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[3089] NARUTO うちはルイ暴走忍法帖
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 02:13




 序章 うちは虐殺の夜を乗り越えろ


 並行世界。それは無限の可能性を秘めた異世界。隣り合わせでありながら絶対に交わる事の無いイフの世界。
 例えば宇宙から降って来たBETAなる怪物に蹂躙された世界、スタンド使いが跋扈する奇妙な世界、管理局の白い魔王が非殺傷設定をいい事に全力全壊の魔砲をぶっ放す次元世界、ぶっちゃけ何でもありである。
 それを実体験として認識する私は死ぬ毎に別の世界へ輪廻転生する永遠の彷徨い人なのである。
 その理由云々の解明は考えても無駄なので、哲学者に丸投げしておく。
 ――さて、今回生誕した世界は、皆大好きエセ忍者が蔓延る嘘っぽい純和風の異世界、NARUTOの世界である。
 初めまして、こんにちは。今回の私の名前は『うちはルイ』――そう、皆も知っての通り、死亡フラグ全開の一族『うちは』である。今まで幾多の世界を渡り歩いて来たが、此処まで酷い初期条件は久方振りだ。
 ちなみにうちはサスケとは遠い従兄妹みたいな感じで、更には同年代なので凡そ九年後には他の一族の者と仲良く一緒に虐殺される予定である。
 わぁーぱちぱち――ふ・ざ・け・ん・なッ! 享年九歳なんて不名誉な最短記録、打ち立ててたまるか。
 私は絶対にこの木ノ葉隠れの里で平穏に面白おかしく暮らす! 赤ん坊の身ながら私は強く強く誓うのだった。


 巻の1 滅びるうちはに異端の寵児生まれるの事


「おぎゃあぁ、おぎゃぁ(全くもって、やってられん)」

 一歳――毎度の事ながらもどかしい時期だ。何をするにも他人の手が必要であり、培われた色々なものが木っ端微塵に砕かれる恥ずかしい時期である。

「しょうるぁいのユメは大・往・生しぅることー」

 二歳――漸く立ち歩けるまで身体が成長する。出来る限り動き回り、食っちゃ寝する。寝る子は良く育つのだ。
 疲れて動けなくなったら、原作の知識を思い出して今後の行動について考えを巡らせる。死んで此処に来る前にうちは虐殺の真相が明かされていたのは、まさに天恵だった。

「やれやれ、燃費のわりー眼だこと」

 三歳――当然の如く読み書きをマスターする。
 見た目は子供、頭脳というか精神面は大人だし、こんな些細な事に費やす時間は今のところ無い。九歳の死の壁を突き破らんと疾走する。
 こんな奇妙な子供を神童と持て囃す両親には内緒だが、既にうちは一族の血継限界、写輪眼を開眼している。……その折に体内のチャクラを使い果たして死に掛けたが。
 身近に切迫する死の恐怖は人間を物凄い速さで成長させるらしい。死の淵から目覚めた我が写輪眼の巴模様は当然のように三つに変化していた。

「萌えよ、萌えっ! 三つ編みの一本おさげには萌えがあるのよっ!」

 四歳――頭脳面以外は普通の子供を装うのは非常に疲れる。
 漸く結えるほど後ろ髪が伸び、親から強請った赤糸で縛り、一本の三つ編みおさげにする。この髪型こそ幾多の世界での共通点にして私の象徴みたいなものだ。愛着は結構ある。
 うちは一族は何処かきな臭い。こういう一族特有の、暗く淀みきった妄念が所々見られる。
 大人達は現在の支配体制に大層不満を抱いている様子であり、九尾の襲来で壊滅した木ノ葉隠れの里にとって由々しき問題として燻ぶっていた。

「そーいえば親の名前なんだっけ? どーでもいいけど」

 五歳――初めてうちはサスケとイタチ、オマケに彼等の親子と御対面する。
 刺々しさの欠片も無い二人に毒気を抜かれる。が、あと一年でイタチは中忍となり、暗部へ駆け上がっていく。残された時間は四年余り、余命のように思えてきた。
 隠れて体術の向上と忍術の練習に明け暮れるが、この度冗談で試した万華鏡写輪眼だが、普通に使える事が発覚する。
 考えて見れば、幾度の輪廻転生で親兄弟や親友など山のように殺してきているから、私に限って言えば開眼の条件など最初から満たしていたのかもしれない。
 しかし、こんな視神経に異常な負担が掛かる眼など使い続ければ失明するのも自明の理だ。使用の自粛など論外なので、誰かから万華鏡写輪眼を奪って解決するとしよう。

「初体験、しちゃいました。過程や方法など、どうでも良いのだー。てへっ」

 六歳――忍のアカデミーに入学する。基本的な忍術は習得済みなので退屈極まりないが、能力の片鱗を徹底的に隠し通す。うちはイタチは原作の予定通り、中忍となる。
 さて、此処で私の邪まな計画を発動させ――中々に手痛い代償を支払ったが、予想以上の成果を得る。
 うちは一族の同年代の子供二人と親しくし、周囲の眼から離れた場所まで拉致、もとい任意同行して貰って、人知れず幾つもの実験を開始する。
 一つ目は万華鏡写輪眼の催眠眼を利用した写輪眼の強制開眼。これは此方が思う以上に呆気無く成功した。
 二つ目は万華鏡写輪眼による月読で、私の写輪眼使用時の感覚を無理矢理叩き込み、巴模様を三つにさせる。一人は完全に見込み無く失敗したが、もう一人の方は波長が合ったらしく、見事二つだった巴模様が三つになる。
 さて最後の仕上げは見事完全体の写輪眼に至った彼に、最も親しい友人である失敗作の子をぶっ殺させてあげた。
 本当に幻術は便利なものだ。解いた後の取り乱し具合なんて股座が濡れるぐらい最高だった。まあ六歳の少女の身だとお漏らしと勘違いされそうな表現で格好がつかないが。
 この漫画最高の悪役である大蛇丸も真っ青な人体実験は見事成功した。原作に名前すら残されてない無名の彼は万華鏡写輪眼を開眼させたのだ。
 この時ばかりは神様に感謝した。本領を発揮される前に両眼を抉り取り、さくっと殺す。
 即座に移植手術を開始し――私は至極簡単に永遠の万華鏡写輪眼を手に入れたのだった。今ならうちはイタチぐらい簡単に殺せそうな錯覚さえ抱ける。100%返り討ちに遭うが。
 万華鏡写輪眼の力の一つ『天照』の漆黒の炎で二人の死体を骨すら残らず焼却する。後は平然と木ノ葉隠れの里に戻り、出遭った里の者達に『月読』を使って『一緒に帰ってきた』と幻術で疑似体験させて偽装を終わる。
 眼への殺人的な負荷と失明の心配は未来永劫に無くなったが、今日一日で余りにもチャクラを使い過ぎたので実家に帰った途端、数日間余り気絶し続ける。
 目覚めたら親友二人が行方不明――ではなく、在り得ない事か何者かに殺害された事実を知らされ、内心激しく動揺しながらも年相応に取り乱して泣き喚く主演女優賞ものの演技を披露する。

(――殺害現場を目撃された? いや、されたなら現場を押さえられるか、一族の内々で処理されるだろう。つまり、二人の死体を用意した者は『二人が死亡した事』を察知するが、殺害者が『私』である事までは特定し――確信出来なかったと見える。この足枷は真犯人である私を炙り出す為の策?)

 うちは一族の極一部の者から強い警戒心と猜疑心を抱かれる。
 一体誰がこの世から消滅した二人の焼死体を如何なる意図で用意したのか、激しく疑問だが、完全犯罪の目論見が崩され、日々戦々恐々である。
 今のうちは一族の者は万華鏡写輪眼の存在そのものを知らされていないだろうが、二人が殺害された日に気絶したのだから何らかの関連性を疑われるのは当然の流れだろう。
 常に監視され、腹立たしいほど行動に制限が増えたが、どうせあと三年で滅ぶ一族だ。少し辛抱するだけで黄金の未来が切り開かれる事だろう。

「能有る鷹は爪を隠し、水中でもがく白鳥が如く努力を見せないのだー」

 七歳――うちは一族の内部事情が更に険しくなってきた。
 九尾が里を襲来し、程々に復興してきたこの時期、妖狐襲来がうちは一族の仕業なのでは、という疑惑がまたもや再燃しだす。
 前々から暗部の監視が徹底され、一族の居住地は里の片隅へと隔離されていくだけで里との確執が増すばかりだと言うのに、今更新たな火種を増やすとは。里の上部は一体何を考えているのだろう?
 うちは一族に不穏な雰囲気が漂い、益々殺伐としていく。年端無い子供は空気を読めず、疑問符を浮かべるだけで終わるが、私は直に感じすぎて胃が痛い。
 確かこの時期にはうちは一族はクーデターを画策し、里の実権を乗っ取ろうとするが、暗部入りとなったうちはイタチが二重スパイとなり、計画が全て筒抜けになっているとは余りにも滑稽過ぎる。
 身内の縁と里の任務に挟まれ、うちはイタチの中の歯車が狂いに狂う。
 客観的に見れば、うちは一族の虐殺は里の上層部からしても彼からしても避けられぬ出来事だったと推測出来る。
 程無くして疑惑と謎を残したうちはシスイの自殺の一報も耳に入り――いよいよ運命の夜が近いのだな、と私は憂鬱になる。

「星が綺麗だなぁ。七つ列なる星の横の星まで良く見え――あれ、死兆星?」

 八歳――永遠の万華鏡写輪眼の新たな可能性を模索しながら、虐殺されない為にあらゆる努力を重ねていく。
 実力を隠さなければ私もうちはイタチのように飛び級出来ると思うが、目を付けられて暗殺される恐れがあるので自重する。眼はチートだが、身体能力だけは年相応なのだ。
 ――六歳の時の人体実験の一番の問題は、うちはイタチと接触した思われるうちはマダラに私の存在を知られた可能性が極めて高いという点だ。
 一族の開祖である彼は万華鏡写輪眼の秘密を知り尽くしている為、特異なチャクラの残り香からうちはの子供二人が天照で殺害された事に辿り着いている可能性がある。多分、二人の子供の焼死体を用意したのはこいつなのだろう。いつか殺す。
 他の一族の者では疑惑程度で済むが、マダラに至っては私が万華鏡写輪眼の事を悟られている恐れがある。……あの日に気絶さえしてなければ、と悔やまざるを得ない。
 眼の交換を行い、永遠の万華鏡写輪眼まで到達している事までは流石に悟られていないと思うが、最悪の事態を想定すれば虐殺の夜に特別扱いされる可能性が出てくる。
 当初考えていた生存方法は虐殺の夜に雲隠れして惨劇を回避する事だった。それは有象無象の取るに足らぬ存在だからこそ成功する見込みがあった。
 だが、特別視されていると私がいない事が簡単に発覚し、探し出される恐れが出てくる。上忍の域を軽く超えている天才達にとって、下忍に満たぬ少女を見つけ出すのは至極簡単な作業だろう。
 其処で眼を抉られて念入りに殺されるか、生け捕りにされるかは些細な問題だ。何方にしろお先真っ暗でゲームオーバーだ。
 それならばどうするか。原作に関係深い上忍と交流関係を築き、虐殺の夜に頼って逃げ出す――笑いたくなるほど論外だ。里の暗部そのものが敵だからうちはの住処から脱出した時点でさくっと殺されるだろうし、その上忍と合流出来ても一緒に消されるが落ちだ。
 あれこれ試行錯誤と思索を繰り返すが、最初思いついた本命の策以上に有効な手は今のところ見つからない。溜息ばかり出てくる。
 原作で一番の変態である大蛇丸とは関わりたくないが、今は生き残る事が一番大切だ。過程や方法や代償はこの際、眼を瞑ろう。




「こんばんは、初めまして薬師カブトさん」

 うちは虐殺が秒読みになったある夜、当初の策を実行すべく大蛇丸のスパイである彼との交渉に訪れた。
 御年十六歳のカブトの嘘で塗り固められた表情が露骨に崩れている。
 当然の反応だ。生まれてから被り続けた猫を彼方に捨てて万華鏡写輪眼で睨みつけ、大蛇丸も斯くもの禍々しいチャクラを遺憾無く解放しているのだ。驚きの一つや二つ程度では割に合わない。

「うふふ、驚かせてごめんなさい。唐突で悪いんだけど、一つ頼みたい事があるの。この木ノ葉隠れの里でも貴方にしか出来ない事」
「……え、どういう事かな? 僕みたいな落ちこぼれの下忍なんかに――」

 まだ正体を装うとするカブトの惚けた顔は、私が懐から出した物を見た瞬間、獰猛な殺意に満ちた無感情な顔に豹変する。素を曝け出した其方の顔の方が好印象だ。

「私の死体を一つ作って欲しいの。報酬はこの写輪眼。貴方の腕前なら容易い事でしょ?」

 勿論であるが、これは万華鏡写輪眼に開眼した私の眼じゃなく、三つの巴模様にすらならなかった名前すら覚えていない未熟者の写輪眼だ。
 大蛇丸に渡ってもチャクラを無駄使いする足枷にしかならないから実害は無い。カカシのように少しだけ月読に対する耐性が増えるだけだ。

「――」

 一般人なら心臓麻痺で殺せるほどの殺気を漂わせ、カブトは隙一つ無く訝しげに此方の意図を探ってくる。
 これは一種の賭けだ。自身の正体の発覚を防ぐ為に私を口封じしようものなら万華鏡写輪眼で始末する算段だが、今後の展開が圧倒的に不利になるので遠慮したい。

「詮索は不要よ、私も一切詮索しない。この依頼、受けるかどうか手早く答えてくれる?」




 見惚れるほど綺麗な満月の夜、その一本の三つ編みおさげを後ろに揺らした少女は何ら気取る事無く普段着で、されど圧倒的な存在感を漂わせて現れた。

「――な」

 この予期せぬ来客に薬師カブトは内心動揺する。
 少女の名はうちはルイ。彼の主が御執心の血継限界『写輪眼』を宿す一族の者であり、有象無象『でない』観察対象の一つである。
 何故下忍ですらない九歳の小娘風情を特別視しているか、それは二年前のある事件まで遡る。
 うちは一族の子供二人が焼死体で発見された謎の殺人事件。
 身内の子息が殺され、うちは一族は総力を決して事件解明に努めたが、下手人の特定すら出来なかった怪事件である。
 ――この事件の対応でうちは一族は木ノ葉隠れの里の上部との溝を更に深めたのは余談である。
 当時、うちはルイはこの二人の少年と最も親しい友人であり、三人で遊ぶ姿が良く目撃されていた。
 何故その事件の日に限って三人で無かったのか、それだけならば偶然という言葉で片付けられたが、理由は不明だがうちはルイは事件当日未明に倒れ、数日間余り意識不明だったという。
 此処まで来れば関連性を疑うなという方が無理な話だが、事情聴取は一族の内々で片付けられ、以来、監視の目が付けられたものの音沙汰無しとなる。
 その報告を聞いた薬師カブトの主はうちはルイに大層興味を抱き、遠目から監視する事も多くなった。
 薬師カブトが観察する限り、うちはルイは何処にでもいる普通の小娘に過ぎなかった。うちは一族の中でも写輪眼の開眼率が極めて低い家系で、天才と謳われるうちはの片鱗すら見当たらない、幼稚さが残る九歳の見習いの忍だった。今日、この瞬間までは――。

「こんばんは、初めまして薬師カブトさん」

 年不相応の艶やかな声が全身に寒気を走らせる。
 見惚れるほど禍々しい微笑み、全身に一片も濁り無き邪悪なチャクラを漲らせ、極めて歪な模様の写輪眼を爛々と輝かせる。唯一つ変わらぬのは夜風に揺れる一本の三つ編みおさげぐらいである。
 もはや同一人物とは到底思えないほどの豹変ぶりであり――同じように仮面を被っていた自身すら察知出来なかった事にありったけの驚愕と戦慄を抱かせる。
 何が下忍以下のお子様か、何が開眼すらしない血の薄い分家の小娘か。あれはうちはイタチに匹敵する異端の化け物だ。過去に下した自身の評価を壮絶に呪いたくなる。

「うふふ、驚かせてごめんなさい。唐突で悪いんだけど、一つ頼みたい事があるの。この木ノ葉隠れの里でも貴方にしか出来ない事」

 その写輪眼は全てを見抜くが如く、薬師カブトの根底を鋭く射抜く。
 背骨の変わりに氷柱を突っ込まれた気分だと唾を呑み、焦燥と危機感が慌しく乱れる。

「……え、どういう事かな? 僕みたいな落ちこぼれの下忍なんかに――」


「私の死体を一つ作って欲しいの。報酬はこの写輪眼。貴方の腕前なら容易い事でしょ?」


 咄嗟に返した言葉に対し、自分でも文句を言いたくなるぐらい下手な対応だと叱咤し、自身の釈明を遮った言葉と行動に不覚にも殺意を零す。

(――やはりあの事件はこの少女の仕業だったか……)

 少女が懐から出した物はホルマリン漬けにされた人間の眼球――写輪眼だった。
 もはや驚きを通り越して混乱の極致に至ったが、薬師カブトは心の何処かでは納得する。あれは偽る事においては自分以上の逸材だ。格下の者の偽装を見抜く事ぐらい至極簡単な事なのだろう。

(だとすれば、一体彼女は何処まで勘付いている――?)

 一体何処まで見抜かれているのか。偽った実力と他の里のスパイである事は少女の言動から確実に見抜かれているだろうが、S級犯罪者であるあの御方の事までも知られているのかは微妙なところだ。

(……我ながら希望的観測だな。今この場なら、消せるか?)

 あの歪な模様の写輪眼の前では全てが白日に曝け出されているような錯覚さえ感じる。冷静に冷徹に思考を巡らせたいが、冷や汗が止め処無く流れる。
 周囲に気配は無く、殺すなり攫うなりするには千載一遇の機会と言えよう。しかしながら、どういう訳か勝てる想像すら浮かんで来ない。
 過小評価も過大評価もするつもりは無い。真っ向勝負になれば恐らくは無傷で勝てるだろう。だが、幾度無く経験した死の予感は人生で最大の警報を撒き散らしている――。

「詮索は不要よ、私も一切詮索しない。この依頼、受けるかどうか手早く答えてくれる?」

 うちはルイの両眸に揺るぎ無い殺意が燈る。左頬を吊り上げて口元を盛大に歪ませる微笑みは彼の主の凄惨な嘲笑を連想させ、ある意味凌駕していた。
 その幼き少女が曝け出した素の表情は、今まで見せたどの表情よりも似合っていたのだから――。





[3089] 巻の2
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 02:30




「――どう、して?」

 降り頻る雨の中、少女の悲痛な泣き声が耳に木霊する。
 傍らに立つ少年は項垂れ、奥歯を砕けんばかりに食い縛って涙を堪える。

「なんで、殺されなきゃいけないの? 父さんも母さんも、皆、皆、何も悪い事してないのに……」

 彼方に問う声に、誰が答えられようか。
 地に尻餅して泣き崩れる少女を、一体誰が支えられるだろうか。

「昨日まで、笑っていたよ。頭、撫でて、うぅっ、くれたよぉ。なのに、なのにどうしてぇ……!」

 虚空に問う声は壊れかけの心を無情に串刺す。綻びは広がり、隠せぬ弱さを曝け出す。
 それでも、この少女の前では泣かないと誓った。今出来る精一杯の虚勢を張り、嗚咽を零す少女の傍らに立ち続けた。
 何も出来ない自分の無力さが呪わしい。一族を皆殺した兄が憎たらしい。
 ――強くなりたかった。兄を殺せるぐらい、この少女を支える事の出来るぐらい、ただひたすらまでに。それだけが唯一の救いと信じて――。


 巻の2 脚本の改竄を知り、同郷の者訪れるの事


 うちは虐殺は予定通り実施され、一族の者はほぼ例外無く皆殺しにされた。
 首謀者は当然の如くうちはイタチであり、単独犯扱いで片付けられ、抜け忍となる。
 生存者はうちはイタチの実弟、実質情けで命を助けられたうちはサスケ。それと――。

「ふはぁ、お茶が美味しいわぁー。考えてみれば九年も生きているのにお茶一つゆっくり味わう余裕すら無かったなぁ」

 寂れた生家の縁側で熱い茶を啜って小さな幸せを実感する私こと、実力と運と策略で生き延びたうちはルイである。

 まずは計画の根底を担う『うちは虐殺の日取り』を如何に察知したかは、独自に開発した諜報忍術『獅子身中の虫』の御陰である。
 影分身もどきを蚤に変化させ、対象であるうちはイタチに潜ませて諜報させる、割と省エネで実用性高い術である。
 普通の影分身一体を維持するのは幼い身のチャクラ量では大変だが、サイズが極小になったので燃費は大変宜しい。その類稀な隠密性から最後まで発覚しなかった。何故この世界の連中はこういう事をしないのか、激しく疑問である。
 うちは虐殺の正確な日取りの情報を入手した私は結構の前の日から影分身と入れ替わり、本体の私はうちはの集会場の隠し部屋に潜伏する。注意深く潜入した為、二つ目の前提条件である『誰にも知られずに潜伏場所に隠れる』事に成功する。
 影分身を維持するチャクラの不足量はドーピングの兵糧丸で無理矢理解決する。短い生涯で一番疲れる二日間だった。

 そして虐殺の夜、うちはイタチ、またはうちはマダラが到着する前に、普段通り行動する影分身に持たせた口寄せの巻物を取り出し、薬師カブトに作らされた私と何一つ遜色無い死体を布団の上に放置する。
 新鮮度を保つ為の封印式を解除し、クナイで心臓を一突きし、両眼の眼球を抉り取る。眼球を天照で完全に隠滅し、その死体を満足気に眺めてから影分身を消す。
 これを調達する為に木ノ葉隠れの里の誰かの子供が犠牲になったが、私にとっては如何でも良い話である。
 程無くしてうちはイタチは私の両親を呆気無く殺害し、私の寝室で虚ろな眼窩の死骸とご対面する。
 うちはイタチは珍しいほど動揺し、普段見せぬ感情の色を露にした。
 自分が訪れる前に何者かに殺害、しかも両眼を抉り取られているとなれば計画の漏洩の恐れ、予期せぬ第三者の介入、うちはマダラの裏切りなどの様々な憶測が生じる。
 冷静さを欠いたうちはイタチは呆気無いほど騙された。普段の彼ならば死骸の僅かな違和感を見逃さず、偽物だと見抜いたかもしれないだろうに。
 もはやうちはイタチの監視はいらないだろうと獅子身中の虫を切り離し、寝室に待機させる。虎視眈々と最後の仕上げを実行する為だ。
 だが、此処でもう一人現れる。――暁の黒幕、うちはマダラと思われる人物である。暗部の仮面を被っているので多分である。
 私の謎の怪死プラス両眼を抉られる死骸を眺めながら、うちはマダラらしき人物はイタチの憶測と同じように、うちはイタチが眼を奪ったかもしれないという根深い疑惑を抱いた事だろう。
 この後々響くであろう誤解と疑心暗鬼こそが私の真の狙いであり、死骸の真贋を誤魔化す一因だけじゃなく、うちはイタチとうちはマダラの利害関係にも亀裂を生じさせる一石二鳥の計略である。三年前に態々二人の焼死体を用意してくれた私なりのお返しだ。……まぁ、正直余り期待出来ない布石だが。
 結局、偽物の死骸も影分身を変化させた蚤も気づかれる事無く、彼は忍者が如く――そりゃ正真正銘の忍者だろうな――惚れ惚れとするぐらい見事な瞬身の術で消え去る。
 一時間余り細心の注意を払った後、蚤を元の影分身に戻し、空の口寄せの巻物に死骸を仕舞い、天照で証拠隠滅する。
 役目を終えた影分身を解除し、私は虐殺の夜を何とか生きてやり過ごしたのだった――。




「うちはルイ一世一代の頑張り物語――墓穴まで持っていくには惜しい武勇伝だわ」

 元ネタ以上に論理的や人道的にアウトな暗黒物語なのは世界の怨敵たる私の仕様なので仕方ない。どの世界でも勇者より魔王を好き好んでやる黒幕タイプである。

「この九年間の緊張に比べたら至極楽だが、まだまだ問題は山積みだなぁ」

 差し当たる問題は二つ、一つは正体を暴露してまで接触した薬師カブトだが、始末しようか否か、真剣に思い悩む。
 不安の種を早急に排除したいが、時期尚早、今動くと里の連中に色々勘付かれる恐れがある。
 これ以上うろ覚えの原作の流れを変えるのは未来を知っているという最高の有利を自ら吐き捨てる愚挙である為、どうせ木ノ葉崩しで抜け出すだろうから放置しようと結論付ける。
 私への接触、流言や何らかの工作、ぶっちゃけ私が木ノ葉隠れの里での安穏の日々を壊そうものなら――即座に出向いて始末しよう。いや、彼が音隠れのスパイかもしれない、と流言するだけで事足りるだろう。ああ、お茶がおいしい。

「……はぁ、それにしても居心地の悪い里だこと。ナルトの気持ちが解るねぇ」

 二つ目の問題は木ノ葉隠れの暗部を束ねるダンゾウだっけ、そんな古錆びた爺の存在。うちはイタチは彼と三代目火影にうちはサスケを生かすように脅迫もとい懇願して生存権を確保したが、何故か生き残った私に関しては生かす理由など何処にも無い。

「さてさて、どうしたものか」

 暗部を使って秘密裏に暗殺しに来るか、拉致して人の尊厳を全て略奪して写輪眼持ちを産む道具扱いにされるか。人情溢れる三代目火影がダンゾウを止めれるか否かにかかっている。

「人生終わり兼ねない十八禁まっしぐらの鬼畜EDは御免だなぁ、自分が他人にやるならともかく」

 最も優れたうちはの血族が生存している中、写輪眼の開眼すら儘ならぬ落ちこぼれ――と見せかけているだけ――の私の存在価値など欠片もあるまい。早急に何らかの手を打たなければ消されかねない。

(火影のおじちゃまぁ~。一人でいると怖いのぉ、怖い人に殺されちゃうよぉー)

 三代目火影の情に訴える。却下だ、六歳の時の件もあるので接触すらしたくない。
 事情を説明なんてしたら此方の本性を暴露するようなもので、温厚な三代目も忍として非情になるだろう。

(Take2――オレサマ オマエ マルカジリ)

 ダンゾウを脅迫する。下の下策だ。後ろ盾が無い今、自分が危険な人物だと言い広めるようなものだし、間違いなく刺客を送られる。無知で無能な小娘を装っていた意味が無くなってしまう。

(Take3――実は私、三歳の時に写輪眼を開眼し、更には万華鏡写輪眼まで使いこなすのですよ。にぱー☆)

 自分の有効性を里に知らしめる。うん、却下だ。そんな事すれば暗部逝きで使い潰される。この里で平穏な日々を送れなくなる故に絶対に選びたくない選択肢だ。

(Take4――助けてぇ、カブトえもん~大蛇丸さまぁ~)

 この際、木ノ葉隠れの里に平穏の道は残されていないので音隠れの里に亡命するか。
 薬師カブトとの縁もあるし、一番最初の問題を解決すると同時に比較的楽に抜けられるだろう。
 大蛇丸が原作宜しく体を乗っ取りに来られても逆に乗っ取る自信がある。が、あの気色悪いオカマと一心同体になるなんて生理的に無理、絶対に在り得ない。死んでも御免だ。
 それにあの気色悪い呪印で人外化するのは勘弁願いたい。あんな外見になったら自害するわ、マジで。

(Take5――今後刺客を仕向けたら九尾で里を滅ぼします。手出し無用DEATH)

 ダンゾウの仕向けた刺客が来たら返り討ちにし、死体に今後刺客を仕向けたら九尾を解放するという趣旨の脅迫状を残そうか。
 ヤツも無駄に長生きしているから、うちはの事情についてもある程度知っているだろう。事実、この万華鏡写輪眼で九尾を使役出来る事――実際に試してないから微妙だが――も存知の筈だ。

「でもなぁ、来たのがカカシとかだったら死亡フラグ確定だな。写輪眼には写輪眼で、とぶつけてきそうだし」

 その刺客を返り討ちに出来るかは、直接相手の目を見れるか否かに掛かっている。ぶっちゃけ呆気無く暗殺される可能性が高いからこの受身体勢は避けなければならない。

(Take6――死人に口無し)

 さくっとダンゾウを暗殺するか。いや、誰にも発覚されずに殺す事は今の私でも不可能だろう。幾ら万華鏡写輪眼を持っていても、それしか持っていないので九歳の小娘に出来る事なんざ高が知れている。この線も駄目だ。
 それにあの老人を過小評価する気にはなれない。露骨に巻かれた顔の包帯を見る限り、隠し玉の一つや二つぐらいあるだろう。……カカシと被るから無いだろうけど、万華鏡写輪眼でなければ良いな。

「……はぁ、零れるは溜息ばかり。お茶が冷めちゃった」

 暫くは静観し、状況が僅かでも好転する事を祈るしかない。
 最悪の方向に進むのなら音隠れの里逝きも視野に入れなければなるまい。誤字に非ず、という処が悲しい。

 現時点の自分は万華鏡写輪眼を開眼しているだけの下忍以下の小娘だ。
 永遠の万華鏡写輪眼になってからは負担が大分減り、普通の写輪眼なら常時発動していても日常生活に支障が無いぐらいチャクラの燃費が良くなった。
 精神を襤褸雑巾のように破壊する『月読』と視認した対象を骨の髄まで灼滅させる『天照』はある程度まで連発可能であるが、二つを同時に発動させる『須佐能乎』とカカシが使った『結界空間への転送』は今のところ使い物にならない。――そもそも、カカシのあれは何か別の現象の出来損ないのような気がするが、考え出すときりが無いので止めよう。
 次にチャクラだが、此処数年で絶対量は順風満帆に伸び、天井知らずの成長率を誇る。だが、チャクラのコントロールは非常にアバウトな感覚でやっていた為、手を使わずに木を登れないだろう。基本中の基本故に練習の必要がある。
 忍術や幻術は大抵一回――写輪眼で――見ただけで習得出来るので、使える種類は勝手に増えていく。後は良く多用する術を見極め、自分なりにアレンジする必要性がある。
 チャクラの性質はうちは一族なので必然的に火であり、火遁系の術に特化している。将来は是非とも螺旋丸を習得して火の性質変化を加え、オリジナルの超高等忍術『火遁・螺旋丸』を完成させたいものだ。低い命中率を補う為に破壊の規模を対軍の域まで改良して。
 此処までの説明なら何処が下忍以下だと文句を言われかねないが、身体能力が悲しい事に年相応なので、現状での私の戦闘は『瞬殺するか瞬殺されるか』の二択しかないのだ。

(――まあ、此処まで逸脱した天賦の才を与えられたのだから文句は言うまい。その才能を開花させる前に呆気無く死亡しそうな事以外はッ!)

 うちはマダラ、ダンゾウ、この主犯格に関しては物語の流れ云々は横に捨て去り、気が済むまで惨たらしく殺すとしよう。三代目火影、うちはイタチ、ついでに大蛇丸は手を下すまでもなく死亡するので放置しよう。

(やめやめ。一族の面倒臭い葬式が終わって漸く一段落したんだ、今日ばかりはのんびり怠けよう)

 葬式に参列した時に出会ったうちはサスケの顔は無表情で腐った魚の眼をしていた。まあ実の兄が一族虐殺の暴挙に打って出ればそうなるのも仕方あるまい。
 私は年相応に泣き喚いて疲れた。純度十割の演技である。いい加減、自分の素を出せる環境が恋しい。
 サスケと接触して絆という鎖で呪縛し、里に留まるよう工作するか、原作の流れ通りに進めるか。里でこの私を守るように都合良く手懐けるか、外敵を殺して回るようにするかという二択だが、何方も魅力的なので思い悩む。

(まあ何方にしろ、襤褸雑巾のように使い棄ててくれるわ)

 邪悪な笑みを浮かべつつお茶を飲み、茶菓子が丁度切れた時、呼び鈴の音が耳に入る。
 一体何処の物好きが私しかいない家に訪れたのか、一気に警戒度を上げる。まさか襲撃に来た暗部が玄関から入ってくるとは考え難いが在り得ないとは言えない。
 気怠げに重い腰を上げ、玄関に赴く。気配は二人、年頃は私と同年代ぐらいで性別は解らない。このややこしい時期に態々来訪してくる健気な友人など作った覚えはない。
 警戒の度合いが更に高まる。部分的な変化の術で眼を裸眼状態に変える事により、写輪眼の発動を隠蔽する。慎重に玄関の鍵を解き、開ける。

「お待たせしてすいません。えーと、何方様でしょう?」

 変化の術や何らかの幻術が使われていない事を最初に確認し――そういえば何処かで見覚えのある二人だな、と内心頭を傾げた。

「突然の来訪をお許し願いたい、うちはルイ殿。今日は是非とも耳に入れたい小話がありまして。今、お邪魔しても宜しいでしょうか?」

 礼儀正しく喋る、薄い橙色の和服姿の黒髪少年の眼は日向一族特有の白眼であり、日向ネジに若干似た容姿ながら額を曝け出しているので少なくとも分家の者じゃない。
 もう一人はぼさぼさな黒髪を後ろに纏めてポニーテールにした少年であり、桜模様の入った黒い和服を着こなす。

(――ん。ああ、白眼の奴は覚えている。名前は知らないが、日向ヒナタの双子の兄だ。原作にはいなかったから不自然だとは思っていたが)

 今、漸く思い出した。彼等二人はアカデミーでの同級生だ。原作キャラには意識を割いていたが、モブキャラの二人は視界に入ってなかったので思い出すのに時間が掛かった。
 一体如何なる意図で来訪したかは直ぐ判明するだろうが、面白い事になりそうだと直感が告げている。

「どうぞ、中に入って下さい。何分一人身なので、持て成す物もありませんが」




「粗茶ですがどうぞ。毒は入れてませんから安心して下さい」

 ――此処で死なれて容疑者になるなんて馬鹿のする事だわ、と内心毒付く。
 湯飲みを受け取った黒服の少年は眉を顰めて躊躇したが、白眼の少年は躊躇無く口付ける。中々度胸あるなぁーと内心感心する。

「結構なお手前で。では改めて自己紹介しましょう。自分は日向ユウナで――」
「俺はヤクモ、黒羽ヤクモだ。よろしく」

 茶菓子の羊羹を啄ばみながら縁側で茶を飲む。我ながら警戒心の欠いた行動だと自嘲するが、自分用の御菓子だったのに全部食われるのは非常に癪だ。

「よろしくです。それで此度はどのような用件で?」

 当たり前な話だが、うちは一族と日向一族は過去の因縁云々で非常に険悪な仲である。無知な子供同士と言えども縁側に並んで仲良く茶を飲めるような友好的な関係にはならない。
 まあうちは一族そのものが壊滅状態であり、一族の束縛など無縁な私には過去永劫、未来永劫に渡って関係無い話である。

「いえいえ、大した用ではありませんが――時にルイ殿、この書物をご存知ですかな? 巷で流行っている忍者活劇の御伽噺ですが」

 そう言って、彼の懐から出された書物に私は釘付けになる。
 それは秘中の秘を封じた書物ではなく、門外不出の禁術の書でもなく、表紙に黄色髪の忍者の少年が特異なポーズを取る――NARUTOという題名の漫画本だった。
 この世界は元の世界より製本技術が格段と劣っている為、手作り感が見て取れるが、表紙の人物は何処から如何見ても十二歳のうずまきナルトだった。

(――ああ、なるほど。どうして今まで気づかなかったかな。一匹見ればなんとやら、という事か)

 初対面に近い関係なのに我が家に訪れ、この本を差し出した意図を電撃的に理解する。
 そもそも、うちはサスケ以外に生き残ったうちは一族の私は本来在り得ない存在だ。
 その共通意志を持つ者はうちはイタチ、うちはマダラ、三代目火影とその側近の爺婆、『根』の総元のダンゾウ、そして――私と同じ、原作を知りつつこの世界に転生した者のみである。

「……其処まで直球で来るとは思わなんだなぁ。いやはや、実に理に適っている。この世界の住民にはローマ字は読めないしねー」

 使い慣れた敬語を即座にやめて、久方振りに素の口調で話す。
 自分以外の可能性を視野に入れてなかったとは、うちは虐殺の件で手一杯で短慮極まりなかったと内心反省する。

「おお、それではルイ殿はやはり!」

 喜びを隠し切れない反応に苦笑しつつも、この二人が一体何の意図で訪れたかは追々探るとしよう。
 大抵同郷の者だから、という単純極まる後先無い理由だろうが、自分の例がある。外見と内部年齢が異なるという前提で話した方が良いだろう。

「うちはの生き残りはサスケだけの筈なのに他に生き残った者がいる。それだけで原作を知る者なら看過出来ない異常だよね。――やれやれ、そんな当然の成り行きに思考が回らなかったとは私も未熟だなー」

 割かし素の小悪魔風の表情を曝け出しながら年不相応に微笑む。
 流石の私も九年間余り自分を偽りすぎて内々に溜まっているものがある。素の自分を遺憾無く表現しあえる存在を、私は何処かで待ち侘びていたのかもしれない。

「それじゃ堅苦しい言葉は抜きにして、改めて自己紹介するわぁ。私の名前はうちはルイ、NARUTOの世界に転生した元日本人よ」




「それにしても良く生き延びたな。不可能を可能にした秘訣は如何に?」
「足掛かり九年、短いながらも生涯全てを賭けたからねー。転生する前にジャンプでNARUTOを読んで、うちは虐殺の真相を覚えておいて助かったわ」

 飲んでいるのはお茶なのに、私達三人は酒が入ったかの如くハイテンションで喋り続ける。子供の身でなければ美味い酒を交わせたのに、と若干残念がる。

「うちは虐殺の真相? あれ、そっちはNARUTO何巻まで出ていた?」
「確か四十二巻までだったかな? 単行本買ってないから微妙だけど」

 二部から暫く読んでいなかったが、某休みがちな漫画が連載していた時に偶然見ていた御陰で助かった。その直後に死んでNARUTOの世界に転生したが故に。
 うちは虐殺を回避する為にうちは一族に関する記憶だけ何度も反芻し、それ以外の記憶は随分曖昧になったものだ。

「なにぃ?! 俺の時は三十三巻だったぞ!」
「あれれ、自分の時は三十七巻だったが」

 困惑がる二人を横目に、同年代でも死亡時期に差異がある事に内心驚く。
 これは単なる杞憂に過ぎないだろうが、完結した未来から訪れた最高に厄介な原作改変者が、もしかしたらいるかもしれない。留意すべき事項だと心に刻んでおく。

「ふむ、個人個人によって転生した時期が違うみたいだね。やっぱあっちの世界で死んだ事が主な原因? てか、赤ん坊からやり直しの転生系? それとも途中からの憑依系?」

 ネット上に転がる幾多の二次小説で結構多いのが現実世界で死んで漫画の世界に誕生する〝転生系〟であり、また原作の人物かオリジナルの人物の精神を突如乗っ取る〝憑依系〟である。
 作品によってはそのままの自分が異世界に召喚されたというケースもあるが、そんな細かい分類を上げたら切りが無いので省略する。
 尚、幾多の世界を渡り歩く私は前者の死んで違う世界に誕生する〝転生系〟オンリーである。

「自分は向こうで事故死して、一からやり直しの転生系だったな。ヒナタと双子なんて最初は信じられなかった」
「俺も同じく転生系だ。赤ん坊からやり直しなんて最初冗談かと思ったぜ」

 なるほど、と相槌を打つ。だが、この二人が偶々転生系だったとは言え、憑依系が無いとは断言出来ない。
 悪魔の証明じみているが、本人の記憶を持っていると判別が難しい。もし、憑依系の人物が物語に介入してくれば、本筋とは異なった予想外の事態に進むだろう。

「にしても、神様は不平等だぜ。ユウナは日向の白眼、ルイはうちはの写輪眼、二人とも木ノ葉の血継限界の血筋なのに俺は忍者の血筋ですらないんだぜぇー? 二人の眩しい才能にシィーット!」

 面白い具合に喚くヤクモを肴に、熱々のお茶を堪能する。
 努力しない天才と努力した凡人、一番優れているのは努力した天才である。身も蓋も無い話だが、これが世の中の基本にして絶対的な法則である。
 凡人の悲痛な嘆きだが、生憎と文句がある。それは横で茶を味わう年寄りみたいな日向ユウナも同じ心境だったらしい。

「宗家ながら分家のネジに劣る無能の落第生と、ヒアシに毎日毎日ネチネチ罵られたいなら代わるぞ」
「生まれた瞬間から死亡フラグ全開で生きた心地のしなかった地獄の日々を追体験させてあげようか?」

 万華鏡写輪眼を見せつけ、私は満天の笑顔で凄む。
 人間、どんな環境でも完璧というものはなく、悩みや不幸や苦労の一つや二つや三つはあるものだ。そのマイナスの要因を無視して嫉妬されても大変迷惑だ。

「おまっ、うわマジ本気か、てかその年でもう写輪眼が!? しかもイタチとは模様が違うが万華鏡写輪眼じゃねぇーか! 悪かった、俺が悪かったから!」

 うむ、突っ込みの才能と弄られの才能は多大にありそうだ。

「うわぁー、見事な土下座だね。何気にやり慣れてないか?」

 ユウナは本気で感心し、私もまた恥も外見も捨てたヤクモの土下座に見惚れつつ、優雅に茶を啜る。

「……まあ補足説明すると、万華鏡写輪眼の模様は個人差があるが故に万華鏡なのよ。それと私が写輪眼を開眼している事は内緒だよ」
「なんでさ?」

 ヤクモは何処ぞの正義の味方みたいな口癖を吐く。
 余り喋りたい事柄じゃないが、致し方無い。ある程度秘密を共有させて信頼を得るのが得策だろう。

「私の今の状況はうちは虐殺の夜と同じぐらい切羽詰っているから。そうだね、無駄に長い話になるから茶菓子とお茶を持ってこよう」




「――うちは一族は数年前からクーデターを画策していた」

 口調を若干下げ、真剣さを醸し出して語る。
 人に語るという経験は少ないから結構新鮮であり、似合わず緊張する。

「それに至るまでの不満云々は木ノ葉隠れの里の創設期からの差別や確執で燻ぶっていた根深きものだ。私を含めた外部の人間には到底理解出来ないものさ」

 先程とは打って変わった雰囲気を感じ取ったのか、二人は真剣に私の話に聞き入る。

「うちはイタチは本来、里の中枢を探る為に暗部に送り込まれたスパイだったが、真実は逆。彼は里側にうちはの情報を流す――俗に言う〝二重スパイ〟だった」

 物語最大の謎の真相を聞いて、二人は面白いほど驚きの表情を現す。何とも語り甲斐のある観客だと内心苦笑する。

「なんだと。という事はつまり……」
「……前提そのものが綺麗に引っ繰り返るな。うちは虐殺の真相は――」

 察しが早くて助かる。が、語り手としては少々残念な気がする。

「そう、里の上層部が下した任務さ。うちはイタチが全ての汚名を被り、抜け忍になるまでね」
「……胸糞悪い話だなぁ」

 うちは一族を滅ぼした稀代の殺戮者は、里の任務に殉じた不遇の忠義者だった。
 ……これが対岸の火事だったら同情の一つや二つしてやるが、実害を被る立場故に「ふざけんじゃねぇ」と笑って糾弾したい。

「だが、そのうちはイタチも実の弟だけは殺せなかった。任務を終えた後、イタチは暗部や上層部からサスケを守ってくれるように三代目火影に懇願し、暗部の総締めであるダンゾウに脅迫して里を抜けた。――此処で一つ、致命的な誤算が発生した」
「誤算? ……あ」

 二人とも気づいたようだ。もし、原作のキャラに同じ説明したら疑問符だらけで「どうしてさ?」と聞き返され、絶対に話が進まなかっただろうなぁと苦笑する。

「お情けで助けたサスケの他に、己の死体を偽装する事で生き残った者が一人出た――とどのつまりは、まあ私の事だね」

 深々と溜息をつき、気怠げに脱力する。
 うちは虐殺を乗り切る事が最優先事項だった故に、その後の展開に割く余力は無かった。今考えると良く生き延びれたものだ。

「話の要点は極めて簡単。サスケには三代目火影という強力な後ろ盾があるが、私には何の後ろ盾も無い。この里の上層部の意向次第では始末される可能性が残っている」
「――うわぁ~。そう、なんだ。マジでうちは一族に生まれなくて良かった。俺だったらまず生き残れねぇ」

 心底自分じゃなくて良かったというヤクモの暢気さが羨ましい。類稀な才能だけじゃ採算取れないから是非とも誰かに変わって貰いたいものだ。
 それに対してユウナは先程から沈黙しており、深く思案している様子だ。

「しかし、ルイ殿。それなら尚更の事、写輪眼が開眼している事を周囲に知らしめ、自身の有効性を里に示した方が良いのでは?」

 冷めた茶を飲んで一服した後、ユウナは真剣な眼差しで提案する。
 単純で馬鹿そうなヤクモとは比較にならないな、とユウナに対する印象を改める。

「ルイでいいよ、私も呼び捨てにするから。二つ、いや、三つの事情で〝写輪眼すら開眼しないうちはの落ちこぼれ〟を装っていた方が何かと都合良いんだ。まあ此処数日間、暗部に監視されているけど、襲撃されるような様子は無いからまあ大丈夫だろうけど」

 強めに断言してこの議題を終わらせる。それが此方に不都合な話題である事を一瞬で悟ったユウナは言葉を飲み込み、これ以上追及する事は無かった。

「!? おいおい、監視されているのに話して良かったのかよ?」
「家の中にはいないし、目視出来る距離にはいないよ。現段階では監視というより護衛に近い形だね」

 話が聞かれる危険性があったなら最初から筆談にするさ。抜かりは無い。と思いつつ、無かったらいいな、という希望的観測になっている気がする。少々気を抜きすぎたか。

「それでユウナとヤクモ以外に同郷の者はいないの?」
「うーん、それらしい人は見当たらなかったけど、こればかりは未知数だね」

 その辺は私も今日始めて把握した事なので強く言えない。
 原作の流れを知りながらも、生かせぬ可能性は根の内に潰したいところだ。

「そうね。それじゃまず目先の事から考えようか」






[3089] 巻の3
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 02:36




 ――うちはルイ。うちは虐殺を生き延びた〝二人目〟の生存者。この時点で在り得ない存在である。
 年は九歳、うちはサスケやうずまきナルトなど主人公達と同年代の少女。
 くノ一の卵としてアカデミーに通っている姿を、同じ学級に在席する日向ユウナは幾度無く見かけていた。
 後ろで揺れる一本の三つ編みおさげが特徴的で、他の我の強いくノ一と一線を隔した可愛らしい顔立ちと優雅なまでの淑やかさを持ち合わせた、この世界では絶滅寸前の大和撫子である。
 うちはの名を冠していながら、アカデミーの成績は下から数えた方が早い順位で何一つ特徴が無かったが、うちは虐殺で消えるには勿体無い人物だと常々思う。
 本編に登場するヒロインがアレなのだから比較するのも愚かしいだろう。それに関してはヤクモと同意見である。
 こんないたいけな少女をも平然と殺すうちはイタチに個人的な怨念を抱きつつ、諦めが肝心とばかりに冥福を祈る事にした。
 だが、うちはルイは生き延びた。見た目通りの人物だったのなら生き残る可能性など万が一にも無いのに。
 この時点で彼女が見た目通りの人物でない事が自ずと解る。だが、それだけでは足りない。――ヤクモの例がある。彼女もまた原作を知る者なのかもしれない。
 些細な事で同じ立場の人間だと発覚した黒羽ヤクモ、彼とは一緒に知恵を絞って中忍試験と木ノ葉崩しを乗り切ると誓ったが、果たしてうちはルイは信頼出来る人物なのだろうか。

「うじうじ悩むまでもねぇだろ。虎穴に入らば虎子を得ずってヤツだ。大丈夫、我に秘策ありだ!」

 そう言って懐から取り出したのはNARUTOの単行本に似た漫画本。中身も普通にあり、絵柄も原作と瓜二つで素人の犯行には見えないぐらい上手である。
 ユウナは友人の才能の無駄使いに驚嘆の意を表すると同時に、元の世界では何をやっていたのだろうかという疑念が胸の内に燻ぶる。
 何はともあれ、何処かズレていて物事を単純に考えすぎる友人に代わって見極めなければならない。うちはルイが敵か味方かを――。


 巻の3 女狐の底深き腹を探り、常闇にて小石に躓くの事


 うちはルイは清々しいまでにはっちゃけた人物だった。
 第一印象が木っ端微塵に打ち砕かれる。此処まで強烈な個性を隠し通した演技力・擬態・猫被りには驚嘆するしかない。
 まるで女版の新世界の神か、静かに暮らしたい殺人鬼だ。何方にしろキラだから、そう名乗った方が良いんじゃないかと本気で心配したくなる。

「目先の事? 暗部に監視されている状況か?」
「いや、そっちの事は自力で片付けるから問題無いよ。目先と言っても三年か四年後の事だ。死亡フラグ満載の中忍試験、木ノ葉崩しをどう乗り切るか、だね」

 再構築した印象は少女が悪魔めいた頭脳の持ち主であり、油断ならぬ人物だと評する。
 ――少なくとも万華鏡写輪眼を開眼する際に一人殺している。だから写輪眼の話題を早々に終わらせたのだろう。

「やはり行き着く場所は其処でしょうね。乱戦の最中が一番怖い」
「うん、其処で相談なんだけど――本編の流れに介入するか、流れ通りに進めるか。どっちがいい? 私個人としては無駄に介入せず、本編通りの流れの方が良いと思うけど」

 茶菓子を啄ばみながら提案するルイに、ヤクモはお茶を飲みながら頷く。

「それがベストだよなぁ。なんて言っても俺達は未来を知っているようなもんだし」

 豪快に笑う友の姿に深い溜息をつき、その様子を眺めていたルイは苦笑する。
 自分もあれぐらい単純明快で楽観出来たら苦労など欠片も無かっただろうと思わざるを得ない。

「果たして本編通りの流れに行くかが問題だな」
「そうね、割と死活問題だねー」
「あん? どういう事だ?」

 一人だけ疑問符を浮かべるヤクモに対し、ルイは教え子を諭す先生役のように説明する。案外この二人は良い組み合わせかもしれない。

「私達が存在する時点で多少の差異が生まれている。それが最終的にどの程度まで本編に影響するかは未知数なのよ。何時の間にか全く違う方向を辿っていた、なんて気づいた時には手遅れだろうね」

 代表的な例として「自分が生き残った時点で大蛇丸関連や暁関連に予期せぬ影響を齎すだろうしね」と、ルイは自分が最たる発端であると包み隠さず語る。

「とりあえず、些細な違和感や変わった事に気づいたらその都度連絡しましょ」




「もうこんな時間か。楽しい時間は早く過ぎ去るものだね」
「そろそろ帰らなきゃな。お袋が怖い」

 それから他愛無い世間話が続き、互いに情報交換しつつ彼女の本質を見極めんと慎重に探る。信じたい気持ちは山々だが、完全に信じ切るには危険すぎる相手だ。
 帰り際、ヤクモは思い出したように、それが世間話のように口を滑らせる。

「そういや、万華鏡写輪眼が使えるって事はよぉ~……その、つまり、あれだよな?」

 ヤクモは途中で気まずそうになりながら質問する。普段なら空気読めと叱咤したところだが、今はナイスだと内心賞賛し、ルイの様子を覗う。

「私の場合、五歳の時から普通に使えたよ。最も親しい友人とか殺さなくてもね」

 ルイの気負った様子の無い返答に嘘の気配は見当たらない。
 欠片の動揺無く嘘八百を並べられるのか、真実を語っているかは見分けがつかない。今まで知らず知らず騙されていた故に、それが演技じゃないかと疑ってしまう。

「原作からして一族じゃないカカシが唐突に開眼しているし、使えるか否かは才能、というか眼と認識の問題じゃないかな?」

 その例として「HBの鉛筆を指でベギッとへし折れて当然と思う事のように、万華鏡写輪眼を使えて当然と思うのだー。チャクラだってそうでしょ?」などとのたまった為、JOJOネタにも通じているのかと内心激しく突っ込む。

「そっか~。……あー、すまないな。変な事疑ってしまって」
「気にするな。私がヤクモなら間違いなく疑うよ」

 本当にそうなのかと疑い、本編でカカシ如きが万華鏡写輪眼を使った時の呆れた感慨を思い起こしてしまう。
 設定に結構矛盾が目立ったNARUTOを顧みると、十分に在り得るかもしれない。開眼条件である『最も親しい友を殺す』事からして滅茶苦茶な後天的要素である。

「そうだ。お詫びでも何でもないが、俺の本当の名前は瀬川雄介だ。此処じゃ意味の無い事だけどな!」

 その瞬間、うちはルイの眸が驚くほど揺らいだ。
 驚愕、憧憬、困惑、悲哀、多種多様の感情が忙しく移り変わり、最後には虚空を穿つように視線を彷徨わせる。
 うちはルイから今までの覇気が消え失せ、悲しげに自嘲する。

「……ごめん、ヤクモ。――私、本当の名前だけは、どういう訳か思い出せないんだ」

 ルイは何処か悲しげに呟いて俯く。
 今までの覇気溢れる雰囲気が一瞬で決壊し、驚くほど弱々しく儚く霞む。
 今この瞬間だけ、謎と疑惑多き彼女の本当の一端に触れたような、そんな気がした。

「あ、いや、謝る事じゃないだろそれ、な! そ、それじゃまた明日、アカデミーで会おうぜー!」

 重苦しい空気に居た堪れなくなったヤクモは笑って誤魔化し、逃げ去るように疾走する。――否、逃げ出す。
 自分も一礼してから後を追う。普段から今ぐらい空気読んでくれればな、とヤクモに対して思わずにはいられない。
 あれほど揺るぎ無かった少女が最後に見せた弱々しさが脳裏を埋め尽くす。
 結局、彼女の人物像が益々解らなくなったと頭を抱えるばかりだった。




「――名前、名前名前名前、名前、か」

 二人が帰った後、私はその単語を舌に転がす。
 無限に繰り返される世界、死さえ錆び付く永劫の果て、何時の間にか私は本当の名前を忘れてしまった。何処かに亡くしてしまった。

「名前なんて、生み堕とされた世界での記号でしかない」

 それでも一番最初の名前だけは特別だろう。私を私として確立し、揺るぎ無きものにする真の名だ。もはや面影すら思い出せない本当の両親から貰った大切な宝物だ。なのに、どうして忘れてしまったのだろう――?

「くだらない。詰まらない。面白くない」

 思考を止める。こんな解決する見込みの無い事柄に脳の要領を割く気分になれない。今日の出来事を全部保留にし、明日考えるとしよう。

「そうさ、こんなの私には似合わない。私らしくない」

 今宵もまた生き残る為に策を講じよう。襖を閉め、家の中で影分身を作り出して蝿に変化させる。獅子身中の虫(蝿)バージョンである。
 いや、変化と呼ぶには若干異なるだろう。影分身がそのまま小さい物に変化したのなら消耗量は人間状態と同じだが、影分身の構成要素の九割九部九厘を解体し、一厘の構成――つまり、蝿か蚤状態――に作り変える。その際、余ったチャクラは予備燃料として蓄える。
 その御陰で何時でも影分身の状態に戻せるが、戻したらチャクラ消費が跳ね上がって稼働時間が減るのは当然の事か。月読か天照を使ったら完全な状態でも一発で消える。

「瞬殺されるような奴と生身で対峙する趣味は無いからねぇ」

 その事を知ったら彼はどんな顔をするだろうか、想像するだけで腹の底から黒い笑みが零れる。
 嗚呼、いつもの調子に戻ってきた。これが今の私、これがうちはルイである。




「こんばんは、今宵の月は格別だね」

 真っ暗闇に鎖された自室で、己が部屋の如く寛ぐ不遜な少女・うちはルイに対し、薬師カブトは心底呆れた表情で溜息をついた。

「……僕が言うのも何だけど、女の子が一人、夜中に男性の部屋に来ちゃいけないって両親に教わらなかったのかい?」

 生家を暗部で護衛されている状態で良く抜け出して来れたものだ。
 いつでも殺せそうなぐらい無防備な姿を曝け出しているのは自身の力量を舐められているのか、スパイである自分を信頼しているのか。いや、理由無く気紛れで遊びに来たという線も濃厚である。
 カブトは相変わらず底知れぬ少女を計り兼ねていた。

「九歳の幼女に欲情するような如何わしい性癖の持ち主だったかしら?」
「いやいや、そういう問題じゃなくて」

 殺された両親に対して少しでも気まずくなる、しんみりと感傷に浸る、といった世間一般の反応は期待出来ないようだ。
 一体この少女の精神構造はどうなっているのか、頗る興味が沸く。
 そういえばあの御方も木ノ葉隠れの里出身だったりするので、こういう精神が普通じゃない忍が育ち易い土壌なのか疑いたくなる。
 半分以上真面目に調査してみるか思案している最中、カブトの反応を愉しむように少女は微笑んだ。

「何はともあれ、良い仕事だったよ。あのうちはイタチの眼をも欺いたんだから誇っていいわ」
「――まるでうちは虐殺が予定調和だった、と言わんばかりの言葉だね」

 一体何の為に自分の死体が必要だったのか、もはや語るまでも無いとばかりにルイは凄艶にほくそ笑む。
 寒気が出るほど悍ましい。人の形をした何かとはあの御方とこの少女の為にある表現だろう。

「さて、夜の逢瀬を愉しむような仲じゃあるまいし、手早く済ませるわ。――〝暁〟よ。うちはイタチが欲しければそれを探るといいわ」
「……何故、それを僕に?」
「それより情報の真偽を疑った方が良いと思うなー」

 コミカルにブーブー文句言う少女が余りにも可愛らしく、思わず笑ってしまう。
 むー、と不満隠さずに膨れっ面になるが、ころころ移り変わって元通りの悪役顔になる。

「利害の一致よ。私はうちはイタチが邪魔極まりない、貴方の主はうちはの器が欲しい。私にとって二つの問題が片付くから喜んで提供するわ」
「やれやれ、とことんスパイ泣かせだね。君は」

 本当に全てを見通しているんじゃないかと、疑いを通り越して信じたくなる。

(あの写輪眼を渡したのも、一族以外の者では使いこなせないと確信していたからだろう。本当に食えない少女だ)

 自身が大蛇丸の器候補である事すら見通し、自身にとって最も邪魔な存在を差し出して二虎競食を仕掛けようとはつくづく九歳の少女の考える事じゃない。
 此処まで来れば恐怖や驚愕よりも尊敬したくなる。一体どうしてこの里からこんな異物が生まれ育ったのか、最大の謎である。

「あーあ、私も貴方みたいな優秀な手駒が欲しいわ。今の主に嫌気が差したら私の元にいらっしゃいな。……待遇は応相談で」

 余り冗談に聞こえない、この軽い勧誘に思わず悩んでしまった。この悪の極致たる少女は平和惚けした木ノ葉隠れの里で何を目指し、何を望んで、何をやらかすのだろうか。
 その成長性は今から目を離せないぐらい、愉快で痛快でこの上無く楽しい事になるだろう。

「うーん、妙にせこく聞こえるのは気のせいかな?」

 今はまだおくびに出さず、観察し続けるとしよう。







[3089] 巻の4
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 02:54




 やあやあ、全国推定百万人のファンの皆、こんにちは!
 我こそは音に聞こえし忍の中の忍、将来五影を超越してウハウハのハーレムを築く予定の最強系主人公、魂の名前を大壕寺イチロー、設定年齢十九歳の美形だ!
 何処かの二次小説の如くNARUTOの世界に転生したのは全然ノープロなのだが、不運な事に木ノ葉隠れの里じゃなく雲隠れの里に誕生してしまい、原作キャラと恋愛フラグを立てる事が出来なかった……がぁしかしイィッ、それも今日この時までだ!
 木ノ葉隠れの里に潜り込み、適当に情報収集しろという大義名分(任務)の下、存分に我が野望を成す事が出来るのだ。目指せ、女子百人斬りじゃー!
 だがぁ、しっかしイィィ、どういう訳か結果が振るわない。この時の為に女子のハートを一発で射止める悲しげな表情とかを毎日鏡見て練習してきたのに、ぬぁぜだっ!?
 時代がまだ俺に追いついていないのか、それともあれか、皆恥ずかしくて照れ隠ししただけなのか! Oh、俺としたことがツンデレのツンに気づかなかったとはぁ、まだまだ未熟だぜ。
 ツンからデレ期に移行させる為に木ノ葉のくノ一達に求愛を繰り返していると、何時の間にかうちは一族が虐殺されていた。十三歳の小僧ッ子に殺されるなんてナンセンスな一族だぜ。
 だーが、生き残りの少女はすんばらしぃ! 思わずロリに目覚めてしまうほどのキュートで可憐な九歳児ね。君と出会う為に僕は此処に生まれてきたのだよと世の真理を悟ったね、うんうん。
 ――あん? もう一人の生き残りの糞餓鬼? そんな死に残りの不純物、我が眼にはアウトオブ眼中ですとも。男は死ね。
 そんな事を適当に報告すると、新たな任務を渡された。――うちはの生き残りを攫って来いと。漸く俺の時代が来たようだ。
 なんというかな、余所から嫁を攫ってくる発展途上国の風習。雲隠れの里にもあったとはお兄さんもびっくりだぁー。
 平和惚けした木ノ葉隠れの里で虎視眈々と機を窺う。ククク、待っていろマイハニー。二人で愛の逃避行だぁー。


 巻の4 井戸の中の蛙、藪を突付いて龍の逆鱗に触れるの事


 久方振りにアカデミーに訪れると私の机の上に菊の花が添えられていた。
 何処からどう見ても献花である。そうだね、一族の殆どが死んだから誰かが間違えたんだねと一人納得し、教室の後ろのロッカーに移動させておいた。
 席に戻って椅子を引いてみると案の定、定番の画鋲――ではなく、忍者らしく撒菱が三個仕掛けられている。あれだね、誰かの忘れ物だよねと一人納得し、専用の竹筒に入れる。
 机の中は見るまでもない。迂闊に手を入れようものなら血塗れになる事だろう。

(うわぁ、これが噂の〝いじめ〟の現場ってヤツかー)

 こういう陰湿な手合いは見せしめも兼ねて実力で排除するのが一番効率的だが、本性と実力を隠しているのでその方法は取れない。
 下手人を探して脅迫しに行くか、いや、複数犯の可能性が高いし、相手は糞餓鬼だから行動法則が論理的じゃない。今この時期に余計な波紋は立てたくない。

(飽きるまで放置だな。此方が反応しなければ自然に終わるだろうし)

 しかし、何故今この時期に投石を投げる輩が出現したのか。今までうちは一族の重圧があって手出し出来なかったからか。
 エリート志向で怨みを買うような傲慢な一族だったから普通に在り得る。同じうちは一族であるサスケに仕掛けないのは此方が圧倒的なまでに弱者だと思っているからだろう。
 つまり、本来サスケに行われたものがそっくりそのまま私に来たという訳だ。やれやれ、予期せぬとばっちりが来たものだと内心溜息付いた。




「――で、演習中に予想通り教室に置いた弁当に墨汁をミックスされたのよ。下手人三人の顔は判明したけど手痛い代償だわ」

 アカデミーの屋上、私はユウナとヤクモと一緒に昼飯と洒落込みながら朝からの出来事を話す。
 最も小娘風情の御陰で弁当を台無しにされたので、昼飯は二人から恵んで貰っている。

「てかもう特定したのかい。命知らずというか哀れな奴等だなぁってあぁー! 俺の唐揚げがぁ!?」
「んー、美味美味。私の栄養分になる事を光栄に思うが良いー」

 余所見した隙に肉を啄ばみ、良く噛んで堪能する。冷めても美味しい、中々良い仕事をしていると素直に褒めてやりたい。

「ふ、ふざけるなってああああぁあぁ、最後に食べようと思っていた海老天がぁ!」
「世は弱肉強食、食は早い者勝ちってね」

 無駄口叩く間に奪い、涙目で恨めしげに睨むヤクモを無視する。……食べ物の恨みは恐ろしいから、明日辺りお返ししよう。

「それはいいとして、その下手人とやらは?」

 ユウナは我関せず箸を進める。ヤクモみたいに隙は見当たらない。おかずを無理矢理奪うのは無理そうだ。

「女三人組だね。多分原作キャラじゃなくて、デコマユコヨいガキだったね。名前は知らない」
「……アバウトな人物像だなぁ」

 元々人の名前と顔を覚えるのは苦手な部類だ。今も意識しないと忘れそうだ。

「春野サクラをいじめていたグループだね、恐らく」
「ん、そんなエピソードあったけ? まあどうでもいいけど、そいつらうちはに怨みでもあったんかねー?」

 親から受け継いだ粘着なら相当厄介だ、などと考えていたらユウナとヤクモは何故か驚いた表情をしている。一体何処が変なのだろうと一人首を傾げる。

「……ルイってさ、意外と鈍いだろ?」
「どーいう事?」

 ヤクモにそのような事を言われるのは心外極まりない。

「ふむ、一つ誤解があるようだ。ルイはうちは一族の壊滅に伴って、今までの積年の怨恨を晴らすのが下手人の動機だと考えているようだが、自分は単なる嫉妬だと思う」
「嫉妬? 落ちこぼれの私の一体何に嫉妬するの? あ、もしかして私の美貌に?」

 それなら仕方ない、美人税みたいなものだし。割かし本気でそう思っているとヤクモはげんなりとした表情で指摘する。

「サスケを独占しているからじゃね?」
「――はい?」

 まさに寝耳に水、青天の霹靂だった。
 何故其処でサスケの独占などという単語が出るのか理解出来ない。というより、した覚えも無いし、まだする気も無い。私の思いのままに踊ってくれるよう誘導する気は満々だが。

「ほら、一族の葬儀の夜に一緒に過ごしたとか色々尾びれついて噂になっていたし」
「一族再興の為に貴女とサスケの婚姻が確実視されているとか」

 思わず眼をまん丸にして驚く。一族を虐殺されて喪に服した直後なのに、そんな下衆の勘繰りで嫉妬心丸出しにされても困る。ある意味、私の予想を上回る酷さだ。

「……認識が甘かった。この里の者は私が考えた以上に不謹慎のようだわ」

 同情なんて狗に喰わせろ、という性質だが、この時期に薄ら寒い同情じゃなく醜い嫉妬を抱かれるとは予想だにしなかった。

「何れにしろサスケが全面的に悪いという事でファイナルアンサーだね」

 全てサスケが悪いと断定して自己完結する。ああ、それにしても御腹が減った。

「で、どうするんだよ?」
「学級のくノ一纏め役であるいのに相談して片付けようと思ったけど、サスケ関連だから逆効果だねー。事を荒立てずに穏便に終わらせたいから暫く放置だね。あ、そうそう、それはともかく今日はユウナの家に遊びに行くから」

 突然振られた爆弾発言にユウナは停止する。
 口をぱくぱく開いて驚いている様子は金魚の間抜け面のようだ。

「――はい? いきなりどうして? 自分の家はあの日向宗家ですよ?」
「だからよ。お義父様に一度ご挨拶しに行かないとねぇ」

 場の空気が一瞬にして凍りつく。その特筆すべき言葉の意味合いを察したヤクモは硬直のち、一気に大爆発する。

「ゆゆ、ゆゆゆゆ、ユウナァー! てめぇ一体何をしやがったアアアアァー!?」
「ぬ、濡れ衣だあああああああぁー!」

 今日も概ね平和である、と大空に舞う鳥を眺めながら一人だけ和んだ。




 前々からうちはルイが気に入らなかった。
 一体何処が、と聞かれれば全部としか言えない。
 落ちこぼれの癖に周囲にチヤホヤされて調子乗っているのかあのアマ、あの後ろで揺れるおさげ姿が眼に入るだけで心底苛立つ。
 今日の事だって、どれを取っても腹立たしいったらありゃしない。
 朝、自分の机の上に菊の花が添えられているのを見て、あの女は何事も無かったかのように平然と後ろに片付けた。死人に添えるものだと解っているのだろうか。
 けれども、椅子に仕掛けた撒菱で鬱憤を晴らせると思い、あの女の苦悶に歪む醜悪な面を楽しみにしていたら、表情一つ変えずに竹筒を取り出し、回収しやがった。人のなのに!
 今まで引っ掛からなかったが、机の中は何処を触っても血塗れになるよう刃物を仕込んでおいた。今度こそはと思ったら、今日に限って一向に手を出さない。まるで全て見通されて幼稚極まると嘲笑われた気分だ。耐え難い屈辱に身を震わし、歯軋りを鳴らした。
 外の演習で抜け出し、奴の上履きをクナイで切り刻み、教科書に落書きし、弁当に墨汁をブレンドしてやった。
 ざまぁみろ。裸足で惨めに歩き回り、教科書に書き殴ってやった言葉の暴力で項垂れて、墨汁和えの弁当を前に泣き喚くといいわ。
 演習から戻ってきたあの女はどんな忍術を使ったのか切り裂いた痕一つ無い上履きで歩き回り、日向の兄の方ともう一人のボサボサ頭と一緒に、自分の弁当など見向きもせず何処かにいきやがった。ふざけんのもいい加減にしろ糞アマッ!
 私のサスケ君を独り占めしておいて、他の男にも手を出すなんて許せるものか。
 昼休みが終わり、あの女は二人を引き連れて帰ってくる。
 もう間接的だとか生温い真似はやめだ。あのうざいおさげを引っ張って引っこ抜いてやる――!




 馬鹿話は終わって教室に帰る最中だが、唐揚げと海老天の恨み、忘れようとて忘れられぬわぁ。
 見る者がいたなら完全に引きかねない不敵な笑みを浮かべる俺こと瀬川雄介もとい黒羽ヤクモは復讐の機会を虎視眈々と狙っていた。
 食べ物の恨みを晴らすべく、後ろで楽しげに揺れるおさげを引っ張るという子供じみた悪戯を考え付いた。
 実行するタイミングは教室に入った直後と見定めていたが、その前に他の誰かに引っ張られて後ろのめりに倒れそうになった。
 なんでこのタイミングに邪魔が――けれど、その間抜けな格好に思わず笑おうとした瞬間、うちはルイの中の決定的な何かが壮絶なまでに音を立ててぶち切れた。ぶちっと。

「え――」
「――ちょ」

 嫌に視界がスローに見える。ルイが引っ張られた方へ振り返る刹那、眸が普通の三つ巴の写輪眼から万華鏡へと複雑な模様に変わる過程が克明に見えるぐらい。って、おさげを引っ張っただけの相手を普通に殺す気か、あと「隠すから内緒ね」って言っていたのに何衆目の前で使おうとしやがりますか――!?

(ユウナ――っ!)
(――任された!)

 刹那にも満たぬ合間にアイコンタクトで意思疎通する。
 間髪入れずユウナは懐から煙玉を取り出して教室に炸裂させ、俺はルイのおさげを握る誰かの手を振り解き、小柄な身体をひょいと抱えて大脱走する。

「うわっ、なんだなんだ! またナルトの悪戯か!?」

 後ろからイルカ先生の声が聞こえたような気がしたが、恐らく錯覚か何かだろう。
 人目を気にしながらも形振り構わずに元来た道を逆戻りしたが、何で俺がこんなに苦労しなければいけないのだろう? 激しく疑問だ。




「おい、ルイ! 落ち着け、落ち着いたか? つーか眼、眼が変わってる!」

 屋上まで連れ去り、絶対にルイと眼を合わせないようにしながら賢明に後ろから呼びかける。
 いや、だって、今眼が合ったら確実に月読の惨殺空間に放り込まれ、有無言わずに嬲り殺されますよ?
 今のルイは物凄く殺気立っていて怖い。意思疎通出来ない猛獣を必死に宥めている飼育員の気分だ。何処かの腐海に住む巨大な蟲の怒り状態並に手が付けれん。

「――あ。危ない危ない、つい殺っちゃうところだった。ナイスだヤクモ、止めてくれてありがと」

 漸く意識が戻ったのか、賢明な呼びかけが功を成したのか、万華鏡写輪眼を引っ込めたルイは気まずく笑う。やっちゃうのニュアンスが殺すの方なのは錯覚だと信じたい。

「ところで、いつまで抱きついているのかな? 暴れないから安心してー」
「あ、ああ、すまん。気が動転していた。悪気は無いぞ、多分」

 普通、こういう年端いかぬ男女が触れ合えば、柔らかい感触だとか良い香りがするとか赤面するような桃色の回想がエピソードとして残る筈なのに全く無い。何故だ。危機感が先立ったからだ。

「んで、どうしたんだよ?」
「いやね、私、おさげ引っ張られるの死ぬほど嫌いなんだ。やられた瞬間、キレて目先が見えなくなるぐらい」

 あははーと誤魔化すように笑うが、全くもって笑えん。
 ……そうだよねぇ。今まで全ての人を騙し通すぐらい完全無欠の秘密主義者なのに、脇目振らず万華鏡写輪眼使おうとするとかマジありえんよ。

「お前のそのおさげは逆鱗か何かかね?」
「言い得て妙な表現だね、否定はしない」

 もし、あの時、他の誰かじゃなく自分がルイのおさげを引っ張ったら――そう考えただけで冷や汗が止め処無く流れる。今日ばかりは自身の悪運に感謝しよう。




 長期戦を想定していた一連の騒動は今日で潰えた。
 あれから日向ユウナが上手く立ち回って集団いじめを明るみに出し、イルカ先生が大層お叱りになったと。物的証拠は沢山残っていたし、白眼を持つ日向ユウナが証人となったからには言い逃れは不可能である。

「――え? 早く片付けないとヤバかっただろう。……あの三人が」

 君の中で私がどういう風に映っているのか、大変興味を抱かせる理由である。
 何時の間にか私の暴走は〝うちはの事件も重なり、精神的に疲労して一杯一杯だった〟という事になっていたのでその通りに演じた。
 最後に当事者が揃って謝り合い、お開きとなる。勿論、異常に怯えるおさげを引っ張った少女に脅迫する事を忘れずに。

「あーあ、今日はもうクタクタだぜ。日向の家に行ったのもヒアシに挨拶するだけだったし――てか、本当に挨拶だけだったのか?」
「挨拶だけよ。人間関係の始まりは総じて挨拶だからね」

 これまた余り期待出来ない布石だが、無いよりマシである。
 ゆくゆくは私の後ろ盾になって貰いたいところだが、事を急いでは仕損じるし、ある程度妥協も必要だ。うちはの血脈を取り入れる事しか考えない下衆な後見人はお断りだが。

「それじゃ明日。今日の弁当の借りを返してあげるから期待していてね~」

 真顔で「おまえ料理出来るの?」などとほざかれたが、明日見返してやろう。――辛子と山葵、両方のブレンドで良いか。
 黄昏ながら落ちる夕陽を眺めていた時、後ろから急接近する気配を察知しても反応出来ない貧弱な肉体を大層恨んだ。

「――! ――ッ!?」

 口と鼻を布切れで押さえられ、強引に草陰へ引き摺り込まれる。
 視界が歪み、意識が朦朧とする。即効性の薬物、と冷静に思考する間無く、意識は闇に堕ちた――。




 対象の少女の意識を瞬時に奪い、草叢に引き摺り込んで猿轡と縄で拘束する。
 一連の鮮やかな手並みに自称五影を超越した忍たる間者は「我ながら自分の有能さ加減が恐ろしい……!」などと自画自賛したりする。
 意識を失った少女を軽々と右肩に担ぎ、彼は里の外へ霞むような速度で疾駆する。性格面に多大な問題はあれども、腐っても雲隠れの暗部、能力面は優秀だった。
 この分ならば木ノ葉隠れの忍がうちはルイの不在を気づく頃には仲間の合流地点に到達し、国境越えを難無く果たすだろう。
 そうなればこの幼い少女を嫁とし、存分に弄べる。彼は自身の妄想を思う存分堪能し、虹色の未来に期待を膨らませる。
 だが、担いだ少女の身体が突然動き、任務中にあるまじき現実逃避が一時中断される。

「あん、もう目覚めやが――っ!?」

 今、意識を取り戻すのは何かと不都合だ。また薬を嗅がせて眠らせようとした時、首を限界まで回した少女と眼が合い、意識は闇の中へ引き摺り込まれた。




 幻術、と意識して舌の一部分を噛んで正気に戻ろうとしたが、どういう訳か解けない。
 気づけば其処は結構な速さで走る電車の上だった。
 この世界に電車などという文明の利器は無い筈なのに何故――?

「何勘違いしているんだ」
「ひょ?」

 突如の声に振り向けば、其処には世にも奇天烈な髪型をした学生がいた。
 首輪に鎖に繋がれた中央に眼が描かれた金色の逆三角錐、どうやってセットしたか解らない、染めに染めた色鮮やでカラフルな髪、只ならぬ怒気を発する奇抜なセンスの学生がいる。
 その少年の横には、更に奇抜な、騎士風の何かが立っている。式神か、口寄せされた妖魔の一種か。男は身構えようとしたが、どういう訳か指一本動かせない。

「まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ! 速攻魔法発動、バーサーカーソウル!」
「バーサーカーソウル!?」

 咄嗟に聞き慣れたフレーズを耳にし、この状況を断片的に理解すると共に戦慄が走る。

「手札を全て捨て、効果発動! こいつはモンスター以外のカードが出るまで、何枚でもカードをドローし、墓地に捨てるカード! そして、その数だけ攻撃力1500以下のモンスターは追加攻撃出来るッ!」
「え、ちょ、ま――!?」
「まず一枚目! ドロー、モンスターカード!」

 騎士風の男が疾走し、躊躇無く一閃する。剣は胴体を無造作に引き裂き、夥しい血が噴出する。

「うがあああああああああ! な、なんで本当にいてぇんだぁ?!」
「二枚目ドロー、モンスターカード!」
「や、やめ、ぐぎゃああああああアアアあああアァアああーッ! 何で身体が動かねえええええええぇっ!」

 二撃目は左腕を根元から切り裂き、回転しながら宙を舞う腕は電車の外に落下する。

「ドロー、モンスターカード! ドロー、モンスターカード!」

 奇妙な掛け声と共に一閃、二閃する。今度は右足を両断し、返す刃で右目を穿ち貫く。

「~~~~ッッ、うあ、あ、ああああアああぁアあアァアああアああああぁあぁ――!」

 終わらない。意識も生命も何もかも。この過剰殺傷は彼の原型が無くなるまで続けられた――。




「ハァハァッ、クソ、なんなんだこの痛みはッ! 幻術なのに滅茶苦茶いてぇぇえ~~~!」

 次に意識が戻った時、五体満足の彼は電車の上ではなく、異国の路上にいた。
 先程までは明るかったのに今は古典的なデザインの電灯が燈る真夜中だった。

「近づかなきゃてめーをブチのめせないんでな……」
「ほほお~~~っ、では十分に近づくがよい」

 前後から不吉な韻を孕んだ声が耳に入る。
 錯乱しながら確認すると、前には学生帽を被った全然高校生に見えない学ラン服の男が悠然と足を踏み入れ、後ろにはハートマークの頭飾りをつけた奇妙な服の外人男性が同じように歩み寄る。どう見ても挟み撃ちになる形だった。

「いや、ちょ、俺が中間にいるんですけどッ!?」

 彼の悲鳴じみた言葉は二人の男には届かない。
 ドドドドドドド、と奇妙な擬音が間近で聞こえてくるような、心臓を止め兼ねない殺人的な緊迫感が秒毎に増す。

「オラァ!」
「無駄ァ!」
「げひゃあぁ?!」

 二人の男が繰り出した〝第三の拳〟が中央にいた彼に直撃する。
 人外の威力を秘めた拳は容易に彼の肉体を穿ち貫く。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオアオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーッ!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ!」

 目に止まらぬほどのラッシュの嵐が二人の傍に立つ奇妙な像から繰り出される。一撃一撃が即死級の打撃は彼の肉体を瞬く間に砕き折り、原型すら不明になるほどの襤褸雑巾に変えていく。

「ヤッダーバァアァァァァアアアアアアアアアアアアァァーーーーーーー!」




「ガアアアアアアアアアアアアァッァァ~~~! はぁハぁッはァ、な、何なんだ。何なんだよおおおおおこれはぁ~~~ッ!」

 信じられない激痛で吐き気が止まらない。
 蹲り、指一本すら動かせず、周囲の状況すら確かめられない中、彼の身体にピンク色に発光する縄が幾重に纏わりつき、身動き一つ出来ないように拘束される。

「――ちょっとだけ、痛いの我慢できる?」

 一瞬、理解出来ない言葉が耳に飛び込んでくる。
 唯一動かせる首を上げてみれば、其処には白い制服みたいなものを着た空飛ぶ少女がいた。
 少女が構える奇怪な杖には膨大な規模まで膨れたピンク色の光が収束していく。少女の後ろの左右に同じ規模の光が二つ、更に自身の後ろにまで二つ、計五個あった。

「え、あ、いいいい、いや、全力で遠慮します! お願いやめ」
「――全力全壊ッ!」
「うぉおおいッ! 言っている事ちげええええええぇ――!」

 彼を束縛している光の縄さえ吸収し、ピンク色の禍々しい光は限界まで集まる。
 逃げたくても先程の痛みで身体機能が痛覚以外麻痺し、一歩も動けない。彼は絶望した。

「スターライト・ブレイカアアァァー!」

 自身に放たれる五つの光、互いに鬩ぎ合い、痛み以上に突き抜けた何かが身体中に暴れ回り、消して犯して侵して砕いて跳ねて、想像絶する激痛が脳髄を魂を陵辱していく。

「あ、アアアアアアァァアアアッァァァァァアアァァアーーーーーーーー!」
「ブレイク・シューーーーート!」

 全ての光が解放される。最大級の痛みが、全身を幾千回突き抜けた。

「ミギャアアアアアアアアァァアアアアアアアアアァアアァァァアアアあアアアあアアアアアアアアアア~~~~~~~~~ッッッ!」




「ま、まさ、か――こ、これが、あ、万華鏡、写輪……ぁあぁッ!?」

 またもや一歩足りても動けず、自分の腹から血塗れた刀の穂先が突き出ている。
 刀を抜き取って眼下に現れたのは自身が攫った少女であり、万華鏡写輪眼を紅く滾らせるうちはルイは心底愉しげに嘲笑った。

「――正解。存分に死を愉しみなさい。大丈夫、決して飽きさせないわ。百の人生でも体験出来ない特異な死を提供してあげる」

 一瞬で理解してしまった。あれは屠殺場で精肉される豚を見るような眼だと。人間を人間と認識せず、空気を吸うように平然と凄惨に殺す、人外化生の眼だと――。

「……ま、待て、待て待て待ってくれッ。俺も同じだ! お前と同じ、向こうの世界の住民なんだッ!」
「ふーん、だから?」

 自身の惨たらしい末路を悟った彼は必死に、最後の一筋の望みに賭ける。

「里の任務だったんだ。仕方なかった! 俺だってこんな事をしたくもなかった! お願いだ、同じ日本人だろ? 命だけは助け――あグァッ!?」

 手に握る刀を無造作に、咽喉元に突き刺される。
 声を幾ら出そうにも息を吸おうにも空気と血が零れて音にならない。

「――だから、それがどうしたの?」

 それは天使のように綺麗で、人間味の欠片も無い残酷な微笑みだった。

「おまえの都合など知った事か、此処で朽ち果てろ。私の輝かしき未来の礎にしてあげる」

 もはや悲鳴を上げる事すら許されず、彼は無残に殺され続ける。
 無限に等しい殺戮の中、彼は考えるのをやめた――。




(――二十六時間か。この根性無しめ)

 草叢で身動き一つ出来ない状態で精神が逝って横たわる男に毒づきながらも、憎々しげに辛酸を嘗める。
 実際問題、成功するか否か瀬戸際だった。
 この時期に他の里の忍に拉致されるなど完全に想定外であり、事前の備えなどまるで無かった。
 即効性の薬物を嗅がされながらも、猿轡を噛まされ、縄で緊縛し終えるまで意識を失った演技を出来たのは奇跡に等しい。
 それからは気づかれないように掌の肉を爪で抉り続けて意識を取り戻さなかったら、今頃こいつの忍の里で性奴隷以下の扱いだ。全くもって忌々しい。
 掌仙術で出血多量の掌にチャクラを集中させ、完全に治療する。
 腐っても忍の緊縛、縄抜けは無理そうであり、猿轡も自力じゃ外せそうに無い。おまけに意識は朦朧とし、途切れる寸前である。
 自らの運命を自分以外の何かに委ねるのは非常に癪だが、木ノ葉隠れの里の忍が早々に発見してくれる事を祈って意識を失った。




「……ご苦労じゃった。下がってよいぞ」

 暗部から渡されたうちはルイ拉致未遂事件の詳細を読み、木ノ葉隠れの頂点に立つ忍、三代目火影は深々と溜息を零した。
 本日未明、日向宗家を訪れたうちはルイは帰りの道中に雲隠れの間者に拉致され、行方が途絶える。が、うちはルイは意識不明の状態で里の近辺にて日向ヒアシ(うちはルイの行方不明の一報を聞き、捜索に緊急参加した)に発見され、無事身柄を確保される。
 その傍に外傷一つ無い死体が発見されるが、死因は不明。想像絶するほど醜く歪んだ死に顔だったとされる。
 そういう死に方をした仏を、三代目火影は心当たりがあるどころか知っていた。
 当代では彼にしか出来ない殺害方法であり、かの者の仕業である事は火を見るより明確だろう。

「うちはイタチ――これも、お前の意思なのか」

 重い罪悪感に蝕まれながら、三代目火影は月を眺める。
 遠眼鏡の術を使える自身にすら届かぬ場所で、彼は里の事を見ていたのだろう。
 プロフェッサー、忍の神などと謳われても、里の子供一人すら守れない。自身の不甲斐無さを呪いたくなる。

「失礼します」

 控え目のノック音と共に執務室に現れたのは今回の事件の最大の功績者であり、数年前の事件以来、顔を見合わせる機会すら無くなった日向の当主、日向ヒアシその人である。

「火影殿、今回の事件は我が日向宗家に一因があります。如何なる罰も受ける所存です」
「良い、今回の不手際は里の警戒態勢の怠慢であり、総じて儂の責任じゃ。すまんな、ヒアシ。――二の舞を踏むところじゃった」

 二人の表情に深い影が差し込み、重苦しい沈黙が場を支配する。
 過去の忌まわしき記憶が脳裏に過ぎる。日向と木ノ葉の上層部に深い確執を生み出したあの事件を――。

「ヒアシ、これは個人的な頼みなんじゃが――」







[3089] 巻の5
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 03:02




 ――お前が万華鏡写輪眼を開眼すれば操る者は三人になる。

 うちは一族が虐殺された夜、彼の兄はそう言い残して里を去った。
 木ノ葉隠れの里で隆盛を誇った一族は今や三人足らず。一族皆殺しの張本人であるうちはイタチ、その実の弟である彼ことうちはサスケ、そして――うちは最優の彼等とは遠い親戚の少女、うちはルイの三人である。
 自分はうちはイタチの情けで助けられた。その忌まわしき記憶を思い出すだけで腸が煮え返り、憎悪で気が狂わんばかりに激昂するが――うちはルイはあの夜、どうやって生き残ったのだろうか?
 うちはイタチは一族の者を容赦無く殺した。自身の両親さえも己が前で惨殺し、女子供に至るまで根絶やしにした。そんな彼がその女子供の一人であるうちはルイを見逃す可能性など無い。
 ならば自分と同じように、生かす理由があったのだろうか? そのような余分な疑念が生じたのは昼下がりでの教室の騒動がきっかけである。
 その日に限ってルイは日向ユウナと黒羽ヤクモと一緒に昼食を取った。その事に関してとやかく言うつもりは無いが、問題の瞬間は昼休みが終わり、教室に戻ってきた時に起こった。
 教室に入った直前、くノ一の一人にトレードマークの三つ編みのおさげを引っ張られ――その直後に濃密な煙が充満し、教室中は一時大騒ぎとなった。
 煙が視界を覆い隠すまでの刹那、振り返ろうとしたうちはルイの黒眸の筈の眸に何故か違和感を覚えた。距離的に遠めであり、最初から意識していなかったので確信は持てない。
 他の者だったら気のせいで済む話だが、彼女は自分と同じうちは一族の生き残りであり、そうなる可能性は在り得る。うちは一族の血継限界、写輪眼を開眼しているのであれば。
 ――お前が万華鏡写輪眼を開眼すれば操る者は三人になる。
 うちはイタチの言葉が再び脳裏に過ぎる。だからこそルイを生かしたのでは無いだろうか。うちは一族の生き残りは自分が知る限り三人、丁度数も合う。
 だとすれば、うちはルイは九歳以前に写輪眼を開眼させた――うちはイタチに匹敵する天賦の才を有しているのかもしれない。
 才能無き自分には到底届かない、うちはイタチと同じ境地に立っているのかもしれない。あの泣き虫の少女が、何代も写輪眼の開眼しない堕落した血筋に生まれ、名だけの落ちこぼれと蔑まれた少女が――!
 一族を亡くした悲しみと身を焦がす憎悪の念は、何時の間にか歯痒い焦燥と醜い嫉妬に一変している事にサスケは気づかない。
 確かめなければならない。あの刹那が錯覚か現実かを。あの夜での真相を、写輪眼の有無をこの眼で――。


 巻の5 羊の皮を被った獅子は爪を隠し、翼無き鷹と相搏つの事


「今日より共に住まう事になりましたうちはルイです。不束者ですが、よろしくお願いします」

 日向宗家の者が一同に揃って行われる恒例の朝食の前、その一本に纏めた三つ編みおさげの侵略者(インベーダー)は何食わぬ顔で、丁寧に御辞儀して微笑む。

「な、なな、なんですとぉおおおおおおぉ!?」
「ユウナ、騒がしいぞ」

 魂からの悲痛な叫びは父であるヒアシの一声で斬って捨てられる。いやいや、一体全体どういう事か理解出来ない。
 昨日まで友達だったが、今朝になると準家族扱いになっていた。何を言っているかさっぱり解らないと思うが、自分も解らない。写輪眼とか幻術とかちゃちなものじゃない。もっと恐ろしい片鱗を味わった……!

「す、すみません。しかし、何故に……!?」
「三代目火影殿より要請を受け、我が日向が後見人の形で引き取った。粗相の無いようにせよ」

 何故其処で火影の名が出るのか、余計に頭が混乱する。知っていても未然に防げなかったヒナタ誘拐事件以来、日向は木ノ葉隠れの上層部とほぼ絶縁状態まで陥っていたのに。
 縋り付くような思いでうちはルイの方へ目線を向けると、ほんの一瞬だけしてやったりというドス黒い笑顔を見せる。思わず全身に寒気が走った。
 や、やられた。昨日の挨拶は今日の布石だったのか! うちはルイ、恐ろしい子……!

「いえいえ、叔父様。身寄りの無い居候の身ゆえ気遣い無用ですわ」
「う、む。宜しく致せ、良いな」

 ヒアシのあんな反応は生まれて初めて見る。騙されている、完全に騙されていますよ。日向自慢の白眼でその女狐の本性を見抜いてくださいよぉ――っ!

「は、はいっ! ……よろしくね、ルイちゃん」
「此方こそよろしく、ヒナタ」

 ヒナタも細々と会釈を交わす。そうだよね、アカデミーでの彼女だけを見ていれば誰にでも比較的友好的で――敵らしい敵を作らないように終始しているとも言う――内気なヒナタでも簡単に受け入れられるだろう。

「よぉろしくぅ、ルイおねーちゃん」
「ハナビちゃんもこれからよろしくね」

 駄目だ、駄目だ。そんな人を姉と慕うのは危険すぎる。今年で四歳になる純真無垢なハナビが精神的に侵されて真っ黒になってしまう!

「……あー、えー」

 落ち着け、落ち着くんだ。このままでは孤立無援になり、家での立場を完全に失う。何処かの英国貴族が如く家と財産を乗っ取られかねない。
 開いた口が塞がらず、食い入るようにルイを凝視していると、彼女は無情にもトドメと言わんばかりに王手を掛ける。

「そんなに見詰められては照れちゃいます、ア・ナ・タ」
「え、えっ……そそ、そんな、ユウナ兄さん!?」

 ……は? 両頬を赤くして恥ずかしげな表情浮かべて何を言いやがりますかコイツは。てか、そんなあからさまな冗談を真に受けて耳まで真っ赤にするな我が妹よ。

「うわああああああああ~~~ッッ、完全に確信犯ですよぉおおおおおグゲゴォッ――!?」

 魂の底からの絶叫はヒアシの掌底により、完全に封殺される。
 面白いぐらい体が吹っ飛び、意識が途絶えるまでの刹那、身に降り掛かった理不尽さを呪う。おう、神よ。自分は一体何をした。こんな損な役割はヤクモの筈なのにッ!




 拉致未遂の事件から事の推移が全て私に都合良かった。
 間者の死亡状況から木ノ葉隠れの上層部はうちはイタチの仕業と断定した為、私の生存はイタチの意図と拡大解釈され、木ノ葉隠れの暗部に襲われる可能性はほぼ潰えた。
 更には予想外にも三代目火影が手を回し、私の後見人として日向ヒアシを指定(或いは志願)し、難無く強力な後ろ盾が手に入れる。もう下級一族との下らぬ縁談に時間を費やす事もあるまい。
 薬師カブトも今回の事件の顛末を〝私の自作自演〟だと勘違いしてくれたので、その通りに振舞ってやった。確かに客観的に見れば出来過ぎた内容なので、本気で攫われた、という弱味を見せずに済んだ。

「――上手く行き過ぎているな。逆に嫌な予感がする」

 私が木ノ葉隠れの里で平穏に暮らすに至って、障害となる問題が一挙に解決した風に見える。そう、余りにも都合良く片付きすぎた為、私は内心言い知れぬ危機感を募らせる。
 過去、幾たびの輪廻の経験から痛いほど実感している事だが、私には致命的なまでに運が無い。次々と頼みもしないのに死の要因を呼び寄せるぐらい運が無い。
 今回の事は余りにも運が良すぎる。在り得ない。だから、この最高の幸運を一瞬で掻き消すようなしっぺ返しが起こりそうで怖いのだ。
 これが杞憂に終われば下忍任官まで死亡フラグを回避出来るが、生憎な事にこういう時の不都合極まる予感を外した覚えは一度も無い。
 如何なる事態に対処出来るようにあらゆる可能性を想定し、兜の緒を締めて待ち構えよう。




「木登りかぁ、まだ一度も試した事無かったなー」

 此処は日向の私有地、私にとって監視の目から解放され、思う存分に自己鍛錬出来る唯一の修行場である。

「……案外簡単だぞ、チャクラを練るという感覚を掴むまでが大変だったが」
「そうか? 俺は死ぬほど苦労したぞ、水面歩行とかもすぐチャクラ切れるし」

 まだ今朝の事を根に持っているユウナは不機嫌さを隠さず、事情を知ったヤクモは完全に無視している。ちょっとした悪ふざけだったのに、心が狭い奴だ。

「よーし、行くぞ。とりゃー!」

 チャクラを足元に集中させ、記念すべき第一歩を踏み出す。
 ぐじゃっと快晴な音を響かせ、足が樹木にめり込む。二歩目も深々とめり込み、折角なのでそのままの状態で木を歩いて登っていく。あっと言う間に頂上である。

「流石は私っ。一発で成功よぉー」

 下では居た堪れない空気に包まれている。そりゃ原作のサスケのようにチャクラが強すぎた状態で登ったのだからこの修行の趣旨に外れているのは先刻承知である。

「あー……」
「……なんというか、あれだな。オマエは石仮面被った吸血鬼かっ!」
「あはは、そうそう、ユウナ。その突っ込みを待っていましたっ」

 一瞬通じないかな、と心配になったが。頂上から飛び、華麗に着地する。
 今度は違った木で真面目に挑戦する。最初の一歩で体重を支えられるぐらい吸着した事を確認し、普通に歩いて登っていく。難無く成功である。

「うんうん、これは案外簡単だったわ。……にしても、何でこれアカデミーで学ばせないのかねー? チャクラのコントロールなんて基礎中の基礎だろうに」
「教育カリキュラムを本気で見直した方が良いんじゃないかと真剣に悩むところだ」

 ユウナの言う事は最もだ。こういう基本的な事を教えないから忍の家出身とそうでない者の差が激しいんじゃないかと邪推したくなる。
 いや、逆に考えればそれが当然であり、サスケやナルトに至っては教える親がいなかったからこれが出来なかったのでないだろうか。

「性質変化の選定方法の紙見式もな。あれはまんま水見式だが」

 完全に後付設定だがな、ヤクモは苦笑する。
 紙切れにチャクラを送り込んで、その時生じた反応が自分の性質である、という感じだったと思う。アカデミーの授業でも触る程度はやっていた。本当に触る程度だが。

「あー、あれかぁ。私はうちはだから、やるまでもなく火の性質なんだろうなぁ。ユウナとヤクモは?」
「自分は水の性質だったな」
「俺は雷だが、未だに雷遁系の術使えないぜ……」

 木ノ葉隠れの里は大体火の性質で、他の性質は珍しいらしいが、主人公のナルトからして風の性質なんだから当てになるまい。

「そういえば螺旋丸の練習とかした? NARUTOの世界に来たからには習得しないとなーと常々思っているが」

 あれは少ないチャクラで即死級の威力を叩き出せる効率的な術だ。相手と互角の体術があれば必殺の武器になる故に、必ず習得しようと思っている。

「そりゃ練習したよ。……俺はまだ水風船すら割れねぇー。どうも俺は忍術系とは致命的に相性が悪いみたいだ」

 不貞腐れた表情でヤクモはがっくりと項垂れる。

「自分の方はまだゴムボールが割れないな。日向の柔拳に螺旋丸が加わればネジなど即座に引導を渡してやれるのだが」

 ふーん、と普通に受け流してしまうところだったが、ユウナにしては珍しい、聞き逃してはならない問題発言である。

「何気に物騒な事を言っているなー。一族の次期当主は原作通りハナビちゃんになるだろうから、分家の倅如きなんて気にする必要無いんじゃない?」
「どういう訳か事有る毎に、ね。真面目に戦ったら百回は殺されている」

 相当鬱憤が溜まっているのか、ユウナは疲れた表情で溜息付く。
 一緒に住んだ体験談から言えば、日向の気質は少々ネガティブだと思う。陰険で根に持ち易いので、その粘着度は想像するだに恐ろしい。

「完成形の螺旋丸を使える奴がいたら即座に写輪眼でコピー出来るけど、下忍になるまで三年あるから自力で習得するかねー」

 此処まで来て、二人は漸く私の意図に気づいたみたいだ。
 螺旋丸が完成していたなら即座に見て盗もうという私のせこい魂胆に。

「うがぁー! 写輪眼の有り余るチート能力が憎たらしいぃ! 神様は不平等すぎるぞぉ!」
「本当だな。忍術や幻術を一目見るだけ習得出来るのは羨ましい限りだ」
「テメェは白眼あるからまだマシだろうが、俺にゃ都合の良い血継限界なんてねぇぜ。マジへこむ」

 ヤクモは益々落胆するが、その言い草には文句がある。それは隣で不満を浮かべるユウナも同意見のようだ。

「寝言は寝て言えー、ヤクモの純粋な身体能力こそ反則級でしょ。男女の身体能力の優劣以前の問題を感じずにはいられないぞー!」
「刀を使われたら自分でも勝てないよ。生まれる世界、間違えてない?」
「……何気に酷い言われ様だな。漫画の知識を使ったお遊び剣術が功をなしているとは、素直に喜べん」

 一回、一対一で何でもありの組み手をして解った事だが、コイツは忍者じゃない。
 いや、この世界に真に忍者と言える奴が何人いるか知らないが、刀を主体とした戦闘スタイルはまさに侍(むしろSAMURAI?)と呼ぶに相応しい。
 小手先の忍術などヤクモには一切必要無いのだが、本人としては派手好きなので不本意なのだろう。

「この中じゃ一番の落ちこぼれは自分かなぁ」
「剛の拳よりストロングな柔の拳使いが何をほざくかっ!」
「ユウナが使うの絶対に日向の柔拳じゃねー。ありゃ世紀末で暴れる一子相伝の暗殺拳だろ?」

 ユウナは日向宗家の癖にまともな日向の柔拳を使わない。何故ならその分野では分家のネジに勝てない事を身をもって知っているからだ。
 それ故に日向の跡取りから弾かれるだろうと本人は楽観視しているが、より進化させてヤバイ方向性に発展させるのではないかと私は心配だ。

「というか、単純な勝負じゃ私が一番劣るねー。全く、大した奴等だわ……」
「その褒め文句はもう聞き飽きた。つーか、ルイが一番寝言を吐いてるじゃねぇか!」
「ルイは絶対に相手の土俵で戦わないからね。必ずルール外のルールで来るでしょ。将棋で勝負したら薬盛るとか、格闘技で勝負したら暗器使うとか」

 うんうんと頷くヤクモとユウナの二人。いやいや、万華鏡写輪眼を使わない私は殆どの分野において君達以下ですよ?
 基本性能が段違いだから、真正面からやっても勝ち目が無い。それ故に私が勝つという事は『嵌めて勝った』という結果しか残されていない。
 この二人は如何に自分が恵まれているか解っているのだろうか、気が滅入る。

「だけどまあ、うち等が組めば敵無しだねー。下忍の編成もこの三人にして貰いたいところだわ」
「そういえば前から思ったんだが、ルイはうちはだからカカシの班になるんじゃね? サクラ押しのいて」

 その事については既に予測済みだよ、ヤクモ。カカシ達に万華鏡写輪眼を暴露する事は絶対に選べない選択肢なので、波の国での死亡フラグの乱立は是非とも回避したい。

「そうならない為に写輪眼覚醒の見込み無い落ちこぼれとして、シカマルとドベ二位争いしているのよー。あとはユウナが二位まで駆け上がってヤクモは中間維持だねー」

 だが、それでもうちはというだけでカカシの班に組み込まれる可能性は捨てきれない、と二人は懸念を示した。まあ在り得そうな話であるが、それも予期せぬ事で解決した。

「いざとなればヒアシ殿に頼むとしよう。木ノ葉の名家は班編成にも融通利くみたいだしね」
「ああ、原作で露骨な組み合わせが二班あったしな」

 ぽん、と手を鳴らし、ヤクモは納得する。
 夕日紅が率いる犬塚キバ、油女シノ、日向ヒナタの班、猿飛アスマが率いる奈良シカマル、山中いの、秋道チョウジが代表的例である。
 アスマ班に至っては親も同じような組み合わせだったので、名家が越権行為じみた横暴を利かせているのは火を見るより明らかな事実である。

「あ、そういえば今思い出したが、下駄箱にあった手紙は結局何だったんだ? 果たし状? それとも斬奸状?」

 ヤクモの言う通り、アカデミーの帰り際、私の下駄箱には手紙が入っていた。前の陰湿ないじめ騒動の再燃を危惧したが、それどころじゃ済まないものだった。
 手紙を読んだ私は予想を遥かに超えた最悪の事態が訪れたと確信する。漸く手に入れた地盤を木っ端微塵にされる可能性すらある。それが身から出た錆ならば笑うしかない。
 私は痛烈な皮肉を籠めて、こう答えた。

「火傷しそうなぐらい熱烈な恋文よ、うちはサスケからの」




「どうしたの、サスケ。こんな時間に呼び出して――」

 忍者さえ静まる真夜中、手紙に指定された場所に足を運んだうちはルイはうちはサスケと対峙した。
 待ち構えていたサスケは睨むようにルイを射抜く。
 殺気すら滲ませる気迫さえ纏っていた為、明らかに話し合いの雰囲気ではなかった。

「ルイ――オレと、戦え!」
「え――?」

 問答無用、と言わんばかりに戦闘は開始される。
 投擲されたクナイをルイは紙一重で避けたが、即座に間合いを詰められ、繰り出された足蹴には反応出来ない。咄嗟に右手でガードしたが、受け止めきれずに吹っ飛び、草叢に転がる。

「――グッ!」

 空気を切り裂く風切り音が二つ、それが追い討ちのクナイだと察したルイは転がっている途中で跳ね上がるように飛び退き、難を逃れると同時に牽制のクナイを投げる。

「――本気を出せッ! おまえも使えるんだろう、写輪眼をッ!」

 だが、そんな苦し紛れの攻撃ではうちはサスケの動きを止める事は出来ない。
 サスケは疾走しながらも一歩ずれるだけで躱し、驚くルイの下に切迫する。そのまま振り抜いた拳はルイの無防備な腹部を痛烈に貫いた。

「あぐぅ――!?」

 余りの威力に地に踏ん張れず、ルイの小柄な体はさながら木ノ葉のように宙を舞い、地に落ちる。
 呼吸もまともに出来ず、倒れて蹲るルイを見下ろし、サスケは苛立ちさを隠さず叫ぶ。

「ふざけるなッ! オレ程度じゃ出す価値も無いのか――!」 
「――ふざけてなんか、ない」

 激しく咳き込みながら片膝を立て、ルイは正面のサスケの眼を見据える。
 その眼は写輪眼でもない只の眼だった。だからこそサスケには眼が離せなかった。

「これが、私の本気よ。サスケにとっては、遊んでいるようにしか見えないけれども、名だけの凡人ではこれが限度よ」

 ルイはふらつきながら己を自分の言葉で自傷する。弱々しく立ち上がる様など遅すぎて見ていられない。うちはイタチの片鱗など、この少女には欠片も見当たらない。

「写輪眼なんて、どんなに切望しても私には届かない。父さんも母さんもそうだった。本当にうちはの血がこの身に流れているのか、私が一番信じられないわ」

 苦痛に表情を歪ませながら、ルイは自嘲する。
 羨望と嫉妬が入り混じり、諦め掛けている顔はまるで優秀すぎる兄を追い続けた自分を見ているようだ。
 ……本当に、自分は彼女に写輪眼の影を見たのだろうか、疑心が大きくなる。

「でも、サスケは違う。貴方は間違い無く天才よ。私が保証する。近い将来、必ず写輪眼を開眼してうちはの名に恥じない忍者になれる。生まれつき落ちこぼれの私とは違って、ね。だから――今の貴方には負けられない」
「な、に――」

 そう言って、ルイは己一人で立ち上がる。
 唯一つだけ、強い意思が籠められた眼だけは違った。うちはイタチのものですらない、異質の眼をサスケは知らない。
 クナイを一本取り出し、ルイは腰を低めてクナイを持つ腕を限界まで後ろに逸らすという、今まで見た事の無い異形の構えを取る。
 さながらその構えは、矢を番えた弓に似ており、限界まで張り詰められた弦の如く少女の腕は解放の一瞬を待ち侘びていた。

「――行くよ。これが、私の全力ッ!」

 嘗て無いほどの大振りをもって、そのクナイは激烈な勢いで投擲された。
 空気を切り裂き、獰猛な速度で飛翔するクナイはサスケの顔面目掛けて直進する。
 躱すかクナイで弾くかの二択に迫られ、サスケは瞬時に弾く事を選択する。体勢を完璧に崩すほどの全力で投げられた一刀から逃げるのはサスケの誇りが許さなかった。

「ハァッ!」

 闇夜に目映い火花が散る。この必殺の一刀を弾けば、隙だらけのルイを小突いて終わる。サスケが自身の勝利を確信した時、それが早計だった事を瞬時に悟る。
 ルイは全力で投げ、体勢を崩しに崩した。自身の動きを制御出来ず、無様に地に転がる筈だった。だが、彼女は投げた反動を利用して独楽のように回転し、その回転力を殺す事無く在り得ない速度で疾走してきた。

(まず――だがッ!)

 クナイを弾いた反動で右腕は麻痺し、咄嗟に動かせない。
 間髪入れず絶妙なタイミングで突撃してくる。だが、まだサスケには左腕が残っており、一直線に向かってくるルイの動きを予測して反撃する余力が残っていた。
 ルイが疾走し、互いの必殺の間合いに入る刹那、彼女は己が右腕を引く。
 それが何かを引っ張り戻すような動作だと感じた瞬間、在り得ない角度からサスケの頬にクナイが一閃した。

「――っ!?」

 光無き夜で気づけなったが、あのクナイには糸が付けられていた。弾かれて宙に舞ったクナイを手元に引き寄せて当てたのだ。
 それに気を取られて一瞬隙が生じる。突進力を生かしてサスケの頬を殴るには十分すぎる隙だった。

「ぐあぁッ!」

 非力な少女であれどもこの一撃は痛烈極まった。余りの威力にサスケは踏み止まれず、激しい勢いで地面に倒れる。更に背中を強打し、息が詰まる。
 ――まずい、動けない。決定的な敗北を覚悟した時、自分の他に地に崩れ去る音が空しく響いた。

「……ルイ!?」

 すぐ傍でルイは精魂力尽きて倒れていた。
 本来なら腹部の一撃で悶絶し、暫くは動く事すら儘ならぬ身。限界に近しい行動で一時的な呼吸困難に陥り、拳を振り抜いて間もなく気絶していたのだ。

「おい、ルイ、大丈夫かっ!」

 咄嗟に近寄り、ルイの安否を気遣いながら抱き寄せる。
 同じ年齢なのに性別が違うというだけで、彼女の体は余りにも細かった。この小さな体の何処にあんな力を出せたのか、不思議で堪らない。

「……やっぱり、負けちゃった」

 薄っすらと眼を開け、ルイは弱々しく呟いた。
 大事に至らなかったと安堵すると同時に、サスケは自身の勘違いで彼女を此処まで痛めつけた事に激しい自己嫌悪を抱く。

「ごめん、サスケ」
「何を謝る――」
「泣きたい時に泣かないと、心が壊れちゃうよ。あの時、さ……辛いのは私だけじゃないのに、私だけ泣いて――ごめん」

 まさに総身が震えた。自分は謂れ無き嫉妬に駆られ、自分勝手な妄想で痛めつけたのに、彼女はぼろぼろになりながらも自分を案じたのだ。
 自身の余りにも愚かしい短絡的な行動に後悔する。自分は一体何に対してこんな妄執を抱いたのだろうか。

「此処には私だけしかいないよ。胸を貸す事ぐらいしか、出来ないけど」

 胸の奥から沸き上がった慟哭は止まらず、兄に復讐を誓った時に置き去りにした一族の死を悼む悲嘆が鮮やかに蘇る。
 罅割れていた心の堰は崩壊し、サスケは一族を亡くして以来、初めて涙を流した。

「あ、うぅ、あぁっ! すまん、すまないっ、ルイ……! オレは、オレはとんでもない過ちを――!」
「間違えたら、私が叩き直してあげる。弱いけど、サスケの頬を殴るくらい、私にも出来るから」

 ――日向の家に引き取られても、私達は家族だから。
 二人は互いに縋るように強く抱き締め合い、サスケは泣き叫んだ。心に巣食う悲哀を一緒に洗い流しながら――。




(――堕ちたな。全くもって梃子摺らせてくれる)

 私はサスケに痛いほど強く抱かれながら、内心高笑いしながら一息つく。
 サスケの手紙には指定された時刻と場所で会いたいという趣旨しか書かれていなかったが、私は先のいじめ騒動から私が写輪眼を開眼しているのではないか、と確信は持てずとも疑っていると瞬時に悟った。この時期にこれを差し向けた意図などそれしかあるまい。
 もし、私が写輪眼を開眼していると知られれば、苦労して築き上げた私の地盤が脆くも崩れ去っただろう。三代目火影など上層部が折角勘違いしたうちはイタチの事も発覚し、不都合な過去を白日の前に曝される可能性さえ出てきた。
 謂わば今回のは最大級の爆弾だったが、何とか不発弾として処理出来て安心する。
 訪れるピンチを切り抜けていくだけでは足りない。ピンチをチャンスに変えて躍進する。そうしなければ次々に襲い来る試練を乗り越えられない。それほど私の日常は切羽詰まっているが、今回の事は得難い財産となるだろう。
 そうと決まれば大蛇丸なんぞに渡す請われも無い。
 うちはサスケを情と言う名の絆で束縛し、木ノ葉隠れの里に押し留めよう。三文芝居を演じきり、此処まで骨を折ったのだから、里抜けされては採算が取れない。

(うちは一族復興の為の種馬、外敵の排除に私の守護――用途は幾らでもある。思う存分に使い潰してくれる。ふふ、あははは、あーっはははははははははははははは――!)

