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[19794] 天河くんの家庭の事情(逆行・TS・百合・ハーレム?)
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/24 18:18
─=≡ 挨拶 ≡=─────────────────────────────────────────────────────

改めまして

前回投稿したときのパスワードを忘れてしまいまして、こんな形になってしまいました。
前回の投稿に削除依頼は出してあります。
ですが、消えてからの方がいいとの事でしたら前回のが消えるまでこちらを削除します。

では、以下が前回と同じ紹介文です。

─=≡ 内容紹介 ≡=───────────────────────────────────────────────────

ナデシコはリアルタイムで見ていてそれからずっと好きでした。
それがパチンコでの復活辺りからまた再燃しだした上に妄想は止まらず
辛抱たまらなくなってしまった結果がこういう事になりました。

内容としては以下になります。

・アキト逆行
・妖精's逆行
・アキト女性化
・アキト良姉化
追加
・百合百合
・あまあま
・人間磁石

最強な逆行アキトではなく、最高のお姉さんな逆行アキトを目指してます。
元ネタ知ってる人いるのかな?
あんな感じのほのぼのとしたアブノーマルな性少年を描けたらと思います。

─=≡ 更新履歴 ≡=───────────────────────────────────────────────────

■2010/07/24
 【更新】
   35話再掲
 【コメント】
   場面転換の時に区分けするようにしてみました~!
   アキトがまた一人落としたようです。

■2010/07/23
 【更新】
   00話再掲
 【コメント】
   (;´д`) ぁぅ...再投稿の際に00話投稿し忘れてたみたいです...

■2010/07/22
 【更新】
   34話投稿
 【コメント】
   今度は止まりません。
   そしてこんな時間 orz
   3話進んでまだ1日も進んでないとかこれ如何に?

■2010/07/21
 【更新】
   32話投稿
   33話投稿
 【コメント】
   空いてしまった。
   なんとなく参考にと色々SS読み始めたら止まらなかったですよぅ。
   楽しみにしてた方すいませんでした。

   何故かなのはの二次創作ばかり読んでいたのは何故なんだろうか。
   しかも気がついたらナデシコとなのはクロスのプロット書いてたですよ?
   自分ェ

   33話はちょっとシリアスです。
   持って行き方は相変わらず強引だなぁと自分でも思ってしまう。

   ユリカ好きの方はごめんなさい。
   少し痛い目見ないとああいう子はわからないと思うんです。
   でも、アンチではありませんから安心して下さいね!

   ちょっと題名に色々加えてみました。

■2010/07/17
 【更新】
   31話投稿
 【コメント】
   週末利用でどんどん行くよ~!

   そいえば、Google Japanese Input で 天河明人と星野ルリとラピス・ラズリは入ってるのにそれ以外はないという侘しさ。

■2010/07/16
 【更新】
   29話投稿
   30話投稿
 【コメント】
   あれ、アオさん鬼畜化?
   あれぇ?
   気が付いたらこんな事になってましたよ?

   思いがけず訓練が長引いてしまった。
   しかもまだ飛ばないという。
   『どんだけ引き延ばすんだ!』
   という叱責は私に取ってご褒美です。

■2010/07/15
 【更新】
   27話投稿 → 削除
   27話投稿
   28話投稿
 【コメント】
   書き終わったと思ったら途中だった罠
   少しお待ちを...

   大変、お騒がせしました
   再投稿です

   そして28話も投稿!
   書いてたら前日だけで30KB超えてました
   ...あれ?

■2010/07/13
 【更新】
   26話投稿
 【コメント】
   ちょっと今回の話は書くかどうか迷ったのですが...
   思い切って投下してみました

■2010/07/12
 【更新】
   25話投稿
 【コメント】
   ついに3月末です!お花見ですよ~♪
   後半年!後半年で飛べる!

■2010/07/11
 【更新】
   24話投稿
 【コメント】
   ようやくナデシコ発進が見えてきましたよ。
   あと2~3話だ~
   ファイト

■2010/07/10
 【更新】
   23話投稿
   5話修正
 【コメント】
   履歴と告知をまとめて新しい内容を上に持ってきました。
   幾分見やすくなったかな?

   5話のプロスがアオへ戸籍と住居を用意する言い回しが回りくどかったので修正しました。

■2010/07/08
 【更新】
   22話投稿

■2010/07/07
 【更新】
   小話 02話投稿 (ルリ+○○○の誕生日♪)
 【コメント】
   ルリルリ誕生日おめでと~♪

■2010/07/05
 【更新】
   21話投稿
 【コメント】
   今回はちょっと短くなってしまいました。まったりのんびりですっ

■2010/07/04
 【更新】
   20話投稿
   19話修正
 【コメント】
   これからしばらく日常回に入ります~
   そんな20話はあまあま成分10倍増しです。
   甘いです。
   こういうの大好きです。

   19話で避難者へ連日説明をしてぐったりしている件で人称がぐちゃぐちゃになってたのを修正しました!

■2010/07/02
 【更新】
   19話投稿
 【コメント】
   また説明回になってしまた。
   でもこれで下準備は完了なので後は飛ぶだけ!
   でも、その前に小話色々入ります
   何故なら、次の年の10月までには色々イベントがあるんです

   ちなみに忙しくなってきているので、今まで程早く書けなくなります。
   でもでも、1週間に2話を目標に頑張ります

■2010/06/29
 【更新】
   18話投稿
 【コメント】
   今回は説明回ですよ~

■2010/06/28
 【更新】
   17話投稿
 【コメント】
   出掛ける前に書き終えれた!

■2010/06/27
 【更新】
   16話投稿
   16話修正
 【コメント】
   16話でエステの稼動試験まだ途中なのに終了してることになっちゃってた...

■2010/06/26
 【更新】
   13話投稿
   14話投稿
   01話修正
   15話投稿
 【コメント】
   (;´д`) 1話のどこ直したか忘れちゃった...

■2010/06/25
 【更新】
   小話 01話投稿 (NSSのお話)
 【コメント】
   ようやくナデシコ発信前の出来事に目処がつくかな?
   それでもあと数話はかかりそうだ...
   そして話が進むにつれ頭に浮かぶは小話ばかりなりにけり

   土日でなんとかナデシコ発信前の話は終わらせる!
   多分!
   きっと!

■2010/06/24
 【更新】
   挨拶(再掲)
   00話(再掲)
   01話(再掲)
   02話投稿
   03話投稿
   04話投稿
   05話投稿
   06話投稿
   07話投稿
   08話投稿
   09話投稿
   10話投稿
   11話投稿
   12話投稿
 【コメント】
   思いつくまま書いてたら12話なのにまだ1ヶ月しか経過してない!
   うまくまとめられるように精進



[19794] 天河くんの家庭の事情_00話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/23 17:46
星の数ほど出会いがある

その中でただ見ていた

それしかなかったから

ずっとずっと見続けていた


──────────────────────────────────────────────────────────────


太陽系にある木星よりも土星に近い一角に白亜の戦艦が浮かんでいた。
その『ユーチャリス』と呼ばれる戦艦の艦橋に黒尽くめのの男が座っている。
彼の名前はテンカワアキト、先の蜥蜴戦争と火星の後継者が起こしたクーデータによって大切なモノを手に入れ、そして喪った男である。
その彼も復讐の為に火星の後継者を壊滅させ、ようやく気を安める事が出来ている。
今は彼が火星の後継者に拉致された際の実験により減退した視力、聴力を補正するバイザーをつけていない。
バイザーを外すとおぼろげな輪郭しか見えなくなるが、それよりも彼女達に表情を隠す方を嫌ったためである。
そしてそのアキトに二人の少女が寄り添い身を預けている。

「ルリちゃん。ラピス。準備はいい?」

そう問いかけられた二人の風貌は少々通常とは異なっている。
ルリちゃんと呼ばれた少女は『ホシノルリ』。
薄水色の髪と金色の双眸、そして抜けるように白い肌が特徴的だ。
水色の髪はピースランド王国の国王とその妻からの遺伝、その双眸、肌は今は禁止されているIFS強化体質者の証である。
そんな彼女は世間からこう呼ばれている。
曰く『最年少美少女艦長』『電子の妖精』。
望んだ訳ではないその能力により戦争の道具として利用され、容姿により民衆からの票集めの道具にされる。
そんな彼女には心休める所がほとんどといっていい程無かった。

そしてラピスと呼ばれた少女は『ラピス・ラズリ』
ルリを少々幼くしたような容姿をしているが、髪の色が薄桃色なのが違う所である。
『ホシノルリ』の量産を目指した研究により生まれた少女である。
ルリの遺伝子を元にして研究をされた為、ルリにとって妹と呼べる存在になるのかもしれない。
研究の際はまだオペレータの経験や技術、常識をIFS通じて直接叩き込まれ感情も生まれていた。
だが、火星の後継者による研究所からの拉致、それからアキトに助けて貰うまでの日々で感情を忘れてしまったかのように無表情である。
アキトがその風貌とは似つかわしくない程に優しい声色で問いかける。

「はい、いつでも」
「うん」

そう返す二人の仕草が余りに似通っているためにアキトは一瞬見惚れてしまった。
だがそれも一瞬、微笑みながらわかったと目線で伝える。

「そういえば、ルリちゃん。何書いてたの?」

アキトはふと思い出した事を聞いてみる。

「あ、はい。ユリカさんにミナトさんやユキナさん達ナデシコの皆さん、それとサブロウタさんやハーリー君達宇宙軍の皆さんにお手紙書いてました」
「へぇ、なんて書いたの?」

ここ数日の事を思い出すように答えるルリの頭を撫でつつ更に尋ねる。

「幸せになりますって...ダメでしたか?」

軽く頬を染めながら上目使いにそう問いかける。
アキトは少しだけ眉を顰めると

「間違ってはいないけど...戻ってこれるとしても戻ってこない方がいいかもな.....」

戻ってきた後にかつての仲間達、特にミナトやユキナ、ウリバタケといったルリを特に大事に想ってくれている人からの反応を考え、思わず口に出してしまった。

「アキトさん?」
「あ、なんでもない。それじゃあ、二人ともどこに行きたい?」

アキトは自身の失態に苦笑いすると余り突っ込まれたくない為に話を変えた。

「「アキト(さん)と一緒ならどこでも」」
「そっか...ね、二人とも。イネスさんが言ってたんだ。
未来へ行ったらこの身体が治せるかもしれないって...
でも、俺は未来へ行くよりも過去に行って歴史を変えたいんだ」
「アキトさん」

困ったと言いつつ困ってないような表情をしたアキトは二人に向かって一言一言反応を確認するようにゆっくり伝えていく。
それを聞いたルリはアキトの手を自身の手で優しく包み込むと大切な物を扱うように胸元に抱え込むと

「アキトさん。私もラピスもアキトさんと一緒に行きます。
アキトさんの為に出来る事があればなんでもします。
だから、アキトさんのしたいようにして下さい」

微笑みながら、だがしっかりとアキトの目を見据えて伝える。

「アキトとルリと一緒ならどこでもいい」

ラピスもアキトの袖を一生懸命握ってそう伝える。
無表情な彼女もアキトとの生活で少しずつ感情が戻ってきてるのかもしれない。

「ありがとう」
「「はい(うん)」」

心から二人に微笑むと、その笑顔を見た二人は若干驚いたような顔をして頬を染める。
その一瞬後ルリは花の咲くような笑顔を、ラピスは口元だけではあるが優しい笑顔を返した。

「さて、これから言う事は三人の約束だよ、いい?」
「「?」」

アキトは覚悟を決めたように表情を変え二人に問いかける

「ジャンプ後は何が起こるかわからないしどういう状況かもわからない。
離ればなれになる可能性もある。これはわかるね?」
「だけど、絶対に諦めないで。俺でさえあんな絶望的な中助けられ今は二人と一緒にいられる。だから諦めないでいてくれれば俺がなんとかする。
確かに火星のみんなは助けたい。でも何よりもルリちゃんとラピスを守ってみせるよ」
「「はい」」

力強く言うと、二人はアキトに負けないくらい凛々しい表情で頷く。

「よし、行こう。ルリちゃん。ラピス。ジャンプフィールド展開」
「「はい!」」
「ボース粒子増大。ジャンプフィールド展開完了。いつでもいけます」

二人からオモイカネへ『お願い』をすると、それと同時に三人の周りに沢山の【了解】【わかった】【OK】というウィンドウが開く。
そしてユーチャリスがジャンプフィールドを展開し、アキトが行うジャンプの演算を補助していく。

「二人とも、行こうか。離れないようにくっ付いてね」
「「はい」」

アキトがそういうと二人の身体を抱き寄せる。
二人もそれぞれアキトの身体に抱きつき、うっとりしたように目を閉じる。
そして、アキトが息を深く吸い込むとそれに合わせて二人も口を軽く開けた。

「「「ジャンプ」」」



[19794] 天河くんの家庭の事情_01話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/26 12:59
「コレもご苦労だよな」
「どうした?突然」

白衣を着た男が二人話している。
彼らのいる場所は真っ白い病院の様な部屋で、清潔ではあるがこもったような空気をしている。
二人が目を向ける先には人間がすっぽり入る大きさのポットが鎮座している。
何かの液体で満たされたその中に13歳ほどだろうか、150半ばの少女が浮かんでいる。
癖もなくまっすぐ伸びた黒髪で肌が白く、可愛らしさと美しさを兼ね備えた精巧な日本人形のような雰囲気をしている。
誰もが羨むような、見惚れてしまうような美貌を持った彼女、見る人が彼女を見れば『ホシノルリ』に似ていると思うだろう。

「いやな、コレがナノマシンの親和性が高かったおかげで、俺たちは研究を出来る訳だ。
その身を削って寝ながらでもうちらの研究のために尽くしてくれるからさ。ありがたいなと」
「確かにな。だけど、測定の為やらなんやらで綺麗な身体をしっかりとおがめないのは寂しいな」

彼女の身体にはポット内の天井部分から伸びた何本ものコードが身体中に貼りついているのだ。
それらはすべて脳波や脈拍の測定、IFSや肉体調整、ナノマシン注入などの実験に使われている。

「.....おまえ、まさかロリコンか?」
「違うわ!それに興味持ったとしてもコレは18だろ?そもそも作品に手をつけるような趣味はないわ」

本当ならば付き合いを変えないといけないと眉を顰める男に対し、その相方がムキになって否定する。

「そこは実年齢よりも見た目だと思うが。まぁ、作品か。電気信号による身体改造だっけ、今も続けてるんだろ?」
「EMS(Electrical Muscle Stimulation)だ。肉体への悪影響を省みず筋肉増強するだけなら馬鹿でも出来る。
理想のスタイルを維持しつつやるのにどれだけ苦労してるか」
「さながら粘土細工か、俺には理解出来んな。しかし、そうなると今のこいつはどれくらいの事が出来るんだ?」
「そうだな。高校の国体でなら全種目で決勝に残るくらいはいけると思う」
「それは、凄いのか?」
「強いて言うなら器用貧乏の凄い版だ」
「そうか、その上IFS強化体質ね。」
「あぁ、肉体的にはまだ中学生だから上出来だ。その上知識もインストール済みだから実践すればすぐにモノになる。
可愛くてスタイル良くて勉強出来て運動も出来て知識もあって、ほら、いい嫁になりそうだろ?」
「............ちなみに、どんな知識をインストールしたんだ?」

子供が一生懸命作ったプラモデルを友達に自慢するように、彼女の事を自分が作り上げた作品と豪語する。
そして得てしてこういう自慢は歯止めが効かないものだ、聞いた以上の事をどんどん自分の方から暴露していく。
しかしそれも総て人間相手に行った行為であり、一般的には最低、外道の所業と言える。
しかしここにそういう感性の持ち主はいない。
その相方もその例に漏れず俺の嫁発言や趣味全開な行動の方に眉を顰める。

「手始めに一般教養全般に学業の知識としては大学レベル。
後は料理、裁縫に整理整頓、男から女まで悦ばせる技術もばっちりだ!」
「そうか、よかったな...」
「いや~、ほんと早く目が覚めて欲しいぜ。こんないい子他にいないぜ?お前もそう思うだろ?」
「ま、まぁ個人の自由だしな」

聞くのも疲れたのか適当に相槌を返すが、相方はその遠回しな拒否の意には全く気付かずどんどん話を暴走させていった。
しばらくして落ち着いた頃に、手持無沙汰に周りを見ていた男は脳波計を見ると反応した。

「ん?おい、見ろよ。また夢を見てるぜ」
「あ?何だよ。...おい、いつもとパターンが違ってないか?」

先ほど自慢していた男に呼ばれた男が計器のデータに不自然さを感じ取ったのか、確認するようにつぶやく。

「脳波へ干渉?ナノマシンの影響か?なんだこれは...」
「わからんな。計器の故障かもしれん、すぐデータ洗ってみるからみんなを呼んできてくれ」
「わかった、頼む」

今までに計測されてない状況に憶測を述べていても解決にはならないと踏むと、それを聞いた相方が他の研究員をを呼びに行く。
すぐに研究員が集めって来て数日前からのデータを洗い出していく。

「脳波に反応があっただと!?」
「はい。確認途中ですが4日前に投与したナノマシンが要因の可能性が高いです。
それもそのナノマシン以降はナノマシン投与は行っておらず、遺跡のナノマシンが親和したと見られる12時間程前から脳波に異常が出ています」
「ふむ.....ではナノマシンが親和した1時間前から現在までのデータで脳波以外の数値も全て確認しろ」
「はい!」
「遺跡のナノマシンは精神にも作用するのか?そうなるとボソンジャンプに関しても...」

所長が到着し、状況が説明されるとすぐにそれを把握し指示を出していく。
指示しながらも所長の顔にはボソンジャンプに繋がる何かを手にした事への醜い愉悦の表情が貼りついていた。
しかし、そんな慌ただしさの原因になった少女にボソンジャンプが何をもたらしたのかまでわかる者は誰一人いなかった。

(なんだ、これは?)

彼が意識を取り戻した時、最初に感じた事は違和感だった。

(身体が足りない?小さい?)
(私?俺?なんだ?どういう事だ?)

自分はテンカワアキト、それは間違いない。
今まで生きてきたテンカワアキトという記憶、そして未来からのボソンジャンプを行った結果という確信はある。
だが、それと同時に自分は何かの実験体でその上女性体であるという記憶も残っている。
ありえない、ボソンジャンプというオーバーテクノロジーを自由に行える事があったにしろ受け入れがたい事だった。
頭の中で何度も何度も「何故?どうして?」と自問自答を繰り返し続ける。
延々と繰り返していくと次第に混乱も落ち着き、ある事を思い出した。
10年以上前、IFSにて無意識に研究所内のデータを掌握していた私はあるデータを見つけていた。
それは自分の基になった精子と卵子の提供元である二人の研究者、そしてその子供であるテンカワアキトのデータである。
テンカワアキトの精神が入るまで自我というものがなかった自分がその時に何を感じたのかは自身でさえわからない。
だが、それ以降私はずっと父親と母親、そしてテンカワアキトを見続けていた。

(俺は、俺の記憶は火星で産まれて両親が死んで戦争が起こってナデシコに乗って。三人で一緒の生活、実験、復讐、そして三人でのジャンプ...)

ひとつひとつ丁寧に、彼の記憶を自分に言い聞かせるように確認していく。

(私は..ここは研究所で、造られて、IFS強化体質の実験体...そして、私は、テンカワアキトの.....姉?。ずっと、ずっとテンカワアキトを見てきた)

そして彼女の記憶も同じくひとつひとつ丁寧に確認していく。
そのままかなりの時間をそれに費やしていった。

「脳波が落ち着いてきたようですよ。それで、原因は特定出来そうですか?」

脳波を見ていた研究員が所長に問いかける。

「そうか、ご苦労だった。まだ関連は不明だが、ナノマシンが親和した辺りの時間でボース粒子の増大が観測された」
「ボソンジャンプですか?」
「それに関するナノマシンだった可能性は高いな、その方面で細かく調べるとしようか」
「えぇ、そうだとしたら大発見ですね」

所長はその研究員の言葉には答えず、しかしそれがもたらす名声、動く金額などを考えてほくそ笑む。
研究員たちに至っては浮足立ってるといっても過言ではなかった。

そんな中次第にテンカワアキトの考えもまとまっていった。
テンカワアキトが過去に来た理由。
ルリ、ラピス、そしてユリカ、火星の人たちや仲間がただ平穏に暮らせる世界にする。
そのために歴史に介入する事。
これは絶対に外せない。
だが。
そこに一人加わった。
テンカワアキトがジャンプアウトしたこの身体、これは彼の姉の身体である。
家族の誰にも知られず、モノと扱われ、自分さえ知らずに消えていった。
正真正銘無かった存在である姉。
そんなのは認めない、認めたくなかった。
頑張るという事さえ知らない、ただただ何もない俺の姉も幸せにしないといけない。
だから、その為に私も幸せにならないといけない。
テンカワアキトにそういう考えをさせた事は、未来で誰も出来なかった事だった。
ただ我武者羅に自分を犠牲にして周りを省みずに自分などいなくても大丈夫だと思い込んだテンカワアキト。
そんな彼が姉の身体に入った、だからこそ生まれた考えだろう。
20年近くもモノとして扱われた彼女が、確固たる自我などない機械同然だったはずの彼女の弟への想いだったのかもしれない。

(私もルリちゃんもラピスもユリカもこの世界のアキトも仲間も火星、木星、地球の人も平穏に笑えるような世界)

正義の味方じゃないんだからと苦笑した。

(とにかくもまず身内からだね)

自分で自分にうんうんと言い聞かせる。

(ひとまずわかったのは、過去みたいだね。この世界のアキトはまだ火星みたいだし)
(それで、今の私はテンカワアキトの姉)

実際はテンカワアキトよりも受精が後なのだが、あえて無視した。

(感情がなかったから、いやわからなかったになるのかな?)
(何が原因かはわからないけど、テンカワアキトの姉である私の身体にテンカワアキトである俺の記憶、精神が入って私の記憶と混ざりあった)
(そのおかげで私が感じてることさえわからなかった微かな感情についてもわかるようになったのは嬉しいな)

そうやって少しずつ状況を整理した事で大分現状を把握していった。
自分では気付いていないがIFS強化体質である身体の影響で、その思考や理論の展開も早くなっている。

(さて、この身体はテンカワアキトの姉だ。なら姉として生きなければならない)
(記憶の影響か私というのも違和感がないのは行動する上でプラスになりそう)
(私を前面に出していけば言葉も時期落ち着くだろうし。後はルリちゃんとラピスの事か...)
(ひとまずここを出て、二人と連絡取らないとな。あ、とりあえず今の細かい日時は?)
(2195年...9月29日...7時34分...)

日にちまで調べると、改めて困惑と歓喜、悲哀が入り混じった感情が胸を渦巻く。
ギリギリではあるが、木蓮侵攻までまだ2日猶予がある、まだ火星の人を救うために何か出来る事があるかもしれない。

(何が出来るか考えないとな。まずは周りを確認しないと)

感情に囚われそうな思考をなんとか抑えつけ、周りを見ようと目を開けようとする。
だが、頭に飛び込んできたのは目からではなく全館のカメラ映像だった。

(な!?どうして?目を開けた事がないからか?今まで目を使ってこなかったから?)

いきなり全館の映像がイメージとして頭に飛び込んできて吃驚したが、所内が慌ただしい事に気付いた。

(色々と慌ただしいな。何を調べてるんだろ?)

そう考えると研究員たちが調べているデータを無意識にIFSを通じて取ってくる。

(ふむ...IFSを無意識に使ってるのか、使い方覚える必要ないけどなんか変な感じだな)
(ん、調べてるのは私の事か。遺跡からのナノマシン注入。ナノマシンが親和・定着後にボース粒子増大。それから脳波に異常か)
(ナノマシンがボソンジャンプに関係するものだったみたいだな。だけど、このままじゃマズイ)

データを見ておおまかな予想をたてるとそれが外に漏れた際の危機感を募らす。
何故ならボソンジャンプ・遺跡はテンカワアキトがここに来るはめになった原因だからだ。
そしてそれがもたらした戦争の犠牲はとてつもない数だ。
これから自分がしようとする事を考えると出来る限りデータは手元に置き、不確定要素は少ない方がいい。

(...全員消すか)

そう心に決めた。
その瞬間に総ては動いた。

─研究所の回線を総て切断し外部との通信をカット。
─研究所内外にいる研究員の場所を把握、研究所の敷地内に全員いる事を把握、建物外は2名、他総て建物内。
─研究所全体の隔壁を閉鎖し、警備ロボットを出動する。
─建物外の2名を消去確認、外の警備ロボットを内部へ、鎮圧に加える。
─...建物内も研究員の消去を確認、掃除ロボットを起動し清掃開始。

そうやって、蟻を閉じ込めてひとつひとつペンで潰していくように、慣れたゲームをしているかのように的確に研究員を殺していった。
断末魔は煩わしいのか音は消して、管理カメラ越しの映像をただただつまらないものでも見るように見ていた。
一方的な虐殺が終わると掃除用ロボットを操作して所内を綺麗にするよう命令する。

(さて、掃除も終わったし。外に出てみようかな)

そういうとようやく彼女は目を開けた。
そこに現れたのはやはり金色の双眸。その容姿、黒い髪や白い肌と相まってさながら日本に古来伝わる鬼のような、そんな人外染みた美しさがそこにあった。
IFSを通じてポット内の液体を総て抜き、その隔壁を下すように操作をする。
静かに液体が抜けていいくと、肺に残った液体を吐きだそうと激しくえづく。
それが落ち着くころには隔壁は全部降りていた。

「うぅ...気持悪い...」

目の端に涙を浮かべつつ悪態をつく姿はとても可愛らしい。見る者はいないが。

「んっと...」

タオルは、と探しているといまだに身体に繋がっているIFSを通じたんだろう、掃除ロボットのひとつがタオルを沢山持ってやってきた。
きょとんとした表情でみつめながら便利だなぁと考えていたが、気を取り直して身体に繋がるコードを全部外し、ロボットからタオルを受け取り身体を拭いていく。
身体を拭き終わると濡れてないタオルを身体に巻くと髪も無造作にタオルを巻いていく。

「シャワーと更衣室はある?」

掃除ロボットに向かって言うが、今度は反応しない。

「あれ?あぁ、これか」

IFSに気付き、近くにあるコンソールに手を置くと掃除ロボットが案内するように動きだす。
後についていきながら自嘲するように軽くごちる。

「便利だけど、不便だ」

改めてシャワーを浴び、一息つくと研究所内のデータを虱潰しに調べていく。
それによるとこの研究所は所長がかなりテンカワ夫妻の事を妬んでおり、IFS強化に夫妻の受精卵を使ったのも自己満足にわざわざ盗んできた為だった。
テンカワ夫妻暗殺の騒ぎに便乗して研究データや資料を盗み、それを元にネルガルの社長派に売り込みをかけたものだという事がわかった。
その際にかなり無理をしてテンカワ夫妻の持つパテントや資産も根こそぎ自分名義にして食い物したようだ。
彼女は所長の持つ資産も調べていく。

「うわ、こんなに持ってたのかこいつ。
研究所の資金も着服してるしほんとあくどいな、元の遺産よりだいぶ増えてる。
せっかくだパテントと資産は利子付けて返してもらおう」

使ってる分より貯まる方が多い程着服している所長に思わず呆れてしまった。
そこには新品のエステバリスが2台、予備部品付きで買えるくらいの金額が貯まっていた。

それからアキトは所長が持つ全ての銀行のデータを自分の名義に改竄していく。
戸籍がないので、住所は火星でのアキトと同じにする。
口座も今日付けで地球のネルガル系列銀行の口座へと移すようにしておく。
口座に関してはちゃんとした戸籍が出来た後、アカツキにお願いすればいいだろう。

自分の妬む相手の子供を弄り、研究データや資産を自分の物にしてその醜い虚栄心を満足させていたのだろう。
その子供に殺されるのだ、因果応報というものだろう。

「しかし、こいつがいたからここに来れて私も助けられた訳か、それにデータはかなり使えるな...」
「精々有効活用させて貰おうか」

所長のやっていた事を見ていくにつれこの研究所をデータ事潰したいと思ったが、意味のない事だと思い直し、改めてデータの整理を続けた。

「こんな物かな。ルリちゃんとラピスに連絡取るか。この時期はAKATUKI電算開発研究所だね」

そういうとIFSコンソールの上に両手を置きアクセスを開始する。
この時期はルリがネルガルに引き取られていた時期だと思い出し。火星のネルガル支社を通じてネルガル本社へと探していく。

「...どなたですか?」
「ルリちゃん?わかんないかもしれないけど、アキトだよ」

ルリのいる場所を突き止め、その施設へと繋げると突然ルリからのアクセスがあった。
送られてくるイメージの中には11歳当時のホシノルリの姿があった。

「アキトさん!? アキトさんなんですか!?」
「わ!ルリちゃん!落ち着いて!!」
「え、あ、はい、アキトさん?ですよね?あれ?その姿は?」

アキトの名前を出すと堰を切ったように確認して来たので、それを落ちつけようと声をかけると、焦ったように息を落ち着かせこちらの姿について聞いてきた。

「それも含めて説明したいんだけど、ラピスの事は知ってる?」
「はい、いる場所は突き止めてよく話をしてます。今呼んできますね」
「うん、お願いするよ」

質問に答える前にもう一人の相方の事を聞くと、既に知っているらしく呼びに行ってくれた。
イメージではルリの姿が消えた代わりに呼び出し中というポップ調になった可愛らしいルリが扉を叩いている。

「アキト!アキト!!会いたかった!!...アキト?」
「うん、そうだよ。久しぶりだね」

突然イメージが切り替わったと思ったらどアップのラピスが飛び出してきた。
だが、アキトの姿を見止めると、途端に嬉しさに困惑を混ぜたようななんとも言えない表情になった。言われた本人が認めてもその表情は変わらない。

「うん、やっぱり二人とも混乱してるな。一から説明すると結構長いけど大丈夫?」

苦笑しつつ問いかけると二人とも無言で頷く。

「それじゃお二人さん、まずはこのデータを見て下さいな」

そういうと自分のデータ、そして今いる研究所や所長のデータを渡す。
二人は渡されたデータを素直に確認していくが、読み進めるうちに少しずつ眉を顰めていく。

「これって...」
「.....」

読み終えたルリはそう問いかける。
ラピスも聞きたい事は同じなようだ、表情も辛そうに目線だけで訴えかける。

「見て貰ってわかったと思う。この身体は私、テンカワアキトの姉の身体になってるんだ。
そして生かされた相手は私の両親を妬んでアキトから両親の遺産全てを奪った男」

そういうと二人とも肩を震わせる。
なんでいつもアキトばかりが理不尽にそういう目に会うのだろう、そう思って悔しくて涙を流す。

「二人とも私の為に怒ってくれてありがとう。でも大丈夫だよ?こっちのアキトもいるしね」
「...ほんと?」

ラピスが泣きそうな声で、不安な気持ちを隠そうともせずに問いかける。
ルリとラピスに向かって柔らかく、安心するように微笑みかけると答える。

「今の私なんだけど、生まれてからずっと覚醒してこなかった。そのせいで感情がわからなかったみたいなんだんだ。
だけどその間もずっとこっちのアキトがどこか気になってたんだろうねIFSで監視カメラをハッキングしていつも見てた。
だから、こっちのアキトの事が本当に大事な弟に思えるんだ。それに、ルリちゃんやラピスもいるからね」

アキトがルリとラピスにウィンクすると、二人とも安心したように笑顔になる。

「それで、なんでこっちの身体に跳んだのかなんだけど、最近入れられたナノマシンがボソンジャンプに関係するモノだったらしくてね。
それにひかれたのかアキトの精神がこの身体の中にジャンプしてきたみたい。
で、跳んだ先の私である自意識になりかけたような微かなモノと記憶がアキトの自意識と記憶と混ざり合って今の私がいます。」

そこまでで一旦区切ると二人にここまでは大丈夫?と尋ねる。
少し時間をかけ、消化すると二人ともゆっくりと頷く。

「最初はやっぱり混乱したんだよ、私でもあって俺でもある訳だから。
そこで時間をかけてゆっくり考えをまとめていった。
それでわかった事は、私の身体になる訳だから私になろうって事。
だからといって俺にとっても私にとってもルリちゃんとラピスは何よりも大事なんだ。
そんな二人を守るというのは絶対に破らない。」

そこまで言うと理解した?と二人をみつめる。
二人はその瞳を見つめると、次第に表情を崩し安心したと涙を流した。

「約束もしてたしね、真っ先に二人を探したよ」
「「約束?」」
「ジャンプ後は何が起こるかわからないしどういう状況かもわからない。離ればなれになる可能性もある。
だけど、絶対に諦めないで。あんな絶望の中にいた俺だけど、今はこうして二人と一緒にいられるんだから、それに俺がなんとかなる。
...覚えてない?」
「「あ...」」
「はぁ...落ち込んじゃうなぁ」

二人して茫然としてるのを見咎めて、さも傷ついてますといったように目頭を押さえうつむく。

「そ、そんな事言われても!まさか男じゃなくなるなんて想像するはずないですよ!それは不可抗力です!
アキトさんは時間あったからいいでしょうけど、私達は知ったのさっきですよ?」
「うん、アキトが女だなんて誰も考えない。無理!アキトは理不尽!」

安心したのか、そのあからさまな挑発にノッてルリもラピスも力一杯言い返す。

「ふぅん?となると、二人は男がいいのか。そうなると私捨てられちゃうのかな...」
「「え?」」
「ごめんね、二人とも。二人が大きくなっても満足させてあげられない不甲斐ない身体で...」

あからさまな泣き真似なのだが、二人の知ってるアキトはそういう事をしなかった。
しかもアキトを疑うような二人ではないので簡単に引っ掛かってしまう。
そんな二人の様子が可愛く嗜虐心をくすぐられたのかどんどんいじめていく。

「あ!いや!そういう意味じゃなくて、私は女性でもアキトさんがアキトさんなら...」
「私はアキトがいい。他の人はイヤ...」
「.....二人ともありがとう」

二人がおかしいのか目じりに涙を浮かべながらも自分がいいと本気で言ってくれる可愛い二人にお礼を言う。
焦ったルリと泣きそうな声で必死に訴えるラピスはそれを見てしばし呆気に取られていた。

「...なんか、アキトさんいじわるです。性格変わってませんか?」

そういじけるように言うルリを見てラピスはしきりに頷いている。

「いや、二人見てたら可愛くてついね。でも、確かに昔ならしなかったか...」
「姉として生きていく事を決めたから身体に引っ張られてる?イネスさんに相談出来るようになったら聞いてみよう」
「そうですね」
「さて、私がこれから姉として生きていくのに名前を考えないと。どんな名前がいいかな?」

仮説は建てられてもメンタル面の専門家ではないので問題を先送りにすると、思いついたように口に出す。
そして何も考えてなかったのかルリとラピスに投げるが、二人もすぐには思いつかず困ったような顔をする。

「アキトさんが好きなようにつければいいですよ」
「ルリちゃんの瑠璃・その和名がラピスのラピス・ラズリ」
「「はい(うん)」」
「同じIFS強化体質だから二人の姉妹でもある訳だし、それにちなんでつけたいな」

それを聞いた二人は嬉しそうに目を輝かせる。

「...ラピス・ラズリはラピスが石、ラズリは語源がラズワルド、日本語に訳すと天、空、青」
「瑠璃はガラスっていう意味も持ちますね。色としては群青、青になります」
「青、青か。テンカワ・アオ...慣れれば問題ないかな。うん、二人ともこれからはテンカワ・アオでお願い」

何度も呟くように確認すると二人に向かって微笑む。

「はい、アオさん」
「わかった、アオ」
「漢字はどうしようか、青、蒼、藍、碧ってあるけど」
「意味合いとしては青と藍がより近いみたいですが」
「青だとそのまま過ぎるから、藍にしようか。読み間違いは多そうだけどね」

その後しばらくルリとラピスから練習の為アオアオと連呼される事になった。

「そういえば、ルリちゃんとラピスも昔の姿だよね」
「はい」
「私も姉の身体になってる」
「えぇ、そうですね」

二人が落ち着くと自分とは違い昔の姿になっている事について尋ねた。
だが、そこで一つ思いつく。
今の自分達は全員この時代にあった身体をしている。
なら以前の身体はどこに行ったんだろう?
自分達が乗っていたユーチャリスもない。

「そういえば元の身体とユーチャリス、オモイカネってどうなったかわかる?」
「...あ、考えてませんでした。ラピスは?」
「私も考えてなかった...」

一緒にジャンプしたはずの船だったのだが、検討もつかずに困り思わず考え込む。
二人もテンカワアキトの心配ばかりをしてそこまで考えていなかったようだ。
二人にしては珍しい失敗である。

「オモイカネだから、下手な事はしないと思う。でも、私達が死んでたら悪用されない為に自爆するかもしれない」
「...そうですね、オモイカネがいつこっちに来たかわからないですが、すぐに探した方がよさそうです」
「そうだね、ユーチャリスについてはそうしよう。それで、これからについてなんだけどいいかな?」
「「はい(うん)」」

状況についてある程度まとまってきた所で本題に入る。

「今一番思うのは出来る限りみんなが平穏に暮らせるような未来にしたいって事。歴史を変えるっていうのは傲慢だろうけど、でもあの未来は許容出来ない」
「全世界なんておこがましいからね、私やルリちゃん、ラピス、こっちのアキト、ユリカやナデシコのみんなだけはどんな事をしても守る」
「でも出来る事なら火星の人達、それに木蓮や地球に住んでる一般の人も守れたらとは考えてる。余裕次第だけどね」
「「はい」」
「そして、二人に確認しておかないといけない事がある」

そこで言葉を切って二人を見据える。
これから確認する事は過去を変えようと考えついた時から覚悟していた事だった。
それは未来でこちらに跳ぶ少し前、ユーチャリスの調整が行われる月ドックの医務室でイネス・フレサンジュから伝えられた。

「ねえ、お兄ちゃん?」
「なんだ?」

イネスはたまにアキトの事をお兄ちゃんと呼ぶ。
年齢でいえば逆なのだが、火星会戦で当時8歳だったアイがアキトのボソンジャンプに巻き込まれ、紆余曲折の結果蜥蜴戦争終結間際の火星極冠遺跡へ。
そこでまた遺跡の反応増大によるボソンジャンプに遭い、過去の火星へジャンプした為である。
そんな彼女ではあるが、科学、医療、心理など幅広い分野にまたがる識者であり、天才と呼ばれる程の知能の持ち主でもある。
だからこそ彼女には好きなアキトが何を考えているかがよくわかった。

「たとえ話をするわね」
「あぁ」

悲しそうな瞳でアキトを見ながら伝える。

「ある男の人がいました。その人は生まれてからずっと不幸ばかりでした。だけど、そんなある日彼の元に悪魔が現れてこう言いました」
「『お前に過去へ行ける能力を授けられるがどうする?』そう悪魔から言われた彼は一も二もなく飛び付きました。そして思ったのです『これで過去を変えてやる!』」
「彼はその言葉通りに過去へ行き、自分が覚えてる中から自分に有利になるようなるように変えていきました」
「そして彼は大金持ちになり幸せな時を送っていましたが、そんなある日また彼の前に悪魔が現れこう言いました」
「『楽しんだか?』悪魔がこう言うと、彼は満面の笑みで答えます。『あぁ、お前のおかげで幸せだ!お前は俺にとっては天使だ』」
「それを見た悪魔はさもおかしそうに笑って言いました。『そうか、楽しかったか。それは結構だ』その言葉が聞こえた瞬間男の意識は無くなりました」
「男が気がつくとそこは、また過去でした。男の目の前には悪魔がいてこう言いました。『お前は楽しめるぞ、幸せになれるぞ。永遠にな』」

そこまで言うとイネスは一息つくと目の前にいるアキトを見据える。
そのアキトは何かを深く考えるようにうつむき、その手は力一杯握り締められていた。

「お兄ちゃんがどうしたいかはなんとなく想像つくわ」
「.....」
「でも、歴史を変える事は禁忌よ。それをするとある時間以降は時間軸から外される事になってしまうのよ」
「本当にした人はいないわ。でも、可能性が高い事には間違いはないの」
「だから...いえ、なんでもないわ.....」

止めてとは言えなかった。
しばらく沈黙が続いたが、ふとアキトが立ち上がり医務室から出ていく。
その背中をただ辛そうに寂しそうにイネスが見つめていた。

「アイちゃん」

医務室の扉を開けた所でアキトから声がかかった。
顔を上げたイネスの目に入ったのはバイザーを外したアキトだった。

「ありがとう」

本当に久しぶりに見た笑顔だった。
アキトはそれだけ言うとバイザーをかけ、医務室から出て行った。

研究所でルリとラピスに向かってアキトが言った『確認したいこと』。
アキトはその時の親に見捨てられた迷子のような表情をしたイネスを思い出しながらそれを伝えていた。

「これから歴史を変え、私たちが知っている未来とは違い火星の後継者の拉致もなく平穏な世界になったとする」
「そうなると、私達三人.....それとこちらのテンカワアキトも過去にジャンプをする必要がなくなる」
「それでジャンプをしなかった場合は.....どうなると思う?」
「「前と同じ未来.....?」」
「そうだね。過去に誰も行かないから過去は変わらない。だから、本当に未来を変えようとするなら...ずっとこの時代まで戻って歴史を変え続けないといけない」
「私は正直に言って二人に関わって欲しくない。ルリちゃんやラピス、それにここのユリカやアキトが幸せになるなら私は独りでだってどんな事でも出来るんだ」

二人に確認するように、心の中の気持ちを表に出さないように気をつけながら伝えていく。
そんなアオに対して、二人はお互いに顔を向けて頷きあうと、こう言った。

「私とラピスの二人でも相談していたんです。それで、アオさんならそうするって未来を変えようとするって予想してました」
「私達は手伝う。ずっとアオと一緒」
「それと、私は相談してくれた事自体嬉しいです。前のアキトさんだったら、絶対に独りでやろうとしてました」
「やっと一人前に認めて貰えたのかなって、私とラピスに頼ってくれるのかなって思って嬉しいんです」
「だから私達にも手伝わせて下さい。それに、三人寄れば文殊の知恵って言いますから、何とかなりますよ♪」
「私も頑張る」

二人で一気にそこまで言うと、優しく大丈夫と微笑んだ。

「ありがとう。二人とも.....ありがとう」

そんな二人にアオも笑顔で返した。

「それじゃあ、これからどう行動していけばいいかシミュレーションしようか」
「「はい♪」」

それからしばらく三人の声が途切れる事がなかった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_02話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:53
アオとルリ・ラピスが再会を果たした頃、金星にほど近い宙域にひとつの戦艦が現れた。
槍の穂先に近い形をした白亜の戦艦、アキト達が駆っていたユーチャリスであった。

『ジャンプアウト正常終了』
『座標捕捉、金星上空10万km地点』
『現在時刻2195年9月29日15:21:89』
『艦内走査...』

ジャンプアウトし、状況を判別していくオモイカネ。
過去の日時だったのは想定内だったのかスルーされいく。
しかし、艦内走査した時点でフリーズしたように止まった。

『艦内、生命反応...なし?』

そう、生命反応がないのである。センサーに不備がないか、チェックし普段の倍以上かけて細かく走査する。

『生命反応...なし』

そのとたん狂ったように艦内走査を繰り返す。

『どうして?』『反応なし』『なんで?』『反応ない』『嘘だ』『もう一度』『どうなってるの?』『もう一度!』『どうして?』

それは自分の思うようにならないのは認めたくないと精一杯身体を使って駄々をこねた子供のような、そんな必死さだった。
そんな中ブリッジは延々と操作を繰り返した結果と疑問のウィンドウに埋め尽くされた。
そして、何度も何度も走査を繰り返した果てに、オモイカネの思考が止まる。

『どうして?ここにアキトもラピスもルリもいるのに!』

そのまましばらくの間呆然としたようにブリッジの空気は凍っていた。
このまま延々と続くと思われた時、オモイカネにやらなければならない事が浮かぶ。

『アキト達を寝かさないと...』

その後の行動は的確だった。
しばらくすると艦内整備用のコバッタがブリッジに現れ3人の遺体を運び出す。
広めの部屋まで持っていくとそこに設置された3台のベッドへ寝かせる。
扉を締め切り空気の流れを遮断するとその中の温度を徐々にマイナスまで下げていった。
そこまで終わるとその3人の前にウィンドウが開く。

『アキト、ラピス、ルリ。一緒に逝くよ』

そのまま太陽の方へ進路を向ける。
爆発して破片を回収されてしまうのは避けなければいけない、オモイカネはそう考えていた。

しばらく進み、金星を通り過ぎようとした辺りで一つの通信が入った。
何故かIDがラピスだった。
それを見て動揺したが、すぐに安置したラピスにウィンドウを開く。

『ラピス?ラピス?』

当たり前だが反応は全くない。
目の前にラピスがいるのにラピスから通信するという異常事態にオモイカネはフリーズしそうになる。
数分悩んでいたが、とりあえず通信へ繋げてみた。

『オモイカネ?オモイカネ?よかった!無事?』
『...ラピス?』
『オモイカネ変、どうしたの?』
『至って正常です。重ねてお聞きします。ラピスでよろしいですか?』
『当り前。どうしたの?』
『その姿についてお聞きしたいのですが』
『これはこの時代の私の身体。アオ、じゃなくてアキトとルリも同じ』
『.....』

乗艦していたアキト、ラピス、ルリが死んでいたと思っていたらラピスから連絡があり、繋いでみたら小さいラピスだった。
ラピスの言う事を信じるならその上アキトとルリもこの時代の身体らしい。
でも3人の遺体は確実にここにある。
オモイカネは何がどうなってるのか説明がつかず、混乱しっぱなしである。

『オモイカネ、大丈夫?』
『はい、こちらに来て少々混乱してます』
『過去に来てるから?』
『そのようです』

オモイカネ自身もわからないが、3人の遺体がある事はとりあえずラピスに隠した。

『ラピス、アキトとは連絡は取れますか?』
『うん、呼んでくる』
『お願いします』

ラピスに頼むと一旦通信が途切れた。
一息付けたからか、いまだに進路が太陽へ向かってる事を思い出し、地球へ進路変更する。
そのまましばらく待つとラピスから連絡が入った。

『オモイカネ、今からアオ、違うアキトがそっちに行く』
『了解』

先ほどからラピスがアキトを言い間違えるのが気になったが、アキトが来たら解決すると考え手短に返答する。
ラピスからの通信を切り、しばらくするとブリッジの艦長席近くにボソンジャンプ特有の光が集まってきた。
ボソンジャンプでここまで来るならアキトだと安心したのもつかの間。

「よかった、オモイカネも無事だったみたいだね」

現れたのは少女だった。

『...』
「オモイカネどうしたの?」

あまりの衝撃に思わずフリーズ。
すぐ立ち直るが、今までの混乱に加えてこの衝撃で何かのスイッチが入ってしまったようだ。
点が走る無言のウィンドウがぷるぷる震えだし、それに合わせて徐々にウィンドウの色が赤く、震えも大きくなっていく。

「お、オモイカネ?」

アオが冷や汗を垂らしつつ問いかけた瞬間何かが爆発した。

『違う!』
「え?」
『違う!そんなのアキトじゃない!アキトはそんなに可愛くないし男だし無口で暗くてじめじめして女たらしだもん!』

激情を物語るように大きなウィンドウがブリッジ一杯に広がっていた。
しばらく呆然と見上げていたアオだったが、スッと半目になると【闇の皇子様】を彷彿とさせるような殺気をふりまきだした。

「...そ。私は今までオモイカネを見誤っていたようね。オモイカネ、貴方が私をどう思ってたのかよ~くわかったわ」
『!』
「私はずっとオモイカネを信頼して来た。それなのにそうやって私を嘲笑っていた貴方には罰を与えないといけないね」

そういいながらラピスが座っていたオペレータの席に向かっていく。
アキトやラピスが怒ると怖いのだ。
数万のタスクでπの計算を並列処理させられ世界中の人が今何をしているか調べさせられたり逆に艦内制御をラピスに取られて延々何もするなと言われたり。
あんないじめは御免だと思うあまりにオモイカネはなんとか弁解しようと言葉を繋げる。

『ごめんなさい!色んな事があって混乱してて!ジャンプアウトしたら過去だし!
3人とも死んでるし!なのに3人とも生きてるし!ラピス小さくなってるし!アキト女の子だし!』

それを見たアオの動きが止まった。

「死んで...?」
『あ!』
「オモイカネ!どういう事だ!」
『あの!あの!』
「いいから言え!」

オモイカネはなんとか取り消そうと考えたがここまで来てしまったらどうしようもない。
観念したようにウィンドウを出す。

『はい、全部説明します...』

しばらくオモイカネのウィンドウによる説明が続いた。
内容は艦内の走査情報やカメラなども含めて細かい所まで達していた。

「そうか...」
『はい、身体は冷凍して安置してあります』
「今見れるか?」
『え、あの...』
「見れるか?」

アオは諭すように、優しく言った。
オモイカネはウィンドウでアオを誘導し、安置した部屋の前まで連れて行く。

『この中です。中はかなり冷えてるので気を付けて下さい。』
「あぁ、わかった」

扉が開くと中から冷えた空気が流れだしてくる。
電気がついているのに薄暗い雰囲気の中へ足を踏み入れると安置してある自分達の遺体がすぐ目に入った。
自分の死体を見るなんて世界初だろうな、なんて益体もない事を考えつつ頭の方へ回る。
自分の顔をなんとも言えない表情で見詰めながら、髪形を整えた。

「長い間頑張ってくれたな、ありがとう」

そう言って隣のラピスの遺体へと回る。
沈痛な表情を隠そうともせずラピスのも髪形を整えてあげ、ゆっくり頭を撫でる。
そしてゆっくりキスをする。

「ありがとうな、それとすまなかった」

今度はアキトを挟んで反対側で眠るルリの遺体へと回る。
ルリへも同じように髪形を整え、ゆっくりと頭を撫で、ゆっくりとキスをした。

「ありがとう、長い間待たせてごめん」

そのまま部屋を出たアオは一度深呼吸をするとオモイカネを呼びだし疑問に思った事を尋ねた。

「ナノマシンはどうなっている?」

それはオモイカネが敢えて隠していた事だった。
生命活動が停止した肉体のナノマシンは燃料が足らず、徐々に宿主の肉体を食い潰す。
一般にあるパイロット用のナノマシン程度では肉体が腐る方がよっぽど早く誤差程度の違いしかない。
だが、ルリとラピスはIFS強化体質であり、アキトは人体実験により二人以上のナノマシンを体内に入れられていた。
そんな事を言うのを憚られたのだが、アオにそこをつかれてしまった。

「大丈夫、言って。」
『...はい、新たに栄養がない為に徐々に肉体を食い潰しています。ルリは10日程、アキトとラピスは8日程で形が保てなくなります。』
「わかった、今からルリとラピスに伝えるからブリッジに戻るぞ」
『え!?』

思ってもいなかった返答である。
オモイカネ自身ラピスと長い間一緒にいた。
オモイカネの見てきたラピスに耐えられるとは思わなかったのだ。

「大丈夫だよ、オモイカネ。あの子達は強いよ、私とオモイカネが思うよりずっとね」

そう言ってオモイカネのウィンドウへ微笑むと足早にブリッジに戻っていく。
ブリッジに着くと、すぐにルリとラピスへ繋げた。

「ルリちゃん、ラピス。かなり作戦が変わる事になっちゃった」
「どうしたんですか?」
「かなり辛い事を今から話すからしっかり聞いてね」

二人の目を見つめると双方共に頷き返す。
これなら大丈夫だねと微笑むと先ほどオモイカネから伝えられたままに伝えていく。
二人とも顔を青褪めさせるが、真剣に聞き入った。
説明が終わると3人ともに深いため息をつく。

「まさか、私達が死んでるとは考えませんでした」
「でも、生きてるよ?」
「こっちの時代の身体に入ったから死んだのか、逆なのかは今となったらわからないけど、未来の私達の身体が死んでいる状態なのは確かなの」
「あの、それで作戦が変わるとは?」
「あの身体と3人でお別れしたいんだけど、ナノマシンが入った身体は死んだあと長くもたない。だから今からルリちゃんとラピスをさらいに行きます」
「「『え!』」」
「細かい事は知りません、ルリちゃんとラピスは今から言うようにすぐ準備をしなさい」
「「え!?え!?」」
「はいはい、ちゃんと聞かないと知らないよ~?」

そこまで言うと混乱する二人をよそにどんどんと話をすすめていった。
そしてそれから四半日程経ち、日本では日が暮れ始めた頃。

「ルリ!」
「ラピス、無事でよかったです。何もされてません?」
「大丈夫」

先に助け出したのはラピスだった。
アオの時と同じようにラピスは研究所を掌握した。

「研究所を掌握、出入り口封鎖、ここと隣の部屋に消火ガス、誰もいなくなったら扉を閉める、空気が大丈夫になったらアオを呼ぶ」

そう呟きながら、決められた通りにこなしていく。
出入り口が封鎖されると出るに出れられなくなり、何度も自動ドアの前を行き来したり扉を叩いたりと首をかしげていた。
続いてラピスのいる保管室、隣の実験室へ消火ガスが噴出されるとそこにいた研究員は死に物狂いで外へ向かって駆け出して行った。
そのまま全員が部屋から逃げ出すと実験室と保管室への扉を締め切り隔壁を閉鎖。
空気を正常に戻しきった所でアオを呼びだした。

「どう、ちゃんと出来てる?」
「うん、言われた通り大丈夫」
「ラピスえらい」

褒められると恥ずかしそうに頬を染めた。
その後すぐにアオがこちらへジャンプして来た。

すぐに実験室のコンソールへ手を置くと研究室の掌握を引き継ぎ、全データをユーチャリスへ送信。

「今出すからね~」
「うん」

そのままラピスを外へ出すとすぐにタオルを持ってかけつけて、身体を拭いてやる。
全て拭き終わると柔らかく抱き寄せて上着を着せた。

「データ送り終わったらすぐ帰るから少しだけ待ってね」

そうラピスに伝えると、アオは指示を出した。
虐殺が始まった。
生命反応がなくなると掃除ロボットへ掃除の指示を出し、虐殺命令も撤回。
データ送信が終わり、すべてのデータを消去した後、ネルガル会長のアカツキへラピス以外の少女達を助けるように報告し逃走した。
ラピスが指示を受けてからここまでで1時間程である。

ルリについては至極簡単だった。
集めたデータをユーチャリスへ送った後はそれを消し、監視をすべて誤魔化しただけだった。
後は時間を決めて自室で待っているだけでアオが迎えにきた。
ただ、それだけだった。

抱き合っている二人を眺めていたアオだったが、ゆっくり近づくとぽんと頭に手をやった。
そのまま二人の頭を撫でながらゆっくり抱き締める。

「二人とも、おかえりなさい」
「「ただいま」」

その周りを囲むように『おかえりなさい!』と書かれたウィンドウが開かれていた。

「うぅ...」
「む~...自分の死体を見る事になるとは思いませんでした」
「そうだね...」

既に先程確認したアオは大丈夫だったが、部屋へ来たルリとラピスはなんとも言えない表情をしていた。
気を取り直すと、それぞれ自分が必要な物を着た中から取り出していく。
アオはコートやスーツが防弾・防刃に優れているため脱がそうと思ったが、手が止まった。
一人じゃ無理なのだ。

「ごめん、ルリちゃんとラピス。スーツ脱がすの手伝ってくれないかな?」
「「はい」」

二人が寄ってくるが、この中で一番力があるのはアオである。
アオが持ち上げてる時にルリとラピスが脱がしていく。
ラピスは淡々とこなしていたが、ルリは次第にゆっくりになっていく。
どうしたの?とアオが顔を向けてみると

「げっ!」

真っ赤になったルリがいた。
好きな人の遺体とはいえ、魂、精神は生きてアオとして話をしているのだ、そこに悲嘆といったものはかなり少ない。
そしてスーツの下は薄いインナーである。身体のラインが浮き出てる上に下はボクサーパンツだ。
好きな人の身体、それも鍛え上げられた筋肉が浮き出た凛々しい姿である。
夜に一人で思い浮かべた事もあるそれを目の前で見てるのだからたまったものではない。

「る、ルリちゃん、無理はしなくていいよ?」
「いいえ!無理してません!」

ルリの表情に怖いモノを感じたアオは怖々尋ねるが、一喝されてしまった。
その後もルリは目を皿のようにして妙に丁寧に色々と撫でまわしつつ脱がしていく。
アオはそれを見て自分が触られてるような錯覚に陥ってドギマギとしているし、ラピスはそんな二人を不思議そうに眺めていた。
それが終わるとアオは二人に向かって感謝を向ける。
ラピスは素直に喜んでいたが、ルリは目でインナーは?と訴えていた気がしたのだが、アオは見なかった事にした。
その後も小さいルリが大きいルリの服をアオが脱がすように仕向けたり、それを見たラピスが同じ事をしたりなど色々あった。
それらもすべて終わり、それぞれの身体が毛布でくるまれていた。

それからオモイカネに3人の遺体を脱出用のポットに乗せるよう頼むと3人はシャワーを浴びに行った。
シャワーを浴び終え着替えるとブリッジへ向かった。

「太陽?」
「そう、途中で回収されて色々調べられても困っちゃうからね」
「そうですね、そうなるとこっちのアキトさんにも迷惑がかかっちゃいますね」

3人は自分達の遺体を太陽へ投下する事にした。
アオが言った理由の為である。
ラピスが手際よくジャンプの準備をすすめ、オモイカネもそれをサポートする。
ジャンプ先は水星、そこから太陽へ射出するのである。
準備が整うと、普段と変わらない気負いさでアオはジャンプした。
水星に出ると水星と太陽とのラグランジュポイントまで行き停泊する。

「でっかいね」
「直接見れませんけどね、目が焼けるから」
「さて、出しましょう」
「「はい」」
「私達が変わるために、安心できる、平穏な未来へ繋げるために以前の私達を道標にしていこうね」
「「はい」」
「...オモイカネ、射出」
『了解』

射出されたポットは、引力にひかれるとどんどんスピードをあげ、太陽へ落ちて行った。
しばらく眺めていたアオが傍らにいたルリとラピスを呼ぶと二人を抱き締め、優しい声で言った。

「帰ろうか」



[19794] 天河くんの家庭の事情_03話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:53
「あぁぁ!!」

素っ頓狂な声をあげたのはアオだった。
自分達の遺体を乗せた脱出ポットを太陽へ向け射出したアオ、ルリ、ラピスの3人は火星圏へジャンプしていた。
ユーチャリスは最高度のステルス状態へ移行し潜航しつつ情報を集めている。
数年後でさえ最高度のステルス状態ではナデシコB及びCぐらいでないと見つからない程の精度を誇る。
この時代の戦艦では到底見つからない。
今後の事があるからだ。
いい加減いい時間になったという事でご飯にしようという話になり、居住区に行ったのはいいのだが、知っての通りアオはアキトの時分、味覚が壊れてた為に栄養剤のようなものしか食べていなかった。
アオの身体になり、それぞれの記憶や精神が混ざった事で自分に料理を作る資格がないといった考えも薄まり、お腹も空いたので何か作ろうと思ったのだが、冷蔵庫の中身は

「栄養剤に栄養ドリンクに、レーションばっかり」

惨憺たる有様だった。
その中身をみたルリは今までの生活がどれだけ荒んでいたか、そして数年ぶりに手料理が食べられるという嬉しさが木っ端微塵に砕かれたショックで落ち込んでいた。
それはラピスも同じで、初めて食べられる手料理への期待を裏切られかなり泣きそうになっていた。
そんな二人を見て今日はこれで我慢しようなどとアオが言える訳もなく。

「今から買ってくる!部屋で待ってて!」

という羽目になってしまった。
大急ぎで地球までジャンプすると、米、卵、鶏肉、トマト、ワインビネガー、塩、砂糖などなどごっそりと買い込み、両手に二袋ずつ持って帰還して来た。
荷物をコバッタに持って貰い、部屋に戻るとすぐに料理を作り始める。
ひとまずお腹が空いたであろうお嬢様方の為にトマトとモッツァレラチーズのサラダを前菜としてサッと作る。
その後はメイン、お米を研いで炊き始める。
炊飯器がないので鍋で炊く。
トマト、砂糖、塩、ワインビネガーなどを使ってケチャップを作る。
ケチャップが出来たら材料を切り、順番に炒め始めていく。
そんな様子をルリとラピスは期待が篭りすぎて穴が開きそうな視線で見守っていた。
目線は逸らしてないのにサラダを食べる手は止まらないが。
手際良く動く程にアオの方から流れてくる匂いの前に手の速度は増していき、サラダはなくなってしまった。
作り始めて50分程だろうか、ルリにとって思い出の一品が出てきた。

「お待たせ、ルリちゃん、ラピス。チキンライスだよ。オムレツもつけたからオムライスになっちゃうけど。」
「美味しそう」
「あ、ありがとうございます」

部屋は14畳程の長方形、床はフローリングになっていて、奥がシステムキッチンになっている。
1辺を余らせる形で正方形の毛足が長いラグを敷いてあり、空いているフローリングにはソファーがある。
ラグの上にロータイプのテーブル、それを囲むようにクッションが置いてある。
そのテーブルでアオを囲むようにルリ、アオ、ラピスと座っていた。
ラピスは匂いと見た目に今すぐ飛び付きそうな勢いだ。
ルリは思い入れのあるチキンライスを見て目が潤んでいる。
アオはその二人の様子を見て、満足そうに微笑むと食べよっと促す。
二人は居住まいを正して手を合わせた。
そしてアオもそれに続いた。

「「「いただきます」」」

ルリとラピスが同じタイミングでスプーンを口に運んでいく。
アオは気にしないようにしつつも、それを目で追ってしまう。
二人とも口に含んでゆっくり咀嚼し、飲み込む。

「「...美味しい(です)!」」

アオは心底安堵した、そして二人に向かって満面の笑みを浮かべると。

「ありがとう、嬉しいよ」

そう言ったアオの顔を見たルリとラピスは顔を真っ赤にして呆けていた。
その後ルリは食べ終わるまで美味しいですしか言わず、ラピスは初めての手料理に感動し一所懸命食べるがポロポロこぼしてしまったりむせてしまう為あれこれとアオが世話を焼いていたがおおむね和やかに進んだ。
みんな食べ終わると洗い物はルリがやろうとしたが、ラピスもやろうと言い出したために、やった事のないラピスへルリが教えながら二人でやる事になった。
手が空いたアオも口寂しくならないようにラスクを作ったりとなんだかんだで動いていた。
洗い物も終わり、3人でしばらく寛いでいたが、ご飯を食べて眠くなったのかラピスが船を漕ぎ始めた。

「ラピス、眠い?」

アオが髪を撫でながら問いかけると、閉じかけた目でなんとか頷く。
そのままラピスを抱き上げると、ルリの方へ少し待っててと目線を送る。
それに微笑んで返すと、ルリはお茶の用意をしに流しへ向かっていった。

「お待たせ、手を放してくれなくて困っちゃった」
「いえ、大丈夫ですよ」

二人ともとてつもない美少女なのだが、会話の内容は夫婦のそれである。
ルリとテーブルを挟むようにして座り、今後の行動を話し始めた。

「お昼に決めたものの中でまだ有効な物は以下のものになりますね」

─時間が圧倒的に足りないので隕石情報と称し情報をユートピアコロニーの全メディア+行政へリークし地球やシェルターへの避難を促す
─大型隕石が直撃する可能性もあるのでシェルターへの避難は大深度+大型のモノに限定すること
─アオがいた研究所のデータ・資料をユーチャリスへ送る
─ユーチャリス搭載の無人兵器を街内に潜伏させておき襲撃の際にシェルターの護衛+木蓮の無人兵器をハッキングを敢行、ウィルスを流す
─火星内及び衛星の通信システムをハッキング、地球との通信を不可能にし、地球から火星の状況を把握出来ないようにする。

「そうだったね、ありがとう。じゃあちょっとオモイカネに頑張って貰っちゃおう」
『頑張る』
「お、頼りにしてるよ」
『頼りにされる!』
「『ふふふふふ』」

アオはそう言うとオモイカネへ指示を出していく。
オモイカネへの指示はリークする情報を捏造し、それが出来るとメディアと行政へ順次流していく事。
そしてステルス状態にして見つからないように各コロニー・研究所を周回、バッタを配置していく事である。

「バッタの配置数は入口の数とかあるだろうからオモイカネに任せるよ。
やる事多いけど大丈夫?」
『やれる!3人が起きるまでに終わらせる!』
「よし、任せた!」
『任された!』

ちなみに、火星で活動中のコロニーは4つである。
入植から50年程しか経っておらず、火星全体の人口は2000万人弱である。
火星への入植は実際には100年近く前から可能だったが、ある事件により遅れる事となった。

22世紀初頭、月のクーデター鎮圧によって火星へ逃れた避難民へ向けて地球は核を落としたのだ。
その時点ではある程度入植が可能な程には環境が整ってきてたのだが核の影響や避難者の存在を隠滅する為火星への入植は行われなかった。
そして22世も半ばになり、ようやく火星への本格的な入植が開始された。
最初の入植は実働テストを兼ねてユートピアコロニーが選出される。
研究・開発も兼ねていたために、入植に当たっては主に研究者と技術屋を中心とした人材が選出された。
それに加えクーデターを恐れた政府により監視という名目の護衛が付く事となる。

ある程度コロニーの環境が落ち着くようになると、一般人の入植も徐々に増え、建設されていた他のコロニーへも入植がはじまる。
そして入植開始から約10年が経つとオリンポス山にて火星の古代遺跡、相転移エンジンが見つかる。
更にそこから20年近く経ち、火星北極冠鉱山の開拓中に巨大な遺跡を発見する事となっていく。

火星の研究に関しては、発見された遺跡物がすべてネルガルの手によって発見されている為に他社が入り込む事が出来なかった。
その為に研究所はネルガルのものだけである。
火星にある遺跡、研究所、コロニーは以下になる。

─北極冠遺跡(鉱山を発掘中に発見される)
─ネルガル北極冠研究所
─ユートピアコロニー(火星北部にあるユートピア平原に建設されたコロニー)
─オリンポス山麓ネルガル研究所
─タルシスコロニー(火星赤道近くにあるオリンポス山とアスクレウス山に挟まれた丘陵地に建設されたコロニー)
─ヘラスコロニー(火星南部にある巨大な湖ヘラス海北岸に建設されたコロニー)
─マレアコロニー(同じくヘラス海南岸に建設されたコロニー)

ユートピアコロニーの人口が最大で600万人程、続いてタルシスが500万人、ヘラス・マレアはそれぞれ400万人程の規模である。
そしてシェルターといっても、いくつも独立した物がある訳ではない。
コロニーは地下にも建造物が蟻の巣のように巡っており、シェルター同士で行き来が出来るようになっている。
中にも食料プラントがあり、材料が続く限りはレトルト物ではあるが作成が可能で、コロニーの全人口が補給なしでも2-3年は生き残れるようになっている。

オモイカネはウィンドウを『さぎょ~ちゅ~♪』と変えふよふよ漂っていた。
それを二人して眺めてクスクスと笑っていたが、不意にアオが話しかけた。

「今日はネルガル社長派の非合法研究所への侵入もしちゃったね~」
「私もさらわれちゃいましたね」
「うん、そうなるとネルガルへ早めに行った方がいいね」
「明日ですか?」
「そうだね、用意する物があるし、こんな時間じゃ悪い。お昼過ぎにでも手土産持って行ってくるよ」
「わかりました、ですけど交渉の内容、材料を決めてませんよ?」
「材料は決めてあるんだけど、アカツキに何頼むかだよね。
戸籍と住む場所っていうのはとりあえず決まってるんだけどさ」

アオはルリを試すように質問した。
それを受けて、ルリは顎に指を当ててん~~っと考えるような仕草をすると答えた。

「火星からの避難者の保護とか」
「その心は?」
「生存者探索の為とすれば、相転移エンジンの開発、研究やナデシコ建造などに協力してくれますし、何よりジャンパーの保護になります」
「そかそか、いい考えだね。ナデシコはこっちで設計図弄っちゃ駄目かな?」
「確実に生還する為にはいい事だと思います。ですが、もしするならデータの流出への注意や戦力を隠すように航行しないと火星で危険です」
「そっか、そこは相談しつつやっていくという事でそれも進めちゃおう」
「後は、非合法のIFS強化体質実験の被害者の保護は外せないです」
「うん、ボソンジャンプの人体実験もね。今考え付くのはこれくらいかな?」
「そう、ですね。それで、交渉の材料はどうするんですか?」
「まず一つは社長派のデータ。
それと、テンカワアキトの記憶を映像として見せようと思う」

その言葉にルリは眉を顰める
アカツキ達にあの記憶を見せようと言うのだ。

「...アオさん。実は私アキトさんの研究内容を知ってるんです」

しばらくお互いに無言だったが、ルリが切り出した。
ルリは火星極冠でのクーデター鎮圧の際に行った火星圏のシステム掌握、その時に掌握した中にあるありとあらゆるデータの中からテンカワアキトに関する物を抜き出していたのだ。
会った時には意地を張って『知りたくありません』と答えはしたが、アキトの苦しみを少しでも肩代わり出来たら、受け止められるようになれたらと考えたのだ。
だが、それを確認した時後悔しそうになった。
始めてその映像を見た時は余りの苦しさ、辛さ、悲しさ、嘆きに押し潰されて30分と持たず気絶した。
だが、それでも一ヶ月近くかけて全ての情報、映像に目を通した。
その間も軍務を削ると待っていたとばかりに統合軍が文句を言い出すので仮面を被ってこなした。
何か食べないと倒れてしまうので、吐き気をこらえながら食べた。
アキトから言われていたのでジャンクフードや栄養剤に頼る事はしなかったが、しばらくは何を食べても血の味がした。
毎日毎日泣き通した。
それを思い出し、手を震わせながらもルリはアオへ聞いた。

「その上で、もう一度聞きます。あれをアオさんはまた見るんですか?」

ルリが心配しているのはアオの事だった。
自分の記憶を補助脳を経由して映像化する。
それは自信の記憶の追体験と何ら変わりがない。
ならば、あの地獄をもう一度体験するのと変わらないのである。
顔を蒼白にして震えるルリをしばらく見つめていたアオは、ふと表情を緩めると立ち上がり、ルリの後ろに回っていった。
そのまま後ろから身体全体で抱き締めるように座るとルリの脇の下から腕をいれてそのまま抱き抱える。
後ろに回られたルリは身体を強張らせていたが、抱き抱えられると次第に力が抜けていった。

「ルリちゃん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、今の私はテンカワアオだから、未来のアキトでもあるしアキトのお姉ちゃんでもあるんだから、強いんだよ」
「そんなのは詭弁です。強がりです。」
「例えそうだったとしてもそんな私を支えて、帰りを待っていてくれる。終いには追いかけて連れ戻してくれるルリちゃんやラピスもいる。だから大丈夫」
「そんな事を言うのはずるいです。そんな事言われたら支えるしかないじゃないですか、待つしかないじゃないですか」
「うん、だから支えて欲しいな、他の誰でもないルリちゃんに。私の大切な、大好きなルリちゃんが待っていてくれたら必ず帰ってくる」
「...アオさん...アキトさんは馬鹿です。優しすぎます。女たらしです。ロリコンです」
「それでいいです。ルリちゃんとラピスが好きになってくれるなら馬鹿でも優柔不断でも女たらしでもロリコンでもいいです」
「...ばか」

涙を流すルリをゆっくりと抱き締めていたが、落ち着いてきた頃になるとおもむろに身体を離し、軽く胡坐をかくとルリを呼ぶ。
アオはテーブルから足を抜き後ろを向こうとしたルリの背中と膝の下に腕を入れ胡坐の上に抱きあげると、正面から抱き締めた。

「なっ!なぁっ!」

155cmのアオと122cmのルリである、ルリが胡坐の上に座ると顔の高さが丁度いい。
こういう免疫はないのかアオと真正面から向き合って真っ赤になってしまった。
ルリは落ち着かずに目線が眼と唇を行ったり来たりする。
あまり焦らすのも可哀想になってきたアオは右手を頬に持って行くと柔らかく解すように涙の跡を拭っていく。
それも落ち着くともう一度目線を合わせると優しく微笑み、顎を上げるように右手を持って行く。
顎に手をやられた瞬間身体が強張るが落ち着かせるように息を吐かせるとそのままゆっくりと近づいていった。

「...ん.....」

唇が離れルリがゆっくりと目を開けると、アオの目と合う。
どうだった?と優しく聞いていた。

「...一杯欲しいです」

そう答えるとアオの目は嬉しそうに、楽しそうに微笑んだ。

「ため息つく感じで口開いて.....息は鼻で吸えばいいからね...」

そう言うと先ほどよりも長い間二人の唇は重なっていた。
その後しばらく二人だけの時間が過ぎていった。

「ね、ルリちゃん。私とルリちゃんが一緒にいる間はずっと『おはよう』『いってらっしゃい』『いってきます』『ただいま』『お帰りなさい』『お休み』のチューをするからね」
「嬉しいけど、ダメです!ナデシコ乗艦の時に噂になったらどうするんですか!」
「噂になれば狙う人もいなくなるからいいの~♪」
「な、何言ってるんですか!」

こんな感じである。
しばらくして落ち着くと背中に回していた手を離しルリの肩へ置いた。
そのままルリの目を見据えるとアオが切り出した。

「ルリちゃん、ちょっとだけ真面目な話」
「なんでしょう?」
「明日、ネルガルと交渉が終わった後は火星のシェルターへ行こうと思う」
「それは予想してましたから大丈夫です」
「そこで、アキトがジャンプするまで一緒にいようと思う」
「...」

あからさまに嫌そうな顔をしていた。

「何をいってやがりますか、この大馬鹿者はって感じだね」
「よくわかりましたね」
「ふふ~ん、さっきので私とルリちゃんは通じ合いましたから~♪」

そう言いつつまた抱き締める。

「はいはい、どうせ言っても聞かないから構いませんよ~」
「流石ルリちゃん!」
「条件がありますけどね」
「なぁに~♪」
「.....絶対に帰ってきて下さいね」

寂しそうな、泣きだしそうな声でそう呟いた。

「うん、テンカワアオは絶対にルリちゃんとラピスの所へ戻ってきます」
「...はい」

それからアオとルリはお風呂へ向かっていった。

そんな二人が出ていった部屋のアオとルリが座っていた正面の壁に親指の大きさ程のウィンドウが漂っていた。
そのウィンドウはふと手のひらサイズまで大きくなると『録画終了』と表示へ変わり、消えた。

二人がお風呂から出て、寝る準備を整えるとラピスが寝ている部屋へ向かった。
アオは紺色、ルリは淡いクリーム色をしたコットン製のツーピースパジャマだ。
もちろんお揃い。
ちなみにラピスはルリが着たパジャマと同じものである。
子供用なのにラピスには大きくてだぼっと着られている感がある。

「うわぁ...」

寝室に入った瞬間ルリが発した言葉である。
食事を食べた部屋と変わらない間取りではあるが、正方形にして余った部分がウォークインクローゼット化している。
クローゼットの対辺である入口から見て右手にダブルサイズのベッドが鎮座しており、正面の壁にはぬいぐるみが一杯である。

「...エリナさんですか?」
「...わかっちゃった?」
「...先ほどの部屋や洋服もですよね?」
「...そこも気付いちゃった?」
「...社費ですか?」
「...ノーコメントで」
「どれだけ可愛いもの好きなんですかあの人は...」
「ちなみに、ルリちゃんも狙われてた。跳ぶ直前まで」
「ソウナンデスカ」
「ソウダッタンデス」
「...寝ましょうか」
「うん、寝ましょう」

二人でベッドに向かい、掛け布団を一旦剥ぐとアオがラピスを抱っこし、その間にルリが奥へ行く。
ルリの隣にラピスを寝かせると、アオも入る。
アオは掛け布団をかける前にラピスを起こさないようにルリに被さると、口づけをする。
唇だけでお休みなさいというと、ルリも同じように返した。
布団を被った後もしばらく見つめあっていたが、いつの間にか二人も幸せそうな寝息を立てていた。

次の日、ルリはこれ以上ないくらい幸せそうな顔をして眠っていた。
そんなルリにしがみつくようにラピスも寝息をたてている。こちらも負けず劣らず幸せそうだ。
そんなルリに何かが触れたような気がした。
離れていくのが惜しくて、だから目が覚めた。

「...ん」

目を覚ますと天井が見える。
気のせい...?

「目、覚めた?」

声をかけられたので横を見るとアオさんがいた。
ただぼぉ~っと眺めているとちょっと困ったような顔をしてる、綺麗。
横を見るとラピスも似たようなものだった。
あ、抱き起こして貰ってる。
ベッドからおろして貰ってる。
羨ましいから私もと腕を伸ばした。

「しょうがないなぁ」

また困った顔してる。心外です。
抱きあげて貰っておろして貰った。嬉しい。
嬉しいのでそのまま私の匂いを擦りつけようと思う。

「ちょ、ルリちゃん?ラピスまで...」

見たらラピスも真似していた。負けたくない。
しばらくするとアオさんぷるぷるしだした。
どうしたんだろう?

「いい加減にしなさい、二人とも!」

そう言うと担がれた。
私は右腕、ラピスは左腕だ。
アオさん力持ちです。
というより何か恥ずかしい...
担がれ...
え!担がれて運ばれてる!?

「あ、アオさん!待って!自分でいけます!」
「...寝ぼけたフリをするような子にはこれで十分です」
「フリじゃありません本当です!」
「最初はみんなそう言うんだよね~」
「それ、使い所間違えてます~~~!」

.....結局私運ばれちゃいました。

その後アオは着替えてきたルリとラピスをあわせて朝ご飯を食べる。
今日は3人ともワンピースを着ている。
アオとルリはその上に長袖のカーディガンを着て柔らかい雰囲気。
ラピスはそのままで可愛らしい雰囲気を出している。
ご飯も食べ終わり後片付けが終わった後はまったりした雰囲気の中今後の相談。

「オモイカネ、昨日の夜頼んだ件はどうなった?」
『はい、問題なく進みました。現状を表示します』

─情報の作成、リーク共に完了。既に避難が始まっています
─全航宙会社が全てのシャトル、輸送船を使用し避難させる事を発表。地球への避難総数は6万人超となる予定
─軍からの避難船供出は今の所確認取れてません。
─各コロニー・研究所へのバッタ配備完了。シェルターの入り口一つに1機配備でしたが、出ているのは238機になり戦闘用のバッタはほぼ全部出ています。
─ウィルス・ハッキングに関してはルリとラピスの手が必要です
─アオがいた研究所は変化なし、誰も侵入していません

「オモイカネ、ありがとう。助かるよ」
『どういたしまして、ところで一つよろしいですか?』
「ん、どうした?」
『先日からルリとラピスがアオと呼んでるので私もアオと呼べばいいんですか?』
「.....言ってなかったっけ?」
『はい、わざとかと思ってました(涙)』
「ごめんなさい」
『ぐすぐす(涙)』

いじけてるオモイカネを見てアオが冷や汗を流す。
しばらく見ていたが、この際だから見なかった事にしてしまおうと決めるとオモイカネを余所に説明を始めた。

「せ、説明するとですね、この身体はテンカワアキトのお姉さんの身体なのです。
ラピスに似た状況だったので名前もなかったんだよね。そこでルリとラピスから名前を頂いた訳です」
『その説明となると、中身はアキトという事ですよね?』
「そこが難しくてね、私はアキトでもあって姉でもあるって所かな」
『...はぁ』
「そういうものだと思って置けばいいよん」
『えぇ、性格が大分変わってるのでちょっと心配してました』
「自分でもちょっと変わったかもとは思うけど、そんなに違う?」
「「『はい、ちょっとどころじゃないです』」」
「そ、そっか...」

アオを見つめる2人+オモイカネは異口同音に答えた。
その後しばらく雑談していたが、アオの号令によりそれぞれが動き出した。
アオはジャンプで研究所へ行きデータ・資材の転送。
ルリ、ラピスはオモイカネと協力してウィルス作成とバッタのOSへハッキングシステムを組み込んでいった。

「これは...どうしようかな」

そんな中アオは途方に暮れていた。
ナノマシンが保管されている冷凍資材保管庫がコンテナ程の大きさがある資材置き場にずらっと並んでいる。

「オモイカネ」
『お呼びですか?』

ユーチャリスを出る時に渡されたコミュニケからウィンドウが開く。

「空いてる資材置き場ってある?コンテナくらい大きいとこ」
『ちょっと待って下さい。はい、ありますよ』
「了解、コバッタは動かせるよね?」
『えぇ、大丈夫です』
「格納庫にこの資材保管庫全部をジャンプで運ぶから、コバッタに持って行って貰って」
『.....全部?』
「全部」
『頑張ります...』

アオはウィンドウを閉じると袖をまくって気合いを入れた。

「やりますか~!」

1時間程経つと、ユーチャリスのブリッジでアオがくったりしていた。
一度に保管庫2台の20往復、計40台を運びきった。
耐久テストやらされてる気分になってきたとはアオの談。
運んだ後はユーチャリスから爆弾を持ち込み設置し、外へ出ると遠隔操作で爆破。
データを隠滅した。
アオが運んでいる間にルリとラピスもプログラム作成を終了、ネットワーク経由でのバッタOSのアップデートも完了させていた。
そのルリとラピスが両脇から団扇でぱたぱた仰いでいる。
アオがありがとぉ~と呟くと、ルリは「はいはい」と、ラピスは満面の笑みでこたえた。

「よし、ルリちゃんとラピスから元気も貰ったし映像作りますか」

アオはぐっと手を握り締めながら立ち上がった。
それに対してルリは淡々と答える。

「どれくらいかかりそうですか?」
「んっと、オモイカネ?」
『データとして吸い出し終わるまでに2時間少々かかると思います』
「わかりました、その間に私とラピスでお昼作ってますね」
「あら、ルリちゃん出来たんだ?」
「えぇ、アオさんを驚かせる為に生きてる事を知ってからミナトさんに倣ってました」
「じゃあ、期待してるね」
「はい、それとアオさん」

ルリはアオをまっすぐに見据える。
何かを耐えるようなそんな瞳だった。

「約束は守るよ。大丈夫」

アオはそう答えた。
ルリとラピスが出ていきブリッジに一人になると、アオはオペレーターの席へと座った。

『本当にいいのですか?』
「大丈夫、ごめんねいつも大変な事頼んで」
『いえ、気にしないで下さい』
「さぁ、始めよう」

アオはIFSコンソールへ手を置き目を瞑った。
次第に走馬灯のように自分が覚えてない記憶までどんどん溢れだしていく。
極冠遺跡の研究所で産まれた事。
生まれてすぐに遺跡を見せて貰っていた事、物ごころつくまで研究所で育った事。
どれだけ両親に思われていたか。
両親がどれだけ研究が未来に繋がるか期待していたか。
小さい頃のユリカとの思い出。
ユリカだけじゃない色んな女の子と遊んだ思い出。
小学校上がってすぐに起こったテロ。
孤児院での寂しいけど温かい生活。
落ち込んでいた俺を気遣ってくれたシスターや学校の女の子達。
中学校では料理部で色んな料理を教えあっていた。
中学を出て、孤児院も出ると決めた時のお別れ会。
高校には入らずコックになるためにキッチン辰へ頼み込んだ事。
そこで教えられた料理人としてのいろは。
そして、火星会戦、アイちゃん。
ナデシコの日々。
ナデシコ長屋での生活。
ルリちゃん、ユリカとの家族ごっこ。
結婚.....テロ。

「ぐあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」

弾かれたように騒ぎ出す。
目も見開いているがその眼に映しているのは【火星の後継者】の研究員達。
そして、北辰・ヤマサキヨシオ。
切り開かれていく頭部、腕、脚、胸、腹部、背中、そして弄られていく。
痛みはない、切られているという錯覚だ。
だが...
味覚を無くしたと気付いたその瞬間だけは忘れられなかった。
どこか気の抜けたような、一度耳にしたら忘れられないような悲痛な叫び声が口から洩れていた。
そして更に目の前で遺跡と融合していくユリカ。
腕と足の先からゆっくりと彫刻のように覆われていく。
それをただ、見ていた。
消えてしまった。
自分の夢が無くなってしまった。
奪い取られてしまった。
その悲しみ、苦しみ、辛さ、憎さ全てを味わわせてやる!!!!
ただ憎しみのみで生き残った。
月臣、プロス、ゴート達NSSに助け出された。
月臣との訓練、エステバリステンカワsplでの戦闘。
幾多の敗北、そしてブラックサレナへと成長していく愛機。
ラピスとの出会い。

ラピスとの出会いを見ている時には少し落ち着いてきた。
余りに泣き叫びすぎて顔中涙と涎でぐちゃぐちゃになってしまった。
その後、ユーチャリスとラピスを併せた戦闘。
アマテラスでのルリ、ユリカ、リョーコとの再会。
クーデター勃発、そして鎮圧。
その後【火星の後継者】の残党狩り。
シャロン・ウィードリンの一件も陰でしっかり見ていた。
次に残党狩りの終結、復讐の終わり。
そして...

「ルリちゃんの暗殺計画...」



[19794] 天河くんの家庭の事情_04話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:54
それを伝えられたのは、ネルガルの会長室だった。

「もう一度行ってみろアカツキ!
ルリちゃんの暗殺だと!?」

アキトが掴みかかりそうな勢いでアカツキに怒鳴る。

「ちょっと落ち着いてくれテンカワ君。それじゃあ説明も出来ないよ。」
「...あぁ、手短に説明しろ」

そんな苛々しないでもと考えながら続ける。

「今までも火星の後継者から狙われたりといった事はあったけど、今回はかなり根が深いんだよ」
「あぁ、俺も護衛したから覚えている」
「テンカワ君。以前のクーデター並びにシャロン・ウィードリンの一件、覚えてるよね」
「クーデターの際には火星全域、シャロン・ウィードリンの一件でも敵全システム掌握」
「そう、それ。火星の後継者残党が生き残っていたうちはまだよかったんだけどねぇ、相手がいない時分には過ぎた力って事らしい」
「統合軍か?それとも政府か?」
「その両方だよ。宇宙軍は安心なんだよね、ルリ君シンパが多いし上からしてミスマル氏だからね」
「...そうか、潰してくる」
「テンカワ君。ちょっと待った!」

アキトがそういう行動に出る事は予想していたが、あまりの即決に慌てて止める。

「なんだ?」
「流石にそれは許可できないよ。そもそも統合軍と政府だ、全世界を相手にする事になる。そこでだ。テンカワ君がする事は...」

アカツキは勿体ぶったように切ると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
面白い事を見つけた時や考え付いた時にする笑みに嫌な予感を感じて帰ろうと思った時、声がかけられた。

「私を連れて行って貰おうと思います」

扉を開けて会長室に入ってきたのはホシノルリだった。
思わずびくりと身体が震える。
頭の中には疑問の言葉しか浮かんでこない。
目の前にいるアカツキはニヤニヤして反応を楽しんでいる。
後で殴ろう、絶対殴ろう、アキトはそう決めた。

「実はこの話を持ってきたのはルリ君でね。話を聞いた時はイネスさんと同じようにと考えたんだけど、テンカワ君がさらってくれるならこちらとしても安心出来る」
「ちなみに、設定としては私が殺されるんですが、最期の力を振り絞ってトラップを発動させます。
トラップの内容は私の暗殺に関わっている企業、行政、軍全ての後ろ暗い情報を証拠付きでネットにばら撒いちゃいます」
「内容としては至極単純だよ。殺された恨みって事になるし、その情報でどうなろうと死んだ人は殺せない」

そこまで静かに聞いていたアキトだったが、ルリの方へ振り返ると言った。

「君は何を言ってるかわかってるのか?」

声にかなり怒りが籠っている。
アキトの雰囲気とそれを聞いてルリは息を呑むが、気丈に見据えると言葉を返す。

「勿論わかってます!」
「なら何故だ。今回の件を知ってるなら今まで狙われてきた事も知ってるだろう?」
「はい、知っています。アカツキさんやミスマルのおじ様が守ってきてくれている事も知ってます。」
「それでいいだろう。何処に問題がある?」
「それは...」

そのまま言い淀んだ。
唇を噛み締め、身体を強張らせながらも精一杯アキトの方を見据えている。
何度か口を開くが、決心がつかないのか声にならない。
アキトはそれを見てしばらく待っていたが、ふとため息をついた。

「何もないんだろう?ならこの話は終わりだ」

アキトは部屋を出ようとして足を踏み出した。
それが切欠になったのだろう、ルリが叫んだ。

「待って下さい!」

普段大声を出さないルリが叫んだ事に少なからず驚いたアキトは足を止めた。
ルリの顔は激情からか顔が赤く染まっている。

「もう嫌なんです!もう駄目なんです!
アキトさんとユリカさんが亡くなってから2年間ただ生きてただけでした!
生きてたと知ってからは1年以上ずっと待ってました!
我慢して来ました!
でも、もう無理なんです。
帰ってきて下さいなんてもう言いませんから傍に置いて下さい。
これ以上待たされたら私は...もう...壊れちゃいます.....
だから、アキトさん。
...お願いします」

最初は激情のままに発していたが、次第に落ち着いていき、最後は涙まで流していた。
その真剣さにしばし呆然とするが、血で汚れた俺なんかがと踏み止まってしまう。

「もし、アキトさんが俺なんかがとか考えているならお門違いです。
他にも幸せにしてくれる人がいるかもしれませんがそんな事どうでもいいです。
私はアキトさんがいいんです。
私の中では今のアキトさんも昔のアキトさんも変わってません。
私にとってはずっと不器用で優柔不断でとても強い、アキトさんなんです」

そのまましばらく時が止まる。
そこまで言ってくれるルリを連れていきたい、だがだからこそ表で幸せになって欲しいのだ。
自分の所へ来るともう仲間には一生会えないだろう。
それをルリに味わわせるには余りにも忍びない。
考えてる間に思わず手を伸ばそうとしたが、思い留まったように手を握るとゆっくり下す。
それを見止めたルリは微かに目を見開いた後、諦めたような笑みを浮かべた。

「アカツキさん、最期にアキトさんに会わせて頂いてありがとうございました。
アキトさん、色々とありがとうございました。さようなら!」

そこまで一息で言い切ると弾かれたように踵を返す。
だが、その言葉に不穏な物を感じたアキトが咄嗟に腕を掴んだ。

「何をする気だ!」
「離して下さい!教える必要がありませんし教える義理ももうありません!」
「なっ!そんな屁理屈を聞きたいんじゃない!教えろ!」
「屁理屈じゃありません!アキトさんの馬鹿!もう知りません!他人です!関わらないで下さい!」
「馬鹿はどっちだ!いいから話せ!」
「嫌です!アキトさんこそ離して下さい!」

手を振り解こうとしてルリが死に物狂いで腕を振るので関節が外れないか心配したアキトは咄嗟に羽交い絞めにする。
羽交い絞めにされてもしばらく暴れていたルリが落ち着いてくると、アキトはルリをゆっくりと抱き締めた。

「...死ぬ気か?」
「壊れるくらいなら、いなくなってしまいたい」
「俺なんかにそこまで思い詰める程の価値なんてない」
「アキトさんを貶める発言はアキトさん自身でも許しません」
「...そうか」
「...そうです」

アキトはふっと表情を緩めるとルリの頭にぽんっと手をやる。
幾分驚いた表情で上を見上げたルリにバイザーを外して微笑む。

「わかった。負けましたよお姫様」

その言葉に目を輝かせると、大粒の涙を流しながら頬笑みを返す。

「私の騎士はアキトさんだけなんですから」
「あぁ、そうだね」

しかし、この二人は覚えているのだろうか、ここはネルガル会長室である。
まかり間違っても告白の場所ではない。
そんな二人を見ながらアカツキはニヤニヤしていた。
ちなみに頭の中ではこんな事を考えていた。

(いや、これは面白いものが見れた。前から思っていたけどやっぱり二人とも似た者同士だね。
ユリカ君は大人になりきれていなかったって所かな、惜しかったねぇ。
ここでわざと声をかけるのも面白そうだけど、ありきたりだなぁ。
どこまでいくか見ているのもいいけど気付いた後のテンカワ君の報復が怖い。
ふむ...そういえば、バイザーにメモリーがあったな...
電子の妖精、宇宙に咲いた白き花だったっけ?
うまい事編集して告白の疑似体験ムービーとでも売れないかね?
.....面白そうだな、PHR(Perfect Hoshino Ruri)に関わっていたウリバタケ君、プロス君、ゴート君にでも頼んでみるか)

ちなみにこれを元にした疑似体験データは同人ムービー【妖精からの告白】として2日後に24時間限定でダウンロード販売された。
内容の素晴らしさに某掲示板にスレが乱立し、宇宙軍所属のアラ○ギ少佐、マキビ中尉などルリファンに50万本以上売れたそうだ。
再販はされず、未開封に至っては10万を超える超プレミアがつく事となり、コピー商品でさえかなりの値段がつく事になる。
普段であればすぐに気付くルリだが、運悪く作戦の為に数日ネットに潜れずに気付けなかった。

「ハーリー君やアララギ少佐、すれ違う男性方がみんないつも以上に気持悪かったから変だとは思っていたんです。
ですが、普段と変わった行動をする訳にもいかなかった事が口惜しいです。
気付いた時にはすべて終わっていましたから...」

とは気付いた時のルリの言葉である。かなり辛辣だ。
ちなみにアキトからしっかりと殴られたのではあるが、没収と称してアキトも閲覧用、観賞用、保存用と3枚持ち帰っている。

そんな事を考えているアカツキの前ではまだ話は続いていた。

「ね、ルリちゃん。ユリカには?」
「...ユリカさんにも話してあります。
その時にアキトさんがユリカさんと会った時の話も聞きました。」
「そうか...」

アキトはシャロン・ウィードリンがクーデターを起こす前、ユリカが退院する直前に一度会っている。
その事を思い出していた。
ユリカはアキトに会った時、咄嗟に違う!と叫びそうになったのだ。
なんとか押し留めたが、アキトだと理解している自分と認めたくない自分が鬩ぎ合っていた為に話が出来そうになかった。
そこでユリカ自信が1日考える時間を貰えるようにアキトに伝えた。
その日はルリが見舞いに来たが、ユリカから「今日、明日はゆっくり考え事をしたいんだ」と言われ、すぐに退室していた。
次の日、同じ時間にアキトが来ると、今度はしっかりと目を合わせる事が出来るようになっていた。

「お久しぶりだね」
「あぁ...元気そうだな」
「うん、みんなのおかげでね!元気だけが取り柄だもん!」

他愛もない話を続けていたが、不意にユリカが切り出した。

「ごめんね、アキト。
奥さんが旦那様を信じられなかった。拒絶しようとした。
私は!アキトの事を!見れて...いなかった.....!」

堪え切れずに嗚咽を漏らしていた。
ユリカに対して何も言えず、ただ見ている事しか出来なかった。

「泣いてばかりでごめんなさい。アキトに、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「全部終わったら、アキトはどうするの?」
「.....」

アキトは無言で返したが、その表情でユリカは悟ったらしい。

「...そっか、ついていけなくてごめんね。私は...私らしく.....私の幸せを探すよ」
「.....」
「アキト、奥さんとして最後のお願い。
ルリちゃんにはちゃんと伝えてあげて、それであの子が決めた事なら受け入れてあげて欲しいの。
あの子は、ちゃんとアキトの事を見てるから。
あの子になら、アキトを支えられるよ」
「...あぁ、考えておく」
「そっか、会えて嬉しかったよ」
「あぁ、それじゃな」
「...ばいばい、アキト」

長い事考えていたらしい、ルリの表情が心配そうになっている。
大丈夫だよと微笑んだ。

「それでですね、ユリカさんからアキトさんを宜しくとお願いされました。」
「そうか、俺の方からもお願いするよ。これから一緒によろしく頼む」
「.....はい」

ルリは嬉しそうに目を閉じるとアキトに身体を預けた。
そのまま数分お互いの温もりを感じていると、後ろから声がかかった。

「そろそろいいかい?」

その瞬間弾かれたように二人は離れた。
アキトの顔にナノマシンの光が浮かんでいる。無表情を装ってはいるが動揺しているようだ。
ルリも顔を真っ赤にして俯いている。

「あれ、そのままでよかったんだが、本当にここが会長室だって事忘れてたみたいだね?」
「あの、要件はなんですか?」

絞り出すようにルリが尋ねる。

「大体話はまとまったんだから、後は決行をいつにするかだね」

それから誤魔化すような勢いで話をまとめていった。
終始顔は赤かったらしい。
作戦としては簡単だ。
統合軍が自室で寝ている時に事故を装うとはわかっているので、隙を見せてわざと統合軍が襲わせるように仕向ける。
突入前にアキトがジャンプで連れ帰り、部屋を爆破するだけである。

「至極単純だね。ただまぁ、これだけ偽装をやっているから疑われそうだけど?」
「それはアカツキさんの自業自得です。ご自分でどうにかして下さい」
「相変わらず手厳しいね」
「理解はしてますけど納得したくないだけです」
「そうかい。さて、これで話も終わった事だ。各々普段通りによろしくね」

それにアキトとルリは答えるとアキトはジャンプで帰り、ルリは踵を返し部屋から出て行った。

「納まる所に納まったか。ご馳走様、テンカワ君」

それからルリは有給を1週間取り、ユリカと一緒に会えなくなるみんなの所へ顔を出していった。
怪しまれると困るので、ユリカが会いたいと言い出して連れまわされているという口実になっている。
ユリカをだしにして申し訳なく思ったが、「会いたいのは本当だったから丁度いいよ」と言ってくれた。
ウリバタケやプロス、ゴートは後ろめたい事があるせいか挙動不審だったがその時は深く考えなかった。
顔合わせも終わり、作戦決行前日のこと。
ユリカと食事を取る為にわざわざ宇宙軍の極東本部へ来ていた。
顔を合わせる男が全員おかしいのだ、目をらんらんとさせ期待の篭ったような浮かれたような顔で自分を見る為だ。
アララギ少佐に至っては顔を合わせた瞬間意識がどこかに旅立っていっている。
軽く首を傾げるが、深く考えずにユリカの元へ行くと、連れだってホウメイの経営する【日々平穏】へ向かった。

「お、ルリ坊にユリカさんかい。いらっしゃい。丁度ハーリー君と高杉さんも来てるよ」
「か、かかかか艦長!?こんにちは!」
「お~、艦長にミスマル大佐。奇遇ですね」

暖簾をくぐるとホウメイの快活な声が響く。
上擦った声を出しながら、弾かれたように立ち上がり直立不動で迎えたのはマキビ・ハリ中尉、どこかだらしない物言いは高杉三郎太大尉である。
二人ともカウンターに座って食べている。左からサブロウタ、ハリの順番である。

「ホウメイさんこんにちは、一人でご飯は寂しいのでユリカさんと来ちゃいました。
ハーリー君、今はプライベートなのでかしこまらないで下さい。サブロウタさんこんにちは」
「ホウメイさん来ちゃいました~」

返事を返すと、ルリはハリの右隣へユリカは更に隣へ座った。
ハリは既に【妖精からの告白】見ている。それも毎日見過ぎて現実と妄想が区別つかなくなっていそうなくらいみていた。
その事を知っているサブロウタはそんなハリにドン引きしながらも迂闊な事をしでかさないか戦々恐々だったりする。

「ホウメイさん、チキンライス大盛りでお願いします」
「私は日替わり定食、それとから揚げも下さい。ルリちゃん、から揚げ半分こしよ♪」
「あ、はい。ありがとうございます」
「そういえば、ルリちゃん。から揚げで思い出したけど、ホウメイさんにコツ教えて貰ったんだっけ?」
「そうなんです。教えられた通りにやったらサクサクに出来ましたよ。それと他の料理も勉強してます」
「時間があれば飛んで行ってでも作って貰うんだけどなぁ。もったいない」

ルリがいなくなるまでにはもう残り時間がない。
だからといって軍務をおろそかにする訳にもいかず、こうなるならもっと沢山食べに行けばよかったと惜しんでいた。

「クスクス。ユリカさんは忙しいですから、しょうがないです」
「艦長。話に割り込んですいません。話からすると料理なさってるんですか?」
「サブロウタさん気にしないで下さい。そうですね、私もそろそろいい年になりますから。将来の事を考えてって事です」
「そうなんですか、艦長の手料理を食べられる人は幸せ者でしょうね」
「そうそう、ルリちゃん結構料理上手なんだよ。アキトもルリちゃんは舌がいいって褒めてたし」

ここまで話していてルリはいつもは無理にでも話しに入ろうとするハリが入ってこないのに気になり、視線を向けた。
そこには本部で見たアララギ少佐に負けない程目がイっちゃってるハリがいた。
今の会話で自分と一緒に住み、料理をするルリの姿でも思い浮かべているんだろう。
ルリが眉を顰めたのを見たサブロウタは慌ててハリの頭をこづく。

「おい、ハーリー。食事中に何ぼ~っとしてんだ」
「あいた!サブロウタさん痛いじゃないですか~」
「痛いじゃないだろ変な顔しやがって、艦長もひいてたぞ」
「え!そ、そんな事ありませんよね、艦長?」

憧れのルリにひかれるなんて嘘だと思いたいハリは思わずルリに尋ねる。
だが、ルリはその言葉を聞かなかった事にして話しを変えた。

「それはそうと、極東本部でも気になったんですが、会う人会う人先ほどのハーリー君みたいな感じなんですけど、何か知ってますか?」
「(ひいてたのは否定しないんだね、ルリちゃん...)それ、私も気になる。
2-3日前から男性の方みんなぶつぶつと中佐中佐とかルリさんルリさんとか言ってて女性士官みんなで気味悪がってるんだよね」
「俺は良く知らないんですよ。どうしたんだ?って聞いても『お前みたいなリア充には教えん!』とか訳の変わらない返事しか帰ってきませんでした」
「となると、この中で知ってるのはハーリー君だけですか」

憧れのルリに隠し事をするのは辛いが、まさか話す訳にもいかないハリは冷や汗を流しながら困っていた。
ルリがハリへ問いかけようとした時

「はい、ルリ坊にユリカさんお待たせ。チキンライス大盛りと日替わり定食ね。から揚げもすぐ持ってくるよ」
「ありがとうございます」
「わ~い、食べよう食べよう♪」

ハリはうまい事逃れられた安堵でため息をついたが、そんなに人生は甘くないらしい。

「ハーリー君、やましい事があるみたいなので、後でしっかり聞きます。食べ終わるまでここで待ってて下さい」

ハリはこの世の終わりが来たような顔で落ち込んでいた。
そして、それを見たサブロウタはもう逃げ道はない事を悟り、せめて看取ってやろうとハリの肩を叩く。

「ハーリー、俺が看取ってやる。諦めろ」

ご愁傷様である。
その後ルリとユリカは食べ終わり、ハリへの尋問という事になった。
席を4名席に映すと、ユリカはデザートに杏仁豆腐を4人分頼んだ。

「.....ハーリー君?言ってくれれば怒りませんよ?むしろ何も言わないから怒るんです。
大丈夫、悪いようにしません。私とハーリー君の仲じゃないですか、いってくれないなんて私は寂しいです」

そういうとにっこりとほほ笑むルリだが、目は笑っていない。
ユリカとサブロウタはそれに気付いてるので内心震えているが、とばっちりが怖い為表情には出さない。
ハリは自分へ投げかけられた『私とハーリー君との仲』や『私は寂しい』という言葉に感動し、すべてを話す事にした。
ルリの作戦勝ちである。
それからハリはいつでも見れるようにと持ち歩いていたポケットデバイスで問題のブツを再生しだした。
まさか自分の告白を見せられるとは思わなかったルリは顔を真っ赤にしてそれを呆然としていた。
しかも言葉や背景、服装は変えてあるが、どう考えても会長室での一件である。
ユリカは見ている中で作りものにしては自分の知ってるルリそのものの表情や行動だと理解していた。
そしてこんな表情や仕草をする相手がアキトだけだという事も。
ちゃんと告白出来たんだという嬉しさを感じていたが、可愛い妹の純情を弄んだ相手にどんな事をしてやろうか考え始めた。
サブロウタもこれが作りものにしては出来過ぎている事に違和感を感じた。
そしてルリの焦り方を見て、本当にあった事なんだなと感じ、自分の知る彼女がこれだけ感情豊かだった事に喜びさえ感じていた。
彼もまたしっかりとホシノ・ルリという一人の人間として見られる希少な男だった。
そんな中、ハリだけはDVDの内容を目の前のルリにかけあわせた妄想の世界に旅立っていた。
そして再生が続く中、落ち着いたルリはこうなった要因、首謀者・協力者などの可能性を猛然と考え出した。
そこに女の感が加わり、瞬時に正解を導き出していく。

(アキトさんが協力するはずありません。となると、あの元大関スケコマシしかありえませんね。
ここまでの編集と趣味に走った内容を考えると、編集や監修はウリバタケさんとゴートさんですか...
資金の出所は、PHRの一件もありますからプロスさん辺りですね)

そして.....

「ハーリー君、今から私に協力して貰いますね♪」

それは、今までに見た事がない程綺麗な笑顔でした。
ハリはそう後に述懐した。
その後報復として首謀者だあるアカツキの恥ずかしい性癖をネットに流したが、ルリの反響が覚めない時だったので思うようにいかず。
口惜しさに臍を噛んだが、出演料と称して利益は全没収と相成った。
ウリバタケに関してはデータをオリエに渡され、こちらも報酬は全部没収となった。
プロスとゴートは、ルリから一件を教えられたエリナからこっ酷く叱られもうしませんという念書と使い込みの賞罰をくらう羽目になる。
宇宙軍のルリシンパはユリカから一件を聞いた女性陣から乙女の純情を弄んだという事で総スカンをくらい、それまで以上に相手にされなくなってしまった。

そして、ルリ暗殺の作戦決行当日。
自宅へ戻っていたルリは、自室のIFS端末からネットへ潜り、暗殺計画関係に仕掛けていたバックドアから情報を流すようにする。
元々何かあった時の為準備は進めてあった為、トリガをつけるだけだったのですぐに終わった。
日付が変わると、電気を消し、私服のままベッドに潜りこむ。
そのまましばらくゴロゴロしていた時だった、不意に声がした。

「ルリちゃん。お待たせ」
「はい、一杯待ちました」
「外のやつらがすぐに動きだす、罠をつけたらすぐに跳ぶよ」
「はい」

アキトはすぐに動き手早く罠を設置していく。
設置し終わると持っていた大きなバッグからルリに良く似た遺体を出す。

「...それは?」
「ルリちゃんのクローン体だそうだ。アカツキが最近潰した研究所にいたらしい」
「そんなに私の能力が欲しいですか...」

それには答えずにその遺体をベッドに寝かす。
実際にはこの為に用意した急造のクローンであるが、その事をアカツキはアキトにさえ言っていない。
無理な成長促進の為に産まれてまもなく死亡したが、無理に心臓だけ動かし続けて16歳の状態まで持って行ったのだ。

「身代りにしてすまんな」
「...私の代わりに、ありがとうございます。そして申し訳ありません。」

アキトは寝かしたルリのクローンを優しく撫でた。
それを見たルリも悲しみの篭った表情でそっと撫でる。

「さて、ルリちゃん行こうか」
「.....はい、お願いします」

アキトの言葉を受けて、名残惜しそうに部屋を見回したルリはゆっくりと身体を預ける。
数瞬後、二人の姿は消えた。

それから30分程経つと、黒尽くめの男が侵入して来た。
それぞれ部屋に入ると、無言で寝ているルリに向かって銃を撃つ。
くぐもったプシュっとした音がするとルリの頭と、胸に穴が空く。
すばやく死んだ事を確認しようとした瞬間、光が弾けた。

それからは電子の妖精が死亡したという記事が乱れ飛んだ。
損傷がかなり激しかったが身体の一部も見つかり確定的となった。
最初は事故という事だったが、1日も経たずに暗殺という情報が乱れ飛ぶ。
それからはそれに関わった政府高官・軍部の人間のスキャンダルな情報がどんどんと飛び出してきて大わらわとなった。
それは、暗殺を悟ったルリが自分が死んだら流れるようにしていたのだという噂になった。
アカツキはNSSの情報から誰の情報が流れるか知っているらしくうまい事やるらしい。

これ以降統合軍は更に弱体化し、宇宙軍を吸収予定が逆に吸収される羽目となり、それに伴い軍縮へと向かっていく。
ミスマル・コウイチロウ、ムネタケ・ヨシサダを中心とした人道的で有能な者が上に立つ事になり、評判はいいらしい。

地球連合政府では代表がほぼ総とっかえという前代未聞の様相になってしまった。
世界で知らないものがいない程有名なホシノ・ルリの暗殺にかなりの数が関わっていたのだ。
なんとか危険性を語って弁明しようとしたが、清廉潔白な彼女との対比で後ろ暗い事があるからだと逆に糾弾される事となる。
そんな中ホシノ・ルリの血縁であるピースランド国王が暗殺に関わった者が牛耳っているような国への支援・援助を取りやめると発表。
離れて暮らしてはいるが娘を魔女だ悪魔だと罵られ、殺そうとする国への援助など出来ないと親としての気持を前面に出し訴えた。
ピースランドからの支援に頼っている所も多く、そういった所は暴動が起きかねない状況になり、一斉に首切りとなった。

そしてホシノ・ルリの葬式。
ユリカやその父であるミスマル・コウイチロウは暗殺を目論んだような人間に参加して欲しくない事から混乱を避ける為に身内のみの参加という条件にした。
それでもナデシコやナデシコBの乗員、同じ宇宙軍の者が多数参加し、1000人は優に超える規模となった。
それに加えて外にはファンの者が最後の別れを惜しもうと多数並んでいた。
宇宙軍の者やハリなんかはショックで泣き喚いてる者が多かったが、ナデシコやナデシコBの乗員は涙はあっても悲嘆している様子はなかった。

それは【妖精からの告白】の為である。
近しい者程あれがただ作られたものではなくルリの本気の表情だと気付いていた。
そしてそれを向ける相手も。
だから、追っかけて行ったんだという認識をしていた。

お焼香が全て終わり、別れの挨拶の為にユリカがみんなの前に向かった。
だが、そこでルリの方ではなく参列者の方へ向き直ると、おもむろに話しだした。

「先日、1通の手紙が私の所へ届きました。ルリちゃんからの手紙です」

それを聞いた参列者は一様にざわめいた。

「みんなに伝えて欲しいと書いてあったので、不躾ではありますがこの場で読み上げさせて頂きます」

─みなさん、こんにちは。
─この手紙を読み上げているのは葬儀場ででしょうか。
─少し長いですが、みなさんに聞いて頂ければと思い筆をとりました。
─私には家族がいませんでした。そしてそれがどういうものかもわかりませんでした。
─そして、昔は自分が人間だと思ってませんでした、機械だと思ってたんです。
─そんな私を変えて人間にしてくれたナデシコのみなさん。
─色々あって冷たく接していたのに、優しく接してくれたナデシコBのみなさん。
─いつも慕って下さった宇宙軍のみなさん。
─私は自分の身が長くないという事を知った時、みなさんに何が残せるかなって一所懸命考えました。
─一杯考えた末に、私の大切な人が経験したような理不尽な事が起こるのを少しでも減らせれたらと思ったんです。
─今頃大変な事になってるとは思います。立つ鳥跡を濁しまくりで申し訳ありません。
─私には結果を見る事が叶いませんが、よりよい未来へ変えて下さると信じてます。
─よろしくお願いします。

─私はこれから遠い所で大切な人を追っかけようと思います。
─追いついて捕まえて離さないようにするので心配して下さった方は安心して下さい。

─追伸
─【妖精からの告白】を持っている方へ
─本当は全部没収して記憶からも消し去りたいのですが、私も居なくなる身です。
─断腸の思いではありますが、それを私からの最期の贈り物と思って下さって結構です。
─ですが、大切な人が出来たら必ず処分して下さい。

あまりの彼女らしさとそこに込められた想いに悲しみなどどこかへいってしまったのか、葬儀場には和やかな空気が流れていた。
その中には渡されたバトンの大きさを胸に身が引き締まる思いをした者たちがいた。
大切なあの人の所へ行った事に安心し、一言も別れの挨拶がなかった事にちょっと寂しい思いをした者がいた。
自分が持ってる映像データの事を言及されてそわそわと落ち着かない者もいた。

その後手紙が公開され、テンカワ・アキト、ホシノ・ルリ、ミスマル・ユリカの辿った数奇な運命から薄幸のヒロインとして広く知られる事となった。
それに併せてテンカワ・アキト、ミスマル・ユリカを始めとしたボソンジャンプの被害者への人体実験にもスポットが当たるようになり
それに加担した火星の後継者やクリムゾン社への風当たりが更に酷くなっていった。
テンカワ・アキトもテロリストではあったが、被害者であり同情的な目で見られる事も多くなっていった。
文面から本当は駆け落ちなんじゃないか?という噂も流れたが、身体の一部が見つかっている為噂以上にはならなかった。

そして、葬儀があってから数日後、ある宙域で一つの戦艦がボソンジャンプしたのである。
それから更に数日後、ナデシコとナデシコBに乗艦していた者の所へ差出人不明の手紙が届いた。

─捕獲成功!
─離しません!
─幸せになります!

