねぇ」
 「んー・・・・・・何か違うんだよなぁ・・・。何が欲しいか分かればいいのに」
 「坊やの好きな娘かい?」
 「好き・・・・・・?」

 キョトン、とした刹那の顔を見て、主人はおや、違ったのか、と思った。

 そして刹那はと言えば、

 「好き・・・好き・・・・・・嫌いではない・・・かといって好き?どの好き・・・・・・?」

 ぶつぶつ呟き顎に手を当て自分の世界に入っていた。

 家族の好き。友達の好き。恋人の好き。

 ナズナには、どれが当てはまる・・・・・・?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。

 ぽん、と手を打つ。

 妹の好きだ。・・・・・・多分。

 幼なじみと言うより兄妹と言った方が近い。自分的には4年のお付き合いだけど、ナズナにしてみれば生まれた時からだ。さらには商隊だから1つの家族みたいなもの。兄妹でなくて何だというのだ。

 うんうんと頷き1人納得する刹那。

 何やら独り言しながら手を打ち突然頷いて自己完結してる少年を、店の主人はびみょーな目で見つめていた。少し口元が引きつっている。

 「えー・・・・・・その娘は、誕生日か何かかい?」
 「ううん。買い物に誘われたのを断ったんだ。・・・要するに、お詫びの気持ち」
 (・・・・・・まだ小さいのに、そこまで考えるのかい・・・?)

 親の教育がいいのだろうかと、店主は的はずれな感想を抱いた。

 「買い物・・・買い物ね。つまり一緒に何かしたかったんじゃないのかい?」
 「一緒に?・・・・・・フム」
 「これなんか、どうだい?」

 言って店主が差し出したのは――映画館のチケット。

 「映画・・・?」
 「彼女ならデートとか喜ぶと思うがねぇ」
 「・・・・・・」

 別に彼氏だとか彼女だとかいう関係ではないのだが、この際それは問題じゃない気がしたのでスルー。

 映画館・・・・・・しっくり来た。これ以上のアイディアはない。

 そう考えて、僕は財布を取り出し、ふと後ろを顧みる。

 「・・・・・・どうしたんだい?」
 「えっと・・・多分気のせい、かな?」

 何の変哲もない人形の、ガラスの瞳がこちらを向いてるだけだった。





 「で、ナズナに何のようなの刹那くん?」

 夕食前の慌ただしい気配満ちる宿に帰ったところでナズナに出くわし呼び止めたはいいが、突如脱兎の如く逃げ出すナズナ。一瞬唖然とするも、すぐに刹那はそれを追いかけた。

 廊下を高速で駆け階段は三角跳びで上がり追いつめられたら窓から脱出。壁を伝ってまた窓から室内へ。

 逃げるナズナ、追う刹那。

 廊下にお盆持った女中さんがいれば天井を走りほこりを落とし脇をすり抜け悲鳴が木霊する。後で迷惑料請求されるかもしれないが、今はそんな場合ではない。早くナズナを捕まえないと。

 しかしたかが1年程度の修行ではチャクラコントロールが長く続くはずもなく、ナズナは早々にバテた。かくいう刹那も昼の疲れからか、チャクラ切れの寸前でどうにかこうにかようやく追いつき、階段にてナズナの腕をつかむことに成功する。

 ぜいぜいと。お互い切れた息を整え汗を拭う。話はそれからという暗黙の了解である。

 数分経って落ち着いて。むすーっとした顔でナズナがそう言ったのだ。

 「いやその・・・とりあえず、何で逃げたの?」
 「しらない。刹那くんの顔なんて見たくない」

 ぷいっと顔を背ける駄々っ子の様。僕は溜息を床に落とし、ポケットから取り出した2枚の紙切れをナズナの頬に突きつけた。

 「・・・・・・それ何?」
 「映画館のチケット。よかったら、明日一緒にいかない?」
 「!!」

 ぐらりと傾く心の天秤。刹那くんが、あのボクネンジンの刹那くんが、デートに誘った・・・・・・!

 しかしそこで、ナズナはぐっとこらえる。ここで簡単に許してはいけない。やすい女と思われてはいけないのだ。

 修行の最中にアゲハさんから教えてもらったいい加減とも言えない知識を総動員し、ナズナは決死の覚悟で腕を振り払い背中を向ける。

 「せ、刹那くん1人で行けばいいじゃない。なんでナズナなんか誘うの?」

 さあ言え。言うのだ。ナズナと一緒に行きたいって。そしたらもうそれは、その、コクハクと一緒で・・・その・・・・・・ごにょごにょ。

 と、そんな感じで入れ知恵されていたナズナは策を弄するが、相手が悪かった。

 「・・・・・・ふうん、そっか。ナズナは僕と行きたくないのかぁ・・・」
 「っ!?」

 え、えぇ!?どうしてそういうことになるの!??話が違うよアゲハおばちゃん!!

 「じゃ、仕方ないか。昨日知り合ったあの娘でも誘って――」
 「行く行く!ナズナが行くからほかの娘なんて誘っちゃだめぇ~~~~っ!!」

 必死になって前言を撤回するナズナ。それを見て刹那は、楽しそうに笑っていた。

 刹那に対し謀略を図るなど、どだい無理な話だったのである。

 後にそのことをナズナに聞かされたアゲハは、額に手を当て天を仰いだそうな。




[5794] 19 退屈な映画、頭悩ます手紙
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:29
 映画
 ドラマ

 演劇と知りながら、何故人を惹きつけるのか。  









 「・・・・・・刹那くん、人が多いよ?子供少ないよ?」

 ナズナの疑問に、僕は「そうだね」、と答えるだけに留めておいた。

 子供が少ないのは、平日の午前中だから。しかし席が埋まるほどに大人がいるのは何故だ?いくら人気映画だからとはいえ、最近の社会人はここまで暇なのか?子供に悪影響があるんじゃないかと昨今の情操教育に不安を覚えてしまう。

 売店で買ったポップコーンとジュース、パンフレットを持ち込んで、真ん中付近に座っている僕ら。ナズナはどうも場違いさというか回りの視線が気になるようだが、気にする必要はない。受付のお姉さんにも不審がられたけど入国審査表を見せたら納得してくれた。これで難癖つける奴がいたら軽くのしてやるつもりだ。

 そんな気構えは無駄に終わり、特に何事もなく明かりの消えてゆく館内。CMが始まりオープニング映像へ。

 風雲姫シリーズの第一作だ。・・・・・・女優や映画の内容より動画編集技術に目がいく僕は邪道だろうか?

 後にナルトやサスケと関わることになるヒロイン、富士風雪絵。本名風花小雪。原作で見たのより5歳下なだけあって、女性と言うよりまだまだ少女な雰囲気。それでも女優としては一線級。プロだ。

 ポリポリポップコーンをかじりつらつらとそんなことを思う。やはりこういった機械関係の技術レベルは地球のほうが優れている。チャクラの鎧などはまだ何とも言えないが、地球にチャクラみたいに便利なエネルギーがあればとっくの昔に考案されているだろう。世界規模で。

 ともあれ、だ。

 残りおよそ1時間半。目をキラキラさせて映画に見入るナズナを横目に、僕は欠伸を噛み殺した。さすがに寝てしまうのはまずい。

 既にこの映画に対する興味が尽きたのはいかんともしがたく、刹那は映画館に連れて行かれる保護者の気持ちを十二分に噛み締めた。

 締めたくもなかったが。





 その後映画館の近くにあった店でそばを食べ(ナズナはそば好き)ショッピングに付き合い里を練り歩き夕方近くになってようやく解放された。何が楽しかったのかは不明なれど、ナズナは終始笑顔だったので良しとしておく。

 「お帰りなさい、刹那。初めてのデートはどうだった?」

 宿にたどり着き満足したナズナと別れて部屋に向かうと、お母さんがいた。・・・・・・これ、絶対待ち構えてたよね?

 「・・・・・・疲れた」
 「ふふふ・・・ナズナちゃんは満足してた?」
 「答える必要がないくらいに」
 「そう。それはよかったわ」

 にこにこしてる母さん。貴女は息子よりナズナの肩を持つのですか?

 「ああそうそう、手紙届いてるわよ。我愛羅くんから」
 「!」

 先日木の葉に滞在している旨を書いた手紙の返事だ。机の上の封筒に手を伸ばし苦無で口を裂く。

 その中身に、僕は眉根を寄せた。

 指紋認証が描かれた一枚の紙。サイが大蛇丸のアジトで使ってたのと似たようなの。

 チラリと母さんに視線をやる。すべて了解しているように、1つ頷いて席を外してくれた。

 この部屋に様々な仕掛けを施している。単なる侵入者撃退用の罠から、盗聴用盗撮用の特殊結界まで。たとえ三代目の水晶球でも覗けないように。

 防犯性能はほぼ完璧。よって秘密にしておきたい会話や書類を扱うときは非常に便利だ。

 ヒグサとシギをここに連れて来なかったのは、母さんへの説明が面倒だったから。

 手っ取り早く指紋認証を済まし出てきた巻物をためらいなく開いた。

 我愛羅との手紙のやり取りはこれで5回目(往復で)。これまでは普通の便箋だった。にも関わらず巻物が、それも秘匿情報の形で送られてきた。・・・・・・おおよその見当はついている。だからこそ母さんには退室してもらった。母さんは我愛羅のことを知っている。つまりは血縁関係も知っていると考えた方が自然。自分が彼らに信用されていると思うほど、血の巡りの悪い人じゃない。

 ・・・・・・風影との会話まで知ってたらどうしようか?

 まずないだろうと思いながらざっと目を通す。

 予想通りというかなんというか・・・・・・風影からの要望だった。む。終わりの方に便箋が挟まっている。これは我愛羅のか。後で読ませてもらおう。

 そして要望は・・・・・・・・・・・・どうしよっかなー、これ。

 『近年急速に勢力を伸ばしつつある組織、【五行】についての情報を求む』

 ・・・・・・ほんっとにこれどうしよう?知ってるよ?世界中の誰よりも詳しく知ってるよ?

 だって、ねぇ。

 創始者、僕だし。




[5794] 20 回想 刹那の暗躍
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/14 09:56



 おおよそ大体確か2年くらい前、雲の国にて――





 「・・・地盤が要る」

 今日も今日とて商談を成功させたカシワ商隊。雲の国の首都と呼べる街、群雲にて滞在中。

 宿の畳に1人寝転がり、僕はそう呟いていた。

 一個の人間としての社会的地盤。すなわち金、権力、人的資源などである。

 5歳の子供が欲しがる物じゃないのは重々承知している。とはいえこれらの類を集めるためには、基本多大な時間と労力がかかるのだ。うちは虐殺まで後3年ほど。時間はさして、残ってない。

 幸いというか何というか。母さんは裏社会について詳しかった。マフィアやギャングの頭目顔写真をコンプリートしそうなぐらいに。・・・・・・恐らく安全のためだろうけどどうやって手に入れたのか甚だ疑問であるがとにかく、そういった下準備ができているため動くに支障はない。

 力を手にするための目星は既についている。さあ、今夜辺りから動こうか。

 ・・・・・・母さんには、ばれないように。
 




 鏡像にチャクラの3割を譲渡し変化して夜の街へと繰り出す。あらかじめ幾ばくかの金銭は用意(と言ってもお年玉2年分くらいだが)しておいたので、節約すれば食事に困ることはないだろう。

 今の僕の姿は、年齢18歳程度。身長170センチ強で、目立たない黒髪黒目。実際の顔つきが柔らかいほうなので、硬く鋭くとがった造形にしてある。

 フード付きのロングコート、ブーツ、動きやすい衣類、すべて黒にまとめてある。上手い具合に凄みが出ればいいけど。

 これら全部が変化の術1つでそろうんだから、忍術ってほんと便利だね。

 昼の喧騒とは違い、妖しく賑わう夜の歓楽街。スナックだとかバーだとか、いかがわしい店を無視して人の流れに目を走らせる。

 「そこの素敵なお兄さん、あたしと一緒に素敵な夜はいかが?」
 「・・・・・・遠慮しとくよ」
 「つれないねぇ」

 遊女の誘いを、僕はアルトの声でやんわり断った。肉体年齢5歳故に、そちらへの興味はゼロだ。・・・・・・いや、前世でもなかったか?どうだっけ。

 思考を止める。一般人(注、忍びじゃない人)にすればかなりできそうな奴が歩いていた。それも護衛中らしい。どことなく貫禄の漂う年かさの男の背後で警戒態勢だ。ばれないよう、こっそり後をつける。

 年かさの男――あの顔には見覚えがある。以前母さんに見せてもらった、マフィアのボス一覧の写真にあった顔だ。

 気配を隠して尾行を続けること10分。ようやく人通りの少ない通りに出た。チャンス。

 「こんばんは、ゼノさん。いい夜ですね」

 唐突に気をかけた僕に真っ先に反応したのは、やはり身のこなしが別格な一人だった。すぐさまゼノを背にかばい、油断なく無骨な薙刀を構えている。

 「くすくす・・・そんな警戒しなくてもいいですよ。まあ、言うだけ無駄ですが」
 「・・・・・・何者だ、貴様?」

 ゼノではなく薙刀の男が答えた。ふむ・・・頭も切れそうだ。 

 「大した者じゃないですよ。しがない情報屋兼参謀といったところですかね」
 「情報屋?売り込みにでも来たか?」
 「察しがいいですね。クマデをご存知で?」

 ゼノの瞳から邪魔くさそうな色が消える。ギラギラとした憎悪が、溢れ出す。

 群雲の裏社会。その頂点に立つ男の、狂わんばかりの憎悪が。

 「・・・その名を出した以上、半端な内容では済まさんぞ」

 ――かかった!

 喜びを笑みとして、敢えてさらけ出す。

 ゼノは、クマデと言う名のボスが率いるマフィアに奇襲を受け、妻と娘を亡くしている。そこに付け込んむ隙があった。

 「ええ、ええ、もちろんですとも。あの男子飼いの、貴方方の幹部に紛れ込んでいるスパイの名を教えに来ました」
 「「「っ!?」」」

 本気か、冗談か。フードから覗く笑みに歪んだ口元だけでは、まるで判断できない。

 マフィアの、それもゼノが率いる組織の結束は固い。それも上になればなるほど、その傾向は強くなる。

 その幹部の中に、裏切り者がいる。想像すらしていない言葉だった。

 「・・・・・・冗談だとしたら即座に首をはねるが、いいんだな?」
 「怖い怖い。どうぞご自由に」

 彼らの結束にけちつけられたのだから対応としては当然だ。惜しむらくは、この身が分身だということか。死にようがない。姿まで変えてるから本体を探しようもない。

 「で?貴様は、誰が裏切り者だと言うつもりだ?」
 「くすくす・・・・・・すべての幹部クラスを集めてください。そこでお教えしましょう」
 「ふん、信用ならんな。そもそも貴様が奴の手先という可能性がある。今ここで言え」
 「それは困りましたね。僕は知らないんですから」
 「・・・・・・何だと?」

 矛盾する言葉に、ゼノは目つきを険しくする。薙刀の男が1歩にじり寄り、僕は同じく1歩距離を取って、芝居がかった仕草で両手を上げる。

 「ああ誤解なさらないでください。こちらの言い方が悪かったですね。確かに僕は、誰がスパイなのか今は知りません。皆さんが集まった場で・・・・・・見抜くんですよ」
 「・・・詳しく言ってみろ」

 興味を持ってもらえたようだ。笑みを深くして、僕は語った。





 緊急招集。

 そう知らされて何が起こったのかと、ゼノに従う幹部計5人は指定されたホテルへ出向いた。

 ぞろぞろと集まる幹部とそのお付きの者たち。徒歩や馬車、騎乗。移動手段は様々だ。
 四方のうち二方を鏡に囲まれたダンスホール。幹部たちにしてみれば何故このような場所に呼び出すのか疑問である。

 ホールの中心。ボスであるゼノ、護衛であるツムジ。そしてその隣に立つ、フードをかぶり目元を隠し、真っ黒い衣装に身を包む怪しさ満点の男――少年?に皆の視線が集まった。

 「ボス、緊急招集と聞きやしたが、何があったんで?それにそいつは誰です?」

 口を開いたのは、組織のナンバー2を預かるオールバックの男だった。

 「・・・・・・情報屋だ。詳しくはこいつ自身が言う」

 いつになく歯切れの悪いゼノの様子に5人は眉をひそめるが、特に何を言うでもなくフードの少年へと視線を移した。

 耳目を集めた少年は、僅かに見える口元を笑ませた。

 ・・・・・・気味の悪い奴だ。

 と、皆の見解。

 「さて、皆さんにわざわざお越しいただいたのは他でもありません」

 大仰な仕草で、そいつがアルトな声を響かせた。

 「若輩ながらこの僕、笹草新羅(ささくさしんら)が、とある重大なお知らせをもって参りました」

 重大?と耳を傾ける幹部たち。双葉はそれに笑みで応え、フードから黒い瞳を覗かせる。

 「この中に――裏切り者がいます」
 「「「「・・・・・・・・・」」」」
 「・・・・・・反応薄くて僕は悲しいです。そう思いませんか、ミカノさん?」
 「・・・何故私に話を振る?」

 答えたのは、大体一列に並んでいる幹部たちの、一番端にいる理知的な男。ミカノ。

 ゼノグループの頭脳と呼ばれる切れ者。

 「簡単なことです。あなた方5人の中で、お互いの結束を信じているはずの5人の中で、ただ1人僕の言葉で瞳を揺らした」
 「馬鹿馬鹿しい。この私が裏切り者?それも証拠が瞳の動き?言いがかりも甚だしいぞ、ガキが」
 「心外ですね。子供扱いはよしてください、スパイなんですから」
 「・・・・・・ボス、時間の無駄だ。まさかボスともあろう方がこんなガキの言葉に落とされたんじゃありませんよね」
 「――だ、そうだぞ、新羅。約束通り首をはねるでいいな?」
 「ご冗談を。まだまだこれからですよ。・・・・・・何安心してるんですか、ヒノキさん?」

 突然話を振られたヒノキ――オールバックのナンバー2が、安堵の息を吐いた瞬間を突かれ、今度こそ間違いなく、瞳を揺らした。





 「い、いきなり何を言う!?」
 「おや、動揺してらっしゃいますね。もしかして図星でしたか?」
 「・・・馬鹿なことを。そもそもお前の言うスパイはミカノ1人だろうが。さっさと追いつめて見せろ」
 「くすくす・・・・・・いつ、だれが、スパイが1人だと言ったんですか?」
 「・・・・・・お前の話しぶりから、そう思っただけだ」
 「そうですかそうですか。その程度は信頼していただけてたんですね」
 「何が言いたい?」
 「いえいえ・・・まさかいきなり訳の分からないことを言い出す得体の知れない若造の言葉を、ほんの少しでも”信じている”とは思いませんでした」
 「・・・・・・っ」

 微か。本当に幽か。この中では自分にしか分からないほど小さく、ヒノキの目元が引きつる。・・・・・・黒だ。

 ――水鏡・心意投影の法

 周囲に配された鏡が、ヒノキの全身を映し、心までをも写し取り、頭の中へ流れ込む。

 心意投影、名は体そのもの。

 歴史では心写しと呼ばれている力。効果は読んで字の如くだ。

 しかし、この術は制限が厄介この上ない。

 1つ。水やガラスなど、何でもいいが対象の全身が映ってないといけない。それも波紋が立った水面は没。

 2つ。発動に時間がかかる。いくら急いでみても2~3分は余裕な上、相手に動かれたら外れるため戦闘中はまず使えない。

 3つ。チャクラ消費が激しい。もう馬鹿じゃないのかというか馬鹿だろ、というぐらいに激しい。発動に全体の2割近く(本体の現時点で)もって行かれるとかおかしいよね?

 4つ。心を読むと言っても表層しか読めない。具体的には現在考えていることとかちょっと前に考えていたこととか。

 要するに後方部隊で尋問専用。しかし上手く使えば拷問要らず。

 「さて・・・ヒノキさん。貴方は4年前、ゼノさん親子がお忍びで家族旅行に行くという情報を、クマデに流しましたね?」
 「デタラメを・・・・・・!」

 言葉や表情を取り繕ったところでもう遅い。こいつは既に、僕の手の中だ。

 鏡からヒノキの心を読み取る。面白いぐらいに、その表面は波打っていた。

 「くすくす・・・本当にデタラメでしょうか?こちらには証拠もありますよ?」
 「!?」

 もちろんデマカセだが、ブラフというのは使い所で効果が違う。

 「例えば、貴方が情報を流した方法、とか。・・・・・・まさか普通に郵便で報せていたとは思いませんでしたが」
 「っ・・・!」

 話術で相手の記憶を刺激し、それに関する情報を鏡が映す。映した情報を脳裏へ写し、それを読む。

 「送り先は・・・・・・牛雲の第三区十一番地ですか。受取人は堅気の人間ですね。なかなか上手い手を使う」
 「何を、馬鹿な・・・・・・」
 「クマデに渡した情報の見返りは・・・・・・同盟ですか。それも、ボスを抹殺し自分がトップに立った後の」

 所々間を取りながら、しかし淀みなく流れる新羅の言葉。

 この時点で、異常に気づかない人間はこの中にはいなかっただろう。

 ヒノキの額に浮かぶ、尋常ではない汗の玉に。





 馬鹿な!馬鹿な!!馬鹿なっ!!

 何でこんなくそガキが俺しか知らない真実を知っている!?一体どうやって嗅ぎつけた!?

 憤り混乱するヒノキ。彼は知らない。百数十年も前に消えたとされる一族の力を。

 そしてまた、自身に起きている”異常”にも、ヒノキは気づかない。

 ・・・いや落ち着け。証拠なんて一切ないはずだ。全てこいつの戯言に決まっている!

 だが、だが・・・・・・もし万が一証拠があるとしたら、”弟としての俺の立場は”――

 「・・・・・・いやはや、ずいぶんと兄思いなんですねぇ、クマデの弟さんは」

 容赦のない、新羅の宣告。

 何故だ・・・・・・

 何故こんなガキが、そのことを知っている――?

 取り繕っていた仮面はとうに剥がれ。

 あり得ない事態に身体は震え。

 ポツリ。雫となった汗が、したたり落ちた。





[5794] 21 回想 マフィアたちの思惑    (最後に付け加え)
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/14 09:55

 〈ツムジ〉


 縄を打たれ連れて行かれるヒノキの姿に、俺は痛快さを隠せないでいた。

 一昨日ひょっこり現れた正体不明の情報屋を名乗るガキ、笹草新羅は色々とぶっ飛んでる奴だ。

 何がおかしいって、こいつは証拠なんぞ1つも持ってないくせに、裏切り者を暴き出すとのたまいやがったのさ。それも外れたら殺してくれていいときた。組織のトップとしての建前上、身内の腹探るのは不和をもたらす。それだけだったらゼノの大将も首を縦に振らなかっただろうさ。

 だが、あの新羅ってガキはそんじょそこらの奴とは頭の出来が違ったようだ。事前にあらゆる角度から調べ検証した結果、大将が家族水入らずの旅行に出かけた先の情報を知っているのは、そして情報を漏らし旅行初日に襲えるよう手はずを整えるには、幹部クラスの力がないと無理ってことらしい。いやはや、この推論だけで俺は感心したね。

 思い当たる節が大将にもあったんだろう。苦虫を噛み潰すような顔してたぜ?あれはなかなか愉快だった。まあ大将の立場としちゃ証拠もないのに疑う訳にもいかなかったんだろうな。組織のしがらみってのは厄介なもんだ。

 だが大将がガキの提案を受け入れたのは、そんな推論や知力が理由じゃない。笹草新羅自身が言った、人の心の動きを見抜く能力。何でも瞳の微かな動きや表情筋、発汗量、僅かな重心移動から人の心理状態を把握し嘘を暴き出す・・・って話なんだが、にわかに信じられるもんじゃねぇよな?無論俺も大将も信じちゃいなかったさ。目の前で実例を見せられるまではな。いや、俺も実験として嘘とホントを言ってみたんだが、見事に全部正解だったぜ。化けもん見てぇな忍びでもこうはいかねえだろうよ。

 ただ、このダンスホールを会場に指定したのは何でだろうな?理由なんざ欠片も思いつかねぇが・・・まあどうでもいいことだな。気にしてもしょうがあるまい。

 そうして大将は決断し今に至る訳だが・・・・・・全く、いいもん見れたぜ。ヒノキの野郎はご愁傷様としか言いようがないがな。最初にミカノをスパイだ何だと言ったのは、ハナから嘘っぱちだった訳か。全てヒノキの油断を引き出すための演技。ったくとんでもねぇガキだ。末恐ろしいってのはこのことだな。

 ・・・・・・おいミカノ、いいかげん機嫌直せよ。新羅も謝ってんじゃねぇか。この寸劇の引き立て役にしてすいませんって。・・・・・・あ、無視して出ていった。大人気ねえにもほどがあんぞ。

 それにしても、だ。一応俺の仕事は護衛なんだが・・・くそ、妙に血が騒ぐ。最近荒事も少ねぇからな。しかしまあ、新羅のおかげで楽しくなりそうだぜ。次は何をやってくれんのか楽しみで仕方ねえ。大将もあいつを重用せざるを得ないだろうしな。





 〈ミカノ〉

 ・・・・・・私は、今日ほど自分の身の程を思い知らされたことはない。組織の頭脳だ何だともてはやされ、すぐ側に潜んでいた内通者に気づかなかったなど・・・・・・参謀失格だ。

 それに比べあの新羅という、まだ大人にもなりきれていない子供はどうだ。自ら調べ見聞きしその上で推論を並べ、確信に至ったところで何ら証拠もないままスパイを暴き出した。その弁舌と、観察眼のみで。・・・・・・私は、自分が情けなくてたまらない。私を出汁に使ったことに対する彼の謝罪に、逃げるように出ていってしまった。ああ・・・本来ならばすぐにでもボスと協議しなければならないのに・・・

 ヒノキがスパイだというのは、状況から見て間違いないのだが、それでも信じられない思いだった。私がボスの陣営に加わった時は既にナンバー2の位にあり、組織の黎明期からボスと友に苦楽を共にしてきたという。それが全て、演技だった訳だ。なんと気の長い策だろうか。とても真似できる物ではない。

 その長年の謀略も、今夜一晩で潰えてしまった訳だが。

 裏切り者とはいえ、同情を禁じ得ない。

 新羅は・・・・・・あの私を遥かに越えるだろう才覚の持ち主は、きっと組織の中で重要なポストを任されるだろう。それだけの働きはした。もしかしたら参謀に任じられるかもしれないが・・・その時は潔くこの身を引くとしよう。知力だろうと暴力だろうと、力ある者が上に立つのは必然なのだから・・・





 〈ゼノ〉

 あのヒノキが・・・・・・組織発足当時から俺に付き従っていたヒノキが・・・・・・まさか、にっくきクマデの弟だったとは。・・・今でも、信じられん。

 最初から間諜の役割で、ずっと俺の元にいたという訳か。獲物が、俺の組織が成長し熟すのを待ちながら。・・・・・・ふっ、気づかなかった俺はなんと愚かなのか。死んだ妻や娘にも申し開きが立たん。

 「ゼノさん、何沈んでるんですか?」

 ミカノの方に行ってた新羅が戻ってきた。ああ、沈みもするとも。あれらを死なせてしまったのは、俺がヒノキの翻意に気づかなかったせいだ。恨まれようと仕方がない・・・・・・

 「・・・・・・1つ勘違いなさってますよ」

 ・・・何?

 「貴方の奥さんと娘さんを、”殺したのは誰ですか?”」

 っ!!

 「裏切り?内通?それに気づかなかったから、どうだと言うんですか。”貴方の家族を殺した男”は、どうするんですか?」

 責めるような、見捨てるような。

 上辺だけ飾り付けた、辛辣なまでに苛烈な。

 ――非難。

 復讐はどうしたのか、と。

 マフィアの誇りはどうしたのか、と。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その言葉は、青天の霹靂のように、俺のしなびた性根を打ちのめした。

 「くっ・・・くくく・・・・・・ファーッハッハッハ!その通りだ!全くもってその通りだ!!己を悔いるなど誰でもできること。ならば俺は、俺の力のままに復讐を成し遂げてやろうではないかっ!」

 ああ、何故こんな簡単なことに気がつかなかったのか。何が要因だろうと俺に非があろうと、クマデのクソ野郎が仇であることに変わりはない!

 「新羅!お前は俺専属の助言者となれ!」
 「・・・あの、今回のことに関してしか契約しか結んでないんですが」
 「構わん!お前の実力はよく分かった。それに報いるだけの地位をくれてやる!」
 「・・・・・・他の組織による埋伏の毒とは考えないので?」
 「他がやる気なら、ヒノキを消すことなくもっと有意義に使うはずだ。違うか?」
 「・・・・・・・・・えっと、雇用契約はもう少し考えて練ったほうが、」
 「金も権力も女も用意してやろう。不満か?」
 「・・・女は別にいいです・・・・・・」

 よく分からんが肩を落としながら新羅が言った。若いくせに枯れてるぞ。

 「契約成立だな。今回の情報料と契約金、あとお前が使える人員のリストを用意する。今日はここで部屋を取ればいい。金は払っておいてやる」

 未だ戸惑う新羅と半ば強引に握手を交わし、俺はダンスホールを後にした。ヒノキの後釜を決めんとな。クマデを殺る算段はその後だな・・・・・・

 



 〈新羅〉

 のしのしとホールを出て行くゼノに僕は頭を下げ――フードに隠れた口元で、酷薄に笑んだ。

 一介の情報屋と組織内部に喰い込む参謀役。どちらかに落ち着くとは思っていたが、予想以上の好待遇だ。

 これで、”中から動かせる”。

 まさに理想的なポジション。

 くすくすと、声にもならない嘲笑を響かせる。

 始めよう。組織を組織足らしめる力の確保を。

 踊るがいい道化共。お前らは既に僕の駒。

 金と人材そして信用。全てが全て根こそぎ奪ってやろう。

 ”大事なもの”に含まれてない者共は、僕にとって等しく無価値。

 謀略と知略と権謀の限りに磨り減るまで使い切ってやる。

 生き残りたくば、有能さを示すがいい・・・・・・!
 




「・・・・・・」

 しかし、まあ。

 どうにも上手く行きすぎてる感があるのは、気のせいだろうか?





そんな風に、内心首を傾げる新羅の背後。

 鏡に映る笹草新羅が肩越しに振り返り、ニッ、と笑った。



[5794] 22 回想 争乱雲の国
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/11 00:34






 新羅がゼノの組織に潜り込んで早2週間。情勢は、驚くほど変化していた。





 群雲に本拠を構えるゼノたち一行は、クマデが傘下に治める牛雲へ極秘裏に、かつ大々的に部下を派兵。苛烈極まる戦闘が行われた。

 最初の奇襲でクマデを討ち取れなかったのが痛いと、ゼノは考える。新羅主導で牛雲に攻め入った部下は、後1歩のところまで追い詰めながら突如現れた増援によって撤退を余儀なくされたのだ。隠密行動が上手いクマデを探し当てたことで、新羅の評価はこれにより更なる向上を見せている。

 そしてその報告の場で、新羅はクマデの配下に相当な智者が入っていることを指摘。そうでなければあのタイミングで増援など不可能だという。信頼厚い古参の参謀ミカノもこれに同意したことで、会議場は緊迫感に満ちた。

 もっとも、その智者は鏡像分身な訳だが。

 次に新羅は即時殲滅を提案。頭の良い奴は時間をやると何をしでかすか分からない。ならば準備する暇を与えず一気に進攻するべきだと。

 ミカノは死者が多く出る可能性を指摘するが、ものの1分とかからず言いくるめられ電撃作戦が決行された。

 結果は大勝利。敵幹部たちの半数を討ち大打撃を与えることに成功。少なくない犠牲が出たものの、得た利益のほうが大きかった。

 その後も細々とした戦闘が何度も起きているとはいえ、全体的にこちらが有利。さしたる障害もない。クマデの首級を取る、完全勝利も目前だった。

 そうして1人ほくそ笑むゼノの元に、急使が入った。新羅からの急ぎの便りらしい。

 すぐさま開けて眺めるに、顔つきを険しくする。クマデの部下少数が群雲に、自分が支配する街に潜入したことを突き止めたと。

 「・・・・・・早急に手を打たねばならんな」
 「いえ、その必要はありません」
 「何?それはどういう――」

 意味だ?とは、続けられなかった。

 急使が突如短刀を閃かせ、ゼノの首に突き刺さっていたから。

 群雲を十何年にも渡り支配してきた男の、余りにも呆気ない幕切れ。

 それはこれから続く大混乱、後に『乱雲の役』と呼ばれる裏社会革新の、始まりに過ぎなかった。





 「・・・・・・大将が殺られた?」

 新羅の元へもたらされた一報を聞き、ツムジは呆けたように言った。

 「そう、この手紙には書いてある。・・・くそ、報せは間に合わなかったか」
 「・・・・・・新羅さんよ、これって非常にまずくないか?」
 「意外に落ち着いてるね。でもその通り。とてつもなくまずい」

 この手紙にもあるが、群雲の街は騒乱に巻き込まれている。

 突然トップを失い幹部連中も街を出払っている。情報系統が乱れ命令が伝わらない中、野心に燃える馬鹿共が離反。複数の集団が自ら群雲の主導権を握るため相争い、表の住人にも被害が広がっているという。

 「馬鹿だ馬鹿だよ大馬鹿ぞろいだまったく」
 「こんなことなら大将から離れるんじゃなかったぜ・・・」
 「けどツムジがいなかったらここまで攻めることも不可能だった」
 「買ってくれるのは嬉しいけどよ・・・・・・どうすんだこれ?大参謀様にいい考えがおありで?」
 「大参謀は恥ずかしいからやめろ。どうするもこうするも、僕の仕事はここで終わりだ」
 「――はあ!?」
 「僕が契約した相手はゼノ個人。そのゼノが死んだ今、契約は終了お役ご免ってこと」

 報酬分の働きはしっかりもらってるし、と続ける新羅。正論は正論だがそれはあんまりじゃないかと唖然とするツムジ。

 「・・・いやでもよ、たった2週間ちょっとの付き合いとはいえ、少しでもゼノの大将に恩義とか感じちゃないのか?」
 「・・・金払いの良さで用心棒を引き受けた人のセリフじゃないね」

 金の亡者とまではいかないが、それが理由でゼノの側にいたツムジからそんな言葉が聞けるなんて。

 「ひでぇ言いぐさ・・・・・・」
 「まあそういうのが仮にあったとしても、僕は嫌われ者だからね。ああいった馬鹿共に言うこと聞かせるのは無理」

 ふらっと現れた新入りのくせにと、成り上がりを狙う中から上程度の連中にそりゃーもう陰で色々言われまくっているのである。なまじ実力と信頼があったため表面化してないだけで、組織をまとめるために動いたところで反発は目に見えている。

 牛雲にいる連中からは、鰻登りの信頼なのだが。

 とはいえもちろん最初から信頼されていた訳がない。それはそう、牛雲へ到着した際の作戦を説明する時のこと――





 珍しくフードを脱いで現れた新羅を見た連中の反応は、そりゃ酷いものだった。

 若過ぎる――それが不満の元手であり組織に入って日が浅いこともあり、参謀として命を預けるわけにはいかないというもの。

 「ガキは帰ってママのちちでも吸ってろ!」
 「てめぇなんざ信用できるか!」
 「ケツの青さも取れてない奴はすっこんでろ!」

 などなど。罵倒の嵐。

 最精鋭であるという自負もあるが故に、遠慮の欠片もない。

 どうしたものかとそれを見ていたツムジは頭を抱えた。あの現場を見ていない者にこいつの凄さはそうそう伝わらない。なまじ見てくれのよくない奴が大半だっただけに、美少年に対する当て付けもあったのかもしれないが・・・

 チラリと横目で新羅を覗き、驚愕。あろうことか、その口元は先と変わらぬ微笑であった。

 ・・・・・・何企んでる?

 訝しむツムジをよそに新羅は一同を見回し、チョイチョイと一人を手招き。

 「ちょっとこっち来て」

 招かれたそいつがどうしたものかとこちらに視線を飛ばしたので、行けと顎をしゃくる。不満そうだったが、ツムジの命令でもあるため仕方なく新羅の元へと歩き、そのまま隣の部屋へと連れ込まれた。

 パタンと閉じられる扉を見て、ふと思う。

 ・・・・・・今連れ出されたのは、ママがどうのと言ってた奴じゃなかったか?

 なんとなく、いやな予感に囚われる一同。

 ギュィイイイイイイイイイイン!!バチッ!バチバチバチィッ!!!

 ・・・・・・聞いてはならぬ音が聞こえた気がして、皆冷や汗。

 それからほどなく。扉が開き、

 「というわけで、僕の命令は絶対遵守。オーケイ?」
 「サー!イエッサー!」
 「「「「「!??????????」」」」」

 ビシッ、と見事な敬礼を決める元(?)ならず者。

 何があった?いったい中で何があった!?どこのギアスだっ!?

 絶句と言うよりドン引きする一同心のシャウト。一部思考に異常を来したが、電波なので即忘却。

 さっきまでけなしていた奴が、どうやったらそんな態度になる??

 罵倒を浴びせた数人が、滝のような汗をダラダラと。

 人格改変というも生ぬるい激変。人体改造ならぬ心体改造?

 など、半ばパニックに陥った精鋭さんたち。くるっ、と新羅の視線さらされて。

 「はい、次の方どうぞ~♪」
 「「「「「っ!!」」」」」

 ビクゥッ! と爽やかな笑顔に身の危険を感じ、精鋭のはずの猛者たちが、皆一斉に首をぶんぶんと。

 だって怖いし。というかおぞましいし。何をどうしたらマフィアが軍人になるのだ?

 「・・・・・・お、おい。新羅?何した?」

 果敢にも1人疑問を投げかけたツムジの姿に、集められた者たちは尊敬を覚えたという。

 「何って、精神的に”教育”してあげただけだよ?」

 ・・・・・・にっこり微笑む新羅の姿が、彼らには悪魔に見えて仕方なかったという。

 こうして、新羅に逆らう存在は例外なく駆除されたそうな。

 



 (・・・・・・ありゃ怖かった)

 今でも思い出すと寒気に襲われる。しかしそれが畏怖と信頼に取って代わるのにさしたる時間もかからなかったが。

 奸計を張り巡らせ謀を見抜き、罠には罠でもって応え千里を見晴るかすような知略により大勝利をもたらした大参謀なのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。今では牛雲で戦った者に限り盲信に近い絶大な支持を誇っている。

 正直ツムジ自身も、あれにはクラッときていたり。

 ・・・・・・誰1人あの恐怖を忘れてないところが味噌。

 そうして思考は今へと帰還する。

 「・・・とりあえずゼノグループは事実上空中分解。ミカノさんも動くだろうけど、建て直すのは無理だろうね」
 「おいおい、お前に劣るっつってもあのミカノだぞ?」
 「小手先の知恵と力じゃどうにもならない相手が来るのさ。――第三勢力が」
 「なっ・・・・・・ちょっ、待て!今この時期にクマデ以外の奴が来るのか!?」

 疲弊しきり内部抗争まで起こっている今、外部勢力への対抗などできようはずもない。

 そんな焦燥に身を焦がすツムジに、新羅はなんともあっさり告げた。

 「来るよ?ちょっと賢い奴なら今が群雲を手に入れる最高のタイミングだって気づく。そして今の組織には、そのための対抗手段がない」

 八方塞がりだねー、とどうでもよさげに呟く新羅に、憤りを覚える。

 「新羅、このままだとどのくらいの被害が出る?表と裏合わせて」
 「ゼノグループはほぼ壊滅。投降しない限り普通皆殺しかな。窮鼠猫を咬むで反撃したとして、表の被害も軽くは済まないだろうね。そうなったら今度は治安のために忍びが出てくる。裏だけならともかく、治安に影響が出過ぎると国が動き里が動き暗殺の大流行っと」

 基本不可侵というか。表と裏で治安の相互不干渉が暗黙の了解。

 「・・・・・・大参謀笹草新羅。それを防ぐ方法は本当にないのか?」
 「だから大参謀は――」
 「大参謀っ!!」

 声を荒げる”まともな”顔のツムジに、新羅は目を丸くした。

 「頼む、真剣に考えてくれ。あそこには・・・群雲には、お袋がいんだ。とっくの昔に勘当された身だけどよ・・・・・・俺を産んでくれた、ありがてぇ親なんだ。だから、頼む!何とか、群雲がこれ以上酷いことにならねえような手段を――」
 「ずいぶんとまあ独善的な願いだね」

 ツムジを遮り、情感のない声で淡々と。

 「自分が他人を殺すのはよくて自分の大切な者は殺されたくない。他人の平和と幸せを奪うのはよくて自分が奪われるのは我慢ならない。自己中ここに極まれり、と」
 「・・・・・・っ」
 「だからこそ――気に入った」
 「っ!?」

 下げていた面を上げる。

 楽しそうに。愉しそうに。

 背筋の凍る微笑を浮かべた、笹草新羅と目が合った。

 ――どうしようもない怖気に、冷や汗が出る。

 ・・・・・・こいつ、本性隠してやがったな

 目が合う一瞬でツムジは確信する。

 されど、ああされど。

 その本性の、なんと頼もしいことか・・・!

 「ツムジ、キミの考えはよく分かった」

 思わず膝を突きそうになる威圧を放ちながら、新羅が嗤う。

 「僕も同意見だ」

 それは、一体何に対してか。

 「1つ聞こう。群雲が無事なら、他は”どうなっても”いいんだな?」

 全く愚問過ぎるその問いに、俺は震える笑顔で答え――

 俺と新羅の、契約が成立した。





 ・・・・・・それから更に2週間後。

 群雲は――否。雲の国裏社会は、忍界大戦にも及ぶ混沌の渦に叩き込まれていた。

 ゼノグループから始まった復讐劇。牛雲を支配していたクマデの組織をズタズタにしてのけた軍事力は、グループのトップが突如暗殺されたことにより内部崩壊。抗争が勃発。しかしそこへ第三勢力、笠雲を取り仕切るマフィアが介入したことで一時的に同盟が成立し、敵の敵は味方という原理に基づき一致団結してこれに当たる。かと思いきや、笠雲から向けられた部隊は慌てたように引き返し、えーせっかく準備したのにー、という感じ。

 それというのも、群雲を攻略せんとしたマフィアの元へ更なる第四勢力が登場。笠雲が強襲され取って返さざるを得なくなったというわけ。激化したその戦いに疲労が見え始めたころ、漁夫の利を狙った第五勢力が急襲を仕掛け済し崩し的に三つ巴の乱戦へ。

 そうして群雲から目が離れている間に、新羅率いるゼノグループ最精鋭部隊が牛雲から帰還。一応まとまった形を見せる群雲マフィア連合と会談。事態がどう動くか分からないので内輪もめは一時中断し、外の情勢が定まってから改めて組織のトップを決めるという約束を取り付ける。というか、取り付けさせた。弁舌で新羅にかなう者はいない。

 その後外の混乱はますます肥大化し、今どこそこを狙えば楽に取れるなー、といういい加減でいてそれらしい情報を過激派連中にそれとなく”漏らす”。功と欲に目がくらんだ馬鹿な奴らは一様に群雲を離れ、適当に騒がせた後軽く罠にはめ抹殺誅殺皆殺し♪

 そして新羅の流言に流されなかった賢しき者たちは、これまた一様に恐れおののいていた。

 奸計、策略、陰謀、策動。

 その知略の前に、全てが闇に葬られていく。

 誰がそれを成したかは明らかなのだが、証拠の欠片もない。

 正面切って迫ることはできず、ならばと対策を企て同志を募っていた男は、翌日行方不明になっていた。

 ・・・・・・我が身可愛さというか何というか。新羅は何も言っていないにも関わらず、配下に加えて欲しいと門戸を叩く者が続出。

 かつての大幹部の中で、未だこの世に在りながら新羅を主としていないのは、ミカノただ1人であった。



[5794] 23 回想終了
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/12 19:16




 「・・・・・・」

 集められた資料を前に、ミカノは熟考する。

広いデスクの上を埋め尽くすように並べられた書類を見終え、溜息。

 辻褄は合う。が、突拍子もない考えだ。証拠は一切ない上、仮に証明できたとしても何も変わらない。

 並べられた資料の1つ。かつて――と言っても1月前だが――ゼノグループに所属していた部隊長、幹部、大幹部の死亡者リスト。

 主に、野心を持つ頭の悪い連中ばかり。

 つまり残っているのは、ある程度有能な者たちだけ。

 普通暗殺するなら逆だろう。有能な者を殺し、頭のない連中をいいように操る。

 それが、常套の手段であるはずだ。

 ――だというのに、あの若き策略家はその逆の手を打った。

 まるで現状を、有能な連中がこぞって配下となる今を”見透していたかのように”。

 それが事実だとしたら・・・・・・笹草新羅は、神算鬼謀という言葉ですら物足りない。

 よって、これから自分がするのはささやかな意趣返し。

 情勢になんら関わりはないだろうが、ほんの僅かでも見返してやりたいという、反骨心。

 さて、あの万年笑顔はどんな反応をするだろうか・・・?

「・・・・・・」

 即殺しに来るような狭量じゃないと信じたい。





 「僕に話があるそうだけど?」

 ところ変わって今や群雲の実質的トップに立つ、笹草新羅の居住宅。以前ゼノが使用していたそこを、我が物顔で改装中。

 実際、我が物なのだろうが。

 というわけで笹草宅を訪れたミカノは、かなりの広さを持つ部屋へと通され目をこすっていた。

 あの、人の形をしている削りかけの木材は何だろうか・・・・・・?

 「新羅さん、その人形のような物は・・・」
 「これ?これね、人気アニメのキャラを模した観賞用の人形の基礎部分」

 立場の違いから敬語の類も逆転している。

 「・・・・・・何のために?」
 「いや-それがね、半分冗談で造ってお店に置いてもらったらいつの間にかオークションにかけられてて、マニアに結構な値段で売れたんだよ」
 「マニアに・・・ですか?」
 「そ。マニアに」

 なんか嬉しそうにしているが、ミカノとしては頭を抱えたい気分だった。

 咳払いして、気分を変える。

 新羅も、それまでもてあそんでいた彫刻刀を置き、机を挟んで向かい合い座った。

 持ってきた資料茶封筒入りを渡す。新羅は紙の束をパラパラ。ざっと眺め机に置いた。顔色1つ変えてない。・・・・・・というか、今ので確認できたのか?

 「で?」
 「・・・・・・これからお話しするのは、全て仮定の話です。妄想の類と思ってもらってかまいません」
 「聞こう」

 短く、一言。見かけの若さなど当てにならない、まさに上に立つ者の風格。

 自然体のはずなのに、汗がにじむような。

 小さく息を吐いて、ミカノは語り始めた。





 「・・・・・・始まりは、貴方がゼノグループのボス、ゼノの前に姿を現した時。1月前のあの時点で、貴方の計画は発動していた」

 区切って、新羅が何も言わないのを見て、続ける。

 「貴方は状況証拠からスパイの当たりを付け、ヒノキを封殺した。グループナンバー2の失脚です。組織内部がゴタつくのは目に見えていた。だが、貴方はそこでゼノをそそのかし、まだ整理もついていない組織から最高の戦力を引き出し牛雲へと連れて行った」

 「ゼノは呼び捨てなんだね」
 「最早ゼノグループは存在しません。敬称など無意味です」

 そうだね、と新羅は応え、その間も表情は笑んだまま。

 「最初の奇襲で部下の信頼とゼノの信用を確固たるものにし、牛雲での大勝利へと組織を導いた。クマデが死ななかったためそのまま殲滅戦へ移りましたが・・・・・・クマデは殺し損ねたのではなく、”殺さなかった”のでは?」

 僅か。ミカノには分からなかったが、笑う唇の弧が、深く。

 「クマデを殺すため貴方は部隊と共に牛雲へ残り、時を稼いだ。何故か?貴方はゼノが死ぬことを前もって知っていたからです。組織のトップが消えることで、精鋭を欠いた群雲を乗っ取るチャンスだと無能な連中に”思わせた”。・・・・・・実は、こっそり煽動していたのでしょう?」

 瞬き1つ。顔色は、変わらない。

 「そして群雲が、裏も表もなくなるような争いに陥る――その直前で、笠雲の勢力を差し向けた」
 「どうやって?」
 「知りません。不確かな情報で踊らされるほどあの組織は馬鹿ではありませんから、これは私の妄想です」
 「うん・・・続きを」

 「はい。外から敵が向かっている報せが群雲に届き、慌てた反乱者共は一時的に手を結んだ。どうせこれも貴方の息がかかった者が提案したのでしょう。そうして争いを回避し、群雲と笠雲の組織同士で抗争が起きる寸前、4つ目の組織に笠雲を襲わせた。・・・手段なんて見当も付きませんが。そして笠雲の前線部隊はすぐに引き返し、表面上は安定している群雲へ、精鋭部隊の信頼を得た貴方が帰還する。最も戦闘に優れた部隊を掌握しているため、貴方に武力での対抗はできなくなる」

 「・・・・・・あれは勝手に信奉してるんだよ」
 「天然のカリスマですか。羨ましい限りです」

 うんざりした様子の新羅に皮肉。表情を変えはしたが、方向性が違う。

 「群雲で表立っての活動が不可能になり、苛立った知恵の乏しい連中に貴方は絶好の噂を流した。笠雲で更なる勢力が介入し、他の守りが疎かになっている、と。それに釣られた連中はこぞって群雲を飛び出した。野心のままに一旗揚げるなら、貴方の目がある群雲よりはやり易いと思ったんでしょうね。・・・出て行った全員、死亡か行方知れずになっていますが、まあどうでもいいことですね。雲の国に規模の大きい裏組織は5つあり、その全てが壊滅、疲弊、もしくは派兵していますが・・・この5つの裏組織を、”陰で操っていた黒幕”は貴方だったんじゃないかと、私は考えます」

 「・・・何故?」
 「客観的に見ればゼノグループのボスは死に、組織は一時瓦解。再編された今も、その大きさは比べるべくもなく弱体化しています。――が、見方を変えれば大きなプラスとなっています」

 置かれた書類の中から一枚、ある程度の人数を率いる者たちの、死亡者と生存者リストを取り出す。

 「元ゼノグループで既にこの世にない、死んでいる人間のほとんどは、無能で、性格や思想など、組織として見るに問題のあった者たちばかりです」

 ――それは、組織という1つの集団で考えた場合、計り知れないメリットとなる。

 残っているのは、一定のボーダーを越えた有能な者たち。数は少ないものの、組織そのものが縮小しているため活動に支障はない。

 つまり、新羅がトップに立つこの組織は、ゼノグループの良い点だけを骨組みに創り上げられている。

 腫瘍の部分は、全て切り捨てて。

 「1月前から今日まで。全てが笹草新羅という人間にとって有利に動いている」

 渇いた唇を舐め、面白そうな気配を醸し出す新羅の、黒々とした双眸を見据える。

 「貴方は最初から、新しい組織を創ることが目的だった」
 「――で、妄想は終わりかな?」

 にやにやと。何か企んでそうな、その笑顔。

 「ええ、終わりです」
 「くすくす・・・・・・証拠はない。憶測とも呼べない。矛盾点が多すぎ。可能性も低すぎ。どこを見ても穴だらけ。まさしく妄想だ。・・・それで、こんな話をして、ミカノは何がしたい?」
 「別に何も。ただ話してみたかっただけです」

 真実である。強いて言うなら、新羅の反応を見てみたかっただけ。

 「ふむふむ、なるほど。ではミカノ、汝を我が民間軍事組織『五行』の副司令に任ずる」
 「は?」
 「というわけで、しっかり役目を果たせ」

 サラサラ~と任命書らしき物に辞令を書き、こちらへ手渡す笹草新羅。

 「・・・・・・いや、何をいきなり?」
 「え?副司令不満?」

 本気で不思議そうな顔に、頭を抱える。

 「・・・あのですね、私は貴方の組織に入るなどとは一言も、」
 「あれ、そんなこと言うんだ?バラしちゃうぞ~、ミカノが僕の造った人形買ったの」
 「ぶっ!」

 噴いた。そりゃ盛大に。

 「な、ななななな何で知ってるんですかっ!?」
 「だって造った当人だよ?誰が買ってくれたのか気になるじゃない」

 わかる。それはわかるが、だからといって本気で調べる奴はいない。

 ・・・・・・これに普通を求めるのが間違いか。

 頭痛が痛いの領域で額を押さえるミカノ。

 「バラされたくなかったら・・・・・・ね?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解しました」

 選択肢はなく、それ故に力ない返事。もうどうにでもなれ。

 「・・・・・・ところで民間軍事組織って何です?」
 「商売の手を広げるってだけ」
 「?」

 それだけでは分からないので新羅は詳しく説明する。

 組織の名は『五行』。賭場の取り締まりや上納金を納めるなど、基本的なことはマフィア時代と変わらない。が、その建前が大きく異なる。

 上納金は治安維持費へ。また表へも門戸を開き、護衛や傭兵などの依頼を受け付けるようにする。

 麻薬は全面的に禁止。非合法取引は可能な限り減らす。

 ・・・・・・その他こまごまとした規則やら何やらが続き、聞き終えたころには夜半を回っていた。

 「・・・・・・マフィアから表の組織への脱却、ですか」
 「半分だけね」

 ・・・・・・正直、面白いと思った。

 裏なら裏。表なら表。

 一枚のコインは、本来交わるものではない。

 それを覆そうというのだ。

 ・・・・・・しかし、これと似た体系なのは。

 「・・・忍びの仕事と、被りそうですが」
 「安さと手軽さで勝つ」
 「質で劣っているのは?」
 「解決策がある。心配ない」
 「・・・・・・忍びを育成するとか言いませんよね?」
 「ワオ、よく分ったね」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・本気ですか?」
 「本気も本気。講師もそのうち呼ぶから」
 「・・・・・・・・・」

 本日の教訓。

 新羅の思惑に頭を悩ませるのはやめよう。

 心底、ミカノはそう思った。





 ミカノが帰った後。

 1人残った作業室で、新羅は満足げに伸びをした。

 やはり、ミカノは使える。

 証拠も何もない中、推理だけで真実に近づくその頭脳。

 組織の中枢を任せるのに、なんら不足もない。

 「判断材料わざとばら撒いた甲斐があったね・・・」

 くすくすと、新羅は笑う。

 見事、”期待通り”手繰り寄せてきた。全く以って有能だ。

 群雲は落ちた。後は周りを平定していくだけ。これまでと比べたら、なんと容易い作業か。

 最大で5つもの鏡像を駆使して各都市のマフィアと接触。

 驕る者はおだて、尻込みする者は煽り。

 脳味噌のない者は使い捨て、小賢しい者は怯えさせ。

 信頼を寄せる者は配下にし、そうでない者はことごとく消し。

 あらゆる謀略とあまねく策略とを手足のごとく操り全ての敵と障害とを排除した。

 道を阻むものは、塵1つない。





 それから、2ヶ月が経ち。

 3ヶ月に及ぶ乱雲の役は、たった1人の手で始まりたった1人の手で終わった。

 雲の国の裏組織は、例外なく併呑され。

 そのさらに1月後、民間軍事組織『五行』は本格始動。

 表と裏と、清濁併せ呑む一大組織が築き上げられた。

 ・・・・・・鏡像使いすぎて本体チャクラが4割を切り、刹那が一時修行についていけなくなったのは、また別のお話。
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・・・信じられないこと。
投稿しようとして、追投稿クリックしたら全削除だったという結末。
せっかく5日連続投稿だったのに・・・PV10万いったのに・・・・・・
データはあるので、復元は楽ですが。
・・・全削除の時に確認画面が出るようにして欲しいですね。

くじけず、これからも投稿していきます。





[5794] 番外 ナズナちゃん奮闘す
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/01/12 19:15
 最近、刹那くんが構ってくれません。

 街から街への移動中は良いのですが、街に入って暇な時間ができるとアゲハおばちゃんと一緒にどこかへ行ってしまいます。かくいう今日もいません。

 商隊ではナズナと刹那くんが一番年下で、次に5歳離れて3人の子供がいます。でもこの3人はいつも一緒に遊んでいるので、刹那くんがいないとナズナはハブなのです。街ではいつも退屈しています。

 これは、そうきゅうに何とかしないと行けません!

 でも・・・どうやって?とナズナの冷静な部分がささやきます。むむむ・・・・・・どうすればいいのでしょう?

 1人で考えても分からない時は人に聞くのが一番です!

 そういうわけで、ナズナは刹那くんと遊ぶため、1人ふんとうします!





~~1人目 まずはやっぱりお母さんに~~

 「お母さんお母さん!」
 「ナズナ?慌ててどうしたの?」

 チョウボを付けてるお母さん。ナズナの栗色の髪はお母さん譲りです。目下の目標は、お母さんみたいに長くのばすことです。

 それはともかく、ナズナは上目づかいで聞いてみます。

 「あのね、あのね、刹那くんと遊ぶにはどうすればいーい?」
 「え?馬車の中でいっつも遊んでるじゃない」

 しごくとうぜんという風に返されました。でも、ナズナが言ってるのはそういうことじゃないのです!

 「だって、刹那くん街に着いたらいつもどこかへ行っちゃうんだもん!」
 「・・・ナズナも知ってるでしょ?刹那くんとアゲハおばちゃんは私達を護るお仕事をしているの。だから移動中は敵に備えないといけないし、街に着いたら強くなるために修行しないといけないの」
 「でもでも!ナズナは刹那くんとっ!」
 「わがまま言ってはだめよナズナ。刹那くんだって修行よりナズナと遊びたいに決まって、」
 「もういいっ!お母さんなんて知らないっ!うわあぁぁ~~ん!!」
 「ああっ!?ナズナ待って―――あっ」

 がたんごとんどたん!ドンガラガッシャーン!!

 何かがひっくり返る音(注、破砕音込み)がしましたが、ナズナは知りません。たとえお母さんがキョクドの運動オンチでも、知ったことではないのです。

 うう・・・ぐすっ・・・・・・・・・大丈夫です。お母さんに見捨てられたぐらいでは、ナズナはへこたれないのです!





~~2人目 一家のカナメはお父さん~~

 ・・・・・・というわけで捜したのですが、商品を受け取りに行ってるとかで留守でした。

 かんじんな時にいないなんて・・・・・・お父さんのバカーーっ!

 ――って、置き手紙しておきました。これでお父さんも必要な時にいてくれるでしょう。ナズナだって、ちゃんと頭を使うのです。刹那くんには負けません!





~~3人目 頼りになるのは年上のお兄さん?~~

 「しゃーこーつーさーーん!」
 「うおっ!?いきなりどうしたナズナ」

 普段は御者をしてるしゃこつさん。筋肉むきむきで、見た目はちょっと怖いのですが、いざというときはとっても頼りになる子供好きの優しい人なのです。

 このあいだも、襲ってきた盗賊を相手に勇敢に戦っていました!

 「しゃこつさんっ、刹那くんと遊ぶにはどうすればいい!?」
 「は・・・・・・?いつも遊んでんじゃねーか」
 「そうじゃなくてっ、街の中でもいっしょに遊びたいのっ!」
 「あー・・・それはさすがに無理だろうよ。刹那の奴が忍びの修行に集中できんのは、安全な街についてからだしな」
 「でも」
 「でもじゃなくてな、あいつはナズナや俺達を護るための力を手に入れようとしてんだ。それを邪魔すんのは野暮ってもんで、」
 「やだやだ!ナズナは刹那くんと遊びたいの!」
 「だからそれが無理――」
 「ナズナは刹那くんと遊んじゃだめなの!?」
 「いや、そういう意味じゃなくてだな、」
 「うわぁーん!しゃこつさんのバカ!人でなし!子供の敵~~~っ!」

 叫びつつ、ナズナは一気にそこから走り去りました。

 たかぶった感情にまかせて言ったので、何を口にしたか覚えていません。ちょっぴり振り返ったら、後には真っ白になったしゃこつさんが残されてました。20歳ぐらい一気に老け込んだみたいでした。何かショックなことがあったのでしょうか?

 もう3人当たって全部撃墜されましたが・・・・・・ナズナはまだ負けません!いいえ、負けてはならないのです!





~~4人目 おじいちゃんの知恵袋~~

 「カシワおじいちゃんっ!」
 「おお、ナズナか。どうした、何か用か?」
 「うん。あのね、カシワおじいちゃんに聞きたいことがあるの」
 「そうかそうか。ワシにできることならなんでもするぞい?」

 これは、ミャクありです!

 「えっとね、刹那くんと街でいっしょに遊ぶにはどうしたらいーい?」
 「む・・・それはちと・・・・・・難しいの。・・・街じゃないといかんのか?」
 「いかないの!だって馬車の中ではいっつも遊んでるもん」
 「だったら刹那本人か、アゲハおばちゃんに頼みなさい。ワシにはどうにもできんよ」

 えぇー!?

 「でもカシワおじいちゃん、商隊で一番エラいんでしょ?街でいっしょに遊びなさーい!とか命令できないの?」
 「ナズナよ、お前は刹那に嫌がらせがしたいのか?」
 「そんなことないよ!」
 「じゃったらなおのこと、本人に頼みなさい。無理矢理遊ばせても、刹那は楽しくないじゃろう」

 うぅ・・・・・・初めて役に立つお話だったけど、でもけっていてきではありません。どうしたらいいのでしょう・・・・・・

 「・・・・・・カシワおじいちゃんのイジワル・・・・・・」
 「なあっ!?」
 「イジワルイジワルいじわるーーーっ!」

 はらいせに、悪口を言ってナズナはその場を離れました。・・・本当に、どうしたらいいのでしょう。

 「ワシは・・・ワシはイジワルじゃったのか・・・・・・?」

 廊下に両手をついたカシワおじいちゃんの声が聞こえた気がしましたが、多分気のせいです。おじいちゃんの声はこんなに哀愁ただよってはいないのです。

 刹那くんには何度も文句言ってるから、あと聞ける人は・・・・・・アゲハおばちゃん?





~~5人目 将を射んと欲すればすればまず馬を射よ~~
 
 夕ご飯ごろまでしんぼう強く待って、やっと刹那くんとアゲハおばちゃんが帰ってきました。・・・・・・あれ?珍しいことに刹那くんがおんぶされています。何かあったのでしょうか?

 「お帰りなさい、アゲハおばちゃん!」
 「あらナズナちゃん。ただいま」
 「・・・・・・刹那くん、どうしたの?」
 「え?そ、その・・・・・・ちょっと修行が厳しすぎて、気絶しちゃったみたいなのよ」
 「えぇ?刹那くんカッコわるーい」
 「オ、オホホホ(ごめんね、刹那。さすがに高位妖魔3体はやりすぎだったわ・・・)」

 そのまま宿の刹那くんの部屋へ歩きながら、ナズナは聞いてみました。

 「ところでアゲハおばちゃん、刹那くんと街で遊ぶのは無理なの?」
 「刹那と街で・・・・・・?う~ん、ちょっと難しいわね」
 「どうして?」
 「・・・・・・少し難しい話だけど、いい?」
 「だいじょーぶ。まかせて!」

 刹那くんとアゲハおばちゃんの部屋に着いて、アゲハおばちゃんはまずお茶を淹れて、それから話しだしました。

 「刹那は私と同じ忍びになるため、日々修行してるの。これは分かるわね?」
 「うん」
 「でもね、忍びの世界はとても危ないの。特に、私と刹那みたいに隠れ里の庇護を受けてない忍びにとっては」
 「ひご?」
 「護ってもらうことね」
 
 ふーん。

 「里に縛られる必要はないけれど、その代わりどこにも頼れない。自由がある代わりに、命を狙われても自分達でなんとかするしかないの。だから早く強くなるしかないのよ」
 「護衛を雇ったりとかは?」

 今のアゲハおばちゃんと刹那くんみたいな。

 「忍びを雇うのは本来とてもお金がかかるのよ。私達はそんな欲とは無縁だから、こうして商隊のお手伝いをしながら少ない金額で長期契約を結んでるの」
 「それウソだー!」
 「は?」

 目を点にしたって無駄なのです。ナズナにウソは効かないのです!

 「えっと・・・・・・ナズナちゃん、どこが嘘なの?」
 「『そんな欲とはむえん』ってとこー!アゲハおばちゃんお金が欲しくないからカシワ商隊のよーじんぼーしてるんじゃないんでしょ?」
 「・・・・・・どうして?」
 「だってお金がいらないだけならお百姓さんになればいいだけだもん。わざわざよーじんぼーするなんて変だもん。それとも、よーじんぼーじゃないといけない理由があるの?ナズナたちと一緒にいたいだけとか?」
 「・・・・・・・・・・・・」

 あれ?アゲハおばちゃんが絶句しています。どうしたんでしょう?

 「ナズナちゃん・・・・・・それ、誰に聞いたの?」
 「失礼な!今自分で考えたもん!」
 「・・・・・・」

 む、その顔は信じてませんね。でもいいのです。たとえ誰にも信じられなくとも。

 「・・・・・・ねえ、ナズナちゃん」
 「はい?」
 「くの一になる気はない?」
 「・・・・・・・・・・・・はい?」

 それはいったい・・・・・・どういうことなのでしょう?

 「どうもナズナちゃんには才能がありそうだから、ね?やってみない?」
 「でもでも、今忍びは危ないって」

 ふ・・・・・・甘く見てもらっては困ります。ナズナは安全第一なのです。

 「くの一になるんだったら刹那と一緒に修行できるわよ?」
 「やりますやります是非ともやらせてください!!」

 ・・・・・・な、なんとも呆気なく、ナズナはアゲハおばちゃんの口車に乗せられてしまいました。さすがは忍者です!凄いです!いつかナズナも、こんなふうになれるのでしょうか・・・?





 「う・・・・・・」
 「あら刹那、目が覚めた?」
 「お母さん・・・?・・・・・・ああ、気絶したっけ・・・」

 多由也が使役してた鬼クラスの妖魔3体(物理能力特化型)と同時に相手させられたのだ。・・・・・・体術オンリーで。武器の使用が認められてたとはいえ、よく勝てたものだと思う。算定演舞使いっ放しでもうぐったりだ。

 「状況把握が速くて結構結構。ところで、明日からナズナちゃんも一緒に修行することになったから」
 「ああそう・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・は?」

 今何と言った?

 「気付かなかったわ。こんな身近にあんな才能持ってる子がいるなんて・・・」
 「お母さん?その、どういう意味?」
 「安心して。もうご両親に許可は取ってあるから」
 「いや、そうじゃなくて」
 「本当は刹那、あの子の才能に気付いてたんだったりして」

 ギクリ、と身をすくませるのも僅か。

 「な、何のことだか、」
 「フフフ、まあいいわ。ナズナちゃんは刹那と一緒にいたかったみたいだし、一石二鳥ね」
 「僕は反対――」
 「本人が乗り気なのに邪魔しちゃいけないわよ?・・・・・・ほんっと、刹那ったらあの子に甘いわねぇ」
 「・・・・・・・・・・・・(////)」

 何を言っても無駄だと悟り、刹那は寝返りを打ってふて寝を決め込んだ。

 



 こうしてナズナのくの一修行が決定しましたとさ。

 我愛羅と出逢う、およそ一年前のことであった。

 う~・・・ナズナには危険なことさせたくなかったのに・・・・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

番外編です。入れ忘れてました。感想の返事については、今回数が多いので感想掲示板の方に載せてあります。そちらをご覧ください。



[5794] 24 眩魔登場
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/14 09:52






 「『五行』・・・・・・う~ん、全部ぶっちゃけるのはまだ時期尚早だよね」

 とりあえず、当たり障りのないこと送るか?・・・いや、下手に立ち回ると、こちらとあちらでいざこざの起きる可能性がある。そうなったら目も当てられない。

 そんなことをぶつぶつ呟きながら思考の海に沈む刹那。やがて何を書くか決まったのか、おもむろにペンを取って、

 ザグッ

 《がっ・・・・・・!》

 予備動作なく投じられたボールペンが部屋に備え付けのテレビ画面に”吸い込まれ”、覗き見していた【何か】にその先端が食い込み悲鳴を上げさせた。

 ・・・・・・吸い込まれた?

 自分でやっておきながら、理解できない現象に目をぱちくり。

 《ぐぅおおおおお・・・・・・!》

 その間も真っ黒なテレビ画面から悶え苦しむ声が。・・・・・・いや、ほんと、何?

 視線を感じて、考える前に投げた先がテレビだったわけだけど。

 《ぐくく・・・・・・くそっ、とうとうバレたか》

 プッ、と画面からペンを吐き出しながらそいつが言う。・・・・・・とうとう? つまり、これまではバレていなかった。イコール、これまでずっと覗いていた?

 「いやそれ以前に・・・誰?ってか何?」
 《・・・・・・ふん、知られたからには教えてやる》

 どこか反響しているような声がそう言って、テレビから気配が消える。

 「逃げた?」
 《誰が逃げたって?》

 声に振り向けばそこは化粧台。上半身を映す鏡の中で、映る刹那の姿が歪んだ。

 渦巻くようにねじれた後、元に戻った鏡の中で白亜刹那がニヤリと笑う。

 《俺は、白亜刹那だ》
 「ダウト」

 間髪いれずの合いの手に、ズルリ。偽刹那の身体がかしいだ。

 《・・・もうちょっと別の反応はないのか?えぇっ!?とか・・・・・・》
 「僕の姿でいじけるな。うざったい」
 《遊び心のない奴》
 「うるさい。それよりお前、何?」

 苦無と脇差をしっかり構えつつ、刹那が問う。

 今の現象から鑑みるに、鏡やガラスなど、平面に映る物の中に潜み移動する能力か。汎用性からいって白の魔鏡氷晶よりタチが悪い。

 更に、その平面に映る相手に擬態することも可能。もし能力まで擬態できるなら手のつけられないことになるが、はたして。

 《くくく、聞いて驚け!》

 ババーン!と効果音が付きそうな、刹那であれば絶対しそうにないポーズをつけるそれ。

 原作の自来也を思い出した。

 《この世に在りて数千年、喰らいし魂万をを超え、覗きし心億数う!西に東に北南、那由多の者すら恐れ入る!!鏡に潜みし魔幻の化生、世に轟きし我こそは――》

 「眩魔!!」

 ドタァアン!!

 いい感じに興が乗っていたところへ文字通り扉を蹴破って乱入してきた水色の女性・・・って母さん!?

 《ア、アゲハ!?》
 「何やってるのよ眩魔!正体さらしちゃ何の意味もないでしょうが!」
 《ちょっ、誤解だコラ!俺の気配察して刹那が見破ったんだよ!》
 「見破った?見破られるようなヘマしてんじゃないわよ!」
 《たった7つの子供が俺に気づく方がおかしいんだよ!!つか俺の決めゼリフ邪魔してんじゃねぇっ!》
 「知ったことじゃないわよ!!」

 わいのわいの。ギャースギャース。

 うん、とても賑やかだ。

 いいかげん騒音公害で宿から文句言われる前に、溜息しながら印を組む。

 「――雷遁・静電招来」

 バチィッ!

 《「っ~~~~・・・・・・!」》

 声もなく指先を抑えるアゲハと鏡の中の偽刹那。

 術の名前はそれなりの癖してただ静電気を流すだけというショボさ。チャクラをほとんど喰わないのが美点と言えば美点。一応オリジナルだったりするが、はっきり言ってそんなことどうでもいい。

 ・・・・・・母さんはともかく、ちゃんと眩魔とかの方にも術届くんだ。

 原理は知らないけど、物質が入るぐらいだからエネルギーなど言わずもがな・・・か?

 「いたた・・・ちょっと刹那、何するのよ」
 《地味に痛ぇぞオイ!》
 「・・・宿の方に苦情出る前に止めただけ」
 「他にやり方があるでしょう!?」
 「カシワの魔宴を”火遁で鎮火”させるお母さんにだけは言われたくない」
 「・・・・・・そ、それは、その、」
 「そ・れ・よ・り!」

 一転。無邪気に”見える”笑顔を刹那は浮かべ、

 「ちゃんと説明してね?」
 《「・・・・・・・・・」》

 何とも言えない異様なプレッシャーに、眩魔とアゲハは冷や汗した。





――鏡に棲まう魔物在り。

 其は心を侵し、心を喰らう魔物なり。       

 ――魔物に刃向かう忍び在り。

 三日三晩戦いて、遂に其の首落とすなり。

 然れど魔物の本質現世に在らず。

 いつの日にかは黄泉返らむ。

 肉は滅せど魂までは滅ぼせぬ。

 故に忍びは決意せり。

 魔物の魂其の一部。

 己が意思にて喰らうなり。

 魂欠けしことにより、

 魔物の復活妨げり。

 忍びの身命変わらずも、

 纏いし力変わるなり。

 猛々しき其の忍び、

 斯くて無上の力、手に入れむ。





 「――と、いう訳なのよ」
 「いや、意味不明だから」

 膝を突き合わせ問い詰めたところ、今の歌というか昔語りを聞かされた訳だが、だから何だという話。・・・・・・あ、母さん、なんかガックリしてる。

 《おいおい、これ一応水鏡の秘話だぜ?》

 呆れたように鏡の向こうで言う眩魔。・・・・・・あのね、秘話だからって誰にでも重要って訳じゃないの。その話はまた今度じっくり聞かせてもらうから。矛盾点というか疑問点があちこちあるし。

 「じゃなくてね、僕が聞いてるのは、僕のことをずーーっと監視してたのかってこと。わかるよね?言葉通じてるよね?ハイ、答えて」
 《あー・・・・・・それは、だな》
 「まあ・・・その通りね」

 認めるのか。スパイ行為を認めるのか。

 「自分の息子を信じてくれないなんて・・・・・・」
 「だって・・・ねぇ?」
 《そうだなぁ・・・・・・1人勝手に風影と交渉するくらいだからなぁ・・・》
 「・・・・・・!」

 予想は、していた。眩魔と母さんの漫才めいたやりとりを見た時から。

 ・・・・・・プライバシーなどあってないものなのだろうと。

 そんな感じで悄然としかけた僕の耳に、

 「でも別に悪いことじゃないわよね?」
 《無茶は無茶だけどよ、結果的に上手く行ってんだから良んじゃね?》

 はい?

 「聞いた時は驚いたけど、秘密もバラしてないし、行商先で見聞きしたこと教えるぐらい問題ないわよ」
 《そうそう。その程度でいくらか稼げるんだから気前のいいこったぜ》

 あれ?あれれ?

 ・・・・・・意外に好評?っていうか、なんか齟齬があるんですけど?

 未だ僕の姿の眩魔を見る。母さんに見えない角度で、鏡の魔物は意味ありげに口の端を曲げた。

 「・・・・・・」

 確信する。真面目に報告してないな、こいつ。どういうつもりだ?

 「刹那、監視してたことは謝るわ。どうしても心配だったの」

 本気の色が感じられる、母さんの言葉。・・・・・・でも母さん、その目論見は上手く行ってないよ?スパイ役の眩魔が、まともに務め果たしてないし。

 もちろん、自分が不利になるようなことを言う気はないが。

 「・・・・・・分かったよ。この件はもうこれでおしまい。追及はしません!」
 「ありがとう刹那!刹那なら分かってくれると信じてたわ!」

 ぎゅう~っと僕を抱きしめる母さん。嬉しいけど、久しぶりだからなんか懐かしいけど!どの口がそれを言いますか!?

 と、僕が内心珍しく激しいつっこみをしていると、蹴破られたドアからナズナのお父さんがひょっこり顔を出した。

 「え~っと・・・お取り込み中でしたらいいのですが、アゲハさんにお客ですよ」

 おっとりというかゆったりというか、外見に見合う丁寧な口調で言うハコベさん。壊れたドアは見やるだけで、つっこまないのがありがたかった。

 ちなみに、眩魔は僕の振りをしている。ただの鏡っぽく。

 「客?誰かしら」
 「・・・まあ来ていだだければ分かると思います。うちも無関係じゃありませんから」
 「・・・・・・?まあいいわ。刹那、ちょっと行って来るわね。ドアは直しといて」
 「・・・・・・自分でやって欲しいよ」
 「お客さん待たせちゃいけないでしょ?」

 至極もっともそうな言葉で逃げを打つ母さん。酷い。

 次いで、パクパクと唇を動かした。読唇術だ。

 (疑問は眩魔に聞いときなさい)

 言うだけ言って母さんはさっさとロビーへ向かった。・・・・・・まあいっか。

 ちょうど、眩魔と2人きりで話したいと思ってたし。

 直すと言っても真ん中からへし折れたドアをどうやって直すのか思案しながら、聞いてみる。

 「眩魔」
 《あん?》
 「お母さんに言ってないことあるでしょ」
 《そりゃお前も同じだろうが》

 それはそうだ。風影との会話の真実。五行。そして、僕自身について。他にも色々たくさん。

 「・・・何で言ってないの?」

 疑問は、そこ。

 スパイの役を引き受けてるはずなのに、肝心の報告に嘘が混ざってる。スパイの意味がない。

 《そうだな・・・・・・よし、俺に勝ったら教えてやる》

 ・・・・・・どうしたらそういう提案になるのか不明だが、まあいい。好都合。

 「・・・なにで?」
 《何でもいいが、コイントスとかはダメな。互いがある程度考えなきゃいけねえやつだ。じゃんけんでもいいぞ》

 ニヤニヤと。まるで自分の勝ちが決まってるかのように。・・・・・・うん、それなら。

 「将棋で」
 《乗った。負けたら言うこと1つ聞いてもらうからな》

 後付けしてるとこから言ってろくな命令じゃない気がぷんぷんと。そんなに自信があるのか?

 「じゃあ僕が勝っても1つ言うこと聞いてもらうよ」
 《はっはっは、好きにしやがれ!どうせ俺の勝ちは揺るがねえからなぁっ!》

 ・・・・・・頭が良いのか馬鹿なのか。

 古くから生きているという妖魔の口調から、推し量るのは無理だった。










 所変わって、ロビー。

 ハコベと一緒に向かった先にいた女性を見て、アゲハは内心首を傾げた。木の葉の忍びが、何の用だというのか。

 さておき。接客用の笑顔を貼り付けて、アゲハは先方に挨拶する。

 「お待たせしてすみません。白亜アゲハです」
 「あ、いえ、こちらこそ何のお伺いも取らず突然おじゃまして申し訳ありません」

 一礼。そして女性は、まるで子供のような笑顔を浮かべて言った。

 「私は、松風ミミナと言います」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ガイナさん、ゆめうつつは思うわけです。橋造りの時にサスケが倒した再不斬の水分身が本体の10分の一だったので、これくらいが適当じゃないかなー・・・と。そこを踏まえた上で違和感が残るのであれば、修正いたします。

野鳥さん、おじさんと言われてはしゃこつさんが泣きます。まだ20代の設定です。・・・・・・ちなみにゆめうつつは風邪引いて喉が痛いです。執筆には何の影響もありませんが。


とうとう刹那が眩魔の存在を知りました。という訳で、次は将棋合戦(細かいのはなし)とこれからについてです。

・・・・・・テスト当日に何やってるんだろうと思わないでもないゆめうつつでした。



[5794] 25 眩魔のいる所
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/01/26 23:05
 





 ・・・結局母さんが壊したドアは適当に片付けた後で宿に丸投げした。木遁なんて使えないし、あれだけ派手にぶっ壊れてるなら新しいの持って来た方が早い。・・・はあ、いらない出費だ。母さんめ。

 《刹那よぉ~、さっさとやろうぜ?》
 「・・・今の今まで片付けに追われてたんだけど」
 《もう終わっただろ?こっち来いこっち》
 「・・・・・・?」

 いつまで僕の姿でいる気なのかはともかく、眩魔が手招きする化粧台に近づく。

 《もっとだもっと。そんで手ぇ出せ》
 「・・・何で?」
 《何ででもいいから早くしろ》
 「・・・・・・」

 何らかの思惑を感じつつもとりあえず手を出す。そ~っと、鏡に触れるか触れないかまでに伸ばした、途端。

 「!?」

 透明に輝くという不可思議極まる液体でできたような腕(?)が鏡から生え、伸ばした刹那の腕をつかんだ。

 《1名様ご案な~い!》
 「・・・は?」

 妙にハイな眩魔の声に当惑した直後、異常な腕力(?)で引っ張られた。

 「な・・・!」

 とっさにチャクラを流し綱手張りの怪力を発揮!・・・・・・したが、そういうレベルというか問題ではないらしい。 

 「嘘!?」

 ぐい、っと。大岩をも砕く強力が、碌な抵抗もできずに力負け。馬鹿力にも程がある。

 引っ張られるまま指先が鏡面に触れる。触れた指先は、そこに鏡などなく、ただ冷ややかな水面であるかのように奥へ奥へと引き込まれる。

 指が入り手首が埋まり肘が沈んで、尚止まらない。

 「っ・・・・・・。・・・!」

 足が、床を離れ。

 水の中に跳び込んだような感触を最後に、全く久しぶりに、意識が落ちた。
 
 



 ――そんなことは露知らず、ロビー。

 「――のお団子がとても美味しくてですね、ついたくさん食べちゃうですよ~」
 「わかりますわかります。それで次の日体重計を見て後悔するんですよね」
 「そうなんですけど・・・でもあの至福がやめられなくて、」
 「またやってしまって、」
 「「後悔するんですよね~」」

 にこ~っと微笑むアゲハとミミナ。

 話そっちのけですっかり意気投合していた。

 「それでですねー――」
 「まあ本当に――?」
 「あの・・・ご用件は・・・・・・?」

 と、声を挟むもまるで聞いちゃいない。肩を落とすハコベ。
 
 女3人ならずとも2人して姦しく。

 そこに男の入る余地はなし。

 ああ女性2人に挟まれて。

 男の肩身狭きことかな。





 「・・・・・・・・・・・・う」

 闇の底から意識が浮上。微かに重い頭を抑えつつ、身体を起こす。

 ・・・・・・あー・・・うん。なんだろうね、ここ。

 回りを目にして、僕は驚く前に呆れてしまった。

 鏡。

 大小様々。多種多様な形の鏡をつなぎ合わせて造ったと思われる馬鹿でかい――宮殿。

 どちらかと言えば中国のような気もするが、神社の仏閣あたりをひたすら大きくしたような印象もある。目の前のあれ、間違いなく鳥居だし。鏡だけど。

 下手すれば木の葉の里丸ごと入るんじゃないかと思うほど広い・・・と思う。あちこち反射してる上、付近に比較対象がないからいかんとも言いがたいが。

 よくよく見れば、今自分が座ってる床も鏡だ。何だここは。趣味が悪いと言うより設計ミスだろう。どこが壁だかも分かりにくいし。

 《ようこそ、我が住まいへ》

 ・・・・・・なんか声が聞こえた。どこからともなく。

 「・・・眩魔」
 《何だ?》
 「ここどこ?」
 《お前らのいる世界を現実世界とした場合に存在する鏡の世界。早い話異界だ》
 「・・・・・・ああ、鏡に棲まう魔物ね。他に似たような生態の妖魔はいるのかな?」
 《いねえ。俺1人だ》
 「・・・僕みたいに連れてこられた人は?」
 《肉体があった頃ならともかく、今の俺の力じゃ水鏡の血を引く奴じゃなきゃ連れてこれねぇよ。昔ゃ動物も人もいたんだがねぇ・・・気づいたらみーんな逃げてやがった》

 ・・・・・・十中八九、奴隷というか家畜のつもりだったのだろう。それを、先祖の誰かが救出したって所かな?