 うちはイタチにとって最大の誤算は私を殺せなかった事だろう。全てを賭けて守ろうとした大切な大切な弟は、私の掌で存分に舞い踊り、朽ち果てる運命にあるのだから――。






[3089] 巻の6
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/08/03 21:09



「……ナルトとサスケは納得いくが、何でカカシ班にルイをいれねぇんだ? あれもうちはだからカカシ上忍が指導するのが筋だろう?」

 同僚の最もな意見に、うみのイルカは気まずく言い渋る。
 今年のアカデミー卒業生は班編成を決定する者達にとって厄介極まる曲者揃いだった。木ノ葉隠れの名家という名家が勢揃いし、見えない圧力や第三者の横槍なぞ様々な要因が重なり、例年以上に四苦八苦した。

「……彼女の成績は卒業生三十人中二十九位ですから、その班編成では偏りが生じるかと」
「偏りなんざ気にしていたら班編成なんざ出来ねぇよ。よりによって日向の倅と……あー、すまん。オレが悪かった。聞かなかった事にしてくれ」
「……ああ、助かる」

 咄嗟に裏の事情を悟った同僚は藪蛇になる前に口出しをやめる。
 木ノ葉隠れの血継限界の一族、うちはと日向は源流を同じとしながらも常に険悪な関係だった。絶対に班編成で一緒に組ませてはならない、という暗黙の了解があるほどである。
 だが、その慣例も三年前に日向に引き取られたうちはルイによって崩される。
 うずまきナルトに匹敵するぐらい落ちこぼれの彼女はどういう訳か、古き体制に固まり切った日向と極めて親密な友好関係を築き上げたらしく、現当主から己が長男と組ませるよう班編成を直接指定されたのだ。

「日向ユウナとうちはルイに黒羽ヤクモ、いつもの仲良しトリオかぁ。こんな胃の痛くなるメンバーを率いる運の悪い上忍は、と――」


 第一章 下忍第九班『青桐カイエ班』


「ヒナタはこれから私の下につきます。……ですが、本当に宜しいのでしょうか? 下忍としての仕事は常に死がついて回ります」
「好きにせい」

 日向宗家の道場、日向ヒアシは訪れたくノ一の上忍・夕日紅を一瞥する事無く、七歳になるハナビへの指導に専念する。
 その鬼気迫る修行は激しく、下忍にもなってないハナビの実力が突き抜けている事を容易に察知させる。時代が時代なら飛び級で任官していたとさえ紅は思う。
 しごきが一段落し、日向ヒアシは漸く夕日紅に視線を向ける。その威厳溢れる日向の当主は何食わぬ顔で言い捨てる。

「獅子は我が子を谷底に突き落とし、這い上がってきた子を再び谷底に突き落とすという」
「……え? また、突き落とすのですか?」

 一瞬聞き間違えかと紅は自身の耳を疑い、それでは死んでしまうのでは、と反射的に突っ込んでしまって激しく後悔する。
 キッ、と厳しさを増した白眼で睨まれ、紅は宗家の怒りに触れたと誤解し、蛇に睨まれた蛙のように脅えて錯乱する。

「いいい、いえ、なんでもないです、はいっ! 失礼しましたっ!」

 逃げるように立ち去った夕日紅の姿を、ヒアシは呆れた表情で見届けた。
 上忍と言えども経験が浅く、本当に娘を任せて安心か、今一度自身に問い掛けるほどだ。

「父上、何度這い上がっても突き落とされるのならば、子はどうすれば良いのでしょうか?」
「突き落とす親獅子を蹴り落とせば良い。そうやって子は親を超えていくものだ」

 一族を皆殺しにされながらも逞しく生きる少女ならば、迷う事無く実行するだろう。それも一度目に這い上がってきた段階で――。
 うちはルイを引き取って三年余り、日向宗家は良い意味でも悪い意味でも影響を受けていた。


 巻の6 三年の歳月経て、蛹を破り蝶は舞うの事


「やっと下忍任官か。中忍試験まで一年以内だね」

 新調した黒の忍装束とお揃いの短パンを着こなし、木ノ葉の額当てを腰元に巻く。
 当然、忍装束の背中にはうちはマークの刺繍付きだが、私のトレードマークの三つ編みおさげが垂れかかっているので目立たない。
 十二歳になった私の最近の悩みは身体の成長――部分的には胸とか胸とか胸である。同居するヒナタと成長具合を比較したら暫く立ち直れないぐらい御粗末である。……貧乳はステータスだから良いんだよ、ぐすっ。

「何だか余命のように思えるのは気のせいか?」

 ユウナはいつも通りの白を基調とした忍衣装を着こなし、木ノ葉の額当てを私と同じように腰掛けにしている。この三年で大分伸ばした長髪は一本に束ねられている。

「折角の門出なのに辛気臭ぇなー、もっとテンション上げて行こうぜ」

 相変わらずぼさぼさな黒髪を侍のように後ろに纏めているヤクモは黒色に桜模様が浮かぶ侍衣装を羽織っている。木ノ葉の額当ては彼の愛刀の鞘に括り付けられている。
 誰一人本来の用途として使われていない額当てを苦笑しつつ、私達は再び学び舎に足を踏み入れた。




「……遅い」

 うちはサスケは不機嫌そうに呟く。
 そもそも彼の苛立ちの主な原因は担当の上忍が遅刻している事ではなく、三人一組の班編成にある。
 その事を聞いた瞬間から足手纏いが二人増える事を懸念したが、ある一人と組めるのならば仕方ないかと妥協出来ただろう。
 しかしながら現実は無情であり、彼が班員として望んだ少女とは組めず、喧しいドベとうざい女が班員となった。表面上に出していないが、その落胆の深さは余人では計り知れない。

「なんでオレ達七班と九班だけこんなに遅いんだってばよ!」

 ドベの少年も喧しく騒ぐが、一々構っていられないので耳に入らない。
 サスケが一緒の班になりたかった少女――うちはルイの班員は日向ユウナと黒羽ヤクモであり、弱い者に興味を抱かないサスケですら名を覚えているほど、うちはルイと大抵一緒にいる少年達である。

「本当に遅いねぇ。時間を守らない忍者って駄目駄目だと思うなー」

 退屈気に眼を細めるルイにサスケは内心頷き、同意する。
 この九班だけは作為的なものを感じる。どうしてよりによってこの組み合わせにしたのか、元担任のイルカの選考を恨めしく思う。
 暇を持て余したドベ――うずまきナルトが教室で忙しく動き回っている最中、うちはルイは突如席を立ち、教室の扉に物々しい仕掛けを施していく。
 定番の黒板消しに、糸で連動するように仕掛けを次々に工作する。一体何をしているのか、サスケは首を傾げた。

「あの、ルイさん? 一体何を仕掛けているのですか?」
「何って、見ての通り他愛も無い悪戯よ?」

 畏まった口調で皆の疑問を代弁するヤクモに、ルイはさも当然のように言い返す。
 扉が開かれ、黒板消しが落ちたら連動する紐が引っ張られ、クナイが二個射出するようになっている。
 それ自体が前面と頭上に意識を集中させるだけのオトリで、本命は足元の細い糸。扉を開くと同時にピンと張るようになっている。
 これに足を引っ掛けて、よろけながら二の足を踏む地点にも引っ掛け糸が仕掛けられ、それを切ると同時に頭上から盥が降ってくる壮大な仕掛けとなっている。

「幾重に仕掛けられ、どう見ても殺す気満々な凶悪度を誇るんですけど?」
「仮にも我等が目指す上忍なんだからこの程度じゃ死なないさー。殺す気なら起爆札も付けるし」

 傍目から見れば物騒極まりないが、そんな楽しげなやりとりを眺めながら、サスケは無意識の内にユウナとヤクモに嫉妬する。苛立ちの色もより一層増すばかりである。

「……えーと、ルイちゃん。それはオレでもやめた方がいいと思うってばよ」

 悪戯が趣味と公言するうずまきナルトですら彼女の話している最中にも増える仕掛けに難色を示したが、ルイは爽快な笑顔で答える。

「大丈夫、万が一の事態が起こっても全てナルトの責任になるから」
「えぇー!? ど、どういう事だってばよ!?」

 仕掛けるだけ仕掛けて、ご満悦に席に戻ったルイは慌てるナルトの姿を眺めながら、清々しい笑顔で死刑宣告を下す。

「いつも悪戯する狼少年はいざという時に潔白を主張しても信じて貰えないのよー」
「……あー、確かに大丈夫だろうな。ルイの保身は完璧なまでに」

 ヤクモは心の中でナルトに十字を切った。アーメン、と。

「――うわッ、とあっ、ぐぎゃっ、ガァッ!?」

 教室の扉が誰かの手によって開かれ、罠と悲鳴が混奏する。
 幼稚な罠と嘲笑って足を踏み入れた茶髪の上忍は底無し沼に沈んでいくように深みに嵌り、最後には頭上から落ちた盥に直撃し、ノックダウンする。

「ふっ、我ながら完璧だね。――駄目じゃないですか、ナルト君。こんな危ない仕掛けしてぇ。先生、大丈夫ですか? すみません、私は止めたんですが」

 さも申し訳なさそうに申告し、ルイは駄目押しとばかりに何の罪も無いナルトを犯人に仕立て上げる。

「うわあああぁっ、せ、せこいってばよ! それはルイちゃんが――」

 弁明する暇無く上忍は再起動し、激怒の貌を浮かべて慌てるナルトの姿を視認する。

「ぬぅぅう、貴様かあああぁー! 今のは痛かった、痛かったぞおおおおおおおおおおおぉーーー!」
「ギャアアアアアァーーーー! 理不尽だってばよぉー!」

 サスケさえ、ナルトに同情するぐらい酷い光景が繰り広げられる。
 暫く思考が停止していたが、こんな少女だったかな、という居た堪れない疑問がサスケの脳裏に過ぎった。無論、答える者は誰もいない。

「自業自得、身から出た錆ね。今日の教訓は普段の行いが大事、でしたー」
「いやいや、あんたが言うなよ」




「あー、まずは自己紹介と行こうか。オレは青桐カイエ、見ての通り平凡極まる上忍だ。年は二十七歳で好き嫌いは沢山ある。将来の夢は安全な場所でのんびりと隠居する事、趣味は色々だ。右から順に自己紹介してくれ」

 未だに痛む頭を摩りながら、我等が第九班の担当上忍・青桐カイエは簡単に自己紹介する。
 茶髪の髪に黒眼の割かし整った面構えで木ノ葉ベストを着こなしているが、額当ては腰元にだらしなく掛けられている。……とことん、額当てとして使われない飾りである。

「オレは黒羽ヤクモ、好きなものは刃物に海老天、嫌いなものは蒟蒻。将来の夢は……そうだなぁ、世界旅行かねぇ。趣味は刀剣蒐集ってところですねー」

 そういえばこういう形式で自己紹介した事は無かった。ある意味、新鮮である。

「あれかね、蒟蒻嫌いなのは……」
「斬れないから?」

 小声でユウナに話しかける。斬れないのは鉄をも斬る刀だけで、普通に斬れると思うのだが。

「自分は日向ユウナです。好きなものは特に無く、嫌いなものは従兄弟の誰かさんで、将来の夢は平穏に生きる事とその誰かさんに引導渡す事。趣味は読書です」

 この三年間、私にはその誰かさんこと日向ネジと出遭う機会は無かったが、何故か前以上にネジに対する恨みが深くなっている気がする。
 ネジ関連になるとユウナは予想と異なる反応するな、と心の奥に留めておく。

「従兄弟の誰かさん? 日向ネジの事……まあいいか。最後、女の子」

 触れない方が身の為と瞬時に判断した青桐カイエは視線を私に回す。賢明だ。

「私の名前はうちはルイで、好きな事は平穏、嫌いな事は暴力。将来の夢は寿命で大往生する事で、趣味はボランティアです」
「「はいそれ、ダウトダウトッ!」」

 営業スマイルで答えると、がくっと崩れた二人は勢い良く突っ込んできた。

「其処、ナチュラルに嘘突くな」
「好きな事は暴力と暗躍と悪戯で、嫌いな事は退屈と平和。将来の夢は世界制服か全国統一か五国制覇で、趣味は他人の不幸な様を更に掻き回す事だろ?」

 半分は否定出来ないが、将来の夢は無事に大往生する事だ。暇潰しに覇業を成すのも楽しそうだが、それ以上に疲れそうだ。

「失礼な。そんな黒幕みたいな女の子何処にいるの。理不尽な言われ様で甚だ不本意だわ」
「こっちの台詞だそれ!」

 激しく突っ込むヤクモにぶーぶーと抗議していると、カイエは少し苛立った表情で止める。
 割と大人気無い。もっと余裕を持つがよろしい。

「……あー、静かにしろ。アカデミー気分でわいわい騒がれても困る。とりあえず明日、最初の任務としてサバイバル演習をやる。詳しくはプリントを見てくれ」

 配られたプリントを適当に見通し、懐に仕舞う。

「はいはい」
「解りました」
「あいよー」

 上からヤクモ、ユウナ、私である。
 その余りにも希薄な反応に、カイエは首を傾げていた。いや、何をするか解っているので驚く必要も問い質す必要も無い訳だが。

「……あれ? 質問とか疑問とか無し?」
「アカデミー卒業後の認定試験でしょ? 正式に下忍任官する為の」

 説明不要と言わんばかりの私の言葉に、カイエは見るからにがっくりと肩を落とした。

「うわぁ、面白くない餓鬼共だー。折角驚く顔見たかったのに先生悲しくなってきたぞー! そうさそうさ、脱落率66%以上の超難関試験だこん畜生ぉー! 意地でも出戻りさせてやるから覚悟しとけ!」

 そんな脅しの捨て台詞を残して、カイエは瞬身の術で消える。
 二十七歳なのに大人気無い奴だ。原作にもいなかったキャラだし、腕前的にははたけカ
カシより大分劣るだろう。

「担当上忍としての性格に問題有りだな。やはり木ノ葉も人材不足なんかね」

 深々と溜息つきながらヤクモは愚痴る。私もユウナも、全くもって同じ気持ちだろう。

「試験内容が鈴取りなら楽勝だけど、偶然同じって事は無いだろうな」
「だろうね、あの試験方法は三代目火影の系譜に引き継がれた伝統っぽいしね」

 他の下忍より全体的に能力が高いから出戻りにならない自信はある。
 だが、私の方は未だに猫被りなので、写輪眼と写輪眼で得た術の大半が使用不可であり、二人に比べては戦力にならない。
 試験次第ではユウナも心配している通り、不覚を取り兼ねないだろう。

「ま、何にせよ下忍任官しないと始まらないねー」

 居残り組になって実戦経験を積めなかったら、それこそ木ノ葉崩しでの死亡フラグを乗り切れない。
 この最初の一歩、何が何でも踏み越えなければならない。
 私達三人は決意を新たにし、明日に備えて解散するのであった。





「此処に二つの鈴がある。これをオレから昼までに奪い取る事が課題だ。ああ、勿論、鈴は二つしかないからな、必然的に一人落第して貰うぜ」

 HAHAHA、と馬鹿みたいな欧米人が如く豪快に笑う担当上忍に、私達三人は生温い視線を送ってやった。

「あー……」
「これまた……」
「……おいおい」

 まさか鈴取りだとは思わなかった。もしかしたら、私達は凄い勘違いをしていたのかもしれない。木ノ葉の下忍任官の試験は鈴取りオンリーなのかも、という疑念が脳裏に過ぎる。

「あぁるぇ? 何でそんなに反応薄いの? 先生面白くありませんよー」

 空気読めずに空回りする上忍を無視して、ヤクモはぽつりと呟く。

「カカシのと同じだな」
「そうだね、全く予想外だわ」

 私もやる気無く呟く。知っている試験内容だからある意味楽か。三人で協力するだけで鈴取れなくても合格になるんだから。

「あぁん? 何で下忍未満のお前等がカカシの試験知ってんだよ!?」

 物凄い勢いでテンパる上忍、反応と言っている内容が微妙におかしい。
 もう十二年近く経過して原作の細部までは思い出せないが、何かがおかしいと直感が告げる。

「……あの、先生? これって三代目火影の弟子から弟子へと受け継がれた木ノ葉隠れの伝統的な試験ですよね? という事は先生は伝説の三忍とか四代目火影の弟子だったんですか?」
「え? 阿呆抜かすな。オレみたいな凡人が人外魔境の怪物共の弟子な訳ねぇーだろ」

 ヤクモとユウナの顔を見返してこりゃ決定的だな、と頷き合う。

「――先生、ジャンプコミックのNARUTO何巻まで読みました?」
「第一部終わるまで見ていたぞ……って、お、お前等まさかッ!?」

 こうも簡単に発覚するとは、と呆れつつ、余りにも出来過ぎた偶然が本当に偶然か内心激しく疑う。詮無き事だが。

「……多分、先生と同じく、全員元日本人ですよ」

 その瞬間、青桐カイエの顔に驚愕が浮かび――感極まったのか、程無くして涙が一筋流れた。
 突然の異常事態に、私達は思いっきり混乱に陥った。まさか大の大人がいきなり子供の目の前で泣くとは想定外にも程がある。

「え、ちょ!?」
「男泣き!?」
「……いい歳の男が情けないわねぇ」

 上からヤクモ、ユウナ、締めは私である。

「う、うるさいわい! まさかもう一度同じ境遇の奴と出会えるなんて思ってもいなかったんだよ!」

 暫く彼は泣き止まず、背中を見せて零れる涙を必死に拭い続けた。
 流石に今、鈴を奪っても合格はくれないだろうなぁ、と気が済むまで放置する事にした。今日もまた良い天気である。




「そうか、やっぱりお前達も死んでこのイカれた世界にようこそかぁ」

 私達はシミジミと情報交換と洒落込んでいた。鈴取り終了予定の十二時まであと一時間余りだが、気にしないでおこう。

「それで私達以外にはいないんですか? 同じ境遇の人」

 それを聞いたカイエ上忍は遠くを見るような眼で、重々しく語る。

「オレが知る限り四人いたが、二人は第三次忍界大戦で、残りの二人は九尾の一件で、な」
「……ごめんなさい、先生。嫌な事を聞いてしまって」

 ヤクモとユウナも期待していた半面、眼に見えて落ち込む。
 やはり生き残れない者も出てくるだろう、と私は冷静に受け止める。
 本編の記憶が全く通用しなかったのだから、さぞかし大変だっただろうと想像し、それでも生き延びて上忍になった青桐カイエの評価を数段押し上げる。

「気にするな、大昔の事だ。――本編が始まる前に生まれたからさ、その頃までに上忍になって部下の下忍をってのが皆の目標だったなぁ。叶えられたのがその事に一番難色を示していたオレだけってのが最大の皮肉だが」

 本当の意味での仲間を喪い、異界で唯一人生き延びた彼は心細かったのだろう。私にもヤクモとユウナがいなければ、と考えれて心中察する。

「湿っぽい話は此処までだ。さあ、全力で来やがれッ! このオレから鈴を奪えるもんならな!」

 意識を切り替えて、カイエ上忍は空元気に宣言する。

「いいんですか? 全力で」
「後悔しても知らんぜー」

 ヤクモとユウナも意識を切り替え、二人は笑みを浮かべる。
 二人とも視線を一度私に送った事から、彼等の言う後悔が何なのかをほくそ笑みながら悟る。

「ふ、青いな小僧ッ子が。これでもオレは上忍だぜ? テメェ等みたいな下忍未満の餓鬼が何人集まろうが赤子の手を捻るように一捻りよ! 刀だろうが白眼だろうが何でも使え!」

 上忍自らの許可が下りたので、私は親しい仲の者にしか見せない、最高の笑みを浮かべる。

「それじゃ気兼ね無く全力で行かせて貰いますよ、カイエ先生」

 両眼を写輪眼に変え、素のチャクラを挨拶代わりに発散させる。もはや隠す必要すら無い。

「――んなっ、写輪眼だとぉ!? それにその禍々しいチャクラはなんぞやー!」
「いやはや、今日は本当に運が良い。担当がカイエ先生じゃなければ役立たずの落第生を演じる予定でしたから。あ、写輪眼の事は里の人には内緒でお願いしますねー」

 にっこり笑顔で凄む。カイエ先生は半眼で睨みながら口を蛸のように尖らせた。

「うわぁー、何この羨ましいまでの天才共ッ。オレなんて才能のサの字も無い凡骨だったのにっ! オリキャラ最強路線など読者が許してもオレが許さん! 徹底的に叩きのめしてくれるわぁ!」

 半分以上自棄になりながら地団駄を踏む。うわぁ、物凄い雑魚キャラっぽい。私達三人はやや呆れて、可哀想なものを見守るように精一杯哀れんでやった。

「何だか物凄いハイテンションだな」
「周囲に天才しかいなくて鬱憤溜まってるんじゃね?」
「この漫画の登場人物は全員何かしらの天才だしね」

 小者っぷりを堪能しながら、私達は戦闘態勢に移る。生き延びた三年間の猶予でどれだけ強くなったのか、目の前の上忍は試すのに最高の相手だ。

「もはや下忍仕官試験など二の次、ぶっちゃけどうでもいい! 我が積年の恩讐と憎悪と逆恨みを存分に極めてやるぞおおおおおぉーーー! よぉおおい、スタートッ!」




 開始の宣言と同時に三人は隠れる事無く疾走する。

「――戯けッ、隠れもせず堂々と来る馬鹿があるか!」

 勿論、彼等の辞書――特にうちはルイには正々堂々という概念は欠片も無い。
 ルイは走りながら印を結び、五体に分身する。アカデミーレベルの者には通用するかもしれないが、上忍相手には余りにもお粗末過ぎる一手だった。

「本物なんざ見るまでもねぇ――!」

 術の綻び、地に蹴り上げた際の音加減、幾多の戦場を渡り歩いた経験から、どれが本物かカイエは一目で見抜く。

「きゃ――」

 他の分身を無視し、本体の腹部に掌底を打ち付ける。女の子という事で手加減するが、暫く行動出来ないだろう。
 確かな手応えを感じた時、不意に背後から生じた風切り音を反射的に避ける。何故か物は見えないが、聞き慣れたクナイの飛翔音だった。

「な――に!?」

 続いて飛んできた物を掴み取るが、感触はあれども眼には見えない。疑問に思う間も無く、分身が消えると同時に遠くに飛ばして横たわったルイも煙と共に消失した。本体と思われたソレは影分身だったのだ。

(分身四体と影分身一体の混合、更には本体を幻術で隠蔽して本命の一撃を放つだと。何時の間にオレに幻術を、そんな素振りは何処にも――写輪眼か!?)

 口内を強く噛み抜き、あるべき物を視認させなくする奇妙な幻術を強制的に解く。

「てぇいッ!」

 その立ち止まった隙を突くが如く日向ユウナが速攻を掛ける。独特な構えから繰り出される徒手空拳をカイエは体捌きだけで全て躱す。

「おっと! 日向の柔拳と組み手するなんざ御免被るぜッ!」

 触れただけで効果を及ぼすが故に、カイエは唯一度も触れさせる事無く避け続け、生じた隙に合わせて頬に拳を突き出す。
 男相手に加減の必要は無い。彼方まで吹っ飛ばす気概で振るった拳だが、着弾の瞬間に奇妙な違和感を覚える。まるで殴り応えが無く、ぬるっとしたものを殴って滑ったような感触だ。――危機の正体に気づいた時には独楽の如く回転され、彼の身体ごと勢い良く弾き返された。

(八卦掌回天。宗家に生まれたからとは言え、もう使えるのか!)

 宙に飛ばされながらも猛烈に後退りしながら地に着地する。一瞬足らずだが、自由にならぬ隙を彼女達は見逃さない。

「ヤクモ!」
「あいよっ!」

 停止地点に待ち構えていたヤクモは間合いの外から刀を横一文字に一閃し――刀から迸ったチャクラの刃がカイエ目掛けて疾走する。カイエは眼を見開いて驚いた。

(チャクラを形態変化させて、刃状のを放ったぁ!? 何処の格ゲーのキャラだてめぇ、てかあいつ絶対忍者目指してねぇ!)

 一目見た時からなんで忍者なのに侍衣装なんだよと内心突っ込んでいたが、この世界のヘボ侍と違って極悪過ぎる、と評価を改める。
 幾らなんでも受ける訳にはいかない、とカイエは瞬身の術で回避する。
 行き場を失った刃は背後の木々を幾つも両断した。下手な術より殺傷力は高く、印を結ぶ必要が無い分、容易に連発出来るのだろう。

(しっかし、コイツら――全然、鈴狙ってねぇな。完璧なまでに殺す気満々じゃねぇか。此処は一つ、幻術で驚かせて灸を据えよう)

 樹木の中に隠れ、複雑な印を瞬時に結ぶ。
 カイエの姿を見失って周囲を忙しく探していた三人の表情が一変する。
 突如、地が流動して足を咥え込み、一瞬で生え伸びた樹木が絡みつき、三人の身体を問答無用に束縛したからだ。

(魔幻・樹縛殺。大樹が絡み付いて縛られる幻像を見せて相手の動きを束縛するが――木遁なんて誰にも使えないから一発で幻術だとバレるお馬鹿な術だ)

 だが、下忍程度が見破れる幻術ではない。能力的にどの班の下忍より優れている部下達に担当上忍としての面目を保ったと、彼はほっと一息ついた。

「――魔幻・鏡天地転」

 動揺一つ無く笑いながら、ルイが術の名前を態々呟くまでは。

「ぬぁにいぃ!?」

 自分の身体に樹木の枝という枝が絡みつき、カイエは隠れていた樹木の上から叩き落とされる。見間違える筈も無い、それは彼が三人に掛けた幻術だったのだから。

(馬鹿な、幻術返し、印すら組んだ様子も無いのに――これの何処がドベから二番目なんだ。サスケなんざ疾うの昔に通り過ぎてイタチの領域に踏み込んでるんじゃねぇのか?)

 血の味しかしない口内を更に噛み切って己の幻術を解き、神速で印を結び上げる。
 ――風遁・大突破。口から吐く息をチャクラで増幅し、生じた風圧で追い討ちを掛けようとした三人を吹っ飛ばす。

「ぐおおおぉ!?」
「チィ――!」

 ヤクモとユウナは踏み止まれずに後方に飛ばされたが、生じた風圧全てがうちはルイの右掌に出来た球体に吸い込まれ、一人だけ獰猛な速度で疾駆してくる。
 その形態変化を極限まで極めた術をカイエは誰よりも知り尽くしている。チャクラを掌上で乱回転させて圧縮し、如何なる障壁をも抉る、文字通り必殺と呼べる術を。

「――螺旋丸!?」

 今日は人生で一番驚いた日だと自信を持って断言出来る。
 カイエが知る限り、この術の破壊力を上回る防御は存在しない。あくまで防御は、であるが。
 カイエは己が右掌にチャクラを集中させる。チャクラは瞬時に渦巻く球体となり、ルイと同じ規模程度に留めた螺旋丸で螺旋丸を相殺する。

「――ッ!?」

 写輪眼で此方の動きを捉える事は出来ても、このタイミングでは動きようがあるまい。一番厄介なルイを片付けて二人も料理しようと安堵した時、カイエの意識が突如暗転する。
 疑問も生じる間も無い。ただ三つ巴の模様から変わった写輪眼が印象的だった。




「流石は上忍、螺旋丸を螺旋丸で相殺されるとは思いませんでした」
「あー、ルイ君? この幻術なんぞや?」

 気づいたら其処はカイエとルイの二人だけしかいない世界だった。
 床は黒く、地平線の果てまで続いている。試しに自分の頬を引っ張ってみたが、痛い。夢じゃないが、幻術も解けない。カイエは驚きすぎて危機感が麻痺していた。

「万華鏡写輪眼の幻術・月読ですよ。ほら、原作でカカシがイタチにやられた」
「もう二十七年もこっちだから、原作の内容なんて殆ど覚えてないぜ」

 ふむ、とルイは可愛く思案し、すぐさまイメージを思い描く。
 二人しかいなかった世界にゾロゾロと人が沸く。全て同じ顔、全て写輪眼持ちで刀を構えている。そして、唯一人だけ磔にされた生贄たる銀髪の忍者だけは違った。

「十二年経った私も細かい所には自信無いですが、確かこんな場面だったかと」
「うわ、うちはイタチが気持ち悪いぐらい一杯ッ! 十字架に磔のカカシがブッ刺されているなーって、ああ、これかぁ!」

 次々に刀を突き刺す音は本物と何一つ遜色無く、悲鳴は嫌なぐらい耳に響く。
 実際に目の当たりにしたら嫌な光景この上無いと、カイエの表情は引き攣った。

「はい、ご希望なら同じ体験も出来ますよ? 生きている間に死に匹敵する痛みを体験出来る貴重な機会ですよー」
「全力で断る、てか、やったら戻ってきた時にぶっ殺すぞー?」

 カイエは笑顔で脅迫し、ルイは渋々了承する。
 その詰まらなそうな表情を見て、本気でやる気だったなと冷や汗を掻いた。

「残念です。それじゃ解きますよー」
「ちょっと待てい。なんだその物々しい棘々の鉄バットは!?」

 ルイの手に現れたのは無数の乱杭歯付きのニッケル合金製棘付きバットだった。夢にも出て来そうなぐらい凶暴極まる外見だった。

「あれー、先生知らないんですかー? 何でも出来ちゃう素敵な万能撲殺アイテムですよー」

 本来なら殴っても絶対に死なない(死ねない)素敵仕様だったのですが、とルイは残念そうに解説する。

「知るかボケェ! て、ちょ、何頭上に掲げているの!? てか動けねぇ!? うわ何するやめギャアアアアアアアアアアアアアァーーーーーー!」




「あああああああああああぁ~~~……ッ!?」

 元居た演習場に戻ったが、頭どころか股座まで引き裂かれた生々しい感覚は今でも鮮明に残っている。カイエは息切れしながら張本人であるルイの姿を探した。
 ちりん、と鈴の音が背後から鳴る。腰元を見れば鈴が二つとも無い。案の定振り向けばうちはルイが鈴二つを見せびらかすように持って、悠然と立っていた。

「鈴取り成功、チームワークの勝利だね」
「ちぇ、良いとこ取りだなー」

 小悪魔めいた笑顔を憎たらしげに睨みつつも、カイエは大きな溜息をついた。
 このメンバーなら下忍に任官させても何ら問題無いだろう。優秀過ぎて逆に困るぐらいだと彼は苦笑した。

「ルイに関しては個人的に文句あるが、全員合格。明日から任務開始だ。――それとルイ、テメェのその曲がりに曲がりくねった性根を必ず矯正してやるから覚悟しとけ!」
「あらあら、それは是非とも期待しておりますわぁ」

 ヤクモとユウナは互いの顔を見つめ合い、ささやかにカイエを応援した。……絶対無理だと内心思いつつも。







[3089] 巻の7
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 03:13




「喜べお前達ぃ。次の任務はCランクで或る人物の護衛だ。波の国まで行って橋作り終わるまで――」

 青桐カイエが生き生きと任務の内容を説明し終える前に、私達三人はカイエの脳天気な頭を引っ叩き、物凄い勢いで彼を引っ張って壁際へ強制連行する。

「阿呆か、テメェは!」
「……あー、カイエ先生。もしかして忘れたんですか?」

 ヤクモは怒号を上げながら暴言を放ち、ユウナは本当の意味での白眼で冷静に問う。
 カイエは私達の意図を察知出来ず、間抜け面をしながら脳裏に疑問符を一杯浮かべている事だろう。

「あん? どうしたんだよお前等。散々Dランクはヤダとごねた癖に」
「カイエ先生、桃地再不斬に勝てる自信あるんですか?」

 こめかみに青筋を立てて、私は皮肉全開の笑顔で問い質す。

「誰だそれ――って、あ」

 やっと思い出したのか、カイエの顔は一瞬にして青褪める。白霧の中で惨殺される己の姿か、でかい大刀で一刀両断された己の姿を連想したのだろう。
 此処が人目の付く任務斡旋室じゃなければ、万華鏡写輪眼で直接体験させるところである。

「さっさとキャンセルして他の貰ってきてください。先生一人が死ぬならまだしも、私達も道連れになるのは御免ですから」


 巻の7 努力×根性=修行だってばよの事


「――やっぱり、試験方法は一対一の方が解り易いな。お前達みたいに短所を長所で補い合う理想的なコンビネーションじゃ欠点が見え辛いからな」

 下忍任官の試験後、個々の能力を確認する為に一対一の決闘もどきを行った。
 決して憂さ晴らしではないが、思うようにやり返せなかったので、鬱憤は溜まるばかりである。

「まずルイ。チャクラの量も質も半端無く、カカシ上忍の指導を仰ぐ必要が無いぐらい写輪眼を使いこなしている。――本来なら開眼したら個別修行して貰う手筈だったがな」

 もはやカカシ以上に写輪眼を使いこなしているので必要無いし、本人の希望から暫くは隠蔽する。実力を隠すからにはそれなりの理由があるのだろう。
 日向宗家がうちはの落ちこぼれを引き取ったと耳にしたが、彼等の白眼に狂いは無かった。真にうちはの天稟を受け継いだのは――天に最も愛されたのはこの少女なのだから。

「保有する術の数も桁外れであり、状況に応じた術選択は見事だった。……医療忍術も使えるとは先生びっくりだ」
「医療忍術はまだ効率良いチャクラ運用法を確立してないから燃費悪いけどね」

 事何気に話すルイ。だが、下忍の身で医療忍者の真似事さえ出来るなど万能過ぎて涙が止まらない。
 忍術もその内、千の術をコピーしたカカシの記録を塗り替えるだろう。幻術に関しては忌々しいほど使い方が上手い。将来、どの分野も余りにも有望過ぎてどの道に進むのか、非常に興味深い人材である。

「だが、如何せん身体能力が低すぎる。忍術と幻術は一目見ただけで習得出来るんだから重点的に鍛えるように」
「あいあいさー」

 奇妙な体術には及第点をやれるが、女という事を考慮しても身体能力が御粗末過ぎる。もっと鍛えなければ持ち味を生かす前に殺されるだろう。
 その点、うちはルイは自身の欠点を熟知しているので、現状で自殺行為に等しい接近戦は何が何でも回避するだろう。

「次にヤクモ。忍術も幻術も全然駄目で本当に忍者かと小一時間問い詰めたくなるが、お前は剣術を極めるだけでお釣りが来るだろう。身体能力とかは下忍の域を軽く超えているしな。本当に人間か?」
「俺だって派手な忍術使いたいけどなー。螺旋丸とか雷遁系の術とか」

 黒羽ヤクモは拗ねるが、忍術と幻術が全く使えない一つ先輩のロック・リーより芽がある。
 それに馬鹿みたいな身体能力に自己流の剣術が加われば鬼に金棒、凄まじいの一言に尽きる。単純勝負なら三人の中で彼が一番だろう。

「あの刃状のチャクラを性質変化で雷に変えられれば凶悪になるだろうよ。剣の間合いを伸ばすとかやりたい放題だったしな。だがお前はチャクラが全然無い。涙が出るほど少ない。今後はチャクラの保有量を伸ばす修行が最優先事項だ。術系は二の次だな」
「あいよー」

 チャクラの使いすぎでガス欠になったのは残念極まる。もう少しチャクラの保有量が増えれば性質変化の修行をしよう。それだけで数段強くなるだろう。

「最後にユウナ。お前に関しては特に言う事は無い。日向の柔拳から発展させた独自のスタイルを貫くといい。弱点の遠距離を補う術さえ考案していたとはなー、先生死ぬかと思ったぞ」
「いえいえ、ご謙遜を」

 謙遜など欠片もしていない。日向ユウナは既に自分のスタイルを確立しており、順調に成長していくだろう。欠点らしい欠点も無く、血継限界の白眼もある。言う事無しだ。
 ありとあらゆる幻術を無効化し、多種多様の幻術と忍術で縦横無尽に暴れるうちはルイ。卓越した近接戦闘力を誇り、忍者なのに無双の剣技を振るう黒羽ヤクモ。接近戦も索敵もこなし、日向の柔拳を進化させ続ける日向ユウナ。足りない箇所を互いに埋め合う、理想的な班編成である。

「今の内に基礎を更に固め、精進するが良い。後は戦闘経験さえ積めば、来期の中忍試験は楽勝だろうよ」

 下手すれば今の時点で突破しかねない、と内心苦笑する。
 つくづく今が忍界大戦中じゃなくて良かった。理不尽な死に葬られる事無く、無限の可能性を秘めた彼等は健やかに成長していくだろう。

「……先生、木ノ葉崩しの事を忘れてませんかー?」
「だから原作の内容なんざ欠片も覚えてないと……あー! 音と砂と戦争になるじゃねぇか! それならチンタラ鍛えてられねぇな」




「……広いねぇ、東京ドーム何個分ぐらいかねぇ?」
「私が聞きたいよ、ヤクモ。いっその事、火遁・豪火球の術で焼き尽くしたいところだねー……」

 見渡す限り草・草・草。荒れに荒れた農地を前に、私達は溜息を付いた。
 初めての任務は案の定、Dランクの塵依頼である。此処から忍者としての経験を積んでいくと言うが、引き受ける依頼を選べよと今の木ノ葉隠れの体制に文句を言わざるを得ない。

「ハハハ、テメェ等の思考なんぞ予測済みだ。貴重な時間をただの草毟りなんかに潰す訳ねぇだろ」

 やたらハイテンションのカイエ上忍、此方のテンションは下がりに下がってついていけない。
 カイエは大荷物の鞄を漁り、取り出した何かを私達の眼下に突き出す。一体何なんだこれは。

「見よ、ガイ印の根性ベルトだ! これを両手足に巻きつけるように」

 開いた口が塞がらない。まさかこの時代に――という表現も変だが――こんな古典的な修行方法をやらせようとするなんて想定外過ぎる。

「……うわぁ」
「またベタな修行方法を……」

 ユウナは絶句し、ヤクモは私達三人の気持ちを代弁する。
 呆れよりも先に、自分達がやる羽目になるという事実が重く圧し掛かる。
 確かに、退屈な草毟りは修行の一環に早代わりだ。……果たして任務を無事に遂行出来るか、心配になってきた。

「……先生、あの、ガイ上忍と仲良いんですか?」
「奴と俺はソウルブラザーだぜ。重しが足りない奴は自己申告するように。余裕そうな奴には自己申告しなくても増やしてやるぜ」

 聞いた私が間違いだった。こんな修行法を喜んでやらせるんだから、奴と同類なのは至極当然だろう。

「さあ、こんな任務なんざ一日で終わらせるぞー!」
「「「ええぇー!?」」」




「うぅ、身体全体が痛いぃ……」
「つ、疲れた……」

 筋肉痛で軋む身体を引き摺り、何とか木ノ葉隠れの里に帰還する。
 持久力など尽き果て、足りない分をチャクラで補い続けた私は全身疲労に陥り、明日まともに動けるか微妙なところである。

「今日だけで重しを三倍にされた俺に何か一言……」

 一番後ろで足を引き摺るヤクモから切ない言葉が発せられる。
 同情の余地はあるが、するほど余裕は無い。優秀すぎる自身の身体能力を呪うが良いさ。

「……生きろ」
「……ご愁傷様」

 私は私なりの励ましの言葉を、ユウナは黙祷を捧げる――いやいや、まだ死んで無いって。眼が死んだ魚のように腐っているけど。

「情けないもやしっ子どもめ。根性が足りん。明日は任務無いが午後一時に集合だ。場所は――」




「今日は崖登りの行だ。チャクラを使って良いが、頼りすぎると途中でバテて死ぬぞ」

 未だに昨日の疲れが色濃く残る我が貧弱な身体を恨めしく思いながらも、痛みを我慢しながら見上げるは断崖絶壁の崖。標高何メートルかは考えたくもない。
 ……おかしいな。私達は忍者だよね? この際、忍者だろうがNINJAだろうが何方でも構わないが、何の装備無く、逆に重し付けた上で命綱無しの崖登りなんて幾らなんでも無謀である。

「束の事をお聞きしますが、重しはつけたままで……?」
「当たり前じゃないかー。まだ寝惚けているのかねぇ、ルイくーん? まぁさかヘタレの根性無しだから登れないとは女々しい事は言わないよねぇ」

 更には「あ、ごめん。ルイちゃんは女の子でしたねぇー」と世にも腹立たしい口調で言われ、カイエはぷぷと笑って片手で登っていく。
 ムカつく。滅茶苦茶腹立たしい。今まで不可能という壁をとことんぶち破って来た。今回は高く聳えた壁を登るだけだ!

「意地でも登ってやるぅー!」
「まじかよぉ……」
「中忍試験を前に死ぬかもしれない……」




「はぁ、はぁ、やった、登り切ったぞぉー!」
「もう駄目だ……一歩も動けねぇ。なんでルイはあんなに張り切ってるんだ?」
「さぁな、ヤクモ。というか、何度落ちそうになった事か……」

 息切れしながら仰向けになり、大の字に寝転がる。
 幾度無く落ちて死にそうになったが、私達三人は乗り切り、頂上の開けた場所に辿り着いた。此処から見下ろせる絶景は格別だ。

「休憩したら降りるぞー」

 ――などと感動する暇も無く、カイエは無情にも言い放った。
 そのさも当然の如く発せられた言葉に、私の思考は見事なまでに停止した。

「え……?」
「無理ッ!」
「父上、不肖の息子ですが先立つ不幸をお許し下さい……」




「さあ温泉に着いたぞー、温泉と言えば水面歩行の業だ! チャクラのコントロールを磨くついでに持久力も向上出来るお得な修行法だ。限界まで維持し続けろ、ちなみに湯の温度は六十度だ」

 後日、温泉街に連行された私達は湯治の為かと勘違いしたが、余りにも見通しが甘かったと後悔する。この鬼教官め。
 つまり、チャクラ切れして茹蛸になれ、と? もはや私達には言い返す気力すら残されていない。

「……昔のジャンプ系のノリだよね、これ」
「まさかNARUTOの世界に来て、この形式の修行をやる事になるとは……」
「……いや、ユウナ。考えようによっちゃ亀の甲羅を背負わないだけマシかもしれないぜ……」

 思い思いの気持ちを呟き、私達はがっくり項垂れる。
 拒否権は基本的に存在していないので、もはや諦めの境地に達している。

「はいそこッ、やりながら愚痴れ!」
「さー、いえっさー……」




 されど人間、過酷な環境にも慣れるものである。
 二週間が過ぎ去る頃には身体が順応し、力尽きる事も少なくなった。余裕が見て取れたら重しを増やされるので内心一杯一杯だが。

「そういえばルイ、万華鏡写輪眼の事で疑問に思ったんだが、具体的には何が出来るんだ?」
「あー、確かにそれ知りたいな」

 もはや恒例と化した崖登り、その崖の頂上で休憩している最中にカイエが唐突に切り出し、隣のヤクモが気軽に相槌を打つ。

「ユウナ、全方位索敵」

 私の意図を瞬時に理解したユウナは白眼を発動させる。
 浮き出た眼の周囲の血管か神経を見て察するに、写輪眼のように他人に移植しても使えないだろうな、と一人納得する。

「半径百メートル以内には自分達以外いないよ」

 断崖絶壁の頂に何者かがいる方が可笑しいが、念には念である。
 私の直感にも何も引っ掛からないので此処での話を第三者に聞かれる心配は無い。その可能性が少しでもあったら言い渋って黙秘するところだが。

「うちはの秘中の秘だから秘密、と言いたいところだけど、三人だけに教えるわ。他言は死んでも殺されても無用よ」

 死んだり殺されたりしたら言えないだろ、という三人が抱いた突っ込みを一睨みで一蹴する。写輪眼を浮かべているので冗談では無い事は馬鹿でも理解出来るだろう。
 本来なら誰にも知られていないのが理想的だが、多少は此方の戦力を把握して貰わないと任務に支障が出る。生存の確率まで影響が出るので最小限度は知らせておこう。

「普通の写輪眼に関してはご存知の通り、幻・体・忍術の構成を瞬時に見抜き、己のものにする洞察眼と催眠眼を併せ持った瞳術よ。この時点で幻術なんて一目で看破出来るし、この眼を視認した相手に幻術を掛ける事も可能だわ」

 魔眼としてはこの時点で最上級の代物である。
 もし私がこんなチート性能の眼を持つ敵と戦うなら、砂掛けたり血をぶっ掛けたり、如何なる手を使ってでも迷う事無く眼を潰す。

「この時点でも反則極まりないな。ラスボス級の特権だろ、これ」
「……言えてるなぁ」

 カイエの意見にしみじみ頷くヤクモ。まあ私もそう思う。
 此処までインチキな眼を持っているのに何で滅びかけているんだ、うちは一族は。オツムが大層足りなかったと見える。

「それで万華鏡写輪眼の開眼者は相手の幻術を瞬時に掛け返せるわ。魔幻・鏡天地転でね」
「ああ、それでか。オレの幻術をその間々返されるとは思わなんだぞ。幻術使いにとって絶望的な瞳術だな」

 カイエの言う通り、幻術を主体とする忍者は己の掛けた幻術で自滅するので楽に殺せるだろう。どれだけいるか解らないが、この世界の幻術使いが不憫でならない。

「これすらオマケ程度の能力ですけどね。万華鏡写輪眼の瞳術の一つ目、空間・時間・質量をも支配する精神世界に引きずり込む不可避の幻術、月読。下忍任官試験でカイエ先生に使ったものです」
「あれかぁ、マジで痛かった。棘々のバットで撲殺される経験なんざ味わいたくなかった」

 月読の精神空間で行われた撲殺劇を思い出したのか、カイエは不機嫌そうに私を睨む。
 その痛い視線に、私はにっこり笑顔で返す。

「精神世界でどんなに嬲っても現実世界では一瞬ですけど、私の意志とチャクラ次第で二十時間でも七十時間でも地獄を体験させる事が出来ますよ。どの程度の時間で精神崩壊するかは試してませんが」
「……な、なんだと?」

 殺す気なら殺せた、の間接的な言い回しである。カイエは自分がどれだけ危険な術に嵌ったか、青褪めながら理解したようだ。ヤクモとユウナは顔を引き攣らせながら同情する。
 精神崩壊しない限り、幾らでも死を体験させれるから尋問(拷問)も手間要らずだ。今度、機会があれば試してみよう。

「万華鏡写輪眼、二つ目の瞳術の名は天照」

 太股のホルダーからクナイを一つ取り出し、無作為に上へ投げる。
 宙に舞うクナイを気怠げに視認し――天照を発動させる。
 虚空より生じた小規模の黒炎は瞬く間にクナイを灼滅させ、灰燼すら残さず燃やし尽くす。最初から何も無かったが如くである。

「――見ての通り、私が視認した対象を漆黒の炎で焼き尽くす。……これ、写輪眼の力で召喚した魔界の炎なのかな?」
「邪眼かよっ!」
「この黒炎で火龍炎弾にしたらあれが再現出来るが……悲しくなるぐらい無駄だな」

 ユウナが突っ込み、ヤクモは浪漫だなと黄昏る。
 確かに、あれの再現は物凄く浪漫を感じるが、視認するだけで燃やし尽くせるので、態々竜型にする必要性が欠片も無い。疲れるだけである。

「あとカカシがやった空間歪曲みたいなのも出来る事は出来るけど、タイムラグがあるのに天照以下の性能だから使う意味無いなー。自爆する敵を彼方に葬るぐらいしか用途無いね」

 一応使えるから、瞬間移動して界王様と共に爆発に巻き込まれる必要は無い訳だ。
 三人にも言い伏せてあるが、須佐能乎の事は完全に秘匿する気満々だ。
 殺人的なまでの負荷と馬鹿みたいにチャクラを消費するので実用的とは言えぬが、代償が重過ぎる屍鬼封尽が塵屑のように思える封印術『十拳剣』と、何処ぞの騎士王の聖鞘じみた無敵の盾『八咫鏡』の単体召喚が可能か否かで使い勝手が格段に変わるだろう。
 ……これは憶測に過ぎないが、まだ私の万華鏡写輪眼には未知なる領域が存在している。使ってない機能を認識する事は出来ないので、現時点では如何し様も無い。
 だが、嘗て永遠の万華鏡写輪眼を得て、九尾の狐を従わせたうちはマダラなら実体験として万華鏡写輪眼の先にある瞳術を知っているだろう。
 ――尤も、永遠の万華鏡写輪眼と九尾の狐という最強無敵の切り札を持ちながら、木遁しか取り得の無かった初代火影如きに敗北するんだから過度な期待は出来ないが。

「つまりルイ、お前は現段階でも上忍級すら容易く葬れる訳か」
「チャクラの燃費が結構悪いから、連戦の場合は支障出ますけどねー」




 この三人は羨ましいぐらい才能豊かだ。本当に凡人だった自分とは大違いだと青桐カイエは内心愚痴る。
 だが、彼等には自分と同郷の者達ゆえの危うさがある。三人が最も積むべきなのは戦闘経験であり、戦乱の途絶えた現在では滅多に味わえない人殺しの体験である。
 第三次忍界大戦に下忍の身で駆り出された時、彼は初陣で二人の同胞を喪った。
 才能無き自分より数段優れていた彼等を殺したのは、何て事も無い、殺人への躊躇だった。殺すべき敵を殺せず、逆に呆気無く殺されたのだ。取るに足らぬ敵に。
 生き死にの局面に遭遇した時、この三人の子供達は予想外の脆さを見せるかもしれない。――あの時味わった空虚感と悲しみは、もう二度と味わいたくない。

「部下を守り、任務も遂行する。両立しなければならないのが担当上忍の辛いところだな」

 その為にも通過儀礼として殺人を体験させる必要性がある。でなければ中忍試験すら乗り切れないだろう。この世界は平和過ぎた日本とは違うのだから。

「何処かに波の国の橋作りのような偽装依頼無いかねぇ」




「――ふざけないでッ!」

 某日、土の国。雷鳴が轟く激しい豪雨の中、少女は力の限り泣き叫んだ。
 涙が枯れ果てた両の眼は酷く血走り、地を何度も叩きつける両の手は血塗れだった。

「なんなの……一体なんなのよぉ! 私は何もしてないのに、何で何でッ!?」

 この世の全てを憎むが如く際限無き呪詛を撒き散らしながら、少女は我が身に降り掛かる世の理不尽さを嘆く。
 一撃で地を破砕し、その度に負傷した両の手は、されども一瞬の内に治癒する。
 ――それならば、そのか細い手にこびり付き、黒く変色した血は一体誰の物だろうか。

「勝手に人の中に埋め込んでおいて化け物扱い……ッ! 望んでないのに、頼みもしないのにぃ……」 

 ふらふらと立ち上がり、足を引き摺るように歩を進める。
 息切れは不規則で激しく、少女は時折癇癪を撒き散らすように樹木を殴りつけ、無造作に倒壊させる。その度に傷つき、痛みで苛立つという悪循環に陥る。

「……五月蝿い、五月蝿いッ! 嘲笑うな、私の中で嘲笑わないでよぉ! 全部、おまえのせいだ。アンタなんかが入っているから……ッ!」

 少女は自分自身を抱き締めるように両腕を抱える。上腕部分に突き刺した十指は肉が裂けるまで食い込み、その傍から猛烈な速度で治癒していく。

「やだぁ、死にたくない。殺されたくない――ッ! アンタがいるせいで〝暁〟なんかにも狙われるんだからぁ……!」

 少女はひたすら歩く。仲間だった忍の死骸を乗り越えて、その先にこそ救いがあると信じて疑わずに。

「絶対、死んでたまるか……絶対、生き延びるんだ……! 木ノ葉にさえ、木ノ葉隠れの里にさえ行けばぁ……!」

 彼女の中の眼無き耳無き魔獣は静かに嘲笑う。
 その救いと思われる未来と地獄のような現在に何の違いがあるのか、己以上に盲目暗愚な少女は一度足りても顧みないのだから――。





[3089] 巻の8
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 03:23


 巻の8 土の国境にて顔無き忍の遺志を引き継ぐの事


「それでよぉ、お前達。ルイとはどうなんだ? 性格は兎も角、容姿は上の上、家柄も血筋も木ノ葉有数で器量良しだ。これほどの優良物件、他には無いぜぇ?」

 任務を終えて解散した後、カイエはヤクモとユウナの二人を誘い、ラーメン屋『一楽』にて他愛無い世間話を花開かせていた。

「……下衆の勘繰りですなぁ、カイエ先生」
「ヤクモに同じ。それに一番最初に上げた性格で、後の全てが釣り合わないんですけど……」

 担当上忍の野暮な物言いに、二人は心底げんなりとした表情で受け答えた。
 二人とて恋愛事に興味を抱かぬ筈は無いのが、あの少女――今この場にいないうちはルイに関しては異性としての好意を抱く以前の問題である。
 用意周到にして神算鬼謀、何事にも抜け目無く凄味がある破天荒な少女。その性格を一言で評するなら〝黒い〟のだ。
 千年の恋さえ冷めるぐらい、あの一本の三つ編みおさげが愛くるしい女狐の性根は真っ黒なのである。その本性を間近で眺めている二人は、女という生き物の実情に深い疑念と疑惑を抱かざるを得なかった。

「またまた照れ隠ししちゃって、思春期してんなぁー。だが、今は男しかいねぇーんだから本音を語ろうぜ」

 空気読めよ、と二人は内心で壮絶に突っ込む。
 カイエはまだルイの本性を垣間見てから日が浅い為、何処か致命的な部分を見誤っている節がある。この類の勘違いは自分から気づかない限り解けないので、二人は指摘する事無くラーメンの麺を啜る。

「オレが見た限りではサスケに好印象を抱いているようだなぁ。この前も一緒に歩いているところを見かけたぜ。あんなスカした餓鬼の何処が良いのやら」

 やはり世の中は顔なのか、と一人いい感じに盛り上がるカイエを尻目にユウナとヤクモは溜息を付いた。
 確かにアカデミー時代からうちは一族の生き残りである二人は一族再興の為に夫婦になるだろう、という見解が割と一般的である。
 うちはという木ノ葉最優の血筋を絶やさぬ為にも、純血の血統は最優先で確保したいだろう。
 アカデミーの中では二人に否定的な者(女子限定)が多かったが、ルイ本人が「一族再興の為には一夫多妻も已む無し」という爆弾発言をした為、サスケに妄信的なアプローチをする者が後を絶たなかったのは余談である。

「先生、見る眼無いなぁー。ありゃルイが惚れているんじゃなく、サスケが一方的に惚れているだけだよ。大方、一族再興の面倒事を全部サスケに押し付けるつもりじゃね?」
「言えてるな。これもサスケの里抜けを防ぐ為の布石だろうね」

 ヤクモの見解にユウナは頷きながら同意する。
 ナルトに匹敵する落ちこぼれを装いながら、サスケの手綱をちゃっかり握る手腕の良さは想像するだに恐ろしい。

「それならルイを引き取った日向宗家、その嫡男である日向ユウナが本命かい? うちはと日向の血継限界が混ざり合ったらどうなるんかね?」

 写輪眼と白眼のオッドアイか、両方組み合わさったハイブリットか、絵的に何方も微妙だなとカイエは一人呟く。
 僕の考えた完璧超人でも其処まで酷いのは無いだろう、とユウナは疲労感を漂わせて呆れる。

「……自分に聞かないで下さい。良く誤解されますが、日向宗家は後見人という立場ですから、ルイが自分の許婚という訳ではありません。それに日向宗家を継ぐのは妹のハナビです」

 宗家の長男という事で大分揉めたが、ユウナ本人が「分家のネジに劣るような凡才は日向の当主に相応しくない」と公言して止まないのと、ルイもヒアシに強く交渉したので後継者の話は一端落ち着いている。
 だが、ヒアシはユウナを後継者にするのを諦めておらず、ルイの交渉で「ネジをこの手で倒すまで当主の座は預ける」という趣旨に変わっている事を当の本人は知らない。

「小難しい御家の事情なんてどうでもいいよ。大切なのは当人の気持ちだ! ユウナにヤクモ、そこんところどうなんだよぉ? ほらほら、正直に話してごらん」

 それでもカイエは鼈並みにしつこく問い質す。
 酒も入ったのか、その顔色にはほんのり赤味が浮かんでいた。

「……そりゃまあ見る者に鮮烈な印象を抱かせますね」
「性格さえ気にしなければ、可愛いっちゃ可愛いがねぇ……」

 終わりの無い追究に根負けしたユウナは渋々と本音を告げ、ヤクモも顔を赤めながら白状する。
 性格の黒さを顧みても、あの可愛らしい少女は里の誰よりも魅力的だった。
 心の表面上は全否定しても、心の奥底では惹かれていた。――もはや魔性の領域まで昇華された魅惑を、あの少女は最初から持ち得ていたのだから。

「むふふ、十分脈有りじゃないか。うーし、人生の先輩たるオレが恋愛についてアドバイスしよう! いいか、恋愛事は惚れた奴の負けだ。如何に惚れさせて主導権を獲得するか、その一点に尽きる!」

 右拳を握り締めながら力説するカイエを尻目に、二人は一旦互いを見合い、続いて冷ややかな視線を送った。
 絶対零度の白目に、ハイテンションで暴走するカイエは気づかない。

「……どうやって惚れさせるんですか? あのルイ相手に」

 ヤクモはやる気無く告げる。
 ありとあらゆる状況を脳内に想定し、無理矢理に思い描いた結果――そんな風になるなど想像どころか妄想すら出来なかった
 あのルイが、誰かに惚れる? まず在り得ないと二人は切って捨てる。利害を第一に打算する彼女がそのような不確定要素に躓くとは思えない。

「ふふ。良いか、女の子というものは常に白馬の王子様に憧れるものだ。捕らわれのお姫様を夢見て、絶体絶命の窮地を颯爽と助ける王子様に惚れない女の子はいない!」

 夢見がちな上司に、二人は絶対彼女いないなと確信する。
 颯爽と助けに来た白馬の王子を蹴り飛ばし、馬を奪って逃走するルイの姿が眼に見えるようだ。

「……先生って、意外とロマンチックなんですねぇ」
「あのルイが捕らわれのお姫様? それを攫う魔王か、その奥にいる大魔王の間違いだろ」

 ユウナはこれ以上無いぐらい呆れ返り、ヤクモは率直な感想を述べる。
 その内、何処ぞの大魔王っぽく「これは火遁・大炎弾の術ではない。火遁・豪火球の術だ」なんて言うに違いない。闇の衣を纏う方が先かは些事である。

「やぐされたガキ共だなー。精神年齢は肉体に引き摺られるもんだから偉大な夢とか大志とか年相応に抱けー」
「そういう先生はどうなんですか? 彼女の一人か二人はいるんでしょうね?」

 ユウナの電撃的な突っ込みにカイエはぴたっと凍りつく。
 踏んではならぬ地雷を踏んでしまった、と二人はラーメンの汁を飲みながらどうでも良さ気に分析する。

「聞くな」
「……あい、そうですか」

 笑顔で凄むカイエの眼は笑ってない。
 ルイへのお土産はどうするかな、と考えながら二人は箸を置いた。



「――ん。おやおや、カイエ君じゃないか。お前達の班も里外の任務かい?」
「おお、そういう君は遅刻魔のカカシ君じゃないか。いやいや、手頃な依頼が無いんでな、里外演習だよ」

 里を出る巨大な門の前、はたけカカシ率いる第七班と青桐カイエ率いる第九班は偶然遭遇し、二人の上忍は気取る事無く挨拶する。

「あー! るるる、ルイちゃん、この前はよくもぉ!」

 うずまきナルトはルイの姿を見た瞬間に露骨な警戒心を露にし、同様に春野サクラも僅かに敵対心を浮かべる。
 だが、その当人に至っては何処吹く風だった。

「やほ、サスケ。ナルトも元気だねー」
「ドベが喧しくて疲れる」
「なんだとぉー!?」

 一人騒ぐナルトを放置し、ルイとサスケは互いに見詰め合って微笑む。
 その気心通じた様子を、外見では露骨に出さないが、サクラは内心激しい嫉妬心をふつふつと煮え滾らしていた。

「あーッ! 三日前にわしの依頼を超断った奴等じゃないかッ!」

 年相応に騒ぐ子供達以上に声を荒げ、カカシ班の依頼人であるタズナは顔を引き攣るカイエに指差して怒りを露にした。

「……あはは、タズナさんじゃないですかー。いやぁ、三日前はそのすいません。ちょっとした手違いがありまして」
「何が手違いじゃいッ! 超土壇場でキャンセルしおって!」

 契約が成立した直後に破棄され、三日間待たされた事を根深く恨んでいるタズナは小言じみた愚痴を次々と繰り出す。

「あ、はは。それじゃそういう事で波の国での任務頑張るがいいさー! お前等、とっとと行くぞー!」
「あいよー」

 カイエは逃げるように木ノ葉瞬身の術で消え、ユウナとヤクモも後を追う。

「それじゃね、サスケ。道中気をつけてねー」
「ああ、ルイこそな」

 サスケに手を振りながらルイは軽快な足取りで消える。
 その〝道中〟の含みの意味に気づけないだろうな、と内心笑いながら――。




「カイエ先生、何でまた土の国の国境付近で演習を?」
「昔話をするには丁度良い場所だからさ。一応、警戒を怠るなよ。岩隠れとは同盟関係だが、口約束並にいい加減だからな」

 物凄い巨木に常識外の大きさの茸が生える奇怪な森、私ことうちはルイと愉快な下僕達――もとい、第九班は遠出のハイキングと洒落込んでいた。
 程無くして手頃な場所を陣取り、周囲への警戒を継続しながら休憩に入った。

「一つ退屈な昔話をしよう。オレがまだお前等と同じ年齢だった頃の話だ。当時は第三次忍界大戦の真っ最中でな、下忍に任官したばかりのオレ達まで戦場に駆り出されるほど状況が切迫していた」

 十数年以上前、木ノ葉隠れに九尾が襲来する前の話を、私は興味津々と耳を傾ける。それはヤクモもユウナも同じ事だった。

「オレの班は担当上忍以外、お前達と同じ境遇の奴等だった。ペッポコなオレとは違って二人は羨ましいぐらい優秀でな、この中で真っ先に死ぬのはオレだろうなと信じて疑わなかったぜ」

 カイエは無理して笑う。今の年齢で最前線に投入されたのだ、さぞかし見るに耐えぬ地獄を垣間見た事だろう。
 もし、私がその当時に生まれていたのならば、忍者以外の道を選んで、里でのほほんとしていただろう。うちは虐殺まで猶予もあるし、九尾襲来も間近だから里抜けして全国に遊び歩いていただろう。……その当時に生まれたかったかも。

「確かこの近くだな、国境付近で小競り合いしたのは。当時与えられた任務は遊撃で、最初に遭遇した敵は俺達と同じような班編成だった」

 カイエの視線が彼方に向けられる。その眼には後悔と哀愁の色が入り混じっていた。

「上忍は上忍とぶつかり合い、下忍は下忍同士で殺し合った。格下だった相手を簡単に追い詰められたが、トドメを刺す段階で躊躇してしまい、二人は返り討ちだ」
「……此処は日本じゃないのに、殺人への禁忌を捨てれなかったのね」

 無様なものだと、私は内心切って捨てる。どの世界でも戦争を知らない日本人は信じられないほど平和惚けしている。殺し殺される極限状況において躊躇うなど、覚悟が足りない。

「そうだ。そんな当たり前の事を、同胞を殺されるまで気づけなかった」

 横目でヤクモとユウナの様子を覗き込む。真剣に聞き入っているが、彼等の技量と身体能力なら人間一人など簡単に殺せるだろう。だが、殺す覚悟を出来るか、となれば否だろう。

「だからお前達に言うぜ。敵は躊躇せず殺せ。殺さなければ殺されるぞ、と。自分一人なら良いと思うなよ、仲間にも被害が及ぶんだから。――お前達が本当に積むべき経験は戦闘じゃなく殺人の経験だ」

 良い訓示だ。二人は少々難色を示したが、私は素直に同意する。
 初の実戦になったら私が敵の戦力を極限まで削いだ上で殺させよう。一人殺せば吹っ切れるだろうし。

「ええ、肝に銘じますわ」

 二人の代わりに代弁する。が、それが軽率だと見て取られたのか、カイエは眉間を顰めて溜息付く。

「……言葉の上で理解していても、実際にその場面に遭遇するまで解らない、とまで覚えておいてくれ」




「ん? どうした、ルイにカイエ先生」

 帰りの道中、偶然か必然か、私とカイエは同じタイミングで同じ方向を睨むように凝視した。
 カイエに関しては解らないが、何かしらの音が聞こえた訳でもないし、異常な臭いを感じ取った訳ではない。強いて言うならば、背筋が寒くなるほど濃厚な死の予感を嗅ぎ取ったのだ。
 こういう時の勘は中々外れてくれない。私はこの時点で諦めと共に覚悟を決めた。

「ユウナ、この方角の四キロ先見れるか?」
「先生、素で無茶な要求しますねー」

 気軽に受け答えながら白眼の透視能力を存分に使い、異常を感じ取った方向に視線を送る。程無くしてユウナの表情が強張り、驚愕と動揺を浮かべた。

「……酷い有様だ。竜巻でも発生したが如く木々が薙ぎ倒されているし、岩隠れの忍かな――の死体が其処等に転がっている」
「四キロ先は土の国の領土だな。物見遊山の気分では赴けないが――生存者はいないのか?」

 今にも吐きそうな最悪な面構えのユウナを尻目に、カイエは頭を掻きながら問う。
 まだ最悪の事態に巻き込まれていない。今からでも見て見ぬ振りをして撤退すべきだが、集団行動はもどかしいものだ。

「……いた。一人だけ、同年代の女の子。――あ、倒れた!」

 よりによっていた生存者に憎らしげに眼を細める。死んでれば手間が掛からなかったのに。

「カイエ先生、助けに行こうぜ! 人命救助に国境は関係無いだろっ!」
「私は断固反対だね。最悪なまでに嫌な予感がするし――けど、決定権はカイエ先生にある。決断よろしく」

 やはり救助の意向を示したヤクモに内心溜息つきつつ、決定権をカイエに委ねる。
 結構な修羅場を潜り抜けているのに大分甘い性分なので、見殺しを命じる一途の望みは端から持っていない。

「チィ、我ながら厄介なものを見つけてしまったな。行くぞ、もし岩隠れの忍と遭遇しても先に仕掛けるなよ! 平和的な話し合いで片付けられればいいんだが――万が一も在り得る、覚悟しておけよ!」




「……ひでぇ有様だな、どうやればこうなるんだよ……?」

 初めて死体を見て、嘔吐寸前まで青褪めるヤクモは虚勢を張るように声を上げる。
 本当に竜巻が発生したんじゃないかと疑いたくなるような倒壊状況だった。太い木々さえ幾つも倒壊し、岩隠れの暗部らしき死体は所狭しと横たわっている。原型が留まっている死体は珍しい方であり、大抵は腕か足が千切れていたり、上半身と下半身を分断されていたりする。

「岩隠れの暗部の死体だらけか。最高なまでにきな臭いな――ユウナ、生存者の女の子とやらは何処だ?」
「……見当たりませんね。移動中に動かれたみたいです。半径百メートルにはいませんね」

 流石に移動中にも白眼の透視を常時発動させるにはチャクラ消費が多すぎるので、仕方ないと言えよう。
 というより、この状況で一人生き残っているなんて、間違いなく下手人だけだし。出遭いたくもない。

「そうか、ユウナはそのまま索敵も頼む。土の下も注意しろよ、岩隠れのは土竜の如く忍び寄るからな」
「先生ー、一人虫の音だけど生きてますよ」

 死骸を直視出来ないヤクモと違い、割と見慣れている私は微かに生き残っている者を発見する。
 生き残りの男は暗部の仮面が半分に割れており、素顔を露出している。明らかに致命傷な腹部は見るに耐えないほどぐちゃぐちゃなので余命幾許も無いだろう。

「おい、一体何があった? 死ぬ前に話せ――って、おまえアシカか!?」
「……カザ、カミじゃ、ねぇか。なんで、こん、な、ところに……」

 知り合いか――ならば、有益な情報提供をしてくれるだろうが、如何せん全部語れるほど男の余命は残されていない。迷う暇は無いので、速攻手段を講じる。

「――ユウナ、ヤクモ、カイエ先生、それと其処の人、私の眼を見て」

 私は万華鏡写輪眼を使い、全員の意識を我が精神世界に攫った――。




「月読……!? ――そうか、ナイスだルイ!」

 いきなり月読の精神世界に送り込まれ、三人が混乱する中、瞬時に私の意図を悟ったカイエは手放しに称賛する。

「なんだこれは……!? 傷が、無い?」

 先程死線を彷徨っていた人は傷一つ無く元気に混乱している。
 そりゃ致命傷を負って変な世界に来たと思ったら傷が消えていた、となれば変化する状況を処理出来なくなって驚くだろう。

「カイエ先生、この人は木ノ葉隠れの暗部ですか?」
「……恐ろしいほど察しが良いな。そうだ、コイツはオレが暗部にいた頃の同僚だ。岩隠れに潜り込んでいたとは思わなんだが」

 やはりか。となると、先程呟いたカザカミというのは暗部でのコードネームか。カイエが元暗部出身だったとは知らなんだ。

「アシカさん、此処は私が作り出した幻術の空間です。この精神世界での時間経過は現実世界では一瞬です」

 ――現実世界に戻った瞬間、変わらず死ぬ。無情な現実を言わずとも暗部の男――アシカは苦笑しながら理解した。

「……そうか。あんがとよ、嬢ちゃん。この間々死んだら無駄死にも良いところだった。――カザカミ、俺の遺言を最期まで聞き届けろよ。途中で事切れる心配が無いから長くなるがな」
「……ああ。全く、損な役割ばかりだぜ」

 そうカイエは愚痴り、二人は互いに笑い合った。それは既に死を享受した、何とも寂しげなやり取りだった。

「俺が岩隠れに潜伏したのは暗部の任務でな、ある人物の存在を監視する為だ。最上級の危険物だったからな、木ノ葉の上層部も軽々しく対処する訳にはいかなかったんだろうな」

 暗部という事は、木ノ葉に不利益な危険人物として暗殺を視野に入れていたと見える。
 根の総元であるダンゾウに何らかの関わりがあるのだろうか。いや、何でも関連付けるのは流石に早計だろう。

「その人物は何を思ったのか、単身で里抜けしてな、岩隠れの暗部に紛れ込んで追跡したらこの様だ。化け物相手に油断した俺も俺だが」
「その人物とは一体何なんだ?」

 ごくり、とユウナとヤクモは息を呑む。非常に嫌な予感がしてきた。今すぐ逃げ出して木ノ葉隠れの里に帰りたいぐらいだ。
 今更だが、これは任務でも何でもなく、単なる演習だったのに何でこうなるのやら。

「聞いて驚け、――人柱力だ」
「なん、だと……!?」

 カイエとヤクモとユウナは一斉に驚愕し、私も苦々しく顔を歪める。
 まさに最悪に等しい状況だ。神様は何が何でも私に死亡フラグを乱立させなければ気が済まないらしい。

「名は岩流ナギ、お前の部下と同じぐらいの年齢の少女だ。毒々しいまでに赤い眼が特徴的で、一目見れば解る。中身の正体までは解らなかったが、黒い液体状の泥みたいなのを自在に操る。尾獣の影響なのか、情緒不安定でいつ暴走するか解らん危険な状態だ」

 つまり、砂隠れの我愛羅みたいな少女か。今後一切関わりたくない最上級の危険物である。この世界には核廃棄物処理場は無いのだろうか。無いのだろうね。

「俺の任務は岩隠れが有する人柱力の調査及び木ノ葉にとって脅威に成り得るか見極める事だった。――火の国を目指して里抜けした今、土の国で暗殺出来なかったのが悔やまれるな」

 本当に、何しくじってるんだよこの役立たずと内心罵る。
 里の精鋭部隊とか謳っているが、実力はやられ役のモブ以下なんだよな。本当に解説するしか取り得が無いな、暗部というのは。

「一つ質問があります。人柱力が死ぬと、中の尾獣はどうなるのです?」
「生憎と実例が無いから憶測になるが、宿主と一緒に死ぬほど潔くないだろうな。封印の殻を破って復活し、大暴れだろうよ。もしも火の国でそのような事態になれば、十二年前の九尾の二の舞になるだろう」

 質問するまでもなく解っていたが、頭が猛烈に痛い。
 とりあえずその人柱力に遭遇したら出会い頭に須佐能乎の十拳剣で永久封印するか。この人生最大の窮地を潜り抜けて、暁の野望も崩せて一石二鳥だ。
 いや、デメリットが大きい。態々喋っていない万華鏡写輪眼の奥の手を曝すのは若干抵抗がある。というより、この事態はもっと上手く片付けられないだろうか――?
 得た情報を統合し、分析して上層部の意図を推測し――電撃的に閃く。人目が無ければ小躍りしたい気分だ。

「――カザカミ、これは地図から国が一つ消え兼ねないAランク任務だ。人柱力の岩流ナギを確保し、木ノ葉隠れの里まで無事届けろ。既に岩隠れの連中は火の国で始末する算段だ」
「……やれやれ、この事件の対応次第では第四次忍界大戦の引き金にもなるか。オレ如きと新米下忍三人で挑む任務じゃないぜ」

 まさに世界は私達の両肩にかかっている、といった具合である。
 波の国の方がまだ楽だった、とヤクモとユウナは事の大きさに恐縮しているが、私は愉快気に口元を歪ませる。
 これはある意味大きなチャンスだ。上手く片付けられれば未来への懸念を一つ潰すどころか、お釣りがくる。何が何でも全員生き残り、未来の栄光を掴み取る。これはその試練なのだ。

「暗部からの増援は要請したが、間に合わないだろうから期待するなよ。……後は、俺の死体の処理を頼むぜ」
「……ああ」

 アシカは苦笑し、カイエは神妙に受け答える。

「もう思い残す事は無い。此処で死んですまないな、生き残れよルーキー共――って、泣くなよ」
「……ッ、すいま、せん」

 鼻水垂らしながら泣くヤクモの姿に誰が笑えようか。
 愚直なまでに忍として任務を遂行した男の生き様は馬鹿らしいと思うが、嫌いじゃない。――誇っていい、最期まで己が信念を貫き通したのだから。

「それじゃ解くよ。カイエ先生、その前に指示を」
「ユウナは人柱力の子を全力で探せ、ルイとヤクモは周囲を警戒だ。目標を発見次第、確保しに行く。岩隠れの忍との交戦は極力避けろ。万が一の際は絶対に一対一で戦うな。――しつこく言うが、敵は迷わず殺せよ!」



[3089] 巻の9
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 15:36


 巻の9 岩隠れの下忍班と遭遇し、生死の境で舞い踊るの事


「根性ベルトを外してその巻物の中に入れとけ、手早くな」

 カイエは木ノ葉ジャケットのポーチから巻物を二個取り出し、内一つをルイ達に渡す。
 取り出した巻物は口寄せの術式が書かれた物であり、カイエは勢い良く開封し、暗部の死体を瞬時に収納する。

「中忍試験まで外す機会が無いと思っていたけど、案外早かったねー」

 三人は四肢の重しを外し、口寄せの巻物に収納する。
 ルイとヤクモは軽くなった身体を動かしながら確認し、ユウナは忙しく周囲を見回し、暫くして一点を見据えて止まる。

「――見つけた。東の方角一キロ」
「ユウナはそのまま目標を監視、飛ばして行くぞっ!」

 カイエは檄を飛ばし、獰猛な速度での移動を開始する。
 三人は自身の身体の軽さに驚きを抱きながら、飛び跳ねるようにカイエの後を追う。

「ユウナ。私特製の兵糧丸よ、効力は仙豆までとはいかないけど抜群よ」
「……ありがと、それとルイは大丈夫なのか? さっきから写輪眼のままだぞ」

 対象を監視しながら、若干不安な説明をされた兵糧丸を口にし、特有の苦味に顔を歪ませながらユウナは尋ねる。

「ああ、月読なら高々数分足らずだから何とも無いよ。それに普通の写輪眼なら常時発動していても支障無いわ」

 その揺るぎ無き自信に満ちた言葉に、ユウナは頼もしく思える。性格面では多大な不安要素があるものの、その実力には全幅の信頼を置いていた。




「えーと、君が岩流ナギ、かい?」

 程無くして護衛対象まで辿り着き、カイエは敵意を持たれぬよう細心の注意を払って質問する。
 最初の様子では虎に追われた兎のように怯えていたが、腰元やら鞘にある木ノ葉印の額当てを見た直後、震えは止まり、希望に満ち溢れたような表情に変わる。
 不可解な事だが、木ノ葉に関して何か特別な感情を抱いている様子だ。この分なら無駄に抵抗される恐れは無いだろうと私は内々で分析する。

「木ノ葉隠れの忍……? 良かった。お願い、私を木ノ葉隠れに連れていって! この間々じゃ殺されちゃう……!」

 怯えて取り乱す黒髪の少女をあやすようにカイエは笑顔を浮かべる。
 私からすれば自業自得過ぎて呆れが先に来る。無謀な暴挙で一体何人が犠牲になったのか、この少女は理解しているのだろうか。

「……あー、勿論そのつもりなんだが。とりあえず落ち着いてくれ。オレ達は任務で君を木ノ葉隠れの里まで護送する。道中の細かい指示はオレに従ってくれ、いいな?」
「は、はい。お願いします」

 出会って間もない他の里の忍を信頼するとは随分幸せな脳みそだ。
 人柱力という難しい立場も考慮した上で、これぐらい鈍くないと情緒不安定で精神が危ういのだろうか。

「それじゃとっととずらかる――ッ!?」

 地が猛烈な勢いで割れ、隆起し、私達はものの見事に分断された。
 此処まで敵の対応が早いのは予想外だと私は舌打ちする。第一陣の暗部はこの少女が平らげたのだから、第二陣はまだ掛かると踏んでいただけに余計焦る。

「……わわ、そんな、もう追手が……! 其処の写輪眼の人、どうしましょう!?」
「落ち着け取り乱すな騒ぐな喧しい。さっきも容赦無く皆殺しにしたんだから相手が何であれ楽勝でしょ?」

 私以上に慌てる人柱力の少女を尻目に、冷静に突っ込む。
 あれだけの惨劇を繰り広げたのだから戦闘面では非常に頼りになるだろう、というか、私に楽をさせろという期待を籠める。

「え、ええ、えーとぉ、さっきのはその私じゃなくて私の中のあれが勝手に――と、ともかく今の私は戦力外も良いところです!」
「人柱力の癖に役立たずね。力の制御ぐらい完璧にしておきなさい」

 何処の邪気眼だと突っ込みたかったが、此方側の人間に向こう側のネタは通じないので自重する。少女の話から突発的に暴走する可能性があるという事を考慮に入れる。

「わわ、ごめんなさいっ! あ、でも何で私が人柱力だって事を……?」
「お喋りは其処までよ」

 敵の気配を感じ取り、その方向を睨みつける。
 現れたそいつは岩隠れの額当てをした私と同年代のくノ一だった。幸運な事に暗部じゃない。これなら万華鏡写輪眼を使わずとも殺せるだろう。

「――見つけたわ、ナギ。今ならまだ間に合う。一緒に里に戻りましょう!」
「ご、ごめんなさい、レンさん! この間々じゃ私、殺されちゃう。だから、友達としてお願い、見逃してッ!」

 まるで里抜けしたサスケを追うナルトだな、と冷めた眼差しで眺める。
 二人は感情的になりながら白熱していく。この私を無視するとは良い度胸だ。

「馬鹿を言わないで! 貴女の居場所は此処にしかない、木ノ葉なんぞに逃げても今まで以上に酷い目に――っ!?」

 下手な説得を続けるくノ一に不意討ちのクナイを浴びせるが、残念な事に避けられた。この程度で仕留めれるなど楽観視はしてなかったが。

「――クッ、木ノ葉のくノ一め! 邪魔をするなァ!」
「目障りだから消えてくれない?」




「てぇやッ!」

 土遁・裂土転掌。地面に亀裂を及ぼす、岩隠れでは基本的な忍術である。
 術者のチャクラ次第で術の規模が大きく変わり、うちはルイが対峙したくノ一の場合は周囲の地面が一気に隆起し、生き埋めにせんと覆い被さるほど強烈な忍術となっていた。

「――ふん」

 チャクラの量が段違いで既に下忍の領域では無いと冷静に分析し、うちはルイは崩れる足場を次から次へと目まぐるしく疾駆し、大地の破砕を諸共せず踏み越える。

「チョコマカと――ッ!」

 その眼にも止まらない俊敏な回避動作に合わせて数枚の手裏剣とクナイが投擲される。
 重き枷から解き放たれ、己の身体が淀みなく動かせる事に戦闘中でありながらも満足し、ルイは四方八方から飛翔してきた手裏剣とクナイを全て掴み取り、瞬時に投げ返す。

「――!」

 以前のうちはルイは如何なる超速度も見切れる眼を持っていたが、その眼に見合った身体能力が無くて対応出来なかった。
 だが、着実に積み重ねた日々の努力は芽吹き、彼女の戦闘能力を格段に向上させていた。
 嘗て幾多の並行世界で培った戦闘経験を最大限に生かす事は出来ずとも、目の前の敵ならば十分すぎるとルイは口元を歪ませる。

「いい気になるなァ!」

 自分の凶器が迫り来る中、岩隠れのくノ一は地に手を掛ける。板状に引き剥がして垂直に立て、手裏剣とクナイの嵐を防ぐ即興の盾とする。

「それは悪手でしょ――」

 この土遁・土陸返しは文字通り土の防壁に過ぎないので、威力次第では簡単に崩せる。
 だが、ルイはこの前哨戦風情にチャクラを消耗させる気が欠片も無かったので、手持ちの手裏剣を二つ投擲して疾駆する。

「――チィ!」

 緩やかな曲線を描く軌道は壁を無視し、その先にいるくノ一を襲う。
 咄嗟に気づいたくノ一は紙一重で避け、印を結びながら土の防壁から抜け出し――その直後、クナイで首を刎ね飛ばされた。

「自分の視界を遮るなんて愚かね」

 ルイは転がるくノ一の首と地に倒れた首無し死体を一瞥する事無く背後を見せ、人柱力の少女と共に分断された仲間と合流すべく移動しようとした。
 ――突如、背後から押さえられ、身動き出来なくなるまでは、である。

「なッ!?」

 ルイは珍しく動揺の色を見せる。自身を背後から拘束する者は先程の首無しのくノ一だった。一向に力は緩まず、全身全霊をもってしても振り解けなかった。

「岩隠れの土分身の術は初めてかしら?」

 正面の地面が割れ、くノ一が這い出てくる。顔や衣服を土で汚れながらも勝ち誇ったように嘲笑う。

「確かに土遁・土陸返しは視界を遮るわ。けれどもそれは私だけじゃなく貴女も同じ事よ」
「――あの時、既に……!」

 ルイは驚愕で眼を限界まで見開く。
 その表情を満足気に眺めてから、その額にクナイで深々と穿ち貫く。ルイは眼を見開いた間々、壊れた人形が如く力無くかくんと項垂れた。

「そうよ。土壁で視界を遮ると同時に土分身と入れ替わり、私は土の中で潜伏していたのよ。まあ、もう聞こえないか。さあナギ、邪魔者はいなくなっ――あ、ぇ?」

 得意げに解説し、怯えるナギの前に立ち塞がろうとした時、くノ一の後頭部にクナイが深々と突き刺さった。彼女は自分を殺した者を視界に入れる事無く絶命した。

「――お喋りが過ぎるし、騙し合いで私に勝とうなんざ一億年早いよ」

 倒れ伏すくノ一の後方には、土塗れのうちはルイが悠然と死骸を見下ろしていた。
 くノ一の土分身が崩れると同時に、額を穿たれて絶命していたルイも同じ様に崩れて土くれになる。

「……一体、どうやって――」

 傍らから一部始終を見届けた岩流ナギさえも、土分身と潜伏術を何処でコピーしたのかは解らなかった。
 土遁・土陸返しで互いの視界が遮られた瞬間、二人は合わせ鏡のように同じ印を結び、土分身を作って本体は土の中に潜伏した。
 幾ら写輪眼と言えども透視眼は併せ持っていない。己の知識を総動員させても不可解な出来事だった。

「長居は無用ね、さっさと行くよ」

 ルイは深刻そうに思い悩む岩流ナギに気づかれないように、大樹の中に隠れて待機させておいた影分身を消す。
 種の仕掛けはこの影分身を経由して下忍の少女の動きをトレースしたのだが、紳士的に説明する謂れも無い。ルイは消費分のチャクラを補うように兵糧丸を一粒口にする。

「は、はいぃ! ……あ、あのう、な、なんでレンさんの死体を……?」

 死体を肩に担ぎ、運ぼうとしていたルイに、ナギは震えながら恐る恐る尋ねる。

「――うふふ、聞きたいの?」

 そのルイの邪悪な微笑みに、ナギは尋ねた事を即座に後悔した。




「はああぁっ!」

 岩隠れの忍の少年が怒号をもって撃ち放った幾多のクナイは、黒羽ヤクモの抜刀の一閃によって悉く切り払われる。

「へっ、舐めんじゃねぇ!」

 凡そ忍者に相応しくない格好で刀を携える少年に対し、岩隠れの忍は交戦する前から過小評価を下していた。
 何故に忍者が侍風情の真似事をしているのか、理解に苦しむ。
 もしかしたら忍術が一切使えないからかと失笑し、さっさと片付けようと大振りの牽制を放った時、自身の救い無い勘違いに後悔する。
 ――術関連が使えないのは有り勝ち間違いでは無かったが、侮っていた実力面は程好く突き抜けていた。

「のれぇよッ!」

 ただ一足で十メートル近くあった距離が零にされ、その驚異的な移動速度を遥かに上回る神速の斬撃が繰り出される。
 嘗て無いほどの危機感が彼を一歩後退させるが、遅すぎた。右薙ぎの一閃は岩隠れの忍の左腕を容赦無く斬り飛ばす。

「ガァ――ッ!?」

 鮮血を撒き散らしながら腕が宙に舞う中、更に一歩踏み込んでの横一文字の一閃が空気を引き裂いて唸りを上げる。
 最初の一撃の最中から取り出していたクナイが漸く間に合い、火花散らせて交差する。しかしながら拮抗は一瞬であり、完全に押し切られて腹部を切り裂かれる。

「――!」

 まるで堅い鉱物にぶち当たったような感触に反応し、ヤクモは瞬時に一時離脱を選択する。
 一瞬遅れて振るわれたクナイの斬撃が前髪を掠め、肝を冷やす。回転しながら後退り、激痛に表情を歪ます隻腕の忍を睨むように凝視する。

「く、いてェ、クソいてェエエエエェェ――!」

 余りの激痛に狂い悶え、忍は咆哮を轟かし、ヤクモを狂気で射抜く。
 相手の術の構成を読み取るのはユウナかルイの役目だが、と内心毒付きながらヤクモは敵の状況を確認する。
 腹の傷は予想以上に浅く、根元から斬り飛ばした左腕部分は既に止血している。更には相手の皮膚の色が黒く変色していた。恐らくは硬化術の一種であり、返す太刀程度では致命傷を与えられないだろう。

(……ちぃ、我ながら情けねぇな。血を見ただけで震えが止まんねぇぜ……)

 この時、ヤクモは大量出血した忍以上に呼吸を乱し、咽喉まで這い上がってきた嘔吐感を必死に我慢しながら全身の震えを止めようとしていた。

(――だが、コイツの屍を踏み越えなければ先に進めねぇ。此処で足踏みする余裕など何処にもねぇんだ!)

 友を想い、師を想い――こんな殺伐とした状況でも飄々と乗り越えるだろう少女を想う。殺人に躊躇する不甲斐無い自分をあの少女が見たなら、間違い無い、躊躇無く背中を蹴り付けてくるだろう。

(は、戸惑う必要なんて欠片もねぇ。――此処で、仕留める)

 奥歯を砕けんばかりに歯を食い縛り、唯一度の深呼吸で乱れた息が静まる。
 ヤクモは正眼の構えを解き、右手の人差し指と中指の二指だけで刀の柄を摘むように握り変え、肩に担いだ。
 その猫科動物が爪を立てるが如く異様な掴みと異形の構えに、溢れる憎悪以上の危機感を岩隠れの忍は感じ取った。

「……ふざけ、やがってェッ! テメェは絶対殺す! 散々痛めつけた上で惨めにぶっ殺してやる!」

 隻腕の忍の身体からチャクラが滲み出る。
 眼に見える程のチャクラが右腕に集中するが、既に印を結べぬ身ゆえに、大規模な忍術や幻術は在り得ない。

「ハン、三流が。殺すという言葉なんざ普通使わねぇんだよ。テメェと同レベルの雑魚等と仲良く呟きあっていればいいさ、クソガキ」

 ルイならばもっと相手の神経を逆撫でするように喋るんだろうな、と内心苦笑しながら挑発する。

「こんの、クソガキがアアアアアアアアアァ――!」

 鬼気迫るほど熱烈な憤怒を露にし、猪突猛進に疾駆する単純な隻腕の忍にヤクモはしてやったりと口元を歪ませる。
 だが、口元を歪ませたのは隻腕の忍も同じだった。
 疾走しながら隻腕で地を叩きつけ、眼下に岩盤状の板を垂直に立てる。間合いに入ったと同時に剣閃を振るったヤクモからすれば予想外の一手だった。

「ッ!?」

 ――それが土遁・土陸返しである事を、ヤクモは知る由も無い。
 岩盤を一刀両断しようが刃が食い込もうが末路は同じだ。その生じた隙を逃さず、土壁ごと粉砕出来るだろう。それだけの破壊力をこの右腕は持っているのだから。
 ヤクモの一撃は土壁を鮮やかに一刀両断した。予想していたより刃の間合いが長く伸びたが、一歩後退するだけで楽に躱した。
 一体どんな忍術を使ったかは解らない。正面から当たっていたら間合いを読み違えて斬り捨てられていただろうが、一手も二手も上に行った為、手詰まりだろう。
 隻腕の忍の誤算は二つ、一つはヤクモの攻撃手段が刀での斬撃のみじゃない事。もう一つは――。

(刃状のチャクラを飛ばした? だが、その程度の攻撃など硬化術の前では――!?)

 その飛翔するチャクラの刃に微弱なれど雷の性質変化が加えられていた事である。
 絶対の鎧だった土遁・硬化術は雷のチャクラに呆気無く蹂躙され、岩隠れの忍は土壁と同じように左斜めに一刀両断された。

「グガァッ!? ……こ、の――俺がぁっ……こんな、馬鹿、なァあ――!」

 地に転がり、半身でのた打ち回る死に損ないの忍の首に、ヤクモは太刀を刺し込み、即座に九十度捻って完全に絶命させる。
 生々しい感触が脳裏から離れず、止まっていた震えを再び呼び覚ました。

「……死んだ。いや、俺が殺した、か――」

 流れる鮮血の濃厚な香り、地に散乱する悍ましい臓物を間近で直視し、ヤクモは我慢出来ずに激しく嘔吐した。
 胃の痙攣が止まるまで中身を吐き出し、ヤクモはふらつきながらも立ち上がる。
 口元を片袖で乱雑に拭き取り、血塗れの太刀の刀身を懐から取り出した和紙で丁寧に拭き取る。今が戦闘中である事を強く意識し、仲間達の下を目指して疾駆した。




「うらあぁあああぁ!」

 馬鹿正直に接近戦を挑む岩隠れの忍に対し、日向ユウナは一撃で仕留めんと柔拳を振るう。
 繰り出される拳を受け流し、その無防備な鳩尾に掌底を食らわせ、経絡系にチャクラを流し込んで内部から破壊する。
 如何なる強者も内臓は鍛えられない。それが日向一族が名門と恐れられる所以である。
 だが、逆に言えば敵対する者達にとって最も警戒され――最も研究し尽くされた業である。

「――!」

 チャクラを流す感触に違和感を覚え、ユウナは更に掌底を当て、岩隠れの忍を吹っ飛ばす。
 本来なら心臓周辺を破壊する手酷い致命傷なれど、忍は平然と仰け反るだけで口元を歪める。

「――フ、流石は木ノ葉最強を謳う日向に連なる者と言ったところか。だが、御覧の通り俺は特異体質でな、他人のチャクラなど欠片も寄せ付けん」

 自信満々に講釈する忍を半ば無視し、ユウナは白眼で観察する。
 経絡系や点穴の位置は他人と同じだが、自身が流したチャクラの痕跡は欠片も無い。

「チャクラが通らぬという事は日向の柔拳が通用せんという事。つまりは貴様の勝つ確率は零という事だ!」

 忍は宣言し、両手から仕込み刀を出して真正面から切りかかる。
 無謀極まる選択だが、相討ちでいいのだ。自身は一撃で仕留められ、相手の必殺は己が身に通用しないのだ。
 従来の日向ならば十八番が封じられ、苦戦を強いられる事になるだろう。だが、ユウナは他の一族の者ほど日向の柔拳を絶対視していなかった。
 ――ユウナの掌が人差し指から握り込まれたのを、彼は迂闊にも見落とした。

「あがっ!?」

 顎が突き上げられ、岩隠れの忍の意識は一瞬飛ぶ。間髪入れず鋭い正拳突きが再び鳩尾を穿ち貫き、下から突き抉る拳は胃の中の酸素を捻り出して全身を硬直させる。

「はあぁっ!」

 続いて肘打ちが心臓部分に直撃し、鈍い音を立てて肋骨を叩き折り、生命活動に支障が出るほどの損傷を負わす。

「ぐオ、おォあ、あアあアアぁッ!」

 苦し紛れに一閃した右腕の仕込み刀は、振るわれた速度より早く手首を取られる。振り解こうにも逆に引っ張られて体勢を崩され、投げられて地面に強烈な勢いで叩きつけられる。
 受身すら取れずに背中を強打し、息を衝撃と共に吐いた直後、全身全霊をもって振り下ろされた死神の鎌じみた足底を彼は幻術を見るような夢心地で眺めてた。
 全体重で踏み抜かれ、地の堅さも相重なって頭蓋を砕かれた刹那――これの何処が日向の柔拳なのか、慢心していた己を問い詰めた。

「勝ち誇った時、そいつは既に敗北している、か」

 数秒余り痙攣し、微動だにしなくなった忍の死体から足を退ける。
 これがユウナが独自に切磋琢磨した業だった。内部を壊す事だけを極意とする日向の柔拳を、外面的な損傷を与える剛拳で再現したのだ。
 内部も外部も一緒くたに破壊する言わば総合的な格闘術であり、両得だと本人は考える。

「――それにしても」

 以前の自身なら己が業で人を殺めれば精神的に痛んだのだろうが、思った以上に平然としている今の自分に驚きを隠せない。
 あの少女と三年も同居し、随分毒されたものだとユウナは心底苦笑した。




「チックショウ! なんでオレと当たるのは人外魔境のNINJAどもばっかなんだぁー!」

 大樹を木っ端微塵にぶち壊しながら突進してくる巨大な土龍を、青桐カイエは紙一重で避け、逃げ回りながら絶叫した。

「フン、木ノ葉の上忍の質も落ちたものだな――!」

 岩隠れの上忍は印を結び、土龍から泥の弾が無数に放たれる。一撃でも当たれば過剰殺傷極まりない猛攻にカイエは舌打ちしながら瞬身の術で高速移動しながら躱していく。
 時折投げる牽制のクナイなど、土龍を操る事に専念している上忍にも当たらない。仕込み刀で切り払われるか、躱されて逆にクナイや手裏剣を投擲されて更に追い詰められるかの不条理な二択だった。
 この一方的に逃げ回る事こそ青桐カイエの主な戦法と言っても過言じゃない。
 相手にチャクラを消耗させ、弱ったところを一気に仕留める。スタミナが飛び抜けている彼だからこそ出来る戦法であり、どう足掻いても真正面から勝ち得ない彼が自然と生み出した苦肉の策の集大成である。
 だが、今回の状況に至っては非常に致命的だった。
 一刻も早く敵地から抜け出し、護衛対象を守りながら脱出せねばならぬのに、時間を無駄に出血するのは援軍を態々招き入れる自殺行為だ。今は危険な賭けをしてでも早急に仕留めなければならない。

(――無傷で、なんて贅沢な事は言わないが、腕か足一本じゃ全然割りに合わねぇ。一体全体どうする? 相手の術は土を龍型に模し、変化自在に攻撃してくる。無視して術者を攻撃したところでコイツが立ち塞がるだろうし、かと言ってこの龍を対処しちゃ手の内を曝してしまう。手詰まりじゃねぇかよ……)

 苛烈さを増す土龍の猛攻を避け続けながら小賢しい頭で思考を巡らせる。
 岩隠れの上忍は大した抵抗もせず、逃げ続けるカイエを当初は見縊っていたが、何度も生を拾い続ける生き汚さに苛立ちを募らせていた。
 チャクラの消耗が更に激しくなるが、更なる駄目だしとして高等忍術を繰り出そうと印を結んでいる最中、横合いから猛烈な速度で飛んできた物体に眼を奪われた。

「――レンッ!?」

 それは彼の担当する下忍の一人だった。意識を失っているのか、力無く吹き飛ばされている。
 この間々では生命に関わると彼は術を中断し、己が教え子の救援を優先した。
 元より今回の任務は足止めするだけで良いのだ。少しでも時間を稼げば暗部が追いつき、木ノ葉の忍を排除した上で人柱力である岩流ナギを確保出来るのだから。

「――ッ! レン、大丈、夫――」

 飛ぶように疾駆し、落下する彼女を確保する。
 ――その時、彼女が既に事切れている事実を一瞬で察し、上忍の思考は真っ白になった。故に気づけなかったし、離脱も遅れたのだ。
 猛々しい爆発音が森に響き渡る。迫ってくる背中ばかり見ていた岩隠れの上忍には死角だっただろうが、爆心地は岩隠れのくノ一の腹部に貼られた三枚の起爆札だった。
 この悪質極まる罠が一体誰の仕業なのか、カイエは一瞬にして理解した。

(うわ、普通考え付いても本当に実行するかよ。末恐ろしい女だぜ)

 カイエは何処かで邪な笑顔を浮かべているであろうルイの姿を思い描きながらにやつき、煙が渦巻く爆心地を目指して全速力で疾駆する。

「ぅぐおおぉおおおぉ――!」

 火達磨になりながら岩隠れの上忍は形振り構わず転がりながら後退する。
 一体何が起きたのか全く理解出来ず、嘗て無いほどの重傷に悶絶する。――煙を突破し、悪夢めいた速度で迫るカイエの姿を目視するまでは。

「くぉ、の――なぁあめるなぁあああぁ!」

 獰猛な雄叫びを轟かせながら仕込み刀で刺突を繰り出し、カイエは無言で右掌を繰り出す。幾らなんでも余りにもお粗末な手だと満身創痍の彼は痛みを押し退いて嘲笑った。

「――な」

 そして、彼は本当の悪夢を目の当たりにする。
 カイエの右掌を穿ち貫く直前に、仕込み刀の穂先が消失した。まるで吸い込まれるように刀身が右掌に発生した球体状の何かに抉られ、柄を握っていた指、突き出した腕をも跡形無く削られていき――最期には、心臓部分に綺麗な風穴を開けた。

「あ、ま……」

 絶命する刹那、自身を仕留めた術が四代目火影が開発した忍術・螺旋丸である事を知らぬが、この独特な殺害方法には心当たりがあった。
 数年前に多発した、木ノ葉との同盟に根強く反対した強硬派の暗殺事件で、唯一共通していた殺害方法が心臓部分を跡形無く抉り取られるという特異なものだった。
 下手人の特定すら出来ず、姿形も完全に謎のまま――その手口で殺める正体不明の忍を畏怖と憎悪を籠めて〝風穴〟と呼んだ。




「全員無事だったか」

 敵の忍を撃破した九班と護衛対象の無事を確認し、返り血を存分に浴びて血塗れになったカイエは安堵の表情を浮かべる。

「良し、岩隠れの暗部が追いつく前に逃げるぞ。あとルイ、お前は少し外道な行いを慎むべきだと――避けろ!」
「え――あぐっ!?」

 突然の出来事だった。背後からの完全な不意討ちに反応出来ず、ルイは何者かの一撃で吹き飛ばされ、遠くの大樹に衝突して地に崩れた。

「「ルイ!?」」

 ヤクモとユウナの呼びかける声に返答は無い。頭から血を流して、ルイは意識を完全に失っていた。
 そのルイを一撃で叩きのめした張本人は自分で自分の身体を引き裂かんばかりに抱き締めながら、顔を蒼白にして身震いしていた。

「うああああぁっ! こ、んな時、にぃ……! 駄目、押さえられないっ! 逃げ、逃げて、ください……ッ!」

 苦悶に顔を歪ませる岩流ナギの周囲を取り巻くは、不安定に揺らぐ黒い泥状の液体であり――彼女を生誕から蝕んできた恐怖の具現だった。
 






[3089] 巻の10
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 15:47




 私こと、うちはルイがこの任務で達成しようとする目標は『尾獣の調伏』、この一点に尽きる。
 尾獣の強大極まる力は咽喉から手が出るほど欲しいし、後の為にも一つぐらい手元に確保しておきたい。
 うちは一族、もというちはマダラは九尾と口寄せの契約を交わし、服従させていたとされるので、九尾以下の尾獣を従わせる事も不可能ではないと推測出来る。
 不明瞭な問題があるとすれば、人柱力の中に封印された状態で、果たして本体を口寄せ出来るのか否かである。
 これについては身近にいる人柱力であるうずまきナルトから考察する。
 そもそも九尾は四代目火影の屍鬼封尽によって陰と陽の二つに分断されて、陽の側だけをナルトに封じられたとされる。残りの陰の側は死神の腹の中とされているが、封印式が刻まれた場所は四代目火影である波風ミナトの死骸なのだろう。
 此処で生まれる疑問は、何故態々二つに分断したのか、そうせざるを得なかった理由である。
 ――私の考えた仮説は、そのまま封印しても口寄せで呼び寄せる事が可能だった、そう考えればある程度は納得出来る。四代目火影が九尾を口寄せし得る存在を認識していた、という前提の下の話だが。
 つまりは半分に分割されていなければ、人柱力の中にいても口寄せは可能であると予想する。
 続いての疑問は口寄せしたら人柱力はどうなるのか。尾獣を引き剥がす訳じゃないから死にはしないだろう。
 第一、そんな簡単な方法で剥ぎ取れたら暁の大した忍達による三日三晩続ける儀式が無駄になってしまう。口寄せし終えたら宿主である人柱力の中に帰還するだろう。
 どの道、人柱力の少女が死のうが生きようが関係無い。収納便利な器として考えれば生きていた方が便利か、その程度の次元の問題である。
 ――ただ、後ろから予期せぬ不意討ちを受け、強烈に叩きつけられて意識を失う寸前に、猛烈な殺意を抱いたのは余談である。


 巻の10 絶体絶命の窮地、盲目暗愚の尾獣と対峙するの事


 最初は気弱そうに怯えている黒髪紅眼の少女にしか見えなかった。第九班共通の第一印象である。
 年頃は十二歳前後で、忍衣装に黒い着物を羽織り、黒絹のように滑らかな長髪は腰元まで伸びている。息絶えた暗部の言う通り紅眼だが、一目見れば解るほど特徴的には見えなかった。

「……あ、ああ、ああああぁぁああぁぁっ!」

 だが、黒い泥を湯水のように撒き散らしながら荒れ狂う岩流ナギの眼は、先程とは一変して異彩を放っていた。その紅眸には底無しの闇が宿り、禍々しいまでに煮え滾っていた。

「――ルイ! おい、ふざけて狸寝してんじゃねぇぞ!?」

 呼びかけに身動き一つせず、頭から鮮やかな血液が流れる。
 ルイの元に駆け寄りたい衝動を、ヤクモは歯痒く思いながら必死に押し殺す。
 今、背後を見せれば確実に殺されると予感させるほど、岩流ナギの内に巣食う化け物は尋常ならぬものだった。刀を握る両手に汗が滲む。

「あああぁあああああぁっ!」

 ナギの悲鳴と共に黒い泥が猛烈な速さで流動する。暴力の津波と化した黒泥は、在ろう事か、目前の三人を無視して気絶したルイ目掛けて飛翔する――。

「――! やらせるかっ!」

 逸早く反応したヤクモは押し寄せる黒い津波より疾く走り、ルイの下へ駆け付ける。

「はあああああああっ!」

 間髪入れず刀身にありったけのチャクラを籠めた剣閃を全力で振り下ろし、黒い津波を真っ二つに両断する。飛散する黒泥を目の当たりにしてヤクモは「あ」と呟いた。

「馬鹿、殺す気か――!?」

 カイエの悲痛な叫びが空しく響き渡る。咄嗟の事で加減を誤り、人柱力であるナギの安否を考慮せぬ、度外視の一撃だった。

「な――」

 ヤクモの背筋から全身に掛けて寒気が弥立つが、刃のチャクラは本体のナギに届く事無く霧散する。
 ほっと一息付く間も無く、引き裂かれた黒泥は無数に枝分かれし、変わらずルイを目指して迅速に疾走する。

「しつけぇ――ってえぇ!?」

 目前に迫る触手じみた黒泥を切り払おうとした刹那、ヤクモは手に握る己の獲物に違和感を覚える。――異様に軽かったのだ。
 敵の攻撃から目を逸らす愚を犯してまで確認すれば、刀身が黒く爛れて折れていた。これでは次の猛攻を切り払う事は出来まい。

(んな馬鹿な、一体何故!? 斬りつけた感触は水面を割った時のように手応えが無かったのに。訳解らんがあの泥に触れるだけは致命的にヤバイ――!)

 ヤクモは機能を果たさない愛刀を躊躇無く投げ捨てて脇差に手を掛けるが、二手遅れた今では全ての攻撃を捌き切れない。
 ヤクモの身体能力ならば、退けば紙一重で躱せるだろう。だが、後ろに気絶したルイが横たわっている中、そのような選択肢は最初から存在しない。

「――ヤクモッ!」

 自らを盾に防ぐ覚悟を決めた瞬間、ユウナの呼びかけを耳にする。長年組んだ友の取るであろう行動を理解するより疾く動いた。
 瞬時に退いて気絶するルイを乱暴に抱き寄せて脱出し――二人を穿ち貫こうとする黒泥にユウナが割り込み、全周防御である八卦掌回天で吹き飛ばした。

「っ、チャクラが……!」

 全身から放出したチャクラを根こそぎ奪われ、ユウナは顔を歪める。
 消費したチャクラは別段問題無いが、泥の方は依然変わらず流動し、ルイを抱えるヤクモの元へ飛翔する。

「おいおい、なんなんだよこの泥は?!」
「白眼でも解らんよ! 今まで一度も見た事も無いものである事は確かだ!」

 悲鳴じみた文句を並べて、二人は一心不乱に逃げ続ける。黒い泥の速度そのものは二人でも見切れる程度であり、全てがルイだけを一直線に狙うという単純で御粗末なものだ。
 だが、如何せん数が多すぎるし、不可解な性質ゆえに一個足りても触れる訳にはいかない。焦る二人を徐々に追い詰めていく。 

「――なるほど、やはりか」

 遠方からの声と同時に黒い泥は反転し、カイエ目掛けて疾走する。
 白眼を持つユウナだけは目視した。普段の彼からは考えられないほどのチャクラが全身に漲っていた。

「二人とも良く聞けェ! コイツはチャクラの大きい順に攻撃してくる。自動防御ならぬ自動攻撃だ畜生ッ!」

 直線状に位置した大樹を無造作に倒壊させ、黒い泥は愚直なまでに一直線にカイエを付け狙う。されども、逃げる事に定評のある彼は危なげ無く躱しつつ、本体のナギから遠ざけるように誘導する。

「――ヤクモ、ルイを黒い泥から出来るだけ遠ざけろ! オレが囮になっている間にユウナは無防備になった本体を気絶させうわぁっと!」

 カイエの予想を反した一撃に意表を突かれ、危うく被弾しかける。
 先程まで触れるもの全てを破壊した液体状の黒い泥が、今度は伸縮性と粘着性を併せ持ち、ゴムかガムの如く伸び縮みする挙句、倒壊した木々を意図せずに付着して猛威を奮っていた。

「まんま伸縮自在の愛!?」
「先生ッ、その泥は常に性質変化してます! お気をつけて!」
「ちぃ、これほどとんでもない代物は初めてだぜ! 全く、砂の方が可愛げあるうおおおっ!」

 ヤクモは意識の無いルイを抱えて遠ざかり、ユウナは暴走する岩流ナギの下を目指し、カイエは全ての黒泥を引き付けんと躍起になっていた――。




 ――其処は無数の墓標が立ち並ぶ荒野だった。
 死を悼む者の人影は無く、墓標に刻まれる名もまた無い。その良く見慣れた殺風景の中、私は一人だけ呆然と立ち尽くしていた。

「もしかして死んだ?」

 漠然と呟く声に答える者は存在しない。存在しない筈だった。

「――いいえ、残念な事にまだ死んでないわ。でも、いい加減諦めたら? 一体幾つまで無名の墓標を増やすつもりかしら」

 音無く気配無く唐突無く現れる、この小汚いフードで全身を覆い、一度足りても顔を見せない忌むべき部外者を除けば――。

「……またお前か。勝手に人の心に居座る墓守の分際でうざいよ」

 この性別すら解らぬ不審人物を毎度の事ながら睨みつけるが、何処吹く風だ。
 死ぬ度にこの世界に立ち寄り、望もうが望むまいが対峙するのでいい加減気が滅入る。

「平穏に生きたければ他人の意思を踏み躙ってはいけない。けれど、貴女の運命は他人の意思を踏み躙らなければ生存すら許されない」

 名無しの墓守は感情すら無く、淡々と呟くように謳う。
 ――だからこそ他人の意思を踏み躙って生存する。当然だ、座して死ぬ趣味など生憎持ち合わせていない。

「貴女はある意味究極の被害者であり、依然変わらず究極の加害者よ。存在そのモノが悪、もはや罪の領域だわ」
「疾うの昔に聞き飽きたわ、その手の謳い文句は」

 罪や罰、罪悪感など下らぬ次元の話に執着出来ない。
 そんなもの生きていれば勝手に積み上がるものだし、ましてや無限の輪廻転生を繰り返す私にとっては振り返る気にもなれぬ膨大で無駄極まる過去だ。

「どう足掻いても世界の怨敵に祀り上げられ、決まって〝彼等〟に討ち滅ぼされる。――悪は正義によって倒されるという法則だけはどの並行世界も共通のようね」

 酷く磨耗し、朽ち果てて絶望し、諦めた言葉に世界を壊すほどの殺意を抱く。
 世界の修正力による予定調和、忌まわしいまでの勧善懲悪、幾たびも我が前に立ち塞がり、完膚無きまでに打ちのめした運命の因果を回想し、胸糞悪くなる。

「――〝彼等〟は絶対諦めない。如何なる不条理をも粉砕し、如何なる摂理も論破して、貴女の前に立ち塞がる。幾たび討滅しても懐柔しても、不屈にして絶望を知らぬご都合主義の寵児達は悪い魔王である貴女を絶望の淵に叩き堕とすわ」

 ――千億の絶望を振り撒く最強最悪の魔王を絶望させる存在とは得てして、悍ましいほどの希望を抱く勇者達である。
 その憎き愛しき怨敵達は何処までも理不尽の塊である。
 障害を乗り越える度に強くなり、病的なまでに死の敗北を寄せ付けず、幾たび打ち倒しても不死鳥の如く蘇る。完全に討ち滅ぼしたとしても、その黄金の意思を引き継いだ者は必ずや我が前に立ち塞がる。

「この世界にまだ〝彼等〟の片鱗は見当たらないけれども、近い将来必ず現れるわ。それはこの物語の本来の主人公かもしれないし、貴女が珍しく心許した友人達かもしれない」

 その〝彼等〟の真の恐ろしさは空気感染するが如く増殖する事だ。
 無限の絶望を前に膝を屈した者でも、瞬き一つする頃には無限の希望を抱いて挑んでくる可能性さえ在り得る。
 私は全勝しなければならないが、彼等は一勝さえすれば良い。人類全てを滅ぼさない限り、私の勝利条件は満たされないが故に、私の敗北は必定だった。

「もう諦めて眠りましょ。星に手を伸ばしても届かない、貴女のしている事はそういう事よ。死の中にこそ安息がある。永遠は其処にしかない。無限の輪廻転生なんて辛いだけ――」


「――手に届かぬのなら届く場所まで堕とすまでよ。私は傲慢で物凄く諦めが悪いんでね」


 罅割れた心に付け込む誘惑の言葉を私は真正面から斬って捨てる。そんな事で迷えるほど、そんな事で悩めるほど私は弱くない。
 この斯くも強大で尊大で、世界全てを敵に回しても勝つと断言出来る意志こそ私が私である証ゆえに。

「……そう。ベクトルは正反対で対極に位置してるけど、貴女の本質は〝彼等〟と同じだったわね」

 顔は見えないが、そいつは何となく笑った気がした。それは嘲笑でも憐憫でもなく、もっと透明な何かであり、それ以上の興味は抱けない。

「其処で眺めていればいいさ。妬みながら憎しみながら恨みながら羨みながら、私が必死に生き足掻く様を見届けるが良いさ」

 その答えが気に入ったのか、何度も噛み締めるように頷き――珍しく感情の籠った言葉を返す。それはまるで悪戯を嬉々と打ち明かすように。

「元よりそのつもりよ。――これは私からの有難い助言だけど、眼を覚まさないと貴女を含めて皆死ぬよ?」




「無理無理無理ッ! 先生、近寄れもしませんよ!?」
「うがぁーっ! 絶対防御以上の攻撃してんじゃねぇ!」

 黒泥が森を蹂躙する。破壊の嵐の中、ユウナとカイエは息切れしながら躱し続けていた。
 そも当初の作戦は黒泥を手元から離し、無防備かと思われた岩流ナギに近寄った瞬間、新たな黒泥が発生した事により失敗する。
 出し惜しみ以前の問題であり、人柱力にチャクラの限界などという概念が無い事をユウナ達は身を持って味わった。

(――最悪の状況だ。このままでは岩隠れの暗部に追いつかれる。岩流ナギを放置して一刻も早く撤退しなければ終わりだが、此処で人柱力を奴等に始末されては火の国に尾獣が襲来する!)

 カイエは歯軋りを鳴らす。状況は刻一刻悪化し続ける。
 殺すならまだしも、殺さず無力化するのは至難の業だ。予期せぬ長期戦で八門遁甲の体内門の開門を抉じ開けて引き出したチャクラが尽き掛けた時、黒い泥は再び反転する。

「――まずっ! ヤクモ避けろおおおおおおぉ!」

 黒い泥は上忍であるカイエを超える、膨大なチャクラを有するルイの下へ疾走する。
 遠くから未だ意識を取り戻さぬルイの安否を気遣いながら静観していたヤクモは咄嗟に反応出来なかった。

「な!?」

 穿ち貫かんとした黒泥はされど二人に届かない。
 迫り来る黒い泥はより黒い炎に蹂躙され、一瞬の内に蒸発していく。それが万華鏡写輪眼による天照である事をヤクモは遅れながら気づく。

「ルイ、目覚めたのか!」
「……頭痛いや。ヤクモ、手早く状況を説明――して貰うまでもないか」

 焼却した傍から黒い泥を生み出して暴走する岩流ナギの姿を目視し、ルイは大体の状況を把握する。殺すならまだしも、殺さず無力化するなら自分の能力が最適だと。
 未だに出血する頭部を手で押さえ、ルイは掌仙術で傷を塞ぐ。ポーチから増血丸と兵糧丸を取り出し、口に放り込んで噛み砕きながら疾走した。

「ルイ!?」

 黒い泥がうねりを上げて疾走する。その全ての動きを写輪眼で見切って予測し、ルイは紙一重で避けながら走る。
 だが、それだけではこの殺人的な物量の壁を突破出来ない。上忍のカイエと白眼を持つユウナでさえ近寄れなかったのだから。
 ――先の二人とルイの相違点は、近寄る必要が無いという事に尽きる。

「岩流ナギ――!」

 ルイは全身全霊をもって吼える。
 内に暴れる尾獣の力に翻弄されて苦悶し、地に俯くナギはその声に反応して見上げる。そう、一瞬でも眼が合えば術中に陥れられるのだから――。




 其処は一面真っ黒な世界だった。
 岩流ナギを襲った破壊の衝動は唐突に途切れ、軽くなった我が身を不思議と思いながら彼女は周囲を見渡す。

「あ。さ、先程はすみません! ごめんなさいっ!」

 傍らには自分が吹き飛ばしてしまった、一本の三つ編みおさげが特徴的な写輪眼の少女がいた。
 しかし、少女は自分などに眼も暮れず、ただ呆然と見上げている。その視線の先を辿って現れた存在は、ナギの生涯で最大規模の驚愕を齎した。

「え、えぇ、えええぇ!? なんなんですか、これはなんなんですかぁ!?」
「――六尾か。大した化け物を飼っているわね」

 それは超越的なまでの存在感と無限大のチャクラを秘めた六脚六翼――否、六尾の巨大な黒狗の化け物だった。
 血塗れた真紅の眼はあれども光を映さず、耳があれども音を通さない。脚は六本あれども爪は生えておらず、奇形の六枚の翼は尾じみており、巨大な黒狗は己の尻尾を代わる代わる咥えている。
 奇怪極まる怪物だが、ルイには心当たりがあった。中国神話に語り継がれる怪物の一つ、それも取り分け凶悪とされた四凶の悪神――其の名は〝渾沌〟という。

「単刀直入に言うわ。この私に服従を誓い、口寄せの契約を結びなさい!」

 六尾はこの空間の支配者たるルイに眼も暮れず、黒い空を見上げて嘲笑う。
 恐らくは最初から眼中に無く、これまた同じく聞いてもいない。その巨大な眼と耳はどうやら飾りらしいとルイは眉間を顰める。

「う、無駄ですよぉ。そいつはいっつも人の事を嘲笑うだけですし。偶に意味無く暴れて手が付けれませんよぉ」

 おどおどと怯えながら説明する岩流ナギを無視し、ルイは無感情に眼を細める。三つ巴の写輪眼の形が崩れに崩れ、一定の模様に定まらない。

「やはり畜生風情に人間の知性を問うのは無駄だね。――まあ、交渉とは対象となる相手を完膚無きまでに叩き潰した後にするものだしねぇ」
「……え? それって交渉と呼べないので、は――?」

 そう言ってルイの顔を覗き込んだ瞬間、ナギは余りの恐怖で硬直する。
 常に怯えていた恐怖の根源である尾獣を遥かに上回る絶望となりて、亀裂が走ったように微笑む三つ編みの少女が仁王立ちしていたのだから――。

「こっち向け、眼開けろ、耳穴を穿って良く訊け」

 ルイは右手を引き寄せるように握り込む。その瞬間、上を向いていた尾獣は強制的に下を振り向かせられ、ルイの姿を盲目な眼で始めて直視する。
 巨大な黒狗の貌に嘲笑以外の感情が浮かぶ。何物も映さぬ真紅の眸が、絶えず揺らぐ歪な模様の写輪眼を映す。

「その虚ろな眼で篤と刮目するが良い。一体誰を前にしたのか、身の程を思い知らせてやるわ――」



〝――、―――?〟

 突如、別の空間に移送された尾獣は現状を理解出来ず、人間で言うところの頭を傾げた。
 元より六尾・渾沌には視覚、聴覚、嗅覚、痛覚など基本的な感覚が存在しない。それらの感覚は宿主を通じてでしか得られない意味不明の情報であるが故に、未知の感覚と強制的に接続した現在の状況を持て余していた。

〝――、―――!〟

 絶えず不気味に蠢動する闇の世界に、六尾の紅眼は強烈な光を捉えた。嘗て無いほどの脅威が、己が人間の器に封印された時すら感じなかった驚愕が其処にはあった。
 ――それは神話の再現だった。
 蒼き女騎士の剣の封印が解かれる。荒ぶる暴風の中、彼の大英雄の象徴たる黄金の剣が目映い光を放つ。
 それは人々の幻想が結晶化された神秘の極致、星に鍛えられし神造兵装、星に匹敵する破滅の極光が黄金の剣に収束していく。
 相対する黄金の王が振るうは円柱じみた異端の剣。三枚の刃は個別に回転し、圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は如何なる存在をも許さぬ暴風となりて吹き荒む。

「――約束された勝利の剣――!」
「――天地乖離す開闢の星――!」

 触れる物全てを切り裂く究極の斬撃たる黄金の光と、原初の世界を引き裂いた時空断層が六尾の巨体を跡形も無く消し飛ばし、真正面から衝突し合う。

〝――、―――、――――!?〟

 最強を競う英雄達の聖戦の中、その狭間にいた尾獣など塵芥以下の存在に過ぎなかった――。



〝――、―――!〟

 初めて体験する激烈なまでの痛覚に、六尾は自らの尾を噛み抜きながら身悶えして暴れる。
 気づけばまた別の場所に転移しており、六尾の背丈を優に越える高層建築のビルが立ち並ぶ不夜の大都市だった。
 それはちっぽけな人間が外宇宙の邪悪に抗う荒唐無稽な御伽噺――。
 人として戦い、戦い抜いて、人を超え、人を棄て――神の領域に、邪悪を撃ち滅ぼす為に同じ存在になって、遂には闇黒神話を破った人間の神話だった。

「光射す世界に、汝ら闇黒棲まう場所無しッ!」

 目前には六尾の巨体をも遥かに凌駕する〝機械仕掛けの神〟がおり、その右掌に幾万幾億の魔術文字が展開され、その術式は完成する。

「渇かず、飢えず、無に還れッ!」

 無限大の熱量が右掌に凝縮される。
 それは徹底的なまでに無慈悲であり、苦しむ間も与えぬほど完璧で慈悲深い滅び。煮え滾る混沌さえ跡形無く昇滅させる、必滅必定の奥義だった。

「「レムリア・インパクトオオオォッ!」」

 無限の灼熱が六尾の存在を焼き尽くし、世界を灼き、全てを昇華した。



〝――オ、オオ――、オォオオオォ――!〟

 その身を穿ち貫いた未知なる大衝撃に、六尾は魂の底から雄叫びを上げる。
 永らく使われてなかった発声器官を訳解らず震わせ、声未満の濁音を不気味に轟かす。

〝――オオォオォ――!?〟

 全身が再構築され、またもや転移した場所は海上のど真ん中にあった。
 六尾の巨体は海面と共に凍り付いており、身動き一つすら出来ない。
 ――それは無限に繰り返された悲劇を終わらせた、或る魔法少女達の物語だった。

「全力全壊、スターライト――」
「雷光一閃、プラズマザンバー――」
「響け終焉の笛、ラグナロク――」

 遥か上空から三人の少女が天を震撼させる。
 空飛ぶ九歳程度の少女達の前に展開されるは破滅の三光、銀色と金色と桃色は禍々しくも神々しく煌めいていた。

「「「ブレイカアアアアアアアァー!」」」

 それは一撃一撃が六尾を過剰殺傷するほどの凶悪な滅光だった。
 三方向から強大な砲撃魔法で撃ち抜かれ、六尾は今まで味わった事も無い最高の激痛で何度も塗り替えられて木っ端微塵に玉砕する。

〝――オォ、オオオオォオオオォ――!?〟

 だが、異変はそれだけでは留まらない。
 突如、六尾は浮遊感を覚え、直後に在り得ない速度で上昇する。成層圏を突き抜け、大気圏を突破して、生命の存在を許さぬ宇宙空間に放り出され、真空の中で沸騰し凍結する全身の感覚に狂い悶える。

「アルカンシェル、発射ッ!」

 遥か彼方から目映い極光が撃ち放たれ、六尾の身体を射抜いた。
 発動地点を中心に、百数十キロメートル範囲の空間を歪曲させながら、六尾は塵一つ残らず消滅した。



〝――ッッ、オオオオオオオォオォオォオ――!〟

 六尾は呼吸を乱し、周囲に当り散らしながら見回す。
 いつまたあの痛みに襲われるのか――この感覚が恐怖である事を、六尾は生まれて初めて実感した。

「無様だね。渾沌の名を騙るからには、と期待していたけど」

 ――それは、己を超える邪悪の化身だった。
 無限の狂気に磨り減り侵され狂わされ歪められた、絶望を識る魔人。されども少女は強大無比なる自我を保有し続けた、六尾・渾沌が媚び諂うべき悪の極致だった。

「言うまでも無いけどさ――お前が屈服するまで、殺し弄ぶのをやめない」

 少女は無慈悲に嘲笑う。禍々しき邪悪が燈る写輪眼は更なる可能性を模索するように、万華鏡の如く模様を変え続けていた――。






[3089] 巻の11
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 16:44


 巻の11 尾獣の脅威を盾に、暗部の重鎮を脅すの事


「う――」

 黒い泥――絶えず性質変化する混沌は崩れ、岩流ナギが倒れるのを見届けた後、私は自身の身体を支えられず、地面に尻餅付いた。

「……はぁ、はぁっ。全く、梃子摺らせる」

 脂汗を流し、激しく息切れする。身体に酸素とか栄養分とか色々足りない。
 流石に七十二時間も月読を持続すれば精神疲労も凄まじく酷いし、チャクラも底を尽きる。この眼が永遠の万華鏡写輪眼でなければどうなった事やら――。

「ルイ、大丈夫か!」
「心配は、無用だよ、ヤクモ」

 普通の写輪眼さえ維持出来ず、素の黒眼に半強制的に戻る。
 それから薬物中毒の如く兵糧丸を口にするが、チャクラを練られるようになるまで暫く掛かるだろう。意識が途切れないように気張るだけで精一杯だ。

「一時はどうなるかと思ったが……とりあえず一刻も早く離脱するぞ。ルイ、自力で走れるか?」
「無理です。ヤクモ、すまないが手貸して」

 カイエは精神疲労で昏倒する岩流ナギを注意深く探ってから安全と確認し、彼女の小さな身体をひょいと背負う。
 それに対して予期せぬ役を回されたヤクモは眼をまん丸にして驚き、かと思いきやにやりと悪戯心を丸出しにした笑みを浮かべ、あろう事か私の背中と膝裏を持ち上げて――俗に言うお姫様抱っこをしやがった!