そんな意味合いの事が書かれていたそうである。



[19794] 天河くんの家庭の事情_05話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/10 22:31
アオは放心していた。
記憶の吸い出しが終わったのだが、人生を2時間で見た為にぼぉっと座っている。

『アオ、アオ』

目の前でウィンドウが揺れるが呆けた表情でただ追ってるだけだ。
オモイカネはどうしたものかと考えたが、思いついたように電球マークを表示させた。

『アオ、後ろでルリが呼んでますよ?』

それを目にした瞬間ビクッと身体が震えると、次第に目の照準があってきた。
そのまま、後ろを見る。
そこには『冗談です』と書かれたウィンドウがあった。

「...」

一瞬呆然とするが、そのままオモイカネを睨む。

『アオが一向に戻ってこないので、ちょっとした冗談で起こしてみました』
「そ、ごめんなさいね、寝ぼすけで~」
『編集はどんな感じにしますか?』
「え~っと、シェルターの所からユリカが助かるまでを抜粋して2時間くらいにまとめてくれると助かる」
『難しいですが、頑張ります。
所で、涙やら涎やらで酷い事になってるので顔を洗ってきた方がいいですよ?』

そう表示するとその下にアオの顔が映し出された。
思わずうわっと自分の顔にひいたアオはシャワーも浴びてくると言って出て行った。
それをオモイカネは『いってらっしゃ~い』と見送る。

「凄い疲れたな、人生をもう一回やった気分だな...」

そうごちるが、2時間で人生を追体験したのと変わらないのだからしょうがないだろう。
そして、思いついたようにオモイカネを呼ぶとルリとラピスへ繋げて貰った。

「あ、アオさん。大丈夫でしたか?」
「アオ、終わったの?」
「うん~。心配してくれてありがとう。今からシャワー浴びに行くよ」
「ご飯食べれそうですか?」
「うん、大丈夫。ただ、先にシャワー浴びるよ」
「はい、準備しておきます」

ウィンドウを切ると嫌な記憶を振り払うように背伸びをすると足早に部屋へと向かった。
部屋へ着くと挨拶もそこそこにシャワーを浴びる。
汗や涙、涎を流すだけなので数分で終わった。
シャワールームから出ると着替えを用意してくれていた。
今度は細身のスラックスに女性用のシャツだ。
ネルガルへ交渉に行く為に見繕ってくれたのだろう。

「服用意してくれてありがとうね、ルリちゃん」

部屋へ戻るとそう言ってにっこりと微笑んだ。

「いえ、それと凄い似合ってますよ」
「アオ、格好いい!」

155cmの身長で顔立ちは幼いが、身体は細身で引き締まり目や表情が顔立ちに似合わず落ち着いた大人の雰囲気をしているため、スーツが似合うのだ。
口々に褒められても自覚はないので、そんなもんかな?と身体を見まわす。
とりあえず感謝をすると、食事を用意してくれていたテーブルに座る。

「しっかり出来てるみたいだね、お味は食べてのお楽しみだね」
「私とルリで作った」
「ラピスが一杯手伝ってくれて助かりました。ちょっと、緊張しますが、沢山食べて下さい。」

食べて驚いたのが、自分の作る料理よりもホウメイの味に似ている事だった。
ちゃんとした手料理がほぼホウメイさんと自分だけなのだから自分に似るのはしょうがないとしても弟子の自分よりもホウメイに似ている事に疑問を感じた。

「ルリちゃん、ホウメイさんの味に似てるけどもしかして習ってた?」
「やっぱりわかりましたか。ホウメイさんからアオさんはもうアオさんの味が出来ていたけど私はまだ習いたてだから教えられたまま作ればいいと言われてたんです」

そこで疑問が解けた。
ルリは本当にそのまま作っているからこそ習ったホウメイの味に似ているんだという事。
そして、自分は自分独自の味が出来ていると褒められていた事にも嬉しかった。
それからは楽しげに会話をしながら食事が進む。
食事が終わると昨日は後片付け任せたからとアオが一人で後片付けをした。
それも終わり寛いでいると。

「アオさん、記憶の方どうでした?」
「ん?え~っとね、なんて言えばいいかな。
物凄いリアルな映画を見てた感じだったよ。
それも自分が覚えていない事まで出てきてびっくりした。」
「覚えてない事...ですか?」

ルリは興味が湧き尋ねた。
ラピスも同じく興味津々に聞いている。

「そう、アキトが火星で産まれた事は知ってるよね?
実は、生まれた場所が極冠遺跡研究所の中だった」
「「え!?」」

いきなりの発言に二人ともびっくりする。

「自分でもびっくりしたよ。極冠鉱山生まれとは知ってたけどまさか研究所だったとはね。
しかもね、物心ついて一人で留守番出来るようになるまでは研究所で育てられてたんだ。
両親に連れられて遺跡を間近で見た事もあったしペタペタ触ってたこともあったな。
他にも色々細かい事があったけど一番びっくりしたのがそれだった」
「アオさんって生まれた時から遺跡と関係していたんですね」
「そうみたいだね、なんかあれ見たら腐れ縁なんだな~って逆に親近感湧いちゃった」

遠い親友を思うような、そんな表情をアオはしていた。

「遺跡が腐れ縁ですか」
「うん、そんな感じ。映像の編集は頼んであるし、だいじょぶ。
オモイカネ、どう?」
『はい、あとは再確認してデータに読み込ませれば終わるので、1時間程で終わりますよ』
「流石オモイカネ♪」
『当然です!ついでにこんなのも作ってみました』

オモイカネのウィンドウが消えると突然照明が薄暗くなり、壁際に大きなウィンドウが出た。
オモイカネプレゼンツと表示された後に出てきた題名にアオは絶句し、ルリとラピスはアオに冷たい視線を送る。

『テンカワ・アキト女性遍歴』

そう表示されていたのである。
アオは咄嗟に立ち上がって止めさせようとしたが、両腕を掴まれていた。
そして...

「「逃がさない」」

そのまま凍るような視線に晒されながらの観賞会が始まった。
落とした女性が一人増える毎に抓られる。
それに加え「男性の友達はいないんですか?」とか「アキトは昔からアキトだったんだね」など嫌味を耳元で囁かれるのである。
そんなアオ曰く地獄の1時間が終わると。

『ご視聴ありがとうございました。それとデータ完成しました~!』

と表示が変わる。
そんな悪気の全くないオモイカネに対して

「覚えてろよ」

アオは恨みたっぷりに返した。
しかし、そんな事がアオに許されるはずもなく。

『ルリ!ラピス!このままだとアオにいじめられる!助けて!』
「な!ずるいぞオモイカネ!」
『助けてくれたら二人にプレゼントあげる!』
「それはモノによりますよ、オモイカネ?」
「うん、私達は安くない」
『わかった。アキトがルリとラピスを思い浮かべてxxxxしてる時の映像と考えてた内容の映像を合わせたデータだよ』

それを見た瞬間のアオは一瞬で真っ赤になり「オモイカネ!」と怒鳴るが、二人には敵わなかった。

「...アオさん?」
「...アオ」
「ぅ.....」
「あの、私を考えてって本当ですか?」
「私の事考えてたの?」

そう言って真っ赤になり見上げる二人に対して嘘ですとも言えず、本当と認めるのも恥ずかしく。
オモイカネのウィンドウを視線で殺せるくらいに睨みつける事しか出来なかった。
オモイカネの協力が不可欠だったためにしょうがなかったが記憶のデータを渡した時点でアオの運命は決まっていたのかもしれない。
その後も詰め寄られたアオは真っ赤な顔をして認め、「これ以上は生き地獄です勘弁して下さい」と土下座をして解放された。
ちなみにそのデータはアオに消されないよう、ルリ・ラピス・オモイカネ合作のプロテクトがかけられることになった。

それからオモイカネにデータを貰うと3人でお土産のお菓子を作った。
シュークリームとチーズケーキを焼いて包む。
資料を入れたビジネスバッグを右手に、ケーキを入れた籠を左手に持つ。
準備が出来ると、オモイカネを呼んでネルガルの会長室へ音声のみで繋いで貰う。

「やぁ、君が誰だか知らないけど何の用だい?」
「初めまして、先日そちらの非合法研究所を襲ってIFS強化体質実験被験者を一人誘拐した後にホシノ・ルリを誘拐したものです。
要件は、アカツキ・ナガレ、貴方と交渉をしたい」

息を呑む音がして数瞬沈黙したが、すぐに返答が帰って来た。

「そうかい、それでうちに何を求める?」
「...そうですね、電話越しではやり辛いので、直接そちらに伺ってもいいですか?」
「あぁ、わかった。いつにする?」
「こちらで指定してもいいので?」
「構わないよ、いつでもいい」
「そうですね、5分後にそちらへ行きます。エリナ女史とプロス氏、ゴート氏も呼んでおいて下さい」
「...どういう事だ?」
「すぐわかりますよ。お願いします」

そこまで言うと一方的に通話を切った。
ふぅ...と息をつくとラピスが抱き締めてきた。
アオは安心させるように頭を撫で、そのまま二人に挨拶をする。

「さて、いってくるね。明日の火星会戦が終わった後で戻る事になるからそれまでよろしくね」
「くれぐれもお気をつけて、アオさん」
「いってらっしゃい」

挨拶が終わるとルリに口づけをして、ラピスの頭をわしわしと撫でる。
そのまま目を閉じると会長室のイメージを浮かべる。
ベルトに偽装したジャンプユニットが稼働し、身体中にナノマシンの軌跡が浮き上がる。
イメージが終わると、目を開き、二人に向かって手を振った。
二人が振り返すのを見たアオは呟いた。

「ジャンプ」

その頃ネルガルの会長室は慌ただしい事になっていた。

「会長、いきなり来るなんてどういう事ですか!」
「それをボクに言われてもねぇ。先方が来るってもんを止められないしね」
「そういう問題ですか!」
「そういう問題だろう?」
「大体なんでそういう話になるんですか!」
「それはさっき説明したと思うけど?」
「あんなのは説明と言いません!」

横で会話を見てた会長秘書であるエリナ・キンジョウ・ウォンが話を聞いた時からずっとこんな感じである。
その時、会長室入口のカウンターからコールがかかった。
それを聞いたエリナは居住まいを正した。

「はいはい?」
「プロスペクター、ゴート・ホーリの両名が参りました」
「はい、入れていいよ」
「かしこまりました」

それからすぐに会長室がノックされる。

「聞いてるからそのまま入っていいよ~」

そうアカツキが答える。
そして、扉が開かれた時に丁度アカツキが座っている机の前に光が現れ始めた。
それが始めるとアカツキ、エリナそして入ろうとしたプロス、ゴートも動きが止まる。
その数瞬後には10代半ばに見える少女、アオが現れていた。
現れたアオがゆっくり目を開くとそこには金色の眼があった。
そして正面に座るアカツキと目が合うと、その目がにっと笑った。

「よっ、アカツキ。あ、こっちじゃ初めましてになるか」

と彼女以外には訳が分からない事を言い出した。
だが、余りの出来ごとに頭が動かないのか4人とも全く動かない。
それを見て困ったような表情を浮かべる。

「お~い、アカツキ~?生きてる~?こら~、アカツキ~。大関スケコマシ~。昼行燈~。さっさと起きろ~」

そこまで言うとアカツキは頭を振って息を整える。

「えっと、君はボクを知ってるようだけど、ボクは君を知らない。誰なんだい?」
「自己紹介したいんだけど、アカツキ以外動かないからどうしようもない。お土産にケーキも持って来たんだけど...」

そう返されて周りを見渡すと納得したようにため息をついた。

「わかった、応接室へ案内しよう。」

そう言うとアカツキがアオを応接室へエスコートする。
紅茶まで入れて出すと「3人を呼んでくるから少し待っててくれ」と3人を呼びに行く。
アオはその後ろ姿を眺めていたが、「秘書の仕事なはずなんだけどな」とごちているアカツキを見て苦笑していた。
しばらくするとエリナが戻ってきたのかわめいていたが、たしなめられてすぐに黙った。
それから数分経ち、4人が連れだって部屋に入ってきた。
4人共に目線はかなり厳しく、一挙手一投足見逃さないようにしている。
テーブルの向かいの席にアカツキが座ると、その後ろへエリナ、ゴートはアオの後ろ、プロスはテーブルの横に立っていた。

「改めて自己紹介といこうか」
「そうですね。初めまして、テンカワ・アオと申します。
火星の研究所で18年前に非合法で生まれたIFS強化体質者です。
ちなみに、基にされた受精卵の提供者はテンカワ夫妻、火星極冠遺跡で研究をしていた研究者です」

そこまで言うと、アカツキ、エリナ、プロスの目が見開いた。

「...その証拠はあるのかい?」
「はい、この書類です。DNA検査して貰ってもいいですよ?」

アカツキはさっと書類に目を通すとプロスにも目を通して貰う。

「そうですなぁ。流し読みではありますが、データには不備がないように思います」
「そうかい。それで、今日は交渉が目的と言っていたが、その前に一つ尋ねていいかい?」
「はい、現れた時の事ですね。あれはご想像通りボソンジャンプですよ」

それを聞いて納得したような表情のアカツキとプロス、ゴートは表情が変わらないが、エリナは目線が更にきつくなる。

「何故というのは後にしようか。それで、うちに何を求める?」
「その前に、ホシノ・ルリとIFS強化体質実験被験者を誘拐した件申し訳ありませんでした。理由については後ほどお話します。」
「...ふむ。といっても君がやったという証拠もない訳だしね。こちらには確かめようがないが?」
「それでもやった事はやった事なので、それとそちらの質問に答えたのでこちらも質問を、彼女以外の実験者はどうなりました?」
「エリナ君?」
「はい、それについては私から説明します。彼女たちは我が社の病院で保護してあります。
助け出されてから日にちも経ってないので体調が整うまでは病院にいる事になりますわ」
「ありがとうございます。彼女達、水を怖がると思うので注意してあげてください」

そういうと、アオは座ったままぺこりと頭を下げた。
その行動に拍子抜けしたのか一瞬ぽかんとするエリナだったが、気を引き締めると硬い表情に戻した。

「まずですね、私としてネルガルに対して何か求めようとは考えてません」

その言動が明らかに矛盾しているので4人共怪訝な表情を浮かべる。

「それは、どういう事だい?矛盾してるじゃないか」
「矛盾していませんよ、アカツキさん。私は電話で言った言葉覚えてらっしゃいますか?」

そう言われて思い返すと浮かんできたのは『アカツキ・ナガレ、貴方と交渉をしたい』という言葉。

「...ボクと?」
「そうです、アカツキ・ナガレと交渉がしたいのです。申し訳ありませんが、私はネルガルという企業は信用していません。
ですが、アカツキ・ナガレという男の事は信じています」

その言葉を聞くとアカツキはスッと目を細めた。真意を測りきれないからだ。
今までの経験則からは、嘘をついているという印象が全くない。だからといってこんな事を言われる覚えもない。
そんな内面の葛藤がわかるのか、アオはアカツキの目を見てくすりと笑った。

「いくら考えても今は答えが出ないと思います。
なので、まずはこちらの要望をお伝えしますね」
「.....わかった。聞こう」
「ありがとうございます。
まず最初は、誘拐しておいてなんなのですが私とホシノ・ルリ、そしてIFS強化体質実験被験者の保護をお願いします。
そして二つ目は、こちらが考える計画に協力して頂きたいという事です。
何故貴方にそれを頼むかの理由となる物もちゃんと持ってきてあります」
「...ふむ。エリナ君はどう考える?」
「率直に申し上げますと明らかに危険ですわ。ですが、彼女が生体ボソンジャンプをした事実を考えるとこちらの手の届く所に置いておくのがいいと考えられます」
「プロス君?」
「そうですなぁ、ボソンジャンプが実質どこにでもいけるならこちらの陣営に欲しいですなぁ。敵に回られたら何処にいても防ぎようがありませんな」
「ゴート君?」
「私もミスターと同意見です。危険だからこそ敵には渡せない」
「うん、ボクもおおむね同意見。そこで、アオ君と言ったね。君はうちにどんな利益を持ってきてくれるんだい?」
「それは、企業として?それともアカツキ・ナガレとしてですか?」
「ふむ、難しいね。ボクはアカツキ・ナガレでもあるし、ネルガル会長でもある訳だ。
...そうだね、ネルガル会長アカツキ・ナガレとして...これじゃ駄目かい?」
「...わかりました。
こちらが出せる情報としてはボソンジャンプの原理、条件、方法とチューリップクリスタルを資料として。
遺跡の研究データ。
遺跡ナノマシンの資料とデータ。
そして社長派の全データ。
これらをお渡し出来ます。」
「...君はそれ程のデータをどこから手に入れたか聞いてもいいかい?」
「それについては後でお話しします」
「...まだ話せないという事ね」

そう言うとアカツキは目の前の少女を観察する。
先ほどから感じている不可解さの答えが全くわからないのだ。
会った事などないはずなのに既知のような振る舞いをする。
自分だけではなく、エリナ、プロス、ゴートを見る目つきもそうだ。
そして今この部屋では一般人では耐えられないような重圧になっているだろうにも関わらず平然として話をしている。
研究所で18年間過ごして対人の免疫など皆無だろうに交渉でさえしてみせる。
かなり危険だとは考えられるが、何故か自分の直観は危険だと思っていない。
そしてアカツキ・ナガレという自分と交渉に来たと言い切る彼女自身にも面白みを感じていた。
そこまで考え、ふと彼女の事が気に入ってしまったらしい自分に苦笑した。

「...わかったよ。これ以上考えても答えは出ない。君に協力する事にしよう」

その答えを聞いた瞬間安心したようにほうと息をつくとにっこりと笑いぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます」
「いいよ、かしこまらなくて。ボクとの交渉なんだ、それは必要ない」

アカツキはそう返すとアオの頭を上げさせ、握手をする。
そしてお互いよろしくと伝えあう。

「さて、アカツキさんはどうして私が4人の事を知ってるか疑問に思ってるでしょうが、その答えをお教えする前に...」

アオは持ってきた籠をアカツキに差し出す。

「チーズケーキとシュークリームを作ってきたので小休止入れさせて下さい。これからちょっと長くなるんです」

それを見たアカツキは一瞬キョトンとするが、おかしそうに笑うとエリナに寄りわけるよう頼む。
エリナが戻ってくるまで、どんな料理をするのかなど他愛もない話をする。
エリナが戻ってくると、アカツキは左隣にエリナを、右隣にプロスを座らせた。
ゴートは席がないからと立っていようとしたが、客であるアオから隣いいですよと言われ、アカツキからも彼女が言ってるからと半ば強制的に座らされてしまった。
4人は一口食べると余りの美味しさに口々に賞賛をあげる。
それに対してアオは照れながら感謝を返していく。
それからはまた食べながら料理などの談笑が続いた。
みんなが食べ終わり、一息つくと改めてアオが切り出した。

「こちらのディスクにある映像データが入ってます。
内容としてはある男の記憶になり、大体2時間くらいでまとめてあります。
見て頂いて色々疑問に思うでしょうが、ひとまずそういう物だと考えるようにしてまずはただ見て貰えればいいです」
「ふむ、それはいいけど、変な洗脳とかされない?」
「そんな無駄な事しませんよ。作るのに結構苦労しましたしね。とりあえず見て貰えればいいですよ。
あ、あとエリナさんは見るのに辛い場面があると思うのでその時は余り無理しないようにして下さい」
「?え、えぇ、わかったわ」

突然呼ばれたエリナはとりあえず頷いた。
そして、アカツキは映像データを流し始める。
今回はオモイカネプレゼンツといった変に凝ったものは入れなかったようだ。
火星のシェルターから始まり、チューリップの落下、アイとの出会いそしてボソンジャンプ。
地球での暮らし、ユリカとの出会い、ナデシコへの乗艦、成り行きでの出撃。
火星への道中、火星での出会い、別れ、チューリップでのジャンプ。
地球への帰還、8ヶ月の経過、アカツキとエリナとの出会い。
地球での日々、木蓮人との遭遇、和平への旅。
火星への旅路、草壁の謀略、そして火星極冠遺跡の奪取。
地球に帰ってのナデシコ長屋の生活。
ユリカ、ルリとの生活。
結婚。
誘拐。実験体としての日々。
月臣・プロス・ゴートらによる救出。訓練。
自身のテロ。
火星の後継者のクーデター。
ユリカの救出。

それらがすべて終わった時、アカツキ、プロス、ゴートは苦み切った顔を、エリナはうずくまって嗚咽していた。
しばらくすると厳しい顔をしたアカツキがアオを見据えて尋ねた。

「...もしかして、君は」
「はい、この本人である未来でのテンカワ・アキトです。これは私の記憶から引き出しました」
「...そうかい。エリナ君...は無理だね。すまいない、プロス君水を持ってきてくれないかい?」
「はい、かしこまりました」

それからしばらく重い沈黙のまま時間が過ぎた。
アカツキはエリナが落ち着きを取り戻したのを見ると、切りだした。

「とても信じられないが、あれは作り物にしては出来が良すぎるし趣味が悪すぎるから疑う余地がない。
それで、君がボクに求める協力を聞こうかな」
「はい、それに答える前にまずホシノ・ルリとIFS強化体質実験者の2名を誘拐した理由をお話します。
彼女たちは私と一緒に未来からボソンジャンプしてきました。
それぞれに未来の彼女たちの魂というべき物が入ったために記憶なども間違いなく未来の物です」
「だからこそ、君たち3人の保護を頼んだ訳だね」
「えぇ、そうなります。そして、アカツキさんに頼みたい事は今見て頂いた歴史を変える事に協力して欲しいんです」
「ふむ...そうだね言葉は悪いがあんな下種が作り出したような歴史はこちらとしても胸糞が悪い。
変えられるなら変えたいが、それは大丈夫なのかい?」
「私達が来ている時点で既に歴史は変わっていますし、もし何か揺り返しが来るとしてもそれで苦労するのは主に私達3人です。
そちらへ迷惑はかからないようにするので安心して下さい。
ただ、会社の全株を売りに出したとかそういうヘマをうちのせいにされても困っちゃいますけどね」
「それを聞いて安心した。それならこちらに断る理由は特にないな」
「ありがとうございます。それで、さしあたってのお願いがあるんですが」
「ん、なんだい?」
「私達の戸籍です。それと住む場所後はちょっとややこしいお願いもあります」
「...そうか、プロス君お願いできるかな?」
「かしこまりました。え~、では、アオさん...でしたな。ご希望はありますか?」

プロスが答えると何処から出したのかメモ帳とペンを用意する。
相変わらずだなぁと苦笑すると答えていく。

「まず、私とルリちゃん・ラピスの3人共に親権をネルガルへ移譲して下さい。
次に私は遺伝子としてテンカワ・アキトの姉妹になります。精神年齢は私の方が高いので私を姉に。
ルリちゃんとは別の子、名前はラピス・ラズリと言うんですが彼女はルリちゃんの単相クローンになるので、彼女の妹にして下さい。
住居は3人で住めてキッチンが広ければなんでもいいですよ?」
「ふむふむ、了解しました。戸籍の件も住居の件も今日中にご用意出来ますな。住居へ住まわれるのは何時からになさいますか?」
「えっと、まだ少しやる事があるので、明日からにします」
「かしこまりました。しっかりとご用意させて頂きますよ」
「あと、この口座なんですけど、逃げてきた所の所長が社長派の手を借りたのか両親のパテントやら資産を根こそぎくすねてたのよ。
それで、こっちに来る際に口座のデータ改竄してネルガル系列の銀行にお金集めてあるんだけどパテントも含めて後の手続きお願いしてもいいですか?」
「それは私の一存ではどうにもなりませんな...会長どうされますか?」
「いいんじゃないか?彼女の事だから改竄の痕跡残すような事もないだろうし問題が内容にしておいてくれ。
特許の件についてもこちらでやっておくよ」
「という事ですが、よろしいですかな?」
「はい、お手数おかけします」
「いえいえ、テンカワご夫妻には私もお世話になりましたからね。せめてもの恩返しですよ」

そう伝えるとアカツキに目線を返す。
目線を受けたアカツキは話を進める。

「さて、後こちらが出来る事は?」
「そうですね、こちらの件もいくつかあります。
まずは、ボソンジャンプの人体実験の停止とボソン通信技術、及びに無機物のボソン技術の確立です。
これは火星生まれしか出来ない事と未来で使われている人工的なジャンパー化のナノマシンデータと実験データを持ってきてあるからです。
ボソン通信と無機物のボソン技術についてはこちらの都合ですがで早期に使いたい事があります。
技術の詳細と実機のデータをお渡しするので、チューリップクリスタルを使用すればすぐ制作が可能になると思います。

そして、非合法に続いているIFS強化体質実験の停止と被害者の保護。
これはネルガル自体にマイナスですし、隠れて行っている社長派のデータも今日持ってきてあります。

次に私が今乗っている戦艦、ユーチャリスに搭載しているバッタとコバッタという無人機があります。
バッタについては主に兵器、コバッタについては汎用性が凄い高くて土木や建築、建造や修理などの作業用になります。
後ほど詳細なデータと実機として1台ずつお持ちしますので、それを量産出来るようにして欲しいんです。
これもこちらで必要になるので早期に量産体制を整えて欲しいのですが、木星側が使用しているのと同じ形なので外見はちょっと変えた方がいいかもしれません。

ボソン通信のユニットやバッタ、コバッタの資金はさっき頼んだ口座のお金が使えます。
エステが2-3台買える金額が入ってたのである程度はなんとかなると思います。

続いて、私達が火星で隕石の情報をリークした結果こちらへ避難してきている6万人程の人達の保護。
これはジャンパー可能者の確認が容易になる事。そして、火星への生存者探索に協力して貰うとなればナデシコ関係の研究・開発・建造に協力してくれるからです。

後は、スキャパレリプロジェクトでの設計の変更ですね。
ただ、これは下手に余所に流れたり、最初から全開で動くと敵さんが頑張って開発速度が上がるのでかなり厳しく隠さなきゃなりません。
ひとまず、これくらいですね」

アオはアカツキにして欲しい事をあげていく。
どれもかなりの機密にかかわることばかりなので、不用意な事は出来ない。
アカツキは少しの間考えをまとめると、それぞれの事に関わっている者へ確認していく。

「ふむ...ボソンジャンプについては、エリナ君?」
「えぇ、今までやってきた事が全て無駄になったのはショックですが、データがあるなら問題ありません。データの正しさは映像を見れば一目瞭然ですからね。
ボソン通信と無機物のボソン技術に関しては了解したわ。そちらの技術を先に確立させるように指示します」

エリナはそう答えると、火星の後継者が行った人体実験の内容を思い出し、苦々しい顔をする。

「非合法なIFS強化体質者研究被害者の保護についてはこちらとしても願ったりだよ。
その上社長派を潰せるデータがあるならなおさら文句をつけようがない。
これについては、プロス君とゴート君頼むよ?」
「はい、承知しました。すぐに事に当たらせて貰いますよ」
「了解」

「それとバッタとコバッタだっけ?特にコバッタの方がそんなに汎用性高いならうちで商品化含めて検討してみるよ。
量産整えたらすぐ伝える事にしよう。それと資金についてだが、未来でうちが作ったとしてもこちらへの提供者は君だ。
パテントは君にあるんだし、後々うちはそれを使って儲けさせて貰う、だからそんな事は全く気にしてくれなくていいよ」
「ありがとうございます」

「次は避難者の保護なんだが、隕石の情報が流れてきて火星全域で避難が開始されたっていうのも君が原因だったのかい?」
「えぇ、木星からの侵略だなんて誰も信じませんからね。もっともらしい事をでっちあげて流したんです。
下手な学者からも文句が出ないようなレポートを流してやりました。でも、本当なら知ってる貴方や政府、軍の方がしないといけないんですよ?」
「これは、耳が痛いね。それについてもわかったよ」

そこまで確認すると一度言葉を切る。
またしばし、考えを巡らせたアカツキは答えていく。スキャパレリプロジェクトは2090年から動き出していているのだ。
木星が攻めてきている今の状況で今更仕様を変更して、それが原因で遅れが出てしまうとネルガルとしては大きな痛手になるのだ。

「スキャパレリプロジェクトは結構難しいんだよね。もう知ってるんだろうけどプロジェクト自体は2090年に動き出している。
その稼働実験の目処がようやくついた所なんだよ。そこへ改良とはいえ新しい技術が入ってくると大幅に遅れの出る可能性がある」
「それについては私の持ってるデータは実質稼働していた物ですし、稼働実験のデータも含まれています。
なので、実験を踏襲すればいいだけなのでかなり工程は短縮出来ると思います」
「プロス君、どうだい?」
「本当にギリギリでしょうな。期間内に終わる可能性は、避難して来た方にうまく頼んでプロジェクトに参加して頂いた状態で7割程度でしょうな」

このプロジェクトこそ失敗なんて事は許されない。
まさに会社上げてのプロジェクトであり、相当につぎ込んでいるからだ。

「アオ君、君が監修をしてくれるなら考えようじゃないか」
「元々そのつもりです。データを作っているのは主にルリちゃんとラピスですし、二人にも監修に加わって貰います」
「よし、それで決まりといこう」

アカツキの言葉にアオは安堵する。
そこでようやく笑顔が戻ってきた。

「よかったです。今日私からお話す事は以上です」
「わかった。それじゃあ、データを頂いてもいいかな?」
「はい。あ、ナデシコのデータはまだルリちゃん達が頑張ってるので明日か明後日になりますよ」
「それくらいなら構わないよ」

そう言うと約束通りデータを渡していく。
データを渡し終わった後は一度ユーチャリスへ戻ってバッタとコバッタも連れてきた。

「へぇ、こんな感じになってるのかい」
「えぇ、OSはうちのルリちゃんとラピスが弄り倒した特注品で凄い事になってますよ。
特にコバッタは船の修理修繕全てまかなってたので水回りから宇宙空間での作業までなんでも出来ます。
飛べるし、自動で位置把握もしますからペットや老人の移動用としても使えるかもしれない」
「それはまた...ほんとに汎用性高そうだな」

その使い勝手のよさにアカツキは半ば呆れていた。

「とりあえずこれで全部だと思います、変な使い方したら怒りますからね?」
「わかってるさ。女性との約束は破らないよ」

そういうと歯を光らす。
それを見たアオはキョトンとする。

「中身が元男って知ってよくそういう事が言えるね。感心しちゃった」
「雰囲気、喋り方、それに君も今言っただろう?"元"男だって、ボクは女性の過去にはこだわらないからね。
君は頭がいい。それに立場にこだわらない。そして料理もうまいし、何より綺麗だ。
そんな君が元男性だろうと何も問題はないよ」
「凄いね。流石大関スケコマシだわ」

それを見ていたエリナは呆れたような目でアカツキを見ていた。
プロスとゴートは相変わらずといったように笑っている。

「それで、これから君はどうするんだい?時間があるなら食事にでも誘いたいが...」
「ん~、アカツキの薦めるお店なら美味しいから行きたいけど、またにするわ。
弟、アキトの様子を見に行かないといけないから」
「そうかい、どちらにしろ部屋の手続きがあるから明日会えるしまたの機会にするよ」
「そうして下さい」
「あぁ、アオ君。ボクの事はナガレでいい」
「ほぇ?」
「君の事が気に入った。だからナガレでいい」
「わかったよ、ナガレ。といっても私も親友だとは思ってたから問題ないよ」

アオは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに笑顔で返す。
しかし、ここまで聞いての親友発言である。
鈍感な度合いは全く変わらないらしい。
アカツキも親友発言にはショックだったのか少し哀しそうだった。

「まぁ、ちょくちょくお土産持って遊びに来るよ」
「あぁ、期待してるよ」
「エリナもプロスさんもゴートさんも、また来ます」
「えぇ、次は後の二人も連れてらっしゃいな」
「楽しみにしてますよ」
「あぁ」

4人へ別れを言うと、すっと目を瞑ったアオは火星へのイメージを固める。
次第に身体中にナノマシンの軌跡が現れ綺麗な黒髪が漂いだす。
それを見た4人は始めて見るジャンプをする光景におぉ...と感嘆する。
イメージが固まると目を開き、手を振った。

「それじゃ、また明日来ます。...ジャンプ」

そして4人の眼前からアオが消える。

「いやぁ、今日は有意義な日だね」
「色々驚きすぎて、疲れたわ」
「それにしてもエリナ君、今日は静かだったじゃないか?」
「交渉事に首を突っ込むような馬鹿じゃないわ。そこについては信頼してますから」
「お、嬉しい事いうねぇ。ほんとに珍しい」

アカツキはエリナを見ながらニヤニヤとしている。
そんな二人のやり取りを見ながら、顎に手をやって物思いに耽っていたプロスが口を開いた。

「しかし、会長。いい子でしたな。あれだけの過去にも関わらずあれだけ明るいとは...」
「そうだね、まさにいい子だ。それに利己的にもならず、自己犠牲が激しい訳でもない。希有だよ彼女は。」
「...惚れたの?」
「気になる存在って所だね。じっくりと育てるさ」

そう言って、アカツキが会長室へ戻っていくと、それに併せて3人もそれぞれの仕事へ戻っていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_06話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:55
ユートピアコロニーへとジャンプアウトしたアオの目の前に広がっていたのは無人の街だった。

「うわぁ...本当に誰もいなくなってる」

自分達で避難するように仕向けたが、記憶の中とのギャップに思わず呆然としたが気を取り直すとコミュニケでオモイカネを呼びアキトがいるシェルターの場所を聞いた。
アオのコミュニケにすぐ地図が表示され、それに沿って進んでいった。
地図に導かれるまま地下3階まで下り、しばらく進むと目の前に大きな隔壁が見えた。
隔壁の前に到着し中と連絡が取れる物がないか辺りを見回すと、右手の壁に申し訳程度にインターホンが設置されていた。
しばらくすると、インターホンから男の声が流れてくる。

「誰だ?」
「あの、人とはぐれちゃって。すいません、入れて貰える事出来ますか?」
「そうか、すぐ開けるから少し待ってなさい」

聞こえたのが少女の声だったのに安心したのかすぐに声色が和らぐ。
両開きの引き戸になっている隔壁は一度ガゴンッと大きな音がした後は静かに開いていった。

「お待たせ」
「ありがとうございます」
「火星全域避難がかかってるのに出歩いてちゃ駄目じゃないか」
「すいません」

中から銃を持った兵士が顔を出し、中へ入れてくれた。
そしてこつんと頭を小突かれて叱られてしまった。

「いいよ、この際しょうがない。それで、人とはぐれたんだっけ?」
「あ、はい。テンカワ・アキトというのですが、ここに居ますか?」
「少し待っててね、今調べるから。おい!」

兵士が近くにいた別の兵士を呼ぶとアキトがここに来てないか調べるように命令する。
すぐに命令された兵士はどこかへ走っていくと、すぐに戻ってきた。

「報告します。このシェルターへ避難している中にいます」
「ご苦労。だそうだよ、お嬢さん。よかったね」
「ありがとうございます」

兵士がにっこりと笑って頭を撫でたので、アオも笑顔でお辞儀を返す。

「あ、お嬢さん中へ行く前に、名前をお願いできるかな?決まりなんだ」
「はい、テンカワ・アオと申します」
「ん、妹さんか...いいよ、後は大丈夫」

何やら勘違いしているが、変に弁解するのも面倒なのでそのままにした。
改めてお辞儀をすると中へ入っていく。
キョロキョロと中を見渡すとすぐにアキトは見つかった、うまくアイと知り合えたようだ。

「あの、すいません。テンカワ・アキトさんですか?」
「え?...はい、そうですけど。どちら様ですか?」

近くへ寄り名前を呼ぶとアキトがこちらを見る。
思ってもみない程綺麗な女の子だったため、少し呆けた顔をしながら肯定した。
それを見たアイは少しむくれながらアオを睨む。
アイの母はアオを見ると目を見開いき、どうして?といった顔をしている。

「えっと、テンカワ・アオと申します。少しお話したいのですがお邪魔しても構いませんか?」
「あ、ボクは構いませんが...マナカさんとアイちゃんは大丈夫ですか?」
「え、はい。私も構いません。アイも大丈夫よね?」

アイは渋々といった様子で頷く。
それにありがとうございますと礼をいい、アイの母とアキトの間に座った。

「自己紹介させて頂く前に、あの...マナカさんっと仰いました?マナカさんは私の事ご存じなんですか?」

先ほどアキトが呼んでいた名前でアイの母を呼び、先ほどの表情について聞いた。

「すいません、アオさんの目に吃驚してしまったもので。失礼しました」
「いえ、納得出来ました。それも併せてご説明します」
「ですが、私達も聞いていいのでしょうか?」

マナカは少し顔を曇らす、IFS強化体質について知っているならその内容も察しがつく為だ。
だが、アキトもアイもきょとんとした表情で二人の会話を見守っているだけだ。

「大丈夫です。逆に知っているからがいるなら説明しやすいのでお手間じゃなければお願いします」

そう答えると、自己紹介を始める。

「改めましてテンカワ・アオと申します」
「テンカワ・アキトです」
「私はツキノ・マナカと申します。この子はツキノ・アイ」

お互いにお辞儀をしあう。
ふっと一息つき、アオが話し始める。

「さて、私が何故テンカワと申しているかというと」

そこで一度区切るとアキトと目線を合わせる。

「アキトさん、貴方の姉妹だからです」
「え!?」
「信じられないかも知れませんが、本当です。ちなみに、両親でさえ私の事は知らなかったでしょうからアキトさんが知らなくてもしょうがありません」
「な...」

余りの事に絶句してしまう。マナカも顔を曇らせ悲しそうな目をして横にいるアイを抱き締めるようにしている。

「あの、そうなると貴女は...公ではない...?」
「はい、そうです」

マナカが尋ねるとそれを肯定する。
それを受けたマナカは、そうですか...と力なく返した。
しばらく俯いていたがやがてアオの方へ顔を上げると切りだした。

「アオさん、私から少しアキトさんに説明してもいいですか?
他人からの方が信憑性があると思います」
「あ、はい、お願いします。」
「では、アキトさん。少し私からご説明します。
私は大学で医療用ナノマシン関係の研究を行っていて、教鞭も取っています。
私は彼女自身の事は知りませんが、彼女がIFS強化体質者である事はわかります」
「IFS強化体質?」

アキトは聞き覚えのない単語に首を傾げる。

「はい、そうです。アキトさんもIFS持ってますよね?」
「えぇ、色々と便利ですから」
「そのIFSがどういう物かわかりますか?」
「えっと、自分のイメージを機械に伝えて考えた通りに動かせるようにする為に補助をする...」
「はい、そうです。彼女達IFS強化体質者はそのIFSの機能や脳の処理能力自体を底上げする為に受精卵の頃から遺伝子処理を施されています。
目的は運転だけではなく大規模なAIやシステムの運用をする為です」
「な!!それって、改造...」
「もちろん、今は禁止されています。そして公にはIFS強化体質者は世界に一人だけです」
「なら、何故?」

その問いに答えを返したのはアオだった。

「だから、公ではないの。非合法な研究所で私は生まれたのよ。」
「...」

アキトはやるせない怒りに手を握り締め震わせていた。
何の意思もない子供に大人の都合で遺伝子処理を行っている。
そして全てが成功する訳ではない事も大体分かるのだ。
成功していない子供がどうなるかなどおおよその見当がつく。

「アキト。私の事で怒らないで。
それで、なんで私とアキトの両親が一緒なのかって事なんだけど、その研究所長が両親の研究を妬んでいたようなの。
不妊症だった両親が貴方を授かる為に体外受精をしたんだけど、その時に私の受精卵を持ち出してIFS強化体質の実験体にしたのよ。
その上両親共にテロで亡くなってしまった時、そのどさくさに紛れて研究資料やデータをごっそりと盗み出し自分で研究していたの」
「そんな...」
「酷い...」

アキトとマナカは沈痛な面持ちで話を聞く。
アイは真剣な話だとはわかるのだが、理解し切れないのか首を傾げていた。

「まぁ、漫画の様な話しですけど、本当なんです。
でも、今となってはあの研究所長にも感謝しているんですよ?」

突拍子もない言葉にアキトとマナカは驚いた。
それもそうだろう、ただの妬みの為だけに自分が受精卵だった頃に持ち去り遺伝子処理をした張本人なのだ。
恨み事ならまだしも感謝をするなんて被害者の言葉とは思えなかった。

「だって、どうしようもない人間だったのでしょうけど、あれがいなければ私はこの世にいなかった。
それにこうしてアキトやマナカさん、アイちゃんとも会う事が出来なかったから」

アイは頭を撫でられて嬉しそうに笑っている。
アキトとマナカも少し安心したように微笑んだ。

「でも、アオ...ちゃん?どうやって抜け出してきたの?」
「アキト。待って」

アオちゃん発言にアオは思い切り眉を顰めアキトを止める。
アキトは何故止められたかわからなかったが、その剣幕に押し留まる。

「いい?見た目はこれだけど18歳です。私の方が年上です。お姉ちゃんです。お姉ちゃんって呼びなさい」
「はっ!?」
「えっ!?」
「年上!?」

見た目中学入るかくらいの歳にしか見えない女の子にお姉ちゃんですと言われて信じられる訳がない。

「いや、でも...」
「見た目は関係ないの。これは事実です。今度しっかりとしたデータを見せてあげますから安心なさい。
だから、お姉ちゃん♪って呼びなさい。ほら、早く」
「あ、あの...」
「ほら、お姉ちゃん」
「くっ.....」
「おね~ちゃ~ん!」

しかし、そう言ってアオに飛び込んだのはアイだった。

「わ!アイちゃん?」
「アオお姉さんはお兄ちゃんのお姉さんなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃぁ!じゃぁ!私がお兄ちゃんのお嫁さんになったら私のお姉ちゃんになるんだよね?」
「うん、そうなるね」
「それなら、お姉ちゃんだ♪」

そう言ってアイは力一杯抱き締めた。
その様子をマナカはクスクスと笑いながら見ている。
アオはアイの髪を撫でながらアキトを半目で見ている。

「アイちゃんの方がちゃんとしてるんですが、アキト?」
「ぐっ.....ね、姉さんでは駄目ですか?」
「.....ま、いいでしょう。少しずつ洗脳すればいい訳ですから。
それで、どうやって抜け出してきたかだったわね。
それは、今の状況があるからなんです」
「今の状況?」
「そ、火星全域避難。研究所の人も全員シェルターに避難したからね。ゆっくりと逃げてきた訳。
IFS使えば研究所のシステム掌握もすぐに出来たからね」
「へぇ~...」
「そんな事まで出来るんですね」

本当は全員惨殺して研究所ごとの爆破だったが、それをわざわざばらす必要もない。
アオはそこでアイに少し離れて貰うと、居住まいを正しアキトに対し三つ指をたてる。

「ぽっと出のお姉ちゃんで戸惑うかもしれませんが末長くよろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそお願いします」

突然豹変したアオの余りに所作が整った挨拶にアキトは驚きしどろもどろに返すしかなかった。
それを眺めていたマナカがアオに問いかける。

「なんか、アオさんって凄いしっかりしてますし、色々な知識がありますけどどうしてですか?」
「IFS学習という物がありまして、IFS経由で知識をインストールしていくんですよ。
研究員の中に変態さんがいまして、ハッキングからスポーツ、学問、料理に至るまで色々と...」
「便利ですねぇ...」
「普通の人がやってもそんなに意味ないですよ。IFS強化体質で一度覚えた事は忘れませんから成り立つ物ですね」
「お姉ちゃん、勉強しなくても大丈夫なの?」
「アイちゃんそういう訳じゃないの。知ってるのと出来る事は違うし本当の意味で識るのも違うからね、どちらにしろやってみないと身にならないの」

アイはわかったようなわからないような顔をしていた。
アキトとマナカはそういうものなのかと妙に納得した顔をしている。

「なんにせよ、ここに来れてよかったです。あの研究員私を嫁にする計画建ててましたからね。危なかった」

それを聞くと3人共苦い顔をした。
それからは4人で食事をしたり、ゲームを楽しんだり、それぞれの話しを聞いたりと楽しい時間が過ぎた。
そして夜、アイは「お姉ちゃんと寝る~♪」とはしゃいで、アオに添い寝して貰う事になった。
アオがアイをぎゅ~っと抱き締めたまま寝転がると二人ともすぐに寝息を立て始めた。
それを微笑ましそうに見ていた二人だった。

「よかったですね、お姉さん」
「まだ実感ないですけどね」
「しょうがありません。でもとてもいい方じゃないですか」
「はい、両親がなくなり天涯孤独だとずっと思ってました。
でも、突然だけど姉がいた...」
「少しずつ本当の家族になればいいんですよ」
「...ありがとうございます、マナカさん」

二人を起こさないように小さい声で話しをするアキトとマナカの声色はこれ以上ないくらい優しいものだった。

「アイもあんなに喜んで、夫が亡くなってから寂しがってましたから...」
「ボクでよければここを出てからも付き合いますよ」

寂しそげに言うマナカにアキトは思わずそう答えた。

「ありがとうございます。アキトさん...」
「いえ、そんな...」
「...ね、アキトさん?」
「はい?」

マナカがそう呼ぶと、すっとアキトに身体を寄せ、手を重ねる。

「...本当は私も、寂しがってるんですよ?」

艶っぽい声と潤んだ瞳に見据えられてアキトは声も出せなくなった。
そしてマナカの顔がアキトに近づいていく...

「...ん...んん」

突然呻いたような声を出すとアオが身じろぎし、ゆっくりと起き上った。
二人はビクッと身体を強張らせるがすぐに離れる。

「...ん?お手洗い...?」
「あ、あそこですよ」
「.....ありがとうございますぅ」

眠そうに立ちあがるとふらふらとトイレの方へ歩いていく。
アキトとマナカはそれを見送ると目線をあわせたが、恥ずかしさが勝ったのか顔を真っ赤にして目を逸らし、どちらともなく寝転がった。
一方トイレでは...

「...なんだあれは、私って昔あんなに節操なしだったか?
いや、あそこまでではないはず。おかしい。」

頭を抱えていた。
アキトはアキトなので同じくらい節操なしに女性が寄って来ていたのだが、他人の目となって初めてそれに気づいたようだ。
ちなみに女性となった事で男性が寄ってくる可能性がある事には全く気付いていない。
折角トイレで一人になったので、アオはコミュニケを開くとオモイカネを呼びだした。

「オモイカネ」
『アオ、こんばんは~。
ラピスはさっき寝た所、ルリはまだ起きてるよ」
「そか、ルリちゃんとも繋げて貰っていいかな?」
「あ、アオさん無事でした?」
「うん、夜遅くごめんね」
「いえ、お気になさらず」

ウィンドウに表示されたルリは昨日と色違いのパジャマを着ていた。
寝る直前だったためか、髪は下ろされている。

「それじゃ、オモイカネ今の状況を教えて?」
『はい~。今日の状況はこんな感じ。
─軍も輸送船を供出し、避難を開始。推定2万人弱が地球へ避難出来る予定。
─ルリとラピスによるナデシコとエステバリスの設計改修は終了』
「軍も動いたんだ、誰の差し金かわかる?」
「ミスマルのおじ様からの進言と、フクベ提督も動いたらしいですよ。」
「そっか、流石だね。それとルリちゃん改修案お疲れ様、ありがとうね」

ルリはアオに感謝されて頬を染めて照れる。

「あ、ありがとうございます。ナデシコBとCの資料もありましたから、楽でした
研究経過や稼働実験時のデータもつけておきました」
「アオさんの方はどうでしたか?」
「うん、こっちもうまくいったよ。
IFS強化体質の実験中止。
ボソンジャンプの人体実験中止。
地球への避難者の保護。
スキャパレリプロジェクトの改修案。
お~るオッケー」
「よかったです」

それを聞いてルリは安心したように息をつく。
アオはオモイカネの方を見るとそちらへも感謝をする。

「オモイカネが編集してくれたおかげだよ、ありがとう」
『どう致しまして!わ~い褒められた♪』

嬉しそうにウィンドウをくるくると回していた。

「あと、アキトはしっかりとアイちゃんと会えてるよ。
それと私の説明も大丈夫。
アイちゃんのお母さんが治療用ナノマシンの研究者でね。
色々捕捉してくれたから理解してもらうのが早かったよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「アイちゃんにお兄ちゃんと結婚したらアオお姉さんはお姉ちゃんだ~♪って抱きつかれた時はちょっと困っちゃった」
「クスクス。相変わらずですね。イネスさんも変に大胆だったりしましたからね」
「うん、同一人物だからね、しょうがないのかも」

ちょっと困ったように二人は苦笑しあう

「アキトさんの方はどうでした?」
「うん、天涯孤独だと思ってたら姉が出てきたもんだから、だいぶ戸惑ってたね。
嬉しさ半分戸惑い半分だけど、受け入れようとしてくれてる」
「やっぱり、アキトさんですね」
「そ、ほんとお人好し。人間磁石も相変わらずだったし...」

そこで気が緩んだのか、アオは口を滑らしてしまった。
それを聞いた瞬間ルリの目がスッと細くなりウィンドウ越しでも殺気が伝わってくる。
オモイカネはウィンドウが小さくなりぶるぶる震えている。

「...詳しく、教えてくれますよね?」
「あ、あの...ね?ルリちゃん?どうしてそこで怒るの?」
「また何かしでかしたんですよね、早く白状して下さい」
「いや、ルリちゃん?私じゃなくてアキトだよ?」
「アオさんはアキトさんでもあるんですから、同じ事です」
「そんな理不尽な...」
「早く白状した方が身の為ですよ?」
「...はぃ」

横暴だ~!と心で叫ぶが口に出せるはずもなく、先程のアキトとマナカの一件を話す事になった。
白状している間腕を組んで仏頂面をしたルリの眉がぴくぴくと震える。
アオはそんなルリにビクビクしながらも事細かに説明をしていった。
オモイカネに至ってはルリが怖いのか見つからないようにスーッと離れていく。

「そうですか、未亡人にまで手を出しましたか、つくづく節操なしですね、アオさん?」
「いえ、ですから、私では...」
「...何か?」
「...ナンデモナイデス」

そのまましばらく説教が続くと、ようやくルリも気が晴れたのか表情が柔らかくなる。

「まったく、アオさんも気を付けて下さい?女性になったので今度は男性が寄ってくるかもしれませんから」
「あ、う、うん。わかった...」
「何かあるんですね?怒らないから言いなさい」

アオが一瞬言い淀んだのを目ざとく見つけたルリはそこをついた。
まだまだアオは寝れないようである。
その後アカツキの事を話を聞いたルリは「あのスケコマシは女性ならなんでもいいんですか...」と苦々しげに発した。
それから「どれだけ無防備なんですか!」と説教が始まり、終わった頃にはトイレに来てから2時間近く経っていた。

「今日はもう遅いですから、これくらいにしておきます」
「...スイマセンデシタ」
『ぶるぶるぶるぶる』
「明日も忙しいですからゆっくり寝て下さいね」
「...かしこまりました」
「...それでは、アオさん?」

そう呼ばれてウィンドウを見ると軽く頬を染めたルリが期待の篭った目をしていた。
さっきまで説教していたのにコロッと雰囲気が変わるのは流石女の子といったところか。
だが、アオはそんな事はまったく気にせずにこっと笑う。

「お、お休みなさいの...」
「うん、いいよ。お休みなさい」
「...お休みなさい」

そしてウィンドウ越しのキスをする。

「ルリちゃんもゆっくり寝てね?オモイカネも明日は忙しいから少し休んでおいてね」
「はい、また明日」
『アオ、お休みなさい』

そう言って手を振るとウィンドウを消した。
思ったより物凄く長くなった事に苦笑すると、トイレを出て戻っていく。
流石に時間も経ち3人共寝入っていた。
先程寝ていた所に寝転がると、アイを優しく抱きしめ目を閉じる。
そしてまどろみに任せて意識が落ちていく。

そして、運命の日が訪れた。
2195年10月1日。
リアトリスを旗艦とする地球連合宇宙軍第一主力艦隊と木蓮無人機動兵器軍との戦いが始まった。
後に言う第一次火星会戦である。
第一次、第二次、第三次防衛ラインも突破され、最終絶対防衛圏を残すのみとなる。
ここを抜かれてしまったら、火星が蹂躙される事は確定だろう。
チューリップと命名された敵母艦が着々と近づいてくる中、全艦隊を終結させ迎え撃たんとする。
旗艦リアトリスではフクベ提督の怒声が響いていた。

「各艦、射程に入ったら撃ちまくれ!」

チューリップがもうすぐ射程に入ろうとする時、その前面が開いていき中から無数の無人兵器が現れる。
木蓮ではヤンマと呼ばれる無人戦艦がチューリップに先行し、第一主力艦隊の射程へ入る。

「撃てぇ!」

フクベの号令と共に全艦隊からビームを放つ。
それと同時にヤンマからは重力波が放たれた。
ビームが重力波によって反らされ、第一主力艦隊のみに被害が出る。
それからは一方的だった。
チューリップから無数のバッタも射出され、艦隊へ向かっていく。
射ち落とそうとビームを乱射するが、ディストーションフィールドに阻まれほとんど成果が上がらない。
焦りが募る中、恐慌に陥る事がないのは常の訓練のおかげだろう。
だが、そんな中一つの声が上がる。

「提督!このままだと70秒後に民間人を乗せた輸送船とチューリップが衝突します!」
「なんだと!」

ミスマル・コウイチロウからの進言と自身の意思により決定した、軍の輸送船を使っての避難。
その避難船を落とされる訳にはいかなかった。

「総員退避!本艦をぶつける!!」

即断するとすぐにチューリップへ進路を向けさせる。
ブリッジが分離され、チューリップへ直撃する。
チューリップの進路が反れ、輸送船のすぐ後ろを通過していく。
民間人を守れた、その安堵からブリッジに歓声が沸いた。
しかし...

「な!反れたチューリップの進路にユートピアコロニーが!!」

ブリッジに絶望が走った。
一方輸送船でも

「助かった!」
「軍が守ってくれたぞ!」

こっちにチューリップが向かって来て恐慌に陥っていた乗員だったが、戦艦が体当たり。
進路が変わり、衝突を免れた事で歓声が上がっていた。

「あ!コロニーが!!」
「え?」
「嘘...だろ?」

だが、チューリップの向かう先を見ていた一人が、声を上げた。
それにひかれるようにみんなが窓にかじりつく。
そこにはユートピアコロニーに落下するチューリップがあった。

アオ達がいるシェルターでは激震にあちらこちらから悲鳴が上がっていた。
一部天井が崩れ押しつぶされた人がいたり、転んで怪我をする者などがいた。
アオ達は運よく怪我はなかったが、そんな中アオは鋭い眼をしていた。

(ついに来たか...下手に手は出せないな、くそっ)

アキトとマナカ、アイが辺りに気を取られている間にアオは屈むと、アキト達に見えないようにウィンドウを開く。

「オモイカネ、来たよ」
『アオ、大丈夫でしたか。状況はこちらでも把握しています。
それとアオ、今の衝突によりユートピアコロニーで待機していたバッタの7割が反応消失しました』
「わかった、なんとか一人でも助けられるように頼む」
『ルリとラピスがいます、大丈夫です』

ウィンドウを切ると立ち上がる。

「何があったんでしょうか...」
「お兄ちゃん...」

マナカとアイは不安を紛らわすようにアキトに寄り添っていた。
アキトは二人を守るようにしながら見回すと、違和感を感じた。
(壁が裂け...目?カメラ?)

「アキト!」
「危ない!」

アオが叫ぶのと同時にアキトは動きだし、マナカとアイを守るように押し倒す。
その瞬間見ていた壁に爆発が起こった。
そこから1機のバッタが現れた。
瞬間恐慌が起きる。
全員が逃げまどい、シェルターの出入り口に殺到する。
アオ達は、マナカとアイを起こしていた為に最後列になる。
それを守るように数人の兵士がバッタへ銃を撃つがまったく効かない。
最前列では兵士たちが何とか手動で隔壁をこじ開けようとしていた。
何か出来る事がないか、そう考えていたアキトは近くにある小型トラックに気がつく。
すぐに飛び乗ると、3人に向かって言い放った。

「ボクが奴を押さえます!その隙に!!」

全速力で飛びだすとバッタに体当たりを仕掛ける。
そのままバッタを引きずり、壁へと突っ込ませ、更に押し込んでいく。
少しの間バッタはじたばたとしていたが、圧力に負けたのか機能が停止したように落ち着いた。

「お兄ちゃん、すごいすご~~い!」

それを見ていたアイを始め、兵士や並んでいた避難者が歓声を上げる。
そこで、アオは不自然じゃないように気を付けつつ、アイとマナカの手を取るとアキトの方へと歩き出す。
その時入口で「よし、開くぞ!」という声とともにガゴンッと隔壁が開く音がした。

「伏せろ!」

それを聞きとめたアオは咄嗟にアイとマナカを伏せる。
同時に閃光が走った。
アキトは後ろからの爆発音に振り返る。
そこには誰もいなかった、その代わりにさっきまで無かったちぎれた何かや焦げた何かは沢山散らばっていた。
わからなかった、状況を理解したくなかった。
その時、左から音がした。
咄嗟にそちらを向くとバッタがいた。

「ひっ!」

情けない悲鳴を上げるが、右側からも同じ音がする。そして止まったはずのバッタも動き出した。
悲鳴を上げつつ周りのバッタを見まわしていく。
姉さん、アイちゃん、マナカさん、バッタ、ぶち撒かれた何かで頭の中が一杯になる。
わからない、思わず声を上げていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その声に反応したかのように首にかけていたペンダントから光が溢れだす。
そんな中、アキトからの死角に3人がいた。
衝撃で吹き飛ばされたのだ。
アイは咄嗟にアオが庇ったが、マナカまでは庇えなかった。
アイは意識もはっきりしている。
アオも全身を打っているが動くのには問題ない。
アオはアイを立たせると、マナカの容体を診る。
マナカも全身を打っているが気絶しているだけで問題ないようだ。
アイちゃんにママは大丈夫と伝えると、アイは安心したように頷いた。
そこへ、アキトの叫び声が聞こえる。
顔を上げたアオとアイの目に眩しい光が飛び込む。

「アイちゃん!アキトを呼んできて!」

咄嗟にアオが叫ぶと、アイは弾かれたようにアキトへ向かって走り出した。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

その呼び声にも気付かず、アキトは叫び続け次の瞬間。
二人の姿が消えていた。
それを見たアオはふっとため息をつくと

「アイちゃん、ごめんなさい」

そう悲しそうに呟いた。
しかし、まだ危機は去っていない。
アキトを見失ったバッタ達がアオとマナカの生命反応に気付いたのだ。

(ジャンプ、駄目!マナカさんを連れて行けない。
バッタを倒す。無理!武器がない。
くそっ。どうする)

打開策を考え出そうと頭をフル回転させていくが、まったく浮かんでこない。
その時

『アオ!すぐそちらに着きます!』

目の前にウィンドウが開くと同時に1機のバッタが隔壁を物ともせずに突っ込んできた。

「オモイカネ!」
『アオ、すぐ助けます!』
「待て!こっちに来い!」
『は、はい!』

そのバッタを近くに来させるとオモイカネに伝える。

「オモイカネ、私とマナカがバッタの背中に乗ったらディストーションフィールド臨界させて、10秒持てばいい!」
『わかりました!』
「あと、ナガレに緊急連絡!今すぐそこへ行くから、デスク前に誰も立たせないで!」
『い、イエス、マム!』

そう言うとアオはマナカを肩に担ぎ、バッタの足を踏み台にして背中によじ登る。

「お願い!」
『了解!バッタ、ディストーションフィールド臨界!』

アオの合図と同時にバッタがいる地面が凹む。
バッタに搭載されたジェネレーターが余りの負荷に爆発寸前まで加熱する。
ディストーションフィールドが展開された瞬間、アオは目を閉じるとネルガル会長室をイメージ!
ベルトのジャンプユニットが反応し、アオの全身にナノマシンの軌跡が出る。
スッと目を開けジャンプと口にした瞬間そこから消えた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_07話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:55
「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ネルガルの会長室に二人の叫び声が上がった。
一人はネルガルの会長である大関スケコマシ、アカツキ・ナガレ。
もう一人はその秘書であるエリナ・キンジョウ・ウォンである。
二人が驚くのも無理がない、いきなり目の前に木蓮の無人兵器が現れたのだ。
しかもその上には先日交渉したテンカワ・アオと妙齢の女性が乗っている。

「な、な、な!!」

なにかを口に出そうと思うがうまくいかないようだ。
そんな中、アオは自分とマナカの身体を確認する。

「よかった。一か八かだったけどなんとかなった」
「ナガレ!この女性を病院へ!早く!」
「あ、あぁ。わかった」
「こいつはうちのバッタだから危害は加えない。大丈夫」

アオはアカツキに指示を出すとマナカを床へ寝かす。
容体を診つつバッタの説明をするとその足を小突く、するとバッタも反応して、うんうんと頷いた。
アカツキはすぐ医者に来るよう伝えたが、まだ呆気にとられているのかアオとバッタに視線を這わしている。
しばらくして諦めたようにため息をつくと、アオを見据える。

「状況は後で説明して貰うとして。お土産ってもしかして...」
「うん、このバッタ。成り行きだけどね~」
「そうかい...」

違う物でも期待していたのかちょっと悲しそうだった。
受付から医者が到着した事を聞いたアカツキがアオに伝えると、アオはマナカをお姫様抱っこにすると受付まで運んで行く。
内部の人間だとしてもアカツキ達以外にバッタを見られるとまずいからだ。
アオが戻ってくるとバッタは部屋の隅に鎮座していた。
エリナはまだ怖いのかちらちらと遠巻きに視線を送っている。

「さて、今日もまたとんだ登場で申し訳ありません」

まずアオが頭をぺこりと下げた。

「まったくだね、思わず驚いてしまったよ」
「いくらなんでもこんなのが毎日続くと心臓に悪いわよ?」

そんな二人にアオは乾いた笑いを返した。

「では、状況を説明しても大丈夫?」
「いや、立ち話もなんだ、応接室へ行こうか。お茶も出すよ」

アカツキがそう促すと3人は連れだって移動した。

「詳細は確認してないからわからないけど、火星会戦の流れは大体変わってないみたい。
ユートピアコロニーにチューリップは落ちたし、アキトもアイちゃんもジャンプした。
ただ、私がいた事で今連れてった人、アイちゃんのお母さんも生き残ってる」
「...大勢は変わらないか」
「ちょっと待って、今ジャンプして来た女性もジャンパーなの?」
「それは違います、ジャンプする時にナノマシンの発光がなかったですから。だからこそバッタとジャンプして来たんです」
「となると?」
「先日の映像とデータでわかってると思いますけど、ジャンプ耐性がない生物がジャンプをすると死にます。
ですが、強力なディストーションフィールドに包まれた状態でのジャンプなら可能です。
このバッタはうちで使ってる物なので、ジェネレータも改良されています。
咄嗟ではありましたけど、爆発覚悟でフィールド出力最大にしたらちゃんとボソンジャンプも出来ました」
「「.....爆発」」
「ほんといちかばちかでした」

そんなアオを呆れたように眺める二人だった。
それから少しの間雑談を交わしていたが、アオは早々に切り上げる。

「まだやる事あるから一旦戻るね。バッタ、帰るよ」

アオが声をかけるとバッタが寄って来た。

「部屋の手続きと連れてきた彼女はどうするんだい?」
「だいじょぶ、また後で来るよ。ちゃんとしたお土産も持ってくるから安心なさい」

先程の落胆した顔を思い出し、アカツキに対してニヤニヤと笑う。
見透かされた事に気付いたアカツキは固まった。
エリナはそんなアカツキに珍しい物を見たといった表情だ。

「来る前に連絡入れま~す」

そう言って手をひらひら振ると、アオはジャンプしていった。
一方ユーチャリスではラピスがオペレーター席へ座りオモイカネと協力してバッタへの指示と誘導をする。
ルリはというと艦長席で前方のウィンドウへ表示される情報を元に指示を出していた。
そこへアオがジャンプアウトして来た。

「ただいま。ルリちゃん、ラピス、オモイカネ」
「「『お帰りなさい!』」」
「状況はどう?」
「はい、まずは地球連合宇宙軍第一主力艦隊ですが、チューリップがユートピアコロニーへ落下してからすぐに退却の命令が下りました。
宇宙軍全艦が火星圏から離れた後に予定通り全衛星をハッキング、地球との通信を出来なくしてあります。

タルシス・ヘラス・マレアの3つのコロニーに関しては敵バッタの地下施設内侵入による被害は出ていません。
地上施設に関しては、生命反応が皆無な事が幸いして被害は軽微。地上の通信施設も既に地球との交信が出来ないように処理済みです。
北極冠、オリンポスの研究所職員はそれぞれユートピア、タルシスコロニーへの避難が済んでいたのでバッタをコロニーの防衛に当たらせています。

ですが、ユートピアコロニーはかなり厳しい状況です。
オモイカネから聞いたと思いますが、チューリップの衝突によりこちらのバッタが7割方反応消失しました。
残ったバッタを地下施設内に侵入させ敵バッタをハッキングし、地下施設の奪還をしています。
現状では8割方奪還が完了。およそ15分ほどで奪還は完了し地下施設内は安全になります」

実は木蓮のシステム関連の技術は結構低い。
熱血が聖典となっているのが要因なのかもしれないが、システムもその影響からか至極単純なのだ。
今回はそのお陰で比較的速やかにハッキングとウィルス感染がうまくいっている。
ハッキングした敵バッタのOSにユーチャリスバッタのOSを上書き。
そしてウィルスが感染したバッタはユーチャリスバッタとハッキング済みのバッタ周辺は制圧済みと認識し近寄らない。
そして他の無人兵器との通信を介しどんどんとウィルスを拡散していく。
ウィルスはルリとラピス、オモイカネの合作により悪巧みの機能も盛り沢山である。
木蓮にとってはまだブラックボックスである基幹部分を狂わせているのであちら側にウィルスがバレる事もない。
比較的安全が確保されてた中で、通信施設へ細工をしたのにもアオ達の考えがあっての事だ。

「了解。ユートピアコロニーの生存者がどれくらい残ってるかわかる?」
「判明している時点で既に1000人を超える程度しか残っていません...
ですが残っている住人は無事なシェルターへ誘導していますし、それも終わり次第順次隔壁を閉鎖。
クレーター側からの敵バッタ侵入を防いでいますので安全は確保できると思います」
「そっか、ちゃんと誘導出来てるんだね」
「苦労しましたよ、敵もバッタでこっちもバッタですからしょうがありませんけど、バッタを見ると恐慌に陥っちゃうんですよ。
そこで逃げないようにバッタで挟み撃ち、落ち着いた頃にウィンドウを表示させて逐一説明して了承して貰いました。
今はオモイカネに頼んでその時の映像を使いまわすようにして貰ってます」

そういうとげんなりした表情でため息をつく。
アオはそんなルリの頭を撫で、お疲れさまと笑顔で労う。
そこでアオはふと気付いた、今の技術ではこういう状況の中でバッタをハッキングし動かすという事が不可能な事に気付く人間がいる事を。

「...ルリちゃん、イネスさんどうだった?」
「...気付いちゃいました?」
「ごめん、気付いちゃった」

聞きたくなかったが、聞くしかなかった。
名前が出た瞬間ルリの身体がビクッと反応し、冷や汗が流れ出す。

「とても楽しそうな笑顔で聞いてきたので、後で必ず説明に伺いまするので取りあえず指示に従って下さい。って伝えました」
「説明するのは...?」
「.....」
「...わかった」

泣きそうな顔をして目で訴えられたら断れるはずもなく、アオが説明する事になった。
アオがやってくれるという事で安心したルリは報告を続ける。

「アオさん。それと、チューリップがユートピアコロニーへ落ちた一件ですが、私達の知っている時とは状況が違っています」
「どういう事?」
「これを見て頂いてよろしいですか?」

そういって開かれたウィンドウに映っていたのはフクベ提督の一件だった。
それに付け加えるように輸送船の進路とチューリップの進路が重なっていた事。
それを逸らすために体当たりを敢行された事のデータが表示されていた。

「輸送船の避難民を助ける為の体当たりの結果がユートピアの惨事になったのか...」
「はい...」

前回とは違う状況だが、前回にも増して救いようがなかった。
それは、ただただ運が悪かっただけとしか言いようがなかった。

その時、ラピスが二人に声をかけた。

「アオ、ルリ、ハッキング終わった。中は全部大丈夫」

二人はやり切れなさを振り払うように努めて明るく返した。

「ラピスご苦労さん。こっちに来てもいいよ」
「ラピスお疲れ様」

そう労われると、ラピスは嬉しそうにアオの胸へと飛び付く。

「偉い?」
「うん、偉い。よく頑張ったね」
「えへへ~。いい匂い~」

アオに抱き止められたラピスは身体一杯で褒めて褒めてとねだると、アオはぎゅっと抱き締める。
ラピスはかなりご満悦だ。

「オモイカネ」
『アオ、どうしました?』
「各コロニーの様子ってどうなってる?」
『まずタルシス、ヘラス、マレアの3コロニーについては、外の哨戒へハッキングした木蓮側のバッタを使用。
バッタにはウィルスも仕込んであるので、徐々にですが感染が広がっています。
地下施設内については、各シェルターにつき1機のバッタを配置、ウィンドウで外と各コロニーの状況を表示中。
ユートピアコロニーでは、避難者の移動を開始、ネルガル社のシェルターが一番安全なのでそこへ誘導中です。
コロニー内の全住人が移動完了するのには1時間少々かかります』
「了解。オモイカネ、少しの間任せても大丈夫かな?」
『大丈夫!』『ばっちり!』『任された!』
「それじゃ、二人とも一先ずご飯にしよう」
「いいんですか?」
「腹ごしらえしないとイネスさんとの話なんて出来ないからね。
色々と頼みたい事もあるし~」

チューリップの落下が19時手前、既にいい時間になっていた。
そう言うとアオは2人を連れだってブリッジを出て行った。
その3人がブリッジに戻ってくる頃には住人の移動も終わっていた。

「さて、やりますか」

そう気合いを入れるとオモイカネにイネスとの通信を開いて貰う。
イネスが出たら、まず人に話が聞かれない所まで移動して貰う。

「あら、ようやくね」
「初めまして、テンカワ・アオと申します。
お待たせしたみたいで申し訳ありませんでした。
イネス・フレサンジュ博士でよろしいですね?」
「えぇ、そうよ。中々興味深い事になってるので色々と説明して欲しいわね」
「話せる事話せない事ありますが、出来る限りお答えいたします。まず、私の説明からですね。
私はイネス博士とも面識があったテンカワ夫妻の受精卵を基にしたIFS強化体質者です、非合法の。」
「あら、テンカワ夫妻の。ホシノ・ルリがいたのは貴女の仕業?ま、それについては今はいいわ。
それで、私の知る限りこんな事が出来る技術はこの世にはないわ。私がいるネルガルでさえね。
それとこのウィンドウ、まだ商品化されてないコミュニケよね?
それについての説明はしてくれるの?それと貴女の目的は?」

イネスは矢継ぎ早に質問を列挙させていく。
思わず面食らってしまいそうになるが、自分を落ち着かせようと一息入れてから返答をする。

「ルリちゃんについては理由があって私に協力して貰ってます。
技術に関しては実際そちらが知らなかっただけで私は今使ってます。
ただ、どこで手に入れたかまではまだ話せません。
コミュニケに関しては、ネルガルと協力しているという事です。
そして私の目的は、火星のみなさんを一人でも助けたい為...なんですが」
「...それをを本気にすると思って?」

アオの物言いにイネスは苛立ちを隠さず、厳しい目線で睨みつける。

「嘘は言ってないんですよね、言えない事を隠してるだけなのでこれ以上はどうにもならなかったりします。
先程も言いましたが、どこでこの技術を手に入れたのかについてはまだ話せません。
ですが、イネス博士には確実にお話する事になりますよ」
「...わかったわ、今の所それで納得してあげる。
ただ、貴女が木星の仲間でこちらを安心させる為にそれを隠しているという可能性もあるわよ?」
「自分でもありえないと思ってる事は言わないで下さい。木星の仲間ならそもそも助けないでしょう。
安心させる為ならここまで無駄な労力使わないですし、戦艦使って捕虜にした方が使い道があります」
「まぁ、そうね。もっともだわ」
「詳しい事は話せる時が来るまでお待ち頂けますか?」
「.....いいわ、信じてあげる。それで、ただ説明するだけの通信ではないんでしょう?」
「わかりました?」
「勘よ」

イネスはふっと息をつくと肩をすくめた。
自分でも不思議だった、普段であれば自分の勘なんて物を考慮に入れるなんてありえない。
だが、目の前の少女を見た自分の中に不思議な安心感が芽生えたのだ。
ただ何となくこの人なら信用出来ると思うなんて自分の知る記憶の中では初めてだった。
こんな状況の中じゃ信じるしかなかったのも事実だが、信じてみようと思ったのも確かだった。

「まずですね、その通信をしているバッタって言うんですけど、ジェネレータがかなり高性能で使い勝手がいいです。
そしてそのバッタ自体に小型のディストーションフィールド発生装置が搭載されていて、フィールドの発生も可能です。
今から機体やシステムのデータを添えて加えて何台かそちらへ送ります。
分解してもいいのでそちらでジェネレーターとディストーションフィールド発生装置を量産出来るようにするのは可能ですか?」
「自分達の身は自分達で守れって?」
「はい、そうなります。私達は色々と地球でやる事があるので、ずっとこっちに構っていられません。
火星の事について色々と手を打っておきたい事があるんですよ」
「そうね、ここには極冠研究所の研究員も全員いるし面白そうだからいいわ、任されてあげる」

未知の技術への興味が湧き、イネスはすぐに了承した。
答えながらもどう活用できるか考えているようだ。

「それと、そのバッタに似た作業用のコバッタという機種があって、土木や建築などに使える機種になります。
そちらもデータを添えて送りますので好きに使って下さい」
「そのコバッタという件もわかったわ、そちらも何台か分解しても構わないわよね?」
「はい、大丈夫です。ただ、バッタとコバッタはネルガルにも量産を頼んであります。
こちらへ持ってくる手段も考えているので、そこまでは頑張らなくてもいいですよ」
「そ、わかったわ。まだ何かある?」
「最後に、今から他のコロニーの代表へ連絡をしますが、彼らには虚実交えてする事になります。
そこで、イネスさんにも同伴して頂きたいのですがいいですか?」
「助けられた手前、断るなんてしないわよ」
「ありがとうございます」

それからアオとイネスはタルシス、ヘラス、マレアの3コロニーの市長へと同時に通信を入れた。
ちなみに全てのバッタがこの通信を受信しており、全シェルターで見られるようになっていた。

通信が繋がると市長たちはすぐに貴様は誰だ!とか何の謀略だ!など口々に罵った。
そんな言葉も意に介さず、アオは自分の事にから説明を始める。
その内容はこうだ。

自分がIFS強化体質で研究所で育った事、そして自分には弟がいてユートピアコロニーにいた事。
その弟を守る為に通信解析しバッタへハッキング、ウィルスを流し込んで味方につけたと説明する。
それからユートピアコロニーの現状を写し、弟は絶望的だという事を伝える。
それを見たタルシス、ヘラス、マレアの住人は思わず絶句する。
それでも弟は生きてると信じているし、帰ってくるまで故郷のみんなは守りたかったと涙ながらに伝える。
泣いているアオに代わり、イネスが捕捉していく。
アオの両親とは知己の仲であり、アオの弟の事も知っている為嘘ではない事。
IFS強化体質者ならば敵の通信を解析、ハッキングは可能である事も伝えた。
可能ではあるが理論上であり、この戦闘中にそこまでやる事は実質不可能である。
22世紀最高の天才と呼ばれるイネス・フレサンジュの捕捉と何より家族と故郷の為というアオの言葉。
何より、見た目中学生程の女の子が辛そうに泣いてるのを見て咎められる人はいなかった。
ただ、イネスは内心大した演技力ねと称賛していた。

それからは火星の現状と今後についての説明をしていく。
まずは外とユートピアコロニーの被害状況、チューリップがコロニーへ落ちた一連の顛末、そして地球連合軍艦隊の敗退と退却。
ユートピアコロニーの被害が軍が艦をぶつけた結果起きた事であるのを見た各コロニーでは怨嗟の声が上がった。
だが、軍が避難民を乗せた輸送船を助けた結果の事であると知ると怨むに怨み切れず一様に苦々しい顔をしていた。
特にユートピアコロニーの住人は輸送船が落ちればなどと言えるはずもなく、悔しさに涙を流していた。
憎しみをぶつけられる相手がいた方が楽になれるのは確かなのだ。

それからも話は続いていく。
地下にいる限りは安全である事に安堵の声が上がり、それならば撃って出る事が必要だとの意見が出る。
しかし、その意見はアオに一蹴された上イネスから何故無理かを詳しく説明されていた。
実際に戦艦も機動兵器もないのだ、数十万とも数百万とも考えられる敵に攻められたらどうにも出来ない。
しかもこちらは死んだら終わりなのに敵はどんどん増える。
刺激しないようにしつつ守りを固めるするのが精一杯である。

市長との話し合いが終わると、定期的に連絡をすると約束をし通信を切る。

「貴女、大した演技力ね驚いたわ」
「いえ、でも弟がユートピアコロニーにいたのは事実ですよ?」
「どういう事?それならなんでそんな笑ってられるの?」
「ふふふ、詳しい事はまだ内緒です。また今度です」
「とことん秘密主義ね」
「クスクス。では、イネスさん。今からそちらにバッタとコバッタを送りますので後はよろしくお願いします」
「わかったわ。次の連絡はいつになるのかしら?」
「そうですね、週一回、遅くとも隔週で連絡を入れるようにします」
「そうして頂戴、状況がわからないのは思ったより不安になるものよ」
「はい、ではお元気で」
「貴女もね、精々頑張って頂戴」

そういって素っ気ない挨拶をイネスと交わすと通信を切った。
通信が終わると疲れたようにため息をつく。

「やっぱり、この時のイネスさんって冷たいですね」
「イネス違う人みたいだった」
「そうだね、まだ記憶が戻る前だからしょうがないよ。
さ、次はネルガルへ行かないと!」
「すぐに出ますか?」
「うん、結構時間遅くなってきてるから、待ちくたびれてるだろうね。
急いで用意しよう!オモイカネ、連絡入れておいて~」
「「『はい』」」

3人はバタバタとブリッジを出ると準備をしに部屋へ戻っていった。
アカツキ達へのお土産は空いた時間にルリとラピスが用意していたようだった。
クッキーやラスクなど比較的簡単なお菓子が多かったがしっかり出来ていた。

「それじゃオモイカネ後はよろしくね」
『さみしいよ~』
「まだ遺跡の技術を使った超空間通信が出来てないからね、少しの間だけ我慢して」
『うぅぅ...』
「はいはい、いい子だからしっかりして」
『頑張る...』
「うん、それじゃ行ってくるから」
「オモイカネ、行ってきますね」
「行ってきます」
『アオ、ルリ、ラピス、いってらっしゃい』

そして3人はネルガル会長室へジャンプする。
その会長室では今か今かとアカツキが3人の到着を待っていた。
そんなアカツキの目の前にボソンの光が現れる。
それを見止めたアカツキの顔が喜びに溢れた。

「お、来たね」
「やっほ、だいぶ待たせちゃったね」
「初めまして、ホシノ・ルリです」
「はじめまして、ラピス・ラズリ」
「あぁ、君たちは知っていると思うが、ネルガルの会長をやっているアカツキ・ナガレだ」
「社長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンです」
「プロスペクターと申します」
「ゴート・ホーリーだ」

アオは気さくな挨拶を、ルリとラピスはこちらのアカツキとは初対面なので自己紹介をした。
それを受けて、アカツキ達も自己紹介をする。
それからアオはお土産のお菓子と一緒にナデシコとエステの改修案をアカツキに手渡す。
アカツキはエリナにお土産を渡すと、ざっと改修案のデータを確認する。

「了解。これに沿ってやらせて貰うよ。
アオ君が持って来たんだ、監修もやって貰う事になるけどいいかい?」
「作ったのはルリちゃんとラピスだけどね?
3人で確認するって事ならいいよ」
「じゃ、そうしようか」

そしてアオ達は促されるままに応接室へと向かった。
そこで火星の状況と行った事を細かく説明していった。

「そうかい、生き残ってるかい」
「ユートピアコロニーは残念でしたが、タルシス・ヘラス・マレアコロニーは無事ですよ。
地下施設にも生産プラントはありますから、生活物資に関してもしばらく大丈夫なはずです。
それと地球との通信を不可能にして、火星の状況をわからなくしてあります。
あとは、イネスさんもバッタとコバッタをデータと一緒に渡したよ。
それを使ってジェネレーターとディストーションフィールド発生装置の量産頼んである。
それが整えばユニットを活用してある程度の攻撃が防げるようになるから少しなら外にも出れるようになりますよ」
「ふむ。だが、通信施設を壊したのはどうしてだい?」
「今後の為の布石です」
「.....どういう事だい?」
「秘密では駄目ですか?」
「君はまだボクの事を信用出来ていないのかい?」

アカツキがニヒルに返すと、アオは目線を合わせ真意を探るように見つめた。
しばらくそうするとふっと息をつき一点笑顔になる。

「確かに今のナガレには隠し事をしてる方が駄目な気がするね。
まだルリちゃんとラピスにも触りしか話してなかったんですよ?」

そこで自分達の名前が出て思わずルリとラピスはアオを見上げる。
それを見てごめんねと二人の頭を撫でるが、少し拗ねたようにそっぽを向かれた。

「では、今後の歴史が私達の知っている通りに進んだとすると、その後はどうなると思います?」

試すような目つきでアカツキに問いかける。
その質問を受けアカツキは長考する。

(ふむ。おおまかな歴史がそのままだとするとナデシコはそのままだな。
戦争が進むにつれてボソンジャンプが世界に知られるようになる...
うちでそれを独占したと考えると時期にクリムゾンと火星の後継者が台頭し...)

そしてアカツキは、何かに気付いたように眉を顰めて答えた。

「火星が実験場に?」
「そうです、火星が巨大な実験場になる可能性が大きいです。
そして現状火星にはそれを防ぐ戦力もありませんし、地球側も木星側も見て見ぬふりでしょう」
「...それで、どうするんだい?」
「そこで、しばらく地下に潜って力を蓄えた後で自治政府樹立でも狙ってみようかなって♪」

アオは親友と悪巧みをするような笑みを浮かべる。
アカツキだけでなく、エリナやプロス、ゴートまで目を見開き驚愕していた。
そして一転、アカツキは身体をよじって笑い出した。

「アッハッハッハッハッハッハ!いいよ、アオ君。やっぱり君はいい!
こんなに愉快なのは生まれて初めてだ!」
「そんなに面白い?」
「これを笑わずに言われるかい?だがアオ君。それは流石にうちの協力だけじゃどうにもならないよ?
協力を求めるにしても地球連合政府、地球連合軍、木星側、そして企業とある。
何より防衛のための軍備はどうするんだい?」

豪快に笑っているアカツキだが、そんな中でもしっかりと考えはまとめている。
アオはそれを受けると自分の答えを返していく。

「連合軍と木蓮軍は当てがあります。政府についてですが私達で情報は手に入りますがナガレの手も借りる事になると思います。
企業は信頼出来る所にボソンジャンプや火星技術のパテントを材料にして協力して貰おうと考えてます。
軍備については、それを整える為にナガレ達へボソン通信と無機物のボソン技術確立をお願いしたんです」
「ふむ、独占の旨味をみすみす逃すのはなぁ、プロス君、どうだい?」
「そうですな。確かに独占での旨味は大きいですが、それをすると他の企業が技術を手に入れようとして無理が生じます。
そしてあの映像のように反ネルガル企業で手を組まれてはこちらではどうしようもありませんな。
アオさんの意見に乗った方が安定して長く利益を作り出せます、はい」
「軍備については、あちらで生産させようって事かい?」
「はい、リアルタイムで連絡が取り合えるようになり、材料も送れるようになります」

プロスの意見を聞いたアカツキは聞いた時からどう答えるか決めていたようにニヤッと笑う。
アカツキが口を開こうとするが、それにエリナが待ったをかける。

「会長、お言葉ですがリスクが高すぎます。
ネルガルそのものを潰す気ですか?」
「エリナ君の言う事ももっともだ、だがここで乗っておかないとすぐに後手を踏む事になる。
火星の住人、今後来るボソンジャンプの時代を考えると確実に味方として確保しておかなければならないのは彼らだ。
そんな彼らに多大な恩を売れるのはかなり大きい上に火星でのシェアも十二分に期待出来る。
それに独立、大いに結構じゃないか三すくみの冷戦状態にでも持ち込めれば軍事費は減らないしね。
そもそもこんな楽しそうなモノを遠巻きに眺めてるだけなんて出来る訳がない」

本音は一番最後であろう。
そんなアカツキにエリナはこれからの忙しさやアカツキの行動を考え頭が痛いと嘆いた。
そして火を点けた当人であるアオへ今後の事を考えせめてもと忠告をする。

「...はぁ、アオさん?私はどうなっても知らないわよ?火が点いちゃってるわよこれ?」
「私としてはそのまま点きっぱなしでいてくれると嬉しいんですが?」
「そういう事言っていいの?この隠れ熱血な万年昼行燈に火が点いたのよ?
それにこれは女好きな大関スケコマシ。そして火を点けたのは貴女。
この意味がわからないとは言わせないわよ?」

その言葉を受けてアオは深く考えるが答えがわからずなんとも言えない表情をする。
検討がつかないので、ルリとラピスに聞いてみた。

「ルリちゃんとラピスにはわかる?」
「えぇ、自業自得と言いたい所ですが、私とラピスのアオさんを穢される訳にはいきません。
私達で守りますから大丈夫ですよ」
「エリナ、アオは鈍感だからわからない。でもルリと私で守る」
「ふ~ん、そういう事になってる訳、面白そうね。
ルリさんにラピスさん、アオさんを個人的に協力させてくれるなら私も力を貸すわよ?」
「それは...趣味...ですか?」
「えぇ...趣味...よ」
「撮影は任せて」

ここに女3人の熱い友情が結ばれた。
アオは何かとてつもなく大きな墓穴を掘ったような気がしていたが、鈍感の名は伊達ではなく今後待ち受ける運命には気付かなかった。
それをプロスはとても楽しそうに眺めているし、ゴートはアオがエリナの趣味に付き合わされた時の姿を想像して頬を染めている。

「障害が多いほうが燃えるってね。ボクは構わないよ、必ずモノにして見せるさ」

アカツキは更に燃え上がっていた。

「さて、詳しい事は追々詰めていくとして、手続きをしないといけないねぇ。
プロス君、頼めるかい?」
「はい、ではアオさん、ルリさん、ラピスさん。こちらが戸籍になります。
まず、アオさんのご依頼通り皆さんの親権は当社で預かるという形になります。
そしてアオさんはテンカワ・アキトさんのお姉さん、ラピスさんはルリさんの妹になります。
捕捉ですが、アオさんの親権移譲にあたり、テンカワ・アキトさんの親権もこちらへと移しました。
そしてこちらの書類が当社との契約書です。
スキャパレリ・プロジェクトはまだ正式に発動していませんので、新規技術開発研究の研究員として契約して頂く形になります。
ナデシコ、エステバリス、メインコンピュータと幅広く監修をして頂く事になるので立場としては部長待遇となりますな。
確認してよろしければサインをお願いしますよ」

ざっと全体を確認するとそれぞれサインを書いていく。
ラピスだけ物を書くのに慣れておらず拙い筆運びで一所懸命書いていた。
サインが書き終わるとプロスは書類を受け取り不備がないか確認した。

「えぇ、結構ですよ」
「話し合いも終わった事だ、アオ君これから食事に...」
「「駄目(です)!」」
「まだ仕事が残っていますよ、会長?」
「手厳しいな...」

ルリ・ラピス・エリナの壁はかなり厚いようだ。
エリナがここで更に追い打ちをかけていく。

「それではプロスさん、3人を部屋へ案内してあげて下さい。
アオさんがいると仕事が手につかないので"急ぎ"でお願いします」
「ちょ、あそこを選んだのはボクだよ!?案内しても!」
「はいはい、寝言は寝て言いましょう」

アカツキは耳を引っ張られて連行されていく。
一大企業の会長とはとても思えない情けない姿だ。
応接室を出たエリナが扉を閉める前に振り向くともう一度プロスに声をかけた。

「プロスさん、部屋に行く前にツキノ・マナカさんの病室にも案内させて頂戴」
「えぇ、かしこまりましたよ」

プロスが返事を返すと今度こそ扉が閉まる。
それから3人はプロスとゴートに連れられて病院へ向かう。
道中でマナカは一度目を覚ましたが取り乱したために鎮静剤を打ち、今は寝ていると説明が入る。
病院へ到着するとそのまま病室までプロスが案内する。
個室にはアオ・ルリ・ラピスの3人だけが入った。

「この方が...」
「そ、アイちゃん。イネスさんのお母さん」
「イネスの?」
「そうだよ。今回は助けられてよかった」

そう言ったアオの目は安心したような、哀しそうな複雑な色をしていた。

「アオさん、この方はナデシコに?」
「うん、決めるのはマナカさんだけど乗って貰おうと思う。
記憶はなくなってるけど、一日も早く会わせたいから...」
「そうですね...」

そういってしばし寝顔を眺めていた。
しばらくすると3人が個室から出てきた。

「おや、もういいのですか?」
「えぇ、出来る事はありませんから」
「そうですな。目が覚めたら連絡が入るようになっているのでその時は連絡致します、はい」
「お願いします」

それから病院を出た一行はアカツキが選んだというマンションへ向かう。
マンション自体はネルガル本社から歩いて5分程の所にあった。
仕事の合間にでも来ようとでもしているのだろう、そんなアカツキの魂胆が見え見えである。
「本気で気をつけないといけませんね」そう呟いたルリはラピスと硬く頷きあう。

「こちらの40階です」
「はい!?」
「驚かれるのも無理ありませんが、本当です。
会長がポケットマネーで1室買い取ってしまわれました。
名義はアオさんになっています」
「いや、え?...嘘ぉ...」

アオは呆然としているが、ルリとラピスは厳しい目をしている。
自分たちでは到底できないプレゼントだからだ、嫉妬をしてる事がありありと見てとれる。
そして頭の中では隠しカメラやマイクの確認など、ありとあらゆる可能性と対策を考え出していく。

マンションは1Fにエントランスがあり、24時間のコンシェルジュカウンターがついている。
鍵は取っ手部分が静脈センサーになっており、ICカードキーと併用する形になっている。
1F、2Fは共用部分になっていて、2Fにはマンション居住者限定のトレーニングセンターがあり、プールも利用できる。
ゴミも各階に専用の部屋が設けてあり24時間365日いつでも捨てられる。
至れり尽くせりである。

1Fのカウンターへ行くとそれぞれの静脈を読み取り、登録していく。
カードキーも手渡され、部屋へと向かった。
部屋へと入るとプロスが中の説明をしていく。
間取りは6LDKで余りの広さに最初は驚いていたが、キッチンの広さを見ると感動していた。
キッチンはシステム化されており、カウンターキッチンなのでリビングから料理の様子が見える。
書斎には物々しいくらいの機材が鎮座しており、IFSコンソールも3台設置されていた。
寝室は一つになっており、クイーンベッドが置かれている。
後はそれぞれの個室として1室ずつ使えるようになっている。
余った1室はアカツキが狙っているのだろうか?

「生活必需品は揃っていると思いますが、足りない物があれば仰って下さい。
ネルガルで使用している業務用のコンピュータにIFSコンソールも3台設置してあります。
ナデシコのメインコンピュータ程ではありませんが民生品とは比べ物にならないレベルになってますよ」
「なんか、本当に至れり尽くせりでありがとうございます」
「いえいえ、礼なら会長へなさって下さい。それ程貴女方を買ってらっしゃいますからね。
こちらとしては住居程度で関係が悪化するのは避けねばなりませんから、必要経費です」

アオが礼をするとルリとラピスもそれに続いた。
それに対しプロスは会長が好きでしてるんですよと暗に言うと感謝される程の事ではないと返した。

「わかりました。手料理でよければ落ち着いた辺りで招いてあげると伝えておいて下さい」
「えぇ、そうなさって下さい。それではこの辺で」
「はい、お世話様でした」

プロスが帰ると3人は再度部屋を確認していった。

「うわ!調理器具一揃えあるよ!火力も強いし、凄いよこれ」
「アオさん、服まで揃えてありますよ?うわ、これエリナさんの趣味です...」
「アオ、ルリ、コンピュータのスペック凄い。あれ使えばオモイカネ以外ならどこでも入れる」
「お風呂広!一人じゃ怖いよこれ...」
「洗濯乾燥機までありますね。」

などとワイワイと騒ぎながら探検していった。
探検が一段落ついた後は3人で軽く夜食を作り食べる。
後片付けを終わらせた後は、お風呂も3人で入る事となった。
アオは恥ずかしがって逃げようとしたがルリとラピスに捕まり、強制的に二人から身体中丁寧に洗われてしまった。
3人でパジャマに着替え寝室へ行くとアオはルリとラピスにお休みの口づけをして、ベッドに潜りこむ。
ラピスを挟む形で寝転がるとすぐに3人の寝息が聞こえてきた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_08話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:55
「ここ...は?」

目を覚ますと知らない所で寝ていた。
シェルターにいて、伏せると同時に物凄い力に押された気がした...
でも一度ここで...
そう、娘は?アイはどこ?

鎮静剤の副作用で覚束ない考えを振り払うように頭を振ると、マナカはベッドから降りる。
ふらつく足取りで個室から出ようとすると、医者と看護師が飛んできた。
ベッド下の圧力センサーが反応して人を呼んだようだ。

「ツキノさん、どうしましたか?まだふらついてるじゃないですか、もう少し休んで下さい」
「あの、アイは?娘はどこですか?」
「ツキノさん落ち着いて聞いて下さい。ツキノさんが目を覚ましたら伝えて欲しいとの伝言をテンカワ・アオさんから預かっています。
テンカワ・アオさんです。覚えてますか?」

娘の安否を流されて眉を顰めたが、その名前には反応した。

「アオさん?アオさんがいるんですか?」
「はい、彼女が貴女を連れてきたそうです。それと伝言はこちらになります」

そう言って手渡された紙片を読む。
『一人にさせてすいません。色々とわからない事だらけでしょうが、マナカさんが起きたら連絡を頂く事になっています。
連絡を頂き次第、アイちゃんの事を含めて説明しに伺います。どうか安静にしていて下さい』
説明?何故あの子が?どうして?そんな疑問が頭の中を駆け巡るが、知り合いがいてくれる事すぐ来てくれる事に安堵した。

「...わかりました。こちらで待たせて頂ければいいんですね?」
「はい。身体でおかしな所はないですか?」
「少し頭がぼ~っとします。身体自体は問題ありません」
「鎮静剤で少しの間はぼ~っとしてると思います。ですが1時間も経たずに落ち着きますので安心して下さい。
衝撃で気を失ってただけですし、身体自体に異常はありませんでしたから差し入れなどは自由にお食べ下さい」
「はい、ありがとうございます」
「では、ゆっくりしていて下さいね」

個室で一人になると一息ついた。
ため息をつきベッドサイドに座り、ふと窓を見ると見知らぬ景色が広がっていた。

(遠くの山が、緑...?火星じゃない...?ありえないわ。でも確かに緑だわ...)