 「・・・まあいいや。それより眩魔はどこにいるわけ?声は聞こえるけど」
 《俺はこの世界のどこにでも存在する。言うなりゃ世界そのものってとこか》
 「・・・・・・将棋できるの?」
 《心配ご無用っ、と》

 ぐにーーんと床が伸び上がり、人の形を型どりながらだんだん色を持っていき――

 「・・・・・・また僕の姿か」
 《俺は鏡だ。鏡は全てを映さなければならねぇ》
 「一定の形を持たないってこと?」
 《話が早くて助かるな。まあそういうこった》

 つまりどんな姿にもなれる。その代わり、自分という個は明確な形を持っていない。否、持てない。

 だから、他人の姿を借りなければこうして何かをすることもできないのだろう。

 ・・・・・・難儀な身体だ。

 別に何を思うでもなくそう結論していると、ぐにーっと床がまた伸び上がり、何故か将棋盤になった。ご丁寧に駒も置かれている。

 「・・・眩魔の身体の一部?」
 《ご名答・・・っつーかよく分かったな?》

 他に思いつかなかっただけだ。さすがは鏡の魔物、何にでもなれるらしい。

 まあそれはさておき、足のついた立派な将棋盤の前に腰を下ろす。僕は正座、眩魔は胡座。

 《座布団要るか?》
 「要らない」
 《あっそ》

 聞くだけで眩魔の方も要らないのか、そのままだ。

 《俺は後攻でいいぞ》
 「ん・・・じゃ、こっちから行くね」

 そうして僕は、ひとまず銀を動かした。





 《・・・・・・おい、いいかげん攻めて来いよ》
 「そっちこそ来れば?」
 《俺はカウンターが好きなの》
 「僕は防御が好き」
 《このままじゃ千日手だぞ》
 「正確には違うけど、勝負がつかないのは確かだね」
 《なら何とかしろよ》
 「僕は気が長いから」

 開始より15分。

 攻め手を欠く以前に攻める気の見えない盤上は、膠着状態に陥っていた。

 どちらも、防御にかなりの比重が置かれてしまっている。

 気は短いほうなのか焦れに負けて、眩魔が動いた。

 パチリ。進んだ一手に、刹那の目が細まる。・・・一手、足りない。

 即座に捨てて防御を僅か、崩し攻めへ。ニヤリ、眩魔が意味ありげに笑った。

 「・・・・・・ところで」
 《あん?》
 「長考は10分まで、でいい?」

 確かに、言われてみれば決めてなかった。ふむ・・・と眩魔は思案して、問題ないと判断する。

 《じゃ、10分以内に打たなかったら負けな》

 グネグネ床が動き時計となる。本当に便利だと刹那は思った。

 数手、小さな攻防が続き・・・眉を寄せる刹那。全てが全て、僕の狙いを読んだような手を打ってくる。攻め始める前とは、明らかに違うその棋力。

 ・・・・・・まさか。

 視線を眩魔に向ける。自分の姿をした眩魔は、自分ならまず浮かべないニヤニヤ笑いで、僕の推測を肯定していた。

 「・・・・・・覗き魔め」
 《くくく・・・やーっと気づいたか!そう、お前の考えは――大当たりだ!!はっはっはっはっはーっ!》
 「・・・・・・」

 大笑いする眩魔。僕は盛大な溜息を吐く。

 簡単な話。眩魔は僕の思考を覗いていた。これに尽きる。心を覗く――まさにその通りか。

 《くっくっく・・・どうだ?お前の思考力は俺のもの同然!つまりはハナっから勝ち目なんぞなかったんだよ!》

 高笑い。嘲笑。既に自分の勝利を確信している眩魔。

 「・・・ま、勝負は最後までやってみないと分からないけどね」
 《はあ?分かりきってるだろうが。めんどくせえからさっさと降参しろ》
 「僕にはまだ目があるんだよ。勝利の目が」
 《・・・・・・?》

 余裕とも取れるそのセリフ、そして心。さざなみ1つ立たない、完璧な心理コントロール・・・とは、違う?

 ――本当に・・・・・・勝てると思っている・・・?

 《けっ・・・好きにしやがれ》

 口調はそっけなく、けれど警戒心は最大に。五行のことといい守鶴のことといい、刹那の行動には突拍子もないものが多い。故に警戒し、欠片も漏らさず心を覗こうとする眩魔。

 それが、仇となった。

 (読めるものなら、読んでみれば?)

 そう、刹那の心から読み取った直後。

 ――流れ込んでくる情報、情報、情報。

 一手先十手先百手先可能性として存在し得るありとあらゆる指し方盤面棋譜その他不要な数字の羅列文字言語数式術式暗号化学式論文工学知識知識ちしきチシキ――――・・・・・・


 怒涛の如く雪崩れ込んでくる情報の奔流に、眩魔は成す術もなく何が起きたかも分からず意識が暗転。

 カチッ、カチッ、カチッ。

 後ろにぶっ倒れた眩魔を気にも留めず、平等に時は進む。

 そして――





 「10分経過、僕の勝ちっと」

 未だ意識の戻る様子のない眩魔をほたって、刹那は気持ちよさそうに伸びをした。

 まさに想定通り(思いつきだが)。心を読むすなわち思考を読むと同義。心の中で適当に眩魔を煽った後、全力の算定演舞を発動したのだ。

 結果は目の前の眩魔を見れば分かるはず。展開される情報量に脳味噌はオーバーヒート。容量を遥かに越えたため、神経がいくらか焼き切れてるかもしれないが大丈夫だろう。妖魔だし。精神体らしいし。

 「くすくす・・・・・・僕に頭脳ゲーム挑んだ時点で負けは決まってたんだよ?」

 白目を剥いてる眩魔に聞こえてないだろう言葉を投げかけて、無謀な挑戦者を、ただ笑う。





 「・・・・・・あ」

 はたと気づいた。

 ここから、どうやって出る?

 「・・・・・・・・・」

 てくてく歩き、一撃。

 《ごぶっ!!》
 「眩魔起きろさっさと起きろ帰り道教えろーーっ!」

 胸倉引っつかんでぶんぶんゆさゆさ。死人に鞭打ってるのは確かだが、優しさ向ける対象ではないので罪悪感はゼロだ。・・・・・・あ、グッタリなった。根性なしめ。

 仕方がないので手を離してやると、その身体がグニャグニャ崩れて床と同化し、目の前の空間が姿を変え元の部屋を映した。・・・・・・何だ、ボス倒したから扉が開いた?どこのRPGだ。

 しかしまあ、帰れるなら文句はないので刹那は鏡の宮殿を一顧だにすることなくさっさとその扉(?)をくぐった。無事に戻れたのでほっとする。

 ・・・・・・さて、眩魔との話はまた今度にするとして、我愛羅の手紙でも読もう――

 「刹那~~!」
 「・・・何?お母さん」

 風通しの良いままのドアから何故か満面の笑顔の母さんが姿を見せた。ここまで機嫌が良いのは初めてかもしれない、そんな笑顔。

 「お母さん知らなかったわ、まさか刹那にそんな可愛げがあったなんて!」
 「・・・・・・は?」

 言葉自体の意味は分かるがそうなる理由が見当もつかない。

 「大人っぽい大人っぽいって思ってたけど、あんな子供らしい考えもするのね~!」
 「あの・・・お母さん?」

 言ってはみるが、舞い上がってるらしいアゲハに刹那の言葉が届くはずもなく。

 「そういうわけで刹那、来週からナズナちゃんと一緒に学校行きなさい」
 「・・・・・・・・・・・・はい?」
 





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
1週間ぶり、でしょうか?ゆめうつつです。

ニッコウさん、まあその通りです。アゲハの言う可愛げ云々はご想像にお任せします。ミミナが来ていることから察してください。

野鳥さん、商隊の諸国漫遊も問題なくクリアできます。案としては現在2つありますが・・・まあお楽しみということで。遅いでしょうが体調にはお気をつけを。ゆめうつつの学校ではインフルエンザ患者が出てますし。・・・こちらも気をつけます。

シアンさん、最初の方の感想以来ですね。お久しぶりです。将棋合戦、お楽しみいただけましたか?細かいとくどくなるので、このぐらいが妥当かと思ったのですが、どうでしょう?

RENさん、その疑問には簡単にお答えしましょう。アゲハは忍びです。これはNARUTOす。普通に筋力が異常なのです。思いっきり蹴れば壊れますよそりゃ。・・・という感じでどうでしょう?深く考えないのには賛同ですが。


現在『回想・五行設立編』の改修をどうすべきか悩んでいます。皆さんご意見いただけないでしょうか?案は2つ。
現状とさして変わらずそれっぽくまとめるか。
いっそのこと外伝として新しく長く取るか。
どちらがいいと思いますか?後者だと本編の進行状況にも影響が出ますが、最終的にどちらでも説明はつけられます(一応)。ご意見お待ちしております。

P.S どなたかルビの振り方教えてください。Wordで出して貼り付けるでは上手くいかないのです。ご教授願います。



[5794] 26 『柏』への信頼
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/01/26 23:02
 




 「・・・で、何でいきなり学校?」

 いささか以上にテンパった感じの母さんが落ち着くのを待って、部屋に運ばれた夕餉を突付きながら聞く。

 「夕方来たお客さんっていうのがね、アカデミーの先生だったのよ」
 「・・・ちなみにどなた?」
 「松風ミミナ先生」
 「やっぱりか・・・」

 能天気に過ぎる笑顔を思い出し溜息を吐く。何考えてるんだ一体。

 「それでお話聞いたら、私の知らないうちにアカデミー見学してたそうじゃない」

 ピタリ。

 茶碗片手に、漬け物に箸を伸ばしながら固まるというか、凍り付く刹那。

 それを見やって、にこにことアゲハは続ける。

 「『学校も悪くない』・・・・・・ほんと、こんな子供らしいこと言うなんてお母さんびっくりよ!」
 「――――――」

 沈黙と共に刹那の顔がうつむいていく。垂れた前髪の隙間に見える頬とか、耳とか、熟したリンゴのように赤い。・・・・・・ふふふ、久しぶりに見たわね。

 大人の思考といえば聞こえはいいが、結局のところ子供は子供らしいのが一番だ。

 今みたいに時たま覗く素顔を見ていると、本当にそう思う。

 「刹那、顔真っ赤よ?」
 「う~・・・・・・」

 真実だけに言い返せない刹那。上目遣いにアゲハを睨み付けているが・・・その仕草が、世に言うお姉様方のツボにはまるだろうことに気づいていない。

 ・・・・・・この子ったら、ホント時々、可愛いんだから。

 相好も崩れるというものだ。ミミナ辺りに見せたら卒倒するかもしれない。

 「・・・・・・そ、そんなことより!何で学校に行くことになったわけ!?」

 耐えきれなくなったのか、刹那は強引に話題転換を計る。まだ少々顔が赤いのはご愛敬といったところか。

 残念に思いつつも、ちょっと可哀そうな気もしてきたので乗ってあげるアゲハ。

 「『子供はやはり学校に行くべきです!勉強はともかく、同い年の子たちとの交流は精神的な成長を――』云々、ってことで、誘われたからやってみましょうかー・・・みたいな?」
 「疑問系なんだ・・・」
 「まあそういうことで、色々と裏取引があった挙げ句、」
 「怖いって・・・」
 「見事入学と相成りましたー!」

 ぱちぱちぱちー、と拍手するアゲハに、刹那は溜息。テンションに付いていけない。

 というか母さんの性格が変わってるような気が。それとも、前からこうだったっけ?

 「・・・他里以前に、木の葉の忍びになるかも分からない子供をアカデミーに入れていいの?」

 忍びと一般人の境目は、チャクラを操れるか否か。その一点に尽きる。仮に塾みたいな形でチャクラ講習があったりしたら忍びの優位性は一気に薄れてしまうので、簡単に外部に漏らしてはいけないはず。

 自来也が長戸たち3人に教えてた気もするが・・・・・・あれは状況が特殊だし。

 さておき、つまりはアカデミーに入るのは木の葉で働くこと前提なのだが、そのへんどうなのかと。

 「一般人でも入れるアカデミーじゃせいぜい忍タマレベルでしょ?忍びの基礎はそこで習わなくても私が教えられるから、技術的なことは入ろうが入るまいが変わらないのよ」

 まあ、確かに。というか忍タマって・・・ミミ先生の受け売りかな?
 
 「じゃあ、僕たちがアカデミーにへの潜入者だとかいう疑いは?」

 日向、うちは、犬塚、秋道、奈良、油女、山中・・・・・・人柱力のナルトもいるし、よく考えたら凄い名家密集率だ。ここに僕が入ったりしたらさらにグレードアップするわけだけど。

 「そのへんの信用は大丈夫よ。なんたって、私たちは商隊『柏』なのよ?」

 ――商隊『柏』。百年続く伝統を誇る商人の群れ。この行商人たちに向けられる信頼、信用には裏がある。

 かつて忍界大戦が起こっていた時代。とばっちりを受け貧困に喘ぐ村落へ、『柏』は絶対中立を掲げて支援に向かったのだ。商人の身でありながら物資をタダも同然で配る行為に、当時の商人仲間から多くの失笑を買ったとされる。

 されど『柏』はそんな周囲の嘲笑など歯牙にもかけず、長年貯めてきた財産を投げ打ちながら人道的支援に務めたらしい。しかしここにはもう一つ、裏があった。

 秘密裏かつ公平に、里を問わず彼らは巻物までも届けていたのだ。それが自身らの行程に合うのであれば、だが。

 公平。つまり『柏』自体は情報を届ける以外のことは何もしない。無論忍びの中にはその行為を気に食わない者もいて、自身らに害が及ぶ前に叩こうとしたが、当時の白亜にことごとく殲滅されたらしい。水鏡の事情もあるとはいえ、ご愁傷様である。

 結果頼めばどこだろうと引き受けてくれるので、無理に潰そうとして戦力を削るより利用した方が有効、という結論に落ち着いたとか。

 第一次忍界大戦の停戦締結時、当然『柏』に関しても取り決めが成され、手出し無用という裏条約が結ばれた。・・・・・・らしい。この暗黙の了解的条約については酔っぱらったカシワさんが口を滑らせた程度にしか知らないけど、要約すると大体こんな話だった。とはいえ近年は霧や雨に決して近づこうとはしなかったので、どこまで本当かは知らない。時代が変われば、思想や思考は変わるものだし。

 だけどそういった過去があるが故に、『柏』に対する信用は抜群なのだ。・・・・・・まあ、忍界大戦終わってからはその副業も止めてるみたいだが。

 最初の頃の危険は甚だしいものがあっただろうに、財産をすり減らす人道的支援という好印象を世間に与えながら、裏ではあらゆる情報を伝達し高収入と信頼を勝ち得ていたのだ。・・・・・・まったく、当時の頭の計算高さにはに脱帽せざるを得ないよ。

 「・・・・・・まあその辺の事情を考えたところでどうしようもないか。それより僕が護衛に付けなくなるけど、その点は?」
 「甘く見ないで。刹那が忍びになる前から1人でこなしてたのよ?あの時より確実に強くなってる今、このくらいなんでもないわ」

 ・・・・・・まだ強くなってるのか。確かに、まだまだ忍びとしてはピーク真っ盛りだけど。

 「・・・一応鏡像を1つ付けとくね。風影との約束もあるし、何かあったら呼んで」
 「何かあったら、ね」

 自信ありげに笑う母さん。戦闘技能に関して何の心配もしていない・・・というかする気すら起こらないが、万が一ということはある。・・・・・・田の国には絶対近づかないようカシワさんに言っとこうか。

 「そういえば・・・ナズナも一緒なんだね」
 「あの子の世話は任せるわ。絶対甘くしないこと」
 「いや、お母さんの基準で考えたらおかしいから」

 過去の悪辣極まる――もとい、激しく厳しく死ぬ目にあった――でもなく、とりあえずそれはないだろうというような修行の数々を思い返し、刹那は若干頬を引きつらせた。

 「・・・・・・まあ適度に、でも厳しくやってくよ」

 無難に返すのがやっとである。ともあれ、ナズナの修行をアカデミーに任せる気はさらさらない。あんなぬるま湯に浸っていても強くなどなれはしないのだから。

 ・・・・・・下忍任官試験でふるいにかけるためかもしれないが。

 止まってしまった食事を再開しながら母さんが言う。

 「それじゃ、明日はアパート借りに行くわよ。予算はそんなにないから、好物件見つけないとね」
 「あ、お金なら心配しなくていいよ。かなり稼いでるし、どうせなら快適な部屋がいいし」
 「・・・例の、風影のおこづかい?歩合制って聞いてるけど、いくらぐらいもらってるの?」

 ・・・・・・しまった。後で勝手に住所変更すればよかった。いやそれはそれで問題はあるがだがしかし――

 「・・・・・・えっと、まあそれなりに」
 「秘匿はよくないわよ?」

 にっこり。人のことは言えないが、相手に友好さを与えない笑顔はタチが悪い上に怖い。・・・・・・本当に、人のことは言えないが。

 とはいえあの金額をさらす気にはなれな――

 「っ!?」

 ――解!

 途端、歪みかけた視界が元に戻る。

 「あらいい反応。ちょっと鍛えすぎたみたいね」

 虫も殺さぬ笑顔でのたまってくれる母さん。机の下から印を結んだ手がひょっこり現れる。

 「・・・えと、いきなり息子に幻術かけようとか、どういう了見なんでしょうか?」
 「だって教えてくれそうにないもの」
 「それだけで幻術使う!?」
 「手っ取り早くていいじゃない。減るもんじゃないし」
 「そういう問題じゃ――」

 瞬間、そこを飛びのけた僕は凄いと思う。

 足元から忍び寄ったチャクラの糸が、バチバチと火花を散らし帯電していた。

 捕獲用忍術、雷遁・綾紐あやひも

 綾取りのごとく自在に糸を操り接触した相手を感電、気絶させることが目的。隠密性も高く便利な術だが、有効射程が短いのと意外にチャクラを喰うのとで自分が使うことはあまりない。

 アゲハはかつてこの術を用いて10数人ばかりを一度に堕としたことがあるそうだが、加減を間違えショック死した気の毒な奴もいるそうな。

 母さん曰く、『あれはちょっとしたお茶目なの』。

 ・・・・・・その笑顔から絶対見せしめの類だと刹那は確信しているが。

 「ちょっ、そんなのまで!?」
 「ふふふ、大人しく吐いちゃった方がいいわよ?もっとも、」

 直後組み上げられた印から中身を察し、僕は唖然とした。何故にそこまでする?

 「もう遅いけど」

 ――雷遁・放雷天ほうらいてん

 反射的に風遁で壁を造るが性質など無視したエネルギー差で容易く突破される。

 全身を電撃に撃ち抜かれ、刹那は敢え無く昏倒。崩れかかった身体を、アゲハは優しく抱きとめる。

 「・・・・・・やるじゃないの」

 あの一瞬で、風遁を編み上げるとは思わなかった。できたとしてもチャクラを集めての防御。その程度だと考えていた。そのぐらいの速さで術を使っていた。

 しかし、その速度に腕の中の息子は付いてきた。ただ、練り込むチャクラが足りなかっただけで。

 「・・・どうしてかしらね」

 どうして、貴方のチャクラは増えないのかしらね。

 アゲハは、刹那をこの年代にしては有り得ないほど鍛えてある。今の速度に遅れなかったことからもそれは明らか。

 なのに、チャクラが増えない。全くではないが、4年もかけて普通の分身3つ分くらいしか増えないのはどういうことか。

 刹那は強い。親馬鹿ではなく、客観的な評価として信じられないほど強い。自分が7つの頃は、この半分あったかどうか。

 忍びとして有り余る才脳を有しながら、チャクラだけが並。五体満足な身体を持ち厳しい修行をしているというのに、ここまでチャクラが増えないのはいっそ異常である。

 ・・・・・・原因が分かればいいのだけれど。

 多少の医療忍術は使えるが、その手の専門家でない自分には無理であった。そのうち病院で本格的な検査をしてもらうべきかも知れない。

 「・・・眩魔げんま、貴方はどう思う?・・・・・・・・・・・・眩魔?」

 振り返って鏡を見るが・・・おかしい。いつも呼べば来るはずの眩魔が来ない。義務ではないから、そういうこともあるかもしれないけれど、暇を持て余している眩魔が反応しないなんてこと今まではなかった。・・・・・・何かあったのかしら?

 まさか頭のオーバーヒートで絶賛気絶中など知りようはずがない。気づけと言う方が無理だ。

 「・・・・・・また今度にしましょうか」

 別に緊急の案件ではない。アゲハは刹那を抱いたまま、器用に布団を敷いて寝かせてやる。大人びた思考。大人顔負けの戦闘能力。だけど身体は、こんなにも軽い。

 まだまだ子供なのだと、先ほど以上に実感した。

 「ゆっくりお休みなさい・・・・・・刹那」

 簡単に掌仙術を流してやりながら、アゲハは普通の母親と同じく、息子のあどけない寝顔を見つめて微笑した。

 心からの、慈愛を込めて。









 「・・・・・・合計預金金額○千万両?刹那貴方一体何したのーーっ!?」

 ・・・有り得ない数字を見てアゲハが絶叫し、刹那どころか宿中を起こしかけたのは、別のお話。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なかなか忙しく更新が遅い今日この頃なゆめうつつです。

野鳥さん、一応ゲンマのつもりでした。・・・あれ?そう言えば不知火ゲンマっていたような・・・(汗)。・・・・・・まあいいでしょう、と投げやりに。さておき、時系列はバッチリ合ってますよー!ご指摘された部分は・・・まあジョークのつもりだったですはい。風邪は・・・さすがにもう治ってるでしょうね。健康は第一ですよね、ホント。それにしても、意見を求めて答えてくれたのは貴方だけです!もしくは他の方々も同じ意見なのでしょうか!?・・・・・・興奮はここまでにしておいて、ご協力ありがとうございました。

ニッコウさん、その方向がお好みですか?今のところどちらにするかは決めてませんが。どっちにしても面白くなりそうですし。

EMさん、初めまして。・・・何となく、EMトルネード(だっけ?)を彷彿とされるお名前ですね。ルビありがとうございます。使わせていただきました。それに巧いとか・・・・・・照れるZE!?

Namelessさん、ルビ以外にもお教えいただき大変恐縮です。今のところ使う機会は出ておりませんが、あり次第是非とも利用させていただきます。ありがとうございました!


次は・・・やはりアカデミーが妥当かなー?話の中で全然日にちが経ってないし。まあご期待下さい。



[5794] 27 新居白亜邸+α
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/12 12:48



理不尽極まる理由から母さんに気絶させられたその翌日。

 「・・・・・・ホントにこれ買うの?」
 「いいじゃない。お金は使うためにあるのよ?」

 ・・・・・・僕のお金なんだけど。

 不動産屋にて閲覧中の家屋資料。そして母さんが指差してるのは、高級マンションの最上階だ。

 何かよく分からないがいろんな物込み込み込み!で合計数百万両オーバーの、好物件というより高物件。

 いくらなんでも、それはないと思う。

 「・・・もうちょっとランク落とそうよ」
 「使われないお金が可哀想でしょ?」
 「いや、無駄使いだから」
 「けちな男は嫌われるわよ?」

 ・・・・・・ダメだ。これは意見を絶対曲げない時のパターンだ。

 渋々諦める。卓を挟んで向かい合う営業マンは、思わぬ大取引にほくほく顔だ。

 「それじゃあ、これでお願いします」
 「はい、ご購入ありがとうございました!してお代の方は・・・やはりローンで?」
 「一括で」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・(にっこり)」
 「・・・・・・さ、左様でございますか?」
 「刹那」
 「・・・・・・・・・はあ」

 もうどうにでもなれと、溜息。取り出した小切手にサラサラと金額を書き込む。

 「はい、これ」

 親ではなく子供が小切手を切るという現実に、唖然とする営業マン。・・・・・・ええと、扶養者はどちらで?

 「・・・・・・た、確かに承りました」
 「引越し業者は要らないわ。鍵、もらえるかしら?」
 「て、手続きが済むまで少々お待ちください!」

 ――こうして、全くもって無駄にしか思えない買い物は終了した。

 次、風影に何送ろっかなぁ・・・・・・





 そしてやって来ましたマンション最上階。木の葉の居住区でも2つの意味で相当上の部類に入る一品・・・というか一室。

 「・・・・・・実際見てみると凄いね」
 「う~ん、私もここに住もうかしら?」

 護衛がいなくなるので止めてください。

 「・・・とにかく、荷物運ぼう」
 「大した量はないから、すぐ終わるわね」

 旅から旅を続ける行商人なので、余分な物は持ってられないし。

 ・・・忍びの道具は、巻物にしまっておけるし。いや、家具とかもいけるだろうけど。

 ・・・・・・忍術って、ホント便利。日常生活でも。

 それに調度品として生活に必要とされる家具は部屋にそろっていたので、新しく買う必要もない。

 「後要るのは・・・」
 「教科書だね。でもそっちはナズナたちが買いに行ってるから、これでお仕事おしまい」

 ナズナのはともかく、僕の分はずっと学校に置いとこうかな。

 「それじゃ刹那、後よろしくやっといてね」
 「後って・・・どこ行くの?」
 「ナズナちゃんたち迎えに行くのよ。ここの場所知らないでしょ?」
 「・・・・・・ねぇ、丸投げする気?」
 「ふふふ・・・がんばってね~!」

 ヒュンッ、と一瞬で消え去る母さん。何故にわざわざ瞬身を使うのか理解不能だ。・・・・・・溜息付く間もないよ・・・

 「・・・とりあえず、不可識結界と防犯用の罠、警報装置に・・・・・・後何がいいかな」

 何年住むことになるかは知らないが、定住する以上徹底して困ることはない。酷く面倒ではあるが。・・・・・・だから母さんも逃げたんだろうけど。まったくもう・・・

 ああ、そういえば。

 「眩魔ー、そろそろ復活したー?」

 クローゼットの姿見に呼びかける。と、

 《○×△□☆※~~ッ!?》
 「・・・・・・ダメか」

 やれやれと僕は肩を落とした。

 一応返事は返ってくるのだが、人間の言葉ではない。というか、言葉ですらなく単なる呻き声なのだろうと認識している。・・・・・・ちょっと、やりすぎたかな?なかなか回復しないし・・・これじゃ話も聞けないし。

 とはいえ手加減というのは無理な相談だった。精神体とかいう未知の存在に対しそんなことをして、万が一墜ちなかったら普通に打つしか手がない。・・・・・・いや、それでも勝つ自信はあったけどね?物事は万全を期すのが基本だし。

 仕方ないので、眩魔は後回しだ。今のうちにやれることやらないと。

 ・・・・・・うちは虐殺まで、時間は限られてるしね。

 ぺたぺたと複雑怪奇な文字が描かれた札をあちこちに貼り付け、ひとまず寝室だけ不可識結界(盗聴&盗撮用)を形成し印を組む。

 ――水鏡・鏡像分身

 分身が1つ現れ、しかしすぐさま薄れて消える。これであっちは良し。

 1割ほど削ってもう一度印を結び、鏡像を造り出した。

 「やること分かってるよね?」
 「当然。のんびり行って来る」
 「頼んだよ~」

 手を振って、鏡像はさっさと行ってしまう。・・・・・・うん、とりあえずはこれでいいかな。

 「・・・お母さんとナズナが来る前に、罠の設置終わらせないと」

 鞄の中から巻物を取りだし、収納された忍具その他必要物品を用意する。

 さて、一撃死したら尋問もできないから程々にしないとね・・・・・・♪

 鼻歌でも歌いそうな陽気さで、刹那は種々雑多な罠を造り始めた。

 とても愉しそう’’’’である。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もしかしたらいるかもしれない侵入者の安否が偲ばれる。





 群雲。

 それどんな速記術?と言わんばかりに常軌を逸した速度でサインしていた新羅の手が、突如ピタリと止まった。そのままペンを顎に当て、どこか思案気な様子。

 「・・・・・・むっつり」
 「ミカノです。副司令です。もしくは副社長と呼んでください」

 硬い表情を崩さず即座に返すが、この程度で黙るならとっくに自分が1番になっている。

 「給料の3割はそっち系に消えてる癖して何を言う」

 さらっと言われた事実にこめかみを揉むミカノ。

 「・・・・・・何で貴方がうちの収支を知ってるんですか」
 「さあ?それよりむっつりかつスケベなミカノ副社長」
 「混ぜないでください」
 「火の国に手を広げるよ」

 ピタッ。軽口を叩いてる間も動いていた、ミカノの筆が止まる。

 「・・・唐突ですね。まあ、それは今に始まったことじゃありませんが。・・・・・・1年もいただければ完璧に仕上げて見せ――」
 「半年で」
 「・・・・・・いえ、それはさすがに無理が」
 「金の工面は付けてやる。半年で市場を拡大しろ」
 「・・・・・・」

 例によって例の如くフードをかぶった上司は、唇を歪ませて難題をふっかけてきた。

 だが決して、無理ではない。全力で取り組めば何とかなるそのギリギリのラインを突いてくるのだ。・・・・・・だからこそ、タチが悪いのですが。

 1年と数ヶ月、その間に新羅から何度同じような難題を突きつけられたことか。おかげで色々とスキルアップしてしまった。

 もちろんそれを見越してのことなんでしょうが・・・・・・本当、タチが悪い。

 使われてると知りながら、悪い気はしないのだから。

 言われたことに取り組めば自分の実力が上がる。実力が上がれば上の階級を得られ、給料も権力も上昇する。利益が入るならと、次の仕事にも率先して取り組むようになる。まさに好循環だ。

 無論現状で満足する人間、不満のある人間もいるが、上を目指す者は能力さえあれば確実に上に上がれるようなシステムとなっている。マフィアの能力主義を、そのまま取り入れた形の企業。

 それが、『五行』。

 私たちの、組織。

 「・・・・・・金策ついでに流通も頼まれてもらえるでしょうか?」
 「ん、分かった。ミカノは現地をやってくれ」
 「了解しました。手元の仕事が片づき次第すぐに参りましょう」
 「くすくす・・・信じてるよ、ミカノ。キミなら上手くやれるってね」

 そう言って、新羅は書類仕事に戻った。またあの馬鹿げた速度の筆記が始まる。

 「・・・・・・」

 気づかれないよう、ミカノはそっと息を漏らした。

 ・・・・・・本当に、この人は・・・

 人をやる気にさせるから、タチが悪い・・・・・・





 夜。ところ変わって再び木の葉、新居白亜邸(ナズナが強硬に主張し命名)にて。

 「刹那とナズナの入学を祝って、乾杯!!」
 「「「「「かんぱ~い!!」」」」」

 カシワさんの音頭と共に『入学おめでとうパーティ』が開かれていた。

 にわかにリビングが活気づいてくる。隣のダイニングとの間の壁兼扉を取り外し吹き抜けとしているため、20名ばかりが集まっても手狭には感じない。

 「刹那食ってるかぁー?」
 「食べてますよ、しゃこつさん」
 「よし!なら次はこれ飲め」
 「嫌です。思いっきりアルコール入ってます」
 「わっはっは!こんなめでたい時ぐらい堅いこと言うな」
 「カシワさん、僕は未成年ですから」
 「刹那くん、ナズナを・・・ナズナを頼む~!」
 「ハコベさん!?お猪口一杯で酔うのに何でジョッキ持ってるんですか!」
 「まあまあ、今日ぐらいは無礼講だぜぃ。おうハコベ、そっちの足持て!」
 「そうですね・・・今夜は刹那くんも混ぜて腹を割って話しましょう・・・・・・」
 「ってちょっ!?どこ連れて行く気ですかーーっ!?」

 ああ・・・・・・叫びもむなしく刹那くんはお父さんとしゃこつさん、そしてカシワのおじいちゃんに連れて行かれました。ごしゅうしょうさまです。

 座して待つのも妻のつとめ・・・・・・ナズナは近くにあったブドウジュースを口に含みます。・・・・・・む、なかなかいい味。この品名はおぼえておかねばなりません!

 「あらあら、刹那連れてかれちゃったわ。追わなくていいの?ナズナちゃん」
 「むもんだいです。おとこにはおとこの、おんなにはおんなの話がありますから」
 「・・・・・・意味分かって言ってる?」

 失礼な。ナズナはそこまでバカじゃないのです。

 「きっとお父さんもしゃこつさんもカシワのおじいちゃんも、寂しいんだと思います」

 そう。だってこれからは、毎日会うこともできなくなるんです。

 ナズナだって、お母さんや商隊のみんなと会えなくなるのはツライです。寂しいです。

 でも、このシレンは乗り越えなければならないのです。

 刹那くんは将来、忍者になってしまいます。隊のみんなを、まもるために。

 ナズナは、ただ後ろでまもられているなんてイヤです。あくまでたいとうに、同じ場所に立っていないと、刹那くんは振り返ってくれそうにないのです。
 
 ただでさえナズナのアタックはからまわり気味なのに、そうなったらもう目も当てられません。

 だからナズナは、じぶんのために、刹那くんのために、ここで忍者の学校に通うのです。

 ・・・・・・と、そんなことをしゃべっていましたが・・・あれ?なんだか部屋がぐるぐる回っています。頭もふらふらしてきました。

 目を覚まそうと、ジュースを飲みました。・・・れ?なんだか余計にひどくなってます。

 「・・・ってナズナちゃん!?それカクテル――」

 ああ・・・アゲハおばちゃんの声が遠いです・・・・・・う~ん、もうダメで・・・す・・・・・・

 ぱったりと。

 顔を真っ赤にさせて、ナズナはアゲハの膝に倒れ伏した。





 ・・・・・・マセてるわけじゃなくて、ナズナちゃんはしっかり自分のできることを考えてるのね。

 「うちの子ったら・・・いつの間にこんなたくましくなっちゃったのかしら?」
 「ふふふ・・・・・・刹那に影響されたのかもね」
 「刹那くんぐらいしっかりしてくれるなら、もう言うことないんだけど」

 はあ・・・と吐息を漏らすスズナ。でもそれはちょっと無理だろうと、アゲハは客観的に思った。

 自分から見ても、刹那の成熟度合いは信じられないのだ。子供の部分が多々あるとはいえ、必要とあらば機械的に、理想の忍びのように感情を排することもできる。実戦は数多くこなさせたけれど、あれは素養に依るものだろう。真似しようとしても、できはしない。

 宴もたけなわ、というよりもう終わりか。酔い潰れ寝てしまう者が続出。それでも今日はマンションということもあって、抑え気味だったけれども。

 「ナズナ寝かせてくるわ」
 「ええ、お願いね」

 スズナが寝室へとナズナを連れて行く。

 ぐるり。部屋を見渡し、片付けが大変ね、と呟いた時、廊下の方から足音がして連行されたはずの刹那が姿を見せた。

 「・・・・・・」

 心なしか、顔が赤い。

 「・・・刹那、カシワさんたちは?」
 「んー?むこーでばたーん!って転がってるよ~?」

 ・・・口調もどこかおかしい。

 「酔っぱらったの?」
 「そうそう!なーんか号泣したり肩叩いたりとかうるさくてぇ、飲み比べもしたよぉー?」

 ・・・・・・文脈が繋がってない。

 「・・・・・・刹那、その手に持ってるのは何?」
 「これ?これはねー、じゅーす!みんなでたくさん呑んだの!!」

 キャハハハハハハハハッ!!・・・・・・普段じゃ絶対上げない笑い声を響かせる刹那。そのまま手にある一升瓶の中身をごくごく嚥下。

 間違えようもなく完璧に酔っぱらっていた。・・・・・・とうとう陥落されたのね、刹那。あれだけ嫌がってたのに・・・・・・というか、飲み比べ?あの3人と飲み比べして、まさか勝ったなんて言わないわよね・・・?

 そんな推測に戦慄するアゲハをよそに、プハッ!とビンから口を離した刹那は、やはり酔いのせいか満面の笑顔だった。それも素の。

 「よーし!しょーぶだお母さんっ!」
 「え?」

 何の?

 そう問おうとした、時間的な意味での刹那。

 「――っ!」

 膨大な怖気と共に生命の危機を感じ、アゲハはテラスへと飛び出した。

 壁を伝って、屋上へ。それを追うように、小柄な影も付いてきて――空中で追いつく。

 「アハハハハハハハハッ!!」

 笑声。月光の下、斬撃が奔る。

 ――有り得ない疾さで。

 「くぅっ!?」

 まさに紙一重。皮の表面を裂くには至らず、かわしきる。

 そして、屋上へと着地。約10メートルの距離を挟み、対峙する親子。

 「刹那、何やってるの!?目を覚ましなさい!!」
 「アハハハハ!さすがお母さん!当たんなかったよ!?」

 ・・・・・・ダメ。真面目に酔ってる。

 酔った時に泣く者、怒る者、色々いるが、刹那の場合好戦意欲が高まるらしい。・・・・・・最悪なことに。

 なんて傍迷惑な、とアゲハは刹那に呑ませた男3人を呪った。こちらの苦労を知れ。

 アゲハの心中など知りもせず、刹那は叫ぶ。

 「お母さんお母さん!何か今すっごく調子がいいんだ!できなかったこともできそうなぐらいに!!」
 「・・・それは良かったわね。その前に子供はもう寝る時間だから、布団に行きましょ?」

 ――雷遁・放雷天の術

 昨夜の比ではなく、迎撃を前提に相殺された分を考慮に入れ、刹那のチャクラ量ではどうしようもない雷撃を打ち出す。

 しかし。

 ――雷遁・断雷閃だんらいせんの術

 刹那の脇差しの延長線上、収束した雷で象られし刃が撃ち出され、アゲハの雷遁を切り裂き、威力の衰えなど知らぬかのようにそのまま飛来した。

 「っ!?」

 ――森羅転進の法!

 かなりのチャクラを注ぎ込み、雷の刃が天へと逸らされ弾け消える。

 「やっぱりできたー!」

 などと、刹那は無邪気にはしゃいでいるが・・・・・・冗談ではない。

 アゲハの頬に、冷や汗が伝う。

 あんな雷遁、刹那のチャクラ量では不可能のはずだ。

 そもそも刹那の戦闘スタイルは、少ないチャクラを補うために一撃の威力を捨てた連撃と、疾さを基本としている。その上でできるだけ長く戦えるように、チャクラコントロールから無駄が極限まで省かれているのだ。

 故に、あんな威力の術は選択の埒外。そもそも不可能な類である。

 だが現に、できてしまっている。となればチャクラが増えたとしか考えられないが・・・・・・どうやって増えたのかが不明だ。

 ・・・・・・お酒?なわけないわね。白亜はそんな体質じゃないし、酔拳にしたって技術力が上がるだけ。

 ならば何なのかと考えても、全く思い当たらなかった。

 とにかくこの際チャクラ増加の謎は捨て置くとして、いかにしてこの現状を打破するか考える。

 上記した通り、刹那は緻密なチャクラコントロールで術等の最効率化を果たしている。

 では、その上で刹那が大量のチャクラを得たと仮定すればどうなるか。

 ・・・・・・先の光景が、答えだった。

 「・・・今日が曇りで助かったわ。雷遁使ってもただの雷に間違えられるもの」

 最悪木の葉の警邏隊辺りに何があったか聞かれても、雷遁の修行、で言い逃れするつもりではあるが。

 泥酔者相手にまともな判断など期待できないので、どうにかして刹那を気絶させなければならない。

 術の撃ち合いは却下。目立ちすぎる。となれば体術、幻術しかないが・・・刹那のスキルは並じゃない。下手すれば自分を凌ぐぐらいに。

 ・・・・・・不味いわね。チャクラが増えただけでここまで手に負えないなんて、思いもしなかったわ・・・

 本気を出せばまだ自分の方が上だろうが、長引くことは必須。そのうち騒ぎを知られて、水鏡を見られでもしたらコトだ。

 思考は定まらず、ただ危機感だけが増していく。

 ・・・・・・体内門をいくつか開けて一撃で仕留める!

 そう心に決め、覚悟した直後。

 ぱたり。

 前触れなく、刹那が倒れた。くぅー、と寝息も聞こえてくる。

 「・・・・・・・・・・・・」

 ヒュォォォ。吹き抜ける風が物寂しい。

 Q1:酔っぱらった人間が急に動いたらどうなりますか?

 A:見ての通りです。

 Q2:あんまり動いてるようには見えませんでしたが?

 A:術1つ取っても、印スピードなどで激しく動いてるのです。

 「・・・・・・」

 そんな感じで脳内質疑が終了し、安堵2割馬鹿さ加減8割で、アゲハはがっくり膝を落とした。

 ・・・・・・私の悲愴感と覚悟はどこに・・・・・・・・・

 ともあれ万事解決。

 めでたしめでたし。












 翌朝2日酔いに苦しむ刹那に確認したが、昨夜のことなど欠片も覚えておらずチャクラ量も元に戻っていたという不思議。

 あれは一体何だったのだろうか・・・・・・?







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・宴会を番外にするかどうか非常に迷いました。投稿です。

ニッコウさん、というわけで住居決定です。合わせて数千万円かかるゴージャス部屋です。・・・主にアゲハの趣味ですが。 ちなみに学校生活のフラグは今のところ一切考えておりません。未定にございます。

野鳥さん、・・・・・・何やら相互不理解があったようですが、ややこしいので置いときましょう。 実力に関しては未だ成長段階なのと、今回書きましたように純粋なチャクラ不足です。

RENさん、えー、もしぞちらの展開を期待してらしたのなら申し訳ありませんが、刹那のチャクラはそのうち増える予定です。・・・相当先の話ですが。 暁とかに当たる前には増えてると思います。もちろん、これに関しても未定ですが。

ゆめうつつ、各話のほとんどはノリで書いております。大まかな方向性や重要場面については決めてありますが、大体はその場での思いつきです。ですので見苦しい箇所もあるかもしれませんが、ご了承ください。

回想編は、とりあえずほたっとくことにしました。最終的な設定は何も変わらないので、本編を進めていこうと思います。

刹那のチャクラの謎は・・・・・・分かる人は分かるかもしれませんね。一応、わかりにくく書いたつもりなのですが・・・どうでしょう?

ではでは皆様、またいつかまで。さようなら。



[5794] 28 別れは寂しく
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/06 14:34


 「あ~う~・・・」
 「はい、お水」
 「ああ・・・・・・ありがと」

 ナズナから受け取って、コップ一杯、一口。一息。人心地。

 なんだか語呂がいいなぁ・・・・・・なんて考えてることからして、僕の脳はきっと多分まともじゃない。

 2日酔いがこうもきついモノだなんて・・・・・・もうお酒やだ。苦いし。何であんなに飲んでしまったんだろう・・・・・・?

 缶ビール一本空けたとこから記憶ないし・・・・・・はあ。

 「うー・・・2日酔い専用の医療忍術考えてみようかな・・・」
 「刹那くん、それ才能の無駄だと思う」

 ・・・反論が思いつかなかった。くっ、ナズナにも勝てないなんて・・・・・・

 「――てか、何でナズナは平気なの?」
 「?・・・・・・なんで?」

 いや、首傾げられても。・・・体質の問題?

 でも薬使わないで忍術で2日酔いは治せそうな気がするんだよね。毒の代わりに血中のアルコールを取り除くとかで。

 ・・・・・・薬飲めばいいだけか。

 「お母さ~ん・・・」
 「はいはい、最後まで言わなくても分かるわよ」
 「・・・・・・ありがと」

 粉末を水で流し込む。後は薬が効くまで待つだけだ。

 時刻は朝の9時ぐらい。でも昼には木の葉を出発することになってるから、早く回復しないと見送りができない

 僕はぐったりソファに寝っ転がったまま、時が過ぎるのを待った。





 昼過ぎ。さすが母さん特製酔い覚まし。綺麗に頭痛が取れた。今度僕も造ってみよう。

 「お母さん、1本忘れてたよ」
 「あら本当。ありがとね、刹那」

 僕から苦無を受け取った母さんはすぐにそれを収納した。

 「ナズナ、刹那くんに迷惑かけちゃダメよ?」
 「お前のことは、昨夜しっかりお願いしたからな」
 「お母さんお父さん・・・刹那くんの心配は無視ですか・・・・・・?というか、ナズナはそんなに信用ないですか?」
 「「・・・・・・」」

 返事に詰まる夫妻。そりゃ普通7歳の子供2人を自活させようだなんて考えないよね。でも、そこに僕が加わることで話は変わるらしい。・・・・・・信頼されるのはいいことだけど、買い被りすぎな気が。

 「アゲハ、スズナ、ハコベ。そろそろ出発するぞ」

 御者台の上で時計を見ていたしゃこつさんがそう言った。

 「それじゃ、お母さん行ってらっしゃい」
 「ええ、行って来るわ。・・・・・・刹那」
 「?」

 ・・・・・・あ。

 ぎゅっ、と。

 母さんが、僕を抱きしめた。

 「1年以内に絶対会えるから、そんな顔しないで。・・・ね?」

 トン、トン。

 むずがる子供をあやすように、母さんが背中を・・・叩く。

 ・・・・・・気づかなかった。僕は、そんな顔をしてたんだ・・・

 この世界にやってきて、4年と少し。

 その間、1日たりとも母さんの顔を見なかった日はない。

 つまり今回が初めてになるわけだけど・・・・・・ホームシックになるのを覚悟しとくべきかもしれない。

 「それに刹那と私に限って言えば、会おうと思えばいつでも会えるのよ?」
 「・・・・・・うん」
 「だからくよくよしないで、明日から元気にアカデミー行って来なさい」
 「――はい」
 「それとアレさえ使わなかったら、力加減は好きにしていいわ」
 「あはは・・・まあ、程々にするよ」

 最後に頭をなでて、母さんは幌馬車に乗った。ナズナの方も別れは済ましたみたいだ。

 ガラガラガラガラガラガラ・・・・・・轍の音が馬の嘶きに続いていく。

 出国手続きが済んで、一斉に走り始めるカシワ商隊。

 手の空いてる者は別れを惜しむように(実際惜しんでいるが)馬車の後ろから姿を見せ、手を振っている。 

 僕もナズナも、手を振り返し、点となって見えなくなるまで見送っていた。

 「・・・・・・行っちゃったね」
 「行っちゃったね」

 今まであったものがない。この感覚が寂しいというものなのだろう。

 「・・・・・・さて、いつまでも余韻に浸ってたってしょうがないし、帰ろうか?」
 「帰る・・・うん。もうあそこは、ナズナたちの家だもんね」
 「晩ご飯どうしよっか?作ってもいいけど・・・初日だし、外で食べる?」
 「刹那くんに任せる!お金どのくらいあるか知らないもん」
 「じゃあ、外食に決まり。どこがいいかな?」
 「おいしいお蕎麦屋さん!」
 「・・・ナズナ蕎麦好きだしね」

 そんな他愛ない話をしながら、僕たちは新居に向けて歩く。ここからかなり距離があるけど・・・まあいっか。のんびり、ゆったり。そういう時があっても。

 今日ぐらいは、ね。生活が落ち着いたら、修行始めるし。・・・・・・ナズナ、覚悟しといてね・・・?





 「ああ心配心配心配心配心配心配心配ぃ~っ!」
 「・・・・・・うるさいわよ、スズナ」
 「だってアゲハ!うちの娘があの子がナズナが刹那くんがいるとはいえ子供だけで生活するのよ!?これが心配じゃなくてなんだって言うのーっ!?」

 ・・・・・・さっきまで娘に見せていた毅然とした態度はどこいったのかしら?

 やれやれ、と息を吐くアゲハ。まだハコベの方がしっかりしている。

 「・・・そんなに心配だったなら、残ればいいじゃないの」
 「ダメよアゲハそれはダメなのよ!老後商隊から外れるようなことがあった時に備えて貯められるお金は貯めないといけないの!」

 ・・・・・・心配性も過ぎれば毒。・・・過ぎなくても、毒かもしれないけれど。

 「・・・まあ、安心していいわ。あの子たちの様子なら毎日報告させるつもりでいるから」

 え?と目を丸くさせるスズナをよそに、アゲハは先ほど刹那に渡された苦無を取り出した。

 「もう出てきていいわよ」

 ボンッ!馬車の中が数秒、煙に包まれ。晴れた時そこにいたのは――

 「・・・・・・せ、刹那くん・・・?」
 「の、分身です。忍術ほとんど使えないので護衛はできませんが、お手伝いと1日の報告ぐらいは問題ないで――」
 「本当に!?」

 驚きから立ち直ったスズナは、今度は興奮で我を忘れ、

 「本当に本当に無事かどうか手紙なんか使わないで確かめられるのね!?」
 「ぐ、苦し――」
 「ああありがとうアゲハ刹那くん感謝のしようもないわ!!」
 「・・・っ・・・・・・ぁ」
 「・・・スズナ、首、首極まってるわ」
 「――え?」

 はたとスズナがよくよく見てみれば、肩ではなく首を掴んでいた。両手で。

 ・・・・・・ガクリ。

 「あああ刹那くん~っ!?」
 「・・・・・・初っぱなから締め落とされるなんて・・・刹那も不憫ね」

 この性格がナズナちゃんに遺伝してなければいいけど・・・・・・

 やれやれと。吐息ではなく、溜息を。

 先が思いやられる。





 「あー待ってよ刹那くん~!ムフフフフフ・・・♪」
 「・・・・・・」

 どんな夢を見ているのか甚だ気になる。

 夜。寝る頃になって、ナズナが寂しいから一緒に寝ようと申し出て、上手い反論が思いつかなかったのでそのまま今に至る。2人とも子供だから、シングルサイズでも問題はなかった。

 ・・・・・・ダブルの備え付けはあったけどね?おっきすぎて逆に落ち着かないとかで、こっちになってる。

 ふふふふふ・・・

 ・・・・・・不気味に笑うナズナ。怖いから寝言やめてほしい。

 それはまあ、さておいて。

 「・・・アカデミー、か」

 まさか通うことになるとは思わなかった。うちはの虐殺にしても、鏡像を置いてどうにかするつもりだったし。

 現状の方が成功の確率高いから、文句はない。・・・・・・それでも、成功率は低いわけだけどね。

 最大の難関は、イタチでもマダラでもない。そこがどうにかなれば後は楽だ。

 「・・・シギにも協力してもらって、新羅も使わないとね」

 カブトの動向も気になるし・・・まだ、大々的に動くようなことはないだろうけど、注意するに越したことはない。

 気になると言えば・・・僕のチャクラ量。

 全っ然覚えてないけど、爆発的に上がってたとか何とか。・・・・・・う~ん。推論は立つけど、こればっかりは仕方ないかな。もう一度お酒飲む気にはなれないし。

 ・・・・・・万が一のために、常備はしておくべきか。うん、ホント万が一の時だけね。母さんに口を酸っぱくして言われたけど、危険みたいだし。

 ていうか、僕の酒癖リーより悪いんだね。・・・・・・ショックだ。

 そんな感じにつらつらと思考を巡らしていたら、ようやく眠気が訪れた。

 ・・・お休みナズナ、お母さん。・・・・・・明日が楽しみだよ。

 くすり。1つ笑みを漏らし、刹那は眠りについた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最近では早い部類に入る投稿です。こんにちは。

トンズラ・エスケープさん、言われてみれば確かに、矛盾でした。指摘ありがとうございます。なので『年間』を『合計』に変えました。これでいいですかね?・・・・・・カシワにフラグ?そんなの知りません。ゆめうつつの信条は『面白く』ですから。

おもちまるさん、ありがとうございます!身体に気を付けつつ執筆も頑張りますよー!

ニッコウさん、・・・・・・何やら思わせぶりな口調ですね(汗)。さておき、刹那にしても使い所の難しい設定です。・・・下手すると地獄絵図になりますし。

野鳥さん、誤字(抜け字?)指摘ありがとうございます。次回から学校生活に入りますが・・・どうしよう。未だに決まりません。カップリングとか・・・・・・ああ、悩みは尽きぬ(楽しいですけど)。

カスタネットさん、・・・えー、そこまでダークに見えましたでしょうか?ルイはゆめうつつも呼んでます。更正した感じですけど、面白いですよね、あれ。




ダークなくせにシリアスに走れないのが、ゆめうつつの密かな悩みだったり。気分転換に書いてたなのはの方も、最初シリアスだけど執筆中の1話目の途中でギャグ入ってますし。・・・・・・どうしてもギャグというか、コメディみたいなのがないと、ダメなんですね。

さて、カシワと別れた刹那とナズナ。明日は何が起こるのか!斯うご期待!!



[5794] 29 祝初登校!
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/12 16:46
 「・・・・・・・・・」

 シギはどう反応をすればいいか分からなかった。

 というかそもそも、この事態をまるで想定していなかったと言える。

 忍者アカデミーだぞ?普通の学校とは違うんだぞ?有り得ねえだろおい!みたいな。

 ニッコリと、自分からすれば化けの皮もいいところの微笑で立つ某水色少年一名。隣のお下げ髪の娘は知らないが、多分あいつの知り合いか何かだろう。・・・何故ああも嬉しそうなのかはともかく。

 「初めまして、白亜刹那です。学校に通うのは初めてなので、色々教えてもらえると助かります」

 ぺこりとお辞儀。それだけで教室中がぽわ~っとした空気に包まれてしまった。無論例外もいるが・・・・・・気づけお前等。そいつの笑顔は擬態なんだよ!外見は確かにほんわか美少年風でクラスにないタイプだが騙されるなーっ!

 ・・・・・・と、叫びたい。叫びたいがしかし、さっきから口を開こうとするたびに視線と殺気が飛んでくる。しかも器用なことに俺1人にだけ中てているらしく、中忍の先生もそれに気づいてない。・・・なんて奴だ畜生。

 「弥遥ナズナと言います!ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします!」

 ・・・・・・うん、こっちは見たまんまの純情天然っ娘か?そして、刹那の手を握りたそうにそわそわしてるように見えるのは俺の気のせいか?

 「えー、2人はカシワという商隊の子で里に住んでたわけではないのですが、お勉強のためにこのたび編入することになりました。皆さん仲良くしてあげてください」

 はーい!と年相応に応えるクラスメイトたち。応えない奴(シカマルとか)もいるがともかく。

 ・・・・・・留学ならまだしも、編入なんて制度があったのか?

 さっきからつっこみたくて堪らないのにできないこのもどかしさ。耐えきれず、シギは机に突っ伏した。

 ・・・地味に辛いっての。

 「えー、それでは何か質問などあれば、」
 「特技!なんか得意なもん教えてくれってばよ!」

 フライングして叫んだのは金髪、ゴーグル、髭模様の子供。言わずと知れたうずまきナルト。別にチート設定など存在しない原作通りの主人公。

 普段のナルトの行動力を知る人間なら、この程度いつものことだと気にもしない。第一まだ7歳の子供・・・前世に則せばたかが小2の言葉だ。目くじら立てるようなことじゃない。

 だというのに、目の前の中忍ははっきりと眉根を寄せた。・・・・・・教え子の前だから自重してるんだろうが、これが誰も見てない・・・いや、見られても問題ない場所だったら、どんな顔すんだか。

 「ナ――」
 「おい刹那、お前何が得意なんだよ?」

 敢・え・て・先公の言葉にかぶせた。中忍が一瞬迷惑そうな目を向けるのを感じたが、無視。

 ナルトに構ってやれる余裕は、まだない。だからできるのはせいぜいこの程度だ。後は本人の努力次第。

 ・・・・・・俺がかばったことに気づく奴はまずいないだろうが、刹那辺りは怪しい。びみょーに笑みが深くなってやがるし。

 「あ、シギ。いたんだ」

 にこやかにたった今気が付いたと言ってくれる刹那。・・・やっぱこいつ酷え。

 若干口元をヒクつかせていると、他の奴が反応した。

 「え?シギくん知り合いなの?」

 淡い金髪をポニーテールにした、くの一連中のリーダー格、山中いの。こちらも原作同様サスケ一筋に進軍中。

 「あー、まあ一応な。つっても5日前に知り合ったばかりだ。大したこた知らねー。・・・で、二人の得意なもんは?」

 長く話してるとボロが出そうなので、刹那に早く答えろと目で訴える。

 「んー・・・何が得意かな?」
 「刹那くんはすっごく計算が早いんだよ!」

 ウキウキと表現したくなる笑顔で、隣のナズナとやらが答えた。

 「だから商隊でもお金の計算任されたりしてたの!」
 「いや、それ違うから。任されてたんじゃなくてちょっとチェック入れてただけ」
 「頭が良くてね、何でもいっしゅんで覚えちゃうんだ!」
 「買い被りすぎだって」
 「それに忍じゅ――」

 と、言いかけたところで、突然ナズナの身体が傾いた。何だ?と皆が疑問に思うのも僅か。とっさに刹那がその身体を支える。

 「ナズナ、ナズナ?・・・・・・いつもの貧血かな。先生、編入早々悪いんですけど、保健室に連れて行ってもいいですか?」
 「え?あ、ああ・・・それなら、仕方ないな。早く戻ってくるんだぞ?」
 「はい。聞きたいことがあったら、休み時間に聞いてね?」

 途中からクラスメイトへと言葉を向け、刹那は笑顔のままナズナを背負い教室から出ていった。

 ざわざわと、ざわめくクラス。それも当然だ。編入生というだけで珍しいのに、ホームルーム終わる前に保健室行きとか、どんだけレア?

 ・・・・・・つーかよ・・・

 ナズナが倒れる直前、刹那の手が霞んだように見えたんだが・・・

 ・・・・・・・・・気のせい・・・じゃないよな?

 あいつ、どこまで外道なんだ・・・・・・?





 まったくナズナは・・・朝しっかり言い含めといたのに。

 『僕のことを聞かれても、ぺらぺら喋っちゃダメだよ?特に忍術とか、僕の能力に関しては』
 『えぇ~!?それじゃ「刹那くん自慢」できないよ!』
 『・・・あのね、ナズナは何のために学校に行くの?僕を困らせるため?』
 『そ、そんなことないっ!』
 『それじゃ、聞かれても黙っててよ?僕が困るから』
 『はーい・・・・・・』

 ――という具合に。・・・あまり意味はなかったみたいだけど、ナズナに血継限界のことは教えてないから、最悪の事態は避けられるかな。

 さて保健室の場所だけど・・・うん、この角を曲がった先だ。この間見学した時記憶しといたから、迷うはずもない。

 コンコン、とノックして。

 「誰かいますかー?」
 「あ、はい!ちょっと待ってくださー」

 い、という言葉は、直後響いたドガターン!!って騒音に掻き消された。・・・・・・いや、最後まで言えたかも分かんないけど。

 というか、この声は・・・

 「アイタタタ・・・・・・はい!お待たせしましたどうぞ・・・こちら・・・・・・へ・・・」

 ドアが開けられこちらを視認した途端どんどんと尻すぼみに小さくなる声。

 その、声の主に、僕はニッコリ笑って言ってやった。

 「ミミ先生ってすっごくドジなんですね」
 「せ、せ、刹那くん~っ!?何でここに!?」
 「編入の話を持ってきた人がそれを言いますか・・・・・・ああ、分かりました。頭が緩いんですね。そうと気づかずすいませんでした」
 「はぅ・・・このブラックさ・・・・・・間違いなく刹那くんだ・・・・・・」

 何やらくずおれるミミナをほたって、刹那は保健室に入る。他に人はいないようだ。

 「へぇ・・・ミミ先生って保険医だったんですね」
 「い、一応これでも医療忍者なのよ・・・?」
 「だったら職務を全うしてください。はい、患者」
 「へ・・・・・・?ってもう1人いたぁ!?」

 今ごろ僕の背にいたナズナに気づくミミナ保健教諭。・・・・・・この人、本当に忍者か?

 「何故か・・・、いきなり気を失ったんです。貧血だとは思うんですが・・・」
 「えっと、どれどれ?・・・・・・うん。貧血・・・じゃない気がするけど、この子貧血持ち?」
 「・・・違ったはずです」
 「ん~?じゃあ何だろう?特にこれといった異常は見つからないし・・・・・・」
 「とりあえず、ナズナはミミ先生に任せますね。僕はこれから授業なので」
 「はいは~い!しっかり任されましたよ!大船に乗ったつもりで――」
 「実は大穴が空いてたんですね?期待せずに教室に戻ります」
 「・・・せ、刹那くん、友達少ないでしょ!?」
 「百人規模でいますが何か?」

