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[7407] 【完結】Muv-Luv Metamorphose (マブラヴ×うしおととら) 【外伝追加】
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/12/24 21:49
皆さんはじめまして。

ここのサイトの作品を読んで、自分も何か書いてみたいと思い投稿しました。

処女作品というかSSすら書いた事のない上、文才もまるっきしゼロの作者ですので、

文章がおかしい所、未熟な所が多々あると思いますがその時はご指摘、ご指導お願いします。

匍匐前進の遅さですが文章を書けるようになっていけたらと思います。


一応この作品の概要を

この作品は『うしおととら』と『マブラヴオルタ』のクロス作品です。

せっかく何か書こうと思ったわけですので珍しい作品を書きたいと思いました。

コンセプトは『クロスキャラが生身でBETAをフルボッコする』です。

作者はBETA嫌いなんで。

そんなわけでクロスキャラは戦術機に乗りません。己の五体のみで戦ってもらいます。まぁ乗り物として乗るくらいならあるかも知れませんが。




では以下注意点

・ 主人公最強の「オレTUEEEE!!」

・ 主人公には作者が「うしおととら」を読んでの「これぐらいできんじゃね?」という過大解釈、独自解釈、妄想のオリ追加設定あり

・ ご都合主義の展開

・ ご都合主義に合わせて主人公の性格も少し、いやかなり違和感あるかもしれません

・ マブラヴのネタバレあり

・ 約1名壊れキャラあり。


以上の事をご了承ください。

原作の武がかわいそうだったんでハッピーエンドを目指したいと思っています。

またマブラヴはプレイしたのですがその言語が難しく、まちがった風に解釈してるかもしれません。

ではご意見感想お待ちしています。


3/15 初投稿

3/15 第弐話 タイトル修正しました。

3/16 第壱話、第弐話 誤字修正しました。

3/19 第四話 一部修正しました。

3/26 第壱話 あとがき削除しました。

3/27 第伍話 誤字修正しました。

4/4 第六話 武との会話を追加修正しました。

4/5 チラシの裏より移動

5/1 第九話修正しました。

5/12 Metamorophose→Metamorphose

8/6 拾五話加筆修正

9/17 弐拾話修正



[7407] 第壱話 狂った世界への来訪者
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/06/08 10:18
第壱話 狂った世界への来訪者




 2002年1月2日、桜並木の坂で英雄である白銀武は消えようとしていた。

 人類の命運をかけた『桜花作戦』は多くの犠牲を払いながらも人類の勝利で終わった。

 オリジナルハイヴの撃破により10年以内に滅亡していたとされる人類が30年間は生存できる。

 世界中で人類の勝利を祝う歓声が聞こえる気がした。

 しかし、今回の立役者である白銀武の心は晴れない。

 彼にとって大切な仲間、そして最愛の恋人……。1つの勝利を得るために失うものがあまりにも多すぎた。

 いや、今回の桜花作戦だけでなく3ヶ月にも満たない間に彼は知人の多くの死を目の当たりにしてしまった。

 ……もっともこれは武だけに言える事ではないが。

「……あんたは、あんた達は間違いなく『この世界』を救ったのよ」

 師である夕呼の言葉を聞き武は少し微笑む。

 彼女の言う事は間違いではない。

 ……だが、どうしても諦められない。諦めきれない。

 死んだ戦友達に対して泣き叫ぶのは冒涜だ。笑って自慢するのが最高の供養になる。

 この世界でそう学んだもののポッカリ空いた心の穴は満たされる事なく、冬の冷たい風が彼の心を吹き抜けていく。

 ……自分の戦いは終わった。

 もし許されるなら彼女達にも生きていてほしいと思う。

 だが、自分1人ではどう足掻いたところで彼女ら全員を生かすことなんて出来ないだろう。

 だから、これが最高の形のハッピーエンド……。

 白銀武は自分にそう言い聞かせる。

 光に包まれ消えていく自身の視界から夕呼と霞の姿を見つめながら……。

「……またね」

「……ああ、またな」

 小さな目の前の少女、社霞の言葉に武はまた再会の気持ちを込めて別れの言葉を告げる。



(……もし自分以外に誰か強い味方がいたならあいつらは助かったのかな? だとしたら誰でもいい、たとえ神でも悪魔でもなんでもいいから、こことは違う世界であいつらを助けてやってくれ)

 結局最後までこんなガキ臭い考えを抱く自分に苦笑しながら白銀武はこの世界から消えた……。


















 白銀武の世界とまったく異なる並行世界……。

 日本の領海上においてBETAとはまた異なった存在と人類の存亡をかけた決戦が行われいた。

 日本に住む人間だけでなく、人であらざる妖、過去に命を散らしていった冥界からの魂達、それら全てが一致団結をし決戦にのぞんでいた。

 その日本中の存在の思いを背にするのは1人の槍をもった少年『蒼月潮』と金色の獣『とら』――。

 それら全てと対峙するは九本の尾を持つ白銀の獣――

 数の比率だけで言うと1対1000万以上の開きがあるものの、戦況はまったくの五分。

 いや、始めの内はその1体の方が、他の1000万の数を圧倒していた。

 その存在、世界がまだ形の定まらぬ『気』であった時、下にたまった濁った邪な『気』から生まれたもの、名を『白面の者』。

 だがその最強の存在である白面の者も徐々に押され始める。

 潮ととらは光り輝く太陽と共に戦う。

 闇に生れ落ちた白面から見るとそれは何と美しく見えることか……。何とまぶしく見えることか……。

『おのれ! おのれ――! 殺してやる! 殺してやるぞ――!』

 激しい憎悪の言葉を白面は吐く。

 それは目の前の槍の少年、金色の獣だけに対するものではなく自分以外すべてのものに向けられていた。

 陽の光の下に生を謳歌する他のものに対して、何故自分だけ陰に、闇に生まれたのか?

 自分以外全ての存在の日陰を歩む宿命をもった白面は怨み、憎む!

『獣の槍イィーー! シャガクシャアーー!! 死ねえー!!』

 憎しみと共に白面は全てを焼き尽くさんと業火を吐き出す。

 しかしその業火をもってしても2人を焼き尽くすことは出来なかった。



「バカが、今さらおめえ、わしの盾ンなって……」

 白面の業火を背に受ける自身をかばった潮を見てとらは叫ぶ。

 獣の槍に魂を喰われ、獣になりかけている潮の体が焼けただれ炭と化していく。

「オレだって…… おまえになるんだ…… こんなの何でもねえ…… なんでもねえよ!」

 涙を流しながら潮は叫ぶ!

 潮は理解している。

 相棒のとらとの別れの時が近づいてきている事を。

 他でもない自分の手にしている獣の槍がとらの体に喰い込んでいるのだから!

『――そうだ…… 今までみたいに……』


 潮は腕に力を込める。


『そうだ…… 行こうぜ、とら』
 

 獣の槍はとらを貫き…… 


 渾身の一撃が……


 白面の頭蓋を……


 粉砕した――!!






「ギエエエ~~~~ばかな……。 我は不死のはず、我は無敵のはず。我を憎むお前のある限り……。 シャガクシャアア!!」

「あいにくだったなァ……。 どういうワケだかわしはもう、お前を憎んでねえんだよ。憎しみは、なんにも実らせねえ」

 そう言うとらの背には2人の人影が優しく見守っている姿が見える。

 かつて彼が人間だった頃、殺伐としていた彼の人生において唯一の太陽だった存在が……。

「かわいそうだぜ、白面!!」

 ほどばしる雷撃が白面の体を駆け巡り内側から破壊していく。



『誰か…… 名づけよ、我が名を…… 断末魔の叫びからでも、哀惜の慟哭からでもなく、静かなる言葉で…… 誰か、我が名を呼んでくれ…… 我が名は白面にあらじ…… 我が――呼ばれたき名は……』

 頭から全身に亀裂がはしり散り逝くその様は、まるで巨大なシャンデリアが砕け散っていくように美しかった。





「白面は…… 赤ちゃんになりたかったのかな……」

 この最終決戦において唯一変化しなかった最後9本目の尾が砕け散る時、赤子が母親に抱かれて眠る幻を見たような気がした潮は呟く。

「わかんねえ……。だが……、いい散り様だったな……。 どうやらわしも、そろそろらしい……」

「オレも…… 獣になっちまうんだ…… お互い……様だよな……」

「くくっ、笑わせんな。獣は涙をながさねえ。おめえなんざ……わしにゃなれねえよ」

「バカヤロウ、とらァ、まだ死ぬんじゃねえ。まだオレを喰ってねえだろうがよぉ」

 光に包まれ消えていくとらの姿に潮はポロポロと涙を流す。

 彼の脳裏にこの1年、とらとの記憶が蘇る。

 別れるとわかっていても思わざるおえない。

 まだ離れたくないと……。

 泣き叫ぶ潮の姿を見てとらは口の端を上げる。

「もう…… 喰ったさ」

 そういうとらは満足気な笑みを浮かべている。

 潮と一緒にいた時間でとらは沢山の事を知らず知らずの内に吸収していた。

「ハラァ…… いっぱいだ」

 光りの塊が天に昇り―― 消えた。













<白銀 武>

「……ここは?」

 気がついたら自分の部屋とは違う天井、というより場所……。

 暗くジメジメした洞窟のような場所……。

 どこだ? ここは? 何となく見た覚えのある場所だ……。

 オレは確かBETAのいる世界で自分の役目を終えて元の世界にもどって来たはず……。

 って待て!! なんでオレはそんな事を知っているんだ?

 確か夕呼先生の話ではオレが元の世界に戻った時にはBETAがいた世界での記憶がなくなっているはず。

 BETAがいた世界の記憶があるのはおかしい。

「タケルちゃん!!」

 突然かけられる声、しかしオレはその声の人物を知っている。

オレを『タケルちゃん』と呼ぶ人物は1人しかいない。

「……純…………夏……?」

「大丈夫タケルちゃん? 急に頭を抑えて倒れたからびっくりしちゃったよ」

 赤い髪に黄色いリボン……。

 目の前にいるのは間違いない! あの純夏だ!

 こぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえて、オレは純夏を抱きしめる。

「ちょ、ちょっとタケルちゃん!?」

 いきなり抱きつかれて純夏は顔を真っ赤にして狼狽する。

 おそらく今回オレはまたループしたのだろう。

 状況から言ってそれしかありえない。

 夕呼先生は前回のアレで最後だと言っていたが、あくまで仮説に過ぎない。

 間違うことだってあるだろう。

 BETAのいる世界では純夏だけは救いようがなかった……。

 オレがループするころにはすでに脳と脊髄だけの存在になっているのだから。

 でも、今回は純夏が目の前にいる。今度こそ助けてみせる……。

 ……ちょっと待て?

 純夏が生きている? おそらくBETAがいるであろうこの世界で?
 
「あづ!!」

 急にくる突き刺さるような頭痛!

 これは…… この記憶は……。

 この世界のシロガネタケルの記憶?

「純夏! オレは…… オレ達は……」

「う、うん……。 BETAが九州から上陸してこの横浜まで進行してきて……。わたし達BETAに捕まっちゃって……」

 ……やっぱり!!

 やっぱりそうか……この薄暗い空間。

 見覚えがあるわけだ。ここは横浜ハイヴ……。

 BETAの巣窟じゃないか!



「大丈夫……大丈夫だ! 純夏! オレが絶対お前を守るから…… だから安心しろ」

「うん……」

 不安な表情を浮かべる純夏に声をかける。

 すると純夏は安心したように笑みを浮かべる。

 あぁ、本当に前の世界の00ユニットになってしまった純夏の言った通りだったんだな。

 前の純夏は言っていた。

 どんなに不安でもタケルちゃんがそばにいてくれたから安心していられたと……。



 ……だがどうする?

 はっきり言って状況は最悪だ。

 冷静に周りを見回してみるとオレ達以外にも100人ぐらいの人達が捕まっている。

 純夏は最後にBETAに連れてかれるという話だったからまだ時間はあるはず。

 だが……それでも無理だ。

 ――素手でBETAに挑んでみる?

 ――純夏と一緒に逃げ出してみる?

 ――誰かが助けてくれるまで待ち続ける?

 無理だ! 無理だ! 全部ダメだ!!

 クソっ! いったいどうすりゃいんだよ!

 確かに前回消える直前にみんなが助かってほしい世界があってほしいと望んださ!

 でもだからって今回のループは酷すぎる。

 ループした先が死ぬ一歩手前っていったいどんな状況だよ!?

 ふざけやがって! 神様! オレがみんなに助かってほしいと望んだのがそんなにいけないことなんですか?

 みんな助かってほしいというのは彼女らの死への冒涜だから、これがその罰ってわけですか?

 考えれば考えるほど絶望的な状況に腹が立ってくる。



「タケルちゃん……」

 純夏がオレを泣きそうな顔で見上げる。

 大丈夫……絶対なんとかするから。

 だが…… クソ! 考えがまとまらない!

 このまま純夏が解体されるまで待つしかないのか?

 そんなことはない! 何か…… 何か方法があるはずだ……!

「……この…………げん……」

 くっ! さっきから色々と考えてみるもののそのどれもが不可能な事ばかりだ。

「……おい! そこの人間!!」

 もっと冷静になれ。

自分にはループによる本来知りえない情報を持っている。

 それを利用すれば……。

「おい!! さっきから呼んでいる!!」

 耳元で聞こえる声はオレを呼んでいるものだと理解し、オレは顔を上げる。

「まったく…… この我を無視するとはな」

 霞? いや違う目の前にいるのは見知らぬ綺麗な女性だった。

 霞と同じ銀色の髪に銀色の瞳に黒い洋服……。

 全体の色合いから一瞬あの霞を想像してしまったがまったく違った。

 霞の銀色の瞳は純粋無垢、真っ白な雪のような印象を思わせる。

 だが目の前の女性はそれとはまったく違う。

 彼女の銀色の瞳、あれは冷たい死を連想させる極寒の闇のような印象を与える。

「う、うあ……」

 何なんだ? この人は?

 正直怖い。

 今までBETAとの戦いを潜り抜けた自分の勘が教えてくれるのか、目の前の女性は人間とは思えない別の何かを思わせる。



「フム」

 女性はオレに顔を近づけ何かを確認するように見つめてくる。

 ニヤッと浮かべる笑みは女狐と呼ばれる夕呼先生と同種のもの……いや女狐そのものだ。

「なるほど……。貴様が我をここに呼び寄せた人間か」

「ちょ、ちょっと! タケルちゃんに一体なんの用なの?」

「……いや何、我を呼んだ人間の存在を確認しただけだ。 貴様が我を呼んだ人間であろう? みんなを助けてほしいと」

「あ、あんたは一体……」

 オレが呼んだ? そういえば前回消える時に誰でもいいからみんなを助けてほしいと願ったが……。




「我か? 我は…… 『白面の者』





――白銀と白銀の獣が今ここに邂逅を果たした……。

――歴史の歯車が大きく狂い始める……。




[7407] 第弐話 白銀と異世界の獣
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/03/16 19:35
第弐話 白銀と異世界の獣





<白面>

獣の槍の少年―――蒼月 潮

我を生み出した人間―――シャガクシャ

二人に破れ、我の意識は虚空を漂う。

結局我は太陽の下で生きる事はできない宿命だったか……。

最後のあの戦いで見せつけられた人間、化け物たちの強さは我の想像をはるかに超えていた。

我の意識が消えていく…… 闇の中に……。



(……し……に誰か強い味…………たら誰でも……んでもいいから、ここと…………いつらを助けてやってくれ)

 ……ん?

 何か人の声が聞こえたような気がしたが……。

(………………こことは違う世界であいつらを助けてやってくれ)



 いや、聞き違いではない。

 これは助けを求める声、しかしよりによって我に助けを求めるとは……。

 しかしこのまま消えるよりかは、この声に従うのも悪くはないのかもしれない。

 我はその声を頼りに意識を向けていく。

 暗闇の中その声だけが松明のように我を導いていき、やがて視界が光りに包まれていった。









「ここは……」

 声を頼りにたどりつき、気がついたらそこは穴倉の中だった。

 いや、穴倉というより牢屋といった方が良いか。

 まわりの壁は自然に出来たそれではなく、人口的につくられた物を感じさせる。

 広さはおよそ400平方メートルといったところか?

 周りを見渡してみるとおよそ100名のほどの人間がしゃがみ込んでいる。

 どの人間も目に光がなく絶望に打ちひしがれている。

 フム、これはよほど危険なところなのかも知れぬな。

 周りの人間の服装から我が滅んだあの世界とそう時代的には大差ないだろう。

 そしてあの時代の人間はこんな洞窟のようなものは作っていなかったハズ。

 ということは恐らくここは化け物の巣なのであろう。

 そう思案しながら、我は自分の体を確かめる。

 見たところ今、我の体は人間に変化しているようだ。

 さすがにもとの姿でいきなり現れたら周りの人間も気付いているだろう。

 自分の両手を握ったり開いたりしてみる。

 ……力の方はあの槍の少年との戦い時とまるで変わらないな。

 体の方も今は人間の姿だがその気になれば元の姿に戻れそうだ。



「……ん? これは?」

 思わず我は声を漏らす。

 ここに来て初めて我は今までと違うところに気付く。

 自身の中から感じる陰の気…… 闇の力が消えているのだ。

 変わりにあるのは陽の気…… まさか違う世界に来たことで生まれ変わったというのか?



 自身の体をキョロキョロ見ながら確認する。

 やはり間違いない。

 我の戦闘能力やその他のスキルに変化はないようだが、根本的な性質が変わっている。

 その証拠か、人間や他の生き物に対する憎悪による破壊衝動が消えている。



「……クッ!」

 自然に笑みがこぼれる。

 何ということか…… 前の世界ではあれほど望んでいても手に入らなかった太陽の下で生きていける資格。

 それがいきなり手元に転がり込んでくるとは。

 これはきっかけをくれたあの声の願いを聞いてやらねばなるまいな。



「タケルちゃん……」

 突如聞こえる人間の女の声。

 見るとそこには頭を抱えている少年と、それを心配そうに見つめる少女。

「あの少年は……」

 何となく気になる。

 もしやあの少年が我をこの世界に呼び寄せた存在なのではないか?

 寄り添うように座っている2人に近づいていく。

「……おい、そこの人間」

 しゃみこんでいる少年に声を掛ける。

 しかし返事が返ってこない。

 なにやら思考に没頭しているようだ……。

 ムカ! この我を無視するとは。

 機嫌良いから許すものの普段なら……っとイカンイカン。

 我はもう陰の存在ではないのであったな。

 存在の形は違ってもそう簡単には考え方は変わらないということか。

「おい!! さっきから呼んでいる!!」

 我が大声を上げて初めて少年はこちらを見る。

「まったく…… この我を無視するとはな」

 そうぼやき我は少年に顔を近づける。

 少年は何やら脅えた表情でこちらを見つめてくる。

 ……せっかく生まれ変わったというのに初対面で脅えられるとはな。

 今の我はそんなに醜い姿はしていないはずなんだが。

 我は自分の眷属である婢妖を少年の頭に1匹滑り込ませる。

 もちろん婢妖の姿は普通の人間には見えないようにしてだ。

 別にこの少年の精神を破壊するのが目的なのではなく、ただ記憶を軽く覗くだけで何の問題もない。

「フム」

 なるほどやはりこの少年が我を呼んだ者のようだな。

 それにしてもBETAか……。

 てっきり化け物の巣窟と思っていたが……まぁある意味間違いではないが地球外生命体の巣だとは。

そしてこの世界では我のような妖怪は存在しないようだな。

 少年の名前は白銀武、もう片方の少女は鑑純夏か……。

「ちょっと! タケルちゃんに一体なんの用なの?」

「……いや何、我を呼んだ人間の存在を確認しただけだ。貴様が我を呼んだ人間であろう? みんなを助けてほしいと」

「あ、あんたは一体……」

 我の言葉に身の覚えがあるのか白銀は狼狽しながらも気を落ち着かせているようだ。

「我か? 我は…… 『白面の者』」








<白銀 武>

「白面の者?」

 何とも変わった名前だな……。いやって言うか名前なのか? それ?

 そう名乗った目の前の女性は、何とも言えない表情を浮かべる。

「……まぁ、今我を表す名前はそれ以外にないのでな」

 そういう彼女……。その表情を見ると先程恐がってしまったのが申し訳なく思ってしまう。

「あんたはオレの事を知っているのか」

「あぁ因果導体によるループ、BETAのいない世界、だがそれより貴様の仲間を助けたい…… であろう?」

 なっ!! 彼女の言葉は端的であるがオレの事を正に示しているものであった。

「ちょ、ちょっとタケルちゃん! この人のこと知ってるの?」

「い、いや知らないけど……」

「じゃあ、何でこの人はタケルちゃんの事知ってるのさ?」

 置いてきぼりにして白面さん(と言えばいいのか?)と話していたのが気に入らなかったのか、純夏が割って入る。

「落ち着け純夏。 もしかしたら助かるかもしれないぞ」

 そう、目の前の白面さんはオレの声を聞いて助けに来てくれたと言った。彼女が誰だか知らないがもしかしたら助かるかもしれない。

 今までの……オレが経験してきたBETAのいた世界ではこんな事はなかったはずだ。

 つまり彼女こそ今回この狂った世界でのイレギュラーの可能性が高い!

「え! ほ、本当!? わたし達助かるの?」

「あ、あぁ……。 ですよね白面さん?」

 い、いかんつい勢いで助かるかもしれないといってしまったが、白面さんがどうやって助けてくれるのか分からないんだよな……。

 見たところ普通の人間と変わらないし……。

 BETAに勝てるとは思えない。

「ウム。まぁ助けてやるのは構わないのだが、白銀武と言ったか? 助けてやるかわりに1つ頼みを聞いてもらっても良いか?」

「な、何です? オレにできる事でしたら何でも言ってください!」

 あっさりと助けてくれるといったこの人に希望が持てる。

 こんな最悪の状況から助けてもらえるのだったら何でもする。

「次に会う時に名前を…… 付けてもらえぬか? 我が呼ばれたき名は白面の者にあらじ」

 名前? それだけで良いのか?

 だったらお安い御用だ。

「わかりました! ちゃんと考えておきます」

「ウム期待しているぞ。 良き名を頼む」

 そう言った白面さんの表情は彼女が初めて見せるやわらかい笑顔だった……。

『…………あやかし』

 白面さんのその言葉を聞いた瞬間オレの視界は真っ黒に覆われ、そのまま意識は闇に沈んだ。









<白面>

『…………あやかし』

 その言葉と同時に我は我が分身である『あやかし』を出しこの穴にいた人間全てを白銀武と共に飲み込ませる。

「あやかしよ。彼らを安全な所まで運んでやれ。……それと彼らを喰らってはならぬぞ」

 そう言って我は体からもう1本尾を出し地面に突き刺す。

 穴倉に響く轟音。

 地面に大穴が開き壁には亀裂、天井からはパラパラと破片が落ちてくる。

 その穴に「あやかし」は飛び込む。

 そのまま地面を掘り進んで海にでれば逃げ切れるだろう。

 穴を突き進むよりかは、自分で穴を掘り進んだ方がBETAに遭遇する可能性ははるかに低い。
 
「念のためもう1体つけるか……『シュムナ』」

 あやかしの体は堅い上に油で滑る。攻撃を受けてもやられんだろうし、そもそも地面を掘り進む速度を考えてもそう簡単に追いつけるとも思えないが、シュムナをあやかしの周りに纏わせる。

 これでBETAが追いついてもシュムナに溶かして喰わせれば問題あるまい。

 霧の妖怪であるシュムナを倒せるBETAは白銀武の記憶を探った限りでは存在しない。




 今の轟音を聞きつけてか深い暗闇が支配する穴の奥底よりBETAが近づいて来るのを感じる。

こちらに迫り来る第1の軍勢の数はおよそ2万と言ったところか……。

 メキメキと軋みを上げながら我の体が徐々に人間のそれでなく、元の姿に戻っていく

 クク……。 哀しいな弱き者達よ……。 その程度の数で我に挑むとは。

 やつらが滑稽で思わず笑みがこぼれる。



『我は白面!! その名のもとに、全て滅ぶ可し!!』



[7407] 第参話 「Metamorphose」VS「BETA」
Name: 黒豆おこわ◆5d5b5ff8 ID:22dccbf7
Date: 2009/10/04 11:41
第参話 「Metamorphose」VS「BETA」



『我は白面!! その名のもとに、全て滅ぶ可し!!』

 
 暗闇の中にうごめく地虫が群れを成しこちらにやってくる。

 異世界の最強の妖怪と地球外起源種BETAが初めて合間見える。

 BETAの大きさは人間の2倍から10倍くらいの様々な奴らで2万近くの群れを成しているようだ。

 そう言えばタケルという少年の記憶によるとBETAには大型のモノから小型のモノまでいるのだったと白面は思い出す。

 もっとも白面は詳しく全部の記憶を覗いたわけではなかったので、それぞれの種類までは理解していないのだが。

 いきなり戦闘開始かと予測されたが、BETAは予想外に動きを止める。

 この星で人間を始めとする動植物を蹂躙してきたBETAだが、白面のような妖怪を見るのは初めてなのである。

 妖怪と生き物は異なる存在。BETAからすれば、地球上の未確認種と遭遇したといった所か。

 ならば開戦の挨拶は自らしてくれると、白面は1本の尾の先端をBETAどもに向け、白と赤の群れに突き刺す!

 白面の尾は数十体の小型のBETAを難なくを貫いていったが、表面が岩石みたいになっているやつは中々に硬い。

 3体ほど貫いたがそこで白面の尾を押しとどめた。


『――クッ!!』

 ……だがそれならそれで構うものかと白い顔に笑みを浮かべ、白面は更に力を込める。

 白面の尾は巨岩のような奴ごと後ろの奴らと一緒に一気に押し込む!

 BETAはそのまま雪崩のように崩れ、そのまま横坑に沿って、突き当たりの壁に数百体ごと激突する。

『……これでわかったであろう? 我が貴様らの敵であると? もっと近づいて来い。遊んでやるゆえ』








 白面の攻撃に反応しBETAは一気に襲い掛かってくる。

 白面はそれに対して先程使った『あやかし』と『シュムナ』以外の7本の尾にて向かい打たなければならない。

 ちぃ、と内心舌打ちする。

 白面にとってここの通路は狭過ぎる。

 直径が30mくらいしかないこの場所では白面は尾を完全に活用する事ができない。

 白面の尾の長さは平常は100mほど、伸縮自在でその気になれば数十kmまで伸ばすことができる。

 だがこの通路だとさすがに尾を『薙ぎ払う』という動作が封じられ必然的に『突く』という動作だけに限られてしまう。

 尾を薙ぎ払うことができれば文字通りゴミを払うように一掃できるというのに、突くという攻撃ではいかんせん効率が悪い。

 しかしそれはBETAにしても同じ事、小型の奴らはともかく白面と同じくらいの大きさのものは、その図体ゆえ最大速度でこちらに突撃をかけることが出来ないようである。


『……消え失せるが良い!』

 20合めの突きを放つ!白面の攻撃は既に2000体近くBETAを屠たが、それでも数が多すぎるためどうしても打ちもらしが出て来る。

 赤い6本の手足の奴らはこの穴の中では機動に有利なのか、白面の攻撃の隙間を縫ってくる!

 赤い奴らは数十体と纏わりついて、口を開き白銀の獣の体に……その歯を……突き立てた!



















『……くっくっく 終わりか? 地球外の妖怪よ?』

 白面に食い込む顎の力は本来かなりのもの、この世界の戦術機と呼ばれる兵器の装甲ぐらいは噛み切れる。

 実際戦場で一番多くの衛士を食い殺しているのがこのBETA『戦車級』である。

 ……だが、それでも白面の者は通用していない!

『愚か者め! その程度の力でいくら噛まれようとも……。何の痛痒も感じぬわ!!』

 白面は体に纏わり付いたBETAごと飛び上がり、壁に、天井に体当たりする。

 つぶれた果物のように中身をぶちまけ、独特の金属臭のする体液がこびりつく。

『くっくっく。勝てると思ったか? 多くの仲間がいるから……、勝てるとでも思ったのかよ!! この白面の者に!!』

 そう言い放ち白面は2本の尾をBETAの群れに突っ込ませる。

 先程と同じくこれでは数百体しか屠れないだろう……。

 だが2本の尾は次第にその形を変え嵐と雷の尾と、刃の尾に変化する!

 2本の尾が螺旋のように回転し削岩機のようにBETA どもをミンチにしていく。

 そして嵐と雷による放電の力が、刃の尾で掻きまわされるBETAどもに蓄積され、行き場を失った力は……大爆発を起こす!

 凄まじいまでの爆音――!

 狭い通路は不利にもなるが、使いようによっては有利になる。

 逃げ場のないBETAは今の攻撃で殆どがその生命活動を終えていた……。

『……ほう、今の一撃を受けてもまだ我に向かってくるか』

 そう、生き残った何十体かのBETAは体に傷を負いながらもまるで何事もなかったかのように向かってくる。

 サソリのような形をしたヤツはその腕を振りかぶり白面を殴りつける。

 避けれる攻撃だが白面はあえてその攻撃を受ける。

 その無様な姿に思わず笑わずにはいられない。

『愉快だなァ! 本当に愉快だ! 塵芥に等しいお前らから受ける痛みもまた心地良い! 故にゴミどもよ、今少し我を楽しませよ!!』

 そういって笑みを浮かべる口元に灼熱の炎がともり、その力を一気に解放する!

 巨大な炎がうねりを上げ目の前のBETAどもを痕跡も残らぬほど焼き尽くす。

『……ム、少しやりすぎたか?』

 BETAどもが消し炭になった臭いの立ち込める通路を見て白面は呟く。





















 最初の戦闘が終わってから1時間が経過した。

 白面は目指す場所もなく、この巣に住まうBETAどもを殺すためだけに歩き続けたところ、ちょうど上手い具合に半径300mほどの広間があったのでそこで待機し、勝手にこっちに向かってくるBETAどもを向かい打っていた。

 最初は不利かと思っていた地の利だったが、はっきり言って完全に地の利は白面にあった。

 何せBETAは飛ばないのだ。

 200mほど飛び上がり空中から尾を振っているだけでBETA共を一方的に嬲り殺していく事が出来る。

 それに加えてこの巣の構造……。

 歩き回って分かったが例えるならば巨大な蟻の巣のような形をしていた。

 そのような所で直径10km近い島をも吹き飛ばす火炎を吐き出すとどうなるか……?

 炎は一瞬で通路を通って巣の大部分を覆い尽くしBETAを焼き払う事ができる。

 先の初戦で吐き出した炎はどうやらこの巣の内部の3分の1近くのBETAを焼き尽くしてしまったようだ。

 この広間で空中から向かい打ち、白面のいる高さまで奴らが積み上がってきたら業火で焼き尽くす……。

 これだけの作業でここにいるBETAどもを一掃出来るだろう。

 できるであろうが…………。

『……つまらぬ』

 白面は不満の声を漏らす。

 そう白面にとってBETA共の相手ははっきり言ってつまらなかった。

 なぜならBETAは白面という存在に対して恐怖と言う物を感じていないのだ。

 最初はこれだけの戦力差がありながらも向かってくるので、勇敢だと白面は思っていた。

 が、どうやらそうでないらしい。

 まるで機械のようにただ物量を生かして突っ込んでくるのだ。

『さすがは地球外の妖怪と言った所か……』

 すでに数えるのもバカらしくなるほどのBETAを自身の尾で薙ぎ払いながら呟く。

『これはもう少しあのタケルという少年からBETAの記憶を探った方が良かったか?』

 まったく未知の相手に情報が不足している事に内心後悔する。

 まぁだからと言って自身の勝利は揺るがないだろうが。

 しかし、感情を読み取れる白面だから分かることなのだが、BETAは獣の槍のような器物というわけではなく、一応思考や感情といったものがあるようなのだ。

 同じ生き物でも植物や単細胞生物のような存在なら無理だが、BETAには恐怖を感じる素養は持っているようなのである。

『フム……。趣向を変えるか』

 下に蠢くBETAの群れを見下ろしながら白面は1本の尾をかざす。

 そこから大きさが30cm程度の蠢く肉塊が次々と飛び足してくる。

『BETA共よ…… 貴様らは物量が自慢のようだな。ならば物量には物量、貴様らには100万体の婢妖をくれてやろう』

 黒い塊が一気に膨れ上がりBETA達に襲い掛かる!








『フム、なるほど』

 BETAに婢妖を取り付かせるという作戦は思ったより遥かに有効だった。

 何しろBETAは殆ど自我を持たないのだ。

 はっきり言ってそこらへんの小動物でもまだマシな抵抗を見せるだろうと白面は思う。

 乗っ取ったBETAの精神を掻き乱し、あるいはゆっくり自我を崩壊させ徹底的に精神的苦痛を味あわせてやる。



『―――オ? 少しは手ごたえがあるようだな』

 婢妖を操り白面はかすかな変化をBETAから感じ取る。

 急に精神を崩壊させるより、真綿で首を絞めるようにゆっくり精神を崩壊させてやるほうが効果的ではあるようだ……。



『では次はどうだ? 我が今まで味あわせてきた者たちの恐怖という感情そのものを植えつけてやる』

 BETAが恐怖を感じないのであれば、外から植えつけて改造してやればいい。

 そう思い白面は婢妖に更なる命令を下す。



















『……っ!! クククこれだ…… この感情が欲しかったのだ』

 BETA共から感じる感情はまさしく恐怖のものだった。

 外付けの紛いものだがこれなら充分及第点だろう。

『……さぁ来い! 存分に楽しもうではないか!』

 白銀の獣は雄叫びを上げBETAどもに襲いかかる。




 襲いかかるものの……。

 白面は内心呆れる。

 BETAは恐怖を植えつけようが植えつけまいが行動はまったく変わらなかった。

 普通は恐怖を感じたら縮こまる物だが全くその気配がない。

 まぁBETAは地球外の生物なのだから地球の常識が通じないのは当たり前というわけかと自分を納得させた。
 




















―――しかし白面はこの時は知らなかったのだ。BETAは反応炉と呼ばれるところから情報をオリジナルハイヴに流し、その情報を一斉に世界中のBETAに広げるという事を―――!!


























―――そしてBETAは知らなかった……。白面が他者の恐怖を喰らい恐怖した相手の最大戦力を自身の力に変えるという事を―――!!























『っ!! ……くっは……ぁあ!!』

 突如流れるこの膨大な感情に白面は呻き声を上げる!

 それは間違いなく恐怖の物だった。それが一辺に、文字通り世界中から一気に流れ込んできたのだ!!

『これは……? BETAか? 地球上のBETAが我に恐怖しているのか?』

 不測の事態に白面は下に迫りくるBETAに攻撃するのも忘れ考えにふける。






『……クっ! ククカカカカッカカカカカカカァアアーーーーー!!!!』

 上げるのは歓喜の奇声!!

『最高だ! 一気に力が吹き上がってくる!』

 今まで多くの人間や妖怪の恐怖を喰らってきた白面だったがここまで一気に力が増えた事はなかった!!

 メキメキと音を立て白面の体がより大きく、そして強くなっていくのが目に見えてわかる。

 白面は目の前にいるBETAどもに狂喜の眼を向ける。

 そのまま空中から地面へとゆっくりと降りていく。

『ククク……。もう地の利など生かす必要などないな。正面から思うがままにに蹂躙してくれる』

 今までの白面の力に地球上全てのBETAの戦闘力が追加されたのだ、今いる横浜のBETAなどもはや白面の相手にならない!

 この世界の人類はBETAの圧倒的物量によって苦しめられていた。

 だがこの白銀の獣にとってはその圧倒的物量こそが命取りとなるのだ!

 白面の者の狂喜の宴が……今この場で……開催されたのだった―――!!










あとがき

 パワーバランス崩壊決定!!

 初めて戦闘シーン書いてみましたがいかがでしたでしょうか?

 ちょっとご都合主義はいりましたが、白面とBETAの特性を考えるとこうなるかなと思いました。

 白面の者を召喚しようと思った理由、白面の他者の恐怖を吸収する能力って、物量が自慢のBETAにとって天敵じゃね?というのが理由だったりします。




[7407] 第四話 明星作戦
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/03/19 01:50
第四話 明星作戦



 白面が横浜ハイヴに捕らえられた武達を救い出した日から半年がたった。

 実は武達はどのように助けられたのかはまるで覚えていなかった。

 気がついたら仙台湾の浜辺で気絶していたのだ。

 延べ100名近い人間が発見され、それがBETAに捕らえられて横浜ハイヴから逃げ出してきたという事実は日本だけでなく、世界中を震撼させた。

 それはそうだろう武達の証言からBETAは人間に興味を持ち研究を行っていた事がわかったのだから。

 横浜ハイヴからどのように脱出したのか軍の関係者に数ヶ月の間散々詰問されたが、知らないものは知らないのだからしょうがなかった。

 ただ、白面という女性が助けてくれたという事は、武と純夏のやり取りを見ていた他の生存者の証言からも一致している。

 だが当然、『白面』なんて変わった名前の人間がいるわけでもなく、彼女の存在が1人歩きしている状態になっている。

 曰く『白面』という言葉から彼女は『金毛白面尾九尾の妖狐』ではなかったとかそんな感じだ。

 ……自分達の代わりに横浜ハイヴに1人残った白面の存在。

 純夏だけでなく、他の人達、武や純夏の親も彼女のおかげで助かった。

 恐らく彼女のたどる運命は、今までループで学んだ純夏と同じなのだろうと武は考える。

 それを思うと武は、いや武だけでなく純夏、他の生存者も感謝と同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 生存者は自分達の住処に彼女の位牌を置き毎日手を合わせている。

 ……まぁ白面から見たら位牌なんて作るなと言いそうだが。









「白面さん今頃どうしているんだろうね」

 ここの所、武と純夏の話題はそればかりになっている。

 後から聞いた話だが、武だけでなく純夏も白面を見たとき恐いと思ったそうだ。

 命の恩人に対してそう思ってしまった事が悔やまれ、謝りたいと言っている。

 白面の位牌に手を合わせつつも純夏は彼女が生きているという願望を捨てていない。

 武にはその気持ちが痛いほどわかる。

 だがたった1人でBETAの巣窟であるハイヴに残って、生存している確率は恐らくゼロだろうと周りからも言われていた。

 いや、正確には生存はしているだろう。

 武の頭に浮かぶのは青白く光り輝くシリンダーに浮かぶ脳と脊髄……。

 ならばせめて彼女が欲してた名前を考えねばと武は思う。

 たとえ次に会う時彼女がどんな状態だったとしても……。







「純夏……」

「タケルちゃん?」

 武は手を純夏の頭に持っていき……。

「ていっ!」

 ピシっ!とデコビンを与えてやる。

「アイターッ! い、いきなりなにするのさー!」

「純夏……。 オレ達にできることは彼女の死を少しでも無駄にしないため強くなり、BETAを倒せるような衛士になる事だ。じゃなきゃ白面さんが浮かばれないよ」

「うん……」

 武の言葉に純夏はシュンとなる。心なしか彼女のアホ毛も垂れ下がり気味だ。

 こんな台詞で純夏が納得できるなんて思わない。

 なぜなら自分もそうだったのだから……。

 故人の死を無駄にするなという台詞は、武も前回のループで嫌というほど学んだが、それは軍の中で言えることだ。

 こんな時代の人間であるとは言え、実戦を知らない純夏には酷な事であった。















 武と純夏は今、仙台基地に滞在している。

 オルタネイティヴ4本拠地である横浜基地。そこに移設する前の本拠地がここ仙台基地であるというわけだった。

 横浜ハイヴから脱出して気付いた場所がこの基地の近くの仙台湾の浜辺だったおかげか、武達はすぐこの基地に保護されたのだった。

 武と純夏は将来衛士になるため訓練中である。

 とはいっても訓練兵としてではなく、自主鍛錬としてのレベルだが。

 武の本音からすると今すぐにでも士官したいところだが、それはさせてもらえなかった。

 純夏の年齢は16歳で、女性の徴兵対象年齢の最低年齢を満たしているし、武はまだ15歳だったが男性なら徴兵されてもおかしくはなかった。

 正規に訓練兵と採用されていない、どちらかというと民間人である武達が何故この基地にいられるのかというと、恐らく夕呼先生が手を回したんだろうなと武は思う。

 武達が横浜ハイヴから生存して脱出できた時、夕呼を始めとするオルタネイティヴ4に携わる人達は驚喜したに違いない。

 横浜ハイヴに囚われるという絶望的な状況から脱出できたという強靭な運。

 夕呼の因果律量子論からするとより良い『確率分岐する未来』を引き寄せる能力。

 無意識に的確な行動を選択して『正解である世界』を選び取る能力というものである。

 とにかく、彼女のオルタネイティヴ4に必要な00ユニットの候補者としてこれ以上の素材は存在しないという事だ。

 武もその事に気付き、いきなり後ろから撃たれて自分が解体されては叶わないので、背中には気をつけておく事を内心誓っていた。

 実際今も自主訓練レベルでしか体を鍛える時間がないのはハイヴ内での質問だけでなく、健康診断と称して血液検査から始まり何やら色々な実験につき合わされているからである。

 時々夕呼が自分を得物を見る獣の目で見てくるので、事情を知っている武はマジで勘弁してくださいと身震いするのだった。

 しかし一方、真面目な話どうしたものか00ユニット、と武は考える。

 なにせ今回純夏はここにこうして生きているのだ。

 純夏が無事なため現状として(武の中では)候補がいないのである。

 いきなり自分の切り札がなくなり武は頭を抱えるのであった。

 しかし考えようによってはある意味これは都合が良いのである。

 何故ならオルタネイティヴ4の期限切れまではまだ2年以上ある。

 その間に何か打開策を見つければいいのだから。

 最初のループでは実力も何もかもが足りなさ過ぎた。

 次のループでは実力はあっても結局皆を救う事はできなかった。

 そして今回のループでは正解は知っていても状況が今までと違いすぎる。

 そう考えるとやはり、今の武には何にしても時間が必要だった。

 実力の面でも今回は知識の継承はしているものの、肉体の強さは15歳、前回の強さを身につけるにはどうしても鍛錬の時間が必要になる。

 武にとって気になるのはやはり霞の存在だ。

 霞がいつから夕呼の所にいるのか、あるいは今もう既にいるのか武は詳しく分からないが、彼女のリーディング能力で自分がループしている事がばれるのは時間の問題だろう。

 しかし武は向こうから言ってくるまでは黙っておくことにした。

 今はこの事を言うタイミングじゃないと判断したのだ。

 夕呼もまだオルタネイティウ4の研究がまだ暗礁に乗り上げているわけでもないだろうし、こっちからループの事を告白しても、霞がいなかったら唯のイタイ人だ。

 前回までみたいに『カガミスミカの知っているシロガネタケルが会いにきた』という理由も今の夕呼は通用しない。

 今は自分のやれることをやろうと、そう改めて武は自分の立場を確認したのであった。


























「タケルちゃん。今回の作戦上手くいくよね?」

「あぁ、きっと成功するさ」

 PXに到着して腰を落ち着け、純夏が不安そうに武に問いかける。

 いや純夏だけでなくどこと無く周りの雰囲気が落ち着かない。

 それはそうだろう今日はあの作戦が行われる日である。




――『明星作戦』

 BETA大戦においてはパレオロゴス作戦に次ぐ大規模反攻作戦。

 G弾2発で横浜ハイヴを取り返すものの、あの付近一帯は死滅した土地になる作戦……。

 自分達が住んでいた故郷がまるまる吹き飛ぶと言う未来を考えると、武はやはり胸に来るものがあった。

 今頃、何百という戦艦が太平洋、日本海の両方に砲身を携えて作戦開始の合図を待っているはずだ。

 武は青い空を見上げなら自分の住んでいた横浜を思い浮かべ故郷に別れを告げるのだった……。








 しかしこの作戦は武が……いやこの作戦に注目する全ての者が予想できない結果を迎える事になる。







―1999年8月5日―
<司令室>

「な……。着弾?」

 司令室にいた夕呼はいきなりの展開に思わず呆けた声を上げる。

 人類がBETAと戦う場合の基本戦術は間接飽和攻撃から入って、その後戦術機甲部隊が投入、地上を制圧してからハイヴに突入という流れである。

 その一番最初の間接飽和攻撃の主力となる武器が、ALM(対レーザー弾頭弾)である。

 BETAの種類の中でももっとも厄介な相手光線級……。

 この光線級のレーザー照射をどうにかしない限り、人類はBETAとまともに戦う事もできない。

 敵レーザーの迎撃により弾頭が蒸発すると、気化した重金属粒子が付近の大気中に充満し、そこを透過する敵レーザーを著しく減衰させることにより無力化する。

 迎撃されなかった場合、通常の弾頭として機能する攻防一体の兵器。

 もっともBETAの性質上迎撃されないことはありえないのだが……。

 それが今回は何の抵抗もなくALMは着弾した。

 ありえない事が起きてしまったのだ。

「伊隅! 状況を説明して! 甲22号の周辺状況はどうなってるの?!」

 確かに作戦開始前に偵察衛星で確認したところハイヴの周りにBETAの存在は見受けられなかった。

 しかし、戦闘が起きれば必ずBETAが出てくるものばかりだと思っていたのだ。

『こちらヴァルキリー1! 甲22号の周りにBETAの存在は確認できません!』

「……なん……ですって?」

 冷静沈着の夕呼が珍しく動揺する。




 作戦開始から15分経過しても未だにハイヴの周りは沈黙を保ち続ける。

 それが逆に不気味さをかもし出していた。

 もしこれが人間が相手なら何らかの作戦と考えられるだろう……。

 しかし相手はBETA。今まで作戦らしい作戦を取ってこなかった相手である。

 まさかBETA篭城作戦などとってきているのではないか?

 だとしたらマズイ。

 今まで人類が生き延びてこれたのはBETAに作戦と呼べるものが存在しなかったからだ。

 もしBETAが人間と同様の戦術をとるようになれば……。

 人類は終わる――。

 夕呼の背中に冷たい汗が流れる。


















『ブラボーリーダーよりCP、現在深度800m。広間に到達した。引き続き前進を続ける』

『CPよりブラボーリーダー了解。映像の感度良好引き続き任務を続行せよ』

『ブラボーリーダー了解』

 静寂のハイヴの中、通信による会話の音だけが聞こえる。

 暗闇と沈黙だけのプレッシャーはブラボー隊の疲労を2倍3倍と加速させる。

『まったく一体どうなってやがるんだ』

 一人の衛士がぼやく。沈黙が耐え切れなく何かしゃべらないと落ち着かないのだ。

 彼らは知らないが本来ならこの作戦、最終的には人類の新型爆弾『G弾』が使用されるはずだったのだ。

 それがいきなりの想定外の事態により、上層部は混乱。

 間接飽和攻撃の作戦をすっ飛ばし、戦術機によるハイヴ攻略作戦の命令が下された。

『愚痴るな。各自引き続きセンサーの確認を怠るな』

『『『――了解!!』』』







『……人間か』

 突然脳内に響く声に衛士は驚く。

 深く重い……。不思議な圧迫感のある声だ。

『何だ?! 一体何だこれは?!』

『CPよりブラボーリーダー、どうした? 状況を報告せよ』

『こちらブラボーリーダー、何者かの声が聞こえた。そちらにはこの音声は届いてないのか?』

『CPよりブラボーリーダー、こちらにそういった音源は感知できていない』

 そう言われ座標を確認してみると確かにそういった音源は見られない。

 一体どういうことだ? 確かに聞こえた声は空耳だったというのか?
 
『ブラボーリーダーより各機へ近くにBETAが潜んでいる可能性がある。警戒を怠るな!』
『慌てるでない……我はBETAではない』

 声はあくまで淡々とした口調でこちらに語りかけてくる。

『貴様は何だ? 人間なのか?』

『それを説明してやる。とにかく反応炉のところまで来るがいい。このハイヴは安全だ。そう警戒する必要も無い。もっとも我の言を信じず警戒を怠らないのはそなた達の勝手だがな』

 そういって声は聞こえなくなる。

 言われなくともそのつもりだ。元よりハイヴ突入とは反応炉への到達に他ならないのだから。









 あれからどれだけ経ったのか分からないが、ブラボー隊は深淵のハイヴ内を突き進む。

 横坑を通ると広間の入り口から一際輝く青白い光が見える。

 隊の者達は全員息を呑む。

 自身の心臓の音が高鳴っているのが聞こえる。

 目の前の光は人類が求めてやまなかった反応炉の光。

 単純な距離としてなら決して遠くない、しかしその距離は絶望的なまでに遠く、多くの人類がこの光を求めてその命を散らしていったのだ。

 あの声の言ったとおり結局あのまま何事もなくここまで来れた。

 だが、どんな経緯であれ自分達はたどり着いたのだ。

 人類にとっての希望の光に――!!



『……ブラボーリーダーよりCP、反応炉まで……到達した』

 自分の声が震えているのが分かる。軍人として感情を抑える術をもっている彼であったが、それでも高鳴る自分の気持ちを抑える事ができない。

『……CPよりブラボーリーダー、……良くやった。これより反応炉の確保に入れ』

 心なしかCPの女性の声も涙ぐんでいるように聞こえる。

 イヤホン越しには管制室から聞こえる周りの人たちの沸きあがる歓声が聞こえる。

『――中尉!!!』

『ッ!! どうした?!』

『ア、 アレ……。 見て下さい……』

 部下の差す反応炉の上を見上げる。

『あ……おぁ……』

『CPよりブラボーリーダー、状況を報告せよ。 メンタリティが極度の緊張状態を示している』

『……な、なんだ……ありゃぁ』

『CPよりブラボリーダー! BETAか?! BETAがいたのか?! 繰り返す状況を報告せよ』

『ち、違う……』

『CPよりブラボーリーダー、何だ?! 何があった?! ブラボーリーダー!』

『――は、白銀の獣…………ッ!!』





人類が初めてたどりついた反応炉。

そこで見た物は、反応炉に尾を巻きつけ上から見下ろしていた巨大な影。

その身を青白く照らされた白き面の大化生、九つの尾を持つ獣の姿だった――。










あとがき

 いきなり獣の姿で登場させちゃいました。

 白面は戦いの時は獣状態で戦わせたいので、自分の本当の姿を人間の前にさらすというのは必要な事だと思ったからです。

 それにしても戦術機内での会話は難しいです……。

 殆ど原作を参考にしたまんま……。

 人類史上初反応炉に到達したブラボー隊は2階級くらい昇級か?



[7407] 第伍話 その名は……
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/03/28 23:34
第伍話 その名は……



 人類の大規模反攻作戦、『明星作戦』は肩透かしに終わった。

 人類の今作戦の標的であった、甲22号こと横浜ハイヴは突入した時にはすでにたった1体の獣によって落とされていたのだ。

 自分達の作戦を丸々潰されたオルタネイティヴ5推進派、いや彼らだけでなく全世界の人類は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 横浜ハイヴから生還者が出た時に噂された『白面』と呼ばれた女性。

 一部の者が『金毛白面九尾の妖狐』ではないかと噂で囁いていたが、それが正にその通りだったのだから……。














 仙台基地……そこに国連、帝国の主権者達が一堂に会していた。

 これから会議を開こうと言うのである。

 何故、首都東京でないのかというと白面が言い出したことなのだ。場所はここでやると……。

 理由は言わなかったが、そこには白面に助けられた横浜ハイヴからの生存者が何名かいたからだろうと周りの者達は納得してここ仙台基地に集まる事になったのだ。

 しかし実際会議を始めようとしても誰しもが発言をする事ができない。

 視線の先には1人の女性、『白面の者』がいた。

 今は人型である彼女だが、横浜ハイヴからその姿を現した時は誰もが度肝を抜かれた。

 大地が割れ、ハイヴの地表構造物である『モニュメント』を砕きながら現れたその姿は圧巻だった。

 ハイヴからでて来る者ならBETAとこの世界の人間は思う所だったが、白銀に輝くその姿はあまりに神々しかった。

 そんな神獣とも呼べる存在が目の前で1人の女性の姿に化けたのだから、もはや疑いようもなかった。

 いきなり現れたその様な存在に一体どう声をかけたら良いのか皆分からないのだ。

 それに対して白面は冷静に周りを見渡す。

 見た所、武の記憶にあった人物は香月夕呼、社霞、煌武院悠陽、ラダビノッドだ。

 社霞がここにいるということは香月夕呼という研究者は、武からの記憶を得ているはずだ。

 その事を自分の中でまだ隠しているのは、彼女がまだその時ではないと判断しているためであろう。

 わざわざこんな重役のそろっている席に霞を置いているのは白面にアピールしているのであろうか?

 自分はすでに情報を持っている……と。

 喰えぬヤツ……と白面は薄く笑う。






「……まずは良くこの地に御降臨くださいました。……白面の御方様」

 一番最初に口を開いたのはこの国の征夷大将軍、煌武院悠陽その人である。

 声は途切れ途切れで正直ロクな挨拶もできていない。

 まぁ今この状況でまともな事を言えというのは酷な話だが。

 とは言え征夷大将軍である彼女が挨拶をしなければ始まらない。

「ウム、我は『白面の者』いや、九尾の妖狐といった方が分かりやすいか? この地にもそう言った伝承があるのだろう? まぁそれと同一の者であると考えてくれれば良い」

「はい……。では白面の御方様。いくつか質問をよろしいでしょうか?」

「構わぬ。元よりそれが目的であったからな」

「ではまず何故この地に具現なされたのです?」

「……フム、我はこの星の国々がまだ形を成さぬ『気』であったころから、存在しておった。本来我が具現する気はなかったのだがな。この世界がBETAに蹂躙されている事に対してこの星に生きる者達の嘆き、悲しみの声を聞き具現したのだ」

 白面の居た世界にいた者が達が聞いたら思わず「ハァ!?」と突っ込むであろうセリフをイケシャアシャアと述べる。

 まぁ確かに嘘ではない。白面は国が『気』であった時から存在していたし、武の声は『この星の生きる者達の声』と言えるかもしれないが真実ではない。

 まぁ異世界でBETAみたいなことやってましたなどと、わざわざ自分を不利にするような事を言うほど白面は愚かではない。

「……では共に戦ってくださると?」

「あぁ、BETA達をこの世界から叩き出す事が我がこの地に降りた理由だからな」

 白面の言葉に周りがどこかホッとした空気が流れた。

 それはそうだろう。

 この世界の人類はBETAという得体の知れないものとずっと戦って来て、しかも意思の疎通が不可能だったのだから。

 そう言った意味では白面のように意思の疎通を取ってくれる存在は本当にありがたかった。

 しかも少なくとも人類に敵対的な発言はしていないのだから。

「失礼。よろしいですか?」

 次に手を上げたのは白髪の黒人だった。

「私はこの仙台基地指令パウル・ラダビノッドです。白面殿にお伺いしたい。一体どのようにして横浜ハイヴのBETAを倒されたのです?」

 その質問に一瞬この会議室の空気に緊張が走る。

 自分達の宿敵BETAをたった1体で片付けたというのだから、その方法は何かBETAに有効な対処法ではないかと思うのは当たり前だった。

 だが、白面はその質問に少し言いにくそうな顔をする。

「ウーム……。どのようにと言われてもな……。別に何か妖術を使ったわけでもなし、ただそのまま正面から打ち砕いただけだ」

「………………は?」

 部屋にいる全ての人間が何言ってんだ? この人は? と言った感じなる。

 まぁ最初の方は地の利を生かすなどの小細工はしたが後半戦は白面の言うとおりだった。

 もっともこう言った風になるだろうとは白面の方も予想がついていたが。

「……あの、出来ればもう少し詳しく教えていただきたいのですが」

「そうは言ってもな……。 向かい来るBETAを相手に我は千切っては投げ、千切っては投げ……」

 事実を言っているのだが、言うほどに何やら胡散くさい事を言ってるようにしか聞こえない。

「白面殿!! ふざけないでいただきたい!! 我々はBETAを相手に真剣に取り組んでいるのです! もっと貴女も真剣になっていただきたい!」

 1人の長官が我慢できずに声を荒げる。

 彼にとって、いやここにいる人間にとって今の白面の態度はさすがに許せないものがあったのであろう。

「……しかし嘘などついておらぬのだからどうしようもないな。実際BETAと戦ってみたら以外と脆くてな、小細工の必要がなかった」

「「「…………な?」」」

 白面の言葉に一同は言葉を失う。

 わかってしまったのだ……。

 今言った言葉は真実であると。







「……では次の質問に入ってもよろしいでしょうか?」

 軍服の上に白衣を羽織った女性、香月夕呼が立つ。

「まずは自己紹介を、私はこの仙台基地副指令官の香月夕呼です。以後お見知りおきください。……さてお伺いしたいのはこちらの映像です」

左手でパソコンを操り、目の前のモニターに映像を投影する。

写し出されるのはBETAの映像。

見た感じは綺麗なままで外傷は殆どない。

「横浜ハイヴの奥で見つかった何体かのBETAの死骸です。こちらはどのように説明なさるつもりですか?」

 先程の話ではBETAを力づくで倒したと説明していたが、この死体は綺麗なままだ。

 これでは矛盾が生じてしまう。

「あぁ、それか……。半年前この地に具現してハイヴを制圧した後、生け捕りにした奴らだ。いかに我とてBETAどもだけは良く分からなかったのでな。こうして調べていたというわけだ。死体が綺麗なままなのは奴らのエネルギー源である反応炉に近づけなかったからで、餓死(?)して死んだためだ」

 そう、横浜のBETAを一掃した白面だったが、半年もの間外に出なかったのには理由があった。

 この巣の中に留まり世界中に婢妖を(目視できない状態で)飛ばし情報を集める事にしたのである。

 なにしろこの世界は白面の者にとって未知の世界。

 白面の者はその圧倒的の実力を持ちつつも、非常に用心深く狡猾である。

 何の準備もなくいきなり外に飛び出すような事はしない。

「なるほど、それで何か分かりましたか?」

「いや、基本的な事はそなたら人間と同じくらいにしか分からなかったな。ただBETAの指揮系統が複合ピラミッド型ではなく、箒型だったというくらいだな」

「「「…………!!!」」」

 白面の言葉にまた周りの者は動揺する。

 というのも、今までは各ハイヴに独立した作戦立案機能と指揮命令系統が緩やかに統合される複合ピラミッド型であるというのが定説だったからだ。

 それが世界中のハイヴはオリジナルハイヴに直結しているというのだから。

「……なるほど。了解しましたわ」

 そう言って夕呼はおとなしく着席する。

 夕呼のとなりにいる社霞は今リーディング能力は使っていない。

 もっとも霞のリーディング能力は白面には通用しないだろうが。

 だが夕呼は白面が嘘を……いや正確には事実全てを言っていないと考えていた。

 なぜなら目の前の女性の形をした白面は自分と同類だと思ったからだ。

 常に先を考え必要な時に必要なカードを切っていく……。

 同じ『女狐』と呼ばれる者同士だから分かることであった。

 実際白面の説明にはいくつか嘘があり、知りえた情報はBETAの指揮系統だけでなかった。

 オルタネイティヴ3のESP能力者のリーディング能力は思考の読み取るといったところだが、白面の婢妖は記憶の強奪だ。

 BETAの深層心理(に当たるもの)まで潜り込み、見聞きした物、命令された内容など強引にむしり取ってやったら500体ほど死んでしまった。

 それが先程映しだされたBETAの死骸である。

 白面の調べたBETAの記憶によると分かった事は地球に来た目的や、創造主と呼ばれる存在。

 創造主と同様の珪素系生物のみ生命体と見なしていて、珪素系生物のいる星には侵略しないように命令されているらしいなどだ。

 ちなみに仙台基地にいた武の記憶を探ったらあっさりその情報が見つかってへこんだのは内緒だ。

 炭素系やら珪素系やらの話で、ふと白面は思った、自分は一体何系生物なのだろうかと、少なくとも炭素系でも珪素系でもないと思う。

 ……というより妖怪は生き物なのだろうか?

 BETAとの半年前の戦いを白面は思い出す。

 いま思うとBETAはいきなり自分を襲ってこなかった。

 もしかしたらBETAにとっても未知系生物なのかも知れない。

 もっとも攻撃したから危険な存在として判断されたようだが、ひょっとしたら攻撃しないで、意思の疎通を図ったら案外この星から出てったのかも知れない。

 だが今更BETAに自分が生物だと認識させるにしても、BETAにこの体を提供しなくてはならない。

 はっきり言ってそんな事をする気はさらさらない白面は、まぁ今更どうでも良い事だがと、今この場で言ったら激怒されそうな事をさらりと考えながら周りの人間を見る。

 今回敢えて全てを教えなかったのは、はっきり言ってこの世界の人間は『信用できない』この一言につきた。

 この世界の人間も調べてみたところ、例えば米国などはBETAとの戦いの後の勝利を皮算用し、対人間との戦争を想定に入れている。

 この日本においても帝国軍と国連軍が存在し、あまり仲が良くない。

 帝国軍の中ですら征夷大将軍と実際今主権を握っている者達のいさかいがあるようだ。

 白面の居た世界でもその国の帝より、時の権力者が実権を握るという事など良くある事だった。

 だが、人類滅亡の危機に瀕しても尚お互いを信用していないとは。

 まったく嘆かわしい……などとは微塵も思わない白面だったが、これも仕方のないことだという事も理解している。

 白面は狐高に生きる存在である一方、人類は群れを成す生き物である。

 群れを成すならそういったいざこざがある事は充分理解しているので別に人間の主義主張をどうしようとは思わない。

 とはいえこんな世界の人間がいきなり白面を信用するとは思えなかった。

 事実元の世界では、この世界でいうBETAのような存在だったわけなのだから……。

 BETAを倒したら、いきなり攻撃される可能性だってある。

 最も今の白面ならG弾の攻撃にも耐えられるだろうし、その時はBETAに代わって人類を滅ぼすだけだが。

 武への願いは叶えてやりたいが、そこまでして人間の味方になるほど白面はお人好ではなかった。

 そういった事を防ぐには今すぐにはBETAを滅ぼさないで、しばらく一緒に人間と生活してからBETAを滅ぼす必要があると白面は結論付けた。

 この世界の人間を自分の目で観察しようと思ったのと、人間にとっても自分を観察させる時間は必要だろうと思った故のことだ。

 元の『陰』の状態で具現していたら、即刻BETAと人間もろとも滅ぼしてたか、もしくは今の人間の権力間の不和を煽って内側から崩壊させていただろうに、人間なんかの顔色を伺うなんて我ながら信じられない。

これも『陽』の存在に生まれ変わった影響だろうか苦笑するのであった。

















 いつもの鍛錬を終えた武と純夏は訓練場の後片づけを終え帰る所だった。

 今頃は自分達を助けてくれた白面が軍の上層部の人達と会議室にいるのだろう。

「まさか白面さん本当に『九尾の狐』だったなんてね……」

「あぁ、俺も驚いたよ……。というか単体でハイヴ攻略したって本当なのかな?」

 白面の存在は当然ながら全国放送された。

 九尾の狐…… その伝説は知らなくてもどこかで1度は聞いたことのある存在。

 それがいきなり横浜ハイヴに現れて、しかもBETA達を単体で全滅させていたなどとはにわかには信じられない。

 BETAの恐怖を知っている武ならなおさらのことであった。

「でもいいのー? タケルちゃん?」

「ん? 何が?」

「タケルちゃん白面さんに名前つける約束してなかった?」

「うっ! いやそうなんだけどな……」

「まさか考えてなかったとか……?」

 ジト目で純夏は武を見る。

 タケルちゃんは昔から忘れっぽいからねーとかそういった目だ。

「い、いやそんなことはないぞ! ないけど……」

 そういって少し視線を落とす。

 自分なんかが彼女の名前を付けても良いのかと……。

「……まぁ気持ちはわかるけどねぇ」

 純夏も武が何に悩んでいるのかは昔からの付き合いでだいたい察していたので相槌を打つ。

 ハァとため息をつく武がふと見ると社霞の姿がこちらを見ていた。

 初めてこの基地で霞を見つけた武は心臓が鷲づかみされる気持ちになる。

 霞はまっすぐ武に近づいてくる。

「白銀武さん」

 感情の表現が上手くできない感じの淡々とした口調で霞は武の名前を呼ぶ。

「あ、あぁ……」

「ちょっと付いてきていただいてもよろしいでしょうか?」

「ちょっとー! タケルちゃん。この子誰?」

「い、いやその……わかった」

 純夏と霞の姿を交互に見ながら武は霞に付いて行こうとする。

「う~~~!! あーやーしーいー!!」

 まさか武が幼女趣味に走ったのか? とまでは思わないでも武の態度を不信に思った純夏は自分も付いて行こうとする。

「良ければあなたも付いてきますか? 鑑純夏さん」

「え? いいのか?」

 霞の言葉に反応したのは純夏ではなく武の方だった。

 てっきり夕呼からの呼び出しだと思っていたのだが純夏も連れてきていいのだろうか?

「はい……。かまいません」

 まぁ霞がそう言うのならと武は純夏と一緒に霞の後を追うのだった。


















 霞の後を付いていく武と純夏だったが、夕呼のいる所に行く気配がない。

 基地の周辺をうろうろと歩き回り人気のいない場所に着く。

 なんだろう? マジで一体何のようなのだろう、と呼び出された武自身も疑問に思っていると、

「……このあたりでいいか」

 いきなり目の前の霞の声が変わった。

え? と思った瞬間霞の体がブレて一気に成人女性の別の姿に変わる。

目の前にいたのはあの白面だった。

「「は、白めモガッ!!」」

 2人同時に叫んだ武と純夏の口を白面は両手でそれぞれ押さえ付ける。

「落ち着け。せっかく人気の無い所まで来た意味がなかろう」

 白面の言葉にコクコクと2人は頷く。

 とは言えいきなり目の前の人間の姿が変わればそれはびっくりするだろうが……。

「い、一体どうしたんです? たしか会議にいるって話じゃ?」

「何、話すことは終わったんでな。抜けてきた」

 そう、会議がある程度進行して自分の言うべき事が終わった白面は、スマヌが席を外すと言って会議から抜け出ることにした。

 当然周りからはちょっとお待ち下さいとか反対されたが、白面の知ったことではなかった。

 それでもあまりにしつこかったので、

「悪いな。はっきり言っておくが我は人間の味方にはなるが、持ち物になる気は全くない」

 と宣言したのだ。

 人間の上層部の立場からすればこの後国連軍、帝国軍のどちらに身元を置くかなど議論したがったのだろうが、それこそ余計なお世話だった。

 人間なら人間のルールに従うのは当たり前だが白面は人間じゃないのだ。

 人間の言うことを聞く理由はない。

 黙ってこのまま空気に流されると、御輿に担ぎ上げられて雁字搦めにされると思った白面は、ここで自分の立場をはっきりさせておくためそう主張したのである。

 白面の言うことは正論だったので周りの者は黙ってしまったが、

「何、我がいない方が話しやすいこともあろう、反応炉はくれてやるからそこら辺の話とかするが良い」

 と言ったら一応しぶしぶながらも納得したので外にでることにした。

 しかし外に出ても監視とか付いてくるので婢妖を使って追っ払ったりした。

 このままじゃ自分は目立つと思った白面は社霞の姿に化けて武の元に向かったと言うわけである。

 何故霞かというとその方が武が付いて来そうだと判断したからだ。

 多少強引な手だったが今回は白面にとっても譲れない物があったのだから仕方がない。

 今頃会議に残った者達も白面の危険性とかそう言ったことを話しているのだろう。


「久しいなタケルよ。それに純夏とかいったか」

「は、白面さん」

 突然目の前に現れた白面に武は頭を下げる。

「あ、あの時はありがとうございました!! そしてすいませんでした!」

「あ…… わ、私もごめんなさい!」

 武の言葉に純夏も合わせて謝罪する。

「ん? 何の事だ?」

 礼を言われる覚えはあっても謝罪される覚えは無かったのでその理由を聞いたら、初めて会った時、命の恩人に恐いと思ってしまった事を後悔していたらしいと言うことだったので、白面は気にするなと言っておいた。

「……でだ、タケルよ。我の名前は考えておいてくれたか?」

「は、はい……。でも良いんですか? オレなんか勝手に付けて」

「かまわぬ。申してみよ」

「はい……。では……」

 そう言って緊張しながらも武は自身の考えた名を白面に伝えるのだった……。













「金白 陽狐(カネシロ ヨウコ)……?」

「は、はい…… え~と、半年前に白面さんが『金毛白面九尾の妖狐』ではないかと言う噂が流れまして……。そこにあやかって付けました」

 まさか本当にそうだったとは思っても見なかった武……。

 彼女が『金毛白面九尾の妖狐』と知った時正直これでよかったのか? と思ったが今更変えることは出来なかった。

「……『陽』狐というのは?」

「えっと『妖』じゃなくて、やっぱり縁起の言い字をいれたくて太陽の『陽』を入れました……」

「…………なるほど」

「あ、あの白面さん?」

「………………」

 さっきから口数の少ない白面の無言のプレッシャーに居心地の悪い思いをする武。

 気に入ってくれたのか評価がすごく気になる。

 あの時助けられる時はお安い御用だと思っていたがとんでもない。

 名前を付けると言う事の重要性を今更ながらに思い知る武であった。

「あの……やっぱりダメでしょうか?」

「あ、あの! 白面さん!」

 プレッシャーに耐えきれなかったのは純夏も同じだったらしく白面と武の間に割ってはいる。

「タ、タケルちゃんは馬鹿で、アホでどうしようもないですけど! その小さい脳みそ絞って一生懸命考えたんです! も、もし気に入らなくても許してあげてください!」

「おぉ!! ナイスフォロー純夏って! それ全然フォローになってねぇよ!」

 純夏のフォロー(?)に武はすかさず突っ込みをいれる。

「いや……金白陽狐で良い」

 そういった白面……陽狐の言葉に武は胸をなで下ろす。

 白面は黙って自分に付いた名前を心の中で繰り返す。

 まさか陽狐とはな、と周りから見てもわからない程度の微かな笑みを浮かべる。

 『陰』の存在から『陽』の存在に生まれ変わった自分に与えられた名前…… なるほど確かに偶然ではあるが悪くはなかった。

「タケル……。名前の事…… 感謝する」

 途切れ途切れの口調だったがその言葉からは喜び感情が確かに伺えた。

 季節は8月、残暑がまだまだ続く日……。

 沈みかけた夕暮れの時間、薄紫色の空に1番星が輝いていた……。
























<オマケ>

「時にタケルよ……」

「はい、何です?」

「位牌は捨てておけよ」

「う! す、すいません」








あとがき

 まずはすかさず白面御方様の名前の件について土下座!! orz

 最後あたりに書いた、名前を付けることの重要性を今更ながら認識した作者です。

 正直安易で自信ないです……。

 名前の件を引っ張ってもあれなんで、一気に名前登場の所まで持っていきました。

 まぁ地の文はこれからも『白面』で通そうかなと思ってますし、人によっては陽狐ではなく白面のままで呼びます。

 白面と呼ぶ人は悠陽の事を殿下と呼ぶのと同じ感じです。

 初めは『白面金毛九尾の妖狐』から『白金』にしようかと思ってましたが、呼び方が『シロガネ』しかなく武とかぶる上、うしおととらの原作者藤田先生の別作品の某ヤンデレラスボスキャラの名前と同じになったんで却下しました。

 次はようやく日常編的にメインキャラとの会話とかだせるかな……?

 シリアスばっかりだけでなくほんのりギャグとかも書いてみたいんで、そんなノリになればいいと思ってるんですが。

 ではまた次の話で。



[7407] 第六話 最悪の同盟関係?
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/12/03 00:42
第六話 最悪の同盟関係?





 今、この仙台基地には『女狐』と呼ばれる存在が2名いる。

 1人は『極東の女狐』の異名を持つこの仙台基地福指令の香月夕呼、そしてもう1人は異名でも何でもなく女狐そのものの白面の者こと金白陽狐である。

 昨日の会議で香月夕呼は白面の前に社霞を連れてきた。

 霞が武をリーディングしていれば、武がループしている事を当然夕呼は知っているだろうし、自分が武に呼び出された事も知っているだろう。

 もっとも白面自身の記憶を霞には読みとれないので、白面がどこから来たのかは推測の域を出ていないだろうが……。

 ともかくそういった意味を込めて夕呼は白面にアプローチしてきたのだろう……。

「面白い……」

 白面は口元の端を上げ夕呼の挑戦を受けることにした。









 カツカツと良く乾いた靴音がコンクリートパネルを敷き詰められた仙台基地の廊下に鳴り響く。

 白面は今、香月夕呼の親友である神宮寺まりも軍曹と共に歩いている。

 白面が夕呼に会いたいとの旨を伝えたところ、「ではそちらに向かいを寄越しますわ」という返事をもらい、その案内役が彼女だったと言うわけだ。

 仙台基地の様子は訓練場では兵士達が訓練を行い、整備室では技術屋の人間達が戦術機を初めとする兵器のメンテナンスを行い、それぞれが打倒BETAに向けて自分達のできることを行っていた。

 ただ九尾の狐である自分を見ると、周りの人間は敬礼をして良いのかどうすれば良いのかわからない状態の様である。

 白面としてはここに滞在するつもりなので、とっとと馴れて欲しいところなのだが。

 もっとも帝国側のお偉い方は昨日自分の自由意志を伝えたにもかかわらず、まだ諦めていないようだ。

 曰く自分達と共に来ることで日本国民の心の拠り所になって欲しいとか何とか……。

 白面には白面の都合があるように、人間には人間の都合があるのはまぁ仕方ない。

 だがあまりにもしつこいので、何か代替案が必要かなと白面は思案する。




 夕呼の部屋の扉の前に立ったまりもは二回扉を軽くノックする。

 中から「どうぞ」と言う声が聞こえたのでそのまま入ると、部屋の中には夕呼だけでなく武も来ていた。

 昨日、白面が霞の姿に化けて武をおびき寄せたため、武自身も何となく霞がこの基地にいるのであろうと察していたようだ。

 表情は引き締まり、自分の事を話す覚悟を決めているようだ。

「香月副指令! 白面の御方様をお連れいたしました!」

 背筋を真っ直ぐに伸ばし、まりもは夕呼に敬礼をとる。

「ごくろうさま。 まりも、今は別に堅苦しい挨拶はしなくていいのよ?」

「いえ、そう言う訳には参りません」

 夕呼の言葉にまりもは態度を崩さない。

 夕呼はしょうがないわねぇと言いながら白面に視線を移す。

「良くおこしくださいましたわ。白面の御方様」

 ニコリと笑みを浮かべながら夕呼は白面に話かける。

 ただしその笑顔は形式的なものであり、頭の中では利益の損得勘定を考えている……そんな笑顔だ。

 まりもと武は夕呼の顔を見て、全くこの人は神様相手にも態度が変わらないなと内心呆れた。

「何、昨日そなたとはちゃんと1対1で話せなかったからな。ここの仙台基地の副指令殿にぜひ挨拶したいと思ったわけだ」

 そう言って笑いかける白面の顔も夕呼が今浮かべている物と全く同種のもの……。

 その笑顔を見た瞬間まりもと武は背筋の凍る思いをする。

 この2人は全く同種の人種であると言う事が直感的に分かってしまったのだ。

 そういえばこの人達同じ女狐っていう共通点あったじゃないか……。

 えっ? 何? ひょっとして今から修羅場? と今後の展開を思い、今この場に何故自分達が居合わしているのかという不幸を呪うのであった。

 女狐が2人お互い歩み寄る。

 武とまりもは逃げ出したい気持ちを必死に抑え2人を見つめる。

 女狐達はこれからどんな交渉をするのか?

「「……………………」」

 鏡合わせの様に対峙する2人、お互い無言で夕呼は片手を腰に手を当て、白面は腕を胸の前で組んで立っている。

 張り詰めた空気がこの部屋を支配する。

 武とまりもはゴクリと喉を鳴らす。





 次の瞬間、白面と夕呼の眼がキュピーンと光った気がした。

「改めて自己紹介をしよう。我は白面の者、今は金白陽狐と名乗っている」

「あら素敵なお名前ですわね。私は香月夕呼。ぜひ夕呼と呼んでください」

「うむ、我の事も陽狐で構わん。それと敬語も使わなくて結構だ」

「ではお言葉に甘えて……。これから仲良くしましょう陽狐」

「あぁ、こちらこそよろしく頼むぞ夕呼」

 ガチッ! とお互い右手で力強い握手を交わす!

 かくしてここに女狐同盟が結成されたのであった――。






「「って! ちょっと待てぇーーーい!!!」」

 武とまりもが思わず言葉遣いを忘れて突っ込みする。

「あら? 何よ?」

「何って……。何でいきなり仲良くなってるんですか?」

「何よ? 私が陽狐と仲良くしちゃいけない?」

「いや……。いけなくはないですけど」

 夕呼の言葉に武は口ごもる。

 もちろん白面と夕呼が仲良くなったのにも理由がある。

 白面と夕呼、この2人は今現在仙台基地において群を抜いて頭が良い。

 そしてそんな2人は自分が不利になるような事は絶対にしない。

 ここでお互いが、もし変な探り合いをしたとしよう。

 例えば夕呼にしても白面と言う未知の生命体に研究者としての興味もあるし実験体として調べてみたいという気持ちもある。

 また霞から聞いた話で武が白面を呼んだ事を知っているので、武の命を盾に白面を脅すと言う事も出来る。

 ただしそんな事をしたら下手をすると自分の命がない事も理解している。

 同様に変に白面の裏を掻こうとしても敵対関係になるだけで夕呼には何のメリットもないのだ。

 白面にしても、もし夕呼が自分に変な事をしてきたら殺す事は厭わないが、人間と協力関係をとるつもりでいるのに、そんな事をしたら自分の立場を悪くするだけで何のメリットもない事を理解している。

 一方お互いが仲良くすれば、夕呼にしても白面という神様的な存在と協力関係にいられればそれだけで大きな利益になるし、白面としてもこの仙台基地の副指令と仲良くなっておく事に越した事はない。

 もちろんお互い隠し事もあるだろうし、そこの所はお互い深く干渉しないという前提を、ESP能力もなしに目のやり取りだけで取り決め利害関係が一致したのである。


「いや~~。何となく彼女とは仲良く出来そうな気がしてたのよね」

「うむ、我も夕呼とは他人のような気がしなくてな」

 カラカラと笑う2人を見て、武とまりもは顔を蒼くする。

 恐ろしい……。 何が恐ろしいって、良く分からないがこの2人が手を組む?