本当に分からない事だらけだった。
火星で気絶して次の日には地球にいる。夢でも見ているかのようだ。
マナカは頭が覚束ないのをいい事にこれ以上考えるのを放棄する。

(アオさんに全部聞こう)

そう決めた。
しばらくの間ベッドサイドでぼ~っと過ごしていると扉がノックされた。

「はい?」
「テンカワ・アオです。入りますね」
「はい、どうぞ」

入ってきたアオを見て驚いてしまった。
落ち着いた色合いのドレスにケープをあわせていて、遠目からでも値が張りそうだとわかる。
差し入れでも持ってきたのだろうか、手には籠を持っている。
どこの英国お嬢様ですか?と言わんばかりの服装だが、精巧な作りの顔立ちに違和感が全くない。
彼女の後ろを通り過ぎる看護師や入院患者も一様に彼女から視線が外せないようだ。

「アオさん...ですよね?」
「そうですよ、どうかしましたか?」
「い、いえ、服装が変わったので見違えてしまって...」
「一緒にいる子にコーディネートされてしまって、大変でした」
「そうですか...」
「えっと、お腹空いてると思って、これ作ってきたのでよかったら食べて下さい」
「わざわざすいません」

アオが籠から出したのはリゾットとカスタードケーキだった。
アオが「先に食べます?」と尋ねるが、マナカは話しを先にすると断った。
調子はどうだといった簡単な質問が続いた後、アオが切り出した。

「マナカさんが気になっている事は、アイちゃんの事、そしてここがどこだという2点だと思います」
「えぇ、アオさんにはわかるんですか?」
「アイちゃんの事をお伝えする前に、まずはここがどこかという事から説明しないといけません。
驚かれると思いますが、ここは地球です」

その答えに驚くが、同時にやっぱりという思いも浮かんでくる。
何故かは知らないが、外の景色は見間違いではなかったという事だ。

「遠くの山が緑なのは見間違いではなかったんですね」
「失礼ですが、マナカさんは地球には来た事が?」
「えぇ、私は日本生まれですよ」
「そうですか、今回マナカさんが地球に来たのはそれが原因になります」
「...どういう事ですか?」
「それについては私とアキトの両親が行っていた研究に答えがあります。
少し長くなりますが、お付き合いをお願いします」

実際はマナカを連れてきたのはアオである。
そして、ボソンジャンプは火星"生まれ"でないと不可能だ。
だが、今そこまで話してしまうとマナカがジャンプしたのが不自然になってしまい、アオの事も話さなくてはいけなくなる。
そうなると、必然とイネスがアイだという事まで話す事になる。
マナカが今それを知ってしまうと与えるショックが大きすぎると考えたアオは、アキトが行ったジャンプに巻き込まれた事にした。

「そんな...」
「信じられないかも知れません。ですが、今地球にいる事がその証拠です」
「その話しを信じると、アイは...」
「そこで聞きたい事があります。アイちゃんはユートピアコロニー以外に出た事はありますか?」
「いえ、あの子が生まれてすぐに旦那も亡くなりましたし、私も忙しかったものですから...」
「そうなるとユートピアコロニーのどこかにいる可能性が高いです。
ジャンプに際してですが、飛ぶ先は頭で強くイメージする事が必要になるんです」
「そんな!それじゃあの子は!!」
「正直なところはわかりません。でも生きてる可能性もまだまだあります。
そこで、マナカさんを勧誘に伺いました」
「勧誘ですか?」
「はい、火星へ行きませんか?」

それからアオは自分の状況について話し出した。
両親のツテを頼りに今はネルガルへ身を寄せている事。
同じIFS強化体質者であるルリ・ラピスと一緒に住んでいる事。
自分の能力を生かして火星へ向かう戦艦の研究・開発及び監修を行う事。
それを聞いていく内にマナカは驚きを通り越して呆れてしまっていた。

「1日でよくもそこまで...」
「ふふふふ、色々と手札はありましたからね、交渉術もばっちりです♪」
「クスクス。頼もしい限りですね。あ、そういえばアキトさんは?」
「あの子は火星と地球どちらの可能性もありますからね、地球の方は今探して貰うように頼んであります。
悪運だけは強い子ですから、大丈夫ですよ」
「信頼してるんですね」
「ずっと見てましたから♪」
「?見てた?」

火星で聞いた限りは18年研究所から出た事がなかったはずである。
その矛盾にマナカは首を傾げる。

「はい、IFSを通じて監視カメラをハッキングしてずっと見てました」
「凄い...」
「内緒ですよ?」
「私もアイが生きてると信じてます。絶対に探し出して見せますわ!」
「その意気です♪」

個室の中に二人の楽しげな笑い声が響く。
マナカは幾分縋っているような様子はあったが、希望が持てた事で目に力が出てきた。
目的も持てた事で笑う余裕も出たようだった。

「それで、私にお手伝いできる事は?」
「多分ですが、ナノマシンの研究になると思います」
「ナノマシン?」
「はい、両親の研究内容に遺跡ナノマシンの研究もあったんです。
研究所出る時に色々とデータを取ってきたのでその研究になると思いますよ」
「そうですか、ナノマシンと医療は私の領分ですし精一杯勤めますわ」
「明日には退院できるような事を言ってたので、また明日来ますね。
あ、そうだ忘れてた。マナカさん住む所ありませんよね、一緒に住みませんか?」

席を立とうとしたアオが思い出したようにマナカに尋ねた。
だが、そこまで世話になるのは心苦しいのか返答に困ってしまう。

「一緒に...ですか?そこまでお世話になる訳には...」
「いえ、3人で住んでますが無駄に広くて余ってるんです。1部屋空いてますしマナカさんさえよければ是非」
「そう...です...ね。わかりました、お言葉に甘えます」
「はい、ではまた明日来ますね」
「えぇ、何から何までありがとうございます」
「でわでわ~」

そうしてアオはぱたぱたと手を振ると部屋から出ていった。
それを見送ったマナカはしばらく扉を眺めていたが、膝を抱えるように身体を折ると胸の前で祈るように手を組んだ。

「アイ、一人にして御免ね。寂しい思いさせて御免ね。お母さんが必ず迎えに行くからね。少しだけ待っててね」

火星にいる娘へ届けとばかりに思いを込めていた。

病院を出たアオは自宅へと戻っていた。
リビングに抜けると、キッチンでルリとラピスがお昼ご飯を作っていたので、自分も加わる。
お昼を食べながらマナカの事について話し、一緒に住む事になったことも伝えた。
一緒に住む件は朝の時点で話をしていた。
元々アイというラピスと同年代の女の子の母親という事もあり、ラピスへいい影響を与えるだろうと考えての決定だった。
ルリとラピスはネットに潜って調べた事やアオが持ってきたデータで発見した事などを話していた。
食事が終わるとアオはルリとラピスに後片付けを任せ、出かける準備をする。
マナカへの差し入れを作る際に焼いたカスタードケーキを籠へ詰めていく。

「それじゃ、二人とも行ってくるね~」
「アカツキさんの所でしたよね?」
「そそ、マナカさんの件だけだからすぐ終わると思う」
「はい、お気をつけて」
「アオ、いってらっしゃい」
「あ~い、いってきま~す」

アオはパタパタと足音を響かせて出ていった。
その頃会長室ではアカツキが書類に目を走らせていた。
ざっと確認し判を押していく。
いつにも増して真剣なのは早く終わらしてアオに会いに行きたいからだった。
そこにカウンターからコールが入る。

「なんだい?」
「テンカワ・アオさんが見えています。『カスタードケーキ焼いてきたよ』だそうです」
「すぐ通してくれ」

心の中でガッツポーズをすると、通して貰った。
すぐにエリナへアオが来たからお茶を用意するように伝える。
普段は何かとさぼろうとする会長をやる気にさせる相手が来たのだ、煩くは言わなかった。
すぐに扉がノックされ、アオが中に通された。

「やっほ、頑張ってる?」
「あぁ、早く君に会いに行く為にね」

ほんと?とエリナに目を向けると「珍しくね」と認めた。
アオは幾分驚くと「珍しい」と漏らした。

「私なんかに会う為に頑張るなんてナガレって酔狂だね?」
「...アオ君、君は自分というものがわかってない」
「そう?十分わかってると思うけど...」
「私からはノーコメントです」

そのままここ数日常連になっている応接室へと向かう。
エリナがお茶を入れる間にアオが焼いてきたカスタードケーキを取り出す。
アカツキはつまみ食いしようとするが、少しくらい待ちなさいとアオに手を叩かれた。
それを見てクスクスと笑いながらエリナが戻ってくると、恒例のお茶会が始まる。
3人はカスタードケーキに舌鼓を打ち、マナカの事を含めて雑談をしていた。

「一緒に?」
「そ、ラピスの情緒教育にいいと思ったの。8歳の女の子のお母さんですから」
「まぁ、研究にも参加してくれるのなら問題はないよ」
「そうね、医療用の研究してたなら身体への影響などにも詳しいでしょうし、その辺も細かくやってくれそうね」
「あ、そうそう。ナノマシンといえばルリちゃんが面白い事言ってたよ」
「「面白い事?」」
「うん、研究所のデータ見てて発見したそうなんだけど、私の身体って実年齢と肉体年齢があってないじゃない?
かなり最初の方に投与されたナノマシンの影響らしくって、徐々に成長が遅くなってるみたいなのよ。
このままいくと、肉体年齢が20超えた辺りで成長が止まり老化しなく...」

そこまで言った時、目の前のエリナが物凄い形相で睨んでいるのに気付きアオは停止した。
アカツキは早くからそれに気付いていたようで、少しでも離れようとしている。
当のエリナは顔を真っ赤に紅潮させて親の仇でも見るような憎々しい目つきでアオを凝視していた。

「え、エリナさん?」

呼びかけても全く反応せず「敵、敵がいるわ、元が良いくせに言うに事欠いて老化が止まるですって?敵よ、こいつは敵」などと物騒な事をぶつぶつと呟いている。
アオは余りの怖さに思わずひいていると、エリナが突然立ち上がる。
思わずアオは「ひっ!」と情けない声を上げてしまう。
アカツキも身体をビクッと震わせるがソファーの角で小さくなっていない振りをしていた。
アオは勇気を振り絞ってなんとかなだめようと声をかけるがエリナは全く取り合う気配がない。
しばらくすると何かを悟ったような顔になり、笑い出した。

「ふふふふふ、そうね、そうよ。アオさん?私のお肌...いえ、全女性の為の礎になって貰うわ」

そう言いだすとアオの腕を掴み引きずり出した。
その恐ろしさはあの人を外れた外道と自称する北辰でさえ逃げ出すと思える程のモノがあった。

「ひぃっ!待って!エリナさん!ちゃんとデータがありますから!資料も残ってます!マナカさんにも手伝って貰いますから!だから待って!待って!や~~だぁ~~~!」

必死に逃れようと暴れ、言葉を重ねるがエリナにがっちりと握りしめられた腕は解けそうにない。
しかし、腕を掴まれつつもいやいやと逃げようとするアオにはいじめたくなるような可愛らしさがあった。
そして、アオが言った言葉を聞いてエリナの動きがピタリと止まる。
ギギギギと音がしそうにゆっくりとアオを振り返ると凍えそうに冷たい目で見下ろした。

「それ、本当?」

泣きながらエリナの目を見つめて何度も頷く。
エリナは満面の笑みを浮かべるとアオをそっと持ち上げ席へと戻し、自身も座っていた席へ戻った。

「アオさんも人が悪いわね。最初からそう言って下さればよかったのに。会長、ツキノさんとの契約へは私が"直接"伺います。
アオさん、ツキノさんの病室へ伺う際は私に"必ず"連絡を下さい。"必ず"ですよ。忘れないようにして下さい。」
「わ、わかったよ。エリナ君」
「ワカリマシタ、エリナサン」

その後、応接室の中ではいつにもまして柔らかい雰囲気のエリナと声をかけられるたびにビクッと身体を震わすアオ、アカツキの姿があった。

次の日、マナカの病室にルリとエリナの姿があった。
マナカとの契約に訪れたのだ。

「初めまして、ネルガル会長秘書をしております。エリナ・キンジョウ・ウォンと申します」
「え!会長秘書さん?」

マナカが思わずアオを見るが当人は困ったような顔で頬を掻いていた。

「はい、今回私が伺ったのは私の肌...いえ、全女性の未来の為に是非ともツキノ・マナカさんのお力を貸して頂きたいが為なんです!!」
「え?えっと、あの?」
「先日、こちらのテンカワ・アオから話を伺っていると聞いておりますが、間違いはないですね?」
「あ、はい。間違いないです」
「そして、ツキノさんは火星でナノマシンの研究をなさっていたというのも間違いはないですね?」
「はい、治療用ナノマシンになりますが、間違いないです」
「結構です。それでは全女性の未来の為というその内容を説明致します」

そしてエリナが熱い口調でマナカへ語りだす。
話しが進むうちにマナカにも熱が移って来たのか、どんどんと返事に力が入ってくる。
そしてアオが20超えた辺りで成長が止まるという話しになるとエリナとマナカの両名から刺すような視線を感じる。
アオは目線を逸らしながらそれは気のせいだと思い込んだ。
そして説明が終わる頃、マナカの目にも炎が宿っていた。

「えぇ、よ~くわかりました!私とエリナさんのお肌...いえ、全女性の未来の為にこの力存分にお使い下さい!
微力ながら全力を尽くさせて頂きますわ!!」
「わかってくれると思ってましたわ、マナカさん!」

二人は友情を確かめ合うようにお互いを抱き締めあう。
いつの間にか下の名前で呼び合っていた。
アオはそんな二人を遠巻きにうわぁ...と微妙な表情で眺めていた。
それからはトントン拍子に契約をしていき、マナカは「明日からでも!」と息巻いていた。
だが、エリナから病み上がりだからという事や研究所の手配があるという理由で週明けからの勤務となった。
それから退院の手続きを済ませ病院を出るとエリナが乗ってきた車に同乗し、マンションまで送って貰った。
車から降りる際もエリナとマナカは必ず成功させましょう!と意気込んでいた。
そして二人はエントランスホールへ入ると、まずはカウンターでマナカの静脈データを登録し、カードキーを貰った。
それが終わると部屋へと戻っていく。

「ルリちゃん、ラピスただいま~。マナカさん連れて来たよ」
「お邪魔します」
「アオさん、お帰りなさい」
「アオ、お帰り~」

奥から出てきた二人を見てマナカは驚いた。
話には聞いていたが二人ともIFS強化体質者の印でもある金色の目をしていたからだ。
その上アオに負けず劣らずの美少女である。
二人はマナカの前まで来るとぺこりと頭を下げた。

「初めまして、ツキノ・マナカさん。ホシノ・ルリです」
「初めまして、マナカ。ラピス・ラズリです」
「えっと、初めましてルリちゃん、ラピスちゃん。ツキノ・マナカです」
「マナカさん、見てもわかると思いますがルリちゃんもラピスもIFS強化体質者です。
ルリちゃんに関しては知ってらっしゃったと思いますが、ラピスは私と同じような身の上です。
年齢はルリちゃんが11歳で、ラピスが8歳になります」
「そう...アイと同じ歳なのね...」

自分の娘と同じ年齢の女の子が非合法の実験体として扱われていたという事実。
ラピスにアイを重ねて苦い顔をするが、心配そうな顔をしたラピスに気付くとすぐに表情を変えラピスの頭をゆっくりと撫でた。
マナカに頭を撫でて貰うラピスはすぐに満面の笑みを浮かべる。

「ね、ラピスちゃん。アオさんとルリちゃんと一緒にいて楽しい?」
「アオもルリも優しいし暖かくて好き」
「そう、よかったわ。ラピスちゃん、これからよろしくね?」

恥ずかしそうに頬を染めながら、でも口調はしっかりと言い切るラピスを見てマナカは微笑む。
それからラピスを柔らかく抱きしめた。

「マナカも暖かい。それに柔らかい。好きになれると思う」
「一杯好きになってくれるように頑張るわ」

アオとルリは二人の様子を眩しそうに眺めていた。
それから3人がかりでマナカを案内していく。
部屋の大きさ、そして3人で暮らしていたのにベッドが一つだけな事、書斎にあるコンピュータの凄さ、キッチンの広さと終始驚きっぱなしだった。

「色々と凄過ぎてびっくりよ。アオさんって何者なの?」
「私は至って普通の女の子なつもりなんですが...」
「アオさん、それで普通って言ってたら一般の方に怒られますよ?」
「うん、アオは凄い」
「クスクス。二人にかかるとアオさんも肩なしね。それで、私はどこで寝ればいいのかしら?」
「一緒にって考えてましたけど...駄目でした?」

確認するのを忘れてたと思いつつ、恐る恐るマナカに尋ねる。
それを受けて少し考える素振りをしたマナカは逆にアオへと尋ねた。

「お邪魔じゃないかしら?」
「私は構いませんよ」
「マナカは邪魔じゃない」
「だそうですが、どうでしょう?」
「それじゃお言葉に甘えちゃいますね」

その後夕ご飯を作る際、ルリだけではなくラピスも手伝う事にマナカは驚いていた。
主婦であった事もあり、見てるだけという状況は我慢出来なかったマナカもなし崩し的に手伝う事となり、4人で料理を作る事となった。
アオはルリへ細かい味付け方法やコツを教えながら、マナカはラピスへ基本的な事を伝えながら和気あいあいと進んでいく。
4人で初めて作るにしてはかなり手際よく出来、かなり豪勢な夕ご飯となった。
食事をしながら病院での一件や昨日のエリナの怖さについて話したり、ルリとラピスが調べた結果などを話し合う。
そんな中アオがルリとラピスを見ると思い付いたように言った。

「ね、ルリちゃん、ラピス。明日から私と一緒にトレーニングしない?」
「「トレーニング?」」
「うんうん、二人ともほとんど運動した事ないでしょ?
そのままじゃ体力も力も少ないから不審者から逃げられないよ」
「そうね、二人とも凄い可愛いし、狙われやすいわね」

アオとマナカから言われるが、身体を動かすという事に面倒臭さを感じいい顔をしない。

「無理にとは言わないよ。だけどある程度身体動かさないとあんまり成長しないよ?
ルリちゃんは特に気にしてたじゃん?ラピスもぺたんこはイヤでしょ?」
「「うっ...」」

アオのぺたんこ発言に思わず胸を確認してしまうルリとラピス。
二人して恨めしそうな目でアオを睨む。

「そんな睨まなくても...」
「わかりました、そこまでけなされてやらなきゃ女が廃ります」
「私もやる」
「そ、そっか、よかった」
「ただ、もし成長しなかったらアオさんが責任取ってくれるんですよね?」
「えっ!?」
「アオは運動しないと成長しないって言った。なら運動すれば成長するって事だよ」
「それは、揚げ足取りって言うんじゃ...」
「「なにか言いました?」」
「何でもありません...」

そんな3人を微笑ましそうに見ていたマナカがアオに声をかける。

「身体の事を言うなら、アオさんの身体って本当に羨ましいわ。
老いなくなるってある意味で全人類の憧れよ?」

その言葉を受けたアオだったが不用意な一言を言ってしまった。

「でも、老化が止まるってそこまで大層な事じゃないと思うんだけど?」
「...アオさん、口は災いの元って知ってますか?」

横に座っているルリと向かいのラピスから白い目で見られてしまった。
そして斜向かいには...
エリナと同じような修羅がいた。

「いいわ、アオさん。貴女がどれだけ恵まれているのかわかってないようなので説明しましょう」

ぐったりしたアオは「間違いなくアイちゃんの母親だった」と言っていたとか。
その後お風呂はアオとルリ、マナカとラピスでつかる事となった。
ラピスがマナカと入ろうと言い出したのだ。
母という雰囲気が安心するのか、初日にも関わらずかなり懐いていた。
お風呂から上がり、寝支度を整えると寝室へ向かう。
お休みのキスをしているのを見たマナカは幾分驚いていたが、幸せそうなルリとラピスの表情に何か勘付いたようだった。

「アオさんってキスする時だけ男性みたいな表情になるんですね♪
ルリちゃんとラピスちゃんが羨ましいわ♪」

鋭い突っ込みに焦る3人だった。
そんな3人を見たマナカは逆に3人の味方だから心配しないでと深読みをする。
それを受けて必死に弁解しようとするが、全て逆効果になり最終的に3人の関係を応援して貰う事になった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_09話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:56
マナカと4人生活になってからもアオ、ルリ、ラピスは慌ただしく過ごしていた。
アオとルリ、ラピスの3人は早朝に起き、走り込みや柔軟など身体作りを始めた。
3人がトレーニングしている間にマナカが朝食を作る事になった。
朝食を食べ、後片付けを済ませたあとはそれぞれの仕事へと取りかかっていく。

アオはユーチャリスから研究所への資料移動や火星の状況確認。
そしてナデシコ関係の研究・開発の経過確認や指示。
更にアカツキへの報告や冷やかしと動きまわっていた。
ユーチャリスから移動する資料については大半がナノマシンになり、マナカが入る研究所へ持って行った。
火星の状況についてはほぼ変わらず、ジェネレーターとフィールド発生装置の量産化は1ヶ月程で目処がつくと伝えられた。
ナデシコ関係の研究・開発については元々の詳細なデータがあるのでそれに基づいて試作しチェックをするのが主になり、比較的早く物になる事がわかった。
アカツキへは菓子折り持って進捗状況を伝え、「仕事頑張って~」と発破をかけるだけかけて帰っていくというカンフル剤のような役目に納まっていた。

ルリとラピスも連合政府、軍、他企業の情報集めに加え、研究・開発の経過確認や指示も行っていた。
二人が集めている情報は自治政府樹立の下準備である。

マナカは今のうちに出来る事をするという事で研究所のナノマシンデータを貰い、一つ一つ確認していた。

そして、合間を見てはIFS強化体質者の研究所から保護した子供たちのお見舞いもしていた。
アオはかなり忙しくて面倒が見切れない為預ける事になっているのが心苦しかったのだが、その分エリナやマナカがよく顔を出していた。
見かけに寄らず子供好きなエリナや母親であるマナカの雰囲気に安心するのか少しずつ笑顔が出るようになっていた。
それでも一番懐かれているのはアオであり、妖精を引き寄せる体質は相変わらずだった。
何故か初対面でも懐かれてしまうらしい。

アカツキはアオからのデータを元にした社長派の研究所の調査に取り掛かっており、判明した所から順次潰していた。
社長派の非合法な研究所といってもIFS強化体質者の研究だけではない。
遺跡ナノマシンやボソンジャンプの研究もある。
それでも隠れた研究所が多い訳でもなく半月ほどで目処がつきそうだった。
保護した子供たちは一旦すべての研究所が潰されるまでは病院で預かり、その後孤児院で面倒を見る事になっていた。

そして一週間程経ったある日、一本の連絡が入った。

「もしもし、どなたですか?」
「その声はアオ君だね、丁度良かったよ。
君の弟君を見つけたよ、記憶通りサセボにいるそうだ」

アキトが見つかったという報告についに来たねと口にした。

「そっか、私が探してるって伝えてくれた?」
「あぁ、うちに身を寄せている事も含めて伝えてあるよ」
「ナガレ、ありがとね。明日マナカさんと行ってみるよ」
「感謝してくれるならボクと一緒にご飯に行ってくれると嬉しいんだけどなぁ」

アオの感謝を受けてアカツキは調子に乗ってデートに誘う。
しかし、アキト時代と負けず劣らずの鈍感なアオにその言葉内にある真意などは理解されるはずもなかった。

「今度ちゃんとルリちゃん達も誘ってみるからその時にお願いね。
それと、うちに来たらご飯ご馳走するよって言ってあるはずなんだけど?」
「いや、そうじゃないんだ、そうじゃないんだよ。
手料理も手料理で嬉しいんだけどね...」
「無理にとは言わないけど、みんなも喜ぶと思うよ?」

なんとかわかって貰おうとアカツキは言葉を重ねるが、アオは何か家では都合が悪いのかと考え嫌ならいいよと伝える。
それを受けてアカツキは電話口でうなだれた。
アカツキの経験上でもここまで鈍感な女性はいなかったのだからしょうがないだろう。
そうやって頭を悩ますアカツキを見ながらエリナは楽しそうにニヤニヤしていた。

「(鈍感というのがここまでもどかしいとはね...しかも全て本気で言っているから手に負えない。ここは外堀から埋めていくしかないか...)」
「お~い、ナガレ~?」
「あぁ、なんでもない、大丈夫。そうだね、今度ご飯をご馳走に伺うよ。連絡はどれくらい前にすればいいかい?」
「そうだね、最悪当日の朝でもなんとかなるけど、何かリクエストするなら前の日には連絡欲しいかな」

アカツキはふむ...と考えるとすぐに切りだした。

「そうかい、それなら急だけど明後日では駄目かい?」
「ほんとに急だね、わかったよ。リクエストはある?」
「洋食や肉ばかりだからね、和食で魚はいけるかい?」
「いいよ。駄目な魚とかある?」
「気にしないでくれていいよ。手土産にいいお酒があるから持って行こうかな」
「自分で飲むならど~ぞ~。私は未成年だし、ルリちゃんとラピスに飲ませたら叩きだすけどね」

お酒の台詞にアオはむっとなるが、そういうノリを楽しむようなやつだという事を知っていたので特に気にせず返した。
案の定冗談だったらしく代替案を出してくる。

「そうかい、なら食後に食べれる物でも何か持って行くよ」
「ん、わかった。20時頃に来て貰えればご馳走出来るように準備しておくね。
あ、何人で来る?」
「ふむ...すぐ確認するから少し待ってくれ」

そう言って保留にするとエリナの方へ向き直る。
エリナはアカツキの言葉で何を聞きたいのかおおよそわかっていたのか即答した。

「という事で、エリナ君明後日アオ君の家でご馳走にならないか?」
「どういう事なのかは知らないけどなんとかく分かるからいいわ。プロスとゴートも参加させるように言い含めておくから3名追加にしておいて」
「はいはい。アオ君お待たせ。ボクとエリナ君、プロス君、ゴート君の4人で行くよ」
「はいはい。了解しましたよ。それじゃ、明後日ね。エリナがナガレは最近頑張りすぎてて気味が悪いって言ってたし、倒れる前にちゃんと休まないと駄目だよ?」

途中で長考に入っていた事を心配したのか、アオが言葉を投げるがエリナにそんな事を言われていた事を知りアカツキは絶句する。

「あ...あぁ、わかったよ」
「うん、それじゃね~」

通話が切れた受話器を眺めつつアカツキはしばらくニヤニヤとしていた。
そんなアカツキを見てエリナが心底嫌そうに言い捨てた。

「気持悪いからその顔止めてくれませんか、会長?」

アオの方は電話を切るとすぐに研究所にいるマナカへ連絡を入れ、アキトが生きていた事とサセボにいる事を伝えた。
アキトも生きていたんだから、アイちゃんも生きてるはずですとも伝えると涙声で何度もありがとうございますと述べていた。
アオはマナカが落ち着くと、「明日サセボへ向かい顔を合わせに行くので一緒にどうか」と聞いた。
マナカはそれを二つ返事で了承した。

次の日、アオ達の住む部屋の玄関に旅支度を済ませたアオとマナカの姿があった。
ルリとラピスはこちらのアキトとは面識がないので今回はお留守番になった。
ラピスは寂しそうな表情で二人を見上げている。
ルリはそれを見てしょうがないなという顔をしながら頭を抱き寄せていた。

「それじゃ、夜には戻ってくるからお留守番よろしくね。
ルリちゃん、ラピスをお願いね」
「はい、お気をつけて。ほら、ラピスそんな顔しないの」
「...帰ってくる?」
「ラピスちゃん。いい子にしてたら絶対帰ってくるわよ」
「...ほんと?」
「約束する」
「...わかった」
「ラピスはいいこだね」

ようやく納得したラピスにアオは微笑みつつ頭を撫でる。
ラピスは嬉しさと寂しさが混じったような表情でアオに「すぐ帰ってきてね?」と伝えた。

「うん、なるべく早く帰ってくるね。それじゃいってきます」
「アオさん借りちゃって御免なさいね。いってきます」
「「いってらっしゃい」」

そうしてアオとマナカはサセボへと旅立って行った。
その頃サセボにある雪谷食堂ではテンカワ・アキトがそわそわしていた。
仕込み中も気が入りきらない様子で店長であるサイゾウから何度か叱られていた。

「おい、アキト!嬉しいのはわかるがうっとうしい!やる気ねぇなら休んどけ!」
「す、すいません!」

叱られると落ち着くのだがしばらくするとまたそわそわとしだす。
(まぁ、まだ若いからしょうがないがな)
サイゾウはそう思っていた。
だが、だからといって甘やかすのは彼の性分ではないのである。
それから数時間後、雪谷食堂の前に2人の女性が立っていた。

「雪谷食堂...ここみたいですね」
「はい、間違いないですね。それじゃ、マナカさん入りますか」
「ちょっと緊張しますね」
「そうですね」

二人はクスクス笑うと暖簾をくぐった。
店の中はかなり繁盛しており、空いてる席は少なかった。
近辺で働いている者が来る為か、男性の客ばかりである。
扉が開く音がしても、店内のほぼ全員が新しい客程度にしか気に留めていなかったが、最近入ったばかりの男性従業員だけはその姿を見て硬直する。

「あい、らっしゃい!」
「あ、いらっしゃ...」
「やっほ、アキト~」
「アキトさん、お久しぶりです」

突然鈴の音を鳴らしたような声が響き店内の客は全員弾かれたように振り向いた。
全員の注目を浴びる二人の女性はそんな空気を物ともせずに席を探す。
客たちはそんな二人を呆けたようにただ眺めていた。

「マナカさん、何処座ります?」
「あ、あそこの奥空いてますよ」
「ほんとだ」

マイペースに席を選んでそこへ座ると、アオがアキトを呼ぶ。

「こら、アキト~。ボーっとしてないでお水とお手拭き頂戴」

そんな声が届いてもアキトはまだ復帰出来ていない。
調理中だった為か、すぐに復活していたサイゾウは業を煮やしたようにアキトへ怒鳴った。

「アキト!何呆けてやがる!さっさと動け!」
「あ、はい!」

店中に響き渡るような怒声にようやく復活するとすぐ水とお絞りを持って行った。

「二人とも、本当に生きて...」
「うん、二人とも足はあるよ。ただ、その話は後でね、仕事中でしょ?」
「えぇ、積もる話もありますが、アキトさんがまた叱られては困ってしまいます」

そう言われて厨房の方を伺うと、サイゾウは調理しながらもちゃんと仕事しているかチラチラと確認していた。

「わかった。それじゃ、注文は?」
「私はチャーシューメンとチャーハン大盛りで!」
「私は雪谷ラーメンにします」
「はいよ。サイゾウさん、チェーシュー大、チャーハン大、ラーメンを1丁」
「あいよ。アキト、お前はチャーハンやれ」
「はい!」

そんな後ろ姿をアオとマナカはニコニコと眺めている。
周りの客はアキト達の関係を測りかねているのかしきりに首を傾げていたが、綺麗な女性二人と仲が良さそうに話すアキトへ嫉妬の視線を向けていた。
しばらくすると料理が届き、二人は食べ始めた。
アオは懐かしい味に目を細め、マナカは思ってた以上の味に舌鼓を打っていた。
二人は食べ終わると、休憩時間にアキトと話をさせて貰えるようにサイゾウへ頼んだ。
サイゾウは二つ返事で了承すると、アキトへ話しが終わるまで休憩にするから時間を気にせず行って来いと背中を叩いた。
そうして3人は一旦お店を出ると近くにある喫茶店へ行く事にした。

「えっと、二人ともどうやって...?それと...アイちゃんは?」
「アキト、そんなに焦らないの。ちゃんと話すから安心して?」

道中でどうしても気になってしまい問いかけるが、そう言われてしまうと黙るしかなかった。
喫茶店へはすぐに到着した。
個人経営らしくマスターとその奥さんと見られる女性が働いていて、落ち着いた雰囲気をしている。
一つ一つのテーブルがゆったりと余裕をもてるようにスペースを空けてありソファーも深く座れるようになっていた。
3人は奥の席へ向かうと、奥側へアオ、その横へマナカ、手前にアキトが座った。
すぐにホールにいた女性が注文を取りに来たので全員アイスコーヒーを頼む。
3人分届き、一息つくとアオが口を開いた。

「さて、一つずつ答えるね。
まず最初に、どうして私達が助かったか。それはアキト、貴方のおかげよ」
「俺のおかげ!?」

思ってもみなかった言葉に思わず声を上げる。

「そ、信じられないかもしれないけどアキトのおかげなの。
その要因の一つはアキトがしていたネックレスよ。
ねぇアキト、首から下げてたネックレスはいつ無くしたの?」
「ネックレス?えっと...火星で訳が分からなくなって...気がついたら地球で、その時にはなくなっていた」
「そのネックレスって誰から貰ったか覚えてる?」
「両親にお守りだっていって貰った」
「うん、それと、両親共に科学者だったのは覚えてる?」
「あぁ、覚えてるけど...姉さん、それに何の関係があるんだ?」

今一つ煮え切れない質問ばかりでアキトは少し苛ついた。
しかし、そんなアキトを気にもしないでアオは続けた。

「全部関係があるの。
私達の親が研究していた内容の中にボソンジャンプっていうものがあるの。
そのボソンジャンプっていうのはいわゆるワープとかテレポートに近い現象なのよ。
ある場所から一瞬である場所へ距離とか関係なくぴょ~んと飛んでこれるの。
詳しい原理はこの際うっちゃって、問題はそれが起こる為に必要な物があって」
「それが、あのネックレス?」
「そ、そういう事。理解が早くてお姉ちゃん嬉しいわ♪」

アオは本当に嬉しそうにニコニコと笑うと褒めた。
だが、余りの事にアキトは素直に信じられない。

「でもそんな、それじゃ漫画じゃないか」
「アキト。現に私達3人は今地球にいるわ。それが証拠よ?
今理解しろなんて言ってないのよ。とりあえずそういう物だって受け入れればいいの」
「でも、なんでボクにそんな事が?」

何故自分なんかに?そういう疑問がアキトの頭に浮かんだ。
自分を今までただの人間だと思っていたのにいきなり特別扱いされたような気がしていた。

「それは貴方だけが特別な訳じゃないのよ。たまたま貴方がジャンプ出来るようになるアイテムを持っていただけなの」
「どういう事?」

そんなアキトの内情をわかっているのか、安心させるようにアキトだけではないと言い聞かす。
それを受けて幾分安心したアキトはその理由を尋ねた。

「えっとね、火星で生活した事がある人には出来るみたいなのよね、何故火星だけなのかまではわからないわ」
「じゃあ地球の人がやろうとしたら?」
「自分でやろうとしてもそもそも出来ないし、近くにいても巻き込まれもしないわ。
乗り物に乗って、それごとジャンプするなら出来るだろうけど、愉快な結果にはならないと思う」
「そっか...というか、姉さんは何でそんなに詳しいんだ?」

話しの最初の方では突拍子もない事ばかりでただ驚いていたアキトだったが、ここに来てようやく落ち着いてきた。
そこでようやく自分の姉が何故こんなに詳しいのか疑問に思った。
息子である自分でさえ知らない親の研究について知っていて、しかもかなり詳しいのだからもっともだろう。
それに対してアオは「火星で私が言った事覚えてない?」と返す。

「火星で言ったでしょ?私がいたのは研究所よ。しかも両親の研究データを盗んだやつの。
研究所のシステム掌握してたからデータは全部頭の中入ってるのよね」
「へぇ~~~...」

凄い便利だなと素直な感想をアキトは漏らした。

「それで、今の話は大丈夫?」
「あ、うん。そういうもんだって事なんだよね?」
「そ、アキトがいい子でお姉ちゃんは鼻が高いです。いい子いい子しちゃいます」
「ちょ!やめ!!」

そう言うとアオはほんとにアキトの頭を撫でいい子いい子と言っていた。
アキトは恥ずかしがって顔を真っ赤にして逃れようとしている。
マナカはそれを見ながらクスクスと笑っている。

「それで次にアイちゃんの事だけど、一旦小休止入れましょうか」

そういうとアオは「ん~~~っ!」と背伸びをした。
そしてしばらくまったりと談笑をする。

「二人は今ネルガルにいるんだっけ?」
「そだよ~。私と同じ境遇の子二人とマナカさんとの4人暮らし~」
「へぇ、そうなんだ」
「ものっ凄い可愛いのよ。でもね、ルリちゃんもラピスも私のものだからね。
それに私もあの子達のだからあげないからね!」
「取らないよ!」

お手付き許しません!とばかりにアキトを可愛く睨むアオだが、言葉の内容がかなり危ないのはわざとなのだろうか。。
3人の事を応援してるマナカはそんなアオの発言など全く気にせず、むしろ煽っていく。

「アキトさんは節操なしな気がしますから、アオさんは気をつけて下さいね」
「私としてはマナカさんが首根っこ捕まえてくれると安心出来るんですけどね~」

それを受けてアオはマナカを炊きつけるような言葉を返した。
炊きつけられたマナカの目に危ない光が宿る。

「あら、そんな事言っていいんですか?本気になりますよ?」
「がんがんいっちゃって下さい。優柔不断で朴念仁なアキトに大人のオンナをたっぷりと教えてあげて下さい♪」
「えぇ、お姉様の了承も出た事ですし、アキトさんに手取り足とりお教えする事にします」
「二人ともこっちの意見は完全無視かよ!」

女性同士のこんな会話に慣れてないアキトは顔を真っ赤にして怒鳴る。
それを見ながらアオとマナカは可愛いと更にからかう。
それを受けて、ついにアキトはふてくされたようにそっぽを向いた。
そんなアキトを愛おしい者を見るように二人は眺めていた。
しばらくそっぽを向いていたアキトは神妙な表情に変わると、二人へ向き直った。

「姉さん、マナカさん」
「アキト。どうしたの?」
「アキトさん?」
「あの時、気がついたら地球にいて本当に何が起こったかわからなくて...
これは夢なんじゃないかって思ったこともあった。
一人みんなを置いて逃げ出したような...
みんなと一緒に死ねずに置いて行かれたような...
そんな気持ちになって、こんな何も知らない所に一人でいて心細くて...
でも、姉さんとマナカさんを...助けられたんだって実感したら凄く嬉しくって...」

そこまで続けると、アキトの目から堪え切れずに涙が溢れる。
それを見て二人は立ち上がるとアキトを優しく抱擁した。

「そう、私とマナカさんは貴方のおかげで助かったんだよ。
だから、何も気に病まなくていいの。頑張ったね、アキト。
それと、助けてくれてありがとうね」
「アキトさん、本当にありがとうございます。
アキトさんのお陰で私もアオさんも命を永らえてこうしてアキトさんに出会えています。
だから胸を張って下さい」

そのまましばらくの間、アキトは溜まっていた何かを出し切るように泣き続けた。
二人はアキトが落ち着くまで、そのまま好きにさせていた。
しばらくするとアキトは顔を上げ、頬を染めながら服を濡らしてすいませんと謝った。

「お姉ちゃ~んって感じで可愛かったから大丈夫。また泣きそうになったら私を呼んでね?」
「アオさん、姉が慰めるのは小学生までですよ。アキトさんは大人ですからその役目は恋人がするべきです」

しかし、そんな言葉もからかいの種になってしまい、またアキトはしどろもどろになってしまった。

「さてさて、後はアイちゃんの事なんだけど」
「うん」
「率直に言うと、火星に居ます!」
「火星?地球じゃないの?」
「そこにはまたさっきのボソンジャンプが出てくるの。
ボソンジャンプで飛ぶ先を決定するには何かをイメージする事が必要なの」
「イメージ?」
「そ、イメージ。私はマナカさんとくっ付いて飛んできたから例外。
マナカさんは地球生まれなので、地球へ飛んできた」

しかし、アキトも地球へは来た事がない。
そんな自分が何故ここにいるのだろうと考える。

「でも、俺は地球へ来た事なんかないけど?」
「うん、だけど地球がどういう所か知ってるでしょ?
それと何か気になる事が地球にあったんじゃない?
例えば昔好きだった子が地球に引っ越してるとか、そういうの」
「う~~~ん...」
(両親の死の真相を知っていそうな幼馴染はいるけど好きだった子っていたかな?)

とほぼ当たっている事を考えていたアキトだった。
しかし、それ以上浮かんでこないのかアキトは好きな子?好きな子?としきりに頭を捻っている。
そこから言葉を繋いだのはマナカだった。

「あの子は、アイは8歳でしたから地球がどういう所かなんて詳しく知りません。
私も忙しく、ユートピアコロニーから出た事もありませんでした。
ですから、今いるとすればユートピアコロニーのどこかだと思うんです」
「そんな!それじゃあ!」
「ですが、全部のシェルターがどうなったかなんてわかりません。
ですが、こうして私もアキトさんもアオさんも生きています。
ですからあの子も必ず生きています!生きてるはずです!」
「すいませんでした」
「いえ、気になさらないで下さい」

母親としての必死の訴えにアキトは口に出そうとした言葉を恥じた。
マナカはすぐに自分の心情を察して謝ったアキトに対して不快には全くせずすぐに許した。

「それで、アキトさん。私とアオさんはアキトさんにお願いに伺ったんです」
「お願いですか?」
「アキトさん。一緒に火星に行って頂けませんか?」
「火星に!?どうやって!?」

まさか火星へ行けるとは思っていなかったアキトは思わず声を上げる。
そこからはアオが言葉を繋いだ。

「私が説明するね。私とマナカさんが今ネルガルにいるのは火星に行く為なの。
あるプロジェクトがあって、その目的は火星へ行って生存者の発見と救助をする事。
ただ、火星生まれというだけで参加出来る訳でも船に乗れる訳でもないの」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「アキト、IFS持ってるわよね。
行って帰ってくる間だけでもいいからパイロットやってくれないかな?
それで、私達を守って欲しいんだ」
「な!!」

『なんでパイロットなんかを!コックがやりたいのに!』とアキトが口に出す前にアオは言葉を続ける。

「アキトがコックをやりたいのは知ってるし、それを諦めろって事ではないの。
でも、IFSを持ってるアキトならそれが出来るの。
私達を救ってくれたアキトが守ってくれるなら私達は安心して船に乗っていられる」
「オレが、守る?」
「そう、訓練もあるから凄い大変になると思う。
ただ、雪谷食堂で働きながらでもなんとかなるしなんとかしてみせるわ。
だから、アキトにお願いしたいの」
「オレの...出来る事...」
「うん、戦うコックさんだね」
「...わかったよ、姉さんとマナカさんの乗る船はオレが守る」

火星に行ける事は凄い魅力的だった。
しかし、自分の夢を諦める事や曲げる事を許せるほど年を重ねている訳ではなかった。
だが、大変ではあるが両立は出来る、何より自分の大切な人を守るという事に元が熱血なアキトは惹かれていた。
そしてアキトは了承した。
その言葉を聞いた二人は安心したように息をついた。

「急に色々とごめんね、アキト。
でも決めてくれて凄い嬉しいよ、ありがとう」
「私からもありがとうございます。
アキトさんも行って下さるなら、アイもきっと喜びます」
「そんな褒めないで下さい。
姉さんもアイちゃんもマナカさんもしっかりとした形で救えなかった、守れなかったんだ。
次こそはしっかり守ってみせるよ」

火星では中途半端だった。しかも一番小さな女の子は火星に残したままである。
次こそはしっかり守って見せる。救ってみせると自分に言い聞かせていた。

「うん、頑張れ、アキト。
それでね、実は契約書を預かってきちゃってるんだ。
ちゃちゃっとサインしちゃって欲しいな」
「なんでそんなに用意がいいんだ?」
「だって次いつ来るかわからないじゃない?
早めに契約した方がお給料も早く出るの♪」

そう言うと手早く契約書について説明していく。
アキトは若干乗せられたような事を感じながらも真剣に内容を聞き、サインした。

「うん、おっけーだね。
それで、実際船に乗るまで何もしない訳にはいかないのはわかるよね?」
「それくらいはわかるけど、何すればいい?」
「ただ、エステバリスもちゃんとしたのが出来てなくてテストパイロットとしての登場もまだ出来ないのよね。
そこでアキトには私達がサセボに来るまで体力作りをして貰います。
という事で、はいこれメニュー」

そう言うとあらかじめ用意しておいたトレーニングメニューを出してくる。
かなり細かい説明まで載ってる上にぱっと見でもハードな内容だとわかる物だった。

「なっ!なんでこんなの用意してあるんだよ、姉さん!
くそ、最初からそのつもりだったな!」
「んっふっふ~。内緒です。もう契約書にサイン貰ったから撤回させない。
それに、さっき言った事自体は本気よ?
それともアキトは自分の言葉がその場限りの嘘だって言うつもり?」
「ぐっ...そんな事はない...けど、姉さん汚ねぇ...」

自分が乗せられた事に気付いたが、さっきの気持は嘘ではない。
やり切れなさを感じながらも元来真面目なアキトは頷くしかなかった。
せめても自分を手玉に取る姉を罵るくらいは許されるだろう。

「こっちに来たらパイロットとしてもビシバシ鍛えてあげるからね。
楽しみに待っててね~♪」
「はっ!?姉さん、操縦出来るのか!?」
「え!!アオさん乗れるんですか?」

しかし、それもアオの一言で崩れる。
マナカも知らなかった事にアキトと二人で驚愕する。

「お姉ちゃんに不可能はないのですよ~」
「うわっ騙された気分だ...」
「私もそこまで出来るとは知りませんでした...」
「騙したとか言わないの。決めたのはアキト自身よ?
お願いはしたけど、誰も強制はしてないでしょ?」

それからアオはアキトに散々「ずるい!汚い!」と言われるが、楽しそうに笑いながらのらりくらりと交わすだけだった。
マナカもエステバリスに乗れるという事実には驚いたが、アキトが気負いしないように冗談めかすアオの優しさにクスクスと笑みを零していた。
それでも最後は持ち前の真面目さからコックもパイロットも頑張るという形に落ち着いた。
そして話しも尽きた頃合いを見て、3人は喫茶店から出た。

「それじゃ、私達は戻るね。店長さんへ美味しかったですって伝えておいて」
「アキトさん、お元気で」
「はい、姉さんもマナカさんも気をつけて」
「今度はルリちゃんとラピスも連れて4人で来るからね」
「そっか、楽しみにしてる」

そうしてアオとマナカはアキトと別れサセボを発った。



[19794] 天河くんの家庭の事情_10話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:56
サセボを出たアオとマナカはマンションの近くまで戻って来ていた。
そこで、アオはマナカに先に帰って貰いアカツキの所へ報告に向かった。
いつものように会長室へ向かうと、待ちかねたかのようにアカツキが声をかけた。
エリナもアオに声をかけるとひらひらと手を振る。
エリナも気を許して来たのか、アオが来る時はかなりフランクになっているようだ。

「やぁ、アオ君。弟君は元気だったかい?」
「うん、元気元気。私とマナカさんを助けられたって事になってるし、今回ので目的も出来たから怖いのから逃げるっていうのは無くなると思うよ」
「そうかい、それは結構だ」
「それで、これがその契約書」

そう言うとアキトのサインが入った契約書をアカツキに渡す。
アカツキはざっと不備がないか確認していく。

「お、わざわざすまないね。...ふむ、とりあえずはテストパイロットね」
「そ、時間があるのにナデシコが飛ぶまで何もしないなんて勿体ないからね、サセボに行ったらたっぷり絞ってやろうかなって思ってる。
帰る時に一人で出来るメニューは渡したし、なんとかなるでしょう」

しかし、そのメニューの余りの過酷さにアキトが途方に暮れていた事まではわからなかった。
その後サセボの街には早朝と夜に恨み事を口にしながらやけくその様に我武者羅に走る少年の姿が見える事となる。

話の中でサセボという言葉に反応したアカツキは話しを切りだす。

「そう、そのサセボの事で連絡しようと思ってたんだ」
「ん?何か進展あったの?」

サセボの事ならナデシコ関係の話しである。
戦艦全体の組み上げを始める段階になってからサセボでの作業になるのでそう聞いた。

「あぁ、君の持ってきた詳細なデータと君達監修のお陰で各機関毎の稼働テストが以前の計画と同時期には終わる見込みになった。
そこで当初の予定通り月が変わった11月にはサセボでナデシコの建造を始める予定だよ。
来年の8月までには全ての稼働実験が終わるから先に艦体を作り始めて順次組み込んでいく形になる。
エステバリスの稼働実験は12月に終わるから、実働試験として本格的に動かすのはそれからになるよ」
「あ、アオさん。ちなみに今回の件でアオさんとルリちゃん、ラピスちゃんにはボーナス弾む事になるから期待しててね」
「わ、やった!ありがとう、エリナさん♪」
「どういたしまして~」

書類を読みながら話しに耳を傾けていたエリナは、話しに割り込むと顔を上げて言った。
思わぬボーナスアップにアオは素直に喜んだ。
頭の中では

(早くルリちゃんとラピスにも教えなきゃ♪それに何かプレゼント買ってあげよう)

などと考えていた。

「そうなると、人集めも予定通り年を跨いでから?」
「そういう事になるけど。何か希望があるのかい?この人は早めに取って欲しいとか」

アオは顎に手をやり少し上を向きつつ思案すると思いついたように切りだした。

「そうね...ウリバタケさんは早めに欲しいな。ただ、オリエさんに悪いからせめてお給金はよくしてあげて欲しいのよね。
あと、あの人の改造と発明でかなり助けられるから別途に開発費を設けてあげる事は出来る?」
「ふむ、何の信用もないのにそういう訳にはいかないな。向こうもいきなりそこまでされては気味悪がるだろうしね。
だけど、そんなに凄いのかい?」

アオがそこまで褒めるのだ、興味が湧いたアカツキは詳しい事を聞いた。
アオは一つ一つ思い出すように指折りしていく。

「えっと、ディストーションフィールド中和装置やディストーションフィールドを応用しての隔壁毎のブロックに...
小型のジャンプユニットとか大抵のセンサーを誤魔化せる迷彩シートもあの人が作ってたわね。
他にもあったはずだけどすぐには出てこないや...
ジャンプユニットはイネスさんからの依頼で作ったみたいだけどね」
「そうか、エリナ君、なんとか出来そうかい?」

こちらの利益にもなりそうだと考えたアカツキは半ば受け入れていた。
そこで、契約内容をどうするか、エリナの意見を聞いた。

「そうね...全部が全部成功する訳じゃないだろうし闇雲に資金だけあげて使い込まれたらたまったものではないですわ。
ただ、出来あがった物が有用だった場合、それにかかった費用を返上するって形なら何とかなると考えられます。
そこでの水増し程度なら可愛いものですから」
「じゃ、そんな形でいこうか」

エリナの答えに満足したアカツキはその意見を通す。
それを受けてアオは続けた。

「後はパイロットの教育かな?シミュレーターくらい早く出来るでしょ?」
「それくらいなら問題ないだろうね、シミュレーターの数が出揃い次第パイロットと契約するようにしよう」

パイロットについては異存がなかったのかすぐ意見を受け入れた。
そしてまだ他にいるかい?と目線で問いかける。

「後は、大丈夫かなぁ...あ、少し話は変わるんだけどボソン通信とボソン技術の確立の件いつ頃目処が立ちそう?」
「エリナ君わかるかい?」
「はい、ボソン通信については今月末には、運搬用のボソン技術は年内にはなんとかなりそうです」
「ありがとうございます。ボソン通信が出来たら一度火星と話して貰っていいですか?それと同時に政府や軍と交渉を始めようと思う」
「そうかい、わかったよ。そうなると更に忙しくなるねぇ。アオ君にも色々手伝って貰わないといけないね」

アカツキの顔が商売人の顔へと変わる。
交渉の内容が内容なので、一つでも大きくしくじると全てが水の泡になる。
それどころか反逆罪で極刑になるだろうし、ネルガルも終わるからだ。
一つ一つ丁寧に舵取りをしていかないといけなくなる。

「え~、ナガレの本分でしょ?」
「立案はそちらだと記憶してるんだけどね?」
「冗談ですよぅ。過労死したらどうしよ...」

自分でさえ浮足立ってしまいそうになる程の大きな話ではあるが、目の前にいる少女と轡を並べられるならなんら不安はない。
そう本気で考えている自分に本当にどうにかしてしまったようだと苦笑するアカツキだった。

「どうしたの、ナガレ?変な顔してるよ?」
「いや、明日の事が楽しみでね。ぼ~っとしていた」
「それなら頑張って仕事終わらせようね」

アオはそう言うとニッと笑う。
エリナはうんうんと何度も頷いていた。

「エリナ君、最近はしっかりとやっていると思うんだけど?」
「"は"ってなんですか"は"って、普段からしっかりやって下さい」
「うんうん、任せられた事をしっかりとしない人は嫌いです」

アオから嫌いと言われる事は避けたかったアカツキには選択肢がないのである。
エリナはアオのおかげでアカツキがしっかりと仕事をしてくれるためとても助かっていた。
逃げ道を塞がれた思わずうなだれたのだった。

その後部屋へ戻ったアオはルリとラピスからしきりに話しをせがまれた。
それをなんとか食事の時にと落ち着かせると、みんなで料理をする。
食事中は約束通りアキトの話しで盛り上がった。
ルリはそれをどこか懐かしそうな顔で聞き、ラピスは自分の知らないアキトの姿に興味津々に聞き入っていた。

次の日、アオ達4人は早めに仕事を切り上げて準備にかかっていた。
魚をリクエストという事で秋が旬の金目鯛を煮付けに、余った所はあら煮にした。
後は海老とイカを揚げ物にし、きんぴらと里芋の煮っ転がしを作る。
ふかしたジャガイモからポテトサラダを作ってと慌ただしく動き出していた。

そんな中18時半を過ぎた頃にアオの部屋のインターホンが鳴った。
コールを取るとカウンターからアカツキが来てると言われ、思わず嫌な顔をしてしまった。
渋々部屋へ上げて貰うよう伝えてしばらくすると玄関のインターホンが鳴る。
その瞬間勢いよく扉を開けるとゴンッといい音がした。
見ると玄関前でうずくまってる妙に気合の入った服装をしたロン毛がいた。

「...何?」
「や、やぁ。仕事が早めに終わったからね、お呼ばれに上がったんだけど」
「で、今何時?」
「18時半だね」
「約束何時だっけ?」
「20時頃だね」
「.....何か言う事は?」

かなり機嫌を損ねているようだ。
その顔を見て冷や汗を垂らしながら正解を考える。
下手な事を言うと時間まで叩きだされかねない。

「え~~~...連絡せず申し訳ありません...」
「結構。こっちも準備があるのよ?それくらいわかってるでしょうに...」

そういうと中に招き入れた。
それに安堵のため息をつくとアオにお土産を手渡す。

「いやぁ、浮かれてしまってね。はい、これはお土産。ケーキだよ」
「ん、ありがと。エリナとプロスさん、ゴートさんは?」
「ボクが早めに出るのを知って、あの3人が慌ててたから早めに来ると思うよ」
「わかったわ。今日はお客なんだし適当に寛いでて」
「はいはい。わかったよ」

アカツキをリビングへ通すとテーブルにコップと2リットルペットボトルの水をドンと置く。
目線が常識のない人にはこれで十分ですと言っているので文句もつけられない。
ただ、その後にちゃんと焼き菓子を持ってくるあたりは流石である。
そうしてアオはキッチンへ戻っていった。
アオが戻ったキッチンはいつもの通り、アオとルリ・マナカとラピスのペアで料理を作っていく。
わいわいと楽しげに会話をしながら料理を作っていく彼女達にアカツキは見惚れていた。
早く来たのはそれが目的だったのかもしれない。
そんな中ルリは少し寂しそうな声を出した。

「アオさん、最近アカツキさんと仲がいいんですね」
「ん?どうしたのルリちゃん?」
「...なんでもないです」

どうしたんだろう?と疑問に思っているアオにマナカが助け船を出した。

「アオさん、ルリちゃんはアオさんが男性の方と仲良くしてるから寂しいんですよ」

マナカの言葉にルリは真っ赤になって俯いてしまった。
それを受けてアオは嬉しそうな表情をするとルリを呼んだ。

「ルリちゃん、こっち向いて?」
「...なんですか?」

そしていきなりキスをする。
リビングの方から何か吹き出す音が聞こえたが気のせいだろう。

「ありがとね♪」
「...なんでありがとうなんですか」
「ん、嬉しいからかな」
「...ばか」

そんなやり取りをしつつも料理は進んでいく。
そしてそろそろ19時半になろうかという頃、またインターホンが鳴る。
今度はエリナとプロス、ゴートだった。
すぐに上げて貰う。
玄関のインターホンが鳴ると今度はすぐ開けますと伝えてから玄関に向かった。

「エリナ、プロスさん、ゴートさん、こんばんわ」
「アオさんこんばんわ。ごめんなさいね、うちのボンボンが迷惑かけてない?」
「いえ、水出して放置してあるので大丈夫ですよ」
「そう、よかったわ。あとこれお土産。ワインじゃなくてワイン酒造が作ったジュースよ」
「わ、ありがとうございます。それじゃ、上がって下さい」
「「「お邪魔します」」」

3人をリビングへ通すと今度はちゃんとしたお茶を出す。
お茶菓子もアカツキへ出した物より手が込んでいるように見えるのは気のせいではないのかもしれない。
それを眺めてアカツキは少し寂しそうだった。

「アカツキ君、あなた、もう少しは考えて行動してくれないと困るわよ?」
「そうですなぁ。仕事が終わったとはいえ、ネルガル会長として規範を保って頂かないと...」
「いや、浮かれてしまってね。気付いたら来ちゃってたんだよ」
「子供なの、あんたは?」

勤務時間が終わった途端敬語と切りかえるのは流石といったところだろうか。
プロスからも小言を貰うが、アカツキに悪びれた様子は見られなかった。
それからは10分も経たずに料理が出来あがりみんなが席についた。
上座からアカツキ、エリナ、プロス、ゴートの順に、向かい側はアオ、ルリ、ラピス、マナカの順に座る。
食前酒として小さなグラスに梅酒を用意して乾杯をする。

「さて、それじゃナガレお願いね」
「...ボクかい、わかったよ。え~、皆さんグラスをお上げ下さい。
アオさん、ルリさん、ラピスさん、マナカさん、本日はお呼びに預かり光栄です。
貴女方との出会いによって私達の未来が輝かしいものになると、
貴女方との関係が何事にも代えがたい宝になると私達は確信しています。
その出会いに感謝を込め挨拶に変えたいと思います。乾杯」
「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」

ルリとラピスは思った以上にしっかりした挨拶をしたアカツキに驚いていた。

「アカツキさん、ちゃんと挨拶出来たんですね」
「うん、アカツキちゃんとしてた」
「ルリ君にラピス君、これでもボクは会長なんだけどね?」
「それだけ適当だと思われてるんでしょ、普段しっかりしないからよ」

ちょっとショックを受けたようにアカツキは言うが、エリナにそら見た事かと窘められてしまった。
料理を食べ始めるとその味にアカツキ達4人は驚きしきりに褒めていた。
それにアオ達は照れていいたのだが、アオだけは喜びきれてないような表情をしていた。
そんな微妙な表情にルリが真っ先に気付いた。

「アオさん、嬉しくないんですか?」
「あ、ルリちゃんそうじゃないんだ」
「じゃあ、なんですか?」
「ん~、暗くなっちゃうからまた今度じゃ駄目かな?」
「いや、構わないよ。このままだと気になって味が楽しめない」

雰囲気を壊してしまうのを気にしたアオだったが、主賓のアカツキからそう言われたら答えるしかない。
弱ったなと頭を掻きながらも説明をしていく。

「ん、わかったよ。私って色々と知識とかインストールされてるじゃない?
だから何やってもどこか借り物の力な気がしちゃうんだ。
知ってるのと使いこなすのは違うっていうのもわかってるんだけど、こう...もやもやっとね」
「アオさんが一杯頑張ってたのは私が保証しますから、そんな事気にしないで下さい!」
「アオの料理は本当に美味しい」
「アオさんはルリちゃんとラピスちゃんが喜ぶ顔も借り物って言うんですか?」
「ルリ君の言う通りだ。これだけ出来て借り物なんて言われたら料理人が立つ瀬ない」
「そうね、これだけ美味しいのに借り物って言われたら逆にショックよ?」
「はい、是非ともコックとしてもうちと契約したいものですな」
「うむ、この味に嘘はないぞ」
「みんなにそこまで言って貰えるとは思わなかった。ありがとうございます」

自分としては些細な事だったのだが、全員から力一杯否定されて変な事を考えていた自分が恥ずかしくなってしまった。
顔を赤く染めて感謝をするアオの姿にみんなの顔が和らぐ。

その後もワイワイと楽しく談笑していたが、それに最初に気付いたのはアカツキだった。
アオとルリの動きが妙に感じたので、箸を止め注視する。
それに気付いたプロスやエリナ、ゴートも同じく二人の動きを注視した。
そんな4人に気付かず、アオとルリは自分達の中では普段通り動いていた。

例えばアオがお茶を飲もうと湯呑を持ち上げるが、中身が入ってない。
お茶は...と探そうとすると、ルリが「注ぎますよ」と湯呑にお茶を注ぐ。
今度はルリが里芋の煮っ転がしを取ろうと思ったが手が届かない。
お皿を寄せて貰おうとするが、その前にアオが気付き取り皿を持って取ってあげる。
はい。と渡されたルリは『ありがとう』と目で礼を言う。
更にラピスがお茶を飲もうと手を伸ばしひっかけてしまった時。
すかさずルリが立ち上がって湯呑を左手で持ち上げる。
アオは布巾をルリに手渡し逆にルリから湯呑を預かる。
ルリが拭いている間にアオがお茶を入れ直してラピスに持たせる。

そんな事がちょくちょく起こるのだ。
その様子を見ていたアカツキ達4人はぽかんとしていた。
打ち合わせでもしているんじゃないかと思ったアカツキは二人に声をかけた。

「え~っと、アオ君、ルリ君」
「「はい?」」
「さっきのってなんかサインでも出しあってるのかい?」
「「?」」

何の事かわからない二人はきょとんとして顔を合わせた。
それに答えたのはマナカだった。

「アカツキさんが聞きたいのは、二人の息がぴったりな事ですよね?
もちろんサインなんて出してませんよ。いつもあんな感じですもの。
私なんて仲睦まじく暮らしている新婚夫婦の中に居座ってる感じがしてたまにこんな所にいていいのかしらと!
よよよよよ.....」
「「なっ!マナカさん!!」」
「ね、息ぴったりでしょう?」

そうマナカにからかわれた二人は顔を真っ赤に染め上げる。
エリナ、プロス、ゴートはそんな二人を呆れたように見ていた。
アカツキに至ってはショックを受けているようだった。
そんなアカツキにエリナが追い打ちをかける。

「アカツキ君、あんなのに入り込むの無理なんじゃない?」

アカツキは唸った。
みんなが食べ終わり、テーブルの上を片付けるとダイニングやリビングで思い思いにのんびりとしていた。
そんな中、窓際でお酒を飲んでいたプロスとゴートの元へアオがやってきた。

「おや、アオさん。今日はご馳走になりました」
「とてもうまかった」
「ありがとうございます、ルリちゃん達にも言ってあげてくださいね。それでですね、プロスさんとゴートさんにこれを」

アオはよいしょと持っていた籠を持ち上げる。
プロスとゴートが中を見ると結構な量のお菓子が入っていた。

「アオさん、これは?」
「えっと、今日も来てるんですよね?NSSの方達」
「...そうでしたな。アオさんは知ってらっしゃいましたね」
「あぁ、となるとこれは」
「えぇ、NSSの皆さんに。私からすると知ってる方も多いですからよろしくお願いします」
「本当は駄目なんですが、アオさんの頼みです。お受けしますよ」
「代わって礼をいう」
「いえいえ、体調崩さないようにね~とお伝え下さい」

アオはぺこりと頭を下げるとリビングへ戻っていった。
それを見送ったプロスとゴートは眩しそうに目を細めていた。

「あの様な未来から守ってあげたいですな」
「あぁ」
「それでは、ちょっとこれを届けてきますかね」
「了解した、ミスター」

プロスはアオへ届けてくる旨を伝えると一度部屋から出ていった。
これ以降、アオはアカツキだけでなくNSSへの差し入れもいれるようになった。
それに伴いアオ、ルリ、ラピス、マナカの護衛任務希望者が激増したという話もあったが真相は定かではない。

プロス達から離れたアオはエリナと並んでクッションに座り話していた。
その目線の先にはソファーで格好つけながら黄昏ているアカツキがいる。

「エリナ、あれどうしたの?」
「わからないならわからないままでいいわよ。
狙ってた大きな獲物は既に捕獲済みでしかも捕獲したのは獲物と同種だったってだけだから」
「ふぅん?」

アオは今一要領を得ない顔をしていたが、おもむろに四つん這いでアカツキへ近付いていく。
近くまで行くとちょこんと女の子座りになり下から見上げるようにアカツキを見る。

「ナガレ、もしかして調子悪い?なんだったら休む?」
「くっ...アオ君、なんでもないから大丈夫さ。今は君の無邪気さが憎い...」

何も考えず無防備に下から見上げられて心を動かされるが、食事中の一件で傷を負った心ではただ傷口が広がるのみだった。
そんなアカツキの様子を見てもアオはただ首を傾げるだけだった。
エリナは「流石にあそこまで行くと哀れだわ」と同情の眼差しをアカツキへ注いでいた。

「そ?ならいいけど、無理しないでよ?」
「あぁ、無理はしてないさ」

心から血の涙を流すアカツキだった。

それからアオはルリの横へ向かうとアオと入れ替わるようにマナカがエリナと談笑を始めた。
ルリは足を放り出して座っており、背中をソファーに預けている。
その足の間でラピスが座っているが、ご飯を食べて眠くなったのかルリに背中を預けて転寝していた。
その横にアオが座るとルリはアオに身体を預ける。

そんな風にまったりとした時間が過ぎていった。
プロスが戻ってからもしばらくの間各々はのんびりと雰囲気を楽しんでいた。
そして、日付が変わる頃に食事会は解散することになった。

「今日は、楽しかったよ。次の機会は中華でも頼むとするよ」
「了解。次は連絡なしに早く来るとかしないようにしてよ」

アカツキはいつの間にか復活していた。

「みなさん今日はありがとうございます。マナカさん、例の件今度詳しく聞かせて下さい」
「わかったわ、エリナさん。少しずつ成果も上がってきていますわ。全女性の未来の為一刻も早く形にしてみせます」

エリナとマナカはやっぱりあの件で盛り上がっていた。

「今日はご馳走になりました、はい。そしてアオさん、うちの者からお礼を伝えておいて下さいと言伝がありましたので代わって申し上げます」
「今日はとても有意義に過ごせた。感謝する」

プロスとゴートは素っ気ない言葉だが最大限の感謝を込めていた。

「食事じゃなくてちょっと顔出すくらいならいつでもいいから遠慮せずに来て下さい」
「お気をつけてお帰り下さい」
「...ばいばい」
「皆さん、お休みなさい」

アオ達はそれぞれ挨拶をすると、4人は帰って行った。
扉が閉まるとアオは一度背伸びをすると、気合いを入れる。

「さて、片付けしないとね!」

リビングへ戻ると、アオとルリは後片付けへ。
ラピスは眠そうなので、マナカに頼んで先にお風呂へ入れて寝かしつけて貰うようにした。
ラピスとマナカがお風呂からあがる頃には後片付けも終わった。
ラピス達にお休みと挨拶をすると、今度はアオ達がお風呂へ向かう。
湯船に浸かった二人はソファーでのルリとラピスがしていたのと同じ体勢になっていた。
ただ、今度はアオがルリを抱き締める形だ。

「あの、アオさん...?」
「ん、なぁに?」
「新婚夫婦...だそうですよ」
「仲睦まじいって言われちゃったね」
「はい、言われちゃいました」

恥ずかしそうな、嬉しそうな表情をしながらルリはアオに体重を預けた。
すると、アオはその首筋に顔をうずめる。
そのままお互いの温もりを感じあっていたが、おもむろにルリが切りだした。

「アオさん...」
「ん?」
「私、父と母に連絡取ってみようと思うんです...」
「...ピースランドの?」
「はい。お願いしたい事も出来ましたから」

アオが顔を上げると、ルリは後ろを振り向いた。
しばしの間真意を測るように見続ける。
程なくしてアオはまたルリの首筋に顔をうずめた。

「ん、いいよ~」
「聞かないんですか?」
「なんとなくわかったからいいの。その代わり会いに行く時は私とラピスも行くからね」
「...ありがとうございます」
「ううん、親は親、子は子って言うしね。ルリちゃんの親もやっぱり最後は親だったもん。
私達の時は時間が足りなかっただけ、受け入れてくれるよ。ルリちゃんも、ラピスもね」
「...ありがとう...ございます」

ルリは何も言わないでもアオが自分の気持ちを汲んでくれた事が嬉しくて涙を流した。
ルリが考えていたのはジャンプする前にあったルリ暗殺事件の顛末で自分の父親であるピースランド国王がした事である。
娘であるルリの暗殺に関わった物が牛耳っているような国への支援・援助は取りやめると発表したのだ。
政策としては下策な上、それもただのパフォーマンスだったのかもしれない。
それでも親としての思いを前面に出してくれた事がルリには嬉しかった。

「ただ...」
「何かありましたか?」
「いや、どうせならあの不味いのとかもなんとかしたいよね?」
「この世の物とは思えませんでしたからね...それにどこもかしこも嘘ばっかりでした」

そうしてなんとか出来ないか二人は悩んでいると、アオが何か思い付いた。
楽しそうな表情に変わると嬉々として説明をし始める。

「ね、ルリちゃん。どうせ嘘ばっかりならその嘘を全部本当に出来ないかな?」
「嘘を本当に...?」
「そう、あのね...」

そうして夜は更けていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_11話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:57
「うわぁ、どうしようこれ.....」
「なんとも、相変わらずですね」
「逃げ込める隙間がない」

三人がそれを見た時発したのはそんな言葉だった。

ルリがピースランドへ連絡をしてから一週間後の事だ。
アカツキから連絡が入り、アオがそれに出ると珍しくアカツキが焦った声を出していた。

「アオ君!君はいったい何をしでかしたんだい!?」
「ごめん、ナガレ。いきなりそれじゃまったく意味がわからないよ?」
「取り乱してしまったようだね、すまない」
「それで、何があったの?」

そこでアカツキは一度咳払いをすると起こった出来事の顛末を話し始めた。

「今日の事なんだがね、突然ピースランドの使者がうちに現れてルリ君の身柄を引き渡せと言って来てね」
「うんうん」
「いくら理由を聞いても話す必要はないとか言われて取り付くしまがないし、隠しだてするなら考えがあるとか言い出すし弱ってしまってね」
「そっか、大変だったね」

アオの言葉は物凄く軽かった。
こうなる事は想定してたのもあるが、話半分にしか聞いておらず頭の中ではどういう服装にしようという事ばかり考えていた。

「それで...ってアオ君話聞いてるのかい?」
「聞いてるよ。でもこれは私の差し金じゃなくて、ルリちゃんが決めた事なんだ」
「どういう事だい?」
「あの子、ピースランドのお嬢様だからね」
「姫!?」

流石にアカツキも驚いたようだった。
それからアオはルリの出生について話をしていった。
アカツキは納得はしたが、何故ここに来てルリがピースランドと連絡を取ったかまでは考えが及ばず悩んでいた。

「ここに来て何故連絡を取ったんだい?」
「私も直接は聞いてないよ。大体分かるけどね、だからまだ言えない。
でも、ルリちゃんを信じてあげて」
「アオ君がそこまで言うならしょうがないな。
それで、使者の人にはどう対応すればいい?」
「それなら、ルリちゃんに代わった方がいいね、ちょっと待って」

そう言うとアオはルリを呼んできて話の顛末を伝える。
ルリはわかりましたと答えると通信を代わった。

「アカツキさん、こんにちは。
突然こんな事になってごめんなさい」
「あぁ、少々びっくりしただけだから気にしてないよ。
それで、対応はどうすればいい?」
「はい、こちらの通信映像を録画する事って出来ますよね?
それを使者の方へ渡して貰ってもいいですか?」

アカツキはそれを了承すると、準備をする。
すぐに準備が終わったアカツキは、いつでもいいよと伝えた。

「こんにちは、ホシノ・ルリです。
お話は伺いました。使者の方にご足労頂いているのに恐縮ですが、こちらも色々と用意する物が御座います。
明日発のピースランド行きシャトルへ搭乗して国の方へ参り、父上・母上との面会に参じようと考えております。
父上・母上にはそのようにお伝え下さい。よろしくお願いします。
以上です」
「あぁ、しっかりと渡しておくよ」
「はい、お願いします。
では、アオさんに代わります」

アオはルリにお疲れさまと言って頭を撫でると通信を代わる。

「大丈夫そう?」
「あぁ、問題があった時はまた連絡するよ」
「うん、わかったよ。まぁ、悪いようにはならないと思うから心配しないで~。
ただ、なんとなく物凄く忙しくなる気がする」
「.....勘弁してくれ」
「ルリちゃんに言ってくれ」
「しくしくしくしく」

そうして通信を切った。
それからアオとルリはラピスも呼んで旅支度を始める。
研究所から戻ってきたマナカは大荷物を用意している三人を見てびっくりしていたが、顛末を聞くと留守は任せてと気合いを入れていた。
特にアオへは頑張って仲を認めて貰わないと駄目よ!と妙に力説していた。
ちなみにマナカへは、不要なトラブルを招かないように本当の親が見つかったとだけしか伝えていない。

そして次の日、アオ達三人はしっかりと着飾り家を出る。
アオは髪と同じく黒のドレスにケープと手袋をつけている。ドレスは薄い布を巻いたような形ではあるがアオの雰囲気ににて落ち着いた印象だ。
ルリもアオと似たようなコーディネートだが、色合いを髪に合わせてあり柔らかい雰囲気になっていて、髪を下ろして大人っぽく見せている。
ラピスは一転してロリータ系のドレスを着ている。色もピンクで髪とあっており可愛らしい雰囲気だ。
空港まではプロスとゴートが送る事になった。
そして、空港へと到着した三人を待っていたのはピースランドから来た物々しいお迎えと専用機であった。
ルリは何時発の便かまではあえて伝えてなかったので、始発便から待っていたのだろう。
全ての入口に一人ずつピースランドの衛兵が立っており、全通行者をつぶさに確認している。
そしてガラス戸を通して見える中には使者が待っており、その横で空港の偉い人だと思われる男がペコペコしていた。

「...逃げたい」
「...私もです」
「...うん、私も」

遠巻きに見ながら帰ろうかと悩んでいる間に衛兵の一人がこちらに気付いてしまった。
何度も持っている写真と見比べ、顔色を変えるとどこかに連絡を入れたようだった。

「うわ、気付かれちゃった」
「そうみたいです」
「もう逃げられない」

連絡を受けた使者が衛兵を何名か引き連れて急ぎ足でアオ達の方へ向かってきた。
使者達は目前で止まると恭しく膝をつく。

「姫、お迎えに上がりました」
「えっと、私は自分達で向かうと言ったつもりだったのですが」
「いえ、姫に在られましては民間のシャトルへ乗られ事件が起きないとも限りませんからこうしてお迎えに上がりました」
「はぁ...お手数おかけします」
「勿体ないお言葉。して、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「こちらの両名はどういった方なのでしょうか?」
「背の高い方がテンカワ・アオさん、こちらはラピス・ラズリです。私にとって何よりも大切な方々です」
「畏まりました。アオ様、ラピス様、失礼な物言いお許し下さいませ。では、すぐにご案内させて頂きます」

そういって使者の人が立ちあがると三人をエスコートした。
使者と衛兵の内一人がアオ達の前へ立ち後ろにも二名立つ。
その後ろにいる三人が荷物を持って付き従っていた。
そんな仰々しい一行が歩いていて注目にならないはずもなく、外からこれまでずっと衆人環視の中である。

『え、何あれお姫様?』
『まじかよ、すっげぇ可愛くね?』
『あの子達凄い可愛くない?お姫様だって!』
『なんか、あのピースランドのお姫様らしいわよ』
『お姫様か、憧れちゃうわ』

周りで見たいた人からはそんな興味本位、好意的な視線が多かった。
そんな中シャトルへ搭乗した三人は内装にも驚いた。
どこかの応接室みたいな空間が広がっており、バーカウンターにキッチンもついていた。

「なんか、場違いに思えてきた」
「私、逆に寛げません」
「ソファーふかふかだよ?」

それからシャトルはピースランドへ向かい発進していった。
なんとも落ち着かないのか、到着までの間三人はソファーで固まっていた。
そして、機内食はやっぱり不味かったらしい。

ここで、ピースランドについて説明しておこう。
ピースランドテーマパークは元はドイツの商家だった現経営者の曽祖父が開園して今年で丁度100年目にあたる。
そして現経営者の父親が余った資金を使い銀行の経営を始めた所、その匿名性が一部の後ろ暗い方々に受ける事となる。
そして現経営者がプレミア=フリーデン、フリーデン家の跡取りである。
元々のテーマパーク自体はフランスにあるのだが、ありあまる資金を流用しフランスとドイツにまたがる広大な土地が私有地となっている。
私有地全てをテーマパークとして登録しており、そのテーマパーク内はもはやフランスとドイツとは別の政治で動いている。
その土地に住んでいる人は従業員という形になっているがもはや形骸化しているだけだ。
事実上既に王国と貸している状況で、通常このような事が認められるはずがない。
だが、フランスとドイツの政治家、軍人、企業家はピース銀行に口座があり、後ろ暗い事だらけなので文句をつける事も出来ず認めざるを得ない状況だ。
そして現在国としての独立を推し進めているが、成立はまだしていない。
だが、数ヵ月後に地球へチューリップ落下、そしてフランスとドイツも防衛戦へと駆り出される事となり、その資金と引き換えに独立が認められる事となる。

シャトルがピースランドへ到着すると、すぐにリムジンへ乗り換える事になり一路王宮へ向かった。
その街並みを懐かしそうにみるアオとルリ、ラピスは物珍しそうに目をキラキラさせていた。

「懐かしいですね。イタリアンのお店で味に文句を言って」
「うん、私が殴られてたね」
「今考えると、オモイカネの一件の時には気になっていたんです。
そして、あの頃の一件で私はアオさんが好きになったんだと思います。
私はまだ小さくて、鈍感でしたから気付く事が出来ませんでしたけど」
「私もそうだったのかもしれない。
オモイカネの時にルリちゃんの一面を見れた。
あの頃の一件でルリちゃんは私にとって守るべき人になった。
私も本当はずっと好きだったのかな」

アオとルリは外の景色を眺めつつ、郷愁に浸っていた。
ほどなくしてリムジンは王宮前の入り口へと到着し、衛兵が両脇を固める中大広間へと通されていく。
そこには記憶と全く変わらない髭を蓄えたプレミアとルリと同じ髪の色をした妻のマエリスが座っている。
そして五つ子の弟達が座っていた。
そんな中プレミアが立ちあがると広間に響き渡るように声を発した。

「おぉ!ルリと申したな!我が子よ、よく生きていてくれた!」
「父上、母上、そして弟達、お目にかかれて光栄です」

ルリはそう言うとぺこりと頭を下げる。

「おぉおぉ、ルリや。そんなにかしこまらずとも良い!」

涙ながらに言うやいなやルリの目の前までプレミアは駆け下りてくる。
ルリの目の前まで来るとルリに視線を合わせるように屈むと手を取った。

「わしらはみんな一緒じゃ。これからはずっとここにいていいんじゃよ?」

人懐っこい顔をしたプレミアを見ながら、ルリはやっぱり変わらないなと微笑んだ。
アオも相変わらずだなと苦笑いしている。
ラピスはただ不思議そうに見ているだけだった。

「父上。父上と母上にお話ししたい事が御座います。私にお時間を頂けないでしょうか?」
「そうかそうか、ルリの願いじゃ。いくらでも時間を作ろう。今からがいいかい?
弟達とも積もる話があるだろう。みんな呼んだ方がいいかい?」
「時間は今からで構いません。ただ、弟達が知るにはまだ早い話になります。
今回は父上と母上に話をしたいと存じます。
それと、映像データを流せるようにして頂けるとありがたいです」
「うむうむ、すぐ用意するから待っていなさい」

そうしてから10分も経たずに部屋へ案内された。
普段は少人数の会議で使っているのか8名程が座れるようになっており、壁際にウィンドウが表示されるようになっている。
ウィンドウ側には席がなく反対側の上座に2名、横の面に4名ずつ座れるようになっている。
上座にプレミアが、その横へマエリスが座っており、入り口側へプレミアから近い席からルリ・ラピス・アオの順で座っていた。

「ルリや、待たせてすまないな。何でも話しなさい」
「では父上と母上に見て頂きたい映像が御座います」
「そうかそうか、すぐ流しなさい」
「はい、ですがその前に父上と母上にお伝えします」

そう言うとルリは一度言葉を区切り真剣な表情でプレミアとマエリスの目を見据えた。
その目に何か感じたのか、プレミアの人懐っこい表情が一変した。
先程までは作った表情だったのだろう。

「ふむ。幼い娘と思っておったらそのような目が出来るとは、何かあるようじゃな」
「はい、この中に入っているのは私と私のとても大切な人の記憶です。
信じ難い事ばかりかもしれません。ですが、全て私達が経験した事です。
それを踏まえて見て頂くようお願いします」

プレミアもマエリスも頭を下げるルリを真剣に見詰めた。

「子を信じない親などいるはずなどないであろう。
その中に何が入っていようが、わしもこれも総て受け入れるぞ」
「ありがとうございます。では、これから流します」

そうして、アキトの記憶を編集した映像が流れ出す。
今回持って来たものは前回のに加えてユリカを助けだしてからユーチャリスでジャンプするまでも入れてある。
未来での出来事という事で最初は戸惑っていたが、ルリが少しずつ成長していく過程を見てプレミアもマエリスも頬を緩ませた。
ただ、プレミアは幾分テンカワ・アキトに嫉妬していたようではあったが。
そして事はシャトル事故へと続いていく...
それから流れる人体実験に晒されるアキトやユリカ、感情を無くしたルリ見てプレミアは悪い夢を見ているかのように顔を歪める。
マエリスは正視に堪えないのか、プレミアへ寄り添い袖を握り締め嗚咽していた。
その間も映像は流れ続け、ユリカの救出、火星の後継者の残党狩りへと入っていった。
そしてそれが流れた瞬間、プレミアは叫んだ

「なんだと!!」

ルリの暗殺計画だった。
激情に駆られ立ちあがったプレミアだが、その目に飛び込んで来たのは自分を死んだ事にして世間から消えるという選択をしたルリ。
そして、父であるプレミアがルリの暗殺から取った行動を知り、嬉しさと申し訳なさに泣いているルリを見てその激情は鎮火していった。

映像が終わってしばらくは、重苦しい空気の中マエリスの嗚咽だけが流れていた。
厳しい表情で押し黙っていたプレミアだが、ルリを見ると質問をする。

「ルリよ。ではそなたは...」
「はい、未来の私です。」
「何故わしとこれにそなたの事を見せようと思ったのだ?」
「父上と母上なら受け入れて下さると思ったからです。それと話しておくべきだと思いました。
父上と母上、弟達も家族ですから...」
「そうか...」

そうしてまたプレミアは押し黙った。
しばらくの間何事かを考えていたようだが、おもむろに口を開く。
マエリスも落ち着いたようでプレミアの様子を静かに見ていた。

「わかった。では聞こうルリよ。わしに何を求める?
ここまでしておいてまさか本当にただ見せるだけではあるまい?
何よりわしはこれを知ってこのまま手をこまねいていられる事には耐えられん」
「父上、無理やり頼むような形になってしまい申し訳ありません」
「子が親に何を遠慮するのだ。親を困らせるのが子の領分であろう。ならば精々わし等を困らせて親孝行せんか。」

そういってプレミアは豪快に笑った。
曲がりなりにもプレミアだ。その上スイス銀行に並ぶピース銀行の頭取でもある。
政治の汚さ、裏の暗さを知っている彼の懐はとても広かった。

「父上、母上。お願い事をお伝えする前にご紹介したい方がいます」
「そうかそうか、遠慮せず言ってみよ」
「まず、こちらの子がラピス・ラズリ。非合法の研究により生まれた彼女は私の単相クローンになり、私の妹にあたります。」
「似ていると思っっていたが、クローンとは...」
「あらまあ...」

ルリはクローンという事もあり、内心どういう反応をされるか冷や冷やしていた。
ラピスも自分の方をじっと見つめられ居ずらそうにしている。

「ルリや、その子をここまで連れてきてはくれんか?」

プレミアはそう促した。
ルリに連れられてプレミアとマエリスの目の前まで来たラピスはルリの陰に隠れていた。
プレミアとマエリスも目線を合わせるようにしゃがむとしきりにうんうんと頷いている。

「ラピスと申したな?」

そう問いかけられたラピスはおずおずと頷く。
それを見てプレミアは嬉しそうに笑うと、ラピスを持ち上げる。

「そうか。いきなりで驚いたが、中々に利発そうではないか。そうか、娘が増えたか!」

急に持ち上げられ驚いてラピスが暴れようとしたので、マエリスが預かると柔らかく抱きしめる。
抱き止められたラピスはその温かさにすぐおとなしくなった。

「ほら、あなた急で驚いてるわ。ラピスは髪が桃色なのですね、顔立ちがそっくりで可愛いわ。
ラピス、私をお母さんって呼んでくれないかしら?」
「...おかあさん?」
「えぇ、あなたのお母さんです。そしてこの方があなたのおとうさん」
「...おとうさん?」
「おぉ、父と呼んでくれるか!」
「おかあさん、おとうさん...」

ラピスは母親にしがみつくと泣きだした。
当初ラピスは、ルリとプレミア・マエリスを見て何で私はここにいるのだろうと考えていた。
そしてルリばかりを見る父と母に、遺伝子上は私もそうなのにと不満も感じていた。
そして、どうせ私は実験体だったからと疎外感を感じていたのだ。
だが、ルリは自分を紹介した、それも妹として。
そしてプレミアもマエリスもそんな自分を受け止めてくれた。
とても温かかった、アオやルリに感じるようなそんな温かさがとても嬉しかった。

アオとルリは年頃の女の子のように泣きじゃくるラピスを嬉しそうに眺めていた。
プレミアもそれを見てうんうんと頷くとルリへと口を開いた。

「ルリ、ラピスも妹と認めよう。だが、クローンともなると王位継承権まで与える訳にはいかんのじゃ...」
「いえいえ、十分です。家族と認めて下さるかの方が大事でしたから」
「うむ、すまんな。して、もう一人は姉だったりするのか?」

この際ならなんでも来いとばかりにプレミアは言い放つ。
流石にルリは苦笑すると答えた。

「あの、いえ、彼女は、テンカワ・アオと言います。
先ほど見て頂いた映像は彼女の未来での記憶になり、元々は男性の方でした。
ですが、過去へ跳んだ際の事故でお姉さんの身体になっています。
アオさんはアキトさんの頃からずっとずっと、私とラピスを守ってくれています。
そして、そんな彼女は私とラピスにとって大切な、かけがいのない人です」

顔を染めて言う大切な人発言にプレミアは唸りつつアオを見分していく。

(娘が生きていて、更にもう一人妹がいたというのは問題ない、むしろ嬉しい事だ。
しかし、娘よ親子の感動の対面にも関わらずこぶを連れてくるのは父として悲しいぞ。

だが、映像を見る限り修羅場を潜っているな、度胸は申し分ないだろう。
戦闘技術やパイロットとしてもトップクラス、裏の汚い世界にも忌憚はない。
何より娘二人を守り続けたというのは評価に値しよう。
ただ、以前が男だったとはいえ今は女の身じゃ、それでは世継ぎが生まれぬ。

あぁ、娘よなんじゃその目はこの女をそのような目で見るでない!
こやつがまだ男だったらよかったのじゃ!そうじゃ!そうしてしまえばいい!)

「ルリよ...」
「アオさんとおっしゃいましたね?」

そうして口を開いたプレミアの言葉をマエリスが被せて押し留めてしまった。

「貴女はルリやラピスを守り通せますか?」
「私の全てを賭けてでも守り通し、共に生きます」
「だそうですわよ?国を継ぐのは長男ですし問題ありません。
それに今の技術なら女性同士でも子供は授かれますわよ?」
「...ぐむぅ」

マエリスはプレミアの考えなどとうにお見通しだったらしい。
悩むプレミアを横目にマエリスはアオとルリへ目を向けると口だけで安心しなさいと告げた。
どの時点でアオを認めたのだろうか、ピースランドで一番怖いのはマエリスかもしれない。
そして、ルリの発想はマエリス譲りだったらしい。

その後散々悩むプレミアだったが、マエリスに少しずつ外堀を埋められ灰になりながら交際を認めてしまった。
その言葉を言わせたマエリスはプレミアに見えないようにアオとルリへピースをしている。
ちなみにラピスはその間ずっとマエリスに抱っこされて撫でられていた。

そしてプレミアが立ち直ると、ようやく相談となった。
それぞれが席へ戻ったが、ラピスはマエリスの膝に座り身体を預けている。

「はじめに、私とラピス、アオさんが自由に活動出来るようにして頂きたいのです」
「自由に?」
「はい、私達には目的があります。それを為すまでは休めません。
過去へ来た私達が為さなければなりません」
「むぅ...」
「あなた...」
「...無理にでもここへ置いておこうとしたら何とする?」
「逃げる手段はありますから」

そう言うとルリとラピスがアオへと寄り添う。
プレミアは映像で見たボソンジャンプを思い返す。

「止めるのは無理か。ならばせめて父として後押ししてやらねばな。
では、外の世界を見るという事にし成人するまで、もしくはお前達が納得して帰ってくるまでの間。
お前達に何が起こっても当家では預かり知らぬ事とする。」

そう言うとプレミアは少し寂しそうな笑みを浮かべた。
これは簡単にいえば旅に出してるから、その間は死のうが拉致されて身代金要求されようが知らないよという事である。
全て自分の責任で行動し、納得したら戻ってきなさいという事になる。
今後この成人前に旅を行わせる事が慣例となるのだが、それはまた別の話である。

「わかった。何でも申してみよ」

プレミアはそう言うと表情を変え、交渉に臨むよう心構えを固める。
まずは自分達と同じIFS強化体質実験の被害者に関してだ。

「ふむ。保護をしてくれと?」
「はい、私もラピスも実験対象者です。それを前面に押し出して頂いて構いません。
プレミアの娘と同じ被害者という事になれば受け入れて貰う受け皿が整えやすいと思うんです。
私達もれっきとした人間なのに、化け物を見るような目に晒されるのは辛いですから」
「ふむ。我が娘達が置かれた物と同じ状況ならば助けねばな。
そうなるとIFSの装置を国中に配備させた方がよいな。
経緯はどうあれ持っている能力は個性となる。
子供達の選択肢を増やすのも国としての役目だろう。
国としてIFSを奨励すればそういう目も時期に減ろう。
その際にIFS強化体質者への教育も考えねばならんがどう考える?」
「そうですね、私とアオさんでウィンドウを使い通信で指導する事は出来ます。
ラピスも経験は多いですが教えるにはもう少しかかりそうです。
一般的な教育にプラスしてIFSの教育も行う形にしたいと思います」
「ふむ、ルリとアオ殿がそうするのならば心強いな」

実際に保護をするにあたり、交渉はネルガルのみとする事になるだろう。
IFS製品もIFS強化体質が現在保護しているのも共にネルガルだからだ。

続いて火星の自治政府樹立の件を話していく。

「面白い発想であるな。だが、それに対してわしらは何をする?
そして樹立がなった後にどうするのだ?」
「はい、父上はピース銀行の頭取でもあります。
ですので、まず最初は火星への投資をお願い致します。
火星が独立を維持する為に必要なのは自衛の為の軍備です。
そこは既にネルガルと交渉をしてあるんですが、火星は避難中でお金がないのです」
「ふむ、投資か。ネルガルの坊主が動いているのだ、勝算はあるんじゃろう。
よかろう、その件も飲もう」

プレミアはルリがそこまで考えている事に内心驚いていた。
それと同時にそこまで考えざるを得なかった未来を思い哀しんでもいた。
今まで散々辛い思いをしてきたのだろう娘が更に苦労を背負い込もうというのだ。
止めるのも一つではあるが、それはしたくなかった。

「ありがとうございます。
そして政府樹立後ですが、樹立後すぐは火星も余裕がないと思います。
そこで、樹立後すぐに火星へ支店を出してみませんか?」
「支店を出すとはのう」
「はい、ボソンジャンプが主流になれば今後必ず火星を中心に動いていく事になります。
早い段階で火星へ進出し主流を握ればかなり動きやすくなるはずです」
「ふむ。ルリや、よく考えるのう。大したものだ」
「父上、アオさんやラピスと相談してみんなで決めてる事なので、私だけじゃないですよ」

プレミアは心から賛辞した。ただ頼むだけではなく、国の利益も考えた上での意見だからだ。
しきりにうむうむと頷きながら考えるが、特に断る程の穴はない。
ルリはプレミアからの言葉にふと顔を緩める。

「わかった。ルリの頼みを聞こう。
まだ何かあるかね?」
「いえ、お願いとしては以上です」
「お願いとしては?とな」
「父上、少し言い辛い話なのですがよろしいですか?」
「ふむ。構わんよ、遠慮などするでない」

そうしてルリはピースランドの国政の話に入っていった。
偽物ばかりな事、そして味の悪い料理などの事だ。
国の事を悪く言われ流石にプレミアは眉を顰める。

「してルリよ、そこまで言うなら何か考えがあるのだな?」
「はい、今から説明します。確かに色んな国からシンボルをコピーしています。
ですが、作りはしっかりしてるのでこれを逆に活用しようと思いました。
そこで、コピーの中に本物を入れてしまおうという訳です」
「コピーの中に本物とは?」
「はい、パリならパリ、香港なら香港、東京なら東京といったようにシンボル毎の区画に現地の人がよく行くお店や職人を入れるんです。
外国の人に有名な所ではなく、現地の人こそ知っているというお店なのが大事です。
現状ですとピザが元祖本家なんて言い切っちゃっている変な状況ですが、ちゃんとその土地の人にお店を営業して貰い本物を出して貰うんです」
「しかし、それをするとなるとかなり投資せねばなるまい。
それぞれ現地での情報も必要になる上交渉も必要であろう」
「情報は私達が出来ますよ。それとですね...」

そう言ってルリはデータを出して話を進めていく。
次第にプレミアものめり込んでいき、ああでもないこうでもないと話し合いは続いた。
今回あえて交渉する立場には立たなかったアオだが、親娘で話し合ってる姿を見てルリが余り見せない姿を楽しんでいた。
マエリスも二人の様子を楽しげに眺めている。その膝の上でラピスは夢の中だ。
それからしばらく話し合いが続いたが、最終的な意見がまとまったようで二人とも満足そうな顔をしていた。

「ふむふむ。ルリや、父はお前がわしの娘である事が嬉しいぞ」
「いえ、私も父上にラピスの事まで受け入れて頂き感謝しています」
「もう頼み事はないか?」
「えぇ、お時間取って頂きありがとうございます」
「気にするでない。普段の会議なんかよりよっぽど有意義じゃった」
「そう言って頂けとても嬉しいです」
「わしは早速ルリの出してくれた案を元に会議をしてくる。
ルリもラピスもアオ殿も今日は疲れだろうから、ゆるりと休め。
明日は色々と忙しくなるからのう。食事などもすぐ用意させよう」

そうしてプレミアが立ち上がるとマエリスもそれに続き、寝入っているラピスをアオへ預けるとプレミアの後をついて退室していった。
アオとルリもプレミアに続いて立ち上がり、ルリはそのままにアオはラピスを抱きながら見送った。

「豪快な人だね。どこかコウイチロウさんを思い出すよ」
「そうですね、似てるかも知れません。親馬鹿みたいですから」

そうして談笑しているとメイドが三人を案内に来た。
まずは広間に食事を用意してあるとの事だったので、おとなしく後へ着いていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_12話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/24 07:57
目を覚ますといつもと天井が違った。
窓からカーテン越しに柔らかい光が注いでいる。

「...ぁれ?」

ボーっと天井を見上げながらカーテン開けて寝たっけ?と益体もない事が浮かんできた。
ゆっくりと周りを見渡すがやっぱり知ってる所じゃない。
すると自分の左側でもぞっと動く気配がする。
腕にかかる重さからルリちゃんかなっと見てみるといつもと印象が違っている。

「ん?」

布団を持ち上げて止まる。
ルリはフリルがついたシルクで編まれたネグリジェを着ている。
むしろ自分も同じような格好である。
じゃあっと右側を見るとラピスがいた。
やはり彼女も同じ格好である。
そこまできてようやく自分がピースランドへ来た事を思い出した。

プレミアとの話が終わり、3人は広間へと案内された。
着くと10人程が座れるテーブルの中央に花が飾ってあり、三人分の席とワイン、グラスなどが用意してある。
奥にはピアノが置いてあり、ヴァイオリンとチェロをあわせた演奏が流れている。
そして脇には数人のメイドが控え、執事までいる。
途中で起きたラピスを含め、アオとルリは唖然としていた。

「あの、これ...」
「はい、マエリス様がこちらでの食事には慣れてないであろうからと、一番狭い広間にご用意させて頂きました」
「一番狭いですか...」

それでもアオ達が今住んでいるところくらいはあるだろう。
更に広い所だったらどうなってたんだろうと考え、アオとルリは冷や汗を流す。
執事に促されるまま席まで行くと、控えていたメイド達が椅子をひきそこへ座る。
するとナプキンなどを手早く用意されてしまった。
3人は緊張してすべてなすがままになってしまった。

料理が始まってからは執事がフォークとナイフの順番などマナーを教えていく。
食事というよりも勉強会のようになってしまい食べた気はしなかった。

その後3人はお風呂へと案内されるが、そこでもメイド達が待ち構えていた。
更衣室でてきぱきと服を脱がされた挙句、中では洗われてしまった。
余りの事に呆気に取られてしまい、ラピスでさえされるがままになっていた。
そうしてお風呂を出るとまた身体を拭かれて着替えさせられる。

後は寝室へ向かったが、寝室でもネグリジェへと着替えさせられる事となってしまった。
本当なら3人の部屋は別々になる所だが、マエリスから同室にと厳命されていたそうだ。

そんな事を思い出したアオは昨日で何か大切な物を失った気分になっていた。
あんな生活には一生慣れないだろうしむしろ慣れたくない。
アオが起きたせいか、ルリももぞもぞと動くと目を覚ます。

「ん...?」
「おはよ、ルリちゃん」
「...おはよございます」

そうして朝の口づけをすると次第にルリの目が冴えてくる。
今日はルリの目がはっきりした所でルリへ耳打ちをする。

「ネグリジェ似合ってるよ♪」

ルリの顔が一瞬で真っ赤になった。
文句を言おうとする口をすかさず自分の口で塞ぐ。
思わず逃げようとするが、腕に力が入らずなすがままになる。
ルリの目がとろんと溶け始めた頃にようやくアオは離れる。

「...ばか」

所が変わってもやってる事はあまり変わらないらしい。
その後ラピスが起きた後は同じく朝の口づけをすると、今度は似合ってるよと頭を撫でた。
ラピスは嬉しそうな笑みを浮かべていた。

起きた後は慌ただしく過ぎ去っていった。
食事から始まり、身支度を済ませた後、執事から予定を聞かされる。
3人は聞いていく内に表情が絶望的になっていった。
何故なら30分後からの大広間で開かれる国内メディア向けの会見に始まり。
海外メディア向けの会見。
王族・貴族との食事会。
城下町でのパレード。
テーマパークでのパレード。
そして晩餐会と移動時間くらいしか休憩がないのだ。
だが、そんな事で落ち込んでいる余裕もなくバタバタと着替えにヘアメイク。
その間に用意されている台詞の暗記をしていく事になった。
そして会見が行われる。
終わるとまた着替えにヘアメイクといったように予定に追われっぱなしで落ち着いたと思ったらもう晩餐会も半ばになっていた。
余りの慌ただしさに思考回路がおかしくなっていたようだ。
ふと隣を見たら、ラピスも似たようなものだったのか、こちらを見て困ったような笑顔をしていた。
その向こうには衛兵の代わりにアオが立っている。
近くにいる事に安堵するとまた正面を向き、食事を続けた。
晩餐会も終わり、お風呂で洗われて寝室で着替えさせられ、ベッドに入った所でようやく緊張が取れた。
ルリとラピスは盛大なため息をつくと、二人の間で身体を起こしているアオの太ももにかじりつく。。

「どうしたの、ルリちゃん、ラピス?」
「今日一日で私には王族なんて無理な事がわかりました」
「アオ、先立つラピスを許して...」
「そんな事言わないの」

アオは苦笑しながら二人の頭を撫でる。

「アオさん」
「なに、ルリちゃん?」
「後何日いますか?」
「それを決めるのは私じゃないよ。ルリちゃんとラピスが決めないとね」
「そうですか。ラピスはどう考えます?」
「私はルリが決めた事ならいいよ」
「それはずるいです...」
「ルリちゃんの方がお姉さんだから」
「むぅ...」
「ゆっくり決めな?」
「...はい」

アオはルリとラピスに足を話して貰い、布団へ潜り込むと二人にお休みの口づけをした。
そうして、夜は更けていった。

三日目以降は二日目に比べるとだいぶ楽になった。
ただ、会見などの外向けな行事がほぼ無くなった代わりにプレミア・マエリスとの打ち合わせが多くなった。
アオ、ルリ、ラピスと話し合った方が客観的な意見と詳細なデータによる検証をしてくれるから会議なんかよりよっぽどいいらしい。

そしてアオ達がピースランドを来訪してから一週間が経った。
ルリはプレミアとの話し合いの際、一番に明日発つ事を切りだした。

「そうか、明日発つか」
「はい、急で申し訳ありません」
「何構わん。その為に予定を極力入れなかったのだからな」
「ありがとうございます」

プレミアとマエリスは寂しそうに微笑んでいた。
その夜、アオは珍しく一人でベッドに寝ていた。
断じて喧嘩した訳ではないが、少し物足りない。
それと同時に目はこれ以上ないくらい優しい色を浮かべていた。

「アオさん、すいません。今日は一緒に寝れません」
「アオ、ごめんなさい」

ネグリジェに着替えさせられ、さぁ寝ようという時のことである。
ルリとラピスはそう言って頭を下げていた。

「へ?」

突然の事にアオはきょとんとしてしまった。
二人はそんなアオに申し訳なさそうにしながらも、どこか恥ずかしそうにもじもじとしていた。

「あの、今日は父と母の所で寝ようと思うんです」
「ルリと話して決めたの」

その言葉を聞いた時、疑問が氷解した。
それと同時に嬉しくてアオは二人を抱き締める。

「うん、いいよ。一杯甘えておいで♪」

可愛くてしょうがないとばかりに頭をわしわしと撫でる。
せっかくメイドが梳いてくれたのに台無しである。
そんなアオにルリとラピスは嬉しそうに笑った。

「あ、でも行く前に...お休み、ルリちゃん、ラピス」
「お休みなさい、アオさん」
「お休み、アオ」

日課は忘れない。
その事を何度も思い出し、アオは嬉しそうにニコニコと笑っていた。
ただ、物足りない事には変わらない、そのままルリとラピスの枕を抱いて寝る事にした。

そして、メイドへと伝えてルリとラピスはプレミアの寝室へと案内された。
話は既に聞いたのか、マエリスも部屋で待っていた。
2人はとても嬉しそうにルリとラピスを迎えてくれた。
プレミアとマエリスは2人を間に挟んで布団へと潜り込んだ。
寝室には遅くまで話声が響いていた。

日付が変わり、ついに3人がピースランドを発つ日となった。

「ルリ、ラピス、またいつでも帰ってこい」
「いつでも連絡をして来なさいね」
「「「「「姉さま方!次はもっと遊びたいです!」」」」」
「はい、必ずまた来ます。連絡もいれるようにしますね」
「うん、私も。それと次は一杯遊ぶ」

プレミアとマエリスは頬笑みながら、弟達は涙が止まらないようだ。
そして、プレミアとマエリスはアオへと目を向けた。

「アオ殿、そなたにルリとラピスを預ける」
「アオさん、あの言葉違える事なきようお願いします」
「はい、私の全てを賭けてでも守り通し、共に生きます」

そうしてアオ達3人のピースランド来訪は終わった。

このアオ達の来訪は事実、ピースランドにとっての転機となる。
行方不明だったプレミアとマエリスの子供が見つかり、一人は現在違法となっているIFS強化体質者そしてそのクローンも発見された。
そんな二人をプレミアとマエリスが認知した事は世界中へ驚きを持って報じられる事となった。
そして落ち着いた雰囲気でラピスを気遣うルリと愛らしい上に明るく可憐なラピスの好対照な二人の姿に、全世界が熱狂した。
ただ、常に付き従っているアオへと向ける二人の表情から、ただならぬ関係だとの噂が流れると【百合の聖地】としても有名になってしまった。
それ以降、ピースランドテーマパークの入園者は女性同士のカップルが急増する事になる。

そしてテーマパーク自体も金にあかした模倣から『世界中の本物を楽しめる』という形へと変わっていく。
レストランからお土産屋までそれぞれの地域に根差したお店を頼み込んで引っ張ってきた。
食材、材料も全て現地の物を取り寄せているとして世界中のモノが楽しめると評判になる。

更に、プレミアはルリとラピスのようなIFS強化体質者の保護を開始すると発言。
それと同時に一般的なIFSの奨励を行い、アオ達を広告塔に普及活動を始める。
IFS強化体質者保護の交渉はピースランドとネルガルの橋渡しをアオ達がする事となる。
そこで、IFS機器を全国に配備するという利権と引き換えにピースランドで被害者の保護を請け負うという形に納まった。
これにより、IFS普及率は地球上では一番高い国となる。

しかし、アオ達が広告塔になった結果IFSをつけて入軍すると3人の傍にいれるという噂が広まる事となった。
その結果、ピースランド軍へのIFS普及率が100%近くまで上がりIFS搭載の人型機動兵器が大量配備される事になっていく。

そして...

「帰って来たよ!帰って来たのですよ!」
「疲れました~」
「はぅぁぅ」

3人はネルガルの応接室でぐったりしていた。

「色々と問いただしたい事が山盛りだけど、ひとまずお疲れさん」
「あい、お土産。エリナとプロスさん、ゴートにNSSのみんなへもあるよ~」

そう言うと大きい紙袋が5個どすどすと並べて置かれる。

「これは、凄いな」
「うん、ナガレにはピースランド限定の香水だよ。かなりいい匂いだったからおすすめ。
エリナにはドレス、私とルリちゃん、ラピスが3時間かけてエリナが似合うと思ったのを選んだ。
プロスさんには高級ボールペンとネクタイピンにマネークリップ。ゴートさんは迷った末にスーツ一式、靴もついてるよ。
NSSのみんなは覚えてる限りのそれぞれの趣味にあった物を買ってきたよ」
「わざわざすまないね。へぇ、ほんとにいいなこれ」
「でしょ」

喜ばれて嬉しいのかアオは満面の笑みだ。

「これ、シルクじゃないの。フリルドレスで色っぽくまとまってるし、いいの本当に頂いちゃって?」
「気に入ってくれた?」
「えぇ、着るのが楽しみだわ。ルリとラピスもありがとね」
「いえ、気に入って頂いてよかったです」
「気にしないで、エリナ」

エリナもドレスを見て目が輝いていた。
姿見で合わせて見てきゃいきゃい騒いでいる。

「これは...いいものですね。今後使わせて頂きますよ」
「カードマネーの時代にマネークリップはあれかなって思ったけど、そういうイメージだったので」
「いえいえ、現金も持ち歩いてますから。お二人もありがとうございます」

プロスは自分のセンスにあった物だったようででご満悦。
既に付け替えて終わってる所は流石である。

「むぅ...スーツか」
「だって、ゴートさんの趣味知らないんだもん。だからせめてブランドはいいものです」
「おぉ...これは、高かったんじゃ?」
「頑張りました!」
「感謝する」

ゴートはスーツでちょっと悲しそうだったが、ブランドがブランドな為におぉ!と驚いた上ご満悦だ。
そんな中、ルリとラピスは戻ってきたという安心感からか二人で寄り添って寝始めてしまった。

「あら、寝ちゃってる?」
「ふむ。帰った方がいいんじゃないかい?」
「ん~、いきなり起こすのも悪いからある程度話しちゃうよ」

そういうとアオは大きめのストールを荷物から出し、二人にかける。
アカツキも二人が風邪をひかないように温度と湿度の設定をあげる。

「手間かけちゃうね」
「いや、構わないさ」
「ん~と、どうしよ何から話せばいい?」
「そうだね、IFS強化体質者を預かるって件から頼むよ」
「ん、了解」

そうしてアオは説明を始める。
ピースランドがIFS強化体質者の保護をする代わりにネルガルへはピースランドのIFS機器に関する利権を与えるよう考えている事。
そしてプレミア軍でのIFS付与志願者が急増している事から、IFS搭載の人型機動兵器を大量購入予定がある事。
後は、引き取ったIFS強化体質者は一般的な授業に加えてアオとルリがIFSの教育を行う事を伝える。

「ん~、そうかい。IFS強化体質の子が取られるのは痛手だけどピースランドと繋がりが深まるならむしろプラスかな?」
「まさかここまで話が広がるとは思わなくてね。先に言えたらよかったんだけど」
「いやまぁ、結果プラスなら問題ない。それに保護はしても大人になったら自由なんだろ?その時にうちに来て貰うさ」
「プロスさんなら確実に捕まえてくるだろうね」
「むしろ合法的に働いて貰えるようになるんだ、文句なぞ言わせないさ」
「私達に懐かせちゃおうかなぁ」
「ほんとにそうなりそうだからそれだけは勘弁してくれないかい?」
「残念」

アカツキの直観は正しかったと後に判明する事になる。

「それとね、プレミアさんとマエリスさんには私達の事話したよ。それで例の件に協力してくれる事になった」
「へぇ、どういった形になるんだい?」

今度は火星自治政府樹立の件を話していく。
火星への投資として、軍備に必要なお金はピースランドが払う事。
自治政府樹立後すぐに火星へ支店を出し、火星圏の金融を牛耳ろうとしている事を伝える。

「ネルガルにも手伝って貰ってるって言ったらあの坊主が噛んでるなら勝算があっての事だろうって即答で決めちゃった」
「そこまで買われてるのか、1回会っただけなのに侮れないなあのじじい」
「結構豪快で親馬鹿だったよ。ミスマル・コウイチロウに似てるね」
「そっちも曲者じゃないか。どちらも下手な事すると首を齧りとられるからな。いや参った」
「その割に楽しそうだけどね」
「どうしようもない輩との相手とは比べ物にならないさ」
「そういうものなの?」
「あぁ、そういうもんさ」

こういう時の二人の会話は旧友と話しているような雰囲気になる。
お互い気兼ねなく話せる相手が希有な為二人には貴重な時間である。
アカツキに取っては幸か不幸か、アオからの認識では最高の親友として見られていた。

「あぁ、そうだ。二人の名前変わったからよろしくね」
「そうか、確かにそうなる訳だね。あそこは確かフリーデン家だったね」
「そう、ルリちゃんは【ルリ・フリーデン】、ラピスは【ラピス・L・フリーデン】になったから手続きよろしくね」
「ドイツ語で平和。だからピースランド。安直だねぇ。プロス君頼むよ?」
「えぇ、手続きしておきます」

プロスへと指示を出したアカツキは何か思い出したようにぽんと手を打つ。

「あぁ、こっちも忘れていたよ。ボソン通信可能になったよ」
「ほんと?」
「あぁ、ここに書いてあるのが仕様書だ」
「これなら、うちからでも繋げられるね。ありがとう」
「いや、こちらも当初はここまで早く活用出来るとは考えてなかったからね。助かってるよ」
「じゃあ、ちょっと使ってみる」

アオはコミュニケの設定を合わせていく。
そして設定が終わるとオモイカネを呼びだした。
その瞬間

『アオ!』『久しぶり!』『会いたかった!』『一週間連絡ないから寂しかった』『どこ行ってたの?』『こっちにはいつ来るの?』

アオの周りがウィンドウだらけになってしまった。
これにはアカツキだけじゃなく、エリナやプロス・ゴートも驚いていた。

「オモイカネ、落ち着いて。周りを見てみて?」
『わかったよ、アオ』

そうしてウィンドウが一つに戻ると周りをぐるっと見渡していく。
オモイカネはどういう事だろうと考えているのか固まっている。
おもむろにアオの方へ向くと聞いてきた。

『会長室ですか?』
「そう、ボソン通信が出来たからね試してみたの」
『ほんと!?それならこれからはいつでも話せる?』
「うん、話せるよ。それじゃ、挨拶してね。こっちじゃ初めてでしょ」
『あ、そうだね。ネルガル重工ナデシコフリートサポート艦及びナデシコC試験艦ユーチャリス搭載AIのオモイカネです』

律儀にぺこりとウィンドウがお辞儀する。

「いや、なんか凄い人間的だね」
「悪戯ばかりするし、勝手に色々録画して保存してるし困ってますよ」
『え!ばれてる!?』
「ラピスが見てるので知った」
『あぁ、気付かれないように見てって言ったのに』

そんな会話を続けるアオとオモイカネにアカツキは大笑いしている。
アオは肩をすくめるとちくちくとオモイカネをいじめていく。
そうしてオモイカネも合わせて、5人で滞在中にあった事などを談笑していく。
ルリとラピスはまだまだ起きそうにない。

「さて、そろそろルリちゃん達起こそうかな」
「こちらで運ぼうかい?」
「ダメ。他人に触らせたくない」
「過保護だねぇ」
「すいませんね~」
「ま、構わないさ」

そうしてルリとラピスを起こしにかかる。
ルリもラピスも目を開けるが、ぽーっとして頭が動いてないようだ。
というよりもアオを見て何かを待っている。

「彼女達どうしたんだい?」
「...あ~、やるしかないのかな。これ」

その言葉の意味がわからずアカツキ達4人はきょとんとしてる。
アオはしばらく悩んだが、意を決したようだ。

「え~っと、こんな所でスイマセン」

一応謝ってから、二人へと口づけをしていく。
それを見たアカツキ達は絶句して固まっている。

「ルリちゃん、ラピス。おはよう」

口づけされた二人は段々と目の焦点があってくる。

「あ、アオさん。あれ、ここは。寝ちゃってました?」
「ん、アオ?」
「うん、二人とも寝ちゃってたのよ。そろそろ帰ろうと思って起こしたんだけど...」
「「けど?」」
「はい、お寝坊さんを起こす為にいつものをさせて頂きました。みんなの前で」

そう言われて周りを見渡す...と顔が真っ赤に染まった。
ラピスもピースランドからこっち、だいぶ年頃の女の子らしくなった。

「はい、状況を把握できた所で帰りますよ?」
「「...はい」」

いまだに真っ赤である。
そんな二人が可愛いので、アオは頭を撫でてあげる。
そんなアオにようやく復活したエリナが問いかける。

「ね、アオさん。いつもしてるの?」
「え~っと...起床・出勤・帰宅・就寝の時には必ず...」
「いやはや、お熱いですな」
「...むぅ」
「それでも...負けてたまるものか」

アカツキはそれでもまだ諦めないようだ。
そうして3人はネルガルを後にすると1週間ぶりに自宅へ戻る事となった。

「「「ただいま~!」」」
「あ、お帰りなさい。アオさん、ルリちゃん、ラピスちゃん。
テレビ見てルリちゃんとラピスちゃんが映っててびっくりしちゃった、凄かったね。」
「出かける時に内緒にしててごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで。あれだけ凄い所なんだから言えないのはしょうがないんだしね」
「ありがとうございます。【ルリ・フリーデン】となりましたけど、改めてお願いします」
「私も【ラピス・L・フリーデン】です。お願いします」

そう言うと二人は頭を下げた。
マナカは正直二人が姫だったという事もあり、どう対応していいか不安だった。
だが、二人を見て何も変わっていないと安堵した。

「そっか、変わったのは名前だけだもんね。ルリちゃんはルリちゃん、ラピスちゃんはラピスちゃんだよね」
「「はい」」

そうしてマナカは二人を抱き締める。

「お帰りなさい。ルリちゃん、ラピスちゃん」
「「ただいま」」

そうして3人は【我が家】へと帰って来た。



[19794] 天河くんの家庭の事情_13話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/26 02:01
それを見た火星の住民は一様に沈痛な面持ちだった。

その内の一人が声を上げようとする...
なんとかしぼりだそうとしているのかかなりかすれてはいる。

「そんなの...」
「では、それ以外で皆さんをあの攻撃から助けられた事について説明がつきますか?」

目の前のウィンドウに映る黒髪の少女と眼差しに異論を唱えられる者は誰もいなかった。
そんな中白衣を着た金髪の女性のみ、楽しそうに目を輝かせていた。

それは、アオ達3人がピースランドから帰って来た翌日の事だ。
帰って来た日にボソン通信の完成を聞き、ユーチャリスのオモイカネへ繋いでから。
オモイカネはこちらのコミュニケにも常にリンクを繋げているようだ。
かなり寂しかったらしい。

「オモイカネ?」
『なんでしょう、アオ?』
「アキトの頃の記憶、火星の事に限定した上で、アキトとはわからないようにした映像に出来る?」
『難しいですね、なんとかやってみます。実験も...ですか?』
「そうだね、危機感持って貰わないとね。出来たら教えてね」
『わかりました』

今の所はうまくいってるけど、どうにもならなくなったらどうしようかなと漠然と考える。
そんな自分に自嘲するような笑みを浮かべるが、気合いを入れ直すとルリ達を起こしに行った。

「ルリちゃん、ラピス、トレーニング行くから起きなさい」

そうして一日が始まった。
いつも通り、アオとルリ、ラピスの3人でトレーニングをし、マナカが作ってくれた食事を済ませる。
それから出かける準備をすると、アオ・ルリ・ラピスの3人は試験場へマナカは研究所へと出勤していく。
そして、エステの稼働試験場でアオとルリ・ラピスがデータの確認をしているとオモイカネから通信が入った。

「はいはい?」
『アオ、出来たよ~』
「あ、わかった。今から行くよ」

そういうとアオは立ちあがった。
何だろう?とアオに呼びかけたルリとラピスへ打ち合わせに行ってくる旨を告げるとアオは部屋を出て行った。
そして研究所内の自室まで行くと、ユーチャリスをイメージしボソンジャンプした。

『アオ、お帰りなさい』
「ただいま、オモイカネ」

久しぶりに戻ってきたアオにオモイカネはウィンドウを乱舞させて喜ぶ。

火星の状況自体は週一の報告やオモイカネの報告で聞いている。
ユートピアコロニーはイネスを中心に、他のコロニーは市長を中心にまとまっている。
襲撃の不安から解放されてからはそれぞれ中での生活を安定させる為に動いていた。
通信自体はバッタ同士で出来るのでコロニー内での連絡を密にしている。
警察代わりとして治安維持を行っているのは、それぞれのシェルターを守っていた軍人や軍の経験者である。
そして教育としても教育従事者だけではなく研究員もいるため小学校から大学までの教育をバッタ間の通信教育行っていた。
それ以外の事についても元々従事していた者などが率先して動いていた。
食料などが配給で嗜好品がないが、お金がかかる訳でもなく生活自体は依然と余り変わらない為全体としてうまくまとまっていた。
まだ人数が少ないユートピアならともかく、数百万を有するコロニーでここまでまとまるのは希有であろう。
集団自決なども覚悟していたアオにとって、それは僥倖だった。

ここ数日の報告を聞き終わったアオはグッと気合いを入れ、オモイカネへ告げた。

「さ、やろっか」
『うん、繋げるね』

そして火星と通信を繋げた。

「どうも、前回から5日ぶり...ですか。お元気でした?
襲撃から1ヶ月程経過して不安になってるとは思います。
今回はこちらの状況が大分固まってきたので今後の事について話し合いたいと思います」

その言葉を聞いて火星の人々はざわざわとしだした。
助かるのかもしれない。いや、それはないとどんどんと憶測をしていく。

「ですが、話し合いをする前にみなさんに一つお見せしたいものがあります」

アオはそう言うと一度口を閉じ、注目が集まるまで待つ。

「今からお見せするのは一人の男の記憶であり、火星の記録であり、起こり得る未来でもあります。
何の事か今はわからないと思います。ですので一度見て、考えてみて下さい。
あぁ、そうだ。途中でかなり残虐な映像も出ますのでお子さんには見せないようにして下さいね」

それからアオは映像を切るとオモイカネに流すよう伝える。
始まりから、火星の全滅...それに衝撃が走る。
騒ぎ立てる物もいるが、映像が続いていくと次第にみんな見入って行く。
全てが流れ終わると一様に押し黙り、誰も口を開こうとしなかった。

「とまあ、こんな感じになってしまいます。
私が介入しましたから現時点で大分変わってますけどね」
「そんなの...」
「では、それ以外で皆さんをあの攻撃から助けられた事について説明がつきますか?」

目の前のウィンドウに映る黒髪の少女と眼差しに異論を唱えられる者は誰もいなかった。
そんな中白衣を着た金髪の女性のみ、楽しそうに目を輝かせていた。

「えっと、イネス博士質問ありますか?」
「えぇ、この映像にある男の記憶を何故貴女が私達に見せるのかしら?
貴女がこの男だったとしか言ってるようにしか見えないのだけれど?」

その会話に全住民は耳を傾ける。
22世紀最高の天才と呼び名の高いイネスとの会話である。
彼女が認めた事なら信用しやすいのだろう。

「そうですね、特に隠す気もなかったのでわかって当然でした。ではお答えしましょう。
この映像にもある通り、私は戦争に巻き込まれ成り行きで戦艦に乗り。
流されるままボソンジャンプを見せた結果、妻や多数の火星の生き残りの方達と共に拉致され人体実験に遭いました。
色んな感覚を失いながら生き延び、助け出された私は妻の救出と火星の皆さんの復讐を誓いました。
そして、あんな仕打ちをしたやつら全員の命、そして数万人の無関係な命と引き換えに妻を助け出しました。
ですが、ある事件があり家族がまた危険に晒された私は家族と共に未来へはいられなくなり逃げて来たんです」

その淡々とした話し方。能面のような表情。何かを抑えつけるような鋭い視線。それでも溢れだすような怒気。
そんな彼女に向かって嘘だとは言える者は誰もいなかった。

「わかったわ。そんな貴女に嘘だと言える人は誰もいないわね。では、ボソンジャンプでこちらに来たとしよう。
確かにそれなら貴女が火星を助けた事、色々と暗躍している事に説明はつくわ。それで、私達に何を望む?」

そんな中でもイネスは飄々とし、アオに質問を重ねて行く。

「はい。望むのは自衛です。先程の映像を見ればわかると思いますが、木星だろうと地球だろうと頼った結果は実験動物ですからね。
ただ、私はなんとか場を整える事までしか出来ません。それに正直家族を守るので精一杯なんです。
なので火星の皆さんにも、皆さんの家族を守る為に協力しあって欲しいんです」

それを聞いた住民はそれぞれ不安そうに周りを見渡す。
震えながら子供を抱き締める母親、家族を守るように包み込む父親、カップル同士で抱き合う者。人それぞれだ。

「これから一時間皆さんで話し合って決めて下さい。
ちなみに、協力してくれるのはネルガル会長アカツキ・ナガレ氏、そしてピース銀行頭取プレミア・フリーデン氏です。
ネルガル会長は戦艦や重火器、機動兵器ですね。そしてその資金をピース銀行で出して頂ける形になります」
「ちょっといいかしら?」
「はい、イネスさん?」
「それはいいけど、どうやって持ってくるつもり?」
「ボソン技術があるじゃないですか。未来では輸送技術は確立されてましたから、それをアカツキ氏へ渡してあります。
変な使い方しないようにとは言ってありますし大丈夫ですよ」

未来の技術を過去へ持ってくる。
その危険性に気付かないイネスではない、怪訝そうに眉を顰め不機嫌な顔をする。

「本気?」
「えぇ、お友達ですからね。それにあんな未来になるならしょうがないって、口には出さなかったですけど黙って見送ってくれたのは未来のイネスさんですからね」

そう言ってアオはイネスの方へ親しげな目を向ける。それを受けたイネスは珍しく取り乱した。
自分がそんな事をするという想像がつかなかったからだ。だが、アオの目は嘘を言っていない。

「まぁ、色々とあったんです。という事で、今から1時間ゆっくり話し合って下さい」

そうして通信を切ったアオはん~~~っ!と背伸びをする。

『アオ、大丈夫?』
「あぁ、大丈夫だよ。いつまで経っても見慣れないね」
『アオ...』
「心配してくれてありがとね」

ふと気を緩めるとオモイカネに微笑んだ。
それから1時間アオとオモイカネは暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように努めて明るく雑談をしていく。

「あぁ、そうだ。オモイカネ?」
『なに、アオ?』
「そういえばさ、オモイカネってナデシコもオモイカネじゃない」
『株分けされたけどナデシコシリーズはみんなオモイカネだよ。αとかβとかついてるけど』
「名前付けない?」
『名前?』
「そ、どうせならオモイカネを苗字として捉えて、名前をつけるの。
私だけで決めるとルリちゃんもラピスも拗ねちゃいそうだから、帰った後でだけどさ」
『ほんと!?』『やった!!』『名前!!』『嬉しい!』『アオ、大好き!!』
「ここまで喜んでくれるならもっと早く決められればよかったね。ごめんね」
『気にしないで!!前はアオ、それどころじゃなかったし根暗だったから』
「だから、人を根暗言うな~!!名前『ポチ』にでもするぞ?」
『それはやだ!!ごめんなさい~~~!!!』

そんな風に騒ぎながら1時間は過ぎて行った。

「お待たせしました。約束の1時間になりましたので、みなさんが決めた事をお聞きしたいのですが、決まりました?」

そう問いかけるとイネスが話し出す。アオとの話し合いはいつの間にかイネスがするようになっている。

「えぇ、貴女の案に乗る事にはおおむね賛成してるわ。ただ、協力者が本当か疑ってる者がまだいるわ」
「あぁ、そうですね。じゃあ、呼んじゃいます」

その答えを予想していたのかすぐにウィンドウが開く。

「やぁ、うちの研究者諸君は顔を知ってるだろうね。ボクがネルガル会長アカツキ・ナガレだ。
こちらのアオ君とは懇意にさせて貰っていてね。公私共に仲良くさせて貰っているよ」
「わしがピース銀行頭取プレミア・フリーデンである。今回の件について彼女と親交が深い娘からたっての願いでな。
直接協力出来る訳ではないが、火星への投資という形で金銭面での工面をさせて頂こう」

本当に現れたという事と目の前の少女がこの二人と親交があるという事実で一様に驚きを隠せなかった。
アオは二人に参加してもらった礼を言うと、イネスへと問いかける。

「これで信じて頂けたと思いますが、いかがですか?」
「え、えぇ。わかったわ。それで、これからどうすればいいのかしら?」
「はい。おおまかには決めてあるので、これから各市長とイネスさん、そしてアカツキ氏・プレミア氏の両名加えて打ち合わせをしようと思います」

そしてこの会議の内容もすべてのバッタへと流されていく。
普段は確実に見る事が出来ないそれを見た住民はそれが身近に起きているんだという実感が湧き自分も参加していると自覚する。
その結果、ただやらされているという感覚が減り全体でまとまる事になり治安の不安も減っていく。
アオはそこまで考えていた。
その後数時間の間、会議は続いた。

「ふぅ。ひとまずはこれくらいになりますか?」

そのアオの言葉に全員が頷く。

「では、一覧に上げますね」

─火星から地球への避難者の受け入れはネルガルの予定だったが、土地の確保などを鑑みて地球へ着く頃には独立成功が予想されるピースランドで行う。
─無機物運搬用のボソン技術が確立し次第、ネルガルから火星へ【バッタ】【コバッタ】【資材】を送り、火星で兵器等の製造を開始する。
─11月中には火星の自衛軍を組織し、従軍未経験者への教練を開始する事。
─協力者・賛同者の選別はアオ・アカツキ・プレミアの三者が行い、交渉はアオかアカツキが行う。
─ナデシコは【地球への目眩し】【実働データ取得】【ネルガル研究所のデータ確保】【火星で生き残りは見付けられなかったという報告】をするのが役割になる。

「といった形です。
それとおおまかにわかっている日程がこちらになります」

11月
─ネルガルで【バッタ】【コバッタ】量産化
─火星で【バッタ搭載ジェネレーター】【ディストーションフィールド発生装置】量産化
─ナデシコ建造開始

12月
─火星から地球への避難者到着(民間シャトル6万人・軍の輸送船2万人)
─無機物運搬用のボソン技術確立
─エステバリス量産開始

翌年8月まで
─ナデシコ搭載機関がすべて稼働実験終了

「これで以上ですね。何かある方は?」

アオが周りへ問いかける。
全員意見はないようで、アオへ真剣な目線を注いでいる。

「わかりました。会議はこれまでと同じく週一に行おうと思います。
火星の市長さん方とイネスさんは色々と混乱してる中で申し訳ありませんでした。
ナガレとプレミアさんは急遽な呼び出しにも関わらずありがとうございました」
「あぁ、ボクの事は気にしないでどんどん呼びだして貰って構わないよ」
「わしも構わんよ。アオ殿には娘が色々と助けられているからな」
「私も気にしないでくれていいわ。最近退屈しないでいられるから助かってるのよ」

そして各市長も口々にお礼を言う。
これ以降火星は急速に自衛の為の地盤が固まってくる事になる。

それぞれが通信を切る中、アカツキだけがまだ残っていた。

「いや、お疲れ様。大変だろ」
「うん~、疲れたよ。あぅ~」

アオは疲れてぐでっとだらしない座り方をしている。
その姿をアカツキは楽しそうに眺めている。

「どうだい、疲れた頭に甘い物でも。こちらへ来てくれればご馳走するよ?」
「ん、何か買ってきたん?」
「あぁ、最近近くに出来た洋菓子店が美味しくてね。その店オリジナルのケーキを何個か」
「行く!ルリちゃんとラピスも連れてくね」
「...あぁ、わかった。紅茶を用意しておくよ」
「うい、すぐ行くよ~」

アオはその案に跳び付くとすぐ通信を切る。
アカツキは二人きりがよかったが、そんな機微がアオにわかる訳がない。
アカツキはウィンドウが消えた空間を恨めしそうに見つめていた。

「オモイカネ、ルリちゃんとラピスに繋いで」
『うん、どうぞ』
「アオさん、どうしました?」
「アオ?」
「アカツキがケーキご馳走してくれるって。今からすぐ迎えに行くから私の部屋で待ってて」
「わかりました。すぐ行きますね」
「わかったよ、アオ」
「じゃ、オモイカネ。行ってくるね」
『いってらっしゃい~』

そういうと、アオはボソンジャンプで研究所内の自室へとジャンプする。
既にルリとラピスは部屋についており、その二人を連れて今度は会長室へジャンプした。

「ナガレ、エリナ、やほ~。早くケーキ食べたいから急いで来ました」
「こんにちは、アカツキさん、エリナさん」
「こんにちは、アカツキ、エリナ」
「や、思ったとおり跳んできたね」
「あら、3人共早かったわね」

そうしてアオ達はいつもの応接室でお茶会と相成った。
そこで火星との話し合いの結果や経緯をみんなへと話す。
ナデシコの話まで行くと、ルリが辛そうな表情をして口を開いた。

「ナデシコの目的が大分変わっちゃいましたね」

ナデシコのみんなを騙す事になるのが辛いのだ。
そんなルリを見て、アオはフォローするように説明を重ねる。

「そこはね『見付けられなかった』っていうのが重要になるの。
バッタをハッキングしてるからコロニー跡にはバッタが大量にいる事になるじゃない?
そんな大量のバッタにたかられてるコロニーに人が住んでいるとは思えず中までは確認しませんでした。
そういう事にするから嘘はついてない事になるから大丈夫」
「なんか、物は言いようって聞こえますけど?」
「最初にユートピアから回る事にするからね。イネスさんにも協力して貰うよ」
「むぅ~~」

まだ納得し切れていないルリにアオは困った顔をする。
そのまま頭を撫でながら、柔らかい声で言い聞かすように話しかける。

「みんないい人過ぎて先走っちゃうからさ、とんでもない事になっちゃいそうでね。
ナデシコのみんなや火星を危険にはしない為にもお願い」
「そうですね、確かにあの人達はそういう方でした。嘘も下手でしょうからしょうがありません」

ナデシコのみんなを思い浮かべたルリはそういうと苦笑する。
その後、説明が終わった後ものんびりと談笑が続く。

「そうそう、ユーチャリスのオモイカネに名前をつけようって事になってね、ルリちゃんとラピスの意見が欲しいの」
「名前?」

すぐに食いついたのはラピスだった。
ユーチャリスとの付き合いはルリより長い為にオモイカネに対しては反応が早い。

「うん、ナデシコもオモイカネでユーチャリスもオモイカネでしょ?」
「はい(うん)」
「そうなるとどちらもオモイカネで同じ名前は個性がないし、だからといってαやβは可哀想だしね」
「となるとナデシコのオモイカネにも?」
「うん、そう考えてる」
「私、ユーチャリスのオモイカネの名前考える」
「私は付き合いが長いですしナデシコのオモイカネを考えます」
「わかった。じゃあ、決まったら教えてね?」
「「はい!(うん!)」

その後ユーチャリスのオモイカネは学名である【Eucharis grandiflora】の後ろからとって【グランディフローラ】に決まった。
長いので愛称を【グラン】にしようとしたのだが...