「な、ふざけるなヤクモッ!」
「なぁにぃ、聞こえんなぁ~! 舌噛むなよー」

 恥ずかしい格好に歯痒く思いながらも、抵抗出来ない自分が恨めしい。
 ヤクモの胸に納まりながら、私は自身の顔が真っ赤になるのを実感した。

「これは貴重だな、ルイが素で赤面するなんて」
「~~~~っ! 気を抜くな、馬鹿っ!」

 更に此処ぞとばかりに追い討ちをかけるユウナに怒鳴り散らし、そっぽを向く。

「ルイの言う通りだ。ユウナ、走りながら二キロ後方まで見通してみろ」
「……先生、白眼を便利アイテム扱いしてませんか? 遠方の透視は結構辛いんですよ」

 走りながら振り返り、数秒間余り遠視した後、ユウナの顔が見るからに青褪める。
 聞くまでも無く追撃者を発見したのだろう。それも複数人、思った以上に岩流ナギで時間を消費してしまったと眉を顰める。

「――確認出来るだけで何人だ?」
「……っ、七人、八人、いえ、もっといます。まだ一キロ以上距離がありますが、敵側の方が速い……いずれ追いつかれるかと」

 追手の事を予測していたカイエは苦々しく表情を歪ませ、奥歯を噛み締めながら黙り込んだ。だが、その躊躇も数秒の事――。

「ユウナ、ナギを頼む」

 カイエは覚悟を決めた強い意思を眸に滾らせ、ユウナに一声掛け、気を失っている岩流ナギを乱暴に手渡す。
 ユウナは驚くが、私はカイエの意図を悟る。

「――オレが時間を稼ぐ。お前達はナギを連れて木ノ葉に戻れ」
「そんな……!? それじゃカイエ先生がっ!」

 ヤクモが喰らい付くが、致し方無い。一人囮として足止めしなければ岩流ナギを守りきる事は到底出来ないだろう。
 先程とは事情が変わった為、何が何でも岩流ナギには生きて貰わなければならない。任務遂行の為にも犠牲は已む無しだろう。

「――っ、やはり八門遁甲の体内門を……! 死ぬ気ですか先生ッ!」

 白眼でカイエの体を凝視しながらユウナは叫ぶ。
 その聞き慣れた単語を耳にし――あ、と心の中で電球が点灯した。

「やれやれ、まさかオレの先生と同じ選択をする羽目になるとは因果なもんだ。この際だ、同じ言葉を贈るぜ。――死ぬ順番は年功序列だ、オレの分まで逞しく生きろよ」


「カイエ先生、格好付けているところ残念ですが、その必要はありません」


 揺るぎ無い覚悟を胸に、単騎で死地に赴こうとするカイエの出鼻を見事なまでに挫く。そんな格好良い役割はカイエに似合わないと内心微笑む。

「任務も遂行する、皆無事に帰還する。両方達成出来る策があります」

 タイミング良く邪魔され、文句言いたげのカイエに私は自信を持って進言する。

「カイエ先生、八門遁甲の体内門は幾つまで開けられますか?」
「その気になれば全部開けられるが――」

 最高だ、条件は全て揃った。これを天佑と言わずして何を言おうか。カイエの悪運の強さに、私は賞賛の意を表する。

「それは僥倖、今すぐ七門まで開いてください」
「あぁ? 馬鹿言うな。敵と玉砕する前にチャクラを使い果たして――」

 即座に却下しようとしたカイエに、私は真摯の眼差しを向ける。

「――先生」

 私は気合で写輪眼を開き、急速に薄れる意識を繋ぎ止め、維持し続ける。
 肉体は悲鳴を叫んでいるが、そんなものは精神で捻じ曲げる。精神が肉体を凌駕し、不規則な呼吸も平常値に戻す。

「任務を果たし、全員無事に帰還する。お前の言葉に偽りは無いな?」

 カイエは真剣に問い、私は力強く頷く。一人で死地に赴こうとしたカイエの覚悟を上回る覚悟を持って――。

「当然、こんなところで朽ち果てる気はありませんし、一人だけの犠牲の枠に私が嵌ると思いで?」
「ハッ、思わねぇな。――さあ篤と見晒せぇ、これが八門遁甲の体内門の七門・驚門開けだぁ!」

 カイエの肉体から普段では考えられないほど膨大なチャクラが湧き上がる。
 次々と開かれる体内門を写輪眼で完全に盗み取り、間髪入れず片っ端から開いていく。
 全身が熱暴走しているみたいで激痛が走る。神経が焼き切れないか心配だが、チャクラ切れした体に通常時を超越する膨大なチャクラが猛烈に漲る。これなら――いける。

「ルイ――!」

 ヤクモの元から離れ、言葉無く佇む三人に自信満々の笑顔を持って答える。

「ヤクモ、ユウナ、カイエ先生、出来る限り避難して。手加減が出来るとは思えないから」

 体中に殺人的な電流が駆け巡る感覚に耐えながら親指をがりっと噛み切り、十六の印を結ぶ。

「早速出番だ――来い!」

 地に右掌を当て、口寄せの術式が広がる。莫大なチャクラが瞬く間に消え失せ、私は全身の気怠さと共に確かな手応えを感じた――。




「――は? な、なんなんだあれは……!」

 突如、森を押し潰して現れた巨大な影に、岩隠れの暗部達は口をぽかんと開けて立ち竦んだ。
 それは山の如き聳える六脚六尾の黒狗だった。
 一帯の空気を震撼させる次元違いのチャクラを滾らせ、六つの尾を翼の如く羽搏かせるだけで周囲の樹木が塵芥のように吹っ飛ばす、人間とは比較にならない暴力の塊だった。

「……こ、こんな化け物を火の国に誘導するだと? ふざけんな畜生ッ!」

 魂の根底を支配する恐怖に暗部の男は震え上がる。
 ――当然と言えば当然だろう。五国広しと言えども尾獣と実際に対峙した事があるのは木ノ葉隠れの里だけであり、他の隠れ里の忍にとっては未知なる脅威そのものである。
 未だ嘗て体験した事の無い天災を前に、岩隠れの暗部の指揮系統はお粗末なぐらい乱れていた。

「クソッ、撤退するぞッ! おい、立ち止まってどうしたんだ!」
「……馬鹿な、あの眸の模様は……!」

 男は一人立ち止まり、感情の色が一切見えない尾獣の紅眼をこの世全ての憎悪を籠めて凝視する。斯くも忌々しき眸を再度見る事になるとは夢想だにしなかった。
 巨大な眼にはハッキリと奇妙な模様が浮かんでいた。その黒い三つ巴の模様の魔眼を、男は今でも夥しき血の香りと共に鮮明に覚えている
 嘗て第三次忍界大戦で幾度無く対峙した血継限界の一族。最も多くの同胞を葬った死神の如き瞳術使いの一族の名を――。 

「――滅びて尚我等の前に立ち塞がるか、うちはぁッ!」




「くく、あはは、あーっははははははははははっ!」

 六尾・渾沌の頭の上で、追手の忍を見下ろしながら私は狂ったように哄笑する。
 今までの怠惰感と殺人的な疲労が全て消え去るほど爽快な気分だった。

(――素晴らしい。無尽蔵のチャクラに自動攻撃の混沌、これはまさに飛び抜けた優秀な殺戮兵器だ。人柱力の中に封印されていなければ制御する事すら不可能だったがね)

 そう、この渾沌なる化け物は元より視覚など存在しない。人柱力の中に存在するからこそ万華鏡写輪眼の月読が有効であり、我が瞳力で使役出来ているのだ。
 もしも岩流ナギが死亡して封印の枷から抜け出せば、私に制御する術は無い。この契約状況は紙一重の死が見え隠れしている事を、興奮冷めぬ思考の中で念頭に入れる。

(七門まで開いて、もうチャクラが尽き掛けている。今の私では制御下に置くだけで荷が重過ぎる、か。初のお披露目としては残念だけど、一撃で終わらせてよう――)

 印を結び、尾獣に大規模な術を行使させる。六尾の戦力把握は月読の精神世界で調伏した時に済ませてある。
 宿主の岩流ナギも行使する固有能力、混沌の泥は常に何らかの性質変化を起こし、基本的にチャクラの大きい対象から攻撃する自律型の武装であるが、何も操れない訳でもない。

「名付けて、混沌・針千本の術――」

 ――地に劇的なまでの震動が鼓動し、幾多の忍の鼓動を停止させた。
 周囲の地を猛烈に突き破り、幾重に枝分かれして生え伸びる混沌の針が自動的にチャクラを持つ忍達を串刺しにしていく。
 刹那の断末魔が幾つも木霊し、一瞬にして森を血染めの剣山に豹変させる。
 その凄惨極まる絶景は正に地獄絵図であり、絶頂に達しそうなぐらいの快感に私は法悦して身悶えた。

「ああ、ごめん。一撃というのは嘘だった」

 大量虐殺に現を抜かす事も無いので、仕留め損なった存在を見逃さず始末する。
 芝居じみた仕草で指を鳴らし――その瞬間、針状の混沌が全て爆裂して大炎上した。
 初見で生き残れたのならば賞賛していやりたいぐらい、我ながら悪辣な殺害方法だった。

「――隙を生じさせぬ二段仕込みは基本、だよ、ね……?」

 くらりと酷い眩暈がする。張り詰めていた緊張感が切れ、全身の感覚が急速に薄れていく。途切れる意識の最中、最後の気力を振り絞って口寄せした六尾を宿主に強制送還し、私の身体は宙に投げ出された。

「あ……」

 此処まで手酷い災厄を齎したのだから、岩隠れの追跡は事実上不可能だろう。
 だが、最後の最後に仕損じてしまった。この間々無防備に地に激突したら間違い無く死ねるが、幸いにもそれまでに意識は持たないだろう――。




「やれやれ、本当に大した奴だよ。目が覚めたら説教だがな――ったく、無茶しやがって」

 お決まりの褒め文句を吐いて、沈む夕日を背に九班のメンバーは疾走し続けていた。
 カイエの背には小さな寝息を立てるうちはルイが背負われている。六尾が強制送還され、宙に舞った時、カイエによって無事確保されたのだ。
 ルイは七門まで開いて体内のチャクラを使い果たしたが、事前に兵糧丸を複数粒食べていた為、チャクラ枯渇による死の心配は無かった。
 尤も、無理に体内門を開いた事で内部の損傷は計り知れない為、然るべき医療施設での精密検査が必要であり、一週間以上はチャクラ不足と激痛で動けないだろう。
 率先して生命を賭けるべき自身の立つ瀬が無いとカイエは内心苦笑しながらも、犠牲無くして絶対の窮地を乗り越えたルイに、そして良くぞ生き残ってくれたヤクモとユウナに感謝する。

「眠ってりゃ年相応の少女なのに勿体無いな。二人の何方かは知らぬが、尻に敷かれるなよー?」

 カイエはからかうように笑い、深く眠るルイから視線を部下の二人に向ける。

「――ぶっ、な、いきなり何言いやがりますか、カイエ先生!」
「反応するのも面倒なのでノーコメントで」

 岩流ナギを背負うヤクモはバランスを大きく崩しながら吹き出し、ユウナはやや疲れたように眼を細める。
 死線を乗り越えて傷だらけになりながらも気力溢れる部下達を頼もしく思う。里に帰ったらまたラーメンでも奢ってやろう。前回は仲間外れだったルイも一緒に――。

「三日三晩、不眠不休で走り続ければ敵と遭遇する事も無い。木ノ葉隠れに到着するまで気張れよテメェら!」
「「あいあいさー!」」




「ふ――む。殊の外、都合良く進んだが、厄介極まるか」

 岩隠れの人柱力、岩流ナギの木ノ葉亡命までの顛末を読み通し、ダンゾウは深い溜息をついた。
 忌むべき最悪の事態――木ノ葉への尾獣襲来こそ回避したものの、不安定な人柱力を木ノ葉に匿う危険性は軽視出来るものではない。
 そもそも人間とは比べ物にもならぬほど莫大なチャクラを持つ尾獣は天災そのものであり、当然の如く人間程度が御せる存在ではない。
 初代火影とうちは一族の創始者、四代目水影だけが尾獣を使役するという規格外の偉業を可能としたが、逆を言えばこの三人以外は歴史上を顧みても誰一人として使役出来なかった。
 それ故に人間の中に直接封印して力を操ろうとする人柱力なる存在が生まれた。長い年月を掛けて内に封じた尾獣と共鳴する事で人智を超える力を制御しようとしたのだ。

「掌中に納めた強大な力は使わずにおられぬ――人の業とは斯くも罪深きものよ」

 だが、その試みの大半は失敗に終わる。尾獣と共鳴するどころか侵蝕され、天寿を全うした者は皆無とされている。その例外は今代の八尾の人柱力だけだが、誰しも彼の境地には至れまい。
 ならばこそ、生涯燻ぶり続ける不発弾など誰が欲するだろうか。
 ――岩流ナギの存在は木ノ葉隠れに必要無い。外交問題に発展した際に強制送還させるか、人柱力ごと永久封印するかの二択になるだろう。
 渦巻く思考に一応の結論が出た時、ダンゾウの忍としての直感が最大級の警鐘を鳴らす。
 思えばあの時もそうだった。選りすぐりの根の護衛を無音で潜り抜け、静寂と死の気配を引き連れて奴がやって来たのは。
 悍ましき写輪眼が血の鮮血より色鮮やかだった事を、ダンゾウは今でも畏怖と共に覚えている――。

「――こんばんは。夜分遅くの来訪をお許し下され、ダンゾウ殿」

 うちはイタチ――ではなく、それは一本の三つ編みおさげを揺らす十二歳程度の少女だった。
 少女は魅入られるほど妖艶な微笑みを浮かべ、右肩に黒い子犬を乗せ、両の眼の写輪眼はダンゾウの精神を根底から射抜く。イタチとは異なる、超越的な風格を纏っていた。

「……うちはルイ、だと――?」

 ダンゾウは心底信じられない、と己が眼を疑った。
 現在、生き残っているうちは一族は三人だけであり、性別が女なのは一人だけ――消去法でこの少女がうちはルイとなるが、聞き及ぶ情報が余りにも掛け離れすぎて混乱する。
 うちはルイ――うちは一族でも写輪眼の開眼率が極めて低い家系の生まれであり、もう一人の生き残りである天才児、うちはサスケとは比較する事すら愚かしい〝落ちこぼれ〟である。の筈だった。
 だが、目の前にいる写輪眼の少女は当時のうちはイタチに匹敵する脅威そのものだった。
 うちは一族を皆殺しにした彼とて、此れほどまでに禍々しいチャクラを纏ってはいなかった。

「木ノ葉暗部の重鎮である貴方にまで我が名が知れ渡っているとは光栄の極みですわ。――今宵は岩隠れの人柱力である岩流ナギの対応につきまして一考して頂きたく参上しました」

 不意に、その写輪眼に吸い込まれるように惹きつけられ、ダンゾウの視界が暗転する。
 瞬間、膨大な映像が走馬灯の如く駆け巡る。巨大な魔獣とそれを使役する写輪眼の少女が縦横無尽に暴れる様を。――六つの尾がある黒い魔獣の紅眼には写輪眼の模様がはっきりと浮かんでいた。

「グッ……よもや、これが……まさか、それが――!」

 ダンゾウは痛む頭を押さえ、今まで眼中に入らなかった子犬に嫌悪を露にして凝視する。

「ええ、この子が岩流ナギに巣食う尾獣、六尾・渾沌ですわ。尤も、今のこれは完全体とは比べ物にならないほど程遠い規模ですが」

 右肩に乗る小さな黒狗の紅眼にほんの一瞬だけ写輪眼の模様が浮かぶ。
 ルイの圧倒的な存在感に眼を奪われ、今の今まで気づけなかったが、この子犬もまた酷く淀んだチャクラを滾らせている。ダンゾウは開いた口が塞がらなかった。

「御覧の通り、六尾は完全に私の支配化にあります。私がいる限り暴走する心配は無いでしょう。――これほどの戦力、岩隠れに返還するのは勿体無き事と存じ上げますわ」

 冷や汗と悪寒が止まらず、ダンゾウは心の底から身震いした。
 よもやうちはの末裔に、それも齢十二で尾獣を使役する者が現れようとは正に青天の霹靂である。
 ――この少女がその気になれば、九尾襲来に勝る災厄が木ノ葉隠れに訪れるだろうし、またはそれを防ぐ最強の矛にも成り得るだろう。

(――この儂が、十二歳の小娘如きに飲み込まれるとは……!)

 落ちこぼれの風評から察するに、この少女は徹底的なまでに自身の実力を隠し続けたのだろう。無能を装えるほどの有能さ、周囲の忍をも騙し切る狡猾さを持ち合わせている。
 その女狐が己が正体を曝してまで自身の前に現れたのは完全無欠なまでの打算か、はたまた個人的な私情か――。

「一体、何が目的だ」

 うちはルイの腹を探るべく、ダンゾウは殺意混じりの独眼で睨みつける。
 この少女は彼が相対した誰よりも底知れず、深淵を覗き込んでいるような焦燥感が募る。
 ――いざとなれば、右眼と右腕を使わざるを得ないだろう。シスイの瞳力と禁術『イザナギ』をもってすれば、完成されたうちは一族とて敵では無い。
 その歪な万華鏡写輪眼に『月読』が宿っていなければ、もしくはこのうちはルイが影分身でなければ、という二つの前提が必要であるが。

「そう身構える必要はありませんわ。私は貴方と敵対する為に訪れたのではありません。その真逆、貴方は私の味方になるのですから」

 怯える子供を宥めるように優しく慈愛溢れる言葉の韻は年不相応のものであり、ただの微笑みが恐怖を生む事をダンゾウは生まれて初めて実感した。

「ダンゾウ殿、貴方は今の木ノ葉の現状をどう御覧になれておりますか? どの国も軍拡競争で鬩ぎ合っているのに、三代目火影のお甘い方針で平和惚けしたこの嘆かわしい現状を――」

 打って変わって、うちはルイは詠うように、演説するように、芝居じみた仕草を時折混ぜて語る。
 木ノ葉隠れは五国最強の忍里と謳われるものの、それは既に過去の威光である。
 うちは一族も健在で、九尾襲来する前ならば最強の名に相応しき陣容だったが、今現在で大きな戦が勃発すれば木ノ葉隠れは非常に危ういとダンゾウは考える。

「その危機的な現状を憂い、汚名を被ってでも里の為に奔走する貴方のような逸材がいなければ、木ノ葉隠れの里は滅亡の淵に瀕する事でしょう」

 少女の甘い蜜の如き言葉は容赦無くダンゾウの心の裡に浸透してくる。
 だからこそ、他国の不穏分子を特定し、暗部を使い潰して病的なまでに暗殺してきた。その敵味方の犠牲こそ今日の平和を謳歌する為に必要な尊き代償である。
 それを理解しない大多数の者は仮初めの平和に胡坐をかいて理想論を語るのみ。その危機管理の薄さに深刻な懸念を抱かざるを得なかった。

「さて、此処で一つ話を脇道に逸れますが――三代目火影は御高齢の身、次代の火影が必要ですが、今の木ノ葉隠れの里に火影の名を背負える忍は二名ほどしかおりません。三代目火影の弟子であり、彼の名高き三忍である自来也殿と綱手姫だけでしょう」

 突如変わった話の意図を掴み兼ねるが、概ね少女の言う通りであり、ダンゾウは彼女の見識の深さに息を巻く。
 嘗てダンゾウは火影の座を巡って三代目火影である猿飛ヒルゼンと争った。
 伝説の三忍を育て上げた彼とは違って弟子に恵まれず、自身の意志を受け継ぐ後継者すら事欠く現状で、彼等三忍以上に火影に相応しい忍はいない。例え半ば里抜け状態で放浪していようとも――ヒルゼンは、常に自身の先を歩んでいる。

「御二方の何方が五代目火影を襲名しようとも三代目火影からの方針は何も変わらないでしょう。果たしてそれで木ノ葉隠れの里を内外の脅威から守る事が出来るのか、私は不安でなりません」

 悲しげに眼を細め、うちはルイは憂いの色を浮かべる。
 何処まで建前で何処までが本音なのか判別出来ず、この少女の底知れなさにダンゾウは畏怖を抱く。本当に十二歳の小娘なのか、未だに信じられずにいた。
 如何に忍として優れていようと、色情狂または博打狂に里の長を任せるのは不安要素が強すぎる。彼等もまた師の方針を引き継ぎ、依然変わらぬ旧体制が続く事だろう。

「それ故に彼等の日和見方針を受け継がず、真に里の為に決断を下せる六代目火影が必要になるでしょう。其処で本題ですが――この私が六代目火影を襲名する為に、御協力して頂きたいのです」

 ダンゾウは独眼を限界まで見開いて驚いた。
 確かに、この年で尾獣を御するうちはルイは将来、歴代の火影に匹敵する忍に成長するだろう。
 それだけに残念極まる。如何に天才の名を欲しいままにしようが、うちは一族の者である限り火影になる事は出来まい。
 無限に続くかと思われた暗闇の中、漸く器の底が見えたと、ダンゾウは内心ほくそ笑んだ。

「大した言い草だが、それは実現不可能の夢物語よ。幾ら御主が将来うちはの名に相応しい忍に成長しようとも、な」
「――うちはの血族は過去永劫、未来永劫、火影にはなれない。それは初代火影から続く因縁、うちはマダラの反乱と三年前のうちは一族のクーデター未遂から起因する事ですかな?」

 笑顔で語る少女が一体何を言ったのか、ダンゾウには理解出来なかった。

(――在り得ん。うちは虐殺の真相は秘中の秘、それがうちはの生き残りに知られる事だけは絶対に在り得ん……! ――ならば、うちはルイが此処に訪れた本当の理由は――木ノ葉上層部に対する復讐か。……幾ら写輪眼を持とうが小娘の一人や二人、否、此奴は尾獣という切り札を保有したからこそ行動に打って出たのか……!?)

 ダンゾウの思考が乱れに乱れて混乱の坩堝に陥る中、うちはルイは口元を三日月のように歪めて笑う。


「真逆(まさか)、あのうちはイタチが自身の弟以外に手心を加えると思いで?」


 それはうちは虐殺の夜から燻ぶっていた疑問であり、この瞬間を持って氷解する。
 うちはイタチは忠実に任務を遂行した。実の弟という唯一人の例外を除けば、実の両親だろうが恋人だろうが女子供だろうが容赦無く皆殺しにした。その彼が何故、縁の所縁も無い少女を見逃したのだろうか?
 方法も過程も今となっては推測しようが無いが、うちはルイは生かされたのではなく――自力で生き残ったのだ。当時九歳程度の少女が、あのうちはイタチの眼を欺いて――。

「誤解が無いように言いますが、クーデターを画策して自ら滅びた傲慢な一族に自業自得以外の感情は抱けませんわ。むしろ古き体質で淀んだうちはが一掃されて丁度良いぐらいです」

 復讐など問題外だと心底退屈気に斬って捨てたうちはルイに、今度こそダンゾウは理解出来ないと恐怖を覚えた。

「……うちは一族の虐殺を指示した、儂等木ノ葉の上層部に復讐するつもりは無いと? その妄言を信じろとでも?」

 必死な形相で顔を歪ませ、語気を荒げてダンゾウはルイに問う。

「そもそも理由がありません。一族など矮小な枠組みに拘る気にもなれませんし、私が木ノ葉隠れで平穏に住まうのに彼等のような不穏分子は不要でしたわ」

 ルイは場違いなほど爽快な笑顔を浮かべる。
 ダンゾウは深淵を覗き込む気概で挑んでいたが、その深淵が自身を覗き込んでいた事までは気づけなかった。

「古きうちはは死に絶え、この私が今のうちはそのものです。故に不可能など御座いませんよ。――三年前の夜から、私は不可能を可能にして生き残ったのですから」

 器の底を見据えたと思いきや、それは器の縁ですらなかった。
 この途方も無い少女を如何に表現すれば良いのか、ダンゾウは検討も付かない。

「私が火影の座につく事こそ、うちはマダラの妄執が蔓延るうちは一族に対して、最高の供養となりましょう」

 彼の知るうちは一族とは写輪眼なる血継限界を持ち、忍としての腕前は突き抜けていたが、政には致命的なまでに疎く、それ故に覇権を握る事が出来ない武一辺倒の一族だった。
 それなのにうちはルイはうちは一族の特性を全て引き継いだ上で、欠如していた政治能力と、頂点に立つ者たる器を併せ持っていた。天は二物も三物も与えたのだ。
 一体うちは一族は最期に何を生んだのか、うちはイタチは何故この少女を確実に殺さなかったのか。
 実の弟を殺せなかった事こそ、最大の汚点だと考えていたが、それは間違いだった。この少女こそ、真に殺すべき者だった。

(――詮無き事、か)

 渦巻く思考の中、ダンゾウは苦々しく辛酸を嘗めた。
 尾獣の影をちらつかせる中、うちはルイを敵に回すという選択は出来ない。
 圧倒的な戦力を背景にした脅迫ではあるが、互いが共倒れにならない為にうちはルイは交渉しに来たのだ。なるほど、敵対するより味方として協力し合えばこれ以上無い結果を生む事だろう。
 下らぬ憎しみの感情に左右されぬこの少女ならば、利害が一致する限り、安全に利用出来るとダンゾウは判断する。
 元よりダンゾウは、自身が火影になる野望を捨てる気など欠片も無かった。

「――火影の座につき、御主は何を望む?」

 だが、うちはルイが第二のうちはマダラ、第二の大蛇丸になるのならば里に脅威が及ぶ前に全力を持って駆逐せねばならない。如何なる犠牲を払おうとも。
 ある種の覚悟を伴って、ダンゾウは最後に問う。
 うちはルイは羨望の眼差しを持ってダンゾウの覚悟を見届け、少しだけ皮肉を籠めて答える。

「十歳未満の小娘が必死扱いて策謀を練らねば生きられない、そんな今の里の現状を変える事ですね。綺麗事は綺麗事で片付け、綺麗事で済まない問題は手を汚してでも片付けて――この木ノ葉隠れの里で平穏に暮らして大往生するのが、私のささやかな願いです」

 そんな退屈な夢が今の今まで、唯の一度も叶わない現状に、皮肉以外何物でもないとルイはダンゾウに悟られぬように自嘲した――。




[3089] 巻の12
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:00




 木ノ葉隠れの里から土の国の国境付近まで辿り着くのに一週間余り。
 意識を失ったナギと私という二人分の荷物を背負い、不眠不休で木ノ葉隠れの里に逆戻りするのに四日前後掛かったそうだ。
 その四日間、私は死人の如く眠り続けた。その御陰で里に帰還した夜にダンゾウと交渉しに行けたのだが、少し調子に乗りすぎたと後悔する。
 あの狸爺は思った以上に手札を隠している。包帯に隠れた右眼が写輪眼か白眼か、または万華鏡写輪眼か、何れにしても厄介であるし、隠している右腕の方はもっと厄介なものが封じられている気がするが、直接戦わぬ限り、確かめ様が無いのが残念だ。
 翌日、文字通り動けない身体に私は思わず舌打ちする。写輪眼と手抜きの口寄せで、折角回復の兆しが見えたチャクラを使い果たしてしまったのだろう。
 一人寝転がりながら不貞腐れていると、扉からノック音が聞こえる。誰かと思えば日向ヒアシとハナビの二人組だった。

「叔父様にハナビちゃん。態々お越し頂いてすいません」
「気にするな。して、容態は?」

 起き上がって出迎えようにも身体が動かないので首を逸らすだけに留まる。
 無礼極まりないと思いつつも、お見舞いに来た二人に感動を覚えずにはいられない。

「チャクラを使い果たしただけなので一週間程度の入院で大丈夫です。他の負傷は掠り傷なので問題無いかと」

 ヒアシは一安心するように目を一度瞑った後、厳しい眼差しを窓の外に向ける。

「そうか。……全くあれも不甲斐無い。後程此処に来るだろうから、修練場で待つと言伝を頼む」
「はい、しっかりと受け賜りました。――それと例の件ですが」

 あれ呼ばわりのユウナにご愁傷と合掌しつつ、岩流ナギの件に関して確認しようとしたが、ヒアシは途中で遮って一言で斬って捨てる。

「問題無い。今は休養に努めよ」

 ヒアシの不器用な優しさが心に染みる。
 やはり心身共に弱っていると容易に心の隙間に付け込めるのだな、と実体験として納得する。

「ルイ姉さま、御身体を大事に」
「うん。ありがと、ハナビちゃん」

 ハナビのお見舞いの言葉に私は思わず破顔する。
 家族なるものは言葉上でしか理解出来ない希薄なものだが、確かに暖かいと思ったのだった。


 巻の12 木ノ葉に帰り、束の間の平和を楽しむの事


「お、漸く目覚めたか寝坊助」
「一言目から酷い言い草ですね。――おはようございます、カイエ先生にヤクモ、ユウナ、ついでにナギも。身体の具合はどう?」

 ヒアシとハナビが帰った後、程無くして九班のメンバーと子犬バージョンの六尾渾沌を胸に抱く岩流ナギが現れる。元気そうで何よりである。
 子犬バージョンの渾沌には尾獣としての面影は真紅の眼以外無い。尾も一つであり、羽も生えておらず、足も四脚、何処からどう見ても奇妙な黒犬である。
 ナルトの口寄せで例えると、ガマブン太を口寄せし損ねて、小さい蝦蟇を呼び出したような状態である。流石はチャクラの塊で恐らく不死の存在と言ったところか、形状の差異などお構いなしである。

「上忍を嘗めんなよー。幾ら凡人のオレでも人間の身体してないぜ」

 カイエへの評価を体術だけならガイ並の際物へとランクアップする。横で「わ、私はついでですか……」としょんぼりするナギを私は華麗に無視する。

「俺達二人は本当に三日三晩走り続けて全身疲労に陥っただけだから問題無いぜ。ルイの方は?」

 目の下の隈が目立つヤクモの様子に若干疑問符を浮かべるが、敢えて気にせず受け答える。

「二度と八門遁甲の体内門を開けないと誓ったね。リーみたく動いてもいないのに全治一週間なんてふざけているわ」
「多重影分身並の禁術だしな、常人が使えば普通に死ねるぞ。一門すらまともに開けた事の無い奴が一気に七門開けたんだ、後遺症無くて幸いだと思え」

 ぶーぶーと文句垂れる私に、カイエは説教じみた事をやる気無く告げる。
 完全な状態でもナルトみたいに多重影分身の術を使えば一発で枯渇死するだろう。その最悪な事態を考えれば、今回は僥倖だったと一息付かざるを得ない。

「それにしてもナギも自分達と同じだとは――それも人柱力にいるとは。案外、何処にでもいるものですね」
「ううぅ、苦節十二年、生きた心地全然しなかったけど、木ノ葉に来て本当に良かったぁ」

 ユウナは半分呆れたように感嘆の息を付き、ナギは涙目になりながら苦労を語る。
 ナギが私達と同じ同郷の者と発覚したのは、私が月読の精神世界で六尾をフルボッコにしている時だ。……何処かで見た事ある過剰殺傷を目の当たりにして、ぶるぶる震えていたが。
 因みに彼女が意識を失った原因は単純に七十二時間過ごす羽目になったからである。決して巻き添えにしたとか、そういう事は無い。

「――で、あれから調子はどうなの?」
「もう在り得ないぐらい絶好調です! 暴れ出す事も無くなったし……ただ」

 満開の笑顔がなりを潜め、ナギは抱える子犬の渾沌の頭に恐る恐る手を伸ばす。
 手が掛かるか掛からないかの刹那、自身の尻尾を噛んでいた渾沌は尻尾を離してまでその手を噛まんと無言で威嚇する。

「どういう訳か、コンちゃんの頭撫でようとすると噛み付かれるのよねぇ。全然懐かないし……」
「その的外れな度胸が何処から沸いてくるか興味深いわ。……その胸かしら?」

 ヒナタと同じぐらい発育の良いナギの胸を刺々しく睨みつける。
 というより、渾沌だからコンちゃん呼ばわりする単純なネーミングセンスに全身から脱帽する。

「あ、あうぅ~」

 ナギは蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
 同時にその腕から抜け出した渾沌が私のベットの脇に座り込む。犬は自分と他者の力関係に順位付けると言うが、間違いなく私>渾沌>>>超えられない壁>>>ナギなのだろう。

「念を押すけど、もう一度言っておくわ。私が写輪眼使える事は他言無用よ。うっかり喋ったりしたら――同じ目遭わすぞ」
「ひ、ひぇえぇ~~~っ! ご、ご勘弁をぉ~~~!? わたしゃまだ死にたくありませんっ!」

 トドメとばかりに私は笑顔で凄む。その取り乱し様は滑稽で面白い。
 そりゃ念に押すさ。一番うっかりで喋りそうなのはこの娘だし。

「……同じ目って何ぞや?」
「六尾を調伏した際、繰り広げられた全てのオーバーキルをプレゼント」

 自身の疑問に率直に尋ねたヤクモは想像したのか、一瞬にして顔を真っ青にする。
 いや、本当にする訳無いでしょ? この娘は大切な大切な六尾渾沌の入れ物なんだから。

「ナギ、ご愁傷様」
「うわっ、爽やかな笑顔であっさり見捨てた!?」

 親指を立てて、ヤクモは良い笑顔を浮かべる。
 ナギは涙目で抗議するが、それを横目に私はとことん弄られキャラが板についていると内心思う。

「二人とも、病室では静かに」

 口元を歪めつつ、ユウナが注意する。
 ヤクモは何処吹く風とそっぽを向き、ナギは身振り手振りと無言で何かを訴えようとしている。
 けれど、残念だ。君の弄られキャラのポジションは既に私の中で確定している。
 自然と笑顔が零れる中、ヤクモの腰元が眼に入る。何か微妙に足りないと思考し、あ、と気づく。

「……あれ? ヤクモ、太刀どうしたの? 脇差しかないけど」
「コイツの泥斬ったら折れたんだよ。ああ、思い出しただけで腹立たしい! 弁償しやがれコンチクショーっ!」
「ええぇ! やった覚え無いし、素晴らしいまでに無一文ですよ!?」

 何やら知らぬ間に折れていたらしい。
 素晴らしいぐらい無駄な言い争いをする二人に、私は至極冷静に割って出る。

「買えば良いじゃん」
「買う金ねぇよ!」

 ヤクモに即座に言い返され、まだ知らされてないのかとカイエに問い質すように視線を送ると、「あ」と気まずく目を逸らした。忘れていたな。

「そうそう、今回の任務は飛び入りだが、準Aランク扱いだ。口座に二十万両入っているからチャクラ刀の一本や二本は買えるぞ」

 頭を掻きながら「全くもって割りに合わねぇな」とカイエはぼやく。
 本当のAランク任務なら四十万両以上、それに今回は国の存亡に関わる事だったから相場的には百万両はくだらないとか。
 これもダンゾウとの交渉の成果の一つなので、本来なら支給されなかった報酬故に、多少は眼を瞑ろう。
 うちは一族の遺産を半分持っている私にとっては端た金だが、今までDランクの任務で小銭しか入らなかった二人には大金なのだから。

「二十、万両……? 一両が十円程度だから――二百万だとぉ!? ……てか、チャクラ刀って何すか?」
「おいおい、あれってチャクラ刀じゃなかったのか! 普通の刀であんな芸当してやがったのかよ……」

 私とカイエは驚きの表情をヤクモに向ける。
 チャクラ刀じゃないのにあんな離れ業をしていたとは、もう獲物の刀すらいらないんじゃないのか? 霊剣みたいなものを形成してさ。

「チャクラ刀というのはな、簡単に言えばチャクラを籠め易い刃物の事だ。使用者のチャクラによって性質が変化する面白武器だ」

 原作では猿飛アスマのアイアンナックルがそのチャクラ刀に該当する。

「この世界には美しい魔闘家でもいるんですか?」
「うわ、酷く懐かしいネタ飛び出したな、ユウナ。まあでも似たようなもんだ。それなりの業物なら十万両程度で買えた筈だ」
「高っ!?」

 そういえばヤクモはこの中で唯一忍以外の家系出身だから、高い忍具に費やす財は持ち合わせていない。だからこそ太刀と脇差一本で頑張って来たのだろう。

「ヤクモ、良い店知っているから退院したら一緒に行こう。品定めと値切りは得意分野だわ」
「……え、おお、ありがたいっ!」

 助け舟を出してやったところで、すっかり忘れていたヒアシの伝言を思い出す。
 伝え忘れてもユウナに責任転換させて楽しめるが、伝えた方が結果的に面白い。

「そうだ。ヒアシ殿からユウナへ言伝――修練場で待つ、だってさ。遺言なら聞くよ?」
「短い間だが楽しかった――って、死ぬ事前提かっ! ……前提だよねぇ」

 どん底まで意気消沈するユウナの姿を見て、私は満足気に頷く。入院中だから骨は拾ってやれないから頑張ってくれと応援する。

「それでナギ。貴女、今日から日向宗家に住まう事になっているから。其処のところヨロシク」
「は、はい? な、何故っ?」
「……え? 自分は聞いてないぞ」

 落ち込んだ傍からユウナも身を乗り出し、ナギと一緒に疑問の声を上げる。

「不測の事態に備え、貴女の中の尾獣を制御出来る者と一緒に住まうのは当然でしょ」
「あ、あれ。日向宗家にコンちゃんを抑制出来る人がいるんですか?」

 ナギの視線がユウナの方へ向き、ユウナは私に視線を送る。
 それでも理解出来ず、ナギは私とユウナの顔を行ったり来たりする。

「あはは。勿論いるに決まっているじゃないかー。――で、いい加減、現実逃避されるのも面倒だから言うけど、私は日向宗家にいるのよ」
「……か、神は私を見捨てた……!」
「元々でしょ」

 今日もまた清々しいぐらい良い天気である。




「……おい、ルイ。一週間は入院しているんじゃなかったのか? まだ三日しか経ってないぞ」
「男が細かい事をガタガタ言わない。もう中忍試験が三ヶ月ぐらいまで迫っているのに身体を鈍らす暇は無いの。……此処よ」

 体調が半分まで回復した私は自主的に退院し、ヤクモを連れて忍具専門の武器屋『御影堂』に辿り着く。
 若干ふらつくが、これぐらいは大丈夫だと虚勢を張る。

「うわぁ、いかにもって感じだな」

 年季の入った古看板と威風堂々と立ち聳える立派な門構えを眺め、ヤクモは息を呑む。
 重々しい雰囲気に呑まれたヤクモより先んじて扉を開き、気構える事無く来店する。

「御免下さい」
「おや、うちはの嬢ちゃんに……彼氏ですかな?」

 あらゆる忍具が所狭しと立ち並ぶ店の奥、新聞を広げた二十代前半の店主が冗談混じりに尋ねる。この男、年は若くても結構の曲者である。

「単なる同僚ですよ」
「左様ですか。して、本日の用向きは?」

 冗談を言う気力も無いので一言で斬って捨てるが、何やらヤクモが落ち込んだ気がする。

「チャクラ刀が欲しいの。値段は問わない、形状は刀のを」
「暫しお待ちを」

 忍者の如く奥に消える店主を尻目に、私とヤクモは近くにある忍具を物色する。
 私に関しては忍具に不自由する事も無いので、暇潰し感覚であるが。

「お待たせ致しました。此方などは如何でしょうか?」

 何本か持ってきた刀を私達は手に取り、鞘から抜き出して直接鑑賞する。
 刀というものは機能美の極限まで追究した芸術品である。折れず曲がらず斬れるという相反する性質を同時に達成した優秀な武器であり、刃紋の乱れ一つ取っても同じ物は無い。

「……すげぇ、今まで御目に掛かれなかったほどの大業物だぜこりゃ」

 ヤクモも見惚れるように刀の品定めに没頭する。己の獲物を選ぶのだからその表情は真剣そのものだ。
 次々と鑑賞していく中、一つの刀を手に取り、私は睨むように凝視する。

「ん? ルイ、どうしたん――な」

 息を呑む音が聞こえる。ヤクモもまた魅入られるようにその刀の刀身を隅々まで凝視する。

「――これはこれは、良い物を置いているね。これで無銘の刀?」
「はは、流石は御目が高い。他の業物に見向きもせず、それを御選びになるとは」

 その刀は異彩を放っていた。その刀身に秘められたものは妖気と評しても過言じゃないほど魔性の輝きだった。
 浮き出た刃紋は不規則な乱れ刃紋であるが、見惚れるほど美しい。
 意思の脆弱な者が持ったならば切れ味を試したいという願望に逆らえずに辻斬りと化す、そうなっても然程不思議じゃないほど人を狂わす何かを滾らせていた。

「ちょ、ルイ。それヤバイって。絶対に尋常じゃねぇ、人の生血啜った妖刀の類だぜ!」
「良くぞ見抜いたね。伊達に剣客はしてないか」
「おま、解ってて選びやがったのか!? てか使うの俺なんだぞ!」

 ヤクモの必死の訴えを無情に退け、店主の方に首を向ける。

「店主、試し切りをしたいのだが」
「ご案内します。此方にどうぞ」
「無視かよ!?」




「さあヤクモ、一刀両断してくれ」
「ああもう、やりゃ良いんだろっ!」

 直径二十センチはあろう丸太を前に、ヤクモは文句を言いながら抜刀する。
 抜いた当初は不可解なぐらい手が震えていたが、刀を肩に担ぐと同時に震えがぴたりと止まった。
 緊迫した空気が流れる中、繰り出された必殺の一閃は紫電の如く走り、丸太は一拍子置いて横一文字に両断される。
 その一部始終を私はしっかり眼に焼き付ける。
 鍔元の縁から柄尻の頭まで横滑りさせる特異な技法は精妙な握力の調節だけではなく、チャクラの精密な操作によって補われている。
 これによりあらぬ方向へ飛ぶ事を抑え、剣の切先を予想以上に伸ばす。初見で見切るには極めて困難な業と言えよう。

「――やれるとは思ったけど、ヤバすぎるだろこれ……」
「お見事な腕前で」
「半分以上、刀の切れ味だね。それじゃ刀にチャクラ流してみて」

 ヤクモは両手で柄を握り、チャクラを籠める。
 刀身から今まで以上に鋭いチャクラの刃が発生する。長さも申し分無く、その刃には紫色の雷が激しく帯びていた。

「おぉ、いつも以上にチャクラの刃作るの楽だし、何だか知らんがビリビリ帯電しているぞ」

 流れの技法にチャクラの刃、更には帯電。刃の間合いは変幻自在で回避など困難極まるし、刃の帯電で防御も貫通して無意味と化す。その使い勝手の良さに息を巻く。

「店主、御代は?」
「五十万両で御座います」
「ご、五十万両だとぉ!?」

 妖刀の類だという事を差し引いて気に入ったヤクモは店主に値段を尋ね、驚愕する。

「十人以上斬っている、オマケにこれは無銘だ。十万両」
「はは、手痛い御指摘で。しかし、チャクラ刀は希少価値が高く御座いまして。三十万両」
「希少価値と需要の無さを履き違えてはいけないね。こんな凶刃を求める特異な客は少なかろう? ――十五万両」
「二十五万両でどうでしょうか? 確かに忍の方々はお求めにならぬものですが、侍の方々には咽喉から手が出るほど欲しがります故」
「二十万両、侍風情でそんな大金を持っている奴はいないね。大名とて、その刀は観賞用にすらなるまい」
「――ふぅ、やれやれ。嬢ちゃんには叶いませんね。解りました、二十万両で手を打ちましょう」
「商談成立だね」

 激しい値引き合戦が繰り広げられた中、当事者であるヤクモは唖然としていた。

「いや、ちょっと待て。俺を放置して商談成立してるんじゃねぇ!」
「えー、私が選んだ刀だよ? それが大業物で且つ妖刀じゃない訳無いじゃないか」

 獲物は業物であれば業物であるほど良いに決まっている。それが人智を超えた妖刀の類なら尚更最高だ。無性に人が斬りたくなっても我慢すれば良いだけの話である。ようは気の持ちよう次第なのだ。

「無銘なのは可哀想だから私が名付け親になろう。そうだね、今日からこの妖刀の銘は〝紫電〟だ」
「……妖刀に似合わない銘だな。その由来は?」

 私は満天の笑顔で答える。

「ヤクモが振るう限り、この妖刀に紫電が途絶える事は無いから、かな」




「――ヤクモ。人を斬った事、悔いている?」

 帰りの道中、里を見渡せる展望台に寄り道しようと勧めたルイは突如、そう切って出た。
 ヤクモは咄嗟に誤魔化そうかと一瞬悩んだが、この少女に生半可な嘘は通用しないだろうと止める。

「……お見通しか。いや、俺が解り易かったのかねぇ。――三日三晩走り続けた時は大丈夫だったが、あれから毎晩夢に出るんだ。咽喉元を突き刺して殺した奴の事を。今でもその生々しい感触が鮮明に蘇りやがる」

 小刻みに震える自分の掌を見て、ヤクモは呼吸を乱しながら湧き上がる嘔吐感を必死に堪える。
 あれから安眠出来た事は一度も無かった。眠れども夢にあの死者が現れ、すぐさま目覚める。血塗れで這い寄る死者の恐怖は如実に尽くしがたいものだった。

「今でも血塗れなんだよ、俺の掌は。幾ら洗っても落ちやしねぇ……! 幻だと頭で解っていてもこびり付いて離れねぇんだ。刀を握った時もそうだ、手の震えが止まらな――!」

 ――その震える手を、ルイは両手で握り締めた。
 か細い指先は力強くも優しく包み込んだ。自分と比べて一回りも小さな手の感触は柔らかく、とても冷たかったが、何より暖かかった。

「――震え、止まったよ」

 本当に、この少女はいつも手段を選ばない。
 物理的に止めておいて何を言うか、と咽喉まで出かかったが、確かに手の震えと地獄のような嘔吐感は不思議と消え去っていた。

「殺人に対する罪悪感は永遠に消えない。個人によって大小の差はあれどもね」

 ルイは眼を細め、少しだけ俯く。その言葉は果たして、一体誰に対してなのか、今のヤクモには知る由も無い。

「眼を逸らしても網膜に焼きつき、耳を塞いでも鼓膜に響き、忘却の彼方に放り込もうとも絶対に追い回してくる。――結局は自身が生きる為の必要最低限の犠牲として割り切るか、背負うしかない」
「……背負、う?」
「何を背負うかは人其々だわ。奪った生命か、犯した罪咎か、届かぬ怨嗟か――何れしろ、重たいわ、自責の念で押し潰れてしまうほどにね」

 そう、背負う以前から殺したという事実が重く圧し掛かり、己が精神を酷く圧迫している。果たして自分はそれらを背負う覚悟を持てるだろうか――。

「でも、それを分かち合い、一緒に背負う事は出来るわ」

 ふとルイの顔を見上げるヤクモに、彼女は笑顔で答える。
 それは悪魔の誘惑か、或いは神の福音か。闇の中で苦しみ悶えるヤクモの前に救いの光明が差し込まれる。

「ヤクモ、私達が生き延びる為には対峙した敵の屍を踏み越えるしかない。屍の仲間入りしたくなかったらね」

 ルイは厳しい眼差しでヤクモを射抜く。
 最初から敵として現れた者に対話の余地は無い。自身の生を掴むには相手を死に堕とすしか無いのだからと諭すように。

「中忍試験ではうちはである私を狙って大蛇丸と交戦するかもしれないし、木の葉崩しが終わってもイタチなどの暁の脅威に曝されるのは明白だわ。うん――全部、私のせいよ。人を殺したとしても全部私の責任だから、ヤクモが気に病む必要は無いよ」

 一転し、場違いなまでにルイは明るい笑顔を浮かべる。問題が解決したと言わんばかりに。
 その都合の良い感情の落とし所に、ヤクモは彼女を責め――ず、ふと、冷静に戻る。そんなあからさまな誘導に気づけないほど、今の自分は参っているのかと初めて自覚する。

「……っ、言っている事、違うじゃねぇか。全部一人で背負い込む気かよ」
「あら、バレたか。私は傲慢で傍若無人の人でなしだから、今更背負うのが一人や二人、百人や千人増えたところで支障無いよ」

 ――私は既に、見殺しにしたうちは一族の遺志を背負っているのだから。ルイは酷く儚げに笑った。
 その覚悟を聞き届けたヤクモは、やはりコイツだけには敵わないと羨望し、同時に自身の不甲斐無さに激しい殺意を覚えた。

「一族の妄執、里への確執には興味無いけど、創始者のうちはマダラが千手柱間との火影争いに破れたから後の悲劇は生まれた。――だから、うちはである私が火影になる事こそ手向けになると思うんだ。私がこの里で生き延びる為の最低条件でもあるし、ね」

 驚かせるばかりだ、とヤクモは内心愚痴る。主人公達を差し置いて火影を目指すなどこの少女しか実現出来ない夢物語だろう。

(だが――)

 ルイは自分とは比べ物にならないぐらい心が強い。その精神は超越的だと評して良いぐらい不屈で強靭だ。
 けれども、何故だかヤクモにはそれが一概に良いとは思えなかった。
 その強さは、そうでなければならない、という裏返しなのでは無いだろうか。最初から絶対的な強者たる者は存在しないのだから。

「ヤクモ。私は頂点を目指す。内部からの軋轢、外の脅威、見得ざる神の手、原作の修正力、敵など湯水の如く湧き出てくるだろうね」

 ルイは掴んでいた手を放し、今度は自分の手を差し伸べた。
 その弱々しい仕草はいつも自信満々で大胆不敵な少女には似合わない、恐る恐るで小刻みに震えていた。

「だから、ヤクモ――手を、貸して欲しい。一人の忍として、掛け替えの無い友人として、助けが必要なの」

 ヤクモを見つめる真摯な瞳には普段では在り得ない、臆病な色が見え隠れしていた。拒絶されるかもしれない、そんな恐れを、ルイはその胸に抱いていた。あのルイがだ。
 だからこそ、猛烈に情けなくなった。未だに殺人を受け入れる覚悟が出来ずに一人甘ったれていた自分を本当に八つ裂きにしたくなった。
 ――今はまだ、その手を握り返す資格は無い。

「ルイ、一発ぶん殴ってくれ」
「……そういう趣味の持ち主だったの?」
「ちゃうわ! 今までうじうじ悩んで腑抜けた自分自身が不甲斐無いだけだっ!」

 先程の空気が跡形も無く霧散する。このマゾめと半分本気で引いているルイに、ヤクモは必死な口調に弁解する。
 ルイは少し悩み、これも通過儀礼の一種かと自己解釈して納得する。

「OKOK、そういうノリは全く理解出来ないけど、全力でぶん殴れば良いんだね。歯ぁ食い縛りなー」

 ルイが嬉々と容赦の欠片も無く繰り出された拳は病み上がりである事を差し引いて、ヤクモの頬に痛烈に穿ち貫いた。




 翌日、カイエを除いた私達四人は日向の演習場にいた。
 ヤクモの目元に隈が無い事と右頬に湿布が張ってある事以外、昨日と異なる点は無い。……ユウナについては昨日の時点から全身包帯塗れだったから変わりないよ?

「――で、ナギ。貴女の最大の弱点は自動攻撃しか出来ない事よ。これでは個人戦闘はともかく集団戦で敵味方の区別無く同士討ちしてしまうわ。役立たずも良いところね」
「うぅ、面目無いですぅ」

 だから最初に出会って岩隠れのくノ一と交戦した時も、あの中で最も多くのチャクラを持つ私を優先的に攻撃してしまうから出さなかったのだろう。

「でも、その混沌は条件付けする事で非攻撃対象を認識する事が出来るし、自動攻撃を解除して任意で操る事も可能だわ」

 因みにこれは実体験の事である。
 それ故に岩隠れの暗部を大量虐殺した六尾とのコンビでの術で九班だけは無事だったのである。自動じゃない分、チャクラを余計に消費するが、それは仕方が無い問題である。

「中忍試験が始まるまで三つの課題を言い渡すわ。まず味方を識別する事、次に手動攻撃が出来る事、最後に混沌の形態変化と性質変化を任意で出来る事よ。最後のは三ヶ月程度の時間では期待してないけど」
「はいはい、ルイ先生っ! 最後の形態変化と性質変化はどういう事ですか?」

 私は出来の悪い生徒に答える先生のように受け答えする。

「貴女の混沌は常に何らかの形態変化と性質変化を起こしているわ。混沌の名に相応しく、その内容はランダムのようだけど。それを任意で操れるようになれば他の有象無象の術なんざいらないわ」
「えぇ~、私も螺旋丸のような格好良い術覚えたいな~と」

 自分の異常な特性を理解しているのか、頭が痛くなる。
 無尽蔵のチャクラを持つだけの一辺倒のナルトとは違って、万能な混沌の泥と無尽蔵のチャクラがあるナギに他の術なぞ最初から必要無いのに。

「寝言は寝てから言え。さて、まずは最初の味方を識別する修行から始めるよ。方法は至極簡単、混沌の泥で私以外の二人に攻撃しなさい」
「「「え?」」」

 三人の声が重なるが、無視して説明を続ける。

「勿論、この中では最もチャクラが大きい私を優先的に攻撃してくるから、そうしないように全力で条件付けしなさい。――ああ、もし私に当てたら月読の精神世界にご招待してあげるわ」
「ひ、ひええぇぇぇぇ~~~!? ぜ、全力で、ががが、頑張ります~!」
「ちょ、待てっ! まだ俺達は了承してないぞってうおおおおおおぉ!?」

 混沌の泥と悲鳴が入り乱れる中、今日もまた平和であるとしみじみ実感した。






[3089] 巻の13
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:16




 ――うちはサスケ。虐殺されたうちは一族の生き残りであり、あのうちはイタチの弟である。数年前の、成す術無く敗れた生涯最高の屈辱に歯軋りしながら大蛇丸は思考の海に沈む。
 木ノ葉に潜伏させた〝草〟の情報からは彼こそはうちはの全てを引き継いだ天才児であり、もう一人の生き残りなど血の薄い出来損ないに過ぎないとされる。
 如何に血継限界を持つ最優の一族と言えども落ちこぼれは必ず排出される。ましてやあの少女の家系は数代に渡って写輪眼を開眼させていない。全くもって存在価値が無い。母体としても余り期待出来ないだろう。

「……だからこそ腑に落ちないのよねぇ。お前の報告でなければ見向きもしなかったわ――」

 自身の右腕たる薬師カブトだけは違った評価を下している。
 もう一人の生き残り、うちはルイは落ちこぼれの才能無し、という趣旨の報告は同じだが、最後に〝能有る鷹の如く爪を隠している〟と簡素に記されている。
 それが真実であるならば、周囲の目を悉く欺き、あのカブトの鑑識眼をもってしても計り知れぬ少女となる。

「うちはルイ――ああ、六年前のあの少女か」

 うちは虐殺で忘却の彼方に葬り去られたあの事件、最有力の容疑者に当時六歳の彼女だった事を大蛇丸は思い出す。

「――何方が私の器に相応しいか、次の中忍試験が愉しみだわぁ。この際、両方攫って子種を宿そうかしら」

 そうすればうちはの血族を永劫に掌中に納める事が出来る。
 その言い表せぬほど素晴らしき想像に悦楽し、大蛇丸は邪悪に哄笑する。国の情勢が一気に乱れる木ノ葉崩しなど、彼にしてみれば単なる余興に過ぎなかった――。


 第二章 中忍試験開幕、大蛇の力比べ/女狐の知恵比べ


(――大蛇丸、大蛇丸大蛇丸、大蛇丸ぅ!)

 別に恋焦がれてキモい変態オカマの名前を連呼している訳じゃない。むしろその逆、純粋に死ねよという怨嗟を籠めて思考を巡らせている。
 ナルト達が波の国から帰ってきて二日余り。確実に迫り来る中忍試験を前に、なるべく考えないようにしていた大蛇丸対策について精を費やしていた。
 中忍試験中に大蛇丸を亡き者にすれば私を取り巻く問題の半分は解決したと言っても過言じゃないが、どう考えても勝算が無い。
 うちはイタチがガチで勝負して、どうして大蛇丸より強いのか、私は疑問で仕方ない。
 万華鏡写輪眼の月読の持続時間は最高で七十二時間前後であるが、対象が大蛇丸の場合、精神崩壊せず耐え切られる恐れがある。三代目の呪い傷を何ヶ月も耐えているし、精神とか人間離れしている事だろう。使えば私の方が力尽きて自滅する。
 ならば第二の術・天照はどうだろうか。初撃は絶対に外さないだろうが、その一発で仕留められる自信は無い。あの蛇妖怪は無駄に耐久力がありそうだ。そして二撃目以降はまず通用しないと考えて良いだろう。
 出し惜しみせずに須佐能乎で永久封印すれば、いや、あれは不意を突かない限り当てれる気がしない。的が巨大で無ければ割かし無力な術だろう。
 口寄せで完全体の六尾を呼び寄せて始末するか。否、木ノ葉の演習場でそんな事をすれば受験者を大量に巻き添えにしてしまうし、暁級の忍は単騎でも尾獣を仕留める反則的な手馴れ揃いだ。主人公補正が期待出来ない以上、良い結果は見込めない。

(……ああ、もう!)

 思考が一方通行にぶち当たり、私は苛立って癇癪を起こしてしまう。だから考えたく無かったのだ。
 原作でイタチは金縛りの術と何らかの幻術で圧勝していた気がするが、大蛇丸は幻術系に弱いのだろうか?
 それで自来也の方は幻術系に鬼のように強いから奇妙な三竦みが成立しているのだろうか。思考が脇道に逸れる。

(――前提から間違っている。大蛇丸と直接交戦するような状況になった時点でゲームオーバーだ)

 全くもって理不尽過ぎる敗北条件だと溜息付く。
 うちはの末裔である事と薬師カブトの情報で、ほぼ間違い無く中忍試験中に呪印をプレゼントしに現れるだろう。
 下手に抵抗しなければ巻物一つと呪印程度で済むが、下手に抵抗して脅威と認定されればその場で大蛇丸に攫われ兼ねない。貞操の危機である。……怖気が走る。
 ――つまり、二次試験で大蛇丸が私達を索敵して襲来するより疾く、天地の巻物を揃えて中央の塔に辿り着かなければならない。
 だが、それを達成するには運否天賦の要素が四つも必要だ。
 一つ目は開始地点のゲートの位置、大蛇丸の位置がナルト達寄りでなければならない。
 二つ目は大蛇丸の優先順序、サスケを最優先に狙う事を天に祈るしかない。
 三つ目は巻物の入手、運良く片割れの巻物を強奪しなければ二つの幸運が台無しになる。
 四つ目は他の余分な敵に遭遇しない事、意図せず狙ってくる敵と意図して狙ってくる敵に見つからない事。
 此処までの幸運を望むなど無理極まりないし、在り得ない。一つ崩れた時点で駄目になる。
 私の不運を経験上から顧みて、全部裏の目になる可能性の方が高い。自分の素晴らしい運の無さに泣けてきた。

(――いっその事、中忍試験を受けないという選択肢は……)

 否、駆け足で伸し上がるには今期で中忍になりたいが、リスクを顧みると一次試験辺りで落ちて置いた方が無難とさえ思える。あれ、これが最高の選択肢なのでは?

(いや、甘いか。中忍試験中でなければ好きな時に大蛇丸が訪れるだろうし。あー、やだやだ。何であんなショタ好き変態オカマ爺に狙われなければならないのかしら!)


 巻の13 中忍試験が始まり、新人忍者達が顔見世するの事


 縁側で一人悶々と思い悩むルイの背中を、ハナビは心配そうに眺める。

「……ルイ姉さまは何をお悩みになっているのでしょうか? まさか、恋の悩み?」
「あのルイちゃんにも恋の季節が! お相手はやっぱりサスケ君なのかな!」
「そ、そうなのかな……!」

 小声で楽しげに盛り上がる本名・岩流ナギこと木ノ葉での偽名・如月ナギサに、ほんのり赤く頬を染めるヒナタ、女が三人揃えば姦しいというのは真実であるらしい。

「いやいや。ある意味一途で切実な胸が張り裂けそうになる想いだが、あれは呪詛や憎悪の類だから違うぞ」

 てか日向家に上手く溶け込んでいるナギはともかく、我が妹達よ、その白眼は節穴なのか?
 あんな邪悪で禍々しいオーラを撒き散らしながら思い悩むとしたら、それは恋の悩みなどではなく、邪魔者の殺害計画の段取りに相違無い。……あれ、ヤンデレ?
 この時期に悩む事と言えば、中忍試験だろうが――何故だろう、思考がそれ以上進まない。記憶が不鮮明で思い出せないが、何か嫌な予感がするのだが……まあ思い出せないぐらい些細な事だから大丈夫だろう。

「あれ、ルイちゃん振り向いて――何故か私見ている気がするけどってハナビちゃんにヒナタちゃん何処へ!?」
「もう逃げたよ。まあ諦めとけ」

 ルイは先程と一変し、素敵な悪戯を思いついたような晴れ晴れとした様子だった。
 今までの経験上碌な事では無いのは明白だが、苦労以上に刺激的で楽しいので回避は諦めるとしよう。




「んー、おいしい。サスケも団子一つどう?」
「オレは甘いもんと納豆が苦手だ」

 ある日の昼下がり、私は任務を終えたばかりのサスケと一緒に団子屋で一服していた。
 こういうゆったりとした時間も随分久しぶりで安らいでいるが、向かい側に座るサスケはそうでもないようだ。
 苛立ちの色を隠そうとしているのが誰の眼から見ても明らかである。

「サスケ、弓の弦はね、常に張り詰めていると簡単に切れちゃうよ」

 空の串を一本手に取り、極限まで腕の筋肉を弛緩させて力無く振り被り、一瞬の緊張を持って投げる。
 極度の弛緩から最高の緊張へと大きな揺れ幅をもって放たれたそれは易々と近場の樹木に穿ち貫き、尚且つ落ちない。

「――真価を発揮するには脱力も必要って事。最近焦れすぎよ」

 お茶を飲みながらサスケと向き合う。
 サスケは目を細め、やや思い詰めた表情になる。先程からお茶も手をつけていない。思った以上に重傷である。

「……外にはオレより強い奴がゴロゴロいるのに、腑抜けた任務ばかりでは、な」
「ふむふむ。そういう事なら、まずはカカシ先生超えを目先の目標にするべきよ。木ノ葉の上忍の中で一、二を争う手練れだし――」

 ――彼を倒せないようでは、うちはイタチを殺すなど夢のまた夢だしね、と言い含めるが、伝わるかどうかは微妙である。

「うん、最初に目指すは木ノ葉で一番の忍だね」

 団子を頬張りながら自然と顔が和らぐ。ああ、美味しい。
 何処ぞのスポーツ漫画にもあった流れみたいだなと思ったが、何が元ネタか思い出せない。後でヤクモやユウナに聞いてみるとしよう。
 サスケは一転驚き、堅かった表情を崩す。

「……簡単に言ってくれるな」
「サスケなら出来るわ。他の誰でもない、私が保証するわ」

 えっへんと小さい胸を張る。その仕草が可笑しかったのか、サスケは不意に破顔した。――久方振りにサスケの棘の無い笑顔を見た気がする。
 はて、可笑しな感慨だなと疑問に思うものの、団子の美味しさの前では些細な問題である。




「中忍試験の時期ですね、他の里の忍をちらほら見ましたよ。はい、お団子の差し入れです。毒は入ってないのでご安心を」
「……その戯けた言い草は最近の流行か何かか?」
「私の常套句みたいなものです」

 うちはルイは土産に団子を持って突如襲来してきた。
 直属の暗部の護衛は一体何をやっているのか、ダンゾウは頭が痛くなった。まさか顔見知りになって懐柔されているのでは、と疑心を深めるが、彼の育て上げた忍は其処まで愚かでは無いだろうと思考を止める。

「それじゃ早速本題に入りますけど、近年誕生した音隠れの里ですが、事実上の里長があの三忍の大蛇丸という事は把握しています?」

 余りにも自然すぎて受け流すところだったが、聞き捨てならぬ名を聞いてルイを見返す。
 ――大蛇丸。嘗て木ノ葉の三忍と謳われた三代目の弟子であり、禁術に手を染めて離反したS級犯罪者の名である。
 ダンゾウに限って言えば、大蛇丸とある程度の繋がりがあり、彼の者が暗躍しているのは承知しているが、この少女が何処まで勘付いているのか、新たな疑問が生じる。

「……ほう。黒い噂が絶えぬ新興の里だとは思っていたが、彼奴めの弟子の名が出るとは納得出来る話よ。その情報の出所は?」
「私の優秀な〝草〟から、ですよ。それでお願いがあるんですけど――」

 ルイは年不相応に艶やかな微笑みを浮かべる。それはまるで、哀れな獲物を罠に嵌めようとする女蜘蛛が如き恐ろしき貌だった――。




「幻術、変化、二階」
「……身も蓋も無いな。もう通っていいぞ。てかさっさと行きやがれ」

 やぐされる下忍に変化した中忍達を尻目に、ルイ達三人は中忍試験の第一関門を意気揚々と突破する。

「もう中忍試験かぁ。緊張するねー」
「最初のは寝ているだけで合格するから気楽だろ。……ん、ユウナ、どうした?」

 ルイの右肩に子犬バージョンの六尾渾沌が抱きついている事以外は普段と変わりなく、三人は雑談しながら渡り廊下を歩いていた。目の前に、白眼を持つ同年代の下忍を目視するまでは。

「――久方振りですね。よもやその不出来な面を今一度見る羽目になるとは思わなんだ。精神的に未熟な君にはまだ中忍試験は早いのではないかい?」
「うちはの倅に劣る分際で随分な言い様ですね、宗家。貴方こそ中忍試験に挑むには実力的に早過ぎるのでは? 今の内に棄権した方が身の為ですよ」

 ユウナと白眼持ちの下忍、日向ネジは互いに眼の周囲の毛細血管を浮かび上がらせ、険悪の域を疾うに通り越して、猛烈な殺意を存分にぶつけ合った。
 ルイは驚きを隠せず両者を見比べるように見合い、ヤクモはまたかと呆れた表情で溜息を付いた。

「分家になると日向の尊い血も薄まるのかな。その白眼は節穴かい?」
「宗家になると日向の愚かな血も良く馴染むものですね。貴方の敗北する姿がこの白眼に見えますよ」

 ユウナとネジは一歩も引かず、殺人的な憎悪を籠めて睨み合いながら対峙する。
 構えこそしてないものの、戦場を連想させるような殺伐とした空気が展開される。
 一体どうやったら此処まで仲が破滅的になるのか、事情を知らぬ余人からは想像だに出来ないだろう。

「……うわぁ、物凄く険悪だね。普段のユウナからは考えられないわ」
「ああ、見るの初めてか。この二人は遭う度にこれだぜ?」

 居心地悪そうにルイや小声でヤクモに話し掛け、ヤクモは半目になりながらやる気無く受け答える。
 こうなれば普段は人一倍冷静な二人は、白眼を持ちながら周囲が見えぬほど短絡的になる。触らぬ神に祟り無しである。

「試験が楽しみですよ。精々背後には注意して下さいね」
「ご心配無く、我が白眼に死角は御座いません。不埒な輩が襲来しても容赦無く仕留めて見せましょうぞ」

 互いに最後まで白眼の発動を止めず、一片の油断も隙も無く別れる。
 願わくは二人が直接対決する機会が訪れぬよう祈るばかりだが、そうなったらそうなったで面白くはあると思うルイとヤクモの二人だった。




「今年の新人下忍十二名、全員受験とはな。めんどくせー」
「お前、めんどくさがってばかりだってばよ!」

 他の里の忍で混雑する中忍試験場にて、即座に突っかかるナルトに内心溜息を吐きながらシカマルは気怠げに目を細めた。
 ――第七班、うずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラ。
 アカデミーの主席と最下位が一緒になった両極端の班構成である。

「サスケくーん、久しぶりー。逢いたかったわぁ~」
「サスケ君から離れぇー! このいのぶた!」

 いのがサスケの背後から抱きかかり、反射的にサクラが怒鳴る。アカデミーで見慣れた光景に良くも飽きずにやるものだと、シカマルは更にやる気を下げる。
 ナルトとサクラはともかく、同期の中で際立って優秀なサスケだけは油断出来ないが、チーム戦なら何とかなるだろうとシカマルは考える。個々の戦闘力だけが忍の真価では無い。

「へっ、テメェ等も相変わらずだな。随分と余裕じゃねぇか、えぇサスケ君よぉ」
「フン……お前こそ偉く余裕だな、キバ」

 忍犬の赤丸を頭に乗っけて、キバは挑発するように挑戦的な笑みをにたにたと浮かべる。だが、未だにいのが背中に纏わりついているのでサスケの方も格好が付いていない。

「もうアカデミーの頃と同じじゃねぇんだよ。この試験でそこんところを証明してやるぜ!」
「うっせぇーてばよ! サスケならともかくオレがお前らなんかに負けるかっ!」

 此奴等は何故こんなに熱くなれるのか、シカマルは面倒過ぎて理解すらしたくなかった。
 ――第八班、犬塚キバ、日向ヒナタ、油女シノ。
 索敵・探査に特化した班構成でありながら個々の戦闘力も高く、チーム対抗戦なら当たりたくない部類の班である。

「ご……ごめん、ナルト君。そんなつもりでキバ君も言ったんじゃ……」

 か細い声でヒナタは囀る。気弱な彼女にしては頑張った方だろう。
 猪突猛進のキバに若干臆病のヒナタなど付け入る隙はあるが、冷静沈着で底知れぬシノの御陰で容易には崩せないだろう。

「元気だなぁ、お前ら。少しは緊張とかしようぜ」
「お前は相変わらず侍みたいな格好だってば! 全然忍者らしくないってばよ、ヤクモ」

 アカデミー時代と変わらず侍じみた出で立ちでヤクモは飄々とナルトの言を受け流す。
 ――第九班、うちはルイ、日向ユウナ、黒羽ヤクモ。
 七班と同じく、二位と最下位一歩手前と中間が一緒になった両極端な班構成だが、この班が一番厄介だとシカマルは常々思う。

「忍者らしく無いか。同じ班員としてはどう思う? サスケ」
「フン、聞くまでも無いだろ。ユウナ」

 ナルトを見ながらユウナはわざとらしくサスケに尋ね、サスケも当然の如く切って捨てる。
 話題の種にされたナルトは疑問符を浮かべ、ユウナとサスケはそっちのけで鋭い視線を交差させ、熾烈な火花を散らせている。
 アカデミーの頃から互いに敵視していたな、とシカマルはその様子を観察する。

「皆、白熱しているねー。私は緊張しぱなしだよ」

 その真の原因たるルイは赤丸ぐらいの大きさの黒犬を右肩に、何食わぬ顔で笑ってたりする。
 サクラといのの激しい視線が先程から突き刺さっているが、当人に動じる様子は欠片も見当たらない。
 剣術がずば抜けたヤクモに、同期の中で唯一人、サスケに匹敵した柔拳の使い手のユウナ、それを率いるは殆どの分野で平均以下の成績しか残せていないルイであるが、彼女の悪魔めいた頭脳はシカマルにしても理解し難いものだった。

「ルイちゃん、オレなんてワクワクしてるってばよ!」
「テメェは身の程知らずなだけだろ、ウスラトンカチ」
「なんだとぉ!?」

 ナルトとサスケの内輪揉めに発展し、横でルイは苦笑する。
 うちはルイが自身の能力を隠して猫を被り、無力な小娘を振舞っているのは、アカデミーの頃から薄々感じていた。
 何故そんな面倒な生き方をするのか、楽な生き方をモットーとするシカマルには理解出来なかったが、そんな少女の懐を探るべく将棋で勝負する機会があった。
 途中まで良い勝負になり、戦略を練る際に熟考するシカマルの癖まで引っ張り出されたが、結果はその直後に惨敗。在ろう事か二歩の反則負けだった。
 腑に落ちず、何度か挑んだが、結局勝てなかった。盤上の中で千の戦略を練るシカマルは、ルイが打ち出す盤上の外からの一手に敗れたのだった。
 ――つまりはイカサマだった。あの澄ました少女は何ら躊躇無く迷い無く、勝利の為にあらゆる手段を使う。禁じ手など端から存在しないのだ。
 将棋の中ならばイカサマを見破れば勝利であるが、現実の戦闘ではどうだろうか。手段に貴賤はあれども制限する額縁は何処にも無い。だからこそ一番恐ろしい。

「……はぁ、何でこいつらこんなに元気なのかねぇ」

 ――第十班、奈良シカマル、山中いの、秋道チョウジ。
 戦闘力に関してはどの班より劣るが、潜入と諜報活動に関してはどの班より優れている。だが、果たして中忍試験では通用するのか、シカマルは不安を抱かざるを得なかった。






[3089] 巻の14
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:23




「まぁ、しかし、部下達がいないと暇になるねぇ」

 上忍専用の溜まり場所にて、はたけカカシは他の新人担当の上忍、猿飛アスマと夕日紅と共に一服していた。
 尤も、実際に一服しているのはタバコを吸うアスマだけであり、カカシも横脇に茶飲を常備しているものの、一向に口布を外す気配は無かった。
 カカシは波の国での実質Aランクの任務を回想し、新人下忍を担当しながら良く無事だったものだと感慨深く思う。
 これからも平穏な日々が続けば――などと平和惚けした思考をした時、それは気配無く突如やってきた。

「そうかそうか、カカシ君。君はとても危険で生命が百個あっても足りない任務を御所望なのだな」
「……いや、カイエ君? 別にそんな事は一言も――」
「其処から先は言うな、皆まで言わずとも解るとも! そういう常に未知なる出来事に挑み続ける君の為にちゃんと用意してきたぞ。勿論、アスマと紅も一緒な」

 今期の新人下忍を担当する最後の上忍である青桐カイエは、捲くし立てるようにカカシの拒絶を無情に遮る。
 彼はカカシと同じ暗部出身の上忍で腕は確かなのだが、人の話を聞かず悪い意味で独走する癖がある。
 こうなった彼を止められるのはノリ突っ込みで殴り飛ばすガイくらいだろうが、残念ながら今此処にはいない。

「ちょ、何を勝手に……!」
「紅、諦めろ。カイエはこういう奴だ」

 アスマは疲れた表情でタバコを消し、カイエの暴走を初めて見た紅は驚きを隠せずにいた。

「ほらよっ、さっさと読め」

 カイエは懐から巻物を三つ取り出し、三人に手渡す。
 気怠げに読み始めた彼等だが、内容を一目見た瞬間に怠惰感など吹き飛んで最大限の危機感を抱いた。
 余りの突拍子の無さに三人は鬼気迫る表情でカイエを見返すが、其処に先程のふざけていた彼は何処にもおらず、能面の如く無表情になった一人の忍が立っていた。

「一読したら燃やせ。それと覚悟を決めろよ、こんな大物取りなんて後にも先にもこれっきりにしたい」


 巻の14 第一試験を素通りし、第二試験を駆け抜けるの事


「やはり、ルイに会うと調子狂うな」
「……キバ、またか?」

 犬塚キバの懐に潜り込んだ赤丸を覗き込みながら、油女シノは物静かに尋ねる。
 アカデミー時代から赤丸はうちはルイの近くに来ると何故だか妙に脅え出す。
 うずまきナルトと同じぐらいの落第生である彼女の一体何に恐れているのか、キバさえ把握出来ずにいた。

(――うちはルイ。あれは侮れない)

 それと同様に、シノもルイと対峙すると体の中の寄壊蟲が異様に騒がしくなる。事実、シノはうちはサスケ以上に得体の知れぬルイを警戒していた。

「ああ。だが、今回はルイじゃなく、あの黒い犬が原因っぽいな」

 それに対してはシノも同意見であり、無言で頷く。
 あの黒犬は一見して赤丸と同じぐらいの大きさの犬だが、魔獣特有の猛々しいチャクラを漲らせている。だがその反面、底無しの闇を孕んだ紅瞳は身震いがするほど無機質で、恐ろしいほど感情の色が無かった。

「え? コンちゃん、が……?」

 十班の中で一人だけ、素のルイの性格と実情を知っているヒナタは二人の評価に疑問符を弱々しく浮かべる。

「ヒナタ知っているのかよ! そいやルイと一緒だったな」
「え、えと……ちょっと前、演習中に拾ってきたみたい。赤丸と違って、忍犬じゃないけど……」

 ヒナタの知る――本来の飼い主である如月ナギサが呼称する――コンちゃんは、自分の尾を噛みながら独楽のように回る、ちょっと変わった可愛い犬であり、キバとシノの印象とは多大に食い違っていた。

「何れにしろ注意が必要だ。何故ならば、彼女は無駄な事を絶対にしない」
「あぁん? 何リーダーっぽく纏めてやがるんだよ!」

 一人悠然とルイを観察するシノ、横で怒りの形相を浮かべるキバ、その中心でおどおどと困惑するヒナタ。この三人はある意味、七班のナルト達よりバラバラだった。




「おい、君達。もう少し静かにした方が良いな。可愛い顔してキャッキャと騒いで……全く、此処は遠足じゃないんだよ」

 音隠れのスパイであり、受験生の一人である薬師カブトは、新人達の情報収集も兼ねて楽しく騒ぐ十二人の下に訪れた。

「誰よ~~、アンタ。偉そうに!」

 うちはサスケに纏わり付くくノ一、山中いのは大層嫌そうな表情を作る。
 この身の程知らずの言動こそ年相応だな、とカブトはうちはルイの逸脱具合を改めて実感する。

「ボクは薬師カブト。それより辺り見てみな」
「辺り?」

 春野サクラを始め、周囲を見回して新人達が青褪める中、カブトは気づかれぬようにうちはルイを観察する。
 他の里の忍の険悪な視線を意識して驚き脅える様は実情を知るカブトでさえ騙されそうなぐらい自然な仕草だった。
 本来の彼女なら「有象無象の塵芥め」と鼻で一笑する事だろう。

「君達の後ろにいるのは雨隠れの奴等だ。まあ彼等だけじゃない、試験前で皆ピリピリしている。どつかれる前に注意しとこうと思ってね」
「これは御親切にありがとう御座います、カブトさん」

 その貞淑なまでに爽やかな笑顔を浮かべるルイの身振りにカブトは違和感を覚えずにはいられない。普段見せる邪悪な笑顔との落差に鳥肌が立ちそうだと内心焦る。
 だが、此処まで完璧に演じているのだから、自分も張り合ってみようとカブトは悟られぬように自身を奮い立たせる。奇妙な部分で対抗心を燃やしていた。

「ま、右も左も解らない新人さん達だし、舞い上がるのも仕方ないな。昔の自分を思い出すよ」
「……それじゃカブトさんは――」
「カブトさんは中忍試験に詳しいようで。良ければ私達新人に御教授して貰えないでしょうか?」

 割と失礼な事を言おうとしたサクラの発言を絶妙なタイミングで遮り、ルイは多大な期待感を瞳に輝かせてお願いする。……後ろで睨むサクラなど何処吹く風だ。
 こうしていれば一本の三つ編みおさげが可愛らしい少女なのだが、とカブトは一瞬血迷い、とりあえずは乗る事にする。

「可愛い後輩の頼みとなれば断る訳にはいかないな。それじゃちょっとだけ情報をあげよう。この忍識札でね」
「忍識札?」
「簡単に言えば情報をチャクラで記号化して焼き付けてある札さ」

 カブトは新人達に己が諜報活動の集大成を得意気にお披露目する。

「これは今回の中忍試験の総受験者数と総参加国、そしてそれぞれの隠れ里の受験者数を個別に表示したものさ。個人情報も完璧とまではいかないが、焼き付けて保存してある。気になる奴がいるのなら検索してあげよう」

 最初に喰らい付いたのはうちはサスケだった。

「砂隠れの我愛羅、それに木ノ葉のロック・リーって奴を頼む」
「何だ、名前まで解っているのか。それなら早い」

 手早く二人の札を渡し、丁寧に解説していると後ろからルイが忍び寄り、他の誰かに聞こえぬよう小声で話しかけてきた。

「私のをお願いします」
「……文句は受け付けないよ。それと一つ作るのも手間だから間違っても間違わなくても燃やしたり破いたりしないでくれ」
「……まさか、そんな魂胆は欠片もありませんよ? あはは」

 白々しく言い逃れするルイに溜息付きつつ、二つの札を背後を見ずに手渡す。一つは猫被り状態の札、もう一つは彼の主に渡す予定の札である。
 カブトの評価では、普段のルイは血継限界である写輪眼にも目覚めず、忍術幻術体術忍具においても平均的以下の能力である。
 が、本領を発揮すれば体術はサスケより若干劣るものの、忍術と幻術は既に下忍の域には収まらず、血継限界に関して未知数である。ぶっちゃけ下忍の枠組みで彼女を計るなど無意味な話だ。

(どんな顔しているのか、見たいところだが――説明を中断させると怪しまれるか。残念)




 試験の趣旨がカンニング公認の情報収集戦とは言え、実際に何もしなくても合格出来る事を存知なのはカンニング扱いになるのだろうか、私ことうちはルイは内心に疑問符を浮かべる。
 ともあれ、今すべき事は無意味なカンニング行為では無く、余計な転生人が紛れ込んでいるか否かの情報収集である。そのような不確定要素が二次試験で何を仕出かすか、考えるだけで頭が痛い。
 ……答案に何も書かずに昼寝でもしている、など解り易いサインを出していれば僥倖なのだが。
 次の二次試験、外堀は出来る限り埋めたが、運頼みの要素が未だに強い。
 あらゆる状況を想定して策を練った。予期せぬ事故、想像の斜め上の事態が突発的に起こる事も織り込んで、だ。
 試験中、私は十二年の短き生涯で最大最悪の敵になるであろう、大蛇丸に対して敵意をふつふつと燃やす。
 奴と私は本質的に同じ、正義とは相容れぬ悪だ。悪はより強大な悪によって淘汰される。一体何方が消え去る出来損ないの紛い物か、次の試験で雌雄を決してくれる――。




「第二の試験会場、第四十四演習場。――別名『死の森』よ!」

 最速で中央の塔まで行く道程を繰り返して思考する内に第一試験が終了し、試験官のみたらしアンコに率いられて第二試験場へ移動となる。
 第四十四演習場、通称死の森とやらは巨大過ぎる樹木が立ち塞がり、奥の方は窺えないほど暗く、薄気味が悪い。未開の樹海という表現がぴったりな場所である。

「ふふん、此処が『死の森』と呼ばれる所以はすぐ実感する事になるわ」
「へっ、そんな脅しても全然へーき! 怖くないってばよ!」

 空気を読まずに張り切って啖呵を切るナルトを見て、感心と同時に呆れを抱く。
 此処が私の中忍試験にとって正念場になるだろう。今は主人公に気を割く余裕など欠片も無い。

「そう。君は元気が良いのね」

 アンコはニコニコと笑顔を浮かべた直後、常人の眼には止まらぬ動作でクナイを放ち、ナルトの背後に回る。
 普通、試験官は受験者に攻撃しないだろう。常識的に考えて。

「――でも、アンタみたいな子が真っ先に死ぬのよねぇ。私の好きな赤い血ぶち撒いてね」

 一閃した頬の傷から流れるナルトの血を、アンコは舌で美味しそうに舐める。
 そういえばコイツはオカマの弟子だったから、変態嗜好が似ているのも仕方あるまい。良く木ノ葉に残ったものだ。
 内心、緊張感を高め、仕掛け時を今か今かと待ち侘びる。その時は直後に到来する。

「――クナイ、お返ししますわ」
「わざわざありがと」

 アンコの背後に忍び寄った舌が蛇並に長い草隠れの忍――面倒だから大蛇丸でいいや――は強烈な殺気を撒き散らしながら対峙する。
 その隙に懐かしの諜報忍術、獅子身中の虫を大蛇丸(草隠れに擬態)の腰帯に仕込む。これで大蛇丸の位置を常に把握出来るようになり、第一条件がクリアされた。

「でもね、殺気を籠めて私の後ろに立たないで。早死にしたくなければね」
「いえね、赤い血を見るとついウズいちゃう性質でして。それに私の大切な髪を切られたんで興奮しちゃってねぇ……」

 師弟なんだからその程度の擬態に気づかないものなのか、というより、あんな舌が人外な忍なんて大蛇丸ぐらいしかいないだろうに。無駄な考察をする余力は無いので打ち切る。

(――仕込みは完了、後は神頼みかぁ……)

 真っ先に私達の元に来られたら次善策を使わざるを得ないが、そうならないように祈るしかない。




「都合良く天の書じゃん」

 第二試験が開始して五十分前後。砂隠れの忍である我愛羅達は雨隠れの忍達を容赦無く葬り、運良く対の巻物を手にしようとした。
 だが、地に転がり落ちた天の書はカンクロウが拾う前に、気配無く飛来してきた黒い泥に攫われ、別の者の手に納まる。

「ナイス、コンちゃん」

 遥か遠方にいたのは先程から覗き見ていた忍達――犬塚キバ、日向ヒナタ、油女シノ――ではなく、うちはルイが率いる第九班の面々だった。

「な、テメェ返しやがれッ!」

 ルイ達三人はカンクロウの制止の声に耳も貸さず、地面に煙玉をぶち撒けて撤退する。
 撤退の間際、ユウナはヒナタ達のいる方向に視線を送り、「さっさと逃げろ」と無言で訴える。これにより硬直していた十班の者達は正常な思考を取り戻し、混乱に乗じて消える。
 だが、この程度の逃走劇を見逃すほど我愛羅は甘くない。――追撃出来なかったのは、単に凶悪な置き土産を一つ残していたからだ。

「それじゃ私達は御暇させて貰うね~。まあ次の機会は無いけど」

 視界を塞ぐ煙を突き抜け、粘液じみた黒い泥は我愛羅を目掛けて一直線に疾走する。
 先程の千本より疎かな攻撃は本人が意識する必要も無く、瓢箪の中の砂によって自動的に防御された。――その直後、この黒い泥が防御してはならぬ類の攻撃である事を我愛羅は間近で体感する事になる。

「――!」

 渇いた砂は水を吸うように黒い泥に浸蝕され、刻一刻、砂の支配権を奪っていく。
 今まで一度も体験した事の無い異端の性質に我愛羅は驚きを抱くも、一瞬にして浸蝕された箇所を切り離し、後方に退く。
 黒い泥もまた、飛び退いた我愛羅を追うように伸びる。このタイミングで自動防御の砂は間に合うだろうが、完全な回避は非常に困難だった。

(――まずい。あの黒泥は防御してはならない。我愛羅の絶対防御とは最悪の相性だッ!)

 逸早くこの異常事態を理解したテマリは背中に背負う巨大な扇子を力一杯煽ぎ、カマイタチの術で黒い泥を切り裂きながら彼方に吹き飛ばす。

「な――ッ!?」

 されど複数に分散した黒い泥は一斉に反転し、やはり我愛羅だけを目指して飛翔する。

「チィ!」

 対人用の傀儡人形のカラスでは分が悪い、そう判断したカンクロウは両の手の十指からチャクラの糸を飛ばして黒い泥を直接操ろうとした。
 だが、黒い泥に突き刺さった直後にチャクラの糸が吸い取られるように消えた。

(チャクラを吸収した!? やばいじゃん、ただでさえ触れたらまずいっぽいのに――!)

 カンクロウの健闘虚しくも、テマリの咄嗟の判断が僅かながら時間を作り、我愛羅の反撃の準備が整った。
 土中から砂を大量に作り出した我愛羅は分散した黒い泥を砂で全て受け止め、浸蝕されるより疾く幾重に砂で内包していき、一つに纏め、右掌を強く握る。

「……わぁお、流石ね」

 砂瀑送葬――砂で捕らえた対象を殺人的な圧力で握り潰す特異な術であり、それだけでは飽き足らず、我愛羅は地中を砂に変え、黒い泥を閉じ込めた砂を地下深くに埋葬する。

「あ、危なかったじゃん。一体何だったんだありゃ?」
「さぁな。水遁だか土遁かも解りゃしないわ」

 カンクロウとテマリは冷や汗を拭いながら安堵の息を零す。
 慢心していた訳ではないが、彼等が思っている以上に木ノ葉の忍は厄介だと教訓付ける。
 ともあれ折角手に入れた巻物を奪われてしまったのだから、また一からやり直しだと落胆した直後、それは音を立てて文字通り突き抜けた。

「――!?」

 我愛羅が反射的に飛び退けたのは二人と違って油断出来なかったからである。
 圧縮に圧縮を重ねた砂の殻を突き破り、地から飛び出たのは木の枝の如く尖った黒い泥だった。絶えず流動せず、針状に固体化した黒泥は全周囲から我愛羅に襲い掛かる。

「我愛羅ッ!」

 先程の仕込み千本とは比べ物にならぬ黒泥の串刺しは、着弾した傍から自動防御の砂を容赦無く浸蝕して蹂躙し、遂には絶対的な砂の防壁をも突き破る。
 ――首筋に迫った死神の鎌を、我愛羅は生まれて初めて実感する。既に砂の鎧で身体を覆っているが、砂の盾以下の防御力であるが故に数秒も持つまい。
 完全に手詰まりの中、黒い針は我愛羅に着弾するギリギリの処でぴたりと停止し、跡形も無く霧散した。
 ――彼等には知り得ぬ事だが、本体が混沌の有効射程距離から過ぎた為、術が打ち切られたのである。

「……」

 黒い泥に浸蝕された砂の命令権が元通りになる。我愛羅は無言で砂を瓢箪に戻し、ぎりっと歯軋り音を鳴らす。
 敵の攻撃に脅威を覚えたのは、我愛羅にしても初めての経験だった。




 非常に珍しく運に恵まれた。
 二次試験開始直後、大蛇丸は一直線にサスケを目指し、私達も一直線で遭遇した我愛羅達から巻物を強奪した。それから他の忍達と遭遇する事無く、僅か九十分余りで中央の塔に到着したのだった。
 サスケの犠牲は大前提だったので、黙祷ぐらい捧げてやろう。まあ死んではいないけど。

「無事、辿り着いたぜー!」
「やれやれ、我愛羅達を相手にした時はどうなるかと思ったぞ」

 全力疾走し続けたヤクモは疲れなど無いようにガッツポーズをし、常に白眼で遠方を透視していたユウナは息切れしながら目を瞑って安堵する。

「どうにか逃げ切れたみたい。これでアイツと遭わずに――」


「――あら、誰の事かしら?」


 背後から聞きたくない声が聞こえる。後、覚悟せざるを得ないほどの禍々しい死の気配が部屋中に充満する。
 そうだよね、私の運なんてそんなもんだよね。上手く行き過ぎて内心何処に穴があるか疑っていたところだ。私達は顔を引き攣らせながら一斉に、恐る恐る振り向く。

「巣穴に逃げ込んだぐらいで安心しちゃ駄目でしょ。獲物に過ぎない貴方達は――」

 其処には予想通り、顔の表皮が焼け爛れた大蛇丸がおり、異常に長い舌で己が唇を気色悪く舐め回していた――。







[3089] 巻の15
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:37


 巻の15 世紀の決戦幕開き、大蛇丸戯れるの事


「それにしても驚いたわぁ、僅か九十分足らずでこの試験を突破するなんて。流石はうちはの名を受け継ぐだけはあるわねぇ」

 サスケ達に浴びせた程度の殺気をぶつけながら、大蛇丸は爛れた顔皮を剥ぎ取り、本来の顔で値踏みするようにうちはルイを眺める。
 三人――勿論、大蛇丸はルイ以外見てないが――は多少脅えたような仕草を見せるが、一瞬足りても眼を背かない。
 そんな無様な隙を見せれば、一瞬にして死ねる事を理解しているだろう。幾らかは修羅場を潜り抜けているのだろうと判断した時、ルイは懐から巻物を取り出す。
 右肩に乗っかっていた黒犬は地面に降りる。

「今更巻物を出して命乞いなんて――?」

 戦わずに諦め、無条件で降伏しようとするルイに若干失望した大蛇丸だが、取り出した巻物は天地合わせて三つ、ヤクモとユウナも同じ数を手に取っていた。
 三人は一切戸惑わずに巻物を開封し、口寄せの術式が書かれた天地の書から煙が発生する。巻物の合計は九つ、呼び寄せられた影も九つだった。

「其処までだ、大蛇丸」
「これ以上、貴様の好き勝手にはさせんぞ!」

 既に左眼の写輪眼を解放しているはたけカカシとマイト・ガイが威勢を上げる。

「ったく、へヴィな任務だぜ」
「愚痴る暇は無いわ」

 咥えタバコを吹き捨て、猿飛アスマは愛用のアイアンナックルを構える。
 少し後方で夕日紅は隙を窺い、青桐カイエは己が教え子の前に立ち、無言で後退を指示する。
 残りの四人は暗部の仮面を被った者達であり、即座に大蛇丸の背後に回り込み、完全に包囲する。
 大蛇丸は感心したように笑い、ルイの眼を射抜く。蛇に睨まれた蛙のように怯みながらも、彼女もまた気丈に睨み返す。

「――道理であのイタチが殺し損ねる訳だねぇ。即興でこうは行くまい」
「貴方の右腕は私の右腕、かもしれないね」

 暗に薬師カブトがスパイであると示唆され、それぐらいの情報漏洩が無ければ在り得ない状況だと大蛇丸は至極当然の如く納得する。

「クク、アハ、ハハハハハハハハハ! なるほどなるほど、こんなに愉しいのは久方振りだわ」
「何が可笑しい!」
「――そりゃ可笑しいとも。命知らずが雁首揃えて私の前に立ち塞がったのだから、此処で木ノ葉の主力を潰すのもまた一興だわぁ」

 狂ったように哄笑する大蛇丸に、飲まれないと怒鳴ったアスマは逆に尻込みする。
 あの爬虫類が如く異質な眼を見るだけで体の身震いと悪寒が止まらない。一体如何なるほどの実力差があるのか、アスマは対峙した今この時も計り切れずにいた。

「幾らあんたがあの三忍の一人でも、この人数を前に生きて帰れると思うな!」
「相変わらずズレているねぇ、カカシ君。――この程度の人数でこの私を殺せるとでも?」

 純然なる殺意が大蛇丸から放たれ、対峙した全ての者達に殺人的な重圧を与える。
 己が死を強制的に幻視させる最恐の威圧感を前に、絶望して戦意喪失し、心が折れそうになる刹那、その悪しき空気を引き裂かんと一人の上忍が真正面から先行した。

「カイエ!?」

 霞むような超速度で一直線に右掌を突き出すカイエに、大蛇丸は口から吹く息を規格外のチャクラで増幅し、向かう速度以上の風圧で吹き飛ばす。

「ぐあおおおおおおおおおおぉぉ!?」

 これは青桐カイエにも使える忍術――風遁・大突破だが、規模が桁違いだった。
 後方にいた上忍及び下忍達をも吹っ飛ばす超絶的な暴風、その威力を間近で直撃したカイエの五体は無事では済まない。

(早速一人、木ノ葉の上忍の質も落ちたものね)

 大蛇丸が嘲笑った時、体中の骨が砕かれたであろうカイエの体が千の鴉に別れて、所狭しと羽搏くそれは大蛇丸の視界を遮る。

(幻術、別の者の仕業みたいね――)

 大蛇丸は視界に惑わされず、前方から飛来したクナイの霰を勘のみで悉く躱して二つだけ掴み取り、後方から飛来したクナイと手裏剣の嵐を悉く弾き飛ばす。
 ――下忍では目視さえ出来ない神業じみた攻防なれど、大蛇丸の邪な笑みを崩す事さえ出来ていない。
 間髪入れず、暗部の二人が左右から同時に斬り込む。
 それより疾く、大蛇丸の両腕から複数の蛇が口寄せされる。蛇は驚くほど俊敏な動きで腕に体に首に足に絡み付いて拘束し、反応する事すら儘ならずに二人の仮面の額にクナイが穿ち貫かれる。
 赤い鮮血と嗅覚を満たす麗しき香りに大蛇丸は愉悦を覚え、二人が壊れた人形のように倒れる。

「ちぇええええええい!」

 幻術の鴉がほぼ完全に消え失せた中、暗部二人の屍を乗り越えて、今度はガイが仕掛けた。
 脅威の速度で繰り出される強烈な後ろ回し蹴り、木ノ葉剛力旋風が大蛇丸の顔面に直撃したが、吹き飛ぶ最中に大蛇丸の異常に長い舌がガイの首に巻き付き――人外じみた力で宙に放り投げた。

「なぁっ!?」

 空中で身動き出来無いガイの元に、大蛇丸の口から飛び出した蛇、その口から更に飛び出した草薙の剣が串刺しにせんと飛翔する。

「ぬおおおおお!」

 悪夢めいた速度で己の胴体を目指す草薙の剣を、ガイは全身全霊をもって真剣白羽取りする。が、一度はぴたりと静止した草薙の剣は尚も切迫し続けて止まらない。

(ふふ。普通の刀ならその行動は正しかったのだけど、これで終わりね)

 大蛇丸の二指によって制御された草薙の剣は再び穿ち貫かんと、空中で必死に押さえ込むガイと鬩ぎ合う。――と、当初に見失った一つの気配を大蛇丸は敏感に察知する。
 背後から忍び寄ったカイエはガイに勝るとも劣らない神速の掌底を繰り出す。

(――ふむ、只の突きでは無いようね)

 肉体改造を余念無く施し、人間の領域を超えている大蛇丸だが、その何ら変哲も無い攻撃に最大の脅威を感じ取る。
 態々受けず、紙一重ではなく大雑把に躱す。
 それと同時に大蛇丸は再び潜影蛇手を放ち、カイエの全身を絡め取ろうとするが、身動きを拘束されるより疾くカイエの痛烈な蹴りが繰り出される。
 所詮は苦し紛れの一撃、防御の腕は余裕綽々に間に合うが、カイエの蹴りの直前の空間が渦巻き、チャクラが不完全な球体状に収束する工程を大蛇丸は間近で垣間見る。

「――!」

 チャクラで形成された球体は大蛇丸に受け止められた瞬間、弾けて彼の右腕をズタズタに引き裂いた。驚いた貌を浮かべるものの、苦痛に歪む様子は欠片も無かった。

(まさか最もチャクラ調節の困難な足の部位で螺旋丸もどきとは。先程の掌底を喰らえば抉られていたわね。四代目や自来也の他に使える者がいるとはねぇ)

 複数の蛇に巻き付かれ、倒れ崩れるカイエに引導を渡そうとするが、一閃したチャクラの刃に阻まれ、大蛇丸は後退を余儀無くされる。
 大蛇丸は蛇の如く身のこなしで下がり、駆けつけたアスマはカイエに纏わり付く蛇だけを器用に斬り捨てる。

「ああ、気色悪っ! 鳥肌が粟立つわ!」

 言うに事欠いてそれかよ、とアスマは内心突っ込む。
 包囲網を簡単に突破した大蛇丸の元に、酷く血塗れた草薙の剣が舞い戻る。刀身に滴る鮮血を嘗め回しながら、彼は地面に倒れ伏すガイを嘲笑った。

(……腕一本が御釈迦になったぐらいじゃ、術を止めたりはしなかったか……!)

 言葉上の意味では解っていたが、実際に対峙してこれほどまでに格が違うとは思わなかったとアスマは眉間を顰める。
 他の五人の心境も同様であり、焦燥と絶望が色を隠せない。
 写輪眼と雷切を持つ自分ならば刺し違える事ぐらいは可能と、カカシは事前に分析していたが、それがどれだけ的外れた勘違いなのかを先程の攻防で思い知る。

「これで三人――思った以上に早く終わりそうね」

 大蛇丸は引き裂かれて血塗れた右腕の奇怪な刺青の中心に自身の血を塗り付ける。

「――まずい、散開しろ!」

 地に掌を当て、呼び寄せられたのは人間など蟻粒に見えるほど巨大な蟒蛇だった。
 その蟒蛇は巨体に似合わぬ俊敏な動作で尾を振り回し、地を盛大に炸裂させる。
 カカシの警告も虚しく、大蛇丸の口寄せ動物に関する予備知識が無かった紅と、身体を思うように動かせなかったカイエが逃げ遅れる。

「な――!?」
「のあああああ!?」

 破砕した地割れに巻き込まれた紅をアスマが、蛇の尾撃の余波で吹っ飛んだカイエを暗部の一人が救出する。
 紅の方は破片が頭部に激突したのか、血を流して気を失っている。身体の方の負傷も軽微で無く、意識を取り戻しても戦線復帰は無理だろう。一方、カイエは――。

「チィ、こんなところでデカいの口寄せするんじゃねぇ! 直す側の立場を考えやがれコンチクショウ!」
「いや、少なくとも直すのは貴方じゃないでしょ。カイエ先輩」

 怒鳴り散らすカイエを助けた暗部の忍は素早く印を結む。
 地が更に割れ、幾多の樹木が驚異的な速度で成長し、蟒蛇の体を刺し穿ちながら拘束する。その間々絞め殺さんと樹木の張力は毎秒強くなっていく。
 これこそ初代火影のみが可能とした伝説の木遁忍術であり、それを今の世で可能とする唯一人の存在を大蛇丸は知っていた。

「ほう、いつぞやの実験体と相容れるとは因果なものねぇ」

 その仮面の下にはどれほどの激情を滾らせているのか、非常にそそられながら大蛇丸は苦しみ悶える蟒蛇を無情に乗り捨てる。
 次々と樹木が襲い掛かる。大蛇丸は草薙の剣で切り刻みながら、木遁忍術を操る暗部の忍を目指して直進する。
 大蛇丸は嬉々と剣を振るう。木遁の術だけではこの化け物は止められないと判断した彼は背中の忍刀を引き抜いて必殺の太刀を受け止める。

「テンゾウ!」

 ――火花散らして忍刀が両断され、彼もまた深々と切り裂かれる。恐るべきは人外の技の切れか、人智を逸脱した大業物の所業か。カイエにテンゾウと呼ばれた暗部の忍は最後の力を振り絞って後退する。
 それすら大蛇丸は許さず、二の太刀で首を斬り落とそうと横一文字の一閃を繰り出す。刃が在ろう事か迅速に伸び、テンゾウの首を掠めた直前で太刀が止まる。
 それどころか全身が動かない。唯一自由に動く眼が、己が影に別人の影が吸着している奇妙な光景を映す。その先には自身の影を伸ばす暗部の最後の一人が立っていた。

(――これは影縛りの術。暗部に奈良一族の者が紛れ込んでいたとはねぇ)

 その千載一遇の機会を待ち侘びていたカカシは莫大なチャクラを右掌に集中させ、最大限の肉体活性で突撃し、大蛇丸の心臓目掛けて右掌を突き出す――!
 雷切――千の術をコピーした木ノ葉の業師、はたけカカシのオリジナル忍術である。
 右掌に集中させた莫大なチャクラを雷に性質変化させた超高速の突きであり、幾多の強敵を葬った文字通りの必殺技である。だが――。

「――この私に血を流させた事は素直に褒めて上げるわ」

 大蛇丸の心臓部分を直前に超高速の突きはぴたりと停止する。膨大なチャクラは跡形無く霧散し、カカシは自由に動けぬ自身の身体を驚愕を浮かべた。

「な、何故……!?」
「私の血は特別性でねぇ、すぐに気化して即効性の麻痺を引き起こすのよ。貴方達は私に血を流させすぎたわ」

 その予兆はカイエが不完全な螺旋丸で大蛇丸の血をぶち撒けた時からあった。それ故に口寄せされた大蛇程度の攻撃を躱せなかったのである。

「……っ、この、化け物めぇ……!」

 もはや地に這い蹲る程度の動きしか出来なくなったカカシを見下ろしながら、大蛇丸は影の束縛を強引に打ち破る。

「な、馬鹿、な――」

 全てのチャクラが消耗され、チャクラ切れに麻痺も重なって、影縛りの術を使っていた暗部の者は傷一つ無くも戦闘不能になる。

「……チィ、オレもかよ……!」

 大蛇丸の返り血を浴びたカイエの近くにいたアスマも意識はあるものの、麻痺して動けずにいる。幾人かは虫の息だが、もはや大蛇丸に立ち塞がる者はいなくなった。

「其処で這い蹲って己が無力を存分に味わいなさい、すぐ殺してあげるわ――。さぁ、うちはルイ。貴女にとっておきのプレゼントを上げるわ。生き延びるかは十に一つの確率だけどねぇ」
「ひっ……!」

 遠くで棒立ちしていたルイ達三人に、大蛇丸はサスケ達と同じように金縛りの術で動きを完全に拘束する。
 極限まで脅え、涙が出る直前まで追い詰められたルイの必死な形相を嘗め回すように見て、大蛇丸は甘美なる愉悦を存分に味わう。

「いいわぁ、その表情。ぞくぞくしちゃう――食べちゃいたいぐらいだわ」

 獲物が食われる間際に見せる絶望の表情は、脳髄を痺れさせるほどの快楽を齎す。
 それをじっくり堪能した大蛇丸は草薙の剣を地に突き刺し、特殊な印を結んで首を自在に伸ばす。
 ――ルイの細い首元に噛み付き、サスケにも与えた天の呪印を刻み込む為に。

「いやあぁ――!」

 恐怖が限界を超えた瞬間、ルイの身体から煙が生じ――本来の姿に戻った。

「――!?」

 黒髪は同じなれども三つ編みおさげではなく、癖毛無いストレートの長髪であり、黒眼は真紅の眸に変わる。体付きも変わり、着ていた忍装束も一変する。
 ――同年代の少女なれど、うちはルイには似ても似つかわない少女、岩流ナギが其処にはいた。

(変化の術!? 一体いつから入れ替わって、本物のうちはルイは何処に――!?)

 恋焦がれて切望した物が全く異質な存在だった時、人はどれだけ驚愕し、絶望して打ちのめされるのだろうか。
 混乱に次ぐ混乱が次々に押し寄せ、大蛇丸の思考に致命的な空白が生じる。これこそ彼女が待ち侘びた唯一無二の機会だった。
 音も気配も無く発生した灼滅の黒炎は、大蛇丸を一切の容赦無く包み込んだ。

「ギィイヤアァァアアアアアアアアアアアァアアァァァ――!?」

 視界に入った対象を瞬時に焼き尽くす万華鏡写輪眼の瞳術〝天照〟を前に、人外の領域に踏み込んでいる大蛇丸と言えども数瞬でこの世にいた痕跡すら無くなるだろう。
 ――恐るべきは、術の構成と本質を理解する以前に、一瞬に満たぬ刹那で彼女の視界外に離脱した規格外の生存本能である。

「……仕留めたのか? ルイ」

 金縛りから解き放たれるも、極限の緊張感で精魂力尽きたユウナが問う。

「……いや、残念ながら逃げられたみたい。此処まで段取りを整えたのに、仕留め損なうとはね――」

 憎々しげに答えるは模様が揺らぐ写輪眼を浮かべた子犬状態の六尾渾沌であり、直後に変化が解かれて――一本の三つ編みおさげが揺れる、うちはルイの姿に戻った。

(これで木ノ葉崩しは避けられなくなった。やはり三代目火影をぶつけるべきだったか、いや、今此処で火影を失えば砂隠れと泥沼の戦争に発展し兼ねない。その選択肢は最初から無かったとは言え――)

 この死屍累々の散々たる現状を見渡し、ルイは歯軋りを鳴らす。
 そして地に突き刺さった間々の草薙の剣に眼をやり、恐る恐る近寄って引き抜く。
 写輪眼で色々な角度から念入りに見回し、柄部分の目釘を手馴れた仕草で外して分解する。本来銘が刻まれている茎部分には血で記された不気味な口寄せの印があり、ルイは無造作に印を掻き消す。
 ――これで、草薙の剣の一振りの所有権は大蛇丸では無くなった。大蛇退治でこの草薙の剣を入手するとは、何とも故事通りな展開だとルイは苦笑する。

「念願の草薙の剣を手に入れたぞぉー」
「そう、関係無いね」
「殺してでも奪い取る」
「譲ってくれ、頼む――って、ルイちゃんにユウナにヤクモー! そんな古いネタ言うより早く医療班を呼ばないとぉ~!」




「中忍試験中、ルイちゃんに入れ替わりぃ!?」
「おいおい、幾らなんでも無茶な話じゃねぇか?」

 ナギは声の調を一段と高めて驚き、ヤクモは苦言を呈する。
 数日前、大蛇丸の暗殺計画を煮詰めた私はナギ、ヤクモ、ユウナに計画の全貌を打ち明ける。

「そうせざるを得ない理由が三つあるわ。一つは二次試験に乱入してくる大蛇丸に監視の眼を仕込むつもりだけど、受験者の立場と両立する事は如何に私と言えども無理だわ。奴の動向を完全に掴む為に監視だけに専念したい」

 獅子身中の虫に変化した影分身と視界共有しながら二次試験を受けるなど、大蛇丸以前に受験者に殺され兼ねない。

「監視なんてユウナの白眼にさせればいいだろ」
「ヤクモ、何度も言うようだが、白眼は写輪眼と違って万能では無いよ。自分のでは精々四キロまでの遠視が限度だし、演習場は直径二十キロだ。とてもカバーしきれんよ」

 困った時の白眼頼みを念頭に上げるヤクモに、ユウナは眼を細めて首を振る。
 ユウナの白眼では此方が発見した頃には手遅れだ。最長でも四キロ程度の距離で大蛇丸の追跡から逃れる事は不可能だろう。

「そういう事。で、二つ目は途中で大蛇丸と遭遇した際、計画が破綻した時の保険よ。うちはルイが偽者だと知れば、呪印を刻まれる心配は無くなるわ。見逃すかどうかは微妙だけど」
「み、見逃してくれず、交戦した場合は……?」
「その時は私が大蛇丸に月読を限界まで行使し、逃げ出す隙を作るわ」

 まさか私を身代わりにするのでは、と本気で心配するナギを宥めるように断言する。流石の私も其処まで鬼畜で人でなしではない。

「七十二時間より先は未知の領域だけど、あの変態オカマなら耐え切るだろうから、意識を失った私を背負って演習場から脱出。この場合、塔に行く必要は無いから内でも外でも最短の道程を選んで逃走してね」

 こうなった場合は今年の中忍試験を諦めざるを得ない。

「この前の時もそうだったが、誰か背負って移動する機会が多いな。今の内に重い亀の甲羅でも背負って修行するか?」
「……そうだな。自分達には在り得ないぐらいその機会が巡ってくるから本気で検討したくなる」

 ヤクモとユウナは深刻そうな面構えで冗談を言い合う。
 お互いに今回が如何に危険な事態か、ちゃんと理解出来ている様子である。

「で、万が一、大蛇丸に追いつかれた場合は交戦せずに私を見捨てる事。こんなところで死ぬなんて在り得ないし、呪印一つで済むなら安いものだわ」

 ――勿論、月読を披露したのに大蛇丸が呪印一つだけで引き下がるかと問われれば否である。
 これこそ最悪の一歩前の事態だ。皆殺しにされた上で私の身柄が大蛇丸に攫われるよりは幾分マシな結末だが、攫われる事は変わらない。

「三つ目は計画通りに事が進んで塔で大蛇丸と交戦になった際、確実にトドメを刺す為の布石よ。私はコンに変化して同行するから」
「えぇ! で、でも、それはルール的にはアウトなのでは……?」
「そんなのは些細な問題よ。これはAランクの任務なんだから後の言い訳は幾らでも利くわ」

 既にダンゾウに話を通しているので、一切問題無い。
 反則だと中忍試験官如きが抗議しても暗部の極秘任務で全てが片付く。
 ヤクモとユウナは眸に強い決意の光が燈っており、大丈夫だろうと安心出来るが、問題はナギである。

「ナギ、これは影武者みたいな役割だから当然の如く危険を伴うわ。それ故に強制はしないけど――」
「ルイちゃん、其処から先は言う必要は無いよ」

 その言葉に私は驚く。今まで酷く弱気で流されやすかったナギからは考えられないほど強い意思がその真紅の眸に輝いていた。

「私は人柱力に生まれて後悔するほど酷い目に遭ったけど、皆の御陰で救われた。――だから、今度は私が手助けをしたい」

 あれほど意思脆弱だったナギとは思えぬ発言に、それに見合うだけの覚悟すら感じられる。
 一体何が彼女を変えたのか――どうしてそんなに綺麗で尊いのか、私の中の奥底に淀んでいた何かが蠢いた。

「……見違えたわ。人の見る眼には自信があったんだけどなぁ。本当なら、貴女と私は一方的なれど運命共同体、私がいなければ尾獣を制御する者がいなくなるからって発破掛けるつもりだったのに」
「あ、あれ? それなら初めから拒否権が存在しないんですけど?」

 いつもの調子に戻ったナギを弄ぶように私は小悪魔的に微笑む。

「この私が楽な逃げ道を用意する訳無いでしょ。でも、貴女は自らの意思で選択した。その黄金の輝きに匹敵する決意は何物にも勝る価値と意味があるわ」

 ――思わず憎悪して殺意を抱きたくなるほど、だ。その昏い情念が表に出ないよう、私は必死に感情を隠す。

「わわ、ルイちゃんが珍しくベタ誉めですよ!」
「明日は雪か槍か雷だな!」
「この場合、家で赤飯でも用意すべきか?」

 先程の真剣な様子から一転し、和気藹々と笑う三人を見て毒気が抜かれる。一人悶々と負の感情を滾らせていたのが馬鹿みたいだと自嘲した。

「まあいいや。これからみっちり猫被り時の私を仕込んであげるから覚悟するがいいさ」

 地獄を見せる気満々の邪悪な笑みを浮かべ、青褪めていくナギの表情に私は満足感を抱いた。やはりナギは生粋の弄られキャラだと思う。







[3089] 巻の16
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:45




(良く二名の犠牲で済んだものだ。やはり原作の主要キャラは死なないように補正でもあるのかねぇ?)

 暗部の名無し二人は額をクナイで穿たれ、既に死亡確認している。生憎と某中国人の診察じゃないので生存フラグでは無い。
 他の重傷者も医療班が来るまで持たないので、私が応急手当する事になった。
 麻痺や気を失っていた者も多かったので、私の写輪眼については誤魔化せるだろうが、生兵法の医療忍術を披露する事になるとは予定外である。
 ――まあ、大局に支障は無いだろう。この段階まで来れば、実力に関する猫被りは一人を除いて必要無くなる。

「良く生きてますね、テンゾウさん。三人目の犠牲者になるかと思ってましたよ」
「……何だか、余計な手間を増やしやがって、という顔をしているのはボクの気のせいかな?」

 上半身裸になるまで私に衣服を剥ぎ取られたテンゾウは暗部の仮面を外し、能面な顔で苦笑する。
 因みに彼とはダンゾウと面談する時にちょくちょく出会っている。

「出血多量と麻痺で幻覚まで生じているようですねー、お痛ましいや。そういう貴方には増血丸をプレゼント」

 丸薬を口に放り込み、袈裟斬りされた致命傷級の裂傷を掌仙術で塞いでいく。
 だが、一次試験からの変化の持続と二次試験以降からの獅子身中の虫、最後に全力の天照の行使により、私のチャクラは全体の二割程まで使い切っている。完全に塞ぐにはチャクラ不足だ。
 ――なので、足りない分は八門遁甲の体内門を開けて補っていく。二度と開けたくなかったが、いざという時は役立つものだ。
 二門のチャクラが尽きるまで注ぎ込んで、半分以上力技のゴリ押しで切り裂かれた内臓及び肋骨を治癒する。惚れ惚れするぐらい綺麗な切り口じゃなければ、こうはいくまい。

「はい、次の患者さんー。次に酷いのはガイ先生ですね。致命傷じゃないとはびっくりです。ギリギリのところでズラしてましたか」

 間近でガイの姿を見るのは初めてだが、濃い。非常に濃い人だ。――という第一印象は横に置き、衣服をクナイで切開して負傷箇所を確かめる。
 草薙の剣で胴体を突き穿たれたと思っていたが、脇腹で済んでいる。野獣みたいに鍛えられた肉体を眺めながら、そう簡単に死ぬような構造してないなと苦笑する。
 三門を開き、全身に漲ったチャクラを無駄なく使い、傷を一気に塞ぐ。後々が怖いが、三次試験まで五日もあるから問題無いか。

「この年で高度な医療忍術に、足りないチャクラを補う為に八門遁甲の体内門を……!?」
「カイエ先生の指導の賜物ですわ」

 ガイとアスマ、そして麻痺して首しか動かせないカカシが、カイエに「下忍に教える術じゃねぇだろ」という批難の目が向けられる。

「な、うぉ、い……!」

 痛々しい視線に曝されたカイエは「勝手に盗み取ったし、ガイも同じ事してるだろ!」と猛烈に抗議したかっただろうが、如何せん麻痺して口の呂律すら回らない。
 動けぬカイエから怨めしい視線が届いたが、喜んで無視する。

「テンゾウさんもガイ先生も安静にして下さいね。傷を塞いだだけなんで」

 血塗れた手で額を汚さないように、流れた汗を拭う。早くも全身の力が抜けるような怠惰感に襲われる。
 私のチャクラ切れにより、診察終了とのたまおうとした時、まだ意識が戻らない紅をお姫様抱っこしたアスマが物凄い勢いで迫ってくる。このバカップルめ、それと脳震盪を起こしているかも知れぬ患者を動かすな。

「ルイ、紅の容態は!? どうなんだ!」
「はいはい、落ち着いて下さいねアスマ先生。ユウナ、中身の透視お願い」
「白眼をレントゲン扱いかいな――頭部は大丈夫だが、左の肋骨二本に皹が入っている」

 疲れ果てているユウナに鞭打つ。……日に日に思うのだが、白眼使える日向こそ医療忍術を習得すべきじゃないだろうか? チャクラの扱いにも長けている事だし。
 折れた骨が内臓を損傷するという最悪の事態に至っていないので、残りのチャクラで何とかなる。

「はい、すぐに目覚めるでしょうから、後は安静に~」

 兵糧丸を自分の口に放り込み、遠くで倒れている暗部の仮面被った人のところに赴く。
 歩み寄る私を見て、彼は暗部の仮面を取って、地面に投げ捨てた。

「お久しぶりです、奈良シカクさん。見たところチャクラ切れなんで、私特製の兵糧丸をどうぞ」
「……ああ、感謝する。この歳で暗部の仮面を被る事になろうとはな。人生何があるか解らないものだ」

 奈良シカマルの父親シカクは溜息一つ吐いて、私が手渡した兵糧丸を口にする。
 何故暗部でも無いこの人が暗部の仮面を被っていたかと言うと、私の入れ知恵であり、推薦したからである。
 大蛇丸の足止めの為に御家芸の影縛りに特化した彼が適任だったし、大蛇丸に顔を知られている恐れがあったが故に素性を隠す仮面を被ったのである。

「……ふぅ。はい、治療終わり。後は医療班の人に診せて下さいな」
「ル、ルイ、ちょっと、待てぃ! カカシは、ともかく、オレの麻痺をぉ~!」
「お、おま、普通は、自分より、他人を優先、するでしょ……!」

 芋虫か両足を千切られたゾンビのように地を這い蹲るカイエとカカシの姿を見下ろして悩む事数秒余り、私は素敵な笑顔を浮かべてこう答えた。

「すみません、もうチャクラ切れですので自然治癒か医療班の方々にお願いして下さい」


 巻の16 大蛇退け、試験の予選にて忍の業を競い合うの事


「……よもや大蛇丸が、のう」
「即刻、中忍試験を中止にし、里に戒厳令を発令すべきです! 暗部の独断専行は後々追及させて貰います!」
「……あの、ですから――」

 第二試験開始から五日後、演習場の中央の塔にて、猫の仮面を被ったテンゾウは胃が痛みながらも、三代目火影と中忍試験官であるみたらしアンコへの説明に苦戦していた。
 木ノ葉の精鋭を集めた大物取りは里の正式な任務だったとテンゾウは主張するが、どういう訳か里のトップである三代目火影に話が通っていない。
 そして大蛇丸と因縁深いアンコが蛇の如く執拗に噛み付いて、話は一方通行の袋小路に迷い込んだが如く進まなかった。
 あの師匠にしてこの弟子あり、とテンゾウは仮面の下で盛大に疲れ果てていた。

「――暗部の独断専行とな。どうやら意見の食い違えがあるようだ」

 部屋にいた全ての者の視線が声の方向に振り向く。
 暗部の護衛二人を引き連れて執務室に現れたのは左眼部分を包帯に覆った、三代目火影と同じ世代の年老いた男だった。

「あ、貴方は……!」
「……久しいのう、ダンゾウ。貴殿自らが御出でになるとは」

 一度は失脚すれども、未だ暗部に強い影響力を持つ影の重鎮を前に、アンコは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「この度の任務は木ノ葉上層部から出された正式の任務だ。木ノ葉の精鋭を結集させて仕留め損なったのは誠に遺憾であるがな。今の木ノ葉の現状に嘆くべきか、御主の嘗ての弟子を褒め称えるべきか」

 ダンゾウは皮肉げに笑い、懐から一つの巻物を取り出して眼下の机に広げる。

(……っ。ご意見番の署名まで――!)