 部下だと千人規模でいるが。・・・どちらにせよ新羅専用だけど。

 「・・・・・・何でもない。グスン・・・」

 ・・・このぐらいで止めておこう。下手に刺激して業務(ナズナの看病)に差し障りが出たらマズいし。

 まあ、ナズナに何の異常もないことは、僕が一番よく分かってるけどね。

 さておき。僕はそろそろ1限が始まるだろう教室へと足を向けた。・・・・・・うーん。原作キャラにはどう関わっていくべきかなぁ・・・?






~~~~~~~~~~~~~~
・・・木の葉のアカデミーって謎が多いんですよね。ナルトの留年しかり入学卒業の時期ズレしかり。後は飛び級とか人数とか。なのでその辺りは深くつっこまず、学年別に1クラスずつ存在するということにしました。男女で別れる授業があったりはするでしょうが。

ニッコウさん、・・・はい、引っかかりました。あれで気づかれたのか~、て感心してたんですがオイ!みたいな。一楽はいずれ是非とも行かせてみたいですね。

波洵さん、超新星ですか。そこまでですか。ありがとうございます!いやはや、こんな風に喜んでいただけるとゆめうつつも嬉しい限りですよ!

野鳥さん、そうは言いますが別れのシーンは要ると思うのですよ。アゲハはいいですけど、刹那の本体的に。

柳太郎さん、ご指摘ありがとうございます。早速削っておきます。その辺りのことは詳しくないので、またこういった指摘がいただければ幸いです。


というわけで始まった学園編!・・・でも自己紹介って妙に書きにくいんですよね。少々更新が遅くなるかもです。そこでたった今思いついたのが、うちは編と学園編で完全に分けてしまおうか~、という物。交互に書いていったりとかもできるし・・・未定ですが。それでは皆さん、またいずれお会いしましょう。



[5794] 30 シギ、ナズナと話す
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/17 10:43


 結論から言うと、授業は退屈だった。・・・・・・言うまでもないか。

 基本的な読み書きそろばんに始まり、忍者としての心得や忍具の扱い方。印の組み方に気配の消し方など、まさしく忍タマに相応しい授業だった。

 ・・・・・・シギはよく耐えてるね。

 一般教養(国語や算数など)は前世の経験が活かせるから学ぶ必要皆無だし、シギの実力から言えばアカデミーの肉体鍛錬はお遊びレベル。それはまあ僕も同じだけれど、彼の立場で考えると無駄な時間を過ごした分だけ寿命が縮まるのだ。かといってカブトが木の葉にいるため目立つこともできないのだろう。イタチは脅威だが、大蛇丸とて大きな脅威には違いない。仮にうちは虐殺で上手く生き残ったとしても、その後大きすぎる死亡フラグが待ち構えていては話にならないのだ。

 この状況で無為な時間を過ごさなければならないことが、どれだけの苦痛か。どれほどの苦悩か。想像は不能である。・・・・・・当事者にしか、分からないだろうね。

 とにかくそういうわけで、シギにしてみれば余裕というものが全くないと言える今現在。


 「オイ刹那、さっさと答えてやれよ。――お前らも早く知りたいよな?」


 隣でにやにや笑いながらシギが急かしてくる。椅子に座る僕の周りには、クラスの大半が集っていた。

 ・・・・・・えっと、何この状況?

 軽く整理してみる。保健室から戻ってきて、授業を受けた。合間の短い休み時間はナズナの様子見に行ってて、質問される暇も答える暇もなかった。そうして昼休み兼昼食タイムとなった今、みんなの押し込まれていた好奇心がようやく解放されたわけで。

 ・・・・・・自業自得かぁ。

 あっはっはっはっは!・・・なんて笑ってすまない現状が憎い。

 「どこ住んでるの?」「お昼一緒食べない?」「誕生日いつ?」「里の外ってどんな感じ?」「血液型は?」「ほんとに一瞬で覚えるの?」「お菓子食べる?」「他の里とか行ったことあんの?」「あとで一緒に遊ぼーよ」

 ・・・等々。一斉に聞かれて対処に困る。

 シギはシギで周りを煽ってるし。・・・・・・余裕ないはずなのに余裕そうだね。先日の仕返しか?僕にやられたお返しか?よし、後で覚えてろ。
 
 質問に適当に答えつつ、昼ご飯を食べ終わった時点で席を立った。

 「はい、質問タイム終了~!続きは放課後ね」
 「「「「え~~~!?」」」」

 不満の声など軽く無視。「もうちょっとつき合えってばよー!」幻聴として処理。

 「シギ、悪いけどちょっと来て」
 「・・・こいつらほっといていいのか?」

 言われて周囲に目をやれば、皆さんまだまだ物足りない様子。・・・・・・まったく仕方ない。

 「それじゃ代わりにこれやっといて」
 「は?」

 ノートをちぎって作成した簡易メモ用紙。・・・ただちぎっただけとも言うがさておき、渡されたその中身を読んでシギが渋面を作る。

 「・・・・・・オイ」
 「質問は受け付けないよ?僕の代わりにお願いね」
 「・・・・・・」

 しかめっ面のままだったが、従ってはくれるようだ。・・・・・・表情からして気は進まないみたいだけど、僕の意図を汲み取るぐらいはできるでしょ?

 教室から出ていくシギを見送り、さて、と僕は視線を戻した。

 「・・・何が聞きたいのかな?」





 「・・・・・・」

 無言で、難しい顔で、シギは歩く。

 メモ用紙に目をやり、溜息。・・・・・・やる気出ねぇ。

 たどり着いた扉の前、かけられている札を確認。

 『お昼休み中です。ご用の方は職員室までどうぞ』

 ・・・よし、いないな。

 「失礼しま~す」

 誰もいない・・・いや、誰も聞いてないのに律儀に口にする。

 戸を開けて、鼻につくのは薬品の匂い。目に入るのは白いカーテンでできたついたてと、ベッド。

 保健室だった。

 ・・・・・・ナズナはそこか。

 歩み寄りカーテンを引くと、すやすや眠る幼女の姿。そちらの嗜好は持ち合わせていないので、特に感じることはなく、

 「うふふ・・・おいしい?刹那くん♪」
 「・・・・・・」

 危険な寝言は流した。・・・・・・患者いるのに席を外す保険医って、どうなんだ?

 恋がどうのは別として、一般的な意見として逃避気味に、そう思うシギ。

 今一度メモを確認し、懐に忍ばせてから行動に移った。

 ナズナの耳元に口を近づけ、ボソリ。

 「今度刹那が女の子連れてくるってよ」
 「女ギツネはマッサツあるのみ!?」

 凶悪な一言と共に飛び起きた。・・・・・・女って怖えぇ。

 「――え?あれ?ここはどこ?ナズナはナズナ?」
 「意味分かんねぇし・・・」
 「・・・だれ?」

 今ごろ気づいたのか、視線がこちらを向く。いざとなればすぐ動けるよう手足の位置をズラしているその姿勢は、忍びとして正しい。・・・・・・相当鍛えられてるな、こりゃ。

 ・・・・・・まあ、あの刹那と一緒にいるという時点で普通のはずはないんだが。

 「俺は、うちはシギだ。刹那の奴が質問責めにあって来れねぇから、代わりに来た」
 「むぅ~・・・ナズナより他の子・・・?」
 「い、いや、俺が無理言って残らせたんだよ。だから刹那は仕方なく、な」
 「うちはくんが?・・・・・・はっ!?ま、まさかナズナにケソウしてわざわざ・・・?だ、ダメです!ダメなのです!ナズナには刹那くんという人が!!」
 「・・・いい感じに妄想してるとこ悪いが、違うからな?」

 そうですか・・・と、残念半分安心半分に肩を落とすナズナ。・・・・・・修羅場でも期待してたのか?

 「でまあ、今もう昼飯の時間でな。刹那が目ぇ覚めたら食いに来いって言ってたぞ」
 「そっ、そういえば今日は刹那くんの手作り弁当が・・・・・・って、ナズナは何で寝てたんでしょう?」
 「さあ?なんか知らんがいきなり倒れてたぞ?」
 「むぅ・・・?」

 首をひねるナズナ。その手の趣味の奴には垂涎な仕草だ。興味ないが。

 「そうそう、刹那のことが大好きなナズナに言っておくことがあった」 
 「な!?なななな何で知ってますですかぁっ!?」

 ・・・・・・さっきから敬語と丁寧語とタメ口が混ざってる気が。

 「いや・・・今自分で言ってただろうが」
 「――あ」

 ポン、と手を打つ弥遥ナズナ嬢。・・・・・・天然何だか何なんだか判定に苦しむ。

 「続けるぞ?最初自己紹介の時、刹那のこと話そうとしてただろ?」
 「・・・・・・そういえばそんな気がするようなしないような・・・?」
 「俺も一回刹那と戦って負けたからな、あいつの凄さはよく分かってる。だからこそ、刹那のことはあまり話さない方がいいぞ」
 「・・・・・・?」

 口元に手を当て声を潜め、シギの真剣な表情に中てられナズナは固唾を飲み、


 「刹那が強いと知れば・・・・・・女子が刹那を好きになる可能性がグンと上がる」
 「っ!!!!」


 天啓の如き閃きを、ナズナは得た。

 刹那の凄さを他の子が知る
   ↓
 好きになるかもしれない
   ↓
 女ギツネ大増殖

 一瞬で思考がそこまで流れナズナはその損益を明確に理解した。そしてその損益を教えてくれたシギに対し、

 「ナズナはナズナなので、シギくんと呼んでも!?」
 「あ、ああ・・・そりゃ、いいけどよ」
 「感謝感激です!!この恩はいつか絶対シギくんに返すですよっ!」

 興奮を隠しきれない笑顔で言うだけ言ったナズナは瞬身の勢いで保健室を出ていった。

 ・・・・・・クラスの場所分かってんのか?

 浮上する疑問だが、あの調子なら刹那の匂いをたどって行き着きそうな気もする。しかしまあ、実力の程がアカデミーレベルではないのは確認できた。

 用も終わったのでミミナが戻ってくる前にシギは教室へと足を向け、ふと例のメモを取りだし見やる。

 『パターンから考えてナズナはどうも僕のことが好きみたいだから、話すと自分が損だよー、ってこと教えといて。こういうのは第三者が言わないと意味ないし。僕の恋愛偽話すればナズナは起きるから、よろしくね』

 パターンというのは不明だが、それはとりあえず隣に置いておき、呟いた。

 「・・・・・・やっぱ外道だわあいつ」

 刹那が自分の実力や能力を知られたくないということは、原作を知る自分からしてみれば当然であり、理解できる。故に先刻、口走りかけたナズナの口を一時的にだが塞いだのだ。

 だが、あの少女の抱く自らへの好意を知りつつ、完全に分かった上で、あいつはそれを利用した。・・・・・・女の独占欲利用とか、アホだろ。

 真っ当な神経の持ち主がすることではない。自分には無理だと、シギは思う。

 ・・・・・・まあ、だからってあの2人の関係がどうかなるわけでもないんだが――

 「・・・いや、まさかそれも分かってた上でか?」

 今回のことがあろうと、なかろうと。刹那とナズナの間に何の溝も生まれようがない。

 デメリットがないならば、後は本人の感情問題。相手の好意を利用することに対する、忌避感を抱くかどうかの。

 ・・・・・・なんつーか、判断基準が機械みてぇだな。

 一切の感情を排しただひたすらに利害を計算して行動する。それは忍びの在り方としては一種の理想だが、人間としては間違いだ。

 人は人故に、心を持つ。機械には、それがない。

 「・・・・・・まあ会ってせいぜい一週間じゃそこまで判断できねえか」

 おいおい分かっていくだろうと判じ、シギは小さな火遁でメモを燃やし証拠隠滅を計った。

 開いた窓から入り込む風が灰をさらい、遠く外へと運んでゆく。

 それを何ともなしに眺めるシギ。いくらかの時間が過ぎ、いつのまにか止まっていた足を再び教室へと向けた。

 刹那の言った、イベント回避。可能なのか、不可能なのか。不出来な頭で、転がしつつ。










 「・・・・・・そういや代わりに行ってこいとか言われたけど、あらかじめメモを用意してたってことはまさか――」

 顔をこわばらせ、シギは1人刹那の思考力に戦慄した――








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・・・ナズナの口調が一定しない。困った。仕方ないので幼年期はこのまま続けて原作開始辺りで大人思考にステップアップする予定。

ニッコウさん、・・・・・・いいですか?こんなに黒くて本当にいいんですか!?――なんて、作者の言うセリフじゃありませんね。原作キャラへの対応は一部除きノリで行こうと思っております。

RENさん、はい、しっかり杞憂で終わりましたよ~!どうですかこれ?お気に召されたなら幸いです!

野鳥さん、それは違います。刹那はきちんと黒さを見せる相手を選びますよ?・・・・・・多分。それと、シカマルとの絡みは絶対出すのでご安心を。

一見さん、どうもありがとうございます!何やら同じような感想を持つ方が多いようで、ゆめうつつは嬉しい限りです!・・・ちなみに感想の中で新羅が森羅になってますよ?



[5794] 31 VSサスケ
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/02/23 10:58




 「・・・・・・」

 チラリ。サスケはわいのわいのといつも以上ににぎやかしい教室の、その原因を視界の隅で捉えた。

 部屋の真ん中近い席で級友たちに囲まれる編入生・・・白亜刹那と、弥遥ナズナ。

 水色の髪の方は、先日少しだけ話した記憶がある。・・・頭に血が上ったシギと初っぱなから戦りあってたから、よく覚えている。

 そして女の方は・・・・・・見覚えはないが、初登校のホームルームの最中に突然気絶するという離れ業をしてのけた、変な奴。午前いっぱい潰して(寝て)、ようやく戻ってきた今は食事中だ。周りの応対をしながら、いやに美味しそうに食べている。

 サスケは1人後方の席で教科書を開いていたが、2人に興味がないわけではない。むしろシギとの関係など、聞きたいことはいくつかあった。

 だが、自分からあの輪に入っていくのは気が引ける。そもそもクラスの連中とは馴れ合っておらず、会話程度はこなしても、本当に親しいと言えるのはシギだけだ。・・・・・・妙に女子から話しかけられたりはするが。

 ・・・・・・土遁、使ってたよな。

 白亜。確か、そんな名前の石があったはずだ。だとすれば、うちはが火を扱うのと同じく、土を操る一族なのかもしれない。断定はできないが。

 先日の、突発的なバトルを思い返す。規模は小さかったとはいえ、あの水色の編入生は紛れもなく土遁を使っていた。アカデミーに入学してないにも関わらず、同い年の奴が。

 「・・・・・・」

 仄かに燻りだす、対抗心。午後の授業は外での実習。そこであいつの実力を見てやろう。

 確か今日は・・・・・・組み手、だったか。





 「せいれーーつ!」

 号令一下、騒がしさが静まり並ぶ生徒たち。その中に混じって、刹那は内心どうしようかと迷っていた。

 目立つのは、良くない。すこぶる良くない。むしろ悪い。

 が、下過ぎると今度はナズナの機嫌が悪くなる。こちらも良くない。いや悪い。

 んー・・・・・・ここはやっぱり、クラスの練度を見て、その中間くらいの成績で行こうかな。



 授業自体は退屈だ。けど、その空気が好い。

 同年代の子供と一緒に、時間を共有する。

 互いの関係性を見て、何の利害関係も見あたらないそれが、ひどく、新鮮だった。



 ・・・・・・名家とのコネを得られるって利はあるけど、それはまあ別として。

 「前回組み手を行うと言ったが・・・今ここで訂正する。今日は試合だ。男子と女子に別れて、それぞれ1人と戦ってもらう。この結果で成績上下するから各自気を抜かないよーに!」

 えぇーっ!!・・・という抗議の叫びは教師なので当然気にも留めてない。

 というか・・・困った。これでは全体のレベルを正確に計れない。運がないなぁ・・・

 「それと、編入生2人はいきなりで悪いが、1学期の屋外実習の成績はこれで5割ほど決まるからな」
 「・・・手厳しいですね」
 「時期が時期なもんでな。本当に悪いんだが・・・」

 確かに、もう1月もすれば夏期休暇だ。学生の特権長期の休日。・・・・・・補習というか、夏合宿みたいなものはあるらしいけど。

 「抗議したって意味ないですし、気になさらなくてもいいですよ。ナズナもいいよね?」
 「うん!刹那くんがいいなら!」

 ・・・・・・落ち着いてるというか、大人びた子だな。

 クラスを受け持つ副担任クルメの感想。ちなみにこのクラス、担任は座学担当である。





 男女に分かれて、適当に戦りたい人と戦るらしい。戦績もそうだが、クラスの成績優秀者に勝った方が配点は高いようだ。ナズナの相手は・・・・・・なんか、群がってる。人気者だね、ナズナ。好意的に受け止められているようで何よりだ。

 で、僕はと言えば、

 「よっしゃー!刹那やろうってば――」
 「邪魔だドベ」

 いきり立つナルトを押しのけてやってきたのは・・・サスケ?

 「なんだよサスケ、お前こそ邪魔すんじゃねえってばよ!」
 「ドベは黙ってろ。こいつはシギをノックアウトできる実力がある。お前じゃ相手にならねえ」

 どよめきが広がった。・・・・・・え、何?シギもしかして実力隠してないの?

 チラリと目線を送ると、何やら口パクが。

 えーと・・・・・・お、れ、は、た、い、じゅ、つ、ば、か。・・・・・・ああ、筆記で点落としてるのかぁ。

 ・・・・・・ダメだ。なんて言うか、色々と。

 仕方ないので満面の笑みをシギに送った。ついでに口パクも返す。あ、と、で、お、ぼ、え、て、ろ。

 「理不尽だーっ!!」

 突然頭を抱えて叫んだシギに皆の目が向くが、奇行に慣れているのかすぐに興味を無くされる。普段の行いが大事だと分かるワンシーン。・・・・・・あれ、この場合流された方がいいのかな?

 しかしまあ、下手するとナズナを騙した・・・いや、騙したのとは違うけど、とにかく使った意味がなくなっちゃうね。

 ・・・・・・さて、上手く乗り切れるかな?

 「なんか盛り上がってるけど・・・こないだシギを倒せたのは、シギが見境なくなってて冷静じゃなかったからだよ?」
 「謙遜はいい。オレと戦え」

 サスケの目を見る。真っ直ぐな、自信で溢れた黒瞳。

 ・・・・・・これは、よほど上手くやらないと不味いね。きっと。

 こっそり吐息して、僕は頷いた。・・・そう言えば、サスケの口調が原作のこの時期と違うようだけど・・・・・・クラスメイトにはこうして喋ってたのかな?

 ・・・どうでもいいか。違和感がない分楽かもしれない。





 男女各1組ずつ同時に試合を行う。ルールは簡単。何らかの攻撃が胴体、もしくは頭部に通った方の負け。苦無とか手裏剣とか、一応刃引きしてるのを使うみたいだ。・・・・・・まだ幼年組だしね。

 それにしてもこの授業、かなりエグい気が。

 好きな相手と試合をするってことだけど、それってつまり精神の成熟度合いを計る意味があるよね?どの強さの相手を選ぶかで、その子が単に勝ちたいだけなのか、いい成績を取ろうとしてるのか、はたまた己の向上を考えているのか。分析すれば漠然とだけど分かってくるし。

 ・・・・・・考え過ぎかな?

 「それじゃ、お互い構えて」

 教師クルメが片手を上げ、僕とサスケ、知らない女子2人が構える。

 ・・・単に皆が見たいという理由で、1番にされてしまった。ナズナはいのと戦るみたいだけど、あっちは2番。

 さて、と意識を切り換える。

 試合に勝つのはこの上なく容易だ。しかしそのせいで死亡フラグが立つような事態に陥れば、将来的な負けである。まさに自業自得。

 ならばここで狙うのは、善戦しながらも敗北、という結果。

 10メートルほど離れた位置に立つサスケに勝たせるためには・・・・・・それも、意図的に見せないためには。

 ・・・・・・算定演舞禁止、チャクラ使用量制限に、血継限界は当然として・・・相討ち狙いでいけば、何とかなるかな?

 頭の中で戦闘ルールを定め終わった頃、

 「――始め!」

 クルメが、上げた手を振り下ろした。





 サスケは合図と同時に手裏剣を投じた。やはり兄には遠く及ばないが、それでも今の自分に出来る最善を行う。

 手加減をするつもりは、端から頭になかった。

 数は左手で3枚。正確な狙いを付けるなら、これが現在の限界点。投じて、右に苦無を構え、手裏剣を追うように走り出す。

 手裏剣の向かう視線の先、刹那はそれを迎え撃つように、細く短い、脇差しを腰から抜き放った。個人所有の武器であるため刃は潰されていないが、代わりに納刀したまま、扱う。相対の前に許可を取っていたので、あれを使うだろうことは想定済み。

 硬い金属音。それが3回。短な刀を振るうでもなく、少し位置をズラすだけで3枚とも弾いた。

 ・・・・・・その程度は、やってもらわないとな!

 猛る心のまま、接敵。苦無と脇差しが、甲高い音を立ててぶつかる。

 「――っと」

 ぶつかった拍子に脇差しがすっぽ抜けそうになり、とっさに後退する刹那。・・・・・・何だ?

 僅かな疑問を頭によぎらせながら、無言で距離を詰め、突き、払い、蹴りを叩き込む。そのいずれも回避し、ガードした刹那。しかしその動きは、自分が想定していたより遥かに鈍い。

 ・・・・・・まさかこいつ、体術が苦手なのか?

 いや、自分やシギのレベルを求めることがそもそも間違いなのだろう。わ、とか、ひゃ、とか、声を上げ眉を寄せて防御に専念するその顔は真剣そのもので、余裕など一分たりとも見当たらなかった。

 段々防御に手が回らなくなってきた刹那が、舌打ち1つ、大きく後退。それを追いかけようとして、刹那のポーチからこぼれ落ちた球体に足を止めた。

 爆発。しかし炎はない。――煙玉。

 もうもうと立ちこめる白煙は、正しくその機能を発揮して見事なまでに視界を阻む。

 ・・・・・・気配も消したか。狙いは、何だ?

 苦無を顔の高さに、油断なく身構え、出方を待つ。

 接近戦は、多分ない。既に構えている相手に不意を突いたところで効果は薄い。体術もそれなりにやるが、せいぜい上の下か中の上。ならば、この隙に何らかの仕掛けを施したと考えるべき。

 とその時、急な突風が。

 白煙がたちまちのうちに追い払われてゆく。 

 煙の向こうから、慌てたような顔の刹那が姿を見せた。

 どうやら、運はこちらにあるらしい。準備を終える前に煙が晴れてしまったか。

 ニッ、と口の端を歪ませて、駆ける。あの僅かな時間にできることなどたかがしれている。見たところ何かが仕掛けられてるわけでもなし。

 よって、サスケは刹那へと追いすがり。

 盛大に足を滑らせた。

 「――なっ」

 思わず、声が漏れる。踏みつけた地面は、土ではなく、ぬめり気を帯びた液体の感触がした。

 ――驚愕から、つたないチャクラコントロールが乱れ、元より性能を落としていた術が解ける。

 視界が変転し、サスケは未だ煙の中にいた''''''

 (幻術――っ!)

 一瞬で理解へ至る。あの突風からして既に幻だったのだ。

 煙が消えたように見せかけ、

 それに慌てたように思わせ、

 何の仕掛けもないかの如く誤認させた。

 そして足を滑らせ、宙に浮く今は現実。

 「――っ」

 視界は未だ白煙に包まれている。この状況で、次にあいつが取る手は何だ?

 ・・・・・・急襲に決まってるだろうが!

 思考は一瞬。決断は即座。中空で体を整えさらに1本苦無を取り出し両方共に地面へと突き刺した。

 恐らくは忍具だろうぬかるみを貫き、固い地面に突き立つ苦無。2つを支えに、転ばず、代わりに前転空中前回り。

 足を伸ばして、固い地面を踏んだ。

 ザリッ、と砂を噛む音。それに驚いたのか、え、と近くで声がして。

 迷うことなく、サスケは声の方向に拳を叩きつけた。





 「――そこまでっ!」

 クルメの決着宣言に、え、と声が上がる。

 途中から煙でほとんど見えなかったが、最初の組み手だけでも見応えはあった。

 そして今、煙の中で勝負が付いたという。

 どちらが勝ったのか。サスケか、はたまた刹那か。

 徐々に煙が晴れ、立つ1人と転がる1人が姿を現し、

 「勝者――うちはサスケ!」

 拳を振り抜いた体勢で留まるサスケを認め、くの一から黄色い歓声が上がった。

 その中でただ1人顔を青くしたナズナがすぐに駆け寄り、脈拍と呼吸の有無を確かめ、

 「いや、大丈夫だから」

 気絶はしていなかった本人にたしなめられた。

 不満そうにナズナはジト目で睨み付ける。何で負けたのかと、その目がありありと問いつめていた。

 約束を守った故なのか、どうなのか。無言の圧迫に、さて、どうスルーすべきかと刹那が悩んでいると、

 「オイ・・・白亜」
 「刹那でいいよ?サスケ」

 当の対戦相手が話しかけてくれたので、これ幸いと視線をそちらに向ける。

 「・・・・・・刹那、次は、引っかからねえからな」

 ・・・・・・まったく、勝者が何を言うかと思えば。

 「くすくす・・・次は、引っかけた上で、勝つからね」
 「・・・・・・フン」

 そんな、戦った当人達と、恐らくクルメとシギにしか分からない会話を終え、サスケは背を向けた。

 ・・・・・・やれやれ。

 ひとまずは実力を隠し仰せたことに、敢えて殴られた頬を抑えながら、刹那は安堵の息を吐いた。









 ちなみに。

 途中から忘れられていた女子の方の決着は、その2分後に決まったという。

 ・・・・・・ほとんど誰も、見ていなかったのだが。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回かなり真面目な文章になってしまったゆめうつつです。どうもです。

ニッコウさん、いつもいつも感想ありがとうございます。・・・・・・ダメだ。一個前の感想とさして変わらないので、これ以上返事が書けない。・・・くっ。

野鳥さん、・・・・・・何やら、えらくシカマルに期待を寄せていますね?これは、頑張らないといけないかな?


模擬戦のお話、刹那とシギのレベル差が具体的すぎて気になってきたので、修正いたしました。ガイナさん、その節はありがとうございました。

・・・・・・なんか、話が遅々として進みません。全っ然うちはの方に話が回ってない。困ったなぁ。・・・のんびり行きましょうか。



[5794] 32 虐殺回避に向けて
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/13 11:28


 刹那とサスケの試合から数日後。アカデミー帰りに刹那に誘われ、シギは白亜邸を訪れていた。

 「まず言いたいことが1つ。・・・・・・何だこの家は!」
 「・・・うちのお母さんの好みだからノーコメントで」

 視線を逸らしている辺り、刹那も同意見らしい。散財もいいところだ。

 5LDKだか6LDKだか知らないが、たった2人でこの広さは無駄そのものだろう。

 「逆に広すぎて、ちょっと寂しいぐらい何だけどね」
 「あー・・・」

 その表情に何も言えず、口をつぐむ。

 「・・・まあ座って座って!お茶と茶菓子持ってくるから」
 「お、おう」

 キッチンの方へ駆けてく刹那を見送って、洋式のテーブルに付く。・・・・・・ここじゃ洋も和もないが。

 刹那が戻ってくるまで手持ち無沙汰になったので、何気なく部屋を観察してみる。

 中央に長方形のテーブルを置き、壁際にはL字のソファが。他にも食器棚や風景画、ランプなんかもある。

 「・・・思っきり西洋式だな」

 仮にも忍者の住んでる家だと言うのに。・・・前世の経験から、違和感はないが。

 「・・・・・・あ?」

 部屋の角隅下に目をやって、妙な物を発見した。札だ。

 (起爆札・・・・・・じゃあねえな。文字が違う。・・・いや、どっちにしろ理解はしてねえが)

 何となく近寄ってしまい、覗き込む。

 「・・・触ったらヤバげだな」
 「ヤバいよ?はっきり言って」

 いつ戻ってきたのか、お盆にティーポットとケーキを乗せた刹那が部屋の入り口に居た。珍しく真顔である。

 「マジか?」
 「・・・・・・まあ、肉片が残ればいい方かな?」
 「家ん中に何仕掛けてんだお前ーっ!!つかそういうことは先に言え!」

 飛び退くシギに刹那は爽やかな笑顔を向ける。

 「やだなあ。常識的に考えて、忍者の家にある怪しさ満点の札に触ったりするはずないよね?」

 くっ・・・正論故に返せん。

 「それ口寄せのトラップなんだ。中に王水仕込んでる」

 紅茶を注ぎながら説明する刹那に、シギは冷や汗を禁じ得なかった。

 王水。本来腐食しないはずの黄金も溶かす最強の酸。人体なぞ言わずもがな。

 「んなのぶっかかったら死ぬじゃねえか!!」
 「殺す用の罠だからね」

 えらく朗らかな顔でコポコポと紅茶を注ぐ姿は優雅に見えるが、言ってることは凶悪極まりない。

 ちなみに結界用の札はその裏に仕掛けてあったりする。無論、そんなことを教えるつもりはないが。

 「王水って金属だったら大体溶かすんだけど、銀は溶けないんだよね。金も白金も溶けるのに」

 その白金族元素の中でもイリジウムだけは溶けなかったりするのがまた不思議なのだが、ここではどうでもいいことである。

 「マメ知識をどーも・・・。・・・その紅茶に混ざったりしてねえだろうな?」
 「ん?王水はさすがに入ってないよ?・・・他のはともかく」
 「他のって何他のって!?」
 「飲めば分かるんじゃない?主に症状が」
 「誰が飲むかんな危険物!!どう考えても客に出すもんじゃないだろうがっ!」
 「くすくす・・・まあ飲む飲まないは別として、座れば?紅茶冷えるよ?」
 「・・・・・・俺は飲まねえぞ」
 「お好きにどうぞ」
 
 刹那とテーブルを挟んで向かい合う位置に腰掛ける。当の刹那は、紅茶を美味しそうにいただいていた。

 ・・・・・・いや、俺は騙されん!きっと事前に解毒薬を飲んでいたに違いない!

 と、シギは自分を無理矢理納得させる。

 「あ、そっちのケーキには何も入ってないから」
 「信じられるか!ゾルディック家かここは!?」
 「・・・・・・ああ、H×Hね。あの暗殺一家。大丈夫、うちにあんな異常者はいないから」
 「既にお前が異常だよ・・・」

 精神的疲労から、シギは机に突っ伏す。真剣に帰りたくなってきた。

 「・・・俺何しにここ来たんだっけ・・・・・・」
 「くすくす・・・今後の話し合いでしょ?シギの命が掛かってるんだから、もっと真面目にしないと」
 「ああそうですね」

 やる気を著しく削いでくれた奴に言われてもな!

 「さて、うちは虐殺イベント回避に向けて、何か聞きたいことは?」

 流れとか一切無視して話進めやがった!

 「・・・・・・結局お前、どういう形に持って行きたいわけ?俺的には、生き残れたらそれで良いんだが。・・・フラグ無しで」
 「んー・・・そうだね。基本的にうちはは全員生存が狙いかな。あ、シスイには死んでもらうけど」

 あっさり死んでもらうとかのたまえるこいつの精神が怖い。・・・というか、

 「シスイっておまっ・・・・・・万華鏡渡す気か!?」
 「何か問題ある?」
 「問題っつーか・・・・・・自殺行為だろ?」
 「どこが?」

 本気でキョトンとしているらしい首の傾げ方が腹立つ。

 「俺はてっきり万華鏡会得前のイタチをどうにかして処分するかと思ってたんだが・・・・・・」
 「甘い甘い。浅慮に過ぎるよ?ここはやっぱり、上手く説得しないと」
 「・・・説得に応じるような玉じゃねえぞ?」
 「普通ならね。そもそもイタチが一族皆殺しにしなきゃならなかった理由は、何だか分かる?」
 「・・・・・・クーデター止めるのと、サスケを護るためだろ?」
 「ん、正解。裏に木の葉への忠誠心もあっただろうけど、一番の理由はサスケだと思う」

 それは・・・・・・分からないでもない。原作でも、最終的にサスケに殺されるために、倒されるべき悪を演じてたからな。

 「イタチにとっての一番はサスケ。じゃあ二番は?」
 「木の葉・・・はねえな。やっぱ一族か?」
 「だろうね。でも一番を護るためにそれ以下を切り捨てた。1を救うために9を捨てたわけだね」
 「普通逆だよな。9を救うために1を捨てるか、それか無茶して10救おうとするか」
 「大事に思う比重が違うけどね。それでまあ、イタチには三番目をすててもらおうと思ってる」
 「・・・木の葉か?」
 「そ。でもそのためにはね、クーデター自体が起こってはならないんだ」
 「・・・・・・いや、無理だろ?」
 「正確に言えば、クーデターを諦めさせる」
 「だから無理だろ!?前にも言った軋轢が色々あんのに!」
 「くすくす・・・・・・1つ聞こうか。イタチは何故、クーデターを阻止したと思う?」
 「は?んなのサスケを護るために、」
 「違う。イタチはクーデターの失敗を確信してたんだ」
 「!?」
 「クーデターが成功するなら虐殺なんて必要ない。2足のわらじを履いてたイタチなら、どちらに付くこともできた。なのに一族を殺したのは、反乱が絶対に失敗するって分かってたからだ」

 言い切って、刹那は少し冷えた紅茶に口を付けた。

 ・・・・・・有り、得る。つか、それ以外ねえ。

 「分かった?つまりうちは一族にクーデターの無意味さを説いて、それを納得させればクーデターは止められる」





 ズ・・・・・・。やや冷えた紅茶を流し込む。

 対面では、シギがこちらの説明を必死に噛み砕いている。いいことだ。常に思考しなければ人間は衰える。

 シギの様子を視界の端に捉えながら、買ってきたショートケーキに取りかかる。・・・ふむ、甘さ控えめのすっきりとした味わい。これはいい買い物したみたいだ。ナズナのバースデイケーキもここで頼もう。

 「・・・・・・何する気なのかは、分かった。でも何でみすみす万華鏡渡すんだ?」
 「んー?イタチがマダラの協力を得て皆殺しにしたのは知ってるよね?」
 「ああ」
 「言うなればね、抑止力が欲しいんだ。戦闘能力ばっかで脳味噌が足りてないうちはは、やっぱり力で説得するのが最適だから」
 「・・・それで、イタチの説得?」
 「そ。まあその辺は任せて。シギはシスイが死んだら僕に教えてくれればいい」

 実際は今説明した以外にも裏工作は必要なのだが、ぞちらは既に遂行中だ。しばらくは鏡像任せで、僕は修行でもしとこうかな。

 「・・・・・・なあ」
 「何?」
 「俺はただ生きてえだけなんだが・・・刹那は何で、うちはを救おうとしてんだ?」
 「・・・・・・」

 カチャリ・・・。フォークを置いて、ポットから新しく紅茶を注いで、口に含んだ。甘さに慣れた舌に、紅茶の苦みが染みてゆく。

 「・・・・・・ちょっとした目的、いや、願いがあるんだ」

 天井を見上げて、思い浮かべる。

 「その願いはとても小さなことなんだけど、それを成すにはためには力が要る。それも生半可じゃない、ね」

 瞳を閉じて、瞼の裏に見えるのは、優しさをくれた人。

 「これはうちはに恩を売るためのチャンスなんだ。全てが上手く行けば、また1つ、力が手に入る」
 「・・・・・・また?」
 「いくつかは手に入れた。でも、足りない。全然、足りない」

 そう、足りないのだ。

 僕等が、何の気兼ねなく生きていくためには。

 「・・・暁みてえに、か?」
 「まさか。僕が求めるのは平和の先にある。あんな戦闘狂の集団と一緒にしないでよ」

 あれと一緒にされては甚だ心外だ。恨みしか残さないようなことをするつもりはない。

 ・・・・・・でも長戸とは微妙に目的がかぶってるかもしれないね。うちはが片づいたら鏡像送ってみようかな。

 「つまり、暁と敵対するんだな?」
 「・・・・・・時と場合によるよ?」
 
 利用するとか、仲間に引き込むとか。・・・あくまでできればだけど。

 というか、シギはさっきから何を聞きたいのだろう?

 「それじゃ最後に1つ。お前にとって、平和とは何だ?」
 「・・・難しいこと聞くね」

 でも、まあ。

 「笑顔があることだと、僕は思うよ」

 つまりは楽しいということ。ペインの言う痛みの平和とは、まるで違うのは確かだ。そんな平和じゃ、母さんもナズナも、カシワ商隊の誰も、笑ってくれないから。

 「・・・・・・よし。それならうちは虐殺が回避できたら、今度は俺の番だな」
 「何が?」
 「決まってるだろ?今度は俺が刹那を手伝ってやるんだよ」

 ・・・・・・は?

 「な・・・何で?」
 「恩返しに決まってるだろ。鶴ならぬしぎの恩返し。・・・・・・何驚いてんだ?」
 「え?あ、いや・・・・・・うん。よろしく?」
 「・・・・・・今初めて知った事実。刹那は天然だった」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ちょっ、待て!印結ぶな屋内で術使うな!!」
 「・・・・・・うるさいっ。放雷天の術!!」
 「ぎゃぁああああああああ!!!」





 その日、痛ましい絶叫が白亜邸から響き渡ったそうな。

 適度に焦げたシギに背を向け、赤くなった顔を隠す刹那。

 照れ隠しにしてもこれはないだろうと、痺れながらシギは思った。

 合掌。















 ちなみにその頃。

 「・・・?どうした我愛羅。急に振り向いたりして」
 「いや・・・・・・何か、先を越されたような気がした」
 「?何言ってんじゃん?」
 「さあ・・・」

 首をひねる2人をよそに、野生の勘を発揮しまくる我愛羅だった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちょっと間が空いてしまったゆめうつつです。途中まで書いてたのに気に入らなくて全部書き直してしまった。

ニッコウさん、まあ、ナルトはそのうち書きますよ?今のところ全然目立ってませんが、大丈夫かと。・・・・・・多分。

野鳥さん、ありがとうございます。批判痛み入ります。ゆめうつつも後から読み直して、少々微妙に思っていたり。・・・前話、番外編に変更してみようかと考えている次第。


何やら進まないので、学園編はしばらくおさらばです。うちはに取り組みます。・・・・・・二次小説も書くの大変ですよね。
次の更新は一週間以内を目標に頑張ります。では、またいずれ。



[5794] 33 その頃、砂
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/13 11:26



 コポコポコポ・・・・・・ズズ・・・・・・・・・はあ。

 「紅茶が美味しい」
 「お・・・俺は無視か・・・・・・」

 身体を引きずりながら椅子に這い上がるシギ。・・・20分。なかなか早い復活だ。雷遁を浴びたというのに元気なものである。

 「あれ、生きてたの?」
 「・・・・・・お前に期待した俺が馬鹿だった」

 諦観を込めてシギは呟き、がっくしと机に上体を預けた。所々焦げてはいるが、まあ許容範囲だろう。

 「・・・ところでよ」
 「ん?」
 「仮に説得が上手く行ったとして、里の上層部がそれで納得するか分かんねえぞ?」
 「・・・・・・くすくすくす。大丈夫、安心していいよ。しっかり裏工作してるから」
 「・・・いや、木の葉相手にどこをどう安心しろと?つか、その笑い方が既に安心できないんだが?」
 「さあ・・・?心配するのは勝手だけど・・・意味ないよね。シギにしてもらうようなこともないし、今は仕込みの段階だし」
 「仕込みねぇ・・・・・・。敢えて中身は聞かんが、いつ頃完成するんだ?」
 「謀略、奸計、策謀、計略・・・・・・悪巧みっていうのは、じっくり煮込めば煮込むほど効果が高くなる。だからまあ、慌てる必要はないよ。とりあえずの目安として・・・うん、シスイが死んだら動こうか」
 「少なくとも数ヶ月は後なわけか」
 「そ。修行でもしながらのんびり待てばいい。そろそろ・・・砂で動きがあるはず」
 「・・・・・・砂?」

 訝しげなシギの視線に、刹那はただ、笑うだけ。





 ――砂の里。

 「バキ様」
 「どうした」

 半分隠した顔の下、視線も向けずバキは聞く。その目が向かうは己の書類。忍者と言えど上忍にもなれば事務仕事も重要となる。

 「里の門衛から連絡があったのですが」
 「管轄が違う」
 「いえ、その、なんと言いますか」
 「歯切れが悪いな。一体なんだ」
 「・・・・・・バキ様。守鶴の器に、友達など居るのでしょうか」
 「・・・・・・は?」

 信頼している部下の報告だが、さすがに耳を疑った。いきなり何を言い出すのだこいつは。

 「里の前に、器の友達を名乗る子供が来てまして、里に入れろと」

 ・・・聴覚以前に正気を疑いたくなった。

 「・・・待て。確かな話か?それは」
 「は。報せでは、間違いないそうで。・・・いかがしましょう?」
 「・・・・・・」

 弱った。これが他の誰かなら、たとえ風影でも確認は楽なのだが。

 相手はあの我愛羅である。下手をすれば話しかけただけで命を落としかねない狂犬、いや狂獣だ。本人確認も容易ではない。

 「その子供の名は?」
 「それが、器に友達が来たと伝えれば分かると、その一点張りだそうで」
 「・・・普通なら話にならん。が、取り合わない訳にもいかんか・・・・・・」
 「申し訳ありません」
 「言うな。追い返した後でそれが本当だった場合、俺の首が飛ぶからな」

 飛ぶというか、潰れて見る影もないかもしれないが。

 ・・・・・・考えるだけで虚しいな。さっさと行くか・・・

 自分をあの姉弟の担当教師に任命した風影に、今更な愚痴をこぼしつつ。





 とはいえ直接本人に聞くのはやはり躊躇われたので、周りから情報を得ようとし、結果見つけるまでに結構な時間がかかってしまった。

 風影邸に行けば演習場にいると聞き、演習場に向かえば帰ったと言われた。倦怠感宿る二度手間に溜息しながら、最初に行った風影邸でようやく目的の2人と接触できた。

 「テマリ、カンクロウ」
 「ん?バキ?」
 「なんか用じゃん?」
 「聞きたいことがあってな。・・・我愛羅は居るか?」
 「居るには居るが・・・・・・」
 「なんか用なら、後にした方がいいじゃん」
 「何があった?」

 2人は顔を見合わせ、フッと遠くを見るような、虚ろな表情に。

 ・・・・・・本当に、何があったのだ?

 「・・・手紙がね、返ってこないんだって」
 「・・・・・・何?」
 「この間、カシワ商隊ってのが来たじゃん?そん時、仲良くなった奴が居んだよ」
 「意気投合というか、向こうの懐が深いというか・・・・・・この一月、我愛羅の頭の中はそいつとの手紙の遣り取りでいっぱいなんだ」
 「その相手から返事がなかなか返ってこないとかで、今めちゃくちゃ機嫌悪ぃじゃん。向こうは年中移動してるような商隊なんだから、時間的にムラがあって当然なのに、全然聞かねえんじゃん」
 「それは・・・・・・友達か?」

 問いかけ、もとい確認に、嫌そうながらも2人は首肯する。

 「最悪なことに、じゃん・・・・・・」
 「私達はいい思い出ないんだけどね・・・・・・」

 嫌な物を思い出してしまったらしく、どんよりと空気が陰る。虚ろな表情が、更に深みを増した。

 どうも、話題にすらしたくないことだったらしい。我愛羅もこんな話を語るような性格ではないので、今まで自分がその相手とやらを知る機会がなかったのは単なる偶然のようだった。

 に、しても。

 ・・・・・・一体全体、何があったのだ?この2人にこんな顔をさせるとは・・・

 目前の光景に、バキは幾らか、冷や汗。

 「そんなに、マズい奴なのか?」
 「マズいって言うか・・・・・・とにかく頭の良い奴で、気付いた時にはどこにも逃げ場がないんだ」
 「前に一度、それで嵌められたことがあんじゃん」
 「我愛羅を敵に回してしまったあの時ほど、恐ろしかったことはないな・・・・・・」
 「そ、そうか」

 バキが思わず目を逸らしたくなるほど、今の2人の顔色は悪かった。ある種のトラウマなのだろう。

 このような話を聞かされた後では傷跡を抉るようで非常に言いにくいのだが、言わない訳にも行かない。

 主に自分の寿命的な理由から。

 2人には耐えてもらうとしよう。

 「・・・・・・ところで」
 「うん?」
 「今里の前に、我愛羅の友達を名乗る子供が来ているのだが」
 「「・・・・・・な」」
 「我愛羅に、友達が来たと伝えれば分かるとか、言ってるらしい」
 「「なにぃいいいいいいいいいいいいいっ!?(じゃんっ!?)」」
 
 思う様に絶叫する姉弟上2人。我愛羅に聞こえやしないかとバキは焦ったが、話の当人が出てくる気配はなくほっと胸をなで下ろした。

 が、実際の被害を被った2人はそんなことに配慮する余裕はないようだった。

 「・・・声が大きいぞ」
 「いや、だってあいつが!って、あいつか!?」
 「ま、間違いねえって!そんな無駄に自信あるような言い方、あいつしか居ねえじゃん!?」
 「あああ!!やめろっ!もうイカもタコも嫌だっ!!」
 「ほうれん草はもう勘弁してくれじゃんーっ!!」
 
 いい具合にトラウマを突いてしまったようだ。挙動不審も極まりない。

 ・・・・・・いやいや、冷静に観察している場合ではなかった。たとえ半ば錯乱状態の2人が愉快な顔をしていたとしても。

 「落ち着け2人とも。向こうの手口を知っているなら、そうならないよう動けばいいだけだ」
 「・・・ハッ!それも、そうか・・・」
 「考えてみりゃ、前回のはある意味自業自得だったじゃん・・・」

 ふう、やれやれと。額の汗を拭う。

 落ち着いたのを見ながら、しみじみとバキは言った。

 「それにしても信じられんな。あの我愛羅に友達なんて高尚ものができるとは」
 「ああ、それは分かる。私もあの時は信じられなかった」
 「殺し合ってもいねえってのが、また驚きじゃん」
 「本人の前では言えないけどな」
 「ならば、その本人が聞いてないかも、確かめるべきだったな」

 ――瞬間、世界が凍った。

 身を軋ませながら一様に顔を向けた先に、ズゴゴゴゴゴ!という擬音が似合うような気配を大放出させている我愛羅の姿が!

 しかも既に砂が集まりつつある!

 「覚悟はいいな?特にテマリとカンクロウ。貴様等の間で、まさか俺のことを雑談のネタにできるとはな。どうやら恐怖が足りなかったようだ。――骨の髄まで刻んでやる」

 一歩、一歩。歩く度に近づく度に、目に見えて砂が増えてゆく。

 歩み寄りしは砂瀑の化身。かの存在は絶対なる恐怖を以て操砂せしむる。逃げ場は、ない。

 最早3人の顔は蒼白を通り越して真っ白だ。パクパクと金魚のように口を開閉させている辺り、上手く呼吸ができているかも怪しい。

 「いつだか、刹那が言っていた。何かを成すなら、全力で。やるからには、徹底的に殺れと」

 絶対字が違う。3人が共にそう思ったが、指摘する勇気があるなら逃げ出している。

 「・・・末期の祈りは済ませたか?そろそろ、真実肉塊に変えてやろう」
 「あ、ああああああの、が、我愛羅?」
 「そそそ、その前に言っておくことが、あんじゃん!」

 比較的我愛羅の殺気に慣れている兄と姉がどもらせながらも口を開けたことに、バキは軽く尊敬しそうになった。

 ・・・・・・だ、だが!この状況で我愛羅の説得など・・・・・・くっ、短い生涯だった・・・

 人生は諦めていたが。

 「命乞いなら聞きはしな――」
 「里の前に刹那が来てるんだ!」

 絶えず流動していた砂がピタリと止まる。助命の芽が出て高まる期待。しかしすぐまた動き出して、

 「くだらん嘘で俺を惑わそうなど・・・」
 「バキ!バキっ!なんとか言ってくれじゃん!?」
 「・・・た、確かな話らしい。わざわざ、確認が俺のところに――」

 言いかけ途端砂が吹き荒れ視界が塞がれ気付いた時にはそこに我愛羅の姿はなく。

 後にはただ砂塵のみ。

 残された3人は殺気の大本が消えたため、全力で脱力する。

 「「「・・・・・・た、助かった(じゃん)」」」

 どうも、信憑性が出た瞬間に砂瞬身で向かったようだった。友情を大事にするその姿勢は素晴らしいのだが、周りからしてみれば悪夢でもみるかのような心境である。

 いいことなのだが、心臓に悪いのは何故だろう。

 「・・・・・・おい」
 「・・・・・・なに」
 「俺が知っている我愛羅なら、あんな風に口でいたぶってくるような真似は、しなかったはずだが」

 口を開く暇があるなら、砂を飛ばすというか。

 「ああ・・・あれね・・・・・・」
 「前に刹那が、言ってたじゃん・・・」
 「刹那・・・例の友達の名か。それが、なんと?」
 「『我愛羅は喧嘩は強いけど口論は苦手だから、そっちも鍛えた方が良いよ?戦闘に応用できたら恐怖を煽ったり精神的余裕を失わせたりできるからね』って・・・・・・」

 ・・・・・・なんと言うか。

 「しっかり手綱を握られてるな。仮にも里の最終兵器だというのに」
 「うん・・・お父様にも相談したんだけど、それでかまわんって言われて・・・」
 「風影様は・・・一体何を考えておられるのだろうか・・・・・・」
 「「さあ・・・」」
 「・・・・・・」

 それにしても。

 担当教師である自分の言より、唯一の友達とは言え子供の意見を取り、あまつさえ実践しているとは。

 ・・・・・・・・・・・・。

 軽く、プライドが傷つけられたバキであった。





 我愛羅は駆けた。砂の里特有の外観を持つ建物の、外壁を蹴り天井を踏みつけ時に踏み砕き、自信の全速を以てひたすらに駆けた。

 ・・・・・・刹那が、きた。

 それ自体とても喜ばしいことだ。友人の来訪はそれだけで嬉しいものだ。

 しかし。

 ・・・・・・『何故』だ?

 商隊としてきているのなら、門前で待たされるなど有り得ない。通行証があるからだ。わざわざバキのところまで本人確認が行くはずはない。

 つまりは、1人。あったとしてもせいぜい数人の可能性が高い。

 ・・・・・・何があった?

 「『何故』、単独行動をしている・・・?」

 あの刹那が、理由なく商隊を離れるとは考えられなかった。

 ただ自分に会いに来ただけと考えるほど、我愛羅は無能ではない。自惚れてはいない。何か特別な理由と目的を持って訪れたはずだ。

 それは一体、何なのか。

 類い希な知性を有する彼は、何をしに里へ来たのか。

 ・・・・・・きっちり、説明してもらうからな。

 また一つ、民家を越えて。

 門が見えた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
予定より一日遅れたゆめうつつです。どうもすみません。
再び場面は砂へと移りました。次の投稿でまた別のに移るつもりですが。

トマトさん、ありがとうございます。ナズナに関する意見って、今まで出なかったんですよね・・・これでいいのかどうかと、少し悩んでいたり、いなかったり。

ザクロさん、刹那は用心深いのです。罠はたくさんあるのです。だからこれは当然です。・・・・・・多分。


そう言えばようやくPVが見た目十万超えました。皆様のおかげです。ご愛顧ありがとうございます。
うっかり全削除などしていなかったら累計二十万オーバーなだけに、自分が恨めしかったり・・・・・・。
さておき、これからも頑張ります。微妙に、モチベーションは下がりつつありますが、まあ、気力で。



[5794] 34 刹那、砂での策謀
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/30 15:35

 ・・・・・・待ちくたびれた。

 何がって、砂の里に着いて早1時間半。所持品検査だとか何だとか、確認がどうのと時間かかりすぎ。こっちは6日も使ってやっとたどり着いた身なのに。

 ・・・・・・本体じゃないけどね。うん。砂漠越えより木の葉の監視抜く方が難しかったけどね。

 「・・・まだですか?」
 「今確認中だ。もうしばらく待て」

 にべもない門衛さんの返事。この問答も13回目か。あ、不吉な数字。

 ・・・いいかげん互いに辟易してくる。

 今僕がいるのは里の門衛詰め所。日よけのコートも脱いで気楽な格好だけど、周りから来るいくつもの目がうざったいことこの上ない。

 ・・・・・・我愛羅の名前出したの失敗だったかな?でも風影呼んでって訳にもいかないし。うん。困りどころだね。もう遅いけど。

 「・・・・・・シャワーありません?」
 「あってどうする」
 「汗流したいので」
 「後にしろ」
 「・・・・・・・・・・・・」

 ちょっと殴りたくなったのは秘密だ。というか、こんな子供1人に警戒しすぎじゃない?

 ・・・・・・普通の子供は1人で砂漠越えたりしないね。つまり自業自得かー・・・・・・はあ。

 「あー退屈だ。まさかここまで来て足止めされるとは思わなかった」
 「通行証はおろか身分証さえ持ってないのだから、当然の対応だ」
 「時間の無駄だねー・・・我愛羅がダメなら風影さん呼んで欲しいけど」
 「このような些事に風影様が携わる訳がない。諦めろ」

 ほんとーににべもない人だ。会話に付き合ってはくれるので、性格はそう悪い人じゃない・・・と思う。一応お茶も出してくれたし。

 手の中の紙コップ(既に空)を手慰みに人差し指だけでバランスを取っていると、詰め所の外に隠そうともしない気配が。

 馴染み深いと言うほど慣れ親しんだ訳じゃないけど、一度覚えれば忘れようもない、少しばかり異質な空気。

 小さく音を立てて、詰め所の扉が開かれて。

 眩しい外の光を背景に、親友候補が姿を見せる。

 およそ一月ぶりとなる彼に、僕はいつものように笑いかけた。

 「やあ。久しぶりだね、我愛羅」





 「・・・・・・」

 記憶と一分の変わりもない笑顔を前に、我愛羅はしばし言葉を無くした。

 色々と聞きたいことがあった。話したいことがあった。けれどその笑顔を見た瞬間に、溜め込んだ言葉は胸裡より失せた。

 まずは、そう、ただ一言。

 「ああ・・・・・・久しぶりだな、刹那」

 唯一の友たる彼に再会の言葉を。

 「それにしても遅かったね。僕ここで1時間半も待たされてたんだ」
 「・・・・・・なに?」

 感慨深いとか何だとか、一瞬で纏めて吹き飛んだ。

 一変した雰囲気に詰め所の中は静まり返っている。いや、正確には身動きできなくなったと言うべきか。

 「・・・高々俺に話を持ってくるのに、1時間半も掛けただと・・・・・・?」

 怒気を募らせる我愛羅。その怒りをまともにぶつけられた門衛達の顔は、既に死んだような土気色。

 ・・・・・・貴様等の手際が良ければ・・・もっと早く刹那に会えた・・・・・・・・・

 ギロリ!――睨みを利かせ怒気を殺意へと転じ、

 「死――」
 「はいストップ」

 パンパンと手を叩く刹那に割って入られた。

 「・・・・・・」
 「・・・いや、そんな不満そうな顔しないでよ」
 「・・・だが」
 「ほらそんな怖い顔しない。笑って笑って」

 ニコニコと、何が楽しいのか分からないくらいの笑顔。見せられて。

 「う・・・む・・・」

 に、にこり?

 「う~ん。まだ硬いけど・・・まあいっか。それじゃ行こう我愛羅。お茶、ごちそうさまでしたー!」

 ドタバタドタバタ。荷物とコートをひっつかみ、我愛羅を連れて刹那は外へと出ていった。





 「「「・・・・・・・・・・・・」」」

 台風一過という言葉があるが、今去っていった子供などまさにその代表格のように思う門衛一同。ひとまず命があったことに胸をなで下ろし、

 「隊長」
 「なんだ」
 「あの子供、行かせて良かったんですか?」
 「命賭ける気があるなら連れ戻してこい」
 「遠慮します」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「守鶴の器って、笑うんですね」
 「守鶴が取り憑いていても、生物学上は人間だからな」
 「今までに見たことが?」
 「ない。里の誰も」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「あの子供・・・セツナでしたっけ?何者なんでしょう?」

 「さあな。だが、あれ将来絶対大物になるのは確かだ」

 守鶴の器を笑わせるなど、前代未聞も甚だしい。

 砂の里門衛詰め所での、会話だった。





 風影邸への道すがら。未だジリジリと照りつける太陽の下。我愛羅はそもそもの用件を思い出した。

 今はコートを被った友人に、話のきっかけを。

 「・・・刹那」
 「ん?」
 「・・・何をしに来た?」

 その、問いかけに。刹那は笑顔のまま僅か口を開いて、しかしすぐに苦笑へと変えた。

 「くすくす・・・下手に取り繕っても仕方ないかな?」
 「当然だ」
 「・・・風影に用事ができてね。悪いんだけど、今回我愛羅に会うのはついでなんだ」
 「ついで、か・・・」

 半ば予想できていたこととは言え、残念に思ってしまうのはどうしようもない。

 「だからって、我愛羅をないがしろにしてる訳じゃないよ?はい、おみやげ」
 「・・・巻物?」
 「我愛羅の砂ってさ、砂縛柩とか砂時雨以外にも色々使い方があると思うんだよね。だからまあ、僕なりちょっと考えてみた。・・・もう思いついてるのもあるかもだけど・・・・・・」

 土産と言うより、これは贈り物であろう。

 そんな風に思いはするが、どちらにせよ何かをプレゼントされるなど幼少以来のことだ。内心浮かれながら、渡された巻物を早速開いてみる。

 ――これは・・・・・・・・・・・・

 「・・・どうかな?」

 声ではたと我に返る。ほんの数行だけで、惹きつけられた。

 「ああ・・・・・・これは、良い。・・・・・・ありが、・・・とう」
 「うん!どういたしまして」

 少しだけ、刹那の声が弾んだ。嬉しそうに。楽しそうに。

 ありがとうは、それだけで喜びを与える言葉なのだと。

 我愛羅は心から、思い知った。





 「我愛羅を笑わせたそうだな」
 「耳早すぎません?」
 「忍びだからな」
 「便利な言葉ですね」

 風影の笑みを含んだ言いように苦笑を浮かべる刹那。

 我愛羅にも席を外してもらって、風影の執務室で2人だけ。机を挟んで座る。

 「我愛羅の凶行を止めてくれたことは感謝しよう。また忍びの数が減るところだった」
 「友達ですから、当然のことですよ」

 暗に、感謝など必要ないという言葉。

 「・・・くっくっく。欲がないな」
 「その程度で感謝されても困りますから」
 「そうか。して、今日はどうした?文ではなく、わざわざ砂まで足を運ぶなど。それも単身で」

 この一月の遣り取りで、それなりに信頼関係は築けている。だからこその風影の疑問。

 「単刀直入に言いますと、今日は交渉にやって参りました」
 「交渉?賃上げ要求か?」
 「・・・・・・妙に軽口じゃないですか?」

 軽薄というか。

 「我愛羅のことで頭を悩ませる必要がなくなったのでな。おかげで里の問題の3割は解決した」

 3割って、我愛羅・・・・・・

 「僕に丸投げですか?」
 「友達なのだろう?」

 まあ、そうなのだけれど。育児放棄は良くないと思う。

 「お前と知り合ってから、あれもだいぶ丸くなってな。これからも頼むぞ」
 「あの・・・いいんですか?人柱力なのに」
 「使えなければ無用の長物だ」

 ・・・・・・理には適ってるけどね。でもこう、親としての愛情はないのだろうか。

 「話がずれたな。交渉だったか」
 「ええ・・・。五行についての情報ということだったので、丁度いいと思いまして」
 「ふむ・・・?」
 「実は、五行の上層部には少なからず繋がりがあるんです。――あ、これ秘密でお願いしますね。特にお母さんには」
 「先に言うべきだろうが・・・・・・まあいい。秘しておこう」
 「助かります。それで、五行についてはどのくらいのことをご存知ですか?」
 「・・・とあるマフィア組織を前身とした、雷の国の新興企業という程度だな。成長速度が異常だが」

 中小企業が瞬く間に周囲を併呑し1年足らずで国最大の企業になったことを言っているのであろう。

 無論、ここにもう裏があり、それを今ここで明かすことにする。

 「五行が成功した裏には、1つの理由があるんです」
 「ほう?」
 「『魅惑香』。・・・聞いたことがありません?」
 「・・・・・・比較的最近雷の国で流行っている媚薬だな。詳細は知らんが、そこの最大手の製薬会社が作ったとか」
 「確かに販売はその製薬会社『妙原たえはる』が行ってますが、元々研究開発したのは五行ですよ」
 「・・・なに?」
 「それに流行ってるというレベルではなくて、大流行しています。それに開発した権利は売ってないので、売り上げの何割かが次々入ってきてる訳です」
 「金の心配がない訳か・・・・・・うらやましい限りだ」

 実際軍縮で苦しい砂の里の長は、心底うらやましそうである。

 そこで刹那はここぞとばかりに身を乗り出した。

 「それで提案なんですが、砂の里に五行からの資本提供なんてどうでしょう?」
 「・・・・・・どういう意味だ?」
 「そのまんまです。要はスポンサーに五行はいかがでしょう、と」
 「見返りは?」
 「風の国における妙原の営業許可と、ちょっとした便宜を図っていただければ」
 「前者はともかく、後者は?」
 「詳しいことはこれに」

 一通の書類を渡し、中にざっと目を通した風影は首を傾げた。

 「これだけでいいのか?」
 「はい。最悪木の葉と同盟解消になるでしょうが、まあ火影もそこまでバカじゃないと思います」
 「教授プロフェッサーか・・・・・・突然呆けでもしない限りはないな。だが、本当にこれだけでいいのか?他にもやりようはあると思うが」
 「いえ、これがいいんです。時期が来たらまた連絡しますので、お願いしますね。・・・無理でしたら、この話はなかったということで――」
 「問題ない。交渉成立だ」

 言いかけた刹那の言葉を風影が遮る。国からの予算が期待できない以上、支援を拒否する手はなかった。















 「そう言えばあの魅惑香だが・・・・・・副作用はないだろうな」
 「ご安心を。とある有名人にお墨付きをもらってますから」
 「有名人?」
 「木の葉の綱手姫です」
 「なんだと・・・・・・!?」

 出てきたビッグネームに驚愕を表す風影。

 所々反応が我愛羅と似てるような気がして、なんだかんだで親子なんだなあと思う刹那だった。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回綱手との番外を書くか、うちはを進めるか悩んでいます。

野鳥さん、どうもすいません!!気になるところで切ると続きが書きやすいんです!以後、気を付けます。・・・・・・多分。


最近感想が少ないので、どしどしくれるとテンションが上がります。



[5794] 35 回想 鴨襲撃!
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/03/30 21:51

 群雲に突如現れた軍師、笹草新羅。

 その鬼謀を以て電撃的に群雲を手中に収めた彼であるが、

 やはり上に立ってみて初めて分かる苦労というものがある。

 その新羅の最近の悩みというのが――


 「・・・・・・お金が足りない・・・」


 戦費に費やしすぎたが故に燃え上がった火の車。

 要は資金難であった。










 ・・・・・・いや、潰れるとかリストラとかそういう話じゃなくて、目標に足りないわけ。

 発足した五行の運営にはなんら困ることはないのだが、巻き込んだ他都市を支配するにはどうしても足りない。

 企業で言う資金は給料に始まり、経費、光熱費、情報料等々上げればキリがない(特にこの世界では)。

 そして他都市の裏を制圧してしまうには遠征費がかかる。危険手当も出さねばなるまい。制圧し支配した後はそこで登用した社員に払う給料も必要だ。

 それだけの要素を含めて考えてみると、現況のままでは全て治めるのに4年、早くて3年は必要となる。それではうちは虐殺に間に合わない。

 金が出るからこそ下は勇敢に忠実に従うのだ。忠誠だけでは人は付いてこない。

 「遅くても後2年内に終わらせたいんだけど・・・・・・さもなきゃ五行これ創った意味ないし・・・」

 打開策はいくつかあるが、どれもまだ時期じゃない。早過ぎる、もしくは切り札として成り立つ要素が欠けているのだ。

 「今札を切っても効果はたかが知れてるし・・・・・・どうするかな」

 そんなこんなで執務室で一人支配者の苦しみを味わっていると、ノックもなしに突然ツムジが飛び込んできた。この執務室の扉はデスクの真正面ではなく横側に造られているため、側頭部が丸見えだった。

 「若大将今賭場に――」

 ヒュンッ。ガスッ!

 言葉も行動も中途で完全に凍り付くフリーズ。反射的に首をすくめた頭上を、危機的速度で通り過ぎ壁に備え付けの的に突き刺さったのは――短剣。パラパラと、髪が何本か地に落ちた。

 「やりなおし♪」
 「イエッサーッ!」

 有無を言わせぬ笑顔で関門開きの扉を指差され、ツムジは顔を青くしてすぐさま踵を返す。

 扉を閉めて、命があったことをまず神に感謝し、呼吸を整えてから改めてノック。

 「入れ」
 「失礼します!」

 先の慌ただしさが嘘のように洗練された礼を以てツムジが入室した。

 「よしよし。やっぱり上司が手本をにならないと部下に示しが付かないからね」
 「若大将・・・やっぱ、戦闘部門の総責任者なんて立場、俺には重すぎんですが・・・・・・」
 「それだけの戦功、才能を評価してのこと。護衛としても、頼りにしてるからね?」
 「はあ・・・」

 返事なんだか溜息なんだか不明な声をツムジは漏らす。前々から思っていたことなのだが、この主人に護衛が要るのか甚だ疑問であった。・・・・・・投げナイフの達人だし、わざわざ壁に的付けてるくらいだし。

 その的を脅し以外に使ったことがないのもまた問題だが。
 
 「で、賭場がどうしたって?」
 「っとそうだった!今賭場が凄い見物みものになってんすよ。若大将も是非見るべきかと!」
 「見物・・・?」
 「ここ群雲の賭場に世界最高の獲物がですね、丁度よくやって、来て・・・まし・・・・・・て」

 尻切れトンボに途切れるツムジの言葉。

 相対する新羅の笑顔は、濃く、深く。

 にぃ’’・・・と唇が弧を描いていた。

 ・・・・・・ヤバイ。

 何がヤバイかって、獲物の命運が。

 戦の最中、幾度か見たことのあるその笑みは、

 巣に掛かった餌を見る、八つ足の笑顔それ

 「へえ・・・・・・それは是非とも、みないとね・・・」

 ・・・・・・すまん、伝説のカモ。骨は拾ってやるから恨まないでくれ・・・

 祟らないでくれと、祈るツムジであった。





 3と、10と、7。計20。対してディーラーは8と6とA。現在15。

 このまま行けば十中八九、いやまず間違いなく勝てる。次に引いたカードが4以下、7以上ならこちらの勝ちだ。敵が勝つ確率は、13分の1、引き分けを合わせても13分の2。

 ベットしたチップの山に目をやる。今日の残り全財産。これに勝てば、負けを取り返せる・・・!

 「引きます」

 誰かが生唾を飲む音が聞こえる。無数の視線に晒されて熱が生まれ、熱膨張の如く高まる緊張感。伝説のカモまさかの逆転!?という声もどこからか、耳に届く。

 ああそうとも、これを待っていたのだ。誰だ、私をカモなんて呼んだ奴は。能ある鷹は爪を隠す。とうとう、私の博才も芽吹く時が来たらしい。さあ今日から全てを取り戻すぞ・・・!

 と、そんな意気込みで見る先。

 ディーラーが束からカードを1枚、引く。

 13分の11。勝率約85パーセント。

 そこに、大金が賭けられている。盛り上がらないはずが、ない。

 カードが、ゆっくりとめくられていき・・・・・・

 衆目の視線に晒されたその表は・・・・・・・・・・・・



   ♣ 6



 「ブラックジャック!!」

 誰かが興奮の叫びを上げ、押し包められた熱狂が大爆発した。

 ギリリ・・・・・・と歯噛みの音。周囲の喧噪がやかましい。・・・おのれ、またしても・・・・・・!

 「お、惜しかったですね、綱手様」

 トントンを抱いたシズネがそう言ってくれるが、負けは負け。覆らない。賭けた金は、戻らない。

 希望に満ちた未来が消えていく・・・・・・

 「あれ?せっかく来たのに・・・もう終わった?」

 綱手が消沈した内心を押し隠していたその時、どうにも呑気すぎる、カジノという場にそぐわない声が耳に届いた。

 それは決して大きな声ではなく――しかし絶対に聞き逃せない気配を放つ・・・声。

 瞬間、静まり返るカジノ。何だ?と疑問に思ったのも束の間。

 「「「オ、オーナーッ!?」」」

 驚愕に染まった絶叫が、その理由の答え。

 ざざっ、と割れる人垣。伝説のカモこの私を一目見ようと集まっていた野次馬が、一斉に道を空ける。

 その先に現れた人影を認めて・・・不審から、綱手は眉をひそめた。

 若い、いや若すぎる男。むしろ少年とくくっても、間違いとは言い切れないような年代。

 ・・・・・・こんな若造が、ここのオーナー?冗談だろう?

 フードの向こうに覗く黒瞳は確かに理知的だが、いくら何でも若すぎるのではないか?

 「ほらほら、そんな緊張しないで。ちょっと野次馬根性出して来ただけだから」
 「若大将・・・そりゃ無理な話じゃないですか?」

 隣の、どうも護衛役らしき男が言う通り、オーナーの突然の登場に固まっている者幾十数名。

 「ふむ・・・まあいっか。さて、お初にお目に掛かります。ここの経営総責任者、笹草新羅です」

 フードを脱いで礼を尽くしてくるオーナー・・・笹草新羅。怜悧な面立ちの中、黒い双眸が細まる。

 「このたびは我がカジノのご利用まことにありがとうございます。おかげさまで多大なる寄付金を頂き、感謝のしようもありません」

 訂正。礼を尽くすかと思ったら、いきなり皮肉が来た。

 ・・・・・・私の掛け金を寄付だなどと・・・言ってくれる・・・!

 青筋が浮かぶ様子を目の当たりにし、あひぃー!とこっそり悲鳴を上げるシズネ。これ以上刺激しないことをひたすら祈っている。

 「・・・そのオーナーが一体私に何の用だ」
 「先ほども言った通り野次馬のつもりで来たのですが・・・もう終わってしまったようですね」
 「生憎、私は見せ物のつもりがさらさら無くてな」
 「しかし、このままお帰りになられてもまったく面白くないですし・・・」

 困ったように、飄々とのたまってくれる笹草新羅。自然、青筋が太くなる。

 「では1つ、ゲームなんていかがでしょう?」
 「ゲームだと・・・?」
 「ええ。互いに10万両ずつ資金として用い、最終的にどちらが上か競う・・・なんてどうですか?」
 「ふん・・・面白そうだな。だが私にはもう金がない」
 「こちらで負担しましょう。元手をオーバーした分はお持ち帰りして構いません」

 その新羅の発言に場がざわついた。綱手にとって有利すぎるルールだ。資金を向こうが用意してくれるというのだから、デメリットが欠片もない。

 「・・・何を企んでいる?こっちにはメリットしかないぞ?」
 「娯楽です。貴方の負けっぷりを見てみたいもので」

 ――空気が凍った。

 ダラダラと冷や汗が止まらないシズネ。静まり返った室内で、騒々しいバックミュージックが耳に痛い。

 「この私を前にして・・・・・・ここまで啖呵を切った奴は、久し振りだ」

 ニィ・・・。口の端が持ち上がり、凄絶に綱手は笑む。

 「いいだろう・・・その勝負、乗った!」
 「娯楽へのお付き合い大変感謝いたします」
 「皮肉も能書きも一切不要だ。ゲームの説明をしろ」
 「そうですね。では説明に入りましょう。種目は・・・・・・ルーレット」





 ルーレットの台を前にして、向かい合う両者。

 「僕は経営者でして、ギャンブルは余り詳しくありません」
 「ふん、群雲一のカジノオーナーの言葉とは思えんな」

 いつの間にかその周囲に踏み台が建てられ、観客がひしめきコロシアムめいた様相となっている。

 「ですので、今回に限っては特殊ルールとして、お互いに玉を放りましょう」
 「何?」
 「5回ずつの計10回。賭け方は自由、配当はそのまま。・・・どうです?」

 新羅の思わぬ提案にまたも場がざわめく。

 ギャンブルにおける新羅の手腕が不明の今、傍目提案した側の新羅が有利に見える。しかし一般には余り知られていないが、それに相対する伝説のカモはこう見えて木の葉最強のくの一であり、コツを掴めばイカサマ程度すぐに習得するだろう。

 そうした思考の末に、綱手は決める。

 「いいだろう。負けた後で吠え面をかくなよ?」

 ――ギャンブルの中で、綱手が自信に定めた約束事。

 忍びの能力を活かした、イカサマをしないこと。

 運に任せるからこそ、ギャンブルは面白い。

 ・・・・・・見抜く目ぐらい持っている。そっちがその気なら、こちらにも考えがあるぞ・・・!!

 綱手の返答に、新羅は一礼。チン・・・と音を響かせてコイントス。

 「どちら?」
 「表だ」

 重ねた手をどけると、絵のある方。

 「表ですね。先攻、どうぞ」
 「若大将・・・どっちでも意味ない気が」
 「ツムジ・・・・・・その小うるさい口を閉じないと首と胴が泣き別れす」
 「全力で黙らせていただきます!!」

 さておき、ベット。最初は無難に赤へ1万両。負けっぷりがどうのと言っただけあり、新羅は黒へと1万。

 綱手がボールを投げ入れ、摩擦を減らされたルーレットは慣性のまま球体を滑らす。

 「おや・・・意外にも手慣れてるようですね」
 「手先は器用だからな。・・・まあ、器用でなければとっくに死んでいるだろうが」

 軽口には、やはり軽口で返すが最良。ペースが乱れる。

 やがてボールが減速し、落ちたポケットは――黒。

 新羅:11万両  綱手:9万両

 「くすくす・・・早速見ることができました」
 「フン、まだこれからさ」

 そう。これはまだ序の口に過ぎない。あと9回も賭けるチャンスは残っている。

 「次は僕の番ですね」

 次いで、ベットする前に新羅は玉を投じた。





 7回目が終了。現在、

 新羅:27万4千両  綱手:3万8千両

 「くすくすくすくすくす・・・・・・いや、楽しいですね。これ以上ないくらい、見事な負けっぷり。適当に賭けているだけで、ここまで勝たせてもらえるなんて・・・」

 言葉より前に、笑い声が癇に障って仕方がない。無性に神経を逆撫でしてくる。

 「っ・・・・・・。まだ、3回もあるぞ?その余裕が、命取りにならなきゃいいがな」

 ・・・・・・冷静だ、冷静になれ。勝てる勝負も、勝てなくなるぞ・・・

 「次はお前だ、早く投げろ」

 せっつくような綱手の言葉に、しかし新羅はボ-ルを弄ぶ。

 「まあ慌てない慌てない。ああそうだ・・・・・・賭け金が無くなったら、その首飾りを賭けていただいても構いませんよ?」

 思わず、シズネが息を呑んだ。そっと綱手の横顔を伺う。

 「・・・・・・悪いが、これは大事な物でな。賭け事に使う訳にはいかん」

 あの首飾り’’’’’を引き合いに出され、綱手の頭が一気に冷えていた。・・・・・・良かった。これなら、少しでも目が・・・・・・

 冷えたから勝てると思うほど、シズネの付き人生活は短くなかった。

 と、新羅が口元を歪ませた。

 ・・・・・・さっきまでと、笑みの種類が違う・・・?なにか、厭な感じが・・・・・・

 「そうですねぇ・・・・・・それは大事な物ですよねぇ・・・」

 妙に引っかかる間の伸ばし方。綱手が疑念を口にする前に、玉が投じられる。

 それはごく自然な意識誘導。反射的に視線はボールを追い、頭は独りでに確率を分析し始める。

 そこに生じた――否。作り上げた’’’’’意識の間隙を縫うように、

 「魂二人分は重いですよねぇ’’’’’’’’’’’’
 「っ!!?」

 新羅の囁きがあやまたず・・・

 心的外傷トラウマを――――――刺し穿った。

 言葉の意味を理解してない外野は、ただ首をひねり、ゲームの続きを気にするだけ。

 しかし8回目・・・・・・最後まで、綱手が動くことはなく。

 「おや、賭けないのですか?・・・残念、時間切れです」

 赤に落ち、また新羅のチップが増えた。

 依然として飄々とした態度を崩さぬ新羅と裏腹に、綱手は、歯を砕かんばかりに食いしばっている、蒼白な表情。

 「綱手様・・・」
 「・・・・・・大丈夫だ。ただ、気を付けろ」

 気遣う付き人に、それだけを返す。

 今の、発言・・・・・・。

 どういう訳か、目の前のオーナー・・・まだ若造と呼んでもいいようなオーナーは、私の過去を知っている。・・・・・・あの話を記憶に留めている人間は限られているが・・・誰だ?誰が話した?自来也・・・・・・ない。色事にはあちこち捻子の外れた大馬鹿だが、みだりに人のプライベートを話すほど分別のない奴ではない。ならば、大蛇丸?あいつなら面白半分で口にしてもおかしくはないが・・・・・・私に対して有効打を取れる手札をみすみす晒すとも思えん。・・・・・・残るは、里の上層部か?くそ・・・。一体誰が話した!?

 「ほら、貴方の番ですよ」

 嗤いながら私の前にボールを置く新羅。・・・・・・腹立たしい奴だ。しかし、この笑みは・・・

 「・・・・・・どこぞの蛇のような笑い方だな」
 「!?」

 ポツリと漏らした私の言葉に劇的な反応――ショックで打ちひしがれている――を示した笹草新羅。・・・・・・そこまでショックだったか。いや、ショックだろうな・・・

 この様子からして、大蛇丸のことは知っているようだが。

 「蛇・・・僕が蛇・・・・・・あんなオカマと・・・変態と一緒にされた・・・・・・」
 「あの、若大将?若大将はどっちかっつーと、蛇じゃなくて蜘蛛な気が」
 「・・・・・・ツムジ」
 「はい?」
 「減俸5割」
 「なっ・・・・・・かっ、考え直してください若大将っ!」
 「青大将って呼ばれてるみたいでヤダ」
 「そんな!?」

 ・・・・・・何なんだこの主従は・・・

 目の前の遣り取りに状況も忘れて、内心ごちる綱手だった。

 「――コホン。続きをどうぞ」
 「あ、ああ・・・」

 仕切り直しとばかりに咳払いし、睨み付ける新羅の妙な気迫に押され玉を放り・・・・・・放ってからどこに賭けるか考えてないことを思い出した。

 ――ぬかった・・・・・・!私を引っかけるための芝居だったか・・・・・・くっ、役者め・・・!

 実を言うと新羅もとい刹那は完全に素であり、綱手の身勝手な被害妄想に過ぎなかったことをここに記しておく。

 咄嗟に黒に賭ける綱手だったが、玉はあろう事か0に落ちた。緑である。

 9回目。勝者無し。

 新羅:21万両  綱手:2万両

 「ほんっとにギャンブル弱いですね・・・・・・確率2分の1をこれでもう5回も」
 「うぐ・・・・・・か、かくなる上は・・・」

 赤の5。残りチップ全て、1枚賭け。

 当たれば36倍、72万両。

 「37分の1に賭けますか・・・」
 「外れればそれまでだ。元々損はない」
 「・・・つまり、当たれば大当たり、と」
 「・・・?何が言いたい」
 「つまらないこと聞きますが・・・賭け事で大勝ちしたことは?」
 「・・・・・・無いこともない」

 伝説のカモの勝ったことがあるというセリフに沸く場内。どよめく。

 が、新羅は成る程・・・と呟くだけ。・・・・・・気味の悪い奴だ。ここは周りのように驚くなり、冷やかすなりが妥当だろうに。

 こちらのトラウマを突いてきたかと思えばそのまま畳み掛けるでもなく、かと思えば芝居を打って来る上、問いに答えればおよそ一般的とは思えない反応をする。

 まともな思考回路でないことは確かだと、綱手は思った。

 「神社に、おみくじってあるじゃないですか」

 突然話し始めた新羅に、首を傾げる綱手。

 「あるが・・・それが何だと言うんだ?」
 「あのおみくじ・・・なかなか『凶』が出ないんですよね」
 「・・・・・・?」
 「やっぱり神社も商売ですからね。『凶』より大吉が出た方が参拝者も喜ぶでしょうし、また次も来ようって気にもなりますし」

 ・・・・・・こいつは、何の話をしている?

 「でも確率的に言うと、『大吉』よりも『凶』の方が数が少なくて、『幸運』なんですよね。形としては『凶』なのに」
 「・・・・・・・・・」
 「じゃあ逆に考えてみると、『ハズレ』るのが普通の人が時たま大『アタリ』した場合・・・・・・それは本当に『幸運』なのかな?」
 「――っ!!」
 「形としては『アタリ』だけど・・・・・・発想を逆にすると、それは最大の『不運』じゃないのかな?」
 「っ・・・・・・ぁ」

 ――頭の中が、その一言で掻き乱される――

 新羅が、玉を放った。

 音はない。いや聞こえない。心臓の音だけが鼓膜を叩く。

 目は、勝手に玉を追う。耳は何も聞き取ろうとしない。流れる冷や汗が、気持ち悪い。

 1周、2周、3周。ボールが回る、廻る。

 時が緩慢だ。いや違う、認識が遅いだけ。時はいつも、遅くなりなどしない。

 ――そう、あの時も、あの時も、いつだって――



 カラン・・・・・・。玉、が、落ちた。



 パチ、パチ、パチ、パチ・・・・・・。拍手の、音。



 「おめでとうございます’’’’’’’’’’

 新羅の、高くも低くもない中性的な声が、頭の中でひび割れたように鳴る。

 「赤の5’’’大当たりですよ’’’’’’’

 ああ・・・・・・

 はっきりした。

 こいつは、人の精神を追いつめることにかけては・・・・・・大蛇丸以上だ。

 「さあ賞金です。元金の10万を引いた62万両。どうぞお持ち帰り――」
 「そんなはした金、くれてやる!!」

 ガタン!と椅子を蹴立てて立ち上がった私は、奴を一顧だにすることなく店の外へと出ていった。

 「ふむ・・・でも負けた僕がもらうのも何だよね。それじゃ、拾った者勝ちだ!」

 背後でそんな声と、チップをぶちまける音。途端溢れかえる熱狂。

 それら全てを背に受けながら、綱手はカジノの外へ出た。





 あの喧噪が嘘のように静かな、夜の群雲市街。空の三日月が、嗤った唇みたいで癪に障った。

 「綱手様・・・・・・」

 追いかけてきたシズネ。ダンの姪で、私の付き人。

 耳慣れたその声と、いつの間にか近くにあることが普通になっていたその気配。

 ・・・・・・ようやく、頭が冷え・・・心も落ち着きを取り戻してきた。

 そうして巡り始める綱手の思考。

 後に5代目火影にまで上り詰めるその頭脳は、これからすべきことを瞬く間に導き出す。

 「・・・見張りを頼む」
 「!――はいっ!」

 トントンを置いて、闇に紛れるシズネ。今の一言で、私の言いたいことは察したはずだ。

 「報復・・・では大人げないな。だがあんな失礼なガキには、きっちり仕置きしてやらねば」

 せいぜい・・・・・・覚悟していろ。

 





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
感想少ないとか言ったくせに投稿の遅れたゆめうつつでした。
いや、実は予想外に長くなりすぎまして、このお話。ここで一旦区切りました。逆に、次短くなるような気がしないでもないような・・・。

ザクロさん、お待たせでした。しかしまた切ってしまっていたり・・・スミマセン。

gnakさん、34話、実はないことに気付いて入れようとしたらアルカディア休止となっていたんです。そしてなかなか書き上がらない次話。おかげでこんな遅くになってしまいました。

まるまるさん、はい。綱手との話です。続いてますけど。 刹那の分身は本編時間軸で2体です。新羅と砂にいる分だけですね。・・・今は。

我が逃走さん、実はゆめうつつ、薬を話に出すべきか非常に迷っていたのです。ホントに。でもほかに良い資金稼ぎの案が浮かばなくて・・・。あ、薬の話はしっかり書きますので、ご安心を。

野鳥さん、その通り。麻薬じゃないのでGOです、GO。詳しい説明は今後をご期待ください。

ニッコウさん、・・・いえ、二回書くという問題ではない気が・・・。さておき、いつもいつもありがとうございます。現状では風影死亡フラグ、そのままでもへし折っても良いかな~、と、考えていたり。

ttさん、う~ん。作品の続き的に答えにくい感想ですね。いえ、感想はとても嬉しいです。う、嘘じゃないですよ?


やはり感想をたくさん頂けるとゆめうつつのモチベーションも上がりますね。気合いが違います。
これからも、是非ごひいきにお願いいたします。

(誤字修正いたしました。黒騎士さん報告ありがとです!)



[5794] 36 回想 鴨侵入!
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/04/12 15:57
 


 簡素で安上がりなデスクに腰掛け、いつものフードを被った新羅は暇そうに、コツコツと指で机を叩く。
 
 「はっきり言おうか、ツムジ」
 「何です?藪から棒に」

 傍らに立つのは護衛であるツムジ。こちらもこちらで手持ち無沙汰らしく、片手で薙刀を遊ばせている。退屈を持て余していたので、話題の提供はありがたかった。

 「この建物、最悪今夜中に倒壊するから、そのつもりで」

 それが不吉極まる爆弾発言でさえなければ。

 「はあ?何馬鹿言ってんですか」

 しかしまあツムジも慣れたもので、ボケに対するつっこみのように悪態をつけて返す。

 キィ・・・と椅子を鳴らして、新羅は背もたれに身を預けた。

 「昨日の、伝説の鴨だけど」
 「ああ・・・ありゃ噂以上の負けっぷりでしたね。今思い出しても・・・ウププ」

 言葉通りの思い出し笑い。否定可能な要素がないので何も言わないが、新羅もあの運のなさはどうかと思っている。

 10球目は、ともかくとして。

 「実は彼女、各国でも恐れられる伝説のくの一なんだ」
 「・・・・・・。いやいや、冗談は時と場合と相手を選びましょうよ。俺なんかに言われても面白い反応はできませんって」
 「へえ。何で冗談だと?」
 「だってあの格好のどこが忍者なんですか?手裏剣も何も持って無かったですよ」
 「それは偏見だよツムジ。投擲が得意な忍者もいれば剣術が得意な奴もいる。忍術、幻術、体術・・・忍びの得意技は千差万別。忍びの力は千変万化。それで言うと、彼女の得意技は接近戦の体術だね」
 「・・・何でそんなに詳しいんですか、若大将?」
 「あ、知りたい?そうかそうか。それだけの覚悟があるなら是非とも教えて」
 「すいませんでしたすいませんでした結構でございます!!」
 「・・・根性無しー」

 まあ、いいか。素晴らしい土下座が見れたからそれに免じて許してあげよう。

 「で、ここからが本題なんだけど」
 「回りくどいですね・・・何すか?」
 「しっかり護衛の役割果たしてね?」
 「・・・?いや、そりゃ当然ですけど、何でまたそんなことを?」
 「あっはっはっはっは。聞きました?当然だそうですから、さっさと出てきてください」