 考えただけで何か恐ろしい事が起きる予感がする。

 そしてそれは間違いなく自分達に飛び火する言う確信めいた物がある。

 とは言えもうこの2人は手を組んでしまったわけで……。

 最悪の同盟関係が結成された瞬間を目撃してしまった武とまりもは呆然と立ち尽くすのであった。
















「ふーん、3度目のループね……」

 白面との同盟結束の後、夕呼は武から話を聞くためまりもに席を外すように命じた。

 部屋を出るまりもが何となく俯き加減に歩いていたのに武は同情の視線を向けた。

 まりもが退室した後に聞かれた事はやはり自分の事だった。


「はい、1回目はオルタネイティヴ4が失敗してオルタネイティヴ5が発動する世界。2回目はオルタネイティヴ4が成功して『あ号標的』の破壊に成功した世界。ただしオレの知る仲間の殆どは殉職しました」

「で……、皆も助けたいと思って消えたら白面……陽狐が召喚されたってわけね」

「あぁ。我が武の声を聞いてこの地に来たのは確かだ」

「……なるほどね」

 そういって夕呼は顎に手を当て自分の椅子に腰をかける。

「話を聞く限りおそらく白銀。『BETAのいない世界のシロガネタケル』はもう元の世界に戻っているわ」

「え……? いや…………。そうかなるほど」

 夕呼の言葉に一瞬聞き返した武だったが、すぐに納得した。

「フフ。その様子だと薄々気付いていたみたいね。自分の事は自分で気付く……。大切な事よ?」

「……そうですね。言われて見れば今までは肉体の強さも引き継いでいたのに、今回はそれがない。ループした知識だけでなくこの世界の『この世界のシロガネタケル』の記憶もあるってことは……」

「ご名答。三度目のループと言うより、『この世界のシロガネタケル』にループの知識が宿ったと言った方がいいわね」

 なるほどなと武は納得した。

 そう言えば前の世界で並行世界の移動をした時も夕呼先生が言ってたっけ『気を強く持て』と、簡単に言うと意思の強い方に肉体の支配権がいくって話だったなぁと思い出す。

 つまり『皆を助けたい』と言うのは武の中でそれだけ強かったと言う事である。

 1つの体に2つの記憶がある…… 少し変な気分だがそれはさほど問題ではなかった。

「……あれ? って事はですよ? 今回の戦いが終わってもオレは消えないって事ですか?」

 3度目のループではなく、ループの知識が憑依したということは前の世界みたいに因果導体ではなくなったから消えるって事はないのではと武は考えた。

「あら? 良く気付いたわね。ついでに言うともうループもしないから正真正銘のワンチャンスよ?」

「……マジですか?」

「何? 『マジ』って?」

「『本気』と書いて『マジ』と読む……まぁそんな意味です」

 ふざけた調子で言うものの武は複雑な気分になる。

 『元の世界』にシロガネタケルが帰ったなら、自分はこの世界で骨を埋める、それは別に良い。

 武自身この世界にすでに愛着を持っているからである。

 だがやり直しが聞かないと言うのはやはり不安になる。

「まぁ、そこはアンタが呼んだ陽狐に期待って事でいいんじゃない?」

 そう言って夕呼は視線を白面に移す。

「……そうだ! 陽狐さん! 単体でBETA殲滅って一体どうやったんです?」

「あ! それ私も聞きたいわね……。本当の所どうなの?」

 昨日の会議での話を思い出す。

 やはり夕呼も信じられないのだ。

「だから何度も言ってるであろう。 ……そうだな、一応言っておくと我にも幾つか小細工できる方法は持っている。だがそれも使う必要はなく正面から殲滅した…… それだけだ」

「……マジですか?」

 本日2回目の『マジですか?』を言う武だった。

「じゃ、じゃあ陽狐さんなら直ぐにでも他のハイヴを落とせるんじゃ……?」

「フム……。まぁ可能だろうがな…………」

 白面は腕を組み、何やら言いにくそうな顔をする。

「やっぱりまだこの世界の人間が信用おけない?」

「フム、やはり夕呼にはばれておったか」

「え? 一体どういうことです?」

 「今もし我がハイヴを落としたとしても、今度は我と人間が敵対関係になる可能性があると言う事だ。……実際我はまだ人間に信用されていないだろうしな」

「え? それは一体……」

 白面の言葉が全く意味がわからず武は聞き返す。

「……まぁ、陽狐の言うとおりね。事実昨日の会議で陽狐が抜けた後、彼女の危険性について話し合われてたしね」

 白面と武の間にシレッとした表情で夕呼が割ってはいる。

「ゆ、夕呼先生!? い、いいんですか? 陽狐さんの前でそんなこと言って?」

「どうせ陽狐にはばれてるもの。……なら隠すだけ無駄よ。……私は伝承とかそう言うのはあまり詳しくないけど、基本的には人間にとって九尾の狐と言うのは『悪しき存在』として語られてるらしいわ」

「な、何だよ……。それ……」

 武は拳の握り締め下を向く。

 確かにいきなり現れた神秘的な存在に対して疑いを持つ。それは当たり前の事だと武も分かるが、どうしてもやるせない思いが胸にこみ上げて来る。

 この感覚はあの12・5事件と同じだ。BETAを殲滅する事が今現在における人類が最も優先する事であるはずなのに、人間同士の権力やら誇りやらで争って真に迫ってる危機に回りは誰も気付かない。

 いや、実際には気付いているはずなのに目を逸らしている。

 人類の敗北の歴史を知っている自分と他の人間達との危機感のズレ、例え向こうの言い分に一理あっても、それがどうしても納得できないあの感覚……。

「すまぬな武。我も人間との共存は望んでいるし、可能な限りはそなたの願いは叶えるつもりだ。だが向こうが我を危険視している限りは…………な」

「……いえ、陽狐さんの言い分は良くわかりました」

 実際人間同士のいざこざを知っている武は肩を落としながら呟く。

12・5事件だけではない。最初の世界では横浜基地に再突入型駆逐艦(HSST)を墜落させて吹き飛ばそうとする勢力がいるくらいだ。

 白面が自分が攻撃されるかもと警戒するのは当たり前の事である。

「まぁ人間側としてもそこまで長い間我を様子見せんだろう。……もっともそれでも我の戦う姿を見たらまた危険と見なされるだろうがな」

「そうなんですか?」

「BETAを単体で殲滅させる力というのは、それだけの衝撃を人類に与えると言う事だ。だが我自身が戦う姿を人間に見せる事は我にとっても通らなければならぬ道だ。まぁ人間にも我を観察する時間を設けさせてやっているのは、少しでも危険に思われる可能性を減らそうとしての事なのだが……」

 そう言って白面は腕を組みながら夕呼の方に視線を移す。

「そういうわけで夕呼。すまぬが今度会議か何かあった時に伝えといてくれぬか? 我の出撃の時期は人間側の作戦に合わせると」

「了解。それぐらいならかまわないわよ。……まぁ定期的に行う佐渡島ハイヴの間引き作戦が次の戦いでしょうけど、今の所まだ先のはずよ? 人類側としても反応炉とかの研究をしなくちゃいけないし、そっちが優先されるはずだから……。 そういえば反応炉をくれたのもそのため?」

「そなたには叶わぬな。……まぁそういう事だ」

 白面が何の見返りも成しに反応炉を人類に提供したのは、白面からの人間への友好の証と、交友関係を築く時間がほしかったためである。

 そして人類側にとっても反応炉の提供はありがたく、そのお陰で横浜基地建設などの計画が立ち、そちらが優先されることとなったのだ。

「あーー、でも惜しいわね。脳髄のシリンダーか……」

 夕呼は背もたれ寄りかかりながらボヤく。

 そう、今回は白面がBETAが人間を脳髄にする前に救出してしまったので、脳髄のシリンダーがなかったのだ。

 武の話を聞いた研究者である夕呼としてはそれがないのは手痛いわけだ。

 もっとも彼女ならそれがなくとも、時間をかければ『00ユニットの本体』を作る事は出来るだろう。

 問題なのは人間の魂を00ユニットに入れるというのに必要なオルタネイティヴ4の理論が最後の壁となっているのだから。

「先生! 00ユニットの事なんですが……!!」

「あ~、はいはい分かってるわよ。今のままの理論じゃダメだってんでしょ?」

 意を決して武は00ユニットの事を話そうとしたが、夕呼は片手を前に出してその言葉を遮った。

 霞のリーディングでその事についても知っているのである。

「はい、正しい理論を完成させるには……」

「だから分かってるって言ってんでしょ!」

 わずかにではあるが夕呼は声を荒げる。

 その態度に武は一瞬あっけに取られる。

「あのねぇ白銀…… あんた今話してた事もう忘れちゃったの? あんたはもう『因果導体じゃない』のよ?」

「あ……、そうか」

 言われて武はさっき気付いた事を思い出す。

 自分はもう因果導体じゃなくなったらこの世界から消えることはないと、つまり次元転送装置による並行世界への転移ができないと言う事である。

 夕呼が怒るのも無理ない事だと武は唇を噛み締める。

 宣言してしまったようなものなのだ。

 この世界でオルタネイティヴ4は完成しないと……。

「……ちょっといいか?」

 部屋に漂う気まずい空気の中白面が声をかける。

「何ですか?」

「その理論と言うのはどうやって完成させたのだ?」

「あ、はい。元の世界……、いやBETAのいない世界での夕呼先生が授業中に閃くんですよ。で、その公式を突然黒板に書いていくって言う光景を見ていて……」

「……でどうやら前の世界の私が白銀を並行世界に飛ばす装置を使って理論を回収させたみたいなのよ」

 武の後半の言葉を夕呼が続ける。

 顔はそっぽを向きやはり不機嫌なままのようだ。

「なるほどな……。それなら何とかできるかもしれん」

「「本当(ですか)!?」」

 2人の声が同時にはもる。

「あぁ、我がESP能力みたいなものを持ってる事は知ってるな?」

「知りません」

「私も初耳よ」

「…………………」

 いきなり出鼻を挫かれて気まずくなった白面はそっぽを向く。

 そういえば言ってなかったかなぁと人指し指で頬を掻く。

「……まぁその様なものを我も持っているのだ。『ヒヨウ』と名づけているが、それを使えば武の記憶を覗き、その授業の光景を夕呼に見せてやる事もできる。武がその公式を理解してなくても、夕呼ならそれをきっかけに自分で公式を完成させられるだろう」

 白面の言葉に武と夕呼は目を丸くする。

「ただし少々問題があってな……」

「な、何です?」

「『見ただけ程度』の記憶を読み取るワケだから、深層心理まで潜り込む必要があってな。あまり武の精神の負担にならぬようやるが、それでも武はすごく不快な気分を味わう事になる」

「問題ないわ」

「何で夕呼先生が答えるんですか!」

 武の代わりに返事をする夕呼に突っ込みをいれる。

「……問題ないわよね?」

「ハッ! 白銀武。全身全霊をもってこの任務に当たらせていただく所存であります!」

 夕呼の目を見て素早く敬礼を取る武。見事な危機管理能力である。




「……フフフ」

 座ったままの夕呼が突然肩を震わせ不気味な笑い声を上げる。

「あ、陽狐さん逃げた方がいいですよ」

 武が何かを察したのか白面に声をかける。

「ん? 何故だ?」

「あ~~~はははっ!! ――最高よ、陽狐!」

 いきなり白面にガバッと夕呼が抱きついてくる。

「ご褒美にキスしてあげるっ! ん~~~~~~!」

「そ、その様なものはいらぬ! 離せっ!!」

 2人のやり取りを見てなんか新鮮だなぁと思いながらしみじみする武であった。

 BETAをも楽々振りほどける白面でも何故かこの時の夕呼を振りほどくことができなかったと言う……。














「……やれやれ、酷い目にあったな」

 ベタベタになった顔を拭きながら白面は疲れた声でぼやく。

「フフッ。ごめんなさいね。あんまり嬉しくってつい」

 そういって夕呼は上機嫌に椅子に腰掛け、白面をジッと見つめる。

「……ん? 何だ?」

「このチート」

「?」

白面は夕呼の言葉の意味が分からなかったが武も思った「チートだよなぁこの人」と。

 そんな事を思っていたら夕呼が武の方を見て話しかけてきた。

「白銀ちょっと良い? あんたの記憶にたしかXM3ってあったわよね?」

「あ、はい」

「それって使えるの?」

「自分で言うのもなんですけど相当使えると思いますよ」

 そこまで調べられていたのかと武は感心する。

 まぁ半年の時間があったわけだから夕呼ならそれぐらいしていてもおかしくはなかった。

 XM3……コンボ、キャンセル、など武の戦術機操縦概念を誰にでも実施できないかと言う発想から生まれた新型OS。

 武はもちろん知らないが、彼が消えた前の世界では後に全人類に標準装備され戦死者を半数に減じたと評される奇跡のOSである。

「良かったらそれ作ってあげようか?」

「本当ですか!!」

「えぇ。構わないわよ」

 突然の夕呼の申し出に思わず武は身を乗り出す。

「「……………………」」

 笑顔の夕呼、身を乗り出す武、時間が停止したように流れる静寂が部屋を包む。

「夕呼先生……」

「何?」

「何企んでるんですか?」

「あら失礼ねぇ。私が無償で手を貸すのがそんなにおかしいって言うの?」

「はいおかしいです」

 キッパリとにべも無く言う武に夕呼が「ぐっ!」と言葉を詰まらせる。

「ははは。ハッキリ言われたな夕呼。まぁ普段の行いが悪いって事で諦めろ」

「うるさいわねっ! というより陽狐だけには行いがどうとか絶対言われたくない気がするわ」

 ジト目で夕呼が睨み付けると白面は詫びいれた様子も無くそっぽを向く。

 その横顔には笑みを浮かべている。

「……まぁ確かに私の利益にも繋がるけど、あんまり借りを作りっぱなしっていうのは好きじゃないのよ。本当は陽狐に返したい所だけど白銀にも協力してもらうわけだしね。それにちょうど今ならそれを作る暇もあるのよ」

「え? 横浜ハイヴでの研究に忙しくなるんじゃないんですか?」

「あのねぇ……。いくら私が天才でも横浜基地を1日で作る事なんてできないわよ?」

「あ……、そうか」

 言われてみて武はそうだと気付く。

 あれだけの設備のある研究施設なんてそう簡単にできる物ではない。

 少なくとも1年以上まず横浜基地を建設するのに時間がかかり、そこで設備を取り付けてようやく研究施設が稼動するのである。

 もちろん設備も何もない状態でも出来る研究はあるが、本格的な研究を開始できるのはまだ先の事なのである。

 夕呼も多忙な身ではあるが今ならXM3を作る時間があるのである。

 逆の事をいうと横浜基地が出来たらそちらの研究に忙しくなり、XM3を作る時間がなくなるという事だ。

「ではXM3の件よろしくお願いします」

 そういって武は夕呼に頭を下げる。

「わかったわ。まぁ理論が未完成な分少し時間がかかると思うけど。それと白銀、明日からあんたには正規の訓練兵として士官してもらうわ」

「は、はい! わかりました」

「あんたも肉体的な強さを取り戻すのに自主錬だけじゃ足りないでしょうしね。優秀な人材を眠らせておく余裕は人類にはないわ。悪いけど早い所戦場に出てもらうわよ?」

「はッ! 了解しました!」

 それに関しては望む所だと武は敬礼をとる



「まぁ戦場で死ぬようじゃ……00ユニットの素体第一候補として相応しくないわ」

 そう言って夕呼はニヤリと武に笑いかける。

「だからマジで勘弁してくださいって!!」

 恐ろしい事をサラリという夕呼に武は大声を上げる。

「……まぁ何だ夕呼。武と純夏を00ユニットとやらにするのは勘弁してやれぬか?」

 一応武に恩のある白面は夕呼に進言する。

「う、う~~~ん。陽狐がそう言うなら……。まぁどちらにしろ00ユニットの完成はまだ1年以上先の事だし……」

 白面の言葉にとりあえず了承するものの、まだ半分ほど諦めてはいないようだ。

 武としてはとりあえずの身の危険が回避されたことにホッと胸をなでおろす。

「あーそうそう陽狐、これあなたのIDカードね」

 そういって夕呼は引き出しから1枚のIDカードを白面に手渡した。

「すまぬな」

「良いのよ。それを使えばかなりのセキュリティーの高い所にも行けるわ。……もっとも全ての所には行けないけど」

「何、それは当然だろう。かまわぬ」

「そう言ってもらえると助かるわ」

 何やらトントン拍子に話を進める2人を見て武は何とも言えない可笑しな気持ちになってくる。

「では先生、陽狐さんオレはこれで失礼します!」

「そ、訓練の方がんばりなさい」

「はい!」

 そういって武は夕呼と白面を部屋に残して部屋を出る。

 両頬を自分の両手でパンパンと叩いて気合を入れる。

 どことなく自分の顔がニヤついているのがわかる。

「よっしゃーー!! やってやるぜぇーーー!!」

 直ぐにでも体を動かしたい衝動に駆られた武はそのまま廊下を駆けて訓練場に向かうのであった――。



[7407] 第七話 207部隊(仮)
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/03/31 20:05
第七話 207部隊(仮)




 武が大声を上げて訓練場へ走って行った後、夕呼と一時談笑を済ませた白面は元来た道を戻っていた。

 飾り気も何もないコンクリートの通路がひたすら続いている。

 この後どうしようかと、やる事のなくなった白面はPXでもらった紙パック入りの合成玉露を飲み歩きながら考える。

「……あまり美味くないな」

 そう言って合成玉露を飲み終えた白面は、パックを握り潰しそこら辺のゴミ箱に投げ入れる。

 衛士の個人部屋のある通路を通ると6人組みの女性陣が集っていた。

 見るとその中には赤い髪に黄色いリボンが特徴の鑑純夏もいた。

 いや良く見ると他の女性も全員見覚えがある。

 『御剣冥夜』『榊千鶴』『珠瀬壬姫』『彩峰慧』『鎧衣美琴』の5人である。

 武の前の世界での同期で記憶に残っていた女性達だ。

「ちょうど良い」

 白面も彼女達と一度話しておきたかったのでそのまま近づいていった。




「あっ! 陽狐さん!」

 白面に気付いた純夏が手を振って声をかける。

「あぁ、純夏か。それと……」

 白面は目線を残りの5人に移す。

「あ、この人達はね……」

 純夏はそう言って5人を紹介する。

 この5人は今日、ここ仙台基地に来たらしいとの事。

 同年代の女子のいなかった純夏は思い切って声をかけ、仙台基地を案内している内に仲良くなったらしい。

 新しい友達ができた事に純夏は素直に喜んでいるが、他の5人達は少し複雑な表情を浮かべて笑っている。

 まぁそれぞれ帝国と国連の間での人質やら何やらそう言った事情があって、ここ仙台基地に来た事を理解しているのだろう。

 特に冥夜はこの国の征夷大将軍、煌武院悠陽と同じ顔をしている。

 否が応でも察しがつくと言う物だ。

 ……まぁ察しの付いていない純夏がここにいるのは置いておく。

 しかしこうして全員を一辺に見てみると武の記憶にあるより皆、幼い顔をしている。

 もっとも年齢的に彼女らは15,6歳なのだから当然と言えるのだが。

「すまぬ鑑、この方は?」

 そう言ってどこか侍を思わせる髪型が特徴の冥夜が純夏に白面の紹介を求める。

「うん! 紹介するね! この人は九尾の狐の金白陽狐さん」

「へぇ、そうなんだ……」

 眼鏡をかけた委員長こと千鶴が何となしに相槌を打つ。

「「「「って、えぇぇえぇーーーー!!!」」」

 ややあって純夏を除いた全員が叫ぶ。

「き、九尾の狐って横浜ハイヴのニュースでやってた……あの?」

「うん! そうだよ!」

 ニッコリと笑う純夏。

 ここに武が居たら「お前はバカか!」と突っ込みを入れるであろう簡潔で明瞭な紹介である。

「でも何で鑑さんが知っているんですか?」

 壬姫が純夏に聞く。

「あ…… 私、横浜でBETAに捕まっちゃってそこを陽狐さんに助けてもらったから……」

「ご、ごめんなさい!!」

「ううん。いいの」

 純夏の心の傷を抉ってしまったと思った珠瀬があやまる。

 その様子を白面はただジッと見て笑っている。

 彼女らもいきなり現れた九尾の狐であるという女性に、どうしたらいいのか分からずアタフタしている。

「……まぁそんなに硬くなる必要はない。普通に接してくれれば良い。呼び名も陽狐で構わんぞ」

「…………わかった」

 そう言っていち早く復活したのは彩峰慧だった。

 飄々とした彼女らしい素早い適応である。

「ちょ、ちょっと彩峰!」

 彩峰の態度に千鶴は顔を赤くして注意する。

「本人が良いと言っている」

「で、でも!」

 お堅い千鶴は納得できないようで彩峰に食って掛かる。




「あ、そうだ陽狐さん。タケルちゃん知りません?」

 純夏が白面に話かけ話題を変える。

「おぉ、そうだそれを伝えに来たのであった。武は先ほど夕……香月副指令に呼び出されてな。この基地で正式に訓練兵として配属される事になった」

「え……えぇええーーーーーー!!!」

 いきなりの武の配属に純夏は驚きの声を上げる。

「ちなみに純夏。お前も訓練兵として所属してもらう事になったぞ」

「え! そうなんですか?」

 純夏のアホ毛がピンと上を向く。

 やはり武と別れたくなかったのであろう。

「ちなみに武とは違う部隊だ」

「ギョバッ!!」

 意味不明の叫び声を上げて純夏が石のように固まる。

「まぁこればっかりは仕方あるまい。実力、体力面的にも男のタケルは直ぐにでも正規の衛士として雇いたい所らしくてな。そなたの1期上の部隊に配属される事になった」

「あ~~、う~~~~!!」

 何やら呻き声を上げて純夏はフラフラしている。

「あ、あの白面の御方様?」

 そう言って恐る恐る白面に声を掛けたのは珠瀬壬姫である。

 まだいきなり陽狐と呼ぶには抵抗があるようだ。

 しかしすごい髪型だと白面は思う。

 実は猫又か何か妖怪の類なのではと疑ったが妖気の類は感じられない。当たり前だが。

「何だ?」

「その……鑑さんの言っているタケルって誰なんです?」

「あぁ、純夏の幼馴染でな。まぁ見ての通り…………」

 そういって白面は純夏に視線を移す。

 皆、白面の言いたい事を察したのか「あーなるほど……」と頷く純夏の武への気持ちが分かったようだ。

 まぁ幼馴染、恋人が全く別の部隊に行く事などこの世界では当たり前のことなので「絶対嫌だ!」とかわがままを言う事はできない。

 軍とはそういう所なのである。

「それでだな。純夏の所属する部隊のメンバーだが、実はここにいるそなた達6人が同じ部隊に入ってもらう事になった」

「「「「「えっ!」」」」」

「その部隊名だが『207部隊(仮)』という」

「…………失礼、白面の御方殿その『(仮)』と言うのは?」

 冥夜が疑問に思った所を白面に聞く。

「ウム、実はさっき香月副指令と話してた時にそなた達の事が話題に上がってな。15,6歳の女性達を仙台基地で急に預かる事になったがどうしたものかと」

 コクリと全員うなずく、実は彼女らがここに来たのは急な事なのである。

 『金毛白面九尾の妖狐』の登場により前の世界と違ったやり取りが帝国と国連の間であったのかもしれない。

「まぁそこで我が提案したのだ、なら部隊名に『(仮)』をつけて訓練兵として配属すれば良いのではとな。そしたら香月副指令も良いアイディアねと言って承認されたと言うわけだ」

「え? え? 結局どういう事です?」

 青い髪の鎧衣美琴が白面の言った事が良く理解できなかったようで聞き返す。

「……なるほどそういう事か」

「……結構えげつないですね」

 頭のキレが良い冥夜と千鶴は察したようだ。

「まぁそう言うてくれるな」

 白面は2人の言葉をかわす。

 つまりこういう事である。

 先の話のようにこの5人は特殊な事情があってこの仙台基地に預けられる事になった。

 とは言えこのまま何もしないで客人のような扱いも出来ない。

 民間人として置くにも純夏や武のように横浜ハイヴの情報を聞くといった理由もなく置く事はできない。

 訓練兵として配属したくても帝国の定めた『女性の徴兵対象年齢の最低年齢16歳』を満たしていない者が半分以上いる。

 そこで部隊名に『(仮)』をつけて体験入隊という形で訓練兵として配属してしまおうというわけだ。

 もちろん体験入隊なんて制度はこの仙台基地には存在しないので、扱いは正規の訓練兵と全く変わらない。

 もし帝国側から年齢制限の事を突っ込まれても部隊名に『(仮)』が付いてる事を理由にごまかす事ができる。

 名前の一部を変更して責任追及された時の逃げ道を作る…… 汚い大人の常套手段ど言うやつである。

 もっとも帝国側としても彼女らは出来れば卒業させたくないので、『(仮)』を外さないでこのまま名目上体験入隊しててもらった方が都合が良く、突っ込む事はないだろうが……。

 ハァなるほどと納得する彼女らをよそに、白面は未だ立ち直れていない純夏に近づく。

「まぁ純夏。そう気を落とすでない。そなたの部隊と武の部隊を教える教官は実は同じ人物でな。訓練中も一緒にいられるぞ」

「本当ですか!!」

 白面の言葉を聞き素早く立ち直る純夏。

 加えて言うなら武の卒業後の配属先はA-01部隊に決まってるわけで、仙台基地を出て行くわけでもないし、純夏達の卒業後も同じA-01部隊なので武と純夏が別れる事はないのだが、まぁそこまでは今は言う必要はない。

「って! ちょっと待ってください!?」

 白面の言葉に千鶴が突っ込みを入れる。

「1人で同期じゃない部隊を2つ同時に教えるってすごく大変なんじゃないですか?」

「あぁ、それは我も思ってな香月副指令に聞いたら『まりもは優秀だから大丈夫よ』と言われたので我もそれで納得した」

「「「…………お気の毒に」」」

 207部隊(仮)のメンバーはまだ顔も知らない『まりも』という教官に同情するのであった…………。

 ちなみに白面が207部隊(仮)のアイディアを発議してから担当教官が決定するまで10秒もかかっていない。

 ねじれ国会も何もない実にスムーズな審議だったという。















「あ、あの! ところで!」

 流れをぶった切って白面に話しかけたのは鎧衣美琴である。

「ん? なんだ?」

「白面さんが九尾の狐って事はやっぱり尾が9本あるんですか?」

「何を当たり前の事を言っている?」

「その…… 良ければ尻尾を見せてもらっても良いですか?」

 美琴のその言葉に純夏を含む全員が白面の方を見る。

 やはり何だかんだで彼女らも興味あるのだ。

 白面自身すでに人間に獣の状態を晒しているので、別に彼女らになら見せても構わぬかと思い変化を解き、スカートから9本の尾が出して見せる。

「「「オ、オォォオオオォーーーーー!!!」」」

 白面の尾を見て全員声を上げる。

「すいません! よろしければ毛を1本もらっても良いですか!?」

 いきなり突飛もない事を言い出す。

 だが周りも何となく物干しそうにこちらを見ている。

「……何故だ?」

「いやぁいつも父さんから変なお土産もらってるんで、僕もそういった物が欲しくって」

 中々失礼な事を言ってくれる。悪気はなさそうだが……。

 いやむしろその分たちが悪い。

「……変な土産と同列扱いならやらんぞ」

「この間もですね、魚だか猿だか良くわからない木彫りの置物をもらって……」

 会話が噛みあってない……。そう言えば彼女はこういう人間だったという事を思い出す。

 というより魚と猿じゃ全然違う生き物だが、一体どんな置物なのか……?

マイペースに勝手に話を進める美琴に白面もどうすれば良いか悩んでいると、

「ち、違うでしょ美琴ちゃん! その……できればお守りにと思って」

 美琴の言葉に慌てて壬姫が訂正をいれる。

「あぁ、そう言う事か……。だがはっきり言って御利益も何もないぞ?」

「…………心の持ち用」

 そういって普段あまり物事に関心を示さない彩峰も興味の目線を送る。

「フーム、そうは言ってもやはりお勧めは出来ぬな」

 そう言って白面は尻尾から1本毛を手で取って彼女らに見せる。

「我の生命力は他の妖怪などにも比べても郡を抜いて高くてな……」

 右手に持った毛に軽く妖気を通す。

 すると白面の毛が一気に硬質、巨大化し、岩のような剣の形に変わる。

 その光景をみて全員目を丸くする。

 ついでに言っておくとこの光景に流石に美琴も意識が白面の方に戻った。

「このように我の体は例え毛の1本だけでも死ぬ事がなくてな。何かの拍子で一気に増殖してしまうのだ。寝てたらいつの間にやら串刺しになってる……と言う可能性もあるがそれでも構わぬのなら……いるか?」

「「「「「「いえ、結構です!!」」」」」」

 全員の声がきれいにハモった。














 夜、人影が訓練場のトラックを走る姿があった。

 8月の夜の空気は程よい風が吹きジョギングをするにもいい気温だ。

  真面目なその人物は仙台基地に滞在したその日から自主鍛錬を始め、今後それをずっと続けていく事になる。

 ジョギングを終え、息を切らし顔に付いた汗をタオルで拭いながら歩く。

 翌日に筋肉痛を残さないように息を整えクールダウンを行う。

 その人影の正体は御剣冥夜――。

 日本という国の五摂家が一つ、煌武院家にその生を受けつつも古のしきたりにより忌み子として、生まれて数日で姉の悠陽と引き離された存在。

 闇を意味するその名を付けられても、彼女にとってはその様な事は些細な事に過ぎない。

 誇り高い彼女はただ己に課せられた天命を受け入れ、それを全うするのみである。




 訓練場で呼吸を整えながら歩く彼女を白面は見つけ、近づいていく。

「もし、白面の御方様。冥夜様に何の御用でしょうか」

 冥夜に近づく白面に夜の闇から現すその姿は、武の記憶にもあった赤い軍服の色が目立つ月詠真那。

月詠の後ろからも習うように現れた3人の女性はたしか三バカ…… 武の記憶が曖昧で分からない。

やつめこの3人の名前はいい加減に覚えておったななどと白面が眺めていると、

「これは白面の御方様、この様な時間にいかがなされましたか?」

 白面の姿を見つけた冥夜の方から近づいてきた。

「あぁ、少しそなたと話したい事があってな」

「私に……ですか?」

「その前に……」

 ちらりと月詠達に目線を送る。

「これは失礼いたしました。私は帝国斯衛軍、第19独立警護小隊に所属する月詠真那であります」

 同じように後ろの三人も自己紹介を続ける。

 彼女らの名前はどうやら『神代巽』『巴雪乃』『戎美凪』と言うらしい。

 4人は視線を冥夜に戻し頭を下げる。

「冥夜様。就任の件おめでとうございます」

「「「おめでとうございます」」」

「……ウム。月詠、そなたには肩苦しい思いをさせるな……。苦労をかける」

「もったいなきお言葉」

 彼女らは冥夜の言葉に深々と頭を下げる。

「それで、私に話しと言うのは?」

「あぁ、そなたにはこの国の征夷大将軍である煌武院悠陽という姉がいるな?」

「っ!! ……知っておられたのですか」

「まぁな。そこら辺は神通力見たいな物で調べたと思ってもらえれば良い」

 婢妖を使って調べさせた事に関しては適当に言ってごまかしておく。

「ではそなたに尋ねたい。人の身でありながら『陰』という存在として生きる宿命もったそなたは何を望み、何を目的に生きる?」

「「「「「なっ!!」」」」」

 白面の質問に5人は驚きの声を上げる。

 一瞬後ろの斯衛の4人が怒気を表す。

 自分の主が侮辱されたと思ったのだ。

「まぁそういきり立つな」

 白面は斯衛の4人を手で制し話を続ける。

「……そうだな少し我の話をしてやろう。そなた達が『九尾の狐』の伝説についてどれだけ知っているかはわからんが、基本的に『九尾の狐』には人間にはろくな伝承は残っていない」

 白面の言葉に月詠は相槌を打つ。

 どうやら彼女は九尾の狐の伝承を調べたようだ。

「そして我はそれが具現化した存在。今は違うが……。そうだなそういった御伽の世界の話では我は『陰』の存在として扱われていた。そなたにとってわかりやすく言うと自分以外の全ての存在が『陽』の存在だったと思ってくれれば良い」

 そう、実は白面は武の記憶の中で1人だけ気になった者がいた。

 それがこの御剣冥夜であった。

 自身と同じ『陰』として生まれたにも係わらず、気高く生き抜いた彼女の生き様は武の記憶に強く残っていた。

「それ故にかつての我と同じ様な境遇のそなたから、何を持って生きるかを直接聞きたいと思っていたのだ」

 白面の言葉に冥夜だけでなく後ろの月詠を初めとする斯衛の4人も息を呑む。

 少しの間を空け、冥夜は話し出す。

「……人という貴女様から見れば矮小な存在である私が、かつての貴女様の苦しみを解く事ができるとは思いませぬが」

 同じ『陰』として生まれた冥夜だが彼女には白面の気持ちは理解できない。

 自分以外全ての存在が『陽』である世界など人間には想像できないことなのだ。

「人には生まれながらにして天命を背負う者がいます……。」

 だがそれでもと冥夜は白面の問いに答えることにした。 

「そしてその中には、己が天命に殉じる事を厭わない者がいるのです。私も己が天命に殉じる事を自身の刀に誓いました」

 冥夜は一呼吸をいれ、夜空の星を見上げる。

「……そして殿下は ……あの方も『陽』の存在としての天命を背負いそれに殉じている」

 いや、とここで冥夜は首を振る。

 事実その通りではあるが白面の求める答えはそのような物でないと思ったのだ。

 何故なら今のは全部『御剣家』に生きる冥夜としての模範的な回答だ。

 自分が言うべきことはそんな答えでなく御剣冥夜、個人の答えを聞いているのだと思い自身の言葉を続ける事にした。

「……そうですね。もし殿下が己が天命に殉じている時、苦しい立場にあらされる場合、その苦しみを肩代わりできるのが、私にしか出来ぬのであれば……、1人の妹として殿下の苦しみを和らげる事でせめて姉妹として心は共にありたい……。殿下の『陰』として生まれた私ですが、それが私の望みであり生きる証であります」

 白面は目を瞑り冥夜の言葉を自身の中で繰り返す。

「『陽』であろうと『陰』であろうと天命を殉じる事により、生きる証を見出し、姉妹として心を共にしたい……か。なるほど……。 よく分かった」

 白面と冥夜とでは事情が違うので、冥夜の答えがかつての白面にとって何がどう変わると言う事はない。

だが白面は言葉を続ける。

「我はそなたの志を『崇高』とするか『頑愚』と評することはせぬ……。だが、己の天命を貫く事で『陰』の存在でも輝きを見出す事ができるなら、それは意味のある事なのであろうな」

 白面の言葉を聞いた冥夜は頭を下げる。

 心なしか肩が震えている。

「最後に覚えて置くといい。そなたは間違いなく『陽』の存在だという事を」

「…………ありがとう……ございます。白面の御方様……貴女様に感謝を」

「いや、礼を言うのは我の方だ。それと今は陽狐と名乗っている」

「……はっ! 陽狐様」

 敬礼して見せる冥夜の頬が涙で濡れている。

「……何だ? どうした?」

「申し訳ありませぬ。嬉しくて……つい」

 冥夜の言葉を聞いて一瞬意味がわからなったが自分の言葉を振り返り、あぁなるほどと納得する。

 長く生きた白面だが、今まで誰かにここまで感謝される言葉をかけた事はない。

 いや、あるにしてもそれは基本的に自分の利益になるなどの打算的な思いがあってこそだ。

 まぁ今回も別に冥夜に感謝されたり、慰めたりするつもりで声をかけた訳ではない。

 ただ何となく思った事を口にしただけだ。

 見ると後ろの月詠を初めとする神代、巴、戎も敬礼をしている。

 白面は自分の頬を指で触り夜空を見上げる。

 訓練場に心地よい夜風が吹く。

 『陰』と『陰』、白面と冥夜との出会いが、今後の白面にどのような影響を与えるのかは……

 まだ誰にもわからない――――。



[7407] 第八話 日常の始まり
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/07/18 22:34
第八話 日常の始まり



 うだるような暑さがまだまだ残る8月の訓練場。

 武は腰を落とし模擬刀を構える。目の前の相手も同じ構えだ。

 一呼吸おいて地を蹴り一気に武との間合いを詰める――!

「ハァ!!」

 相手の攻撃を武は模擬刀で弾きながら横に回りこみ、一撃を加える。

「ちっ!」

 その攻撃を難なくかわし、武がいるであろう場所に、攻撃を加えながら横に飛び距離をとる。

 しかし武も後ろに下がって距離をとったためその攻撃は虚しく空を切った。

「――やるわね! 白銀!」

 乱れた青い髪を払い、口元に笑みを浮かる。

「速瀬先輩こそッ……! さすがです!」

 武も相手の女性、『速瀬水月』と同じ様に笑みを浮かべる。

 武が就任して2週間が経った。

 武の配属された部隊は207A分隊だった。
 
 そこには武の記憶では頼りがいのある先輩達……、しかし今は同期の『速瀬水月』『涼宮遙』『宗像美冴』『風間祷子』の4人がいたのだ。

 武の記憶にある彼女達は、自分とは比べ物にならない強靭な精神を持った一流の衛士である。

 今後彼女らは実戦を潜り抜けながら、その精神力を叩き上げていくのであろう。




「コラー! 鑑! 遅れてるぞ!」

「は、はいーーー!!」

 トラックの方ではまりもの激が飛ぶ。

 チラリと武は純夏の方に目をやる。

 純夏の部隊…… 正式には207部隊(仮)というが、ここでは207B分隊と呼んでいる。

 訓練中では呼ぶとき何かと不便だからだ。

 武と別々の部隊になった純夏は最初の内はかなり落ち込んでいたが、今はその様な事はない。

 と言うよりそんな事を考える余裕がないといった方が正しい。

 軍隊の訓練は『誰々と一緒にいられる』とかそんな甘っちょろい事を言っていられるほど生易しいものではないのである。

 ましてや今ここで指導しているのは『狂犬状態』の神宮寺まりも軍曹だ。

 毎日みっちりしごかれて夜はシャワーを浴びてそのまま倒れて眠る。

 純夏はここの所そんな生活を送っている。

 それでも毎朝武を起こしに来るのは、彼女の意地と言うべきなのだろうか?



 それにしてもと武は思う。

 207B分隊のメンバーを見た時武は驚いた。

 まさか『御剣冥夜』『榊千鶴』『珠瀬壬姫』『彩峰慧』『鎧衣美琴』この5人がもうこの基地にいるとは……。

 彼女らはまだ入隊したばかりのヒヨッコもいい所、冥夜や彩峰はまだ基礎体力がある方だが、それでも正規の衛士になるには実力不足だ。

 207A、B分隊の面倒を両方見るまりもの手腕に感心しながらも、武は彼女らが何故こんなにも早くこの基地にいるのかを考えた所、B分隊のメンバーはどちらかと言うと人質やら何やらワケありでここに居た事を思い出す。

 それを思えば可能性はなくはないのか? と武は自分を納得させた。

 事実現在において『涼宮茜』を始めとする、前の世界の207A分隊の面々は見られない。

 その代わりもっと強い疑問が武にはあった。

 それは自分の部隊のメンバー、『速瀬水月』『涼宮遙』はともかく『宗像美冴』『風間祷子』、この4人はそれぞれ同期じゃなかったと言う事だ。

 武は知らないが実はこれにはちゃんとした理由があった。

 その原因はもちろん白面の者こと金白陽狐である。

 彼女がこの世界に具現化したことにより、そのあまりに強大な妖気が時空間をも捻じ曲げて時空の嵐の奔流となり、因果量子論的に言う良く似た並行世界に影響を与え時系列にずれを生じたとか何とかまぁ分かり易くいうと『ご都合主義』を発生させていたのだ――!




「うわッ!!」

 武は突然声を上げ後ろに仰け反る。

 考え事をしている時にいきなり水月が攻撃を仕掛けてきたのだ!!

「こ、こういう場合は武士の情けとか言って相手のスキを見逃すのが礼儀ってもんでは!?」

 少なくとも冥夜との模擬戦ではそうだった。

 体制を崩され不利な姿勢で水月の追い討ちを捌きながら武は叫ぶ。

「るっさいッ! 訓練中…… 特に私相手に気を抜く方が悪いのよ!!」

「せめてスキあり! とか叫ぶとか……!」

「そんなんじゃスキは突けないでしょ!!」

 冥夜と同じように近接戦闘の得意な水月だがそのスタイルはまた別のものだった。

 今回のようにスキを見せると、容赦なくそこをガンガン攻めてくるし、戦いでのセンスも野生の勘というかある種の天性の物を思わせる。

「……まさに野獣だな」

「し~ろ~が~ね~~ッ!!あんた良い度胸ね…… わざわざ声に出すとは」

「げぇッ!!!」

 水月の纏う空気が、訓練の物から実戦の物へと変わった―――!













「うぅ……容赦ないですよ速瀬先輩」

 あれから水月の気迫に呑まれボコボコにされた武はぼやく。

「フン、気迫なんかに呑まれるアンタが悪いのよ。と言うより白銀ぇ、アンタその勝負中に物事を考えるクセやめた方が良いわよ?」

「そうねぇ……。単純な実力なら水月よりあるのにねぇ」

 水月の親友である涼宮遙が同意を示す。

 控えめな遥の言い方だからこそ、より真実味が増す。

 武は面目ないとばかりにうなだれる。

 そう、実は天才衛士と言われた白銀武にも弱点がある。

 それが今言われた平常時での集中力というやつである。

 BETAと戦っている最中やハイヴ内での戦闘、またある程度スイッチが入った状態では水月をも上回る集中力を持つ武だが、待機中などの時には他の者より意識がそこから外れる事が多いのだ。

 実際前の世界でも突然のコールに、周りより一呼吸遅れて反応する事が多々あったりする。

 これがコールでなく敵の攻撃だとしたら?

 一瞬が明暗を分ける実践ではその一瞬は命取りである。

 肉体的強さも前の世界程ではないが、技術力、知識を継承している武が、水月に命のやり取りのない訓練中に遅れを取る時は決まってこういう場合だった。

「――ようするにアンタは不意打ちに弱いのよ。さっきの模擬戦みたいにね」

「……気をつけます」

 流石に良く見ているなと武は感心する。

「もうちょっとアンタはピリッとした空気を纏った方が良いわよ?」

「そんな空気は人間がサルから進化した過程で捨てています。野生児である速瀬先輩以外ムリです」

「む~な~か~た~~ッ!!」

「――って白銀が言ってます」

「――言ってませんッ!!」

「ごまかすな!!」

「…………ふぅ…… 信じてもらえないとは」

 相変わらず突拍子もない事をいって水月をからかうのは宗像美冴である。

 掴みどころのない性格だが、実は結構ロマンチストらしいとの事だがやっぱりこうして見ると信じられない。

 ちなみに同期である水月や遥に敬語を使っているのは強制されたからではない。

 ただ何となくこういった雰囲気ができていつの間にやらと言った感じである。

「と、ところで委員長。そっちは大丈夫か?」

 何かこのまま話していると旗色が悪くなると感じた武は、後ろを歩く207B分隊に声をかける。

「えぇ……。大丈夫よ。でも悪いけどちょっと先にPX行って席取っといてくれるかしら?」

 そういって千鶴は武達を先に行かせる。

 大丈夫とはいったもののやはり疲れてるためか207B分隊の歩く速度は遅い。

 まぁゆっくり来いよと武は手を振り、先にPXに向かう事にした。
 












 午前の訓練が終わったばかりの昼時のPXは兵士達で込み合っていて活気がある。

 むしろ込みすぎてまともに席を取ることも難しいくらいだ。

 しかしある一帯だけポッカリ空いたスペースが存在していた。

 それは207B分隊の席……。

 どことなく特別扱いされている彼女らはこう言った所でも別の意味での特別扱いを受けていた。

 もっとも207A分隊はそんな事は気にしないで、その空いたスペースを利用して一緒に昼をとる事が多い。

 しかし今日はそのスペースのど真ん中に堂々と腰をかけ、さらにスペースを拡張させている存在が居た。

「ここの指をこうして紐を通して……」

「……こうですか?」

 白面と社霞である。

 今二人は何をしているのかと言うとまぁ『あやとり』である。

 大昔から人間社会に溶け込む事をしていた白面はこういった遊びもすることが出来るのだ。

「……あとは小指のひもを両手ともはずして、手のひらを向こう側に向けて」

 白面のやり方を霞も真似る。

 綺麗な4段はしごを作って見せた白面だったが霞の作ったそれはへにょっと崩れてしまう。

「すいません……」

「何、気にするな」

「……何やってるんですか陽狐さん?」

 白面と社霞……。

 同じ髪の色、瞳の色を持つ彼女らが並んで遊んでいると、一見すると親子か姉妹に見え微笑ましいが武は冷静に突っ込みを入れる。

 後ろの207A分隊も何やら呆れた表情である。

「何、ヒマなのでな……」

 この2週間、白面は色んな所にちょこちょこと現れる。

 ある時は今回のように霞と遊んでいたり、またある時は訓練見学をし、またある時は夕呼と何やら黒い会話をしている所を目撃されている。

 PXの料理作りを手伝ったりしていた時にはさすがに一騒動になったが、何かもはや諦められた状態である。

 どうしてそんなことを? と聞いても決まってヒマだからと答えるのだ。

 一応人間との交友という意味もあるのだが、まぁ実際ヒマなのであろう。

 別に訓練もする必要もなく、オルタネイティヴ4の研究に加わるわけでもない……。

 ちなみに余談だがオルタネイティヴ4の理論回収は婢妖を使った方法で無事回収できた。1時間ほどで……。

 武にその時の事を聞くと「お願いだから聞かないでください」と答える。

 よっぽど気持ち悪い思いをしたらしい。

 武にとって思い出したくない思い出が1つ追加されたようだ。

「……そんなにヒマならあの時帝国軍に付いて行けばよかったんじゃないですか?」

 呆れた口調で武は白面に言う。

「まぁあっちはあっちで激務の様だから行きたくはないな」

 ダメ人間の発言をする。

 いやこれが白面の正直な気持ちと言った所なのであろうが……。

 そう、横浜ハイヴが奪還(?)された後、首都を東京から京都に戻すことになり、やはりしつこく一緒に来てほしいと帝国側から誘われていたのである。

 だが白面は断った。当たり前である。

首都の移動なんて大きな計画に今自分が行ったらどれだけ大変な思いをするかわからない。

 激務の中に自ら飛び込んで行くようなものである。

 だがそれでもしつこいので仕方なく、代替案として自分の分身『斗和子』を文字通り自らの身代わりとして立てる事にしたのである。

 人間の体から別の人間が出てきた時には周りはビックリしたが、白面自身もビックリした。

 この世界で『斗和子』出すのは初めてだったのだが、ドラ○モンの「きれいなジャイ○ン」よろしく「きれいな斗和子」が出てきた。

 1週間ほど斗和子に帝国の方で働かせ戻ってきた時、顔つきが原作のそれに近づいていたので二度ビックリした。

 このまま行ったらどうなるのか面白そうだったから、そのまま働かせようとしたら、神宮寺まりもに涙ながらに休ませて上げてくださいと頼まれた。

 どうやらこき使われる斗和子にまりもは自分を重ねたらしい。

 そのせいかまりもと斗和子は仲が良い。

 仕方ないので、まぁ適度に休めよとに言ったら、

「もったいなきお言葉」

 などと言い涙を流す。

 大丈夫だろうかコイツ。

 何かキャラが違う斗和子を見ていると白面は不安になる。

 まぁ斗和子にしてもきっと、向こうでは持てはやされているだろうし、何か美味しい物を食べられたりと役得があるだろう。

 別に白面から妖力を供給して生きてる斗和子は食事はを必要としないのだが、それを進言すると主賓がメシ抜きになり流石に会食とかが重苦しい雰囲気になると思ったので止めておいた。

 白面は空気が読めるのである。













「う~~もうクタクタだよ」

 遅れてやってきた純夏がぼやく。

「とてもすごく大変……」

「……たしかに体力作りの訓練は一番きついって言いますものね」

 どこか上品な口調で彩峰の言葉に同意を示すのは風間祷子だ。

 彼女は遅れてきたB分隊と一緒にPXに来たようである。

「まぁ今は体力底上げの基礎訓練が中心に組まれてるけどさ。もう少ししたら体が慣れてくるからがんばれよ」

 そういって武もB分隊のメンバーを励ます。

 ちなみに前回の世界と同様、武はそれぞれB分隊のメンバーを『委員長』『冥夜』『たま』『彩峰』『美琴』と呼んでいる。

 いきなり『委員長』と呼ばせてくれと言った時、千鶴は面食らった顔をしていたが「昔のクラスの委員長に似てるんだよ」とか言って誤魔化した。

 そしたら「そんな人いたっけ?」と純夏が突っ込んできたので「いたじゃん! ホラ…… 小学校の時に! 覚えてないか?」とか苦しい言い訳をする羽目になった。

 ついでに自分の呼び名も指定したら「強引な幼馴染ですいません」と保護者口調で純夏が謝ったのでスリッパで突っ込みを入れた武であった。

「これ、お飲みなさい。飲んでおけば明日が楽よ?」

 そういって祷子は純夏にどこから取り出したのか茶色のパックに入った栄養ドリンクを渡す。

「え! ……あの……これ……」

「体調管理も大切な事よ? それがこんなに美味しい飲み物で叶ってしまうなんて、ちょっと後ろめたいわね」

 困ってアタフタする純夏だが周りもそれについては触れないようにしている。
この話題の時はあえて無視するのが暗黙の了解となっているのである。

「…………美味いのか? それ?」

 白面が純夏に聞く。

「陽狐さん! あ、あの良ければ飲んでみます?」

「フム、いただこう」

 周りの反応からあまり美味くはない様だが、祷子は美味いと言う。

 何となく興味が出てくると言うものだ。

 恐いもの見たさというやつである。

「あら? いいの?」

 祷子が純夏に聞く。

「は、はい! まだそれを飲むほどには疲れてませんから!」

 純夏は胸を撫で下ろしながら栄養ドリンクを白面に渡す。

「どれ……」

 白面はストローを容器に差し込み1口飲んでみる……。





 ビシッ!!





 …………固まった。

 口に広がるのは黒酢ドリンクと違ったいつまでも口に残り続ける酸味に、合成物がかもし出す不快な風味とえぐみ……。

 はっきり言って不味い。



「「「「………………」」」」

 周りがジッと白面の方を見ている。

 白面の表情は真剣そのもの。一流の将棋の指し手が数手先を読むときに見せる表情のそれに似ている。

「………………」

 白面は無言のままパックを握り潰し、勢いよく良く「ズズッ!」と音を立てドリンクを飲み干す!

 一気飲みというヤツである。

「………馳走になった」

「「「オォ……!」」」

 周りが感嘆の声を上げる。

「はい。また飲みたくなったら言ってくださいね。部屋にまだ沢山ありますので」

「いや、疲れてもいないのに栄養ドリンクを飲むのは逆に体に悪かろう。我は遠慮しておく」

「なるほど。それもそうですね」

「…………すげぇ」

 武は白面の大人な対応に思わず声を漏らした。

 揺るがない絶対的な王者の風格というヤツであった……。











 今日の昼の定食は合成サバミソ定食である。

 仙台基地だけでなくどこの基地に行ってもある比較的ポピュラーで且つ人気の高いメニューだ。

 それぞれが席に座り箸を取る。

 サバミソか……と武は何となく懐かしい感じになる。

 前の世界でも良く食べてたメニューだし、霞との『あ~ん事件』もあったちょっとした思い入れのあるメニューだからだ。

「白銀さん……」

「何だ霞?」

「どうぞ」

 ブフォ! と武は吹き出す。

 そこには霞が武に自分のサバミソを箸で差し出す姿があった。「あ~ん事件」の再来である。

 し、しまったぁ! 今の思考リーディングされちまった! と焦っている武は後ろから殺気を感じ取り振り替えった。

「タ~ケ~ル~ちゃ~ん~~? 一体どういう事~!?」

 地底の底から響くような声で純夏が目を光らせて睨んでいた。

「い、いや違う……純夏! これはだな」

「………………違いますか?」

 そう言って再び霞は自分の合成サバミソ定食に目線を落とす。

「え、えっと……」

「……どうぞ」

 再び差し出す。

「あ~んってしてる……あ~んって……」

 武と霞の様子を壬姫が真っ赤になって見ている。

 他のB分隊の者も面白い物を見る様子で止める素振りはない。

「クックック、もてるわねぇ白銀ぇ」

 水月が可笑しそうに笑いながら見ている。

「……なるほど、年上ばかりのA分隊に入ってもまるで浮付いた様子がなかったのはそういう趣味があったからなのか」

「む、宗像先輩まで何て事を言うんですか!!」

「白銀ぇ、アンタも男ならさっさと誠意を見せなさいよ。3、2、1――はい!」

 先輩2名に煽られる形で純夏もコハァと息を吐き『ドリルミルキィパンチ』を放つ構えを見せる。

 慌てる武は誰か助けてくれる人はいないかと辺りを見回す。

 この時何となく白面と目が合った。

 いや、合ってしまったといったほうが良い。

「…………この娘をお頼み申しまする」

 そう言って左手を目元に持ってヨヨヨと泣いて見せた。

 空気の読める白面はちゃんと止めを刺したのだ。

「ギャーーーーーー!!!」

 純夏の姿が揺らめく……。

「タケルちゃんのぉぉ……ばかーーーー!!」

「マッヅォォーーンッ!」

 炸裂した純夏の『ドリルミルキィパンチ』が武を晴れ渡る青空に吹っ飛ばした。

 騒がしい昼休みの話であった――。



[7407] 第九話 変わりし者達
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/08/05 23:51
第九話 変わりし者達





「では皆の者、準備は良いか?」

 普段使用している仙台基地第2訓練場とは離れた所にある一角、そこに207B分隊と白面が集っていた。

 現在建設中の甲22号を再利用した横浜基地とは違い、BETAによる被害が少ないここ仙台基地では自然がまだ多く残っており、天上から降り注がれるい日光を吸収した木々の匂いがまた心地よい。

 これから何をするのかと言うと料理実習である。

 当たり前と言えば当たり前だが、料理のスキルは戦場において必須である。

 戦闘糧食とし屋外でも簡単に食べられる缶詰やレトルトパック食、それに調理器具を搭載した炊事車などもあるが、それらに頼らずどうしても自分で料理をする必要性が出てくるのだ。

 故に訓練兵の授業にも料理の授業はカリキュラムの1つとして組み込まれている。

 人間でない白面が料理と言うのもおかしいかもしれないが、白面はこれでも料理が出来るのである。

 子育て経験のある斗和子の知識は当然白面にも蓄積されており、プロの料理人とまではいかないまでも人に教えるぐらいの技量を持っているのである。

 斗和子の物は白面の物、白面の物も白面の物……とかまぁそんな理屈だ。

 「知ってのように、今日の料理はそなたらの先輩であるA分隊達の賄いにもなるゆえ心せよ」

 これは白面がまりもに提案したことである。

 今日の料理実習は自分がB分隊に教えるので、後からA分隊を連れて来いと。

B分隊が作った料理をA分隊と一緒に食べると言う事で、部隊同士の交友関係を深めることが出来き、まさに一石二鳥のアイデア…… と言うのは建前で単に白面の暇つぶしと言うのが本当の所である。

 自分のやりたい事を先に提案して、後から尤もらしい理由くっ付けると言うのは白陵柊学園の物理教師も良くやる手口と言えよう。

 だが言ってる事自体は間違ってはいないし、まりもとしても2隊同時に教えなくてすむのはありがたいので、白面の提案に甘えることにしたのだった。

 作るメニューはどこの基地のPXに行っても必ずある定番料理『合成サバミソ』である。

 サバイバル料理の授業だからと言っていきなり蛇を捌けとか、そういうわけではない。

 そもそも賄いで蛇の丸焼きなんて出してにこやかに会話できる剛の者なんかA分隊にいない。いや、例えいたとしてもそれではAB分隊同士の交流も何もあったものではないし、白面もそんな野性あふれる料理など食べたくない。

 まぁ白面なら焼かなくてもそのまま生でいけるのだが、それは置いといて今日は家庭料理の基礎を教えるだけである。

 さて、煮魚料理の手順の1つに『湯通し』と言うものがある。

 熱湯をかける事で表面の油を洗い流し味を染み込みやすくさせるためと、汚れを取るため、魚のいやな臭いを取り除くための意味がある。

 だが白面はこの作業は口頭で説明するだけで飛ばす事にした。

 一応想定しているのは戦場での料理と言う事なので、貴重な水分を『湯通し』に使う余裕はないというわけである。

 それに悲しいことだが、この世界の人類は湯通しをしたかしなかったかを判断できるほど舌は肥えていない。

 BETAにより自然がやられ、合成食を食べられるだけマシというのが今の人類に置かれた状況なのだ。

 サバミソの基本的な作り方を教えた後、各自好きにやらせ白面はそれぞれの様子を見て回るという形で実習は進む。

 まず全員地面を軽く掘り、ブロックを積んで網を乗せて簡易かまどを作ってから調理にはいった。

 燃料としては薪を使いたいところだが、この世界において木材はあらゆる意味で非常に貴重である。

 そのためここで使用される燃料は薪を模した合成燃料を使用する。

 委員長こと榊千鶴はさすがと言うかやはり手際がいい。

 合成サバの真ん中に切れ目を入れ、味を染み込みやすくし、煮汁と合成生姜を入れて煮立てた所に合成サバを入れている。

 湯通しをしなくても煮立てた所で入れるという方法もまた、煮魚における臭みを少なくする事のできる知恵の一つである。

 この国の内閣総理大臣の娘であるにも関わらず、料理がこれほど出来るのはいかにも彼女らしい。

 しかしそれとは別に火力の調整に苦労しているようだ。

 手作りのかまどで料理をするのと台所で料理をするのとでは、やはり勝手が違うと言う事であろう。

 その点美琴は火力を強くしたい時、弱くしたい時に合成燃料の組み方を工夫して、火の調整を上手くやっている。

「鎧衣さんはサバイバルのスペシャリストなんですよ」

 美琴の隣にいた壬姫がと教えてくれた。

 美琴曰く、貿易会社に勤める父親から教わったらしいとの事。

 そう言えば父親から変な土産を良くもらうと言っていた事を白面は思い出す。

貿易会社とサバイバル技術はあまり関係がない様な気がしたのだが、その技術が必要な貿易業者もいる事を白面は思い出した。

それはいわゆる正規のルートを通さず闇ルートで商品を運ぶ密輸業者である。

なるほどそう考えれば変な土産を持ってくるのも、どこぞの積荷からかっぱらってきたと考えれば合点がいくし、危ない橋を渡らなくてはならない密輸業者ならばサバイバル技術も必要であろう。

「美琴よ。そなたの父がどんな貿易会社で働いているのかは知らぬが強く生きろよ」

「そうだ! 今度応急処置とかの授業もあるんで白面さんもどうです?」

 外れた推理をして美琴に慰めの言葉をかけたが、笑顔と一緒に微妙にかみ合っていない返事をよこす彼女を見て大丈夫だろうと白面は1人納得する。

 失礼極まりないとはこの事である。

 応急処置の授業はつまらなそうだったので、やんわり断っていると壬姫がパタパタと駆け足で合成サバミソを盛った皿を見せにきた。

 料理と言うのは何だかんだ言ってもやってて楽しいものである。

 普段の厳しい訓練とは違い、青空の下で作る料理は開放感があるためか気持ちが踊り笑顔がほころんでいる。

「ど、どうですか?」

「……味噌が入っておらぬぞ」

「あうぅ…… 失敗しちゃいましたー」

 声を落とす壬姫の姿が小さく見える。

 それにしても砂糖と塩を間違えるというのは良く効くが、サバミソで味噌を入れ忘れるとは珍しい。

 壬姫の話によるとどうやら緊張して失敗したらしい。上がり症という欠点さえなければすぐにでもこの基地で一番の狙撃手になれるというのに、この欠点を克服するのはまだ先の話となろう。

 何故緊張していたかと言うと、実はここに月詠と3バカの帝国斯衛軍も来ていたからである。

 冥夜の様子が気になっていたらしくコソコソ様子を見ていたので、貴様らも一緒に来いと白面が連れてきたのだった。

 冥夜とは他人の振りをしつつ、それでも気になるのか何気なく視線はそちらに行く事が多い。

 壬姫にはその視線がきつかったらしい。

「そう気に病むでない。彩峰を見よ、そなたも少しは他人の視線など気にせず物事を成してみると良い」

 落ち込む壬姫の肩を叩き白面は彩峰のいる方向を指差す。

 そこには中華鍋を豪快に振りながら合成ヤキソバを作るたわけ者の姿があった。

 ……もはや魚料理ですらない。

「サバミソだけじゃ飽きる」

 とか言って彩峰は合成ヤキソバを作らせてほしいと進言してきたのだ。

 その言葉に怒ったのは生真面目な千鶴であった。

 どうやらこの2人は仲が悪いらしい。

 純夏の話によると初対面から1分後にはもう喧嘩していた言う話だ。

 きっと前世からの因縁があるのだろう。白面ととらのように。

 もっとも白面としては暇を潰せれば何でも良かったので、2人の喧嘩も止めずにあっさり合成ヤキソバを作る事を了解した。

 白面曰く「我は生徒の自主性を重んじるのである」との事だ。

 要約すると他人に説教するのが面倒くさいと言う意味である。

「う、うぅ~無理ですよ彩峰さんみたいにするのは」

「まぁさすがにあそこまでせよとは言わぬがな。それとサバミソの事だが憂えずとも良い。サバミソでは味噌は最後に入れるのがコツでな。斯様にすることで風味を損なわずに済む。また一度冷ましてから温めれば短時間で中まで味が染み込むぞ。今我が言うた通りにすれば充分事成らん」

 白面の言葉にパァっと明るくなり「ありがとうございます!」と言って壬姫は自分の鍋の方に走っていった。

 上手い具合に失敗から成功に転じたようである。




 一方今度は純夏の方を見てみる。

 こういっては失礼だが純夏は料理が下手なように見えて意外と上手だったりする。

 ただし彼女はシメジを松茸と勘違いしたり『タケルちゃんの大好きなもの純夏スペシャル』と言う料理を作る突飛のない事をやらかす性格も持っている。

 純夏の顔を見てみるとアホ毛がハートマークを描き、どこかホワホワした笑みを浮かべながら料理を作っている。

 きっと武に自分の料理を久しぶりに食べさせる事が出来るのが嬉しいのであろう。

 心ここにあらずで醤油をドバドバ入れている。

「おい純夏よ。それは少し醤油の入れすぎと言うものではないか?」

「へ……? あわわわわっ! た、大変!!」

 そう言って何と大量の水を鍋にぶち込むと言う暴挙に出た。

 失敗が確定した瞬間であった。

「ヒィーーーー!! ど、どどどうしよう!」

 そう言って純夏は何やら手当たり次第調味料をぶち込んでいき最早取り返しの付かない状態になってしまった。

「終った……。これは終った」

 チート能力を持つ白面でも鍋の中身を見て流石に白旗を揚げざるを得なかった。

すっかり意気消沈してしまった純夏であったので、

「案ずるな。武ならその中身を『全部』平らげてくれよう」

 そう言って慰めた。

 さり気なく全てを武に押し付けた白面である。

 部隊の被害を最小限に食い止めるため、誰か1人を犠牲にしなければならない。

 軍とはそういう所である

 苦渋の選択だが白面には一切迷いがなかった。

「本当ですか!? よかった~~~」

 そう言って安心する純夏にこの場にいる何名かが突っ込みを入れたそうな顔をしていたのはまぁご愛嬌である。




 純夏の方も問題が解決し、白面は最後に冥夜の方に近づく。

 B分隊の中で一番苦戦していたのは冥夜であった。

 包丁も握った事がないらしく、緊張で手が震えている。

 剣の達人でも包丁と刀では勝手が違うらしい。

 月詠と3バカ達もあれこれと口出しをしたいようで、近くで見守っていた。

「苦戦しておるようだな……」

「陽狐様……。申し訳ありませぬ。……未熟な私をお許しください」

 そう言って冥夜はうな垂れる。

 真面目な分、自分だけ不甲斐ないのが許せないのだろう。

「いや、初めてなのだから致し方あるまい。気にせず続けよ」

 白面が冥夜に続きを促がしているとA分隊がやって来た。

 どうやら午前の訓練が終ったらしい。

「お! やってるわねぇ」

 広場の周りには味噌の甘い香りが漂い、食欲を刺激させる。

 いつもと趣の違う昼を取る事ができることに、A分隊の者達もどこか機嫌が良い。

 それぞれが料理の出来を覗き、B分隊とニコヤカに会話を交わす。

 その時、武がふと白面と冥夜の方を向いた。

 武は何も言わずジッとこちらを見つめている。

 何か重要なことを忘れているような、記憶の糸を手繰るように難しい顔をする。

 しばらくすると冥夜の料理をする姿を見て元の世界からなにやら電波を受信したのかいきなり大声で叫んだ!

「総員退避ーーーッ!!」

「「「「「ん?」」」」」

 次の瞬間、冥夜の鍋がいきなり眩い光を放ち大爆発を起こした!!

「ギエエエ~~~~ばかな……。 我は不死のはず、我は無敵のはず。我を憎むお前のある限り……。 シャガクシャアア!!」

 シャガクシャって誰だと周りが突っ込みつつ白面が青空に吹っ飛ばされた。

 ……冥夜に料理をさせるとこうなると言う事もまた、この世界においての常識であった。











「よもや鍋が爆発するとはな……。げに不思議な事よ」

 次の日、白面は病院に来ていた。

 病院特有の臭いがどこかする廊下を歩き、昨日の事を思い出しながら呟く。

 病院に来たといっても別に診察を受けに来たわけではない。

 昨日の爆発が起きた時吹っ飛ばされた白面だったが無傷であった。

ちなみに冥夜も立ち位置が白面の陰になっていたおかげで助かった。

しかし斯衛軍の4人は少々派手に吹っ飛ばされたので、1週間ほど入院する羽目になったのだ。

今日は彼女らの所に暇をつぶしに……いや見舞いに来たのである。

 ちなみに207A、B分隊は軽い怪我を負っただけで大事には至っていない。

 料理実習中に爆発が起きて少々問いただされたが、斯衛の4人は口を揃えて『何も無かった』と言い張ったため周りもそれ以上追求できなかった。

 冥夜を庇ったのである。

 部下の鏡と言えるだろう。

「失礼するぞ」

 そういってドアを開けた病室に入る。

 白面の姿を見た斯衛の4人は起き上がって敬礼しようとしたが、白面はそれを手で制す。

「浅手ですんだようだな。そら見舞いの品を持ってきてやったぞ」

「そ、そんな…… わざわざ申し訳ございません」

 恐縮する月詠に包みを手渡す。

 手渡したのは青を基調とした風呂敷であった。

 流水の模様が描かれており涼しげである。

 中に入っていたお重を開けるといなり寿司が入っていた。

「PXの物ゆえ合成ものであるがな。……思うのだがこの油揚げなる物初めて作った者は天才だな」

「そ、そうですか」

 白面の言葉に月詠は曖昧な返事をする。

 夕呼から進められて食べてみたのだがそれ以来すっかり白面のお気に入りである。

 夕呼曰く白面が油揚げを好きになるのは当たり前らしい。

 もし前の世界で毎日油揚げをお供えすると言われたら、自分は日本を滅ぼそうとしなかったかもしれない。

「御方様。昨日は申し訳ありませんでした!」

 月詠いきなり白面に頭を下げる。神代、巴、戎の3人もそれに習う。

 昨日の冥夜の爆発で白面を吹っ飛ばしてしまった事を主に代わって謝っているのである。

「クククッ! 良い良い。あのような事もまた一興よ。……まぁ冥夜にはまた追加実習と言う形で料理を教えてやらねばなるまいがな」

 笑う白面の顔は機嫌が悪いどころか、どこか楽しんでる様子すらある。

 他の者だったら放っておくところだが冥夜には少しだけ優しかったりする白面である。

「あ、ありがたい話ですがそこまでしていただかなくとも……」

 遠慮と言うより申し訳なさそうに月詠は目線を下に落とす。

 また白面を吹っ飛ばしてしまうかもしれない事を考えるととてもじゃないが頼む事なんて出来ないのである。

「安心せよ。我とてまた吹き飛ばされたくはないからな。武あたりを連れて行こうと思う。いざと言う時盾になってもらうでな」

「し、白銀訓練兵ですか? ……何故彼を?」

 さらりと酷いことを言う白面の言葉にたじろぎながらも突然の人選を疑問に思い月詠は尋ねる。

 思えば白面は冥夜だけでなく武を中心として207分隊に親しく接しているように月詠には見えた。

 何故一般兵である武を特別視するのか疑問に思うのも当然と言えよう。

「ウム……。あ奴は……」

 そう言って白面は窓に手をかけどこか遠い目で外を見る。

斯衛の4人は白面の言葉を黙って待つ。

 静かな病室に微かな風の音がそそと流れる。

「こういう時こういう役目を負う星の元に生まれてる気がする」

「そ、そうですか……」

「言われてみれば……」

「……何か分かる気がします」

「それじゃ仕方ないですね」

 上手くはぐらかされた感じがしたが妙に納得できる一言だった。

 神代、巴、戎の3バカも苦笑しながらも相槌を打つ。




「……恐れながら御方様。もう1つよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「こう申しては何ですが、何故御方様は昨日の事を怒っていらっしゃらないのですか?」

「フム、これもまた一興と言う理由だけでは良く分からぬか?」

「……はい。もちろん御方様のお許しになられてくださった事には大変感謝しておりますが」

 月詠としては主である冥夜に優しくしてくれる白面の存在はとてもありがたいし、そんな白面に全幅の信頼をよせている。

 本来将軍家の生まれにあるのに人質と言う形でこの仙台基地に身を預ける事になった冥夜を不憫に思っていたが、白面との出会いを考えるとそれも良かったと思えるほどだ。

 ただそれでも吹っ飛ばされてなお機嫌良く笑っている白面が理解できないのであった。

「……そうだな例えを変えて説明して見せようか。我がいた元の世界…… 御伽の国にいたある男の話だが」

 神代、巴、戎の3人も白面の話を聞こうと、ベットの足元側に移動し耳を傾ける。

「その男はいわゆる『天才』と言うヤツでな。努力を誰よりもして成功を掴み周りから天才と呼ばれたとかいう類のものでなく、属に言うとにかく生まれつき何でもできた『天才』と言うヤツであった」

 話す男の名はかつての世界にいた『秋葉 流』という。

 白面の中でも印象深く記憶に残っている男である。

「……なんでもですか?」

「そうだ。勉強でも運動でも他の奴らがどんなに努力をしようと、いつも勝ってるのはその男の方であった」

「はぁ…… 本当にそんな人っているんですね」

 巴が信じられないと言った様子で呟く。

「まぁ実際いたわけだから仕方あるまい。そしてそやつは『自分は本気を出してはいけない』という結論をだした。周りからのくだらぬ嫉妬などからの揉め事を避けるためだな」

 そう言って白面は自分が持って来たいなり寿司をヒョイと摘まんでから話を続ける。

「そうしている内に男の心には風が吹いておった。何でもできるその男には努力も達成感もない。悔しと牙を噛む事も、嬉しき事も何もない。つまりは自分は人生というものを楽しんではいけない……男はそのように感じていたわけだ」

「…………何か深い話ですね」

「……もっとも必死に今を生きるこの世界の人間達にとっては贅沢な悩みかもしれぬがな」

 
「天才ゆえの悩みってわけね。わかるわぁ」

 そう言って夕呼はいなり寿司をつまみ食いしながら相槌を打つ。

「…………って! 香月夕呼! 貴様どこから沸いて出た!」

 いきなり現れた夕呼に斯衛の4人が起き上がろうとしたが、白面が落ち着くように言うと渋々と座る。

「何よ。人をボウフラみたいに…… 失礼しちゃうわねぇ」

「とはいえ如何したのだ? 風邪でも引いたのか?」

「違うわよ。私もお見舞い」

 いなり寿司を咀嚼しながら見舞いの包みを白面に見せる。

 夕呼の言葉に白面は心当たりを探す。まりもは昨日会ったから違うはずである。

一体誰の見舞いに来たのか気になる所だったが白面は月詠の方を見る。

「さてどこまで話したか……。つまりは苦しい事も人生の内、吹っ飛ばされたりする悪ろし事もまた面白いというわけよ」

「……なるほど。良く分かりました」

 そう言って月詠達もいなり寿司を摘む。

「ねぇ陽狐。話に出てきたその男って私より年上?」

「さて、どうであったかな? そんな感じはしたが我も良くわからぬ」

「そう残念ねぇ。一度会ってみたいと思ったんだけど」

 どうやら夕呼は白面の話から同じ天才である秋葉に興味をもったらしい。

「それにしても夕呼が見舞いにくるとはな。研究の方は順調と言った所か?」

「お陰様でね。一番のネックだった所が解決したから後は横浜基地が出来るのを待つのみって感じかしらね。早く基地が完成しないか待ち遠しいわ」

 余裕すらある上機嫌な態度で夕呼言う。

 理論さえ頭の中で完成できていれば後はもう作るだけ、香月夕呼とはそう言う人物なのである。

「しかし仙台基地の副指令がわざわざこんな所に来て良いのか?」

「あら私だけじゃなくって基地指令や帝国のお偉いさんも後で来るわよ。……今はちょっといない見たいだけど」

 そういって夕呼は部屋の中を見渡す。

 今気付いたがベットに1つ空きがあるようで使われている形跡がある。

「何だ……、月詠達以外にこの部屋を使ってた者がおったのか、しかしそれほどの要人が個室じゃないとはな」

「えぇ……。何でも本人が頑なに拒否したとか。そんな所に予算はかけなくて良いと」

 白面の言葉に月詠もどこか申し訳なさそうに言う。

 自分に予算をかけなくて良いという志しは立派だが、そんな人物と相部屋になってしまった者にとっては肩身が狭いだろう。

「あら? 知らなかったの? まぁいいわ。はいコレお見舞いのいなり寿司よ。まりもから好物だと聞いてね」

 不思議そうな顔をして夕呼から手渡された包みには白面が持って生きたものと同じPXのいなり寿司が入っていた。

 何故自分に手渡すのか、嫌な予感がしたと同時にドアノブが回る音した。

 振り返ってみるとそこには入院服を着た斗和子が立っていた。

「お、御方様…………!!」

「……ちょっと待て、何故貴様がここにいる?」

 斗和子にとって白面がここにいる事を予想していなかったのであろう。

 白面にとってはもっと予想していなかったが……。

「過労で倒れたらしいわ」

 まるで新米衛士が初めてBETAと戦うみたいに混乱している斗和子の代わりに夕呼が答える。

「……貴様本当に我の分身か?」

 あまりと言えばあまりの理由に何か泣けてきた白面であった。

「まったく陽狐もひどい事をするわねぇ。部下はちゃんと大切にしてあげなくちゃダメよ?」

「貴様に言われたくないわ! ……いやいや待て我は言うた。確かに言うたぞ『適度に休め』と」

 夕呼に突っ込みを入れつつも斗和子に言った言葉を思い出す。

 そう白面は斗和子をコキ使ってなどいないはずである。

そもそも斗和子が白面の言葉を無視するとは珍しい。

「申し訳ございませぬ。御方様……。優しき御言葉をいただき更にご期待に答えようと思ったのですが……」

「そ、そうか……」

 どうやら白面からの言葉があまりにも嬉しくてあれから更に無理をしていたらしい。

……何かが…………何かが大きく間違っている気がする。

 白面に知らせなかったのは情けない自分の姿を見せたくなかったとか、まぁそんなところが理由であろう。

 「白面の御方様、斗和子殿を責めないで頂けますまいか。主のためとあらばつい命を賭けてしまう……。忠義を尽くす家臣には良くあることです」

 そう言って月詠が斗和子を庇う。3バカも月詠の言葉に頷き同意する。

 良くあるわけなかろう、という冷ややかな視線を4人に送りつつ白面は斗和子の顔を見る。

 落ち込んだ表情を見せているも、休んだためかだいぶ顔色も良い。

 以前の『汚い斗和子』のそれとは違い艶のある清しい瞳……。

 まさかコイツ性格が変わっただけでなく弱くなったんじゃ?

 一瞬恐ろしい考えが白面の脳裏に浮かんだがすぐにそれを振り払う。

きっと何か別の理由があるはずだと白面は斗和子に問う。

「し、しかし貴様を過労に追い込むとは帝国はそんなに人(?)使いが荒いのか? もしそうであるなら我からも何か言わねばならぬが」

 人使いの荒い白面が言うのもなんだが、斗和子なら例え不眠不休で働いても問題無く仕事をこなせる程の体力は持っているはずである。

 あれから1ヶ月、人間でもそうは倒れない時間で斗和子を過労に追い込むとは帝国は一体何をやらせたのかむしろそっちの方に疑問が残る。

「それは誤解です御方様!!」

 キッパリと否定する斗和子は両方の拳を力強く握り締め、黒い瞳を真っ直ぐこちらに向けてくる。

 その仕草が妙に似合っているが、逆に何かムカつくからぶん殴ってやりたくなる気持ちを抑え白面は尋ねる。

「ほ~~~う。ならばそのワケを申してみよ」

「はい。 確かに首都移設計画の当初は忙しく大変でした。……ただ今はそれも軌道に乗り安定してきております」

 斗和子の言葉に白面は頷き先を続けさせる。

「帝国の方々も私に無理をしないように言ってくださっておりますし、現に今の私自身の仕事量もだいぶ減ってきました」

「……フム」

「ただ京都には一刻でも早く首都を復興させようと、多くの日本人が現場で働いております」

「確かにそのような話は耳にした事があるな」

「ゆえに私も自分の仕事だけでなくそちらのお手伝いにも力を注いでいるのです。それがちょっと無理をし過ぎたようでして……」

 斗和子の言葉に白面はピクリと眉を動かす。

「……ちょっと待て。手伝うのは構わぬが体を壊してまで手伝うのは僻事であろう?」

 首をひねり白面は尋ねる。

と言うより斗和子はそんな事で倒れるわけはないはずだが。

 白面の言葉に斗和子はどこか照れた表情を浮かべこう答えた。





























「……困ってる人を見捨てる事なんてできないではないですか」

「おぎゃぁああああああーーーー!!!」

 あまりにも似合わない台詞を吐いた斗和子に白面の怒りのアッパーカットが雄たけびと共に炸裂した。

殴った際に聞こえたメゴキィという何やらやばい音と天井が破壊された轟音が静かな病院に響きわたる。

 獣の槍に追いかけられた時と同じような、いやあるいはそれ以上の悪寒を感じた白面は冷や汗をかきながら肩で息をする。

 絶対無敵の白面とはいえ「努力が徒労に終る人間の目って好きよ」と言っていた汚い斗和子を知っている者にとっては今の台詞はいろんな意味できつ過ぎたのである。

「御方様って可愛い叫び声あげられるんですね」

「赤ちゃんみたいです♪」

「ですですー♪」

「黙れ3バカ」

 醜態を晒してしまったことを恥じ、顔を赤くしながら3バカを睨み付ける。

 後ろでは夕呼が必死に笑いを噛み殺している。

 ちなみに白面の鳴き声はいかなる時も『おぎゃあ』である。

 アッパーカットで天井に突き刺さった斗和子を引っこ抜き米俵のように肩に担ぐ。

「あ、あの……御方様? 斗和子さん白目向いてますが大丈夫ですか?」

「三日三晩は目を覚まさぬだろうが放っておけ。良い骨休めになるであろう」

 半ば強引な言い訳をしながら気絶した斗和子をベットに放り投げる。

 何やら手足が痙攣していたが次第に動かなくなった斗和子を見て今のショックで少しは昔の自分を取り戻してくれないかと思う。

 いや、昔に戻ったら戻ったで余計にたちが悪いのだがついついそう思ってしまうのは現実逃避というやつであろう。

 斗和子が過労で倒れた理由……。

 それは『慣れない事をがんばり過ぎた』為なのであろうと白面は自分に言い聞かせる事にした。

 決してキレイになって『弱くなった』なんて事はないはずである……多分。いや絶対!

 この世界に来て白面は自分が随分変わったと思っていた。

 だがここに変わり過ぎてしまった者がいたのであった――。









あとがき
 今回は白面が苦労する日常を書いて見ました。

 そんな日もたまにはあってもいいかなと思いまして。

 ただ苦労キャラは白面には似合わないと思ったので『秋葉 流』の話を入れて誤魔化してみたり……。

 今あらためて『うしとら』を読み返しているんですが、秋葉の「オレは人生ってヤツを楽しんじゃいけねぇのさ」というセリフは深い物がありますし切ないですね。

 今回の話を書くにあたってつい何度もこのシーンを読み返してしまいました。

 『うしとら』の泣けるシーンのベスト3に入るんじゃないかと個人的に思います。



[7407] 第拾話 南国のバカンスと休日 前編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/09/05 22:59
第拾話 南国のバカンスと休日 前編




「――本作戦はいかにして戦闘区域からの脱出するかを想定したものである。従って脱出が第一優先目的だ」

 まりものキビキビした口調と、絶える事無のない波の音が青い空の下で聞こえる。

 照りつける太陽はさすが赤道直下、日本本州ではまず体験できない目が潰れるのではないかと感じる程の情け容赦ない直射日光が、シャワーのごとくこれでもかと207A分隊に降り注がれていた。

「また行動中、地図中に記した目標の破壊……後方攪乱を第二優先目的とする。破壊対象は全部で3箇所。作戦時間以内であれば、その方法は問わない」

 この島に上陸するだけで人間魚雷にも等しい小型輸送潜水艇に押し込まれ、砂浜を延々と走って装備の回収。

 集合ポイントにたどり着くまでにどれだけの体力を使ったか、汗と海風でビッショリ汚れた戦闘服が雄弁に物語っている。

 呼吸をするだけで体力が奪われるような暑さの中、それでもA分隊はまりもの言葉を一字一句聞き漏らさないよう真剣な面持ちである。

 当然である。今から行われようとしている総合戦闘技術評価演習……。この試験に合格して初めて戦術機の訓練に移行する事が出来る。

 対BETA戦において航空兵力が無力化された現在、通常戦闘において最も有効とされている人類の刃、それが戦術機である。

 BETAに最も狙われやすく、最も命を落とす危険性があるにもかかわらず、士官する者は男女問わず誰もがこの戦術機に乗れる衛士になる事をまず目標とする。

その理由は最もBETAを駆逐できるからに他ならない。

 故郷を、家族を、友人を、恋人を…… 自分達の大切な存在を奪っていったBETAを1匹でも多く討ち滅ぼせるのなら自分の命など何をためらう事があろうか?




「…………ほう、これがトンペリというものか」

「そうよ~~。陽狐はトンペリというかシャンパン、ワインは飲んだことはないの?」

「あぁ西洋の酒はあまり馴染みがなくてな。老酒、焼酎、日本酒などは良く飲んだものだが、これはまた別の味わいと言うやつだな」

 そんな真剣な雰囲気に水を差すかのごとく戯れる女狐が2名。

「……何やってるんですか陽狐さん、夕呼先生」

 いつぞや言ったセリフをまた呆れ口調で言う武。

 夕呼は今までの世界と同様、自分の髪の色と同じ紫のきわどい水着姿でビーチパラソルの下でワイングラスを傾けており、白面は薄い青を基調とした水着にフリルの付いた布、パレオを腰に巻きつけ夕呼から貰ったのかお揃いのサングラスをかけ、トンペリを味見している。

 白面……その名の通りここの砂浜より白く透き通った彼女の肌はこの灼熱の太陽の光を浴びて尚、焼けることなくその存在感は大理石の彫刻品のような見る者を引き込む美しさを持ち合わせている。

 武にとって観光ではなく総合技術評価演習としてこの南国の島にいる事が実に口惜しい。

 まぁ武としては何となくだが想像は付いていた。

 白面も夕呼と一緒にこの島にくるであろうと。

 しかしもう1人、これは武の予想していなかった人物がここ総合戦闘技術評価演習場の南の島に来ていた。

「すいません。白銀さん、それに皆さん」

「あ、あぁ…… いや霞は、まぁいいんだ」

 そう、もう1人の人物とは社霞であった。

 自分の格好が恥ずかしいのか、白いフリルの付いたワンピースの水着に袖を通した霞がいつもより小さくなってあやまる。

 その様子に逆にこちらがバツが悪く言葉を詰まらせる一方、武はよかったなぁと内心目頭があつくなる思いがした。

 今回霞がここにいるのはまぁきっと白面が夕呼に何か言ったか何かしたのだろうと、武は推察する。

 だが今回の白面の気まぐれは武にとってはありがたかった。

 ループした世界では海に行ってみたいと言っていた霞の願いが叶えられたのだから。

 オルタネイティヴ3の研究で人工的に生み出され、母親の温もりすら知らず育った霞は自分自身の思い出という物があまりにも少なかった。

 前回の世界で別れ際に思い出を沢山作りますと言っていたこの世界とは違う社霞を思い出す。

 今頃彼女はどうしているのであろうかと武は思いを馳せる。

「ククッ……。 いや何、暇なのでな」

 例によって例の如く同じセリフを何も詫びいれもなし飄々と言い、サングラスを外し悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 武を含むA分隊は「あぁやっぱり」とどこか諦めた調子で視線を送る。

「………………というのは半分冗談だ」

 その言葉が逆に以外でA分隊は驚きの表所を見せ首を傾げる。

 暇だった以外に別の理由があるのかと。

「……何、昨日夕呼に今回の総合演習の内容を見せてもらってな、甘し所がいくらか有ったので口出しさせてもらったゆえ、その様子見に来たというわけだ」

「あーーー! もう陽狐! そういうことばらしちゃ駄目じゃない」

 白面の言葉に夕呼は非難の声を上げる。

「すまぬな。だがいつもより難易度が高くなってしまったがために本当に死なれても困るであろう?」

「それはそうだけど……」

 白面の言葉に夕呼は口を尖らせどこか納得いかない表情を見せる。

「副指令……。私聞いてないんですけど」

 一方白面と夕呼の会話にすっかり置いてきぼりを喰らったまりもは腕組をしながら、夕呼に問う。

「当然じゃない。黙ってるつもりだったんだもの」

 まったく反省していない態度で髪をかき上げなが夕呼は視線をそらす。

 一方その様子を見て心にさざなみが立っているのはA分隊の面々である。

 さざなみと言ってもここの島のように青く、心穏やかになるものとは全く別のものだ。

 夕呼と白面が考えた総合戦闘技術評価演習……、いったいどんなものかとてつもなく嫌な予感がする。

「……神宮寺教官」

 宗像がまりもに話しかける。

「どうした?」

「すません。なんだか紅葉を見たくなったんで帰っていいですか?」

「あ、私もバイオリンの弦が切れちゃったんで修理に出さないと」

「そういえば部屋の電気をつけっぱなしにしてきたかも……」

「何かお腹痛くなってきたんで帰っていいですか?」

「えっと、まり……神宮寺教官。とにかく帰って良いですか?」

「あーーー。宗像、紅葉の季節はまだ先だ。風間、帰ってから修理に出せ。 涼宮、部屋の電気については私から連絡しといてやる。速瀬、薬なら後でやる。そして白銀、とにかく帰ってはダメだ」

 A分隊の冗談に真面目に返すまりも。

 こうやって不安をわずかにでも取り除いてあげようとする所は彼女の優しい所であると言えよう。

「……では本作戦は144時間後、所定ポイントの回収機の離陸をもって完了するものとする」

 1つ咳払いを入れ、気を取り直すようにまりもは演習の説明を続ける。

「各自時計あわせ…………57、58、59――作戦開始!」

「「「「「――了解ッ!」」」」」

 作戦開始の合図と同時にA分隊の副隊長役である水月がキッと白面の方を見る。

 その目には試験内容がどんなに難しくなったからと言って臆する事もなく、むしろ必ず合格してみせると言う闘志の炎が宿って見える。

「――みんな!! 私達が一致団結したらどんな困難でも突破できるって所を見せてやるわよ!!」

「「「「――応!!」」」」

 あきらかに白面を意識した水月の宣戦布告が他の隊員の闘志にも火をつける。

 A分隊の隊長は涼宮遙だがこういった隊全体に激を飛ばすのは水月の役目であった。

 かくしてA分隊の総合戦闘技術評価演習が開始されたのであった――。

















「…………まったく陽狐も酷いことするわねぇ」

 気合を入れたA分隊の姿が見えなくなった所で夕呼が白面に話しかける。

「いやいやそれを言うなら夕呼も同じ事が言えるのではないか?」

 先程外したサングラスを今度は頭にかけてみながら白面は答える。

 どうも初めて身につけたサングラスや水着の感触が気になるらしい。先程から肩にかかった水着の紐などを触ったりしている。

「え? 一体何の事です?」

 白面と夕呼の会話が全く分からずまりもが聞き返す。

「陽狐、アンタ今回の試験内容に一切関わっていないじゃない。それなのに…… あぁ~あ速瀬なんてあんなに気合入っちゃって大丈夫かしらね? ありもしないトラップに無用な警戒して時間食わなきゃいいけど」

「そうだなぁ、駄目かもしれぬなぁ」

 そういってA分隊が消えていった方角を見る。

 口元には悪戯が成功した子供のような何とも嬉しそうな笑みを浮かべている。

 古来より狐は人を化かすという言い伝えが多々見られるように、九尾の狐である白面もその例に漏れなかった。

 こういった性格はどんなに改心してもきっと変わらないだろう。

「………………え、えぇぇー!? ちょ、ちょっと待ってください!? じゃあさっき言っていた試験内容の甘い所を指摘した云々って話…… 嘘だったんですか?」

「ウム」

 動揺しまくったまりもの言葉に白面はただ一言頷いた。

 そう、白面は今回の試験に対して何か特別な事などしていない。

 この島に遊びに来たのも例によってただ日常を楽しむためだけの暇つぶしである。

 わざわざ不安を煽る事を言った事も前もって計画していた事ではなく、ただ何となくあの瞬間に思いついたから言っただけで深い意味はない。

 夕呼も白面との一瞬のアイコンタクトだけで調子を合わせただけである。

 どうもこの2人は言葉を交わさなくても悪巧みに関して意思の疎通を行う事ができるらしい。

 …………最悪である。

「皆さん大丈夫でしょうか?」

 ESP能力を持っている霞は夕呼の考えがわかっていたのだが、同時にしゃべらないようにと言う命令を夕呼の思考から読み取っていたので黙っていたのだが、やはり心配そうな表情を浮かべる。

「まぁアイツらの実力なら大丈夫じゃない? 別に難易度自体は変わらないし、それにこの程度の困難も乗り越えられないようならA-01部隊に必要ないわ」

「ウム、それにまりもよ。良く考えてみよ。これは『脱出』を想定した試験内容なであろう? そのような追い詰められた状態で正常な精神状態であるわけがなかろう。我はあのようにわざと不安を煽る事を言って、より臨場感あふれる演習ができるようにしてやったのだぞ」

「…………何ですかそのあからさまな後付けの言い訳は」

 イケシャアシャアと尤もらしい屁理屈を述べる白面にまりもは呆れる。

「良いじゃない。それに良く考えれば陽狐の言った事が嘘だってすぐにわかるんだし」

 夕呼の言葉に白面もウンウンと頷く。

 その言葉にまりもは「え?」と聞き返す。

 そう白面は『昨日』総合演習の内容を見せてもらったと言っていた。

 例え本当に口を出していたとしても今更予定を変える事なんて出来るわけがないのである。

 軍に限らずある程度大きな組織においては何かを計画建てたからといって、ではハイすぐに実行というわけにはいかないのである。

 総合演習の試験内容も例に漏れずあらかじめ1ヶ月以上前から担当の者がその内容を考え、その内容が妥当かどうかを上の者に稟議書にまとめ提出し、そこで承認が降りてからまた別の工作部隊が罠の設置などを行いようやく準備が整うといった手順を元に成り立っているのである。

 もし変更するにしてもまたそういった指示内容をあらためて作成しなくてはならないし、それでたった1日で南の島まで飛んで罠などの設定を変えてまた日本にとんぼ返りなんて事は時間的に不可能なのである。

「いかなる時も適切な判断をしなければならない。これもまた総合戦闘技術評価演習で求められている合格基準の1つよ。そうじゃないまりも?」

 よくまぁここまでそれらしい言い訳を次から次へとポコポコ生み出してくるものだ。

 この2人、放っておいたらその内世界征服でも始めるんじゃなかろうか?

 しかも実際にそれを可能にするだけの実力、権力、及び頭脳も持ち合わせているのだからたちが悪い。

 今のうちこの女狐同盟は解散させた方が世のためになる気がするとまりもは考える。

 大きくため息を1つ吐き青い空を見上げ、せめてこの試験に教え子達が合格できるようにとまりもは祈るばかり出あった。

 南国の太陽がとても眩しく感じた――。


















 一方そんな会話を白面達がしているとは露知らずA分隊は闘志に燃えていた。

 これは何も白面や夕呼の人をおちょくっていた態度が気に入らなかったためだけではない。

 何より彼女達は追い詰められていた。

 武は違うが実の事を言うと他のA分隊は以前の総合演習の試験に落ちてしまっているのである。

 軍規により衛士になれるための第一関門であるこの総合戦闘技術評価演習は2回までしか受けられない。

 つまり今回がラストチャンスでありこの試験に合格できなければ衛士になる資格が剥奪されてしまうのである。

全員白紙に近い地図を見る。

武の記憶にあるものと同様今回も等高線もなければ橋があるのか川があるのかすら全く分からない。

 わかると言えば方角と島の大きさぐらいである。

「まずは班分けを考える必要があるわね」

 隊長である遙の言葉に武も自分なりに考えてみる。

 今回の破壊対象ポイントは3箇所、それに対してこちらの人数は5人。

 1:2:2で別れるというのはあり得ないだろう。

 動けなくなるほどの重症とまでいかなくても、それに近しい傷を負ってしまった場合1人の場合だとその時点で不合格確定である。

「ここは私、水月、白銀君の3人と宗像さん、風間さんの2人の組に分かれるのが良いと思うの」

「フム、と言う事は3人の組がA,Bのポイントを、そして私と祷子がCポイントの破壊と言う事になりますかね?」

 宗像の言うとおりA,Bポイントはお互いの距離が比較的近く、人数の多い3人のチームが行くべきであろう。

 そのかわりCポイントはこのスタート地点から最も離れた所にあるが。

「合流地点はどこにいたします?」

「そうね……合流地点はあそこがいいかな」

 風間の質問に対して遙の指差す先には山の頂上が見える。

 武が今までのループで経験した総合演習の合流地点と同じ場所だ。

 やはり地図の情報が不足している現時点ではどうしても島で一番高い場所を合流地点にせざるを得ないのである。

「目標の期限は3日目の夜までが良いかな。ギリギリ待って4日目といった所かしら。出来る限り回収ポイントまでの時間は稼ぎたいし」

「了解です。もし間に合わなかった場合は各自回収ポイントを目指すってことになるんですか?」

「うん……。この作戦は脱出が第一優先目標だから。あとは回収ポイントの何がしかのヒントがあるはずだから爆破前に念入りな探索を忘れないでね」

 遙の言葉に全員神妙に頷く。

「後は夕呼先生と陽狐さんの何かしらのトラップが問題ですかね」

「「「「…………………………」」」」」

 武の言葉に全員沈黙する。

 そういう武自身も不安である。

 いや、そもそも何故白面はわざわざ難易度を上げてきたのだろうか?

「……もしかして陽狐さんオレ達の事を思ってワザと合格させないつもりなんじゃ」

「はぁ? 一体どういうことよ?」

 武の言葉に水月が訝しげな表情で尋ねる。

「い、いや衛士になったら死ぬ確率が高くなるじゃないですか。だからあえて不合格にする事でオレ達が死なないようにって考えてくれてるんじゃ……」

「……白銀君、それはあり得ないんじゃないかしら?」

「私も流石に同意できないかな」

「万が一にもないな」

「むしろ太陽系の惑星が一直線に並ぶ事の方がよっぽど確率が高いわ」

「ですよねーーー。すいません、思いつきを言ってみただけです」

 口々に総否定されて武もすぐさま納得する。

 白面と割と付き合い深く交流を持っているA分隊も彼女がどんな性格か分かっているのだ。

 何故だか冥夜と斯衛の4人は崇拝に近い感情を持っているようだが、少なくともそんな慈愛に満ちた存在ではない事だけは断言できる。

「フン。それにもし仮にそうだったとしても余計なお世話ってもんよ。白銀ぇ、アンタまさかBETAが襲撃してきた時に自分は戦場にいたくないってわけ?」

「まさか! 見損なわないでくださいよ速瀬先輩。そんな事あるはすないじゃないですか!!」

 キッパリ断言する武に強い意思の力が見て取れる。

 そう、武にとってもBETAは絶対に許しては置けない存在だ。そのためには渦中に飛び込む覚悟は当にできているのである。

「よろしい。じゃあとっとと合格してあの2人の鼻を明かしてやろうじゃない!」

「えぇ! 了解です!!」

 あの2人とはもちろん今頃休日を楽しんでいるであろう白面と夕呼の事である。

 武だけでなく他のA分隊も常緑広葉樹や蔓植物が無秩序に生い茂る密林を見据える。

 白面と夕呼の罠が仕掛けてあるであろうと考えると心臓が緊張で高なり、それはただの密林でなくさながら魔獣の住む無法地帯のように見える。

 だが恐れてなるものかとA分隊は勇気と共に1歩を踏み出すのであった。




 ――そのような罠など存在しない事も知らずに。



[7407] 第拾話 南国のバカンスと休日 中編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/06/08 16:44
第拾話 南国のバカンスと休日 中編






――総合演習2日目




 遙、水月、武のグループ。宗像、風間のグループがそれぞれ目標対象を破壊するため、熱帯雨林特有の背の高い木々や蔓が生い茂るジャングル突き進む。

 ジャングルの中は日光を少しでも多く吸収しようと上へ上へと成長した樹木が、高さが30m超える支柱のように連なり、その上層部では充分過ぎるほどの光合成を行った多くの葉っぱが緑の屋根を形成している。

 そこでは花や実も多く咲き誇り、それをエサとする動物や昆虫の生命力溢れる生への営みの声が合唱となって下層部の林間ホールに響き渡る。

「ハァ……ハァ……」

 自分の呼吸の音がうるさい。

 纏わり付く湿気に加え、ぬかるんだ地面、低木や蔓植物が多い歩きにくい植生が自然の要塞さながらに武の歩みを遮る。

 さらにこのジャングルに張り巡らされた人為的なトラップが行く手を阻んでいた。

 この演習に派遣されたであろう優秀な工作兵達は、ご丁寧にも自然の植生は一切いじらずトラップを設置してくれたのだろう。

 大自然の要塞に人為的トラップ……。

 この二重の脅威は総合技術評価演習において避けようのない定番のものと言えよう。

(…………クソ!)