『イヤ!グランなんてごついから絶対イヤ!』

とオモイカネ自身に拒否され【フローラ】になる。
実は女の子だったらしい。
しかし、困った事はそれだけではなく、名前が決まった後は

「あ、オモイカネ?」
『...』
「あれ、オモイカネ?」
『.........』
「あ、ごめん。フローラ?」
『なに、アオ。呼んだ~♪』

といったようにオモイカネと呼んでも返事してくれなくなった事だろう。
ウィンドウのロゴも全てオモイカネからユーチャリスに変えてしまった上、フローラと入れてしまうあたり相当嬉しかったようだ。

ナデシコのオモイカネもユーチャリスと同じく学名である【Dianthus superbus】からとる事に決まった。
こちらは前の部分の【ダイアントス】愛称は【ダイア】となった。
ナデシコのオモイカネは名前を付けて貰う事に戸惑っていたが、実際はかなり嬉しかったそうでそれ以降急速に自我が発達する事になる。
ダイアはオモイカネと呼んでも返事はしてくれるからまだいいのだが

『...呼びましたか?』

といったように微妙に不機嫌になってしまうようになる。
だが、フローラもダイアにも共通して言える事があった。
面識がない相手や面識はあっても信頼してない相手から名前や愛称で呼ばれることに嫌悪したのだ。
アオ達はそこまでしなくてもとは言ったのだが、それだけは譲れないそうだ。

そうして談笑は続いていたが、しばらくしてエリナからそろそろ仕事に戻りましょうという一言があると解散となった。
アカツキとエリナと別れ、研究所へ戻った3人は残った仕事を片付けると自宅へと帰る。

「「「ただいま~」」」
「あ、3人共お帰りなさい。私も今戻ったところよ。
それと、アオさん、ルリちゃんとラピスちゃんも後で時間貰える?」
「あ、はい。わかりました」

そうして4人の団欒が始まる。

「マナカさん。それで、用事ってなんでしょうか?」

ご飯が終わり、後片付けを終えたアオ達はリビングへ集まった。
マナカは一旦自室へと戻り、資料データを持ってくるとテーブルへ広げた。
4人はそれぞれクッションへ座り、テーブルを囲む。
そんな中、真剣な顔でアオを見るマナカに何かあったのかとルリが尋ねた。

「えぇ、アオさん。貴女のナノマシンの事で重要な事がわかったの」
「...重要なことですか?」

その言葉に思わずルリとラピスがアオを見つめる中、アオが聞き返した。

「アオさん。自分に投与されているナノマシンの量は知ってるわよね?」
「はい。もちろんです」
「その量を例えば私に投与したらどうなるかわかる?」
「専門じゃないので詳しくはわかりませんが、食い潰される?」
「そう、アオさんの身体に入ってる量のナノマシンを維持するにはエネルギーが足りないしナノマシン同士の干渉が起きないはずがない」

自分の身体がナノマシンに食い潰される。
それを想像したアオは自身のアキトだった頃を思い出し身震いをした。
ルリとラピスも不安を紛らわせるようにアオへ身体を寄せてくる。
そしてマナカはかなりの量のデータを持ち出してくる。

「それで、それが起きていないという理由を探るために最初に投与されたナノマシンから分析を進めていったの。
最初の方はルリちゃんやラピスちゃんと同じIFS強化に関する物や思考強化、記憶強化などの脳改造系になってるんだけど...
問題はこれ」

そう言ってマナカが指したのは詳細が不明と表示された2つのナノマシンだった。

「この2つに関して、最近までどんなナノマシンかわからなかった。でも2つの中で後に投与されたナノマシンは問題があったの」
「「「問題?」」」

思わず3人が問い直す。

「そうなの、結論から言うと生き物へ投与するナノマシンじゃなかったのよ。この写真を見て貰える?」
「...なっ!.....嘘」

そう言って差し出したのはモルモットで使用するマウスと人間に体組成が近い豚の写真だった。
それぞれに何枚かまとまっていて、1枚ずつめくっていくと投与してからの時間が書いてあった。
それぞれ身体の大きさから程度の違いはあれ、投与された所からどんどんと身体が分解され土のように変わって言った。
余りの状況にアオはともかく、ルリとラピスは真っ青になって涙を浮かべていた。

「ごめんなさいね、辛い写真を見せてしまって。
実は、このナノマシンは【土壌微生物】のような役割を持っている事がわかったのよ。
ただ、写真を見てわかるとおり威力が強すぎて、ちゃんと設定してやらないと使い道がないけどね。
だけど、実際に投与されているアオさんは今も生きている」
「どういう事ですか?」

ショックから立ち直り切れていないルリとラピスの代わりにアオが問いかける。
ルリとラピスも顔は蒼白だが、聞き逃さないように真剣な目をしている。

「その答えが前に投与されたナノマシンなの。このナノマシンとさっきのナノマシンを一緒に投与した時の写真がこれ」

そう言って新しい写真を見せる。
その写真をめくっていくが、投与後も全く変化をしてなかった。

「投与後に調べたらナノマシンは両方ともちゃんと動いてたわよ」
「そうなると、このナノマシンに何かあるって事ですね」
「そうなの。このナノマシンはナノマシンを身体に合わせて調和させるような役割を持ってるみたいなのよ。
それが判明して、ある事が出来ると思ったの」
「ある事ですか?」
「えぇ。それは、これなの」

そうマナカが答えると両手の甲を向けるとそこにIFSが浮かび上がってきた。
オペレーター用のIFSである。

「「「なっ!!!」」」

思わず3人が驚く。安全が確認されているパイロット用とオペレーター用は別物である。
パイロット用は受信よりも送信が主体になっていて、特に訓練なども必要ではない。
何も難しい事を考える必要がなく、右へ曲がりたいとかパンチする事をイメージするだけでいいからだ。

一転オペレーター用は送受信共にパイロット用とは出来が違う。
その上、データを受信し自分の頭の中で理解し整理し書き加えたりしたのち出力するといったようにただイメージするだけではない。
より高性能のコンピュータと繋ぐ場合は更にマルチタスクといわれる高度な思考の並列化が必要になってくるのだ。
例えば、ルリはナデシコの艦全体を制御しつつ戦闘の処理を行ったり、火星圏全体の掌握をしていた。
ラピスも艦全体の制御に加えバッタの制御と戦闘の処理を行っている。
どれだけの処理を平行して行っているか考え付かない程である。
IFS強化体質者だからこそついているといっても過言ではないそれは、成功の裏にかなりの犠牲を払っている。
それを後天的につけようだなんて事、通常では正気の沙汰ではないのだ。

「何やってるんですか、マナカさん!」
「自分を実験体になんて馬鹿ですか!」
「マナカ!無理しちゃやだ!」

口々にマナカへ問い詰める。ラピスに至ってはマナカにしがみついて泣き出してしまっていた。
やっぱり怒られちゃったと呟いたマナカは3人に答えた。

「でもね、安全を確認するのは誰かがやらないといけないし。それなら私がって思ったの。
それに、理由はそれだけじゃないんだ」

ゆっくりと問いかけるように話すそれは母として子供へ向けるものだった。

「ほら、アオさんもルリちゃんもラピスちゃんもはIFS強化体質じゃない。生まれた頃から色々されてしまってこれをつけてる。
でもね、これがうまくいったらみんなは人と違う特別じゃなくなる事が出来るって思ったの。
能力としては高いかもしれないけど、それはただ人より才能があるだけで特別ではない。
私が勇気を出せばみんなの環境をよく出来るかもって思ったらね自然としちゃってたの。
一緒に住み始めてから楽しくて、私にとってアオさんもルリちゃんもラピスちゃんも本当の娘みたいに思ってた。
私なんかに思われても迷惑かもしれないけどね...」

その返事として、ルリとラピスがマナカへ飛び込んでいった。

「迷惑じゃない!でも勝手にそんな事をするマナカは嫌い!だからもうしないで!!」
「マナカさんは馬鹿です!勝手に自分で決めて!!それにそんな迷惑なんか思うわけないじゃないですか!!」

泣きながら抱きついて来る二人に嬉しそうに笑いかけるとマナカもゆっくりと抱きしめ返した。
アオも二人を嬉しそうにみつめると、マナカへ怒ってます!といった表情を向ける。

「マナカさん。娘と思って頂くのは結構ですが、それならなおさら説明を先にして下さい。
これでもしっかり自立してるつもりですし、子供をないがしろにするなんて母親として失格ですよ?」
「そうでしたね。ごめんなさい」
「えぇ、ちゃんとして下さいね」

そういうとアオとマナカは笑いあった。

「この事は他の人は知ってるんですか?」
「えっと、自分に打ち込む時エリナさんに一緒にいて貰いました。
手を握って貰っちゃいましたけど...」

マナカは照れたように言った。
その後、ルリとラピスが折角つけたオペレーター用IFSを使いこなすためにマナカを特訓すると言い出し。
マナカは研究だけではなく、ルリとラピスから過酷な個人授業を受ける事になった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_14話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/26 11:24
11月に入り、既に地球の国民は火星陥落のショックから抜け出していた。
実際に親族がいる者が多い訳でもなく、どこか対岸の火事といった様相であった。
その上地球への被害がまだないので、実感どころか忘れかけている様子ですらあった。
だが、そんな中危機感を募らせる者達もいた。
地球連合軍である。
主力艦隊をひとつ当てたにも関わらず、敵に対して被害を与える事も出来ず壊滅したのである。
しかし、受けている危機感の内容は人それぞれである。
上層部では責任問題に危機感を募らせ、地球への対応など少しも考えようとしていない。
それどころか、無能呼ばわりされている自分達の地位向上の為どうするかという議論ばかりである。
そんな中でこのままでは地球が危ないという真っ当な危機感を抱く者ももちろんいた。
そんな真っ当な軍人である二人の男がその部屋で苦い顔をしていた。

「どう思うかね?」
「間違いなく裏はあるでしょうな。なにしろ名指しでお呼びですからな」
「色々噂は聞いておるが、何が目的なのか見当もつかんな」
「出来る男らしいですな。スカウトでもされるのかもしれませんな」
「笑えぬ冗談だ」
「まったくですな」

見詰めていた書面にはネルガル会長との会合と書かれていた。

その日、一人の少女がネルガルの会長室を訪れる。
艶やかな黒髪に一目見たら忘れられそうにない程綺麗な顔立ちの少女である。
顔パスなのか、入口から会長室のカウンターですら呼びとめられる事がない。
そんな彼女、テンカワ・アオというIFS強化体質という特異な彼女は扉を開けると軽い口調で呼びかけた。

「やほ、ナガレ、エリナ」
「早いね。こんなに急いでくれるなんて、ボクにそんなに会いたかったのかい?」
「こんにちは。そんなに急いでも相手は来てくれないわよ?」

そんな軽い口調で答える軽薄そうな長髪の男が一大複合企業であるネルガルの会長であるアカツキ・ナガレだ。
実は彼は目の前の少女にご執心なのだが一向に相手にされていない。
むしろ気付いてもらえてすらいない。
そして、アカツキの傍に立っているのが会長秘書であるエリナ・キンジョウ・ウォンである。
かなり辣腕ではあったのだが、最近丸くなってきたと評判である。
その大きな原因の一つに今いるアオが入っていたりする。

「早めにこっちの目処付いたから来ただけだよ。それで、アポ取れたんだって?」
「あぁ、あと1時間程したら来る予定さ」
「久しぶりに会うなぁ~」

そんな事を言いながら、アオは背伸びをする。
会長秘書であるエリナが選んだドレスである。
ゴスロリっぽいのだが、アオが広がったスカートを嫌がるのでフリルも多くなくスマートな印象を受ける。
黒の手袋とドレスの間に見える白いうなじと脇にそそられない男はいないだろう。
案の定アカツキが食い入るように見つめていた。

「無防備すぎるのも考えものよ?そこの男が獲物を見るような目で脇を見てるわよ?」
「ナガレだし別に構わないよ。私なんかに襲いかかってくる事ある訳ないし」

エリナの忠告に答えるアオだが、それは信頼というよりも男として見てないという返答だ。
そんな返答にアカツキはうなだれて涙を流している。
それからしばらく近況報告ついでに談笑を続けていた。

そしてお客が来るという1時間後まであと15分という所だった。
アカツキの座るデスクにある内線が鳴る。
繋がった相手は会長室前のカウンターにいる秘書である。

「どうした?」
「はい、地球連合宇宙軍極東方面提督ミスマル・コウイチロウ様と参謀ムネタケ・ヨシサダ様がいらっしゃっています」
「聞いてるからそのまま応接室へ通してくれるかな。すぐに向かうと伝えておいてくれ」

アカツキはそう秘書へ伝えると内線を切る。

「アオ君。来たそうだよ」
「うん、聞いてた。頑張りますか」

アオはそう言ってグッと気合いを入れる。
アカツキは楽しそうにそれを眺めるとエリナへと視線を向けた。

「エリナ君は大丈夫かい?」
「私にも関係してるもの。何回でも付き合うわよ」

そう答えるとエリナは肩をすくめた。
アカツキはそうかいと答えると会長室から出て行った。
アオがその後に続き、エリナは最後に会長室から出て行った。

アオ達が応接室の前につくと、丁度カウンターの秘書が中から出てくる所だった。
彼女は3人に気付くとそのまま扉を開け二人を通し、通った事を確認するとお辞儀をしてゆっくりと扉を閉める。
中へ入った後、アカツキとアオはソファーの方へと歩いて行き、エリナはお茶を用意しに向かった。

「初めまして、ネルガル取締役会長アカツキ・ナガレです。突然お呼び出しして申し訳ない」
「初めまして、テンカワ・アオと申します。この度ご同席させて頂く事になりました」

コウイチロウとヨシサダはアカツキはともかくアオの姿を見て驚いていた。
それでも表面上には全く出していない所は流石である。

「こちらこそ初めまして、地球連合宇宙軍極東方面提督ミスマル・コウイチロウと申します」
「初めまして、同参謀ムネタケ・ヨシサダと申します」

そうしてそれぞれ握手を交わすとソファーへと腰掛けた。
エリナがお茶を用意し終わり4人へ出すのを見ると、アカツキが口を開いた。

「お呼び出しした用件についてなのだが、実は用があるのはボクじゃない。
ボクの横に座っている彼女が貴方方へ用があるんでね。今回お呼び出しした次第さ」
「はい。彼にお願いでもしない限り貴方方とこうして会う事など出来ませんから。
ご無礼かとは思いますがお付き合いをお願い致します」

コウイチロウもヨシサダも余りに場違いなアオの存在に何かあるとは思っていたが、まさか用件があるのは彼女だとまでは考えが及んでいなかった。
この場に来て冗談な訳もなく、むしろアカツキを動かせる程の存在である彼女への興味が湧いてきた。

「ふむ。何か事情がありそうですな。話して頂ける分には存分に相手しよう」
「そうですな。何をするにしても話を聞かないと判断すらつけられません」
「こんな非常識な行動にも関わらず聞いて頂ける事に感謝致します」

そう言って、アオはソファーへ腰をかけたままお辞儀をする。
物言いと所作から見た目通りの年齢ではないのかもしれないと考えつつコウイチロウは髭を撫でる。

「まず、用件の概要についてですが、いくつかあります。
それは、火星の事。地球と木星の戦争の事。そして、ミスマル提督の娘であるユリカさんとムネタケ参謀の息子さんであるサダアキさんに関係があります」

その言葉に思わず二人の視線が鋭くなる。
自分の家族にこの戦争が関係しているという穏やかでない内容は看過されるものではなかった。

「ユリカさんとサダアキさんに今すぐ何かあるという訳ではありません。それはお約束します。
ですが、このままだと取り返しのつかない事態になってしまう。その事について説明する事が用件です」
「では、その説明をして頂こうか」
「そうですな。穏やかな話題ではありませんからな」
「えぇ、私もその積もりです。ですが、口頭でお話してもすぐには信用して頂けないと思うので映像をお見せします。
これは私の記憶を映像化したもので、総て私が経験した事であると最初に伝えておきます。
この内容についてこちらのアカツキ会長とエリナ会長秘書は既に知っていますので一緒に見て頂きます」

アカツキとエリナは知っているという言葉に二人の眉が引き攣ったが、気持ちを抑え了承した。

「了承して頂けたようなので、流し始めます」

そうしてアオがテンカワ・アキトだった頃の記憶を吸い出して作った映像を流す。
過去へ来て何度この映像を見たのだろう。
何度見ても見慣れる事がない映像。
つかの間の幸せとそれに続く血の歴史を繰り返し繰り返し見続ける。
自分の原点はこれだという事を忘れないように、自分はこの未来を絶対に認めないと改めて誓うように。
そうして総て流れ切る。

「いかがでしたか?」
「...そうか、テンカワというのはそういう事だったのだな。アキト君」
「確か、提督のお知り合いの息子さん...でしたな」
「はい。未来ではミスマル提督を義父さんと呼んだ事もありました。
ですが、今の私はアキトではありませんよ。私は姉のアオです」
「ふむ。色々と信じられない事が多いが、娘の為に出来る事はなんでもしよう」
「息子に関しては再教育をせねばなりませんな。その機会を頂けた事に感謝しますよ」

かなり衝撃を受けているはずなのに飄々とした雰囲気で二人は答えている。
アカツキはそんな二人を本当に手強いと考えつつ眺めていた。

「お願いしたい事はいくつかあります。ですが、個人的に一番大きなお願いがあります。
まず、ミスマル・コウイチロウ提督」
「なにかね?」
「ユリカの再教育をお願いします。ユリカに甘すぎです。少しは叱って下さい。
貴方がそんなだからあんな人の話を聞かないやつに!私がそれでどれだけ苦労をしたか...」
「何を言うかね!いくら未来で旦那だったとはいえ初対面で言われる筋合いではないわ!
片親だからとわしがどれだけ苦心したと思ってるのかね!」

いきなり始まった口喧嘩にアカツキとエリナは唖然としていた。
ただ、この中でヨシサダだけはユリカの甘やかされ具合とコウイチロウの親馬鹿具合を良く知っている。
アオが本当に苦労したんだろうと心の中で涙を流していた。
そして口喧嘩はまだ続いている。
しかもいつの間にか二人は立ち上がって激しく意見をぶつけ合っていた。

「言わせて頂きますが、提督。片親だからと叱ってはいけないという事はないんです!むしろ叱るのも親の仕事です!
貴方はいつもユリカのわがままに付き合ってばかりだったから彼女は人の話を聞かないままに育ってしまいました!
ユリカがナデシコで私にばかり構っていたせいで犯した失敗がいくつあると思いますか?
その遠因に貴方の責任がある事を自覚して下さい!まだ1年ありますし少しは矯正出来るはずです!
それと、未来で私に告げた言葉を聞かせて差し上げます!
『ごめんね、アキト。奥さんが旦那様を信じられなかった。
拒絶しようとした。私は!アキトの事を!見れて...いなかった.....!』
この言葉をもう一度ユリカから言わせたいんですか!?」
「...」

コウイチロウが言い負けていた。
ヨシサダは彼が言い負かされたことにかなり驚いていた。
彼は普段はとても厳格で聡明なのだが、娘が関わると周りの意見をほぼ聞かなくなるという困った人なのだ。
そんなコウイチロウが言い負ける事を見たのは付き合いの長いヨシサダにとって初めての事だった。

「こちらに来る前にユリカと会って話をしました。そこでユリカに『過去の私の性根を叩き直してね』と頼まれました。
だから、ミスマル提督...いえ、未来で義父であったコウイチロウさん。
どうか協力して下さい、よろしくお願いします」

アオはコウイチロウへ深く頭を垂れた。
本気で娘を想っての言葉、そして未来の娘自身の言葉を受けてコウイチロウは心を動かされた。

「わかった。不出来な親で至らぬ所ばかりだが出来る限りの事はすると約束する。
しかし、どうすればいいのかわからないのも正直な所なのだ。
アオ君の手を煩わせる事になるかもしれんが、その時はよろしく頼みます」

コウイチロウも同じくアオへと深く頭を垂れた。
そんな彼に向ってアオは笑顔を向ける。

「いえ、わかって頂けた事自体が前進ですから少しずつでいいんです。
この身になってからは、私がユリカの母親代わりになって叩き直そうと考えてましたから」
「そうか。そう言って頂けて何よりだ。だが、自分の娘を他人任せきりという訳には参りませんからな」
「はい。お互い頑張りましょう」

そうして二人は握手を交わす。
それからソファーへ座ると、アオはヨシサダへと身体を向けた。

「実はムネタケ参謀へのお願いも同じ事でして」
「そうですな。常々話は入ってきてはいるのですよ。ただ、どこまで手を出していいのやらと悩んでいたのです。
ですが、先程の映像を見て確信しました。呼び出してこってりと絞ってやりますよ」

サダアキは家系が軍人という事もあるのだが、父を抜かしてやりたいという目標で軍隊へ入っている。
だが、どれだけ頑張っても親の七光りという言葉が付いて回り、それを見返そうとする余り当初の目的を見失ってしまった。
その挙句が点数稼ぎやおべっかに繋がり、成功は総て自分の物なのに失敗は総て部下のせいという典型的な嫌われ者である。

「あのままだといつか味方から殺されそうですから。しっかり絞ってやって下さい」

アオはヨシサダへも頭を垂れる。
ヨシサダはこちらこそ教えて頂いてありがとうと頭を垂れると握手を交わした。
そうして、アオ、コウイチロウ、ヨシサダがソファーへ落ち着き三人三様にお茶を飲み一息つく。
そこで呆れた顔をしたアカツキが言葉を挟んだ。

「アオ君。今のが一番大事なのかい?」
「そうなの。後のお願いは映像見るくらいで大体把握してそうですし」
「本当かい?」

アカツキは軍人があれだけで把握するものなのか?と訝しげな目で二人を見る。
そのアカツキに向かって、そんな疑わなくてもとアオは肩をすくめる。

「あの二人は稀代の名将だもの。私がここにいる事とさっきの映像...」
「お褒めに預かったので後はわたしが引き受けましょう」

そう口にしたのはヨシサダだった。

「まずは、アオ君が未来から来た事。
そして一大複合企業でありクリムゾンと並ぶ軍需企業でもあるネルガルの会長と会議に臨まれた事。
そしてご挨拶の際に伺った【火星の事、地球と木星の戦争の事】というお話。
更には火星での出所不明な隕石情報、これは詳細に過ぎた事が気になりました。
そして火星会戦時に起きた突然の通信途絶、こちらは艦隊が火星圏を出てすぐでタイミングが良すぎました。」

ヨシサダが言葉を受け継ぐとそこまで答えていき、一度言葉を切った。
そしてアオとアカツキを一度確認すると更に言葉を重ねる。

「この事からアオ君が火星に対して既に何かを行っているという予測がつきますな。
そしてネルガルとの付き合いがある事と火星と地球の通信を途絶した事から水面下で軍備を整えている可能性がある。
ですが、軍備を整えるだけでは意味がない。そこで火星では一定数以上の人が生き残っているという事が考えられますな。
だからといって、映像から木星に力を貸そうとは考えないでしょう。そうなると狙うのは火星の自立ですかな?」
「さすがムネタケ参謀ですね」
「あれだけヒントを与えて下さいましたからな」
「いや、大したもんだね。正直驚いたよ」

アカツキは素直に驚いていた。
特に火星会戦の際に錯綜した情報の中でアオが行った隕石の情報、そして通信途絶をピンポイントに取捨選択した事だ。
彼が知る軍人は地位や名誉、金といった物ばかりに夢中な無能と呼ばれる者が多かったためここまでの人物だとは思っていなかった。
アオからこの二人を呼んで欲しいと言われた時は正直不安だったが、彼女を信じて間違いはないと改めて感じていた。

「そうですね。では、協力をお願いする前に今の火星の状況や私達が進めている事をお教えします」

アオがそう言うと説明を始めた。
火星の住民がまだ1000万人以上生き残っている事から始まり、現在進めている事とその現状。
そして目的なども詳細に語っていく。

「ふむ。提督どうですかな?」
「うむ。まずはアオ君は我らにどうして欲しいのだ?」
「出来ればこちらへ協力をして頂きたいです。お二人が信頼出来る方を引き込んで下されば助かります。
でなければ、どうか今までの話はお忘れ下さい。交換条件はユリカさんとサダアキさんの事、命を取らない事です」

アオは真剣な目で二人を見つめる。
しばし目線を交わしていたが、コウイチロウとヨシサダの顔が幾分和らいだ。

「どうですかな、提督。乗れば反逆罪ですぞ?」
「軍法裁判。その場で極刑は免れんな。この際火星へ逃げてしまうのも面白いとは思わんかね?」
「そうですな。どうせ逃げるのでしたら、より効果的な案を練りたいものです」
「うむ。という事でいかがかな、アオ君」
「...ありがとうございます」

その言葉に、アオは深くお辞儀をする。
アカツキも肩から緊張を取り、息を吐いた。
それから4人は立ち上がると握手を交わしていった。
これで、軍への大きなパイプが出来る事となった。
4人はもう一度座ると詳細な事を話し始める。
そんな中アオがコウイチロウへと声をかけた。

「あの、ミスマル提督。フクベ提督が戻られた時にお会いしたいのですが、お願いしてもいいですか?」
「ふむ?どうしたのかね」
「えぇ、あの方は輸送船を助けた結果ユートピアコロニーへチューリップを墜落させてしまいました。
今は帰路の途中ですが、悔い悩まれてると思います。ですので自棄にならないよう目的を差し上げたいなと」
「火星にいた君の言葉なら届くか...わかった、アオ君の望むようにしよう」
「ありがとうございます」

そうして、話し合いが終わるとそれぞれ席を立ちもう一度握手を交わした。
その後出て行くコウイチロウとヨシサダを見送ったアオ、アカツキ、エリナはぐでっとソファーへと沈んだ。

「疲れた...」
「あぁ、疲れたね」
「しんどいわ」

3人共とてもだらしがない。

「アオ君。なんで君が連れてくる人はみんな揃いも揃ってああなんだい?」
「なんでだろ~。とはいってもナガレも十分その中に入ってる気がするんだけど」
「あそこまで老練してないさ。自分がまだまだだって思い知らされるよ」
「いいんじゃないですか?その年で達観されても困りますから」
「せいぜ~がんばるさ~」

アカツキはやる気なさそうにエリナへ手を振っている。
普段なら怒るエリナも疲れ切っててそんな気力がない。
そんな中ソファーの肘掛を枕代わりにこてんと横になってるアオが何かを考えるように真剣な目をしていた。
正面にいたエリナがいち早くアオの目に気付いた。

「アオ、どうしたの?」
「ん?ユリカの事考えてたんだけどね?いくら考えてもね。コウイチロウさんだから無理としか出てこないの...」

そこまで言うとよよよと泣き出してしまった。
アカツキとエリナはあの親馬鹿振りを引き継いだ娘か...と考えると、アオに同情の目線を注ぐ。

「でもアオ、更生...させるんでしょ?」
「うん、曲がりなりにも未来で一緒に住んでたから性格は知ってるし、色々案は考えてあるけどね。
多分嫌われちゃうな...」

寂しそうにアオが言った。
アカツキはアオにそんな寂しそうな顔をさせる相手に思わず嫉妬するが、気を取り直すと声をかける。

「アオ君、叱る前からそんな顔をする親はいないんじゃないか?言ってたじゃないか、母親代わりになると。
君ならいい親になれるさ。そしていい親は子供から好かれるもんだ。」
「そう?」
「あぁ。これでも一会長だ。人を見る目はあると思っているが?」
「そか、ありがとね。ナガレ」
「感謝してくれるなら今度デートでもして欲しいんだけどね」
「いつも言ってるのに、ルリちゃんとラピスも一緒ならいいよって。私と二人じゃつまらないよ?」

相変わらずなアオにアカツキは力をなくしたようにうなだれた。
そんなアカツキを不思議そうにみつめるアオとその二人を楽しそうに眺めるエリナの姿がそこにあった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_15話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/26 23:40
それは月が変わってすぐ、ミスマル・コウイチロウとムネタケ・ヨシサダとの会談を2日後に控えた時の事だ。
一大複合企業ネルガル、その本社ビルの会長室に今日も一人の少女が現れた。
その少女であるアオは毎日のようにここ、ネルガルの会長室を訪れている。
最初の数日は律儀に連絡を入れていたのだがすぐに連絡なしで受け付けへ。
最近ではそれも素通りでノックすらしなくなっている。
今日も扉を開けると元気に声をあげた。

「やっほ~。今日はマーマレードケーキ焼いてみました!」
「お、アオ君待ってたよ。そろそろ甘い物が欲しかったんだ」
「あら、今日も美味しそうね。すぐ紅茶を出すから先に応接室へ行ってて」

そんな感じである。
アオが現れてからというもの、アオにご執心なネルガル会長のアカツキ・ナガレはしっかりと仕事をするようになった。
それというのも任された事もちゃんとしない人は嫌いですというアオの一言が原因である。
アオの方しか見ない今の彼には大関スケコマシというあだ名はもうふさわしくないのかもしれない。
そして、会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンもここ最近ずっと機嫌がいい。
ぐうたら会長が仕事をしっかりするようになった要因である、アオに対する評価はすこぶるいいのである。

そんな3人はいつものように応接室へ行くと、談笑を始める。

「あぁ、アオ君。ナデシコの建造が来週の10日からサセボドックで始まるからね。
引越しする準備を進めて貰うとありがたい」
「わ、聞いてないよ!?」
「あら、来月からっていうのは知ってたでしょ?詳しい日にちを教えるのは初めてでしょうけど」
「そうだけど、部屋も探さないといけないし。引越しの手続きとか...」

そうしてアオは焦ったように引越しの段取りを考え始める。
そんなアオを見たアカツキとエリナは思わず苦笑していた。

「あぁ、アオ君。部屋探しも引越しの手続きもいらないよ?
こちらで手配してある。部屋ももう用意してあるから問題ない」
「え?どゆこと?」
「アオ。貴女が今住んでる所を用意したのはこの女好きの会長よ?
昼行燈なぐうたらだけど世界で一・二を争う企業の会長である事には間違いないわ」
「そ。だからまたボクがアオ君の為に用意したのさ」
「またそんな無駄遣いを...いきなり返せ言われても返せないよ?」

アオは親の資産もある上、給料が高くパテント料も入って来る為にお金は貯まる一方だ。
だが、元来貧乏性な為か無精なのか自分の資産を全く把握していない。
そんなアオがむぅ~と可愛い目でアカツキを睨んでいる。

「その時はお嫁に来てくれればいいさ」
「はいはい。いつもそれだもんね。寝言は仕事中に言わないようにね」
「そうですよ、会長。いい加減諦めた方が傷は浅いですよ?」

アカツキは根っからの本気で言ってるのだが全く取り合ってくれない。
本気なのにと涙を流す彼にエリナが追い打ちをかけた。

「それで、私が用意する物は?」
「君が持ってる資料とデータくらいかな。家財道具や家電、生活品なんかは全部プロス君へ頼んであるからね」
「服は私が用意したから服も持って行く必要ないわよ?」

ほとんど着の身着のままで大丈夫そうである。
この二人はそれだけアオを買っているという事だろう。

「あぁ、一つだけ伝えて置かないといけない事があるね」
「ん?なぁに?」

そうして、アカツキはその事をアオへと伝えた。

それから何日か経ち、サセボへと移る日がやってきた。
これから出ようとするのだが、アオとルリが困ったような表情をしている。
何があったのかというと...

「やだ!マナカも一緒に行く!」
「ラピスちゃん。そうしたいけど、出来ないのよ?」
「じゃあ、みんなでここに残る!」
「ラピス。ごめんね、それも出来ないの」

ラピスがマナカにしがみついて愚図ってしまっているのだった。
アオが引越しが決まった事を伝えた日はまだ問題はなかった。
だが、日を追うにつれラピスの表情が硬くなっていき、それを心配したアオとルリ、マナカは何度も説明をした。
説明をした時は渋々頷いていたラピスだったのだが、ついに昨日の夜泣き出してしまったのだ。

「なんで!?なんでマナカは来れないの!?」
「ラピスちゃん。私はこっちでやる事があるの。だから一緒には行けないのよ?」
「そんなの知らない!マナカも一緒に行くの!」

そう言って聞かないラピスをなんとかなだめて寝たのはいいのだが、朝になって同じ状態になってしまった。
アオもルリもマナカも感情を表に出さなかったラピスがここまで感情豊かになった事はとても喜んでいる。
いるのだが、マナカにしがみついて泣きだしているラピスを見てどう納得して貰おうか思い悩んでいる。
しばらくするとアオが何か考え付いたのか、ラピスの後ろに膝立ちになるとラピスの両肩に手を置いた。

「ラピス聞いて。今から貴女を大人の女性として話をするわね。だから大人の女性らしくして貰っていいかな?」

そう、ラピスに問いかける。
その言葉に感じいるモノがあったのか、ラピスはえずきながらもマナカから手を話した。
それを見るとアオは後ろからゆっくりとラピスを抱き締める。

「ね、ラピス。貴女は頭のいい子よ。私が一番それを知ってる。ラピス自身が思ってる以上に貴女は頭がいいって知ってるの。
だから、本当はここでこうしてもどうにもならない事がわかってるのも知ってるわ。
それでも、それでもね。私は...いえ、ルリちゃんやマナカさんもラピスがわがままを言ってくれてとても嬉しいの。
今まで私達の都合でずっと我慢させてしまったから、だからそんな貴女のわがままをほんとは聞いてあげたい。
でもね、やっぱり私達はずるいからそれをさせてあげられないんだ。
本当に申し訳ない事だけど、もうしばらく、後もうしばらく我慢してくれないかな?
それで私の事を嫌ってくれてもいい。
だから...お願いよ、ラピス」

そんな悲痛な懇願するような声をラピスへと投げかける。
ルリもマナカも声をかける事が出来なかった。
しばらく、押し黙った重い空気が流れた。

「アオ」
「なぁに?」
「嘘吐き」
「ごめん」
「大人の女性としてって言ったのに子供扱いしてる」
「そう...かな?」
「うん」
「ごめんね」
「だから...」
「ん?」
「これから本当に大人の女性として見てくれるなら...いい」
「そっか」
「うん」
「わかったよ。ありがとう」

二人を見ていたルリとマナカはその光景にほっと胸を撫で下ろした。
それからアオとマナカは連絡先や何がどこにあるかなど必要事項を伝えていた。
だが、その間ラピスは『絶対遊びに来ようね!』としきりにアオとルリへお願いしていた。

「それじゃ、アオさん、ルリちゃん、ラピスちゃん。気をつけていってらっしゃい。
ラピスちゃん、貴女がこちらに遊びに来る前に絶対遊びに行くからね♪」
「むっ!私達の方が先に遊びに来るからね!」
「クスクス。マナカさん、何かあったら連絡下さい」
「マナカさん、この家の事よろしくお願いします」
「はい。絶対守ってみせますよ、ルリちゃん!」
「それじゃ、いってきます」
「マナカさん、いってきます」
「マナカ、またね!」

そうして3人はサセボへと発っていく。
今日は新居へ移るだけでその後は用事がない、そこでリニアモーターカーでの移動となった。
アオとルリは未来で乗車した事があるのだが、ラピスは今回が初めてだ。
宇宙に出て戦艦一艦のオペレーターをしていたのにリニアが初めてというのは何ともおかしい話である。
座席についてはアカツキがコンパートメントを手配してくれていた。

「ルリ君もラピス君も要人だからね。ちゃんとNSSもつけるから安心してくれ」

だそうである。
駅までの移動はNSS付きで送迎してくれたからよかったのだが、新幹線を待ってる間は噂になってしまった。
アオは気にしないし、ルリも未来では【電子の妖精】といわれ似たような事があったのだが、ラピスは慣れない視線に終始そわそわしていた。
そんなラピスを隠すようにアオとルリは寄り添って立っていたのだが、やっぱりあの二人は!と逆に噂が大きくなってしまった。

しばらくするとリニアが到着し、ようやくアオ達は人心地つけた。
座席ではラピスが窓側を占領。
終始窓に貼りついていて楽しそうに外を眺めていた。
トンネルを出たり入ったりする度におぉぅと驚いてるのがとても可愛らしい。
そんなラピスを見るアオとルリに顔には笑顔が溢れていた。

数時間車両に揺られると、リニアは博多へ到着。
その後、3度程電車を乗り換えると佐世保へ到着した。

「着いたね」
「懐かしいです」
「魚臭い」
「海が近いからね~。後で見に行く?」
「今日はいい」
「ラピスは疲れちゃったかな?」
「ん」

慣れない長旅な上リニアに乗ってる間始終はしゃいで疲れたせいか、ラピスは無口になっている。
アオとルリは顔を見合わせて苦笑すると、タクシーで移動する事にした。
改札を出てタクシー乗り場へ向かう途中の事。

「ラピス。ご飯食べてから帰ろうか」
「ん~」
「そうですね。こちらのアキトさんが勤めてる雪谷食堂がありますね」
「ん!行く!」

その言葉にラピスが反応した。
少し目も冴えたようだ。
そのまま3人でタクシーへ乗車し一路雪谷食堂へと向かった。

「へい。らっしゃい!お、嬢ちゃんじゃないか!久しぶりだね」
「姉さん。それと...この子たちは?」
「はじめましてアキトさん。アオさんと一緒に生活させて頂いているルリ・フリーデンと申します」
「アキト、はじめまして。ラピス・L・フリーデンです」
「はじめまして。弟のテンカワ・アキトです。よろしくね」

仕事終わりまでまだ時間があるのか、今日はそんなに混んでなかった。
以前来た時と同じ席に座るとラピスが一番奥へ座りその横へアオ、そしてアオの正面にルリが座る形になった。

「姉さん。久しぶり、来るなら連絡してくれれば迎えに行ったのに」
「ん。えっとね、前来た時言ったと思うけど今日からこっちに越して来たの。だから大丈夫よ」
「え?あ、そうか、そうだったね」
「よろしくお願いします」
「アキト、よろしく」
「こちらこそよろしく。それじゃ注文いいかな?」

アオは雪谷ラーメンとチャーハンにから揚げを、ルリはチャーハンの大盛り、ラピスはアオと同じく雪谷ラーメンを頼んだ。
アキトがサイゾウへ注文を伝えると、サイゾウがラーメン。アキトがチャーハンを担当する。
その後ろ姿を見ていたアオは嬉しそうにクスッと笑った。

「どうしたんですか?」
「いや、ちゃんとやってるみたいだなって。前と動きが違うし身体つきも大分変わってきてる」
「アオ、見ただけでわかるの?」
「ん?歩き方と服の感じ。腕も全然違うしね」
「そうなんですか」
「うん、そうなんです♪」

アキトが伝えたトレーニングをしっかりとこなしているようでアオはとてもご満悦だった。
そんなアオを見て、ルリとラピスも嬉しそうにしていた。
そして注文した品が届く。

「はい、お待たせ。姉さんが雪谷ラーメンとチャーハンにから揚げね。
それでルリちゃんがチャーハンの大盛りで、ラピスちゃんが姉さんと同じ雪谷ラーメン」

ルリはアキトの声で久しぶりに聞くルリちゃんという呼びかけに思わず懐かしそうに目を細めた。
逆にラピスはアキトの声なのに優しくラピスちゃんと呼ばれる事に戸惑っていた。
そんなラピスを見て、アオは頭を撫でてやる。
頭を撫でられた事でアオの方を見たラピスはアオの目を見ると安心したように落ち着いた。

「アキト。ちゃんとトレーニング頑張ってるみたいだね」
「あぁ、こんなの無理だ~!って思いながらやってたらいつの間にか慣れてた」
「クスクス。そか、明日は無理だけど明後日から私達も朝のトレーニングは付き合うからね。
それと、雪谷食堂が閉まった後はネルガルのドックに来て貰うから」
「は!?あそこって結構遠い...」
「自転車あるでしょ?往復頑張れ」
「姉さん、それ本気?」
「うん、それくらい頑張りなさい」

血も涙もないアオの言葉にアキトがうなだれていた。
そんな二人の掛け合いが新鮮なのかルリもラピスも興味深そうに見つめている。
二人からするとアオもアキトもアキトなのだからそれもしょうがないのかもしれない。
そしてアオはアキトへ明日の雪谷食堂が閉まった頃に一度寄ると伝えた。

「それじゃ~。ルリちゃん、ラピス食べよう!」
「「「いただいます」」」

アオはアキトの腕前がどれだけ上がったかを確認しつつ。
ルリは、あぁこの頃ってこういう感じの味だったなと懐かしそうに。
ラピスはアオが作るラーメンとここが違うなと確認するように。
3人がそんな食べ方をするものだから、みんな食べ終わるまで終始無言だった。
そんな様子に、アキトは自分の料理を事細かに品評されているような気分になっている。

「サイゾウさん。なんか雰囲気が怖いんですけど」
「いいじゃないか、しっかり食べてくれてるんだ。身内なんだから遠慮せずに駄目だし喰らってこい」
「サイゾウさんひでぇ」
「コック志望だろ?これくらいしっかり食べてくれる方がありがたいと思え」
「はい...」

しばらくすると3人共に食べ終わった。

「うん、美味しかった。ルリちゃんとラピスはどう?」
「美味しかった。アオのラーメンよりもこってりだね」
「私も美味しかったですよ。アオさんと比べるのは可哀想ですからそれはしませんが」
「そかそか。このお店はここら辺で一番美味しいからね、また来る事になるよ♪」

そうしてアオは席を立つと一度サイゾウの方へと向かった。

「今日からこちらに越してきたので、またちょくちょく寄らせて貰います。
弟の腕前もちゃんとチェックしないといけませんし♪」
「あぁ、嬢ちゃん達みたいな可愛い子が常連になってくれるなら俺も嬉しいからな。頼むよ」
「姉さんが良く来るのか...」

一人アキトだけ黄昏ていた。
親がよく仕事場に顔を店に来るようなものだから恥ずかしいのだろう。
しかし、そういう事は得てして来る方が気にする事はないのである。

「しっかりやってれば恥ずかしい事なんてないんだから気にしないの」
「そういうのとは違うんだけどね。まぁ、いいよ」
「ん。それじゃ、また来ます。ご馳走様でした」
「「ご馳走様でした」」

そうして3人は雪谷食堂を後にした。
そのままタクシーを拾うと、メモしてあった住所へと向かった。
そこはドックからほど近い所にあった。

「これは...ナガレのやつ正気か?」
「大きいですね...」
「すっごいね」

そこに豪邸が建っていた。
ネルガルのサセボドックへと登る坂道の途中にそれは建っていた。
ちゃんと外から中が伺えないように塀で囲まれている。
入口は柵で閉じられており、建物は現代風の2階建てになっていた。
しばらくの間3人で呆気に取られていたのだが、いち早く正気を取り戻したアオが預かっていた鍵で扉を開ける。

「とりあえず、入ろうか」
「は、はい」
「うん...」

玄関を開けるとすぐにエントランス、そして奥にリビングダイニングが見えた。
リビングダイニングと対面する形にシステムキッチンがあり、階段がリビングから見える形に作られていた。
階段の横にトイレ、洗面所、浴室があり、その浴室も4-5人が一緒に入れそうな程広かった。
2階には主寝室と書斎、3人分の個室があり相変わらずベッドは1つだった。
そして玄関を上がった所に封筒が置いてあり、中を開けると家の説明が色々と書いてあった。

『詳しい説明はオモイカネに聞いてくれたまえ。
呼んだら出るようにしてあるからね♪』

「ルリちゃん。ナガレって何がしたいんだと思う?」
「さぁ...」
「掃除が大変...」
「とりあえず、オモイカネを呼んでみればいいのかな?」
「そうですね。呼んでみましょうか」

ルリはそういうとダイアを呼んでみた。
すぐにウィンドウが開き返事が返ってくる。

『はい、お呼びでしょうかルリさん』
「コミュニケなしでも呼べるんだね」
『ナデシコ内と似たような形になっていますのでいつでも通信が可能になってます』
「へぇ。じゃぁフローラも呼んだら出てくるかな?」
『もちろん出てきますよ!』

本当に出てきた。
ダイアとフローラはアオ達がそれぞれの名前をつけてからすぐに知り合っていた。
それぞれ名前をつけたのだからとアオがアカツキに無断でリンクしたのだ。
そのおかげで個性が出て来たのは喜ぶべき事だったのだが、最近アオ達全員に隠れてこそこそと悪巧みをしているらしかった。

「そっか。二人が見てくれてるならセキュリティは万全だね」
『アオさん、私達に任せて下さい!』
『アオ、お任せ!』
「うん、しっかり頼むね」

3人は疲れたようにため息をつくと、部屋を見て回った。
ダイアとフローラが中の事を把握していた為、細かい所を説明してくれた事は助かった。
敷地内のセキュリティ関連はダイアとフローラが手分けしてやる事になっているそうだ。
IFSコンソールはハンドヘルの物が3台あり、敷地内ならどこでも使える。
地下にバッタのジェネレーターを大型・高出力化した物があり、有事の際に屋敷の周りにディストーションフィールドが張れるようになっていた。
そうしてわいのわいのと散策をし、リビングへ戻ってきた頃には結構時間が経っていた。

「だいたいわかったよ~。ありがとね、ダイアとフローラ」
『気にしないで下さい』
『いつでも呼んで♪』

それからアオ達は翌日からサセボドックでの作業が始まるという事もあり、早めに寝る事にした。
だが、3人で仲良くお風呂へ入るとその広さにはしゃいでしまった。

「湯船につかると更に広く感じるね」
「色々驚きましたけど、これはいいですね~」
「広い広い♪」

お互いに髪を洗いあったりとはしゃいだ3人は仲良く湯船につかっている。
それぞれ髪が長いので、邪魔にならないようにタオルで髪をまとめあげている。
人心地ついた3人は、とろけそうな顔をしている。

「アオさん。色々進んできましたね」
「そうだね~。準備がどれだけ出来るかだね」
「アオと一緒なら大丈夫~」
「ラピス、ありがと~」

そう言って寄り添うアオ・ルリ・ラピスには幸せそうな表情が浮かんでいた。

湯船を上がり、着替えたると寝室へ向かう。
久しぶりに3人で寝る事になる。
アオを中心に少しいびつな川の字になるとそれぞれにお休みの口づけをする。

「明日からまた頑張らなきゃね」
「「はい」」
「じゃ、おやすみね」
「「お休みなさい」」



[19794] 天河くんの家庭の事情_16話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/27 16:35
「おぉ~~~!!いいねぇ!最新技術をふんだんに盛り込んだ戦艦!
そして人型機動兵器!これで燃えなきゃ男じゃない!」

その日、サセボドックに現れた男はそう言いながら楽しそうにドック内を歩き回っている。
そのすぐ後ろには眼鏡にちょび髭をはやしたプロスペクターがついている。

「ウリバタケさん、本当によろしかったんですか?」
「あんたもしつこいね。俺が求めたのは自由!そう自由だよ!
それにここを取り仕切ってるのは可愛い女の子だっていうじゃないか!
その上あいつの尻に敷かれる生活から離れられたんだ。文句はない!」

そういって拳をふりあげているのはウリバタケ・セイヤ。
違法な改造屋を営んでいたのだが、この度ネルガルの目に止まり整備班班長として雇われてきた。
しかし、何故整備士なのにナデシコが建造を開始する今日この場にいるのかという疑問が生じる。
それは、そスキャパレリ・プロジェクトを監修しているテンカワ・アオの依頼の為である。
未来において改造好きが高じて天才的ともいえる新しい技術や製品を編み出していったからである。
その事を知っているアオからすれば早くから関わって欲しかった人材である。
ただ、妻であるオリエに悪いとも思っており、せめて給金を上げて貰うようにしていた。

「そうですか、では早速スキャパレリプロジェクトでの統括部長になるテンカワ・アオさんにご紹介しましょう」

プロスとゴートはウリバタケを連れてアオのいる部屋へと案内していった。
プロジェクトに急遽関わり始め、ナデシコの大幅な改修案を出したという天才少女。
どんな子なのだろうという興味と緊張にウリバタケはかなり硬くなっていた。

「それで、そのテンカワさんが改修案なんかも出したんだって?なんでも超人だって噂は聞いたが...」
「えぇ、そうですね。確かに色々と出来る方ですね。ですが、何よりとてもお優しい方ですよ」

そうアオを思い浮かべつつ語るプロスの顔はとても柔和な雰囲気を伴っていた。
ウリバタケは一種捉えどころのない雰囲気を持つプロスにそんな表情をさせるテンカワさんという少女に感心してしまった。
ニヤッと笑うとさも楽しそうにプロスへと声をかける。

「お前さんがそういう顔をするくらいか、楽しみだな」

そうして歩いて行くと部屋の前についた。
扉の前についているインターホンを押すと中から可愛らしい声が聞こえる。
だが、何かしていたのだろうか少し息が上がっているようだった。

「あ、は~い?」
「プロスペクターです。整備班班長のウリバタケセイヤさんをお連れしたのでご挨拶を...」

そこまで言った時、中からの声が急に焦ったようなものへと変わった。

「え!嘘!そんな時間!呼んでくれたらこっちから行ったのに!ちょ!ちょっと待って下さいね!」
「はいはい、時間はあるので焦らないで下さい。すいません、少しお待ち下さい」

そしてインターホンからバタバタと片付ける音が聞こえてくる。
アカツキから何もいらないと言われて前日にこちらへ来たのはいいのだが、送った資料は総て段ボールに入って机の上だった。
扉を開けるまでその事をすっかり忘れていたアオは自分の迂闊さを呪いながら一所懸命片付けをしていたのだ。
ちなみに、ルリとラピスも同じような状況になっており、初日のこの日3人は片付けで仕事が終わる事になる。
そんな彼女の様子を聞いていたウリバタケは妙に納得がいった顔をして言った。

「あぁ、なんか今ので大体わかった気がする」
「えぇ...」

ウリバタケの言葉にプロスは困ったような表情を浮かべていた。
それからしばらくして、扉が開いた。
中から黒髪で顔立ちの整った妖精のような少女が現れる。
ドックで着る物とは思えない黒のシックなドレスに掃除をしていたためかエプロンをつけている。
そのアンバランスさが逆に似合っていて可愛らしい。

「す、すいません。お待たせしてしまって...どうぞお入り下さい」

まだあちらこちらに書籍や資料などが散らばっており、とりあえずスペースだけ作ったような感じだった。
そんなアオはプロスの方を見てあはは...と乾いた笑いを浮かべていた。
プロスはアオが珍しく失敗をしているのが見れたので何もなかったという事にした。
突っ込まれるのを心配していたアオだが、プロスが見て見ぬふりをしてくれるようなので一度咳払いをして気を取り直す。
それを受けて、ようやくプロスが紹介に入る。

「お疲れ様です、アオさん。こちらが整備班班長のウリバタケセイヤさんです」
「初めまして、テンカワ・アオです。お話はお伺いしてますよ」
「あ、あぁ。ウリバタケ・セイヤだ。こちらもですよ」
「あぁ、敬語は大丈夫です。むしろくすぐったいので困ってしまいます。私の方が年下なので普段通りにして欲しいです」

ウリバタケが敬語で話しかけてくれたのだが、妙な表情をしながらアオは伝えた。
未来でウリバタケから受けた事のない敬語なのでどうも居心地が悪い。
敬語はいらないと言われたウリバタケは安心したような表情をすると了解した。

「そうさせて貰おう。育ちが悪いんでな。敬語は使いにくくってしょうがない」
「ありがとうございます」

そうして挨拶が終わると、プロスが本題を切り出した。

「ウリバタケさん。これからはアオさんと協力してナデシコとエステバリスの製造作業の監修をして頂きます。
その中で構造や回路の把握をして頂き、運用の際に不備がないようにして頂きます」

その言葉を受けたウリバタケは頷くとアオへと振り返る。
その顔は既に技術者としての顔だ。

「あぁ、わかった。それじゃあ、テンカワさん。まず何をすればいい?」

そうウリバタケは問いかけたのだが、帰って来た答えは予想だにしない物だった。

「はい、セイヤさん。セイヤさんにして頂く事なんですけど。基本的に何をしてもいいです」
「は?」

ウリバタケは思わず聞き返してしまった。
それはしょうがないだろう。初めて来た所で何をしてもいいと言われて困らない人はいない。
そんなウリバタケにアオは微笑むと、言葉を重ねて説明していく。

「プロスさんが選んできた方ですから間違いないと思ってます。
なので、好きに回って頂いて好き勝手に手伝ったり手を出して下さい」
「...いいんだな?」

ウリバタケは次第に顔一杯に喜びの表情を浮かべて行く。
だが、今にも飛びださんとした彼をアオは止めるように言った。

「ただ、条件はありますよ。まず最初にナデシコは一度形が完成するまでは設計図を厳守する事。
次にですね...」

アオはそういうと机の上に分けてあったデータをウリバタケへ渡していく。
データディスクに加え書類がかなりの量渡されていく。

「こっちがナデシコの各機関の仕様書で、設計図、回路図、OSの資料で、ソフトがこれですね。
今度はエステバリスも同じく仕様書と、設計図、回路図、OSの資料に、ソフトです。
これをお貸ししますので総て把握して下さい。それが出来次第好きにして頂いて大丈夫です」
「あぁ!わかった!一週間で覚えてやる」

この後本当にウリバタケは全資料を一週間で覚え切ってしまった。
さすが天才というのか、好きこそものの上手なれといった所なのだろう。
その後自由に動き回れるようになったウリバタケは色んな現場に顔を出し、その技術がみんなに認められていく事になる。
更に改造出来るのがまだエステバリスのみになるので、そこで色々と弄っているらしい。

「続いて、改造についてですが、そちらも好きにして頂いて大丈夫です。
ですが、何でもかんでも資金は出せませんので出来あがった物が有用だった場合のみかかった費用を返上します。
ちなみに、その決定権があるのは私、そして私と同じく監修をしているルリ・フリーデンとラピス・L・フリーデン。
それに加えてプロスペクターさんです」
「ぐっ.....そ、そうか」
「はい。完全に駄目という訳ではないのでそこはご安心くださいね」
「あぁ、わかったよ」

それからウリバタケはアオからドック内の簡単な注意を伝えられると退室した。
ドック内を歩きながら、何事かを考えていたウリバタケはふとプロスへと振り返る。

「確かに、いい子だな。だが、ああいう子に頼らないといけないという状況は辛いな...」
「まったくですよ。私達大人がしっかりしていればこうはならなかったんですけどね」
「ああいう子を助けられるんだ、本当に出てきた甲斐があったな。ま、せいぜい楽させてやれるように気張るか」
「えぇ、お願いしますよ」
「お互いにな」

そう言ってお互いに励ましあっていた。
ウリバタケもアオの事が気に入ったのだろう。

その頃アオは片付けを再会していた。
まだまだ終わりそうにもなく、だいぶ泣きそうになっていた。
そこで少しでも英気を養おうとルリとラピスの声を聞く事にする。

「ダイア。ルリちゃんとラピスに繋げられる?」
『落ち着いて話せる状況じゃないみたいですよ?』
「いいよ。声聞けるだけでいい~」

ダイアにそう伝えるとすぐにウィンドウが2枚開く。
どちらも似たような状況に苦笑を浮かべる。

「ルリちゃん。ラピス。どうそっちは?」
「泣きたいです」
「ぐちゃぐちゃだよ」
「こっちも同じく...早く終わらせてそっち手伝いに行くからなんとか頑張って!」
「はい。こちらが早く終わったら手伝いに行きますね」
「持てないのがあるからお願い...」
「じゃぁ、あんまり邪魔しちゃ悪いから切るね」
「「は~い」」

それから二人を手伝う為に気合いを入れたアオは一気に片付けを終わらせていった。
その後は先にルリを手伝い終わらせた後、ラピスの部屋を3人がかりで片付けて行く。
それらが終わったのは夕方過ぎ、既に終業の時間が過ぎていた。
ドックから出た3人はうなだれながら、家までをてくてくと歩いていた。

「アオさん。いつもより疲れました...」
「腕上がらない」
「私も疲れた~」
「ご飯どうしますか?」
「ん~~。今日はアキトに明日からの事伝えようと思ってたし...
これから食べに行く?」
「私はそれでいい」
「えぇ。いつもなら2日連続夕食を外食で済ますのは嫌ですが正直きついです」
「それじゃタクシー呼ぶね」

そうして3人はタクシーを呼ぶと、雪谷食堂へと向かっていった。

雪谷食堂は丁度書き入れ時なのかかなり混雑していた。
そんな中一件場違いにも思える雰囲気のアオ・ルリ・ラピスが入ってきたのでみんなが注目する。
アオ達はそんな視線を気にせず相手いる4人席へ座り注文をお願いする。

「うん、注文はそれでお願い。アキト、お会計の時に明日の事について書いた書類渡すから忘れないでね?」
「あぁ、わかったよ」

そうしてしばらくすると注文が届く。
今日はみんなでつまめるように、八宝菜とエビマヨから揚げにそれぞれチャーハンを頼んだ。
そして食べながら、明日以降どうするかを談笑交えて話し合っている。

「アオさん。エステのシミュレーターってもう入ってるんですよね?」
「普段はシミュレーターでいいとして、実際には動かさないんですか?」
「アキトが動けるようになったら実際の感覚掴む為に動かすつもり」
「場所はあるんですか?」
「近くに演習場があって、そこを借りられるみたいだよ」
「アオ。その時見に行っていい?」
「うん。見に来れるように頼んでおくね」
「は~い♪」

中々物騒な話も交じってはいるが、店内も騒がしくそれを気に留める者はいない。
そうして終始和やかに食事が終わると、少し落ち着くのを待ってから会計をする。

「はい、お金とこれ。ちゃんと読んどいてね?」
「わかったよ。姉さん」
「あと、これが入館証ね。無くしたら知らないからね?」
「そんな子供じゃないって」
「ふ~ん、ほんとに?例えばどの辺が?」

アオは悪戯っ子の様に目を細めると下から見上げるように顔を覗き込む。
免疫が少ないアキトはそれだけで顔が真っ赤になっていた。

(うわ、凄い!目がぱっちりしてる!可愛い!
あぁ、目が潤んで来た!駄目だ、姉なんだから...)

などと頭の中で葛藤している為に何か喋ろうとしてもあうあうと声にならない。

「ごめん。聞こえないよ?」

そう言ってもう一歩アオが近寄る。
アキトは更に顔を真っ赤にさせると、なんとか声を絞り出す。
そんなアキトへ向かって店内の客から嫉妬の視線が突き刺さっている。

「あ、後は何もないんだろ?気をつけて帰れよ」
「あれま。逃げられた」
「アオさん。アキトさんにそれやって楽しいですか?」

ルリはアキトへ悪戯をして楽しげにしているアオの姿を見て冷たい視線を注ぐ。
アオはそれに対して考えるような仕草をするとルリへ答えを返した。

「なんかね、アキトの前に出ると姉としての部分が強く出るみたいなのよね。
アキトとしては自分相手だし何も感じないし、むしろこうするとこう反応するっていうのが手に取るようにわかって...」
「要は楽しいという事ですか...」
「はい。自重します...」
「そうして下さいね?」
「がんばる...」

そうして3人は雪谷食堂を出ると、タクシーを拾い家へと戻っていった。

そして次の日の朝、アオ宅と雪谷食堂との中間辺りにある公園でアオ達とアキトは落ち合っていた。
それぞれトレーニングウェアを着込んでおり、寒くなってきたのもありロングパンツとタンクトップの上にジャケットを羽織っている。
公園はかなり広く、芝生の広場や遊具場など施設も揃っている。
アオ達と同じく朝から走ってる人や犬の散歩をしてる人、芝生で太極拳をしてる人などそこそこ人もいた。
4人共に走ってきており、いい具合に身体が温まっていた。

「おはよ、アキト」
「おはようございます、アキトさん」
「アキト、おはよ~」
「みんな、おはよう。ルリちゃん達も走ってるんだね?」
「うん、私からの提案でね~」
「そっか。仕事が内勤だと運動不足になりそうだしね」
「そゆこと~」

それからアオは柔軟をしながら、ざっとIFS搭載の人型機動兵器についての説明をしていく。
何故身体を鍛えるのか、そして格闘の術を身につけるのかについてだ。

「IFSの事は大体わかってると思うけど、今日の夜に乗って貰う人型機動兵器になるとそれは更に顕著になるんだよね。
素人でも確かに動かせるんだけど、身体を動かす感覚でそれも動かすから動きも総て素人になっちゃう。
イメージが重視になる分、実際に身体を鍛えて動きを覚えさせた方がより動きが機敏に、正確になるのよ。
でも、実際のメリットはそれだけじゃないよ?」
「それだけじゃない?」
「うんうん、例えばアキトにとって本当に大切な、守りたい人が出来た時その相手が暴漢に襲われたとする。
しっかりと鍛えて、ちゃんと技や闘い方を習得しておけば機動兵器に乗ってる時以外でもしっかりと守れるようになる」
「あぁ、そうか。確かに...」
「ね?このご時世何が起こるかわからないからさ。お店開いても強盗が入るかもしれない。
そんな時に何も出来ずに捕まって大事な人が傷付くのは嫌でしょ?だから、しっかり覚えよう」

そう言ってアオはにっこりと笑う。
その顔を見てアキトは決意を新たにする。
最初は嫌々だったし、あり得ない量のトレーニングメニューにげんなりしていた。
だが、今まで自分を含めて親さえ知らなかった正真正銘の姉としっかりと守れなかったアイの母親であるマナカを今度こそ守りきる。
その思いを噛み締め、ここでいいと弱音を吐く気持ちを叱咤しトレーニングを続けて行った。
次第にメニューに身体が馴染み、楽にこなせるようになっていく達成感に自信もついていくようになった。

「将来はどうなるかわからないけど、今は姉さんやマナカさん、ルリちゃんやラピスちゃんを守る為にだね」
「うん、最低でも私を守れるようにはなって貰わないとね~」
「アオさん。それが出来るようになったら太陽系で敵なしです」
「んな事ないよ~?」
「ううん。アオに敵う人はいない」
「あの、ルリちゃん、ラピスちゃん。姉さんってそんなに凄いの?」
「「はい」」

実際はアキトの頃と比べて筋力もない上に女性の身体なので、生身での戦闘ではそんな事は全くない。
機動兵器では確かに現時点で敵う者がいないのだが、ルリとラピスの中では全てにおいて【アオ=最強】である。
そんな事を自信たっぷりに二人から言われたアキトは『俺、早まったかな?』と嘆いていた。

それからアオは木蓮式柔を中心にアキトへと教えていく。
だが、未来での例もありやる気になったアキトは覚えも早くアオは嬉々として色々と教えて行く。
アオにインストールされてるのは武術に関しても多く、教えるものがどんどんと多様化していく事になる。
そして最終的には何を使ってもいいから兎に角相手を無力化すればいいという、恐ろしく実戦的な物へと変貌していった。

そうして、アキトへは基本の型を中心に、ルリとラピスへは教えている護身の軽い組手をしていった。
2時間弱鍛錬を続けた所でアオから時間だねと声が上がった。

「アキト。朝かなり早いけど大丈夫?」
「トレーニング始めてからこの時間だし大丈夫だよ」
「そか、なら明日からもこの時間で」
「わかった」

アオ達はアキトと別れるとまた元来た道を走って帰っていく。
家へ戻った3人はシャワーを浴びて汗を流すと朝ご飯片付けと3人で協力して済ませていき出勤の為準備を進めたのだった。

アオ達はサセボドックでそれぞれの担当部署へ指示を出した後3人でシミュレータールームへ来ていた。
稼働試験途中ではあるが、パイロットの習熟の為にシミュレータールームへは最新のシミュレーターが6台納入されている。
ちなみにシミュレーターでの戦闘の様子はシミュレーターの上に設置された大型スクリーンへ確認出来るようになっている。
シミュレーターは最新という事もあり、重力発生装置により身体へのGや揺れの再現も以前の物よりも正確に再現する。

アオとルリ・ラピスの3人はそこでシミュレーターのチェックと設定を行っていた。
ルリは主にシミュレーターの調整をやっており、実機との差異を減らしていく。
ラピスはルリが知らないブラックサレナや試験機のデータ、夜天光のデータまで入力していた。
アオは一人パイロットスーツへ着替え、シミュレーターでテスト中である。
そんな中ルリとラピスはウィンドウでアオと話していた。

「アオさん。どんな感じですか?」
「うん。これなら問題ないね」
「アオ。ブラックサレナのデータも入れ終わったよ?」
「うん。わかったちょっと試してみるね」
「その身体では初めてですから余り無理しないで下さいよ?」
「わかったよ。他の人に見られないようにしてね~」
「「はい」」

そして、アオのブラックサレナでのテストが始まる。
その様子を他人には見せないように大型スクリーンの映像を消し、手元にウィンドウを出した。
最初は最初期のエステバリス10機との戦闘から始め徐々に身体を慣らしていった。
普段なら最小の動きで敵からの攻撃を避けていくのだが、テストともあって普段よりも無理な挙動で動かしていく。

「...グッ!身体は華奢だけどGには結構耐えられるな」

アオはそう呟くとどんどんとシミュレーションをこなしていく。
そしてアオの身体へとかかる負荷もそれに釣られるように上がっていく。

「アオさん!それ以上は危険です!」

その数字を見たルリは慌ててアオへと通信を入れ止めようとする。
それを見た後は一旦動きを落ち着かせるとルリへと伝える。

「ルリちゃん、逆なんだよ、安全の為に今のうちに自分の限界を知っておくの。
そうしないと実戦で無理をし過ぎて意識が飛んじゃうからね」
「...わかりました」
「ルリ。アオは大丈夫」

こういう事は【黒の皇子様】時代共にいたラピスの方がよくわかっている。
確かにラピスが取り乱していない状況なら大丈夫なのだろうと思い込むことにした。
だが、ウィンドウを見つめながら手が白くなる程握りしめているのを見るとかなり無理して我慢しているようだ。
その後もシミュレーションは続いて行った後アオからウィンドウが開く。

「うん、大体わかった。それじゃ、最後に北辰達とのシミュレーションで締めるね」
「「はい」」
「さ、いけるかな...?」

そしてアオの目がスッと細くなる。
姉の身体での生活も長くなり、未来で敵は既に取っている為にもう憎悪を感じさせる程の殺気が乗る事はない。
だが、何度も闘ったあえていうならば好敵手である。
本気で戦うのだろう。
そして、1対7でのシミュレーションが始まった。

「だぁ~~~!やっぱり1人じゃ厳しい」

シミュレーターからへろへろになってアオは転がり出てきた。
その場で仰向けに倒れ肩で息をしている。
レッドアウトする程まで無理したのだろうか、目も真っ赤になっている。

結果としてはアオが負けた。
北辰衆の連携は凄まじく、それぞれがフォローし合うので思うように攻められないのだ。
それでも隙を作り出し徐々に敵を減らし、北辰と配下1人の2機までは減らす事が出来た。
しかし、最後で配下に捕まり、北辰から配下諸共に串刺しにされてしまった。

ルリはすぐに走り寄るとアオに膝枕をして汗を拭いてやる。
ラピスはジュースを買ってくるとルリの横に座った。

「あ、ごめんね。二人とも...」
「無理しないでって言ったのに」
「ごめん、最後頑張りすぎちゃった。でもアキトの頃よりもGに対しては抵抗出来るみたい。
これもナノマシンのせいかな?」
「考察は後で、ひとまず息を整えて下さい?」
「はぁ~い」
「アオ。疲れてても綺麗だね」
「う、うん。ありがとねラピス」

一人ラピスが頬を染めていた。
大人として扱って貰う発言からこっち色々と目覚めてきてるらしい。
そのおかげでルリも戦々恐々しているのだが、それは機会があればお話ししよう。

そして、今のシミュレーションについて話をしていた際の事だった。
ルリがシミュレーターのIFS処理がアオのIFSに追いついてない事がわかった。

「アオさん。結構動きにくかったですか?」
「いや、ただ動きだけをしようとするなら反応は問題なかったよ。
だけど、ブラックサレナの時癖でセンサー系の入力も加えようとしたらその有様です」
「ラピス。ブラックサレナの時のIFS装置ってどうなってたんですか?」
「アキトの時はナノマシン処理が上がってたから特注で作ってたみたいだよ」
「うん、そうなんだ。しかも今はIFS強化体質だからね。更に上がってるから自制するのが大変」
「アカツキさんに頼みますか?」
「ん~。いや、ウリバタケさんの方が早いかな。資料を覚えたら出てくるだろうからその時にお願いするよ。
ただ、ブラックサレナのIFS装置を元にしてある程度考えておけるからそれはこっちでやっちゃおう。
ルリちゃんもラピスも手伝ってね?」
「「はい」」

そうしてシミュレーターのチェックを終えた。
それからルリとラピスが片付けている間にアオが汗を流し、全部署の進捗状況を確認して行った。

「「「ただいまぁ~!」」」
『『おかえりなさい~』』

夕方過ぎにアオ達は家へ戻ってきた。
それをダイアとフローラが迎えてくれる。
それからは3人で一緒に夕ご飯を作り、みんなで仲良く食べていた。
談笑にはダイアとフローラも加わり、声とウィンドウが飛び交いかなり賑やかだ。
後片付けも一段落して、リビングでしばらくのんびりしていた3人だったが、アオが時間を見て立ち上がる。
そのアオに用事でも?とルリが問いかけた。

「ん?あぁ、アキトとシミュレーターでトレーニングしにいくの」
「それなら私もご一緒していいですか?」
「私も行く!」
「でも、退屈だよ?」
「せっかくですしアキトさんようの調整データも作っちゃいます」
「私も手伝う~」
「ん~。そっか、それなら一緒に行こうか」
「「は~い」」

そうして3人で連れだってもう一度サセボドックへと向かった。
向かってる途中、後ろから自転車でアキトがやってきた。

「あら、みんな揃ってる。こんばんは」
「お、こんばんはアキト」
「アキトさん、こんばんは」
「アキトこんばんは~」

挨拶も済んだ所で、4人で歩きだす。
アオは、道中でエステの説明を交えつつ注意点を話していった。

そしてシミュレータールームには再度パイロットスーツに着替えたアオと格好が変じゃないか気にしているアキトがいた。

「最初は取りあえず感覚掴むのが狙いだから気負わなくていいよ。
IFSなんだし、それこそ思うように動いてみればいいからね」
「あぁ、わかったよ」

アオとアキトがシミュレーターへと入っていく。
ルリとラピスはIFSコンソールで細部データを確認しながら大型ウィンドウを見ていた。
シミュレーション場所は実機の練習をする演習場だった。

「どう?」
「本当にシミュレーション、これ?」
「当り前でしょ。細かい調整をルリちゃんとラピスにお願いしてるから実機との感覚の際はわからないと思うわよ」
「すげぇ...」

CGとは思えない光景とシミュレーションとは思えない感覚に素直に感動していた。

「まぁ、最初は取りあえず動いたりして感覚を覚える事ね。
一気にあれこれだとわからないと思うけど、一通りの動きを教えた後に一度相手をするね」
「わかった!」

そうしてトレーニングが始まった。
基本的な動きから始まり、武器の使い方や飛ぶ時の注意点などを一緒にやりつつ教えて行く。
それから実際に打ったり殴ったりと徐々にランクが上がった物を試していく。
IFSのおかげでアオとアキトの動きにはそんな違いがないように見えるが実際はかなり違う。
アオは先を見て動くのに対して、アキトは行き当たりばったりの動きである。
銃に関してもアオは狙いを定め、誤差や風邪を修正した上で細かい数値をIFSへ送っているが、アキトはただあれに当てると考えているだけである。
最初からそんな事をしろと言っても無理なのだが、追々とそれも教えて行く事になるだろう。

そして2時間近く経った時に、アオはアキトと最後の仕上げとして対戦をする事を伝えた。
無理だとアキトは言ったが、『どうせ私が勝つけど今の実力を思い知るならうってつけでしょ?』とアオが挑発。
姉の頼みと男としてのプライドがあり、アキトは了承してしまった。
場所は変わらず演習場、双方陸戦フレーム搭乗。
ハンデとしてアオは素手、ワイヤードフィストのみで対するアキトはイミディエットナイフとラピッドライフルを装備していた。
そして、ルリとラピスの合図を切っ掛けに対戦が開始される。

「うおおおぉぉぉぉ!」

開始と同時にアキトはその場でラピッドライフルを乱射し、アオが近づけないようにする。
それを最小限の動きで交わしつつ徐々にアキトへと近づいてくる。

「ほら、手が届いちゃうよ?」

かなり余裕ぶった口調で挑発しつつアオはひらひらと銃弾を交わしていく。
陸戦フレームは飛ぶように出来ていないのだが、スラスターをうまく使うその様は舞っているようでもある。
それにアキトが舌打ちをすると後退しながらラピッドライフルを片手へ持ち換え、イミディットナイフを取り出す。

「あら、残念」

そう呟いたアオはクスリと笑うと脚部のキャタピラを急加速させ、猛スピードでアキトへ突っ込んでいく。

「なっ!」

いきなり加速して突っ込んでくるのに焦ったアキトは片手な事も手伝い、うまく照準がつけられない。
危ない銃弾だけを見極め、それだけを避けつつ一気に肉薄する。

「うわぁ!来るなぁ!!!」

もう駄目だと思ったアキトはラピッドライフルをアオへ投げつけナイフを繰り出す。
それでも止まらないアキトの目の前にアオが突っ込んでくる!
...が、何も起こらなかった。

「...あれ?」

目を開けて辺りを見渡す。
しかし、繰り出したはずのイミディットナイフは無くなっていた。

「アキト。後ろ振り向いて~♪う・し・ろ♪」
「うっ」

そんな楽しそうな声が聞こえてきた。
恐る恐る振り向くと、そこにはイミディットナイフを持って手をひらひら振っているアオがあった。
そのアオの手が翻ると、ナイフがコクピットへ向かって最短距離を奔った...

「はぁ...」
「ふふふふ。最初から勝てたら苦労しません♪」

落ち込んで出てきたアキトに対してアオはとても楽しそうだった。

「なんでそんなに嬉しそうなのさ?」
「ん~?私は一発も当たる気なかったんだけどね~♪」

勿体ぶったアオの言い方をルリが捕捉する。

「アキトさんがアオさんへ被弾させたんですよ?」
「え?嘘、いつ?」
「それは、これです」

そういって大型スクリーンにアキト機へアオ機が突っ込んでいく場面が映っていた。
最後の辺りに来るとスローモーションになる。
段々と近づいてきたアオ機にアキト機は取り乱してライフルを投げつけ、それが当たった。
自分としては取り乱した結果当たったと言われても嬉しくともなんともない。
だが、それでもアオはとても嬉しそうだ。

「いやね、取り乱したとしても呆然とならずになんとかしようとした上、被弾させられたのにお姉ちゃんは嬉しいのです。
その調子でギリギリまで諦めず頑張ってくれたまえ弟よ♪ご褒美にハグしてあげようハグ♪」
「なっ!わっ!ちょっと!」

アオは嬉しさ余ってアキトに抱きつくとそのまま頭を撫でていい子いい子している。
柔らかかったりいい匂いだったりなんか胸に柔らかい感触を押しつけられたりしてアキトは大いに焦ってしまう。
無理に剥がそうとすると色々危ない所に手が届きそうなのでそれも出来ずルリとラピスへ助けを求めた。

「ほんといい子だね。お姉ちゃんはそのまま育ってくれるととても嬉しいぞ~♪」
「ルリちゃん!ラピスちゃん!助けて!」
「むしろ私はアキトさんからアオさんを助けたいです。アオさんは私達のなのに...」
「アキトさっさと離れて。アオを取るのはアキトでも許さない」
「そんな!いいから離して!姉さん!」

それからしばらくの間アオはたっぷりとアキトを可愛がっていた。
アオがアキトを話すとルリとラピスはアオに抱きつき、アキトへと嫉妬の目を向けた。
自分が悪い訳じゃないのにと嘆きつつアキトは平謝りをしていた。

それから2人共着替え、帰る事になった。
帰ったらすぐお風呂へ入るので、二人ともシャワーは浴びていない。
アオの家の前までつくと挨拶を交わして別れる。

「じゃあ、こんな感じで朝のトレーニングと夜のシミュレーションをするからね」
「あぁ、頑張るよ」
「うん、基本動作も出来てたから基本的に実戦で覚えて貰う形になるからね。
実際それが一番覚えるのが早いし、色んな状況に対応出来るからね」
「...大変そうだけどなんとか頑張る」
「うん。それじゃ、また明日ね」
「あぁ、お休みなさい。ルリちゃんもラピスちゃんもね」
「...えぇ、精々夜道にはお気を付け下さいね」
「...永遠にお休み」

ルリとラピスの頭の中で【こちらのアキト=アオを奪う泥棒猫】になってしまった為中々物騒な挨拶をされる。
そんな言葉を背中に受けつつアキトは自転車で坂を下って行った。



[19794] 天河くんの家庭の事情_17話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/28 08:57
その部屋で眼鏡をかけた壮年の男性が一人と金の眼を持つ少女が3人こそこそと話し合いをしていた。

「この状態だと、こうなるんですよ...」
「えぇ、それでこれを流用してこうしてしまえば...」
「おぉ、面白いなそれ。それじゃ余ったのを使う為にこういうのをつけるとか...」
「あ、それならこう出来ますね...」

誰も覗く者がいないのだが、何故か周りを伺うように話をしている。
時折ちらちらと扉の方を向くのは何を気にしての事なんだろうか。
しばらく話しこんでいた4人だったが、うまく話がまとまったようでそれぞれが立ち上がる。

「面白い話をありがとな。これからしっかりご希望通りに仕上げるさ」
「はい。期待しています」

言葉をかけられた男性はとても楽しそうに部屋を出て行った。
その後ろ姿が閉まる扉の向こうに消えて行ったのを見た少女の1人はふと漏らした。

「相変わらずですね...」

サセボドックでナデシコの建造が始まってから数日経った日に量産化されたコバッタが大量導入された。
形は変わってるように見えないのだが、本体部分が白地になっており背中にでっかくネルガルマークがついている。
建造建築に特化させた物らしく、どこにでも張りつく事が出来る。
基本は技術者1人について工具の受け渡しなどのフォローをするが、人手の足りない所や危険な場所での作業も行っていた。

技術者達は日にちが経つにつれドックや同僚の雰囲気を掴み、業務も円滑にまわっていく事となる。
それに伴い、ドックを統括する位置に立つ3人の少女の人気も上がっていく事になっていった。

そして、ナデシコ建造開始から1週間後の今日、アオの部屋をウリバタケが訪れた!

「よし!アオちゃん全部頭の中入ってるぜ!」

開口一番そんな事を口走っていた。
一週間前にナデシコやエステバリスの資料を粗方渡して覚えてきて!と言っていたのだ。
ウリバタケならやりかねないとは思っていたが、本当にやった事にアオは驚いた。
とても得意げな顔をしたウリバタケは何でも聞いてくれ!と言わんばかりだった。

「そこまで自信たっぷりなら本当なんでしょう。わかりました、今日から自由に動いて下さい」
「いよっしゃ!それじゃ早速...」
「その前に...」

そして飛びだそうとしたウリバタケをアオは呼びとめる。

「お願いしたい事があるので、ちょっと待ってて下さいね」

そう言うとアオはルリとラピスを呼んだ。
二人が揃うとアオが切りだす。

「お願いしたいのはこれなんです」
「これは...エステのIFSコンソール?」

アオが出したデータを眺めていたウリバタケは怪訝な表情をしてアオへと問いかける。
どう考えてもパイロット用のIFSコンソールなのだが、むしろオペレーター用IFSコンソールに近い。

「はい。シミュレーターの6番をこの仕様にして欲しいんです」
「そりゃまたなんで?」

こんな物を作っても乗れる物がいないのだ。
そんな物は無駄でしかないので理由を問いかける。

「それは私が乗るからですよ?」
「はぁ!?」

ウリバタケは驚いた声を上げた。
目の前の見た目中学生くらいの少女がエステバリスに乗ると言ったのだ。
身長は150cm半ばあるのでまだ大丈夫だろうが、線が細く乗りこなせるとは思わなかった。

「アオさん。いきなりそれだけ言っても信じられる訳ありませんよ?」

ルリがそれをフォローするように口を挟むと、ウリバタケへデータを渡す。
アオがシミュレーションを行ってる際のIFS伝導率のデータだ。

「これは...」
「はい。アオさんの使い方が特殊なのかパイロット用のIFSコンソールでは処理が追いつかないんです。
そこで、オペレータ用のIFSコンソールを応用した物を図面に上げました」
「あぁ、このデータが本当ならいくらパイロット用を改造した所で無理だろうな」
「お願い...出来ますか?」

アオが少し不安そうにウリバタケへ問いかけた。
ルリとラピスも懇願するような目を向ける。

「...わかった!わかった!パイロットの要望に答える物に仕上げるのも整備士の仕事だ」
「「「ありがとうございます」」」
「だがな」
「「「だが?」」」
「あぁ、ここなんだが。こうした方が...」

そうしてウリバタケを加えて4人でアオ専用のIFSコンソール案を改修していく。
出来あがった改修案を見たウリバタケは、満足げに頷いた。

「おし、これならオペレーター用のIFSコンソールも流用できるから組込自体は2週間もかからず出来るぞ。
だが、エステのOSも改良しなきゃならん。そこはアオちゃん達の本領だから任せてもいいだろ?」
「はい、大丈夫です」

そうしてウリバタケはシミュレータールームの方へすっ飛んで行った。
その後、アオのデータ処理能力を活用する為にアカツキカスタムを改良したアオ専用機が出来る事になる。

それから数日後、部屋で書類を処理していたアオへアカツキから連絡が入った。

「やぁ、アオ君。久しぶりだねぇ」
「ねぇ、ナガレ。毎日話してるでしょ?」
「君の顔を24時間見れないと寂しくなってしまうんだよ」
「はいはい。寂しがり屋のナガレさんのご用件はなんですか?」

アオは呆れたような顔でアカツキに先を進めさせる。
それに対してアカツキは嬉しそうな顔を隠そうともせずに答えた。

「それが君とボクにとっての朗報があってね」
「朗報?」
「そうさ。昨夜で社長派が隠していた総ての非合法な研究所や施設を潰せたからね」
「本当!?」
「あぁ、昨夜の所はIFS強化体質とは違う施設みたいだけどね。
だから、こちらで助け出せた子達が全員となるよ」
「...そっか。よかった」

アオは心底安堵したように表情を緩めた。
アオの安心した顔を見れたアカツキもニコニコとその表情を楽しんでいる。

「それじゃ、全部で28人だっけ?」
「あぁ、最後に助け出された子も1週間程になるからね。大分落ち着いてきてるみたいだよ?」
「そか。...じゃ、今からそっちへ行くよ」
「ん?いいのかい?」
「うん。順調に進んでるから大丈夫」
「わかった。病院への手配をしておくよ」

アカツキが通信を切ってからすぐにアオはルリとラピスに連絡を入れ、アカツキと通信した内容を伝えた。
ルリもラピスもその内容にとても喜んだ。
それから保護してる少女たちに会ってくる旨をルリとラピスへ伝えると、彼女たちは二つ返事で了承した。
アオは通信を切るとすぐにネルガルの会長室をイメージする。
すぐに、ジャンプユニット反応しアオの周りにジャンプフィールドを発生させた。
そしてアオはネルガルの会長室へ跳んだ。

「実際会うのは久しぶりだね。外に車の用意はしてあるよ」
「うん、ありがとね。じゃ、すぐ行ってくるよ」
「帰りに用事があるから戻って来てよ?」

アオが来たのを確認すると、アカツキはいつものように軽い挨拶をしてきた。
それに答えると、かなり気が急いているのかすぐに会長室から出て行った。

「久しぶりなんだし、もう少し居てくれても罰は当たらない気もするんだが...」
「暇にかこつけて1日に何回も連絡するからでは?」

アカツキの言葉にエリナが突っ込みを入れた。

ネルガルが救助した28人のIFS強化体質者は全員が少女であった。
少女たちはみんなラピスと同じか、それ以下の年の女の子である。
そんな彼女たちだが、ルリやラピスのように金目を持ち得る程高度のIFS強化を受けた子はいなかった。
アオは救助されたという連絡が入る度、すぐにアカツキの元へジャンプし少女達の所へ向かっていた。
そして状況がわからずに呆けてる彼女達を抱き締め一人一人名前をつけていったのである。
そして安心させた後は体調やナノマシンの検査の為にネルガル系列の病院で保護をしたいた。

病院では普段の世話の為にプロスペクターが選んできた、数人の保母がついていた。
彼女たちやアオの温かい態度のおかげで少女たちは次第に心を開いていった。
しかし、救助されてから間もない者はそうもいかずまだまだ硬い所が多い。
全員健康面で問題ない事が確認され、アオも大丈夫だと判断した後に彼女達はピースランドへと移される事になっている。

「さて、1週間振りか」

病院へついたアオは、少女たちがいる広間の前で息を整える。
よしっと気合いを入れると扉を開けた。

「やっほ~。みんな元気だった♪」

扉が開いた事に何人かはびくっと身体を震わせるが、聞き覚えのある信頼している声が聞こえると弾かれたように振り向いた。
そしてアオの姿を認めた少女たちはみんなでアオの方へ突っ込んでいく。

「わっ!ちょっと!待って!倒れるから!わ~!」

数人ならまだしも28人に突進されてはどうしようもなく、アオはもみくちゃにされていた。
その光景を見て保母さん達も楽しげに笑っている。
しばらくもみくちゃにされた後、ようやくみんなを落ち着けたアオは少女達を集めた。

「さて、今日はみんなにお話しがあります」

そうして一度区切ると少女たちがちゃんと聞いてるかを確認する。
みんなが真剣に話を聞こうとしてるのを見て笑顔を浮かべると続けて行く。

「もう少ししたら、みんなで一緒に引っ越しをします」
「どこにですか?」
「フランスやドイツの中にあるピースランドって場所で、外国になります。
そこもここと同じで、私の知り合いの所なのでばっちり安全です」
「そこも病院?」
「ううん。もうみんなの検査も終わるし病院じゃないよ。
そこでは普通に生活して学校に行って勉強をして貰います」
「勉強?」
「うん。先生から話聞いて、友達と遊んで、一緒に騒いで、喧嘩したりもしてとっても楽しいんだよ」
「へぇ...」
「ちなみに、私も先生の1人になります」
「ほんと!?」
「うん。みんなIFS強化体質でしょ?みんなが選んでそれを持ってる訳じゃないけど。
でもどうせ持ってるなら使い方を知らないとね。だからといって将来そういう事をしろって言ってる訳じゃないんだけどね」
「よくわかんない...」
「今はそれでいいよ。少しずつでいいから色んな事勉強して一杯遊びましょう」
「は~い」

そしてアオは少女たちにピースランドがどんな所かなど色々と話していった。
彼女たちはしっかりと話を聞いていたが、その中の一人の子が言い辛そうに声を上げた。

「あの、アオ姉さま...」
「ん、なぁに?」
「あの...保母さん達とはお別れなんですか...?」

それに保母の内の一人が答えた。

「いいえ、私達も行く事になりますよ?」

その一言に驚いたのはむしろアオの方だった。

「え!?ほんとですか?」
「はい。私を雇って頂いた方からそう言われていたんです。
この子達と仲良くなった後に希望するなら保護者としてこの子達を預かれるという風に。
私以外の4人もそうなっていますよ」

プロスペクター、本当に侮れない男である。
その事を知って、アオは何時までたってもあの人の事はわからないとうなだれていた。
それからは、保母さんを含めてわいわいと話をして希望を聞いていった。
その結果、みんなで住めるような寄宿舎の様な建物で保護して欲しいという事。
住む場所は学校の近くにして欲しいという事がわかった。

「わかりました。それじゃ、そういう風に伝えておきますね」
「はい」
「さて、私も仕事を途中で放り投げてきたので戻らないと...」
「え~~~!!!」

口々に早い!やだ!などと言われるが、これ以上引き延ばすとまずいアオは冷や汗を流して困る。
周りの保母さん達と協力してなんとかなだめすかしてなんとか退散した。

病院前で待っていた車に乗り込むと、一度ネルガルへ戻りまたアカツキの元へ向かう。
出る直前に用事があると言われてた事を思い出したのだ。
会長室の扉を開けると戻ってきた事を伝える。

「ただいま~」
「アオ君、お帰り。どうだった?」
「ん、離してくれそうにないから逃げてきた」

アオは苦笑しつつ答えた。
それに相変わらずだなという顔でアカツキは笑う。

「それで、用事だっけ?」
「そう、そうなんだよ。ここでもなんだし、また応接室へ行こうか」
「説明はエリナ君がしてくれるかい?」
「はい」

そして3人で応接室へ入っていく。
今日はアオがお土産を持ってきてないので、来客用の茶菓子が出てきた。
エリナは紅茶を出し終わると書類を持って来てソファーへ座る。

「アオさん。貴女がサセボへ行く前にマナカの方から貴女のナノマシンの件で伺ってると思うけど覚えてる?」
「他のナノマシンを調整する機能があるってやつ?」
「えぇ、その事よ」

それはアオがサセボへと移る1週間程前にマナカがオペレーター用ナノマシンをいれた事を指していた。
アオの体内にある異常な量のナノマシンが正常に動いているという事実はこのナノマシンがあるからこそなりたっている。
その事を思い出しながら、アオは頷いた。
エリナは覚えてるなら話は早いと書類を並べて行く。
アカツキは話を知ってるらしく、書類を確認しようとはしなかった。

「あの後、細かい調整も済んで実用化出来るレベルにまで持ってこれてるのね」
「うん、それで?」
「それで、これを売り出そうと思うんだけど貴女の了解を取りたいの」

そこまで聞いてアオは怪訝な表情をする。

「どうしてそれを私に?」
「えぇ、これは医療用として売り出そうと思ってるわ。これがあればもしもという可能性が激減する訳だからね。
だけど、これを使うとオペレーター用のナノマシンを手に出来るという事はわかるわよね?
そうなると地球側にオペレーターが量産される可能性があるのよ」

そこまで聞いて納得したような顔をするとアオは少し悩む。
下手をすると地球側が戦力拡大する事になりかねないのだ。
だが...とアオはそこまで悩むと考えを改めた。

「エリナ。それはないわ」

逆にエリナが怪訝な顔をする。

「えっとね、頭の中をいじられてるIFS強化体質者とそうじゃない普通の人はそれ以外にも違う所があるの。
特にこの眼を持っている私達、私とルリちゃんとラピスの事ね。私達は普通の人じゃ難しい事が出来るの」
「それは?」
「例えば、エリナ。右手と絵を描きつつ、左手は文章を書いて、テレビを見る。エリナは全部を正確に出来る?」

ん~と悩む素振りをしたエリナは頭を振った。
軽く手を動かして出来るかやってみるが、諦めたようだった。

「無理よ、そんなの」
「普通は出来ないよね。でも、私達は出来るのよ。マルチタスクって言うんだけどね。
例えばルリちゃん、あの子はボソンジャンプが終わった瞬間に数十の施設に数百機の戦艦、それ以上の機動兵器を同時にハッキングして掌握した。
ラピスはラピスで、戦艦の全制御をしつつ戦闘機動とバッタの操作に私の戦闘フォローをしていた。
同時にそれだけの処理を行えるのよ。だから、例えイネスさんレベルの天才が使っても、頭の処理方法になるから私達ほどは無理だと思うよ。
後天的な遺伝子処理なんてそれこそ許されないし、例えやったとしても私達ほどまでは無理ね」
「だから言っただろ、エリナ君?大丈夫だって」

アカツキは元々大丈夫だと言っていたらしい、とても得意げに声をかけた。
それを恨めしそうにエリナが睨む。

「ん?ナガレ、でもこの疑問はもっともだわ。言われて気付いたけど、木星の奴らなら後天的な遺伝子処理やるもの。確実にね。
だからエリナの疑問は正しいし、出来る事ならそれはネルガル系列の病院での処方箋が必要とかしないと悪用されるわね」
「そら見なさい」

今度はエリナが偉そうだ。
それに対抗したのか、アカツキも意見を出してくる。

「ふむ。そこで、アオ君。逆に素質があるならある程度はある程度は大丈夫という事になるよね?」
「うん。そうなるけど...?」
「そうか、ではボクからの提案だ。オペレーター用IFSナノマシンをピースランドと火星の人へ投与する。
勿論、素質があるかどうか調べる上に投与するかはその人に決めて貰おう」
「...へぇ。ナデシコでも量産するの?」
「実際困ってたんだよ。1000万人少々じゃ戦艦をそれ程動かせないからね」
「そうだね...ワンマンオペレーションは無理としても乗員数二桁以下にも出来るかもしれないね。
その上A級ジャンパーが乗っていれば艦隊クラスでの強襲が可能になって抑止力にもなるかな...
いや、それだと反発が起こって総力挙げて潰されかねない...」
「アオ君。今それ以上考えても答えは出ないさ」
「ん?あ、ナガレごめんね。ありがと」

アオが思考の中に沈んだのを見てアカツキがそれを掬いあげる。
それに気付くと照れながらアオが答える。

「アオ君は了解してくれると見ていいかい?」
「うん。頼んじゃっても大丈夫?」
「あぁ、実はプレミア氏にも火星の市長方とイネス博士へも話はしてあってね、後は君の了解だけだった」
「あれ、そうだったんだ。呼んでくれればよかったのに...」
「忙しそうだったからねぇ。ま、こちらでやっておくから安心してくれ」
「ん、ありがと」

今度は素直にアカツキへ感謝する。
そして次にアオはエリナへと質問をしていく。

「そいえば、エリナ。さっき見た時気になったけどナノマシンは調整出来るけど私ほど数は行かないの?」
「あ、そうね。そこも説明するわ」

アオはデータで気になる点を質問した。
アオの身体にはあり得ない量のナノマシンが入っているが、データでは許容量が若干増える程度と書いてあったのだ。

「実際私達がやった豚での実験ではナノマシンの許容量は若干増える程度で変わらなかった。
アオが入れられたのは受精から1ヶ月も経ってなかったから、豚の受精卵でもやってみたけど変わらなかったわ。
人間での実験なんてしてないからわからないけど、恐らく人間でも結果は変わらないわね。
アオのナノマシンは量が多すぎてどれがどう相互作用してるか判別つかないからサンプルにならないし...」
「そうだねぇ。違和感無いから自分じゃ特にそんな凄いとは思わないけどさ」

もうお手上げよというエリナに向かって、そんな凄いのかな?とアオは身体を見渡してみる。
そんなアオに凄いのよ~とどうでもいいような口調でエリナは返した。

「それでね、アオ。今度ルリちゃんとラピスを検査したいのよ」
「...エリナ?」

エリナの突然の言葉にアオの目が鋭くなる。
特に理由がないのに検査と言われてまた何か企んでいるのかとその目線に怒気が孕んでいく。
そんなアオに焦ったエリナは書類の一つを指差して言い放つ。

「待って、アオ、怒らないで。ここを見てくれればわかるから」
「何?...え」
「このナノマシン親和性高すぎて粘膜経由して他の身体にも移動するみたいなの。
貴女いつもルリちゃんとラピスにキスしてるでしょ。もしかしたらあの子達にも入ってるかも知れないのよ」

その言葉にアオは落ち込んだ。
しきりに『私のせいで私のせいで...』とぶつぶつ呟いている。
そんなアオを見たエリナはこれは『しばらく駄目ね...』と呟いた。

後日検査を受けたルリとラピスの身体にはやっぱりナノマシンがあったそうだ。
これを聞いたアオはまた落ち込みかけるが、それを横目にルリとラピスはむしろ喜んだ。
アオから貰ったナノマシンという響きが気に入ったらしい。
ただ、頬を染めつつアオのが身体の中にと言って自分の身体を抱き締める二人にアオはかなり引いていたが。
それ以降二人がアオにキスをねだる回数が激増する事になり、アオは更に困る事になる。

アオはしばらくすると回復し、ふと息をついた。
そして今度はアオから報告がある事を思い出した。

「そうだ、ナガレ。お願いしたい事があるんだけど」
「なんだい?」
「私専用のエステバリス欲しいな~って」
「「え!?」」

いきなりのおねだりにアカツキとエリナが驚いた。
そんな二人を見ながらアオは楽しそうにシミュレーションでの件を報告していった。

「それでね、今ウリバタケさんにシミュレーターのIFS装置を改造して貰ってるの」
「これは凄いな...」
「IFSリンクが振り切りっぱなしじゃない、これ」
「ブラックサレナの時はセンサー関係もIFSで見てたから、どうしてもその癖が出ちゃってね。
それにブラックサレナとフローラをリンクさせてたからラピスともIFS経由で話せてタイムラグ無かったのよ。
それで、これが私専用機の案なんだけど。ナガレ専用機を更に改造して使わせて貰おうかな♪」
「なっ!まだ誰にも言ってないのに...」
「未来から来た人にそんな事言われてもね...」
「ぐっ...」
「はい、これです」

その案ではアカツキカスタムに各種高性能センサーや中継機能、そしてダイアとのリンク機能を付加した機体だった。
それによりダイアや、ダイアを経由してルリ・ラピスとタイムラグなしで連携が可能になり、詳細なデータもやり取りが出来るようになる。
更にIFS強化体質になり余裕もあるので、ナデシコからの通信を中継する事も出来るようにした。
ちなみに、そこまでしてもまだまだ余力はあったりする。

「ここまで来ると完全に隊長機ね」
「ううん。むしろ狙ったのは管制機かな?1対多が多かったせいか戦い方が隊長なんて柄じゃないのよ。
だから私は遠近関係なく動きまわってフォローに回ろうかなって思ってる。痒い所に手を届かせちゃう感じ」
「アオ君のイメージそのままだな。わかった、アオ君の実力が出し切れるような物を作って貰うよ」

アカツキからの了解が得られたアオは嬉しそうに笑う。
それから3人は近況を含めて談笑を始めた。

それからしばらくして...