 へ?とツムジが新羅の言葉に間の抜けた声を上げた直後。

 ――ズガンッ!!

 途方もない打撃音がして、天井部分が梁ごとへし折られぶち壊されバラバラと部屋の中に降りそそいだ。

 同時に降りてくる、2つの人影。

 「ふん・・・私らの気配に気付いてたか。やはり一般人とはかけ離れているようだな」
 「こんなところから侵入する私たちがいうのも何ですが・・・」

 もうもうとほこりが立ち上る中、床にばらまかれた木材を踏みしだき現れたのは伝説の鴨。

 しかしてその実体は伝説の三忍が一人、最強のくの一との呼び声も高い綱手姫がその人である。

 もう1人は付き人のシズネだが、子豚のトントンは宿でお留守番だった。

 「やあいらっしゃい。一日ぶりですね」

 目の前の状況を見て笑顔を崩さない新羅がツムジは信じられない。

 「若大将、何でんな平然と出迎えてんですか?」
 「ツムジ、客を前にその態度は失礼だよ?」
 「どこの世界に天井突き破ってくる客がいんですか!?つかそれを客扱いしてどうするんっすかぁ?!」
 「やだなあ。戦力的に絶望的だからに決まってるじゃないか」
 「若大将ぉぉぉぉぉーっ!?」

 ツムジの悲哀な絶叫が、群雲の星空に吸い込まれていった。





 ・・・な、何だか全然他人事に思えない・・・

 目の前の二人のやりとりに、シズネは内心ものすごくツムジに共感を覚えていたりした。

 まだ自分が付き人になって間もない頃、綱手の傍若無人っぷりにどれだけ悩まされていたことか。

 今でこそある程度の配慮をしてもらえるようになっているが、当時は振り回されっ放しだった。

 丁度今目の前の護衛と同じような感じで。

 しかし綱手にしてみれば恋人の面影を残す付き人にどう対応したらよいのか分からなかったという言い分があるのだが、そんなこと言われたところで下っ端に何ができるという訳でもなく、結局は時間と共に解決する他無かった。

 ツムジの平穏への道はまだまだ遠そうであるが。

 ・・・ある意味凄く懐かしいような。

 そんな感慨にとらわれるシズネをよそに、綱手は傲然と笑って状況を進める。

 「ふん、そう言う割には随分余裕があるじゃないか。今日は何を企んでいる?」
 「買い被りすぎですよ。それに企むも何も、乗り込んできたのはそちらでしょうに」

 全くもってその通りだと、とある付き人2人は思ったという。

 「こんな木の葉と縁もゆかりもなさそうなマフィアのボスが、何だって私の過去を知ってるのか気になってな。わざわざシズネに家を調べさせた。無関係な町人に迷惑をかける訳にもいかんからな」

 カツカツと靴を鳴らして綱手は新羅の座るデスクへ歩み寄る。ツムジが得物を構えようとしたが、新羅は片手を上げてそれを制した。

 「相手するだけ無駄骨。骨折り損だから手を出すな」
 「あのー・・・それじゃ俺の居る意味は?」
 「この人相手じゃ、紙で作った盾ほどにも役立たないね」

 ・・・あ、部屋の隅でいじけちゃった。ていうか昨日から思ってたけど、まともにこの子の相手にしてたら精神的ダメージが馬鹿にならない・・・・・・

 「度胸がいいのか、それとも馬鹿か?私相手に丸腰とはね」
 「喧嘩じゃ百人用意しても絶対勝てませんから。用意するだけ人員と資金をどぶに捨てるのと同義ですし。で、僕に聞きたいことでも?」

 ・・・す、凄い・・・!

 この期に及んでふてぶてしい態度が減じもしない新羅に、危うく尊敬を覚えそうになるシズネ。昨日がなければその精神力に感動していたかも知れない。・・・昨日がなければ、だが。

 「・・・私の過去、一体誰に聞いた?答えろ」
 「くすくす・・・教えるメリットありませんから」

 ドゴォッ!

 新羅の前にあったデスクが、綱手の一撃を受けて砕け散った。しかしその末路を目にして尚、新羅は笑みを保ったまま。

 「大蛇丸の奴と違って、拷問は余り得意じゃないのでな。死んでも知らんが・・・どうする?」
 「んー・・・そうですね。痛いのは好きじゃないですし、無条件で教えるのも悔しいし・・・」

 のらくらと言葉を連ねる新羅の襟首を、綱手は掴み上げた。半ば宙に浮く姿勢となり、ツムジがとっさに動こうとするが、新羅に視線だけで止められる。

 と、言うか。止まらざるを得なかった。その目を見た瞬間、ツムジは経験的に理解した。

 ――あ、ヤバイ・・・と。

 「選り好みできる状況だと思ってるのか?あ?」

 三忍の気迫も何のその。全く変わらず新羅は言う。

 「くすくすくす・・・それじゃ、また賭けて決めましょうか」
 「・・・イカサマの入る博打など興味がないな。そもそもお前の提案を呑んでやる義理もないんだよ」
 「別に賭けても失うものはありませんよ?むしろ、賭けないと失うかも知れませんが」

 はあ?と3人共々、こいつ何言ってんだ?みたいな目に。

 「いや・・・若大将?意味分かんないんすけど。賭けないと失うって博打的におかしくないですか?それに賭けても失わないって、博打の意味あるんすか?」
 「あるからこうして提案しているんだよ。さて、その肝心のチップですが」

 フードの奥で、新羅の赤い唇が言葉を紡ぐ。

 その言葉を、綱手は止めることができた。しかし博打ならざる博打に好奇心をそそられ、止めることはなかった。

 生来の賭け好きに興味を持たせた瞬間、新羅の策は成功していたと言える。

 「賭けるものは――――『信頼』」










 互いの付き人(この場ではツムジとシズネ)が試合形式で勝負を行う。賭の内容は、ただそれだけ。

 当然勝った方の組が勝ち。ただし、あくまで賭け事のお遊びなので殺してはならないというルール。

 「伝説の三忍、綱手姫。貴方は自分の付き人の勝利を信じられますか?」
 「当前だ」

 口ではそう答えても、まんまと乗せられてしまったと綱手は心中苦虫を噛む思いだった。

 否定それすなわち、自らの付き人を疑っていることと同義。かつての恋人の姪に、たとえ心では信用していると言っても、ここで否定するのは心苦しく――できなかった。

 否定ができるなら、わざわざ賭けをすることなく叩きのめすだけですんでいたのに。

 つまり、新羅が口にした瞬間賭けに乗らないという選択肢は失われていた。自らの賭け好きが、付き人に余計な労働を強いてしまったことに、僅かながら後悔を覚えた。

 しかし、と綱手は黙考する。

 シズネは仮にも上忍であり、木の葉の誇る戦力が一つ。忍びでもないマフィアの護衛一人、医療忍者ということを差し引いても勝ちは揺るがない――はずなのだ。

 ・・・その程度は百も承知だろうに、何を考えている?

 疑念は、そこ。勝算もない勝負を仕掛けてくる奴とは思えない。昨夜のルーレットにしても、ゲーム上の勝敗はともかく精神的な揺すり合いで完敗を喫したのだ。

 とは言え自分達の関係にひびを入れる訳にもいかず、結局は勝負を受け入れざるを無かったのだが。

 「いやあの若大将何を言ってますですか!?」
 「彼女と戦え。以上」
 「以上じゃないでしょうがっ!死ねと?ここまで一生懸命仕えてきた俺に死ねと!?」
 「死にたくなければ勝てばいいじゃないか」
 「何なんっすかその米がなければ団子を食えばいいじゃない的なセリフは!?」
 「博識なのはいいことだけど、負けたら減俸五割ね」
 「言葉の前後が繋がってない上に合計十割!?今月の給料がぁ?!」
 「半年」
 「ご勘弁をぉぉぉぉっ!!!」

 ・・・・・・勝てそうだな。










 最終的に折れたツムジが泣く泣く同意して試合の場は設けられた。家を壊したくないので、裏路地の先にある広場で。

 「・・・手間をかけさせるな」
 「いえ・・・私は、綱手様の付き人ですから」

 そこへ向かう途中での、会話。

 「それに私だって忍びなんですよ?あんな木偶の坊には負けません」
 「だといいんだがな。お前の実力は承知しているが、あの新羅という奴が何を考えているのかが分からん」
 「・・・綱手様のことを知ってるぐらいですから、私のことも当然知ってる、ですよね?」
 「ああ、そうだ。だがその上で自分の部下とお前を戦わせようとしている。・・・明らかに不自然だ。何かあると考えていた方が良い」
 「分かりました。注意します」
 「頼んだ」





 到着した広場では不良っぽい連中が多数生息していたが、新羅の顔を見た途端血相を変えて散っていった。

 「恐れられてるな」
 「んー、敵対しなきゃ何もしないのに」

 敵だったら何かしてたらしい。

 「では賞品の確認をしますね。シズネさんが勝てば僕は洗いざらい喋る。ツムジが勝てば何も話さない。いいですか?」
 「ああ、それでいい。だが、約束を違えれば――分かるな?」
 「くすくす・・・ツムジが負けたらちゃんと話してあげますよ」
 「勝ったら話さない、か。・・・身体に聞く手もあるんだが?」
 「おや、付き人の勝利を信じてないと?」

 食えない笑みでのたまう新羅。嫌になるほど恐ろしく知恵の回るガキだ。舌先三寸で逃げ場を無くす、その在り様はまさしく蜘蛛。

 カジノでツムジとやらが言っていたのも頷ける。

 「ツムジー、手加減抜きだよー」
 「遠慮はいらん。やれ、シズネ」

 そして戦う当人達はと言うと――

 「頼む!俺の給料のために負けてくれ!」
 「すみません。立場に同情はしますが、私は綱手様の付き人ですから」

 試合前とは思えない会話をしていた。

 ツムジは負ければ減俸五割が半年と必死。

 シズネは勝てば無条件で情報が手に入るとやる気十分。

 自分のため、主のためという違いはあれど、互いに勝ちは逃せないものだった。

 「準備はいいかな2人とも。それじゃ――――始め!」

 新羅が合図を下し、戦いが始まる。

 国の軍事力たる忍びと、新羅に目を付けられし護り手。

 背負うものは違い、目指すものも異なる両者。

 本来ならすれ違うことすらなかった2人が、今ここに相まみえ、激突する。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
おかしいな 話続いた 如何せん ――ゆめうつつ。

五・七・五でこんにちはのゆめうつつです。・・・続いてしまった回想綱手編。次は対決から証明書まで、一気に行きたいと思っております。問題は・・・戦闘描写が上手く書けないのですよ。何かコツとかないのですかねぇ・・・?



[5794] 37 回想 鴨決着!   (最後にちょっと大切な一言付加)
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/05/01 11:23


 夜の群雲。月の下にて一組の男女が向かい合う。カップルの様な睦まじさは2人の間になく、剣呑な瞳を互いへと向けていた。

 先に動いたのは女――シズネ。遠慮は要らない、その言葉通り、常人には目視すら不可能な忍びの速さを以て向かいの男、ツムジへと迫る。

 勝算は大いにあった。目の前の男とその上司の会話から、ツムジが忍びでないことは明らかだった。

 故にこそ忍びの全速にてツムジの背後に回り、手刀の一撃で早々に勝負を終わらせようとする。肩に薙刀を預けたまま、ツムジは微動だにしていない。

 (これで、終わ――っ!?)

 後は手刀を振り下ろすだけという段階になって、初めてツムジが動いた。右肩に担いでいた薙刀を、勢いよく真下へ振り抜き、

 薙刀の柄が円運動により、背後のシズネへと強襲していた。

 「くっ――」

 スウェーバックで身体を背後へ反らし、片手をついたバク転により辛うじて柄を躱したシズネは、驚愕の面持ちで一旦距離を取る。

 「貴方・・・忍びだったんですか?」
 「んなわけねぇだろ」

 否定の即答。しかし今の動作を見て、シズネはその言葉を信じる気になれない。

 忍びとそうでない者とでは、身体能力の優劣に差があり過ぎる。体力、腕力、脚力、反射神経、動体視力等が上げられるが、どれ1つ取っても忍びに勝敗が傾く。

 だが、ツムジはその理論に反する、異様な反応でシズネの一撃を察知しあまつさえ反撃を加えた。それだけでも忍びと考えるのは、当然の成り行き。

 「ならば、貴方が忍びのつもりで相手させて頂きます!」

 数枚の手裏剣が緩やかな弧を描き多角攻撃を仕掛けるが、ツムジは一目見た後の一振りで全て叩き落とし、嘆息する。

 「あーやだやだ・・・これだから強い上に油断しない相手は苦手なんだっての」

 ぼやくツムジにはどことなく諦観が漂っている。が、自然体をどこまでも崩さない。・・・戦い慣れている。

 薙刀を振った後の隙を狙ってまた背後に回り込むが、頭頂から両断せんと風斬り音と共に刃が落とされ、身を捻って躱したところに蹴りが飛び――

 「っ!?」

 尋常ならざる強力にシズネはガードした上で5、6メートルは軽く吹き飛ばされた。・・・っ、これで忍びじゃないとか、絶対嘘です!





 2名しかいない観客の1人、綱手は目の前で繰り広げられる光景に目を見開いていた。

 「何だあいつは・・・・・・雲隠れの忍びか?」
 「忍びじゃありませんよー」

 もう1人の観客が緊張感なく答え、そのおざなりな返事が綱手の驚愕から取って代わった苛立ちを煽る。

 「だったら何だと言うつもりだ?シズネの瞬身に反応し、更にはあの蹴撃の威力・・・忍び以外の何がある!?」
 「頭が固いですね。別に忍びじゃなくてもチャクラは使えるんですよ?」
 「なっ・・・」

 その一言で、綱手は悟った。笹草新羅が、何をしたのか。

 悟ったが故に綱手は正気を疑う。

 「どういうつもりだ・・・貴様、何をする気だ?」
 「勝敗云々は別にして、会話のテーブルぐらいは用意しますが?」
 「・・・いいだろう。情報の入手経路共々、洗いざらい吐いてもらおうか」

 それに新羅は笑むだけで答えなかったが、気にするでもなく綱手は観戦に戻る。仮に賭けを反故にしようとしたならば、その時はその時。後悔という言葉を文字通り叩き込んでやれば

いい。

 ・・・多少チャクラを使えたところで一般人に変わりはない。忍びの力を教えてやれ、シズネ。





 ・・・っ、攻めきれない。

 しかしながら綱手の期待とは裏腹に、シズネの胸中は驚きと焦りで満ち溢れていた。

 速さで攪乱、飛び道具で死角を狙うなど、幾度となく攻め手を変えてみたものの、暴風の様な薙刀の嵐に全て叩き潰されている。

 膂力の凄まじさよりも称賛すべきはその刀技。回転に次ぐ回転。円運動は長物における基本とはいえ、近寄ることすらままならない速度と、威力。・・・ここまでの使い手を、例え忍び

の世界を含めても、シズネは知らない。

 笹草新羅が護衛に抜擢するだけはある、達人たる実力を備えた、まさに強者だった。

 ・・・けど。

 勝てないかと言えば、そうでもない。

 自分は医療忍者であり戦闘における基本は後方支援。矢面に立つことは少ないが、これまでの戦闘データを分析し勝つための方策を組み立てている。

 視界の隅を刃が通り過ぎる。そこに間を置かず柄が振るわれ、躱したと思ったら再び刃が迫り来る。

 これ以上は捌けなくなってきたので、下がる。距離を取る。

 ツムジは――追ってこない。

 「・・・はあ、もう一息だったのによ。いいかげん決めさせてくれ」
 「それなら、追撃すればいいじゃないですか。何故しないんです?さっきから何度も何度も、チャンスはありましたよ?」
 「アホぬかせ。忍びの足に追いつけるかってんだ。こちとらただの馬鹿力よ」

 ・・・何となくそんな気はしていたが、自分からばらすとは思わなかった。チャクラを身体に割り振っても、強化する使い方しかできないらしい。それも完璧には程遠いレベルだが、技で補っ

ているようだ。 おかげで目算が立った。フェアではないと思って使わなかったが、忍びの本領を発揮させてもらうとしよう。

 「悪く、思わないでくださいね」
 「あ?」

 ――忍法・毒霧。

 吸い込んだ息が吐き出されると同時、チャクラにより呼気が有害な化学物質へと変換され、逃げる間もなく濃密な噴霧がツムジを呑み込んだ。

 殺してしまうのはルールに反するので、成分は揮発性の高い麻痺毒。すぐに大気と混ざり分解されて消えてしまうだろうが、一息でも吸った瞬間勝負は決まる。

 これが、ただチャクラを扱う者と忍びの差。大蛇丸に言わせるなら、忍術を扱う者との差。いかに異常な筋力を備えていようと、その程度の拮抗術一つで容易く覆される。 

 数秒の後に毒で象られし霧が晴れ、うつぶせに倒れたツムジがその中から現れた。

 「つ、ツムジ!?」
 「大丈夫です、ただの麻痺毒ですから」
 「・・・シズネさん、解毒と介抱をお願いします」

 怪しげな毒で倒れたことに変わりないので、新羅が心配そうな声音で救助の旨を伝えると、シズネと綱手は在ってはならない様なモノでも見るような眼を新羅へ向けていた。

 あの新羅が、

 悪魔のように人を弄りまくる新羅が、

 部下とは言え人の心配している・・・・・・っ!!?

 「・・・シズネさん?」
 「え・・・あ、はい!」

 驚天動地にも程がある事態に半ば自失していたシズネは、新羅の声に慌てて倒れ伏すツムジへと駆け寄った。

 「ふ・・・賭けは私の勝ちだな。約束通り、話してもらうぞ」
 「ああ、そのことですけど――」
 「?」










 「――誰が負けたなんて言いましたか?」










 なっ・・・と綱手が動揺から立ち直る前、その会話を聞き逃したシズネがツムジの許へたどり着いた直後、

 まだ解毒されていない’’’’’’’’’’ツムジがシズネの足を柄で払った。

 ・・・・・・え?

 動けないはずの人間が動き――意識の虚を完璧な形で突かれたシズネは一瞬にも満たない滞空の中で、

 頭上から打ち落とされる剛刃を、見た。

 ―-シズネェっ!

 耳に届いたその声を聞いて、ああこの人の付き人で良かったな、と思って。

 意識は暗闇に墜とされた。









 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

 目を開けると、明るい天井を背景にどこかで見たような顔の男がいた。

「おー、やっと目ぇ覚ましやがった」
 「・・・・・・へ?」

 ガバッと椅子を並べただけのベンチから飛び起きたシズネは、上忍としての状況把握能力を漏れなく発揮し、ぺたぺたと自分の体を触って感覚の裏付けを取る。

 「い・・・生きてる?あれ?私、ツムジさんに斬られたんじゃ・・・」

 斬るというか、断ち割るというか。

 シズネの疑問に種明かしするのはツムジだ。

 「真剣でもねぇのに斬れるわけねぇだろうが」
 「・・・・・・え?あれ、刃引きしてあったんですか!?」

 護衛なのに?

 そう聞くと、途端にツムジは渋い顔になった。

 「あ~・・・あれな、あの薙刀な、若大将ってあれでなかなか敵多いからよ」
 「いえ、そこは全然驚くに値しませんが」

 あの性格だし。自分たちだって目的は違うけどその口だし。

 「暗殺者ってたまに来るんだわ。そこで俺の出番ってことになんだけどよ、死人に口無しって言うだろ?殺しちゃなんも聞き出せねぇんだよ」
 「・・・暗殺者って、そんな簡単に口割るんですか?」
 「そりゃ・・・・・・若大将だからってことで」
 「・・・・・・なるほど」

 何の説明にもなってないのに納得してしまう。・・・納得せざるを得ない、というか。

 疑問が一つ片付くと、シズネはそれよりもっと重大な案件があったのを思い出した。

 「・・・一つ、聞いていいですか?」
 「俺の好みのタイプか?いいぜいいぜ教えてやる。まずは黒髪でだな」
 「違いますっ!そうではなくて、何で私の毒霧受けて動けるんですか!?」
 「・・・・・・さあ?」

 目を逸らして前触れなく口笛を吹き始めるツムジ。白々しいことこの上ないどころか口笛すら音になっていない。

 「・・・毒殺してあげましょうか?」
 「待て待て待て!言っていいかどうか知らねーんだ。特にこのことはよ、許可なく言えねぇっつうか言いたくないっつうか・・・」
 「じゃあ、許可があればいいんですね?」
 「許可取り行くぐらいなら若大将から直接聞いてくれ。その扉の向こうに、綱手だっけ?そいつと一緒にいるから」

 綱手様と・・・?・・・・・・そう言えば、話し合いの場を用意するとか何とか聞こえた気が・・・










 「・・・刃を潰していたとは、舐めた真似をしてくれる」
 「最初に殺しはダメって言いましたよね?」
 「確かに言ったが・・・今後はその言葉すら疑うつもりだ」
 「くすくす・・・・・・いい心がけです。忍びは裏の裏を読めと、言いますしね」

 ・・・・・・全くだ。

 先刻の、あの勝負。

 新羅は確かにツムジとシズネの一対一だと明言した。言葉通りサシで始まりサシで終わったが、アドバイスもなし’’’’’’’’とは一言も言っていな

い。 ツムジにシズネの毒が効かなかった訳も聞いた。突拍子もないが、的を射ているのも確か。論理的に正しく、それ故に忍びの基本を怠ったがための敗北は、受け入れるしかなかった



 芳醇に香る紅茶を出されたが、こいつの前で最早飲む気にはなれなかい。

 用意された会話のテーブルとやらで、綱手と新羅は片や脱力片や呑気に、ティーカップを前にしていた。ケーキも一応置いてある。1ホール。カット前だが。

 「で、こうして席は用意しましたが、聞きたいことって何ですか?情報ラインについては教えられませんけど」
 「それはもういい。仮にも賭け事だからな。・・・・・・また同じようなことがあれば、話は別だが」

 ・・・・・・これ以上下手につついて、鬼を出したくないしな。蛇だったら余計に嫌だ。

 それに、聞きたいことは別にある。

 「あの男にチャクラを教えたのは、貴様だな?」
 「そうですね。軽く手ほどきしただけですけど」
 「・・・何が狙いだ。忍びに仕立て上げる気がない貴様がチャクラを教えて、何をするつもりだ」
 「よく分かりましたね。確かに、忍びを育てる気はありませんが・・・どこで気づいたので?」
 「ふん・・・・・・あのツムジとかいう男、あいつの戦い方は侍やそこらの傭兵と同じだ。腕前云々はともかく、チャクラを扱うという一点を除いてな」

 少なくとも、忍びの戦い方でなかったのは確かだ。

 感心したように、新羅は首を縦に振る。

 「そうですか・・・・・・ふむ、ではそれに答える前に、一つ聞きましょうか」
 「何だ?」
 「忍びが国の軍事力であるというシステム。・・・伝説の三忍である貴女は、これをどう思いますか?」
 「・・・質問の意図が分からんな」

 どうとでも取れるし、システムはシステムだとも言い切れる。質問するなら、もっと明確な形にしてもらいたい。

 「・・・・・・忍びは、強いですよね」

 ズ・・・と紅茶を口に含んで、新羅は虚空を見上げた。

 「そこらの一般兵百人が徒党を組んでも、優秀な上忍一人いれば片付いてしまう。時間をかければ、中忍にも可能でしょう」

 カチャ、とカップを置いた新羅はケーキナイフを取って、切り分け始める。

 「何故、そんなにも力の差あるのか。答えは忍びなら誰でも知っています」

 ――チャクラ。

 自然現象のみならず、魂や物理法則にまで影響を与える万能のエネルギー。

 「個々がそれほどまでに強いんですから、国がそれに頼るのも当然です」

 ・・・・・・何を、こいつは言おうと、している・・・?

 綱手の背に、じわ、と汗がにじんだ。新羅から、得体の知れない気配を感じて。

 「だから国の戦力は忍びに集中して、侍の役目はせいぜい飾りか盾ぐらいの意味しかない。貴女が相手なら、あのツムジでさえ時間稼ぎにもならない」

 威圧感ではない。圧迫感でもない。恐怖?それこそ違う。

 この感覚は、そんなモノではない。

 「隠れ里・・・木の葉は、まだいいです。国が裕福で、忍びの数も九尾で減ったとは言えまだまだ多く、質も高い。学費さえ払えば、何不自由なく下忍任官まで行ける。けど霧隠れな

んかでは、つい最近まで卒業試験に殺し合いがあった。大国に挟まれた小国では、戦となれば多くの忍びが争い、殺し合い、死んでいった。一般人にも犠牲は出たでしょうが、その多く

は忍びで、忍びばかり。何故でしょう’’’’’’?」

 特に情感を込めているわけでもない、淡々と紡がれる声は、耳をすり抜けて直接脳髄に刻まれるかのように鼓膜を叩く。

 ・・・・・・いかん、この私が、呑まれている・・・!

 鳥肌が止まらない。背筋をゾクゾクとした感触が走り抜ける。

 「――理由は、唯一つ」

 笹草新羅が、この世の常識に手を掛ける。

 「強大な力を持つのは忍びだけという世界の仕組みシステム

 ――正体を掴んだ。

 「となれば、何をすれば良いのか」

 ――幼少の頃、偉大なる先人の戦いを語られた時に身を包むモノ。

 唯の一人で世界に影響を与える者だけが持つことのできる絶対的な心酔力。

 「簡単だ。システムを崩せばいい’’’’’’’’’’

 其処に在るだけで総てを圧する存在感――――!










 はた、と気付いた時には、元に戻っていた。あの存在感は欠片も持ち得ずに、切ったケーキをフォークでさらに小さくして口に放り込んでいる。

 ・・・・・・白昼夢・・・・・・?

 一瞬、そうも思ったが、違う。この背を濡らす汗は本物だ。

 ・・・・・・これは、とんでもない奴を相手にしたかもしれんな。

 「・・・そう、例えば、貴女の背負う二つの魂。彼らが死に至った真の原因が、そのシステム」
 「っ・・・・・・御託は、いい。笹草新羅、結局のところ、貴様は何を言いたい!?」
 「忍びに代わる戦力の調達」
 「な・・・に・・・・・・?」

 こともなげに出された答えは、ここまでの流れでそれとなく予想していたとは言え、驚愕に値する内容。

 「忍び一人が百人に相当するなら、その百人の質をチャクラによって底上げする。百には届かなくとも、五か十ぐらいにはなる。よって忍び一人に相当するのが十人から二十人になる。

そして、忍びでない者の数は万やそこらじゃ済まない」
 「っ・・・!」

 慄然とした。目の前の、まだ子供とでもいうべき年の奴がこうも途方もない考えを持っているなど、この目で見、この耳で聞かねば、信じられない。

 「またそうなった場合、貴女の弟のような形で死ぬ忍びは減る」
 「――っ!!」

 ・・・・・・縄樹。

 「まあ、それが僕の夢、と言うか、望みですね。何十年、場合によっては百年かかっても達成できるか分からないのが、問題ですけど」

 オフレコで頼みます――と笑った笑顔は、昨日今日と見た中で、初めて本物だと思えるもの。

 すなわちそれは、この夢物語に等しい妄想の類を、本心から実現させようという確固たる意志。

 そして何より問題なのが。

 笹草新羅という人物の知性と存在を肌で感じた綱手には、それが決して実現不可能だと断定できないことだった。

 「・・・一つ聞かせろ。何故そんなことを私に話した?」
 「教えろと言ったのは貴女ですよ。強いて言うなら、綱手姫のご機嫌を損ねないためでしょうか」

 ・・・・・・・・・・・・は?

 「お前、馬鹿か?私の機嫌一つのために、こんなとんでもないことをペラペラ話したのか?」
 「別に今の段階では誇大妄想甚だしいホラ話にしかなりませんし。こんな戯れ言、貴女は信じるんですか?」
 「・・・・・・可能性として、有り得なくはないと思っている」
 「・・・・・・え?」

 ポカン、とした間抜け面を晒す、新羅。・・・・・・何だ、その顔は。自分で話しておきながら、少しでも私が信じるとは思わなかったのか。

 完璧に見えて、どうも抜けてるところがあるらしい。こいつはもう少し、自分の人を惹きつける力に気付くべきだろう。

 類稀なる知力。恐怖を知らない精神。そして人を呑み込む話術を持ちながら、自分の放つ影響力をまるで知らない呆れた男。

 さながら、自分の想定した以外の客観的評価に、全く気付いていない様な。

 ついさっき自分を圧倒していた人物と、一分たりとてイメージが重ならない。

 ・・・・・・いかん、あまりのギャップに笑いが込み上げてきた。

 「ふ・・・は、はははははっ!」
 「???」

 ああ・・・・・・駄目だ。一発ぶん殴ろうなんて思っちゃいたが、こんなキョトンとした顔を殴る気になどなれん。何だこいつのギャップは。面白すぎるではないか。くっくっく・・・・・・いやはや、面

白いなどと思った時点で、私の負けかな、これは。

 「ははっ・・・まさか、こんな若造に三度も負けるとはな」
 「勝負したのは二回ですよ?」
 「気にするな。大したことじゃない」
 「・・・・・・気になります」

 そんなもの欲しそうな顔しても無駄だ。こればっかりは教えられん。私の沽券に関わる。

 まるで取り合わない綱手の態度に新羅は諦め、もっと建設的な会話をすることにした。

 「そうそう、貴女と会ったら是非とも頼みたいと思っていたことが幾つかあるんです」
 「とてつもなく今更な話だな。まあせっかくだ。聞くだけ聞いてやる」

 ・・・・・・聞かなかったら、今度は何を言い出すか分からんしな。

 「これの副作用がないか、調べてもらいたいんです」

 コト、と新羅が卓上に置いたのは、カメラに使うフィルムケースほどのガラス瓶。

 半分ばかり中を満たしているのは・・・・・・怪し過ぎる桃色の液体、というか、ゲル化した流体。

 「・・・・・・何だこれは」

 生理的嫌悪を覚える様な、不気味加減である。・・・・・・今、ボコッと、泡立たなかったか?

 「この僕謹製の、媚薬です」
 「劇薬の間違いじゃないのか?」
 「媚薬です。使い方は飲むんじゃなくて、熱で揮発させて香みたいに」
 「・・・・・・さておき、何に使う気だ?」
 「売ります」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

 本気らしい。

 「・・・・・・で、副作用がないか調べてほしいと?」
 「はい。自分ではないと確信してるんですが、第三者にお墨付きを頂ければ最良ですので」
 「私に頼むという着眼点はいいがな・・・・・・こう、危険を感じて仕方ないんだが」
 「神経を敏感にするのではなく、脳に作用させて異性を魅力に感じる効能があります」
 「待て。それはまさか、よく物語りに出てくるアレじゃないのか?」
 「別に理性は破壊されませんよ?好意を覚える程度です」

 ・・・・・・充分惚れ薬だろうそれは。

 「もしお引き受けいただければ、この紙を燃やしましょう」
 「っ!それは、まさか・・・!」
 「雷の国における貴女の借金の証書です。・・・五割ほどですが」

 ――非常に魅力的な提案だった。

 たった一つの薬の――見かけはアレだが――副作用を調べるだけで、この国で積み上げた借金が半減するのだ。

 「・・・はっ。交渉の仕方を知ってるようじゃないか」
 「それは了承と伺っても?」
 「三日から一週間はよこせ。あと成分表もだ。それでどうにかしてやる」
 「ありがとうございます。では、次ですが」
 「・・・せっかちだな」
 「時間というのは有限ですから。それで、次は可能であれば教えていただきたいことなんですが」
 「何をだ?」

 つ、と新羅は指を綱手に、否、その額に向けた。

 「その額のマークの作り方’’’です」
 「っ!?・・・どこで知った?いや、シズネにしか話していないことなのに、どうやって知った!?」
 「知ったのではなく、分かったんです。チャクラの貯蔵方法は、少しばかり研究してまして」
 「・・・成程な。同じ研究をしていたか。――で?お前のことだから、それに見合うものを用意したと思うが?」
 「くすくす・・・・・・お見通しのようですね。情報提供、でどうでしょう?」
 「その情報次第だな」

 ・・・・・・果たして、この術に釣り合う話があるか?

 「それでは前払いとして・・・・・・穢土転生を知ってますか?」
 「・・・・・・一昔前に考案された禁術だな。もっとも実現化されず、倉庫に眠ってるらしいが」
 「それを、大蛇丸が完成させたらしいですよ」

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・っ!?

 「本気で言ってるのかそれは!?」
 「ええ、そうです。・・・・・・対価には、足りませんか?」

 ・・・・・・冗談じゃない。

 一体どこからこんな話を引っ張ってきたのか。

 あの大蛇丸が、自分の研究を知られる様な真似をするはずがない。

 しかし・・・・・・虚言と断じるのもまた早計。

 穢土転生。まさに大蛇丸が好みそうな禁術。それを実用段階にこぎ着けたという話は、それが推測にせよ真実にせよ十二分に有り得る・・・いや、有り得そう、だ。

 今更ながら冷や汗が出てきた。目の前で食えない笑みを浮かべるこいつは、笹草新羅は、どこまでその網を伸ばしているのか。

 ・・・・・・蜘蛛。

 昨晩、こいつの護衛が評した言葉。

 それはもしや、敵を絡め取る手法ではなく、あらゆる箇所から情報を手繰り寄せる驚異的な情報網のことではないのか?

 もたらされた情報を多角的に検討し、推測をそこに混ぜながら綱手は判断を下す。

 「・・・・・・いいだろう。教えてやる」
 「ありがとうございます」

 穏やかな・・・そう、穏やかすぎる笑顔。この裏に、どれ程の網を張り巡らせているのだろう。

 ひとまず今は、この得体の知れなさを確認できただけで良しとする。

 下手に消してしまうよりも、有効利用した方が効果的だ。

 「くすくす・・・・・・今後ともごひいきに・・・」

 ・・・・・・考えが表情に出てたか。私もまだまだだな。それを読み取れるこいつも侮れないが。

 気の抜けない交渉が終わって、ようやく一息入れる綱手だった。





 部屋の扉をノックもせずにバンと開けた瞬間、飛び込んできたのは何故かまったりとくつろぐ新羅と主。・・・・・・わ、私が気絶してる間に、一体何が!?

 「綱手様!」
 「シズネか。身体はもう良い様だな」

 姿を見せた付き人の様子に満足する綱手。元から大した怪我でもないからそれはいいのだが、シズネとしてはこの状況が理解できない。

 「・・・お話というのは、もう済んだんですか?」
 「今終わったところだね。円満解決無事終了。話し合いは平和的でいいよね」

 ・・・・・・この人が言うと全然平和的に感じないから不思議だ。

 「・・・あの、私の毒霧が効かなかったことについて、聞いてもいいですか?」
 「ああ・・・綱手さんにはもう話しましたけど、まあついでですしね。非常に解りやすくかつ簡潔に言うと、効かなかった原因はツムジの血継限界です」
 「・・・・・・・・・・・・はあ!?」
 「ツムジの家系は代々薬師で、新しい薬を開発するといつも自分たちの身体で実験していたそうですよ。そのせいでいつの間にかとんでもない薬物耐性を生まれつき持ってるらしい。つ

まりは血継限界」
 「・・・・・・え?あの、血継限界って、それだけ?」
 「それだけ。強いて言うなら、身体に入った薬物が有毒か無毒か分かるくらいかな」
 「・・・・・・血継限界って言う割には、しょぼいですね。それに、忍びでもないのに血継限界なんて・・・」
 「持ってたら、おかしい?」

 愉快げに新羅は笑い、教え子の間違いを諭す教師のような雰囲気を作った。

 「それは前提が間違っている。忍びが血継限界になるんじゃない。血継限界を持つ者が忍びになるんだ」
 「!」

 ・・・・・・い、言われてみれば、確かに。

 「さて、シズネさんも納得してくれたようですし、今日のところはこれでお開きにしましょうか」
 「そうか。解析の結果が出たらまた来る」
 「分かりました」

 何やら釈然としないが、本当に和解したらしい。信じられないことに。

 「帰るぞ、シズネ」
 「あ、待ってください綱手様!」

 まあ、それならそれでいいのだけれど。

 ・・・・・・綱手様の持ってるあの不気味な液体は何だろうか?










 「はぁ~・・・・・・無事終わった」
 「疲れたんですか?珍しいすね」

 お前ほどの体力はないからね、ツムジ。というか、お前の方が規格外だ。

 「にしても、ここ、使っちまって良かったんすか?」

 ここ、というのはこの部屋のこと。実を言うと綱手の襲撃を受けたこの建物は本宅ではない。セーフハウスの一つだ。

 「・・・・・・家が壊されたら洒落にならないでしょ。だから付けられてるの承知で、昨日からこっちで過ごしてたんだよ」

 一応使い捨てではあるし、壊されても大した被害はないため、わざわざここを利用していたというわけ。

 さておき、形は最良の形に落ち着いた。昨夜は少々やりすぎた気はしないでもなかったが、結果的に問題なく片付いた。

 となれば、次の手段を打つべきだ。

 「ツムジ。来週あたり君の実家に行くから、そのつもりで」
 「・・・・・・は?いやいやいやいや、冗談はよしましょうよ。というか、是非ともよしてくださいお願いですから曲がりなりにも勘当されてんですから!」
 「紹介してくれるだけでいいよ。拒否したら減俸十割1年だから」
 「なっ・・・んな理不尽な!!」
 「承諾してくれたら、昨日の減俸は取り消した上に給料アップだけど」
 「・・・・・・ひ、卑怯だ」
 「ありがとう。さておき、これは君にしかできない重大案件なんだよ、妙原ツムジ。拒否権はない」
 「・・・・・・遺書、書いときます」
 「・・・・・心配しすぎじゃない?」
 「若大将は知らないんっすよ!!あの家の、もとい、おふくろの怖さをっ!」

 知ったことか。妙原との繋ぎ役は、身内が一番いいに決まってる。

 ツムジの嘆きを適当に聞き流しながら、新羅は大きく欠伸した。寝不足だ。一応分身だけど、寝ないとチャクラの回復は微々たるものなのだ。

 寝室に行って、鍵を閉めて寝台に上がる。さすがに寝てる時まで、変化は維持できない。できるようになれば、非常に都合がいいのに。

 じきにあの薬の保証書が手に入る。陰封印も、口頭だが教えてもらえた。結果は上々。最後の切り札として、使う時が来るだろう。

 「あの夢に少しは心動かされたのかな・・・・・・」

 もっとも、綱手に語った内容は“副次効果に過ぎない”のだが。

 つらつらと思考を続けながら、そう時を置かず、新羅の意識は眠りに包まれていった。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話の切りどころが分からずかつてない長さになってしまったゆめうつつです。おかげでどこがどうなってるかの把握もできていなかったり。自業自得ですが。

ザクロさん、こんな展開になりましたが、いかがでしょう?どうにも長すぎて、あまりいい出来栄えではない気がするのですが。

野鳥さん、18禁は方向性が違うのでしませんって。書き方も分からないですし。

jannquさん、今回はブラック成分少なめでお送りしました。今後ともよろしくです。

毛玉さん、あはは・・・適当に書いたやつですよ、それは。どうせなので、それっぽいものを下に載せましょうか。


群雲の  悪魔が紡ぐ  言の葉を

    聞きし者ども   黄泉にて嘆く
                       ――――ゆめうつつ

次回からすっ飛ばしてうちは編本格突入です。イタチ出演予定。ではさようなら。



[5794] 38 天才との交渉
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/05/01 11:21


 ・・・・・・表が騒がしいから来てみれば。

 「俺の器は、この下らぬ一族に絶望している・・・・・・」

 あの場面かよくそっ、針の筵だっての。

 丁度刹那が家に来てたから連絡の必要はなくなったが、この状況は心臓に悪くて敵わん。さすがにこの場での笑顔は不味いと思ったのか、刹那は無表情に俺の隣で事態を見守っている。

 八ヶ月か・・・・・・。この間に何もしなかったわけじゃないとは言え、俺たちのしたことって修行ぐらいなんだよな。アカデミーとか日常的なのは別として、この問題に向けては。

 ・・・・・・正直言って不安だ。修行だけで良かったのか今更ながらに考えてしまう。刹那のおかげで修行の能率は上がったし、居なかったとして何ができたとも思えんが、それでも不安は残る。

 イタチが頭を下げて、かろうじて争いは免れた今日の出来事。角度的に万華鏡を拝めなかったのが残念と言えば残念だが、贅沢言って下手に勘ぐられては洒落にならんしな。

 「・・・・・・ここまでは想定通り、っと」

 苦無の突き立った家紋に近づきながら、俺たち以外誰もいなくなった通りで刹那が呟いた。

 「時期は上々。仕込みも終わった」

 ・・・・・・は?終わった?いつ??

 刹那が刺さった苦無を抜いて、輪に指を引っ掛けくるくる回す。

 「成算の道は定まった。後は出演する舞い手の力量次第」

 パシッ、と握り締めた苦無に紙きれを結び付け、屋敷の上方へと投げつける――っておいその方角は!!

 「そして賽は今投げた。・・・・・・これで、後戻りはできない」

 ・・・・・・信じられねぇ。いくら予定通りに事が起こったったっつっても、即時行動とか何でできんだよ!お前には動揺とか躊躇とかは無ぇのかコラ!?・・・・・・無いみたいだな。いや、聞かなくても分かる。だってあいつよ、

 ・・・・・・笑ってるから、な。










 「個人にできることには限界がある」

 月下。煌々と世界を照らす満月を見上げ、その人影は前触れなく口を開いた。

 木の葉でも最辺境の演習場、その森の中。やや開けた場所にぽつねんと佇む苔むした岩の上で、胡坐を組み口元には微笑を浮かべ、見当たらない誰かに語りかけるように言の葉を響かせる。

 「その人物がどれほど優秀であっても、どれだけの力を持っていようと、数の暴力にはいつか必ず屈することになる。持久力云々ではなく、多数の人間が集まれば天才が一人ぐらい現れるからだ。・・・・・・何が言いたいか分かるか?数には数で対抗すべきなんだよ。――うちはイタチ」

 木の、陰。

 闇の中に在った闇が動き、月明かりの元へ。

 巴の浮かぶ赤き瞳が面に阻まれ、しかし煌く。

 「何者だ、貴様は」

 暗部の装束に身を包んだうちはイタチが、誰何の声を上げた。










 二日前の昼。いざこざを起こし籠っていた俺の部屋の前に、苦無が刺さっていた。持ち手に文が巻かれたその苦無は、つい先刻俺が投げたものに他ならない。誰の意趣返しかと文に目を通し、直後衝動的にグシャリと握りつぶした。

 “誰にも話すことなく指定した場所、時間に一人で来い”

 ――想定の範囲内だった。これ以上の問題が起こる前に俺を始末しようと目論む輩はいるだろう。だが、

 “条件を破った場合、サスケに全てを話す”

 舌に血の味が触れ、初めて唇を噛みきっていたことに気付いた。

 冗談では、ない。

 “何も知らない”が故にサスケだけは生き残らせて欲しいという己の願い。三代目との密約、その前提が破綻する。

 しかし激情に駆られながらも、頭のどこかで冷静に敵情を分析する自分がいた。

 ・・・・・・敵は複数、か。

 自分と向かい合うのが一人、サスケにほのめかすのが一人。よって最低でも二人以上。いつ消えるともしれない影分身を使うより、そう考えた方が自然。

 順番に疑問を片付けていくが、たった一つ、最大の疑問が、脳裏を占める。

 この文を放ったのは、誰か。

 己を危険視するうちは一族の強硬派――ない。罪なき子供らにクーデターの件を話さないのは一族の総意でもある。

 火影の手の者――ない。二足のわらじを履いてまで密約を結んだ意味が消える。お互いに。

 マダラ――それこそ、ない。万華鏡写輪眼は二つ揃って初めて完成足り得る。それを邪魔だてするとは考えられない。

 となるとこれまで関わりのなかった第四者ということになるが、その場合敵の正体に全く目算が立たない。

 ・・・・・・何が狙いだ?

 俺の弱みを、どうやって知った?

 ――“サスケに全てを話す”

 何故、三代目との密約を知っている!?

 疑問に解は出ず、誰を警戒すべきかも分からぬ中でマダラに話すわけにもいかず。

 幸いその時までに猶予があったため、できる限りの準備は整えられた。

 暗部の装束・・・・・・仮面と、黒衣。それらを身に纏った臨戦態勢で、指定の時刻たる真夜中、木の葉のもっとも外れに位置する演習場を訪れた俺は、見つけてくれと言っている様な場所で月を見上げる、“真っ黒なフードを被る青年”と邂逅した。

 「・・・・・・何者だ、貴様は」










 「・・・・・・僕が誰か。その問いに答える前に、その目を止めて仮面を外してくれ。顔の照合ができない」
 「・・・・・・」

 無言で、イタチは写輪眼を解き獣を模した面を取る。同じく、フードを取り素顔を晒す青年――少年?

 黒髪、黒目。どこかうちは一族を思わせる容貌。・・・・・・だが、見覚えはない。

 決して視線を合わせようとしないことからも、写輪眼を知っているが持ってはいないと分かる。

 「――僕の名は、笹草新羅」

 思索の隙間を縫う様なタイミングで、青年はそう名乗った。

 「雷の国にて、民間軍事企業『五行』を取り仕切る総責任者だ」
 「・・・・・・聞いた覚えはあるな」

 五行。

 通常個人や少数のグループで行われる傭兵、護衛の仕事を、組織的に運用する新興の企業。兵力を貸し出すという、今までにない経済戦略を採った異例の組織。前身がマフィアでありながら、現在まで目立った問題もなく運営を続けているその手腕は、忍びの間で噂が立つほど。しかし規模自体は、実はそれほどでもない。雷の国の各地に支部はあるが、いずれも小さく、何故あれで運営が続けられるのか甚だ疑問だ。

 その組織の社長だという者の名が・・・・・・そう、笹草新羅。

 ・・・・・・本物か?

 「真偽を確かめる術はない」

 っ・・・・・・思考を読まれた・・・いや、この程度は心理戦の内。

 「特に、忍びの世界に於いてそれは難しい。・・・・・・相手を傷つけられぬ状況では、殊更に」
 「・・・・・・分かりきった御託に興味はない。五行のトップが、俺に何用だ」

 最初は、下手に出る。ペースは既に向こうの手の中。新羅の思惑を知らねば、何もできない。弟の安全がかかっている今、無謀は許されない。

 スッと一本、新羅が指を立てた。

 「一つ、取引がしたい」

 ・・・・・・取引だと?

 人を、脅迫の形で呼びだしておきながら、取引?・・・・・・ふざけるのも大概にしろ。

 「交渉と言い換えてもいい。互いのメリット、デメリットを考慮した上で、話がしたい」
 「信用もない相手とか。・・・・・・ナンセンスだな」
 「だが、貴方は聞かざるを得ない」
 「・・・・・・」
 「返答は好きにしてくれて構わない。これを拒否したからといって、うちはサスケをどうこうすることはないと約束しよう。しかし、話だけは聞いてもらう」
 「・・・・・・話してみろ」

 この様子では恐らく、相当に深いところまで知っている。信の置ける相手ではないが、従う他に選択肢はない。

 ならば、今の俺にメリットのある話をしてみるがいい。

 真意を隠す仮面の笑顔。それをやや、深いものにして、五行設立の立役者が口を開く。

 「クーデターを、止めてみないか?」
 「――――――――」

 自他共に認めるイタチの優秀な頭脳が、凍り付いた。










 ・・・・・・ものの見事に固まってるね。

 表情をピクリともさせない技量は素晴らしいが、如何せん瞬きを忘れている。それだけ今の一言が思考の隙間を突いたという証明だ。・・・・・・あ、やっと解凍したかな。

 「止める・・・。それは、全て理解した上での、言葉か?」
 「理解しているさ。でなければこんな話、持ちかけたりはしない」

 口調は接客用から、対等者との交渉を目的としたものへ。相手はあのうちはイタチだ。強気で行かねば、まとまる交渉もまとまらない。

 「クーデターが仮に起きたとして、木の葉全てを敵に回し上手くいくと思うか?」
 「・・・・・・」

 思わないだろうね。否定しないのがその証拠。それくらいは理解してくれてないと困る。

 「これを止めたいと僕は考えている。さて、どうやって止めようか」
 「・・・・・・話す気があるなら、さっさと進めろ」

 促したのは興味を持ったからか、時間を惜しんだからか。・・・・・・はてさて。

 「では、解を示そう」

 巨岩から飛び降りる。イタチと同じ高さの地面へ立ち、右腕を横に広げる、芝居がかった仕草。だがこうした一挙手一投足が、存在の底上げとなる。意識を集め、己への認識を上昇させる。

 「失敗が目に見えたクーデターを起こすぐらいなら、」

 敢えて視線を合わせ、瞳を覗き込み、覗き込ませ。

 「一族全て・・・・・・里を抜けろ」
 「――っ?」

 装った無表情に、罅が。

 「っ・・・・・・、不可能、だ。すぐさま、追っ手がかかる」
 「それはない。何故なら、火影の許可を得た上での里抜けだからな」
 「許可?プロフェッサーがか?国の柱たる火影が、そんな里の不利益になるようなことを、許すはずがない」
 「許してもらうのではなく、もぎ取るつもりだ。・・・・・・うちは一族全てが居なくなるより、遥かに大きなデメリットを天秤にかけて、ね」

 揺れる、揺らぐ。目に、見える。一族を手にかける、決意の揺らぎが。

 「僕は、“里人全てを人質に取る”」
 「っ!?」
 「その上で、選択を迫る。うちはか、里人か。貴方が護るべきはどちらか・・・・・・とね」
 「・・・・・・」
 「さて、返事はいかに?」

 その問いかけに、一度瞳を閉じたイタチは、

 次の瞬間、双眸を赤く染め上げていた。

 「・・・・・・その話を受けるには、大きな問題がある」

 ジャリ、と砂を踏んで、一歩の距離を、近づく。

 「俺は貴様を信用していない」

 袖から苦無が覗き、また、一歩。

 「だが、聞き流すにも惜しい」

 ザワザワと、木々が震える様な、殺気が。

 「戦え。うちははそのための一族」

 巴を宿す、凶眼が。

 「勝者の言葉に、従おう」

 笹草新羅を、貫く。

 「力を以て、俺を従わせてみろ」

 ・・・・・・こんなところで、マダラと初代の例を出すか。最悪だ。

 想定した中で、“最高にして最悪”のパターンだ。

 勝てば官軍という言葉がある。勝者には、敗者を如何様にもできる権利がある。この世界では、尚更だ。

 勝利すれば、何の問題もなく第一段階はクリア。しかしその勝利に持っていくまでが大変なわけで。

 ・・・・・・やっぱ最悪だ。

 「変化を解け。偽りの姿に用はない」

 ・・・・・・ホントに最悪だ。

 「解かせてみなよ。できるかどうか、知らないけどね」

 こう答えるしかないのも最悪だよ、まったく。あのうちはイタチと戦って、その上勝てと?・・・・・・あー・・・シギか我愛羅か代わってくれないかなー・・・・・・

 そうぼやきたくなるのも、仕方がないと言える。

 この身体は、鏡像ではないのだから。

 目は合わせず、うちはイタチを観る。突っ立ってるだけなのに隙がない。悲しい。

 ・・・・・・僕は貴方と違って、天に与えられた才はないっていうのに・・・・・・はあ。

 嘆いたところで始まらない。身体を戦闘状態に。思考を演算状態に。

 ゆったりと膝を曲げ、前傾姿勢。瞬時に、動き出せる様に。

 風が吹き抜け、木の葉がこすれる。

 万華鏡写輪眼を体得せし天才と、相対する。

 ・・・・・・全力を出すことを、考慮するべきかもしれない。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時間飛ばしまくった話でした。ここまでの出来事はうちは編が終わってから載せます。まだ書いてませんが。予定です。無責任なゆめうつつです。

ライル・エオリアさん、初感想どうもです。こんなあちこち穴だらけな気がする作品ですが、今後ともお願いいたしますです、はい。

黄泉傀儡さん、そうですか・・・ギャップですか・・・・・・そこがつっこまれずに何故称賛が来るのか不思議です。

野鳥さん、製薬ラインの方は番外で出しますよ。ちょいと入れたいお話がありますので。・・・反響が怖い気もする話ですが。

MMさん、・・・・・・ふむ、シズネか。ネタ系の話で考えてみましょう。ツムジも含めて。

ザクロさん、はい、今回想定内だけど微妙に不幸です。理想は対話での決着でした。ツムジのお袋さんの話はいずれ番外で出しますね。

エゾットさん、ありがとうございます。最新話どうぞです。

トマトさん、実を言うと綱手の回想は不完全燃焼でして。そのうち幾らか手直しが入ると思いますが、いつになることやら。

Gfessさん、ふっふっふ。些細なことだけどとても重要なことだと言っておきましょう。刹那の計画を補強する役割を果たします。


さて、ようやく何とか入ったうちは編です。これが終わったら、今までに溜めまくったフラグ回収兼原作開始までの日常他更なるフラグ立てが始まります。・・・・・・正直に言うと、このうちは編を書きたいがために始まった『水鏡を映すモノ』だったりします。まあ今後とも続けていきますが。
応援、よろしくお願いします。



[5794] 39 写輪眼攻略
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/05/07 09:28


 クン、とイタチが体勢を沈めたのを見て、即座に懐から三つ、煙玉を地に叩きつける。爆発的な勢いで白煙が広がり、光なき中では闇と変わらず、覆い隠す。

 真正面からはさすがにきつい、というか無理だ。搦め手とトラップで潰すが最善。

 ちょうどこの撒き散らした、煙と言うより粉と言ったほうが正しく思える、奇妙な白煙のように。

 ・・・・・・水月じゃないけど、殺す気で行ってちょうどいいくらいかな。

 既に煙から逃れた刹那――新羅は、起爆札搭載の千本を投じる。自身は身を隠し、木の陰へ。

 濃密な白煙に起爆札が突入し、着火。

 ド―――ゴォオオオンッッッ!!!!

 耳をつんざく轟音と肌を嬲る熱波と。それらが些事に感じられる壮絶な衝撃波。自分てやっといて何だが、洒落にならない。

 特別製の煙玉を使っての粉塵爆発。チャクラが一切要らずに下手な火遁より余程威力を出せるのだが、如何せん強力すぎて使いどころに困る一品。・・・・・・問題は、これだけやって仕留めたと思えないとこだね。

 まあ、仕留めてしまっても困るのだが、さておき。

 キンッ、と飛来した手裏剣を脇差で弾く。

 「最初っから影分身だったわけね・・・・・・通りで苦無を見せつけるだけとか、無意味な行動したわけだ」
 「・・・・・・」

 答えず、イタチは両の手から苦無を放つ。それらは空中でぶつかり合い軌道を変え、八方から急襲を仕掛ける。

 ・・・・・・弾く?

 ・・・・・・いや、これは――不味い。

 判断を下し瞬身で離脱した、直後。

 燃え盛る火球が苦無ごと、今の今まで居た地面を燃やし尽くした。・・・・・・向こうも殺す気だね、これは。

 姿を見せたイタチも影分身か。離脱しなかったら、苦無を弾く前にローストにされてたよ。しかも、まだ様子見らしい感じがする。

 「・・・・・・真っ向勝負って苦手なんだよなー・・・・・・」

 と、シギや我愛羅あたりが聞けば全力で否定されそうなセリフをぼやきつつ、新羅は更に距離を稼ぐ。イタチの本体は、未だその姿を見せていない。これでは札もろくに切れないので、どう見つけ出すかが肝要。

 「・・・・・・眩魔」
 《呼んだか?》

 取りだした手鏡の中に、映る刹那の顔。鏡に潜みし魔性――眩魔。

 やめろと言うのに、僕の姿を取り続けるひねくれた奴。

 人のことは言えない自覚はあるが、ともかく。

 「索敵お願い」
 《りょ~かいっ、と》

 眩魔が棲むのは、鏡の世界だ。世界を映すものを基点に、世界を覗くことができる。

 そして眩魔とは鏡の世界そのものだ。鏡さえ在ればどこにでも存在し、偏在する。

 故にこそ、索敵は一瞬。

 演習場に多数ばらまいておいたガラス片から、世界を知る。

 《――見つけた。北方五十メートルちょいに、本体。北東三十、北西三十に分身一つずつ》
 「囲まれつつある、か。本腰入れたみたいだね」
 《あんなガラスの欠片じゃ読心は無理だぞ。分かってるだろうな?》
 「当たり前。一度頭に入れた情報は忘れないよ」
 《俺はお前に死なれたら困るんだ。だから協力してんだからな。そもそもこんな危険極まる賭けは反対なんだぞおい》
 「知ってるさ。賭けは勝つから面白いんだよ。それに、協力してるのは初代水鏡との契約があるからでしょ?」
 《・・・・・・ふん。そこまで言ったからには、勝て。水鏡刹那》

 言うだけ言って、眩魔の姿は鏡に溶けた。呼べばまた来るだろう。呼ばなくとも、危機が迫れば来るだろう。

 ふぅ・・・・・・と、息を吐く。眩魔は、絶対に白亜と呼ばない。それが偽りだからでは、ない。

 眩魔を打ち倒したのは、刹那の先祖。

 水鏡は、死闘の後に眩魔が与えた名。

 それは一人の矮小なはずの人間に対する畏敬であり、人と妖魔を結ぶ絆であり、人が眩魔を縛りつける枷であり、呪いそのもの。

 水鏡の血統絶えるその時まで、眩魔は枷に囚われる。

 ・・・・・・さて。

 そろそろ、こちらも手を曝すとしよう。

 誰も知らない、“水鏡刹那”の本気。

 「陰封印・解」

 世界の一切を、思考に収める。

 「算定演舞・開始」

 さあ、始めよう。










 「――っ」

 影分身が一つ消された。背後からの一突き。いつの間にそんなところへ。それに、消されるまで気づかなかった。大した隠行だ。

 新たに影分身を、二つ。そちらに回す。最初の一体はあの規格外の爆発で消され、これで三体。まさか初手から粉塵爆発とはふざけた男だ。

 ・・・・・・おかしい。分身が攻撃した様子も、殺られた様子もない。静かすぎる。まるで、この森から消えたような――

 「っ!?」

 ギィンッ!振るわれた刀――いや、脇差を苦無で遮る。鍔迫り合い。ギリギリと、金属の擦れる音。

 “どこから現れた”?・・・・・・こんなにも近付かれるまで、俺が気づかなかった?

 「くすくす・・・・・・暗部の分隊長とはこの程度ですか」

 嘲笑うような慇懃無礼。挑発などに応えるはずもなく、押し込む。

 「おっと、危ない危ない・・・」

 そのまま眼を合わせようと目論んだが、悟られた。樹上の別な枝へと、身を逃がす新羅。

 「・・・・・・逃がさん」

 こうして視界に入れていながら、信じられないほど気配が薄い。殺気や闘気といったものがなく、この眼でチャクラを見なければ、容易く見失いそうなほど。

 ・・・・・・傀儡を相手にしてるようだ。

 腹話術で人形に仮初めの意思を与えているような、妙な感覚。しかし、あの男は紛れもなく人間。人形は、嘲笑などしない。

 ――火遁・鳳仙火の術

 身を逃がした新羅を追って、幾つもの火球が翔ける。それを追うようにさらなる術を。

 ――風遁・烈風掌

 火を、煽る。

 たかが鳳仙火を、燃え上がらせる。

 空気を孕んだ火球が肥大し、一つ一つが豪火球ほどに。

 それらが四方から追い立て、途上の枝葉を灰と化しながら、新羅に肉薄する。

 新羅は逃げるでもなく、印を組むでもなく、懐から取り出した何かを散じた。

 細かな、何か。

 チャクラが絡みつき結い上げ、繭のように新羅を覆う。

 ・・・・・・何だ?

 術ではない。ただチャクラでコントロールした何かを、身に纏わせただけ。そう、それだけだ。それだけのはずだ。

 なのに、
 
 何故、

 命中した火遁が“俺に向かっている”!?

 「――っ!」

 寸前でチャクラにより操作を取り戻し、自身に当たらぬよう逸らす。地へと落ち、着弾。豪炎が弾ける。

 「・・・・・・奇怪な技だ」

 呟き、事ここに至って、認める。

 己の“全て”を出すに足る、相手だと。

 新羅が、繭のようなものを解いた。ふと、気づく。

 一瞬視えた、あの繭のチャクラ。

 かなりの量が練りこまれていたチャクラが、減じている。

 ちょうど、今の火球と同量程度が。

 写輪眼だからこそ、それに気づけた。つまりは、そういう技か。

 しかし、

 「――終わりだ」

 追いついた三体の影分身が新羅を瞬時に取り囲み、銘々が、起爆札を遥かに凌ぐ爆発を巻き起こした。

 轟音が、耳を聾する。

 影分身は、一度出せば消えるまで思考の共有は叶わない。が、己の分身に変わりはない。本体からの簡単なハンドシグナルで、意思の疎通は行える。

 バラバラと吹き飛ばされ、地に落ち行く枝や幹。

 その中にしかし、死体は見当たらなかった。

 ・・・・・・おかしい。間違いなく、爆発の寸前まで、奴はそこに居た。躱せるはずが、ない。

 共有した記憶から、それは断定事項。しかも、

 「・・・・・・幻術、か」

 森が、枝が、樹木が、それら木々の全てが、鉄格子の如く姿を変え、天は蓋をされ、地はどこまでも続く奈落と化している。

 ・・・・・・凄まじいな。

 心からの称賛を、胸中にてイタチは送る。術の展開速度、対象に同調する技量、術式の維持。どれも練達した上忍に匹敵し、ともすれば上回る腕前。

 ジャラジャラと、鎖の音が。鈍色に光る数多の鉄鎖が鎌首をもたげ、進軍する。

 「動きを封じるタイプの幻術か・・・」

 ぐるり。見回したイタチは、その構成を解析し印を組む。

 ――魔幻・鏡天地転

 掛けられた幻術を、丸ごと相手に掛け返す。写輪眼所持者にのみ許された上級幻術返し。

 その絶対的な力は、凡そ全ての幻術に対し有効。

 返し技が発動し、敵に向かってその矛を翻す。

 結果。

 イタチは未だ、幻術の中に居た。

 ・・・・・・効かない!?

 驚愕に眼を見開くイタチに、何十という鎖が襲いかかった。










 「くすくす・・・・・・結界幻術・夢幻界牢。鏡天地転は効かないよ」

 イタチから二十メートルほど離れた木の上で、印を組んだ新羅が愉しげな笑みを浮かべる。写輪眼対策もなしに幻術を使うわけがない。

 タネは簡単。術を仕掛けているのは僕じゃないってだけ。

 トラップの一つ、結界法陣。エリア内に侵入した敵に対し効力を発揮する。

 闇雲に逃げていたわけじゃない。最初からここに誘導するのが目的だった。東西南北の四方に貼った札は、一枚につき二週間の手間暇チャクラをかけて作った特別製。これの準備だけで二カ月も消費したが、その労力に見合うだけはある。

 二日という時間を置いたのはこれの設置のためだ。間は一日でも良かったけど、昨日は曇りだと予報があったので、決行を今日にずらした。

 ちなみに、先ほど爆刹されたのは鏡像である。写輪眼に読み取れるのは通常の忍術だけ。血継限界は解析不能。そして、鏡像は変化を使っていた。つまり、変化を使った本体にしか見えないのだ。写輪眼の性質を十全に理解した上でのひっかけだった。

 「――っとと、気が抜けないねまったく・・・」

 鏡天地転は効かないし入念に仕込んだため幻術のレベルは高いのだが、仕組み自体は単純なトラップに過ぎないので通常の手段で破られるともろい。そこで新羅の出番である。

 破られかけた術を、札に新たなチャクラを通して掛け直す。イタチのチャクラに、再び同調する。これなら、こっちがミスらない限り幻術を解くことは不可能だ。

 ・・・・・・僕の手が離せないって欠点はあるけどね。

 「さて、うちはイタチ。貴方はどうやってこの危機を脱する?」

 手は、残ってるだろう?

 期待を込めて、新羅は心の中で囁きかける。聞こえたわけでもない。届いたわけでもない。だが新羅と同じくそれしかないと判断したイタチは、期待に応えた。

 「・・・・・・来た」

 ゾクリと背筋を何かが走り抜ける。イタチの後方に位置するため、表情は窺えない。双眸の変化を、知ることはできない。

 だが、分かる。これに気付かない方が、おかしい。

 その感覚を裏付けるように、それは具象する。

 ――壁のように立ち上がった、真っ黒な炎。

 無機有機の区別なく万象を灼き尽くし灼き滅ぼし消滅せしむる、炎。

 塵は残らず灰は昇らずこの世の全てを慈悲なく無へ帰す最凶にして最狂の、炎。

 天照。

 神の御名持つ、火の最上位。

 「・・・・・・反則だ」

 一瞬で札の一枚が消し飛ばされた理不尽極まる威力に、溜息とも取れる呟きを漏らす。

 陣は壊れた。

 そして炎は、止まらない。

 瞳の焦点に生まれる黒炎が、円弧を描いてさらに一枚を焼き尽くし、瞬く間に新羅へと迫る。

 どうやら、このまま決着をつけるつもりらしい。確かに森ごと燃やしてしまうのはいい考えだと思う。この様子だと、下の地面にまで火は移っているようだ。距離を取るより、火の方が早い。つまりは前後左右、下にも逃げ場はない。

 その状況で、新羅は、

 「“予定通り”・・・!」

 “策戦の成功”に、会心の笑みを浮かべていた。

 襲いくる炎から、瞬身で逃れる。

 天に、向かって。

 燃え上がり燃え広がる黒い炎を眼下に、新羅は掌中にチャクラを集めた。

 ――水鏡・森羅転進の法

 薄く広げたチャクラの上に、“着地する”。

 【水鏡】は、遍く事象と存在を映す至高の鏡。

 映し、返す。それが基本。

 映すのは、何も目に見えるものとは限らない。

 風、音、光。

 重力、慣性、遠心力。

 そしてここでは、重力を半分だけ返している。

 上下に引かれる力が等しく、身体は停止する。

 遥かな下方にて、黒き炎が鎮まった。

 この身に傷は一つとしてなく、

 敵は疲労の、限界が近い。

 チャクラも、体力も、視力まで、削った。

 頃合いだ。

 満月と無数の星々を背景に、水鏡を解いた。










 「っ・・・、はあ・・・はあ・・・・・・」

 身動きを封じられこれしか方法はなかったとは言え、この疲労度を考えると他の手段はなかったのかと思索を巡らせ、そもそも他に手段がないからこそ万華鏡写輪眼を使ったのだと半秒で思い至る。

 思考に乱れが出るほどに、身体は疲弊しているらしい。

 「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」

 ゆっくりと呼吸を落ち着ける。辺りは百メートル四方に渡ってクレーター状に焼け野原が広がっていた。自らの術、天照の産物だ。

 使ったのは、これが初めて。マダラに見せてもらったことはあるが、やはり使ってみるとその凄まじさが実感として伝わってくる。

 「・・・・・・。仕留めたな・・・」

 土遁で隠れていようとそれは地面の浅い地点のはず。そしてあの幻術は捕縛用。恐らくは至近に居たと考えられる。

 鏡天地転の効かなかった原因を探れなかったのは痛いが、これでいい。交渉人が消えれば敵も何らかのアクションを見せるだろう。

 ・・・・・・一族を手にかける前に、することができたな。

 この敵がどう出るか見極めなければ、里を抜けられない。弟が害される危険性を、排除せねばならない。

 ・・・・・・延期だな。マダラに伝えるとしよう。

 ・・・・・・それにしても。

 「一族揃って里を抜けろ・・・か」

 もう少し話を聞いてみたかったとも思ったが、やはりサスケの安全には替えられない。

 疲れから、吐息を漏らしたイタチは、何ともなしに焼け焦げた地面を視界に入れ、

 自分のものではない影に気付いた。

 「――っ!」

 一足飛びに離れた、直後。

 それは地面と激突し、もうもうたる土ぼこりと衝撃音を撒き散らした。

 ・・・・・・馬鹿な。

 「生きているはずがないって、そう思った?」

 黒い双眸の笹草新羅が、同じく黒に戻った双眸に向け、嗤う。

 「術合戦はもういいね?それじゃ、第二ラウンド行こうか」

 その笑みもまた黒く染めて、新羅は返事も聞かずに、地を蹴った。

 「くっ・・・」

 振り抜かれた脇差を身を沈めて躱し、大きく跳んで距離を取る。滞空する間に、乏しいチャクラを消費して写輪眼を発動する。最早術に割けるチャクラはないため、体術で応戦。

 追うように放たれた手裏剣を落とすべく苦無を抜き、振るい、外れた。

 「っ!?」

 苦無に当たる寸前で不自然に軌道を変えた手裏剣が頬を浅く裂き切る。辛うじて致命は免れ、そこに襲いかかる新羅の刃。

 ギギギギギンッ!息継ぐ間もなく繰り出された脇差を弾く。写輪眼に現れた新羅の予測イメージから攻勢に出る隙を探し、左から刃を振るう映像に向けて苦無を突き刺し、

 刃が右から来た。

 「――っ!!」

 戦慄と共に悪寒が駆け抜け、身を捻るも腕部に裂傷が走る。

 たまらず飛び離れると、発動していた写輪眼がそれを映した。

 数瞬に満たない剣戟の間に自らの左右後方へ巧妙に張られた、板のような一対のチャクラの塊。それが見る間に罅割れて、さらなる悪寒。

 経験から、前に出る。その直後に塊は自壊し、激烈な衝撃波を互いに向けて放っていた。

 「がっ・・・」

 二つの衝撃がぶつかり合い相殺ではなく増幅される。直撃を免れたとは言え、その余波だけで全身を殴られた様なダメージが。

 そして前にでたイタチは、必然的に刹那の攻撃に晒される。

 今や二刀に増えた斬撃があらゆる角度から突き出され斬り払われ、合間を縫う様に蹴りや肘などの打撃が間断なく繰り出される。

 力学的に無駄というものを徹底して排された刃と蹴撃は、反撃の暇がないほどに苛烈な攻めを見せ、止まらない。

 またそれらの軌道を写輪眼で予測しても、時折見当違いの方角から刃が飛んでくる。イメージが崩れ、その隙を相手が見逃すはずもなく、傷が増える。

 思えば奇妙な敵だった。

 自分のサスケへの思いを知り、三代目との密約を知り、一族のクーデターを知り。

 反乱を止めようと誘いかけ、里人の全てを人質に取るなどと大言壮語し。

 分身の爆破と天照、二度に渡る必殺の一撃を避け、今では執拗な攻撃によりこちらを追いつめている。

 その攻撃もまた、奇妙としか言えない。

 写輪眼の予測イメージを如何にして崩しているのか。

 鏡天地転が何故効かなかったのか。

 天照をどうやって避けたのか。

 疑問は尽きない。

 だが。

 自分は、うちはだ。

 暗部の分隊長を務める忍びだ。

 このまま終わることは、許されない。

 瞳に回すチャクラをカットする。

 写輪眼が解け、自動で生まれるイメージが消え去る。

 惑わされるだけの瞳は不要。

 目に頼らず、これまでに得た敵の行動パターンから攻撃を推測。

 突き出された右の脇差、それを握る右腕を掴んだ。

 驚いた様な気配が伝わってくる。苦無を離し、左の斬撃は踏み込んで腕の中へ。躱す。

 密着体勢。

 今しかない。

 残り全てのチャクラを注いだ写輪眼で、笹草新羅の瞳を覗き込んだ。

 魔幻・枷杭の――

 と発動する寸前で。

 ボンッ、と。

 変化が解けた。

 現れた水色の瞳に、硬直する。

 思考を覆い尽くした言葉は、理解不能。

 発動途中の幻術が、中途半端な形で霧散する。

 「刹那・・・・・・君?」

 弟の繋がりで見知った少年は、いつもの様に笑って、

 「フィニッシュ!」

 驚愕に固まるイタチの顎を、サマーソルトで容赦なく蹴り抜いた。

 脳を揺らされ、地へ沈むうちはイタチ。

 薄れゆく視界の中で、刹那が綺麗な着地を決めた。

 その間に思ったことは一つ。

 ・・・・・・騙された。

 実力や才能以前の問題で、色々と。

 それを最後に、意識は暗転する。

 見えていた刹那の顔は、最後の最後まで、笑顔だった。








[5794] 40 やはり刹那は外道
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/05/23 15:24


 チチチチチ・・・・・・

 小鳥のさえずりで目が覚めた。身を包む感触に困惑し、部屋を見回して畳敷きではないベッドルームだと気づきそれに納得する。どこだここは。

 こんなところで眠りについた覚えはない。何があったかと昨夜の記憶を脳の奥から引っ張り出し、うちはイタチは疲れているのだと眉間を揉みほぐす。

 笹草新羅の正体が白亜刹那だなどと、できすぎた夢だ。新羅は五行のボスであるし、刹那は弟のクラスメイト。シギと親しく、家まで遊びに来ることもしばしば。いやしょっちゅう。二人の間に何ら共通項はなく、そもそも同じ人間が二つの国にまたがって同時に存在することになるので、物理的に不可能だ。

 「・・・・・・どこだ、ここは」

 至極論理的な防壁を張って夢だと思いたい矛盾を追い出すと、結局最初の疑問に立ち返ったイタチは、ここが敵地であると仮定して行動を開始する。

 逃げるは容易い。だが多少の戦果を持ち帰らねばうちはの名折れ。

 そういう思考の元情報収集すべく扉に近づき、

 ガチャ。

 「!」

 回ったノブに反射の動作で天井に貼り付く。扉が押され、こちら側に開き、現れた小柄な人影の背後に降り立ったイタチは手刀を落とし――気配に振り返った少女が誰かに気がついて、ギリギリ当たる寸前で腕を止めた。

 「あ・・・あう・・・・・・」

 ピタリと首筋に当てられた手刀と殺気に、少女は怯えて涙目でこちらを見上げている。

 「・・・・・・」

 ・・・・・・どうしたものか。

 シギが言うにはナズナという名の、カシワ商隊のメンバー。刹那と一緒にいるところしか見たことがない少女。

 イコール、ここは白亜邸に当たるわけで。

 こんなところにいる理由が一つしか思い浮かばないわけで。

 「・・・・・・」

 否定要素がどんどんと削られていく。つまりあれは夢ではなく現実なのか。認めたくない思いがひしひしと。

 カシャ、という音に振り返ると、特徴的な水色の髪の少年が。これでもう決まりだが諦めたがその手のカメラは何だ。

 嫌な予感に襲われる。

 「・・・・・・何のつもりだ?」
 「暗部分隊長幼女暴行の決定的瞬間」
 「待て」

 面子や体面やプライドの関係で誤情報だとしてもそれはヤバイというかそんな醜聞を晒すようならマダラに殺されかねない。

 「ふふふ、これで明日の新聞の一面は決まったね?」
 「だから待てと、」
 「副題、『まさかあの人が!?名門うちはの歴史に残る汚点!』」
 「・・・・・・頼むからやめろ」

 げっそりした気分で、イタチは頭を抱えた。これまで余り関わり合いになることはなかったため気付かなかったが、今はっきりと分かった。こいつは苦手だ。

 程度で言うと、現実逃避したくなるぐらいには。

 うちはイタチは、にこにこと邪気がありまくりの笑顔に珍しく肺が空になるまで溜息するのだった。










 「・・・・・・」

 並べられた料理を眺める。ご飯に味噌汁焼き魚。ついでにハムエッグ。とどめに漬物とサラダ。コーンポタージュ。

 何か違うような気もするが、典型的な朝食の風景。たった今コーヒーが追加された。

 ・・・・・・汁物が多くないか?

 いやいや、そうではなくて。

 「これはどういうことだ、シギ」
 「俺に聞かれても分からないですよ・・・・・・元から昨日は泊まるつもりだったんですけど、イタチの兄貴が来てたとは聞いてないんです」

 どうにか刹那の暴挙を阻止したイタチは、問いただす暇もなく並べられた料理の数々にこめかみを押さえていた。

 「・・・・・・お前もグルか?」

 ビシッ、と石のように固まった。黒だな。

 「な、な、何のことでしょう・・・?」
 「今更しらばっくれるな。何がどうなっているのかはさっぱりだが・・・・・・取り決めを守らないのは決闘への冒涜だ。話は聞く」
 「ありがとうございます、イタチさん」
 「・・・・・・ちょっ、ちょっと待て刹那!決闘ってまさかおい・・・・・・!」
 「ん、勝ったよ。疲れたけど」
 「はあああっ!?この人相手に一対一でどうやって勝ったってんだよ?!写輪眼は?万華鏡は!?つか話し合いだけじゃなかったのか!?」
 「まあまあ、詳しい話は食後にしよう。僕もうお腹空いちゃって。ね、ナズナ」
 「いつものことだけど刹那くんが隠し事・・・・・・これがハブなのですか・・・・・・」
 「・・・・・・夜は蕎麦にしてあげるから」
 「約束ですよ?絶対ですよ?」
 「分かったからほら機嫌直して・・・・・・」
 「先に質問に答えろよおいっ!!どうやって勝ったんだよ!?」
 「忍びに手の内明かせって言うの?有り得ないね」
 「くっそ・・・また今度問い詰めてやるからなーっ!」
 「・・・・・・」

 神経を張り詰めさせていた自分が馬鹿馬鹿しくなり、イタチは詰めていた息を吐いた。

 どうしようもなく、頭が痛かった。










 「さて・・・・・・どこから話しましょうか」

 ズズズ、とすする刹那の手には抹茶。何やら最初から和室にあったという茶器で刹那が手ずから点てた茶だ。見よう見真似らしい。誰の真似か知らんが。というかホント何なんだろうかこの家は。

 白亜邸和室に座布団敷いて、目の前には和菓子と芳醇に香る茶。それを囲むのは俺と、イタチと、刹那の三人だ。

 ナズナ?刹那に言い含められて外に行ったな。夕飯のデザートを餌に。

 「先に聞いておきますけど、僕の話に賛同してくれるので?」
 「内容次第だ。勝算があれば考慮しよう」
 「質問。俺その話自体知らないんだけど」

 あれで刹那はメチャクチャ秘密主義だからな。何する気なのか具体的なこと何も知らん。イタチと戦うとかも知らされてなかったし。

 「戦う前にちょっと話しただけなんだけど・・・・・・簡単に言うと、三代目に許しもらってうちはみんなで里抜けしましょー、ってとこかな」

 ・・・・・・うちはみんなで里抜け?

 「何馬鹿言ってんだお前?」
 「・・・本気だよ?」

 尚更馬鹿だろうがそりゃ。わけが分からん。

 「・・・・・・俺がそれに乗ったとして、成功率はどの程度だ?」
 「フガクさんたちの説得ができれば、もう成功したも同然だと思うよ」
 「おいおい、三代目はどうすんだよ。そこが一番の問題だろ?」
 「どこが?」

 いやどこがって・・・・・・全部?

 「三代目が断れない状況を作ればいいだけなのに」

 いやだからどうやって!?・・・・・・ホントこいつの考えることは分からん。

 「それに、だ。クーデターの中止を説得するそうだが、俺が何か言ったところで聞くとは思えないな」
 「まあそれは僕が時間調整して上手くタイミング合わせるよ」
 「いや・・・・・・何の?」
 「脅迫と、許可と、説得のタイミング」
 「だから何がしたいんだよお前は!?」
 「うちは里抜け」

 そうじゃなくて・・・・・・ああくそ、無駄に頭いいせいでこっちの言いたいことが伝わってねえ。

 「・・・里人全て人質に取るなどと言っていたな、そういえば」
 「へ?何?火薬でも仕掛けるの?」
 「んー・・・・・・具体的に説明するとね――――」


 数十分後。


 「怖ぇ!!何考えてんだお前馬鹿かっ!」
 「えー・・・・・・」
 「えーじゃないっ!どこからんな誇大妄想な芝居思いつくんだよっ?!」
 「誇大妄想って・・・・・・ここまで来ると成功率高いんだけど・・・・・・」
 「現実に成功しそうで怖いんだよ阿呆っ!」
 「・・・・・・何その理不尽」

 何か不貞腐れてるがそれどころじゃない。俺は今始めてこいつの怖さを思い知った・・・・・・!

 つか何だよ五行って。マフィアって!乱雲の役?魅惑香?風影?

 俺の知らん内に何やってんだお前はーーーーっ!!

 いや全部俺と出会う前なんだが、壮大すぎる話の内容にあのイタチまで頭抱えてるし・・・・・・刹那、お前ホント何者?

 「で、どうします?」
 「・・・・・・・・・・・・乗らせてもらおう」

 マジで?一応加担してる俺が言うのもなんだけど。

 「だが一つ聞いておきたい。俺と三代目との密約・・・・・・どうやって知った?」
 「・・・・・・五行の協力者って、意外と色んなところにいるんですよね」
 「まさか・・・・・・!」
 「壁に耳あり障子に目あり・・・・・・漏れない秘密のほうが少ないんですよ」
 「・・・・・・」

 あ、あのイタチが黙ってしまった。・・・・・・ただの舌先三寸で。

 「・・・・・・そうか。俺としても一族を殺さないで済むならそれに越したことはない」
 「一番割を食うのは貴方ですよ?」
 「どちらにせよ変わらないな」

 まあ確かに・・・・・・刹那の案に乗らなけりゃ、自分は虐殺者として一人里抜けするんだもんな。殺さないで済む分こっちのがマシか。

 「刹那君、いや五行総帥笹草新羅。貴君の策に乗らせていただく」
 「こちらも全力を尽くします。この後うちは本邸へ戻る際のフォローも含めて」

 ピタッ、イタチの動きが凍る。言われみればそうだな。俺と違って、イタチは無断で姿をくらました形になってるんだよな。

 「・・・・・・頼む」
 「はい。了解しました」

 ・・・・・・いや、イタチが今ここにいるのってお前が気絶させて連れてきたからだろ?何で頭下げられてんの?

 「それじゃシギも一緒に行こっか。なんせ共犯だからね。猿芝居にも付き合ってもらうよ」

 俺演技とか苦手なんだが・・・・・・え?いるだけでいいのか?

 ・・・・・・何する気だ?










 「フガク殿、うちはイタチの行方はまだ分からないのですか?」
 「貴方が責任を持つと言ったのですぞ!」
 「一体どうなされるおつもりで!?」

 次々と詰め寄り泡を飛ばす親族たちに、うちは一族頭領うちはフガクは渋面するばかりであった。

 イタチの部屋がもぬけの空なのに気付いたのが今朝早く。恐らくは昨夜の内に出たのだと当たりを付けたが、どこに行ったのか分からない現状に変わりはない。暗部の仕事なら書置きぐらいはするはずだ。

 ・・・・・・あのような問題を起こしてまだ二日だというのに・・・・・・軽率にすぎるぞ。どこに行ったというのだ・・・・・・

 と、苦渋を噛み締めるフガクの元へ、急報が。

 「うちはイタチが戻って来ました!」
 「「「何だとっ!?」」」
 「・・・・・・」

 一斉に振り返った彼らと異なり、フガクの表情は冴えない。と言うより、どうにも腑に落ちない表情。

 行方をくらませたかと思ったらふらっと姿を現す。何を考えているのか読めないのだ。女ができたという話もない。やはり不明だ。

 そうこうする内に、話題の当人がやってくる。

 「・・・・・・ただ今戻りました」
 「イタチ、今までどこに行っていた」
 「それは・・・・・・」

 口を濁らせる。言いにくい、ではなく、困ったような。いや困っている。あのイタチが?

 「シスイの件で疑いもかかっている。このような無責任な行動が続くようならそれ相応の処罰を取らねば――」
 「待ってください!」

 ・・・・・・刹那くん?

 半年以上の付き合いだが、刹那が大声を出したことは一度としてなく、フガクは目を丸くした。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 「これは身内の問題なんだ。刹那くん、済まないが部屋から出ていって――」
 「イタチさんが昨日の夜帰れなかったのは、僕のせいなんです!」
 「・・・・・・何?」

 部屋がざわめいた。ジロリと一瞥してそれを黙らせると、扉の横にいた刹那を手招きする。

 「どういうことか、教えてもらえるね?」
 「・・・・・・はい。あ、シギも一緒でいいですか?」
 「・・・シギ、入ってこい」

 ハラハラした面持ちで、扉の横に隠れていたシギが刹那の横に正座する。

 「これでよいか?」
 「ありがとうございます。・・・・・・実は――」

 そこで刹那が話した内容を纏めると、以下のようになる。

 昨日はシギが刹那の家に泊まる予定だった。

 それを聞いてなかったイタチが迎えに行き、そのまま夕食をごちそうになる。

 その時刹那が眠り薬を仕込んだせいで、帰ることができなかったと言うのだ。

 「だから、僕が悪いんです。イタチさんを責めないでください」
 「「「・・・・・・」」」

 頭の痛い話だった。気炎を上げていた親族たちも、拳の落としどころを見失ったような。

 「・・・・・・そう、だな。それなら確かにイタチに非はないが・・・・・・何でまた、眠り薬を?」
 「・・・・・・・・・昨日、初めてシギが泊まりに来て、嬉しかったんです。でも、同じくらい寂しかったんです」

 じわり、と刹那の目尻が潤んだ。

 「僕とナズナは、商隊のみんなと一緒に暮らしてて、ずっと大家族だったのが、急に二人になって」
 「・・・・・・」
 「今までは騙し騙し、何とか保ってましたけど・・・・・・でも、昨日の夜イタチさんが来て、すぐにいなくなっちゃうのが寂しくて・・・」

 正座した膝の上で、ぎゅっ、と両手を握り締めた。

 「帰って欲しくなくて・・・・・・眠り薬を盛ってしまいました。・・・・・・ごめんなさい」

 深く頭を下げる刹那を、怒る者はいなかった。カシワ商隊から離れて、たった二人で暮らす子供たちのことを、この中で知らない人間はいないのだ。それくらい密接な付き合いが、この八ヶ月の中にあった。

 「・・・・・・今の話は本当か?シギ」
 「――え?あはい!本当です!」

 ・・・・・・そうか。

 「・・・・・・・・・・・・分かった。刹那くん、もし良ければ今日は泊まって行きなさい。ここを自分の家だと思ってくつろぐと良い」
 「え、でも、そんなお世話になるわけには・・・」
 「シギが世話になったお返しだと思ってくれればいい」 
 「・・・・・・あ、ありがとうございます!後でナズナと相談して、今日はどうするか決めてみます!」
 「うむ。では皆、これで解散する」

 宣言して、急速に散っていく血族たち。彼らもそう暇ではない。

 何はともあれ、お騒がせな事件だったな。刹那くんもやはりまだまだ子供だということか。

 ・・・・・・イタチに非がなくて、本当に良かった。










 なんだかんだで皆仕事に行き、シギの部屋にて。

 「あっり得ねぇええええええええええーーーっ!!」
 「煩いよ、シギ」
 「・・・悪いが今日ばかりは俺もシギに賛成だ」
 「えー?なんでイタチさんまで・・・・・・」

 さっきの涙は何なのかと小一時間問い詰めたくなるぐらい刹那はいつも通りだった。・・・・・・やべぇ。何言いたいか分かんねえけどこいつとにかくやべぇっ!

 「何なんだお前何なんだ!?役者か?富士風雪絵か!?」
 「風雲姫の映画なら、ナズナと一回見に行ったね」
 「・・・・・・ダメだこいつ手に負えねぇ・・・」
 「この態度は酷いと思いません?イタチさん」
 「・・・・・・」

 あ、返答を拒否して明後日の方向いた。うん、気持ちは分かる。

 ・・・・・・つーか、罪悪感がひしひし来るんだが。騙すにしてもあの騙し方はないだろ普通。

 「人の良心につけ込むとかお前悪魔だろ・・・・・・外道だ外道だとは思ってたけどよ」