 武は内心愚痴る。

 自分の体力のなさが情けない。

 ……いや、それを言うと誤解がある。

 今の武は最初のループの時と違い、この演習を潜り抜けるだけの体力は充分にある。

 しかし2回目のループの時の自分と比べると体力面で劣ってしまっているのだ。

 だがコレは仕方のない事と言えよう。

 いくら仙台基地で訓練をしたとしても今の武は15歳。同じ訓練をした17歳の自分とは体力が違ってくるのは当たり前である。

 特に男性はこの年齢あたりで一気に体つきも大人のそれに近づきガッチリしてくる。
 体力を蓄える貯蔵量が根本的に違うのだ。

こればっかりは訓練ではどうしようもない。

 それに加え白面の言葉により、ありもしない罠に武達は必要以上に神経を尖らせ進行速度が予定より遅れていた。

……ただの偶然だがこれが白面の仕掛けた罠と言えばそうであろう。

 本来なら第1破壊目標であるA地点には初日の夕日が沈む前、遅くとも2日目の朝にはなんとか到着できるはずだった。

 所が結局初日は野営を取り総合演習2日目、明朝に出発して午前10時現在においてもまだ目標地点に到達できないでいたのであった。

 初日からのこの時間のロスははっきり言って痛い。

 過度な罠への緊張と時間への焦り……。

 この精神的ストレスが武だけでなく武グループの疲労を更に加速していたのであった。

「遙、大丈夫?」

「う、うん……。大丈夫だよ」

 水月が振り返り遙に声を掛ける。

 武達のチームは水月、武の2人が先頭を行くツートップの陣形で罠を切り開いていく。

 遙は訓練兵としては体力の少ない方である。

 故に自然とこの陣形が形成されていたのであった。

 武は熱帯植物の葉を慎重にずらしトラップが無いか確認する。

 日光の少ない林床部では植物は少しでも多くの日光をかき集めようと、これでもかと言うほど大きく葉っぱを広げている。

 こういった植物の陰は罠を隠すにはもってこいなのである。

 ……案の定、細いワイヤーが隠れていた。

「先輩。ここ罠があるから気を付けてください」

「ありがとう。白銀君」

「遙、A地点には後どれくらいで着きそう?」

「……そうね今まで歩いて来た所と同じような地形が続くなら後3時間くらいかな」

 遙は歩い来た速度と地図とを照らし合わせすぐさま答える。

 体力で劣っている分、頭を使うのは彼女の役目なのである。

「すこしペースが遅いわね。遙、もうちょっとペースを上げるけど付いてこれる?」

「大丈夫。まだそこまで限界って訳じゃ無いから」

「……うん。じゃあ早い所さっさと合格しちゃいましょ!」

 遙のがんばっている表情を見て水月も笑顔で答え先陣を切るのであった……。















「ん~……、ジュ~シ~♪」

 上機嫌に蒼天の炎天下の下、真っ白な皿に乗せたフィレステーキに夕呼は舌鼓を打つ。

 合成のパチモノと違い、柔らかいミディアムレアの食感と牛肉の芳潤な肉汁が口の中に広がる。

「……しかしそなたは海に来て泳がぬのか?」

「やーーーよ。何が悲しくて休日に来てまで体を動かさなきゃ行けないの?」

 完全にインドアな人間の発言をする夕呼はこの海に来て全然泳いでいない。

 青い空の元、ビーチチェアに横たわりシャンパンを片手に悠々自適な休日を満喫している。

 それもまた1つの休日の楽しみ方であるのでそれ以上はどうこう言わずに白面も肉を口に運ぶ。

 西洋食器などあまり慣れていないはずなのにフォークとナイフを扱うその姿は、中世ヨーロッパの貴族のように鮮麗され妙に様になっている。

 伊達に人間社会……それもトップの人間のいる世界に溶け込んできたわけではないと言う事か。

 隣では霞が馴れない手つきで必死に肉と格闘している。

 そんな霞の様子を見て白面もこの南国に来て良かったと思う。

 そう……、あれは総合技術評価演習の数日前のことである。

 この総合演習で南国に一緒に行かないかと夕呼に誘われた時、実は白面は行く気は無かったのである。

 何故かというと白面は800年間ほど、沖縄の海底で潜水記録を更新し続けた存在である。

 ぶっちゃけ南国の海には飽きていた。

 その旨を伝えたところ「800年ってアンタ……、一体何やってたの?」と夕呼に呆れられた。

 何をしていたかと言われたら封印されていたのである。日本が沈没する箇所を自分が破壊したから…… とは口が避けても言えないのでそこら辺は笑って誤魔化し、その代わりに霞を一緒に連れてってやってくれぬかと頼んだのだ。

しかし白面の心遣いは嬉しくても霞は「私は陽狐さんと一緒に海に行きたいです」と何やら訴えかける眼差しを白面に向けたのであった。

こう言われては白面も「いや…… まぁしょうがないな」と言葉を詰まらせながらも了解したのであった。

癒し系小動物のある意味無敵の技であった……。

「けどこうして見るとあなた達、絵になると言うか親子みたいねぇ」

 冷やかした口調で夕呼は両手の親指と人差し指で四角を作り、写真を撮るようなマネをする。

「……親子ですか」

 表情こそ殆ど変わらない物の、霞のウサ耳がピョコッと動く。

 そのままステーキを切る手が止まり、何かを考えるように一点を見続ける。

「……ねぇ陽狐? 食事の後はアンタはどうするの?」

「そうだな……。取り分けする事もないゆえ、久方ぶりに泳いでみるか」

 ついでに懐かしき沖縄トラフまで遠泳してみるのも悪くない。ここから千キロ以上距離が離れているが軽く泳げる距離だ。まぁ問題ないだろう。

 何せ沖縄トラフ自分が封印されていた場所なのだ。

 どうなっているのか少し気になると言うのも無理からぬ事である。

 もっとも別にどうもなってない窪みが続いている可能性が一番高いだろうが。

「陽狐さん……。あの……」

「ん? どうした? 霞よ」

 先程から黙っていた霞がオズオズと白面に声をかける。

 口を閉じ視線が右に左にと動き、何やら物凄く戸惑っているように見える。

 やがて意を決したのかまっすぐ白面を見る。

「その…………、良ければこの後一緒に貝殻拾いしませんか?」

 それは本当にささやかな……他人から見たら小さなお願いであった。

 だがそれでも霞からすれば精一杯の勇気を振り絞った行動であった。

「…………ヌッ! あ、あぁそうだなぁ」

 この島に誘われた時も思わず頷いてしまったのと同様、どうも霞のこういった表情に白面は弱い。

 まるで春先に残った溶け掛けた雪溜まりのような儚さ。何と言うかこの危うさが彼女の魅力の1つなのであろうか?

 何だか妙に抱きしめたくなる衝動に白面は駆られる。

「あらあらあら珍しいわねぇ。霞からお願いするなんて。…………で? どうるすの? 陽狐?」

 ニヤニヤと面白い物を見つけた表情で夕呼はあえて白面に問いかける。

 からかっているのである。

 霞は白面の様子に不安そうに見つめ続ける。

「……左様におぼつかなき顔をせずとも良い。貝殻拾いくらい幾らでもつきおうてやるわ」

 その言葉に安心したのか霞は一言「ありがとうございます」と礼を言うと、また食事に取り掛かるのであった。

 心なしか先程より食べる速度が速いような気がした……。












「結局ここには回収ポイントのヒントになるものはなかったね……」

 A地点は海岸沿いの崖にあった洞窟を利用した形をしていた。

 そこにたどりついた武達は念入りな探索を行ったものの、結局見つかったのは簡易テント布だけだった。

 美琴と行動した今までの演習のように軽油もここでは見つからなかったので、今回は景気よく爆破というわけにはいかなかった。

「さて、じゃあどうしようかしらね?」

 探索を終えた武グループは一旦昼食休憩プラス作戦会議を取る事にした。

 水月はヤシの実の内側に付いた胚乳をナイフでそぎ落としながら問う。

 道中に自然のヤシの木を発見したのでそれを昼食としたのである。

 真っ白い胚乳は食感といいイカの刺身に味が似ている。

 日本人の武としてはわさび醤油が欲しい所であったが、普段食べてる合成食に比べると天然のヤシの実は数段美味く感じられた。

「そうね。じゃあ私が目標ポイントを破壊してくるから、水月と白銀君はヤシの実を加工しててくれるかな。終ったら私もそっちを手伝うから」

「遙先輩。A地点は爆破できないですけど1人で大丈夫ですか?」

「白銀……。らしくないわね別に爆破だけが破壊方法じゃないでしょ?」

 水月が呆れた口調で言う。

「え? ……あ、あぁそうか。すいませんちょっと勘違いしてました」

 武は自分が変な思い違いをしていた事に気付いた。

 まりもも言っていたではないか「「破壊の方法は手段は問わない」と。

 今まで武はこの総合演習の目標破壊は『爆破』という行動しかとっていなかったので、目標破壊=爆破という変な固定観念が生まれていたのである。

 別に破壊するだけなら火をつけるだけでもいいし、そこら辺の石を使って主電源を破壊しておくだけでもいい。

 ようは敵拠点のシステムを使えなくする事が破壊になるわけだから。

 美琴も陽動の為に爆破と言う派手な方法を選んだだけで、あの時だって武達以外の班は爆破なんてしなかったはずである。

 むしろ陽動すると言う目的がないなら中途半端に火をつけたりするより、主電源だけ破壊した方が効果的だ。

 隠密行動をするなら「気付かれない様に素早く」である。

「すいません。余計な事言いました」

「ううん。良いのよ。……じゃあそっちの方はお願いね」

 遙は気にした様子も見せずに洞窟の方に歩いていく。

 武と水月は腕まくりをしてヤシの実にサバイバルナイフを当てがい、繊維質の殻を力技で剥いでいく。

 堅牢性、切れ味に優れた軍のサバイバルナイフならヤシの実を切断する事も可能であった。

 中から堅い殻で覆われた種子を取り出し、先程A地点で手に入れた簡易テント布に入れていく。

 ヤシの実をそのまま持っていくと大きくかさばる。

 種子だけ取り出して少しでも軽くし、簡易テント布は風呂敷代わりというわけだ。

 今回ヤシの木を発見できたのは幸運だった。

 ヤシの実は貴重な食料になるだけでなく、中にはヤシの実のジュースが入っている。

 今自分達の持っている水筒は1リットルも入らない。

 前線で戦う兵士が1日に必要な水分は2リットル。

 最初から水不足が確定している状態でこの水分はありがたい。

 またヤシの堅い種子も2つに割らないで、親指サイズの穴を開けるような形で中を飲むようしておけば、水源が見つかった際にその中に容器として再び水を入れる事ができる。

 種子に開けた穴にはヤシの実の繊維とベルトキットに入っていた医療用の綿を固くグルグルに縛りってコルクの栓のよう蓋をしておけば、この総合演習の残り5日間だけなら何とか持つであろう。

 水筒がなければその代用となるものを作ればいいのである。

 今回手に入れたヤシの実は先程食べたものを含め9個。

 ヤシの実を切るのは重労働であったが、それでも十分やる価値のある作業であった。
 








――総合演習3日目



 ブチブチブチッ――!!

 総合演習3日目の朝、砂浜と青い海の奏でる波の音に不釣合いな雑音が邪魔をする。

「ほら、霞……。これで良いか?」

「……ありがとうございます」

 霞は白面から受け取った穴の開いたヤシの実にストローを刺しジュースを飲む。

 夕呼達が乗ってきた船の冷蔵庫で冷やされたヤシの実ジュースはすっきりした甘さで喉を潤す。

 先程の音は白面がヤシの実を剥いだ音である。

 どのようにやったかと言うとサバイバルナイフも鉈も何も使っていない。

 まるでミカンの皮を剥ぐように指で簡単に皮を剥き種子を取り出し、穴を開けたのであった。

 昨日の額に汗した武達が見たら何とも言えない表情をするかもしれないが、白面の腕力ならこれくらいの事は造作もない事である。

「ん~……、新鮮♪ 新鮮♪ 取れたての魚を刺身で食べられるなんて普段の私でもちょっとないわね♪」

「すいません陽狐さん。私までご馳走になってしまって」

 夕呼とまりも、霞が食べているのは白面が今朝海に行って取って来た魚である。

 これまた道具は一切使用せずに素潜りで鷲づかみしてきた。

 白面に限らず白面の世界にいた化物の泳ぎ方は人間のそれとは全く異なる。

 彼らは手足で水を掻くなどということはしない。

 かといって船の様にエンジンを積んでるわけでもない。

 はっきりいって「何だか良く分からない力」で空を翔るのと同じように水中も縦横無尽に動き回るのである。

 800年間海にもぐり続けた白面もまた泳ぎは得意な方なのであったのだ。

 今食べている刺身は夕呼のリクエストだった。捌いたのはまりもだが彼女もむしろ率先して調理していた。

 取れたての魚を刺身……、この世界に住む日本人ならこの上ない甘美な言葉なのである。

「いや何、そう言ってもらえて何よりだ」

 それに対して白面は昨日と同じステーキを食べている。

 何せ800年間毎日サカナサカナ……。飲み水は海水……。

 飽きて当然!!  ……とまぁそれは冗談であるが肉は食べていなかったのは確かで、西洋料理もあまり馴染みが無かったためステーキの方を取る事にしたのである。

「まりも。あいつらの進行状況はどう?」

 総合演習の状況が気になるのか、それともただの朝食の話題の種なのかは分からないが夕呼が問う。

「は……! 若干予定より遅れは出ているものの上手く行けば今日の夜には合流地点へと到着できるかと」

 口の中のものを飲み込み、軍曹としての言葉遣いに直してまりもは答える。

 この総合技術評価演習では下手をすると命を落とす可能性がある。

 前回の遙たちのチームがそうだった様に。

 ただしそういった事故も可能な限り起きないように監視カメラ等の設備を使って安全策も設けられているのである。

「そう……。まぁまぁのペースって所ね。 まりも、引き続き監視を続けなさい」

「は! 了解しました!」

 夕呼達と違い水着姿でなく熱帯標準軍装を着崩したまりもが起立し敬礼する。

 その姿は数秒前の穏やかな物ではなく、教官、神宮寺まりも軍曹の顔のそれであった。

「私は引き続き遊んでるわ!」

「ゆ、夕呼~~~~~~」

 夕呼の言葉に思いっきりずっこけるまりもであった……。











「うん! 2人ともちょっと来て。脱出ポイントがわかったよ!」

 総合演習3日目の午後3時、目標のB地点に遙の声が響く。

 薄暗い自然の穴倉を利用した防空壕。そこに人が手を加えた証である照明器具が2人の人影を映す。

 遙に呼ばれた武と水月である。

「え?」

「本当!?」

「えぇ備え付けの無線があってね。それを使ったら味方周波で回収ポイントの情報が手に入ったの」

「へぇどれどれ? 私にも見せて」

 そう言って遙から情報が書かれた暗号文章を水月は受け取る。

「フンフン……。国連軍の青9暗号ね……」

「ね? その暗号から回収ポイントはココ……、地図の南西の所だと思うの」

「うん! 私も遙と同意見ね!」

 遙と水月、そして武が地図を囲むような形で遙の指すポイントを見る。

 回収ポイントの情報が手に入ったのだ。

 遙と水月の表情は明るい。

 しかしそれに対して武は嫌な胸騒ぎがした。

 遙が指したポイント……。そこはかつて自分が経験した総合演習の偽回収ポイントの場所そのものだったのである。

(……まさか今回も同じって事はないですよね? 夕呼先生)

 正直今回の演習はあまりペースが良いとは言えない。もしまた偽回収ポイントが起きたとしたらかなり厄介だ。

だが、今回は今までとは時期が違うので必ずしも同じ試験内容とは言えないはずだ。

 武はそう自分に言い聞かせながら回収ポイント先をジッと見つめるのであった。




「そっちはどうだった? 何か役に立つものはあった?」

 一旦武達は防空壕の外に出てそれぞれの戦果を確認し合う。

「えぇ。こっちはラペリングロープがあったわよ」

「オレの方では高機動車…… こっちはエンジンが丸々抜けてたんで使い物になりませんでしたが、燃料である軽油を見つけましたよ」

「「高機動車……」」

 遙と水月の声が2つ同時に重なる。

「え?」

「あ……、うんゴメンね。ちょっと前の試験を思い出しちゃって」

「前の試験……?」

 そこで武はハッと思い出した。

 前回の総合演習である事故が起きた。

 時間配分に焦ったとある組が整備されていない獣道を高機動車で駆け抜けようとした。

 結果は最悪……。

 他のメンバーを巻き込み高機動車は横転。

 死亡者2名、重傷者1名の惨事が起きてしまった。

 その重傷者というのが涼宮遙である。

 ジャングルの獣道を走り、たっぷりと細菌を染みこませたそのタイヤに引かれた遙は脛から下を切断、義足を余儀なくされたのであった。

 義足と言っても貴金属のそれではなくバイオテクノロジーを駆使した再生技術による見た目は自分の足と変わらないものであったが、それでも神経結合が上手くいかなかったためどうしても運動の面で遅れが出てしまうというハンデを背負ってしまったのだ。

 武と水月が組んだのは207A分隊で最も体力のあるこの2人が組んだのは、そんな遙をサポートするためでもあったのだ。

「まぁ……、ちょっとその事を思い出しちゃってね」

 その時の事故の様子を説明し終えた遙は少し寂しそうに笑う。

「す、すいません! オレ余計な事を!!」

「え? ううん! 良いのよ。別にもう昔の事だもの」

 そうやって強く笑う遙の顔を見て武は何とも切ない気持ちになる。

 何故なら武だけは知っているのだ。

 遙は例えこの試験に合格できても衛士になる事はできないのだと。

 もっとも彼女はCPとして活躍し立派にその役目を果たしていくのであるが……。

「涼宮先輩……! 必ずこの演習合格しましょう!」

「うん! そうだね! 絶対合格しようね!」

 武の言葉に遙も強く返すのであった……。

「じゃあ遙、白銀。盛り上がったところでパァっとこの施設爆破しちゃいましょうか?」

「おぉ! そりゃいいっすね! 派手に行きましょう!」

「あ! ちょっと待って白銀君、水月。せっかくだからその軽油いくらか持っていきましょ?」

「え、いいの? 遙? ……縁起悪くない?」

「それはそれ、これはこれだよ。せっかく前のA地点でヤシの実を手に入れたんだし、水筒に余裕がある分、軽油は持っていくべきだと思う」

 遙のその言葉に武は素直に感心する。

 下手したらトラウマになりかねない高機動車の事故を彼女はとっくに克服し、冷静な判断を下したのだ。

「フフ、了解! そうと決まったら早速準備に取り掛かっちゃいましょ! 何だか天気も悪くなって来ちゃったし」

 そう言って水月は空を見て準備に取り掛かろうとする。

 言われてみると風が強くなって雲が激しく動いているようである。

 このままだといつスコールが降るかわからない。

 前回のループのまりもの言葉を借りるなら基地襲撃は夜明け前に行うのがセオリーである。

 だがセオリーに従って第一目標である全員脱出の任務に失敗しては意味がない。

 なぜなら今回のペースは遅いからだ。

 ここを爆破した後、例え雨が降ろうとも合流地点まで進軍する。

 幸いA地点で手に入れた簡易テント布を使えば雨よけをする事も可能。

 たとえ雨で体力がいくらか奪われようとも合流地点で休めば良い。

 セオリーだけではこの総合戦闘技術評価演習には合格できないのである。

 今は何より時間を気にして少しでも距離を稼ぐのが先決だと武達は判断した。

 ふと隣にいた遙を武は見る。

 彼女は何やら空を見て顔を蒼くしている。

 先程の強い笑顔を浮かべていた彼女とは思えない。額には汗、目には驚愕の色が見て取れる。

「し、白銀君……。水月…………。 あれ……」

 遙がここまで慌てるのはただならぬ自体なのだろう。

 武だけでなく水月も遙の指差す方向を見てみる











「「たたた、竜巻ィイイーーーーーーー!!!!!」

 そう、先程まで雨が降るであろう雨雲があったで場所、この島より十数キロ北部にある海上に巨大な竜巻がうねりを上げていた。

 幸いにしてこちらの島には大きな影響はないが、それでも強い風が吹き荒れている。

「ななな何ですかーーーー! あれはーーー!? 竜巻って米国で発生する物なんじゃないんですか!?」

「う、ううん……。 そ、そんな事はないよ? 確かに米国で多く発生するけど一応他の地域でも発生するはず……」

「た、例えそうであったとしても何? あの大きさ!! 洒落になんないわよ!」

 まるで映画か何か嘘のようなサイズの竜巻は、天へと昇る荒れ狂う龍のように稲光の咆哮を上げている。

 あんな竜巻がこの島に上陸しようものなら、か弱い人間などそれこそひとたまりもないだろう。

 武達にできる事はとにかく「こっちに来んな!」と祈るだけであった……。



 時間で言うと十数分……、されど何時間にも長く感じたがとにかく幸運にも竜巻はこの島に上陸することなく消え去った。

 先程の竜巻が雨雲も一緒に吹き飛ばしてくれたのであろう。

 空には晴れ渡る青空が広がっている。

「た、助かった~~~」

 武……だけでなく水月、遙もその場にへたり込む。

「ど、どうする? 遙? 進軍する?」

「う、ううん……。今日は止めておこう。あんな竜巻が出るなんて異常だよ。このB地点は明日の夜明け前に爆破して出発しよう」

「オ、オレも同感です。明日の夜明けでもまだ時間は間に合いますし、もし竜巻がまた発生してもこのB地点は防空壕となってるから他の所より安全なはずです。一晩様子を見てから出発した方がいいですよ」

 雨程度ならまだ問題は無かった。

 だがあんな竜巻が発生している中進軍する事など文字通り自殺行為である。

 武達は頷き合い野営の準備を開始するのであった……。













一方浜辺では……。

「どうだ。夕呼、霞、それにまりもよ。休暇を邪魔する無粋な雨雲など我が蹴散らしてくれたぞ」

「あ、あ、アンタねぇ~~……。いきなり何て事すんのよ」

 数メートル上空に浮き上がり得意満面な表情を浮かべる白面に夕呼は力なく突っ込みを入れる。

 先程の竜巻の正体は白面の尾の能力の1つである。

 その力で雨雲を吹き飛ばしたのだ。

「ククッ。また雨が降りそうになったら我が吹き飛ばしてやろう」

「い、いいわよ! ほ、ほら! こういった南国で雨は必要なんだから、それを止めちゃうのは環境破壊ってモンよ?」

「ぬ? 環境問題など考えた事のない我にはわからぬが……、そうなのか?」

「え、えぇ夕呼の言うとおりだと思いますよ」

 まりもも今回は夕呼の言葉に素早く同意する。

「陽狐さん。自然は大切にしなくてはダメです」

「う……! そ、そうかわかった。次からは先のようなマネはせぬ」

 別に数日ぐらいなら雨が降らなくても問題無い気がした白面だったが、何となく自分が間違った事をしたと言う雰囲気を感じ取った。

 最近あまりにも人間じみていたのであの夕呼ですら忘れていた。

 陽狐……白面は人間じゃないのだ。

 それもたった1体で横浜ハイヴにいたBETAを壊滅させる事が出来るほど強力な存在なのである。

 ちょっと羽目を外すだけでとんでもない影響を周りに与えるのだ。

 先程の竜巻に白面の力の片鱗を見た夕呼達であった……。

 総合戦闘技術評価演習3日目……。

 残り時間もあと3日、中間点である合流ポイントに207A分隊はまだ…………辿り着いていない。








あとがき
 
 今回の話は素人ながらに調べながら書いたんですがいかがでしたでしょうか?

 ヤシの実の水筒とか突込みどころありかも……。

 一応戦時中でヤシの実の水筒を使ってたという情報をとあるサイトを見つけたのですが、それってちゃんと加工されたヤツなのか、それとも今回の話のように生のヤシを代用しただけなのかわかりませんでした。

 何かそのまま飲んだら腹壊しそうですが、煮沸消毒か何かすればきっと大丈夫なはず!

 そもそも戦時中とかの極限状態なら水筒がなくても何かで代用すると思うんですよね。

 最初はA地点では爆破できないって事でB地点に行って軽油を回収。

 またA地点に戻って爆破……って予定だったんですが。

 原作でも武達以外は爆破以外の方法で破壊してる可能性高いんですよね。

 まりもちゃんも手段は問わないって言っているのにAB間を往復するのは、時間の無駄ですし、無理があるかなと思いA地点は隠密に破壊って事にしました。

 霞と白面は悟飯とピッコロの様な関係にしたいな……。

 理由は作者の趣味です。他に複雑な理由はありません(キッパリ)



[7407] 第拾話 南国のバカンスと休日 後編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/05/31 17:02
第拾話 南国のバカンスと休日 後編






――総合演習4日目


 明け切らないまだ暗い南の島。

 太陽が目を覚ますよりも早起きの鳥や虫達の羽ばたきの音だけが聞こえる。

 これからまた始まるであろう1日に生き物達の動きがにわかに活気付く。

 白んだ夜空を僅かに彩る星明り。穏やかに吹く陸からの風はむせ返るほどの草木の匂いを運ぶ。

 いつもと変わらない南国の景色。

 いつもと変わらない1日の始まり…………そのはずだった。

 最初に異変に気付いたのは先程までさえずっていた鳥達か。不意に鳴くのを止め島全体に静寂が包む。

 風がぴたっと止む。

 突如聞こえた静寂を破る爆発音は、空気の急激な瞬間膨張を引き起こし島全体を揺るがした。

 目覚まし時計がわりには大げさすぎるその轟音により野鳥達が一斉に空に避難する。

「よっしゃっ!! 上手くいきましたね!」

「ふっふ~~ん! 高圧線と軽油を組み合わせた遅延発火装置も捨てた物じゃないわねぇ!」

 昨日まで武達がいたB地点から破壊した際に生じた爆炎が黒い煙を吐き出す。

「うん。この爆破は、別働隊にとってもいい攪乱になったはずだよ」

「オレ達も結構距離稼いだから位置を特定される危険は低いはずですよね?」

「そのはずよ。時間も遅れてる事だし早い所合流地点に行くわよ!」

 気の早い水月は言い終わる前に先に進もうとする。

 もっとも彼女の気持ちもわからないまでも無い。

 昨日の竜巻が起きた後、安全が確認できるまでB地点で様子を見ていた武達だったが結局あれから何も起きなかった。

 むしろ空は晴れ渡っており進軍するにはもってこいの天気であったのだ。

 総合戦闘技術評価演習4日目の午前3時、結果論であるが12時間近くの時間を無駄にした事になる。

 もっともあの竜巻が白面のせいだったなどと言う事を武達が知る由もなく、それを責めるの酷という物であるが。

 「水月、逸る気持ちはわかるけどここからが大変なんだから気をつけてね?」

 遙の言葉に水月は「わかってるわよ」と、こんな時でもどこか余裕のある笑みを浮かべガッツポーズを取ってみせる。

 思わず武も釣られて笑う。まぁ彼女なら大丈夫だろう。

 最初の自分とは違い間違っても蛇に噛まれるなんてヘマはしないはずだ。

 思い出したように蛇避対策の煙草の臭いが染み込ませた自分の戦闘服を見る。

「まったく速瀬先輩は元気ですねぇ」

「フフ、まぁ休息もたっぷり取れたし体力も完全回復したって感じかしらね」

 水月の態度に気力が湧いてきたのか武と遙も足早に水月の後を追う。

「ところで遙先輩。今のペースだと合流地点にはどれくらいで着きそうですか?」

「そうね……。良くて正午ちょっと前ぐらいだと思う。正直かなり苦しいペースかな」

「マジでギリギリの時間ですね」

「そう白銀語で言う『マジ』に……ね」

 少し先に行っていた水月も武達の言葉にいつになく真剣な表情を浮かべる。

 昨日の夜、時間を持て余した武達は作戦会議をした。

 その議題の中には宗像、風間を置いてゴールを目指す可能性もあるという話も上がったのである。

 何故なら最初のスタート時での作戦では4日目までなら待つ。だがそれ以上の時間が経った場合、各々で脱出ポイントを目指すという約束をして、宗像、風間ペアと別れたのだ。
 つまり今日合流地点に到着した時、2人がいなかった場合を想定に入れる必要があったのだ。

 だが幸運にも脱出ポイントであるD地点はこの島の南西にあったおかげで、武達が目指すルート上に合流地点はあった。これならたいした時間のロスも無く合流地点に辿り着く事ができる。

 しかし恐らく……、これは断言できる事だが彼女らも本来のペースよりかなり遅れて進んでいる事であろう。

 到着する時間は自分達と同じくらいと踏んだ。

 故に自分達が到着して1時間経っても彼女達が来なかった場合は、脱出ポイントの情報だけを何かしらの形で残し先に進むという結論に達した。

 今回はそれほどまでに武達には時間の余裕はないのであった……。













「……やっぱりまだ宗像先輩達は到着してませんね。それとももうすでに先に進んでるんでしょうか?」

「そうね……。多分だけどまだ辿りついてないと思うわよ。野営の跡も何も無いでしょ?」

「なるほど……確かに速瀬先輩の言うとおりですね」

 辿り着いた合流地点。

 その周辺には人が火を炊いた様子も何も無く草木が生い茂るのみであった。

 もし合流地点に到着していたのであれば、必ず休憩した跡が残っているはずである。

 ちょうど今の武達のように……。

「とりあえず少し休みましょうか」

 遙の言葉に武と水月は頷き、そこら辺に横になっている倒木に腰を掛ける。

 風呂敷代わりにしていたテント布を地面に下ろし、武は首を2,3回鳴らす。

 テント布を広げると昨日の夜キャンプをする際に手に入れてきた食料が顔を出す。

 とは行っても豪華なものでなく、食用になる葉っぱや蛙、蛇、それと最初のA地点で手に入れたヤシの実が3つという質素な物だ。

「かってぇッ!!」

 蛇を口に運んだ武は思わず呟く。

 保存のためとは言え火を通しすぎるくらい通した蛇肉はすっかり冷めて堅くなり、しかもやっぱり臭いがきつい。

 気を取り直してベルトキットからカレー粉を取り出し、蛇に振りかけて噛り付く。

「宗像さん達大丈夫かしらね?」

「大丈夫! と言いたい所だけど何とも言えないわね」

「そうですねぇ。宗像先輩達も陽狐さんの言葉を気にして相当慎重に進軍しているはずですし。……まったく陽狐さんの言うトラップなんて本当にあるんですかね?」

 武が何となしに合わせた言葉を吐いた瞬間妙な沈黙が流れる。

「…………ちょっと待ちなさい白銀。アンタ今なんて言った?」

「えッ? いや宗像先輩達も慎重に進軍してるって」

「違う! そっちじゃなくてその後!!」

「えっと? 陽狐さんの言ってたトラップなんて本当にあるのかって………………。あッ! あぁああッーーーー!!!!」

「……やられたね」

「まったくだわ。試験内容なんてそうやすやす変更できるわけ無いじゃない!」

 水月は右手で頭を掻く。

 武の何気ない言葉で白面の言っていた事が嘘だと気付いた水月は八つ当たり気味に手に持っていた食べ物を一気に口に含む。

「下手したら1日近く無駄にしたんじゃ……」

「言わないで遙!! よけいにムカッ腹が立ってくるから!」

 嘘を言った白面になのか、それともそれを見破れなかった未熟な自分になのか、苛立ちを隠せないまま水月は声を荒げる。

 3人がため息をついた時、草を掻き分ける音が聞こえる。

「どうしたのですか? 速瀬先輩。30m先まで声が漏れてましたよ?」

「宗像先輩! 風間先輩! 良かった。間に合いましたね!」

 現れたのは宗像と風間の2人だった。

 とりあえず5人全員そろった事に武は安堵の息を漏らす。

「申し訳ありません。随分待たせてしまったようですわね」

「あぁそれは大丈夫よ。私達も今着いたところだしね。それより宗像、風間ちょっと聞いてよ」

「やれやれ。一体何があったんです? いつに無く速瀬先輩の機嫌が悪いようですが」
「機嫌も悪くなるってもんよ!!」

 水月は頭に血が昇った状態で宗像達に説明する。

 話を聞き終わると宗像と風間は大きくため息をつく。

「やれやれなるほど……。それは確かに速瀬先輩でなくとも頭に来るというものですね。そうと分かっていれば祷子と熱い夜を過ごせたものを」

「もう……。嫌ですわ美冴さん」

 実際の所怒っているのかどうなのかは判断しにくい表情で2人は軽口を叩き合う。

「もっとも文句を言った所で嘘を見抜けなかったオレ達が悪いって言われそうですけどね」

「そうだね。ところでそっちはどうだった? こっちは脱出ポイントの情報と、ラペリングロープ、軽油にテント布を見つけたよ」

「それは大量ですね。あいにくこちらで見つけられたのは対物体狙撃銃が1挺手に入っただけです。弾も1発だけで」

 背負っていたライフルを宗像は見せる。

 2分割にされているが、それでもその大きさから明らかに人を打つものではないものだと判断できる。

「よし! じゃあ食事休憩を取りながらルートを決めちゃおう。 なるべく緩やかそうの所選ぶからね」

「悪いけど休憩も最低限の時間しかとれないわよ? 宗像、食料の方ある? こっちもいくらか余ってるけど?」

「ご心配なく。昨日の竜巻が発生した後に野営をずっと取る羽目になったので、そのぶん食料の方は可能な限り集めましたから」

「あッ、あんた達もそうだったんだ……。ところで食料は何が残ってるの? もし鳥肉とか手に入れてたら分けて欲しいなぁ……なんて」

 水月はそう言って両手をさすり愛嬌を振りまく。ここ数日動物性タンパク質といったら蛇か蛙のみ。ジャングルにはカラフルな鳥が多く存在するが道具なしで捕まえるとなると難しいのである。

「いえ、蛇と蛙です」

「あ、そう……」

 宗像の淡々とした口調に自分の持ってる蛇肉を見る水月であった。











 変わって総合演習スタート近辺の海岸。そこに南国特有の白い砂浜に不釣合いな建物が建っている。

 砂浜の色と同じ白い断熱パネルに覆われたプレハブハウスが暑い日差しを反射する。

 ここは白面達が寝泊りしているプレハブである。

 南国の天気は変わりやすい。赤道直下で照り付ける太陽の日差しは海水を蒸発させ水分をたっぷり含んだ上昇気流を生み出しスコールや台風を生み出す。

 年がら年中予想しにくい天気の中では船などで寝泊りするのは危険なのだ。

 そのため総合戦闘技術評価演習の間、試験官が寝泊りする仮設住宅や管制室がこのように設けられているのである。

 広さ12畳の部屋に折りたたみ式のテーブルを置き白面と夕呼がこれを囲んでいる。

 いくら南国の休暇とは言え1日中外の直射日光に照らされてるわけではなく少し部屋で休んでいるのである。

「陽狐さん。これあげます」

 たっぷりと氷が入った透明なグラスに注がれたキンキンに冷えた紅茶を飲みながら夕呼と白面が雑談していた所、霞が白面に1枚の紙を差し出してきた。

「……これは我か?」

「はい。一昨日のお礼です」

 どうやら一緒に貝殻拾いをした事へのお礼らしい。差し出された紙にはクレヨンで描かれた決して上手とはいえないが、それでも一生懸命描いたとわかる9本の尾を持つ白い動物の絵が描かれていた。

 照れているのか霞の頬がほんのり紅く染まっている。

「あらあらぁ~~。良かったじゃない陽狐ぉ」

 とても良い笑顔の夕呼の言葉に白面はうっと言葉を詰まらせ、一瞬難しい顔をするがすぐに気を取り直す。

「霞よ。立ちっぱなしでは何であろう。そらここに座るといい」

 白面はそう言って少し自分の体を横にずらし、体から尾を1本出しクッションのようにする。

 霞は少し遠慮しながらもその上にちょこんと座り、白面の尾に触る。

 フワフワした綿毛のような柔らかさと滑らかな手触りが心地よい。

「礼を言うぞ霞」

「そうよォ。ちゃんと大事にしなさいよ~?」

 ストローで一口紅茶を含み夕呼は笑みを浮かべる。

「わ、わかっておる。肌身離さず、そうさな今度あやかしの腹の中にでも永久保存できる空間を設けてみようではないか」

「あやかし? 何それ?」

 初めて聞く白面の言葉に夕呼は眉をひそめる。

「んッ? そうか言うのは初めてであったな。……まぁ良かろう」

 うっかり声に出してしまったが白面は気を取り直す。

今まで自分の能力について黙っていたが、信頼が置けてきてる今なら少しくらい自分の能力を教えておくのも時期的に悪くはないと思い説明することにした。

「あやかしとは斗和子と同様に我の眷属だ。巨大な海蛇のような化物で全長は1km以上……。体内は異空間となっており多くの物を収納できる。まぁ平たく言えば我の荷物持ちだ」

最後の一言が余計な気がしたがそれが本当なら途方も無い大きさの海蛇である。

さらに付け足して言うならば白面の説明した長さはこの世界に来る前の話の物であって、横浜ハイヴでのBETA戦においてさらに強力な力を手に入れた今の白面が生み出すあやかしはそれより更に途方も無い大きさになっている。

「へぇッ! 面白そうじゃない。ちょっと見せてくれない?」

「何だ妙に喰い付きが良いな。そんなに海蛇の生態に興味があるのか?」

「違うわよぉ。私が興味あるのは体内が異空間になってるって方。ほら、私って並行世界にまつわる因果律量子論を元々研究してるじゃない? だから異空間とか興味あるのよ」

「なるほどな。そういう事なら見せるのは構わぬが、初めに言うておくがあやかしの姿はかなり醜悪だぞ?」

「そうなの? まぁ研究者にとっては外見なんてどうでも良いのよ。大切なのは興味があるかないかだけなんだし。……霞、隣りの管制室にいるまりもも呼んできなさいな」

 霞はコクリと頷くとまりもを呼びに外に出る。

 夕呼と白面も紅茶を一気に煽り外にでるのであった。











「……へぇ。これがあやかし? 確かにグロテスクねぇ」

 そういいつつ夕呼は興味深そうにあやかしを見て回る。

 人型サイズの白面の尾の一部が変化しているため、本来の大きさより小さく全長10mくらいの大きさであやかしが上から見下ろしている。

 いや、見下ろすという言葉は正確ではない。

 何故ならその顔には目など付いていないのだから見下ろす事などできない。

 ごつごつした岩のような赤黒い外皮にヌルッとした油が光る。

「触ってみても大丈夫?」

「ゆ、夕呼ッ!! 危ないわよ!」

「まりもよ。気にせずとも大丈夫だぞ。こやつは我の命令には絶対服従なので危害を加えるようなマネはさせん」

 白面はやや離れた所にいるまりもに声をかける。

 この外見は女性にはかなりきついものがあるのだろう。

「陽狐もそう言ってることだしまりももこっちに来なさいな」

 あやかしに触りながら夕呼はまりもを呼び寄せる。

 おっかなびっくりであるが、あやかしを見上げながらゆっくり近づく。

「まりも~~。日焼けで大変でしょう? サンオイル塗ってあげるわ」

 そう言いつつ夕呼は手に付いたあやかしの油をまりもの体に擦り付ける。

「ちょっ! ちょっとなにするのよ!」

「う~ん。それにしてもこの外見はBETAに勝るとも及ばないわねぇ。せめて縞々模様や水玉模様でも付けてみたら?」

 まりもの非難の声を完璧に無視して再びあやかしを見上げて不敵に笑う。

「そのような事をしたら余計に醜悪にならないか? ……そう言えばBETAで思い出したのだが奴らの中にもあやかしに似た者が存在したぞ? これは確かこの世界の人間は知らぬ情報であろう?」

「本当ですかッ!?」

 白面の言葉にまりもが大声で反応する。

 確かにBETAにはいまだ観測されていない未確認種と呼ばれるものが存在しているとされている。月やユーラシアの各戦線から回収され、いまだ同定に到っていない数多くの断片標本がそれを示唆している。

「あぁ。やはり蛇の様に長細い体をした奴で、あやかしよりでかかった。地面を掘り進んでいきなり現れて大量のBETAを口から吐き出しておったぞ」

「なるほど地中に生活するBETAならそういう種類が居てもおかしくないわね。そいつはどうしたの?」

「当然跡形も無く滅ぼしてやった。やはり運搬役は蛇のように長細い奴に限るよな」

 腕を組みながらウンウンと白面は頷く。

「……何か言ってる事がずれてる気がするけどまぁ良いわ。ところでまりも」

「何よ?」

「ちょっと食べられてみる気ない? 頭からこうガブッ!! て感じで」

「全力でお断りしますッ!!」

 いきなりとんでもない事を言い出す夕呼に即座で断る。というより頭からカブッ!! は何というか色々とシャレにならない。

「でもねぇ……。異空間を観測するにはどうしても中に誰か入らなくちゃいけないのよ。私は嫌だし、霞みたいな小さい子を入れるわけにはいかないでしょ?」

 夕呼は隣りに居た霞を前に持ってきて彼女の頭を撫でて見せる。

「何困った顔して恐ろしい事頼んでるのよ!! 嫌に決まってるじゃない!」

「あのねぇまりも? これは友人としてあなたのためを思って言ってる事なのよ?」

「……何よ? 一体どういうこと?」

 胡散臭げな目でまりもは夕呼を見つめる。長年の付き合いで夕呼がこの様な言い方をする時は尤もらしい屁理屈を述べることを彼女は知っているのである。

「あなたの為に実は黙っていたんだけど私の並列処理の研究で、偶然にも並行世界の情報が流れてきて分かった事あるの」

 武の記憶によるまりもの死因については適当な事を言って誤魔化して言葉を続ける。

「それによるとね、あなたは頭を潰されて死亡する可能性が高いみたいなのよ。私の因果律量子論において物質も世界も常に安定を求めようとするわ。つまりこのままだとまりもも頭に致命傷を負って命を落とすか、最低でも重傷を負う可能性が高いのよ。でもね、ここで1回あやかしに頭から飲み込まれておけば、その『世界の安定』の条件を満たす事ができてあなたの死亡する確率が大幅に下がるってわけ。……私だって本当ならあなたを危険な目に合わせたくないわ。でもねあなたの身を案じてるからこそこう言ってるの。お願い。わかって?」

「……よくもまぁ今思いついたであろう屁理屈をペラペラと」

 呆れて物も言えないが一応は理にかなった事を言っている。しかも嘘を言っているように見えない。最も彼女ならそれぐらいの演技は平然とこなすであろう。

「神宮司教官。香月博士の言ってる事は本当ですよ」

「そうなの? 社?」

 夕呼の言う事は一応後付けであるが確かに真実ではあるのである。

 白面や夕呼ならともかく普段行いの良い霞の言う事なら信用できるというものだ。

 後ろで「ナイスッ! 霞!」とばかりガッツポーズをしている夕呼の様子が気に入らないがそれなら仕方が無いかもしれないと思う一方、嫌なものは嫌だという人として当然の感覚が揺れ動く。

「フム、まりもよ。とりあえず安全は我が保障しようぞ? もしコイツがそなたを喰らおうものなら尾を引きちぎってでも救い出してやろう。それにこうすれば喰われるという感覚は無いと思うが?」

 そう言いつつあやかしの大きさをさらに巨大化させる。全高20m位の大きくなった口を開けたその姿はなるほど食べられるというよりかは、洞窟の中に入るという感覚に近いかもしれない。

「あ、あのですね私ほら、試験官として今監視中ですからこの場を離れるわけには行かないんですよ」

 それでもやはり気の乗らないまりもは遠慮がちに断りの言い訳を述べる。

「あぁ、気にするな管制室ごと飲み込んでやろう。あやかしの中は無線もちゃんと通じるから監視もバッチリできるぞ?」

「異空間なのに無線が通じるの?」

「あぁ何故かちゃんと通じるのだ。不思議な事に」

 かつてあやかしの飲み込まれた人間の子供がトランシーバーの無線で外と連絡を取った事があるが、そこら辺の理屈は突っ込んではいけない。

「もちろん無線の圏外に移動してしまえば聞こえなくなるゆえ、あまり沖の方までは行けぬだろうからこの島周辺を泳ぐ事になるが」

「で、でも……。そうだッ! ほら一応ここは南国の島でBETAの脅威に晒されてませんが、いやむしろだからこそ軍の監視が強くBETAへの警戒を怠ってないんですよ。陽狐さんのあやかし位巨大な生物が海を泳いでいたらそれこそあっという間に軍隊が来るんじゃないですか?」

「う~ん。確かにそれはやっかいねぇ」

 夕呼は腕組をしながら困った表情を浮かべる。

 まりもの言うとおりこの世界はBETAの危険に晒されているため人工衛星やら軍のレーダーやら何やらで監視の目が常に光っている。

 こんな所で軍隊が出動したらそれこそ国際問題に発展しかねない。

「何とかならない? シロエモン?」

「誰がシロエモンだッ! まったくヤレヤレ、分かっておらぬな夕呼。それにまりもよ」

「何がよ?」

 ため息まじりの白面の態度にややムッとして夕呼は聞き返す。

「この我が、白面こと金白陽狐がそのような中途半端な能力を持ち合わせてると思うのか? 言うておくがタケル達、横浜ハイヴにいた捕虜達を仙台湾まで運んだのはあやかしだぞ? その際にそなたらはあやかしの影を捉える事ができたか?」

「えッ! そうなの? 信じられない……。一体どうやったの?」

 夕呼は武達が仙台湾で発見されたあの事件を思い出す。

 あの時は突然現れた横浜ハイヴからの生存者に世界中が驚いたものだ。だが言われてみればあそこは仙台基地のレーダーの範囲に入っているにも関わらず、あやかしの影を捉えたと言う報告は一切無い。

「あやかしは自身の周辺に結界を張る事ができてな。この中もいわゆる1つの異界と同じだ。結界内にいるかぎり人工衛星はおろか、あらゆるレーダーにあやかしは引っかからない。まぁもっとも軍艦などが偶然結界内に入り込んでしまう可能性もあるが、今回はさっきも言うたとおりこの島周辺で実験を行う。それゆえその心配もあるまい」

 白面の言葉に夕呼はやや呆然する。そして突然大きく笑い出す。

「あ~~~はははっ!! このチートッ!」

「前も聞いたが何だ? それは?」

 いつぞややったやり取りと同じ単語を言って夕呼は腕組をしながら考える。なるほど白面が今この段階であやかしの存在を言うのは納得がいく。

 今でこそ夕呼自身も白面に対して人間への危険性は殆ど感じていないが、出会った当初にそんな事を言われていたならそれがどれほど脅威に感じたであろうか。

 考えても見ると良い。BETAはその思考パターンを読む事は出来ないがたとえ地下からの奇襲であったとしても振動源などの観測からある程度危険を予測でき対処する事ができる。

 しかしあらゆるレーダーに引っかからず接近するまで気付かない相手にどのように対処したら良いというのか?

「まりもッ! 悪いけど上官として命令させてもらうわ。この実験に協力しなさい」
「え……? はッ! 副指令!!」

 夕呼が突然真顔になり上官として振舞った意図は分からないがまりもは半ば脊髄反射的に敬礼する。

「一応理由を説明しておくわね。もし陽狐の言うとおりの事が私達にもできるようになったらどうなると思う?」

「え? えっと……?」

「上手く行けばBETAの探知能力にも引っかからない。つまりレーザー級を無効化できる航空兵器を作る事ができるわ」

「そ、それはすごいッ!! 了解しましたッ! 神宮司まりも、粉骨砕身任務に当たらせていただきますッ!」

 夕呼の言う結界のようなものが出来るのはまだまだずっと先か、あるいは出来ないかもしれない。それに例え完成したとしてもその技術はその内人間同士の争いに使われる可能性もあるだろう。

 だがそれでも今この瞬間、人類の状況を考えるならこの実験をしない手は確かに無い。

「では話がまとまった所で始めるか。っとその前に約束してもらう事がある」

「何?」

「実験には協力するが我自身が例えば解体など危険になりそうな実験には一切付き合わぬ。……良いか?」

「当然ね。それはもちろん了解するわ」

「では案内しよう。穏やかな海の中に作られた荒波の異界。あやかしの結界に」

 白面の言葉に海が荒れ、空の雲が厚くなり風が強くなる。

 やがてポツリポツリと雨が降る。

 島周辺は未だに晴れ渡る青空なのに対してこの島にだけ強い嵐となる。もっとも外から見ただけ者からはこの島は平穏そのものでとても雲に覆われているとは思えない。

 今この瞬間においてこの島は外界と完全に隔離されたのであった。










一方その頃の武達は――。

「くそッ! 何てこったッ!!崖を渡る『前』に嵐が来るなんて!!」

 例によって足止めを喰らっていた。













――総合演習5日目




青い海の上に白面は自分の尾にタップリと空気を含めバナナボートの様にして浮かび、その上に座っている。

「よし。ではそこで顔を水につけてみよ」

 白面の言葉に霞は力いっぱい首を振る。

 せっかく海に来たのだから泳ぎを教えるという事になったのだ。

 白面の尾に捕まりながらバタ足をするものの水に顔をつけるのが恐いらしい。

 さっきから数分間練習しているもののそれをする事ができない。

「ウーム仕方あるまいな。霞よ少々休憩だ」

 白面は自分の尾を器用に使い霞を持ち上げて自分の膝の上にのっける。

「はあ……はあ……はあ……」

 バタ足を数分間やっただけで息切れを起こしている。運動不足以前の体力の無さである。

「はあ……はあ……すいません」

「我には人間の泳ぎのコツとは良く分からぬが何もバタ足から入らず、足のつく所で水遊びをする事から始めた方が良いのではないか? 水に慣れれば顔をつける事も出来るような気もするが?」

「わかりました。ちょっと休憩したらそうします。陽狐さんも一緒に遊んでくれますか?」

「あぁもちろん構わぬぞ」

 そう言って白面は霞の頭を撫でる。

 この総合演習ですっかり霞は白面になついたようで、昨日の夜も白面の尻尾を抱き枕にして寝ていた。どうやらあの触り心地が気に入ったらしい。

「………………」

 白面はチビリと手に持っていたトンペリの入ったグラスに口をつける。

「陽狐さん昨日の事まだ気にしています?」

 白面に霞が声をかける。

 昨日あれから実験を数時間行っていた所、監視カメラの様子などで武達が足止めを喰らってる事を知った白面は即刻実験を中止したのであった。

 夕呼としてはこの際実験の方が重要だったが白面が協力しないという限り何もできない。

「陽狐ォ? 気にする事はないわよ? 間違いは誰にだってあるんだし」

 夕呼もトンペリを飲みながら白面の尾に座りながら慰める。

 ちなみに酒を飲みながら海で遊ぶのは非常に危険なのでマネをしてはいけない。

「ん? あぁ昨日の事か? あれならばまるで気にしてはおらぬから安心せよ」

「あれま。私が言うのもなんだけど陽狐も随分図太い神経してるのねぇ」

「おっと夕呼よそれは誤解であるぞ? 我に限った事でなく化物は皆自分のした過ちなど後悔するような神経は基本的に持ち合わせてはおらぬでな」

 これは白面の言うとおり人間と化物の感覚の違いである。

 かつては人間を好きなように喰らい、向かってくる化物を好きな様に殺していたあの金色の獣でさえ、槍の少年と出会ってから自分の過去にやってきた事に対して後悔したり鬱になったりすることはなかった。

 長くて100年前後の寿命しか持ち合わせない人間ならばそういった自責の念に駆られようと死ねば終わりだが、寿命を持たない化物がそんな感情をもっていたら永遠とそれに引きずられながら生きていかなくてはならない。

 それゆえに自分の行動に対して後悔する化物の方がよっぽど稀なのである。

「ふ~~ん。じゃあ一体何について今朝からそんなに考えてるわけ?」

「ウム……。やはりこれは言うておくべき事だな。昨日のあやかしの外観がBETAに通じる物があるという話になったであろう?」

「えぇ。あッ! もしかしてそれで傷ついちゃった?」

「違う。真面目な話そなたから折を見て上の者達にそのことを伝えてほしいのだ」

「あぁなるほどね……。わかったわ」

 白面の意図を汲み取り夕呼は頷く。

 白面が今まであやかしを人間に見せなかったのは自分の能力を隠しておくためと、やはりその醜悪な外見からである。

 醜悪な外見とは得てして他者に警戒心を与えやすい。ましてやそれが人類の天敵であるBETAに通じる物があるとすればなおさらである。

 このままずっと黙ったままでいると今後白面がBETAと戦う時、人類がその姿を見てBETAと勘違いしたり、そこから白面はやはり危険な存在だと思われる可能性だってあるのだ。

 言いにくい事ではあるが、そこは伝えておく必要のある事なのである。

 事前報告と事後報告とではその印象が天と地ほどに違うのだから。

「それと実は後もう1種類、あやかしに負けず劣らずの外見の者がおってな。それも紹介しておこう」

「……えぇ。いいわよ」

 夕呼の言葉を聞き白面は自身の尾から婢妖を20体ほど生み出す。

「ブーーーッ!!」

 そのあまりに醜悪な外見に夕呼は思わずトンペリを吹き出しバランスを崩し海に落ちる。

「大丈夫か?」

「ゴホッ! ゴホッ! え、えぇ」

 奇しくも霞の代わりに海に顔をつける羽目になった夕呼を尾で助ける。

 落ちた拍子にトンペリを海に飲まし空になったグラスを白面に渡し濡れた髪を掻き分ける。

「な、なるほどね……。これは確かに事前に報告しておかないとまずいわね」

 大きさは30cmくらいの血走ったナメクジのような体に2つの耳と巨大な目が1つ。その姿はさながら小さくなった重光線級を髣髴させる。

 こんなものがいきなり戦場に現れたら戦術機に乗った衛士は間違いなく36mm突撃機関砲で撃ち殺すに違いない。

「こいつの名前は婢妖と言ってな情報収集を主な役割としており、その気になれば姿を見えなくする事もできる」

 付け加えるなら数は無限に近いほど生み出す事ができ、動物だけでなく機械にもとり憑き操る事ができる。多くで巻きつき圧力で霊器を破壊する力は強大で戦術機の装甲と言えども破壊できる……と言うことまでは白面は黙っておいた。

 いくら何でもそこまで言う必要はまだない。

「ふ~ん。婢妖、ヒヨウね……ちょっと待って!? それって確か以前オルタネイティブ4の理論を白銀の頭から回収してきた時、私に見せる事ができるって言ってた時に聞いたような気がするんだけど?」

「あぁその時に使ったのがコイツだ。もちろん夕呼の頭にも入ったぞ。しっかりと」

「ブッ!!」

 親指をグッと立て言い放った白面の爆弾発言に再び夕呼は海に落ち白い飛沫が上がる

「だから大丈夫か?」

「ゴホッ! ゴホッ! え、えぇ」

 先ほどと同じやりとりで白面に助け上げられる。気管に入った海水に咽ながらよろよろと力なく座り込む。

「……ねぇ、後遺症とか問題ないわよね?」

「あぁそれについては一切問題ないから安心せよ。逆に言うとこの婢妖をとり憑かせない限り我は相手の思考を読むことはできぬ」

「はぁ……。それを聞いて安心したわ。まったくこの天才の頭に後遺症なんて残ったらそれこそ人類の損失よ?」

 夕呼は白面の尾の上に寝っころがり空を仰ぎ見る。

 口の中の海水が塩辛い暑い南国の昼の話である――。









 夕暮れ時の日差しがジャングルの樹冠を茜色に染める。

 天井に覆う植物の葉は殆ど日差しを遮っていたが、それでも僅かに差し込む太陽の光が今日という日が終る事を実感させた。

 昨日の嵐によるぬかるんだ地面が歩きにくい事この上ない。

 武を初め207A分隊の体中に泥なのか汗なのか最早区別つかない汚れその歩き辛さを物語っている。

「あれ? あそこに何か見えません?」

 不意に風間が対岸の方向に指を指す。

「確かに何か見えるな。あれは……レドームか?」

「ちょっと確認してみようか。スコープ出して」

 遙の指示で対物体狙撃銃のスコープを使って双眼鏡がわりに風間がその方向を見る。

「やっぱり何か作動しているようですわね。一体何のシステムでしょう?」

「遙先輩!! 急ぎますよ! 嫌な予感がします!!」

 武は大声を突然上げて一気にジャングルの中を突き進もうとする。

 音感発火式の地雷などのトラップがあるかもしれない事を武が失念するほどの声をあげるその様子にA分隊の面々は驚く。

 武は何だかんだ言ってこのチームで優等生なのだ。その彼がこの様な行動に出る事はよっぽどの異常事態と言えよう。

「え? えぇ!? どうしたの? 白銀君!!」

「白銀! 隊を乱すな! トラップに引っかかるぞ!!」

「わかってます! けどここはオレを信じてとにかくペースを上げてください! まだ生きてるシステムがあるんですよ!? 何か大きなトラップがあるような気がします!!」

 武の頭の中で確信めいた不安の色が埋め尽くされる。

 あのレドーム、それに今回の脱出ポイントの場所。

 それらを統合すると必然的に見えてくるループの知識による最後のトラップ。

 今までならちょっとした嫌がらせに過ぎないが、今回に限って言えば最悪のトラップ……。

 あせる気持ちに駆り立てながら武は歩みを進めるのであった。











――総合演習最終日



「白銀ッ! こっちだッ!!」

「くそーッ!! 死んでたまるかよ!」

 朝日が昇り始め空が明るくなった海岸。リズミカルに且つ残虐な音を刻むのは砲撃の音。

 硝煙の匂いが立ち込めるヘリポートにはその暴力的な傷跡が生々しく残る。

発炎筒を炊いて狙撃を受けた事により迎えに来たヘリはまたどこかへ行ってしまう。

「あ~みんな生きてる?」

 通信機から夕呼のノイズが混じった声が聞こえる。

「隊に損害はありません」

「そう、よかった。それはそうと、ちょっと予定が狂っちゃったわ」

「確認出来ると思うけど、そこから北東にある離党の砲台が何故か稼動しちゃってるのよね~」

 何故かとは白々しい。明らかに意図して稼動させている事が見え見えである。

「そちらでは制御できないんですか?」

「無理。自動制御だから。困ったわね~」

「で、新しい脱出ポイントを設定するわ」

「……了解」

「新たな脱出ポイントのE地点は攻撃をしている砲台の真後ろね」

「そこに行くまでに砲撃される可能性がありますが」

「私に出来るのは、脱出ポイントを教えることだけよ。以上、通信終わり」

 途切れた通信機をA分隊は無言で見つめる。

 誰と言わず全員がその場に座り込む。

「…………くそッ!!」

 呟きながら武は地面に拳を突き立てる。

 ほんのりと右の拳が痛い……。

 嫌な予感はしていたのだ。

 恐らくまた偽脱出ポイントのイベントがあると。

 今回の時も前回の時も、最初の試験の時もこの脱出ポイントの変更は試験内容に組み込まれていたものなのであろう。

 最初から予定されているのだから例え演習開始から1秒後だろうと、終了時間1秒前だろうとこの脱出ポイントの変更は必ず起きるものなのである。

 昨日レドームを発見できた所で破壊する手段もあるにはあったが、その内容を知らないはずの武が無意味に破壊してしまうとそれこそ一発アウトを喰らうほどの減点対象になってしまうし、何より夕呼の企みを完全に潰してしまう事になる。

「くそッ!! くそッ!!」

 武だけでなく他のA分隊も苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 ループの記憶が無くとも地図を見ればわかる。ここから新たに設定された脱出ポイントはどう見積もっても24時間以上かかると。

 試験終了まで残り約10時間。詰まるところタイムオーバーであった……。

沈黙が流れるD地点。波の音だけがいつもより大きく聞こえる気がした。












「……駄目であったか? ……残念だったなタケルよ」

 岩壁に波がぶつかる音が聞こえる夕暮れに赤く染まった脱出ポイントには、終了時間が迫っている事を教えるかのように海風が強く吹く。

 ……武達の姿はまだ見えない。

 総合演習の最終日、夕呼達から武達のペースがかなり遅れておりこのままでは時間切れになるかもしれない。そう聞かされたときは、白面は一瞬武達に手を貸してやろうかと思った。

 ……だがすぐにその考えを改めた。

 理由は大きく分けて2つ。

 1つ目はやはりこの試験は武達自身の試験なのである。

 外部の自分が口を出すのは無粋に感じられたのだ。

 そしてもう1つは武達がこの試験に落ちた時の問題点を考えてみた場合の結論である。

 まず武はこの日本に限らず、世界トップレベルの衛士の才能、実力をもっている。

 そして武以外の207A分隊もまた多少の差異はあれど、全員エース級の実力を将来的には身につけ対BETA戦に置いて人類に欠かせない貴重な戦力になる。

 その5人が白面と共に戦えなくなるという事を考えると……。




 まるで問題無し!!

 そう……。はっきり言って白面にとっては全く問題無かった。

 なぜなら自分だけでこの地球にいるBETAを全て壊滅させる事ができるのだから。

 武達には話していないが今の白面はあの横浜ハイヴを落とした時より更に強くなっている。

 あれから半年以上、全世界の各ハイヴで生み出されたBETAは1千万を優に超え、その全ての戦闘力が白面に上乗せされているのだから……。

 白面が植えつけた『恐怖の感情』にBETA達はまるで気付かずその数を増やしていっている。それがどんなに愚かな行為であるという事に気付きもせずに。

 それは例えるならばコンピューターウイルスが入り込んでいる事に気付かないまま延々と新しいパソコンを製造しているような愚行である。

 そしてBETAは新しく生み出されている一方では人間によってその数を減らされているのである。

 つまり白面とBETAの戦力差は今も尚この瞬間にどんどん開いていっているのだ。

 そんな訳で一応武に恩はあるものの「まぁほっとくか?」という結論に達したのである。

「…………勝手に不合格にしないでくださいよ陽狐さん」

 不意に背後から聞こえた声にまりもと白面は振り向く。

 そこには汗なのか泥なのか海水なのか、恐らくその全てで汚れきった格好で肩で息をする207A隊が立っていた。

「……207A分隊…………ただ今到着しました」

 声を絞り出すのも苦しいといった様子でリーダーである遙が到着を告げる。

「…………5分前か」

 まりもがチラリと時計を見て時間に間に合った事を告げる。

「おぉ! よく間に合うたな。時間が足りないと聞いていたが」

「D地点……、最初設定されてた脱出ポイントの崖下にボートがあったんですよ」

 そうD地点でタイムリミットを実感し、絶望に打ちひしがれたA分隊だったが武はループの記憶で思い出したのだ。あの偽脱出ポイントにボートがあった事を。

 背に腹は変えられない。「そこら辺に何かないか見てきます!」などと適当に理由をくっ付けて崖下を降りてみた所、案の定ボートが停泊されていた。

 幸いにもB地点で軽油を手に入れていた武達は、急ぎレドームの所に戻りこれをライフルで破壊した。

 距離はあるといってもこの試験は訓練兵のための試験である。

 必ずしも極東1の射撃名手、珠瀬壬姫がいなくても当てられるであろうギリギリの所にレドームは設置されていた。

 A分隊で一番射撃の得意な風間がレドームの破壊に成功した後はそのままボートでゴールまで一直線だった。

「危なかったわ……。本当に……、本当にギリギリだった」

「何はともあれ良かったではないか。そなた達なら間に合うであろうと我は信じておったぞ?」

「…………棒読みで白々しいですよ陽狐さん」

「くくくッ! すまんな許せ!」

 まるで堪えた様子もなく飄々とした態度の白面にA分隊の面々は睨んでやりたい所だが、今はそんな元気もない。

「でも…… 本当ならもっと早く到着する事ができましたのに」

「まったくです。御方様も本当に意地が悪い。罠がある……と見せかけ実は虚言だったなんて」

「それより何よりやっぱりあの竜巻ですわ……。あれさえなければもっと余裕をもてましたのに」

「…………ん?」

 宗像に続く風間の言葉に白面は眉間にしわを寄せる。

「あぁ……、あれは確かに痛かったですよね。それに4日目の嵐も! 今回は本当に天候に恵まれませんでしたよ」

「………………………さて、まりもよ後は頼んだぞ。ここからはそなたの仕事ゆえな」

 白面は宙に浮かびそのままそそくさと夕呼達のいるビーチの方まで飛んでいってしまった。

「まり……。神宮司軍曹。いったいどう言う事です?」

 白面の態度があからさまにおかしく思った武はまりもに問いただす。

「えぇッ!? いや……そのだな」

 完全に押し付けられた形でまりもはアタフタとあわてる。

 その後竜巻やら嵐やら全て白面のせいだったと説明された武達は唖然とし、聞かなきゃよかったと立ち尽くす。

 波風が目に染みるのはきっと悲しいからではない。総合戦闘技術評価演習最終日の夕暮れはただ黙って海岸を照らしていたのであった。

 なおこの後、定例的な総合演習の反省点やら何やらを説明され、合格を言い渡された武達であったがそこは物語の都合上割愛する。









あとがき

 落とせッ! 落としてしまえッ!

 良いじゃないか。二次小説なんだし総合演習で武達が不合格になるなんて意外な展開じゃないか。

 衛士以外の職業だって人類の存亡に携わってるんだし立派な職業だろ?

 そんな悪の囁きに葛藤してました黒豆おこわです。

 武達を不合格にして歩兵にしたとしても物語に何の影響も与えない事に書いてる途中で気付き、本当に落としてやろうと何度思った事か……。

 ただマブラヴファンとしては武達が歩兵にする事はできなかった作者はヘタレです。

 まぁともかく今回は難産でした。

 御方様の妨害はその気になればたやすく不合格にさせてしまうものばかりで、今回例えばあやかしと武達が遭遇してたら……。総合演習どころの騒ぎじゃなくなってしまう!

 そんな感じで。 

 欲を言えば完全オリジナルの総合演習の内容を書きたかったですが、それはまだ作者には難しかったです。

ボートも原作に登場してたのでショートカットできると思いヤシの実を用意して、その分邪魔してやろうと思った今回の総合演習の話でしたがいかがだったでしょうか?

 楽しんでいただけたら幸いです。

 それではまた次回の話で。



[7407] 第拾壱話 狐が歩けば棒を当てる
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/10/14 21:55
第拾壱話 狐が歩けば棒を当てる







「……まとめると、基本動作のほとんどはコンピュータが補佐してくれる。任意のマニュアル操作は、基本的にシート左右にあるコンソールアームの両腕様の操縦桿2本とフットレスペダルで行う」

 総合戦闘技術評価試験のバカンスから帰ってきた武達は1週間しか離れていないもののどこか懐かしく感じる仙台基地で戦術機の基本講義を受けていた。

 憧れの戦術機への最大の難関をクリアした事で207A分隊の顔つきはどことなく1段階成長し、確かな自信を手に入れた様子である。

「……以上が操作の基本だ。もう一度言う。戦術機は立体的な動きができて初めて存在価値がある……いいな?」

「「「「「――はい!」」」」」

 ここで言う立体的な動きとは市街地やハイヴ攻略など陸上兵器や航空支援機では対処できない戦術を必要とする局面であり。

「いいか? 頭がひとつ、腕は2本、足も2本。構成要素は人間と同じだ。――しかし、各関節は複合多重構造で自由度は人間以上……人間ができる動きで戦術機に出来ないものはない。逆に戦術機は、人間には逆立ちしてもできない事を可能にしてくれる。何千倍の跳躍力を、何千倍の腕力を、何千倍にも研ぎ澄まされた感覚を、何千倍の防御力を、ちっぽけな貴様達に与えてくれるのだ。……貴様らにできる事はただひとつ。1日も早く操作に熟達し、人類の敵BETAを討ち滅ぼせ!」

「「「「「――はい!」」」」」

 まりもの言葉にA分隊は力強く返事をする。

 心臓の鼓動が早くなりアドレナリンの分泌がされるのが分かる。

「午前の講義は以上。解散。基本操縦マニュアルは1日1回、必ず目を通せよ」

「「「「「――はい!」」」」」

「午後は強化装備を実装して衛士特性を調べる。各自昼食は1時間前までに済ませ、ドレッシングルームに集合すること、以上」

 まりもはそう言って講義を締め教室から出て行く。

「「「「「………………」」」」」

 残された武達はすぐその場から席を立とうとせずに、誰と言わずに5人集る。

 戦術機に対する興奮からか自然と口元を緩ませている。

「しっかしこのマニュアル、本当に全部覚えなくちゃいけないわけ?」

 水月が片手に持って見せるマニュアルは本当に分厚く、その重量感は戦術機にどれだけ人類の技術の結晶が集約されてるかを物語っている一方、開いた瞬間に文字への拒絶反応を起こしたくなるようなページ数であった。

「いや、速瀬先輩ならその様なものを読まずとも野生の勘だけで操縦できるでしょう。きっとサルのような機動になるでしょうが」

「む~な~か~た~~ッ!!」

「――って白銀が言ってます」

「――言ってませんッ!!」

「ごまかすな!! ぶっとばすわよっ!!」

「…………ふぅ…… 信じてもらえないとは」

 総合演習では行われなかったやり取りが随分久しぶりに感じられ自然と空気が和らぐ。

「あはは。まぁ宗像さんの言うことは極端だとしても、実際の操作と並行しながら覚えていくしかないんじゃないかな?」

「確かにそうですわね。こういった物は慣れてこそ要点が見えてくると思われますし」

 遙と風間の言う事に武は同意する。

 自分も最初はこんなものは覚えられるわけはないと思っていたが、結局戦術機に乗っているうちに覚えてしまったものだ。

 武達がそんなやり取りをしていると廊下からドタドタと騒がしい音が近づいてくる。

「――タケルちゃんッ!!」

 ドアを開けたのは純夏だった。

 急いで駆けてきたのか肩で息をして呼吸が乱れているのが分かる。

「純夏!? どうしたんだ?」

「あっ……。いや、その……」

 武の言葉に純夏は逆にしどろもどろになり言葉に詰まる。

「やれやれ鑑。そなたいくら何でも急ぎすぎだぞ」

 純夏の後に冥夜、千鶴、彩峰、珠瀬、美琴と他の207部隊(仮)ことB分隊の面々も入ってくる。

「先輩達、総合戦闘技術評価演習合格おめでとうございます」

「「「「「おめでとうございます」」」」」

 分隊長である千鶴が先に挨拶をし残りの者達が後に続く。

「あ……。お祝いを言いに来てくれたの? ありがとう」

 後輩達の細やかな気配りに遙は照れながらも礼を言う。

「……で純夏、おまえ何だってそんなに急いで来たんだ?」

「えっ! えっとぉ……それはぁ……」

 純夏は唇を尖らし下を向く。

「……はぁ。分かってないわね白銀ぇ」

「え? 何でですか?」

 水月の言葉に逆に武が問いかけるが武以外全員がウンウンと頷く。

 自分ひとり状況が分かっていない武は一体何を言われているのか皆目見当もつかなく、必死に頭を捻る。

「これだけ分かりやすいのに鑑さんかわいそう……」

「鈍感男」

「な、何だよ一体……」

 自分がどうやら非難されているという事に武は困惑する。

 つまりはこう言う事である。総合戦闘技術評価演習に合格すれば、後は殆ど卒業までほぼ一直線で、純夏はもうすぐ武と離ればなれになる事を感じているのだ。

 だからこそ少しでも一緒にいたいと、いてもたっても居られなくなり焦って来たわけだが鈍感な武にそこまで期待するのは無駄と言うものである。

「ところで私達が居ない間そっちは自主錬だったみたいだけどどうだったの?」

 そう、総合戦闘技術評価演習の時はまりもも南国に行っていたためB分隊は自主錬を課せられていたのである。

「はい。体力づくりや今までの座学で習った所の総復習などを中心に過ごしていました。……やはりまだ自分達には足りない所があると見直せる良い機会だったと思います」

 これが平和な時代の学校だったらここぞとばかりにサボるだろうが、彼女達はその様なことはしない。

「特に鑑さんなんて体力面で随分向上したんですよ?」

「本当か~~? 純夏? お前体力ないから皆の足引っ張っていたんじゃないのかぁ?」

 空気を読まない武が冷やかす。

 純夏が特に気合を入れていたのはもちろん先ほどと同じ武と離れたくないという理由である。

 もっとも武としては卒業してもA-01部隊に入る事が分かっているためそこら辺に危機感の違いがあるわけだが。

「タ~ケ~ル~ちゃ~ん? 何だったらこの間習得した『ドリルミルキーファントム』喰らってみる?」

「げっ!! い、いや遠慮しておく」

「ふんだッ! 何さ! 私だってすぐに戦術機に乗れるようなってやるんだからっ!」

 頭から湯気を出しながら純夏は武を睨んでみせる。

「ハッハッハッ! 純夏君無理をする必要はないぞ? 君はここでゆっくりしていたまえ」

「ちょっと白銀! あんた女心がわかってないわねぇ。っていうか今のはちょっと言いすぎよ?」

 武の言い方に見かねたのか水月が割ってはいる。

「いやいや速瀬先輩。今の白銀語を翻訳すると『お前を危険な戦地に赴きさせたくない。だからお前はここにいろ。オレがその分BETAと戦ってやるから』と言う意味ですよ?」

 宗像が顎に手を当て不敵に笑う。

 その言葉に周りが一瞬黙るがすぐに歓声に変わる。

「へぇーッ!! やるじゃない白銀!!」

「…………もぉ、やだなぁタケルちゃんったら」

 先ほどまでの不機嫌はどこへやら。すっかり上機嫌になった純夏は顔を赤くしながらバシバシ武の背中を叩く。

「ちょッ!! ちょっと何言ってるんですか宗像先輩!!」

 図星を突かれてうろたえる武は必死でそれを否定するが、もはや照れ隠しにしか見えない。

「うんうん。見直したわ白銀。じゃあこのままPXに行きましょう。ここは褒美として超大盛りになるように頼んであげるから」

「えっ!!」

「ほう……。それは素晴らしいアイデアですね速瀬先輩。私もぜひ協力しましょう」

 宗像は武の肩しっかり掴んで逃げられないようにする。

 衛士特性を判定する検査はシュミレーションの装置を使って判断するわけだが、これが物凄く揺れる。そのため誰が始めたのかは分からないが昼食を超大盛りにして楽しい適性検査を受けてもらおうと言う、とてもありがたくない風習がどこの訓練学校にも存在するのである。

 当然武もそれを知っていて、あわよくば他のメンバーに楽しんでもらおうと内心画策していたが、話の流れからすっかり自分がその対象になってしまったのだ。

「ちょ、ちょっと水月先輩!? 宗像先輩!? こんな時に妙なチームワークは発揮しなくていいですよ」

「じゃあ私は先に言って席を確保しておくね。風間さんも白銀君を連れてきてね」

「了解しましたわ」

「涼宮先輩! 風間先輩まで!」

 遙と風間もニコヤカに武を生贄に捧げた。

 こういう時は笑って背中を押してやるのが仲間と言うものなのである。

 B分隊の面々も久しぶりに見る先輩達のやり取りに笑いながらも教室を後にするのであった。











「ほう……。総戦技演習とはそれほどまで困難なものなのですか?」

「そうよ~。詳しい内容は立場上教える事は出来ないけど、本当に大変だったわ」

 PXに向かう途中、A分隊とB分隊の会話はやはり総戦技演習のものが中心だった。

 武達A分隊が総戦技演習に合格したのが終了時間5分前だったと言うの事実は、少なからずB分隊を動揺させたのである。

 客観的に見ても207A分隊は訓練兵の中でも優秀である。

 そのA分隊ですらギリギリ合格という事実は総戦技演習の難易度を雄弁に物語っていた。

「まぁはっきり言ってチームワークが悪くて受かるような試験じゃなかったな」

「「………………」」

 武の言葉に含まれる意味を悟って千鶴と彩峰は黙って目を逸らす。

 この2人が仲が悪いのはループの知識などなくても、1日彼女らを見ていればすぐに理解できるだろう。

 規律を絶対遵守しようとする千鶴と、臨機応変な対応な考えが行き過ぎ独断専行に走りやすい彩峰。2人とも両極な考えであり、しかもそこにある種の信念をもっているのかお互い譲ろうとしないのだ。

 武としても何とかこの2人には仲違いして欲しくないので、それゆえこの様な皮肉めいた事をあえて言っているのだ。

「確かに白銀の言っている事は事実だ。この次の総戦技演習までに自分達に何ができるか良く考えておくんだな」

 普段つかみどころの無い宗像も真面目な表情で言う。

「「……はい」」

 お互いハモッた声に驚き顔を見合わせる千鶴と彩峰だったがすぐに顔を背ける。

 これがきっかけでその次の瞬間から仲良しになると言うほど単純なものではないだろうが、わずかな変化の兆しになってくれればと武は思う。

「……っと。そうこう言っている内にPXに到着したみたいね」

 一瞬沈黙が続く暗い雰囲気になりそうだったが、昼時のPXの活気はそういった空気を消し飛ばしてしまった。

「あら。今日はいつにもまして賑わってますわね」

「……ってことは今日の食堂の手伝いをしているのは白面さんですね」

 風間の言葉に美琴が答える。

「まったくここの男性兵士達はある意味男らしいというべきか……」

「あはは……」

 ため息交じりの水月の言葉に隣りにいた壬姫が愛想笑いを浮かべる。

 水月の言葉どおり食事の受け取り口にはいつもより長い行列……。それも男性が中心となって行列を作っていた。

 今更言うのもなんだが人間状態の白面は美人なのである。

 それも絶世の美人という形容詞がつくほどに。そんな存在が食堂の手伝いをしていたら思わず並んでしまうのは男として当然と言えよう。

「最低ね…………」

 男の悲しい性質をたった一言でばっさり切り捨てた水月はそう言いつつPXに入る。

 他の者達も苦笑をしながらも後に続く。

「水月! こっちこっち!」

「遙。これだけ込んでてもやっぱりここは空いているのね」

 先に場所を取りにいった遙だったがB分隊の特別席は誰も近づこうとしていないで、あっさりスペースを確保できていた。

「さ~て! 午後に向けてしっかり栄養補給しないとね!」

「あ~~もうわかりましたよ」

 わざとらしく声に出して言う水月に武は半ば投げやり気味に答える。

 最も武からすれば適性検査の揺れなどは大した事はなく、単純に喰いすぎで気持ち悪くなるだけで何の問題も無いわけだが諦めて列に並ぶのであった。











「おっ! こうして207分隊が全員そろうのは久しぶりだな」

 南国に行ってきたにも関わらず、日焼けなど全くしていない白面が自分の顔と同じ真っ白な割烹着を着て話しかける。

 ちなみに髪型はアップで束ね、白い三角巾なぞをかぶっている。

「陽狐様もお久しぶりです」

「冥夜も元気そうで何よりだ」

 白面に冥夜も笑顔で答える。

「御方様!! 白銀のご飯とオカズ超大盛りでお願いします!」

「ん? 構わぬが今日は『合成シャケ納豆定食』と『合成焼肉定食』だがどちらが良い?」

「合成焼肉定食で!」

 より腹に溜まりそうな方を即座にチョイスする水月。

 B分隊も含め他のメンバーも黙って笑っている。

 実に仲間想いな奴らである。

「そうかそうか。何やら嬉しそうだが何かあるのか?」

「えぇ! 午後から念願の戦術機の適正検査があるんですよ!」

「ほぅ。ようやく念願の戦術機への第一歩というわけだな。……そういえば総合戦闘技術評価演習の時は意図せずとは言え、そなた達には悪い事をしてしもうたな。許せ」

 そう言って口にした白面の謝罪の言葉に思わず全員目を丸くする。

「い、いや良いんですよ。結局合格できたわけですし……」

 武達からすれば白面が謝ってきた事が逆に以外で思わず口ごもってしまう。

「しかし……。そうだ! お詫びといっては何だが、特別にそなた達の昼メシの量を全員超大盛りにしてやろう」

「「「「え゛……」」」」

 A分隊は思わず硬直する。

 ニコヤカに言う白面の顔には悪気は一切ない優しい笑顔だ。もっともだからこそ余計にたちが悪いのだが。

「料理の方は武と同じ合成焼肉定食で良いな? しばし待っておれ」

 そう言いつつ9つの尾でフライパンやら包丁など器用に使いあっという間に料理を完成させてしまった。

 2本の手よりこっちの方が白面にとっては断然やりやすいのである。

「そら。たんと食して午後からの訓練の力とするが良いぞ」

「うわー……。ありがとうございます」

 山のように盛られた料理を見てA分隊は棒読みで礼を言う。

「……陽狐さん。すごいっすね」

「ん? そうか? 我も優しくなったものよな」

 そう言って腕を組んでコクコクと白面は頷く。

 白面が誰かにお詫びをするなど、比喩ではなく本当に数千年に一度というくらいの確率だったがそのタイミングは最悪である。

 PXにむせ返る様な合成焼肉の匂いがただただ充満していた――。



[7407] 第拾弐話 ぶらり帝都訪問の日
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/07/11 22:58
第拾弐話 ぶらり帝都訪問の日





 9つの流星が秋晴れの空に軌跡を描く。

 その正体は白面の者。

 空気を自分の体が直に切り裂き頬をくすぐる風の感覚。

 久しぶりに獣の姿で飛行するのはやはり心地良い。

 白銀の毛並みが太陽の光を反射し金色に輝き、淡い光の道筋が天空の支配者が通った証として澄んだ空に残る。

 なるほど『金毛白面九尾の狐』とは良く言ったものだ。

 この光景を地上から見上げた人々は雄大な自然の景色を見たかの如く、ただ立ち尽くすのみである。

 隣りに並走飛行する戦術機は全身に塗装された紫の機体が青い空に良く映える。

 その機体の名は『武御雷』。

 搭乗する衛士は煌武院悠陽。

 白面と武御雷、1体と1機の周りを大隊規模の帝国斯衛軍が守護するように楔参型の陣形を組む。

 今日は白面が帝都訪問をする日だ。

 京都の首都移設の儀式が行われるのである。

 主な首都機能及び、人が住めるだけの基本設備が整っただけのまだまだ建設途中の段階で、本当の意味で完成する日は1、2年先の話だ。

 だがそれでも首都の移設を推し進めようとするのはそれだけ『京都』という場所が日本人にとって特別な存在であるからに他ならない。

 人々は希望を求めているのである。

 重慶ハイヴから東進したBETAが日本に上陸した1998年の夏、日本の歴史の中枢となっていた京都を捨てざるを得なかった屈辱の選択は、1年以上経過した今でも癒える事無くむしろより深く心に古傷として残っている。

 基本的に面倒な仕事は全て分身である斗和子に押し付けている白面だが、この様な場合はやはり白面本人が顔を出す必要があるのである。

 白面自身は別にどこの国に属しているつもりはないが、日本という国に滞在している以上帝国側をないがしろにして国連側の仙台基地に身を置いているのは、日本人としてはやはり面白くない。

 白面としても別に帝国と仲を悪くするつもりはないので、付き合いとしてだけだがこの様に帝国へ訪問する時もあるのである。

 2000年に配備予定のまだ試作段階である武御雷を使い、わざわざ征夷大将軍の煌武院悠陽と共に京都へ訪問させるというお膳立は、帝国の上層部が考えた大々的な広告宣伝であるといえる。

 白面を京都へ招いた機体として武御雷、ひいては斯衛部隊をより特別扱いし日本国民への心を1つに纏め上げようというつもりであろう。

『……そうですか。冥夜、あの者はその様な事を申しておりましたか』

『あぁ、あ奴はそなたの力になりたいと申しておったぞ。それは己の義務や天命という類ではなく、純粋に血を別けた姉妹としてそなたを思うておるからであろう。……もっとも普段はその様な事は申さぬがな』

 共に匍匐飛行で京都に向かう悠陽と白面の会話はやはり御剣冥夜の話が中心であった。

『しかしそれはそなたとて同じことであろう?』

『え?』

『征夷大将軍には妹は居ないと本気で思っておるなら、冥夜の普段の行いなど質問しないはずだが?』

 わざと悠陽の気持ちを確認するような物言いで白面は口の端を上げる。

『それは……』

 そう言いつつ悠陽は下を向き、照れ隠しなのか武御雷の飛行速度を僅かに上げる。

『良い。何だかんだ言ってもそなたらは姉妹と言う事だ。その事実を忘れる必要はあるまい』

『はい……。御方様に感謝を』

『フフ。少しそなた達が羨ましいぞ』

 『陰と陽』その関係はかつての自分にとって大きな問題だったが、それでも冥夜と悠陽を見ているとその様な事は些細な事だという事が分かる。

 沈黙が続き武御雷のエンジン音がやけに大きく聞こえる。

『それにしてもここら辺は自然が多いではないか。BETAが通った後は草木の1本も文字通り生えないと聞いておったが』

 しんみりした空気を嫌ったのか白面は話題を変える。

 仙台基地から京都への間にある旧BETA占領地域の中部地方、白面の眼下に広がる山々には木々が生い茂り、緑一色の風景を作っていた。

『はい。この付近がBETAによる被害が少ないのは火山地帯ゆえなのか、はたまた山岳地帯だったため侵攻速度が遅くなったのか……、これはBETA日本侵攻における最大の謎の1つとされ今でも様々な説がございます』

 悠陽も白面の話題に乗り、当時BETAが侵攻してきた時の様子を話す。

 ちなみにもうひとつの謎は横浜まで来たBETAが何故か進路を変え、三浦半島方面に向かった事である。

 人間には理解できないその謎の行動がなければ、日本という国は今頃BETAに完全に支配されていたと言えよう。

『フーム。やつらの考えてる事は我にも良くわからぬな』

 ちなみに白面が今現在飛んでいる場所は、武も多かれ少なかれ関係した事がある天元山付近である。

 武にとって冥夜と日本人の心のあり方について意見がぶつかりあった所だが、この世界においては火山噴火の危険性は全くなかったりする。

 なぜなら天元山の火山活動が活発になった理由は明星作戦で使われた『G弾』による重力異常が原因であり、そしてこの世界ではG弾が使用されなかったからだ。

 天元山は今日も穏やかに、ただ黙ってその深緑を保ち続ける。山腹に広がる大傾斜に太陽を背負って飛ぶ白面と武御雷の影が映し出されていた――。
 











「本日、我が国が主催する首都移設の儀を開催するにあたり、白面の御方様の御参加を得られました事、厚く御礼申し上げます。この儀式により人類の未来への磐石を築きます事を祈誓いたし、ここに『京都首都移設の儀』の開会を宣言いたします」

 京都に集った多くの群集が見上げる屋外に設けられた演壇で表は白、裏は紫、昔でいう白菊を表したかさねの色目の装束に袖を通した煌武院悠陽が、首都移設の開会宣言を行う。

 帝国らしい厳粛な雰囲気に包まれた会場に悠陽の声のみ響く。

 続いて榊 是親内閣総理大臣、珠瀬 玄丞斎国連事務次官とこの国の権力者が祝辞を述べ、その後に軍人らしい大男が壇に立つ。

「今を去ること30と2年前、人類の敵BETAとの戦いが開幕して以来この世界には日の光を覆う暗雲のごとき闇の時代が訪れたと言って良いだろう。……だが今ひとたび空を仰いで見よ。その様な暗雲なぞ一欠けらも存在しない。そして今ひとたび、野を染むる秋の空気を吸い込んでみよ。我らの内に在りし心の臓の音が確かに聞こえるはずだ。それは我らがまだ生きている証であり、人類が暗く重い闇に押しつぶられる事なく、絶えず邁進してきた証であることに他ならん。そして今、闇夜を切り裂きし九つの光がこの帝都に舞い降りた。その光が水平線から昇る暁の太陽の如く、人類にとって輝ける夜明けの始まりとならん事を最後に祈りつつ私の挨拶とさせていただく」

 大男はいかにも帝国の軍人らしい挨拶をし終えると頭を下げる。

 このような儀式で挨拶を任される人物だ。恐らく帝国軍の最高位にある人物なのだろう。

 身の丈2メートルに及ぼうかという巨体に幾多の戦場で刻まれてきた傷が顔に残り、皮一枚の下にこれでもかと詰め込まれた筋肉が軍服の上からでも見て取れる。

 会場に広がる割れんばかりの歓声の中、挨拶を済ませた大男が椅子に腰をかける。

 一瞬男と目が合った白面はおもむろに席から立ち上がる。

 大男はあえて自分の挨拶に「九つの光」だとか「夜明けの始まり」などと何やらこちらが赤面しくなる事を言ったのだ。

 白面に何か一言国民に向けて挨拶してほしいと言っていることは明白であった。

 壇の前につくと厳かな雰囲気がさらに緊張感が加わる。

 目の前の群集全てが白面の一挙一動見逃さないように視線が集中しているのである。

「むむ……」

 その様子に白面は聞こえないほどに微かな声をあげ眉を潜める。

 自分に向けられる日本国民の眼差しは羨望、敬慕、憧憬……そういった類のものだ。

 この世界の誰より長生きしている白面であるが実の事を言うと大衆からこの様な扱いを受けた事はないのだ。

 慣れない視線が妙に気恥ずかしい。

 これが獣状態ならおそらく背中の毛が逆立つだろう。

 そんな目で我を見るな。

 我はそのように良い存在ではない。

 そんなのではない……。

 かつて秋葉 流という人間が思ったように白面もまた目の前の群集の瞳が重く耐えられない。

(くくく、快楽! 快楽よ!!)

 ……などという事は全くなかった。

 白面は背筋を伸ばし胸を張り調子に乗って見せる。

 自分に集中する視線がむしろ心地よい。

 図太い神経の白面に重圧という言葉は存在しなかった。

 白面は目を瞑りひとつ大きく息を吸い込む。

「……斯様なる大儀に招きてもらひし事、まずは人の言葉で言う感謝の意を表明させてもらおう。さてこの『首都移設の儀』により、そなたらの国『日本帝国』に新たなる命が吹き込まれた。我の記憶によればあれは確か800年程前の話だ、鳥羽天皇と中宮の間に皇子が生まれし時の事、祖父である白河上皇が孫の誕生を祝って刀を送ってその喜びを表しておった事を覚えておる」

 九尾伝説にある通り元の世界では玉藻前という名で、白面は鳥羽天皇の寵愛を受けてたのだ。

 この世界における史実上の人物で言えば白面は皇后美福門院の藤原得子にあたり、白面は現在における帝の縁ある者と言って良い。

 帝国がやたらと白面を招きたがる理由はここにある。

 帝と縁ある白面を招き入れる事は至極当然の事であり、ひいては日本帝国をより『特別』なものにしたいのだ。

 最もいくら頼んでも白面は「断る」の一言で交渉する余地もないのだが……。

「今でもこの国には『賜剣の儀』と呼ばるる新たに生まれし子への健やかなる成長を祈り、守り刀を送る皇族の儀式があると聞く。我もそれに習いこの国の新たな生誕を祝い、邪悪を切り払わんとする守り刀を1つ進呈しようと思う。……悠陽こちらに来い」

「え? は、はい」

 白面の儀式に予定のない言葉に、突然呼びつけられた悠陽は目を数回ほど瞬きながらも恐る恐る近づく。

「今では短刀を送るそうだが、我の記憶では長刀だったのでな」

 そう言ってどこから取り出したのか分からないが、いつの間にやら右手に握られていた物を白面が手渡す。

 恭しく頭を下げながら悠陽が両手で受け取ったそれは赤地錦袋に収められた白鞘の刀だった。

「「「おぉっ…………!!」」」

 抜いた鞘から現れた刀身に誰と言わず感嘆の声が一斉にあがる。

 遠目からでも分かる輝きは磨き上げられた鏡のように照り返している。

 刀に詳しくない素人でも分かる『名刀』だった。

「こ、これは……!」

「何、大した事はしておらぬ。刃に亜鉛を加えて柄の部分に白木を通しただけだ」

 これでも白面はかつて人間から霊刀を奪ったりなどしていて法武具には少しうるさかったりするのだ。

 今回は以前斗和子に作らせた『エレザールの鎌』と同じ方法で刀を作って見たのである。

 最も亜鉛と白木を加えただけではあのような威力は当然発揮できない。

 白面が特別に手を加えて初めてその力を発揮するのだが、その製造技術は白面のみぞ知る企業秘密というやつである。

 悠陽は受け取った刀を高々と掲げて見せる。

 それを皮切りに帝都に轟く歓声。

 今この瞬間に日本が生まれ変わった事を声高らかに宣言しているようであった――。












 首都移設の儀式の演説も無事に済み白面の贈り物に気を良くした帝国は、ぜひ我が国精鋭の斯衛軍の訓練を見せたいと言ってきた。

 指揮官の掛け声と共に生き物のように姿を変える陣形。

 動作に一切のよどみもなく、全員が一糸乱れぬほど同じ動きをしてみせるその様子から斯衛軍の質の高さ、指揮の高さが窺い知れる。

「いかがですか? 御方様」

「見事だな。突然の我の訓練見学にも関わらずこれほどの動きを見せようとは、普段の訓練が如何ほどのものか推察し得ると言うものよ」

 調子を合わせた決まり文句みたいなものだが白面は少々過剰に褒める。

 先ほど渡した刀を入れた赤い太刀袋を脇に抱えた悠陽から視線を外し、再び斯衛の訓練風景に視点を合わせる。

 今言った賛辞は過剰だが決して嘘ではない。

 統率の取れた彼らの動きには日本帝国において、国民の模範にならなくてはならないという自覚と誇りを感じさせる。

「御方様。此度は斯様な守り刀を呈していただきました事、この煌武院悠陽、改めて謝辞を述べさせて頂きます」

「いや、喜んでもらえて何よりだ。しかしあれほど騒がれるとは……。少々気恥ずかしかったぞ」

 そう言いつつ浮かべる笑みが、満更でもなかったことを物語っている。

 白面としては今まで国連側ばかり身を寄せていた事に対して帝国のご機嫌をとろうと、まぁちょっとした点数稼ぎのつもりで用意したのだが予想以上に好印象を与えたようである。

 というより内心あまりにも拍手喝采がうるさかったので、このまま帰ろうかと思ったほどだ。

「ところであそこで指揮をとっているのは先の儀式で挨拶していた男だな。帝国軍の上の者なのか?」

 演習場に響いている腹の底から出す威厳ある掛け声を出す正体は、先ほどの儀式で挨拶していた大男である。

 先ほどの儀式で何やら自分と話したそうにしていたので悠陽に話題を振ってみたのだ。

「あぁ、あの者は……そうですね自己紹介させましょう。紅蓮!!」

 悠陽が呼ぶと大男が斯衛の指揮を止めやってきた。

「お呼びでしょうか殿下」

「紅蓮。御方様に自己紹介をいたしなさい」

「ハッ! かしこまりました」

 そう言って大男は目線を白面に移す。

「白面の御方様、この度は拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。私は帝国斯衛軍戦術機甲部隊大将、紅蓮醍三郎であります」

 そう言って名乗った男、紅蓮は岩のような手を頭の横に持っていき敬礼を取ってみせる。

「紅蓮はあの者……、冥夜に幼少の折より無現鬼道流を教えていた師匠なのですよ」

 隣りにいた悠陽が一瞬冥夜の名前を呼ぶ事をためらったものの紅蓮という男について補足する。

「月詠から話を伺っております。何やら冥夜様を大変気にかけてくださっているそうで、この紅蓮醍三郎感謝の極みにございます」

 なるほど、そういう事だったのかと白面は納得する。

 恐らく彼も冥夜の出生について気に病んでる1人なのであろう。

 立場上その様な事は表立って言う事は出来ないだろうが、それでも冥夜を子供の頃から師弟関係として面倒を見てきたのであれば情を持つのも当然といえよう。

「そうか紅蓮……、グレンというか……」

 顎に手を当て白面は紅蓮という単語を2回呟く。

 時間で言うと数ヶ月前程度だが懐かしい名だ。

 『紅煉』……、字は違うがかつての自分の部下だった黒炎と呼ばれる化物を率いる首領の名前。

 字伏と呼ばれる獣の槍に魂を喰われた人間の成れの果ての化け物。

 強力な字伏の中でもその実力は郡を抜いていて、全ての化物の中でもその強さは白面についで№2の存在といっても良いだろう。

 その邪悪な心と実力を買って部下にしたは良いが最終戦で自分がピンチの時に助けを呼んだが結局助けに来なかった存在である。

「……何やら思い出したら腹が立ってきおったぞ」

 別に今の自分の立場を考えるとあの戦いに負けた事に対しては何とも思ってはいないが、それはそれとして助けに来てくれなかった事はやっぱりムカつく。

 そう言えば結局紅煉はどうなったのだろうか? と白面は考える。

 あの戦いで自分の前に終始顔を出さなかった所を見るとどっかにトンズラかましたか、別の所で野垂れ死んだかのどちらだろうが……まぁ恐らく後者だろう。何となくだがそう確信がもてる。

「私の名がどうか致しましたか? 白面の御方様」

「なに、昔の部下におぬしと同じ名前の奴がおってな、少々思い出しただけだ」

「ほう!! それは光栄ですな! ……してどのような方だったのですかな?