 食い入るように目を通したアンコは不備の無さに内心舌打ちする。
 それは大蛇丸暗殺の極秘指令書であり、里の大役の名前がずらりと並んでいる。こうまでされては文句の付けようが無い。

「ふむ、それは初耳よのう。何故儂に知らせなんだ? 弟子の不始末は師の責任。今の木ノ葉において、彼奴に対抗し得る忍は――」
「おらぬよ。三代目火影、御主とて例外ではあるまい。四代目亡き今、火影の座に空席が生じればどうなるか、御主が一番理解している筈だが」

 対峙する三代目火影とダンゾウの間に重苦しい雰囲気が漂う。
 試験官及び雑用係として居合わせた中忍二人が息を呑む中、その空気を打ち破ったのは別の者の中間報告だった。

『報告します。第二試験、通過者総勢二十四名。中忍試験規定により、第三試験は五年ぶりに予選を行います』

 険悪な空気が霧散し、三代目火影とダンゾウは互いに「ほう」と呟く。
 穏健派と過激派、それぞれ立場と主張が異なる主導者なれども、今年の下忍の豊作具合に感心するのは里の未来を想う者達にとって当然の反応だろう。

「……とりあえず、試験はこの間々続行する――」




(――二次試験通過、二十四名。私達以外は原作通りの展開か。……そこらへんの記憶は曖昧だけど。そして音隠れの担当上忍の姿は無い。まあ、当然か。逃げ延びたとは言え、天照の直撃を受けたんだから一ヶ月はまともに動けないだろう)

 巻物争奪戦を勝ち抜いた七つの班を見渡し、うちはルイは自分達以外の異分子の存在がいない事に安堵する。
 ルイは時折サスケの方を観察する。疲労した様子で左肩を押さえており、大蛇丸によって呪印が刻まれた事は間違い無いだろう。

「よぉ、またあったじゃん」
「初めまして、砂隠れの忍さん達」

 隣にいたカンクロウが自信満々に話しかけてくる。
 これはカンクロウにとっては五日前の「次の機会は無い」という捨て台詞を覆した事への当てつけだったが、ルイは本当は出会ってないという事実を内心嘲笑う。

(確かにルイちゃんがルイちゃんとして逢うのはこれが初めてだよねぇ~)

 子犬状態の渾沌に変化したナギはルイの右肩にて、二人のやり取りを愉しげに見ている。
 次の機会が無いというのはナギ自身の事であるので、あの発言に間違いは無い。

(嘗めた事、言いやがるじゃん。だが、コイツも我愛羅と同じく無傷か――)

 カンクロウは腸が煮え繰り返る思いを抱きながらも、一方で弟の我愛羅に向けるのと同質の恐怖を覚える。今のルイは彼から見て、底知れぬ何かがあった。
 そんなやりとりを聞いてか、または無視してか、我愛羅が一歩前に踏み出し、ルイと真正面から睨み合うような形になる。

「――名乗れ」
「あら、レディに名を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら」

 黒羽ヤクモと日向ユウナが強い警戒心を抱き、カンクロウとテマリが弟の暴走にまたかと冷や汗を流す中、我愛羅は無表情の顔で凄み、ルイは凄艶な微笑みで受け流す。

「……我愛羅だ」
「うちはルイよ、よろしく」

 互いに一歩も引かず、両チームメイトの心臓に悪い自己紹介が簡素に完結する。

(他国の尾獣の封印はナルトの封印式と違って、粗悪なのかしら? まあ尾獣は一匹手元にあるし、暁に奪われる予定の阿呆狸はいらないわね)
(あの男と同じ――うちは、か)

 ルイは我愛羅の内に潜む尾獣を見透かすように彼の眼を射抜き、我愛羅もまた異彩を放つ彼女の眸を見定めるように射抜く。
 傍目から睨み合う中、遠くからサスケはルイの安否を確認してほっと一息つく。

(……どうやらルイは無事のようだな。しかし、一次試験では刀など持っていなかった筈だが……?)

 サスケは左肩の激痛を歯を食い縛りながら耐え、ルイの腰にある鞘無しの刀を不思議そうに眺める。
 抜き身の刀は白い包帯が巻かれているだけの御粗末な状態であるし、彼女本人は剣術の心得など無かった筈だ。

「ぐっ……!」

 そう考えている間にも痛みは刻一刻酷くなり、現状では思考に回す余力が無いほどサスケは疲弊していた。
 処変わって、ガイ班の面々は木ノ葉のルーキーがこれほどまでに残った事に驚きを抱いていた。

(目ぼしいところが揃ったな。――日向ユウナ、やはり貴様達も残ったか)

 日向ネジは目をつけた者達――サスケ、我愛羅――を順々に眺め、最後に憎々しげにユウナを睨み付ける。
 いつもの彼からは窺えない鬼気迫る様子を、背後でリーが観察していた。

(……彼がネジが敵視するユウナ君ですか。容姿は双子のように瓜二つですが、その額だけは異なる。それが分家と宗家の致命的な違いなのでしょう。……それにしても、目付きの悪いサスケ君とは違い、うちはルイさんは可憐ですね!)

 リーが色々と熱い情念を燃やす中、今期のルーキーである紅班のキバとシノは我愛羅達とルイ達を交互に見合わせる。

(砂の奴等に……やはりルイか。黒犬の方は全然感じなくなったが……?)
(まるでうちはルイと黒犬の存在感がその間々入れ替わったような、言い難い違和感を覚えるな……)

 一次試験が始まる前とは雰囲気と存在感が違う事に、二人は首を傾げた。
 一方、そんな二人に気づいていないヒナタは頬を赤く染めながらナルトだけを見ていた。

(――サスケ君に呪印が刻まれたが、うちはルイには無い……? 大蛇丸様の御眼に叶わなかったか、否、大蛇丸様の眼をも欺いたからか? それにあの腰に差している抜き身の刀は……まさか草薙ッ!?)

 班員の二人が苦悶するサスケに集中している事を余所に、薬師カブトはルイが堂々と携える刀を凝視する。
 カブトが幾多の可能性を視野に入れた上で悶々と思考している中、音隠れのザクとキンはサスケを眼の仇にし、ドスだけはルイを観察するように眺めていた。

(アレが殺るように命令されたもう一人の目標、うちはルイですか。見たところ、呪印は無いようですし、此方の方は見込み違いだったのでしょうか……?)

 二十四名の受験者の思惑が交差し、或いは擦れ違う中、それらを一歩退いて客観的に眺めたシカマルは心底から溜息を付いた。

(――どう考えても場違いだよな。面倒クセェ、さっさと終わらんかねぇ)




 第三試験は個人戦でかつ各国の大名を招いた見世物じみたものであり、二十四名の勝ち抜き戦をするほどの時間の余裕は無い。
 なので、まず予選を行い、進出者を減らす必要性が出てくる。
 ――この説明がされた時点で薬師カブトが棄権し、人数の合計が奇数になった為、最後の一人は戦わずして本戦に出場を果たせるそうだ。

(是非とも戦わずに突破したいが、これは高望みか。……そんな事よりも――)

 大蛇丸が直接観戦していないのに情報収集役が辞退する理由、恐らく彼は私が大蛇丸を返り討ちにした事に気づき、急ぎ己が主の下へ馳せ参じるのだろう。
 解り易いように草薙の剣を態々見せていたのだから、そうして貰わなければ困る。私は心の中で嘲笑う。

(ナギに蒔かせた疑心暗鬼の種が如何なる結果を招くか、楽しみだわ。願わくは同士討ちしてくれるのが幸いだけどね――)

 それこそ望外な望みであり、この程度で片付くなら苦労しないか、と私は楽観視をやめる。

「やはり一回戦はこの組み合わせか」
「そうね」

 小さく呟いたヤクモの言葉に、私は頷いて同意する。
 第三試験の予選一回戦、うちはサスケ対赤胴ヨロイであり、楽しみにしていた試合である。
 どれくらい楽しみにしていたかというと、変化で眸を隠蔽した写輪眼で観戦しているほどである。
 思うのだが、この第三試験はうちは一族の為にあるようなものでは無いだろうか。
 所詮は下忍レベルの小競り合いだが、他国と他人の術を盗み取るにはまたとない機会である。

「えー、これから第一回戦を開始しますね。はい、始めて下さい」




(――この程度か、うちはサスケ)

 満身創痍で苦戦するサスケを日向ネジは冷めた眼差しで見ていた。
 幾ら二次試験で消耗していてもこの程度の敵に梃子摺る筈が無い。
 どうやら種と仕掛けは赤胴ヨロイの掌に集中した特異なチャクラにありそうだが、一見した程度では如何なる術か判別出来ない。
 そう思っていた時、少し遠くから大声が耳に入る。

「むむっ、あの術はッ!」
「なにぃー!? 知っているのか雷電ッ!」

 其処には腕を組みながら唸る日向ユウナと大袈裟に驚く黒羽ヤクモがいた。
 自分が知らない術をよりによって彼が知っているのか、いや、それ以前にその『雷電』とは一体何の事を指すのか、ネジには訳解らなかった。

「あれは自身の掌に触れている生物からチャクラを奪い取る異端のチャクラ吸引術、その恐るべき暗殺拳の起源は握手にあるとされる!」

 その説明を聞きながら、道理でサスケの動きが徐々に鈍っていった訳だと納得する反面、何故其処で握手が出てくるのか、ネジを含め、周囲の下忍達が揃って首を傾げた。

「古来より忍者は要人を暗殺するのにありとあらゆる手を講じた。その一つに好意の証である握手に目をつけたのは至極当然の成り行きと言えよう。紳士達にとって握手の拒絶は礼儀に反する行為であり、差し出された手を断る術は無いに等しい。笑顔で握手を求める忍に握り返した者は、全てのチャクラを吸い尽くされて無念の形相で立ち往生したという。――自分の形勢を不利にする〝悪手〟の語源が此処にあるのは、もはや説明するまでもない」

 物凄い勢いで繰り出される説明に周囲の下忍達――果てには砂隠れの者達もが感心し恐れ戦く中、担当上忍であるカイエが腹を抱えて大笑いし、ルイが呆れ顔で半目になっている事に誰も気づかない。
 かというネジも半ば信じてしまい、自分以上の知識の深さに的外れの嫉妬を抱いてさえいた。
 試合中にも関わらず、サスケもその恐るべき暗殺拳を使う忍に畏敬の念を抱き、対戦相手である赤胴ヨロイは「え? そんな大層な謂れあんの?」という風に困惑していた。
 違った意味で注目度が高まった試合であるが、空中に蹴り上げてから繰り出された高速体術により、赤胴ヨロイは沈んだ。
 蹴り上げる動作が同じ班のリーの動きと被っていた事にネジが驚いていた時、またしても同じ方向から声が聞こえる。見るまでもなくユウナとヤクモだった。

「あの一連の体術はッ!」
「なにぃ、知っているの――」
「影舞葉から繰り出される表蓮華の予備動作。尤も、後半はオリジナルの高速体術のようね」

 ヤクモの驚きを遮って、ルイが呆れ顔で手短に解説する。
 その時、ネジは漸く先程の解説がとんでもない嘘だった事に気づき、一人勝手に深い自己嫌悪に陥った。




 己が主が愛刀を手離すまでの手傷を負った、そう推測した薬師カブトは木ノ葉の暗部の眼を掻い潜りながら、主人の特異な血の気配を辿る。
 程無くして潜伏場所と思われる洞窟を発見し、カブトは迷う事無く進んだ。
 血の臭気に身体を蝕む麻痺性の毒、肉が焼き爛れた酷い臭い、間違い無く此処に潜伏しているとカブトが確信した時、暗闇から彼の額目掛けて放たれたクナイを彼はギリギリのところで掴み取る。

「……追手にお前を寄越すとは、何処までもえげつないわねぇ。あの小娘は――ッ!」

 常人ならそれだけで殺せる殺意と憎悪を撒き散らし、全身が酷く焼け爛れた大蛇丸らしき人影は激しい雷鳴の如く怒鳴り散らした。

「大蛇丸様、御無事で――」
「何? 今更惚けるつもり? 本当、残念だわ。よもやうちはルイに懐柔されているとは思わなんだわ」

 自身に向けられる絶対零度の殺意に、本気で殺すつもりだと悟ったカブトは心底から恐怖する。
 その反面、この危機的状況を乗り越えるべく、高速で思考を巡らせ――全ての元凶であるうちはルイを思い浮かべた瞬間、カブトは如何にしてこうなったのかを大方理解する。

「――それは、うちはルイの口から?」
「その通りだわ。さあ、くだらぬ戯言は此処までよ。殺してあげるわ」

 常人なら既に息絶えているだろう重傷を負っても、彼には自分を殺せるだけの力を有している。手負いの獣の獰猛な殺意に当てられ、カブトはごくりと唾を飲み干す。

「大蛇丸様。仮に私がうちはルイの軍門に下っていたのならば、彼女が自ら暴露する事は絶対に在り得ないでしょう。――此度の妄言は我等を疑心暗鬼に陥らせて、共食いさせようと目論んだものかと」

 冷静に話し合える余地があるかは甚だ疑問だったが、カブトは一分の望みに賭ける。
 相変わらず最悪の手を打つ、とカブトは人外の殺意に身を曝しながら嘲笑っているであろううちはルイに内心毒づく。

「その火傷では如何に大蛇丸様と言えども大事に障ります。――治療を。信頼出来ないのであればこの首を掻っ切って構いません」

 大蛇丸の敵意と殺意は一向に収まらない中、カブトは恐る恐る近寄り、全てのチャクラを使い切る勢いで治療に尽くす。

「……クク、アハハハハハ――」
「大蛇丸様?」

 まるで生きた心地がしない中、大蛇丸は狂気をもって哄笑する。
 気づけば、その苛烈なほど燃え滾った殺意と憎悪は自分以外の誰かに向けられていた。

「これほどの屈辱はイタチ以来だわ。――決めたわ。サスケ君を手に入れ、うちはルイも我が掌中に堕とす。絶望という絶望をその身体に刻み込み、女に生まれた事を一生後悔させてあげるわぁ……!」

 意中の相手の身体で手篭めにし、延々と弄ぶ気であろう主人の悪趣味にカブトは苦笑する。
 ――だからこそ、この御方に仕えるのは止められない。彼もまた主人に匹敵するほどの悪趣味であるが故に。







[3089] 巻の17
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 17:52




 うちはルイ――三年前に日向宗家に引き取られ、家族の一員となった少女である。
 周囲から落ちこぼれの烙印を押されたうちは一族の少女は、されど自分――日向ヒナタと違って、本当は落ちこぼれでは無かった。
 能有る鷹は爪を隠す、その諺通りにうちはルイは落第生を演じる反面、家では人目を気にせずに高等忍術を練習がてら何度も撃ち放ったり、奇妙な体術で日向の柔拳と互角以上の攻防を繰り広げたり、常時写輪眼で生活するなど、普段の鬱憤を晴らすが如く羽目を外していた。
 一度だけ、落ちこぼれを装う理由を聞いた時、返って来た言葉が「何かと都合が良いから」という自信に溢れた微笑みだった。

「他人から過小評価されればされるほど都合が良いわ。勝手に侮って自ら墓穴を掘ってくれるもの」

 周囲の者達から落ちこぼれと蔑まされ、今の自分に自信を持てず、常に劣等感に苦しむ日向ヒナタには到底理解出来ない価値観だった。
 落ちこぼれを装う普段の彼女は自分と同じく調和を好み、争い事を避けて他人の考えに合わせる事に抵抗無いが、本当の彼女は他人に全てを納得させた上で我を通す、傍若無人にして揺るぎ無き意思の持ち主だった。

「……どうしたらルイちゃんみたくなれるかな……?」

 その在り方は羨望より先に、諦めが先立つ。眩しすぎて直視出来ない。ヒナタは俯きながらルイに問う。

「……えーと、私みたいになったら叔父様やユウナが泣くよ? ――今の自分を変えたい、そういう趣旨なら、言うだけの事は出来るわ」

 ルイは若干困惑したような表情を浮かべ、少しだけ悩む素振りを見せた後、真剣味の帯びた顔になる。
 悩める子羊を甘言で迷わせて谷底に誘導するのはルイにとって大好きな事の一つだが、既に崖っぷちに立っている者を態々突き落とす趣味は持ち合わせていない。

「誰しも最初は無力だけど、可能性は無限大だわ――天高く舞い飛ぶのも地の底に這い蹲るのもその者の意思次第。まずは自分を束縛する額縁、言うなれば〝自分はこの程度に過ぎない〟という固定概念を木っ端微塵に壊す事ね」
「額縁、を……?」
「そう。今、限界だと思っている壁は自分自身が勝手に線引きした境界に過ぎないわ。超える努力をしなければ超えられないけどね。簡潔に言ってしまえば、出来るか出来ないか、ではなく、やるかやらないかの次元よ」

 結局は精神論であり、最初から〝持つ者〟としての発言だとルイは内心自嘲する。
 そもそもルイには、天才だの落ちこぼれだの、そのような些事に興味など抱けない。
 人によって初期条件が違うのは当然の事であり、足りないのであれば他から補うまでの事。――得てして、王の才能とは他者の本質を見抜いて適材適所に配置し、如何に楽するかの一点に尽きる。
 どうしてその柔軟な発想が出来ないのか、他者と自身を比較して劣等感に陥ったり優越感に浸ったりする人種をルイは心底不思議に思う。

「やるか、やらないか――」

 ヒナタはルイの言葉に何か感じるものがあったのか、己自身に呟きかけるように何度も口ずさむ。
 弱くてちっぽけな人間が理不尽な運命の波に溺れながら足掻く、その様は惨めで滑稽で無様であり――だからこそ、美しい。
 そんな奇妙な感傷が脳裏に過ぎったせいか、ルイは余計な事を口走ってしまい、暫く自己嫌悪に陥った。

「――諦めを踏み越え、あらゆる不条理を打破し、鮮烈なほど目映い生命の輝きを放つ。例え力尽きて息絶えても、その尊い意志は他の誰かに引き継がれる。これが、私が憧れたものよ」

 まさにうちはルイが体現するものだとヒナタは羨望で打ち震えたが、ルイは絶望を識って穢れた自身では永遠に到達出来ない――忌むべき怨敵達への憎悪で打ち震えた。


 巻の17 激闘に次ぐ激闘、日向の宗家と分家が業を競い合うの事


 二回戦目、ザク対シノは呆気無くシノに軍配が上がった。盗み取れる術が一つも無かったので、私としては退屈極まる試合である。
 三回戦目、ミスミ対カンクロウ。残念だ、私が傀儡師のカンクロウと当たっていたら、本体に化けている傀儡を無視し、傀儡に扮している本体をフルボッコにしたのに。
 しかしまあ、砂隠れの御家芸である傀儡の術は確かにこの眼に刻んだ。使いどころがあるかどうかは甚だ疑問であるが。
 四回戦目に移る刹那、突如として私の背筋から全身に駆けて鳥肌が粟立ち、身震いが起こる。

「どうしたんだ、ルイ?」
「……嘗て無いほどの悪寒が走ったわ」

 まるで、変態オカマ蛇に全身を視姦された挙句、あの無駄に長い気色悪い舌で嘗め回されたような、最悪な気分だ。殺し損ねた事が未だに悔やまれる。

「? まあいいか。次の試合は、と――サクラのいのか」
「見所無いね」
「随分酷い言い草だな。だがしかし、自分達は一体誰と当たるのやら」

 上からヤクモ、次が私、最後のユウナは溜息付いた。
 今残っているのはカカシ班のナルト、ガイ班のテンテン、リー、ネジ、砂隠れのテマリ、我愛羅、アスマ班のシカマル、チョウジ、紅班のヒナタ、キバ、音隠れのキン、ドクに、うち等三人である。
 私としてはナルトと我愛羅以外なら誰でも良い。
 前者は理不尽な主人公補正が発生しそうだから、後者は割と本気で行かないと殺されるし、下手に致命傷負わせたら一尾暴走でお陀仏だからである。

「今となっては、アンタとサスケくんを取り合うつもりも無いわ!」
「……なんですってぇ――!」

 などと思考している内に下ではサクラが挑発し、いのが憤怒して無駄に白熱している。

「サスケくんとアンタじゃ釣り合わないし、もう私は完全にアンタより強いしね、眼中無し! 私の敵は唯一人、ルイだけよ!」

 幾ら手加減させず、全力で戦わせる為にとは言え、関係無いサスケの話を出すのはどうかと――って、あれ? なんで其処で私の名前が出て来るの?

「サクラ。アンタ、誰に向かって口聞いてんのか解ってんの! 図に乗んなよ泣き虫サクラが! ルイだって私の敵じゃ無いわ!」

 二人の激烈な敵意が場外にいる私に集中し、観客の視線も私に釘付けになる。
 うわぁ、二人とも仲良いなぁ。頼むから無関係の私を巻き込まないで目の前の敵に集中して下さい。

「……何故に私、二人の口喧嘩に巻き込まれているの?」
「……さぁな。俺が聞きてぇよ」

 私は心底訳解らず、首を傾げてヤクモに聞いたが、彼はというと微妙な表情してそっぽを向く。

「うっ、なんかさ、なんかさ! サクラちゃん言い過ぎだってばよ。いのの奴もすんげー目してルイちゃん睨んでるもん」
「んー……サクラは悪戯に自分の力を誇示したり、人を傷つける子じゃないから、いのに容赦されたり、手加減されるのが嫌な筈……?」

 この二人が醸し出す鬼気溢れる緊張感に耐え切れず、ナルトは割と本気で脅える。それを解説するカカシの方も語尾の疑問符がついて、自信の無さを隠せずにいる。

「じゃあじゃあ、なんでルイちゃんにまで?」
「……あー、うーん、えー……なんでだろうな?」
「カカシ先生、役に立たないってばよ」

 全くもって奇遇だ、この時ばかりはナルトに同意する。




 四回戦目、サクラ対いの。同レベルでの激闘の末、相討ちになる。
 それにしても写輪眼は便利極まりない。術者が自分のチャクラを丸ごと放出して相手の精神を乗っ取る心転身の術の、不可視である筈のチャクラすらこの眼は可視とする。
 ゆっくり直進するだけの精神の像を切り裂けば本体にも何らかの影響を受けるだろうし、本当に密偵用の術でしかない。
 乗っ取った対象の記憶全てを読み取れるのなら完璧だが、それは無いので全くもって使えない術である。……写輪眼の催眠眼か、月読を使えば完璧な尋問が行えるので私が使う機会は永遠に無いだろう。

「流石は砂隠れだねぇ」
「……おっかねぇ女だぜ」

 五回戦目、テマリ対テンテン。テンテンが次々と口寄せの巻物で取り出した忍具の嵐は、テマリの巨大扇子から繰り出される一薙ぎの暴風によって呆気無く蹂躙される。
 相性以前の問題である。暗器だけのテンテンではお話にならない。全ての攻撃を吹き飛ばされ、その暴風に呑まれる。実に攻防一体の術であり、使い勝手は良さそうだ。
 この風遁のカマイタチの術も美味しく頂いたが、巨大扇子が無い私ではあれほどの暴風は起こせないだろう。まあ風の性質変化のコツを手に入れた事で満足するとしよう。

「六回戦はシカマル対キン……音隠れのか。まだヤバイのが残っているねー」
「そのヤバイものの筆頭が何をほざくかっ」
「オレもルイだけは戦いたくない。てか勘弁してくれ」




 六回戦目はシカマルが勝利を納め、七回戦目のナルト対キバはナルトの辛勝で終わる。そして、八回戦目――。

「……あー、ネジ君? 余所見してないで対戦相手に集中して下さい」
「――」

 会場はまだ試合が始まっていないのに、心臓を圧迫するような緊張感が張り詰めている。
 審判役の特別上忍、月光ハヤテはうんざりした表情で溜息を零す。
 その元凶の一つである日向ネジは対戦相手の日向ヒナタに眼も暮れず、上部にいる日向ユウナと睨み合っている。しかも、両者共に血継限界である白眼を発動した状態で、である。

(……非常に面倒ですね。観客に臨戦態勢を取る受験者は初めてです。最初からこの二人の組み合わせだったら問題無かったでしょうに)

 ハヤテは如何に収拾つけるべきか、ゴホッとわざとらしく咳き込みながら考える。
 日向の宗家と分家の仲が険悪なのは当然の事であるが、此処まで露骨に、しかも同じ宗家の一人をも無視した上で殺意をぶつけ合うとは、と三代目火影を含め、周囲の上忍達も驚きを隠せずにいた。
 暫くして、やっと対戦相手であるヒナタを見据えたネジは今までユウナにぶつけていた殺意と敵意を彼女に向ける。
 ヒナタは小動物のように脅え、その苛烈な眼力の前に立ち竦む。

「……ヒナタ様、試合を始める前に忠告しておく。この試合、手加減出来る自信は無い。今すぐ棄権しろ!」
「……ッ!」

 いきなりの降伏勧告に別方向からの殺意がより一層激しさを増す。
 その度にネジの不快度が増大し、身の毛の弥立つ怒気が刻一刻増していく様子をヒナタは全身を震わせながら見ていた。

「貴女は優しすぎる。調和を望み、葛藤を避け、他人の考えに合わせる事に抵抗が無い」

 ネジの言葉に意気消沈しているヒナタの様子を眺め、ルイは原作通りにいかないかもしれないなと分析する。
 ――場の雰囲気に飲まれ、早々に心が折れたかもしれない。大局的に見れば変わり映えしない結果になるが、そうなれば間違い無くユウナのせいだとルイは内心笑う。

「中忍試験は三人一組、だが今は個人戦だ。同チームのキバ達の誘いを断れず、嫌々受験していた貴女なら此処での棄権は何の躊躇いもあるまい」
「……ち、違う。違うよ……そんな自分を変えたくて、私は……」

 言い返す言葉に力が無く、その気後れを見逃すほどネジは甘くない。

「ヒナタ様、貴女はやはり宗家の甘ちゃんだ。――人は決して変わる事など出来ない。落ちこぼれは落ちこぼれだ。その性格も力も変わりはしない」

 非常に偏った幼稚な意見でも意思が脆弱な者では真理に成り得るかと、ルイは心底から沸き立つ失笑と退屈過ぎる眠気と込み上げる欠伸を噛み殺すのに必死だった。
 その猫被りが揺らいだ様子に気づいたヤクモは顔を引き攣らせて苦笑する。

「人は変わりようが無いからこそ差が生まれ、エリートや落ちこぼれなどと言った表現が生まれる。……誰でも、顔や頭、能力や体型、性格の良し悪しで価値を判断し判断される。その変わりようの無い要素によって人は差別し差別され、分相応にその中で苦しみ生きる。――オレが分家で、貴女が宗家の人間である事は変えようが無いように」

 その時、ヒナタの反応が変わった事に、半ば興味を失せていたルイが真っ先に気づいた。

「……ネジ兄さんは、最初から諦めてしまっている、のですね……」
「――ッ!」

 ネジは鬼の如く形相を歪ませ、憤怒によって威圧感が更に増す。
 されどヒナタはその眼を真正面から見返し、白眼を発動させて日向流独特の構えを取る。あれほどあった脅えは何処かに消えていた。

「いいぞヒナタ! もっと言い返せってばよー! おい、オマエッ! 人の事、勝手に決めつけんなバァーカッ!」

 ネジの物言いに苛立ちを溜めていたナルトは此処ぞとばかりに叫ぶ。
 本来の流れならナルトの空気を読まぬ一言でヒナタは戦う覚悟をした筈だが、とルイは自分の記憶違いを含めて思い悩み、咄嗟にユウナの方へ振り向いた。

「これは予想外。ヒナタが自発的に言い返すとはね。誰に似たのかしら?」
「……少なくとも自分じゃないぞ。というか、本当に気づかないのか? 間違い無くルイの影響だぞ」
「え?」

 やっと冷静に戻ったユウナからの予想外の言葉にルイは素で驚く。
 青天の霹靂だと言わんばかりの混乱振りにユウナとヤクモは同時に溜息をついた。
 ――ルイは敵意や害意には恐ろしいほど敏感だが、それが好意の類になると途端に鈍感になる。まるで好かれる事に慣れていないかのように。

「おいおい、気づいてなかったのかよ。ルイは自分が思っている以上に影響力あるぜ。……此処にも感化された奴が一匹いるだろうに」

 ヤクモの視線の先にはルイの右肩に乗っかるコンに化けたナギがおり、彼女は無言で力強く頷いて見せた――。




 日向の柔拳同士の戦いは得てして、如何に相手の攻撃を捌き、経絡系にチャクラを流し込むかに終始する。
 何故なら掌底一つ受けただけで致命打に成り得るのだ。頑強な肉体を持っていても内臓まで鍛える事は不可能ゆえに。

「ハァ――!」

 ネジとヒナタは激しい攻防を繰り広げる。手の甲で捌き、腕で受け流し、立ち位置を常に変えながら二人はチャクラの籠った掌底を繰り出す。
 その眼に止まらぬ攻防の一部始終を見届けたルイの写輪眼は、この段階で勝負の天秤が何方に傾いたかを見抜いていた。

(やはり柔拳そのものはユウナより上だね――)

 時折掠るのはヒナタの掌底であり、一見して彼女が押しているように見えるが、勝負は最初の時点で決着している。
 流れに乗って攻勢に出たヒナタはネジの心臓に致命打を浴びせようと掌打を繰り出す。
 だが、ネジも同時に一閃する。その一撃は互いの胸の中央に被弾し――ヒナタだけが激しく吐血した。

「やはりこの程度か……宗家の力は!」

 ヒナタは崩れそうになりながらも苦し紛れの掌底を突き出すが、簡単に掴み取られた挙句、腕部分の点穴を突かれる。

「ま、まさか……それじゃ、最初から……!」

 ネジはヒナタの長袖を捲り上げる。ヒナタの腕には所々に赤い痣があった。
 それは所謂点穴と呼ばれる箇所であり、理論上そのツボを正確に突けば相手のチャクラを停止させたり増幅させたり、意のままに操れる。
 無論、誰しも見える訳は無く、点穴を正確に見切れるのは日向の白眼だけだろう。

(最初の時点で突かれていたから、ヒナタの攻撃は全部無効だった。実力差は明確なのに相手の土俵で勝負したのが敗因だね)

 もし自分が同条件で戦ったのならば、愚直に近接戦など挑みはしない。
 むしろ最初から勝負にならないのだが、と内心愚痴ったところで、自分が在り得ない番狂わせを期待していた事に気づいて失笑する。
 ネジはヒナタを突き飛ばし、白眼の発動を止めた上で冷たく見下ろす。

「ヒナタ様、これが変えようも無い力の差だ。エリートと落ちこぼれを分ける差であり、変えようのない現実だ――棄権しろ!」
「……私は、真っ直ぐ、自分の……言葉は曲げない……」

 覆せぬ絶望的な差を実感して尚、ヒナタは立ち上がった。

「――私も、それが忍道だから……!」

 見るからにふらふらで余力など欠片も無く、咳き込む毎に吐血する満身創痍の身なれども、心は折れていなかった。

「ヒナタ頑張れぇー!」

 ナルトの声援がヒナタに活力を与える。
 ヒナタは一歩大きく後退し、残された力を振り絞って白眼を発動させて再び構える。
 その明らかに誘っているヒナタに対し、ネジは眉間を鬼の如く顰め、白眼を再び発動させる。

(何か策があるのかな? だけど、柔拳が封印された今、手段など無いわね――)

 ネジが仕掛ける。数メートルの距離はただの一歩で踏み越えられ、ヒナタの知覚出来ない速度で本気の掌底は心臓部分に叩き込まれた。
 ――終わった。誰しもそう思った時、ヒナタは吐血しながら自身の心臓部分に止まったネジの腕を死力を尽くして掴み取り、逆関節に極め――ネジの馬鹿げた反応の速さで関節極めは外されたが――腕を一本背負いにして投げ、地に一直線に落ちる頭部を全力で蹴った。

「――ッ!?」

 あのネジが地に転がる様を会場の誰もが驚愕して眼を見開いた。
 その起死回生の一手を見届けた時、一番驚きを隠せずにいたのは他の誰でもない、ルイだった。

「――嘘、いつの間に盗まれた……!?」

 あれこそが体術特化のカイエにしても奇妙と称したルイの体術の一端、『投げ』『極める』『折る』を一連の流れでやってのける、幾多の並行世界で積み重ねた合気道寄りの柔術である。 
 尤も、同じ体格で且つ無手で交戦する機会など滅多に無いので、万華鏡写輪眼以上にお披露目する機会が無いものであるが――。

「やれやれ、自分が披露する前に。我が妹ながら甘く見ていたが――相討ちには程遠かったか」

 ネジは歯を食い縛り、一切の余裕が剥奪された形相で立ち上がって睨みつけるが、心臓への決定打を受けたヒナタは音無く崩れ、地に倒れ伏した――。




 試合終了と同時に担当上忍である紅が、そしてナルトとリーとサクラの他に、ルイとユウナが下の会場に降り立った。
 ヤクモは飛び降りる直前にルイからコンを押し付けられたので、一人留守番である。

「ヒナタ、大丈夫かオイ!?」
「邪魔よナルト」
「んな!?」

 真っ先にヒナタに駆け寄ったナルトを押し退いて、ルイがヒナタを触診する。
 その様子を勝者であるネジは勝者らしからぬ顔で忌々しげに眺めていた。

「所詮、落ちこぼれは落ちこぼれだ。変われなどしない……!」

 そのネジの吐き捨てた言葉にナルト達は噛み付くが、最初から諦めている者の浅ましい妄言などルイは一片の興味さえ抱けない。素で無視する形になる。

「ユウナ、閉じた点穴全部開けて」
「……相変わらず無茶な要求をする」
「あら、やれないなら先に言って欲しいわ」
「何処に言う暇があったのやら――それに、やれないなど一言も言ってない」

 ユウナは白眼を発動させて複数の点穴を突き、停止したチャクラを抉じ開ける。間髪入れずルイはヒナタの身体にチャクラを流し込み、全身に淀み無く循環させる。
 チャクラの流れを通常時の状態に戻し、心室細動しかけた心臓の活動を元通りにする。全体の二割ほどチャクラを消費したが、生命の危機は乗り越えた。

「……顔に生気が戻った? ルイ、ヒナタは!?」
「生命に別状はありませんよ、紅先生。医療班の皆さん、後はお願いします」

 そのルイの診断に驚いたのは他ならぬネジだった。最後に放った一撃は下手すれば死亡する可能性すらあった。
 この場にルイがいなければその通り、緊急治療室行きで生死の境を彷徨った事だろう。
 しかしながら、日常的に日向と関わっているルイにとって、この手のケースは幾度無く経験し、最早効率的な治療法が確立している安易なものだった。

(うちはの落ちこぼれが……!)

 ――忌々しげにルイを睨むネジを尻目に、ルイはネジに一握りの関心さえ抱けず、唯の一顧すらしなかった。
 好意の反対は悪意では無い。無関心である。永遠の域まで隔てられた無関心は、時には究極の悪意に勝り、人の自尊心を悪意以上に傷つける――とどのつまりは、今のネジのように。






[3089] 巻の18
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 18:01




「おー、見ろ見ろ。ネジの奴、すげぇ眼してルイを睨んでいるぞ。完全に目を付けられるなんざ、ルイらしからぬ不手際だな。珍しやぁー珍しやぁー」
「そりゃ先生、敵にすら値しない奴なんて見向きもしないでしょ。対戦ダイヤグラムで言うなら10対0でルイに軍配上がるし」
「なにぃ? おいおい、9対1でネジだろ」

 万華鏡写輪眼や尾獣の口寄せを躊躇無く使うならまだしも、通常時の猫被り状態ならば圧倒的に不利である。
 得意の幻術による撹乱も白眼の前では一切無効化されるので、策略云々で勝つのも至難の業と言えよう。
 それを理解した上で、ヤクモは首を横に振る。

「ルイは勝つ為に手段を選ばない。ネジは日向の分家で、ルイは三年間も日向宗家にいる。此処から導き出される可能性は一体何だと思います?」

 彼女が手段を選ばないのは至極普通の事だが、とカイエは首を傾げる。
 次に日向の分家と思考したところで――思い至って納得し、カイエは心の中で十字を切った。

「おいおい、幾らなんでもそりゃ在り得な――いとは言い切れないな。あの性悪女狐なら真っ先に着目するよな。……今の内に日向分家の皆さんに黙祷でも捧げるか」
「もし日向分家に生まれていたら、白眼使えなくなっても構わないから呪印を外す方法を模索するね。……手綱じゃなく、命綱を握られちゃ安心して寝れないぜ」


 巻の18 予選最終戦にて若き竜虎相搏つの事


「――サクラ、お前が行って何をしてやれる。お前の励ましなんか貰っても辛いだけだぞ……」

 手摺を乗り上げたサクラをカカシが制止させる。既に此処から見ても気絶している様子なので、励まし以前の問題なのは気のせいだろうか?
 九回戦目、我愛羅対リーは写輪眼的に見所は無かったが、派手で見応えある試合だった。
 人間、頑張ればあんな動きも速度も出せるものかと感心すると同時に、八門遁甲を開いて動いた結末を目の当たりにし、絶対に体術には使わないと私は強く誓う。

「……ッ、ならルイ! お願い、リーさんを看てあげて!」
「え?」

 いきなりサクラに声を掛けられ、私は自分でも気抜けた返事を返してしまう。
 愛弟子のリーが再起不能の重傷を負ったのに関わらず、ガイは一度は視線を送ったものの毅然と自重したのに、この女は一体何をほざいているのだろうか。

「サクラ、ルイには試合が残っている」
「――ッ、でもリーさんが!」
「……ごめんなさい、サクラ。医療忍術は莫大なチャクラが必要なの。ヒナタの治療で私のチャクラは七割は消耗しているわ」

 心底申し訳なさげにしょんぼりして見せる。
 鯖読む事、五割程度。何の対価無しに他力本願するなど片腹痛いし、君の中では私の将来を決める試合よりリーの方が大事なのは良く解った。

(――己の無力さ加減を存分に悔やむが良いさ)

 顔色一つ変えず、内心壮絶に毒づく。
 ――でもまあ、ヒナタを治療したのは緊急性を要したのと、普段からの感謝のお返しである。自分で言うのも何だけど、他人には薄情だけど身内には義理堅いのよ?

「しっかし、此処まで残るとはねぇ」
「全く、偶然とは思えんな」

 ヤクモが愚痴り、ユウナはげんなりと受け答える。
 残っているのは五人、音隠れの包帯巻いている人っぽいのと秋道チョウジに、私ことうちはルイと黒羽ヤクモと日向ユウナである。
 此処まで来れば最後の一人まで残って戦わずに本戦突破したいところだ。
 十試合目、注目の対戦カードは――は? 見間違えかな、チョウジ対ドスなんて原作通りの展開じゃなかったけ?

「ジャーッチ! なぁんでオレの班だけ同じ班員同士なんだぁ~! チェンジチェンジ、其処の二人との入れ替えを要求するッ!」
「……あー、カイエ上忍。運が悪かったと思って諦めて下さい。ゴホッゴホッ。考えようによっては二人も本戦に出場出来る訳ですから割と御得かと」

 目の下の隈が目立つ月光ハヤテは激昂するカイエに気怠げに説明する。
 さて、身内対決が確定した訳で、両隣にいる二人は完全な敵という訳だ。
 ならば私が取るべき行動は一つしかないのだが――仕掛けようとしたところで、二人は尋常ならぬ速度で振り向き、咄嗟に離れやがった。

「あれぇ、なんで二人とも逃げるように離れたのー?」

 流石に三年以上も一緒にいれば敵意が漏れなくても勘付かれるか。
 二人には突然体調崩して治療室行きになって貰いたかったのに、物凄く残念だ。

「逃げるようにじゃなく逃げたんだよッ!」
「……危うく試合前に終了するところだった。油断も隙もありゃしない……!」

 ヤクモは刀に手を掛けた上で、ユウナは油断無く身構えながら。
 結局私達は周囲の奇異な視線に曝されながらも、試合などそっちのけで互いの隙を窺うように見合ったのだった。




 十回戦目は長引いた九回戦とは違い、ドスが即座に勝ち上げた。

(あの電光掲示板もどきに名前が出なければ楽なんだけどなぁ~)

 手の内を曝す事を極端に嫌うルイは最後の一人に残る事を願う。手の内を見せる見世物など彼女にとっては論外と言えよう。

(頼むからルイだけは勘弁してくれ! 頼むッ!)

 ヤクモは手を合わせていもしない神に必死に祈る。その神が邪神かネタの神じゃない事を切に願って。

(ルイに当たったら……うん、迷わず棄権しよう)

 どうせ木ノ葉崩しで中忍試験どころじゃ無くなると、ユウナはやる気皆無だった。
 当事者の三人どころか、試合を終えた者達全員が注目する中、掲示板に示された名前は『クロハ・ヤクモ』と『ヒュウガ・ユウナ』だった。 三人は揃って安堵の息を零した。

「なぁ、ユウナ。ぶっちゃけさ、ジャンケンの勝敗で良くないか?」
「魅力的に提案だ。身内対決はいつでも出来るしな」

 やる気無く下の試合場に赴いたヤクモとユウナの二人は、審判のいる中で馬鹿げた物言いを本気で思案し出す。
 虚弱体質を自称するハヤテは予選すらも長引いたので、そうするのも一向に構わないと静観していたが、その儚い希望は外野のでかい野次によって破壊される。

「おいコラ、二人とも本気で戦えぇー! ジャンケンで出場者を決めるなんざ先生が許しませんッ!」
「「えぇー?」」

 テンションが独走状態のカイエは怒号を発する傍ら、ルイは隣で苦笑する。

「やる気ねぇなテメェら! よし、解った。この勝負、勝った奴は好きな女の子に告白な! 決定ッ!」
「……カイエ先生、それじゃ競って負けるでしょ。普通負けたら、じゃないですか?」

 一体何処の小学生の罰ゲームやらとルイが呆れ惚ける中、ヤクモとユウナは互いに見合い、揃ってルイの方へ視線を送る。

「――そういえば、ユウナと本気で戦う機会なんて無かったな」
「不思議とそういう機会に恵まれなかったな」

 二人が妙にやる気出した事にルイは頭に疑問符を何個も浮かべたが、カイエは当然と言わんばかりにえっへんと胸張って威張った。




「それでは、始めて下さい」

 開始の号令とほぼ同時に、抜刀からの迅速な居合いは、ユウナの繰り出した蹴りに柄頭を捉えられ、鞘に押し込まれて封殺される。

「――ッ!?」

 如何に名刀妖刀と言えども抜刀出来なければ鈍らも同然である。

 ヤクモの動揺の隙を突いてユウナは必殺の掌底を叩き込もうとしたが、そうせずあっさり後ろに飛び退く。
 ――ほんの一瞬前まで彼がいた場所に、脇差からの抜刀が虚しく空振りとなる。

「その脇差、飾りでは無かったんだな」
「良く言うぜ。完璧に躱しておいて」

 脇差を納刀し、ヤクモは己が愛刀『紫電』を静かに抜き取り、片手で肩に担いだ。
 ただそれだけの動作で場の空気が豹変する。ヤクモから放たれる極限まで研ぎ澄まされた鋭利な殺意は、生存本能を刺激する死の恐怖を煽り立てる。
 周囲の者達は固唾を呑んだ。忍の常識が通用しない――剣鬼が、其処にはいた。
 その間合いに足を踏み入れた者は死あるのみ、と初見である筈の者達が理解せざるを得ないほど人外魔境と化した。

(……全く、本当に生まれる世界間違えているよ)

 ユウナは日向流独特の構えを崩し、両の手を強く握り締め――じりじりと、間合いを詰めていく。
 見る立場の者からしても正気の沙汰ではない、心臓を圧迫するほど異なる光景だった。
 気の遠くなるほどの速度で死の間合いを詰めていき――多くの者達がまだ安全圏内と思っていた距離で、その秘剣は音を置き去りにして振るわれた。

「――ッッ!」

 大抵の者の予想を裏切って不可解に伸びた一閃は、されども既に其処が致死圏内だと理解していたユウナにほんの一瞬だけ疾く斜め横に踏み込まれて回避される。
 ユウナは止まらず駆け抜ける。足裏に著しく集中したチャクラは驚くべき瞬発力を生み、間合いを切迫する。

(チィ、やはり踏み込んできやがったか――!)

 ――此処に至るまで高度なやり取りはあれども、これは単純に間合いの勝負と言っても過言では無い。
 刀が役に立たぬ零距離まで踏み込むか、踏み込まれる前に斬り伏せるかの勝負である。元より日向の業は相手の懐に入らなければ意味を成さず、如何に躱して踏み込むかが命題と言えよう。

「貰ったァ!」
「チィッ!」

 絶好の機会を得たユウナの拳が心臓目掛けて撃ち放たれ、ヤクモの苦し紛れの二の太刀が胴元に振るわれる。
 鍔元では如何に鋭利な刃と言えでも切り裂けて一寸程度。対してユウナは一撃で
内外を破壊する凶悪な致命打――早々に勝負がついたと思いきや、ヤクモの刀身から目映い紫色の閃光が生じる。その銘の通り、紫電は駆け抜けた。

「――ぐあぁ!」
「んぐぅ――!」

 結果としては相討ちになって、互いに不恰好に吹き飛び、再び距離が開く。
 ユウナの拳は心臓部分を穿ち貫くも経絡系までチャクラを流せず、ヤクモの刀から放たれた苛烈な雷も全身までは浸透しなかった。

「~~ッ、相、変わらず反則的だな! 柔拳か剛拳か、どっちかにしやがれ……!」
「痺れ、たァ……! いつの間に雷の性質変化を。この非常識な奴め!」




「――嘘。ユウナはともかく、ヤクモまでこんなに強いなんて……!」
「ヤクモの太刀、異常に伸びたってば!? 何だかビリビリしてるし!」

 サクラは驚愕の表情を浮かべ、ナルトも手摺から身を乗り出して試合を眺めている。
 アカデミー時代のヤクモは他人に真剣を振るう事は一度も無かった。理由は簡単、大抵一撃で殺傷してしまうからである。

「けれど、柔拳使ってりゃ今ので勝負決まってたんじゃねぇのか? どうなんだよ、ルイ」

 珍しく話しかけてきたシカマルに、手の内を解説するのもなぁと難色を示したが、自分のじゃないのである程度は良いだろうと勝手に妥協する。

「掌底でしか経絡系にチャクラを流し込めない、そんな固定概念は最初から存在しないわ。日向流を極めれば肘でも膝でも内部を破壊出来るし、剛拳を使えない理由もまた無いわ」
「まあ、今回の場合はあの電流受けて身体の機能が一瞬麻痺し、正確に流し込めなかっただけだな」

 後半の解説はカイエのものである。余程暇だったのだろうか?

「じゃあじゃあ、あの紫色の雷は?」
「ありゃチャクラ刀の一種だな。術者のチャクラの性質に従って変化する忍具だが、雷の性質変化とは珍しいな」

 それに反応したのは同じく飛燕の使い手であるアスマであり、彼はしみじみとカカシの方を見て語る。

「……性質変化ってなんだっけ?」

 ナルトは首を傾げ、さも当然の如く質問する。
 それぐらいの基本知識、ちゃんと覚えておいて欲しいが、これが作者の劣化補正なのか本人の頭の出来の悪さなのかは永遠の謎である。

「……またお馬鹿な発言を。いい? チャクラには性質と呼ばれる特徴があって、基本的に火・風・水・雷・土の五種類で、これが忍五大国の名の由来でもあるの。ある程度以上のレベルの忍術には、この性質をチャクラに持たせた上で使用する術が多く存在し、『火遁』『風遁』『雷遁』『土遁』『水遁』などと呼び、これらを性質変化というの」
「……ん~、えー、おぉ、なるほどぉ! 流石はサクラちゃん!」
「本当に解ったのかしら……?」

 それが必要になる頃には再び説明しなければ駄目だろう。
 しかし、思うのだがサスケにしろ誰かにしろ、そういう基本的な性質変化の修行を通り越して火遁・豪火球の術を会得したりしているのはどういう事なのか。非常に理不尽である。
 私だって性質変化の修行は広く浅くやった。
 持ち前の火の性質変化の熟練度が十だとすると、土が四、他の性質変化は一未満である。水と雷とは致命的に相性が悪いので、写輪眼で術を盗んでも即座にコピーまでは出来ないのである。

「ていう事は、あれって水の性質変化?」
「え?」

 そんな何気無いナルトの言葉に意識が戻される。
 先程から一変した下の試合場を俯瞰し、何方も無事じゃ済まないな、と私は少し危惧した。




「――第二ラウンド、開始という処かな」

 ユウナの分身体が試合場を埋め尽くす。
 数にして数十体余り。通常の分身の術と違い、宛も実体があるように錯覚させる、幻術の色合いが強い朧分身の術である。

「……げ。まさかそれで――」

 全てのユウナの掌から、次々と小さな水の球体が生じる。
 水の性質変化によって作られた拳大の水球は所狭しと周囲に展開され、一斉にヤクモに殺到した。さながらそれは弾幕が如く――。

(――水遁・浸水爆。ユウナが開発したオリジナルの忍術。高密度に圧縮された水のチャクラはユウナの完全制御下にあり、一発でも触れたら最後、経絡系まで水のチャクラが浸透して内部をズタズタに破壊される。言わば日向の柔拳の飛び道具バージョンであり、純度100%のチャクラである分、破壊力は上という反則技じみた仕様――)

 経絡系を視る事が出来ない写輪眼ではコピーしても無駄な忍術、とルイは勿体無さげに締める。
 万能技と呼んでも差し支えない術だが、弱点が無い訳ではない。
 一つは外的衝撃で簡単に霧散する事と、もう一つは見た目の割にはチャクラ消費が激しくて乱用出来ない事である。
 その二つの欠点を補う為の朧分身の術も、写輪眼や白眼の前には透けて見える。事実、百近くの水球がヤクモに押し寄せているものの、今現在の本命は唯一つしかない。
 ――つまりは見抜く眼が無い者にとって、これほど悪辣な攻撃手段は他にあるまい。砂漠の中に埋もれた一粒の真珠を探す事と同じような次元なのだから。

「――グ、このォオオオォ!」

 そしてヤクモが取った行動は、刀の柄に両手を添え、全方位から迫る水球を悉く薙ぎ払うだった。
 莫大なチャクラが刀に注ぎ込まれ、刃渡り二倍以上のチャクラの雷刃が形成される。それをヤクモは四方八方、縦横無尽に振るいに振るった。斬り応えの無さを歯痒く思いながら。

「てやああああああぁ!」

 此処に至ってヤクモが初めて疾駆する。迫り来る水球を悉く斬るだけには留まらず、幾多の分身体を次々と辻斬り気味に薙ぎ払っていく。

「――ッ!?」

 幾ら朧分身が消えないとは言え、この調子ならば偶然斬り伏せられる可能性がある。
 危機感を抱いたユウナ達は右掌に水球を、左掌の指の間に四本のクナイを挟み、撃ちに撃って投げに投げた。

(なんじゃそりゃ!? 弾幕に厚み増しやがって……! テメェこそいる世界間違えてるぞッ!)

 眼を覆いたくなるほどの水球とクナイが織り成す、幻想的な弾幕が繰り広げられる。
 その殺人的と呼べる物量は既に捌き切れる許容量を超えており、ヤクモは水球を優先的に捌いて驚異的な脚力で駆け抜けるものの、右頬や左上腕に胴体など、偶発的に掠るクナイで小さな負傷を増やしていく。

(これじゃ浸水爆に当たるのも時間の問題だ。下手に見えているから性質悪いな――)

 ――ならば、その処理出来ない圧倒的な視覚情報こそ邪魔だと、ヤクモは自ら眼を瞑った。
 余りの自殺行為に見物していた周囲の者達から悲鳴が漏れる中、視界が鎖された暗闇の中で聴覚・嗅覚・触覚に意識を爆発的に集中させて――一筋の光明を見出した。
 何て事は無い。其処には飛翔する数本のクナイと左右から迫る二つの水球、そして唯一人のユウナしかいない。
 自分に迫り来るクナイを叩き落し、ついでに二つの水球を一太刀で斬り捨て、驚愕を浮かべてるであろう本物のユウナに斬り掛かり――手応えこそ感じたものの、浅いと舌打つ。

「……やりゃ出来るもんだ」

 眼を開けば溢れんばかりの朧分身は消え失せており、薄皮一枚で済んだが、余波の雷で焼かれ、動きを止めたユウナが苦痛で顔を歪ませていた。

「……まさか心眼で見破られるとはな」
「便利な眼に頼りすぎなんだよ」
「言えてるな」

 二人は息切れしながら凄絶に笑い合う。
 互いにチャクラとスタミナを大量に消耗した今、次の攻防が勝負を別つ事を理解した上で――。




「最終ラウンド、だな。頼むから死ぬなよ」

 ヤクモは剣の握りを変え、自身の眼下に刀を水平に構え、刃の穂先を指の間で挟む。
 歯が砕けんばかりに食い縛り、柄を掴む右の二指と穂先を摘む左の二指にチャクラが集中し、仄かな紫電が激しい音を立てて迸る。

「……うわぁ、殺す気満々じゃないか」

 ユウナに死相が浮かぶ。全身の細胞が恐がり、戦闘そのものを拒否する。
 恐怖に飲み込まれる前に、ユウナは自身の点穴を突けるだけ突き、自身のチャクラを極限まで増幅させる。
 体内の末端神経まで駆け巡る凄まじきチャクラの胎動を実感し、するものの――相当分の悪い賭けだと内心毒づく。
 ヤクモのあの構えに対峙するのは初見だが、完成形を知っているユウナにとって初見ではないようなものだ。
 しかし、あの魔技を破れるかと問われれば――否、だろう。
 普段のヤクモの剣閃でさえ紙一重で躱せるかどうかなのに、それより圧倒的に上回る斬撃が来れば呆気無く死ねる。

(――だが、手が無い訳でもない)

 止め処無く滲み出る口内の唾を呑まず、ユウナは全神経を目の前の敵に集中させる。今までに無いほど眼の周囲の毛細血管が力んで浮かぶ。
 ――その膠着状態はほんの一瞬だったが、二人にとっても見守る者達にとっても永遠と錯覚するほど長い時間だった。

「……ッ!」

 ユウナに生じたチャクラの一瞬の揺らぎをヤクモは見逃さず――来ると感じ取った瞬間、不意に訪れた右眼からの強い衝撃に気取られて、意図せず瞑る、否、潰された。

(んな、唾をチャクラで増強して目潰しだぁ!? コナクソオオオオオオォ――!)

 刹那の狂いが生じて神速の魔剣が解き放たれた時、ユウナは出来上がったヤクモの死角に死中の活を拾わんと飛び込んでいた。
 その尋常ならぬ疾走は地を滑降するように極限まで低い姿勢で滑り込むものであり、それを見ずに理解したヤクモの剣閃が下向くが、その刃の穂先にユウナの体は一部分足りてもなかった。

(――勝った……!)

 地から跳ね上がるユウナの右掌には莫大なチャクラが濃縮された水の球体が握られていた。
 ユウナが独自に開発した忍法、水遁・浸水爆が最も効力を発するのは直流しである。宙を飛翔する際に消耗するチャクラをも攻撃に費やせば、相手の身体の全権など一瞬にして掌握出来よう。

「――!?」

 勝利を確信したユウナの誤算は唯一つ。刃先を解き放って自由になったヤクモの左掌に渦巻く雷のチャクラの存在だった。
 それは凄まじい稲妻を撒き散らしながら乱回転して渦巻き、最終的に完璧な球体まで圧縮して振り下ろされた時、ユウナは理解するより疾く自身の水のチャクラに同様の乱回転を加えて押し留め、雷の球体目掛けて振り上げた――。




 ルイの写輪眼だけが二つの螺旋丸の衝突を、その一部始終を見届けた。
 完璧な球体が衝突し合い、天から振り落とされた紫の稲妻と地から振り上げられた蒼の渦潮が苛烈に鬩ぎ合うが、拮抗は一瞬にして崩壊する。
 紫の稲妻は乱れに乱れ、ヤクモの左腕を容赦無く焼きながら激烈に迸り、蒼の渦潮は崩れに崩れ、ユウナの右腕を遠慮無く引き裂きながら猛烈に流れ――チャクラが弾けて、二人は彼方の壁際まで吹っ飛んだ。

(――術の構成が甘い。素の螺旋丸でさえ完全に留め切れないのに、性質変化させたものを制御するなんて不可能だわ。奥義級の忍術の衝突だけど、二人とも完全無欠なまでに自滅だね……!)

 冷静に術を分析しながらも、ルイは二人の安否が気懸りで居ても立ってもいられなかった。死の可能性さえ在り得ると思案し、脳裏に過ぎった最悪の予感を必死に否定する。

「――審判ッッ!」

 弾幕が撃ち放たれた辺りから観客席に避難していたハヤテに、カイエはすかさず叫んで試合の審議を求める。

「……えー、二人とも戦闘続行不能と見做し、予選第十一回戦は通過者無しです」

 ハヤテの宣言と同時に、ルイは慌てるカイエより疾く試合会場に飛び込んだ。
 二人の安否を心配して涙ぐんでいた顔が、仮面を投げ捨てて素を曝け出した表情だと、一瞬遅れたカイエだけが気付いたのだった――。






[3089] 巻の19
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/01 23:34




「馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、この大馬鹿者おおおおおぉー! あんな未完成な術をぶっ放す馬鹿が何処に居るかぁ! 下手すれば腕が吹っ飛んでもげていたし、もしかしたら即死していたところだよっ! ……ちょっと、きぃーいーてぇーいーるぅー!?」
「ル、ルイ! 落ち着け、お前が二人に引導渡してしまうぞ!? 治療するか説教するか、頼むから何方か一方にしてくれ! メディック、メディィーック!」

 凄まじい剣幕だった。カイエは怒りが頂点に達した血塗れのルイを物理的に押さえるので手一杯であり、傍らで待機していた医療忍者は巻き込まれないように十歩は後ろに下がった。

「い、いや、まぁ……あの状況は仕方なかったと。状況的に出せる術なんてあれしかなかったし、まさか意図せず雷の性質変化起こるとは思わなかったしなぁ!」
「……上に同じ。此方もやらなかったら血祭りに上げられていたから、未完成な術を使わざるを得なかった。……全面的にヤクモが悪い」
「ちょ、おま。全部オレに押し付ける気かよ!?」

 ヤクモとユウナが責任を巡って言い争うとするが、ルイの一睨みで静まり返る。
 凄まじい怒気を含んだ視線にたじろいだ二人は、まさに蛇に睨まれた蛙に過ぎなかった。

「――二人とも、最初に言う事があると思うんだけど?」

 眼も顔も全く笑って無かった。ルイが時折浮かべる笑顔に恐怖を覚えた事は幾度もあれども、今のこれはそれを圧倒的に凌ぐものだった。

「……すまんかった」
「……ごめん」
「うん、許さない!」
「「な、なんですとぉー!?」」

 この我を失うほどの激怒の情が心配の裏返しである事は明白であり、客観的に見れば微笑ましい光景に見えなくも無い。
 此処までこの少女に想われているとは果報者め、とカイエが心の内で微笑んだ直後、ルイは脱力したように崩れて地面に尻餅付く。
 当然と言えば当然だ。何時ぞやの任務の時のように八門遁甲の体内門を七門まで抉じ開けて、ほぼ全てのチャクラを治癒に費やしたのだ。今まで倒れなかった方が不思議である。

「……っ、やっぱりチャクラ使い過ぎたぁ~。目覚めたら、おぉぼぉえぇてぇろぉ~……」
「ルイ! おいこら医療班、何ぼさっとしてやがる! 三人纏めて運べぇー!」

 意識が薄れて途切れる刹那、この胸に沸いた怒りを如何に晴らそうかと思案し――この無防備極まる状況下、薬師カブトに攫われる可能性を視野に入れてなかった事にルイは今更ながら気づき、もはや後の祭りだと後悔した。


 巻の19 予選閉幕し、本選まで一ヶ月の猶予を得るの事


 その攻防の果てに、木ノ葉の上忍達は一同にざわめいた。

「馬鹿な、まさかあの螺旋丸を……!?」
「……いや、不完全だったが違うよ。あの螺旋丸に性質変化を加えたものだ。……全く、大した奴等だ」

 ガイが唸り、カカシが驚嘆し、アスマが口をぽかんと開けている。
 確かにあれは下忍の域に留まらぬ忍術だったが、結局は自爆に終わった。そんな不完全な術にこれほどまでに驚く理由が思い当たらず、夕日紅は一人困惑する。

「カカシ先生、その何とかガンって?」
「……四代目火影が遺した忍術だ。高速に乱回転させたチャクラを掌程度に圧縮する事で破壊力を究極まで高めた超高等忍術だ」

 ナルトの問いにカカシは振り向かずに答える。
 そう、それが螺旋丸である。彼等二人がやったのはその螺旋丸を真の意味で完成に至らせようとした試み――つまりは、四代目火影を超える挑戦に他ならない。

「その余りの会得難易度から、使い手は伝説の三忍の一人である自来也様にあそこにいる青桐カイエ、其処のコピー忍者のはたけカカシの三人だけだったが――まさか、ヤクモとユウナに伝授出来たとはな」

 アスマは一体どんな魔法を使ったのか、畏怖を籠めてカイエを眺めていた。
 担当上忍として指導してから僅か三ヶ月余りでルイには八門遁甲の体内門を、ヤクモとユウナには螺旋丸を会得させるなど在り得ないの一言に尽きる。

「相討ちになるとはな……」
「へっ、運が良かったじゃん――だが、一番厄介な奴の手の内が見れないとは痛いな」

 テマリが呟くように感想を述べ、カンクロウは安堵と懸念を同時に抱く。
 あの二人が共倒れになった事は僥倖だが、我愛羅に匹敵する化け物であろううちはルイが何一つ手を明かさずに予選突破したのは相当の痛手である。

(それにまた我愛羅が不安定になってるじゃん)

 傍らで昏い殺意を煮え滾らす我愛羅に、カンクロウと砂隠れの担当上忍のバキは揃って溜息をついた。

(おいおい、ユウナもヤクモもこんなに強くなってるなんて。一体どんな修行しやがったんだ……? ルイもこれに近い実力を持っていると見て、まず間違い無いだろうなぁ……)

 予選の最後を飾るには勿体無さ過ぎる試合だった、とシカマルは面倒そうに思う。
 そして前の試合――日向の宗家と分家の試合を思い出し、宗家なのに正統派じゃないユウナがネジと戦えばどうなったのか、などと興味を持ってネジを眺めたが、シカマルは即座に眼を逸らして見なかった事にする。
 其処にはユウナ唯一人を白眼を発動させてまで睨むネジが、嫉妬を超えて憎悪の炎を燃え滾らせていた。

「……リーさんには何もしなかった癖に」

 先程とは違って試合が無い事が確定している状況だと理解すれども、サクラは文句じみた言葉を呟かざるを得なかった。

「サクラ。――ルイはな、リー君と同じように足りないチャクラを八門遁甲の体内門を開けて補っている。それがどれだけ危険な行為かは言わずとも解るな?」
「え……!?」

 此処に至ってサクラは、大切な仲間が傷ついても何も出来ない無力な自分と比較して嫉妬していた事に気づき、己が唇を強く噛む。
 彼女ならばサスケやナルトが傷ついて倒れた時、的確な治療を施せて早々に戦線復帰出来ただろうと、サクラは自虐的な思考一色に染まる。

(……五日前の時に四門のチャクラまで使い果たしていた。一度使い果たせば回復には相当の時間が掛かる。恐らく彼女は五門以降の体内門を抉じ開けたのだろう)

 サクラの様子から目を外し、カカシは強引な力技で治療したルイへ視線を向ける。

(柔拳一辺倒じゃなく多彩な術を持つ日向ユウナ、接近戦で真価を発揮する黒羽ヤクモ、高度な医療忍術で後方援護するうちはルイ。いや、あの娘はそれだけじゃあるまい――)

 更には大蛇丸をも退けた黒い火遁――麻痺で意識が薄れる中、カカシは確かに見届けた。既存の火遁の術とは比較対象にすらならない、あらゆる存在を瞬時に灼滅させる強大無比な黒炎を。

(……どうにも実力を隠している節があるな。その真偽が判明するのは一ヵ月後か――)

 そう思考し、担当上忍であるカイエに聞けば良いかとカカシは遅れながら気付いたのだった。




 己が班の三人を見送り、カイエは一人上の階に帰ってきた。

「カイエ、あの二人に螺旋丸を教えたのか?」
「見せた覚えはあるが、教えた覚えなど欠片も無いわっ! これだから天才は大嫌いだぁー!」
「まぁまぁ。……で、三人はどうなんだ?」

 まるでこの世の理不尽を嘆くように喚くカイエを横目に、カカシは相変わらず独特な調子だなと苦笑する。

「ルイが後先考えず治療したからヤクモとユウナの腕は大丈夫だ。だが、ルイは数日間ぐらい目覚めないな」
「そうか。ところで、カイエ。ルイだが――」
「ちょっと、一体どんな魔法使って鍛えたの? カイエ」

 肝心な部分を紅の横槍で遮られ、カカシは半目で紅を見るが、それ自体はいつも通りなので当の本人に気づいた様子は無かった。

「忍者なのに魔法なんざ使うかっ。努力しかしてないぜ。――フッ、秘訣はこれだ!」
「そ、それは……」

 やたら機嫌良い笑顔を浮かべて懐から出したのは、根性という文字が目立つ重し入れであり、瞬時に紅の表情が引き攣った。

「ガイ印の根性ベルト! これでオレ達は強くなった!」
「え……? まさか、本当にそれを全員に……?」

 紅が心底信じられないといった表情を浮かべる中、ガイは無言でカイエと強く握手を交わした。
 其処には理解したくない暑苦しい友情があった。他の上忍達は思わず頭を抱えた。

「……頭痛くなってきたわ……」
「全くもって、非常識な……」

 呆れ果てた紅に、アスマは力無く相槌を打った。

「ん、本選の組み合わせが決まったようだぜ」

 そのカイエの言葉に他の者も一斉に視線を下に向ける。
 下では下忍達が籤引きをし、出来上がった即興のトーナメント表を、特別上忍であり、顔の拷問傷が目立つ第一試験官の森乃イビキがお披露目する。
 上のフロアに待機する上忍達には豆粒ほどの文字でしかなかったが、全員が何ら問題無く目視する。

(一回戦がナルト対ネジで、二回戦が我愛羅対サスケか。面白い組み合わせになったもんだ)

 現状では勝機など微塵も無いが、その計り知れぬ成長性ならば一ヶ月後は解らない、とカカシは冷静に分析する。

(三回戦にカンクロウ対シノか。まあ、あの子なら心配無いわね)

 砂隠れの三人は既に下忍の領域では無く、あの傀儡師も全てを出し尽くした訳では無いが、油女シノとて予選で持てる力の全てを出し尽くした訳ではない。
 彼ならば問題無いだろう、と紅は自信を持って断言出来る。

(四回戦がテマリ対ドスで、五回戦がルイ対シカマルか。予選といい、相変わらず女に縁があるな)

 如何に本人にやる気を出させるかが課題だな、とアスマは苦笑する。それ故にカイエの反応を見逃していた。
 カイエは頭を抱え、見上げるように天井を仰ぎ、先にシカマルの冥福を祈った。




「写輪眼対策ぅ? おいおい、ルイ相手にそれは必要無いだろ」
「なんでそう言い切れるんだ?」

 予選と諸々の説明を終えた解散後、木ノ葉隠れの里の帰りの道中、シカマルから飛び出した素っ頓狂な物言いをアスマは頭から否定する。

「写輪眼とはな、うちは一族の一部の者にしか発現しない血継限界だ。うちはだからって必ず発現するとは限らんよ」
「そうよー。天才のサスケ君ならともかく、落ちこぼれのあの娘が使える訳無いじゃん。あんな女、本選でボッコボコの三十二連コンボよー!」

 いのはサクラと相討ちになったに関わらず、元気良くはしゃぐ。シカマルはやる気無く溜息をついた。
 尚、チョウジは病院送りになったのでこの場にはいない。

「……治療忍術ってのは、三ヶ月程度で極められるお手軽な忍術なのか?」
「いや、極めて繊細なチャクラ操作に膨大な量の専門知識が必要だから、そう簡単にあの領域までは……担当上忍のカイエにしたって、体術特化だから教えられる訳が無い」

 自分で喋り、アスマはそれが如何に異常だったのか気づく。
 下忍の班編成を決める時、担当上忍には各生徒の成績を見る機会が与えられるが、うちはルイは完全に手抜きしていた奈良シカマルとうずまきナルトと同レベルであり、目立ったスキルは無かった。
 そんな彼女があれほどの医療忍術を使える理由は、既に習得していて隠蔽していたか、若しくは――。

「――写輪眼が使える、その前提で考えた方が自然だろ?」

 実際には写輪眼も使えて、既に習得して隠蔽していたという両方合わせた理由なのだが、何も知らぬ者が察するには酷な真実である。
 其処まで聞いてアスマは一考する。元より写輪眼が無いルイならばシカマルの敵では無いし、写輪眼が使えたら瞳術による幻術で瞬殺され兼ねない。
 可能性の域に過ぎないが、対策を練るに越した事は無いだろう。
 しかし、三年前にうちは一族はほぼ皆殺しにされ、交戦経験が皆無に等しいアスマでは対策の名案などそう簡単に思い浮かばない。
 木ノ葉で写輪眼を持つ唯一の上忍、はたけカカシはサスケに付きっ切りだろうし、そのライバルを自称する彼にしても――。

「話は聞かせて貰ったぞ! 青春してるなーお前等ァ!」
「……ガイ、なんで此処にいるんだ?」

 丁度、アスマが思い浮かべた途端、濃い顔に白い歯をキラッと光らせたマイト・ガイは唐突無く出現した。いのはその碧の奇獣を一目見て、猛烈に引いた。

「カカシとの幾十に渡る対戦から写輪眼対策においてオレの右に出る者はいないと自負している! どうかね、シカマル君。この一ヶ月間、オレの修行を受ける気はあるかね!」

 親指をグッと立て、ガイは爽やかな笑顔で熱く語りかける。一々繰り出されるオーバーリアクションに、アスマは疲れたように溜息をついた。

(おい、ガイ。何勝手に話を進めてやがる)
(青春の熱く燃え滾る情動を止めるのは無粋だぞ、アスマ)

 小声で話しかけて文句言うアスマに、ガイは動じず受け答える。
 だが、それもシカマルの顔を一目見て止めた。いつもやる気無いシカマルに、珍しくやる気――決意に似た輝きがあった。

「ガイ先生、でしたっけ。よろしくお願いします。いいよな、アスマ?」
「しゃねぇな。勝手にせい」

 自らの教え子を他人に委ねるのは癪だが、写輪眼に関して彼が誰よりも適任である事は認めている。
 まるで自分の手から離れたような一抹の寂しさを感じ、アスマは焼きが回ったと内心苦笑した。

「良し、まずはこの根性ベルトを付けるんだ! オレやリー、そしてカイエの班はこれをつけて強くなった!」

 ガイの懐から颯爽と取り出されたのは、リーの両足に巻き付けていた根性の文字が嫌でも眼に入る重し入れであり、早まってしまったのではないかとシカマルは自身の選択に早速疑念を抱いたのだった。




 地に落ちる水滴の音が妙に耳に響く。
 気づけば其処は深い暗闇の中だった。一体どういう経緯で監獄じみた場所に寝転がっているのか、想像だに出来ない。
 体全体に浸透する気怠さで思考が夢幻に惑う中、動こうとして部分部分に走った痛みに悶える。

「……っ」

 忍装束の上から縄で縛られていた。それもご丁寧に亀甲縛りで、股縄が痛い。
 三年前の屈辱が鮮やかに蘇る。こんな醜態を他の誰かに見られたら羞恥心で死にたくなる。早く逃げ出さないと――。

「――あら、やっと目覚めたのね。待ち侘びたわぁ」

 その身震いするほど気色悪い声に思わず顔が引き攣る。
 心臓を鷲掴みにする殺人的な威圧感に魂の根底から震え、何一つ抵抗出来ない絶望感が脳裏を埋め尽くす。状況は最悪を通り越して詰んでいた。

「大蛇、丸……」
「――そう、その顔よ。籠の中の鳥が見せる絶望と恐怖に染まったその表情、見たかったわぁ」

 吐き気を及ぼすほど醜悪な嘲笑を浮かべ、舌摺りしながら大蛇丸は近寄ってくる。
 余りの悍ましさに、気が動転して後ろに這いずる事すら儘ならない。

「火傷が疼く度に考えたわ、どうやってこの苦痛と屈辱を返すか。でも、今となっては考える必要すら無いわねぇ――もう、幾らでも思う存分に晴らせるのだから……!」

 恐怖が臨海まで達する。零れそうな悲鳴を押し殺し、眼を頑なに瞑り、瞑ったのに強制的に開かれる。
 そして眼に映ったのは情動任せて血走った大蛇丸の貌では無く――染み一つ無い白い天井だった。

「――夢?」

 近年稀に見る最悪の目覚めだった。




「ルイちゃん機嫌悪いねー、どうしたの?」
「夢に大蛇丸が出たのよ」
「あ、はは……それは嫌だね、一生涯御免被るわ~」

 木ノ葉隠れの里の近郊に聳える断崖絶壁の崖、その頂上にてルイはカイエにヤクモにナギと合流する。
 病院から口寄せた六尾を頼りに直行したルイは今し方、後ろ髪を一本の三つ編みに結う。髪をおろした姿は中々新鮮だったのに、とヤクモは少し残念に思っていた。

「ユウナはどうしたの?」
「……あー、親父さんとワンツーマンで御指導受けてるよ。今日当たり来るんじゃね?」

 分家の者が本選出場果たしたのに宗家の者が予選落ちとは弛んでいる、とヒアシに問答無用に扱かれている事に、ヤクモは僅かながら罪悪感を覚えた。
 ……その、余りにも悲惨な修行光景を目の当たりにしたが故にである。

「ほらよっ、鞘、仕立てといたぜ」
「さんきゅー」

 いつも通り、三つ編みおさげが完成した後、ヤクモは鞘を拵えた草薙の剣を投げ渡した。
 中忍試験の本選までの一ヶ月、九班の面々とナギは外部からの接触を極力断つ予定である。
 こんな時期に堂々と里にいては、いつ音隠れの間者に襲われるか、解ったものじゃない。それ故に、原作のカカシとサスケのように雲隠れしながら修行する事になったのだ。

(……それにしても、滅茶苦茶腹立たしい。何で夢の中の私は天照であの気色悪いオカマを焼き払わなかったのやら。カブトにしたって、大蛇丸に重傷負わせたから行動不能だっただろうに)

 ルイは予選から三日間倒れていた事を歯痒く思い、夢見の悪さに際限無く文句を並べていた。

(でも、あんな状況になったら間違い無く目隠し付けられて打つ手無しになるだろうなぁ。嗚呼、忌々しい……!)

 ルイの中でふつふつと怒りが湧き上がって来る。
 先程から意図せず写輪眼を発動しているのは漏洩する心配が無いという安心の裏返しであるが、ヤクモやナギにしてみれば心臓に宜しくない状況だった。
 カイエ一人だけが我関せず欠伸する中、絶壁から誰かが登ってくる音が聞こえる。

「ユウナ、遅かった、ね――!?」

 息切れしながら現れた人物はそもそも男性ではなく、桃色の髪の毛が特徴的なくノ一であり――彼女、春野サクラが最初に見た光景は、三つ巴の写輪眼を浮かべたルイの姿だった。

「ルイ? その眼――」

 その時、ルイの脳裏には走馬灯に匹敵するほどの情報や思考が渦巻き、混乱の極致に達した。

 ――三択、一つだけ選びなさい。
 答え①殺す
 答え②落とす
 答え③万華鏡写輪眼(月読or天照)

 全部同じ結果を生む事に気づくのに、相当の時間が必要なほどルイは慌てに慌てたのだった。




[3089] 巻の20
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 18:13




 春野サクラがうちはルイを見かけたのはほんの偶然だった。
 病院に見舞いに行ってもサスケの行方が知れず、意気消沈している中、癖毛の長髪を靡かせて忙しく疾駆するルイの姿を目撃する。

(……いつもおさげなのに珍しい――じゃなくて、あれ? ルイも病院で絶対安静だった筈なのに、一体何処へ……?)

 予選での治療でチャクラを使い果たし、その間々寝続けている事は人伝に聞いた話である。
 ――もしかしたら、彼女はサスケの居場所を知っていて、其処に向かっているのかもしれない。そんな突拍子も無い思考が渦巻いた瞬間、サクラは居ても立ってもいられず、ルイの後を追った。

(――速っ。病み上がりの癖に全然追いつけない……!)

 忍ぶ事を忘れて全力で追跡するが、サクラとルイの差は開くばかりだった。
 酸素が不足して脳に行き渡らない中、三日も寝続けた彼女にサスケの今の居場所なんて知る由も無い事に気づく。サスケが居なくなった事自体、ルイは知らないかもしれない。
 そうと気づけば追う理由など無いのだが、それでもサクラはルイを追い続けた。
 激しく息切れする中、サクラの脳裏に過ぎったのは学院時代の彼女の在りし日だった。
 成績は常に最下位に近く、何をやっても出来ない落ちこぼれの少女だったが、うちはサスケの一番近くにいたのは間違い無く彼女だった。
 サスケの事に関しては一歩先んじていると劣等感を抱くも、全てにおいて遅れを取る劣等生の彼女には優越感を抱いていた。

(……情けない。私は、あれから――)

 ――けれど今は、そのルイの後ろ姿すら見えない。
 その優越感がもはや過去のものに過ぎないと、サクラの中で完膚無きまで崩壊した。

「はぁ、はぁっ……崖? ルイは、何処に……」

 目の前に聳え立つは断崖絶壁。ふと空を見上げれば、ほぼ垂直に等しい絶壁を飛び登るルイの姿があり――恐らくは一度も下を見向く事無く頂上へ消えて行った。
 まるで天高く舞う鷹であり、それに対して自分は地を這いずり回るだけの蛞蝓だとサクラは自嘲し、心が折れそうになる。
 自分ではあんなに軽快に登る事は出来ない。不可能だ。諦めようとした時――やる前から尻込みする弱気な自分に苛立ちが頂点に達し、サクラの中で何かがぷつんと切れた。

「――なめんなコンチクショー!」

 サクラは自身に喝を入れ、足裏と両掌にチャクラを集中させる。
 登るだけならばいつぞやの修行でやった木登りと同じ要領だった。集中させたチャクラに吸着力を生んで、ひたすら攀じ登っていく。
 先程のルイのように、チャクラの瞬発力によって止まる事無く上がるのは初見で出来そうに無いが、不可能と思えた断崖絶壁をサクラは見事に乗り越えた。

「ユウナ、遅かった、ね――!?」

 頂上に居たのはいつも通り、一本の三つ編みおさげに結ったうちはルイであり――普段との差異は、その眼に浮かぶ色鮮やかな三つ巴の写輪眼だけである。


 巻の20 其々の修行が始まり、ルイの堪忍袋の緒が切れるの事


「――なんで此処に来たのか、聞いて良いかな?」

 普段より一段と低くなった口調で、無表情のルイから掛け値無しの殺意が放たれる。
 チャクラの質が禍々しく変異しており、まるで二次試験で呪印に支配されたサスケ――否、その呪印を与えた大蛇丸に相違無いとさえ感じる。

「ま、街で見かけて、それで、その……」

 サクラが敵意に飲み込まれながらも言い返せたのは、二次試験で大蛇丸の殺気を体験していた事と、ルイへの対抗心の強さ故だった。

「そうかぁ――」

 自身の冷静さの欠如と迂闊が招いた失態である事に、ルイは顔を歪ませて内心舌打ちした。
 それと同時に、この事態を如何に収拾つけるか、全力で思索する。

(うわぁ、サクラの追跡に勘付けないほど冷静さ欠いていたのか。流石は大蛇丸、夢に出てきただけで破壊力抜群だぜ)

 場の雰囲気に呑まれ、ヤクモと他二人は固唾を呑んで見守る。
 とても今から「おお、それはまさに写輪眼。ついにルイも修行の末に発現したかぁ!」などと誤魔化せる空気ではない。
 ルイの事だから短絡的な行動を取る事は無いだろうと思うが、既に草薙の剣の柄を握って殺す気満々な気配でいるのは眼の錯覚と信じたいヤクモだった。

(……これが、ルイ? これじゃまるで音隠れの奴等に襲われた時のサスケくんじゃない……!? それに写輪眼……いや、ルイもうちは一族なんだから不思議な事じゃない。けれど、まるで見られたくなかったような反応、何らかの理由で隠していた……?)

 全ての歯車がぴったり噛み合うような感触を得て、サクラは今の状況が如何に危ういか理解し――それでもルイの写輪眼を強く睨み返した。

「写輪眼の事を黙秘する代わりに――私に、医療忍術を教えて」

 揺るぎ無く毅然とした物言いにサクラは自分で褒めてやりたくなった。
 ルイの殺意が一段と険しくなる。値踏みするようにサクラの眼を見抜いた後――同性の彼女すら見惚れるほどの凄艶な微笑みを浮かべた。

「――見直したわ、サクラ。いや、見縊っていたかな。医療忍術を教える代わりに、私が写輪眼を使える事を絶対に他言しない事。特にサスケに伝わるような事になれば問答無用で殺すから。この条件で良いかしら?」

 そんな理不尽な条件を突き付けておきながら「我ながら最大限の譲歩だね」とのたまう神経の図太さに眼を疑う。
 その初めて見せる一面は恐ろしいほど彼女に似合っており、普段からどれだけ猫を被っていたのかとサクラは恐ろしく思う。

「いいわ、その条件で。……その、よろしく」

 気恥ずかしげに右手を差し出すサクラに、ルイは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、握手を交わした。
 ルイは面倒事が増えたと内心溜息付き、サクラは一番の強敵と化したルイへの対抗心を熱く滾らせた。

「……あれ、なんで春野いるの?」

 その異次元じみた光景を、崖から登ってきたばかりのユウナは己が白眼を疑いながら眺めたのだった。




「ところで、貴女は……?」

 サクラからしてみれば、予選の時にルイの右肩に乗っかっていた黒犬を両手で抱える黒髪紅眼の少女、ナギとは初対面であった。

「あっ、私は岩……ごほごほっ、如月ナギサです。初めましてサクラさん、よろしく」

 ナギは一瞬本名を言いかけたが、咳き込んで誤魔化し、焦って慄きながら丁寧に御辞儀する。

(木ノ葉の下忍? 確かに忍装束だけど、木ノ葉の額当てを持っていない……?)

 同年代の少女でありながら一切面識が無いナギに、サクラは何処か怪しいと疑いの眼を向ける。
 見るからに疑われているナギは掻きたくない冷や汗を流した。

「あの、ナギサさんは――」
「はい、ストップ」

 サクラの言葉を遮ったのは今まで傍観していた青桐カイエだった。
 一難去ってまた一難。カイエは頭を掻き、酷く面倒臭げに重い腰を上げた。

「サクラ君、事情が事情でね、悪いんだが彼女に関しては一切詮索しないように。好奇心は猫をも殺すというが、人間は九つの魂を持つ猫を片付けるより手間だと先生思うんだよなぁー」

 まるで冗談のように軽く言うカイエにサクラは呆気を取られるが、それがどれほど恐ろしい事かは、じわじわと気づく事になる。
 それは正真正銘、最後通告だった。その超えてはならぬ一線を超えようものなら容赦無く始末しなければならない。カイエは溜息付いた
 ――木ノ葉が六尾の人柱力を匿っている。これを知る者は少なければ少ないほど良い。サクラが踏もうとした地雷は、ルイの写輪眼など比にならぬほどの不発弾である。

「サクラ、そんな事はどうでも良いでしょ。医療忍術について話すから清聴するように」
「う、うん」

 有無を言わさぬ話題の方向転換にサクラは根深い疑念を抱く。けれど、同時に探らない方が身の為だと直感的に悟り、自身に言い聞かせた。




「最初に言うけど、私の医療忍術は完璧なまでに生兵法よ。その道を極めたければ私の教えを鵜呑みせず、専門の者に師事して貰ってね」
「……投げ槍ね、最初から」

 やる気無く講釈するルイに、サクラは半目で睨む。
 ルイにしてみれば今の状況は不本意そのものであり、写輪眼の事が無ければ三忍の一人である綱手に全部任せたい処だった。
 紹介しようにも当の本人は今何処にいるか不明であり、残念でならない。

「仕方ないでしょ、専門分野じゃないんだから。とりあえず医療忍術の基本である掌仙術――私なりの修行法を伝授するわ」

 ルイは気怠げにクナイに取り出し、無造作に自身の左掌に突き刺し、駆け抜けた苦痛に顔を少し歪ませながら引き抜いた。
 肉が裂ける音が生々しく、真っ赤な鮮血の香りが鼻についた。

「え!? 一体何を――」

 手の甲まで穿ち貫いた酷い裂傷だったが、ルイは右掌にチャクラを集中させて左掌の負傷をゆっくりと一撫でする。血を拭えば其処には傷痕すら残っていなかった。

「チャクラを集中させ、傷ついた部位を治癒させる。正確に言えば細胞を活性化させて治癒力を増強させているわ」

 本来、医療忍術の実践的な修行には負傷した第三者、またはそれに代わりになるものが必要不可欠であるが、負傷者に事欠かない戦時ならまだしも今の世には絶対的に不足している。
 その点、自らを負傷させて治癒するこの修行法なら一人で事足りる。問題点があるとすれば、自分の治癒と他人の治癒では若干勝手が違う事だろう。

「――言わなくても解ると思うけど、私の医療忍術は私の負傷を塞ぐだけのものよ。他人を治癒するチャクラがあるなら攻撃に回すわ」

 ヤクモとユウナを横目に、ルイは医療忍者にしてみればあるまじき発言をする。
 この正気じゃない修行法を考案したルイが修めたのは、自身の治癒に特化した医療忍術である。それ故に自分の負傷は最小限のチャクラで済むが、他人の負傷だとチャクラが大量に必要になる。

(――目指すものが最初から、決定的に違う、か)

 サクラはその事を念頭に入れて、ルイの次なる言葉に耳を傾ける。

「極めて微細なチャクラ操作が必要だけど、サクラなら多分大丈夫。治癒する云々の感覚は自力で掴んでね。最初は治せないだろうから、掠り傷程度で」

 講義は終わった、と言わんばかりにルイはおもむろに立ち上がる。

「ちょっとルイ、何処行くのよ!」
「秘密の特訓よ。夕食には帰ってくるわぁ――」

 ルイには一ヵ月後の本選があるから仕方ないと、サクラは渋りながら納得する。
 そして覚悟を決め、クナイで自身の腕に小さな切り傷を作り、意気揚々と修行を開始した――。




「さて、以前のおさらいだけど、味方識別と手動攻撃は完璧だね。次は――」
「はいはい、形態変化と性質変化ですねー!」
「違うわ」

 出来の良い生徒のように答えた私をルイちゃんは非情にも一言で斬り捨てる。
 今、私とルイちゃんはサクラの眼が届かぬ場所まで離れ、腰を下ろしていた。
 周囲の眼を気にしないようにこんな僻地に陣取ったのに、サクラの眼を気にしなければならない本末転倒ぶりにルイちゃんは自己嫌悪に陥っていた。
 その主だった原因が自分にあるので、仕方ないと諦めているけれど。

「え、えぇー!? 前に言っていた事と違うような……」
「後から言った方が正しいのよ。本選まで近いし、尾獣のチャクラを使いこなす修行を優先するわ。あの無尽蔵のチャクラを使わないなんて宝の持ち腐れよ」

 確かに形態変化と性質変化は完成する見込みが悲しいほど無い。
 私独自の術である混沌の泥は本当にカオスの権化で、どんな形態変化と性質変化が起こるかは術者である私にも解らない始末である。

「あ、そういえばナルトも同じ修行だねー。……えーと、言いにくいんだけど、私はコンちゃんのチャクラはいつでも引き出せるけど全く制御出来ないの。暴走する原因はいつもコンちゃんのチャクラ漏れだったし」

 今はルイちゃんがコンちゃんを制御している御陰で何事も無く平穏に暮らせるけど、あのチャクラを使おうとすれば、暴走するのは火を見るより明らかである。
 そんな私の弱音を見抜いたのか、ルイちゃんは自信満々にえっへんと慎ましい胸を張る。

「だから私がいるのよ。ナギはナルトで、私はヤマトの役割って事。暴走したら私が抑え込むから、大船に乗ったつもりでチャクラを制御するように」

 そう言って、ルイちゃんは自分の写輪眼を指差す。
 ああ、なるほど。写輪眼の瞳力なら私の――人柱力としての力を制御出来る。暴走する心配無く、何度でもチャレンジする事が出来るだろう。

「う、うん。それは良いんだけど、ルイちゃんは修行しなくて良いの?」
「これは私にとっても修行よ。ナギは強大な尾獣のチャクラの制御を、私は人柱力の力の制御にそのチャクラの吸収・操作――私にとっても魅力的なのよ、その無尽蔵のチャクラは」

 前半部分はともかく、後半部分に疑問符を浮かべる私に、ルイちゃんは自身の右掌にチャクラを集中させて見せる。
 ……うちは一族の人じゃないので見ただけで何の術か解る筈も無いけど。

「過剰分のチャクラは吸引術で貰うわ。この修行が上手くいけばチャクラ不足に悩まずに済むし」

 どうやら予選の時に大蛇丸の部下の人から盗み取ったらしい。

(うわぁ、ルイちゃんがチャクラ使い放題になったら完全無欠だねー。多重影分身の術であの修行とかも出来ちゃうし)

 益々ラスボスっぽくなるなぁと苦笑するも、コンちゃんのチャクラを制御出来るようになれば自分も同じ事が出来る事に気づく。夢は広がるばかりだ。

「よーし、それじゃ張り切ってやるよー!」
「あ、待って。その前に――」

 ルイちゃんは難しい顔して、恐る恐るコンちゃんに触れる。
 この時、この修行が文字通り命懸けである事に、私は未だに気づいてなかったのだった――。




 リーさんが両足に巻いていたようなベルトを両手足に装着して、黒羽ヤクモと日向ユウナは模擬戦を続けていた。
 ヤクモは木刀で、ユウナはチャクラの流し込み無しでだったが、二人の戦いは予選の時と同じぐらい激しいものだった。

(流石にリーさんの重しと同じ重量だとは思えないけど……)

 良く此処まで体力が続くものだと私はただ感心するばかりで――私の修行は一向に進んでない事に苛立ちを募らせていた。
 チャクラで細胞を活性化させて治癒力を増強させる、言葉にするなら簡単だが、その活性化の感覚が全く掴めない。
 幾らチャクラを繊細に操作しても糸口すら見つからず、最初に切った傷の血は既に乾いて凝固していた。もし痕として残ったら――許容出来る出来ない以前の問題である。

「ああもう――なんで出来ないのよっ!」

 積もりに積もった苛立ちが頂点に達し、八つ当たりがてら全力で右手を地面に叩きつけ――自分の短絡的行動を後悔した時、堅い地面は在り得ない音を立てて破砕した。

「「「……は?」」」

 それは正しく偶然が生み出した新手だった。最大限のチャクラを一気に練り上げ、瞬時に拳に集中させて常軌を超える打撃力に変えた感触が、まだ私の掌に残っている。
 ――全身の隅々までチャクラを巡らせ、それをタイミング良く使う技術、それだけはサスケくんより上だと言ってくれたカカシ先生の言葉を思い出す。
 あの時はたかがチャクラ操作だけと落ち込んだが、今なら解る。これを極めれば文字通り必殺になると。そして――まだ、この程度の領域では済まないと強く確信出来る。

「へ……? あ、あのぉ、この惨状は一体何事ですか?」

 ボロボロになったナギサが満身創痍のルイの肩を担いで一緒に帰ってくる。
 ルイは写輪眼で破壊された地面と私を相互に眺めた後、ナギサの腕を振り払ってずかずかと歩き寄って来る。

「……ちょっと。なんで掌仙術教えたのに怪力なのよ!?」
「そ、そんなの私が聞きたいわよッ!」

 いきなり怒鳴り込んできたルイに釣られ、私は咄嗟に言い返してしまう。

「何が悲しくて医療忍者でありながら最前線で肉弾戦を行う本末転倒の戦闘スタイルになるのよ! そんな馬鹿げた忍者は一人だけで十分だわ!」
「なっ! そもそも貴女の教え方がなってないんじゃないの!」
「言うに事欠いてそれぇ!? サクラなんて破門よ破門っ! 医療忍術教えたのに怪力覚えるなんて一応の師である私の品格と能力が疑われるわ! もう恥ずかしいから私が師事した事は口外しないでくれるぅ?」
「ぬぁんですってぇ~!」

 その後、売り言葉に買い言葉が交わされ、感情的になってルイと口喧嘩を延々と繰り広げた。思い返せば、これがルイと出会って初めての喧嘩だった――。






[3089] 巻の21
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 18:42




「――っ」

 目蓋を閉じて思い浮かぶは忌々しき宗家の長男、自身と近しい容姿ながら額を意図的に見せびらかす日向ユウナの姿だった。
 中忍試験の本選の対戦相手であるうずまきナルトの事を一顧すらせず、日向ネジの脳裏には予選落ちしたユウナの存在が深く根付いていた。
 試合結果は同じ班員と相討ちになったが、ユウナは日向の業を全くと言って良いほど出していなかった。
 朧分身による水遁の術も白眼の前では無意味の術であり――自分に対して手の内を明かさず、出し惜しみした間々終わった事にネジは歯軋り音を鳴らす。

「天の采配か、人の悪戯か――」

 分家の者でも業のみならば宗家を超える、それを証明する機会が失われた事にネジは少なからず失望する。自分の浅はかな意図を見透かされ、相手にもされず嘲笑われたような錯覚を感じる。
 日向ユウナは日向ネジにとって絶対に許容出来ない存在だった。
 持つ者と持たざる者――ユウナは生まれながら全てを持ち得ていた。呪印術によって分家の生殺与奪の権を掌握する宗家であり、次期当主であり、果てには自分に匹敵する才能さえ持ち得ていた。
 ただ一年早く生まれた、最早それだけしか差が無く、籠の中の鳥である分家として生まれ、逃れられぬ運命を背負わされた理不尽さ――その最たる象徴である日向ユウナを全身全霊を籠めて呪う。

「ネジ、此処に居たの。新人の九班、全員里にいないみたいね。何処に行ったのかしら?」
「そうか」

 木々の枝を踏み越えて現れたテンテンから、彼らが不在である事の報告を振り向かずに聞き、ネジは宗家の眼が届かぬのならむしろ好都合と口元を締める。

「……ねぇ、ネジ。止めないけどさ、何で日向ユウナに其処まで拘るの?」

 同じ班員として日向の分家と宗家の確執がどれほど深いか知るテンテンにも、それだけは理解出来ない。

「理由、か。――全てが気に食わない、ただそれだけだ」

 テンテンは立ち去るネジの後ろ姿を見て、思う。
 どうして男の子はこういう事に熱くなるんだろう、それは女だから解らないのだろうか。時折寂しくなるとテンテンは憂鬱の色を隠さず溜息を付いた。


 巻の21 孤高が孤独に変じ、憂鬱な心は晴れないの事


 その些細な違和感に気づいたのはヤクモとユウナの死闘の後であり、確信に変わったのはサクラとの交渉の後だった。
 ――昔の私なら迷わず殺していた。直接手を下すまでも無く、写輪眼による幻覚で自発的に墜落死させただろう。
 それなのに私は周囲の――ヤクモとユウナの反応を考慮して迷ってしまい、サクラに交渉の余地を与えてしまった。
 何故今まで気づけなかったのか、看破出来ない堕落である。

「――勝負よ、ルイ!」

 その結果の一つがこれなのか、朝っぱらから正々堂々と勝負を仕掛けてきたサクラに溜息を零す。
 あれから四日間、サクラは未だに掌仙術の糸口すら掴めてないが、第二部から先取りした怪力は順調に我が物にしている。
 ……間違い無い。空白の三年間で綱手に弟子入りし、最初に適性があったのは医療忍術でなく、綱手以外不可能とされた怪力の方なのだろう。
 付き人のシズネは真っ当な医療忍者なのだから、綱手二号になったのは当の本人が原因だろう。

「その余裕面、今すぐかき消して――ギャアアアアアアアアアアアッ!?」

 相変わらず写輪眼を睨み返すサクラには瞳術による幻術をプレゼントする。
 品の無い悲鳴が木霊し、サクラは泡吹いて気絶した。……本当に幻術適性があるのだろうか?

「身近に二人も所有者がいるのに、いや、身近にいるから写輪眼を直視する事がどれだけ危険な行為なのか、自覚してなかったのかな?」

 私は呆れ顔で呟く。一番最初に対峙した時も恐れず写輪眼を睨み返していたから、良い薬になるだろう。

「素晴らしい、マーベラス! ルイよ、四日目で下克上とは日頃の行いの悪さが祟ったな! そして一瞬で返り討ちになるサクラ君の薄幸さに全米が泣いたっ! ……てか、扱い酷くね?」
「……先生、朝から元気ですね」

 ユウナは珍獣を眺めるようにカイエを見ながら、疲労感を漂わせて言う。
 私はユウナとヤクモに眼を向けて、内心歯痒く思う。二人は私にとって便利な駒程度の存在であり、それ以上でもそれ以下でもない。それなのに、私は――。

「ん? ルイ、どうしたんだ?」

 そんな煮え切らない様子に気づいてか、ヤクモは私の顔色を窺う。

「……何でも無いわ。そういえば――この前の説教がまだだったね。サクラが気絶した事だし、丁度良い機会だわぁ」

 私はまるで自分を誤魔化すように妖艶な微笑みを浮かべる。

「ま、まだ根に持っていたのか……!?」
「……勘弁してくれ」

 ヤクモとユウナの顔は一瞬にして引き攣り、見るからに青褪める。
 気絶して有耶無耶になったと思っていただろうが、然うは問屋が卸さない。

「言葉で何度言っても無駄だと思うから実演するわ」

 私は影分身の術を使う。影分身の私は「えぇー」と物凄く嫌な顔を隠さず浮かべた後、渋々と遠くに歩いていく。

「……滅茶苦茶遠くに行ったが、何するんだ?」
「それはね、ヤクモ。自分達がどれだけ危険な行為をしたか、その眼に焼き付ける為さ」

 私の影分身はやる気無く気怠い動作で右掌に螺旋丸を作り、怨めしそうな目線を本体の私に向けて――螺旋丸に火の性質変化を全力で加える。

「たーまやー!」

 ……その掛け声はどうかと思う。てか、私の品格が疑われる。
 乱回転して渦巻くチャクラの球体に猛火が際限無く燃え滾り、暴虐極まる破壊力を圧縮・凝縮し、制御を離れて臨界まで大暴走し――真紅の極光となりて盛大に爆発した。

「「「――!?」」」

 火柱を立てて大炎上し、二十メートルぐらい離れているのに激しい爆風に煽られる。
 爆心地は跡形無く抉れ、半径五メートル以内の地面は酷く溶解していた。生温い風が流れる。体感温度的に三度は上昇した。

「おー、派手に爆散したな」

 カイエが手放しに称賛するが、ヤクモとユウナはそれどころでは無いようだ。

「見ての通り、螺旋丸に火の性質変化を加えたものよ。御陰で制御は碌に出来ないし、燃費も最悪、近距離用の忍術なのに自分まで巻き込むという完全無欠なまでに自決仕様だね」

 この当然と言うべき結果に平然としているのは私とカイエぐらいであり、ナギは余りの威力に眼をまん丸にして驚き、ヤクモとユウナは自分がやった事の危険性をやっと自覚したのか、開いた口を塞げないでいた。

「修行するのは勝手だけど、絶対に実戦で使わないように!」

 念を押すように私は二人に言い付け、脳裏には予選での光景が鮮やかに蘇える。
 あの時の私は心の底から、無限に終わらない世界で巡り合えた二人の友を失いたくないと、愚かにも願ってしまったのだ――。




「……何かルイの様子、微妙に変じゃなかったか?」
「奇遇だな、自分もそう思っていた処だ」

 ルイがナギを連れて行って修行に出掛けた後、ヤクモとユウナは去った方向を見た間々話す。
 最近、ルイの様子がどうにもおかしい。本人としては表に出していないつもりだが、そういう思い悩んでいる仕草が度々見られる。

「おお、二人がそれに気づくとは、弟子の精神的な成長に先生感動したっ!」

 気絶したサクラを介抱し終わったカイエは懐のポケットから目薬を取り出して堂々とさし、嘘泣きして涙ぐむ。
 ヤクモとユウナは何処から突っ込んで良いか悩んだ。

「……で、其処まで言うからには何が原因か解っているのか? カイエ先生」
「ふふ、あれはなぁ――デレ期に移行する前に立ち塞がった最大のツン期だ!」

 くわっと迫力有る威圧感を撒き散らし、カイエは己が右手を握り締めて力説した。聞いた自分が馬鹿だったとヤクモが後悔したのは言うまでも無い。

「……最近、暑かったからなぁ」
「いや、酸素欠乏症の線も捨て難いぞ」

 ヤクモは白目で可哀想なものを見るように眺め、ユウナは最早見てすらいなかった。

「まあ、冗談は此処までにしといて、何か思い悩んでいる事は確かだな。さっさと解決の糸口を見つけ、さくっとフラグ立てに行きなさい。ああ、時期が時期だから死亡フラグは立てないようになー」
「修行は良いんですか?」

 朝からフルマラソンを走ったような疲労感と哀愁を漂わせるヤクモ達に対し、わっはっはとカイエは豪快に笑う。

「これはある意味、何でもありの諜報戦だ。上の空と言えども対象がルイだから、中忍試験の第一試験なんて眼じゃない難易度だぜぇ。忍者なら忍者らしく忍び隠れ盗み聞き、ルイの心を掴み取るのだぁ~! ああもう青春してんなぁーテメェ等!」

 彼の笑い声が虚しく響く。この方面に暴走するカイエは手が付けれない、二人は色々と諦めた。
 ――中忍試験の本選まで、あと二十三日であった。




「……上手くいかないねぇ」
「まだ本選まで時間あるよ――見込みは全然無いけど」
「うぅ、面目欠片も御座いません……」

 修行は全くと言って良いほど進展していなかった。
 ナギが尾獣のチャクラを引き出し、景気良く暴走し、私の写輪眼で止めて気絶する。最後に喝を入れて起こす。これの繰り返しだった。

「悲観する事は無いわ。人柱力として生まれた瞬間から尾獣のチャクラに触れているナギなら何れ制御出来るよ」

 私は自身の右腕を動かしながら語る。我が手ながら痣が酷かった。
 尾獣のチャクラは正しく猛毒だった。吸引した瞬間、内部から焼き爛れるような激痛が走る――私ではチャクラを操る以前の問題だった。
 自分のチャクラの質云々には自信があったが、人と人外のチャクラではベクトルが違うようだ。
 オマケに尾獣のチャクラによる負傷は私の医療忍術でも完治し難い。道理で人柱力でなければ操れないと結論付けられる訳だ。

「ルイちゃん、やっぱり中止した方が……痣も前より酷くなっているよ」
「心配は無用よ。猛毒みたいなチャクラだけど、徐々に慣れさせ、それに耐え得るチャクラを手に入れれば、私自身のチャクラの増強と同時に無尽蔵のチャクラが使えるようになる。操作出来るかどうかは見通しすら立たないけどね」

 この壁を乗り越える事で得られる恩恵は非常に大きいので、是非とも生き残る為に形にしたい。
 どんなに犠牲を払っても生き残らなければ意味が無い――と、此処までまた雑念が入る。果たしてその犠牲の中に、今の私は近しい者の生命を勘定に入れる事が出来るのだろうか?
 馬鹿馬鹿しい、自分の命と他人の命など比べるまでも無いのに思い悩むなんて。今の私は本格的にまずい。最大限の危惧を抱かざるを得なかった。

「……ルイちゃん、何か悩んでる?」
「この修行が木ノ葉崩しに間に合うかで悩んでいるよ。どうやって生き残るか、その最善手も模索中だわ。不確定要素が多すぎて眼が回りそう」
「違うよ、そうじゃなくて……」

 ナギにまで察知されている事実に私は愕然とした。

「……休憩は終わりよ」

 有無を言わさず話を切る。非情に徹する、そんな言葉を態々使わなければならないほど今の私はおかしい。歯車を掛け違えた絡繰が如く破綻しかけている。
 永遠に忘れていたかった人の情は、致死に至らしめる甘き毒が如く浸透していた――。




 ルイの土遁で堅い岩場を切り取り、周囲を岩で囲んで浴槽状に整備し、ユウナの水遁で近場の水を此処に放り込んで浴槽を満たす。更にルイの火遁で水をぐつぐつ沸騰させ、最後にカイエの風遁で掻き混ぜて適切な温度まで冷やす。

「良い湯だねぇ」
「人工の温泉にしては上出来、かな」

 ――即興の露天風呂の完成である。何という忍術の無駄遣いと思いつつ、のほほんと語るナギと気兼ね無く寛ぐルイと一緒に湯に浸かるサクラだった。
 因みに男性陣は周囲の監視中であり、万が一にも覗き見しようものなら怪力に混沌の泥に写輪眼と高等忍術が容赦無く叩き込まれるだろう。

(……右腕に治癒しかけの酷い痣があるけど、サスケ君みたいに変な痣は無い。という事は、あれがルイの素のチャクラ?)

 ヘアバンドで髪の毛を上げた裸眼のルイの一糸纏わぬ体をまじまじと見ながら、サクラは呪印の有無を確認する。それと同時にライバルの発育具合や腰の括れなど入念にチェックしたりする。
 こう言うと自分にもダメージが来るが、胸の貧相さは同じぐらいだった。

「……む。何じろじろ見ているの?」
「きっとルイちゃんの可愛らしさに見惚れていたんだよー」

 ナギの軽い冗談を「まさか両方いける口?」と半分引いているルイに、サクラは「んな訳無いだろ、しゃーなろー!」と内心叫ぶのだった。

「……ルイってさ、サスケ君の事、どう思っているの?」
「難しい質問ね」

 唐突に振られた話に、ルイは難色を示す。裸の付き合いの最中でも、気乗りのしない話題であるからだ。

「うちは一族がイタチに虐殺された後、私を引き取りたいという人は沢山いたわ。何故だか解る?」
「……九歳の子供一人では心配だから?」
「――うちはの血継限界が欲しかったからよ。血が薄い分家の落ちこぼれでも次世代の子は写輪眼を開眼するかもしれないでしょ? そういう連中にとって私の意思なんてどうでも良い問題だし」

 世間がそんなに温情溢れているなら苦労しないとルイは一笑する。
 サクラも一度も考えなかった事ゆえに、眼を見開いて驚く。あんな大事件の後なのに、当人達の気持ちを顧みなかった者が其処までいるとは、不謹慎過ぎて思いもよらなかっただろう。

「日向宗家に引き取られるまで政略結婚の手引きは数多だったわ。恋愛の末になんて甘い考えなど思い浮かばない環境だわ」
「……ルイちゃんも苦労してるねぇ」

 夜空の月を眺めながらルイは淡々と語り、ナギが相槌を打つ。サクラは呆然としながら釣られて月を見る。今宵は三日月だった。

「――それはサスケにしても同じ話。木ノ葉もうちはの純血の血統は何としても遺したい。其処に当事者の意思は存在しないわ」
「でも、サスケ君はアンタの事……!」

 激情に駆られてサクラは立ち上がる。
 一触即発の状況の中、ナギはルイが意図的に答える内容をはぐらかした事が気になった。
 確かにサスケの事は周囲の状況として説明したが、ルイがサスケの事をどう思っているのかは全然答えていない。

「ねぇねぇ、ルイちゃん的にはヤクモとユウナはどうなのー?」
「――へ?」

 場の空気を和らげようとしたナギの質問が、ルイにとっては予期せぬ横槍として急所のど真ん中を抉った。

「……ちょっと、何で心底驚いた表情してんのよ? 傍目から見ればデキているように見えるわよ」
「え、いやだって、異性として意識した事無いし、いきなりそんな事言われても……」

 サクラの追及を受け、ルイは面白いぐらい狼狽した。心做しか顔が紅潮している理由は湯の熱さだけではあるまい。

「うわぁ、二人とも前途多難だねぇ」

 そんな彼女の珍しい且つ可愛らしい姿を見ながら、ナギはルイを慕う二人に少なからず同情したのだった。




「チックショー! 覗きに行きてぇえええぇ! これは男として当然の願望だろ!」

 夜空に映える三日月の下、カイエは全身全霊でそんな妄言を叫んでいた。

「その自殺願望はどうかと」
「つーか、先生の年じゃ犯罪だぜ?」

 ユウナとヤクモが突っ込む。三人は即興の温泉から離れた場所に居るが、本能的に恐れてか、温泉側とは反対方向に向いている。

「そうだ、ユウナ。白眼だ! あれならどんな距離からも覗き見が出来る! さあその理想郷を俺達に鮮明に説明し……ってあれ、嫉妬で殺したくなったな。どうせならその眼だけ奪って――」
「……物騒な事を言わんで下さい。それに白眼で覗き見したと親父殿に知られれば、間違い無く殺されるんで永劫に御免被ります」
「……あの親っさんなら殺りかねないなぁ」

 などと雑談している最中、甲高い野鳥の鳴き声が周囲に響く。
 同時に三人の顔が引き締まり――即座に青褪めた。この周囲には存在しない野鳥の鳴き声は侵入者対策の一環である。崖の全周囲に施されており、その領域に足を踏み入れた瞬間、その方角から鳴き声が響く仕組みである。

「よ、よりによって!?」
「げ、下手人を確保すれば問題無い、筈!」

 ヤクモが悲鳴じみた声をあげ、ユウナが壮絶に慌てる。今回の場合、最悪な事に鳴った方角は温泉方面だった。

「――温泉の方だぁ!? 何だこの死兆星が夜空に輝いたような死亡フラグは……!」

 絵に描いたような事態に三人は戦々恐々しつつも、意識を切り替えて全速力で温泉を目指す。丸腰の彼女達が敵対者に襲われれば一溜まりもあるまい。

(……あれ。冷静に考えればルイの万華鏡写輪眼にナギの混沌の泥、オマケのサクラさえ怪力持っているから侵入者の安否を心配した方が……むしろ、どう転んでも俺達は誤解されるのでは?)

 ヤクモが諦めに似た達観を抱きつつも、もしもの事態を想定して強く駆け抜けるのだった。




「――! ナギ、向こうの方角に自動攻撃の混沌の泥、早く!」
「え、はいぃ!?」

 侵入者の警報である甲高い野鳥の声を逃さなかったルイは即座にナギに攻撃を指示する。
 ナギは莫大なチャクラを練り上げ、混沌の濁流を繰り出す。
 未だに術者であるナギには侵入者の存在は知覚すら出来ていないが、チャクラに敏感な混沌の泥は侵入者の存在を的確に捉え、容赦無く牙を剥く。
 さながら触手の如く伸びた混沌の泥は悉く回避される。走り回り飛び越え、その人影は颯爽と乗り越えていく。

「避けられた!?」

 回避された混沌の泥も背後から襲うが、その侵入者は後ろに眼があるかの如く掠りさえしない。

「この、死に曝せ――!」

 湯の上に立ち上がったルイは怒りに任せて高速で印を結ぶ。近場の土が見る見る隆起し、巨大な龍の形になって侵入者を襲った。
 ――土遁・土龍弾、土の国の一件で岩隠れの上忍から盗み取った高等忍術である。土の龍は混沌の泥ごと飲み込んで地を蹂躙する。
 この予期せぬ土石流の如き突撃を侵入者は踏み越えて避ける。不意討ちで仕掛けた混沌の泥を回避した卓越した身体性能から顧みるに――ルイの予想通りの展開だった。

「――ナギ!」

 待ってましたと言わんばかりにナギは既に手動操作に切り替え、待機していた混沌の泥を再起動させた。
 土の龍の身体から巻き込まれた混沌の泥が飛び出し、侵入者の身体に纏わり付く。

「捕まえたぁ……!」

 そして潰す――までもなく終わる。チャクラを吸収し尽くされ、侵入者は呆気無く気絶した。これ以上直に接触し続けていると生命に関わるので、ナギは混沌の泥を切り離して消した。

「い、一体何事!? それに今のナギサの術は――」
「三人とも無事かぁ! って、もう返り討ちにしたんかいな……」

 草の茂みから飛び出して現れたカイエ達は既に侵入者が撃退された事を瞬時に察し、神速で後ろに振り向いた。
 まさに別の意味で最悪の状況だった。絶体絶命の危機に颯爽と現れて侵入者を撃退したなら大義名分が立つが、この間々では御約束通り痴漢扱いされてしまう。三人は揃って震えた。

「お、落ち着いてくれ、ルイ。俺達は助けに来ただけで、決して覗き見しようとかそういう魂胆は欠片も無いぞ……!」
「そ、そうだぞルイ。白眼も使ってないぞ、親父殿に誓って良い!」 

 ヤクモとユウナは挙ってルイに弁明する。ナギとサクラを無視する気は無いが、切れたら一番何をやらかすか解らぬが故にだった。
 その必死で滑稽な様を見て、ルイは心底から呆れ果てた。

「……いや、緊急時なんだから白眼使わないと意味無いでしょ。着替えるから其処に伸びてる侵入者ふん縛っておいてー。後でたっぷり尋問してやるからぁ」

 滅茶苦茶愉しげなルイの語調を、三人は湧き上がる寒気を堪えながら聞き届ける。
 そして女三人の気配が消えた後、極限の緊張感から解き放たれたカイエ達は一緒に安堵の息を吐いた。

「で、釣られたのは音隠れの馬鹿かなぁ――って、あぁれ?」

 昏倒する哀れな侵入者を捕縛するべく恐る恐る近寄ったカイエ達だが、その見知った顔を見て茫然とする。

「ネジ……?」

 信じられない表情で、主に失望やら軽蔑やら見損ないながら、ユウナは地に転がる侵入者の名を呟くのだった。






[3089] 巻の22
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/01 23:39




 大切な人と一緒に居れば、それだけで楽しい。
 喜びを分かち合って倍増し、悲しみも分かち合って半減する。それは人という文字のように互いに支え合い、如何なる苦楽も困難も絶望も乗り越えて行ける絆になる。
 大切な人と一緒に過ごす日々が幸せであればあるほど、喪った時に心に穿たれる遺恨は大きくなる。支え合った者がいなくなるだけで立てなくなる。
 積み重ねた幸福が絶望に早変わりする。その痛みにだけは――耐えられない。
 だから大切な人など作らなければ良い。心に付け込まれる隙間を与えなければ良い。孤高という鎧を纏い、唯一人で満ち足りて、その他全てを己だけの為に利用すれば良い。
 それならば自分自身を裏切らない限り破綻しない。不条理にはそれ以上の不条理を持って打破し、悪意にはそれ以上の悪意を持って凌駕する。敵という敵を返り討ちにし、血塗れた死骸が積み重なって出来た道こそ、私の進むべき道だった――。


 巻の22 月夜の下、日向の宗家と分家が死闘を繰り広げるの事


(――見つけた)

 探索・索敵こそ白眼の真骨頂である。
 日向ネジは透視と遠視、更には写輪眼を凌駕する洞察眼を最大限に活用し、遂には里の外の岩山にいた日向ユウナを発見する。
 この時の彼は文字通りユウナの姿しか見てなかった。
 立ち塞がる絶壁を垂直に走って登り、あらゆる障害物を無視して突き進んだ。――あの、奇怪極まる黒い泥が飛翔して来るまでは。

(なんだこれは……?)