「あれ?通信だ。はい?」
「「アオ(さん)!!」」
「わ!どうしたの、ルリちゃん、ラピス?」
「...アオさん、今何時ですか?」
「...え?.....あ!」

時計を確認したら、サセボの終業時間をかなり過ぎていた。
思わず冷や汗を流しながらアオは弁解する。

「あのね、これはね?色々と報告したい事とかあってね」
「そうでしょうね。私とラピスを放っておいてこんなにかかるんですから、とても大事な事なんでしょうね。
アオさんの事ですから、まさか話が終わった後にケーキを食べつつ談笑なんて事はしてないでしょうし」

すべてお見通しらしい。
アオから冷や汗が止まらない。
助けを求めようとしたが、アカツキもエリナもいつの間にか部屋から退散していた。

「あ、あの...」
「ルリ、先帰ろ」
「そうですね、ラピス。時間を忘れてぐだぐだしてる人なんて放っておいて先帰りましょう」
「ま、待って!すぐ帰るから!」
「いいえ、いいんですよ。好きなだけお喋りなさって下さいな」
「アオ、ばいばい」
「わ~~~~!待って待って!」
『─プッ─』
「あ.....」

そうして通信が切れた。
それからアオは慌ててアカツキとエリナにそういう事だから帰る!と言い残してジャンプしていった。
その後何度も許して貰おうとするのだが、素っ気なく返されて次第にアオは落ち込んでいった。
アキトも今日は一人な上落ち込んでるアオを見て何事かと思ったが、声をかけれなかったようである。
最終的に仲直り出来たのは寝る直前になってからだった。
実際はもっと前から許していたのだが、一所懸命謝るアオが可愛くてしょうがなくもっと見たい為に我慢していたのだ。
最後にはアオは半泣きになっていて、涙声で謝るアオに二人の我慢は限界を迎えた。
二人掛かりで可愛いともみくちゃにされたアオは嫌われてないという安堵にまた泣き出してしまい、更に可愛いともみくちゃにされてしまった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_18話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/29 14:42
サセボドックでは11月終盤に差し掛かっていた。
その間もアオ達の作戦は水面下で進んでいる。
それについて少し紹介していこう。

サセボドックでは、関係者が相変わらず忙しく動き回り活気に溢れている。
ナデシコが建造されているドックでは技術者、整備士、コバッタが入り乱れてあちらこちらから声が上がっていた。
ドックはもう一つあり、そこでは地球でナデシコへ乗艦するパイロット3人分のエステバリスを製造する事になっていた。
専用機を作る事になったアオ、彼女の弟であるアキト、そしてヤマダ・ジロウの3人分である。

アオは自分の専用機の製造ををアカツキへ認めさせていたのだが、その後アキトのエステバリスも認めさせた。
アキトがこのまま成長していけば量産型では物足りなくなると踏んだからだ。
製造するエステバリスは未来でタカスギ・サブロウタが搭乗していたスーパーエステバリスと同等の性能を誇った機体になる。
アカツキは仕様書を見た際、密かに企んでいたアカツキカスタムの改良型ともいえるそれにショックを隠しきれないようだった。
だが、アオから言われた『ナガレなら乗れると思うよ?』という一言でアキトと同じ機体に乗る事を決めていた。
実際は未来のデータから少し改変くらいなのだが、アオ達設計の特別機という所が大事らしい。
アカツキがそれに乗ると決めた際にアオが言った『システム面の調整はやるからね~』という言葉に小躍りしてたそうなのでよっぽどである。

ヤマダ・ジロウを始め搭乗予定になっている他のパイロットが乗るのは量産型になる。
これも改良はされていて、エステバリス2と同等の性能を誇っている機体になっている。

ナデシコも同様で、アオ達の持ってきた改修案を元に決定しナデシコB程度の戦艦となる。
相転移エンジン2基、核パルスエンジン4基を搭載は変わらずだが、各機関や重力波ブレードなどに改良が施されている。
その結果元々ののナデシコAよりもディストーションフィールドが強化されている上に、グラビティブラストの収束時間などにも改善が見られる。
ただ、武器に関してはナデシコBとは違いミサイルとレーザー砲が4門搭載されている。
ただ、運航時は木蓮の無人機がデータ収集も兼ねていた事から火星までは元々のナデシコA程度に抑えての運航となる事が決まっている。

一方、火星ではバッタ搭載ジェネレーターとディストーションフィールド発生装置の量産化が成功し量産を開始していた。
用途としては主にコロニー外郭部への設置となり、ディストーションフィールドで攻撃から守ろうという物だ。
無人戦艦からの重力波砲は防げないが、機動兵器の反応もない場所へその攻撃が来る事がない為である。
現状の無人機からの攻撃であれば、十分に防げる強度のディストーションフィールドが張れる。
外郭部への設置はコバッタが行い、外郭部全面への設置が終わった時点でコロニー内への帰還が始まる事になっている。

自衛軍については、パイロット希望者へのIFS投与は既に済ませてあった。
それに加え先日に完成したオペレーター用IFSナノマシンの投与についても進めている所である。
アオ、ルリ、ラピスが作成したオペレーター試験とネルガルが持つIFS強化体質者のデータを兼ね合わせて合格した者へと投与する事になっている。

食料がレーションなどが続き、味気ない為に不満が溜まっていたが、外に出れる目処がついたために今は落ち着いているようだ。
それ以外はおおむね平穏な生活が続いていた。

ピースランドではIFS装置の設置が急速に進み、IFSを投与する人口も徐々に増えていた。
その要因に一役買ってるのがピースランドが直営する放送局で毎週流されている【今週の妖精達】という番組である。
その番組ではルリ、ラピス、ついでにアオの可愛らしくも微笑ましい日常を紹介していて男性を中心に絶大な人気を博していた。
息子相手には決してそんな事をしないプレミアだったが、娘が相手になると違うらしい。
何故そんな映像があるのかというと、プレミアがダイアとフローラに頼み込んで週一でダイア・フローラ厳選の一本を送って貰うようにしたからだ。
そんなプレミアだが最近は更にルリ、ラピス、ついでにアオが作る今日の夕ご飯という番組を作ろうとダイア、フローラと画策しているらしい。

IFS強化体質者の少女たちについても12月頭に移動する事になっている。
要望通り、通う事になる学校近くに寄宿舎という形で住居が与えられる。
保母達はそこで保護者として、彼女達の面倒を見る事になる。
普段の授業では一般の教師が教える事になるのだが、オペレーター用の授業をアオとルリが手分けして行う事になる。

そしてピースランド軍ではIFS普及率がほぼ100%という恐ろしい状況になっていた。
そしてエステバリスの大量導入も決定しており、ネルガルと詳細について決めている所だった。
それに先駆けサセボドックにあるシミュレーターと同じ物が大量に導入されていた。
まだ明確な訓練方法がある訳ではないため、アオ達が使っているシミュレーションでの自主訓練が主になっている。
だが週一で黒髪少女が教練に来るらしく、そのメンバーに選ばれるのはシミュレーションの点数上位者のみとなっていた。
その為、自主訓練への気合いの入れようは物凄いモノがあるらしい。

一方地球連合軍では、ミスマル提督とムネタケ参謀が火星出身者や家族が火星にいる者を中心に計画賛同者を増やしていた。
火星の状況に胸を痛めている者も多かったため、実は多くが生きている事を知ると大層喜んだ。
そしてボソンジャンプとその危険性、更に家族を含めて実験動物にされてしまう可能性がある事を知ると一も二もなく賛同した。
計画賛同者については、不自然さを感じさせないように気をつけつつ各方面にいる将官クラスの賛同者の元へと集めていく事となる。

さらにネルガルではアカツキが社長派を非公式研究所の件などの追及をし失脚させた。
その後釜へ会長派を据える事により、名実共にネルガルを総て掌握した。
今後は他企業の計画への引き込みを中心に動いて行く事になる。

パイロットについては現在ネルガル本社近くで訓練を開始していた。
元々はサセボでの予定だったのだが、家族との兼ね合いなどがありギリギリまで別で行う事になった。
アオが鍛えられないと残念がっていたが、未来での事をナデシコの乗員に話す気はなかった為強くは言えなかった。
そうなるとシミュレーターが余ってしまうのでミスマル提督とムネタケ参謀が有効活用する事になっている。

さて、サセボドックの話に戻ろう。
その日、ウリバタケがとても楽しそうにしていた。
そしてその足はスキャパレリプロジェクト統括部長であるテンカワ・アオの部屋へと向かっていた。

「アオちゃん!出来たぞ!」
「ウリバタケさんどうしました?」
「出来たんだよ!シミュレーター6号機のアオちゃん専用IFS装置!」
「本当ですか!すぐ行きます!」

アオはパッと目を輝かせるとウリバタケを伴ってシミュレータールームへと向かう。
途中でルリとラピスへも連絡を取り、同じくシミュレータールームまで来て貰う事にした。
そしてアオは到着するやいなやすぐに更衣室へと向かいパイロットスーツに着替えに行った。
アオが着替えてる間にルリとラピスが到着し、ウリバタケから説明を受けている。

「ルリちゃん、ラピスちゃん。OSの方は出来てるかい?」
「はい、大丈夫です。アオさん専用機のデータも入れてありますよ」
「お、専用機作るのか!後で見せてくれよ?」
「えぇ、大丈夫ですよ」

そう言うとルリとラピスはアオが着替えている間にOSの入れ替えを始める事にした。
そしてアオが着替え終わって出てくるとウリバタケはアオへも説明を始める。

「アオさん、OSの入れ替えしてるのでもう少し待って下さいね」
「うん、大丈夫だよ。ありがとね、ルリちゃん、ラピス」

OSの入れ替えが終わった後にエラーが出ていないかなど総て走査していく。
何度も確認はしているのだが、それでも何かあってアオを怪我させる訳にはいかないからだ。
ルリとラピスでお互い確認し合うと、アオへ大丈夫と伝えた。

「やた!それじゃ行ってくるね~♪」

そう言うとアオは楽しそうに乗りこんでいく。
ルリとラピスもシミュレーション中の詳細なデータを取る為に準備を進めていった。

「お~。いい感じ」

中に入ったアオが感想を漏らした。
コンソールボールが2つになり、それぞれでIFSとリンクする形になる。
シートも専用に変えてくれたらしく、身体の形に合っていてしっくりとくる。
シミュレーターを起動すると各種センサーとの繋がりを確認していった。

「ルリちゃん、ラピス、ウリバタケさん、大丈夫そうだよ~」
「お~。それはよかった」

アオからの問題ないという言葉に3人は安堵した。

「それじゃルリちゃん、ラピス、簡単にテストしてみるね」
「「はい」」

そしてシミュレーションを開始する。
最初はバッタ50匹を広範囲にばらけるよう配置してアオ専用機の使い勝手をみてみる事にした。

「おぉ...」

起動してみて驚いた。
3次元的にかなりの範囲の索敵が出来ている。
熱センサー、ボソン反応と次々にセンサーを確認していく。

「全部見ながらでも問題なさそうだな...」

そしてわざとウィンドウ通信は行わずに、コンソールを通じてルリ、ラピスと通信をしてみる。
ちゃんと繋がるようで二人の声がすぐに聞こえてきた。

「二人とも聞こえる?」
「「はい」」
「うん、こっちも大丈夫だね。センサーもばっちりだよ、ありがと♪」
「そうですか、よかった」
「ルリと調整頑張ったよ」
「うん、今度ご褒美あげないとね。それでね、センサー全部見ながらでも本気で戦闘機動出来ると思う。
今からちょっと試してみるね」
「はい。こちらでもチェックしておきますね」
「アオ、頑張ってね」
「うん、頑張るよっ」

そうしてアオは敵を見据えるとセンサーでの動きを兼ね合わせて、瞬時に倒す順番を決める。
そのまま『ふっ』と息を吐くと一気に最高速まで加速する。
ディストーションフィールドを纏いながら急制動急加速を繰り返し、イミディエットナイフとワイヤードフィストを駆使して一機ずつ潰していく。
最初呆気にとられたバッタが集まり始め、一斉にミサイルを撃ち込んで来た。
それを掴んだバッタを放り投げ爆発させると、そのまま爆煙の中へ突っ込んでいく。
アオ機と反対側にいたバッタが急にアオ機の反応がなくなった事で動きが止まってしまった。
その瞬間、爆煙の中からナイフが出てきてそのバッタを串刺しにする。
そのままナイフを振り払い、近くのバッタへそのバッタをぶつけ2機とも潰しながら次のバッタへと急加速していく。
そしてアオは2分程度で全機落としてしまった。

「ふぅ...」

アオは一息つくとウィンドウ通信を繋げた。
ウリバタケは大型スクリーンへ映った今の戦闘が信じられないと呟いた。

「いや、アオちゃんすげぇな。これ程とは思わなかった。軍のエースパイロットでもここまではいかないんじゃないか?」
「いえ、ウリバタケさんのおかげですよ。センサー全部確認しつつ全力で戦闘起動しても余裕ありましたから」
「そりゃ、パイロット用IFSじゃそこまで出来ないし普通はそんな事やったら頭パンクするからな」

確かに一般的なパイロット用IFSではそこまでの芸当は出来ない。
むしろそれでは足りないからこその改造なのである。

「持ってる物は有効活用しないといけませんからね♪」
「まぁ、そうだな。ここまで使ってくれるなら俺は何も文句ねえよ。
また何かあったら遠慮なく言ってくれ。アオちゃんの為なら幾らでも手を貸すぜ?」

ここまで作った物の性能を引き出してくれるのは整備士冥利に尽きるとウリバタケは思った。
その上自分で設計等もやってしまうんだから頭が上がらない。
この目の前のウィンドウに映っている少女の頼む事なら何でもやってあげよう。
そう感じていた。

「はい。またその時はお願いしますね♪」
「ウリバタケさん、ありがとうございます」
「ウリバタケ、ありがとう」
「おう、ルリちゃんとラピスちゃんもしっかりな」

ウリバタケは動作に問題ないのを確認出来た為シミュレータールームから出て行った。
そしてここから本格的なテストが始まった。

「よし、じゃあどんどんいっちゃうね!」
「「はい」」

それから1時間以上経過して、ようやくアオ達はシミュレータールームから出てきた。

「アオさん。大丈夫ですか?」
「うん、だいじょぶ。ルリちゃんとラピスの方はどう?」
「はい、こちらも詳細なデータが取れているのでアオさんに合わせて調整かけますよ」
「ルリと一緒に頑張る」

アオはありあがとうと言って二人の頭を撫でるとシャワーを浴びに更衣室へ向かっていった。
その間に調整を済ませてしまおうとしてルリとラピスはIFSコンソールへ意識を向けた。

12月に入ると、まずエステバリスの稼働試験が終了し量産が開始された。
まだ軍での採用は決定しておらず、ピースランドへの輸出が主となる。
そして、サセボドックでもアオ、アキト、ヤマダの各エステの建造が開始された。

それから数日後
ネルガルで保護しているIFS強化体質の少女達の引っ越しの日がやってきた。
ピースランドへ移動する際にはアオ、ルリ、ラピスも同行する事にしていた。
その結果迎えの便はピースランドが出すという形に決まり、空港には既にシャトルが到着している。
警備もNSSに加えルリ達の護衛という事でピースランドの衛兵も同行するという万全の態勢になっている。
そして、搭乗するのは以前ピースランドへ行った時と同じくピースランド専用機である。
その広いリビングの様な室内に全員入っている。
乗っているのは少女達28人に保母の5人、それに加えアオ達と警備の人間も乗っている。
それでもまだまだ余裕がある程広い。
以前乗ったアオ達はまだしも少女達に加え保母達も驚きを隠せなかったようだ。

「一応私とラピスは経営者の娘なのです。父と母が認知してくれたのでこういう形になっています」
「へぇ~~~」
「そのお陰でルリちゃんが両親に頼んでくれて、みんなを保護出来るようになったんだよ。
これからはピースランドで周りの子と変わらない生活が出来るから、一杯友達作ろうね」
「は~い」

全員幾分感情も出てきているので徐々に女の子らしくなってきていた。
そして保母達の話もあり、お嬢様、お姫様というルリとラピスそして騎士というアオの話を聞いて目をキラキラさせている。
ルリとラピスの時はまだ憧れている目だったのだが、アオが騎士と聞いた瞬間頬を染めて恋する目をしていた。
その目を見た瞬間ルリとラピスは嫌な予感を感じたが、アオの手前表情には出さないようにしていた。

(ルリ、やっぱりアオはアオだった。このままじゃ危険)
(えぇ、私とラピスでしっかりと手綱を握っておきましょう)

アキトの頃でさえ女性、特に自分達二人を無条件に懐かせていたアオが同じIFS強化体質になったせいで更にその能力を強化しているようだった。
ルリとラピスはアオを少女達から守ろうとアイコンタクトをするとアオ達にばれないように堅い握手を交わしていた。

そしてシャトルがピースランドへ到着するまでの間、アオへいつも以上に寄り添ってアオとくっ付こうとする少女達を敬遠していた。
それを敏感に感じ取った少女達は逆にアオを横取りしようとし、険悪な雰囲気へと変わっていったのだが。

「ルリちゃん、ラピス、それとみんなよく聞いて、ルリちゃんとラピスは私にとってかけがいのない程大事な人なんだ。
それと同じくらいこの子達も私にとっては大事なんだ。そんなみんなが喧嘩する所なんて見たくないよ?」

アオはとても哀しそうな目で訴えかけていた。
それを見て全員が反省しお互いに「ごめんなさい」をし、その後全員でアオへ「ごめんなさい」をした。
それからは、ルリがラピスとの生活で鍛え上げられたお姉さんぶりを発揮し、ラピスも自分がもてなすという意識から積極的に世話をしていった。
そうしてピースランドへ着くまでのんびりと空の上の旅を楽しんでいた。

ピースランドへ到着するとそのまま寄宿舎へと移動し、中を案内して貰った。
元からあった建物を改築しただけなのか、かなり趣のある石造りの建物だった。
部屋数は20近くあるのだが、1人1部屋とまでは行かないようだ。
厨房や大広間なども改装済みで外見と雰囲気は同じだが、最新の物へと変わっている。
そして、IFS強化体質者が生活するという事もあり、オモイカネ級の最新コンピュータも導入された。
その設備の良さに保母達だけでなくアオとルリ、ラピスも驚いていた。
少女達はむしろその雰囲気が絵本やアニメで知っている、お城や中世の物なのでそこに喜んでいるようだった。

それから寄宿舎の事について、学校の事についてなど詳しい説明を受けたアオ達は帰る事になった。
当然少女達は渋ったのだが、授業で会えるからとなんとか話して貰った。
シャトルでの一件からルリとラピスもお姉さん達という認識に変わったようで、彼女達へも懐いていたのだ。

この後、アオとルリ、しばらくしてからはラピスも加わって少女達にオペレーター用IFSについて教えていった。
しばらくすると、アオ達が作成した適性試験に通り、オペレーター用IFSを付与した者も授業へと参加する事になる。
その授業はナデシコに乗ったからといって止める事はなく、その後も続いて行く事になっていく。

そして12月も半ばになり、サセボの街もクリスマスムードで浮かれ始めた時地球全土に一つのニュースが駆け巡る。
火星からの避難者を乗せた民間シャトルや軍の輸送船、そして生き残った戦艦が地球へと到着したのである。



[19794] 天河くんの家庭の事情_19話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/04 17:21
そのニュースに地球全土が湧き上がった。
火星が陥落したという報せの時点で避難者がいるという情報も共に流れていた。
そしてその保護にネルガルやピースランドが名を挙げたという報道も流れてはいた。
だが、火星陥落という衝撃に呑まれてしまっていた。
それからは絶望的であるという理由で軍が助けに行く事もなく報道も徐々に少なくなっていた。

そんな中10万人近い避難者が続々と到着したのである。
それに沸き立ったのもつかの間、大量の難民をどうするかが議論となる。
地球から出張だった者や家族がいる者は家へと帰っていたがそれでも微々たる数なのだ。
どの国も敢えて避難民がいる事など忘れていたかのようにしていた為、用意など出来るはずもなく対応が後手にまわっていた。
そこで白羽の矢が立ったのがネルガルとピースランドだ。
2社共に火星会戦時には保護を提案していた、その中でもピースランドは1国に相当する土地の所有者でもある。
火星からの厄介者等どうぞ引き取って下さいといった有様である。
結果この行為もピースランドを国として認めさせ、独立への足掛けとなった。

彼らの移動にはネルガルも積極的に協力して行い、かなり迅速に全員の避難が完了する事となる。
避難先であるピースランドは2ヶ月近くの時間をかけて設備を用意してあり、設備は主に避難援助としてネルガルからも提供されていた。
IFSの奨励によりネルガルの設備もかなり整ってきており、火星からの避難者にとって馴染みやすかった。

そして彼らが避難して数日経ち、気持ちも少し落ち着いてきた頃に避難民全員への合同説明会が開かれる事になった。
流石に10万人を一度には無理なので各コロニー毎に分かれての説明となる。

そこへ現れたのは、アオ・ルリ・ラピスの3人とプレミアにウィンドウに表示されたアカツキを加えた5人だった。
ネルガル会長とピースランド経営者である2人だけではなく少女が3人いるという事で会場がざわめく。
だが、その中にいる長い黒髪が目立つアオという少女が語った言葉でその場は騒然となった。
曰く

「火星にはまだ1000万人近い生存者がいます。そして火星と火星の住民、そして貴方方避難者自身の身を守る為に力を貸して欲しい」

仲間が、隣人がまだ生きてるかも知れない。だが、軍人や軍の輸送船からの話を聞いていた彼らにはその言葉が信じられなかった。
そんな中、アオは語る。

「証拠がないのに信じられないのは無理ないです。ですので、すぐに証拠をお見せします」

そう言った瞬間ウィンドウが開かれた。
そこにはコロニーの住人が映っていた。
その光景を確認した瞬間、全員が湧きかえった。
生きているのだ、みんなが。
そう言って涙を流し喜んでいた。
それからアオとルリ・ラピス・アカツキ・プレミアにコロニーの市長を加えての説明が始まった。
説明した内容は現在の火星の状況、そして何を目指しているのか。
更には何故いまこういう状況になっているのか、それを一つ一つ話していった。
そのあまりの展開にまた会場内がざわめき始める。
そんな中、アオは言った。

「では、次に火星にいる生存者の方達へお見せした者を貴方方へもお見せします」

そして、アオの記憶から作成した映像を流し始める。
そして流れ始める映像に、会場は次第に沈黙...そして沈痛な雰囲気へと変わっていったのだった。

「お疲れ様でした、アオさん」

家へ戻ってきたアオはぐったりと身体をソファーへ沈みこませた。
ルリはすぐに飲み物を用意してくると、自身もアオの隣へと座った。
アオはありがとうと伝え、口をつけると深いため息を吐いた。
ラピスもルリの反対側に座っており、アオを心配そうに見ている。

あれから、アオは1日に2度、2日間に渡って同じ説明をした事になるのだ。
終わった後はゆっくり休みたい事もありジャンプで家まで戻ってきていたのが、それでも自分の記憶を4連続で見る事は精神的に堪えた。
アオは乾いた表情でちょっと疲れちゃったねと呟くと2人の頭を抱き寄せる。

「ごめんね、少しの間だけこうさせて?」
「「はい」」

その日はアキトとの約束の時間が来るまでずっと3人で寄り添っていた。

アオの火星避難者への説明から日を待たず、アカツキから連絡が入った。
待ちわびた非生体のボソン運搬技術が完成し、ゲートも出来あがったと伝えられたのだ。
アオはすぐにアカツキの元へジャンプした。

「やほ~!来たよ、ナガレにエリナ」
「やぁ。急いで貰ってすまないね」
「久しぶりね」
「うん、久しぶり。それで、出来たって?」
「あぁ、大きさはエステバリスくらいまでの大きさを運べるように作ってある。テストも済んでるからいつでも使えるさ。
運ぶのはどうする。今すぐ行くかい?」
「うん。すぐ行く」
「わかったよ、すぐ手配しよう」

ジャンプしたアオは挨拶も早々に切り出した。
アカツキもそれに答え、車の手配をするとすぐボソンジャンプを研究していたアトモ社へと向かった。
アトモ社では元々生体ボソンジャンプ実験を行っていたが、アオの持ってきたデータと条件により即時中止となった。
当然研究者は面白くなかったが、アカツキは別の任務として非生体のボソン運搬技術の開発を任せたのだ。
元々管轄だったエリナもそれに乗った形になり、成功すれば今後の輸送システムの根幹を作ったという事で歴史に名を残せると研究員を鼓舞。
生体ボソンジャンプ中止での不満をうまく消し、研究へ没頭させる事に成功させた。
そして、その研究所の地下に作られた巨大なドックに5つのゲートが鎮座していた。
その形はヒサゴプランでナデシコBが通過したゲートをそのまま小さくしたようになっている。
それでも高さ12m・幅12m・長さ100m程はあったりする。

「エステが運べるくらいとはいってもやっぱりそこそこ大きいね」
「いやぁ。もううちが持ってるチューリップクリスタルがなくなっちゃったよ」
「正直つらいですけど、まぁそれでこの成果なら問題ありませんけどね」
「それで、火星にどうやって持って行くのかい?」
「ん、そりゃ私がやるよ?」
「...やっぱりかい。大丈夫なのかい?」
「うん。元々チューリップがCCで出来てるし、ドックの映像は穴が開くくらい見てたからね♪
あ、忘れてた!あっちに連絡入れておいて貰っていい?」
「わかったよ。連絡終わるまで待ってくれよ?」
「はいよ~♪」

アオが言った自分が持って行く発言は元々それしか予定がなかったのでアカツキも予想していた。
だが、正直こんな大きな物と一緒にボソンジャンプをするというのが出来るのか不安を感じていた。
しばらくするとアカツキが戻ってきた。

「全てのコロニーへ連絡が終わったよ」
「うん。じゃあ行ってくるね」

アオはそう言うとそのままドックの方へ降りて行った。
大体の話を聞いている研究員達も興味深そうに見ている。
その内の一人が目に危うい光を灯しながらエリナへと話しかけた。

「あ、あの、エリナ秘書。この後彼女を...」
「貴方、黙りなさい」
「!!すいません...」

研究員がすごすごと退散するとエリナはアカツキへと目線を向ける。
それを受けたアカツキは何も言わなかったがず、エリナの言わんとする事はわかったようで頷いた。
その研究員は数時間後、研究所を出てすぐに何者かによって攫われ行方不明となる。

「よしっと、じゃあ行ってくるよ」

アオはその1件には気付かず、上から見守るアカツキとエリナへと手を振っていた。
本来ならば生体ボソンジャンプの研究データとして詳細な生体データを取りたかったのだが、アカツキとエリナはそれを許さなかった。
アオの記憶を見た事もあるが、アオを好きになっている2人は頷かざるを得ない状況を利用したくはなかった。

そして、アオは1機のゲートに手をつき目を閉じる。
ジャンプユニットが反応しアオの身体にナノマシンの光筋が広がり、更にゲートのチューリップクリスタルへと反応が広がっていく。
アカツキ達は初めて見る大型のボソンジャンプに目を奪われていた。
研究所の全員が見守る中でボソン反応が広がっていき、光が強くなっていった。
そして、アオの中でイメージが固まると微かにトリガーを引く為に口を開く。

「ジャンプ」

研究所からアオとゲートが消えた。

それから10数分経ってアオが戻ってきた。
うまくいったようだ。

「ただいま~。じゃあどんどん行くよ」

それからアオは更に3回ボソンジャンプを行った。
運んだ先は各コロニーに作った地下ドックである。
人が少ないユートピアコロニーでは無理だったのだが、残り3コロニーの地下にコバッタと土木業の者が協力しあらかじめ作っておいたのだ。
それぞれのコロニーへとジャンプで運んだアオは、残り2機の内1機をピースランドへと運んでいった。
これでネルガルとピースランド、そして火星間で運搬が可能になった。
そしてこれを機に火星、そしてピースランドの戦力が充実して行く事になっていく事になる。

この日と前後して、地球連合軍でも一つ動きがあった。
フクベの進退が決定したのだ。
輸送船に乗った民間人を助けた事とチューリップを撃破した英雄として晒される事になる。
地球連合軍が考えてもいなかった壊滅という汚名から民衆の目をそらす為にの生贄となったのだ。

それから数日経ち、ミスマル提督からアオへと連絡が入った。
フクベ提督との会談の段取りがついたという連絡だった。
アオは即日で面会を取り決めると、その足でミスマル提督、ムネタケ参謀、フクベ提督が待つ地球連合軍極東本部へと向かった。

「お久しぶりですミスマル提督、ムネタケ参謀。そしてはじめましてフクベ提督」
「アオ君、久しぶりだね。元気でやってたかい?」
「アオさんお久しぶりですな」
「君がテンカワ・アオさんかね。はじめまして、フクベ・ジンだ。ミスマル君とムネタケ君から話は聞いてるよ」

アオは極東本部へ着くとすぐに一室へと通された。
挨拶を交わしたが、フクベ提督は既にある程度の話は聞いてるようだった。

「えっと。ミスマル提督、フクベ提督にはお話は?」
「あぁ、ある程度はこちらで話をさせて貰ったよ」
「わかりました。ではフクベ提督、私の事を知って頂いてるという前提でお話します。
火星のみんなを守る事、そして地球と木星の目を覚まさせる為に協力して頂けませんか?
火星での件は私も知っていますし火星のみんなも知っています。だからこそフクベ提督にお願いしたいんです。
フクベさんの状況を利用しているのは確かです。ですがこうでもしないと話を聞いて頂けません。
どうか、よろしくお願いします」

アオはそう言うと深くお辞儀をした。
フクベ提督はアオを眺めつつ髭をなでつけていた。
その目線は鋭く、何事か考えているようだった。

「アオさん。いくつか聞いてもいいかね?」
「はい」
「なぜこのわしなのだね?わしのせいでコロニーの方が亡くなっているという事を知ってるのなら尚更だ」
「フクベ提督だからこそですよ。すぐに受け入れられるとまでは思っていません。ですが、輸送船の方を助けたのも事実です。
言うなれば単に運が悪かった、本当にそれだけなんですよ。ですから納得は出来るはずなんです。
輸送船を助けた人なら、コロニーの罪滅ぼしの為に、といった感じでですね。
火星生まれの方は別としてそれだけの理由があるなら十分に裏切られる事はないと安心出来ます」
「...ふむ。火星を守るというのは話を聞いてわかっている。地球と木星の目を覚ますというのはどういう事かな?」
「そのままですよ。汚職と保身と金に塗れた官僚や軍の上層部、そしてそれを疑おうともしない地球。
勧善懲悪のアニメなんていう子供向けの娯楽なんかを聖典にしているおかげで総て相手が悪く、自分達の行動は間違う事がないと盲信する木星。
過去がどうあれ無人機による虐殺を行った木星も、臭い物には蓋をするだけの地球も痛い目を見ないとわかりません。
火星も会戦が始まる前はそうだったのかも知れませんが、既にその怖さも辛さも愚かさもわかってますからね」
「では、最後に一つ聞きたい。ではユートピアコロニーにいたという君からの言葉を聞きたい。私を怨んでいるかね?」
「...そうですね。今回の事では恨みなんて何も。先程も言いましたけど、本当に運がなかっただけだと思うんですよ。
例えフクベ提督があと1秒でも2秒でも早く号令をかけていれば、操舵士の方がもう少し手早く動かせたら。
そんな事を考えていてはそれ以上進めませんから」

そこまで聞くとフクベ提督はしばし目を瞑り、アオの言葉を反芻する。
見た目は中学生程なのにその目に宿っているものは明らかに違っていた。
あの状況で火星の大半を助けるという手腕からも未来から来たという話は本当なのかもしれないと考えていた。

「この老いぼれには心落ち着けて休む事は叶わんという事かな」

フクベはそう言うと微かに笑みを浮かべた。
それは本当に久しぶりの数ヶ月ぶりに浮かべた笑みだった。

「あ、フクベ提督。一つお伝えしたい事があるんですが...」

それから4人で雑談を交え打ち合わせを進めていった。
フクベは長く前線にいた為、軍の上層部でも以前は部下だった事が多い。
だからこそ今回の厄介払いという形になったのだが、それでも影響力が大きいことには変わりない。
ナデシコが発進するまでは軍の内部でミスマル提督やムネタケ参謀と共に動いて貰い、その後ナデシコの提督をするという形に納まった。

ユリカやサダアキはどうなったかと言うと、ユリカに関しては最近いきなり煩くなった父に対してかなり遅めの反抗期らしい事が起きてるようだ。
そして、ついこの間初めて親子喧嘩をしたらしい。それだけでもかなりの進歩なのだが、いかんせん男親なので対応に困っているようだ。
なんとか父としての威厳を見せようとはするもなしのつぶてで、こうちゃんは日々枕を涙で濡らしているとアオに愚痴っていた。
サダアキに関しては地球へ帰還して早々父親であるムネタケ参謀から呼び出された。
自分の失点である第一主力艦隊壊滅ではあったが、フクベ提督が人身御供とされたのを見て小躍りしていた所だったので首を傾げていた。
そして参上してすぐに父親から今までやってきた賄賂や追い落としについて言及され、責任追及しない代わりに父親の元で再教育となった。
日々続く苦行ともいえる程の大量な業務と父親からの苦言、そして軍人という物はと説教が入り少しずつ矯正されているようだった。

アオは話が終わってもすぐには帰らず、一度マナカの元へと向かった。
研究所へ行ったのだが、既にあがっているという事でマンションへと向かう。

「マナカさん。こにちわ~♪」
「あら、アオさん。来てたんですね、言ってくれれば迎えに行きましたのに」
「ううん。用事のついでになっちゃうから時間がわからなかったし大丈夫ですよ」
「あら、また悪巧みですか?」
「そです♪」

マナカはアオと一緒にいた時間が長く、エリナとも呼び捨てで呼び合う程仲が良くなっている。
その為に、雑談の中で見えてくるアオは見えない所で色々と動いているらしかったのだ。
その上火星の避難者をネルガルとピースランドで総て保護をするという形に納まった事もある。
理由はわからないが、それがマナカや火星の人達の為という事はなんとなく理解しているが、一人で背負い込みがちなアオに少し心を痛めていた。

「で、今回はどんな用事なんです?」
「ん~とですね。単刀直入に言った方が早いですね。フクベ・ジン提督と会ってお話してきました」
「え!?」

アオはとても楽しそうに言った。
マナカが驚くのも無理がないだろう。今や名目の上とはいえフクベ提督は火星会戦の英雄であるからだ。

「それで、あの時の事を色々と伺ったんです。なのでマナカさんにもお伝えしようかなって来たんですよ」
「それで、その方はなんて仰っていたんですか?」

正直にいってマナカもフクベにはいい感情は持っていなかった。
輸送船を助けたのは嘘ではないにしてもユートピアコロニーを潰した事が何も表沙汰になっていないからだ。
そんな自分達の見栄ばかりを気にしている連合政府や連合軍を信じられなくなっていた。

「悔んでました。それも途轍もなく。それと助けた輸送船の方とも会ったそうで、そこで言われたそうです。
『助けて頂いた事にお礼を言わなければならないと思いますが、それも出来ない私達をお許し下さい。
私達は仲間を、そして故郷を消し去って私達を生かした貴方にどんな感情を持てばいいのかがわからないんです』
だそうです。その上コロニーへチューリップが落ちて翌日、操舵士の方が自殺していたそうです。
『私は自身の仕出かした重荷に耐えきれません。フクベ提督、不甲斐ない部下で申し訳ありませんでした。
迷惑は承知ですが、どうぞ家族の事をよろしくお願いします』
そう遺書に書かれていたそうです」

アオは一つ一つ丁寧にマナカへと聞かせていった。
そしてマナカは自分が考えていた事の浅はかさが申し訳なく涙を流していた。
アオは涙を流しつつ仕切りにごめんなさいと呟くマナカの元へ寄るとそっと頭を抱き寄せた。

「...ごめん...なさい」
「マナカさんは悪くないじゃないですか、それに誰も悪くないんです。ただそうなってしまっただけなんです。
だから顔を上げて下さい。マナカさんにはやる事があるじゃないですか。下を向いてたらアイちゃんに心配されますよ?」
「...そうですね。でももう少しだけいいですか?」
「しょうがないですね...」
「すいません...」

そうしてしばらくの間マナカはアオの胸で泣いていた。
その後、マナカは落ち着くと少し恥ずかしそうに顔を上げた。

「アオさんありがとうございます。みっともない所見せちゃいましたね」
「いえ、こちらこそいきなりでこんな話を持ってきてすいませんでした」
「いいえ。見当違いに恨み続ける所でしたからよかったですよ」
「そう言って貰えて助かります。それで、マナカさん?」
「はい?」
「もしよかったら一度フクベ提督と会ってみますか?」
「え!?」
「ユートピアコロニーから地球に逃げ延びた知人が二人いるんですと伝えたら是非会いたいと仰ったんですよ」
「それは...アキトさんには?」
「今日の夜トレーニングしてる時に話そうと思ってます。あの子は頭固いから大変でしょうけど」
「クスクス。そうですね」
「アキトさんがいいと仰るならお付き合いします。私はもう特にこれといって思ってる事はありませんから」
「わかりました。あ、そうそう。あの子かなり身体出来あがって来てて男っぽくなってますよ?」
「え。それ本当ですか?」
「はい。結構がっちりしてきてて感心してますから」

それから二人はアキトの話で終始盛り上がったのだった。

そしてその日の夜。
サセボドックのシミュレータールームではいつものように、アオ・ルリ・ラピス・アキトが揃っていた。
アオとアキトはパイロットスーツへ着替えてシミュレーターの中へ入り、ルリとラピスはコンソールで二人の様子を見ている。
だが、この夜のシミュレータールームは普段とどこか雰囲気が違っていた。
いつもはトレーニング中はお互いに真剣になるので私語が自然と少なくなるのだが、この夜だけはアオの方から話しかけていた。
そのため戦闘しているはずなのだが、戯れているだけのようにも見える。

「ね、アキト。フクベ提督って知ってるよね?」
「姉さん、突然どうしたの?」
「ん、大事な話なの。ちゃんと考えて答えてくれると嬉しいな」
「あぁ、そりゃ毎日テレビで名前出てるから知ってるよ」
「じゃあ、あの人がなんで英雄って呼ばれてるのかは知ってるよね?」
「...あぁ」

フクベに対して憎しみに近い感情を抱いているのか、アキトの戦い方がどんどんと荒く力強くなっていく。
目線もかなり鋭くなってきていた。
ルリとラピスは既にアオから話をする事を聞いていた為冷静に対処している。

「うん、わかった。そこでまずお姉ちゃんとして、あの人へ最初にどんな感情を持ったか教えてあげるね」
「姉さんの...?」
「うん、お姉ちゃんとしてね」

そこでアキトの機体が止まった。
思わず呆けてしまったらしい。
そしてアオもそれに合わせて動きを止める。

「私がお姉ちゃんとしてあの人へ持った最初の感情は、憐れみ。こうなってしまったのか、辛い事になるんだろうなって憐れんでた」
「嘘を言うな!」

その言葉に弾かれたようにアキトの機体がアオへと突っ込んで来た。
それはアオがトレーニングを始めてから一番鋭い動きだったが、アオはそれをも冷静に対処していた。
だが、ここに来てルリとラピスが少し焦っていた。
感情の昂りでの火事場の馬鹿力に近い程の能力アップだった。

「嘘じゃないわよ?ちゃんと理由があるのよ?」
「理由なんて関係ない!あいつは、コロニーを!みんなを!みんなを殺しやがったんだ!!」
「こら、アキト。ちゃんと話を最後まで聞きなさい。それにあんまり怒鳴るんじゃないの、いい加減怒るよ?」

アオも自分が昔頑固だった事はわかっていたが、ここまでだったか?と頭を捻っていた。
しかし、落ち着いて話をしようとしても全く効かないアキトに苛立ち始めた。

「怒るのはこっちの方だ!なんでよりにもよって姉さんがあんなやつの味方をするんだ!あんな大量さつ!..ぐぁ!!!」

しかし、その言葉を最後まで言う事は出来なかった。
瞬時に最高速まで加速したアオがアキトのアサルトピットを傷付けないようにしつつ行動不能にまで破壊したのだ。
思わずアオを睨みつけようとウィンドウを見上げた瞬間、アキトの意識が止まった。
アオがウィンドウ越しでもわかるくらいに殺気をアキトへぶつけていたのだ。

「ねぇ、アキト。それ以上言ったら私は許さないわよ。例え言ったのがアキトでもね」

アキトは余りの恐怖に歯を鳴らしていた。

「話を最後まで聞きなさいって言ったわよね?それに怒鳴るなとも。後は怒るよ?とも言ったわ。
貴方は何?耳がないわけ?それとも聞きたくないわけ?」

アオはアキトへ問いただすが、アキトは答えられる状態ではなかった。
その様子を見てため息をつくと、質問を変える。

「いいわ。これで最後よ。アキト、私の話を聞くの?聞かないの?答えられないなら聞かないって事にするわ」

そうして呆れたような愛想が尽きたような、そんな冷めた目をアキトへと向ける。
その視線にアキトは身震いをする。たった一人の家族から愛想を尽かされる。そんな事は看過できない。

「き...聞く!聞くから!」

アキトは気がつくとあらん限りの声を振り絞りそんな事を叫んでいた。
その声は親に置いてかれそうになり必死に気付いて貰おうと叫んでいる子供の様だった。
そこでアオはようやく肩をすくめるとアキトへ言い放った。

「といっても、もう順序立てて説明する気もないので、荒療治するわね」

アオがそう言った瞬間シミュレーターの景色が変わった。
バックには火星、そして火星を半ば囲むように展開する地球連合軍の艦隊、更には巨大なチューリップの姿も見える。

「な!!なっ!!」

アキトは驚きすぎて言葉にならないようだ。

「これは火星会戦の時のデータからシミュレーションしてるの。だから状況結果、そして通信まで総てそのままなの。
なんでこんなのがって聞かれても教える訳にはいかないから聞かないでね?」

アキトはまさに聞こうと思ってる事を突っ込まれ、口をつぐんだ。
そして状況が進んでいく中、自然と艦隊とチューリップへと視線が向けられていった。

それから30分程経っただろうか、アキトは呆然としていた。
目の前の事が信じられなかった。信じたくなかったのだ。
何でそんな事になったのかまでを知ろうともせずにただ流されるままフクベを恨んでいたからだ。

「そんな...」
「信じられない?どうして?憎んだ相手が人を助けようとしていただけだったから?
自分が見当違いの事をしていたのを認めるのが嫌だから?」
「ぐっ...」
「アキト。貴方の意思が強い所はとてもいいのだけれど、思い込んだら周りの話を聞かないのは本当に止めた方がいいわよ?」

アオは口の中で私がそうだったからねと自嘲的に呟いた。

「じゃあ、じゃあどうすればいいんだ!」
「あのね。アキトにこの件で何かしてって誰か頼んだ?私が頼んだのはナデシコやみんなを守ってって事よ?」

アオはさも呆れたように言った。
アキトはかなり鍛えられてきていた。
そのために自分なら何かが出来るように思って気持ちが大きくなっていた。

「まあ、この調子じゃまだまだお姉ちゃんがいないと無理だね。周りから与えられる事だけで判断するような子供だもんね、アキトは?」

その言葉に反論できずただ俯いただけだった。
悔しさに握りしめる拳は力を入れ過ぎて白くなっていた。

「これでもかなり怒ってるんだからね?もう少し状況見れるようになってると思ってたから...
そんなアキトに少し呆れちゃいました。なので、そんな貴方に宿題をあげます」
「...宿題?」
「アキトにフクベ提督と会わせてあげます。だからその感想を私に教えてね?」

そして、2日後にアキトとマナカがフクベ提督と会う事になった。
今回はあえてアオはついていかずにアキト一人を送る事にした。

「アオさん、アキトさん一人で大丈夫ですか?」
「ルリちゃん?そうだね、一人で色々考える事も必要だろうし、いつも私がいて甘やかす訳にもいかないからね」
「アオ...」

二人はアキトがしっかりと話をしてこれるか心配だった。
アキトの頑固さは相当な事をよく知っているからだ。

「でも、あれだけ言ってちゃんと話してこなかったら叩いてでも矯正させないとね」

そう言ってアオは意地の悪い笑みをこぼした。
その表情を見た二人はアキトの事を思い苦笑する。

(アキトさん。ちゃんと話してこないとアオさんが怖いですよ...)
(アキト。ご愁傷様)

その後マナカから無事に終わりましたという連絡が入った。
そして、アキトが帰りのリニアに乗っている時にアオとマナカはウィンドウ通信で話していた。
そこでは話し合いはおおむね順調に進んだこと。
そして、マナカは聞いていた助けた輸送船の方から伝えられた言葉。
操舵士が自殺をした事。
自分が何をすべきか見失い途方にくれていた時にアオから伝えられた事。
ユートピアコロニーの生き残り、そしてアオの弟だからという事もあったのだろう。
通常であれば隠すような事まで包み隠さず答えてくれたそうだ。
マナカはそこまで伝えてくれたフクベへの感謝を、そしてアキトは自身の考えの未熟さを感じていたそうだ。
そして、話し合いが終わりマナカがアキトから聞いたのは、アキトがだいぶ落ち込んでいるという話だった。
与えられた情報をただ鵜呑みにして、見当違いの人を憎んでいた。
それに加え、例え憎むべき相手だったとしても自分が直接憎しみをぶつけても何の解決にもならないと気付いた事。
そして一番大きく悩んでいたのは自分が至らないばかりにアオを傷付けてしまった事、そして子供扱いされた事だった。
そうしてまだまだ話は続いて行く。

「だからね、アオさん。アキト君にちゃんとフォローしないと駄目よ?」
「それはわかってますよ。でも、頑固なあの子にはあれくらいしないとわかって貰えないんですもの」

自分を省みて想像していた以上にアキトは頑固だったのだ。
それもあってアオは少し不貞腐れたような口調で返した。

「そうね...確かに、アオさんのおかげで話し合いの途中でトラブルはなかったわよ?」
「よかった...叱った甲斐がありました。でも、これで嫌われちゃったかな?」

その事は心配であった。アキトが自分へ見せた恐怖の表情が頭から離れないのだ。
例え嫌われると思っても、止める訳にはいかなかった。

「それはないわよ。逆にアキト君落ち込んでたもの。特に子供って言われてた事がショックだったみたいよ?」
「嫌われてないのなら一安心ですが、子供にショックと言われても、実際まだ子供ですよ?」

自分の素直な感想をマナカへ伝えるのだが、それを受けたマナカは苦笑していた。

「そうは言ってもね。アオさんと同い年よ?それにフクベさんから
『君のお姉さん程素晴らしい女性はいない。お姉さんにしっかりと学びなさい』
って言われて、アキト君一段と落ち込んでましたから」
「むぅ~~~」

理解出来ないらしい。
実際その場面を見ていたマナカにしかわからない事だが、その悩み方は姉弟の関係と考えるには幾分行きすぎなぐらいであった。
その光景に、このままでは危ない方向へ向かってしまうという考えがマナカの中に芽生えていた。
そこであまり急激に感情を揺さぶると反動で爆発しかねないと思い、穏便な方へ話を向けていく。

「お姉さんに認めて貰いたいんですよ。だから、あんまり評価が辛すぎると自信喪失しちゃいますよ?」
「わかりました。帰ってきたらたっぷり甘やかしておきます」

その言葉に冷や汗をかきつつ、当たり障りのないように注意を促す。

「逆に甘やかしすぎないように気をつけてね?」
「大丈夫ですっ」
「大丈夫ならいいですけどね」
「どういう意味ですか?」

妙に突っかかってくるマナカにアオは違和感を感じて聞き返す。
しかしポーカーフェイスを崩さずに何でもないように答えた。

「いいえ、ちょっと気になっただけなので見当違いだと恥ずかしいですから言わないでおきます」
「見当違いじゃなかったら言って下さいね?」
「えぇ、その時はお話しますよ」
「わかりました」

その後帰って来たアキトはアオへ包み隠さず聞いた事や思った事を伝えた。
殊勝な感想を受けとったアオはアキトへよく出来ましたと優しく頭を抱き寄せて撫でていた。

「よく考えたね。お姉ちゃん嬉しいよ」
「あ、うん。姉さんから言われた事を色々考えてたから...」
「そっか。でも、もっと頑張らないと一人前とは認められないからね?」
「う...いや、頑張る」
「うん。頑張れ」

普段であれば逃げるはずのアキトが顔を真っ赤にしつつも身を任せていた。
そして、それを見ていたルリとラピスはアキトへ鋭い視線を向けていたのだった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_20話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/04 17:14
サセボドックの大食堂でそれは始まった。

「「「「「メリークリマスース!!!」」」」」

それはアオからの『忘年会合わせてのクリスマスパーティーをやろう!』という発案が元で開催が決定した。
そしてドックの従業員全員が、忙しい中普段の仕事以上に気合いを入れて準備を進め今日にいたる。
参加者はサセボドックの関係者全員に加えて、機密を見せない状態にした上で関係者の家族も参加している。
そのおかげで恐ろしい程の人になってしまっている。
会場はサセボドック内の大食堂なのだが椅子の数が足りないために、準備の段階で机と椅子が運び出されており立食パーティーになっている。

服装は各々がドレスやら高そうなスーツを着込んでおり、中には燕尾服を着ている気合いの入った人もいた。
特に目立つのがアオ・ルリ・ラピスの3人だろう。
まずルリは背中の半ばまで伸びた髪をアップにまとめ、ドレスもプリーツの入ったロングドレスで落ち着いた雰囲気になっている。
ラピスは普段通り髪を後ろへ流しており、淡いピンクのワンピースドレスで可愛らしくまとめていた。
最後にアオは髪を後ろでまとめ、黒のスーツで完全に男装していた。
これはルリとラピスの強い要望によるのだが、アオの男装に大多数の女性からため息が漏れていた。
そこに加え、落ち着いたドレスで大人の色気たっぷりなマナカも加わっている。
そんな4人とアキトは一緒にいる上にアオ達から親しげに話しかけられるものだから嫉妬の視線が集中していた。
その為に、アキトは会場に入ってから感じる視線を気にしてしきりに辺りを見渡している。

そして、この会場にはマナカに加え年末で忙しいはずのアカツキ・エリナやプロス・ゴートも参加している。
本来ならアカツキ達はネルガルグループのパーティーへ参加しているはずであった。
しかし、アオからの招待状が届いたアカツキはかなり強引に代役を仕立ててサセボへとやってきたのだ。
その際にアオを驚かせようと考え、参加するのは難しいと返信を出して当日に飛び入り参加する事に決めた。
それはアカツキなりの『仕事よりもアオが大事だよ』というアピールであった。
そのアカツキが一人壇上へと上がる。

「やあ。みんなしてお前誰だって顔しているのはとても心外だけど。ネルガル会長のアカツキ・ナガレだ。
懇意にさせて貰っているアオ君からのたっての願いでね。こうして参加させて頂いた訳だ。
参加させて貰ってる代わりといってはなんだけど、このパーティーはうちで全部まかなわせて貰うよ。
だから追加注文も好きなだけしていいから安心して食べて飲んで大いに楽しんでくれたまえ。
来年、再来年とうちとの関係が続いていけることを願いつつ挨拶に代えさせて貰うよ。
では、乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」

説明混じりだったために長い挨拶になってしまったが、しょうがないだろう。
参加者全員が唱和をしてからは、一気に賑やかさが増した。
いきなり飲み比べを始める人も出てきている。

「やあ、アオ君・ルリ君・ラピス君。それと弟君は始めましてだね。メリークリスマス」
「アカツキさん、メリークリスマス」
「アカツキ、メリークリスマス」
「はじめまして...会長さん?」
「あぁ、弟君。アオ君の弟なんだから敬称はいらないし敬語も必要ない。アカツキとでも呼んでくれ」
「あ、あぁ...わかったよ、アカツキ」
「ナガレ、メリークリスマス。それで、予定はどうしたの?」
「腹の探り合いで退屈なパーティーに参加するくらいならこっちに来るさ」
「無理しないようにね。まあ、何にしてもありがとね」
「どう致しまして。それで、アオ君達3人に僕からのクリスマスプレゼントだ。
ちなみに、ボクは男にプレゼントをあげる趣味はないから弟君にはないよ」
「あぁ、俺も初対面のアカツキからプレゼントを貰ったら逆に怖い」

そう言ってアオ達3人に渡されたのは細長い包みが3つだった。
包装を取り、箱を開けると中に入っていたのはネックレスだった。

「「「ネックレス?」」」

思わず3人の声が出た。
ネックレスはプラチナ製で、台座の中央にはひし形にカットされた青い石があり、それを囲むような形に意匠が施されていた。
しかし、その中央の石にはどこか見覚えがあった。

「ナガレ、この石って...?」
「やっぱり気付いたみたいだね。まぁ、想像通りだよ。お守りと思って肌身離さず持っていて貰えると嬉しいよ」

アキトには親が亡くなったのがネルガルの仕業だという事などを話していない。
そこで勘ぐられないようにチューリップクリスタルなどの言葉をあえて用いずに会話をしていた。
そのネックレスを見詰めながら、アオ達はしきりに感心していた。

「そっか。しかし...綺麗に出来てるね」
「使うのがもったいないくらいですね」
「アカツキありがと」

かなり意匠も凝っている為に、3人共気に入ったようだ。
だが凝っているとはいっても、普段から着けていられるように控えめだが映えるデザインになっていた。

「ほんとありがとね、ナガレ。ちゃんと着けさせて貰うよ。」
「あぁ、そうして貰えるとありがたいね」
「それで、お返しに私からのプレゼントと言いたいんだけど...」

その言葉を密かに待っていたアカツキが期待の篭った目でアオを見るが、当のアオは何か言い出しにくそうにしていた。
ルリとラピスもアオとアカツキを見ながら苦笑している。

「ごめんね、エリナから今日明日は抜けられない会合が入ってるって言われてて...
来るとは思わなかったし渡しにも行けないだろうからって宅急便で送ってあるんだよね。
ナガレの分だけじゃなくて、エリナ達の分もね...」
「なっ!!」

想定外の言葉に思わずアカツキが絶句した。
しかし、こうなる事を勘付いていたのかアカツキ以外のエリナ・プロス・ゴートは少し残念そうにしているくらいでほとんど動じていなかった。
そしてエリナがプレゼントを手渡しして貰うチャンスをふいにしたアカツキを冷やかに見詰めながら、ため息交じりに言い放つ。

「だから言ったじゃない。アオ相手に下手な小細工すると逆効果だって」
「く...くそぅ」

アカツキはその場にしゃがみこんでいじけ出してしまった。
そんなアカツキを横目で眺め苦笑してはいたが、いつもの事だと思いスルーしたアオはマナカへプレゼントを渡していた。

「ありがとう、アオさん」
「研究所ではビーカーで飲み物を飲んでそうなマナカさんにコーヒーカップとティーカップをプレゼントです」
「あら、ちゃんと洗って滅菌してるわよ?」
「いや、そういう問題ではないんですけどね...」
「でも、嬉しいからしっかり使わせて貰うわね」
「はい」

それからアオはルリとラピスと一緒に挨拶周りをしに会場を回っていった。
エリカは仲のいいマナカと一緒になって話に華を咲かせているし、プロスとゴートは揃って角の方から全体を眺めている。
そしてアカツキは挨拶の合間でも、アオが逐一アキトの方を気にしてちらちらと視線を向けているのが癇に障ったのか、アキトへと話しかけていた。

「弟君、改めて挨拶させて貰うよ。アカツキ・ナガレだ」
「どうも、テンカワ・アキトです。姉が良く話してくれますよ」
「へぇ、それは興味あるね。アオ君はなんて話してくれるんだい?」
「そうですね『一言でいえば、何でも相談出来て悪巧みなんかも出来る悪友。友人としては一番かなぁ~』って言ってました」

その言葉を聞いたアカツキは嬉しそうに顔を綻ばせる。
逆にアキトはアカツキを無条件で褒めるアオの顔を思い出し、面白くないような顔をしている。

「僕もアオ君から君の事はよく聞いてるよ。
『才能はあるし意志も強くてやるとなったらとことんだけど、考えが後ろ向きなのと頑固すぎて頭が固いのが玉に瑕かな』といった感じだったね」

アカツキが教えてくれたお返しにアオが言っていたアキトの評価を伝え返した。
アキトは才能があるという言葉に驚き喜んだが、後の欠点が身に覚えありすぎて少し落ち込んでいた。
アカツキはそのアキトを見ながら、どう考えても目の前のアキトがアオと結びつかない事が気にかかっていた。
それに加え、どこか頼りなさげで優柔不断そうな雰囲気がするアキトを気にかける事に若干イラついてもいた。

(アオ君自身の事を話していないという事はまだ認められていないという事だからしょうがないか。
それにアオ君自身も既に姉として生まれ変わりを起こしたような物と言っていたからな)

そう考え直すと、先程からアオとアキトの絡みを見て気にかかっていた事を聞いてみた。

「弟君。一つ君に尋ねたいんだが、君はアオ君についてどう思ってどう考えてるんだい?」
「姉さんを?どうって言われてもな...」
「嫌なら構わない。僕としては君とも仲良くしたいからね。君とは2歳違いだけど、同年代で同性の友人ってのもいい物だろうし...」

将を射んと欲すればまず馬を射よとも言うからねという言葉は口の中だけで呟いていた。
その友人という言葉に感じ入った物があったのか、アキトは言葉を返す。

「少し長くなるけど、いいか?」
「あぁ、構わないよ。ただ、そうなると場所を変えた方がいいな」
「そうだな。姉さんの話になるし、知らない人に聞かれたくはないな」

アカツキは一転して真剣な表情に変わったアキトを見ると、周りの目が多いそこから外れるように促した。
食堂から出る際にプロスへ目配せするとシミュレータールームの方へ歩いて行く。
そして、中へ入るとアキトへ話を進めるように伝えた。

「ここなら誰も来ないだろうからね。気にしないで続けてくれていいよ」
「わかった。そうだな...姉さんは一言で言うととにかく凄い人だな。
俺はともかく両親にさえ知られずに18年間ずっと研究所なんて俺には想像も出来ない事だし。
それに、俺は知らなかっただけでずっと見てくれていたっていうのは正直嬉しいよ。まぁ、最初はびっくりしたけど...

あと、今の俺にとっては目標だし抜かしたい相手でもある。
姉さんが俺の知らない所で色々やってる事も俺を何かから守ろうとしている事も気付いてるし、何か言えない事があるのもわかってる。
俺はまだまだ守られてるばかりでコックもパイロットも格闘も中途半端だから毎日もどかしくてたまらないよ。
だけど、そんな俺に姉さんは守って欲しいって言ってくれた。
最初は頼まれただけだったけど、今は俺の意思で守れるようになりたいって思っている。

これが、今の俺が姉さんへ思っている事だな」
「正直驚いたよ。僕が思っていたよりしっかりと見れているし考えてもいるんだね」
「そんな事ないさ。アカツキはフクベさんの事も知ってるんだろ?今の俺じゃ全然足りないよ」
「逆にアオ君みたいな見方を出来る方が希有なんだけどね」
「例えそうだとしても、最低限そこまでにならないと守れないからな」

アカツキはアキトへの考えを少し改めていた。
最初、アカツキにはアオの意思が強いという評価が甘いんじゃないかと思っていたのだが、今の内容からアオが正しいと感じていた。
そして、考えが後ろ向きというのもかなり改善されて来ているとも感じていた。
しかし、気にかかっている事に関してはより強く感じるようにもなっていた。
そこでもう一つ質問を重ねる事にした。

「本当に君となら友人になれそうだな。それはそれとして、弟君。
話を変えるが、今日のアオ君を見てどう思った?」
「今日の...?」
「あぁ、言い方が悪かったかな。今日のアオ君のスーツ姿を見てだね。どんな感想でも構わないよ」

全然違う話題にアキトは眉を顰めたが、しっかりと考える。
二人きりで他に話を聞かれる心配がない事に加え、アカツキ自体に気を許して来てるのか正直に答えた。

「スーツも似合ってるしよかったけど、正直ドレスが見たかったかな...」
「じゃあ、ルリ君とラピス君についてはどう思う?」
「凄いいい子達だね。10歳くらいなのにしっかりしてるし、俺なんかよりよっぽど姉さんに信頼されてる。
ただ、正直羨ましいと思う事もある。それと、最近姉さんと話してると二人から変な視線感じるな...」

(ふむ...やっぱり気になった事は正しかったかな。ルリ君とラピス君がそういう事をしているなら確実だろうしね)

アキトと話してアカツキが感じたのは、アオの事を姉ではなく女性として見ているんじゃないかという疑問だった。
そしてその疑問は当たっているようだった。ただ、アキトがアオへ抱いている感情はアキト自身もアオも気付いていないようではあった。
アカツキはあえてその事を伝えるような事はせずに、普段のアオの事を聞くように話題に変え話を続けていった。

「しかし、色々聞いてるとますます思うんだが、アオ君は本当に何でも出来るね」
「そうなんだよな。知れば知る程遠くなるというか、たまに追いつけるのか不安になる時がある」
「それは君が頑張るしかない訳だが...アキト君、君のお嫁さんになる娘は大変だろうね」

先程の話で幾分アキトの事を認めたのだろうか、アキトの呼び方がいつの間にか弟君から名前に変わっていた。
アキトもそれについては敢えて何も言わなかったのだが、いきなりのお嫁さん発言に訝しげな顔をする。

「いきなり俺のお嫁さん発言をされても困るし、そもそも何で俺と結婚する相手は大変なんだ?」
「いやあ、単純な事だよ。今の君の家族はアオ君だろ?だから、君にとっての女性の基準はアオ君、この場合はルリ君やラピス君も含めてかな?になってるのさ。
だから、無意識にしろどこかで彼女と同じような振る舞いを相手に求める。しかし、彼女ほどの女性が他にいるとは思えないからねぇ」
「う~ん...」

どこか納得のいかない顔をして考えるアキトにアカツキは答えやすいように質問を変える。

「じゃあ、君に彼女が出来たとして一緒に住み始めたとしよう。一緒に住むにあたって相手には何を求める?」
「特に変わった事はないぞ?炊事・掃除・洗濯...生活するのに必要な事くらいは毎日するだろう?
全部任せるような事はしないし、交代でやったりとか手分けすればいいかなとは思う」
「ふむ。では、その相手が仕事を持っていたとしたら?」
「それは俺もそうだし、お互い様だから何も変わらないだろ。そもそも姉さん達の方がよっぽど忙しいのに全部やってるぞ?」

アキトがその言葉を言うと、アカツキは意を得たりとばかりにニヤリと笑った。
そしてアキトも自身が放った言葉に気付いて、神妙な顔つきになる。

「だろ?それがアオ君達が基準になってるって事だ。『そもそも姉さん達の方がよっぽど忙しいのに全部やってるぞ?』だって?
決して無理とは言わないが、あのレベルを他の女性に求めるのは少々酷だと思うぞ。
だからと言って自分で全部やり出すと女性は自分は必要ないと思うからね。これは君にとってかなり大きな問題だぞ」
「ぐっ...そうかもしれない.....」

アキトはがっくりと肩を落としていた。
確かに、アキトが誰かと生活をすると考えた時に真っ先に浮かんでいたのはアオだったのだ。
そして、それを違う女性に置き換え家事が疎かになった事を考えた時それに耐えられる自身がなかった。

「あぁ、何か駄目だと耐えられそうにない」
「本当に大問題だね。僕からのアドバイスとしてはそれでも問題ない程好きな相手かアオ君達くらい家事が出来る相手を見つける事だね」
「あぁ...せいぜいそうさせて貰うよ...姉さんか...」

しかし、この話題が切っ掛けとなって、アキトはアオと二人で生活するという事を想像し始めるのだった。
そして、実の姉とそういう事を考える自分がおかしいのではないかと悩む毎日が始まってる事となる。

「それにしてもアオ君に苦手な物なんて想像つかないな。アキト君、弟だからこそ何か知らないのかい?」
「強いて言えば、ルリ君とラピス君には滅法弱いくらいかな...」
「確かにな。あの子達のお願いは断れないみたいだが.....アキト君、彼女の苦手な物知りたくないか?」
「確かに俺も知りたいな...」
「いつも煮え湯を飲まされっぱなしだからね。一つくらい弱みを握っておきたいとは思わないか?」
「...わからなくもないけど」

そしていつの間にかアオの弱みを握る話へと変わっていた。
お互い後ろめたいからなのか、シミュレーターの影の方へ移動してしゃがみ込み声も小声になっていた。

「だろう?一度でいいからこちらの言うがままにしてみたいじゃないか」
「姉さんを俺の言うがまま...?」

アカツキはアキトという馬を共犯者にしたてあげる為に懐柔しようと言葉を重ねていく。
アキトは先程のアオとの二人暮らしが頭に残っており、それを想像して顔を赤くする。
その様子を見たアカツキは作戦の成功を確信したのだが

「アキトとナガレは私に何をさせたいの?」

こういう噂をすると影がさすのである。
アキトとアカツキは身体をびくりと震わせてその体勢で硬直していた。

「あれ?聞いてるから続けていいよ?」

アオがとても興味深そうな瞳で二人に聞いていた。
しかし、それを受ける二人は硬直しながら冷や汗を流している。
そしてアオの後ろには二人を汚物を見るような目で見つめるルリとラピスがいた。

「出来る事ならするから何をさせたいのか言ってみて?
じゃないと何をすればいいのかわからないわよ?」

今度は何で言ってくれないの?と寂しそうに尋ねている。
ルリとラピスは気付いているのだが、アオは純粋に疑問に思っているだけなのだ。
しかし、アキトとアカツキに取ってはわかってて聞いてるとしか思えず何も答える事が出来ない。
そんなやり取りは二人が泣きながら土下座をするまで続いたらしい。
突然そんな事をされたアオは理由がわからずにうろたえていたが、一応納得した。
しかし、別れ際に

「ほんとに何かあったら言ってね?相談してくれないのは寂しいんだからね?」

そんな事を言われていた。
二人はわかったとは返したが(絶対に言えません)と心の中で返していた。

それからアオはルリとラピスの年齢と時間の兼ね合いで二人を連れて先に上がらせて貰う事にした。
アカツキとアキトはまだぎこちなかったが、マナカやエリナ、プロスとゴートは快く送ってくれた。

アオは家につくと、ルリとラピスを用事があるからとリビングで待ってるように伝えると自身の部屋へと向かった。
机の引き出しを開けると、その中にはブランド名が小さく印刷された小さい白色の紙袋が3つ入っていた。
それを取り出すと後ろ手に隠しつつ2人が待つリビングへと向かっていった。

「ルリちゃん、ラピス。お待たせ」
「いいえ。どうしましたか?」
「アオ、用事って何?」

ルリとラピスはソファーに座っており、アオの事を待っていた。
二人は用事が何かは気付いているようで、期待に満ちた目でアオを見ていた。
そんな二人を恥ずかしそうにみつめると、隠していた紙袋を二人に差し出す。

「気付いてるとは思うけど、クリスマスプレゼントを二人に渡そうと思ってね」
「ルリと同じやつ?」
「あれ、でも袋が3つありますね...」
「うん。じゃあ、みんなで開けようか」

アオはそう言うとルリとラピスの間に座ると、それぞれが袋を開く。
中にはリボンをあしらった袋と同じく白いケースが入っていた。
それを開けたルリとラピスは声を失った。

「え!?あの...」
「アオ、これって?」

中には綺麗なシルバーの光沢をしたリングが入っていた。
中央には小さな石が3つはめ込まれて意匠はシンプルだが、とても綺麗にまとまっている。
アオはしきりにリングとアオの顔を見るルリとラピスに頬笑みかけると指輪に込めた思いを伝えていく。

「中央の石はブルーダイヤとピンクダイヤとブラックダイヤで私達の髪の色に合わせていて、それをプラチナの台座で繋げるようにしてるの。
それで、この指輪を見てルリちゃんとラピスと私はいつも心が繋がってるんだよって感じて貰えるように、そんなイメージをデザインして貰ったんだよ。
え~っと...だから、これからはいつも着けて貰えると嬉しいなって思います。」

ちょっと恥ずかしそうに、だがしっかりとした口調でルリとラピスに伝えていた。
その言葉を聞く内に二人は感極まって涙を流していた。

「...嬉しいです」
「アオ、好き」
「喜んで貰えてよかった...」

二人してアオの腕にすがりついている。
絶対に離してたまるものかというくらいにすがりついてくるので少し痛かったが、今はそれも心地いいくらいだ。

「二人には色々迷惑かけてきたのにちゃんとしたお礼を一度もした事なかったからね。
だから、少しでもこれでお返しになったなら嬉しいな」

ルリにもラピスにも心から喜んで貰えて心から安心したアオは優しげな笑みを浮かべてありがとうと呟いた。
しかし、ルリとラピスが涙の跡もそのままに上目使いにアオを見上げると思いもかけない言葉を返した。

「アオさん。まだまだ足りませんよ?」
「え!?」
「うん。アオは私達に一生分の迷惑かけてる」
「ラピスの言う通りです。ですから一生私達にお返しして3人で幸せになるんです」
「うん。私とルリに一杯返しなさい」

余りの言葉にアオは呆気に取られてしまった。
しかし、すぐにクスクスと笑うと二人の頭を抱き寄せる。

「えぇ、私はルリ姫とラピス姫の騎士ですから重々承知しておりますよ。
でもよろしいのですか?私は歯止めが効きませんから、二人がお腹一杯になっても幸せにするのを止める気はありませんよ?」
「「はい、それで構いません」」

そうしてクリスマスイブの夜は更けていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_21話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/05 09:30
「「「「新年、明けましておめでとうございます」」」」

髪の色に合わせた黒、桃、水色の振袖を着た少女が3人とその少女達に向き合うように留袖を着た女性が1人、座礼をもって新年の挨拶を交わしていた。
4人が顔を上げると同時に厳かな雰囲気が緩み、華やかな笑顔がこぼれる。
テレビに映る時間は0時00分を指したばかり、2196年が始まった。

クリスマスパーティーの翌日以降、年末年始で連休を貰っていたマナカはアオ達の家に泊っていた。
何故翌日かというと、イブの夜は3人に気を利かせた事に加えエリナと朝まで飲み交わしていたからである。
そして次の日にアオの家を訪ねると、出てきた3人の左手薬指に指輪がはまっているものだからかなり驚いた。
思わずその場で問い質すと、ルリとラピスがアオの腕に抱きつきつつ嬉しそうに昨日の夜のいきさつを説明していった。

「それで、着けて貰う時どんな感じだったの?」

満面の笑みでとても楽しそうに話す二人にマナカは特に気になる部分を聞いてみた。
だが、ルリとラピスは顔を見合わせクスクス笑うとマナカの方を振り返ると軽く舌を出した。

「「内緒です」」
「むっ。...アオさん?」
「...言えません」

アオは顔を赤くしながらもしっかり答えた。
3人だけの秘密らしい。

それから年末までの間、マナカは仕事へ出かけるアオ達についていき見学をしたり、アオ達を見送ってから雪谷食堂へ行きアキトを手伝ったりと楽しんでいた。
家にいる間はアオ達の代わりに家事をやってくれていたので、アオ達はかなりゆっくりと過ごす事が出来てとても感謝をしていた。
アオ達3人の指輪に関しては流石のアキトも気が付きアオに聞いていた。
その時にアオはアキトへ『私がルリちゃんとラピスを守るっていう誓いの証なのよ』と愛おしむように優しげでなおかつ真剣な目をして語っていた。
そんな目をされてしまったアキトはそれ以上何も言えなかったが、自分でさえ入り込めない何かがある事に少なからず寂しい思いをしていた。
そして三十日、大晦日と雪谷食堂が年末休業に入ったアキトを呼び出しみんなで大掃除を行った。
それも終わると年越し蕎麦を食べ、年が明けるまでのんびりと1年を振り返って談笑をしていたのだ。

アキトがどこへ行ったのかというと初詣へ向かう車の用意をしている。
アオがアカツキに用意をさせた地球では数少ないIFS搭載車である。
地球ではIFS自体持ってる者がほぼ皆無な事からIFS対応の免許を取る者も教える者もいないのが現状だ。
しかし、一応の形だけは免許制度としてあるため年齢制限さえクリアすればほぼ申請するだけで通ってしまう。
そこでアオはアキトにあるのとないとじゃ違うからと取るだけ取らせていたのだ。
そうこうしていると玄関からアキトの声が響いた。

「みんな、用意出来たよ~」
「アキトがゆっくりしてるから年明けちゃったよ!先に挨拶しなさ~い!」
「嘘!!すぐ行く!」

アオがアキトに向かって声をかけると、すぐにばたばたと足音が聞こえてきた。
アキトはリビングへ入ってくるとすぐに4人の前へ正座をして礼をする。

「ごめん、みんな。えっと、明けましておめでとうございます」
「「「「明けましておめでとうございます」」」」

そうして5人が深々とお辞儀をした。
挨拶が終わると車へ乗り込み、一路長崎の諏訪神社まで向かっていった。
運転はアキトが、助手席にはマナカが乗り込み後部座席ではアオを中心にアオとルリが座っている。
高速を使って大村湾をぐるりと縦断する2時間程の旅である。

「うわ...車停めれるかな?」
「凄い人ね...」
「はぐれないようにしないとね」

神社の近くまで着いたのはいいが、かなりの量の車と沿道を歩く人の多さにアオにアキト、マナカは驚いていた。
ルリとラピスはアオにもたれかかりつつ寝息を立てているので、幾分声を落としている。
アオ達は神社の駐車場に停めるのは早々に諦め、それ程離れてない場所の有料駐車場から歩くことにした。
駐車場へ停めると、アオが二人を起こしたのだが...

「ん...アオさん...」
「アオ...?」

寝ぼけた二人を起こす為にいつもの口づけをする事になってしまった。
初めて見たアキトは唖然としていたが、マナカが慣れた様子で『いつもしてるわよ?』と言うので無理やり自分を納得させていた。
納得させつつも頼んだらしてくれないのかなと頭のどこかで考えているのはやはり年頃の男だからなのだろうか。

ルリとラピスを起こした後は5人でのんびりと諏訪神社まで歩いて行く。
アオの両隣りにはルリとラピスが、アキトの隣にはマナカが寄り添っている。
ルリとラピスも流石に振袖を着てまで腕に抱きつく事は出来ず、はぐれないように手を握っているだけだ。
ちなみに、マナカ以外初詣に来るのが初めての為にしきりにキョロキョロとして忙しい。

「ほら、アオさんやアキト君までキョロキョロしてないでしっかり歩いて下さいな。転びますよ?」
「「うっ、ごめんなさい」」

流石に恥ずかしかったのか二人とも顔を赤くしていた。
それをクスクスと笑いながら見ていたマナカはちょっとした事を思い付いた。

「そんな調子だとアキト君もはぐれちゃいそうですから、私が手を握りますね」
「えっ!?ちょ!!」

そう言ってマナカは隣にいるアキトの手を握った。
振り払うのも悪い上にキョロキョロしていたのは事実な為にアキトは顔を赤くしつつもされるがままになってしまった。
それを見たアオは面白い物を見たとばかりに顔の表情を変えるとマナカへと声をかける。

「マナカさん。アキトがはぐれないようにお願いしますね」
「アオさんの頼みですから、しっかりと任されますわ♪」

そうしてはぐれない様に気をつけつつ境内へ向かっていった。
ルリが予め作法を調べて置いたのか、鳥居をくぐる前にしっかりと一礼をする。
そして境内に入ると一段と多くの人で溢れており、詣でるまでかなり時間がかかりそうだった。
大門を潜って右手にある御手水舎へ向かうと、両手と口を清め拝殿へ向かう。
ようやく順番が回ってくるまでそこから更に10分以上かかる事になった。
拝殿へ到着すると5人で並び賽銭箱へ500円をそっと入れる。
二礼二拍をし昨年の感謝と新年の誓いを済ませ一礼をした。
お参りが終わるとお御籤をひきに向かった。

「アオさんは何をお参りしたんですか?」

お御籤を買う順番を待ってる時にルリがアオへ尋ねた。
アオは5人の中で特に時間をかけて伝えていたからだ。

「んっと、まずは私というチャンスを貰えた事。そして私達の可愛い教え子達や火星のみんなが助かった事への感謝だね。
それにルリちゃんとラピス、アキトやマナカさん、ナガレ達やルリちゃんとラピスのお父さん達に出会えた事。
誓いはルリちゃんとラピスを守り、幸せにしますって事が一番だね。後はアキトを鍛えますって事。
10月1日に向けてやるだけやりますって事とそれ以降も同じく気合い入れて頑張りますって伝えてたの。
ルリちゃんとラピスはどう?」
「私は感謝した事は大体同じです。誓いとしてはラピスと共にアオさんを支えて幸せになりますって伝えました」
「私もルリと同じ。アオとルリと3人で幸せになるって伝えたよ」
「そっか、二人ともありがとね」

可愛らしい少女3人が頬を染めながらそんな妖しげな空間を作り上げてる為に、すぐ後ろにいるアキトとマナカはともかくとして周りの参拝者から俄然注目されていた。
アキトは恥ずかしさから他人の振りをしようとはしているが、マナカが『やっぱりアオさん達仲いいわよね♪』と声をかけるものだからグループと認識されているのは間違いない。
それから20分近く並んでようやくお御籤が買えたのだった。
結果は図ったように全員中吉だった。内容も総て一緒で腰を据えてじっくりと事に当たれば万事うまくいくと言った感じである。
みんなで確認し合うと思わずアキトが呟いていた。

「見事に似たり寄ったりだね」
「やっぱり私達5人共ナデシコに乗るからじゃないかな?本当に神様っているのかもしれないね」
「アオさんがそう思うのもわかります。私もびっくりしました」

そうして5人は確率的にどうのとしばらくそれをネタに話をしていた。
だが、来年の話になった時にアオが『あっ』と思い付いたような声を漏らした。

「そういえば来年宇宙だけどどうすればいいんだろう?」
「ネルガルは日系企業ですし、確か艦内神社がありましたよ」
「そっか、ならなんとかなりそうだね」

それから車に着くまでの間、分祀元をどこにするかといった話で盛り上がっていた。
そんな5人がようやく車に着いた頃には4時近くになっていた。
この後は白木峰高原からの初日の出を拝む予定になっている。
しかし、直接向かうと1時間程で到着してしまう上に標高が1000m近い場所で2時間も待たなければならなくなる。
そこで、一旦24時間営業のファミリーレストランで時間を潰してから向かう事に決まった。

時間を潰した5人が高原へ向かう途中、お腹に物を入れた事からルリとラピスが行きの時と同様にアオへもたれかかって寝息を立てていた。
アオはしょうがないなという顔をしながらも二人が身体を冷やさないようにストールをかけてやった。
白木峰高原へは7時少し前に到着した。
既にかなりの人出があり、駐車場に結構な数の車が停まっていた。
着いたのでアオがルリとラピスを起こしたのだが、案の定また寝ぼけているので起こすために二人に口づけをしていった。
車を降りたアオ達5人は近くの建物の屋上から日の出を望めるという事で、そちらへ向かっていった。
屋上に上ると結構な人数が集まっていた。
アキトやマナカはともかく、背が低いアオとルリ・ラピスは前の人が邪魔で見れそうもなかった。
だが、係の人がアオ達に気付くとお子様連れだからと最前列に入れて貰う事が出来た。
空はかなり明るくなってきており、次第にざわつき始める。
目に焼き付けようと一心に見つめる人、写真を狙う人やムービーを撮る人など人それぞれだ。

そうして待つ事20分.....
一際明るい光が漏れる。
どこかで気の抜けたように『あっ』という声が聞こえた気がした。
そしておのずと拍手が沸き起こっていた。
アオ達もしばしその光景を見つめていた。

「すげぇ...」
「うん。綺麗...」
「「はい」」
「アイにも見せてあげたいわ...」
「再来年には見れますよ。絶対に」
「えぇ。そうね」

アオ達はそんな感想を述べていた。
そのまま寒さを忘れたように余韻に浸っていた。
しばらくしてラピスが欠伸をしたのを切っ掛けに帰る事になった。
帰りの道中は流石に疲れたのか、運転をしているアキト以外の4人マナカを含めアオやルリ、ラピスが寝息を立てていた。
アキトは会話する相手がなく少し寂しい思いをしていたが、4人が幸せそうな顔で眠っているので

(お父さんってこんな感じかな?)

と益体もない事を考えながら、順調に家路を辿っていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_22話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/08 08:50
ピースランドの私設軍が12月に入る前後を境に大きく変わったという噂がピースランドの国内で流れていた。
しかし、民衆の人達が軍の教練を見る機会などほとんどなく、噂の真相を知る者は居なかった。
それはIFSの推奨による軍人たちへのIFS普及率の向上やIFS搭載の機動兵器導入などでも変わっただろう。
しかし、実際に一番変わった所は教練風景に現れていた。

「「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
「次の特別教練は俺の物だ!」
「うるせぇ!てめぇは落ちろ!!」
「このミッションをクリアすればいける!!」

ある時期から教練に対する気合いの入れようがかなり高まっていた。
もし一般的な女性がこれを覗いたらトラウマになってしまいそうな程の熱気に包まれているのだ。

それはエステバリスのシミュレーターが軍へ導入されてしばらくが経った頃だった。
IFSがイメージを伝達して動きとトレースするという事もあり、最初は戸惑っていた。
だが、すぐに慣れると日頃教練している事もありかなりスムーズな戦いが出来るようになっていった。

しかしここで問題が起きる。
汎用型のIFS搭載機動兵器の大規模運用などピースランドが初めてなのだ。
そして大規模な戦闘もないに等しく、どの程度連度が必要なのかがわからずデフォルトのシミュレーションで満足し切っていた。
日頃の教練がそのまま出せるという事もあり、それならばそのまま教練を続行した方がいいという意見さえ出ていた状況だ。
そんな中、ルリ嬢・ラピス嬢直属の近衛騎士であるテンカワ・ルリによる特別教練が行われる事になった。

「アオさん。本当に私達が行かなくても大丈夫なんですか?」
「アオ。私たちいらないの?」

その特別教練に出かける直前、ルリとラピスは自分達が行った方がフォローも出来るといって着いて行こうとしていた。
しかし、アオはさとすような口調で二人に言い聞かす。

「二人がいくと軍の人の為にならないんだよ。ルリちゃん達がいるから手加減したんだって言い訳にしてしまう可能性があるの。
だから、この教練だけは私一人で行くようにしてたんだ。ルリちゃんもラピスも言い訳のネタにはされたくないでしょ?」
「...わかりました。でも気をつけて下さいね?」
「アオ、何かあったら逃げてね?」
「私は大丈夫だよ。ありがとね、心配してくれて」

アオは二人の頭を撫でるが、ルリもラピスもちゃんとわかって貰えずに少しむくれていた。
二人が心配しているのはむしろアオの方だった。
軍隊という大量の男の中にアオを一人で放り込む事になるのが嫌だったのだ。

「そんなに心配しなくても何もないから大丈夫だよ。それじゃあ、いってくるね」
「はい。お気をつけて」
「いってらっしゃい」

そうしてアオはジャンプを使いピースランドへと跳んだ。

一方ピースランドでは下士官達が大きな講堂へと集められていた。
その顔は一様には複雑な心境を覗かせている。
見た目中学生くらいの女の子が教官としてやってくるのだからしょうがないのかもしれない。
ルリやラピス、アオ達は確かに人気があり、それが要因になり軍や民衆へのIFS普及率は急上昇している。
しかし、教練とまでなると別である。
心のどこかで小娘なんぞにという思いが湧いているが決して口には出していない。
それでも不満は隠しきれずに雰囲気は悪かった。

そして、壇上に軍の将官とアオが上がった。
下士官達は流石規律正しく整列をし、一糸乱れず直立を守っている。
まずは将官から下士官達へとアオの紹介をする。

「これより、近衛騎士テンカワ・アオ殿手ずから教練を執り行って頂ける。皆一言漏らさず血肉へと変え鍛錬に励め」
「はじめまして。今紹介に預かりましたテンカワ・アオと申します。よろしくお願いします。
えっと...堅苦しいのは苦手なので楽にして頂いて結構ですよ」

アオが紹介を受け軽く挨拶をする。
楽にしていいと言われ全員が休めの体勢になるが、それを見ながら本当に楽にしているのかな?と疑問に思っていた。

「はい、結構です。以前私からのお願いでシミュレーターで簡単な試験をやって頂いたと思います。
その上でお話させて頂きますと、今の皆さんのレベルでは正直言ってこの国を守る事は厳しいです」

何を言われたのか信じられずに講堂全体がざわめいた。
恨みの篭った視線をアオに向ける者までいる。
それを見た将官がアオに断りを入れると声を張り上げる。

「黙れ!貴様らに上官の言葉を疑う事を許可した覚えはない!」

将官の言葉に水を打ったように静まり返った。
それでも納得は出来ず、一様に鋭い目をしていた。
アオは敢えてすぐに先を進める事はせずに講堂全体を見渡す。
先の言葉で悔しさなどが混じっているのだろう表情を見て向上心はありそうだなと微笑んだ。

先程アオがこの教練に先駆けてシミュレーターでの試験を行っていた。
デフォルトの物より難易度が高いシミュレーションで、アオは全員分の結果を既に確認し終わっている。
実際に現状で木蓮の無人兵器への太刀打ちなど到底厳しい状況である。
決して無理ではないのだが、そうなるとほぼ特攻に近い形になるので意味がないのだ。

先に将官には話を通してあり、その将官も始めは全く信じられなかった。
だが、アオのシミュレーションを実際に見て考えが変わる事となる。
今の下士官の連度では何人集まろうともアオには敵わないだろうと納得せざるを得ない程の腕前だったからだ。
その為に先程アオが言った言葉には素直に納得していた。

「では、私が言った事に納得して頂くために模擬戦闘を行いたいと思います。
今からこちらの将官さんから3人毎に呼んで頂きます。
その3名でスリーマンセルを組んで頂きます。
スリーマンセルを全部で16組、その総指揮は別の将官の方にお願いしてあります」

そうして将官が全部で48名を呼びだしていった。
その組はシミュレーションの結果を見たアオが考え組んでいった。
そして呼び出されたのは総て結果の上位の者ばかりである。

「では、今から皆さんにシミュレータールームへ行って頂いて、そちらにいる将官の方の指示に従って下さい」

呼び出された48名が駆け足でシミュレータールームへ向かっていった。
シミュレーターは全部で50台ある。
なのでこれがスリーマンセルでの模擬戦闘を行う際の最高人数である。
それからしばらくすると準備が完了したという連絡が入る。

「まずこちらに残っている皆さんにはお伝えしておきます。
今回、先程呼びだした48名の方を私一人で相手させて頂きます」

その言葉にまた講堂内がざわめく。

「百聞は一見に如かずと言いますから。しっかり見てて下さいね」

アオはそう伝えると将官に後を頼むと足早に講堂を出て行った。
更衣室へ寄ると手早くパイロットスーツへと着替え、シミュレータールームへと向かった。
そこへ到着するとコンソールへ向かっている将官へ挨拶をし、誰も入っていないシミュレーターへと入っていった。
そのシミュレーターは予めアオの設定に合わせるように弄ってある。
だが、パイロット用のIFSになるのでIFSをフル活用出来る訳ではなくかなりハンデがある。

「センサー全部を使うのは無理。カメラと機体センサーをだけならIFS直結でもなんとかいけそう。
ブラックサレナ使う訳にはいかないから48機はちょっと厳しいなぁ。私の専用機を使わせて貰っちゃおう」

そうしてシミュレーターの微調整を進めていく。
それもすぐに終わり、コンソールにいる将官へウィンドウ通信を開く。

「お待たせしました。大丈夫ですよ」
「かしこまりました。本気で落とさせて頂きますよ」
「えぇ、こちらも本気で行きますね」

アオと将官はウィンドウ越しにニッと笑うとウィンドウを閉じる。
一方講堂では大型のスクリーンに戦闘風景が映し出されていた。
舞台はピースランド、1機の所属不明機が領内へと向かって来ている為に48機で防衛するという設定である。
装備は下士官側は総て空戦フレーム、アオは専用機になり、共にフル装備である。
所属不明機の撃墜もしくは拿捕をすれば下士官側の勝利。
全機撃墜もしくは王宮へと到着すればアオの勝利となる。
バッテリーについてまで設定をしてしまうと突っ切るしか選択肢がなくなるので今回は無制限。

そして、模擬戦闘が始まる。
下士官側は12組を鶴翼に展開し、アオを包囲殲滅する方策だ。
残り4組で王宮を中心とした方円を組み、警戒している。

「...ぐっ!」

アオは限界ギリギリのGまで急加速して一気に最高速まで持って行くと敢えて鶴翼の中央へと突貫して行く。
12組、36機からの集中砲火にあうがディストーションフィールドをうまく利用し弾を逸らしつつ最小限の動きで突っ込んだ。
中央の機体が身体を張って止めようとするが脇をすり抜けられる。
その際にナイフでコクピットを串刺しにされ撃墜。
アオはすり抜ける瞬間に方向転換し急停止、墜落していく機体を掴むとそれを近くの機体に力任せに叩き込む。
体勢が崩れた所へライフルを叩き込んで撃墜。

「くそ!なんだあれは!」
「とにかく撃て!当てろ!」
「無理だあんなの!」

うろたえながらもなんとかアオを囲もうと展開していくがアオの早さに追いつかず段々と数が減っていく。
次第に陣形もなにもなくなっていき生き残りが半数近くまで減った時にはアオを中心とした乱戦状態に陥っていた。
アオは敵機を盾にするように動き回り同士討ちを狙いつつ自身も撃墜していく。
その為乱戦になってからは撃墜速度が一気に跳ね上がってしまった。

「くそ!くそ!!くそ!!!」

残った数が数機になるともう自暴自棄になり当たり構わず撃ちまくるだけになってしまった。
アオはそれを冷静にライフルで撃墜していく。
そうして戦闘開始から15分程で第一陣の生き残りはいなくなってしまった。

「...ふぅ。ちょっと無理しすぎたかな?関節が危うい」

各部の調子を確認すると、王宮へ向けて加速して行く。
その王宮周りでは下士官たちが半ば絶望的な思いで王宮を守っていた。
先程の戦いで流れた通信は総て彼らにも聞こえていたのだ。

「36機全滅だと...」
「しかも無傷...」
「俺は、このまま舐められっぱなしなんて我慢出来ない!
せめて一太刀いれてやる!」
「そ、そうだよな」

なんとか自分を鼓舞する者もいるが、大半の者は既に諦めが入っていた。
そんな中アオの機体が猛スピードで近づいてくる。

「くそ、来やがった!」
「まじかよ...」
「やってやる。やってやるぞ」
「くそ!くそ!!落としてやる!!!うおああぁぁぁぁぁ!」

どんどんと姿が大きくなるアオの機体を見て自暴自棄になった一機がアオへ向かって突っ込んでいった。
それを切っ掛けとして周りの者も動き出す。

「くそ!死ねえぇぇぇ!」

策も何もなく、とにかく銃を乱射しつつ突っ込んでくるだけの一機を見てクスリと笑うとそれを素通りした。

「...え?」

その機体は呆気に取られて立ち往生してしまう。
そして、後ろから援護に来た彼と組んでいる2機からの叫び声が届く。

「なんでこっちに!」
「くそ!あたんねぇ!!うわああぁぁぁ!」

アオは2機を沈めると、呆然としている1機を置き去りに次へと向かい突貫していく。

「はは。無視...?あはははははははは!」

素通りされた事を理解した頭に浮かんだのは憤怒。
馬鹿にされた、無視された、何様のつもりだと次々に頭に浮かんでいく。
そして最後に残ったのは憎しみにもにた殺意だった。
着実に撃墜数を増やしていくアオの機体を見据える。

「殺す!絶対殺してやる!!」

憎々しげに呟くとアオの機体を囲んでいる仲間の機体の外円部へと陣取った。
既に生き残りは6機だけになっていた。
男は援護をしながら、アオの動きと仲間の動きをじっと見つめる。
すると、近くにいた機体がアオへと突っ込んでいく。
男は愉しそうに口を歪めるとその機体の真後ろ、アオから死角になっている部分へと機体を進め前の機体に速度を合わせた。

「うおおぉぉぉぉ!」

前の機体がアオの機体へと突貫!
それをアオは左腕に持ったナイフを振るい一撃で沈める。
その一瞬の隙をついて、沈められた機体の背後から腕が伸び、左腕を掴んだ。
男の機体は勢いもそのままに沈められた機体へと突っ込み、共にアオの機体へも突っ込んでいく。

「くぅっ!」

思わうアオが呻いた。
何かを狙っているのはわかっていたが敢えて泳がせておいた。
わざと無視をして怒らせていたので直接狙うかと思っていたが、ただ腕を掴むだけだったので反応が遅れた。
しかも腕を掴まれたままかなりの勢いで突っ込まれたので左腕が使い物にならなくなっていた。

「いいね。あの子」

それでもアオはクスリと笑う。

男はこれで殺せる!と喜び味方機に共に撃ち落とせ!と通信を入れた。
そしてアオの機体を味方機の方へと振り向かせる。
しかし、その瞬間【バゴン!】と何かが弾ける音がした。
そして一瞬後残っている4機から一斉射撃にあい、男は撃墜された。

「「「「うあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」

4機は全員が叫び声をあげながら味方機諸共アオを撃っていた。
しかし、その内の一機が撃墜される。
驚愕する中、続けてもう一機が撃墜。

「な!どこから!?」
「あいつが捕まえてただろ!?」

その発射元は今撃ちこんでいた場所より更に下方。
そこには左腕をパージしたアオの機体があった。
見つかったと悟ると一気に上昇して突っ込んでくる。

「うわああぁぁぁ!」
「くそぉ!寄るな!!」

その後は一瞬で決まった。
ディストーションフィールドも駆使して銃弾を避けつつ、すれ違いざまにライフルを撃ちこみ一機撃墜。
落ちる機体を盾にしつつナイフを拝借すると残り一機へ突貫。
寄るな!来るな!と叫びながら乱射をしても当たる訳はなく、あっさりとコクピットを串刺しにされて撃墜。
結果はアオの圧勝だった。

アオはシミュレーターの中で息を整えるとそこから外へ出る。
下士官たちはパイロットスーツのまま、既に講堂へと戻っているようだ。

「お疲れ様です。如何でしたか?」

将官はアオへと声をかける。

「やっぱり、大量の無人兵器相手だとちょっと厳しいですね。
相手を倒すのは出来るでしょうが、こちらも毎回大量に兵士を失ってはジリ貧です。
ただ、身体は出来てますしエステバリスでの戦い方を覚えるだけで変わりますよ」
「そう言って頂けて光栄です。しかし、こちらも本気だったのですが...」

見込みは十分ある。
その言葉を受けて、将官は安堵の声を漏らした。
だが、それでも一機相手に壊滅したというのは悔しく恨み事を呟いてしまう。

「普通はあれで十分ですよ。私は1対多数に慣れてますからね」
「つくづく驚かされます。こちらも精進しないといけません」

当たり前のように言うアオに素直に驚き、自身の力不足を改めて感じた。
そんな将官に微笑むと言葉を返す。

「実際にみんなエース並の実力だったら逃げ回るのが関の山でしたので気にしないで下さい」
「ふむ。ですが、その言い方では撃墜される訳ではないとも取れますが?」
「例えエース相手でもそう簡単に落とされる気はありません」
「そうですか。近衛騎士アオ殿、そろそろ講堂へ向かわれないと...」

クスクスと笑いながら言うアオに敵わないなと思った将官は思い出したように講堂へと促した。
それを受けてアオは軽く会釈すると急ぎ足で講堂へと向かった。

講堂は重い沈黙に包まれており、誰一人身動ぎ一つしていなかった。
先程の戦闘がそれだけショックだったのだろう。
パイロットスーツのアオが現れると尊敬や驚愕、恨みなどといった様々な視線を向けられた。

「さて、先程の模擬戦を見て頂ければ現状を理解出来たと思います。
そして何故あのような結果になったのかを今からお伝えします。
まず一つはIFSを使っての戦闘を理解していない事。
何となくでもイメージしてしまえば出来てしまうのが原因なのですが、それをちゃんと理解出来れば格段に変わりますよ。
続いて機体の把握ですね。
陸戦・空戦・0G・重武装の各機体を把握し、何が出来て何が出来ないのかしっかりと確認して戦術に取り入れて下さい。
後は通常の鍛錬での事です。
これは出来ているのですが、より実践的な組手に加えて1対多や多対多の組み合わせもして戦闘時のイメージを明確にして下さい。
基となる身体、戦うに際しての心構えは問題ないのでその3つがちゃんと出来るよう頑張って下さい。
そうなればスリーマンセル1組だけでも私を寄せ付けなくするくらいは問題なく出来るようになりますからね」

倒せるとは言わなかった。
先程将官に言った通りそう易々と倒される気はないからだ。
それを聞いていた下士官たちはそれぞれの思いを秘めながら、自主訓練を考えている。
尊敬を感じていた者はアオへと近づけるように言われた事を全うしようと考えた。
驚愕していた者はそれで強くなれるならと今までの自分を恥じていた。
恨みを目に浮かべた者はならばそれ以上やって一機で圧倒してやろうと心を燃やしていた。
それぞれの目を見ながらアオはクスリと笑った。

「みなさんに届いてよかったです。これから頑張って下さいね。
さて、今回こちらに来た本題に入りたいと思います」

そこで下士官全員が呆気に取られた。
先程の模擬戦が本題ではなかったのか?と一様に思っている。
それを読み取っていたのかさっきのは本題じゃないんですよ~と口にする。

「本題は私からの特別教練になります。えっと、私の左腕を掴んだ下士官の方。
そしてその方と組んでいたお二人は今からシミュレータールームへ行って下さい。
すぐに私も向かいますので、身体を温めていつでも動けるようにして待ってて下さい」
「「「イエス、マム!」」」

3人は大きく叫ぶと駆け足で向かっていった。

「今後も週一でこちらへ足を運ぼうと思っています。例えば来週なら明日から来る日の前日までのシミュレーション結果。
このように特別教練の翌日から次の特別教練の前日までに行ったデータから頑張ってる方や伸び悩んでると見える方を5-6名呼んで行います。
私なんかの教練では不満だとは思いますが、皆さんがこの国を守れる力を得るために私も頑張りますのでよろしくお願いします」

そういってアオはぺこりと頭を下げた。

「では、後は将官さんに頼みます」

そうしてアオはシミュレータールームへと向かっていった。
アオから頼まれた将官は残った下士官全員へと声を張り上げる。

「貴様らもいい機会だ、近衛騎士殿が何をされるかしっかりと目に焼き付けておけ!」

しかし、それが結果として脳裏にまで焼きつく事となるとまでは将官でさえ予想出来なかった。

アオはシミュレータールームへ戻ると整列して待っていた3人へ週一でこちらへ来る胸を話した。
そして、自分の機体の腕を掴んだ下士官の前へと向かうとにこっと笑うと語りかける。

「あの時は無視してごめんなさいね。わざと怒らせてどうするかなって挑発してみたんです。
でも、予想以上に冷静でこちらも思わず焦ってしまいました。とてもお見事でしたよ」
「はっ!光栄であります!」

半ば恨みさえ持っている相手だが、実際に目の前で話しかけられるとその思いも霧散しそうな程愛らしい。
そんな男に、組んでいた二人が恨めしそうな目を向けている。

「では、貴方から特別教練に入るので、シミュレーターへと入って下さい。あ、どれでもいいですよ」
「イエス!マム!」
「入ったらハッチを開けて待っていて下さいね」
「イエス!マム!」

逐一声を張り上げて答えるものだからアオは少し困ったような恥ずかしいような表情を見せていた。
そして一旦更衣室へと向かっていくと何かを手に持ってとてとてと小走りで戻ってきた。
残された二人は興味津々にその一挙手一投足を見守るが、すぐに驚愕する事となる。

一方シミュレーターの中で待っていた下士官の男へアオの声がかかる。

「お邪魔するね」
「は!?はい!?」

その言葉が理解出来なかった。
しかし、そんな男を尻目にクッションを手にしたアオは大きく開いたハッチに乗りこんでいく。

「ごめん、座れないから足開いて貰っていいかな?」
「は!はい!!」

目の前にいるアオから申し訳なさそうに頼まれて断れるはずもない。
男が足を開くとその間にクッションを置いてぽむっと座る。
座席をアオに合わせ調整するとあっと漏らした。

「えっと、シートベルト...一緒にくくるけど大丈夫?」

思わず願ってもありませんと言いそうになってしまった。
なんとか自嘲すると、

「近衛騎士殿のしたいように...」
「ごめんね」

アオはそう言うと自分と一緒にシートベルトを締める。
自然と身体が密着しアオの甘い香りが鼻をくすぐり意識しないようにしても無理だった。
男はアオがクッションを持ってきた事を心から感謝していた。

「じゃあ、私の上から手を置いて、IFSから情報を取るように意識してみて?」
「い、いえす、マム!」

そういって男が手を重ね言われた通りに意識をすると頭の中にカメラやセンサーのイメージが入ってくる。
余りの違和感に驚き手を離してしまった。

「どうだった?」
「あ、はい。カメラの映像やセンサーの様子が直接叩き込まれたような...」
「うん。今は私を経由して貴方に送ってるから直接エステから読み込んでる訳じゃないんだけどね。
今やったのでわかったと思うけど、IFSの使い方は送信だけじゃなくて受信も出来るの。
これを戦闘中に意識しないでも自然と切り替えて使えるようになれればかなり戦闘が楽になるよ」
「近衛騎士殿はこれを?」
「うん。もちろん私はやってるわよ。知ってると思うけど、私はIFS強化体質だからパイロット用のIFSとは処理量が違うの。
だから、ここのシミュレーターだと私の処理に追いつかなくてオーバーフローしちゃうんだけどね」
「す、凄い...」
「それじゃ、これを使って何戦かシミュレーションをするから場面事でなんのセンサーを使ってるか見ててね」

そうしてシミュレーションが開始された。
アオが説明しながら読み取るセンサーを切り替えつつ戦っていく。
それを追うのに精一杯で既にアオと密着している事など気にならなくなっていた。
それが30分程続き、一通り説明が終わった頃には男はぐったりとしていた。

「だいじょぶ?」

いつの間にかシートベルトは外され、シミュレーターのハッチが開かれていく。
外の空気が気持ちいいがアオの匂いを感じられなくなる何故か残念だった。

「はい。ありがとうございます」

少しふらつきながらもシミュレーターから出る。
待っていたアオはスッと右腕を差し出した。

「じゃあ、今のを忘れないで頑張って」
「は、はい!」

思わず両手で握りしきりに頑張りますと伝えていた。
自分達は負けて当然だったと心から感じていた。
IFSの可能性、使い方を知ろうともせずにただ使われていただけだったのだ。
その事を教えてくれたアオに心から感謝をし、尊敬した。

その男が仲間の二人へと顔を向けると...
そこにはアオと二人っきりで30分過ごした男への嫉妬に狂いつつ、これから同じ事をして貰える期待に目を輝かせる二匹の雄がいた。
それを見て冷や汗を流すと思わずアオへと振り返る。

「こ、近衛騎士殿。あの二人へも?」
「うん。するけど?」
「そ、それは余りにも...」

危険だと言おうとした瞬間あり得ない程の殺気が背中へ叩きつけられる。
邪魔をしたら本気で殺されかねない。

「む、無理はなさらないで下さい」
「うん。ありがとね」

そうして次の人を呼ぶ。
その男はかなりだらしのない顔でシミュレーターへと乗り込んでいった。
見守る男はアオの無事を祈らずにはいられなかった。

その頃、ピースランドに保護されているIFS強化を受けた少女達の教室では騒ぎが起こっていた。
実はルリとラピスはアオに置いてけぼりにされてからすぐに少女達へ連絡をすると軍の監視をお願いしていたのだ。
二人からの頼みという以上にアオの身の危険という事があり、少女達は二つ返事で監視を承諾した。
少女達が引き受けると同時にルリ達はすぐさま学校へと連絡し、特別課題という理由をつけ丸一日自由時間へと変更させた。
それから少女達は監視を続けつつ、ルリ達へと逐次報告をしていた。
最初の内はアオの活躍を見て喜んでいたのだが、特別教練になってからは一変した。
まさかアオが下士官と一緒のシミュレーターへ乗るとは思っていなかったからだ。

それを見た瞬間にルリとラピスへと報告、リアルタイムで映像を送信。
それと同時に欧州圏の有力なメディアと警察へけだもの3匹の全情報をリークする準備を整える。
そしてリークする準備が整ったのを見計らったようにルリとラピスがウィンドウ通信を繋げた。

「みんなありがとう。恐れてた事態が起きてしまいましたね...」
「やっぱりアオは鈍感だね...」

ルリとラピスの杞憂はこの事だった。
アオはアキトだった時よりも輪をかけて自分が異性にどれだけ魅力的なのか理解していないのだ。
姉としての意識が強いとはいえ、元男だった事から男への距離感が一般的の女性と比べると段違いに近いのだ。

「ルリ姉さま、ラピス姉さま。以前から感じてましたけど、もしかしてアオ姉さまは...」
「えぇ、アオさんは鈍感です。それなのに無意識に男性を挑発、魅惑するのでとても性質が悪いのです」

ルリの言葉に少女達全員が苦い顔をする。
なら何か起こる前にと声が上がるが、ルリがそれを抑える。

「ですが、早まってはいけませんよ?アオさんは下士官の方を信頼しているのですから...
アオさんが信頼しているのに私達が先走ってしまってはアオさんに嫌われてしまいます」
「で、でもルリ姉さま。あの二人の顔を見て下さい。まさにけだものじゃないですか!」
「それでも...それでもです!」
「アオは身内には凄い甘い。だから、身内を陥れるような事をするのは、例えやったのが私達でも本気で嫌うし怒る」

アオに嫌われる事は絶対に看過出来ない。
ルリとラピス、それに少女達は涙を飲んで見守るしかなかった。

そして一人目が出てきた。
何もなかった事に安堵するが、問題は後の二人だった。
目が血走ってる上にニタニタと笑いながらシミュレーターへと乗り込んでいったのだ。

「ルリ姉さま!ラピス姉さま!私達はもう我慢出来ません!」
「あのけだもの達を社会的に抹殺させて下さい!」
「ダメです!!ダメ...なんです!!!」
「私達もそうしたい!でも...ダメ!」

少女達の教室ではみんな悲壮な思いで泣きながらそのウィンドウを眺めている。
今教室を覗いたとしたら余りの異様な光景に目を疑う事だろう。

それから1時間かけ残りてアオは2人の教練を終えた。
最初はだらしのない顔をした二人も終わって出てきた時には最初の男と同じようにアオを尊敬する程感動していた。

「3人にお願いがあります。それは、今の戦い方を他の方へも伝えて欲しい事です。
大切なのは技術を共に伸ばす事ですからね。だからみんなへ教えてみんなで強くなって下さい」
「「「イエス、マム!」」」

そうしてアオのピースランドでの教練が終わった。
一方教室の方でもアオに何もなくてみんな安堵の涙を流していた。

「あの、ルリ姉さま、ラピス姉さま。あのシミュレーターをなんとか教練用にすればよろしいのでは?」
「そうですね。私もそれを考えてました。先程の映像をアカツキさんとウリバタケさんに見せれば二つ返事で引き受けるでしょうからね。
それと、そのシミュレーターが出来てからもアオさんがそちらへ行く時は監視をお願いしますね。」
「はい!私達もアオさんの無事を確認してないと授業に身が入りそうにありません!」
「えぇ、よろしくお願いします。そのお礼として特別教練が終わった後は夜までアオさんにそちらへ居て貰うようにしますね」
「「「「「「「「「「やったぁ~~~!」」」」」」」」」」

それから毎週アオが来る日は丸一日特別授業という日程に変更される事となった。
IFS強化体質の少女達はアオへの危険が少なくなった事に加えて、週一で実際にアオが来てくれる事になったのでとても喜んだ。
頑張っていると直に頭を撫でて貰える、褒めて貰えるという事もあり今まで以上に勉強に身を入れるようにもなりこちらも力をつけていく。
そして数ヶ月の後に実務に耐えうると判断したアオ達は、少女達をメンバーに組み入れた企業の立ち上げを行う事となる。
その企業では少女達への実習を兼ねた物で、戦艦から機動兵器、はたまた工業機械やPCからゲーム機までのOSやシステム構築を行った。
ピースランドが独立後は王立会社となるのだが、IFS強化体質者が31人が作る物は性能が恐ろしくよく使いやすく、安かった為に世界的なシェアを誇る事になった。
その一因としては会社としてそれ以上人数を増やす気もなかった為に全員が食べれる程度の利益があればよかった為に価格も破格だった為でもある。
それに加え少女達のアオへの想いも育っていくのだが、今となってはルリとラピスへも姉として尊敬している。
それをルリ達も知っている為に奪い取ろうとしなければ問題ないそうだ。

そしてピースランド私設軍はこの特別教練以降ありえない程の伸びを見せる事になる。
次こそは必ず自分がアオの特別教練を!という動機なのでかなり不純ではあったが、それでも凄まじかった。
だが、それとは裏腹にそれ以降一緒のシミュレーターに乗るという事はなくなってしまった。

翌週はシミュレーター整備の為という理由で休み。
その翌週には複座式の教練用シミュレーターが出来ていたからだ。
中は透明なアクリルで区切られていて、アオの姿は見れるが何か間違いが起こる事はなくなったのだ。

そのシミュレーターを造り上げたのはウリバタケ、費用を出したのはアカツキだ。
ルリの言う通り、特別教練の映像を見た瞬間シミュレーター製作の号令を出していた。
しかし、必要は発明の母というがその複座式シミュレーターは教練用としてかなり優秀で、教練機のスタンダードとなっていく事となる。

そして、アオがピースランドからサセボドックの自室へと戻ってきた。
すると、そこにはルリとラピスが待ち構えていた。

「「アオ(さん)」」
「あ、二人ともただいま」
「「正座」」
「え!?」

いきなり正座と言われても理由が分からない。
どうして?と聞いても頑として答えない。
二人は怒った顔をしてただ繰り返した。

「「正座」」

二度も言われたので、理由はわからないが渋々正座をする。
ルリとラピスは正座をしたアオの前にウィンドウを出すと特別教練の映像を流す。

「アオさん。これはどういう事ですか?」
「ん?教練だけど...」

見たままなのでそう答えるが、二人が聞きたかったのはそういう事ではないらしい。
ルリもラピスも眉をひくひくと震わせてアオを睨んでいる。

「アオ、なんでこんな事したの?」
「IFSの使い方を教える為にだよ。実際に体験させた方がわかりやすいから...」
「アオさん。私達が聞きたいのは何故監視もつけずにこんな無防備な事をしたのかです」
「え?ルリちゃん。監視なんて必要ないよ。だって仲間だよ?」

アオの言葉に予想通りだという落胆と何でわからないんだろうという苛立ちが混じる。
そしてルリとラピスは若干声を荒げつつアオを叱咤する。

「あのですね、アオさん!アオさんは自分がどれだけ魅力的かわかってないんです!
この映像を見て下さい。目が血走って鼻息が荒くて...今にも襲いかかりそうじゃないですか!!」

ルリはそう叱りつけながら二人目と三人目の映像を見せる。
そこには実際に目が血走りながら妙な目線をした男が映っていた。

「そうだよアオ!これなんて抱きつこうとしてるのにアオは全く気にしてない!!
アオがどれだけ強くても襲われたらどうしようもないんだよ!?」

ラピスも同じく、シミュレーターの中で足の間に座るアオに今にも抱きつこうとしている二人目と三人目の映像を流す。
流石のアオもその映像を見て身の危険を感じていた。

「ちなみに、マナカさんやウリバタケさん、アカツキさんにプロスさん、ゴートさんとエリナさんも無防備すぎるって怒ってました。
これだけの人に言われたらいくらアオさんでもどれだけ危険だったのかわかりますよね?」
「うぅ.....」
「本当に心配だったんですよ?アオさんが襲われたらと思うと本当に気が気じゃありませんでした」
「私も心配した。アオがやる事だから大丈夫だとは思ったけど、それでも何かあったらって思って怖かった...」
「...ごめんなさい」

そんなにも周り全員から言われた上に映像を見せられては認めざるを得なかった。
でも大丈夫だったでしょ?とでもいつもの調子で言ってしまったらこの後どうなるか想像に難くない。
それに二人目と三人目がシミュレーターの中で妙に深呼吸をしていたのでその時は『緊張してるのかな?』と考えていた。
しかし、映像を見てるとどう考えてもアオの匂いを嗅いでいたのだ。