 「・・・・・・合理的だよ?」
 「少しは倫理とか道徳も考えてくれ・・・」
 「?」

 刹那が何言ってるんだこいつ、みたいな表情に。せめてそこは悩むぐらいはして欲しい。

 ・・・・・・どこまで原作から離れるんだろうかと言うのが、最近の俺の悩みだ。

 お前もうちょっと自重しろぉおおおおおおーーーっ!!!










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いや~、遅くなりました。やっと投稿です。
では前回諸事情でできなかった感想返信を。

ゲッコウさん、はまって頂き恐縮です。これからも頑張ります。

ザクロさん、イタチとの戦いはこのように終わりましたがいかがでしたでしょうか?シギも今回出ましたよ。

野鳥さん、お望み通りの会話ターン・・・・・・しかし詳しいところはまだ秘密だったり。

カケルさん、ゆめうつつもあの戦闘描写は会心の出来だと思うのですよ。いい仕事したなー、なんて。

TRAVIANさん、お褒めにあずかり恐悦至極。刹那のパワーアップ案があったするのですが、当分先なのでガチはまだ無理ですね。

ヒルネスキーさん、・・・・・・実はそれを考えたこともあったり。

我が逃走さん、褒め言葉ですね。謀貧弱忍って・・・クサビですかね?日向の。

ニッコウさん、2828してください。さて今回のはいかがで?

しえさん、ありがとうございます。続きをどうぞです。

Gfessさん、気絶させたので翌朝に飛びました。まあ戦闘終了後の話になるんでしょうが。

オポさん、冷静キャラって扱いやすいんですよね。何ででしょう?

レイさん、・・・れ?そうですか?ゆめうつつはシリアスが続かないのですよ。どうしてもコメディ風な物を入れたくなりまして。

jannquさん、原作は破壊するためにあるんです。とか言ってみる。大蛇丸・・・お、言い物思いついた!

ではまた次回。テスト近いので遅くなっても悪しからず。



[5794] 41 策謀が芽吹く時
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/05/23 15:22



 「・・・・・・」

 深夜の月光が差し込む部屋で、イタチは一人溜息を吐く。とことん、今日は疲れた。

 昨日の刹那との戦い。今朝聞かされた呆れを催すほどの謀略。極めつけが迫真の嘘泣きだ。

 これまで二重スパイとして一族を騙し続けていた自分が言える義理ではないが、他の一族たちを哀れに感じてならない。

 あの後刹那は夜に予定していた蕎麦を昼に回し、現在この家の客間で休んでいる。本当に休んでいるのかはともかくとして。

 ちなみにシギと、サスケも一緒だ。サスケの方は半ば無理矢理だったようだが。

 「・・・・・・ふう」
 「らしくないな。溜息など」

 ・・・・・・マダラか。

 庭に通じる戸口の脇に、いつからか立っていた仮面の人影。その表情は杳と知れず、暗部の仮面に隠され瞳すら覗き得ない。

 「天照を使ったな?北の森が一部焼野原になっていたぞ。・・・・・・誰と戦ったのだ?」
 「そのことだが・・・・・・三代目と計画した一族の滅びは、取り止めることになった」
 「何・・・・・・?いや・・・“なった”?」
 「そうだ。これ以上、お前の助けは必要ない。・・・・・・安心しろ。暁には入ることになる。ただ、手順が変わるだけだ」
 「・・・・・・何があった?ここまで煮詰めた計画を破棄するとは」

 ・・・・・・そうだな。

 「政治的な天才と出会った。・・・・・・それだけだ」

 もっとも、政治だけとも限らないようだが。

 「お前に天才と言わせる程の者か・・・・・・一体誰だ?」
 「・・・・・・今は駄目だ。だが、いずれ話すことになる」

 二国・・・いや三国も巻き込む様な動きをして、そうそう長く隠し続けられるはずがない。

 それとも・・・・・・白日に晒すことが目的なのだろうか。

 あの悪魔が子供の形になったような少年の内心など、推し量れるわけもないが。

 「くくく、面白い。その時が楽しみだ」

 それを最後に、マダラは闇へ姿を紛らせた。

 万華鏡写輪眼の祖。百年を生きる歴史上の伝説。初代火影への妄執は、未だ断ち切れていない。

 それは、今の一族にも言えることだ。

 なればこそ、うちはイタチは新たな計画の成功を願い、客間の方角へと頭を下げる。

 ・・・・・・古き血統に、感謝を。

 水鏡、刹那。










 ピクリ、と寝具に包まる刹那の身体が震えたのを、眠りを知らない我愛羅は目聡く見逃さなかった。

 「・・・・・・どうした」
 「報告が来た」

 眠気を感じさせない挙動で刹那が起き上がり、軽く節々を伸ばす。

 「ちょっと、風影のところに行ってくるよ」
 「・・・そうか」

 言葉少なに刹那を見送り、我愛羅は再び僅かに欠けた満月を双眸に入れる。かつては毎月のように身を焦がしていた衝動も、刹那と暮らしだしてからは回数を減らしていた。里人から受ける視線も、徐々に変わっているのを感じる。

 友が一人できるだけでこれ程までに世界は変わるのだと、我愛羅は初めて知った。

 最近はカンクロウやテマリとも、それなりな会話をこなすようになった。刹那という仲立ちを挟んでだが、大きな進歩だと刹那に言われた。

 カンクロウは傀儡のことで助言をもらい、テマリは戦術で舌戦を交わすこともしばしば。大概打ち負かされているが。

 昨夜は鏡を通して本体へチャクラを回していたとかで碌に動けない様子だったが、今朝には回復したらしい。

 眩魔のおかげで便利になったと喜んでいた。だが眩魔とは何かと聞いてもまだ教えてくれない。いや、またと言うべきか。

 ・・・・・・まだ、親友には届かないようだ。

 刹那曰く、山は六合目からが本番らしい。となると、刹那が山か。早く踏破しなければ。

 ・・・・・・む、戻ってきたな。

 「話は済んだのか?」
 「滞りなく、ね。兼ねてから予定してた通りだし」

 刹那があいつと何を企んでいるのかは聞かされていない。知らない方がいいらしいが。

 「まあそれはともかく、我愛羅」
 「何だ」
 「明日木の葉に向けて発つから、準備して」

 ・・・・・・木の葉へ?

 「俺もか?」
 「そ。ついでだから家族旅行にしてしまおうかなって」
 「家族旅行・・・・・・」

 ・・・・・・人柱力である、俺が?

 いやそもそも、風影が?

 「それじゃ、僕は二人を起こしてくるから、準備しといてね。早朝には出るよ」

 すたすたと扉から出て行き、十秒もするとカンクロウの悲鳴が聞こえてきた。どうやって起こしたのかは考えないことにする。何やら口論が聞こえるが、聞かなかったことにする。

 「・・・・・・」

 木の葉に旅行、は、いいのだが。

 「何のついでなんだ・・・・・・?」

 そろそろ一年が経とうと言うのに、未来の親友の考えはどうしても読めなかった。










 「スリーカードでどうだ!」
 「ちっ・・・ブタだ」
 「すみません綱手様、フラッシュです」
 「・・・・・・ツーペアで」

 各々のカードが公開され、残るは一人。

 視線が集中する。不安と呆れと苛立ちと僅かな期待が籠もった視線である。

 それら衆目を浴びて、満を持し、最後の一人が伏せたカードを裏返した。

 「ロイヤルストレートフラッシュ」
 「何でだぁあああああっっっ!!」

 いつもの薙刀をトランプに変えたツムジの絶叫が轟くが、答える者はいない。

 ジャラジャラとチップが回収されていくのを綱手は睨みつけ、シズネは疑問を持って見つめ、ミカノは諦観を吐息に乗せて吐き出した。

 「なあ若大将若社長!何でそんな良い手ばっかなんっすかぁ!?」
 「悪い手が来る時もあるけど?」
 「そん時はいっつもブラフかドロップで碌な被害ないじゃないっすかっ!」
 「ついてるだけだね」
 「そんな馬鹿なーっ!!」

 それを横目で捉えつつ、くの一二人はひそひそと。

 「綱手様、ホントにイカサマじゃないんですか?」
 「口惜しいが、そうだ。ディーラーの方もむしろ困惑している」
 「じゃあ何であんなに?さっきからブラフ以外だと圧勝か一つ上の役ばっかりなんですけど」
 「・・・・・・それが分かれば苦労はせん」

 二つのやり取りを眺めながら、ミカノはもう一つ溜息する。

 火の国の大きなカジノだ。ここの裏連中とは今のところ問題は起きていないが、いつそうなるかと少々不安である。

 まあ、あの魅惑香にぞっこんであるなら、何の心配もいらないが。自分たちはその仕入れ人なので。

 社長命令で木の葉に魅惑香を広めて、八ヶ月。ほぼ全域に出回ったと言っていい。一度あれを体験すれば、大抵の人間はまた欲しくなる。理性で抑えられるレベルというのが重要だ。

 新羅の手腕は確かだった。必要な時に必要な場所へ必要な量を的確に輸送したのだ。さすがにあれには舌を巻いた。

 妙原にフル稼働してもらったそうだが、その結果莫大な利益が転がり込んだことは間違いない。

 素晴らしい先見の明だ、とはミカノは思わない。半年で結果を出せと言われた意味がまだ分かっていない。どちらかと言うとこの利益は、副次的なものだったのではないかと推測している。

 真の狙いは何なのか・・・・・・と、こんなことを考えついてしまうから、新羅はミカノを重用するのだ。

 そしてその推測は正しかったということを、ホテルに帰ってからの会話でミカノは実感することになるのだった。

 「若大将、もう一勝負、もう一勝負しましょう!」
 「別にいいけど・・・・・・綱手さんたちは?」
 「負けっ放しでいられるか。次こそ勝つ」
 「・・・それじゃ、私も」
 「・・・・・・付き合いますよ」

 普段の仕事ぶりを見ているミカノは、もしかしてカードの並びを全て覚えてるのでは・・・・・・と邪推するが、さすがにそれはないだろうと否定する。

 その推測もまた正しかったりするのだが、ミカノにそれを知る術はない。

 結局、最後に新羅は大負けを喫した。が、それは互いの関係に軋轢をもたらさないための配慮だということを、誰も知らないのだった・・・・・・










 「それで決行はいつだ?」
 「んー・・・・・・五日から、一週間後かな。風影が来ないとどうにもならないし」
 「・・・・・・その間にクーデターが始まったら?」
 「タカ便で風影来訪の話が今日中に届くと思うから、起こるにしても風影が帰った後にするはず」
 「どこまでもお前の手の内なんだな・・・・・・」
 「あはは、どうも」
 「誉めてねえっ!!」










 そして刹那の策謀が始まる。

 張り巡らされた糸は如何なる動きも察知し、動きを絡め取る。

 巣を張られた時点で、獲物に勝ち目はない。

 To be continued...









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・・・・短めだけど何やら書けたので連投です。多分次は遅い。・・・多分。

干し梅さん、どうもゆめうつつです。刹那悪魔してます。この次がもっと酷いですよ。

ゆうさん、ありがとうございます。このお話も楽しんでください。

野鳥さん、はい、会話ターンです。しばらくこのまま続きます。

ライル・エオリアさん、刹那究極合理主義なので・・・まあ、その辺はまだ明かしていない前世にあったりするのですが。・・・・・・いつ明かそう。

ニッコウさん、最高ありがとうです。我愛羅もどうぞ。

ザクロさん、ありゃ、修正しときますね。そして更新をどうぞ。

ディオンさん、大蛇丸も仲間って・・・・・・う~ん、仮にしても信頼関係は築けそうにないですね。


【重  要】
さて、皆様のおかげでこのたび水鏡も(消しちゃったの含め)累計30万PVを記録しました!感謝感激感無量です!!
祝!と言うわけでもないですが、うちは編が終わった後の日常編にお題を募集したいと思います。・・・・・・余り思いつかないので。日常が。
細かく設定していただいても構いません。可能なものはゆめうつつが執筆します。とくに期限はないです。
では、これからも水鏡を映すモノをよろしくお願いいたします!



[5794] 42 木の葉流し 序
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/06/17 13:47



 うちは一族。

 日向と並び木の葉最強の座を争う名家。

 だが八年前の九尾襲来より彼らは不遇の時を歩む。

 風当たりと共に鬱積は日々強まり、彼の者たちは反乱を企てる。

 それは忍びとしての矜持。それは長き因縁。

 ある日、過去から続く確執が決定的なものとなり、最終準備に入った彼らに来客あった。

 うちは邸の門戸を叩き、使用人が戸を開いた。真っ黒いコートにフードを被った人物を認め、声をかける。

 「どちらさまでしょうか?」
 「うちはイタチに、笹草新羅が来たとお伝えください」

 ――早朝のことであった。

 そして、その日の昼前。

 風影、木の葉到着。










 「おお風影殿・・・・・・よくぞいらした。お元気そうですな」
 「急な訪問、失礼いたす。火影殿こそ、ご健勝そうで何より」

 実際、急すぎると三代目火影猿飛ヒルゼンは思ったのだが、そんな素振りはおくびにも出さない。
 木の葉火影邸の応接室。そこには、名立たる五影の二柱が会談していた。

 「いやいや、偶の休みに家族を思うその心、儂も見習わねばなりませんなぁ・・・」
 「里の者には悪い事をしたな。仕事を押し付けてしまった」
 「まあそれもいい経験でしょうて」
 「違いないですな」
 「・・・・・・して、その子たちは?」

 風影の背後に並んで片膝つける、三人の子供。それぞれ異なる道具を背に負っている。・・・・・・扇子とあの包帯で隠した物はともかくとして、瓢箪は何じゃろうか?

 「私の子ですよ。木の葉へ寄ったのだから、顔合わせぐらいはさせておこうと」
 「なんと、そうであったか。・・・・・・どの子たちも、将来有望そうな顔をしておる」
 「礼を言いましょう、火影殿。皆自慢の子らです」

 ピクッ、と我愛羅の眉が動いたが、下を向いていたため誰も気づかなかった。

 「名を教えてもらってもよいかな?」
 「長姉、テマリです」
 「弟のカンクロウです」
 「・・・・・・末の、我愛羅・・・です」

 ちなみに、ここでは内心どう思っていようと合わせてね、と刹那に言い含められている我愛羅である。

 「ワシは木の葉三代目火影、猿飛ヒルゼンという。心行くまで火の国を堪能するとよい」
 「「感謝いたします、火影殿」」
 「・・・・・・」

 さすがに感謝の言葉までは言えない我愛羅だったが。

 「さて、ささやかな昼餉を用意しているのじゃが・・・・・・」
 「せっかくなので、お言葉に甘えることにしましょう」
 「そうか。ならば――」
 「申し上げます」

 ヒュッ、と現れた忍びの姿に三代目は言葉を途切らせ、眉を寄せる。
 風影との会談は知っているはず。ならば、それを押しての横槍か。

 「何じゃ一体・・・」
 「火影邸前に、五行総帥笹草新羅を名乗る者が火影様、並びに風影殿と面会を求めています」
 「五行・・・・・・?確か、新興の組織じゃったな。今は忙しいと追い返すがよい」
 「待ってほしい火影殿。笹草新羅とは面識がある。あれがここまで足を運んだということは、何かあるに違いない」
 「・・・・・・風影殿がそう言われるのであれば。ここへ通しなさい」
 「はっ」
 「お前たちは廊下に下がっていろ。これよりは機密に入るやも知れん」
 「「はっ」」
 「・・・・・・」










 「・・・・・・なあテマリ、笹草新羅って、あれじゃん?」
 「ああ、私たち砂に多額の出資をしていただいている組織の長だ。代わりに忍びを格安で貸し出したり風の国での便宜を図ったり・・・・・・要はスポンサーだな」
 「・・・・・・砂に来たことあったっけか?」
 「知らされていないことは多々あるからな。・・・・・・今回の旅行もだが」
 「にしても急すぎるじゃん。俺なんか刹那の奴に雷遁で起こされたんだぜ」
 「私は水遁だ。おかげで二度目の風呂に行く羽目になった。・・・・・・もう少しぐらいは、あんな悪戯をやめてほしいのだが」
 「言うなじゃん・・・・・・」

 六日も前のことをくどくど言う二人に内心イラッと来る我愛羅だが、この程度のことで騒ぎを起こさないよう刹那にきっちり教育されていたり。

 「・・・来た」

 我愛羅の一言に内緒話をやめる上二人。見れば廊下の奥から木の葉の忍びに先導されて近づいてくる一つの人影が。

 真っ黒な長の上下。足まで届くロングコートのフードと、前髪に隠れ、表情は掴みづらい。代わりとばかりに覗く唇は、弧を描いて愉しげだ。

 興味深げな目を向けていると、笹草新羅と思われる人物がふと立ち止まり、彼らに視線を注いだ。

 一人一人、視線を合わせ、くすりと喉の奥から微笑を漏らす。かと思えば何を言うでもなく、止まっていた歩みを再開させた。

 その背が扉の向こうに消えるのを見送り、上の姉弟たちは詰めていた息を吐く。

 「・・・・・・何か、凄そうじゃん」
 「だな。話には聞いていたが、あそこまで若いなんて・・・・・・乱雲の役を沈め、今では雷の国の裏を一手に牛耳る若手の最気鋭らしいが・・・・・・」
 「何しに来たんじゃん?」
 「私が知るか・・・」
 「・・・・・・あの笑顔」
 「笑顔がどうかしたじゃん?」
 「どこかで、見たような」
 「「・・・・・・はあ?」」










 「お初に御目にかかります。民間軍事企業『五行』総責任者、笹草新羅です」
 「三代目火影猿飛ヒルゼンじゃ」

 現れた人物が、噂に聞くより余程若いことに三代目は内心驚いていた。
 全身黒尽くめでさながら喪服のようだが、フードの下に隠していた瞳は愉快そうなもの。
 間違っても葬儀に赴く態度ではないのは確か。

 そこへ、風影が声をかける。

 「久しいな、新羅。お前のおかげで我が里は随分と助かっている」
 「お互い様です、風影様」
 「・・・・・・お二人は、どのような間柄ですかな?」

 本当に知り合いらしい二人の様子に、三代目が尋ねる。

 「投資家と、投資先と言ったところでしょうか」
 「それで間違ってはいないな。もっとも、良い投資先とは言えんが」
 「ご冗談を」
 「さて、どうかな」

 相当に気安い関係らしい。いつの間に。

 ・・・・・・それにしても、依頼者ではなくスポンサーとは。

 忍びは、高い。非常に優秀で大抵の仕事は引き受けるが、人材育成に危険手当などなど、とにかく金がかかる。
 忍具一つ取っても年間莫大な量の鉄が消費されていることを思えば、それも当然。
 故に雇うにせよ投資にせよ、高額の資金が必要となるのだ。
 つまりは、五行にはそれだけの金が眠っていることになる。発足してたかが二年にも満たない組織が、だ。

 ・・・・・・少し、調べてみるかの。

 これまでは、他国のこととさしたる関心を払っていなかったが、砂と提携を結んでいるとなると話は変わる。
 表向き砂とは同盟を結んだ関係だ。が、その約定はいつ破られるとも知れない濡れた障子のような物。
 その砂に出資しているとあれば、幾許かの警戒を持っておいて損はない。

 「して、五行の総責任者が木の葉に一体何の用じゃ?」

 さておき目先の議題はそことなる。
 新羅が風影の訪れを見計らって足を運んだのは明らか。
 ならばそこに、如何様な思惑があるのか。

 「少々、きな臭い噂を耳に挟みましてね」
 「きな臭い・・・・・・噂?」
 「ええ、・・・・・・古い、血の臭いがする噂です」

 ――古い、血。
 思い至る節のある火影は内心だけで眉を動かす。
 笹草新羅が浮かべる感情は、初めより変わらぬ、楽。
 五影を前にしていささかも緊張していない。

 「ほう・・・古い血とな?すまんが、儂の耳には入っておらんの」
 「くすくす。・・・・・・御冗談が上手いお人です。大事な大事な血を、見殺しになされますか」

 上がった笑い声には、僅かばかりの喜すら混じっていない。
 終始一貫して楽があるのみ。
 この上なく、不気味だ。
 
 「「――・・・・・・・・・・・・――」」

 老いたりと言えど微塵の衰えを見せない眼光が、鋭く新羅を貫く。
 火影を、最大最強の隠れ里の長を長く務めた猛者。
 “教授”と恐れられる忍びが、『敵』を威圧する。

 が、

 『敵』は一切の変化を見せずに、それを受け流す。
 そよ風としか感じていないようだ。
 事実、そうなのだろう。

 ・・・・・・ふん。

 パイプから紫煙を燻らせる火影。
 癪だが、才能だけの若造ではないと認める。
 それなりに気概もあるようだ、と。

 「・・・・・・さて、五行の責任者殿は何を仰りたいのやら」
 「小耳に挟んだ程度ですので、血が流れることに異存はありません。しかし・・・・・・」
 「しかし・・・何ですかな?」 
 「・・・・・・これ以上は不要だと、僕は思っているわけです」

 本当に、その表情は変わらない。
 貼り付いたような楽。
 言葉も、どこまで本気か測り難い。

 フゥ・・・・・・と吐き出した煙が、天井に上る。

 「お主には関係のないことじゃろう。余所様の事情に、そう首を突っ込むものではないぞ」
 「もう、突っ込んだ後ですから」
 「・・・・・・」

 ・・・・・・後?

 違和感を覚える、火影。
 “これから”、ではないのか?

 「既に貴方の耳とも話は付けてあります」
 「・・・耳じゃと?それはもしや――」
 「火影殿に許可さえいただければ、百年に及ぶ因縁に決着がつくのです」
 「許可・・・因縁?お主は一体、何を言っておる?」

 ――初めて。
 初めて、笹草新羅が楽以外の感情を現した。
 僅かに語気を乱した火影の問いに、
 身も凍る極寒の愉悦が、弧となって形を結ぶ。

 「くす’’・・・・・・くす’’・・・・・・くす’’・・・・・・」

 嗤い声’’’
 火影の皮膚に鳥肌が立った。
 九尾の咆哮さえまだましに思える、声。
 純粋に悪意という意味では・・・・・・こちらが上か。

 「三代目火影、猿飛ヒルゼン殿」

 まだ十代だろうに、どこからこんな冷たい声が出るのか。
 名を呼ばれた火影は、不思議でならない。
 ぞっとするような冷笑を湛えて、新羅が放る。

 「うちは一族の解放を、許可願いたい」

 とてつもなく巨大で波乱に満ちた、火種を。










 「――戯け。寝言は寝て言うがよい」

 苛立たしげに煙を吸い、すげなく火影は一蹴する。
 まあ、予想通りの反応である。むしろここで許可されたらこちらが困る。
 軽く両手を挙げて新羅は纏っていた空気を霧散させた。
 意外だったのか、三代目が目を丸くする。

 ・・・・・・ゴリ押しじゃ意味ないからね。

 「そうですか。ま、分かってはいましたけどね。・・・・・・出直すとしましょう」

 今日の交渉は前哨戦に過ぎない。
 本命は明日。
 宣戦布告を終えて繰り出す、必殺の一手。
 今は・・・それに備えるとしよう。

 「風影殿。お礼はまた改めてしますので、明日十時にこの部屋でお願いできるでしょうか?」
 「こちらとしては別によいが・・・・・・火影殿?」
 「生憎じゃが、明日の朝は予定が決まっておる」
 「ご安心を。その時には僕との話が“最重要”となっている筈ですから」
 「何・・・・・・?」
 「失敬、口が滑ったようです。・・・・・・では、若輩者はこれにて失礼致します」










 一礼を残して去っていった新羅。
 火影邸の応接室にやたら重苦しい空気を撒き散らして。
 ・・・・・・結局何が目的だったのかと、火影は頭を悩ませる。
 本人が言う通りうちは一族の解放が望みなのか?
 それにしては、やけにあっさり引き下がったように思えてならない。

 「・・・・・・風影殿。笹草新羅とは、長く?」
 「さて・・・そう長いわけではないですな。直接会ったのも数える程か」
 「いつも・・・・・・あのような態度なのですかな?」
 「少なくとも、誰かに媚びへつらう姿は想像もできませんな」

 それは・・・・・・火影自身、思っていたことだった。
 表面上丁寧な言動を心懸けていたようだが・・・・・・
 その実、慇懃無礼と言う程でなくとも、充分に失礼な奴であった。
 ・・・・・・ただ、
 失礼と分かった上で、それを場の空気造りに利用する手腕は見事なものだが。

 「とにかく・・・・・・敵に回すより味方として活用した方がいいでしょう。何せやること成すこと突拍子もないものばかりですからな」
 「それは、情報面でのことですかの?」
 「そうとも限らないのがあれの怖いところだが・・・・・・まあ概ね間違ってはない」

 むぅ・・・とその厄介さ加減に火影は唸る。
 極秘事項とも言えるうちは一族の懸案を、一体どこから嗅ぎつけてきたのか。
 全くもって油断ならない相手である。
 機密管理を見直すべきかもしれない。

 ・・・・・・イタチが、のう・・・・・・

 彼奴めは“耳”と話が付いているとのたまった。
 うちは一族の中で、現在自分の“耳”と呼ばれるのは一人しか心当たりがない。
 話を聞くべきか、と老火影は思案を纏めた。

 「風影殿、申し訳ないが儂は昼餉に参加できそうもない。案内を付けるので、家族水入らず楽しんではくれんか?」
 「元よりご厚意に甘えさせてもらった身ですよ。過分な世話は不要です」
 「助かるわい。これ、風影殿を食事の席へ」

 人を呼んで風影一同の案内を任せ、火影は暗部にイタチを連れてくるよう命じる。

 が、

 「追い返された?」
 「はっ、何でも緊急の集会を開いているとのこと。例え火影様であれ出入りは許さぬと」
 「・・・・・・もしやクーデターを?」
 「いえ、それにしては非戦闘員の避難はしておらず、忍びの中には呼ばれてない者もいるようです」
 「何なんじゃ一体・・・・・・」

 里の最高権力者である自分さえ立ち入りを禁ずる緊急集会。
 しかしその議題はクーデター関係でない可能性が高いという。
 火影の命で動く暗部をはねつけたという事実は最早里の忍びとして末期症状だが、ならば何を話しているのか。

 「やはり新羅のことかのぅ・・・・・・」
 「その笹草新羅ですが、見失ったそうです」
 「・・・・・・お主らがか?」
 「面目次第もございません。ただ、あの者は忍びではないかと思われます」
 「只人に忍びは撒けぬ、か。・・・・・・捜索を」
 「はっ、心得ました」

 ・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・笹草新羅か。

 お主は、何が狙いなのじゃ?

 うちは一族を使って、何をしようとしておる?










 そして日は開け翌朝。

 「火影様ーーーっ!」
 「何じゃ朝っぱらから騒々しい・・・・・・」
 「火の国の全街道が封鎖されました!」
 「――――」

 理解に数秒を費やし、

 「何じゃとぉっ!?」

 九尾に匹敵する非常事態に目を剥いた。










 ――――策謀・木の葉流し   開演








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……お待たせしました。やっと更新です。いや、長かった。

ライル・エオリアさん、まあ、やろうと思えばシカマルとかもできそうな気はするのですが。横笛の組み合わせ全部覚えてたし。

ニッコウさん、ども、更新です。悪どい手はちょっと見えました。そしてその全貌は次回。すみません。刹那のお散歩……面白そう!でも難しそう……やるなら日常編のまとめでですね。考えておきます。ところで、パソコン直りましたか?

野鳥さん、いえ、媚薬です。その辺の記述はいずれ絶対に載せますのでお楽しみに。我愛羅も……何とかしないとなぁ。

jannquさん、ヒグサか……機会がなくて結局あの話でしか出てない転生者。う~ん、ちょっと難しいかな……保留で。

RENさん、あはは……コンティニューは気分で入れてみました。特に意味はありません。…原作知識?勿論使っていきますとも。可能な限り原作と乖離させないようにしているので。……もう変わりすぎですかね?日常編でアカデミー……刹那の評価が出るような、ですか。……OK、頑張ってみます。


さて、うちは編はまだ途中までしか書き上がっていません。次でキリがつくか、もう一話か。……できるだけ早い投稿を目指します。
あと、日常編も随時募集してますので、ゆめうつつにネタをお与えくださいませ。



[5794] 43 木の葉流し 詭
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:81ce07a8
Date: 2009/06/19 11:58

 火影邸の議場には、戦時下もかくやと言うほどのそうそうたる顔触れが揃っていた。
 御意見番、うちはを除く各旧家の当主、熟練の忍びと暗部の火影直轄隊に加え、風影の姿もある。
 これだけのメンツが顔を合わせている時点で既に異常だった。
 彼らは粛々と、しかし悲壮なまでの面持ちで、情報収集に駆けずり回った暗部の報告を聞いていた。

 「……現在、火の国大名殿を中心に、ほぼ全ての街道が完全に封鎖されています。大凡の区切りは街や村ごとに設けられ、移動を禁じられています。獣道や隘路の通行は可能ですが、物資の調達に使うには不可能かと」
 「大名様は何と?」
 「鷹便、緊急の使者を含め未だ返答はありません。封鎖の原因は依然として不明です」
 「他には?」
 「……先週から里内にて大量の糧食が買いこまれており、今日が商人たちの定期便の日でした。よって補給ができておりません。非常用の備蓄を解放したとしても、里人全員を賄えば三日と持たず干されます!」

 誰かの息を呑む音が聞こえた。それは自分のかも知れないし、他人のかも知れない。
 ただ共通するのは、里の危機を誰もが認識したということだ。
 静まり返った空間で、暗部の養成機関で長を務めるダンゾウが手を挙げた。

 「近隣の村落から稲と野菜など食料品を直接買い取ってはどうだ?焼け石に水ではあるが、無いよりはいい」
 「……既にコンタクトを取りました。しかし当たった村は全て交渉の終わった後で、彼等が食べる分しか残っておりません」
 「それは……困りましたな」

 あのダンゾウが火影へ何の嫌みも言わずにそれきり沈黙した。その事実が、彼ら彼女らにより一層の危機意識を持たせる。
 この中に風影の姿があるのは幸いだった。危険度を文書ではなく直に感じてもらえるからだ。最悪砂に援助を求めることを考えれば、風影の木の葉来訪は時期的に最良と言えた。
 次に発言を求めたのは、日向ヒアシ。日向家現当主に火影は促す。

 「火影様。事の原因は推測だけでも分かっておりませぬか?些細なことでも解決の糸口になるやも知れません」
 「心当たりはあるにはあるが……風影殿?」
 「恐らくはお察しの通りかと。このタイミングで、他には考えられますまい」

 同意を得た火影は苦々しく眉を寄せ、紫煙を吐き出す。

 「……三代目、その心当たりとは何じゃ?」

 御意見番のホムラに聞かれ口を開きかけるが、突如慌ただしいノックが鳴り遮られた。

 「会議の途中であるぞ!」

 もう一人の御意見番コハルの叱責が飛ぶ。

 「申し訳ありません!火急の報せにてご容赦を。火影様……来客です」

 見ると、時計は丁度十時を差していた。

 「……奴か?」
 「はっ」
 「すぐに通せ」

 扉の向こうの気配が消え、一連の会話から奈良シカクが代表して疑問を投げる。

 「火影様、奴とは?」
 「……心当たりじゃよ」
 「「「!?!?!?」」」

 やがて、扉が開いた。黒尽くめの人物を伴って。

 「おやおや……木の葉の最高戦力が揃い踏みですか。朝からご苦労様なことで」

 緊迫した空気をまるで無視した挨拶もない軽口。優秀な忍びたちは表にはそうと見せずとも、内心でムッと顔をしかめる。

 「何様のつもりだいアンタ?礼儀がなってないねぇ」

 血の気の多い犬塚ツメが真っ先に噛み付く。

 「これは失礼。既に火影殿が説明されたと思っていたもので」

 フードを払い、劇のように芝居がかった仕草でそいつは一礼する。

 「五行総責任者、笹草新羅です。此度の出し物はお気に召されましたか?」

 言葉に含まれた意図に気づき、皆が目を見開く。

 「やはりお主の仕業じゃったか。……食料の買い占めもじゃな?」
 「忠告はしましたよ?宣言通り最重要案件になったようで何よりです」

 くすくすと笑う姿は幼子の如く邪気の欠片もない。
 だが火影は見ている。無垢な仮面の裏、深淵に潜む怪物を。

 「……大名様に何をした?」
 「別に?街道封鎖をお願いしただけですよ。僕が良しと言うまでの間、ね。快く聞き入れてくださいました」
 「馬鹿を言うな!無理矢理言うことを聞かせただけだろうが!」
 「貴方は……イビキさんでしたか?では聞きますが、木の葉の護衛はそんなことを許すほど無能なので?」
 「それは……!」

 問われ、答えに窮する。
 だがこんな馬鹿げたことを認めるほど大名も能無しではないのだ。となれば目の前の青年が何かをしたのは明白。
 現れた元凶に色めき立つ忍び立ちを、火影は一喝する。

 「静まれぃ!ワシが話す。……新羅よ、お主の行いにより木の葉どころか火の国全土が混乱に陥っておる。そうまでしてお主は、うちはを助けるなどと抜かすのか」
 「昨日と変わりませんよ、火影殿。僕がここまでお膳立てしたのは、うちは一族を里のくびきから解き放つため。……それだけです」

 この場に姿を見せていない唯一の名家の名が挙げられ、ざわめく。

 「それだけ……たったそれだけのために、何十万の人間を巻き込んだと言うか!!」
 「有象無象の心配なんてするだけ損ですよ。僕の下に付くのなら、その限りではありませんが。敵には刃を、味方には手を、そしてその他は無関心。……これって結構普通だと思うんですが?」
 「お主とて多くの者を率いる立場にある!新羅、お主が切り捨てた有象無象によって国が成り立っていると何故分からん!?」
 「関係ないんですよ。僕の拠点は雷の国。火の国の住人が根絶やしになろうと……まあ収入源が減る程度の意味しかないですね」
 「お主は……!」
 「説得なんてやめてくださいね?それより他にやることがあるでしょう?」

 ツカツカと、無防備に火影の机に歩み寄る新羅。暗部の誰かが止めようとしたが、火影が片手を挙げて制した。

 「よく分かってらっしゃいますね。僕に危害を加えた瞬間、交渉は決裂でしたよ」
 「交渉?脅迫の間違いじゃろう」
 「くすくす……脅迫だなんて滅相もない。僕はただ、選択肢を二つ提示するだけですよ」

 ハラリ。取り出した紙を机に広げる。うちは一族の木の葉脱退を認める誓約書に目を通し、枯れ木のように老いた手が肘掛けを軋ませる。

 「これにサインしていただけるなら、封鎖は今日明日中に解除いたしましょう。でなければ……もう冬ですから近いうちに餓死者が出るかも知れませんね。大量に」
 「ぐぅ……!」

 頼みの綱のイタチは既に寝返っている。これを許可すれば里抜けを理由に追い忍を放つことはできない。危険な外部勢力として排除しようにも、万華鏡写輪眼を相手にどれだけの優秀な忍びを失うことになるか、計り知れたものではない。
 それに解放してしまっては、木の葉の秘が数多く諸外国へもたらされてしまう。しかし断れば里人のみならず、火の国全土が飢えること必至。
 無辜の民の命か、木の葉の損害か。
 ……決まっている。

 「許可……しよう。御意見番殿も、それで良いか?」
 「罪無き命には替えられんか……」
 「やむを得んのぅ……」

 力無い言葉。木の葉を支える大黒柱三人の悄然とした声に、無力を噛みしめる忍びたち。
 サインと印を捺された紙を手に、笹草新羅は悠々と部屋を出る。その直前に、首だけで振り返り、

 「ああそうだ。一つ忘れてました」

 警邏隊や暗号の変更などの思案を始めていた首脳部三人が、顔を上げた。

 「これまでの不当な扱いに対して誠心誠意謝罪をしてもらえるなら、全て水に流して最初の客にしてやってもいいと、うちはフガクからの伝言です」
 「「「!!」」」
 「その時にまあ……木の葉の秘密などに関しても交渉に応じると。……ちゃんと伝えましたからね?」

 唖然とした視線を背に受けて、新羅は今度こそ議場を後にした。
 ――火影の判断は、素早い。

 「ホムラ殿、コハル殿。ワシは行く。下らぬ見栄を捨てるだけで彼らを引き留められるなら、喜んでワシは頭を下げようぞ」
 「やれやれ……言うと思っとったよ」
 「ワシらも行こう。何、プライドなぞやすいもんじゃ」
 「我々もお供します!」

 暗部の隊長の言に火影は首を振る。

 「ダメじゃ。余計な戦力を連れて行って彼らを刺激したらどうする。この部屋で待っておれ」
 「フ……尊敬しますぞ、火影殿」
 「風影殿……いや、情けないところを見せてしまった」
 「武勇伝ばかりでは面白味が無いというもの。今宵は酒でもどうであろう?」
 「ありがたい……では、行って来る」

 敬礼を受け、木の葉最大の要人たちは忍びらしく屋根を往く。廊下を使うよりもその方が速い。
 そして数分後。今回の事件を教訓に次へ活かそうと考える忍びたちの前に、息せき切った伝令班の一人が現れた。

 「火影様!吉報で……、?火影様は、どちらに?」
 「何があった?報告はワシが受けよう」

 ズイと進み出たダンゾウに一瞬怯むが、すぐに一礼してその吉報とやらを告げる。

 「たった今鷹便による大名様の返答がございました!此度の急な封鎖は五行よりの依頼を受けてとのこと。今日限りの一時措置だそうです!」

 「「「……は?」」」

 「よって夜には全面解除されるとのお達しです!……?何か、おかしな点がございましたか?」

 木の葉の支柱を成す忍びが、皆諸共に呆けたような面を晒している。
 一人、風影だけが覆面の下で必死で笑いをこらえていたが。今日ほどこの覆面をありがたく思ったこともないだろう。
 優に十秒以上の硬直を挟んで、ようやく放逐された思考が帰還する。
 ヒアシが、シカクが、イビキが、あのダンゾウまでもが、口を揃えて、

 「「「だっ……」」」
 「だ?」



 「「「騙されたーーーっっっ!!!」」」



 上忍たちの異口同音の絶叫が、火影邸を揺らすのだった……










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
三部構成次回で締めのゆめうつつです。最後もう少し笑えるように書けたかなーと思うのですが、まあ、精進します。
さておき、お楽しみいただけましたか?これが一応あちこちで暗躍した集大成なのですが。
次はまとめと言うか解説?のような。まだ書いてないので遅いかもです。
では返信を。

野鳥さん、別に知りあいにならなくても大した問題ないような。大蛇丸に安しても考えはあります。原作通り木の葉崩しに来てもらいます。

月兎さん、いかがでした?策略。しっかり決まったとゆめうつつは思っています。

ニッコウさん、封鎖自体偽物でした。部分的に。戦いより悪どい手段になりましたよー。まさに詰みです。見かけだけ。パソコンは……ご愁傷様です。

ミクロスさん、そうですね……これまではうちは一直線だったので書けなかったのですが、これからは日常編に入るので無問題かと。刹那が介抱するっていうのは……できるかな?まだ分かりません。すいません。


またいずれ、お会いしましょう。



[5794] 44 木の葉流し 終
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/07/10 10:42




 ……ふう。
 思わず溜息を吐いてしまうのも仕方がないかと。こんなことが続くようなら胃に穴が空くこと確実です。

 「…………出費が軽く億超えてますね……。火の国で稼いだ分は七割方水の泡ですか」

 バカではないがさして能があるわけでもない大名説得と、封鎖による損失の補償。……計算するまでもなく大赤字、と。

 「何がしたかったんでしょうか……?」

 魅惑香が盗まれたとでっち上げて五行の威厳が云々見せしめがどうのと、居もしない盗人を捕まえるために封鎖を依頼。袖の下もついでに。
 その封鎖によって生じた各地の被害は全て五行が賠償するということで話はついた。……むしろよくこの程度の赤字で済みましたね。

 「ミカノ副社長、社長より急報です!」
 「貸しなさい」

 急報……これ以上見返りのない出費は御免ですが。まあこの出費がどこへの投資なのかまだ分かっていませんが。
 何々…………。うちは?

 「…………バカですね」
 「は?」
 「貴方はもう出なさい」
 「は、失礼いたします!」

 ……本当に、どこまでバカなのかあの人は。
 いくらなんでもこれはやり過ぎ。下手な恨みを買って木の葉の刺客が来たらどうする気なのか。

 「……そのための、砂?」

 まさかこのためだけに、あんな多額の出資を?
 金で安全が買えるなら安いものですが……ああ成程。うちはも雇うと。
 本格的に育成が始まりますね。知識面での教育は、社長の持ってきた教科書で実施中ですし。
 仕方ありません。五行の隠し資金を少し切り崩しましょう。
 乱雲の役のどさくさに紛れて各地の裏組織からごっそりいただいた秘密財産。まあ、それを知る者はほぼ全て土の下ですが。
 無能者も役に立ちますね。勝手に集めてくれてたんですから。

 「さて。彼らとの会談の場を準備しましょうか」

 木の葉の雄、うちは一族。何事も最初のイメージが大切ですからね……










 「たばかられた……!」
 「我らを小馬鹿にしおって…ただではおかぬぞあの若造が!」
 「火影様へ急使を! 急ぎこのことをお伝えして――」
 「お伝えして、どうする気か」

 喧騒がピタリと止む。忍びの頂点と謳われる五影の一角、風影の言は、嵐の訪れを告げるような静けさに満ちていた。

 「……か、風影殿?」
 「誰でもよい、答えよ。火影殿に今の話を伝え、どうすべきだと言うのか」
 「無論、先の決定を破棄していただくのです」

 ダンゾウの言葉に、否定する者はいない。

 「そうか。……ならば、火影殿に告げるがよい。“同盟は今日で解消”だと」
 「「「な!?」」」
 「……理由を、お聞かせ願えますかな?」
 「知れたこと。正式に結んだ約定を舌の根も乾かぬうちに手の平を返す国に、背中を任せられるか」
 「それは……しかし、」
 「一つ勘違いしているようだな……五行が貴殿らに仕掛けたこれは、詐欺の類ではない。……戦争だ」
 「戦争……ですと?」
 「左様。五行という一組織が木の葉に仕掛けた戦争だ。そして……貴殿らは負けた。敗者だ」
 「……それはちと暴論に過ぎませぬか?」
 「では聞こう。あの時新羅が望んだのがうちは一族の解放ではなく……火影殿の首だとしたら、どうか?」
 「……!!」

 示唆された可能性に、さしものダンゾウも顔色を変える。
 あの時、あの状況で新羅の意向を阻むのは、国の滅亡を意味していた。例えそれが、ただの勘違いだとしても。
 三代目の性格からして、首を寄越せと命ぜられれば、自ら首を落としていただろう。
 全くの無条件。悲惨極まる、犬死にの形で。

 「新羅に感謝するんだな。“あの程度の代償しか”求めないでくれて」
 「……っ」

 屈辱――そう、それは屈辱。
 為す術なく術中に陥れられ、情けまでも掛けられた……
 これが屈辱でなく、何だ。

 「とは言え……これが最良の形かもしれんな」
 「………それは、誰にとっての?」
 「木の葉と五行……そしてうちはにとって、だろうな。火影殿に全てを聞いたわけではないため、はっきりしたことは言えんが……」

 まあ……この辺りで手打ち、といったところか。
 刹那経由で事の次第は把握しているが……つくづく、アレは敵に回したくない。










 そしてそれら紛糾した会話に紛れるように、伝令役の忍びはひっそりと、誰にも気取られることなく議場から姿を消した。










 うちは邸門前で、フガクさんに書状を渡す。

 「――というわけで、これこの通り。火影直筆の誓約書を手に入れることに成功いたしました」
 「本物か……?」

 フガクさんは実際手に持って見ても未だ疑惑が色濃い様子。……当然か。
 許可を取り付けるとしか言ってないから、計画のけの字も知らないし。
 昨日話を持ちかけた時は滅茶苦茶疑われてたけど、火影の使者を追い返すだけで後は何もしなくて良いと言ったら、勝手にしろと投げやりな返事を頂いた。
 失敗しても成功しても損はないと踏んだらしい。まあ実際その通りだけど。

 「本物ですよ? 多分証人が直に来ますし」
 「証人?」
 「はい。……あ、ほら来た」

 砂煙を蹴立てて老骨に鞭打ち駆ける火影……に、御意見番まで?
 う~ん……カシワさんとどっちが元気かな。
 突然現れた木の葉トップスリーに、フガクさんは僅かに気配を緊張させた。……くすくす。

 「火影様……いえ、火影殿。何用でしょう?既に、約定を頂いた我らは自由の身。命令に従う義務はありませぬ」

 そう、義務はない。だから交渉ができる。

 「……うちはフガク殿」
 「何か」
 「長年の非礼、心よりお詫びいたす」
 「……は?」

 被り物を取って、深々と頭を下げる火影。それに続く、後ろの御意見番二人。
 物凄くシュールで、非現実的な光景だと思う。
 あの火影が、うちはに対して謝罪の意を告げる。
 マンガでは有り得なかった展開だけど、まあ、こういう形に落ち着くことがあっても良いはず。

 「…………」

 火影一同の全面降伏的な平謝りに渋面なうちはフガク。
 状況を例えるなら、ダースベーダーに土下座されるジェダイの戦士だろうか。
 ……光景的にひたすら気味が悪そうだ。
 チラリと向けられた目が何だこれはと言わんばかりに写輪眼。……そこはかとなく身の危険を覚えたので、もう少し見ていたかったが諦め話を進める。

 「火影殿は許しを請うているのですよ。これまでの諍いをなかったことにはできませんが、再び歩み寄る努力をしても良い頃合いじゃないでしょうか」

 そして言葉にはせず付け加える。

 (ここで上手く交渉できれば追っ手がかかる心配をせずに済みます)

 結構な早口だったが、そこはやはり写輪眼。完璧に読み取ってくれたらしい。理解の色が表情に浮かぶ。

 (……次は前もって段取りを報せておけ)

 しかめっ面で唇がそう動く。……はい、すみません。善処します。一応。

 「……皆の者!」

 頭領の呼び声にそこら中の物陰からうちはの家紋を背負う忍びたちが現れる。急に訪れた火影を警戒して忍んでいたらしい。

 「かの五影が一人、木の葉の火影は我らに謝意を示した! 過去のことを忘れることはできん。彼らの行為をそう簡単に許そうとも思わん。だが、礼を尽くされれば礼で返すは人の道。忍びもまた同様。よってこれよりは武力でなく言葉を用い、我らが意を伝えたいと思う!」

 その叫びにどのような思いがあったのか、僕には推測しかできない。

 「不服がある者は今申すがよい!」

 でも、そこで名乗りを上げる人間が誰も居なかったから、これで彼らの心も纏まったんだと思う。
 悲劇で終わった物語は僅かな異分子によりハッピーエンドへと向かい始める。
 ここで終われば万々歳だろうけど、カーテンコールの前にもう一つイベントがあるからね。

 「――新羅殿、和解のチャンスを頂き、また我らに反乱以外の道を示して頂き、感謝のしようもない」
 「よしてください。僕が望むのはギブアンドテイク――ビジネスです。今回の代金はまた日を改めて取り立てに参ります」
 「ああ……また日を改めて、な。……火影殿、そろそろ顔を上げてもらいたい」
 「おおすまぬ。……ところで、イタチはおるか?少し話があるんじゃが……」
 「イタチ? そういえば姿が見えませんな……」

 そうフガクが呟いた時、玄関の辺りで誰かが倒れるような鈍い音が聞こえ、振り返ったフガクは驚愕のまま名を呼ぶ。

 「刹那くん!?」

 血相を変えて走り寄った少年の肩には、苦無が一つ突き刺さっていた。

 「どうした、何があった!?」
 「う……イ、イタチさんに、用があって来たんですけど……声をかけたら、いきなり手裏剣とか、投げられて……」
 「分かった、もう喋るな。――ヤシロ!」
 「はっ! 一個小隊付いてこい!」

 応えが返り、影を残して疾走を開始するうちはの精鋭。彼らの顔には戸惑いと、納得の色があった。

 「どういうことじゃ……? 何故イタチが……」

 呆然と声を漏らす火影。だがその頭脳をフル稼働させたとしても、余りに不足した情報の前に正しい結果を推量できるはずがない。

 「新羅、何か知っているなら今すぐ吐け」
 「知るわけないでしょう……そこの刹那くんとは行商の途中で知り合って仲がいいんですから。その紹介でイタチさんとは顔つなぎをしただけですし……もう何が何だか」
 「そうか……お前にも分からんことはあるか」
 「ただこのタイミングから考えて言えるのは、イタチさんは木の葉の外と繋がりがあったのかもしれません」
 「…………分かった。火影殿、こちらでも追撃の部隊は出しますが」
 「暗部も動かそうぞ。フガク殿の下にいないのであれば、自由にすることはできん。……イタチは、知りすぎておる」

 木の葉の里が誇る火影と、世に名だたるうちはの頭領は、互いに頷き合うのだった。










 「――こうしてうちはと木の葉は共通の敵を持ったことで、より一層結束を深めるのでした」
 「……もうお前一回死んでこい」

 事の顛末を刹那に聞いてたんだが……突っ込みどころが多すぎてそれしか言えん。

 「なあ、おかしいだろ!? 何をどうしてどうなったらそんな結末迎えんだよ!」
 「今三十分かけて一から十まで説明したよね?」
 「そーゆー事を聞いてるんじゃねえっ!」

 ばんっ、と机を叩いて浮いたカップを、包帯で固められてない左手で刹那は器用にキャッチする。
 時刻は暗夜。ナズナが寝静まった頃を見計らい密談中。

 「お前はアレか? 新世界の神か何かか? それとも三国の諸葛孔明か!?」
 「軍略は鳳雛の方が上だったと思うけど……」
 「だからそんな枝葉の話は要らねんだよ! 俺が聞きたいのはな、前世で普通の職種に就いてた奴にはここまで馬鹿みたいに壮大な芝居は無理だっつー話!! 前から気になってたが、この際だ。正直に答えろ。……お前、前世で何を――」
 「シギ」

 遮り、手元のカップを満たす黒い液体に目を落とし、刹那は僅かに悲しげな色を含んだ声で、

 「死にたい?」

 直接的で、ごまかしの一切ない明快な、しかし背筋に寒気を覚える一言を、放った。
 呑まれて何も言えなくなる俺を見もせずに、笑顔を捨て去って刹那は続ける。

 「過去っていうのはね、良い思い出と悪い思い出からできてる。ただその比率が違うだけで、心が死んでない限りはその二色で色分けされてるんだ。――でもね、肝心なのは色じゃなくて比率の問題でね、ほとんどが真っ黒に塗り潰されている人間も世界にはごまんと居る。そういう人間が過去の話をする時は、強制されてか、自分が救われたいと思ったからか」

 くっ、とコーヒーを煽り、カップを置いた刹那の水色の瞳が、真っ正面から見つめてくる。

 「笑い話のように話していても、そこに何の想いも持たないはずがない。特に、シギ。訳ありだと知っての問いなら、許されないと僕は考えるけど、キミはどう?」
 「…………分かった、分かったよ。俺が悪かった。お前が話したくなるまで待つっての」

 というかその答え以外だと本当に殺されかねない気がする。
 それなりに友情を育んでは来たが、ナズナと俺を天秤にかけたら間違いなく切り捨てられるだろうし。
 ……そういう優先順位においては、どこまでも合理的で、機械的なんだよなぁ……こいつ。
 前世がどこぞの人工知能だったらむしろ納得がいきそうなんだが……まあ、それはさすがにな。

 「ん、分かってくれたようで何より」
 「へいへい。俺はお前と違って常識人のつもりだからな、嫌な過去思い出させてまで聞く気はねえよ」
 「あ、ちなみに今言ったのはあくまで一般論の話で、僕には関係ないので悪しからず」
 「……………………………………は?」
 
 俺呆然。
 刹那ニコニコ。
 ………こんにゃろうめ……いつか吠え面かかせてやるからな!

 「さておき、これでサスケがイタチを追う理由もできたね」
 「一族を裏切り出奔……その原因を探るためにも追いかけるだろうなぁ……あいつの性格からして」
 「外に地盤ができるまではうちはも木の葉に留まるだろうし……辛うじて原作の形は保ててるかな?」
 「いや、それはないから」
 「そう?」

 さも不思議そうに聞かんでくれ……この天才天然野郎。










 「くくくくくくくくく…………」
 「……気味が悪いな。何を笑っている」
 「これが笑わずにいられるかイタチ。あの火影が、切羽詰まってこの行動とは言えうちはに頭を垂れたのだぞ? これを笑わずに何を笑う!」

 ああ、こんなにも愉快な気分は久し振りだ。惜しむべきは、この痛快さを他に理解できる者がいないことか。

 「笹草新羅……いや、白亜刹那か」
 「……何?」
 「そう怖い顔をするな。アレは面白い……手など出さんよ。滅んだところで気にも留めない古巣だが、万華鏡写輪眼に至る道が多く残されるのは僥倖だろう。……お前の弟にとってもな」
 「………」

 だんまりか。まあいい。
 それよりも………白亜刹那。
 あの知謀は、欲しいな。
 
 「俺の手助けにも、いずれ気づくだろうな」
 「手助け……?」
 「些末なことだよ。……今は、な」










 その後、幾度かの議論の末木の葉はうちはと契約を結ぶ。
 細々とした裏取引が為されたが、それに異論を挟む者はなかった。
 うちはは一つの独立組織として木の葉に協力し、新たな住処を見つけるまではこれまで通り今葉隠れに在住する。
 変わったことは、うちはが火影に並ぶ対等の相手として見られるようになったことだろうか。
 裏切り者と罵る者もいるが、それも直になくなるだろう。
 下手をすれば、木の葉とうちはで全面戦争になりかねないのだから。
 潤沢な資金を持ち砂とも通じる五行の影がその背後で見え隠れし、人々は現実的なメリットへと目を向ける。
 事の詳細を知る者が見れば、それは最良の形と映るだろう。


 木の葉はなくしかけた最強の双璧の一つを取り戻し、うちはは滅びることなく存続し、砂とは同盟が続く。


 後になって新羅に騙されたことを火影も知るが、誰しもが利益を得る形に落ち着いたのを理解し、溜息を吐くに留めたという。
 こうして砂と火と雷の国を巻き込んだ、金回りの良すぎる壮大な計画は幕を閉じる。
 川面に落ちた葉は身動きさえ許されず下流へ向かう。
 終着か、人の手にすくい上げられるまで、延々と。





 ――木の葉流し、ここに成る。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
終わった~っ!うちは編、終~了~!
あ、気になることがあれば言ってください。書き忘れてる可能性がなきにしもあらずなので。わざと書いてないのかもしれませんが。さて?

野鳥さん、デザートにございます。本日の〆はいかがでしたか?フルコースをお楽しみ頂けたのであれば幸いです。

マルカジリさん、どっちもどっちで五十歩百歩な悪辣さかと。民の怒りを買うと後が怖いので、人質に取るなら他国の方がいいと思いますが。……まあ、結局はドングリの背比べですね。

干し梅さん、ありがとうございます。何とか前振り回収できました。次回もお楽しみにどうぞ。

ニッコウさん、金使いまくりです。というかさすがにここまでしないと、あの馬鹿っぽい大名でも許可しないと思うんですよ。……原作までまた今度は日常編とか始まりますし、ホント、いつになるんでしょうね……。

00000さん、う~ん、いずれ日常編で入れますのでお待ちを。日本人でないのは確かです。


では、また会う日を楽しみに。



[5794] 45 サスケという名の後始末
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/08/12 11:37

 ぐつぐつぐつと鍋が煮立っている。
 正しく表現するなら煮え盛っているが妥当の鍋を、弥遥ナズナは親の仇でも見るような目で睨みつけていた。
 食事用のダイニングに座る刹那は、危険ですよと自己主張してやまない沸騰音に腰を浮かしかけるのだが、

 「刹那くんは座ってて! 怪我してるんだから!」
 「いや……でもやっぱり僕がした方が、」
 「す・わ・っ・て・て!」
 「…………」

 ここ最近蔑ろにしていたせいで、頭が上がらない。
 しかも昨日は打ち合わせ通りとは言え、しっかり怪我して帰ってきたので尚更だった。

 ……医療忍者に看てもらったから、念のため包帯してるだけなんだけど………

 そんな理屈が通用しないのが、乙女心の複雑さである。
 そして更に十数分の時間をかけ、はらはらドキドキなクッキングタイムはつつがなく終了。
 胸を撫で下ろす刹那の前に、ナズナ渾身の傑作が運ばれた。

 「…………」

 何度か瞬きを繰り返し、額に冷たい汗を浮かべながら、刹那は尋ねる。

 「………………えっと、何作ったんだっけ?」
 「刹那くん見て分かんない? ナズナ特製万能雑炊です!」

 えっへん、と胸を張るナズナ。対する刹那は繕った笑顔を崩さないようにするので精一杯。
 テーブルに置かれた土鍋の中身は、敢えて一言で言うとすれば、混沌の単語が相応しいどころかナンバーワン。

 ……キノコ、海鮮、野菜は分かるだけで十種類以上で、後はお肉と海藻と多分調味料が何種類かと、薬草がちらほら。………どこの闇鍋だよ。

 確かに栄養的な意味では他に類を見ないほど万能だろう。見た目のカラフルさと独創性には脱帽だ。
 それにしても雑炊と言う割には米が見当たらないのだが……いやまさか、具にべっとりとこびり付くこの白い物がそうなのか?

 「これってまさか餅米……」
 「う、この鍋の隠し味を一発で当てられるなんて……」

 隠し味だったのか。

 「……と、とにかくきちんと全部残さず余さず綺麗に食べてくださいです!」
 「胃の容量考えて言ってる?」
 「……………あぁ~~~っ!」

 思わず言ってしまい、ナズナの顔がムンクに変貌する。
 考えてなかったようだ。

 「………だ、大丈夫です! 食べきれなかった分は冷凍冷蔵して、次に回せば!」

 どうあっても僕に全て食べさせたいらしい。無理と言えればどんなに楽か。

 「……取り合えず、頂きます」
 「た、た、たっぷり召し上がれ?」

 赤くなるぐらいなら言わなくても……
 さておき、こわごわ、恐る恐る。レンゲを使ってその粘度に手間取りながら口に運び、

 「…………」
 「あ、う、その、えと……お、お味、は?」

 反応が怖いとでも言うように尋ねるナズナに、刹那はどうとも形容しがたい表情で、答えて良いか迷いながらそれでも今後のためを思って正直に答える。

 「……………………甘い」
 「そ、それはお砂糖と蜂蜜入れたからで、」
 「どのくらい?」
 「……えっと…………………五百グラムずつ」

 どうやらナズナは僕を糖尿病にしたくてしたくてたまらなかったらしい。
 それだけ入れてあれだけ煮込めばそりゃ甘さが染み渡ることだろう。最早雑炊と言うよりイロモノデザートだが。

 「………」
 「うぅ……」

 涙目で鍋を下げようかどうしようか煩悶するナズナを尻目に、
 パクリ。

 「!」
 「………まあ、他の具のおかげで糖度は薄くなってるから」

 ぱく、ぱく。掬って、食べる。
 手作り料理を何であれ食してもらえたことに、花咲くようなナズナの笑顔。

 「……」

 食べられないことはない。ただ甘いだけ、控え目なようでしっかり喉まで残る甘さだけ。
 魚、甘い。キノコ、甘い。昆布、甘い。鶏肉、甘い。鷹の爪……甘い。

 「…………うぷ」
 「?」

 青い顔で口を押さえた刹那を、ナズナは不思議そうに見つめる。
 幸せいっぱいです~、という気配を垂れ流しながら。

 「――おじゃまするぞー、って何だこの甘ったるい匂い……」
 「ナイスタイミングだシギ」

 そこへ何やら目の下隈のシギがやってきたので、瞬身で忍び寄り捕獲。

 「うお! 何だいきなり!?」
 「ナズナー、器もう一杯お願い」
 「むう、仕方ないのですね。……はいです」
 「待て待て待て! 何だこの闇鍋!! めっちゃグロイぞ!?」

 チャキ、と喉元に刹那の脇差しが添えられる。――抜いた状態で。

 「シギ? ナズナがわざわざ作ってくれた料理に向かって、何て口聞いてるのかな?」
 「ナズナ嬢お手製!? いやちょっ、こら真剣はまずいっての!」
 「闇鍋……ナズナの料理は闇鍋…………」
 「大丈夫だよナズナ! 見た目闇鍋でも食べられる料理だから!」
 「刹那それフォローになってな――」
 「もちろんシギも食べるよね? 僕が食べてるんだから食べるよね? むしろ食え」
 「命令形!? だっ、やめろ! そんな甘い匂い漂わす唐辛子近づけんじゃねぇっ!」
 「ところで、やみなべって何なのですか?」
 「「疑問そこ!?」」





 ……。





 結果として、刹那の説得とナズナの涙目に敗北し、シギはおどろおどろしい鍋を刹那と共に食する羽目となり、現在。

 「甘い…甘すぎる……甘すぎた………考えも口も何もかも……」
 「多種多様な食感と甘味の染み込みやすさの違いで生み出される摩訶不思議な絶妙ハーモニー…だ……ふ、ふふふ……」
 「~~♪」

 機嫌良く皿洗いするナズナの鼻歌をBGMに、二人は糖分過多で倒れそう。
 来るんじゃなかったと嘆くシギ。
 言語中枢がどこかおかしい刹那。
 仲良く緑茶と薬草で口直し&ステータス回復中。

 「……そう言えば、何しに来たの? 何か用事?」

 実に今さらだが、刹那は不調を押して聞く。

 「……昨日のうちはの騒ぎで、今日はアカデミー休みだと。授業どころじゃないとか何とか……」
 「それは……まあ、当たり前か」

 全力を挙げての捜索隊が組まれているのではないだろうか。火影の意図しないイタチの里抜けであるし。

 「この体調で授業受けなくていいのは僥倖だね」
 「全くだな……家の方も大人みんな集まって、硬い空気で話し合いしてるからな。居心地悪いのなんの」
 「んー……サスケはどうしてる? イタチのことはもう聞いたんでしょ?」
 「サスケか……良く知らんが、落ち込んでるか泣き喚いてるか……」

 顔色悪くあらぬ方を向いてシギは頼りにならないことを言うが……
 落ち込むのはともかく、泣き喚くだろうか?
 自問し、この時期ならあるかもしれないと即自答。

 「ふーん……まあ、まだ七……いや八歳の子供だしねー」
 「ガキだしなー」

 自分たちの外見年齢を無視して二人して好き勝手言い合っていると、チャイムの音が。間を置かずにうるさいくらいのノック。何ともせっかちな客だ。

 「はいはーい! 今出ますよー……って、サスケくん?」
 「は?」「へ?」

 聞こえた名前にちょっと目が点。

 「シギはいるか!?」
 「ちょ、ちょっと待って下さいです?!」

 ドタドタと、ナズナの制止も振り切りお邪魔しますもなく入ってきたのは、噂の当人うちはサスケ。
 息が荒いところを見ると、ここまで全速で駆けてきたのか。

 「――やあ、珍しい来客だね。おはようサスケ」

 と軽い挨拶に反応はなく、視線はシギの方へ。……無視するなこら。僕はここの家主だぞ。

 「シギ……! こんな時に何をやってやがる!」
 「連絡網だ連絡網。各地域ごとに伝えられた一人が回ってるの。お前の家にも行ったけど、部屋閉じこもってるって言うしよー」

 語気も荒いサスケだが、対応するシギは体調不良に裏事情の顛末を知ることも手伝って、シカマル並みなやる気ゼロ。
 火に油を注ぐどころか火薬を投げ入れている。

 「バカ言え! 兄さんがいなくなったんだぞ!? 俺達に一言もなく! アカデミーなんかに構ってられる場合じゃないだろうがっ!」
 「………まあ、イタチの兄貴のことだから、何か俺達には思いつかないような考えがあるんじゃね? というかそれ以前に……下忍ですらないアカデミー生に何ができるって?」
 「そういうことを言ってるんじゃねぇっ! お前は兄さんが心配じゃ――」
 「はいはい、そこまで」

 パンパンと手を叩き、間に割って入って不毛でしかない口論に歯止めをかけた。
 邪魔をされ、サスケは射殺しそうな目を向けてくるが、殺気にすらなってない怒気では痛くも痒くもない。

 「……引っ込んでろ刹那。これは俺達の問題だ」
 「ここは僕の家だって事忘れてないかな? 不法侵入で警邏呼ぶよー……って、うちはは今ゴタゴタしてて呼んでも来ないか」
 「何でお前が俺達の事を知って……。……シギ、喋ったな!?」
 「いや俺は――」
 「聞いて拙いことでもないでしょ。そもそも僕は昨日の時点で知ってたし」
 「昨日……!? 俺が聞かされたのは今朝だぞ?!」
 「僕はね、昨日、イタチさんに苦無で刺された」

 ほら、と包帯を巻いた肩を見せる。

 「兄、さんが……!?」

 愕然とした表情で、目を見開くサスケへと、頷き。

 「信じられないかもしれないけど、フガクさんに聞けば本当だって分かる」
 「そん…な……何で………」
 「誰も知らないよ。理由なんて、いなくなったイタチさんにしか分からない。だからみんな、その理由を知るために捜索と追跡に乗り出してる。……でも、あの人はうちはの中でも特に優秀だから、里の総力を挙げても発見は難しいだろうね」
 「――――――」
 「……サスケ? おーい」

 顔の前で手を振っても反応はなく、どうやら茫然自失といった風。
 ふむ、と呟いて、脳天斜め45度に手刀を的確な威力で。
 具体的にはスイカを叩き割る程度の力加減。よって当然の結果としてサスケは頭押さえて悶絶中。

 「が……ぐ………! いきなり、何しやがる……!」
 「テレビって調子悪い時大抵これで直るんだよ。……もっともプラズマは無理だしアナログのハンダ付けが甘い故障の時に限るけど」
 「……理解、できる言葉で………言え…!」
 「それじゃ理解できる言葉で言うと――――――元気出たね」

 は? え? 何? と重なる三様な疑問符。

 「うんうん。やっぱり落ち込んだ人を元気にするのは怒らせるのが一番だね」
 「………刹那くん刹那くん。一応理にかなってるようなこと言ってるですけど、それってもしかしなくてもすっごくリフジンなのでは?」
 「これは発破をかけるとか奮起させるっていう、僕のありがたーい心遣いなんだよ。理不尽なんて、とんでもない」
 「む~……刹那くんがそう言うなら、そうなのですね。ナズナはまた一つ勉強しました」
 「えらいえらい。それじゃ今夜は蕎麦にしようか、お祝いに」
 「お蕎麦! いいです美味しそうです!」
 「ナズナは本当に蕎麦が好きだよね」
 「えへへ」
 「あはは」
 「――――イチャついてんじゃねぇっ!」

 忍耐も限界と、捨て置かれたサスケが叫ぶ、のだが。

 「イチャつく? 普通の会話だよ?」
 「いっ、いっ、イチャついてなんて、ないですのよ?!」
 「…………………………」

 きょとんとクールな刹那の返事と、真っ赤になって語尾もおかしいナズナの否定。
 耐え難い頭痛をこらえるように、サスケは額へ片手をやって。

 「………なあ、シギ。今のは俺がおかしいのか? それともこいつらの頭がおかしいのか? どっちだ?」
 「サスケ……お前は間違いなく正常だ。……刹那マジで言ってるみたいだし」

 何でこう、妙なところで天然スイッチが……と、シギもまた頭を抱える。
 こいつも苦労してるんだな、というサスケの哀れみの視線がシギへと刺さった。

 「……? 僕の頭は正常だよ?」
 「いや、自己申告は意味ねえから」
 「?? ………まあいいや。ところでサスケ、知ってる?」
 「何がだ?」

 主語のない質問にサスケは首を傾げ。

 「自分でも意外なんだけど、僕って結構、執念深いんだよね」
 (……全っ然意外でも何でもねえ)

 空気が読める大人なシギの内なるつっこみ。手の甲ではたきたくなる衝動へ我慢の二文字を。
 唐突な話題の切り換えに何の意味があるのかと、サスケはいささか訝しげ。

 「だから絶対、いつかこの肩の礼を返してやる。問答無用で真正面から、完膚無きまでに」
 「…! 本気……か? 相手は兄さん――暗部の元分隊長だぞ!?」
 「別に今すぐなんて言ってないよ? まだまだ僕たちは子供なんだ。もっと時間をかけて、強くなってからで充分間に合う。……サスケは、イタチさんが里抜けした理由を、知りたいんだよね?」
 「あ……ああ」
 「だったら競争だよ?」

 くるり。淀みなくその場で一回転した刹那が、中身を晒す短刀を前に掲げ、いつも以上、楽しげな満面の笑みで言い放つ。

 「僕はあの人に仕返しする。サスケはあの人を見つけて問いただす。――どっちが早くできるか、競争だ!」
 「…………!」

 兄を理想とし、兄を目標とし、兄と同じ場所へ立つことを夢見ていたサスケ。
 しかしそれは、兄自身の里抜けという裏切りに崩れ去り。
 夢は夢のまま儚く散った。
 そこへ告げられたのは。
 自らが同等に立つと認めた、シギに並ぶ好敵手からの宣戦布告。
 受けるも受けないも自由のそれに。
 知らず、口の端を歪め。高揚も露わに、サスケは苦無を抜き。
 掲げられた抜き身の刃を、ぶつけ合う。

 「――ああ! 勝負だ刹那! 言っとくが、俺は強いぜ?」
 「傲りと慢心は強者の特権だけど、せいぜい足下を掬われないようにね」

 キィン……と、澄み渡った金属音。
 それを宣誓の印として、二人は勝負の始まりを、互いに刻んだ。















 「…………なあ、刹那」
 「なに?」

 ベランダ、バルコニー。
 小さくなるうちはの家紋を眺めながら、隣の刹那に問う。
 当初、帰って早速修行だと誘われたシギであるが、ついさっき食わされた甘味闇鍋について密やかに細かく説明し、甘い物が苦手なサスケの同情を買って一人で帰らせることに成功。
 何やら横に佇むにこやか陰謀家に毒されている気がしないでもないが、それはもう諦めて横に置いておく。

 「まさかこれ見越して、イタチに刺させたのか?」
 「……買い被りすぎだよ。僕はただ、襲われたことに真実味を持たせたかっただけだからね。今回のこれは、単なる幸運」

 僥倖に過ぎないと、微笑を以て返される。
 が、胡散臭いにも程があった。
 こいつの発言はまず全て疑ってかかるべきなのだ。
 そして恐らくだが、この完璧主義者がサスケの行動を予測してないわけがない!
 ………勘だが。

 「でも、サスケくんちょっとかわいそうなのですよ」

 意味もなく刹那にひっついて、その肩越しに見送りながら、気の毒そうにナズナが言う。

 「詳しいことナズナはぜんぜん知りませんけど、刹那くんとシギくんがイタチさんと共犯だって言うのは分かるのです。サスケくんの知りたいことは、二人とも知っているはずなのです」
 「……まあ、な。けど誰にも喋るなよ? ここの暗部に刹那を捕まえられたくなかったらな」
 「ナズナはゆうりふりの計算ぐらいできるのです。そんなポカするわけないのですよ。……本当に、サスケくんが哀れでなりません」
 「どうして? ナズナ」
 「………だってさっきの勝負は、将棋で言う詰みの状態からスタートしてるのですよ? 最初っから負けてる勝負なんて、むいみいがいの何物でもありません」
 「……? 無意味なのは分かるが、何でもう決着が付いてんだ?」
 「ふふふ。この辺はやっぱりナズナの方がよく分かってるですね」

 チッチッチ、と振られる指が何だか無性に腹立たしい。

 「考えてもみるがいいです。刹那くんがあんな穴だらけの勝負で、相手が勝つかのうせいを残しているわけがないのですよ」
 「…………。え? おい、刹那!?」
 「……………。成長したね、ナズナ」
 「えっへんなのです」
 「マジかよおい!? さっきなんかスゲー友情溢れる場面だったのに! 策略って分かっていながらちょっぴり感動した俺の気持ちはどうすれば?!」
 「やだなあシギ。元から存在しない感動なら、なかったことにすればいいんだよ」
 「俺はそんな簡単に割り切れる人間じゃないっ!」

 というかそれは割り切っているのか天然なのかちょっと小一時間問い詰めたい。

 「あくどい通り越してこれもう極悪非道だろ!?」
 「確かに、すっごく卑怯臭いのです」
 「よしよし、ナズナもっと言ってやれ」
 「でも、そこがイイのです♪」
 「肯定しちゃった?!」

 ……ぐだぐだのまま、しばらくぶりな平穏が過ぎてゆく。
 これを平穏と言えるかは知らんけどな!!
 




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……お久しぶりでございます。一月と二日ぶりに投稿したゆめうつつです。
待っててくださった皆様、遅くなって申し訳ございません……。


ニッコウさん、微妙に日常が混じった今話でした。やはりイタチを追いかけさせる理由の辺りは先に書くべきかと思いまして。……書き忘れそうなので。イタチの生活……ううむ。少し考えてみましょうか。

Mr.Xさん、残念ハズレです。まあ最初はそうしようかと考えていましたが。よく読めばきっと分かりますよ。

野鳥さん、ここの厨房を任せられているコックです。デザートにこの話をどうぞ。

シヴァやんさん、初めまして。そして、正解ですよ。まあちょっと読めば分かることですけどね。

がるでさん、ありがとうございます。一気読みの方がなかなか多いようで。

財テクさん、……いえ、その、何と言いますか。前世は結構考えてます。ただどこに織り込むべきかと……悩む内に45話少々。日常編に入れようかなー、と思案の真っ最中です。………書いてる内に、最初とは前世の設定がずれてきているし。そんな致命的な物ではないですが。いずれにせよ、「えーっ?」というような無茶設定ですけれど。ご指摘、ありがとうございました。

NMさん、お気にされてたサスケの話です。原作よりに、若干丸く収まったと、ゆめうつつ的には思うのですが。木の葉崩し等も、一応予定しています。なるべく原作よりで。

amonさん、……さすがにそれはないかと。……凄く便利で羨ましい目ですけどね、アンサートーカー。勉強が要らなくなる。

unnさん、ええと、確か賭博のマンガでしたっけ?カイジって。余り知りませんが。さておき、更新は遅くとも続けるつもりなので、のんびりゆったりお待ち頂ければ幸いです。

レイさん、感謝、です。色々考えついてはいるのですが、免許やら勉強やら他の遊びやらで忙しくて……。寝不足には、お気を付け下さいね?





[5794] 46 日常 風影一家のキャンピング
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/08/26 15:56


 旅行――徒歩または交通機関によって、主に観光、慰安などの目的で他の地方へ行くこと。
 家族――血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎に成立する、小集団。

 ……つまり家族旅行とは、血縁関係を持つ小集団が、観光か、慰安へ赴くこと……か。

 そこでひょい、と摘まれて、手を放れる分厚い冊子。

 「辞書なんか持ってきて何調べてるかと思ったら……」

 仰いだそこに呆れ気味の顔を見つけて、む、と我愛羅は低く唸った。

 「……悪いか」
 「悪くない悪くない。むしろ良い。知識の探求はそれだけで価値があるよ」

 ぱらぱらめくって、水色の瞳が文字を見る。それだけで、もう記憶は終わり。
 辞書数ページ分を暗記するのに、要した時間はたかが数秒。
 だけど、といつか目の前の友達は言った。世界中探せばその程度、できる人間はいくらでもいると。
 だから、とそれに続けて刹那は言うのだ。記憶したことを、いかに使いこなせるかが大切なのだと。

 「………刹那は……何がしたい?」
 「え? どうしたのいきなり」
 「……いや、いい。忘れてくれ」

 目を丸くする友達に、我愛羅は片手を振ってごまかした。
 少しだけ、気になったのだ。
 膨大な知識を使いこなす刹那が、何を為すために自分たちを旅行へ連れ出したのか。
 風影と二人で何を話し、何を企んでいるのか。
 間違ってもイタズラ程度で済む問題とは、我愛羅でさえ思っていないが。

 「それで、調子はどう?」
 「…………………見て分からないか」
 「……ごめん。ちょっといじわるだった」
 「………悪いのは、俺の不甲斐なさだ。気にする必要はない」

 そう、刹那に責はない。これはただ自分の力が及ばなかったがための惨状。
 持ってきた辞書を眺めていたのも、無力感に苛まれたが故の逃避。
 まさか、世界にこれほど手強い敵がいるとは……

 「強敵だ。……刹那、どうすればいい?」
 「どうすればって………」

 大抵の疑問に即答する刹那が、珍しく言い淀んだ。
 やはりこの敵に弱点などはなく、自分の力を以て切り開くしかないのか。
 水面を睨み付け、しかし良案も浮かばず苛々と、我愛羅は砂を蠢かす。

 「……一つだけ、思いついたはついたけど」
 「是非とも、教えてくれ」

 いっそ砂を固め底から丸ごと持ち上げるかと勘案していたところで希望の光が届き、わらにもすがる気分で訊ねた。
 術に頼るのは可能な限り避けるべきだということは、常識を考慮に入れることが少ない我愛羅とて分かっている。
 だがこの敵は手強く、三時間と戦い続けているのに成果は零。プライドが邪魔をし、退くにも退けない。刹那の助言は、正直言ってありがたかった。

 「うん…………それじゃ、言うけど」

 水色の瞳が見るのは我愛羅の手元。
 そこに握られる、長く細いよくしなる一本の棒。先には、糸と針が括り付けられている。
 たどって、水面の方へと目を移し、糸の周囲で砂が待ち構えているのを見て取って、刹那は苦笑半分、呆れ半分に腕を組む。

 「我愛羅、殺気出し過ぎ。それじゃ魚どころか虫も寄り付かないから」
 「………………!!」

 驚地動天震天駭地。
 落雷の如き衝撃に、ふらりと我愛羅の身体がよろめいて。
 ちゃぽん、と池の中央で、嘲笑うよう、魚が跳ねた。










 時は、うちは里抜けから僅かに巻き戻り、火の国豊かな森の中。
 風影の一家は発案者たる一人を加えた計五人で、野宿という名のキャンプを実行中。
 
 「サバイバル訓練と変わらねえじゃん」
 「というか、同盟国とは言えここは他国だぞ? 安全対策はどうなっている、刹那」
 「気にしたら負けって言葉、知ってる?」

 冗談が通じなかったのか、扇とカラスを構えられたので素直に答える。

 「こっちには風影が居るんだよ? その上で狙うとなると、余程自信のある奴かただのバカか、もしくは命が惜しくない奴だけだね」
 「……たくさん居そうじゃん」
 「で、父様――もとい、肝心の風影様はどこに?」

 付近に見当たらない人物の所在を訊ねられ、あっけらかんと刹那は笑い。

 「歓楽街のバーに入っていくのは見たよ」
 「全然抑止になってないじゃん!!」
 「一番近い街まで三時間はかかるぞ!? 滅茶苦茶危険じゃないか!」

 何を考えているんだと叫ぶ二人にまあまあと。

 「こっちには我愛羅もいるし、そう危ないこともないと思うけど」
 「そうは言うがな……」
 「……あ、怖いんだったら街の役人に保護を頼むって手も――」
 「ふざけるな、じゃん」
 「そんなことは私たちの矜持が許さん」

 ……まあ、扱いやすい人種で良かったと、刹那は内心安堵の息を。
 そもそもの話、街と森とで危険は大して変わらなかったりする。ナルトがイタチに狙われた時みたく、相手がその気なら何処にいようと一緒だ。
 街の役人ごときで警護が成り立つわけもないし。

 「ところで……頼んでおいたものは?」
 「う、」
 「それは、その……」

 途端に歯切れの悪くなる姉弟。何でだろう。別に難しいことは頼んでないのに。

 「まさか、一匹も終わってないなんてことは」
 「「………」」

 呆れた。ナルトやサクラ、はたまたヒナタじゃあるまいし。

 「何でウサギ一匹捌けないんだか……」
 「し、仕方ないじゃん! 普段は携帯食で終わらせてるし!」
 「あのつぶらな目で見つめられると、こう、罪悪感に押し潰されそうで……あああ! 無理だ!」

 ……何だろう。こいつら残忍とか容赦ないとかって設定じゃなかったっけ?
 小動物に懐柔されてどうするのさ……

 「……もういい。そのナイフ貸して」
 「え? あ、おい!」

 カンクロウからナイフを奪い取り、捕縛され四肢を縛られた三羽のウサギと二羽の小鳥の元へ。
 ふるふると茶色の毛に覆われた身体震えさせ、黒真珠のようなつぶらな瞳で見上げてくる。まさしく愛玩動物。愛らしい。
 しかし、肉であることに変わりはないのだ。
 と、いうわけで。

 「えい」

 ざく。ぶしゅ~~。

 「「ぎゃあああああっ!!」」
 「ほら、こうやって大動脈を切り裂いて、しばらく逆さに吊しとくんだ。血を抜かないと不味いし、お腹壊すかもしれないし」

 言いながら近くの枝に紐を引っかけ、次なるウサギへ血塗れたナイフを、ざくり。ぶしゅ~~。

 「「ぎゃあああああっ! 血が、ウサギがぁ!」」

 あんなの無視無視。捌き方は知ってるけどウサギって食べたことないんだよね。
 本には美味しいってあったけど……どうなんだろ?

 ざく。ざく。ざく。

 手際よく血抜きを済ませる。抜き終わったのから皮を剥ぐ。内臓を抉る。適当なサイズに分割し、長めの苦無に刺していく。
 次。鳥。羽むしって後大体一緒。……よし。あ、ちょっと血が跳ねて顔にかかったけど、まあいいや。

 「こんなものかな。…あれ、二人ともどうかした?」

 何か、この世の終わりでも見たように打ちひしがれていた。
 絶望しきった表情で地面に手を付き、テマリとカンクロウは憔悴を浮かべて項垂れ、その口からは恋人を失ったヒーローの如く悲運な怨み節が。

 「鬼……悪魔……人でなし……」
 「慈愛の欠片もないのか冷血漢め……」
 「……普通でしょ?」
 「「どこがだっ!」」

 えー、だって店にあるお肉は誰かがこうして処理した物だし、必要なら自分で調達する人たくさん居ると思うんだけどなー。こんな世界だし。忍者だし。

 「おまっ、お前っ、自分の容姿考えて言ってるかじゃん!?」
 「鏡見たこと無いとか言わないな!? それを思い浮かべた上で自分の行為を振り返ってみろ!」

 容姿……?
 えっと……水色の、首の辺りで切った髪で、前髪は目にかからないように切ってて……お母さんは何でか伸ばすよう言ってくるけど……身長は、年齢的には平均よりちょっと下。リーチが短いのは喜ばしくない。……で、細身な手足……筋肉が付きにくくて困る……小綺麗な容貌は……舐められやすい、けどそれを利用して隙を突けるかも……。
 考えてみると、身体的な不利が目に付くなあ……チャクラも少ないし。まあ、それは『僕』が原因みたいだけど。
 そういう容姿の、八歳程度の子供が、赤く濡れたナイフ片手に小動物を切って抉って、内臓触ったから手も血まみれで顔にも少し散ってて……

 「……うん。特に異常は見当たらないね」
 「「大有りだっ!!」」

 どうしてだか全否定されて目をぱちくりと。
 どこか、おかしいだろうか? いやそんなはずはない。猟師とか肉屋ならやってることだ。
 ……ダメ。何が問題で異常なのか理解不能。

 「……まあ、いいや。ちょっとこの周りにトラップ仕掛けてくるから、お肉取られないよう見張っといてね」

 気にした風もなく、その場を離れるけれど。
 内心、すごく悩んでいたり。
 ……食料調達の何が悪いんだろう?










 「分かってない…あれは絶対分かってないじゃん……」
 「だな。お持ち帰りされそうな男の子が、ナイフ片手に返り血浴びて……」

 ………猟奇的光景だろう、充分に。

 「しかも……」
 「ああ……」





 「「笑ってたし……」」










 「ねえ我愛羅、僕って非常識かな?」
 「…何の話だいきなり」

 一巡りして、上から硫酸の降り注ぐ罠と結界法陣を張り巡らせ(費用風影持ち)下手な砦より危険度を格段にグレードアップしたのち、再度訪れた綺麗な池で釣りを続ける我愛羅についさっきの説明をして聞いてみた。
 すると我愛羅は、ないに等しい表情を訝しげに歪め。

 「……それの何が拙い? この世は全て弱肉強食……喰うか喰われるかの世界で、食べるために殺すことの何が悪い」
 「やっぱり、そう思うよね。……どこが不満なんだろ」

 それは質問する相手が悪いと、シギがいたらつっこむであろう。

 「だが…刹那が非常識かという問いには……その通りだとしか答えようがない」
 「………うん……まあ、それはちょっと自覚あったけど」
 「強いて言うと……刹那のそれは非常識ではなく…………常識破り、だと、思う」

 池の方を向いたまま、途切れ途切れに我愛羅が言って。
 気を遣ってくれた!? と、刹那は内心喫驚する。

 「それに……俺は刹那が非常識だったおかげで、こうしてここにいる」
 「!」
 「そうした意味では……常識破りの、非常識で………良い」
 「………。……ふふ、ありがと我愛羅」
 「……………それより、あの後少し釣れた」
 「え、どれどれ?」

 と、照れた感じの我愛羅が指し示す先、砂で固めた即席のバケツに、二匹ばかり小魚が。

 「あのアドバイスは、的確だったようだ」
 「うわー、ちゃんと釣れてるね!」

 どことなく嬉しげな我愛羅。注意して見ると、唇が五度ぐらい上向いていた。

 「この調子でもうちょっとやる? それとも誰かと交代する?」
 「……もう少し、このまま」
 「オッケー。それじゃ、頑張ってね」
 「……ああ」

 ……もう、何の気兼ねなく会話ができるようになってる。
 そろそろ良い頃だろうか、親友認定。
 ……いや。
 もう少しだけ、待とう。大切な話は、鏡像でなく本体で。
 前世の存在なんて、我愛羅は信じるかな…?










 それからしばらく時間が経って、日も暮れた頃に夕食を。

 「……火を焚くなんて居場所を教えてるようなもんじゃん」
 「そう言うならカンクロウ生で食べる? 寄生虫や雑菌の脅威に晒されるけど」
 「できりゃ何か調味料が欲しいところじゃん! けどまあ美味い美味い!」

 あ、流した。無視するな。

 「……俺は塩がいい」
 「私は胡椒かな……味噌も美味しそうだね」
 「お肉、本当は何日か置いた方が中の酵素が醸成されて旨みが増すんだけどねー」
 「お前はどこからそんな知識を仕入れてくるんだ……」

 テマリに呆れた目を向けられる。
 行商の途中、買い出しに行った先でそんな話を聞いただけだ。
 真偽は知らない。でも有り得そうだとは思う。

 「……普段なら、この後夜間訓練だな」
 「こんな日までする必要ないからね? 口洗ったらさっさと寝るように」