 意識が強制的に戻され、それが予選での砂隠れの忍・我愛羅の砂のようだと思ったが、一瞬にして全く異質なものだと気づき、ネジは驚いた。
 幾多の矢の如く一直線に突き刺さる黒泥を躱しながら、ネジは黒泥を解析する。攻撃の精密さと速度は疎かだが、この黒い泥は不可解極まるものだった。見て説明出来ないものなど初めてだった。
 空振りに終わった黒い泥は百八十度反転して、再びネジを貫かんと疾駆する。されど白眼の視界はほぼ全周囲、ネジは振り向かずに回避する。
 そして術者を見つけようと周囲の把握に力を入れようとした時、龍の形をした土流が眼下に雪崩れ込んだ。
 上級の土遁だと察知したネジは足裏にチャクラを集中させ、足が飲み込まれぬようにチャクラを精密に操作しながら土龍を踏み越え――瞬時に詰んだと悟った。

「――な」

 白眼を持つが故にネジは克明に見た。土龍に飲み込まれた黒泥が内部を突き破る一部始終を。
 土龍から突き出た黒泥はネジの体に纏わりつく。
 全身のチャクラを瞬時に発散させて振り解く前に、ネジは意識を失った。チャクラを吸われる気怠い喪失感と焦がすような灼熱だけが鮮明な感覚だった。




「……えー、ネジ君。君は里外の断崖絶壁まで態々女湯の覗き見に訪れ、三人の裸の美少女に性欲を持て余して突撃するという恥知らずな愚行を犯したと。何て羨ましい……じゃなかった、けしからん奴め。何か反論はあるかね? 無論、んなもん受け付けないが」
「ちょっと待て。最初から有罪が確定しているじゃないか……!」
「あれ、今頃気づいたの?」

 上半身裸で縛られたネジは不当であると猛烈に抗議するが、カイエはさも当然の如く肯定した上で、やる気無く聞き流した。
 既にこの場はネジの罪を問う審判では無く、女性陣による弾劾裁判と化していた。
 一言でも弁護すれば同罪になりかねないので、ユウナとヤクモは哀れみの視線を送るだけで頑なに沈黙していた。売られて行く子羊を見ている気分である。

「あんなに堂々と覗き見に来たのは君が初めてだよ、一体何処に疑う余地があるかしら?」
「あの時感じた貞操の危機は忘れようにも忘れられませんわー」
「……アンタ達、ノリノリね」

 ルイはじと目で断言し、ナギは演技全開でしかも棒読みで脅えた振りをし、サクラは呆れ顔だった。
 このままでは冤罪で覗き魔や痴漢、果てには強姦魔という不名誉な烙印を押される。
 人生最大の危機感を抱いたネジはユウナとヤクモに縋るような目線を送るが、二人は即座に目を逸らしてあっさり見捨てた。救う神は何処にもいなかった。

「ユウナとの決闘を目的にこんな僻地まで訪れ、私達にも眼中無く一直線に目指していた。まあ事実関係はどうでもいいけどさ――けじめが必要だよね。小指を詰めるか、両眼を抉るか、サクラに殴られるか、どれが良い?」
「何だその不条理な三択は!? そんなの最後しか選べないだろっ!」

 この時、激昂していたネジは愚かにも見逃していた。
 ルイが身の毛が弥立つほどの悪魔の微笑みを浮かべ、周囲の者の表情が見る見る青褪めた事に。

「だってさ。それじゃサクラ、全力でぶん殴りなさい。修行の成果を見せる時よ」
「……いいのかなぁ?」

 何か致命的におかしい。言い知れぬ危機感を察知したネジが制止の声を上げようとした時、サクラは既に拳を振り被った後だった。

「うらぁっ!」
「――~~~ッッッ!?」

 サクラの細腕から繰り出された必殺の右拳は容赦無くネジの腹を穿ち貫き、悲鳴すら叫べずに遥か彼方まですっ飛ばした。

「ああもう、この一撃をいのの時に出せれば……!」
「いやいや、普通に死ぬって」

 サクラは内なる人格が表面化している状態でテンパっており、それをヤクモは冷静に突っ込む。
 遠くに倒れているネジはまたもや昏倒していた。

「まだまだね。本家の綱手姫なら向かいの山まで吹っ飛ばしていたわ」
「どんな人外よ、それ……」

 蝦蟇と同化して異形と化す色狂い仙人に、小指一つで地割れすら起こす博打狂に、本体が人外極まる白い大蛇のオカマでホモでショタでロリコンの殺人狂。木ノ葉伝説の三忍にまともな人間は一人もいない。

「……で、これどうするよ?」
「放置したら確実に死ぬわね。チャクラが枯渇した上に上半身の殆どが私の右腕より酷い状況になっているわ。オマケにサクラの馬鹿力で内部がどうなっている事やら」

 倒れるネジを頭を抱えながら指差すヤクモに、ルイは面倒そうに説明した。
 ナギの混沌の泥に数秒触れただけで酷い有様である。土の国では暴走状態から繰り出された恐るべき張力で胴体とか腕が千切れていたが――と思考したところで、ルイは良く自分が無事だったと回想する。
 とりあえず応急手当して放置し、自分達は違う場所に陣取ろうとルイが提案しようとしたが、それより早くユウナの言葉が遮った。

「ルイ。完全な状態まで治療するとすれば、何日掛かる?」




 ネジが再び目覚めた時には朝日が昇っており、目の前には見るからにご機嫌斜めのルイが自身の負傷を治療していた。
 痛みは気絶する前より感じないが、上半身全体に行き渡る、内部が酷く焼き爛れたような痣は色濃く残っている。
 日向の柔拳による致命打を瞬時に治癒させた彼女の手腕でも、あの黒い泥から受けた負傷には手を焼くらしい。
 ネジは改めて黒い泥の術が如何に脅威であるか認識すると同時に一体誰の仕業だったのか、強い興味を抱いた。

「……不機嫌そうだな」
「違います、物凄く不機嫌です」

 反射的に紡いだネジの第一声は、ルイの氷点下の回答で二の句を継げなくなった。
 長く重苦しい沈黙が場を支配する中、治療だけは止まらずに続けられている。
 傷を塞いで心を安らげる筈の医療忍術はされど何処か殺気が漂い、余りの居心地の悪さにネジの胃が痛んだ。

「天才の貴方とは違い、凡才の私には四日間の浪費が非常に痛いのですよ」
「し、仕方ないよルイちゃん。あれ以上続けたら体壊しちゃうし、丁度良い休憩期間だと……ひゃっ!」

 黒犬を両手で抱えた黒髪紅眼の少女が苛立つルイをフォローするが、彼女の一睨みで一蹴され、可哀想なぐらい脅え竦む。
 可愛らしさの欠片も無い不気味の塊の黒犬は中忍試験の予選の時、ルイの右肩に乗っかっていたものだとネジは気づく。

(……うちはルイの右腕にもオレと同じような痣がある。この女の言い分だとコイツの仕業なのか? ――ならば、あの奇怪な泥も?)

 この頼りない同年代の少女は木ノ葉の額当ては持っていないが、一つ一つの体捌きからくノ一であると窺える。チャクラが平常時なら白眼で洞察出来るが、現在は枯渇しているので出来そうに無い。
 それでもネジはこの黒髪紅眼の少女――本名・岩流ナギ、偽名・如月ナギサに言い知れぬ何かを感じ取った。その紅眼に燈る光と闇は、今まで見た事の無い輝きだったが故に。

「ユウナから言伝です。――立ち合うなら完治してから。完全な状態に回復するまで四日間は掛かりますけど」
「そうか――」

 願っても無い。ネジは眼を瞑り、万感の思いで英気を養い、戦意を研ぎ澄ますのだった。




 ――何度、殺そうと思い悩んだ事か。ネジを治療する傍ら、私は芽生えた殺意を制御するのに精一杯だった。
 ユウナはネジとの決闘を望んでいる。それが如何なる結果を生むかは未知数だが、二人の実力は大体五分。不慮な事態が起こらぬ保障は何処にも無い。
 前には興味すら抱けなかったが、敵として対峙したのならば話は別だ。この場で殺し――いや、駄目だ。今この状況で殺したら誤魔化せない。その後の事を考えても不利益極まる。
 始末するなら完全に事故扱いにしなければならない。逆に言えば、私の殺害手段でなければ大丈夫という事だ。今まで秘蔵していた須佐能乎の十拳剣で永久封印すれば死体すら無くなるので完全な行方不明に――。

「……ねぇ、ルイ。医療忍術でも人を殺せるの?」

 殺意の坩堝に陥っていた私を現実に戻したのはサクラのちょっとした疑問だった。

「治すのと壊すの、どっちが楽かというと壊す方が楽だわ。この掌仙術も必要以上のチャクラを流し込めば気絶させる事も出来るし、私がその気ならこの場で引導渡す事も出来るわ」

 ネジが驚いた眼を向けるが、無視する。結果的にサクラに釘を刺された形なので、非常に気に食わない。
 ……ふと、我に返る。この殺意の発端がユウナの安否を気遣ったものであると自覚した時、私は激しい自己嫌悪で押し潰れそうになる。
 無価値な生命の死は心を動かさない。価値を認めた生命の死は許容出来ない。だから恐怖し、脅える。私にとって他人の死は、絶対に訪れる忌むべきものだから――。




 今宵は半月、二つに分けられた明暗は正に今の二人の如く――何方が輝きを放ち、欠けたる影かはこの死闘の果てに決せられるだろう。

「――七年振りだな。あの時は引き分けだったか」
「ぬかせ、自分の勝利だろう。敗者の負け惜しみほど無様なものは無いぞ」

 ネジが感慨深く且つ忌々しげに呟き、ユウナは真っ向からその言を否定する。
 奇しくも同じ構えだった。既に白眼を発動させた彼等を隔てるものは何も無い。宗家と分家の立場も、監視の眼も止める者も、此処には存在しない。

「貴様こそぬかせ。あのような卑怯な手段で勝ちを誇るなど恥を知れ!」
「手段に自分勝手の貴賤をつけ、理外の手を卑怯と罵る矮小な己を恥じろ!」

 ネジは過去から積み重ねた怒りを籠めて一喝し、ユウナもまた過去から積み重ねた恨みを籠めて吼える。

「――っ! それが宗家の跡取りである貴様が言う事かッ!」
「宗家宗家と一々喧しいわッ! それに日向の跡取りはハナビだ、自分じゃない!」
「ふざけんなァッ!」

 ネジとユウナは合わせ鏡の如く踏み込み、牽制無しの掌底を次々と繰り出す。
 それは予選のヒナタの時とは比べ物にもならない速度で且つ容赦の無い攻撃であり、二人は最初から殺す気で仕掛けていた。

「幼少の頃から事有る毎に喧嘩吹っ掛けやがって!」
「先に挑発したのは貴様だろ!」
「記憶を勝手に捏造するなぁ!」

 ユウナが叫び、ネジが怒鳴り、またユウナが憤慨する。
 猛攻に次ぐ猛攻を二人とも紙一重で捌き、避け、また呼吸すら惜しんで掌底を打つ。
 そして最後の一撃が重なり、掌底と掌底がぶつかり合い、二人は飛び退くように距離が開く。
 間髪入れずネジが重心を低くした特異な構えを取った時、ユウナもまた同じ構えを取り、二人はまた同時に駆け抜けた。

「「八卦二掌! 四掌、八掌、十六掌、三十二掌、六十四掌ッ!」」

 二人が繰り出したのは柔拳法・八卦六十四掌であり、本来は日向宗家の跡取りのみに口伝される奥義である。
 間合いに入った者の点穴を瞬時に六十四ヶ所突くそれは、されど互いに相殺され――否、在り得ない六十五掌目の一突きがユウナの右腕に突き刺さった。
 限界を超えて一つ多く繰り出したのはユウナも同じであり、自身の届かなかった一突きに舌打ちした直後、ユウナは飛び退き、距離が大きく開いた。

「やはり日向の業では及ばないか。解り切った事だが」

 高が一突き――されども、この決闘においては決定的な差だった。
 右腕の点穴を突いてチャクラを正常の流れに戻し、ユウナは構えを変えた。右手を前に押し出し、左手を握り締める。
 それは中忍試験の予選で見せた剛拳ではなく、柔拳との半々の構えであり――中途半端の業と断定したネジは鬼の如く形相で睨んだ。

「――何のつもりだ。そんな小手先の技でオレに勝てるとでも思ったか?」
「小手先の生兵法かどうか、試して見るが良い」

 先手を打ったのはユウナだった。拳の届かぬ間合いで右手を振り被る。ネジの白眼はその右腕に収束するチャクラの流れを見抜き、即座に回避行動に移った。

「――ッ!」

 掌底からチャクラを放ち、不可視の攻撃で敵を吹き飛ばす八卦空掌も、白眼を持つ者には不意討ちには成り得ない。その事を理解しているユウナは避ける事を見越してその先にクナイを四つ投擲していた。

「無駄だっ!」

 ネジに着弾するかと思われたクナイは八卦掌回天で悉く弾き返される。
 体中にチャクラを多量に放出し、自分の体を独楽のように円回転させる日向の絶対防御――その回転の終わり目を見計らって疾駆したユウナは左の拳打をネジの頬に叩き込む。

(……な!?)

 それが只の拳打ならネジは容易に避け、手痛いカウンターを繰り出せただろう。その握り拳から人差し指と中指の二指が突き立てられ、眼を抉りに来なければ――。

「チィッ!」

 頬を切り裂かれながらも紙一重で避けられたのはネジならばの反応だった。

(――甘い!)

 だが、外した眼突きは即座に後頭部の髪の鷲掴みに変わり、下へと引き釣り降ろされると同時にユウナの膝蹴りが放たれる。
 この避けられぬ一撃を、ネジは自ら進んで頭突きする事によって、着弾点を顔面中心から額当てにずらした。

「……っ!」

 ネジの額当てが彼方に吹っ飛び、二つの衝撃が脳天を穿ち貫く。その中で掌底をユウナの腹部に叩き込めたのは執念の成せる業だろう。

「――ガァッ!」

 血を吐きながらユウナは形振り構わず退く。
 腹部の経絡系を致命的に損傷して咳き込んで喀血し、立っているのがやっとの状況だが、ネジもまた後頭部からチャクラを流し込まれた挙句に渾身の膝蹴りを叩き込まれたので追撃出来る状況では無かった。

「……何が、跡取りは自分ではないだ。戯言を……!」
「……宗家口伝の奥義を、独自に編み出したお前と比べれば、形無しだ……!」

 二人は血反吐を吐き、息切れしながら互いに悪態をつく。

「貴様は、いつもそうだ。オレに無い全てを最初から持ち得ていた……! オレは分家に生まれた籠の中の鳥で、貴様は宗家の枠組みすら嵌らず自由に羽搏いていた! その在り方がどれほど怨めしかったか――心底憎かった、それ以上に羨ましかったッ!」
「……好き勝手言いやがって。いつまでも悲劇のヒーロー気取りか……! 一族の誰よりも日向の才に愛されている癖に、的外れな嫉妬抱いてやがって……! 羨ましいのは自分の方だ! 小手先の技術を必要とせず、正道の頂点を極めれる天才のお前を、凡才に過ぎなかった自分がどれほど妬んだか、解るかァッ!」

 額の呪印が曝されたネジは全身全霊で心の裡を叫び、ユウナもまた積年の想いを曝け出す。余りの怒りに二人は目先の相手しか見えず、更に呼吸を乱していた。
 ――二人の最大の誤解はつまるところ、互いに嫉妬していた事に尽きる。だから唯の一度も理解し合えず、擦れ違った。
 ユウナは日向の血継限界を守る為にヒアシの身代わりになったヒザシに負い目を抱き、ネジに憎まれるのは当然だと受け入れていた。
 それ故に才能に劣る自分が宗家の跡取りに相応しくないと思い込んだ。
 確かにネジは自身の父親であるヒザシの事で宗家を怨んでいる。だが、ユウナの才能だけは自分を凌駕すると認めていた。
 誰よりも宗家の跡取りに相応しい彼が辞退するなど、望んでも叶わないネジに対する冒涜に等しかった。だからこそ許せなかったのだ。

「次で終わらせる――構えろッ!」
「……いいや、終わりだ」

 ユウナの不可解な言葉と同時に、ネジの背中に衝撃が走った。
 白眼の唯一の死角、第一胸椎の真後ろに着弾したのはユウナの忍術、水遁・浸水爆だった。

「――馬鹿、な。いつの間にこの水遁を……!?」

 水遁・浸水爆は完全に手動操作であり、経絡系を損傷させるもさえないも自由だった。
 今回の場合はネジの体の経絡系に隅々まで流れ込み、数秒余り全身の動きを封じた。無防備な相手を仕留めるには十分過ぎる時間である。


「この水遁・浸水爆は――ネジ、お前を倒す為だけに編み出した術だ」


 最初から倒し方だけは決まっていた。この死闘が始まる前、ネジの白眼の範囲外である五十メートル先に待機させ、虎視眈々と死角から突き刺す機会を窺っていた。

「な、ユウナァアアァ――!」

 ユウナは走る。立ち尽くしながら身動き出来ないネジの腕を掴み取り、逆関節に極めて一本背負いで投げる。

「――っっ!」

 聞き慣れぬ音が鳴り響く。腕が在らぬ方向に折れ砕けて激痛が全身に駆け巡った時――技の切れが段違いだが、予選の時にヒナタが繰り出した奇妙な体術と同一だとネジは気づく。そして、これで終わりじゃない事も自ずと悟ると共に戦慄が走る。

(間に、合――!)

 ネジが無事な腕に全神経を集中させて頭部への蹴りを防ごうとした時、ユウナの左掌にチャクラが渦巻いて完全な球体が形成される様を、ネジは絶望と共に見届けた。

「ネジィ!」

 斯くして螺旋丸はネジに直撃し、その圧倒的な破壊力を無防備に受けたネジは殺人的な螺旋回転の果てに吹き飛ばされた。
 二、三十メートル先でネジがぴくりとも動かない事を見届けた後、ユウナは白眼を解除し、全身から脱力するように尻餅付いて倒れ――その間々本当に倒れた。




 瀕死の重傷を負った二人の治療後、ルイは荒れに荒れていた。

「ああ、もう在り得ない! 何で無駄に命賭けて戦うのよ! 治癒する身になってよぉっ!」

 ユウナとネジの死闘の最中、オレは唇を噛みながら必死に堪えるルイの姿を見ていた。
 多分、自分とユウナが戦っている時もこんな今にも泣き出しそうな顔して心配していたのかと思うと、胸が痛む。それと共に――ルイが一体何に悩んでいたか、漸く気づく事が出来た。
 心底、情けなくなった。自分の不甲斐無さに、己の弱さと甘えに。
 ――オレはまだ、ルイに何一つ答えてなかった。臆病風に吹かれて覚悟を背負う事を拒否し、一人で何もかも背負う彼女に甘えていた。それでルイはあんなにも苦悩していたのだろう。
 だから、今こそ答えようと思う。あの時、オレが答えるべきだった覚悟を――。

「ルイ、聞いてくれるか?」
「何よ。あれが有意義な戦いだってふざけた事を言う気!?」

 癇癪を起こしかけたルイだが、此方の真剣味が伝わったのか、程無く静まる。
 オレはゆっくり深呼吸をし、精神を落ち着かせる。鞘に納まった紫電をルイの前に突き出し、重い口を開いた。

「――この刀に誓って、黒羽ヤクモはうちはルイを守る。一人の忍として、掛け替えの無い友人として、全力で助ける」

 人を殺した後悔の念で捕らわれていた時、励ましてくれたルイに言えなかった言葉がこれだった。
 ルイは眼を見開いて驚き、掠れるような声で「あの時の、答え……」と震えながら呟いた。

「心配するな。オレだって多少は腕が立つし、簡単には死なねぇ。ユウナだって同じだ。だからルイ――おまえは、もっとオレ達を頼ってくれ。一人で抱え込まずに、さ」

 ルイは俯いて体を小刻みに震わす。

「――……で」
「なんだって?」
「――絶対に、私より先に、死なないで……」

 ルイが振り絞った弱々しい言葉に頷く事は、絶対に出来なかった。

「馬鹿、誰が殺させるか。一緒に生きるんだよ。木ノ葉崩し如きじゃ死ねないし、暁の連中が襲ってきても同じだ。どんな脅威が襲ってきても精一杯生きる、だ」
「――そう、ね。そうだよね。こんな事で、悩んでいたなんて、ホント馬鹿みたい……」
「ああ、この馬鹿め。おまえは人一倍頭良くて賢しいんだから、もっとオレ達を利用するが如く……って、な、なな、何で泣いているんだぁ!?」

 突如泣き崩れて尻餅付くルイに、オレは何をどうすれば良いのか全く解らなくなり、激しく混乱した。

(こ、こういう場合、そっと抱き締めれば良いのか!? それとも隣にいてやれば良いのか!? 無理無理、恥ずかしすぎる、てかどうするどうするどうする! カイエ先生――は当てにならないから置いといて、ユウナ――は気絶中。ど、どうすりゃ良いんだ~!?)




「決闘なんかに感けるから先越されるんだ。ちなみに両者ノックダウンでドローな」
「……散々な結果で、得る物は何も無かったですけど――ま、木ノ葉崩しの後に巻き返しますよ。死ぬつもりなんて欠片もありませんし」
「当ったり前だろ。オレの半分も生きてない小僧小娘どもを先立たせて堪るかっ」

 カイエとユウナは夜空を見上げる。何処までも澄み切り、幾多の星が輝きを放つ。
 この世界でも輝く月は上弦、それはまるで光と影が抱き締め合っているように感じられ、欠落した半月も中々乙だとユウナは自身の価値観を少しだけ見直した――。






[3089] 巻の23
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 19:09




 ――そう、悩む必要なんて無かった。
 大切な人達をこの手で守り、それに仇する全ての邪魔者を殺す。それだけの話である。


 第三章 中忍試験本選、木ノ葉崩し


「つーか、音隠れと砂隠れが結託して中忍試験本選に仕掛けようとしているの、木ノ葉のお偉い方に伝えれば未然に防げねぇか?」
「ヤクモにしては良い発想だね。打ちたかったけど打てなかった手よ、それ」

 中忍試験本選の前夜、九班一同とナギは遂に訪れた最大の危機を乗り越えるべく綿密に話し合っていた。
 ナルト達以外の下忍は幻術で気絶しているだけで乗り切っていたが、それでは殺される可能性の方が多い。

「その手を打つには明確な根拠と証拠が必要なの。下手にやると音隠れのスパイ扱いになるしね。で、カブトが砂隠れの上忍に決行計画書を手渡す時に、遠くからユウナに内容を盗み見させて証拠をでっち上げる気だったけど、何処かの誰かさん達のせいで出来なかったんだよねぇ」

 ルイはヤクモとユウナをじと目で睨みつけ、他人事のナギは思わず苦笑した。

「……ま、まぁだ根に持っていたのか……!」
「……ルイって過去の怨念を絶対に忘れないタイプだな」

 その誰かであるヤクモとユウナは揃って冷や汗流す。
 ――あの夜はあんなにも可愛げあったのに。そう思考してヤクモは顔を羞恥心で真っ赤にする。見事なまでの自爆である。
 あれ以来、ルイの悩みは吹っ切れて通常状態に戻ったが、カイエが期待していたような反応は欠片も無かった。
 それが甚く不満だったのか、「遂にデレ期が到来したかと思ったら既に終わっていたっ!」などと奇妙な立ち姿勢で気色悪く悶えていた。

「ともかく、臨機応変で行くしか無いね。今回ばかりは不確定要素があり過ぎて、原作知識なんて役に立たないし」

 ルイの言葉に一同は揃って頷き、溜息をつく。
 本選の会場では音隠れと砂隠れの忍に襲われるだろうし、ナルト達についていけば憑依状態の我愛羅と戦う羽目になるし、逃げるにしても中忍や上忍級の敵に遭遇する機会が幾らでもあるだろう。

「そもそも木ノ葉崩しまで進んだ二次小説って少なかったしな。記憶が曖昧だが」

 参考しようにも参考にするものが無く、本当に出たところ勝負になるとユウナは自分の言葉で気落ちする。
 重苦しい沈黙で気まずい雰囲気になる中、打ち破ったのはルイだった。

「全員で乗り越えよう。一人も欠けずに」

 それは三年前のルイからは口が裂けても出ない言葉だった。
 教え子の成長を実感しつつ、カイエは場を和ませて緊張感を取り除こうと続く。

「うむ、その意気だー! よーし、この戦争が終わったら先生はひでぶっ!?」
「「「「自分から死亡フラグ立てるなぁ!」」」」


 巻の23 中忍試験の本選始まり、陰謀渦巻くの事


「てか、中忍試験どうするんだ? シカマルが相手じゃ色々ときついだろ」

 本選を行う闘技場に赴く最中、ヤクモは胸の内に燻ぶっていた疑問を口にする。
 ルイは今まで己が力を隠し続けた。幸いにも周知に曝す機会が無かったが、今回はそういう訳にはいかない。

「写輪眼を使わず、実力の大半を隠し、チャクラ消費も抑えつつ中忍に相応しいと周囲に見せ付ける。そういう意味ではシカマルは理想的な相手よ。手口なんて完全に把握しているし」

 ルイは自身の三つ編みおさげを指先で弄りながら自信満々に微笑む。
 その表情には憂いも迷いも欠片も無い。付け込む隙が無いほど完全な状態だった。
 ルイにとって本選は単なる前哨戦に過ぎない。大事の前の小事に躓くなど在り得ないの一言に尽きた。

「――良くぞオレの修行に耐え抜いた! これでうちはルイがカカシ以上の写輪眼の使い手でも互角に渡り合えるだろう」
「……ま、男が女に負ける訳にはいかねぇからな。これでいつぞやの将棋の借りが返せるぜ」

 一方、処代わってガイはこの一ヶ月間だけ弟子だったシカマルを誇る。
 シカマルはガイとこなした常軌を逸した修行の数々を回想し、苦々しく溜息付きながら、良く頑張ってこれたと、生まれて初めて自分で自分を褒めたくなった。

「ほう、将棋とな。君を将棋の駒で例えるなら――」
「――シカマルは桂馬だね。私はクイーンだけど」

 また処代わって、偶然にもルイ達は同じ話題で盛り上がっていた。

「将棋で例えたのにチェスの駒になっているぞ?」
「でも、ルイちゃんらしいね~。将棋で将棋をやったら絶対勝てないというインチキじみた点が」

 ルイから飛び出した迷言に、ユウナは呆れ顔で突っ込み、コンを抱えるナギは苦笑する。
 ルイを除いて、三人の顔には本選出場者以上に緊張感が見え隠れする。
 ――今日という日は最も過酷で危険で、最も長い一日になる事を彼等は知っている。このお祭り騒ぎの喧騒すら、嵐の前の静寂に等しいのだ。

「そんなの百も承知さ。だが、オレの額縁はとっくの昔に外れているぜ」
「うむ、その意気だ!」

 別の場所で同じような事をガイに言われたシカマルは、意気揚々と気合を入れる。非常に珍しい事に、いつものやる気の無さは見られなかった。
 ガイはその青春真っ只中の少年の姿に感銘を受け、共に盛り上がっていた。
 ――シカマルを担当するという名目で自分の任務をアスマに押し付け、愛弟子であるリーの見舞いのついでのつもりだった修行も思いの外、成果を上げた。
 如何にうちはルイが力を隠していようが、互角以上に渡り合えるだろう。ガイは今から本選の試合が楽しみで仕方なかった。




「少々トーナメントで変更があった。自分が誰と当たるのかもう一度確認しとけ」

 本選の審判を務める事になった特別上忍・不知火ゲンマは面倒そうにトーナメント表を本選出場者達に見せつけた。
 音隠れの忍が欠場する事を既に知っているルイは退屈気に眺め――眼を見開いて何度か見直す。

「な――」

 シカマルもまた唖然とする。その文面が見間違えじゃない事を認めた瞬間、ルイは開いた口が塞がらないほど驚いた。

「どうしたんだ? ユウナ、白眼で見てくれ」
「はいはい、と」

 会場で合流したカイエは即座にユウナに頼り、ユウナは白眼を発動させて遥か彼方にあるトーナメント表を目視する。
 一回戦目・うずまきナルト対日向ネジ、二回戦目・我愛羅対うちはサスケ、三回戦目・カンクロウ対油女シノ、そして四回戦目がテマリ対うちはルイであり、奈良シカマルは余りだった。

「なんでルイの対戦相手がテマリで、シカマルがシードなんだ……?」

 その予期せぬ変更に、ユウナだけでなく、全員が驚いた。恐らくはルイが一番驚いているのは疑いの余地も無い。

「んー……あ、そいやルイの番号って九番だったから、八番のドスが消えりゃ必然的にそうなるよなー」
「ちょ、十番じゃなかったのかよ!」

 心の底から「在り得ねぇ」とヤクモはじと目でカイエを睨んだ。
 本選取り決めの抽選の時、ヤクモ・ユウナ・ルイは病院送りでコンに変化したナギも付き添った為、九班の面々で直接見ていたのはカイエだけである。
 なのだが、カイエは引いた番号を告げず、シカマルとの対戦になったとだけ告げた為、この予期出来たのに予期出来なかった事態を招いた。完全にカイエの過失だったが、本人は口笛吹いて何処吹く風だった。

(うちはルイか。丁度良い、予選の時の借りを返させて貰うわ)

 二次試験でまんまと巻物を奪われた屈辱を思い出し、テマリは勝気な笑みを浮かべる。

(テマリだって? 予定が完全に崩れる上に、あの風遁相手では実力を隠し通すのは難しい。となれば――試合前に御退場願い、対戦相手をシカマルに戻すしか無いわね)

 ルイは表情に出さず、テマリを棄権させる目算を練る。
 最大の問題はどうやって誘き寄せるかに尽きる。人気の無い場所まで連れ出せば幾らでも料理出来るが、それが問題である。
 風影が大蛇丸である事を匂わせて誘い出す――否、警戒心を煽るだけで試合中まで持ち越されるだろう。
 木ノ葉崩しの事を――否、危険度が高すぎる情報ゆえに、誘い出す以前に予期せぬ事態を招きかねない。
 あれこれ考えている内に、ルイは自発的に誘い出す必要が無い事に気づく。

(――世の中、何が役に立つか解らないものね)

 ルイは内心高笑いしながら、冷静沈着に思考を進める。慎重に石橋を叩き、大胆に行動する。特に今日は一つ間違えただけで呆気無く死ねるのだから。




 ナルトとネジの試合は細部こそ違うものの、うろ覚えの原作通り進んでいた。

「――ハアアアァァァァ!」

 ほぼ全身の点穴を突かれたナルトから禍々しいチャクラが噴出する。偶然にも九つの尾をとったチャクラは巻きつき、九尾の無尽蔵のチャクラがナルトの全身に漲る。
 その圧巻すべき光景に誰もが目を奪われる中、虎視眈々と機会を狙っていた私は瞬時に印を結び、驚愕するテマリの背後から心転身の術を使った。

「――!?」

 乗っ取り成功。前言撤回、案外便利だわ、これ。
 倒れ崩れそうになった抜け殻の本体は違う者に変化した私の影分身に抱えられ、一足先に移動する。後はテマリに乗り移った私も此処から抜け出すだけだ。

「おい、テマリ。何処行くじゃん?」
「トイレだ、察しろ」

 咄嗟に呼び止めたカンクロウに素っ気無く言う。多分こんな感じだから不信感を持たれないだろう。

「……今からかよ。早く帰って来いよ……!」
「解ってる」

 本来の予定なら次のサスケと我愛羅の試合最中に合図が来るだけに、砂隠れの忍は我愛羅を除いて相当焦っている。この場で乗っ取られていると思考出来る方が無理な話か。
 私は人目を忍んで抜け出し、私の本体が待つ場所へ駆け足で目指す。
 誰もが試合に釘付けの中、私は幸運な事に誰にも遭遇せず、私と私の影分身が待つ場所へ辿り着く。歪んだ口元を元に戻すのに一苦労だ。
 準備は整った。私の本体に背中を向け、心転身の術を解く。

「――!?」

 此処から先は単なる詰め将棋に過ぎない。
 間髪入れずテマリを影縛りの術で拘束する。自分の口元を塞いでテマリの口を封じ、背中に手を当て――此処まで消費したチャクラを補うべくチャクラ吸引術で全てを吸い尽くす。

「――んっ! んぐっ――」

 こうしてテマリは私に気づく事無く気絶する。目覚めてもチャクラ切れで足手纏いになるだけなので、色々と有利に働くだろう。
 遠くから一際大きい歓声が耳に入る。どうやら終わったらしい。
 多分、ナルトが勝ったのだろう。六十四の点穴じゃなく、経絡系を壊していればネジの勝利だっただろうに。
 踵を返して戻ろうとした時、私は写輪眼を浮かべて虚空を睨み付けた。

「久しぶりだね、カブト。大蛇丸は息災のようで残念極まるわぁ」




「やれやれ、君の前では僕なんて形無しだよ。ホント自信無くすなぁ」

 やはり見破られたか、と気配を殺していた薬師カブトは観念してルイの前に現れ、暗部の仮面を取って苦笑した。

「祭りの準備は良いの? それとも私個人に用かしら?」

 うちはルイは見惚れるほど妖艶な微笑みを浮かべ、冷徹な殺意を剥き出しにする。
 本当に、この少女の前には秘密など意味を成さない。
 細心の注意を払って事を進めて来た木ノ葉崩しを察知されていたが、カブトは当然のように受け入れる。こんな事ぐらいで驚いているようでは彼女とは付き合えない。

「あのまま気づかなかったら連れ去るのも良いかなと思ったけど、やめとくよ。此処で君に殺されるのは御免被るしね」

 それは限り無く本音に近かったが、この不遜で不敵な少女が呆気無く自分の手に納まるなど、それこそ想像すら出来ない。
 それに万が一、億に一つ、兆に一つ、連れ去る事が出来たとしても主君である大蛇丸に渡すには抵抗がある。
 あるのだが、大蛇丸の執拗な責めで苦悶し許しを請う淫らなルイの姿は想像すら出来ないぐらい耽美で官能的だろうなと思っていたりはする。
 ――ルイと出遭って以来、異性への年の嗜好が年々急降下している事に、カブトは全く自覚してなかった。それが幸運か不幸かは本人の問題である。

「これは僕の善意からだけど――大蛇丸様の下へ来る気は無いかい? 捕まれば死ぬまで慰み者になる事ぐらいは容易に想像付くだろ? そうなる前なら、君自身の価値を大蛇丸様に直接売り込めるし、損は無いと思うけどなぁ」
「あら、私は木ノ葉隠れの忍よ。そして私を御せるのは私だけだわ。――まあ、木ノ葉隠れの里を壊滅出来たのなら考えてあげるわ」

 拒否する事は最初から解っていた。彼女は生まれながら頂点に立つ者だ。そして頂点に立つ者は唯一人で良い。他者の下に付くなど在り得ないの一言に尽きるだろう。
 それでも僅かな望みを抱ける事にカブトは心底から喜んだ。これからこなす過酷な任務にも意欲が沸いて来るものだ。

「――そうか。楽しみにしているよ」
「御期待に添えないと思うけど」
「はは、相変わらずつれないなぁ」

 ルイの素っ気無い反応に、まるで懐かない猫のようだとカブトは心の底から笑みを浮かべた。

「さよなら。もう遭う機会も無いしね」
「いや、またね。僕の勘ではまた逢う機会があると思うんでね」




「……何で砂隠れの奴等は挙って土壇場で棄権しやがるんだ?」

 二回戦のうちはサスケ対我愛羅はサスケが未だに来ておらず、風影の特別配慮をもって延期となった。
 続く三回戦のカンクロウ対油女シノはカンクロウが突如棄権し、四回戦のテマリ対うちはルイは先程までいたテマリが現れず、暫くしてまたもや棄権の知らせが届いた。
 これでは折角延期した二回戦が台無しになり、観客から批難轟々だ。

「不知火さん、提案ですけど――私と奈良シカマルの試合を先にしませんか? 事実上、一回戦扱いで。サスケが来るまで時間を稼げますし、もう一人のうちはである私の試合も出来る。一挙両得だと思いますが」

 不知火ゲンマが頭を抱えていると、試合場で待機して待ち惚けしていたルイが絶妙なタイミングで提案する。
 確かにこのままサスケを棄権させて続行するのは延期した手前、選択出来ない。かと言って、試合せずに待ち続けるのは観客に酷い印象を与えるだろう。その二つを解決するルイの甘言は極めて魅力的だった。
 割と切羽詰っていたゲンマが作為的な事に気づかなかったのは仕方ないと言えよう。

「……チィ、ちょっと待ってろ」




「……なあ、これってもしかしなくてもお前の仕業?」
「さあ、主語が抜けていて何の事を言っているのかさっぱりだわ」

 程無くしてシカマルが呼ばれ、一度は消えたうちはルイ対奈良シカマルの対戦が実現する事になる。
 この出来過ぎた状況に、シカマルはルイの関与を疑うが、当人の白々しい反応から疑う余地無く彼女だと悟る。
 そういえば予選の時に身内対決が確定した瞬間、ヤクモとユウナが挙ってルイを警戒したのはこの為だろう。

「まあいいか。ようやく将棋の借りを返せるぜ」
「……私、シカマルと将棋した事あったけ?」
「うわ、忘れやがったのか。ひでぇ奴……」

 ルイは頭を傾げて悩む素振りを見せる。シカマルにとってショックな出来事で印象深かっただけに落胆の色を隠せない。

「良し、始めっ!」

 勝つにしろ負けるにしろ、最低限、写輪眼を引っ張り出して修行の成果を発揮する。いつになくシカマルはやる気に満ちていた。






[3089] 巻の24
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/01 23:54




 少しばかり時を遡って――。

「クソッ、テマリの奴、何処行きやがった!?」

 本選の試合を棄権した直後のカンクロウは帰って来ないテマリを必死に探していた。
 試合が二つ繰り上がるという予期せぬ事態だが、幾らなんでも遅すぎる。本来なら我愛羅の試合で作戦開始するので、絶対に待機していなければならないのに。
 だからこそ異常なのだとカンクロウの直感が告げている。決まり事に関しては律儀に守るテマリが遵守出来ない状況に陥っているかもしれない。

「――テマリ!? おい、大丈夫かっ!」

 カンクロウの直感は見事に的中していた。人気の無い暗い通路にて倒れているテマリを発見する。

「っ――カン、クロウ? 何で私は此処に……そうだ、試合は? 作戦は!?」
「落ち着くじゃん。我愛羅対サスケはサスケが来ないんで延期になった。次の試合は計画前にカラスの仕込み絡繰りを曝すのは御免だったんでな、棄権した。それでお前とうちはルイの試合になったんだが……」

 ほぼ全てのチャクラを奪われ、力が入らない。テマリは何者かに襲われた事を認識し――自ら口を塞ぎ、チャクラを吸われる怠惰感を思い出す。

「ったく、作戦前にトイレなんざ行くから――」
「何? 何の事だ?」
「あぁん? お前、作戦実行間近だってのにトイレ行くって出てったじゃん?」

 カンクロウから告げられた身に覚えの無い事に疑問符を浮かべたテマリだが、バラバラだったパズルの欠片がぴたりと嵌ったように、電撃的に事態を把握した。

「……やられた。あの根暗野郎めっ!」

 あの時、テマリは自分で自分の口を塞いだ。そしてその次も意図せず右掌を眼前に突き出し、背中に何者かの手の感触を感じた。予選で見た奈良シカマルの影真似の術中に嵌ったが如く、だ。
 カンクロウが告げた不可解な出来事も、奈良シカマルの班員である山中いのの心転身の術なら説明が付く。完全にしてやられたのだ。

(まさか試合前に仕掛けて来るなんて……いや、敵地なのに油断していたからか……!)

 木ノ葉隠れの忍は甘い、そんなのは完全に的外れな過信だった。うちはルイに巻物を奪われた時点で容易ならぬ事と思い知らされたのに、何処かで甘く見ていた。
 狂おしいまでの激情に駆られながらも、テマリは悔しそうに「……棄権する」と、呆然とするカンクロウに告げたのだった。


 巻の24 木ノ葉の智将と詐欺師の女狐が智慧比べするの事


「あんの腹黒娘、やりやがった……!」
「やりやがったなぁ……」
「やりやがったねぇ……」
「やっちゃったねぇ……」

 テマリ棄権の知らせが観客席に行き届き、うちはルイ対奈良シカマルの対戦が確定した瞬間、カイエが全身を震わせながら唸り、続いてヤクモ、ユウナ、ナギの順番で諦念を籠めて相槌を打った。
 試合変更の知らせを聞いた時からやると思っていた。四人揃って深い溜息を付いた。

「うわ、やりやがったわね……」
「やりやがったって、何が?」
「あー、いや、何でも無いわ、いの」

 少し離れた席にいたサクラもまた同じ感想を抱いた。

「……そういえばアンタ、此処一ヶ月間全然見当たらなかったけど何処行っていたの? まさかサスケ君と一緒にいたんじゃ……!?」
「違うから安心して」

 いのの的外れな言葉を受け流し、そういえば最初はサスケを探す為にルイの後を追ったんだっけ、とサクラは感慨深く回想する。

「てかサクラ、何でそんなに包帯塗れなの?」
「んー、秘密の修行をしてただけよ。今ならいのに簡単に勝てるかもね」
「サクラの癖に言うじゃない。あ、試合始まるみたいね。いけぇー、シカマル! ルイなんて六十四連コンボでボッコボコよー!」

 そんな日向の人じゃないんだからとサクラは内心突っ込み、半分以上、シカマルに同情しながら試合に目を向けた。




 最初に真正面から投擲したクナイは、盤上から見下ろす一手に似ている。
 避けるにしても防ぐにしても当たるにしても、相手の出方を見る事が出来る。偽装や手抜きを考慮しても初動から得る情報は大きい。
 飛ぶように後退し、うちはルイが放ったクナイは、彼女の予想を遥かに上回る速度で回避された。
 よもやシカマルが真正面から突っ込んで来て、紙一重で避けられるとは流石のルイも思わなかった。

「――!?」

 何かおかしい。致命的な勘違いを抱いたまま、ルイは更に後退しながら四つのクナイを抜き打ち――この時点でしくじったと悟った。

「うらぁっ!」

 その悉くを体捌きだけで躱され、シカマルは印を結びながら高速の上段蹴りを繰り出す。
 それが何の術か途中で悟ったルイは霞むような速度で印を結び、顔面に来る上段蹴りを受け止めるべく腕を防御に回し――突如、その蹴りは下段蹴りに変化した。

「くっ!」

 ルイはその動きに合わせて受け止め、その強烈な衝撃に逆らわずに飛び退くが、両者は合わせ鏡のようにぴたりと動きを止める。地に映る二人の影は一つに纏まっていた。

「影真似の術、成功……!」

 身動き一つ出来ないルイは驚愕で顔を歪ませる。
 影真似の術は奈良一族に伝わる秘伝の術であり、自分の影を自在に形を変えて、相手の影に接触させる事で同じ動きをさせる。自分以外の影を利用して影の伸びる長さを伸ばす事も可能であり、チャクラの消費量を顧みなければ非常に応用性優れる拘束術だった。

(明らかに一ヶ月前とは別人の動き……! リーじみた高速体術に影真似なんて、考えられる限り最悪の組み合わせだわ……!)

 ルイの見立てでは重しを取ったリーより二回り下だが、自分自身と比べれば一回り上の身体能力だと内心舌打ちする。
 当初の予定では牽制しつつ遠距離から攻める算段だった。
 だが、これでは距離を保つ事すら困難であり、接近戦では接触した瞬間に影真似で拘束される。ルイは自分自身を顧みずに悪辣な手口だと罵った。

「さて、詰みだな――!?」

 シカマルが試合を終わらせようとした瞬間、後ろから痛烈な蹴りが彼の顔面に入った。咄嗟に振り向いた先にいたのは、嬉々と笑うもう一人のルイだった。

(ナルトが飛び出た穴から這い出て来やがった……!? あの時の印で忍ばせていた? 闇雲に逃げたんじゃなく、計算済みで誘い込んだのか――!)

 奇しくも原作でシカマルが使った場所を利用したのは皮肉としか言いようが無い。
 頭部に打撃を受けた事で集中力が途切れ、影真似の術が解かれる。拘束されていたルイが退くと同時にもう一人のルイが殴りかかる。

「やぁっ!」

 その拳がシカマルの顔面に突き刺さるより疾く、シカマルの拳がルイの腹部を穿ち、そのまま冗談みたいに貫いた。

「!?」

 余りの呆気無い感触にシカマルの思考が一瞬停止する中、腹部を貫かれたルイは凄絶に笑い、崩れるように彼に抱きついた。その直後、ルイだったものは土に変わり、シカマルの身動きを封じる。

(――な、土だと……!?)

 シカマルは見誤った。それがナルトと同じ影分身だと思い込み、一撃でも当てれば分身体が消えると楽観視していた。
 だが、ルイが使ったのは岩隠れの忍から盗んだ土分身の術だった。同じ系統の水分身の術とは違い、土分身は多少の損傷では術が崩れないのが特徴である。

(チャンス!)

 間髪入れず、ルイは印を結びながらチャクラを練り上げ、口腔から胸の辺りで一度止め、燃え滾る巨大な炎の球体を一気に吐き出した。
 それはうちは一族が好き好んで使う忍術、火遁・豪火球の術だった。炎の球体は地面を焼き砕きながら突き進み、土くれごとシカマルを飲み込み――壁に激突して大きく粉砕し、夥しい黒煙を上げた。

「……死ぬかと思ったぜ。容赦ねぇなぁ、おい」

 一瞬で土の拘束から抜け出したシカマルは遥か遠くの木々の影にいた。
 ルイの術が及ぼした惨状を目の当たりにし、一体どれだけ彼女が猫を被っていたのか、末恐ろしくなった。
 火遁・豪火球の術はサスケの実演だが、アカデミー時代に見た事がある。あれは激しい炎で焼き払うものであるが、今のルイみたいに粉砕しながら焼き抉るものでは断じて無かった。

「死ねば良かったのに」

 痛む頬を擦りながらルイは割と本気に呟く。影真似の術中に蹴ったので、その衝撃はルイにまで及んでいた。
 漸く望み通りの距離を取れたが、見せるつもりの無かった部分まで衆知に披露してしまい、ルイは内心苛立ちを募らせる。

(……この構図、原作でのテマリと同じ位置か。因果なものだね)

 壁の影を利用され、やり難い事この上無い。
 ――最悪の場合、写輪眼に頼らざるを得ない。それほどまでに今のシカマルは容易ならぬ敵だった。




 うちはルイ対奈良シカマル。この試合は前評判では誰も期待していなかった。
 木ノ葉にうちはの末裔は二人だけだが、天才の名を欲しいままにするサスケと違い、ルイの方は落ちこぼれという風評が強かった。所詮はうちはサスケまでの退屈な前座と誰もが割り切っていた。
 だが、蓋を開けてみれば両者とも下忍の域を超えた動きを観客に見せ付けた。
 流れるような高速体術から木ノ葉秘伝の影縛りの術で拘束するという鮮やかな手腕を振るった奈良シカマルに、その絶対的な窮地を一瞬で覆してうちは一族の御家芸である火遁・豪火球の術でこれまでの風評を木っ端微塵に破壊したうちはルイ。会場の大名や忍達は前評判との落差に驚嘆し、否応無しに湧き上がっていた。

「嘘、シカマルがあんなに強かったなんて……!」
「え、いや、それもそうだけど、何でルイがあんなに強いのよ!? アカデミーじゃ基本忍術だって酷い有様だったのに!」

 その猫被りを捨て去るほどシカマルが手強いのだが、言わぬが華であるだろうとサクラは口を塞ぐ。まだ写輪眼と写輪眼による幻術を隠しているのが恐ろしいと一人身震いする。

「……んな馬鹿な。何でシカマルがリーじみた動きしてるんだ……!」

 少しだけ離れた場所にて、カイエ達は予想外の試合展開に目をまん丸にして驚いていた。
 当初の予想では猫被りのルイがシカマルに合わせて戦い、評価を重視した試合になると考えていただけに四人の衝撃は大きかっただろう。

「――フゥハハハハハハハー! それはなぁ、この一ヶ月間、オレが鍛えたからだぁ!」

 疑惑と疑念が渦巻く中、頼みもしないのに颯爽と現れたのは自称・木ノ葉の碧の野獣ことマイト・ガイと松葉杖で何とか自力で立つリーだった。

「な、その馬鹿っぽい声はガイ!? それにリー君も。怪我は大丈夫なのか……って、サクラ君、お前等其処にいたのか」
「あ、カイエ先生、それに皆も。こんにちは……じゃなくて、ガイ先生、どういう事ですか?」

 カイエにユウナ、ヤクモ、ナギ、サクラにいの、計六人の視線がガイに集中する。
 その熱き期待に答えるべく、ガイは如何なる原理かは不明だが、白い歯をきらりと輝かせて最高の微笑みを浮かべる。

「うむ、実はシカマル君に修行の手解きを、と直々に頼まれてなぁ。その燃え上がる青春の熱意に胸を打たれたのだ」
「道理で木ノ葉旋風もどきをする訳だ。しかし、なんでガイに……あ」

 カイエは自分で言いかけた途中で気づく。シカマルがルイの写輪眼の有無を疑っていた事に。それならば木ノ葉で対写輪眼戦術を確立させている唯一の人物の手解きを受けるのは当然の成り行きと言えよう。
 ――つまりは、この予期せぬ事態すら、ルイの蒔いた種という事になる。意図するもしないも、其処には関係無い話である。

「フッ、流石に気づいたようだな、我が魂の親友よ! ……で、結局のところどうなんだ? ルイは写輪眼を開眼させているのか?」

 ガイは半信半疑と言った表情で、後半部分の内容をカイエの耳元に囁くように尋ねる。
 予選で見せた医療忍術と八門遁甲の体内門を抉じ開けた事から、ルイが落ちこぼれとは程遠い忍だと思っているが、写輪眼に関しては自信を持てずにいた。

「さてな。そいつは試合見てりゃ解る事さ」

 カイエは余裕綽々といった表情を見せる。
 基本的な身体能力や技の切れは同じ班員のヤクモとユウナと比べて大分劣る。うちは一族特有の飛び抜けたチャクラも人柱力であるナギには遠く及ばない。それでも四人の中で一番強いのは――勝つのはルイである。

(――まあ、それは手段を選ばなければの話だが。出し惜しみしたまま負けるか、出し惜しみしたまま勝つか。最初の正念場と言ったところだな)




(どうしてこう、怖い女と縁があるんかねぇ……)

 如何に距離を詰め、影真似の術で捕まえるか、シカマルが戦略を練っていた時、ルイは腰の刀を抜き取った。
 限界まで伸ばした影真似すら届かぬ距離なのに、何故今更刀を手に取るのか、不可解極まる選択だった。
 遠くから「お前、刀使えたのか?」などと軽口を叩く間も無く、横一文字に振るわれたその斬撃はシカマルの下まで文字通り伸びて来た。

「――んな!?」

 ルイと同じ班の黒羽ヤクモが繰り出す斬撃の範囲は傍目からも不可解なほど伸びた。
 後々にそれが柄走りとチャクラの刃を組み合わせた結果だと知ったが、彼女の場合は刀身が在り得ない速度で伸び続けていた。
 咄嗟に屈んで難を逃れたシカマルだが、その直後に近場の木々を、試合場の壁をバターの如く切り裂いた光景を見て、我が眼を疑った。

「なんだそれ!? 刀ですらねぇだろ……!」

 シカマルは絶叫するように文句を言う。振り抜き終わった刀身は瞬時に縮み、元の大きさに戻る。ルイは無言で刀の切っ先を地に這い蹲るシカマルに向けた。

(刀身を伸ばした状態で二の太刀は振るえないようだな、当たり前な話だが)

 一撃でも受け止められれば刀の影を伝って影真似の術で縛れるが、あの異常な切れ味が不安要素だった。ヤクモが繰り出す剣撃より冴えは無いが、あの刀はどう見てもおかしい。まだ何か隠しているとシカマルは警戒心を抱く。

(オマケに二十メートルは離れてやがる。壁の影伝っても届く距離じゃないな)

 これでいつもなら戦略を練る為に両手を合わせて思案に入るが、ルイの前で見せたら容赦無く仕留めに来るだろう。目を一瞬でも離したらやられるのは将棋での教訓だった。

「……チィ、やってらんねぇな」

 ――だからこそ、シカマルは敢えていつもの癖をやり、ルイの攻撃を誘った。そして、その瞬間にはもう際限無く伸びる刺突が繰り出されていた。

(早っ、だがその距離から当てれると思うな――!)

 胴体の中央目掛けて疾走した刺突をシカマルは地に転がりながら避け、瞬時に影真似の術で伸びた刀身の影を伝い進む。
 先程と同じように刀身が縮んで行くが、影が伝う速度の方が早い――ルイはあっさり刀を投げ捨てて後方に退いた。

「逃がすか――!」

 二つのクナイを上空へ、更にもう二つをルイの逃げる方向に投擲しながらシカマルは疾駆する。

「っ――!」

 逃げ道を遮るように飛翔する二つのクナイを、ルイもまた二つのクナイを正確無比に投擲して叩き落とす。
 その間にもシカマルは更に切迫し、影真似の射程距離内に入る刹那、逃げるルイは右手の指二本を突き立てて引き寄せるような動作をした。
 その直後、遥か遠くに落ちていて、元通りの長さに戻った刀は跳ね上がるように飛翔し、追撃するシカマルの下に迫った。

「――!? 何でもありだなおいっ!」

 シカマルは首目掛けて直進する太刀を皮一枚で躱し、不条理にも停止して首を薙ぎに来た一閃もまた屈んで避け、逃げ続けるルイを追う。
 距離を稼ぎ、ルイがまた火遁・豪火球の術を行使しようとした瞬間、上空から時間差で落下してきた二つのクナイに邪魔され、方向転換を余儀無くされる。
 ――そう、全てはシカマルの計算通りに。誘導に誘導を重ねて、ナルトが掘り進んだ穴の場所に、罠と知らずルイは逃げ込んだ。

(貰ったぜ……!)

 これで王手だと、後方から飛んできた刀の刺突をギリギリで避けたシカマルは閃光玉をルイの眼下に投げ入れた。

「! ――クッ!」

 目映い光が炸裂する。咄嗟に目を腕で庇ったルイは単調に後方へ飛ぶ。まさに理想的な位置だった。
 ルイの後ろに長く伸びた影は、本来なら届かない。だが、ナルトが掘り進んだ穴を経由する事で、ルイの影を即座に捕らえる事が出来る。――最初の土分身の意趣返しだとシカマルは皮肉げに笑った。

「――影縛りの術、成功」

 そして光が収まった時、勝利の笑みを浮かべたのはルイだった。

「な、にぃ……!?」

 身動き一つ出来ない自身の体にシカマルは愕然とした。
 自分の影は確かに穴に入り込み、反対側の穴から出てルイを捕らえる筈だった。それなのに反対側の穴から影は出ず、先の穴に入り込んだ影にルイの影が接触し、逆に捕らわれていた。

「――っ、しくじったぁ。あの土の分身を潜ませた時にか……!?」
「御察知の通り、ちゃんと穴を塞いでおいたよ。絶対使ってくるだろうと思ったからね。それと忘れたの? 二番煎じの手じゃ私には勝てないよ」
「な。て、てめぇっ! 将棋の事、覚えてるじゃねぇか!」

 ルイが笑いながら歩き寄る。シカマルは必死に抵抗するが、術中に陥った今、成す術は皆無である。

「たった今、思い出したのよ――はい、これで詰み」

 ルイは嬉々と右手を差し出し、強制的に握手する事になる。一体何の為にとシカマルが思った最中、右手から何もかも奪われたような虚脱感が浸透してくる。

(な、チャクラが吸われる!? ユウナのあれ、与太話じゃ無かったのかよ!?)

 何故ルイが影真似の術を使えるのか、名称が何故旧名の影縛りなのか、まさか親父の仕業なのか、やはり写輪眼を持っていたが使わなかっただけなのか、シカマルの中で様々な思考が迅速に入り乱れて流れる。
 不慣れの術はそれだけでチャクラ消費が多く、持続時間が少ないだろうが、チャクラを吸われて補われては如何し様も無い。
 この間、僅か二秒。シカマルは諦めた。

「……参った、ギブアップ!」






[3089] 巻の25
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/01 23:59




(……あの小娘、私から奪った草薙の剣を我が物顔で……!)

 風影に扮した大蛇丸は心の中で煮え滾るような憎悪と憤怒を燃え滾らせていた。
 草薙の剣は他に何振りか所有しているが、奪われて使用されている事実が気に食わない。あの時の一生の不覚を否応無しに思い返し、大蛇丸は小娘如きにしてやられた恥辱に身を震わせていた。

「良き試合でしたなぁ、風影殿」
「そうですね、流石はうちはの末裔ですな」

 そうとは露とも知らず、親しげに話し掛けてくる三代目火影に大蛇丸は心にも無い事を言って相槌を打つ。

「全く、前評判など当てにならないものです」

 大蛇丸にとって、今の試合など茶番に過ぎなかった。
 やはり奈良一族の小僧如きでは写輪眼を使うまでも無い。殺そうと思えば一瞬で決着出来ただろうに、うちはルイは手抜きした上で偽りの策略戦を演じた。

(――風影の小娘、テマリなら写輪眼を使わせる事ぐらいは……だからこそ〝途中退場〟になったのか)

 自らの右腕である薬師カブトがその才覚を計り切れずにいたのは仕方ないと言えよう。誰よりも才能を見抜くと自負する己が眼からも、うちはルイの才覚は器の底どころか縁すら把握出来ない。
 これで男ならばサスケ以上の肉体として我が糧になっただろうにと、狂おしいまでの憎悪が大蛇丸の理性を蝕む。
 ――師を殺める事での歓喜よりも、あの少女への屈辱を晴らす事への執着心、その方に比重が高まっている事に大蛇丸は自分でも気づけずにいた。

(岩隠れの土分身に影縛りの術、それにチャクラ吸引術――カイエの報告には無かったが、どうやら開眼しているようじゃのう。九尾の力を安定した状態でコントロールしたナルトにも驚かされたが、あのルイが写輪眼を使わずに勝利を飾るとは……)

 三代目火影は隣で負の情念を滾らせる風影に気づかず、ルイの試合に感心していた。
 アカデミーの評価ではナルトと争うぐらいの落第生だったが、若者の成長は斯くも見違えるものだと、三代目火影は世代交代の波を感慨深く実感していた。

「ちょっと。なんでぇ!? せっかく中忍になれるチャンスだったのに、影真似でルイと握手してギブアップってどういう事よっ!」

 一方、観客席では山中いのが今の試合結果に不満を爆発させていた。

「……ああ、なるほど」

 その隣で、春野サクラは内心納得したように感心した。
 大抵の者はルイが使った影真似の術を見て、シカマルが捕まえたと誤認している。
 これは写輪眼を使えないという第一印象を逆手に取ったものであり、悪辣なルイが用意した予てからの決め手だったのだろう。

(見抜けなかった人にはシカマルの棄権で勝利を拾っただけと過小評価され、見抜いた人には写輪眼を使わずに勝利したと過大評価される。中忍に相応しいか審判する人は後者だから――)

 そういう事も含めて、全て計算通りの試合展開だったのだろうと、サクラは恐るべしとルイへの畏怖を高めたのだった。


 巻の25 サスケと我愛羅が術競い、中忍試験が終了するの事


(……やはり実戦じゃチャクラ消費が多すぎて使い物にならないな。だから特定の一族しか使わない秘伝の術になったのかな、影縛りの術は)

 試合に勝って勝負に負けたと、私は盛大に溜息をついた。
 テマリの強制退場とこの試合で全体の三割ほどのチャクラを消耗してしまった。これから最大の山場である木ノ葉崩しが開始されるのに看過出来ない失態である。

(……それにしてもシカマルに写輪眼の事がバレているとは思わなんだ。最近気が緩みすぎていたかな……)

 この戦闘中、シカマルは一回も眼を合わさず、胴体や足の運びだけで此方の動きを把握していた。異常に伸びた身体能力や体術と言い、木ノ葉旋風みたいな蹴りから察するに、ガイが師事したのだろうか?
 ――まあ、この時期まで来れば写輪眼の隠蔽など些細な問題だが。後ろ盾が無かった三年前とは違い、今は隠す必要性が薄れつつある。
 それに大蛇丸の一件や今回の事で大人数に露見されつつあるので、早々に明かした方が得策だろう。切り札の一つを曝せば、大体の者は他の切り札の存在を疑わないものだ。
 それから試合での反省点を纏めている最中、観客席からナルトが降りてきた。

「バカッ!」
「うるせぇ、超馬鹿。藪から棒に何なんだ?」

 ナルトはシカマルを指差し、短絡的に言い放つ。シカマルは面倒そうに言い返し、突然の言葉に疑問符を浮かべる。

「なんでギブアップしたんだよ!? あのまま勝てたじゃねぇか!」
「……うわ、もしかしてあの勝ち方も計算通りの展開なのかよ」

 一瞬にして周囲との認識の違いを察したシカマルは私に怨めしい視線を向ける。
 本当に思考が鋭く且つ早くて困る。何気に私怨が籠っているのは気のせいだろうか?

「何の事かしら? 私が言うのもなんだけど、シカマルは諦めが早すぎると思うなー」

 私は内心ほくそ笑みながら、惚けて煙に巻く。
 シカマルは頭を抱えて、狐に化かされたような苦々しい表情を浮かべた。狐なら其処のナルトの中にいますよ、と。九つの尾があって少々巨大で凶暴だけど。

「あー、もういいや。次の試合、ゆっくり観戦しようぜ……」

 心底疲れた表情でシカマルはがっくりと項垂れた。
 ――記憶が非常に曖昧だが、やはり所々で私の知る原作から乖離している。今後、大筋が変わらない保障は何処にも無い。
 勝って兜の緒を締めよ、昔の偉人は良い言葉を遺したものだ。




 そのすぐ後、うちはサスケとその担当上忍であるはたけカカシは大量の木の葉をばら撒いて試合場に現れた。
 まるで見計らっていたようなタイミングだと、シカマルは非常に冷めた視線で見ていた。
 遅刻したのに申し訳無さや反省の色が欠片も無く、勝気な表情をしていれば、実害を被った者が反感を抱くのは当然だろう。

「へっ、随分遅かったじゃねーの! オレとやんのをビビってもう来ねーと思っていたのによ!」
「あれぇ、絶対来るって心配そうにしていたでしょ」
「なっ……! そ、そんな事無いってばよ、ルイちゃん!」

 良い性格しているなぁ、とシカマルはナルトをからかって嬉々と笑うルイを横目に溜息をついた。

「久しぶり、サスケ。元気そうで何よりだわ」
「ルイもな。試合はどうだった?」
「勝ったよ、大勝利。私だって『うちは』だしね」

 サスケに対してだけ、純真に微笑んだルイが妙に可愛く見える。
 シカマルの脳裏に血迷った感慨が流れ、「在り得ない事考えた」と一人勝手に自己嫌悪に陥る。盛大に自爆したシカマルをナルトとカカシは不思議そうに眺めていた。

「そうか――」

 それが我が事のようにサスケは素直に喜ぶ。
 しかし、傍目から見てもこの二人は両想いにしか見えない。
 アカデミー時代からサスケは何処か険しく、近寄り難い雰囲気を醸し出していたが、ルイと一緒にいる時だけは和らいでいる印象がある。

(まあ、オレには関係無い事か)

 他人の色恋沙汰ほど面倒なものは無い。シカマルは思考を切り替え、サスケの試合を楽しむ事にした。

「それじゃサスケ、試合頑張ってねー!」
「負けんじゃねぇぞ、サスケ!」

 ルイとナルトは此処から直接飛んで、観客席に舞い戻った。
 そんな急ぐ必要も無いだろうにと思いつつも、一人だけ階段で上がっていくのも格好が付かないなとシカマルは面倒臭がりながら二人の後を追ったのだった。




「――行くぞ」

 小手調べにサスケは二つの手裏剣を投げる。
 それらは申し分無い速度だったが、我愛羅が反応するまでも無く、我愛羅の背負う瓢箪から這い出た大量の砂に防がれる。
 術者の意思に関係無く、自動的に防御する砂の盾は本体の我愛羅を模り、砂の分身となって二つの手裏剣をその手に掴む。――ナギの混沌の泥で分身を作れば、更に性質の悪い罠になりそうだとルイは一人思う。
 そう考えている内にサスケは正面から疾駆する。我愛羅の砂分身の胴体から砂が獰猛な速度で噴出して正面から迎い打つが、サスケは反射的に飛び上がって回避する。

「――!」

 それを見越してか、我愛羅の砂分身は先程掴んだ手裏剣を投げつける。
 二つの手裏剣を抜き打ち、叩き落したサスケは空中から回し蹴りを繰り出すが、砂分身の両拳で防がれる。――流形で脆いように見えるが、流石に絶対防御と銘打つだけはあるとルイは感心する。
 体勢を崩して着地したサスケは両手を地に接触すると同時に回転するように起き上がり、その一連の動作を止めずに我愛羅の砂分身に裏拳を喰らわせる。

「! ――くっ!」

 首元に当たった拳はされども崩れた砂で捕らわれて拘束されるが、崩れかけた砂の顔面を掌底で打ち抜き、サスケは漸く本体の我愛羅に手が届く距離まで切迫する。
 無表情の我愛羅の顔面目掛けて放った拳の前に砂の盾が立ち塞がるが、サスケはにやりと笑った。――確かに砂の盾は自動的であるが故に脅威だが、同時に陽動し易い。
 霞むような速度でサスケが背後に回り込んだ瞬間、我愛羅はこの試合で初めて表情を歪ませた。
 サスケの拳が我愛羅の顔を殴り飛ばし、そのまま不恰好に倒れる。
 受身すら取れずにいたが、砂がクッション代わりになり、尚且つ既に砂の鎧を纏っていた為、ダメージは皆無だろう。頬の砕けた砂が少しだけ零れ落ちた。

(……それにしても、一ヶ月程度の修行で重りを外したリーの標準速度まで上がるなんて、体術特化のリーなんて立つ瀬も無いし、私と比べても反則的な成長具合だね)

 ルイは観客席でサスケに軽く嫉妬心を抱く。
 担当上忍の青桐カイエの下、ルイとて修行を怠った覚えは無いが、同じ量をこなしても男性であるヤクモとユウナとは身体能力の差が著しく開く。
 オマケに同性であるナギは人柱力で色々と規格外も良い処なので、ルイは一人不貞腐れた。
 ルイが勝手にご機嫌斜めになっている間にも試合は進行し続ける。
 砂の盾を掻い潜るサスケの猛攻も所詮はリーの二の舞に過ぎず、我愛羅の砂の鎧を剥ぎ取るまではいかず――我愛羅は砂全てを防御に回し、砂の球体の中に引き篭もった。

(――やれやれ、余興もそろそろ終わりか)

 ルイは隣に座るヤクモ、ユウナ、ナギを順々に見回し、緊張感を高める。
 全ての打撃を無効化されたサスケは向かいの壁まで飛び退き、足裏のチャクラで付着させて壁に立つ。そしてその右掌に莫大な雷のチャクラを集中させた。

(最初は単なる肉体活性だったのに、どう見ても雷の性質変化起こしているよねーアレ)

 水と雷の性質変化が苦手なルイでは千鳥を写輪眼で見ても使えない。
 あれが本当に無属性の肉体活性だったらコピー可能だが、一ヶ月前の大蛇丸との対戦の折にカカシの雷切を見ても使えなかったので、第一部の時から雷遁だったらしいとルイは渋々納得する。
 壁からの助走を経て、最高速に達したサスケの突きは砂の迎撃を掻い潜って――砂の絶対防御を穿ち貫いた。

「うわああ! 血がぁ……オレの血がぁ!」
「ぐっ……!」

 だが、致命打にならず――サスケの顔が苦痛に染まる。砂の中で腕を掴まれたサスケは更なる電撃を流し込んで無理矢理抜き取る。
 砂の中から一緒に出てきた我愛羅の腕は人間のものでは無く、化け物じみた異形の腕だった。
 周囲の眼に曝された異形の腕は引っ込み、砂の殻が崩れる。中から現れたのは右肩を負傷し、異常に息が荒い我愛羅だった。
 そしてその瞬間、視界に無数の白い羽が舞った――。




(どういう事ぉ!?)

 眼下に舞う無数の白い羽が何者かの幻術だと察したサクラは咄嗟に幻術返しをした。
 眼を合わせただけで成立する不条理な写輪眼の幻術に幾度無く苦汁を飲まされたサクラにとって、不特定多数を対象した涅槃精舎の術など問題外の幻術だった。

(何で試合中にこんな幻術が……ああ、もう訳解んない!)

 思考の回転が速いサクラと言えども、この状況を把握するのに数秒の時間を必要とした。
 周囲の観客、それに同年代の下忍達が幻術で気絶し、観客席の真ん前には印を結んだ暗部の者を中心に音隠れの忍者が大勢集いつつある。その音隠れの忍と視線が合った――幻術で眠らなかった者を目指し、彼等は無慈悲に襲撃してきた。

「ひっ!」

 忍として愚かしい選択だが、サクラは咄嗟に眼を瞑ってしまう。だが、襲撃者の攻撃は一向に来ない。
 サクラが恐る恐る眼を開くと、其処には血塗れのうちはルイが立っていた。
 両脇にはクナイで頭部を穿たれた音隠れの忍が絶命しており、写輪眼を惜しみなく出したルイは怖気が走るほど凄惨な微笑みを浮かべていた。

「ルイ、その眼……!」
「――おま、やっぱり出し惜しみかよ!?」
「って、シカマル! アンタ、幻術返し出来たのに寝たフリしやがったねぇ!」

 隣で倒れていたシカマルはルイの名を聞いた瞬間、細目でルイの写輪眼を目の当たりにし、勢い余って叫んでしまった。
 面倒極まるこの事態を狸寝入りでやり過ごす気だっただけに、シカマルは自分の短絡的な行動を即座に悔いた。

「これが写輪眼なのかー、チャクラの流れがハッキリ見えるわー」
「おお、遂にルイも写輪眼を開眼させたかぁー」
「この極限の状況下が写輪眼を覚醒させるに至ったのかー、自分感動した」
「ルイちゃんなら必ず開眼すると信じていたよー」

 ルイは芝居掛かった仕草で仰々しく驚いて見せ、続いて血塗れた刀を片手に構えたヤクモが周囲を警戒しながら言い、白眼を発動させて日向流の構えを取るユウナが続き、最後に黒い泥を周囲に漂わせて右肩に黒犬のコンを乗せるナギがワザとらしく喜んで見せる。

「余裕だなお前等!? てか、全員棒読みかよ!」

 シカマルは現在の危険な状況を顧みずに、大声で突っ込んだ。
 四人は今この瞬間に写輪眼を開眼させたとでっち上げる気満々だが、信じさせる気は皆無としか思えないほど説得力に乏しく、且つふざけた物言いだった。






[3089] 巻の26
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/02 00:10




 一つ、昔話をしよう。ある女の子の物語である。

 ――自分の運の無さには諦めの念すら抱いていた。
 土影を何代にも渡って輩出した一族の系譜に生まれ、それ故に尾獣を封印されて人柱力になった岩流ナギは自らの不幸を嘆かざるを得なかった。
 そもそもNARUTOの世界に転生した経緯も、道端を歩いていたらビルの上から鉄材が落下し、運悪く直撃して即死したという宝籤の一等賞を取るより稀有な確率を引き当てた事にある。悲惨過ぎて泣くに泣けなかった。

 勝手に埋め込まれた正体不明の同居人に脅え悩まされる事、数年余り。幾多の死傷者を出した暴走を持って、ナギは正体不明の同居人――六尾・渾沌が脅威と恐怖の根源であると認識した。
 その暴走以来、内の封印が弱まったのか、渾沌のチャクラが時折漏れ、制御不能の暴走に陥る事が度々起こった。程無くして里人から隔離されたが――今でも里人達の心底から恐怖し憎悪する眼が忘れられない。

 それから数人の世話係と一つ年上の友達のレンとしか会わない日々が続いた。
 尾獣の力を宿す恐るべき兵器として生み出された彼女は、今やいつ爆発するか解らない危険物に過ぎなかった。
 人柱力の上に前世の記憶まであるという誰にも理解出来ない境遇故に、泣きたくなるほどの孤独と意図せぬ殺人を犯した罪悪感、内に蠢く尾獣の恐怖に蝕まれ、徐々に心が病んでいった。
 年々被害妄想が酷くなり、暁の者が来たら里の皆は喜んで自分を差し出し、尾獣を吸い出されて死ぬのでは――そう思い至った時、ナギは居ても立ってもいられず、半ば錯乱状態で里抜けを実行した。

 木ノ葉隠れの里を一心不乱に目指したのは原作の舞台だったから、それが一番強い理由だったかもしれない。
 心神喪失状態のナギは人柱力の自分でも保護され、安全を保障される理想郷だと思い込んでいたのだろう。原作でのナルトの境遇や我愛羅の境遇など、ナギは完全に失念していた。

 程無くして岩隠れの暗部に追いつかれ――ナギは自らの意思で尾獣の力を暴走させ、完膚無きまで殺戮し尽くした。
 圧倒的な暴力で自分を蔑んでいた者達を一方的に殺す至高の愉悦、如何なる負傷も瞬時に再生する人外の治癒能力、積年の負の怨念を吹き飛ばす爽快感にナギは歓喜狂喜し――それらは一瞬にして反転し、全てが罪悪感となってナギの心を際限無く責め立てた。

 一般的な道徳概念を持ち得たが故に壊れそうになった心を保とうと、全ての憎悪を内に封じられた尾獣に向け、先に進もうとしたが、心は折れかかっていた。
 ――もう、諦めて自殺した方が楽なのでは? そんな悪魔が耳元で呟いたような甘言が魅力的に感じ始めた時、ナギは彼女達、うちはルイに出逢った。

 ルイは出逢った当初から滅茶苦茶だった。
 永遠に理解し合えない友人レンの死体に起爆札つけて彼女の仲間の下に放り投げたり、恐怖の象徴だった六尾・渾沌を七十二時間ずっとフルボッコにして服従させたり、果てには現実世界からの転生者で、自分と同じ境遇の者だった。
 尾獣の器だったナギの事など、どう転がっても良かったルイは意図せず、ナギの内に蔓延っていた全ての既成概念を破壊し、絶望を砕いて生きる活力を与えた。――黄金の輝きに匹敵する、希望という名の光明を、ナギはルイに見たのだ。

 それでも口寄せされた六尾・渾沌と初対面する間際、今までの十二年の総決算と言うべき憎悪と怨念がナギの脳裏に渦巻いていた。この尾獣さえ自分に埋め込まれてなければ、と思わずにいられなかった。
 だが、その暗い情念は出会った瞬間に喪失した。
 子犬状態の渾沌はただ空を見上げていた。あれだけ自分の中で意味不明なまでに暴れ回っていたのに、微動だにせず見続けていた。

「元々コイツに五感無いけど、宿主がいる御陰で感覚が繋がったから、物珍しいんじゃない?」

 逆に言えばナギの中に封じられていなければ写輪眼で制御出来ないと不機嫌そうに示唆したルイの言葉で、ナギは雷に打たれるような衝撃を受けた。
 ――この尾獣も、この澄み切った蒼空を見たかったのだ。だから自分の内で暴れ回ったのだ。あの暗い暗い世界の中で、何度も何度も――。
 長い間、自分を苦しめ続けた六尾すら自分と同じ被害者だった事を知り、ナギは不覚にも涙を零した。
 この時に、十二年間積もりに積もった負債は、全て流し尽くしたとナギはしみじみ思う。

 目指すべき者を得て、同じ境遇の友と師も得て、憎みに憎んだ六尾とも和解し、ナギは一人で無くなった。こんなにも幸せな事は無いと、この暖かい日々に感謝した。
 うちはルイや黒羽ヤクモ、日向ユウナに青桐カイエと一緒に、今まで忌避した尾獣の力とも前向きに付き合い始めた。
 ――この平穏が、硝子細工のように儚く壊れ易い事を、ナギは身をもって知っている。だからこそ命に賭けても守りたいと、彼女は切望したのだった――。


 巻の26 木ノ葉崩し開幕、土の国以来のAランク任務に従事するの事


 状況を把握出来ずに無防備を曝すサクラは敵にとって絶好の鴨だった。
 致命的な隙を狙って迫ってきた二人の音隠れの忍を始末しようとした時、はたけカカシは自分以外に割って入る影に気づいた。――うちはルイだった。
 ルイと眼が合った瞬間、二人の音隠れの忍は不自然に硬直し、成す術も無くその頭部にクナイが突き立てられて絶命する。
 ――その彼女の双眸には、頬と衣服を染めた返り血より紅い写輪眼が浮かんでいた。

(まだ発展途上のサスケとは違い、三つ巴の写輪眼か。やはり相当前から開眼していたようだし、催眠眼による幻術が此処まで強力とはな……)

 げに恐ろしきはうちはの血か、落ちこぼれの彼女を此処まで鍛え上げた青桐カイエか、これまで実力の片鱗を隠してきたうちはルイの才覚か。
 それとは別に、開眼したら自分に指導させるという、里の方針を完全に無視した青桐カイエに、カカシは軽い殺意を覚えた。
 九班と見知らぬ少女がサクラとルイの下に移動する最中、黒羽ヤクモは観客席を乗り越えて襲い掛かった音隠れの忍を、擦違い様、神速の居合いで斬り伏せて馳せ参じる。

「! ユウナ後ろ!」
「解ってる!」

 更に飛び掛ってきた二人の音忍を、日向ユウナは掌に集めたチャクラを超高速の掌底をもって撃ち放ち、触らずして二人を試合場に打ち落とした。

「チィ……!」

 此処に至って彼等四人を容易ならぬ敵と認識した音隠れの忍達は不用意に近寄らず、クナイと手裏剣を暴雨の如く投げ込んだ。

(もう少し見ていたかったが……!)

 幻術で昏倒する観客にも被害が及ぶと判断し、ガイとカカシは手助けをしようとした。
 その前に、大量の黒泥が眼下に広がり、飛来したクナイと手裏剣を全て遮って防ぎ――黒泥は投擲した者達の下に雪崩の如く流れ込み、無情に飲み込んで遥か下の試合場に流れ落ちた。品の無い悲鳴は落下の途中で途切れた。

「あ、ナギ、観客に被害が及ばない程度にしてね。多少死んでも音隠れと砂隠れのせいに出来るけど」
「……う、手動操作だから、多分大丈夫、だよ?」

 生命を散らす戦場に似合わぬやり取りに、カカシは度胸が据わっていると称賛した。
 あれほど大規模な術を使いながら、見慣れぬ少女・岩流ナギに疲労の色は欠片も無かった。
 ナルトを思わせる桁外れのチャクラの量で、カカシに我愛羅と同様の危惧を抱かせたのは別の話である。

(……嬉しい誤算だ。四人とも中忍級とはな――)

 これならばこれから彼等に言い渡す任務に、貴重な戦力である上忍を後詰に回す必要は無いと、カカシは冷静に任務の粗探しを進めた。




 ――予想通り、音隠れの忍は精々中忍級だった。
 右腕の薬師カブトがはたけカカシに匹敵するぐらいで、その次の実力者が呪印でドーピングした四人衆だか五人衆――新興の里故に上忍級の人材は極めて少ないのだろう。
 この程度なら万華鏡写輪眼を使うまでもなく、サクラとの対戦で磨きに磨いた写輪眼の幻術か、未来視じみた見切りによるカウンターで容易に仕留められる。
 天照は使えて三発、無理して四発が限度なので上忍級の敵と遭遇するまでチャクラを温存しておきたい。

「カイエ先生、カカシ先生、ガイ先生、どうするんですか? こんな状況下じゃ下忍に過ぎない私達は呆気無く殺されちゃいますよ」

 私達は身を屈め、次々と襲い来る敵を上忍達に任せながらさっさと任務を寄越せと強請る。先程の血祭りで襲撃の頻度は少なくなっているが。

「ハハ、下忍ね……サクラ、幻術を解いてナルトを起こせ。久々の任務だ、ナルトも喜ぶだろーよ」

 やはり物語の流れに巻き込まれるのか、と私は心の中で溜息を吐いた。
 想像していた流れの一つに該当するので、対応策を思い出しつつ、周囲を警戒しながらカカシの言葉に耳を傾ける。

「サスケが砂の我愛羅達を追っている。七班と九班と其処の少女」
「あ、初めまして。如月ナギサです」
「の二小隊でサスケの後を追跡し、合流して止めろ。そして別命があるまで安全な所で待機だ」

 四人以上の行動は迅速さに欠け、敵から身を隠す事を難しくするのがアカデミーでの巡回実習の基本だ。
 だが、私達四人が加わるこの場合、小隊の戦力が十分と見做されて、追撃者対策で来る上忍は期待出来ないと考えて良いだろう。
 有効な戦力を他に使えるのは全体から見て有益だが、私達にとっては若干厳しい事態である。

「う、オレもなのかよ。任務参加への拒否権は……?」
「この激戦区に留まって殺されたいなら構わないわよ」

 尻込みするシカマルを私は即座に一分未満の望みを断つ。
 人間諦めが肝心だからさっさと思考を切り替えるようにと私は無言でシカマルを睨み、彼は諦めたようにがっくりと肩を落とし、盛大に溜息をついた。

「後はこのパックンがサスケの後を臭いで追跡してくれる」

 カカシは喋る忍犬パックンを口寄せする。……どうせなら戦闘に役立つ忍犬をつけて欲しいものだ。
 あ、また一人、カカシに擦違い様、クナイで腹を引き裂かれて返り討ちになった。

「あれ……犬なら――」
「コンちゃんはその、忍犬じゃないからっ。あは、あはは……!」

 サクラがナギの右肩に乗っかるコンに眼を向けたが、残念ながら戦闘以外役に立たない。
 元々五感が無いコンはチャクラに敏感だが、それは大小程度で個人を見分ける事は出来ない。というより、うちの班だとユウナがいるから必要無い。便利だね、白眼。

「……あー、やっぱりオレは此処で一緒に踏ん張らないといけないのか?」

 襲い来る音隠れの忍と応戦していた我等が担当上忍・青桐カイエはシカマル以上にやる気無く問う。今すぐこの場から立ち去りたい気持ちは痛いほど解るが、上忍という立場が許さないだろう。
 受け答えたのは奥の壁に音隠れの忍を拳のみで叩き付け、そのまま冗談みたいに穿ち破って巨大な穴を開けたマイト・ガイだった。

「当たり前だカイエ! お前とて木ノ葉の主力の一人だぞ! いい加減、その自覚を持て!」
「な、ガイ、勝手にテメェ等と同列扱いにすんなぁ! 凡人から先に死ぬなんざ真っ平御免じゃって、何勝手に仕掛けてきやがるんだぁボケェ!」

 全力でガイに文句を叫ぶカイエが隙だらけと錯覚したのか、音忍が背後から襲い掛かって来たが、腐っても木ノ葉の上忍である。
 カイエは振り返る事無く背後に掌底を繰り出し、瞬間的に発生させた螺旋丸で音忍の頭部を丸々抉り取った。……のり突っ込みのような即死攻撃で呆気無く逝った音忍が哀れ過ぎる。

「……カイエ先生も十分仲間入り出来ているな」
「……同感だな」

 ヤクモとユウナは転がり落ちる首無し死体を正視してしまったのか、青褪めた顔になっている。

「……アレ? どうしたの、サクラちゃん……?」
「話は後よ!」

 サクラは寝転んでいたナルトを起こし、私達は挙ってガイの開けた穴から這い出る。
 私が穴から飛び出す前に、結界忍術に囲まれた中央の物見櫓を眺める。三代目火影と大蛇丸の戦いが終わるまで一時間程度、恐らくは人生で最も長い一時間になるだろう。
 己が生命を賭けて戦い抜くには長すぎる時間、絶対に全員で生き延びて見せると私は私自身に強く誓った――。




「おい、お前等もっとスピードを上げろ!」
「え? 何なの!?」
「後ろから二小隊、八人……イヤ、もう一人、九人が追ってきとる!」

 サスケの臭いを辿って森を駆け抜ける最中、カカシの忍犬パックンは敵の臭いを察知し、慌てながら催促する。

「おいおい、もうかよ!? 冗談じゃねぇぞ!」
「まだワシらの正確な位置までは掴んでないようだが、待ち伏せを警戒しながら確実に迫ってきとる!」
「チィ、くそ! 恐らく中忍以上の奴ばっかだ。追いつかれたら全滅だぜ!」

 シカマルが文句を言って舌打ちする。
 数の上では一人の差に過ぎないが、突発的に編成された二小隊のメンバーは悉く下忍であり、恐らくは中忍のみで編成された敵の小隊と遭遇すれば全滅するのは火を見るより明らかだろう。

「ユウナ」
「ああ、大丈夫だ。全員目視した」

 ルイは慌てた様子無く横目でユウナを見る。
 既にユウナは白眼を発動させており、八人の小隊と追随する残りの一人を発見していた。

「なら決まりね。追手は私達九班が引き受けるわ。サクラ達はサスケをお願い」
「な、死ぬ気か!? 待ち伏せに見せかけた陽動なら追跡は撒けるが、どう考えても死に役だぜ!?」

 その迷い無き即断に、シカマルは囮の危険性を必死に説いたが、対するルイは絶対の自信を持って微笑んだ。

「私達を見縊らないで欲しいなぁ。追跡者を全員始末した上で援護に回るから安心して」

 最初から、自分がその死に役を担当しようとする辺り、シカマルの意地っ張りも男の子特有のものだなとルイは微笑ましく思う。
 ナルト達三人と一匹が笑いながら死地に赴く四人に様々な感傷と葛藤を抱いている中、ヤクモとユウナとナギは顔を見合わせて、ルイの意図を即座に察した。

(間違いない。ルイちゃん、絶対助けに行く気無いね……)
(でもまあ、九人殺して身を隠せば楽々生き残れるな。サスケの方は原作通りに事が進めば、ナルト達に任せるだけで終わるし)
(……我愛羅とナルトの怪獣大戦に巻き込まれたら住民Aや脇役Bの如く死ねるしな。あんな展開になったら自分の白眼など塵屑同然だな)

 自ら進んで囮役を務めて恩を売り、最も楽な道を進む。そのルイの魂胆は物の見事なまでに三人に以心伝心した。

「でも、パックンがいないんじゃサスケ君の場所解らないんじゃ……」
「だ、大丈夫だよサクラ。こっちには白眼持ちのユウナがいるし!」
「ああ、必ず追いつくから安心してくれ」

 本当のルイに一ヶ月間触れ合ったサクラに悟られぬよう、ナギとユウナは内心冷や汗を浮かべながら必死に大丈夫だとアピールする。
 サクラは一瞬だけ疑問符を浮かべたが、緊急事態ゆえに深く追及せずに受け入れた。

「お前達こそ気張れよ。砂隠れの我愛羅、ありゃ只者じゃないぜ」
「わ、解っているってばよ、ヤクモに言われなくてもな! それじゃ頼んだぜ!」

 最後にさり気無くヤクモが話題を方向転換させてナルトを焚き付け、小隊は二手に別れた。

「じゃーねぇー。――さぁて、言わずとも解っていると思うけど」
「追手の九人殺して、隠れて静観だねー」

 ナギの何処か愉しげな言葉にルイは屈託無い表情で笑った。

「そそ、主人公補正の無い脇役は粛々と身を潜めないとねー」
「お前が言うなと突っ込みたくなる発言だがな」

 釣られて、ヤクモは気軽に笑う。周囲への警戒こそ怠ってないものの、最初にあった緊張感は何処かに吹っ飛んでいた。
 ルイと、そしてこの仲間達と一緒ならどんな困難も乗り越えられる。そんな根拠無き確信さえ、不動のものとして信仰出来る。

「気にしない気にしない。さ、殺るかね」

 ルイは徐に巻物を取り出し、中に封じられた武具を口寄せする。
 出てきたのは中国の昔の仙女が持つような巨大な団扇だった。左右には三つ巴の写輪眼の模様が、中央にはうちはの家紋が堂々と入っていた。

「ルイがうちはの家紋入りの巨大な団扇を持つ? それはひょっとしてギャグのつもりで――」

 ユウナが思わず突っ込みたくなったのは無理も無い。それすら見越して、ルイは艶美に微笑んで見せた。

「あら、うちはの家紋は火を操るうちはを持つ者の意よ。これからその一発芸如きで焼け死ぬ忍に同情するんだね」




 一体どうしてこうなっているのか、運命とは不思議なものだと、先行する二小隊に追随する音隠れの忍は思った。
 何でNARUTOの世界に何処ぞの二次小説が宜しく転生したのに、よりによって一年前に出来たばかりの音隠れの里に所属する事になろうとは、自身の不幸を嘆かざるを得ない。
 里抜けして抜け忍になるにも大蛇丸が脅威であるし、そのオカマを心酔する忍達もまた同類というべき悪党揃いなので既に諦めている。
 現在、彼は木ノ葉の中忍試験の試験会場から抜け出した七名の下忍を追うという楽な任務の真っ最中だった。
 先達が追い回して殺すだけなので彼自身は見殺すだけで済むなと完全に楽観視していた。それは戦場において、あるまじき油断だった事を次の瞬間に思い知る事になる。

(待ち伏せか、小癪な――あぁ!?)

 突如、先行する小隊に猛烈な突風が吹き荒れ、その猛威の中心にいた五人の動きを完全に束縛する。
 それが砂隠れの風遁・カマイタチの術であると彼が認識した瞬間、烈風の中に打ち込まれた苛烈な炎の球体が一瞬にして燃え広がり、大炎上した。

「グギャアアアアアアアアアアァアァ――……!?」

 聞くに堪えない断末魔は程無く消え失せる。今の火遁で五人の焼死体が出来上がった事に、彼は戦慄を覚えた。
 先手を打った下忍は木の頂上に立っていた。右手に刀を、左手に巨大な団扇を持ち、一本の三つ編みおさげを靡かせた写輪眼の少女が勝気に嘲笑いながら見下していた。

「この、小娘がァ――!」

 生き残りの三人がクナイや手裏剣を投げに投げたが、団扇の一閃によって生じた烈風が全てを薙ぎ払い、それどころか燃え盛っていた猛火を三人に誘導する。

(や、やべぇ。どう見ても下忍の領分じゃねぇぞ!?)

 一人逃げ遅れて熱風に全身をこんがり焼かれて殉職し、それでも残りの二人は肉体改造して持ち得た音隠れ特有の術で対抗しようとしたが、一人は黒い泥で圧殺され、もう一人は辻斬りにあって首を斬り落とされた。

(うわ何あれ。この世界の十二歳ぐらいの少年少女って化け物しかいねぇのかよ!? 幸いオレは見つかってないようだから、さっさとトンズラしよ――!?)

 音を立てずに彼が離脱しようとした瞬間、背後からの襲撃に反応出来ずに何者かの掌底を喰らい、地に墜落した。

「ぐがっ!?」

 この程度なら支障無く逃げられる。音隠れの忍は逃走用の土遁の術で身を隠そうとした時、口から血を吐いて地に這い蹲った。

(な、チャクラが練れねぇだと……!?)

 そして彼が最期に見た光景は、上から飛び降りて掌底を打ち込もうとする白眼の少年の姿だった。道理で、完璧に不意討ちされる訳だと絶望した。
 心臓に柔拳が打ち込まれ、男の意識が途絶える刹那――最後に読んだNARUTO十二巻からどれだけ話が進んだかな、と夢心地に考えたのだった。




「……案外、呆気無く片付いたものだな」

 焼き爛れた肉の臭いに眉を顰めながら、ユウナは周囲を白眼で警戒しながら三人の下に戻って来た。

「先制で五人葬ったしね。まともにやって、実力を発揮されていたら厄介だったよ」

 実力を出させずに勝つのが理想とは今の戦闘そのものを評した名言である。
 それにしても風遁に煽られた火遁があそこまで強力になるとは思ってなかったと、ユウナは先程の突っ込みを心の中で前言撤回した。

「反撃されたら即死だけど、攻撃される前に先制攻撃で片付けたって感じだねー」

 RPG風に話しながら、ナギは逆も在り得たらまずいなと心配する。
 しかし、ユウナの白眼が常時発動している中、九班プラス自分一人の小隊に不意討ちするなど不可能に等しいだろう。
 ナギが心配したり安堵したりと百面相していた時、自前の兵糧丸を口に含んでいたルイは里の外の方角から何かを感じ取った。

「! ユウナ、向こうの方角見て」

 この悪寒に等しき勘は今まで外れた試しが無いと、ルイは内心毒付いた。

「敵か? ――っ、何で此処に……!?」
「どうした! 何が来てるんだ!?」

 いつにないユウナの鬼気迫る表情に、ヤクモは焦りを抱く。
 それに伴って、三人の緊張感が否応無しに高まる。やはり楽には終わってくれないか、とルイは一人残念がった。

「大蛇丸のアレだっ! 呪印の化け物が四体、物凄い速度でこっちに向かって来てる!」






[3089] 巻の27
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 19:42




「むっ!? 追跡者の動きが止まった! それにこの焼き焦げた臭いは……!」
「……ルイだな、足止めどころか速攻殺りやがったか!」

 パックンの朗報を受け、シカマルは心配は杞憂だったと嬉々と笑う。
 真正面からあの火遁・豪火球の術と対峙した経験を顧みて、直撃すれば中忍だろうが上忍だろうが瞬時に焼け死ぬ事だろう。

「やった! 流石ルイちゃんだってばよ!」

 ナルトもまた歓喜し、シカマルは我が事のように誇る。
 敵ならば恐ろしい事この上無いが、味方ならばこれ以上に心強い者はいない。
 宣言通り、ルイ達はすぐに追いつくだろうとシカマルは仮定し、サスケを我愛羅から引き離して、無事に離脱する算段を四人の戦力込みで練り直し――次の報告で見事に御破算となる。

「!? 別方向からルイ達に向かっている者が四人おる!」
「――っ、また追っ手が……!?」

 サクラの悲痛な叫びに、ナルトとシカマルの表情が一転して険しくなる。
 三人を更に追い討つように、パックンは深刻な表情を出す。

「まずいな、この尋常ならぬチャクラ――人間ではない!」

 パックンの切羽詰まった発言でナルトが連想したのは、自らを化け物と自称した我愛羅だった。
 ナルトはあの時の恐怖を思い起こし、それが四人もいて、ルイ達の下に向かっている事実に戦慄いた。

「なっ! どうするんだってばよ! 幾らルイちゃん達でも連戦じゃ……!」
「落ち着けナルト! オレ達の任務はサスケの救助だ。幾らアイツが天才でも我愛羅とやり合うのがやべぇって事はお前でも解っているだろ!」
「っ、けれどよォ……!」

 サスケとルイ達四人を天秤に掛け、何方を選択すれば良いのか、ナルトは選べずにいた。
 やや冷静さを欠いて食い下がるナルトを諭したのは、意外にもサクラだった。

「――大丈夫よナルト。アンタが思っているほどルイ達は弱くないわっ!」

 この一ヶ月間、共に過ごした日々を思い起こし、サクラは万感の思いで断言する。
 意を決してルイに勝負を仕掛けたが、最高に気色悪いオカマが裸で幾人にも分身し、笑いながら迫り来るというふざけた幻術で気絶した屈辱的な記憶――。
 幻術には幻術で対抗しようとしたら、そっくりそのまま同じ幻術を掛け返されて返り討ちにされたり、幻術無しで対戦したら折角の怪力を一撃も当てられず、奇妙な体術で投げに投げられ、幾度も空を舞ったのは良い思い出である。
 サクラがこの一ヶ月間を改めて回想して、ルイへの怒りが更に高まったのは言うまでも無い。
 ――だからこそ、サクラは確信出来る。あの憎たらしいぐらい狡猾でズル賢いルイが、その彼女に付き添うヤクモやユウナにナギが、この程度の苦境でどうにかなる訳が無い、と。

「サスケ君を助け出し、ルイ達も助けに行く! ――急ぎましょっ!」


 巻の27 理性無き四人衆が来襲し、死闘を繰り広げるの事


(うわ、呪印状態2の量産型かよ。完全に殺人衝動に支配されて理性失っているみたい……幻術通用するかな?)

 草叢に隠れながらルイ達は新たに現れた敵の動向を窺っていた。
 その四人の忍は揃いに揃って醜悪な人外だった。三角四腕の化け物に二角一尾の怪物、独角の巨人に顔が三つある三面の鬼、出来る事ならば一生涯出遭いたくない類だとルイは内心毒づいた。

(――ナギ、混沌の泥であの四人を足止めして。一気に天照で仕留め――散って!」

 あの四体の中に感知タイプがいたのか、はたまた野生の勘で見抜かれたのか、ルイ達が先手を打つ前に打って出られた。

「ぬぉお!?」
「ヤクモとっとと逃げろっ!」

 二角一尾の怪物は上空から鉄槌の如き一撃を繰り出した。ルイ達四人は咄嗟に四方に飛び散って避けるが、その怪物を中心に暴風の渦が吹き荒み、行動を阻害する。

「邪魔だぁ!」

 風遁には火遁を、間髪入れずルイが火遁・豪火球の術を撃ち放つが、着弾する前に三角四腕の化け物が立ち塞がり、口から吹き出した水遁で相殺される。

「く、よりによって水遁か……!」

 生じた水蒸気の煙から四つの影が飛び出す。一人につき一人、ルイの下には三角四腕の男が立ち塞がった。
 いつぞやの時が如く、見事に分断されたとルイは焦りを隠せずにいた。

(量産型とは言え、状態2は通常時の十倍程度の能力。今の私達じゃ荷が重い相手だわ……!)




「――グゥッ!」

 眼下に立ち塞がった三角四腕の化け物の桁外れな身体能力に、ルイは紙一重で回避して生を拾いながら舌打ちした。
 写輪眼で二手以上先読みをしていなければ出会い頭に死んでいる。
 理性無く猪突猛進で力のみの獣じみた猛攻だが、逆に言えば技などという小細工を必要としない純然たる脅威だった。

「ガああアぁアァアアるルああぁアアアアあぁ――!」

 狂ったような咆哮と猛獣じみた気迫に押されながらも、ルイは真正面からの突進を避け、草薙の剣を抜刀して届かぬ距離から片手の刺突を繰り出す。
 刀身が尋常ならぬ速度で伸び、呪印の化け物の心臓部分に突き刺さる。ルイは刀にチャクラを流し込み、生じた火の性質変化で突き刺した根元から沸騰させ、呪印の化け物の胸に風穴を空けた。
 これはサスケが将来会得する草薙の剣・千鳥刀のルイ風アレンジだった。
 名称はまだ決めていないが、灼熱が帯びて紅く煌めいた刀は鋼すら容易に斬り裂き、更には斬り付けた者に致死的な火傷を負わす。殺傷力と残忍さは元と比べて段違いと言えよう。

「な……!?」

 だが、その人間では余り余る致命傷をもってしても、この化け物を仕留めるに至らない。
 時間が巻き戻ったように傷が復元し、数秒足らずで負傷した痕跡すら無くなった。

(……お前は何処ぞの首吹っ飛ばしても復活する吸血鬼か! あんだけ法外な復元した癖にチャクラが全然減っていない。状態2はチャクラ消費が激しいとか原作で言っていたけど、チャクラ切れは当分無さそうだね)

 一日限りの使い捨てなら破格な駒だと、ルイは大蛇丸の腐った性根を称賛した。
 そんな木ノ葉崩し限定の捨て駒に偶然ぶち当たった不運さを嘆きたくなったが、そのような余裕が許されるほど甘い敵では無かった。

「――冗談でしょ?」

 呪印の化け物の口から馬鹿みたいに水が吐き出され、大洪水となって押し寄せて来た。
 水の無い場所で繰り出された大規模な水遁に、ルイは瞬時に印を結んで土遁・土龍弾の術で対抗した。
 大洪水と土龍が真正面から衝突する。五大変化の優劣ならば水遁は土遁に劣る。この大洪水はただの水遁だったが――同時に同規模の雷遁が加わっていた。

「嘘ぉ!?」

 拮抗は一瞬で終わり、その一瞬で原型無く崩された土遁と共に大洪水がルイを襲った。 生と死が交差する刹那、ルイは確かに見た。先程の刺突で衣服が焼き爛れ、呪印の化け物の胸に、もう一人の異形の顔が存在していた事に――。

(最初から二人だった!? 今この瞬間までもう一人のチャクラを隠し通すなんて。どういう理屈で融合しているか知らんけど、二人だから同時に術を行使出来るのか。水遁に雷遁、ナギなら何とかなるけど私にとって最悪の相性だわ……!)

 火遁と土遁、それに拙い風遁では如何し様も無く、理性無い相手では写輪眼の幻術は通用しない。既に手詰まりだった。
 ――絶望的なまでの相性の悪さと絶体絶命の窮地に、ルイは諦めた。

「「グガがあアアァあはあはぁあはアアあああァ……!?」」

 ルイの両眸に浮かぶ写輪眼の模様が崩れる。移り行く万華鏡の如き模様は終着点を見出す事無く、万華鏡写輪眼の瞳術・天照を発動させ、迫り来る三つの性質変化が融合した最大規模の水遁ごと灼滅させる――勝ち誇っていた敵本体すら巻き込んで。

「「?! グギャアアアァアアアアアァアァイアァ――……!」」

 黒炎に焼かれる最中にも尋常ならぬ再生能力が働くが、それを遥かに上回る速度で火が全身に回り、二つ頭の化け物はのた打ち回りながら地に伏した。

「中途半端に強いって悲劇よね。使う予定無かったのに残念だわ」

 対象全てを焼き尽くして消えた天照の黒炎をルイは通常の写輪眼で見届ける。
 視認してから発動までのタイムラグはほぼ零に等しいので、天照を回避したければ写輪眼をもってしても視認不可能の速度が必要になる。
 加えてあらゆる防御も一部の例外を除けば意味を成さないので、まさに完全無欠の殺害手段である。
 弱点らしい弱点と言えば手加減出来ない事とチャクラ消費が激しい事であり、今現在のルイのチャクラ残量を顧みるに、あと二発が限度だろう――尤も、この調子ならチャクラを使い切る心配は無さそうだが、とルイは余裕の笑みを浮かべた。

「さて、皆の援護に回るかね」




「ぐえっ、よりによって風遁使う奴とかよ!? ルイの処に行け!」

 猛風を纏って霞むような速度で突進してくる二角一尾の怪物に、ヤクモは成す術も無く蹂躙されていた。
 何の小細工も無い愚直な突進を持ち前の俊敏性で直撃だけは避けているものの、砂ならぬ風の鎧に巻き込まれて吹き飛ばされる。その度に打身と小さな切り傷が増え、ヤクモは刻一刻と追い詰められていった。

(正気か、こんな相性差で立ち合えるかっ!?)

 幾度目になる突進を躱し、ヤクモは擦違い間際に斬り伏せようとしたが、間合いに踏み込めずに吹き飛ばされる。

「ぐ、このォ……!」

 ヤクモは宙に舞いながら苦し紛れにチャクラの雷刃を飛ばすが、本体に被弾する事無く風の鎧に弾かれて霧散する。
 吹き荒む暴風を前に、一筋の雷閃は余りにも無力だった。

(相性の優劣が此処まで酷いとは……この世界の風神雷神は雷神の負け通しだろうな)

 ヤクモは後退しながら馬鹿の一つ覚えの突進に備えて身構えるが、一向に来ない。
 遠くで立ち止まった二角一尾の男の全身から、不気味な管が鮮血と共に幾つも生え出る。
 その管は周囲の空気を獰猛に吸引し、二角一尾の男の身体が不自然なほど膨らみ――視覚出来るほど巨大な空気の砲弾を口から撃ち出した。

「んなっ!?」

 先程の霞むような突進を上回る超速度で風遁の砲弾は切迫する。
 足裏にチャクラを瞬間的に集中させて疾駆し、八つ裂きにされ兼ねない直撃こそ回避したが、余波のカマイタチを受けて手や胴体や足などに浅からぬ裂傷を負った。

「――痛ッッ!」

 焼けるような痛みが各部位から走り、ヤクモは自身の血塗れの身体を見て顔面蒼白になる。
 このまま血止めせずに放置すれば数分足らずで本格的に血が足りなくなり、呆気無く出血死する事になる。

(身に纏った風圧で近寄れねぇのに、遠距離なら即死の砲撃かよ! 完全に詰んでいるじゃねぇか!)

 余裕と思考能力を剥奪する焦燥感と死への恐怖でヤクモが錯乱状態に陥っている最中に、二角一尾の男は管から大量の空気を取り入れ、第二射を撃ち放つ。

「ぬおおおおおおおおお――!」

 直撃を避け、風の余波で吹き飛んだ時、ヤクモは空気を吸引している最中と撃った直後は風の鎧が消えている事に気づく。

(流石にあの砲撃と風の鎧は両立出来ないか。発射準備に入っている最中と発射直後が狙い目だろうが、分の悪い賭けだぜ……!)

 既に発射準備に入っている二角一尾の男を見て、ヤクモは覚悟を決める。
 次の砲撃を完全に躱さなければならないし、それから如何なる距離からでも発射されるまでの数秒で刀の間合いに踏み込んで斬り伏せなければならない。
 だが、その案には酷く危険な不確定要素がある。空気の砲弾の発射準備に入っても中断して風の鎧纏って突進されれば一方的に返り討ちにされ兼ねない。

「雷の性質変化さえ使わなければ、打ち負ける事は無いか……」

 どうせ無傷で済まないだろうと、ヤクモは相討ち覚悟で切り込むべく刀の柄を握る両手に一層力を入れる。
 発射の一瞬を見極めるべくその場に停止し、全意識を正面の敵に集中させていた最中――空気を際限無く吸引し続ける二角一尾の男に、予想だにしない方向から火遁の球体が炸裂した。

「――っっっっ!?」

 声にならない悲鳴が木霊する。その猛火さえ管から吸引してしまい、状態2の男は内外から焼かれて火達磨になり、拍子抜けするほど呆気無く、ぴくりとも動かなくなった。

「ヤクモ、無事!?」

 こんな見事な不意討ちをするのはヤクモが知る限り一人しかいない。
 自分と違って傷一つ無く、いつも通り愛くるしい三つ編みおさげを揺らす姿にヤクモは心底から安堵した。

「……あー、ルイ。これからオレのターンで奇跡の大逆転が始まる予定だったんだが。てか無駄に抱いた悲愴感や勇気や覚悟を返せっ」

 この理不尽なまでの相性差を怨めしく思いつつ、ヤクモは尻餅付いて愚痴った。
 意中の人に助けられたなんて、余りにも格好が付かない。逆の立場ならば最高だったのにと、男の尊厳と意地で思い悩むヤクモの葛藤も、女であるルイには微塵も届かない。

「なぁに寝言吐いてるの。どうせ一か八かの賭けで玉砕する気だったでしょ! いいから怪我治療してユウナとナギ助けに行くよ!」




「はぁはぁっ、ヤクモの処に行け、ヤクモの処に……!」

 ユウナと対峙した一角の巨人は恐るべき相手だった。土遁の硬化の術で装甲じみた体表が更に硬度を増し、奥の手である水遁・浸水爆も通用しなかった。
 そして一度攻撃に転じれば人外の怪力で地を玉砕し、何処ぞのガンマ線を浴びた学者が如く地盤を刳り抜いて投擲してきた。
 ――ただ、堅いだけの敵は日向の柔拳の敵では無かった。如何なる者も内臓だけは鍛えられない。呪印で身体の構造が変異した者達も例外では無い。
 心臓部分の経絡系を完膚無きまで破壊され、絶命した巨人を見下ろし、ユウナは初めて日向の柔拳が役立ったなと感慨深く思った。

「日向は木ノ葉にて最強、か。本当だったんだな」

 今まで自分が対峙していた相手が悉く柔拳の通用しない相手だっただけに、日向一族が積み重ねた業の評価を改めて見直した。

「木ノ葉崩しが終わったらもっと親父殿に師事して貰うか――」

 大事の最中に希望的観測を持って未来を思い描く事はある意味禁忌に等しいが、ユウナは気にする事無く白眼を発動させ――いてはならぬ存在を発見してしまった。




「あわわわわわっ、私じゃなくユウナのとこに行ってください!」

 顔が両肩にもある三面の鬼は三つの口から猛火を撒き散らしながら必死に逃げ惑うナギに切迫していた。
 ナギの混沌の泥は土と水の性質変化を合わせた六尾・渾沌の術であり――何故それで木遁にならないのか永遠の謎であるが――彼女の膨大なチャクラと相俟って万能と差し支えない術である。
 しかし、唯一の弱点は火遁に異常に弱い事である。土の国の一件後、天照の黒炎じゃなく普通の火遁でも焼却出来たと知ったルイは「……虚仮威しめ」と猛烈に悔しそうな眼で睨んだのは別の話である。

「え!?」

 ナギの眼から背後から追っていた三面の鬼の姿が消失する。一体何処へ行ったか気づく間も無く真横からナギの腹に痛烈な蹴りが入り――まるでサッカーボールのように吹き飛び、二十数メートル先の樹木に激突する。

「くぁ……!」

 背中を強打したナギは呼吸すら出来ず、また腹を蹴り抉られた常識外の衝撃で身動き一つ儘ならぬ状況に陥っていた。
 狂わんばかりの激痛にナギが声も無く苦悶する中、前方から足音が鳴る。竦みながら視線を向ければ、其処には醜悪な嘲笑を浮かべた三面の鬼がいた。

「くひ、くひひひひっ――」

 下卑な奇声を上げた鬼はナギの細首を片手で掴んで持ち上げ、惨めに苦悶する様を堪能しながら徐々に握り締めていく。

「あ、あぁっ……!」

 咽喉を絞められて呼吸出来ず、ナギは必死に鬼の太い手に指掛けて引き剥がそうとするが、力の差は無情なまでに歴然だった。
 この間々では窒息死する――脳に空気が足りず、意識が朦朧として飛び掛けた時、鬼は自ら手を放してナギを開放した。

「ごほっ、げほぉっ……?」

 ナギは地に尻餅付いて猛烈に咳き込み、何故手を放したのか疑問に思った瞬間――人外の張り手を頬に受けて地に叩きつけられた。

「あぐっ、きゃ……!?」

 倒れたナギに馬乗りし、三面の鬼は嬉々と拳を彼女の顔面に突き落とす。
 意識が霞む中、ナギはこの鬼が火遁を使わずに敢えて殺さないでいるのは、ただ単純に嬲って遊んでいるだけなのだと冷めた眼で客観視していた。

「ひゃは、はははあはあはあははああはは……!」

 突き落とした拳の数が五回を超え、六回目を振り下ろした時、鬼の豪腕はナギの細指に掴まれる。三面の鬼が無理矢理振り解こうにも微動だにせず――まるで、トマトのように握り潰された。飛び散った中身や鮮血はまさにそれだった。

「ギョ、グギャアアあああアァアあああアアァ!?」

 三面の鬼の顔は揃って苦痛に染まる。血が止め処無く噴出する腕を押さえながら後ろに退き、血塗れのナギは顔を片手で押さえながら幽鬼の如く立ち上がった。

「――!?」

 この瞬間、鬼の六つの眼は確かに見た。魂の奥底から震え上がるほど桁外れで禍々しいチャクラと、指の間から見え隠れする――理性を失うほどの殺人衝動と圧倒的な暴力が齎す麻薬の如く快楽が一瞬で冷めるほどの――絶対的な死の恐怖を赤裸々に実感させる真紅の眼を。
 圧倒的なチャクラに覆われ、負傷らしい負傷は瞬く間に完治していった。血塗れ、骨すら砕けた感触があった彼女の顔は綺麗な間々で傷一つ無い。

「――あ、ああ」

 格が違いすぎる。追い詰めるべきでは無かったのだ。窮鼠とて猫を噛むならば、一つの天災を封じる器はどれほどの災厄を齎すか、彼は身をもって知る事になる。

「あああああああああああああああああああああ――!?」

 三面の鬼は錯乱しながら最大級の火遁を三つの口から撒き散らし――ナギは意に関せず、正面から突撃する。

「うぅぅぅらぁああああぁあぁぁあ!」

 避ける必要すら無かった。纏ったチャクラはこの程度の猛火など通さず逸れて、ナギの渾身の拳が鬼の頬に突き刺さり――その一瞬でナギの、否、六尾のチャクラが鬼の身体を浸蝕して蹂躙し、再生不能の負傷を与える。
 だが、そんな事など些細な事だった。吹き飛んだ先に存在した全ての木々を穿ち貫き、遥か彼方に消えた彼の死因は、頭部挫傷による撲殺またはショック死だった故に。

「っ、はぁはぁっ。何とか、なった」

 ナギはその場で尻餅付き、乱した呼吸を正常に戻そうと深呼吸を繰り返した。
 チャクラの尾が出る状態までには至らぬが、ルイとの修行で此処まで人柱力の力が扱えるようになった事に、ナギは心底から感謝した――。




「……ありがとうな」
「え? いきなりどうしたのよ」

 ルイが治療する最中、ヤクモは恥ずかしげにそっぽを向いて、唐突に言った。

「最近色々と世話になっているから、礼ぐらい言わないとなと思った訳だ」
「と、当然の事をやっているだけよ。いきなり正面向かってお礼言われても気恥ずかしいわ」

 あたふたと眼を絶えず動かしながら、ルイは若干頬を赤く染めた。
 その仕草が余りにも可愛かった為か、ヤクモも釣られて顔を真っ赤にした。

「ち、治療終わったよ。早くユウナとナギと合流しに行こっ! ――ヤクモ?」

 背を向けて出発しようにも、何時までも呼びかけに答えないヤクモに業を煮やしたルイは振り返るが、その瞬間に硬直した。

「え?」

 始めは理解出来なかった。本能が直感的に事態の全容を掴んだ癖に、理性が現実である筈が無いと理解を拒んだ。
 滴る真っ赤な鮮血、腹部から露出した刀の穂先――ヤクモは信じられない眼で自分の腹から出た誰かの刀を見て、力無く倒れた。
 同時に、激しい烈風がルイとヤクモを煽り、踏み止まれなかったヤクモは紙屑のように吹き飛ばされた。

「うぐっ!? ――ヤクモォッ!」

 咄嗟に伸ばした手も、心底から搾り出た悲痛な叫びも、ヤクモには届かない。
 ルイは後先考えず、ヤクモの下へ全力で疾駆しようとした。
 完全に冷静さを失した彼女が踏み止まったのは、この錯乱状態をも凌駕する脅威が眼下に存在していたからだった。

「クク、あの日からどれだけ恋焦がれた事か。本当に遭いたかったわぁ、うちはルイ」

 それは絶対にいてはならない存在であり、絶対に対峙してはならぬ敵だった。
 人間味の欠片も無い眼には狂喜の色が燈り、対峙した者の心臓を鷲掴みにする人外の殺意には桁外れの憎悪が籠められていた。

「――何、故。どうして……!? 何で此処にいる、大蛇丸――!」

 ルイの顔が驚愕と戦慄で歪む。砕けんばかりに歯を食い縛り、喚くように叫んだ。それが止まらない身震いを紛らわす為の虚勢である事は、皮肉にも本人が一番自覚していた――。






[3089] 巻の28
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 22:52




 此方の指定通り、風影と護衛の二人は合流地点に赴き、呆気無く騙まし討ちにされた。
 抵抗一つ無く逝った砂隠れの上忍の死骸を一瞥した後、殺害した張本人の一人である薬師カブトは未だ風影にトドメを刺さずにいる主の姿に疑問を抱いた。

「……どうしたんですか、大蛇丸様?」
「イヤね、仮にもコレは風影を名乗るだけの忍。ただ始末するだけじゃ芸が無いでしょ」

 五大国の忍の頂点に立つ〝影〟の一角をコレ呼ばわりする大蛇丸に感心しつつ、カブトはまた悪趣味な事を企んでいるなと内心苦笑した。

「血継限界の無い者を解剖しても何の足しにもならないと思いますが?」
「違うわ。――カブト、貴方なら中忍試験の本選中にうちはルイを攫えるかしら?」

 暗部の護衛とはたけカカシが見張るうちはサスケを攫う並の無理難題に、カブトは眉を顰めた。

「難しいですね。過去、幾度無く彼女に接近しようと試した事がありますが、十数メートルに入った時点で確実に気づかれますから、不意はまず突けませんね」

 うちはルイの察知能力はある意味、白眼以上に厄介だった。
 隠密に忍び寄っても、彼女は悉く察知し、視線を向けた上で嘲笑う。其処が最後の境界線であるかのように、それ以上踏み込めば命が無いと最後通達するかのように。

「――カブト、貴方には木ノ葉崩し開始の合図を、四人衆には三代目との戦いに邪魔が入らぬよう結界忍術で人払いさせるから使えない。ならば、うちはルイを捕らえられるのはこの私をおいて他にいないわ」
「ですが、大蛇丸様は三代目を――まさか、この風影をぶつけるのですか? 流石に無理かと」

 大蛇丸の無謀極まる発想にカブトは苦言を呈した。
 確かに薬物投与や催眠による洗脳などは出来る事は出来るが、そんな本来の力を発揮出来ない操り人形程度では高が知れている。

「それも違うわ。――クク、流石の貴方も予想出来なかったようね。我ながら愉快だわ」

 大蛇丸は腹の底から喜悦混じりの哄笑をあげる。
 気押されたカブトを余所に、大蛇丸は影分身の術を使う。その影分身の口から――在ろう事か、全ての鱗が白蛇で構成された奇怪極まる大蛇が這い出て来た。
 明らかに器の容量に入り切らない白蛇は不老不死を求めた大蛇丸の成れの果ての姿であり、カブトは数秒以上も思考停止した後、大蛇丸がやろうとする事を察して青褪めた。

「まさか影分身で転生の儀式を!? 余りにも危険すぎます……!」

 影分身が通常の分身と異なるのは実体を持ち、術が解けたら術者に経験として蓄積される事にある。
 ならば影分身が転生の儀式で器を取り替え、術が解けた時、一体どのような影響を本体に齎すか?
 それだけでは無い。簡単に消えなくなった影分身を御せるのか、或いは自我に芽生えて本体から離反するのでは無いのか、危険性は未知数だった。
 腐っても禁術に指定された術――されど、幾多の禁術を望んで会得し、自らも開発して来た大蛇丸は狂気を孕んだ笑みを一度も崩さなかった。

「そんなの百も承知よ。でも、この機を逃せばあの娘を我が掌中に堕とす機会は永遠に訪れない。私の勘がそう呟いているわ」

 その話の最後に「本来なら私自らうちはルイの下に行きたいけど、三代目への引導も捨て難いから我慢するわ」という独白が聞こえた時、カブトは影分身をルイに差し向ける事が前提じゃなかったのかと内心驚き、違う意味で大蛇丸の正気を疑うのだった。


 巻の28 砂隠れの鬼姫、勘違いから痴話喧嘩するの事


 人柱力としての真価を発揮し出した我愛羅は脅威そのものだった。
 右腕から右の顔半分まで砂の化身である守鶴のものに変異し、その異形から繰り出される鉤爪だらけの腕は、人間の胴体より太い木々の枝を一撃で木っ端微塵に粉砕するほど強力だった。

(……化け物か、アイツ)

 間一髪で回避し、立ち昇った砂煙に身を潜めたサスケは今まで出遭った事の無い超越的な暴力を前にたじろいでいた。

「このオレが怖いか? うちはサスケ、このオレの存在が……!」

 殺すべき敵を見失い、当てもなく其処等中に叫ぶ我愛羅を無視し、サスケはこの窮地を脱するべく必死に思考を回していた。
 こんな戦いでは死ねない。一族の仇を討つ為にも、大切な人を守る為にも。

「憎しみも殺意もその恐怖に竦んだのか? お前はその程度の存在だったのか? 所詮、お前もうちはルイ以下の存在だな!」
「なんだと……!」

 化け物の戯言と受け流していたサスケはうちはルイの名に危険を顧みずに反応してしまう。
 今の文脈で何故彼女の名が出るのか、また、我愛羅とルイにどんな因縁があるのか。暗い情念がサスケの内に渦巻く。

「お前はオレと同じだ! 力を求め、憎しみと憎悪に満ち溢れて、誰も彼も殺したくて堪らない殺戮者だ! だが、あの女はその先を行っている! うちはルイを殺せばオレも同じ領域に立てる……!」

 その妄執はサスケにも理解出来なかった。出来なかったが――彼女を殺そうとするのならば、即座に排除すべきだと認識を改めた。

「――ふざけんなァッ!」

 その眼に二つ巴の写輪眼を浮かべ、サスケは自身の持つ最強の術である千鳥をもって打って出た。奇しくも我愛羅もまた同時に駆け抜けた。

「二度と家族を、大切な人を殺されて堪るかぁっ!」




「近い、もうすぐじゃ!」

 パックンの呼びかけにナルト、サクラ、シカマルは気を引き締める。
 此処からは何が起こるか解らない。敵の待ち伏せ以前に先程から派手に鳴り響く攻撃の余波であっさり死ねるかもしれないとシカマルが注意深く警戒している最中、シカマルは唯一人だけ敵の奇襲を察知した。
 それもその筈。その敵は何故だか理由は不明だが、シカマルだけを目的に襲い掛かった為、真っ先に気づけるのは当然の事であるし、察知したかと言って対処出来る間合いでは無かった。

「――きっさまぁあああぁあ! 本選ではよくもォッ!」
「一体何の話だぁあぁ!?」

 鉄槌の如き振り下ろされた巨大扇子の一撃をシカマルは咄嗟に抜き取った両手のクナイで受け止め、切れずに襲撃者であるテマリと共に木々の上から転落する事になる。

「シカマルっ!?」

 落ちながらシカマルはサクラとナルトの驚いた表情を見て、自分も同じ顔を浮かべているんだろうなと内心苦笑すると共に即座に叫び返した。

「オレの事はとにかく、サスケの処へ――ぬわぁっ!?」

 任務を優先しろと告げるだけ告げ、怒りの形相に歪むテマリに巨大扇子を振り抜かれてシカマルは彼方に吹っ飛ばされる。且つ更なる追撃の手を緩めず続けられ、完全に単独戦に持ち込まれるのだった。

(――ったく、どいつもこいつも、どうして女らしい淑やかさってもんが欠片も無いんだっ!)