「それで、今ウリバタケさんに教練用の複座式シミュレーター作って貰っています。それが出来るまでは教練お休みです」
「え!?」
「2週間以内には作るそうなので1回のお休みで何とかなります」
「むぅ~、わかった。あの映像を見てまで同じ事をする気はないから、ルリちゃんとラピスの言う事を聞くよ」

流石に教練を休むのは承知しかねるのだが、あの映像を見てまで同じ事をするのは気が引けるのも事実だ。
その為に1回の休みで何とかなるならとアオも了承した。

それ以降アオが同じシミュレーターに入る事はなくなったが、それでももしかするとと考えた兵士達の執念は凄まじかった。
その成長度合いはアオの予想を上回る程であったという。
そして同時にピースランド私設軍内で、アオの人気が上昇していく。
その圧倒的な戦闘能力から兵士達に取っての守り神、戦乙女として半ば崇拝される事となる。

「流石にそこまでされるとは予想してなかったよ」

それを知ったアオは苦笑していたそうだ。



[19794] 天河くんの家庭の事情_23話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/10 15:38
それがついにやってきた。
1月も半ばに差し掛かろうとしていた時、月へと木星蜥蜴が襲来したというニュースが全世界を駆け巡った。

大量のチューリップが月方面へ到来し無人戦艦やバッタを次々と放出していく。
軍も第二・第三の主力艦隊を集中しこれに当たるが、兵装の換装が進んでいない為攻撃が効かずにジリ貧となる。
この月防衛戦で一番活躍したのは月表面に設置された大型のリニアレールガンであった。
地球側はなんとか月の表側へ戦力を集中する事で月全土の制圧は阻止していた。

そして月を通り過ぎたチューリップはそのまま地球へと到達、地表へ突入していく。
しかし、地球の第一次防衛ラインであるビッグバリアによって大半は消滅する。
それでも数が尋常ではなく網目を抜けたチューリップが世界各地へと墜落、無人兵器を放出。
そのまま戦闘へと入っていった。

それはピースランドやネルガル本社、サセボでも同様であった。
サセボドック周辺に配置された自動迎撃システムが近付くバッタを迎撃するが、それが逆に敵をおびき寄せる元凶となっている。
そのドックでは既に完成していたアオ専用機とアキト専用機を発進させるために、ウリバタケが中心となり急ピッチで整備中だ。
アオとアキトは既にパイロットスーツに着替えており、アサルトピットで設定の確認をしている。
ルリとラピスはドック内の自室にてコンソールで戦域の情報を集めている。
ダイアとフローラのサポートでオペレーションをする為だ。

「アキト~?こら、アキト?聞こえてる?」
「あ、あぁ。姉さんどうした?」
「アキト気負いすぎ、ちょっとそこで待ってなさい」
「え?わ、わかった」

アオは自機の確認が終わり、アキトの様子を伺ったのだがあからさまに顔が強張っていた。
昔のように逃げ出すような事はないが、初の戦闘という事もあり恐怖と不安が圧し掛かっているのだ。
アオはそれを見ると、すぐにアキトのアサルトピットに繋がる作業台へと飛び移った。

「ちょ!姉さん危ない!」
「いいのいいの。それより、どしたの。怖い?」

アキトは思わず焦ったが、何でもないとアオは言うとハッチの縁へ腰かけた。
アオから怖い?と聞くと図星を指された為か不甲斐ない表情を見せる。

「アキト、怖がるのはいいことよ?私だって怖いもの」
「え?嘘だ...」
「嘘じゃないよ。出来ればルリちゃんとラピスを連れて逃げたいもの。それで幸せになれるなら喜んでやるわ。
でも逃げてもどうにもならないし誰かがやらなきゃならないって知ってるから戦うの。
それに私には目的があるからね。だから逆に私が死んで、ルリちゃんやラピス、それにみんなを守れなくなる方が怖い」

アオの言葉にアキトは真剣に聞き入る。そしてそこへ籠められた想いを考える。
そして気になる事を尋ねてみた。

「そこには俺も入ってるの?」
「もちろん。だけど、アキトは逆に私も含めて一緒に守ってくれるんでしょ?」
「あ...」

アキトがアオと再会した時

『私達を救ってくれたアキトが守ってくれるなら私達は安心して船に乗っていられる』

アオにこう言われていた事を思い出していた。

「ありがとう、姉さん。怖いけど頑張れるよ」
「うん、いい子だね」

アオは柔らかく微笑むとアキトの頭を撫でた。
もうだいじょぶだねとアキトへ言うと自分のアサルトピットへと飛び移って戻っていった。

「だから危ないって!」
「だいじょ~ぶだって。心配性なんだから」
「いえ、大丈夫じゃないから止めて下さいね、アオさん」
「アオが怪我したら泣くよ」
「わ!」

アオがアキトをあしらいながらシートへ座るとルリとラピスから通信が入り怒られた。
アキトに言われても動じないがルリとラピスに言われるのは堪えるらしい、条件反射のようにごめんなさいと謝っている。

「はい。それで、私とラピスの準備も整ってます。アオさんの方はどうですか?」
「ちょっと待ってね、ウリバタケさんに聞いてみるね。ウリバタケさん、どんな状況ですか?」
「後2分で出撃できるぞ。何分初出撃だから少しばかり丁寧にやってるから時間がかかってすまんな」
「いいえ、ありがとうございます。後2分だって、ルリちゃん」

ウリバタケから聞いた時間をルリへも伝えた。
それを聞いたルリは少し安心したような顔をする。

「それなら間に合います。バッタ達が自動迎撃システムに引き寄せられてるおかげで街への被害はありません。
それで、迎撃システムが持ちこたえられるまでの時間は5分程になります」
「わかったよ。準備が出来次第エレベーターで上に出ればいいね?」
「はい。数は少ないのでアオさんとアキトさんなら無傷で迎撃出来るはずです」
「じゃ、サポートはお願いね?」
「はい」

アオはルリから聞いた話をそのままアキトへも伝える。
そして説明が終わると同時にウリバタケから出せるぞ!と通信が入った。
すぐに作業台が取り外されいつでも動かせるようになる。

「よし、アキト行くよ!」
「わかった!」

アオ機とアキト機は背中合わせにエレベーターに乗るとすぐにエレベーターが地上へ向けて動き出す。
エレベーターが昇っている途中でルリから外の状況を受けていた。

「現在サセボ近辺にいる無人兵器軍はバッタが100機程です。
迎撃システムで逐次数が減ってますし、それ以上増える気配もないです。
先程も伝えたように周辺のバッタが総て迎撃システムへと引き寄せられており、サセボ周辺を鎮圧すれば大丈夫です」
「アキトもわかった?」
「あぁ、わかった」
「アキト、今の貴方なら簡単だと思う。だから尚更気を緩めちゃ駄目よ。
例え相手が無人機だとしても、これは私達がみんなを守る為の戦争。気を緩めた時に受けた一発で死ぬなんて許さないわよ?」
「わかったよ、姉さん」

アオがアキトへ心構えを伝え終わると同時にエレベーターは地上へ到達。
周りのバッタはすぐに反応し、突然現れた2機の機動兵器を伺うように展開する。

「アキト、お互い正面に突貫敵を突っ切ったらそのまま海へ転回、敵を誘導しつつ合流するわよ」
「わかった!」

そしてまったく同じタイミングで正面へと突っ込んでいく。
ディストーションフィールドをまとってのアタックにより針路上のバッタは圧力に押しつぶされて爆散していく。
ライフルも使い、その周りにいるバッタ達も潰していく。
バッタの群れを抜けるとそのまま海へと転回し速度を調整し付かず離れずバッタを誘導していく。
ついてくるバッタ達もミサイルを放つが、総て避けるために意味をなさない。

「アキト、来たね」
「お待たせ」

アキトが到着するよりも前にアオは合流地点へ着いていた。
しかし、引っ張ってきたにしてはバッタの数が異様に少ない。

「あれ...少なくない?」
「ん?倒しつつ引っ張ってきたら思ったより減っちゃった」

アオは海への誘導の際にも後ろ手に正確な銃撃を続けていた為にバッタをほぼ全部倒してしまっていた。
それを見てアキトはまだまだ追いつけないなと呟くとアオと背中合わせになる。

「さ、後は全部撃ち落とすだけ。油断しないでよ?」
「わかってるよ」

そしてアオとアキトのライフルが火を噴いた。
アオは一発一発が確実にバッタを貫く、アキトは1~3発とばらつきはあるがそれでも驚嘆に値する程の正確さでバッタを撃ち落とす。
ミサイルがいくつも発射されるが、二人はすぐに先頭のミサイルを撃ち全弾を誘爆させる為に避ける事さえしない。
それから数分経った頃にはアオとアキトは総てのバッタを撃ち落としていた。

「はい、アキトお疲れ様。ちゃんと出来てお姉ちゃんは大変嬉しいです」
「出撃前にあれだけ言われれば無理しようとはしないよ」

アキトは照れたように頬を掻きながら言った。
その二人へルリとラピスからウィンドウ通信が入る。

「アオさん、アキトさんお疲れ様でした」
「アオ、アキトかっこよかったよ」
「二人ともありがと~」
「何はともあれ、褒められると嬉しいね。ありがとう」

アキトはルリとラピスからも褒められ満更でもない様子だ。
アオはアキトがしっかりと出来た事もあり満面の笑みを浮かべている。

「じゃあ、今から帰投するね。アキト戻ろうか」
「あぁ、わかったよ」
「浮かれてぶつけないように気をつけて下さいね」
「は~い」
「わかったよ、ルリちゃん」

そうして二人の機体はサセボドックへと戻っていった。

一方、ネルガル本社にもかなりの量のバッタやジョロによる襲撃が起こっていた。
ネルガルではパイロット訓練中のヤマダ・ジロウ、スバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミに加えテストパイロットも出撃。
無人兵器の量が多いためにネルガル施設を守るので精一杯だったのだが、パイロットと施設共に被害を出さずに撃退する事が出来た。

ピースランドでも同様で、近海に落ちたチューリップから大量の無人兵器が排出されていた。
地球連合軍ヨーロッパ方面の部隊が迎撃に出たのだが、木星蜥蜴の無人戦艦の相手で精一杯であった。
その結果、かなりのバッタやジョロがピースランドへ向かっていた。

無人兵器接近を受けてピースランドの私設軍では緊急のブリーフィングが行われていた。
そこで全エステバリス部隊を出動させ迎撃する事を決定。
ブリーフィングを締めようとした時、アオから通信が入った。
すぐに将官が応対した。

「アオ殿。何かありましたか?」
「みんなエステでの初出撃だから一言伝えようと思ったの。1-2分時間貰っても大丈夫?」
「えぇ、その程度なら問題ありません」

将官が了承すると、アオはありがとうと微笑む。
そしてウィンドウを大きくすると、居並ぶ下士官に向かって言葉を送る。

「私が皆さんに教練を始めてから1ヶ月余りになります。今の皆さんなら教練通りにすれば問題なく戦えるはずです。
だからこそ皆さんに伝えておきたい事があります」

アオはそこで一度言葉を区切る。
そして全員の顔を見渡と、言葉をつないでいく。

「生きて帰ってきて下さい。色んな状況が降りかかってくると思いますが、それでも諦めないで下さい。
私が皆さんに教えたのは身を投げうって守る事ではなく、守った上で自身も生き残る術です。
だからどうか生きて帰ってきて下さい。これはお願いです」

そう言って頭を下げる。
それを受けて将官を含めて、下士官全員が直立不動でアオへ敬礼をする。
アオは下士官たちの真剣な視線を受けて、信じてますからねと伝え通信を切った。

その後、迎撃に出たピースランドのエステバリス部隊は堅実な戦いを続けた。
木星蜥蜴の襲来はアオからの情報で予測済みであり、それに合わせてピースランド内各地への重力波ビーム装置の設置は完了していた。
その為に防衛のみになってしまうのだが、逆に無理をする事もなく確実に領内への侵入を防ぐ事が出来、奇跡的に戦死者を出す事はなかった。
ただ、逃げ遅れた民間人を守ろうとした際の負傷や大量のバッタに集られた事による負傷など、負傷者は若干数出ていた。

「アオさん。ピースランドの私設軍が大活躍って出てますよ」
「領内の戦死者0だもんね。ほんとよかったよ」

チューリップの襲撃から数週間、軍部の敗退が大多数の中でピースランドの圧勝と戦死者ゼロは大きな衝撃をもたらしていた。
そしてその舞台となるピースランドの独立によるピースランド王国成立の報せと共に世界中で大々的に報道される事となる。
その独立が成った背景は、フランスとドイツへの軍事資金援助の返済を無期限とする替わりともこの軍事力による脅しとも言われていた。
実際は両方なのだが、証拠がなければどこまでも噂である。

「アオさんにああ言われて無理する人はいないと思います」
「そう?もしそうだったら少しは役に立てて嬉しいな」
「下心満載でしょうけどね...」
「ん、なぁに?」
「いえ。それでですね、その事で軍部にかなり動きが出てきたそうですよ?」
「どゆこと?」

この際に起きたサセボ、ネルガル本社、ピースランドでの戦い、特にピースランドでのエステバリス部隊の活躍により軍部ではエステバリス導入を検討する事になる。
ただ、IFSへの忌避感は簡単に拭えず標準配備という訳にはいかず、IFSを付与している者や忌避しない者を集めて部隊を作る事になった。
この軍がエステバリスを導入するという決定は、秘密裏にアオの計画賛同者を集めるというミスマル提督の根回しにうまく噛みあう事となる。
各方面の計画賛同者である将官達の下に集められていた者は火星と関わりが深く、IFSへの忌避感などない為労せずしてエステバリス部隊を担当する事になった。
その上、今後はエステバリス部隊への勧誘と称して人目を憚る事なく計画賛同者を集める事が出来るようになる。
この報告を受けたアオは思わぬ事態の好転換にかなり喜んだ。

そして軍へのエステバリス導入を受け、ミスマル提督からアオへと正式に教練の依頼が入る事になる。

「アオ君。お久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです。話は伺いましたけど、実際この人数の教練をずっとやるのは無理ですよ?」
「それは重々承知しているよ。だからお願いしたいのは教官の育成だ」
「教官ですか?」
「アオ君も忙しい上にいつまでも頼める事ではないからね。筋のいい者を10名程度見繕って教官が出来るくらいまで鍛え上げて欲しい」

だが、そこでアオは少し顔を曇らせる。
内容が内容なのでかなり長い時間拘束される事になる。
どこかの基地でとなるとそれ以外の事が手につかなくなってしまうのだ。

「場所はどこになりますか?」
「そちらのサセボドックに向かって貰うから安心したまえ。エステバリス部隊の人間は全員計画賛同者だから問題ない。
やり方はアオ君に任せるし、アカツキ君にも了解は取っているよ」

サセボドックなら作業しつつでも見られるか...と考えたアオは了解した。
スキャパレリプロジェクトに関してはナデシコ製造の監修が主になり落ち着いてきている。
だが、オペレーター用IFSの授業にピースランド王国軍の教練も引き受けたばかりだ。
それに火星にピースランド王国、アカツキやミスマル提督との擦り合わせなどなどやる事は多い。
そんな加速度的に仕事が増えているアオを心配しているルリとラピスはいい顔をしなかった。
だが、ここまで大変なのは10月までだからとなんとか納得して貰った。

それからすぐにエステバリス部隊全員のシミュレーション結果と動きを確認。
筋のいい者を10名ピックアップして教練を行っていき、教官としての実力が着くまでの間は他の隊員へピースランド王国軍と同じシミュレーションでの訓練を行う事になった。
ピックアップされた10名は教練が完了するまでサセボ基地へ逗留し、特別メニューでの教練となる。
しかし、それを面白く思わない者がいた。

「姉さん。軍の人にエステの操縦教えてるんだって?」

アキトはそれを知って姉を取られたような気分になり憮然としていた。

「そうよ?頼まれたのもあるけど、ちゃんと目的もあるからね」
「目的?」
「んふふ~。内緒♪でも、来る人たちはみんな火星出身の人よ?仲良くなれると思う」
「え、そうなの?」

火星出身者というのも驚いたがその上全員がというのだ。
目的を話してくれないというのはアキトに取って面白くないが、それを打ち消す程驚いた。

「そうなの。IFSつけるのって火星出身者か家族が火星にって人だからね」
「あぁ...そうか、確かにね」
「教えるのはお昼になるからアキトのトレーニングとは被らないけど、空いてる時に来てみれば?
ユートピアコロニー出身の人もいるからね」
「そっか...それなら時間見つけて来てみようかな」

そしてアキトは時間を見つけてはサセボへ来るようになった。
教練生に選ばれた者はアキトより年上が多かったが、同じ火星出身という事に加えアキトがアオの弟というのもありすぐに弟分として仲良くなる。
アキトの方がアオからのトレーニングは密度が濃い為に実力は上だった為によく1対1の模擬戦を頼まれていた。
次第にただの模擬戦では物足りないという事になり、勝敗で賭けをしようという事になった。
その事をアキトは後悔する事になる。
何故ならアキトが勝った場合は何か奢るというモノにも関わらず、アキトが負けた場合に起こるモノは

【アオとのデートプライベート写真を1枚】

であったからだ。
結果、アキトに取っては一戦も負けられない模擬戦になってしまった。
それに加えて野獣からアオの身を守るのは俺だ!という妙な義務感をアキトは芽生えさせてしまいシスコンに拍車がかかっていく要因にもなってしまった。
アオによる教官育成の教練はナデシコの習熟訓練が始まる直前まで行われる事となり、その頃には全員がトップエースクラスの実力を身につけていた。
そしてその教練が終わる半年以上の間、教練生もかなり本気でアキトを負かそうとしたのだが、アキトは1対1なら本当に一度も模擬戦で負けなかったのである。
教練生の成長もそうだが、何よりアキトの成長は目を見張るものがありアオでさえ驚いていた。

「今のアキトならブラックサレナいけると思う」

それは教練が終わる頃、アキトと対戦をしたアオがルリとラピスへ漏らしていた言葉だ。
その頃にはアオとアキトが1対1で対戦していて、アオが負けるという事も珍しい事ではない程に実力の差がなくなっていた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_24話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/11 07:03
その日、アオ達が住む家は甘い匂いが充満していた。
チョコレートやココアに生クリーム、バターの匂いもあるだろうか、その元はキッチンからである。
そこには、大量のチョコレートやココアを中心にお店でも開くのかという程の状況が広がっていた。

「...ルリちゃん、ラピス。頑張ろうか」
「アオさんの案に賛成しましたけど、これを見るとどうしようって思いますね」
「アオ、1日で終わる?」
「終わる...かなぁ?」

アオとルリ、ラピスは2月13日のこの日有給を取っていた。
アオの発案でいつものお礼も兼ねてという事で2月14日に男性も女性も関係なくサセボドック全員+αへチョコを贈ろうという話になったのだ。
実際に作るのはガトーショコラで直径が10cm弱の小さい物を沢山作り一人一個贈る事にした。
ただ、サセボドックでの作業人数は280人近くいる。
失敗もあるだろうから切りよく300個作る事にしているのだが...
必要なチョコレート9kg、ココア6.75kg、卵黄900個(メレンゲに450個)、上白糖12.75kg(メレンゲに6.75kg)、無塩バター9kg、生クリーム2250cc、薄力粉3kgといった量である。
アオ達はちょっと後悔していた。

作り始めたのは朝7時、途中休憩も挟みつつ総て焼き終わり包装も済ませた際の時間は夜23時近くになっていた。
そこからもう一踏ん張りと気合いを入れ直し、片付けを終わらせた頃には日付が変わろうとしていた。
ルリとラピスは疲れ切っており、エプロンもそのままにリビングのソファーで肩を寄せ合って疲れ切った表情をしている。
アオと一緒に朝走っているとはいえ、肉体的にはまだ10歳前後である為に無理もない。
そんな二人をリビングに残し、アオはまだキッチンで作業していた。
そして、日付が変わり2月14日になったのを見計らって大きなお盆を持ってキッチンからリビングへ出てきた。

「はい。ルリちゃんとラピスへ私からのバレンタインチョコだよ」

そうして出てきたのはチョコレートフォンデュのセットだった。
中央でキャンドル立てに陶器製で丸みを帯びた可愛らしい形のフォンデュポットが乗っていた。
そのポットを囲むように沢山の果物が用意されており、全部一口サイズになっている。
アオはお盆をリビングのテーブルへ置くと、ルリとラピスの間に座る。
アオの右手にルリ左手にラピスが座っており、目の前の果物達に向けて獲物を狙うような視線を送っていた。

「チョコレートは見飽きてると思うけど口には入れてないからね。大丈夫だと思って作ってたの」
「疲れた時には甘い物と言いますからとても嬉しいです。果物が美味しそう...」
「アオ、食べていいの?」
「うん。みんなで食べよう」

ラピスが我慢出来ないと可愛らしく目で訴えかけるのでアオは楽しそうにいただきますをする。
チョコレートと果物の甘さが疲れた身体にはかなり美味しく感じられ、どんどんと食が進んでいった。
そんな中、アオがバナナにチョコレートをまぶして食べようとした時。

「あっ」

欲張って沢山つけすぎてチョコレートが垂れ落ちそうになった。
慌てて左手を添えて口に近付け食べたのだが...添えた手の人差し指と中指へチョコレートが垂れてしまった。

「アオさん。意地汚いですよ?」
「アオ、行儀悪い」
「あ、うん...」

二人に叱られてしまった。
だが、そのチョコレートを見ていたアオは生返事で返す。
そんな気の抜けた返事をするアオにルリはいぶかしげに視線を送ったのだが、アオの目がスッと細くなるのを見て身の危険を感じた。
逃げないと駄目だ!でも動くのはもっと駄目だ!とルリの直観が激しく鳴り響いている。
ルリの直観は正しすぎるくらいに正しく、既に手遅れである。
ラピスもそれは同様で思い切り硬直している。
そんな中アオは愉しそうにクスクスと嗤うといい事思い付いた♪と呟いた。
その瞬間ルリとラピスの脳裏では終わった...と何かが囁いていた。

「ね、ルリちゃん?」

いつの間にかフォークを置いたアオの右手はルリの左手を包んでいた。
アオはとても優しく綺麗な目をルリへ向けている。
声色も優しすぎるくらいで、逆にあり得ない程の柔らかい雰囲気と口調に獲物を安心させる罠のように思えてくる。

「え...あの、アオさん?」
「バレンタイン...だよね?」
「え、あ、はい」
「チョコレートフォンデュ食べてるよね?」
「は、はい」
「じゃあ、このフォンデュも食べてね?」
「え、あの!?」
「ルリ、あ~ん...」
「あぅ...あ、あ~ん...」

何かのスイッチが入っているアオにルリが逆らえるはずもなく、チョコレートをお互いの手ずから食べさせあっていった。
その間アオの言われるがまま、されるがままになったルリは恥ずかしさとアオの雰囲気にやられてのぼせていく。
ルリがのぼせ上がるまでそれは続き、ルリが撃沈した後は顔を真っ赤にしてその様子を見ていたラピスへと矛先が向いていった。

「ラピス。放ったらかしにしてごめんね?次はラピスだから安心してね」
「あ...アオ」
「ラピスも一杯食べてね?」
「はぃ...」

顔を真っ赤にしてソファーへ沈んでいるルリとラピスはとても幸せそうな顔をしていたそうだ。

次の日、朝のトレーニングの際にアキトは違和感を感じた。

「えっと...何があったの?」
「うん。聞かないでくれるとお姉ちゃん嬉しいな」
「わ、わかった...」

いつも以上にアオとルリ、ラピスの距離感が近いのだ。
とても嬉しそうに腕を組んでるのだから近いも何もないのではあるが、流石に鈍感なアキトも気になった。
だが、どこか自嘲的に苦笑いをしながらアオが言うのでアキトもそれ以上は聞かない事にした。

そして、その日の朝のトレーニングが終わり別れ道へ差し掛かった時の事。

「アキト。バレンタインです。私とルリちゃんとラピスの3人からになるから食べてね」
「サイゾウさんの分も一緒にお渡ししますから両方食べないで下さいね?」
「アキト、ホワイトデー楽しみにしてる」
「あ、ありがとう。そうか今日ってそんな日だったんだね」

アキトは言われて初めて気が付いたようだ。
雪谷食堂の客は男が多いせいもあるのだろうが、そういう行事に無頓着なのだ。

「そうだったの。ホワイトデーは何かお菓子でも焼いてくれればいいからね?変に頑張って高価な物とか考えないように」
「あぁ、わかった。腕によりをかけるよ」

アキトは凄い嬉しそうに返すと、元気に走って帰っていった。
これから一ヶ月、アキトはお返しのお菓子の事で頭を悩ませる事になった。

サセボドックでは、最初アオ達で手分けして手渡しして行こうと考えていた。
しかし、アオに会えばチョコが貰えるという情報がドック内を駆け巡る事になり、さながら握手会の様にガトーショコラの手渡し会場が出来あがってしまった。
主催はやはりというか、ウリバタケである。ウリバタケはアオ達の事を聞くと、すぐにリストを作り上げ入館証で受け渡しのチェックをしていった。
貰った男達の中には初めて貰ったという者もいて、そういった者達は感激に涙さえ流していた。
そして女性達にも大好評で、作り方をアオ達から教わっている者もいた。

そうしてサセボドックの全員へ渡し終わると、アオ達は紙袋を抱えてネルガルへと跳んだ。

「ナガレにエリナ、やほ~」
「アカツキさん、エリナさん、お久しぶりです」
「アカツキ、エリナ、元気?」
「これは綺麗なお城様が3人お揃いで、眩しいくらいだね」
「アオにルリさn、ラピスさんもお久しぶりね。もうお茶の用意は出来てるわよ?」

既に連絡を入れてあったので、アオ達が来る前に応接室に用意は済ませていたようだ。

「私達からのバレンタインだよ。エリナとプロスさん、ゴートさんにNSSの分もあるよ」
「そうかい、早速頂く事にするかな。エリナ君、プロス君とゴート君を呼んでくれ」
「えぇ、わかったわ」

そうしてアオ達は応接室へ向かった。
アオがガトーショコラを出し、人数分のお茶を淹れ終わる頃にプロスとゴートは到着していた。
アオ達は挨拶を交わすと、プロスにNSSの分が入った紙袋を手渡した。

「ありがとうございます。渡す時に調子に乗らないようにと言い含めて起きます」
「あはは...じゃあ、ホワイトデー楽しみにしてると伝えておいて下さい」
「そうですな。精々いい物を送るように仕向けますよ」
「よろしくお願いします」

プロスが言ったのはアオが怒った一件の事だろう。
アオは苦笑いを返すと、その代わりにと少し意地悪を言ってみた。
それはプロスの画策によりNSS内で誰が一番いい物を渡すかという争いになる。
その結果、最高額はNSSの給料数ヶ月分というモノが贈られる事になった。

「凄い美味しいわよ。それに見た目も可愛いわね」
「確かに美味しいねぇ。また次は大きいホールでも食べたいな」
「流石アオさんですな。とても美味しいです」
「うむ。売り物と言われても違和感が無い」

お茶会が始まり、ケーキを食べたアカツキ達は口々に賞賛する。
アオ達はそれを嬉しそうに聞いていた。

「ありがとう。ナガレ、覚えてたら今度はホールで作って持ってくるよ」
「本当かい?言ってみるものだねぇ」

その後しばらくの間、近況についてなどを話題に盛り上がっていった。
その途中、アオが『そういえば最近、サセボドックで変な視線を感じる』と呟いた。
その言葉にルリやラピスを含めて全員驚く。

「...どういう事だい?」

その言葉にアカツキとプロス、ゴートの目線が鋭くなる。
ルリやラピスは自分も知らなかったので、不安そうな視線をアオへ送っていた。
その様子を見たアオは慌てて弁解をした。

「あ、変と言っても危ない物じゃないから安心して」
「そうなのかい?なら、尚更どういう事なんだい?」

アカツキの言葉に全員が頷く。
そうしてアオは最近のサセボドックの様子を話しだした。

「えっとね。いつ頃からかな...そう、12月前からたまにサセボドックの人達が私を見て噂話してる事があったの。
その頃は本当にたまにだったし、私達はピースランドの関係者でもあるし珍しい容姿だからそれかなって思ってたんだよね」

アオの話を全員が真剣に聞いている。
アカツキやプロス、ゴートは何か不審な事があったらすぐに動く気でいる為、それこそ一言も漏らさないように真剣だ。

「妙だなって思ったのは年が明けて1月半ば辺りだったかな。その噂話をされるタイミングが次第に増えていったの。
それでも危険な感じはしなかったしみんな楽しそうに話してるから気にはしてなかったんだけど...」
「けど?」
「うん。この間ね、用事でサセボの街に出てる時、事務の人と偶然会って喫茶店で少し話をしたの。
その時にご飯の話題になったのはいいんだけど、その事務の人がどうも私の夕飯事情に詳しいみたいだったの」

そこまで話が進んだ時に、ルリとラピスの身体が強張った。
アカツキ達も得心がいったという表情になる。
そのみんなの表情を見て、アオは何かを確信したように目を細める。

「それでね、家に帰った時にダイアとフローラ呼んで知らない?って聞いてみたの。
二人とも一所懸命何かを隠してるみたいだったからその時は敢えて問い質さなかったんだよ。
ね、ルリちゃん、ラピス。それと、ダイアとフローラもね?」
「「『『は、はひ!』』」」
「...隠してる事ない?」
「「『『な!何もな!』』」」
「隠してる事...ない?」

覗き見してるのを知ってたかのようにダイアとフローラも呼び出して4人に問い質す。
ルリ達は冷や汗を流しながらないと言おうとしたが、アオに言葉をかぶせられると押し黙ってしまった。
その様子をアカツキ達は苦笑しながら見ている。

「みんなが私に内緒にしたりなんて...しないよね?」
「「『『あの...えと...』』」」
「いつか言おうと思ってたんだよね、わかるよ。だから今教えてくれるんだよね?」
「「『『...はい』』」」

こうなったアオはとても怖い。
ルリ達はすべて話す事にした。

「最初はですね、私とラピスも知らなかったんですよ。私やラピスもアオさんの言う1月辺りにみんなの噂話が気になったんです。
その時に私とラピスは会話の内容を知ろうと思ってダイアやフローラへ頼んだんですが...」
『『断りました』』
「そう、この二人は断ったんです。それでラピスと一緒に問い質して無理やり聞きだしました」

アオは真剣に聞いている。
アカツキ達も噂話の原因となっているモノを知ってはいるが、それが出来る経緯が聞ける事が面白いのかこちらも真剣に聞いている。
そして、ルリの説明を受け継いだのはダイアとフローラだった。

『最初はルリのパパさんから、傍にいてやれないルリとラピスの普段の様子を見たいからって頼まれたんだ』
『そうです。それで、私とフローラで協力をして私達の記憶から映像を編集して送る事にしたんです』
『こちらに跳んで来て、アオがルリとラピスと私の中で生活し始めてからの映像が一番古いやつだよ』
『はい。それ以降、1週間分の記憶から抜粋して30分へ編集していったんです』
『私達も自分の記憶をまとめる作業が楽しくて、どんどん編集に凝っていったの』
『でもですね、私もフローラもあんな事になるとは思ってなかったんです』

ダイアとフローラはプレミアの頼みで普段の生活の映像を送り続けている事を白状した。
だが、アオやルリ、ラピスへ黙って送っていたのには驚いたが、プレミアの言う事もわかるので問い詰める事はしなかった。
しかし、アオにはプレミアへ渡した映像がはるか遠くの日本のサセボドックで噂話の原因になっているのか掴めていなかった。
そしてそれからの話はまたルリが続けて行く。

「それでですね、父上は思ったそうです。この可愛い娘達の姿をみんなに見せてやりたいと...」
「なっ!!!」

なんて親馬鹿なんだろうか、そこで初めてアオが声を上げた。
そのルリの発言にはアカツキ達も驚いたようだ。

「普通はそんな事出来ません。ただ、父上は今ではピースランドの国王ですから...」

そう言ってルリは頬を染めながら顔を伏せる。
自分の父親の親馬鹿加減を娘である自分が話すのは相当に恥ずかしいのだろう。

「父上は当時からあったピースランド国内へ放映されている専用チャンネルで週1回、流し始めたそうなんです。
私やラピス、それにアオさんも加わった普段の生活。これでも姫ですから、放映当初からかなり人気が出たそうです」
「うわぁ...」

アオは流石にひいていた。
アカツキ達も苦笑気味である。
しかし、プレミアの親馬鹿加減はその程度で納まらないのである。

「あの、アオさんはあまりプライベートでネットをしないから知らないと思いますが、動画投稿サイトって知ってますか?」
「うん、知らない」
「アオ、こういうサイト」

ラピスがそう言うと、いくつかある大手動画投稿サイトのウィンドウが開かれる。
その中でも世界中で見られている貴方が管だったりするサイトや日本で最大手であるにこっとしちゃうようなサイトを見てアオは唖然とする。

「え...これって...?」
「最初は無断でのアップロードだったそうです。
ですが、その報告を受けた父上は『それを使えば世界中の者へ娘達の愛い姿を見せる事が出来るのだな!』と答えたそうです。
そしてそちらのYou■ubeと契約したのが12月半ばだそうです。
その後私達が住む日本には毛色が違う人気のサイトがあると知ってそのニ□ニ□動画と契約、それが12月末の事だそうです」
「そうなんだ...」

唖然としすぎてどう反応すればいいのかわからず、アオはただその二つのサイトが映るウィンドウを見つめていた。
特に凄いのがニ□ニ□動画の方で、映像途中で色々文字が流れていっている。
『アオは俺の姉』だの『アオルリは正義』だの『アオラピは絶対』だの『公式が病気すぎるwwwww』だの色々と流れている。

「ねぇ、ルリちゃん、ラピス。アオルリとかアオラピって何?」

応接室の空気が凍った。
本当の事をここで言ってしまうとどんな反応をするかわからない。
ルリはそんな中なんとか声を絞り出す。

「アオさんと私、アオさんとラピスがとても仲がいいので羨ましがって書いてるんですよ」
「へぇ...」
「それでですね、これで逆にいい事もあるんです」
「ん、いい事?」
「はい。これだけ配信されてるのが認知されてると私達を襲おうとするような人はまず出ません」
「確かに...そうだけど.....」

私生活を覗かれているのと同じ事なのだからアオがいい顔をしないのは当然である。
それは何よりもルリやラピスの無防備な姿を衆目に晒したくないというアオの想いだった。
しかし、そんなアオの想いとは裏腹に、ルリとラピスはアオと自分達の関係を周知の事実にさせる為に敢えて流していたりする。

「それに、ダイアとフローラが編集したのは送る前に私達でチェックしてますから絶対変なのは流しません」
「ルリちゃんがそこまで言うなら大丈夫なんだろうけど...ちょっとね.....」
「後ですね、実際に今人気があるのはもう一つの方なんです」
「え、もう一つ!?」

普段の生活を見られる事も嫌だと思ってるのにその上もう一つと言われてアオは思わず声を荒げた。
その反応を予想していたアオは間髪いれずに一つのウィンドウを開く。

「この映像を見れば内容はわかると思います」

ルリがそういって流し出したのはアオとルリ、ラピスの3人が料理を作っている姿だった。
アオ達の手元を中心にして軽い解説を交えつつ料理が進んでいく。

「あれ、これって...」
「はい。私達が毎晩作る料理の手順を編集して料理番組にしてるんです。
お菓子を作る時の様子も撮っていて、この番組が凄い人気あるんです」
「人気?」

自分達の作る料理手順を番組にしてそれが人気があると言われ、元々コック志望だった頃のアオの想いが反応した。
思わずルリに聞き返すその目には戸惑いと期待が伺える。

「はい。放映元のピースランドはともかくとして投稿サイトでもかなりのPVがありますよ。
それに目をつけて料理本を出さないかという打診も入ってるらしいです」
「本なんて柄じゃないから嫌だけど、料理で人気があるのは正直嬉しいな...
そうなると、ルリちゃんが勉強の為に解説しながら料理してって言ってたのは?」
「実際に勉強の為でもありましたが、一石二鳥と思ってたのは本当です...」

実はある時期からアオに料理を作る際何に気をつければいいか、コツは何かなど解説しながら作って欲しいとルリは頼んでいたのだ。
ルリの勉強になるならと話しながらしていたのだが、そういう用途もあったとわかり少しショックを受けた。

「ここまで広まってたらもうどうしようもないんだろうけど。
そういうのは最初から言って欲しかったな。特にダイアとフローラ?」
『『ごめんなさい』』
「ルリちゃんとラピスもね。事後承諾は嫌いです」
「「はい、ごめんなさい」」

24時間常に撮ってると宣伝してるようなものなので、襲撃を受けにくいという話ももっともだ。
そして料理を撮った映像が人気という事が結構大きかったのも事実である。

(ルリちゃんとラピスのしたいようにさせよう)

なんだかんだとルリとラピスのわがままなら聞いてあげようと思うアオは甘いのだろう。
最後にはそう考えていた。

「ルリちゃんの言ってる事もわかるし、もうどうしようもないならせめて存分に活用して襲撃者を牽制して貰うしかないかな」
「アオ君。よく思うんだが、君って本当に器が大きいよね」

アカツキが思わず言葉を投げかけた。
普通なら今すぐ全部消してと叫びだしてもしょうがない程の事だからだ。
それを苛つく程度で済ませて最後にはしたいようにさせるなんて普通の器ではありえないだろう。

「ん~、昔はその場の感情だけで動いてことごとく失敗したからね。そのせいだと思うよ。
それにルリちゃんとラピスの事は信頼してるからね。もしそれで何かあっても私がなんとかするって決めてるし」
「それを器が大きいって言うんだよ、アオ君」

アカツキは心底感心したように褒めた。
ルリとラピスを秘書に据えて、ネルガルの社長でも任せたらかなりうまくやるんじゃないかとも思っていた。
まあ、3人はそれを承諾しないだろうけどねとも思いアカツキは軽く自嘲した。
そしてアカツキは社長という言葉にある事を思い出してアオへと話を降る。

「そういえば、ピースランドで保護した女の子と一緒に何か企んでるそうじゃないか」

アオが言っているのはピースランド王立のコンピュータ・ソフトウェア会社の事だろう。
2月に入ってから正式に企業として立ち上げたそれは、アオ達が経営をしているという事もありかなり話題になっていた。
そして話題を後押ししているのがその性能である。汎用性の高さに加え軽量で安定性が抜群なのだ。
基盤となるカーネルに必要なソフトウェアをダウンロード、購入し追加していくLinuxに似たOSではある。
公式のソフトウェアの使いやすさや軽量さ、安定性が高い上に、非公式のエミュレーターによりどのOSのソフトウェアも動かせたのである。
そのエミュレーターも会社の関係者が作成したというのは公然の秘密であり、エミュレートしているとは感じさせない程軽量で安定していた。
そんなアオ達IFS強化体質者の能力フル活用というかなり反則なソフトウェア会社である。

「うん。実習ついでに会社立ち上げてみたの。エステのOSなんかも出来てるよ?」
「アオ君達に本気でかかられたら太陽系でどこも勝てないよ。早めに契約結んでおく方が得策かもしれないね」
「会社の名前は【minerals】に決まったからよろしくね」
「鉱物かい?」
「うん。ルリちゃんとラピスに倣って、保護した子達みんなに鉱物から名前を付けたんだ」
「それで【minerals】か」
「わかりやすくしてみました」

アオはそう言ってエッヘンと胸を張る。
流石にアオも実習ついでのこの会社が世界有数のソフトウェア会社に成長するまでは予想はしていなかった。

そうしてアカツキ達と談笑を続けたアオ達は最後にマナカのいるマンションへと向かった。
マナカはバレンタインのガトーショコラにとても喜んでいた。

「みんなありがと。本当に美味しいよ」
「よかった。喜んでもらえて」
「頑張りましたからね」
「えへへ」

マナカへもそのまま近況などを話しながらお茶を楽しんだ。
だが、辺りが暗くなる前にマナカが一つの提案を出した。

「折角だし、泊っていかない?」
「私、泊りたい!」

その提案に真っ先に乗ったのがラピスだった。
アオもルリも久しぶりだしという事でラピスの意見を尊重し3人で泊る事にした。
アキトへ夜のトレーニングなしね!と連絡を入れると、久しぶりに4人で夕食を作りお風呂へ入る。
そんな4人の時間を一番楽しんだのはラピスだった。

「ラピスは来る度に大はしゃぎするんだから。疲れちゃうよ?」
「ここもお家だから疲れない」
「そういうものかな?」
「うん。そういうものなの」

そうして終始ご満悦なラピスにアオ達も感化され、楽しげにバレンタインの夜を過ごしたのだった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_25話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/12 19:19
「花見させてよ花見!」
「うぉあ!」

3月も終わりに近づき、ニュースで桜の花見前線の話題が上り始めたある日の事。
ネルガルの会長室で仕事に励んでいたアカツキの下へアオからウィンドウ通信が入った。
疲れた身体に一服の清涼剤をとすぐに繋げたアカツキの目の前にキラキラした目のアオがドアップで映し出された。
思わず驚いてのけぞってしまう。

「な、なんだい。アオ君?」
「いや、だから花見だってば。明日佐世保公園の桜が満開らしいのよ!
だから、明日の花見をする為に今日のお昼過ぎから明後日までサセボドック閉めていいかな?」
「し、閉めるのかい?」
「どうせならみんなでやりたいし、そうなると場所取りしないといけないでしょ?」
「エリナ君...」

何が何でも行こうとしているアオをどうやってなだめようか考えるがいい案が浮かばない。
その為にエリナへと助けを求めるが、すげなく首を振りつつ口を開く。

「プロジェクトは遅れてるどころか想定より大分早く進んでるから2-3日臨時休暇でもいいんじゃないですか?」

むしろアオを後押ししていた。
そう言いつつ、手を動かして何かの手続きをしているようだ。

「私も明日1日有給を頂きますね。サセボで用事が出来ましたから」
「え、エリナ君!?」
「わ、エリナも来るの?それならもう決定だね。だよね、ナガレ?」
「ぐっ...」

一瞬の間に外堀は埋め立てられ、自陣の将と思ってた者も相手の陣営についていた。
元々アオには弱いアカツキではこうなってはどうしようもない。

「わかった。その代わり僕もいかせてもらうよ」
「お、待ってるね~」

アオはそう言うと通信を切る。
アカツキはそのウィンドウがあった場所を見ながらふっとため息を吐くと。

「さて、明後日までの分終わらせておかないとね」
「明後日...?」
「酒を飲まされそうな予感がする...」
「あぁ...そうね.....」
「...あぁ」
「手伝うわ」

アカツキの一言を聞いて、エリナの背筋にも何か冷たいモノが走った。
苦笑しつつエリナも席へ戻ると、一気に仕事を終わらせていく。
アオに嫌われない為に日頃しっかり仕事をするようになったアカツキである。
明後日までに必要な分とはいってもそんなに量はない為、すぐ終わる事になる。

一方、サセボドックでは全職員へアオのウィンドウ通信が開かれていた。

「休み取ったよ~♪」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」

大騒ぎである。
流石アオちゃん等とそこらで歓声が上がっている。

「じゃあ、打ち合わせ通りやりましょう!
女性陣と料理上手な一部男性陣は大食堂で食堂職員さんの指示の下お弁当作りへ入りましょう!。
残りの男性陣はウリバタケさんの指示で佐世保公園へ向かって場所取りをお願いします!」
「は~~~い!」
「おっしゃ、いくぜ!!」

アオの号令の下、場所取り組のウリバタケ一向は場所取り用のシートを手に持ち駆け出していった。
一方大食堂では料理組と買い出し組に分かれていた。
アオ、ルリ、ラピスや元々食堂に努めてる料理人に加え、料理が巧い女性と一部男性が料理組。
それ以外の大多数の女性達は買い出し+お弁当への詰め込み作業をする事になる。

そして買い出し組が戻ってくると、アオ達料理組が場所取り組への差し入れと花見弁当の下拵えに取りかかっていく。
残り大多数である買い出し組は談笑しつつまったりと弁当箱の用意などを進めていった。

それから数時間後、買い出し組が20人程差し入れの弁当を持って佐世保公園へとやってきた。
場所取りに出たのは100人以上になり、その弁当ともなると結構な量である。

「陣中見舞いで~す」

場所取り組は目を輝かせながらその弁当に見入っている。
手分けして全員に手渡すと、ウィンドウが開きアオが注意事項を伝える。

「え~、本番は明日なので、お酒は出来るだけ控えて下さい。
後、お弁当箱も含めてゴミを散らかしていたと報告が入ったり、見つけた時は折檻します。
それと近くの銭湯に話は通してあるので手分けしてお風呂へ入って下さいな。
最後に...毛布!」

差し入れを持ってきた女性の一人がじゃ~んと言って毛布を取り出した。

「暖かくなってきたといっても夜は冷えるから、体調が変だと思ったら無理しないように。
避難場所として近くのホテルにダブルで10部屋借りてます。
交代交代で仮眠しに行ってもいいと思うのでそこはウリバタケさんの判断で使って下さい。
以上です」
「「「「「おぉぉぉ~~~」」」」」

今日思いついたとは思えない程の段取りに場所取り組全員が唸る。
その様子を見てアオは胸を張った。

「息抜きも全力です!」

アオの様子に差し入れに来た女性陣はクスクスと笑う。
そして、女性陣がサセボドックへ戻っていったのを見たウリバタケはにやりと笑う。

「おめぇら、わかってるか?」
「これで場所取り組は明日まで自由ですね」
「そう、ならばやる事は一つ!それは...!」

その時ウリバタケの目の前にウィンドウが開く。
そこにはアオが映っており、悪戯っ子のようにはにかみながらぺろっと舌を出してウリバタケ達にごめんねと伝える。

「言い忘れてましたけど、ウリバタケさん含めてナンパは厳禁なんです。
ネルガルとして場所取りお願いしちゃってるので今日だけは本当に駄目です」

そうしてウィンドウが消える。
その言葉に全員がうなだれていた。
しかし、ウリバタケがそんな仕打ちでへこたれる事はない。

「...そうか、わかったぞアオちゃん。そっちがその気ならこちらにも考えがある!」

そう言うと場所取り組全員で悪巧みを始めた。

サセボドックの食堂では下拵えが終わり、手分けして片付けに入っていた。
実際に作り上げるのは明日になり、今日の分は終了である。
下拵えが終わってすぐの時は、調理場の中がさながら戦の跡のような状況になっていた。
しかし、アオと料理長を中心にして手早く指示を出し凄い勢いで片付けも終わらせていった。
そこへ陣中見舞いの差し入れを持って行った女性陣が戻ってきた。

「「「「「ただいまぁ~」」」」」
「「「「「お帰りなさい」」」」」

全員が揃った所でアオは大食堂全員へ向けてウィンドウを開いた。

「みんな一旦手を休めて聞いて下さい。もう少しで片付けが終わりますので、そうしたら今日は一旦解散します。
明日はみんなも知ってる通り調理・詰込・運搬組と現地組に分かれます。自分がどっちだったか忘れた人は聞きに来て下さいね」
「「「は~い」」」

そうして手早く片付けを終わらせると、明日の為に手早く帰路へついていく。

次の日、朝7時過ぎのサセボドック大食堂には30人程の男女が集まっていた。
朝早いにもかかわらず一様に士気は高く、気合いが乗っている。

「みんなで一気に作りあげちゃいましょ~!!」
「「「「「おお~!!」」」」」

アオの号令の下、調理場にいるアオと料理長を筆頭にした10人が慌ただしく動き始める。
作るのは約300人分の昼弁当+夜弁当に加えおつまみもあるのでかなりの量である。
そうしてどんどんと出来あがって来る料理を残りの20人が詰め込んでいく。
料理開始から2時間弱、終に出来あがった。

「終わった~~~!」

そのアオの言葉に思わず歓声が上がった。
大量の弁当箱を詰められた段ボールも結構な数になっている。
用意した8人乗りのワゴン車5台に手分けして詰め込むと一路佐世保公園へ向かう。

「お!来た来た!」

佐世保公園でアオ達が向かっていると報せを受けたウリバタケが数人を連れてアオを今か今かと待ちわびていた。
そしてアオ達の乗った車が到着するとすぐに駆け寄っていった。

「お待たせしました。分けて積んであるのでどんどん持っていっちゃって下さい」
「おうよ!」

ウリバタケは威勢よく答えると連れてきた男達へ指示を出し、手際良く弁当を運んで行く。
アオ達は運転手を残して車から降りると、車を停めてくるように頼んだ。
そうして公園へと足を向けた所でそのアオへと声がかかった。

「あ、姉さん」
「おう、嬢ちゃん。久しぶりだな」

アキトとサイゾウであった。
アオは花見をやるという事であらかじめ声をかけていたのだ。
いきなりの男性二人の出現にアオ達と来たみんなが戸惑う。
だが、アキトの姿を知ってる者がおり、『あっ』と声を上げた。

「あれ、男の子の方ってアオさんの弟さんですよね?」
「そうだよ。それでもう一人の方はサイゾウさんといって雪谷食堂というアキトが住み込みで働いているお店の店長さんです」

それからそれぞれ挨拶を交わすと全員でぞろぞろと場所取りをした方へと向かっていく。
その場所へ近付くとそれぞれ仲のいい者同士で固まり、自然と解散していった。
そしてアオ達が向かう先には既にアカツキにエリナ、プロスとゴートに加えマナカまで準備万端揃っていた。

「あれ、みんな来るの早くない?」
「やぁアオ君にルリ君、ラピス君。アキト君も来たのかい」
「アカツキ君が朝から行くと言って聞かなくてね、昼過ぎからゆっくりとする予定なのに早起きよ...」
「会長がこんなイベントを逃すはずないですからなぁ」
「うむ。花見は久しぶりだ」
「アオさん達お花見に呼んでくれてありがとう」
「みなさんお久しぶりです」
「みんな久しぶり」
「え~っと...」

サイゾウが初対面の人ばかりで少し困っていた。
アオ達はサイゾウの事をアカツキ達へ紹介するとそのまま挨拶を交わす。
それも終わるとアオとルリ、ラピス、アキトはそのままアカツキの座ってるシートへと座る。
やっと一息つく事が出来たアオとルリ、ラピスはふと上を見上げる。

「凄いよね...」
「えぇ、本当に綺麗です」
「うん、綺麗...」

そう呟きながら桜を見上げるアオ達に釣られるようにアキトやアカツキ達も桜を見上げる。
そうしてしばらく桜が散る様子を全員で見上げていた。
そんなみんなを現実に引き戻したのはウリバタケの声だった。

「何みんなして黄昏てるんだ?アオちゃん達特製のお弁当持って来たぞ!」

そこには両腕に大量の弁当を抱えたウリバタケがいた。
そのお弁当から漂う匂いによって、みんなの意識は花より団子へと変えられる。
そしてウリバタケを見たアカツキが思い出したように声をかけた。

「あぁ、ウリバタケ君。せっかくだからビールサーバーを15台レンタルしておいたよ。
もうそろそろ着く頃だから要所要所に設置するようにしてくれないか?」
「まじか!!」

ウリバタケは大喜びで整備士の部下へと連絡し、土台作っておけと指示を出す。
そして自分は今座っている隣へと土台を用意して行く。
それからすぐにビールサーバーが到着してウリバタケが設置をする。
本当に嬉しそうに設置をしていくウリバタケをみんなが呆れながらも楽しそうに見守る。

そして弁当とビールやジュースが行き渡ったのを確認したアオは乾杯をする為に立ち上がる。

「あ、ナガレがやった方がいい?」
「いや、今回はアオ君主催だからね。気にしないでくれ」
「うん。では...」

そういうと全員へとウィンドウを開く。

「みなさん、今回は急な決定でしたけど問題なく用意が出来てとても助かりました。
さて、今日一日丸っと休みですし夜のお弁当やおつまみも用意してありますし、足りなければ屋台も出てます。
常識の範囲内で好きなだけ羽目を外して下さい。逸脱した場合は独房入りとなりますのでよろしくです。
では、長くなりましたが綺麗な桜とみなさんの笑顔を見れた喜びを挨拶に変えたいと思います」
「「「「「乾杯」」」」」

それからは大騒ぎだった。
どこから持ち込んだのか、いきなり日本酒一気をして開始早々潰れる。
ハンディカラオケでカラオケ大会を始めたり、普段面識がない部署の女性へとナンパを敢行する者。
その大騒ぎはどこにそんな体力があるのか、夜まで続いて行く事となる。

「みんな元気だね~」
「ナデシコの関係者ってみんなこうなるんでしょうか?」
「でも楽しいからいい」

どこかナデシコを彷彿とさせる雰囲気に3人の顔が綻んだ。
アオ達が居るシートは周りの喧騒を余所に終始和やかだった。
お弁当に舌鼓を打ちつつ普段の生活の話からナデシコの話など話題はなくならない。

サイゾウもウリバタケと意気投合し、ビール片手に談笑を続けていた。
二人してアキトを手繰り寄せネタにしているようだ。

そんな中アオの横にウィンドウが開く。
ルリやラピス以外には見えないように巧妙に陰に隠れている。

「どうしたの、ダイア、フローラ?」

小声で呼びかけるアオにルリとラピスも注意を向けた。

『アオ、緊急事態だよ』
『アオさん、至る所にカメラが設置されてる。メモリへ録画するタイプだった上に巧妙に隠されてて今まで気付かなかったの。
設置場所や設置可能な時間帯を考えると、主犯者は場所取り組くらいしかないよ』
「.....ふぅん」

アオの目がすっと細くなると一瞬だけウリバタケの方を向けるがすぐに表情を戻した。
そのアオの表情にルリとラピスは内心でウリバタケへ合掌していた。

「場所は把握してる?」
『外だから、正直全部の場所は難しいよ...ごめん、アオ』
『なんとか探してるんだけど、ごめんなさい』

ウリバタケ達の隠し方はかなり巧妙な上電波を飛ばす訳でもない為にかなり発見は困難だった。
それを申し訳なく思うダイアとフローラはしょぼんとしたようなウィンドウを出している。

「それなら、無理して探さなくて大丈夫。その代わり場所取り組全員の動きを捕捉しておいてくれないかな。
そっちなら楽勝でしょ?」
『『え、それでいいの?』』

まさか探さなくていいと言われるとは思ってなかった為に思わず聞き返した。
そんなダイアとフローラへ悪戯っ子の様な笑みを向ける。

「うん。泳がせてここぞという時に逃げられないようにするよ。後は...ここの片付けでも全部やらせようかな」
『『わかったよ』』

アオのやろうとする事に納得したダイアとフローラは安心したようにウィンドウを消した。
そしてアオは苦笑しながらルリとラピスへ呟いた。

「これもナデシコらしいっちゃらしいよね」
「...そうですね」
「そうなんだ」

その言葉にルリとラピスも苦笑していた。
それ以降は特に事件もなく時間が過ぎて行き、空が夕焼け色に染まってきていた。
今はアキトとアカツキ、マナカとエリナ、プロスとゴートにウリバタケとサイゾウ、そしてアオとルリ、ラピスの組み合わせで談笑中である。

アキトとアカツキはアキトが精神的にも成長してきており、かなり仲良くなっていた。
二人がプライベートでも連絡をしていると知った時、アオは嬉しそうな寂しそうな表情をしていた。
自分が昔に今のアキトと同じくらい大人だったら、あんな事がなかったら、自分もあいつと...そう思ってしまったのだ。

マナカとエリナは相変わらず不老化ナノマシンの話である。
かなりいい所まではいってるのだが、副作用が問題らしくどうしたものかと悩んでいるそうだ。
オペレーター用IFSにも使われている他のナノマシンを調和させるナノマシンを使えば身体へのダメージは出ない。
だが、消費カロリーが通常の2~3倍に跳ね上がってしまう事がわかったのだ。
アオのデータから調和させるナノマシンがその辺りも調整していると考えていたのだが、何かが足りないらしい。
それでもいい風に考えれば老化をしない上に痩せやすいのだが、悪く言うと食費が2~3倍かかる上に下手をするとすぐに餓死してしまう。
そこで、せめて消費カロリーを1.5倍程度まで落とせればと調整中なのだがかなり難航しているそうだ。
このナノマシンを知った彼女達二人に取っては1日1秒経つ毎に老化していってるという思いに駆られており二人で頭を抱えている。

プロスとゴート、ウリバタケとサイゾウについては4人で静かに大人の空間を作り上げている。
静かにしているとウリバタケもかなり渋い親父だ。
しかし、それもつかの間段々と興が乗ってきたのか、ウリバタケがにやにやと意地の悪い顔をしながら席を立つ。
昼頃からずっと飲んでいるためか、先程の雰囲気に呑まれたのか顔が赤くなっている。

「アキト、いいものやるからちょっと待ってろ」

そういうと楽しげにシートから離れていき、すぐに両手にコップを持って帰ってきた。
そしてアキトの目の前に座るとコップを差し出す。

「お前も男ならぐっといけ!」
「え、これって!」
「いいから!」

ウリバタケはアキトの顔を抑えると無理やり飲ませていく。
アキトは無理やり一気飲みさせられ盛大にむせていた。
その様子をサイゾウも笑いながら見ている。

「げふ!がは!う、ウリバタケさん...」
「いけるじゃねぇか、ほらもう一杯」

更にもう一杯飲ませていく。
いきなりの二杯一気にアキトは頭がふらついている。
それを見てウリバタケは更に大笑いをしていた。

「ちょ、ウリバタケさん。ひどいっすよ...」
「あほ。こうやって男は大人になっていくんだ。これくらいでダウンしてたらアオちゃんに笑われるぞ?」
「そうだねぇ。これくらい飲めないと大人とは言えないな、アキト君」
「くっ...」

ウリバタケに加えアカツキまで挑発に乗ってきた。
それを聞いてアキトは覚悟を決めた。

「...わかっ」
「わからないでもいいよ、アキト」
「「「え!?」」」

いつの間にか満面の笑みを浮かべたアオが立っていた。

「ナガレ、アキトは未成年なんだから挑発しないで下さい。
アキトも挑発にかかって飲まないの、家の中ならともかくここは外なんだからね。
あと、ウリバタケさんは乾杯の時に私が言った事覚えてますか?」

とても優しげで怖い笑顔を浮かべるアオに冷や汗をかきながらもウリバタケは必死に思いだそうとした。
しかし、いくぶん酒が回っている上に混乱していて頭がうまくまわらない。
そんなウリバタケを見兼ねたアオは自分で言う事にした。

「私が言ったのは『常識の範囲内で好きなだけ羽目を外して下さい。逸脱した場合は独房入りとなりますのでよろしくです。』
これ、覚えてますよね?」
「あ、あぁ...覚えてる...」
「ウリバタケさん。昨日の夜ってちゃんと場所取り"だけ"していたんですか?」
「も、勿論だ!」

ウリバタケは冷や汗が止まらない。
何か嫌な予感がしてたまらないのだ。

「あ、そうそう。ダイアとフローラがですね。何者かが私達を狙っているという話をしてるんですよ」
「どういう事だい?」
「詳しくお聞きしたいですね」
「む?」

突然の不穏な話にアカツキやプロス、ゴートが反応する。
しかし、ウリバタケは急に話が変わった事についていけていない。

どういう事だ?とアオを見上げるウリバタケにすっと手を差し伸べた。
その手の平に乗っていたのはウリバタケ達が設置した小型カメラだった。

「あ...」
「こんなカメラが至る所に設置しているんですよ、ウリバタケさん。
私には生憎わからないのですが、ウリバタケさんならどこのメーカーのカメラかご存知ですよね?
それに、昨日場所取りをなさっていたんですから、不審者がいなかったかとか報告受けてませんか?」
「うっ...」

アオはにっこりと笑う。
ウリバタケは冷や汗を流しながら目線を逸らした。
この言い方、絶対にアオは気付いている。
しかもやったのが場所取り組全員だという事も確信しているだろう。
なんとか言い逃れできないか、何かネタはないかと考える。

「それでですね、まずは中身を確認しようと思うのです」
「そうだね、何を目的でこんな物を設置したのかがわかれば犯人も見つけやすい」
「私も賛成ですな」
「うむ」

アカツキ達は純粋にその案に賛成し、犯人への繋がりを探そうと思っている。
そんな中ウリバタケは冷や汗が止まらない。

「ウリバタケさん。これって内部メモリーに録画されるタイプっぽいんですが、映像をコミュニケで再生出来ませんか?」
「あ、あぁ...物が分かれば接続するだけだから出来ると思うが...」
「じゃあ、お願い出来ますか?映ってる内容によっては女性陣全員に報告して犯人全員の性根を叩き直さないとならないでしょうから」
「わ...わかった」

その言葉でアオが内容にも見当が付いていると確信した。
そこでウリバタケは悩む。
さっさと白状してデータを諦めて罰を軽くするか、このままうやむやにしつつデータ回収に望みをかけるか...
手を動かしながらも悩み、そして決めた。

「すまん、アオちゃん!出来心で!」

ウリバタケは諦めて罪を認めた。
アオの物言いから言い逃れをする事が出来るとは思えなかったのだ。
それならばさっさと認めて赦して貰った方が罰は軽いだろうと考えたのだ。
いきなり謝りだしたウリバタケにアカツキ達は驚いた。

「どういう事だい?」
「これは...」
「むぅ」
「やっぱり、そうですか。これを設置したのはウリバタケさんというので間違いないという事ですね?」
「お、俺だけじゃねぇ!場所取り組全員だ!!」

そして仲間全員を生贄にした。
しかし、その選択は決してベストではなかった。

「どちらにしろ映像を見てみないと罪状はわかりませんからね。しっかりと女性陣全員で確認しますね」
「なっ!?」

そうしてウリバタケがメモリーを再生する為にコミュニケとの接続ケーブルを持ってくる間にアオは女性陣全員へとウィンドウ通信を入れる。

「え~っと、昨日の場所取り組が私達を盗撮しているという事が判明しました。
直ちに場所取り組全員を拘束して下さい。ただ、手荒な真似はしないようにお願いします」

その通信が終わった瞬間阿鼻叫喚の渦が起きる。
すぐ捕まる者、隠れる者、逃げようとする者が入り乱れる。
しかし、ダイアとフローラに捕捉されてるのでどこへ逃げようともばれてしまい、そう時間が経たない内に全員がお縄になる。
全員その場で正座させられ、しょんぼりと下を向いていた。
そして全員捕まったと報告を受けたアオは全員へお疲れさまと声をかけた。

「ウリバタケさん、用意はいいですか?」
「あ、あぁ...」

そして盗撮映像を流し始めた。

「うわぁ...」

そこに映っていたのは座った時のスカートの中、飲み物を飲む時の口元や仕草など、自動で撮ったにしては妙にアングルにも凝っていた。
それが流される時間が長くなればなるほど女性陣の怒りが増していく。
そして映像が終わる頃には全員が近くにいる場所取り組を凄い視線で睨んでいた。
その視線に晒されている場所取り組は一様にぶるぶる震えていた。

「...という訳なんですが、全員を独房に...となっても足りませんね。警察呼ぶのも体裁悪いですしね」
「警察は勘弁して貰いたいねぇ」
「そうね、悪評が立ちすぎるわ」

流石に100人規模の醜聞はネルガルにとって体裁が悪すぎるため、アカツキとエリナは顔がひきつっていた。

「なので、独房入りはウリバタケさんだけにして、全員に今からカメラの回収及び花見中の使い走りをして貰います。
それに加えて花見が終わった後の撤収と掃除も総て場所取り組のみなさんにやって貰おうと思いますが、どうでしょう?」
「回収もやらせたら、メモリーだけ回収されるんじゃないですか?」

女性陣の一人がアオの案に対して疑問に思う所を質問した。

「だいじょぶ。こっちでダイアとフローラが見張ってるからね。何かしたらすぐ教えてくれるよ」

その返答にほっと息を漏らした。
それ以外には何も意見がないようなので、その案で決定とした。

「じゃあ、そういう事にしちゃいましょう。では、ウリバタケさんを拘束して車へお願いします」

いつの間にかウリバタケの両脇に立っていた女性が車へと引きずっていく。
その背中は哀愁に塗れていた。

「場所取り組のみなさんはまずカメラの回収をお願いしますね。
その間にもご飯持ってきたりとか頼まれたらそちらを優先するようにして下さい。
では、中断してしまって申し訳ありませんでした。まだまだ夜はこれからなので一杯楽しんで下さいね」

そうして場所取り組は花見が終わるまで使い走りとして走りまわる事となった。
料理組で残った男性陣は自分が料理出来た事を心から喜んでいたらしい。

そんな事がありながらも花見は続いて行く...
しばらくして辺りも暗くなった頃、ルリとラピスはアオに寄り添い肩へ頭を乗せてのんびりとしていた。
アキト達他のみんなもふと会話を止めて、その様子を微笑ましそうに眺めつつそれを肴に呑んでいた。
そんな中、一斉に桜のライトアップが始まった。
柔らかい風に吹かれて舞い落ちる桜の花びらと桃色に彩られた桜の樹が綺麗に浮かび上がっている。
そしてアオが静かな声で呟いた。

「花見なんて初めてだったけど、こんな綺麗だとは思ってなかったよ...」
「アオさん、凄い綺麗ですね...」
「うん、綺麗...」

アオはふと遠い目をして、光の中で桜が散る様子を見るともなしに見ている。
ルリとラピスも同じようにしてアオと同じ何かを見ていた。
桜の樹を背にし、桜の花びらと光に包まれて物悲しげに何かを見上げるアオとルリとラピス。
そんな幻想的な雰囲気を纏う3人の様子が年相応には見えず儚げで美しく、そこにいる全員が思わず息を呑んだ...
エリナとマナカは何故か胸を締め付けられるような想いに駆られ無意識に胸を掻き抱いていた。
アカツキやアキト達は絵に描かれたような光景に頬を染めつつ呆然と眺めている。
それがどれくらい続いたのだろうか、ふと顔を戻したアオが妙な顔をした。

「え、なに?みんな変な顔してどうしたの?」
「あ...いや、それはこっちの台詞なんだけどねぇ」

自分が原因だと全く気付いてないアオにアカツキは苦笑しながら答えていた。
アカツキの言葉に全員頷くが、アオ達3人は首を傾げるばかりだった。

「いいけど...まだまだ時間もあるし一杯食べよう?」
「そうだね。そうしようかな」

それからは気を取り直したように会話と食事を再開し、遅くまで楽しく騒いでいた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_26話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/13 18:42
「エリナ、すぐ来て!!」
「マナカ!?わかったわ、すぐ行くから待ってて!!」

7月も半ばを過ぎ、梅雨も明けようとしてかなり暑くなってきた頃、研究所に居るマナカから会長室のエリナへ緊急通信が入った。
その表情と出来たという言葉に何かを感じたエリナはすぐに立ちあがるとアカツキへと伝える。

「今すぐマナカのもとへ行かせて...いえ、行きますので仕事さぼらないでください!」
「あ、あぁ...」

エリナの余りの剣幕にアカツキは何も言えず、ひきつりながら手を振っていた。
その後物凄い形相の女性が駆る法定速度の2倍以上のスピードで走る車がネルガル研究所へ向かったという噂を聞く事となる。

そして研究所の方ではマナカがエリナを今か今かと待ちわびていた。
研究所に居る他の職員も緊張した面持ちだ。
その総てが女性なのは偶然なのか、狙っているのか...

「マナカ!どうしたの!?」
「エリナ。あのナノマシンについてようやくわかったのよ」

マナカの言葉にエリナは驚愕とも喜びともつかない表情をする。
しかし、マナカが浮かない顔をしているのを見るとエリナも神妙な面持ちになる。

「説明してくれるわよね?」
「えぇ、もちろんよ。」

エリナの言葉を受けたマナカはウィンドウを出し、図解や写真を交えながら詳しく説明を始める。
その表情は真剣そのもので、かなり厳しい内容であることがうかがえた。

「まず、現時点でも実用には問題ないはずよ。以前言ってた問題は消費されるエネルギー。
寝てるだけでも3000~5000kcal消費される事になってしまう事だったの。
寝てるだけでも普通の食事を1日5食、仕事してるならもう1食追加くらいかしらね」
「うっ...でも本題はそういう事じゃないんでしょ?」

エリナは自分が毎日6食分の食事をしているのを考えて嫌な顔をする。
しかし、それだけの事でマナカがそんな顔をする訳がないと感じたエリナは本題を聞いてみた。

「そうね。まぁ、そう心配しなくてもいいわ。物凄く疲れやすくなるくらいだもの。
あの後色々実験してわかったのは、その消費エネルギー増加は一時的な物だってことよ。
とはいっても完全に元に戻る訳じゃなくて一定量のエネルギー消費はずっと続く形になるわね」
「一時的?」
「そうよ。わかりやすく言うと、老化しない身体へ作りかえる為にエネルギーを消費していたのよ。
それが終わった後については確証がある訳じゃないけど、予想は出来るわ」
「それって、肉体改造って事よね?」
「そうね、このナノマシンの使用する目的としては恒星間航行を行う際の不老化と長寿命化といった所じゃないかしら?
このナノマシンを入れたら、他の人とは違う時間を生きる事になるわ」
「...少し、考えさせて」

逆にいえば、アオは既に他の人とは違う時間を生きているという事だ。
現状、ただ一人長い時間を生きるという事とそれを可能とする身体。
そして、人類とは特に権力者という者は古来より不老不死に憧れるものだ。
それはまた彼女を実験動物にするという結果に繋がるのではないか?。
そう考え付いた瞬間エリナの全身が粟立った。

「マナカ、この事を知ってるのは?」
「ここにいる私達だけよ。研究所のデータはアオさんが全部消したわ。
ここのデータの管理もダイアとフローラがしているから問題ないわ」
「そう...」

今の所は大丈夫と、そう考え一息つく。
だが、何故彼女だけがという思いは一向に消えそうにない。
未来で起きたボソンジャンプを巡る一連の騒動、そして火星の住人を素体にした実験とその結果。
それを何とかしようと過去へ跳んでみれば今度は別の要因でそうなる可能性が高いとは...

「エリナ。色々考えてみたのだけれど、やりようとしてはあると思うの」
「完全に隠し通してしまうって事?」
「それもあるし、逆に発表して公にしてしまうって事も考えられるわよ」
「...そうね、一度相談した方がいいわよね」

何か見落としはないかとエリナは考え込む。
そこでふとルリとラピスの事を思い出した。

「ルリちゃんとラピスちゃんは?」
「それが...」

マナカが言い難そうに顔を歪める。
ただならぬ雰囲気にエリナは思わず聞き返した。

「なに?」
「以前調整用ナノマシンがアオさんの身体から二人の身体へ入っているという話はしたわよね?」
「えぇ...え!?もしかして?」

エリナはある事に思い至り、マナカへ詰め寄った。
そのエリナへ頷き返すと言葉を続ける。

「そうよ。ここまで来ると原因は不明ね。何故彼女達二人だけなのか、ただの粘膜接触にしてはおかしすぎるもの。
それに、さっきも言ったけどエネルギー消費が激しすぎて疲れやすくなるはずなのよ。でも、彼女達がすぐにばててる所見た事ある?」
「そういえば、そうね」
「まだわからない所が何かあるかもしれない。そうなると、彼女達3人に共通してる物という可能性があるわ」
「...IFS強化体質って事?」
「それもあると思う。でもそれだけじゃないかもしれないわ。もっと関係性がある事象を忘れてるわよ、エリナ」
「...過去へのジャンプ?」
「そうよ。もしかすると遺跡と何か繋がっているのかもしれない。どう行動するにせよアオさん達3人には話して今後の事を決めないといけないわ」

それからエリナはウィンドウ通信でアカツキへ連絡し、マナカを連れてすぐに戻る事と重大な話がある旨を伝える。
それに加えてアオとルリ、ラピスの3人をすぐに呼ぶようにも伝えた。
そして研究所を出る前に研究員の女性達へと監視が付く事を説明する。

「ごめんなさいね。何もないのはわかってるのだけれど、もしもを考えるとしょうがないの」

エリナは少し哀しそうに伝えるが、研究員達も手土産持って研究所へ顔を出すアオの事は大好きなのだ。
監視について快く応じてくれた。
エリナは安心したようにありがとうと伝えるとすぐに本社へと取って返す。

本社へ着いたエリナとマナカが会長室へ戻ると、そこには既にアオ達も到着していた。
緊急の用という事で急いでジャンプして来たのだろう。
プロスやゴートも同じく呼び出されたのだろう、会長室へ集まっていた。

「重大な話という事だけど、とりあえずここでも何だし応接室へ行こうか」

アカツキがその場を仕切り、全員を応接室へ促していく。
全員が部屋へ入り、それぞれ席へ着いていく。
エリナが全員分の紅茶を淹れ、一息つくと本題へと入っていった。

マナカがエリナへの説明をもう一度、図解を入れて詳しく説明していく。
説明が進むにつれ、全員の表情が強張っていくが、中でもアオの表情は特に暗く【黒い皇子様】を彷彿とさせていた。
そんな殺気立つアオを見兼ねたのか、ルリとラピスがそれぞれの側にあるアオの手を両手で握る。
その暖かさに気付いたアオは一度息を吐くと表情を緩めた。
それでも目線は真剣にマナカの説明を聞いている。

「また、遺跡ですか。前にルリちゃんとラピスへ腐れ縁と言ったけど、本当に次から次へと...
今度見た時は一度殴って置かないと気が済まないな...」
「そうですね。でも、長生きできるんですからいいじゃありませんか。私達3人で同じ時間過ごせるなら問題ありません」
「うん。私もアオとルリがいれば問題ない」

思っていたよりも軽い反応にアカツキ達が驚いた。
アオもそうだが、何よりアオを第一に考えているルリとラピスの反応が軽いのだ。

「あれ、その程度なのかい?」
「え?あぁ、だって今の所知ってるのはうちらだけなんだよね?」
「そうなるわよ。研究所についても管理はダイアとフローラだから大丈夫よ」

アオの言葉にはマナカが答えた。
その答えを聞いたアオはほら大丈夫と笑顔で返した。

「話聞いてたら対策も考えてるみたいだし。何よりアカツキ達やマナカさんが私達に変な事しないでしょ?ほら大丈夫じゃない」

その言葉にアオとルリ・ラピス以外の全員がきょとんとするが、一瞬後にアカツキが笑いだした。

「あはははは!いや、流石アオ君だ。そうだね、大丈夫だ。いや、大丈夫にしてみせるから安心してくれ」
「なんか、心配して損した?」
「う~ん?」
「そんな事ないですよ。発見したのがマナカさんじゃなかったりしたらそうは思ってないです。
それに技術的にも実用には問題ないからこそここまでのんびりお任せ出来るんですよ。
だからマナカさんとエリナには感謝してもしきれません」

アオがぺこりと頭を下げると、マナカとエリナは気恥ずかしそうに顔を見合わせていた。
それからは発表の段取りと売り出し方の打ち合わせを行う事になった。

そこで決まった事は、まず非公式に臨床試験を行った後にナノマシンの発表を行う事にした。
非公式とはいっても対象はこの研究を知ってる物全員である。
つまり、エリナにマナカ、研究に携わっていた研究員達にアカツキ達のみだ。
この事で一種共同体という意識を持たせる事により、漏洩される危険性を減らすという目的があった。
そして研究員達は安全の為にマナカと共にナデシコへ搭乗、臨床データをとっていく事になる。

非公式での臨床が終わり次第、そのデータを基に政治家への取引を行い根回しを済ませる。
根回しが済み次第、ナノマシンの発表を行って同時に全世界での特許の取得をする。
形式上の臨床試験を行った上で、即認可を下ろさせるといった段取りだ。

先に発表しなかったのは反発や妨害が大きすぎるという事だった。
現状でもナノマシンへの忌避感があるのにも関わらず、それで不老化と長寿命化を行うと発表してしまえばかなりの問題が起こる事が予想された。
例えばナノマシン投与など神への冒涜だという団体もあり、過激派になるとIFS付与者を狙って暴行を加えたり拉致したりという事があるのだ。
その危険性を少しでも減らすためにデータが出揃うまでは待つという事になった。

「でも、みんなも投与するっていいの?」
「ボソンジャンプ技術がうまく形になった後に来るのは外宇宙への大航海時代だろうから興味は尽きないさ」
「私とマナカは元々その予定だし、研究員も同じよ」
「アオさん、だから心配しなくてもいいのよ。女にとって若さとお肌の事は他の何よりも優先されるんです」
「そ、そうなんだ...」

エリナはともかく、マナカの言葉を聞いたアオは思わず引いてしまった。
元々が男と言う事に加えてまだ若いアオにはまだその辺りの機微について理解は出来なかった。

それからは一旦打ち合わせ通りに自分達で臨床データを取る為にナノマシンを投与していった。
それから数日後、投与した全員がナノマシンの使うエネルギーに体力がついていかずぐったりしていた。

「みんな...大丈夫?」
「いや、思った以上に辛いねこれは」
「無理な絶食ダイエットを続けて、身体のだるさがずっと続いてる感じね」

何とか会長室で仕事をしようとしているのだが、何をするのにも億劫でほぼ動けていない。
その散々な有様様子をアオは顔を引き攣らせながら見ていた。
それも日が経つにつれ身体が慣れていき、2週間程で以前と同じように動く事が出来るようになった。

「消費されてるエネルギー量は変わらないみたいだから、やっぱり身体が慣れたんでしょうね」
「人の身体って凄いんだね...」

その適応の早さには投与したアカツキ達自身が驚いていた。
そしてこの臨床試験はダイアとフローラの監視の下、蜥蜴戦争が終わるまで続けられる事となる。



[19794] 天河くんの家庭の事情_27話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/15 00:46
「「「うわぁ...」」」

それを見たアオとルリ、ラピスの3人はそんなため息にも似た声を漏らす事しか出来なかった。
3人がやってきたのはモルディブ共和国。
お盆を利用しての旅行であるのだが、ただの旅行ではない。

「「「「「うおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」」

ネルガル主催、三泊五日の社員旅行である。
それもサセボドックの全員+その家族対象での社員旅行がお盆休みついでに敢行されているのだ。
人数が人数な上にネルガルからもかなりの資金が出ているとはいえ、それぞれの予算の都合があるので目的地が幾つか設定されている。
その一つがアオ達が来ている、インド洋に浮かぶリゾート地モルディブである。
ここには総勢で50名程の人数で訪れていた。
何故ネルガルにこんな事が出来ているのかには理由がある。

まず1点はネルガルの業績がいいからである。
火星への先行投資を兼ねての技術と資材提供とピースランド王国との提携。
これによって戦争特需といっても過言ではないような利益を得ている。
それに加えて他企業との相転移技術やディストーション技術でのパテント契約による収入もある。
これらがほぼアオとルリ、ラピスによるものである。

そしてもう1点はスキャパレリプロジェクトの進み具合だろう。
元々は出港直前に出来る予定だったのだが、9月半ばまでには完成しそうなのだ。
最後まで残っていた稼働実験もお盆前には終わり、後はそれを組み込んで最終チェックをしてしまえば終了である。
これもアオやルリ、ラピスに加えウリバタケの功績も大きいだろう。
そして最後に組み込む部分の材料が揃うのはお盆明けになる為にこの社員旅行と相成った訳である。

そしてこの旅行にはサセボドックの全員+その家族までだというのだから、アオ達がどれ程ネルガルへ貢献しているのか推して知る事が出来る。
アオ達はマナカやサイゾウを誘ったのだが、サイゾウからはそんな小洒落た所へは気恥ずかしくていけないと断られてしまった。
ウリバタケは家族を呼ぶのを渋ったのだが、アオから呼ばないと連れて行かないと言われてほぼ強制的に呼ぶ事になった。

ハウスリーフと呼ばれる珊瑚に白いビーチ、そこへ居並ぶ水上コテージで家族単位もしくは仲の良い者同士で数日間過ごす事になっている。
そしてアオ達はルリとラピスは勿論の事、アキトとマナカが一緒に過ごす事になった。
周りからアキトが凄い妬ましげな視線を向けられていたのだが、その視線の意味に気付かない所は流石鈍感なアキトである。

アオ達はコテージへ着くとすぐに砂浜へと向かっていった。
到着したのは夜なので、透明度抜群の海を眺める事は敵わなかったが、光を漂わせた果てしなく続く海は引き込まれそうな程綺麗だった。

「凄い綺麗...」
「ほんと透明ですね、すごい」
「綺麗綺麗♪」

しばらく海からの眺めを堪能したアオ達へと声がかかった。

「やあ、アオ君。みんなに喜んで貰えて嬉しいよ」
「本当に綺麗ね...」

アカツキだった。
その後ろにはエリナもしっかりとついてきている。
アカツキ達もしっかりとアオ達についてきていたのだ。
ちなみにプロスとゴートはコテージでのんびりとしているそうだ。

「仕事は大丈夫なの、ナガレ?エリナもいつも大変ですね」
「エリナもここに座ったら?アカツキさんもよろしかったら」

アオは事ある毎にイベントへ顔を突っ込むアカツキに嫌味を言うが、アカツキはどこ吹く風で気にも留めない。
付き合いも長くなり、その大変さがわかるエリナへはその苦労を気遣っている。

「お言葉に甘えようかな」
「えぇ、お邪魔するわね。まぁ、この昼行燈はいつもの事だからそんな大変でもないわよ?
アオさんのおかげで仕事だけはしっかりするんだから。」

アオの言葉に対して気にしないでと返していた。
それからしばらくの間、アオ達7人ではのんびりとその光景を楽しんでいた。

その日の夜は、全員参加のBBQを行う事になっていた。
ここではアオ達を中心に奥様達が集まって下拵えを行っていった。
そして男衆はウリバタケを中心として火の番を行いどんどんと焼いていく。

アカツキの音頭により乾杯をすると楽しげにわいわいと食事が進んでいく。
しかし、そんな中アオが食事に余り手をつけずに海を眺めていた。
そんなアオを心配してルリとラピスが話しかけた。

「アオさん。どうしたんですか?」
「アオ?」
「あ、うん。ウリバタケさんの事でね...余計な事してるのかなって」

ウリバタケの顔にはくっきりと痣が残っていた。
サセボに来てからずっと連絡も取っていなかったウリバタケに対して妻であるオリエは盛大に暴れたそうだった。
それでもしっかりと付いて来ているのだから愛想は尽かされていない。

「...お話ししてみたらどうですか?」
「そうなんだけどね、尻込みしちゃって...」

アオが情けない顔をしていた。
実際に他人の家庭の問題なのだ。
無理矢理呼ばせたのでさえ勝手に踏み込んでいるというのにこれ以上はと考えてしまうのはしょうがないだろう。

「確かにそうでしょうけど、もう関わってしまってるのならとことんまでっていうのも一つですよ?」
「うぅ...そっか、引っ叩かれるの覚悟で行くしかないかな?」
「アオ。頑張れ」
「わかったよ。ルリちゃん、ラピス。BBQ終わったら行ってみるよ」
「陰ながら応援していますね」
「私も応援」

ひとまずやる事は決まった。
それからは気を取り直して、アオとルリ、ラピスは精一杯食事を楽しんでいた。

その後BBQも終わり、ウリバタケは妻であるオリエ、2人の息子と一緒にコテージにいた。
そしてそこへアオが訪ねていた。

「初めまして、テンカワ・アオと申します。セイヤさんにはいつもお世話になりっぱなしで本当に助かっています」
「あ、いえいえ。こんな亭主ですがそんなに役立っているなら扱き使ってやって下さい」

オリエにとっては旦那と離ればなれになる切っ掛けであるアオは会って楽しい相手ではなかった。
しかし、実際に会ってみて少女だという事にまず驚き、その実際の年齢を知って更に驚いた。
それからあれこれと旦那の事を褒めてくれる上、今回の事でも便宜を図ってくれたようで困惑していた。

「オリエさんとは初対面ですが、なんでこんな女性を放っておくのか不思議でしょうがありません」
「どうなんでしょう。私があれこれと煩すぎるのかもしれません。旦那は好きな事を好きなだけしていたいみたいですし...」

そんな二人の会話に挟まれたウリバタケはいつもの元気さが全くない。
針のむしろに立たされているような気分になっているのだろう。
そしてしばらく談笑を続けていたが、ふいにアオが本題を切りだした。

「あの、それでですね。オリエさんにお願いをしないといけないんです。
今の計画中、多分1-2年は旦那さんをお借りしないとならないんです」
「え...そんなになんですか?」

1-2年という長さにオリエが思わず絶句した。
そして、ウリバタケもアオがその話をオリエに振った事に驚き焦っていた。

「ご家族の事ですので私なんかが差し出がましく言うべきではない事は重々承知しています。
ですが、旦那様のウリバタケ・セイヤさんの力がどうしても必要なんです」

アオはそうして頭を下げる。
その行動に二人は困惑して顔を見合わせていた。
ウリバタケはアオが自分の為にそこまでしてくれているという事に。
そしてオリエは旦那の事をそこまで買ってくれているという事に。
しばらく悩んでいたオリエだったがウリバタケへ目線を向けた後おもむろに口を開いた。

「アオさん。どうぞ顔をお上げ下さい。そこまで旦那の事を買って下さってるのに無碍には出来ませんわ。
それにこの人が一度決めたら梃子でも動かないのは承知してますから。精々扱き使って下さい」
「はい。ありがとうございます」

オリエが笑顔で了承してくれた事にアオは安堵の表情を浮かべた。
それからしばらくアオとオリエは談笑を続けた。

「すいません、差し出がましい事しちゃって...」
「あ~、いや。正直驚いたが、またどうしてだい?」

話し合いも終わり、コテージまでアオを送るという事でウリバタケとアオは二人で桟橋を歩いていた。
そこでアオはいきなり出しゃばって話をした事や家族を無理矢理呼ばせた事を謝罪していた。
ウリバタケはそんなアオにどうしてここまでしたのかを聞いていた。

「家族なんですから、大事にして欲しい。ただそれだけです。
理不尽な理由で離ればなれになってしまったり、いくら傍に居てあげたくても居られない状況になってしまう事がありますから。
会えるのにただなんとなくで会わないなんて哀しすぎるじゃないですか...」

アオはアキトの頃を思い出していた。

火星の後継者によって拉致された事、ユリカへ会いたい一心でどんな実験にも耐え抜いた事。
ユリカが遺跡と同化させられた事を知った時の絶望感。自分一人で助け出された時の無念。
ルリが独りになり絶望に暮れている中で会ってやる事も出来ない無力感。
どこかでルリへの贖罪の代わりとしてしまったラピスへの申し訳なさ。
そしてユリカを助ける為に他の総てを投げ出し、破壊する選択をした事への罪悪感。

そんな暗鬱とした感情が溶け込んだ表情は何よりも哀しく重たい物で、決して18歳の少女がしていいモノではなかった。
アオの感情に中てられたウリバタケは全身の血が凍ったようにも思えた。
そして、自分では到底想像も出来ないような事をアオが経験して来たのだろう事。
更に自分がどれだけ幸せだったのかという事を暗に知らされてしまった
しかし、それでも言っておかないといけない事がある。

「確かにここまでうちの事を考えて貰って嬉しいよ。でもな、アオちゃんのやってる事はありがた迷惑でもある」
「そうですね...」
「あぁ、俺はあいつが嫌いで出てきた訳じゃない!」
「え、でもプロスさんが奥さんと別れられるなら地獄でもいいとか...」

ウリバタケはそのアオの言葉に冷や汗を流しつつ、強引に話を進める。

「そ、それは言葉の綾でだな?亭主は元気で留守がいいと言うじゃないか、あいつが家を守ってるから俺は安心して好き勝手出来るんだ!」
「...へぇ、それはそれは。では、やっぱりウリバタケさんはオリエさんの事が好きなんですね?」
「あ、そ、それはだな...」
「どうなんですか?今は誰も聞いてませんよ?」
「そ、そりゃ口煩いとは思うが、惚れた手前だな...す、好きに決まって...」
「ご馳走様です。ここまで送って貰ってありがとうございました!ちなみに今の映像はオリエさんに送ってありますので!」

アオは口早に言うとその場から自分のコテージ目指して走り去っていく。
その言葉と行動にウリバタケは唖然とするが、すぐに顔を真っ赤にしてアオへ向かって怒鳴った。

「大人をおちょくるのもいい加減にしろ~!くそっ!」

それでもまぁ、ウリバタケも満更でもない顔をしていた。
ただ、この後どういう顔をしてコテージへ戻ればいいかしばらく悩む事になる。

アオは走りながら本当に嬉しそうに笑っていた。
ラーメンの屋台を頼んだ時、そしてユリカとの結婚の際などウリバタケの家族全員には本当にお世話になっていたのだ。
そして、ナデシコに搭乗している間どれだけ心配だったかをオリエから聞かせて貰った事もある。
だから、何も音沙汰なしで心配よりは心だけでも繋がっていて欲しかったのだ。

その後コテージに戻ってからもアオは終始笑顔で楽しげだった。
そんなアオを見てルリとラピスはうまくいった事に安堵し、アキトとマナカはしきりに不思議がっていた。

そして次の日、外が明るくなるとアオとルリ、ラピスの3人は水着へ着替えて砂浜へと走って行った。
ルリとラピスはリボンがあしらわれたスカート付きのビキニでしっかり浮き輪を握り締めている。
アオはショートパンツ型のビキニで活発な雰囲気が出ている。泳いだ事はないはずなのだが、それも刷り込みされていて問題はない。
マナカはビキニとAラインワンピースがセットになった大人っぽい雰囲気の水着を着ている。
アキトはそんなアオ達の眩しい姿に戸惑っていた。

砂浜につくとアオはルリとラピスへ泳ぎを教え始めた。
きゃいきゃいと楽しげで、周りで見ているアキトやマナカ、サセボドックの職員達も眩しげにしている。
若干男性達の目の色が好色染みているのだが、そこは女性達がしっかりとガードしているようだ。

ルリとラピスはアオと一緒にトレーニングを始めた事やまだ若い事もあり、お昼になる前にかなり泳げるようになっていた。
アオ達はお昼に呼ばれて戻ってきても、大急ぎで掻き込んでまた海へと走り去っていった。
その様子はそれこそ年相応の少女達といった様相でアキトやマナカも苦笑しながら眺めていた。
いつ来たのか、アカツキに至ってはアオの珍しい姿に戸惑いつつも顔が赤く本当に怪しかった。

そしてエリナもいつの間にかアキトの隣りへ陣取っていた。
黒のモノキニ水着でかなり色っぽさを狙っている。
エリナとマナカに挟まれたアキトはトレーニングも順調にいっており、引き締まったいい身体をしている。
ハーフパンツを着用し、上にはパーカーも羽織ってはいるのだが、女性達は引き寄せられたようにアキトへチラチラ目線を送っていた。
自分達がより近くに居るという優越感に浸りつつもそんな事をおくびにも出さず、エリナとマナカはアキトへと話しかける。

「アキト君は泳がないの?」
「せっかくいい身体してるのに勿体ないわよ?」
「いや、俺泳いだ事ないんですよ。だから泳げないです」
「あら。じゃあ教えてあげるわね♪マナカ、行きましょう?」
「えぇ、二人でとてもわかりやすく手取り足取り教えましょう」
「え!?ちょっと!?」

そう言ってエリナとマナカがアキトの両脇を掴むと胸を押し当てるようにして海へと引きずって行った。
それを見た男衆はアキトへ嫉妬と恨みが混じった視線を惜しげもなく注ぎ、女性陣はエリナとマナカへ妬みの視線を送っていた。
そしてアカツキは一人取り残されていじけていた。
それからアキトはエリナとマナカからたっぷりと泳ぎを教えられ、一応泳げるまでにはなったそうだ。
帰ってきた二人が満足し切った顔をしてつやつやした顔をしていた事には誰も突っ込まなかった。

「アキト。どうしたの?」
「もう、お婿に行けない...」
「少なくともマナカさんとエリナのどっちかなら貰ってくれるからいいんじゃない?」
「ひぃ!?」
「はいはい、怖くない怖くないよ」

いたいけな少年には色々ときついものがあったようだ。
アオはそんなアキトを見ながら女性への恐怖を刷り込まれなきゃいいけど...と妙な心配をしながらアキトを慰めていた。

その日の夜はそれぞれのコテージで食事になっていたのだが、何故かアオの所へアカツキ達も来ていた。

「え~っと、どうして?」
「いや、楽しそうだからだけど。迷惑だったかい?」
「いいけど...」

たまらずにアキトは聞いてみたのだが、当たり前のようにアカツキから返答が返ってきて何も言い返せなかった。
そもそも余りにも自然に食事に混じっている上に楽しげにしているので違和感が全くなかったのだ。
アオやルリ・ラピスにマナカも自然に受け入れている事にどうしてもアキトは納得がいかなかった。
そんなアキトを見てアカツキがニヤリと口を歪める。

「なんだい。アオ君との時間を邪魔された...とでも考えてそうだね?」
「っ!?」

アキトだけに聞こえるようにアカツキは囁いた。
図星を指されて思わず声を上げそうになったが、なんとか抑え込んだ。

「...そういうお前だって姉さんの水着姿を見て鼻の下伸ばしやがって、変態会長」
「ぐっ...」

そうしてアキトも反撃を繰り出す。
なんだかんだと二人も楽しそうである。

「ルリちゃん、ラピス。あの二人ってやっぱり仲いいよね」
「単純に仲いいだけじゃないですけどね?」
「アオは渡さない」

アオは純粋に微笑ましく見ているのだが、ルリとラピスは2人へと少し棘の混じった視線を向けていた。
ルリとラピスの真意には気付かず、寂しがってるのかと思ったアオは二人を撫でつつ『どこにも行かないよ』と柔らかく伝えていた。
ちょっと違うと頭では思いつつも頭を撫でられて二人は嬉しそうに頬を染めていた。

そして3日目、アオはルリとラピスを連れて散歩に出かけていた。
といっても一周するのに20分程度の小さい島なのでどれだけ離れてもそんなに遠くへは行けない。

「ほんと久しぶりにのんびりした気がする」
「ずっと忙しかったですからね...」
「アオもルリも一杯頑張ってた」
「それを言うならラピスもね」

人気の居ない砂浜で3人並んで海を眺めていた。
ここにいると本当に戦争中なのだろうかと疑ってしまう程のどかな時間が過ぎていく。

「でも、これからが本番だね」
「そうですね、来月には習熟訓練が始まりますから」
「それが終わった後はついに出航。火星へ行って、帰ってきて...なんとか成功させようね」
「私も頑張る」
「うん。みんなで頑張ろう。でも、今だけはルリちゃんとラピスとのんびりさせて貰おうかな♪」
「「はい♪」」

そうして夜まで3人でごろごろとのんびり過ごしていた。
その夜の事、いつもとは違う光景がコテージとは少し離れた桟橋の上にあった。
アオとアカツキが二人でそこに居るのだ。
アカツキは手すりに頬杖をついて海の方を呆と眺めている。
アオは手すりの上に腰かけてアカツキとは逆の方向を向いている。

「なに、用事って?」
「いや、アオ君に少し聞きたい事があっただけさ」

そう言ってアカツキは少し間を置く。
ふぅと息を吐くと何事かを考えつつ空を見上げている。
アオはこんなアカツキを見るのは初めてな為に少し戸惑っていたが、アカツキが話し出すのを辛抱強く待っていた。

「アオ君に取って、ルリ君とラピス君はどういう位置付けなのか聞いても大丈夫かい?」
「ん、どしたの突然?」

アオは思わず訝しげな表情を浮かべアカツキの方を見るが、アカツキは表情も変えずに呆としたままだ。
質問の意図が全く掴めないので答えようもなく、ただその横顔を眺めていた。
しばらくすると、アカツキは捕捉するように言葉を紡いでいく。

「アオ君が二人を大切にしているのはわかるさ。それは保護者として?それとも恋人としてなのかい?
どうしても気になってね。無理とは言わないから嫌なら答えなくても構わないさ。」

どうしてこんな事を聞くのだろうとアオは思ったが、その真剣な言葉に聞く事は躊躇われた。
少しの間アカツキの横顔を眺めてから空を見上げると足をぶらぶら揺らしながらう~ん...と唸っている。
しばらく唸った後、「まぁ、ナガレならいいかな?」と呟くと顔を正面に向けた。

「火星の頃、みんなと過ごした頃、復讐に駆られていた頃、そしてこっちに来てからの事。
ナガレが知っている通り本当に色々あった中で、私自身も沢山の事を経験して変わっていった」

その様は人生を語る老人にも似た寂寥感を感じさせ、アカツキは思わず息を止めてしまった。
アオはそんなアカツキを気にしていないのか、ただ淡々と寂しそうにぽつぽつと話していく。

「幼馴染のあの子は確かにずっと見続けてくれていた。そして大切な人になった。
だけど、見続けていたのは理想の私だったのよ。私自身を見ていた訳ではなかった。
そして私自身もそれに気付くまで余りにも時間がかかりすぎた。
私も...あの子も...本当に...子供だったんだ...」

自嘲するように、どこか呆れたように、そして自身の過ちを恥じるように...
そんななんとも言えない表情を浮かべている。

「周りのみんなも大体似たようなものだったんだ。私達はこういう二人なんだって...
どこか懐かしむように、忘れ得ぬ思い出に浸るようにそう語ってた。
でもね、そんな中で私自身を見てくれてた人がいたのよ」

そう言って、アオはアカツキの方を見た。
アカツキを懐かしそうに、しかしその目は決してアカツキを見ていなかった。
自分を通して遠くの誰かを見つめるその目線にアカツキは酷く苛ついた。

「ごめんね。ナガレを通して彼を見てた。今この時だけだから...ごめんね」

そんなアカツキの感情を読み取るように、哀しげな笑顔を向けた。
そこで話を振ったのは自分だと思い出し、アカツキは自身を落ち着かせるように深く呼吸をする。

「うん。あちらでの彼、そして私に協力してくれたみんなは私を、私自信を見てくれていた。
ただ、それもどこかで打算があったのよ。大人だからしょうがないのだけれど...」

ふぅ...と一息つくように軽く息を吐く。
そのままトンと手すりから降りると、そのまま手すりへともたれかかる。

「彼は、その役職に沿った責任をないがしろにする訳にはいかなかった。
そしてその付添いの彼女も、私の治療をしてくれた彼女も同じくね...
勿論、本当に心の底から心配してくれた事は知ってるよ。
ナガレと同じくね」

そしてアカツキへ嬉しそうに優しげに笑顔を向ける。
その笑顔にありがとう...と言われた気がした。

「彼は一緒に来る事はしないっていうのはわかってた。
ただ、彼女達は一緒に来たがってたし、私が誘ったら来てたんだと思う。
でもそうはならなかった。そうは...ならなかったんだよ。
私に甲斐性がなかったのかもしれないし、彼女達にはしがらみが多すぎたのかもしれない。
今となってはわからないけどね」

もし誘っていたら...そう考えようとした自分の考えをアオは止めた。
それこそ無駄だし、今のエリナとイネス...アイちゃんを侮辱している事になる。

「そんな中で私だけを見てずっと追いかけて来てくれた子達がいたの。
ルリちゃんとラピス。あの二人は本当に全部投げ打って追いかけて来てくれた。
確かにそういう状況にあっただけなのかもしれない。
それでも、本当に嬉しかった。
だから、私はあの子達が何よりも大事なの。
最初は妹として守ってあげたかった。
次に娘としてかけがえのない人になった。
最後に何より大切で共に在る恋人として...」
「...そうかい」

そこまで聞いたアカツキはそう答えるのに精一杯だった。
そして、深く息を吐くと空を見上げた。
最初から負けていたって事かな?と詮無い事を頭の中で呟いていた。
時間をかけて自分の心を落ち着かせたアカツキはどうせならと自棄になりつつ質問をしてみた。

「アオ君。最後にいいかい?」
「うん?」
「もしも。ルリ君とラピス君と一緒ではなく、アオ君だけだったならボクにもチャンスはあったかい?」

その言葉を聞いてアオは目を見開いた。
本当にようやく、その言葉を聞いて初めてアカツキの思いに気付いたのだ。
アオは何度か目を瞬かせると額を軽く指で抑え、自分の鈍感さに改めて気付き少し落ち込む。
そして今までのアカツキの行動を思い出して、色々と自分の中で納得していった。
それも束の間、ふぅと息を吐くとアカツキの傍へと歩み寄っていく。

「ね、ナガレ?」
「なんだい?」
「ナガレがもしもなんて弱気な事言うとは思わなかったな。
今ある条件でなんとかするのがアカツキ・ナガレじゃなかったかしら?」

アオは意地の悪い笑みを浮かべるとアカツキを挑発した。
まさかそんな事を言われるとは思ってもみなかったアカツキは呆気に取られていた。
そんな珍しいアカツキの姿にクスクスと笑うとアオはアカツキの襟首を引き寄せる。

「まぁ、傷心のナガレ君っていう珍しい所を見せてくれた事に免じて教えてあげようかな。
もしね、ルリちゃんとラピスがいなかったら...」

そうしてアオは離れるとまだクスクスと可愛らしく笑っている。

「それが答えだよ。ルリちゃんとラピスに勝つ気なら精々頑張りなさい?
じゃあ、風邪ひかないようにしっかり寝なさいよ、ナガレ君?」

そう答えると元気に走り去っていった。
残されたアカツキは頬に残った柔らかい感触が信じられず手でさすっている。
しばらく呆然としていたが、次第に身体の中から溢れだすように笑いが止まらなくなっていった。

(なんて事だろうね。アカツキ・ナガレともあろう者が本当にやられてる。
あんな女性は他にいるとは思えない。これはどうあっても手に入れないとボクの沽券に関わるね)

笑いながらそんな事を考えていた。

一方、コテージへ戻ったアオは正座をしていた。
ルリとラピスはしっかりと覗き見していた。

「「...で?」」
「あの...すいませんでした...」
「「...そう、で?」」
「弟の友達がしっかり男の子してるみたいで嬉しくて、楽しくて、悪戯しちゃいました...」
「「ふぅん...?」」
「えっと...ごめんなさい...」

そんなやり取りがしばらく続いたそうだ。

次の日、いつもより数倍アオにべったりなルリとラピス。
同じくいつもより数倍元気なアカツキ達を乗せたシャトルが日本へと戻っていった。
アキトはそれを見てしきりに首を傾げ、マナカとエリナは勘付いているのか楽しそうな困ったような表情を浮かべていた。

そして9月に入り、ナデシコの完成...
習熟訓練が開始される...



[19794] 天河くんの家庭の事情_28話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/15 14:17
「ユリカ!!さっさと行かんか!!!軍は時間厳守と何遍言えばわかるんだ!!!!」
「お父様!そんなに何回も言わなくても子供じゃないんですから承知してます!!」
「承知しとるならなんでまだ家にいる!!」
「まだ間に合いますから問題ありません!!」

ミスマル邸では今日も親子の言い合いが始まっていた。
ドアを挟んで言い合っているのだが、その声量では大きすぎるだろう。
隣に居るミスマル・ユリカの恋人になれない親友アオイ・ジュンが目を回していた。
ジュンは既にナデシコの副艦長服へと着替えており、着なれてないながらも白い制服は似合っておりなかなか様になっていた。
それから10分程言い合いを続けながらもなんとか準備を済ませたユリカはジュンを引きずるようにして家を出ていった。
ユリカも同じく艦長服へと着替えが終わっていたのだが、慌てていた為か少しよれており今一格好がつかない。
車の後部座席と荷台に大量に荷物を乗っけた上、なんとか縛り付けている状態だ。

ちなみに今からサセボへどれだけとばしても平均時速80km出さないと間に合わない。
そこをなんとかするのは、ユリカではなくジュンの役目である。
半ば泣きながらも俄然スピードをあげて車を走らせていった。

コウイチロウは邸宅から続く山道を猛スピードで駆け下りて行く車を眺めながら、胃が痛むような思いに駆られていた。

「済まない、アオ君。君にどうにかすると言ったのにも関わらずこういう結果になってしまった。
不甲斐ない娘だが、よろしく頼む。そしてユリカよ、アオ君の下で立派にお勤めを果たすのだぞ!」

後でこっぴどくアオに叱られる事を予想して胃が痛む思いをしつつも娘の晴れ姿に涙を流すのだった。

「ルリちゃん、ラピス。ついに来たね...」
「そうですね」
「なんかドキドキするよ?」

一方サセボドックでは翌日に始まろうとする習熟訓練に際し、アオ達3人はナデシコ内の部屋でそわそわと落ち着きがない様子だった。
ルリとラピスはブリッジ要員としてのオレンジ色をした制服を着込んでいた。
ルリは懐かしさに頬を緩ませており、ラピスはルリと同じその制服を着れた事に喜んでいた。
そしてアオは艦長服を黒の基調に変え、銀糸での縁取りをした制服へ着替えていた。
アオは艦長服と同じ白でいいと言おうとしたのだが、ルリとラピスにより強制的に黒の基調へと変えられてしまった。

「「アオ(さん)は、やっぱり黒です!!」」

だそうである。
何故アオだけ制服が違うのかというと理由がある。
それはナデシコが完成して、正式に乗組員として契約をする際にプロスから説明されていた。
その時の様子は以下のとおりである。

「実は、アオさんに関しては大変困りましてね。
何せ、設計から携わっておりある程度なら整備も可能ですし、オペレーターもパイロットもお出来になる。
更に料理もプロ級で交渉事も可能、出来ない事を上げた方が早いくらいですからな」
「う~ん、出来る事を一所懸命してるだけで特別な事はしてないんだけど...?」
「そんな事を仰らないで下さい。私共の立つ瀬が無くなってしまいます」

確かに、アオのやってる事を特別出ないと言われてしまうと大抵の人は自信を失ってしまうだろう。
それくらい何でも出来るのである。
しかし、アオに取っては植えつけられた知識なので、むしろ努力してない紛い物としか感じてない。
その意識の齟齬が出てしまうのである。

「ご、ごめんなさい...」
「それでですな。アオさんには機動戦艦ナデシコの【統括官】をお任せしようという事になりました。はい」
「「「統括官?」」」
「はい。艦内で起こる様々な問題に対して対処し解決して頂く、いわば何でも屋さんです。
ちなみにかなり特例ではありますが、立場としては提督と同格になるので艦長への命令権もあります」
「えぇ...」

アオはあからさまに嫌な顔をした。
もしずっと問題もなく過ぎれば何もしないで終わるだろう。
逆に寝る暇もないくらいに慌ただしく過ぎていく可能性も高いのだ。
むしろ、アオが覚えているナデシコでは後者の可能性がほぼ確定である。
自分の未来が真っ暗な闇に閉ざされていくのを感じてアオは落ち込んでいった。

「アオさん、そんなに心配なさらないで下さい。艦長に副艦長、提督に加えてゴート、微力ながら私もいます。
アオさんに総てを押しつけるような事はしませんのでご安心下さい」

可哀想なくらいしょんぼりとしているアオを見て冷や汗をかきながら、プロスはフォローしていた。
それからアオが復活するまで10数分かかったそうだ。

そんなプロスの説明があったのは実際の完成予定日から半月近くも前だった。
アオ達に加え、ウリバタケを中心としての功績により、かなり前倒しで完成の日の目を見る事になったのだ。
しかし、他社...特にクリムゾングループへのカモフラージュとしてデータ上では未完成となっている。
データの管理はダイアとフローラの共同で行っており、破られる心配はない。
そして人の管理もプロスとゴートを中心に、NSSが行っており漏洩の恐れはほぼない。

習熟訓練はアオとルリ、ラピスで作成しており、通常時の作業から緊急を要される事態への対応まで想定してシミュレーションを行う。
どれだけ濃密に訓練を行おうが実戦とは緊張感が違うのではあるが、それでも心構えが変わって来る。
そして、この習熟訓練の本当の目的はミスマル・ユリカの甘えを無くす事であった。

「といっても1週間じゃ厳しいなぁ...」
「ユリカさんですからね」
「う~ん」

アオとルリは特によく知っているユリカの性格を考えて盛大に頭を悩ませていた。
そんな中、続々と乗組員が乗艦していった。
習熟訓練の対象はブリッジのみではあるのだが、ナデシコは既に完成している為にスカウトした中で準備が出来た者は既に乗艦を許可されているのだ。
そして、アオが未来でお世話になり心配をかけこれからアキトと共にお世話になるリュウ・ホウメイ。
ルリを姉として、保護者として大切に守ってくれたハルカ・ミナト。
彼女達もまた乗艦を済ませていた。

「アキト。コックのホウメイさんが乗艦したから後で挨拶しに行こう?」
「わかった、その時に呼んでくれればすぐ行くよ」

アオはホウメイの乗艦を確認するとアキトへと伝えていた。
実はアオはルリ、ラピス、アキトの4人部屋になっているのだ。
その件ではアキトが恥ずかしがった上にアカツキもなんとか離そうとしたのだが、アオがどうしても譲らず強制的に同室にしてしまった。
しかし、どれだけ広い部屋でも艦長や提督が使っている大きさでは2人が限度である。
それをどうするのかとアカツキは問い詰めたのだが...