「言うておくがその者は人間ではないぞ? 紅の煉獄と書いて『紅煉』と読む。長いたて髪を持つ黒きトラの様な化物で、雷と炎を操り顔には我の与えし霊刀を3本刺しておった。……なんだったらそなたも刺してみるか? 先ほど与えし刀を」

 右手の人差し指を顔の前に持ってきて白面はニッと笑っておどけてみせる。

「はははっ! それは遠慮いたしまする。無現鬼道流は手で刀を扱ってこそその力を発揮しますからな! しかし御方殿から霊刀を授けられるとは、その方もやはりお強かったのですかな?」

「あぁ強かったぞ。もっとも少々好戦的過ぎるのがたまに傷と言うべきか」

「はは、左様ですか! まぁ戦で血がたぎるのは男のサガと言うべきものですからな!! ……フーム、話を聞くとぜひともその紅煉殿にお会いしてみとうございまするぞ」

 紅蓮はますます上機嫌に大きく肩を揺らし笑う。

 もっとも紅煉という化物は、お会いしたら殺される事受けあいの快楽殺人者な性格なので会わなくて正解なワケだが。

「御方様。こちらにおいででしたか」

 紅蓮と会話をしていると、白面の分身である斗和子が駆け足で近寄ってきた。

 良く見ると自分とは違う黒い髪に『狐の耳』を模した髪飾りが着いている。

「そなた……。ついに脳が腐りおったか?」

「え? い、いきなり何を仰るのです?」

 冷ややかな視線を送りながらも白面は自分の頭をトントンと指してみせる。

「あ、あぁコレですか? 帝都で働いている間はできる限り私はシッポを人前に晒すように指示なされたではないですか」

 そう言って斗和子は白面と同じ白銀に輝くシッポを見せる。

「あぁ。その様な事もあったな」

 そう、斗和子に帝国で働く様に命じた時に白面は斗和子にシッポを生やした姿でいるように指示したのである。

 理由は単純で、斗和子が白面の分身である事を誰の目で見ても明らかにするためである。

 何せシッポを隠した状態では斗和子の見た目のそれは人間と全く変わらない。

 それで白面の分身と言われても、実際に白面の体から斗和子が出てきた所を見ていない者からすれば疑問が残るだろう。

 そう言った事を防ぐための策として一計を案じてみたのである。

「そうしましたら、とある男性が『シッポを生やしているなら狐の耳もつけては如何か』と仰られてこちらの髪飾りを下さりまして」

「……その『とある男性』とは何者だ?」

「さぁ……? 私も良くは存じませんが『微妙に怪しい者』と名乗っておりました。背広姿が良くお似合いの素敵な男性でしたよ?」

「そんな怪しい男から物を受け取るな。即刻捨ててしまえ」

「……それが何でもネパールのグルカ族にまつわる由緒ある土産物らしく、捨てると呪われると言われまして」

「いや……お前は少し呪われて黒くなった方がいい」

 照れたように小首を傾げるその様子に、いっそその耳引き千切ってやろうかと思いたくなる。

 昔はこんな仕草は似合わない奴だったのに何をどう間違ってしまったというのか。

「そうだちょうど良い。紅蓮よ。我としてはそなたの無現鬼道流とやらが見てみたいぞ。そこの斗和子と一勝負してみてはどうだ?」

「はっ?」

「え、えぇぇーーー!?」

 突然話題を振られて呆けた声は紅蓮、大声を上げたのは斗和子だった。

「ちょ……、お、御方様? とと突然何を仰るのですか?」

「何を言うか。そなたとて紅煉にも負けぬほどの猛者であろう」

 無現鬼道流も気になるが、前々から斗和子の変貌ぶりが気になっていた白面はこれを機に斗和子の実力を見極めようと思ったのだ。

 仮にも白面の分身。弱かったりしたら困る。

「そんな! 誰かを傷つけるなんて野蛮な事したくありませぬ!」

 ……何だか強い弱い以前にもっと性質が悪い気がする。

 最早結果が見えてる気がするのは白面だけであろうか?

「白面の御方様。私は構わないのですがよろしいのですか?」

 やる気のなさそうな斗和子を見て紅蓮は遠慮がちに話しかける。

「かまわぬ。そなたの実力を見せてみよ」

「はっ、了解いたしました」

「うぅ。どうしてもやるのですか……?」

 かくして白面の一言により紅蓮VS斗和子の試合が組まれたのであった。

 紅蓮は動きやすいように制服の上着だけを脱ぎ、下に来ていたシャツの上のボタンを外す。

「斗和子殿はその格好で戦うのですかな?」

 首を2、3回鳴らし軽く準備運動をしながら紅蓮は視線を斗和子に向ける。

 ちなみに斗和子の今着ている服は真っ黒な貴婦人が着るような服だ。このままでは確かに動きにくい。

「あぁ斗和子は戦いの時は服など身につけぬぞ。全裸だ全裸」

「なんですと!!」

 白面の言葉に紅蓮は自分の鼻を思わず押さえる。

「…………紅蓮」

「や、これは失礼いたしました」

 悠陽の冷たい視線にバツが悪くなったのか紅蓮は自分の頭を掻く。

「御方様。ここは新しくなったとは言え由緒ある帝都の演習場。女性が素肌を晒すのは少々ご遠慮頂きたいのですが」

「……やれやれ仕方ない。斗和子、何か動き安い服に着替えよ」

「ありがとうございます。御方様。悠陽さん」

 ホッと胸を撫で下ろす斗和子に対して、落胆の溜息が紅蓮を初めとする周りの帝国斯衛の男性陣から聞こえた気がしたが白面と悠陽はあえて無視した。

 今の斗和子の外見は昔のそれとは違い若々しいのである。

 まぁその気持ちは正常な男子なら当然と言えるだろう。

 斗和子の黒いドレスがまるで生き物のように姿を変えていく。

 白面もそうだが斗和子の着ている服はそれ自体が自分の体の一部なのだ。

 自由にその姿を変える事ができる。

「……では始めるが良いぞ」

 着替えた斗和子の服装は簡易な黒いシャツに迷彩柄のズボン。

 ちょうど訓練兵が着ている服と同じものだ。

 それを確認した白面は開始の合図をする。

 紅蓮と斗和子、互いに模擬刀を構えて対峙し、2人を囲むように斯衛軍も円を組み見守る。

「「………………」」

 互いに無言。

 嵐の前の静けさのように空気が張り詰めていくのがわかる。

「フ…………」

 小手調べとばかりに紅蓮が先に動く。

 全く無駄がない足の運び。

 ただの基本の動作だけで紅蓮という男の実力それだけで窺いしれる。

 紅蓮と斗和子の模擬刀がカチリとぶつかり合う。

「ボゲシッ!!」

 妙な奇声を上げてそのまま斗和子が吹っ飛ばされた。

「………………は?」

 2転3転してそのままうつ伏せに倒れた斗和子を見ながら数秒。

 時が止まったような静寂から辛うじて声を上げたのは当の紅蓮だった。

「よ、弱し……」

 内心予想していたものの最も否定していた結末が目の前で起きてしまった事に白面は思わず呟く。

 というか泣けてくる。

「も、もももも申し訳ありませぬぅ~~~~~!!」

 大声で慌てふためき紅蓮は白面の前に土下座する。

「御方様の分身である斗和子殿に刃を打ち込んでしまうとはこの紅蓮、申し開きのしようもありませぬ!!」

 本来謝る必要は全くないのだが、余興とは言えここまで見事に打ち込みが決まるとは紅蓮も予想外の事であったのだろう。

 慌てふためき白面に頭を下げる。

 ちなみに紅蓮の放った一撃は中段からの面打ちであり無現鬼道流でもなんでもない。

「良い。そなたに責はない。……というより斗和子よ」

「は、はいぃ……」

 むくりと起き上がった斗和子は赤くなった額をさすりながら返事をする。

 次の瞬間、目をギュピンと光らせ白面は斗和子に飛び掛る。

「おぉぉぎゃぁぁああああーーーー!!! 何なのだ! 今の様は! ふざけておるのか!? コケにしておるのか!? 我を舐めておるのか!?」

「あいたたたたッ!! お、御方様。お許しを~~!!」

「やはりその耳だ! 狐耳がそなたを弱くしておるのだ! 絶対そうだ! そうに違いない!」

 斗和子の背中に跨り両足を脇で挟み、逆えび固めで思いっきり背中を反らす。

「ま、まぁまぁ白面の御方様。ここは怒りをどうかお納めください」

「いやいや言うておくが斗和子は強かったのだぞ? 本当だぞ? けっしてこの様な醜態を晒すような奴ではなかったのだ」

 ちょうど逆えび固めから弓矢式背骨折りに移行しようとしていた白面を悠陽がたしなめる。

「斗和子殿は平和主義者ゆえ争い事を好まぬのでしょう。致し方ないと事ではございませぬか」

 だからそれがおかしい白面は言っているわけだが、昔のキタナイ斗和子を知らない悠陽は完璧に誤解しているようである。

「う~~~、しかしこのままでは我まで弱いと思われてしまうではないか」

 口を尖らせちょっと拗ねたような言い方をしながらも白面は斗和子を開放する。

「……やれやれ仕方ない。紅蓮、今度は我とひと勝負しようぞ。我の実力というものを見せてやるゆえ」

「は、了解いたしました。私も今度こそ御方様に無現鬼道流を見せて御覧にいれましょうぞ」

 そう笑って模擬刀を白面に見せる紅蓮だったが、そのあと開始直後にデコピンで20mほど吹っ飛ばされたのであった。

 ……無現鬼道流がいくら強かろうが白面相手に模擬刀で挑むのは無謀である。












「いや……ははは。参りました! 紅蓮醍三郎完敗でございます!!」

 照れ笑いを浮かべ紅蓮は大きく肩を揺らす。

 女にデコピンで敗北しようものなら衛士としてのプライドはズタズタだが、そのようなものを感じる事も出来ないほどの圧倒的な負けだった。

「ウム、白面の御方様は実に強く、美しくあらせられる!」

「カカカ! その様に褒められては照れるではないか。……もっと言え!」

 ますます上体を反らし白面は図に乗ってみせる。

「これほどまでに強い我の分身なのにも関わらず、先の不甲斐なさはなんだ斗和子!?」

「う……、申し訳ございませぬ」

「まぁまぁ御方様。斗和子殿は良く我が国のために尽瘁してくださっておりますゆえここは穏便に。斗和子殿。いつも世話になっております。改めて貴方に感謝を」

 悠陽は苦笑しながら斗和子に助け舟を出す。

「いえ悠陽さん。お気になさらずに。私は人として当然の事をしているまでです」

「お前人間じゃないだろう。それ以上に色々突っ込みたい所だが……まぁ良い。ところで悠陽よ。この国には獣の耳とシッポを身に着ける風習があるのか?」

「いえ、ございませんが何故です?」

「霞もウサギの耳にシッポを着けておった事を思い出してな」

 ちなみに白面の中では霞がウサ耳とシッポを着けるのは全然オッケーだが斗和子が身につけるのは思いっきりアウトである。

「……霞という方は香月博士の助手をしてます社霞の事ですか?」

「あぁその通りだがそなたは霞を知っておるのか?」

「えぇ……。この国の上層部の者には彼女は一部有名ですから」

 そういった悠陽の顔は少々悲しそうな表情を浮かべている。

 霞がオルタネイティヴ3で生み出されたESP能力者であるという事はこの国のトップである悠陽も知っている話なのだ。

「あの御方様……。霞ちゃんは元気ですか?」

 遠慮がちに斗和子が白面に尋ねる。

「ウム! 元気であるぞ」

 この儀式が終ったら霞におやつを土産として持って帰らねばなるまいと思いながら白面は答える。

 霞がお腹を空かせていたら一大事である。

「斗和子殿は社霞が気になるのですか?」

「あ、いえ、霞ちゃんというより彼女を見ていると息子を思い出しまして」

「はっ……? と、斗和子殿は令閨……結婚されていらしたのですか?」

 驚愕の事実に征夷大将軍として普段他人に慌てた様子を一切見せない悠陽が、思わず頓狂な声を上げてしまう。

「そんなわけなかろう。まぁ我のいた御伽の世界での話しでな、ワケ合って斗和子は人間の子供を育てた事があるのだ。……ちなみにその子供はあちらの世界でちゃんと生きておるから安心せよ」

 そういえば斗和子の子供、キリオも法力の才能を先天的に組み込まれた『作られた存在』だったと白面は思い出す。

 なるほどESP能力を組み込まれた霞に息子の姿を重ねるのは当然と言えよう。

「うぅ……キリオ…………」

 キリオに会えない事に対してか、それとも自分のやった事を思い出し後悔しているのか斗和子は息子の名前を呼び落ち込む。

 キリオ件に関して諸悪の根源である白面自身も、今はまぁ道徳的に悪い事をしたかな?と思っているが斗和子の落ち込みぶりは傍から見てもすごい。

 過去を悔いてひたすら泥沼状態に嵌っている。

 もしも自分が今の斗和子みたいに過去にしてきた事を毎日悔やんでいたら……。

 それを想像すると白面は背筋が寒くなる。

「おい斗和子。あまりいつまでも落ち込むでない」

「あぁ……私は何て事を…………」

 白面が声をかけるも斗和子は自分の世界に入ってしまっている。

 白面はムッと口を真一文字に結ぶ。

「おい!」

「キリオ……ごめんなさいね……」

 白面は無言でひとつため息をつく。

「………………悠陽、紅蓮、少々離れておれ」

 白面は目を瞑り、大きく深呼吸し精神統一をはかる。

「どりるみるきぃぱんち!!」

「チョバムッッ!!」

 見よう見真似の純夏の必殺技『ドリルミルキィパンチ』が斗和子を天空へと吹っ飛ばした。

 まだ建設中段階である日本帝国の首都京都。

 日が沈んでないまだ明るい時間帯の京都の空に、ひときわ輝く一番星が見えたという……。



[7407] 第拾参話 それぞれの歩む道
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/11/14 06:49
第拾参話 それぞれの歩む道






 壁の四方がコンクリートで囲まれた簡易な部屋。

 広さ8畳の個人部屋はここ仙台基地では大きい部屋である。

 置いてある家具はベットと机、それにスチール製ロッカー。

 机とロッカーは他の部屋の物と同じだが、ベットだけはスプリングマットの上物である。

 真っ白なシーツに上に白面が横たわる。

 帝国訪問から帰って仙台基地に到着した時間は日が沈んだ昨日の夜の事だ。

「………………」

 姿勢をずらし寝相を変える。

 白面にとって本来睡眠など必要ではない。

 眠らなくても別に死にはしないし、一方寝ようと思えば寝れる。

 ゴロリ……。

 また寝返りを打つ。

 そんな白面の肩を何やら揺する存在が1人。

 ……霞である。

 無言のままただひたすらその小さい手で白面を揺すり続ける。

 総合戦技演習以来、霞は白面の部屋で寝るようになった。

 武の経験してきた並行世界では『うささん人形』を抱き枕にしている霞だが、この世界では白面のシッポに抱きついて寝ている。

 そんな彼女の朝の最初の仕事は白面を起こす事である。

 白面の朝は遅い。

 多分この基地で一番遅く起きているのではないかと思われる。

 いや、正確に言うと起きてはいるのだがベッドから起き上がらないと言うべきだ。

 霞が起こしに来なかった今までは朝の朝食にも顔を出さない事が殆どである。

「……一緒にPXに行きましょう。陽狐さんも早く起きてください」

 まだ眠そうな表情ではあるが制服に着替え、髪を2つに束ねた霞が抑揚のない声で白面を起こす。

「…………わかった」

 そう言いつつ再び寝返りを打つ白面の視界に無機質なコンクリートの天井が映る。

 ゴロゴロゴロ……。ゴロゴロゴロ……。

 ベッドに転がりながら、このまま何もしないで惰眠を貪るのも悪くはないかなと考える。

 本来睡眠を必要としないが、引き篭もり歴800年という凄いが全く凄くない記録を持つ白面はこのような自堕落な時間を過ごすのが好きなのである。

 頭の中で今日の予定を黙考する。

 確か今日は武達に用事があった事を思い出すが「また明日でも良いか?」とすぐにベッドの誘惑に負けそうになる。

「…………ん?」

 そんなだらけきった白面の思考を読み取ってか再び霞は無言で白面の肩を揺らす。

「陽狐さん……起きてください」

「あぁわかった。わかった」

 二度寝を阻止された白面はようやくベッドから起き上がり、両腕を天井に向けて伸ばし固まった体をほぐす。

「……さて、今日はどのように過ごすか」













 朝のPXに味噌汁の匂いが漂う。

 この基地の誰よりも早く起きて食堂担当が今日1日の活力を生み出す朝食を作っている匂いだ。

「先輩方、戦術機の訓練とはどのような事をするんです?」

「座学もあるが、実機訓練かシミュレータがほとんどだな。マニュアルを机で座って覚えていくより機体に触れながら覚えていく方が効率が良い」

「やっぱりシミュレータ訓練と実機訓練とでは感覚が違うものですか?」

「私としてはやっぱりできる限りは実機訓練をしたい所ね。どんなに良く出来ていてもシミュレータはシミュレータだし」

 PXに空いてる207分隊のいつものスペースにA、B分隊の先輩後輩が交流を深めている。

「速瀬先輩の言うことは最もですが、コスト面を考えるとどうしてもシミュレータ訓練が中心になりますね」

 食事時に上がる207分隊の話題はここの所、戦術機訓練についての話題が中心である。

 B分隊が質問をし、A分隊がそれに答えるという感じだ。

 総合演習を合格した先輩達がB分隊の目から見て何だか大きく見える。
 
「タケルちゃん。実際の所戦術機の操縦って難しいの?」

「基本的な動作はそんなに難しくはないぞ。それより最初は戦術機の揺れに慣れるほうが難しいかもな」

「とか言ってアンタ全然平気だったじゃないのよ。一体どういう神経してるのよ?」

 衛士適正検査で歴代1位の記録を叩き出した武に水月は感心半分、呆れ半分といった調子でため息をつく。

「違いますよ速瀬先輩。タケルちゃんは昔から頭のネジが5本ぐらい飛んでるから揺れを感じないだけですって」

「っておい純夏! お前には言われたくないぞ?」

「……あぁ納得」

「納得しないでください。速瀬先輩っ!!」

 武の突っ込みにB分隊も声を上げて笑う。

 やはり彼女達も衛士を目指して訓練しているのだ。

 武達のこういった戦術機訓練の話を聞いているだけで、今やっている基礎訓練へのやる気も上がってくるというものである。

「だが白銀の機動は独特な概念があるな。その根本となっている所が……はっきり言って理解できん」

「確かにねぇ。あれはもう変態的と言えるわね。あ、誤解しないでね白銀? 良い意味で言ってるんだから」

「……いや、どう聞いても良い意味には聞こえませんって」

 武はため息を吐くものの、今の言葉は水月の負けん気の表れである。

 水月だけでない。宗像、風間も武の操作記録こっそり見ながら追いつこうとしている。

「でも先輩。白銀の機動ってそんなに凄いのですか?」

 委員長こと榊千鶴は武の機動に興味を覚えたのか問いただす。

「そうね、機動を立体的に捉えるのは神宮司教官に言われた戦術機動作の基本的な事なんだけど、その発想がものすごく柔軟というか自由だね。私のナビゲートなんてしょっちゅう上回る機動見せるよ」

「いやぁ……あんまり褒めないでくださいよ。涼宮先輩」

 他の先輩と違い素直な賛辞を送るのはA分隊の隊長の涼宮遙だ。

 ナビゲートという言葉の通り彼女は今CPのタマゴである。

 そう、彼女は衛士の適正検査で不合格の判定を受けてしまったのだ。

 原因はやはり1回目の総合戦技演習における高機動車の事故で受けた怪我が原因だった。

 “衛士になれない”その現実を突きつけられた時でも、彼女は笑って武達の合格を祝福していた。

 本当は泣きたいほど悔しいはずなのにその様な表情は一切見せなかった。

 衛士の夢が絶たれた後、すぐに彼女はCPを目指す。

 自分のできる事をしようとすぐさま歩きだした彼女に、武は本当の意味での精神的強さを見た。

 そんな彼女に対してできる事は哀れむ事ではなく、彼女の分まで強くなる事だと武は思う。

 それを思うと新型OS、XM3の導入が待ち遠しい。

 以前作ってくれるという約束を夕呼はしてくれたがまだ完成はしていないようだ。

 研究時間2年間という壁は武の想像以上に大きいものがあるようである。

 とは言えXM3は自分にとっても必要不可欠なものなので、今度催促してみるかなと思いながらも武は食事に取り掛かる。

「ここ、空いてる?」

 武がそんな思考に没頭していると当の本人である夕呼が白面、霞、まりもを引き連れてやって来た。

「け、敬礼――!!」

 この基地の副司令官である夕呼の姿に遙が起立して号令をかけようとするが、それを夕呼は落ち着き払って手で制す。

「あー、良いから良いから。そういった格式ばったことは嫌いなの私」

「は、はぁ……」

 夕呼の言葉に立ち上がりかけた207分隊は曖昧な返事をしながらも着席する。

「いったいどうしたんです? 珍しいじゃないですか夕呼先生がPXに来るなんて」

 武の記憶でも夕呼がPXに来るのは珍しい。

「あぁ、私は特に用はないけどね。陽狐の付き合い」

「陽狐さんの……ですか?」

 武を含め、207分隊が後ろにいた白面を見る。

「あぁ、そなた達。少し手伝え」

 前置きも何もなく発せられた白面の第一声はいきなりの命令であった。











「終ったか。ごくろうだったな」

「いえ、こんな事でしたらお安い御用ですよ」

 白面の言葉に207分隊の面々は上機嫌に答える。

 いきなりの白面の命令で何をやらされるのかと思い内心ビクビクしていた207(特にA)分隊であったが、その内容は至極まっとうなものだった。

 要するに帝都からの土産をここ仙台基地にいる人達に配ってきて欲しいというものである。

 霞に何か土産をと思っていた白面だったが、その考えは全く不要であった。

 なぜなら帝都から帰る際に、コレでもかと言うほどの土産を貰ったからだ。

 本当に良くこれだけ集めたものだと白面も感心する。

 帝国の元枢府、五摂家はもとより日本の大企業、はては国連を含む諸外国のお偉い方まで白面に手土産を持たせてきた。

 いや土産というよりはむしろ貢ぎ物、供え物といった方が適切だろうか?

 その中には白面に対する神仏を敬う心より、様々な打算が混じった心が込められた贈り物の方が多い。

 もっともそんな事を気にする白面ではないが……。

 配られた菓子はどれも合成ものではない天然素材。

 例え世界が平和であったとしてもめったに口に出来るものではない高級品である。

 “ある所にはある”とはよく言ったものだ。

 別に全部食べようと思えば食べられる白面だが、せっかくなので霞や207分隊だけでなく基地にいる者達全てに配る事にしたのである。

 これは白面の心遣いである。207分隊だけに配りでもしたら余計な波風が立つというものだ

 戦時中こういった高級品は贅沢思考に繋がるため、あまり一般の兵に与えるのは良くないが、白面の「これが平和な世界で得られる味だ。この味を思い出しBETAから地球を取り戻せ」という、良く分からない理由で配布される事が許されたのだ。

 ……物は言いようである。

「そなた達には……そうさなケーキと呼ばるる西洋菓子でいいか?」

「「「「で、でかーーーーーっっ!!」」」」

 白面がどこから取り出したのかいきなりテーブルに置いたケーキは、優に成人男性の身長を超えていた。

「こ、これは……」

 他の仲間と違い武はそのケーキを見上げてどこか懐かしそうな声を上げる。

 思い浮かぶのは自分の物ではない、別の世界の自分の記憶。

 合成食なぞ食べる必要のない、BETAのいない世界で見たことのあるこのふざけたサイズのケーキ。

 武の誕生日で冥夜が用意したあのケーキである。

「五摂家の1つである煌武院家からの贈り物だぞ」

「「「「で、殿下からの!?」」」」

 冥夜を初め、全員が新ためて自分の身長より高いケーキを見上げる。

 この国の日本人からすれば正に雲の上の人。

 見上げるケーキに後光が差しているように見える。

 口を開けて呆けている207分隊の様子に白面は笑みを浮かべる。

「まぁあまり気にするでない。せっかくの好意だ。むしろ全て食せよ?」

「問題ないです……甘いものとヤキソバは別腹って昔から言いますから」

 白面の言葉に彩峰が昔から言われていない諺で返す。

 その両手には皿とフォークがすでに握られている。

「凄いっ! 凄すぎだよタケルっ! ああもう、これは夢じゃないの? んあ~~~も~~!!!」

「じゃ、じゃあ私合成宇治茶もって来るねっ!!」

「ばかやろーーっ!!」

 受け渡し口の方に走っていこうとする純夏に武がデコピンを喰らわす。

「あいたーーっっ!! なにするかーーー!」

「せっかくのケーキに合成飲料合わせてどうする!?」

「そうよ鑑さん。白銀の言うとおりここはラムネで乾杯しましょう」

「え? 委員長。オレは水で良いんだけど……というかラムネも合成飲料じゃないか?」

 この上さらに甘いもので合わせようとする千鶴の言葉に武は1歩後ずさる。

 何と言うかものすごくテンションが高い207分隊である。

 いや武達だけでなく白面の持ってきた土産に仙台基地にいる者全員がある種の異常な大騒ぎ状態となっている。

 本来なら軍規上問題があるかもしれないが、『食』は人間の3大欲求の1つ。

 下っ端の者だけでなく上官の人間も何だかんだで参加している。

 白面の事もあるし今回に限っては、まぁ無礼講という事だろう。

「フ……フォォォォォッッ!!!」

 普段大人しい壬姫まで天に向かって雄叫びを上げている。

「こ、これは! 合成物ではありえない、いえ、天然物でも最高級品にしかない芳醇な味わいがありますよ~~」

 感激の涙を流しながら1口、2口食べまた「フォォォォォッッ!!!」と叫ぶ。

 しかし207分隊の女性陣の食べるのが速い事、速い事。

 白面の中では恐らく10分の1くらい食べたらもう限界だろうと思っていたのだが、彼女らの底なしの胃袋を甘く見ていたようだ。

あれだけ大きかったケーキがもう半分くらいまでに減っている。

「そうだ冥夜よ。そなたと縁ある者からこれを渡して欲しいと頼まれたぞ」

 反応炉に纏わり着くBETAのようにケーキに群がる彼女らを横目に白面は冥夜に話しかける。

「……これは」

 冥夜が白面から手渡された物は、藍色からだと白い頭を持つ人形だった。

 白面はあえて名前を言わなかったが、征夷大将軍の煌武院 悠陽からの贈り物である。

 冥夜と悠陽、離れ離れになったものの2人が数日間一緒に暮らしていたという確かな証。

 それがこの人形なのだ。

「……ありがとうございます。陽狐様に感謝を」

 冥夜は受け取った人形を自分の胸に押し当て目蓋を閉じる。

 その様子を無言で見つめ続けていた白面が今度は風間に声をかける。

「あと祷子よ。斗和子からこれを渡してくれと頼まれたのだが」

「ふぁ、ふぁりがとうごふぁいまふ(ありがとうございます)」

 口にケーキを含みながら風間は白面から封筒を受け取る。

 おしとやかなイメージがあるが、この隊で一番大食いで早食いなのはこの風間である。

ちなみに今一番ケーキを食べているのも彼女だ。

「なんですそれ? 陽狐さん」

「さてな。我も知らん」

 風間は口の中のケーキを飲み込み、ハンカチで口を拭きつつ糊付けされてる封筒を開ける。

「…………あ、クロイツェル・ソナタ」

「何かの楽譜のようだな?」

「えぇ、前から欲しかったんですコレ。御方様、斗和子さんにありがとうございましたと伝えておいてください」

「フム、それは構わぬが何故斗和子がそなたに贈り物などをしたのだ?」

「あら、御方様はご存じなかったのですか? 私と斗和子さんは楽器の演奏仲間なんですのよ?」

「…………あやつめ。いつの間にその様な交流関係を」

 いやまぁ別にそれ自体は構わないのだが、斗和子って何か楽器の演奏なんて出来ただろうかと? 白面は頭を捻る。

「…………弾いていた。弾いておったなそういえば。忘れておった」

 獣の槍を破壊しようとしていた時、確か葬送曲としてチェロを弾いていたはずだ。

本当にどうでもいい事だったので白面は記憶から消去していたが、斗和子は楽器演奏が趣味なのである。

「えぇ、以前たまたま斗和子さんが演奏されている所に出くわしたんです。それがとてもお上手でしたので、以来何かと御指導していただいておりますわ」

「………………そうか」

 本当は突っ込みたい白面だが淡白な相槌を打つ。

 何だか斗和子にいちいち突っ込みをいれるのはもう疲れた。

 良い楽器は人間。美しい音色は阿鼻叫喚と言っていた斗和子はもはや死んだと思っていたほうが気が楽というものだ。

「そう言えば御方様も楽器の演奏が出来るとか。今度御一緒にいかがです?」

「……誰がその様な事を言ったのだ?」

「え? 斗和子さんが仰ってましたよ? 『御方様は私よりずっと上手に演奏できますよ』って」

「あ~~……、確かに演奏する事は可能だが」

 斗和子の物は白面の物、白面の物は白面の物。

 その理屈からすれば白面も楽器の演奏は当然できるが、その返事はあまり乗り気でない。

 別に楽器の演奏が嫌いなのではなく、何というか斗和子と祷子に混ざって演奏する自分の姿が酷く違和感がある気がしたのだ。

「ウーム、やはり遠慮しておく。我は聞く方が好きだ」

「そうですか? では気が向きましたら声を掛けてくださいね」

「あぁ、了解した」

 そう言ってまたケーキの山に向かう風間を目で追いながら、白面はラムネを口に含む。

 横で話を聞いていた水月が武に不敵な笑みを浮かべる。

「ところで白銀? 『クロイツェル・ソナタ』の作曲家は誰だかわかる?」

「ふふ、バカにしないでくださいよ? オレだって戦う事意外の教養は身につけています」

 武は胸を張り自信たっぷりな態度を取ってみせる。

 偉そうな事を言っているがループの知識である。

 確か以前も祷子のヴァイオリンの話になってちょうど同じ話題が上がったはずである。
その事を覚えていたのだ。

「あら? 随分自信たっぷりじゃない。じゃあ言って御覧なさいよ。3、2、1――はい!」

 武が音楽に精通している事が意外だったのか、水月がいつもの口癖で答えを促す。

「その曲の作曲者は…………」

「…………作曲者は?」

「あれ……? え、えっと……作曲者はですねぇ」

 そう言うものの武はその答えが出てこない。

「えっとアインシュタイン……いやソクラテス……違うアイザック・ニュートン!」

「白銀君。全然違うよ……。というより音楽家ですらないよ?」

 水月の隣りにいた遙が武の解答にダメだしをする。

「はぁタケルちゃん。知らないなら知らない言えば良いのに」

「あれーあれー? 本当に知ってるんだよ。ちょっと待って……」

 武は髪の毛をかきむしり、喉元を押さえ必死に頭からループの知識を引っ張り出そうとする。

「残念、時間切れ……正解はラフマニノフよ?」

「く……速瀬先輩……やりますね……!」

「信じるな白銀。『クロイツェル・ソナタ』はベートーヴェンだ」

 後ろから宗像が呆れ顔で修正をいれる。

「間違っちゃった? ――あははははっ!」

「うげ……感心したオレ……カッコ悪……」

 こういう事はきっちりループどおりの行動を取ってしまい落ち込む武を見て、席を囲む207分隊の間に笑い声が広がる。

 武達にとっても久しぶりの楽しい空気。

 その様子を見ながら霞のウサ耳もピコピコ上下に動く。

 無表情な彼女の表情も僅かながらも笑っているように見える。

「そうだ夕呼。1つ尋ねたいのだが良いか?」

「何? どうかしたの?」

「霞のウサ耳とシッポを見て思い出したのだが、この国にはそういう文化があるのか?」

 白面は京都で悠陽にした質問と同じ質問を夕呼にもする。

 霞のウサ耳は何となくだがESP能力の制御装置か何かだろうと白面は予想を立てているが、シッポの方は何故つけているのか理解できないのだ。

「そんな文化はないけど。どうしたの突然?」

「いやな、京都に行った際に斗和子の奴もシッポに合わせて狐耳をつけておったのだ。それで少しばかり気になってな」

「あぁそういう事。そうね、確かにそんな文化はないけど『耳とシッポは合わせて着ける』これは世界の常識よ?」

「なんと。そうであったか……」

「陽狐さん嘘ですからね。単に副司令の趣味ですから」

 まりもがジト目で夕呼を見ながら即座に訂正を入れる。

「もう、ばらしちゃ駄目じゃないまりも。まぁそういう事、別に深い理由なんてないわ。可愛ければいいじゃない」

「まぁそのとおりだな。可愛いに理由など必要ないか……」

 夕呼の妙な説得に白面も頷きながら納得する。

「…………香月博士」

 そんな白面と夕呼の様子を見ていた霞が夕呼の袖を引っ張る。

「何? どうしたの社?」

 夕呼は霞の顔と同じくらいの所に自分の顔をもっていく。

 霞が何やら耳打ちするのを頷きながら聞いていた夕呼だったが、不意にニヤッと笑みを浮かべる。

「あらあら~。良かったじゃない陽狐?」

「一体どうしたと言うのだ?」

「社がね、耳とシッポを狐の物に変えたいんですって」

「ほぅ……」

 思わず白面と目が合う霞だが、その無表情な顔に若干の赤みが差しどこか照れくさそうにしているのが分かる。

「私……陽狐さんみたいになりたいです」

「「「「「ブフォッッ!!」」」」」

 隣りで黙って聞き耳を立てていた207分隊の何名かが一斉にケーキを吹き出す。

「そうかそうか嬉しい事を言うてくれるな。己を研磨し立派な牝狐を目指すが良いぞ」

「待て待て待てッ!! 早まるな霞!」

「そうよ! 戻ってきなさい! そっちは暗黒面の道よッ!!」

 突然の霞の恐ろしい発言に武とまりもは一斉に抗議を上げる。

 よくよく考えてみたら当然の事である。

 霞に限らず、子供というものは多かれ少なかれ最も身近にいる存在の影響を受けるものである。

 他の世界では霞は脳だけになった純夏の傍にいたため性格はともかく行動を真似る時があった。

 ……ではこの世界では?

 霞と最も親しかった存在は白面である。

 白面の影響を霞が受けるのは自然の流れと言える。

 人間が間違った方向に行く瞬間を目撃してしまった武は頭を抱え込む。

 対して霞の表情は眉毛をキュッと上げて真剣そのものだ。

「タケルよ。何を憂慮しておるのだ? 陽狐様のようになりたいと申すその想い、いささか問題もあるまい」

「……お前もか冥夜」

どうやらこの基地には何名か網膜投影が正常に作動していない人物がいるようなので、一刻も早く修正する必要がありそうだ。

 ――翌日、オプションが狐の耳とシッポに変更された霞を見て、霞に小悪魔属性がないことを祈りつつ一抹の不安がよぎる武であった。









あとがき

 いつだか書いたように白面と霞の関係はピッコロと悟飯のような関係にしたいと思ってましたが……。

 いかん、方向性間違えた。……まぁいいか。



[7407] 第拾四話 衛士の才能と実力
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/07/18 22:11
第拾四話 衛士の才能と実力





 BETAに蹂躙されたであろう廃墟に乾いた風が吹く。

 瓦礫の山により、足場の踏み場がなくなった地面。ひび割れた外壁だけで辛うじて形を保っているビル。

 かつて人が住んでいたであろうこの場所に、巻き上がる土埃がもはやここは人間の領土では無いという事を無言で示していた。

 静寂が包む廃墟に硬い物同士がぶつかり合う金属音が朽ちかけた建物に良く反響する。

 そこには大小様々なBETAの群生と対峙するのは白面の者の存在があった。

「くっ……! おのれぇ!!」

 苛立ちの声を上げるのは白面の者。

 風邪など生まれて此の方1度も引いた事のない白面だったが、きっとこういった状態になるのだろうと、思い通りに動かない己の体に対し奥歯を噛み締める。

「なめるなァア!!」

 怒りの声と共に放たれた白面の攻撃はあっさり要撃級の2対の前足に防がれる。

 我ながら情けない何と脆弱な一撃か!!

 いつもなら何気なしに振るう尾の一振りですら、何人たりとも防げぬ程の威力を持つのだが、その破壊力は今や見る影もない。

「ちぃーーーー!!」

 白面は慌ててその場から離れる。

 目の前の要撃級を相手していたら横から突撃級がその巨体をフルに活かして突っ込んできたのだ。

 かすっただけなのにも関わらず、突撃級の170km/hにも及ぶ突進力は白面の足に大きな傷を残す。

 着地はしたもののバランスを崩し膝をつく。

 好機とばかり襲い掛かる要撃級に半ばやけくそに放った白面の一撃がたまたま当たり、そのまま要撃級は崩れるように倒れる。

 ……本当にまぐれと呼ぶにふさわしい無様な一撃である。

「………………」

 ここに来てようやく数体BETAを屠ることに成功した白面は冷静に自分の状況を分析する。

 目の前……。いや前面だけでなく左右、後ろにも数百にも及ぶBETAの群れ。

 完全に囲まれてしまった。

くッ! と白面は自分の最期を悟る。

 赤と白、大小様々なBETAがまるでタイミングを合わせたかのように一気に白面に襲いかかった――!!











『―――不知火、右脚部破損……胸部大破。致命的損傷、戦闘継続不能と判定』

 様々な機器類が占める筐体――、シミュレータのコックピット席にオペレーターの声が響く。

「BETA撃破数たったの『5』……ゴミね」

「…………うるさいな」

 先ほどまで白面が乗っていた不知火とBETAの群れが幻のように消えていく画面。

 散々な結果を叩き出したシミュレータから降りた白面は夕呼の皮肉に唇を尖らせ顔を背ける。

「だいたい何で長刀しか使わなかったの? 突撃砲があるじゃない?」

「……手が滑って落とした」

「えぇ、知ってるわよ見てたから。再確認しただけ」

「ぐっ…………!!」

 口元を緩め意地の悪い笑顔を浮かべる夕呼の言葉に白面は言葉を詰まらす。

「お疲れ様です御方様」

 後ろから声を掛けてきたのはポーランド出身のイリーナ・ピアティフ中尉だ。

 金髪の清楚な感じのする美人である。

「………………」

 彼女の青い瞳が白面を見続けていたが不意に視線をそらし、口元を押さえ肩を震わす。

「貴様! 笑うな!!」

「い、いえ……決してその様な……ッく!」

「ぷっくくく…………、あ~~~はっはっはっはっはッ!! も、もう駄目! あんた下手過ぎ!」

 先ほどシミュレータを思い出してか夕呼は涙目になって笑い転げる。

「くくく、いやーーー! 良い物見せてもらったわ!」

 今まで完璧超人でスキのなかった白面の醜態を見ることができて夕呼は上機嫌な声を上げる。

「陽狐さん。元気出してください」

「……うぅ、霞はいい奴だ。本当にいい奴よのう」

 夕呼達と一緒に来ていた霞が慰める。

 頭にのせてる狐耳がピクリと動く。

「ん~~~、それにしてもシミュレータ前にやった衛士の適正検査だと陽狐は白銀以上の好成績を残しているのに当てにならないものねぇ。追加項目として『狐は例外』って書いておこうかしら?」

 夕呼の容赦ない追い討ちに白面はもはや何も言わずに霞を抱きかかえ、そのまま背中を向ける。

 いじけているのである。

 そう、夕呼の言ったとおり白面は衛士適正検査において武の測定値を上回る成績を叩きだしていたのだ。

つまりは歴代最高の成績である。

 最もこれは当たり前と言えば当たり前の結果だ。

 適正検査は戦術機に搭乗した際における揺れや、BETAのシルエットによる脳波の乱れ等を測定するわけだが、白面本来の獣状態による動きは戦術機のそれを遥かに上回っており、なおかつ白面にとって取るに足らないBETAのシルエットなどを見ても動揺などするわけがない。

 それにもかかわらず戦術機の操縦がまるで駄目なのは……まぁ、根本的に才能がないのだろう。




「あれ? 陽狐さんに夕呼先生。こんな所でなにやってるんです?」

 突然声を掛けてきたのは武である。

 その後ろからは207A分隊の面々が着いてきている。

 床に壁に天井、その殆どが金属の材質で作られたシミュレータルームに武達の強化装備の硬い靴音が良く響く。

「何、暇つぶしに遊……いやたまには鍛錬でもしようと思うてな」

「今、絶対遊んでるって言おうとしましたよね?」

「気のせいだ」

「……まぁいいですけど。なるほどそれで強化装備なんて着ているわけですか?」

 そう言って武は白面の姿に視線を送るがすぐに視線を逸らしてしまう。

 黒を基調とした強化装備から白面のしなやかな肢体、膨らんだ胸が浮き出ており、女性の強化装備姿に見慣れているはずの武も何となく視線を合わせにくい。

「……しかし、この装備を考えた奴は絶対に男だな」

 白面は抱きかかえていた霞を床に降ろし、自身の姿などまるで気にせずに手足を動かしてみせる。

 白面の言う事ももっともである。男性の強化装備に比べて、女性の強化装備は明らかにその体の線が浮き出るように作られている。

 戦場でのシャワーすら一緒に使う、男女共同生活による羞恥心の払拭。

 そんな尤もらしい建前があるが、白面からすればどう見ても悪意があるとしか思えない。

「……それに関しては同意します」

 武の言葉に後ろにいた水月、宗像、風間は透明な強化装備に恥ずかしそうに胸を隠しながらも頷く。

「でも陽狐さん。一見このスーツ頼りないように見えるかもしれませんが、優れものなんですよ?」

「ほう、そうなのか? 知らなんだわ」

 何の説明も受けずに進められるまま強化装備を身につけていた白面は、武の着ている強化装備にマジマジと顔を近づける。

「……ていっ!」

「ゴフッ!!」

 白面の軽く放ったデコピンが武の脇腹辺りの特殊柔軟素材に穴を開ける。

「あ……すまぬ。大丈夫かタケル?」

「だ、大丈夫です……何とか…………」

 悶絶しながらもわき腹を押さえ答える武。

どうやら骨にヒビとかは入っていないようだ。

 本来ならばこの特殊柔軟素材、伸縮性に優れ、衝撃に対して瞬時に硬化し例え鉄パイプで殴られようとも痛みを全く感じないほどの防御力を持っているのだが、当然その耐久以上の衝撃を受ければ破損する。

 いやむしろこの場合は良く防いだというべきだろう。

「あーあ……。何やってるのよ陽狐。高いのよそれ?」

「我は知らぬ! 豆腐のように脆いその装備が悪いのだ!」

「豆腐のようにって……、まぁいいわ。修理代はアンタの預金通帳からおろしておくからね」

「なんと!?」

 夕呼の言葉に白面は1歩下がり驚きの声を上げる。

「……っていうか陽狐さん。預金通帳なんて持ってたんですか?」

「……何を言う? 我はちゃんと働いておるではないか?」

「「「「嘘!?」」」」

 A分隊の声が見事に重なる。

 この仙台基地に来て以来、毎日暇を持て余す怠惰な生活を送っている白面が『ちゃんと働いている』姿など誰も見た事がないのだ。

 せいぜいPXで手伝いをしているくらいだがそれも気まぐれで、ほんの数回しか手伝っていない。

「……一体いつ働いてたんですか?」

「帝国に斗和子を派遣しておるだろう?」

 さも当然と言わんばかりの白面に一同唖然とする。

「……御方様。それは働いているとは言わないのでは?」

「そんな事はないぞ? 認めたくはないが……本当に認めたくないが斗和子は我の分身。人間で言うともう1人の自分が働いておるのと変わらぬからな」

「斗和子さんがもう1人の陽狐さん?」

「……言うな」

「え?」

「言うなといった」

「あ、はい。すいません」

 白面の一言に何故か背筋が寒くなった武はこれ以上追及しまいと素直に謝る。

「……で? 副司令、こんな所に来られるとは何か用があるのではないですか?」

「あぁ、そうそう。私達も別に邪魔しにきたわけじゃないのよ? まりも、これからココで訓練をする予定だったわよね?」

 左手で髪をかき上げ嬉しそうな笑顔を向ける。

「えぇ、シミュレータによる市街での戦闘をする予定ですが……」

「そ。悪いけどシミュレータの訓練は中止にして実機訓練による市街地模擬戦闘演習をしてもらうわ」

「は?」

 突然現れていきなりの予定変更の命令に、まりもを始めとした207A分隊は頭にクエスチョンマークを浮かべるのであった。










『くっ! なんなのよこれ!』

 水色に塗装された訓練機、『吹雪』から水月は焦りの声を上げる。

 コックピットに映る機体も自分と同じ『吹雪』……のはずである。
 
 突然の夕呼からの訓練内容の変更。

 絶対何か企んでる。水月だけでなくその場にいた全ての人間は夕呼の表情から確信めいたものを感じていた。

 夕呼の言ってきた内容は『武vs水月、宗像、風間』の1対3の模擬戦だった。

 ――舐めてると水月は思った。

 確かに武の戦術機の機動は自分達よりはるかに高みにいる事は認めている。

 それを悔し紛れに武の事を変態的と言って誤魔化した事もある。

 だがそれはあくまで1対1での話だ。

 3人……しかも前衛、中衛、後衛のそれぞれ得意ポジションがきっちり分担できてる自分達と白銀1人、コンビネーションが出来るか出来ないかの差は、もはや実力以前の問題である。

 だが……。

『このぉっ!!』

 水月の振るった近接戦用短刀はボクシングのウェービングよろしくU字を描く武の吹雪の機動により難なく空を切る!

『!?』

 普通戦術機での相手の攻撃を防ぐ場合、手に持つ武器で弾くか跳躍ユニットを使って機体ごと移動してかわすのが当たり前だ。

 戦術機は人間に出来る動きを全てこなす……その理屈からすれば目の前の吹雪の動きは確かに可能のはずだ。

 だが連続で上半身を左右に移動させるという機動を戦術機で行うには並外れた技術が必要である。

 水月は唇を噛む。

 武の技術力は知っていた。いや知っていたつもりでいた。

 天才衛士と武本人には直接言わないが内心そう評価していた。

 だがそれすら低い評価であったことを思い知らされる。

『このぉッ!!』

 連続で繰り出される自分の短刀。

 そのことごとくが空しく空を切る!

 武の吹雪の動きが速過ぎる。――否、機体の反応速度が違い過ぎるというべきか。

 まるで後出しジャンケンされてる詐欺に合ったような気分だ。

まるで当たる気がしない……!

 目の端に映るのは武の吹雪が左手に持つ近接戦用短刀。

模擬訓練用の発泡樹脂製の刀身が鈍く輝く妖しい光を放つ。

 やられる! そう覚悟した瞬間目の前の武はバックジャンプで後方に下がる。

『……え?』

 水月が呆ける刹那の後、けたたましい発砲音と共に放たれるペイント弾が武がいた所をオレンジ色の斑模様に塗り変えていく。

『大丈夫ですか? 速瀬先輩』

『宗像!』

 網膜投影に映る宗像の顔に彼女が援護射撃をしてくれた事を理解する。

 普段どこか余裕のある表情をしている宗像の表情が険しい物になっている。

 彼女も武の機動の異常性に気付いているのだ。

 その武は今どこに? 水月は見失った武の機体を探す。

 いた――ッ! レーダーに映る赤い光点。

ボロビルの間を縫うようにして今度は宗像の方に向かっていく。

 どうやら目標を彼女に変更したようだ。

 宗像と風間のペイント弾が豪雨となって襲い掛かるがビルの壁を盾にその進行を止めない。

『来い! 白銀!!』

 珍しく大声を上げて宗像は右脇に突撃砲、左手に74式近接戦闘長刀を構える。

『美冴さん!』

 コックピットに風間の声が響く。

 このままでは埒が明かない。

 自分を囮にしてそのスキに武を取る! そういった作戦なのだろう。

 水月と風間も彼女の意図を察したのか無言で突撃砲を構える。

『……つくづく白銀には驚かされる』

 宗像は肺の中の空気を吐き出し自分に向かってくる武の青い機体に向かって呟く。

 先ほど水月との接近戦で武を捕らえられなかったのは痛かった。

 武が短刀を振るおうとした瞬間を狙っての狙撃だった。だがそれにも関わらずかわされた。

 それは本来ありえない動きである。

 あのタイミングなら戦術機には『短刀で攻撃する』という操作が入力されていたはずだ。

 回避できるのは『攻撃した後』のはずである。

 攻撃を途中で止めバックジャンプする事は今までの戦術機なら不可能な事である。

 おそらくあれも香月博士の企みなのだろうと宗像は推察する。

『……だが、そう思い通りにはさせん!』

 操縦桿を握りしめスロットルペダルを強く踏み込む。

 いつもより高い跳躍をしながら武にペイント弾をお見舞いしてやる。

 自分とほぼ同じタイミングで水月と風間の援護射撃が武に横から襲い掛かる。

 ここでできる回避行動は噴射跳躍による上への回避のみ!

 そこを水月と風間が自分ごと武を狙い打つ。

 1秒先の世界を頭の中でシュミレートした宗像は左手に持つ長刀の柄を強く握りしめる。

 武の跳躍ユニットが青白い光を放つ。

 ――狙い通り!! 内心勝利を確信した宗像だったが、次の瞬間武の機体が下に沈んだ。

『『『なッ!!!』』』

 驚愕の声を上げる3人に対して仰向けになりながら武の吹雪が地面を滑りペイント弾を回避する。

『――宗像機動力部、下腿部に被弾致命的損傷、大破!』

『――バ、バカな』

 コックピット内に流れる涼宮遙のオペレートの声を聞いて初めて自分が撃破されたことを宗像は悟る。

 自分の網膜投影に今ようやく映ったのは武の突撃砲の銃口。

 回避してから攻撃に移るまでの間隔の異様な短さに放心しながら宗像は吹雪の操縦桿から手を放すのであった。











「――以上、市街地模擬戦を終了する」

 戦術機を収納するハンガーにまりもの声が響く。

「午後は、この演習のデータを使ってシミュレーターの演習だ。解散!」

 まりもの解散の合図を受けても皆動こうとしない。宗像を撃破してからものの数分とかからず水月、風間を撃破した武の機動に他のA分隊は言葉をなくしているのだ。

「……白銀。一体どういう事?」

 水月がいつもと違い抑揚のない声で武に尋ねる。

 その静かな声が余計に圧力を感じさせる。

「えっ……と…………」

 水月だけでなく宗像、風間、それにオペレートをしていた遙も無言で見つめてくる。

 何だかんだ言って自分の成果が認められるのは嬉しい。

 彼女らの様子に思わず口元が緩んでしまう。

「ちょっと! 何にやけてんのよ」

「ふふ、そこまで驚いたんなら大成功ね」

 武の代わりに答えたのは不敵な笑みを浮かべている夕呼だ。

 白衣を着て腕組をしながら笑うその姿にいたずらが成功した満足感が見て取れる。

後ろでは白面、ピアティフ、霞が黙ってその様子を見ている。

「博士っ! 何かあると思っていたのですが一体白銀の戦術機に何をしたのです!?」

「白銀の戦術機には、新しい概念を組み込んだOSが組み込まれてるの」

「……新しい概念?」

「みんな、白銀の戦術機機動がとても奇妙な事は知ってるでしょう?」

「奇妙というと戦術機が倒れた際に小刻みに操縦桿を動かしたりとかですか?」

 普段武の機動記録を立場上1番に目を通している遙が尋ねる。

「そう。そういった動きの集大成が今日の戦術機の動きってわけ。あれが白銀が本当に目指していたものなのよ」

「「「「えっ……!!」」」」

 夕呼の言葉に皆目を丸くする。

「今までは制御システムの問題から不可能だったんだけどね、白銀がどうしてもっていうから作ってあげたんだけど、だいぶインパクトが強かったみたいね」

 驚いて固まっているA分隊の面々を夕呼は楽しそうに見つめる。

「サンプルは多い方がいいから207小隊全機のOSを換装してあげるわ」

「本当ですかっ!」

「シミュレーターのOSも書き換えておくから適当に遊んでみてちょうだい」

「じゃ、じゃあ私達も今日の白銀のような機動ができるようになるんですか!?」

 身を乗り出して夕呼に問いかけるのは近接戦闘が得意な水月だ。

 自分の攻撃がかすりもしなかった武の機動はそれほど魅力的なものだったのであろう。

「そうよ。難しい機動も簡単に繰り出す事ができるって所もあのOSの利点だからね。もっとも訓練は必要だけど。他に細かい所は白銀に聞いてね」

 水月だけでなく他の隊全員がそのうれしいニュースに歓声を上げる。

「シ・ロ・ガ・ネッ!! 早いところPXに行くわよ。そこで色々と話を聞かせてもらうわ!」

 いてもたってもいられなくなったのであろう。

 水月は武にそう一言いうと返事も聞かずに更衣室の方まで走っていってしまう。

 他の者達も同様のようで、足早に水月を追いかける。






「……あれがタケルの目指しておった動きか。素人目の我から見てもその違いは明らかであったな。めでたし!」

 ハンガーから207A分隊がいなくなった所で白面は先ほどの模擬戦の動きを振り返る。

「ふふ、まぁこれで借りは返せたって感じかしらね」

 先ほど武がどうしてもと頼んだから作ったといった夕呼だったが、新OSことXM3は夕呼から作ってあげると言い出したことだ。

 オルタネイティブ4の理論を得る事ができたのは白面と武のおかげであったので夕呼なりの礼と言うやつである。

 これで武も思う存分力を発揮できるだろう。

 キャンセル、コンボ、先行入力、この世界の人間にはない概念により作られた新OSはまさに戦術機の革命と言っても過言ではない。

 キャンセルは先の模擬線で宗像の奇襲を避けたように戦術機の機動に幅をもたせ、先行入力は戦術機の反応速度を上げ、コンボによる操作の簡略化は衛士の命を生き長らえさせる。

「夕呼、私聞いてないんだけど」

「あら? そうだったかしら?」

 まったく詫びいれた様子もない自分の親友にまりもは腰に手をあて溜め息をつく。

「でもよかったの? 勝手にシミュレータに白銀のOSを組み込んじゃって。あれは国連全体の問題でしょ?」

「悪いけど。私はまだあれを他の連中に使わせる気はないわよ。あのOSは私の研究の一環なの。……まりも、その意味わかるわよね?」

「……了解」

 夕呼の研究といわれてはまりもからは何も言う事は出来ない。

「ところでまりも? 衛士であるアンタの視点から見てあのOSの機動はどうだった?」

「正直、兜を脱いだわね。白銀の機動は前から気にはなっていたんだけど、まさかあんな機動を頭の中で考えていたなんて……」

「アンタにそこまで言わせたなら作った甲斐が有ったわね」

「あれが全世界の戦術機に組み込まれたらBETA戦は大きく動くと思うわ。『死の8分』という言葉もなくなるかもしれない」

 まりもの言う『死の8分』とは初陣の衛士の戦場における平均生存時間の事だ。

 そのあまりに短い平均時間。

 かつて訓練兵時代のまりもも緊張感を持たせるための与太話だろうと思っていた。

 ……だが違った。

 思い返されるのは自分が未熟故に招いてしまった罪。

 初陣でのまりもの隊は彼女以外は8分とかからず全滅。

『死の8分』という言葉は彼女にとって重く圧し掛かる事となる。

「そう、それを聞いて安心したわ」

 まりもは表情を変えなかったが夕呼は長い付き合いでまりもが何を考えているのか読み取ったのだろう。

 一言いうと白衣をひるがえしてハンガーから出て行こうとする。

「待て、夕呼」

「あら何? 陽狐」

 夕呼を呼び止めたのは白面である。

 先ほどのシミュレータで着た強化装備に身を包み腕を組んでいる。

「先の雪辱を晴らしてくれよう。もう一度我にシミュレータをやらせよ」

「なんで? 私無駄な時間過ごしたくないんだけど?」

「くッ! 無駄とか言うな。先のタケルのOSを使えばBETA5000体くらい屠れそうな気がするのだ」

「何その根拠のない強気な発言……」

 夕呼は白面の言葉に呆れながらも「しょうがないわねぇ」といいながら一緒にシミュレータールームに向かうのであった。











「BETA撃破数『0』…………何で記録下がってんのよッ!」

「夕呼、このOS使えぬぞぉ……」

「アンタが下手なの!」

「ぬぅぅぅうっ!!」

「陽狐さんそういう時は『あが~~~』と言うらしいです」

「おぎゃ~~~」

「あが~~~です」

「あ、おぎゃ~~~」

 実戦と同じ損害判定を可能としたJIVES(ジャイブス)を用いたシミュレーターシステム。

そこで逆の意味でパーフェクトな成績を叩き出した白面。

 肉体を得て3000年以上、国中の化物と人間を1体で迎え撃つ無敵の強さを誇り、その記憶力は2300年前にすれ違った人間の顔を覚えているほどで、知略の面でも他に追随を許さない。

 さらには帝に取り入るほどの美貌と芸術と世渡り術を有すなど何だかチートの固まりのような白面だが、何故か戦術機は苦手だった……。









あとがき

 まえがきに戦術機に乗らないと書きましたが乗せちゃいましたw

 まぁこれなら乗ったうちに入らないでしょう。多分。

 よくよく考えたら記事数17にして始めての戦術機による戦闘シーン。

 マブラヴオルタの2次小説なのに……。




以下文章中に出てきた白面の能力


◆白面ズ記憶力
>>その記憶力は2300年前にすれ違った人間の顔を覚えているほど~

うしとら23巻P140参照

うしおの顔を見て「思い出したぞ今! おまえは確か、大昔中国の王朝を滅ぼした時、我の前に立った人間だな」

 と白面は言ってます。

うしとら13巻で時逆に連れられて2300年前の中国で会った時の事を言ってるのですが、この時のうしおは白面から見て道端の石ころもいい所。

 普通に考えて覚えてるわけないです。

 それにもかかわらず覚えてるってどんな記憶力してるんだろこの人。……人じゃないですけど。



[7407] 第拾五話 日常の終わり
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/08/05 23:49
第拾五話 日常の終わり







「――ただ今をもって、貴官は国連軍衛士となった。……おめでとう少尉」

「はい!」

 この仙台基地の最高責任者であるパウル・ラダビノッド司令官の落ち着き払った声が講堂に良く通る。

 内容を告げられずただ集合するように言われた武達を待っていたのは自分達の解隊式であった。

 前触れも何もない突然の出来事に彼女らは最初何を言われたのか理解できない様子であったが、徐々にその言葉の意味を理解したのだろう。

 思わず上げたくなる歓声と涙をグッとこらえ、口を真一文字に結び姿勢を正していた。

「以上を以って、国連太平洋方面第11軍、仙台基地衛士訓練学校、第207訓練小隊解隊式を終わる」

「――207衛士訓練小隊――――解散ッ!」

「「「「「――ありがとうございましたッ!!」」」」」

 まりもの解散という言葉が自分達に正規の国連軍になったと言うことを実感させる。

 武達を包むのは新人達を歓迎するかのような、この仙台基地国連軍の兵士達の拍手であった。

 戸惑いまくった表情を浮かべる新人に対し仙台基地の兵士達が白い歯を見せて笑い、祝福の拍手がスコールのように武達に降り注ぐ。

 ……武の記憶ではこんなに沢山の人達が解隊式に参加していた記憶はない。

 オルタネイティヴ4が失敗した『最初の世界』ではセレモニーも何もなく、略式命令書だけの昇任であった。

 『次の世界』ではクーデターの後ということで厳かなものであった。

 後ろを振り返ると武の中では妙な感覚だが、自分の後輩にあたる『純夏』、『冥夜』、『委員長』、『彩峰』、『たま』、『美琴』の姿を見つける事ができた。

 ラダビノッドが進行役の国連大尉に一言、二言何か言って退席し、まりももそれに続く。

 鳴り止まぬ拍手の中、武は自分の恩師に頭を下げる。

「――午後のスケジュールを伝える。新任少尉は13時00分に第7ブリーフィングルームへ集合。配属部隊の通達、軍服の支給方法、事務手続きの説明等が行われる予定である――以上」

「――敬礼!」

 解隊式の終了が告げられ、式に参加してくれていた他の兵士達はそれぞれ講堂を出て行く。

 バラバラに解散していく先輩たちをどこか呆けた表情で見つめ続ける元A分隊。

 自分達以外の人間全てが出て行き、がらんどうになった講堂がどこか不思議な幻想空間のようである。

 皆、無言でただ立ち尽くす。

 静かになった講堂の天井を見上げ、それぞれ思いに馳せる。

「……とうとう……ここまで来たのね……私達」

「えぇ……やったわね……遙」

 最初に声を発した遙の言葉に合わせて元207A分隊は1箇所に集る。

「……皆さん……ありがとうございました……」

 それぞれの想いを涙で邪魔されて上手く言い表せない。

 訓練期間でいうと1年くらい、今思い返すと長かったようであっという間の時間。

 思い返すとただがむしゃらに走り続けていた気がする。

 筋肉痛など毎日で、足の皮が剥がれた事はしょっちゅうだった。

 背嚢を背負ってのマラソンなんて体力がどうこう言う前に肩掛けが食い込んできてそっちの痛みに耐える方が大変だった。

 肉刺がつぶれた時など最悪である。

 治るのを待つ事もできないので、テーピングやら傷薬など色々ためしてみたがすぐに痛みが引くわけでもなく、結局靴下を重ねて靴擦れを少しでも押さえて歯を食いしばって走るしかない事を悟ったのはいつのころか……。

 ――明星作戦の時、作戦開始の時間まで見上げていた時計の音がうるさかったのを覚えている。

 もし最初の総戦技演習で合格していればあの戦場に立つ可能性もあったはずだ。

 あの時、周りにも待機中の国連軍がいたが正規軍と訓練兵、その間に大きな壁がある気がして悔しかった。

 白面のおかげで明星作戦が流れたという報告を聞いた時、よろこんだのは人類の勝利にか? それとも自分が戦わなくて済んだからか?

 そんな考えが僅かでも浮かんだ自分に弱さを感じて嫌だった。

 しかし……今度は訓練兵としてではない! 正規の国連軍としてようやく自分達も戦場に立つことができる!

 遙が衛士になれなかったのは残念だったがそれでも自分達が精一杯やって得た結果である。

 胸に去来するのは達成感。


 溢れる涙を抑えることができない。

「……白銀……アンタのおかげよ…………」

「いや……そんな…………」

 水月が感極まって武に感謝を述べる。

 普段の彼女なら信じられないような素直な言葉だが、本当は誰より繊細なのである。

 武はそんな水月の表情をまともに見れずに言葉に詰まる。

「白銀……私からも礼を言わせてくれ」

 宗像は水月ほど涙を流していないが、それでも目を赤くして右手を差し出してくる。

「オレのおかげじゃないです。先輩達が……皆でがんばったからですよ」

 水月、宗像……尊敬するこの2人にそう言われると武は気恥ずかしくなる。

 ループの知識のある武はこの後も全員一緒の隊、『A-01連隊』に配属される事は知っている。

 ……でも、やはりそれはそれとしてこの努力が実った瞬間と言うのは何回味わっても良い物だ。

 2回目のループの時と違い、体力面も群を抜いていたわけでない今回のループでは、衛士への道のりは簡単な物ではなかった。

 目を瞑るとあのつらい訓練を思い出す……。

 オルタネイティヴ4の理論回収で白面の『ヒヨウ』により深層心理を探られて身の毛をもよだつような不快な気持ちを味わった事や、冥夜の追加料理実習で白面に爆発の盾にされた事。

 はては総合戦闘技術評価演習で白面の罠により合格時間はギリギリセーフで精根尽き果てたりと、…………何だかほとんど白面がらみであまり訓練と関係ないような気がするが、ともかく色んな意味で『大変』だった事は確かだ。

 武もついつい涙で目を濡らす彼女らの表情を見ていると自分の目頭が熱くなって来る。

「本当……最初白銀君が途中入隊した時は何でこんな子供がって思ってたのに…………」

「…………え?」

「そうですわね……」

「あの……? 涼宮先輩? 風間先輩?」

 遠い目をしながら数ヶ月前の出会いを懐かしむ遙と風間だったが何だか微妙に褒められていない気がする。

 いや絶対褒められていない!

「あはは~~ッ! ごめんね白銀……。だってアンタ私や遙より3つも年下じゃない? だから最初はどうしても……ねぇ?」

 水月も思い出したように泣き顔のまま笑って遙のフォローを入れる。

「まぁ、それが蓋を開けてみれば体力、技術、知識全てが私達の上を行って戦術機においてはあの機動だ。いやでも意識せざるを得まい」

「まったく……何だか喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなってきましたよ」

 せっかくの感動を台無しにされてため息をつく武に皆声を出して笑う。

 そんな笑顔の彼女らを見て、武も自分の目標を再認識する。

 ……自分は何のために戦うのか?

 人類を救うという第1目標はもちろん今でも変わらない。

 だがもう1つ。

 戦友のため……。

 仲間を死なせないため……。

 今までループしてきた『シロガネタケル』から引き継いだ『皆を助けたい』という願い。

 思い返す『あ号標的』を破壊した後、1人佇むあの冬空の桜並木……。

 人類の勝利と引き換えに得た孤独感。

 自分の戦いは終ったと思ったがもう1度与えられた最後のチャンス。

 ――今度こそ……もう誰も死なせはしない!

 武は自分の胸に輝く衛士のパイロット章を指でいじりながらそう誓う。

「先輩達……そろそろ行きましょう。13時までにメシも済ませないといけませんし」

「「「「「………………」」」」」

「それに……まだやり残していることがあります」

「…………そうね」

 武の言葉に彼女らは頷き外に出る。

 講堂の鉄の扉を開けると晴れ渡った空が見える。

 何だかしんみりしてしまい、皆押し黙ってPXに向かおうとすると、青空の下に武達の恩師である神宮司まりも、それと後輩であるB分隊の面々が整列していた。

「ご昇任おめでとうございます少尉殿! 武運長久をお祈り致しております!」

「「「「「「――おめでとうございます!」」」」」」

 まりもの敬礼にならい、後ろの純夏達も敬礼する。

 そう、やり残しとは恩師であるまりもと後輩達との別れの挨拶である。

 今まで厳しく激を飛ばしてきたまりもの口調は今や敬語。

 任官した事により武達の階級は『少尉』、まりもは『軍曹』、立場が逆転したのだ。

 これが教官である彼女のけじめである。

「神宮司軍曹……あなたには……大変お世話になりました」

「お気を付け下さい少尉殿。私は下士官です。丁寧な言葉をお遣い戴くにあたりません」

「……は……」

 まりもの言葉に遙も敬礼で返す。

 自分の恩師がけじめを取っているのだ。自分もそのけじめで返すのが礼と言うものである。

 遙だけでなく、水月、宗像、風間も先程拭ったはずの涙がまた溢れる。

 まりもの後ろではそんな雰囲気に当てられてか、涙もろい壬姫と純夏も貰い泣きしている。

 武からすれば2度目の経験だが、やはりまりもの心遣いには目頭が熱くなる。

 思えば彼女ほど厳しくも優しいと感じられる教官はいなかっただろう。

 『狂犬』などと呼ばれているが彼女は本来優しい気質の持ち主だ。

 BETAがいない世界で教育による平和的な相互融和を教え子達に説いているまりもの姿を武は知っている。

 いや、まりもだけでない……武の頭に平和な世界の記憶が蘇る。

 目の前にいる幼馴染の純夏は自分と馬鹿な事をして遊んでいたし、冥夜は別の意味でズレたその思考で自分達を驚かせていた。

 委員長と彩峰のケンカも周りは「しょうがないなぁ」程度で笑って見てられたし、美琴はしょっちゅう父親に拉致られては帰還するクラスのムードメーカー。たまにいたっては鈴とシッポをつけて登下校する弓道部のエースだ。

 皆が皆……この世界にいる全ての人々が別の人生を歩んでいたはずだ。

 それがBETAのせいで……。

 ここで1度武は頭を振る。

 解隊式の影響からか、どうも自分の頭がBETAとの戦いの事ばかりを考えてしまっているようだ。

 ドス黒いBETAへの殺意を落ち着かせるために大きく深呼吸する。

「神宮司軍曹。そういえば陽狐さんは?」

 気を取り直したように武は解隊式からずっと姿を探していたが見つからなかった白面の事をまりもに尋ねる。

「……彼女は今大事な会議があり、そちらの方に出席しております」

「そう……ですか。いやッ! 了解した……」

 まりもに対して思わず敬語になってしまった言葉を訂正する。

 白面に自分達の晴れ姿を見てもらえなかったのは残念だが、そういった理由があるのなら仕方がない。

 そんな事を考えているとB分隊が一歩武の前に出る。

「……タケルちゃ……いえ、白銀少尉…………」

「純夏…………」

 この世界で初めて、いやループの記憶を通して初めての純夏から『タケルちゃん』以外の呼び名。

 純夏の表情は何とも言いがたい。表面上は笑っているがその瞳の奥底では武の身を案じる不安と別れに対する悲しみ、そんな彼女の本心が見えるが、それを必死に押し隠しているのが鈍感な武でも見て取れる。

 武はこの後夕呼直属の非公式実働部隊、A-01連隊に所属するので別に距離的に離れるわけではない。

 だが、正規軍と訓練兵の間には目に見えない確かな距離があるのだ。

 その距離が白銀少尉という呼び名で表れている。

「う~~ん……。なんつうかオマエにそう呼ばれると背筋が物凄く寒くなるな。できればこれまで通りの口調で話しかけて欲しいんだが……。あ、純夏だけでなくお前らもな」

 そう言って武は純夏を始めとするB分隊全員の顔を見る。

 一瞬彼女らの顔から今までどおり親しい仲間に向ける綻んだ表情が顔を覗かせるがすぐに戒める。

 背筋を伸ばした冥夜が武に敬礼を取ってみせる。

「少尉。ありがたいお言葉ですがそういうわけには参りません。軍に身を置く者として個人の感情を優先にし軍規を破る事はできませぬゆえ」

 冥夜の言う事は最もだがこれは武の中で譲れない事だ。両手の平をピッタリ合わせて頭を下げる。

「じゃあ、軍務以外の時だけでいいから頼む! いやマジで本当ッ!」

 そんな武の様子に面食らった表情を見せるB分隊だがお互いの顔を見合わせて思わずその様子に噴出す。

「了解しました。少尉。ただ今日ばかりはそうは行きませぬ。ご容赦ください」

 解隊式で教官である神宮司まりもがけじめを取っているのだ。

 自分達もそれに合わせないのは礼に反するという物である。

 武もその辺は理解して敬礼を取ってみせる。

「了解。……ところでどうよ? 似合うだろ?」

 とりあえず今まで通りの関係でいられる事に内心安堵しつつ、はにかんだ笑みを浮かべながら胸につけたパイロット章を見せる。

「とても良くお似合いですよ。白銀少尉」

 千鶴が敬礼し武を祝福する。

 そんな武達を水月と遙がどこか遠い目で見る。


「……懐かしいわね遙」

「そうだね。水月」

 B分隊と武の様子を見て、彼女達は自分達の事を思い出す。

「……遙、これでようやく私達もあいつ等と同じ空の下で戦えるね」

「……うん」

 そう、彼女らにはどうしてももう1度会いたい人間がいたのだ。それは自分達が落ちた最初の総合戦闘技術評価演習で合格を決めて、一足先に戦場に向かっていった仲間の男性2人。

 彼女ら4人は本当に仲が良かった。

 中でもその内の1人に遙と水月は想いを寄せていたのだ。

 ……だがBETAとの戦争のため離れ離れになるしかなかった。

 彼らの解隊式前の日、4人で取った写真は今でも彼女らの部屋に飾ってある。

「今いったいどこで何してるのか分からないけど……」

「うん! 私達の活躍、あいつらの部隊にまで轟かしてやるんだから! ……待ってなさいよ孝之ッ! 平君ッ!!」

 遙と水月は雲ひとつない青天を見上げる。

 澄み切った空に旧友達の顔を思い浮かべて彼女らは決意を新たにするのであった。















「ぎゃぁああ~~~ッ!! ででで出たぁあ~~~ッ!!」

「た、孝之君ッ!? それに平君もッ!!」

 窓辺から入る日差しが十分な明るさをもたらす教室に水月の絶叫に加え、普段大人しいはずの遙まで大声を上げる。

「……ってオイ水月ッ!! 何だよ人を幽霊みたいに!!」

「……まったくだ」

 対して突っ込みを入れる男2人はどこか呆れた口調である。

 片方の男の名を鳴海 孝之、もう1人の方は平 慎二という。

 何を隠そうこの2人が昨日の解隊式で水月と遙が思い浮かべていた男組みである。

 孝之という男の方は黒い髪を前に降ろし軍人と言うには正直迫力の足りない、どこかヘタレ臭……いや温厚な雰囲気を持った男だ。

 対して慎二は薄茶の髪を前だけ上に上げて、面倒見のよさそうな好青年と言った感じである。

 訓練兵の白い制服と強化装備を返却して、正規軍の黒い制服ことC型軍装に袖を通した元207A分隊の配属された先は武にとっては予想通り、他のメンバーにとっては予想外の全員同じA-01連隊だった。

 もっとも100名近いA-01連隊の人間の前で入隊宣誓をするハメになった時はさすがの武にも予想外であった。

 武の中ではA-01と言ったら中隊規模。この時はこれだけの人数がいたのかと、内心圧倒されながらもやはり仲間が多いのは心強い。

武達はその中でも自分達が任官した事により新たに構成されたA-01第9中隊に配属され、結局元207A分隊は一緒に組む事となった。

 昨日の解隊式で散々泣いた水月達はそれを思い出すと何だか気恥ずかしかったが、それでもまた一緒に戦える事の喜びの方が大きかったので、何だかんだで意気揚々と訪れた教室にこの男2人がいたのだった。

 出会った瞬間いきなり大騒ぎの4人に武は1歩引いた所で口を開けて「誰だ? この人達?」と言った顔でその様子を見る。

 武は知らないが実はこの2人、今まで経験してきたループの世界ではそれぞれ『明星作戦』で戦死しているのだが、今回は白面のおかげで明星作戦の死傷者が『0』だったためしっかりちゃっかり生きていたのだ。

 水月と遙が無意識の内に叫んでしまったのは00ユニット素体候補としての適正が並行世界からの電波でも受信してしまったためだろう。

「……ゴホンッ!」

 騒がしい空気に1つ大きな咳払い。

 全員がその人物に注目する。

 目の前には赤味がかった髪に完璧主義的な雰囲気を感じさせる女性が1人。

 ――伊隅みちる。

 付き合いでは1週間ちょっとだが、武にとって10年分に等しいと言っても過言ではない衛士の心得を教えてくれた恩師が無言の圧力を放って立っていた。

「け、敬礼――!!」

 あわてて慎二が号令を掛ける。上官の前でいきなり無礼な態度を取ったのだ。本来ぶん殴られても文句は言えない。

 背中に汗をかきながらも全員姿勢を正す。

「フ……まぁ今回は多めに見てやる。いきなりの懐かしい同期との再会に驚くのもわからんでもないからな」

 みちるの言葉にとりあえず全員胸を撫で下ろす。

 軍人としての彼女は厳しい上官と言った雰囲気があるが、その実非常に面倒見が良い。

 孝之達4人が見せた人間関係というのは厳しい軍の中でもいかに重宝するのか彼女は知っているのである。

「では――、A-01連隊へようこそ。貴様らを歓迎する!」

「「「「「――は。よろしくお願いします! 大尉殿!!」」」」」

目の前の恩師と再び一緒に戦える事を武はうれしく思い「またよろしくお願いします」と心の中でもう1度呟く。

「さて、既に聞いていると思うが、この隊は香月副司令直属の特殊任務部隊だ。我々に与えられる任務は香月副司令を中心としている『ある計画』を完遂させる事だ」

「ある計画ですか?」

 いきなり出てきた抽象的な言葉に宗像が鸚鵡返しする。

「そうだ。その全容は私の方でも完全に把握しているわけではないが、それが完成すればBETA戦は覆ると言われている」

「「「「っ!!!?」」」」

 全員の息を飲む音が聞こえた気がした。

 それは当然である。忘れもしない1年少し前の話、BETAが日本に上陸したあの悪夢ともいえる暑い夏の日。

 まだBETAの脅威は大陸越しの話でどこか他人事と感じていた日本人は、あの日を境に人類がどれだけ追い詰められているのかを身をもって知ったのだ。

 国土が蹂躙され今まで何度も世界中でハイヴの攻略戦を行っていたものの結果は全て失敗。

 横浜と佐渡島。その2箇所にモニュメントが建設された時、屈辱と共にBETAと人類の戦力差を見せ付けられたのであった。

 その戦況が覆ると言われて心躍らない日本人、いや人類はいない。

「だがその分我々に与えられる任務は常に極限とも言える物ばかりだ。故に我が隊の人員消耗率の激しさは他の類を見ない」

 みちるの言葉に、武も人知れず拳を握り締める。

 そうだ。オルタネイティヴ4のキーとなる理論はもう回収されているのだ。

 横浜基地ができるまで後何ヶ月かかる分からないが、まずはその間を生延び、また仲間を絶対に助けなければなならない。

 武の中で緊張が走る。

「貴様らはこの仙台基地の中でも優秀な訓練兵だったと聞いている。大いに期待しているぞ」

「――はいッ! 大尉殿!」

「我々は全員、神宮司軍曹の子供だ。親の顔に泥を塗るなよ?」

「「「「「……え?」」」」」

 みちるの言葉にまた思わず全員聞き返してしまう」

「……なんだ、知らなかったのか? では教えておく。この基地の訓練学校は、A-01連隊の衛士を鍛錬するための場所だ」

 どんどん入ってくる新情報に水月達は1回息を吐く。

 そんな部下の様子を見て、みちるは僅かに笑みを漏らす。

「では、ここでメンバーを紹介しておこう。白銀以外の者達は全員顔見知りだな?」

「「「「「――はッ!!」」」」」

「……そうだその前にひとつ言っておこう。この隊では堅苦しい言動をする必要はない」

「「「「え?」」」」

「副司令から、無意味なことはするな――との命令だからな」

 一瞬疑問に思った面々だったが、夕呼の名前がでると「あぁなるほど」と言った様子ですぐさま納得する。

「では改めて紹介しよう、右から平慎二少尉。白銀、貴様の1期上だ。分からない事があったら聞いてみるといい」

「よろしくお願いします」

「こっちこそよろしく頼むな。あのXM3の開発に携わったんだろ? 期待してるぜ?」

「ありがとうございます」

 親しみやすい感じの表情からなるほど自分の同期の風間のようなタイプなのだろう。

 誠実そうでついつい頼ってしまいたくなる雰囲気を持っている。

「平は帝都である京都に任務で出向していてな。この度部隊が再編成され仙台基地に戻ってきたと言うわけだ」

 みちるの言葉できっと今任務とかで仙台基地にいないA-01部隊がいるのだろうと武は予想を立てる。

 確かA-01は設立当時は連隊規模だったはずだ。

 衛士だけで108名、遙のように衛士以外の人間もいるはずだから人数で言うともっと多いはずである。

「へぇ。平君京都に行ってたんだ」

「あぁ。と言っても実戦は経験は全くないんだけどな。明星作戦が流れて以来まったく実戦の機会なかったし」

 水月の言葉に答える平の『明星作戦』という言葉から武は何となく、この人と隣りの孝之って人は前の世界では明星作戦で殉職したんだなと言う事を悟った。

「次に鳴海孝之少尉だ。貴様の1期上で今の平と同じように実戦経験はまだだ」

「よろしく頼むよ白銀少尉」

「はいッ!」

 武と孝之はお互い敬礼を持って挨拶を交わす。

「先程の話から想像がついていると思うが平と鳴海はそこの元A分隊と同期だ。せっかくの男同士だ。仲良くすると良い」

「――はッ!!」

 みちるに言われて気がついたが、そう言えば自分は男の衛士がいる部隊に所属した事がない。

 A-01部隊はこれで2回目だがどことなく新鮮で嬉しい。

「孝之、アンタも平君と一緒に京都に行ってたの?」

 そんな武をよそに水月が孝之に話しかける。

「いや? オレはずっと仙台基地にいたけど?」

「はぁ? アンタ私達と同じ基地にいたのに何で会いに来てくれなかったのよ!?」

「あの……大尉。A-01連隊が非公式部隊って事は、この基地にいても他の隊の人間と会ってはいけないという決まりがあるんでしょうか?」

 水月に続いて今度は遙がみちるに質問する。

「いや、その様な事はないぞ。というより無理だろう? 食事やら鍛錬などがあるのに隠れてそれらをするのは……。一応表向きには在日国連軍の教導部隊等差し障りのない部隊に所属しているといった設定になっている」

 なるほど言われてみればそうかと武はみちるの言葉に納得する。

 確かに今まではループで武は訓練兵時代に遙の妹『涼宮茜』やその同期『柏木晴子』に会った事はない。

 だが向こうは武の事を知らないのだ。わざわざ会いに来る理由がない。

 茜と初めて会った時、千鶴から武の事を何度か聞いてるような事を言っていた事から、きっと自分が知らない所で仲が良かった2人は会っていたのだろう。

「……で? 何で会いに来てくれなかったの?」

 水月が再び孝之に視線を移す。

 後ろの遙もどこか怒った表情だ。

「……いや、ただ何となく頑張ってる所邪魔しちゃ悪いかなぁって」

「くっ――、ぶっとばすわよッ!」

 あまりにも空気の読めない理由に水月は右拳を振るわせ、額に青筋を浮かべる。

「……わりぃ。速瀬、涼宮。オレが仙台基地にいたら会いに行くように言ってやれたんだが」

「ううん……。平君は悪くないよ」

 呆れ顔でため息を吐きながら慎二が2人にあやまる。

「鳴海……」

 そんな4人の様子を見てみちるが孝之に声を掛ける。

「――はッ!!」

「貴様、後で腕立て200回」

「えぇーー!! 何でですか!」

「……やっぱり300回」

 まったく自分の言ってる事を理解していない孝之に更に罰則が追加される。

「まぁ今のはしょうがないですわね」

「……同感だな」

「……な、何だよ一体」

 突き刺さる冷たい視線に孝之は何ともバツの悪そうな表情を浮かべる。

「速瀬少尉と涼宮少尉も苦労してるんですね……」

 思わず武も呟く。

 鈍感な武でも今の水月と遙の態度を見れば孝之に想いを寄せている事は明らかだった。

 遙はどこかチラチラと頬を染め照れた様に孝之の顔を見ているし、水月の話し方も自分に構ってほしいと言う気持ちが第3者から見てまる分かりだ。

「そうだな。……だが貴様が言うな」

「え? 何の事ですか?」

 宗像の言葉に武が聞き返す。

「……どういうことだ宗像? 説明しろ」

「いえ、白銀は昨日の解隊式で207B分隊の訓練兵6名(全員女)と甘酸っぱいお別れをしてきた所です」

「ろ、6ッ!? すごいなそれは……」

「しかもその内の1人はコイツの幼馴染です」

「お、幼馴染ぃ~~!?」

 思う所があったのかみちるはその生真面目な顔が崩れ、素っ頓狂な声を上げる。

「ちょ、ちょっと! 宗像少尉! いきなり何言ってるんですか!?」

 いきなり自分の方に話題が移ってきて武は焦る。

 少し捕捉しておくと武は今回のループで、B分隊が自分の事を男として見ているかどうかについて意識はしていたのである。

 何故なら前回のループで彼女達から遺書という名のラブレターを受け取っており、冥夜に関しては死ぬ直前にその想い告白されたからだ。

 だがそれはそれ、前の彼女らが自分の事を好いていてくれたからと言って今回もそうだとは限らない。

 純夏の方はまぁきっと自分を想ってくれてるだろう。

 では他のメンバーは?

 彼女らは自分を男性として見ているのだろうか?

 そう思って彼女らの行動を振り返ってみる。

 ……やっぱりそれはないだろう。

 武はループの知識を得た上でそう結論付けた。

 つまり武は『馬鹿』なのであった。

「いや宗像先輩……。あいつらはその……大切な仲間であってですね?」

「はぁ、アンタねぇ……。ちゃんとあいつ等の所に会いにいってやんなさいよ?」

「えっ? な、何でですか?」

 武の言葉に女性陣がガクッとこけそうになる。

 コメカミを人差し指で押さえながら武のアホな発言に頭痛を覚えながらも口元が引きつっているようである。

「白銀……貴様も後で腕立て200回……」

「う、うえぇッ!? いや大尉、ちょっとした冗談ですよ」

 これは本当に冗談のつもりだった。

 会いに行ってはならないという規則がA-01連隊にないのであれば普通に顔出ししようとは思っていた。

「そういった冗談は好かん。やっぱり300回」

「う…………」

 そう言えば伊隅大尉の好きな人もまれに見る鈍感野郎だとみちる本人が言っていた事を武は思い出す。

 もっともまれに見ると言われつつもここに孝之、武という同レベルの鈍感野郎がいるのだから世の中は不思議である。

「白銀、貴様馬鹿だろう……」

 宗像の突き刺さる冷たい視線に頭を垂れてすっかり肩身が狭くなった武は萎縮する。

「……孝之、白銀、お前ら実は血の繋がった兄弟って事はないよな?」

 慎二も今までの経験上なにやら武に自分の親友と同じ物を見たのだろう。

 ため息を吐く慎二の表情は、きっと自分はこの2人の様子を何だかんだでやきもきしながら見ていく事になるんだろうなとかそんな未来予想をしている顔だ。

「なるほど……言われてみれば白銀って確かにどこか孝之に似てるわね」

「あ、ちょっとわかるかも!」

「うんうん……。孝之からマイルドさを半分くらい抜き取ったら白銀になるわ……。バカレベルは大差なさそうだけど」

「くっ! お前ら本人を目の前に好き勝手な事言いやがって……」

「酷い言われようっすね。いや言われてるのはオレなのか、鳴海さんなのか……」

「「「「「両方だッ!!」」」」」」

 武と孝之以外全ての人間が同時に叫んだ。

 A-01部隊、後の伊隅ヴァルキリーズが最初に発揮したチームワークの瞬間だったと言う。











「ハァ……何だかすっかり話が逸れてしまったが、隊の交友が深まったところで貴様らに伝えておくべき事がある」

 お互いの恋愛事情その他諸々把握したところでみちるが話を一旦打ち切り、真面目な声で話を変える。

「今回貴様ら207A分隊にとって急な任官だったと思う。そしてこの後本来なら3ヶ月かかる後期カリキュラムと実戦に出る前に受けるべき座学。この2つを数日間でやってもらう。……いいな?」

「「「「「……わかりました」」」」」

 みちるの言葉に武達は一瞬出かかった質問の言葉を飲み込み、了解の返事をする。

 確かに今回の解隊式は急だったが早く卒業できた事には正直うれしかった。

 だがみちるの話を聞くとこれからさらに強行スケジュールが待っているようだ。

 A-01部隊の顔に緊張が走る。

「……まぁそんな顔をするな。これからちゃんと理由を説明してやる。今日から20日後の10月22日、貴様らの『初陣』が決定した」

「「「「「!?」」」」」

 みちる以外全員の心臓の音が聞こえる気がした。

 『初陣』、衛士にとってこの言葉は初めて戦場に立った事を指すのではない。

 初めてBETAと対戦した時、これを『初陣』と呼ぶのだ。

 ついにこの時が来たとばかり全身の毛穴が開き汗が吹き出るのがわかる。

「貴様らの初陣……それは『甲21号作戦』、つまり佐渡島ハイヴ攻略戦だ!!」

「「「「「なッ!!」」」」」

 今度は全員声が出た。

 当然だ。ハイヴ攻略戦……急だと思っていた任官から待ち受けていた任務内容は、BETA戦において最も苛烈極まる物だったからだ。

 武は自分以外の顔を見る。

 全員その表情に余裕がなく身体が小刻みに震えているのは武者震い……などではなく不安による物だろう。

 一気に緊張が高まり突きつけられたBETA戦へのカウントダウン。

 そして死ぬかもしれないという現実。

 一刻も早くBETAをこの世界から駆逐したいと言う気持ちと恐怖がごちゃ混ぜになる。

「伊隅大尉。つかぬ事を聞きますが俺達の役割はどこでしょうか?」

 ――まさかハイヴ突入?