 予選の時の音隠れの少女といい、ルイといい、この砂隠れの少女といい、何でこう女難に苛まれるのか、シカマルはありもしない神様を壮絶に怨んだ。




「此処で遭ったが、百年目ぇ! 覚悟なさい……!」
「……いや、身に覚えが無い上に何でそんなにバテてるんだ!?」

 猛攻に次ぐ猛攻の果て、シカマルの二つのクナイとテマリの巨大扇子で鍔迫り合いになり、シカマルは影真似の術の発動に必要な印を終ぞ結べずにいた。
 だが、この鍔迫り合いが終わって距離が開けば影真似の術で終わる。
 チャクラの残量からチャンスは一度限りであるが、テマリの方は得意の風遁忍術を一度も繰り出せないほど疲労していた。

「~~~っ! 自分でやっておいて白々しい真似を……! 試合前に仲間の心転身の術で私を連れ出し、影真似で後ろからチャクラを吸い尽くした貴様の言う事かぁ!」

 一瞬、シカマルの思考が真っ白になった。「は?」と声に出る前に巨大扇子と鬩ぎ合っていた両手のクナイを押し返され、否応無しに頭部に迫る。

「待て待て待て、それオレじゃない! ルイだ、間違いなくルイの仕業だっ!」

 今まで感じた身の覚えの無い怒りはそれが原因かとシカマルは壮絶に引き攣った。シカマルの頭脳は一瞬にしてこの誤解を解く事が不可能であると悟ったが故に。
 シカマルが反射的に口走った言葉に、テマリは一瞬にして無表情になり――嵐の前の静けさに似た沈黙が過ぎり――何かが切れて爆発した。

「この期に及んでまだ言い逃れをするかぁっ! その腐れた根性ごと切り裂いてくれるッ!」
「ちょ、おまっ! 冤罪な上に普通叩き直すだろそれ――!?」

 突如降って沸いた馬鹿力に押し切られ、シカマルは後方に聳える樹木まで叩きつけられる。
 背中の衝撃に呻きながら、シカマルは両手のクナイを捨てて影真似の術の印を神速で結んだ時――テマリは巨大扇子を広げて自身の血を付着させ、全チャクラをもって振るった。

「んなっ!?」

 殺人的な暴風と共に口寄せされたのは巨大な鎌を背負った隻眼の鼬であり、霞むような超速と全てを薙ぎ飛ばす烈風と共に突進して来た瞬間、シカマルは死を覚悟した。
 隻眼の鼬は地平の彼方まで樹木という樹木を悉く斬り飛ばして消える。残されたのは斬り飛ばされて開けた森と綺麗な断面が目立つ倒壊した樹木だけだった。

「……っ、シンドぉ~! 今度ばかりは死んだかと思った……」

 地に倒れ伏した間々、傷だらけのシカマルは生を実感するように盛大に息を吐いた。
 テマリが巨大扇子を振るう刹那、ギリギリのところで影真似が間に合い――それでも止められないと判断したシカマルは振るう扇子を上に逸らし、口寄せ・斬り斬り舞の直撃を避けたのだった。
 既に影真似の術は解けているが、テマリは意識を失って地に伏している。
 恐らくは口寄せした瞬間から意識は無かったのだろう。げに恐ろしき女の執念に畏怖を抱きつつ、シカマルはこうなった原因であるルイにどう仕返しするか、寝転がりながら深く考え込んだ。

「……つーか、なんだあれ?!」

 響き渡る激震を感じ、開けた森の上からシカマルは巨大な尾を振る山のような妖魔を目視した。
 程無くして同規模の巨大な蝦蟇が何者かに口寄せされ――あんな馬鹿デカい怪獣どもの戦いに巻き込まれたら敵わんとシカマルは逃げ出す事に決めた。
 決めたのだが――意識を失っているテマリが視界に入り、立ち止まる。その無防備な寝顔はあの憤怒の形相から連想出来ないほど綺麗なものだった。
 女という生き物は怒らなければ可愛いのに、とシカマルは猛烈に溜息をついた。

「……チィ、放っておくのは目覚めが悪いか」

 こうなった以上、敵も味方も無いとシカマルは意識の無いテマリをその両手に抱え込み、この場から立ち去った。

(ルイ対策に修行してなければコイツを抱えて逃げる事もあの口寄せから生き延びる事も不可能だったが、ルイの御陰で豪い目に遭った。デメリットの方が大きいが、半々という事にしておくか――)




 ――其処は無限の書物が立ち並ぶ奇妙な図書館だった。
 見渡す限り本が立ち並び、本棚の高さは成人男性の背の三倍近くある。
 チクタクチクタクと、時計の針の音だけが鮮明に響く静寂は、逆に耳が痛くなると唯一人の来訪者は思った。

「あれ、オレは……え?」

 人の生気もいた痕跡も欠片も無い癖に埃一つ無い本棚の樹海にて、黒羽ヤクモは椅子に座って優雅に紅茶を啜る一人の少女に出逢った。

「こんにちは、こんばんは。……うーん、一言で済ますなら御機嫌ようが一番かしら? これなら昼夜問わず同じ挨拶で済むし、其処の所どう?」

 呆然とするヤクモに目線すら向けず、少女は一人独白するように呟いた。
 その姿は見間違う事無くうちはルイそのものだった。司書みたいな服装や下ろした髪は新鮮だったが、何処か普段の彼女とは違うとヤクモは首を傾げた。

「ルイ? いつの間に髪下ろして……てか、何でこんな図書館みたいな場所にいるんだ? って、思い出した。オレ、大蛇丸の野郎に刺されただろ!?」

 一人混乱して、ヤクモは自分の腹部に目を向けるが其処には破れた跡どころか流血した痕跡すら無い。
 更に服を捲くってまじまじと覗くが、傷一つ無い。夢か幻か、ヤクモは自分で自分の頬を引っ張るが、変わらず痛かった。

「なるほど。君の視点ではそう見えるのか。――まあその席に座りなさいな。此処は泡沫の夢、刹那に消え逝く矛盾ゆえに過ぎ去る時間は全て悉く一瞬。この在り得ざる一時の逢瀬、存分に堪能しましょう」

 少女はヤクモの混乱振りに興味すら抱かず、全く別の事に感心し、自身の向かいの席を勧める。
 ヤクモが納得せず渋々席に付いた時、土の国での一件を思い出し、此処が月読による精神世界なのではと自ずと納得し――目の前の人物の事で再び疑問が鎌首を上げる。

「……誰だ、お前?」
「墓守――いえ、この場所なら司書かな? 君の思考でも解り易く端的に説明すると、君の知らないうちはルイで、単なる傍観者かな。永遠に表に出ない二重人格、いるけどいない存在。本に描かれた物語の管理者。ああ、余計解り辛かったかしら? わざとよ」

 少女はからかうように笑い、そのふざけた物言いにヤクモは苛立ちを隠せずにいた。

「その傍観者様が何の用だよ。訳解んないテメェに構っている時間は無い。此処は月読の幻術みたいなものなんだろ? さっさと解けっ!」

 机を叩きつけて怒鳴り散らすヤクモに対し、目の前の少女は気にする事無く紅茶を飲む。
 自分を直視しているのに全く眼中に無い、何も映さぬ瞳にヤクモは寒気を覚えた。

「あら、愛しのルイじゃないからって冷たいわね。……ああ、時間なら気にする必要は無いよ。君はあの間々死んで、ルイは大蛇丸に攫われて一生慰み者になる。それだけの結末だから」
「な――」

 それはまるで漫画のネタバレを告げるように、少女は俗っぽく笑う。
 大蛇丸が現れた時点で想定出来る最悪の結末を直接言われ、ヤクモは歯軋りしながら黙らざるを得なかった。

「ルイは大蛇丸に勝てない。那由他の彼方に揺蕩っている勝機なんて〝彼等〟じゃない限り掴めないわ。それを一番解っている癖に全身全霊で挑む。何故だか解る? ――ルイは死に掛けの君を助ける為に『最速で大蛇丸を打ち倒してヤクモを治療する』なんて一番無理な選択をしたの。笑えるほど健気で愚かだねぇ」

 まるで完全に他人事のように嘲笑う目の前の少女を見て――本当に何ら関係無い、映像が流れるテレビを見ているだけの傍観者なのだとヤクモは強く実感した。

「形振り構わず君達を見捨てて逃げて、一尾状態の我愛羅か自来也にぶつけるのが最善って解っている癖に、それまで生命が持たない君を優先するなんて、絆という束縛は洗脳より厄介で怖いわぁ。――それに大蛇丸に捕まる前に自刃するのも手だけど、君達が一人でも生存している限り、絶対に在り得ない選択肢だしねぇ。どんなに嬲られても穢されても必死に耐えて徐々に壊され――」
「んな事させるかよぉ! 御託は良い、さっさと元の場所に戻せ!」

 少女の口から述べられた最悪の未来に、ヤクモは堪らず全力で叫んだ。勢い余って激しく息切れする中、少女は冷たく嘲笑った。

「元よりそのつもりよ。私はね、君にルイを助けて死ねって言っているの」

 今日の晩飯何にしよう、それぐらいの気軽さで告げられた死の宣告に、ヤクモは目をまん丸にして驚いた。

「こんな状況で生き延びたら君は間違い無く〝彼等〟だし、いつか必ずルイの敵になるわ」
「……彼等? 益々意味解んねぇよ。オレは生きてルイを守る! この誓いだけは絶対破らねぇし、ルイの敵になるなんて絶対に在り得ないね」
「恥ずかしい台詞を臆面無しに言うのね。最近の流行だと赤面してツンデレっぽく返した方が良いかしら? まあどうでもいいや」

 少女は詰まらない風に溜息を吐き、紅茶をテーブルに置いた。

「在り得ないと思うけど、生き延びたらルイの動向に注意するんだね。何の為に火影を――組織のトップを目指すか、その後に一体何を成すか、その足りない脳みそで考えると良いわ。どうせ死ぬし、生き延びても解らないだろうけど」

 一々癇に障る発言に、ヤクモは眉を顰めて睨んだ。

「……お前ってさ、物凄く性格悪いだろ」

 少女はさも当然の如く、うちはルイが普段浮かべるような勝気な笑顔で答えた。

「私だってルイだもの」






[3089] 巻の29
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 23:01




「――ああもう、言わんこっちゃ無いっ!」

 腹部周辺及び心臓の経絡系までもがズタズタに破壊され、此方は物理的に腹部周辺を完膚無きまで抉り取られている。後頭部の経絡系の損傷が軽微なのは僥倖と言えよう。

「ル、ルイちゃん、今は兎も角早く治療しないと――!」
「治療するにもチャクラが足りないのよ! どっかの誰かを治し続けたせいでぇっ!」
「えええええええぇー!?」

 ユウナとネジ、双方共に致命傷一歩手前の重傷であり、連日損耗し続けたルイのチャクラでは何方か片方も救えないだろう。
 仮にチャクラ吸引術でヤクモやカイエのチャクラを拝借しても二人の生命を救うには足りない。
 ナギの――いや、尾獣の無尽蔵のチャクラを使えたら二人の生命を救えるだろうが、猛毒じみたチャクラに浸蝕されて治療するルイの身が持たない。

(……っ、最早一刻の猶予も無いわね……!)

 これ以上、思案に時間は掛けられない。焦って切迫したルイが本気でネジを見捨てようとした瞬間、豆電球に光が燈るが如く妙案を閃いた。
 ――思い付いて、何故こんな簡単な事を見落としていたのか、激しく自己嫌悪に陥った。

「ナギ、尾獣のチャクラ出して。いいから早くっ!」
「は、はいぃっ!」

 有無を言わせぬルイの迫力に呑まれ、ナギは後のリスクを考えずに尾獣のチャクラを引き出し、ルイは片っ端から吸引術で吸い尽くし――。 


 巻の29 世紀の大決戦、巨大蛇が踊り六尾が舞う


 風影に扮した大蛇丸を写輪眼で隠れ見た時点で、ルイは一ヶ月前に遭遇した本物と同一のチャクラであると見抜いた。それだけに此処で大蛇丸と対峙する事になろうとはルイとて予想外の事態だった。

(……ヤク、モ。ヤクモ、ヤクモヤクモ――!)

 突き刺され、規格外の風遁で吹き飛ばされたヤクモの安否を狂おしいほど案じながらも、ルイは目の前の大蛇丸が何なのか、必死に思考を回転させていた。
 影分身のようで影分身ではない事は一目で看破していた。チャクラが大蛇丸のものと似通っていて何処か違う。膨大なチャクラ量から暁が使った象転の術でもない。
 数瞬余りで五十通りの仮説を打ち立て――本体か否かは然程重要な問題では無いとルイは断定して思考を入れ替える。
 目の前の敵を一刻も早く仕留めるのみ。戸惑いも迷いも焦燥も、全て殺意に変わって終息した。



 うちはルイの写輪眼の模様が崩れた瞬間、大蛇丸の四肢に巨大な楔が突き刺さった。
 奇しくもこの術はうちはイタチに成す術無く敗北した写輪眼の幻術「魔幻・枷杭の術」であり、目を合わせるだけで殺人的な負荷と激痛を与える金縛りである。

(まるであの時のようね。術の効力はあのイタチよりも上だが――)

 大蛇丸の脳裏にイタチへの屈辱が鮮やかに蘇り、その全てがうちはルイへの憎悪に成り変わって瞬時に金縛りの幻術を打ち破った。

「――っ」

 元よりこの大蛇丸は影分身であり、幻術の手応えの無さにルイは内心舌打ちした。
 されどもその一瞬でルイは全速で後退し、全チャクラを持って印を結ぶ。その膨大なチャクラ量から何らかの口寄せだと察した大蛇丸は、瞬時に右腕の刺青の中心に自らの血を塗り込み、自らが使役する最大級の蟒蛇を呼び寄せた――。



 ユウナは白眼によってこの最悪に等しい状況をほぼ完全に把握していた。
 それ故に真っ先に刺されて意識を失ったヤクモの下に赴き、焼け石の応急手当を行っていた。

「死ぬなよ、絶対に死ぬなよヤクモ……!」

 気休め程度の止血をして乱雑に包帯を巻くが、現状では数刻も持たずに出血死する。
 唯一この場で治療出来るルイは大蛇丸と対峙している為、黒羽ヤクモの命運は絶望的と言わざるを得なかった。

(……くそ、くそくそくそくそくそォ……!)

 一体自分はどうするべきか、ユウナは顔を歪ませ、錯乱するまで迷っていた。
 脳裏に過ぎるのはこの生命が軽すぎる世界に生まれる以前の出来事――現実世界での最期の光景だった。
 黒羽ヤクモにもうちはルイにも喋った事が無いが、日向ユウナの前世は異常な通り魔殺人鬼によって幕下ろされている。
 それはいつもと何も変わらない部活帰りの夜、二人の友人と帰宅していた時、その通りすがりの殺人鬼は野苺を摘み取るように一人の友人の命を摘み取った。
 その凄惨な光景は今でも覚えている。倒れ伏せた友人の頭部は原型すら留めておらず、血以外に痙攣しているピンク色の何かが脳漿なのかと的外れな事を考えていた。
 一体如何なる鈍器を用いればこうなるのか――在り得ない事に、その殺人鬼は無手であり、右手が酷く血塗れていた。

『――あれぇ、力加減間違えちゃったや。失敗失敗。あ、次は君を殺すからそっちの君は逃げれば? もしかしたら逃げれるかもしれないよ』

 同年代ぐらいの殺人鬼に最初に指差されたのはもう一人の友人であり、日向ユウナになる前の彼は無様なぐらい悲鳴を上げて一目散に逃走した。
 走りながら息切れして呼吸困難に陥りながら考える。友人を見捨てた、無情にも見殺しにしたと責め立てる以前に、あんな化け物相手にどうしろと言うのだ、と。
 震え竦む友人と一緒に立ち向かう? そんなのは物語の主人公しか選ばない愚かな選択だ。一緒に殺されるのは火を見るより明らかであり、助かる可能性が万が一にもあるなら一人でも逃げるべきだと酸素が足りない脳が必死に自己弁護した。
 ――結局、歩きながら追いついた殺人鬼に呆気無く殺されたのだが、不幸な事にこの理不尽な暴力に遭遇し、錯乱の果てに出した選択が正しかったのか、疑問に思う余地が出来てしまった。
 それは日向ユウナの根底に関わる問題であり、考える事をひたすら拒否してきた。
 不幸にも幸運にも思い返す機会は十二年の人生で二度だけ。日向ヒナタの拉致される前と、今この瞬間である。
 ――ルイを助けに行くか、ヤクモを安全な場所に運んで静観するか、また二人を見捨てて一人逃げるのか。

(ルイを助けようにも大蛇丸相手では自分は足手纏いにしかならない。ならばルイを信じてヤクモを安全な場所に――否、ルイが負ければ次は自分達の身が危ない。ヤクモを連れて遠くに逃げるべき――否、否、それじゃヤクモは絶対助からない……!)

 ユウナは噛んだ下唇を気づかずに噛み切り、止め処無く口元から血が零れ、口内にまで流れた血を辛酸を舐める思いで味わっていた。
 それはつまり――また、あの時と同じように逃げるのか、と考えてはいけない葛藤に至る。立ち向かえない臆病さを無謀と履き違えて、自分の身可愛さに一人逃げて、また友を見殺しにして――!

「――ナ、ユウナっ!」
「!? ナギ、か」

 何時の間にか傍らにいたナギの呼びかけでユウナの意識は現実に戻される。
 白眼を発動していて気づけなかった事実を受け、自身の余りの動揺の大きさにユウナは愕然とする。

「早くヤクモを連れて安全な場所にっ! ルイちゃんがコンちゃんの完全体を呼んじゃったよ!」

 その直後に地を唸らせる震動が響き渡り、ユウナは此処が危険区域である事を錯乱する頭で理解した。
 今は緊急時故に、兎に角、安全地帯まで退こうとユウナは自身に言い聞かせる――されども決断すべき答えは、一向に出なかった。



 それは木ノ葉隠れの里を蹂躙する如何なる大蛇と比較しても巨大な、一つの山をも一飲みし兼ねぬ大蛇だった。
 主人である大蛇丸でさえ制御に手間取る最強の蟒蛇マンダを前に、ルイは思わず武者震いした。

「……油断も慢心もありゃしないわね」

 ルイは歯軋りしながら巨大な蛇の全貌を見届ける。
 同じ三忍でも無ければ口寄せしなかった大物を自分相手に呼び寄せるとは、過大評価しすぎだと内心毒付いた。

「――ク、アハハハハハハッ! 素晴らしい。尾獣をも従わせる恐るべき瞳力、その異端なる写輪眼! 嗚呼、今なら解るわ。それがあのイタチの立つ境地なのだと……!」

 その規格外なまで超巨大な妖魔と対峙するのは、大きさではやや見劣りするものの、底知れぬ闇を秘めた六脚六尾の魔獣だった。
 その翼の如く尾を見れば自ずと正体を見出せるだろう。存在そのものが天災である尾獣の一角、六尾であると――。

「おい。大蛇丸てめェ、このオレ様をとんだ厄介事に呼び出して一人騒いでんじゃねぇよォ。喰われてぇのかァ、あぁん?」

 桁外れの殺意が漲るマンダの巨大な眼が、己が額に乗る大蛇丸に向けられる。
 常人ならそれだけで心臓が停止し兼ねぬそれを受けて尚、大蛇丸は狂ったように哄笑し続けていた。
 その人間離れした眼に滾るは底無しの憎悪であり、無限の愉悦であり、至高の歓喜であり、極限の狂喜だった。

「チンタラ、してられないな」

 全チャクラを使い果たし、自力で立てぬほど疲労したルイは崩れるように尻餅付き、渾沌の額に自身の両掌を乗せて――際限無くチャクラを吸い取った。

「ぐぅ、ああぁ、あああああああああああぁ――!」

 全身に駆け巡る尾獣のチャクラがルイの身体を無慈悲に蝕む。
 その猛毒が如く浸蝕を彼女自身の医療忍術の治癒で凌駕し、消費分を補うが如く際限無くチャクラを吸い取って循環させる。
 ――これこそがユウナとネジの治療の折に見出した尾獣のチャクラの使用法であり、確かに無尽蔵のチャクラによる恩恵は破格だろう。
 だが、幾ら即座に治癒していると言っても全身に駆け巡る激痛は消えず、精神的に消耗が激しい。言うなれば剥き出しの神経を常時ミキサーに抉られるような拷問じみた激痛に耐える事であり、如何なルイと言えども無茶な話である。
 言わばこの状態は時間制限付きのチャクラの無限配給であり、制限時間が過ぎれば精根尽きて完膚無きまで自滅する。――今のような、短期決戦に相応しい切り札である。

「――死ね」

 幽鬼の如く起き上がったルイは苛烈な殺意をもって、チャクラを惜しみなく費やして天照を繰り出した。
 突如現れ、瞬間的に燃え上がった膨大な黒炎が大蛇の巨体を覆い尽くす。
 あれだけの巨体を瞬時に焼却し尽くすのは不可能だが、天照の炎は術者が消さない限り絶対に消えない。
 当たれば必滅――されども、ルイ達が対峙した敵は当たった程度で死んでくれるほど生易しいものでは無かった。

(やはり抜け殻っ! あの巨体の癖に速過ぎる……!)

 黒炎の隙間から見えのは燃え盛るマンダの脱皮であり、本体は何処にも見当たらなかった。
 間髪入れず表面の地を木々ごと破砕しながら、地の下から何かが獰猛な速度で一直線に進んで来る。

「――うわっ!?」

 危機を察した六尾はルイが指示するより疾く咄嗟に飛び退く。
 その後方に退いた余波で地が砕け、幾多の樹木が宙に舞ったが、この巨大怪獣同士の戦いにおいては些細な被害である。
 その地の亀裂から霞む速度で突き出た尾撃を六尾は俊敏な速度で避け、続いて背後から突如飛び出た丸呑みし兼ねぬマンダの顎門を、六つの翼による超速的な飛翔で回避した。
 自身の攻撃が失敗に終わるや否や、マンダはまた眼に止まらぬ速度でうねるように蛇行し、地中に潜り込んで姿を晦ます。
 余りの破壊の規模に呆気取られている内に天照による攻撃の機会が失ったとルイは舌打ちする。口寄せの巨大生物と共に戦闘する経験など皆無に等しく、ルイは自身の不利を改めて自覚する。

「コン、この間々飛び続けて!」

 幾ら巨大でも所詮は地を這いずり回る蛇、空を舞う六尾を捉える事は出来ない。
 地中にいればルイの天照の炎も届かないが、攻撃手段が無いのはルイに限った話である。

「混沌の泥で串刺せ、コンっ!」

 六尾の膨大なチャクラが左右に一つずつ渦巻き、大質量の黒い泥の塊を形成する。
 二つの黒泥は穂先を鋭利に尖らせ、巨大な槍を模り――二つ同時に地に落下した。地に激突した瞬間、着弾地点の地盤は円状に粉砕し、地に埋まった槍の穂先は無数に枝分かれし、より強大なチャクラを目指して地中を縦横無尽に蹂躙する。

「――来た来た!」

 針鼠の如く串刺しにされ、堪らず地中から飛び出てきた哀れな大蛇に天照を繰り出そうとした瞬間、遥か後方から派手に飛び出る音がルイの耳に届く。

(味な真似を、囮の大蛇を地中で口寄せたか。だが、この程度の事を読めぬと思ったか!)

 瞬時に振り向き、最大火力の天照を発動させたルイは自分の致命的な誤算を否応無しに理解する。後方から飛び出てきた個体も、最初に出てきた大蛇と同じく渾沌の泥に串刺された囮だったが故に。

「しまっ――!?」

 本命のマンダは宙舞う六尾の真下から出現し――蛇行に蛇行して六尾の全身に巻き付き、その凶悪な顎門で六尾の首を丸々噛み抉り、四肢が千切れんばかりに締め上げて地に堕とした。

(誰だ誰だ、地を這いずる蛇が空飛びたいと夢見た処で無理な話なんて言った奴は……!)

 ルイは振り落とされないように足裏のチャクラ付着で必死にしがみ付き、地に激突した衝撃で意識が一瞬飛び掛けた。

「――ぐぅっ、コン!?」

 次にルイの眼に入った光景はマンダの締め付けが更に強まり、首を噛み付かれて膨大な血を流す六尾の抵抗が徐々に弱まりつつある悪夢めいたものだった。

(まずっ、神経毒でも注入された!?)

 此処で切り札の六尾を倒されればルイの敗北は決定的である。

「――コンッ!」

 ルイの必死の呼びかけに、六尾は鈍い動作で真紅の瞳を向け、彼女と一瞬だけ視線が交差する。それだけで十分だった。
 六尾の瞳に崩れた写輪眼の模様が燈る。ルイはその瞬間に万華鏡写輪眼で幻術を使い、強制的に六尾の全支配権を奪い、渾沌の術を行使する。
 六尾とマンダの周囲に幾多の混沌の泥を展開する。泥は鋭利に尖って硬化し、それらは瞬時に矢の如く疾走し、締め上げられている六尾ごとマンダの巨体を穿ち貫いた。
 これには流石のマンダも避ける術が無く、現在進行形で全身を串刺しにされ、チャクラを吸い取られた挙句、混沌の泥が浸蝕していく。

「――ガアアアアァァアアアアァ!? こ、小娘ェエェエェ! 糞狗ごとこのオレ様をォオオォ……ッ!」

 全身をズタズタに穿ち貫かれながらも空気を震撼させる恨み言を撒き散らし、瀕死のマンダは煙と共に消失する。

(――逃した? 往生際の悪さは主人譲りのようね)

 満身創痍の六尾はその六つの足で立ち上がり、六枚の翼を力強く広げる。
 自身の泥に穿たれた傷は徐々にだが塞ぎつつあり、マンダの締め付けと噛み付きの負傷もその持ち前の再生能力で治癒しつつあった。この程度の負傷なら、数刻も待たずに勝手に自己治癒するだろう。

(……後は大蛇丸だ。いける、殺せる……!)

 後は何処ぞに逃れた大蛇丸を混沌の泥の自動追跡で発見し、必殺の天照で仕留めるのみ。
 精神の限界が刻一刻と近づく中、ルイはより一層自身を奮い立たせて六尾の術を行使した――。



(――クク、流石は六尾か。マンダでもやられるとはねぇ)

 遠巻きから終始観察していた大蛇丸は余裕を崩さず笑っていた。
 尾獣の力を侮った訳では無いが、六尾でも此処まで突き抜けている事に大蛇丸は驚嘆し、その天災の一角を完全に使役する写輪眼に強い羨望を改めて抱いた。
 うちはルイを手に入れれば、付録として尾獣の力をも手に入る。かつて所属していた組織である暁になどやるものかと、大蛇丸は笑いが止まらなかった。

「でも、今は邪魔ね。――さぁて、折角用意したのに一体出し損ねたようだし、役立って貰うかしら」

 大蛇丸は印を結び、新たに口寄せする。
 それは今まで散々繰り出した大蛇ではなく、厳密に言えば生き物ですらない。中央に四の文字が書かれた質素な棺桶だった――。



「……勝った。ルイちゃんとコンちゃんが勝ったよ!」
「ああ、今のルイなら大蛇丸とて――」

 世紀の怪獣大戦はルイの方に軍配が上がった。
 勝負の天秤が限界までルイに傾いた今、如何に大蛇丸と言えども――そんな淡い希望を抱いた矢先、その金色の閃光は底無しの絶望をもって打ち砕いた。

「え――?」

 ナギの声が虚しく響く。ユウナが気づいた時には隣にいたナギは壊れたマネキン人形のように吹っ飛び、襲撃者らしき忍の姿は一瞬で喪失していた。

(馬鹿な! 白眼にも感知されず一体何処から現れ、何処に消えた――!?)

 目の前の怪獣大戦に気を取られていたとしても、ユウナは予期せぬ襲撃者に先手を打たれぬよう白眼の全周囲の範囲を二十メートルまで引き伸ばしていた。
 唯一の死角にクナイ程度のモノを投げ込まれたら流石に気づけないが、襲撃者の姿を見逃す事など在り得ないと言えよう。

(っ、ヤバイ、致命的にまずい! このままでは……!)

 未だ意識を取り戻さぬヤクモを抱えて、ユウナは白眼の知覚を五十メートルまで引き伸ばし、終ぞ襲撃者の姿を確認出来なかった。
 恐る恐る周囲を警戒しながらユウナはヤクモを抱えてナギの下に走る。

「ナギ、大丈夫か!?」

 大樹を背に、ナギは項垂れるように意識を失っていた。
 幸いにも外傷は無かった。攻撃されたと思われる腹の部分の衣服が破れてはだけている以外、異常は見当たらなかった。
 ――その一点こそ、最大の異常であったが。

「そんな。この印は……!?」



 ――何の前触れも無く六尾は煙と共に消え、額に乗っていたルイは宙に投げ出された。

(何故コンが――まさか、本体のナギに何かあった……!?)

 突如の事で反応が遅れるものの、ルイは着地だけは成功する。
 周囲に土煙が立ち昇る中、ルイは目前に突如現れた人影に草薙の剣を抜き、電光石火の如く刀身を伸ばして斬り伏せたが手応えが全く無い。にも関わらず、その人影は同じ場所に佇んでいた。
 土煙が薄れ、視界が晴れる。その人影の正体に気づいたルイは眼を見開いて驚愕し、眉間を絶望で歪ませた。

「――っ、最悪。三代目の皺寄せが此処で来るとはね……!」

 特徴的な金髪に相反して、その眼は死人の如く淀んでいる。当然と言えば当然だ、彼は十二年も前に死んでいるのだから。
 ――曰く、九尾を封じた英雄。曰く、木ノ葉の黄色い閃光。嘗て大蛇丸と火影の座を競い、里を死守した英雄は死人となりて、木ノ葉崩しの道具と成り果てた。
 ルイは怨嗟を籠めて叫んだ。運命の皮肉を憎み、星の巡りの理不尽さを呪うように――。

「――穢土転生で死神の腸から黄泉還り、木ノ葉隠れの里に仇なすか、四代目火影……!」





[3089] 巻の??
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 23:07



 巻の?? 勇気が世界を救うと信じての事


「ルイちゃん、どうしたの? 難しい顔して」
「……ああ、ナギか。丁度良いかどうか知らないけど、これを見て」

 ルイは気怠げに読んでいた雑誌をナギに投げ渡す。
 突然の事にびっくりして受け取ったナギはその雑誌の表紙をまじまじと見る。無数の漫画キャラが華々しくポーズを取る構図は何処か懐かしいものがあり、でかでかと表示されたタイトルにナギは更に驚いた。

「え? 何故にジャンプ? あー、あったあった。NARUTOもある、懐かしいー! ……て、あれ?」

 ナギがページを捲ってみれば、丁度今週号のNARUTOはポスター型の巻頭カラーだった。
 連載九周年突破記念という文字を見て、結構進んでいるなぁとナギがしみじみ思った直後、それが九人の人柱力の集合図である事に気づいて愕然とする。
 いる。いるのだ。指の数で何尾か示しており、シャボン玉を膨らませながら堂々と六本指の男性が其処には居た。

「まさかの人柱力大集合。三尾のは野良だった気がするけど――六尾の人柱力もいるね。ついでに五尾は岩隠れにいたのか」
「え、えぇー!? で、でも私の中に確かに六尾いるし、岩隠れの里に五尾の人なんて欠片も見当たらなかったよ!?」

 混乱しながら慌てるナギに、ルイは清々しいまでに爽やかな笑顔を浮かべて答えた。

「――えー、想定外の事態が発生した為、これ以降の展開は用意されていません。『納得いかない!』とお怒りのお客様は、次の中から好みのエンディングを自由に選んで下さい」


 エントリーNo.001『戦いはこれからだ』

「くく、くぁーっはっはっ。はぁーはっはっはっはっはっ!」
「え? 何この馬鹿っぽい笑い方……って、表紙の六尾の人!?」

「ふっ、貴様は自分が六尾の人柱力のつもりだろうが、自惚れるな。貴様など我等六尾666衆の中で最も格下ッッ!」
「多っ!? 広げた風呂敷畳むつもり欠片もないでしょそれ!?」

「五月蝿い、問答無用ッ! 行くぞォ掛かって来い!」
「行くのか来るのかハッキリして下さいって、あれ、何で戦うのぉ~!?」


 エントリーNO.002『希望を胸に すべてを終わらせる時……!』

 大蛇丸「さあ来いナギイイイ! 私は実は一回刺されただけで死ぬわああ!」
 ナギ「くらえぇ、混沌・針千本の術ー!」
 
 大蛇丸「グ、グアアア! こ、このザ・不死身と呼ばれる三忍の大蛇丸が……こ、こんな小娘に……バ、バカなアアア」
 
 イタチ「大蛇丸がやられたようだな」
 デイダラ「ククク……奴は暁の中でも最弱だ、うん」
 鬼鮫「人柱力如きに負けるとは暁の面汚しですねぇ……」

 ナギ「喰らええええ」

 九人「グアアアアアアアア」
 ナギ「やった、遂に暁を倒したぞ……これでうちはマダラのいる終末の谷の扉が開かれる!」

 マダラ「良く来たな岩流ナギ……待っていたぞ」
 ナギ「こ、此処が終末の谷だったんだ……! 感じる、うちはマダラの瞳力を……!」

 マダラ「ナギよ……戦う前に一つ言っておく事がある。お前はオレを倒すのに初代の木遁秘術や、オレの秘密を暴く必要があると思っているようだが……別になくとも倒せる」
 ナギ「な、何だって!?」

 マダラ「そして像に封印していた尾獣達は野に帰し、ついでにカブトとダンゾウも葬っておいた。あとはオレを倒すだけだなクックック……」
 ナギ「ふっ……私も一つ言っておく事があるわ。ルイちゃんがこの物語の主役でラスボスだと思っていたけど別にそんな事は無かったわ!」
 マダラ「そうか」

 ナギ「ウオオオいくぞオオオ!」
 マダラ「さあ来いナギ!」

 ナギの勇気が世界を救うと信じて……! ご愛読ありがとうございました!


 エントリーNO.012『オレはようやく登りはじめたばかりだからな。
          このはてしなく遠い男坂をよ…未完』


 エントリーNO.044『正史』

「デイダラが一尾、飛段が二尾、サソリ(トビ)が三尾、鬼鮫は四尾、イタチは九尾――」
「え? 何それ?」

「つまりね、ナギ。二部開始時点までにペインかコナンかゼツに殺される予定なのよね。我愛羅の一尾の前に五尾と六尾と七尾の内、二体は封印されていたみたいだし。運良く生き延びても飛角コンビが死んで四尾が封印される間に、最後の一匹が何時の間にか封印されるようだし。逆算的に考えれば角都が八尾担当だったのかねぇ?」

「えーと、そんな事はどうでも良いんだけど、その奇抜な人達は何方様で? 全員暁っぽいマント着て、六人は変な眼で黒い棒全身に突き刺さっているし、一人は紙っぽい女の人だし、最後の人はトゲトゲアロエで何処の男爵ぅ!?」

「やだなぁー、ナギ。わざわざ木ノ葉くんだりまで来てくれたんだから感謝しないと。頑張って死亡フラグを打ち砕くべし。私は影から応援だけするわ」
「え、いや、無理無理っ! てか何でその三人と纏めて戦う事になるのよおぉおおおおおぉ!?」




「……うぅー、本物は、いない……うぅ……!」

 ナギの魘される声は遠くから響く爆音で掻き消される。
 気を失っているナギとヤクモを気合で担ぐユウナはその巻き添えを食らわないよう四苦八苦していた。

「なんで怪獣大戦より被害拡大してやがるんだ!? ルイの馬鹿、自分達諸共焼き殺す気か!」

 遠くでは無数の爆発が止め処無く起こり、火は徐々に燃え広がっている。
 もはや白眼でも戦況が見極められない中、ユウナは三人の親友の無事をただただ祈るばかりだった。







[3089] 巻の30
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/02 00:43




 ――飛雷神の術。時空間忍術の一種であり、四代目火影・波風ミナトの異名の所以である。
 術式の施された場所に神速で瞬間移動するという口寄せに似た原理の術であり――大蛇丸の動きさえ克明に捉え、全ての術を一目で見抜き、強大な瞳術で他を超越するルイの万華鏡写輪眼にとって、最悪なまでに相性が悪かった。


 巻の30 木ノ葉の黄色い閃光、焔の螺旋に散るの事


 四代目火影と対峙した直後、うちはルイは多重影分身の術で可能な限り分身体を作った。
 尾獣という無限のチャクラ供給源を失った今、チャクラの浸蝕と治癒の拮抗が崩れ、無理してチャクラを抱え込めば自滅の末路しか残されていない。
 それ故にこの多重影分身は手っ取り早く許容可能の量までチャクラを消費する手段であり、陽動と情報収集を兼ねた一石三鳥の策だった。
 影分身体は四十九体。その内、四十体を四代目火影に愚直に突っ込ませ、本体と残り九体は散り散りに散開させ――ルイは黄色い閃光の所以を思い知る事になる。

「――!」

 四代目火影が一息で且つ神速で放った十二のクナイは、されども万華鏡写輪眼に悉く見切られていた。

「如何に早くても――」
「この眼の前では無駄無駄っ!」
「ナルトの影分身とは違うのよっ、ナルトとはっ!」

 標的となった十二人の影分身は好き勝手に主張し、クナイまたは草薙の剣、巨大団扇を取り出して歪な特注クナイを切り払う。
 その特異な形のクナイの柄部分に刻まれた文字をそれぞれのルイが目視した瞬間、その黄色い閃光は写輪眼でさえ目視出来ない速度で駆け抜けた。
 ――まさに一瞬の事だった。その一瞬で四代目火影は十二回も目まぐるしく空間跳躍し、擦違い様に斬って殴り斬って蹴り斬り落とし、四十体もの影分身を瞬殺してしまった。

(――何あのチート……!?)

 自分の眼の事を顧みず、その悪夢めいた惨殺劇に戦慄を抱いたルイは逃げ延びた二体の影分身に最大火力の天照を発動させた。

(……ぐ、あれで仕留められるとは思っていなかったが――)

 視界を埋め尽くす黒炎を見届けた後、殺された事に気づかず消された二体の影分身の経験を体験し、ルイは内心舌打ちした。
 少し前に、天照を回避するなら写輪眼でも視認不可能の速度が必要だとルイは息巻いたが、飛雷神の術はその視認不可能の域を超えていた。

(――対人戦であれに勝てる奴はいないな、発見されたら影分身と同じく瞬殺だね。死人の操り人形ゆえに幻術系や月読も通用しないだろうし、穢土転生の依代に生半可な攻撃は無意味と来た。完全に詰んでるな)

 九尾を封印する為に死んでいなければ大蛇丸は愚か、暁の者達でさえ危うかっただろう。
 まさに最速の矛と絶対回避の盾を兼ね揃えた最強最悪の敵であり――それを打ち破るには彼の術を見破る以外無いだろう。

(……だが、今まで尾獣や血継限界の術以外は一目見ただけで確実にコピー出来たけど、あの術は解らない事だらけ――残り七体の影分身が全滅する前に打開策を見出せとは無理難題だな)

 二体の影分身を犠牲にして十二本の転移用のクナイを跡形も無く焼却したが先は長い。最低でも今使った二本というのは希望的観測だろう。
 直接転移用の印を刻む瞬間を目視しなければ術の全貌を把握出来ないので、何が何でも其処まで引っ張り出さなければならない。

(……時間も残されてないし、大蛇丸も控えている。――在り得ないぐらい絶望的だね)

 そもそも、こんな危険な綱渡りになる状況に陥る、それ自体がルイにとって最大の落度であった。
 以前の彼女ならばこんな絶望的なまでの逆境から万に一つに等しき活路を見出す事など選ばず、如何なる手段を用いても勝てる状況に持っていく事を選んだだろう。
 ――黒羽ヤクモの命さえ見捨てれば、時間制限があるのはルイではなく、三代目の屍鬼封尽で一時的に全ての術を失う大蛇丸だった。
 それを頭で理解しつつ、ルイはヤクモの命を見捨てられなかった。
 絆という呪縛は度し難いまでに、彼女を死から逃し続けてきた非人道的で完全無欠な合理性を著しく損なわせていた。

(……絶対に、死なせない。絶対に、逃さない――)

 ルイは影分身の一体を幾十の鴉に変化させて周囲に散開させ、残り六体の影分身に口寄せ用の巻物を取り出させる。
 巻物の中に貯蔵されているのは木ノ葉崩しを乗り切る為に用意した幾百のクナイに手裏剣、それと起爆札が千枚相当。三忍の一人と火影相手では心細い武装だった。




「たーまやー!」

 木々の影からルイの影分身はクナイを絶え間無く投げ続けた。
 流星の如き駆けるクナイの尾鰭に靡くは三枚の起爆札であり、それらは瞬く間に目映い極星となって爆発する。
 何処ぞの自称芸術家のような怒涛の飽和攻撃は尾獣と巨大蛇の大決戦で巻き込まれなかった部分を灰燼に化すほど甚大な被害を及ぼしたが、四代目火影はカカシ並の速度で爆発の合間を潜り抜け、躱し続けていた。

(――原作の穢土転生で呼び出された初代と二代目から推測するに、生前より大分能力が下向していると思っていたが……)

 心は殺人衝動に支配され、肉体は仮初めの器であり、それから繰り出す技は生前の彼と比べて見るも無惨なものに成り下がっているだろう。
 心技体、三つ全てが不完全な状態に陥るのは口寄せ・穢土転生の最大の欠点だろうが、それでも彼の異名を地に堕とすには足りなかった。
 ――或いは、ルイにとっては、生前の方がまだ御し易い相手だったかもしれない。
 ルイの影分身六体による猛攻を回避し続ける四代目は爆発の直撃こそ受けないものの、爆風の余波で小さな火傷を負い続けている。
 躱す度に蓄積され、重度の火傷に発展し兼ねない負傷は穢土転生の生前の姿を保つという特質によって瞬時に治癒されてしまう。
 更には死人に痛覚も無いので何ら効果も見込めず、一人隠れて分析するルイは追い詰めているようで追い詰められている現状を歯痒く思った。

(……分の悪い賭けだが、やらざるを得ないか)



「――」

 絶え間無く続く爆撃を、四代目は木々の枝を伝いながら回避する。
 殺戮人形と化した四代目火影は六体の影分身の位置を完全に把握していた。
 距離や位置取りが若干悪いという要素を抜いて、四代目火影が最も気配が薄いルイの本体を探していたのは大蛇丸が最初に施した命令故だった。
 ――うちはルイを生け捕りにする、それだけが虚ろの彼を縛る絶対の行動原理だった。
 影分身か本体か見分ける為に初撃は絶対に急所を外しているのだが、どの道、影分身では一撃で掻き消える為、ルイはその行動原理に気づけずにいた。
 時空間忍術に必要な印が施された特注クナイは幸いにも残り二本だった事はルイにとって唯一の僥倖だっただろう。
 爆撃は変わらず、包囲網が狭まった事を四代目は察知し、その内二体が露骨に突出しており――生前の彼なら罠と知りつつ誘いに乗り、死後の彼は即座に反応し、出し惜しみせずに特注クナイをそれぞれの方角に投げた。

「チャーンスっ!」
「御出でませぇ!」

 体を預ける幹の影から堂々と姿を曝したルイの影分身は、身を挺してクナイの破壊せんと草薙の剣を振るうが、四代目火影は飛雷神の術で空間を飛んだ。

「――!?」

 突如眼下に現れた四代目火影に反応出来ず、ルイの影分身は一撃の下に斬り伏せられる。背後から遅れて飛来した特注クナイを振り向かずに回収し、即座にもう一方へ飛び――これまた一撃で仕留められる。
 煙を散らして消失する影分身に見向きもせず、幹に突き刺さったクナイを回収しようとし――即座に飛び退く。一瞬遅れて、燃え滾る巨大な火球がクナイごと巨木を爆砕した。
 振り返れば下の地面に三体目のルイがおり、彼女は憎々しげに飛び退いて逃走する。

「――」

 四代目は一目散に最後の特注クナイをあらぬ方向へ投げる。続いて三つの手裏剣を投げ、神懸り的な狙いで三度ぶつけて軌道修正し、予想外の方向からルイを襲った。

「舐めんなっ!」

 空間跳躍するまでもなく仕留めたと思いきや、そのルイは死角から迫ったクナイを振り向かずに斬り捨てた。
 クナイの柄に巻かれた術式も真っ二つにされては空間跳躍の印として使えない。四代目は周囲に犇く小さな気配を察知した。

「――」

 四代目はルイの追跡を一旦止め、ありったけのクナイと手裏剣を取り出し、周囲を監視する異常な数の鴉を次々と穿ち貫いていった。
 この鴉の群れは先程、一体の影分身をばらして変化させたものである。
 それらは慎重に四代目の周囲に忍ばせ、一時的に視界を共有する事によってあらぬ方向から飛来したクナイを知覚した種であり――生命線たる眼を易々潰させる気などルイには欠片も無かった。

「――やらせるかっ!」

 追われていたルイも立ち止まり、その影が異常な速度で伸びる。木々の影を伝いながら登り、影は幾重に枝分かれしながら四代目火影を目指す。

「……!」

 影縛りの術に気づいた四代目は、それでも構わず鴉を打ち落としながら回避していく。
 縦横無尽に影から影へ渡れる環境でも、影の速度を優に超える四代目を捕らえるのは不可能であり――誘導場所に待ち構えていた四体目のルイは土遁・土龍弾の術で巨大な土龍を二つ飛ばし、五体目は風遁・カマイタチの術と火遁・豪火球の術を合わせて眼下一面を火の海にした。
 例え土遁・土龍弾の術と火遁に風遁を加えた術で無事でも、喰らっている最中に影縛りの術で拘束出来る。動きさえ止められれば天照の炎で穢土転生の縛り諸共、塵一つ残さず滅ぼせるだろう。

「――」

 並大抵の忍でも完全に詰んだ状況で、四代目は再び飛雷神の術で空間を飛んだ。
 変わる変わる三体の影分身の背後に飛んでクナイの一閃で仕留め、そのクナイを背後に投げて最後の鴉を打ち落とした。
 ――彼が飛んだ三箇所には、特注クナイの柄部分とは異なる文字の目印が刻まれており、それらは程無く消失した。




(――飛雷神の術の正体、見破ったり)

 四十三体と今の五体の影分身の経験を咀嚼し、死の蓄積が齎した精神的な苦痛に酷く悶えながら、私は口元を大きく歪ませた。
 この眼は確かに見届けた。印を刻む瞬間も空間を跳躍する瞬間も、全て全て見届けた。
 ――飛雷神の術が印結びを必要としない理由は、時空間忍術で跳躍する為の目印そのモノが術の本質だからだ。
 当初は口寄せの術と同じように、跳躍する際にチャクラを消費して目印に飛んでいると思っていたが、その逆、目印に籠められたチャクラを消費して口寄せされていたのだ。
 つまり前者だと写輪眼でも見破れない全く異次元の過程での空間跳躍か、神懸り的なチャクラの遠隔操作によるものであると考えられるが、後者だと変則的な口寄せ程度に過ぎない。

(それにあの印もまた相当曲者だね)

 だたの座標に過ぎぬ印と思いきや、半径二メートルを克明に感知する探知機じみた性質も持っている。
 これによって空間転移して壁の中にのめり込むなど、予期せぬ事故が皆無になる所か、使い勝手の良い索敵として効果を発揮する。

(印の方は一回の跳躍で消えるようだが、逆に言えば秘匿性が極めて高い。特注クナイだったら複数回は使えたのだろうが――もはや尽きた)

 勝機は我にあり。最後の影分身を己が下に呼び寄せ、幾十の鴉に分裂させる。
 これから行われるのは単なる詰め将棋に過ぎない。余力も時間も無いだけに、何時までも前座なんぞに構っていられない。

(穢土転生の呪縛から解き放たれ、成仏するか再び死神の腸に戻るかは知らないけど、手前の墓標は木ノ葉隠れの里を常に見下ろしているんだ――安心して逝きやがれ)




「――!」

 再び無数の小さな気配を感じ取った瞬間――それが先程のような偵察用の眼ではなく、非常に悪質な攻撃手段である事を四代目は瞬時に察知した。
 ――滑降して来る全ての鴉には、起爆札が付けられていた。
 鴉の群れは一目散に四代目――ではなく、在らぬ方向に飛び散る。

「――?」

 時間差で全周囲から仕掛けると思いきや、起爆札付きの鴉が最初に神風特攻したのは飛雷神の術の目印だった。
 戦闘の合間に四代目が刻んだ印は合計七つ、鴉はその七箇所を同時に爆撃し、飛雷神の術を封じる。
 残りの鴉は全周囲から四代目に特攻する。流石の四代目も先程の迎撃でクナイや手裏剣の備蓄が尽きており、打ち落とす事を諦めて回避に専念する。
 鼓膜を破り兼ねない爆発が木霊する中、四代目は木々を駆け抜けながら所々に飛雷神の術の目印を刻んでいくが、その傍から写輪眼を持つ鴉が特攻して潰していく。

「――」

 そんな攻防が幾度無く繰り返されるも、所詮は一瞬で掻き消える閃光に過ぎなかった。
 元から口火が付けられ、避け続けているだけで勝手に自爆する鴉では四代目は捉え切れなかった。
 爆風で火傷を負いながらも五体満足で切り抜けた四代目の下に最後の一匹が愚直に飛翔して来る。

「……?」

 その鴉の身体には何処にも起爆札が付けられていなかった。その事を疑問視する僅かな知性があったが故に、四代目の動きが一瞬だけ止まる。
 更に注意深く観察して――その鴉の腹部分に見慣れた印が刻まれている事を目視した時、特徴的な三つ編みおさげを靡かせて、うちはルイは空間を跳躍して四代目の懐に飛び込んで来た。

「――!?」
「あああああああああああぁっ!」

 ルイの右掌には目映い灼熱の炎の球体が猛烈に渦巻いていた。
 四代目は超人的な反応速度で自身の手に集めたチャクラを劇的に渦巻かせ、乱回転させて掌に圧縮し、究極的な破壊慮力にまで昇華させて燃え滾る球体を相殺せんとする。
 ――死人の時間は死した時に停止するが、生きる者の時は止まらず進み続ける。この衝突の明暗はその差に過ぎない。

(冥土の土産に持っていけ。これが、アンタが生きていれば辿り着いた境地だ――!)

 四代目の螺旋丸とルイの火遁・螺旋丸の拮抗は一瞬で崩れる。
 ほんの一瞬で打ち負けた四代目の掌から肘部分まで瞬時に焼き抉り、桁外れの熱量を圧縮した真紅の螺旋丸はルイの右掌をも苛烈に焼きながら彼の胸元に到達する。
 ――無論の事だが、一ヶ月程度の時間で火遁・螺旋丸を完成させる事はルイとて不可能だった。
 ルイが出来るのは螺旋丸に火の性質変化を加え、燃え盛る炎を際限無く圧縮する事だけであり、制御が不可能であるが故に自爆技にしかならない。
 影分身による運用が前提の不完全な術――それを、新たに得た飛雷神の術は実用の域まで押し上げたのだった。

「――じゃぁねー」

 飛雷神の術の跳躍によって、嘲笑うルイの姿は一瞬で消え失せ、灼熱の螺旋丸が置き土産として残される。
 術者を失い、火遁・螺旋丸に圧縮された炎が解放され、何もかも例外無く焼き払う太陽の輝きとなった。
 一瞬の存在さえ許さない無慈悲な極光に、穢土転生の呪縛など欠片も意味を成さない。
 四代目の肉体を跡形も無く昇華させ、一区画を焦土にするほど超巨大な爆発が崩壊した森に轟いた――。




 飛雷神の術で空間転移し、一瞬遅れて猛々しい爆発音を聞き届けた後、右腕の激しい火傷から生じる苦痛にルイは顔を歪ませる。

「手間取りすぎたが、後は大蛇丸だけ――っ!?」

 六尾の完全体を口寄せする段階で八門遁甲の体内門を七門まで開け、尾獣のチャクラの無限循環で精神を頗る消耗し、影分身の経験の蓄積で精神疲労が更に酷くなり、その右腕に重度の火傷まで負い――此処に至って最大の異変がルイを襲った。

「え……? なん、で――!?」

 突然の事だった。ルイは踏ん張る事すら出来ず、前のめりに地に倒れる。
 まるで意味が解らず、咄嗟に起き上がろうとするが、力を入れた最中に今までの痛みを凌駕する激痛が全身に走り、堪らず倒れ伏してしまう。

「――当然の結果よ。飛雷神の術が奥義足り得たのは、四代目が空間跳躍による反動を完全に無視出来たからだわ。如何なる理由かは私でも解らなかったけどねぇ」

 満を喫して姿を現した大蛇丸に対し、ルイはその余裕から生じた迂闊さを嘲笑った。
 ルイの眼は未だに万華鏡写輪眼の状態であり、残された最後のチャクラを振り絞って小規模の天照を発動させた。

「――っ!?」

 黒炎は咄嗟に反応して退いた大蛇丸の右腕に当たり、すぐさま胴体から全身に駆け回って火達磨にし、三忍と謳われた忍は断末魔さえ満足に上げられずに焼き尽くされた。
 その原作に匹敵する、余りにも呆気無い結末を見届け、ルイの眼が元の黒眼に戻る。

「……ぐっ!」

 意識を強く保たなければ途切れ、そのまま気絶しそうな己を奮い立たせる。
 まだ終わりではない。ユウナかナギのチャクラを拝借してでもヤクモの負傷を治癒しなければならない。
 そう思って立ち上がろうとした矢先、ルイは心底信じられない表情で土から這い出た大蛇丸を目の当たりにした。

「――この私に同じ術が二度通用するなんて思ったら大間違いよ。呪印の出来損ないの折にもその術は見たしねぇ。そして、流石の貴女もチャクラ切れのようね」

 消し炭となった大蛇丸の焼死体が音を立てて崩れ、その地には僅かな亀裂が入っていた。
 写輪眼でも見切れぬ大蛇丸流の変わり身の術で土の中に逃れた事を理解した瞬間――もう打つ手が何一つ無いと、ルイは膝を屈した。

「クク、さぁて――覚悟は良いかしら?」







[3089] 巻の31
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 23:29



 巻の31 変わり行く正史の流れと、変わらぬ結末の事


 木ノ葉隠れの里の東口付近では口寄せされた複数の大蛇が暴れ回り、混乱に乗じて侵入した砂隠れの忍との最大の激戦区となっていた。
 木ノ葉の忍達は即座に対応し、巡回中の忍や暗部の手練れを総結集させて迎撃に向かったが、その猛攻を完全には食い止められない。戦線は徐々に押され、里の被害は加速的に増すばかりだった。

「――忍法・口寄せ! 屋台崩しの術!」

 守るべき里を蹂躙され、後手に回る木ノ葉の忍達が己の無力さを悔やむ中、好き勝手に暴れ回る大蛇の上から巨大な蝦蟇が口寄せされ、その間々大蛇を圧殺した。

「な、なんだこりゃ……!?」

 そこから先は開いた口が塞がらないほど呆気無かった。
 巨大な蝦蟇は背中の二刀をもって大蛇をばっさばっさ斬り捨てる。
 歌舞伎役者じみた派手な出で立ちで、忍者らしからぬ巨体の術者を仕留めようと、形振り構わず特攻した砂隠れの忍達の攻撃は硬質化した髪に防がれると同時にその四肢を串刺しにされる。
 また、ある者は近寄る事すら出来ずに、口寄せされた蝦蟇の油で火力が増大した大規模な火遁の術で焼き払われ、近寄る事の出来たある者は掌から生じたチャクラの球体を叩き込まれ、絶命して地に堕ちる。

「がぁ~っはっはっはっ! 異仙忍者・自来也様の天外魔境の暴れ舞ィ! あの世で篤と自慢するが良いわァ!」

 瞬く間に敵という敵を平らげ、その者は唯一人で戦況を覆してしまった。
 彼を知らぬ者はその規格外さを驚愕し、彼を知る者からは未だ衰えぬ暴れっぷりに驚嘆した事だろう。
 彼、自来也に特別上忍のイビキが三代目の居場所を告げる中、ある一つの報告が届いた。その知らせを届けに来た忍は大蛇の群れが押し寄せて来た時以上に慌てていた。

「で、伝令っ! 北の郊外に二頭の巨大生物が出現っ! 一頭は山より巨大な大蛇、もう一頭は六つ尾の巨狼、現在交戦している模様!」

 その要領を得ない報告に真っ先に反応したのは他でもない、自来也だった。

(――まさかマンダか? あれを口寄せ出来る者は多々いるだろうが、使役出来るのは奴以外いない。だが、何故三代目のいる試験場では無くそんな処に? 何者と戦っておる……今一状況が解らんのォ)

 そして気になるのはあのマンダと交戦出来るもう一頭の存在。そんな強大な口寄せ生物など自来也とて一頭しか持ち得ない。
 更には自来也が知る限り、今の木ノ葉にそれほど強大な個体を口寄せ出来る者は残念ながら存在しない。一人いると言えばいるのだが、自分と同じ蝦蟇系統なので除外して良いだろう。

(それに六つ尾――よもや砂隠れが尾獣を戦線に投入したのか……? 在り得ないとは断言出来ないが、それなら何故味方の筈のマンダと?)

 思考が拗れに拗れたが、自来也は思い悩まずに一旦白紙に戻す。
 事態を推測するには材料が足りなさ過ぎる。三代目の安否は気になるが、自来也の忍としての直感が絶対に逃してはならぬ事態だと切に訴えている。

「――ワシが行く。イビキ、この場は任せたぞ」
「い、幾ら三忍の自来也様と言えども御一人では……!」

 自ら赴くと決断した途端、騒ぎ出した顔知らぬ忍に自来也は大きく溜息を吐いた。
 四代目を九尾の一件で失って以来、木ノ葉には自分達に匹敵する人材は未だ現れていない。
 一人でも生まれていればこの場で手を出す事無く、自来也は安心して大蛇丸の下に一直線で赴けただろう。
 ――才気は天の采配、それを人に求めるのは高望みかと、自来也は内心自嘲した。

「足手纏いなどいらんしのォ」

 その忍の反応を見ずに自来也は飛ぶ。その飄々とした顔の下に揺るぎ無い決意を宿して。

(――今こそ長年の因縁に決着をつけてくれようぞ、大蛇丸……!)




 一方、試験場での闘争は収まる事を知らず、砂隠れの忍まで駆け付けられ、流石の木ノ葉の精鋭達も苦戦を強いられていた。
 クナイや手裏剣が投げ乱れ、死傷率激しい忍術が飛び交う。
 そんな中、一応木ノ葉の上忍である青桐カイエは一切の余裕無く、形振り構わず逃げ回っていた。

「弱い者苛め反対ィー! か弱いオレを付け狙うなんて臆病者の上に卑怯者ォー! 汚い忍者汚いよォ!?」
「テメェも忍者だろうがッ!」

 要領得ない罵言を敵の忍に突っ込まれるものの、壁を走りながら逃げるカイエに言葉を返す余裕は無いに等しかった。

(ヤベェ、マジ殺される!? カカシもガイも手空いてねぇし、紅とアスマは二人でイチャイチャしてやがるし……あれ、詰んでね?)

 今現在、カイエ一人を追い掛けている忍は十数人余り。彼一人では到底捌き切れる数ではない。
 音隠れと砂隠れの忍が仲良く協力して自分を追い詰めてくる、少年漫画の王道的な「貴様を倒すのはこの俺だ!」と言った呉越同舟の光景に、カイエは敵役でやるなんて理不尽だと内心嘆いた。

(……チィ。腰抜けだが、逃げ足だけは一流だぜ)

 その一方で追っている忍達は一番弱そうな者を真っ先に狙ったものの、唯の一度さえ被弾せずに逃げ延びているカイエに苛立ちと焦りを隠せずにいた。
 他の仲間達は化け物じみた木ノ葉の精鋭達に確実に減らされている中、何時までもこんな雑魚に構っていられない。
 構っていられないのだが、逃げ回るだけのカイエに有効な手を見出せず、手詰まりだった。

「――」

 音隠れの忍達はアイコンタクトで一つ危険な賭けに出ようと決め――その直後、カイエは何の拍子無くこけた。何かに躓いた様子無く、されど盛大に。

「げぷぼぉ!?」

 忍者としてそのドジっぷりと間抜けな悲鳴はどうなのかと全員が思いながら、転んだカイエの下に追っていた忍全員が殺到し、それぞれ手持ちのクナイでカイエの急所を無慈悲に刺し抉った。

「な――何、故……!?」

 生々しい肉の感触と夥しい血の臭気は実体である事の証明であり、最期の断末魔さえ滑稽なものだと彼等は嘲笑した。

「けっ、雑魚の分際で手間掛けさせやがって」

 致命傷を通り越して過剰殺傷の死骸を一瞥し、次の獲物を目指そうとした時、何人かが看過出来ない違和感を覚えた。
 それもその筈だった。其処に横たわる彼は、木ノ葉では本来の用途に使われていない額当てをちゃんと額にしており、更に言うならば砂隠れの印だった。

「身代わりの術だと――あ。ば」

 突然の事だった。二人、額当ての下の眉間をクナイで貫かれ、違う二人の首の頚動脈を掻っ切られる。それが完全な不意討ちと成り得たのは外部からの攻撃ではなく、内部からだったが故だ。

「て、テメェ何しやが――なっ!?」

 予期せぬ仲間割れに憤慨し、迎撃体勢を取った彼等が目にしたのは、其処で横たわっている砂隠れの忍と同一の姿の忍だった。
 慌てて投げられた手裏剣は悉く躱され、その偽者の変化が解けて元の姿に戻る。

「フゥハハハハハーッ、すり替えて置いたのさ! ねぇ、どんな気持ち? 真面目に戦うと思ったの? 馬鹿じゃねぇの?」

 カイエはまた逃げながら態々指差し、品性の欠片も無く馬鹿笑いして侮辱する。ご丁寧に人差し指で目の下をさげて、舌まで出して。

「き、貴様あああぁ!」

 遥か格下の雑魚に馬鹿にされ、多人数で攻めたのに仕留められず、逆に手酷い被害を出した事実が正常な思考を妨げ、正視すらおこがましい馬鹿顔の腹立たしさは当人達にとっては計り知れないものだろう。
 そんな様々な要因が積み重なり、カイエの安い挑発で忍達の怒りは頂点に達して爆発した。

「鬼さん此方、手の鳴る方へー。十二名様御案内ぃー!」

 顔を真っ赤にし、血走った眼で一心不乱にカイエを追う彼等は最期までそのあからさまな誘導に気づかなかった。
 突如、カイエの姿が消え――その少し先に、彼の姿に隠れていた人物が忍達の眼に入る。
 その壮年期後半の人物は着物を羽織った軽装であり、この戦場では明らかに場違いだった。

「――この戯けめ」

 無手で無防備な彼を目視し、鴨が葱を背負って現れたと嬉々と襲い掛かった彼等は、自分達がそうであるとは思い至らなかった。

「……は?」

 その人物の体全体から放出された膨大なチャクラに円運動が加わり、周囲一帯を吹き飛ばす――分家筋の日向ネジが繰り出した技とは比べ物にならない規模の八卦掌回天となった。
 絶死の威力をもっていなして弾き返す絶対防御を前に、クナイや手裏剣などの小手先な攻撃など無意味にして無価値である。

「ぐああぁぁ!」

 理不尽な円運動に吹き飛ばされた忍達は遥か上空に打ち上げられ、払い落とされた蝿が如く次々と落下する。
 四肢が滅茶苦茶に折れ曲がった者、落下の際に首を在らぬ方向に反った者など多種多様だが、共通する点は誰一人起き上がらない事であり――彼、日向宗家の現当主であるヒアシを中心に、巨大なクレーターが出来上がっていた。

「ごほっ、げふっ……いやぁ、お美事ですな。日向は木ノ葉にて最強っすねぇー!」
「心にも無い事を。貴様がその様ではアレの曲がった性根を矯正出来ぬのは道理か」
「……あれ、ルイに関しては絶賛スルーっすか?」

 回天によって削られた地面から、カイエが這い出てくる。
 土塗れの顔に咳き込む様など格好が付かぬが、致死圏まで踏み込みながら唯一人生還したカイエをヒアシは高く評価する。
 良く良く観察すれば咳き込んでいるものの、息切れはしていない。
 先程の攻防も最低限の労力で大多数の敵を翻弄し、自身に葬らせた大胆不敵な手管、並大抵の胆力では実行出来まい。

(――ユウナから回天の特性を知っていたとしても、私の回天の唯一の死角である地下に迷わず逃れるとはな。腐っても元暗部、侮れん男よ。腑抜けた様は擬態か)

 一連のやり取りが全て計算尽くかとヒアシが改めて感心する中、カイエは内心汗だくで心臓がはちきれんばかりに暴れていた。

(あ、危ねぇよ、頭掠ったよ! 白眼で見えてる癖に手心加えず吹っ飛ばそうとしたぞこの暴力親父ィ!?)

 カイエは内心、壮絶に愚痴っていた。心の内に留めたのは勿論怖いからである。
 ヒアシが勘違いして高評価を下していたが、実際は全部行き当たりばったりで、偶然ヒアシがいたからと押し付けた結果である。

(――やはりあのうちはルイの師、一筋縄ではいかないか。やり合うとなるとカカシさん以上に苦戦しそうだ)

 一部始終を眺めていた暗部の仮面被る薬師カブトもまた、青桐カイエへの過大評価を更に高めたのだった。




 目まぐるしい状況の変化に、うちはサスケは戸惑いを隠せずにいた。
 現在進行形で異形に変異しつつある我愛羅に千鳥を放った後、程無く乱入して来たサクラが我愛羅の頬をぶん殴り、衝突した木々を貫通しながら遥か彼方に吹っ飛んで行った光景には、流石のサスケも自身の写輪眼を疑った。
 サクラの鉄拳が千鳥以上の威力だと思えた事に少なからず衝撃を受け、その後の怒涛の展開にもついていけなかった。

「――に、逃げっぞォ! みんなってば!」

 どうやらナルトは我愛羅と何かあったらしく、単純馬鹿で明快な彼に似合わず、躊躇や恐怖する様が所々に見られた。

「何言ってんのよ!? 最初から何もせず逃げるなんてアンタらしくもない! まさかルイ達の事、忘れてんじゃないよね? サスケくんを救出しても私達が送り狼になったら意味無いわよ!」
「ぐぎゃばっ!?」

 だが、それもサクラの止まらない言論と鉄拳制裁で一蹴され、綺麗さっぱり解決する。
 あんな尋常ならぬ怪力、味方に叩き込むものじゃないだろ、とサスケの背筋に寒気が走ったのは言うまでもない。

「そ、そうだ、ルイちゃん! こんな奴に構ってられないってばよ!」

 いつもの調子に戻ったナルトはとんでもない量のチャクラを練り上げ、辺り一面を覆い尽くすほど影分身を作り上げて――あの状態の我愛羅をも圧倒し、仕舞いには巨大狸と巨大蝦蟇の怪獣大戦となって今に至る。

(……ナルトも、あのサクラまでも……異常なまでに強くなっている)

 此処一ヶ月で強くなったのは自分だけじゃない、サスケはその事を強く実感する。一人だけ強くなったと思い上がっていた過去の自分を殴りつけたくなる。

(しかし、ルイの事……? それだけが気掛かりだが――)

 今はあの二体の巨頭が周囲を考えずに暴れ回っているのでサスケは考える事を止め、サクラとパックンと共に安全と思われる場所に退くのだった。




 一尾守鶴とガマブン太の死闘は周囲の地形を半分以上変え、最終的に生身の対決となり、ナルトが勝った。

「ナルト、良くやったわ!」

 サクラとサスケが駆けつけ、ナルトは笑いながら意識を失った。

「パックン! ルイ達の位置は?」

 サクラは気を失ったナルトを担ぎ、パックンに尋ねる。
 サスケにしてもルイの事は戦闘中にも気になっていた事なので視線を向けるが、パックンは露骨に脅えて言い渋る。

「……駄目だ、行ってはならん! 膨大な火薬の臭いで大まかにしか嗅ぎ取れん。だが、あやつのあの異様な臭いだけは、忘れようとて忘れられん!」

 一体この犬が何を言っているのか、サスケは一瞬理解出来なかった。
 そんな行ってはならぬ絶体絶命の窮地にルイがいる。その事実がサスケの感情を沸騰させ、冷静さを根こそぎ奪った。

「――ルイは何処だっ! 答えろッッ!」
「お、落ち着けっ! 御主ら下忍程度では……いや、カカシとて三忍の大蛇丸の前では無力じゃっ! 一刻も早くこの場から離れなければ――」

 怒りを露にして言い寄るサスケに対し、パックンは一瞬だけ眼を逸らた。
 その在らぬ方向、更には遥か遠くを見るような素振りを見て、サスケは大まかな方角を瞬時に推測した。

「……ッ、あの蛇野郎――ッ!」

 脳裏に過ぎるのは忌々しい呪印を刻んだ尋常ならぬ忍、あれがルイの前にいるのならば最早一刻の猶予も無い。サスケはサクラ達を置いて全速で駆ける。

「あ、サスケくん!?」

 置き去りにされたサクラもナルトを担ぎながら後を追い、制止させる間も無かったパックンは一人で色々と苦悩し、ヤケクソ気味に後を追った。




 ルイがテマリを棄権させる為にチャクラを根こそぎ吸い取った結果、撤退するカンクロウの足を引っ張り、サスケとの接触を早めた。
 それ故にナルト達との接触まで早める結果となり、サスケは三発目の千鳥を使って呪印を暴走させずに済む。
 サクラに至ってはルイとの修行の成果を存分に発揮し、我愛羅の腕に捕らわれる事も無かった。あの時、ルイの写輪眼を目撃してなければ、原作通り磔にされて戦線離脱していただろう。
 また、大蛇丸のマンダと六尾が比較的里に近い場所でぶつかり合った結果、その報が自来也の耳に届き、彼の者を走らせた。
 幾多の偶然が重なり、ルイにも予測出来ない展開は基点たる彼女を終着点として目指している。

「――でも、哀しいかな。一手届かない」
 






[3089] 巻の32
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 23:36




「……全く、酷ぇ目に遭った」

 両頬に刻まれた引っ掻き傷を摩り、シカマルは世の理不尽さを何度目か解らないほど呪った。
 巨大蝦蟇と守鶴完全体の衝突を切り抜け、毒で身動き取れないカンクロウまで偶然辿り着いた。其処までは順調で何もかも上手く行っていた。

「……敵にこう言うのも、なんだが、感謝するじゃん。……お、テマリ起きたか?」

 だが、テマリが目覚めた瞬間、俗に言うお姫様抱っこで抱え込んでいた事から新たな誤解を呼んだ。
 弁論する間も無く痴漢扱い、若しくは拉致犯扱いされ、シカマルは命辛々逃げるように退散せざるを得なかった。

「ま、待てテマリ。アイツはお前を――っ!?」
「き、きき、きさまああああああああ~~~~っっ!」

 本気で泣きそうになったが、後ろで必死に弁解してくれているカンクロウとは仲良くやれる気がした。

「……やってらんねぇ……」

 マジで神社などで御祓いした方が良いかもしれないと、シカマルは真面目に思案する。
 そしてやる気無くナルト達と合流すべく歩いている最中、シカマルは何者かの気配を感じて木陰に隠れる。
 木々の枝を忙しく踏み越えて通り過ぎたのは、救出対象であるうちはサスケだった。

「あん? 無事だったのかよ、サスケ」

 目立った負傷も無く、あっという間に知覚出来ない彼方まで移動して行った。あの異常極まる我愛羅相手に大したものだとシカマルは感心した。
 やはりうちは一族には天才しかいないのかと思考する最中、サスケに遅れてサクラ達が現れた。
 サスケはシカマルに気づかなかったが、彼女達は気づいたようだ。

「シカマル丁度良い処に! ナルトをお願い!」
「おい、ちょっと待てって!? 状況を説明――って、もう影も見えんし!」

 いきなり意識を失っていると思われるナルトを押し付けられ、有無言わず消えるサクラの姿を眺めながらシカマルは途方に暮れた。
 ナルトは酷いぐらいボロボロだった。良く此処までなるまで頑張ったものだとシカマルは素直に思う。
 その後、自分の姿を眺め、同じよう感じかと誇らしげに笑う。その大半がテマリに刻まれたものなのは格好付かない事実だが。

「……何だか今日はこんな面倒な役割ばっかだな」

 後はルイ達だ。シカマルはもう一踏ん張りだと気合を入れ、ナルトを肩に担いでサスケやサクラが消えた方角へ歩いて行く。

「……」

 ――此処で、どうでも良い余談だが、サスケの足止めに留まったカンクロウの相手を務め、毒によって相討ちになった油女シノは誰にも気づかれず、また唯一姿を見せたサスケに思い出してさえ貰えず、がっくりと肩を落とした。

「……」

 傷心中の彼を、救援に来た父親は無言で慰める。彼もまた、幼少の頃に同じような経験があったが故に、である。


 巻の32 それぞれの決意、閃光は目映く輝くの事


 黒羽ヤクモはこの世界に生まれる前、瀬川雄介だった頃の事を追憶する。
 ルイとの話題で『何が原因でこの世界に生まれ変わったのか』を話した時、ユウナに合わせて事故死と偽ったが、真実は違う――殺されたのだ。
 一ヶ月前ぐらいから異常な殺人鬼の噂は其処等中で呟かれた。
 曰く、被害者の血を一滴残らず吸い取る異常者、曰く、現代に蘇った吸血鬼だとか、突拍子も無い風評ながら犠牲者は確実に増えて行った。

「あー、やだやだ。夜道が怖いや」

 血の繋がった唯一人の妹が不安がる度に彼は「いざとなったらオレが守ってやるさ」と素振り用の木刀片手に軽口を叩いた。
 幼少の頃から剣道に慣れ親しみ、それなりの成果を残して来た彼の言葉に、妹の彼女は恥ずかしい言葉だと照れながらも全幅の信頼を置いた。
 部活動の終わる時間が遅い妹に合わせて一緒に帰宅するのが慣習になったある夜、その通りすがりの殺人鬼は何の予告無く現れた。

『――こんばんは、巷の殺人鬼でーす。幸運にも目に付いたから殺されてくれない?』

 まるで宿題忘れたから見せてくれ、ぐらいの気軽さで、その殺人鬼はそんな巫山戯た事をのたまった。
 夥しいほど血塗れの右手を舐め、脅え竦む哀れな羊を嘲笑いながら。

「――っ」

 数百に及ぶ対戦を経験する彼は初めて――眼を離した瞬間に殺されるという如何し様も無い絶望感を体感する。
 試合相手の気迫が御飯事だと思えるほど、目の前の少年は凶悪な猛獣類じみた殺意を撒き散らしていた。

「……逃げろ、早くっ!」

 それでも木刀を相手に向け、恐慌状態の妹に喝を入れられたのは守るべき対象が居たからだった。

『麗しい兄妹愛だねぇ。嫉妬の余りに八つ裂きしたくなるわ――あ、これ提案なんだけど、その妹置いて行ったら君は見逃してあげるよ?』
「――ッ、ふざけんなッ!」

 その悪魔の提案を彼は迷わず一蹴する。
 殺人鬼は酷く感心したように感嘆の意を表する。

『感心感心。いやはや、君は本当に兄の鏡だね――まあでも、結末は余り変わらないけれど』

 その時の事は今でも鮮明に思い出せ、今でも不可解な出来事だった。
 何の予兆も無く、二本のナイフが両膝を貫かれ、堪らず倒れた。

(――は?)

 ナイフなんて握ってすらいなかったのに。いつ取り出し、投げたのか、そんな予備動作さえ無く、二本のナイフは結果として刺さっていた。

『余所見して良いの?』

 無防備に近寄ってきた殺人鬼に、彼は苦し紛れの一閃を御見舞いしたが、これまた不可思議な事に、気づいた時には木刀を奪い取られていた。
 殺人鬼の醜悪な嘲笑が目に焼きつく。あろう事か、その木刀で両手を地に穿たれ、身動きを完全に封じられた。

「あ、ああああぁあぁああああぁ!?」

 最早自分に出来る事は悲鳴を上げる事と血を撒き散らす事と、逃げろと叫ぶ事ぐらいだった。
 だが、肝心の妹は恐怖で腰を抜かして地べたに尻餅付いた。

『これこれ。やはり無駄に事故死させるよりも、一方的に殺戮するよりも、絶望の淵に突き堕として殺した方が愉しいよね』

 殺人鬼は哂う。腹を抱えて、地に這い蹲る彼を見下して嘲笑う。

『――其処で這い蹲ってろ。妹の晴れ舞台を拝めるなんて兄冥利に尽きるでしょ。終わるまで持つかは知らんけど』

 それが彼が辿った変わらぬ結末、既に終わった惨劇だった。




 ――史上稀に見るほど最悪の目覚めだった。
 全身の血液が沸騰しそうなぐらい怒り狂い、同時に血液が大量に足りなく、結果的に冷静に戻る。熱いのに寒い、そんな矛盾が体中に燻ぶっていた。

「……気が付いたのかヤクモ」

 目の前には意識の無いナギを抱いたユウナがいて、その顔は何時に無く焦燥していた。
 一体何故ナギも気絶しているか、全くもって検討も付かない。
 だが、破れた腹の臍を中心に刻まれた術式みたいなのは、ナルトのと同じような封印式ではないかと察しが付いた。

「……ユウナ、ルイ、は?」
「……たった今、大蛇丸に敗れた。逃げるぞヤクモ」

 苦渋に満ちた顔でユウナは手を差し伸べる。
 何を馬鹿な事を、とは言わない。唇を噛み切った箇所からも、その決断を出すまでどれだけ苦悩したか、容易に理解出来る。
 だが、その手を取る訳にはいかない。

「――ルイの場所は、何処だ?」

 手を借りずに立ち上がり、オレはユウナに問う。
 痛覚が麻痺しているのか、刀で穿たれた部分は全然気にならない。血を流しすぎたのか、若干意識が朦朧とするが、これなら暫く支障無く動けるだろう。

「ッ! 正気かヤクモ……! その傷で行くなんて無謀を通り越して自殺だ! お前、自分の負傷がどれだけ酷いか解っているのか――!」

 長年付き添った友だが、こんなに必死な顔は初めて見る。
 それほど今の自分の状況は酷いのだろうが、そんな事など今は関係無い。どうでも良いとさえ思える。

「……自分の身体だ、自分が一番解っているに決まってんだろ。で、何処なんだ、ルイは。時間無いから早く言え」

 今は一刻も早くルイの下へ行かなければならない。無駄な問答の時間さえ惜しい。

「……やめてくれ、ヤクモ。大蛇丸はルイを殺さないが、お前は絶対殺される。此処は一旦退こう。医療班と接触さえ出来れば生き残れるんだっ! 頼むから――!」

 ユウナは切実なまでに説得し、食い下がる。
 確かに一理ある。行けば絶対死ぬだろうし、オレが生き残る道は医療班の接触という運頼みしか無い。それでも――。

「――今度こそ守ると、誓ったんだ」

 この刀に誓った。妹を守れなかった無力な自分が、今度こそ絶対に完遂する、と。
 その約定を違えるのは死んでも御免だし、違えたなら生きていても死同然だ。何よりルイを大蛇丸に渡すなど、在り得ない。論外だ。

「ユウナは、ナギの事を頼む。ルイは、オレが何とかする」



 そのヤクモの眼を見て、もうどんな言葉でも止められないとユウナは悟った。
 では、自分はどうすれば良いのか。堂々巡りの葛藤が再び目の前に現れる。死んでからも立ち塞がる悪辣な運命に、自分はどうすれば良いのだろうか?

(ヤクモの言う通り、ナギを放って置く訳にはいかない。じゃあ、ヤクモを見捨てろと言うのか? また見殺して、また一人だけ逃げて――!)

 此処でヤクモに付いて行けば全滅は免れない。そんな最悪な事態になるならばヤクモの言う通り、ナギを連れて逃げて生き延びるべきだ。
 例えそれが二人を見殺す結果になろうとも誰が責められるだろうか。最善の選択をしたまでだ、自身には何ら過失もあるまい。ならば何故、こんなにも苦しくて迷うのだろうか?

(――自分は、自分は……! もう、友を見捨てたくない……!)

 思考が混乱の極致に達した瞬間、ユウナは自分の頬を全力で殴った。

「い、いきなり何してんだ!?」
「っっ、やっぱ痛いな。いいか、ヤクモ。良く聞け――」




(……いつ以来、だっけ)

 敗北の味は口内に広がる血の味に良く似ていて、徐々に心を折っていく。
 この諦めと絶望を、私は幾度無く味わって来た。抗う気力など欠片も沸いてこない。
 諦めなければ何とかなる、それは打開の手を引き寄せられる彼等の為の言葉だ。諦めようが諦めまいが、救い無く終わる私には縁の無い言葉だ。

(……こういう時に限って、嫌な事ばかり思い出す)

 ――いつぞやの終焉が脳裏に過ぎっては消える。
 全てのジュエルシードを集めたのに、寿命で戦う事すら儘ならず引導渡された結末。
 そもそも解決要素である因果導体のいない世界で足掻くだけ足掻いてBETAに喰い殺された結末。
 黄金の精神を体現した一族の血統に野望を打ち砕かれた結末。散々な結末が多すぎて涙が出る。

(……そういえば、あの時死んだのは九歳、いや、五歳の状態で生まれたから享年四年か。忘れていたや)

 今回の場合は彼等が相手でなく、自分以上の悪に飲み込まれ、死ぬまで拉致監禁という結末。
 情に溺れ、悪の極限になれなかった今回の私に相応しい結末だろう。

(なら、せめて――ヤクモ達が逃げれるだけの時間だけは、稼いでみせる)

 他人の為に己が身を犠牲にするなど無意味で無駄だ。そう理解していながら良しとする辺り、今回の私は壊れすぎたなと自嘲せざるを得ない。

(ごめん、ヤクモ。どうか生き延びて――)

 ヤクモの傷を治療出来なくなった事が心残りだが、運良く生き残る事を祈るしかない。
 生きてさえいれば、或いは――唾棄すべき希望的観測だが、私が一人勝手に自害した後、残される四人の気持ちを考えると死ぬに死ねない。

(三代目が屍鬼封尽で大蛇丸の両腕を斬るまで時間を稼げば……流石に、無理か――)




 うちはルイは膝を屈したが、まだその黒眼に戦意の色が若干残っている事を大蛇丸は気づいていた。
 無事な左手を草薙の剣に伸ばそうとした刹那、大蛇丸は神速でルイの左手を踏み抜き、無情に踏み躙った。

「ぐぅ、ああぁっ!」

 ルイの苦痛に歪む顔、毎晩聞きたいほど可愛らしい喘ぎ声、此方を見上げる瞳に深まる絶望、その全てが大蛇丸を狂喜させ、彼の残酷な嗜虐欲をそそった。

「クク、可愛い声で鳴くのね。もっと聞かせて頂戴……!」

 大蛇丸の蹴りがルイの腹に突き刺さり、彼女は苦悶しながら激しく咳き込んだ。

「――っ! かはっ!」

 死なない程度に手加減したものの、十二歳の小娘には足掻きようの無い暴力でしかない。
 ルイの苦しみ悶える様を堪能しながら、大蛇丸は自身の舌を伸ばし、ルイの首に巻きつけて宙釣りにする。

「ぐ、あ、あ、あああああ……っ!」

 舌を振り解こうと両手で拙く掴んで足掻くが、滑稽だと言わんばかりに更に締まる。
 耐え難い息苦しさに悶絶しかける様を眺めながら、大蛇丸は不意にルイを地面に何度も何度も叩きつけた。

「あぐぅ! あがっ! っ、ああぁ……! ――っ!」

 悲鳴が途切れかけた所で放り投げて解放する。俯いた間々、ぴくりとも動かないルイの下に大蛇丸は歩き寄り、その一本の三つ編みおさげを引っ張って、強制的に起こし上げる。

「……ぅ、ぁ……」

 その行為はルイにとって最も忌み嫌うものだったが、今の彼女には呻き声を上げる事しか出来なかった。
 その瞳には力強さも光も無く、深い絶望だけが淀んでいる。完全に心が折れた事を大蛇丸は確信する。

「後三年――いや、二年もあれば私を超えて、イタチを凌駕出来たでしょうに」

 だが、それも此処まで。大空を自由に舞う翼は折られ、ルイには籠の中の鳥として飼い殺される運命しか残されていない。
 この至高の愉悦を、今頃爺相手に気張っている本体にも教えてやりたいと大蛇丸はほくそ笑む。

「……っ」

 その頬を丹念に舐め回しても無反応なルイを眺め、愉しみは最後に、さっさと攫うかと思い至った時、大蛇丸は背後から一人の気配を感じ取った。

「――ルイを、離しやがれ」

 大蛇丸の顔から興醒めと言わんばかりに愉悦の色が消える。
 其処には先程突き刺して吹っ飛ばした黒羽ヤクモが立っていた。
 腹部に包帯を巻いているが、半分以上赤らんでおり、己が愛刀を杖代わりにしなければ立つ事すら儘ならない、死に損ないの身で――。






[3089] 巻の33
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/23 23:51



 巻の33 黒羽ヤクモ、誓いの果てに死すの事


「……ヤ、クモ。この、馬鹿。なん、で、来た……!」

 ルイは心底信じられない表情で、声を振り絞って悲痛の限り叫んだ。

「誰かと思えば――死に損ないの分際で何の用かしら?」
「聞こえなかったか? ルイを離せって言ったんだ、蛇野郎」

 最初は相手にもしていなかった大蛇丸だったが、その一言で殺意をヤクモに向ける。
 ヤクモはあの時の状況と似通っているなとしみじみ思い、凄絶な笑みで返す。

「馬鹿、逃げろ。私に、構うなぁ……!」

 今にも泣き崩れそうなルイの声だけが鮮明であり、より一層、ヤクモを奮い立てた。

「馬鹿はルイ、お前の方だ。……こういう時は、素直に助けを求めるもんだぜ」

 こんなになるまで痛めつけられた張本人たる大蛇丸への怒りが滾り、また気絶していた自分への怒りでヤクモは頭がどうにかなりそうだった。

「折角見逃してあげたのに御馬鹿な小僧ね。まあその傷では私に挑もうが挑まないが結果は同じだろうけど――そんなにこの子が大事かしら?」

 その醜悪で下卑た嘲笑を、ヤクモは真っ直ぐ斬り捨てる。

「――当たり前だ、テメェみたいなカマ野郎にルイを渡せるか」

 その聖句の如き揺るがぬ覚悟こそ、大蛇丸には心底気に食わなかった。

「いつの時代も餓鬼は身の程を知らぬようね、癇に障るわ」

 大蛇丸はルイの三つ編みを手離す。地に叩き落ちたルイは喘ぐ間も無く、大蛇丸の袖から口寄せられた数匹の蛇に口元から全身に巻きつかれ、身動き一つ出来ない程度に拘束される。

「んぐ、んん――っ!」
「ルイ!? てめぇっ!」

 まるで捕らわれのお姫様を助けに来た忍者だと大蛇丸は嘲笑った。
 だが、現実は物語のように都合良く、また綺麗に出来ていない。必ずしも悪が討ち果たされる必要が無いのだ。悪が力無き正義によって滅びる法則など何処にも無いのだから。

「決めたわ。とりあえずその四肢圧し折って、目の前で愛しの愛しのルイを犯してあげるわ。クク、最高の冥土の土産でしょ?」




 ――運命の巡り合わせか、奇しくもあの時とほぼ同じような状況になった。
 ヤクモは歯を食い縛りながら、刀の柄の握りを一層強める。

「――本当に愚かね。手の届かぬ高嶺の花を望むなんて。幾らお前が分不相応にこの子に恋焦がれ、望んでも、この子はうちは再興の為の道具。結局はサスケ君のモノにしかならないわ。手に入れたいのなら、私のように無理矢理じゃないとねぇ」

 ルイを道具扱いするんじゃねぇ、と大声で言ってやりたかったが、生憎ともう喋りに興じる気力は彼に残されてない。
 ただ一刀、それだけがヤクモに残された全てだった。

「――諦めたら? その方が楽よ。何なら最後にこの子の柔肌、触れさせて上げても良いわよ?」

 本当に、この手の野郎は同じ事しか考えないとヤクモは内心毒付く。

「ふざけんな。乙女の柔肌を触るには惚れさせる必要があるぜ」

 だから、その一言だけ付き合う事にした。嘗てと同じように、同じ答えを出して――。

「クク、これでも親切で言ったんだけどねぇ――構えるがいいわ、先手は譲ってあげる」

 今の大蛇丸には刀を杖代わりにして立っている、としか見えてない。
 確かに普通ならその通りだろう。だが、それ故に既に構えている事に気づかず、射程圏内に入っている事に気づいていない。

(……通用するかは、祈るばかり、か)

 ――ヤクモは大蛇丸に気づかれぬように、地に刺す刀身の刃先を足の指先で限界まで締め付ける。チャクラの強力な粘着力が足りない力を補い――その在り得ざる魔剣を確かなものへと昇華させる。

「――!」

 歯が砕けんばかりに食い縛って――全身全霊をもって刀を解き放った。
 僅か一瞬で、大蛇丸の顔から一切の余裕が消えた。突如放たれた神速の下段斬りは目測を遥かに超えて伸びる。
 己が愛刀のように刀身が伸びたのでは無いのだが――在り得ない事に、己が顔に届く。
 そう判断するや否や、大蛇丸は全力をもって退いた。百戦錬磨の経験が遥か格下への慢心と油断を刹那に払拭させ、不可避の魔剣を可避へと貶めた。

(――殺った!)

 だが、ヤクモの一閃の本領は回避された後にあった。
 刃先から生じた紫の雷光が縦一直線に疾駆する。予想を超えた死の雷閃が眼下に切迫する刹那――大蛇丸は頬を吊り上げて嘲笑った。
 地に伏せる寸前のヤクモは見た。自身の紫の雷閃が、突如生じた吹き荒む暴風によって掻き消される瞬間を――。

「な……」
「ククッ、惜しかったねぇ。この身が風影で無ければ仕留められていたでしょうに。アカデミーでも習ったでしょ? 雷遁は風遁の前には無力同然だと」

 大蛇丸が勝ち誇った直後、彼は拍子無くクナイを己が側面に投げる。
 細心の注意を払って迫っていた掌サイズの水球に当たり、ユウナの水遁・浸水爆は呆気無く砕け散った。

「へぇ、日向のガキも逃げていなかったか」

 捕まえて殺そうかと思った矢先――大蛇丸の胸に実体化したチャクラの刃が貫いた。

「な――に?」

 一体誰が――背後を振り向いた大蛇丸が見たのはこれまでとは違い、一定の模様に定まった万華鏡写輪眼を浮かべたルイだった。
 その背後に聳えるは、不透明な巨人の左腕だけであり、その手に持つ瓢箪からは自身を穿ち貫いたチャクラの刃が生じていた。
 既にチャクラが切れた筈と大蛇丸が混乱した瞬間、傍に干乾びて倒れる蛇達を目の当たりにした。
 使い捨ての部下の一人だったヨロイから盗み取ったであろうチャクラ吸引術が、自身を討つ事になった。その事を顔を歪ませながら理解する。

「――私、達の、勝ち、だ」

 これが不死身の本体であるなら特に支障無かったが、元が影分身だけに消えざるを得ない。
 だが、此処で得た戦闘経験から、もう一度戦って負ける事は絶対に在り得ない。そう苦し紛れに笑った時、影分身が消えずに吸われる感覚に大蛇丸は驚愕した。

「ま、まさかこの剣は十拳剣!? ルイ、アナタが隠し持って――!?」

 大蛇丸の体が溶けるように吸われ、瓢箪の中に飲み込まれていく。最早消える事すら出来ない。大蛇丸の影分身は酔夢の精神世界に永久的に封印される事になる。

「その眼ェ、その眼ェエエエェエェエェ――!」

 その一部始終を、模様であった黒色が主体の、五芒星を模った桔梗の中心に極点が鎮座する万華鏡写輪眼は感情無く見届けた――。




 ――その光景を、うちはサスケは戸惑いながら目の当たりにした。
 あの大蛇丸をも葬り去った異端の瞳術に、普通の写輪眼ではない、彼の兄イタチを思わせる万華鏡の如き写輪眼を余す事無く見てしまった。

『――お前が開眼すれば、オレを含め、万華鏡写輪眼を操る者は三人になる』

 サスケの脳裏にイタチの言葉が鮮やかに蘇り、様々な憶測と疑惑が入り乱れる。
 一体何を信じて良いのか、またしてもサスケは解らなくなった。

「サスケくん、やっと追いついた……って、ルイ!?」

 追いついたサクラに追い抜かれても尚、サスケは暫く呆然と立ち続けていた。




(……あ、れ……?)

 原作通りの大蛇丸の結末を見届け、倒れてから反応が無いヤクモの下に向かおうとした時、ルイは急に視界が鎖された事に愕然する。

(……やば、い。須佐能乎のリスクが、此処まで大きい、とは)

 感覚全てが曖昧で意識が急速に揺らぐ。だが、今気絶すれば、ヤクモを治療する事が出来ず、死なせてしまう事になる。

「――イ。ルイ! 大丈夫か!?」
「ユウ、ナ? 手、貸して。ヤクモの、下へ……」

 差し伸べられたユウナの手を掴み、ルイはチャクラを吸おうとしたが、最早吸引術さえ発動出来ない我が身に驚愕する。
 死に勝る絶望がルイの心に圧し掛かる。大蛇丸を倒したのに、最早ヤクモを救う術が無い。完全に望みが断たれた――。

「ルイっ、アンタ大丈夫!?」

 その時、ナギではない女の声が聞こえた。この声が誰だか理解する前に、ルイは自身からは考えられぬ幸運に狂気喝采した。

「サ、クラ……協力、もとい、抵抗するな」

 最後の気力を振り絞って両手を間に挟んでクロスさせ、ルイは祈るように術を発動させる。

「え? 心転身の術……?」
「そうよ」
「うわっ、私、勝手に喋ったぁ!?」

 半端ながら術が成功した事にサクラの中に入ったルイは安堵の息を零した。

「サクラ、時間無いから手短に話すわ。私が力尽きるまでに医療忍術の感覚を気合で掴んで。兵糧丸と造血丸は私の医療パックの中にあるから」
「って、こんな方法あったのなら何で修行中にやんなかったのよ!?」
「平常時ならサクラの意識なんて残らんよ」

 冷めた口調で話すも時間が残されていない。その事を同居されたサクラ自身も感じ取り、慌てて倒れ伏すヤクモの下に駆ける。
 乱雑に巻かれた包帯を手早く外し、傷を改める。鋭利な刃物で完全に貫かれており、何より出血量が酷い。意識も無く、呼吸も弱まりつつある。最早一刻の猶予も無かった。

「行くよ、意識を集中させて――あ、私の事は最後で良いから。応急手当が終わったら何としても医療班と接触する事、良いね?」
「待てルイ、お前も長くは持たんぞ!? それになけなしのチャクラを使い切ったら死ぬぞ!」

 ユウナの荒げた声に、サクラの中にいるルイが余計な事を、と強烈に睨んだ。

「……問題無いわ。その程度で死ぬほど軟じゃないから」

 ルイはわざと自身の抜け殻か視線を反らし、ヤクモの治療を開始する。
 サクラは全神経を集中させ、その微細なチャクラ操作の感覚を掴まんと必死に努めた――。




 三代目火影と大蛇丸の頂上決戦が見渡せる場所にて、一羽の鴉が人知れず煙を立てて消滅した。
 その直後に結界忍術が解け、術を奪われた大蛇丸は四人衆の肩を借りて脱出する。
 ――もしも、ルイがもう少しだけ意識を保っていたのならば、写輪眼で傍観していた一羽の鴉は影分身としての本領を発揮し、逃走する大蛇丸を天照の炎で葬っていただろう。
 流石に三代目諸共、堂々と葬る訳にはいかない。
 それ故にこの絶好のタイミングを虎視眈々と狙っていたのだが、ほんの数秒の差が明暗を分けた事に、ルイは酷く悔しがる事だろう。
 そして、結果として失敗に終わった影分身の刺客が、大蛇丸の知らぬ処で生命を救った事は運命の皮肉としか言い様が無い――。




 ナルトを背負ったシカマルがルイ達の下に辿り着いたのは少し後の事だった。

「……やっと追いついたぜ。ユウナ、状況説明してくれ」
「追手は何とか倒した。ルイへの応急手当が済み次第、敵を回避しながら医療班と接触する。……ルイとヤクモの容態が思わしくない。一刻の猶予も無いな」

 ユウナの外面は冷静に見えるが、内心ではどうだかとシカマルは分析する。
 如月ナギサは腹の奇妙な術式が刻まれた事以外の異常は見当たらないが、今背負っているナルトと同じく目覚める見込みは無い。
 それに重傷で死の境に彷徨っているルイとヤクモは当然の事ながら戦力外、サクラもその治療に殆どのチャクラを費やしたから戦力に数えるのは無理かと判断する。

(このメンバーで戦えそうなのはサスケとユウナだけか。オレはオレでチャクラ切れだし、今、敵に襲撃されたら全滅しかねんな)

 今の状況で負傷者合わせて八人の大所帯が移動するとなると、確実に敵に発見されるだろう。されども、二人の容態は待ってくれない。
 思った以上に切羽詰っている事をシカマルは再認識した。

「道中はどうするんだ? 流石にこの大人数、しかも怪我人背負って移動するのは無理があるぜ?」
「その為に自分の白眼とパックンの鼻がある」

 ユウナは自身の眼を指差す。チャクラの残量を気にしなければ、日向の白眼による目視と嗅覚に見破れないものは無いだろう。
 方針が定まった――その時、パックンに反応があった。

「――!? まずい、二小隊、いや、三小隊が此方に向かっておる!」
「よりによってこんな時にかよ……!」

 だが、それらは先に見つかっていない事が前提の事であり、早速その大前提が崩れたとシカマルは焦りに焦る。
 気力だけでルイの治療に当たるサクラにしても、まだ途中であり、間の悪さに歯軋りを立てた。

「ちぃ、隠れるぞ。あとサスケ、場合によっては自分とお前で陽動する事に――」
「――その必要は無いな」

 誰のものでもない声が響いた直後、彼等八人を取り囲むように周囲の土が隆起した。

「な!?」

 高い樹木の高さまで達した土の上に、次々と音隠れの忍が着地する。白眼で見るまでもなく完全に包囲されていた。

「うちはのガキどもめ、こんな場所にいやがったか。大蛇丸様への最高の手土産となろう」
「で、他のガキは殺して良いんだよな?」
「ああ、だが遊ぶなよ? 手早く済ませろ――うおぉ!?」

 万事休すかとユウナ達がそれぞれ覚悟を決めた瞬間、土の壁の一部が盛大に吹っ飛んだ。
 巻き起こる土埃の中から颯爽と現れ出でたのは『油』の一文字が刻まれた額当てをする奇抜な大男、大蛇丸と同じ三忍の一人、自来也その人だった。

「――大蛇丸は何処じゃ? 逃げ損ないの下っ端どもが知っているとは思えんがのォ」

 彼らの主を思わせるほど圧倒的な実力差を見せびらかす自来也と対峙した刹那、それとは別の異変が生じる。

「う、うわああぁ! な、何だこの蟲はァ!?」

 数人の音隠れの忍の下に膨大な蟲が群がり、体全体に組まなく纏わり付く。もがき苦しむ忍達は程無く全てのチャクラを喰らい尽くされ、やがて動かなくなる。

「――援護します、自来也様」

 音も気配も無く自来也の隣に現れたのはサングラスをした木ノ葉隠れの忍だった。

「おお、油女のか。相変わらず地味だのう」
「それが忍のあるべき姿かと。貴方は目立ちすぎる」

 熟練の上忍が醸し出す風格に音隠れの忍達はたじろぐ。数の有利が既に質で覆されている事に彼等は未だ気づいていない。

「シノ、お前いたのか!?」

 シカマルはその上忍らしき地味な男と一緒に現れていた油女シノの姿を見て驚く。
 中忍試験場から見た覚えが無いシカマルとしては当然の反応だが、シノにとっては非常に傷つく一言だった。

「……時として何気無い言葉が人を傷つける事がある。因みにオレは元々の相手であるカンクロウと交戦していた。十分以上掛かったが、援護に来たぞ。うちはサスケ」
「あ、ああ。そういえばそうだったな……」

 今の今まで忘れていたとは口が裂けても言えない、とサスケは口を噤んだ。

「お喋りは其処までだ。此奴等はワシ等が片付ける。お前達は負傷者の護衛を頼んだぞ」

 仙術を用いる異端の蝦蟇仙人に、幾万の奇壊蟲を操る蟲使いの末裔が疾駆する。音隠れの忍達が全滅するのに一分も掛からなかった――。





「――此処、は……?」

 目覚めたばかりで朦朧とする意識の中、そういえば土の国の一件でも病院送りになったなと感慨深く思う。
 これでは不本意な事に戦闘ある度に病院送りになって寝込むカカシと同じではないかと気づき、私は一人ガックリとする。

「ルイ、目覚めたか!」
「良かった、良かったルイちゃん! 本当に、死んじゃうかと思ったよ……!」

 目の前にはユウナとナギがいて、ナギに至っては涙ぐみながら喜んでいる。

「ユウナに、ナギ。無事だった、のね」

 多少、額や腕などに包帯が巻かれているが、その元気そうな姿に私は心から安堵する。
 ……でも、おかしい。何処か違和感がある。何かが足りないような、そんな寂寥が心に蟠る――。

「あれ、ヤクモ……そう、だ。ヤクモはっ!?」

 電撃的に意識が覚醒する。
 そうだ、ヤクモだ。彼はあの後どうなったのか。自身への治療を後にした自分が無事だったのだから、当然の如く助かっている筈だ……!

「……」
「ぁ……」

 先程の歓喜の顔とは一変したユウナの重い沈黙と、小声を震わせて俯いたナギは否応無しに最悪の事実を叩きつけてくる。
 信じたく、ない。絶対に。否定して欲しかった。


「……嘘、よね? 私が助かったのに、そんな――」




「……あー。ごほん、ごほんっ」
「え……?」

 その時、隣のベッドからわざとらしい咳き込みが耳に入った。
 ――その後ろ姿を、見間違う事など在り得ない。
 侍の丁髷じみたポニーテールに桜吹雪が目立つ黒衣装、木ノ葉の額当てが巻き付けられた刀、何処からどう見てもヤクモでしかなかった。

「くく、あの間々死ねたら最高に格好良かっただろうに」
「えー。女の子に一生モノの傷を遺して死ぬなんて最低よー」

 深刻な表情から一転し、笑い転げるユウナとナギを本気で睨みつける。

「――おーまーえーらぁー! やって良い冗談とやって駄目な冗談があるでしょっ!」

 本気で信じかけて涙腺が崩壊した私の水分を返せと目元を拭う。
 ……でも、本当に、本当に良かった。
 無理矢理弟子になって邪魔極まると思っていたサクラが上手く作用するとは欠片も思っていなかった。今回ばかりは感謝せねばなるまい。

「……えーとさ。何でこっち向かないの?」
「戦闘中に勢い任せて口走った事が恥ずかしすぎて顔向けれないんだってさ」

 心底愉快そうにユウナとナギは笑い、ヤクモは肩を震わせた。
 そういえば、色々凄い事を言っていた気がする。如何に切り抜けるか必死だったから全然覚えてないけど。

「ねぇ、ヤクモ」
「なな、何だよルイ!」

 ヤクモは相変わらず振り向かない。けれど、その耳まで真っ赤な様子を見れば、どんな顔をしているのか大体想像付く。
 私の中で悪戯心が鎌首を上げていた。

「もう一度、聞きたいな。今度は直接、さ」
「っ?! なななな、何言ううぅてっ、げほっごほっ!?」

 ヤクモは慌てて振り向き、且つ、激しく咽た。我ながら効果は抜群だ。

「おーっす。おお、ルイ、元気みたいだな。……ん、ヤクモ顔真っ赤だぞ。どうやら青春してるようだなぁー!」

「せせ先生まで何言ってるんだっ!?」

 何気無く生きていたカイエ先生も加わり、静寂を好む病室に歓喜の声が五月蝿く鳴り響いた。


 ――今はただ、無量の感謝を貴方達に。生きてくれて、ありがとう――。





[3089] 巻の34
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 00:31




「どうしてそうなるのよ! ヤクモの分からず屋っ!」
「なっ! 今のルイにだけは言われたくないぞ!」

 澄み切った朝の一時、静寂を愛する日向宗家の道場に少年少女の殺伐とした口喧嘩が鳴り響く。
 周囲に居合わせた三人の少女、ナギ・ヒナタ・ハナビはただ困惑するばかりで、仲介する者無き口喧嘩は更に激しさを増していく。

「ルイの頑固者、唐変木、悪逆非道、中二病真っ青のリアル邪気眼! そんな写輪眼があるかっ!」
「っ! ……こ、のぉ、人が今一番気にしている事をぉ……!」

 後半の言葉にヒナタとハナビが青褪めながら内心に疑問符を浮かべる中、ナギはやっぱり気にしていたんだと脅えながら青褪める。

「あ、あわわっ。どどどどうしようヒナタちゃん!?」
「え? わた、わたたしぃ!? どど、どうしようハナビちゃん!?」
「あ、姉上、私に振られても……!」

 三人が仲良く錯乱する中、ルイとヤクモの言い争いは激化の一途を辿るのみだった。
 内容的には徐々に低レベルな罵倒にまで落ちているが、それを堂々と突っ込む勇気は三人の中には無い。
 一体何故このような事態に発展したのか、話は少しばかり遡る。


 巻の34 擦れ違う想いは五里霧中に彷徨うの事


「……はぁ、嫌になっちゃう」

 自室で手鏡を片手に、私は深い溜息をついた。
 写輪眼の状態から万華鏡へ、以前は模様が不安定に揺らいでいたが、今回の一件で成長したのかどうかは知らんけど、模様が定まった。
 ……その割には新たな能力が唐突に目覚めたりせず、以前と全然差異が無かったりする。永遠の万華鏡写輪眼になって新たに発現する瞳術って一体何なんだろう?

「……それにしても、何この超センス」

 ぼくわたしの考えた格好良い万華鏡写輪眼、でもこれは流石に無いだろう。
 五芒星の中に小さな逆五芒星があって、真ん中に普通の写輪眼の名残か、極点がその間々ある。
 私の万華鏡写輪眼はこれで素の状態なのか、それとも二つ模様が重なった状態なのか、それすら判別出来ない。だが、幾ら万華鏡という名称が付いていても、こんな変な模様だけは無いだろうと思わざるを得ない。

(イタチの万華鏡は三角の手裏剣、カカシのも似たようなもの、マダラとその弟も普通の写輪眼の面影を色濃く残していた。それなのに私のは何でこうなるのよ……)

 理不尽だと言わんばかりに憤るが、こればかりはどうにもならない。
 一瞬、保存している元の自分の眼に戻すかどうか思案するが、これが私の素の模様だったら意味が無い。何より痛い。潔く諦めるとしよう。

「はぁ。世の中、儘成らぬものね」

 ――木ノ葉崩しから二十日が経過した。大蛇丸との死闘が後を引いて、私は五日間余り意識不明で生死を彷徨い、目覚めてから退院するまで十五日の時間を要した。
 この二十日間、寝たきり生活で身体能力の低下は目も当てられないほど酷く、欠点を克服するどころか、嘗ての域まで取り戻す事すら困難な有様である。

(失明や寿命が縮まる心配が無いだけマシか……)

 木ノ葉隠れの里はというと、人的被害は――上忍などの優秀な人材に限り――思ったより少なく、順調に復興している。
 崩壊した建物は秋道一族や土遁系の術で整備し、テンゾウの木遁で急造する。初代火影の秘術をそんな事に多用して良いのか、また彼が過労死しないか若干心配である。
 その他に原作通り三代目火影は死去したが、そんな些細な事はどうでも良い。私にとっての問題は、死活問題は、イタチの来訪それ一つに尽きる。
 ご丁寧に眼抉られて死んでいた少女が生きていたら、誰だって己が眼で確認に来るだろう。天と地が引っ繰り返っても間違いない。
 ――今の私にとって、うちはイタチに出遭う事は大蛇丸を超える、最大級の死亡フラグである。
 ぶっちゃけ出遭ったら終わりと考えて良いだろう。
 イタチと私の戦力比を分析するに、私の全てを大幅に上回っていて、尚且つ作者御贔屓のチート補正が付いている。二部のサスケみたく、都合の良い病気の弱体化は望めないから、万が一も億に一にも勝ち目はあるまい。
 更には戦力的にも能力的にも未知数な部分が多い干柿鬼鮫も一緒にいる。付け入る隙は欠片も見当たらない。

(だからこそ、出遭わなければ良い)

 イタチは第一にサスケの為に、自分は生きていると木ノ葉の上層部に忠告する為に現れる訳であって、私の事など二の次だろう。原作の流れを顧みると、カカシ達と戦った後は自来也と旅立ったナルトを追う事だし、その点にさえ注意すれば大丈夫だろう。

(だが、それだけでは足りない。私の不運だと不慮な事態を招きかねないし。出会い頭に運悪く出遭ったなんて、ざらに起こりそう。――となれば、イタチの来訪の目的を潰すとするか)

 打つ手としては心許無いが――そういえば、ナギは未だに四象封印でチャクラを阻害され、渾沌の術やコンを口寄せ出来ないから、それも一緒に解決するとしよう。
 他にも懸念が沢山ある訳だが、一旦思考を打ち切り、今は爽やかな朝の一時を満喫する事にした。




「わぎゃぁ!?」

 気晴らしに鈍った体を動かそうと、屋敷の外れにある道場の門を開けた時、すぐ横にナギがすっ飛んできた。

「朝から愉快な声出しているね、ナギ」

 目を回すナギを見下ろしながら、私は感心する。そんなギャグっぽく吹っ飛んでこれるなんて器用なものだ。
 周囲には息切れ一つ無く構えるハナビに、オロオロしながら正座しているヒナタだけ。状況を判断するに、ナギとハナビが組み手して完敗したという処だろう。

「うぅ、ルイちゃーん! ハナビちゃんが苛めるぅ!」
「いえ、これでも手加減したのですが……」

 ナギの脱力するほど情けない声に私は深い溜息をついた。
 幾ら体術で、尚且つ四代目の封印でチャクラが練り難いとは言え、五歳年下の少女に成す術無くやられるとは話にもならない。
 ナギは人柱力独特の忍術や尾獣のチャクラに頼りすぎる反面、体術や身体能力が疎かになっている節がある。
 しかし、尾獣の膨大なチャクラさえあれば小手先の体術など必要無いし、身体能力など通常時とは比較にならないほど跳ね上がる。
 それらを総合的に分析した上で、私は脳裏に閃いた感想を半目で述べた。

「へっぽこだね」
「あうっ、ひ、酷いっ!」

 ナギの胸に言葉の刃が無情に突き刺さる。飾らない言葉ゆえのキツさがトドメとなり、ナギは涙目で轟沈した。

「そ、そうだよルイちゃん。それじゃナギサちゃんが可哀想だよ……」

 ヒナタのそのフォローはどうかと思うが、言わぬが華だろうと口を噤んだ。

「あれ、ユウナとヒアシ殿は?」
「二人は朝早くから『修行に出る』と一言残して何処かに行きました。漸く兄上も次代当主としての自覚が芽生えたのでしょう」

 私の疑問にハナビが活き活きと答える。
 その何処か嬉しげな言い様から、ヒアシに無理矢理連れ去られたのではなく、ユウナが自主的に付いて行ったらしい。在り得ない。

「……珍しい事もあるものね」

 いつもなら嫌々で且つ強制連行なのに。其処に至るまでのユウナの心境の変化が全く想像出来ないと首を傾げた。

「ルイ姉さま、一つお手合わせ願えますか?」

 無駄な思案に耽っていると、ハナビから有難い申し出が来る。
 ハナビの眼の周囲が浮き立つ。ナギを打ち倒した時には浮かべてすらいなかった白眼を発動し、気迫を漲らせて日向流の構えを取る。

「いいよ、丁度体を動かしたかった処だし」

 どれだけ身体能力が低下したか、確かめるには良い機会だ。無論、勝負事なので、負ける気は欠片も無いが。
 私は口元を少し歪ませて、油断無く構えるハナビの真正面に立った――。




(……落ち着け。素数でも数えて落ち着くんだ、オレ)

 日向宗家の屋敷に向かう道中、ヤクモはしきりに冷静になろうと努めていた。
 勿論、脳裏を埋め尽くすのはルイの事である。
 今までと普通通りに接しようと思考する度に大蛇丸の時に口走った自身の言葉が蘇り、妙に気恥ずかしくなってしまう。

(……っ、駄目だ駄目だ! ルイの退院を期に終わらせなければ、一生弄ばれる……!)