 「先生みたいなこと言うなじゃん……」

 池で汲んだ水を一度煮沸して、半分に分けると黒い粉と白い粉を投入しかき混ぜた。

 「それは……ココアか?」
 「日に一度くらい甘い物が欲しくならない? はい、どーぞ」
 「……何で粉ミルクがあって塩がないじゃん」
 「細かいことはいーの。はい、我愛羅も」
 「……黒っぽいのに、甘いな」

 ココアだし。

 「……? 刹那、お前の分は」
 「……実はさっき一人でお饅頭を」
 「むしろそっち寄越せじゃん! ……て、あれ………?」

 バタン、と後ろ向きにカンクロウが倒れる。

 「カンクロウ!? 何……が……」

 そのままふらりと、テマリもくずおれ、女の子なのでキャッチして木の幹に。

 「眠り薬!? ……刹那!」
 「我愛羅のには入れてないよ? 守鶴に出られても困るし」

 抑えるのなんて無理、と、おどける刹那は普段通りで。

 「……どういうつもりだ?」
 「木の葉に行くついでに旅行の形を取ったわけだけど……」

 やや欠けた、まだ低い位置にある月を見上げて。

 「旅行のもう一個ついでに、狐狩り……いや、ハイエナ狩りかな?」
 「ハイエナ? ――!」

 ザッ、と森の暗がりに我愛羅が目を走らせる。
 さすがさすが。もう気づいた。

 「命知らずの思い上がったバカが釣れたね、たくさん」

 くすくす。くすくす。
 冷笑が闇に響き渡る。
 闇に潜む者を嘲り笑う。

 「ほんっと……罠で引き返せば良かったのに’’’’’’’’’’’’’
 「刹那……?」

 憐憫も露わに、愚か者共へ聞こえるような囁きを。

 「貴方たち……“五影”を舐めすぎ」

 そう、呟いて。

 瞬間。

 風が吹いた。



 ―――轟っ!!!



 風は、天頂より螺旋を描いて吹き降りる風は、周囲一帯を容赦の欠片もなく五寸刻みの刑を下す。
 台風の目にも似た空白地帯を造りながら、森ごと敵を根絶やしに。

 「――口寄せ・鎌嵐かまあらしの術」

 スタッ、と刹那と我愛羅の間に降り立った風影が、飄々と言ってのけた。
 その背後で、イタチのような姿をした動物が煙と共に消える。

 「夜盗の類ではないな。……さしずめどこぞの暗部か賞金稼ぎか」
 「どっちでも、やることに変わりはないですよ」
 「……おい」

 一人状況に置いて行かれた形の我愛羅が、剣呑な声を。

 「どういうことだ、これは」
 「なに、簡単な話だ」
 「砂漠を越えた辺りから妙な視線があってね。木の葉隠れまで連れて行くわけにもいかないから、手っ取り早く始末しようってことになったんだ」
 「何故……」
 「黙ってたか? だって、三人とも演技向かないし。……戦闘の騙し合いはともかく」
 「……眠り薬は」
 「あー……最悪、一緒に戦うって手もあったけど………まだ二人には、“見せたくなかった”から」
 「……」

 事情は、大体把握した。血継限界を隠したいというのは、刹那の最初からの方針だから理解はできる。が、

 「……“これ”はいいのか?」
 「我愛羅……今更父と呼べなど言わぬが、“これ”はなかろう?」
 「黙れ。お前の血が身体に流れていると思うとだけで虫酸が走る」
 「…………」
 「あはは……取り敢えず、良しとしておいて」

 ところどころ、幸運にも生き残った者や、防御か回避に成功した敵の気配が、今や見通しの良くなった森のあちこちに見て取れた。
 それら、数少ない此度の奇襲における実力者たちに、刹那は抜き放った脇差しを構える。

 「それに……つい最近“本物”の上忍と戦って、まだまだ僕は弱いと思い知らされた」

 戦いに向けて、心が深く沈む。指の先、唇の僅かな動きにまで意識が行き渡る。

 「僕はもっと、もっと、強くならないといけないんだ」

 表情と、身体と、意識と。全て全てを裡に収め。

 「…一番強そうなの、もらいますね?」
 「好きにしろ。私はここで守る。我愛羅、残りは任せた」
 「………」
 「頼んだよ我愛羅」
 「任せろ」
 「……………」

 命令にも従わないのに、友達の言うことは聞く現実。
 意外にデカい心的ダメージを負う風影だったりする。

 「じゃ……行こうか」

 言うと同時、刹那が影のように疾走する。風影が周囲に目を走らせる。

 「………」

 特に不満を言うでもなく、我愛羅は土中に砂を潜らし、ふと思う。

 旅行――徒歩または交通機関によって、主に観光、慰安などの目的で他の地方へ行くこと。

 ……これは、旅行なのか?

 「……………………………」

 まあ、いいか。楽しんだ者勝ちだ。
 残虐に結論付けて、我愛羅は砂を繰った。
 剣戟に悲鳴を、ブレンドさせて。










 46話 了






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当初番外に予定していた作品です。そして日常のつもりが、最後はちょっとだけ戦闘が入ってしまった!
……まあいっか。と軽いゆめうつつです。最後の「了」は、終わりが分かりにくいかなと思って入れました。今後は五行の過去話を交えながら、刹那と木の葉のキャラたちの一年に焦点を当てようかと思っています。できるだけ、コメディorギャグ風味で。……林トモアキ先生がちょっと憧れだったり。


シヴァやんさん ようやくナズナをヒロインっぽく書けました。最初の方からそれっぽく書いてたのに接点が少なかった件。ナルトのテコ入れ、大体イメージは固まってますよ。……最近ナルトに物語の重要な単語が頻発してますね。ゆめうつつのようなSS作家は目が離せません。……シスイもう殺しちゃったし。

名無さん この先の展開ですか?そうですね……新しく思いついた後付設定を駆使していくと……百話内に終わったらすごいなー(遠い目)……色々、様々、期待に添えるようなストーリーを思いついているので、遅くなっても見捨てずに、今後ともよろしくお願いします。

かすたねっとさん Deep……濃い……何がって、刹那がですかね?

野鳥さん すっきりしましたか?今回も、日常なのに所々辛いと言うか酸っぱいというか……

ニッコウさん はい、新たなる外道な道でございます。……リミット?はて、それは何語でしょうか(笑)

寧寧亭屋さん 黒くていいんです。ずっと刹那と一緒にいて黒くならない方がおかしい……。可愛く書けていたようで、ゆめうつつは少しほっとしています。女の子の内心って、難しい……

jannquさん 刹那のお話ですから。遅くって、当然、必然。ナルトはいずれちゃんと出しますのでご安心を。




[5794] 47 日常 対決! IQ200と算定演舞 【前】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/09/11 08:48
 そこら中で、蝉が鳴いていた。
 夏。一年で最も暑い季節。けれど一日の大半を占める日照時間は、稲や作物の生長に欠かせない大切な光。
 涼を呼ぶ風鈴の音色を割って、パチン、と小気味よい音が盤を打つ。
 置かれた黒石をまじまじと見つめ、老人は顎をひと撫で、ふた撫で。

 「…………参った」

 やがて絞り出すように投了を宣言し、わっと歓声が上がる。

 「やるなぁ坊主。ガキのくせに大した腕じゃぁないか。なんて名だ?」

 愉快げに尋ねる老人に、対局していた目つきの悪い子供は呆れたように溜息を。

 「……シカマルだって最初に言ったはずだけどな、じーさん」
 「呼ぶならモリじぃと呼べ。しかし……フム、そうかシカクの孫か」
 「息子だっての。何歳なんだよ俺の親父は、つーかどっちのボケだよそりゃ」

 畳敷きに座り碁盤を挟んで向かう両者の年齢は、およそ最大級に距離がある。
 しかし歳の差を気にするようなら、最初から二人が仕合うわけがない。
 間に漂う空気は軽く、出会って一時間そこそこながら、旧友のそれと化していた。

 「敬老精神が足らんなぁ……ここは一つ、ヨシノの奴にビシッと叱ってもらわんと」
 「なっ……そりゃねーだろ!? 負けた腹いせにしちゃ大人げなさすぎだぜ?!」
 「かっかっかっ……!」

 おっかない母親の名を出されて焦るシカマルに、モリじぃは高笑い。
 勝ったはずなのにこの敗北感。めんどくせーじじいだと舌打ちする。

 「モグモグ……シカマルのおばちゃんってそんなに怖いの?」
 「怖いっつーか恐ろしいっつーか……それよりチョウジ、お前それ何袋目だよ」
 「七……あれ、八かな?」
 「食い過ぎだろーが……」

 本人曰くぽっちゃり系の秋道チョウジは、返事をする間もスナックをボリボリモグモグ。
 いくら秋道の家系でも、まだ昼前にしてその量は食い過ぎじゃないかと、シカマルは栄養面を心配する。

 「む……!」
 「? どうしたチョウジ」

 当の心配対象が急に目つきを鋭いものとし、開け放ち風を誘う玄関口から表通りを睨み付ける。なんとなく、獲物を見つけた猛禽類に似てなくもない。
 視線を追いかけ、その先で特徴的な水色の髪のクラスメイトが歩いていた。
 片手と手提げに、団子がたくさん。

 「あれは……刹那か。よく気づいたな」
 「このボクが、あんなに美味しそうな匂いを嗅ぎ逃すわけがない!」
 「………」

 こと食にかけては、もしやキバ以上の嗅覚なのか?

 「それにあのお団子は……」
 「団子がなんだよ」

 ふるふると、そう、驚きのあまり声が上擦るように、チョウジは肩を震わせる。

 「あれこそは糖蜜堂の超限定団子! ボクでさえ食べたことがないのに……!」
 「まだ食い足りないのかよ……」
 「甘い物は別バラなんだっ!」
 「……どっちも菓子じゃねーか。めんどくせー」

 果たして別バラになるのか否か。とにかく、そんな食い気ギンギンの視線を察知した刹那が、片手には団子を、もう片方には団子入りの紙袋を持って、いつもの笑顔で寄ってきた。

 「おはよー……あ、そろそろこんにちはかな? 何してるのこんなところで」

 戸口に立った刹那にこんなところ呼ばわりされ、渋い顔をするモリじぃ。

 「……こいつもまた失礼なガキじゃぁな。最近の若いモンは……」

 同意の声こそないものの、詰めていた囲碁仲間から賛同の気配が。

 「ここは碁会所だぜ? 碁打ちの他に何するんだよ」
 「……囲碁か。何回かやったけど、疲れるだけであんまり面白くなかったな」
 「何を言うかがきガキんちょが。ほんの数回やった程度で分かった風な顔しおって」
 「ガキんちょ……わー、なんか新鮮だ」

 ぱくり。もぐもぐ。……意味分かんねー。何が面しれんだよ。

 「と、ところで刹那、いや刹那くん!」

 何故か敬称を付けたチョウジは、食い気に負け目が血走っていた。

 「どうかボクに、お裾分けを!」

 地に頭をこすりつける勢いで、土間に降りて本格土下座。
 された当人は、きょとんと瞬き。シカマルもまた唖然と。

 「オイ……たかが団子にそこまでするか? 後で買い行こーぜ」
 「分かってないねシカマル……あれ一本二百両するんだよ」
 「ブッ……に、二百両!? 買えるかそんなの!」
 「くすくす。一日二十本限定、金蜜四餡団子。買い占めようとしたら苦い顔されてね、倍額でやっと売ってもらえたんだ」
 「どこの成金だ?! 団子如きに八千両とか……ありえねぇ……」

 ガキの使える金額でもねぇ……どうなってんだこいつの懐事情。

 「……家計費使い込んだか?」
 「人聞きの悪い。自分で稼いだの」

 どうやってか問い詰めていいものか。聞かない方が身のためのような警鐘が鳴ってる気もする。

 「刹那くん、いや刹那様! どうかこの通りです!」
 「えー……自分で貯めて買わないの?」
 「基本質より量だからな……いくら美味くても、団子一本じゃカロリー不足だろ」
 「ああ……なるほど。でもこれ、後ろに並んでる人たちからの非難の雨をスルーして、しかも倍の値段払ってようやく買えた、僕の努力とお金と忍耐の結晶なんだよ? 何であげないといけないわけ?」
 「嫌な結晶だな……正論だけどよ」
 「そこをなんとかっ!」

 食のため、団子のため、恥も外聞もかなぐり捨てられる心意気は、褒められるんだか貶されるんだか。
 ここまでされて、刹那はかなり困った様子だ。あげたくない本音が見え隠れする。

 「………そんなに欲しい?」
 「欲しいっ!」

 好感触な返事にチョウジは喜色を浮かべ、刹那はにっこりと笑った。




 「じゃあ、あげない」




 がくっ、とその場にいた全員がこける。よろける。畳から落ちる。
 悪辣外道と言うも生ぬるい、悪魔の如き所行に非難が轟々。ふざけるな。優しさはないのか。ガキが、いや餓鬼が。ごうつくばり。鬼。団子一本ぐらい。袋置いて帰れ。などなど。
 結構、いや相当、ガラの悪い言葉が飛び交う、のだが。

 「もうすぐ新月ですねー。暗い夜道って危ないですよねー」

 天真爛漫な’’’’’笑顔で返されて、反射的に口をつぐむ一同だった。
 本能が何か悟ったのかも知れない。 

 「…………………」
 「……オイ、チョウジ? オイ? ……あー、刹那」
 「なに?」
 「忠告するのもめんどくせーけど、逃げろ。チョウジにそれは“禁じ手”だ」
 「……は?」
 「う……う…ぉ、おおおおおおおおーーーっ!!」

 遅かったか、とシカマルは額を押さえた。
 怒髪天を突く形相でチョウジが立ち上がり、吠える。

 「よくも、よくも! 男の純情を弄んだなーっ!!」
 「純情は違う……あれ、違うのかな?」
 「覚悟ぉおおおおおおっ!!」

 ここへ来て、冷静と言うか事態を把握してないとしか思えない呟きを漏らす刹那に、チョウジが掴みかかる。
 怒り心頭火事場の馬鹿力か、めちゃくちゃ早かった。
 しかし。




 めきゃっ。




 と、顔面に情け容赦ない刹那の靴裏がめり込んで、鼻から吹き出た鮮血が正確にアーチを描く。
 食欲の権化の反撃は敢えなく終わり、顔面に足跡も生々しくぶっ倒れた。

 「暑苦しいよ? ぽっちゃり系は冬場にだけ生息しなさい」

 冷ややかに、でも笑顔で無理難題をのたまう刹那。
 ちょっと、実力を読み違えていたかもと、一同と同様シカマルは冷や汗。

 ……つーか、黒っ!

 むしろそっちに戦慄する。
 クラスの中でもそんな気配は見せていたが、実際は焦げた炭より尚真っ黒だった。
 食いすぎ食いすぎ言いはしたが、これはさすがにチョウジが哀れに過ぎて。

 「……まあ、なんだ。武士の情けで一本ぐらい置いてってくれねーか?」
 「やだ。僕忍者だし」
 「即答かよ。事実その通りだが……じゃ、あれだ、ちょうど碁会所だし、俺が囲碁で勝ったら」
 「で、僕のメリットは?」

 ……利益が絡まねーとやる気なしか。……めんどくせー奴。

 「ていうか、めんどくさがりのシカマルが賭け碁誘うなんて珍しいね」
 「………ほんっとクソめんどくせー……が、純情はともかく友情は弄んじゃいけねーからな」

 ジャラ、と碁石、そして足の付いた碁盤を引き寄せ、前に置く。

 「やろうぜ? チョウジの仇討ちっつーのもおかしな話だが……」

 皮肉げに唇を曲げ。

 「それとも、頭に自信がねーか? だったら悪ぃな、つまんねー囲碁で勝負申し込んだりしてよ」

 乗るか。反るか。
 挑発し、画策し、テリトリーへ誘い込む。
 それが奈良の、戦術故に。
 それが奈良の、性質故に。

 「本気だね……ふふ、くすくすくす……」

 刹那は、含み笑い。
 愉快げに。それでいて、どこかつまらなげに、嗤い。

 「先攻? 後攻? 僕はどっちでもいいけど」

 奈良シカマルは、白亜刹那を土俵に引きずり込んだ。
 白亜刹那は、敢えてその土俵に立った。

 「先打てよ。誘ったのは俺だからな」
 「コミは?」
 「ありだ。五目半」
 「……ま、そこまで甘くないか」

 畳に上がり、向かい合う二人の子供の周りを大人たちが取り囲む。
 アウェーの観衆が見下ろす中、黒石を取った刹那が石を打つ。
 右上隅へ、いっぱしの棋士の如く。
 迷いのないその打ち方だけで、大きな棋力をシカマルは感じた。
 唇を湿らす。父親以外で、負けたことはない。
 だが油断なく、そして勝ちに行く。
 パチン、と、白石を打った。










 序盤は、手の探り合い。じわじわと互いに陣地を押し広げて、隙と癖を窺う。
 ちまちまとした小競り合いを繰り広げながら、勝負は中盤へ。
 刹那が最初に打った左下の隅を占領され、シカマルの手が止まる。

 「………………つえーな」
 「ありがと……」

 打つ前からうって変わって、にこりともせず短な返事が。
 どこを見ているのかも判然としない、半ば瞼を下ろした双眸は、ポーカーフェイスにも程がある無表情。

 「……」

 ――違和感。
 白亜刹那という突然現れた編入生は、四六時中笑っているような少年だった。
 授業中、休み時間、登下校。そしてついさっきも。
 何が楽しいのか分からないくらい、刹那はいつもいつも笑っていて。変な奴だと、シカマルの認識はその程度。
 だが。
 この落差は何だろう。
 笑みとこの空虚な表情との差は何だろう。
 そして。
 二種の顔を比べ。
 空虚にこそ違和感を覚えない’’’’’’’’のは何故だろうか……。

 「………次」
 「……は?」
 「早く打って」
 「あ、ああ………ちょっと待て」

 ともあれ。
 余計な考えに気を取られている場合でもなかった。
 シカマルは意識的に頭を切り換え、独自の印――ではなく、自分に最も合った姿勢を取る。
 戦略を練る。
 思考にのめり込む。
 奈良の才覚を存分に注ぎ込む。

 ……よし。

 選び抜かれ見据えた勝利の図。
 あちこちに散らばる白石を想像の線で結び、黒を駆逐する様を思い描き。
 パチン、と誘いの一手を打った。

 「………」

 一秒、二秒、三秒が過ぎ。

 「……………」

 じゃら、と石を掴んだ刹那が。
 想像の線を断ち切った’’’’’

 「っ…………!」

 目を見開く。
 それは、白石の誘いとは全く無縁な、中盤までの流れに微塵も触れない箇所。
 しかして、その一手は完全な致命傷。
 失策を誘った白石が、無益な悪手となり果て潰え。
 失策を蹴った黒石が、巧妙な最高手を刳りぬいた。

 「策士……策に、溺れる……」

 ……っ。

 ぽつりと、刹那は囁くように。
 言葉もないとは、このことか。
 そうして、最後まで足掻いて、巻き返すに至らなかった。
 ……石寄せを、経て。

 「………あー疲れた。神経磨り減らすから碁は面白くないんだよ……」

 目の間を揉んで、額の汗を拭い、億劫そうに刹那が立ち上がる。

 「将棋は手が限られてるから、そうでもないけどね……」

 トントン、とつま先を蹴って靴を履き、戸口へ。

 「じゃ、また明日学校でね。夏期休暇前の最後の週だし、サボっちゃダメだよー?」

 冗談交じりに、返事も聞かず。
 勝ったことに感慨すら見せず。

 「十七目半……、…………くそったれ」

 敗者の遠吠えまでも一顧だにせず、飄々と立ち去った。
 いつもの口癖を吐く気にもなれず、ギシ、とシカマルの握る碁石が、擦れた。










 「オヤジ、オヤジ」
 「あん?」

 先日一仕事終えて休暇中の奈良シカクが食後の一杯を楽しんでいた時、テーブルの端で碁盤と睨めっこしていた息子に声をかけられそちらを向く。

 「どうしたシカマル。そりゃ……誰の棋譜だ?」
 「その前に、最初から並べっから、ちょっと意見聞かせてくれねーか?」
 「ほぉ……じゃ、見といてやろう」

 椅子を引いてシカクは対面に座った。盤を埋める石を集め、順繰りに一から置く息子に相好を崩す。
 対極を繰り返し、負かす度にどこが悪いか指導し、おかげでメキメキ腕を上達させている自慢の息子だが、自分から質問してくることは滅多にない。それが子供なりのプライドなのか、本人が言う通り面倒なだけなのか、大抵の疑問は一人で解決できるからなのか、判別は暗号の解読より難解だが、こうして偶に頼られると純粋に喜びが先に立つ。
 親という者は大体にしてそんな者だなどと気楽に考えていたのだが、どんどんと置かれていく黒石に胡乱な顔をする。

 「シカマル、置く順番間違えちゃねえか?」
 「そう思うだろ? 俺も最初、こいつどこ打ってんだとか、思ってたんだけどな……。意味があるようなないような、攻めてんだか守ってんだか、微妙な位置だからほたってたんだけどよ」
 「打ってる内に微妙が絶妙に変わってんなぁ。いや、絶好か?」
 「そして、俺がここ、ここに置いて揺さぶりをかけると……」

 パチン、と黒石を置き。

 「ここに打たれた」

 窺うように、シカマルが見上げてくる。シカクはフム、と顎に手を当て、白と黒の意味を汲み上げ咀嚼し、十数秒を経てようやく理解に至り。

 「…………………相手は」

 噛みしめるような重い声音で。

 「ベテランの棋士か何かか?」

 気軽さの吹っ飛んだ抜き身の刃の如き色で問いかけ。

 「クラスメイトだ」

 端的、かつ明快に答えられ。
 奈良シカクは頭を抱える。

 「……偶然でも何でもなく、ほんっっっっとにお前のクラスメイトが考えた末にここに打ったのか?」
 「考えた末っつーか……」

 歯切れ悪く息子が言葉を濁し。

 「……三秒」
 「あ?」
 「それを打つまでに、費やした時間だ」
 「………………………………」

 オイオイ、待て待て、と心のどこかで否定の材料を探しながらも頭は正しく事を認識し絶句を促す。

 「冗談だろう……?」

 シカマルは答えない。沈黙は肯定より尚雄弁に真実性を告げる。
 半笑いに引きつった表情でシカクは椅子の背もたれに身を倒し、額を叩いた。

 ……冗談じゃねえなら尚更笑えねぇ……。

 「……結局、誰だこいつは?」
 「…例の編入生だよ。白亜刹那とかゆー奴」
 「白亜……白亜ね。成る程『柏』の……」
 「知ってるのかよオヤジ? 白亜って、有名な家系なのか?」

 口を衝いた独り言に疑問を向けられ、どう話したものかと数瞬悩む。

 「そうだな……一部には超が付くほど有名だが、基本無名な一族だな」

 何だそりゃ、と怪訝な顔をする息子に、伝えられることまだ早いこと、慎重に選り分けながら説明する。

 「正確に言うと、名が売れてるのは白亜が所属する商隊の方でなぁ……その護衛としての付属品扱いで、白亜は有名であり、無名無実だ」
 「……は? 無名は分かるけど、無実っつーのは?」
 「そんじゃ逆に聞くがシカマルよぉ……名が売れる忍びの条件ってのは、何が挙げられる?」

 一瞬だけ、シカマルは考え。

 「まず…強さだろ? うちは、日向、五影に……伝説の三忍ぐらいしか今は思い付かねーけど、戦場で活躍しないことには話しに上るわけもねーし」
 「普通はそう、その通りだシカマル。……歴史を紐解けば強さではなくその知恵で知られてるのも居るが、この際そういう例外は置いといてだ。お前の言うように、人の口から出る名前は戦場でその強さを見せ、見せられた忍びが――警戒か憧憬かはともかく、広める。つまり実が有って名が売れる。だが白亜は」
 「実が無い……ってか?」

 先を継いだ聡い息子に頷く。

 「夜盗を返り討ちにした、どこぞの賞金稼ぎを討ち取った……。そういう木っ端な話は稀に聞くこともある。――が、それ以上’’’’は影も形も微塵も見当たらねえ。何十年と忍界大戦の時代も行商で巡り歩いてるのに、だ。そんな偶然と幸運が度重なるものか?」
 「……けどよ、確率論で言うとゼロってわけじゃ」
 「いいや’’’ゼロ’’だ。あの悲惨な大戦下に足手まとい抱えて国中を渡るなんざ、狙ってくださいと自分から言ってるようなもんだ。しかも運ぶ荷は何だったとおもう? 保存の利く食料だ。それが馬車何台分もあんだぜ? 襲わねえ能無しが居るかってんだ」

 その大戦を生き抜いた男の断言は、話に聞き書物で知るより、途方もなく重く大きく、シカマルは気圧される。

 「話が逸れたな……とにかく、白亜って名前は古き商隊『柏』を知る者には有名だ。しかし誰もその実力を知る者は居ない。有名無実とは正にこのことだな。……分かったか?」
 「あ……ああ」

 イマイチな返事をする息子にシカクは顎髭を撫で、さて、と話を変える。

 「その白亜……刹那か? お前はそいつと一局やったらしいが、めんどくさがりなお前がそんなことで俺に意見を聞くなんざ暴挙に出て、何をどうする気だ? んん?」
 「暴挙って…そこまで言うかよ。……別に大した理由なんざねーよ。なんとなく、あの真っ黒クロ助に一発ぶち込みたくなった。……それだけだ」
 「ほほう……」

 ニヤニヤと聞く。

 「ライバル意識か?」
 「ばっ……そんなんじゃねぇっ!」
 「照れるな照れるな。そうか……お前にもとうとうライバルができたかぁ……」
 「人の話聞いてるかクソオヤジ!? そんなんじゃねぇっつってるだろ!!」

 なかなかお目にかかれない息子の取り乱し模様を存分に堪能した後、落ち着いた頃を見計らい、シカクは身を乗り出した。

 「で? 対処法は決まってんだろうな~? この白亜の子供は厄介極まる相手だぜぇ?」
 「……刹那のセリフと打ち終わった時の様子で、大まかなカラクリ……じゃねえ。仕組み’’’は解けた。それでオヤジが、どういう見解を持つか聞かせてくれ」
 「自分の推論だけじゃ満足しねえってか? 確かにこいつは、盤石の備えを万全の構えで叩き潰すような奴だしな。恐らくだが。……シカマル、そいつの言葉とお前が掴んだモノ、全て余さず話してみろ」
 「それじゃ、あいつとの会話から説明するぜ――」

 そうして、シカクは息子の話と所見を聞きながら、別のことにも思いを馳せる。
 商隊『柏』……カシワ商隊と共にある忍び、白亜。
 有名どころと戦った話は、口にした通り影も形もない。
 しかし、“影の影”ぐらいはあったのだ。
 繰り返された大戦の間に不干渉条約が結ばれもしたが、それ以前はその限りでなく、糧食と情報を運ばれるのを邪魔に思った里の一つが暗部を差し向けたという噂がある。
 あくまで噂であるが、差し向けられた暗部は、“一人残らず行方知れずとなった”…………らしい。
 密やかに、まことしやかに、囁かれている“噂”だ。
 シカクの生まれる前の話なればこそ、今となっては真偽を確かめる術も手段もない。
 だがシカクは、こうも思っている。




 “火のないところに、煙は立たぬ”




 ……いずれにしても。
 一介のアカデミー生に話す内容ではなかった。
 表に出てきた『柏』の護り手。
 その真意は、意図は、有るのか、無いのか。
 それとも無名無実そのままに、何ら思惑は持たないのか。
 何もかもが足りな過ぎて。
 判断は、付かなかった。










 そうして。
 奈良ヨシノにお叱りを受けながらも夜半まで男二人の作戦会議は続き。

 「……で、どうだ?」
 「…………あいつの頭ん中がこの推測で正しけりゃ――」

 確信を込めて、頷いて。

 「次の対局で、“勝てる”」


 

 





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ども、ゆめうつつです。記念すべき木の葉キャラ最初の題材人はシカマルでした!や、ナルトでも良かったんですけどね。……とある方からの期待が過大なモノだったので。丁度良く面白い展開も思いつきましたし。
囲碁のコミは現在六目とか七目らしいのですが、ナルト原作開始が1999年だったので、当時の五目半を使わせて頂きました。
……後編はまだ書いてないのでまたしばらくお待ち下さい。すいません。


jannquさん、……風影暗殺の時、君麻呂って動けたんですかね?彼が加わっていたならそりゃ生存は絶望的でしょうけど。……ガチでやったら刹那イタチに負けますし(多分)、向上意欲はあってもかしくないのです!(と、言ってみる)チャクラ量というか、増えてないのはチャクラの総量ですから、鏡像消しても増えたことにはならないのです……

ニッコウさん、や、スイマセンて。詳しく教えて頂き何ですが、ホント日常生活じゃ欠片も役に立ちませんね……。刹那たちみたくサバイバルするならまた勝手が違うんでしょうけど……あ、それだと冷蔵庫がないや。

シヴァやんさん、人柱力……最低一つは他里の書こうと思ってるんですよ。ナルトや我愛羅以外に。……まあ、尾獣自体に手を加えようとかろくでもないこと考えてはいるのですが。

野鳥さん、ふふふふふふふふふ。お待たせです。今回それ以上は言いません。次回をご期待に。

456さん、全くですね……ナズナの登場、もとい会話を増やさないと面白くなりようがないのもありますが。我愛羅は、テコ入れし過ぎたような、ないような……。

nataさん、えーと……二体? 三体? 多分三体ですね。本体合わせて四人の刹那がうろついてるわけですね。いやはや自分でやっておきながらとんでもないことです。


(誤字修正しました)



[5794] 48 日常 対決! IQ200と算定演舞 【後】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2009/09/24 16:25

 朝郵便受けを開けると、新聞手紙に混じって場違いな……いや世界的には何ら場違いではないがさておき、刹那としては理解に苦しむ物体が鎮座ましましていた。
 和風かつ古めかしく、折り畳まれた和紙に書かれた達筆な――『果たし状』の一言。

 「…………………僕何かしたっけ?」

 身に覚えがないと、本気で首を傾げる刹那だった。










 「つまるところ、決闘状ですか……」
 「相似の関係で括れないこともないけど、ここは果たし状って言う方が正しいかな」

 登校してナズナと語る傍ら、教室の椅子に座ってなかなか姿を見せないシカマルを待つ。

 「そして刹那君は断ると」
 「当たり前。昨日の今日で何が変わる訳でもないし……しかもこれ、僕が負けた時には猪鹿蝶三人に何でも好きな物を奢るって何……。チョウジはともかく、いのまで入ってるし意味不明……」
 「あれです。いのちゃん一人仲間はずれにすると、きっと後が怖いのですよ」

 まあ、そうだろうとは思う。思うが、僕が勝った時の特典が聞いてからのお楽しみって何だ。おふざけか。まあそれ次第でやってあげても良いけれど、今日は少々、“都合が悪い”。
 と言うか、もう始業五分前のくせしてまだ来ないのか。
 囲碁の勝負なのに果たし状とはまた不思議な感じだが、そこには昼休みに勝負とあった。断るなら早い内が良いだろうと、今日はそこそこ早く家を出たと言うのに。

 「よーし、みんな揃ってるなー?」
 「先生、シカマルがまだ来てません」
 「ああ、あいつは家から連絡があってな。家の仕事させるから遅れるそうだ。昼には来るらしい」

 いのと担任の、そんな会話を聞いて。

 「……………」

 刹那は僅か、目を細めた。
 気配の変化を敏感に察したナズナが、視線で問うてくる。

 「……本気だね」
 「本気?」

 うん、と頷き、それ以上は何も言わない。ナズナも、特に聞こうとはしない。
 ホームルームが始まる中、帰ろうか、と刹那は思案した。
 嫌な予感がする。隠れた殺意と言うか、見えざる敵と言うか、そんなあやふやな、文字通りの予感。
 こういった第六感的な判断は、余り前世じゃ信頼してなくて、実際ほとんど役立たずではあったのだけれど、この世界で暮らしてもう五年近く。虫の知らせの重要性は骨身に染みている。
 そしてこの状況は、何だかとっても拙い気がした。
 奈良シカマル。
 IQ200。
 戦略の天才。
 ……と言っても、それは下忍任官後の話であるから、現時点でどの程度かは昨日の囲碁でしか測れないのだけれど……油断は禁物。
 何せ彼らは、『奈良家』なのだ。
 その策に、乗る必要はない。

 「先生」
 「うん? どうかしたか、刹那」
 「家のポットに火をかけっぱなしなのを忘れてました」
 「早く帰って消してこいっ!」
 「はーい。ナズナもおいで」
 「了解です刹那くん」
 「あっ、おい! 一人で充分だろう?!」

 と、騒ぐ担任の声すら聞き流し。
 そんなこんなで、脱出成功。










 隠れ里の中でスーツを着る人間はほぼ皆無。
 それでも各自の仕事着で、出勤する人々に混ざりながらも反対に、帰り道。

 「……変な気分です。まだ朝なのに、ナズナたち下校してますよ」

 まあ、そうかも知れない。かくいう僕も初めてだ。

 「それで……刹那くん。何でわざわざ帰るですか? その場で断ればそれで済みますよ」
 「んー………何か企んでるみたいだからね。シカマルって、ああ見えてかなりの切れ者だから、念のため」
 「……考え過ぎか、神経過敏な気がビンビンですよー」

 ビンビンって……いや、深くはつっこまないで置こう。
 嘘は方便と言うけれど、一から十まで嘘の言葉でアカデミーを早退したのは、シカマルの多分策らしき物から逃れるため。
 過程はともかく目的ははっきりしてるから、さっさと舞台から退場したまでだ。
 ……で。
 マンションの階段を雑談しながら登って、大きな入口一つしかない最上階の、玄関扉の前に広がるちょっとしたスペースに到達し、

 「あー……」

 天を――というか、天井を仰いだ。

 「そっかそっか……いや、これは大失敗。見事に謀られた。見くびってた。策士って呼んだのはそもそも僕だったはずなのにね」

 その、通常よりも大きな、横滑りする扉に背を預けて、目つきの悪い子供が飄々と、腕を組み、待ち構えていて。

 「遊びに来たぜ、編入生」

 奈良シカマルは、にっと笑った。










 事ここに及ぶと、もう断る方が疲れるだろう。下手すると一日中扉の前に陣取られるかも知れない。
 仕方なく中に招いて、帰ってから湧かしたポットでお茶を振る舞った。日本茶。シカマル和風っぽいし。ナズナは隣でほくほく顔で昨日買ってきた団子をモグモグしてる。

 「アカデミーサボってまで碁を打ちたいと?」
 「おう」
 「…………暇人だね」

 パキッ、と煎餅をかじり、日本茶をすする。
 シカマルの様子はまるで気負いなく、本当に遊びに来た感じ。……それも間違いでは、ないけれど。
 昨日、こてんぱんにされて懲りてないのだろうか?
 それとも、ただ単に囲碁仲間として打ちに来たのだろうか?

 「賭け碁……って話らしいけど」
 「ああ。俺が勝った暁には、まあ、俺はどうでもいいからチョウジに好きなだけ奢ってやってくれ」
 「……一食とデザート一回分までだよ。取り置きはなし。お持ち帰りもなし。それ以上は負からないよ」
 「いいぜ。……で、お前が勝った場合の、俺が用意する賞品だが……」

 持ってきた鞄の中から、取り出し、それをテーブルに置く。

 ――秘伝、と、銘打たれた……巻物。

 「……………………、正気?」
 「正気も正気。本気も、本気だ」
 「………うっわ……バカだ。今度から奈良家は馬も飼育するようになったんだね」
 「うるせーよ。お前みたいにがめつい奴が欲しがるようなのが、他になかったんだよ」

 だからって……普通子供の賭け事に持ち出す?

 「親の許可は――」
 「オヤジに持ってけって渡された」
 「………あっそう」

 親子そろってウマシカか。鹿ではあるのは知ってたが、これはない。予想外を超越した感じすらある。

 「どうだ刹那。お前の眼鏡に適ったか?」
 「……正直、なくてもいいけど、あっても別に困らないし……でも、それだと互いのチップが釣り合わないけど?」
 「乗り気じゃねーお前に頼み込む必要があったからな。何だったら、スポーツ精神に乗っ取って帳尻合わせてくれて構わねーぜ?」
 「…………最初の果たし状にあった通り、君たち三人に好きな物を奢るってことでチップを上乗せするよ」
 「良いのかよ? 破産しても責任取れねーぜ?」

 若干こちらを案じる気配のある発言を、鼻で笑う。

 「生憎だけど前に宝くじの一等当ててるからね。このマンション勝ったのも僕のお金だし、まだまだ数百万両は自由に使えるお大尽だから、心配される謂われは欠片もないよ」
 「金遣い荒れーとは思ってたが成金かよ、めんどくせー……が、それなら安心して勝てるな」
 「くすくす……昨日真っ向勝負で負けた人が何吠えてるんだろうね」
 「やる気になってくれて結構なこった。……ところで、俺はこの後アカデミーに行くつもりだから早碁で良いか?」
 「早碁? ……普通に打たない?」
 「……オヤジはこれに協力してくれんだけど、母ちゃんが一刻も早く登校しろってうるせーんだよ」
 「仕方ないなぁ……それじゃ、何秒間隔で打つの?」
 「十秒」

 一瞬、空白が横たわる。

 「十秒で、一手だ。それを過ぎたら、負け」
 「……………普通は、短くても三十秒だよね?」
 「……やめるか?」
 「…………………………いや、打とうかな」
 「よし」

 荷物置きの方から、刹那が足つきの立派な碁盤と石を用意して。

 「先攻後攻は?」
 「……昨日は僕が先だったから、先攻どうぞ」
 「んじゃ、黒な」

 ジャラ、と石を摘んだシカマル。
 と、そこへきて、ようやくずっと感じていた引っかかりの正体が、見えた。
 囲碁は、一朝一夕で強くなれるような、そんな簡単で単純な物じゃない。好きな場所に石を置けるから、将棋以上に先を読むのが難しい盤上の遊戯だ。
 更に言うと、シカマルは囲碁よりむしろ将棋の方が趣味で、得意だったはず。
 なのに昨日敗北を喫した囲碁で、まだ勝負が見えない将棋を選ばずに、比較的ではあっても苦手な囲碁を何故選んだのか。
 その理由は、シカマルの最初の一手で、窺い知れた。

 「…………!」

 パチン、と打たれた、九つある星の中心。
 天元。
 初手、天元。
 思わず、目を瞠った。










 一瞬で表情を変えた刹那に、シカマルは内心でガッツポーズ。
 正直、ここまでは予定通りだ’’’’’

 「五秒過ぎるぜ?」
 「…………」

 無言で、一手。左下隅。乗ってこない。
 ならば乗らせるだけと、中央付近に黒石を。
 昨日は淀みなく打っていた刹那の手が、未だ全くの序盤でありながら、止まった。

 「……………………」

 時間いっぱい使って、左上隅。迷いが、目に見える。
 追撃として、中央から下方の辺に石を置き。
 一秒後、指は離さず二つの白石に睨みを利かせるような、左の辺にズラした’’’’

 「…!」
 「次、打てよ」
 「……ん」

 そこで、刹那が目を細めて、表情が抜け落ちた。
 昨日よりも、早い。昨日は中盤に差し掛かって、『こう』なった。

 「強い癖して、囲碁は面白くねーのか?」
 「…………」
 「それとも、囲碁だから’’’’’面白くねー……か?」
 「…………………」

 無反応を貫く刹那に、シカマルは打ちながら言葉を続ける。
 これは、策の一環だ。

 「昨日は変な打ち方してたよな。俺の石を無視して……まるで、棋譜を適当に並べているような打ち方」

 打ち、打った石を全く別の場所に、またズラし。

 「――あれ、本当に棋譜を並べてたんじゃねーか?」
 「――…さあ、ね」

 さすがに、無視できなくなったのか、中央を切り崩すように、刹那が白石を打ってきた。

 「……!」

 ここからが正念場だと、シカマルは唇を湿す。
 昨日とはかけ離れた、最早別人の打ち方で、曖昧模糊と煙に巻く石の配置から一転し。
 あの一手。
 石の繋がりを断絶させた、棋聖であるとさえ錯覚しそうな、理想の一手。
 次々と、それに匹敵する手’’’’’’’’が迫ってきていた。
 防戦一方。凌ぐばかりで攻勢に回れない。刹那が、全力で叩き潰しに来ている。
 だがしかし、シカマルはこう考えた。


 刹那は全力を出さざるを得なくなっている――!


 「……オイ、いつもの余裕ぶった態度はどうしたよ」
 「――――」

 刹那は答えない。答えられない。
 無言で、無表情なその顔に、大粒の汗が幾条も、流れていた。
 それが証拠だった。
 それが証左だった。
 仮定が確定へと姿を変える。
 確信が確証へと名を変える。
 決してシカマルだけが追い詰められているわけでは、ない。

 「昨日対局が終わった時、テメーは言ったよな? “囲碁は神経をすり減らす”、“将棋はそうでもない”」

 打つ手は休めず、秒を数えるのと並行して、口を開く。
 刹那の意識を、僅かでも引きつける。

 「将棋は良くて、何故囲碁が悪いのか。……ついさっき、当て推量じゃない答えが出たぜ。それは、囲碁と将棋の――“可能性”の差だ」

 名前通りの一刹那、手が遅まり――ほとんどノータイムで打っていたゲーム展開もまた、遅くなる。

 「将棋で使える駒は両方合わせて四十。マスは九×九の八十一マス。……四十引いて、単純に考えても動かせる場所は四十カ所かそこらだ。比べて囲碁の場合……」

 ここぞとばかりに、間を空けず可能な限りノータイムで打ち続け。

 「三百六十一カ所。相手の先を読み尽くそうとしたってな、どう考えても毎回数千から一万以上の可能性が――相手の打つ未来が、あるんだよ。全てを読むなんざオヤジでも無理だ。つまり不可能手段。………普通ならな。だが、お前は普通じゃない’’’’’’’’’らしい」
 「…………」
 「数十手先を考えた流れを一撃で、しかも一瞬で断ち切る。………そんなのは、先の先のそのまた先まで、たったの一瞬で読み尽くせる奴じゃなきゃ無理だと、俺とオヤジは結論づけた」
 「…………………」
 「膨大な思考。莫大な計算。本来何十分も必要とするはずの数式を一瞬で解く――頭脳。無表情になるのは、思考に没頭するあまりの反動だろうな」

 対面の水色に向けて言い放つ。





 「てめーの能力は、一瞬を限界まで引き延ばすほどの驚異的な集中力だ」





 何故、経験のない刹那が、有段者にも劣らない棋力を持つのか?
 その正答は、言葉にすればとても単純だ。
 ――“相手の打つ手を全て読み尽くせばいい”

 「言うだけなら、簡単だけどな……てめーの桁外れな記憶力と集中力、計算力が合わさって初めてできる芸当だ。……まず誰にも真似できねーよ」

 しかし、けれども。
 脅威の一言に尽きるその集中は、長時間、続かない。
 否――刹那本人の感覚では、果てしなく長い“時”を思考に消費しているのだから……些か語弊のある表現だろうか。
 その集中を、如何にして崩すか。それが今日、この時、シカマルの取った戦法だ。
 早碁は、集中する時間を削るため。
 石をズラしたのは、刹那の計算に乱れを生むため。
 初手天元は、序盤から先の読みにくい乱戦へ持ち込むため。
 将棋を選ばなかったのは、可能性と確率を、格段に引き上げるため。

 ――刹那の限界時間を削り取る戦術――

 つまるところ、自滅を狙ったのだ。
 脳を酷使しすぎたことによるオーバーヒート。
 真っ向からやって勝てないのなら、敵の勝利手段を間引きする。
 交わした言葉は、実際には少ない。
 しかし刹那にせよシカマルにせよ、僅かな取っかかりから相手の考えを読み取る力に長けている。
 故に刹那は、シカマルの一晩かけて練り上げた戦術を――容易く、壊せた。

 「………話は、それで終わり?」

 汗を拭い、く、と刹那は、笑う。否………嗤う。

 「昨日教えたはずなんだけどね。……策士は、策に溺れるんだよ」
 「……お前も俺と同タイプで、策を張る奴だと思うが?」
 「僕は良いんだよ。僕は策士じゃなくて、言うなれば――詐欺師だから」
 「!?」

 今や終盤に近づいた盤へと、刹那は、白石を打ち込む。
 それは、これまでのような理想ほどではないものの、充分に強力な、一手。
 一発で分かった。一瞬で悟った。

 「っ……てめぇ刹那!」
 「くすくす……ごめんね」

 悪びれず、会心の笑みを浮かべて。





 「昨日言った、囲碁を数回しかしたことのないってあれ、数百回’’’の間違いだったみたい」





 「……こんっ…の………大嘘つきがっ!」
 「あはははは」
 「……刹那くんのウソはいつものことですよー、シカマルくん」

 沈黙していたナズナの慰めともつかない言葉で、逆に苛立ちを煽られる。
 練りに練った戦略が、根本から破綻した。
 あの集中力を発揮するまでもなく刹那が強いのならば、どうあっても勝てる要素がない。
 ただでさえ防戦一方で押されていると言うのに、だ。
 最早まな板の上の鯉に等しい。石寄せをするまでもなく中押しで終わる結末が目に見える。

 ……くっそ……ここまでかよ…!

 愉快げに笑う刹那が白石を取り、盤上へと運び、刹那にとっての勝利を、シカマルにとって敗北を意味する一手を、

 「……………」
 「……………?」

 ―――打たな、かった。

 「……オイ、刹那?」
 「……………………十秒だ」
 「――は?」

 石を戻し、いつの間にかナズナが用意していたタオルを受け取って、刹那は汗を拭き。

 「十秒が過ぎたから、僕の負け。約束通り三人に好きなだけ奢るよ」

 そんなことを、言われて。
 ――突発的に殴りかかった拳を、ナズナに受け止められた。
 手の平で、綺麗に。

 「文句があるなら、言葉で返してください」
 「っ……!」

 その言葉にすら、冷や水を浴びた頭では、言葉も見つけられず。
 さりとて、屈辱を受け入れる余裕もなく。

 「……要らねえ。賭けは………白紙だ」

 お情けで頂いた戦利品に価値などない。
 刹那が手を止めなければ、二秒を残して、シカマルの番が回っていたと言うのに。

 「………っ」

 ぶつけどころのない感情を持て余して、席を立ったシカマルに、玄関まで送りますと、ナズナが付いていく。
 逆に刹那は、見送りにさえ来ない。それがまた、眼中にないと言われてるようで、腹立たしい。

 「……リベンジしますか?」

 靴を履く途中で、訊かれ。

 「………二度とやりたくねぇ」

 心底、そう思い。
 奈良シカマルは、白亜邸を辞した。
 この後、アカデミーがあることもまた、憂鬱だった。
 マンションを一階まで降りて、振り返り。

 「……まあ、あのまま負けてても、実害なかったけどな」

 鞄にしまった巻物を脳裏に浮かべながら、呟く。

 「奈良家秘伝―――鹿の世話大全。誰が影真似の術を教えてやるかっての……」

 策士と、詐欺師は、正に紙一重。
 此度の対戦は、その見本であった。










 「……色々勘違いしてくれてたようで、助かりました」

 建物の陰にクラスメイトが隠れるまで、ナズナは見送り、部屋に戻る。リビングへ、足を踏み入れると、
 白亜刹那が、倒れていた。
 近くのソファへ、たどり着く寸前で。
 意識を無くし、ぐったりと四肢を伸ばして、うつ伏せで。

 「…………」

 それにナズナは、驚きも慌てもせず、むしろ当然だと思いながら、ソファに引っ張り上げる。膝枕する。

 「……やせガマンにも、程があります」

 両目が滲みそうになって、拭う。
 あの瞬間。
 奈良シカマルがお情けと断じた、あの二秒と少しの時間。

 「………意識、飛んでたですよね」

 ぽつりと、口に出して。尚一層、確信して。

 「算定演舞……いつもは使っても、笑顔の振りぐらいしてますけど……」

 タイミングが、悪かったのもある。
 昨日の今日で、脳髄の疲労が抜けきってない時に、囲碁なんてするから。
 こんなところまで、追い詰められた。
 限界まで出して、ギリギリで、勝ちを譲った形に、持っていき、そして倒れた。
 手抜きして、適当に負ければいいのに。相手に花を、持たせてればいいのに。

 「前より……負けず嫌いになりましたか?」

 それとも。
 負けず嫌いに、“戻って”いるのだろうか。
 いつだったか、昔に、修行途中の息抜きに、そんなことを漏らしていた気がする。

 「むー…言葉遊びは刹那くんの領分です。ナズナには、よく分からないです」

 でも、と。
 言葉を連ねて。
 想いを繋げて。

 「いつか“全部”、“本当のこと”を教えてくださいね?」

 綺麗な笑顔を、咲かせた。
 想い人の、隙だらけな寝顔を、眺めながら。















 「……こ、これはもしや、普段は隙を見せない刹那くんの唇を奪うチャンス……!?」

 言いながら、恥じらいが勝って結局できないナズナだった。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
後編!ということでお待たせしました、ゆめうつつです。……あんまり反響なかったかな?やはりバトルの方が盛り上がりますかね?……まあいっか。
今回初めて斜体を入れてみたり。……初めてだったと、思うのですが。まあ、これもどうでもいいことですね。

シヴァやんさん 黒いのはとっくにミミ先生にばれてますし。さて、勝負の結果はいかがでしたか? 勝ちは勝ちですが、辛勝、という形にしてみました。

00000さん シギと我愛羅。会った瞬間に殺し合い勃発……!?(笑)

野鳥さん 自分で確認した範囲で、誤字は訂正しましたよー。まだ抜けてるかも知れませんが。さて、しかし、チートのくせに刹那追い詰められました。どうでしたか?

ニッコウさん シカマル大好きでしたか。結局こういう形に終わり、刹那の悔しがる姿はまたの機会になりましたが、どうでしょう?一応、シカマルが映えるように書いたのですが。

nasubiさん んー……書くとオリキャラ化してしまう人柱力は、考慮からは外しています。が、ゆめうつつは心変わりするやも知れませんので、あまり断言できませんが。期待して、お待ち下さい。



[5794] 49 日常 日向の少女
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2009/10/25 16:35


 「土砂降りだねぇー……」

 雨、雨、雨。豪雨。まさに天地のひっくり返ったような。
 木の葉は水はけが良い土地だから洪水の危険性は低いけど、いざとなれば忍びの土遁会得者が出動するだろう。
 シギと話し込んでいたら随分遅い時刻になってしまった。早く帰らないとナズナに恨まれるので、広げた傘から際限なく落ちる雨滴を眺めながら、家路を急ぎ、

 「――?」

 振り返る。夜闇に街灯が仄白く、雨を透かしている。
 耳を聾するのも雨音ばかりで、他には何も聞こえない、けれど……

 「――あ」

 光った。雷とは違う、人工灯がチカチカと、光り、消える。

 「……誘ってる?」

 誰が? 何故?

 「うーん…」

 この豪雨の中で、誰が自分にピンポイントで誘いをかけるのか。

 「………、出るのは蛇か薬か、それとも音か」

 さすがにこの時期、大蛇丸が入り込んでるとは考えたくない。それでも警戒は怠らず、今また繰り返された点滅の元へ足を進めた。
 この雨だ。誰かに目撃される可能性は限りなく低い。敵なら死をプレゼントする、それだけの話。
 踏み行った先は狭い公園だった。砂場しかない。その砂場も、半分以上はお椀を逆さにしたような、中が空洞の遊具に占められて、何とも中途半端。
 高さからして光はその遊具の上から放たれたようだが、そこには誰も居ない。無言で近づき、すぐ側まで寄って、刹那は、今にも消え入りそうなすすり泣きを聞いた。

 「……誰か居るの?」

 トンネルのように穴が空いた、ドーム上の内側を、呼びかけながら覗き込み。

 「……あ」

 光よりもチャクラを視ることに特化した眼を持つ少女が、びしょ濡れで、震えて。いつもは真っ白な両目が、心なしか充血していて。
 少々の驚きを持って、その名を呼ぶ。

 「………ヒナタ?」
 「せ……せつ…なく………ふ、ふぇ…ええぇ……!」
 「わっ、ちょ――ねぇ、ヒナタ!?」

 真っ暗闇の豪雨が余程心細かったのか、僅か七歳の少女は堰が切れたように泣き出して、しがみついてきた。
 小さな身体は雨雫に体温をすっかり奪われ、冷え切って。このままでは風邪どころか、下手すれば肺炎でそれはちょっと致死率的にかなりマズい。

 「分家でも宗家でも、とにかく日向の誰かに迎えに来てもらわないと……」

 立ち上がろうとして、服の裾を引っ張られ、たたらを踏む。何かと思えばヒナタがぶんぶん頭を振り、はっきりと拒絶の意を示していて。

 「ヒナタ……?」

 身を震わせる少女を困惑の色で見ていると、おかしなことに気づく。
 日向とうちはは里の中でも最有力の二家であり、互いに最強を譲らないがために仲がよろしくない。
 住み分けもきっちりと里の正反対。しかしここはうちはにほど近い公園で、日向の地区からは例えアカデミー生でも相応の時間がかかる場所である。
 そんな場所に、こんな時間に、ヒナタがたった一人で居ることの不自然さ。
 白眼を使えるならば、限定空間内で子供一人、それも宗家の嫡子を捜し出すことなど造作もないはずなのに。

 「……ねぇ、ヒナタ」

 よしよし、と頭を撫でて落ち着かせ。

 「もしかして……家出?」

 ビクッ、とその肩が震えて、分かりやすい反応で。
 三十秒程を思考に費やし、刹那は提案する。

 「うちに来ない? そのままじゃ風邪引くよ」










 だ……大丈夫、だから。じゃあ大丈夫な根拠は? ……えと、迷惑だし。ヒナタに倒れられる方が迷惑。で、でも。ああもう、これ以上ごねるなら気絶させてでも連れてくから、注意して言葉選んでね。………じゃあ、誘拐? ………………。

 そんな遣り取りを済ませた刹那が、遠慮するヒナタを無理矢理負ぶって連れ帰り、現在。

 「刹那くん遅かったですね。ナズナはお風呂先に、入っちゃい…まし……た……」

 ノックされた玄関のロックを解除しドアを開けたナズナのセリフは、少年の背にある少女を認めて尻すぼみに消えていき、

 「あ、丁度いいタイミングだね。ヒナタ、お風呂沸いてるって」
 「だ、だけど…その……」
 「拒否したら気絶させた挙げ句丸洗いの刑だからそのつもりで」
 「……だ、だからどうして……! さっきもそんな風に強引に――」
 「強引に……何なのですか」

 おどろおどろしい、奈落から這いずってくるような気配と声に、刹那は何を思うでもなく、ヒナタは顔面を蒼白に変え、自分を背負う少年の背に隠れ。
 それがまたナズナを刺激して止まない。

 「刹那くんの手料理を味わうため、お腹を鳴らして何も食べず、けなげに待っていたナズナをほたって何をしていたかと思えば――!」

 どこからか取り出したハンカチをうるうると噛み締めて。

 「二人っきりでイチャついた上、強引にナニをされる関係に至っていたと言うのですか……!!」
 「……ナニって何?」

 刹那の疑問もこの時ばかりは届かない。

 「うかつ……いえ一生の不覚です! まさかこんな大人し草食地味系少女が最もけいかいすべき女ギツネだったとは……!」
 「じ、地味……」

 ズーンと日向がへこむ。ナズナは悪い意味で舞い上がる。

 「うう……こうなってはナズナは略奪愛に生きるしかないので、す、ぅ…ううう~……っ」

 キッ、と愛人が正妻を睨む嫉妬の目で、いつしか玄関マットにくずおれていたナズナはヒナタを見上げ。

 「でもここは、ナズナと刹那くんの家なのです。愛の巣なのです! そう簡単にしきいはまたがせませんからっ!」
 「はいはい、与太話は後でね」

 と、あっさりまたいでいく刹那。

 「あ、あああ、スルーしてかないでくださいぃ……」










 …………ぽちゃん。

 天井から水滴が、湯船に落ちて波紋を造る。
 ちゃぷん、と指を動かしたら、その波紋も消えてしまう。
 暖かい。冷えた身体に、心地よい。

 「………はぁ」

 衝いて出たのは溜息か、快適さから来るただの吐息か。
 こうして、のんびりとお風呂に入っていられることが不思議だった。今夜はあそこで過ごす覚悟もしていたのに。

 「……………刹那くん、か」

 転校生……じゃなくて、編入生。留学生でも良いかもしれない。とにかくそういう肩書きの、クラスメイト。
 あんまり、話したことはなかった。でも色んな意味で目立つ人だから、つられて見てたことはたくさんある。
 頭が良い。体術も平均よりずっと上。いつも笑ってて、面白いことは更に面白くするのが好き。……悪く言うと、引っかき回して楽しんじゃう性格……。
 それと結構、世話好き……かな。
 最後のはよく分からないけど…………優しい、とは少し違う気がした。

 「…………少しどころか、全然違うかも……」

 ほとんど脅しみたいな、強引なやり方で連れてこられたし……だから、優しいじゃなくて、世話好き。……でも、これも何だか違うような――――

 「ヒナタ、湯加減どう?」
 「―――ちょ、丁度いいよっ」

 曇りガラスの向こうから、タイミング良く(悪く?)刹那くんの声。
 驚いたのを上手く隠せたか、少し気になった。

 「着替えとタオル置いておくから使ってね。それと、ナズナに何を言われても気にしないように」
 「……ナズナちゃん、怒ってた?」
 「どうせ勘違いだから、好きなだけ怒らせてみようかな。後で教えた時にどんな顔をするか楽しみだよ」
 「…………」

 そっか……ナズナちゃんも被害に遭うんだ。
 普段は血の上りやすいナルトくんやキバくんが犠牲になってるけど………早めに、誤解を解かないといけないなぁ……。










 「……あの女は何ですか」
 「クラスメイト」
 「何で連れてきたんですか」
 「面白くなかったから」
 「……刹那くんの面白いの基準が不明です」
 「ふふふ、妬いてるのナズナ?」
 「そっ、そんなわけないのですっ! へへ変な誤解をしないで下さるがいいですよっ?!」
 「口調崩れてるよー……? まあ取りあえず、本当の理由としては」
 「……理由と、しては?」
 「僕を思い通りに動かそうってのが気に入らない」
 「相変わらず意味が分からないのですよぅ……それと、一応聞きますが」
 「うん?」
 「家出の理由にこころあたりが?」
 「さあ? まだ何も聞いてないけ…ど……」

 刹那の言葉が途中で途切れ、振り返るとナズナは既に逃亡した後だった。

 「…………やられた。ちょっと油断したかな、これは」

 困った風に頬を掻いて、そう呟いた。










 「さあ食べろ。食べ尽くせ。残したらくすぐりの刑」
 「……ゆうげんじっこうなので、残さないほうが身のためですよ?」
 「………う、うん。がんばってみる」

 とても豪勢な晩御飯。いつの間に作ったんだろうって、驚くぐらい。
 身体の温まるスープや舌にピリッと辛い料理は、私のために作ってくれた献立なのが分かるから……なんだかすごく申し訳ない気分にさせられる。
 美味しかった。残すなんて考えられなかった。
 家の食事とは趣が違ったけど……洋食? も悪くない。ううん、すっごくいい。

 「……ごちそうさまでした」
 「片づけはナズナの担当だからそのまま置いといてね」
 「あ、あのっ……片づけるのは、私も…」
 「じゃあナズナを手伝うがいいです。ふふふふふ、ヨゴレ一つ付いてたら火刑に処すのです」
 「……それは魔女裁判だよナズナ」
 「まじょ……?」

 知らない言葉が出てきたけど、聞く暇は全然なかった。
 食器洗いが終わった後、どうしてか雑巾がけと窓拭きが始まって……洗濯物の畳み方と、アイロンのかけ方と、料理の味付けと……あれ? 私何か質問することがあったような……?
 その間に刹那くんは、机の上でノートに何事か書きつけていた。こっそり覗いてみたけど……無理。忍術の構成理論なんて理解できる方がおかしい…はず。頭だけなら、刹那くん飛び級できるんじゃないかな。

 「おーい、いつまで掃除してるのー? もう寝る時間だよ」
 「ふ……ふふ、なかなか……やりますね」
 「ど、道場の雑巾がけは…基本だから……」
 「そのあたり日向は厳しいんだね……健全なる肉体は健全なる精神に宿る、かな?」

 ええと…父上がそんなことを言ってた気がする。

 「さて、ヒナタが寝るところだけど……ナズナ、一緒に寝てあげて?」
 「ナズナは刹那くんと一緒に寝ます! 女ギツネは仕方ないのでナズナのベッドを貸してあげるのです!」
 「それじゃヒナタもおいで。三人で寝てもまだ余裕がある大きさだから」
 「え……え?」
 「だっ、ダメなのですっ! 女ギツネもといヒナタちゃんと一緒に寝させるわけにはっ?!」
 「じゃ、二人で寝てね? お休み~」
 「そんな!? あ、ああ……今日は、厄日なのです……」
 「その…えと……ご、ごめんなさい」
 「………今夜はゆっくり寝れると思うなですよ」
 「ひぅっ…!」

 ナ…ナズナちゃんが怖い……!










 ……と、思っていたけど。
 予想に反してナズナちゃんは何もしてこなかった。柔らかいベッドに横になって、背中を向けて不満をアピールしてたのが、逆に可愛く見えてしまって。

 「…何か失礼なこと考えてませんか?」
 「ぜっ、全然、考えてないです…!」

 ものすごく勘が良いのが分かったから、余計なことは考えないように気をつける。
 電気を落とした室内に、静かな、居心地のよい沈黙。
 ベッドと聞いて、保健室にあるものを思い浮かべてた私は……部屋にあったそれを見て、とても驚くことになった。
 何より、大きい。そしてフカフカ。松風先生の貸してくれるベッドとは、月とすっぽんぐらい差があった。
 ……私も、これ欲しいな。

 「……ナズナちゃん、聞いても…いい?」
 「変なことじゃなかったら、いいですよ」
 「うん……刹那くんの、ことなんだけど」
 「絶対あげませんから」

 声に真剣な色があって、慌てて訂正する。

 「そ、そうじゃなくてっ……その、何で、聞かないのかな、って…」
 「……家出の理由ですか?」
 「…………うん」

 普通、どんな人でも、聞くことだと思うのに。
 刹那くんは、最初に家出だって確認してから、何も聞いてこない。
 どうしてなんだろう。どうして、何も聞かないんだろう?

 「……刹那くんは秘密主義者で、じんじょうじゃないぐらいたくさんの隠し事をしてますが」
 「…そ、そうなんだ……」
 「大抵のことは任せておけば片付きます。というか、いつの間にか片付いています」
 「へ、へー……?」
 「何が原因でヒナタちゃんが家出したのかナズナは知りませんが、刹那くんは知ってるようですよ?」
 「ふぇっ?」
 「さっきカマかけてみたので確実です」

 か、確実って……何で!?
 私、何にも説明してないよっ?

 「話を聞いてほしいなら、明日の朝刹那くんに話せばいいのですよ。それと、トイレに行きたくなったら必ずナズナを起こしてください」
 「え……な、何で?」
 「夜寝てからはトラップが作動するのです」

 ト、トラップ? 家の中なのに!?

 「勝手にうろつかれると、命の保証ができないのですよ……それじゃ、お休みです」
 「…お、お休みなさい」

 ……なんて、怖い家なんだろう……。
 日向の本家だって、そんなことしてないのに……警備はいるけど。

 ――出来損ないがっ!

 「っ……!」
 「どうかしたのですか?」
 「な…何でも、ない……」
 「……」

 そう、答えたのに。
 溜息を吐いたナズナちゃんが、身体をこっちに向けて。
 ……私を、抱きしめた。

 「ナっ、ナズナちゃん!?」
 「…一ついいことを教えてあげます。ナズナは何となくですが、人の嘘が分かるのですよ」
 「え……?」

 私の声に答えるように、また、ギュッと。

 「ナズナは刹那くんと一緒にいたくて、木の葉のアカデミーに通ってるわけですが……覚悟を決めても、夜一人で寝てると、偶に寂しくなるのです。そういう時は、いつも刹那くんのベッドに潜り込むのですよ。……まあ、ここにはナズナしかいませんし、仕方ないので、胸を貸してあげます。せいぜい泣いて感謝するがいいです」
 「…………ありがとう、ナズナちゃん」

 返事は、返ってこなかった。
 代わりに心臓の音が、トクン、トクンって、触れる胸から響いてた。










 朝の曙光が瞼の裏をくすぐって。
 香ばしい匂いに目が覚めた。
 隣を見ると、ベッドはもぬけの空。起こしてくれれば良かったのに。

 「ん……!」

 ベッドから降りて、大きく伸びをする。家にいた時は、寝坊なんてできなかった。朝の修行が待ってたから。

 「起きたのですか?」

 開いたドアから、ナズナちゃんが顔を覗かせる。手に……おたまとフライパン。

 「ああ、これですか? せっかくなので刹那くんにはできない起こし方を試したくて」
 「……うん、何でナズナちゃんが残念そうにしてるのか大体分かったよ……」

 怖いというか……油断ならない家だよ、ここ。色々な意味で。

 「それと食べ終わったらヒナタちゃんの家に行くそうです。どこかの家出少女がちゃんとお家に帰れるよう道場やぶりだとか何とか」
 「道場……破り……?」

 ………………え?

 「そっ、それって……!」
 「……まあ、刹那くんですから。どうせまた悪だくみしてるに違いないですよ。行きたくないとか抜かしたら首に手刀入れるそうなので、そこは安心してください」
 「どこをどう安心するの!?」
 「ナズナの知ったことじゃないのですよー。ご飯冷めますから早く来てくださいね?」

 パタン、とドアが閉じられるのを見送り。
 私はちょっとどころでなく、呆然と立ち尽くしていた。





 ……私、生きて帰れるよね…………?

 








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…はい、一月ぶりです。ゆめうつつです。
書くネタはあってもキー(筆)の進まない今日この頃、いかがお過ごしでしょう?
新型インフルに悩まされたりしてますか? ゆめうつつは現状無問題ですが、今のところでしかありません。皆様ご注意を……。
で、今書いてる途中なのは日常編……つまりは本来脇道の話なのですよ。いい加減消化しきれてない伏線やネタを消費したかったり……でもそれで話の構成が崩れるのもいやというワガママ。
うーむ、モチベーションが持続するいい方法ってありませんかね……?


00000さん、あー…実は我愛羅が家族旅行に来た時単独で白亜邸を訪れる…というのも書こうかと思ったんですが、オチが決まらないのでやめにしました。キラービーは……セリフ書くのが難しそうだなぁ。

シヴァやんさん、イエス、詐欺です。後日談的なことも書こうかと悩んでいます。

ニッコウさん、不完全ですか……。でも未来のIQ200とは言え八歳児に負けるのも何やらと思うのですよ。

RENさん、うーん、難しいところ突いてきますね。そのうち作中でも出そうかとも思いますが、まあフライングも有りでしょう。ゆめうつつの所感としましては、RENさんの言う極度集中、火事場の馬鹿力、どちらでもありません。近いのは極度集中ですが、別に反応ができるのではなく、現在進行形で見聞きした事象から未来を予測計算し、それに合わせた対応を取る、ですね。思考処理の高速化、少ない時間で多くのことを考える能力を、突き詰めたものとでも言えばいいでしょうか? 納得いかなければ更なる返信をどうぞ。次の更新時にお答えします。……実は算定演舞にはまだ隠し設定があったりするのですが……その時を楽しみにどうぞ♪

はきさん、どうも、はじめまして。ナズナの寝言は今回使えませんでした……次の機会をお待ちください。人柱力、我愛羅、前世、木の葉崩しなどなど、たくさんの疑問点をお持ちくださり恐悦至極ですが、全部ネタばれになりますのでお答えするのはどうも……。ただ、木の葉崩しは実行させようと思っていますので、そこだけはご安心をどうぞ。

かものはしさん、あはははは、ゆめうつつも出しどころに困っている忍タマのおっちゃんですか。いずれ重要なポストに入れるつもりで出したのですが、こいつの前世ネタも処理しなきゃとか、まあ色々あるのでそのうち登場させますよー。これからを乞うご期待っ、みたいな?




ちなみに、今回の話はミクロスさんのお題から発展させてみました。
次回に続きますが……どうでしょう? 微妙に違う気がしないでもない……



[5794] 50 日常裏 偽装人家
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2009/11/16 13:46

 ――決行の時は来た。

 三年前、我々は任務に失敗し、頭の命を失った。
 日向の死体こそ難癖にも等しい外交手腕で手に入れたものの、しかしソレは何の役にも立たぬただの肉塊だった。
 すぐさま話が違うと抗議すべく我々は動き――

 ……乱雲の役が始まった。

 それは本来関わりを持たぬ我らから見ても異常な速度で、雷の国全土を裏社会の争乱に呑み込んでいった。
 裏の裏を司る忍びも全面警戒態勢が敷かれた。万が一表の住人に大規模な被害が出ようものなら、即座に制圧が終わるように。

 ……抗争は三ヶ月で終息。一般人への被害も軽微に留まった。

 マフィア、ギャングの版図は大きく様変わりし、長きに渡って小競り合いを続けてきた各勢力は一つの旗印の下に統一。大局的かつ長期的見地に立てばそれが国としてどれ程有益となるかは語るまでもない。五行と名を改めた勢力がみだりに和を乱す輩でなかったことも大きい。

 ……だが、そのおかげで木の葉に追及する時は失われた。

 会話にはタイミングがある。政治も同じ。もうその話は過去のものとして扱われ、今更槍玉に挙げるわけにもいかなくなっていた。
 だが日向の血を諦めたわけではない。国に落ち着きが戻ったと判断された先月、再び日向誘拐の命が下されたのだ。

 ……入念に二年もの時を準備に費やした。

 見上げる先は私財の無駄遣いとしか思えないような高級マンション。広く、高い、その頂上。
 事前の調べで、日向の嫡子が通うアカデミーの級友が住む家は把握してある。ここに住むのがただ二人のアカデミー生であることも知っている。

 「……俺が行く。お前たちは待機だ。周囲の警戒を怠るな」

 雨の中で応答が返る。天候にも恵まれた。この豪雨に紛れて国境を越えるとしよう。










 『まーた悪辣な謀略練ってやがる』

 一人きりのベッドに寝転がっていると、自分そっくりのしかし自分では有り得ない声が聞こえて、片目を向ける。

 「……勝手に心覗かないでよ」
 『俺の勝手だ。それ以外に娯楽もない俺をさらに束縛する気か?』
 「縛ったところで聞きもしない癖に」
 『違いない』

 カラカラと笑う眩魔に溜息。まあ実害もないので放っておいてるけど、それでも思考を読まれるというのは良い気がしない。

 衣装棚に備え付けの姿見に映る眩魔は、何千年もの時を生きる鏡の魔物。肉を持たぬ精神体であるが故に、寿命というものが存在しない。強いて言うなら精神の死、簡単に言えば感情や心の消失、或いは摩耗がそれに当たるわけだが……この調子だとあと軽く千年は生きそうだ。知らないけど。

 『あの嬢ちゃん、日向だって? いやー、向いてないねぇ』
 「優しさは忍びに一番不要とされる感情だからね」

 非情にならなければ忍びの世は生きていけない。だからって優しさを否定する気はさらさらないけれど、過剰なそれはやはり有害だ。

 『それで? お優しい刹那くんはこの問題にどう幕を下ろすつもりで?』
 「刹那くんとか言わないでよ気持ち悪い。……心覗いたら簡単に分かるでしょ?」
 『だって覗いてばかりも退屈だしよー』
 「だってとか……いや、もういい。諦めた」

 鏡と言うだけあって、眩魔は姿も心も千変万化。常に流動して定まらない。……早い話が、口調も姿も発案もその時の気分だ。面倒な、というか面妖な。まあしかし、根本的な思想や目的まではブレないが。

 両手を組んで枕にして、ベッドに寝たまま話を続ける。

 「日向の……多分ヒアシさんだろうけど、ヒナタにきつく当りすぎたっていうのがこの家出騒ぎの原因……だと思う。宗家の次女のハナビがもう三歳になる頃だし、才能は分かる人には一発で分かるから」
 『才能ねぇ。向き不向きの間違いだろ』

 そうとも言う。ヒナタの優しさは忍びに不向きだ。イタチのように殺せるならともかく。

 ハナビの方は知識が少なすぎてはっきり言えないけど……表情を思い出す限りでは、姉よりも好戦的な性格をしているのは確かだろう。多分。

 『つーかお前さっきミスっただろ。ナズナに勘繰られてるぞ』
 「いや、ちょっと考え事してて……曖昧に答えるつもりだったんだけど」

 ナズナの能力は、結構、と言うかかなり、凶悪。
 嘘が嘘であると感じ取れるのだ、ナズナは。本能的に。

 ……有り得ない、とは言えないのがこの世界の常識。霊的直感ではなく仕草とか声の調子とか、あと身に纏う雰囲気やら発汗やら心拍で感じ取ってるのだとは思うが、末梢神経まで意識を届かせて身体の隅々まで掌握してる僕の挙動からどうやって判断しているのか理解が及ばない。本人も理屈分かってないし、もしかしたら魂のどこかが閻魔大王と繋がってるとか?
 ……検証のしようもないから、話を戻そう。

 「それでまあ、勢い余って家出に至ってしまった、っていうのが現在の状況。でも日向の……少なくともヒアシさんはヒナタがここに居るのを分かってる。それどころか、光で合図してたのがヒアシさん自身かも知れない」
 『さすがに日向の当主自らがそんな役を負うとは思えんけどさぁ……いずれにしても白眼の持ち主で決まりだろうよ。二メートル先も視認できない大雨の中で、知った顔を見つけるのは著しく困難だ。――白眼を持ってなければ』

 白眼か……写輪眼ほどでないにしても、その性能は三大瞳術に数えられるだけはある。

 光というか、やっぱりチャクラを見てると思うんだよね、あれ。普通に物を見られる理由は、自然エネルギーを見てるんじゃないかな。検証も何もしてないただの推論だけど、見るのに光が必要ならシノの身体の中に住む寄壊蟲を視認するのは不可能だし。

 『つまり手っ取り早く一言でまとめると、親子喧嘩の産物でした、と』
 「親子喧嘩かぁ……」
 『お、アゲハ思い出したな?』
 「うるさい。こっちから向こうへは鏡像消して情報届くけど、お母さんと一緒にいる鏡像は新しく分身作るどころか変化するチャクラもないんだよ」
 『けちりすぎたせいで俺から話に聞くしかないもんなぁ?』
 「…………」
 『カッハッハ、そんな顔するもんじゃねえぞ、んん? ――いや待て、俺が悪かった。謝ろう。だから印組むな、おい、虎の印とかシャレにならんっていうかいつの間にかワイヤーで捕まってる!?』
 「火遁……見よう見真似で、龍火の術」
 『適当に術創るなっぎゃぁーーーっ!!』

 ……ふむ、即興の割になかなか上手くいった気がする。威力はさておいて、取り敢えずワイヤーを火がちゃんと伝って被害はゼロだし。

 『俺に被害が大有りだっ!』
 「元気だね……」

 物理手段で死にようがない精神体の賜物か。痛覚はあるらしいけど。それに今の口調はシギの真似だろうか?

 「ヒアシさんって堅物のイメージがあるけど、策を張ってるのとか見るとやっぱり忍びだって思うよね」
 『何事もなかったかのように再開!?』

 どんだけー、と聞いたことが有るような無いような単語が飛んでくるのをスルーして。

 「あの人の狙いは時間を置いてヒナタの頭が冷めるのを待つことと、僕たちからの説得。僕があそこを通りがからなかったら、もしくは誘いに乗らなかったら、様子を見て連れ帰ってたと思う」
 『ガン無視って悲しー……』
 「それに……でもこれは考えすぎかなぁ……うーん………………ん?」

 パッと身を起こす。
 頭の中で走ったノイズ。円ではなく、マンションを覆う直方体のイメージにさざ波が立つ。

 「感知結界に反応――眩魔」
 『あいあい了解合点承知。見た感じは………男が四人。どいつも上忍クラスだな。足運びに隙がない。それにこれは、雲隠れか? 肌の浅黒い奴がいる』

 どこから見ているのか知らないが、上がってくる報告で大体の事情は理解した。

 「そういうことか。よくヒアシさんが納得したね。ホント、木の葉は優秀だよ」
 『刹那?』

 読まなかったのか読み切れなかったのか、眩魔が疑問の声を投げかけてくるが答えない。結論だけ勝手に観ればいい。
 脳内情報が目まぐるしくリストアップされ推測を破棄し棄却し可決し改変し一秒で百の手をまとめ二秒で最高手を導き出し三秒で全てを決定づけそこに整合性と確実性をあらゆる側面から計算し求め理論立て算出する。

 「対上忍トラップ起動、迎撃用意」
 『イエッサー。お子さま二人は?』
 「ちょっと眠り薬嗅がせてくる。……ヒナタ連れてきたのは間違いだったかも。不必要な厄介事になってるし」

 手早く着替えを済ませ、必要な装備を身につける。

 『算定演舞、か。怖い怖い。……ソレで前世の数分の一だそうだが、今の脳味噌じゃ不満かな?』
 「今は今、過去は過去。無い物ねだりは愚の骨頂」

 最初のうちは加減が分からずぶっ倒れたりもしていたが、それもまた良き思い出。……実験結果としてだが。
 自分ではない刹那に目を移し。

 「前にも言ったけど、いつか自分で話すから絶対黙っててよ?」
 『はいはい、誰にも言いませんよ。それよりさっさと終わらせるべきじゃないかい?』
 「信用しにくいなー……」

 それでも、信じて用いるしか手はないのだが。

 眩魔に必要なのは水鏡の血で。
 僕が必要とするのはあらゆる力。

 情報力、経済力、政治力、軍事力、戦闘力、組織力。
 そこには眩魔も含まれる。鏡面より世界を覗く一つの世界は、水鏡に多くの知識をもたらした。

 「知識があっても、使えなきゃ宝の持ち腐れだけどね」

 カリ、と親指の腹を噛む。流れた赤い血を手の平にこすりつける。



 ――――亥・戌・酉・申・未。



 「――忍法口寄せ」

 両手を床に、チャクラがごっそり抜けてゆくのを感じながら。

 「―――鏡小路かがみこうじの術!」

 ぐにゃり、と。

 世界を歪ませる。









 
 忍びは大きな観音開きの扉に手を伸ばした。……不用心なことに、玄関のカギは開いていた。アカデミー生とは言え本当に忍びの家かここは?

 内心で疑問を呈しつつも注意して足を進める。豪雨の音が中に入らないよう、扉は閉めた。
 一応壁や床を確かめるが、トラップの類は見当たらない。やはりアカデミークラスの家にそう警戒することもないか。

 ――キュッ!

 「っ…!」

 床を踏んだ途端に鳴った高い音――うぐいす張り。
 それに気を取られた瞬間飛来した千本を掴めたのは、日ごろの厳しい修行の賜物か。冷や汗を覚えるほどにギリギリだったが。

 (……なんて古典的な――いや、引っかかった俺にどうこう言う資格はないが……)

 長い針のような形の千本を床に置く。今の音で気づかれた様子もない。せっかくの仕掛け床もこれでは浮かばれまい。
 チャクラを手足に、吸着させて壁を行く。この移動方法が開発されて以降うぐいす張りはあまり意味をなさなくなったのだが……まだ使う者がいたのか。
 廊下故に横幅は狭く、身を屈めて壁を歩く。今さっきの例もあり、一層の注意を向けながら――

 (ぬぉっ!?)

 踏み締めた壁に体重を預けた足が、壁ごと...ずり落ちた。咄嗟に吸着を解除し残る手足で身を支えるが、床に落ちる壁紙の裏から斜めに開いた小さな穴が幾つもこちらを向いており、

 ――それが火を噴いた。

 (ガス式の火炎放射――!)

 と理解に及ぶよりも早く後退。宙を飛び、着地予定地点の床は――先ほどのうぐいす張り。
 反射的に手を伸ばし天井へ張り付く。幸い炎の射程は短く、ゴォォと空気をなぶった後、すぐに消える。
 だがしかし、心臓は次々と襲い来るブービートラップに暴れ狂う寸前だった。

 (……なんだこの家は!?)

 前言撤回。
 トラップ専門の訓練施設の方がまだ可愛らしい。










 木造りの椅子の上で片膝抱いて、目を閉じた姿で背を預け。
 完全武装の白亜刹那は傍から見れば眠るように楽な姿勢で時を待つ。

 「う~ん……突破されてるね」

 チャクラに反応する感知結界。マンションの各所に張り付けられた札に意識を繋ぎ、チャクラの居所を探知する。瞼の裏で、慎重に動くチャクラを捉える。

 母さんの趣味が暴走した結果購入したこの白亜邸、とにかく広い。最上階を丸々使っているのだからそれも当然だけど、パーティ用に壁を取り払ったりしたおかげで部分的に教室のような広さがあったりする。しかも所々の壁に隠し通路を制作したので、大体全てが繋がっているのだ。壁床天井どこからでも出入り可能。侵入されやすいが逃げやすい造り。

 まあ抜け道はトラップの中に造ってあるのだが。一度作動した後なら簡単に通れるし。逆はきついけど。

 「……外はまだ手間取ってる?」
 『なかなか精鋭が来ていたみたいだぜい。この雨は雲の雷遁系術者に有利だろ』
 「水は電気を通すからね。雨粒は不純物も含んで電導率悪くないし。……ちなみに出張ってる木の葉はどんな連中?」
 『日向ばっか。あ、でも暗部っぽいのも居るな』
 「…………ヒアシさんも心配性だね」

 心配するぐらいなら最初から賛成しなければいいのに。だけど、“やっぱり”そういう作戦か。これで仮定が確定に転じた。

 木の葉から出るのはともかくとして、侵入はとことん難しい。感知結界に天地全て覆われているから、入った途端に反応される。……真正面からの偽装入国が上手くいけばまた話は違うだろうけど。

 そして問題は、

 「何で誰もこっちに来ないの?」
 『知るか。鏡面が足りねえよ。日向の当主もどっか出てるし』
 「……便利だけど不便だよね、眩魔の力って」

 鏡に棲む眩魔は世界を映す鏡面よりどこであろうと五感を伸ばせる。しかし、どこでも見れるからと言って“いつでも”見ているわけではないのだ。その都度一定範囲を意識する必要があるから、便利であるけどやはり不便。

 早い話、いくら窓があっても眩魔の意識は一つ。ある程度分散はできるらしいが。

 『肉体があった頃ならなぁ……数百キロ圏内は余裕でまとめて観てたんだがなぁ……』
 「仕方ないか。それこそないモノねだりだし、自分の身は自分で守ろう」

 本当は時間稼ぎだけで救援が来るのを待ってたんだけど、これじゃいつになるかも分からない。ヒナタを差し出すのに罪悪は一欠片もないが、その結果日向に、ひいては木の葉に恨まれる事態になるのはいただけない。守り通すのが最善にして唯一の正解。

 『あー報告報告~。侵入者はそろそろおかしいと感づき始めているなり~』
 「妥当なタイミングだね。いくら誤魔化したところで、広すぎる....と思う頃だろうし」

 だから目を開けて、席を立つ。その背後は二人が眠る部屋。万が一あっさり破られた場合を考えて、番犬よろしく陣取っていたそこから離れる。もはや護衛は不要。ここから先は攻勢に出る時間だ。

 「さあ行こうか。忍びらしく裏の裏の更なる裏まで考えて、手も足も出ぬまま謀殺してあげよう」
 『……つくづく思うけどお前ってやっぱ悪役だよな?』

 うるさいよ。










 何かがおかしい、と思ったのは八つの扉を開け八つの部屋を過ぎ、同じ数の短な廊下を渡った時だ。
 どこの部屋にも一つ二つの扉が付いている。部屋の大きさは多少の差異はあれ、大体どれも一定。
 そして今開けた部屋には、前後左右四つの...扉が当たり前のようにあった。

 (何か変だ。建物が……広すぎる?)

 最初の入口こそいやらしかった罠も、今では散発的に千本が飛んでくる程度。明らかにグレードが落ちている。そこへ現れた四方全てに通じる扉。どう計算しても、敷地面積より部屋と部屋を足した面積の方が広い――

 「……っと、また千本か」

 いいかげん鬱陶しく、適当に刀で払う。ずさんな仕掛け。最初の悪辣さは見る影もない。

 「あんなトラップの重ね置きは余り見ないな……子供だけだから警戒が強いのか? しかしあの念の入り様は――」

 とそこまで考えて、頭のどこかが警鐘を鳴らす。

 (……待て)

 あれだけ面倒な仕掛けを造るほど用心深い奴が、こんなちんけな罠で満足するか?
 否だ。有り得ない。あの執拗さは気紛れで生まれるものじゃない。

 (だと、すれば)

 「っ――解!」

 印を組みチャクラを意識的に乱した途端、
 疑問を抱かないほど自然に掛かっていた頭の靄が、晴れた。
 “正確な距離感と方向感覚”が戻ってくる。

 (迂闊っ……、“家に入った時から”幻術に囚われていたか!)

 恐らく密閉空間に作用する幻術トラップ。玄関口を閉めた瞬間から幻は始まっていた。
 人を迷わせるタイプ。どこも似たような部屋の造りで気付かせないように。
 そして罠が陳腐だったのは、同じ部屋をぐるぐると回っていたからに過ぎない。何度も発動する罠しか残されていなかったのだ。
 迷いの幻術を一般家屋で実現させる手腕には驚嘆の一言だが、やられる側からすれば最悪に等しい。特に時間を浪費できない今のような場面では。

 (となると目的は時間稼ぎか? おのれ…もはや一刻の猶予もない!)

 時間稼ぎは増援を呼ぶため。つまり、最低でも木の葉の警邏にことは知れたと見て良い。

 (急がなければ、何十もの上忍が動く……!)

 焦燥に駆られ、走り出す。真正面の扉を開け放とうと手を伸ばす。
 それは普段の忍びなら絶対にしないだろう行動。しかし何度となく繰り返し、罠がない扉に脳が慣れてしまっていた忍びは、警戒を忘れていた。
 そして確かに、そこに罠はなかった。
 しかし――伏兵はあった。
 そうと気付いたころにはもう遅く、扉から刃が生える。
 真っ直ぐ、心臓を狙って、突き上げるように。

 「っ――!」

 瞬間の動作で雲の上忍は身を捻る。脇腹を浅く切り裂いて、致命の一撃は免れる。
 そう思った忍びの頭上に――影。
 耳が捉えた空気の動き。反射の動作で斬り上げ、斬った瞬間それは形を失う。

 「分身!?」

 答えを得る間はない。頭上に気を取られた隙に先の扉から小さな影が躍り出た。
 その手に血塗れた長刀を認め、姿形は関係なく強敵と断じて自らもまた刀を構え、





 切り捨てた分身の残骸が、降り注いだ。





 「ッギャァアアアアアアアアアアアァァァァァァアァッァァァァア―――ッ!!!」

 絶叫。途方もない苦痛にのたうちまわり、それが苦痛を上乗せする。
 皮膚が溶ける。肉が崩れる。神経が侵され生じたガスを吸い込み内臓までもが傷つく。

 「――近所迷惑だよ」

 ザク、と転がり回る忍びの頭部に苦無が突き立って、その叫びと苦痛を強制的に終わらせた。
 仮にも上忍に何一つさせぬままその生命を絶った刹那に、眩魔は素直に拍手する。

 『はっはっは、テメエにかかれば上忍も形無しだな』
 「あのね…こんなに上手くいったのはここが僕たちのホームグラウンドで、万全の準備を整えていて、しかも相手が油断してくれてたからなの。普通に野戦で出会ってたらこんな簡単に殺せるかって言いたいんだけど、ちゃんと分かってる?」
 『任せろ。全部分かった上で言ってるから』

 あっそ、と投げやりに玄関へと向かう刹那に眩魔は話し続ける。

 『しっかし水分身の材料に王水使うとはな。俺は貴様の発想がコワいぞ、うむ』
 「……いい加減口調統一してくれない? 前みたいに」
 『ヤダ。今日は気分がハイなんだ邪魔すんな』
 「鬱陶しいって言うか、ウザいんだけど……」
 『ウザい? 羨ましい....の同義語のつもりか?』

 部屋が震える。否、部屋が蠢く..
 ぐねぐねと形を無くし、色を失い、僅かな明かりを反射して刹那を映す。
 右も、左も、上も、下も。全て全て部屋そのものが鏡と化す。

 ここに現出せしめるは眩魔の一部。