1瞬武の中で嫌な予感がするが、それはないと冷静な部分が結論を出す。

「フフ、まぁ安心しろ我らがハイヴ突入する事はない。我々の行う任務は佐渡島ハイヴ周辺に群がるBETA共の駆逐だ。……最もBETA戦において楽な戦いは一切ないから覚悟しておけよ?」

 みちるの言葉に武は頷く。

 誤解のないように言っておくが別に武はハイヴ突入に怖気づいたワケではない。

 夕呼に『突入しろ』と命令されればもちろん行く覚悟は出来ている。

 だが隊の大半が初陣を占める部隊にハイヴ突入を命令する上官はいない。

 これは新人に対する気遣いではなく単に初陣の衛士をハイヴに突っ込ませても『無駄』であり『邪魔』だからだ。

 歴戦の衛士が幾度となく攻略に望んでも落とす事の出来ない難攻不落の要塞。

 ハイヴのどこまで続くと分からない横坑と縦坑の入り組んだ迷路のような構造。

 そして不気味な沈黙が続くBETAの魔窟から発せられるプレッシャーは想像をはるかに超えるものである。

 突如現れる数万の大群と遭遇した場合、突入部隊に新人衛士が1人でも混じっていたら、パニックを起こして味方の足を引っ張るのが関の山だ。

「付け加えて言っておく……」

 みちるの言葉に再び武は意識を彼女に集中させる。

「今回ハイヴに突入する部隊は『いない』」

「「「「「「……えッ?」」」」」」

 みちるの言葉に武達は怪訝な表情を見せる。

 ハイヴ攻略戦にも関わらずハイヴ突入部隊いないのでは一体どうやって攻略すると言うのか?

「何故なら……」

「我が出るからだ」

 突然部屋のドアが開きみちるの言葉を遮った存在に全員が一斉に振り向く。

 そこには銀色に輝く髪に漆黒に染まった軍服を身に纏い、今までの日常では感じさせなかった、いや武が初めて出会った時と同じように、研ぎ澄まされた刃物のような雰囲気を放つ白面が腕を組みながら立っていた。












「陽狐さん!」

 突如現れて部屋の中に入ってくる白面に対して武が声をかける。

「フム、武か。そういえば解隊式に出れなくてすまなかったな。その制服似合っておるぞ?」

「あ……はい。ありがとうございます!」

 白面に祝福された事により武は改めて敬礼を取り、国連軍の衛士になった自分の姿を白面に見せる。

「は~~い伊隅♪ 新人達との顔合わせは上手くいってる?」

 白面の後ろから夕呼も登場する。

 彼女の表情は白面のそれと違いいつもと変わらないどこか飄々とした顔だ。

「あの……陽狐さん? 一体どうしたんです? なにやら不機嫌ですが」

 武の記憶の中でこういった表情の白面を見るのは初めてである。

 いつも余裕のある笑みを浮かべてる。そんなイメージを持っていた武からすると少々心配になる。

「……何、少し前から佐渡島戦の作戦会議が行われていたのだがな。結局我の案が通らなかったので面白くないだけだ」

 そう言いつつも白面は唇をグッと結んでその表情を変えない。

「……一体陽狐さんはどんな作戦を提案したんですか?」

「簡単なことだ。我1人で突っ込むからお前達はここで待機してろと言ったら全員却下してきてな」

「いや……それは当然じゃないですか?」

 白面の策ともいえない策に武は呆れる。

 武だけでなく他のA-01部隊も開いた口が塞がらないといった感じだ。

「……分かっておる。一応そなたらの言い分は理解しておるのだ」

 白面はため息を吐き顔を背ける。

 白面からすればユーラシア大陸、日本にいる人類全てに一旦豪州か米国あたりに避難して貰ってその間に自分だけでBETAを壊滅させる。

 これがはっきり言って1番効率が良くて被害も少ない方法であった。

 だがこの世界の人類は白面の実力を知らないのだ。

 いや例え知っていてもこの世界の人類はそのような手段はとらないだろう。

 これは人類側の勝手な都合だが、BETAをこの世界から駆逐するのは人類の仕事であり使命だという良く言えば立派な志、悪く言えばくだらない意地があるのである。

「今回の作戦はな、本来であれば『佐渡島間引き作戦』が正式な名称なのだ。だが、間引き作戦と言いつつまた我に壊滅させられては恥を掻く言う事で『甲21号作戦』と言う事になったわけだ」

「……なるほど」

 白面の言葉を聞いて武は胸が躍る。

 そうか……ついにこの時が来たのかと自分のにやけた顔を他人に見せまいと教室のフロアパネルを見て下を向く。

 人類の白面に対する危険性の有無を判断する観察期間。

 とりあえずその期間を得て安全と判断したのであろう。

 あの時、絶望の横浜ハイヴから自分達を救出してくれた『白面の者』の真の実力。

 それがどれだけの物かは分からないが、大きなアドバンテージになるはずだと武は期待を高まらせる。

「伊隅? この後実戦の前に行う座学の授業をやるんでしょ? 悪いけど陽狐も一緒に参加させて上げてくれない?」

「はッ――! 了解いたしました!!」

「よろしく頼むぞ。伊隅とやら」

「はい。こちらこそよろしくお願い致します」

 そう言いつつみちるは白面と握手を交わす。

 白面自身もBETAの事は調べているが、人間が調べたBETA情報も聞いておきたかったのである。

 敵の情報を収集する時の白面の目は真剣そのもの。

 まるで獲物を捕獲する時の獣のような集中力が伺える。

 そんな白面の表情を見て武も自分も負けてはいられないと己を奮い立たせるのであった。












 次々と聞かされるみちるによるBETA戦の講義。

 訓練兵時代の物と違い実戦を想定した戦術やBETAの習性。

 そのどれもが目新しくまた信じがたい。

 孝之と慎二は1度講義を受けているがもう1度復習と言う形で一緒に席についているものの、やはりBETAと言う存在が聞けば聞くほど良く分からない、異星起源の存在であると言う事が確認させられる。

 講義の内容は武が今まで聞いたものと殆ど同様。

 BETAの目的、行動パターンその他諸々全て不明との事だ。

 武のループの知識を持ってすれば幾つか不明点にも答えられるが、武はそれについては黙っておく事にした。

 武の知っている知識は夕呼に既に話してある。

 その彼女がまだ発表していないと言う事はまだその時じゃないと判断しているのであろう。

 恐らくは白面の甲21号作戦の結果次第によって言うタイミングを計っているはずだと武は思った。

「――以上が現在確認されている各種のBETAだ。それぞれの特徴、対処法はしっかり覚えておけ」

「「「「「「――はいッ」」」」」」

 人類の敵、BETAの各種類の説明になると流石に新人A-01部隊の女性陣は不快感を露わにしていた。

 その明らかに地球の生物ではありえない外見。

 こんな奴らが自分達の星である地球を好き勝手に蹂躙しているのかと思うとはらわたが煮えくり返る。

「またさらについ最近『母艦級』と呼ばれる種類がいると発表された。全幅、全高176m、全長にいたっては1800m。あいにく写真はないのでその姿をモニターで見せることは出来ないが、BETAが大深度地下を移動している時はこのBETAが動いているらしい。1度に大量のBETAを運ぶのがこのBETAの役割と言えるだろう」

「えッ!?」

 突然出てきた自分の知らない新種のBETAに武は戸惑いを見せる。

 なまじ他の者達より1歩進んだ情報を持っている分、こういった情報の差異は武にとって不安の種なのだ。

 もっともこのBETAは桜花作戦の時にも美琴と壬姫の前に現れた新種であり、武はたまたま遭遇しなかっただけなのであるが。

「すいません大尉。最近との事ですがそのBETAはどこで確認されたのですか?」

「そこにいる白面の御方様からの情報だ。横浜ハイヴに滞在していた際に遭遇したらしい」

 全員が一斉にみちるの横に立っていた白面の方を向く。

 白面は他の者と違い、机に座らないでノートも一切とらずみちるの講義を聞くだけでその内容を全て頭に叩き込んでいたが、自分に視線が集ると少し口元をゆがめる。

「さ~て、じゃあ今日の座学はこれくらいにして次は実機訓練に移ろうかしらね」

 何故だか夕呼が妙に乗り気な声で講義を打ち切る。

「あんた達『死の8分』て言葉知ってるわよね?」

 突然の質問だったが武達はその言葉は良くも悪くも印象に残っていた。

 『死の8分』……。初陣における衛士の平均生存時間、つまり次の佐渡島ハイヴ戦で自分達が味わう生と死の境界線の時間である。

「あんた達は今後シミュレーション訓練で対BETA戦の模擬訓練を行っていくんだけど……。初めに言っておくわ。実際に見るBETAはシミュレーションのそれとはまるで違うわよ?」

 夕呼の言葉に武も内心同意する。

 あの圧力、あの物量。まるで死そのものが迫ってくるような絶望感。

 その恐怖に身動きが取れなくなり、パニックを引き起こす者も少なくない。

 武自身がそうだった。武の場合その卓越した実力があって『死の8分』を生き残れる事が出来たが、他の者が武と同じような状況になったらまず間違いなく死んでいる。

「あんた達もイヤでしょ? そんな短い時間で死ぬのは。いえ、何よりBETAと戦えなくなるのは」

 夕呼の言葉に皆黙って頷く。

 そう、衛士にとって死ぬ事は覚悟が出来ている。

 だが何も出来ないまま死ぬのは我慢できない。



 ――死力を尽くして任務にあたれ。


 ――生ある限り最善を尽くせ。


 ――決して犬死にするな。


 前の世界で教わった伊隅ヴァルキリーズの教えにもその事が謳ってある。

「今度の『甲21号作戦』において初陣経験をするのはあなた達だけ……」

 さっきから妙に回りくどい言い方をする。

 武だけでなく他のA-01部隊も一体何を言いたいんだと少しイラついた表情を見せる。

「そんな貴方達に『死の8分』を乗り越えさせるための特別演習をプレゼントしてあげるわ」

「「「「「「――えッ!?」」」」」」

 これには武だけでなく全員驚いた。

 そんな方法あるのか?

 まさか自分が受けた催眠療法? いや違う。

 武にすらまったく思いつかない。

 だがどんな方法にせよ、そんな方法があるのならありがたい。

 正直今度の『甲21号作戦』で1番不安だった所はそこなのだから。

 自分達の仲間を死なせたくない。そう思いつつ初陣と言うハンデキャップは武にとって絶望的なまでに重いものだった。

「じゃあ、あんた達に特別演習をしてくれる特別講師を紹介するわね」

 そう言って夕呼は左手を横にスッと出す。

「「「「………………」」」」

 全員夕呼の出した左手にある扉の方向を見るが誰も入ってくる様子はない。

 数秒間の沈黙。

 すると夕呼の隣りにいた白面がニヤリと笑った。

「喜べッ! 我が相手をしてやる」

 後に武はこう語る。

 その時の白面はとても嬉しそうな顔をしていたと――。








あとがき

 これにて何とか日常編は終わりです。

 正直プロットの段階から悩んでいました。

 すなわち背景キャラを殺してもいいのかと。

 本文で書いたように背景キャラも生存させる方法があるだけにちょっと残念ですが、この世界の人類は絶対に白面まかせにしないでしょうから仕方ないですかね。



 あと孝之の事をヘタレと書きましたがそんなにヘタレですかね?

 今回の話を書くために『君望』をプレイしてみましたが、そこまで酷いとは思わなかったので。

 何はともあれ次はようやく佐渡島。

 ではまた次回の話で。



[7407] 第拾六話 閃光貫く佐渡島
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/08/20 06:05
第拾六話 閃光貫く佐渡島






 
 飛騨山脈を源流域の1つとする新潟を流れる信濃川は、万葉などの詩に詠まれている事から分かるように古くから日本人に親しまれてきた日本最長の川である。

 367kmにも及ぶ河川の水が注ぐ場所は日本海。

 その河口から西に55km程進んだ所に浮かぶ島が佐渡島である。

 面積850平方キロメートルを越えるこの島を中心に戦艦の群れがひしめいていた。

 レーザー蒸散塗膜加工が施されたその装甲は一層重量感を溢れさせ、万を超える砲門、千を越える戦術機をその身に携えた戦艦の軍勢が、開戦の時をただ沈黙をもって待ち構える。

 本来の間引き作戦にしては大仰なその数から今回の作戦に対する人類が意気込みの程を窺う事が出来る。

 規則正しい陣形で待機する戦艦の佇まいから歴戦の強者達である乗り組員達の闘志を静かに発しているように見える。

 後方に位置するのは、今回の甲21号作戦を指揮する作戦旗艦『最上』。

 開戦の合図が刻一刻と迫る中、ひっきりなしに情報が飛び交う管制室の通信機に音が入る。

『――小沢提督、安倍です。第二戦隊信濃以下各艦、戦闘配置完了。後は、攻撃命令を待つばかりであります』

「うむ……貴官らは本作戦における地上戦力の先鋒だ。心して任務に当たられよ」

『――はっ、畏まりました!』

 落ち着きある、されど威厳のある声で命令を下すのは最上艦長の小沢である。

 年齢は見たところ60代後半……いや本来ならもっと若いのかもしれない。

 だが激戦を重ねて来た彼の髪はすっかり白くなり、顔には眉間を中心に深いシワ、何より彼自身から発せられる空気がこれまで歩んできた人生が並々ならぬ物であることを雄弁に物語っていた。

 戦闘準備完了の報告をしてきた戦艦『信濃』の艦長安倍の声に気合いが入っているのがわかる。

 その様子を感じ取ったのか帝国連合艦隊第3戦隊の田所、井口艦長が安倍に話しかける。

 気さくに会話する彼らは同僚というよりは友人に話しかけるそれに近い物がある。

 そんな彼らの言葉に耳を傾けながら小沢は目蓋を閉じる。

 自分たち4人は士官学校時代からの付き合いだ。

 そしてあの時……佐渡島がBETAの手に渡った時、共に戦っていた戦友でもある。

 安倍、田所、井口、彼らの会話もやはりあの悪夢の時の話だ。

 無理もないと小沢も思う。

 奮戦虚しく奴らに佐渡島を明け渡した時の屈辱、その時海に散っていった仲間の顔の1つ1つ。今でも昨日の事の様に思い返せる。

 この1年間毎日のように夢に見ては跳ね起きる。そんな生活を送っている。

「……白面の御方様。本日の作戦、どうかよろしく御願いいたします」

 小沢は白面に深々と頭を下げる。

 敬礼せずに頭を下げるその姿に軍人としてではなく、1人の人間としての想いが込められていた。

「……うむ、まかせよ」

 そんな小沢に対して白面は簡潔明瞭にただ1言をもって返す。

「まずは我々の戦いぶりをごゆるりと御覧下さい」

 今回の『甲21号作戦』は人類と白面が同時にハイヴ攻略に望むわけではない。

 最初に人類が攻め、次に白面という順番だ。

 これはある意味しょうがないことと言える。協力関係とは言え人類と白面、その戦闘方法はあまりにも違いすぎる。

 いやそれ以前に今回の作戦は人類が白面の実力を見極める事が第1の目的となっているのだ。

 白面1体でどのようにハイヴを落すのか?

 そこに主観が置かれているのである。

 自分達が前座なのは分かっている。

 だがそれでも小沢提督を含めた全人類は白面の奮闘に期待せざるを得ない。

 彼らは決して口には出さないが心の奥底では誰しもが不安を抱いているのだ。

 人類の敗北という最悪の未来を……。

 小沢はもう1度白面に頭を下げる。

「…………」

 その様子を無言で見つめた白面は視線を天井に持っていく。

 千里眼を持つ白面の双眼には無機質な天井の先にある快晴の青空、更に上空600kmを飛行する国連宇宙総軍の装甲駆逐艦隊が対レーザー弾での軌道爆撃を行わんとする姿が映し出されていた――。




――同時刻両津湾沖




 戦術機母艦の格納庫の中、武達のA-01部隊こと伊隅ヴァルキリーズが搭乗する戦術機『不知火』が待機する。

 不知火に取り付けられたカメラが写し出す佐渡島ハイヴをコックピットの中で武は無言で見続ける。

 懐かしき佐渡島……。

 大佐渡山地、小佐渡山地など、本来あったであろう起伏は全てBETAにより平らにならされ、皿のように変わり果てたその姿に許された構造物はBETAのモニュメントのみ。

 無情に突き立てられた奴らの国旗とも言えるべき代物を、本州からいったいどれだけの日本人が歯軋りしながら見ていただろうか?

 ……ようやくここまで来た。

 武にとってこの場に立つ経験は2度目である。

 心臓の鼓動がやけにうるさく聞こえる。

 腹の底から煮えたぎるドス黒いマグマのような殺意と共に、自分の記憶が一気にあふれ出す。

 ――思い出した。

 今の武には2つの記憶がある。

 1つ目。ループした『シロガネタケル』の記憶。

 兵士級に喰われた自分の恩師である『神宮司まりも』。

 この甲21号作戦で命を散らした『柏木晴子』、『伊隅みちる』。

 横浜基地襲撃戦で重傷を負った『風間祷子』、『宗像美冴』『涼宮茜』そして命をかけて反応炉をBETAから死守した『涼宮遙』に『速瀬水月』。

 成功の可能性は限りなく低かった桜花作戦。

 これが成功したのは自分の同期『榊千鶴』、『彩峰慧』、『珠瀬壬姫』、『鎧衣美琴』そして『御剣冥夜』に加えて00ユニットとなった『鑑純夏』が命を賭けてくれたからだ。

 結局生き残ったのは自分と霞の2人のみ。

 武は目蓋をゆっくり閉じ、息を吐き出す。

 思い出すのは2つ目の記憶。

 つまり自分、この世界の白銀武の記憶。

 九州地方から上陸したBETAが自分達の街に侵攻してきた際に自分は何も出来なかった。

 逃げ惑う人々――。

 迫り来るBETA――。

 迎え撃つ帝国軍――。

 馴染みのある店、純夏と昔よく遊んだあの公園、自分の思い出となった場所が次々とBETAの濁流に飲み込まれ消えていくあの光景。

 純夏や他の多くの人達と一緒に兵士級に力づくで連れ去られた場所は、地獄の牢獄に等しい横浜ハイヴ。

 今回は白面に助けられた。

 それは本当に奇跡と言っていいだろう。

 白銀武は知っている。もしその奇跡が起きなかったらどうなっていたのかを。

 薄暗い蒼白い燐光に照らされ続け、1人また1人とBETAに連れ去られる恐怖。

 いよいよ自分の目の前で純夏が連れ去られそうになった時、素手で兵士級に殴りかかったがまるで相手にならなかった。

 無表情で何の感情も見せず自分をバラバラに食い散らかしたあの兵士級の顔。
 そしてその後の純夏の運命……。

 地獄という言葉すら生温い吐き気を催す拷問……。

 その光景を思い出した時武は我に返る。

 口元から流れるのは自分の血。

 どうやらあまりに歯を食いしばりすぎていつの間にやら口を切っていたらしい。

 武は目を瞑りテンカウント数え呼吸を整える。

 操縦桿を強く握ると自然と心が落ち着く。

 目はしっかり前にあるモニュメントを捉えていながらも、まわりの世界の様子が体中でわかる。

 外の世界が自分と敵に向かって閉じていく不思議な感覚。

 集中し、かつ心をひとつ処にとどめない『穿心』という戦いの心の持ち方として基本であり、極意であるこの心境を武は潜ってきた死線からいつの間にやら掴んでいた。

「……ところで」

 武は自分の隣りにいる不知火の戦術機5体を見渡す。

「こいつらは一体誰なんだろう?」

 武達の部隊こと、伊隅ヴァルキリーズはCPの遙を別にして衛士は7名と小隊とも、中隊ともいえないあまりにも中途半端な人数だ。

 A-01連隊の衛士は何人か殉職している者もいて、現在2個大隊と十数人であるため確かに中隊の人数で割る事はできない。

 どうしても人数にズレが出てきてしまうのはまぁ仕方がないと武も思っていた。

 そしたらこの作戦の1週間前に夕呼が「追加要員よ~」とか言って5体の不知火を搬入してきたのだ。

 何故5名の衛士でなく5体の不知火という表現をしたかというと、その衛士の姿を見たものは誰もいないのだ。

 ここ1週間模擬戦とかで一緒に訓練したものの、武の網膜に映るのは彼らの顔ではなく『No Image』の文字のみ。

 交流を深めようとPXに誘おうとコックピットを開けた時には既にその姿はない。

 謎が謎を呼ぶ不気味な存在だが衛士としての実力の方はまぁそんなに悪くない。

 かと言ってエース級かと聞かれれば首を横に振らざるを得ないが。

 まさか純夏達207B分隊が衛士として任官してきたのだろうか?

 一瞬嫌な予感がするも武はその可能性を否定する。

 207B分隊は全部で6人であるため今回の不知火の数とは合わない。

 まぁ純夏あたりが落ちて他の5人が入ってきたと言う可能性も否定できないが。

 ともかくそんな彼らに与えられたポジションは突撃前衛(ストーム・バンガード)が3名、強襲前衛(ストライク・バンガード)が2名という配分だ。

 今回の作戦は変則的だが武が部隊長として突撃前衛長(ストーム・バンガード・ワン)の役に着き、この謎の衛士達と合わせて6名のB小隊が『前衛』を担当。

 残り6名のA小隊はみちるが部隊長として全員『中衛』、『後衛』を担当するという
編成がなされた。

 これにはかなりの反発を招いた。

 特に水月が猛反対した。

 何故なら『前衛』は衛士にとって花形とも言える役割である。武はまぁ実力的に言って文句はない。

 だが他の5名と自分達を比べたら自分達が負けているとはどうしても思えなかったのだ。

 それでも夕呼の命令という事で唇を噛み締めながら皆しぶしぶ納得した。

 いや、多分納得していないだろう。

 今回の作戦で自分の活躍を見せつけ突撃前衛の座をもぎ取る。そんな気概を彼女達の表情から感じさせられた。



『ヴァルキリーマムより各機。国連軌道爆撃艦隊の突入分離を確認ッ!』

「――!」

 突如聞こえたCPの遙の言葉が終るより早く、佐渡島から無数の閃光が走る。

 悪名高き光線級のレーザー照射。

 光学兵器に加え地平線から顔を出した瞬間に打ち落とすほどの異常ともいえる超長距離精密射撃。

 これによりこちらがいくら航空攻撃を仕掛けようともその殆どが1瞬で無力化されてしまうと言う圧倒的な対空兵器だ。

 今回も同様に極超音速で降り注ぐ弾頭の雨が次々と打ち落とされていく。

 ――だが、これで良い。

『――敵の迎撃を確認ッ!!』

 爆発音と共に撒き散らされるBETAのレーザーを黒い雲が覆い尽くす。

『佐渡島上空に重金属雲発生ッ!』

 黒い雲の正体は対レーザー弾頭弾によりばら撒かれた重金属雲だ。

 まるで漆黒の闇が光を飲み込むようにBETAのレーザを大幅に減衰させていく。

 BETAを攻撃するというよりも、打ち落とされる事を目的としたこのALMと呼ばれる対BETAの防御兵器が今日まで人類を生き長らえさせてきた。

 佐渡島上空に発生した重金属雲は狼煙の様に『甲21号作戦』が開幕した事を告げていた。











『目標、姫津一帯。――ってぇ!!』

 第1波の軌道爆撃同様の対レーザー弾による長距離飽和攻撃が、帝国連合艦隊第2戦隊の安部艦長の号令ととも発射される。

 火を噴く砲門からの飽和攻撃が人類の怒りとなり佐渡島の西方から降り注ぐ。

 それを合図に帝国海軍第17戦術機甲戦隊のスティングレイ隊が海中より尖閣湾に奇襲を掛ける。

 海中はさすがの光線級のレーザーと言えどもその威力を発揮する事が出来ない。

 周りを海に囲まれた佐渡島だからこそ出来る戦法である。

 揚陸を果たしたスティングレイ隊の水陸両用の戦術機『海神』が両肩、両手に備え付けられた120mm滑空砲、及び36mmチェーンガンを使って目に付いた敵に片っ端から弾丸を浴びせていく。

 突撃級、要撃級、戦車級が鮮血と言うにはほど遠い腐った汚水のような体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。

 その奮戦は日本神話に登場する海の神『綿津見』に相応しい。

『スティングレイ1よりHQ――上陸地点を確保、繰り返す、上陸地点を確保!!』

『帝国軍、国連軍戦術機甲師団の各隊は順次発進せよ!』

 最上のオペレーター4より上陸命令が下る。

『――行くぞヴァルキリーズ! 全機続けぇッ!!』

『『『『『『――了解ッ!!』』』』』』

 今回の甲21号作戦は『前の世界』の甲21号作戦とは違う。

 帝国のウィスキー部隊を第1陣、国連のエコー部隊を第2陣として突っ込む。

 その中には武達のA-01部隊も含まれている。

 前回のように自分達以外全ての部隊が陽動を行ってくれたあの赤絨毯を歩くような上陸とは訳が違う。

 武も操縦桿を強く握り締め前屈みになりながら跳躍ユニットを全速力で吹かす。

『スティングレイ1よりHQ──支援砲撃要請! ポイントW-52-47! 重光線級が接近中だ、戦術機母艦が危ない!!』

『──HQ了解』

 武の耳元で怒鳴り声ともとれる通信音が流れる。

 自分のはるか後方から聞こえる爆発音に振り向きたくなる衝動を抑え、前だけを見続ける。

 それが戦場に立つ者の心得であり鉄則だからだ。

 不知火の機体が空気を切り裂き荒地となった佐渡島の大地が急加速に近づいてくる。

 先に着いた戦術機の張った弾幕による爆炎が地面を抉り、巻き上げられた土煙がヴェールとなって視界を遮る。

 前方に映し出された影は高さ10mを優に超える巨岩のような群れ。

『うおおぉぉぉーーーーッ!!』

 その群れの中に武は躊躇なく36mmの弾丸をお見舞いする。

 音速を軽く超えて発射される弾幕の嵐が土煙をなぎ払い、影の正体を露わにさせる。

 それは人類の宿敵BETAの内の1種。全身を白い外皮で覆い苦悶の表情を浮かべたような顔に見える尾節を持つ醜悪な化物、要撃級である。

 見ただけで不快に思えるその体躯には武が放った劣化ウラン弾の無数の弾痕が残り、不気味な呻き声を上げて崩れ落ちる。

『突撃前衛長に続け!! 遅れをとるなよッ!』

『『『『『了解!!』』』』』

 みちるの言葉に答えるのはB小隊である。

『……失せろ!!』

『邪魔だッ!』

 何の感情もなくヴァルキリーズ8~12を冠する前衛隊はウェポンラックに固定されていた74式近接長刀を抜き放ち要撃級に切りかかる。

 その戦いぶりにはBETAに対する怒りも何も感じさせない。

 ただ目の前に敵がいるから殺す。

 そんな感じだ。

 その動きにはある種BETAに近しい物を思わせる。

 こいつ等は死ぬ事が恐くないのか?

 武の頭にそんな考えがよぎる。

 思えば今の揚陸の時もそうだ。

 彼らはどことなく自分や中衛後衛の他のヴァルキリーズ庇うような軌道で跳躍していた。

 まぁ結局運良くこちらにはレーザー照射は来なかったので、彼らの行動に気付いたのは武だけだったが。

 そんな彼らを横の視線で捉えつつ、武はスロットルペダル踏み込み小隊規模のBETAの群れに突っ込む。

『うらァアアーー! どきやがれぇッ!!』

 雄叫びを上げて右手に持った74式近接戦闘長刀で横なぎの一閃を要撃級に、そのままの勢いを利用して逆手に持った左手の近接短刀が懐に飛び込んできた数体の戦車級を1刀の下に無力化させる。

 XM3により制御の幅が格段の向上した武の機動からすればBETAの動きはまるでスローモーションだ。

 とにかく動きまくる武のアクロバチックのような機動が次々の屍の山を形成していく。

 このまま東進し続ければ憎き佐渡島ハイヴのモニュメントにぶつかる。

 だが武達……いや武達だけでなくウィスキー部隊、エコー部隊はそのまま向きを左に90度変更。

 一気に北部にある旧片辺、旧北川内を目指す――ッ!









「ウィスキー全体の損耗率16%。エコー全体の11%。共に作戦継続に支障なし」

 作戦からすでに180分以上経過。こちらの被害はかなり少ない。

BETAにひと当てしてすぐ北部に転進したのが幸いしたためだ。

「――現時刻を以って本作戦の第3段階への移行を宣言する!」

 小沢の移行命令が発せられたと同時にオペレーターよりすぐさま全機に命令が伝達される。

 タッチパネルの音と通信音が混ざり合い管制室はより一掃慌しくなる。

「帝国軍……よく踏ん張ってくれている」

 飛び交う情報から戦況を判断した夕呼は予想以上の帝国軍の奮闘振りに思わず賛辞の言葉を漏らす。

「香月副司令、佐渡島ハイヴの殲滅は日本の宿願……。国連軍との共同作戦とはいえ、この戦いは帝国の存亡を懸けた我々自身の戦いなのです。我が将兵が踏ん張っているのは当然の事です」

「そうでしたわね。失礼しました提督」

 悪気はなかったとは言えつい漏らしてしまった言葉に夕呼は謝罪の言葉を入れる。

「むしろ私は、極東国連軍の将兵……祖国を失った彼らの奮戦に驚嘆しています」

「彼等にとってもこの戦いは他人事ではありませんわ。大陸奪還の第1歩と位置づけている者も多いでしょう」

 夕呼の言葉に小沢も頷く。

佐渡島であれ、大陸の祖国であれ今ここで戦っている者達は自分達の故郷をBETAに蹂躙された経験を持つ者達ばかりだ。

 ことBETA戦において彼らは手を抜くと言う事は一切しない。

「――ヴァルキリー隊、旧高千を確保警戒態勢を継続」

「予定よりかなり早い……やるわね、伊隅も」

 遙の報告に夕呼はその口元の端を持ち上げる。

 計画は今の所順調だ。

 むしろ当初想定していた損耗率より低いと言っていい。

 夕呼はチラリと白面の様子を伺う。

「………………」

 白面は依然無言のまま。

 この作戦が開始されてから一言も話さずにただ食い入るように佐渡島のある方向を見続けている。

 その視線の動き、まるでこの場所から佐渡島の戦場の様子が見えているかのようだ。

 まさかね。と思いながらも、まぁ白面ならそう言った事があっても不思議じゃないかと夕呼も視線をモニター画面に移す。

 BETAを示す無数の赤い光点と自軍を示す青い光点が佐渡島の地形にひしめき合う様に映し出されていた。









『おらぁッ!!』

『ハァッーー!』

 伊隅ヴァルキリーズの新人組みも獅子奮迅の活躍を見せる。

 中衛、後衛の援護射撃が前衛である自分の動きに合わせたかのように的確にBETAを殲滅していく。

『……すげぇ』

 不知火のコックピット内で武は思わず感嘆の声を漏らす。

 A-01に正規軍として入ってから水月達の衛士としての実力は訓練兵時代から一気に急成長した。

 その実力はかつて武が知る『前の世界』の彼女達に迫る勢いだ。

 いや水月達だけでない。実力の知らなかった孝之、慎二も彼女達と比べてなんら遜色がない。

 だが、それより武の心を震わせるのは……。

『ほらほらどうしたっ!?』

『その程度かッ!!』

『――フッ、甘いねぇ』

 縦横無尽に戦場を駆け回る蒼い流星群の如き不知火の軍勢。

 数にして70機を超える2個大隊。

 これら全てがA-01の衛士が搭乗する不知火である。

 先程耳にしたウィスキー部隊、エコー部隊の損耗率の後に遙から自分達A-01の損耗率を耳にした。

 その損耗率は3%に満たない。

 他の隊に比べて異常なまでの損耗率の低さ。

 理由は大きく上げて2つ。

 1つは武の戦術機動概念がその根底にある新型OS『XM3』。

 夕呼の直属の部隊であるA-01の不知火にはこのOSが当然のように装備されている。

 その機動は他の部隊とは明らかに一線を画す。

 そしてもう1つの理由。

 これはもっと単純だ。

 つまりA-01の衛士達の実力そのものにある。

 A-01の衛士達、いやそれ以外CPなどのA-01の人間もある特殊な適正をもった候補者で編成されている。

 その特殊な適正とは00ユニットの素体候補者の事だ。

 00ユニットの素体候補者の適正は因果律量子論的に言う先天的に備わった、より良い『確率分岐する未来』を引き寄せる能力に他ならない。

 分かりやすく言うと運や技術能力の高さから危険を回避する能力を先天的に持っていると言う事だ。

 もっと分かりやすく言うとA-01の衛士は全員超エース級であると言う事だ。

『すげぇ……。マジですげぇよ……』

 前の世界では顔も知らない自分の先任達。

 その中には桜花作戦での冥夜達以上の動きを見せる者達もいる。

 彼らの機動を目の当たりにして武の鼓動が震える。

 血液が沸騰するように心拍数が上昇し、沸き立つ高揚感により一気に衛士としての闘争本能に火が付く。

 それに呼応するかのように不知火の跳躍ユニットに火が灯る。

 荒れ狂った蒼い流星の群れが旅団規模のBETAを駆逐するのに15分かからなかった――。









『――こちらヴァルキリー2。旅団規模のBETA軍制圧完了。――増援無し』

 現在自分の周辺に見られるBETAを全て撃破した武は肺に溜まった空気を一気に吐く。

 緊張感から開放されたのか口の中が乾いているのが分かる。

 喉を潤すため武はコックピットに備え付けられていた水筒を取り出し口をつける。

『――やるな。天才ルーキー』

 少々茶化した口調で武の隣りに同じ機体色の不知火が着地する。

『――碓氷大尉!!』

 映った人物からその機体が誰の物かが分かる。

 搭乗している不知火と同じ蒼い瞳と髪の女性。

 沈着冷静で完璧主義っぽい口調がどこか自分達の隊長である伊隅みちると同じ物を思わせる。

『XM3の開発に加えて。死の8分をあっさりとクリアするその精神力。全く以って驚嘆させられるな』

『いえそんな……。オレの方こそ驚いてますよ。A-01の先輩達の機動力に』

『フ、副司令の人使いの荒さは今に始まった事ではないからな。これくらいの実力がなければ到底生き残れないさ』

 確かにと武は碓氷の言葉に相槌を打つ。

 碓氷の言葉には半分冗談のニュアンスが含まれていたが、それが事実である事は武だけでなくここにいる全ての人間が知っている。

 これだけの実力を持つA-01連隊も、2年後には1個中隊だけになってしまうという武だけが知るループの知識が夕呼の任務の過酷さを雄弁に物語っている。

『ではまたな。貴様も補給コンテナから給弾しておけよ』

『――はい! ありがとうございます』

 碓氷の機体がそのまま自分の持ち場に戻っていく姿を確認していくのを確認して武は他のメンバーの元へ向かう。

 みちる達の所にはすでに補給コンテナが用意してあり、それを囲むように全方位警戒している。

『……あれ? 伊隅大尉。その補給コンテナどうしたんですか?』

『あぁ、さっき別のA-01中隊の者達が持ってきてくれてな。貴様も早い所補給を済ませて置けよ?』

『――了解』

 みちるの言葉に従いながら推進剤、及び弾倉の補給を済ませる武だったがその待遇の良さに内心驚きを隠せない。

 と言うのも今まで武が経験してきた部隊は中隊規模。

 戦闘最中に隊の中の誰かが運搬役に補給コンテナを取りに行くというその事だけで、少人数の自分達の部隊は一気に壊滅する危険性を伴うのだ。

 それが2個大隊にもなると話が変わってくる。臨機応変に役割分担できる余裕が生まれてくるのだ。

 ……補給コンテナの運送と言えば、前の世界のトライアルの事を思い出す。

 古参のエース達が武器を持ってくるように命令したのに、初陣の自分はそれに逆らってペイント弾をBETAの群れにぶつけていった……。

 結局その先輩達も戦死し、打ちひしがれた自分を慰めに来たまりもが死んだあの悲しい事件。

 実の事を言うとXM3のトライアルは今回の世界でもちゃんと行われていた。

 行われたのだが……はっきり言って何もなかった。

 当然だ。

 BETAの生け捕りなんてやってないのだから仙台基地が奇襲を受ける事なんてない。

 普通にトライアルを受け、新人である自分がトップの成績を叩き出して『お前すげぇな!!』と先輩達に言われてそれでお終いだった。

 ……待遇が前の世界の自分と違うと言えば、月詠と3バカの斯衛軍との関係もそうだ。

 前の世界では本来死人であるはずの自分が冥夜に近づいた事に対し不振人物を見るような目で見られていたが、今の自分は身元がしっかりしているためその様なことは全くない。

 最も斯衛軍と国連軍の距離感はあるが、それでも冥夜の仲間と言う位置づけで彼女達なりに友好的に接してくれている。

「……前の世界のオレって恵まれてなかったのかな?」

 補給を済ませた不知火の中で武は1人呟く。

 嬉しい出来事のはずなのに微妙に喜べないのは何故だろうか?

『……何だ? 何か言った白銀?』

 武の1人言が聞こえたのか孝之の顔が網膜投影画面の左に映し出される。

『あ~と、いやその……初陣組み全員『死の8分』乗り越えられて嬉しいなぁって』

 自分の言った事を誤魔化すために適当にそれらしい事を言う。

『ん……、まぁな……別にBETAってそんなにグロテスクってわけじゃなかったし』

 孝之はどこかバツが悪そうに歯切れの悪い口調で答える。

『……これも陽狐さんの特別講習のおかげですね』

『『『『『………………』』』』』

 その一言でヴァルキリーズ全員の顔が武の目の前に映し出される。

 その視線はどこか絶対零度に近い冷たいものを感じさせる。

『……ったく何でこんな時にそんな事言うかねぇ』

 思いっきりわざとらしいため息を吐くのは慎二だ。

『あぁ~~ッ!! せっかく忘れてたのにぃ!』

『本当に余計な事を……』

『空気読め』

 非難轟々の文句の嵐に思わずウッと言葉を詰まらせ武は一言すいませんと謝る。

 確かに今のは自分が悪い。

 武は白面との特別演習を思い出す。

 白面と対峙する武達、隊長の伊隅も含め計7機の不知火。

 装備は全部実戦用の武器を白面が許可してきた。

 対BETA戦に想定した白面は1本の尾を取り出しそこから次々と婢妖を生み出してきた。

 その外見、醜悪さ、言われなければ超小型種のBETAと絶対勘違いしていただろう。

 『BETA戦を想定しているのだから奴らに姿を似せねばな』と言う白面のありがたくない言葉と共に無数の婢妖が次々と合体していった光景は今でも脳裏に焼きついている。

 まずは戦車級と言うことで出てきたのは『疫鬼』と呼ばれる婢妖の集合体だ。

 戦車級と似たような蜘蛛型の妖怪で腹の部分には苦しんだ人間が何人も張り付いたように模様が見える。

 サイズはご丁寧にも戦車級に合わせたのか全高2.8m。

 それが旅団規模……。

 だがそれはまだ良い。いや良くはないが。

 攻撃方法も戦車級に合わせたように戦術機に集団で取り付くだけだ。

 疫鬼に取り付かれると婢妖が戦術機に潜り込み、制御不能にしてしまう。

 どうやら婢妖は機械類にも取り付き操る事ができるらしい。

 白面曰く婢妖は以前バスの運転をしたことあるとか……。

 一体何故バスの運転なんかをしたのだろうか武達には甚だ疑問だ。

 次に近接戦闘が得意な要撃級を想定して出てきたのは『血袴』という妖怪だった。

 これまたご丁寧にサイズを要撃級に合わせた全高12m。

 確かに要撃級は近接戦闘が得意だ。

 それは衛士なら誰でも知っている。

 だが少なくても『達人級』では断じてない!

 XM3を搭載した戦術機と正面から打ち合い下手するとこっちが負けるなんて反則だ。

 というか突撃砲を避けるな弾くな、飛び道具と称して婢妖弓を放ってくるな。

 要撃級は飛び道具なんて使わない!

 しかも避けても追尾してくるし一体どうしろと言うのか?

 そんな『血袴』は大隊規模。

 さらに続いて突撃級……。

 以前武は純夏から聞いたことがある。

 白面の毛が岩のように硬質化するところを見たことがあると。

 硬質化した白面の毛が衝角突撃してくる様は突撃級のそれと全く同じだ。

 微妙に違う点と言えば攻撃を受けても再生して突っ込んでくるという所か。

 一応婢妖が取り付き操ると言う方法で安全策が設けられていたが必死に避けた。

 下手したら死ぬ。

 オマケと言うことで婢妖が師団規模で襲いかかってきた。

 戦闘態勢の婢妖は筆舌に尽くしがたい。

 牙やら角やら目玉やらがゴチャ混ぜである。

 実に余計なオマケであった。

 そして最後に要塞級……。

 要塞級の役は1体のみ、実際の所攻撃も何もしてこなかったので害はなかったといって良い。

 だがその役割の正体は臨戦態勢に入った白面自身。

 要塞級に合わせたサイズは白面本来の大きさよりかなり小さいとの事だったが、そこから放たれるプレッシャーはBETAの比ではない。

 ……正直身体が動かなくなった。

 と言うか目が合っただけで死ぬかと思った。

 武達の初陣を想定した模擬戦は8分どころか8秒で決着がついた。

 無茶苦茶落ち込んだがそこはさすが伊隅ヴァルキリーズと言うべきか、その後不屈の精神で復活を遂げた後は何度も白面に挑戦していった。

 何度目かの挑戦で遂に8分を乗り越える事ができた時は皆涙したものだ。

 最もその直後白面が援軍と称して地下から母艦級をイメージしたあやかしが出現。
 数個師団のBETA……間違えた。婢妖軍団の追加でまたあっという間にやられた。

 『あんたは鬼か!』とA-01の面々が突っ込みを入れたら『あんな下等妖怪と一緒にするな!』と怒られた。

 そう、あれは訓練ではなく生きるか死ぬかのギリギリの追い込み……でもなくただの『いじめ』だった。




 武もここで息を吐く。

 思い出したくもない記憶を振り払うように首を鳴らす。

 ――それは油断か運がなかったのか。

 はたまたBETAとの初戦が上手くいった事への気の緩みか……。




















  『レーザー照射警報』



『ッ!!』

 考え事をしていた武を現実に引き戻したのはアラーム音と同時に表示されるレーザー照射の赤い字幕。

『何やってる白銀ッ!! 避けろッ!!』

 叫ぶみちるの声と同時に装甲により初期低出力照射を感知した不知火が自立制御で回避行動を取る。

『くっ!! うぉおおおーー!!』

 武自身も雄叫びを上げ戦術機を操り即時離脱を試みるがレーザー照射警報の文字が一向に消えてくれない。

 光線級は照射準備に入ると標的追尾以外の動きをしなくなるからだ。

『あ……ッ』

 不知火の上半身を捻ったその先には望遠カメラで映し出される重光線級の姿。

 音紋も何も前触れがないのは当然。

 はるか十数km先のモニュメント付近から這い出て来たBETAの群れ、その中に紛れていた重光線級の1体がいきなり自分に照射を合わせてきたのだ。

 いきなりの不意打ちの長距離射撃……。

 目のように見える、真っ黒なレーザー発振器官が自分を見つめている様な気がした。

『やめろおーーッ!!!』

 慎二が120mm滑空砲を放つ!

 だが重光線級のいる場所はその有効射程から3倍以上の距離ッ!!

 とてもじゃないがまともに当たらない。

『白銀ぇええーーーー!!! イヤァアーーーッ!!』

 絶叫に近い水月の声を聞いた時、いつだったか『アンタは不意打ちに弱いのよ』と彼女に言われた事を思い出す。

『しまっ――』

 言い終わるよりも早く重光線級の発射器官が光ったように見えた。

 その光景を最後に武の意識は深い闇の中に落ちる。

 この日、佐渡島に走った1条の閃光がA-01の蒼い戦術機『不知火』を貫いた……。



[7407] 第拾七話 人外溢れる佐渡島
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/08/26 00:28
第拾七話 人外溢れる佐渡島






『――ッ!?』

 気を失ったのは一瞬か、それとも数分か。

 空に浮かぶ太陽の光を視界に受け武の意識が一気に回復する。

『…………ッ!』

 横向きになったコックピット内で今だ自分の身体があることを確認する。

『い、生きてるッ……!? ……助かった……のか……?』

 重光線級の発振器官が光った気がしたがどうやら奇跡的にかわす事が出来たらしい。

『……あッ!!』

 いや違う。

 目の前に自分と同じ蒼い不知火の顔が見える。

『ヴァルキリー10! おい!』

 外から慎二の声が聞こえる。

 その言葉で、自分と同じ前衛担当をしていたヴァルキリー10が体当たりをして射線外に押し出してくれた事を理解する。

『――わ、悪りィ。助かった』

 急いで機体を引き起こそうと操縦桿を動かした時、ヴァルキリー10の不知火が鈍い音を立てながら前向きに崩れる。

『……10?』

 武は一瞬何が起きたのか理解できず視線を周囲に向ける。

 目の前の映像には『みちる』、『孝之』、『慎二』、『水月』、『美冴』、『祷子』の顔が映し出されている。

 皆口をキュッと結び何か感情を抑えている表情だ。

『あ、あぁ…………』

 震える声で武は目の前にある意味の理解できない物体が何であるのかを認識する。

 それは背部と管制ユニットが抉られるように蒸発させられた、ヴァルキリー10が乗っていた不知火と言う物体であった……。

『……う……ぅ……――ッ』

 こみ上げる吐き気。

 乱れた心拍数の音が耳元でうるさくはっきり聞こえる。

 フラッシュバックする前の世界の自分の記憶。

 戦場で命を散らしていった仲間達の顔。

『うああああああああああああぁぁぁぁ――ッ!!』

 武は絶叫を上げる。

 ――また! また守れなかったッ!

 確かに皆を助けたいと思っていたが、他の者が死んで良いなんて断じて思っていない!

 ――今度こそ助けると誓っていたのに……!!

 ――そのはずだったのに……!!

 ヴァルキリー10の顔はどんなだったか?

 結局1度も顔を合わせる事なく逝ってしまった仲間の顔を自分は思い出すこともできないッ!

『……やれやれ驚いたな』

『――って、へッ?』

 まるで何事もなかったかのようにムクリとヴァルキリー10の機体が起き上がる。

 そのわけの分からない光景を必死で理解しようとする武を尻目に、ヴァルキリー10は 右手を横に突き出す。

 その手の先には87式突撃砲。

 それが一瞬生き物の脈打つのを武は確かに見た。

 放たれる1発の銃声は低く鈍い、腹に響くような破裂音だ。

『……ウソ』

 風間の声が沈黙の間を流れる。

 その声につられて見た望遠カメラが映し出す先には崩れた重光線級の姿。

 それは先程自分を狙い撃ってきた重光線級の亡骸だと言うことを武は理解する。

 ――ありえない。

 これほどの有効射程外を狙い撃つなんて芸当は狙撃の名手、珠瀬壬姫くらい……。

 いや、たまでも無理だと武は判断する。

 何故なら今のヴァルキリー10の狙撃は『狙ってすらいない』のだから。

 適当に突き出された右手から放たれた120mmの滑空砲を、有効射程外はるか先の標的にぶち当てるなんて芸当は人間にはできない。

『……まだ先程タケルを狙い打った際に開いた隙間がBETAの群れに残っているな』

『我らを相手に嘗めきったものよ』

 不知火から不思議と複数の声が聞こえる。

 ――何だ? 何なんだ?

 頭の中でこの言葉だけがグルグルと繰り返す。

 確かにモニュメント周辺には光線級数十体の前を師団規模以上の突撃級などのBETAが集り、光線級を守るように待機しているがその中に一本の空いた道がある。

 それを見る不知火の横顔。

『ッ!』

 武にはそれが一瞬笑ったように見えた。

 ヴァルキリー10は突撃砲を突き出す。

11発の炸裂音と共に放たれた弾丸が真っ直ぐBETAの空けた道を唸りを上げて突き進む。

 しかしその直線上には既に光線級の存在はない。

 当たらない! ……当たらないはずである!

 子供でもわかる簡単な理屈だ!

『な、何だよ……アレ……』

 今度声を絞り出したのは孝之だ。

 放たれた弾丸はまた全て命中。

 11体の照射器官を貫かれた重光線級の死体を作り上げる。

 弾丸の軌道上絶対当たらない位置にいるはずのBETAを屍に変える狙撃能力の異常性。

それにようやく気付いたのだ。

『……ち、弾切れか』

 呆けるヴァルキリーズを無視して、舌打ちしながら予備の弾倉を自分の銃に淡々と補充する不知火の背中を見て武はその正体ようやく気付く。

『あ、あぁ……』

 抉れた背中の焼け跡から蠢く無数の地虫のような影。

 その光景を見た者は恐らく背筋が凍る。

 BETAが地の底からまるで尽きる事のないように湧き出てくるように、『それ』も戦術機の傷跡から無限の如く湧き出てくる。

 それは白面の特別演習で散々見た相手『婢妖』。

 婢妖が取り付いた不知火であった――。









「まったく何をやっておるのだ? あ奴は……」

 ここに来て白面は初めて声を出す。

 そう、婢妖はバスの運転なども出来るのと同様に戦術機の操縦も出来たのだ。

 婢妖の物は白面の物、白面の物は白面の物……その理屈が何故か通らず相変わらず自分は下手糞なままだが、仲間を死なせたくないと言う武との約束を守るため保険と言うことで婢妖戦術機を護衛につけたのだった。

 ……だがまさか武本人が死にかけるとは白面にも予想外だった。

 自分と違って戦術機を小器用に操縦する婢妖がムカつく事この上ないが、とりあえず安堵する。

「フフ、陽狐としては珍しくヒヤヒヤ物だったかしらね。……ただああいった運で生き残る素養も因果律量子論的には重要な事なのよ?」

「なるほど、今回のあの婢妖戦術機も偶然ではなく、武が無意識の内により良い『確率分岐する未来』を引き寄せたというわけか」

 正直言うと『さすがにそれは無理がないか?』と思う白面だったが、確かに獣の槍の少年と金色の獣との因縁の様に、ある種の因果関係と言うものは存在する。

 そういった偶然を難しい理屈や公式で説明しようとするところが、夕呼の学者とする所なのだろう。

「……ねぇ、ところでちょっと聞きたいんだけど?」

「何だ?」

「さっきからアンタ、モニターの画面とか見ないで佐渡島の方向ばかり見てるけど、ひょっとして……見えてるの?」

 好奇心から夕呼は気になっていた疑問を口にする。

「当然よ。これでも我は目が良い。北海道の位置から九州にいる人間の顔を識別するくらいの視力は持ち合わせておる」

 かつて砕け散った獣の槍が北海道の夜空を無数の流星のように駆ける光景を見た際に、白面は急ぎその集る先を確認しようとした。

 その確認手段は単純極まりない。ただ南の方向を見るというだけの物であった。

 そして白面の両目は捉えた。

 九州上空に他の化物達と一緒にこちらに向かってくる獣の槍の使い手の顔を……。

 そんな視力を持つ白面からすれば今の作戦旗艦『最上』から佐渡島の様子を観察する事などワケは無いのである。

「はぁ? 北海道? 九州? 1600km以上離れてるじゃない。……良い事を教えてあげるわ。物を見ると言う事は光の反射を目で捉えると言う事なのよ? そして光は砂漠とかの特殊な条件下以外では基本的に直線にしか進まないわ。地球には丸みって物があって北海道から九州の人間の顔を見るなんてそれが邪魔して物理的に不可能なのよ?」

 あの香月夕呼とあろう者が何とも愚かな発言である。

 いや、それも仕方がないと言えるのかもしれない。

 白面の事は理解しているはずなのに、つい一般常識を語ってしまったのはやはり彼女が人間だからであろう。

「物理法則など我は知らぬッ!!」

 言った……。

 言ってしまった……。

 絶対言ってはいけない言葉を白面は胸を張って断言する。

「そ、それを言っちゃお終いじゃない……」

 物理学者である自分を根本的に否定する白面の言葉に夕呼はよろける。

 心なしか彼女のストレートな髪が乱れているように見える。

 まさかここから火星のハイヴ『マーズゼロ』が見えてるなんて事はないわよね? と言った冗談が頭に浮かんだが、あながち否定できない夕呼であった。









 佐渡島、旧井坪山跡。

 武だけでなくヴァルキリー10の正体に気付いた他のメンバーも思わずゴクリと喉をならす。

 生々しく残った戦術機の背部にできた赤く抉られた焼け跡。

 そこから湧き上がる不気味な肉の塊に皆目を離せないまま口を閉ざす。

『情けない……』

『情けないなぁ10ォ?』

『背中がごっそり持ってかれてるおるではないか』

『……うるさいぞ貴様ら』

 破損した不知火をあざ笑うように近づいてきたのは同じB小隊の前衛組み。

 耐熱耐弾装甲をあしらった不知火の装甲から幾多もの婢妖が顔を見せる。

 その光景に思わずウッとA-01の女性陣が顔をしかめる。

『……立てるか? シロガネタケル?』

『あ、あぁ……』

 理解してもまだ整頓のつかない頭で武は中途半端な答えで返す。

『……って言うか大丈夫……なのか? その背中?』

『あぁ問題ない。ただコックピットが吹き飛んだだけだ。とは言えコンピューターが最早使い物にならぬな……』

 そう言ったヴァルキリー10の背中の破損部分が一気に婢妖に覆いつくされ元の装甲の形を取ろうとする。

 いや、それだけではない。

 今まで戦術機のコンピューターに寄生していたであろう婢妖が今度は装甲全体に広がる。

 戦術機を覆い尽くす婢妖が全高18m近い人型を作り出す。

『ご、ごめん孝之ッ! 終ったら言って! 夢に出そうだから私見ないことにする!』

『ちょッ!! おまッッ』

 孝之の言葉が終るより早く水月の顔が画面から消える。

 どうやら回線を切ったらしい。

 いや、と言うか他の女性陣の顔もいつの間にやらモニター画面から消えている。

 まぁ仕方ない……。

 多分自分も夢に見る。残念ながらそう確信できる自分が悲しい。

『……取り憑き完了』

 その言葉が終ると、装甲には婢妖の姿は見られない普通の不知火の存在があった。

 されどそれは最早戦術機などではない。

 完全に似て非なる存在。

 生きた兵器。婢妖戦術機が佐渡島にその正体を表した瞬間出会った。

『……はは、奴らめ、残ってた隙間を塞いでしもうたか』

 はるか先のモニュメント付近のBETAの陣形に先程のレーザー照射で空いた隙間がなくなっている。

 不知火を操っていたのが婢妖ならば先程の射撃能力にも説明がつく。

 武達も散々特別演習で味わった『婢妖弓』、いやこの場合『婢妖弾』と言うべきか?

 120mm滑空砲に婢妖を取り付けて放つそれは文字通り『生きた弾丸』だ。

 狙う必要などない。突撃砲から放たれた瞬間に敵を完全自動追尾する婢妖ならではの狙撃術なのである。

『……ここからなら当たるか?』

 ヴァルキリー10は突撃砲を先程と同じく水平に構えるその様子は、まるで何かの実験を楽しむかのようだ。

 そのまま何の躊躇も無くトリガーを引く。

 だが……。

『ッ!!』

 一瞬で放たれる数十本の天を貫く光の槍。

 光線級のレーザー照射だ。

『ははは、やりおるわ。全弾撃ちつくして4発も打ち落とされるとはなぁ……』

『……って半分以上当てたのかよ!』

 むしろ武はそちらの方に驚く。

 だがここで1つ説明する必要がある。

 BETAのレーザーは確かに脅威だが戦艦からの支援砲撃等は100%打ち落としてるわけではない。

 いかに精密射撃を繰り出すことが出来る光学兵器と言えどもBETA自身が光速で動けるわけではない。

 極超音速で打ち出される大量の兵器に対しては僅かながら撃ち漏らしも出てくるのだ。

 先程の婢妖弾の動きはこうだ。

 まず突撃砲から繰り出された婢妖弾は地面ギリギリを匍匐飛行。

 この時まだ光線級には打ち落とすチャンスがあるが目の前の他のBETA群が邪魔になり婢妖弾を打ち落とす事ができない。

 そしてBETA群の前で急上昇。ここに来て初めて光線級はレーザー照射が可能となる。

 だが120mm滑空砲の初速は1600m/s(マッハ5)以上。

 レーザー照射可能になった時点で既に眼前まで急接近している極超音速の飛行物体(しかも回避機能のオマケ付き)を打ち落とすのは光線級といえど至難の業なのだ。

 この場合はそれでもいくらか迎撃したBETAを褒めるべきかもしれない。

『おい、伊隅隊長?』

『な、何だ?』

 突然婢妖に話題を振られたみちるはどこかしどろもどろだ。

『……いいのか? やつら地下から近づいて来ておるぞ?』

『『『『『――ッ!!』』』』』

 婢妖の言葉に武達は一斉に画面を見るが音紋も振動も見受けられない。

『5……4……3……』

 そんな武達を嘲笑うかのように婢妖はカウントダウンを取る。

『……2……1……0!!』

『うおッ!?』

 婢妖のカウントダウンが終ると同時に佐渡島が揺れる!

 それは確かにBETA出現の予兆だ。

『――ヴァルキリー・マムより各機。地下からBETA接近中。現在の所、個体数及び種属構成は不明。レーザー属種の存在を想定した警戒態勢を継続せよ』

『……いや個体数は2個師団規模。光線級は存在しないな』

『な、なんでさっきからアンタら分かるんだよ?』

 こちらで音紋を感じとる前にBETAの接近を探知し、尚且つ今度はその個体数と編成まで予言する婢妖に武が当然の疑問を投げかける。

『何、探知能力にはいささか自信があってな。少なくともBETAに劣るつもりはない』

 これは当然である。

 婢妖は白面の使い魔だ。

 その役割は戦闘というよりむしろ情報収集が主な仕事と言って良い。

 例えば婢妖はかつて沖縄トラフから北海道にある獣の槍をにおいで探り当てたこともある。

 はっきり言ってこの程度の距離ならBETAの存在を嗅ぎ分けるのは造作も無い。

『――来やがったッ!!』

 大地が割れおびただしい土煙とともに人類の宿敵が姿を現す。

『各自、戦線を維持しながら後退ッ!! 作戦ポイントまで奴らをおびき寄せるぞ!』

『『『『『――了解!!』』』』』

 叫ぶみちるに伊隅ヴァルキリーズのメンバーが呼応する。

 今回の作戦はこのまま佐渡島北部までBETAを誘い込み、そこで艦隊による飽和砲撃による挟撃を行い一気に殲滅と言う作戦だ。

 最初の揚陸時に支援砲撃をしていた帝国連合艦隊第2戦隊はすでに北上し佐渡島北西部の沖合いに待機している。

 第2戦隊は西側から、第3戦隊は東側からの担当だ。

 後は作戦ポイントまでBETAを誘い込むだけである。

 敵にひと当てし一旦後退、誘い込んだ場所で待ち構えていた伏兵と共に有利な地形で叩く……。

 戦術にしては初歩の初歩だがそれでもBETAには有効な手段なのである。

『03フォックス1ッ!』

『05フォックス2ッ!!』

 ヴァルキリーズだけでない。

 ここにいる戦術機甲隊が一斉射撃を行う。

 張り巡らされる弾丸の嵐は避けられる隙間などなく、BETAの体に突き刺さる。

 だがそれでも意に返さずBETAは突っ込んでくる。

 先程婢妖が言ったように光線級の存在が見られないが、BETAの真の脅威はその物量にこそある。

 戦術機の持つ標準装備ではとてもじゃないが制しきれない。

『伊隅、艦隊からの支援砲撃は要請できんか?』

 婢妖戦術機が伊隅に提案する。

『無理だな……。奴らはまだ殆ど地下から這い出てきていない。今、支援砲撃を行っても焼け石に水だ』

『……それに、モニュメント付近にまだ光線級が大量に残っています。ALMの残弾数も限りがありますし、今は作戦通り後退するしかありません』

 現時点でBETAの群れは大きく分けて2つ。

 1つは今自分達の目の前に迫ってきている2個師団のBETA群。

 そしてもう1つはモニュメント付近に待機しているBETA群。こちらは光線級が混じっている。

 先程婢妖が何体か倒したがそれでもまた出てきたのか、光線級の数は50体以上だ。

 これでは支援砲撃をしようにも光線級に打ち落とされてしまうだろう。

『……まったく鬱陶しいわねッ!! 真夏の夜に飛び回る蚊ぐらい鬱陶しいわッ!』

 水月が叫びながら36mmチェーンガンで戦車級を駆逐する。

 たまたまだが後方にいる光線級が前面にいるBETAを援護射撃できる形にいる。

 混戦状態だと光線級も迂闊に照射してこないがそれでも邪魔な事この上ない。

『あんたらの婢妖弾でどうにかならないのか?』

 武が婢妖に問う。

 同じ混戦状態でもレーザー照射が来るのと来ないのとではまるで違う。

『……無理だな。今度は先程と違いBETAの群れが目の前にいる。これでは最初に婢妖弾を上空に放たなければならない。この距離で奴らのレーザーを掻い潜って狙撃するのは不可能だ』

『……そうか』

 武は気を取り直して要撃級の攻撃をバックステップでかわし長刀を振るう。

 残念だがそれなら仕方が無い。

 光線級を駆逐する術がないのなら自分達でかわすのみ!

 もとよりBETAとの戦いなどそう言った物だ。

 支援砲撃など来ない事などむしろざらである。

 そういった戦場を生き抜くために作られたのが対BETA兵器の戦術機。

 それを操るのが自分達衛士の役割。

 毎日血の滲む様な鍛錬をしているのは、全てこの絶望が当たり前の戦場で戦い抜くためだ。

 この程度の事で弱音を吐く衛士などここには存在しない!!

『……だが確かに邪魔だな。いいだろう後ろの光線級は我らがどうにかしてやるからお前達は作戦通りに動け』

『え?』

 婢妖のその言葉に武は一瞬何を言っているのか理解できなかったが、先程武を庇ったヴァルキリー10の不知火が目の前のBETAの群れに突っ込む。

『何やってるんだッ!! あんたッ!』

 武はその自殺行為とも言える特攻に声を張り上げる。

 婢妖の狙撃術は確かに凄かったが近接戦闘においては自分達の方が上なのだ。

 彼らの行動は無茶無謀以外の何物でもない。

『……くらえ』

 武の言葉を無視して婢妖は長刀を振るう。

 だが要撃級の片腕にその攻撃はあっさり防がれ、もう片方の豪腕から放たれる一撃が不知火のわき腹を抉る。

『……あ、あぁ』

 武の隣りにいた風間もその無残な姿に声にならない悲鳴を上げる。

 倒れこんだ不知火をそのまま一気に戦車級の群れが飛びつく。

 戦車級が不知火の四肢を噛み千切り、止めとばかりに要塞級のかぎ爪が胸部を貫く。

『貴様らあッ!! 離れろォッ!!』

 既に不知火はスクラップ状態。

 それでも大声を張り上げて慎二が65式近接戦用短刀を使って戦車級に攻撃しようと不知火を動かす。

『『『『『……憑依完了』』』』』

『はッ?』

 その言葉に慎二は自分の機体を急停止させる。

 先程纏わりついていた戦車級、それとその周りにいた要撃級、突撃級に要塞級、合わせて30体近くのBETAが一斉に動きを止める。

『……もう一度言うぞ。後ろの光線級は我らがどうにかしてやるからお前達は作戦通りに動け』

 その声は目の前にいるBETAから聞こえる。

 武達は婢妖が一体何をしたのか理解する。

『こ、今度はBETAにとり憑いたのか……?』

 目の前の出来事に口元が自分でも引きつっているのが分かる。

 それは決して恐怖だけの物ではない。自分の中から溢れる何とも言えない不思議な感情に慎二は思わず体が震える。

 BETAが婢妖の飛行能力に引っ張られる形でフワリと宙に浮く。

 何百キロ……いや何十トンもあるBETAの巨体がまるで気球船が浮かぶかのようだ。

 そしてそのままモニュメントのBETAに向かって飛行を開始する。

『馬鹿ッ!! 光線級に狙い撃ちにされ……』

 思わず上げた声を武は途中で止める。

『狙い撃ちに…………』

『……されるわけ無いな』

 武の言葉に宗像が続く。

 そう、光線級のいる戦場で空を飛ぶのは自殺行為だが、光線級は味方を絶対に誤射しないのだ。

 打ち落とされるわけが無い。

『……反則だろ。あれ』

 綺麗な放物線を描きながら悠々と空を飛ぶ婢妖BETAに呟く孝之の言葉に全員が同意する。

『……伊隅よ』

『……どうした碓氷?』

 みちるに話しかけるのは同じ大尉である碓氷だ。

 彼女も先程の婢妖が飛んでいった方向を見続けている。

『私……昔に光線級の群れに奇襲をかけようとして噴射跳躍で突っ込んだことなかったか?』

『そんな事したら死んでるだろ? ……気の所為だ、気の所為』

『そうだよな。……私の勘違いだよな……すまん変なこと聞いた』

 きっとあまりに突飛もない事が現実に起きてしまったので、変な夢でも見たのだろうと碓氷は自分を納得させた。

 碓氷だけじゃない。

 この光景を見ている衛士達は目の前に起きた現実は、きっと目の錯覚だろうと自分達を納得させて迫り来るBETAに備えるのであった。









「――HQより全機に告ぐ! 現在飛行しているBETAは御方様のチート……援護能力! 攻撃するな! 繰り返す、攻撃するな!!」

 管制室から衛士の『なんじゃありゃぁあーー!?』という悲鳴が聞こえる。

 無理も無い。BETAは空を飛ばないというこの世界の常識を180度覆す現象が目の前で起きたのだから。

 BETAの新たな能力? と疑ってかかるのは当然と言える。

 そんな衛士達の動揺を抑えるために管制室のオペレータが全機に指示を出す。

 せっかく光線級に打ち落とされる心配はないのに、人間側に打ち落とされては色々悲しすぎる。

「す……素晴らしい! なんという事だ!!」

 作戦旗艦最上で一部始終を見ていた艦長小沢は感激のあまり声が震える。

「……感謝致します……白面の御方様……これで我々は……本当に生き残る事ができるのかも知れない……」

「高々、光線級を殲滅しに行っただけであろう? ハイヴもBETAも未だ健在ではないか」

「ですがBETA大戦勃発以来……光線級の脅威をこうもあっさり覆した者は存在しません」

 最初は制空権を支配していた人類は戦局を有利に進めていたのだ。

 その時だれもが楽観視していた。

 むしろBETA由来のG元素を1人占めできる中国を羨ましいとすら思っていた。

 だがその認識は間違っていたと悟らされる。

 突如現れた新たなBETA『光線級』の存在によって……。

 制空権を失われ、BETAと同じ土俵で戦わざる終えなくなった人類はその圧倒的物量の前になす術無く敗戦を重ね、本日に至るのだ。

 人類に破滅のきっかけを与えた光線級。

 これに対してここまで有効な手段をとったものはいない。

「……そんな大層なものではない」

「此程の偉業を成し遂げておきながら、そう仰いますか……いや全く、慎ましいお方だ」

「勘違いしておるようだな。提督」

「勘違い……?」

「我は本当に『あの程度の事』は大した事がないと言っておるのだか?」

「ぬ……?」

「妖怪が生物や物に取り憑く事など古今東西、人間の御伽噺の話において珍しい事ではなかろう?」

 確かに白面の言うとおり妖怪が何かに憑依するという話は珍しい話ではない。

 日本にも数えればきりが無いほどそういった話は存在する。

「……ですが、もし御方様が大量にあの婢妖を生み出す事ができれば、それだけでハイヴを落す力となりましょう」

「……提督の仰るとおりね。先程の戦術機に取り付いていた数から計算して、小型のBETAには1~10体、大型は100体以上、特に大きい要塞級は1000体以上の婢妖が必要ってところかしら?」

 夕呼が真面目な顔をして話しに割ってはいる。

「ハイヴ1つを確実に落とすには500万……いえ1000万は欲しい所ね。陽狐、ちなみにアンタは婢妖をどれくらい生み出せるの?」

「無限だ」

「へぇそう……無限……無限なの……すごいわねぇ。……すいません提督。お水を1杯いただけますでしょうか?」

「……私も頭痛の薬を飲みたくなってきました。……君! 水を2杯用意してくれ」

 小沢も頭を抑え、部下に水を取ってくるように命令する。

 命令された部下はあわてて管制室から出て行く。

 そんな部下の様子を見て小沢はひとつ咳払いをする。

「……でしたら御方様。今からでも佐渡島で戦っております将兵たちに婢妖の援軍を送って頂けませぬか?」

「それは構わぬのだが、今から派遣しても作戦終了まで間に合わぬのではないか?」

「……確かにそうね」

 夕呼も白面の言葉に同意する。

 いかに白面が婢妖を無限に生み出せると言っても、ここから佐渡島までの距離を移動する時間がかかるのだ。

 今から婢妖を送っても飽和攻撃は終了しているだろう。

「それより遙。今の損耗率は如何ほどだ?」

 突然自分に声を掛けられて遙はビクッと肩を震わす。

「は、はい! ウィスキー全体の損耗率20%。エコー全体の14%。共に作戦継続に支障はありません」

 その言葉に白面は一瞬眉をしかめる。

「……作戦は今の所順調のようですわね」

「えぇ、当初の予定より10%近く損耗率が低く済んでおります」

 夕呼と小沢の会話に耳を傾けながらも白面は再び視線を佐渡島の方に向ける。

 視界に映し出されるBETAと戦う人間達の姿。

 武達の方はとりあえず心配ないだろう。

 だが……。

『地球から……出て行けぇーー!!』

『うわぁーーー!! 来るな! 来るなぁーー!!』

『畜生ォーー! こいつらよくも仲間をーー』

 管制室には依然他の衛士達の声が聞こえる。

 それはBETAに対する、怒り、憎しみ、そして死の恐怖……。

 『悲』『哀』『憎』『悔』の泥濘にのたうつ人間の心を感じ取った白面は「クッ」とわずかに苛立ち声を漏らす。

 それは本当に……誰にも、白面本人すら気付かないほどの小さなものであった……。









あとがき

 太字の台詞は前から1度チートキャラに言わせて見たかった!

 今回の話はひとことで言うとそれだけです。

 真面目な話にするつもりだったのに原作のパロディになってしまいましたね……。

前回から引っ張ったシーンは、まりもちゃんの『贖罪』を見て思いつきました。

 本当は婢妖も戦術機に乗せないつもりだったんですけど、思いついたら手が勝手に書いてしまいました。

……どうせなら武じゃなくてまりもちゃんでやれば良かったですかね?

 あと前回から白面が使っている千里眼ですがオリ設定じゃないです。

 うしとら32巻、P78で普通に使ってますので念のため。



[7407] 第拾八話 散り逝く者達
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/09/06 00:36
第拾八話 散り逝く者達





 作戦ポイントまで後4000……。

『――02フォックス1ッ!!』

 武の突撃砲が咆哮を上げる。

 危うく撃墜されかけたと言う先程の汚名を返上せんとばかりに操縦桿を握りスロットルベダルを踏み込む。

 操る不知火の一帯がまるで暴風域。

 射程に入ったBETAを次々の躯に変えていく。

『オラァー!!』

 空中で武器を持ち替え着地と同時に先行入力したコマンドで戦車級を切り裂く。

 その流れるような機動には一切無駄が無い。

『……さすがに2個師団規模になると数が多いな』

 婢妖が後方にいる光線級を上手く押さえてくれているため高度を確保できるのがありがたいが、それでもBETAの突破力を止めるのはやはり困難だ。

『ひるむな! 作戦ポイントまでもう少しだ! A-01の気概を見せろ!』

『『『『『――了解!!』』』』』

 伊隅の叱咤に武達も答える。

 先程光線級を片付けにいったヴァルキリー10以外ここに残っていた婢妖戦術機は4機だが、現在その内の2機が大破している。

 もっとも大破してもまたBETAに取り憑き2個小隊程度(約80)のBETA群を作って押しとどめてくれているのだが……。

 BETAに取り憑くとBETAから攻撃を受けなくなるという、人間からすれば羨ましい事この上ないメリットがあるのだが一方デメリットも存在する。

 それは攻撃力が一気に低下すると言う点だ。

 戦術機とBETA、1対1のタイマン勝負ならBETAは戦術機の相手にならないのだ。

 BETAに取り付いた婢妖も出せる力はBETAと同じ。

 攻撃は確かにしてこないが一方そう簡単にもやられてもくれない。

 攻撃を仕掛ければガードぐらいはしてくる。

 ましてやこちらは小隊規模、師団規模のBETAを押さえるには数が少なすぎる。

『おのれぇ……ちょこまかとッ!』

 要塞級に取り付いた婢妖が苛立ちの声を上げる。

 10本の足で下にいるBETAを踏み潰そうとするが、蜘蛛の子を散らすように逃げまどいなかなか思うように潰されてくれない。

『このまま溶けてしまうがいいッ!!』

 モース硬度15以上のかぎ爪が同じ硬度を持つ突撃級の装甲殻に当たる。

 戦術機の装甲ならやすやす貫ける威力だが突撃級の殻は貫けない。

 だが衝突した際にかぎ爪の先端から強酸溶解液が発射される!

『――くッ!』

 ジュゥゥウという熱した鉄板に油を大量にぶちまけたような音を立てながらも突撃級は自分の足元をすり抜けて行く。

 人間くらいの大きさならあっという間に溶かす要塞級の溶解液だが、さすがに15mを越すBETAくらいにもなると表面を焼くだけで効果が薄い。

 それでも婢妖は触手を振るおうとするも、ガクンとかぎ爪の先端に重みを感じる。

 見ると戦車級が沢山しがみついて来ているではないか。

 それはまるで仲間同士のケンカを仲裁しているように見える。

『鬱陶しい……ならば要塞級などいらぬ!!』

 そう言って今度は自分に纏わりついていた数十体の戦車級に憑依する。

 触手に張り付いていた戦車級が婢妖に操られ要塞級によじ登りその強靭な咬筋力で三胴構造部の結合部に噛り付く。

 白面が学んだ座学でここの部分が弱点だという事を知っているのだ。

 蟻に纏わり疲れた芋虫のように要塞級がのたうち回るがいかんせん数が違いすぎる。

 やがて結合部の一部が食いちぎられ、そのまま要塞級は佐渡島の大地に沈む。

 数十秒かけてようやく1匹……。

 効率が悪すぎる。

 BETAに取り憑いた婢妖は群れのど真ん中で奮戦している。

 前面で戦うとBETAと区別がつかないため、そのまま人間の攻撃を受けてしまう恐れがあるのだ。

 しかし婢妖が暴れまくってくれているおかげで、人類側の損耗はかなり低く済んでいる。

 だが……そう、あくまで低く済んでいるのである。

 ……決してゼロではない。









『くそッ! こいつら味方を盾に……!』

 数万規模のBETAが押し寄せてくると自然と前面に死体の山が溜まる。

 それがバリケードの役割となりBETAの壁が押し寄せてくるのだ。

 とてもじゃないか押さえきれない。

 こちらがいくら策を弄しようとその圧倒的物量の前では意味の無い物とか化す。

 単純な突撃戦法しか使えない下等生物がと帝国の衛士が歯を食いしばり、操縦桿を握り締める。

『次から次へと……! キリがねぇ!』

 後から無限のように湧き出てくるBETAの数。

『ぼやくなッ!! ありったけの弾丸をお見舞いしてやれ!』

 帝国軍戦術機甲隊の衛士が撃震を操る。

 最早狙いなど定めていない。

 握られた87式突撃砲のトリガーはずっと押しっぱなしの状態である。

 無駄弾を抑え効率よくなどという座学の基礎など最早忘却の彼方だ。

『ぐ、……うわぁあああッ!!』

 1機の撃震が突撃級の群れにのみ困れる。

『う、うわぁああーーッ!! よくも、よくもぉーー!!』

 どんなに精神訓練されていたとしても人間は機械のように割り切る事なんてできない。

 昨日まで普通に会話をして普通に一緒にメシを食べていた友人の死に帝国衛士は我を忘れる。

『何をやってる! 陣形を乱すなッ!』

『……くッ、う……ぅぅ』

 涙を飲み込み、男はギリギリの所で仲間を失った悲しみに飲み込まれることなく一瞬の内に立ち直る。

 だが……。

『……え?』

 その一瞬を……。

『ヒ……ヒァアアーー!!』

 見逃すほど戦場の死神は気が長くは無かった……。

『――03ッ!!』

 隊長と思しき男が声を張り上げる。

 部下の撃震と突撃級の前面装甲殻とが衝突するまでのコンマ数秒間、まるで連続写真を見せられたように隊長の脳裏にハッキリとその光景が焼き付けられた。
 
『ガハッ!!』

 高さ18mにも及ぶ撃震が宙を舞う。

 ひしゃげる機体、砕け散る装甲。

 人類の科学の粋を集めた戦術機がBETAの繰り出す一撃の下に、まるで粘土細工のように脆く儚く崩れ去る。

 これが戦場、これが人類の存亡を掛けたBETA大戦における現実なのである……。









『10時の方角に戦車級ッ!』

『――了解ッ』

 作戦ポイントまで後3000m、伊隅ヴァルキリーズも奮戦を続ける。

 後退作戦においては前衛も後衛もない。

 両手、あるいは背部のサブアームから構えられた計4門の突撃砲、肩部に備え付けられたミサイルランチャー、それぞれが持つ自分の得物を用いて迫り来るBETAを駆逐する。

 単純に距離を保つだけならBETAの機動を上回る戦術機を持ってすればさほど難しい事ではないだろう。

 だが物事はそう上手く行かない。

 地球の進化の過程ではありえないその図体の大きさ。

 それが『地下』から大群を成して侵攻してくる言う事はどういう事か?

 自然と地表出口の『門』付近にBETAが溜まり、大渋滞を引き起こすのである。

 それが人類にとって非常に都合が悪い。

 とっとと全てのBETAが出てくれれば、こちらとしても作戦ポイントまで真っ直ぐ引くことが出来るのに、ちんたら出てくるため人類は戦線を維持しながらも時間稼ぎをしなくてはならないのだ。

 だがBETAの大群はよく『津波のように』など自然災害を比喩とした表現がされる事が多い。

 なるほど確かにその通りである。

 大海原から押し寄せる津波に36mmや120mmなどの弾丸をいくらお見舞いしようともその侵攻を食い止める事が出来ないのと同じように、群れで押し寄せるBETAの突進を食い止めるという単純な作業がどれほど困難な事か!

『――ちぃッ!』

 また婢妖戦術機が胸部を貫かれて大破する。

 これで婢妖戦術機は残り1機だ。

『……憑依完了』

『……ッたく、何だかずりぃな!』

 また周辺のBETAに取り憑く婢妖を見て武は苦笑する。

 最初は戸惑いを隠せなかったが見慣れてくると頼もしい事この上ない。

 もはや諦めた形で軽くため息を吐く。

 だが羨ましがっていても仕方が無い。

 自分は自分のできる事をするのみだ。

 今度は2時の方角に群がる要撃級に狙いを定める。

 武の機体が僅かに腰を落して水平噴射跳躍せんと跳躍ユニットに火を灯す。

『……!!』

 いきなり武の視界に飛び込んでくる機体が5機。

 赤に白に黄色……戦術機というには何とも派手な塗装である。

 それが一気に自分の狙いを定めた20体の要撃級を駆逐する。

『……獲物を横取りして悪かったな』

『月詠中尉!!』

 鮮やかなエメラルドグリーンの長い髪を団子状に束ねた帝国斯衛の月詠真那中尉が不適な笑みを浮かべる。

 その表情を見て、この人達も来ていたのかと思わず心強い援軍に声を上げる。

 だがそれよも彼女らが乗っている独特のカラーリングの機体。

『……武御雷』

 宗像がその機体にいち早く気付き名前を口にする。

『……な、なんで?』

 武の記憶では武御雷は別名『00式戦術歩行戦闘機』つまり来年……あと数ヶ月先に配備される予定の機体である。

 それが何故ここにあるのか?

『フ、何……祖国奪還の反抗作戦にこの機体が参加できなかったでは情けないからな。少々製作スタッフの者達には無理をしてもらった』

『なるほど……』

 目の前に映った大男の男性の説明を受けながら内心『誰だ? このオッサン?』と思いながらも武は納得する。

 人間には面子と言うものがあり、それが国の威信に関わる事なら意地でも完成を間に合わせるという事は確かにある事だ。

 前の世界ではこの時期では普通の間引き作戦が行れたのであろう。

 だが今回は違う。

 白面の存在により予定が切り替わり最早完全にこの世界は別の時間軸を歩んでいる。

 戦術機の完成の予定日を数ヶ月早く繰り上げようとするくらいは普通に起こりうるだろう。

 もっとも製作スタッフやテストパイロットなどは毎日激務に追われ今頃死にかけているだろうが……。

『……貴様……名は?』

『は……はいッ! 国連太平洋方面第10軍、仙台基地所属白銀武少尉であります!!』

 いきなり自分に声を掛けてきた男に思わず武は敬礼をしてしまう。

 その身に纏った雰囲気から明らかに格上の存在と理解したのである。

 とはいえA-01は特殊部隊のため迂闊に本当の所属は名乗れないが。

『そうか……貴様が……私は帝国斯衛軍戦術機甲部隊大将、紅蓮醍三郎だ』

『こ、斯衛軍の……た、大将ッ!!』

 思わず武は声を上げる。

 驚くのも無理も無い。自分は少尉、相手は大将……軍の中で1番トップの人が1番下っ端の自分に声を掛けてきたのだ。

 何で自分の事を? そう思う武だったが思い返すといくらか心当たりはある。

 例えば目の前にいる月詠だ。

 何だかんだで将軍家と縁のある冥夜と交流があったのだから自分の上官に報告していても可笑しくは無い。

 他にもXM3のトライアルの結果を帝国に夕呼が売りつけた可能性だってある。

 XM3の開発に携わった人間が訓練兵で、尚且つその人物が正規軍を抑えてトップの成績を叩き出したとなれば帝国に大きく売り込む事が出来るであろう。

 慌てふためく武の様子を見て紅蓮はフッと笑う。

『……皆の者ッ!! 作戦ポイントまで後僅かだ! 人類がBETAなどに負けぬということを見せてくれようぞッ!!』

『『『『『――了解ッ!!』』』』』

 その野太くも自分達の内にある何かを震わす紅蓮の声。

 同じ台詞を自分が言ってもこんな重みは感じられないだろう。

 なるほど……。

 これが歴戦を潜り抜けた最強の衛士のみが出せるカリスマなのかと武は実感する。

 帝国最強の部隊と国連最強の部隊が陣を組み、迫り来るBETAを抑える。

 それは正に戦術機の張る結界と言えるだろう。

 何人たりともこの領域に入る事は許されない。

『……すごい』

 帝国斯衛の衛士、篁唯依少尉は思わず声を上げる。

 口から出るのは感嘆の声、されど内心は複雑な心境であった。

 紅蓮と月詠達と一緒に自身の黄色の武御雷を操る彼女の視界に映るのは蒼い不知火の軍勢。

 遠目からでも彼らの機動は他の部隊と比較しても常軌を逸していた。

 それが近くで見たらより顕著であった。

 自分達は帝国斯衛軍。つまり帝国において最強の存在であると自負している。

 だが……悔しいが目の前の部隊は自分達よりワンランク上の実力であることが分かる。

 つい先日完成したばかりの帝国最新の戦術機である武御雷より不知火の方が機動に優れてるなどあってはならない。

 だがあってはならないことが目の前で起きている事実。

 恐らくアレが極東の牝狐が開発したという新型OSなのだろう。

 ……噂には聞いていた。

 つい1ヵ月ほど前に仙台基地で行われた新型OSのトライアルがあり、それを装備した訓練兵がベテランの正規兵を圧倒したと言う話を。

 帝国の上層部にあの牝狐がまた高値で売りつけて来たという情報が流れた時、自分ら斯衛は当然反発の声を上げた。

 同じ日本人のクセに帝国にではなく米国よりの国連に所属し、尚且つ日本を敬おうとしない香月夕呼の評判は帝国の中でも評判が良くない。

 トライアルの結果は新型OSがすごいのではない。国連の衛士が情けないのだ。

 そんな話がまことしやかに囁かれていたが、認識を誤っていたのは自分達の方だと思い知らされた。

『……負けるものか』

 唯依は今の己の不甲斐なさを噛み締めるように呟く。

 このOSを目の当たりにした上層部はOS提供の代わりに吹っ掛けられる香月夕呼の無理難題の要求を呑むだろう。

 だがその程度の事は最早安いものだ。

 目の前にある更なる高みへ登れる階段の扉を開らけるのなら……。

『……フ』

 更なる高み……。

 それはなんと甘美な響きであろうか。

 高鳴る胸の鼓動。

 唯依は自分の網膜に映し出されるBETAの群れに意識を集中させる。

 自分の口元が微笑を浮かべてるのに気付かないまま……。









『――月詠ッ!! 10時の方向の突撃級を片付けろッ! 巴は大型の隙間からくる戦車級を36mmで蹴散らせッ!!』

『『――了解ッ!!』』

 月詠達に指示を出したまま紅蓮の放った120mmの徹甲弾が突撃級の装甲を貫き、制御を失った突撃級の身体が下に居た戦車級を押しつぶす。

『……すげぇ』

 一方武のほうも内心驚愕していた。

 自分の視界に移る赤い武御雷は紅蓮醍三郎の動き。

 武の中で今まで最強クラスの衛士と言ったらあのクーデターの時の沙霧大尉や月詠中尉、それにA-01の面々だが、目の前の人物は何と言うか格が違う。

 自分の最大の利点はとにかく動き回る所にある。

 今までの概念にない機動力を持ってBETAを駆逐していくのが自分のスタイルだ。

 対して紅蓮大将の機動は自分とはまるで逆である。

 可能な限り無駄な動きをしないで効率よくBETAの数を削っていく。

 その洗練された動き……。

 銃口の角度を微調整するだけで何体ものBETAの体に吸い込まれるように弾丸喰いこんでいく。

 例えるなら一流の料理人の包丁捌き。はたから見れば簡単そうに見えるが1度でも戦術機に乗った事のある者なら、その神業ともいえる技術力をうかがうことができる。

 基本のレベルがまるで違う。

 いつ? どこで? どのタイミングでどの行動を選択するのか? 究極までに鍛えられた洞察力と判断力が紅蓮の最大の武器といると言える。

 XM3のキャンセルや先行入力などは所謂、操作ミスや緊急回避などにその効力を発揮する。

 だがXM3の無い戦術機で、何十年と戦場を潜り抜けてきた彼にはそういった操作ミスは許されなかった。

 そんな状況下の中でも生き残ってきた経験から取得した業。

 それは最早美しいとさえ言える領域だ。

 特殊な才能などいらない。誰でも取得できる業である。

 ……もっともそれは生き残る事が出来ればの話であるが。

 この地獄とも言える地球上に何十年と生き残る事の出来た衛士など一体どれだけいると言うのか?

 今日もまた100名近くの衛士が若くしてその命を散らしているのだ。

『――HQッ!! 今の状況は!?』

 紅蓮が叫ぶ。

『――作戦ポイントまで残り1500、地下に隠れているBETAは残り2個旅団規模(約8000)と思われます』

『『『――了解ッ!!』』』

 HQの報告に答えるものの、まだ半分より少し多く引きずり出した程度なのかと言うのが正直な所だ。

『あぁー! もう、うざってぇなッ!!』

 武のコックピットに映る孝之も苛立っているのが分かる。

 それは全員同意である。

 作戦ポイントまで到達してもおびき出したBETAの数が少なくては意味が無い。

 まだ時間を稼がねばならないというのか?

『ぼやくな鳴海!! 貴様は11時の方向を担当しろッ!!』

『――了解ッ!!』

 みちるの命令に答えながらも孝之は操縦桿を操作する。

 機体が沈み込み跳躍ユニットの噴射角度が地面と平行に近い状態で保たれたその時だった――!!

『ッ!! あぶねぇッ!!』

 水平噴射跳躍をキャンセルした孝之は自分の不知火の姿勢制御に入る。

 予期せぬ出来事、孝之の不知火の横を一条の閃光が掠めて行ってバランスを崩したのである。

 その閃光の正体は重光線級のレーザー照射。

 突然BETAごと吹き飛ばしながら『それら』は姿を現した……。

『待たせたな。少々手間取った』

『あ、あんたら……婢妖か?』

 目の前に現れた光線級が突然話しかけてきたため、孝之はその正体を知る事が出来た。

『遅かったなぁ。ヴァルキリー10?』

 最後の婢妖戦術機ことヴァルキリー8が話しかける。

 そう、モニュメント付近に光線級を抑えに行った婢妖が光線級に乗り移って戻ってきたのである。

『すまなかったな。最初は光線級を押さえるだけにしようと思ったのだが、光線級に乗り移って支援砲撃をした方が良いと途中で気付いたゆえ、少々遅れた』

 そう言いつつまるで詫びいれる様子もなく婢妖は軽い口調で答える。

 確かに婢妖の言うとおりである。

 今まで煮え湯を飲まされてきた光線級が自分達の援護に回ってくれるとしたらどれだけ心強いか?