 羞恥心で赤面した顔をぶんぶん振り回し、ヤクモは雑念を払おうとする。
 ルイの入院中、事有る毎にネタにされたヤクモにとって、精神の衛生上、即座に改善しなければならない、割と切実な問題である。
 しかし、考えれば考えるほど深みに嵌る悪循環に陥り、無限に繰り返す中、未だに解決の糸口を掴めずにいた。
 ヤクモが悶々と悩みながら目的地に辿り着いた時、門の前には思い掛けぬ人物が立っていた。

「……なんでお前が此処に来るんだ? ヤクモ」
「そりゃこっちの台詞だぜ。何でお前が日向宗家の門前にいるんだ? サスケ」

 鳥の囀りが途絶える。朝の爽快さを吹っ飛ばして、険悪な空気がヤクモとサスケの間に漂った。
 何で朝っぱらからいけ好かない野郎と睨み合わなければならないのか、ヤクモは物凄く理不尽だと内心嘆く。
 とは言え、この間々何もせずにいるのは不毛であるし、傍目から見ればいらぬ誤解を招きかねない。
 ヤクモは仕方無く、ワザとらしく溜息を零しながら先に自身の状況を話す事にした。

「オレ達九班は日向の敷地で修行するのが恒例なんでな、此処に来るのは当然の成り行きという訳だ。で、そっちはどうなんだよ?」

 怪しい不法侵入者を見るような目で問い詰めると、サスケの表情に一瞬だけ焦りが見え隠れした。
 何か思い詰めたような、切迫した焦燥感を見て取れたが、野郎相手に気遣いなど無用、とヤクモは敢えて無視する。

「……お前には関係無い。精々刀でも磨いてろ」

 冴えない捨て台詞を残して、サスケは立ち去った。
 そういえば、ルイが選んだ刀だと知らなかったのかと、ヤクモは一人勝ち誇ったように優越感に浸り、同時に子供の低レベルな張り合いみたいだと気づいて虚しくなった。

「相変わらず感じの悪い奴。此処に来た理由は――ルイかね」

 普通に考えて、それ以外無いだろうとヤクモは納得し、同時に今の出来事そのものを意図的に忘れる事にした。
 別に言伝も頼まれてないし、頼まれても言う気など無い。それ以上に、ルイとサスケが逢う光景は非常に気に食わない。胸中にドス黒い感情が渦巻くほどに。

(……あー、やめやめ。さっさと中に入ろう)

 その理由が何なのか、ヤクモは無意識の内に思索を拒否する。もう一度強く自覚すれば後戻り出来ない、そんな危機感が何処かにあったからだ。
 それがヤクモの中に燻ぶる感情の、謂わば元凶というべきものだった。




「ちーっす、て……」

 ヤクモが道場に辿り着いた時、二人の少女が舞のような組み手を繰り広げていた。

「はぁっ!」

 血継限界の白眼を常時発動させたハナビは果敢に攻め続ける。
 七歳児のものとは思えぬ鋭い掌打は、されども写輪眼を浮かべたルイに悉く見切られ、最小限の身のこなしで受け流される。

「……っ!」

 そして少しでも隙が大きいものなら手首を掴み取られ、ハナビの小柄な体が宙に舞った。
 投げる時に関節を極めず、更には倒れた際に追撃しないのはルイなりの手加減の表れだった。

「ぐっ! まだまだぁっ!」

 ハナビも投げられっぱなしではいない。受身を取った直後に起き上がり、何度も何度も攻め手を変えながら挑んで行く。

「あ、ヤクモ。来てたんだ」

 動と静、対極の拳質が鬩ぎ合う中、二人の姿に見惚れていたナギがやっとヤクモに気づき、遅れてヒナタも驚いた表情を浮かべた。
 自分ってそんなに存在感が無いのだろうかとヤクモは少しヘコんだのは別の話である。
 腰に差した脇差と太刀を取り外し、ナギ達の近くまで歩んだヤクモは壁際に腰掛けた。

「……単純に体術の勝負になると強いよなぁ」

 立ち回りだけで圧倒するルイを眺めながら、ヤクモは呟いた。
 女の身であるルイはヤクモやユウナほど身体能力は伸びなかった。尾獣のチャクラで幾らでも補えるナギと違って、伸び悩んだと言っていい。
 だが、何処で習得したのか、彼女の体術は奇妙と言って良いほど懐が広く、何度戦っても全貌が把握出来ないほど底知れなかった。
 その百錬練磨じみた業に身体能力が追いつけば、敵など無いだろうなとヤクモは思う。ただ――。

「ルイちゃん、見切りが半端無い上に写輪眼だからねー。……ヤクモ、気づいた?」

 後半、意味深に問い掛けるナギに対し、ヤクモは険しい表情で頷いた。

「ああ。動かない、じゃなく、動けないみたいだな……」
「……うん。写輪眼を使ってまで受けに徹している当たり、ね」

 ルイは心許した者にでも手の内を見せず、また全力を中々出さない。
 その秘密主義振りは大蛇丸の影分身を一太刀で封印した反則的な術をあの局面まで秘匿していた事からも窺い知れる。
 そんな彼女が最初から、予選に比べて異様に身体能力が上がったシカマルにさえ使わなかった写輪眼を惜しみなく使っている理由。それは余興でも戯れでもなく、単に使わざるを得ないからであろう。

(……流石のルイでも二十日間も寝込んでいればこうなるか)

 ヤクモが思索に没頭していると、息切れして一段と大きい隙を曝したハナビがルイに背負い投げられる。

「っ!?」

 頭から落ちて畳に衝突する寸前に足で刈り取られ、大事に至らず、転がり倒れるだけで済んだ。
 今やヒナタやユウナも使う技だが、最初に使ったのはルイだったなとヤクモは思い出した。

「……強くなったね、ハナビ。びっくりしたわ」
「いえ、まだまだです。先の戦で、己が未熟さを思い知らされましたから」

 ルイは写輪眼を、ハナビは白眼を引っ込めて、組み手は自然と終了する。
 ハナビに総評や気になった点を述べようとした時、ルイは何時の間にかナギ達と座っているヤクモの存在に気づいた。

「あれ、ヤクモ。来ていたんだ」

 そのルイの心底驚いた表情に、先程のナギと同じような事を言われ、ヤクモは再び落ち込んだ。

(……ん? 気のせいか、ルイの様子が変だな)

 ヤクモが疑問に思ったのも無理はなかった。ルイは頻りにヤクモを前に瞬きし、何やら思い詰めた表情を浮かべる。
 何かを喋ろうとして躊躇するという似合わぬ挙動不審を繰り返す事、数回余り。
 漸く覚悟を決めたのか、ルイは大きく深呼吸をし、射抜くような強い眼差しでヤクモの眼を見つめた。

「ヤクモ、大切な話がある。大蛇丸の時の事よ」
「大蛇丸の時の事……? い、いや、あの時は……!」

 ルイの突拍子の無い言葉にヤクモは朝から悶々と思い返していた事を赤裸々に回想してしまい、冷静さを失って取り乱してしまう。
 だが、ルイから飛び出た言葉はそれすら吹っ飛ばすほどの衝撃をヤクモに与えた。


「――今度同じような状況に陥ったら、迷わず見捨てる事。私であれ、ユウナであれ、ナギであれ、ね」


 一瞬、ルイが何を言っているのか、ヤクモには理解出来なかった。
 ルイは淡々と、無表情の間々語り続ける。魂を射抜くような眼光とは裏腹に、紡がれた言葉は何処か弱々しかった。

「……今回は偶々運が良かったから全員無事だったけど、一つ間違えたら全滅していたわ。必要最低限の犠牲を救おうとして、全てを失っては本末転倒も良い処よ」

 それが大蛇丸に立ち向かった自分の事を指している事に気づくのに時間を要したのは、最初から見殺す選択肢などヤクモに存在しなかった為だった。

「だから、約束して。もう二度とあんな無謀な行為はしないって」

 ルイの切実なまでの言葉が呆然とするヤクモの心を強く揺する。
 ヤクモは一度、眼を瞑った。脳裏に大蛇丸と対峙した時の光景が過ぎり、続いて最初の無惨な結末が閃光の如く過ぎ去る。
 今になって死の恐怖が鮮やかに蘇る。高揚感や危機感で麻痺していた時には感じられなかった脅えが全身に駆け巡る。
 目前に掠めた死を意識してから指先の震えが一向に止まらず、背中に這う悪寒と耐え難い嘔吐感が際限無く込み上がってくる。そして――。


「ごめん。それだけは、了承出来ない」


 ――それでも、ヤクモは首を横に振った。
 両掌を強く握り締める。指先の震えは既に止まっていた。

「……なんで? ちゃんと、話聞いていた?」
「理屈は解る。けど、それとこれは別の話だ。多分、同じような状況になったら、オレは何度でも同じ選択をする。仲間を見捨てるなんて、死んでも御免だ」

 ルイは思わず絶句し、力無く俯いた。
 重苦しい沈黙が続く中、ルイは項垂れた間々、唇を震わせながら言葉を発する。

「――巫山戯ているの? 自身の生命より他者の生命を優先するのは死者の考えよ。自己犠牲など自分に陶酔した馬鹿の最も忌むべき行為だわ。死んだら終わりよ。無限に次があるとでも勘違いしてない?」

 ルイの口調が一段と下がり、ヤクモは場の温度が急激に降下したような錯覚を感じる。
 今一度ヤクモを射抜く彼女の眼には隠しようのない灼熱の憤怒と、それ以上に冷たい殺意が燈っていた。

「それとも英雄じみた勇猛果敢な決断が最良の結果を招くなんて夢想でもしているのかしら! それではいずれ――誰も守れずに野垂れ死ぬよ」

 悔やんでも悔やみ切れない前世の無念が、呪いのように鮮やかに蘇る。
 その一言はヤクモの心の古傷を致命的なまでに抉り、感情の箍を一気に外してしまった。

「訂正しろ……! 今の言葉、ルイでも許さねぇぞっ!」
「あら、気に障ったかしら。それじゃ訂正してあげるわ。――現実と物語を区別しろ、身の程知らずの英雄狂い。私を一度助けた程度で調子に乗るなっ!」

 完全にブチ切れて怒鳴り散らすヤクモに対し、ルイもまた劣らぬ激怒をもって叫び返す。

「……! じゃあ何だよ! あの時、ルイを見捨てて、大蛇丸に拉致されるのが最良だとほざく気かっ!」
「結果論で物事を語るなっ! そうだとも、あの状況下で私を切り捨てていれば三人は大蛇丸の脅威に曝される事は無かった。大蛇丸も私に酷く御執心だったからね、私にしても生命の危機は当分無かっただろうさ! ヤクモの無謀な判断で己の命は愚か、ユウナとナギの命まで脅かした事を忘れるなっ!」
「……っ! この、言わせておけば……!」

 売り言葉に買い言葉、火に油が注がれ、二人の理性は完全に焼き切れる。
 蚊帳の外でどうしたら良いか解らずにオロオロする三人を無視し、ルイとヤクモの口喧嘩は激しさを増して行った。




「――もう知らないっ!」

 その一言を最後に、私は道場から飛び出した。
 思考は白熱し過ぎて何も考えられない。邪魔な塀を乗り越え、屋根を伝い――息切れて動けなくなる頃には里の端に位置する、うちは一族の居住地に辿り着いていた。
 何故こんな処に足を進めたのか、我ながら疑問に思ったが、丁度良い。
 今や此処に足を踏み入れる者は誰一人いない。偏屈者で物好きでも、人気が無く、生活感が一切排除された墓場じみた街に近寄ろうとは思わないだろう。
 一人になって、まともな思考が何一つ出来ない頭を冷やしたかった。私の足は自然と、私の生家に向かっていた。

「――また、此処に来るとは、ね」

 活気無く、寂れた我が家に対して、私には何ら感慨も浮かばなかった。
 九年間、何としても生き延びようと必死に足掻いた記憶だけが鮮明であり、見殺した両親の思い出など欠片も思い浮かばない。

「ああ、そういえば――」

 うちは虐殺の夜を乗り越えて、ヤクモとユウナと出逢ったのは此処だったと今更ながら気づいた。
 その時の出来事はまるで昨日のように思い出せる。
 良くも悪くも、此処がこの世界での私の始まりだった。

「ヤクモの、馬鹿……」

 口に出して、一気に意気消沈した。怒りと後悔が渦巻き、胸が締め付けられる。
 もっと手順を踏んで話すべきだった。それなのに冷静さを失って喧嘩して険悪な状態に陥るなんて、下の下策過ぎる。自責の念で死にたくなった。
 ――私の眼から見て、ヤクモは危うい。自分の生命より他人の生命を優先するなんて、絶対にあってはならない。
 前回の二の舞を演じるつもりは無いが、同じような状況に陥った場合、ヤクモは率先して自分の生命を賭け、真っ先に生命を落とすだろう。それだけは避けなければならない。
 ――それ以上に、私の心の奥底にはある懸念が燻ぶっていた。
 そもそもヤクモは不可能と思われた状況から生き延びた。大蛇丸と直接対決するという絶望的な窮地をも乗り越えて見せた。

(……その一度だけなら偶然で片付けられる。けれど、次に同じような事があって、また不可能を可能に貶めてしまったら――?)

 魂に刻まれた恐怖と憎悪が一斉に蠢動する。
 そう、私は知っている。その忌まわしき存在を。如何なる窮地をも乗り越え、我が心臓に刃を突き立てに来る不倶戴天の怨敵、御都合主義の寵児を――。
 もし、ヤクモが〝彼等〟ならば、私は、ヤクモを、この手で――。

「――! 誰!?」

 私の意識を現実に呼び戻したのは何者かの気配であり、私は咄嗟に写輪眼を浮かべて戦闘態勢を取った。
 迂闊だった。イタチがいつ来るか解らない時期に、このような人気が無く、他の者の助けが見込めない場所に行くなんて。
 自身の軽率さを呪う事暫し、その何者かは大胆不敵な事に自分から姿を現した。

「サスケ……?」

 この時、私は完全に失念していた。このうちは一族の街に唯一人だけ、今尚住んでいる者がいる事を――。




「――木ノ葉に行くぞ」

 赤い雲模様入りの黒衣を来た青年は眉一つ動かす事無く淡々と喋る。
 木ノ葉の忍の証明である額当てには横に一直線の傷が刻まれており、その青年の両眼は今や稀有の存在となった写輪眼が妖しく輝いていた。

「ほう、アナタの故郷にですか。それでは九尾の人柱力を確保しに? 風の噂では六尾の人柱力も木ノ葉にいるそうですから、上手く行けば私達二人のノルマをクリア出来ますねぇ」

 同じ黒衣を来たもう一人の大男は紳士的な物言いとは裏腹に、好戦的で獰猛な笑みを浮かべる。
 写輪眼の青年は表面上は感情無く、されども、その写輪眼に身震いするほどの殺意を籠めて答える。

「それもあるが――確かめなければならない事がある」


 第四章 うちはイタチの帰郷





[3089] 巻の35
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 01:19




「くっ……おのれ、猿飛めぇ……!」

 両腕の焼けるような激痛に耐えながら、大蛇丸は憎々しげに叫んだ。
 蝋燭の火が燈る不気味な一室には蛇のホルマリン漬けから千本だらけの奇妙な人間大のオブジェ、果てにはミイラ化した自身の手の飾りなど常人には理解し難いものばかり置いてある。
 しかし、既に見慣れた薬師カブトにとっては御洒落の一つ程度にしか映っていない。彼もまた主と同じく、まともな神経の持ち主では無かった。

「……まぁ、そう簡単にはいきませんよ。相手にしたのは五大国最強と謳われる火影なのですから――」
「そんな事はどうでもいいわ……! 問題は、うちはルイ、あの娘の事よ……!」

 気休めの言葉は大蛇丸の怨嗟の言葉に遮られ、カブトは内心溜息を付いた。

(……やれやれ、火影殺害をそんな事扱いか。前々から思っていたけど、どうやら大蛇丸様はサスケ君より君に御執心のようだよ)

 など思いつつも、火影亡き今、うちはルイは大蛇丸にとって火影以上の脅威として認識されるのも無理もないかとカブトは納得している。

「……あの影分身が健在ならば、私が両腕を失った時に術が解け、経験と代償が帰ってくる筈だった。だが、それすら来ないのは既に殺られ、尚且つ影分身の性質を無視出来るような特殊な術で葬られたと見るべきね」

 それが如何に例外なのかは、大蛇丸が開発した禁術にもそのような効果を持つモノが一つも無いという事が如実に物語っている。

「――三代目が最期に仕掛けたような封印術を、より軽い代償で行使出来る、とお考えで?」

 カブトが辿り着いた半信半疑の仮定を、大蛇丸は狂ったように笑って肯定する。
 あの九尾さえ封じた術、屍鬼封尽は術者の生命を代償に発動するが、生命を犠牲にせず、同様の効果を発揮出来るのならば、馬鹿げている処の話ではない。
 もしそれが可能であれば――それは血継限界という先天的な、持たざる者には永劫に辿り着けぬ境地に他ならない。

「……クク、恐るべきはうちは一族か、あの娘か――何れにしろ、今の私では届かない。あのうちはイタチ同様にッッ!」

 大蛇丸の胸中に再びイタチに成す術無く敗れた屈辱が鮮やかに蘇る。
 雪辱を晴らそうとひたすら万進し、またもやうちは一族に敗北を刻まれた。嘗て稀代の天才と謳われ、時代の寵児と持て囃された己の無様さに、大蛇丸は全身を震わせた。

「……そう悲観する事はありません。影分身の転生で心配されていた三年の空白は白紙になりましたし、もう一人の生き残りであるうちはサスケ、彼にはアナタの首輪がつけられた……彼ならば」
「本当に無様なものね。この大蛇丸ともあろう者が、うちはのひよっこじゃなければ手出しも出来ないなんて」

 大蛇丸は自嘲する。死の損ないの爺如きに全ての術を奪われ、今の彼は限り無く弱体化している。
 忍とは忍術を扱う者と認識している彼にとって、今の自分は忍ですらない。誇りも何もかもズタズタに引き裂かれたような有様だった。
 されども、薬師カブトは確信している。この程度の絶望的な逆境では、彼の主は到底諦めない。それこそ名の通り、蛇の如く恐るべき執念をもって再起するだろう。

「――今は甘んじてこの屈辱を受け入れるわ。いつの日か、必ず晴らす」


 巻の35 木ノ葉は晴れのち渦巻く陰謀で曇りの事


「……うわぁ、めっちゃヘコんでいるねぇ」

 ルイが飛び出した後のヤクモは見るも無惨なものだった。
 その場に力無く尻餅つき、世界が終わったかの如く項垂れていた。見ている此方も気が滅入る、見事なまでの落ち込みっぷりだった。

「……なぁ、ナギ。オレ、間違っていたんかな……?」
「うーん、一概には言えないわ。ヤクモもルイちゃんもね」

 話の後半はだたの罵り合いになっていたが、二人の主張は一概に間違ってはいない。
 仲間を見捨てて自分だけ生き残るなど言語道断だし、されどもその決断を下すのが隊のリーダーとしての役目でもある。一人の為に隊を全滅させる訳にはいかない上に、時には非情な判断も必要となるだろう。
 だが、それは表面的な問題でしかない。ナギが思うに、ルイとヤクモの論争の根本的な問題点は――と、難しく思考した処で、ナギはある事に気づき、青褪めて慌てた。

「あぁっ! ちょっとちょっとヤクモっ! 落ち込んでいる場合じゃないよ!」
「なんだよいきなり大声上げて……ちょっとは落ち込ませろよ……」

 ヘコ垂れるヤクモの襟を掴み、ナギは道場の端まで引き釣った。そしてこの光景に唖然としているハナビやヒナタに話を聞こえぬよう、ナギは出来るだけ小声で喋った。

(今この時期にルイちゃん一人にするなんて危険だよ! イタチ達がいつ来るか解らないのに! ルイちゃんもそれを失念するほど冷静さ無くしていたし!)
(……! た、確かにそうだ、が……)

 ヤクモはもう原作の流れなど欠片も覚えていないが、木ノ葉崩しが終わったすぐ後にイタチと鬼鮫のコンビが来るんだった、と咄嗟に思い出す。
 漫画だと一話か二話明けで到来していたが、木ノ葉崩しが終わってから二十日間、一向に現れる気配が無い。今日か明日か、はたまた十日後か、時期が極めて不明瞭だった。
 そんな危険な時期に一人で出歩くなど無謀過ぎる、とヤクモは頭で理解しているものの、どんな顔で会えば良いのか解らず、行く事を躊躇する。
 この際、ナギに任せて――否、彼女は暁の目標である尾獣を宿した人柱力だ。未だに四象封印で力の大部分を封じられているので、ルイと同じぐらい危険な立場だ。

(だったらユウナに……って、今居なかったじゃん! なんで肝心な時にいねぇんだよ……!?)

 此処まで考えればヤクモが行くしかないのだが、最後の踏ん張りがつかず、いつまでも悩み続ける。そんな男らしくなく情けない様子にナギは怒りを爆発させた。

「ああもう! うだうだ悩まないっ! 早くルイちゃんの後を追う! 良い!?」
「お、おう……! つ、つーか、何処に行ったんだルイは?」

 ナギの並ならぬ気迫と怒声に飲み込まれ、ヤクモは反射的に返事してしまった。
 しまった、という後悔も後の祭り、何かと理由をつけて回避しようとしたが、その安易な逃げ道はハナビによって塞がれる。

「ルイ姉さまなら東の方角に一直線です。塀も屋根も飛び越えて」

 ……今日ばかりは白眼の便利さを怨めしい。ヤクモは肩を落として諦めた。

「……解った解った、行きゃ良いんだろ、行きゃぁ……!」

 自暴自棄になったヤクモは全力でルイの後を追って行く。
 残されたナギは似合わぬ事をした、と疲労感を漂わせて深い溜息をついた。

「だ、大丈夫かな、ヤクモ君……」
「ルイちゃんの機嫌最悪だから大丈夫じゃないねー……」

 心配そうに呟くヒナタの不安を払拭させるのは、ナギには出来ない。
 これでルイとヤクモの仲が更に拗れるだけならまだ大丈夫だが、とナギは胸の中に蟠った嫌な予感が杞憂である事を祈った。




「まだそんなくだらん事をしとるのか、お前は」
「一応取材ですからのォ」

 望遠鏡に映る女の露天風呂を凝視しながら、自来也は振り向かずに応答する。

「何の用だと? 皆まで言わずとも解っておるだろう!」

 背後には木ノ葉隠れの里の重鎮であり、今尚各方面で強い影響力を持つホムラとコハルが立っていた。

(……やれやれ。このワシに五代目火影になれなど、柄じゃないがのォ)

 二人のご意見番の説教じみた長話を自来也は話半分に聞いていた。
 砂隠れの全面的な降伏は恙無く受諾された。他ならぬ、自来也から持たされた情報によって。

「今、木ノ葉隠れの力は恐ろしいほどに低下しておる。この状況で最優先させねばならぬのは更なる危機を想定した準備だ」
「……隣国の何れかがいつ大胆な行動に出るかも解らぬ。よって、里の力が戻るまで各部隊からトップ数人を招集して緊急執行委員会を作り、これに対処していく事を決めた。――が、それにはまず、信頼のおける強い指導者が要る」

 自来也は音隠れの残党を葬った後、日向ユウナから大体の事情を聞き取っていた。
 影分身に転生の術を使わせ、風影の肉体で現れた大蛇丸。巨大蛇マンダの襲来に、穢土転生で口寄せされた四代目火影に四象封印を刻まれた少女。
 その何れも信じ難い内容だったが、動かぬ証拠を自分で見つけてしまった自来也は、それらが真実であると認めざるを得なかった。

「やる気の無いワシより、切れ者のツナデ姫の方が火影に向いとるじゃろ」

 ホムラとコハルの火影への就任要請を断り、自来也は次の火影にツナデを推す。そして本題に乗り出す事にした。

「それとは別に二つほど聞きたい事が。音隠れと砂隠れの戦の折に郊外に出現した六つ尾の妖魔の事と――うちはルイの事です」

 その途端、二人の皺だらけの顔に先の件とは違った種類の険しさが露わになる。それは下忍に過ぎぬ者の名を聞かせた後とは思えぬほど、信じ難い変化だった。
 その酷く淀んだ感情は、里の者が九尾に向けるものと何一つ遜色無く――四代目の事情を知るこの二人からも見る事になるとは、自来也とて夢想だにしていなかった。
 重苦しい沈黙が続く中、ホムラとコハルは交互に見合い、重い口を開いた。

「……三ヶ月前、火の国と土の国の国境付近で発生した災害はお前の耳にも届いていよう」
「その時、里外演習で偶然居合わせたのがうちはルイを含む青桐カイエの班じゃ」

 ホムラが渋々語り、コハルが補足する。それとは関係無く、今度は自来也が露骨な反応を示した。その上忍の名を聞いただけで、である。

「ほぼ同時期、岩隠れの里から一人の抜け忍が脱走し、演習中のカイエ班に保護された。その少女が――」
「六尾の人柱力だった、と。元暗部のあの小僧と言い、偶然にしては出来すぎた話よのォ」

 コハルの言葉を途中で遮り、自来也は偶発的な事件ではないと深く疑念を抱いた。
 四象封印を刻まれた少女、如月ナギサを見た段階で、自来也はうずまきナルト以外の人柱力の存在を想定していた。
 今では既に形骸と化しているが、尾獣は抑止力の為に各国に封じられたもの。
 九尾の他に六尾までもが木ノ葉にあっては、周辺国との力関係が大きく傾いてしまうだろう。
 過ぎた力はそれだけで恐怖を生む。それが抑止になるか、戦禍になるかは神のみぞ知る事である。

(……どうもきな臭いのォ。あの小僧が動いたとなれば――ダンゾウの指図か)

 自来也の脳裏に常に顔の右側を包帯で覆い隠す老獪な野心家が思い浮かぶ。
 あの老人が未だに火影の座を諦めていないとなると、今の木ノ葉は内外にいつ爆発するか解らない、極めて危険な不安要素を抱えている事になる。

「その少女、確かナギとか言ったか――尾獣化出来るほど制御しとるのか?」
「いや、当時の報告では極めて不安定だったそうだ。それもいつ暴走するか解らぬほどな」
「何?」

 コハルの解答に自来也は反射的に聞き返した。
 尾獣化した六尾の人柱力と巨大蛇マンダが一騎打ちになり、穢土転生で口寄せされた四代目に封じられた、と当初では仮定していた。
 それが封じた尾獣が暴走した結果であれば――里に匿うなど言語道断である筈。
 その当然の疑問と疑念は、ホムラの言葉によって地平線の彼方まで吹き飛ばされた。

「六尾を制御しているのはうちはルイだと言っておる。無論、本体を口寄せしたのもな」

 ホムラは不機嫌さを隠さず、忌々しげに言い捨てる。
 こればかりは流石の自来也も仰天して驚いた。それとは別に、二人の相談役の胸中に渦巻く感情の正体に薄々気づく。

「……俄かに信じ難い話ですのォ。よもや初代火影やうちはマダラの他に尾獣を使役出来る者が現れようとは」

 ――そう。尾獣を使役する者が初代火影の系譜に連なる者ならば何の問題も無かった。尾獣を御する千手柱間の尊き力が蘇るのならば、里に栄光を齎す天恵と言えよう。
 だが、それがうちはの血族の者となると話が違ってくる。九尾の妖狐を手懐け、里に壊滅的な被害を齎した呪われた系譜は、必ずや里を破滅に導く凶星として輝くだろう。

(……しかし、それでもこの二人の反応は……)

 実際に九尾という天災を体験してしていない自来也には二人の危惧を真に理解出来ない。
 だが、二度も九尾の来襲を目の当たりにしたホムラとコハルにとって、九尾を使役しかねないルイの存在は断固として容認出来ぬものだった。
 本来ならば即刻始末したいほどの危険分子だが、ルイが六尾を完全に掌握している事に加え、あろう事か、強硬派のダンゾウが擁護に回ってしまい、手出し出来ずに今日まで至る。
 ――何故、うちはイタチはよりによってこの少女を殺さなかったのか。うちはの虐殺は思い起こす事さえ禁忌と化しているが、二人は憎々しげにそう思わざるを得ない。
 九尾での嫌疑が晴れぬから一族皆殺しという最悪の結果に至ったのに、九尾を手懐けられる者が生き残っては本末転倒だろう。

(……やれやれ。厄介だのォ)

 自来也は深く思案するように考え込み、ある一つの決心をした。

「――余計な手出しは無用ぞ、自来也」
「貴様とて事の重大さを心得ておるだろう? あの娘が第二のうちはマダラになったら、如何程の災厄を里に齎すか――」

 コハルが釘を刺し、ホムラが苛立ちながら語尾を荒げ――そんな二人の常軌を逸した鬼迫を、自来也は平然と押し退けた。

「ふん、疑うばかりでは何もならんじゃろ。――ワシは信じる。あの娘の中に、火の意志が受け継がれている事をな」
「待て自来也、話はまだ終わっておらんぞ――!」

 ホムラの制止を無視し、自来也は屋敷の屋上から颯爽と飛び降りて去った。
 徐々に復興している里を飛び舞う道中、自来也は自身の懐から歪な形のクナイを取り出し、感慨深く見つめる。
 三叉のクナイには傷一つ無く、奇妙な文字が刻まれた柄部分にも埃一つついていない。これが、自来也が戦いの後に発見した動かぬ証拠だった。

(だからこそ、お前はルイを生かしたのだろう? 穢土転生で理性を奪われ、自由意思も無い身で。のォ、ミナトよ――)




「嘗ての弟子を道連れに出来ないとは、落ちたものよの」

 報告書を片手に、ダンゾウは淡々と呟いた。
 机の上には里の被害状況、殉職者の名簿などが散乱しており、手に取っていた三代目火影と大蛇丸の戦いの詳細を投げ捨てるように置いた。

(――初代と二代目を相手にしたとは言え、四代目の禁術を使って大蛇丸の腕二本か。不甲斐無い結末よ)

 十数年前の時に大蛇丸を始末出来ていれば、その甘さが無ければ斯様な結末には至らなかった。まさに身から出た錆だとダンゾウは皮肉げに嘲笑った。

(だが、ヒルゼン。貴様は忍の本懐を見事遂げた。いつもそうだ。貴様はワシの先を行く……)

 猿飛ヒルゼンは火影としての責務をやり遂げた。二代目と同じように。
 克明に蘇る感傷に浸りながら、続いてダンゾウはルイと大蛇丸の戦いの詳細を纏めた報告書を見て、満足気に笑う。

(あの四代目を退け、風影を乗っ取った大蛇丸の影分身を始末するとはな。流石はうちはの末裔か)

 あの戦でうちはルイが挙げた戦果は既に下忍の範疇ではない。中忍試験の本選の戦いからも中忍に相応しき能力を見せ付けている。否、今更中忍など役不足だろう。
 今、木ノ葉の力は恐ろしいほど低下している。他国と交戦状態に陥っていないものの、現在の状況は戦時中と言っても過言じゃないだろう。
 そんな危機的な状況下で、これほど優秀な人材を腐らせるなどあってはならない事だ。

(……ふむ、推薦はカザカミにあげさせるか。うちはルイを上忍に、隊に六尾の人柱力を加え、カザカミを暗部に復帰させる。一石三鳥とはこの事よ)

 今の内にうちはルイとの関係を更に強化すべきだとダンゾウは念頭に置く。
 あの油断ならぬ娘を完全に傀儡にするのは不可能だが、だからこそ彼女は利用出来る。
 千手柱間の弟が二代目を、二代目の弟子である猿飛が三代目に、三代目の弟子である自来也の弟子が四代目に、恐らく五代目は猿飛ヒルゼンの弟子である自来也かツナデに――この初代から続く忌まわしき系譜を断ち切れるのは、己を置いて他に居まい。

(それに六尾の封印も早急に手を打たねばな。あの娘の事だ、これ以上待たせれば恩を売る前に片付けられてしまう)

 腹の底から笑みを浮かべ、ダンゾウは窓辺から木ノ葉隠れの里を眺める。
 その独眼に宿る野心の炎は留まる事を知らず、嬉々と燃え上がっていた――。







[3089] 巻の36
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 00:38




 大地は法則性無く滅茶苦茶に隆起し、巨大な何かが何度も潜行して抉り裂けた底無しの大穴が点在している。
 周辺に根付いていた緑樹もまた無事なモノは何一つ無く、或る巨木は根元から圧し折れ、或る古木は蜂の巣の如く穴だらけで、或る若木は真っ赤な火の葉を咲かせていた。
 また至る処で火種が燻ぶっており、空は立ち昇る黒い煙霧で鎖されていた。

(……一体、どうなれば――)

 ――果たして、如何なる天変地異が発生すればこの惨状に成り得るのか、うちはサスケには想像だに――否、克明に出来た。想像する余地のある出来事が、事前に起きていたが故に。
 サスケの脳裏に過ぎるは先程の戦い、巨大蝦蟇と巨大狸の衝突。あれと同規模の妖魔が戦闘すれば、この大惨事に至るのは自然の流れとして納得出来る。
 中忍試験の時に遭遇した大蛇丸が、幾多の巨大蛇を口寄せしていたのはこの眼で確認している。だが、ルイ――もしくは他の誰かにそれに匹敵する存在を口寄せ出来るかと問えば、否だろう。
 それこそナルトのように、無限に湧き出るような謎のチャクラでも秘められていなければ――現実逃避に似た思考の空白を消し去ったのは、微かな雷鳴だった。
 彼が会得した千鳥とは違う、雷遁系の術であるという事を瞬時に察したサスケは全速力で音の方向に向かい――今までの全てを上回る衝撃が全身に走った。

「ま、まさかこの剣は十拳剣!? アナタが隠し持って――!?」

 姿は違えども、その声の主は大蛇丸であるとサスケには容易に推測出来た。チャクラの質が若干異なるが、これほど邪悪な性質は中忍試験の時に遭遇した彼以外何者でもない。
 その大蛇丸の胸には巨大なチャクラの刃が突き刺さっており、あの時の超然とした風格と揺るがぬ余裕は微塵も見当たらなかった。

「その眼ェ、その眼ェエエエェエェエェ――!」

 剣に吸い込まれるように消え逝く大蛇丸の断末魔が、放心していたサスケの耳にまで届く。
 その言葉に導かれるように、誘われるように、吸い寄せられるように、サスケは漸く大蛇丸を仕留めた者を目視する事となった。正確には、その者の瞳を――。

「――は?」

 満身創痍で地に這い蹲る三つ編みおさげの少女を見間違う事など元より出来無い。
 そしてルイの両眸に浮かぶのは普通の写輪眼ではなく、桔梗模様の写輪眼であり――うちはの歴史でも数人程度しか開眼者がいないと言われる伝説の瞳術、万華鏡写輪眼に相違無かった。

『――お前が開眼すれば、オレを含め、万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる』

 最早呪いのように、イタチの言葉が鮮やかに蘇る。
 やはり最後の一人はルイであり、だからこそイタチは自分と同様に彼女を生かした。咄嗟に思いついた仮定は、されども自分さえ騙せない未熟な嘘だった。
 ルイが万華鏡写輪眼を開眼させた時期は不明瞭だが、ルイが自身の実力を病的なまでに隠していた事はほぼ間違い無い。
 大蛇丸の使役する大蛇と互角の闘争を演じ、果てには写輪眼でも如何いう性質か見抜けない、異質極まる術で仕留めてみせた。
 成す術無く呪印を刻まれた自身とは、比べるまでもないだろう。

(……ルイ。お前は一体――)

 三年前に見せた弱々しいルイの姿が幻影の如く霞んで消える。その穿たれた虚ろを埋めるは三年前に置き去りにした醜い嫉妬と――耐え難い疑念だった。


 巻の36 うちはルイの虚実が暴かれ、真実が紐解かれるの事


 ――五歳の時、うちはサスケは家族間の付き合いでうちはルイと初めて出逢った。
 交わした言葉までは記憶に無いが、後ろ髪を一つに纏めた三つ編みおさげが愛くるしく、笑顔が柔らかい少女だった事を今でも覚えている。
 後にルイの家系が何代も写輪眼を開眼させていない、没落した血筋である事を人伝に知り、サスケは彼女の境遇を気の毒に思った。
 写輪眼を開眼せぬ者はうちはに非ず、一族の者の共通意識は無意識の内にサスケの中に刷り込まれていたからだ。
 それから彼の兄、イタチによってうちは一族が皆殺しにされ――自分の他の唯一の生存者として、四年振りの再会となった。
 降り頻る雨の中、泣き崩れるルイを支える事すら出来無かった。
 己の無力さと兄への憎悪と――それ以上に、彼女への罪悪感で押し潰されそうになった。彼女の両親を無惨に殺めたのは、他ならぬ自分の兄だったのだから。
 兄への憎悪と彼女への罪悪感で板挟みになりながら、サスケは自身を痛めつけるように修行に専念する。
 ルイとはあれから一言も言葉を交わせていない。仇敵の弟たる自分がどの面下げて話せば良いのか、解る筈も無い。
 それでも彼女だけは何としても守らなければならないという決意が、サスケの中にはあった。それがせめてもの償いだと信じて。
 ――その決意が根本的に揺らいだのは或る昼下がりの事、サスケはルイの瞳に写輪眼の幻影を見た。
 兄が最後に残した意味深な言葉が鮮やかに蘇る。イタチは万華鏡写輪眼を扱うもう一人の存在を示唆していた。
 うちは一族の生き残りは最早三人だけであり、やはりルイが最後の一人なのではという疑念が醜い嫉妬と共に燃え上がる。優秀すぎた兄への劣等感が、落ちこぼれの少女に向けられた――。
 ――あの時の殴られた頬の痛みを、サスケは今でも鮮明に覚えている。
 決闘紛いの私闘を経て、写輪眼の疑念が誤解である事が判明し、ルイの献身的な慈しみに涙を流した。
 両親を殺され、悲しみのどん底に突き落とされたのに、彼女は仇敵の弟である自身を許す処か、我が身を顧みずに案じていた。如何し様も無いほど、サスケは今の自分が情けなくなった。
 劣等感の塊だった幼年期に別れを告げ、彼女の献身的な想いに答えるべく、また一族の仇敵を殺す為、サスケは更なる精進を重ねた。
 兄への復讐に総身を費やす傍ら、ルイとの逢瀬は荒んだ心を癒してくれた。日に日に増す彼女への思慕はサスケの生きるもう一つの理由となるほど、大きいものとなっていた。
 ――それだけに、今回の一件でサスケが受けた衝撃は計り知れなかった。




「カカシ先生、千鳥教えてぇー!」

 ナルトの声が喧しく響き、いつも通りやる気を感じさせないカカシは適当に師事する。
 それらの雑音が全く耳に届かないほど、サスケは一人悶々と思い詰めていた。

「……っ」

 あれから二十日の時間が無為に経過し、サスケは未だにルイと逢わずにいた。
 何が真実で何が虚実なのか、それはルイと対面すれば自ずと明らかになるだろう。
 だが、それは同時に決定的な何かが崩壊する。そんな根拠の無い確信がサスケを酷く躊躇させていた。

(……くそ)

 何故、ルイは写輪眼を隠していたのか。――落ちこぼれを装い、内心で自分を見下して嘲笑っていたのか。
 何故、ルイが万華鏡写輪眼を使えるのか。――その眼を手に入れる手段は最も親しい者を殺す事であり、彼女は一体誰を殺したのだろうか。
 あの屈託無き笑顔の下で、あの穢れ無きか細い手で。考えれば考えるほど思索の渦から抜け出せない悪循環に陥っていた。

「ね、サスケくん。一緒に修行しない? 傷とか治せるようになったし、役立てると思うわ!」

 隣にいたサクラが活き活きと話しかけてくるが、不機嫌さと苛立ちを隠せずにいるサスケに、それに対応する余裕すら持ち合わせていない。
 サスケが乱雑にあしらう前に、カカシがある単語に反応したのは幸運と言えた。

「ん? サクラ、医療忍術を誰に教わったんだ?」
「うぇっ!? え、えーと、それは……!」

 カカシの当然の疑問にサクラは見るからに狼狽する。
 サスケの事で頭が一杯だったサクラの脳裏に過ぎったのは、凍えるような殺意を写輪眼に滾らせて脅迫もとい最終勧告する、笑顔が怖いルイの姿だった。

(……ま、まずい……! 話題を強制的に変えなければ……!)

 身震いが全身に走る。サクラが必死に話題を逸らそうと思考の回転数を上げた瞬間、カカシは惚けた顔で、ああ、と納得したように頷いて見せる。

「ああ、もしかしてルイからか。この一ヶ月間、サクラも見てない処で頑張っていたとは感心感心」
「ルイから……!?」

 カカシは弟子の成長を喜ぶように笑い、サスケからは非常に剣呑な視線が向けられる。
 最近上の空で見てさえくれなかったサスケに直視されたのは、サクラにとって大いなる前進だったが、ルイという生命の危機が首元まで迫って来ているので喜ぶに喜べない。

(な、ちょ!? カカシ先生の馬鹿ァ!? 空気読んでよ! で、でもまだ惚ければ誤魔化せる筈……!)

 混乱の極致に達したサクラは逆に冷静に立ち戻る。
 とりあえず、ルイの名だけを出さなければ良いのだ。架空の師匠をでっち上げてこの場を凌ぐだけで良い。
 幸いにもサスケはルイが医療忍術を使った現場を見ていない。この間のヤクモとルイを治療した時も何故だか離れていたし、いのの心転身の術を知らないからまだ誤魔化せるとサクラは自分に強く言い聞かせる。
 そんな継ぎ接ぎだらけのサクラの目算は空気を致命的に読めない、途中から放置されていた目立ちたがり屋の彼によって完膚無きまでに打ち砕かれた。

「サスケってば、もしかして知らなかったのかぁ? ルイちゃんすげーってばよ! 中忍試験の予選の時もヒナタの傷あっという間に治してたし! ヤクモやユウナの大怪我も綺麗さっぱり治してたってのによォ!」

 ナルトの自分の事でも無いのに得意気に語る様とは正反対に、サスケの表情が驚愕に染まり、一気に暗くなる。
 その時のサクラの心境はまさに言葉にならない絶叫そのものだった。内心で「しゃーんなろー!」の一声も出ない。

「サクラ、詳しく聞かせてくれるか?」
「……う」

 意に反して外堀を完璧に埋められてしまったサクラに、誤魔化す術は無く――遠い脅威と目の前の脅威を秤に掛けて、暫し躊躇した後、折れた。




 ――紆余曲折を経て、サスケはルイの生家にて対面する。

「サスケ、どうして此処に?」

 驚きを隠せずにいるルイの眼に輝くは、三つ巴の完全なる写輪眼だった。
 実際に目の当たりにして、サスケの心は大きく揺らぐ。

「ルイこそ。……写輪眼、開眼したのか」

 内心に渦巻く動揺を隠しながら、サスケは極めて慎重に問う。
 ルイは敵意が無い事を示すように元の裸眼に戻し、いつもと同じように微笑んだ。
 そう、いつもと同じだった。されども、今のサスケにはその笑顔が堪らないほど不自然に映った。

「あ、うん。この前、死にかけた時に開眼していたみたい。私にも、うちはの血が流れていたんだね」

 ――本来ならば我が事のように喜ぶべき事だが、サスケは相槌すら打てなかった。
 ルイの口から当たり前のように吐かれた嘘に、サスケは今一度愕然とする。
 サクラの話から、少なくとも中忍試験の時には開眼していた事は判明しているだけに、遣る瀬無かった。

「サスケ、どうしたの?」

 その様子を不審に思ったのか、ルイは心配そうに顔を覗き込む。
 彼女の真摯な表情も、今は何もかも偽りに見える。そんな現状が歯痒く、また我慢ならなかった。

「――本当の事を、話してくれないか?」

 震えながら呟かれた言葉に、ルイの眼が大きく見開かれる。

「大蛇丸を仕留めた時、オレもあの場に居た。それに、サクラからも中忍試験の時には医療忍術を使っていたと聞いている。だから――」

 継がれた二の句に、何かを喋ろうとしたルイは絶句した。
 重い沈黙が場を支配する。ルイはサスケから眼を背け、深刻な顔で思い悩んだ後、恐る恐る口を開いた。


「ごめんなさい。私はサスケに、ずっと、嘘をついていた」


 唯一度も眼を合わさず、ルイは淡々と語る。悲しげに伏した顔からは、罪悪感が滲み出ていた。
 ――覚悟していたとは言え、サスケが受けた衝撃は想像を超えたものだった。
 今すぐにでも問い質したい。その逸る気持ちを無理矢理抑え、静かにルイの次の言葉を待つ。

「……私が写輪眼を開眼したのは七歳の頃だった。父さんと母さんは喜んだわ、私の家系はずっと開眼していなかったから……」

 重々しく語られた言葉に、サスケは心底驚嘆する。あのイタチでさえ、写輪眼を開眼させたのは八歳だった。
 自分など到底届かなかったイタチを上回るルイの逸脱した才覚に、サスケは無意識の内に妬み僻んだ。
 今まで隠蔽されていた事も重なり、信頼を裏切られた憤りは水面下でぐつぐつと煮え滾っていた。

「――でも、それはこの眼を見るまでだった」

 ルイの瞳に写輪眼が浮かび、模様が崩れる。イタチの三枚刃の手裏剣とは似ても似つかない桔梗の文様は、真の意味で万華鏡と言えた。

「私の両親は強く言ったわ。これは絶対に使ってはならないって。万華鏡写輪眼の瞳術は写輪眼とは比べ物にならないほど強大だけど、その代償に光を失う。使い続ければ、何れ失明してしまうから……」

 ルイが言うまでもなく万華鏡写輪眼は特別な瞳術だ。過去に木ノ葉隠れの里を襲来した九尾さえ従わせる力があると一族の集会場の石版に書かれていた。
 その比類無き瞳力の代償に、使えば使うほど視力を失う事も記されていた。だが、それだけでは今の今まで自分に隠していた理由にはならない。

「そしてもう一つ。万華鏡の事も、そして写輪眼の事も、絶対に誰にも打ち明けるなと何度も念を押されたわ。特に、同じうちは一族の者には――」
「それは、何故?」
「……万華鏡写輪眼の末路は失明しかない。だけど――その終焉を変える手段が、唯一つだけあるの」

 ルイから言い知れぬ緊張感が漂う。
 言い渋り、躊躇う素振りはまるで何かを恐れているようだったが、今のサスケには石版にも書かれていない事が明かせぬ理由と何の関係があるのか、疑問視すると共に、また自分を騙そうとしているのではと疑心暗鬼に陥る。
 ルイが意を決して紡がれた言葉は、そんな勘繰りを吹っ飛ばすには十分なものだった。

「――他の万華鏡写輪眼の開眼者から瞳を奪い取り、自身に移植する。新しい宿主を得た万華鏡は永遠の光を得る処か、新たな瞳術も発現するらしい、わ」

 まるで頭を槌で殴られたような衝撃が、サスケの中に走り、全ての謎が一つに繋がったような奇妙な感触を掴んだ。

『――お前が開眼すれば、オレを含め、万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる。そうなれば、お前を生かしておく意味もある』

 万華鏡写輪眼には失明する末路しかない。だからこそイタチは、その瞳力を永遠のものにする為に自分以外の万華鏡写輪眼――つまりは、自分の眼が必要だったのだろう。
 ルイが打ち明けられなかった理由も納得出来る。万華鏡写輪眼の開眼者だと発覚していれば、幼き彼女は成す術無く眼を抉られていた事だろう。

「――ずっと、怖かった。どうしようもないぐらい怖かった……! 親しい人に眼を抉り取られる悪夢なんて何度見たか解らないぐらい見た……!」

 瞳を涙で潤わせたルイの悲痛の叫びが胸に痛いほど響く。
 ルイは眼を抉り取られる恐怖を、何年間も、ずっと一人で抱え込んでいた。打ち明けられなかった最大の理由は――同じうちは一族である自分さえも恐れていたから、だろう。
 それなのに彼女はそんな素振りを微塵も見せなかった。其処にどれだけの苦悩があったかは想像すら出来ない。
 三年前の夜の出来事が脳裏に過ぎる。自分はまた同じ過ちを繰り返してしまったのでは――出口のない自己嫌悪に陥る最中、一つだけ聞かねばならぬ事があった。

「――誰を、殺したんだ……?」
「ぇ……?」

 空間が凍りついたような錯覚を感じるほど、ルイの表情が崩れた。
 唇が見るからに震え、青褪めた顔に生気が消え失せる。それでも、聞かなければならないとサスケは自身に言い聞かせた。

「万華鏡写輪眼を開眼する条件は、最も親しい者を殺す事だ。イタチも、そうだった……ルイ、お前は――」

 ――一体誰を殺して開眼したのか。

「……サスケは知らないと思うけど、私には双子の兄がいたんだ。死産だった、らしいけど」

 ルイの頬に大粒の涙が止め処無く零れ落ちる。
 その絶望と悲哀に満ちた顔は、三年前の、うちは一族が皆殺しにされた後の状態と酷く重なった。

「人を殺した事なんて、一度も無かった。だか、ら――逆に辻褄が、合っちゃうんだ。兄が死産した、のは、兄を殺したのは、私なんだってっっ!」

 胸を引き裂かれんばかりの悲痛な絶叫が木霊する。
 余りにも不憫すぎる運命にサスケは絶句せざるを得なかった。
 イタチは自ら望んで親友を殺して万華鏡を手にした。其処に微塵の迷いも、罪の意識も欠片もあるまい。
 だが、ルイには選択肢すら与えられずに万華鏡に至ってしまった。望まずに兄殺しの咎を背負う事になった。本人には何の落ち度も無いのに。

「……軽蔑、したよね。生まれた瞬間から、私のこの手は真っ赤に血塗れていた。――サスケには、知られたくなかった。嫌われたく、なかったから……!」

 ――これ以上、サスケには我慢ならなかった。
 自虐に自虐を重ね、今にも壊れて崩れそうなルイを強く抱き寄せた。

「ぁ……」

 意表を突かれたルイは驚きの声を上げる。
 ルイの体は想像以上にか細く、今にも折れてしまいそうな危惧さえ湧いてくる。

「嫌いになんか、なるものか。……すまない、オレはまた、ルイの事を――」
「サスケ……」

 ルイはその間々抵抗せず、サスケに身を委ねる。

「もう、一人で抱え込まなくていい。オレに、頼っていいんだ。万華鏡の事も、それを狙うイタチの事も――ルイ、お前は、オレが守る」

 それが、三年前のあの夜に誓った決意であり、弱き自分との決別なのだから。

「……ごめ、ん。ちょっと、胸、借りるね」

 ルイは自身の顔をサスケの胸に埋めて、盛大に泣いた。
 暫し曇った泣き声が鳴り響く中、サスケは優しく、されども離すまいと強く、泣き崩れたルイを抱き締めた。




 ――斯くしてサスケは、私の作り出した幻術を何一つ見破れなかったとさ。泣き落としって便利よね。
 万華鏡写輪眼の事を知られたのは予想外であり、誤魔化しの作り話が即興となったが、見事に騙されてくれて良かった良かった。

(……誰を殺して万華鏡写輪眼を開眼させたかは私自身も解らないし、架空の双子の兄の真偽など皆殺しにされたうちは一族の者じゃなければ永遠に解明出来まい)

 私にとって痛くも痒くもない嘘の弱味は、サスケにとっては負い目として引き摺る事だろう。益々扱い易くなる。

(でも、もし本当に双子の兄が居たなら、考えるまでもない。間違いなく殺すね)

 そう、その席は未来永劫、過去永劫に埋まっている。私の兄は、無限に等しい並行世界で唯一人だけなんだから――。




 ――九歳の時、うちはイタチは家族間の付き合いでうちはルイと初めて出遭った。
 何故うちはの代表であるフガク達の一門が、何代も写輪眼を開眼しない没落した家系と縁があるのかは、遠い過去まで遡る事になる。
 木ノ葉隠れの里が創立される以前、うちはルイの祖先は最盛期を誇ったうちは一族の中心にいた。
 兄弟で万華鏡写輪眼を開眼させ、その果てに兄に眼を奪われた不遇の弟、うちはイズナの末裔だった。
 兄・マダラと同じく天賦の才の持ち主だったイズナは、されどもその子孫の瞳に写輪眼が発現する事は一度も無かった。
 眼を奪われた時に子々孫々の瞳力までも全て奪われたと一族の中で根深く呟かれるほど、イズナの系譜は皮肉めいた運命を辿っていたのだ。
 それ故に、一族の者達はその末裔のうちはルイを特別視していた。彼女が双子の妹として生を受け、双子の兄が死産だったその時から――。
 うちはルイはイズナの生まれ変わりなのでは――そんな信憑性の欠片も無い噂を最初に呟いたのは一体誰だっただろうか。
 一族の眼には、生後間もなく兄を失った妹が、兄を殺めて生まれたという風に見え、兄を深く憎悪して死したイズナを克明に連想させたのかもしれない。
 増してや彼女はイズナの血筋であり、根も葉も無い噂を尚の事増長させた。
 イタチが知る中では、生まれた瞬間に写輪眼を開眼させ、双子の兄の死に様を見下ろして嘲笑っていた、などという、考えた者の性根を疑いたくなるものまであった。
 普通に考えて絶対に在り得ない事だが――当然ながら、うちは一族の大多数の者は信じなかった。されども、多くの者に心の何処かで恐れられていた。
 早い段階で流麗に喋れるようになり、字の読み書きを完璧に習得するなど、幼子とは思えぬ聡明さが垣間見える度に、ありもしない噂は一族の中を駆け巡った。
 身体能力が同年代の平均と比べて低く、保有するチャクラの絶対量が少ないなど、忍としての才能が乏しい事が解るまで、噂が下火になる事はまるで無かった。
 渦中の人物であるうちはルイと対面した瞬間、イタチはルイと眼が一瞬だけ合い、彼女は咲き誇った華のように微笑んだ。それは年相応の目映い笑顔だった。
 その一瞬こそがイタチが抱いたルイへの印象の全てだった。探るようにルイの瞳を覗いた時、彼女もまた同じように自身の瞳を覗き込んでいた。
 まるで底知れぬ深淵を覗き込み、その深淵もまた此方を覗き込んでいたような、背筋が凍える心境に陥る。
 僅か四歳で戦争を経験し、幾多の怪物じみた忍と遭遇し且つ打ち倒してきたイタチをもってしても、五歳の少女でしかないうちはルイは、もっと悍ましい何かであった――。







[3089] 巻の37
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 01:00




 ルイを追って暫く、黒羽ヤクモはうちは一族の居住区に辿り着いた。

(……相変わらず寂れているな。此処に来るのは三年振りか)

 ヤクモの脳裏に過ぎったのは初めてルイと対面した光景であった。
 思えば、あれが全ての始まりと言っても過言じゃない出来事だった。あれからヤクモの世界はルイを中心に回っている。良い意味でも悪い意味でも――。

(ああもう、ルイの生家以外思いつかねぇ。とりあえず行ってみるか!)

 この三年間、沢山の出来事があった。されども、今回みたいにルイと仲違いしたのは初めての経験だった。

(ルイの言う事も、解らなくもない。自分の命を最優先するのは当然の話だ。けれど――)

 ――大切な人を見捨てる事なんて絶対に出来ない。そんな選択肢を選ぶぐらいなら死んだ方がマシだと断言出来る。
 馬鹿は死んでも治らないらしいとヤクモは自嘲する。それでも聡明な臆病者より、そんな愚直な馬鹿で良いと思う。

(……問題は、この主張でルイを説き伏せられないって事か。連れ戻すなんて、きっつい役割だぜ……!)

 いや、とりあえず喧嘩の原因は横に置いて、今はルイを連れ戻す事のみに専念しよう。よりによってこんな時にイタチ達と遭遇したら、最悪を軽く通り越す事態になる。
 そして霞む記憶を頼りにルイの生家に辿り着いた時、近くから二種類の声が聞こえた。
 一つはルイのものだと直感的に悟ったが、もう一人は誰のものかは解らない。

(こんな場所で一体誰と……まさか、もうイタチ達がっ!?)

 ヤクモは最悪の事態を想定し、無断で家の中に侵入する。細心の注意を払い、鞘に入った刀に手を添えた間々、足音一つ立てずに忍び寄る。
 壁を背に伝いながら縁側まで辿り着き、注意深く覗き込んだ時、ヤクモの眼に信じ難い光景が飛び込んできた。

(は――?)

 ヤクモの頭の中が一瞬にして真っ白になる。
 何でサスケが、ルイを抱き締めているのだろうか、理解出来ない。

「もう、一人で抱え込まなくていい。オレに、頼っていいんだ。万華鏡の事も、それを狙うイタチの事も――ルイ、お前は、オレが守る」

 五臓六腑を抉り取られたような衝撃が、ヤクモの心を痛烈に打ちのめす。
 際限無く湧き上がる幾多の感情の正体が何なのか、今のヤクモには何もかも解らなかった――。


 巻の37 明日の木ノ葉は曇りのち血塗ろ血滴の三角で雨の事


「珍しく熱心に修行していたと思ったら、女目当てだったか。流石はオレの息子だな!」
「……褒めてんのか貶してんのかどっちだ? あとそれ有り得んから」

 家の縁側で将棋を指しながら、奈良シカマルは父親から突如飛び出した妄言に盛大に溜息を吐いた。
 あのルイと、自分が何処を如何間違えばそういう風に見えるのか、小一時間ほど問い詰めたかったが、それはそれで面倒なのでやめておく。

「なぁに照れ隠ししてんだか。――中忍試験の本選はお前が思うほど悪い試合では無かったぞ。同じ手を使って嵌めようとしたのが運の尽きだったがな」
「……うっせぇ。これでも気にしてるんだぜ?」

 ナルトの作った穴を再利用して鼻を明かしてやろうと思ったのが運の尽きだったとシカマルは猛烈に後悔する。
 一度使った手を他人に利用させるなんて、あの性悪女が許す筈が無い。そんな事に気づかなかった自分の迂闊さが怨めしかった。

「術の引き出しが足りなかっただけだしな、取って置きの術を伝授してやる。如何にうちは一族と言えども、咄嗟に真似出来るのは影縛りぐらいだ。チャクラの燃費も相当悪いだろうよ」

 気怠げに立ち上がり、されども意気揚々と術の鍛錬に行くぞと催促する父親に、シカマルは眉間を顰める。
 人生、急ぐ必要など欠片も無い。現に将棋はまだ途中だった。

「まだ将棋の勝負付いてねぇだろ?」
「あぁん? もう詰んでるぞお前」

 まさか気づいてなかったのか? という具合に聞き返した父親の反応に、シカマルはまさかと思い、盤上を必死に見直す。
 シカマルは咄嗟に現在の盤上の全ての可能性を思索する。その結果、最短で五手、最長でも十手で詰む事が判明した。

「……な!?」
「はっ、将棋の精進も足りねぇようだな!」

 勝ち誇ったように笑う父・シカクを尻目に、シカマルは不貞腐れた表情で席を立った。




「はぁ、はぁっ、ちぃ……」

 激しく息切れしながら、日向ユウナは数メートル先で泰然と構える父・ヒアシを白眼で睨みつけた。
 クナイや手裏剣を初めとした飛び道具は一切通用せず、俄か仕込みの幻術などチャクラの無駄にしかならない。
 頼みの柔拳も当然の如く掠りもせず、一蹴される始末。一体どれだけ実力に差が開いているのか、ユウナは未だに把握出来ずにいた。

「どうした、来ないのか」

 同じ構えなのにヒアシには隙一つすら見出せず、付け入る隙も無い――否、唯一つだけある。
 無鉄砲に我武者羅に、正面から挑み続けた理由がそれだ。正面の自分のみに集中している今なら――対ネジ用に開発した術、水遁・浸水爆の水球で白眼の唯一の死角から奇襲出来る。
 仕込みは既に完了している。後は攻め入らずにいる自身に業を煮やし、ヒアシが自分から攻めに来る直前に叩き込むだけである。
 息を整えながらその瞬間を今か今かと待ち侘び――白眼で捉えたヒアシのチャクラの僅かな変動を見逃さず、ユウナは勝負に出た。
 白眼の視覚範囲の外から、尚且つ真後ろにある唯一の死角に水球を放り込む。流石のヒアシも反応出来まい――。

「未熟者め――」

 一矢報いたと思った刹那、ヒアシは振り向かずに神速の掌底を背後に叩き込み、発されたチャクラが水球を跡形も無く吹き飛ばした。

「んなっ?!」

 それから間髪入れずヒアシが致命的な間合いまで踏み込み、がら空きだったユウナの腹部を掌底で穿つ。
 重力の束縛から解き放たれたような奇妙な感覚が広がる。何て事も無い。あの一撃でユウナの身体は宙に舞い、猛烈に吹き飛んでいる最中なだけだった。

「がっっ!」

 飛ばされた先にあった樹木に激突し、ユウナはその間々地に倒れた。
 少しは手加減して欲しいと切実に思うユウナだが、五体がバラバラになるような激痛に悶え、何かを発言する余裕は欠片も無かった。

「白眼の死角に気づいていた事は褒めてやろう。だが、それが致命的な隙に成り得るのは白眼を絶対視する愚者のみぞ」

 日向の一族なのに白眼を絶対視しないのはアンタだけだろうとユウナは内心突っ込む。実の父親ながら、日向ヒアシは他の上忍と比べても人外と言わざるを得ない。

「攻撃の気配はすれども見えぬなど、死角にあると同意語。ならば逆に対処し易い。――日向の拳に小手先の技など無用。今日はそれを徹底的に叩き込んでやろう」

 いつもなら其処で音を上げる処だが、ユウナは痛む身体を押して立ち上がり、無言で構えた。

(この程度で……挫けて堪るか)

 木ノ葉崩し以来、ユウナはひたすら強くなりたいと願った。今まで拒否していたヒアシとの組み手にも望んで志願するほどに。
 親友を見捨てたくなければ、己の手で守れるぐらい強くなるしかない。あの時に見出した不確かな答えを確かなものに昇華する為に――。




「ですので、カイエ上忍自らの推薦を戴きたく――」
「そうだよなぁ、師自らが推薦するのが筋ってもんだよなぁ。――だが、断る」

 上忍の集会場にて、猿の仮面を被った暗部の男の提案を青桐カイエは見事なまでに斬って払った。
 まさか断るまいと想定していた暗部の男は意表を突かれて動揺する。カイエから彼の表情は見えないが、とても解り易い反応であった。

「……何故です? うちはルイが中忍の範疇に納まらないのは師である貴方が一番御存知の筈」
「師であるからこそ、ルイの事はオレが一番理解している。アイツは数年の内に上忍まで駆け上がるだろうが、今はまだ早い。今は中忍で十分だ」

 カイエは面倒臭げにあしらう。
 暗部の男からは不穏な気配が漂い始める。適当な対応に怒りの感情でも抱いているのか、仮面の意味が無い若造に溜息を吐いた。

「何を暢気な事を。今の木ノ葉は戦時中と何一つ変わらない。能力ある者が上に伸し上がるのは当然の理。貴方とてそうだったでしょう?」

 まるで聞こえていないように、カイエは自分の耳を指で穿り、欠伸しながら聞き流す。
 話は既に終わったとするカイエの態度に対し、暗部の男は感情を露に食いついていく。

「それに今は一人でも多くの戦力が必要な時。――何時まで師弟ごっこに勤しんでいるのです、カザカミ殿?」

 皮肉げに呟いた暗部の男の言葉が、カイエの態度を豹変させた。
 先程からの腑抜けた様子からは想像出来ない、燃え盛る爆炎の如き激烈な殺意が暗部の男に向けられる。
 その殺人的な威圧は暗部の男に息を吸う行為すら許さず、生じた呼吸器官の狂いに彼は一時的に錯乱状態に陥る。
 ――蛇に睨まれた蛙とはこの事であり、暗部の男は青桐カイエという男を致命的なまでに見誤っていた事を否応無しに悟る。

「まあ待て、二人とも。落ち着いて話をしようではないか」
「っ、ガイ上忍――!?」

 突如空気を読まずに現れたガイにより、咽喉から言葉が出せない威圧から解放された暗部の男は内心安堵の息を零す。
 その瞬間だった。カイエの右手が閃光の如く駆け抜け、彼の仮面を撫で上げたのは。
 咄嗟の事に反応出来ず、一拍子遅れて後方に飛び退いた暗部の男はすぐさま抗議の声を上げようして――瞬時に絶句する。
 仮面が、無い。地面に落ちたのなら解る。盗み取られたのなら単なる失態になろう。
 されども、仮面だけ削り取られたという驚嘆すべき神業は、彼我との覆せぬ実力差を強制的に自覚させる事になった。

「ルイを上忍に推薦するのはテメェ等の勝手だがな、それはつまり――このオレに風穴開けられる覚悟があるって事だよなァ? あァン?」

 殺す気なら呆気無く殺せた、と怒れるカイエは右手に収束するチャクラの渦を霧散させる。
 ――先人達曰く、あらゆる対象を惨殺した鬼人、嬉々と狂々と敵味方構わず風穴を穿つ凶刃の如き忍。今尚生きた伝説として語り継がれる元暗部の上忍・青桐カイエ。
 暗部の男は眉唾物の話全てが真実であったと恐れ戦いた。

「今すぐ消えろ。無名の死骸が一つ出来上がるのは問題無いが、暗部の癖に顔晒しておっ死ぬのは格好が付かないだろう?」

 若くして暗部の男は生まれて初めての挫折感を味わう。
 自分達が上忍と比べても遜色無い実力の持ち主だと信仰していただけに、開き切った力量の差は彼の心を簡単に圧し折った。
 手で顔を隠しながら、暗部の男は一目散に撤退する。その慌しい様子を見届け、カイエは全身脱力して一際大きい溜息を吐いた。

「……はあぁ、やっちまった。塩撒こう」
「ふっ、カイエのああいう顔を見るのは久しぶりだな」
「言うなっ、オレとしては滅茶苦茶気にしてるんだから」

 いつものノリに戻ったカイエは気恥ずかしげに頬を掻く。
 遠い昔、九尾が襲来して仲間を失った青桐カイエは荒れに荒れていたとガイは感慨深く回想する。
 殺伐とした雰囲気を漂わせ、敵味方構わず威嚇し、常に鋭い殺意を滾らせていた。
 先程までの近寄り難き様子は過去を克明に連想させたが、瞬時に元通りになった様を見て、ガイは昔とは違うと一安心する。

「上忍への推薦、か。本来なら師匠冥利に尽きるんだがな」
「確かにルイは同年代の者と比べて突き抜けている。だが、それは血継限界による極端な一点特化に過ぎん。それに、今のこの時代にオレ達のような境遇をさせる訳にはいかねぇだろ」

 忍としての能力も、指揮官としての能力も他の上忍と比較して申し分無いとカイエは個人的に評価する。
 身体能力には若干の不安が残るが、真に問題なのはルイ自身の心だ。
 出会った当初から彼女の気質が、皆が一般的に抱く正義とは程遠いものだと勘付いていた。むしろその真逆、大蛇丸を思わせるような極上の悪と言って良いほどだった。
 今は仲間の交流と支えもあって、良い方向に傾き掛けているとカイエは見る。それだけに、その天秤を壊すような唾棄すべき真似など断固として阻止するべきだ。

「うむ、その意気だっ! ……で、任務の事なんだが」

 途端、カイエの顔が壮絶に引き攣った。

「あーあー、聞こえないー! 過労死させる気かコンチクショー! 如何考えても労働基準法違反じゃあぁ!」

 両耳を塞ぎながら無駄に喚くカイエを尻目に、ガイは大笑いしながら後ろ襟を掴み上げ、嫌がるカイエを引き摺って行った。




 ルイとヤクモが飛び出てから暫く、ナギは日向宗家の門構えの前で忙しく歩き回っていた。

(うぅ~、やっぱり喧嘩したばかりのヤクモに任せるなんて無責任だったかなぁ。でも、あの場ではああするしか……うぅーん)

 流石に自分まで行ったらミイラ取りに成り兼ねないので自重する。
 今のナギは人柱力としての力をほぼ完全に封じられ、素でハナビ以下――いや、同年代の誰よりも弱いかもしれない。
 会得している術の大半が六尾関係なので、それが無くなったら戦闘力は皆無に等しい。自分のへっぽこぶりに気が滅入るばかりだった。
 そんな中、トレードマークの三つ編みおさげを揺らしながら、ルイが一人で帰って来た。

「あ、ルイちゃん! よ、良かった~、無事なのね!」
「……軽はずみな行動だったのは認めるけど、心配性ねぇ」

 ナギは心底安堵し、ルイはその慌てっぷりが可笑しかったのか、苦笑いする。
 何一つ変わらない様子だが、ルイの眼が若干充血していた事にナギは気づく。気づいてヤクモと何かあったのか、物凄い勢いで不安になった。

「それで……ヤクモとは、どうなったの?」
「? あれから会ってないよ」
「え?」

 ルイは途端、不機嫌そうに言い捨てる。それは先程の口喧嘩を思い出しての事であり、本当にあれから会ってないようだった。
 一体ルイの身に何があったのか、全く解らずにナギが百面相する中、割とボロボロになったユウナが重い身体を引き摺って帰ってくる。

「二人とも、どうしたんだ?」

 こんな場所で何をしているのだろうとユウナは半眼で疑問視する。

「ユウナ、丁度良い処に。ちょっと付き合ってくれる?」
「へ?」

 ルイの口から囁かれた在り得ない言葉に、ユウナは前後不覚に陥る。
 ヒアシにやたら叩かれたせいで奇怪な幻聴が聞こえたのでは、と真っ先に疑うほどである。

「えええぇぇ~~~~~!?」

 ナギの間が抜けた、驚きの叫び声を耳にした時に漸く聞き間違えで無い事を悟り、ユウナは二重に驚いたのだった。







[3089] 巻の38
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 01:05




 その夜、仮面を新調した暗部の男は火影邸の警護に務めていた。
 素顔を晒すという、暗部の者にとって最大級の失態を犯した彼は未だに立ち直れず、酷く意気消沈していた。
 早い段階から暗部に選抜され、他の凡庸の忍とは違うという強い自負心があっただけに、上忍ながら凡庸を絵に描いたような男に劣っている事実が悪夢の如く圧し掛かる。
 この失態を当然のように聞き流し、何の御咎めも与えなかったダンゾウの対応も、彼の自尊心を深く傷つけた。
 ――この如何無き実力差が、さも当然という認識だったからだ。
 気が滅入る中、任務中に私情を挟むなど言語同断だと内心叱咤し、彼は火影邸の警護に全力を注ぐ。
 音隠れと砂隠れの戦から二十日も経過し、夜襲や侵入など皆無に等しい。慢心するべきではないと戒めるも、心の何処かではもう安全だと確信していた。
 まずはこの簡単な任務を完璧にこなし、傷ついた自信を再構築させて行こう。暗部の男が自分自身を鼓舞して空元気で立ち直ろうとした時、忍としての卓越した聴覚が微かな異音を捉えた。
 この奥の通路には封印の書の保管庫に行き着くが、忌々しい九尾の小僧が侵入した経緯から警護の者が常駐している。
 それ故に万が一もあるまいと思うものの、彼の中に過ぎった悪寒が拭えない。念の為、彼は保管庫まで赴く事にした。

(――? 警護の者がいないだと? 一体何処に……!)

 既にその時点で異常事態と言えた。警護の忍が勝手に持ち場を離れるなど在り得ない。何らかの外的要因が無ければ、今の状態にはなるまい。
 警戒の度合いを最大まで引き上げて――この場で踏み込むか、他の者に知らせてからにするか、その二択が脳裏に過ぎる。
 侵入者を取り逃がす可能性を犯してまで援軍を呼ぶより、彼は単独で汚名返上する道を選んだ。これこそ失った自信を取り戻す絶好の機会だと信じて疑わずに。
 意を決した暗部の男は保管庫へ踏み込む。其処で彼を待っていたのは仁王立ちする一人の青年だった。

(――!?)

 眼が合った瞬間には、勝敗は決した。
 暗部の男の四肢と咽喉に巨大な楔が何時の間にか打ち込まれていた。身動き一つ取れない上に、身も捩れないほどの激痛で声も出せない。
 敵の幻術に陥った事を悟ったが、今の彼にはゆっくり歩み寄る死神の姿を黙視するしか出来ない。
 青年は赤い雲模様入りの黒衣から気怠げに右手を出す。手には何も持たず、その薬指には〝朱〟の文字が入った指輪が嵌められている。
 しかし、幾ら侵入者の特徴を克明に覚えようとしても無駄な事――自分は此処で殺される。男がそう覚悟した時、その右手は力無く暗部の仮面を鷲掴みにした。
 死に際にさえ素顔を暴かれるのかという悲観は、自身のチャクラを吸い尽くされていく絶望的な虚脱感に打ち消される。
 意識が途絶える最中、暗部の男はその青年の両眼に輝く写輪眼と横一文字に傷つけられた木ノ葉の額当てを網膜に焼きつけ――これが齢十三で暗部の分隊長になった男かと内心嘆き、一日に二回目の敗北を喫した。



 音も無く崩した暗部の男を見届け、暗闇に佇むうちはイタチは煙の如く消え失せた。
 その影分身が蓄積した知識と経験は、或る少女の下へ齎された――。


 巻の38 色めく夜の陰謀と少年少女の純情の事


「ふふ、完璧ねっ。我ながら自分が恐ろしいわぁ!」
「……そりゃそうだろうな。敢えて突っ込まんよ」

 火影邸から数百メートルほど離れた廃屋にて、うちはルイは首尾の良さに満開の笑みを浮かべる反面、共犯者の日向ユウナは精神的な疲労感を隠せずにいた。

「……どうせこんな扱いだと思っていたよ。何処まで行っても便利な望遠鏡扱いだとも、解っていたとも」
「不貞腐れているねぇ。私とユウナの、初めての共同作業なのに」

 ルイは顔を俯き加減にしたまま、目だけ上へ向けてユウナの顔を覗き込む。
 俗に言う上目遣いの仕草に、ユウナは一瞬動悸が激しくなるが、ルイの真っ黒な性根に騙されるものかと首を振って、一時の気の迷いにから生じた煩悩を退散させる。

「……その共同作業が味方に被害を及ぼす奸計じゃ、千年の恋も冷めるぞ」
「あら、随分と上手い言い回しねぇ」

 しおらしい挙動は彼方に消え去り、ルイは嫣然と微笑んだ。
 年不相応ながらもルイには相応しい顔だ。そう思考した処で、自分も随分彼女に毒されたものだとユウナは内心苦笑するのだった。

「ナギに刻まれた邪魔な封印が解けて、オマケに近々来るであろうイタチ達の牽制にもなる。一石二鳥でしょ」

 イタチに変化した影分身で火影邸に侵入し、封印の書を読み解いて四象解印の記述を丸暗記するのが一番目の目的であり、その際、うちはイタチが侵入したという痕跡を適度に残す事が二番目の目的だった。
 イタチに罪を擦り付けるに当たって、一番の障害となるのは漫画の本編では名前すらない、有象無象の分家筋の者が持つ白眼の存在だった。
 白眼の透視で発見されるだけならまだしも、一目で変化すら見抜かれ、正体を暴かれてしまっては元も子もない。
 其処でルイは白眼に対抗する為に、同じ白眼を持つユウナを強制的に共犯者に仕立て上げた。

「確かに効果的だが、少しは他人の迷惑加減も顧みてくれ」
「大事の前の小事よ。それも取るに足らぬ些細な、ね」

 言うなれば、白眼という神視点の透視図を見れるユウナの指示の下、影分身の特性を生かして逐一情報を更新しながら忍び込んだ出来レースだった。
 最早、幾多の傭兵の命を救ったダンボールすら不必要なほど上手く行ったのは当然過ぎる成り行きだった。

(――けれど、意図的に使った写輪眼から、私の犯行だと疑う者も少なからず出る恐れがある。まあ、六尾の力と比較すれば取るに足らぬリスクだね)

 来るべきイタチ達の襲来に向けて、磐石とは言えないが布石は打った。後は意地でも出遭わないよう立ち振る舞うだけだとルイは結論付ける。

「さぁて、長居は無用。さっさとズラかるわ、よ……?」

 ルイがそう言って立ち上がろうとした時、よろけて再び地面に尻餅付けてしまった。意図せぬ事態に、ルイの脳裏は疑問符に埋め尽くされる。

「どうしたんだ?」
「……何でもない。すぐ行くよ」

 不思議そうな表情で見下ろすユウナに対し、ルイは平静を装いながら素っ気無く言い返す。
 その疑問符が焦りに豹変したのは自力で立つ事も儘ならないと悟った時だった。立ち上がろうとする以前に、足に力が入らない。
 病み上がりの身で無我夢中で何キロも駆け抜けたり、影分身を何体も作ったりと、気づかぬ内に無理を重ねていた事をルイはこの時初めて自覚する。

「立てないのか?」
「……」

 その思うように動けないルイの様子を見て、ユウナが心配して問うが、ルイは気まずそうに沈黙する。
 時間が経てば動けるようになるだろうが、何時までもこんな場所に居ては誰かに目撃されてしまうかもしれない。それはルイ自身が一番理解している事だった。

(……やれやれ。珍しく人に頼ったと思ったのに)

 最善の方法が何なのか解っている癖に頼ろうとせず、ルイはある筈も無い別な方法を必死に考えている。
 そんな妙に意地っ張りなルイが愛しく、同時に最後まで頼ってくれない事が猛烈に悔しかった。
 だからこそ、ルイが躊躇している一歩を、ユウナは躊躇無く踏み越えた。

「病み上がりなのに無理し過ぎだ」
「え、ちょっと!?」

 ユウナは立てないルイを無理矢理背中に背負う。
 突然の行為に驚いてルイがじたばた暴れるが、今の彼女には振り解くだけの力さえ残っていなかった。

「早く立ち去らないといけないのはルイも解っているだろ?」
「う、それはそうだけど……!」

 暫くして諦めたのか、耳まで真っ赤にしたルイはユウナの首下に両手を回し、力無く身を任せた。

「……重くない?」
「軽いよ。これでも男だからな、女の子を一人背負うぐらい容易いさ」

 まるでヤクモみたいな物言いだと、ルイは気恥ずかしくなる。
 同じ年齢なのに、こんなにもユウナの背中が大きく思える。それが不思議であり、また変な方向へ意識してしまう。
 ルイの頬の熱は夜風に晒されても暫く冷めなかった。




(……こ、これは、意外とヤバイな……!)

 ルイを背負いながら、ユウナは激しく動揺していた。
 振り落とさないように必死になっていた時は気づけなかったが、冷静になった今はルイの事を強く意識してしまう。
 時折首筋に吹きかかる吐息、女性特有の艶かしい香り、普段着の着物からはだけた両太股の感触、背中に当たるほんの些細な柔らかい何かなど、ユウナの理性を沸騰させるにはどれも十分すぎるほどの破壊力を秘めていた。
 誰もいない暗い夜道、二人は満月の光を頼りに歩いていく。
 掠れる吐息や足音だけが響く沈黙の中、背中のルイを意識しすぎて平静を保てないユウナは何か話題を出して誤魔化そうとし――忙しく彷徨う視線は、天空に輝く満月に行き着いた。

「この世界でも、月は変わらないな」
「……そうね。あれだけは相変わらず綺麗ね」

 ルイは眠たげに、されども感慨深く受け答える。
 遠い望郷の念が胸に行き渡る。こんなにも既視感が明瞭に蘇る夜だからか、ユウナは相応しくない質問を口にしてしまった。

「なあ、ルイ。今更な事を聞くが、元の世界に帰りたいって思った事はあるか?」
「本当に、今更な話だね。何度思ったか、解らないわ」

 当たり前と言えば当たり前の話だった。喋って、ユウナは若干後悔する。
 最初に生まれ育った故郷をどうして忘れられようか。最近は思い起こした事は無かったが、日本での家族や友の事を思い出し、ユウナは寂しげに感傷に浸る。

「でも、戻ってどうするの? いや、違うや。戻ったら、どうなると思う?」
「……? 何か問題あるのか?」

 ルイの妙な言い回しに疑問符が浮かぶ。
 元の世界に戻ったら、まずは家族と逢い、次に友人達とまた馬鹿な話で盛り上がりたい。それから文明の利器や娯楽を存分に堪能し――途端、その他愛無い空想の願望すら、酷く矛盾して破綻している事にユウナは気づいてしまった。

「……時間の流れが一緒ならば死後十二年後、想像するだけで滅入るね。都合良く一瞬の時間しか進んでいなくても、私達は嘗ての私達ではない。こんな姿形で、嘗ての家族や親友に死んだ自分であるとでも、主張する?」
「う……それは」

 そんな無情な現実を想像していなかっただけに、ユウナには返す言葉も出なかった。
 ヤクモは元より、ルイは隠蔽出来るからまだしも、ユウナ自身は――正確には、ユウナの眼は普通の人間の物とは掛け離れている。
 そんな怪奇じみた眼の人間が現実の世界に溶け込めるかと問えば、間違い無く否だろう。
 元の世界に帰るなど元々不可能な事だとは思っていたものの、万が一叶っても報われない結末を悟り、ユウナは酷く意気消沈した。

「……意地悪な、言い方だったね。願望そのものは、否定しないわ。問題は――もん、だい、は……」
「ルイ……?」

 振り向けば、ルイは静かな寝息を立てていた。
 病み上がりで何体も影分身を作り、経験の蓄積を何度も繰り返したのだ。その疲労は無自覚の内に溜まっていたのだろう。

(……眠ったのか。最後、気になる事を言っていたが、またの機会に聞けば良いか)

 ルイの無防備な寝顔に見惚れ、また心乱すユウナは早足で我が家に向かう。
 こんな無様な姿を誰にも見られたくないと思う反面、ユウナは唯一人の目撃者に気づかず、致命的にも見逃してしまった――。




 その唯一人の目撃者はうちはルイが影分身に変化させて罪を擦り付けた当人――ではなく、あれから当ても無く街を彷徨っていて、偶然にも目撃する事になった黒羽ヤクモだった。
 ヤクモが二人に声を掛けなかったのは、ルイと喧嘩して気まずいから、ではない。
 ルイをおんぶしているユウナの姿が、ルイとサスケが抱き合っていた昼の光景と重なり、二人がどういう関係になっているのか、知る事を恐れてまた逃げ出してしまった。

(……畜生、目も当てられねぇよ……)

 頭の中は屠殺場で解体されたようにバラバラで、何一つ正常な思考に至らない。
 その癖に思考は悪夢の如く終わらず、一向に眠れる気配が無い。
 この間々では埒が明かない。ヤクモは水を飲んで落ち着こうと、頑なに瞑っていた眼を開く。開いて――今度は自身の眼を疑う。

「――は?」

 其処は見慣れた自分の寝室ではなく、人間が使う事を度外視した歪な図書館だった。

「此処は――あれ?」

 相変わらずの殺風景を見て、大蛇丸に殺された時以来だと違和感無く思い出し、それが最大の違和感である事にヤクモは気づく。

(今まで一回も思い出せなかったのに、此処に来た途端、急に思い出すなんてどう考えてもおかしいだろ――てか、寝てなかった筈なのに何で唐突に来てるんだ!?)

 謎が謎を呼び、ヤクモは更に混乱する。
 そんな彼を嘲笑うかのように時計の秒針は規則正しく刻まれる。
 チクタクチクタクと、耳障りに思い、段々苛立ってきたヤクモの意識を掻っ攫ったのは、聞き慣れた彼女の声だった。

「ヘタレの甲斐性無し。女の様に泣き喚きながら蟲の様にくたばる。君の墓碑に刻むには最適な言葉だと思うんだけど?」

 振り向けば其処に彼女が居た。当たり前のように紅茶を啜っていて、衣服と髪型だけはいつもの彼女とは違った。
 いつもの忍装束ではなく、また以前の司書姿でもない。
 黒を基調とした洋服にレースやリボンなどの装飾が存分に付けられ、また趣味の悪い髑髏や十字架などのアクセサリーが自己主張するゴスロリ風の衣装だった。
 髪型も三つ編みおさげではなく、髪を後頭部で一つに纏めて、毛先を尻尾のように垂らしたポニーテールになっている。
 ルイに似た誰かは完璧な造型を持った人形のように着飾っているが、その挑発的で邪悪な笑みがその印象を払拭して尚も補い余る、魔的な魅力を織り成していた――。







[3089] 巻の39
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 01:26




「……またお前かよ。余計なお世話だ、二度と出てくんな」

 彼女の揶揄が的を得ているだけに、ヤクモは反論らしい反論を出来ず、腹立ちさを隠せなかった。
 そんなヤクモの様子が大層気に入ったのか、純和風の世界観に合わないゴスロリ風の衣装を着こなす彼女は腹の底から嘲笑う。

「あら、他人との逢瀬を覗き見したぐらいで嫉妬? 凄く傲慢だねぇ、何時からルイは君の所有物になったのかしら?」
「……五月蝿い、黙れ……!」

 平常時の彼だったらまだまだ我慢出来たが、如何せん今日の彼は色々有り過ぎて沸点が限り無く低くなっていた。
 怒りで我を失ったヤクモが乱雑に駆け寄って、衝動的に悠然と座っている彼女の襟元を掴み上げようとした刹那、その手は空を切った。

「え?」

 座っていただけの彼女は目も離さぬ内に目の前から消えてしまっていた。この信じられぬ出来事を一番信じられぬのはヤクモ本人に他ならない。

「煩わしいこの唇を遮る為に私を襲う? ふふん。何だかんだ言って、本質的には解っているじゃない。安心したわ」

 声はヤクモの背後からだった。
 咄嗟に振り向くも、既にその姿は無く、気づけば彼女は先程から一歩も動いてないが如く椅子に座って優雅に紅茶を啜っていた。

「一体、何の事だよ?」

 言葉にならぬ悪寒がヤクモの背筋に駆け巡る。
 今のは高速だとかそういう次元ではない。ならば、幻術の類だろうか。万華鏡写輪眼の幻術〝月読〟の中ならば何でもありなので可能だろうが、彼女の眼は裸眼でしかない。
 そもそも此処が既に月読の中ならば――否、前回ならいざ知らず、今回はいきなり此処に居たのだ。月読じゃない可能性の方が大きい。

「さぁね。それにしてもあの絶望的な状況から良く生き延びたね。死ねば良かったのに」

 彼女の眼を見る限り、割かし本気で思っていたのだろう。

「……ふん。予想が外れて全員無事で悪かったな」
「あら、褒めているのよ?」

 ぱちぱちと脱力を誘う拍手が適当に鳴った後、彼女はヤクモの顔をじっと見据えた。

「愉しい愉しい木ノ葉崩しも終わって、大蛇丸の脅威は格段に下がったわ。これでルイの生命を脅かす者はうちはイタチに暁の面々、後は――君ぐらいかな?」
「だから、何でそうなるんだよ?」

 そういえば以前出遭った時も彼女は同じ事を言っていた。
 ルイを殺すなど絶対に在り得ないとヤクモは表情を堅くするが、そんな意固地な自分を論破する自信があるのか、彼女は不気味に笑う。

「君に代わって必要最低限の犠牲になったルイを犠牲無しに救えたからよ。ホント理不尽よね。物事を成す為に必要な代償を踏み倒すなんて」
「は?」
「私からすれば今回の事は口論にすらならない筈なんだけど。最低限の犠牲を見捨てろと主張したルイが、大蛇丸に刺された君を見捨てられなかったんだから」

 完璧に矛盾しているよね、と彼女が哄笑する傍ら、ヤクモは言われてみて初めて気づく。
 それも以前彼女に言われた事を覚えていれば容易に気づけた事だった故に、ヤクモは居心地悪く頭を片手で掻き毟った。

「……なら、ルイは何でオレを――」
「私じゃなく、ルイに直接聞けば? と言うより、語るに落ちているけどねぇ」

 脳裏に疑問符を浮かべるヤクモを余所に、彼女は退屈そうに片眼を瞑った。
 この話は終わりとばかりに紅茶に口をつけ、再び彼女はヤクモの眼を見据える。

「――運命は過程であるが故に幾らでも改変出来るけど、一度辿った結末は絶対に変えられない」
「何だそれ?」
「二度目の生を謳歌している君達の事さ」

 どうしてコイツは何雑で解り難い話が好きなのか、ヤクモは疑問視したが、静かに耳を傾ける事にする。

「主君に裏切られて死んだ者は何度生まれ変わってやり直しても主君に裏切られて死ぬし、事故死した者は幾ら頑張っても事故死するし――目の前で愛しい人を陵辱されながら死んだ者は、何度回避した処でやはり同じ結末を辿るだろうね」

 その悪意ある含み笑いを目の当たりにして、ヤクモは怒りと、それを超える恐れを抱いた。
 目の前のコイツは明らかに、黒羽ヤクモの前世の結末を知った上で嘲笑っていた。

「……っ、いきなり何だよ。根拠の無い上に酷い暴論だな……!」

 一度目の結末が救い無き破滅だっただけに、更にはそんな破滅を覆す為に生きているヤクモは誰よりの彼女の論を否定しなければならなかった。
 そんな静止を知らぬ荒ぶる感情の渦は、次の言葉で文字通り凍りつく事になる。

「信じるか否かは君個人の勝手だけど――ルイは栄光と破滅を齎す生贄として殺されるよ、唯一度も例外無く」

 その時の彼女の表情は無表情というよりも、恐ろしいほど虚無だった。
 今までの笑みがどれだけ薄っぺらい貌だったのかと思い知らされるぐらい、その虚無の顔には底知れぬ絶望が宿っていた。

「例え話になるけど、ルイが世界を滅ぼせるような、それはもう邪悪な神様を降臨させる為に必要な生贄だったと仮定しよう。この前提の段階で邪神を降臨させようとする者に狙われ、またそれを阻止しようとする者にも狙われるね」
「ちょっと待て。何で阻止しようとする連中にも狙われるんだよ? 普通守るだろ」
「当然でしょ。この前提のルイを殺せば邪神の降臨を簡単に阻止出来るのだから」

 あっけらかんに末恐ろしい事を言う、とヤクモは顔を引き攣るが、さも世界の常識を語るような彼女の言い草に、ある種の隔たりを感じる。

「勿論、座して死ぬ趣味なんて持ち合わせてないからルイは全力で抵抗する。ありとあらゆる手段を講じ、悪に対してそれ以上の悪となって凌駕し、敵という敵を徹底的に撃ち滅ぼす。ある意味究極の被害者であり、依然変わらず究極の加害者だね」

 その違和感は彼女と話す毎に大きくなっていき――その正体が何なのか、漸く掴めてきた。

「そして全ての敵を駆逐したとしても、ルイ自身が最後の悪に、世界の怨敵となってしまい――〝彼等〟英雄殿に栄光と破滅を齎す為の生贄として捧げられる。……幾ら足掻いても結末は同じ辺り、ホント救えないよね」

 ――ヤクモの信仰する物語には、必ず救いがある。
 どんなに運命が過酷で苦しくとも、最後には絶対に救いがあると信じている。絶望の淵で死んだ自分に、世界はやり直せる機会を与えてくれたのだから。
 ――彼女の信仰する物語に、救いは無い。
 どんなに頑張っても、必死に足掻いても、当然のように報われない。
 お姫様の窮地を救う筈の英雄が、血塗れのお姫様の心臓を穿つ。彼女の言う物語はそんな皮肉に満ち溢れている。

「それはその在り得ない前提と条件が揃わなければ成立しない話だろ。色々と悪い方ばかりに考え過ぎなんだよ」

 世界は彼女が悲観するほど報われないものではない。その淡い願いに似た想いの主張をした途端、世界が豹変した。

(な……!?)

 身体が弾け飛びそうな形無き重圧がヤクモを襲った。周囲の景色は在り得ないぐらい歪曲し、時計の針の音が不規則に揺れる。
 次元の歪みすら引き起こした彼女は限界まで眼を見開いて、慄くヤクモの眼を間近から覗き込んだ。

「――在り得ない前提? 在り得ない前提だって? これまた腸が煮え繰り返るほど愉快で痛快な意見だわぁ!」

 彼女は笑う。哂う。嘲笑う。何より禍々しく、邪悪の権化の如く。物語の魔王という存在が実在していたのならば、正しく今の彼女そのものだろう。
 だけどヤクモには、まるで泣きながら笑っているように見えた。そんな在り得ない虚像を幻視し――彼女もまた、ルイなのだと朧げに悟る。
 暫く笑い続けた彼女は一転し、虚脱感を露にしながら話を続ける。

「うちは一族として生まれ、万華鏡写輪眼を開眼させた時点で、ルイは大蛇丸に執拗に狙われ、また他の万華鏡写輪眼の所有者に狙われているわ」
「大蛇丸は解るが、何で他の万華鏡写輪眼持つ奴まで?」
「万華鏡写輪眼を使えば使うほど視力が落ち、最終的に失明する。イタチも開眼してから六年程度で写輪眼状態でも数メートル先が霞むぐらい酷かったかな? 今のルイの視力がどれだけ落ちているのか、それは私の口からは言えないわ」
「な……!?」

 ヤクモはふと自分の不明瞭な原作知識を思い返す。
 原作でもカカシがイタチに対し、視力が低下している事を匂わせた描写があった。
 ルイ自身が使用した際に血の涙を流した事は無いが、原作では万華鏡写輪眼を使う毎に、何かと過重な負担が掛かっていた描写が多々有っただけに、その可能性は否定出来ない。
 ヤクモは押し黙る。失明のリスクがあったのに関わらず、ルイは躊躇い無く使い続けていた事実に、奥歯が砕けんばかりの歯軋りを立てた。

「あら、己の無知を恥じる必要は無いわ。敢えてルイが伏せていた事だし」

 一瞬だけ意地悪く含みを持たせた彼女の言葉に、ヤクモは気づけなかった。
 何故、ルイが万華鏡写輪眼のリスクを話さなかったのか――そんなものは考えれば即座に解るほど単純明快過ぎて自己嫌悪に陥る。
 言えば万華鏡写輪眼の使用を自粛せざるを得なくなるから、その一点に尽きるだろう。

「でも、その万華鏡写輪眼の代償を回避する方法が一つだけある。何て事も無い、他の万華鏡写輪眼を奪って自分に移植すれば良い。そうすれば永遠に光を失わず、更には新たな瞳術まで授かるらしいわぁ。至れ尽くせりな特典よね」

 因みに原作からの設定よと口ずさみ、彼女は自分の眼を指差し、ヤクモの考えがどれほど甘いか、腹の底からせせら笑う。

「視力が極限まで低下しているイタチや、将来的に開眼するサスケにとって、うちはルイはさぞかし魅力的な生贄だろうね。……更に言うと、万華鏡写輪眼で尾獣を従わせた時点で、ルイは看破出来ない存在よ。暁にしてもこの里の者達からしても」

 何故、というヤクモの視線に対し、彼女は出来の悪い生徒を諭すように、優しく残酷に説明していく。

「尾獣を集める暁にとって、尾獣を使役出来るルイは邪魔以外何物でもない。同様に、木ノ葉隠れの里にとってルイは九尾以上の危険人物よ。何処かの馬鹿が、過去に万華鏡写輪眼を使って九尾を使役し、初代火影に戦いを仕掛けた前例もあるしねぇ」

 うちはマダラって名前、何処かで聞いた事無い? という問いかけは、今のヤクモには届かなかった。
 余りの事で処理の追いつかないヤクモを彼女は容赦無く畳み掛ける。
 ――彼女は呪いを完成すべく、最後のキーワードを、神託の如く告げた。

「これでまださっきのを在り得ない前提って言える? 言えないよねぇ、だからこそなのよ。――ねぇ、〝私の愛しい英雄殿〟」




 ――唯一度も例外無く、ルイの死は一緒だった。
 何千何万回と繰り返して覆せない事を見る限り、この死の因果は絶対の法則として見るべきだろう。

(それに――)

 前世の死に由来した大蛇丸という死を乗り越えて、黒羽ヤクモが生き延びた理由は役割を果たしていないからだ。
 英雄たる存在は、殺すべき敵が生存している限り死なない。限り無く死ににくい。死ぬ場合は遺志を継ぐ後継がいる時に尽きる。

「――ふざけんなよ」

 その眼に途方も無い怒りを籠めて、黒羽ヤクモは揺るがずに呟いた。
 この少年は彼女の言を正しく理解出来ただろうか。いや、そんな事など関係あるまい。この話をする前から、彼がどう答えるか、彼女には規定事項として理解出来ていた。

「小難しい理屈ばかり並べやがって、全てが定められているみたいな前提で達観したように語りやがって、世界に救いが無いなんてどうしようもない勘違いしやがって、最初から諦めやがって……!」

 彼女が現世に干渉する事は不可能の一言に尽きる。
 どんなに力の残滓を持とうが、既に全てを諦めた者が、全てを諦めない者を諦めさせるなど到底不可能なのだから。

「何が英雄だ、馬鹿馬鹿しい! お前やルイが最初から諦めているならそれで構わない。こっちは意地でも精一杯生きて、一緒に楽しんで、ルイと添い遂げてっっ! 今度こそ天寿を迎えて完全無欠のハッピーエンドにしてやるだけだっ!」

 それは本当に些細で、けれども一度も叶えられなかった願い。最初の記憶が無いルイの偽りの願い。絶対に手の届かぬ願い。されども――。

「――本当に、叶えられると良いね」

 それを願うのは、果たして間違った事なのだろうか?
 答えは、彼女には出せない。今のルイにも出せない。
 ヤクモは毒気が抜かれたような間抜けな顔を晒す。その顔が堪らなく面白かったからか、彼女は如何でも良い事を口にした。

「一つだけ助言してあげるわ。ルイの過去を暴くな。正確には、ルイにルイ自身の過去を探らせるな、だけどね」
「ルイの過去を? 確か名前も思い出せないとかで記憶喪失気味だった気がするが、お前自身は覚えているのか?」

 その愚問を、彼女は鼻で笑った。
 その為だけに、過去に関してのみ全知で、何も干渉出来ない無能の己が存在を許されているのだから。
 話す事は話した。前回のように残らず忘却して日常を過ごすのも、忘れずに行動を起こすのも彼次第。それで結果がどう転ぼうが、彼女にはどうでも良い話だった。
 最初から彼女の出る幕など無い。後は其処で生きる者達が足掻くだけの事。自分の役目は全てを見届け、記憶する事に尽きる。

「――ッ!? 待て! まだ答えは――!」

 徐々にこの空間から消え行くヤクモを見下ろしながら、彼女は最後に手向けの言葉を喋った。

「――可能かもしれない世界、可能かもしれない器。その二つの条件が揃って確定しない限りルイは記憶を失っているけれど、そもそもルイが最初の自分を喪失しているのは、自分を保てないから。思い出した瞬間に自我が崩壊する絶望なんて、不必要でしょ?」




 その夜、自宅に関わらず気配を殺した日向ユウナは物音一つ立てずにルイの部屋を目指す。
 寝静まる彼女を背負った自分を家族に見られては、どんな誤解をされるか解ったものではない。誰にも出遭わないよう、神経を削りながら忍んでいく。
 白眼は使えない。先程までの連続使用でチャクラ消費が激しかった事もその一因だが、感知系の忍は愚か一族の者でも気づけない白眼発動時に生じる眼力なるモノに、気づける化け物が一人存在しているが故に。具体的に言えば、彼の父親に他ならない。


(……良し。大丈夫、この間々誰にも気づかれずに――)


「あれ、ユウナ。いつ帰って来た、の……?」

 それ故に、ほぼ全てのチャクラが封じられ、最近影が薄くなっている彼女に出会い頭に対面してしまったのは必然か、神の悪戯か、何方にしろユウナは自身の不運を恨まざるを得なかった。
 場の空気が凍りつく。ナギの視線は背中で眠っているルイに注がれている。

「……え、えーと……もしかして、やっちゃった?」
「何をだよ!?」

 滅茶苦茶気まずそうに尋ねたナギに、ユウナは反射的に叫んでしまった。

(しー! ルイちゃん起きちゃうよ!)
(な、そもそもナギが変な事言うからだろ!)

 不用意な大声を出してしまったと、ユウナは自身の迂闊さを呪う。
 咄嗟に首だけ振り向いてルイの方を見るが、深い眠りについているのか、反応すらしていなかった。ユウナは安堵の息を零す。

(それにしてもユウナが一歩リードする処か、先に大人の階段を登っちゃうなんて。ユウナ……恐ろしい子!)

 ナギは何処ぞの演劇漫画の登場人物が如く、白目で青褪めるという芸が凝った顔を浮かべる。
 今のユウナに、ナギの誤解を解く気力など残されていなかった。

(まま、そんな処で突っ立ってないで早くルイちゃんの部屋に行くよー)
(……何でナギも一緒なんだ?)

 ユウナの純粋な疑問に、ナギは嬉しそうに答える。

(ルイちゃんが寝込み襲われないように監視する為とぉ、着替えの為かな。もしかして普段着の間々で、おさげも解かないで寝かせるつもりだった?)
(後半の部分には納得出来るが、前半の部分には文句があるぞ)
(大の男の子が細かい事気にしない~。さ、運んで運んで)
(……何故か釈然とせんな)

 何はともあれ、明日理不尽に文句を言われる可能性が無くなっただけに、ナギに感謝すべきか。
 ナギに発見された事を良い結果として好意的に受け取った直後、それは鈍い音を立てていきなり起こった。

「あ」

 さらさらと、何度も捩れながら、眠れるルイの三つ編みおさげが自然に解けていく。
 慌てるナギが床に落ちた何かを拾い上げる。僅かな月光から判別するにその糸状のものは古びていて赤く、オマケに言うならば二本に別れている。

「……切れ、ちゃった?」

 この千切れて用途を果たさなくなった赤い結び糸が一体何を齎すか、今の二人には知る由も無かった。


 巻の39 運命の糸が切られ、混迷の歯車は廻るの事




[3089] 巻の40
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/06/24 01:37




「暗号の術式が抜けた当時の間々だとは、お粗末なものですねェ。此方としては手間が省けますが」

 木ノ葉隠れの里の外周に聳える木壁を遠巻きに眺めながら、干柿鬼鮫は嬉々と笑う。
 隣にいるうちはイタチは表情一つ変えずに寡黙の間々だが、いつも通りなので特に気にした様子は無い。
 何はともあれ、木ノ葉隠れの里全域――その地中さえも覆う球状の結界を難無く突破出来た。
 外部からの侵入者に対して即座に感知する高性能な結界だけに、何らかの手段で無効化すれば素通り同然に入り込めるのは一つの落とし穴と言えよう。

「どうです? 探しモノをする前に茶でも――」

 イタチと鬼鮫は気軽に会話しながら合図すらせず、同時に消えるように飛び退いた。
 一瞬前までいた地点に無数のクナイが降り注ぐ。更に二人の着地地点を狙って何処からか撃ち放たれた火遁の術は、鬼鮫の大刀の一薙ぎで跡形無く霧散する。
 火の粉の残滓を振り払う大刀の布切れには焦げ一つすら付かなかった。

「前言撤回、やはり木ノ葉の忍は優秀ですなァ」

 大刀鮫肌を肩に担いだ鬼鮫は嬉しげに、獰猛な殺意を露にしながら前方に現れた木ノ葉の忍達を凝視する。
 何れも動物の仮面を被った者が三名、気配を殺して周囲に潜んでいる者は五名余り。
 予期せぬ歓迎はまるで此方の情報が漏れていたかの如く、不自然なまでの用意周到さを感じさせる。

「やはりうちはイタチ……! 近辺に潜伏していたかっ!」

 暗部の一人から飛び出した殺気立った物言いに鬼鮫は疑問符を浮かべる。

「おやァ? ……どうやらイタチさんがもう一人いるみたいですよ?」

 鬼鮫は茶化すように言うが、イタチの表情は変わらない。
 この手の狐につままれるような違和感には身に覚えがあった。覗き込んだ自身が覗き込まれていたあの時のように、両眼を抉られて死んでいた彼女が生きていた時のように。
 今更一つ増えたぐらいでは驚くに値せず、イタチは冷静に、冷酷に下す。

「――鬼鮫、強行突破する。手荒に行くぞ」
「クク、良いですねェ。実に私好みですよォッ!」


 巻の40 運命はいつの日、イタチ来襲するの事


「……はぁ。どの面下げて逢えば良いんだか」

 寝不足で目元の隈が目立つヤクモは日向宗家の屋敷の通路を歩きながら、今日何度目か解らない深い溜息をついた。
 眠れなかった果てに辿り着いた不可解な夢の記憶は、大体覚えている。
 それだけに単なる夢として片付けて良いのか、全て真実として受け入れるべきなのか、半信半疑の状態だった。

(……誰かの為の生贄として殺され、且つ、思い出した瞬間に自我が崩壊するほどの絶望、か。あの話が全部真実なら、ルイの前世は想像すら出来ないほど酷い死に方だって訳か……)

 ヤクモは自分の時の事を思い返す。前世は最悪の死に様だった。この世界に生まれて尚、狂乱の果てに生死を彷徨うほどに。
 この世界での両親の献身的な介護が無ければ、自分もあの間々死んでいたかもしれない。死因は悶絶死か狂乱死か、碌なものにならなかっただろう。

(……とりあえず、それの事は二の次だ)

 真っ先に問わなければいけないのは昨日の事だとヤクモは考える。
 気が重くなるが、絶対に聞かねばなるまい。ヤクモは自身の両頬を掌で勢い良く叩いて、萎えた心を強引に奮い立たせる。

「――邪魔よ、止めるなぁっ!」
「だ、駄目だよルイちゃん! 今は危ないよ!」
「落ち着けっ! 頼むから冷静になってくれ!」

 道場の方角から言い争う声が響いてくる。ヤクモのいる地点からはまだ距離があるが、此処まで聞こえるほど喧騒は激しいものだった。

「何の騒ぎだ……?」

 重かった足を速め、ヤクモは道場まで急ぐ。
 半開きの扉から入ったヤクモが見た光景は、想像絶する、というより珍妙極まりないものだった。

「はーなーせぇー!」

 珍しく髪を下ろしているルイがいて、ユウナがルイの右腕で掴んで正面から言い争っていて、ナギがルイの腰元に力一杯抱きついている。
 一体全体どんな化学反応が起これば今の現状に至るのか、ヤクモには皆目見当も付かなかった。

「ヤクモ、丁度良い処に。ルイを止めるんだ!」

 ヤクモの方に振り向き、予期せぬ援軍に歓喜したユウナの隙をルイは見逃さなかった。

「のぁ――んがっ!?」

 ルイはユウナの腕を逆に取り、咄嗟に引っ張る勢いだけで彼を投げ飛ばす。
 背中を痛烈に叩きつけられ、ユウナは身体を漁獲された海老の如く仰け反らせた。

「え? ル、ルイちゃん!?」

 腰元に纏わり付くナギと視線を合わした瞬間、ナギは目を回して全身脱力するように地べたに尻餅付いた。

「はりゃほりゃほりぃ~……」

 ルイは写輪眼を使ってまでナギを無理矢理振り払った。
 邪魔者二人を片付けたルイはヤクモの方に振り向く。

「……っ、この際、手段は選べないか。一緒に来てヤクモ!」

 余りの強攻策に呆然と口を開いてたヤクモの手を取り、ルイは引っ張りながら疾駆する。
 状況把握が追いつかず、ヤクモは成すがままにルイに連れ去られたのだった。

「え? 何? 何なんだこの展開はっ!?」

 何故このような事態になったのかは、少しばかり時間を遡らなければなるまい――。




「昨晩はお楽しみでしたね」

 飛び切り華やかな笑顔を浮かべて、ナギは何処かで聞いたような台詞を朝一番に言う。
 ルイはその年中お花畑の御目出度い頭を間髪入れず、割かし手加減無しで叩いた。

「あいたぁ!? ルイちゃん打ったぁ!」
「良く解らないけど、ナギの癖に生意気よ」
「そ、そんな理不尽なぁ~!」

 ナギはよよよと泣き真似する最中、ルイが人前なのに髪を結っていない事に気づく。

「ととと、結び糸の事だけど、私達が触る前に勝手に切れちゃって――!」

 ナギは青褪め、ルイの顔色を窺いながら必死に弁明する。いつもより感情の起伏が薄く、窺い知れぬ恐ろしさを漂わせていた。

「……そう。寿命だったみたいね」

 糸が切れたのは自分達のせいだと激昂するかと思いきや、ルイはしょんぼりと意気消沈して呟いた。
 余りの予想外なルイの様子に、ナギはあたふた慌てる。
 あの糸がそんなに大切なものだったのか、あれこれ考え込むが、当然の如く答えは出なかった。

「突っ立ってないで道場に行くわよ」
「え?」
「急用が出来たから、手早く済ませないとね」

 そう言って、ルイはナギの腹の臍部分を指差す。
 最近運動が少ないから横に広がってしまったのでは、と的外れな勘違いをしたナギは神速で自身の腹部分を執拗に確かめ――やっとそれが四代目から刻まれた四象封印を差している事に、遅れながら気が付いたのであった。



「ルイちゃん。この封印解く方法、見つけたの?」
「ふふん、抜かりないわ。この手の封印式を破るには正攻法が一番よ。その為に昨日頑張ったんだから」

 ナギの疑問に答えたルイは得意気に笑い、右手を目前に差し出し、小指を除く四指にチャクラを籠める。
 それが本編では出なかった四象解印の術である事をナギは瞬時に察した。それと同時に先程合流したユウナの方に振り向いたのは仕方ないと言えた。

「え? 昨日のあれってそういう事だったの?」
「……お前なぁ」

 ナギの批難と落胆が入り混じった視線がげんなりとしたユウナに突き刺さる。
 ユウナにしてみれば勝手に勘違いしただけだろうがと反論する処だが、ナギにしてみれば何で眠ったルイを背負って帰ってくるという美味しい状況で、フラグの一つや二つ立てなかったんだと内心憤った。

「とりあえず腹捲くって、チャクラ練ってー」

 ナギはすぐさまユウナに視線を送り、ユウナも意図を察したのか、回れ右と後ろを向く。
 気恥ずかしげにナギは服を捲くり、チャクラを練り上げる。臍部分を中心に、封印式が徐々に浮き出てきた。

「はい、力抜いてぇ~……てぇい!」
「うわらばっ!?」

 ルイは手心加えずに封印式を穿ち、ナギは何処かで聞いたような悲鳴をあげて涙目で蹲った。
 痛みで呼吸が暫く出来なかったが、これで二十一日ばかり同棲した忌々しい封印とお別れだと、ナギが喜びながら腹部に眼をやった。
 其処には依然変わらない封印式が浮かんでいた。

「ん、間違ったかな?」
「あーうぅ~~~っ!」

 それは無いだろうとナギは涙目で批難の視線を送ったが、ルイは何処かの世紀末に生きる自称天才が如く自信満々に、その慎ましすぎる胸を張った。

「あんな古びた巻物見ただけで、簡単に禁術が会得出来るなら苦労はしないわ」
「そ、そんなぁ~! あの落ちこぼれのナルトだって巻物見てすぐに影分身会得出来たのにぃ……!」
「公式の理不尽なチート補正が私達に付く訳無いじゃん。ナギ、現実は甘くないのよ」

 現実の厳しさを適当に諭すルイに「チート筆頭がそれを言うかっ!」とナギは内心激しく突っ込んだ。
 写輪眼で一目見れば完璧なんだけど、とかルイが呟いているが、そんな救いにならない言葉はナギの耳に届いていなかった。

「大丈夫、安心してナギ。その封印は必ず解くから。……逆に言うと、成功するまでやめないから――」
「……え? ま、待ってルイちゃんまだ心の準備がいやぁああああああああぁ――!?」

 ――君がッ、泣いても、封印解くのをやめないッ! などという空耳が聞こえたような気がして、ユウナは思わずご愁傷様と合掌した。



「……も、もう疲れたよ、パトラッシュ……」
「真っ白に燃え尽きて、コンに何言ってんの?」

 数分後、其処には元気に走り回る黒犬のコンの姿があった。
 ……ナギに至っては地べたに這い蹲り、精根尽きて真っ白に燃え尽きているのだが、どうでも良いほど些細な問題である。

「も、もう二度と、四象解印は、御免だよ……!」

 その言葉を最後に、かくん、とナギは力尽きた。
 もうネタが一杯過ぎて、ユウナは突っ込むに突っ込めなかった。

「ん? ルイ、何処に行くんだ?」

 この合間にふらりと道場を出ようとしたルイをユウナは咄嗟に呼び止める。

「何処って、糸を買いに行くだけよ」

 振り返ったルイはさも当然のように言った。

「……は?」
「え、あ、この時期に迂闊な行動は避けた方が良いと愚考しますが!? てか、紐糸なら自分のが何個かありますよー?」

 即座に復活したナギの言う通り、イタチ達が今日現れないという保障は何処にもない。それはルイ本人が一番解っている筈である。
 というより、イタチ達の来訪イベントが終わるまで日向宗家に引き篭もる、という趣旨の発言をルイ本人がしている。

「……赤い糸じゃなきゃ、意味が無いの」

 にも関わらず、ルイは出歩こうとしている。昨日の突発的な出来事も一歩間違えば最悪の事態を招いたというのに。
 何処か冷静さを欠いていてる今のルイに、ユウナは強い危機感を抱いた。

「待て待て! 正気かルイ? 糸ぐらい、イタチ達が来訪した事を確認してからでも遅くは――」
「そんなに待てないわ! 今だって一秒足りても我慢出来ないのに……!」

 突然飛び出したルイの怒声に、ユウナとナギは大変驚く。
 これ以上無く情緒不安定なルイを外に出す訳にはいかない。荒れるルイを止める二人の奮闘はヤクモが来るまで続いた――。




 流れでルイと一緒になったヤクモだが、非常に気まずい沈黙が漂っていた。
 掴んでいた手を放してからは一言も喋らず、また並んで歩くルイとヤクモの間には歪なほど距離が開いていた。

(……ぐっ、一体どうすれば……!)

 口喧嘩の末に決裂した手前、それと夢の中の出来事も重なり、ヤクモは容易に話題を振れずにいた。

(……うっ、勢いだけでヤクモを連れて来たけど……!)

 ルイも何度かヤクモの顔を覗き込んで様子を窺っているが、ヤクモが気づきそうになると瞬時に背けてしまい、気まずい雰囲気を打開出来ずにいた。
 二人が無言で歩く中、ヤクモはルイが髪を結っていない事に改めて気づく。気づいて酷く気になってしまったので、ヤクモは慎重に口にした。

「……髪、珍しく下ろしているんだな」
「……糸が切れたから。買いに行く事が今回の目的よ」

 何処かぎこちないやり取りだったが、会話そのものの拒絶はしていない。ヤクモは心の中で少し安堵する。

「糸ぐらいナギかヒナタあたりが持っているんじゃないか? この時期に出歩くのはかなり危険だと思うが」
「赤い糸じゃないと意味が無いの。それに、あの髪型じゃない私なんて私じゃない……」

 ルイは覇気無く肩を落とす。此方が驚くほど元気が無かった。

(そういえば、夢の中のルイは二回ともおさげじゃなかったな。当てつけのように癖毛無い長髪に、ポニーテールだったし。……ルイだけどルイじゃない、という事を暗に示しているのか?)

 謎が謎を呼ぶばかり。おさげを引っ張られただけで逆鱗に触れる点も含め、常人では考えが及ばぬほどの執着があるのだろう。
 気になったヤクモはこの際だからその理由を聞く事にした。

「前々から思っていたが、あの髪型と赤い糸に、何か思い入れでもあるのか?」
「……今となっては、あれが私が私である事の唯一の証明よ」

 ルイは悲しげに顔を伏せる。遠い何かを傍観する虚ろな瞳は、夢の中の彼女と酷く重なった。

「……私は自分の本当の名前すら思い出せない。けれど、赤い糸を大切な誰かから貰った事は覚えている。小さい私は自分一人で結う事が出来なかったから、いつも兄に結んで貰った事だけは、今も覚えている」

 ルイは懐かしそうに、されども寂しげに微笑む。
 それは自分達に向けるものとは異なる種類の感情だった。あのルイが其処まで想う人物を、ヤクモは不覚ながら妬ましく思った。

「兄が、いたんだ……」
「……うん。名前も、顔すらも、思い出せないけど――兄に貰った沢山の想いだけは、今も忘れずにこの胸に残っている」

 此処まで想われているなら、ルイの兄は兄冥利に尽きるだろう。
 妹を守れず、兄の責務を果たせずに死んだ自分とは、大違いだった。

(……勝手に憂鬱になってどうするんだ、オレ。――でも、なるほど。名前すら忘れて尚覚えていた事が、兄とその思い出の象徴と言える髪だった、か)

 それがルイの過去の唯一の手掛かり――などと思考した処で、不意にもう一人のルイの言葉が蘇る。

「ああでも、不思議と原作知識とかネタとか、余分な部分は覚えているんだよね。我ながら謎だね、ホント」
「何だそれ、訳解んねぇな」

 ルイは一際明るく巫戯山たような口調で笑い、ヤクモもまた合わせて破顔する。
 ――ルイの過去を暴くな、またルイに探らせるな。もう一人のルイの言葉を全面的に信じるのならば、否応無しに従うべきだろう。

「……そういえば、糸を買いに行くにしても何処行くんだ? そういうの、オレは全然解らんぞ」

 ヤクモは無理矢理ながら話題を変え、それ以上この事を掘り返さないようにした。
 ――だが、ヤクモは思う。記憶喪失という動機の帰結は、失った記憶を取り戻す事にある。
 その記憶が忌むべき記憶であり、今の自分を壊すものであっても、足りない部分を補おうと、覚えていないから手を伸ばしてしまう。
 この上無く性質の悪いそれはまるで――全ての災厄を封じたパンドラの箱のようであり、悪い意味で的確な表現だとヤクモは自己嫌悪せざるを得なかった。




「ぐぬぬ……!」
「え、えーと、この距離からじゃ声が聞こえないなぁって。……あ、いや、無理に説明しなくて良いや」

 ルイとヤクモの間にあった距離が徐々に無くなっていく様を隠れながら見ていたユウナは、視神経を浮き上がらせながら歯軋りを立てており、白眼と読唇術を組み合わせた実況を期待していたナギは即座に諦めた。
 ルイ達から離れる事、二十数メートル余り。この距離ならば如何にルイと言えども、敵意を持つ者だろうが察知出来ない。
 だが、人通りの多い道でこそこそと忍ぶのは、当事者以外にとってこの上無く目立つ行為だった。

「……お前等、何してんだ?」

 奇妙極まる二人の行動に、奈良シカマルは突っ込まざるを得なかった。
 一応は生死を共にした戦友でもあるし、面倒事だと解っていても突っ込みたい欲求に逆らえなかったのが本音である。

「あ、シカマル……さん。早くこっちに身を隠してっ!」
「何だ何だ? あと、呼び捨てで良いぜ。えーと、確かナギサだったけ」

 ナギに引き摺られるように物陰に隠れ、珍妙な二人組みの仲間入りしたシカマルは彼等が見ていた方角に眼をやる。
 そこには見慣れない癖毛の少女の後姿と、見慣れたポニーテールの少年の後姿があり、二人が誰なのか、シカマルはすぐ察しがついた。

「……おー、ルイとヤクモのデートか? やるじゃん」
「――っっ!」
「そそ、そうなの。お約束として尾行しているのっ!」

 シカマルはあのルイ相手にデートという無謀な蛮行に及べるヤクモを素直に称賛し、ユウナは更に不機嫌に眉間を歪ませ、ナギは誤魔化すように強調した。
 何処かの誰かではないが、この班が一番青春しているねぇ、とシカマルは気怠げに思う。

「そうかそうか。それじゃオレはこれで――」

 シカマルがこの厄介事に巻き込まれる前に早々に撤退しようとした時、ナギとユウナの視線が一律反れる。
 不思議に思い、視線を辿っていけば――其処にはルイとヤクモの逢引を見て固まったうちはサスケの姿があり、衝動的に飛び出す寸前といった具合だった。

「ああ、こんな時に……!」
「っ、シカマル!」
「ああもう、結局こうなるんかよ……!」

 ユウナに呼びかけられて以心伝心してしまい、シカマルはヤケクソ気味に影真似の術を使い、サスケの突撃を間一髪で止める。
 その刹那にナギが口を塞ぎ、ユウナがこの物陰まで拉致する。
 鮮やかな手並みは即興とは思えぬほど見事なチームワークであり、シカマルは知らず知らずにコイツ等に染まっているのかな、と少しばかり自己嫌悪に陥った。

「……っ! 今すぐ離せ、ルイが……!」
「サスケ君、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて地獄に落ちちゃいますよ? 大丈夫、君の時は君の時で影から応援しますから!」

 そんな愉快犯的な事を眩しい笑顔で言い放つナギもナギで良い性格しているなぁ、とシカマルは逆方面に感心する。
 女は暴力的か腹黒か、その二種類しかいないのかとシカマルが割と本気で悩んでいる中、背後からナギを肯定する別の者の声が聞こえた。

「その通りだ。今二人の邪魔をするのは無粋の極みだ」
「――シ、シノ!? いつの間にっ!?」
「お前いつからいたんだよ!? 気配すらしなかったぞっ!」

 油女シノは気配無く立っていた。白眼を発動していたユウナが今の今まで気づかなかったと言わんばかりに動揺する。
 釣られて振り返ったサスケとナギの驚いた顔を見る限り、全員が気づいていなかったのだろう。……ナギの右肩に乗っかっているコンさえ、予期せぬ敵を見るような眼差しで睨んでいた。
 サングラスと普段通りの無表情からは読み取れないが、シノはどんよりとした怨念を籠めて律儀に解答する。

「……監視対象に集中する余りに外敵の知覚を疎かにするのは忍として未熟だ。オレはお前達二人がシカマルと合流する時には背後にいた」

 そんな馬鹿な。あの時、あの場所に居たのはナギとユウナの二人だけの筈……!
 シカマルが色々な意味で絶句する中、コイツも音と砂隠れの戦争の時に何気無く合流していたなと今更ながら思い出す。正に忍者に相応しき影の薄さである。

「んあ? 皆して何してるってばよ?」

 その存在感を補うが如く、目立ちたがり屋ナンバー1のナルトまで加わり、ルイ達を尾行する御一行は更に混沌な構成になったのだった。




「……へぇ、色々あるもんだな」

 小奇麗な雑貨店の一角、其処には女物の装飾品がずらりと並んでいた。
 ヤクモの今までの人生で全く縁の無かった場所だけに、目新しいものばかりだった。

(髪留めだけでも結構あるんだな。……お、ルイの万華鏡写輪眼みたいな装飾が付いたゴム紐もあるな。勧めたら殴られそうだが)

 家紋でいう細釜敷桔梗に酷似していたが――桔梗の花言葉は清楚、気品、従順、そして変わらぬ愛であり、その全てがルイには似合わない言葉だとヤクモは内心苦笑した。

「――んで」
「ん? 何だ小声で」

 まさか考えていた不謹慎な事が全部顔に出ていたかとヤクモが危惧する最中、ルイは妙に言い渋りながら、頬を真っ赤にして小声で紡いだ。

「……糸。選んで、欲しいの」
「な、何故またオレに? 糸の良し悪しなんて全然解んねぇぞ?」

 突然の申し出に狼狽するヤクモであったが、道中でのルイとの会話を思い出す限り、髪留めの糸に並ならぬ想いがあった。
 そんな自分の象徴でもある糸を、何故自分なんかに選ばせようとするのか、糸だけに全く意図が掴めない。

(あれ? そういえばその糸は大切な人に貰ったとか言っていたな。それだからオレに、なのか……?)