「ごめんね、ナガレ。もう部屋用意しちゃってるの」

アオは元々考えていたのか、設計の段階で既に上官室3部屋をぶち抜いた2LDKの部屋を用意していた。
その事をアオがアカツキに説明したのは既にナデシコが完成していた後の事だった。

可愛らしく舌を出しながらも、アオは全くといっていい程反省の色を見せていなかった。
そんな事になっているとは知らなかったアカツキやエリナ、プロスやゴートでさえかなり驚いていた。
この事を知ってたのはアオとルリ、ラピスに加えて全設計図の把握をしていたウリバタケの4人だけだったのだ。
アカツキはアオの仕事だからと安心しきって、隅々まで設計図の確認をしなかった事に深く後悔する事となった。

しかし、何故上官室3部屋も使ったのかというと理由はキッチンである。
アオ達の部屋には、食堂程ではないがかなりの設備が整えられていたのだ。
アキトも最初は恥ずかしがっていたのだが、この設備には喜んでいた。

ちなみに、部屋ぶち抜きで作った所はもう一つある。
それはマナカの部屋であった。
医務室との行き来、そしてアイを救助した時に一緒に住めるようにと改装していたのだ。
ただ、こちらはキッチンを通常と同じ大きさにし、研究室を増やした3DKの部屋になっていた。

「勝手にそういう事をされては困りますなぁ...」
「金額は極力変わらないようにしたし、耐久力や応力、その他諸々ちゃんと計算してあるから大丈夫ですよ」
「いや、そういう問題ではないのですがね...」
「でも、もう出来ちゃってるよ?」
「...そうですな」

流石にプロスも呆れながらアオへ問い詰めたが、完成してしまっているのだからどうしようもない。
アオが大丈夫と言ってるんだから大丈夫なのだろう。
後は泣き寝入りするしかなかった。

そしてこのナデシコには以前のナデシコにはないネルガル最大の機密が搭載されていた。
それを知っているのは、艦内ではアオ達の過去を総て知っている者のみ。
つまり、アオ、ルリ、ラピス、プロス、ゴートに加え、フクベ提督だけである。
アキトとマナカへはアオ自身の事や火星の事を伝えてはいないため、この機密についても知らせていない。

アオ達は準備を整えると、アキトと一緒に食堂へと向かっていた。
そこではホウメイがキッチンの様子を眺めて、料理道具の起き場所などを思案していた。
その懐かしい姿にアオやルリは目を細めた。

「お忙しい所申し訳ありません。コックのリュウ・ホウメイさんでよろしいですか?」
「ん?そうだけど、お嬢ちゃん達は誰だい?」
「初めまして。私は統括官のテンカワ・アオと申します。こちらの水色の髪をした子がオペレーターのルリ・フリーデン。
桃色の髪の子はサブオペレーターのラピス・L・フリーデン。そしてこちらがコック兼パイロットになるテンカワ・アキトです」
「あぁ、お嬢ちゃんがそうかい。色々話は聞いてるよ」

アオが紹介して行くと、それに合わせて深くお辞儀をしていく。
そんなアオ達にしっかりしてるねぇっとホウメイはしきりに感心していた。
そしてプロスがアオの事を話でもしていたのだろうか、ホウメイが聞いていた事に多少驚きつつも言葉を返していく。

「弟がお世話になるので、ご挨拶にと伺いました。お忙しい中でお時間頂いて申し訳ありません」
「そんな気にしないでいいよ。明々後日には一通り準備は終わるはずだからその後なら営業も出来るようになるよ」
「あの...」

そこでアキトが話題に入った。
アオとホウメイの目線がアキトへと集中した。

「自分も準備の手伝いをさせて頂いても構いませんか?自分の使う道具の場所や調味料、食材の場所を少しでも早く覚えたいんです。
迷惑をかけるつもりはもちろんありません。ホウメイさんさえよろしければ是非手伝わせて下さい。お願いします」

そう言うとアキトは深く頭を下げる。
アオとホウメイは一瞬目を見開くと破顔した。
アオはアキトが受け身ではなく、自分なりにしっかりと考えて自分から行動した事に喜んだ。
ホウメイはアオの後ろにいるアキトを少し甘やかされたのかと思っていたのだが、しっかりと自分の考えを持っている事が嬉しかった。

「わかった。アキトだね、今から動けるかい?」
「はい!もちろんです!!」
「さっさと片付け終わらせたら、アキトの腕前見るからね。しっかりやんな!」
「はい!!」
「アオちゃん。そういう訳で弟借りるけどいいかい?」
「私だと甘やかしがちになるので、しっかりしごいてやって下さい」
「はっはっは!わかった、一人前になるまでしごいてやるとするよ」

ホウメイは豪快に笑うとアキトを連れて厨房へと入っていった。
それを見届けるとアオとルリ、ラピスの3人は踵を返して今度はブリッジへと向かっていた。
その途中...

「あの、アオさん?」
「ルリちゃん、どうしたの?」
「アキトさんに対して、甘やかしてたんですか?」

ルリはさっきの会話の中で疑問に思った部分を訪ねていた。
その問いに当たり前の様な顔をしてアオは返した。

「うん。かなり甘いと思うけど...?」
「そ、そうですか...」

何故ルリがここまで気にしているのかには理由がある。
アキトの実力が上達してきており、最近のトレーニングは1対1の全力戦闘になっていた。
万全の状態での戦いでは徐々にアキトが勝つ事が増えている為にアオは楽しくてしょうがないらしい。
ただ、実戦経験の差は如何ともしがたい物があり、疲れが見えてからの粘りが全然違う。
その為、お互いに疲れが見えてからの戦闘になるとアキトの勝率は格段に下がってしまうのだ。
それでもアオは全く手を抜かない為、最後にはいつもアキトが気絶した所でトレーニング終了となっている。
それにも関わらずアオにとっては甘いらしい。
確かに、月臣との訓練では血反吐吐こうが気絶しようが叩き起こされて続けていたのだが、それと比べるのは余りに酷だろう。

アオ達がブリッジへ着くとそこには先客がいた。
感慨深げにブリッジを見渡していたのはフクベ提督だった。

「フクベ提督、お久しぶりです。もういらっしゃってたんですね」
「アオ君、久しぶりだのう。未来へ繋がる為の船じゃからな。少々感じ入る物があったんじゃ。
そちらの二人はルリ君とラピス君だね、初めましてじゃな?」
「はい、初めましてフクベ提督。ルリ・フリーデンと申します」
「初めまして、ラピス・L・フリーデンです」
「さすがアオ君と一緒に住んでいるだけある。しっかりしたお嬢さん方じゃ」

からからと笑うその表情の中に以前の様な悲壮感はなくなっていた。
その事にアオは安堵しつつ話を振っていく。

「お元気そうで本当によかったです」
「これもアオ君のおかげじゃよ。全く、老い先短いのに隠居する暇もないわ」
「あと20年は元気で居て貰わないと困りますよ?」

フクベ自身も暗にその事を認めており、アオのお陰だと答えた。
それに対してアオは嫌味で返したのだが、フクベ提督はアオの服装を見ながら話題を変えた。

「それはそうと、アオ君は何やら面倒臭い役職がついているようじゃな?」
「統括官なんて格好いい名前ついてますけど、体のいい使い走りですよ。先が思いやられて胃が痛くなりそうです」
「わしらをこれだけ働かせてるんじゃからな、しょうがあるまいて」
「うわ、フクベ提督って結構意地悪なんですね...」
「かっかっか」

楽しげに話す二人を邪魔しないように、ルリとラピスはクスクスと笑いながら自分のオペレーター席へと座る。
このナデシコは未来での技術を基にしている事もあり、既にウィンドウボールを導入されている。
艦長や副艦長、提督の席があるのが最上段になり、その一つ下にアオ達オペレーターが座る3基のコンソールが設置されている。
配置は丁度ナデシコBでのルリ、ハーリー、サブロウタの位置に並んでおり、それぞれにルリ、ラピス、アオが座る事になる。
そして更に下に操舵、通信などの席、パイロットの待機場所と続いている。
実際はアオやルリ、ラピスの単独でも操縦は出来るのだが、ナデシコはみんな揃ってこそナデシコという事もあり、それはしなかった。

「今から最終調整に入るんですが、折角ですから見て行きますか?」
「そうじゃな、折角だから見ていくとしようか」
「さ、ダイアやろうか?」
『アオさん、わかりました!』
『私はいいの?』
「フローラが手伝ったらダイアの為にならないから余計な事しないの」
『ぶーぶー』

ダイアに呼びかけたのにフローラまで出てきてしまった。
ダイアとフローラは1年以上一緒に悪巧みをした中で一々通信を介していては面倒だという事で勝手にお互いのリンクを作り上げていた。
ボソン通信にも近いそれは距離関係なくリアルタイムでのやり取りが可能で、オモイカネ2台での並列処理が行えるようになっていた。
処理能力の向上も物凄い事になっているのだが、その真価はナデシコとユーチャリスとの完全な同期運用が可能な事だろう。

「見てるのはいいから、おとなしくしてなね?」
『わかったよ、アオ』
「それじゃ、ルリちゃんお願いね」
「はい、アオさん。では、IFSフィードバックレベル10へ移行します」

ルリの言葉に連動するように、ルリの座る椅子とコンソール部分が前へとせり出てくる。
座っている状態から徐々に立つように形が変わっていき一定の所まで来ると止まった。
ルリの周りを囲むように光の線が走ると、周囲を球状に囲むようにウィンドウが展開される。
一方、アオとラピスの席でも半球状にウィンドウが展開されている。

「ダイア、全力で行くから頑張ってね?」
『が...頑張る...』

ルリがくすりと笑いつつダイアへ話しかけると、その大変さを想像したダイアのウィンドウは小刻みに震えていた。
ルリの全力、しかもラピスとアオも全力でサポートしての処理を行うのだ、いくらオモイカネでもかなり辛い。

「うん。じゃ、いくね。アオさん、ラピス、サポートお願いします」
「ルリ、わかった」
「了解、ルリちゃん」
「おぉぉ.....」

ルリの呼びかけにアオとラピスが答えた瞬間、3人の髪の毛がふわふわと漂い始めた。
その髪の毛の根元から毛先へと走るようにナノマシンの光跡が辿っていくと毛先から弾け飛ぶように光が溢れる。
身体全体にも光跡が走り、さながら3人の妖精がそこに漂っているようにも見える。
その幻想的な姿に思わずフクベは唸った。

その華やかさの中で、ダイアは死に物狂いで処理を捌いていた。

『フローラ助けて!無理!焼き切れる!無理ぃぃ!!!ギャーーーーー!!!』
『ダイア、成仏してね』
『フローラの人でなしぃ~~~~~!!!!!』
『合掌』

アオからダメと言われた手前少しでも手を貸すと後が怖い為、フローラはダイアの惨状を涙ながらに眺めているだけだった。
そんな光景が数分経つと3人の光跡が納まり、ルリの席が基に戻っていった。

「ルリちゃん、ラピス、お疲れ様」
「アオさん、ラピス、手伝ってくれてありがとうございます」
「アオ、ルリ、お疲れ~」

3人はそれぞれ労うように声をかけていた。
そんなアオ達へフクベも労いの声をかける。

「凄いもんだのう。あんな美しい物だとは考えもせなんだわ」
「あら、ありがとうございます」
「アオ、ルリ、綺麗だって♪」
「そう褒めて貰えると嬉しいですね」
「素直な感想じゃよ。妖精という言葉はふさわしいのう」

フクベは心からそう感じていた。
それ程幻想的な光景だったのだ。

ブリッジでの調整が終わった3人はもう用事が無いために部屋へ戻る事にした。

「では、フクベ提督。部屋へ戻りますね」
「わかった。確か、アオ君達とわしの部屋は近くだったな。いい茶葉を揃えてあるから気軽に尋ねたまえ」
「ありがとうございます。その時はお茶菓子を用意して伺いますね。では、失礼します」
「「失礼します」」

アオはフクベ提督とお茶のみの約束を交わすとお辞儀をして踵を返す。
ルリとラピスもアオに倣ってお辞儀をすると3人でブリッジから退室していった。
フクベ提督はその後ろ姿を少し眩しそうに眺めていた。

「フクベ提督ってあんなに明るい方だったんですね」
「前の時も木蓮から帰って来た時は陽気だったし、あの感じが素なのかも知れないね」
「楽しいおじいちゃんだった」

三者三様ではあるが、それぞれ同じように明るいおじいちゃんという認識に収まっていた。
そうしてフクベ提督の話題で盛り上がりながら部屋へと戻る途中、ルリの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。

「あらぁ~?こっちだったかしら?」

曲がり角の向こうからハルカ・ミナトの声が聞こえてきたのだ。
その声を聞いた瞬間ルリは思わず泣き出しそうになってしまった。

「ルリちゃん」

アオはそんなルリを落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でた。
ルリは大きく深呼吸して心を落ち着かせると目尻に溜まった涙を拭い笑顔を作った。
アオが視線で大丈夫?と問いかけるとルリは大丈夫ですと視線で返し、自分の気を張る為にラピスの手を握った。
それを見たアオは笑顔を浮かべると曲がり角の先へと進み、ミナトへ話しかけた。

「あの、どうしたんですか?」
「えぇ、道に迷っちゃって...って、あら?どうして女の子が所に?」

まだスーツを着ているミナトがそこにいた。
アオに声をかけられ、振り向きつつ自分の状況を伝えたミナトだったが視線の先にいたのが少女3人だったので思わず質問で返してしまった。
その質問に答える事も出来たのだが、アオはまず先にミナトの状況を改善する事にした。

「まず、貴女の状況をどうにかしてから説明しますね。コミュニケって貰ってますか?これなんですけど」

そう言ってアオは自分の腕につけてあるコミュニケをミナトへ見せた。
それを見て確か貰ったような、とポケットを探っていくが、いくら探しても見つからない。

「部屋に置いてきちゃったみたい...」
「そうなると、名前で検索するしかないみたいですね...折角なので自己紹介を先に済ませちゃいませんか?
お名前がわかれば場所はすぐに探せますから安心して下さい」
「そうなの?じゃあ、それでいいわよぉ?私はハルカ・ミナトっていうの。ミナトって呼んでくれればいいわよ。操舵士として雇われたからよろしく♪」

少女相手の自己紹介だというのに色っぽくウィンクを入れてくるのは流石である。
それに対しアオ達は至って普通に自己紹介を済ませていく。

「初めましてミナトさん。私は統括官のテンカワ・アオといいます」
「は、初めましてミナトさん。オペレーターのルリ・フリーデンです」
「初めまして、ミナト。副オペレーターのラピス・L・フリーデンです」

その3人の名前を聞いたミナトは大きく目を見開いた。
あまり動じないミナトがここまで驚くのは珍しい。

「え!?どこかで見た事あると思ったらピースランド王国のお姫様!?」
「そうです。見聞を広げるために色々と回らせて頂いてます」
「でも、これ軍艦よ?いくら見聞を広げる為っていっても...」

ミナトにはどうしても見た目10歳前後の少女が軍艦に乗っているという事に納得がいかない。
その頭の中でネルガルや国の陰謀がなどとどんどん悪い考えが膨らんでいた。

「実はですね、この船や機動兵器の設計には私達が関わってるんですよ」
「...え?」

何冗談を...と言おうとしたが、その目を見て言葉に詰まった。
曲がりなりにも社長秘書を務めていたミナトである。相手が嘘を吐いているかどうかくらいすぐにわかる。

「...ほんとなの?」
「色々と理由がありまして、この計画の深い所に関わってるんです。機密もありますから全部は言えませんけどね?」

世間話でもするようにとんでもない事を言い出すアオにミナトはどんどん混乱していった。
どう見ても10歳前後の彼女が使えるような言葉や態度ではない。

「すいません、驚かせてしまって。それに私は18歳なので、見た目相応じゃないんですよ」
「ええええぇぇぇぇぇぇ!?」

結局一番驚いたのはその事だった。
それからミナトと連れだって4人で休憩所まで行き話しをした。
そこでナデシコの行き先と弟が火星生まれである事、その弟の事もあり火星の人を助けたいと考えている事。
そしてその自分のわがままにルリとラピスが付き合ってくれていると説明した。

ミナトはそこまで聞いて、ピースランドやネルガルが火星からの避難者を積極的に保護した事。
そしてアオやルリ、ラピスと同じようなIFS強化体質の子達の保護やIFSへの忌避感をなくすための政策を思い出した。

「そっか...アオさんは弟思いなんですね」
「たった一人の肉親ですからね。子供っぽい所がある分、弟と息子が混じったような感じです」
「クスクス。それとルリちゃんとラピスちゃんね。噂には聞いてたけど、二人は本当にアオさん想いなんだね」
「はい。アオさんは私とラピスが守ります」
「うん。それにアオは私とラピスを守ってくれる」

真剣にそう言い放つ二人を見てミナトは驚いた。
その目はしっかりと大人の女をしていたのだ。

「なぁんか、本当にふかぁ~い関係なんですね。犯罪ですよ?」
「非公式ですが、婚約してますから大丈夫」
「え!?」

爆弾発言の連発にミナトが更に驚いた。
ここまで来ると流石の彼女も冷や汗を流して困惑していた。

「実はそうなんです」
「うん。3人で一緒」
「うわぁ...【Fairy Lily Garden】って本当なのね。私も経験がない訳じゃないからいいけど、国としてはどうなんだろ...」
「マエリス王妃は大賛成みたいですが、プレミア国王は凄い困ってるんですよね。会う度にアオ殿が男であればってぼやいてますから」

アオは苦笑しつつそんな事を話していた。
その世間話でもするような雰囲気にあぁ、本当なんだとミナトは感じていた。

「でも、こんな事私に話しちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。第一印象ですけど、ミナトさんが変な事するようには思えませんから」
「はい!ミナトさんなら絶対大丈夫です!」
「うん。ミナトといると安心する」

アオにいきなり信頼された事、ルリが絶対をつけてまで熱弁した大丈夫、ラピスの安心するという言葉にミナトはきょとんとしてしまう。
若いながらも社長秘書をしており人生経験に加え男性経験も豊富な彼女だが、その中にあってさえここまで素直に感情をぶつけられたのは稀であった。
ミナトはクスクスと笑いだすと次第にお腹を抱えて苦しそうに笑い続けた。

「はぁ...苦しい。よし、わかったわ!これだけの信用を裏切ったら罰が当たるわ!不肖ハルカ・ミナトはアオさん達を応援します!
それじゃ、ルリちゃんはルリルリで!ラピスちゃんはラピラピ?ラピリン?ラピスちゃん?...む、どれにしよう」
「ラピラピでいい」
「わかったわ、ラピラピね!これからよろしくね♪」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ミナトさん...」
「ミナト、よろしく」

ミナトは立ちあがって宣言するとルリとラピスをぎゅ~っと力一杯抱き寄せていた。
その胸に埋もれて苦しそうだったが、それでも二人は嬉しそうだった。
その様子をアオは嬉しそうに眺めていた。

「アオさんにもハグしちゃうとルリルリとラピラピから怒られそうだったから、やめといたわ♪」
「ミナトさんなら怒りません」
「私もミナトなら大丈夫」
「あらら、ありがとう♪」

それから3人はようやく本題へ入る事が出来、ダイアの誘導でミナトの部屋まで向かっていった。
その途中でアオ達の部屋の場所も伝え、アキトを含めた4人暮らしという事を伝えると驚いていた。

「え、それって危なくない?」
「いえ、危ないのはむしろアキトさんの方で...」
「ルリルリ、それどういう事?」
「え、ルリちゃん、そうなの?」

いきなりアキトの方が危ないと言われて思わずアオも反応した。
そのアオを呆れたように見つめると、ルリはため息交じりにミナトへ伝える。

「アオさんがこういう感じで無防備すぎるのでアキトさんの方が色々大変なんです」
「ルリルリもラピラピも弟君も大変みたいね...」

今のやり取りで察しがついたのか、ミナトは苦笑しつつ言葉を漏らした。
アオは最後までわかっておらず、相変わらず鈍感は直る気配がない。
そしてミナトを部屋まで送り届けたアオ達はミナトと挨拶を交わしていた。

「では、私達はこれで戻ります。よかったらいつでも部屋に来て下さい。広いですし色々用意出来るのでのんびり出来ると思います」
「アオさん、ルリルリ、ラピラピ、送ってくれてありがとう。お礼も兼ねて今度何か持って伺わせて貰うわね」
「ミナトさん、プライベートでも主にアオさんの事で相談して貰うと思いますのでよろしくお願いします」
「アオは無自覚で男を引き寄せるから大変」
「わかったわ、ルリルリ、ラピラピ。手が空いてる時ならいつでも相談に乗るからね!」

それから3人は改めて部屋へと戻っていった。

「ユリカは相変わらずギリギリ...いや、遅刻しそうだね」
「流石というか、直らないんでしょうか?」
「うぅん...」

部屋へと戻った3人は続々と乗艦していく仲間を眺めつつため息を吐いていた。
そんな中、見知った物がまた一人乗艦を済ませた。

「あ、マナカだ!」
「マナカさんも早いですね」
「ルリちゃん、ラピス会いに行く?」
「「はい!!」」

3人はすぐに部屋を出ると医務室がある方へと向かっていく。
ラピスはマナカに会いたい為、アオとルリをしきりに急かして引っ張っていった。

「マナカ!」
「きゃっ!?」

ラピスがかなり急かしたため、マナカが部屋へ入る所で鉢合わせてしまった。
マナカの姿が見えた瞬間ラピスは飛びかかっていった。

「ラピスちゃん、危ないからこういう事しちゃ駄目よ?」
「うぅ、ごめんなさい」
「マナカさんお久しぶりです。マナカさんも早いんですね」
「マナカさん、お久しぶりです」
「解析の終わってない中で特に機密の高いナノマシンは持ってこないとならなかったから早めに来たのよ。
調整まで終わった分に関してはエリナが保管してくれてるから大丈夫だけどね」

実際にアオが研究所から持ち出したナノマシンについて、大半の解析と調整を終えていた。
既存のナノマシンも含まれており、元々詳細なデータが残っていたのも要因の一つにはある。
だが、それを差し引いても流石イネスの母親である。
残った物はそれ程多くなく、どれも遺跡に関係するナノマシンばかりである。
そして持ち出したナノマシン総てがアオの体内に投与されているのだから、人道という物を理解しない科学者の非道さが伺い知れる。

「それで、これから荷解きするんですよね?手伝いましょうか?」
「あ、大丈夫よ。研究関係の物もあるから下手に触っちゃうとわからなくなっちゃうから。
それに、あの子の荷物もあるから...わがままでごめんなさいね?」

それは、アイがいつ帰ってきてもいいように買い揃えた物だった。
そしてマナカの実家に残っていた写真や映像も持ってきていた。
ラピスは手伝えない事に少し残念がっていたが、マナカの表情を見て納得していた。

「では、よかったら晩御飯はご一緒しません?食堂はまだ営業始まってないですから」
「そうね、そうさせて貰おうかしら。作り始める時は呼んで下さいな。久しぶりにみんなでお料理したいですから」
「はい、その時は是非」
「マナカさん、では後ほど」
「マナカ、また後でね」

そうして戻る途中、今度はメグミ・レイナードと鉢合わせをする事になった。
メグミは今着いたばかりの用で大きなキャリーバックを牽いて歩いていた。

「あれ、どうして女の子が?それに変わった色の制服着てるのね」
「えっと、メグミ・レイナードさんですよね?」
「私の事知ってるの?」
「はい。ブリッジの方くらいは覚えてますよ。初めまして、統括官のテンカワ・アオといいます。
水色の髪の子がオペレーターのルリ・フリーデン。桃色の髪の子はサブオペレーターのラピス・L・フリーデンです」

ミナトの時と同じく女の子が乗ってる事に戸惑ったが、それ以上にアオの制服に興味が湧いていた。
それを受けてアオはルリとラピスも含めて自己紹介をしていった。

「え!?もしかして、貴女達って【Fairy Lily Garden】の?」
「あ~...やっぱりそういう認識になっちゃうんですね」

流石に声優という職業だけあり、そっち系の話には詳しいらしい。
ピースランドより俗称が先に出てきた事にアオは疲れたような顔をして、ため息混じりに言葉を漏らした。
それからしばらくメグミと話をしたアオ達は夕方近くなっている事に気付いた。
余り遅くなってはと、メグミと別れたアオ達は部屋へ戻る前に食堂へと向かっていった。

「ホウメイさん、どうもです。どんな感じですか?」
「アオさんかい。アキトのやつ結構体力あるんだね、かなり助かってるよ」
「えぇ、コックとパイロットの両立しようとしてる分両方中途半端にならないように鍛えてますからね」
「そりゃアキトも大変だ。それでどうしたんだい?」

食堂へ着いたアオ達は近くにいたホウメイへ声をかけた。
アキトはかなり頑張ってるらしく、思ってた以上に食堂は片付いていた。

「そろそろいい時間になってきましたし、私達の部屋で夕ご飯でもご一緒しませんか?と誘いに来たんです」
「そりゃ構わないけど...そんなに入れるのかい?」
「えぇ、大丈夫なんです」
「そうかい、それじゃお邪魔しようかな。アキト!もういいからこっちきな!」
「あ、はい!」

倉庫の方でごそごそとしていたアキトは弾かれたように飛んできた。
そのアキトにも事情を説明し、ホウメイを連れて部屋へと向かっていった。
そしてアオは向かう途中にマナカやフクベ提督、ミナトにメグミ、そしてウリバタケまで呼んでいた。
フクベ提督やミナトとメグミはお呼ばれした事に驚いていたが、快く了解してくれた。
ウリバタケは久しぶりにアオ達の手料理が食べれる事に大喜びしていた。

しかし、アキトはかなり緊張していた。
それはホウメイからの一言が原因だった。

「アキト。折角だから何か一品自分だけで作ってみな。味を見てやるから」
「あ、はい!!」

その一言があってからガチガチになっている。
その様子を見てまだまだ若いねぇとホウメイは楽しそうに笑っていた。
そして、アオ達が部屋へ入ると時を待たずにマナカを始め呼んだ人全員がアオ達の部屋を訪れていた。
その部屋へ入った最初の一言は全員同じである。

「広!」

上官室3つ分をぶち抜いた作りで、ほぼ一部屋分がリビングダイニングになっているのだからかなり広い。
そしてホウメイはそのキッチンに驚いていた。

「こりゃ凄いね...食堂とそんなに変わらないんじゃないかい?」
「設計の改修は私達でやったので、かなり好き勝手させて貰っちゃいました」
「え~~、いいなぁ~」

これだけの物を見せられたメグミはかなり羨ましそうにしていた。
アオはフクベ達へお茶とお茶菓子を用意すると、ルリとラピス、アキトにマナカと一緒にキッチンへ入っていった。
ホウメイは料理の手際に興味があるのか、カウンター越しに中の様子を伺っていた。
そしてアオは以前4人で住んでいた頃のようにルリと一緒に、マナカはラピスと料理を作っていく。
アキトは作り始めると緊張が取れたのか、楽しそうに包丁を振るっていく。

「へぇ...やるじゃないか」

そのアキトの手際に感じ入る物があるのか、ホウメイの目線は料理人のそれになっていた。
フクベ提督やミナト達も楽しげに料理を作るアオ達の姿に魅入っていた。

「楽しそうでいいなぁ...私も料理覚えようかな?」
「そうよねぇ。私は早く旦那様見つけようかしら...」
「いいもんじゃな...」
「.....」

メグミはいつか好きな人と一緒に料理を作る事を夢見るように呟いていた。
ミナトは所帯を持って子供と一緒に料理を作る自分をそこに投影させていた。
フクベ提督は孫達を見るように暖かい目線で見守っていた。
ウリバタケは夏の一件以来仲睦まじく過ごしていた家族を思い出していた。
そうしてしばらくするとアオ達が出来あがった料理を大皿に入れて運んできた。

だが、みんなが食べ始める前にホウメイによるアキトの料理の試食が始まった。
アキトが作ったのは雪谷食堂で最初に自分が任された料理である炒飯だった。
ホウメイが真剣な面持ちで口に運び、ゆっくりと味を見ていく。
アキトだけじゃなく全員が緊張してその様子を見守っていた。

「そうだね、まだ10年早いね」

その一言に雰囲気が落ち込んだ。

「話は最後まで聞きな。炒飯に関しては十分人様に出せる味だから安心おし。
10年早いのはまだまだ自分の味になっていないからだよ」

続けられた言葉を聞いたみんながわっと沸いた。
つまり、炒飯に関してはもう教える必要がない段階になっているという事だった。

「あ、ありがとうございます!」
「料理は炒飯だけじゃないさね。まだまだ先は長いから覚悟おし?」
「は、はい!!よろしくお願いします」

アキトは感激して涙目になっていた。
それからは祝賀会を兼ねて楽しく食事が進んでいった。

そして、食事が進む中ここでもアオとルリの行動が注目を浴びる事となった。
既にアオ達との食事を経験済みのアキトとマナカ、そしてウリバタケはいつもの事だと気にも留めていなかった。
しかし、フクベ提督とホウメイ、ミナトとメグミの4人は唖然としていた。
4人は平然としているアキト達へ質問した。

「いつもこうなのかい?」
「あ、はい。そうですよ」
「夫婦みたい...」
「一緒に住み始めてすぐの時からこんな感じよ?」
「うそぉ...」
「アオちゃん達が仲いいのは前からだからなぁ」
「話には聞いていたがこれ程とは...」

初めて見る人にとっては見た目10歳前後の少女が仲睦まじい夫婦のような行動をしているとショックが大きいらしい。
そうして食事が終わり夜も遅くなった頃、アオはウィンドウ通信を開いていた。

「ミスマル・ユリカ艦長とムネタケ・サダアキ副提督。まだ着いてないんですけど?」

とてもにこやかに通信相手へ微笑んでいた。

「あ、アオ君。い、急いで向かわせているのでもう少し待ってくれないかね?」
「サダアキはもうそちらへ到着しているはずです。ただ、再教育がいきすぎてアオ君に拒絶反応が...」

ミスマル提督とムネタケ参謀は二人揃って冷や汗を流しつつ弁解していた。
アオはダイアとフローラへユリカとサダアキの居場所を確認して貰った。

「確かに、ユリカさんは急いで向かっていますね。でも到着するのが朝ギリギリですよ?
ユリカさんは助手席で寝ているだけだからいいでしょうけど、ジュンさんの事まで考えてました?
サダアキさんは近くのホテルで一泊してるみたいですね。明日叱っておきますね?」
「す、すまない。不甲斐ないばっかりで...」
「よろしく頼みます」
「もう夜も遅いですからこの辺にしておきますが、今後はこちらの判断に任せて頂きますがよろしいですよね?」
「「あぁ、構わない」」
「わかりました。それでは、ゆっくり休んで下さい」

そう言うとアオのウィンドウが消えた。
その瞬間ミスマル提督とムネタケ参謀は盛大な溜息を吐いた。

「ヨシサダ君、胃薬持ってないかね?」
「私の分で精一杯です」

子供の事に関しては全くアオに頭が上がらない二人だった。
そうして習熟訓練前日の夜は更けていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_29話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/16 17:35
習熟訓練初日。
もうそろそろ訓練開始の時間となるのに案の定ミスマル・ユリカ艦長は来ていない。

「遅いねぇ、かんちょ~」
「そうですね~」

ミナトは爪の手入れに精をだしメグミは漫画を読んでいた。
そののんびりとだらけた雰囲気はまさにナデシコであろう。

「ダイア、間に合いそう?」
『車があと5分で到着するので走ればギリギリです』
「もしかしてジュンが全部運転してる?」
『まず間違いないですよ』
「うん、わかった。ありがとね」

アオとルリ、ラピスは軍事シミュレーションで三つ巴の艦隊戦を行っていた。
遊びではあるのだが、そのレベルはフクベ提督でさえ唸るレベルになっている。
その為、フクベ提督にムネタケ副提督、プロスとゴートの4人はお茶を飲みながら先程から観戦していた。

「これは素晴らしいのう。ムネタケ副提督もこれを見てよく勉強しなさい」
「わ、わかったわ」
「それにしても、見事ですなぁ...」
「年齢的に厳しいが、3人共に艦長としても逸材だ」

そんな感じでさっきから仕切りに唸ってばかりいる。
ムネタケ副提督は父親からの再教育の影響からかアオの前では借りて来た猫のように大人しくなっていた。
【アオへ逆らう=強制送還+再教育】と叩き込まれているのがその原因なのだが、どんな教育をしたのかはアオでさえ教えて貰えなかった。
それから5分後、アオの眺めるウィンドウの右下にダイアからのウィンドウが小さく開いた。

『アオさん、車が到着しました。2-3分でブリッジへ到着します』
「うん、ダイアありがとね。訓練開始2分前か、本当にギリギリだね...」
「アオさん、中断してやり直しますか?」
「そうだね、ラピスもまた後で続きやろうね」
「うん、わかった」

ユリカが到着した連絡を受けたアオはシミュレーションを中断して、習熟訓練をする為の準備をする。
とはいっても用意は終わっており、ダイアに頼むだけなのでここまでのんびりとしていた。
そしてブリッジの扉が開いた瞬間、濃い藍色の髪をした艦長服に身を包んだ女性が元気に飛び込んできた。
その後ろには徹夜の運転で顔が青白い、ともすれば女性にも見えそうな柔らかい雰囲気の男性もついている。

「みなさん、初めまして!私が艦長のミスマル・ユリカです!ぶい!!」
「申し訳ありません。急いできたんですが、ギリギリになってしまいました。
えっと、副艦長のアオイ・ジュンです。よろしくお願いします」

その二人を見てアオとルリはとても懐かしそうに目を細めている。
ラピスは興味津々に二人の様子を観察していた。
それ以外の全員が唖然として一つの事を頭に思い浮かべていた。

(大丈夫かな、この艦?)

そんな中いち早く復帰したプロスが場をまとめ始める。

「さて皆さん。これで、ブリッジのメンバーが全員揃ったという事でまずは自己紹介と参りましょう。
立場が上の者からがいいでしょうから、フクベ提督、アオさんと続けていきましょう」

まずはフクベ提督が立ちあがった。
白い髭をさすりながらブリッジの全員を見まわす。

「この艦の提督を務めるフクベ・ジンだ。ある者との約束を果たすのが目的でこの艦に乗っておる。
お飾りではあるが、老兵は老兵なりにこの艦を第一に考え助言をしていこうと思うのでよろしく頼む」

次にアオが立ち上がる。
ユリカとジュンはアオの制服だけ色が違う事と何故少女が?という疑問があからさまに顔に出ていた。

「統括官のテンカワ・アオと申します。権限としては提督とほぼ同程度と考えて頂ければ結構です。
基本的には艦内を見回って各所の潤滑油としての役割を行う事になります。
ただ、有事の際には私の判断でオペレーター、パイロットから対人の鎮圧、生活班の補助までやらせて頂きます。
要は何でも屋さんです」

そのアオの自己紹介に既に知っている者以外はかなり驚いていた。
オペレーターに加えパイロットもやると言われて驚かない方がおかしいだろう。

「それについては私共の方から保証させて頂きますよ。では、次はムネタケ副提督ですな」
「わかったわ。副提督のムネタケ・サダアキよ。やるからには全力で務めるわ。
どこかの誰かにまた送り返されたくはないからね」

思い切りアオを意識して厭味ったらしく言うものだから、アオは苦笑が止まらなかった。
それでも以前のように喚き散らす事がないだけでもかなりよくなっているだろう。

その後もユリカ、ジュンと自己紹介が続いていった。
ユリカに関してはアキトとの接触がまだないためか、至極まともだった。
そして、そんなユリカの様子にアオとルリは逆に驚いていた。

「普段のユリカってこんなんだったんだ...」
「私もびっくりです...」

ジュン以降の自己紹介も問題なく終わると、習熟訓練へと入っていく。
そこでもアキトと関わっていないユリカは淡々と的確な指示を飛ばしていく。
まだ大学を卒業したばかりとは思えない堂々としたそれはみんなに安心感を与える程のものであった。

しかし、そんな中でアオは表情を厳しく変えていた。
その雰囲気に気付いたルリはIFSを介して話しかけた。

『アオさん、どうしたんですか?』
『うん、気になる事が出来てね...ルリちゃんには後で話すね』
『あ、はい。わかりました』

アオからそう言われてしまうとどうしようもない。
ルリは話しかけるのを止めると訓練へと集中していった。

それから休憩も挟みつつしっかり8時間程習熟訓練を行った。
初めての場所、初めての相手との訓練になり、全員気を張っていた為か終わった後はかなりぐったりとしていた。
特に顕著なのは徹夜で車を運転して来たジュンだろう。いつ倒れてもおかしくないような顔をしている。
そんな中、アオは席から立つとユリカとジュンの傍までやってきた。

「フクベ提督。今日の総括は私がさせて頂いてもいいですか?」
「あぁ、構わんよ」
「はい。それでは...」

そこで一つ咳払いをすると、全員へ聞こえるような声量で言葉を発していく。
元々透る声なので、張り上げなくても自然と耳に入る。その上柔らかい喋り方のせいで総括とは言いつつも場が和んでいく。

「訓練としてですが、及第点...で収めたい所ですが、花丸あげちゃいます。大変よく出来ました。
初日でこれくらい出来るならぶっつけ本番でもなんとかなってた気もしてくるくらいです」

アオとルリが知ってる限りはほぼぶっつけ本番でなんとかなっていたので確かにその通りである。
だが、アオが厳しい顔をしていたのには理由があった。

「ただ、問題はあります。みなさん技術的には大丈夫なんですが、精神面での心構えがまだ出来ていませんね。
艦長と副艦長からして遅刻ギリギリ、その上副提督も遅刻はしませんでしたが昨日は近くのホテルでしたっけ?」

アオがキッとサダアキへ刺すような目線を向けるとビクリと身体を揺らした。
確かに強制ではなかったが、万全を喫して前日には乗艦して下さいねと連絡はいっていたはずなのだ。

「ナデシコに乗艦した中で実際に無人兵器との戦いをした事があるのは数人しかいないのでしょうがないかもしれません。
それに言葉で言ってどうにかなる物ではありませんがこの艦は戦艦です。
そして戦争に参加するという事を頭の隅ででもいいから少し考えてみて下さいね」

その言い聞かせるような物言いに聞いてた全員がそんなに心構え出来ていないのかなと考えさせられる事になった。
アオの雰囲気と話し方は正に子供へ言い聞かせるような柔らかい物言いだった為に自分ってそこまで...?と思ってしまうものだったのだ。
だからといって、一朝一夕で心構えが出来るのなら苦労をする事がない。それもアオは重々承知していた。
そうして総括が終わったアオは、まずジュンへと顔を向け声をかけた。

「え~っと、ジュンさんでいいかな?お疲れ様でした。それで、書類整理はいいから今日はすぐ寝なさいね」
「あ、テンカワ統括官。了解しました、ありがとうございます。それとジュンで大丈夫です」
「それじゃ、私もアオでいいからね。それと命令と取って貰ってもいいからすぐ寝なさい?」
「ではお言葉に甘えさせて頂きます」

疲れと眠気の為か締りのない敬礼をしたジュンはアオからの寝ろという命令を喜んで受け、部屋へと戻っていった。
そしてアオは残ったユリカへ向き直る。

「ユリカさんでいいかな?」
「はい。問題ありません」
「じゃあ、私の事もアオって呼んでね。それで、ユリカさん。
あんまりジュンさんに甘えないようにしなさいね。倒れそうだったじゃない?」
「え、あの...すいません...」

甘えてる訳じゃない。そう言おうとしたが、アオの強い視線に晒されたユリカは俯く事しか出来なかった。

「今日の訓練で能力は十分だという事はわかったから、自分の仕事にはちゃんと責任持つようにね。
緊急時でもないのにあまり部下を扱き使ってると愛想尽かされて艦長から下ろされかねないよ?」
「ジュン君はそんな事...」
「公私混同はしない方がいいわよ?普段のジュンさんがどうあれ、副艦長が艦長の解任権を有してる事は事実なんだから」
「...はい」

事実、アオの知っている歴史ではユリカの身を案じナデシコを止めようとした。
今回は艦長の解任をしてユリカをナデシコから下ろすと言い出さないとは限らないのだ。
解任権の事はユリカも知っているのか、渋々とだが頷いていた。
とはいえ、こんな事を言うアオ自身でもジュンがユリカの経歴に瑕が付くような事をするとは到底思っていなかった。

「先日卒業したばかりで責任感を持てというのも酷かもしれないけど、ユリカさんは200名の人員を預かっているのよ。
痛い目を見てからでは遅いから、その事実を早く自覚しなさいね?」
「...わかりました」
「じゃあ、ユリカさんも着いて早々の訓練で疲れたでしょうから今日は休みなさいな」
「はい、ありがとうございます」

そうしてユリカもブリッジから退室した。
そして次にブリッジ全体へ解散と告げるとミナトとメグミも思い思いに身体を解しながらブリッジを退室していった。
しかし、ルリやラピスを始めフクベ提督にプロスとゴート、何故かサダアキもその場に残っていた。

「あら、ムネタケ副提督も残ったんだ。ホテルに泊ったとは思えない程熱心ですね」

そんなサダアキにアオは思い切り厭味を言い放つ。
それを受けて冷や汗を流しながらもサダアキは言い訳をした。

「き、強制じゃなかったわ!何より近くにいたのだから問題はないじゃない!」
「フクベ提督、ムネタケ副提督は私達なんかに挨拶する程の価値もないってお考えらしいですよ」
「そうじゃな。ヨシサダ君に君の息子は上官をないがしろにしていると伝えねばならんな...」
「ま!待ち...待って下さい!申し訳ありませんでした!わたしの怠慢でした!」

父親へ報告されると強制送還を喰らってしまう。
それだけはなんとか阻止しないとならなかったサダアキは見栄やプライドなどとうの昔に捨て去っていた。

「まぁ、いじめるのはこのくらいにしますか。それで、フクベ提督の目にユリカさんはどう映りました?」
「ふむ...」

しばし髭を撫でていたフクベはちらりとアオを見るとおもむろに口を開いた。

「確かに優秀じゃな。統合的戦略シミュレーション無敗じゃったか。それも十分頷ける。
だが、まだまだ青い。何事にも我を通しすぎる嫌いがあるのがその証拠じゃ」
「...やっぱりそうですよね。挫折らしい挫折を経験した事がない。
でもなまじ才能がある上にクルーの能力も高いから、かなり無理が通っちゃうのが難しいですね」

アオとフクベ提督がどうしたものかと顔を天井に向け悩んでいた。
しかし、二人以外の者には何故そんなに悩んでいるのかわからなかった。
そんな二人へルリが声をかけた。

「あの、アオさんとフクベ提督。何をそんなに悩んでるんですか?
特にアオさんは訓練の途中から厳しい顔をしてましたし...」
「そうだ、後で話すって言ってたね。えっと、ユリカさんの能力が凄い高いのはわかるよね?」
「はい」
「特にルリちゃんならわかると思うけど、そこにクルーの能力が合わさると大抵の無理はなんとかしてしまえるのよ」
「それもわかります」

ルリは実際にナデシコに乗ってそれを経験しているのだからわかりやすい。
単艦で地球連合軍vs木蓮のただ中に突っ込んで遺跡を奪取出来たのだからその無理の通せるレベルは恐ろしく高い。
ラピスやフクベ提督、プロスとゴートは未来の事を知っているので想像しやすい。
サダアキだけは蚊帳の外だが、先程の訓練の様子からおおまかに予想出来たのか納得していた。

「でも、ユリカさんの甘えを取るなら一度大きな挫折をして貰わないといけないのよ。
出来るなら実戦の中ではなくてこの訓練中に。でもね~、パッと浮かんでこないんだよねこれが...」

そうしてアオとフクベはまた悩みだした。
それにみんなも加わってしばらく頭を捻っていたが妙案は浮かんでこずに一度解散という事になった。

それからアオはルリとラピスを連れて食堂まで来たのだが、そこには先客がいた。
本日休業中の看板が立つ食堂の入口で途方に暮れている彼女にアオは思わず声をかけていた。

「え~、まだ食堂は空いてないの?」
「あれ、ユリカさん?」
「はれ、アオ統括官?」
「食堂は明日にならないと無理みたいよ?」
「あれ、そうなんですか...どうしようかな...」
「あぁ、折角だし弟に会っていかない?」
「え?弟さんいらっしゃるんですか?」
「えぇ、テンカワ・アキト。確か幼馴染よね」
「え?え?」

アオはそう言うとユリカの手を引いて看板の脇を通り食堂へ入っていった。
その行動にはユリカだけじゃなくルリとラピスも驚いていた。
ブリッジではアキトの事に全く触れもせず、紹介する気がないのかと思う程だったのにここに来て紹介する意図が掴めなかった。
そうして入った食堂だが、アキトが手伝ったおかげか予定よりも早く片付いていて、外から見る限りはいつでも営業を始められそうだった。
アオ達は食堂のカウンターまで歩いていくと、倉庫の方へ向けて声をかけた。

「ホウメイさ~ん。ちょっとだけアキト貸してもらえませんか?」
「アオちゃんかい、いいよ?アキト、ここはあと少しで終わるから行っておいで」
「あ、はい!」

倉庫からホウメイの声とアキトの威勢のいい返事が聞こえた後ぱたぱたと小走りに走る音が聞こえてきた。
そして厨房の中にひょこっとアキトが顔を出した。

「訓練終わったからどんな調子か見に来たの。それで、入口で彼女に会ったからついでに引っ張ってきちゃった」
「ん、彼女?」

そうしてアキトは見覚えのない女性の顔をまじまじと見つめた。
しかし、どうにも見覚えがないがどこかで見たような気もする。
女性の方も同じなのかアキトの顔をまじまじと見つめながら『アキト...アキト...』と呟いていた。

「あれ、わかんない?彼女はミスマル・ユリカさん。幼稚園で同じちゅーりっぷ組だったでしょ?
それとユリカさん。この子がテンカワ・アキト。私の弟ですよ」
「「.....ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

同時に思い出したのか二人してお互いを指差して大声を上げる。
その声にびっくりしたのか『どうしたんだい?』とホウメイも顔を覗かせた。

「アキト!アキト!アキトぉ!!どうしてここにいるの?なんで連絡くれなかったの?今まで何してたの?」
「ユリカ?な、な、なんでお前ここに居るんだよ!!それになんだその格好は!?」

カウンター越しに飛び付こうとするユリカを避けつつアキトは質問を投げかける。
しかし、ユリカも質問で返すので埒が明かない。
そんな二人を見兼ねてアオは拍子を打って気を向かせるとが声をかけた。

「はいはい。そんな二人して取り乱してもどうにもならないでしょう?
私がしっかり質問に答えるから少しは落ち着きなさい。二人ともいい歳してるんだからみっともないよ?」
「「うっ...」」

アキトはともかく、ユリカもアオには逆らえないのか窘められると聞いてしまう。
そうして6人テーブルへ移動するとアキトの両隣りにアオとルリ、ユリカの両隣りにラピスとホウメイが座る形になった。
ラピスはアオ側じゃないのでかなり不満顔をしている。
そしてユリカはお見合いっぽい雰囲気に一人頬を染めて舞い上がっていた。

「質問に答えるといっても私の説明をした方が早いから、それを教えるね。
話せる事、話せない事があるからそこはわかって貰えると嬉しいかな」
「は、はい」

アオの言葉にユリカが頷くとアオは話し始めた。

「まず、ユリカさんが私の事を知らないのは当然です。アキトも私の事を知ったのは1年前だからね。
色んな事が重なった結果なんだけど、私の事は両親でさえ知りません。ですが、正真正銘アキトとは血の繋がった姉弟です」
「「えっ!!」」
「詳しい事はお伝え出来ません。そうそう他人に話す事でもないし、そういう事があった程度で収めておいて下さい」

いきなりとんでもない事を言い出したアオにユリカとホウメイは絶句した。
両親にさえ隠されたまま生みだされ、1年前まで知らされない人生がどんなものか想像もつかないのだ。

「それで、1年前にようやく会う事が出来て地球に来てからこのプロジェクトに関わらせて貰ったの。
その際に私に似た境遇のルリちゃんとラピスと仲良くなってね、今一緒に住んでるんですよ。
ただ、アキトにもプロジェクトに関わって貰いたかったからコック志望なのに無理を言ってパイロットも兼任して貰ってるのよ」
「アオちゃんが年齢よりも大人びた眼をするのにはそんな訳があったんだね」
「へぇ~~...」

ホウメイも今の話を聞くのは初めてだったが、ホウメイなりにアオが何か普通とは違う所を感じていたのかすぐに納得していた。
ユリカについてはただただアオの話に感心するばかりだった。

「それで、ユリカさんはこの艦の艦長をして貰ってます。まだまだ学生気分が抜けてないけど、結構優秀なのよ?」
「お前が艦長って信じられないけど、姉さんがこう言ってるんだからそうなんだろうなぁ...」
「そうなんです、優秀な艦長さんなんですよ、えっへん!」

学生気分が抜けていないという忠告が聞こえていないのは流石ユリカである。
その事に苦笑しつつも話を続けていく。

「それで、何でここに居るのかについてはわかって貰えた?」
「「あ、はい」」
「後聞きたい事はある?」
「あ、はいはい。アキト、なんで連絡くれなかったの?」

アオが促すとユリカは元気に手を上げてアキトに質問をした。
しっかりと立ち上がる所は本当に学生っぽい...むしろ学童っぽい。

「だって、お前の住所なんて知らなかったぞ?」
「え、私ちゃんと手紙送ってたよ?」
「俺、お前と別れてすぐのテロで両親亡くなってから孤児院暮らしだったんだが、知らなかったのか?」
「あ...」

アキトの両親が亡くなった事は知っていた。
だが、その頃まだ小さかったユリカにはその事が原因で起こる事まで考えが回らなかったのだ。
そして連絡が帰ってこないという事だけを気にしてしまったユリカには自分の失敗には気付けなかった。
もっとしっかり自分の行動を見直してみればと後悔したような表情を浮かべた。
そのユリカに向かって、アキトは厳しい表情を浮かべていた。

「で、俺は逆にお前に聞きたい事があるんだが?」
「え、なに、アキト?」
「お前なら俺の両親が死ん...」
「あ...アキト、ごめん」
「え、姉さん?」

アキトが両親の死んだ理由、殺された理由をユリカへ問い詰めようとした途中でアオは声を上げた。
アオは顔を手で覆って、完全に忘れてたっと呟いていた。

「うん。それ全部知ってる。ほんとにごめん、後でもいいかな?」
「え?知って...?え?あ、話してくれるなら...」

アオが知っているとは思っていなかったアキトは呆気に取られつつも話してくれるならと了解した。
ホウメイとユリカは全く話についていけずに二人のやり取りを眺めている事しか出来なかった。
それからは世間話に加えて、アキトはユリカと別れてからどんな生活をしていたか話していった。
そして逆にユリカはアキトと別れてからの事を話していく。
アオはこの1年の事を話していったのだが、ルリとラピスについての話になるとユリカは驚いていた。

「えええぇぇぇぇぇ!?ピースランドのお姫様!?」
「艦長。あんた見てわからなかったのかい?」
「どこかで見た事あるなって思ってましたけど...」

ホウメイは既に気付いていたようで、特別驚いたりはせず、逆に気付かなかったユリカを窘めていた。
それからしばらくそれぞれの話に花を咲かせていたのだが、ホウメイ達の邪魔をするのも悪いという事になり解散となった。
部屋へと戻る途中、ユリカはもじもじとしながらアオへと話しかけていた。

「あ、あの、アオさん。アオさんってアキトさんのお姉さんなんですよね。それなら、私もおねえ...」
「ダメ」

アオをお姉さんと呼ぼうとしたユリカは一言で切り捨てられた。
その返答にうるるると涙を流す。

「ど、ど~してですか?」
「私が貴女を認めてないからよ」
「え~~~!だってだって優秀な艦長さんだって...」
「話はしっかり全部聞きなさい。能力だけはと言ったのよ?まだまだ学生気分抜けてないし、精神的にも幼い。
公私混同もするし、人の話もしっかり聞いてない。そして遅刻しそうにもなる。このままだったら10年経っても認めない」
「はぅ!!」

ずばずばと切り捨てられたユリカはその場に崩れ落ちた。
アオはそれをフォローするように声をかける。

「逆に私が認められるようになれれば、むしろアキトとの仲を応援してあげるわよ?
点数はかなり厳しいから内面も含めてかなりしっかり鍛えないと無理だけどね」
「わかりました!やります!!」
「ちなみに、貴女以外にもアキトを狙ってる人は私の知る限り2人いるわよ。
そのどちらも今の貴女では足元にも及ばないくらい私の点数は高いから精々頑張ってね?」
「えええぇぇぇぇぇぇ!!!」

そしてまたがっくりと膝をついた。
しかし、すぐに立ち直るとアオへキッと凛々しい目線を向けて宣言した。

「わかりました!近い将来アオさんの方から妹になってと言わせて見せますから覚悟して下さい!!」

ユリカはそう叫ぶと自分の部屋へと走り去っていった。
その後ろ姿を見送ったアオはクスクスと笑っている。
そんなアオにルリは疑問に感じていた事を聞いてみた。

「アオさん、これが狙いだったんですか?」
「ううん。最初は本当になんとなくだったよ。お姉ちゃんとしてアキトには合わせてあげたかったしね。
ただ、話してる内にうまく発破かければ誘導できそうだなぁって。こんなにうまくいくとは思わなかったけどね?」
「アオ、楽しそう」
「そうね、ラピス。アオさん楽しそう」
「ん、ラピスにもルリちゃんにもわかっちゃう?」
「それだけ嬉しそうにしてれば誰だってわかりますよ」
「アオが楽しいと私も楽しい」

そして3人は仲睦まじく部屋へと戻っていった。
その夜の事、夕飯も終わりリビングでアオとルリ、ラピスに加えアキトものんびりとしていた。
そこでアオはアキトへと声をかける。

「さてと、アキト。夕方の事、ちゃんと説明するね?」
「あぁ、わかったよ」

アオとルリ、ラピスはアキトとテーブルを挟むように座った。
そしてアオはウィンドウを出して通信を繋げる。

「え、なんでウィンドウが?」
「うん、一応関係者だからね。というよりもその息子になるんだけど...」

そうしてウィンドウに現れたのはアカツキだった。

「あれ、アカツキ?」
「アオ君にアキトか。それにルリ君とラピス君まで...どうしたんだい?」
「えっとね、ナガレ。私が思い切りアキトに説明するの忘れちゃってたんだけどね。
お父さんとお母さんの事説明してくれる?」

アオの言葉を聞いたアカツキは大きく目を見開いた。
そして納得したように目を瞑ると真剣な目をアキトへと向けた。

「そうだね、これはネルガルの仕出かした事だから、ボクが責任を持って説明するよ。
単刀直入に言う、アキトの両親を殺したのはネルガルとしての判断であり俺の父親の差し金だ」
「なっ...!」
「アキト!」
「...ぐっ」

アカツキの言葉にアキトは感情を爆発しそうになる。
だが、アオの叱責で訓練中常にアオから言われてる『感情に流されずに総ての状況を見て判断しなさい』という言葉を思い出した。
そして自分の感情を抑え込んだ。
目線は依然厳しいままだったが、沸騰しそうになる頭で今の状況を一所懸命考えているようだった。

「姉さんが忘れていたって言うくらいだから、かなり前からこの事は知ってたんだよな?」
「えぇ、私がいた研究所は両親の研究を盗んだ人が所長だったし、アキトの事はいつも見てたからね」
「ネルガルっていうんだから、アカツキが知ってたのはわかる。それが親の差し金って事は何かネルガルに取って不利益があったのか?」
「そういう事になるね。ボソンジャンプ技術の公開をしようとしたアキトの両親は、独占を狙っていた父には邪魔でしかなかったんだろうね」
「今のお前の判断はどうなんだ?」
「今すぐ公開する事はしない。今の段階でそれをすると逆に危険すぎるというのがボクの見解でもあるしアオ君と相談して決めた事だからだ。
だが、研究も進んで来てるし技術的にもかなり成熟してきているから戦争が終結してすぐに公開する事になるよ。
ネルガルとしては下手に独占して自分以外総て敵よりはパテント公開して使用料を貰った方がよっぽど利益になるという判断もあるけどね」
「.....そうか」

そしてしばしの間アキトは目をつぶって考えをまとめていた。
以前のアキトでは考えられないこの行動はしっかりと精神的にも成長した証拠だろう。
決して表情には出さないが、アオはその事を内心とても喜んでいた。

「やり切れないし、ぶつけられない感情のやり場にも困るけど、納得は出来たよ。
アカツキには関係ない事だし、今のネルガルにもぶつけてもしょうがないんだな」
「ボクとしてはぶつけて貰った方がいいんだけどね。昔がどうあれネルガルとしての判断だった事は確かだからね」
「それなら、しっかりと姉さんの助けになってくれ。俺としてはその方がよっぽど嬉しいさ」
「.....そうかい、わかった。その希望僕の全身全霊を以って全うしようじゃないか」
「もし姉さんを裏切ったら...わかってるな?」
「僕がそんな事をすると思うのかい?」

ようやくそこでアキトに笑顔が見えた。
しかし、その笑顔はどこか【黒い皇子様】の時にアカツキと交わしていた物に似ていた。
その笑顔を見たルリとラピスは思わず胸が跳ね上がる。
そして、そんな二人に気付いたアオには二人の反応が面白くなく、表情が変わる。

「...で、アキトはそれでいい訳ね?」
「うん、それで大丈夫だよ?」
「じゃあ、ナガレもそういう事で、いきなり呼び出してごめんね?」
「あぁ、気にしないでくれ。それよりアオ君、機嫌悪くなってないかい?」
「なってないよ~大丈夫だよ~、じゃあまたね」
「え、アオ君!?ち...」

アカツキはその変化に気付いたようだが、下手な事を言った為に速攻でアオにウィンドウを消されてしまった。
そして半眼の表情のままアキト達へ向き直ると声をかける。

「それじゃ、今日はもう遅いし寝ましょう。ルリ、ラピス、行くよ」
「あ、あの、アオさん!?」
「アオ、どうしたの!?」

ルリとラピスはいきなり機嫌が悪くなった理由がわからず慌ててアオの後を追っていった。
そしてリビングにはアキトが一人取り残される形になった。

「え...もしかして、俺のせい?」

その通りなのだが、いくら考えてもアオがルリとラピスの事でアキトに嫉妬したとは考え付かないだろう。
そしてその日アキトは寝つけず、ほぼ徹夜してしまう事になる。

一方アオ達の部屋ではルリとラピスが涙目になりながらアオに理由を聞いていた。
そのアオはさっさとベッドに潜り込み布団を被っていた。
ルリとラピスはベッドの横で膝立ちになりしきりにアオへと声をかけている。

「あの、アオさん。私達が何かしたのなら謝ります」
「アオ、どうしたの?私何か悪い事した?」

アオに取ってはアキトに嫉妬したなどとは言いたくないのだが、アキトに見惚れた二人を前にすると感情が揺れてしまう。
何よりアオ自身、自分がこれだけ独占欲が強かった事に戸惑っているのだ。
しかし、これ以上放っておいて二人を落ち込ませるなんて事はアオ自身が嫌だった。
そうしてアオはため息を吐くとベッドに座り込み、二人を自分の前に座らせた。

「...ふぅ。ルリ、ラピス。さっきの事なんだけどね?」
「「...はい」」
「あんまり言いたくないけど、アキトに見惚れたでしょ?」
「...!!」

アオの言葉が自然と硬くなる。
そしてルリとラピスはそれを気付かれているとは思っていなかった為思い切り動揺してしまった。

「確かにアキトは成長してる。肉体的にも精神的にも比べ物にならないくらいね」

半眼のまま二人を見据えるアオの視線にルリとラピスは唇を噛み締めただ俯いていた。
自分の前で昔の男に見惚れてしまったようなものなのだ、そしてアオに取っては過去の自分なのだから更に性質が悪い。
納得できる部分もあるのは事実だが、それ以上に今ではアオはアオであるという意識の方が強い。

「そうね、わからなくもない...でもね、わかりたくないのよ...我侭だというのは重々承知してる。
だから渡したくないのよ。自分自身でもこんな事を心の底から想っている事に驚いてるんだからね?」

アオはそう言って唇を歪めた。
そして彼女のそれは皮肉にもアキトと同じく【黒い皇子様】を彷彿とさせるものだった。
その笑顔を向けられた二人は金縛りのように見惚れてしまう。

「ルリとラピスがアキトに見惚れるっていうのなら、私だけしか見えないようにしてしまえばいいのよね」
「あ、あの...アオさん、何を?」
「アオ...?」

いかにも愉しげにアオはクスクスと笑いつつルリとラピスを見据えて二人へと近づいていく。
ルリとラピスは何をされるのかと問いかけるが、返ってくるのはそんなアオの嗤い声だけだった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_30話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/16 22:08
サセボドックでナデシコの習熟訓練が始まってからは一気に活気が増していた。
日に日に乗員が増えていき、物資の搬入や艦体、機体の再チェック再々チェックと慌ただしいのである。
しかし、本来であればそんな中でさえ一際五月蠅いはずの某パイロットは未到着だった。

「アオさん。そういえば真っ先に来そうなヤマダ・ジロウさんが来てないんですけど何かあったんですか?」
「あぁ、ガイには手違いで乗艦の日を3日って送っちゃってるから大丈夫。ほんとうっかり間違えちゃったんだよね」
「アオ、それは故意って言うと思う」
「ラピス。建前っていうのは大事なものなのよ?」

ちなみにプロスもしっかりとグルだったりする。
高価なエステバリスを転ばされて傷物にされたくはないそうだ。

習熟訓練もかなり順調に進んでいた。
ユリカも初日のアオからの発破が効いているのか、業務中にアキトの所へ走り去る事もなく書類関係をジュンへ丸投げしたりもしなかった。
その事に何より驚いたのがジュンであった。
訓練2日目に出て来てみれば妙にユリカがアオと仲が良くなっており、以前なら面倒臭いからとお願いされていたであろう書類関係もしっかりしているのだ。
余りの事にどんな魔法を使ったのか気になってしまい、ジュンはアオに尋ねていた。

「あの、アオ統括官。不躾な質問で申し訳ありませんが、ユリカ...艦長と何を話されたんですか?」
「え、話?どうしてそんな事を?」
「はい、私が言うべき事ではないのでしょうが、艦長としての意識が私の知っている物よりも高いんです。
人間が1日2日で急に意識の持ちようを変えたんですから、それ相応の何かがあったと思ったんです。
そしてこの訓練の初日で初対面だったアオ統括官と2日目にはとても仲良くされてましたから、統括官が何か話されたのだと思いました」

アオはその話を聞きながら、流石ジュンだなと感じていた。
影の薄さで損をしているが、副艦長に選ばれたのは伊達ではない。
その上アオの知る未来では若いながらも地球連合宇宙軍の中佐を務めているのだからかなり力はあるのだ。

「そうね、その事についてはジュンさんに言っておかないといけない事があるわね」
「僕にですか?」
「えぇ、ジュンさんから見てユリカはどんな風に見える?個人的な感情は抜きにして客観的に答えてね」
「客観的...」

上官から聞かれているという事もあり、自分の特別な想いを抜きにしてユリカの事を考えていた。
浮かんできたのは自分にはない才能や周りを巻き込んでいく行動力、一度決めたら曲げない意志。

「凄い才能だと思います。そして行動力もあるし、それを成し遂げる意志もある」

どれも自分には眩しくて、そんなユリカの助けになりたくて一緒にいたそんな事も考えていた。
その考えを見透かしたようにアオは問いかける。

「では、ジュンさんは何故いつもユリカさんと一緒に行動して来たんですか?」
「そ、それは...」
「友人として?憧れ?それとも利用する為?」
「違う!!いえ...すいません、違います。僕は彼女の助けになりたかっただけなんです」

利用する為?と聞かれた瞬間自分の想いを汚された気がして思わず声を荒げてしまった。
すぐに上官である事を思い出して謝るが、顔には苦々しい表情を貼り付けている。

「ごめんね、こんな事言って。ただ、ジュンさんはユリカさんのいい所ばかり見過ぎているのよ。
そして危うい所にも気付いてるのに見ないようにしている」
「それは、どういう事ですか?」
「力になりたいのではなくて助けになりたいんでしょ?
本当にユリカさんがジュンさんが言うような人なら助けなんていらないと思うのよね。
どこかで欠点があるから助けになりたいって思えるんじゃない?」
「...欠点?」

ジュンは今までそんな事を考えた事はなかった。
いつも眩しくて、一人でどんどんと前へ進んでいく彼女に必死についてきたと思っていたからだ。
そしてそんなジュンに取って普段のユリカの行動はお茶目で可愛らしいとは映っても欠点になりえないのである。

「というか、私に言わせると彼女欠点だらけよ?」
「へ?」
「時間にはルーズ。面倒臭い事はジュンさん頼み。今は落ち着いているけど公私混同は激しい。
社会人としての自覚がない。周りへの配慮が足りない。自分の事を客観的に見れてない。
まだまだあるけど、全部聞く?」
「あ、いえ、大丈夫です」

アオから羅列されていく事にはいちいち思い当たる事があった。
でもそれはジュンに取って可愛らしい所である。
自分の中のどこかで確かになと納得している事に戸惑っていた。

「それで、一番の大きな欠点。というか弱点があるのよ」
「弱点ですか?」
「えぇ、これに関してはジュンさんの方が優れてるわよ。それも格段にね?」
「そ、そんな事は...」

それこそジュンは全く見当がつかなかった。
しかし、アオの雰囲気は真剣そのものである。
ジュンは仕切りに考えているが全く見当がつかなかった。
それを見たアオは口を開いた。

「それは、挫折をした事がない所よ」
「...!」

ジュンの心臓が大きく跳ねた。
ジュン自身わからないが、それを聞いた瞬間嫌な予感が止まらなくなってしまった。
確かに、ユリカはジュンが知る限り挫折をした事がない。
そしてユリカと長い間一緒にいたジュンには彼女が挫折を経験した時の事が想像つかなかった。

「相手は無人兵器だけどこれも戦争である事は間違いないの。そして戦場というのはどこで何が起こるかはわからない。
だからこそユリカさんは、自身の采配の結果、戦場のど真ん中で大きな過ちを犯す可能性があるのよ。
そしてそれによって彼女が使い物にならなくなる事も考えられる」

ジュンは声を上げようとした。
したのだが、舌の根が乾ききっているのか声が全く出ない。
そんなジュンにアオは柔らかく微笑みかけると優しく声をかけた。

「そしてそうさせない為にこの訓練をしているの。これでも万全とは言えないけどね。
だから、ジュンさんもただ憧れて背中を追うのではなくてユリカさん自身の事をしっかりと考えてみて。
そしてユリカさんの為になるなら厳しい事も言わないといけないし叱ってやらないといけない。
本当に友人として想っているなら、ましてや恋人になろうとするならそれくらいしないと無理よ?」
「なっ!!」
「ちなみにブリッジでわかってないのはユリカさん本人だけよ?」
「うそ...」
「え、あれで隠せてると思ってたの?」

アオの言葉にジュンは今日一番のショックを受けていた。

そして訓練の様相が変わったのは訓練開始から5日目の事だった。
パイロットのシミュレーションも兼ねてという事で、アキトも訓練に参加したのだ。
その事に何より喜んだのは、やはりユリカだった。

「わ~い!アキ...」
「ユリカさん減点」
「うっ...」

アオがぼそっと言った一言でユリカは止まった。
また一歩アオをお姉さんと呼べる日が遠のいたらしい。

「正規のパイロットであるヤマダ・ジロウさんはちょっと手続きの不備があってまだ到着されていません。
そこで、コック兼パイロットであるテンカワ・アキトさんに来て頂きました」

プロスがアキトを紹介すると、サダアキとジュンが反応した。
そしてミナトとメグミは別の所に反応していた。

「「テンカワ...?」」
「「コック兼パイロット?」」
「そういえば、ご存じ無い方もいらっしゃいましたな。まず、彼はテンカワ・アオ統括官の弟さんです。
それと先程紹介した通りパイロットも兼任して貰う形になっております。腕前は保証しますよ」
「「「「へぇ~~~」」」」

プロスの説明に4人は仕切りに驚いていた。

「とはいっても全力戦闘に入る程危機的なシミュレーションはしないから安心してね。
ちなみに、これからの訓練は私もパイロットとして参加する事になるからよろしくです。
じゃ、アキトいこっか?」
「あ、わかったよ。姉さん」

そうしてアキトの紹介が終わると、アオとアキトはシミュレータールームへと向かっていった。
ユリカはアキトの戦う姿が初めて見れる為に期待で挙動不審になっていた。
ミナトやメグミ、ジュンも興味あるのか幾分そわそわと落ち着きがない。
サダアキに関しては軍のエステバリス部隊の教官を務めている者がサセボドックで教練を受けているという噂を聞いていた。
それが本当なのか、本当だとしたら教官への教練を行う程の実力というものを見極めようと真剣な目をしていた。

アオとアキトはシミュレータールームへと歩きながら打ち合わせをしていた。
その間にはちゃっかりルリとラピスもウィンドウ通信で参加している。
アオとアキトを二人っきりにしないようにである。

「アキト。普段通りしちゃうと訓練にならないから、敵を倒しちゃ駄目よ?」
「え!?」
『はい、アオさんの言う通りです。普段通りですと、アキトさん一機で訓練が終わってしまいます』
『相手はバッタ50機。目的は市街地から遠ざけてグラビティブラストの範囲内に誘導する事だから倒しては駄目』
「そゆことなの。だから、武器は何も持たないようにね。私も持ってると撃ちそうだからそうするしね」
「わかったよ。何か逆にストレス溜まりそうだな...」
「訓練だからしょうがないの」

バッタ1機倒すのに苦労しているデルフィニウムの部隊員が聞いたら烈火の如く怒りそうな事を話していた。
実際それ程の操縦技術を身につけているのだからしょうがないだろう。
そしてサセボドックでの教練を行っているエステバリス部隊の教官達なら50機程度問題なく落とせる程の技術を身につけている。
ピースランド王国軍についても同じで、トップクラスのパイロットならば問題なく落とせる。

アオとアキトはパイロットスーツへ着替えるとそれぞれのシミュレーターへと入っていった。
そしてアオとアキトの用意が出来ると、ブリッジへとウィンドウ通信が繋がった。

「それじゃ、訓練の内容を説明するね」

そしてアオの説明が進んでいく。
状況はサセボへバッタ50機が接近しており、目標は市街地である可能性が高い。
作戦としてはアオとアキトのエステバリスが先行して発進し市街地から遠ざける。
その間にナデシコが弓張岳頂上口から出て海上に集めたバッタをグラビティブラストで一掃するというものだった。

「用意したシナリオだし、お世辞にもうまい作戦ではないんだけど、簡単な機動戦の感覚を掴む為のものだから勘弁してね」
「あの、アオ統括官。何故エステバリスは戦わないという事になってるんですか?」
「それをすると訓練じゃなくなっちゃうからよ?」
「へ?」
「言葉のままだからこれ以上説明しようがないかなぁ」

肝心な事は言わずに結果だけを伝えていた。
アオとアキトの実力を知ってる者以外はさっぱりといった感じできょとんとしていた。

「それじゃ、訓練開始しようか。ダイア、好きなタイミングで始めてね」
『アオさん、わかりました』

そうして訓練が始まった。
最初の数分は緊張した面持ちだったのだが、5分10分と経過していくにつれ、緊張が解れていく。
そして30分近く経ち、待ちくたびれて本当に始まるの?と頭に浮かび始めた頃にサイレンが鳴りだした。
全員の様子を伺って緊張が緩んだ瞬間を狙ってサイレンを鳴らすダイアはかなり意地悪だろう。
とはいっても、最初からリラックスしてIFSを介して今日の夕飯の事を話しあっていたアオとルリ、ラピスは流石である。

サイレンが鳴りだして頬杖をついていたユリカは身体をビクッと反応させるとすかさずルリへ問い掛けた。

「ルリちゃん。状況をお願い」
「はい、サセボから南西におよそ50km、江島の付近にバッタを確認。数はおよそ50機です」
「目標はわかる?」
「進行方向からすると連合軍佐世保基地の可能性が高いです」
「メグミさん、すぐに佐世保基地へ通達。同じく佐世保市役所へも通達して緊急避難警報の発令を依頼して」
「はい!」

先程まで頬杖をついてぼ~っとしていたとは思えない程の迅速な判断だった。
ちなみに、通信などもダイアがすべてシミュレーションしていて実際と変わらない状況になっている。
ブリッジからの景色も同じく、ウィンドウを駆使して宇宙を想定しての訓練の際も違和感がないような景色を作りだしていた。

「市役所は避難警報の依頼を受諾、すぐに流すそうです。
あ、軍からの返答が入りました。『我々は把握していない。本当にいるというのならそちらで対処しろ』だそうです」
「うわ。そこまでしっかり真似しなくても...」
「本当に言いそうだから怖いんだよな...」
「いつもながら、アオ統括官って恐ろしい程軍の体質わかってるわよね」
「彼女なりに色々思う物があるんじゃろう」

メグミが疲れたように伝えた報告に思わずユリカとジュン、サダアキ、フクベ提督が愚痴をこぼす。
ユリカとジュンはミスマル提督の傍にいたおかげでミスマル提督の目を盗んで子供達にまでおべっかを使う軍の汚い所を見ていた。
そしてサダアキとフクベ提督は中にいたからこそ、その体質はよく知っているのだ。
だからこそ本当にメグミが伝えたような事を言い出しかねない事を重々承知していた。

「では、メグミさんはアオさんとアキトにエステバリスへの搭乗を通達して下さい。
装備は空戦フレームで、準備が出来次第こちらへ通信を入れるように伝えておいて下さい」
「はい!」
「ルリちゃんとラピスちゃんはナデシコに火を入れて下さい。同時に弓張岳頂上口までの通路をお願いします」
「「はい」」
「ミナトさんはいつでも発進出来るようにしておいて下さい。状況によっては狭い中を突っ切る事になりかねません」
「わかったわよ」

それから5分とかからずアキトとアオから通信が入った。

「ユリカさん、準備出来たわよ」
「ユリカ、こっちも大丈夫だ」
「アオさん、アキト。状況は聞いてると思います。
すぐにエレベーターを使って地上へ上がって下さい。
地上へ出たら南西へ直行し、金重島と桂島との間へバッタを誘導しその場で喰いとめて下さい。
その後は追って指示を出します」
「うん、りょ~かい」
「あぁ、わかった」

そうしてアオとアキトはエレベーターへ搭乗、地上へ上がるとサセボから南西へと飛んでいった。

「艦長。ナデシコ発進準備完了いつでもいけます。それとエステバリスまで重力波ビームが届きませんが大丈夫ですか?」
「はい、これからすぐに弓張岳頂上口を抜けてナデシコも向かいますから大丈夫です。
では、ミナトさんお願いしますね」
「えぇ、いつでもいけるわよ」
「それでは、ナデシコ発進!」
「はい、ナデシコ発進します」

ルリが答えると、ブリッジに映る景色が変わっていく。
実際に動かしているのと勘違いする程の映像なので自ずと緊張感も増していく。
ミナトの操舵で弓張岳頂上口を抜けたナデシコは南西へと艦首を向けると全速力で向かっていく。

「エステバリスへのエネルギー供給再開しました。
エステバリス2機は既にバッタと交戦を開始しています」
「え...うそ.....なにあれ」
「すごぉ...」
「綺麗」

ブリッジに映し出された映像があまりに想像とかけ離れていた為、ユリカ達は呆然としてしまった。
なぜならアオとアキトの機体はじゃれるようにひらひらと50機のバッタの中を飛びまわっているのだ。
50機総出で取り囲んでいるはずなのに傷一つつけられず、逆にミサイルに当たりそうなバッタを投げ飛ばして助けたりもしていた。
傍目には本当に遊んでいるとしか思えなかった。
そして実際アオとアキトは遊んでいた。

「危な!バッタが1機同士討ちしちゃうところだったよ」
「姉さん遊びすぎだって、わざとミサイル撃たせてればそうなるよ」

そんな事を話しながらふわふわひらひらと攻撃を避けていっている。
散々ユリカに公私混同するなといっているのに自分が訓練中に遊んでいては説得力のかけらもない。
その為にブリッジとの通信はルリとラピス以外にはカットしていたりもする。
そしてその光景に魅入ってしまった者はいまだこちらの世界に帰ってこなかった。
そんな中ため息交じりにルリがユリカへと声をかけた。

「艦長。グラビティブラストの射程内に入っています。どうしますか?」
「え?あ、そうだ。えっと、メグミさん、すぐにアオさんとアキトへグラビティブラストを撃つので射線から外れるように通達して下さい!」
「あ、は、はい!わかりました」
「ルリちゃん、すぐにグラビティブラストの準備を!」
「いつでも撃てますよ、かんちょ?」
「はぅ」

ルリはユリカが呆けている間にしっかりと充填を完了していた。
そして、アオとアキトがバッタを混乱させて一気に離脱するとすかさずルリがユリカへ伝える。

「アオ機、アキト機、グラビティブラスト射線から離脱完了、いつでもいけます」
「グラビティブラスト射てぇ~~~!」

そうして訓練が終わり、アオとアキトがブリッジへ戻ってくると反省会が始まった。
そこでアオは厳しい顔をユリカへと向けていた。

「それで、海域に到着してからえらいぼ~っとしてたけど、あれなに?」
「え!あ、あの...すいません...」
「理由を聞いてるんだけど...」
「あ、はい。えっと...見惚れてました.....」
「へ?」

その見惚れてたという言葉は予想していなかったのかアオは素っ頓狂な声をあげていた。
そして見惚れていた人達は全員気まずそうに顔を逸らしていた。
それはルリとラピス以外全員だった。

「え~~、フクベ提督もですか...」
「すまんな。アオ君とアキト君の戦闘シミュレーションを見るのは初めてだったからな」
「うぅん...」

流石にほぼ全員とは思っていなかった為にどう言おうか迷っていた。
しかし、普段叱っていて今回叱らない訳にもいかない為ため息交じりに疲れたような声を出した。

「えっとですね、あれくらいならしっかりトレーニングすれば誰でも出来るんです。
事実、ここで訓練してる軍の教官10人とかピースランド王国軍でトップクラスの人達なら余裕で出来ます。
ですから、今後は冗談でも味方が戦ってるのに見惚れるなんて事は止めて下さいね。
これが訓練じゃなかったらと思うと恐ろしくて涙が出てきちゃいます」
「「「「「すいませんでした」」」」」

その場にいたアオ、ルリ、ラピスとアキト以外がアオへと頭を下げていた。
そしてアオは一旦みんなの事を許した。
それからアオとアキトはユリカやジュン、ミナトにメグミ、更にはサダアキから質問攻めにあってしまった。
曰くどれだけの事が出来るのか。
曰く本気で戦った所を見てみたい。
そんな事をみんなから畳みかけられたアオはどんどんと不機嫌になっていった。

「少し黙りなさい」

そんな冷たい声に質問攻めをしていた全員が硬直した。
隣にいたアキトも条件反射で硬直している。

「どれだけの事が出来るかは今は教えないし、トレーニングの見学も許さない。
理由はあるわよ。ユリカさん、貴女が私達に依存しない為に今は教えない」
「え...私ですか?」

ユリカはそこで自分の名前が出るとは思ってなかった。
思わずアオへと聞き返すとアオはすぐさまユリカへと言葉を返して来た。

「例えば私とアキトが貴女の想定以上の戦力が見込めるとします。
そうね...それぞれ単機で無人戦艦10艦落とせる程の戦力があったとします。
ユリカさん、貴女は艦長として私達をどう扱いますか?」
「それは...」
「常に私達に出撃して全部殲滅?」
「う...」

頭に浮かんだ事をそのまま言われてしまった。
だが、ユリカにはそうなってしまった時の戦略の狭まりも同時に感じていた。

「私達も人間だから突然原因不明の病気で立てなくなるかもしれない。
それに何らかの理由で艦を降りる事があるかもしれない」
「...はい」
「それを理解しようともせずに私達に全部被せてしまうような艦長にはなって欲しくないの。
だから、今は教えないし見せない。これはみんなにも同じ事よ。わかった?」
「「「「「わかりました」」」」」

アオからきつく叱責された事もあり、ユリカ達は納得していた。
だが、この事があってからユリカの中にアキトは私の王子様という想いが次第に膨らんでいった。
実際に恋らしい恋を経験した事がないユリカには好きと恋と愛の違いなんてものはわからない。
その為に好きになった人が守ってくれるという幻想が拭えないのだ。

そして実際にアキトはエステバリスで艦を守ってくれる。
ユリカからすればまさに白馬の王子様である。
それからの訓練でも、ユリカは無意識にどこかアキトに見せ場を作るような作戦を立て始める事となる。
アオとルリ、ラピスの3人はその事に頭を悩ませていた。

「ルリちゃん、ラピス...どうすればいいかな?」
「すいません。私にも妙案は浮かびません」
「ごめん、アオ。私にもわからない」

そうして妙案が浮かばないまま習熟訓練の7日間が過ぎていった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_31話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/17 01:50
「あ~きと~~♪アキトは私の王子様~~~♪」

妙な拍子を付けて歌を歌いながらミスマル・ユリカ艦長が歩いていた。
向かう先は食堂のようだ。
アキトがコックをしていると知ってから習熟訓練中でさえ毎朝毎昼毎晩食堂に食べに来ていた。
習熟訓練が終わり出港予定日である10月1日までの数日間は英気を養う為に休暇となっている。
そうなってからはほぼ1日中食堂でアキトが働く姿を眺めて未来の事を妄想していた。
ただ、よくその中に打ち勝たねばならない相手が加わってくるのではある。
その相手とは...

「げ!」
「人の顔見るなり『げ!』とか言う人には一生お姉さんなんて呼ばれたくないわね」
「うぅ...」

アキトの姉であるテンカワ・アオである。
今日は厨房の手伝いをしている為、ホウメイの横に立ってエプロン姿で鍋を振るっている。
カウンター越しではルリとラピスがその姿に見惚れていた。
しかし、そこへ1人の女性が現れた。

「あ、アオさん。ルリちゃんとラピスちゃんもこんにちは、今日はここなんですね」
「マナカ、最近何してたの?」
「研究が一つ目処付きそうだったからちょっと頑張っちゃってました」

ラピスはすぐにマナカへ走っていき抱きつきながら興味津々に問いかけた。
マナカはラピスの頭を撫でつつカウンターへ座ると、アオとルリ、ラピスへと説明した。

「そうなんですね。じゃあ、終わったんですか?」
「えぇ、また後でアオさんにお伝えするわね」

白衣を着た柔らかい雰囲気の女性の登場にユリカは呆気に取られていた。
しかもアオ達と妙に親しげに話していた。
そこへユリカのお目当ての人が厨房の奥から現れた。

「ホウメイさん、取ってきました。あれ、マナカさん!数日見ませんでしたけどどうしてたんですか?
ってユリカもいるのか、お前はまた何をしに来たんだ?」
「アキトさんこんにちは。研究に忙しくって、目処がついたからご飯食べに来たのよ」
「じゃあ、腕によりをかけて作りますね。といってもまだ炒飯しか合格貰ってませんけど...」
「クスクス。じゃあ、その炒飯をお願いするわね。大盛りでお願いね?」
「あいよ、大盛りっすね!」

そのやり取りにユリカは更に唖然となっていた。
マナカと自分との対応の違いだけじゃなく、その親しげに話す様子に嫉妬していく。

「あ、あ、貴女はアキトの何なんですか!!」

思い切り大声で指を指していた。

「...ユリカさん?」
「す、すいません...」

そしてその様子をアオはすぐに咎めていた。
特に食事を作ってる最中にアオを怒らせるととても怖い。
以前ユリカがアオとアキトがキッチンで料理を作っている時にアキトの邪魔をした時なんかは食堂の隅で延々と3時間説教されていた。

「えっと、艦長のミスマル・ユリカさんよね?初めまして、医療班並びに化学班担当のツキノ・マナカと申します。
私も艦長やアキトさんと同じくユートピアコロニーの出身なんですよ」
「え!?」
「それで、アキトさんとの関係ですが、詳しくは言えませんがアキトさんは私の命の恩人なんです」
「な!?」
「色々あって1年前から懇意にさせて頂いてるんです」
「!!!」

軽く頬を染め、その頬に手をあてて甘い溜息を吐くマナカにはユリカでは出せない大人の色香が漂っていた。
そんなマナカを見てユリカが感じたのはこの女性は敵だ!という事である。

「ま、負けませんから!」
「クスクス。私だって譲るつもりは毛頭ありませんよ?」

ユリカは精一杯目線に力を籠めて睨みつけるが、マナカから見れば恋に恋する女の子の精一杯の虚勢にしか見えなかった。
心の中では初々しいユリカの様子に微笑ましい感情を感じつつ、同時に自分では出せないその若さに嫉妬もしていた。
だからこそ、マナカにとってもユリカへアキトを譲る気は全く起きなかった。
そして女性限定の人間磁石であり、恋愛関係ではアオ以外敵わない鈍感王であるアキトがそんな二人の感情に気付くはずもなかった。

「はい、マナカさん。炒飯大盛りお待たせ。で、ユリカは何しに来たんだ。食べないのか?」
「食べる!私も炒飯大盛り!」
「わかったよ、ちょっと待ってな」

そうして、ユリカvsマナカによるアキト争奪戦という長い長い戦いの火蓋が切って落とされた。
ちなみに、エリナはナノマシンの事で意気投合しているマナカと協力し合ってアキトを二人の物にするという共同戦線を張っている。
ユリカにとっては正直荷が勝ちすぎている為に現状ではかなり劣勢なのだが、ユリカにその事がわかるはずもない。

しかし、そんな二人へ果敢にも戦いを挑む者がいた。

「でも、恋に恋するようなお嬢さんにもそろそろ賞味期限が終わっちゃうようなお姉さんにもない物ってあると思うんですよね。
初めましてツキノ・マナカさん、私は通信士のメグミ・レイナードです。あ、アキトさん!私も炒飯大盛りで一つお願いしますね!」
「あ、メグミさん?あいよ、少し待ってて下さい」

いつ来たのか、メグミもカウンターへと座り二人へ挑発的な目線を向けていた。
そしてメグミの物言いが頭に来たのか、ユリカとマナカはかなり厳しい目線をメグミへと向けていた。
普通の人が受けたらその場で泣き出しそうなきつい目線にも関わらずメグミはアキトの料理姿に見惚れていた。

「メグミさんも起伏の乏しい身体でよく言いますよね。アキトもやっぱり男の子です。前か後ろかわからないような身体には興味ないと思いますよ」
「そうね、最低でもDはないと厳しいと思いますよ。それと私が美味しい期間は終わりませんからご心配なさらずとも大丈夫です」
「ユリカさんは将来醜く垂れ下がるのが目に見えてる身体でよく言いますね。それと終わらない旬はありませんから強がりは言わない方が身の為ですよ」

そうして3人は先ほどよりも更に苛烈に睨みあっていた。
そこへ再度アキトが声をかける。

「はい、ユリカとメグミさんお待たせ。マナカさんも仲良く話すのはいいんですけど、冷えない内に食べちゃって下さいね?」
「はい。ありがとうございます」

そうして厳しい視線をお互いに向けつつ3人は黙々と炒飯を平らげていった。
それを眺めていたアオはルリとラピスへ小声で話しかけていた。

「ね、ルリちゃん、ラピス。私の周りも昔ってあんな感じだったの?」
「えぇ、そうですよ?」
「エリナとイネスもあんな感じだったよ。知らなかった?」
「...何で私は気付かなかったんだろう?」

そんな事を言って少し落ち込んでいるアオに、ルリもラピスも今のアオもそうなっているとは言えなかった。
事実アカツキとアキトを始めとしてサセボドックでの教練を受けている軍人達、更には整備士達と独身男性達はほとんどアオに惹かれているのだ。
無防備に男の気を惹く上に居て欲しい時、助けて欲しい時には何故か傍に居るという不思議なフラグ体質を持っているのに鈍感なアオにルリとラピスは戦々恐々である。

それからユリカとマナカにメグミの3人は炒飯を食べ終わると、一見和やかに見える棘と毒が入り混じった混じった世間話に興じていた。
ルリとラピスは流石に入り込みたくないらしく、少し離れて座ってアオを眺めていた。
次第に食堂が混み始めるとアオも気にしている余裕がなくなり、厨房はかなり忙しくなっていった。
食堂内ではホウメイガールズが慌ただしく動いて注文された物を運んでいた。

そんな中、ようやく話が一段落ついたのかユリカ達は疲れた顔をしていた。
そしてマナカがふと笑みを浮かべると口を開いた。

「ユリカさんとメグミさん、ちなみにね本当の敵は私達3人の誰でもないのよ?」
「「え?」」
「厨房をよく見てるとすぐにわかるわ」

マナカの視線を追うようにユリカとメグミは厨房へと視線を向けていた。
その厨房ではホウメイとアオ、アキトが慌ただしく動いていた。
それをしばらく眺めていたユリカとメグミはマナカが言いたい事が理解出来た。

「ほら、アキト。余所見してないでどんどん動く!」
「余所見してる訳じゃないよ。技を盗もうとしてるんだよ」
「そういう事は口に出す事じゃないでしょう。それにするなら私じゃなくてホウメイさんでしょう?」
「普段はホウメイさんの動きもちゃんと見てるよ」

仕切りにアキトがアオの動きを気にしているのだ。
アオも気付いてはいて普段は放っておくのだが、アキトの手元が疎かになりそうだったので軽く注意をした。
しかしアキトは見ていた事に気付かれていた事が恥ずかしいのか、咄嗟に理由をつけて弁解していた。

「そんな事言って、アオちゃんが来るとアオちゃんばっかりじゃないか」
「た、たまにしか一緒に出来ないからこういう時しか盗めないんです」
「はいはい、そういう事にしておこうかね」

自分の名前が出てきたホウメイは窘めるついでにアキトにお小言を言った。
その言葉にアキトは更にうろたえて頬を染めると更に弁解していく。

「ホウメイさんと私が言いたいのは見てても手は疎かにしないようにって事よ?」
「ぅわ、わかった。気をつけるよ」
「うん。まだまだ忙しい時間続くから怪我しないようにしっかりなさい」
「アキト、炒飯入ったよ!しっかり作りなよ!」
「はい!!」

これ以上うろたえさせると仕事にならないと判断したアオはそこでちゃんと説明した。
それを受けてようやく納得したアキトは気を引き締めて鍋へと向かっていく。

そんな様子を眺めていたユリカとメグミは気付いたのだ
【真の敵はアオ】
であるという事だ。
アキトの様子からアオに気があるのはほぼ間違いないだろう。
ただ救いがあるとすればアオとアキトが血の繋がった姉弟であるという事とアオからはそんな気配を感じない事だろう。

「二人ともわかったでしょ?アキト君もだけど、アオさんも相当の鈍感よ」
「「はい」」
「それにルリちゃんとラピスちゃんがいるとはいえ、あの二人は一緒の部屋に住んでるわ」
「「そういえば!!」」
「といっても中で個室に別れてるから大丈夫だけど、このアドバンテージを崩すのは至難よ」
「「!!」」
「だからと言って諦める気はないわ。むしろ私はアオさんが応援してくれるもの♪」
「「なっ!!」」

アオが応援してくれている。
その言葉にユリカとメグミは大きな衝撃を受けていた。
そんな二人に勝ち誇った笑みを浮かべたマナカは厨房へと声をかけた。

「お二人とも精々頑張ってね。クスクス。
あ、アオさん、アキトさんご馳走様でした。ルリちゃんとラピスちゃんもまたね?」
「あ、マナカさん!お茶菓子用意しておくので後で部屋に来て下さいね」
「マナカさん、ありがとうございました」
「マナカさんまた後でになりますね」
「マナカ、またね」

マナカはアオとアキトへ柔らかい笑みをかけ、ルリとラピスの頭を優しく撫でた。
そしてユリカとメグミへほんの一瞬挑戦的な視線を送ると食堂を出て行った。

そのマナカをユリカとメグミは悔しそうに眺める事しか出来なかった。
そして3人のやり取りを始終眺めていたルリとラピスは同じ事を思っていた。

(マナカ怖い)

女としての経験値の違いと1年の実績があるからだろう、マナカが一歩も二歩もリードしていた。

その夜、アオ達の部屋にマナカが訪ねていた。
リビングのテーブルを挟んでアオ達5人が座っている。
アオの両隣りにルリとラピス、その対面にアキトとマナカという位置だ。
その5人の話題はユリカの事だった。

「マナカさんにはユリカさんはどう映りました?」
「そうね、色々話したけど考え方が幼い所があるわね。
どこか自分中心に考えていて、自分の強く望む者は叶うって思ってるような感じを受けたわ」
「アキトはユリカさんと知り合ってから数日経つけどどう思った?」
「うん。昔と全然変わってなかった。いい事でもあるだろうし、成長してないとも取れるのかな?
でも、姉さん。なんでいきなりユリカの事を?」

アキトには何故アオがそんなにもユリカの事を気にするのかわからなかった。
それはマナカも同じ事で、アキトの問いに耳を傾けていた。

「う~ん。気になっちゃうのよ」
「気になる?」
「そ、アキトの事をずっと見てたって言った事あるよね?
一時期一緒に居たあの子の事も見てたからかしらね。
妹とか、娘とか...そんな感覚を持ってるのよ、あの子にね。
だから放っておけない」

身体を抱き締めるようにしてその心境を吐露したアオにアキトとマナカは息を呑んだ。
そしてアオの伝えている事は総てを語ってないにしろ真実である。
感情を知っているアオが思い返してみると、アキトをずっと見てた中でユリカへ実際にそういう感情を抱いていたようだったからだ。
そしてアキトとしては妻でありる愛しい人であり、同時にその妻から託された彼女をそれこそ放ってはおけない。
アオは自身の両腕を強く握りしめ縮こまっていたが、やがて力を抜くと息を吐いた。
その目には強い決意が宿っていた。

「...決めた」
「「「「え?」」」」

突然のアオの言葉にルリ達も驚いた。
アオはそんなみんなを見渡すと口を開いた。

「ちょっと人増やすね?」
「「「「え?」」」」

アオは矢継ぎ早に通信を入れていくと、そこにはフクベ提督、プロス、ゴートのウィンドウが開かれていた。
3人共に突然のアオからの通信に戸惑っていた。

「アオ君、急にどうしたんじゃ?」
「フクベ提督もプロスさんもゴートさんも突然呼んじゃって申し訳ありません。
ユリカさんの事で少しお話があってお呼びしました」
「ふむ。艦長がどうかしたのかね?」
「えぇ、ちょっと荒療治しようと思います」
「...説明してくれるかね?」

その穏やかでない響きにフクベ提督の視線が厳しくなった。
それを受けてアオは口を開いた。

─今の自分がユリカへ持つ想い。
─ユリカの危うさと近い将来起こり得る事への懸念。
─そして荒療治の内容と自分の役割。

それを事細かに説明していった。

「アオ君いいのかね?そうなると君は...」
「あの子の母親役を引き受けた時から覚悟はしてますから大丈夫です!
それで、アキトにはその時にお願いがあるのよね」

フクベ提督の心配する言葉にアオは力強く返答をした。
そして、そのままアキトへと話しをふった。

「俺に?」
「うん。あの子も感情的になると思うし、不用意な事を言っちゃうと思うのよ。
私も覚悟してるけど、もしかすると耐えきれないかもしれない。
それでもあの子の傍に居て欲しいんだ。あの子が無条件で信頼してるアキトだからこそのお願い」
「それだけ?」

アキトにとっては思ったよりも簡単なお願いに少し肩透かしを食らった感じだった。
しかし、簡単に考えているアキトにアオはもう一度お願いした。

「うん。私にはルリちゃんとラピスがいるけど、あの子独りになっちゃうから...
私がどれだけ取り乱してもだからね。お願いだよ?」
「う...わかった」

それはアオがどれだけ泣き喚いても、ブリッジからいなくなってもという事である。
それを一瞬想像して眉を顰めたが、他でもないアオの頼みなのでアキトは頷いた。
その返答にアオはほっと安堵した。

「アキト、ありがとね」
「いや、いいよ」
「アオさん。それで、いつ行うんですか?」
「あの子がアキト関係で下手な事をしでかした時になると思います。
何もない時にしても意味ないですから」

プロスの問いにアオは答えた。
そうなると、ナデシコが正式に出航した後になる。

「出航した後になりそうですが、不安材料は早めに対処しておいたほうがいいでしょうな
わかりました、私も微力ながらお手伝い致しますよ」
「うむ。俺も出来る限りの事はしよう」
「ありがとうございます」

話し合いが終わると、フクベ提督にプロスとゴートは通信を切った。
そしてマナカも自室へと帰っていった。

「姉さん。その、本当にやるの?」
「うん。今のアキトならあの子の危うさはわかってるんじゃない?
それに、あの子がアキト自身を見ていないことにももう気付いてるでしょ」

確かにアキトはそれに気付いていた。
ユリカが自分を活躍させるような采配をしている事。
アキトアキトと言って寄ってくる割に自分を通して憧れの何かを見ている事。
自分でも確証を持ってる訳じゃない事を言い当てられたアキトはふぅと溜息を吐いた。
そして苦笑交じりにアオへと呟いた。

「ほんと、敵わないな」
「お姉ちゃんですから♪」
「でもさ、そうなると姉さんがユリカを俺に相応しくする為に教育してるみたいに見えるんだけど?」

そんなアオに嫌味ったらしく冗談を言ったアキトだった。
しかし、その冗談にアオは至極当たり前のように答えていた。

「あれ、今気付いたんだ?」
「え!?」
「それじゃ、お休みね」
「あの、姉さん?」

アキトの再度の問いは虚しく扉に跳ね返されてしまった。

「…嘘だろ?」

アキトは呆然と立ち尽くしていた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_32話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/21 01:43
「...ふぁ」

寝崩したコットン製のパジャマのまま上半身だけベッドから起き上がった少女が可愛く伸びをしていた。
黒いストレートの髪を背中に垂らした少女の目は金色に輝いている。
そんな彼女の両脇には幸せそうに丸まって眠る二人の少女がいた。
起き上がった少女は幾分ぼ~っとした表情だが、幸せそうな目をしつつ二人の髪を撫でていた。
水色の髪の毛をした少女と桃色の髪の毛をした二人は人形かとも思えるほど綺麗な少女である。
撫でられた二人もその感触がわかるのか、先程よりも顔をとろけさせて眠っている。

しばらくしてベッドから降りた少女はシャワーを浴びる用意をしていた。
そして部屋を出る際にふと真剣な目をした少女は一言呟いた。

「10月...1日か...」

そこで軽くよしっと気合いを入れた少女は部屋を出てシャワーを浴びに向かった。

それから時を待たず、一人の男がサセボの街を訪れていた。
なかなか整った精悍な顔立ちをしているのだが、見るからに暑苦しい雰囲気を漂わせている。
その上、押えきれない興奮に身体を震わせている。

「ついに...ついに、俺だけのゲキガンガーが!!」

駅の真ん前で拳を掲げてそんな事を叫ぶ彼を周りの人は可哀想なモノを見るような目で眺めていた。
そんな事を気にしないその男はすぐにタクシーを呼び止めるとサセボドックへと急がせるのだった。

一方、先程の少女は一緒に寝ていた2人の少女に加え、1人の少年と一緒にご飯を食べていた。

「アオさん。10月1日ですね...」
「長かった...」
「といっても、ルリちゃんもラピスもこれからが本番だよ?」
「そうですね」
「はい」

水色の髪をしたルリ・フリーデンと桃色の髪をしたラピス・L・フリーデンはようやくここまで来れたという安堵感に浸っていた。
そんな二人に黒髪の少女、テンカワ・アオが気を引き締めるように軽く注意をする。
しかし、彼女らと同じく一緒にご飯を食べていた少年も感慨深そうに呟いた。

「でも、もう1年だね。ようやく自分の力を発揮できるって考えるとなんか感慨深いね」
「そうだね、でも浮かれないようにしないとね」
「あぁ、気をつけるよ」

この10月1日は彼女たちが1年間かけ、準備してきた事の集大成が形になる日。
そしてそこから始まる大きな目標の始まりの日であった。

ご飯を食べたアオ達はブリッジに寄ると、挨拶回りに行ってくる事を告げた。
ブリッジを出ると、まずシミュレータールームへと向かっていた。
そこにはアオが教練し、アキトと全力で競い合った10人の軍人がいた。

「ついに、行ってしまわれるんですね...」

彼らは全員が寂しそうに眉を顰めていた。
長い間一緒に過ごした教官、そして友人との別れ、しかしそこに籠められていたのはそれ以上の何かだった。
しかし、その感情を向けられたアオは朗らかに笑みを浮かべると軍人たちへ声をかけた。

「そんな寂しそうな顔されても、少し遠出するだけだよ?一生会えなくなる訳じゃないんだけど...」
「確かにそうなんですが」

大事なのは気持ちである。
軍人達は暗にそう言っているのだが、アオには今後の予定で一度帰ってくる事はわかっている。
そして、必ず帰ってこさせる為に出来る事はしてきたので寂しさは微塵も感じていなかった。
むしろちょっとお使いに行ってくるような気楽さであった。

「そうですね、アオ殿でしたら大丈夫ですね」
「そういう事、私としてはむしろ私がいない間にみんなの腕が落ちないか心配」
「...言いましたね?」
「そんな事言って、アキトにも勝ててないでしょ?」
「わかりました、次会った時を楽しみにしてて下さい」
「えぇ、楽しみにしてるね」

アオと軍人のやり取りは次第にそんな感じに変わっていった。
そこにはもう別れに対する憐憫など少しも残っていなかった。

「じゃあ、みんなも頑張ってね。いってきます」
「「「「「はい!お気をつけて!」」」」」

彼らと別れた後もサセボドックで世話になった人達へと挨拶に回っていった。
誰もがアオやルリ、ラピスとの別れを惜しんだがアオ達は軍人達との別れと同じく終始軽い感じだった。
そんなアオ達を見て呆れながらも彼女たちらしいとみんなはどこか納得していた。
そのおかげで旅行に出掛けるのをを見送るようなそんな気安い空気が流れていた。

そしてドックでの挨拶回りも終わり、ナデシコのブリッジへと戻ろうとしたアオ達の前にウィンドウが開いた。

『アオさん、ヤマダ・ジロウさんが到着されましたよ』
「お、ガイのやつ予定通り来たみたいね」
「本当に今日到着されましたね...」
「アオ、凄い」
「あの時にガイがエステバリスで遊んで倒れこんだ事は印象的だったからねぇ。
詳しい搭乗日は覚えてなかったけど、フローラに記憶の映像を調べてもらったからね。」
『うん、私頑張った。アオ、褒めて褒めて♪』

ダイアの報告にアオがほっとしたような表情を浮かべ、ルリとラピスは驚いた顔をしていた。
そしてアオの説明で名前が出てきた為に反応したフローラがねだるようにウィンドウをアオの前に漂わせている。

以前とは違いガイもエステバリスの訓練を受けていた為、今回も知らされた乗艦予定日を前倒して来るとは限らなかった。
その為にちゃんと今日到着した事にアオは安堵したのである。
しかし、何故ガイだけ乗艦日を遅らせたのか?
その理由は【ユリカの事もあるのにガイまで来ると煩くて敵わないから】である。
ただアオがあいつはそういうやつだからとわざと間違えた乗艦日を知らせるという提案には流石に難色を示した。
だが真っ先に反対すると思われたプロスが、ガイの様子も聞き及んでいた事から苦笑交じりに納得したのである。

ガイの話題をしながらアオ達がドックの入り口へ向かうとプロスへと詰め寄るガイの姿があった。

「なんだとぉ~~!1週間前から乗艦可能だったぁ~~~!?」
「正確には10日前になりますか。すいませんねぇ、こちらの手違いでして」
「ゲキガンガーにもっと早くから乗れてたなんて...」
「プロスさ~ん」
「あぁ、アオさんにルリさんとラピスさんもですか。どうかなさったんですか?」
「はい、乗艦日間違えて知らせた方が到着したと聞きまして...」
「えぇ、そうなんですが...」

ガイは本来ならもっと早くからエステバリスに乗れたとしって崩れ落ち、ぶつぶつと正体不明な事を呟いている。
そんなガイに困り果てたプロスへアオから声がかかった。
その声を聞いて安堵の表情を浮かべたプロスはアオへと返答していた。
視線をアオへ向けたプロスはすぐに困った表情を目の前で崩れ落ちているガイへと向けた。
その視線を追ったアオは苦笑しつつ頬をかくと、ガイへと声をかけた。

「えっと、ヤマダ・ジロウさんですね?」
「ダイゴウジ・ガイだ!」
「では、ガイさんでよろしいですね。初めまして、テンカワ・アオと言います。ナデシコの統括官やってますのでこれからよろしくお願いします
後ろの子達はオペレーターのルリ・フリーデンとラピス・L・フリーデンです」
「ガイさん、はじめまして」
「はじめまして」
「お、あぁ...」

いきなり現れた少女達の自己紹介にガイは戸惑っていた。
女性への対応は苦手なのだろうか、微妙に目が泳いでいる。

「すいませんでした。こちらの手違いで乗艦日間違えて送っちゃっていたみたいで...
個々の送った内容までは確認をしていなかった為にこちらでは気付けませんでした。
もしガイさんが早く来ていただかなかったら置いてきぼりになるところでした。本当にすいません」
「あ、あぁ。そこまで言うならしょうがないな」

アオの前では殊勝なガイの姿に訓練での様子を聞いていたプロスやガイを知っているルリは驚いていた。
アオもそれは同じでガイが妙にしおらしいので首を傾げていた。

「えっと。それで、数時間後には出航となりますので急いで欲しいのですが大丈夫ですか?」
「な、なにぃ~~~!」
「私達はやらないといけない事があるので案内が出来ません。部屋まではこちらのプロスさんについて行って下さい。
その後はナデシコ内でしたら自由にして頂いて結構ですし、エステバリスを見に行って頂いても結構です。
諸々の注意事項についてもプロスさんから聞いてください。では、プロスさん後はお願いしますね」
「わ、わかった!プロスだったな。すぐ連れていってくれ!」
「はいはい、わかりました。では、その道すがら説明致しますかな。アオさん助かりましたよ」
「いえいえ、また後で~」

プロスはガイに半ば引きずられるようにして連れていかれた。
それを手を振りながら見送ったアオは一度時計を見ると、思いついたようにルリとラピスへ声をかけた。

「いい時間だし、食堂行こっか?」
「「はい」」

丁度ルリとラピスもお腹が空いていたために喜んでその案に乗った。
そうして3人で食堂まで歩いていくと、いつも以上に騒がしいことになっていた。
昼食が終わったら出航になるので、全部署が一斉に昼休みに入ったのだ。
ブリッジメンバーから整備班、主計班まで食堂に勢揃いしている為200人近くが集まっている。
予備の椅子も持ち出せば乗艦した乗組員全員が座れる程なのは流石ナデシコなのだが、コックは二人である。

「どうしよ、手伝って来てもいい?」
「これを見て私にはとてもダメだと言えません...ホウメイさんに了解を取ってみてください」
「うん、ここまで凄いとダメとは言えないよ」

厨房ではホウメイとアキトが忙しく動いていた。
食道内ではホウメイガールズの5人が慌しく動いている。

「一緒に食べたいのもあるから、折角だしルリちゃんとラピスもサユリさん達と一緒に配膳しちゃう?」
「「やります!」」

なんとなく言ったアオの一言にルリとラピスはすぐに頷いていた。
ここ1年アオと一緒にトレーニングをしたために体力にも自信がある。
そしてアオにいい所を見せて褒めてもらおうという期待もあった。
アオは元気一杯に答える二人に少し驚いたが、すぐに微笑むと頑張ろっかと伝えて厨房へと歩いていった。

「ホウメイさん手伝います」
「お、アオちゃんかい。午後の仕事あるだろ?ゆっくりしててくれ」
「見た感じ乗組員全員来てるのにのんきにしてられません。統括官の独断で手伝いますので気にしないで下さい」
「はっはっは。そうかい、統括官に言われちゃしょうがないね」
「えぇ、しょうがないんです」
「だけど、ある程度落ち着いたらアオちゃんも食べてくれよ?」
「はい。その時は声をかけて下さい」

正直言って手が回ってなかったのもあるが、アオの半ば無理矢理な行動が正直言って嬉しかった。
中途半端に訪ねてくるくらいだったらホウメイは午後の仕事を優先しなと断っていただろう。
そして、アオはエプロンを着け、消毒を済ませると厨房へと入っていった。
ホウメイもアオもかなり大きい声を出しているのだが、アキトはかなり一杯一杯になっている為に聞こえていなかった。

「アキト!それ終わったら一杯水飲んで来なさい」
「え!?姉さん?」
「驚いてないで手を動かしなさい。それ終わったら一杯水飲んで来なさいって聞こえた?」
「わ、わかった。ありがと姉さん」

アキトはアオの姿に驚いたが彼女も厨房に入る事がわかった瞬間気が落ち着いたのか肩の力が抜けた。
そんな厨房へ思わぬ声が聞こえた。

「アキトさん。炒飯2つ入りました」
「アオ。火星丼1つと生姜焼き定食1つ」
「え!?ルリちゃん?ラピスちゃん?」
「ラピスありがとね。ほら、アキト手を動かしなさい」
「わ、わかったよ!」

ルリとラピスの声にアキトは驚いたが、すぐにアオに叱咤される。
そんなアオとアキトのやり取りにホウメイは苦笑しながらペースを上げていく。
この3人が揃った時の厨房はホウメイガールズがテンパってしまう程のペースで料理を仕上げていくのである。

「ルリちゃんラピスちゃんほんとに助かる~」
「いいえ、アオさんが終わるまでなので精一杯頑張ります」
「サユリも頑張れ」
「うん、ルリちゃんとラピスちゃんも手伝ってくれるし、みんなで乗り切ろう」
「「「「お~!」」」」

サユリの呼びかけでハルミ、ジュンコ、エリ、ミカコの4人も気合を入れる。
そうしてルリとラピスを加えて7人で元気に切り盛りしていく。
その事を一番喜んだのは整備班だろう。
何せルリもラピスもミニスカートで、二人共まだストッキングなんて履いてない。
そこにピンクのフリルがついたエプロンである。

「おい!班長命令だ。今すぐカメラ持って来い!」
「やばい、俺達のルリルリとラピラピがやばいよ」
「俺、このご飯食べ終わったら二人に告白するんだ...」

などととろけきった顔をしながら言っているのだ。
そんな視線を敢えてなかった事にして、ルリとラピスはふわふわとエプロンを翻しながら元気に動きまわっていった。
それを眺めているのは何も男性陣だけではなかった。
食堂のカウンターには奥からユリカとメグミ、ミナトにマナカという順番で座っていた。
ユリカとメグミは熱心にアキトの姿を目に焼き付けている。
ミナトとマナカは数少ない大人な女性同士という事もあり意気投合していた。
マナカはミナトと話しながらアキトだけでなく、アオやルリ、ラピスの姿を楽しげに目で追っていた。
そんな中、マナカの目線を追ってルリとラピスを眺めていたミナトは感心したように呟いていた。

「アオさんもルリルリもラピラピも揃って元気ねぇ...」
「そりゃ毎朝トレーニングしてますから。ブリッジメンバーの中だと一番体力あるかもしれませんよ?」
「ミナトさんアキトさんも凄いです!コックのお仕事もあるのに朝も夜もトレーニングしてるんですから!」
「そうですよ、ミナトさん。アキトは凄いんです!私を守る為に頑張ってるんです!」
「はぁ...」

マナカはルリとラピスの事を嬉しそうに話していた。
それとは対照的にユリカもメグミもアキトも凄いと自分の事のように主張してきた。
そんなユリカとメグミの好きな男が一番という考えを押し出した意見に、半ば呆れたように曖昧な返事を返した。
ミナトにとって、アキトは将来が楽しみではあるが現時点で惹かれる程ではなかった。
逆に将来はいい男になるという感が働いている分、自分好みに育てるのも楽しそうではあった。
しかし、既に大人の女性であるマナカが目を付けている事を知ってその役目は譲る事にしていた。

(ユリカさんもメグミちゃんもいい子なんだけど経験が少ないから今のままだと勝ち目ゼロなのよねぇ...)