『……さて、作戦ポイントまで後1000、少しは気合見せろよ? 人間ども』

『オ、オォッ!!』

『ハッ! 上等ッ!』

 婢妖の挑発的とも言える口調に人類も笑って答える。

 重光線級3体、光線級40体のレーザ発振器官が一斉に光り出した……。









『そらそら! 作戦ポイントまであと少しだぞ!』

『はははっ! カッコつけて登場した割には微妙な成果だったなヴァルキリー10?』

 婢妖の援軍が辿り着いたものの人類側はそのまま後退を続ける。

『くくく。その通りだなぁ』

『まったくだ』

『カカカッ! BETAの真の脅威は物量とは良く言うたものよ』

 他の婢妖にからかわれながらもヴァルキリー10は笑いながらBETAの群れにレーザー照射を続ける。

 そう、人類にとって厄介な光線級のレーザーであったが他のBETAには思いのほか効果は薄かった。

 これは別にBETAがレーザー対策をしていたわけではない。

 その特性上自然と効果を半減させていたのである。

 まず上げられる大きな理由が突撃級だ。

 基本BETAの群れの前面に出ている突撃級の堅い装甲……。モース硬度15以上のその身体は戦術機母艦以上の耐熱耐弾装甲と言って良い。

 重光線級のレーザーも十数秒間耐えてくる上、小型の戦車級は突撃級の陰に隠れているためレーザーを当てにくい事この上ない。

 婢妖が取り付いているため浮き上がってレーザー照射を行い、なぎ払うと言う事もしているのだが突撃級は前面だけに居るわけではない。照射線上の遮蔽物となり自然と他のBETAを守る形となっている。

 他の大型の要撃級や要塞級もその巨体を覆う肉厚は小型の光線級のレーザーなら無力化するまで数秒間の照射が必要だ。

 戦術機の耐熱耐弾装甲には及ばないもののそれに近い防御力を持っているといえた。

 物理ダメージを与えられる人類の劣化ウランの弾丸なら一瞬で無力化できるが、光線級のレーザーではそうも行かない。

 一瞬と数秒……その差は天地ほどの差がある。

 さらに厄介なのは光線級自体の特性だ。

 小型の光線級の照射インターバルは12秒、重光線級の場合は36秒……はっきり言って連射が効かない。

 他の婢妖と同じようにBETAの群れのど真ん中で暴れる事できれば少しは違うのだが、そうも行かない。

 人類の戦術機に当たる可能性があるからだ。

 1分間で駆逐できたBETAの数はおよそ100体ほど、これが人類側だったら……100機の戦術機が1分間で撃墜されたとなったら致命的な損傷だが、物量が自慢のBETAからすればどうと言うことはない。

『――HQより全機に告ぐ! これより挟撃飽和攻撃に入る! 全機退避せよ! 繰り返す全機退避せよ!』

『『『『『――ッ!!』』』』』

 突然入ってきたHQのコール。

 待ちに待ったコールに思わず心臓の鼓動が大きく鳴る。

 ……だが。

『な、なんで……?』

 水月が思わず声に出す。

 当然だ。まだBETAは全部地上からおびき出していない。

 まだ1個旅団(約4000)くらい残っているはずだ。

『……速瀬少尉、仕方ありません。指示に従いましょう』

『……えぇ』

 宗像の言葉に水月は表情を曇らせながらも納得する。

 予定より早くHQからの指示があったのは想像がつく。

 自分達はあくまで白面の前座だ。

 このまま時間稼ぎをして被害を増やすより即時退避させた方が良いという上の判断なのだろう。

 それは理解できる。

 理解できるが……やはり悔しい。

 BETAに背中を向け噴射跳躍をせんと跳躍ユニットに火を灯す。

 BETAは確かに機動力があるが戦術機は更に速い。最大700km/h以上の速度を出せる。その速度は突撃級の比ではない。

 佐渡島の北部は比較的幅が狭い。戦術機の速度なら一気に海上の戦術機母艦まで避難する事が出来るだろう。

『……おい! あんた達何やってるんだ!? 戦艦からの飽和砲撃が来るぞ!』

『総員退避命令が聞こえなかったのか!? 早く離脱するんだ!』

 メインカメラに映し出された婢妖戦術機、及びBETAに取り付いた婢妖が一向に動こうとしない様子を見て武と月詠が叫ぶ。

『かまわん。先に行け』

『我らはここに残る』

『『――な!?』』

 婢妖の言葉に武達はその意図を理解できずに声を上げる。

『……わからぬか? 我らが今、BETAの憑依を解除したらどうなると思う?』

『光線級が自由になり支援砲撃を打ち落とすだろうなぁ』

『それだけではない。離脱している貴様らも背後から照射してくるだろう』

 その言葉で武達は婢妖が何をしようとしているのか分かってしまった。

『……あんたら……死ぬつもりなのか?』

 つまりこのまま来る支援砲撃によりBETAもろとも吹き飛ぼうというのだ。

『成り行き上そうなるな』

『そうなるなぁ』

『まぁ、仕方があるまい』

 まるで自分の買い物のついでに頼まれたお使いのような気軽さであっさりと受け答える。

『バッ……!! 何……言ってるんだ……!? 仕方無いって何だよッ!!』

 多くの人間の死を見てきた武には今の発言は許せない。

 まるで死ぬことが怖くないと言うその発言。

 ……だが確かにそうなのだ。

 人は土に生まれ土に死ぬ。土に死ねばもう再び返っては来ない。

 それにもかかわらず土からかえってくるのが妖怪なのだ。

 ましてや婢妖は白面の使い魔。

 どうして死など恐れるはずがあろうか?

『……何を言うておるのだ? 光線級も減らせて利もあろう?』

『ついでだ。他のBETAも我らが抑えておこう』

『海などに逃げられぬようにな』

 武は喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 武だけでない。婢妖の言葉は正しい事を言っていると理解したのだ。

『……もうよせ白銀少尉。飽和攻撃が来るぞ』

『…………』

 月詠が武の心中を察したのか静かな声で諭す。

 このままごねて、自分達も砲撃に巻き込まれてしまっては意味が無いのだ。

『分かったらとっとと行け』

『邪魔だ』

『失せよ』

 婢妖の言葉に武は下唇を噛みながらも敬礼する。

『……オレ……桜並木に行きます! ですからッ! また会いましょう!』

 武は戦術機を操り踵を返し、そのまま噴射跳躍で戦線離脱を図る。

 ぐんぐん小さくなっていく婢妖たちの姿。

 不知火が映し出すその姿を見て武は後悔する。

 何だかんだ言って自分達は婢妖のことを毛嫌いしていなかったか?

 醜悪であるというただそれだけの理由で。

 特別演習にしたって自分達のためをこそ思えば必要な事であった。

 それなのに彼らは自分達を守っていてくれていたのだ。

『――総員退避ッ!! よいか!! 1人たりとも逃げ遅れることは許さん! これは厳命である!!』

 今回の作戦の最高責任者、小沢提督が直々に命令を下す。

 その声はもはや怒鳴り声に近い。

 彼もまた婢妖の行動に胸に来るものがあったのだろう。




『……あいつら……我らの事を何か勘違いしておらなかったか?』

『しておった』

『しておうたな』

 佐渡島の東西の沖合いに引き上げていく戦術機の後ろ姿を見ながら婢妖の1体の言葉に他の婢妖が同意する。

『と言うか……』

『桜並木とはどこだ?』

『知らん』

『仙台基地のあそこではないか?』

 並行世界の横浜基地にも桜並木が植えられていたように、仙台基地の門前にも桜並木が広がっているのである。

 春に満開に咲く桜の景色はBETAに蹂躙されたこの世界の日本人にとっても数少ない楽しみの一つなのだ。

『……あぁあそこか』

『だが何故桜並木なのだ?』

『知らん』

 一言バッサリ切り捨て最後に1機だけ残った婢妖戦術機ヴァルキリー8を中心とした円壱型(サークル・ワン)の陣形を婢妖に取り付いたBETAが組む。

『さて……逃さぬぞBETAども』

『少しの間だが』

『今しばし我らと遊んでいけ』

 後数分後には自分の命が尽きることが決定しているにも関わらず婢妖はどこか楽しげですらある口調だ。

『HQより婢妖戦術機――』

 作戦旗艦の最上からオペレータの声がヴァルキリー8の婢妖戦術機に届く。

『……なんだ?』

 目の前に迫り来る大多数のBETAに残った弾丸を全て使い果たすつもりで撃ちまくる婢妖は、その声に答える。

『全戦術機甲隊が退避するまでの数十秒間だけですが御方様と話せますが、いかが致しますか?』

 それは多分、小沢提督だけでなく他の人間からの心遣いなのだろう。

 一瞬婢妖は自分達は念話で白面と会話できるから別にいらないと答えようとした。
 だがそこで踏みとどまる。

『……ではよろしく頼もうか』

 オペレータの了解しましたという返事と共に、自分達の主である白面の顔がコックピットに映し出される。

『…………』

 白面は無言。

 ただ婢妖の言葉を待つ姿勢だ。

『……御方様。1つ、この婢妖……前の御伽の世界の事を思い出し申しました』

『ほう……何を思い出したか?』

 婢妖は少し間を起き自嘲気味た笑い声を上げる。

 それは本当に自分の事が情けなく……どうしようもないといった笑い方だ。

『この婢妖は……御方様の命令を達成した事が無いという事です』

 そう、婢妖が白面に命令されていた最大の任務は『獣の槍の破壊』であった。

 最後の使い手である蒼月潮の手に獣の槍が渡ってから何度も破壊を試みたが、その全ては失敗に終っている。

 いや蒼月潮に渡るその前……500年近くも獣の槍は担い手の元に渡らず金色の獣『とら』に突き刺さった状態で封印されていた。

 それほど時間、絶好のチャンスがあったのにも関わらず自分達は獣の槍を破壊する事は出来なかった。

『……くくく、あぁそうだ! そう言えばそうであったなぁ。そなたらは我にいつも『任務失敗』の報告ばかりしてきおったわ』

 白面も懐かしそうに笑う。

 こうして思い返してみると婢妖のダメッぷりが鮮明に蘇り逆に可笑しい。

『無能な部下で申し訳ありませぬ』

『ですがこれでようやくこの言葉がいえまする』

 婢妖はここで一拍置く。

 次の言葉に今までの想いを全て込めるために。

『御方様……任務完了致しました』

『うむ、大儀であった』









「――挟撃飽和攻撃成功! 面制圧完了しました!」

 作戦旗艦の最上のオペレータの報告が管制室に響く。

 艦隊からの砲撃による爆炎が遥上空まで土煙を巻き起こした佐渡島の様子を映し出す。

『……小沢提督』

『紅蓮大将ですか』

 モニター画面に映し出された紅蓮の表情は眉間に皴を寄せ、目にはまだ戦意の炎が灯されている。

『まだ……作戦の最終段階が残っておりますな?』

 そう面制圧完了後、残ったBETAを駆逐するというのが作戦の最終段階だ。

 これにて佐渡島の間引き作戦は終了する。

 もっともこの作戦をやるかどうかはこの時点の残存兵力がいくらあるかでその判断が変わる予定だったが。

『我らはまだ十分に余力が残しておりますぞ……早く命令をッ!』

『『『『…………………』』』』

 戦術機母艦に退避した戦術機は推進剤、及び弾薬を補充を完了させていたのだ。

 先程の婢妖の行動が人類の闘争心に火をつけたのだろう。

 紅蓮の言葉に自分らも同じだとばかりに沈黙を持って小沢の命令が下されるのを待つ。

 その心意気を理解したのだろう。

「オペレータ、今の損耗率はいくらだ?」

「はッ! ウィスキー全体の損耗率26%。エコー全体の20%。共に作戦継続に支障ありません」

「……予想ではこの段階で35~40%の見通しでしたが、だいぶ軽く済みましたわね」

 夕呼の言葉に小沢は大きく頷く。


「全機に告ぐッ!!」

「……もう良い」

 小沢が最終段階の命令を下そうとしたその時であった。

 白面が小沢の言葉を遮る。

「……え?」

「……もう良いと言った」

「何を……? 御方様……?」

 白面の発する雰囲気を察したのだろう。

 思わず小沢は言葉を飲み込む。

 体から汗が吹き出る。

 空気が重く、冷えていく……。

 その圧倒的なまでのプレッシャーは今までBETAを相手にしてきた小沢すら感じたことの無いものであった。

 沈黙が流れる管制室に白面の一言だけがはっきりと流れた。

「……後は……我がやる」







あとがき

 なんだか婢妖がカッコいい事になってしまいましたが、次はようやく御方様登場です。

 TEの篁唯依は特別出演という感じです。

 唯依だけでなく他の斯衛も出さなくても良かったんですが、このままだと帝国の影薄くなってしまいますし、自分好きなんです。武御雷。



[7407] 第拾九話 四分二十七秒
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/09/07 07:22
第拾九話 四分二十七秒





『夕呼先生! 一体どういうことですかッ!!』

 せっかくここからだという時に突如の作戦中止命令。

 佐渡島を撤退完了まで数時間。

 されどもその時間は人類についた闘争心の炎を消す事は出来なかった。

 どういうことも何も白面が中止命令を促してきた事は武達の耳にも当然入っているが、それでもやはり収まりがつかない。

 あの戦場で散った仲間、それに婢妖の事を考えると頭で理解していても心が納得しないのだ。

 最もだからと言って夕呼に当たるのはお門違いだが。

『……うるさいわねぇ』

 武の不知火に映し出される夕呼は面倒くさそうな表情だ。

『……すいません』

 思わず感情的になってしまった事を武は反省し、夕呼に謝罪する。

『……まぁ、気持ちは解らなくはないけどね』

『夕呼先生……陽狐さんの様子はどうでしたか?』

 恐る恐る武は夕呼に尋ねる。

 突然の作戦中断の指示、白面に一体どんな心境の変化があったというのか?

 その様子が気になる。

『そうね……ひとことで言うなら』

 顎に手を当て夕呼は一拍置く。

 物事を考える時に見せる彼女のクセだ。

『ぞっとする目をしていたわ』











「気に入らぬ……」

 作戦旗艦『最上』を出て海上に佇む白面はつぶやく。

 白面の頬を海上に流れる潮風が撫でる。

 先ほどの初めて見たBETAと人間の戦い。

 その光景を見て今まで感じたことのない、自分でも持て余した感情が白面の中を渦巻いていた。

「気に入らぬ……」

 また同じ言葉を呟く。

 人類が決死の思いで戦っていた佐渡島、そしてBETAの侵略を象徴した構造物モニュメントが白面の目に映る。

 白面の脳裏に数時間前までの佐渡島で起きた出来事が思い浮かべられる。

 半ば特攻じみた戦い。

 傷つき倒れた仲間を振り返る事もできない戦場の有様。

 あの戦いぶり……彼らがどれだけBETAから祖国を取り戻そうとしていたのか、その気持ちは痛いほど読み取れる事ができた。

 だが……。

















『話にならない』




 それが白面が初めて見たBETAと人類との戦争の感想だった。

 今回の甲21号作戦は上々の結果と誰もが評していた。

 被害が出たとはいえ、間引き作戦ではもっと甚大な被害が出てしかるべきだからだ。

 帝国連合艦隊の艦長も国連軍の働きを評価していた。

 あの誰より辛口な評価をする香月夕呼ですら帝国軍に対し良くやっていると賛辞を送っていた。

 オペレータの損耗率を聞いた時、誰もが予定より順調だと心の底から思っていたのだろう。

 ……白面以外。

 そう、あれはあくまでも人類の、この地獄と呼べる世界を生き抜いている人類の評価なのだ。

 どんなに厳しく評価を下そうとも人類側に偏った採点を下すのは当然と言える。

 いや、もはや絶望的な状況が『当たり前』となっていたため感覚がずれていると言ってもいい。

 最後の報告の時オペレータのこう言っていた『ウィスキー全体の損耗率26%。エコー全体の20%。共に作戦継続に支障ありません』……と。

 この損耗率、はっきり言って本来ならとっくに撤退を考えて然るべき数値なのだ。

 当初予想されていた35~40%など最早論外である。

 仮に先の作戦で損耗率が40%に達していたとしてもオペレータはこう言うだろう『作戦継続に支障ありません』と。

 そして小沢提督も香月夕呼もそれくらいだったら作戦を中止しなかっただろう。

 ……そう、これが人類とBETAの戦いにおけるこの世界の現実なのであった。

 だが……白面は違う。

 白面はこの世界の人間ではない。

 いや、人間ですらない。

 完璧に第3者の立場から先程の戦いを見ていたと唯一の存在と言って良い。

 その視点から見た結論が『話にならない』である。

 白面からすれば先程の戦いには人類にまるで勝利の要素が見つからなかった。

 間引き作戦だったため攻略作戦に比べると兵力が少ないのは当然だが、そこから逆算しても結果は同じ事だ。

 空中にばら撒かれたALMによる重金属雲。

 レーザーを無力化させてからの戦艦によるミサイルの間接飽和砲撃。

 戦術機が繰り出す数々の近代兵器の弾幕の嵐。

 確かに一時的には地上の主導権を握ることはできるだろう。

 武の開発したXM3もより多くの衛士の命を救うのは確かだろう。

 ……だがそれだけだ。

 ハイヴの攻略と言うには決定力が足りない。

 例え日本帝国の総戦力と佐渡島のBETAの総戦力を今と同じ方法でぶつけてみても人類に勝機は100%ない。

 心の奥底では人類にもそれが分かっているのであろう。

 今のままでは勝ち目がないと。

 いや、もしかしたらその現実から目を背けているだけなのかも知れない。

 ……だがそれでも人類は戦う。

 何度BETAに敗北しようが、何度叩き潰されようが何度でも立ち上がって……。

「……何故……何故…………貴様らは戦い続けるのだ?」

 自然と白面の口からその様な言葉が漏れていた。

 フワリと日本海に立つ白面のその足先から波紋が静かに広がっている。

 それはまるで体重を感じさせない一枚の羽毛のようだ

 白面は目蓋を閉じる。

 絶望的な戦力差にも関わらず戦い続ける人類の姿を見て、白面はある光景を思い出していた。











『くだらぬ! 弱し!! 弱くてくだらぬ!』

 思い起こすのはあの槍の少年と金色の獣との一騎打ち。

 自身の7本目と8本目の尾の能力、雷と嵐、槍の尾。

 その力を持って彼らを蹴散らした時の記憶だ。

『お前達は我に勝てると思うているのか? 思うてはいぬであろう? 弱いからな!』

 己の力にまるで歯の立たない人間と獣、その脆弱さにかつての自分はあざけりの言葉をはいた。

 そう、まるでこの世界のBETAと人類のような力の差だ。

 彼らに勝利など端から存在しない。

 ……なのに何故彼らは戦おうと言うのか?

 正義のため、平和のためだと言うのか?

 地に伏す己の宿敵に白面は続けて言葉を吐く。

『ならば既にお前達の戦いは正義などと言う大儀のもとの戦いではない。 自己満足だ!! 弱い自分を認めたくないという自意識が生んだ、哀れな自己陶酔者。それがお前達の姿だ!』

 自分の頬まで裂けた嘲り笑みが何と心地良い事か。

 かつての自分ならこの世界の人類にも同じ台詞を吐いただろう。

『槍の使い手よ、おまえはわかっていたのだろう。どんなに口で人間を救いたいといっても……絶望の闇夜に向かうしかないことがあるということを!!』

 そう、それはこの世界の人類もわかっていることだ。

 この地獄の世界に生きる自分達には最早闇夜の世界しか許されていない事を。

『夜だ! お前達に!! この世界に! 我が夜をもたらしてやるのだ!』

 血塗れで倒れる2人に白面は自身の破壊衝動をぶつけ笑う。

 それが闇に生まれた自分の成すべき事。

 自分以外の陽の存在全てに対する復讐なのだ。

 だが……。

「どんなに誰かが……がんばっても……すくえねえやつがいる」

 白面の言葉に対して獣の槍の少年は立ち上がる。

 全身血だらけ、最早満身創痍の状態だ。

 獣の槍の少年、蒼月潮の言う事はそのとおりだ。

 戦いに限らず人間社会において救えない、助けられない人間と言うのは必ず存在する。

「…………だからって……あきらめ……られるか……」

 その足掻く姿。

 あの時の白面からすれば何と愚かな事かと一笑に付す哀れな姿だ。

「自己満足か……。 よくわかんねぇや……。 でも……もしもよ……もし、オレが願えば……誰かが助かるなら……」

 獣の槍を支えにして少年は震える体に力を込める。

 震える足からその体力は既に限界に来ている事が見て取れる。

「もしもオレが泣けば……誰かの涙を全部泣いちまえるなら……オレは願うさ。何度だって泣いてやる」

 ……その表情、彼の目には絶望などなく、ただひたすら生き抜く生命の光が灯っている。

「そして立つ――! 立って戦う」

 両足に力を込め立ち上がる蒼月潮は、その世界に生きる物すべての覚悟を一身に引き受けたかのような強さが見て取れる。

『負けとわかって、まだ戦うか……』

 馬鹿馬鹿しいと白面は思う。

 瞬時にして粉砕される。それがこいつらの運命だと言うのに。

 こういうのを無駄な足掻きと言うのだ。

「勝つさ!」

 だが蒼月潮は白面の言葉を打ち消す。

「おまえの夜は……もうやって来やしねえ……オレにはわかるんだ。 おまえと戦っているのは……オレ達だけじゃないから……」

 震える手を天にかざした少年の後ろには夜の闇を打ち消すがごとき朝日が浮かんで見える。



「――オレ達は今!! 太陽と共に戦っている!!」

 光を背負いし立つ獣の槍の少年『蒼月潮』とその相棒『とら』。

 そのまぶしい姿……あの時の自分にどのように映ったのか……?









「気に入らぬ……」

 目蓋を開き口から出るその言葉。

 すでに何度目か分からない。

 今回の佐渡島ハイヴ間引作戦、初め人類が自分に戦わせないで先陣を切ったのが不快だった。

 自分をまだ信用していないのか?

 それともこの作戦に『人間も協力した』という名誉でも欲しいのか?

 そんな下らない、愚かな損得勘定などやっているからこの世界の人類はBETAなどに遅れをとるのだ。

 そう思っていた。

 ……だが…………違った……。

 たしかに上層部の人間にはそう言った思惑があっただろう。

 しかし最前線で戦う人間達、戦場で倒れた人間達はそんな『ちっぽけな理由』で戦ってなどいなかった。

 彼らの姿に浮かぶはかつての宿敵の姿――。

 圧倒的な戦力差にもかかわらず、未だに戦う事を止めることのないこの世界の人間達はかつての宿敵と同じ姿をしていた。

 秋風の吹く佐渡島沖の日本海。

 先程の戦いの名残か硝煙と火薬の臭いが潮風に混じるこの大海原で白面は1人たたずむ。

 見つめるおよそ70km先にはBETAの地表構造物。そこに群がるBETAの姿。

 千里眼を持つ白面の肉眼には奴ら1匹1匹の姿がはっきり捉えられていた。

 奴らの表情からは何も読み取れない。

 だが、先程まで死闘を繰り広げていた人間に対して敵とすら認識していないその無機質な表情が逆にあざ笑っているように見える。

 ――不愉快ッ!!

 白面はギリッと奥歯を噛み締める。

 眼下に映るBETA共の姿……それはかつての自分の姿に重なった。

 別に白面は昔の自分のやった行いに対して罪の意識や、それによる良心の呵責を感じている訳ではない。

 もとよりそこまでのセンチメンタルな心は持ち合わせていない。

 ……ならばこの戦場で散っていった人間達を見て心を痛めたと言うのか?

 それもわからない。

 自分でも持て余した初めての感情……。

 それが何なのか、またその原因が何なのかも白面にはわからない。

 だが……1つだけ解った事がある。

 それは『目の前のBETAの存在が気に入らない』という事だ。

 銀色の瞳をスゥッと白面は細める。

 その目……かつての自分が人間に向けていた殺意の視線を今度はBETAに向ける。

 人型だった白面の姿が輝き、金と銀に輝く巨大な獣の姿に変貌をとげる。

『BETA共よ……。悪いがすぐに終わらせてもらうぞ。我はいま不快なのでな……』





 これからの四分二十七秒は、またたく間に起きた事件だ。

 白面のBETAへの殺意が一気に膨れ上がりそして『零』になるまでの四分二十七秒。












「で、でけぇ…………ッ!!」

 初めて見る白面の真の姿に武だけでなく甲21号作戦に参加していた人類全てが息を飲む。

 模擬戦闘の時、要塞級のサイズに合わせた白面は見た事のある武だったが本当の大きさは予想のはるか上を行っていた。

 全高600m、全幅2000m……いやこれは頭から体までの長さだ。尻尾の長さを入れると白面の全幅は更に大幅修正する必要がある。

 幅が100m、長さ4000mにもなろうかと言う白銀に輝く尾が9本、その1本1本が不気味に日本海の上空に揺らめく。

 恐らく高度10000mを超える高さにいるのだろうが、その余りの巨体のためまるで上空から圧迫されるようなプレッシャーを感じる。

『――ッ!! 敵レーザー照射多数!! 照射源31ッ!!』

 オペレータからの通信よりも早くBETAの光線が白面に照射される。

 当然だ。あれほどの巨体、光線級でなくとも見逃すはずもない。

 圧倒的なまでの大きさが逆にいい的になる。

 何十本もの光の槍が1点に集中する。

 白面の巨体からすればそれはか細い光の線に過ぎない。

 ……だが細さなど関係ないのだ。

 どれだけ巨大な生き物だろうと体を貫通させられればそれは致命傷に違いない。

『――最高出力まであと4秒ッ!!』

 オペレータからの緊張で心臓が張り裂けそうな悲痛な叫びが武のコックピット内に響く。

『―――陽狐さんッ!!』

 思わず武は声を上げる。

 身を乗り出そうと不知火の操縦桿を握りしめた。

『―――――――――!!!!?』

 レーザー照射によるプラズマ爆風。

 その爆炎から姿を現す白面の体には……傷ひとつ付いていないッ!

『…………つ……強えェ…………!!』

『――レーザー再照射ッ!! ――照射源26ッ!!』

 力が抜けた状態で武は操縦席に座り込む。

 結果はまた同じ、無傷の白面の姿だ。

『――す……凄ぇッ……!!』

 この光景を見た時、武はかつての前の世界、00ユニットの純夏が操っていたXG70-b 凄乃皇・弐型の姿を思い出す。

 あのレーザーの曲がった瞬間の光景は今でも武の脳裏に焼きついている。

 だが……違う……!!

 レーザーを無力化しているという意味では同じだが全く違うッ!!

 凄乃皇・弐型は備えられたムアコック・レヒテ機関を用いてその周辺に『ラザフォード場』を形成。

 その重力場と呼ばれるシールドのような物でBETAのレーザーを無力化していた。

 ……だが白面のアレは……はっきり言って何もやっていないッ!!

 小難しい理屈など一切ない。

 単に効いてないだけなのだ。

 人類の……いやBETAから見ても異常と言えるまでの防御力の高さ。

 ただそれだけで人類が今まで煮え湯を飲まされたレーザーを無力化している事実ッ!!

『……うッ!!』

 腹の奥底から来るこの震えは何だろうか?

 武だけでない。

 この光景を見た人類は、ある者は口を開き、ある者は呆然と笑みを浮かべる。

 上げたくなる歓声をゴクリと飲み込み武達は白面とBETAの一騎打ちを食い入るように見つめる。

 なおもレーザー照射をその身に受けながら白面はゆっくりと口を開く。

『くだらぬ……。かやうな薄日のごとき光で照らし何を討つつもりだったのだ? 我を討とうとでも思うたのか?』

 その静かな口調、されどそこからははっきりと不快の色を感じ取る事ができる。

『出でよ……くらぎ……』

 その一言から白面の尾が突如変形する。

『我は白面の御方の分身“くらぎ”……』

 ビキッ! パキッ! と堅い何かが擦れ合うような音。

『地の底を這いずり回る腐れた存在が……白面の御方に抵抗する愚かさを知れい!!』

 白面の毛で覆われていた尾がどんどん硬質化して行き生き物の形を成していく。

 それはまるで昆虫のような甲殻を持つ化物の姿だった。

 白面は召喚した『くらぎ』に自分に当たっていたBETAのレーザーを代わりに受けさせる。

『くらぎ』……かつて白面がいた世界にも姿を現した事のある白面の分身だ。

 その世界における光覇明宗と呼ばれる化物退治において最高レベルの総本山を襲撃し、壊滅状態までに追い込んだ存在でもある。

 だが、真に恐ろしいのはその巨体から繰り出される攻撃なのではない。

 その力……『体外から受けた力をそのまま反射する能力』にあるッ!!

『……跳ね返せ』

『御意ッ!!』

 白面のひとことにより、くらぎは受けていたBETAのレーザーの向きを180度変える。

『ははははッ! 斯様な薄汚い粗品は御方様には必要ない。己らでたんと味わうが良い!』

 佐渡島に降り注ぐ光の雨。

 その光景は人類にどのように映ったのか?

「……な、何よアレ…………」

 天才物理学者と呼ばれた香月夕呼ですら目の前で起きた現実に、ただ唖然とするしかなった。

『……下がれ。くらぎ』

『――はッ!!』

 白面は自分の分身のくらぎを後ろに下がらせる。

 そう、この程度ではBETAをどうする事もできない。

 それは先程の戦いで婢妖が証明している。

 数十本のレーザー光線ではBETAを駆逐することは出来ないのだ。

『……少し貴様らに面白きものを見せてやる』

 白面は笑みを浮かべてもう1本別の尾を振りかざす。

 今受けたBETAのレーザー照射、これは人類の航空兵器に対してBETAが作り出した新たに生み出した力だ。

 人類が有利に進めていた戦況を一瞬で覆してしまった力。

 相手の脅威に対して新たな能力を生み出していくBETAの特性。

 これもBETAの恐ろしい所と言える。

 ……なるほど確かにその通りだろう。

 だがここで前の御伽の世界による『白面の者』の行動を振り返ってみる。

 白面が滅んだ時より2300年も前では白面は『酸の尾』と『鉄の尾』を使用していた。

 だが最終決戦の時にはそのような物は使わずより強力な尾を生み出している。
 
 蒼月潮の振るう獣の槍とその相棒とら、2人の実力を内心認めていた白面はそれ似せた『槍の尾』と『嵐と雷の尾』を生み出している。

 さらには婢妖の場合でも蒼月潮を孤立させるため、相手の特定の記憶を消し去る能力を持つ新型を生み出している。

 霧妖怪シュムナにおいても本来『火』が弱点だったが最終決戦においては、焼けた岩石を難なく溶解させているようにその弱点を克服させていた。

 そう…… BETAと同様、相手の脅威に対して自身の能力を改良する能力は白面も持っているのである!

 白面は狡猾で、ありとあらゆる手段で敵を追いつめる頭脳を持っている……。

 半年間横浜ハイヴに身を潜めていた白面が、BETAに対して何の対策も立てずにただ情報集めだけをしていたということがありうるだろうか?

『『『『『―――――ッ!!!!??』』』』

 1本2本と佐渡島に新たな光線が降り注いでいく。

 そのレーザー照射を行っている存在は婢妖とはまた違った無数の獣の姿。

 全長3m近い黒い獣……『黒炎』と呼ばれる白面の眷属だ。

 その威力! 精度! BETAの繰り出す小型の光線級のそれと何ら変わらない!

 当然だ。白面がBETAを研究している際にその能力を黒炎に与えたのだから。

 自分自身の能力を変えられる白面にとって、元々独自のレーザー照射に似た能力『穿』を持っていた黒炎に、BETAの能力を応用して分け与える事など白面からすれば造作もない。

『……こ、光線級』

『……やっぱり居たんだ』

 自分の視界に映るその存在に呆然と呟くのは水月と孝之だ。

 何となく予想していたのだ。

 あの『死の8分』を超えるための特別演習。

 他のBETAに合わせた存在を出してきたのに対して、唯一『光線級』の存在を白面は出してこなかった。

 だから何となくだが伊隅ヴァルキリーズの面々は思っていたのだ。『もしかしたら居るんじゃないかな~?』……と。

『……っておい!! ちょっと待て! 一体どれくらいまで増え続ける気だ!?』

 隣りにいた慎二も大声を上げる。

『『『けけけぇッ!! 殺せぇッ!! 殺せぇ!!』』』

 地上からBETA、空中から黒炎がそれぞれレーザーを打ち合う。

 互いに遮蔽物も何もなく避けようともしない。

 だがその均衡はすぐに破れた。

 黒炎側の勝利によって……。

 光線級はエネルギー消費が激しい。

 そのため物量が自慢のBETAの中でも量産に向かないのだ。

 だが黒炎は違う。

 白面の存在がある限り無限に近いほど次々と生み出されてくるのだ!

『御方様の光線級の総数……推定……100万……!?』

 CPである涼宮遙の声が震えているのが解る。

 当然だ。はっきり言って反則である。

 佐渡島沖上空に浮かぶ黒炎の軍団が雷雲のように覆いつくしそこから繰り出されるレーザー照射が次々とBETAを駆逐していく。

 先の婢妖が見せたように確かにBETAに対してBETAの光線は余り有効ではなかった。

 だがそれは数が少なかったからである。

 これほどの数になると最早その理屈は通らない。

 数は力なのである。

『『『カカカァッ!! 地中に居るからって安心するなよッ!!』』』

 既に佐渡島の地表に居るBETAの姿は見られない。

 だが今度はレーザーを照射していた黒炎とは別の形をした黒炎が前に出る。

 その額から稲光がほど走り、何十万と言う稲妻が佐渡島のいたるところに空けられた『門』と呼ばれるBETAの出口に叩き込まれる。

『……ひ、ひでぇ…………』

 無数にのたうつの雷の蛇が覆いつくす佐渡島の光景に何となく武は呟く。

 いや別にBETAに同情する気はさらさらないが、その圧倒的な力の前に武も最早笑うしかないと言った感じなのである。

『……貴様らには何もさせぬ、何をもなぁ。 ただそこで駆逐されるだけの役目を果たしているがいい』

 そう言い放つ白面の口もとに全てを焼き尽くす焔が灯る……。

『……消え失せよ!!』

『『『『――――うッ!!!』』』』

 一瞬白面の周辺から生み出された光に武達は目を覆う。

 そして人類は見る。

 佐渡島ハイヴに突き進むその正体を……。

 それは……火……? そう、確かに人間の言葉で言う『火』であった。

 だがアレを火と言っていいのだろうか?

 巨大な螺旋を描きながら突き進むその火は余りに巨大、余りに暴力的……。

 放たれた業火はそのまま一直線に佐渡島ハイヴの地表構造物を吹き飛ばしていた……。

 一瞬の静寂

『『『『『――オォオオオオォォッッ!!!』』』』』

 湧き上るのは人類の歓声ッ!!

 今までBETAに虐げられてきた数十年にも及ぶ鬱憤が一気に吐き出されたのだろう。

 泣きじゃくる者。

 ひたすら叫び続ける者。

 それぞれが、それぞれの思いを胸に秘め唯ひたすら天へと叫ぶ。

「………………ハ……ハイヴ……が……砕けた……」

 信濃艦長の安倍が火山噴火のようなどす黒い巨大な煙を吐き出し続ける佐渡島を見て涙する。

 脳裏に浮かぶかつてこの地でBETAに侵略された際の戦い。

 そこで散っていった仲間達。

 ようやく彼らも報われた。

 そんな気がしたのだ。

「…………す、すごい」

 作戦旗艦の最上に居た夕呼も唯その一言しか出てこない。

「ッ!! 香月副司令!!」

「――――ッ!!」

 突然叫んだピアティフ中尉の言葉に夕呼が我にかえる。

「何ッ? どうしたの?」

「あ、あれ……見てください」

 ピアティフ中尉の指差す映像。

 モニュメントがあった場所から吐き出される煙を払う姿、白面の者が主坑の真上に待機していた。

「な、なんで……?」

 確かに自分は一瞬モニュメントの方に気を取られて白面の姿を見ていなかった。

 いや多分自分だけでなく他の者達もそうだろう。

 その一瞬の間にどうして? ハイヴから70km近く離れていた位置にいた白面が存在するのか?

 ここでまた白面の存在を振り返ってみる。

 この世界においてBETAが北九州を初めとする日本海沿岸に上陸し、わずか1週間で九州・中国・四国地方に侵攻するという出来事が起きた事がある。

 これは偶然だが白面も似たような行動を起こしたことがあるのである。

 沖縄トラフから復活を遂げた白面が、そのまま九州から各主要都市を破壊しながら侵攻。

 自衛隊は当初の予想を上回る白面の進行速度と機動力に抗しきれず次々と敗れ、日本に住む化物も終始白面の者に敵し得なかった。

 ちなみに宮城県北部あたりまでの侵攻した際の所要時間はおよそ4時間

 そしてその飛行距離はおよそ3300km

 破壊した都市の数は21箇所

 1つの都市の破壊時間が平均『死の8分』だとしても移動時間は72分……。

 実際に行った破壊時間がどれくらいかは解らないので一概には言えないのだが、あの最終決戦の時の白面は速度はマッハ2を超える。

 そして地球上のBETAの戦闘力を吸収したこの世界の白面は……。

 あの時より更に数段……速い!!

「……ッ!!」

 夕呼は気付く。

 白面が通ったであろう海上が割れている事から、ただ凄まじい速度で移動したのだという事に!

 衝撃波を撒き散らしながら70kmという距離を一瞬で詰め、丸見えになった佐渡島ハイヴの主抗の上空で白面はただジッとその巨大な穴を見続ける。

 その口元に灯るは第二発目の業火!!

 これが機械ならあれだけ破壊エネルギーを打ち出した後にはかなりのインターバルが必要だろう。

 だが白面にとっては人が深呼吸するのと同じ程度の時間があれば十分である!!

 白面は自身の主砲を真下の主坑、及び反応炉に狙いを定める。

『――ッ!!』

 白面に集る天を貫く無数の光の槍。

 それは主坑に張り付いた無数の光線級が上空に放ったレーザー照射だ。

 本来とてつもない威力の筈なのだが、白面はその照射を浴び続け口元に笑みを浮かべる。

『しょうことも……なし』

 BETAの無駄な足掻きを意に介さないままゆっくりと空気を胸いっぱいに吸い込む。

 先程モニュメントを吹き飛ばした白面の……。

 BETAにとって情け容赦ない破壊の一撃が……。

 ハイヴの主抗に直接……。

 叩き込まれたッ!!
 





 
 これは――、四分二十七秒の間に起きた事件。

 四分二十七秒で決着した戦い。

 この星に存在する全てのBETAは……。

 四分二十七秒で滅亡を宣告された――。












あとがき

 やっとここまで書けた~!!

 タイトルからピンと来た人も居るかも知れませんが、今回の話はうしとら31巻のあるシーンにあやかりました。

 ……最もその内容はまるで逆ですがw


 白面の速度については、うしとら32巻の12ページを参考にしました。

 暇を持て余した作者がネットで検索した距離から割り出した計算ですので結構適当かもです。
 
 あとついでにもう一個。

 うしとら32巻の84ページ。

 ハマー機関に映し出された白面の位置が北海道。

 そこから約30分で淡路島上空まで移動してます。

 最短の直線距離で約1200kmあるからやっぱりマッハ2~3くらいが妥当かな?


 あっ! 今回白面が移動した際の衝撃波とかで戦術機母艦が10隻くらい沈んだと思いますが、スルーしてください。



[7407] 第弐拾話 人類のオルタネイティヴ(二者択一)
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/10/03 21:45
第弐拾話 人類のオルタネイティヴ(二者択一)





 『甲21号作戦』が終了して数日が経った。

 白面の佐渡島ハイヴを吹き飛ばしたという情報は全世界に報道された。

 その情報にある者は畏怖し、ある者は何故もっと早くと悲しんだ。

 だがそれは全体の割合からすれば極々一部の人間である。

 大多数の人間は憎きBETAを圧倒的な力をもって屠る白面の姿に希望を見出し、ある者は泣き、ある者は歓喜し、ある者は湧き上がる衝動に身を任せはしゃぎまくった。

 確かにこの世界の人類はそう簡単に他人を信じようとせず、常に疑心暗鬼で人類同士の間ですら本当の意味で一致団結しているとは言えない。

 まして人間でない白面をこの世界の人類が信用するわけがない……と考えられるかもしれないがそう言うわけでもなった。

 確かに100%信じてるか? と聞かれれば答えは『No』だろう。

 だがそんな事ははっきり言って些細な事に過ぎないのだ。

 『人類滅亡』という四文字で表される近い将来予想されていた未来に比べれば、確信に近い形で『勝てる!』という希望を与えた白面は佐渡島ハイヴだけでなく人々の絶望までも吹き飛ばしてしまったのだ。

 世界は賑わっていた。

 30年以上味わった事のない勝利の味は今尚人々の酔いを醒ますことはない。

 ……そんな世界の雰囲気とうって変わって真逆の雰囲気に彩られた場所が、日本の東部に存在していた。

 国連太平洋方面の第10軍、仙台基地にある第1会議室である。

 電気が消された薄暗い部屋の中、モニター画面だけが唯一の光源として存在していた。

 そこに映し出される重苦しい表情の人間達は全て各国の首脳陣、上層部の人間である。

 佐渡島のハイヴを吹き飛ばす白面の姿。

 主縦坑に直接叩き込まれる火炎。

 核にも耐え切れるハイヴの頑強さが逆に仇となったのだろう。

 縦坑、横坑、入り組んだ迷路のような通路を炎が全て多いつくし、地表に設けられたBETAの出口『門』から炎の龍が顔を出す。

 まるで火山噴火のような何十匹もの火龍がBETAを飲み込みながら天に昇り空を焦がし、日本海を沸騰させる。

 やがてハイヴ自身もその熱量についに耐え切れなくなったのか、佐渡島の大地が割れ、地面が陥没する。

 そこで一時停止されるモニターの画面。

「……以上、甲21号作戦は4分27秒で終了いたしました」

「「「「「「………………」」」」」」

 淡々と説明する司会進行役に皆押し黙る。

 そこに出席した首脳陣は何も言わない。

 ……いや何も言えない。

 ただ黙って口を結ぶ。

 甲21号作戦は極東での出来事とはいえ、白面の実力を人類の目で直接確かめるという重要な意味合いが含まれていたのだ。

 各国のトップの人間も日本に来て次の議題に備えていたのである。

 だがその予定は大きく狂うことになる。

 今、白面はこの会議に出席していない。

 人類側が急遽予定を変更したのだ。

 甲21号作戦の後『どう白面と協力してBETAを倒していくのか?』そんな議題が予定されていたはずだが今は『人類の取るべき行動は?』に変わっていた。

 白面の予想を裏切った結果により……。

 予想以上にダメだったと言う意味ではない。

 予想以上に凄すぎたのだ。

 『ハイヴ攻略おいて最も理想な方法』とは主縦坑から直接反応炉を叩く事だ。

 これは人類側も昔から考えていた。

 だが結果は惨憺たるもの。主縦坑に突入すらできず『孔』に辿り着く事すら出来なかったことが殆どである。

 例え突入に到っても光線級のレーザー照射を受け全滅していた。

 ……だが、白面は違った。

 一撃目でモニュメントを吹き飛ばし、むき出しになった主縦坑の真上に移動。

 その身に受けるレーザー照射を無視して主縦坑に己の火力を注ぎ反応炉を破壊する。

 あまりに単純……。

 あまりに豪快……。

 人類が幾年もかけて成しえなかった事を白面は平然とあっさりとやってのけたのだ。

 ……はっきり言って人類は白面の実力を見くびっていた。

 ハイヴを1体で落すといえばXG-70などの兵器も理論上ではあるが完成させていたのだ。

 せいぜいそれよりか少し上くらいの実力を想定していたのだが、良い意味でも悪い意味でも自分達の見積もりが甘かった事を認識させられた。

 たった1体でBETAのハイヴを落す……なんてものじゃない。

 以前言っていた『BETAが思いのほか脆かった』その言葉がそのままの意味であったと、理解するのに目の前の映像は十分余りあるものだった。



「…………くッ!!」

 誰かが声を漏らす。

 膝の上で握った拳が震える。

 日本以外の出席者達は唇を噛み締める。

 あれほどの力を持つ存在が今日本にいるッ!

 それがどれだけその国の莫大なアドバンテージになるのか? 考えるまでもない。

 完全に出遅れてしまったのだ。

 ――何故ッ!?

 自分達の失態に各国の要人達は先日までの自分を殴り飛ばしたくなる。

 先程から「何故? 何故?」と、そんな後悔の念が頭の中を渦巻く。

 今まで白面に対して何のアクションを取らなかったという痛恨のミス!

 いやそれだけでない。

 昨日のニュースにしてもそうだ。

 何故自分達はあの佐渡島のニュースが世界に流れる事を傍観していたのか!?

 そう、確かにBETAをこの星から駆逐できる事は人類にとってこの上ない朗報だ。

 それは間違いない。

 だが、こんな情報をこの世界の人類は馬鹿正直に世界に報道する事など本来ありえないのだ。

 理由は単純。

 あまりにも白面に支持が集まり過ぎるからである。

 この世界を救うのはあくまで自分達の役目。

 そのためには民衆の支持と言うのは重要な要素だ。

 実際に白面と今の自分達の支持率は逆転してしまったと言っていい。

 そうなる事を予測できないとは何と愚かな事か!?

 普段の自分達なら絶対にありえないミスに眉間に皴を寄せ、歯を食いしばる。

 各報道機関が昨日のニュースを流そうとするのはわかる。

 日本帝国は、まぁ自国の事だ。

 さすがに隠し切れないだろう。

 だが自分達なら報道規制を行うことで簡単に流出する情報を調整できたはずだ。

 ……にも関わらず全てありのままの情報が流れてしまった。

 報道機関が黙って政府に黙って流したのか?

 そんな事はない。

 彼らは正規の手続きを踏んでちゃんと報道の申請をしてきた。

 承認したのは他の誰でもない。

 ……自分達なのだ。

「……ッ!!」

 苛立ち紛れに自分の額に拳を突き立てる。

 米国を始めとする各国の首脳陣たちはここに来て大騒ぎだが、彼らを無能と呼ぶには少々酷だろう。

 自分の失敗の原因を探るべく過去の記憶を掘り返す。


 ――いつから自分達は白面を放置していたッ!?


 そう、彼らは初めの内は決して白面の存在を放っておいたわけではない。

 自国に引き込もうとする努力くらいはしていた。

 それでもこうまで何もできなかったのは、いつの間にやら彼らが白面と交渉する事を忘れていたからに他ならない。

 これは彼らが別にボケたわけでも、白面を引き込む事を諦めていたわけでもない。

 文字通り白面と交渉するとい行為を『記憶から消されて』いたのである。

 初めは確かに白面もいくらか話し合いには応じてくれていた。

 だが今まで幾多の現場を潜り抜けてきた交渉術を持ち合わせていた外交官ですら、白面を引き込むことは出来なかった。

 何せまるで価値観が違う。

 地位や名誉を保障しようとそれは人間から仮初に与えられた紛い物に過ぎない。

 そんなものは白面からすれば何の価値も無いのだ。

 そして一向に頷かない白面に対する諸外国の人間達は内心かなり苛立っていた。

 普通の人から見ればエリートである彼らのポーカーフェイスは見破れないだろうが、白面から見れば丸分かりである。

 このまま行けば次第に強行的な姿勢を取ってくる可能性も十分に考えられるだろう。

 人類トップレベルの頭脳を持つ彼らがこんな愚策をとるわけはないが、例えば白面と親しい人間を人質にとると言うやり方をしてくる者もいるかもしれない。

 少々調べれば霞や冥夜、武に夕呼などが白面と親しいと言う事はすぐに分かる事である。

 いや実際に人質作戦ではないにしろ強攻策をとろうとする人間はいたのだ。

 ……だが白面がその可能性を見逃すはずがなかった。

 何しろ自分がいない今までの状態でも、この世界の人類同士は仲が良い訳ではない。

 並行世界では日本でもクーデターが起きたくらいだ。

 白面からすれば余計なお世話だが、白面の所有権は自分達こそ相応しいなどと言い人間同士で争う可能性もある。

 目の前にBETAの危機があるのにも関わらず……。

 最悪の場合、自分に矛先が向いてくる可能性だってある。

 そんな事ははっきり言って無駄以外の何物でもない。

 だから白面はその対策を取ったのだ。まずBETAを第一に片付けるために。

 白面の放つ婢妖には特殊な能力を持つものが存在する。

 それが『特定の記憶を食べる』と言う能力である。

 婢妖だけが感じ取れる匂いで判別し、取り付いた人間の頭からその危険な思考となる記憶を消していく。

 例えば最高指揮官の人間がそういった命令を下そうとする。

 だが部下を呼び出す頃にはその任務の内容を覚えていないといった具合だ。

 そうこうしている内に何となく白面を傍観しながら。いつの間にやら月日が流れ本日に至ってしまったのだ。

 ちなみにこの『新型婢妖』が取り付いたのは、この世界の人類の上層部だけだったという事は何とも皮肉な話だ。

 そして気がついた時には最早手遅れ。

 ――何故なら。

「……しかしこうなるとBETA共に白面の御方様の存在を知られる前に、一刻も早くオリジナルハイヴを叩いておく必要がありますな」

 会議に出席していた1人が述べる。

 ギリッと諸外国の中で一部の人間から歯を食いしばる音が聞こえる。

 そう、以前白面はBETAの指揮系統の情報を人類に与えていた。

 BETAの指揮系統はオリジナルハイヴをトップとした『箒型』であると。

 つまり頭である『あ号標的』さえ叩いておけば、BETAの対処能力は失われ自分達の新兵器や戦術に対する対策もたてられる心配がなくなるのだ。

 当然こういった話の流れになる。

 だがオリジナルハイヴを白面に撃破されたら、この世界における民衆からの支持率は完全に覆る。

 そうなると平和を取り戻した後、自分達が主権を取る事が難しくなる。

 だからと言って白面と敵対関係になる事もできない。

 そんな事をしたら自分達が世界から爪弾きにされるだけで何のメリットもない。

 白面は危険な存在と嘘の報道をしようにも数ヶ月だが白面が大人しくしていたという実績がある。

 そもそも様子見をしようと判断したのは白面と人類、両者総意の上での事だ。

 しかも白面は『人類に合わせて出撃する』と言ってきた。

これまで白面の出撃を遅らせ無駄な犠牲を出したのはむしろ自分達の責任と言える。

 もう少し時間を稼ぎ、白面に取り入れる時間を作ってみるかと考えてみる。

 ……いや、無理だ。

 会議に出席した男達は頭を振りながらそう判断する。

 ここで自分達に白面と交渉する、交渉を成功させる時間は一切失われている事を自覚する。

 自分達がごねて時間を稼ごうとしても白面なら『そうか……』の一言で済ましてオリジナルハイヴを単体で攻め落とすだろう。

 そうなったら自分達は完全に置いてきぼりを食らう。

 交渉のチャンス……いや交渉という行為そのものが封じられ、気付いたらもう後の祭り。

 ……もっともこうなる事を見越して白面はBETAの指揮系統が『箒型』だという事を教えたのだが。

 全ては白面の計画通りだったと言う事を人類は知らない。

 いや白面を人間と同じと考えていたのが彼らのミスとも言える。

だが……!! まだ望みはある! 男達はまだ自分達の国の利益を諦めていない。

 確かに薄く細い道だが自分達にも食い込める余地はある。

 それに最悪の場合は世界から非難されようと白面を自分達の国に……。

 ここで男達はふと視線を上げる。

 自分達が何を考えていたのか思い出せない。

 何だか重要な決意をしようとしていた気がするが?

 ……そうそう白面と協力してBETAを駆逐せねば。

 男達はそんな事を考え再び意識を会議に集中させる。

 目の前では「一刻も早くオリジナルハイヴを攻略すべし!」という意見が大多数を占めているようだ。

 確かに白面の存在をBETAに知られるのはまずいだろう。

「……いえ、少々訂正させていただきますわ。恐らく白面の御方様の存在は既にBETAに伝わっているはずです」

「「「「「ッ!!!」」」」」

 割って入ったのは香月夕呼だ。

 その言葉に薄暗い会議室に居る者全てが息を飲む。

 モニターを映し出す投影機の機械音が静かだが妙にうるさく聞こえる。

「……確かにその可能性は高いでしょうな。BETAも御方様と一度横浜で合間見えております。さらには白面の御方様は単体でハイヴを攻略するほどの存在。そんな危険な存在ならいち早く全ハイヴでその存在を共有するでしょう」

 帝国斯衛軍大将の紅蓮醍三郎の言葉に夕呼も頷く。

「BETAは危険なものを優先する。これは人類とBETAの唯一と言っていい共通点です……」

 夕呼の言葉にまた会議室に沈黙が続く。

「そんな話をしているのではありません! 私が言いたいのは奴らが御方様の対策をたててくる前にオリジナルハイヴを破壊する必要があると言っているのです!」

 自分の言葉を訂正されたのが気に入らないのか、先程の男が少々興奮気味に声をあげる。

 勢いあまって叩いた机が大きな音を立てはね上がった。

「それは……、確かにそうですわね」

 男の言葉に夕呼は同意しながらも一抹の不安がよぎる。

 あの時、明星作戦の後……。

 初めて白面と仙台基地会談した時、確か白面は言ってなかっただろうか? 自分はBETAを調べていたと――。

 一体白面は何日間BETAを調べていたのだろうか?

 1週間? それとも1ヶ月? あるいは明星作戦のその時まで?

 その期間は白面がBETAを調べていた期間だが、逆に言うとBETAが白面を調べていた期間にあたらないだろうか?

 白面の存在がBETAに伝わっている事は先程の男が言った通り、確かにまだどうでも良い。

 問題なのは19日間白面がBETAに観察されていた場合だ。

 この場合何かしらの対策を……、最悪もしかしたら対白面用の新型のBETAが出てくるかもしれない。

 前回の佐渡島ハイヴで白面に対するそういった新種が見られなかったのは、白面のBETAの観察期間が19日より少なかったのか、それとも白面が引き篭もっていたため観察しようにも情報があまりにも少なかったのか、あるいは佐渡島で何かしらの対策を立てていたものの、まるで役に立たなかったのか……。

 それは夕呼にも分からないが、白面が再びBETAの前に姿を晒した今、一刻も早くオリジナルハイヴを叩いておく必要がある。

「なればこそ我々も全力で御方様の援護をする必要があるのではないですかな? ぜひ我が国の新兵器の使用許可をいただきたい」

 そう言って発言するのは米国の人間だ。

 髪を短く切り揃えた長身の男性で青眼な瞳は鋭く、どこか油断できない雰囲気を匂わせている。

 この男は白面との交渉の件についても強硬的な思考を持っていた男だ。

 自分達が出遅れた今、少しでも米国の実績を作ろうという魂胆なのだろう。

 一見欲深な感じがするが確かに男の言うことは正論だ。

 可能性がどんなに高かろうともBETA戦において油断などできない。

 勝率を100%、いや120%にするため、人類の火力を最大投入すると言う意見は分からないでもない。

 だが……。

「お言葉ですが、その新兵器とやらはどの程度環境に影響をもたらしますか?」

 夕呼があくまで物静かな口調で問いただす。

 どの程度とは随分皮肉った言い方である。

 武から聞いた並行世界を知る夕呼には予想がついていた。

 彼の言う『新兵器』とは間違いなくオルタネイティヴ5の主力兵器『G弾』の事だ。

 G弾による重力異常。

 これにより被爆地の周辺には半永久的に植物が一切育たない不毛な大地となる。

 それだけではない。

 天元山の噴火などに加え人体への未知なる影響。

 予想の範囲を超えた何かしらの影響も考えられるのだ。

 この世界で『G弾』はまだ使用されていないが、それでも作成の途中で研究班からどれだけ悪影響を与えるかの予想を立てられているはずである。

「香月博士の申すとおり、それが環境にどのような悪影響を及ぼすのか計り知れないのであれば私も賛同いたしかねます」

 夕呼の意見に賛成するのは征夷大将軍である悠陽だ。

 そんな彼女らに対し男もまだ譲ろうとはしない。

「……確かに我が軍の新兵器を使用すると多大なる影響を及ぼす事は理解しております。……だが今は! BETAをこの世から駆逐する事が最優先事項ではありませんか? 例え大地が荒れ果てようとも我が祖国の威信をかけて必ずや環境を元に戻して見せましょう! ……ですからどうか、我が軍の新兵器の許可を頂きたい!」

 男はそう言って頭を下げる。

 確かにG弾の影響は核兵器のそれを上回る。

 植生は失われ、半永久に不毛の地になるといわれている。

 先にも述べたとおり人類への未知なる影響も考えられる。

……だがそれはあくまで現時点の話だ。

 人間には知恵がある。

 今は無理でも将来、100年か1000年先か分からないが何かしらの方法を必ず見つけるだろう。

 現に『前の世界』で横浜ハイヴの上に基地を作った理由の1つとしてそういった理由がある。

 重力異常が与える人体への影響……。

 はっきり言って人体実験であり、人間的道徳観念から言えばけっして許される事ではない。

 だが統計的に見ると決して間違ってるとも言えないのである。

 これが米国の、オルタネイティヴ5推進派の言い分だ。

 確かに理もあり熱意もある。

 思わず頷きたくなるが夕呼はあくまで冷静に言葉を続ける。

「失礼ですが……。佐渡島のニュースを御覧になりましたか?」

「ッ!!」

 男の表情が変わる。

 自分の痛い所を突かれたからだ。

 佐渡島ハイヴを吹き飛ばした後、白面は夕呼にこう言ってきたのだ『佐渡島の調査を頼む』……と。

 そのひとことが何を意味するのか夕呼にはすぐに分かった。

「……にわかに信じられないかもしれませんが、御方様の火炎は佐渡島を覆い尽くす程に巨大で、尚且つ核兵器をも凌駕するほどの熱量でしたがあくまでただの『火』なのです。それ故に別にこれと言って私たちが危惧するような環境への悪影響は今のところ見つかっておりません」

 そう、火炎に関わらず白面の持つ攻撃手段は別に重金属や劣化ウランなどの有害物質を撒き散らすわけでも、放射能汚染をするわけでも、ましてや重力異常を引き起こすわけでもない。

 こと環境破壊という側面から見ると人間の兵器の方が白面をはるかに上回っており、白面の攻撃は地球に非常に『やさしい』のである。

 この情報は当然先日のニュースにも流された。

 世の中の民衆が白面を支持した理由がここにある。

 G弾が使用された『前の世界』の日本人がBETAから祖国を救ってくれたにも関わらず米国を嫌ったのは自分達の住む土地が半永久不毛の大地されたからだ。

 白面の火炎も確かにハイヴがあった佐渡島を焦土に変えた。

 だがそもそもハイヴの周辺は植生がBETAにより全て根絶やしにされているのだ。

 BETAを一掃した後、また種を撒けば普通に植物が生えてくる土地が手にはいるならむしろ『もっとやれ』というのが本当の所だ。

「おわかりですか? 目の前に環境破壊ゼロな有効手段があると言うのに、わざわざ未知なる環境破壊を引き起こして人の住めなくなる土地をこしらえるメリットなどございませんわ」

 男は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。

 それは当然だ。G弾確かに様々な環境破壊をもたらす爆弾であるが、それに込められた想いは『人類をBETAから救う』という事実は疑いようのないのだから。

 この爆弾を開発するのにどれだけ多くの時間、金、労力がかかったか?

「……付け加えて申し上げますと、崩れた岩盤からいくらかG元素も検出されております。おそらく……なのですが反応炉もその全てが吹き飛んだわけではないのでしょう」

「「「「「――ッ!!」」」」」

 ……決定的だ。

 BETAを手軽に滅ぼす事ができ、尚且つ環境破壊ゼロ、反応炉もゲットできるとなれば白面に協力しない理由はない。

 本来佐渡島を吹き飛ばせる火力を楽々出せる白面だが、あえて佐渡島を消し飛ばさなかったのは人類にこの事を理解させるためである。

「……なるほど。確かに香月博士の仰るとおりでしょうな。だが、それは貴女にも言えることなのではないのですかな? 『BETAをのんびりと観察する時間』など我々には最早必要ないと思うのですが?」

 男は静かな声で、そして先程の夕呼と同様嫌味な言い方で返す。

『BETAをのんびりと観察する時間』とはつまりオルタネイティヴ4の事を指す。

 武の『前の世界』における人類の切り札『00ユニット』。

 それを完成させるための施設、横浜基地がまだ稼動していないのだ。

 どう考えてもオルタネイティヴ4の『00ユニット』の完成は間に合わない。

「………………」

 男の言葉に夕呼は目を閉じる。

 数秒の沈黙から彼女は言葉を出す。

「……見くびらないでいただきたいですわね。私が帝国ではなく国連に身を置いたのも、オルタネイティヴ4の責任者の立場を受け入れたことも、全てはそれが人類の勝利への最善の選択だと判断したからです。目の前により良い選択肢があるのに個人のわがままを通すため反対するほど愚かではありませんわ」

 そう、先日『甲21号作戦』で見せた白面の姿から、夕呼もこうなるだろうと予想はついていた。

 だが彼女の言うとおり、彼女は別に自分の名誉のためにオルタネイティヴ4に着手したわけではない。

 全ては自分でそれが最善と判断したからだ。

 その研究過程にいたるまでの全ての行動が……例え他人から見れば外道と罵られるであろうとも。

 その証拠に並行世界での彼女は00ユニットを完成させてからは事あるごとに武に銃を渡して自分を殺すように言っている。

 己の名誉や利益だけを望む人間ならばそのような行動はしない。

 香月夕呼とは基本どこの世界でもそういう人間なのだ。

 夕呼の言葉に会議室に集った各国の首脳陣全員が頷き合う。

 今日この日、人類は1つの決断を下した。

 ……決戦の時は近い。









あとがき

 すいません。

 ほのぼのな話も入れたかったのですが、それはまた次回のお話で……。

 前から言われていたオルタの世界の人間との問題……。

 色んな駆け引き……もなく御方様のスーパー能力で万事解決!!

 いや完璧には解決してませんがそれでも人類が手を出しにくくなった事は確かです。

 まぁこれが一番御方様らしい方法かなぁ? と思いまして。

 オルタネイティヴ4、5。

 ぶっちゃけこの世界ではいりませんよねぇ。



[7407] 第弐拾壱話 戦士たちの休息
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/10/03 21:45
第弐拾壱話 戦士たちの休息





 人類がBETAとの決戦を覚悟に決めた所で一旦会議は終了となった。

 時計は22時をすでにまわっている。

 明日の朝一番にまた集り人類の未来を決める人類史上最大の反抗作戦。

 その運命のダイスを振ることになろうとは半年前の明星作戦の時には考えもしなかった事だ。

 何故なら半年前までそれはまるで地球のように重く、ほぼ球体の正多面体だったといっても過言でない。

 無限の面の中から1を引き当てる如くの低い成功率のダイスを振ろうとする人間などいない。

 ……だが今なら勝算は十二分にある。

 今の夕呼達からすれば振れば百発百中に1の目が出るかのようだ。

 十数時間以上も篭りっぱなしの会議室を出ると外の涼しい空気が夕呼の体を包み込む。

 ようやく開放された……。

 そんな気持ちにさせる瞬間である。

 エレベーターに乗り、自分の部屋の階のボタンを押そうとしたが夕呼はそれを止め『B1』のボタンを押す。

 PXがある階である。

 エレベーターのベルが鳴る音と共に開いた扉の向こうには、ざわついた将兵達の声が聞こえる。

 廊下の蛍光灯には電気が付き、まだ多くの兵士達が起きており仙台基地は賑わっていた。

 ここ数日、民衆だけでなく諸外国の面々やらどこかの権力者やらが押し寄せて来た。

 目的はもちろん白面である。

 参拝したいとか面会したいとか本心の所には色んな思惑があるにせよ、とにかく仙台基地及び周辺はそういった人達でパンク寸前であった。

 頂いた白面宛の貢ぎ物も前回の帝国訪問から帰ってきた時の比ではない。

 その騒ぎぶりは何やらある種の宗教的なものが出来上がってると言えよう。

 さすがに今は夜の22時を過ぎているため基地内には民間人が押し寄せていることはないが、それでも仙台基地周辺にキャンプを張った人たちが大騒ぎしていたり、今さっき会議に出席していたお偉い方をホテルに送るための送迎車のライトが眩しかったりと、秋の夜にしては妙に人工的な光で空が明るかったりする。

 仙台基地の将兵達もこういった来客の対応するため半ば強制的にかりだされており、この時間にようやく激務から開放されるといった感じだ。

 それでもさすがは軍人と言うべきか? 営業時間が延びたPXで今度は自分達が騒ぐ体力を持っているのだからたいしたものである。

 酒を飲んでほろ酔い気分なのなのだろうか? 仙台基地の廊下は自分の部屋に戻らず廊下で談笑している者達でごった返していた。

 白面に貢がれた物の中には酒や菓子などの嗜好品も含まれていたため、例によって白面が配ったのだ。

 そのためか何だか仙台基地が妙に酒臭い気がする。

 規律を重んじる軍ならもう少し大人しくしていて欲しい所だが、つい先日の興奮が冷めやまぬのだろう。

 皆の表情は明るく、またどこか落ち着きがない。

 だがこれでもだいぶマシになった方だ。

 甲21号作戦の後の夜などは酷かった。

 誰もが酒を浴びるように飲み、騒ぎまくり、叫びまくっていた。

 その騒音は防音であるはずの夕呼の部屋にまで聞こえてくるかのようだった。

 中には急性アルコール中毒で病院に運ばれた者達もいる。

 まぁ最もこれは仙台基地に言える事だけではなく、全国各地で起こった事だが。

 それに比べれば今はだいぶ落ち着いてきたと言えよう。

 白面から貰った酒はまずこの世界の人間では飲む事のできない程の高級品だ。

 東北地方でつくられた豊かな湧き水とそこで作られた天然の米が織り成す香り豊かでふっくらとして繊細な日本酒、選別された葡萄を惜しみなく使用し適度な温度、湿度の元で何十年と寝かされたワイン。

 一気に飲むにはあまりに勿体無くコップ1杯くらいの量をチビチビと飲み、激務の後の楽しみにしていると言った感じだ。

 未だ騒がしい仙台基地だがその中には希望で満ちた雰囲気を感じさせる。

 夕呼からすれば少々気が抜け過ぎている気もするが。まぁそれでも軍人として自制しているようだし大丈夫だろう。

夕呼は1人無言のまま歩き続ける。

 思い返されるのは先程の会議の事だ。

 あぁは言った物のオルタネイティヴ4を諦めるのは残念でないと言えばやはり嘘になる。

 いや、正確に言えばオルタネイティヴ4も5も中止になった訳ではないが、しばらくは白面優先で事が進むだろう。

 そんな自分の気持ちを知らず、騒いでいる周りの将兵を見て夕呼はフッと自嘲的な笑みを浮かべる。

「まったくあの女狐にはしてやられたわね……あのオルタネイティヴ4の理論回収は一体何だったのよ? やる意味無かったじゃない」

 そんな事を呟く夕呼の口調は残念そうだが、どこか嬉しそうにも聞こえる。

 正直本当に複雑な心境なのだろう。

 身体がフワフワ浮いた感じでどこか心が落ち着かない。

 別の並行世界の自分はオルタネイティヴ4の計画が中止になったクリスマスの夜、ヤケ酒を煽り、あの年下である武の前で悔し涙を見せたと言う。

 ……だが今の自分の気持ちはそう言った物とは違う。

 オルタネイティヴ4が一時中止になったのが残念な一方、その重責からも開放されたとも言える。

 その所為か不思議と体が軽く感じる。

 自分もあの甲21号作戦における白面の姿に希望を見出したのだろうか?

「この私をコケにしたんだからね。ちょっと文句の1つでも言ってやろうかしら?」

 そう言って夕呼はどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら白面のいるであろうPXに足を向けるのであった。











「白面! やめろっ! やめてくれぇええッ!!」

 PXの入り口にから聞こえてきたのは男の悲痛な叫び。

「あ、あぁ……島が…奴の一撃で」

「ちくしょう……なんて、なんて嬉しそうな顔だ」

「なんて事……。私達の……人類を苦しめていた佐渡島ハイヴが……粉々になってしまった!!」

 4人の男女の台詞から一拍置き、白面が何やら得意気な態度で一歩前に出る。

「なんと他愛のない……。BETAとは斯様なまでに脆きものだったのか……。我の勝ちだッ!!」

 ドッと沸きあがる笑い声がPXの中に広がる。

 もう夜にも関わらず満員の仙台基地のPXの受け取り口付近で騒いでいるたわけ者が5名。

 台詞の上から順に孝之、慎二、武、水月、白面である。

 訓練兵の純夏、冥夜、千鶴、慧、壬姫、美琴の6人も一緒になって笑っている。

「……何やってるの? あんた達?」

「佐渡島ハイヴでの台詞合わせだ」

 飽きれた表情の夕呼に白面が意味も無く胸を張り即答する。

 良く見ると後ろの白い垂れ幕に『佐渡島のBETAから見た御方様』などとふざけたタイトルが汚い字で書かれていた。

 ……自分達が真剣に会議をやってる時、こんなふざけた事をやっていたのかと頭が痛くなる。

「香月博士お疲れ様です」

 霞が夕呼に声をかける。

 普段の彼女なら夕呼の手伝いが無ければとっくに寝ている時間だ。

 こんな時間まで起きているとは珍しい。

 恐らく白面と一緒に居たいのだろう。

 眠そうな表情でうつらうつらしながら睡魔と闘っている彼女をはたから見ているとどこか面白い。

 そんな霞の隣りに白面は椅子に腰掛け夕呼に視線を向ける。

「……して、会議の方はどうであったのだ?」

「大方予想はついてるくせに白々しいわね」

 霞の頭を撫でてる白面の顔をの表情から肩を竦めて、それなら隠す必要もないだろうと夕呼は半ば投げやりな感じで答える。

「まぁ今後はアンタと一緒にBETAを一気に殲滅していくと言う方針になったわよ。さし当たって次の攻撃目標は……」

 ここで1度夕呼は言葉を区切る。はたして言って良いものかと。

 一応正規の決定が下ってから連絡するのが軍としての正しい手順だ。

 ……だがそれでもやっぱり言う事にした。

 会議の疲れ、オルタネイティヴ4を一旦諦めなければならないショック。そういった色々な心的影響が彼女を少し自暴自棄に追いやっていたのだろう。

「次の攻撃目標はオリジナルハイヴ。――最優先事項、最深部『あ号標的』の完全破壊よ」

 夕呼の言葉にPXが一瞬静まり返る。































「「「「「へぇ」」」」」



「くッ! 薄いリアクションね……」

 自分が思い切って明かした人類最大の反抗作戦、それを告げた瞬間だと言うのに、武達を含め話を聞いていた他の将兵達の淡白な相槌に夕呼はガクッと頭を揺らす。

 もう少しこう……それに見合ったリアクションを取って貰いたいところである。

「まぁ、予想はついておりました故」

「コクコク」

 冥夜の言葉に慧もわざわざ擬音を口に出して頷く。

「BETAの指揮系統が『箒型』という新たな事実と、あの佐渡島の結果を合わせれば自然とそうなりますから」

「まぁやっぱりかと言う感じですね~」

 冥夜達に続く千鶴と美琴の言うとおり、この結果はこの基地の誰もが予想していたことであった。

 BETAの指揮系統が箒型なら頭を先に叩く必要がある事はすぐにでも分かることだ。

「腕が鳴りますわね美冴さん」

「あぁ正直これほどハイヴ攻略戦が待ち遠しいのは初めてだ」

 軽口を叩く風間と宗像だがその瞳の奥底では早く最終決戦のGOサインを出してくれと言わんばかりだ。

 それは余裕な表情と言うのとは少し意味合いが違う。

 一刻でも早くオリジナルハイヴを叩いてこの戦争に終止符を打ちたいという方が本音なのだろう。

「う~~!! でも正直残念だよ。その作戦に私達は参加できになんて」

 唇を尖らせて純夏は文句を垂れる。

 それには他の207B分隊も同じなのだろう。

 ちょっと複雑そうな表情である。

「こればかりは致し方あるまい……。我ら人類の好機をみすみす逃す事などできぬからな」

 口では冥夜も自分の気持ちを抑えているようだが、その表情からは何で自分が訓練兵なのかと悔やんでいる様子がはっきり見て取れる。

「副司令。その作戦は一体いつになる予定なんですか?」

 壬姫も小さい両方の手のひらをグッと胸の前で握り締め、夕呼に尋ねる。

「そうね……正式な日取りはまだ決まってないけど、恐らく2,3日後くらいになる予定よ?」

 疲れた体をほぐす様に自分の肩をマッサージしながら席に着いた夕呼の目の前に湯飲みが置かれる。

 その中には鮮やかな若葉の色をした合成緑茶が湯気を立てている。

「夕呼さん。どうぞ」

「あら、斗和子さん。お久しぶりですわね」

「お久しぶりです夕呼さん。甲21号作戦が終りましたのでわたくしも御方様の元に戻ろうと思いまして」

 夕呼は合成緑茶を冷ましながら飲み、一息つく。

 半分以下になった湯飲みに再び斗和子が急須から合成緑茶を注ぐ。

 ここ数日PXが混んでいる為、それぞれのテーブルに緑茶セット一式が備え付けられているのだ。

 ちなみに夕呼が白面に対してタメ口なのに、斗和子に対しては敬語を使っているのは、何となく斗和子の姿に違和感を感じてしまうため他人行儀になってしまうからである。

 女狐の勘というやつだ。

「そうだ、思い出した夕呼よ。そなたに尋ねたい事があるのだが」

「……ん? 一体何を?」

「甲21号作戦の後、人類の間で1つ大きな議題が上がっておってな。それについてそなたの意見を聞きたいのだ」

「ッ!!」

 白面の言葉に夕呼の心臓が1回大きく跳ね上がる。

 大きな議題とは先程の会議の事を言っているのか?

 確かに白面の危険性等、少々白面からすればつまらない内容についても話し合われたがそれは会議の流れ上当然の事だろう。

 白面ならその辺は理解しているはずだし突っ込んでくるとは思えないのだが……。

「…………何?」

 夕呼は自分の動揺を悟られぬよう、平静を装いつつも緊張した表情で聞き返す。

 人類としては白面と協同戦線を張っていくことが決定しているのだ。下手な事を言って機嫌を損なわせるわけにはいかない。

「うむ。我の銅像なのだ人型と獣型、どちらが良いと思う?」

「…………は?」

 PXの部屋の空気の温度が10℃ほど下がった気がした。

「……ごめん良く聞こえなかったわ。もう一度言ってくれる?」

「だから我の銅像だ。御神体として京都に祭りたいと帝国の者達が申してきたのだ。だがそれを人型にするか獣型にするか大きく意見が分かれておってな。ちなみに男は人型が良いと言い、女は獣型が良いと……ってどうした夕呼? テーブルに突っ伏して」

「いや……別に……両方作っても良いんじゃない?」

 一瞬起きた眩暈から立ち直り適当な返事で返す。

 はっきり言ってどうでも良い事この上ない。

 自分達があんなに真剣になって……いや、もはや何も言うまい。

「なるほど。そなたは天才だな」

「素晴らしいお考えですわ」

「……全然嬉しくないわね」

 白面と斗和子の賛辞の言葉に夕呼はテーブルに肘を突き、頬杖を掻いた状態でそっぽを向く。

「フッフッフ、では方向性が決まった所で下絵は霞に頼むとしようか」

 不適な笑みを浮かべて白面が隣りにいた霞の頭にポンッと手を載せる。

 半分おねむ状態だった霞だったが自分の事が話題に上がると無表情ながらも驚いたような表情を見せる。

「へぇ、霞ちゃんって絵が上手なんですか?」

 武の隣りに座っていた純夏も話題に食いつく。

「うむ! 見るが良い。以前霞が描いてくれた我の絵だ!!」

 そう言って取り出した1枚の画用紙に描かれた絵は、以前白面が南国の島に行った際に霞からプレゼントされた物である。

 真っ白い画用紙に何やらクレヨンで動物の絵が描かれているようなのだが……。

「……えっと……うん! 上手なんじゃないですか?」

「まぁ霞のやさしさ? みたいな物は篭ってますねぇ……」

 純夏と武もとりあえずは曖昧ながらも霞の絵を褒める。

 というかこの状況で下手とは言えない。暖かい絵である事には違いはないが。

「……陽狐さん。恥ずかしいです」

 霞は嬉しいような困ったような、そういった複雑な表情で頬を赤らめながら白面を見る。

 ESP能力を使って周りの思考を読まなくても自分の絵がそんなに上手くはないと自覚しているのだ。

「フッフッフッフッ!! そうであろう? そうであろう? 霞は天才だと思うのだがどうだろう?」

「全くもって仰るとおりかと」

 白面の分身である斗和子もにこやかに同意する。

 こういう時分身は楽でいい。お世辞でなく本心からその言葉を言えるのだから。

 背筋をピンと張り白面の言葉を支持する斗和子には一点の曇りもない。

「……私はあんたが凄い馬鹿なんじゃないかと思いたくなるわね」

「……オレはむしろこの世界の最強の存在は霞なんじゃないかと思えてきますよ」

 不気味な笑い声を上げながら霞から貰った絵を見続ける白面を見て夕呼と武はため息を吐く。

 ニヤニヤ笑って嬉しそうだがそれでいいのだろうか? 霞の絵を元に銅像を作ってくれと言われたら職人は困りそうな気がするが。

 夕呼は合成玉露を口に含む。

 合成とはいえ玉露の香りが鼻腔を抜けていき、それが疲れた体を癒してくれる気がした。

「……ねぇ、今度は私から1つ尋ねたいんだけど?」

 このまま白面達と話を合わしていると調子を崩される一方な気がした夕呼は、白面に真剣な目を向け話題を変える。

「ん? 何だ?」

「どうして佐渡島で……あんな戦い方したの?」

「…………フム」

 ずいぶん抽象的な質問だが、夕呼の言わんとしている事は良くわかる。

 武達、周りの人間もその答えが気になったのか黙って白面の返答を待つ。

 佐渡島で見せた白面の実力。

 それは確かに圧倒的だったが、別の見方をすればやり過ぎたとも言える。

 あれでは人類にある種の恐怖心を植え付ける可能性だって低くない。

 白面の利益を考えるならもう少し手を抜き、『苦戦したフリ』をしながらハイヴを攻略するという方がずっと良いのだ。

 言葉は悪いが人類を騙しながら協力関係を結びBETAをじっくりと駆逐していけば、人類としても安心してくつわを並べる事ができただろうに。

 目の前の白面は基本的に自分と似た思考パターンを持つ。

 自分ならそうするだろうし、今まで見てきた白面もそうするだろうと夕呼は思う。

 それなのに何故?

「……そうさな」

 白面も自分の目の前にある合成緑茶に口をつけ、あの時の光景を思い返す。

 隣りに座っている霞もピクッと狐耳を動かし、白面の顔を見つめる。

「しいて申せばそなたら人類の戦いが我に火をつけた……それだけだけの事だ」

 その表情はどこか遠くを見ているような表情だ。

 何か昔を思い出しているような懐かしんでいるようなその顔からは、白面が何を考えているのか夕呼には分からない。

「……そう」

 夕呼は一言だけ返し深くは追求しない事にした。きっと白面にも何がしかの心境の変化があったのだろう。

 先程まで大騒ぎだったPXがシンと静まり返る。

 他の者達もあの佐渡島の光景が蘇っているのだろう。

 その静寂な時間が心地よい。

「……陽狐さん。オレからも1つ良いですか?」

「ん? 今度はタケルか。……申してみよ」

「その……良ければ婢妖達が昔どんな事をしていたのか教えてもらえませんか?」

「あッ! 私もちょっと知りたいかも」

「うんうん! 私にもぜひ教えてくれませんか?」

 武の言葉に続くのは遙と水月だ。

 いや遙だけでなく伊隅ヴァルキリーズの面々、仙台基地の将兵や純夏達までも何か期待の眼差しで白面を見る。

「……一応理由を聞いてよいか?」

 いきなりの質問に白面は難しい顔をしながら問い返す。

「そりゃあ佐渡島であれだけの活躍を見せられたら、昔はどんな事をしていたのだろうって気になるじゃないですか」

 武曰く戦いで散っていった者達を語り継いでいくのが衛士流の供養と言う奴らしい。

 他の衛士達も白面とのやり取りに感動したとか何とか言い、ぜひ白面から婢妖の生き様を聞きたいと言って来る。

「う、う~~む……とは言うてもなぁ」

 だが困ったのは白面である。

 この雰囲気で何と言えば良いのだろうか? 婢妖は生命体と言うのとは少し違う自分の使い魔だ。

 婢妖自身も死など恐れぬし使い捨ては当たり前。

 人間の価値観で言うと酷い考えだが白面からすればそれが正しいあり方なのだ。

 いや正確に言うとまた生み出されるから死んだ訳では無いとか正直に暴露することは出来ない。

 ……場の空気的に。

 武達の何だか期待に満ちた目が微妙に心地悪い。

 いやそれより何より婢妖の生き様?

 誇れる物ってあったっけ? と頭を捻る。

「斗和子……何かないか?」

「え!? わ、わたくしですか?」

 困り果てた白面は斗和子にバトンタッチする。

 しかし斗和子の方も慌てふためき言葉を濁らす。

 正直に獣の槍を破壊するように命じていたと言いたい所ではあるが、自分の脅威の物が例え異世界とは言え存在したなどという事は教えたくない。

 しかもその手段もバスに取り付いて乗客ごと吹き飛ばそうとしたり、人間に取り憑いて破壊させようとしたりとえげつない事この上ない。

 そしてその任務はことごとく失敗ときてる。

 言えない。本当の事は断じて言えない。

「ほら……斗和子よ……思い出せ、思い出すのだ。何かあるであろう?」

「え、え~と……ですねぇ。婢妖の良い所……誇るべき生き様は……」

 小声でヒソヒソ話をする白面と斗和子だがその内容は丸聞こえだったりする。

「……無いのう」

「……ありませんね」

 やや合ってお互い同じ結論に達する。

「本当に全く無いんですか?」

 白面と斗和子の態度を見てそれが真実だと分かるのだが、武達からすれば信じられない。

 BETAを超える物量に加え、合体、取り憑きもできる婢妖が役立たずだったとは一体白面のいた世界はどんな所だったのだろうか?

「じゃあ……、こう言っては何ですがあの時の婢妖達は本望だったんでしょうね」

 武はあの佐渡島で別れた際に自分の網膜投影に映った婢妖戦術機の姿を思い出す。

 婢妖達に救われた分まで自分達は生きねばならない。

 武達はそう決意する。

「……かも知れぬな」

 とりあえず何とか話を治める事ができて白面は胸を撫で下ろす。

「……ムッ!!」

 だが次の瞬間白面が何かに気付いたように地平線の彼方を見るかの如く何も無いPXの壁の方を仰ぎ見る。

 突然白面は眉をしかめ、声を上げる。

「どうしたんですか? 陽狐さん?」

「あぁ……いや、別に大した事ではないのだが」

 頬を軽く人差し指で掻き、ちょっとバツの悪そうな顔をして白面はこう言った。

「……どうやら数万規模のBETAが横浜基地に向けて進行してるらしい」



[7407] 第弐拾弐話 横浜基地攻防戦……?
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/10/12 23:39
第弐拾弐話 横浜基地攻防戦……?






「……どうやら数万規模のBETAが横浜ハイヴに向けて地下から進行してるらしい」

「――はッ?」

 白面の一言でPXの空気が一気に凍りついた。

 思わず席を立ち上がった際に倒れてしまった椅子の音がコンクリート造りの壁にやかましいくらい反響する。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!?」

 お祭りムードから一転、PX全体がざわめき出す。

「ハハハ、いや参ったのう。どうやら佐渡島ハイヴの生き残りがおったようだ。」

 周りのざわめく空気とはうらはらに白面はたいした困った様子もなく、口に笑みすら浮かべながら西の方向を見ながら腕を組む。

「すまぬなぁ。手加減しすぎた。……佐渡島と日本海くらい蒸発させておけば良かったか?」

「……いえしなくていいです」

 物騒な事をさらりと言う白面の言葉を即効で武は否定する。

「というか手加減してたんですか? あれで?」

「何を言うとるのだ? 当然であろう?」

「あーと……その、何だかすいませんでした」

 白面のあっけらかんとした物言いに何だか自分の方が間違った事を言ってしまったような気がした武は取りあえず謝っておく。

「でも一体どうして? 佐渡島ハイヴには反応炉も残ってる可能性があるって話しでは?」

「もしかしたら岩盤が崩れて掘り出すのに時間が掛かるとか?」

「あるいは佐渡島ハイヴを落したことにより、BETAがこちらを敵と認めたのかもしれないわね」

 207B分隊も今回のBETA進軍に対しての憶測を口々に言い合う。

 周りの将兵達も様子は同じだ。

 やや合って白面の方を全員が一斉に見る。

白面なら何か理由を知っているのではないかと思ったのだ。

「悪いがそのような視線を送られようとも我にもよくわからぬな。やつらの考えなど我の知らぬ所ゆえ」

 まるで意に返さず白面はバッサリとその疑問を払いのける。

 白面からすればBETAの思考パターンなど本当にどうでも良いことなのだ。

「確かにどんなに騒ごうともBETAが横浜に向かっているのは事実。あれこれ悩んでも仕方無い」

「そうね。良い事いった! 彩峰」

 水月も彩峰の言葉に同意を示す。

 ここで水掛け論をしても何の進展もない。

 BETAが何故来るのかを考えるより今はBETAをどう倒すか? 必要な事はそれだけだ。

「フフ、まぁ我も出てやるのだ。実際騒ぎ立てるほどの事ではあるまい?」

 白面のその言葉で皆安堵の息を漏らす。

 もし敵だったと考えれば恐ろしいが味方なら白面ほど心強い存在はいない。

 白面の言葉に心に巣食った不安の闇が一斉に晴れていく。

「それはありがたいわね。……で? 陽狐。BETAは後どれくらいで来るの?」

「ふむ……恐らくあと20時間前後と言った所であろうな。大深度地下を進行しておるためか、そなたらの観測基地にはまだ引っかかっておらぬようだがな」

「……そう。ならとりあえずはこちらの準備する時間はあるってわけね」

 とりあずその言葉に武達はホッとする。

 それならば十分な余裕を持って迎え撃つ事ができる。

 武の記憶では前の世界では確か、気付いた時はあと2時間という所まで迫っていた気がする。

 白面の能力で10倍近く早い段階で気付けたのは大きい。

「それにしても良く気付きましたね陽狐さん。さすがです」

「うむ、婢妖を数万体ほど斥候に放っておいたのだ。奴らの情報からすると恐らく旧町田市付近にBETA共は顔を出すようだがな」

「また婢妖ですか。本当にあいつらは御方様に貢献しているようですね」

「……いやオレも正直感心するよ。ここまで働き者だとある種の尊敬の念が湧いてくる」

 隣りでずっと会話を聞いていた慎二と孝之も口を挟む。

 佐渡島の1件以来、婢妖の評価は伊隅ヴァルキリーズの中でも完全に180度変わってしまったのである。

「フフ、確かにあやつらはこの世界に来てからの働きぶりは見事であるな」

 自分の部下が褒められて、白面も満更ではない様子で思わず笑みをこぼす。

「……あの……御方様」

 そんな白面に斗和子が恐る恐る声をかける。

「ん? どうした斗和子よ?」

「わたくしも京都復興に力を注いでおりまする」

「知っておるぞ?」

 何やら訴えかけるような眼差しで見つめてくる斗和子を白面はサラリと流す。

「人間との外交業務にも携わっておりました!」

「……だから知っておるぞ?」

「う~~~ッ!」

 白面のそっけない態度に斗和子は涙目になって抗議の目をぶつけてくる。

「あの御方様。あまり斗和子さんを苛めないで上げてください」

 斗和子のフォローを入れるのは楽器演奏仲間の風間である。

「あ、あぁそういう事か」

 白面は風間の一言で斗和子がさっきから何を言おうとしているのかようやく理解した。

「すまなんだな斗和子よ。そなたなら外交程度はできて当然ゆえ、ついその功績を称うる事を忘れてしもうたわ。優秀すぎると言うのも時として損な役回りよなぁ」

「いえいえとんでもございません。えぇ! 白面の御方様の一番の部下はこのわたくし。御方様の分身の斗和子なのですとも。断じて婢妖ではありませぬッ!」

 露骨なまでにわざとらしい白面の賛美にもかかわらず、斗和子は一瞬で上機嫌に戻り仕切りに頷く。

 心なしか彼女の周りにお花畑が咲き誇っているように見える。

 いくら心が浄化されたとは言え、白面の分身と言う事に誇りを持っている彼女としては婢妖ばかり褒められるのは面白くないのである。

「ちょっと! 悪いけどこれから横浜ハイヴの防衛について話し合わなくちゃいけないのよ? まさかと思うけどもう平和な世界になったとでも思ってるわけ?」

 BETAが迫っている状態でのこの緩みきった空気に夕呼は苦言を呈す。

 勝利を味わった事によりはしゃぎたくなる気持ちは良く分かる。

 だがそれでもまだBETAとの戦いは終ったわけではないのだ。

 1つ勝利を手にしたからといって浮かれすぎである。

 いやそれだけでない。今この仙台基地周辺には各国の首脳陣を初めとして多くの人間が集っているのだ。

 下手をしたらBETAがこちらに来る可能性だってあるのである。

「……そうですね。確かに副司令の仰る通りです」

「同感。ちょっと浮かれすぎてました」

 遙と水月も口をつぐんで反省する。

 他の兵達も最近の自分を省みてバツが悪そうにある者は髪を掻き毟り、ある者は視線を落す。

 確かに白面がいれば横浜基地の攻防戦も勝つことができるだろう。

 だがそれによる2次被害等を考えれば決して楽な気持ちにはなれない。

 戦場になれば日本帝国の大地がBETAにより掘り返され、戦術機の兵器で環境が汚染されるし白面が暴れればその余波でその付近一帯は恐ろしいことになる。

BETAに侵略されるよりかは遥にマシだが、やはり自分達の国土が傷ついていくのは辛い。

「くくく。さすがは副司令殿だな? まとめる時はしっかりとまとめるのう?」

「うるさいわねぇ。陽狐もあんまりBETAを舐めてると痛い目に……合うとは思えないけど……とにかくふざけ過ぎよ?」

「クククわかったわかった…………ム?」

 まるで反省の色が無いまま笑っていた白面だったが急に真面目な顔つきになる。

「……すまぬ。武、今日は何日だったか?」

「えっと10月25日ですが?」

「と言う事はBETAが来るのは26日の19時前後と言うた所か……」

「そうなりますね」

 白面の突然の質問の意図が掴めず武は頭に「?」を浮かべる。

 武も一緒になって考える。10月26日に何か特別な事ってあっただろうかと。

 考えてみたが別にこれと言って特に何も無いと武が判断した時であった。

「……オオォ……オギャァアアーーーーー!!! 我とした事が……ぬ、ぬかったわぁッ……!!」

 いきなりあの独特の声をあげ白面が突然うろたえ出す。

 その様子に全員が目を丸くする。少なくともこのうろたえ様、白面が冗談を言ってる様には見えない。

「ちょッ! い、一体どうしたっていうのよ陽狐! 10月26日がどうかしたって言うの!?」

「クッ! おのれぇ!! まさかこの我がBETAごときに裏をかかれようとは!!」

 眉間に皴を寄せて屈辱の表情を浮かべる白面に夕呼も心配になる。

 悔し紛れにBETAを舐めてると痛い目に見ると言ったがまさか本当にそうなったとでも言うのか。

 いやでも一体何が?