 刹那の保有する大半のチャクラを掻っ食って口寄せされし、鏡の世界。
 故に此方こなたは心を覗く眩魔自身。
 隠し事は叶わない。

 『知ってるぞ。その口調、その性格、水鏡刹那という人格を象る全てが紛いモノであると』

 床が伸び上がる。眩魔の欠片が形を変え、映し撮った姿をなぞる。
 それは刹那自身。分身ではなく、変化でもない。
 何千万もの心を観てきた眩魔には、中に潜む闇も光も違わず観える、映しだす。

 『僕は..誰だ? 水鏡刹那? それは身体の名前だろう? それは器の名前だろう? 僕の..中身は何だ? 世界を超えし転生者? 繋がり求める渇望者? 僕は..何を識っている? 世界の運命? 世界の歴史? 僕の..識りたいことは何? 果てなき叡智? 尽きせぬ力?』

 謳い上げる。歌い上げる。朗々と。響々と。
 両手を広げ、それがまるで慈しむものであるかのように。

 『違うだろう? 誤りだろう? 僕が..真に識りたいモノ、僕が..真に欲するモノ、それは――』

 ズガッ! と。
 眩魔の身体が千切れ飛ぶ。銀色の鏡からなる流体を撒き散らし、螺旋の傷を受け消える。

 「言語過剰....結界感知....増援..

 ゾッとするほど平坦な口調から無駄が消える。喜怒哀楽の一つすらない虚無の表情が口を動かす。
 指先..で渦巻く小さな螺旋が宙に溶け、大きな部屋を分割し小部屋としていた眩魔の身体もまた消失。
 雲隠れの忍びの遺体と、化学変化で生まれたガスも伴って。

 『ク……クク…………ソレ..がお前の本質、いや正体か。生で見るのは初めてだ。面白い』

 「沈黙..悟心..来達..

 『分かった分かった、黙ればいいんだろう黙れば。しかしまあ、その出来なら――』

 眩魔とてその眼に映している。最上階に達し、玄関扉を開けようとする暗部の姿を。
 気配が消えると同時に、元の姿を取り戻した部屋の扉が開け放たれる。黒尽くめに仮面の、暗部の一人が姿を見せる。

 「――白亜刹那だな? 敵の忍びはどこへ行った?」

 問いかけられた刹那は、安心したような風で振り返り。
 そこにはもう表情があって、まるで人のような感情があって。

 「……分かりません。外の様子を探ったと思ったら、急にいなくなっちゃって」

 平然と、嘯いた。










 ――その出来なら、お前の人格そのものが誰かの模倣であるなどと、気付く者はいないだろうよ――










 「ふぁ……刹那くんおはようです」
 「おはよ、ナズナ。顔洗ったらヒナタ起こしてくれる?」
 「了解です。ところで……」

 ナズナはきょろきょろと周りを見、

 「家具の位置が、ビミョウにずれてませんか?」

 それに刹那は、フライパンでベーコンエッグ作りながら笑って答える。

 「気のせいじゃない?」










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やー……っと、刹那の正体に近づく一部が出てきました。
これまでにも微妙に伏線っぽい物入れてきたんですが、納得していただけたかが不安です。ええ、思いっきり不安です。違和感無いといいなぁー。
次回はこの話の完結編ですね。日向ヒアシと話します。
……ちなみに時期としては、夏の八月のつもり。夏休みです。木の葉に四季やら夏休みがあるかどうかなん知りませんが。オリ設定ですご容赦を。

ナズナが逃げ出した時の描写は、分かりにくかったですか?
あれナズナがカマをかけたシーンなんですが、一応。


シヴァやんさん、……ハナビほとんど出番ないのに人気ありますよね。何故でしょう? さて、すみませんがそのお話は次回です。どうするかまだ決まってなかったりします。

はきさん、ほたっては九州の方言でした。ゆめうつつは九州在住なものでご容赦を。今回の刹那は巻き込まれた側です。黒いは黒いですが暗躍ではない……のかどうかはゆめうつつも疑問ですがさておいて。最後のところは、まさにギャグ空間ですね。何やら()の意味がなくなっていますが、まあナズナもまだ成長段階なので、どのように成長するかゆめうつつも楽しみです。……算定演舞の予想は、JOJOネタが誰のことか分かりませんでしたが(一回しか読んでないので)、多分どれもはずれだと思います。

ボンバさん、成長しました。しかしまだ発展途上なので悪しからず。

RENさん、しっくり来ていただいたようでなによりです。油断したの部分は上に書いとりますのでそちらを。



……不定期更新ですみません。



[5794] 51 奪われた瞳
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2009/12/17 09:56

 武家屋敷、という単語が浮かんだ。
 日向邸の表門を見上げながら、連想に満点評価を与える。

 「うちはは寝殿造な趣だけど、日向は思いっきり武家造だね」
 「……刹那くんがまた一人で納得しています」
 「しんでん……神殿?」

 小さく首を傾けるヒナタだが、それはしんでん違い。
 この世界の文化は奇妙奇天烈甚だしい。古今東西洋を問わず、しっちゃかめっちゃかに入り混じった文化の坩堝。それが然程大きくもない一つの大陸に収まっているのだから、異常の一言。……月に至っては、それ自体が一つの墓であることだし。

 「ヒナタちゃんに聞きますが、この門どうやって開けるですか?」
 「えっと……普段は門番さんに中から開けてもらうんだけど……」
 「今は見事に誰もいないですね」

 むしろ不自然なほど。門の向こう屋敷の方にも人気がほとんど無い。隠れてる? いや、自宅で気配を殺してまで待機する意味が不明。こちらにはヒナタがいることだし、待ち伏せというのもおかしい。

 「んー……でも、何らかの思惑があることに違いはない、かな」
 「さあヒナタちゃん離れますよ。下がって下がって」
 「え…ど、どうして突然?」
 「……たぶん、危ないからです。こんぽんてきな意味で、刹那くんは危険人物ですし」
 「………?」

 困惑するヒナタの手を取ってナズナは道の反対側まで退避した。
 刹那がそう頼むよりも、早く。
 理解されているというのは、ある種の不思議な感覚を揺すられる。
 言葉にできない何か。でも悪くない。……理解の方向が悪い気もするが。

 「取り敢えず……主導権握られっ放しは嫌いだからね」

 昨夜から、ほぼ一方的に巻き込まれた形。ヒナタを連れ帰ったのは自分の判断だとしても、そうお膳立てさせられていたのも事実。
 実に不愉快だ。
 不愉快とは愉快の真逆。
 そう考えれば分からなくもない感覚。事態の主導権を握られるのは、そう、不愉快。
 紙切れを数枚、取り出し門に張る。ジリジリと煙を上げ始めたそれらから離れナズナのところまで下がると、不思議とヒナタが顔を蒼くしていた。

 「どうかした?」
 「ど、どうって! あ、あれきばく――!」

 直後、爆裂ボンっ!
 耳を塞ぎ、煙が晴れた頃、視線を向けると頑丈なはずの門が、閂ごと爆砕されていた。

 「…………こ、壊しちゃった」
 「まあ、刹那くんですから」
 「……起爆札は、先生からまだ使っちゃいけないって言われてるよ?」
 「刹那くんですから」

 その説明はどうかと思う。

 「僕たちは木の葉のアカデミーに通ってるけど、別に木の葉の忍びになるわけじゃないし。それに商隊で先生役の母さんから、危ない忍具を使う許可は出てるんだ」
 「そう……なんだ?」
 「ついでに言うと実戦も経験してるですよ」
 「えぇっ? 本当に!?」

 うん、本当。
 何せ旅をしていたら、盗賊とか抜け忍とか普通に襲ってくるから。全国各地を巡っていれば、治安の悪い場所もある。
 だから全体としてカシワ商隊の殺しに対する倫理観は薄い。幼少時より殺し合いを恒例行事的に見せられれば、当然かもしれないけど。

 「何だお前たちはっ……ヒナタ様!?」

 のんびり団らんムードになりかけた空気を、硬い調子の声が打ち砕いた。
 外見からして……日向はみんな似たり寄ったりだから年齢からして。

 「日向……ネジ?」










 「……で、昨夜の一件は首尾よく片付いたのですかな。三代目」
 「良くも悪くもじゃよ。今もスパイのあぶり出しは続いておる。存外、上手く入られておった」

 コトン、と茶器を置いて、火影は晴れ上がった空へと目を向けた。

 「惜しむらくは、雲隠れとの繋がりがまるで見つからんかったことかの」
 「さすがに肌の色だけで決めつけるは、早計に過ぎますか。……相当、入念な仕込みをされていたようです」

 最低でも、丸一年以上。場合によっては、三年近く。

 「………『柏』には借りが増える一方ですな」
 「……あれの情報収集能力は、時に五大国を凌駕する。特に――此度のような謀略には殊更敏感じゃ」

 つい先日届いた手紙を眺め、ヒアシは微かに眉をしかめる。
 火影はそれに何を言うでもなく、甘菓子を口に含んだ。

 「『柏』の護衛者の一人……白亜刹那が、伝えたとお思いで?」

 その問いに、黙ってもう一枚紙片を取り出す三代目。内容を改め――ヒアシは瞠目。次いで呆れを顔に滲ませ。

 「ふざけとるじゃろ?」
 「…………」

 迂闊な返答を避けた。酔狂に過ぎる、というのが率直な思い。
 だが、と。再び手紙の内容に目を通す。遊び心に溢れた……悪く言えば奇特な性情。それでいて、文面からは我が子に対する絶大な信頼が、垣間見え……。

 「白亜は……子宝に恵まれたようですな」
 「自分が恵まれてないとでも、思ったか?」
 「む……」

 一言で指摘され、ヒアシは唸った。火影はじと目。

 「………弟は……ヒザシは、僅差ながら私よりも……強かったのです」

 しばしの沈黙を挟み、ヒアシは搾り出すような声音で、苦渋を噛む表情で言う。
 日向一族は今、当主であるヒアシと子供らを除き全員が出払っている。
 聞き耳を立てる者はいない。故にふと、漏れ出た悔恨。

 「我が子ヒナタは言うに及ばず、ハナビもヒザシの息子――ネジほどの才は見せておりませぬ。我らは双子として生まれましたが、もし……ヒザシが先に生まれていたら……と」

 そんな有り得ない想像が、最近脳裡をよぎる。であれば、より強く、より才のある血を、宗家に迎え入れることができたのだろうと。

 「………詮のない妄想ですな。弱気なことを口にし、申し訳ない」
 「過去は変えられん。……が、未来は変えられる。どうするかは、お主次第じゃがな」

 未来。
 子らの、未来。
 我々と同じ苦渋を呑ませるか、古き因習を捨て去る決意をするか。
 当主の一存では、決められないこと。前当主の影響力も、まだ強い。
 だが……、

 「……………………私、は――」

 ようよう、重い口を開いたヒアシ。
 しかしその直後轟いた爆音に、口を閉じざるを得ず。

 「何事じゃ?」

 無言でヒアシは白眼を行使する。広がる視界が煙の上がる表門を内に入れる。

 「……白亜刹那が、門を爆破したようです」
 「………腹いせかのう」
 「ネジが今向かっていますから、じきに分かるか……と…………!?」
 「どうした?」

 一瞬で顔を蒼白にしたヒアシに、火影は幾分緊迫した声を出す。
 が、ヒアシは聞いていない。否、聞こえていない。

 「………バカな……っ!」

 常のヒアシからは信じられない取り乱しよう。火影が問いただす暇もなく、立ち上がるや否や血相を変え猛然と駆けだしていった。
 一秒遅れて火影も後を追う。前を行くその背から果てしない焦燥と、そして声が聞こえた。

 ――ヒナタ、と。










 「お前は……確かアカデミーに編入した」
 「そ。カシワ商隊の白亜刹那。すぐにさよならすると思うけど、取り敢えずよろしくね」

 日向の前門を壊しておきながら、まるで悪びれない態度に青筋――否、視神経が、隆起を見せる。
 ナズナの背後に身体と顔の半分を隠したヒナタは、従兄の反応に一歩、下がりかけた。
 それを留めたのは、ナズナの一言。

 「大丈夫ですよ」

 壁役にされたことを怒りもせず、ナズナは曇りのない笑顔で振り返り、告げる。

 「刹那くんは、すごいんです。任せておけば、安心です」

 子供にとって、一歳の違いは絶対だ。
 たった一年生まれが違うだけで、子供の体格、筋力に遥かな差が生まれる。
 歳を負うごとにその差は縮まるけれど、この時点では経験、能力、共に拭いきれない差がある。
 それなのに、鳶色の目は心配の欠片も浮かべてなくて。
 ただ全幅の信頼だけが、そこにあり。
 ヒナタは純粋に、いいな、と思った。

 ……信じられる人がいるのは……羨ましい………。

 「……ヒナタ様と何故一緒にいるのかは知らないが……これは悪戯では済まないぞ」
 「悪戯では済まない? それはそうだろうね。こっちも、そのつもりはないし」

 従兄の白眼が鋭さを増し、剣呑な光を湛え始めて……ヒナタは隠れたままでも、目は、逸らさなかった。
 クラスメイトの、二人の背中がとても大きく見えて。
 逸らさずに、いれた。

 「それにね」

 何の気なく歩みを一つ進めた刹那が、

 「今日は、キミに用はないんだ」

 そう言葉を結んだ時。
 ヒナタの白き眼に映ったのは、くず折れる従兄と、その背後に立つ刹那の姿で。
 数秒、自失する。
 まるで過程のない結果に、頭が追いつかない。
 そして追いつくための時を得る暇もなく。
 疾風――否、暴風が訪れた。
 本当に、暴風かと思った。
 その人は和装に、黒く長い髪を移動の煽りになびかせ、視神経は太く浮き、木の葉有数の血脈たる白き瞳を、燃えるような憤怒に染めていた。

 「――ヒナタ」

 押し殺した父の声音に、有り余る怒りを覆い隠した表情に、竦み上がった。

 「その瞳はどうした........
 「……え………?」

 ……どうした、って……。

 「これは……こうすれば.....………上手くいく、って…刹那、くんが……」
 「……やはり、貴様が誑かしたか」

 濃厚な殺意……殺気が溢れて、その余波だけで、ヒナタは意識をやりそうになった。
 倒れかけたその身体を、ナズナが支える。肩を、貸す。

 「さて、何のことやら。僕は協力を願っただけですよ?」

 遠くなりかけた意識のどこかで、そんな声を聞く。
 倒れそうな殺意を浴びせられてるのに、挨拶でもするみたいな、軽さで。
 どこかへ落ちてしまいそうな意識を、必死に繋ぎ止めた。ぐっとお腹に活を入れて、貸された肩に全力で力を込めて。
 ……しばらく頑張って、ようやく鮮明になった頭が、状況を確認すべく動きだす。
 そしてヒナタは、前を見る。不便な、半分の視界で。

 ――――右目、だけで。










 「――僕は協力を願っただけですよ?」

 どこをどう取っても、それは嘲り。白亜刹那は、嘲笑い、裏表びっしりと文字が書き込まれた、名刺のような物を指に挟んだ。
 こちらに向けられた表の中心には……“眼”、と一字。
 携帯性を向上させた、口寄せの術式。まだ冷静な部分があるのかと、自分でも意外な頭でそう判断する。
 ヒアシはほんの一瞬、自らの娘へと視線を移した。同じく『柏』のくのいちに支えられたヒナタは……眼帯を、していた。左目をすっぽり覆うように、ガーゼが張られただけの、眼帯。

 ……………っ。

 ギシギシと軋む奥歯を、無理やりに開いた。

 「………それを、返すがよい。我らとてカシワと争いたくはない。それとも……それが、カシワの総意か?」
 「何を怒ってるのか分かりませんけど、これは僕の独断だと言っておきます。……が」

 思い出したように、足下で倒れたネジを見下ろし。

 「一つより、二つの方が商品価値は高いでしょうね」

 そこまでだった。
 『柏』と、木の葉と、日向宗家当主としての責任と、相互の関係性を配慮することの全てが脳裡から消え失せ、視界の裏側が真っ赤に染まる感覚だけが頭を占める。ただ内より沸き起こったそれに、身を任せ。

 「!」

 即座の踏み込み。衣を翻し、僅かに目を見開いた白亜の童子へと、柔なる拳を突き出した。唸りを上げる掌がその胸に触れようとした時、腰ほどの高さしかない矮躯が沈むように遠ざかった。
 白亜刹那は背中から地へ転がり、そのまま足を跳ね上げて後転、柔らかく着地しながら距離を取り、

 「……殺す気ですか? 今、心臓狙ってましたよ?」

 悪いのはこちらだと言わんばかりに非難の目を向けてくる。

 「どこまでも……巫山戯る気か!」

 憤激を力に、ヒアシは爆ぜた。










 ……これが、老いか。

 見る間に差を開けられたヒアシの背に、火影は内心で諦めに似た嘆息を漏らし――

 「……誰じゃ、そこにおるのは」

 と、追随する足を止め庭木を顧みた。

 「――お初にお目にかかります」

 その陰より現れた少年の姿に、瞠目。
 少年は片膝を突いた最大限の礼を態度で示し、顔を上げて仄かな微笑を口の端に乗せた。

 「カシワ商隊が護衛者、白亜アゲハの子、白亜刹那です。既にご存知でしょうが、どうぞお見知り置きを」





 ――――ゆっくりと、だが着実に、流れは絡め取られ―――
 




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……遅筆のゆめうつつです。筆が進みません。次も遅くなりそう……年末年始だし。
さて、日向がこうも続くとは予想外。せめて次で終わらせたいです。
そう言えばファンブックで新しく皆の書が出ましたね。運良く古本屋で見つけて中身を改めましたが……買わなくて良かった。大した情報なかったです。個人的にはチャクラの陰陽が知りたいんですけど、この調子ならいつになることか。


シヴァやんさん、おっしゃる通り、本来の刹那はマンガを読むような人物ではありません。まあ必要に駆られて、というのが理由ですが、これ以上はネタばれになっちゃいますね。

はきさん、すみません解決しませんでした。期待通り暗躍、報復行動してますが。

ニッコウさん、あはははは……設定を活かせるかどうか不安ですけどね。がんばります。


……最近『日常』と付ける必要があるのか自問しています。短編的な意味合いだったんですけど、どう考えても短編じゃないし……皆さんのお考えをお聞かせください。
では、またいずれ。今回短くてすみません。





[5794] 52 【日向】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2010/01/18 10:25
 「今日は出血大サービスです」

 いきなり現れ、挨拶をすませたかと思えば宣伝文句な子供に火影は瞬き。

 「……何をサービスすると?」
 「何もしません」

 は? と訳が分からない仕草。くわえたパイプから吸い損ねた煙が立ち上る。

 「何もしないことが今日のサービスです。これってすごいことですよ。とってもお得なんですよ」
 「……。取り敢えず、お主ら『柏』は木の葉の敵か味方か、はっきりさせてくれんかの?」

 火影の無理解に、刹那は嘆かわしく手を額に当て空を仰いだ。思いっきり芝居がかっているが、火影としてはどうでもいい。

 「敵か味方か、その二元論は無為、無意味、無価値。カシワ商隊は中立無変の旅商い。勢力バランスには誰よりも気を遣っています」

 多分、と内心で付け加えたことなど火影は知るよしもない。

 「中立、のう。……四面楚歌とどう違うのか分からぬが、ワシ個人の意見は末永い付き合いをと望んでおる」
 「一介の護衛者に言われましても」

 とぼけた面で嘯く刹那。ふん、と火影は口の端で笑う。
 一介の護衛者。立場は確かにそうだろう。だがそこにカラクリがあると火影は睨んでいる。
 優秀極まる忍びが、なにゆえ小さな商隊に属し続けるのか。
 もっと実入りのよい仕事場などいくらでもある。どこぞの里にでも入ればよい。
 なのにそれをしない。ならばそこには金銭で買えないものがある。
 ギブアンドテイク。互いが互いの利益に見合った関係。そこにいつしか情が生まれ家族となり、今に至るのだろうと火影は当たりを付け、そしてそれはほぼ真実を突いている。
 残りの誤差は、匿われ守られているのが、本当は刹那たちであることか。

 「まあ、よい。ヒアシの奴にもいい薬じゃろうて。……しかし、お主の本体は無事なんじゃろうな? ここで致命傷なぞ負えば本末転倒じゃぞ」
 「そのことで質問が一つ。母さんか商隊の誰かからお手紙預かってませんか?」
 「これのことか?」
 「ええ、はい。そうですよほらやっぱりあった昨日から何かおかしいって思ってたんだよ黙ってたなあいつどうしてくれようかホント火刑か電気椅子かどっちか選ばせよううん」

 句点も句読点もない言葉の濁流。ちょっと呆気に取られる火影。
 受け取った半紙をざっと眺めてさっさと返す。そして今度は本気で頭を抱えて沈痛な溜息。

 「ああもう……。遊ぶのはいいけど遊ばれるのはやだ」

 この度の事件の全容が載っていたわけではない。そこには、今木の葉の中で日向に狙いを定めた一派が居ると、結びに『柏』と印が押された文章が少々並んでいただけで、決定的なものは何もない。木の葉もこれだけでは捜し得ない。
 そこで用意されたのがエサ。つまりヒナタ。疑似餌ではない本物だが、待ち構えていたのはチョウチンアンコウより悪質な罠のオンパレード。
 アカデミー生なのは見せ掛けだけな白亜刹那。罠が満載の白亜邸。木の葉の暗部や各有力一族も総出だろう。
 決定的な証拠は何もないくせに、木の葉の大部分が動いたのは、それだけ『柏』への信用が大きいということ。これは商隊の一員として喜ぶべき。
 だが刹那は素直に喜べない。その原因は二枚目に記されている。



 『うちの刹那はそこらの暗部より優秀です。お試し無料キャンペーンは今だけ!  白亜アゲハ』



 「親子そろってバーゲンでもしとるのか?」

 含み笑いする火影の冗談が耳に痛い。
 なんとなく、アゲハにはいつまでたっても勝てないような気がする刹那だった。
 親は強しと言うが、これは果たして強いのだろうかと、意味のない疑問に脳味噌を無駄に疲弊させながら思う。



 これまで隠しておいた努力はなんだったのだと。



 確かに、刹那は血継限界が露呈しなければ問題はないのだ、本来は。木の葉に縛られているわけでもなし。カブトが居ようが居まいがどうせ出ていく刹那には、バレたところで実害など皆無。
 ただうちはの里抜けが実現するまでは隠しておく必要があったけれど、それも終わった今では特に意味のないものではあるが、あるのだが、こう、釈然としない。
 というか、なんとなく、悔しい。
 取りあえず言っておく。

 「次は代金を要求しますからね」
 「次があれば考えておこう。……ところで、お主の家に忍び込んだ奴はどうした? 暗部からは逃げたという報告をもらったが……日向のほぼ全員を動員した今の警戒網から逃れられるとは思えん。本当のところはどうなのじゃ?」
 「殺して、脳から情報を取って、処理しました。もう髪の毛一つ残ってませんよ」

 昨夜は、まだ知られていると思わなかったために隠したが、今となっては隠し立てする意味もない。

 「……そう、か。何か、証拠となりそうなものは手に入ったかの?」
 「それが全然ですよ。ただ……五年前にあった、日向と雲隠れとの因縁については、分かりましたけど」

 もちろん嘘であるが。しかしこれからやることの整合性は、情報源も含めて、これで取れたはず。

 「母さんが無料って言ってますからお金は取りませんけど、本当のところを教えたんですから、ちょっと協力してください」
 「何をじゃ?」

 火影の問いに、刹那は笑う。

 「親子喧嘩の仲裁ですよ」















 ダンッ、と地を割る踏み込み。弾けた空気が遅れて肌を嬲る。
 円を描くようにステップ。側方へ回り込み突き手。だが、見もせずに防がれる。いや見えている。
 それ故の、白眼。

 「――ィッ!!」

 豪風。前髪がなびき、その寸前を掌打が打ち抜く。注いだチャクラによっては、一撃必殺の柔拳を紙一重で躱し、続けざまに襲いくる点穴を狙った掌の連打に、たまらず距離を離す。日向ヒアシはしかし、逃さぬとばかりに間を詰める。
 当たれば死ぬ、生と死の狭間をまさしく縫いながら、

 「くすくす……!」

 白亜刹那は笑っていた。ともすれば虚勢のそれを、だがヒアシは笑い飛ばせない。そんな気分状況でないのもあるが、一笑に付すわけにはいかない。



 笑う子供は、日向当主の猛攻を受け、今なお健在なのだから。



 打てば響くよう、そんな応答がある。
 打てば踊るよう、これはそんな動き。
 当たらない。本気で当てに行って、当たらない。宙を舞う羽毛程度なら、風より早いその掌が打ち抜く。だがこの子供は、羽毛より軽やかに掌打を避ける。攻めあぐねる。
 凄まじい才だ、とヒアシは怒りに駆られながらも無意識な部分で称賛する。
 そして攻めあぐねるのは刹那も同じ。躱すだけで手いっぱい。そろそろ表情筋にまわす余裕も裂かれる頃。昨夜から脳の疲労は蓄積する一方だ。

 「くすくす……くすくす……くすくす……」

 それでも笑う。刹那は笑う。身体で勝てねば心理を圧する。鈍化していく意識が玉のように流れる汗を認識し、こんなに汗をかいたのは、こうも身体を追い詰めたのはいつ以来か、脇にそれる思考を修正、演算計算予測推測。軌道を計り、詭道を謀り、先を先を先を読む。
 読まなければ当たる。当たれば死ぬ。
 さて。





 死とは何だろう?





 生命活動の停止か、魂の消滅か。前者は肉体的、後者は精神的な死と言える。





 死ねば自分はどうなるのか?





 また誰か別の肉体を持って生きることになるのか、それとも単に消えるのか。





 転生するならそのシステムは? 憑依するならその仕組みは?
 謎は尽きない。疑問は尽きない。そもそもこうして自分が存在することが、既に科学の範疇に含まれない。IFの世界か並行世界かそれとも他人の頭の中か、そんな答えのない問いも答えの出せない問いも多々で多岐で多大で多様で多彩で数多とあって。
 たった一つ自分とこの身体とを結び付ける共通点に気づいた時は、少しだけ笑ったが。共通点とも言えないちっぽけな、ただの偶然で片づく矮小な繋がり。



 【刹那】



 ただそれだけ。【刹那】と言うモノがこじつけに近い唯一の共通点。
 ああしかし、そろそろタイムリミットだ。死にたくはないが死ぬことに躊躇いがあるかと言えばそれも微妙で曖昧模糊として。生きるために最大限の努力をし、その結果死ぬのならさしたる忌避もない。今でもこんな考えなのだから前世は言わずもがな。
 そもそもが、ある意味自殺であるからして。
 それもまた、結果論だが。

 ……思考を戻そう。

 タイムオーバーだ。


 ――ただし。


 日向ヒアシの。





 「っっ――――!!」

 果敢に途切れることなく攻め立てていたヒアシの腕が、止まる。足が、止まる。
 白眼で視たのか、それとも経験で感じ取ったのか。とにかく、その行動は、十全に正しい。

 「くすくす……残念。そのまま攻撃してたら、指落としてたのに」

 両の手の平で、チャクラが回る。
 螺旋丸ではない。それは球ではなく、円。
 薄く、丸い、風のチャクラ刀。

 「風遁のチャクラ性質は切断力。鉄ぐらいならあっさり切れますから、そのつもりでどうぞ」

 どうぞと言いつつ、低い体勢で自分から一気に距離を詰める刹那。当たらないことに苛立ちを見せつつも、余裕のあったヒアシの表情が緊迫する。
 柔拳と同じだ。それは触れるだけで大きな傷を残す。円盤状のチャクラ故に、受け止めるのも難しい。
 手の平に沿うように、円盤の平面は保たれ回転し、風のチャクラは風を裂きながら振るわれる。

 「ち……!」

 小さく舌打ちしたヒアシはそれまでの戦法を破棄。密着体勢から手数で攻めていたのに対し、攻防の合間を縫った一撃を狙う。
 地面から伸び上がるように、刹那がチャクラ刀を逆袈裟に切り上げる。細心の見切りで躱したヒアシが側方移動。がら空きの右脇に掌を送り、

 「ぐっ……!」



 血飛沫が舞う。



 浅く、それでも皮膚の下に届く程度には切り裂かれた傷口から、多少の血が噴き、ヒアシの表情を歪めた。
 チャクラの円刃が、その直径を変じていた。
 手の平サイズから、車輪の如く巨大に、一瞬にして姿を変えた。
 それこそが傷を作った張本人。小さく“留められていた”チャクラのくびきを解いただけ。遠心力に従い、後は勝手に広く大きく、刃を作る。……その分、切れ味は悪くなるが、人肌相手には誤差の範囲。
 見事な見切りだった。刹那は感嘆の意を思い浮かべる。あそこで掌を中断し、後ろへ引かなければ、ゲームオーバー。担架の派遣を依頼しなければならなかったはず。

 「……チャクラの決壊が見えましたか?」

 シュルシュルと大きさを減じ、また先の掌中に収まる回転刃。肩口から胸にかけて切り裂かれたヒアシは、しかし訝しげな表情。傷を受けたことで、頭が冷やされたか。

 「その技……何故、最初から使わなかった? これほど疲弊する前ならば、勝機はより多くあったはずだろう」
 「前準備に、結構チャクラ喰いますからね。回避行動で配分狂いましたし」

 嘘八百だが。チャクラではなくデータの問題だったのだが。
 木の葉最強を名乗る名門日向に、警戒してし過ぎることはない。
 ともあれ平均と思われる数値はそろった。普通に戦う分には、恐らく負けはない。

 ……予測限界を軽々超えてくるのが、熱血マンガの特徴でもあるけど。

 だからまあ、筋力や速度の数値など、結局は目安レベル。行動パターンにしても憶測レベル。底の浅い相手でもない熟練者相手に、全ての行動予測が成立するわけもなし。戦法の指針になれば御の字だ。
 何だかんだと理由付けつつ、それでも明確な理由たり得ないのは、必殺を狙いながらもヒアシの掌打に幾ばくかの手加減が為されていたから。
 頭のどこかで、自分を殺すことで起きる事態を考えている。無意識的に、当主という立場に在る者として。
 どれだけ激昂しても本質的に流されない。さすがだと思う。
 さすがさすが。

 素晴らしく。

 向いてない。

 「くすくす……くふふ……」
 「……何を笑っている」
 「おかしくて。……貴方の、姿が」
 「この程度の傷、傷の内には入らぬぞ」

 ああ、そう取られたか。別にどちらでもいいが……いや、ここは指摘しておこうか。

 「木の葉が誇る三大瞳術が一つ、白眼。この眼に限った話じゃないですが、血継限界というのはどこの里も欲しがっているのはご存知の通り。……雨隠れでは多少排斥の方向にありますが、それは例外として……例えば、雲隠れなんかもそうですね」
 「……だからどうした。くだらん長話をするのなら、先に懐にあるものを渡せ」
 「まあ聞いてください。今回雲隠れはまたしても白眼の入手に失敗したわけですが、同じ手は二度も通用しないと思ったんでしょうね。外交のカードとならないよう、身元不明の抜け忍扱いで木の葉内部に潜伏させた。もちろんただの推測で、証拠なんてどこにもありませんけど、取り敢えずその前提があると仮定しましょう」

 白々しいとはこのことだろう。雲隠れの関与は、確信はあっても確証はないのだ。
 どちらかと言えば清廉潔白を好む日向ヒアシの眉間にしわが寄る。

 「それで、ここからが本題なんですが…………貴方は日向ヒアシさんで間違いありませんね?」
 「何を今更……私以外の誰が日向ヒアシだと言うのか」
 「あれ、それはおかしいですね。僕はてっきり……日向ヒザシ.....さんかと思ってたのですが?」

 くすくす、くすくす……。

 嫌らしく木霊するような含み笑いが、
 凍りついた日向ヒアシの、喉を干上がらせる。

 「きさ……ま……!」
 「これ、なんでしょう?」

 上着の裏ポケットから取り出した小さな機械に、目を剥いた。
 一目で分かる、これはそう、小型の録音機。

 「戦闘に気を取られすぎですよ。チャクラ以外も視るべきでしたね」

 雲隠れとの裏取引。
 公表していないそれを、何故知っているのか。
 決まっている。
 木の葉でなければ、雲隠れだ。
 『柏商隊』
 あらゆる『商品』を運ぶ、五大国“黙認”の隊商。

 「これでこちらには二つのカードがそろったわけですが、木の葉も大切なお客さんですし、一つ交渉でもしませんか?」
 「交渉……だと?」

 チャクラの刃も消し、刹那が手に見せるのは、“眼”と書かれた口寄せの紙。
 右手に、過去の約定を覆す決定的証拠。
 左手に、口寄せの術式が書かれた紙片。

 「どちらか一つ、選んでください」
 「……何?」





 「片方は返しましょう。その代わり、もう片方はもらいます」





 「っっっ――――…………!!」
 「おっと、下手に動かないでくださいね」

 ぐ、と武力に訴え交渉自体を潰そうとしたヒアシを制する。

 「動けば………ご息女がどうなるか分かりませんよ?」

 その言葉と共に、ナズナが一瞬で、ヒナタの喉元、頸動脈に苦無を添えた。

 「えっ……ナ、ナズナちゃん!?」
 「少しの間、じっとしていてほしいのですよ。本気なのですよ」

 混乱するヒナタの声を背後に――そう、ヒアシがすぐには近寄れぬポジショニングで、刹那は薄く目を側める。唇に、弧を描かせる。嘲笑いを、作る。

 「卑劣な……!」
 「倫理観念は慮外するとして、それ以外は手段を選ばないのが忍びというものですよ。……身代わりも、同じ事でしょう?」
 「っ……」

 反論できない過去の事例で口を塞ぎ、刹那は、さあと両手を掲げる。

 「どちらにしますか? ヒナタの眼か、それとも貴方の言葉を記録した証拠品か。悩む必要はありませんよね、日向ヒアシさん? 貴方にとって守るべきものは決まっていますよね? 身内を差し出した貴方が、今更自分の娘を、それもただの白眼一つを犠牲にすることに、躊躇うことなんか有り得ませんよね?」

 くすくす。くすくす。
 笑声は無邪気。笑声は無垢。しかして語る言葉は悪にまみれた毒の棘。
 そのアンバランスが精神を乱す。見た目と言葉の差異が怖気を誘う。
 日向ヒアシは答えない。砕かんばかりに噛み締めた歯は開かれない。

 「さあ答えをどうぞ。それともまさか迷ってるのですか? 白眼一つと木の葉を天秤に掛けてるのですか? ………ご自分では決められないようですね。なら、手伝ってあげましょう」

 左手の紙片から煙が上がる。
 密閉された小さな容器が現れる。
 その中は透明な容器で満たされ―――純白の眼が、一つ。
 ぷかぷかと、浮かんでいて。
 息を呑んだ日向ヒアシが何を言うより早く、刹那は放る。
 放る。ヒナタの眼を、録音した機械を、左右に。

 「ガラス製だから、割れますよ?」

 いっぱいに開かれる、ヒアシの白眼が、
 追う、モノは。

 「―――それが、答えですね?」

 ヒアシは何も言わない。ただ、ギリギリで、落ちる前に、割れる前に、掬いあげたそれに、安堵する。
 身も蓋もなく、真実身を投げ出して、日向ヒアシは娘の瞳を、手にしていた。

 「ヒナタは忍びに向いてませんけど、貴方は当主に向いてませんね」
 「……」

 くすりと笑った刹那が片手を挙げると、ナズナがそっとヒナタを送り出す。え? と目で問うが、ナズナはにこにこと手を振るだけ。戸惑いながら、ヒナタはゆっくりと起き上がりつつある父の元へと歩み。

 「……ち……父上………あの」
 「…………」

 全く口を開くことなく、ヒアシは容器を押し付けるとすぐさまそっぽを向いた。

 「え……えと……だから、あの………」
 「…………」
 「あ…………う……」
 「…………」
 「…………」
 「あーもう鬱陶しい!」

 ドゴッ! と業を煮やした刹那の投げた物が、結構危ない音を立てて頑固親父の後ろ頭に命中。

 「ぐぉ……っ」
 「あああっ、ち、父上!?」
 「ヒアシさんもヒアシさんだけど、ヒナタもヒナタでしっかり歩み寄らないとダメ!」
 「ひゃっ、ひゃぃっ!」
 「舌噛むのもダメ!」
 「ひぅ!」
 「……刹那くん、それは無理があるのですよ」
 「ナズナは黙る!」
 「……」

 とばっちりです……といじけるナズナを脇に置いて、唸っていたヒアシが自分にぶつけられた物を目に留めた。その眉がひそめられる。

 「……。どういうつもりだ、これは」
 「なんですか。文句あるならもらって帰りますけど」
 「…………初めから、そういう魂胆か」

 苦々しく吐き捨て、それを拾い上げるヒアシ。
 小さくコンパクトで持ち運びに便利な、マイクの付いた機械を。録音機を。

 「元よりそのつもりだったとして……私は、貴様を許さん。返したからといって貴様がヒナタの眼を取ったのは変わらんのだからな」
 「え、えと……父上、そのことなんだけど……」

 いそいそとヒナタは片目を覆っていたガーゼを外し、そこに現れたものを見て、ヒアシの両目がこぼれんばかりに見開かれ。

 「な、……ぁ………ヒナ……タ…………?」

 ガーゼの下には、白眼。
 傷一つなく、もちろん摘出もされておらず。
 両の眼そろって、無事に、在り。

 「では……この入れ物に入っているのは」
 「模造品ですよ? 当り前じゃないですか。いくら返却を約束するからといって、自分の眼球えぐらせるような馬鹿がどこにいるんですか」

 一晩で作ったにしては上出来でした、と清々しく笑う刹那に殺意が湧いたところで仕方がないだろう。

 「……謀ったか」
 「気づかぬ主も悪い、ヒアシよ」

 ザリ、と砂を踏み、姿を見せた火影の後ろで、もう一人の刹那が煙と消える。

 「大体最初の時点で何故そうと分からんのか。熱くなりすぎじゃぞ」
 「……。面目次第もございませぬ」
 「たわけ。頭を下げる相手が違うじゃろうが」
 「…………ヒナタ」
 「は、はいっ!」

 その小さな両肩に、手を置いて。
 真正面から、頭を垂れて。

 「――すまなかった」
 「っ……!」
 「私が、悪かった……っ」
 「父……上……!」

 じわじわと溢れていたものが、決壊する。
 ヒナタは、その小さな身体で、小さな腕を回して、力いっぱい父を抱きしめ。
 全くこ奴らは、と少し離れた位置で苦笑を口の端に乗せた火影は、ふと、それを見る。
 盛大な芝居の片棒を担いだ少女が、何とも言えない表情で、少年の服の裾を握っていた。
 どこか達観した大人顔負けの少年もまた、苦笑とも微笑ともつかない複雑な顔で、ひと組の親子を見つめていた。

 「……」

 ゆるゆると、火影は紫煙を吐き出す。
 知性に優れ、才能に溢れ、下手すれば上忍でさえ喰われるような、白亜の少年。
 天才と呼ぶも怪物と呼ぶも、それは人の自由だろうが、しかし。
 親を慕い親を想う子の気持ちは、誰であれ変わらないに、違いはない。










 目が覚めると、暗く、柔らかな布の感触。

 「ん……あれ……?」

 見覚えのない部屋を見まわし、刹那は何があったのか思い出す。
 倒れたのだ。
 あの後、ヒナタが泣き止んだあたりで、すぐに。
 外傷はない。ただの疲労。というか、過労。算定演武の使い過ぎが、主な原因だろう。

 「ふぁ~あ………もうちょっと寝たいかな」

 だいぶ回復しているが、それでもまだ十全でない思考機能に欠伸しつつ、しかしお腹がすいたと身を起こす。

 「って、和服の寝間着?」

 肌襦袢だったか何だったか。洋物しか着ないから知識がないし、必要もない。が、ナズナが祭りで着たいと言った時のために備えておくべきだろうか。
 敷かれていた布団の横に洗濯された服と武器などを見つけ、数の確認。ほっと一息。さっさと着替える。
 窓から見える月の位置からして、今はせいぜい宵の口か。炊事場まで行けば夕食の余りぐらいもらえるだろう。

 「……ま、その必要もないみたいだけど」

 そろーり、そろーり。と、おっかなびっくり忍び足で近づく気配。ナズナよりもまだ未熟。
 ふすまの前で止まったところを見計らい、さっと開けるとひゃっと声。

 「おはよう、ヒナタ」

 膳を抱えた日向ヒナタが、汁をこぼさないようあたふたしていた。





 「お……おどかさないで」

 心臓に悪いから、とヒナタの責める視線に刹那はにこにこ笑うだけ。白米と各種おかずがぱくぱく口に運ばれる。

 「善処はしてみる。ところでナズナは?」
 「えと……広間の方で、手打ち蕎麦作ってもらってるよ」
 「……蕎麦の何が好きなんだろう、ホント。あ、おかわり」

 差し出された茶碗におひつから御飯をよそうヒナタ。受け取りお礼を言う刹那。

 「っっっ~~………!」
 「うん? 顔が赤いけど……どうかした?」
 「なん……何でも、何でもないの! 本当に、何でもなくて、えと、だいじょぶでっ!」
 「?」

 取り敢えず、必死に否定されるので、刹那は食事を続行。挙動不審にヒナタがチラチラと見てくるのも気づかないふりをしておく。
 今度は自分でつごうとしゃもじを取れば、何故か奪われ山と盛られ。

 「???」

 首を傾げても分からないものは分からない。少し考え、まあいいか、と思考放棄。実害はないし、回復しきってない脳を疲れさせる愚は骨の頂。
 消費した分のエネルギーを、補給することに専念する。

 「…………」

 ヒナタの脳裏に、夕食前ヒアシの自室で言われた言葉が甦る。





 『ヒナタ。これまで、お前の心を苦しめてきたことについては、ここで改めて、謝罪する。すまなかった』
 『父上……』

 だが、とヒアシは続け。

 『言葉そのものは、撤回せぬ。ハナビと比べ、お前の才はあまりに……儚い』
 『……分かって、います』
 『ならば何が言いたいかも、分かっているな』
 『…………』

 それは、名門の血を引く者として、当り前で、自然な未来。
 日向宗家、その直系。しかし武門を継げないヒナタは、当主にはなれない。
 ならば、その先に待つのは。

 『お前を……政争の道具にはしたくなかった』

 政略結婚。本人の意思が介在する余地のない、勢力を保ち、強めるためだけの、婚姻。
 縁戚関係というのは、それだけ結びつきが強力で、決定的。
 だがヒアシは、父としてその道を歩ませたくなかった。だからこそ厳しく当たった。
 結果として、ヒナタを傷つけるだけで終わりはしたものの、それは娘を想ってのことで、ヒナタ自身、父の想いは先ほど聞いたばかり。

 『……私も、父上の期待に応えたかった』

 けれど、それはもう叶わない。教える者と、教わる者。二人が二人して、不可能だと悟ってしまっているから。
 少しの間、沈黙が流れる。これまでと、これからを隔てる、見えない壁。
 苦しくも、居心地の良い時間は終わった。理想も夢想もその先にはなく、ただ確固とした現実が待ち構える。
 沈黙はそのままに、壁は砕かれる。日向ヒアシが、幾枚かの紙を並べたことで。

 『婿を取るか、嫁に行くか。そこまではまだ考えずともよい。ただ、候補には目を通してもらう』

 彼らのような有力な忍びが結婚を政治として扱う場合、二通りの狙いがある。
 数の多い血族だと、同族の間でも派閥が生まれ得る。それを回避するため、またより濃い血を求めて親戚同士が婚姻を結ぶ場合。
 もしくは、裕福な大名筋の者や豪族などから支援を受けるために、結ぶ婚姻。
 例外はあるにせよ、二つに一つが、一般的。

 『………?』

 簡単なプロフィールが書かれた紙をめくっていたヒナタの手が止まる。意味が分からないとでも言うように何度か瞬きし、理解した瞬間、爆発せんばかりに顔が紅で染め上げられた。

 『あっ、あの、ち、ちちち父上!?』
 『どうした。……ああ、そ奴か。あまり本意ではないが、最有力候補.....だ』
 『い、いつ、決めて!?』
 『さっきだ。腹立たしい小僧ではあるが、実力も能力も折り紙つき。その上バックには「柏」が居る。それに――』

 意味ありげな、笑みを浮かべて。

 『別段、嫌いではないのだろう?』
 『っっっ………………!!!』

 倒れそうなほど頬を染める娘の初々しい姿に、ヒアシはくつくつと楽しげな笑いを漏らしていた。





 「……ナタ。ヒナタ。おーい、ヒナタ?」
 「えっ? あ、うん、なに?」
 「ごちそうさま。美味しかったよ」

 にっこりと笑う刹那は、正直な話、クラスではサスケと二分して人気がある。
 ただ、いつも傍にいるナズナが彼女と目されているので、アタックする女の子が居ないというだけで。
 頭がいいのは前から分かっていた。
 実技でサスケに一歩及ばないのはわざとであると、今日知った。
 容姿はカッコイイじゃなくて、女子も羨む綺麗な姿。
 いささか愉快犯の気はあっても、それは逆に魅力の一つで。
 でも、何よりも。
 慰めて、くれて。
 父との仲を……方法は多少強引だったけど、取り持ってくれて。
 ドキドキする。
 よく分からない、初めての感情。心地の良い……感覚。

 「刹那くん……あの、」

 開きかけた唇に、刹那が立てた人差し指を当てて、言葉を封じられる。

 「ヒアシさんとは、もう話した?」

 触れる指先にどうしようもない熱を覚えながら、頷く。

 「それじゃ、名前の由来は聞いた?」
 「……?」
 「……頑固だね、ヒアシさんは。ここまで来ると尊敬しそう。……ねえ、ヒナタの名前は、漢字で書くとどんな文字になるか知ってる?」

 黙って首を振ると、刹那は懐から紙と筆を出して、さらさらと書きつけた。

 【日向】

 「……え?」
 「この文字には読み方が二つあるんだ。日向ひゅうがと、日向ヒナタ

 絶句したままのヒナタに、続ける。

 「ヒアシさんは……期待してたんだと思うよ。自分の子供に、一族と同じ名前を付けるぐらい、心から」
 「………父、上」
 「いいお父さんだね、ヒナタ?」

 とっくに尽きたと思っていたのに、今また溢れていたものを拭って、泣き笑いの顔で、ヒナタは頷いた。

 「はいっ……!」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ゆめうつつです。1ヶ月置き程度しか更新できてません。
……他の方々の更新頻度にちょっとどころでなく冷や汗。
期末レポートも近いのに……と、嘆いてみたり。


シヴァやんさん、まあ、そこは親バカと言うことで一つ。

空っぽさん、敢えて分からないような書き方をしてみたり。刹那の口から語られる日を楽しみにお待ち下さい。

ニッコウさん、いえただの影分身でした。そして密約もなし。残念ながら。

はきさん、……無理だと思います。逆に難易度高くてチャクラ喰いそうですし、それならシギ本人を口寄せする方が戦力の向上にもなるかと。

saさん、……ダンゾウの部分は不覚。辻褄合わせは……無理かな? 不可能でもないか。うん。

realさん、「意識をやる」という表現はあります。ここまで読んでくれて感謝です。


ではでは皆様またいずれ。……できるだけ早い再会を祈って。



[5794] 53 人生は出会いの連続
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2010/01/25 16:58

 
 蕎麦。
 ソバの実を原料とした麺類の一種。
 ぶっかけ、ざる、つけそば等々、具まで含めれば種類は膨大。
 麺の打ち方やつゆの作り方一つで、味は天と地ほども差が生まれる。
 今更説明するまでもないナズナの大好物。何がそこまで惹きつけるのか、刹那の頭脳をもってしても解は見出せないのだった。
 で、そのナズナだが。

 「はう……至福です……!」

 ――――なんか、溶けてた。

 ふにゃぁ、って。

 丸い座卓を我が物顔で(人さまの家なのに)占領し、どんぶりを合わせて十ばかり左右に積み上げ、満腹満足そのものな感じでとろけていた。
 いつの間にスライム化したんだろうと思う。

 「最高です……ヒナタちゃんのお家お抱えの蕎麦職人さん……ぜひナズナとも専属契約を結んでほしいものです……」
 「それじゃ、僕の蕎麦はもう要らないね」

 ビシッ、と音が聞こえるほどに凍りつく、弥遥ナズナの彫像。否、氷像。

 「せ、せ、せ、刹那くんっ!? いえあのそれは別にそういう意味ではありませんなのですよ!?」
 「うん、そうだよね。素人が作る蕎麦よりプロのが美味しいのは当たり前だからね」
 「そっ、そそそそんなことはっ!」
 「いいんだ。別に悔しいとかはらわた煮えくり返ってるとか怒髪天を突くのを必死にこらえてるとか、そんなことは全然ないよ?」
 「あううっ? ウソじゃないのに言葉のトゲが鋭すぎますっ!」
 「でも、ちょっと哀しいかな―、なんて。……裏切られたのかなー、なんて」
 「最後ぼそっとつぶやいたのがとっても怖いのですが!?」

 知ったことじゃない。

 「って刹那くんどこへ!?」
 「取り敢えずヒアシさんのところ。お腹いっぱいで動けないナズナはそこで待っててね?」
 「気づかうようで毒吐いてません?! 嫌みですか皮肉ですか罵倒ですかっ!?」

 気のせい気のせい。
 ともあれ名残惜しくも何ともない一時の別れを告げて、ヒナタの案内の元、当主の待つ部屋へと足を向けた。

 「くすくす」
 「……た、楽しそうだけど……いいの? ナズナちゃん、あのまま放ってて……」
 「半分じゃれ合いだからね。半分僕の遊びだけど」

 気遣わしげに振り返ったヒナタに、刹那は軽く応じる。
 ヒナタも混ぜて遊んでも良かったけれど、早く帰ろうと思うので部屋の外で待ってもらっていた次第。これぞ時短テクニック。

 「嘘だけど」
 「え?」

 何でもないと片手をひらひら。

 「ところで僕が色々隠し事してる件についてだけど」
 「あ……うん、その……、す、すっごく、強かったね?」
 「できれば秘密にしといてね……騒がれるの嫌いだから」

 騒がすのは好きだけど、と言うとヒナタは控えめに笑い、了承してくれた。まあ、本当の理由ではないが。
 木造の廊下をしばらく歩き、辿り着いた襖の前でヒナタが形式張った声をかける。

 「刹那くんを連れてきました」
 「入れ」

 低く重い声に従い襖を開けると、





 ――――なんか白眼がいっぱい居た。





 あれが……とか、柏の……とか。
 ひそひそ話なら他でやってもらいたい会話がそこここで。

 「ご迷惑をおかけしましたこれで失礼します」
 「まあ待て」

 ヒアシさんに止められる。
 厄介ごとの匂いがする。
 どうしたものだろうか。
 ……さりげなくヒナタに袖を掴まれてるのもどうしたものだろうか。

 「えーっと……必要事項は火影さんに話したはずですけど」
 「そうだな」
 「もう明かせる手札も何も残ってないんですけど」
 「構わん」
 「……用事も特にないのですが」
 「こちらにはある。座れ」
 「…………」

 ヒナタを見る。目を逸らされる。
 日向の重役っぽい人たちを見る。値踏みされてる感じ。
 ヒアシさんは……良く分からない顔。言葉で形容できない、微妙な表情。

 「あー……長くなりそうなので、先に手洗いに行っておきます」
 「早めにな」

 取り敢えずヒナタに手を離してもらって、教えてもらった道筋から近場のトイレに入り、すぐに印を組んだ。

 「――結界構築、と。眩魔?」
 『くくっぷ、っひゃっひゃっひゃっひゃっ!』
 「……何笑ってるわけ」
 『いやいやいやいや……これは笑わずにはいられないねマジで』
 
 はあ?

 『まあそう構えるなってことだ。お前にとって悪いことにはならねえ。初代に誓って俺が保証してやるよ!』

 甚だ当てにならない。が、眩魔にとって水鏡の初代はそれなりに重いらしく、よって信憑性もそれなり。

 「逆に不安になってくるんだけど」
 『……お前でも不安を感じたりするのか?』
 「目に見えない未来のリスクを数値化してるだけ」
 『結局数字かよ』

 眩魔はつまらなそうだけど、数字の何が悪い。この世で起こりうる全ての事象は数字で表せるのに。……無論認識できる事象に限るが。
 手洗い場の鏡で、何のつもりか逆さまに、こちらを見下ろしながら眩魔は言う。

 『とにかくだ。向こうの提案に乗るも反るもお前の自由。どっちにしても先の話だしな。アゲハに聞いても多分同意見だと思うぜ? この果報者!』

 そして消える。捨て台詞とは違うが似たようなものを残して。

 「今日はもうゆっくりしたいのになー……」

 具体的には、帰って寝たい。寝てばっかだけど、明日の朝までぐっすり寝たい気分。気分というか、体調だけど。
 とりあえず話があるならさっさと終わらせてほしいなーと思いつつ、さっきの部屋に戻って日向ヒアシその他と相対。……何でヒナタが隣に座るのかが分からない。さっきからなかなか目を合わそうとしないし。

 「こちらとしては早く帰って寝たいので、お話は手短にお願いします」
 「……ふむ。本来は長く時間をかけるべきものだが、本人がそう言うなら、遠慮は無用か」

 これを、と差し出されたのは、金箔で縁取りされたひどく値の張りそうな、少し厚みのある紙。はて、と内心を疑問符で埋めながら手に取り、二つ折りの中を改めた。

 「………………」

 チラ、とヒナタを横目でみると、すごい勢いでこっちを窺っていた視線をあらぬ方に背けた。髪の毛から覗く耳が、燃えるように赤く赤く、染まって。

 「あー……なんて言うか、困ったなー、っていうのが正直な感想ですけど」
 「悪い話ではないと思うが? 互いが互いにプラスとなる要素を持っているのだ」
 「それでも、ちょっと気が早いし、話も急だと思います」
 「そうでもない。元服前の頃より話を通しておくことは、大名家でもよくある。忘れたわけではないな? 我らは日向一族。木の葉最強の名家であるぞ」

 ……まあ、そうなのだろうが。実際、もしもの時に日向という後ろ盾があるのは心強い。
 ただ、木の葉との繋がりが強すぎると、中立を旨とするカシワ商隊の存在意義が崩れる危険性もある。眩魔は無責任なことを言っていたが、少なくとも個人で決定できることではない。お母さんにも相談しないとさすがにまずいし。
 長い大戦が終わってようやく五年が過ぎようとしている今、確かに各国で早婚が奨励されているのは事実。どこも失った人材を補充しようと必死。そこで、日向のような名家がより強い力を取り込もうとするのはある意味当然の選択だ。大名なんて存在があるせいか、結婚可能年齢が男女ともに十五歳前後なんて認識になってるし。……そもそも明確に法で決まってなくて適当なんだけど。貴族の特権的に大名が側室娶るせいで一夫一婦制ですらないんだけど。
 それにしたって。

 「やっぱり、ちょっと気が早いですよ。……僕とヒナタの婚約なんて」

 ガッシャン! と陶器の割れる音に全員が目を剥き、襖の向こうで誰かが駆けていく足音に腰を上げようとするのを、刹那は溜息とともに制した。足音だけで、それが誰なのか分かっていた。
 こちらを見るヒアシに疲れた視線を向けて。

 「ナズナのこともあることですし、ね」










 「…………」
 「確か、弥遥ナズナと言ったか、あの少女は」

 ヒアシから向けられた言葉に、黙ってヒナタは頷く。
 襖の向こうに割れた丼と中身の蕎麦が床を汚しているのを見て、刹那は謝罪しつつナズナの後を追っていった。今日の返事はまた後日、母とも相談したのち日を改めてお答えすると言い残して。

 「刹那本人にその気はなさそうだったが……こじれると、多少厄介ではあるか」

 柏という商隊に属することを除けば、何ら目立つ所のない血筋の少女だったはず。日向ヒアシは、そういう意味で敵にはならぬと踏むが、幼い子供というのは感情が先に立つ。その点、白亜刹那は子憎たらしくも優秀極まり、娘の相手に不足はないのだが。
 まあ、それはそれとして。

 「積極的でこそないが、さりとて否定もしなかった。この反応、どう見る」

 投げかけた問いに、ざわざわと。銘々の返答。古い人間が多く、故に柏の有用性を知る者たち。賛成者が多い。だが破談となった場合に備え、候補の家にそれとなく仄めかしておくべき……か。

 「ならばそれで行こう。刹那が柏と連絡を取れるのも数日から一週間はかかる。この件については応答があり次第また席を設けることにする。以上」

 そうして、一族の中でも有力な人間が去った広間。
 二人きりで居るには広すぎる空間で、親子は再び向かい合った。

 「お前はあの子の……ナズナのことを?」
 「大体みんな……知ってると、思います。分かりやすくて……告白はしてないらしいです……けど、でも刹那くん自身は、分かってて放ってる節があるみたいで………」
 「…………そうか。成程、応える気はない……いや、まだ恋愛に興味がないといったところか」

 死ぬかもしれない拳打の最中にあって、尚笑っていられる子供。大人びているのか、達観しているのか。何にせよ、浮ついたところが想像できないのは確か。

 「婚約がなされたとして、祝儀を挙げるには早くて五年……六年。柏の流儀に従うならば、嫁に行くのが妥当であろう」

 年中諸国を回る行商という立場上、木の葉隠れに縛り付けるのは不可能。

 「その時には……分家の者を一人、付き人として出すことも考えておかねば」
 「………」
 「?」

 反応がないのを訝しく、目の前で手をひらひらと振っても焦点が動かず。
 ……これは、もしや。

 「本気で、惚れたか?」
 「っっっ……………ち、ちが………そんな……………!!」
 「赤い顔で否定されてもな」

 う、とヒナタはのどを詰まらせる。両手をやたら複雑に動かして、反論しようと一人百面相して、ついに諦めたのか頬を染めたままうなだれて。

 「…………」

 成程。これはなかなか。
 楽しいかもしれない。何とはなしに、ヒアシは思った。










 一方その頃。

 「……眩魔、どっち行ったか分かる?」
 『シラネ。後始末は自分でするって常識だろー? 若人よ、とりあえず苦労を知れ。真の人間関係はそこから生まれいずる!』
 「…………ナズナに土中泳魚教えたの間違いだったかな」
 『逃走用に必要だって言ったのはお前だがな。そらどうするこの無責任野郎!』
 「土遁適性だったからね……ていうか昼間の件もあるしいい加減その不当な罵声をやめないと、」
 『何だ脅迫かぁ? お笑い種だな死なねえ俺に向かってよ!』
 「――――鏡の宮殿そっちで酒盛りする」

 手鏡の向こうで凍りつく気配が。

 『待てやコラーーーっ! テメエ俺に何の恨みがある!?』
 「……忍びっていうのはね、恨みがなくても手を汚さなくちゃいけない時があるんだ」
 『適当だろ? お前適当に言ってるだろ!? 適当で俺の世界を壊すんじゃねえよ!!』
 「僕は真面目なの。馬鹿がつくほど真面目一直線なの」
 『ああそうだろうさ知ってるさ馬鹿! クソ真面目にやらねえとふざけることもできない大馬鹿だお前は!!』
 「うん。そういうわけで僕は帰る」
 『―――』

 数秒の沈黙を挟んで。

 『ハァ!?』
 「ナズナ見つからないし疲れたし寝たいから家に帰って寝る」
 『…………なあ、せめて、会話繋げる努力ぐらいはしてくれ。理解が追いつかん』

 幾分トーンを落とした声で眩魔は訴えるが、知ったことではない。

 『放ってていいのか? 少女ナズナはただいま絶賛傷心中だぞ』
 「まあ、ナズナの恋が実ることはなかったと思うよ」

 好意を向けられた少年が、欠伸混じりに。

 「愛情は分かるけど、恋心なんて不可思議な感情を向けられても、困るだけだからね」

 愛と恋は似て非なる。
 愛慕と恋慕は似て反す。
 愛は一方、恋は双方。
 通行ならずして成り立たず。

 「もらうことはできる。与えることはできない」

 それが今の自分。それが今の限界。輝かしき未来に乞うご期待。

 『疲れる奴だよお前は。見てるこっちがヤキモキしてくる』

 溜息漏らす鏡を供に、日も落ちて久しい隠れ里。あれだけ晴れ渡っていた空に、ポツリポツリと雲を見る。冬間に生まれる吐息のような、薄く儚い雲の子が。月を覆いて、隠し切れずに朧月。

 「僕は僕のことだけで手一杯だからね。ナズナとはまたちゃんと話すけど、頭が冷えた頃にしないと聞いてくれないだろうし」
 『……手遅れにならないといいがな』

 ん? と呟きに返し、何でもない、と応えを取り。
 何か忘れてるような……と眠気をこらえながらの思考に解は出ず。
 朧な月が見守る中で、少年の足取りは不自然なほどに軽く。
 何ら悩みもなさそうに、家路へ付いた。










 そしてナズナは。

 「信じられますかおまわりさん! 恐れ多くも五年間想いつづけた乙女の気持ちが分かりますか!? それが、それがぽっと出のじみ狐なんかにぃぃぃぃ~~~!」
 「いや……嬢ちゃん、俺の服をハンカチ代わりにしないでくれねえかな?」
 「わぁぁぁぁん! ズビィィィッ!」
 「うおおおおお!? 俺の、俺の卸したての上忍服が鼻水まみれにっ!?」
 「刹那くんのばかぁぁぁ―――っ!!」
 「くっそ厄日だ厄日今日は厄日に違いないって刹那だぁ!? そりゃもしかしてカシワの刹那か嬢ちゃん? ……聞いてねえな。泣いてばっかじゃ分かんねっての、あー補導なんかすんじゃなかったぜ面倒くせえ」
 
 男はは泣き喚くナズナに天を仰ぐ。子供に泣きつかれる姿を見て同僚がなんと言うかと溜息しつつ。

 「俺の威厳はどこ行ったんだろーなぁ……」

 燃えるように逆立つ赤髪が、闇夜においても尚目立つ。
 赤蔵ヒグサ、再び登場。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ゆめうつつです。久しぶりに早い更新です。
……何やら、遅い! との苦情が見受けられたので、がんばってみた次第。もうテストがすぐなのでたぶん次は遅いですけど。
大名がどうとか婚姻がどうとかは創作ですがご容赦ください。ていうか、何気に今って忍界大戦が終わって八年しかすぎてないんですよね。だからあり得るかな、と。


空っぽさん、好きとかどうとかよりいきなり婚約まで話が行ってナズナは混乱するという結果でした。暴走もしてますが。あと、句読点の部分は修正しておきます。

シヴァやんさん、あー、そうですね。これでまだ隠してる設定もつけたら凄いことになりますね。

みさん、すいません。改行バランス忘れてました。メモ帳から折り返し設定を解除しないままコピペするとああなるんですよね。

AAAさん、ご希望の通り少しがんばってみましたが、どうでしょ? 応援してくれる人の声は嬉しいものですね。

RENさん、血継限界の重複はありみたいですよ? なんか五代目水影が二つ持ってますし。移植ですけど今ダンゾウが写輪眼と木遁使えてますし。

ニッコウさん、さあどうなるでしょう? 乙女たちの恋模様は雨か晴れか曇天か。

realさん、ヒナタのフラグは分かりやすかったですよね。しかしこれ原作開始まであと何話かかるか想像つかないんですよね……作者なのに。

はきさん、改行については仕様です。ご容赦を。多いは素で間違えました。ありがとうございます。部分口寄せですけど……空間歪曲は空間がずれてるだけで持ち主にくっ付いたままだと思われますが。

jannquさん、センターですか……英語にちょっと苦い思い出が。まあ疲れて半ば眠ってただけなんですけど。で、刹那の目的ですか? ……えー、それは今回のことについてなのか、それとも長期的なものについての疑問なのか分かりかねますが、日向に関しては大した事を企んでない……はずですよ?


みなさんヒナタ好きですね。反響が大きくてゆめうつつは驚いてますよ。



[5794] 54 ココロノハナシ 【前】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2010/03/09 11:04

 「よーぅ、嬢ちゃん起きてるかー?」
 「……また来たのですか。毎日毎日ヒマそうでうらやましいのですよ。ああ、忍びがヒマというのは世間さまにとって喜ぶべきことでした。つまり仕事がない方が世の中の役に立つのですから早いとこクビになるべきです」
 「…………」

 何か口が悪くなっていた。一歩下がって距離を置く。

 「……なあ、なんで俺こう酷いこと言われなきゃならんわけ? 泊めてあげるよう口添えしたのも俺なんだけどさぁ?」

 ヒグサに話題を振られた中忍警邏は無言で職務に取り掛かる。今の今までめくっていた小説を放り捨て、即座に事務仕事へ打ち込む姿勢は優れた対処能力を窺わせる……のかもしれない。
 木の葉の里に点在する警邏隊隊舎の一つ。以前はうちは一族が中心となって行われていた警備活動も、ここ何ヶ月かで大幅な見直しが図られている。それもこれも一族そろっての里抜け許可を合法的にむしり取るような真似をされたせいなのだが、

 (好きにしろとは言ったけどよぉ……ここまでやるかフツー?)

 又聞き程度の知識だが、うちは一族の全滅は正史に記された事実だったはず。それもかなり悪趣味というか、救いのない結末に終わったような。
 それを変えるどころか根本的にぶち壊してくれやがったので、主に里内の警備に携わるヒグサとしては面倒極まりない事態。仕事仕事と大わらわ。
 ……いつものごとく部下に押し付けて巡回中なわけだが、さておき。

 「ほいこれ。頼まれてたモン」
 「出すのが遅いですけど一応お礼を言ってあげます。感謝するがいいです」

 振り返った拍子にぴょこぴょこ揺れる、少女のおさげ。

 「……。まあ、いいけどよ」

 言葉遣いとか、口調とか。なんかそれっぽいけど無理に作ってる印象があって。しかもプッチンプリン片手に言われたのでは、逆に微笑ましいみたいな。背伸びしてる子供の典型……とは方向性が違うけれども。まあ、そんな感じ。
 巡回途中で偶然見つけたはいいが、泣いてばかりで話は要領を得ず、ひとまず近場の隊舎まで連れて帰ったのが三日前。根気よく丸一時間なだめてどうにかこうにか事情を聞いたのだが。

 (……聞かなきゃよかったなぁと心から)

 日向とか、ヒナタとか。平穏無事がモットーの自分にとってできるだけ避けようランキングトップスリーたる『接触with原作キャラ』に抵触していて、これはまずいと思いつつも時遅く、木の葉の治安を預かる一員として面倒を見ないわけにはいかなくなっていた。
 更に悪いことには、帰りたくないとかゴネやがったのだこのお姫様は。家を調べようにも黙秘する上、保護者に連絡みたいな強行措置を取ろうとすれば舌を噛むと脅す。気絶させようかとも思ったが、それも見越したようにカシワ商隊と木の葉の友好関係が云々かんぬん。
 お手上げ、とヒグサは諦めた。よく回る舌だった。呆れるほど。誰を見習ったのか知らないが、師匠は余程捻くれた奴に違いない。あ、刹那か。

 「……先輩、頼まれてた物とは?」
 「あ? ああ、あれな。タイトルは確か【明るく楽しく尋問入門♪】だったっけか。いやー、最近のガキはマセてるねぇ」
 「…………それは、マセてるんですかね?」

 俺が知るかと手ごろな位置にあった後ろ頭をはたく。現実逃避していたのを思い出させるな。

 「つーかさぁ嬢ちゃんよぉ、いつまでいる気? もう三日経つんだが、いい加減帰らねぇ?」
 「たいしゃの人たちは親切です」

 本に向かって眉根を寄せつつ答えるお姫様。ちなみにこれは比喩でも何でもなく、文字通りの意味だから手に負えない。

 「んなっ、何を言っているのですかヒグサ上忍!」
 「そうですぞ! 砂漠のオアシスは貴重なのですぞ!?」
 「それをあろう事か帰れと言う! くっ……これだからエリートコースは!」
 「死んでください」

 (……ちょっと、こいつら焼き殺していいかなぁ…………?)

 部下も同然の連中が漏らした本音に殺意が湧く。けどまあ、気持ちは分からないでもないので我慢我慢。
 男ばかりのむさ苦しい隊舎に突如居座ることとなった少女である。くの一である。それもカワイイ系なのである。何やかやと皆が皆世話を焼く。笑顔でお礼言われる。ああ癒される……みたいな。
 悪循環か否かはともかくとして。
 これが年頃だったら絶対口説かれているな、とヒグサは一人蚊帳の外で思うわけだが。それもこれもくの一の絶対数が低いせいだ。きっと。

 「刹那だっけ? あいつも心配してると思うんだがよぉ……意地張ってないでさっさと顔見せに行った方が――」
 「ナズナは要らない子なのです」

 ポチャン、と落ちた水滴が波紋を呼ぶように、唐突に言ったその言葉は場に染みた。
 頭の後ろで長い三つ編みにした少女はページに目をやったまま、波紋を広げる。

 「もちろん、きゅうきょく的なきょくろんのお話ですけど、ナズナは刹那くんにとって、絶対ふかけつな人間ではないのです」
 「……………………」

 ヒグサの出したハンドシグナルに、黙って従う隊舎の忍びたち。音もなくその場を離れる。
 立ち入った話、込み入った話を、聞く権利がある者は限られる。そのあたりの配慮は、時に権力者の護衛もする忍びならではの配慮か。

 「刹那くんは勝手なんです。いつもいつもいつも、勝手に全部進めて、ナズナに黙ったまま終わらせて、その結果も教えてくれません」

 憤懣を訴える少女の横顔は、けれど本に集中しているとしか思えない静かなもの。
 パラ、とページがめくられる。

 「幼馴染みの女の子A」

 読めない文字に、辞書を取る。

 「それ以上でもそれ以下でもないのです」

 探し当て、読み進める。

 「そばにいたら嬉しいけど、居なくてもいい。……そういう、認識なのです。この間のことで、はっきり分かりました」
 




 『やっぱり、ちょっと気が早いですよ。……僕とヒナタの婚約なんて』





 「全然…………早いなんて、思ってないんです……」
 「…………」

 その言葉が何を意味するのか、ヒグサは知らないし、深くにまで踏み込みたくないと言うのもある。だがそれでも、つくづくこの世界の子供は早熟だと、ヒグサは胸中で嘆息を零した。時に有り得ないほど早く、若く、心が成長期を迎えてしまうのだ。
 それは、良いことなのだろう。
 それで、命が助かるのなら――だが。

 「……で、それが何で勉強に繋がるんだ?」

 ヒグサが見る先、隊舎の事務机を不法占拠する少女の前には、ズラッと積み重ねられた書物の山。
 三日の間に、読めるだけ読んだ知識の跡。
 修行を欠かすことなく、それどころか一層励んでいたのを、仕事の合間に見ていた自分は知っている。
 だから、無下には追い出せないでいた。本当に、一生懸命、己を高めようとしていて。
 ……それとも、不純な己の動機と端を異にするひたむきさに、中てられたか。
 背後で僅かな自嘲を唇に刻んだヒグサに気づかず、ナズナは本に目を落としたまま。

 「べつに……これまで通りです」

 理解できないところにチェックを入れる。

 「刹那くんに必要とされるために、がんばるんです」

 本当は、少し違うけれど。
 必要ではなく、認められるために、愚直に精進する少女は、

 「ナズナは、ナズナですから」

 理解しがたい子供の理論で、そう締めた。

 「…………………………………………そうかい」

 踵を返し、ヒグサは隊舎の外へ。集中し始めた少女を置いて、空を見上げる。

 「………ふむ。業務外だが、偶には働かんと、あいつから文句言われるしなぁ」

 生真面目にすぎる専属部下の顔を思い出しながら、ニィ――と、その唇が吊り上がり。

 「そろそろ燻っていたところだからよぉ……ついでだ。まあ悪く思うな、二十歳未満」

 影を残して、身は瞬き消える。
 その場に緩く、火の粉が散った。















 「……刹那と日向の長女との婚約、ねぇ」

 ガラゴロと、回る車輪の屋根の上、幌の上を陣取るアゲハは頬に手を当て悩み中。長い水色の髪が、風にそよぐ。

 「う~ん、良かれ悪しかれ……困ったわねー」
 『……呑気だな。仮にも一応息子の人生かかってるわけだが』
 「人生なんて自分で決めてなんぼよ眩魔。それが生涯の伴侶ともなれば尚更。本気で好きなら法も規律も知った事じゃなく勝手にしなさい~……ってね」

 かなりどころでなく無茶を言うアゲハに、眩魔は呆れたように白い目を向ける。

 『……お前は凄まじく勝手にやったな、そう言えば。それに応えたアイツもアイツだが、おかげでカシワ商隊はあれから一度もあの国に商いできていない』
 「……ええと、まあ、元々閉鎖的で行きにくいところだったから別にいいのよ、別に。それこそホント今更なのよ。もっと建設的で機知に富んだ話題を振ってちょうだい」
 『んじゃ、刹那後宮物語なんかどうだ』
 「?」

 疑問符を顔に浮かべたアゲハへ、鏡の中からニヤッととした笑いを送り、

 『顔いいし演技できるし話術巧みだしお妾さんなんかいくらでも作り放題! コロッと墜として一夜限りの愛を育み去っていく! しかし女は忘れられず我が子にその面影を見いつの日か再会する日を願う……なんて麗しき人間愛!』
 「どこがよ!? 完っ全にプレイボーイな最低男じゃないっ! 大体後宮じゃなくて結婚詐欺よそれは!」

 アゲハの激しい突っ込みにもめげず、ハイな眩魔は妄想を垂れ流す。

 『ある日ある時目を付けてしまったその娘はお姫様! またある時は資産家令嬢! そしてまたある時は清楚な薄幸の美少女に狙いを定め喰らい去っていく! ……養育費置いて』
 「…………」
 『…………………………………ま、まあ冗談だが』
 「……いいかも」
 『うぇっ!?』

 まさか肯定されるとは思ってもみない眩魔は逆に面食らった。え、いいの? ケドよく考えてみればそれはそれで面白そう――――と言いかけて軽蔑しきった水色の眼差しに思い留まる。

 「――なーんて言うわけないでしょうこの変魔っ!」
 『変っ!? だっ、誰がヘンマだ何変換してやがる! この、この阿修羅王の化身がっ!』
 「変換じゃないわ合成よ! もしくは省略っ、変態眩魔ですなわち変魔! ……っていうか、誰が阿修羅ですって?」

 氷柱の如き視線と声音にヒートアップしていた眩魔の肝が冷える。やば、地雷踏んだ。
 生まれ出でた冷え冷えとした沈黙を意にも介さず馬車はガラゴロ進み……やがて氷解した空気を追い出すようにアゲハは嘆息。ふと、思い出したように手鏡を見下ろした。

 「馬鹿話は取り敢えず脇に置いて―――婚約はともかく、ナズナちゃんはどうしてる?」
 『………………。………………………………ただいま絶賛家出中』

 あちゃ、とアゲハは顔を覆った。まさかそこまで大胆な行動に出るなんて。

 「直情径行なあの子らしいと言えばあの子らしいけど……」

 ほんの僅か、口をつぐみ。

 「――刹那は...?」
 『…………』

 沈黙が何よりもその答え。アゲハは天を仰いだ。こんな時分に青空は、少々小憎たらしく思えてしまう。……気分が落ち込むよりはマシとは言え。

 「日向の一件は裏目に出たのかしら。……いえ、遅かれ早かれこの事態は織り込み済み。後か先の違いしかなかったのなら、木の葉という安全地帯にいるだけいい。……はずよね」
 『最後の一言が余分だぜ?』
 「その一言が余分よ。いいから刹那には充分注意を払っておいて。最悪の場合に備えて……ね」
 『……ったく、世話が焼ける』

 鏡面が細波を打ち、茫漠と漂っていた気配が掻き消える。アゲハは小さく息をついて、幌の上からひょいと中を覗いた。
 荷台には巻物が雑多に積み重ねられている。十や二十ではきかない、百を超えようかという巻書に埋もれるかの如く、水色の頭がひょっこり見えた。

 「……巻物を布団代わりにするような忍者は、多分貴方だけよ刹那」

 鏡像分身で同行することに何の意味があるのかと思っていたが、まさか術の研究時間に充てるためだったとは。極小チャクラじゃ修行することも護衛することもできない、その時間を割り当てるとはアイディア的に感心した。

 「あと……一ヶ月」

 視線を馬車の進路方向に向けたアゲハは、急な風に乱れた髪をかき上げた。子持ちとは思えない若々しい面差しに憂愁が影を落とす。
 もうすぐ一年。約束の期間が過ぎる。すぐ傍に刹那はいたけれど、分身に肉体的な成長は期待できない。どれだけ大きくなったか楽しみで、同時に『今』我が子を助けられないことが歯痒い。
 残る木の葉への道程は一ヶ月。ガラゴロとそれを消化する轍の音が、青空に吸い込まれていった。















 お茶をすする音が、昼の白亜邸を占領していた。むしろその音しかしない現状にシギは冷や汗。苦手克服用に貸してもらった幻術関係の書物もまるで頭に入らない。
 シカマルあたりが好みそうな爺むさい湯飲みを両手に抱えて、向かいの席で刹那はぼーっと中空を眺めている。たまに瞬きとお茶を飲むための動作がなければ、瞼を開けたまま寝ているかと思うくらい、まるで生気がない。

 「…………。……なあ、刹那?」
 「……」

 夢遊病者のごとき表情で刹那が茶をすすった。視線は怖いほど一点を向いたまま揺れない上、目の焦点がどこかおかしい。夜中に人形と目が合ってしまったような不気味さで、さっきから否応もなく鳥肌が立つ。
 その時救いの如く鳴ったチャイムにシギは玄関へ走った。瞬身まで使う全速だった。できるだけ同じ空気を吸いたくなかった。狂人と一緒に牢へ押し込まれたらこんな感じかも知れない。とにかく救われた思い。応対の声が上り調子になるのも仕方がないだろう。

 「はいはーいどちら様ですか、っと……お?」

 玄関先に珍しい顔を見つけ、少し驚く。チャイムを鳴らした少女は予想してなかった人物の応対に慌てた様子で。

 「あ……し、シギくん。こっ、こんにちは……! あの、ええっと…………。……ま、また今度来るね!」
 「待て引っ込み思案、頼むプリーズ俺を一人にするなーっ!」

 何の用で来たのかはともかく、自分だけが犠牲にされてはかなわんと哀れなヒナタ子羊を引きずり込むシギだった。










 「あーっと……で、刹那? それともナズナに何か用? 悪いけどナズナは留守だし刹那は今使いモンにならないぞ」

 無駄に広い白亜邸のそれでも掃除の行き届いている別室で、シギは勝手知ったる風に二人分のお茶を注ぎ羊羹を切った。ちなみに和室で、冬場にはこたつにもなる座卓の向こうでヒナタがちんまり正座している。

 「使いもん……って、なにが……?」
 「……知らん。つーか理由は俺が知りてえ。ナズナは三日前から行方不明だし」

 台詞の後半にお茶を飲みかけていたヒナタが噴いた。げほげほ咽せながら確認を取る。

 「……そっ、それ、本当っ?」
 「マジだよマジ。おかげさまで刹那の奴折れた苦無より役に立たねえし、何があったのか話そうともしないし」

 一昨日まではまあ良かったのだ。だが昨日の朝から見るからに様子がおかしくなり始め、今では悟りを開いた即身仏のごとき有様である。木の葉を丸ごと陥れた神算鬼謀は見る影もない。

 「……。アカデミーが休みで良かったね」
 「同意。まあ、普通に休み取ってたと思うが」

 その三日前からアカデミーは何故か全面休校体制が敷かれていたりする不思議。しかし里抜けした身でありながら未だ木の葉に留まるうちはの情報網は思っていたよりも生きており、下っ端にも含まれないシギでさえいくつかの情報を耳にできた。
 曰く、日向で何かがあった。
 曰く、それにカシワ商隊が関わっていた。
 曰く、雲隠れと警備体制がどうのこうの。
 まーた刹那が何かやらかしたのかと息せき切ってきてみれば、当時はまだ健在だった口八丁に流されあれよあれよと今の事態ができあがり。
 さすがに自分が不甲斐なく思うシギである。

 「……そういやヒナタは日向だったよな。それも宗家の。何か聞いてない?」
 「何か、って言うほどは何も知らないけど…………、せ、刹那くんが、父上との仲を取り持ってくれたことくらい……かな」

 名前を言おうとしてその顔を思い出してしまい、ヒナタは隠すように顔をうつむけた。日向当主な父親から好感度を上げてこいと送り出されたのが恨めしかった。……ナズナちゃんみたいなアピール……無理です父上。

 「…………ヒナタと日向当主の、仲立ち……?」

 カクン、とシギの顎が落ちていた。

 「うそぉっ!? 日向って昔から家庭事情というか親戚事情が雪の国より冷たい極寒状態って聞いてたのに! ヒナタの親ってヒアシさんだろ? どーやってあの頑固オヤジさんに仲良くしましょうなんて頭下げさせるわけ!? っつーかそれもだけどネジとの確執もどうにかしましたとかまさか言わないよな!?」
 「………く、詳しいね、シギくん……」

 呆気に取られたヒナタの目が丸くなり、我に返ったシギはげふんげふんと咳払い。

 「それはそのあれだ! うちって結構大っきい一族だから色々里の噂とか入ってくるの! そう、何もやましいところはないっ! 絶対!! OK!?」
 「え、う、うん。……おーけい?」
 「オーケイだ。よし、それでヒナタの用事って何? なあ」

 勢いで了解を取りそのまま話題を逸らすシギだった。ほとんど前世知識だから今のは非常に危なかった。ギリでセーフ、と胸を撫で下ろす。

 「今までヒナタがここ来たことないから多分知らないと思うけど、俺たち休日の昼間は大抵どっか行ってて留守なんだよ。運がよかったな。いや、悪いか? 刹那に用なんだろ?」
 「そ、そう……だけど。えと、私の用事はまたでいいから。でも……そっか、………ナズナちゃんあれから帰ってないんだ」
 「……なんか知ってるわけ?」

 問われたヒナタはもじもじと。また顔がうつむき、今度はシギも気づいた。微かに髪の間から覗く顔やら耳やら、見えにくいがなんか赤い。
 はて? と首を傾ける。

 「……い、言わなきゃ、だめ?」
 「だって刹那このまま放っておくわけにいかねーし」

 できることなら放っておきたいというのが本音。だが刹那にはうちはの一件で大きすぎる借りがある。約束もした。次に助けるのは自分の番だ。
 シギに促され、観念したヒナタはますます身を縮こまらせた。刹那に借りがあるのは、自分も同じだったから。

 「……その、ね。まだ決まってなくて……だから、返事を待ってる段階で……」
 「何の?」
 「……………………」

 蚊の鳴くような声で囁かれ、シギは身を乗り出す。





 「私と刹那くんの……こ…………婚………約………………」





 「……………………………………………………………………………………え?」

 あれは人生最大の衝撃だった。
 と、のちにシギは語る。
 そうして。
 シギのショックと比例するように白亜邸が揺れたのは、直後だった。














 コポコポコポ………。
 急須から、お湯を注ぐ。絞りきって出涸らしもない、白湯に等しいお茶を黙ってすする。そう言えばシギがいないな、とすり切れた思考力で思った。

 「…………ふぅ」

 小さく、吐息。空っぽの湯飲みを見下ろした。
 今の自分は、多分これと同じなのだろう。外側だけで虚ろな中身。どれだけ外面が立派でも、内面が伴わなければ無意味だというのに。
 体は借り物。心は仮初め。唯一なるは知識のみ。
 ふっと浮かび上がった言葉に、自嘲の笑みさえ出てこない。それはそうだ。空っぽなのだから。
 空っぽだから、いつも装っていた。けれど、

 「…………」

 せいぜい一日二日で帰ってくるだろうと、見越していた予測は、甘かったらしい。取り敢えず、眩魔が無事を確認しているそうだが、居場所までは教えてくれなかった。無事ならいいかと、自分も捨て置いた。
 三日前の朝。一人分も二人分も料理にかかる労力に大した違いはないと分かった。作り置きした。
 二日前の昼。貼り付かせている笑顔を保つ必要がないと気付いた。笑顔を消した。
 昨日の早晩。眠らなくとも疲れを取る方法を思い出した。要は脳が休めればいいのだから簡単だった。
 そして今朝。不意に思った。





 これじゃ、前と一緒だ.....





 何も望まず、何も思わず、要と不要に切り捨てる。無機質にそれを繰り返す。何が欠けてこうなったのか、と原因を探し求めるまでもなく、はつらつとした少女の顔が浮かぶ。今頃何をしているのか。蕎麦ばかり食べていないかだけが気がかりだ。栄養バランスが悪い。

 (……気がかり?)

 ≒心配、憂慮、心労、懸念、etc. ――つまり、自分はナズナを心配している?

 (……なぜ?)

 本当にいてほしい人間は世界にたった一人だけ。それ以外はただのおまけ。いてもいいけど、別にいないから困るとは思ってもいない。シギも、我愛羅も、カシワ商隊も、そして当然ナズナも。いつでも切り捨てられる側に置いている。捨てる際の、順番が違うだけで。
 役に立つから、捨てないだけで。捨てる必要が、ないだけで。

 (という、前提で)

 感情のままに突っ走る、少し力がある程度の子供なんか、要るわけがない。それが幼馴染みでも、邪魔にしかならないモノをそばに置いておく価値などない。
 不必要、なのだ。
 ――不必要、なのに。

 (心配、している)

 矛盾、だ。……矛盾、で。
 思考を、打ち切った。
 ループ、しないよう。
 考えすぎて、脳が焼き切れないよう。
 また、吐息。茶葉を入れ替えるべく、席を立ち。

 「っ!」

 ―――視線。
 ベランダの窓を振り返った瞬間、赤熱した何かが強化ガラスを溶け..破り、その穴から拳大の丸い塊が複数、床に転がる――前に、刹那は隣の部屋へ身を投げ出した。
 ヂヂ、と。火花の音が耳に鮮やかく。
 一瞬の滞空を挟む間もなく、かつてない威力の火薬が炸裂し、
 部屋を、蹂躙した。





 「よーぅ、生きてるか十九歳。あ、そろそろ二十歳だったか?」





 焼けた空気とガラスや調度の散乱する室内に踏み入り、燃えるように逆立ったその赤い髪の男は、開口一番馴れ馴れしくもそうのたまった。
 脈絡のない襲撃と襲撃者に、まるまる数秒思考停止に陥った刹那が、瞠目してその名を口にした。

 「ヒグサ……さん?」

 呼ばれた長身の男は、答えるように唇を歪ませ。
 反射的に、刹那のあるかなしかの生存本能が警鐘を鳴らす。
 それは、
 とても獰猛で、
 とても凶暴で、
 とても危険な、
 ―――狂笑だった。

 「個人的にちょいと焼きを入れに来たぜ。遊ぼうや、白亜刹那ぁっ!」

 手加減なしの、ただ焼き尽くすためだけの純然たる炎が、
 猛然と、刹那目がけて噴き荒んだ。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
更新、です!申し訳ないですけど前後編。後半は3月までに上げたいなと思っています。
……というか、前回のは少々内容が薄かったようで、つっこみどころもなかったようで、感想がたった二つという哀しさ。……やはり内容が伴わないと感想は貰えないかと猛省です。濃く書けるよう頑張ろうと思います。まあ、その分遅いですけど。


realさん、日向はほとんど終わりました。でもってまたヒナタ出てきました。どこまで原作と離れてしまうかはお楽しみにしていて下さい。

はきさん、ナズナのことに関してはこの回で理解いただけたかと。ヒグサは一発のつもりはないので、これからも出しますよ。




……そういえばリリカルの方が全然進まないですね。内容に詰まりました。……やれやれです。



[5794] 55 ココロノハナシ 【中】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2010/03/09 11:04


 「なんっ……だ、これ。何があった?」