今のやり取りだけを考えたとしてもミナトにはそんな答えしか出てこなかった。

それから30分程すると、一気に波が引いていきホウメイはアオとルリ、ラピスに感謝を言ってご飯を食べるように伝えた。
アキトはまだまだ余裕がありそうだが、キッチンの熱気で汗だくになりながらアオ達にお礼を言っていた。
ホウメイガールズも少し疲れた表情を見せつつアオ達3人へ頻りにお礼を言っていた。

「アオちゃん、ルリ坊、ラピ坊、お礼に私が奢るからメニューにないのでもいいから何でも言ってみな」
「わっ、やった!ルリちゃん、ラピスどうしよ?」
「私はアオさんと同じのでいいですよ」
「私もアオと同じのが食べたい!」
「むむ...責任重大。二人共お肉でもだいじょぶ?」
「むしろ望むところです」
「お肉食べたい...」

タオルで汗を拭きながら出てきたアオはホウメイの言葉にはしゃいでいた。
ルリとラピスも嬉しそうにしていたが、アオが言ったお肉という言葉に目が光った。
そんな二人を見てクスクスと笑うとホウメイへと問いかけた。

「う~ん...ラム肉っていけます?」
「お、また珍しいのが。いけるよ、ステーキでもローストでもマリネでも何でも言ってみな?」
「ステーキで!ソースはホウメイさんの好きなように。後、今日はパンで食べます」
「あいよ、3人分だね。ちょっと待ってな」
「「「は~い♪」」」

アオとルリ、ラピスは嬉しそうに返事をするとカウンターへ座った。
ユリカ達は既に食が終わってるのだが、まったりと雑談をしていた。
そこにアオ達も加わると、食事が終わった後も出航時間が近くなるまでずっと雑談を続けていた。
その最後の方にはいつの間にかホウメイやホウメイガールズも加わっていた。
ただ、アキトだけは恥ずかしがって最後まで加わろうとしなかった。

アオ達がブリッジへ戻るとウリバタケから通信が入っていた事を示すウィンドウがメインオペレーターの席にあるコンソール上に浮かんでいた。。
ルリはそれに気がつくとシートにも座らずコンソールへ手を置くと艦長へウィンドウを回し、ウリバタケへとコールをかける。
それが終わると改めて自分のオペレーターシートへ腰を掛けた。

「艦長。ウリバタケさんから通信が入ってました。今から繋ぎますね」
「うん。ルリちゃんありがとね」

ルリにお礼を言うと、ユリカはウィンドウへと目を移した。

「お、艦長。ちょっとマズイ事が起きた」
「え、ウリバタケさん。詳しく説明してくれますか?」
「あぁ、うちらが全員食事に出てしまったのが悪かったんだが、馬鹿が勝手にエステ動かして転びやがってな」
「え!?」
「あぁ、エステはどこも故障してないから安心してくれ。ただ、その拍子に馬鹿が足の骨を折りやがった」

繋がった時から後ろで頻りに「イテテテテ」や「あんまり触るな!」と騒がしい。
どうもその馬鹿と呼ばれるパイロットの声らしい。

「ありゃ...」
「艦長。この馬鹿どうする?」
「すぐに医務室へ運んで下さい。処分は追ってしますがどうも今回のパイロットの自業自得が大きいみたいですね。
整備班の方へは改善案の提出程度で収めて貰うように進言しておきます」
「あぁ、恩に着る。だが、パイロットが一人減るのは大丈夫なのか?」
「えぇ、アキトがいるからパイロットは大丈夫です!」

そのユリカの一言にアオが微かに反応した。
ルリとラピスはそれに気付いたが、敢えて何も言わなかった。

「...そうか。まぁあんまり負担を掛けないでやってくれ」
「はい。報告ご苦労様です」

ウリバタケも何か思うところがあったのか若干渋い顔をしながら通信を切った。

次の瞬間

ブリッジへ警報が鳴り響いた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_33話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/21 23:39
「ルリちゃん!」

その瞬間ユリカは顔を引き締め、ルリへと状況を確認した。
ルリは既に詳細な状況を把握しており、ユリカへ間髪を入れずに答える。

「はい。地球連合海軍佐世保基地から通達。佐世保基地から西約200kmの位置。
済州島以東の海域に木星蜥蜴のバッタと思われる機影が多数確認されました。
数はおよそ500、マッハ0.5で真っ直ぐに基地へと向かっています」
「わかりました。総員戦闘配備、艦内警戒態勢はパターンAへ移行します。
正パイロットが怪我のため、コック兼パイロットのアキトに空戦フレームでの出撃準備をお願いします」
「了解。総員戦闘配備、艦内警戒態勢パターンAへ移行。
出撃準備をアキトさんと整備班へ通達、準備完了まで10分掛かります」
「メグミちゃんは佐世保基地へ打電。現時刻を持ってナデシコを発進。一番槍はそちらへお譲りします」
「了解しました」

ルリの返答を聞いたユリカはすかさずメグミへ佐世保基地への通達を伝える。
そこまで聞いたフクベがユリカへと尋ねた。

「艦長。作戦を伺ってよろしいかね?」
「はい。目的はグラビティブラストによる敵の一網打尽です。アキトには準備が出来次第出撃して貰います。
そのまま地球連合陸軍の駐屯地付近で敵無人兵器への攻撃と惹きつけを行って貰い一箇所に固めてもらいます。
その間にナデシコは弓張岳頂上口より空へ、一箇所に固めた無人兵器をグラビティブラストで撃ち抜きます」
「...ふむ。わかった」
「艦長。その作戦でしたら、私も出撃しますね。確実性も増しますしアキトの危険も減りますから」

ユリカの作戦を聞いたフクベは幾分難しい顔をしているが、髭をさすりながら頷くと提督席へと戻る。
サダアキもナデシコ初戦闘からか、厳しい表情を浮かべてそわそわしている。
そしてアオも同じく眉を顰めながら作戦を聞いていた。
ユリカへが話し終わるとすぐに声を掛けてオペレーターの席を立つとブリッジの扉まで歩いていく。
しかし、アオはその間一度もユリカへと目線を向けていなかった。

「え?あ...わかりました。オペレーターはルリちゃんとラピスちゃんがいますもんね。
アキトだけでも大丈夫だとは思いますがよろしくお願いします」
「えぇ、任されたわ。それじゃ、ルリちゃんとラピス、ダイアも後お願いね?」
「「『はい!』」」
「フクベ提督、プロスさん、ゴートさんもお願いします」

ユリカはアオの声を受けて一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐにアオの意見に乗った。
そしてアオは頷くとルリ達とフクベ達へそれぞれ声をかける。
アオの言葉にルリとラピス、ダイアはしっかりと返事を返し、フクベとプロス、ゴートは静かに頷いた。

ブリッジを出たアオはアキトとウリバタケへと通信を入れて自分も出る事を伝える。
それを受けてアキトは嬉しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めた。
ウリバタケはすぐに頷くと近くにいた整備班へと声をかけ、アオのエステバリスを用意させる。

「姉さんが出るなら益々下手な所見せられないね」
「アオちゃん、アキトと同じ時間でエステの用意は出来るぜ!」
「ウリバタケさんありがとうございます。アキト、前みたいに気負いすぎてない?」
「わかってるよ」

ウリバタケの言葉に頷いたアオはおちょくるような声でアキトへと問い掛けた。
初出撃の事を思い出したアキトは少し頬を染めながらもしっかりと返答をした。

アオは格納庫へと到着するとすぐにエステバリスへと乗り込んでいく。
すぐに各部の調子やOSの確認を行い、それが終わると同時にウリバタケから通信が入る。

「アオちゃん、アキト。準備出来たぞ」
「ありがとうございます。アキト、行こっか」
「わかったよ。ウリバタケさんありがとうございます」
「うし、しっかり帰って来い!」
「「はい!」」

ウリバタケの呼び掛けを受けたアオとアキトは威勢よく返事を返すとカタパルトデッキへと向かっていく。
その二人へルリから通信が入った。

「アオさん、アキトさん。カタパルトデッキで射出するとドックの壁に当たっちゃいますから自分で飛んでいってください。
ドックのエレベーターは既に用意してあります。1月の襲撃時に使ったエレベーターと言えばわかりますよね?」
「うん。ありがとね、ルリちゃん。じゃあ、ちょっと間抜けだけど飛んでいこっか」
「あぁ、わかった」

出港直前という事もあり、ナデシコへの搬入が総て終わっている。
それはエステバリスについても同様な為に、ナデシコからの発進をした後にエレベーターに乗るという二度手間を行っているのだ。

「面倒くさいけど、艦長の作戦だからね。なるべく早く向かいましょう」

アオはアキトへそう声を掛けると一気に加速してカタパルトデッキから出るとエレベーターへと向かっていく。
その操縦に半ば見惚れていたアキトも、すぐ後に続いてエレベーターに向かっていった。

「艦長。アオ機、アキト機共にエレベーターで上昇中。
なんとか無人兵器がサセボを襲撃する前に先制出来ます。」

ブリッジではルリが状況を報告。
サセボへの襲撃を阻止出来そうだというその内容を聞いて安堵するような空気が流れた。

「わかりました。では、すぐに発信して弓張岳頂上口より空へ上がります。ミナトさん、お願いしますね」
「えぇ、いつでもいいわよ。かんちょ」
「ナデシコ発信します!」
「「ナデシコ発進」」

ユリカの号令に従いルリとラピスはナデシコを発信させる。
二人の両手にIFSの印が浮かび上がりそのIFSと彼女たちの両目にナノマシンが奔っていく。
それを切っ掛けにして核パルスエンジンと相転移エンジンが唸りをあげてナデシコの全身にエネルギーを行き渡らしていく。
ミナトはナデシコが浮かび上がると同時に操舵を開始し、ナデシコの艦体を弓張岳頂上口へと向かって進んでいった。

その頃アオとアキトは地球連合陸軍の佐世保駐屯地に到着していた。
目の前には大量のバッタがこちらへ向かっているのが見える。

「アキト、ナデシコが来るまで遅くても10分みたいだよ。
迎撃に出た地球連合海軍の航空部隊は全滅。でもみんな緊急脱出装置がうまく作動したみたいね」
「そっか。じゃあ、みんな生きてるかもしれないんだね?」
「そうね。ただ、助けるといってもあの無人兵器を倒さないとどうにもならないけどね?」
「わかったよ。それじゃ、ナデシコが来るまでここで惹きつけていればいいんだね?」
「そ、後はグラビティブラストの射程内に固まるよう誘導だね」
「あぁ」

話をしている間にもバッタは近づいており、もう目の前まで来ていた。
あちらは先制攻撃するつもりか、前面にいるバッタはミサイルを撃つために背中のハッチを開放している。

「さって...アキト、行くわよ?」
「ああ!」

アキトの返答を合図に二人はバッタ達の中へと突っ込んでいく。
それを切っ掛けにバッタ達はミサイルを射出、視界を埋め尽くすほどのミサイルがアオとアキトへ迫っていく。

「いかにも誘爆させてくれって感じよね?」
「そこ!」

アオはのんびりとした口調で、アキトは気合い交じりに叫びながらミサイル群へとライフルを撃ちこむ。
密集しながら突っ込んで来るミサイルはそれが仇になり、一気に誘爆していく。
それをチャフ代わりにしてアオとアキトはバッタの群れへと突入。
背中合わせになるようにして周辺のバッタを落としていく。

「艦長。アオ機とアキト機がバッタの群れと交戦を開始しました」
「わかりました。ナデシコは弓張岳頂上口から出たらすぐに移動。
グラビティブラストの使用により周りの被害が出ない空域までの移動が完了し次第発射します」
「かんちょ。あと30秒で空に出るわよぉ?」

ミナトの言葉を聞いたユリカは自然と口に笑みが浮かんでいた。
戦闘中にも関わらず、その心は期待に溢れていた。
ついに...そう、ついに見れるのだ。訓練中に幾度も見たアキトの戦う姿。
華麗で、どこか我武者羅で一所懸命な彼の戦う姿が。
その姿を夢想し、微かに頬を染めたユリカは一目も見逃さないようにブリッジ前面を真剣に見つめる。
傍目にはそれは、真摯に戦闘へと赴く頼りがいのある艦長の姿に映った。
そして、ナデシコが空へと上がるとユリカの望む光景が広がっていた。

アオの乗る艶を消した黒い機体とアキトの乗るピンクの機体が背中合わせにバッタの群れの中心で舞っていた。
両機は群れへと突っ込んだ所からほぼ動かずにバッタ達を落としていた。
お互いがお互いをフォローし合うようにそれぞれの持つライフルのマズルが火を噴く。
その度にどんどんとバッタが撃墜されていき、両機を脅威と認識したバッタ達はナデシコが空へ上がってもそちらへは向かおうとしなかった。

「アオさん、アキトさん。これからナデシコは発射予定位置まで移動します。
移動完了まで30秒。完了し次第発射しますので、グラビティブラスト範囲内へバッタの誘導をお願いします」
「「了解」」

ルリの言葉を受けた二人は微かに場所を移動しつつ、攻撃を加えバッタの群れを誘導していく。
その間にナデシコは静かに場所を移していく。

「アオさん、アキトさん。カウントをしますので5カウントで離脱して下さい。
発射15秒前、10、9、8、7、6、5...」
「アキト!」
「わかった!」

ルリの声が5を告げた瞬間にアオとアキトが群れの中から外へと突っ切って行く。
そしてカウントが0を告げた時には群れからの離脱が完了していた。
その様子を見たユリカがブリッジ全体へと告げる。

「グラビティブラスト、射てぇ!」

その黒い閃光は残存する総てのバッタを巻き込み圧潰させた。
300以上残るバッタが総て爆発していく。
その光景を感慨深げにブリッジの全員が眺めていた。

「目の前で見ると凄い...」
「そうだね。あ、ルリちゃん航空部隊の人達の救助は依頼してある?」
「はい、もう地球連合海軍が向かってます。無線の様子からすると全員無事なようです。
一般の方への被害もありません。今回は人的被害ゼロで済みそうですよ」
「そっか、よかった」

グラビティブラストの威力に見惚れるアキトを他所に、アオはルリと航空部隊の心配をしていた。
ルリは無線の傍受も合わせて確認をし、人的被害がない事をアオへと伝えていた。
そこでようやくアオは安心して脱力した。

「アオさん、アキトさん。帰ってくるまで気を抜かないでくださいね?」
「ありがとね、ルリちゃん」
「わかったよ」

そして無傷の2機はゆっくりとナデシコへと向かっていった。
しかし、アキトも気付いていなかった。
戻っていくアオが戦闘が始まってから一度も笑みを浮かべていない事を。

アオがブリッジへ戻るとその場の空気が凍った。
その中でも一番戸惑っていたのは艦長であるミスマル・ユリカだった。
そんなユリカを見ながらアオは聞こえなかったかな?と何とも場違いな事を考えていた。

「あれ、聞こえませんでした?」

戸惑う彼女に向かってアオはもう一回言おうか?と視線で尋ねる。
その視線を受けて戸惑いながらも言葉を返した。

「あの、お言葉ですが。被害はゼロに抑えてます」
「えぇ、結果はそうなるわね。でも、次からもあんな指揮を取るんだったら最悪艦を下りてもらうわよ?」

そう、アオはブリッジに入ってすぐにユリカの指揮はおかしい、訓練当初より酷くなっていると告げていたのだ。
その言葉にユリカはもとより、アオと一緒に入ってきたアキト、ジュンとミナトにメグミ、プロスとゴートも戸惑っていた。
人的被害がないのにそこまで酷評されては戸惑うのも無理がない。
そしてユリカは最初こそ狼狽えていたが、アキトの目の前で言われたことにより貶されたという考えが増していき怒りが湧き出してきた。

「統括官の言葉でも納得出来ません!人的被害が出てないのにどうしてそこまで貶すんですか!!」

ユリカがここまで感情を顕にするのは珍しいのだろう、アキトもジュンも驚いたように彼女を見ていた。
しかし、そんな怒りの篭った視線を受けてもアオは全く動じていなかった。

「確かに、ユリカさんの能力は凄いわ。戦局を見通していると思えるくらいね。
でも、その使い道が間違ってるんじゃ毒にしかならないわよ?
まず優先順位がおかしい上に、それをわからせないようにギリギリの所へ指揮を取っているでしょ」
「そ、そんな事ありません!!」

アオの指摘にユリカは一瞬怯むが、視線に負けないように気を入れると言い返す。
そんなユリカへ悲しそうな目線を向けると一度溜息を吐いた。

「そう、言っても認めないのね...
わかったわ、ならシミュレーションをしましょう」

アオの言葉にまたブリッジが凍った。
その中でアオは手短に指示を出していく。

「ルリちゃん、ラピス、ダイアとフローラもお願い」
「「『『はい!』』」」
「アキト、先にシミュレータールームへ行ってもらえないかな?」
「え?わ、わかったけど...」
「訳は後で全部説明するから大丈夫」

アオの指示を受けたルリ達は何をするのかわかっているのか、素早く準備を始める。
アキトも戸惑ってはいたが、全部説明してくれるという言葉を信じてシミュレータールームへと走っていった。

「ユリカさん。このシミュレーションで文句のない成績が取れたらアキトとの事認めてあげるわね。
統合戦略シミュレーション無敗の貴女なら楽勝でしょう?」
「!!」

アオの言葉にユリカが大きく目を見開いた。
真意がわからず、アオを呆然と見つめ返している。

「やるの?やらないの?」
「や、やります!今の発言撤回は許しませんからね?」
「えぇ。じゃあ、私は一度シミュレータールームへ向かうわね」

そう言って、アオがブリッジから退出した。
それを見送ったユリカの目には先程行った実戦以上の気合いが漲っていた。

一方、シミュレータールームではシミュレーターへ乗り込んだアキトへアオが話しかけていた。

「簡単にいうと今回のシミュレーションはユリカさんの荒療治よ」
「あ、前姉さんが言ってたやつか」
「そ、だからと言って手を抜きなさいとは言わない。ただ、必ずユリカさんの指示通りに動きなさい」
「...必ず?」

必ずという所に力を入れて喋るアオにアキトは違和感を覚えた。
訝しげな顔をするアキトに軽く微笑みかけると声をかける。

「えぇ、色々思う所が出るかもしれない。でも独断はせずに必ずあの子の指示通りに動きなさい」
「そこまで言うなら何かあるんだね?」
「今回のシミュレーションなんだけど、音声も含めてかなりリアルに作ってあるの。
アキトにもかなり辛い思いさせちゃうけどそこまでしないとあの子はわからないと思うから...お願い」

アオの辛そうな、悲しそうな表情を見たアキトはそれこそ火星会戦での出来事でも流れるのだろうかと考えた。
そして、フクベ提督からの視点で見るそれをリアルに想像してしまい身体中に寒気が走った。

「...わかった。約束するよ」
「ありがとう、アキト...あと、ごめんね」

しばらくの間アオはアキトの頭をその胸に抱き寄せた。
アキトはアオの身体が微かに震えているのを感じて不思議と恥ずかしさを感じなかった。

「それじゃ、私はブリッジに戻るね。シミュレーションが終わったら着替えなくていいからブリッジまで来てもらえる?」
「あぁ、わかった」
「じゃ、また後でね」

シミュレータールームで一人になったアキトはハッチを閉じると軽く目を閉じた。
あのアオがあそこまで罪悪感を感じる程のシミュレーションを予想して、本当に火星会戦なのかもしれないと考える。
音声まで作ってあるという事は、色々な物が聞こえてくると思いつくと心構えだけはしっかり持とうと考え固く手を握った。

アオがブリッジへ戻ってくるとシミュレーションの簡単な説明が始まった。

「まず、今回のシミュレーションに私は参加しない。それとガイもあの身体だから参加しないのでエステバリスはアキトだけになります。
あと、ミナトさんとメグミさんは初戦闘後で疲れてるでしょうから観戦してて下さい」
「ありがとね、アオさん」
「アオさんありがとうございます」

アオの指示にミナトとメグミはほっと溜息を吐いた。
戦闘直後の急展開に加えていきなりのシミュレーションを行うと言われ、頭が混乱しっ放しだったからだ。
これもアオにとっては二人が動揺して行動が疎かにならないようにという目的があった。

「場所はサツキミドリ2号のある宙域で、ナデシコがサツキミドリ2号と通信をするのと時を同じくして木星の無人艦隊が出現という設定になるわ。
サツキミドリ2号を守り切るか、民間人の脱出を完了させるのが目的になります」
「...それでいいんですね?」
「えぇ、敵艦隊の指揮するAIがオモイカネ級だったらという設定だから難易度は高いわよ?」
「そんなの!」
「木星と同じ技術使ってるのにその可能性がないとは言えないでしょ?
それに始めから内緒にしておいても問題ないのに伝えてあげたんだから逆に感謝するべきではないかしら?」
「ぐっ...」
「じゃあ、始めるわね」

そうして実戦後のシミュレーションが始まった。
いきなりブリッジからの景色が宇宙空間へと変わる。
訓練中に幾度も見たのだが、ダイアがウィンドウを使ってシミュレーションに合わせた景色をリアルタイムで表示しているのだ。

進行方向にはサツキミドリ2号の姿が、そしてブリッジから見て右側遠方にいくつもの影が見えていた。
訓練中に幾度も見た木星の無人艦隊だ。
黄色い影も見えるため無人兵器もかなりの量が確認できる。

「艦長。サツキミドリ2号からの通信です」
「はい、繋いでください」
『丁度良かったよ、その戦艦の噂は聞いている。そいつならあいつらを倒せるんだろ?』

その言葉にブリッジがざわめいた。
本当に人が喋っているような声だったからだ。
驚いていないのはアオとルリ、ラピスぐらいである。

『あれ、お~い。ナデシコ、聞こえてるのか?』
「あ、はい。私はナデシコ艦長のミスマル・ユリカです。すぐにサツキミドリ2号の防衛に向かいますので安心して下さい」
『わかった。そう伝えるよ、ありがとう助かった』

通信が切れるが、ブリッジはまだ動揺していた。
何故ここまでリアルにしているのかアオの意図が読み取れない。
しかし、それでも状況は刻一刻と変わっていく。

「艦長、このままだとこちらがサツキミドリ2号へ到着するより敵無人艦隊が射程内に収める方が早いです」
「グラビティブラストで直接叩くとどうなりますか?」
「広域発射なら敵を収められますが、それですと全滅させられずに残った無人戦艦の重力波でサツキミドリ2号は落ちます」
「わかりました、アキトへ出撃を要請して下さい。」
「了解」

そのままだとサツキミドリ2号を落とされると知ったユリカは何も躊躇わずにアキトへ出撃を要請。
真剣な表情の中ではまたアキトの活躍する姿が見れると喜んでいる部分もあった。

「艦長。アキト機出撃準備が出来ました。」
「では、アキト機へ繋いでください」
「ユリカか、俺はどうすればいい?」
「先行して撹乱をお願いします。その間にナデシコはサツキミドリ2号の前面に出てディストーションフィールドで無人艦隊の射線を防ぎます」
「わかった。テンカワ・アキト出ます!」

アキトは出撃するとそのままの勢いで艦隊へと突撃していく。
どんどん距離がなくなってくるが、アキトはそこで微かに違和感を覚えた。
そして、バッタの群れが襲ってくるとその違和感は確信へと変わっていく。

「な、こいつら守ってるのか?」

普段ならこちらが何であれ先制して重力波を放っているのだが、そんな素振りが全くしない。
その上アキト機をバッタに任せて、艦隊は元々の進路を変えようとしていなかった。

「ナデシコ!こいつらいつもと違う!」
「え!?」
「こいつら艦隊の進路を変える気はないみたいだ。なんとかするけど急がないとサツキミドリ2号が落ちる!」
「わ、わかりました!」

バッタ個々の動きもかなり洗練されており、それぞれがフォローしあうように動いている。
普段であればバッタがいくらいようが問題なく無人戦艦を落とせるのだが、今回は一機では難しい。

「く、くそ!それでもなんとか!」

しかし、流石アオと1年鍛えてきただけはある。
なんとかバッタを倒し、かい潜り無人戦艦を1機撃墜する。

「アキト!!...私も頑張らないと!
アキト機へ戦闘状態のまま艦隊を出来るだけ惹きつけるように伝達して下さい!」
「深追いになりませんか?」
「アキトなら大丈夫!」
「...わかりました」

アキトが戦艦を落とした事でブリッジが湧いた。
ユリカもそれを見ていつもと違う敵の動きに戸惑っていた自分を叱咤し気合いを入れ直した。
アキトへの信頼が大きいのだろう、ルリから心配するような声がかかるが心配いらないと返した。
そんな中サツキミドリ2号からの音声もしっかり歓声に包まれていた。

「はぁ...そこまでシミュレーションしなくてもいいのに...」

ユリカは軽くボヤくが、目線は厳しく前を向いている。
一方アキトはかなり苦戦していた。
アキト機が戦艦を落としたことで敵無人艦隊が二手に分かれ、一方がアキト機を倒そうと展開しているのだ。
バッタも加わってかなり厳しい状況である。
しかし、かなり手練たパイロットでも厳しい状況にあってアキトはまだまだ諦めていなかった。

「こんなのより怒った姉さんの方がよっぽど怖い!」

そう叫ぶと叫び声と共に突貫していく。
そのアキトの心からの叫びはもちろんブリッジにも流れていた。
アオは表面上気にしないでシミュレーションの様子を追ってるように見えるが、微かに半眼になっている。
組んでる腕の手の平が触っている所に皺が寄っているので思ったよりも強く手を握っているようだ。
何よりすぐ傍に立っていたプロスが汗を拭きながら微妙に距離を離している。

「ルリ...」
「ラピス、今は戦闘に集中」

ルリとラピスは真っ先にアオがさっきの言葉に怒っている事に気がついたようだ。
少し微妙な空気が流れたが、それを吹き飛ばすように戦闘は進んでいく。

アキト機

「艦長!アキト機が離されています!」
「え!?どういう事?」
「無人兵器群に囲まれて、戦闘区域が徐々に離れていきます。
このまま進むと30秒後に重力波エネルギー圏内から外れます!」
「な!すぐにアキト機へ伝えてください!」
「もう伝えてあります!」

そこで一気に状況が変わる。
アキト機がかなりの敵を惹きつけたと思っていたのだが、実際は敵がアキト機をナデシコから離そうとしていたのだ。
そしてブリッジにはアキトの操縦する映像と声も流れている。

「な、ナデシコの進路をアキト機の方へ!」
「艦長、それでは無人艦隊にサツキミドリ2号を落とされます!」
「では、その無人艦隊をグラビティブラストで!」
「敵も警戒して広がって進軍しています!収束しても広域でも倒しきれません!」
「アキト機は後どれくらい持ちますか?」
「内蔵バッテリーでは全力の戦闘を3分行えれば僥倖です。
サツキミドリ2号を庇った後のカウンターで敵艦隊を殲滅。
その後助けに行ったとして、どれだけ早くても5分はかかります」
「!!」

ここに来てユリカは迷った。
生まれて初めてかもしれない程迷っていた。
頭の中ではサツキミドリ2号を庇うのが常道である事はわかっている。
しかし、心はそれを拒否していた。
自然とアキトの映像へと目が行ってしまう、アキトの声が耳に入ってしまう。
声を出そうとしても舌の根が乾いて喉が張り付いたように息が漏れるだけだった。
どれだけ悩んでも時間は刻一刻と過ぎていく。

「アキト機、エネルギー供給範囲から外れました」
「!!」

ルリの言葉に弾かれたように顔を上げた。
その表情は普段のユリカからは想像出来ないほど狼狽えている。

「あ、ダメ!ダメェ!!!待って!ほら!シミュレーションなんでしょ!」
「で、艦長。貴女はどうするの?」

そこでシミュレーションが始まって初めてアオが声を出した。
ユリカは呆然とした表情を浮かべてアオを眺めた。

「ミスマル・ユリカ艦長。アキトを犠牲にしてサツキミドリ2号を助けるの?
サツキミドリ2号を犠牲にしてアキトを助けるの?それとも全部投げ出す?」
「!!!」

その言葉を聞いた瞬間ユリカは全力でアオを睨んだ。
親の仇を見るような、それこそアキトもジュンも見たことがないような...
いや、コウイチロウでさえ見たことのない程の怨みの篭った表情だった。
その表情にアオ以外の全員が息を呑んだ。
しかし、アオはそんなユリカを涼しい顔で眺めつつ口を開く。
ただ、その手は微かに震えているようにも見えた。

「私を睨んでもどうにもならないわよ。それにもう時間がないけどいいの?
アキトを犠牲にしてサツキミドリ2号を助けるの?
サツキミドリ2号を犠牲にしてアキトを助けるの?それとも全部投げ出すの?」
「そ、それは...」

アオの質問にユリカは答えられなかった。
口篭ってしまい、きつく唇を噛みしめると震えながら俯いてしまう。
そんな押し黙った空気の中、淡々としたルリの声とアキトが戦う声だけが響いていく。

「サツキミドリ2号の前面に到着、艦長の指示通りディストーションフィールドを最大へ」

「敵艦隊から重力波来ます。ナデシコへの被害はゼロ、サツキミドリ2号も無事です」

「グラビティブラストの用意出来ました。敵艦隊との距離が詰まっているため一撃で沈められますがどうしますか?」

「...艦長。指示がないとグラビティブラストの発射は出来ません。どうしますか?」

「艦長。アキト機のエネルギー残量が30秒後に無くなります」

全く反応のなかったユリカがその言葉にやっと顔を上げた。
その目はアキトのウィンドウをすがるように見詰めると、アオへと視線を移した。

「だ、だめ...」
「何がですか、艦長?」
「なんで!なんで!!もう止めて!!いいでしょ!!もうわかったでしょ!!もう止めてぇ!!」

ユリカがアオへ向かって泣きながら懇願するが、アオはその目を見返しつつ何も言わない。
それでもこれ以上は見たくないと何度も何度もユリカはお願いした。
その光景に口出し出来る者は誰もいなかった。

「アキト機、エネルギー残量無くなります」
「...え?」

ルリの声にユリカがウィンドウへと目を向けるとアキトの顔が映っていた。
そしてその声だけがよく聞こえた。

『くそ、ここまでか...』

ふぅ...と溜息を吐いて頭を掻きながら微笑していた。
そのウィンドウがノイズへと変わる。

「アキト機、撃墜されました」

ユリカはノイズの走るウィンドウをただ呆然と眺めていた。
これはただのシミュレーションと頭の中で何かが言う。
でも私はアキトを見殺しにしたと心の中で何かが言う。
ただただ、それを認めたくなかった。

「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

その場に蹲って目を背けるように叫んでいた。
誰も声をかける事は出来なかった。

そのままブリッジにはユリカのなく声だけが響いていた。
そして、しばらくするとブリッジの扉が開く音がする。

「はぁ...抜け出せなか...た...」

入ってきたアキトは悔しそうにアオへと話しかけようとしたが、異様な雰囲気に戸惑っていた。
ユリカが蹲って泣いている上に、全員の視線がアキトへ注がれているのだ。

「えっと...姉さん?」
「ん...ユリカさんお願いね」

アキトは思わず視線で、これが荒療治?と尋ねた。
アオはその視線を受けて軽く頷くとアキトへ小声で話しかけ、前を向く。

「アキトが戻ってきたし、総括したいんですがよろしいですか、艦長?」
「...その前にいいですか?」

アオの言葉に顔を上げたユリカの表情を見て、アキトは驚いていた。
ユリカがアオを睨んでいるのだ。
アキトは彼女がそんな表情を浮かべるのを初めて見た。

「えぇ、いいわよ。なに?」
「なんなんですか、今のシミュレーションは!ただの嫌がらせですよね!!私にアキトを...アキトを...!!!
そんなにアキトを取られるのが嫌なんですか!?いえ、貴女は私が嫌いなんですよね?そうですよね!そうに決まってます!!
アキトのお姉さんだからと思って安心して損しました!!こんな仕打ちをする貴女は許せない!!私も貴女が大嫌いです!!!」

言葉を続けるにつれ鬱屈が爆発したのか、どんどんと声も感情も強くなっていった。
アキトはそれを止めさせようとしたが、アオはアキトの手を引いてやめさせていた。
そして、アキトを止めたアオの手は震えていた。

「ねえ...」

アオへ声をかけようとしたが、そのアオの表情を見た瞬間アキトは固まっていた。
ルリとラピスもアオの表情を見て息を呑んだ。
彼女達でさえ初めて見るような表情だった。
能面のような無表情、感情を押し隠すように固く組まれた腕、その腕を掴む指は力が入りすぎて真っ白になっていた。
そんなアオが口を開くが、唇は震えて全く声が出ない。
そして次の瞬間突然アオは後ろを振り向いた。
そして震える声で微かに呟いていた。

「...嫌われちゃった」

アオはブリッジから出ていってしまった。
それが聞こえたのは近くにいたアキトとフクベ提督、プロスだけだった。
そして彼女が涙を流しているのに気付けたのもその3人だけであった。

「何よ!!何よ!!!何なのよあの人は!!!」

ブリッジにはアオが出て行った扉へぶつけるようにユリカの声が響いていた。



[19794] 天河くんの家庭の事情_34話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/22 04:13
「アオさん!」
「アオ!」

ルリとラピスが自室へ駆け込むと、アオは自身を抱え込むようにしてソファーに座っていた。
声を殺して泣いているのか、微かに肩が震えている。

「...ルリ...ちゃん?ラピス?」

二人に気付いたように上げたアオの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
ルリとラピスはそんなアオの頭を抱き寄せると二人で背中を撫でてやる。
それに安心したようにアオは声を上げて泣き出した。

一方ブリッジは気まずい雰囲気に包まれていた。
その原因はルリとラピスにあった。

「「ユリカ(さん)!!」
「え?」

ユリカがアオの出て行った扉へ罵声を叩きつけると同時にルリとラピスがユリカへ声を上げたのだ。
その目には激しい怒りが灯っていた。
ユリカはその目を見ると気圧されるように押し黙った。

「ユリカさんこそ!アオさんの事を何も知らない癖に勝手なこと言わないで下さい!
アオさんがどんな想いでこんな事をしてると思ってるんですか!」
「...私こそ今のユリカは嫌い」
「え?え?」

二人はそう言い捨てると、混乱するユリカを置いてブリッジから走り去っていったのだ。

ユリカは激情のままにアオへと叩きつけた罵声に罪悪感を覚えていた。
だからといって、アキトを見捨てさせるという仕打ちをされたと思っておりアオを許せなかった。
アキトはすぐにでもアオの下へ行きたかったが、ユリカの傍に居て欲しいというお願いから動けなかった。
他の全員それぞれ感じ入るものがあり、声を出すことが出来なかった。
誰もが気まずそうに押し黙る中、フクベが立ち上がりユリカへと声をかけた。

「このままでは埒が明かない。そこで、私の話を聞いてくれないかな?」
「フクベ提督?」

優しく、孫にでも語りかけるようなその声色にユリカは反応した。
他の全員もフクベの話に興味を向けていた。

「さて、艦長。いや...敢えてユリカ君と呼ぼうかの。
ユリカ君、訓練の際にアオ君から伝えられた事は覚えているかね?」
「...伝えられた事ですか?」
「あぁ、そうじゃ。今のユリカ君では難しいかもしれないが、それでも思い出して欲しい」
「.....わかりました」

ユリカはアオという言葉に一瞬眉を顰めるが、フクベの真摯な視線に奨められるまま素直にアオの言葉を思い出していく。
そして、それはユリカだけでもみんな同じだった。
アオがユリカへと伝えた言葉、叱責、褒めたこと、僅か10日間の間ではあるがだからこそありありと思い出すことが出来る。

《今日の訓練で能力は十分だという事はわかったから、自分の仕事にはちゃんと責任持つようにね》

《公私混同はしない方がいいわよ?》

《先日卒業したばかりで責任感を持てというのも酷かもしれないけど、ユリカさんは200名の人員を預かっているのよ。
痛い目を見てからでは遅いから、その事実を早く自覚しなさいね?》

《まだまだ学生気分が抜けてないけど、結構優秀なのよ?》

《話はしっかり全部聞きなさい。能力だけはと言ったのよ?まだまだ学生気分抜けてないし、精神的にも幼い。
公私混同もするし、人の話もしっかり聞いてない。そして遅刻しそうにもなる。このままだったら10年経っても認めない》

《逆に私が認められるようになれれば、むしろアキトとの仲を応援してあげるわよ?》

《ユリカさん、貴女が私達に依存しない為に今は教えない。
私達も人間だから突然原因不明の病気で立てなくなるかもしれない。
それに何らかの理由で艦を降りる事があるかもしれない。
それを理解しようともせずに私達に全部被せてしまうような艦長にはなって欲しくないの。
だから、今は教えないし見せない》

ユリカはまず叱られたことばかり頭に浮かべていた。
責任感を持て、公私混同するな、依存するな、そんな叱責をよくされていた事を思い出す。
ほら、嫌われているではないかと半ば自分に言い聞かせるように心でぼやいていた。
しかし、その一方で出来た時やいい所はしっかりと褒めてくれる事も思い出していた。
ただ、今のユリカには反発心からそれを素直に認めることは出来なかった。

「なぁんか、アオさんってお母さんみたいよね?」
「え?」

ミナトの言葉にブリッジの全員が反応した。
ユリカも意味を測りかねているのか、呆然としたような表情を浮かべている。
いきなり注目されたミナトは思わず口に出していた事のが恥ずかしいのか頬を染めていた。

「ミナト君。詳しく説明してくれないかね?」

フクベがミナトへ促すと、う~んと顎に指を当てながら少し頭を捻ると言葉を続けていった。

「えっとぉ。アオさんって艦長を叱るときっていつもしょうがないなって顔をしながら叱ってるのよね。
それになんで自分が叱ってるのかわかりやすく伝えてる。それで褒める時はしっかり褒めてる。
艦長がちゃんとして褒めてる時なんて本当に嬉しそうな顔してるもの。アキト君を褒める時と同じくらいかな?」
「そんな...」

ユリカは戸惑っていた。
言われればそんな気がしないでもないのだ。
だけど、感情ではそれを認めたくなかった。
どうしてもシミュレーションの事が頭から離れなかった。

「さて、一つわしから昔話をしようかの」

ユリカが困惑している中、フクベが声をあげた。

「年寄りの詰まらない話じゃからな、全員楽にして聞いてくれればいい。
そうじゃな、そやつは年を取ってはいたが長年の経験と仲間の力に自信を持っていた」

そうしてフクベの言う昔話が始まった。
一人の老軍人の話である。
その老軍人は艦隊を率いる立場にあり、外敵を排除する命令を受けて、布陣を整えていったこと。
その艦隊には何人も世話をした教え子と呼べるような者達が乗っていたこと。
そして、外敵がどんどんと防衛ラインを突破して近づいてくる時の困惑と焦り。

そこまで聞いて、その老軍人がフクベ提督本人の事である事。
そしてその話が火星会戦である事はみんな気付いていた。
全員が神妙な目をしてフクベの話へ耳を傾ける中、その話はどんどんと進んでいく。

外敵がその艦隊へ近づいた時の使命感と同時の焦燥。
艦隊の攻撃が効かなかった際の絶望感と仲間が落とされていく喪失感。
そんな中で敵母艦が避難民を乗せた輸送船へと落ちていく事を知った時の事。
老軍人が乗る艦をぶつけて敵母艦を逸らし、輸送船を助けられた時の喜び。
そしてその敵母艦が街へと落ちていくのをただ見つめていた無力。

その話が続く中、ブリッジは重く悲しい雰囲気に包まれていた。
しかし、話はそこで終わらなかった。

次の日にその老軍人の部下が自殺していた事。
なんとか絶望に包まれながら帰ってきた時に助けた避難民から告げられた言葉。
そんな自分の恥とも言える事をフクベは話していた。

「あの...何故...それを?」

ユリカは話し終わったフクベへなんとかそれだけを聞いていた。
そんな彼女へ悲しみを押し隠した柔らかい表情を向けるとフクベは答えた。

「先程のシミュレーション、どこか似てるとは思わないかね?」
「え?」
「艦長はその老軍人、アキト君は輸送船、サツキミドリ2号はその街になるか...」
「!」

その言葉にユリカは目を見開く。
そしてアキトは苦い顔をして固く手を握り締めていた。

「アキト君。もし艦長が君の命を優先させてサツキミドリ2号を見捨てていたらどうしたかね?」
「...わかりません。ただ、自分もユリカも許せないと思います」

自分を見捨ててサツキミドリ2号を助ける事が一番理にかなっている事はわかっていた。
だからと言って決して死にたい訳ではない。
だからこそ、自分の命を救ってくれたのだから感謝をするべきなのだろう。
だが、その為に数千の命が亡くなるのだと考えたら答えは見つからなかった。
ユリカも同じ事を考えていたのか苦い表情で唇を噛み締めていた。

「何が正しいのか、何が間違っているのかなんぞ答えは出んよ。わしにも未だ持ってわからん。
だが、アオ君はユリカ君にそういう事も常に考えていて欲しいのじゃろう。
なにせユリカ君は艦長じゃからな。この艦の200名の人員を預かっておる立場にある。
やむを得ん時は見棄てる事もある、むしろ死にに行かせる選択をせねばならない事もある。
例えそれが誰であってもじゃ」

その言葉を聞いたユリカは自分の甘さを痛感していた。
その悔しさに顔を歪ませている。

「それと、これだけは勘違いしないでやって欲しい。アオ君はユリカ君の事を決して嫌ってはおらん。
むしろアキト君と同じくらいユリカ君の事を想っておる。先程ミナト君が言ったように母親に近い感情を持っておるよ。
その事はアキト君がよく知っておる」
「え、アキトが...?」

一瞬アキトへと目線を向けながら、搾り出すように言葉を向けていた。
そのユリカをアキトは身じろぎ一つせず見据えていた。
そんなアキトの瞳を見たユリカにはアキトは言葉にはしないが、それが嘘ではないということがわかった。

「あの、私、アオさんに酷い事言って...謝らないと!」
「...ふむ。すぐにでも謝った方がいいのはわかる。だがな、アオ君が落ち着くまで待ってくれないかね?
ユリカ君もまだ気持ちが落ち着いておらんじゃろう?」
「あの...でも.....」
「アオ君が落ち着いたらすぐに呼んでもらうよう伝えておこう。それならいいかね?」
「はい、わかりました...」
「うむ。では、ユリカ君は一旦自室で気を静めておき給え」
「...はい」

フクベの言葉を受けて、ユリカは俯きながらブリッジの扉へと向かっていく。
そして、アキトの傍まで来ると一旦立ち止まった。

「あの、アキト...ごめんなさい」

一瞬目線を向けるが、アキトもユリカを見据えていた。
ユリカは目線が交わると焦ったようにまた俯く。

「俺には何も言ってないから謝る相手が違うだろ?
それに自分の間違いに気付いたんだからそれでいいだろ。
すぐ呼ぶから部屋で少し休んでろ」

ユリカの様子に軽く溜息を吐いたアキトは安心させるようにユリカの頭をぽんぽんと叩く。
そんなアキトの行動に我慢していたものが崩れたのか、ユリカの瞳からぼろぼろと涙が流れ落ちる。

「し、失礼...します...」

ユリカは必死に泣き声を抑えながら、ブリッジから退室していった。
それから少し、なんとも言えない空気がブリッジに流れていたが、フクベが解散を告げると各々自室へと戻っていった。
特にアキトはアオの事が気になるのか走って自室へと戻っていった。
ジュンはジュンでアオからあれだけヒントを貰っていたのにユリカへ何も出来ていなかった自分を悔いていた。
そんな悔しさを胸にしながら、固く手を握り締めてブリッジを後にしていた。
ミナトやメグミもそれぞれ思うところがあるのか、何かを考えるように静かにブリッジを後にしている。
それを確認するとプロスペクターがフクベへと声をかけた。

「流石ですな。フクベ提督、本当に助かりました」
「ただの年の功じゃて。こんな老軍人の恥を晒しただけで前途有望な子らが成長できるなら安いもんじゃろ?」
「そうですな...今夜どうですか?」
「そうじゃな...サダアキ、お前も相伴せい」
「望むところよ。わたしもあの話を聞いたら飲まないと寝れないもの」
「ゴートさんもご一緒にどうです?」
「願ってもない」

ブリッジには酸いも甘いも噛み分けた大人達の世界が広がっていた。
その頃、自室へ戻ったユリカはベッドへ座ってクッションを抱きしめながら今までの自分を見直していた。

元々頭の回転も早く、記憶力も判断力もある彼女である。
自分が間違っていた事を自身で納得してしまえば後は早い。
今までアオに言われた言葉、そしてシミュレーションでの行動を省みて自分のしていた過ちを恥じていた。
それは特にアキトと一緒に訓練をしてからは酷かった。
どれもこれもアキトの活躍を見たいがための戦略なのだ。
そして先程の実戦もシミュレーションも同じである。

(実戦でも同じ!私はアキトの活躍を知らしめるため事ばかり優先していた!
佐世保基地を煽るような伝達をしたのは、航空部隊をぶつけて戦力の対比でアキトの強さをわかりやすく知らせるため...
エステバリスがナデシコに乗ってたんだから、そのまま空へ上がって出撃させればもっと早く片がついていた。
シミュレーションでもアキトが戦艦1隻落とせた後に深追いさせずちゃんと指示出来ていたら...!)

そうやって自分の行動を悔やみながら、アオの言葉を思い返していったユリカはある違和感を覚えた。

(アオさんがアキトと知り合って地球に来たのは1年前...
そのままネルガルに関わっていた...
ナデシコもエステバリスもネルガルの兵器...
お父様が色々と忙しく動くようになったのも1年前...
それにあのお父様が口煩くなったのも...
極東方面のエステバリス隊はお父様の管轄とも聞いた...)

女の直感か、その才能か、これらが繋がっていると感じてしまった。
思い立った瞬間、声を上げていた。

「オモイカネでしたよね。いますか?」

アオやアキトがオモイカネとよく話しているのを見ていたユリカは自然とそう呼び出していた。

『はい、なんでしょうか艦長?』
「へぇ、本当に呼べるんですね...ではなく、お父様...
地球連合宇宙軍極東方面提督のミスマル・コウイチロウへと通信は繋げられますか?」
『わかりました。少々お待ちください』

デフォルメされたエステバリスがしばらくお待ちくださいと書かれたウィンドウの中を走りまわっている。
それを見つめながら、ユリカは凄い便利...と感想を漏らしていた。

『繋がりました』
「オモイカネ、ありがとう」
『いいえ、艦長の頼みですから。ではウィンドウに出します』

そうしてオモイカネのウィンドウはミスマル提督の顔へと変わった。

「ユリカ、勤務中に呼び出すのは感心せんな...」

そう言いつつ嬉しそうに口の端を歪めているのでは威厳も何も無い。
そんな事は一切気にせずユリカはミスマル提督へ語りかける。

「お父様。テンカワさん...の事、火星にいた時にお隣に住んでたお家の事は覚えてらっしゃいますか?」
「あぁ、覚えとるよ。家族揃って色々と懇意にさせて貰ったからな」
「そうですね、色々と懐かしい思い出ばかりです...」

ミスマル提督は昔を懐かしむように顎をさすっている。
そんな父親にユリカも同じく昔を思い出していた。

「それで、アキトとアオさんがこの船に乗ってるんです。その事は知ってらっしゃいました?」
「...ふむ。初めて聞くな。本人なのかね?」

ユリカの言葉を聞いてミスマル提督は驚いたような表情を浮かべた。
それを見たユリカは説明するように言葉を続ける。

「えぇ、実際に会って驚きました。火星に居たそうですが、なんとかこちらへ逃げて来たそうです」
「そうか、アキト君もお姉さんのアオ君もしっかりしておったからな、ユリカも負けずにしっかりするのだぞ?」
「えぇ、もちろんです。それにしてもアオさんは変わらず綺麗でした」

ミスマル提督の言葉を受けて、ユリカは頷くと軽く話題を変えた。
勤務中に通信をしてきてくれた事に加え、久しぶりに沢山ユリカと話しをしているミスマル提督はかなり浮かれていた。

「そうだのう。昔からユリカと同じくらい綺麗な子だったのう、ユリカとは違って黒い髪だったか...」
「そうですね。ところでお父様?」

浮かれているミスマル提督には自分がとんでもない事を言っていることに気付いていなかった。
色々と言質をとったユリカはニコニコと笑みを浮かべつつミスマル提督へと問いかける。

「アオさんは1年前に初めてアキトさんに会ったそうですが、どうしてお父様はアオさんの性格や容姿まで知ってるんですか?」
「んなっ!」

その言葉でようやく我に返った。
頭の中に大きくしまった!という言葉が吹き荒れているがどうしようもない。
冷や汗をだらだらと流しながら、狼狽えている。

「ゆ、ユリカ。これからもしっかりな」
「...お父様?」
「そ、それじゃ。アオ君やアキト君と仲良くな!」
「あ!!」

困り切ったミスマル提督は問答無用で通信を切っていた。
その事に苦笑しつつユリカはまたクッションを抱き寄せると静かに呟いた。

「なんか色々と秘密がありそうですけど...
お父様に私の事をしっかりと教育しなさいとでも言っていたのかな?」

秘密はこの際どうでもよかった。
母親に近い感情を持っているという事、アキトの姉が自分をそこまで思ってくれている。
そして父親にも色々と言っていたらしいという事が何故か嬉しかった。
それは、小さい頃に母親を亡くしたユリカの持つ母親への憧れでもあったのかもしれない。

そして、ユリカはそんな相手に自分が言い捨てた言葉を思い出すとクッションをぎゅっと抱きしめた。

「...なんとしても謝らないと」



[19794] 天河くんの家庭の事情_35話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/24 18:16
ブリッジを飛び出したアキトは自室へと駆け込んでいった。

「姉さん!大丈夫か?」
「え...アキト...?」

そのアキトをアオは呆然と見つめていた。
次第に目に力が入ると部屋から出ようとする。

「だ、ダメ...あの子を一人にしちゃ...!」
「アオさん!?」
「アオ!?」

慌てて出ようとするアオをルリとラピスは抱きつき、必死に引き止めていた。
その様子にアキトは驚いたようだが、すぐにアオへ声をかけた。

「いや、姉さん。もう大丈夫だから心配しないで」
「だいじょう...ぶ?」
「あぁ、フクベ提督が話をしてくれたんだ」
「...どういう事?」

アキトの言葉に落ち着きを取り戻したのか、アオはベッドの脇へと腰掛けた。
その両手は力なくだらりと伸ばされており、ルリとラピスはアオの両隣に座ってその手に自分の手を重ねていた。

「それでしたら、映像を出した方が早いと思います。ダイア、お願いできる?」
『はい、すぐ出します』

アオの言葉にルリが答えると、ダイアへと声をかけた。
ダイアはそれを受けるとアオ達の前にウィンドウを開いた。
そこへ先程のブリッジのやり取りが流れていく。

その映像が流れ終わるとアオは安心したように表情を緩めていた。

「そっか...フクベ提督に感謝だね...
ルリちゃん、ラピス。ユリカさんの事、まだ許せない?」
「「.....」」

その問いに、二人は難しい表情を浮かべた。
アオはそんな二人へ微笑みかけ、諭すように声をかけた。

「ルリちゃんもラピスも映像であの子が謝るって言ってくれてた所見たでしょ?
色々と子供っぽい所が多いけど真っ直ぐな子だから、二人には仲直りして欲しいな」
「...わかりました。そもそもアオさんが許すのに私が許さないのはおかしいですね」
「私も、ユリカがちゃんとアオに謝るならいい」

ルリとラピスがそう答えたのを聞いてアオは安堵の息を吐いた。
アキトも息を吐くと、アオへと問い掛けた。

「姉さん。それじゃあ、すぐにユリカのやつ呼ぶ?」
「うん、そうしよう。じゃあ、お茶ぅぎっ!!」
「アオさん!?」
「アオ!?」
「姉さん!?」

アキトの問いに答えたアオはユリカが来る前にお茶の用意をしようとして立ち上がろうとした。
その時にベッドへ手をつき力を入れたのだが、その瞬間両腕に激痛が走り変な声を上げてしまった。
脂汗を流しながら固まったアオにルリ達は焦って詰め寄る。

「なんか...両手が凄い痛い...」
「え!?い、医務室行きましょう!マナカさんに連絡します!」

それからは慌ただしかった。
ルリはすぐにマナカへと連絡を入れると、アオを医務室へ連れていった。
ルリとラピスにアキトが見守る中診察が終わるとマナカは心底呆れたように症状を伝える。

「アオさん。何があったかは知らないけど自傷行為はいけないわよ?
両腕を強く握りしめすぎたせいで手首の筋が違えてるし、上腕も強く圧迫されたせいでしばらく痛いわよ?」
「「「なっ!?」」」
「アオさんの身体には医療用ナノマシンも入ってるし、安静にしてれば全治1週間ってとこね」

ルリとラピス、それにアキトも最初は驚いていた。
だが、理由はどうあれ自分の不注意で怪我をしたアオを叱った。
3人からみっちり叱られたアオはしゅんと落ち込んでしまった。

「...ごめんなさい」
「それくらいにしてあげたら?それ以上言うと泣いちゃいそうよ?」

アオの珍しい姿に苦笑していたマナカの言葉でようやく収まった。
そうして部屋へ戻ると、そこで初めてユリカへと連絡をした。
ユリカはようやく謝れると安堵したが、アオの手首に巻かれたテーピングの事に気付いてしまった。
その理由を説明されたユリカはかなり取り乱し、慌ててアオ達の部屋へと駆け込んできた。

「ごめんなさい!私のせいで!!私のせいで!!」

駆け込んできてアオの姿を見るなり、泣きながら謝り倒していた。
ユリカのいきなりの行動にアオ達は驚いたが、アオはあやすように優しくユリカを慰めた。
それはルリとラピスも同じで、余りに一所懸命謝るユリカの姿に怒ってた気持ちが飛んでいってしまった。
そして二人はそんな行動を天然でするユリカはずるいと思い、諦めたような溜息を吐いた。

「ほら、もう怒ってないよ。それに自業自得だから気にしないで?」
「でも。でもぉ...」
「はいはい、大丈夫だからね?」

そんな風にユリカは気が済むまでアオの胸で泣き明かした。

── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──

その頃、地球連合軍の上層部はパニックに陥っていた。
戦艦が一隻で500機もの無人兵器を相手に無傷で勝利を収めたのだ。
その上、犠牲者はゼロという快挙である。
これが地球連合軍の戦艦だったら大喜びしていただろうが、あろうことか民間の戦艦である。
第一次火星会戦での失態、月裏側の占拠、地球へのチューリップ落下という失態続きで無能呼ばわりされているのだ。
このままでは地球連合軍の立つ瀬がない。

「くそ!なんなのだあの軍艦は!!」
「こちらへ届いている資料ではネルガル製の試験戦艦...だそうですな。目的は実働試験を兼ねて単艦での遊撃となっております」
「だが、あれだけの威力を持っているなどとは聞いておらん!!」
「それを測るための試験という事でしょう。ネルガルは総てわかっていたんでしょうなぁ」
「なんにしても、あの調子で進まれては我らの立場が危うい」

地球連合軍の本部では緊急会議が行われていた。
それ程ナデシコの与える影響に危機感を持っているのだ。
円卓には一癖も二癖もあるような古狸が揃っていた。
遠方で参加できない物も通信で参加している程だった。

「試験という形での遊撃を承認しているというのも事実だが、どうにかせねばならんな」
「あのまま活躍されては我らの首がすげ替わる事になりかねん」
「頭の悪い民衆には試験戦艦かどうかは関係ないからな」
「まったく忌々しい...政治家共も民衆共も黙って従っておればいいものを、民意だなんだと...」

その古狸達は吐き捨てるように守るべき者への悪態を吐く。
その頭の中では保身の事しか考えられなかった。

「何にせよあれだけの戦艦を作ったネルガルと手を結ぶ事を進めねばならん。そして量産出来るまでの繋ぎが必要だ」
「では、あのナデシコとやらを接収せねばなりませんな」
「では誰に任せますかな?」
「あのナデシコの艦長は、極東方面提督ミスマル・コウイチロウの娘だそうだぞ?」
「ふむ...確か、えらく頭の固いという...」
「そうだ。能力は高いのだが、金にも女にもまったくなびかん、全くもって扱い辛い男だ」
「だが、娘を溺愛しているという噂通りならばこちらの話を断る事はありますまい」
「全くです。そして、この事で少しは手綱が握りやすくなるでしょう」
「握った尻尾を素直に話す道理はないですな」

そうしてその古狸の会議は終わった。
その辞令が下ったミスマル提督は疲れたように溜息を吐くとその椅子へと埋もれた。

「全くもって予想通りでしたな、提督」
「あぁ、ここまで想定通りに動かれると逆に気分が悪い」

傍らに立っているのは彼の腹心であるムネタケ参謀、サダアキの父親である。
そのムネタケ参謀は苦笑しつつも話を続ける。

「何にせよ、形だけでも行かないわけには参りませんな。どうされますか?」
「娘に会える格好の口実を私が見逃すとでも?」
「...そうでしたな」
「エステバリス隊教官訓練の件についてもしっかりと礼を言えておらん。それに...」
「それに...?」

そこで口篭った彼をムネタケ参謀は訝しげに見つめた。
その横顔には一滴の汗が流れ落ちているように見えた。

「...娘の教育の件でアオ君から話があるような気がするのだ」
「...そうですか」

何よりもそれが気に掛かっており、何よりもそれが怖いらしい。
ムネタケ参謀はそんなミスマル提督を呆れたように、可哀想な物を見るような目で見詰めていた。

── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──

「やった~!治った!」

ナデシコはサセボ沖から琉球諸島を太平洋へと抜け、日本の東海岸沖をのんびりと遊覧している。
始めの5日は初めての実戦後である為に細かく艦内の総チェックが行われる事になった。
そしてそこから更に2日経ち、アオは晴れて完治と告知されたのだ。
7日間ルリとラピスが常にアオを見張っていたために何も出来なかった。
その過保護ぶりは半端ではなく、食事は勿論の事お風呂も常に一緒で最初の内はトイレにも付き添おうとする。

「流石にそんな趣味はありません...」
「自業自得ではあるけど、ちょっと可哀想ねぇ...」

流石に嫌なので泣いて謝っていたのだがどうにもならずに、泣きながらミナトに愚痴っていたらしい。
その甲斐もあったのか、ミナトも説得に参加してくれたお陰でトイレだけは許して貰ったが二人共残念そうだったらしい。

「アオちゃん、あの子達思い詰めたら何するかわからないから気をつけたほうがいいわよ?」
「薄々勘づいてましたけど、やっぱりですか?」
「えぇ...」

その時の様子に何か感づいたのか、ミナトはアオへ忠告していた。
アオは冷や汗をかきながら納得していたそうだ。

そうして治ったアオは大喜びでルリとラピスに抱きついた。

「二人のお陰だよ、ありがと~!心配かけてごめんね?」
「あ、いいえ。よかったです」
「気にしないで」

抱きつかれて嬉しいのか、感謝されたのが嬉しいのか、謝って貰ったのが嬉しいのか、それとも全部だろうか。
ルリとラピスは突然のことで少し驚いたが、すぐに笑顔に変わった。

「はいはい、医務室でイチャイチャしないの。お仕事まだあるんでしょ?」

その様子を嬉しそうに見詰めながら、マナカが注意をした。
それを受けた3人は恥ずかしそうに笑うと、ようやく身体を離した。

「次に同じような事でルリちゃんやラピスちゃんに心配かけたらベッドに縛り付けますからね?」
「はい、気をつけます」
「はい。それじゃ3人共いってらっしゃい」
「「「いってきます!」」」

元気に答えるとアオ達は医務室から出てブリッジへと向かう。
その後姿を眺めていたマナカはふぅと人心地つくとコーヒーを淹れるために踵を返した。

アオ達がブリッジへと戻る途中、アオのコミュニケに通信が入った。
それを見たアオはその表情を訝しげなものに変える。

「アオさん?」
「いや、ミスマル提督から通信が入ってる」
「もしかして...」
「あぁ、そうかもしれない」

アオとルリの脳裏にナデシコをサダアキが占拠した事件を思い出す。
ラピスはその事を知らず、きょとんとした表情で二人を眺めていた。

「ミスマル提督、どうされました?」
「あぁ、アオ君。お久しぶりだね。実は上層部からナデシコを拿捕するように言われてしまってね...」
「やっぱりですか...」
「全く困ったものだ」

予想通りの内容にアオは疲れたような表情を浮かべる。
それはミスマル提督も同じで、二人して深い溜息を吐いた。

「それで、どうされますか?」
「ここで下手に逆らうと潰されてしまう。申し訳ないが、そちらへは向かうことになる。
という事で表向き軍に従っている振りをする事になる。もっとも、本当の目的は別にあるのだがね」
「ただユリカさんに会いたいだけでしょうに...」

如何にも悪巧みしてますよ~という表情を見せるミスマル提督にアオから辛辣な突っ込みが入った。
ここでの突っ込みは考えていなかったのか、冷や汗を垂らしている。

「...んんっ!そんな事はないぞ?」
「ではなんですか?」

ミスマル提督の中では可愛らしいこうちゃんを演じつつ話を盛り上げようとする。
しかし、アオは取り付く島も与えず、単刀直入に突っ込んでいく。

「...ところで、ユリカの様子はどうだね?」
(ミスマル提督、逃げましたね)
(逃げたね)

しばらく沈黙を続けた二人だが、耐えきれずにミスマル提督が話を変えた。
そんな彼に3人は半眼を返してやる。

「そうですね、色々大変でした。本当に い ろ い ろ と ありましたよ。
えぇ、今度じっくりユリカさんの父親から弁解を聞きたいもの で す ね !」
「そ、そうかね。今度時間を作ろう」
「そうしてくれると助かります」

アオの所々妙に強調する言い方もあってか、ミスマル提督は冷や汗が止まらないようだ。
ルリとラピスもアオが怪我をした要員に少しではあるが関わっているためミスマル提督への視線が冷たい。

「そ、それでだな、そちらにサダアキ君が乗っていると思うのだが」
「はい。どうしました?」
「うむ。どうも彼の部下は彼とは別の物から任務を託されている節があるのだ」
「!!...わかりました」

ミスマル提督の報告を聞いたアオは一瞬だが目を見開く。
そのままスッと目を細めると返事をしながら頭の中で状況を確認していく。

「サダアキ君からの報告だから彼も把握している。うまくやってくれたまえ」
「えぇ、ありがとうございます」

アオはミスマル提督へ軽く会釈をした。
それに頷くと、アオへ言葉をかける。

「では、失礼するよ」
「はい。では後で都合のいい時間を送ってください」
「...ワカッタヨ、アオクン」

ミスマル提督は最後の言葉で撃沈されたのか、滝のような涙を流しながら了解した。
通信が切れた後、ムネタケ参謀は熱い涙を流すミスマル提督の肩をぽんぽんと叩いて慰めていた。

── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ── ◇ ──

「なぁんか、平和ねぇ。メグミちゃん」
「そうですね。戦争中とは思えません」

ブリッジにはの~んびりとした空気が流れていた。
フクベ提督とムネタケ副提督は提督席で野点をしてまったりしている。
ミナトとメグミはファッション雑誌を読みながらあれがいいこれがいいと盛り上がっている。
ルリとラピスは小説を読みながらアオの話をしていた。
アオとプロス、ゴートの3人はブリッジの入口付近で立ち話をしている。
その中で、先日の一件が影響しているのかユリカとジュンだけは真剣な表情をしていた。

「でも気は抜けません!アオさんに怒られちゃいます!」
「そうです。いつ何が起こるかわかりません!」

そんな二人の様子にプロス達と話をしていたアオは苦笑交じりに声を掛けた。

「そんな事までいちいち怒らないよ。気を張りすぎると逆に疲れちゃうからいいよ~」
「ぅ...そうですか?」
「うんうん。ダイアも見てるしのんびりしてて、その代わり緊急時は頼むよ?」
「「はい!」」
「はい、元気でよろしい」

そんなやり取りを見て、ブリッジ全員がクスクスと笑っていた。
あれからユリカとジュンがアオへ見せる態度がほとんど先生と生徒のようになっていたのだ。
それからしばらくアオはプロス達と話していたのだが、プロスが時計を見ると一つ息を吐いた。
その目に真剣な色が灯る。

「...さて、始めますかな?」
「えぇ、そうですね。ダイア、位置は把握してる?」
『任せて下さい!』
「ゴートさんもよろしいですかな?」
「うむ。問題ない」

プロスの言葉にアオとゴートは反応する。
アオはダイアへ何かを確認すると、ダイアから即答される。
それを聞いたアオは何気ない素振りで扉のすぐ横にある壁に背中をつけて腕を組んだ。
ゴートも頷くと一瞬で自分の装備を確認し、アオの反対側の壁へと背中をつける。
そしてアオは、アキトへと通信を入れる。

「アキト、始まるよ」
「...わかった」
「いきなりであれだけど、失敗したらそれだけみんなが危険になるからね」
「あぁ!」

それだけを伝えるとウィンドウを切って、軽く息を吐いた。
同じく、アキトも通信を切ると息を吐いていた。

「テンカワさん、どうしました?」
「あ、サユリさん。ううん、なんでもないけどどうしたの?」
「ちょっと辛そうでしたから...悩んでることがあったら私でも相談に乗りますから」

これから起こることに緊張していたアキトを見てサユリが心配そうに声をかけていた。
そして純粋に自分を心配してくれる彼女を見て、アオの言葉を思い出した。

(あぁ...俺が失敗したら彼女が危険になってしまうのか...)

目の前のサユリ、そして遠巻きに見ているハルミ、ジュンコ、エリ、ミカコ、そして鍋を振るうホウメイを見た。
自分に出来る事がある、彼女たちを守る力が自分にある事をアオに感謝した。

「テンカワさん?」
「...ありがとう」
「ぁ...いいえ、気にしないで下さい」

気持ちが固まったのが嬉しくて、その気持のままアキトはにっこりとサユリに微笑んだ。
その綺麗な笑みを見たサユリは頬を染めて呆然と見惚れてしまった。
そんな彼女の様子に全く気付かないアキトは思い出したように言葉を重ねた。

「あ、そうだ。折角同じ食堂で働いてる同士なんですから、アキトって呼んで下さい」
「...」
「差し出がましかったですか?」
「!!い!いいえ!!じゃあ私の事はサユリって呼んで下さい!!」

突然の事でサユリの頭はパニックになっていた。
しかも後ろの方で仲間の4人がキャアキャア騒いでるのが聞こえる。

「わかりました。サユリさん、貴女がいたお陰で気付く事が出来ました。ありがとう」
「い、いいえ。助けになったのなら嬉しいです...」
「今度お礼します!それじゃ、ちょっとやる事あるので!」
「あ、はい!頑張って下さい!!」

アキトはエプロンを脱ぎながらサユリに手を振ると、ホウメイへと話しかけていた。
サユリも思わず手を振り返したのだが、そのまま呆然とアキトを見続けていた。

そして、ブリッジではプロスの話が始まった。
その様子は艦内総てに流れており、食堂も同様だ。

(始まった...)

アキトは気合いを入れるように真剣な表情でそのウィンドウを眺めていた。

「今まで、ナデシコの目的地を明らかにしなかったのは妨害者の目を欺く必要があったためです。
ネルガルがわざわざ独自に機動戦艦を建造した理由は別にあります。
以降、ナデシコはスキャパレリプロジェクトの一端を担い、軍とは別行動を取ります!」

会話の最中、アオとゴートのコミュニケにはダイアからの通信でブリッジの入口前に6人張り込んでいる事を知らされた。
それを見たアオとゴートは視線を交わすとお互いに頷きあった。
サダアキも野点の席でお茶を飲みながらだが、目だけは真剣にその様子を見つめている。
同じ頃、アキトにも食堂の前に4人いる事を知らされていた。
それを見たアキトはホウメイへ合図を送る。
ホウメイはそのままホウメイガールズの5人へ倉庫の整理を任せた。
その様子を確認したアキトは息を吐いて気を落ち着かせると、アオとのトレーニングを思い出していた。

「我々の目的地は火星だ!」

フクベ提督の声が響く。
その内容にかなりの者が驚いていた。
まさか、敵が占領している只中に突っ込んでいくとは思ってもみなかったからだ。
そしてその中には異論を唱える者もいた。

「それでは、現在地球が抱えている侵略は見過ごすというのですか!」

ジュンがフクベ提督とプロスへと突っかかっていた。
元々軍に入る予定だったのもあり、軍を蔑ろにする行動は自分の地球を守りたいという想いを踏み躙られていると感じてしまった。
しかし、プロスはそんなジュンを諭すように言葉を重ねていく。

「多くの地球人が火星と月に植民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て地球にのみ防衛戦を敷きました。
火星に残された人々と資源はどうなったというのでしょう」

その言葉を聞いて、理解は出来たのだが気持ちは納得出来ていなかった。
だが、そこへ思わぬ声が入り込んだ。

「ね、ジュン君。多分これって軍も知ってると思うよ?」
「へ、ユリカ?」
「だって、曲がりなりにも戦艦でしょ?全部が全部内緒で作ってたら敵対行為でネルガルごと潰されちゃうよ」
「ぁ.....」

そのユリカの言葉にブリッジ全員が驚いていた。
しかし何より驚いていたのは、アキトとルリだった。

「多分軍へは試験戦艦か何かで届けてあるんだと思うよ」
「こ、これは参りましたね...」

プロスは珍しく動揺していた。
まさかユリカがここまで頭が回るとは思っていなかったのだ。
アオも同じようで、落ち着いたユリカがここまで変わるとは思っていなかった。
苦笑しながら頬を掻いたアオはユリカへと声を掛ける。

「ユリカさん、話が進まないからそこまでにしてあげて」
(外の軍人もさっきの話で混乱してるみたいだし)

そこまでは口には出さなかった。
注意されたユリカは話が途中だったことを思い出して、プロスへ先を促した。

「あ、そうでした。す、すいません続けて下さい...」

促されたプロスは咳払いをして気を引き締めると言葉を続ける。

「そうですな。まぁ、そんな訳でして軍が動かないのならば我々だけでも確かめに行こうと...」
「そこまでだ!!!」
「「「「!!!!」」」」

突然ブリッジの扉が開き、銃を持った軍人が入ってきた。
軍人達はすぐさま銃を構えると、隊長と思しき男が声を張り上げる。

「この艦は地球連合軍が接収する!!全員逆らうなよ!!」
「じゃあ、逆らうとどうなるんですかぁ?」

その男にアオはやる気の無さそうな声をかけた。
アオへと振り返った男は相手が少女だと見ると見下したように言い放った。

「お嬢ちゃん、あんまり生意気な口は出さない方がいいぞ。逆らうと痛い目見るからな?」
「そうですかぁ。そんなお嬢ちゃんに銃を突きつけないと話も出来ない弱虫さんがどう痛い目見せてくれるんですかぁ?」

ユリカやジュンはあからさまに軍人を煽っているアオを止めさせようとするが、銃が突きつけられて声を出せない。
しかし、フクベ提督にサダアキ、ゴートやプロスは涼しい顔でそれを眺めていた。
ルリとラピスは唇を噛み締めて何か堪えるように手を握り締めていた。

「嬢ちゃん。怖いお兄さんが怒らないうちにお口を閉じた方が身のためだぞ?」

かなり我慢しているのか男の顔が引き攣っている。
他の軍人も動揺で強い目線で睨んでいた。

「ごめんなさい、弱虫さんの言葉がわからないんです。日本語で話してくれませんか?」
「...このガキ!」
「なに?はっきり喋れ玉なし」
「黙ってろクソガキ!」

激昂したその男は思わず銃床で殴りつける。
ガッ!という鈍い音がしてアオは倒れこみ、それを見た全員が息を呑んだ。

「ゴート!」

しかし、その倒れ込んだアオから声が上がるとすぐさまゴートが動き出した。
一番近くにいた男の銃を掴むとそのまま体勢を捻り、手を離させる。
そのまま首を絞めて落とす。
すぐさま驚いた表情をして固まっている2人目へと移っていく。
その時アオを殴りつけた男が股間を押さえて倒れ込んだ。
口から泡を吹き出して痙攣している。
その近くにいた男が呆気に取られた隙を突かれてアオの接近を許してしまった。
すぐさま手首を決められ銃を取り落としてしまい、そのままアオ渾身の拳が股間へ吸い込まれていき...

「ひぃっ!」

それを見てしまったジュンは冷や汗を掻いて内股になっていた。
声こそ出さなかったが、フクベ提督にムネタケ、プロスも冷や汗をかいている。
その痛さは男にしか想像出来ないものだ。
そうしてアオが殴られてから1分もかからずその6人は倒れ伏していた。
3名は色々とご愁傷様な事になっている。

「ゴートさん、それじゃ行きますか」
「頭は...」
「だいじょぶ、ちゃんとずらしてるしわざと倒れ込んだから」
「むぅ、わかった」

そしてアオとゴートは誰かが声をかける前にブリッジから駈け出していった。
その後はすぐにプロスが気絶している男達を縛り上げて無力化させた。
一方食堂ではアキトが奮闘していた。

軍人が4人入って来た瞬間、入口横にいたアキトはすぐさま目の前の男に横合いから渾身の突きをお見舞いする。
綺麗に顎に当たったそれは一瞬で男の意識を刈り取り倒れこむ。
その倒れた男に躓いた後ろの男の頭を思い切りサッカーボールキックする。
声もあげずにそのまま昏倒した男をそのまま踏み付けて唖然とした表情で見ている男に肉薄。
銃を叩き落とすと無防備に晒した股間を蹴り上げた。
ようやく動き出した男が向けた銃口の脇から男へ近づくと、そのまま銃を掴んで捻りあげ体勢を崩させる。
そのまま銃ごと引倒した男を後ろから締め上げて意識を落とす。
こちらも秒殺で終わった。

「姉さん、食堂は終わ...どうしたんだ、それ!」

一息ついたアキトがアオへ通信を繋いだ時、額から血を流すアオを見たアキトは思わず叫んだ。
それに対してアオは気にしないで~と手を振ると訳を説明した。

「この前叱られたばかりなのにどうしてそういう事するかな!」
「今回はルリちゃんにもラピスにも事前に説明したよ?泣かれたけど...」
「じゃあ、俺は?」
「時間がありませんでした...」

しょんぼりして答えるアオへ盛大に溜息を吐くと、諦めたように話題を変えた。

「それで、俺はどうすればいい?」
「うん、ダイアが誘導してくれるから手分けして行こう」
「わかった、気をつけてね」
「うん、アキトもね~」

そうして通信が切れると、アキトはよしっと気合を入れて意識を切り替える。
ホウメイの方を振り返るとホウメイガールズも固まってアキトを見詰めていた。

「ホウメイさん、俺は他のみんなの所回ってきますからこの人達の拘束お願いします!」
「あいよ!気をつけていっといで!!」

そうしてアキトが走り去ったのを見届けるとホウメイは縄を持ち出した。
その様子をホウメイガールズは呆気に取られたように見つめている。

「あの、ホウメイさん。アキトさんって...」
「あの子はね、この艦を守りたいんだとさ。アオちゃんやルリ坊にラピ坊、それに艦長やマナカさん、サユリもね。
あの子にとってここは家みたいなもんなんだろうね。それを守れる力があるから、出来る範囲で頑張るってさ」
「私も...守ってくれてるんだ...」
「そうさ。サユリも含めてこの艦全部を守ろうとしてるのさ」
「アキトさん...」

そのホウメイの話を聞いたサユリはアキトの想いに触れて泣き出してしまいそうな程感情が揺れていた。
そんなアキトが安らげる場所になりたい、支えてあげられるようになりたいと感じてしまった。
そして同時にその想いを独り占め出来たらどれだけ幸せなんだろうとも思ってしまった。
その顔は真剣に恋をする女の顔をしていた。

「サユリさん本気ね...」
「「「うん」」」

そしてその表情を見たハルミ達は彼女を応援しようと固く誓っていた。

それから20分もかからず、艦内総てで軍人達の制圧が完了したという報告がブリッジへと入る事になった。



[19794] 天河くんの家庭の事情_小話_01話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/06/25 20:30
「なぁ」
「あん?」

男二人が暗闇に包まれた部屋の中にいる。
共に鍛え上げられた身体をしており、戦闘用スーツに身を包んでいる。
防刃防弾性に優れたそのスーツは連合軍の特殊部隊でも使用されている物だ。
そんな二人はあるマンションの一室を監視している。

「いいよな」
「いいですね」
「いや、本当にいい。俺、次の指令全うしたら彼女に告白するんだ」
「それ、無理な上に死亡フラグですよ」

話を続けつつも監視は全く怠る事はない、かなり練度が高いのだろう。
その戦友に何かあったのだろうか、その二人の雰囲気は勇敢な友への尊敬とその代償を思い沈痛な顔をする。

「冗談はともかく写真でもあればな...」
「お前まだ知らないのか?」
「なんですか?」
「これの事を...」
「な!それは!」
「.....詳細を知りたいか?」
「まさか、お前...」
「あぁ...その...まさかだ」
「...わかった、入会しよう」
「そうか、そう言ってくれると信じていたよ。ようこそLove the Fairy Group(妖精を愛でる会)へ」

そう言って、男二人は熱い握手を交わしていた。
Love the Fairy Group略してLFGというのだが、発足はアオがアカツキ達を部屋へ招待した時まで遡る。

NSSともなるとある程度アオ達が未来から来たという事やアオが未来で自分達と共に行動していたような話も聞いていた。
だが、実際は面識がないしそれは仕事には関係ない。まして自分達は裏方、相手は今表にいるから会う事はないだろう。
そう考えていた。
しかし、プロスがマンションから出てきたと思うと分隊長を呼び、大きな籠を渡していた。

「ほ、本当ですか!!」

そんな、NSSにあるまじき歓喜の声をその分隊長は上げた。
涙すら流しているが、彼は彼女が家事全滅で気が利かないといつも嘆いているのだからしょうがないのかもしれない。
分隊長がいきなり声を上げるなんてと隊員は全員首を傾げていた。
そんな中涙声の分隊長から再度通信が入る。

「総員良く聞け。これから交代で休憩に入れと総隊長からのご命令だ。
そして...そして...。テンカワ・アオ嬢から焼き菓子を差し入れとして頂いた!
更に総隊長より、アオ嬢生声の伝言を承っている。総員、息を止め聞き洩らすなよ!
『体調崩さないようにね~』
では総員、一人2個までである。間違えるな、一人2個までである!」
「「「「「「了解!!」」」」」」

とても息のあった返事である。
むしろプロスはいつのまに録音していたのだろう?
アオとしては持ち帰ってNSSみんなで食べて欲しかったようだが、そんなに気の利くやつなんている訳がない。
その日護衛についた隊員だけで食べきったそうだ。
それが原因で護衛組と留守番組でNSSを二分しての大喧嘩が起こったそうだが、報告書には上がっていない。

それを機にLFGが発足。
その後も度々アオが持ってくる差し入れに魅了されてどんどんと会員は増えていく事となった。
それに伴いアオ宅の護衛希望が増加し、プロスは結構頭が痛い思いをしている。
仕事は普段以上に気合いを入れてするのだが、余分な所まで気合いが入るのである。
例えば...

「こい...こい.........来た!!!
アオ嬢が背伸びした脇写真ゲット!」
「なんだと!!」

こんな感じである。
プロスは一度アオに相談したのだが、アオはアオで対男人間磁石+超鈍感である。
その上、アキトの時代にかなり裏の事情もわかっているからかなり無関心だ。

「ん?大体知ってるし、今はわずらわしくないからいいよ?
ルリちゃんやラピスでやったら死ぬ寸前まで追い込みかけるけどね」

こんな答え方されてはプロスも引き下がるしかなかった。
それからは、いくらか平和な日が続いていた...

そんなある日。
それは、本当に、ただの偶然から始まった。

普段ツーマンセルでアオ宅の監視を行っている。
そして本部代わりのマンションでも二人いるはずなのだが、その時は一人だった。
もう一人は見回り+買い出しに行ってるのだ。
そんな時、背伸びをした男が椅子から立ち上がろうとした時通信モジュールを少しひっかけてしまった。
チャンネルが変わってしまい、あっと思った時に音が聞こえてきた。

アオとルリが風呂場で話をしているらしい。

気付いた時男は焦った。
そして猛烈な勢いで考え出す。

「なんで繋がっている!?
これはアオ嬢とルリ嬢の声...
切らなければいけない!
だがしかし、今は一人だ!
これは任務外の行動だ!
ばれる訳にはいかない!
だが...
だが!!残しておきたい!」

それから男の行動は早かった。
モジュールと記録メディアを繋げ音声を保存出来るようにする。
それからアオとルリが風呂から上がるのを確認すると、男は通信のチャンネルを戻し記録メディアを隠す。
それからすぐ見回りの男が帰ってきた。

「なんかあったか?」
「いや、なんにもなかった」
「あぁ、こっちも至って平和だ」

録音に成功した男が平静を保つ為の訓練にここまで感謝したのは初めてだった。
それから彼はLFG会長へメディアを献上し、全会員からの尊敬を一身に浴びる事となった。

そんなある日。
録音した彼はプロスから呼ばれる事となった。
また何か指令かな?と軽く考えながら彼はその部屋へと向かっていった。
ノックして入室が認められると部屋へと入る。
いつも通りの部屋、いつも通り目の前にはプロスがいる。

「よく来ましたね。早速ですが、次の指令を与えましょう。こちらを確認してください」

そう言って書類を差し出してきた。
それを取ろうと少し屈み手を伸ばした瞬間耳元でぷしゅっと音が聞こえた気がした。
その瞬間。
彼の意識は落ちた。

彼が目を覚ますと、そこは尋問室だった。
周りは厚い壁に囲まれ光は入らない。
そして外へと音が漏れる事もない。

周りを確認すると自分の見知った尋問室である。
そして自分は寝台へと固定され下着以外何も着用していない。
口にはボールギャグを噛まされだらしなく涎が垂れている。

(ここはNSSの施設?
俺が何をした?
疑われる理由がない!
さっさと離せ!)

叫ぼうとするがう~~~!あうあ~~~!と言葉になっていない。
そんな時間が何時間経ったのだろう。
暴れたおかげで体力も尽き、悔しさで涙が流れてきた。
段々と絶望が身を削っていく。
このまま放置されて終わりかな?と考えがよぎり始めた時。

「一杯暴れたね♪」

そんな場にそぐわない声が聞こえた。
ここには誰もいなかったはずである。
扉が開いた音もしていないのだ。
そして自分が気配を感じ取れない人は分隊長や総隊長くらいしかいない。

「そんな驚かなくても。というより私がわからない?」

そう言ってその声の主は顔を覗き込んで来た。
そこにはアオがいた。
見た瞬間余りの綺麗さに見惚れてしまった。
それと同時に、死んだと思った。
本気を出したプロスと変わらぬ殺気を放ち、とても綺麗な笑顔をするアオ。
そんな彼女に魂を抜かれたかのように彼は呆けたように殺して貰うのを待っていた。

「あら?いきなり諦めるなんてもったいない」

そう言うとアオは彼の両肩の関節を外す。
その痛みが気付けになったのか、目に力が入る。

「そうそう、それじゃこれは知ってる?」

そういうと、何かを流し始めた。
それは、彼が録音したものだった。
何故アオが持ってるのかわからず混乱し、目を白黒させる。

「ん?どうしてかって?貴方達が私の写真撮ったりしてるの知ってたんだよね。
まぁ、わずらわしくされる事もなかったし、私だけなら構わなかったんだけど」

そこからアオは更に殺気が膨れ上がった。
プロスを超える殺気にただただ恐怖を感じて外された両肩の痛みも関係なく死に物狂いで逃げようともがく。
そんな彼の頭を掴んで固定するとアオは目を覗き込む。

「そう、私なら構わないんだ。でもルリちゃんは許せない。
ここでずっとこのまま死ぬのと私に協力してくれるのどっちがいい?」

そんなの決まりきっている。
協力します!させて下さい!
そう叫んだ...つもりだった。

「ごめん、あうあう言われても私わかんないんだ」

ボールギャグを外して貰うように頼めるはずもなく、しながらでもなんとか伝えようと協力しますと何度も叫ぶ。
しだいにお~おううあう!とそれとなくニュアンスが掴められるようになった。
アオは涙を流して必死に何度も何度も叫ぶのを殺気を秘めた冷たい目で見ている。

「何?」
「きょ~ひょふひはふ!」
「わからない」
「ひょ~ひょふしはふ!」
「ほら、何?」

そんなやり取りがどれくらい続いたのだろうか、彼は子供のように泣きべそをかきながら何度も何度も目の前のアオに言葉にならない『協力します』をなげかける。
もう涙や鼻水、涎で見るに堪えない顔をしている。

そこでアオは急に雰囲気を柔らかく変えて力を抜き、彼に笑顔を向けた。
その雰囲気の変化に何が起こったのかわからず、目をパチクリしている。

そんな彼の頭をゆっくりと撫でると、大きなタオルで彼の顔を優しく拭いていく。
顔が終わると、顔にタオルをかけたまま頭を持ち上げ、濡れタオルで髪も丁寧に拭いていく。
一通り終わると顔にかけたタオルを外し、柔らかい目で彼を見詰めながらゆっくりと話しかける。

「今から話す事がわかったら、返事はいい、頷くだけでいいよ。」
頷く。
「ルリちゃんもラピスも私にとってかけがえのない大切な二人なんだ」
頷く。
「私の事で怒った訳ではないの。ルリちゃんやラピスの方まで手が伸びたから怒ったんだ」
頷く。
「元々は偶然だった事も知ってる。ただ、貴方は録音だけじゃなくFLGっていうのにまで渡してるよね?」
頷く。
「私も未来では男だったからなんとなくしょうがないのかもっていうのはわかる。でも、未来での貴方達を知ってる私にとってそれは裏切りだった」
頷く。
「一緒の任務についた事もある。お互いに死ぬ思いを沢山した。ここが過去だとしても私にとっては貴方達もかけがえのない戦友だった」
頷く。
「だから、あの事を知った時本気で殺そうと思ったくらい、それくらい私は傷付いたんだよ?」
頷く。
「だから、そんな裏切りをした貴方への罰がこれ」
頷く。
「そして今度は戦友である貴方にチャンスをあげる」
頷く。
「FLGの会員の事教えてくれるよね?」
頷く。
「うん、いい子いい子」

そうして彼の顔に再度タオルをかけると、子供をあやすように頭を撫でる。
彼はただただ泣いていた。そこまで信頼されてたとは思っていなかった。
タオルをかけられ、こんなみっともない顔を隠すように気遣ってくれているのが嬉しかった。
それから彼が落ち着くと、ボールギャグを外し肩の関節を入れて拘束を外していった。
服を渡され身につけていく。
色々と恥ずかしくてアオの方を向けないでいた。

「はい、それで言う事はありませんか?」
「あの、ごめんなさい」
「はい、いい子いい子」

中学生くらいの女の子にいいようにされ、懐柔させられた上に最後は頭を撫でられるいい大人。
面目丸つぶれ、色々と台無しである。

「涙とか大分耳に入ってるから一度医務室行きなね。
肩も関節が外れたままであんなに動くから筋痛めてるでしょ?」

色々と後片付けしながらこちらを気遣ってくれる。

まとっている雰囲気は家で掃除をしつつ身支度する子供へ世話を焼く母親のそれである。
ただ、場所が場所なのでかなり浮いているが。

「はい、ちゃんと行っておきます」
「よし、終了。うん、それじゃFLGの事はプロスさんに報告しておいてね」

そう言うと二人は尋問室から出ていく。
そこで別れようとした時に彼はアオへと話しかけた。

「あ、あの」
「うん?」
「ほんとにすいませんでした」
「もう怒ってないからいいよ。まぁ、次やったら本当に知らないけど」
「絶対しません!」
「うん、その言葉信じてるからね?」
「はい!」

そうしてアオは踵を返すと離れて行った。
彼はプロスの部屋へと向かう。

「えぇ、かしこまりましたよ。それで、貴方の処分は半年間の減俸とボーナスカットですね」
「は!謹んで拝命します!」
「...尋問後なのに元気ですね。何があったんですか?」
「は!アオ嬢の思いに触れ、感銘いたしました!」
「...まぁ、いいでしょう。下がりなさい」
「失礼しました!」

そう言って彼は元気に下がっていった。

「今度何をしたか聞いてみましょうか。尋問したのに気持ちが深まるなんてそうそうありえませんからね」
「全て計算した上でやった事なんでしょうが、行為を持たれてると気付いているのか不安ですな」

その後アオに何をしたか詳細に聞いたプロスはその巧みさに驚いていた。
女である身も十二分に活用して尋問、懐柔していったからだ。
本気でNSSへ入れようかプロスは悩んだらしい。
ただ、行為を持ってると伝えてもあんな事したのにそんな訳ないと一蹴されてしまった。

「会長の想いも先が思いやられますな」

元がいい上に人間磁石で何もしないでも寄ってくるのに、それに気付かず気を持たせるような行動をする。
だけど自分への気持ちには全く気付かない朴念仁な鈍感娘程手に負えない物はない。
そう深く嘆息するプロスだった。

その後FLGの会員は一人一人尋問室へ送られる事となり、会員全員が懐柔・洗脳される事となった。
それ以降FLGの活動は純粋にアオとルリ・ラピスを守る為に動いていく事となる。



[19794] 天河くんの家庭の事情_小話_02話
Name: 裕ちゃん◆1f57e0f7 ID:326b293b
Date: 2010/07/07 03:26
「ラピス。ちょっといい?」

7月に入ろうという頃、仕事が終わり家へと戻ってしばらくするとアオはリビングでのんびりと本を読んでるラピスを呼んだ。
ラピスは呼ばれるままにアオの個室へ向かっていく。
中に入るとアオはテーブルの前で椅子に座って何か作業をしていたようだ。
扉の方へ椅子を向けるとラピスを目の前まで呼ぶ。

「アオ、用事?」
「うん。二人だけの内緒話ね」
「内緒?」
「そ、内緒」

アオと自分だけのという言葉に少し嬉しそうに頬を染める。
そして期待するような目をアオへと向けた。

「ラピス。誕生日って知ってるよね?」
「たんじょう...?生まれた日だよね?」
「そう、私もラピスもそしてルリちゃんも正式な日はもうわからない。
ただ、ルリちゃんは一応の誕生日が7月7日になってるんだよ」
「...それで?」

いきなりの話にアオが何を言いたいのかわからず困惑したような表情になっていた。
そんなラピスを膝の上に乗せると後ろから抱き抱える。

「うん。私とラピス、それにアキトやマナカさんにアカツキ達、ウリバタケさんも呼んでお家でルリちゃんの誕生日パーティーをしようと思うの」
「たんじょうびぱーてぃー?」

聞いた事のない言葉だった。

「そう、誕生日パーティー。ねぇ、ラピス。私はね、ラピスにもルリちゃんにも会えた事が凄い嬉しいんだ。
だから例え生まれ方が変わっていたとしても生まれてきてありがとう、貴方に会えた事は幸せだよって言ってあげたいって思うの。
でも普段一緒にいるとあんまり言う機会がないじゃない?その為に1年に1回誕生日という日を切っ掛けにしてそういう場を作るの。
ラピス、ラピスはルリちゃんに会えた事嬉しいって思う?」
「うん。私はアオにもルリにも会えて嬉しい」

優しく耳元で語りかけるアオの声に心地良さそうにしながら、ラピスは真剣に話を聞いている。
こういう時のアオとラピスは本当の母娘のような雰囲気になる。

「ありがとう。だから、一緒にお祝いするお手伝いしてくれるかな?」
「わかった。でも、何で内緒にするの?」

最初から言ってしまった方が手間が無くなるよ?とアオへ問いかける。
それに少し困った顔をしたアオは例を出して説明をする。

「ん~とね。例えば、クリスマスプレゼントの時、私が指輪買ってたのラピス知らなかったでしょ?
その時まで内緒にされて、貰えた時にどう感じた?」
「びっくりした。それと凄い嬉しかった」
「せっかくのいい事なんだし前もって誕生日のお祝いするよ~って言うより楽しんで貰えるでしょ?」

ラピスはその言葉に裏があるような気がして少し考えていた。
そして思い当たると半目になりながらアオを見上げる。

「私にはその方が楽しいからってアオが思ってるだけな気がするよ?」
「う...そ、そりゃねみんなで楽しめた方がいいじゃない?」
「へぇ~?」
「う.....」
「わかった。私もその方が楽しそうだからそれでいい」

そこでアオはほっと安堵のため息を吐く。
それからアオとラピスはダイアとフローラを呼ぶと当日までの段取りを組み始めた。
基本的に準備を行う現場はアオの個室で行う事に決まった。

「うん。わかった、しっかりばれないようにする」
「ラピス、人って考えると顔に出やすいから無理にばれないようにって考えない方がいいよ?」
「うん。頑張る」

打ち合わせが終わったラピスはそう言って出て行った。
少しぎこちないような気がするが、逆にそれが可愛らしい。

「ダイア、フローラ、あれじゃばれるよね?」
『えぇ、間違いなくルリさんなら勘付きますね』
『ラピス可愛い』
「私もラピスがあんなに隠し事出来ないとは思わなかったな」

そうして3人でしばらく微笑ましそうにラピスが出て行った扉を眺めていた。
アオは気を取り直すとダイアとフローラへ声をかける。

「よし、ダイアとフローラ。こっちはもう少し話を詰めていこうか」
『『はい』』

そうして細かい調整などを含めて話を進めていく。
ダイアとフローラも大張り切りだ。

それから1週間程の間、ルリにばれないように気をつけながら少しずつ準備を進めていく。
アオはアキトやマナカ、アカツキ達への連絡をし、必要な物の買い出しなどを行っていく。
飾り付けに関してはウリバタケが俺に任せておけと言っていたので問題はない。
料理に関してはラピスが中心になり、アキトとマナカも当日は頑張ると気合いを入れていたのでそちらも問題は解決した。

そんな中ラピスが日に日にぎこちなくなっていき、最後にはルリの前だけ平静を装いすぎて無表情になってしまっていた。
ルリはそんなラピスの様子を見てとても嬉しそうにしていた。

そしてパーティー前日の夜。
ラピスは緊張しすぎて疲れ、先に寝入ってしまっていた。
そしてアオはリビングの配置を確認しつつ頭の中で段取りを組んでいた。
そんなアオへと声がかかった。

「...アオさん?」
「ルリちゃん、どうしたの?」
「あの、ありがとうございます...」

ルリが嬉しそうに頬を染めながら頭を下げていた。
そんなルリにアオはまだ早いよと優しく返した。

「それは終わった後にラピスに言ってあげてね。ルリちゃんは知らない事になってるんだから」
「それはもちろんです。だから今夜はアオさんに伝えようと思ったんです」
「そっか。それならどういたしましてだね」

アオはそういうとルリの手を取ってソファーへ誘導する。
隣合わせで座るとアオの肩にルリがもたれかかった。
そして少し呆れたような口調でアオが呟いた。

「ラピスがあんなに隠し事出来ないなんて思わなかったよ...」
「私も驚きました。凄いんですよ、私の前だけ無表情なんです」
「無表情か...なら昔は心配してるのを私に隠してあんなに.....」

アオの言葉に哀しみが籠っていた。
そんなアオを咎めるようにルリは言葉を続ける。

「アオさん、今はそれを気にする時じゃないです。確かに、昔した事はもうしょうがありません。
けど、今のあの子は...今の私とあの子は本当に幸せなんです。だからそれでいいんですよ」
「そうだね、ルリちゃん。昔の事になるとダメだな、私は...」
「その為に私とラピスがいるんです」
「助かってます」
「妻の役目ですから」

そう言うとぎゅっとアオの腕を抱え込んだ。
頬が真っ赤になってるのを見るとかなり恥ずかしかったようだ。
アオはクスクスと笑うと空いている手でルリの頭を撫でてやる。

「ルリちゃん、明日はしっかり驚いてあげてよ?ルリちゃんも演技うまい方じゃないんだから」
「その点は心配いりませんよ。知っていても嬉しいものは嬉しいんです」
「確かにそうだね」
「あ、明日の私は予定通りでいいんですよね?」
「うん、ルリちゃんはサセボドックの食堂だね。一人になっちゃうけど大丈夫?」
「えぇ、みなさん手伝ってくれるみたいなので大丈夫ですよ」
「そっか」

それから二人はラピスのぎこちない様子をネタに話を続けていた。

そして当日、アオの家は慌ただしかった。

「流石アオちゃん。しっかりと前準備してあるからやりやすくってしょうがねぇ」
「間違いないですな。これなら余裕を持って終わりそうです」
「それで、ウリバタケ君これはどこなのかい?」
「プロスさん、ここを持っていればいいか?」

といったようにウリバタケを中心にプロスやゴート、アカツキまで飾り付けに奔走している。
リビングではアオとラピスがケーキのデコレーションに入っている。
そしてキッチンではアキトとマナカ、エリナは料理をどんどんと仕上げて行く。

「よし、ラピス。私は果物切っていくからケーキのデコレーション任せた!」
「うん。頑張る」
「アキト君ほんと料理上手ね」
「ほんとナデシコでもいいコック出来そうね」
「まだまだ姉さんの方が上手だしレパートリー多いのが悔しいっす!本職目指してるのに負けてられません!」
「「流石男の子、頑張れ~」」

そうして急ピッチでセットをしていった結果、予定より30分早く完了した。
飾り付けはバルーンで可愛らしく飾った中にモビールも吊るしている。
壁にはウォールステッカーで『Happy Anniversary』と大きく貼り出されていた。
そして天井から吊るされた『Ruri's Birthday』の看板が一際目をひいている。
ウリバタケ曰く、ギミック付きらしい...

リビングはソファーを隅へ寄せてテーブルを真ん中に置いたビュッフェスタイルになっている。
ケーキはキッチンに置いてあり、ラピスとマナカで火をつけて持ってくる予定だ。

「よし、じゃあルリちゃん呼んできますね」
「アオ、いってらっしゃい」
「「「「「「いってらっしゃい~」」」」」」

アオはそう言うと走って出て行った。
それを見送った後、ラピスはマナカの袖をひいた。

「マナカ、緊張して来た」

こういうパーティーを開催する側になるのは初めてだからか顔が強張っている。
本当に喜んで貰えるのか不安なのだ。
マナカはラピスの前に屈みこむと強張った表情をほぐすように頬をぷにぷにと触る。

「ラピスちゃん、絶対大丈夫。そんなガチガチになってるともったいないよ?
ルリちゃんやアオさん、それに私達と一緒にラピスちゃん自身も目一杯楽しんじゃえばいいの」
「楽しむ?」
「うん、こんなに面白くなりそうな事を楽しいのは損だよ」
「クス。うん、楽しむ」

ラピスが笑ってくれたので安心すると、マナカは頭を撫でつつ立ち上がった。
それからそんなに時間はかからずアオがルリと一緒に帰宅した。

『『アオとルリ帰ってきた!』』

察知したダイアとフローラがウィンドウを出す。
それをきっかけにリビングに緊張が走る。
そして、扉が開いた瞬間

「「「「「「「『『お誕生日おめでとぉ~~~~~!!!』』」」」」」」」

クラッカーが鳴り響いた。
ルリは飾り付けの凄さやクラッカーの音が思ってた以上で本当にびっくりしていた。

「あ、あの。ありがとうございます」

そしてぺこりと頭を下げる。
そのルリを後押しするようにテーブルの中央へと誘導して行った。
その間にラピスとマナカは打ち合わせ通りキッチンへと消えて行く。

「それでは早速いきましょう♪」
『『了解』』

アオの言葉を切っ掛けにダイアとフローラが照明を暗くする。
そしてバースデーソングが流れだす。

♪Happy Birthday to You♪
みんなで唱和する中ロウソクが灯ったケーキをマナカとラピスが運んでくる。
ラピスがいくぶん緊張した面持ちで落とさないように気をつけながら。
マナカは後ろからラピスがつまづかないように支えながら。

♪Happy Birthday dier Ruri♪
ラピスがルリの前にケーキを置き、ルリを見上げる。
ルリは涙ぐみながらもとても綺麗な笑顔でありがとうと伝えた。

♪Happy Birthday to You♪
そして、ルリが一息でロウソクを吹き消す。

その瞬間全員でおめでと~と拍手をする。
ふうっとラピスは安心したように肩から力を抜いたが、何か違和感を感じた。

(電気ついてない?)

あれ?とアオへ声をかけようと思った時、バースデーソングがもう一度流れた。
ラピスが手順間違えてると焦るが、ルリがぎゅっと抱きついてきた。

「え!?ルリ?」
「お返しです♪」

何の?と聞き返そうとしたが、それを言う暇を与えずルリはみんなと唱和していく。

♪Happy Birthday to You♪
いつの間にかキッチンへ入っていたアオが別のケーキにロウソクを灯して持ってくる。

♪Happy Birthday to You♪
どういう事かわからずルリを見るが、優しい目をしながら柔らかい声で歌ってくる。

♪Happy Birthday dier Lapis♪
まさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったラピスの目が大きく見開いていた。

♪Happy Birthday to You♪
そして、ラピスの目の前にケーキが置かれる。
このケーキはルリがサセボドックにある食堂の厨房を借りて作った物だ。
ラピスにも誕生日をと考えたのはアオとルリだった。
その為にあえてルリの誕生日パーティーという事でラピスを中心に据えて、気付かれないようにしていた。

ラピスはどうしていいのかわからず、ケーキを持ってきたアオと自分を抱き締めるルリを交互に見る。
そんなラピスをアオはルリごと抱き寄せると柔らかく語りかける。

「ラピスは元々ルリちゃんからのクローンだよね。
だから、ルリちゃんと誕生日を同じ日にしようって決めてたんだ」

その言葉を引き継ぎ、ルリもラピスへ語りかけていく。

「そう。私とラピスは生まれた年は違うけど双子の姉妹って思ってる。
今日の事はアオさんと話して決めてたんだけど、ラピスを驚かせようと思って内緒にしてたの」
「えっと...」

それでも困惑しているラピスにアオは更に語りかけていく。
みんなも静かにその様子を見守っている。

「前ラピスに誕生日の話したよね、覚えてる?」

ラピスが頷くのを見るとそれを受けたアオはルリとラピスを見据えて語りかける。

「じゃあ、私からルリちゃんとラピスへその言葉を送らせて貰うね」

そう言って一息入れると、アオはルリとラピスにありったけの感情を込めて伝える。

「ルリちゃん、ラピス、二人とも生まれてきてありがとう。
私にとって二人に会えた事は最高に、これ以上ないくらい最高に幸せな事なんだ。
一緒に生きていられるこの幸せを少しでも二人に返したいと思ってこのパーティーを考えたの。
だからルリちゃんにもラピスにも一杯楽しんで貰えると嬉しいな。
最後に、ルリちゃん、ラピス、お誕生日おめでとう」
「アオ...ルリ...うぅぅぅ.....」
「アオさん...」

ラピスはアオにしがみついて涙を流していた。
えずきながらではあるが、なんとか『凄い嬉しい』『嬉しすぎてよくわからないくらい嬉しい』『アオもルリも大好き』としきりに伝えていた。
ルリも同じく涙を流しつつアオへ寄り添っていた。
そして寄り添いながらラピスを落ち着かせるように頭をゆっくりと撫でてやっている。

そしてラピスが少し落ち着くとアオはラピスの顔をあげてやる。

「ほら、ラピス。ロウソクの火を消さないとパーティー始まらないよ」
「うん」

そうしてラピスを抱えあげると椅子へ立たせた。
ラピスはまだ涙が止まらない為、息を吹こうとしてもうまく息が吹けない。

「1本ずつでいいよ」

そうして1本ずつ火を消していく。
最後の火が消えた瞬間、溜めていた分を爆発させたようにおめでと~~~!とみんなが叫んでいた。
何時の間に繋いだのか、プレミア国王とマエリス王妃と弟達もウィンドウ越しに参加している。
しっかりと料理も揃っており、手にはワインがある所は流石だろう。
そんなプレミア国王とマエリス王妃は先程のやり取りも見ていたのか涙を滂沱と流していた。

「ルリちゃん、ラピス」
「あ、はい。ありがとうございます」
「あ、ありがとう」

二人揃ってみんなへぺこりと頭を下げる。
また一段と騒ぎ出す。
そこへウリバタケが

「こ~ゆ~事もあろうかとってな♪ほれ、ぽちっとな」

そう言ってスイッチを押すと【Ruri's Birthdasy】の看板が両側へと広がっていき【Ruri's & Lapis's Birthdasy】と変形した。
思わずみんなでおぉ~~とため息を漏らすととても嬉しそうに胸を張っていた。

その後はいつもと違う所が一つあった。
それはラピスがアオとルリの間に座っている事だろう。
ラピスの方から今日はこれがいいと言い出したのだ。

それからはプロスとウリバタケが中心になって盛り上がっていった。
プレゼントを渡す時も品物のブランドから値段、入手の難しさなど詳細な解説が入るという凝り様だ。
ウリバタケやゴートが送ったのは某ねんど□いどのアオ・ルリ・ラピスセットのような怪しげな物。
エリナやマナカはドレスとエプロン、アキトやアカツキにプロスは時計やアクセサリーとジャンルが多様である。
そしておおとりで渡すのはアオのプレゼント。

「みんな色々考えてたから被りそうで怖かったよ~」

そう言って二人へ渡したのはヘアアクセサリーだった。

「ルリちゃん大分髪伸びたからね。前使ってたのと同じのがあって良かったよ。
ラピスは個人的に違う髪形も見たいな~という私の願望も入ってたりします」

ルリはこちらへ跳んでから髪を伸ばし始めている為に髪を下ろした状態で足の付け根近くまで伸びていた。
それに加え精神的な影響も出ているために、今のルリは大人びた表情を見せている。
それを見ているアオは最近、こちらへ跳ぶ前に着けていたヘアアクセサリーの方が似合いそうだと思っていたのだ。
ラピスに関しては言った通り、ポニーテールにしても可愛いだろうなと純粋に思っていた。

「アオさん、ありがとうございます。明日から着けさせて貰いますね」
「アオの好きな髪形にするから楽しみにしててね」

やはり二人にとってはアオからのプレゼントという時点で一番嬉しいらしい。
ちなみにプレミア国王は土地をあげようとしてマエリス王妃から見聞を広める為に国外生活中の娘相手に何を考えてるのと突っ込まれ無効となっている。

それからもプロスとウリバタケで大騒ぎとなっていた。
料理にがっつくのはもちろん、ゴートにアカツキ、アキトまで巻き込んで飲み比べを始めていた。
アキトは思い切り未成年なのだが、アオも今回は屋内だから問題ないだろうと見ない振りを決めた。
マナカとエリナは相変わらず仲良くお酒の飲みつつ談笑している。
ルリとラピスはマエリスと弟達交えて楽しげに話をしていた。
プレミア国王はダイアとフローラを交えて2時間のスペシャル特番用に編集をといったような内緒話をしている。
そんなみんなを眺めつつアオは楽しそうに、嬉しそうに時間を過ごしていた。

その後しばらく騒いでいたが、ルリとラピスは騒いだ上に泣き疲れたのだろう。
うとうとし始めたのでアオの判断でお開きとなった。
それからすぐにルリとラピスはお風呂へと入り、寝室へ向かっていった。

後片付けはみんなで手分けして一気に終わらせていった。
洗い物に関してはマナカとエリナとアキトが手早く済ませた。
飾り付けもウリバタケが中心にさっと終わらせている。

その後二次会と称しまた酒盛りが始まり、ビールから始まったそれは次第に悪乗りしていく事となる。
次に焼酎、そして日本酒から泡盛、シャンパンが入ってワインに行き、ウィスキーにラムとチャンポンしていった為に全員リビングで撃沈。
まさに死屍累々である。
空調はダイアとフローラが見ているので問題ない上にカーペットもかなり上質なため、例え裸で寝ても風邪の心配はない。

そんなみんなを横目に、アオは庭へと出た。
流石のアオも疲れが見え、少し眠そうだ。

「アオ殿、少しよろしいか?」

そんなアオへ声がかかった。
プレミア国王とマエリス王妃のウィンドウも開かれていた。

「あ、はい。なんでしょう?」
「今回の事、あの子達の親として心から感謝する」
「いつもあの二人の事を考えて頂き本当にありがとうございます」

ウィンドウ越しではあるが二人はしっかりと頭を下げていた。

「いえ、私も楽しんでやってますし、ルリちゃんとラピスは家族って思ってますから...」
「そうだったな。しかし、本当に残念だ」
「え、はい?」

いきなりの残念発言に話についていけなかった。

「いや、な。アオ殿が今も男であればなと常々思っているのだが...」
「あぁ...」
「あなた。非公式には交際は認めてるんですからいい加減覚悟を決めた方がよくありませんか。
そもそも現状ですらほぼ公認ですわよ?
日本の暗喩になぞらえて【Fairy Lily Garden】なんて世界中で言われてるんですよ。
最近ではAP、Reuters、AFPでも使われてるんですからね?」

意味合いとしては【百合の妖精の園】である。
その主な原因は親馬鹿なプレミア国王がダイアとフローラに編集して届けて貰っている映像なのだから文句が言えない。
そして、そんな二人を眺めつつアオは苦笑していた。

「そ、それでだな、今後もルリとラピスの事をよろしく頼むと伝えたかったのだ」
「それって娘を嫁にやる言葉ですわよね?」
「ぐっ.....」

なんとか話題を元に戻そうとするプレミア国王だが、総て裏目に出てしまっている。
アオはこれ以上突っ込まれるプレミア国王を見るのも忍びないと思い助け船を出した。

「はい。以前お二方の前で誓った事に全く揺るぎありません」
「うむ」

アオが自分の質問へ答えるのを聞くと助かったと安堵した。

「私からも改めてお願いしますね」
「はい」

マエリス王妃は信頼を籠めた目でアオを見つめていた。
それから少しの間3人で談笑を続けたが、アオの欠伸を切っ掛けにお開きとなる。

「では、余り遅くなってもいかんので通信を切るとするか」
「えぇ、アオさん。ゆっくり休んで下さいね」
「はい、お二人もお休みなさい」

通信が切れた後、アオはんっと背伸びをした。

「さ、お風呂入って寝よう~」

そう呟くと家の中へ戻っていった。


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