 これは自惚れて良いのだろうか、ヤクモは真剣に悩む。
 その大切な人の範疇に自分は入っているのだろうか。ルイの表情をそっと覗き込むと、やや不安そうな顔で、耳まで真っ赤にして俯いていた。
 まさに反則だった。普段では絶対見られない、殺人的なまでに可愛らしかった。

「あ、後で文句言うなよ?」

 ヤクモもまた自身の顔に異常な熱さを感じながら、選ぶべき最高の糸を入念に吟味する。
 糸を選ぶまでの時間はヤクモにとって、生涯で最も長い数分となった。




 ルイは早速髪を結い、三つ編みおさげを揺らしながら嬉々と帰路に着く。
 正直、今のルイに昨日の話を蒸し返すのは抵抗があった。気分良い処を態々害するのだから当然と言える。

「……ルイ。昨日の事なんだが」

 それでも、話す機会は今しかない。ルイは昨日の事に触れなかった。敢えて無かった事とした。多分、この間々帰れば有耶無耶になるだろう。
 立ち止まったルイが振り返る。その顔からは先程までの明るさは消え、深く沈んでいた。

「……持論を曲げる気は無いわ。ヤクモが意見を変えない限り、水掛け論になるよ」

 その顔を見て、心が痛んだ。今日一日がまるで台無しだと後悔する。
 それでも、聞かねばならなかった。問い質さなければならなかった。

「なら一つ、聞かせてくれ。オレが大蛇丸に刺された時、何故見捨てなかった?」
「え――?」

 ルイは驚いた表情を浮かべる。まるでその質問を完全に想定していなかったような、そんな反応だった。

「……矛盾、してるんだよ。先に死地に陥ったのはオレだった。人に自分の生命を優先しろと言ったルイが、オレなんぞの生命を優先したのは――」

 ――それではまるで、彼女自身が批難した自分の行動と同じじゃないか。
 それが、あの夢の中で知った時に抱いたルイの危うさだった。もしもまた同じ状況になって、同じ行動をしてしまうのならば――それだけは、絶対にさせてはならない。

「……っ! そうね、予想外の場所で大蛇丸と遭遇したから、気が動転して冷静な判断を下せなかった。ただそれだけよ。我ながら無様な醜態だったわ」
「なら――次に同じ状況に陥ったら、ルイはどうするんだ?」
「決まっているじゃない。――容赦無く見殺すわ。私は我が身が一番可愛いの。有象無象の他人の為に死ぬなんて真っ平御免よ。そんな無様な死に様なんて虫唾が走るわ」

 ルイは傍若無人に、平然と言い捨てる。
 養豚場の家畜を蔑むような眼で自分を見下し、酷く邪悪に嘲笑いながら――。

「てかさ、ヤクモは私を善人か何かと勘違いしていない? 私はうちは一族全員を見殺して生き延びた悪逆非道の魔女よ。その極悪人に何を期待しているの?」

 心底馬鹿にするようにルイは哄笑する。
 その姿全てが気に障る。そんな彼女の姿など、見ていられなかった。

「――嘘、だな。そんな自分も騙せない拙い嘘じゃ、オレさえ騙せないぞ」

 瞬間、ルイは無表情になって凍りついた。
 もう一人のルイと接した御陰か、直ぐに見抜けた。
 それが自分など守る価値も無いという結論に至らせる為の虚勢である事など、一目瞭然だった。

「大体、言葉通りの極悪人ならオレを心配する必要すら無いだろ。自ら生命を捨てようとするオレの事も捨て駒扱いで良い訳だしな」

 ルイが自分の言うような悪人なら、自分の為に怒る理由すらない。
 そもそも、こんな話にすらならない。大蛇丸に刺されて意識を失った時点で、見捨てられているだろう。
 ルイは下に俯き、身を小刻みに震わせながら重い口を開く。

「……ヤクモは、解っていない。二度目の生が、どれほどの奇跡なのか、全然解っていない。――ヤクモは自分の生命を、蔑ろにしすぎよ」
「っ、それはルイだって同じだろ……!」
「……違うわ。だって、私には――」

 今は自分の事などどうでも良い。その前にルイが自分を見殺さなかった動機を、問わねばならない。
 何故、オレに己の生命を優先しろと強要し、彼女自身がオレの生命を優先するのか。その歪みの原因を、知らなくてはいけない。

「……ちょっと待て、今何か――」

 溜めに溜めて、ルイが思いの丈を解き放とうとした瞬間、ある異音に気づいた。
 それは何かが崩れる音だった。音は急激に大きくなり、幾つもの音が重なる。その中には誰かの悲鳴も含まれていた。
 ――何か、ヤバイ。致命的にまずい。
 オレは言葉より早くルイの手を掴み、走る。走ろうとした。目の前に立ち塞がった二つの影を見るまでは――。


「――何故生きている? うちはルイ」


 サスケと瓜二つの男の写輪眼はルイだけを射抜く。

「ほう、彼女が貴方と同じ眼を持つ少女ですか」

 鮫顔の大男が持つ布に包まれた大刀は半分だけ剥き出しになっていて――布まで血塗れだった。

「ルイ、逃げ――!?」

 一瞬の猶予しか無かった。あの大蛇丸に匹敵し、或いは凌駕する忍相手にやれる事なんて、高が知れている。
 その一瞬の猶予で、ルイはオレを横に突き飛ばした。

(……、は?)

 意味が、解らない。何で、唯一つの逃げる機会を潰してまで、オレを――。

〝――巫山戯ているの? 自身の生命より他者の生命を優先するのは死者の考えよ。自己犠牲など自分に陶酔した馬鹿の最も忌むべき行為だわ。死んだら終わりよ。無限に次があるとでも勘違いしてない?〟

 どうして、こんな時に、彼女の言葉が走馬灯の如く脳裏に蘇るのだろうか。
 眼に映る全ての光景が妙に遅い。本来なら捉えられない筈のイタチの動きも、難無く見える。

〝私じゃなく、ルイに直接聞けば? と言うより、語るに落ちているけどねぇ〟

 だから、どうして。一体何を思い出そうとしているのか。
 ルイが浪費してしまった一瞬で、イタチは彼女の背後に回り込み、この超低速の世界でも霞むぐらいの手刀をその細い首に落とした。

〝信じるか否かは君個人の勝手だけど――ルイは栄光と破滅を齎す生贄として殺されるよ、唯一度も例外無く〟

 ……違和感は常に付き纏っていた。彼女の言葉には何処かしら奇妙な含みがあったのを覚えている。咽喉の中に突き刺さった魚の骨のように、突っ掛かった疑問があった。
 ルイは力無く、かくん、と。操り糸が切れた人形のようにゆっくり倒れていく。

〝――絶対に、私より先に、死なないで……〟

 涙ながら紡がれた言葉の裏の意味を、今の今までどうして気づけなかったのだろうか。
 だってそれは他人に先立たれる事を良しとせず、自分が先立つ事を良しとする、救いの無い言葉だったのに。
 地に倒れ伏す寸前に、ルイの身体はイタチの手に納まる。まるで重みが無いかのように、眠るように意識を失ったルイを横脇に抱えた。

 ルイがオレを突き飛ばした間際、ルイは笑いながら何かを口にした。
 声は聞こえなかった。聞こえなかった筈なのに、何を言ったのか、紐解かれるように自ずと理解してしまった。


 ――だって、私が死んでも無限に次があるのだから。


 世界がぶっ壊れたような衝撃が全身を揺らした。
 咽喉につっかえていたモノが消え失せ、全てが一本の線に繋がったような錯覚を感じた。
 されども目の前には、最早誰もいなかった――。






[3089] 巻の41
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/09/10 01:08




「漸く目標の一人を確保ですか。流石に骨が折れますね。どうします? イタチさん」

 混乱の最中にある木ノ葉隠れの里を疾風の如く走破する影が二つあった。
 大規模な水遁で再建中の建物を悉く全壊させた張本人、霧隠れの怪人こと干柿鬼鮫はうちはイタチが横に抱える気を失った少女を見ながら、世間話でもするような気軽さで尋ねる。

「一度引くぞ。オレ達は戦争しに来たんじゃない。これ以上はナンセンスだ」
「まだまだ暴れ足りないですが、仕方ないですね。二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますし」

 その言葉は半分本音だった。大蛇丸の木ノ葉崩しで半壊しているとは言え、五大国で最も強大な隠れ里を強行突破したのだ。仕留め切れなかった取り零しが予想以上に多い事実に、干柿鬼鮫は頗る不満と苛立ちを募らせていた。
 それでも渋々納得せざるを得なかったのは、うちはイタチが抱える少女、うちはルイが原因である。
 この少女の特異性は、尾獣の蒐集を第一とする彼等『暁』が二人の人柱力より優先した、その事実が全てを物語っているだろう。

「それにしてもこんな少女が貴方と同じ眼を持っているとは。全く、貴方達『うちは』は末恐ろしい一族ですねェ……」

 今は気絶していて年相応の無力な小娘に過ぎないが、万が一目覚めてしまえば――うちはイタチと同じ眼『万華鏡写輪眼』の脅威に晒される事になる。
 その瞳術が精神世界を支配する『月読』にしろ、対象を消し炭にする『天照』にしろ、干柿鬼鮫にとって天敵に等しい攻撃手段であるからだ。
 相手のチャクラを削り取って自身のものとし、無限に再生して無限に活動出来る干柿鬼鮫にとって、精神を殺す『月読』には何の抵抗も出来ず、対象を焼き尽くすまで絶対に消えない『天照』では折角の再生力も無意味と化してしまう。

(――出来るだけ早い内に無力化しておきたいですねェ。生け捕りにした獲物に噛まれるのは趣味じゃありませんし)


 巻の41 ルイが攫われ、木ノ葉隠れに激動が渦巻くの事


 ――また、まただった。またもや黒羽ヤクモは大切な人を守れなかった。
 一度目は実の妹を目の前で殺められ、二度目の大蛇丸でこの因縁を克服したと思いきや、三度巡ってヤクモを絶望のどん底に叩きつける。

『一度辿った結末は絶対に変えられない』

 何度回避しようとも、巡り巡って、必ず同じ結末を辿る。もう一人のルイの言った通りになった。

「何ぼさっとしてるんだ! 正気に戻れヤクモッ!」

 無限の後悔が渦巻く中、錯乱したヤクモを現実に戻したのは日向ユウナの一喝だった。

「ユウ、ナ……? どうして此処に――」
「そんな事どうでもいい! いいから付いて来い!」

 腕を引っ張られ、半壊する建物の屋根に飛び上がり、木ノ葉隠れの里を駆け抜ける。
 白眼を発動させているユウナの隣にはコンを右肩に乗せた岩流ナギが、少し先方にはうずまきナルト、奈良シカマル、油女シノ、そしてうちはサスケが先行していた。

「サスケ、今はイタチよりもルイを優先しろ! この意味、解るな?」
「……ッ! お前に言われるまでもない……!」

 サスケは軋み上げるほど歯を食い縛り、怒りに我を忘れて独断専行しそうになる自身を必死に押し留める。
 一族の仇であるうちはイタチが姿を現した事で、サスケの思考は憎悪と復讐に染まったが、イタチにルイが攫われたとなれば話が違ってくる。

 ――間違いなく、うちはイタチはルイの眼を狙っている。

 一族の仇と最後の一族、そんなのは天秤に掛けるまでもなく――サスケはルイの救助を最優先とした。イタチを殺すのはその次だ。

「ナルト、お前は出来る限り影分身を出して、里の上忍にルイが攫われた事を伝えろ! 自分達が追跡している事も、移動している方角も含めてな」
「おう、任せろってばよ!」

 ナルトは即座に印を結び、煙と共に数十体の影分身を繰り出す。ナルトの影分身は散開し、里中を駆け巡っていく。
 これでカカシやガイやカイエ、三忍の自来也などがすぐに駆けつけてくれれば御の字だが、里中が混乱に陥っている中、余り期待はしない方が良いだろうと、ユウナは苦々しく判断する。

「――ユウナ、うちはルイには雌の蟲を付着させてある。追跡は白眼の捕捉範囲を振り切っても可能だ」
「……一体いつ付けたんだとは問わないぞ」

 いつの間にかユウナの隣まで接近した油女シノは淡々と告げる。
 緊急時ゆえに深く突っ込まないが、これでうちはイタチと干柿鬼鮫が四キロ以上離れても追跡可能なのは不幸中の幸いである。

「おいおい、このまま追跡するのは良いが、どうするんだ!? うちはイタチと言えば、手配書(ビンゴ・ブック)にS級犯罪者として指定されている危険人物だぞ! 下忍に過ぎないオレらじゃ100%返り討ちだぜ!」

 うちはルイが攫われるという未曾有の緊急事態に黙っていられないのはシカマルもそうだが、だからと言って敵の戦力差を度外視するのは危険過ぎる。

「――ルイは自分達の手で奪還する。諸々の理由で上忍を待つ猶予は残念だが無い」

 ユウナは一瞬だけサスケに視線を送り、サスケは苦々しく眉間を顰める。
 拉致した事から、すぐに殺される心配は無いが、目的を果たせば即座に始末される。その理由云々はうちは関連の秘密に関わるものらしい、そういう処だろうとシカマルは渋々納得する。

「分の悪い賭けになる。いや、良く見積もっても十中八九、呆気無く全滅するな。命が惜しい奴は、抜けて構わない」

 任務の難易度は前回の木ノ葉崩しの時の比では無い。あの時はサスケ救出だったが、今回は大蛇丸を二体始末しろというぐらい無理がある。
 そんな任務、上忍どころか今は亡き火影でも達成出来まい。
 こういう時、ルイならとんでもない発想から打開策をぽんぽん出して解決してしまいそうだが、その彼女自身が敵に攫われているので無い物ねだりも良い処である。
 此処でシカマルが抜けても、ユウナとヤクモとナギサ、それにサスケとナルトは間違いなく行くだろう。シノの魂胆は見えないが――止めなければ、全員返り討ちになりかねない。
 例え臆病者と言われても止めるべきでは、とシカマルに迷いが生じた時、隣に走っていた彼はやはり空気を読まずに自己主張するのだった。

「見縊るなってばよ! そんな臆病者はオレ達の中にゃいないぜっ! そうだろ、シカマル!?」

 よりによって自分に振るのかよ、とシカマルは心の中で溜息を付いた。

「あー、解ったから騒ぐな。――そう言うからには何か手はあるんだろ? ユウナ」
「己を知り、敵を知れば百戦危うからず。保有する情報があるなら出し惜しみするな」

 シカマルの真剣な問いにシノが続く。
 少しでも情報があれば、相手が上忍級だろうが一度ぐらいハメれる。奈良シカマルの一族が継承する影縫い系の秘術は、その為にあると言っても過言じゃない。

「全く、作戦の立案は自分の役割じゃないんだがな。全員、走りながら聞けよ――」




「――うちはルイがイタチに攫われただと?」

 三代目火影が死去したこの時期にうちはイタチが木ノ葉隠れの里に姿を現すのは、ダンゾウにとっては想定内の出来事だった。
 自分を含む里の上層部に"オレは生きている"と忠告し、自身の弟の安全を保証する約定を守らせる為にだ。
 だが、それならば何故『二度目』が必要となり、うちはルイを攫ったのか? あのうちはイタチに限って無意味な事をするとは思えない。何らかの意図があると見て間違い無い。
 其処に彼が里を抜けて入った少数精鋭の組織"暁"の目的があるのだろう。

(……昨晩の潜入で示唆したのは九尾関連、そして今日はうちはルイ――何故、九尾の人柱力ではなくうちはルイを狙ったのか?)

 うちはルイと九尾に接点など皆無に等しい。あるとすれば、その瞳が九尾を使役出来る可能性を秘めているぐらいだろう。
 彼女の存在そのモノが彼等の目的を阻害するものだとすれば――。

("暁"の目的は恐らく――尾獣か)

 うずまきナルトでもなく、岩流ナギでもなく、二つの尾獣を操れる可能性があるうちはルイを最優先したのは至極当然の選択だ。
 そしてうちはイタチにとって他の同族は、万華鏡写輪眼を開眼しているうちはルイは生かしておけないだろう。
 将来的にうちはルイが視力を失い、弟に危害が及ぶ可能性をこの一件で完全に摘み取る魂胆だろう。何処までも彼は弟に甘い。甘すぎる。
 だが、こんな処でうちはルイを失うのは余りにも惜しい。あのうちはイタチを凌駕するやも知れぬ忍は、今の木ノ葉隠れには彼女をおいて他にいない。
 彼の弟も年齢を規準に考えれば優秀ではあるが、天才の名を欲しいままにしたイタチほど突き抜けていない。彼の才覚と比べれば塵屑同然なのだ。

「ダンゾウ様、如何なさいましょうか?」

 暗部の衣装と仮面を被った自身の側近が意見を伺う。
 言うなれば、今回が最初で最後の機会かもしれない――三代目火影猿飛ヒルゼンの弟子、自来也、綱手、大蛇丸を超える素質を持った忍を手駒に加える事が出来るか否かは。

「フー、トルネ、うちはルイの救出に向かえ。最悪の場合は貴奴の写輪眼だけでも回収しろ」
「「はっ!」」

 二人は瞬身の術を使い、音も影も無く消える。
 相手がうちはイタチでは少々不安はあるが、"根"でも一、二を争う手馴れを送り込んだ。後はうちはルイがどれほど天に愛されているか、その一点に尽きる。

「――さて、どう転ぶか」




 木ノ葉隠れからの追跡を完全に撒き、二人のS級犯罪者は一旦腰を降ろす。
 干柿鬼鮫は気を失った間々のうちはルイを厳重に縛り上げ、うちはイタチは呪印が刻まれた布切れでルイの瞑られた眼を覆い、印を結んで堅く封じる。
 これで意識を取り戻しても、うちはルイは何も出来無い。干柿鬼鮫は内心ほっと一息付く。

「ほう、うちは一族秘伝の封印術ですか。これで彼女の写輪眼は完全に封じられましたが、イタチさんの瞳術も通用しないようになりましたが?」
「問題無い。何もこの眼だけが幻術の手段ではないからな」

 イタチはそう言ってルイの頭部を鷲掴み、意識の無い彼女の体内のチャクラを乱す。
 元々この術は瞳術を使う罪人、つまりは同族であるうちはの写輪眼を拘束、無力化する為のものだ。幻術で尋問する手段は他に用意されているのは当然だった。

「……う、ぁ――」

 こうなってしまえば、うちはルイがイタチの幻術に屈服し、陥落するのは時間の問題だろう。

「さて、私は周囲を警戒してきますか。早めに済ませて下さいよ、此処はまだ安全とは言い難い場所ですから」

 干柿鬼鮫は顔に似合わず気を利かす。うちは虐殺の真実は鬼鮫にとっても興味深い話だが、イタチを敵に回すような愚挙が代償では釣り合わない。
 踵を返した直後、干柿鬼鮫の眼下に写ったのは霞むぐらいの速度で繰り出された誰かの靴底だった。

「ッ!?」

 不意に強烈な蹴りを顔面に受け、鬼鮫は大きく仰け反りながら後方まで吹き飛ばされる。
 何とか倒れずに踏み止まった鬼鮫は獰猛な殺意と憤怒を滾らせて、自身を蹴り上げた木ノ葉隠れの忍を睨みつけた。


「――オレの教え子を返して貰おうか」


 青桐カイエは感情を完全に押し殺した状態で対峙する。
 最も完成したうちは一族に、霧隠れの忍刀七人衆の一人、一対一でも勝てる見込みが皆無の敵が二人もいる。
 現状でカイエが出来る事はルイを取り返す事でも二人を倒す事でもない。現実は非情であり、どちらも不可能だ。


 ――やれる事は一つのみ、自身の死を前提とした後続の為の時間稼ぎである。

 





[3089] 巻の42
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/07 03:50




 ――青桐カイエが自己犠牲を前提とした戦闘は、今までで二度しか無い。

 一度目は初任務の時だ。本当の意味での同胞を二人殺され、それでも敵の一陣を仕留めたが、時間を掛け過ぎた為に複数の部隊に囲まれてしまった。
 生存は絶望的であり、この時のカイエは玉砕覚悟で一人でも多くの敵を道連れにしようとした。仲間を殺された悲しみが、怒りが、憎しみが、彼から冷静な判断能力を完全に奪い去っていた。

『――ったく、どいつもこいつもオレより先に逝く気か。お前まで生き急ぐ事は無い。――死ぬ順番は年功序列だ、オレの分まで逞しく生きろよ』

 結果として幼きカイエが生き延びたのは、彼の班の担当上忍が犠牲になったからだ。八門遁甲の体内門を開き、腕が千切れても足を切り落とされても戦い続け、最後には死門すら開門し、文字通りの血路を開いたからだった。
 その壮絶な死に様は今でも鮮明に思い出せる。忍としての才能が余り無かったカイエが初めて完璧に会得した術、それは螺旋丸ではなく、八門遁甲の体内門だった。

 二度目は九尾襲来の時――存在そのモノが"天災"という意味を、カイエは身を持って知る事となる。

 端的に言えば、竹槍対核兵器だった。
 何かと仲が悪かった三人目の同胞、初恋の相手だった四人目の同胞、この世界で知り合った多くの仲間達をこの一夜で失った。
 大半の者は死体すら残らず、残っていたとしても原型を留めている者はいなかった。

 此処でも生き延びる事が出来たのは悪運が強かった、それだけの話だった。
 自分が殉職して里の英雄になる前に四代目火影が間に合った。事の顛末は原作通り、またもやカイエは死に損なってしまった。

 それからカイエは暗部に潜り、自身を傷めつけるかのように、ひたらすら任務に没頭した。
 ただ一芸のみを愚直に特化させ、青桐カイエは数え切れないほどの修羅場を潜り抜けた。
 九尾襲来によって致命的なまでに戦力が低下した、木ノ葉隠れの歴史の中でも最悪の時期。それを乗り越えた頃には、青桐カイエの暗部時代の異名である"風穴"は、千の術をコピーした"写輪眼のカカシ"に匹敵するまでに他国から恐れられた。
 死体に穿たれた風穴だけが痕跡の忍など、脅威でしかない。

 自暴自棄になって荒れに荒れ、青桐カイエは精神的に摩耗していったが、木ノ葉隠れの里が再び力を取り戻した頃には、自身を見つめ直す余裕が若干出来た。

 本人としては他人からの評価を「度が過ぎた誇張が招いた過大評価も良い処だ」と笑い飛ばしたくなるが、いつの間にか本人の意思を完全無視して"根"直属の暗部扱いにされていたり、しかもダンゾウの右腕だとか"根"の中で一番の使い手扱いされていたり、木ノ葉の鬼人だの殺人狂だの殲滅者だの、根も葉も無い噂が流行して里の忍から本気で怖がられたりした時は流石のカイエも参った。
 更には「昔のお前はそんなんじゃ無かったぁ!」などと盛大に勘違いしたマイト・ガイと本気の取っ組み合いになったのは良い思い出、ではなく最大級の悪夢である。
 ガイの誤解を解く為に一日中割と本気で戦い続けたのはもはやギャグでしかない。

 二人の死闘の仲裁の為にカカシやテンゾウが投入されたり、三代目火影に直訴して"根"直属の暗部にされた事を撤回させたり、奇天烈な紆余曲折を経て、暗部を抜けて上忍として新参の下忍を担当する事になった。
 まさか自身が此処まで生き延び、弟子を取るようになるとは思いもしなかった。カイエは感慨深く思う。
 下忍になる以前、同郷の友は良く「せっかく原作前に生まれたんだから原作キャラの先生になる!」などと息巻いていた。
 カイエ自身は「色々と面倒臭そうだな」と難色を示していただけに、彼等の遺志を引き継ぐ事になろうとは思いもしなかった。
 だが、カイエが担当する下忍は不幸にも原作キャラではなく、「原作でサバイバル演習すら突破出来なかったモブかよ……」と酷く落胆させたが、幸運にも裏切られる結果となる。
 ……そもそも、担当する下忍にサスケ以外の"うちは"とヒナタの双子の兄の"日向"がいる時点でおかしいと気づくべきだったが。


 ――うちはルイ、黒羽ヤクモ、日向ユウナとの出会いは、カイエにとってまさに奇跡であり、そして救いだった。


 過去に何度、自分の無力さを憎んだ事か。仲間を誰一人守れず、一人のうのうと生き延びた自分を何度殺してやりたいと思った事か。
 あの時の自分には力が無かった。今の自分には上忍と名乗れるだけの力がある。
 神様がいるなら感謝したい。もう一度、やり直す機会を与えてくれた事を。今度こそ誰一人欠ける事無く守ってみせると、カイエは亡き親友達に誓う。

 ――それ以来、カイエの忍道は「死力を尽くして彼等を守り、彼等の為に死ぬ」となった。土の国の一件でもう一人増えたのは予想外だったが、その誓いに揺るぎはない。

 言葉になんか絶対に出してやらない。
 これだけは、今まで何も成せなかった青桐カイエが亡き友に胸を張って誇れる、唯一無二の矜持なのだから――。


 巻の42 木ノ葉隠れの風上、霧隠れの怪人を相手に死を覚悟するの事


「良い度胸ですねェ、実に削り甲斐のある方だ……!」

 干柿鬼鮫は心の底から歓喜しながら、目の前に現れた活きの良い獲物を睨みつける。
 彼の顔面を蹴り上げた茶髪の忍は感情の色を一切見せず、虎視眈々と殺す機会を覗っている。
 この時点で、干柿鬼鮫はこの敵がただならぬ実力者である事を看破していた。
 己が愛刀"鮫肌"で咄嗟に防げた蹴りを敢えて顔で受け、大きな隙を見せて誘ったが、この忍は見透かしたように挑発に乗らなかった。
 あの時に一気に畳み掛けたならば、鮫肌でその胴体を真っ二つに分断されていただろうし、僅差で回避出来たとしても其処から生じる致命的な隙をイタチが見逃さなかっただろう。

「イタチさん、此処は私に任せて貰いましょうか。そんな手荷物を背負っていては印も結べないでしょう?」

 紳士的な言動とは裏腹に、鬼鮫のその貌は剥き出しの獣性と荒れくれた殺意を漲らせる。

「……派手にやり過ぎるなよ。お前の技は目立つ」

 イタチは暴走寸前の鬼鮫の抑制を諦め、この場を彼に任す事にする。
 暗部時代の彼を知っているだけに、片手が塞がった状態で戦闘に入るのは余りにも危険過ぎる。

「――その人を侮るなよ」

 今の鬼鮫の耳に入るかどうかは疑問視せざるを得ないが、イタチは最大限の警告をして瞬身の術で立ち去る。
 その言葉を聞いた干柿鬼鮫は、はち切れんばかりの獰猛な笑みで顔を歪ませた。

「さて、短い間ですが自己紹介して置きましょうか。干柿鬼鮫、以後お見知りおきを」

 干柿鬼鮫は丁寧に挨拶するが、青桐カイエは返答する事無く仕掛ける。
 返す言葉は無く、交わすのは刃のみだと無言で告げるが如く――。

「つれない人ですねェ……!」




 怪人の名に相応しき一太刀は尋常ならぬ速度で繰り出され、されども空を切って大地を木っ端微塵に粉砕する。

「ハッハァ!」

 避けた傍から鬼鮫は"鮫肌"を振るい続け、息もつかぬ連撃を繰り広げる。
 先端部分以外を白布に包まれた大刀"鮫肌"には切れ味らしいものが欠片も無く、むしろ打撃武器と見た方が正しいだろう。
 だが、あの一閃を正面から受け切る事は不可能だろうとカイエは苦々しく判断する。
 あんな馬鹿げた一撃を一回でも浴びたら、防御の上から骨という骨が砕かれかねない。切れ味があろうが無かろうか、致命打には変わりなかった。

「躱しているだけでは御自身の教え子は救えませんよォ……!」

 鬼鮫の見え透いた挑発を受け流し、カイエはひたすら回避し続ける。
 並大抵の相手ならば、これで勝手に疲弊して確実な勝機を掴めるのだが、鬼鮫の動きは一向に衰えない。
 原作からして、二代目火影以上の水遁を軽々と行えるほどの膨大なチャクラの持ち主だ。力尽きるのは自分の方が早いだろう。

(――もう少し、手の内を暴いてから仕掛けたかったがな……!)

 上段から振るわれた"鮫肌"を後方に一歩退いて避け、漸くカイエは太股のフォルダーからクナイを取り出し、反撃に乗じる。
 鮫肌の一撃を避けた直後にクナイを投擲するだけの愚直な行為に、鬼鮫は若干失望する。
 その程度の攻撃を防げないとでも思っているのか、舐められたものだと苛立ちを篭めて鬼鮫は飛んできたクナイを最小限の動作で"鮫肌"で切り払い、そのまま攻撃に転じる。

「イタチさんが評価していたと思えば、とんだ期待外れですねェ……!」

 暴風の如き剣閃が幾重に繰り広げられる。線の軌道でありながら面制圧の域に達した即死の猛攻はクナイ程度の飛翔物など塵屑のように弾き飛ばし、青桐カイエの生命ごと削り取らんと迫る。
 カイエは"鮫肌"を後退しながら避け続け、片っ端からクナイを投げ続け――本命の一刀を握り締め、チャクラを薄く鋭く研ぎ合わせるように練り込んで投擲した。

「小賢しいですね、――!?」

 そのチャクラを篭めたクナイは、他のクナイとは比較にならぬ速度で鬼鮫の眼下に切迫する。
 クナイの形状は同じだが、それがチャクラ刀の一種で、貫通力を極限まで高められる風の性質変化である事を鬼鮫は一目で看破する。
 丈夫さにはある程度の自信がある鬼鮫だが、この一撃を受ければ流石に致命傷になりかねない。避ける事を諦め、鬼鮫は"鮫肌"を盾代わりにして防御する。
 普通の武具ならば、呆気無く貫通する。同格の刀である首斬り包丁当たりならば術者共々素敵な風穴が開くだろうが、干柿鬼鮫が持つ大刀"鮫肌"は唯一の例外である。

 ――無論、通用しない事は青桐カイエも想定済みだった。
 大刀"鮫肌"はまるで生き物が捕食するかのように、着弾前にチャクラ刀のチャクラを吸い取って無力化する。
 だが、そのチャクラ刀の柄部分には起爆札が巻き付けられており、鬼鮫の間近で爆発する。

「――ッッ!?」

 金銭的な意味で、高い代価を支払った一発芸で生じた硬直は一瞬、八門遁甲の体内門をこじ開けて初めて可能となる超加速で鬼鮫の懐に飛び込むには十分過ぎる時間だった。

「ッ、小癪な真似を……!」

 爆風と煙で覆われた鬼鮫の視界は不可解な事に一瞬にして晴れ、ほぼゼロ距離に等しい間合いに青桐カイエは踏み込んでいた。
 大刀"鮫肌"を振るうには距離が近すぎる――カイエは爆炎を吸い込んだ右掌の螺旋丸を鬼鮫の心臓部分に打ち付けた。


 ――これだけは、カカシにも自来也にも勝ると自負出来る、青桐カイエの十八番だった。


 忍術は平凡以下、下忍級ならまだしも、中忍級以上の術など夢のまた夢。当時の担当上忍も適正無しと匙を投げる。
 それでも諦め切れず、自身の適性である風の性質変化だけは何とか会得したが、風遁系の忍術を戦闘で使える域までは伸びなかった。
 幻術はほぼ壊滅的、イタズラ目的のお遊びで魔幻・樹縛殺の術を会得したりしたが、実戦では全く使えずにお蔵入りとなる。
 敵の幻術に掛かったら諦めろとさえ言われるが、今では幻術独特の違和感が生じたら自傷して自身のチャクラの流れを強制的に乱す癖が慣習付けられている。
 体術だけは他と比較してマシな部類だったが、それ専門のスペシャリストだったガイにはどう足掻いても遠く及ばない。
 ガイに匹敵する体術使いや、全てにおいて優秀なカカシみたいな敵が相手ならば、カイエでは一回触れるだけで精一杯だろう。
 故に、その一回の接触で上忍級の相手だろうが問答無用に確殺出来る術――螺旋丸との相性は最高に良かった。
 ……完全に会得するまで数年以上の歳月を必要とし、更には修行中の未完成の状態を一見しただけの四代目火影が一分足らずで術を完成させた時は、才能の違い(チート)っぷりを本気で呪ったりしたが。

「……っ!?」

 術が完成して以来、如何なる戦場も螺旋丸一本で突き通してきたカイエだからこそ、この言い知れぬ違和感に気づく事が出来た。
 ――仕留めた、と思いきや、手応えが薄い。心臓部分を綺麗に穿てず、チャクラの乱回転の圧縮に失敗して分散したような感触だった。
 今更こんなミスを犯す訳が無い。チャクラ操作が一番難しい足裏ならいざ知らず、掌での螺旋丸を失敗するなど絶対に在り得ない。

「グガオォ――!?」

 カイエの混乱を他所に、螺旋丸の直撃を受けた干柿鬼鮫はボロ雑巾のように吹き飛び、遥か後方の大木に激突する。
 暁のメンバーが愛用する赤雲の黒衣は微塵に切り裂かれて原型すら留めず、胸部分は胸骨が露出するほど大きく損傷している。
 戦闘続行が不可能なほどの重傷だが、螺旋丸の究極的な破壊力から顧みれば驚くほどの軽傷であった。

「……まさか、そのような大した術を、隠し持っているとはッ。舐めていたのは、私の方でしたねェ……!」

 口から血を吐き出しながら、干柿鬼鮫は息も絶え絶えの様子で凄絶に笑う。
 間髪入れず畳み掛けるべきか、得体の知れぬ謎を解明するのが先か――迷う刹那、鬼鮫の傷は驚くべき速度で再生し、瞬きする間に塞がって完治してしまう。
 膨大なチャクラを持つ人柱力以外で、こんな巫山戯た真似をされるとはカイエとて思いもしなかった。

「道中で削り取っていなければ死んでましたね。流石は、イタチさんが警戒する訳です」

 此処に至って、カイエは鬼鮫とは最悪の相性であり、絶対に出遭ってはいけない天敵であると否応無しに悟らざるを得なかった。
 螺旋丸が鬼鮫に直撃する最中、あの大刀"鮫肌"がチャクラを吸い取った御陰で最大威力を叩き込めず、更には最悪な事に削り取ったチャクラを持ち主に還元する仕組みまであるようだ。
 例えるならば、尾を持たない尾獣みたいなものだ。いや、此方のチャクラが一方的に削り取られて吸収される分、より性質が悪い。
 あの"鮫肌"がある限り、勝機は無い。腕を千切ってでも振り落とさなければ――そのカイエの意図を見抜いた鬼鮫は、印すら結ばずに口から水遁を吐き出す。
 印を必要とする忍術を印無しで行うなど、通常ならば大した規模になる筈も無い。
 だが、彼の口から洪水と化した水が際限無く吐き出され続け、周囲一帯の空間を飲み込んで陸を水中にするほど溢れ返る。躱す間も無く、カイエは水中に放り込まれた。

「~~っっ!?」

 水中でも息が出来そうな顔付きの鬼鮫とは違い、カイエは真っ当な人間だ。ただでさえ格上の敵なのに地の利が向こうにあっては話にもならない。
 巨大水牢からの脱出が先か、鮫肌奪取が先か――敵を見据えた直後、カイエは鮫肌が鬼鮫と合体・融合して異形の半魚人になる悪夢めいた光景を自身の眼を疑いながら見届けた。

『さて、此処からが本番ですよ』







[3089] 巻の43
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/20 02:03



 うちはイタチがこの時期に木ノ葉隠れの里に帰郷した理由は三つある。
 一つは自身の生存を木ノ葉隠れの上層部に今一度知らせる為。三代目火影が死去した今、弟の生存権を保証する約定を守らせる為の脅迫である。
 二つ目は自身が所属する組織"暁"の危険性に関して警告する為。組織の目的を伝える事で木ノ葉隠れの里に対策をしやすくさせる為である。
 幾ら木ノ葉隠れの里に手出ししないという隠れた約定があるとは言え、それは自分が生きている間だけだ。
 三つ目――これこそ、今回の本命と言って良いだろう。これに比べれば先に述べた二つなど単なるついでに過ぎない。その目的の鍵を握る少女は、イタチの幻術に魘されながら眠っている。

(――此処が限度か……)

 余り木ノ葉隠れの里から離れすぎるのは、戻す時に弊害が出る。イタチにはこの少女を"暁"に渡す気など欠片も無かった。
 その瞳力で尾獣を御せる少女は"暁"にとって見過ごす事の出来ない存在だが、イタチはそんな事よりも私情を優先する。


 ――果たして、この少女がサスケに利となるか、害となるか。それを見極める為に、うちはイタチは木ノ葉隠れの里に帰って来たのだから。


 既にこの少女が万華鏡写輪眼を開眼している事は確かな事実だ。いつの時期かは判断出来ないが。
 ルイがサスケにとって大切な人になっているのならば、万華鏡写輪眼を開眼する可能性が高まる。
 いずれサスケが万華鏡写輪眼を手に入れた時に、自分以外のスペアがあるのは頼もしい話だ。彼女の家系は自分達の系譜に近しい。恐らく眼の移植も拒絶反応無く適応するだろう。
 それに彼女が生きていれば、うちはの純血を後世に遺す事が出来る。一族の復興も夢物語ではない。

 ――まるで、うちはルイは出来すぎたように都合の良い存在だった。

 同時にルイはサスケにとって最も危険な存在でもある。
 将来的に光を失い掛けたルイが、サスケの眼を求めないと誰が言い切れる。永遠の万華鏡の話を知らなくとも、マダラのように己の弟の眼を抉り取らないと誰が保証出来るか。
 逆に、彼女がその事を知っていれば――迷う事無く行うだろう。自力で万華鏡を開眼したならば、知っている可能性も出てくる。
 憶測ばかりが先行してこの少女の真実に至れなかったが、それも今日までだ。
 幻術による掌握は七割程度、意識を失って抵抗力が限り無く低くなっているのに関わらず、驚異的な精神耐性だった。
 本当ならもっと時間を掛けて完全に掌握してから尋問したい処だが、その時間は恐らく無い。この距離からも見える相方の超巨大水遁を見る限り、木ノ葉隠れの忍が殺到するのは時間の問題だからだ。
 干柿鬼鮫の心配などイタチは欠片もしていない。此処まで辿り着いた木ノ葉の忍全てが返り討ちになってしまっては本末転倒なのだ。
 ただでさえ、今の木ノ葉隠れの里は大蛇丸のせいで極限まで弱体化している。其処に追い打ちを加えてしまえば、他の隠れ里が黙って静観などしなくなる。――うちは一族の犠牲によって未然に防がれた第四次忍界大戦の火種を、再び燈す訳にはいかない。

(……始めるか)

 始末するにしろ、里に返すにしろ、手早く済ませるべきだ。イタチは幻術を操作してルイの意識を覚醒させ、長年の疑問を口にした。

「――うちは虐殺の夜、あの時、お前は何処にいた?」
「……南賀ノ神社本堂の、一族秘密の、集会場……」

 虚ろなルイから紡がれた抑制無き言葉は、予想の斜め上を行く解答だった。
 この時点で、彼女は万華鏡写輪眼の事も、九尾を操れる事も、失明するリスクを負う事も知っている事となる。

「何故其処にいた?」
「……」

 ルイは答えず、沈黙を保つ。
 この年不相応なまでの精神耐性と一族の秘密を熟知する不自然さを鑑みるに、彼女がマダラの弟であるうちはイズナの生まれ変わりであるという説は、突拍子の無いほど的外れとは思えない。

「あの死体はお前が用意したものか?」
「……」

 これもまた答えない。
 この状態が続けば、肝心の内容を聞き出せない。綻びた糸口を見つけ、早い段階に堅牢な精神の檻を崩さなければなるまい。
 イタチは質問の方向性を変える事にした。

「六年前のお前と親しかった友が焼死体で発見された事件、あれはお前の仕業か?」
「……違う。私じゃ、ない」

 今度ははっきりと答える。
 あの事件で万華鏡写輪眼を開眼させたと思ったが、第三者の介入があったのか――いや、断定するのはまだ早い。在り得ない事だが、今の掌握の具合からでは虚偽の可能性もある。

「万華鏡写輪眼を開眼させたのはいつの時期だ?」
「……覚えて、ない」

 うちはルイが万華鏡の開眼者である事がほぼ確定するも、時期を覚えていないのはおかしな話だ。
 まるで気づいたら、物心付いた頃から開眼していたのだろうか――?

「誰を殺して開眼した。二人の友か? それとも――生まれてくる筈だった双子の兄か?」
「……兄を、殺した……?」

 今まで幻術の影響で単調だったうちはルイが、強い反応を示す。

「……違、う。私は、私はそんなつもりじゃ――ああ、ああああああぁっ!」

 ルイは酷く取り乱し、縄で拘束された上から暴れ出す。
 イタチは再びルイの頭部を鷲掴みにし、幻術による精神の掌握を続行する。堅牢だった精神の壁は瓦礫の如く脆く崩れ、彼女の精神を完全に掌握するに至る。
 錯乱状態から小康状態に戻り、落ち着く。この状態ならば――再び尋問しようとした矢先、イタチは周囲から複数の気配を察知した。

「……」

 数は二、三、十、否、現在進行形で急速に、際限無く増え続けている。
 恐らくは多重影分身であり、此処まで規格外のチャクラの持ち主となれば――今の木ノ葉には唯一人しかいない。

「ルイちゃんを返せ……!」
「飛んで火に入る夏の虫、か」

 うちはイタチはルイから手を離し、百体以上はいる同一人物と対峙する。
 金髪に特徴的なヒゲを持つ、年頃は彼の弟と同じ少年――間違い無い。彼こそは四代目火影の遺産であり、"暁"の至上目的である九尾の人柱力、うずまきナルトだった。


 巻の43 巨大水牢の海で鬼鮫踊り、風守が舞うの事


 時は少し巻き戻って――ユウナ達七名がうちはイタチと干柿鬼鮫を追跡して間もなく、影分身のナルトの救援に最初に駆けつけたのは青桐カイエだった。
 合流し、事情を詳しく聞いたカイエは悩む素振りを見せ、時間を掛けずにある決断を下す。

「……干柿鬼鮫の方はオレが何とかして引き離す。お前達はうちはイタチを追跡し、後続の上忍に引き継げ。いいか、カカシやガイが来るまで絶対に手出しするなよ」
「な……!? それではカイエ先生が死にますよ!」

 カイエの決断に、ユウナは真っ先に反論する。
 確かに、イタチほどの絶対的強者が同格の人物と二人一組の状態であっては付け入る隙など永遠に生じない。
 だが、五影に匹敵する"暁"の忍を相手にするには、上忍では不足過ぎる。

「大丈夫だって。オレの逃げ足は木ノ葉で一番だ。それで今まで生き延びて来たからな。……それにイタチだって、片手が塞がった状態でやり合う気は無いだろ」

 そのまるで気負う事の無い飄々としたカイエの物言いに、サスケは若干の反感を覚える。
 サスケの視点から、青桐カイエは良く言ってもカカシより下の上忍という認識しかない。悪く言えば酷く頼りないとさえ思っている。

「……ルイを背負った状態ならイタチに勝てると?」
「あー無理、相討ちすら出来んよ。うんうん、あんな馬鹿馬鹿しいほどの天才を相手にするのは三年後ぐらいにしときなさい」

 サスケの突き刺すような視線に、カイエはやんわり受け流し、逆に諭すように語り掛ける。

「追跡がバレたら即逃げろよ。こんな処でお前達若い世代を失っては火影様に顔向け出来ないしな」




(――ちょ、待てやコラ。コイツの何処が自来也以下なんだよ……! どうやって倒すんだ、インフレってレベルじゃねぇぞっ!?)

 ――それは史上最大規模の水遁だった。
 腕の立つ上忍が百人規模で行ったとしても、此処までの出鱈目にはなるまい。
 例えるなら内陸地に巨大な海が突如出現したようなものだ。これだけで里一つ潰せるような術を対人に使われては、時間稼ぎ云々の目的は遥か彼方に消し飛び、つまりはどうしようもない。

(顔貌から兼々人間じゃねぇと思っていたが、此処まで人間止めているとはな……! つーか、この水から一刻も早く脱出しねぇと瞬殺じゃん!?)

 見渡す限り水が広がり、水と外の境界線が一向に見えない。
 下の地面に逃げるにしても目の前の明らかに鰓呼吸している鮫人間と違って息が続かず、土の中にいながら溺死する羽目になる。
 カイエは瞬時に真上を目指して全速力で泳いだ。

『ほう、この水牢鮫踊りの術の突破口に逸早く気づくとは流石ですね。まあ簡単には逃がしませんがね!』

 干柿鬼鮫は文字通り水を得た鮫が如く、尋常ならぬ速度で追跡する。
 まともに泳いでいては一瞬で追いつかれ、無条件に貪られる。――今まで一度も試した事が無かったが、どの道出来なければ無駄死するだけだ。
 カイエは広げた両手と両足の裏から螺旋丸を作る容量でチャクラを放出し、球体に纏めず、渦巻くように噴射させた。

『ッ、先程の術の応用……!?』

 鬼鮫は驚き、同時に逃がすまいと全速力で追い掛けるが、今この場においての推進力はカイエの方が上であり、一気に引き離す。
 一つ間違えれば自分の体がボロ雑巾の如く引き裂かれるだろうが、形態変化の究極系である螺旋丸を極めたカイエにとって――放出するチャクラの消費量は洒落にならないが――この程度の応用は比較的容易い。
 弾丸じみた速度で上昇し、カイエは水と外の境界を螺旋丸で豪快にぶち抜いて巨大な水牢を脱出する。

「――ぷはぁっ! はぁっ、はぁっ……はぁ!」

 カイエは苦悶の表情を浮かべながら、外の新鮮な空気を必死に肺に取り入れる。
 絶対の死地から脱したが、状況は何一つ変わっていない。今は足場となっている巨大水遁が存在し続ける限り、地の利は向こうにある。

「……っ!」

 微かな悪寒を感じ、カイエは咄嗟に前に跳躍する。一瞬前まで居た場所には五体の水遁の鮫が旋回しながら飛び出て殺到し、また水遁の中に潜ってしまった。

(クソ、水上で鮫に襲われるなんざ、一体何処のハリウッド映画だっ! 何でもありだなあの鮫野郎……!)

 水中であれを繰り出されていれば、鮫の巨体がうねり出す激流で身動き一つ出来ずに捕食されていただろう。
 とは言っても厄介な事には変わりない。これを続けられるだけで水中に潜んでいる干柿鬼鮫への攻撃手段の無いカイエは一方的に削られる事になる。

「っ!?」

 またもや五方向から巨大な鮫が出現し、カイエは正面の三体を螺旋丸で穿ち続けて払い、開けた正面へ跳躍する事で後方の二体の攻撃を躱そうとするが、先に躍り出た水鮫の牙が背中を掠めて鮮血を散らす。

(ッッ、痛ってぇな……!)

 背中から生じる熱い苦痛に眉間を歪ませ、舌打ち一つする。
 カイエは迅速に180度旋回して、同時に飛び出て襲ってきた二体の鮫を拳打と裏拳で迎撃する。
 形を崩されたチャクラの鮫は水飛沫となり、結局は巨大水遁の中に還元される。――まるで今の青桐カイエと干柿鬼鮫の戦力差を象徴するかのように。

(……チッ、見辛いが水遁の中にうようよいやがる。あの無尽蔵のチャクラから考えるに、弾切れは望めないな。本体潜った間々でこれは悪辣過ぎるぞ……!)

 仕留める為には絶対の死地である水中へ潜らなければならず、かと言ってこの間々では嬲り殺しにされる末路しか残されていない。
 だが、離脱してしまえばイタチと合流されてしまう。それだけは何としても回避しなければならないし、それ以前にこの巨大水遁から逃げ果せる事が出来るかが問題だが。
 思考を進めれば進めるほど勝機など見出せないし、絶望しか出て来ない。カイエは思わず笑った。

『――おや、随分と余裕ですねェ』

 あろう事か、干柿鬼鮫は正面から馬鹿正直に這い上がってきた。
 カイエはその厳つい頭部目掛けて反射的にクナイを投擲し――呆気無く突き刺さり、その途端に形が崩れて水として零れ落ちる。
 疑問に思う間も無く、今度は複数で、周囲を取り囲むように続々と這い上がって来る。――霧隠れの伝統的な忍術の一つ、水分身の術であるのは明らかだった。

『初めてですよ。この水牢鮫踊りの術から脱出されたのは。敵ながら敬意を表しますよ』

 此処まで圧倒的なまでに有利な状況下なのに、干柿鬼鮫には油断も隙も無かった。
 小憎たらしいほど余裕満々なのに一欠片も慢心していないという理不尽な矛盾、カイエにとってこの種の敵は一番出遭いたくないタイプだった。

(この鮫野郎、本体で来やがれよ。それならまだ望みはあるのによォ……!)

 影分身と比べて燃費が大変宜しいが、分身体の性能は本体の十分の一に落ちる欠陥忍術だが、物量に物を言わせて来れば割と洒落にならない。
 益々状況が苦しくなった。それでも笑みを崩さないカイエに興味を示したのか、水分身は今の処襲ってくる気配は無い。
 水の中に潜んでいる本体は虎視眈々と不意討ちの機会を狙っているかもしれないが、とカイエはいつでも動けるように腰を低くして構える。

『それで何か秘策でもお有りで? それとも援軍待ちですか?』

 殺し合う相手と会話するという無駄な趣味は持ち合わせていないが、カイエは一番の目的である時間稼ぎの為に、敢えて付き合う事にした。

「いいや、万策尽きている上に援軍は向こう行きだ。テメェにはオレが死ぬまで付き合って貰うぜ」

 カイエは壮烈に笑う。
 起死回生の策など思い浮かばず、後続の援軍は影分身のナルトを通じて此方側には来ないように最初から手回ししてある。

 ――本当にどうしようもないのだ、今のこの状況は。

『それならば配役を違えましたね。私ならいざ知らず、イタチさんが相手では数を揃えても無意味ですよ』

 鬼鮫の水分身はけたけたと笑う。
 並の忍ならば写輪眼の幻術に抗えず、カカシぐらい卓越して無ければ万華鏡写輪眼を使わせる事すら出来ない。
 そういう意味ならば、幾ら木ノ葉の上忍や暗部を結集した処で、うちはイタチには敵わないだろう。


 ――だが、ルイを奪還するだけならば何とかなる。
 はたけカカシとマイト・ガイをイタチの方に送り込む事が出来たならば、希望はある。彼等ならば、必ず何とかしてくれる。


 彼等二人の無敵のライバルコンビならば、ルイを救出し、死地に赴いた下忍達を全員生還させるぐらい容易い筈だ。

「嫌味な謙遜だな。テメェこそ数揃えても餌にしかならんだろ。第一、足手纏いなんざいらねぇんだよ」

 だから、何の憂いも無い。今この瞬間に全てを賭け――遠慮無く死ねる。
 カイエは八門遁甲の体内門、その二門である休門を開いて体力とチャクラを補充する。今日は遠慮せず使い切って良い。開けたら最期、自滅必須の死門までも――。

「――折角巡りに巡って来た死に場所だ。最後の敵ぐらい道連れにしないと格好が付かねぇってなぁ……!」




「偉い騒ぎになっておるのう……!」

 何者かの水遁で大々的な被害を被った木ノ葉隠れの里を、三忍の一人である自来也は忙しく飛び舞う。
 木ノ葉隠れの里が傾いているこの時期に、こんなにも早々に且つ大胆な行動を取る勢力がいるとは流石の自来也も予想外だった。

(こんな調子では綱手を探しに行く事も出来んぞ……!)

 こうなれば自身が早々に五代目火影を襲名し、里の安定を図るべきか――いや、今は目先の出来事を優先しなければなるまい。
 気を撮り直して騒動の原因を探していると、見慣れた金髪の少年を発見する。うずまきナルトだった。

「――はぁっ、はぁっ、エロ仙人、大変だってばよ!」
「見りゃ解るわっ! ナルト、お前は早く避難していろ!」
「そんな場合じゃないって! ルイちゃんが、ルイちゃんがうちはイタチに攫われたってばよ!」
「何だとぉ!? バカモン、それを先に言わんかっ!」


 ――不運な事に、ナルトの影分身が自来也を見つけて救援を取り付けたのは、ガイやカカシよりも後の出来事だった。







[3089] 巻の44
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/07/30 20:06




「ルイちゃんを返せっつってんだよ……!」

 イタチを取り囲むうずまきナルト"達"の全身には桁外れのチャクラが禍々しく漲っている。
 それは忘れようにも忘れられない、忌々しき九尾のチャクラの残滓――だからこそ、うちはイタチは今の彼を大した脅威ではないと判断する。

(――今はこの程度か……)

 嘗て木ノ葉隠れの里を一夜で崩壊させた最強最悪の尾獣のチャクラだが、今は人一人に扱える程度でしかない。
 完全体の九尾と比較して、今のナルトから微かに漏れるチャクラなど塵屑同然でしかないのだ。

「それは出来ない。これにはまだ聞く事がある。――それに、用があるのは君も同じだ、うずまきナルト君」
「っ、何でオレの名前を……!?」

 うちはイタチは意図的に自分達"暁"の目的を語る。
 九尾の人柱力である彼には、誰よりも強く警告しておく必要がある。

「正確には君の中にだが――一緒に来て貰おうか」

 だが、今この場においては果てしなく邪魔なだけだ。
 うちはイタチはルイから手を離し、一切構える事無く悠然と佇む。
 彼には早々に眠って貰おう。今の今まで待ち焦がれていた三年前の謎の解明まであと一息なのだ。何が何でも問い質さなければならない。

「やれるもんならやってみろっ!」


 巻の44 決着の刻、風神は静かに舞い散るの事


「ううぅぅぅらああああぁっ!」

 ナルトの影分身は一斉に襲い掛かる。
 うちはイタチの正面から突撃する影分身はそのすました顔を全力でぶん殴ろうと、背後の影分身は拘束されて身動き出来ないルイの救出を優先して。

「――!?」

 正面の影分身達が腕を大きく振りかぶり、背後の影分身達が気絶しているルイに手が届く刹那、それら全ては煙となってほぼ同時に消失する。
 微動だにしていなかったうちはイタチの右手には、クナイが一本握られていた。

(……早っ、全然見えなかったってばよ……!)

 倒された影分身の経験が本体に蓄積され、それでもいつ殺されたのか解らなかった。
 やはり事前に日向ユウナ達に説明された通り、今まで出遭った敵の中で最強の相手だった。うちは一族を虐殺した男、そしてサスケが殺したい男――うちはイタチは。

(……やっぱ、作戦通りに行くっきゃねぇ……!)

 青桐カイエに追跡のみに専念しろという絶対厳守の命令を破り、無謀にもうちはイタチの前に出てきたのはナルトの独断専行ではない。
 ――ナルトの役割はあくまでも陽動だ。あのイタチを前に、生命を失わずにそれを遂行出来るのは、あのメンバーの中でもナルトだけである。

「行くぞォ! うずまきナルト忍法帖――四方八方手裏剣の巻!」

 接近戦では万が一にも勝ち目は無く、一方的に影分身の数を減らされるだけ。ナルトの影分身はあらん限りのクナイと手裏剣を取り出し、四方八方から一斉に投げる。
 イタチはやはりその場から動かず、先に自身の下に殺到した渦潮の如きクナイと手裏剣を次々と掴み取っていき、また即座に投げて弾き返していく。

「んなっ!?」

 手裏剣とクナイによる怒涛の波は逆に押し返され、ナルトの影分身は次々に被弾して数を減らしていく。
 ――次元が違いすぎる。カカシだって、九尾のチャクラを使っているナルトを此処まで子供扱いする事は出来まい。
 このままでは二分と待たずに数百体の影分身が掃討されてしまう――血継限界である白眼で戦場そのモノを完全に把握していた日向ユウナは間髪入れず次なる手を打った。

「――!」

 今まで一歩も動く必要の無かったイタチが初めて退く。一瞬遅れて、黒い針上の固形物が大地に突き刺さり、大きな亀裂を走らす。
 それはイタチの写輪眼でも如何なる性質か見切れない、九尾のチャクラと同じベクトルの嫌な雰囲気を漂わす異端の術だった。

「仲間がいたか、……!」

 固形物だった黒い針が液状に崩れ、イタチを覆い込むように殺到する。
 イタチは全力で退き、意識の無いルイを拾って左腕に抱え、止め処無く来る猛攻を紙一重で躱して行く。

(良く解んないけどチャンスっ!)

 更にはナルトの影分身達も捨て身でイタチに突進する。
 片腕が塞がり、黒い泥の援護もあるなら――そうナルトが思った矢先、イタチはルイを遥か上空に投げ飛ばした。

「なっ!?」

 ナルト達の影分身は上空に無防備に舞うルイに釘付けになって動きを止める。
 されども黒い泥は構わずイタチに襲い掛かり、纏わり付き――今度はイタチの形が崩れ、千羽の鴉となって散り散りに分散する。
 鴉を用いた変わり身――本体のイタチは後から飛んでルイを宙で回収し、いつの間にか印を結んだのか、口から噴いた火遁・豪火球の術をもって黒い泥ごとナルト達を焼き尽くす。

「「「うわァッ?!」」」

 イタチが繰り出した猛烈な火遁は広範囲に及び、密集していた影分身に壊滅的な被害を与えた。
 焼け爛れた荒野へ軽やかに着地し、イタチは僅かに生き残った影分身を見渡す。数百体はあったナルトの影分身は、もう十数体しか残存していなかった。

「――」

 されどもその残存兵など脅威と映っていないのか、イタチの視線は上空に向かう。
 未だ十数メートル離れた上空には、新たに繰り出された黒い泥が絶えず不気味に蠢いていた。
 黒い泥は液状のまま急降下する。イタチはルイを横脇に抱えながら超高速で印を結び、火遁・豪火球の術で向かい打つ。

(サスケと同じ術だってのに、印の速さも尋常じゃねぇし、威力も桁違いだってばよ……!?)

 黒い泥は何の抵抗すら出来ずに呆気無く飲まれ、塵一つ残らず消える。
 続いて向けられたイタチの絶対零度の視線に残りの影分身達が竦んだ時、イタチの挙動がぴたりと止まり、今までの無表情が崩れて驚愕に染まる。
 唯一自由となるイタチの写輪眼は、自身の後方に不自然に伸びる影のようなチャクラを捉え、自身が影縛りの術中に嵌った事を逸早く理解した。

「――急げナルトォ!」
「おうっ!」

 奈良シカマルは血反吐を吐く思いで叫ぶ。
 本来なら影真似で動きまで真似させてルイをイタチから手放せたい処だが、実力が違いすぎて動きを止めるだけで精一杯だった。

 ――全てはこの一瞬の為の陽動だった。
 ナルトの影分身だけに集中させ、渾沌の術でイタチの意識を上空に釘付けにし、地面の警戒を少しでも疎かにさせる。
 残りのメンバーは地中を密かに掘り進み、その中でも全てを見通せる白眼で最高のタイミングを虎視眈々と待ち続けた。
 地上への穴を開き、瞬時に影真似の術を成功させられる千載一遇の機会を、司令塔かつ索敵の日向ユウナは、実行役の奈良シカマルは見事物にしたのだ。

「うぅおおおおおおおおおっ!」
「……っ!?」

 その一瞬で一体目のナルトはうちはイタチの頬を全力でぶん殴り、二体目はルイを強引に奪い取って、脱出路である穴を一直線に目指す。
 残り全部は一秒でも多く足止めせんとイタチの下に押し寄せ――瞬時に煙となって消える。

「!?」

 もう影真似の術の効力が切れた――ルイを取り返したナルトが余りにも早過ぎると焦った直後、その背中にクナイが突き刺さった。

「こなくそォ――!」

 最後の影分身は消える前に、最後の力を振り絞ってルイを放り投げる。
 そのルイを、穴から飛び出したうちはサスケが全力で受け止め、イタチと一瞬視線が合うものの、憎々しげに睨みながらもサスケは最速で逃走を選択する。
 イタチは即座に印を結んで影分身を一体作り、穴の中に送り込んで追跡させる。
 ――程無くして、地中からの爆音と、起爆札による爆破で散った影分身の経験が予想通り届く。

「……一杯食わされるとはな。成長したな、サスケ」

 誰にも聞こえない小さな声で、うちはイタチは感慨深く呟く。
 木ノ葉隠れの里も捨てたものではない。仲間と連携し、見事に一矢報いてルイを取り返したうずまきナルトを、イタチは高く評価する。
 そして彼の弟は自身への復讐よりも、最後の同族を優先した。その比重の重さを――イタチは無視出来なかった。


 うちはイタチは駆ける。まだ完全には見失っていない。地中の掘られた方向を辿れば――まだ追いつく。




 幾十の水遁の鮫が舞い、幾多の水分身が襲来してくる。
 その絶え間無く繰り広げられるえげつない猛攻を、八門遁甲の体内門の二門まで開いた青桐カイエは一方的に蹂躙する。
 水中に潜み、突如襲ってくる水遁の鮫は足裏から感じ取れる僅かな振動で察知し、噛み砕かんとする牙を完璧に躱して無防備な横腹を殴り飛ばす。

『ハァアアァ……!』

 続いて尋常ならぬ速度で泳いで襲い来る水分身を無造作に蹴り飛ばし、接触すらさせずに片付ける。
 本体の十分の一程度の性能ならば、幾ら来ようが今のカイエの敵ではない。だからこそ、青桐カイエの敗北は必定だった。

(あの鮫野郎、警戒しすぎだぞ……!)

 あれから一向に本体が来る気配は無い。恐らく此方の手札を完全に暴くか、力尽きるまで来ないつもりだろう。
 ――胸が焦がれるような焦燥感が積もりに積もる。
 まだ余力がある内に潜って対峙すべきか、こっちが力尽きる間際まで我慢比べと洒落込むか。
 状況は刻一刻と向こうに傾いて行っている。生命を削る思いでチャクラを引き出しているだけに、歯痒く思う。

(……いや、焦るな。干柿鬼鮫は絶対自らの手で仕留めに来る。奴の性格から考えてほぼ間違い無いだろう。その最初で最後の機会まで耐え抜き――相討ち覚悟で穿つ)




(――などと、思っているでしょうね。……本当に大した人だ。動きが鈍る処か、切れが増すとは)

 無数の水分身と無限に繰り出される水遁・五食鮫の術による物量攻めにより、一瞬で押し潰されるだろうと思われた木ノ葉隠れの忍は、驚くべき事に五体満足で未だに健在だった。
 本体の十分の一とは言え、群がる水分身はあの忍に触れる事無く屠られ続け、五食鮫による猛攻もあれから掠りもしない。
 それは圧倒的な身体能力ではなく、事前に一歩二歩察知しての動きだった。

(……恐るべき適応力ですね。足裏から感じ取れる僅かな振動で此方の攻撃を読むとはやり辛い)

 だが、それも消える寸前の蝋燭が見せる一瞬の煌めきに過ぎない。
 一撃足りても決定打を許さず、チャクラを直接削れていないが、それでも木ノ葉の忍は着実に消耗し続けている。
 今は一時的に動きが良くなっているものの、限界が訪れて崩れるのは時間の問題だ。風前の灯火同然なのだ。

(この間々付き合うのも一興ですが、戦略的な勝利をもぎ取られるのは痛いですねェ……)

 干柿鬼鮫の勝利は一片足りても揺るがない。
 しかし、この忍の狙い通り時間を稼がれるのは少々癪である。多少時間を稼がれた処で事態が急転する道理も無いが、どうせ勝つなら完璧な勝ち方をしたい。

(まぁ、どの道最期は私自身の手で仕留めると決めてますしね――仕掛けますか)




『クク、行きますよ――!』

 干柿鬼鮫は尾獣に匹敵するほどの膨大なチャクラを練り込み、新たに術を発動させる。
 使う術は大量の水を舞い上げて対象を攻撃する水遁・大瀑布の術であり、鬼鮫は巨大水牢の水全てを流動させ、噴火するが如く一気に押し上げた。

「――!?」

 唐突に足場の水全てが舞い上がり、青桐カイエは抵抗すら出来ずに桁外れの大噴水に飲み込まれた。

 ――こうなれば、鬼鮫の独擅場だった。
 鳥が大空を舞うが如く超高速に滝登りして浮上していく。上昇する膨大無比な波に捕らわれ、身動き出来ずに溺れるカイエの下に辿り着くなど数秒も掛からなかった。

(――さぁ、貴方が待ち望んだ最後の機会ですよォ……!)

 その刹那に満たぬ時間、干柿鬼鮫と青桐カイエの眼が交わう。
 異形と化した腕を振るえばこの儚い生命を削れる近距離、彼が最後の力を振り絞って仕掛けてくるのは想定通りだった。
 青桐カイエのチャクラが急激に跳ね上がる。一気に五門まで開門し、その解放の余波で周囲の水を一気に弾き飛ばし――ほんの一瞬しか存在しない水無き空間を作り出す。
 だが、それは驚くに値しない。その暇もまた無かった。

『シャアアアアアアアアァ――ッ!』
「ああああああああああぁ――っ!」

 干柿鬼鮫は異形の左腕を全身全霊で振るい、青桐カイエはその拳目掛けて全身全霊で打つ。

「「――!?」」

 拳と拳が激突し、両者の左拳の骨が粉々に砕け、両者の左腕は尋常ならぬ反動で在らぬ方向に曲がり折れる。
 身を貫く激痛を意に関せず鬼鮫は右腕を振るう。
 人外の力をもって振り下ろされた腕はカイエの左肩に突き刺さり、鎖骨を砕き折って深く削り、チャクラを無慈悲に獰猛に吸引し続ける。

「グガァ……ッ!」
『――っ、まさかわざと……!?』

 この致命傷に限り無く近い一撃を、カイエは無抵抗に受けた。そうでなくては、最後の一撃を干柿鬼鮫に叩き込む事など不可能だったからだ。
 カイエの右手は、鬼鮫の心臓部分を遂に掴んだ。

『無駄ですよ。鮫肌と融合した私は触れただけでチャクラを吸収する。先程のようにはいきませんよ』

 馬鹿の一つ覚えとはこの事だ、と干柿鬼鮫は嘲笑いながら勝利を確信する。
 全身のチャクラが急激に枯渇し、激しい流血で意識が徐々に闇に堕ちていく中、青桐カイエは昔の修行光景を走馬灯の如く思い出した。

 ――最初は全然回せなかった。乱回転すら起こせず、水風船を割る事も夢物語だった。

 元々チャクラの操作は得意な部類ではない。むしろ苦手な方だった。
 自分のような凡人がこの術を会得するのは不可能なのでは? 何度そう悩み、諦め掛けた事か。
 自分には物語の主人公のように先天的に天才でも無ければ、何か凄い力を秘めているという大器晩成型という訳でもない。
 何をやっても中途半端でしかない、絶対に頂点に立てない。そんな何処にもいるような凡人に過ぎなかった。


『――いや、カイエなら出来る! 絶対にそうだっ!』


 それでも折れずに頑張れたのは、自分の信念を貫いて一直線に突っ走る親友が隣に居たからだ。
 その自信と根拠が何処から湧いて出てくるのかは今でも謎だが、長い間一緒にいる内に大分感化されたのか、どんな高い壁でも彼の言う努力次第でぶち抜ける気がした。

 ――死んでも自分の言葉を曲げない男が愚直に信じたのだ。
 もし出来なかったら『木ノ葉隠れの里を一日で千周だっ!』などという無理極まりない自分ルールを勝手に立てられた以上、やり遂げる以外の道など初めから無かったとも言える。


「――最初は、水風船だったな」


 チャクラは瞬時に吸い取られる。だが、それがどうした。
 初めからこの術は――回すものがあれば比較的楽に発動出来る術だ。修行の第一段階の水風船がその例であり、今の場合は新鮮な鮫の血肉だ。

『――ッッッ!?』

 八門遁甲の体内門、その六門を開き、チャクラを全て吸い取られる前に鬼鮫の心臓部分を直接乱回転させる。

 ――青桐カイエが"風穴"などと呼ばれた所以は、螺旋丸を仕留める一瞬しか展開せず、余人に手口を悟らせなかったからだ。
 それはつまり、螺旋丸を発動させるに当たって一秒一瞬一刹那足りてもタイムラグが無いという意味でもある。
 チャクラの瞬間的な最大瞬発力においてのみ、彼の業に追随する者はいない。

 初動さえ完璧に回せば、チャクラは必要無い。究極的に乱回転する奴自身の血肉が瞬時に再生する細胞をも巻き込んで勝手に自滅してくれる。
 この術が対人用などとは青桐カイエには冗談でも言えない。この術は無限に再生する敵すら過剰殺傷する、最高なまでに素敵な対化物用の一撃必殺だった。

(……ざまぁ、みろ)

 鬼鮫は遥か彼方に吹っ飛び、巨大水牢そのモノが決壊し、壮大に崩れ落ちる様をカイエは夢心地に見届ける。
 彼自身もまた激流に飲み込まれ、身を委ねる。水の渦に抵抗し、這い上がる力は、もはや残されていなかった――。







[3089] 巻の45
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/08/03 02:20


 巻の45 青桐カイエ風嵐忍法帖の事


「げほぉっ、がほぉっ……!」

 肺の中まで侵入した水を彼は必死に咳き込む。
 水気の無かった内陸地で溺死しそうになるという特異な経験を乗り越え、青桐カイエは何とか生き延びた。

(……我ながら、良く生きてるなぁ……)

 幸いな事に痛覚が麻痺しているので今は何とも無いが、体内門を六門まで開き、限界の一つや二つ軽く超越して打ち放った左拳の骨は完全に砕け、腕は本来曲がらない方向に曲がっている。
 そしてあの馬鹿力で左肩を圧壊され、左上半身は欠片も動かせないし、酷く出血している。
 更にはあの一瞬の攻防で六門まで開いたチャクラを根刮ぎ奪い取られ、もはや生命活動に支障が出るぐらいの重傷である。

(……でも、まぁ、五影級の敵を討ち取った代償なら、軽い方か)

 凡人を自称する青桐カイエにとっては、自他共に認める前代未聞の快挙と言った処だろう。
 干柿鬼鮫の死体は何処に行ったか解らないが、経絡系が密集している心臓を穿ち抜いたからには生存は在り得ない。――不死身の化け物も、頭部か心臓を穿ちさえすれば、呆気無く死んでくれるのがセオリーだ。
 ルイ達の話では、"暁"の中には心臓をぶち抜いても死なないトンデモ人外が何人かいるらしいが、干柿鬼鮫はそうでは無かった筈だ。

(……とと、このままじゃ、結局死ぬな)

 とりあえず応急処置をしなければまともに動けないし、このまま楽に死ねる。
 カイエは覚束無い手つきで自身の上着のポーチを開き、ルイ印の兵糧丸と増血丸を自身の口の中に放り込む。
 劇的に不味いが、良薬口に苦しとも言うし、効果は折り紙付きだ。
「簡単に死なれたら困りますから」と、わざわざ定期的に作って渡してくれた、相変わらず素直じゃないルイに感謝せねばなるまい。……ツンデレっぽく言ってくれって頼んで蹴られたのは良い思い出である。

(……良し。これで暫くは出血死しない。次は、行動に支障が出る左腕か。うわぁ、嫌だな絶対痛いぞあれ)

 物理的な意味で血の気が失せた顔が更に青褪める。
 カイエは嫌々手頃な太さの木の枝を探し出し、歯が砕けぬよう轡代わりに口にかます。
 右手で左手首を掴み――意を決して、間違った方向に曲がった左腕を元の方向に戻した。

「~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!?」

 カイエは声にならない悲鳴を上げる。麻痺していた痛覚が突如蘇り、死に勝る激痛が全身を駆け巡った。
 暫くの時間、痛みでのたうち回り、苦しみ悶える事しか出来なかった。
 若干痛みが和らいでから、轡代わりの木を今度は添え木として、いつも腰元に巻いてある木ノ葉の額当ての布を使い、右肩に巻いて固定していく。
 珍しく木ノ葉の額当てが役に立った、というのがカイエの素直な感想であるが、皮肉な事に、相変わらず本来の用途には使われていなかった。

(……これで、少しは動けるように――)


「――おや。少々、待たせてしまったようですね」


 嫌味なほどの慇懃な口調で、大刀"鮫肌"を担いだ霧隠れの怪人は再び青桐カイエの前に立ち塞がった。

「――っ、この正真正銘の人外め。心臓がもう一個でもっ、ありやがったかぁ……!?」
「いえいえ、流石の私も一瞬逝きかけましたよ。――逆に私が此処まで削られたのは、初めての経験ですよ」

 その連呼した『初めて』という語句が酷くおかしかったのか、「今日は初めて尽くしですねェ」と鬼鮫は嬉しげに、絶対的な死を告げるが如く凶悪に笑った。

(……半魚人化は解けてるようだが、こっちと違って全然余裕じゃねぇか……!)

 自分の左腕と同じぐらい御釈迦になった腕は何事も無かったかの如く元通りで、穿ち貫いた筈の心臓部分は綺麗に完治しており、口からの乾いた出血だけが先程の余韻だった。
 呆れるほどのチートっぷりに、相応しい恨み言が全く考えつかない。何もかも理不尽だった。

(――ははっ、たくよぉ……)

 ――余りにも絶望的過ぎて、青桐カイエは簡単に諦められた。
 心の何処かで、自分はまだ甘えていたのかもしれない。まだ生き残れるかもしれない、と。そんな的外れな夢想を、まだしていた。

「さて、名残惜しいですが終わりにしましょうか」

 生物が如く脈動し、棘々の刀身の穂先に異形の口を持つ大刀"鮫肌"を、干柿鬼鮫は柄を両手で掴み、真正面に構える。
 カイエもまた立ち上がり、姿勢を低く構える。


 互いに必殺の機会を窺いながら静止する様は、さながら西部劇での決闘であり――何があろうが、次の一撃で一切合切終わる。


 余力を残して死ぬつもりなど欠片も無い。まだ体内門は七の門・驚門と――終の門・死門が残っている。
 全部開いて初めて"八門遁甲の陣"と呼ばれ、自らの死を代償に少しの時間だけ火影を上回る力を振るえるようになる。
 だが、相手はその火影を凌駕しかねない怪物、一体どれほど食らいつけるか――否、意地でも相討ちにせねばなるまい。


 ――世界が崩壊しそうな殺人的な緊張感と、自分の存在を見失いそうなぐらい絶対的な静寂と、瀕死の身体でも五月蝿く鼓動する心臓の音――鬼鮫とカイエは、この不協和音の調和が崩れる一瞬を待ち侘びていた。


「――ぅぅぅううぉおおおおおおおおおおおおおっっ!」


 不完全な世界の調和が崩れ、最後の火蓋は切って落とされなかった。
 それを破ったのは、他ならぬ、いなかった筈の第三者の声だったからだ。

「「!?」」

 その第三者は鬼鮫が反応出来ぬ速度で豪快に蹴り飛ばし、カイエの前に割って入る。
 ――木ノ葉剛力旋風。此処まで卓越した業を繰り出せる人物など、木ノ葉広しと言えども一人しかいまい。

「ッ、何者です!?」

 青桐カイエと比べても、一段と上回る体術の使い手――流石は五大国最強の忍里、粒が揃っていると干柿鬼鮫は素直に賞賛した。


「木ノ葉の気高き碧い猛獣、マイト・ガイ!」


 そして鬼鮫は即座に後悔する。
 オカッパのゲジ眉に奇妙な全身タイツを着用する珍獣の姿に、干柿鬼鮫は呆れると同時に、この至高の決着を邪魔された怒りがふつふつ湧き出る。

(丁度良い。削られたチャクラをこれから補給しますか)

 敵が幾ら増えようが、この"鮫肌"でチャクラを削れば何も問題無い。
 青桐カイエに削りに削られたチャクラをこの濃い人物から補給しようとした時、鬼鮫の肩に一羽の鴉が忽然と留まる。

「む――?」

 鬼鮫が不審に思い、咄嗟に振り払おうとした刹那、その鴉の瞳が特有な模様である事に気づく。
 それは良く見慣れた、鮮血より色鮮やかな真紅であり、特徴的な三つ巴の紋様が入っていた。
 一気に思考が冷め、鬼鮫は溜息一つ付いた。

「……少しはしゃぎ過ぎたようですね。邪魔者も入りましたし、この続きは又の機会にしましょう。――次は、是非とも名乗って欲しいものですね」

 心底名残惜しそうにカイエに語りかけ、干柿鬼鮫は即座に撤退する。
 ガイは鬼鮫を敢えて追わず、唯一人で足止めしようとした親友の下に迷う事無く駆け付けた。
 ……やや遅れて、ナルト、恐らくはルイが攫われた事を知らせに行った影分身が息切れしながら追いつく。

「カイエ大丈夫か!?」
「オレの事は、どうでもいい……! 何でこっちに来やがったガイッ……!」

 助かったという安堵など何処にも無く、カイエは心底からそう叫んだ。
 ガイとカカシ、二人がかりならばうちはイタチにだって勝機がある。だからこそ、一人でも欠けたら意味が無い。
 特にカカシの場合、その高い実力故に万華鏡写輪眼を出し惜しみせずに使われるだろう。今回の鬼鮫の事といい、中途半端に強いとロクな事にならない。

「イタチにはカカシと暗部の者が二人向かっている。オレも今から駆け付ける。カイエはナルトの影分身と一緒に医療班の処へ――」
「そんな悠長な暇あるかっ! ナルト、さっさと案内しろ!」

 カイエは怪我をおして立ち上がり、鬼気迫る表情で影分身のナルトに恫喝する。

「なっ、その怪我と消耗では無茶だぞ!?」
「んな事は先刻承知だ! 今のオレでもイタチのチャクラを消耗させるぐらいやれる……!」
「この馬鹿野郎っ! 今そんな状態で行けば確実に死ぬぞっ!?」
「教え子を失うぐらいなら死んだ方がマシだッ!」

 頭に血が昇って飛び出したカイエの言葉に、ガイは重苦しく沈黙する。
 互いに視線を逸らさず、カイエの乱れた呼吸音だけが場に重く響く。時間と共に、徐々に冷静になったカイエはしまったと猛烈に後悔した。

「……すまない。またオレは――」
「言うな。お前の気持ちは、痛いほど解る……」

 ――大切な者を失った痛みは耐え難く、青桐カイエは過去に二度、絶望のどん底まで沈んだ。

 一度目は担当上忍と班員二人を失い、一人だけ生き延び、二度目は九尾襲来で悪友と想い人を失い、また一人だけ生き延びた。

 周囲の者は良くぞ生き残ったと賞賛する。されどもカイエは『何故自分一人だけ生き残ってしまったのか』と未来永劫後悔し続けたのだ。
 その当時のカイエは、見るに耐えなかった。ガイ自身も、親友一人すら立ち直らせる事の出来ない自分自身の無力さを何度も痛感し、己の不甲斐無さを何度も呪った。

「……また、死に損なったな。はは、格好良く死ねないもんだ……」

 カイエは項垂れながら自嘲し、ガイは内心打ち震える。
 今のこの言葉は強がりでも虚勢でも何でもない、彼の掛け値無しの本音だからだ。

(……カイエ、やはりお前はまだ――)

 九尾の一件以来、青桐カイエは暗部に潜り、危険度の高い任務を優先的に、休む間無くこなし続けた。
 その様は生き急ぐというよりも、死に急ぐという言葉が相応しい、自暴自棄の暴挙だった。
 九尾の襲来によって壊滅状態に陥った木ノ葉隠れの里を立て直す為に、ほぼ全ての忍に殺人的な任務を強要した任務斡旋の担当者さえ、彼だけには無理矢理休暇を取らせるほどだった。

(……それなのにお前は自分から"根"からの暗殺任務に従事しやがって――)

 カイエは誰よりも――自分が許せなかったのだろう。
 唯一人生き延びた自分自身を許容出来ず、だからこそ誰よりも苛烈で壮絶な死に様を望んだのだ。
 その在り方は悲しく、何よりも――親友として我慢ならなかった。


「カイエ。お前は――生きて良いんだ。いや、生きなければならない……!」


 カイエは両目を見開いて驚く。
 誰よりも過酷な死に様を望む彼に、その真逆の事を言う大馬鹿者がいるとは思いもしなかった。

「先に亡くなった者達の為にも、彼等がやりたくて出来なかった事を生きているオレ達がやらねばならん。それが、残された者の務めだ……!」
「……後に、しろ。今は時間が、無い」
「いいや、今だからこそだ! 確かに死すべき場面は存在する。だがその務めを忘れ、放棄して死ぬのはただの一方的な押し付けだ」
「……それ以上は、お前でも許さんぞ……!」

 自身の根底に巣食う問題を突かれ、獰猛に殺気立つカイエに影分身のナルトは息も出来ずに竦む。
 味方同士で一触即発の空気が漂う中、ガイは構わず言った。


「――お前は、お前の弟子達にその重荷を背負わすつもりかっ!」


 すとんと、ガイの何の打算もない、掛け値無しの言葉がカイエの胸に突き刺さった。


 ――ずっと辛かった。自分の為に散った生命が眩しすぎて、余りにも重すぎて、どうして良いか解らなかった。
 彼等に見合う輝きなど、凡人の自分には未来永劫届かない。死ぬのが自分で、彼等でなければどれほど楽だったか。

 どうやったら報いる事が出来るか、答えなんて幾ら考えても永遠に出て来ない。それに答えられる人は、既に死んでいるのだから。

 だから、自分も彼等のように死ぬ事が唯一の救いだと信じて疑わなかった。
 凡人の自分でも出来る限り足掻いて、後の者に希望を託して――無様でも良いから死にたかった。


 ――どうして気づかなかったのだろう。
 どうして、気づいてしまったのだろうか。


 自分が今死ねば、ルイ達に自分の生命の重みを永遠に背負わせる事になる。嘗ての自分と同じ苦しみを、彼等に押し付ける事になる。
 それだけは、許せない。死ぬ寸前であっても、世界が崩壊したとしても、絶対に許容出来無い事だった。

「……マジ格好悪ィ。我ながら最低だなオイ。――どうして、言われるまで気付けなかったのかねぇ……?」
「気付けたのなら今からやり直せば良い。オレの親友の青桐カイエは、何度転ぼうが絶対に立ち上がる不屈の男だっ! このオレが全力で保障する!」

 カイエは力無く天を仰ぎ、ガイは力強く手を差し伸べた。
 昔から、ガイはこういう男だった。自分が簡単に諦めそうになっても、強引にこの手を引っ張って立ち上がらせる。――昔から、そんな一途で真っ直ぐな彼が純粋に羨ましかった。

「死んでも自分の言葉を曲げない男から保障されちゃあ、気張るしかないよな」

 カイエはその手を掴み、ガイの力を借りて立ち上がる。

「うむ、その意気だっ! それに死ぬ順番が年功序列ならオレの方が先だ。オレがくたばるまで死ぬ事など絶対に許さん! 約束だ!」
「あぁ? お前もオレと生年月日同じだろ!?」
「いいやっ! 確かにオレとお前は一月一日に生まれたが、オレの方が先に生まれた! 一秒か一分かは知らんが絶対にそうに違いない!」
「何だそれ!?」

 自然と肩を貸し、二人は笑い合いながら突っ走る。
 こういう熱い男の友情も良いなぁと後ろのナルトは置いて行かれぬよう急いで後を追うのだった――。




「……げほっ、ごほっ。ユウナぁ、早く爆破しすぎだよぉ……!」
「イタチが早すぎたんだ、文句言うなナギ」

 土埃が眼に入ったのか、岩流ナギは眼を擦りながら涙目で抗議し、未だに白眼を発動させている日向ユウナは即座に切って捨てる。

「駄弁っている暇は無い。今は一刻も早く撤退すべきだ」
「シノの言う通りだな。あんな面倒な化け物相手はもう御免だ」

 油女シノは冷静に進言し、チャクラ切れでバテている奈良シカマルもそれに続く。

「サスケ、ルイちゃんは!?」
「……幻術で気を失っているだけだ。外傷は無いようだな……」

 その反面、あれだけの影分身を作ったうずまきナルトは未だにぴんぴんしており、意識の無いルイの容態を心配する。
 うちはサスケはルイに掛かった幻術を解き、彼女を縛っている縄をクナイで斬り、歪な模様が刻まれた包帯の目隠しに手を伸ばし――それに触る直前、何らかの強い力場によって指が弾かれた。

「っ、封印術か……!?」

 今の段階では対処出来ない。即座にそう判断したサスケは眠り続けているルイを背負った。

 ――皆、全力を尽くしてルイの救出に当たっている。
 それなのに自分はルイと一緒にいながら守れなかった、その自責の念で黒羽ヤクモは今も精神的に立ち直れずにいた。
 ルイを助けられたのに、今はルイを背負っているサスケに嫉妬さえしている。そんな醜い自分が堪らなく嫌になった。

「良し、一刻も早く離れるぞ。それとヤクモ、呆けるなら後に……!?」

 ユウナが反応し、ほぼ同時にシノが同方向に振り向く。
 ただ、察知出来たからと言っても、彼ほど卓越した忍から逃げ果せるのは不可能だった。

 ――うちはイタチは音も無く舞い降り、無言で立ち塞がる。
 生き埋めになったからには逃げ出す程度の時間は稼げたと全員が思っていただけに、動揺はより大きかった。

「イタチ……!」

 サスケは二つ巴の写輪眼にありったけの殺意と憎悪を込めて一族の仇を射抜く。
 イタチは背筋が凍えるような冷たい眼差しでサスケを――否、サスケが背負っているルイを鋭く睨んだ。

「――ま、お前達が大人しく追跡だけするとは思ってはいなかったけど無茶しすぎだ」

 ほぼ全員が慄き、絶体絶命の窮地に身を震わせる中、飄々とした声が割って入る。
 イタチの視線が下忍達の前に飛び入った彼等三人に向けられる。猫の仮面と犬の仮面を付けた暗部が二人、そして元暗部にして今の木ノ葉隠れで最も優れた上忍が一人――。


「だが、ルイを取り戻しているのは良い誤算だ。後は俺達に任せろ」


 既に左眼の写輪眼を解放した状態で、はたけカカシはうちはイタチの前に立つ。
 うちは一族が虐殺されて以来、此処まで写輪眼が一同に揃ったのは初の出来事だった――。







[3089] 巻の46
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:ceb974ce
Date: 2010/09/07 06:26




「カカシの、写輪眼、対策ねぇ」
「うむ。何か手は無いものか……」

 それは今から十数年前、第三次忍界大戦が終結し、波風ミナトが四代目火影を襲名し、間もなく九尾が襲来する前の、平和な昼下がりの事。
 はたけカカシとのライバル対決に連戦連敗を喫しているマイト・ガイは共に切磋琢磨する同期の親友、青桐カイエに相談した事から始まった。

「まず第一に、目を合わさない事、だろうなッ。幻術対策はぁ、それで、片が付く筈だ」
「おお、なるほど! こんなに早く具体的な案が出るとは流石カイエだなっ! ……む? これでは相手の動きが見辛くなるぞ?」
「……ああ、えーと……其処は勘とか、経験で、慣れるしか、ないんじゃねっ?」
「そうか、要鍛錬だな!」

 ガイは猛烈に気合が入った表情で、超高速で腕立て伏せをしながら強く意気込む。
 カイエの方はすぐ隣で負けじと、同じペースで息切れしながら付き合う。

「写輪眼の、洞察眼で此方の動きが、見切られるのは変わらんから、ぜぇぜぇ、写輪眼でも見抜けぬ速度を、身に付けるしかないなっ。どうせ一番効果的な目潰しは、一番警戒されているだろうしっ」
「ふむふむ、日々精進だな! いやぁ、カイエに相談して正解だったな! やはり持つべき者は友だなっ!」

 純度百%の超爽やかなガイの笑顔に、カイエは後ろめたさから思わず気まずくなる。
 一生明かせないだろうが、この助言はうろ覚えな原作知識からのカンニングに等しい行為なので、どうにも誇れない。

 今は体術が少しだけ秀でているだけの、幻術も忍術も使えない欠陥忍者扱いなのに、あと十数年すればカカシと同格の忍までなっている。

 ひたすら鍛錬を重ねて、より高き領域を目指す不屈の心根――すぐ諦めそうになるカイエには何より眩しく、同時に納得出来た。だからこそ彼は、カカシと肩を並べるほど強くなれたのだと。
 努力が実を結ぶかどうかは解らないが、落ち零れの自分も彼と同じぐらい頑張れば――そう信じられる熱意が自然と湧いてくる。
 同胞を二人失い、失意の内にいた自身を立ち直らせてくれた感謝の気持ちを胸にそっと隠し、カイエはひたすら気合と根性で追従する。

 カイエは知らないが、ガイもまたカイエへの感謝の気持ちで一杯だった。
 カカシを打ち倒すという到底不可能とされた目標を大々的に掲げ、それを無理だと一笑せず、絶対に出来ると信じてくれたのはカイエ一人だけだったからだ。
 ……原作知識から飛び出したというオチは、身も蓋も無い話であるが。

「ああ、そうだ。カカシの写輪眼に、限定した話なら、滅茶苦茶楽な対処法があるぞっ。これで初勝利間違い無しだぁ!」
「ほう、それは興味深いな」

 唐突に後ろから生じた第三者の声に、カイエの顔は一瞬で青褪め、恐る恐る振り向く。其処には予想通り、はたけカカシが仁王立ちしていた。

「んなっ!? カ、カカシ君じゃないかぁ。人が悪いなぁ、一体いつの間に盗み聞いていたんだぁ?」
「オレの写輪眼対策云々の当たりからだ」
「最初からじゃねぇかよ!?」

 突っ込みを入れながら、カイエは腕立て伏せ状態から立ち上がり、後退りする。
 だが、左眼の写輪眼を出しかねないほど凄んでいるカカシから逃げ果せる方法など今の彼には存在しなかった。

「ま、まぁ落ち着け。オレ達は今修行中なのだ。残念ながらカカシ君と付き合う時間は――」
「ふむ、これは丁度良いなカイエ。実際に戦って実践する機会が早くも訪れたなっ!」

 トドメと言わんばかりに、ガイはカイエの逃げ道をあっさり完全に断った。

「え、ちょ、待っ!? 無理無理無理、オレなんかがカカシと戦って勝てる訳ねぇだろ!? 常識的に考えてッ!」
「まぁまぁそう言わず。オレの写輪眼限定で、滅茶苦茶楽な対処法があるなんて全然知らなかったなぁ。是非ともご教授して貰いたいよ」

 爽やかな笑顔ながら、物凄く根に持っているカカシはカイエの首根っこを掴み、無情に引き摺っていく。
 付いて行くガイが二人の対戦を純粋に楽しみにしている当たり、無謀な決闘を止める者など最初からいなかった。

「うぼぁー! 神はオレを見捨てたっ!」


 巻の46 イタチが舞い、三忍の自来也は大見得を切るの事


「久し振りですね、はたけカカシさん……」

 最後に出会った時と変わらぬ眼で、うちはイタチは感情無く挨拶する。
 ――第三次忍界大戦、九尾襲来、木ノ葉崩し、数々の修羅場を潜り抜けて来たはたけカカシは、五影の域に到達した忍を何人か見た事がある。
 里の全ての術を会得したとされる三代目火影、猿飛ヒルゼン。自らの師であり、後に四代目を襲名した波風ミナト。忍界大戦中、その彼と互角の死闘を演じた当代の雷影。木ノ葉の三忍と謳われる自来也・綱手・大蛇丸。そして――うちは一族を一夜で虐殺した張本人、うちはイタチである。
 何れも曲者揃いで単純な強さの比較など無意味だが、この六人に無くてイタチにあるものが一つだけある。

 持つ者と持たざる者の絶対的な差、天に選ばれた者のみ許された先天的な資質――血継限界、つまりは写輪眼である。

 後天的に写輪眼を得たカカシだからこそ、正統な血族が使う写輪眼の真の恐ろしさを誰よりも実感している。

「さっすがカカシ先生! 良いタイミングだってばよ!」
「……ナルト、騒いでないで離脱しろ。一刻も早く」
「え?」

 振り向かず、一瞬でも隙を見せないように、カカシは指示を下す。
 不用意にそんなものを見せた日には瞬き一つする間も無く死ねる自信がある。うちはイタチと闘うというのは、そういう事なのだ。

「以前、波の国で『この世界にゃお前より年下でオレより強いガキもいる』と言ったな。――あれは、今此処にいるうちはイタチの事だ」

 僅か五歳でアカデミーを卒業し、六歳で中忍に昇格した異例の早咲きの天才と言われたカカシですら、うちはイタチという真の傑物の前では霞んでしまう。

「ま、あれから何年も経っているから現在は解らないがな」

 その自分の言葉が単なる虚勢である事を、カカシは強く自覚する。
 数の上では一対三と有利だが、今この瞬間にでも写輪眼の幻術によって戦況が一転しかねない。
 同じく写輪眼を持ち、幻術にある程度耐性を持つカカシならまだしも、後ろで仕掛け時を窺っている暗部二人には荷が重すぎる。

(――ガイかカイエがいれば、まだ状況は違ったが……!)

 もしも、この場にガイかカイエがいたのならば互角以上に渡り合えるのだが、カイエは同格であろうイタチの相方を引き離し、ガイはその救援に向かった。
 無い物強請りしても仕方ない。カカシは仕掛ける前にある疑問を問い質す事にした。

「何故ルイを狙った? 目的は何だ?」
「……彼女のその眼は邪魔なんですよ。我々組織にとって、最も障害となる」
「組織だと?」

 一つ心当たりがあった。三忍の一人、自来也から齎された情報に、うちはイタチが忍九名からなる小規模な組織に所属している事を思い出す。

(――やはり狙いは尾獣、ルイを真っ先に狙ったのは必然だったか)

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、とはまさにこの事だった。
 うちは一族の血継限界の分野において、ルイは自身の教え子であるサスケより遥か先の領域に到達しているとカカシは薄々勘付いていた。
 もしかしたらうちは一族の秘中の秘である伝説の瞳術『万華鏡写輪眼』さえ彼女は開眼してしまっているかもしれない。……中忍試験の時、大蛇丸を焼き払った黒い火遁はそうでなければ説明が出来ない。

「お喋りが過ぎましたね。余り時間が無い……」

 うちはイタチから放たれる殺意が一段と強まる。
 それと同時にカカシの後方にいた暗部二人が分散して飛び、イタチの背後を取る。
 三方から取り囲む形にはなったが、カカシには今の状況が有利だとは欠片も思えなかった。




 他の下忍達が挙って退去する中、うちはサスケだけがこの場に残った。
 彼にはどうしても確かめなければならない事があったからだ。自身の写輪眼で、寸分の狂い無く検証せねばならない事が――。

「――!」

 三方に取り囲んだカカシと暗部の二人は、何一つ合図が無かったのにほぼ同時に仕掛ける。
 写輪眼でなければ捉え切れない速度で放たれたクナイは、驚くほど呆気無くイタチの身体に突き刺さり――言い知れぬ違和感がサスケの全身を駆け巡る中、イタチの形が崩れて数十羽の黒鴉となり、飛び舞って幻惑する。

 幻術――それに逸早く気づいたサスケは自身の写輪眼に意識を集中させ、イタチの見せる幻を見極める。

 同じく写輪眼を持つカカシが一番最初に幻術を破り、続いてもう一人の暗部も少し遅れながら幻術を見切る。

「――!」

 うちはイタチは幻術の耐性が一番弱かった最後の一人に照準を絞って殴り掛かり、寸前の処で拳をぴたりと止める。
 あのタイミングなら容易に仕留めれた筈なのに何故――サスケの脳裏に疑問符が浮かんだ矢先、イタチは何かに気づいて急遽退く。
 もう一人の暗部は、特徴的な印を結んだ両手を眼下に突き出しており、それがルイがサクラに使った心転身の術である事を遅れながら気づいた。

「なるほど、フーさんにトルネさんでしたか。道理で手強い」

 何時の間にか背後に忍び寄り、音も無く繰り出されたカカシの一閃をイタチは屈んで躱し、その回避行動からの淀みなく行われた回し蹴りで一蹴する。

「ぐっ……!」

 腹部に諸に受けたカカシは踏ん張れずに吹っ飛んで後方の大木に激突し、戦線から一時離脱を余儀無くされる。
 幻術から復帰した暗部の一人は一目散に突進し、素手でイタチを掴み掛ろうと跳び掛かり、心転身の術を行なおうとした忍は彼の後方から距離を保ちつつ機会を窺う。

(あの暗部の動き、まるで中忍試験の予選の奴のようだ……)

 既にサスケは彼の名前すら忘れているが、チャクラ吸引術を使った赤胴ヨロイのように、接触しただけで勝利が確定するような術を会得しているのだろう。
 イタチの動きが一瞬でも鈍れば、即座に心転身の術で乗っ取られる。サスケの眼からも二人の暗部が相当の使い手である事は確かである。幾らイタチと言えども或いは――。

「――ッ!」

 ぴたりと、意地でも掴み取ろうと躍起になっていた暗部の動きが一切合切止まる。
 彼は不用意に近づき過ぎた上に、甘く見過ぎていた。写輪眼と相対するとは、常に瞳術による幻術に嵌められる危険性が生じる、そういう事なのに。
 イタチは即座に飛び退き、一体どのタイミングで印を結んだのかサスケにも解らないが、間髪入れず火遁・豪火球の術を撃ち放つ。

「トルネ――!」

 人一人丸々呑み込むほどの巨大な猛火を前に、術中に嵌った暗部は棒立ちした間々――危険を顧みずに救出に来たもう一人の暗部に短刀の柄で殴打され、身体ごと飛ばされて難を逃れる。

「ぐ、おおおおおおおぉおっ!」

 逆に無理なタイミングで割って入った暗部は逃げ遅れ、身体半身を酷く焼かれ、それでも焼け爛れた手で心転身の術の印を結び、イタチに向ける。
 だが、ほんの一瞬前まで居たイタチの姿は欠片も無く――背後から掴み取られた頭部を馬鹿げた勢いで地面に叩きつけられ、微動だにせず沈黙する。

「これで、貴方一人だ……」

 二人の手練を早々に片付けたイタチは、最後に残ったカカシの写輪眼を鋭く見抜く。
 ――圧倒的だった。二人の暗部も、カカシも弱くはない。うちはイタチが強すぎる、話はその一点に尽きるだけだった。

(……強い。あの夜から、少しも縮まらない……!)

 うちは一族を虐殺された夜から、サスケはイタチを殺す為にひたすら修練に打ち込んだ。あの時の自分と比べて、遥かに強くなった。その実感は確かにある。
 あの頃より強くなった自分だからこそ、否応無しに実感する。うちはイタチがどれほど卓越した存在なのかを、自分がどれほど彼我との実力差を見誤っていたのかを。

「……! さて、それはどうかな?」

 カカシのそんな言葉など、今のサスケには虚勢にしか見えず――その自信の根拠は直後に訪れた。

 ――それは大波だった。水遁系の術を巧みに使いこなした桃地再不斬を遥かに超える規模の大津波が押し寄せてきた。

 それが干柿鬼鮫の水牢の術の名残だとは、今のサスケには知る由も無い。
 カカシとイタチは動じる事無く、荒波に乗りながら大量の印を超高速に結んでいく。
 まるで合わせ鏡のように、イタチとカカシの後方に大洪水が舞い上がり、怒涛の勢いで激突する。

「くっ……!」

 大規模の水遁の衝突は、周囲に聳え立つ樹木を根元から倒壊させる。――もはや、単なる自然災害など生温い次元の攻防だった。
 水遁・大瀑布の術の衝突時点から水が引き、イタチとカカシは共にクナイで激しく鬩ぎ合っていた。

 だが、この状況はカカシにとって圧倒的に不利だった。こんな近距離ではイタチの写輪眼から逃れる術が無い。
 イタチにしても今脅威となるのはカカシ一人であり、万華鏡写輪眼の瞳術を出し惜しみする理由は欠片も無かった。

 イタチの写輪眼の形が崩れ、三枚刃の手裏剣のような紋様に変化する。
 ――それなのに、イタチは珍しく驚きの感情を見せる。それもその筈、今のカカシは両眼とも塞いでいたからだ。

「……まさに究極の写輪眼対策ですね。その眼を持つ貴方がそれを実践するとは思いませんでしたが」
「ま、便利な眼に頼ってばかりじゃいかんでしょ……!」

 自ら視界を鎖したカカシの脳裏に過去の記憶が過ぎる。
 確かに写輪眼は非の付けようが無いほど優秀な瞳だが、血族でない自分が使うには多大な代償を支払わなければならない。
 それを一番最初に強く実感させたのが霧隠れの鬼人・桃地再不斬――ではなく、"風穴"と畏怖される以前の青桐カイエだった。

 当時の彼は若く、友から譲り受けた写輪眼を貶されて冷静でいられるほど大人ではなかった。
 偶然模擬戦の流れとなり、マイト・ガイの立ち会いの下、既に上忍だったカカシは当時中忍に昇格したばかりのカイエを大人気無く叩きのめそうとした。
 ――したのだが、見事に逃げ切られてしまった。何て事も無い、チャクラが尽きるまで本当に終始逃げ続けられたのだ。
 それまで盲信していた写輪眼への絶対性は脆くも崩れ去り、その日以来、カカシは写輪眼対策の対策について、今まで眼中に無かった彼等二人と共に真剣に考える事となる。

「しかし、眼を瞑っていては――!?」

 単純明快ながら欠点そのモノだと言い切る前に、うちはイタチは後方に離脱する。
 水面をかち割り、四方八方から忍犬達が獰猛な爪を突き立てながら疾駆する。
 忘れてはいなかったが、意識はしていなかった。はたけカカシが『写輪眼のカカシ』と謳われる以前に、『忍犬使い』としても有名である事を。

(……そうか、両眼を瞑っていれば万華鏡写輪眼の瞳術『月読』の術中に陥る事も無い……!)

 あの術の絶対性に苦渋を呑まされた事のあるサスケは、カカシが見せた単純明快な対策に若干納得いかないものの、その発想は無かったと驚嘆する。

 事実、うちはイタチは攻め手を失っていた。
 単純に殺すのであればもう一つの瞳術『天照』を使えば良い。自ら視界を塞いでいる敵など単なる的でしかない。
 そもそも、殺すつもりなら勝負にもならなかっただろう。彼がその気ならば相手がカカシだろうと、早い段階で皆殺しになっている。
 うちはイタチは最初から、不殺を絶対条件としていた。一族虐殺の汚名を背負い、それでも彼は里を愛する忍だったが故に、当然の選択だった。
 その当然の選択が、最大の敗因となったのは皮肉でしかない。

 ――背後から生じた気配に逸早く反応し、イタチは最大限の瞬身の術で大斧が如き振り下ろされた踵落としを回避する。

 膨大な水飛沫を天まで舞い上がらせ、二つの影が弾けてイタチの背後をまた取る。奇しくも先程と同じ、三方に取り囲む形となる。

「待たせたな、カカシ!」
「良く粘ったなぁ、イタチに瞬殺されてると思ってたぞ」

 マイト・ガイは大胆に決めポーズをとり、カイエは少し呆れながらイタチの足元を睨む。
 初めの因縁からカカシと模擬戦する機会が大量に増えてしまったので、ガイと同じく写輪眼対策の戦闘術は嫌なほど身についていた。

「……流石に御三方の相手を同時にするのは厳しいですね」

 イタチの身体が崩れ、数十羽の黒鴉となって空に散っていく。
 今の木ノ葉の最精鋭が揃い踏みしては、流石のイタチもルイの奪還を諦めざるを得なかった。

「今回は退きましょう。ですが、いずれうずまきナルト君と六尾の人柱力は確保させて貰います。――それが、我が組織"暁"から下された我々の至上命令ですから」




「全く無茶しやがって。追跡のみって言っただろ、この馬鹿者どもめ」

 わざとらしく溜息を付きつつ、コイツら七人が素直に従う訳無いよなぁとカイエは内心苦笑する。
 結果オーライとは素晴らしい言葉である。

「ルイもそう落ち込むな。相手があのうちはイタチじゃ、基本的にどうしようもない」

 一人落ち込んでいるルイの頭を、無事な手で撫でて慰める。
 まだ目隠しが取れず、表情が読み辛いが、今のルイに常日頃纏う覇気は欠片も無い。
 普段から完璧を目指している彼女は、こういう自身の失敗を自分では許せないのだろう。少しでも気が楽になれば良いが、こういう部分で妙に頑固な彼女はそうはいかない。

「お前達の年で死に急ぐ必要は欠片も無い。オレが先に死ぬまで絶対に死ぬ事など許さん。生命を投げ捨てるような選択など絶対にするなよ」

 そう、今は任官仕立ての下忍を戦場に送り込むような悲惨な時代ではない。自分達とは違うと言い聞かせるようにカイエは矢継ぎ早に話す。

「……ああ、だからと言って早死する気は更々無いがな。どんな苦境でも、どんなに惨めでも、絶対生き延びてやる。意地でも大往生してやるから、お前達も覚悟しとけよ」

 カイエは強く笑い、ガイもまた涙や鼻水を垂れ流しながら泣き笑う。
 これが辿り着いた結論であり、先立った友と対面するのは暫く後になるだろうとカイエは彼等に謝る。


「あいや暫くっ! 泣く子も黙る妙木山の蝦蟇仙人、風雲痛快の豪傑・自来也様たぁワシの事よォ!」


 大見得を切って現れた三忍の一人の登場に、状況への理解が追いつかず、しーんと場が白ける。
 おせぇんだよ、と内心毒付きながらカイエは皆の意を代弁したのだった。

「……む? むむ? イタチはどうした?」
「……空気読めよ、エロ爺」




 とある森林地帯を走る影が二つ。イタチの分身体とも言える鴉を頼りに干柿鬼鮫はうちはイタチと合流する。

「手酷くやられたようだな……」
「ええ、相当大した方でしたね。本気を出して此処まで削られたのは初めてですよ。……ああ、名前は結構ですよ。次に出遭った時の愉しみですから」

 ――素晴らしい一時だった。久方振りに堪能した死の感触は、今でもこの手に残っている。
 事実、彼と闘う前に他の者達から"鮫肌"でチャクラを大量に削っていなければ、干柿鬼鮫は確実に死んでいた。
 此方の再生能力を逆手に取ったあの恐るべき術によって、"鮫肌"が貯蔵したチャクラは根刮ぎ引ん剥かれ、鬼鮫自身のチャクラも九割まで削り取られた。
 とは言え、元々尾獣に匹敵するチャクラの持ち主。一割程度でも残れば、普遍的な上忍を遥かに超える量なのだが。

「それにイタチさんこそ。これでは骨折り損の草臥れ儲けでしたねェ」

 外傷は特に無いものの、珍しく執心だったうちはルイは彼の手元に無い。
 彼等ほどの忍が二人動いて、不甲斐無い結果だった。それを踏まえ、うちはイタチは内心を尾首に出さず、相変わらず無表情で答える。

「――最低限の目的は果たしている。文句は言うまい」







[3089] 巻の47
Name: 咲夜泪◆ae045239 ID:01231db7
Date: 2011/01/12 13:50




 ――例えば手元に二十面ダイスがあったとする。

 何処かで見たようなそれは十九面が『大吉』で最良の結果を齎し、一面だけ『大凶』で最悪の結末を齎す。
 そう、『HUNTER×HUNTER』のグリードアイランドだったか。それを手に入れたその時の私は生涯、絶対に賽を振らなかった。

 出る目など最初から決まっている。百回振って百回とも『大凶』を出す自信がある。私の凶運は世界が変わっても変わらない不文律の一つなのだから。

 普段の私ならば、それでも特に問題は無い。如何なる手段を用いて賽の目を変えるか、ダイスそのものを粉砕すれば良いだけの話である。
 一体何が言いたいかというと、自らの運命を運否天賦に任せたら、確実に最悪の結末に至ってしまうという事。
 つまりは、自らの凶運を自らの手で対処出来なくなった時、それが私の死期となる。

 ――そういう意味では、今の私はうちはイタチに遅効性の致命傷を負わされたと言っても過言ではない。

 原作の流れから大きく外れ、それを止める術も無く、抗う力をも失った。
 身に覚えのある絶望が嬉々驚恐と這い上がる。認めたくない。認めたくないが、今のこの現状は既に、詰んでしまったのだ――。


 第五章 絶望への一本道


「……あの、カイエ上忍? 私の記憶が正しければ入院中の筈ですが?」
「いつも通り自主的に退院だ。んな事はどうでも良いから適当に依頼寄越せー、身体が鈍っちまう」

 任務斡旋室で受付する彼女は見るからに重症患者である青桐カイエを「またもか」と呆れた目で眺めた。
 左肩から腕まで大量の包帯に巻かれ、脚に負傷が無いのに関わらず松葉杖を付かなければ歩く事すらままならない。
 恐らくは八門遁甲の体内門を幾つか開き、その反動で身体が御釈迦になっているのだろう。
 九尾襲来から良く見慣れた光景だったが、此処最近は無かった為、この悪癖が治ったのかと期待していただけに、受付嬢は海より深い溜息を付いた。

「それではこれなどは如何でしょうか?」

 逆に言えば想定内だったという事で、受付嬢は諦めた顔で一つの依頼の説明に入る。

「先の事件で里の防備が不十分だと判断した上層部は、戦力にならない下忍を指定した拠点に一纏めにし、上忍を配置させる事で警備を強化する方針を打ち立てました。貴方にはその一つである日向宗家に赴き、護衛の任に就いて下さい」

 ほうほう、とカイエは任務の内容を吟味する。
 今現在の木ノ葉は大蛇丸のせいで戦力が極限まで低下している。それを他国に見せない為に、上忍から中忍まで総動員している訳だが、それで将来の戦力である下忍達を犠牲にしては本末転倒も良い処だろう。
 その原因の一端、いや主因が明らかにうちはイタチの一件だろうな、とカイエは内心苦笑せざるを得なかった。

「なお、任務のランクこそCですが、日向宗家には『うちはの二人』を初め、木ノ葉でも有数の名家の御子息が勢揃いしています。十分お気をつけて下さい」

 これは丁度良い、とカイエは喜びを隠し切れずに笑う。
 あの事件からルイは精神的に極めて不安定な状況に陥っている。身体を鈍らさない為に任務に就き、ルイ達を補佐出来る距離にいれる。まさに一石二鳥である。
 だからカイエは気付けなかった。受付嬢が物凄く良い笑顔を浮かべていた事に。




「ぬおぉー!? まさかの『騙して悪いが』だとぉ!? 報酬が前払いじゃなかったのにかぁー! うぉ離せショッカーっ、脳改造は最後にしてくれ!」

 無用心に、ほいほいと日向宗家に赴いたカイエに待っていたのは強制的な拘束及び一室に監禁されるという信じ難い事態だった……!

「……何を訳の解らぬ事を。まさかその怪我で本当に任務に就くとはな」

 日向宗家の当主である日向ヒアシは呆れた顔で寝具に拘束された珍獣を見下ろす。
 うちはイタチ達が襲来して三日経過した。
 それに関わらず、最も重傷で、かつあの場で死んでも可笑しくなかった重症患者が本当にこの任務に赴いて来るとは彼とて思っていなかった。

「あー、御当主、これでは任務は遂行出来ないんですが?」
「自重して寝てろ。最初から貴様など用済みだ」
「酷っ! って、オレの代わりっているんすか?」
「ふん、ワシじゃ」

 奥の襖障子を開けて現れた人物を目にして、カイエは瞬時に物凄く嫌な顔をした。

「エロ爺!? 御当主! 御息女とルイの貞操が危ないですよオォッ!」
「……小僧、貴様はワシを何だと思っとる?」

 静かに怒りを籠めて、自来也は芋虫の如く転がるカイエを睨みつける。
 初見の日向ヒアシも瞬時に察せる通り、この二人は破滅的に相性が悪かった。
 自来也がカイエから「エロ爺」呼ばわりされているのに咎めないのは、呼び方の修正を完全に諦めているからである。

「あれ? てか綱手探しは?」
「……貴様は何処か抜けているようで時々鋭いのォ」

 不機嫌さを全面に出しながら、自来也は腰を降ろす。
 ――自来也と青桐カイエの因縁は遥か昔、カイエが螺旋丸を習得した頃まで遡る。

 自分と四代目――写輪眼の御陰でカカシも使えるが――以外に螺旋丸を会得した青桐カイエに自来也が興味を示したのは当然の帰結であり、弟子の技を受け継いだ弟子という気持ちで螺旋丸の更なる発展系を指導した処、決定的な亀裂が走る事となる。
 曰く「大玉螺旋丸なんざ本来の用途から著しく逸脱した上に本末転倒、チャクラの無駄遣い」とか、「既に十分な破壊力を持つ螺旋丸に性質変化を合わせるなんてチャクラが有り余った馬鹿しかしないだろ。常識的に考えて」など聞くに耐えない暴言の数々は、二人の関係に修復不可能の損害を与える事となる。

 だが、それでも時々ハッとする発言をするこの忍に一目置いているのは自来也自身も腹立たしいが、心の底では認めざるを得ない。
 本人を前に口にする事は永遠に無いが。

「木ノ葉隠れの里がこんな状況だ。おちおち留守になどしてられん。まぁ、もう少し落ち着いたらワシ自らが探しに行くがのォ」
「そんな面倒な事せず、アンタが火影になればいいじゃねぇか。……個人的に、滅茶苦茶気に食わないが」
「一言余計じゃ。それにワシはそんな柄ではないわい」

 ふん、とひねくれながら自来也はカイエを正面から見据える。
 威圧感が漂う空気に、次が本題かとカイエは深く溜息付いた。

「単刀直入に聞くぞ、小僧。うちはルイと六尾の人柱力の事を包み隠さず話せ。全部だ」




「うーむ、うちは秘伝の封印術のようじゃな。厄介極まるのォ」
「……おいおい、まさか取れないのか? とことん役に立たないな、エロ爺」

 それは三日前の出来事、イタチ達を追い払い、ルイの両眼に巻かれた奇妙な布を取っ払おうとした時だった。
 外そうにも見えない力場で弾かれ、自来也によって複数の術で封印術の解除を試されたが、いずれも失敗に終わった。

「黙れ小僧。この類の術は基本的に口伝が相場じゃ。正式な方法で解けるのは、今となってはイタチ以外いないじゃろうて」

 三忍の一人である自来也がお手上げしてしまっては、今の木ノ葉に解く手段が無いという事を暗に示している。
 それを一番認められず、受け入れられなかったのは当然張本人たるルイであり、全ての可能性を模索し、思考の裡に消えて行った中で一つだけ残る。

「ナギ、渾沌の術でこれを――」
「待て、迂闊に手を出すな。無理に剥ぎ取ろうとすれば両眼を失うぞ。元々それはうちは一族が己が一族の罪人に施す封印術でのォ、被術者の安全など最初から考慮されておらん」

 チャクラを吸う性質を持つ渾沌の術ならば封印術をどうにか出来るのでは――その結果は、後に試して炎上したルイの影分身の体験が証明したのだった。




「――これを機に、うちはルイを始末するべきじゃ」

 今日も平和裏に要人の暗殺依頼を考案するダンゾウの下に、ご意見番の二人は開幕一言目にそう断言した。

「唐突な上に今更ですな。その話は既に決着が付いている筈だが?」
「惚けるなダンゾウ。イタチがルイに封印術を施した意味、解らぬとは言わせぬぞ……!」

 そう、うちはイタチという忠実な忍は木ノ葉にとって不利益な事を絶対にしない。
 ルイの写輪眼を封じたのは、彼女が木ノ葉に害する可能性があるという事を間接的に示している事に他ならない。

 ――うちは虐殺の夜から生じた最大の疑問はイタチによって解消される。
 うちはルイがイタチの手心によって生き延びたのではなく、イタチの手から逃れて生き延びたのだ――。

「うちはイタチは里の意志に反し、完全に裏切った反逆者だ。それ以上でもそれ以下でも無い」

 対するダンゾウはイタチこそが里にとって害を齎す存在に成り果てたと糾弾する。
 ホムラとコハルは顔を見合わせて驚きを隠せずにいた。自分達と同じ情報を共有して尚そんな結論に至るのか、心底理解出来ないと憤る。

「何故其処までしてうちはルイを庇う? あれは貴様の思っているような人間ではないぞ……!」
「同じ言葉を返そう。あれは御二人が思っている程度の人間ではないと」

 確かに今現在のうちはルイはその力の大半を失い、相対的に価値が低くなった。
 今、ルイを始末する事は非常に簡単だ。手練を一人送り込めば、翌日には良い知らせが届くだろう。
 だが、一番の問題はイタチの封印術の御陰で彼女の写輪眼を回収出来ない事にある。
 あれほどの天眼を無為に葬るなど、余りにも惜しいのだ。


 うちはイタチが施した封印術を自力で解除するか否か――今後の彼女の価値は、その一点に尽きる。




「クク、ハハハ、クゥハハハハハハハハァッ! 天はッ、この大蛇丸を見捨てなかったァッ!」

 小さな蝋燭が照らす暗闇の中、大蛇丸は最高に高まった感情を有りの儘に発散させていた。
 腹心の部下である薬師カブトから齎された二つの情報は、永延と続く腕の激痛を軽く吹っ飛ばすぐらいの吉報であった。

「最高だわ! イタチ、今回だけは貴方に感謝しないとねぇ! さあ今すぐうちはルイを攫うわよ!」
「……あの、大蛇丸様? 先に綱手様の下に尋ねられた方が宜しいのでは? その腕では彼女の眼が塞がっていても何も出来ませんよ?」

 最早冷静な判断を下せないぐらい感極まって最高潮に達している大蛇丸にカブトは若干引きながら進言する。
 相変わらず、彼の主はうちはルイに酷く執心であり、彼女の事になると後先見えなくなり、本来の目的すら見失いがちだった。

「……それもそうね。愉しみは後に取っておくものよねぇ……!」

 納得したのか、はたまた後のメインディッシュを妄想して大蛇丸は狂ったように笑う。
 今まで腕の激痛で肉体的にも精神的にも病んでいたが、今は別の意味で病んでいる。カブトは医者の卵としては匙を投げて手遅れである事を宣告したい気分だった。

「少しでも正確で新鮮な情報が欲しいわ。四人衆は、別の任務だったわね……」
「それなら君麻呂が適任かと」

 主の珍行に頬を引き摺らせていたカブトは、この時ばかりは大蛇丸すら引きかねないほど清々しい笑みを浮かべていた。

「使えるの?」
「ええ、問題無いです。"今の彼"ならば良い成果を期待出来るでしょう」

 カブトは一部の言葉を強調し、彼等二人は暗闇の中、悪巧みをする悪代官と越後屋の如く笑い合った。

「クク。カブト、貴方ってさ、相当性格悪いわよね」
「いえいえ、大蛇丸様ほどではありませんよ」


 巻の47 未来は変わり、木ノ葉崩しは再演を待つの事


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