 まさしく惨状だった。壁紙は焼け焦げ、テーブルは倒れ、壊れた小物や家具がが床に散らばる。つい十数分前にはきっちり整理され手の行き届いた部屋だったそれが、今やシギの前で足の踏み場もなく半壊。ところどころ繊維に燃え移っていた火を、慌てて消火した。

 「火遁……いや、爆発か? 外から起爆札か何かを投げ入れられた――って、ここの窓すごい頑丈に作ってあったはずなんだがどうやって……」
 「あの、現場検証より……刹那くん、は?」
 「……」

 部屋を検分しながらシギはリビングに繋がる扉の一つを指差した。ヒナタは差された先を目で追って、ポカンと口を開ける。
 そこは隣室でありながら、日が差していた。……天井から。
 窓でなく、その部屋の面積とほぼ同サイズの大穴から、真昼の光が燦々と。

 「…………。……えっと…………………雨が降ったら、雨漏りしちゃう……かな」
 「……漏るどころか直だと思うがな」

 微妙にずれた返答。……畜生やっぱカワイイ。ロリコンじゃねーけどカワイイもんは可愛い。

 (漫画じゃ好きなキャラだったし……。つーか婚約って何故に? ヒナタってナルトの嫁だろ? ……まあ刹那が介入したせいなんだろーが、にしてもこの歳で婚約まで行くか普通。……タラシめ)

 脳内でにこにこ年中笑顔をタコ殴りしつつ(現実には後が怖いからできない)、さておき、何か言いたげなヒナタを促した。

 「追わなくて……いいのかな……?」

 心配そうな顔で、しかし建設的な指摘。爆発か何かで家が揺れてから、十数秒も経たない内に息せき切ったのに、刹那の姿はもうこの家から消えているのだ。……まあ、五秒あればそれなりの忍者の足で百メートルは余裕すぎるが。
 追いかけたか追わせたか、どちらにせよシギも一応同意見ではある。あるのだが、しかし。

 (……どっちかっつーと、俺はこんな真似した犯人の方が心配なんだが)

 だって、相手はあの刹那だ。
 天才うちはイタチと戦って、傷らしい傷を負うこともなく勝利したあの刹那だ。
 心配する方が馬鹿を見る。
 ……と、普段ならそう考えたことだろう。

 (けどなあ……昨日からあいつ調子悪そうだったよなあ……)

 ヒナタの話からなんとなく―――本当になんとなく事情は飲み込めた。
 ナズナがその婚約だかの話を聞いたとして――感情的に突っ走る光景が目に見えるよう。

 (……何でそこでフォローしとかないんだよ)

 ……。
 …………あ。
 浮気がばれた亭主みたいなもんか。
 フォロー効くわけねー……。
 と、さっきから返事を待っているヒナタが目に入る。ポリポリと頬を掻いた。

 「あー……まあ、ヒナタの言う通りではあるんだが……」
 「あるんだが?」
 「……どっち行ったか分からん」

 大穴が空いてることからして、天井ぶち破って出ていったのは見た通り。
 だがこちとら感知タイプではない。キバやネジなら探し当てるのも楽だろうが……。

 「シギくん、……それなら、私が探せるよ?」
 「…………そうだな」

 例に挙げたネジと同じく。
 ヒナタもまた血継限界白眼の持ち主。能力は一律、望遠眼と全方位視野。
 写輪眼とは違い個人の差が低い分、全体的に能力が高いため、探索には打ってつけだ。……が、自分にも刹那にも事情がある。実力のことはできるだけ隠しておきたい。イタチの脅威が去ったとは言え、カブトは未だ里にいるのだ。
 芳しくない表情を見せるシギに、ヒナタは怖ず怖ずと切り出した。

 「あのね、刹那くんのことなら私……知ってるよ」
 「っ!?」

 ヒナタはざっと顔色を変えたシギに慌てたように付け加えた。

 「知ってるって言うか、この間の時、父上と真剣勝負してるの見ちゃったから……!」
 「せ……刹那は、何て?」
 「……黙っててほしいって、言ってた。騒がれたくないっていうか……特別扱いされたくされたくないっていうか……」
 「……」

 なるほど。
 自分のことは教えてないらしく、シギは小さく安堵。
 ……それはともかくとして。

 「何でまた、それを俺に言うんだよ。俺が刹那のことを“知らない”とは思わなかったのか?」
 「え……? だって、シギくんは刹那くんと修行してるんだよね? さっき休日は一緒だとか言ってたし……それに、私がそのことを口にした時、シギくん怖い顔してたから」
 「あっそ……」

 そういえば白眼は、洞察眼においては写輪眼をも凌ぐのだった。
 だからといってそれに類する知識がなければ……例えばネジが中忍予選でヒナタの表情を読んだようなことはできない。

 (……要するに俺の表情が分かりやすかったってだけかよ)

 そこが少しばかり面白くないシギであった。

 「シギくん?」
 「え? あ、ああ。それじゃ、頼んだ。刹那を見つけて何ができるとも思わねえけど、何もしないよりは多分マシだ」
 「……うん!」

 仄かに笑ってヒナタは頷き―――あーやっぱカワイイなぁ……と癒されるシギ。
 印を結んで発動される白眼は、千里の彼方をも瞬時に見透かし―――

 「……どうだ?」
 「うん……見つけた……けど」
 「けど?」
 「……あの、忍タマって言いだした人が……追いかけてるみたい」
 「……………………」

 え?















 (…………想定外の規定外以外の何物でもない事態)

 どこにでもいるような木の葉の忍びに化けた刹那の姿は、しかしどこにもいない架空人物。ピッタリくっついてくるヒグサを後ろ目に、撒くのは無理と選択肢を削除。
 着地と同時に方角を修正。並び建つ家屋を足場に木の葉市街を跳び越える。

 「ハーハッハッハッ!! なんだなんだ逃げ足速ぇなつれねぇなぁ! 逃げんなよぉっ!」

 どこの悪の大幹部だというように笑い上げ、ヒグサが小さな火の玉をばら撒いた。拳大の小さな火の玉だ。それが十幾つか、刹那を狙って降り注ぎ全弾が外れ民家の屋根を爆破した。

 「………」

 結構な悲鳴が聞こえたが、ヒグサは塵ほどもそちらに意識を割くことなく追ってくる。仮にも里の忍びが、里の建造物を無思慮に破壊してしまうのはどうなのだろう。

 「おいおい、テメェが避けるから屋根ぶっ壊しちまったじゃねぇか。どうしてくれるよ」
 「……この襲撃の意図を問う」

 チンピラが付けるような難癖には取り合わず、無感動な目で刹那が訊ねた。
 任務にしては動く忍びがヒグサ一人で、組織的行動が見られない。
 忍び個人の独断専行にしては、他の忍びが集まってこない。
 ならばそこにどのような理由と思惑が介在しているのか。気にならなければ謀略家の名折れだろう。
 名が折れるのを気にするような性格かは、ともかくとして。

 「襲撃の意図だぁ? 個人的に、つったろうが。俺個人が単にお前をぶちのめしてぇっつーだけだ」
 「仕合でも訓練でもない私闘は認められてないはず。誰も止めに来ないのが疑問」
 「……冷静だなお前。けどそりゃーあれだな。俺と違って部下は優秀だから、上手く事後処理してくれてるんだろうよ」

 事後というか、事中だが。その優秀な部下とやらはヒグサの読み通り、コトを穏便に済ませようと東奔西走四苦八苦。「あの破落戸上司……いつかコロス。殺してやらないと、気が済まない……」ぶつぶつと怨嗟の念を吐きながら各部署を走り回るうら若きくの一の姿は、誰もが一歩引くほど鬼気迫る表情だったという。

 「そう。しかし僕には戦う理由がない」
 「あってもなくても俺が戦うって言ってんだよ。素直に従え。肯定以外の返事はシカトすっからヨロシク」

 暴君だった。
 ジャイアニズムな。

 「にしても、何だお前その妙な口調はよ。これっぽっちも抑揚がねえじゃねぇか、ロボットかテメェは」
 「ロボットに心が宿るという話は、良く耳にするが」
 「あ?」
 「機械的な人間に心は宿るか否か」
 「――はぁ~? 人間に心が宿るのは当然だろうが。意味分かんねぇ質問すんじゃねぇ、よっ!」

 再びばらまかれた火球は、一秒前まで刹那がいた座標にぶつかり合い爆炎を咲かせた。
 バラバラの角度時間差で手裏剣が空を切り、ヒグサの腕が叩き落とす。もう用はないと言わんばかりに背を向けた刹那に、ヒグサは叫んだ。

 「お姫様は泣いてたぞ!」
 「――?」

 屋根を蹴りかけた足が止まった。その背にヒグサは続ける。

 「わんわん泣いててなぁ……何事かと補導してみたらカシワの子じゃねえか」
 「……」
 「ナズナって言ったか。あの子、“俺たち”とは違う普通のくの一だろ? 何があったか大体の事情は把握してるが、あの年頃の女の子は難しいぜ? 何で捜してやらなかった」
 「…………捜した。そして見つからなかった」
 「そりゃぁ嘘だな」

 刹那のセリフをヒグサは一刀両断する。

 「日向に縁があんだろ? 白眼で捜してもらえば十分と経たず解決だ。なのにテメェはそうしなかった」

 黙り込んだ刹那の背中に、問いかけた。

 「何故だ? おい」
 「………………………………」

 トン、と刹那が屋根を蹴る。一瞬舌打ちして顔をしかめたヒグサは、しかしその速さに満足した。
 逃げるでも振り払うでもない速度で駆ける刹那の跡を追う。一部破壊された町並みと文句を上げる怒鳴り声を置き去りに、辿り着いたのは演習場だった。
 三本の丸太に目を留め、軽く瞠目する。

 「ここは……」
 「第三演習場。一昨日、シギが使用申請を出していた。うちはの名で出したから、ここには誰も寄り付かない」

 変化を解いた刹那の言い分にヒグサは納得した様子を見せる。
 うちはの一件から約三ヶ月。事態は沈静化したとは言え、うちはは今やどう触ればいいか分からない腫れ物扱いだ。それも時間と共に解決するだろうが、余計な刺激を与えようとは誰も思わない。
 密談には打ってつけだろう。
 密談と言えるかはともかく。

 「赤蔵ヒグサ、そちらの疑問に回答する」
 「聞かせてもらおうじゃねぇか」

 能面のように無感情なまま、頷いた刹那は言葉を舌に乗せる。

 「捜索に必要性を見出せなかった」

 一言で口を閉ざした刹那をヒグサは辛抱強く待ち――それ以上何も言う気配がないのを察し、

 「あ」

 一拍溜め、空も割れよとばかりに大喝した。

 「っほかぁあああああああああああああああああっ!!!」
 「……!」

 あまりの大声に刹那が耳を塞ぐ。ビリビリと、大気が震えていた。

 「頭イイ馬鹿ってのは現実にいやがるんだなぁ! 知らなかったぜおい! もうテメェは処置なしだ、ふん縛ってでも嬢ちゃんとこに連行して頭下げさせっから覚悟しろっ!」
 「貴方には関係のないこと」
 「ハッハッハ、残念ながら大有りだっ! ――木の葉隠れ警邏隊殲滅執行上忍赤蔵ヒグサの権限を持って、不穏分子....を拘束する!」

 忍びの貌となったヒグサが、絶句する刹那に向けて洒落にならない豪炎を撃ち放った。















 急に隊舎が慌ただしくなり、ナズナは何事かと書物から顔を上げた。

 「なにがあったですか?」
 「ああ、いや……何というかだな」
 「どいてください。自分が説明します」
 「なにぃっ、どくのはキサマだ場所を空けろっ!」
 「うるさいですぞ! 私めが説明するに決まっているのですぞ!」

 やいのやいのそこのけここのけと終わらない口論に、ナズナがダンッ! と机を叩いた。

 「―――誰でもいいから、早く説明するですよ」

 据わった目で睨み付けられ、たかが八歳の少女の眼光に歴戦の忍びたちが震え上がる。
 良くも悪くも、刹那の教え(性格)はナズナの中に根付いているようだった。
 …………良くも悪くも。
 そして、数分後。

 「……俺のオアシスが、行ってしまった」
 「訂正してください。我々のです」
 「くぅっ……これでまた男だらけの毎日か……!」
 「……目から、汗が止まらないのですぞ」

 話を聞き終えたナズナは即座に隊舎を飛び出してしまった。後に残された男たちの嘆きが広くもない隊舎に木霊する。

 「……くの一の割合が少なすぎるんだよな」
 「それには同意しましょう。現在の数字では5:1を割るそうです」
 「たとえ恋愛対象にならずとも、いてくれるだけで癒されたというに……っ!」
 「それもこれも忍界大戦に九尾と続いて人口が減っているからですぞ……、特に私め共の世代が」

 ポツリと一人が言う。

 「いい女性ひと、欲しいなあ……」
 「…………」「…………」「…………」

 言葉にこそしなかったが、残る隊員も同じ想いを共通していた。

 「「「「…………はあ」」」」

 木の葉におけるカシワ商隊の拠点白亜邸で爆発事件があって騒がれてるというのに、ここだけはしっとり切ない空気が漂っているのだった。















 殲滅執行忍。木の葉警邏における、言わば鬼札。
 罪を犯した忍びを捕まえることができるのは、より優秀な忍びだけ。かつてうちはイタチは弟にそう伝えた。この場合優秀の意味は強さとイコールで置き換えられる。
 捕縛はただ殺すだけより難しく、殲滅執行忍とはその殺すためだけの忍び。時には追忍の役目を負うこともあり、戦闘力に限ればまさしく死神の如き死刑執行人である――。

 「そぉーらどうしたどうしたぁっ!」

 ヒグサの放った炎が舐めるように刹那の近辺を焼いた。余波だけで焦げ付きそうな熱量に、刹那は眼球の乾きを感じ目を細める。
 ……不可解だった。
 燃える物とてない地面が、しかし火勢を強める。牽制に投げつけた手裏剣や苦無はおよそ秒速で熔解されて、飛び道具がまるで役に立たない。
 熔解。そう、熔解――だ。
 家のガラスを破ったのもこれと同じと判断する。信じられない――というより、有り得ない熱量。
 何か変わった術かと、刹那は勘繰るのだが、

 「ほらどうしたよ! 俺の術に手も足も出ないかぁっ!?」

 再び炎を生んだヒグサから火線が走る。冷静にまだ無事な地面へと逃れながら、刹那はパズルのピースを当てはめる。

 「……それは、術じゃない」
 「んん?」
 「強いて言うなら、技。例を挙げれば、螺旋丸」
 「ハッ! こんな短時間で良く気づきやがったなぁ! ついでだから解説してやろう」

 ピッと立てた人差し指の先に赤々とした炎が灯る。

 「俺は、頭が悪い!」
 「………」

 無表情ながらもどこか冷たい視線で脇差しを構える刹那に、まあ待て落ち着けとヒグサは制した。

 「特に暗記科目は壊滅だ。おかげさまで術に必要な印が全く覚えられん。できて下忍レベルの簡単な術だけだ。いやぁよく上忍になれたもんだと自分でも不思議いっぱいだが」
 「推薦した人の神経が分からない」

 推薦者がいないと、上忍には上がれないシステム。
 まあそうだな、とヒグサは鷹揚に頷いた。

 「しかし、そんな可哀相なおつむでもチャクラコントロールだけはできるんだなこれが。そしてそれだけに全てを注ぎ込み極めてみた」

 ……極めたのか。
 そんな刹那の眼差し。

 「チャクラの形態変化と、性質変化。……見ての通り俺の性質は火、火遁だ。そして幸運なことに、チャクラ量には恵まれていた」 

 指先に灯っていた火がその大きさを増していく。チャクラの量に比例し、ヒグサの長身をも超える巨大な炎塊となり果てた。
 炎そのものよりも、尋常ではないチャクラ量に刹那は警戒心を強める。
 何気ない動作で、脇差しを収めた。

 「分かるか? 俺が、この力だけで上忍として認められた、その意味が」

 その実力以上に、指揮官としての適性が求められる上忍。
 無論弱者に務まる職ではないが、非常時には指揮も可能な人間であることが前提条件だ。
 それを、捻じ曲げた。強いという、ただそれだけで。

 「俺は馬鹿だがお前も馬鹿だ。馬鹿の意見なんざ力で捻り潰すのが俺の流儀だ。抵抗がそれで終わりならさっさと諦めて俺に捕まれ。なに、同郷の誼だ。悪いようにはしねぇよ」
 「…………」

 刹那は小さく、嘆息してみる。人格のオリジナルを真似て溜息する。これで何が変わるのか、よく分からない。しかしこういう時は諦観の念を吐き出すのだと知っている。だから、吐いてみた。
 被っていた人格が半ば以上吹き飛ばされているのが、自覚できた。
 ヒグサは冷静と言っていたが、頭が冷えているわけではなく、――むしろここ数日思考の続けっぱなしで茹だっているが――焦る、慌てるといった反応を、今の刹那は持っていない。

 (……頭の中がふわふわしてきた)

 脳が限界を超えると、視界が真っ白になって糸の切れた操り人形みたいに意識が落ちてしまう。妙な浮遊感はその前兆。
 それでも、考えることをやめられない。不穏分子扱いは気に食わないが道理でもあり(証拠はないが)、言葉の内容からしてナズナのところに連れて行くだけらしいけれど、それは無意味だ。
 何を話せばいいか分からない。
 こんな状態で話しかけられて、何て返せばいいのか。……脳が仕事を放棄する。
 どんな表情で、どんな言葉で、どんな感情で接すればいいのか。
 まるで、分からない。論理が、成り立たない。正答が、出てこなくて。
 二元論。1か、0か。イエスか、ノーか。その程度にしか、頭が働かず。

 「……拒否..
 「まだ手があるってか? ハッ、そんなら好きなだけぶつけて――」
 「拒否..
 「あ?」
 「拒否..
 「…………」
 「拒否..

 壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す刹那に、ヒグサは何とも言えない目を向ける。ふーむ、と顎を撫で、頭が悪いなりに考えて、考えて、考えて、考えてみて。

 「――めんどくせえ。取り敢えず、寝てろ!」

 二秒で思考放棄し、ヒグサは掲げていた炎を投げつけた。うちはの豪火球にも劣らない炎塊が矢の如く飛来する。
 俯きがちになっていた刹那がふっと顔を上げ、当たれば火傷ではすまない炎に無機質な眼差しを向けたかと思うと、手首のスナップだけで赤い塊へと苦無を撃ち込み――貼り付いていた起爆札が炸裂。
 急激な爆圧で、内側から炎塊を消し飛ばした。

 「ハハッ! なんだまだやれるじゃねえか! ――なあ!」

 ガッ、と背後から振るわれた脇差しを素手..で握りしめたヒグサが、爆散した炎を隠れ蓑に地下を潜行してきた刹那へ豪快に笑った。水色の瞳はそれに何ら反応を示すでもなく、しかし直後飛び離れるように得物から手を離す。――木製の柄が、メラメラと音を立てて燃え始めていた。
 火の性質変化――ヒグサが防御に集めたチャクラが、そのまま莫大な熱量に変じた結果。

 「お? 溶けねえなこのナイフ。いいモン使ってるねぇ」

 大概の武器をあっさり溶かしてしまう己の灼熱を浴び、赤くもならない短刀にヒグサは素直に驚いた。軽く興味が湧く。露わとなった茎に切られた銘をチラリと流し見て。

 (誰だ打ち手は……風花? はぁ? 何でここであの国の姓が出てくる?)

 前世現世問わず見知った家名に一瞬の当惑を表し――ヒグサはすぐにそれどころではなかったと思い知る....
 第三演習場に流れる小川の傍で、人形のように表情のない二人の刹那が印を組み終えていた。

 「水遁・水龍弾」
 「土遁・土龍弾」

 盛り上がるように大地と川がうねり形を作り、瞬きする間に龍と化す。
 長大な身を晒す二匹の龍を従えた、二人にして一人の忍び。
 鏡合わせの線対称に、並び立つ片割れへ片手を差し出し、三度結びたる印にて術を示す。

 「「【混合忍法・泥沙瀑龍弾でいしゃばくりゅうだんの術】!!!」」

 土の龍を水龍が呑み込み混じり合い、変貌した泥の巨龍があるはずのない声帯を震わせ咆吼し――地崩れの如く、ヒグサへと雪崩れかかった。

 (ヤッベェエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッ!!?)

 油断してなかったと言えば嘘になる――。
 事実、過信はしてなくとも己の実力に疑いを持っていないヒグサだった。いくら転生者でもこんな年端もいかない子供が、ここまで強力な忍術を扱えると誰が思うだろう。いや、思わない。
 先の大言壮語をちょっと後悔しながら、ヒグサは全力で身体の奥底からチャクラを溢れさせ、
 ―――赤い髪を、膨大な土砂が押し潰した。















 「(しっ、ししし死んだ? 死んじゃったぁぁぁっ!?)」
 「(おっ、おおお落ち着けヒナタっ! 腐っても上忍だし潰れても多分きっと上忍だっ!)」
 「(そ、そうだよね。……深呼吸、深呼吸…………)」

 シギの繰り出した意味不明な理論によって、なぜか落ち着きを取り戻してしまう二人だった。
 こんなのが名門の一族でいいのだろうか。

 「(刹那くん……忍術使ったら、こんなに強かったんだ……)」
 「(けどあれで打ち止めだと思うぜ。あいつチャクラ少ねーから)」

 ヒソヒソと二人は会話する。かなり離れた木の上にしがみついているのだが、なんとなく声を潜めたくなる空気がそこにはあった。

 (でもなんつーか……決め技出すには早すぎな気が)

 ヒナタは純粋にすごいすごいと憧憬の眼差しだったが、隣で眺めるシギの目には称賛よりも憂慮が浮かんでいた。
 相手が強力な札を切ってくる前に勝負を決めてしまうのは、戦術として確かに有効だ。しかし、刹那の戦い方にはそぐわない気がしてならない。
 強いて言えば後出しというか……敵が十なら二十の対策を立てて臨むのが刹那らしい戦闘法。万全を期した消化試合とでも呼べばいいか。今回は突発的だっただけに万事に備えるのは無理だろうけれど。
 それ踏まえても、何か違った。
 戦いの運び方が稚拙すぎる。出当たりすぎて、向こう見ず。後のことをまるで考えてないのが、端から見てて嫌と言うほど分かりすぎる。ヒグサが技巧派だったら、とっくに終わってるかもしれない試合運び。

 (手……出した方が良いか?)
 「―――あ!」

 自身と、刹那とを天秤にかけ、思い悩むシギの耳に素っ頓狂な声が届く。
 泥土に埋まった演習場の一角に視線を戻したシギは、具象した現象に頬を引きつらせた。















 ――ボコリ、ボコリ。
 地面が、泡立つ。蒸気が、昇る。
 泥の一分面積が、ボコボコと沸騰していた。
 一人に戻り、荒い息を繰り返す刹那の見る先で、赤くマグマのように沸き立った地面から浮かび上がるように頭を、肩を、胸を、全身を大気に晒し外傷一つ見当たらないヒグサの姿が、現れた。

 「おー痛つつ……こりゃ後であちこちアザになっちまうな」

 ……圧死してもおかしくない質量に押し潰されていたくせに、元気なものである。
 ヒグサはペタペタと身体の各部を検分し支障がないことを確かめると、刹那に向かって心からの拍手をした。

 「いや、凄ぇ凄ぇ。威力もそうだが術の発動速度が並じゃねぇよ。そこらの奴なら今ので終わってんな」
 
 ま、相手が悪かったっつーだけだ――。適当に、そう言いきってしまうヒグサの足下は、未だ赤熱した流体のまま。

 「気になるか? なぜ俺が火傷しない.........のか。服も髪も焦げもしないのか」
 「…………」

 否定はしない刹那に、ヒグサは種明かしする。

 「なーに、隠すまでもない単純な話だ。性質変化で生んだ炎は、イコール俺のチャクラそのもの。……だったら、熱伝導の向き......をコントロールしてやればいいってだけだぁな。オーライ?」
 「…………」

 気軽に口にしたヒグサだが、言うほど簡単ではない。精密なチャクラコントロールと、それだけの熱量を生み出す莫大なチャクラが絶対不可欠。
 全身をチャクラで覆うという、日向の回天にも似た使用法と発想がなければできない灼熱からなる絶対防御だった。
 我愛羅やサスケのそれと違うのは、近づくだけでダメージを負うということか。熱というのはただ在るだけで暴威となり得る。高温から低温へ、水が低きに流れるが如く熱は放射されるが故に。

 「……さて、もう満足か――って聞くのもいい加減ダリぃな」

 チロチロと燻る火の粉がヒグサを取り巻いた。煌めく炎塵は見る間に嵩を増し、炎で構成された大蛇がとぐろを巻くようにヒグサを包む。印も結ばず、チャクラの操作によりそれを成す。

 「さっさと――――諦めろ」
 「…………」

 そう言えばそんなセリフがあったな、と刹那の脳裡に連想が働いた。
 自来也の小説。さっぱり売れなかったという忍びの物語。諦めろと言われても、決して諦めないど根性理論。現在において長戸の、未来においてナルトの自意識に深く刻まれた忍法帖。
 思い出したから、というわけでもなく。
 それが最善手、と算じたわけでもないが。
 ……悪あがき、したくなった。

 「…………」

 ボンッ、と煙と共に現れた物体に、ヒグサは訳が分からず首を捻った。
 それは円筒形をしていて、
 よく冷やされていて、
 どこにでも売っている、
 ――――缶ビール。
 プルタブを引いて喉に流し込む刹那を止めなかったのは、もちろんそれにどんな意味があるか知らなかったからである。
 知っていたら、否が応でも阻止しただろう。
 ……今となっては遅きに逸しているが。
 カンカラコロ……。
 空き缶が手から滑り落ち、地面に転がった。一気飲みの姿勢で空を仰いでいた上半身が、バネのように戻り、

 「…………ヒック」

 ――――完全に据わった目の刹那(酔っぱらいモード)が、降臨めさせられた……!
 








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
続いて……しまった……!
前後編で終わる予定が……なぜか三部作……!
……なぜかも何もゆめうつつの見通しの甘さが原因でしょうが。そもそも二月中に載せるという野望(?)も果たせなかった……。
まーいーか(良くない)。というか今回もあちこちオリ設定が氾濫していたり。瀑龍弾は颶風水渦の術でまあアリじゃないかなと。
とにかく次後編で終わるのは確かです。ここで多かったから、次回は戦闘シーンあんまりないと思いますが。


シヴァやんさん、テコ入れ……まさしくそう!――と言いきれないのが日本語の難しいところ……。どうなるやらお楽しみにどうぞ。

realさん、ヒグサ強し。そこそこガチバトルも書けたかなと思う次第です。

はきさん、誤字修正いたしました。謝辞。……変魔の部分はちょっと書き直そうかなーと思っています。なんか、アゲハがはっちゃけすぎな気がして。それと、パーソナルデータですか……ゆめうつつ的第一部の終わりにでも載せるとしましょう。

んんん( ゜∀ ゜)さん、どうもありがとうございます。我愛羅との掛け合いはそのうちまた必ず出てきますのでお楽しみにしてください。

野鳥さん、感想お久しぶりですね。どうもです。……陰謀が少ない、というご意見ですか。そうかもしれませんね。何せ第一部の終わりが近いのですから。山場は越えています。……今は急峻な谷を降りているところです。過去話では多少、出せると思いますが、その時までお待ち下さい。



[5794] 56 ココロノハナシ 【後】
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:a1a10a1d
Date: 2010/03/23 12:09
 ――――一歳か、二歳か。
 小さい頃だから判然としない思い出の中でも、空の色を映した瞳はくっきりと覚えている。
 同い年のその子はいつも難しいことを口にしてた。死んでいるモノ、生きているモノ、存在しないモノ、存在できないモノ。とても信じられないような空想の物語を、面白おかしく話してくれた。
 幼心で好きになるのは自然な流れ。でも好きになっちゃいけないと、その子は見透かしたように。
 ヘンな男の子だった。同い年の癖して妙に静かで大人びてて。目の前で何が起こっても、優しい目をして微笑んでた。
 それが普通で、普遍で、変わらざる日常だと。
 信じて疑わなかった毎日の、ちょっとした手違いで。
 その子が、死んだ――――









 ☆     ☆     ☆





 完全に据わった目つき。ふらつく足取り。そして転がる――――ビール缶。

 (酔って……る?)
 「ヒグサさん!」

 ズビシィッ、と指を突きつけた刹那に面食らう。さっきまでと態度というか気配がもう百八十度。

 「な……なんだぁ?」
 「しょーぶです!」
 「……………………さっきからずっと勝負してるような」
 「どっか行ってください!」
 「どっちだよ!?」
 「しょーぶしながら消えてください!」
 「無茶言うなコラァッ!」

 ……怒鳴っておいてなんだが、酔っぱらいの言うことを真に受けていたら身が保たない。
 頭を抱えたヒグサは、ふ、と影の落ちた頭上を見上げると、身体を丸めた刹那渾身のドロップキックが降ってくるところだった。

 「きゃははははははははっ!」
 「のぅわっ!」

 経験が警鐘を鳴らし飛び退いたヒグサを掠め、溶岩の域にまで達しかかっていた地面を小さな足が押し潰す。
 その矮躯からして信じがたい衝撃が、演習場を揺さぶった。
 半ば液化した泥とマグマを貫き大地へ達した蹴撃は、そのまま円上の地割れを引き起こし流体を地の底へ呼び込む。
 さーっとヒグサの顔が半端に笑った顔のまま青褪めた。

 (つ……綱手様……?)

 怪力無双の綱手姫。……姫と呼ぶには憚ってならぬ、世の男共が敢えて話題を逸らす剛腕である。
 拠点破壊にこそ重宝されそうな刹那の体術に、ヒグサはその影を見戦慄す……!

 「ありっちゃありだが……いやありか? 酔って強くなるとかどこのカンフー映画だおい。反則じゃね?」
 「くっふっふふっふ~ん♪」

 実に楽しげな表情で鼻歌なんか歌う子供の姿にヒグサはげんなりした。なんだろうか、この、核ミサイル発射装置で遊ぶ幼児を見るような心境は。

 (……アレ?)

 何で平気なワケ?
 溶岩、踏んづけたのに。

 「ん~……んっ♪」
 「いっ!?」

 ゾリッ……と反射でスウェーしたヒグサの忍装束が、下からの逆袈裟で削られた。おシャカになった巻物の破片が飛び散る。それを腕の一振りで成した刹那は指先の螺旋を解きもせず、蕩けた酔眼でヒグサおもちゃを見定めていた。

 「ちょっ……ちょい待てっ! 熱くねぇのかお前っ!」
 「んふふ………ぜ~んぜん?」

 んなわけあるかぁ! と自分の熱圏内で怒鳴りかけたヒグサは、刹那が無造作に取り出した起爆札に言葉を呑み込む。が、離脱は間に合わずそのまま爆風に呑まれた。ゼロ距離で。当たり前のように刹那も巻き添えで。

 「っ……ぶほっ、げほっ……! じ、自爆とか、冗談じゃねぇっ!?」

 熱の壁で大半を無効化したヒグサが煙から飛び出し吐き捨てる。そうは言うが自爆されて煤けた程度にしか傷を負ってないのだから大概である。

 「ヒーグーサさんっ」

 呼ばれてギョッとそちらを見やれば煙の合間に刹那が立っており、

 「何で無傷っ!?」
 「なんでだろ~うなんでだろ~うっ!」
 「古っ、ていやいやそうじゃねえだろ俺!」

 完全無欠に刹那のペースだった。普段巻き込む側のヒグサが巻き込まれていた。
 刹那酒呑童子憑依形態、恐るべし……っ!









 ☆     ☆     ☆





 「……刹那くん、全然チャクラ切れる気配ないよ……?」
 「あっるぇー……? おっかしいな、修行の時はこれぐらいでもうガス欠だったのに……」

 謎は深まるばかりであった。









 ☆     ☆     ☆





 タネも仕掛けもございますのはずなんだよなぁ。近寄るだけで火傷するってことで体術封じて飛び道具溶かして、術の撃ち合いはチャクラ量で勝つってのが常勝パターン。それが、何だ? あっさり近付かれて体術勝負とか土俵違うんだよ寄ってくんなオラ。だから何で火傷しないんだテメェは。冷却? 耐熱? 知るかクソまだるっこしい悪ぃかよバカで忍者のくせに馬鹿で。どうせ偏差値四十切ってたよ短大にすら受からなかったよっつーかあ゛あ゛あ゛いい加減にっ……

 「しやがれっ!」
 「はえ?」

 気合い一発全身から炎を噴き上げたヒグサから、重力の存在を疑いたくなるような挙動でくるくると飛び離れた刹那。何でビール一缶でここまで酔えるのだろう。

 「くっそ苛々する……! 当初の予定じゃさくっとノして嬢ちゃんとこに連れてくだけだったってのに……!」

 ギリギリと歯軋りして湧き上がってくるのを抑えるのだが、如何せん刹那が強すぎる。

 「あははー……とうっ!」
 「おごっ!?」

 アッパーカット。
 真下から、気を抜いた一瞬で顎を打ち抜かれ、

 「ごっ……お、お……おぅりゃ!」
 「ぁうっ……!?」

 仰け反った体勢から反動付けたヘッドバックをぶち当て、刹那が斜め下にぶっ飛んだ。なんか可愛らしい声で呻かれたがこの際置いておく。
 多少ぐらついた視界で見やれば、むくっと何の痛痒もない様子で起き上がる刹那の姿が。額にアザすらなく、さっきの悲鳴は単に驚いただけらしい。

 「…………」

 ……あークソ。

 「楽しませるんじゃねぇよ……!」

 煮立った間欠泉の如く奥底から噴き上がる感情モノに押し流されそうな自分を自覚した。
 ひん曲がった口元を片手で覆い隠す。飢えた獣のようにギラつき始めた目は隠せない。視線を離した瞬間強襲されるのはもう体験済みだ。色々と無傷なわけも、今しがたのインパクトの感触で大体分かった。

 「あーあーあーあー!」

 殺せないのに、

 「―――殺したくなるじゃねぇかっ!!」

 ゴッ、と膨れ上がった殺気にやはり刹那は顔色一つ変えず、にこにこと、へらへらと。意にも介さない。

 「……くくく」

 ああ。
 愉しい...

 「………一発ぐらい、イイよな」

 空いてる右手に爆ぜた炎が、身をくねらせて密を増す。

 「一撃ぐらい、構わねぇよな?」

 引きはがした左手に渦巻いたチャクラを、身体の前に掲げた。
 弓引くように両手を構え、足は前後に広く落ち着け。

 「……そら、行くぞ」

 性質変化―――火遁。
 形態変化―――廻転。
 彼我の差―――約十歩。
 相変わらず笑みを保ったままの刹那が、ん?と首を傾けた。
 もう遅い。

 「――――【緋颶嵐ひぐらし】」

 高熱高密度の純然たる炎が掌中で廻るチャクラに衝突した瞬間、保たれていたチャクラの均衡が破れ風を喚び炎を吹かし炎は焔と化し、煽られた炎熱は風に従い水平への螺旋となり劫火の嵐として熱と閃光とを暴虐に均しく振りまいた。
 ヒグサを基点として、細い扇状に地面が抉れていた。数十メートルの射線には草木も含まれていたが、被害範囲の中で燃え尽きていない物は皆無だ。

 「……ハッ。ま、こんなとこだろ」

 焦げて用を為さなくなった片袖を引きちぎり、鳴りを潜めたヒグサの狂笑。

 「よーぅ、その術どういう原理か聞いていいか?」
 「…………………

 焼けていない物がない術の有効圏内で、冷めた刹那の苦しげな声が返る。片膝立ちで印を結んだ刹那を囲う水色の皮膜が、鮮やかく煌めきを反射していた。

 「それ..だな? さっきからテメェをガードしてたモノの正体は」
 「……」
 「黙りっこか。まあいい、んなもん興味もねぇしな。……けどま、さすがに限界だろ」
 「……」

 ゆらゆらと、皮膜が揺らめく。

 「なかなか楽しかったぜ。もう何年かしたら抜かされてるかもな」

 揺らめいた皮膜が、

 「だからまあ今日はもういい加減に……――っ!?」

 立ち上がった刹那の前で、球形に集束していた。徐々に、しかし明朗に、煌めきが光度を上げていく。
 即座に戦闘態勢へ移ったヒグサに対し、開いた両手で光球を撃ち出すように構えた刹那。能面のような顔が、無機質な言葉を紡ぐ。

 「【燎げ――」

 酒精も切れ、朦朧としていた刹那は、光球に肌で危険性を感じ取ったヒグサは、ともに気づかず。
 翻った鳶色の影を捉えた瞬間、刹那は口を開けた姿勢のまま凍りつく。三つ編みを躍らせて、その影は一瞬自失した刹那の腕を蹴り上げた。同時、昼間の太陽を塗り潰すような光輝が弾け―――消える。

 「ナズ――」

 何か言いかけた少年を意にもかけず、少女は返す刀でその顎に踵を引っかけ黙らせ両足で挟むようにもう片方を腰へ当て。
 後はコマ落としだった。
 冗談みたいな速度で刹那の小柄な身体が縦回転し、背中から地面へ墜落し、もうもうと土煙が上がり。
 起き上がってくる様子は、なかった。

 「「「………………………………」」」

 言い知れぬ沈黙が帳を落とす中、出現から二秒で刹那を沈めた少女は虫の息の少年にカツカツと歩み寄り、手に持っていた瓶を容赦なく口に突っ込んだ。

 「――――っ!?!!???!?!?!!?!」

 突然暴れ出した刹那を押さえつけ冷酷無慈悲に中身を喉へと流し込む。やがて抵抗も失せ、力無く垂れた手足の先がピクピクと末期の痙攣を見せる頃になって、少女はようやくあてがっていた瓶を外す。
 そのまま五秒待ち、十秒待ち、三十秒が過ぎた頃、首を傾げて少女は言った。

 「おかしいです。死人も蘇るという触れ込みだったのに全然効き目がありません」
 「ちょい待てナニ飲ませた嬢ちゃんナニ飲ませたっ!?」

 気炎を吐くヒグサに振り返ったナズナは両手を肩の位置に上げる。ふう、やれやれ。

 「これしきのことでいい大人がだらしないのですよ」

 これしき。
 片思いの相手を絶命させかかっておいてこれしき……。

 「むぅ~……やはりこっちを使うしかないですか」

 キュポッ、と新たな瓶を開栓したナズナに待ったをかける。

 「そいつはどこの怪しい露天商で買った薬なワケ? 素人が適当に調合したした薬なんざ目も当てられねえ効果になったりすんだがよぉ!?」
 「黙りやがれですよ誰のせいでこんなコトになってると思うんですか恥を知れです」

 誰も何も棚上げしてるナズナ自身のせいなのだが、大元をたどるとヒグサに原因がないとも言えず黙り込む。ついでに何故ここまで言われねばならんのだと小石をけっ飛ばす。
 今度は控えめに薬瓶を口元に当て、ナズナは眉をひそめた。

 「息止まってるですね」
 「嬢ちゃんホント何飲ませた!?」

 つーか何で落ち着いてんだぁ!? と暑苦しいヒグサを置き去りに、僅かな逡巡を見せた少女は、深呼吸して覚悟を決める。

 「ん……っ!」

 自ら薬の中身を呷り、やや乱暴に……唇を押しつけた。
 光陰が静止したような静寂が降り、静けさの狭間で少女は嚥下の音を聞く。
 ピクッ、と投げ出されていた刹那の指先が、動いた。









 ☆     ☆     ☆





 ぼやけた視界で真っ先に見つけたのは、どうしてかほんのりと赤い幼馴染みの険しい顔。身体が妙に重く気怠く、はて何があったっけ?と霧のかかった意識をたどる。……ビールの苦みまでしか思い出せない。

 「起きたですか?」

 一応、と頷きを返す。ナズナも頷いて、すっと立ち上がった。膝枕されていたらしいが即座に後頭部をぶつけて、そんな感覚はきれいさっぱり消え失せた。惜しい、と思うのは誰を真似た人格か。

 「あれ……? ヒグサさんは?」
 「あの不良放火上忍ならさっさとおっぱらいました」

 不良……はともかく、放火は的確かもしれない。起き上がる気力もないまま、寝転がった姿勢でふと思う。

 「何で……ナズナがここに?」
 「この三日間でつちかった人脈をフルに活用したのです!」

 ヒグサ経由だとしたら警邏隊だろうか。どことなく誇らしげに語るナズナは、けどすぐに表情を冷たくして。

 「ほかに、言うことはないのですか?」
 「…………」

 何があるだろう。何もないようで、たくさんある気もする。でも調子の悪い頭じゃ思い付かなくて、視線を逸らすと襟首をひっつかまれた。ナズナストップ、脳が揺れる。

 「ウソ吐いたらしばくですよ?」

 はぁ~、とナズナは握り拳に息吹きかけて、物凄く好い笑顔。なるほど、普段僕が見せる笑顔はこんな笑顔か、と埒もない感想。ダメだ、疲弊しまくった思考回路も逃げに入ってる。どうしよう。

 「……ナズナ」
 「はい♪ なんでしょう?」

 その口調こそ何でしょう。いやそれはどうでもよくて。

 「…………………………………ありがと」
 「…………お礼言われるようなことした覚えないのですが」

 本気で困惑したようにナズナは眉根を下げる。ぼーっとした無気力感で表情の変化を眺めながら、そういえば笑顔を浮かべてないのに気づく。それとなく微笑を造って、いきなり拳が飛んできた。

 「……痛い」
 「作り笑顔なんかするからです」
 「……意識落ちそう」
 「気力で耐えるぐらいのことはしてほしいです」

 本日のナズナは十割り増しに無慈悲だった。三日ぶりに会うとこんな感じなのだろうか。
 あ、そういえば。

 「ナズナ」
 「はい?」
 「こんにちは」
 「……………」

 グーを振り下ろすべきか迷ってる幼馴染みに慌てて付け加える。

 「今日は、まだ挨拶してない」
 「……なんでしょう、この山奥に生息する天然記念物みたいな会話は。みるみるうちに怒気その他もろもろがなえていきます」

 ……天然記念物って普通に天然とは何が違うのだろうか。
 やれやれ仕方ないですね、と言わんばかりに溜息したナズナは、やがて久し振りの笑顔を浮かべて見せた。
 こっちの方が溜息したくなる。どうやったらあんな自然に、笑えるんだろう。所詮作り物は作り物で、紛い物は紛い物。どれだけ精巧に真似たところで、本物には届かない。

 「一ついいコト教えてあげます」
 「……?」

 いつも僕が造るような含み笑いで、ナズナは言い放った。

 「今の刹那くんの顔、とてもキレイですよ?」

 ほら、と手鏡見せられる。けれど、そこにはちょっと薄汚れた自分の無表情が映ってるだけで、ナズナの言う綺麗がまるで分からない。
 なのにナズナは、とても嬉しそうに続けて。

 「全然これっぽっちも、ウソがありません♪」
 「…………そっ、か」

 深々と息を吐く。つまり、全てが杞憂だったらしい。
 被っていた仮面は嘘を見抜く幼馴染みに少したりとも通じていなかった。この分ではお母さんにも見抜かれてるかもしれない。もしかしたら、カシワさんや商隊のみんなにも。
 作り続けた笑顔に意味がなかったわけではないけれど。我愛羅の心の助けにはなっただろうし、新羅の商売にも役立っている。忍同士では表情を繕うことが普通すぎて、むしろ違和感なく駆け引きに使えた。
 もう一度息を吐き、いそいそと、改めて膝枕してくれる少女を見上げた。さっきぶつけてできたこぶが痛むのを我慢する。

 「嘘、嫌い?」
 「きらいです。でも、ムリしてホントのこと言わなくてもいいです」
 「怒って、る?」
 「刹那くんがムリしたら怒ります。ムチャしたらぶんなぐります。あしからず、です」
 「……ヒナタの、ことは?」

 すらすら出ていた返事が止まる。口ごもって、ナズナは揺らいだ視線を伏せた。何か言いたくて、言えない。曖昧な沈黙が横たわる。

 「正直言うと……フクザツ、なのです」

 やがて口火を切ったナズナは。

 「ちょっと前まで、アカデミーでときどき話すぐらいの仲だった子が……いきなりナズナたちの間に入ってきて……婚約話なんかが持ち出されてて。……刹那くんは結構その気ですし」
 「……まだ早い、って言ったような」
 「じゃあおことわりしましたか?」

 じとっと見つめられ、無言を通す。返す言葉もない。

 「いざ商隊のピンチというときに、ヒナタちゃんの家をたよることができるのはとても安心です。世の中にはぜったい大丈夫なんて言葉はありませんから。もしもカシワ商隊が、って考えると、刹那くんの答えはとても正しいと思うです」

 でも、とナズナは唇を噛んで。

 「きけんとか、安全とか。もしものときのホケンとか。大切なのは、頭では分かってるのです。……でも……でも、そうなると、ナズナの気持ちはどこにぶつければいいのですか……?」
 「………」
 「それに、刹那くんは……ヒナタちゃんのこと、好きですか……?」
 「………さあ」
 「……ふふ。その返事にウソはないのです。好きもきらいも、ぜんぜん分かってませんね?」

 分かってないというか、分からないというか。人間嘘発見器って厄介だなー、と心のどこかで。

 「さて、これがさいごのチャンスです。ナズナに、何か言うことは?」

 にや~っと意地悪く笑ってみせるナズナは、多分間違えたらまた家出しそう。
 言うこと……何か言うこと…………………何だろう。

 「はい10~、9~、5~」

 早いよ!?

 「4~、3~、2~」

 ―――そう言えば。
 ヒグサ、何て言ってたっけ……?

 「いち……」
 「――――ごめん」
 「………」
 「捜しに行かなくて………ごめん、なさい……悪かった……です」
 「……なんであやまってるか、分かってますか?」
 「………………いや、実は、あんまり」
 「はぁ~」

 これ以上なく呆れた感じに溜息された。

 「まったく、刹那くんは乙女心を分かってませんね。これじゃヒナタちゃんがむくわれないです。……でも、刹那くんの初めてをもらえたからよしとしましょうか」
 「えっ、と……?」
 「むふふー、ナイショなのです♪ 刹那くんのエッチ!」

 何故か頬を赤らめたナズナに突如突き飛ばされ、当然手を付く余力もなくて、あっさり意識が落ちていく。
 今日はまだ半日も過ぎてないのに、色んなことがあったな。何て思いながら。









 ☆     ☆     ☆





 気絶させてしまい慌てた様子のナズナを見下ろしながら、ヒナタは思い詰めた表情で。左胸のあたりを、握り締めて。

 「シギくん……私、あの二人の間に、入れるのかな……」
 「……さあ、な。俺には分かんねえことだよ。……自分の恋路にも片を付けられない俺に言えることは、ねえ」
 「そう……だよね。……あれ? シギくんって好きな人が…………シギくん?」

 たった今返事をくれたクラスメイトが、隣にいなかった。下を見てもどこにもいない。夢か幻のように、消えてしまっていた。

 (シギ……くん?)

 疑問を抱いたのも僅か。

 「ヒーナーターちゃぁーんっ!! そんなところで何やってるですかぁーっ?」

 いきなり大声で呼びかけられて跳び上がり、拍子に木から落ちかけた。

 「あっ、あぶっ、あぶ、あぶ……っ!」

 チャクラ吸着技術なんてまだ持ってないヒナタであった。文字通り必死になって枝をよじ登る。そこへ、

 「大丈夫ですか?」
 「ふぇ……?」

 幹に足裏を付けて直立するナズナに、片手を差し出されていた。思わず、といった感じで手を取り。はっとした時には引っ張り上げられていて。
 ……さっき刹那くんをやっつけた時もだけど。
 やっぱり、アカデミーのみんなとは違うんだ、ね……。

 「……ナズナちゃん。ナズナちゃんは、私が刹那くんと……婚約しても……いいの?」

 むすっと、苦い顔をして、でもナズナは怖ず怖ずと見上げるヒナタから、目を逸らさなかった。

 「…………刹那くんが、決めることです。でも、そんな約束にあぐらをかいてたら、ナズナが横から掠め盗っちゃいますから。略奪愛上等ですから」
 「……そんな言葉どこで覚えたの?」
 「この三日間、一生けんめいお勉強したのです!」

 えっへん、とふんぞり返る三つ編みのクラスメイト。一生懸命の方向性が違う、と恋敵に教えるべきかヒナタは悩んだ。
 結局教えないで、意識のない刹那をかわりばんこに刹那を負ぶってその日は帰った。で、その帰り道に。

 「ノーカンっ、あれは絶対ノーカウントだと思う……!」
 「いいえ! 刹那くんの初めてはナズナがしっかりちょうだいしたのですっ!」

 ……少女二人は友情を深めたようだった。









 ☆     ☆     ☆





 「―――ああ? 結果オーライじゃねぇか何で減俸になんだよ。……マンションの修理代? んなもんテンゾウ使えば経費ほぼゼロだろうが! ……なに? 白亜に払う迷惑料プラス慰謝料? 馬鹿言え危険手当としてこっちがもらいてぇぐらいだ!」

 無線機相手にギャーギャー怒鳴るヒグサ。やがてそれも収まり、

 「ちっ……まあいい。今度あのヤロウ強請ってやる。……あーあー、聞こえない聞こえない。じゃあそっちよろしく頼まぁ。……あ? 上忍推薦? もーちょっと経験積んでからな、しっかりやれよぉ? ……また後でな、紅」

 電源ごと無線のスイッチを切り、さて、と一度伸びをする。

 「うぉーい、俺に用があんだろが。今日もう疲れたからさっさと帰りたいんだがよぉ、話すんならさっさとしてくれ」

 声をかけた先、木の陰から現れたのはシギだった。

 「……一応、刹那の代わりに口止めに来た」
 「あ? ……ああ、もしかしてお前、一時期俺をつけ回してたうちはのガキか? ははっ、なんだお仲間じゃねぇかよ」

 シギが追いかけてるのを承知で逃げ回っていたらしい。甚だしく今更だが、苦虫を噛んだようになる。

 「その時のことはもういいんだよ。あんたは俺に会おうともしなかったし、うちはの虐殺は刹那がもう片付けてしまったからな」
 「あー、やっぱあいつの仕業か。なんとなくそんな気はしてたけどよぉ」

 初対面なれど、気心の知れたような会話。

 「口止めって……あの水色のチャクラか?」
 「俺も詳しいこと知らねえけどな。刹那自身の強さに関しちゃ、話す相手を選んでくれればいい。なんか日向ヒアシにはバレてるらしいし、火影も多分知ってんだと思うぜ」
 「そうかよ。ふぅん……まぁ、その辺の話はまた今度な。挨拶に行かされるだろうから、そん時話そうや」
 「……今度は玄関から来いよ」

 わぁーってるわぁーってる、とヒグサは踵を返しかけ、

 「……おっと、忘れるとこだった。あのヤロウにこれ返しといてくれ」

 言って適当に放ったのは、脇差しの刀身だった。くるくる回るそれを危なげなく掴み、ふとシギは眉根を寄せる。

 「風花……氷雪? 誰だ?」
 「知らねえか? まあテメェが生まれる前に死んだ雪の国の大名筋だから、無理もねぇか」

 ヒグサは肩越しに振り返り、

 「ナルトの映画は知ってるな? マンガはあんま読んでねぇけど、アレだけは年甲斐もなく見に行ったな。なかなかいい話だったぜ」
 「あんたの感想なんかどうでもいいんだが」
 「いやいやここが重要なわけだ少年。俺もカカシから酒の席で偶然聞いたんだがよぉ、小雪姫の父親、風花早雪には弟がいたらしい」
 「……風花ドトウだろ? 兄貴殺して雪の国乗っ取った。だからなんなんだよそれが……」
 「いや違う。早雪は三人兄弟....だった」
 「――っ!」

 凝然と目を瞠ったシギに、ヒグサはいっそ冷徹なまでに言葉を重ねる。

 「ドトウとは十歳離れた弟だったらしいが、まあ珍しくもない。けどこっからが核心だ。その三男は天才..で、機械に絡繰、刀匠としても有名だったらしい」
 「う……ウソ、だろ? だって、風花は二人兄弟のはずじゃ……!」
 「映画..ではな。ここじゃ違う。俺たちと同じ転生者か、はたまた別の何かか」
 「何かって……なんだよ」
 「俺が知るか。俺は馬鹿なんだ、テメェらで調べろ」

 言うだけ言って歩き出し、呆然と突っ立つシギにひらひらと手を振った。振り返らず、背中で語る。

 「気ぃつけろよ。この世界、もしかしたらナルトの世界じゃねぇ..........かもしんねぇぞ。……ま、気を付ける対象なんざあるかどうかも、わかんねぇけどよぉ」









 ☆     ☆     ☆





 「……つまり、万事丸く収まったのね?」
 『みてえだな。刹那は復調、ナズナとは仲直り、水鏡はかなり使ったけど衆目に晒されることはなし、だ』
 「あーもうっ、無用な心配かけるんだからあの子は! 今度お説教してやらないと」

 張り詰めてた糸が切れたようにアゲハは脱力する。昼の干し飯を膝に置いて、見張りをしつつの密談。

 『……アルコール摂取した時はどうなるかと思ったが』
 「それよ! 何であの子お酒飲んだらチャクラが増えるのよ。水鏡の体質ともあの人の体質とも違うし……何か知ってる眩魔?」
 『んー、俺の場合は見れば分かる』

 え、と珍しく意表を突かれた表情のアゲハに満足して。

 『知っての通り、刹那は感情が薄い。本人はないと思ってるらしいが、極端に薄いだけであるにはある。感情ってのは心、ひいては精神とイコールで結べる関係』

 つまりだな、と眩魔は鏡の中で賢しげに人差し指を立てる。

 『普通の人間はな、精神エネルギーが身体エネルギーよりも比較にならんぐらいでかい。だからチャクラを使い切る時、人間は生命力とも言うべき力を失い死に至る。精神力で、使い切ることを選択できる。――が、刹那は逆だ。均等に混ぜ合わせたチャクラを使えば使う程、精神エネルギーが減少していく』
 「……精神エネルギーがゼロになったら、どうなるの?」
 『だから普通有り得ないんだよそんな事例。人間ってのは感情で生きてる生物だ。仮に暗殺用に感情を排された奴でも、腹の奥に押し込め蓋してるだけでしっかりきっちり隠し持ってるもんなんだよ。けど、その仮定を有効とするなら…………良くて精神崩壊か心神喪失だろうよ』
 「え……でも、刹那お酒無しでチャクラ切れになったこと、数え切れないくらいあるはずよ?」

 ……ほとんど修行できりきり舞いさせたからじゃねえか。
 と、眩魔は胸中で毒づき。

 『刹那は機械的行動……組み立てたマニュアル通りに、心の動きと関係なく行動可能だ。そもそも、崩壊する程まとまった精神がねえ。喪失も同じ』
 「? だったら心的要因で体調が不良になるのもおかしくない?」
 『―――ストレスだよ。心的負荷。より正確には、自分の中で規定した優先順位や価値観の揺らぎによって生じた葛藤……。精神が少ないからこそ、自己を形成する芯そのものがぶれた時の影響は甚大なんだろうよ』
 「でもさっき崩壊はしないって――」
 『空っぽの容器に外からの刺激で揺れる物があるのか?』

 チャクラを使い切った時、精神エネルギーはゼロ。揺れるべき中身がない。
 しかし平時においてのストレスは、水たまり程の容積もない刹那の心に激震を起こして余りあった。

 「なるほど……お酒を飲むとその辺のたがが外れて、精神力が普通になることでチャクラが増えていた」
 『増えてたというか、元々持ってる身体エネルギーをチャクラとして使えるようになった、だな』
 「……さすが眩魔ね。心の話をさせたら右に出る者はいないんじゃないかしら」
 『年季が違うっての年季が。けどまあ、勢いで【秘鏡之三】を使いかけた時は本気で寿命が縮んだな。あれは、ない。ナズナに感謝』
 「今度とびきりのプレゼントしないといけないわね……。それと確認なんだけど、刹那の使った忍術の混合は【水】と【土】で間違いない? 【水】と【風】じゃなくて」
 『ああ間違いない。良かったな。風遁混ぜてたら、ができあがってたところだ』

 ふぅ、とアゲハは額に手を当てる。

 「何で残り一ヶ月切った頃になって問題が山積してくるのかしらね……。頭痛がするわ」

 親の心子知らず。さりとて刹那が持つ心の悩みをアゲハが真に理解できる日は来ないだろう。

 「貴方なら……分かってあげられたのかしら。ねぇ、タヅサ?」

 今は亡き夫を思い、美麗なる未亡人は空を仰ぐ。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
途中に☆を入れてみたゆめうつつです。読みやすさとかどうでしょう?
感想返信いたしました。感想掲示板でどうぞ。
……読み直しと修正を入れましたが、色々説明がたりてないな~と。ヒグサの火遁とか、ナズナの嘘発見能力とか。でも説明入れるとテンポが悪くなる……どう文章に混ぜていくかが鍵。
いつかスニーカーやら電撃やらにオリジナルを投稿してみたいゆめうつつとしては、試行錯誤が求められる問題点ですね。



[5794] 57 あくまでこれは日常
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:80c1420b
Date: 2010/04/23 13:20



 昨日は疲れた。……肉体的にも精神的にも。
 家に帰り着いた時点で義務的に目を覚まし、待機していた警邏の人と二言三言。主にマンションの修繕の話で、一応外から塞ぐだけは塞いだとのことだ。壁や天井の塗り直しなどはまた後日。木遁秘術をこの目で見られなかったのが、残念と言えば残念だけど。
 ……無闇に踏み込まれてたら、命の保証ができなかったかも。
 火事場泥棒するような人間がいなくてよかったなと思う。貴重品や機密に類する物には封印系のトラップ仕掛けてたから、下手すると死体すら残らない。

 「……ふぁー……あ」

 大あくび。ちょっと寝過ぎた感じ。でもこれぐらいでいいのかもしれない。
 朝の日差しにらしくもない寝ぼけ眼をこする。大きく伸びをしながらベッドから抜け出た。

 「……今日、アカデミーあったっけ」

 疲労はすっかり取れてるはずなのに、眠い頭はしぶとく労働拒否のストライキ。まだ寝足りてないのだろうか。
 この三日食生活が荒んでたせいかも……なんて考えながらリビングへ起き出し、

 「………れ?」

 部屋の扉を開けた瞬間漂ってきた異臭にまず毒ガスを疑った。何の理由もなく毒ガスかと思う程きつい匂いだった。脳髄を直撃した刺激臭にくらっと倒れかかり、扉の端を掴んでどうにか立ち直る。

 (び……BC兵器……?)

 ともあれ、寝間着の袖で口と鼻を覆いつつ、眼球にまで刺激してくるため目を細めながら、そろそろと臭いの発生源へと進み、辿り着いた先は―――



 「あっ、あっ、焼けちゃう、焼けちゃいます! 刹那くんの朝ごはんが―――っ!」



 「……………………」

 キッチンにて、食材のなれの果てと悪戦苦闘する幼馴染みの図。
 悪戦苦闘も何も、勝手に自滅しまくってるだけな気もするけれど。
 刹那は黙って、換気扇のスイッチを押した。









 ☆     ☆     ☆





 有害物質に溢れた空気は換気扇と軽い風遁でまともなそれと入れ替わり、焦げ付いた生ゴミを少々処分したダイニング。キッチンの方角からトントントンっと小気味よいリズムが奏でられるのを、ナズナは床で聞いていた。

 「ううぅ……刹那くんごめんなさいです。もう勝手にキッチン使いませんから助けてください……」
 「ダメ。しばらくそのまま」
 「あぅ……ウソがない分ダイレクトに言葉のトゲがささります……チクチクします」

 床に転がったまま嘆くナズナの手足は、さながら前衛芸術のごとき角度で曲がってしまっていた。お仕置きに外された関節を一人で治せないナズナは、だから関節嵌めてと切に訴える。

 「がんばったのに、疲れてる刹那くんのために必死で朝ごはん作ろうとしてたのに……!」

 しくしくしくしく。さめざめ。
 流れた涙が小さな水溜まりを作る頃になって、平皿を両手に持った刹那が横に立った。現金なもので、ナズナはパッと表情を明るくする。

 「今朝は、サンドウィッチ」

 とても淡々とした口調と表情は、昨日から。色んな嘘で取り繕うことをやめた刹那の、素に最も近い言葉と顔。
 とても、綺麗。
 だから、嬉しい。しっぽがあったら千切れるぐらい振ってるところ。
 偽りなく虚飾なく、ただ心地がいいだけの言葉よりも雄弁に、“近く”なった証拠。
 心の距離がずっとずっと、近い。それでもまだ、遠い。
 つい最近、遠いだけで平坦だった道のりに、手ごわい障害物も現れたことだし。
 ここで満足してはいけないのだ。油断は禁物。いつだったか制作した絶不評の闇鍋の如く、甘い見通しではいけないのだ。
 そんな思いも新たに、お皿の上で並ぶサンドウィッチにナズナのお腹がぐぅっと鳴る。そして刹那は片方をテーブルに置き、もう片方をナズナから少し離れた床に置いて、
 何故かそのまま椅子に座ってしまう。

 「せっ、刹那くん!? あのあの、関節はめてほしいのですよっ?」
 「ダメ」

 ノータイムで、サンドウィッチをモグモグ。
 まるで見せつけるようにごくりと嚥下。
 漂ってくる芳醇で新鮮な香りと、普段なら手に届くはずの距離にあるじれったさが、ナズナの食欲中枢を痛打する。

 「うん。美味しい」
 「あ、あああっ……」

 悲痛に呻いたナズナがもぞもぞ動く。お預けを食らったペットの気持ちが今初めて分かった。

 「こ、これじゃ食べられないですからはめてください刹那くんっ!」
 「…………」

 シカト。
 香ばしい匂いだけがナズナに届き、お腹がぐぅぐぅ食欲コール。

 「おっ、鬼です、キチクです! こんなゴクアクヒドウなまねをするなんて、刹那くんの人でなし―――っ!」
 「………」

 刹那は取り敢えず口の中の物を呑み込むと、

 「人でなしって……うん。よく知ってるけど、それが?」
 「っっっ………!!」

 事も無げに今さら何を言うのかと不思議そうな顔で肯定され、反論に詰まったナズナを置いて食事は進む。
 結局五分ほどで許されたナズナは、再び椅子に着こうと背を向けた刹那に全力で後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
 勿論、あっさりと躱されたが。お返しとばかりにジャムパンを取られそうになって慌てて防御。隙を突いて卵サンドを奪おうとし、バチッと弾けた小さな雷鳴に全力で手を引っ込める。
 微妙に食卓を戦場と化しつつ、朝の空気は和やかに過ぎて行った。
 ……性質変化のチャクラが飛ぶ食卓を和やかと呼んでいいのかという命題は、横に置いて。









 ☆     ☆     ☆





 「最終的に、ベーコンサンド半分取られたのですよ……!」

 ナズナはテーブルを叩きやってきたシギに向かって刹那の非道を切に訴えた。
 斜向かいに座りながら、シギは呆れ返った声で返す。

 「……昨日の今日だってのに、元気だよなお前ら」

 というか、訴えられても困るのだが。自分の命運は刹那に握られまくってるので。
 ともあれいつの間にやら元通りの見慣れた光景。ケンカするほど仲がいいという事例をこれまで実践する様子はなかったが、いろいろと心境の変化があったのだろう。
 ……特に、刹那。
 食後のティータイム――にしては少々長いか。ティーカップ片手に、ゆるゆると流れる今という時間を楽しんでいるように見えた。飾り立てた笑顔はなりを潜めほとんど無表情に等しいが、微かに弧を描く口元はたぶん笑っている……のだと思う。

 (……自信ないけどな)

 意味もなくスプーンで紅い液体をかき回し、口へ運ぶ。相変わらず憎らしいぐらい美味くて眉間にしわを寄せた。お茶の心得はないくせして、何でこの腕なのか訳が分からない。刹那曰く、計算らしいが。

 「なあ」
 「ん?」

 紅茶を口に含んだ対面の刹那に向かって、

 「ヒナタと婚約したって聞いたんだが、マジ?」

 ぶっ! と赤い液体を噴き出したのは刹那……ではなく、不運にも同じく飲みかけていたナズナだった。被害報告するとテーブルの一部が赤い飛沫に汚染。その様子にもまるで動じず、涙目で咽るナズナをフォローするでもなく、刹那は布巾を差し出す。

 「汚い」
 「はぅっ……!」

 あまつさえ止めを刺す。ナズナの乙女心にぶっとい杭が突き刺さった。
 淡々と言葉を飾らない分容赦もないNew刹那である。一瞬で大層なショックを受けた少女が萎れていく様に、シギは冷や汗。あれは己の未来かもしれないので他人ごとでは決してないのだ。

 「……な、なんか、ナズナに厳しくなってないかお前」
 「自分でいろんな判断を下せるようになったみたいだから、甘やかすのやめた。状況からあの秘薬を持って行くべきと考えたのが決定打。もう下忍じゃない」

 刹那の中でナズナを中忍扱いすることが決まったらしい。……そのあたりの判断基準は、えらく高いようだが。今年の卒業生全員が束になっても多分ナズナに勝てないし。
 心の中で合掌しながら、シギは昨日の光景を思い出す。

 「……無茶苦茶怪しい薬だったよな、あれ」

 口移しで……という事実は微妙に睨んでくる少女の手前、言わないでおく。この鳶色おさげ幼馴染キャラは、刹那という腹黒チートに師事してるせいで異様に強い。
 転生者という精神年齢おっさんの意地でさすがに負けたことはないが。……負けたら多分枕を濡らしそうで。

 「あの薬、効用は確かだけどちょっと問題があってね……」

 忍者の秘薬は万能ではない。効果が強いほど副作用も相応に強く、きつい。
 抗がん剤を思えば分かりやすいか。しかし絶対とは言えないあれと違って、基本的に秘薬は効果が確実に出るのでいくらか優秀かもしれない。
 ソーサーにカップを戻した刹那は憂鬱気に続ける。

 「うちの先祖が大昔に偶然作り上げたらしいんだけど……材料が大変なんだ」

 材料? と首を捻ると、刹那はゆっくり頷いた。

 「薬効はチャクラの劇的な増加と肉体の回復促進。いくらなんでも臓器の全損とかは無理だけど、大抵の致命傷なら八割方蘇生できる。しかも副作用がない」

 凄まじい効能だった。というか破格すぎる。

 「でもあの薬……いんだ」
 「え?」

 聞き返すと、刹那は無表情にもどこか沈痛なものを混ぜて、答えた。

 「高いんだ、材料費が。一回分作るのに五千万かかる」
 「……………………………………うぇえっ!?」

 円……なわけなく単位は両だから、日本円で時価五億……!
 素っ頓狂な声を出してしまったシギをだれが責められよう。効果が効果なら値段も値段。破格に過ぎて、むしろ原価割れだろおい!
 ――そう、忍者の秘薬に万能完璧などないのである。
 ……ちなみにSランク任務の報酬が一回数百万である。

 「う……何なのですかその目は」
 「いや、豪快だなあと」

 正直自分じゃ使いどころに迷って手遅れになりそうな予感。

 「ううぅ、分かってます、分かっているのです! ナズナだってできることなら使うのではなく売りたかったです!!」
 「おい」
 「ですが……刹那くんの命には換えられないのです……」

 どこまで本気か分からない言葉の後、悄然と肩を落としたナズナから本音が出てくる。

 「俺も刹那に死なれると困るしな……お前今度からもうちょっと自重してくれ頼むから」
 「相手がシギくんだったら天地がひっくり返っても使いませんでした……」
 「よし、ちょっと表出ろナズナ。見解の相違をそろそろ正そうじゃねえか」
 「きゃーだれかたすけてせくはらぼうかんあっきらせつなへたれがー」
 「棒読みだからって何言っても許されると思うなよテメェ!?」

 バチバチと火花を散らし、互いの存在意義的な何かをぶつけ合おうとしたところで、出し抜けに凄絶な殺気。

 「―――僕、今日は動く気分じゃないんだけど?」

 風遁のチャクラを練り込んだ千本が、絶対零度の眼差しとともに二人の額を照準していた。

 「……はい、すみません」
 「ごめんなさいです……」

 無条件降伏はきっと世界一正しい選択のはず。
 玄関のチャイムが鳴ったのは、そんな時。










 ☆     ☆     ☆





 「っだぁああああああああああああっっっ!!!」
 「つ、綱手様、近所迷惑ですよもう真夜中なのに!」
 「知るかっ! 酒を買う金もないんだ負けた腹いせに叫ぶぐらいせんで気が晴れるかぁっ!」

 肩で風を切るように歩く綱手の後を、オロオロしながらついてくシズネ。
 雷の国の首都、群雲においては既に見慣れた光景と化しつつある。

 「……どうするんですか。せっかく帳消しになった借金、また雪だるま式に膨らんでるんですけど」
 「ちっ……仕方ない。また新羅の奴にたかるか。……ああ、ついでに酒が出るとなおいいな」
 「…………あの人綱手様が持っていった額きっちり計算してますよ? 良心的ですけど、利息込みで」
 「何だと? あのガキ魅惑香の安全保障をしてやった恩を忘れやがって……!」
 「いえ、お代としてそれ以前の借金白紙にしてくれてますけど」

 冷静に指摘すると、ふと真顔に戻った主が視線を向けてくる。

 「……シズネ、良心的な利息なんて裏情報……誰から聞いた?」
 「へぅっ!? そ、そんなことどうだっていいじゃないですか!?」

 突然取り乱した付き人に、得心のいった綱手は意地悪な笑みを浮かべた。

 「ははぁ……さてはあのツムジとかいう新羅の側近だな? そうかそうか。お前にもやっと春が来たか」
 「ちちち違いますよっ! ツムジさんとはそういう関係ではなくてですね、お互い大変な主人を持った気苦労を分かち合う間柄と言いますかっ!」
 「ほーぅ、大変な主人ねぇ……」
 「っ!? ごごっ、ご誤解です! 今のはほんの言葉の綾で!」
 「いいさ。分かってるさ。どうせ私なんか付き人に苦労をかけるしか能のない借金女王さ」
 「つ、綱手様ぁ~……」

 危うく涙目になるかというところで、綱手は微笑一つ、溜飲を下げる。
 と、その目が刃物の如く鋭く光り、闇の奥へと注がれる。一拍遅れて、シズネも気づく。

 「誰だ!」

 誰何は厳しく、それだけでビリビリと肌が震えるよう。
 数瞬の間を置き、警戒の眼差しが向く先で、闇夜から滲むように人影が浮かび上がった。
 その面立ちに綱手は目を細める。その赤い双眸にシズネは目を見開く。

 「……現役を退いたとは言え、伝説の三忍とまで謳われた私の前に顔を出すとはいい度胸だ。木の葉からもお前の一族からも、手配書が回っているぞ」

 ――その才、若くして至高の頂に手をかける。
 齢十三にして暗部の分隊長へ昇りつめた鬼才。
 一族の歴史においても五指に入るだろう天才。

 「―――うちはイタチ。木の葉から遠く離れたこの街で、なぜ私の前に姿を現した……?」
 「…………」

 沈黙したまま、赤い雲の紋が彩る漆黒の衣にイタチは手を差し入れた。
 ザッ、と綱手の前に出て、シズネもまた袂に手を忍ばせる。一挙手一動を、綱手は睨み。
 今にも弾けそうな緊迫感の中、イタチがそれを取り出した。










 「―――督促状だ。新羅から預かってきた」










 「「……………………………………はぁ!?」」

 ホー、とどこかでふくろうが鳴いた。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
う~ん、落ちがイマイチ。それと私生活が忙しくなったので、今後の投稿が危ぶまれるゆめうつつです。今回少しグダグダな回。タイトルもちょっと思いつかなかった。


はきさん、以前酔っぱらった時シギはいませんでしたよ。ナズナは熟睡中で、目撃したのはアゲハだけです。……チャクラの脳内物質がどうとかですが、この世界、実際に魂があるのでその線はなしということで。精神エネルギーは魂から吸い上げる力という認識で一つ。

シヴァやんさん、やー、幻術は効くと思いますよ? あれは外からの同調操作ですから。それと、ナズナの認識は多分それぐらいで合ってます。

jannquさん、チート気味に書いてみましたよ~。ノーカン議論は気の持ちようとしか言いようがないですよね。

トネさん、……まあ露店で買った劇薬ということで。ヒグサは強めの設定で。


あー、次がいつになるか全くわかりません。あらかじめ宣言しておきます、申し訳ないと。



[5794] 58 伸びる糸
Name: ゆめうつつ◆27410725 ID:47fdd84c
Date: 2011/03/16 12:04
 <木の葉白亜邸にて>


 「お茶なのですよ」
 「おうサンキュー嬢ちゃん」
 「ヒグサさんのは青汁が隠し味」
 「健康的でえらく苦そうだなおい!」
 「……先輩、みっともないので騒がないでください」

 悩ましげに吐息を零すくの一。会うとは思わなかった人物の登場。

 「けど紅よぉ、青汁はどうかと思うぜ? 七味ならまだしも……蜂蜜でもいいか」
 「極辛党かつ極甘党という矛盾嗜好を暴露しないでください。警邏隊の恥です。赤っ恥です!」
 「はっはっは、俺の名前も髪も赤いからなぁ! うまいこと言うじゃねぇかおい」
 「そんなつもりはこれっぽっちもありませんっ!」

 コントなのか漫才なのか、その定義はさて置いとくとして、朝っぱらから珍客二人。
 ヒグサはともかく、夕日紅。現在中忍。何でいるんだろうこの人。
 とりあえず家に青汁は置いてなかったはずなので、ヒグサの湯飲みを掠め取りさらさらと白い粉を注ぎ、ご返却。

 「……刹那。何入れた今、ナニ注いでくれやがった」
 「本能を活性化するクスリということで一つ」
 「…………薬の発音がおかしかったような気がするぞ」
 「(刹那くん刹那くん、それってたしか農家に届ける家畜の繁殖用の余りじゃなかったですか?)」
 「(しー、ナズナ黙ってて。地位も力も名誉もある人間がどのようにして社会的立場を失うかの実験だから)」
 「全部丸聞こえの上モルモット扱い!? つーかそんなんやりてぇなら自分で飲め! 八歳の身で二次性徴して見やがれこんのサディスト!」
 「子供になんてこと言うんですか先輩!」
 「こいつは餓鬼であってガキじゃねぇんだよ! 子供扱いしてたら逆に喰われんぞ!」

 ぎゃーぎゃー勝手に言い争い始めた上忍と中忍。はい仲違い完了。扱いがどうの言ってるけど、こっちからすると扱いやすくてたまらない。

 「久々にお前の恐ろしさを味わった……!」

 こちらも勝手に戦慄してるシギ。どうでもいいか。

 「それで、何しに来たんですか。夫婦喧嘩なら犬塚でやってくださいよ? 餌にならないって殴られますから、多分」
 「今の発言には重大な過失があるため撤回願います、白亜の方。こいつとはただの上司と部下の関係であってええでなければとっくに闇討ちしています」
 「うぉい、上司こいつ呼ばわりかよ」
 「何のことでしょう先輩。いつの間に耳が老化始めたんですか。いえ、老朽化でしょうか」

 バチバチと一方的な敵意が飛んでいる。最後には人扱いやめてるし。
 んー……夕日紅ってもうちょっと穏やかな人だった記憶が。……ストレスかな。
 ヒグサはヒグサでおちょくってるだけ。まあそんな重要人物じゃないし、心的過労にはしばらく耐えてもらおう。

 「今日伺ったのは、昨日の一件についてこちらの対応が決まったからです」
 「早いね」
 「白亜との、ひいては柏との関係悪化は木の葉としても望むところではありません」
 「……今思ったけど何で敬語なの?」
 「柏の代表と思って話をせよとのお達しですので」

 ふーん。これでも商隊の中じゃ計算係と護衛役ってだけなのに。
 装丁の小奇麗な公式文書らしき巻物が取り出されて、テーブル越しに渡される。
 めくって見ると、いろんな数字と謝罪文のあれやこれや。

 「火影様が直々に足を運ぶとまで仰られたのですが、多忙の身でこちらまで手が回らず……」
 「ああ、雲隠れとの外交交渉だね。まあシラを切られたら難航もするかな。……首都の経済と治安が安定してきたのもあっての作戦決行だったんだろうけど、最悪の最悪で木の葉との全面戦争も見越してたかもね」
 「……は?」
 「実際動いた人員に特上未満はいなかった感じしたから、一応は本気で狙ってたと――……なに?」
 「いえ……その」
 「よぉ、なんか見てきたように話すじゃねぇか。え? ホントに八歳? 変化じゃなくて? ……ってなところだろ、なぁくれな」
 「チェスト」

 どぐっ、と鈍い音。
 ヒグサの脇に肘鉄を叩き込んだ紅は、机にうずくまる上司に目もくれず咳払い。
 ストレスというか、ヒグサの性格に染まってるような。

 「何? 雲隠れとなんかあってんの?」
 「……シギ、この世には知らなくてもいいことが」
 「オーケイ、やばそうだから話すな」

 知ったところでホントは何の害もないけれど。

 「コホン……話を戻しますね? そこにある通り、木の葉からは賠償金の他、公的な謝罪の場の用意、また赤蔵ヒグサ上忍の謹慎処罰なども用意しており――」
 「ん、全部要らない」

 轟、と手の中でチャクラが燃え上がり、巻物を灰と散らした。

 「……な……」
 「不要だよ、こんなの」

 愕然とした面持ちの紅に告げる。

 「赤蔵上忍が僕を襲った理由はこちら側にある。言うなれば僕の不始末で、自業自得。そこに何ら怨恨も理不尽も覚えていないし、むしろ感謝の念を抱いている。よって木の葉から補償金等を受け取る理由は一切存在しておらず、また赤蔵ヒグサ個人への処罰も再考のほどをお願いする」
 「…………………………」
 「何か不満が?」
 「いっ、いえそうではなく! ……とにかく、上層部へはそうお伝えします」

 立ち上がった紅とヒグサを玄関まで見送り、プライスゼロな笑顔で手を振った。

 「今度来るときはお酒用意しときますね。ケーキではなく」

 扉を閉める間際に言い残し、凝然と振り返った夕日紅にくすくすと笑いかける。
 こういう愉しさは、久しぶりだった。










 「……私の好き嫌い、話しましたか?」
 「いつそんな暇があったよ。あいつと顔合わせるのはこれでやっと三回目だっての」

 ならば何故、酒と口にした。お茶菓子なら分かる。それは普通だ。普通の応対だ。
 ケーキを用意しないと言った。大抵の女性は甘いケーキを好む。だけど私は嫌い。好きな物は焼酎やウォッカ、趣味は晩酌。
 それを。

 「何で……知ってるの.....……っ!」

 それに、あの瞬間。
 不満なのかと聞いた瞬間。
 少年の絶えず浮かべていた笑みが変質した。皮膚や筋肉は微塵も動かなかったにも関わらず、纏う気配が一変した。
 それはほんの一秒にも満たない間で、消えてしまったけれど。
 鳥肌が立った。
 今も、立っている。
 十にも満たない少年が放つ、理解不能な圧力に。

 「だから言っただろうが。あいつは餓鬼であってガキじゃねぇってな」

 いい歳した女性の頭をポンポンするなクソ上司。

 「あれでまだ八歳だぜ? 五年後はどうなってんだか想像もしたくねぇ。ありゃぁ天才っつーより一種の人災、天災の類と思った方が分かりやすいな。次勝てるか怪しいしよ」
 「? 引き分けだと伺いましたが?」
 「ばーか。嬢ちゃんが乱入しなかったら今生きてたか不明なあいつと、そん時もピンピンしてた俺を比べりゃ一目瞭然だろうが。……けどなぁ、お互い加減してたしあの餓鬼不調だったみてぇだからなぁ……」

 などとぼやく上司は常日頃から豚の餌にしてやると画策しているのだが、戦闘技能に関してのみ腹立たしいまでに図抜けているので、この発言はちょっと意外。真っ向勝負なら五影にも勝つと豪語する不敬だというのに。
 まあ、他はてんでダメなのだが。だから私が付けられたのだが。正直、アカデミー教師でも何でもいいから殺人的に仕事放り投げるこいつと離れたいのだが。
 それでも戦闘だけは認めざるを得ない執行上忍が、勝てるか分からないと口にした。

 (……なるほど)

 あの圧力は単に―――火影やこの男が放つものと同種なのだ。
 例えるなら濃密な殺気であり、闘気……あるいは、鬼気。ただそれが、僅か八歳の子供に放たれたせいで、混乱しただけで。

 「……カカシ上忍の再来ですか」
 「カカシというか――いや、細かいこたぁいいんだよ。六つで中忍だろうが八つで上忍だろうが、要は強ぇか弱ぇかだ。んなことよりよぉ、謹慎解除祝いに飲み行こうぜ? たまにゃ奢ってやらぁ」
 「言いましたね? では先に隊舎へ戻ります」
 「おう。今回の報告ぐらいは任せろ」

 ……行った? なら急いで全員に伝えないと。ヒグサ上忍が全員分...奢ってくれることを……ね。
 ともあれ、白亜というものが油断ならない存在と理解できただけでも、いい経験になったはず。










 そして天災呼ばわりされた少年はというと。

 「刹那くんっ、室内で物を燃やさないで下さい! お掃除が大変です!」
 「あー……ごめんね。手伝う」
 「風遁、は余計に散らかるか? ……使い方次第か」

 怒られながら雑巾を絞っていた。












 <ある夜の群雲な邂逅>


 ――――意味が分からない。

 ではなく、意図が分からない。
 適当に金を持っていったのはこちらであるし、それ故に取立屋なり督促状なりが送られてくるのは自明の理。
 だが、そこでなぜうちはイタチが出てくるのか。
 木の葉隠れから数か月前に行方知れずとなった名門うちはの直系長子が、なぜ。

 (……こんがらかってきた)

 差し出された督促状らしき紙を前に、シズネは頭を抱えるのだった。





 「……さっぱり理解できないな。理解できないことだらけだ、イタチ。お前が木の葉を抜けたこと。五行のトップ、笹草新羅と繋がりがあるらしきこと。そして借金の取り立てなどという瑣末事にお前を遣わしたこと。……何一つとして理解不能だ」
 「安心しろ、俺も理解できていない」
 「…………何だと?」
 「俺は単に、新羅個人へ言伝を届けただけだ。帰るついでにちょっと渡してほしい、大抵の人間じゃ追い返されるだろうから……と、頼まれはしたが」
 「……まあ、色々と言いたいことはあるが、それはそれで、お前が瑣事を引き受けたことの方が問題になるな」

 綱手の声が、ややトーンを下げた。

 「お前の里抜けに、新羅は関係しているのか?」
 「……さあな。現役を離れたロートルに何を話しても無駄だろう」

 ピシッ、と青筋が走る。

 「――そう、新羅が大仰に溜息しながら漏らしていた」
 「目に浮かぶようだよあのクソガキィっ!」

 さりげなく――でも何でもないが、某くすくす笑いに濡れ衣を着せたイタチは、おもむろにその身体をやや横へとずらす。闇に紛れて飛翔した黒針が、何もない空間を貫き背後へ消えていった。

 「気が短いな……まだ話の途中だ」
 「本当に話をする気があるなら聞きますけど、雑談にしか聞こえないので」

 しれっと言い返すシズネの腕には仕込み針。引き絞った弦を、今一度向ける。

 「まあ待て、この紙切れはただの建前だ。実際の用件は別にある。……正しくは、新羅から貴女宛ての、伝言だが」
 「伝言?」
 「――『貴女が勝利するモノ。それは眼の前にある』」

 無言が場に降った。しばらく佇み、変化がないと見るやイタチは闇に紛れた。本当に、ただの使いだったらしい。明細らしき封筒が一枚、ひらりと宙を舞って、シズネがそれを捕まえる。
 間違いなく新羅の直筆。写輪眼で筆跡のコピーは可能だが、借金の請求に使ったところで意味がない。仮に偽物だったとしても新羅本人に確認を取れば済む話であり、わざわざ姿を見せて騙すほどの目的は、やはり見当たらない。

 「結局、何しに来たんでしょう……。……綱手様?」
 「……私が、勝利する――だと?」

 振り返ったシズネは、息を呑む。主と仰ぐ綱手の、表情の険しさに。イタチと対峙していた時以上の、緊迫感に。

 「目的は金か……? いや、あのクソガキが金なんて物のためにイタチを使うか? 有り得ん……なら何がある。こんな情報.....を私に寄越して新羅に何の利が――」

 低く漏れる言葉が止まった。瞠目した綱手が片手で額を覆う。冷や汗が一筋、こめかみを伝う。

 「そういう、ことか? だから、イタチ……なのか?」
 「綱手、様? さっきから何を……」

 付き人の声も耳に入らぬまま思考に没する。イタチの伝えた新羅の言葉、そこに示される暗喩計三つ。全てを理解した綱手は束の間瞑目し――腹を決めた。

 「シズネ、督促状の明細は幾らだ」
 「あ、はい。えーと……へっ!? あの、綱手様……」
 「何だ、早くしろ」
 「いえそれが……借金の請求どころか逆に小切手が」
 「はあ!?」

 奪うように封筒を改めると、シズネの言う通り小切手が切られている。それもちょっとやそっとの額ではない。
 唖然とする綱手の手に、畳まれた別の紙が滑り落ちてくる。

 『返済はしてもらいます。いずれまた、別の形で。好い旅を――――笹草新羅』

 「……さっきから意味深な言葉ばかりですね。大体、何で旅……?」
 「……シズネ」
 「はい?」

 何も分かってなさそうな付き人の顔目がけて言う。

 「宿を引き払う。チェックアウトして来い。それから忍具の新調と医療秘薬の手配。増血丸兵糧丸は忘れるな。それに」
 「ま、待ってください綱手様っ! どうしたんですかいきなり? あと一カ月は新羅さんの金で遊ぶって……それに、こんなのまるで戦仕度みたいな……!」
 「急げ。多少ふっかけられても、金はある....

 静かに付き人は息を呑む。付き人だからこそ主の本気を、その度合いを見て取った。
 黙って一礼したシズネの姿が屋根の向こうへ消える。一人になった綱手は、ギリ、と苛立たしげに爪を噛んだ。

 「あの蜘蛛め……! ああくそっ、下手に長居したツケが回ってきやがった!」

 乱暴な口調で吐き捨て、ただ一文の手紙を握り潰した。

 『いずれまた、別の形で』

 「クソガキが……私の医療忍術....を誰に使わせる気だ!?」

 綱手が新羅に支払えるものは武力か知識か、医療の腕だけ。しかし前二つは、その『いずれ』が来た時にはきっと補完されているはずだ。故に――綱手の、医療技術。
 謎めいた伝言。確定事項のような文言。それら全て、綱手が理解すること前提の、糸。
 張り巡らされた、糸。
 蜘蛛の、巣。
 ――気付いた時には、もう、遅い。
 とっくの昔に絡め取られた後。
 ……そう、分かっていた……はずだった。

 「……認めてやる。人の鼻先にエサをぶら下げて、人を操る手管は天才だ。ああ、認めてやる。この私が認めてやる。――貴様は、忌まわしいほどの大策謀家だ!」

 一転、伸びきった弦が切れるように、怒気が萎む。
 後に残ったのは、儚さにも似た何かだった。

 「木の葉の三人と謳われる私を、ただの言葉でハメた奴なんざ、後にも先にもお前だけだろうさ……」

 はあ。全身から力が抜けるような吐息。

 「……あれで浮いた話の一つでもあれば可愛げがあるだろうに」

 肩を竦めて、綱手は街の外へと歩き出し。
 伝説とまで呼ばれる女傑は、日が昇る前に付き人を連れ、長く滞在した群雲を離れた。










 「くすくす……ふふふ」

 深夜の執務室に静かな笑声が木霊する。フードの奥で、赤い唇が薄く歪む。

 「やはりイタチの里抜けは大きい……ね。もう何年か先だと思ってたけど……くすくす。手が早い早い」

 考えてみると、あの組織に明確な参謀役はいなかったように思う。リーダーの発言がほぼ絶対。無論、総じて優秀な人間の集まりであるため、必要としなかっただけかもしれないが。
 求められる役回りは知恵と資金と情報だろう。財布役と言うか、金庫役だ。

 「そして重要なのは、僕の頭脳は知っていても血については知らないということ」

 イタチの保証付き。そこだけ隠し切れていれば、これほどの機会もない。
 椅子から立ち、新羅は背後の窓から月を仰ぐ。

 「さて……落ちるか否か。どちらにしても、蛇の毒牙は刹那まで届かない。笹草新羅は、所詮鏡に映した虚像の人間」

 ガラスに映る新羅の姿。虚像の、虚像。

 「兜は野心が大きすぎるから要らない。五人衆は、骨と音と……あの双子ぐらいか。後は要らない。でもまあ……そうだね」

 くす、と笑い。





 「音隠れの里を乗っ取るのも、面白そうかな」











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生存報告的に投稿です。
九州なので直接的地震被害は受けませんでしたが……地震が南下しているような印象があるため不安。そしてこの小説の展開具合、続き具合も不安。
取り敢えず、今年もまた忙しくなるので、投稿は極めつきに不定期かつ怪しいとだけあらかじめ謝罪しておきます。
ではまた、いずれ。


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