 白面なら例えBETAがいかなる手段を用いてこようとも如何様にもなるのではないか?

 自分の言った冗談が実現して横浜基地がBETAに乗っ取られるなど洒落にもならない。

「その日の日替わり定食は『九尾の狐定食』であったぁ~~!!」

 九尾の狐定食……それは9枚分の油揚げからなる贅沢にして最強の定食なのである。

きつねうどんの油揚げも、小さなお揚げが2枚というせこい物ではなくどんぶりいっぱいに敷き詰められており、さらに稲荷寿司もシンプルな酢メシだけの物からヒジキや椎茸、人参が入った物、はては季節の具(秋なら栗)等など様々な味わいの物の中から数種類選択できる。

さらには『ふく袋』と呼ばれる油揚げを袋状に閉じた副菜は、中身の具材は食べてみるまで分からないというお楽しみ要素もふんだんに盛り込まれたまさに至高の黄金比率を司る定食なのである。

「……だから何?」

「すまぬ。そう言う訳で我は行け…………ぬとは……もちろん申さぬぞ?」

 PXに集る人間達の目が無言で訴えかけていた『まさか好物食べたいから横浜基地はほっといて良いよね?』とか言わないだろうなと。

 白面は空気が読めるのだ。

 だがしかし!! 九尾の狐定食を諦めるのはあまりにも惜しい!!

「くぅ~~~!! まさかこの日をBETAがこの日を狙ってこようとは!! これで奴らにも『戦略』という概念があることが証明されたな!!」

「「「「「いやいやいやそれはない」」」」」

 周りの突っ込みを無視しながら白面は思考を高速回転させる。

 今の現状を冷静に分析しどのような行動が最良の選択かを判断する必要があるのだ。

 このままでは本当に好物が食べれない。

「う~~! いっその事、黒炎を1億体ほど送り込んで我はここで待機と言うのも? ……いやそれも…………」

 名案だと思ったが白面は首を振る。

 ついさっき言ってしまった『自分が横浜ハイヴに行く』という言葉がここに来て痛い。

 戦闘は黒炎に全て任せようとも白面が横浜基地で待機してるのと、仙台基地で九尾の狐定食を食べているのとでは印象が違いすぎる。

 横浜基地か自分の好物……どちらかを切り捨てねばならない。

「まさに究極のオルタネイティヴ(二者択一)だな」

「……さすがに怒るわよ?」

 つい先程オルテネイティヴ4を切り捨ててきた夕呼がジト目で白面を睨む。

「はぁ。だったらこういうのはどう? もしアンタが横浜基地に行ってくれるんだったら、明後日には高級天然食材を使って九尾の狐定食を食べさせてあげるけど?」

「……な、何だとーー!!」

 白面は大声を上げる。高級天然食材で作る九尾の狐定食!?

 それはもう無敵だ。

 先に上げたものはあくまで合成食材で作られたもの。それが高級天然食材になったら破壊力が違いすぎる。

 どれくらい違うかと言うと封印の赤布が解かれた獣の槍くらいに違いすぎる!!

「……だが! だがわかっておらぬ……わかっておらぬな夕呼よ!?」

「……何がよ?」

「我は『明後日』ではなく『明日』食したいのだ。我の明日の腹の予定は九尾の狐定食と決めておったのだぞ?」

「何てわがままな……まぁ気持ちは解らなくはないけど」

 夕呼は思いっきりため息を吐きながらどうした物かと考える。

 てっきり白面なら食らい付いてくると思ったが想像以上に傍若無人なようである。

「じゃあ明後日の高級天然食材って話は無しで良い?」

「いや! 明後日の腹の予定ももうそれと決まった! 我は両方食すぞ! …………ん?そうかその手があったか!」

 いきなり白面の頭の上に電球が光ったような気がした。

 何やらくだらない打開策を見つけたようである。

「斗和子よ我と共に横浜基地へ行くぞ。そなたの力が必要だ」

「えッ!? わたくしですか? 婢妖ではなくわたくしの力が必要と言うてくだしましたか?」

「うむ。そなたでなければ駄目だ」

「な、なんとありがたきお言葉!! この斗和子感動でございまする!!」

 白面の言葉に斗和子の顔が紅潮し満面の笑顔を見せる。

 それはまるで今すぐにでも踊りださんとばかり感激振りである。

「して、このわたくしめは一体何をすればよろしいのでしょう? ぜひ! 何なりとご命令ください」

「横浜基地で九尾の狐定食作るのだ!」

「……え?」

「横浜基地は昼夜問わずの突貫工事をしておる。必ずや料理をするための施設や炊事車等があるはずだ。そこで九尾の狐定食を作れば我は食す事もできるしBETAを迎え撃つ事も出来る。どうだ? 完璧であろう?」

「あ、あの……。わたくしには活躍の場はないのでしょうか? ……例えばBETAに対して単騎駆けをしかけるとか?」

「無い!!」

「シクシクシク……」

 きっぱりはっきり断言された白面の言葉に斗和子はヨヨヨと崩れ落ちる。

「何を泣いておるか。第一弱体化したそなたでは即効BETAにやられてお終いだろう?」

「うぅ~~、いえ……でも……BETA相手ならもしかしかしたら嘗ての力を発揮できるやも知れませぬし……」

「ええい! その様な事より今は九尾の狐定食の方が大事だ!」

「そんな~~御方様ぁ~~」

 白面の一言により16tの重りが頭に落ちてきたかのごとくのショックを受ける。

 心なしか頭からプシュ~という煙が出ているように見える。

「ほら斗和子よ。灰と化しておらんで立て!」

「はううぅ~~~」

「フフフ……。この我を一瞬でも焦らせた報い。たっぷりと返させてもらうぞ……どうしてくれよう?」

 ショックを受けてる斗和子を気にも留めずに黒い笑いを浮かべる。

 よくよく考えたら20時間もあれば婢妖を今から飛ばしてBETAには早急にお帰りいただくという方法もあるが、それでは白面の気が治まらない。

 1匹たりとも逃すものかと白面は決意を固める。

 ……完全に八つ当たりである。

「良し!! 策は考えた! 武よ。そなたも我と共に来い! ちと協力して欲しい事がある」

「え? オ、オレですか……?」

 そう言ってチラリと武は夕呼の方を見る。

 A-01の人間として上司である夕呼の承認を得る必要があると思ったのだ。

「……良いわよ。陽狐がそう言うなら何かあるんでしょ?」

「――了解しました。ではオレは陽狐さんの方に付いていきますので」

 武は姿勢を正し敬礼を取る。

 敬礼はする必要がないと夕呼から言われつつもこういう時は最早条件反射だ。

「ではそなたらはここにいろ……と言うても来るのだろうからな。まぁBETAが横浜からここ仙台基地に向かって来ぬよう防衛線を張っておくなり迎え撃つ準備なりしておくが良い。…………最も獲物(BETA)は渡さぬがな」

「フフッ、上等!! もとよりこちらもそのつもりよ」

 白面の不敵な挑発に夕呼も不適な笑みを持って返す。

「……武ちゃん、行っちゃうの?」

 そんな邪悪な笑みを浮かべあっている白面と夕呼をよそに純夏が武に対して心配そうな顔をする。

 それと同時にその表情から自分がついて行けない事に対する悔しさも読み取る事ができる。

 見ると後ろの冥夜達も悔しそうだ。何故自分達は訓練兵なのだろうかと。

「フム……。そこまで武が心配ならそなたも来るか?」

「え?」

 白面はまるでお昼を一緒に誘うように、純夏に声をかける。

「……最も横浜ハイヴはそなたに取っても苦き思い出のある所、それでも良ければの話だがな」

「行きます!!」

 即答だった。

 自分の身の危険等一切考えた様子もなく純夏はアホ毛と右手をピンと真っ直ぐ上に向き白面の誘いに乗る。

 彼女からすれば武と一緒に居られる事の方が横浜ハイヴのトラウマより遥に重要なのだ。

「ちょッ! ちょっと陽狐さん!!」

「あぁついでだ。他の207B分隊の者達も来い。我に協力しろ」

「「「「「!?」」」」」

 武の非難の声を無視して今度は冥夜達にも声をかける。

 彼女達も驚いたように顔を見合わせるがすぐに決意した表情で真剣な眼差しで頷く。

 何だかんだ言っても彼女らも何か手伝いたいのである。

「な、何でですか!? 陽狐さん!」

 武は大声を上げて白面に抗議する。

 確かに純夏達の気持ちは良くわかるが、それでも白面が行けば横浜基地が何とかなるのは目に見えている。

 はっきり言ってわざわざ危険な目に純夏達を合わせる必要はない。

 万が一と言う事だってあるのだから。

「……そうだ。霞も来るか?」

 白面の問いかけに霞は無言のまま少し考え、コクンと頷いた。

「一体アンタ何考えてるの?」

 さすがに夕呼も怪訝そうな顔をする。

 訓練兵である純夏達ならいざ知らず、霞まで連れて行くメリットなどどこにもない。

「くくく。いや何、BETAが向かってくる間我と少し遊んでもらおうと思うてな」

「……また何か良からぬ事でも思いついたような顔しちゃって」

「失礼な事を言う出ない。ははッ! それより明日の夕食が楽しみだなぁ」

 その様子を見て「本当にこの人に任せて大丈夫だろうか?」と一抹の不安がよぎる。

「さすがは陽狐様。敢えておふざけになる事で我らの緊張を解きほぐしてくれようとは……」

「いや冥夜……それはないと思うぞ?」

 約1名ものすごい前向き思考を見せる冥夜に対して武は突っ込む。

 そう言えば彼女は全幅の信頼を寄せた人間に対しては妄信的な所が合ったような気がする。

 ちょうどBETAの居ない元の世界の冥夜が自分をやたらと信頼してくれていたように。

 ……第3者の目から見たら冥夜はこのように見えたのだろうか?

 何だか気付いてはいけないことに気付いてしまって微妙にショックな武である。

 かくして緊張感がまったくゼロのまま横浜基地攻防戦の火蓋が切って落とされたのであった。











――1999年10月26日、横浜基地メインゲート前



 秋もすっかり深くなり日の入りの早さを実感できるようになった今日この頃。

 漆黒の闇に包まれた建設中の横浜基地を月が照らす。

 時計の針は18時の半ばを過ぎた所か……。

 戦術機に備え付けられた暗視装置が横浜基地から漏れる光を増幅し、網膜に明瞭な映像を映し出す。

 どこか底冷えするようなこの寒さは気温の所為だけではない。

 後どれくらいかは分からないが迫り来るBETAの影が、無言の圧力となって衛士達に緊張を与えてるのである。

 だがそれが良い。

 この冷えるような戦場の空気こそ衛士である自分達が生きる空間。

 平和な世界ならば恐らく活気に満ち溢れていたであろうこの近辺も、昨年BETAに植生がやられてしまい今は荒れた大地に深い霧が覆うばかりである。

 どこか幻想的なその光景はまるで生と死の狭間の世界のようだ。

 そう……ここは異界。これから地球外起源種が迫るこの一帯はこれから魑魅魍魎がはびこる地獄と化す。

 視界を邪魔する深い霧がつい昨日まで浮かれてたあの仙台基地とは全く違う別世界なのだと実感させる。

 いやそうではない。

 この世界こそが今の世界における現実なのだ。

 昨日までのお祭り気分こそ淡く儚い幻のような物……。

『ヴァルキリー1よりCPそちらの状況はどうだ?』

『ヴァルキリーマムより各機。第3防衛線準備整いました』

 CPである遙から作戦における防衛の布陣が完了したとの報告を受ける。

 横浜基地は建設途中とは言え通信施設等は一部稼動可能なのだ。

 伊隅ヴァルキリーズの隊長事みちるの緊迫した表情が網膜に映る。

 それも当然。いくら白面と言えども今回の戦いで人類の被害を抑えることは難しいだろう。

 前回の佐渡島戦と今回は勝手が違う。

 横浜基地に突っ込んでくるBETAとそれを迎え撃つ防衛戦が予想される。

人類とBETAがぶつかり合う混戦状態は白面にとっても厄介極まりない。

 例え婢妖や黒炎の数がBETAより多くてもその流れ弾で人類に死者が出る可能性もあるし、基地施設が破壊される等の2次被害は避けられないだろう。

 本来ならば白面が出発前に言いかけた様に自分達が仙台基地に引っ込んでいた方がずっと良いのは分かっているのだが、それでも譲れない物があるのだ。

 自分達がこの戦いで足手纏いなのは百も承知ッ!

 平和な世の中の人間なら命あってのものだと自分達を評するだろうがそんな事は知った事ではない。

 これは理屈ではない。感情の問題である。

 家族や友人を奪ったBETAと戦える状況に居るのにどうしてあぐらなどかいていられようか?

 故に例え白面の攻撃に巻き込まれて死のうともここで文句を言う衛士は1人も居ない。

『いいか! 奴らの目的がハイヴ奪還ならこちらは奴らを全滅させるより道はない。奴らにこの国の領土を2度と好きにさせるな!!』

『『『『『――了解!!』』』』』

 みちるの言葉でヴァルキリーズに戦闘態勢のスイッチが入る。

 恐らく激戦となるだろうがBETA到着の予定時間が十分があったため、周辺地区の住民を一時避難させることができた。

 これなら思う存分戦う事ができる。

『……後は御方様の援軍を待つのみか』

 孝之は深呼吸をしながら迫り来るBETAに対して心を落ち着かせる。

 心臓の音が妙にうるさく聞こえる。

『涼宮。御方様からの援軍はまだ来ないのか?』

 慎二も遙に声をかける。戦場においてこのような待機時間と言うのは、ある意味敵と戦っている時よりストレスが溜まる。

 何か話していないと落ち着かないのだ。

『え? 御方様からもうとっくに援軍は出したと言う連絡を受けたんだけど……ヴァルキリーマムよりヴァルキリー1。そちらに援軍の姿はありませんか?』

『ヴァルキリー1よりCP。その様な姿は見られない』

 情報の食い違いに全員顔を顰める。

 今回日本帝国にいる全ての人類がここ横浜に集結しているわけではない。

 帝国軍の何割かは帝都を守らなくてはならないし、各国の要人達を守るため横浜基地から仙台基地の間にも防衛線を張っている。

 何より前回の甲21号作戦で日本帝国の戦力は大きく損耗しているのだ。

 故に何だかんだでこの作戦の鍵を握るのは白面とその眷属達なのだが、白面はおろか婢妖や黒炎、くらぎなどの姿は1匹たりとも見られない。

 視界に映るのは見渡す限りの霧、霧、霧……。

 先程よりどんどん濃くなってきており視界が悪くなる一方である。

 この悪状況でBETAと戦うのは正直きつい。

『ね……ねぇ、この霧なんか……?』

 何かに気付いたのか水月か操縦桿を握ったまま額に汗を垂らす。

『なんか粘りついてくるような……』

『はははっ。なにバカなコト言ってるんですか』

 いきなり突飛のない事を言い出す水月に宗像が笑って答える。

 霧とは所詮は水蒸気の固まりだ。

 その様な事はあるはずない。

 だが……。

『うわっ、この霧っ!?』

『手みたいだあっ!!』

 慎二と孝之の叫び声にヴァルキリーズ全員がその異常に気付く。

 そして見た。……見てしまった。

 目の前に映るその存在の姿を……ッ!!













『『『『『『うっ……うええええ!』』』』』』


 それは霧の奥から輝く2つの目。

 ゆらゆら漂う人の顔。

 婢妖の恐怖を克服した伊隅ヴァルキリーズに新たな恐怖対象が目の前に現れた瞬間であった。

 この日、横浜を中心に関東一帯全てが深い霧で覆い尽くされたと言う……。











「きゅうじゅうはち~ きゅうじゅうきゅ~ ひゃ~く!!」

 5個のお手玉が純夏の手に綺麗に収められる。

何やら勝ち誇った顔で武を見る。

「どう!? タケルちゃん?」

「ぐ……! や、やるじゃねぇ~か……純夏のくせに!!」

「へっへ~~ん! 教えてあげようか?」

 思いっきり馬鹿にした純夏の口物の端がキュッと上にあがる。

「くっそ~……純夏にできてオレにできない事はない!!」

 安い挑発に乗って「玉が多い方がリズムが取れるはず!!」などと言って再び4個のお手玉に挑戦するものの、1回と持たずに地面に落す。

「……フ、タケル駄目駄目だの」

「う、うぅ~~! じゃあ陽狐さんやってみてくださいよ」

 小ばかにした物言いの白面に武は睨みながらお手玉を突き出す。

 きつねうどんの油揚げを口に含んだ白面の顔は実に幸せそうだ。

「……我はこれを食した後、霞にあやとりの4段ハシゴから富士山、月の連携技を教えねばならぬのだが」

 隣りで一緒に九尾の狐定食を食べていた霞がピコピコと狐耳を嬉しそうに動かす。

 今の霞は4段ハシゴを極めているのである。

 だからどうしたいうのは言いっこなしだ。

「まぁ良い。貸してみよ」

 武から受け取ったお手玉を4つ片手でもて遊ぶようにしながら1個1個上に放り投げていく。

「オオォーー!!」

「御方様上手~~!!」

 白面のお手玉捌きに純夏達は歓声を上げる。

 お手玉を4つ『片手』で捌いて見せたのだ。

 その技は……只者ではない!!

「フッ……」

 どうだとばかりに武を見てニヤリと笑う。

「く……やりますね陽狐さん」

「いやぁ愉快だなぁ、上から目線と言うのは実に愉快だぁ!!」

 今まで下から目線でしか他人を見上げ来なかった白面は肩を揺らしながら笑う。

「フフフ……これくらい座敷童でもできるぞ?」

「うぅ……座敷童のお手玉の実力なんて知りませんよ」

 両手両膝を地面にがっくりつけながら武はうな垂れる。

「……元気だせ」

「…………嬉しそうな顔をしながら言っても慰められた気がしないぞ彩峰」

 うな垂れる自分の肩にポンと手を乗せた慧の顔を武はジト目で睨む。

 こんなはずではなかった……いつだか最初の世界にいた際のPXでの雪辱を晴らさんと意気込んでいた物の結果はごらんの通り。

 今の自分にはこの世界の自分の記憶があるのだ! ドリコスやプレスタとかゲームガイで遊んでいた自分とは違う!

 ……そう思っていたのに。

「白銀、今まで何して遊んでたの?」

「……オレも聞きたい。純夏……オレってガキの頃なにして遊んでたっけ?」

「外でチョップ君ごっこして遊んでなかった?」

「え゛っ? マジか?」

 聞き覚えのあるキャラクター名を聞いて武は記憶を呼び覚ます。

「…………ぐわぁーーー!! そうだったぁーー!」

 純夏の言葉をきっかけに思いだした自分の黒歴史に武は身もだえする。

 チョップ君……工作したり、実験したり、地球のいろんなことをお兄さんとお姉さんから教えてもらう子供の教育番組のキャラクターである。

 自分も何故だかものすごく気に入って「公園の壁にどこまで高く小便が届くか?」とか言う子供らしいわけの分からない、そしてチョップ君の実験とは似ても似つかない悪戯をしては親に怒られたものだ。

「あはははッ!! そういえば白銀ってチョップ君に似てるかも!」

「あーーー!! ホントだー! わかるわかるっ!!」

「ギャーー!!やめてやめて! 言わないでお願いッ!!」

 まさか最初の世界で似てると言われたキャラの遊びをしていたてとはッ!!『何やってるんだオレ? いや何やってたんだオレ?』とばかりに武は両耳を塞ぎ地面を転げまわる。

「……我はその『ちょっぷ君』という者は知らぬのだがどのような存在なのだ?」

「私も存じませんが……武の様子を見ると大方の予想がつきますね」

「……陽狐さん……冥夜……お願いだからもうこれ以上は突っ込まないで」

 武は力なく身を起こし思いっきりため息を吐く。

恥ずかしい心の中のアルバムを開かれて何だかどっと疲れた感じがする。

「はぁ……ところで陽狐さん……ここで遊んでて良いんですか? BETAがすぐそこまで迫って来てるんですよ?」

 話題転換とばかりに武は白面に質問する。

 何か遊んでるのが楽しくて他の207B分隊も忘れていたが、武の言葉で白面の方を見る。

 今武達がいる場所は蒼白い燐光が輝く広い空間。

 目の前には何百メートルとあるのではと思う輝く大岩のような物体。

 そう、ここは人類がハイヴ攻略戦で目指すべきゴール地点、『反応炉』である。

 反応炉に到着した後、白面は尻尾の1つが今もなお煙のような物を延々と吐き出し続け「良し! 虫除け完了!!」とか言っていたが……。

「ん……? BETAか? もう決着は着いたぞ?」

「「「「「は……?」」」」」

 白面の言葉に武達は間抜けな声を上げる。

「この煙は対BETA用の虫除けのような物なのだ。そういうわけで害虫駆除が完了するまでの後数時間、もうしばし我に付き合え」

「……え~と、わかりました」

 正直言うと全然わかっていないが、曖昧な返事をしながらも武は白面の言う事に従う事にした。

 仙台基地から出る時「我と遊んでもらう」みたいな事を言っていたが、まさか比喩でもなんでもなく本当に白面と遊ぶ事になるとは。

 混乱した脳みそが冷静さを取り戻すのに掛かった時間は10秒。

ここにきてようやく理解できた。白面は自分達を暇つぶしの相手に連れてきただけだと言うことが。

 白面がBETA進軍がたいした事ないと言っていた事もその通りの意味だったのだ。

「う~~ん美味ッ!! 斗和子よ、もう1杯おかわりだ!!」

 武が白面の言葉を理解した時は、ちょうど白面が九尾の狐定食を注文した瞬間であった。











『伊隅大尉……』

 延々と広がる幻想的な霧の景色。

 BETAが迫ってきてるとは思えない程静かな横浜基地のメインゲート手前で水月が呟く。

『何だ? 速瀬』

『暇ですね……』

『…………そうだな』

 やる気のなくなった水月の言葉にみちるも同様の口調で返す。

 実の事を言うとBETAは2時間ほど前から既に旧町田付近に出現したらしい。

 CPの遙から既にその連絡を受けているのだが……。

 一向にこちらに来る気配がない。

 目の前に映るのは先程自分達の頬を撫でた霧でできた無数の手。

 それが縦横無人に飛び回っている。

 この霧全体が手であり口なのだろうか?

 右か左かどこからかわからないが全体からかすれた様な声が不気味に響く。

『ふふふふふ。う~れしいの。食いもんじゃ~…… う~れしいのー』

 各戦術機のコンピュータから現在の旧町田の様子をコックピット内に映し出される。

 そこには先程の巨大な人の顔をした霧の妖怪と地球外起源種との戦いが繰り広げられていた。

 ……いやそれは戦いではない。

一方的な食事風景であった。

『ひ~ひ~~』

 嬉しそうな声でそれは笑う。

 その妖怪の名前は『シュムナ』。白面の眷属であり霧でできたこの妖怪には打ったり切ったりはもちろん雷も効かない。

 BETAの進軍において厄介なのはその物量だ。

 無限と思われるその数を36mm等の弾丸でお見舞いしようと死体がバリケードになって次々と押し寄せてくる。

 だがシュムナにはその概念は役に立たない。

『ひひひ。だめだよ~う。おまえらは~食われるよ~』

 大地がめくれるのではないかと思うほど巨大な音と共に次々とBETAが顔を出す。

 だが次の瞬間にはもうBETAは泡のように溶けて消える。

 焼けた大岩をも一瞬で溶かすシュムナのその溶解力は異常とも言える物であり、BETAと言えどもその例外ではなかった。

 しいて上げれば突撃級や要撃級のモース硬度15以上の装甲部分が、中身だけ食われた蟹の殻のようにゴトリと大地に捨てられるが、それも十数秒後には跡形もなく消えていく。

 BETAの物量がシュムナの前にまるで役に立っていない。

『むだよ~う。むだ~~』

 シュムナを貫くのはBETAのレーザー光線だ。

 だがそれも虚しくすぐに元の形を取り戻し光線級をしゃぶりつくすように食らう。

 さらに笑い声を上げながらシュムナは手を伸ばす。

 形を持たないシュムナの霧の手がBETAが出現してきた穴の隙間へと忍びより、奥に引っ込んでいたBETAまでも食らい尽くす。

 その無限とも言える食欲、そして関東地方を覆い尽くすこの巨大さ。

 かつての白面ならここまでのシュムナを生み出すことはできなかったが、BETAの戦闘力を吸収した今の白面ならこの程度の事は容易な事なのだ。

 また白面によりシュムナはBETAだけを食うように命令されている。

 人類との混戦状態もクソもなく2次被害すらほとんど起きていない。

 BETAの習性として外からハイヴに帰る時、メインシャフトから行儀良く入るという物がある。

 つまりBETAは横浜基地に地下から進行している物の、一度必ず地上に顔を出さなくてはいけないのだ。

 例えその一回の息継ぎで死に到る瘴気に満ちた地上であったとしてもBETAは顔を出さなくてはならないのである。

『……ヴァルキリー5よりヴァルキリー3……『ベータ』』

『ヴァルキリー3よりヴァルキリー4……『対レーザー弾頭』』

 暇を持て余したのか水月がいきなりワケのわからない応答を孝之にする。

 孝之はそのまま水月の意図を理解したのか、今度はそのまま慎二に振る。

『……ヴァルキリー4よりヴァルキリー6……『ウラリスクハイヴ』』

『……ヴァルキリー6よりヴァルキリー7……『ヴァルキリーズ』』

 続いて慎二、宗像が何の感情も無いまま答え風間に応答が行ったその時だった。

『こら貴様ら! 暇だからってしりとりして遊んでるんじゃない!!』

 みちるの怒った顔が搭乗していた不知火のコックピットにアップで映し出される。

『う……すいません大尉』

 そう言いつつ水月の声にいつもの覇気がない。

 戦闘態勢入っていた状態からすっかり拍子抜けしてしまい、緊張が切れてしまったのである。

 伊隅ヴァルキリーズだけでなく他の衛士達もやる事が無く、ただ立ち尽くす。

 第1防衛線ではたまにBETAが自分の足元から出現するがそれでも一瞬でシュムナに溶かされる。

 これで死ぬ衛士ははっきり言って間抜けである。

『ヴァルキリーマムより各機!! BETAが第2防衛線より地下から出現!!』

『『『『『――!!』』』』』

 遙の通信に緊迫が高まる。

 BETAが第3防衛線の旧町田から進行するのを諦めたのだろうか?その可能性は十分にありえる。

『ヴァルキリーマムより各機。BETA消滅しました』

 1秒と掛からないで続けざまにコールされた遙の言葉にヴァルキリーズはガクッとずっこける。

『伊隅大尉……』

『何だ? 速瀬』

『暇ですね……』

『…………そうだな』

 先程と同じ台詞を言い合いながら延々と続く霧で覆われた風景を水月達は見続けた。

 1999年10月26日の日本帝国、建設中の国連太平洋方面第11軍・横浜基地周辺。

 天気は晴れ時々『濃霧』。

 本来横浜基地にとって壊滅的な事件が起きたような気がしたが、死傷者『0』というこれと言って特筆すべき事は何も無い実に穏やか1日であった……。







あとがき

 前回の話と合わせてここまでが「日常編」です。

 え? 戦闘? そんなものありましたっけ?



[7407] 第弐拾参話 破滅の鐘
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/10/28 01:48
第弐拾参話 破滅の鐘





「う~~! 終ったぁ~~!」

 BETAの進行から一夜明けた今朝、死傷者『0』の完全勝利に浮かれた気分で武はダッシュで外に出る。

 カラッと晴れた青空がまるで今の自分の心境を表しているかのようだ。

 前の世界の横浜基地へのBETA襲撃の結果を知っている武からすれば最早笑うしかなく、異常にテンションが上がるのも仕方がないと言えよう。

 涼しい空気に肌に気持ちいい。

 建設中の横浜基地から塗装工事の独特の臭いがするが、今の武にはそれすら気にならない。

「…………あッ!」

 不意に武は何かに気付き足を止める。

 浮かれていた表情がどこか憂いを帯びた物へと変わる。

 乱れた軍服の襟元を正し、左右の袖の皴を手でならす。

「…………こんな時何ていえば良いんですかね? ……やっぱりお久しぶり……でしょうか?」

 横浜基地正門前の急斜面。

 ここは『前の世界』で自分にとって恩師や先輩、同期の仲間が眠っている横浜基地の桜並木の場所である。

 もっとも建設途中の横浜基地にはまだ桜は1本も植えられていない。

 前の世界とは明らかに違う場所であると言う事はわかっているのだが、それでも武からすればどうしても感傷に浸らざるを得ない。

「……あれからオレ……世界から消えちゃって……気がついたらまたループしてたわけなんですけど」

 途切れ途切れの口調で自分の近況報告する武はどこか照れたような表情だ。

 黒い軍服が太陽の日差しを吸収したせいなのか顔が熱い。

「それがさ! 聞いてくださいよ! 今回のこの世界にもBETAがいるんですけど……何ていうのかな? 陽狐さんって言うイレギュラーのせいで一言とでいえば笑えるっていうか……こんな御都合主義な事が合って良いのかっていうか」

 武は「ハハハ……」とわざとらしく声に出して笑いながら前を見る。

 武の記憶に蘇る前の世界の彼女達の死……。

 その散り様は誇り高く、とてもじゃないが自分では真似できない。

 今でも胸が苦しくなるほど切ない記憶だが武にとって忘れてはいけない大切な記憶だ。

 それでも作り笑いとは言え笑顔でいるのはそれが彼女達から教わった衛士の流儀だからである。

 もしこの場でしんみりと湿気た表情で近況報告などしようものなら恐らく水月あたりにぶっ飛ばされているだろう。

「……もうすぐあの『桜花作戦』がこの世界でも開始されようとしています。成功率はぶっちゃけた話100%だと思います。……ですがそれでも、並行世界のあの世からでもオレ達の事を見守っていてください」

 武は目の前にあるはずもない桜の木に向かって敬礼をとる。

 外観としては殺風景すぎる横浜基地の急傾斜を吹き抜ける風の音が武の耳には大きく残る。

「タ~ケ~ル~ちゃ~ん!!」

 正門の方から自分を呼ぶ純夏の声に武は振り向く。

「もぉ~~! 置いていかないでよ~~」

「まったく。もうすぐ仙台基地に戻るんだから勝手な行動は慎みなさいよ?」

「元気ですね~たけるさん」

「こっちはずっと戦術機の中で待機して疲れてるんだから余計な体力使わせないでよ」

 そこには純夏だけでなく207B分隊や伊隅ヴァルキリーズの面々が武を迎えに来た姿があった。

「……そなた泣いておるのか?」

「えッ!?」

 純夏と一緒に来た白面が怪訝そうな顔をする。

「うわ~~本当……タケルちゃん大丈夫?」

「……悩み多きお年頃?」

 純夏と慧がいきなり泣いてる武の顔を覗き込む。

「ち、違えよ! ちょっと目にゴミが入っただけだって」

 ベタな言い訳をしながら武は軍服の袖で自分の涙を拭く。

 目の前にいる彼女達の姿を見てまるで前の世界で殉職した彼女達があの世から帰ってきたように思えたのだ。

 ……ちょっとタイミングが悪すぎであった。

 いやこの場合は良すぎたと言うべきか?

 武がつい今しがた虚空に話しかけていたメンバーの殆どが揃っていたのだから。

「ほらタケル! 何をしている! 置いて行くぞ」

「あ、あぁっ! 待ってくれよ冥夜」

 仙台基地へと帰還しようと第1滑走路に向け足を向ける皆の後を武は追いかける。

「シロガネ~あんた何泣いてるのよ? もしかして恋のお悩み? だったらお姉さんに相談してごらんなさいよ?」

「「「「「えッ!?」」」」」

 水月の言葉に207B分隊が動きを止める。

「だ、だから違いますって! 何言ってるんですか速瀬少尉」

「それとも欲求不満で溜まっているのか? それなら今夜あたり私が相手をしてやろうか?」

「ちょ、ちょっと宗像少尉!? 勘弁して下さいよ!」

「ム~~~!!」

「だから違えって言ってんだろ純夏! 拳を構えるなッ!」

 宗像にからかわれ、それを真に受けた純夏を初めとした207B分隊の突き刺さる視線が痛い。

 騒々しい桜並木を武は後にする。

 久しぶりに訪れた横浜基地の懐かしい空気が妙に心地よかった……。











――1999年10月28 午後16時 仙台基地――



 『桜花作戦』……それが今回の国連が統率する人類史上最大の軍事作戦の正式名称である。

 攻撃目標はオリジナルハイヴ、最優先事項は最深部の『あ号標的』の完全破壊。

 作戦の第1段階ではユーラシア大陸の最前線を一斉に押し上げて、敵支配圏外縁部に存在する全てのハイヴを同時に攻撃する。

 米国航空宇宙艦隊による各ハイヴへの軌道爆撃から始まり、地上部隊の間接飽和攻撃、臨海部ならこれに各国海軍の艦砲射撃も加わる。

 この後戦術機甲部隊が戦域に突入し陽動を開始。

 各国の軍隊は総力を挙げてオリジナルハイヴから周辺のハイヴの戦力を引き離す。

 ……と、ここまでが前の世界の『桜花作戦』と同じだがここからが微妙に違う。

 前の世界では国連宇宙総軍の低軌道艦隊がオリジナルハイヴへ反復軌道爆撃を開始。

 重金属雲濃度が規定値に達するタイミングに合わせて、国連軌道降下兵団2個師団が強襲降下と言うものだったが、今回は第1段階での陽動で敵の3次増援を各戦線で確認でき次第白面が仙台基地から出撃。

 オリジナルハイヴを白面が目指し『あ号標的』を破壊と言う単純極まりないものだ。

 ……こういっては何だが第1段階の陽動作戦ははっきりいって飾り、もしくはオマケである。

 いや、人類の意地と言うべきか?

 今回の作戦、実の事を言うと人類と白面が細かい作戦のやり取りを決めたわけではない。

 白面曰く「適当にオリジナルハイヴ潰すから他の作戦はそなた達で決めろ」との事だ。

 例によって例の如く大雑把で作戦とも言えない作戦だが人類もようやく理解した。

 白面は本来出撃前に緻密な戦略を立てていく策略家なのだが、それをしないのは白面が必要ないと判断しているからだと。

 むしろ圧倒的実力のある白面をわざわざ人類の細かい作戦で縛るという事は、逆に白面にとって足枷にしかならないのだ。

 だがその代わりにこちらも自由にやらせてもらう。

 BETAを一刻も早くこの星から根絶やしにする……人類が待ち望んでいたこの時のために今まで多くの同胞を失ってきたのだから。

 ……黄昏に染まる西方の空の下にあるユーラシア大陸に向け、今多くの将兵達が日本から出撃する。

 旅立つ者達は皆まだ若い。

 10代後半から20代後半までの、平和な時代ならば何かやりたい夢の1つや2つ持っていてもおかしくない年齢層が全軍の7割近くを占めている。

 そんな未来ある若者達に戦う事しか教えられなかった自分達を許すなという仙台基地のラダビノッド司令の演説はこの世界の大人たちの気持ちを代弁していた。

「……まりも見て御覧なさい。……アンタの子供達が……行くわ」

「……そうね」

 香月夕呼の隣りには親友の神宮司まりもが横に並ぶ。

 お互い無言で見つめる赤い夕日が目に眩しい。

「……夕呼」

「何かしら?」

「今、私の顔をあたかも死んでしまったかのように夕日に思い浮かべてなかった?」

「あらごめんねぇ~。何故かそうしなくちゃいけない気がしたのよぉ」

 詫びいれた様子のない親友の様子にまりもは「しょうがないわね」と諦めた口調で夕呼に笑いかける。

 本来失礼極まりないのだが何となく怒る気にはなれなかったのだ。

 ここではないどこか別の並行世界では、彼女はこの光景を1人で見ていたのだろうと、まりもはそんな気がした。

 ……衛士達を見送るために用意された祭壇の上に立つ白面の者。

 思えば白面がこの世界にやって来たとされる半年以上前からこの世界は大きく分岐したのだろう。

 人類の存亡をかけたこの作戦で当の本人である白面は何を思うのか?

「………………」

 無言状態の白面をテレビカメラが写し出す。

 作戦開始まで後わずか……ある衛士は戦術機の中で待機しながら、ある技術者は兵器のメンテをしながら、ある者は戦線の方角を見つめながら、全国一斉生中継で放送される白面の言葉に耳を傾けている。

 ……さて、どうした話をしようか?

 白面の頭の中で過去に見てきた人類の歴史が思い返される。

 自分のために作られた仰々しい祭壇。

 オリジナルハイヴへこれから出撃する自分を見送るために多くの人間が集合している。

 何の気無しに周囲を見渡す白面の視界に、冥夜と悠陽の姿がたまたま目に止まった。

 冥夜は祭壇の下、悠陽は自分と同じ祭壇の横にそれぞれ立っている。

 彼女ら2人を見たその瞬間、白面は自分にとって最も忘れがたい、――否、忘れたくても忘れる事の出来ない存在が脳裏に浮かぶ。

「…………2体で1体で最強」

 それは自身の宿敵を表す1つの代名詞。

 呟く程度の声のはずなのに、白面の言葉が広い仙台基地全体にはっきり聞こえた。

「かつて我のいた世界でそういう者達がおった……。単体ならばいざしらずその2体が組む事でその力が無限の如く上昇させる者達が……。その2体は人の言葉でいう相棒や戦友といったものであった」

 夕日に照らされた銀色に輝く白面の髪が紅く反射する。
 
「その2体の片割れは人間。もう1体は我と同じく化物……。人種どころか種族すら異なる者達ですら結束する事が可能だったのだ。同じ人間であるそなた達に彼の者達と同じ事ができぬはずがない……。我は知っておるぞ? 結束の力がいかに強いものかを。そう『他の誰より』良く知っている」

なんとも皮肉な事をと白面は自嘲する。

 かつて憧れ、憎しみ、恐れたあの者達の力を自分がこうして語ることになろうとは。

「これより始まる桜花作戦。かつて無いほどのBETAの大群と相対する事となろう……。だが恐れな。BETAなど所詮数が多いだけの雑魚に過ぎぬ。やつらの敗北は天の理、地の自明也!! ……見せ付けてやるが良いそなたらの力を!」

 白面からすればこの世界の人類がBETAにここまで追い詰められるのが信じられない。

 人類が一丸となって戦う時の真の力は、自分をも倒せるほど強大な物となるというのに。

「願わくば平和を取り戻した後にも今日と言う日の事を忘れないで欲しい。絶望の夜が明ける朝日の如く輝くであろうその光景を……。そしてそれが人類の栄えある未来への道しるべとならん事を我は祈ろう」

 その言葉で白面は演説を締める。

 目を閉じ、一呼吸空けた白面の纏った空気が変わる。

 まるで日本刀のように鋭く、触れただけで肌が切れるような緊張感。

 次に出る白面の言葉を人類は待つ。

 準備は万端。

 気力は十分。

 人類はこの時を待っていた――。

「では、これより桜花作戦を開始する!!」

 白面の宣誓に対して割れんばかりの歓声が広がる。

 それは仙台基地のみに留まらず世界中で共鳴し合い、まるで地球全体が震えるかのようであった――。











「ヌゥ……さすがは天然素材よなぁ。美味ッ!!」

 仙台基地の客室。

 自分の出撃時間までの僅かな間、精神集中するとか何だかんだ理由をくっつけて1人待機していた白面は天然素材の九尾の狐定食を頬張る。

 その姿からはこれからオリジナルハイヴに向かうような緊張感はまるで見られない。

「……お疲れ様です。陽狐さん」

「……タケルか」

 建て付けの悪くなった扉から錆付いた音が漏れ、そこから武が遠慮がちに顔を出す。

 武の他にも純夏達207B分隊、夕呼、霞、まりもの姿も後ろから現れる。

 武達の姿を確認した白面は箸を置き、茶をすすって一息吐く。

「すまなかったな。そなたも鉄原ハイヴに他のA-01と一緒に行きたかっただろうに」

「いえ、気にしないでください。陽狐さんの見送りが終わりましたら、オレもすぐに向かいますから」

 今回の桜花作戦において伊隅ヴァルキリーズを含めたA-01はすでに鉄原ハイヴへと向かっている。

 ただ武は白面から自分を見送るよう言われたため後から遅れて向かうこととなったのである。

 武も偶然だろうが何だろうが『皆を助けたい』という願いを込めて白面をこの世界に呼んだのだから、この瞬間に立ち会うのは自分の義務だという事で納得した。

 もっともこの事実を知っている者は夕呼と霞しかおらず、他の者たちには本当の理由を話していない。

 白面からすれば他の伊隅ヴァルキリーズにも一緒に見送ってほしかった所だが彼女達は先に戦場に向かう事を選択した。

「陽狐さん。今更オレが言うのも何ですけど人類をよろしくお願いします」

「うむ。任せておけ」

 頭を下げる武に白面は何でもないように了解する。

 武の次に霞が寂しそうな表情で一歩前に出る。

「……陽狐さん」

「……霞よ。そんな顔をするでない。少々日本を離れるだけだ」

「約束……ですよ?」

「あぁ、了解した。また会おうぞ」

 そう言って白面は霞の頭を撫でる。

 霞の狐耳がいつもより垂れ下がり気味である。

 そう、白面はオリジナルハイヴを撃破した後は世界各国のBETAを駆逐していかなくてはならないのだ。

 つまりこの桜花作戦が終った後しばらく武達と離れなくてはならない。

 今回白面が親しかった者達とのこういった別れの時間を設けたのはそういった理由があったからだ。

「私の計画潰してくれちゃったんだからとっととオリジナルハイヴなんて潰してきなさいよ?」

「くくくッ……! そう言えばそなたの『4番計画』は偶然にも中止されてしまったなぁ」

「……何が偶然よ。最初からこうなる事がわかってたくせに」

 お互い似たような笑みを浮かべ合う夕呼と白面はあの『女狐同盟』が形成された時と同じように力強い握手を交わす。

「お詫びと言っては何だが手土産として反応炉の欠片でも持ってきてやろうか?」

「そうね。指輪にでもすればちょうど良いかもね。でも安っぽい所じゃ嫌よ?」

「ハハハッ!! では期待して待っておれ。ついでにまりももいるか? 指輪の材料に」

「えッ!?」

 突然話を振られたまりもはどう返事して良いのか困る。

 首を縦に振ろうものなら本当に持ってきかねない。

 すごい土産と言えばすごいが持つには個人ではいろんな意味で重過ぎる。

「良いじゃない貰っておけば? どうせ指輪を送ってくれる男性はいないんだし……今後もずっと」

「ちょっ……!! 余計なお世話よ! ッていうか今後もずっともらえないなんて決め付けないでくれる!?」

 夕呼とまりもの漫才に思わず笑い声が響く。

武も白陵柊学園で教師をしている2人の姿と今の姿がダブって見えてしまって微笑ましい。

「陽狐様。我等も参戦できない事は無念ですが、どうか人類をお頼み申し上げます」

 次に白面に声をかけたのは冥夜だ。

 訓練兵である207B分隊は今回の作戦に参加する事はできない。

 目を瞑り深々と頭を下げる。

「陽狐さん! BETAなんてケチョンケチョンにのしてきてください!!」

 純夏がドリルミルキィパンチを空中に放つ。

 切れの良い右がヒュンッと小気味の良い音を出す。

「みみ、壬姫達もここで応援してます!!」

「今回は無理でしたが私達もすぐに正規兵になって地球のBETA掃討作戦に参加して見せますので」

 壬姫は顔を赤くし、千鶴は彼女らしく敬礼を取ってみせる。

「ボク達にもお土産よろしくお願いします」

「桜花作戦の祝勝会にはぜひ天然のやきそばも追加してください」

「ははッ。良かろう。了解した」

 最後の美琴と慧の何だか良くわからない言葉をスルーせずに白面はグッと拳を突き出す。

「あ、あのねぇ~あんた達……」

 千鶴が美琴と慧を呆れ口調で注意しようとした時、入り口の扉がノックされる。

 全員一斉にそちらの方に顔を向ける。

「うむ、入ってまいれ」

「失礼致します」

 扉を開けたのは帝国斯衛の赤い軍服を着た月詠真那。

そしてその扉を征夷大将軍の正装を身に纏った煌武院悠陽が静々と入ってきた。

 その後に紅蓮、月詠、神代、巴、戎が続いて入室する。

 白を基調とした見事な色合いの装束に加え頭に被った冠の飾りを身につけた悠陽はどこか神々しさすら感じさせる。

 訓練兵の純夏達は思わず叫びたくなるのを押さえサッと道を空ける。

「……御方様。お迎えに上がりました」

 一瞬悠陽は自分の妹である冥夜の方向を見るが、すぐに何事も無かったかのように白面に恭しくお辞儀をする。

 悠陽と冥夜、白面を見送る際の人選を考えれば彼女らがかち合うのは必然なのだが、自分達の視界にお互いの存在がいないように振舞う。

 複雑な生まれのため離れ離れになった姉妹が初めて顔を合わせる事ができたにも関わらず、毅然とした態度を取る事が出来る彼女達の姿は凛々しくもあるが、やはり悲しい物を思わせる。

 武はそんな2人を無言で見つめる。

 何とかしてやりたい……。

そう思うものの自分ではどうする事も出来ない。

 征夷大将軍として振舞う煌武院悠陽、仙台基地の訓練兵として振舞う御剣冥夜。

 それぞれの立場を考えればやっている事は正しいのだがどこかやるせない。

 見るとそれは武だけではなかった。

 冥夜と同じ訓練部隊の仲間である純夏、千鶴、慧、壬姫、美琴は敬礼の姿勢を組んだまま何か言いたそう表情をし、付き人である月詠達はあえて見てみない振りをしている。その様が逆に不自然だ。

「……はぁ、まったくやれやれ」

「え?」

 微妙に流れる気まずい雰囲気の中、口を開いたのは白面であった。

 突然の言葉に悠陽は声を上げる。

 何か自分の態度に無礼があったのではないかと少々うろたえた様子である。

「古来より煌武院家には双子は世を分かつという仕来りがある……まぁ確かにそう言った風習は古い家系には珍しき物ではないが……」

「ッ!! 御方様……!」

 腰に手を当て思いっきりめんどくさそうな態度を取る白面はため息を吐く。

 将軍家の家訓を一般人である純夏達がいる前で暴露した白面に、斯衛の月詠が何か言いかけるがすぐに口を結ぶ。

「何故我が先程の桜花作戦での演説であんな事を言うたと思うておる?」

 つい1時間ほど前のあの祭壇での白面の言葉を悠陽は思い出す。

「……それはやはり御方様が仰られたように人類が一致団結する事が今後の未来につながるからではないですか?」

 悠陽が白面の質問に答える。

 武も内心それに同意する。

それは前の世界で消える間際にも夕呼が言ってたことだ。

 BETAがいようがいなかろうが人類同士が互いに協力できなければこの世界の人類に未来はないと。

「もちろんそれもある。……確かに今回の我の演説で今後は人類も協力して行こうという方針にはなるだろう。……だがだからと言って本当の意味で人類が明日から手を取り合って協力していきましょう言う事にはなるまい?」

「……それは」

 白面の言葉に悠陽は否定する事はできない。

 人間である自分が肯定するのは悲しいことこの上ないが白面の言うとおりである。

 大体白面が言ったからすぐに協力して行こうと言う風になるのであれば、人類はとっくの昔に協力している。

 それがわかっていながら何故白面はあんな理想論的な演説をしたのか?

「だが冥夜に悠陽よ。そなたらの話となれば別だ。2体で1体で最強……それは今のそなたらと真逆の事を指しておるのだがな?」

「「えッ?」」

 意地悪っぽい笑みを浮かべる白面の意図が良くわからず、悠陽は僅かにうろたえる。

「……我がああ言うたからには『双子は世を別つ』というそなたらの掟を打ち破る事が出来るのではないか?」

「「…………あッ!」」

 冥夜と悠陽の言葉がきれいに重なった。

 確かに将軍家には厳しい掟がありそれを遵守する事は当然と言えよう。

 例えそれがどれほど科学的根拠が無く理不尽なものだとしても、まずそういった掟が変わる事はない。

 ……だが白面がそれを否定したとなれば話は変わってくる。「これからは2人で煌武院家を支えていきます」みたいな事を言っても十分すじは通ってしまうのだ。

 しかも全国生中継で白面の言葉が伝わっている。

 こうなってしまってはむしろ否定する方が難しい。

「……まったく純粋なのは構わぬがせっかく与えられし好機を無に帰すのは愚かな事ぞ? 少しくらい我の言を利用するくらいの賢しさを持っても良かろう?」

「「…………申し訳ありませぬ。陽狐(御方)様に感謝を」」

 双子のシンパシーだろうか? 俯き、同時にはもったの冥夜と悠陽はお互いの顔を見合わせすぐに真っ赤になって顔を背ける。

「で、では白面の御方様がああ仰ったのは冥夜様と殿下のため……だったのですか?」

 何やら感動した様子で悠陽の後ろで待機していた紅蓮醍三郎は白面に尋ねる。

「少し……だけな? 後は先も言ったとおり人類の未来のためと、あの場で『それらしい』事を言う必要もあったのでな。……本当に少しだけだぞ?」

「……ありがとうございます御方様」

「私からもお礼を言わせてください」

 人差し指と親指で僅かな隙間を作ってニヤッと笑う白面に、歯を食いしばった表情で敬礼を取る紅蓮は胸にこみ上げてくる物を必死に抑えている様子だ。

 後ろの月詠や3バカもそれに続く。

「それじゃあ聞きたいんだけどアンタの言ってた『2体で1体で最強』の存在ってどんな奴らだったの」

 白面の言葉に思わず夕呼が尋ねる。

「……我としてはあいつらの事はあまり思い出したくないのだが……そうさな。興が乗った故ついでに教えといてやる。その2体は前の世界で絶対無敵の存在として君臨していた我に『敗北』の2文字を与えた唯一の存在だ」

「「「「「「へッ?」」」」」」

 ……一瞬白面の言っている事の意味が武達にはわからなかった。

 この目の前にいる白面に敗北を与えた?

 いやいやそれは無いだろう。

 いくら何でもそれは冗談が過ぎる。

 そんな言葉が武たちの頭に浮かぶ。

「……それは嘘よね」

「ククッ! さてな? 最も今やったら我が勝つがな」

 ふざけた口調だが負け惜しみを言うその様子から白面の言ってる事が本当だとわかる。

「さて冥夜に悠陽。もう1度だけ言うぞ? 結束の力の強さを我はよく知っておる。そなたら姉妹はその強さを持つ事ができるか?」

「ありがとうございます御方様。お任せください」

「わ、私も……その……あ、姉上と協力して行きます故」

「冥夜……」

 顔を赤くしながら何とか『姉上』と振り絞ったと冥夜の手を悠陽は両手で包み込むように握り締める。

「う、うぅ~~よかったよ~~」

「うんうん……」

 純夏や壬姫も感化したのか思いっきり泣きじゃくり、他の207B分隊も声には出さないまでも目に涙を溜めている。

「さて……我とした事が余計な事をしゃべりすぎたな。そろそろ出撃の時間が迫っておる故もう行くぞ」

 冥夜と悠陽のそれぞれの頭にポンと両手を置き外に出て行こうとする。

「「あ、あの! 陽狐(御方)様に感謝を!」」

 白面の背中に冥夜と悠陽がまた声を同時にかける。

 しどろもどろになりながら礼を言う彼女らが可笑しく白面はつい笑みを零す。

「感謝などせんで良い。所詮は我の気まぐれ。それに実際問題そなたらが手を取り合えるかはこれからの努力次第だ」

 白面は手の平をパタパタと振り、何でもないように言う。

「あぁそうだ…………それと言い忘れておったがこれは我からの礼と詫びでもあるのだ」

「礼と……侘びですか?」

「うむ。この数ヶ月間我を楽しませてくれた礼と、もう1つは冥夜を含む207B分隊、いや207部隊(仮)だったか? まぁどっちでも良いが」

 白面は頭をポリポリ掻きながら振り返り純夏達を見る。

 視線が白面とバッチリ合ってしまった純夏達は慌てふためく。

 さっきまで泣きじゃくっていた彼女達は目を慌ててハンカチで拭く。

「え? わ、私達ですか?」

「あぁ、そなた達が高い志をもって衛士になるための努力を日々絶え間なく行っている事は知っておる……」

「「「「「「は、はぁ……」」」」」」

 曖昧な返事をする純夏達を横に見ながら武は同意する。

 確かに一緒に訓練していたわけではないが、彼女達がどんな思いで訓練を積んでいるのか想像に難くない。

「先程、榊も言うておったな『正規兵になって地球のBETA掃討作戦に参加する』と」

「え、えぇ……」

 白面の言葉に自分の言葉を振り返り千鶴は頷く。

「すまんな。そなたらが正規兵になる頃にはBETAはこの星にはいない」

「「「「「「はい?」」」」」」

「知っての通り我は桜花作戦の後、BETAを駆逐するため日本を離れなくてはならぬのだが……どんなに時間がかかっても1ヶ月。それ以上はBETA共が粘ってくれまい」

 白面の言葉に純夏達だけではなく、武も夕呼も悠陽もこの部屋にいる全ての者が言葉を失っていた。

 白面の言い放った言葉は実質の勝利宣言であったからだ。

 勝てると思いつつもいまいち現実味が帯びなかった事であったが、白面が口に出したことで、それがより明確な形となって武達の心の中に現れてくる。

「は……はは…………ッ」

 思わず乾いた笑みを浮かべてしまった武を誰が責められようか?

「いやあ……本当すまんなぁ。その代わりとっととBETA潰してくるから許せ」

「あ……と……え、えぇ?」

 未だに白面の言葉を理解できない純夏は日本語じゃない言葉をさっきから口に出すのが精一杯といった感じだ。

 先程までの冥夜と悠陽の感動と白面の爆弾発言の連続攻撃は人間の正常な判断を奪うには十分な物であった。

 その様子が可笑しいのか白面は嬉しそうに純夏の肩を叩く。

「我はこれよりBETA共を滅ぼす。そなた達はそこでゆっくり……そうさな、茶でも飲みながら見ているがいい」

 最後にひとことそう言って白面は部屋を出て行く。

 残された武達はしばらく現実を受け入れるため立ち尽くす。

 白面の閉じた扉の音がバタンと部屋に大きく響いた……。

 武と紅蓮、月詠達があわてて鉄原ハイヴへの出撃の準備を整えようと動き出したのはそれから10分後の事である。









 仙台基地のはるか上空。

 西側にあるユーラシア大陸の方角を見る白面の髪が強風で煽られる。

 今日は風が強いせいか雲の動きがやけに速い。

 それはまるでこれから訪れる嵐かもしくは人類の追い風への前触れか。

「さて斗和子よ」

「はいッ! ここに!」

 白面と一緒に空中に浮かぶ斗和子はそのまま肩膝を付いた状態で頭を下げる。

「そなたは先日言うておったな? BETAに単騎駆けをするような機会は自分にはないのかと」

「ハッ! 申しました!!」

「その言、嘘偽りないか?」

「ハッ! ございません!」

「BETAに対して暴力など野蛮な事はしたくないなどと言わないか?」

「まさかっ! いくら私でもその様な事は申しませぬ!」

「そうか……」

 白面は振り返らずに腕を組みながら斗和子の言葉に頷く。

 あの日……佐渡島ハイヴ攻略戦で感じた白面のBETAに対しての苛立ち。

 その感情は白面の分身である斗和子も感じ取っていたようだ。

「ならば貴様も付いて来るが良い。その言葉を我に証明してみせよ」

「……ありがたき幸せ」

「フ……、陽の存在になってしまった影響がそなたに全部行って弱体化したかと思っておったが、何はともあれ安心したぞ?」

 日が沈み薄暗くなった星空の元、白面は斗和子に笑いかける。

 多少丸くなるのは良いが、さすがに斗和子の変わりようはさすがにきつい。

「ご安心を……わたくしは他人を守るためなら無限の力を発揮できますから」

「け……けえ…………!?」

 やっぱり戻ってなかった……。

 例によって似合わなさ過ぎる斗和子の言葉に一瞬空から落ちそうになった白面だったがすぐに体制を立て直す。

 こめかみを押さえながらも頭を2、3回振り、白面は大きく笑う。

「ク……カハハ……まったくそなたは空気を読まぬか? 危うく死ぬ所であったぞ?」

「フフ……申し訳ございませぬ」

 斗和子に対して免疫の付いた白面はため息を吐いて再び斗和子に背を向ける。

「まぁ良い。BETA共を倒すのに力を発揮できるのであれば問題はない。…………戻れ斗和子よ」

「……御意!!」

 斗和子の体が人間の形から徐々に変化して、やがてそれは大きな白面の銀色の毛のような形となる。

 斗和子だった存在が吸い込まれるように白面の体に飛び込み、そして消えていく。

 誰もいなくなった上空で白面は数秒間1人たたずむ。

『さてと……そろそろ我も行くか』

 白面の声が人間の女性のものから重さを含んだものへと変わる。

 眩い光に包まれながら徐々に獣の姿へと変貌をとげるその光景はいつ見ても幻想的。

 星明りに照らされ白銀に輝く体毛と九つの尾を持つその姿。

 圧倒的なまでの巨体が仙台基地に影を落す。

 佐渡島の時と同じように誰もがその姿に戸惑い言葉をなくす。

 だがそこから放たれる圧力はあの時より更に数段上回る。

 何故なら佐渡島の時と違い、白面の尾には斗和子、シュムナ、くらぎ、あやかしの姿があり、もう2本の尾からは婢妖と黒炎が次々と湧き出している。

 生き物とは違う形をしているのは無数の刃で出来た尾と、雷と嵐を身に纏った尾。

 変化していないのは9本目の尾だけである。

 完全に戦闘態勢に入った白面の姿がここに来て初めて現れた。

 白面が鋭い目を細める……。

 その視線の先に映るは1973年に完成して以来の難航不落の要塞オリジナルハイヴこと通称カシュガルハイヴ。


『BETA共よ、我を見るがいい。……見て恐怖せよ。おのれらの恐怖こそ、未知の我に対する恐怖こそが! 我の……力なれば!!』


 難航不落の要塞に向け、無限の暴力を乗せた9つの尾を持つ白銀の獣が飛び立った。

 ……この日この瞬間、BETAに対する破滅の鐘が鳴らされたのであった。



[7407] 第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 前編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/11/11 23:07
第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 前編




――1999年10月28日 日本時間 午後18時07分――


 ユーラシア大陸……BETAの前線基地であるハイヴが20以上存在するこの大陸は、1973年のユニット落着以降BETAの侵攻に晒されてきた。

 人類の英知を嘲笑うかの如くただ物量に任せて突き進むBETAの侵攻は、わずか20年余りで大陸の覇権を人類から奪い取り、その勢いは留まる事を知らない。

 高々にそびえ立つ山脈、人々に恵みを与える一方、時には過酷な環境を与える自然。

 何千年と築き上げてきた人類の文化遺産。

 その全てが等しくBETAに荒らされ、破壊され、この地球上から姿を消していった。

 人類に敵対的な地球外起源生命が溢れかえる大陸最戦線に赴く兵士達には常に死神の影が付きまとう。

 そして今、巨大な影がこのユーラシア大陸のはるか上空を、日が昇る方角より天を切り裂きながら突き進む。

 その飛行物体の正体は白面の者。

 極超音速で飛行する白面を空気抵抗により生じた摩擦熱が紅く染め上げている。

 超高温に晒されながらもその白銀の毛並みは先端部分すら焦がさない。

 白面の尾が薄暗い夜空に焼け焦げた爪跡を刻みつける。

 その数9本。

 爆音と衝撃波を撒き散らしながら白面はオリジナルハイヴへと向かう。

『…………1つ……』

 白面の2つの尾からどす黒い雲のような塊が延々と吹き上げている。

 その正体は婢妖と黒炎の塊。

 空を埋め尽くす白面の眷属の数は兆を軽く超え、最早数える事すら叶わない。

 日本との時間差によりまだ若干明るい東南アジアの空が黒い雲で覆われ、日の光を遮る。

『…………2つ……!!』

 白面を先程から100以上の眩い光が照らしている。

 光線級のレーザー照射である。

 光化学兵器であるBETAの対空兵器はいかなる物でも上空からの進入を許さない。

 だが白面からすれば暗くなった大陸から放たれる無数の光源は丁度いい夜道の街灯に過ぎない。

『………………3つ!!』

 白面の目には初めて地球に作られたBETAの拠点『オリジナルハイヴ』が既に捉えられている。

 このまま真っ直ぐ進めば物の数分で辿り着くだろう。

 だが白面は……その進路を……手前2000kmの所で……変更した――!!









――日本時間 午後19時18分 ボパールハイヴ戦域――



『てめぇらぁああーーーッッ!! 誰に断ってそこでたむろしてやがんだぁーー!!』
 
 怒りの咆哮と共に繰り出されるF-15・ACTV(アクティヴ・イーグル)が手に持つ突撃砲からの弾丸が、BETAの体を抉り大地に屍の山を築いていく。

 操縦席に映るBETAの群れに殺意の視線を向けるのはネパール陸軍少尉のタリサ・マナンダル少尉である。

 年端もいかない彼女の褐色の顔立ちが、BETAに対する憎しみで歪んでいた。

 桜花作戦における人類のBETAへの陽動。

 自分の戦場担当がボパールハイヴに決定した時、彼女は歓喜した。

 故郷であるネパールの喉下に突き立てられたBETAの拠点。それがボパールハイヴなのだから。

 もしかしたらこれは偶然ではなく、故意に与えられた物なのかも知れない。

 担当する場所が自身の故郷ならば誰であろうと自然とモチベーションが上がる。

作戦の成功率がほんの……例え毛先程度だろうが、わずかでも上げようとするのは十分考えられる。

 普段は軍に身を置くものとして問題的な行動を取る事も少なくない彼女であったが、この時ばかりは上官に素直に心から感謝した。

 戦場を転々としながらも衛士となってから国連軍と行動を共にしていた彼女は祖国の元で戦ったことはない。

 ――いつか必ず帰る。

 およそ1年前、かつて所属していたアンダマン島のオースティン基地から水平線の向こうにあるであろう自分の故郷を何度夢見てきた事か。

 右手の指で数えられるくらいの年齢であった幼い頃、その目で見たネパールの大地。

 故郷を追われ、難民キャンプ生活をする羽目になった時に母が故郷からもって来たBETAが飛来する前のヒマラヤ山脈のモノクロ写真。

 世界の屋根と呼ばれるこの地球上で最も高い山脈こそが彼女の故郷だ。

 白黒の単一色彩の写真からでも感じ取れるその雄大さ、白く雪化粧が施された美しい姿。

 幼いながらもその写真を食い入るように見つめたことを覚えている。

 グルカ族の衛士としてスカウトされて難民キャンプを離れてから今日に到るまで、長い時間の経過によりヒマラヤ山脈のあの写真を完璧に覚えているわけではない。

 毎日生きる事に必死であった戦場での経験がいつの間にやらその景色をおぼろげな物にしていたのだ。

 だがそれでも……ただ綺麗だったという事は覚えている。

 10年近くの時を超え、ようやくあの景色の場所に戻れる……。

 期待に胸を躍らせ戦場に降り立ったタリサは懐かしい自分の故郷をその黒い瞳で見る事ができた。

 ……だがその目に映ったものは期待を裏切る厳しい現実だった。

 雲より高くそびえ立っていたはずのヒマラヤ山脈は今ではBETAにより削られ、その高さはかつての半分にも満たない。

 白い雪が太陽の光を反射するわけでもなく、あるのはただ植生の一切が失われた禿山だった。

 本当はわかっていた。

 ユーラシア大陸はどこもBETAによって平にならされているという事を。

 だがそれでも心のどこかで淡い期待を持っていたのだ。

 あの世界最高峰の山脈なら大丈夫だろうと。

 そしてなおヒマラヤ山脈に齧りついているかのように張り付いていたBETAの群れを見た時、タリサの中で何かが切れた。

『……くそッ、くっそォォォッ!!』

 手に握る操縦桿がいつもより熱い。

 体にかかる戦術機動のGなどもはや二の次だ。

『当たんねぇんだよッ!! このウスノロが!』

 突っ込んでくる突撃級をかわし、逆に36mmの弾丸を後ろから食らわせてやる。

 新米衛士なら我を忘れるほどの憤怒の感情がタリサの心を満たすが、それでも潜り抜けてきた実戦経験とグルカ族としての戦闘センスが彼女に冷静な判断力を与える。

『パハール1! フォックス3!!』

 恩師から一人前の戦士として認められた際に受け取ったククルナイフが揺れるコックピットの中で音を立てる。

 それはまるでタリサの怒りに共鳴しているかのようだ。

『パハール1! いささか突っ込み過ぎです! 戦線を維持してください! ――マナンダル少尉、聞こえてますか!?』

『聞こえてるってーの!! 騒ぐなパハール2! アタシは冷静だよ!』

 放たれる突撃機関砲の轟音に負けじとタリサは怒鳴り返す。

 直情型のタリサとは逆に温厚な常識人であるパハール2ことパウルス・アメイ少尉が今回タリサと組んでるエレメントだ。

 彼女はタリサがアラスカに移動する前のアンダマン基地軍で共に行動していた顔馴染みでもある。

 久しぶりの再会であったが性格が違う彼女達はお互い足りない部分を補い、コンビネーションもバッチリであった。

『――HQより全機に告ぐッ!! フォックス9! 繰り返すフォックス9!!』

『『――――ッ!!!!』』

 突然のオペレーターからの緊急コールにタリサとアメイ少尉は自分達の耳を疑う。

 フォックス1,2,3はそれぞれ攻撃時に味方に伝える警告宣言だ。

 そして今回オペレーターが叫んだ『フォックス9』これも味方に伝える警告宣言。

 しかしこの意味は前者のフォックス1,2,3とは異なる。

 桜花作戦で人間と白面が取り決めた唯一のコールサイン。

即ち『フォックス9(九尾の狐)接近。直ちに避難せよ』

『くぁ――ッ!!』

 自分の後方から数千本の刃の塊が降り注ぐ。

 1本1本が要塞級以上の超巨大な刃が、タリサが今いるネパールとインドの国境付近から十数キロ離れたBETAを無慈悲に突き刺して墓標の山を形成していく。

『あ……あ…………』

 フワリと体重を感じさせないで舞い降りたのは白銀に輝く1匹の獣。

 その名を白面の者――!!

 コックピットに映る白面の姿をタリサは凝視する。

 ジャラリと垂れ下がった刃の尾。

 この刃の1枚1枚を先程弾丸のように飛ばしBETAを貫いたのだろう。

 白面の大きさは要塞級の2倍程度の大きさ。

 大空から降り立った時にいつの間にやら調整したのか、あの佐渡島ハイヴの映像の時より10分の1くらいの大きさだ。

 その白面の体が得物に襲い掛かる時の肉食獣のように僅かに沈む。

『やめろォォォ!!』

 何故、そう叫んだかタリサにはわからなかった。

 しかし、今……幾多の戦いをくぐり抜けてきたタリサの勘が――全力で不吉を告げていたのだ。

 そして――。

 自分達の怨敵である数千のBETAが――あたかも木や布のごとく砕け散った。

『こ……これが、白面の者!!』

 初めて目で見た白面にタリサが震えた声をかすかに上げる。

 左右に伸ばした刃の尾と、雷と嵐の尾がBETAの命を刈り取っていく。

 だが彼女が驚嘆するのはそれだけではなかった。

 ガリガリとまるで金属が削れるかのような不快な音が、白面の飛ぶ何も無い筈の空間から聞こえる。

 その音の正体。

 空中高く吹き飛ばされたBETAの肉片と血飛沫が数百キロの範囲を赤黒い霧景色に変える。

 血でできた霧のキャンパスに幾重にも重なった直線と鋭角でできたギザギザな軌跡が描かれている。

 そこから推測できる事はただ1つ。

 極超音速を行いながらの鋭角機動……。

 先程から聞こえるこの音は白面が空気の壁を切り裂き、なおも強引に何度も何度もジグザクに方向転換しているからだ。

 人間では戦術機を用いても絶対不可能な機動だが、白面からすればこの程度の機動はたとえ尾がちぎれ、全身にヒビが入り両目が潰れた満身創痍な状態でも可能な動きである。

『『――ッ!!』』

 人工衛星から送られてくる映像がボパールハイヴ近辺の状況を映し出す。

 地上にいたBETAを一瞬で片付け、空中高くに跳躍した白面がモニュメントに向かいあやかしの尾を伸ばし、巻きつけ、一気に螺旋軌道を描き急降下する!!

 重力加速する自分の体を一気に減速、左に滑らせ縦軸反転。

 そのまま円軌道を描く。

『――あれは!!』

 ククルナイフ……タリサが編み出した独自のコンビネーション機動と同じものである。

『モニュメントがッ!?』

 縦軸反転の円運動の力により次の瞬間ズボッと間抜けな音を出しボパールハイヴのモニュメントが大根のように地面から引っこ抜けた。

 そしてククルナイフの機動を終えた白面の口は当然主縦坑に向いている。

『ちょっと待てぇええ!!』

 タリサの言葉を無視してあの圧倒的な火力が佐渡島と同様再びボパールハイヴに叩き込まれる。

『――4つ目ッ!!』

『……くっ……そおォッ――ふざけるなァァァ!!』

 タリサは白面に向かって叫ぶ。

 まだ自分は全然暴れたり無い。

 かくして20万以上のBETAを保持していたボパールハイヴは1刻と待たずに消滅した。

 動くBETAが全ていなくなると――。

白い顔に亀裂のような笑みを浮かべ、白面の者は天空に消えていった。









――日本時間 午後19時54分 ブダペストハイヴ戦域――



『――なんだ……ありゃぁ……』

 イタリア共和国陸軍少尉、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉が自分の目に映る物体の正体が良くわからず、目を細める。

 空を飛ぶ謎の飛行物体。

 ついさっき自分達の戦域上空に突如として現れた白面が何かをブダペストハイヴに向けてぶん投げたのだ。

 黒く、鋭利な刃物が折り重なったような巨大な物体。

 どこかで見たことがあるような気がするが……?

『いや……まさか……』

 普段はラテン系の軽いノリの彼だがどんどん近づいてくるその物体に対して驚愕の目が見開かれる。

 その正体に気付きかけたが彼の常識がそれを否定する。

 真っ白な肌に垂れる汗。

 ゴクリと一回大きく喉が鳴る。

 その物体がブダペストハイヴのモニュメントと一緒に映った時やっと認めた。

 白面が投げつけた物体がつい数十分前に引っこ抜いてきたボパールハイヴのモニュメントだということを!!

『――クッ! うおぉぉおおーーーー!!』

 モニュメント同士の衝突で発生した地響きにヴァレリオは機体の姿勢を維持する。

 地面から感じる揺れは今まで体験した戦術機のコンビネーション機動より酷い。

 互いに砕け散ったモニュメントの土煙を白面の巨体が払いのけ、刃の尾を主縦坑に向ける。

『……ハイヴを落すのに小手先の能力など必要ない。我が尾の一撃で十分事足る!!』

 白面の尾の刃が目に見えて巨大化し逆立つ。

 それは己が筋力を最大に活かして殴りつけるだけの人間でもできる単純極まりない攻撃方法。

 白面の尾が地面に垂直に振り下ろされる。

 空気の壁を切り裂き摩擦熱で赤銅色に燃え上がる刃の尾はさながら隕石の落下を思わせる。

『――ちぃッ!!』

 今度ばかりは姿勢制御だけでは危険と判断したヴァレリオは跳躍ユニットを機体前面に展開して急速後退をかける。

 白面の尾が主縦坑に衝突した瞬間に生み出されたエネルギーが爆発し、高温高圧により頑丈が売りのハイヴが融解する。

 その破壊力は核兵器すら生温い。

 震度6を超える地響きと共に何万tという土砂が吹き上がる主縦坑周辺の景色を見て、ヴァレリオは今回の作戦が陽動作戦でよかったと心の底から思った。

 現在はブダペストハイヴ周辺30kmに誰もいないが、もし攻略作戦など行っていたらその近辺にいた衛士達は一瞬でこの世から姿を消す事となっただろう。

 いや、誰もいない事を知っていたからこそ白面はこの1撃を放っただろう。

 自分の渾身の一撃が引き起こす2次災害など放った白面自身が良く理解している。

『フンッ――!!』

 白面が刃の尾に力を込める。

 ブダペストハイヴ周辺の大地が一気にひび割れ、悲鳴を上げる。

 衝突時に融解した地表の赤く煮えたぎったマグマが亀裂の走った大地に流れ込む。

 主縦坑を中心に高さ数百mまでめくり上がる大地と一緒に引き抜いた刃の尾の先には蒼白く輝く反応炉が突き刺さっていた。

『――ッ!!』

 白面の顔面に重光線級のレーザーが何十本と照射される。

 何百匹というBETAが反応炉にしがみ付いて来たのだ。

 だがそれは無駄な足掻き……!!

『くくくッ……!!』

 レーザー照射を受けながら白面は笑う。

『効かぬなァ! 地球外の化物よ、我はもう飽いたぞ』

 レーザー照射の爆炎からまるで無傷な白面が笑みを浮かべ顔を出す。

『……もう消えよ!!』

 白面は口を大きく開け、そのまま一気に反応炉に齧りつく!!

 4・5回反応炉を咀嚼した白面だったがそのままペッと吐き出し、ゴミを捨てるように反応炉を投げ捨てる。

 白面の歯型が付いた反応炉が旧ドナウ川跡に落ち、砕け散り、河川を青一色で埋めつくす。

その幻想的な光景はまるでかつての水源豊かな都を髣髴させるかのようだ。

『……シュムナ!!』

 主縦坑にシュムナの尾を挿入したブダペストハイヴから濃硫酸をぶちまけたかのようなBETAが溶ける音が聞こえる。

『――5つ目ッ!! た易いものだ』

 白面の速度がゼロから一気に加速され空間が弾ける。

『もう貴様らには飽きたわ。BETA共、大人しくそこにいるがいい! 世界中のハイヴを火の海にしてからゆっくり殺してやるほどに……』

 BETAが溶けた煙が立ち上るブダペストハイヴを背景に白面は飛び立つ。

『……はは、まいった。敵わねぇな……ありゃ』

 白面の巨体が空の彼方へ消え、衝撃波で空の雲を吹き飛ばす様子を目にしながらヴァレリオは力なく操縦桿を手放した。









 ブダペストハイヴを滅ぼした白面が一息で到達するのはユーラシア大陸上空30000mの成層圏。

 婢妖と黒炎をばら撒く白面の姿が何人も存在しない天空に絶対の存在として君臨する。

 眼下に見える対流圏。

 白い雲が桁違いの物量を誇る婢妖と黒炎により黒く塗り替えられていく。

 日光を遮り、BETAの支配域の大地に影を落す。

『――斗和子! くらぎ!! 貴様らには婢妖と黒炎軍団の指揮権を与える!! 好きに使ってハイヴを落せ!!』

『『御意ッ!!』』

『残った他の婢妖と黒炎は人間共の援護、ハイヴの攻略、BETAの殲滅。その行動を各自判断!!』

『『『『――仰せのままにッ!!』』』』

 地球の自転の影響等で吹き乱れる成層圏特有の大気の擾乱が白面の銀毛をなびかせる。



『オオォォォギャァァアアーーーーーーーー!!!!』



 白面が雄叫びを上げる。

 今この時だけはかつての自分に……殺戮と破壊の化身に戻りBETAを滅ぼす。

 視線だけでも射殺せるほどの殺意をBETAに向けよう……。

 情けも、容赦も、慈悲も一切見せずBETAを殲滅する!!

 1匹の大妖怪がここに姿を現す!

 ユーラシア大陸全土を覆う黒炎と婢妖が一斉にうねり、鴇の声を上げ地上へと総攻撃を仕掛ける。

 それはさながら死を呼ぶ暴風雨のようであった――。








――日本時間 午後21時11分 オリョクミンスクハイヴ内――



 オリョクミンスク……1998年に日本に建設された佐渡島、横浜ハイヴの次に作られたロシアに作られた23番目のハイヴである。

 この地域周辺は厳しい大陸性気候で冬は苛酷で長い。

 その気温は冬ではマイナス50℃にもなる。

 農業には明らかに不向きで、狩猟や鉱業を人々は生業としてきた。

 だが厳しい自然の環境であるが故に、この地方の人々は故郷に愛着を持っている。

 凍てついた大地に侵略者の建造物がそびえ立つ。

 無表情で動き回る周辺のBETAはまるで寒さなど感じないかのようだ。

 分厚い皮膚に覆われたBETAは地球上どこでも同じ姿をしている。

 たとえこことは真逆の熱帯気候であろうとも……。

 明らかに地球の生命体にはありえないタフネスさ。

 地球上の生物なら極寒の地に住む場合は厚い毛で覆われる等、何らかの寒さ対策の進化をするはずだ。

 何故なら生命の進化において気候は最も重要な要素だからだ。

 そして今、オリョクミンスクハイヴ内をBETAと同様、極寒の気候をまるで気にしないで練り歩く存在達がいた。

『あ~~黒炎よりCP、多分どっかの『広間』を確保――繰り返す、どこかしらの『広間』を確保ォ』

『けけけ、おいおい暇だからって人間の真似ごとすんなよ? CPってだれに言ったんだぁ?』

『クカカカカッ!! わりいなぁ。何せここはあのBETA共の巣なんだぜえ? こうも何もでないと不安で気がおかしくなっちまうんだよぉ……』

『『『『かはははははッ!!』』』』

 下卑た笑い声がハイヴの内部に木霊する。

 むき出したギザギザの牙を見せながら大笑いするのは5師団規模(約5万)の黒炎のみで形成された部隊。

 漆黒の体に巨大な牙のような物体を生やしたレーザー照射器官を顔に持つ新型と1つ目の夜叉のような顔の旧型。

 縦横に入り組んだ迷路のようなトンネル……スタブを練り歩く姿からはむしろ余裕すら感じられる。

『しっかし何もおきねえなぁ? 婢妖でも連れてくればよかったかあ?』

『バッカ野郎。探し出してぶっ殺すからいいんじゃねえか。楽しみが減るぜえ』

 蒼白い燐光が照らしだす黒炎の顔が邪悪に歪む。

『けどよお。こうも何もでないとつまらねぇなあ? 実はもう逃げ出しちまったかああ??』

『げえーーーー!! 湿気たこと言ってんじゃねえ!! BETA共はハイヴに進入する者には手厚い『おもてなし』してくれるんだろお? オレ達だけ例に漏れるなんてありえねぇ!!』

『なら奴らのおもてなしに期待…………ん?』

 ゆっくり歩いていた黒炎達が不意に足を止める。

 その足元からかすかに感じる微弱な振動。

 それが徐々に大きくなっていく……!!

『けけけけけっ!! 来たあァァーー! BETA共だああ!!』

 黒炎の上げる歓喜の声と同時に地面から轟音が上がり無数のBETAが顔を出す。

 その数はおよそ4師団規模(約4万)。

『おうおう! 地中から奇襲とは今まで人間達から聞いた事のない歓迎だなあ!!』

『きゃははははッ! うれしいねえ!!』

 図体のでかさなら黒炎をはるかに上回るBETAが侵入者に対して襲いかかる。

 狭い通路。

 圧倒的な物量と巨体。

 人間がハイヴを攻略しようとも出来なかった理由がここにある。

 地上ではその機動を十分に生かすことの出来る戦術機でも、逃げ場のない通路でBETAの群れに鉢合わせてしまったらその時点でほとんど詰みなのだ。

 しかもBETAはある時は偽装横坑と呼ばれる隠し通路のような所から、またある時は今回のように突然地中からなど今までに無い方法で奇襲をかけてくる。

 これが奴らの戦略なのかただの偶然なのかは人類に今の所断定する術はない。

 BETAとコミュニケーションをとった人類などこの世にいないからだ。

『カモが! 行くぜえ!!』

『白面の御方の眷属の力を見せてやらぁあーー!!』

 だがそれでも黒炎の闘志は萎えることは無い。

 むしろ嬉々としてBETAの群れに突っ込む。

 BETAと黒炎。

 今ここにいる物量にはそこまでの差は無い。

 だがBETAの巨体の群れは黒炎の群れよりはるかに大きい。

 片方は地球外起源種が作り出す濁流。

 もう片方は黒一色の化物が作り出す濁流。

 形成するのは共に人外。

 BETAと黒炎の軍団が今…………!!




 ぶつからなかった……。




 まるで何事も無かったかのようにBETAの群れが横坑を通り過ぎていく。

 黒炎を蹴散らしたわけでもなく、衝突した痕跡も見当たらない。

 一体何が起きたのか?

『けひひひひひッ!! 死ねぇえええーーーー!!』

 どこからともなく響く黒炎の声と共に、無数の雷が横坑を覆いつくし輝く稲光が地中のハイヴが白く染める。

 空気の膨張による破裂音がハイヴ全体を振るわせる。

『ひゃははははあ!! おれ達を人間と同じ扱いにしてもらっては困るなぁ』

 笑い声と共に黒炎の顔がハイヴの壁、地面、天井からニョキニョキと現れる。

 そう、これが人外……すなわち化物!!

 人類の戦術機はハイヴを道沿いに進み、BETAは地中を掘って進むが、黒炎は地面を「素通り」する。

 これは別に黒炎だけの特殊な能力ではない。

 化物なら誰でも持っている当たり前の能力である。

 人間のコンクリートとか素通りするのは難しいという制限もあるが、半年間横浜ハイヴで隠れていた白面は外に情報収集する際にいちいち入り組んだスタブ迷路を婢妖に通らすのがめんどくさかったので、黒炎共々進化させたのだ。

 文字通り『真っ直ぐ』外に出れるように。

『ケツだぁあ!! やつらのケツに千年牙をお見舞いしてやれえ!!』

 新型の黒炎がレーザー照射をしないで、あえて千年牙で突撃級の尻を狙う。

 相手の体に植物の根のように侵食し、地面と同化させ千年間縫い付ける千年牙が突撃級のやわらかい肉に食い込む。

 はっきり言って遊んでいる……。

『キャハハハ、トロイィねえ』

 要撃級の攻撃をするりとかわし、壁に消えた黒炎が今度は地面から現れ電撃をお見舞いする。

 地中を自由に行き来できる黒炎からすればBETAは檻の中に閉じ込められた猛獣に過ぎない。

 檻の外から一方的に攻撃を仕掛けられるのであれば勝敗は火を見るより明らかだ。

『ええええ……』

 頬まで裂け、むき出しの牙を見せて黒炎が笑う。

『これがBETA……この世界の人間達の怨敵かぁあ』

『わりとたあいないな……』

『ええ、ええ、ええ……』

 雷撃で体が半分炭になった戦車級の顔のような部分を黒炎が踏みつける。

『さて……先に進むとするか……』

『まだまだBETAはいるんだよなあ?』

 動く物が無くなったBETAの死体の山を背に黒炎達は先に進もうとしたその時であった。

 薄暗いとは言え燐光に覆われていたハイヴの中が突然停電になったように真っ暗になる。

『……憑依完了』

『ハイヴに取り憑き成功した』

『これでBETAは我らの腹の中……』

 何千億という婢妖がハイヴ全体から顔を出してくる。

 まるで胃液のようにボタボタと落ちてくる様子から腹の中という比喩は決して誇張ではない事がわかる。

『げえ!! 婢妖共!! 何しにきやがったあ!!』

『愚問だな……ハイヴを落しに来た以外何がある?』

『ざけんなあ! ここはオレ等だけで十分だ! 得物を横取りすんじゃねえや!!』

 天井に向かって黒炎が怒鳴り散らす。

 舌を出し露骨に反抗的な態度を取る黒炎は戦闘を担当しているせいか口が悪い。

『それこそ貴様らに言われる筋合いはないな』

『我らは御方様の命令を遂行するのみ』

 対して婢妖は情報収集を担当しているせいか冷静な口調である。

 婢妖と黒炎、互いが睨み合い火花を散らす。

『それはこっちの台詞だぁ! 白面の御方の任務を達成するのはオレ達の方だ』

『ならば早い者勝ちと言う事になるな……』

『上等ォ~。だがわりぃが勝つのはオレらだ』

『フ……できぬ事は言わぬ方が身のためだぞ?』

 旧型黒炎は額に稲妻を鳴らし、新型の千年牙が軋みを上げる。

 婢妖は合体し血袴、疫鬼にその姿を変える。

『悪いがこればかりは譲れねえなあ』

『それはこちらも同じ……』

『『何故なら……』』』

『『御方様に喜んで頂く事こそ我らの至上の喜び!!』』

 黒炎と婢妖の言葉が同時に重なる。

 しばしの沈黙。

 婢妖と黒鉛が何やらボ~と天井を眺めている。

『……いいよなあ御方様』

『うむ、前の気高く孤高であらせられる時も良かったが今の陽狐様も……』

『てめぇ!! どさくさに紛れて御方様を陽狐様と呼ぶんじゃねえ! 恐れ多い!!』

『貴様も呼んでるじゃないか!』

 黒炎と婢妖がまた睨み合い、互いに火花を散らす。

『……ここは一時休戦して協力し合わぬか? 陽狐様のために!!』

『あぁ、その方が陽狐様も喜ぶだろうな』

『……やっぱいいよなあ陽狐様』

 婢妖と黒炎は頷き合いながらにハイヴの奥へと足を進める。

 先程までの喧騒が嘘のようだ。

 考え方、役割が違えども彼らは白面のためなら歩調を合わせ、チームワークを発揮する事ができるのだ。

 昔も連携が取れていたが、今なら前の世界の人間と化物達以上に協力できる気さえする。

 何だかんだで部下からは無茶苦茶慕われている白面であった。











――日本時間 午後22時07分 鉄原ハイヴ戦域――



『撃て撃てーーーッ!! 弾数など気にするな! ありったけの弾丸を奴らにごちそうしてやれ!』

『『『『『――了解ッ!!』』』』』

 鉄原ハイヴにいち早く到着していたA-01の中隊の1つ伊隅ヴァルキリーズがみちるの命令に従い弾幕を張る。

 植生が失われた大地を行進するBETAの軍勢が地響きを鳴らしながら迫り来る。

 暗い闇夜に熱を帯びた紅い36mmの弾丸が飛び交い、得物に衝突した際に弾ける火花が暴力的でありながらどこか人を惹き付ける。

『伊隅大尉ッ!! このままハイヴ攻略しては駄目なんですか? 今なら絶対いけますって!!』

 水月が弾幕を張りながらみちるに叫ぶ。

『……駄目だ! 気持ちは分かるが命令は絶対だ』

『くぅ……目の前にハイヴを落す絶好の機会があるって言うのに……陽動するしか出来ないなんて』

 悔しそう網膜投影の右端の視界に映るモニュメントを見て水月は呟く。

『速瀬少尉抑えてください。いくら獰猛な戦闘狂の血が騒いだからと言って命令は守らなくては!』

『む~な~か~た~!!』

『……って鳴海少尉が言ってました』

『いやいや言ってないって!! 戦闘狂とは言ってないぞオレは!』

『戦闘狂とは言ってない!? 一体どういう意味なのかきっちり説明してもらおうかしら?』

『げぇ!!』

『バカ孝之……。墓穴掘んなよな……』

『皆さん仲がよろしいですわねぇ』

 目の前に迫ってくるBETAを雑談しながら蹴散らす伊隅ヴァルキリーズにはどこか余裕が感じられる。

『――伊隅大尉!! お待たせしました!』

『白銀か! 遅かったな』

『我等も力を貸そう。共にBETAを蹴散らそうぞ』

『ハッ! 了解であります!!』

 みちるの網膜に武と紅蓮の顔が映し出される。

 蒼い不知火の機体と帝国斯衛の鮮やかな武御雷が援軍として鉄原ハイヴ戦域に到着した。

 戦場でトップレベルの衛士の追加はいくらでも大歓迎である。

『月詠中尉ッ! お疲れ様です!』

『ウム、篁少尉もご苦労。XM3の調子はどうだ? もう慣れたか?』

『ハッ! このXM3と武御雷をもってすればBETAなど恐るるに足りません』

 赤の武御雷に乗る月詠に声をかけるのは黄色の武御雷を操る篁唯依少尉だ。

 1週間ほど前の佐渡島で見たA-01の機動に感激した帝国のお偉い方は即XM3の搭載を進めたのだ。

 練習する時間こそ短かったがXM3は最初こそは戸惑うものの慣れるのはあっという間だ。
 勤勉な彼女はA-01に負けじとあれから特訓を重ねていた。

 今では武御雷に自分の全神経が行き届いている感覚さえする。

 蒼の不知火と唯依の黄色を初めとした白、黒の武御雷……。

 佐渡島でと同じくA-01部隊と帝国斯衛軍の日本最強の部隊が張る弾幕の嵐はBETAの進入の一切を許さない。

 だが……。

『……伊隅大尉。もう少し無駄撃ちを押さえて効率を上げた方がよろしいのでは?』

『あの香月博士の特殊任務部隊の衛士としてはらしくないな。……篁少尉。貴様もだ。帝国斯衛が基本を疎かにしてどうする?』

『……申し訳ございません』

 紅蓮の注意に唯依は素直に頭を下げるが何か言いたそうな表情である。

『紅蓮大将に月詠中尉。……失礼ですが御方様の戦況情報は聞いてないのですか?』

 同じく注意を促されたみちるが紅蓮に問いかける。

『いや……、あいにく超特急でこちらまで来たからな。その暇がなかった。……どうした? 戦況が芳しくないのか?』

 紅蓮の問いにみちるは何と言えばいいのか少々困った顔をする。

『いえ……、実は御方様がオリジナルハイヴに向かっていたのですが。……白銀、貴様日本を発ってからここまで何時間かかった?』

『えっと……4時間くらいですが』

『そうか……それで数時間くらい前に御方様が途中で進路を変えられまして』

『――えっ!?』

『なんだと!? それで? 一体御方様はどうされたと言うのだ?』

 みちるの言葉に紅蓮が食って掛かる。

『……はい。進路を変更された後、御方様は他の世界各地のハイヴに攻撃を仕掛けらっしゃっているようです』

『何とッ……!!』

『戦況は!? いったいハイヴはどうなっているのですか!?』

 紅蓮が驚愕の声を上げ、月詠も思わず身を乗り出す。

 武もその質問の答えを聞きたく思い黙ってみちるの言葉を待つ。

『……その……御方様はいくらかのハイヴとすでに交戦されてらっしゃるようなのですが……』

『どうした? 確かに予想外の行動だが……何故そんなに言いよどむ。戦況が芳しくないのか?』

『いえ、そんなことは……むしろ良くやってくださっているのですが』

 みちるは視線をそらす。

 先程から妙に様子がおかしい。

 一体何だというのか?

 不安を抱く武にみちるが話しかける。

『えぇっと……そうだ白銀に質問しよう。今の所何回か御方様自身がハイヴを破壊している姿が確認されている』

『ッ!! は……はい……!!』

 みちるの言葉にとりあえず武はホッとする。

 変に言葉を濁すから白面が負けたのかという絶対有り得ない嫌な予感がしていたのだがそれは外れたらしい。

『それでだ……現在確認されてる御方様の戦闘開始からハイヴ破壊までの平均時間はどれくらいだと思う?』

 いきなりの質問に武は頭を捻らす。

 自分が前の世界でオリジナルハイヴに攻略を望んだときは、それこそ突入してからあ号標的破壊まで何時間も掛かったものだ。

 白面ならいくらなんでもそんなには掛からないだろう。

『さあ……1時間くらいですか?』

『8分だ』

『は、はちぃッ!?』

『もっともこれはさっきも言った通り御方様自身がハイヴを破壊した時間だ。婢妖や黒炎も全世界のハイヴに一斉に総攻撃を仕掛けている』

『……えっと』

 8分……どっかで聞いた事ある数字に武は混乱してみちるの言葉に曖昧な返事をする事しか出来ない。

『ちなみに今現在ハイヴは既に10箇所破壊されている』

『じゅッ!!』

『――ヴァルキリーマムより各隊に報告。たった今甲18号『ウランバートルハイヴ』のモニュメントが粉砕されたとの事。地中からおびただしい土煙が吹き上がってるとの情報が入りました』

『……すまん。11箇所の間違いだ』

『う、うそだろお……?』

『わかるか白銀? BETAが『死の8分』を乗り越えてくれないんだ。弾数? 効率良く? そんな悠長な事を言っていたらまた全て持ってかれるぞ?』

 武だけでない。

 紅蓮も月詠もあまりの出来事に声を出せない。

 武の記憶では確か前の世界の桜花作戦では陽動作戦から数えると丸1日近く掛かった作戦のはずだ。

 それが4時間足らずで11箇所……?

 
『えっとぉ……』

『つまり私達はぁ……』

『何をすればよろしいんでしょう?』

 神代、巴、戎がBETAのいない元の世界の3バカのような口調で口を開く。

 気持ちはわがる。武だって正直何をしたらいいかわからない。

 鉄原ハイヴの方向を見る。

 戦術機の暗視システムから映し出される上空には黒炎と婢妖が無数に群がっている。

 どうやらここにもBETAを殲滅せんとする白面の魔の手(?)が既に伸びているようだ。

 空中からレーザーが数本だけたまに発射される。

 まだまだ地上にBETAがいるのに殆ど撃っていないのは、恐らく光線級の方をすでに片付けてしまったのだろう。

 黒炎、婢妖はわざわざ地上に降りてBETAと肉弾戦を持ち込んでいる。

 それは彼らの誇りなのか余裕なのか?

 ともあれ武たちからすればありがたい。

 自分達が片付ける分のBETAを残してくれているのだから。

『たしか出発する前に、1ヶ月間はBETAが持たないと陽狐さんが言ってたんですが……』

『そうかそれは計算違いだったな』

『そのとおり。我とした事が奴らを過大評価していたようだ。もっともハイヴを破壊しても世界各地に散らばったBETAを駆逐するには1週間程度は掛かりそうだがな』

 突然通信回線の音とは違った良く知った声が自分達の頭に響く。

『よ、陽狐さんッ!!』

『『『『『――御方様ッ!!』』』』』

 上空から黒炎と婢妖を掻き分けて白面がゆっくり降り立ってくる。

 真っ暗な夜にも関わらず白面の体が不思議な輝きを放ってはっきり見える。

『あわわわわッ! も、もういらっしゃったんですか御方様!?』

『な、何ぃーー!!? って事はもう時間切れなのか?』

 白面の姿を確認した水月達も大声を上げる。

 白面がここに降り立ったという理由はただ1つ。

 目の前の鉄原ハイヴを駆逐しにきた事に他ならない。

 ここに到着してまだ1発の弾丸も撃っていない武や紅蓮たちが慌てる。

『よ、陽狐さん!! 何故オリジナルハイヴを真っ先に落しに行かなかったんですか? 作戦と違うじゃないですか!?』

『……何の話だ? 我はちゃんと作戦通り動いておるだろう?』

『え……?』

 まるでこちらが間違っているかのような言い方に武は面食らう。

 作戦通りに動いている? そうだっけか?

 武は頭を捻り、作戦の概要を思い出す。
 
 たしか桜花作戦では白面は人間に「適当にオリジナルハイヴ潰すから他の作戦はそなた達で決めろ」と言っていたはず。

『……って!! 本当に適当に潰すんですか? オリジナルハイヴ!?』

 武は白面が言った言葉に何の裏も表もないそのままの意味だった事に気付く。

 確かに真っ先に潰しに行くとは言っていない。

 いや、でもてっきりそう思うのが普通じゃないか。

 BETAの指揮系統が箒型なら頭を叩くのが王道。

 それをあえて真逆にいくなんて……。

 確かにBETAの19日間の観察期間も後数時間でオリジナルハイヴ含め全部のハイヴが潰れてればBETAの反撃もクソも無い。

 人類の被害だって黒炎達の増援が来てからは殆ど横ばいだ。

 混乱しながらも微妙に納得できない武はあれこれ考えてみるが、正直オリジナルハイヴを真っ先に潰そうが最後に潰そうが別に変わらない。

『そうであろう?』

 まるで心を読んだかのようなタイミングで白面が武に同意を促す。

 思わずつられて「そうですね」と言ってしまいそうになるがその言葉を武はギリギリの所で飲み込む。

 武にはわかる。

 確かに白面は真っ先にオリジナルハイヴを潰しに行くとは言ってないが、それは絶対確信犯であるという事が!

『だいたい人類側とて自由に戦うと言う話であっただろう? 我など気にせずハイヴ攻略作戦に切り替えれば良いではないか。黒炎達にも人間を援護するよう命じてあるしのう』

『う……それは確かにそうですけど』

『いきなり作戦の変更をするにしても、それなりの手順と言う物があるんですよ人間には』

 言葉に詰まる武をみちるが弁護する。

 白面の言うとおり人類側も作戦を切り替える事は可能なのだが軍隊として機能している以上そうは問屋がおろさない。

 作戦変更は常に部隊の危険な目に晒す可能性を含み、それに伴う責任もはかり知れない。

『相変わらず人間とは難儀なものよなぁ。まぁ我は人間ではないので、然らばここも疾く片付けん。他のハイヴも滅っせねばならぬのでなぁ』

『陽狐さん! 待って! 待ちましょう! いや待ってください!!』

『よろしければ後方に下がってお茶でもいかがですか?』

『まだまだ内陸にはフェイズ5のハイヴがありますので、そっちに行かれるのがよろしいかと』

『くくくく……いやいやそなたらは実に愉快だな』

 武と唯依、みちるの言葉をまるで気にかけた様子もなく白面は楽しそうに笑う。

『さて……どうしたものか……? そう言われると逆にハイヴを即座に滅したくなる我なのだが』

『『『『『『ひ、ひぃぃ……』』』』』』

 嫌みったらしく結論を引き延ばし、白面はわざとらしく悩んでみせる。

『かかかか……。まぁそなたらをからかうのはこれくらいにして残り半分……そろそろ我の力の全てを見せBETA共を滅ぼすか』

『えっ? 力の全て? ど、どういうことですか?』

 武の問いに答えずに白面の尾の1本が動きを変え、硬質化していく。

 それは例えて言うなら『さなぎ』の状態と言うべきか?

 内側から聞こえる生命の鼓動。

 そこから放たれる圧力は、明らかに今までの白面の力と異質な物だ。

 白面の尾は今更言うまでもなく全部で9本ある。

 その内の2本……斗和子とくらぎの尾は途中で切り離された状態になっており、別行動を取っている。

 残った他の尾は通常の物とは異なり何かしらその形や性質を変化させている……ただ1本を除いて。

『我の尾の1本は「シュムナ」。2本目は「くらぎ」だった。3本目「斗和子」、4本目「あやかし」。5、6本目は婢妖と黒炎の塊だった。7本目と8本目は「刃の尾」と「嵐と雷の尾」……。そして見よ! これが9本目だ!

 白面の9本目の尾に根元からピシリと亀裂が入る。

 亀裂は硬質化した尾に徐々に広がりやがては尾の全体に広がる。

 内側に抑えた力が外に溢れ出る。

 それはまるで新たな生命の誕生思わせる。

 どこか神々しく幻想的。

 桜花作戦の当初の計画から大きく外れた全ハイヴ攻略戦……。

 残りのハイヴがおよそ半分となった時、さらなる進化を遂げたのはBETAではなく白面の方であった……。



[7407] 第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 後編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/11/14 02:28
第弐拾四話 大陸揺るがす桜花作戦 後編





『……光の……尾……?』

 それが武の9本目の白面の尾を見た時の第1印象であった。

 毛の1本1本が針葉樹の葉のように細く、長く、それでいてガラス細工のように繊細で透き通っていた。

 その毛先の1本1本に到るまで全て、内側から眩しくも不思議な輝きを放つ白面の尾。

 夜の闇に包まれたユーラシア大陸にそびえ立つ1本の尾が世界樹の如く天高くそびえ立つ。

 圧倒的な存在の前にここが戦場であることを忘れて思わず人類は見入ってしまう。

『…………捕らえた』

 呟いた白面の目が鋭く、鉄原ハイヴに向けられる。

 光の尾が細かく揺れる。

 まるで大地震が起きる前の初期微動のように静かでありながら巨大な力の具現を予感させる。

 揺れはどんどん細かくなりそれと同時に尾の輝きも増していく。

 輝きが臨界点に達した時、光の尾を中心に空間が歪み、球体状の波紋が広がる。

 一瞬武は自分の体を何かの力が通りすぎていったのを確かに感じた。

 次の瞬間聞こえたのは脳天を貫く雷が落ちたような破裂音。

『……BETAがッ!!』

 何が起きたのかいち早く気付いた月詠の声につられ、武も鉄原ハイヴの方向を見る。

『あれは……!!』

 はるか十数キロ離れた鉄原ハイヴに群がるBETAを不知火の望遠カメラが捕らえる。

 そこに映し出された物は、無数の光の輪により包まれたBETAの姿。

 要塞級から戦車級まで全てのBETAをそれぞれ光の輪がまるで煉獄の鎖のようにBETAを束縛し動きを封じる。

『やつらの数が多ければ捕らえてしまえば良い。やつらの光線がかわせぬのであれば防いでしまえば良い。簡単な事だ』

 ここから見えるBETAだけでもその全てが自由を奪われ、僅かに動く事すら許されていない。

 いやそれだけではない。

BETAがその拘束の圧力に耐え切れ無かったのか何体かがブチブチッと握り潰されるように鮮血を撒き散らす。

『――っといかんな。やはり初めて使う能力のせいか加減が難しい』

 まるでついうっかり羽虫を握り潰してしまったかのような口調で白面は僅かにその束縛を緩める。

 光輝く9本目の尾の正体は『結界の尾』

 眷属である『あやかし』が使う相手を惑わす結界とは違う。

 時には敵を封じ込める鎖となり、相手の攻撃を防ぐ盾なる純粋な結界の力。

 かつての白面がその身をもって800年間味わい続け、最後の決戦でも煮え湯を飲まされた陽の存在である『お役目様』と呼ばれる人間達の業である。

 先程白面は簡単なことだと言ったがそれは違う。

 自分の能力を生み出せる白面でもこの能力を作り出す事はできなかった。

 他の妖怪達と違い根本的に邪悪の塊であった白面には真逆の属性的に位置するこの力を取得する事は不可能だったのである。

『……な、何ですか? ……あれは?』

 武が白面を見上げて問いただす。

『結界の尾……。鉄原ハイヴにいるBETAは全て捕捉した。地中にいるもの含めて……な』

 ニヤリと笑う白面。

 結界の尾は白面の視界に捉えられる範囲が効果の対象である。

 ちなみに白面は千里眼をもっているのでその範囲の広さは光線級の探査能力の射程を軽く上回る。

『――くくく。ではそなたらには我と遊んでもらった礼もあるし、ここは任せるとするか?』

『……マジですか!? 陽狐さん!!』

『あぁ、BETAは文字通り指1本動かせぬ。好きにするといい』

 鉄原ハイヴに広がる平坦な大地に光の輪が花のように咲き乱れている。

 動けなくなったBETA達は必死に結界から逃れようと足掻いているように見えるがどうする事もできない様だ。

『ですが動けない敵を一方的に狩るというのは衛士としての流儀に……』

 そう言って少々抵抗感を示すのは唯依だ。

 帝国斯衛軍の衛士は誇り高く真っ直ぐで、少々不器用な性格を持っている者が多い。

 黄色の武御雷を授かっている彼女もその例に漏れなかった。

『よっしゃあッ!! 1番槍もらったぁーーーー!!』

『えぇーー!?』

 そんな唯依を無視して水月が不知火の跳躍ユニットに火を灯す。

 目の前のBETAを駆逐できるチャンスがあるのにむざむざそれを逃すような事は彼女はしない。

『待て速瀬ッ!!』

『う、うぇええ!? な、何ですか伊隅大尉?』

 みちるの命令に逆噴射した水月の不知火が急停止しようとするが、そのままバランスを崩し、74式近接戦闘長刀を地面に突きたて何とか姿勢を保つ。

『さっきも言っただろう! 我らの任務は陽動であると。緊急の場合ならばいざ知らず勝手な行動は命令違反になるぞ』

『えぇぇえええっ!? ハイヴ攻略しないんですか?』

 水月は不満の声を上げるが武も同意だ。

 こんなチャンスははっきり言って2度とない。

 先程の唯依だって本心で言えばハイヴ攻略に賛成のはずである。

 ここで命令だからの一言でみすみすそのチャンスを逃すのは馬鹿のする事である。

『勘違いするな。ちゃんと規則にのっとり最高指揮官に掛け合い、正式にハイヴ攻略の命令を受ける必要があると言っているだけだ』

『『『『なるほど……』』』』』

 みちるの言葉に武達も納得する。

 彼女とてハイヴ攻略はしたいのだ。

 だが先も言ったとおり軍に身を置くものとしては当然果たすべき手順を踏まなくてはならない。

 下手をすると命令違反になり処罰される事だってありうる。

『まぁ……構わぬが……』

 そんな彼女達を見ながら白面はフワリとまた更に上空に浮きあがる。

『教えといてやるが、黒炎や婢妖は先にハイヴ攻略に行っておるからな。あまり交渉に時間を掛けているとBETAがいなくなるから気をつけるが良いぞ』

『『『『『『『………………』』』』』』』

 武達の視界に映るその先にはBETAをフルボッコしている黒炎と婢妖の姿が見られた。

 人類と違い化物はいちいち煩わしい手続きを踏む必要はない。

 白面の結界がBETAを拘束した直後からウンカの大群よろしく黒炎達が鉄原ハイヴに押し寄せている。

『い、急げーー!!』

『指揮官……最高指揮官はどこだーー!!』

『CP応答せよ!! CP応答せよ!!』

 急に慌しくなる鉄原ハイヴ戦域をそのままほっとき白面はまた別のハイヴへと飛び立つのであった。











――日本時間 午後23時16分 ノギンスクハイヴ戦域――



『ふふふ……』

 戦術機には珍しい複座式の運用を念頭に開発されたソ連軍の第2.5世代戦術機ことSu-37UB(チェルミナートル)の中でクリスカ・ビーチェノワ少尉が微笑む。

『クリスカ……楽しそう』

『…………うん』

 複座敷の前方の席に座るのはイーニャ・シェスチナ少尉。

 クリスカとイーニャはソ連軍の中でも『紅の姉妹』と呼ばれ恐れられている存在だ。

 衛士としての実力は少尉でありながらトップクラスであり尚且つ2人は他の人間との交流を持とうとしない。

 どこか壁を作る彼女らに対して衛士としての評価は高いものの、単純な人間としての評判は決して良いとは言えない。

 そんな彼女らの生きるべき故郷はこのBETAがはびこる戦場に他ならない。

 醜い侵略者の肉をモーターブレードで切り裂き、鮮血を散らし、屍に変えていく事こそが彼女の喜び。

 ――否、生まれてきた理由だ。

 人類最大の反抗作戦であろうと何だろうと彼女らがやる事はいつもと同じ、BETAを駆逐する事のみである。

 最初の数時間はよかった。

 いつものようにお気に入りの近接戦でゆっくり、されども誰より早くBETAを殺していけた。

 だが約1時間ほど前、穏やかな天候が極寒のブリザードとなったその時それは突然現れた。

 地中から現れたそれは白面の眷属『あやかし』。

 噂には聞いていたが突然戦場のど真ん中に出現したあやかしを自分達だけでなく他の衛士達もBETAと勘違いして撃ってしまった。

 だがその巨体は全長2kmを優に超え、モース硬度15以上のBETAの装甲すら凌駕しそうな肉厚な外皮。

 更に表面を覆う大量の油は普通の物ではなく化物が生成する特別の物なのだろうか?

 体に突き刺さる弾丸をいなし、弾いてしまった。

 あっけに取られる自分達を尻目に口から大量の黒炎と婢妖を吐き出し、また自身もBETAを喰らい、その巨体で押しつぶしていった。

 ふざけるなとクリスカは思った。

 自分の得物を横取りされたのだ。

 衛士としてのプライドが汚された事と、衛士という職そのものを自分の生きる理由と考えている彼女は怒りの矛先を一瞬あやかしと黒炎達に向ける。

 ……だがどんなに怒りを覚えても彼女もまた1人の軍人。

 これがただの訓練等、実戦の作戦範囲外での事であれば問答無用で死の制裁を与えてやっただろうが今はそうもいかない。

 最初のように突然の事で誤射してしまったのならいざ知らず、故意に味方に攻撃を仕掛けるなどありえない。

 CPの命令に従い突撃砲を使って自分達もBETAを駆逐していった。

 それから数分たった時だろうか?

 イーニャの言葉で自分も気付いた。

 BETAの様子がおかしい――と。

 既にあやかしの周辺にはBETAはいなく、あやかしも何故か動きまわろうとしなかった。

 延々とノギンスクハイヴ周辺に群がるBETAに弾丸を浴びせていたのだが、BETAがこちらに向かってくる様子がまるで無いのだ。

 いやそれだけではない。CPから通信連絡でわかったのだが、ブリザードが吹いた直後から自分達を含めるあやかし周辺の2個大隊の戦術機の姿がレーダーから完全にロストしていると言うのだ。

 不思議と通信だけは通るから指揮系統には支障はなく混乱しないですんだのだが、それにしてもおかしい。

 その時クリスカはつい最近人類に伝わった白面の眷属、あやかしの能力について思い出す。

 たしかあやかしは結界を張ることが出来て、いかなるレーダーにも引っかからないのではなかったか?

 あやかしの結界の中は嵐になるという。ならばこのブリザードが吹く範囲こそがあやかしの結界と言えるはずだ。

 クリスカとイーニャは恐る恐る結界の範囲ギリギリまでSu-37UB(チェルミナートル)の歩を進める。

 標的は目の前の200m先にいる結界の外の重光線級。

 信じられないがこれほどの距離を近づいてみても重光線級はまるで気付いた様子がない。

 突撃砲をゆっくり構え、狙いを定める。

 自分の心臓の鼓動がうるさい。

 意を決してクリスカは引き金を引いた。

 水風船が割れるような音を立てて重光線級は自分のレーザー照射器官を破裂させ崩れ落ちる。

 一瞬周りのBETA達が何事かと言う感じで慌てた様子を見せたが、すぐに何も無かったかのように無表情にあたりをうろつく。

『――やっぱり……!!』

『うん……クリスカ。どうやらそうみたいだね』

 クリスカとイーニャは確信する。BETAは自分達の姿が『見えていない』のだと。

 いや正確に言えばBETAは視覚に頼っているわけではないからこの表現は不適切なのだが、ともかくBETA自分達を捕らえていないという事は確かである。

『ふ……ふふ』

 正直これは楽しい。

 本来クリスカもイーニャも突撃砲はあまり好みではない。

 近接戦でBETAを屠るあの感覚にこそ彼女達は喜びを見出していた。

 いや彼女達だけでなく近接戦こそが衛士の華だと言うのが殆どの国の共通認識である。

 だが……これはいい。

 BETAに全く気付かれずに36mmで一方的にその醜い体を削っていける感覚は接近戦に勝るとも劣らない。

 それにもう1つ彼女の心を躍らせる存在がある。

 白面の眷属である黒炎と婢妖である。

 はっきり言って強い。

 BETAとの相性もあるだろうがそれでも比較にならない。

 あやかしの結界の中で待機している黒炎はたまに入ってくるBETAを1瞬でレーザー照射で駆逐し、結界外で戦っている彼らの近接戦闘能力も素晴らしいものを持っている。

 なによりあの頭巾を被った僧兵のような妖怪。

 クリスカは口の端を上げて結界の外でBETA達を圧倒するその戦いぶりに釘付けになる。

『私は血袴ッ! 白面の御方に仇名す己らを滅ぼさんッ!!』

 数万の婢妖から形を成す血袴の体は大型級のBETAと比較しても何ら遜色は無い。

 自分に真っ直ぐ向かってくる要撃級の無骨な一撃を薙刀で軽くいなし接合部分を切り裂く。

『愚図がッ! その程度の実力で我らに敵うものかよ』

 軽く舞うように薙刀を振るう血袴の腕は人間の達人クラスでも歯がたたない。

 ましてや知性も何もないBETAが相手になろう筈もない。

 大地に沈んだ要撃級を踏みつける血袴に50匹近い戦車級が一気に襲いかかる。

『バカ者どもが、そこで見ておれ』

 血袴は左手に持った弓を戦車級に向ける。

 普通弓を使う場合両手が塞がるものだが血袴に関してはその常識は通用しない。

 手に持つ弓の弦がひとりでキリキリと音を立てながら引き伸ばされていく。

 何も無い空間に現れる矢は婢妖の集団。

 巨大化した血袴の婢妖弓は1射で1000を越える婢妖を放つことが出来る。

 風を切り裂き不規則な機動で婢妖の群れが戦車級の行く手を阻む。

『ははは。白面の御方に逆らう化物にふさわしいわ』

 硬質化した婢妖が戦車級に食い込みそのまま内側へと侵入していく。

 婢妖お得意の取り憑きである。

 自我のないBETAはあっさり婢妖にその肉体の主導権を奪われ共食いを始める。

『ぬッ!!』

 血袴に突撃級が突っ込んでくる。

 15mを超える巨体でありながらその突進力は時速170kmに迫る!

『ハッ!』

 だが血袴は軽い身のこなしで突撃級の装甲角に飛び乗り、そのまま突撃級の体に潜り込む。

 忘れてはならないが血袴も婢妖の1種なのである。

 BETAに取り憑くことなど朝飯前だ。

『どけいカス共!!』

 突撃級を操りそのままBETAの群れに突進をかまし、自分の上半身だけを突撃級から出し薙刀で左右にいるBETAを蹴散らす。

 それはさながら馬上から雑兵を蹴散らす騎馬兵の姿に似ている。

『……すごい』

 クリスカが他人を褒めるのは珍しい。

 いや思わず本音が漏れてしまったのだろう。

 衛士としてなら誰しも心得のある武術。

 彼女の目から見ても血袴の武の領域は神業と言うほかない。

『クリスカ……たたかってみたいの?』

 心を読みすかされたのか、それとも顔に出ていたのだろうか?

 イーニャが後ろにいる自分をその目で見ようと振り向きながら問いかける。

『…………うん』

 クリスカはただ一言だけをもって返す。

 36mmの弾丸でBETAを駆逐しながら彼女は白面の眷属たちの戦いぶりをその目蓋に焼き付ける。

 近接戦で自分はあの妖怪と何合打ち合えるだろうか?

 いつか機会があれば試合ってみたい。

 強者に挑みたいという衛士としての本能が疼き出す。

 それに比べてたらBETAは何と愚鈍な事か……。

 この星のBETAはもう駄目だ。

 あと数日で白面に滅ぼされるだろう。

 その現実を目の当たりにしたクリスカは、平和な世の中になった時の自分達の存在意義について思うところがあった。

 だが案外楽しく過ごせるかも知れない。

 クリスカは武装を36mm突撃機関砲から120mmの滑空砲に切り替える。

 標的は重光線級。

『――死ねッ、ウスノロ……。お前ではもう私を楽しませられない』











――日本時間 午後23時21分 ロギニエミハイヴ戦域――



『や、やった……勝った……! 人類が、人類が……勝ったんだ!!』

 スウェーデン王国軍陸軍所属ステラ・ブレーメル少尉がロギニエミハイヴから打ち出される射出物。

 それを見てステラは涙を流す。

 フェイズ5以上のハイヴは不定期的に射出物を宇宙へ打ち上げられる機能を有している。

 これが母星への連絡便か、あるいは他の星に向けた着陸ユニットなのか人類はわかっていない。

 だが、この時の射出物はステラにはBETAの脱出船に見えた。

 数時間前から緊急連絡を受けた白面の進路変更。

 そこからの異様と言えるほどの快進撃。

 10以上のハイヴを破壊し続けついにBETAも地球からの撤退を選択した……ただの偶然かも知れないがそれでも彼女にはそう見えた。

 だが次の瞬間、大きさ数百メートルにもなるBETAの脱出船が光の網に捕らえられた。

『な、なにあれ……』

 突然頭から冷水をかけられたかの様な目の前の光景にステラの流れていた涙が一気に止まる。

 その光の網に捕らえられた脱出船を数百万のレーザー照射が襲う。

 黒炎のレーザー照射『穿』である。

 圧倒的物量を用いた黒炎の1点への集中照射がBETAの打ち上げた脱出船に小さな穴を空けて、そこから一気に亀裂が走り空中爆発を起こす。

『黒炎共! 白面の御方に逆らう愚か者を1体たりとも逃してはならぬぞ』

『まずは光線級を片付けます。黒炎は私とくらぎを背後からレーザー照射。反射を利用して蹴散らします』

『『『『――了解ッ』』』』

 南の空から『くらぎ』、『斗和子』、『黒炎』、『婢妖』の大軍団がボスニア湾を抜けて上空から押し寄せる。

 対空兵器を持つ光線級の存在により人類は航空兵力の一切を諦める事となったが、白面の眷属達にはそれは当てはまらない。

『しゃらくさいわ虫けらが!』

『愚かね……』

 くらぎと斗和子が正面からBETAのレーザーを受けるもそのま全て跳ね返す。

 斗和子もくらぎと同様に敵の攻撃を反射する力を有しているのである。

 いやそれだけではない。

 今斗和子とくらぎは矢面に立ち、その後ろに黒炎、婢妖と続く。

 正面から来るBETAのレーザーを斗和子とくらぎが壁役となって防ぎ、後ろから黒炎が『穿』で斗和子とくらぎを背中から撃つ。

 背中に受けた『穿』は反射角を変えて正面にいるBETAに当てる。

 敵の攻撃は全て防ぎ、こちらの攻撃は全て当てるという一方的なものである。

『良し! 地上の光線級は全て蹴散らした。黒炎、婢妖共ロギニエミハイヴを一気に攻め落とせ!』

『御意ッ!!』

『ハッハーー!! 待ちくたびれたぜぇい!!』

 婢妖と黒炎が一気に地上に舞い降りる。

 飛び道具等空からの攻撃を仕掛ければ一方的に片付けられるのだが彼らはそうしない。

 これは単に自分達の好みである。

 爪で引き裂き、牙で肉を食いちぎる。

 獰猛な化物の本能を満たすには近接戦闘こそが最適と言えるのだ。

『1番隊、4番隊は右翼、左翼に展開。2番隊は天頂、月を背負え!!』

 斗和子が黒炎に指揮を出す。

 数の上でも絶対有利だが陣形を組む知識くらいは持ち合わせている。

『甘いッ!!』

 斗和子の背中に要撃級の前腕が食い込むが、その力が反射され攻撃を仕掛けた要撃級に無数の傷をこしらえる。

 動きが鈍くなった要撃級の首に見える尾節を斗和子の尻尾が切り裂き、体を縦に裂く。

『…………くくっ』

 そんな斗和子を見てくらぎが笑い声を上げる。

『どうしたの? くらぎ』

『いや何、斗和子殿の変わりようは我ら御方様の眷属の中でも噂になっておりましてな。こうしてかつての力を振るってる姿を見て安心しただけの事です』

『当然の事を言わないで頂戴。私としてもBETAは絶対に許しては置けない存在。かける情けなど持ち合わせていないわ』

『ふ、左様か。何にせよ心強いですぞ』

 斗和子とくらぎは突進してくる連隊規模(約1000)の突撃級に対して2体で向かい打つ姿勢を取る。

 いくら群れを成そうとも斗和子とくらぎから見たらBETAは雑魚に過ぎない。

 雑魚の群れはクジラ2体相手には何万体いようとも食い物にしかならないのである。

『くらぎは左翼、私は右翼のBETAを! このまま一気に蹴散らすわよ。くらぎ』

『まかせよッ!!』

『そして……誰もが安心して笑顔でいられる、平和で平等な未来を築き上げるのです!!』

『え゛を……』

 パキィンという何かガラスが砕け散った音を立ててくらぎが沈黙する。

『くっ、くらぎの動きが止まった?』

 戦術機の中から斗和子たちの無双ぶりにあっけに取られながら傍観していたステラが、くらぎの謎の動きに目を向ける。

 時が止まったように静止したくらぎに突撃級のぶちかましが直撃し、伸身の2回転1回捻りの月面宙返り(ムーンサルト)を決めながらくらぎが吹っ飛ぶ。

『くらぎぃ~~!!』

『そ、そんな……。白面の御方の分身であるくらぎがまさかBETAにやられるなんて……』

 ここまで一切のBETAの攻撃を寄せ付けなかった白面の軍勢が手傷を負ったことに、ステラの顔から血の気が引く。

 いやステラだけでなく他の人間にも少なからず動揺が走っているようである。

『うろたえるんじゃねえ! 人間共ッ!!』

 黒炎が上空からステラ達に大声を上げる。

『斗和子様の一言でくらぎ様はくたばった。突撃級の突進を食らう前にすでに、くらぎ様は斗和子様の力によってやられていたのさ!!』





『『『『えぇ~~~~!?』』』』



 黒炎の説明に地上にいる人間が思わず声を上げる。

 常識的に考えてそんなことはありえないだろうと。

 だがあの絶対無敵の白面ですら斗和子の1言に大ダメージを受けるのだ。

 くらぎ程度の防御力では命を落として当然と言えよう。

『って! そんな事あるわけないでしょう! 起きなさいくらぎ!!』

 斗和子が眉間に皴を寄せて仰向けに倒れているくらぎを尻尾で手繰りよせビンタをする。

『……ハッ!? 冥界の門は? 今冥界の門に吸い込まれるシュムナの気持ちが手に取るように分かった気がしたのだが』

『それは夢です! くらぎこのまま総本山を落とした時のように『合体』して一気にハイヴを落すわ』

『はっ? 一体何故?』

 白面の眷属の中で斗和子とくらぎは互いに合体する能力を持っているのである。

 もっとも良くあるロボットアニメのそれとは違い、合体したからと言って攻撃力が何倍に跳ね上がるわけでもなく、むしろくらぎの中に斗和子が潜むだけなので戦闘力が2体の時より下がると言える。

『何故? 決まってるじゃないの。これ以上素肌を人前に晒すなんて恥ずかしいからに決まってるでしょ!?』

『ギェエエ~~ッ! もうやだこの人(?)~~ッ!! 御方様~~!! ってゆーか服着ろよアンタ!!』

『お、オレ達は真面目に戦うぞ婢妖!!』

『こ、心得た黒炎よ!! ついでだ人間も我らについて来い!』

 涙声のくらぎを無視して黒炎と婢妖が一生懸命に人間と連携を取りながらロギニエミハイヴを攻略していく。

『け、けっこうお茶目な集団なのかしらね……白面の御方様の部下って……』

 突撃機関砲を両手に携えながら未だに漫才している斗和子とくらぎを見てステラは呟くのであった。











――1999年10月29日 日本時間 午前00時00分 仙台基地――



 日付が変更される時間を時計の針が刻んだ頃の仙台基地。
 
 白面の突然の進路変更はこちらにも情報は流れていたのである。

 最初は白面の動きを非難する声も上がったが今は誰も文句を言う者などいない。

 いや言えないのだ。

 圧倒的な戦果を、結果を出してしまえば最早それまでの過程など些細な問題に過ぎない。

「ヴェリスクハイヴ粉砕!! ハイヴ攻略に成功しました!!」

「アンバールハイヴの内部から竜巻の発生を確認!」

「ウラリスクハイヴの全BETAが光の輪により行動不能! これより掃討を開始します」

「重慶(チョンチン)ハイヴ、モニュメントが内側より破壊!!」

「ブラゴエスチェンスクハイヴ周辺に霧が発生!! 周辺のBETA共々溶解していきます!」

「マシュハドハイヴ。御方様の火炎で吹き飛ばされました!」

「エキバストゥズハイヴの周辺5kmの地面が陥没。中から婢妖と黒炎が飛び出てきます。その数測定不能!!」

 管制室から仙台基地全体に、そしてそれを受けた報道機関が生中継で全国にハイヴ攻略成功の情報を流し、そのたびに人々は歓声を上げ、涙を流す。

 叫ぶ声は最早言葉になっていない。

 天に向かってひたすら吼え、仙台基地全体が揺れているようだ。

 隣りにいる者達と抱きしめ合う者もいれば、外の運動場で仰向けになって笑い転がる者までいる。

「くっくっくっく……ア~~ハッハッハッハッッ!!」

「アハハハッ! も~~! 痛いじゃない夕呼ッ!!」

 仙台基地のブリーフィングルーム。

 夕呼が友人のまりもの背中をバシバシ叩き、まりももお返しとばかりに叩く。

 最初は管制室にいた夕呼だったがつい2時間程前に抜け出して来て、この部屋でまりもや207B分隊達と一緒に白面の戦果の報道を聞いていた。

 完全に職場放棄だが咎める者は誰もいない。

 もうここまで来たら素直に白面の言うとおりに、お茶を飲みながら友人と一緒に過ごした方が正しいと言う物だ。

「まいったまいった! いや~~! 降参ッ! 何が1ヶ月よ! 嘘ばっかり……くっくっく……」

 今頃諸外国のお偉い方は大慌てだろう。

 確か彼らの予定ではオリジナルハイヴを潰してから何とか白面とあれこれ駆け引きに持ち込みたかったはずだ。

 だが1日で全部のハイヴを落とされてしまっては何を駆け引きするというのか?

 こうして見ると今まで自分達が水面下で人類同士の腹の探りあいをしていた事が本当に下らなく思えてくる。

 つぼに入ったのか夕呼はお腹を抱え、2・3回呼吸を整えお茶を飲もうとするがむせてしまう。

「大丈夫ですか? 香月博士?」

 咳き込む夕呼の背中を霞がさする。

「ゲホッ! ゴホッ! えぇ……ありがとう社」

 夕呼はゆっくり深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 笑いすぎたためか軽い酸欠を起こした頭がボーっとする。

 眺めるテレビ画面には日本帝国の征夷大将軍である煌武院悠陽が国民に向けて、人類解放の演説を行っていた。

 どのチャンネルを回しても白面による全世界ハイヴ攻略の速報が報道されており、報道司会者は喜びの涙で泣き崩れた表情を視聴者に晒す羽目になっている。

 ニュース速報をしばらく眺めて夕呼の気持ちが落ち着いてきた時、廊下から駆け足の音が聞こえてきてブリーフィングルームの扉が開く。

「香月博士ッ!」

「何? どうしたのピアティフ?」

 まだ少し目の端に涙を浮かべ、赤くなった鼻をすすりながら自分の秘書のピアティフを見る。

「この基地に残っている衛士達が至急戦地に行きたいと申し出ています」

「へぇ~いいんじゃない?」

 半ばどっちでも良いという様子で夕呼は答える。

 まぁ彼らの気持ちは夕呼も分かる。

 BETAを駆逐するために軍に身を置いたのだからBETA壊滅のこの時、このまま指を咥えて見ている事など出来ないだろう。

「……よろしいのですか? 彼らには万が一大陸のBETAが日本に来た時、防衛をする任務があるのですが」

 夕呼の投げやりになりたくなる気持ちは理解できる物の秘書の立場としてピアティフは問う。

「だって……ねぇ? そんなこと言っても空を御覧なさいな。黒炎と婢妖が空を覆ってるじゃない。BETAが来て何をすると言うの?」

「ま、まぁそうですね……」

 苦笑しながらピアティフも同意する。

 真っ暗な夜空に蠢く黒炎達が日本の上空に群れをなしている。

 一体どれほどの数がいるというのか?

 少なくともBETAが今日本に押し寄せて来ても何もできないだろう。

「こ、香月博士ッ!!」

 純夏が両拳を握り締め夕呼に話しかける。

「ぼ、ボク達も一緒に戦場に行っては駄目でしょうか?」

 207B分隊のメンバー6人が夕呼に陳情する。

 白面に自分達が衛士になるころにはBETAはいないと言われていたが、まさか数時間で殆どのハイヴが蹴散らされるとは思っていなかった。

 何か彼女達も手伝いたいのである。

「とは言ってもねぇ~~。いくら何でも訓練兵を戦場に送り込むのは……ねえ?」

 夕呼としてもそれはさすがに難しいらしく困った表情をする。

「なんでも! なんでもいいですから何か手伝わせてください!!」

「このままジッとしてなんていられませんッ!!」

「お願いします!!」

 千鶴、壬姫、慧も頭を下げる。

「ん~~じゃあコーヒーでも淹れてきてくれる? 天然のブルーマウンテンのやつ。場所はピアティフが知ってるから」

「副司令ッ!」

 冥夜が怒ったような顔で夕呼を見る。

「しょうがないじゃない。別にからかってるわけじゃないのよ? 本当にやらせる事ないんだもん」

「「「「「「そこを何とかッ!!」」」」」」

「無理ッ!」

 キッパリハッキリ夕呼は答えるが207B分隊も諦めない。

 しばらく交渉は続きそうだがこうしている間にもBETAの数は着実に減っていっているのであった。









――日本時間 午前02時04分 オリジナルハイヴ上空――


『ここがBETAが最初に地球にやってきた場所。オリジナルハイヴか……』

 見下ろすモニュメントのサイズは明らかに他の物とはひとまわり大きい。

 だがその難攻不落の要塞も今では吹けば飛ぶような脆い存在に見える。

『他のハイヴは全て焼き尽くし、破壊して……一気にここまで来てしまったな……』

 指揮下のハイヴは全て潰され丸裸状態のオリジナルハイヴに吹き付ける風の音がやけに虚しいものに聞こえる。

『さあ、それではこの星最後のハイヴも速やかに滅ぼし、地上に残ったBETA達も滅ぼすとするか』

 他のハイヴには黒炎や婢妖などが攻撃を仕掛けているが、『オリジナルハイヴ』だけには1体たりとも近づく者はいない。

 ここだけは白面が直に滅ぼそうと心に決めていたのだ。

 白面の結界の尾がスタブの水平到達半径100kmを囲むように半球状の結界を張り巡らす。

 ……これでこのハイヴにいるBETAは逃げ出す事はできない。

 下にはまだ沢山のBETAがおり、光線級が先程から白面に攻撃を仕掛けているのだが白面は気にも止めない。

 モニュメントをそのまま引っこ抜き主縦坑に向かって降りていく。

 白面の体にヒビが入る。

 一見すると体が崩壊していくように見えるがどこか様子が違う。

 主縦坑入り口に到達した時白面の体が一気に爆ぜる!

 半球状態の結界の内側を煙が覆い隠し、一切の様子が外から見えなくなる。

 これは毒気……。

 九尾の狐伝説にある殺生石と同じように白面は生き物を殺す毒ガスを撒き散らす事ができるのである。

 だが白面の出す毒は殺生石の伝説よりも更に性質が悪い。

 有機物、無機物問わず腐食させる白面の毒気は、体を切断されたくらいでは死なない化物ですら一呼吸で命を落とすほどの悪辣なものだ。

 何万というBETAが眠る様に崩れ落ちる。

 呼吸を必要としないBETAもその皮膚から毒が浸透し生命活動を停止していく。

 毒気を出し、自分の体の大きさを20分の1くらいに調整した白面はそのままゆっくりと主縦坑を真っ直ぐ降りる。

 およそ4kmほど下に降りた所で一際輝く蒼い光が白面の体を照らす。

 反応炉……オリジナルハイヴの反応炉である。

 人類ならば泣いて喜ぶ所だろうが白面は何の興味も無い様子でその光を見つめる。

『……残念であったな』

 大広間(メインホール)降り立つ白面はただ一言呟く。

 白面の目の前にいる存在。

 それは武も見た事があるBETAの上位存在……通称『あ号標的』!!

『……残念であったな』

 もう1度同じ台詞を言う白面は『あ号標的』を目の前にしても何も攻撃を仕掛けない。

 あ号標的も同様に自分達の災害の源、白面の者が目の前に現れたにもかかわらず一切攻撃を仕掛けるそぶりを見せない。

 互いに間合いに入っているにも関わらず白面は淡々と言葉を続ける。

 口の端を僅かに持ち上げた白面の視界に映る『あ号標的』は武が見た物と同じ……姿ではなかった。

 武の見た『あ号標的』不気味に輝く蒼い目……のような6つの球体が芋虫のようなその体に埋め込まれていた。

 だが今白面の目の前にいる存在は確かに6つの球体を体に埋め込んでいるのだが、黒ずんで光が無く、またその体もしわくちゃの……まるで水分の抜けたミイラのように干からびていた。

 これは今この大広間を覆っている白面の毒気のせいではない……。

『もし貴様らの指揮系統が箒型ではなく複合ピラミッド型ならば……あるいはささやかながらも無駄な抵抗ができたかも知れぬものを……』

 無駄な抵抗……その言葉の意味する所はBETAの対処能力に他ならない。

 かつて人類が航空兵器を用いてBETA戦を優位に推し進めていたものの、BETAはその航空兵器に対して観察、研究を重ねて光線級という存在を生み出した。

 これにより人類は敗戦を重ねる事となる。

 そしてその理屈は白面にも跳ね返ってしかるべきだ。

 現在、圧倒的なまでの脅威となる白面の存在をBETA、ひいては『あ号標的』が見逃すはずが無い。

 この桜花作戦が早急に決行されたのもそのためであった……。

 対白面用の新型BETAが生み出される前に叩くという目論見が人類にはあったのだ。

 だが人類のうち何名かが……白面が横浜ハイヴに隠れていた時にBETAの中で白面の研究が既に進められているのではないかという不安を抱く者がいた。

 例えば香月夕呼がそうだ。

 甲21号作戦後の緊急会議の時には結局夕呼は自分の中で否定していたが、その予想は実の事をいうと物の見事に的中していたのである。

 横浜ハイヴ内で生き残ったBETAは白面の事を観察し続けその情報を『あ号標的』送っていた。

 情報を受け取った『あ号標的』は白面を分析、研究、対応策を練っていたのだ。

 それがどんなに恐ろしい事か知りもしないで……。

 かつて白面がいた前の世界での話。

 今回の『あ号標的』と全く同じ行動を取った組織がいた。

 組織の名前はHAMMR(ハマー)。

 妖怪を科学的に分析し、それに効力のある兵器を開発する米国の技術協力集団。

 強大な白面の者を討つには精神攻撃能力を有する法力僧だけでは足りない。

 そのため日本は米国に技術援助を頼みこの組織が派遣されたのである。

 だがこのハマー機関は結局成果が行き詰まり、規模が縮小され撤退を余儀なくされる。

 米国の上層部が未知なる者……白面の者に恐れをなしたからだ。



――目……目が見える……



――闇の中から……白く輝く目が……



 まず初めにハマー機関の初代日本局長がそう言って原因不明の熱病にかかり死んでいった。

 次にハマー機関に携わっていた上院議員が2人交通事故で……。

 その1週間後、ハマー機関の軍事顧問の将官がドーベルマンに自宅で食い殺された。

 さらにハマー機関と技術面で提携関係にあった科学技術政策局の事務長と副局長が……。

 果ては関係者の中で最高地位にあった大統領補佐官の1人も3日3晩、体中の体液を吐き出しながらひからびていった。

 彼も……また死ぬ間際にこう言っていた。



――目が



――目が見える……



――白い……



――白い……



――目が……



 これにより米国上層部はハマー機関に本国への機関命令を下す。

 そして彼らは白面の者に関わった者を全て殺してしまうこの不可思議な闇の領域をこう呼んで恐れた。































   TATARI(タタリ) と……






 もしBETAの指揮系統がトップダウンの箒型でなければ……あるいは指揮者が生き残り対白面用の新型BETAを生み出すことが出来たかも知れない。

 だがBETAの指揮者『あ号標的』は1体のみ。

 どうあってもTATARI(タタリ)から逃れられない。

 婢妖でBETAを操り恐怖を植え付け、全世界のBETAの戦闘力を吸収、その後TATARI(タタリ)でBETAの対抗策を奪い取る。

 これが白面とBETAの間に繰り広げられた事の内容の全貌であった。

 白面が余裕をかまして日常を楽しむわけだ。

 人間に合わせて出撃するなどと言ったわけだ。

 BETAの指揮系統が箒型なのにも係わらずオリジナルハイヴを先に落そうともしないわけだ。

 何故なら白面が横浜ハイヴから人類の前に姿を現した時には、既に決着が着いていたのだから……。

『…………フン』

 白面は横を向きながら干からびた『あ号標的』に尾を振るう。

 軽い音を立て『あ号標的』は弾け飛ぶ。

 蒼く輝く大広間には白面の者が1体のみ。

『さらば……忌まわしきBETA共!!』

 鋭い牙が生えそろった白面の口元に炎が灯る。

 だがその炎は今まで地中に向けて放ってきた物とはワケが違う。

 2次被害のでない上空に向けて放つ火炎は、手加減なしの全力の1撃だ。

 力を溜めること数秒、上昇する温度は留まる事を知らない。

 あまりの高温のため炎は青白く輝き、膨大な熱量が空気を攪拌させ反応炉の蒼い光が乱気流のように捻じ曲げる。

 核兵器にすら耐え切れるハイヴの外壁が早くも溶け始め軋みを上げ、ついには崩壊を始めた。
 



『我は白面!! またの名を金白陽狐!! その名のもとに、全て滅ぶ可し!!』




 この日……オリジナルハイヴ地下から一条の閃光が天を貫いた。

 人類の命運をかけた人類史上最大の反抗作戦『桜花作戦』。

 1999年10月29日 日本時間 午前02時38分、オリジナルハイヴの完全破壊を目的としたこの作戦は……人類と白面の勝利で幕を閉じた――。



[7407] 最終話 2001年10月22日
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/12/06 12:20
最終話 2001年10月22日




「ん…………」

 自分の部屋のベットで武は寝返りをうつ。

 季節は秋。

 食欲の秋とか、読書の秋とか言うが武にとっては睡眠の秋である。

 まぁ武は年がら年中睡眠の秋な気がするが、ともかく武はいつも遅刻ギリギリの時間まで寝ている。

 後少し起きるのが遅ければアウトというような朝を過ごす事が日常な武だが、目覚まし時計を所持していない。

 その理由は……。

「タケルちゃ~~んッ! 起~き~て~よ~~!!」

 先程から武を大声で呼びながら体を揺する赤毛の女の子、鑑純夏が毎朝起こしに来てくれるからである。

 幼馴染の彼女が武を起こしに来るのが日課になったのはいつの頃か。

「う~~……後30分……」

「後30分なんて寝てたら完全に遅刻だよ~! ね~! 起きてってばぁ~~!」

 普通の人間なら起きるであろう大声を純夏が上げているのに武は起きようとしない。

 何事も慣れという奴である。

「む~~いつもより手ごわい……。どうしよう霞ちゃん?」

「早くしないと本当に遅れてしまいます……」

 純夏と一緒に霞もどうやら来ているらいしい。

 本心では困っているのだろうが抑揚の無い彼女の声は本心がわかりづらい。

「よ、よ、よ~~しッ!! このまま起きないんだったら武ちゃんのエ、エエ、エッチな本とか処分しちゃうんだからね!!」

 自分の大声では武は起きないと判断したのか純夏は手段を切り替える。

 男と言う生き物の本能的な部分を動揺させて起こそうという魂胆だ。

「タ、タタケルちゃん! 早く起きないと本当に処分しちゃうよ!? いいの!?」

 武の視点からは見えないが、声が若干震えているように今頃彼女の顔は真っ赤だろう。

「あ……あれ? ない……。おっかしいなぁ男の子のベットの下には必ずそういった本があるって聞いたのに……」

 だが次に聞こえてきた純夏の声はあるはずの物がなかったという以外そうな声だった。

 フフフ馬鹿め……と武はベットの中で笑う。

 自分がそんなベタな所に隠す物かと。

「純夏さん。あそこのクローゼットの棚の上に置いてあるスポーツバックの中が怪しいと思います」

 ギクッと武は震える。

 純夏と違った抑揚のない霞の声が的確に自分の『宝物』の位置を告げていたからだ。

「それからあの本棚の国語辞典……中身は机の上に置かれているのにカバーだけが本棚に立てかけられてるのも……」

「ギャオーーーー!! オレが悪かったーー!! ゆ、許してくれ霞ーーッ!」

 武の絶叫が木霊する。

 1階からは「純夏ちゃん。霞ちゃん。うちの馬鹿息子起きたー?」という武の母親の声が聞こえて来た。









「霞~~勘弁してくれよ……」

 黒い国連軍の軍服に身を包んだ武と純夏、霞が横1列になって道を歩く。

「……すいません」

「い、いやまぁ次から気をつけてくれれば良いんだけどな」

 無表情ながらも若干申し訳なさそうな顔をして霞に謝られると、武は何とも言えずバツの悪い気分になる。

 まぁ今回の場合悪いのは武の方だ。

 だがこの小動物っぽい態度にはついつい何でも許したくなってしまう。

 ……何だか最近霞が微妙に女狐になりつつあるような気がする。

 狐耳……狐耳がいけないのだろうか?

 癒し系小動物に狐のしたたかさ……。

 ある意味無敵の組み合わせではないかと武は思う。

「霞ちゃんは悪くないよ。ッて言うか次から気をつけるのはタケルちゃんの方だって……。もっと早く起きなよーー」

「ぐッ! う、うるせーな」

 溜息混じりに言う純夏の正論に素直に聞く武ではない。

 気合一閃デコチョップを純夏にお見舞いしてやろうとする。

「はぁッ!!」

「くッ! やるな……純夏のクセに」

 だが武の一撃は読んでいたとばかりに純夏は両腕で防ぐ。

 伊達に毎日国連軍の衛士として鍛錬を続けてきたわけではない。

 勝ち誇ったように純夏が口の端を持ち上げ、小憎たらしい表情を浮かべる。

「……なんて、1回防いだくらいでいい気になるなっ!」

「あいたーーっっ!!」

 純夏の一瞬の気の緩みを見切り、武は追加攻撃のデコピンをお見舞いしてやる。

 いつもの様に互いにふざけ合いながらも武達は歩を進める。

 武達が今歩いている場所は横浜の柊町……。

 自分達の生まれ育った町である。

 桜花作戦が終了してから約2年。横浜基地が完成した際に武はこちらに移住したのだった。

 1999年10月29日、白面がオリジナルハイヴを撃破したあの日の後、崩れた岩盤を吹き飛ばして地上に現れた白面は、そのまま不眠不休で4日間という短期間で世界中に残ったBETAを1匹残らず片付けてしまった。

 BETAを駆逐するのは我ら人類の使命! と思ってた者達からすれば不満もあったが、あそこまで見事に全て終らされてしまうと最早文句の出しようもなかった。

 いや、ひとことふたこと何か言おうとする者もいたのだが、拍手喝采の民衆の声にそんな不満な声はかき消されてしまった。

 人間社会は常に民衆を味方に付けた者の勝ちなのである。

 そしてその数ヵ月後の1999年12月31日。BETAを月から排除しようと人類と白面を載せた宇宙船が月に到達。

 地球との重力の相違とか物理法則やら科学の壁などまるで関係なく、白面の圧倒的火力、物量で第二次月面戦争は1日で終結した。

 これが年の明けた2000年1月1日のことである。

 一緒に同行していた国連航空宇宙総軍司令部は月での白面の様子を後にこう語る。

 曰く『地球にいた時より強かった』と……。

 それからさらに人類は火星のBETAを攻略するため地球を飛び立った。

 数ヶ月の宇宙航空の末辿り着いたのは、人類が初めてBETAの存在を確認した赤い惑星……。

 光線級はいなくともフェイズ6以下のハイヴが存在しない火星では、軽く見積もっても地球の20倍の数のBETAが常にひしめき合っており、さすがの白面も手こずった。

 何と火星のBETAは白面の猛攻に対して1週間も抵抗する事に成功したのである。

 ……一緒に同行していた国連航空宇宙総軍司令部は火星での白面の様子を後にこう語る。

 曰く『月にいた時より強かった』と……。

 それが今日から丁度1年前の2000年10月22日の事である。

 この日を人類はBETA大戦の終戦記念日とし、今日は盛大な式典が世界各地で行われるのだ。

 特にここ横浜の式典は世界で1番大規模に行われる。

 白面が初めてこの世界に現れた場所が横浜ハイヴだからだ。

 1ヶ月ほど前から武達は終戦記念日の式典に向け準備に追われ、横浜基地周辺は人だかりがすごいが、武達が歩いているこの場所はまだ人が少ない。

 BETAによりこの周辺はまだホテル等の施設は建設されてなかったりと原因は色々あるが、最も大きな理由は別にある。

「フフフ、そなた達は相変わらず朝から騒々しいな」

 その原因は武達の隣りを一緒に歩いている女性、『煌武院冥夜』にあった。

 背筋を伸ばしながら歩く冥夜は生真面目ながらも昔と違った余裕のある親しみ易い雰囲気を持っている。

 ちなみに冥夜が着ている服は武達が着ている国連軍の軍服ではなく青い帝国斯衛軍のものだ。

 ……そう、冥夜は国連軍を辞めて帝国斯衛軍に身を置く事となったのである。

 その理由はもちろん白面の『2体で1体で最強』のあの言葉が原因である。

 白面の言葉を上手く使い、双子は忌み子という煌武院家の家訓を打ち破り、冥夜と悠陽はそれぞれ姉妹として共に歩む事ができるようになったのだ。

 京都に向けて旅立つ冥夜を見送ったあの別れの日。

 冥夜と悠陽の人間関係が改善された事は武にとって嬉しくもあり、それと同時に冥夜と別れる事は悲しくもある複雑な気持ちであった。

 そんな思いを抱えながら故郷の柊町に戻った武と純夏だったが、その思いは見事に吹き飛ばされることとなる。

 以前と同じく武の家と純夏の家は隣り同士で建てられていたのだが更にもう1軒、武達の家の数十倍の広さを持つ『煌武院邸』が建てられていた。

 BETAがならしてくれた平らな土地にはでっかい豪邸と、オマケのように横に並んだ武と純夏の家以外は何も目ぼしい建物が見られない。

 いったい何故? と面食らう武達であったが、それでも自分達の家の隣りに冥夜が引っ越してきてくれた事は素直に嬉しい。

冥夜の話では日本中を飛び回る必要のある悠陽と冥夜は、最低でも西日本と東日本にそれぞれ住居を構えていた方が都合が良いとか何とか理由をつけていたが……。

 苗字を『御剣』から『煌武院』に改めた冥夜にタメ口聞くの気が引けるが、公の場以外では今までどおりの口調で良いと冥夜も言ってくれている。

 だが武や純夏は良くても武と純夏の両親は困る。

 何せこの世界で煌武院家と言ったら、日本人なら誰もが道を空けて頭を下げなくてはならない程の雲の上の人間だ。

 普通なら恐れ多くてどこかに引っ越したくなる所だが、向こうから是非にと言ってきてるわけでそうも行かない。

 毎日緊張のあまり胃が痛くなると言うことは……実はあまり無かった。
 
 さすがは武と純夏の両親と言った所か。

 順応性が並の人間とは違う。

 今は普通に煌武院家とご近所付き合いしているのだから神経が図太いと言うのか逞しいと言うべきなのか……。

「ところで冥夜。殿下は今日お前の所で泊まる事は出来るのか?」

「うむ……そのはずだが何ぶん姉上は多忙な身ゆえな。今夜突然の予定が入るやも知れぬ。……月詠!」

「ハッ! ここに!」

 どこにも姿を隠すことの出来ない見通しの良い平らな道なりで、月詠がシュタッと音を立て冥夜の背後に立つ。

 彼女の姿は赤の帝国斯衛の軍服姿ではなく赤いメイド服だ。

 長い髪は1つの団子状に束ねられ、かつての軍人の時のような厳しい雰囲気は見られない。

 月詠は今では軍服を脱いで冥夜の世話係として側に仕えているのだ。

「本日の式典の時間調整をそなたに任せる。上手く姉上を補佐してやってくれ」

「かしこまりました」

 そう言ってまた月詠の姿がどこかに消える。

「……月詠さん軍人の時より身体能力向上してないか?」

「うん。明らかに人間のレベル超えてるよね」

「……私もそう思います」

 武、純夏、霞の3人は月詠の動きに苦笑しながらも、まぁ世の中こういう事もあるだろうと納得した。

 何せ武達はあの白面と言う存在を見ているのである。

 このくらいの不思議は世の中にあってもおかしくはない。

「「「真那様~~!!」

 武達の後ろから土煙を上げながら声を上げて近づいてくる姿が3人。

 神代、巴、戎である。

 彼女らも月詠同様に軍を引退して冥夜の側に仕えている。

 白と黒のメイド服が今ではすっかり板についてきた。

 もっとも日本の文化に重きを置いているはずの日本帝国がメイド服を許可しているのは謎だ。

 さすがに彼女らは月詠のように神出鬼没に現れたり消えたりする事が出来ないらしい。

 きっとメイドレベルが足りないのだろう。

 まぁ逆にそんな人間がごまんといてもいても困るが。

「冥夜様。おはようございます」

「それと~~」

 3人の視線が武、純夏、霞に集る。

「「「初めまして~~」」」

「初めましてじゃねぇよ!」

 笑顔で挨拶する彼女らにすかさず武が突っ込みを入れる。

「は?」

「は?」

「はあ?」

「はあ? ……じゃねえだろっ! ほぼ毎日顔あわせてんじゃねえか!!」

「「「存じませーん」」」

 声をそろえ3人の頭にいきなり拳骨3連発が降り注ぐ。

 拳骨を見舞った人物はまた突然現れた月詠である。

「あいたー」

「あいたー」

「いたいですぅ」

 頭を抑えながらうずくまる3人。

 中の脳みそが足りないのか月詠の拳骨が実に軽くて良い音である。

 BETAがいなくなって、非常に凛々しかったこの3人は何故か元の世界の3バカに戻ったのだった。

 冥夜曰く「あの3人はああやって平和を噛み締めておるのだろう」との事だが、本当の所は定かではない。

 武としては「1度病院に見せた方が良いんじゃないか? 性格変わり過ぎだぞマジで」と思ってたりする。

 軽く涙目になってる3バカに月詠が睨みを効かせる。

「何をとぼけているのです早く行きますよ3人とも。……では冥夜様、武様、鑑様に社様。また後ほど」

 笑顔の月詠だが、彼女に敬語を使われると未だに違和感を覚える武である。

 元の世界のメイド姿の彼女と軍人の彼女の姿がどうしても重なって見えてしまうのだ。

 そんな武をよそに3バカの襟首を掴んでまた月詠が消える。

「真那様~」

「真那様~」

「真那真那様ァ~!」

 だだっ広い空間に3バカの声が360度全方向から聞こえてくる。

 どうやら月詠は触れた人間も対象に瞬間移動(?)が出来るらしい。

「……あの3人、軍人の時より頭悪くなってないか?」

「うん。明らかに人間のレベル超えてるよね」

「……私もそう思います」

 武、純夏、霞のは3バカのかつての凛々しい姿はどこに行ったのかと苦笑しながらも、まぁ世の中こういう事もあるだろうと納得した。

 何せ武達はあの白面と言う存在を見ているのである。

 このくらいの不思議は世の中にあってもおかしくはない。











 横浜基地周辺に近づくにつれ人の混雑が激しくなる。

 歩く速度が遅くなりどうしても前に進まない。

 急な斜面の桜並木の頂上に横浜基地が見えると言うのに到着するのにまだまだ時間がかかるように思える。

「大丈夫か霞?」

「はぁ……はぁ……はい……大丈夫です」

 後ろを振り返る武は霞の手を引きながら人ごみを掻き分ける。

 小柄で体力のない霞はこの坂道が辛いのだろう。

 早くも息切れを起こして狐耳も垂れ下がり気味だ。

「うわ~~。想像以上に人が集ってるねぇ。私達も冥夜と一緒に連れてってもらった方が良かったかな?」

「無理無理。例え可能だったとしても出迎え先は各国のお偉いさんが集ってる場所だぜ? オレ達一介の衛士が行ける場所じゃねえって」

 純夏の言葉に武はパタパタと片手を振り否定する。

 人混みが溢れかえりはじめた辺りで武達と冥夜はそれぞれ別れた。

 終戦記念日の式典を悠陽と共に進める用事が冥夜にはあったからだ。

 ちなみに純夏は冥夜の事を名前で呼び捨てるようになった。

 煌武院さん……では呼びにくいと言うのもあるが、いつの間にやら冥夜も純夏の事を下の名前で呼ぶようになっているし、女同士の友情らしき物が武の知らない所で芽生えたらしい。

「白銀、鑑、社~~」

「夕呼先生!」

 自分を呼ぶ声と軽いクラクションの音に武は振り返る。

 見ると香月夕呼が愛車のストラトスの左座席から顔を出す。

 重々しい重量感溢れるエンジン音が明らかにただ道を走るだけのものではないと野生的な唸りを上げている。

 その威嚇音に桜並木を埋め尽くす人だかりが道を空ける。

「っていうか夕呼先生。今ここは歩行者専用ですよ?」

「しょうがないじゃない。この道が横浜基地まで最短距離なんだもの」

「いやいやしょうがなくないですよ……」

 相変わらずの唯我独尊ぶりに武だけでなく純夏も苦笑する。

「あら何? せっかく懐かしい人を連れて来て上げたって言うのにその言い草は?」

 そう言って一旦停止するストラトスの右座席から武達の良く見知った人物が顔を出す。

「まりもちゃん!」

「神宮司軍曹!!」

「軍曹……」

 武、純夏、霞がそれぞれの呼び方で目の前の女性、神宮司まりもの顔を見て声を上げる。

「こ~ら白銀? まりもちゃんは無いんじゃない? それに鑑も社も……私はもう軍人じゃないのよ?」

 そう言うまりもの服装は淡い黄色のタートルネックニットとダークブラウンのスカート姿。

 彼女はBETA大戦の終戦宣言がされてから直ぐに軍を辞めて、長年夢だった教職に就き、平和的な相互融和を教え子達に説いているのだ。

 まりもと顔を合わせるのも約1年ぶりである。

 前の世界でまりもが死んでから『まりもちゃん』と呼ぶ事を止めていた武だったが、平和な世界になってからは戻す事にしたのである。

「とか何とか言って嬉しいクセに。学校でも生徒から『まりもちゃん』って呼ばれてるみたいじゃない?」

「ちょ、夕呼ッ! あの子達は良いのよ。まだ小学生ですもの」

「ん~~? あの狂犬のあだなを持つ嘗ての神宮司軍曹とは思えない言葉ねぇ。それに小学生なら尚更呼び方とかしつけなくちゃ駄目よ?」

「うッ! ゆ、夕呼に正論を言われた……」

 落ち込むまりもを見て武は元気にやっているようだと安心する。

 どうやら彼女はこの世界では高校ではなく小学校の教師をしているらしい。

 確かにまりものイメージに合っている気がすると武は思う。

 ちなみに余談だが、つい数ヶ月前にまりもはストーカーの被害にあっていたのだが、そこは『狂犬』の名を持つ元軍人。

襲われそうになったところ逆に返り討ちにしたと言う逸話がある。

 その男も直接手を出したため敢え無くブタ箱入りとなった。

 付け加えておくとその情報は夕呼の耳にも入っているので、その男が日の目を見る事はないだろう。

 一方まりもとは違い夕呼は未だに国連軍に身を置いている。

 もしかしたら彼女も軍を辞めたかったのかもしれないが、夕呼ほどの科学者となれば周りがそれを許さなかったのだ。

 ちなみにオルタネイティヴ4の00ユニット自体はいつでも作れる段階まで来ており、その完成資料は国連上層部に提出されている。

 もっともBETAがいなくなったこの世界では00ユニットは軍事目的ではなく、医学に応用されるらしい。

 この世界の00ユニットは前の世界の純夏のようにリーディング能力やら、世界最高レベルのスーパーコンピューターを搭載するという事はなく、あくまで普通の人間が普通に暮らせるのに支障ないレベルのものが搭載される予定らしい。

 00ユニットは昏睡状態の患者への治療等にその技術が期待されているが、今の所はまだ実施するかの目処が立っていない。

 00ユニットにするという事は当然その患者を殺す事を意味するのだから反対意見が出るのは当然だ。

 まぁそう言った道徳的に反するとかの問題は夕呼が解決する事ではない。

 彼女の仕事は00ユニットを完成させる所までで、そこから実際に医療技術として活用していくかどうかは今後じっくりと話し合われていくだろう。

 そんな00ユニットを完成させた夕呼だが、今はBETA戦争時のように新兵器を作り出したりもしていない。

 米国はBETAを地球から追い出した後に人間同士の世界の覇権を争う戦争が起きると予想していたようだが、いざ平和になってみるとこの予想は大きく外れる事となる。

 考えてみるといい。

 この世界の人類はもう何十年と……それこそ人類の損亡をかけた戦争を行ってきたのだ。

 祖国を追われ、地球の総人口はかつての5分の1にまで減少し、人類はすっかり戦いに疲れていた。

 そんな人類が突然転がり込んできた平和な世界でまずやることと言ったらユーラシア大陸を含む祖国の復興である。

 荒れた祖国に皆帰り、BETAに根絶やしにされた自然、自分達の住む国を元に戻そうと必死になっている。

 戦争時では国の財政をどうしても軍事強化に力を注がなくてはならなく、国民は飢えに苦しんでいたが、この食料問題は皮肉にもBETAにより進んだ合成食技術がこの世界ではあったため、財政の比率を軍事強化から食料問題に向ける事によりかなり改善方向に向かっている。

 もちろんそれだけで争いが完全に無くなったと言うわけではない。

 小さな民族紛争等は今でも世界各地で起きている。

 だがそれでも皆前向きに平和な世界を作ろうと努力している。

 これは桜花作戦前に白面の言った『2体で1体で最強』の言葉の影響も大きい。

 ……さてこんな状況で米国が後ろから『G弾』や『核兵器』を後ろから打ち込んだらどうなるか?

 なるほど確かに世界を自分達の手に収めることは出来るかも知れないが、そんな事をしたら他国から空気読めとばかりに米国は本当に世界を敵にまわすことになる。

 米国の上層部もそれくらいの事が読めないほど馬鹿ではない。

 下手な武力行使は今はするべきではないと判断を下したのであった。

 最もだからと言ってそれで諦める米国ではなく、被災地へ兵士を派遣したり資金援助等をする事で恩を売り、自分達の権力増加を狙っていく方針に切り替えたりする所が中々抜け目が無い。

 さて、00ユニットも完成させ新兵器を作る事も無くなって暇になった夕呼は、最近何か新しい娯楽を見つけようとゲーム開発に身を乗り出したらしい。

 軍人の仕事しろよと言う声もあったがそこは『極東の女狐』。あれやこれや上手く言いくるめて強引に話しを推し進めた。

 ちなみに彼女の特殊任務部隊のA-01の内何名かも、自分達の仕事以外の空いた時間は夕呼の手伝いを自ら率先して手伝っている。

 戦争が仕事の彼らからすればこういった仕事は非常に楽しいらしい。

 武もその1人だ。

 元の世界の知識からアイディアを引っ張って何か面白い物を作ろうと考えている。

 武としては『バルジャーノン』を作って欲しい所だが、ゲームの内容を知っているからと言ってゲームが作れるかと言うと全く別の問題であり、実際バルジャーノンが開発されるのはもう少し先の話になるであろう。

 夕呼がつい最近作った第1作目は『暁遙かなり』という戦略シミュレーションゲームである。

 衛士となってBETAを撃破せよと言うこのゲームは、かつてのBETA大戦を経験した大人から桜花作戦に参加できなかった若手まで幅広い年齢層に支持された。

 絶望的なまでの辛口な難易度が逆に良いとされている。

 このゲームのプレイモードは2つ。ストーリーを進める『キャンペーンモード』と、マップと出撃数等を自由に選択できる『フリープレイモード』だ。

 実はこのゲームはお楽しみ要素も盛り込まれており、『キャンペーンモード』をクリアすると『フリープレイモード』に裏面が追加される。

 裏面ではプレイヤーは今まで自分達を苦しめきた『BETA』を操作することが出来るのだ。

 だが敵キャラが『白面軍勢』に変わっている。

『君はあ号標的となりBETAを指示し白面の猛攻を防ぐ事ができるのか?』というストーリーらしい。

 マップ1では質も量も上の『婢妖』、『疫鬼』、『血袴』の婢妖軍団。

 マップ2ではさらに『黒炎』が追加されレーザー照射してくる。

 マップ3では『くらぎ』と『斗和子』が追加されこちらのレーザー照射がはね返されるようになる上、向こうの黒炎は反射を利用して山や建物を無視してレーザーをガンガン撃って来る。

 マップ4ではフィールド上を『シュムナ』が覆いつくし、ユニットの数がマイターン減っていくようになる。

 マップ5では『結界』が張られユニットの8割は行動不能になる。

 マップ6では白面が登場、1ターン目が終了した瞬間に全滅させられる。

 あまりにもパワーバランスが崩壊しているため準備画面で『新種のBETA開発』というコマンドがあるのだが、これを選択すると何故かバグが発生してゲームオーバーになるらしい。

 普通ならクソゲーと呼ばれるこの裏面は何故かこの世界の人類から凄まじいまでの支持を受けており、今では在庫待ちの状態が続いているくらいだ。

 このまま勢いに乗り、上手く軍を抜けてゲーム会社を設立しようと夕呼は最近本気で考えている。

 武もこのまま軍に身を置くか、あわよくば夕呼にくっついてゲーム会社に就職するか悩んでいる。

 実際まりも以外にも武の知り合いで軍を辞めた人間も何人かいた。

 例えば宗像美冴と風間祷子がそうだ。

 宗像は故郷に帰り今年の秋、嵐山の燃えるような紅葉を恋人と眺め、出兵を見送った日と同じ日に式を挙げることが決定している。

 風間は音楽家としての道を進む事にし、上司であったみちるの両親の元で音楽の素晴らしさを世間に広げていこうと努力している。

 武自身、国連軍の1人として祖国の繁栄に力を注ぐのもいいが、普通の一般人に戻りたいと言う気持ちも無いと言えば嘘になる。

 この平和な世界では必ずしも自分が軍人である必要はもうないのだから……。









「ダァーーーー!! 間に合ったぁああ!!」

 滑り込みセーフとばかりに武達は集合場所であった横浜基地のグランドに駆け足で到着する。

 普段鍛えているとはいえ額に汗をかき、肩で息をする。

「も~~タケルちゃん置いていかないでよぉ~~」

「…………」

 後ろから純夏と霞がやや遅れて到着する。

 純夏は自分を置いていった武に唇を尖らせ、霞は疲れてしゃべることも出来ない状態のようだ。

「鑑、白銀、社……おはよう」

「……委員……長……」

 腕を組みながら遅れてきた武達に挨拶するのは榊千鶴である。

 彼女のまるぶちメガネがキラリと反射し表情は見えないが、武達が集合時間ギリギリに来たのが不満なのがその声でありありと判断できる。

「まったく、あなた達は毎日毎日遅刻ギリギリで、おまけに着いた途端騒がしくて……はぁ……」

「委員長。溜息ばかりついてると老けるぞ?

「――なっ……なんですってぇ!?」

「――ヤベ! ロッカーに忘れ物がッ!」

 これ見よがしな嘘をついて武は逃げようとする。

「待ちなさ――きゃっっ!!」

「――おわっ!」

 逃げようとした武をそうはさせじと千鶴が袖を掴んだが互いが変にバランスを崩し、2人で倒れこむ。

「あたたたた……」

「うう……ったぁい……」

「「――ッ!?」」

 武と千鶴は互いの顔が近づいている事に仰天する。

 倒れた拍子に体が重なり合うと言う、現実では絶対に有り得ないラブコメのお約束をしてしまったのである。

「――ななななななにするのよっっ! 早くどいてっ!」

「――そりゃこっちのセリフだ。乗っかってんのはそっちだろ!!」

「……朝から……なかなか……」

「――え……ッ!?」

「――あッ!?」

 倒れた武と千鶴にあまり抑揚のない小馬鹿にしたような声がかかる。

 声の主は彩峰慧だ。

 顎に手を当て口の端を上げている。

「――こっ、これは単なる事故よッ! そそそれより彩峰っ!!」

「…………」

 自分の失態を見られたくない相手に見られたせいか、千鶴はあわてて立ち上がり顔を赤くしながら体に着いた土を払う。

「え~と……あっ――挨拶くらい……しなさいよ!」

「…………」

 話題そらしとばかりに食って掛かる千鶴に対して慧は無言で直立不動でジッと千鶴を見続けている。

「――彩峰、聞いてるのっ!?」

「…………」

「タケルちゃん、榊さん大丈夫!? あっ! 彩峰さん、おはよー!」

「……おはよ」

「うぅぅぅ……あなたねぇ……」

 千鶴の言葉は無視して純夏の挨拶には反応する慧。

 怒りを噛み締めながらそんな慧を千鶴は睨む。

 ……千鶴と慧。この2人はいまだに仲が悪い。

 お互い顔を合わせた時間の8割くらいは喧嘩している気がする。

 BETAがいた時なら例えどんな方法を用いようとも仲良く……とは行かないまでも何とかしようとする武だが、今は「仕方がないなぁ」といった具合に放っておいてる。

 まぁ喧嘩ができるという事は幸せな事なのだろう。

 それだけの余裕があると言うことなのだから。

 ……と言うのは建前で喧嘩している2人の間を仲裁するのが怖いだけなのであるが。

「こら貴様ら。もう少し軍人としての自覚を持たんか」

「「「――伊隅大尉!!」」」

 純夏とはまた違った色の赤毛をした女性、伊隅みちるが馬鹿をやってる部下を見ながら溜息を吐く。

 上司が来た途端、武達は姿勢を直して敬礼を取る。

「おはよー千鶴。相変わらず毎朝毎朝よく飽きないわねぇあんた達も」

「あははは! 白銀君の周りはいつも賑やかだね!」

 みちるの後ろにいるのは新しくA-01に入隊した涼宮茜と柏木晴子だ。

 武達より後に入ってきたこの2人の方が、隊の輪を乱すことが無いというのだから何とも情けない。

「ちょっと最近たるんでるんじゃないの? あんた達?」

「フフ……まぁ今日は終戦記念日の式典だから騒ぎたい気持ちはわかるけどね」

「いやいや涼宮。今日に限らずだろ? 武達は?」

「いよッ! 武。相変わらず飛ばしてるなー」

「速瀬中尉、涼宮中尉、平中尉、鳴海中尉。おはようございます」

 黒い軍服に袖を通し、しっかり集合時間前に到着していた水月、遙、慎二、孝之も武達に声を掛ける。

 階級名からわかるように彼らは1階級昇進した。

 武のグループ同様この4人は一緒に行動をとる事が多い。

 孝之と慎二は軍の仕事一筋だが水月は最近水泳を、遙は絵本作家になろうと絵や小説の勉強を始めた。

 ちなみに遙の妹である茜も憧れの水月のマネをして水泳を始めたらしい。

 そんな仲良し4人組だがその人間関係に最近変化が起きた。

 水月と遙が孝之に同時に告白したのだ。

 どうやら彼女達は一緒に告白しようと決めていたらしいのだが、それに驚いたのは孝之である。

 周りから見れば前から水月と遙が孝之に想いを寄せていたのは一目瞭然だったが彼は全く気付いていなかった。

 付け加えて言うなら優柔不断が服を着て歩いているような孝之である。

 どちらか片方だけが告白したなら、流れに乗ってそっちの方にオーケーを出していたかも知れないが、同時に告白されてはどっちに返事を言っていいのか悩んでるらしい。

 とりあえず返事はもうちょっと待ってくれと言いつつ、かれこれ1ヶ月になる。

 孝之に一度自分はどうしたらいいか相談を持ちかけられた事のある武だが、その時は自分の事を棚に上げたアドバイスをして純夏達に袋にされたのは別の話だ。

「たけるさん。おはようございます」

 武に声を掛けるのはピンクの髪とそのヘアースタイルが特徴の珠瀬壬姫である。

 背の低い彼女はみちる達の影に隠れていて来たのに気付かなかった。

「おぉ。たまか。お前も今着いたのか? 今日は混みまくりだから大変だったろ?」

「あ、ううん私は車でパパと一緒に来たから……」

「パパ? ……あぁ珠瀬事務次官か。そう言えば事務次官ともなればここに来るよな当然」

「……ほう、君が白銀君かね? 娘から聞いてるよ?」

「へ……?」

 周りが女性だらけだったが突然聞こえた中年男性の声に武は思わず呆けた声を上げて、そちらを見る。

「「「「「たたた珠瀬事務次官ッ!!」」」」」

  国連のトップレベルの人間である珠瀬玄丞斎がいきなり目の前に現れたため、武だけでなく純夏達も声を上げる。

「な、何故こちらに」

「いや何せっかくの式典だからね。娘と一緒に参加しようと思ってね」

「そ、そうですか……」

「今日は気合を入れて髭の手入れに2時間掛けてしまったよ。……どうかね?」

「えっと……よ、良くお似合いかと」

 武の知る前の世界では親バカだが非常に凛々しい『たまパパ』だが、平和な時代になったためなのかどうかわからないが髭の形が変わっている。

 そう……ちょうど元の世界の時のように髭が両端でクルッと一周して娘の壬姫の髪型と同じ髭の形をしている。

 どうやら壬姫の髪型は遺伝だったらしい。

「もう、やだぁパパッたら……」

「うんうん! たまと一緒に式典に参加できるなんてパパは嬉しいぞぉ……」

 そんな親子のやりとりを見て武は内心「仕事しろよ。そして持ち場に帰れ! 国連事務次官」と突っ込みを入れる。

 どうやら凛々しい親バカからただの親バカになったらしいこの親父は。

 1年前までは規律でガチガチな軍の世界であったのだが、最近は武を含め肩の力を抜く傾向が見られる。

「あ! ではもしかしたら美琴の親父さんもこちらに来てらっしゃるのですか? 事務次官」

 壬姫の父親がここにいるなら美琴のあの掴み所のない父親も来ているのではないかと予想した。

「ん? あぁ鎧衣左近か? 彼は確か今南太平洋辺りにいるという話だったかな」

「……と言う事は美琴も今頃南太平洋ですか。……さよなら美琴」

 青い空に向かいながら武はここにいない鎧衣美琴に対して敬礼を取る。

「ちょちょ、ちょっと! ボクはここにいるよタケル!!」

「あっ! いた……」

 珠瀬事務次官の後ろから美琴が顔を出す。

「何だ美琴。お前てっきりいつもの様に親父さんに拉致られたんじゃなかったのか?」

「いやぁ~何とか父さんの一瞬の隙を突いて逃げ出してきたよ~。起きたらマグロ漁船みたいのに簀巻き状態で乗せられててちょっと苦労したけどね~」

 笑顔で非現実的な事を言う彼女だがこれが全て事実だったりする。

「はっはっは。車で来る途中にいきなり大きな藁束が飛び出して来た上。中から人が出て来た時は驚いたよ」

 どうやら美琴が行き倒れになりかかっていた所を、たまパパが保護したらしい。

 BETAがいなくなってから美琴の父親である鎧衣左近は、娘の美琴と一緒に世界各地を命がけで飛び回る事が多くなった。

 もちろん美琴本人の意思は一切考慮されていない。

 彼女の安息の日はある意味BETAがいた時の方がマシだったと言える。

「………………」

 騒がしくも平和な雰囲気の横浜基地の様子を無言で微笑みながら、霞はじっと見る。

 その視線に気付いたのか、武は霞の元に足を向ける。

「大丈夫か? 霞?」

「……はい大丈夫です。メソメソしてたら陽狐さんが帰ってきた時に笑われてしまいますから」

「そっか……。早く帰ってくるといいな陽狐さん」

 そう言って武は霞の頭を撫でる。

 銀色の彼女の髪がサラサラと揺れる。

 そう……今この世界に白面はいない。

 あれは4ヶ月前の事。

 火星を攻略した国連航空宇宙総軍が地球に帰ってきた時の話である。

 この世界の救い手である白面を盛大に迎えようとした人類だったが、帰ってきた宇宙船の中には白面の姿はなかった。

 一緒に帰還した将兵達は、確かに火星から戻る際には宇宙船に乗り込んでいた白面を見たのだが気がついたらいなくなっていたと言う。

 これには様々な憶測が出された。

 曰く、白面は元の御伽の世界に帰って行ったのではないか?

 曰く、白面はBETAが存在する他の惑星に飛び立ったのではないか? など様々な憶測が為された。

 心配なのは霞である。

 白面と霞は特に1番仲が良かった。

 白面がいなくなってしまった事は武にとっても辛い事だが、白面を母親のように慕っていた霞にとってはもっと辛いだろう。

 今、霞は純夏と一緒に暮らしており白面の帰りを待っている。

 健気に笑いながら白面の帰りを待つ霞を見る武としては、早く白面に帰ってきて欲しい所だ。

 様々な憶測がある中、武は白面がいなくなった理由をこう予想……いや確信している。

 白面は自分と人類との関係を守るためにいったん姿を消すことにしたのだ。

 実際、終戦宣言がされた後から人類の間で白面に対する様々な動きがあった。

 例えばどこの国が白面を所持するのかや、どう白面と友好関係を築いていくのか?

 もしくは白面と自分達が敵対関係になるのではないか? などと言った様々な問題が提起され、各国の間で色々とやり取りがあったらしい。

 だが白面が突然いなくなった事で人類が白面を所持するのかと言う話し合いが、いかに無意味で愚かしい事か気付かされ、また敵対関係になる事に恐れていた人類もこの時間が空いた事によりすっかりその懸念が消えてしまった。

 一旦時間を空けるという事で白面は自分に対する人類の認識を確立させたのである。

 それでも一部の人間が対白面用の武器を開発しようとする組織がひっそりと作られていたが、次々とその研究に携わる上官が謎の死を遂げたので結局その組織は解体されることとなった。

 ちなみにこの怪奇現象を白面がいた世界ではTATARI(タタリ)と言われ恐れられたが、この世界ではTENBATU(テンバツ)と名付けられ、むしろ白面を殺害しようなどと言う不届きな行動を取った組織は世界中からバッシングを受けたと言う。

 今では自分達を救ってくれた白面に対し、白面を祭る宗教が世界各国で作られているくらいだ。

 その宗教の教えでは白面は人間の悪い『気』を食べて浄化させる存在となっているらしい。

 白面が他者の恐怖を食べるにしろTATARI(タタリ)にしろ、やっている事は同じなのだが物は言い様である。

「……陽狐さん。ありがとうございました。これから先の未来はオレ達が作っていきます」

 武は雲のない青空に向かって白面に1回敬礼を取る。

 終戦記念日の式典がまもなく開始される騒がしい横浜基地で武は新たに決意を固める。

 そう……BETAがいなくなったこの世界で人類にはまだまだやらねばならないことが沢山あるのだ。

 今のところ人類同士の大きな戦争は起きていないものの、これから先はどうなるかわからない。

 もしかしたら第3次世界大戦のようなものが数年後に起きるかも知れない。

 日本帝国でも前の世界で起きた12・5クーデター事件のような物が起きる可能性だってある。

 また各地域による食糧難、宗教的対立、価値観の相違からの争いはこれからもずっと世界各地で行われるだろう。

 ……だがそれは白面には関係なく、人類が、人類達だけで解決しなくてはならない問題だ。

 2001年10月22日。

 それは元の世界で冥夜が突然自分の家に押し入って来た日。

 そしてBETAがいる世界に自分がやって来た日。

 他の並行世界と同じ特別な意味を持つこの日から武は、いや人類は新たな1歩を踏み出すのであった……。






































~エピローグ~




 柊駅沿いにある商店街……と言ってもまだまだ閑散としており、むき出しの地面の両側に簡易な路上店が立ち並ぶ。

 隣りの店同士の間隔は広々としており、まだまだこれから発展の余地がある。

 だが今日に限っては空いたスペースに終戦記念日に訪れる客を目当てとした屋台が所狭しと建てられていた。

 活気ある祭りの雰囲気はついつい財布の紐を緩めたくなるものだ。

 そんな商店街にある踏み切りの手前を曲がった角地に1つの食堂がある。

 名前を『京塚食堂』という。

 ここの経営を切り盛りしているおかみは本来横浜基地のPXを預かる予定だったが、彼女は自分の店を持ち毎日この地域の人々の胃袋を満足させている。

 屋台に集客が取られることも無く、今日もこの店は食事をとる人で賑わっていた。

「九尾の狐定食1つ。うどんで」

「あいよッ!」

 騒がしい店の周辺に負けじとこの店の肝っ玉母さんこと京塚志津江が怒鳴り返す。

 白い割烹着と髪の毛を団子でまとめたその姿はいかにも食堂のおばちゃんである。

「はい九尾の狐定食お待ち! おや? お嬢ちゃんまた九尾の狐定食かい? たまには違う物も食べな」

「うむ……。わかっておるのだが好物でな。中々止められぬ。それより良く我の顔を覚えたな?」

「はははッ! そりゃあんた、1週間毎日毎日九尾の狐定食を頼んでくる女の子がいれば嫌でも覚えるさね」

「ム……気をつけよう」

 志津江に笑われ、その女の子は端整な顔を少しバツが悪そうに歪め、自分が頼んだ九尾の狐定食を受け取る。

 年齢は12,3歳くらいといった所か?

 銀色の髪と瞳が良く目立つ。

 外見の割にはなにやら偉そうな口調である。

「まぁ最近じゃ白面の御方様の影響で油揚げ料理が盛んだからねぇ。お嬢ちゃんの髪の色も御方様の影響かい?」

「ハハハ、まぁそのような物だ」

 そう言って笑いながら女の子は自分の銀色の髪の毛をいじる。

 白面の影響で、白面が好物だった油揚げは世界各地で大きな経済効果を上げていたりする。

 また若い女性の間では髪の毛を白面と同じ銀色に染める事が流行っているのだ。

「あたしも後30年若けりゃ髪の毛の1つや2つ染めたんだけどねぇ」

「ん? そうか? そなたはまだずっと若く見えるがな?」

「ありがとうよ。お世辞でも嬉しいね。ところでお嬢ちゃんはこっちに知り合いでもいるのかい? ここじゃずっと見ない顔だったけど」

「あぁ終戦記念日に知り合いがおるからな。少々田舎から抜けてきた」

 志津江は少女の言葉に大きな体を揺らして嬉しそうに笑う。

「そうかいそうかい。じゃあ早くそれを食べて会場に行かなくちゃね。知り合いもそこにいるんだろ?」

「うむ。それとすまぬが稲荷寿司を包んでくれぬか? 土産にしたい」

「はいよ。知り合いって言うのはお嬢ちゃんの親戚か何かかい?」

 志津江の言葉に女の子はちょっと寂しそうな顔をする。

「うむ……BETA大戦が終結したものの故あって今まで会えなくてな。特に霞には寂しい思いをさせてしまった……」

「そうかい……。でも今日ようやく会えるんだろ? 良かったじゃないのさ」

 志津江は何か事情があるのだろうと思ったが深く追求しないで相槌を打つ。

「フフッ……だが我の行く事はちと伏せておるからな。あやつらの驚いた顔を拝めるのも楽しみよ。いっその事、式典に乱入して見せればより効果的かの?」

 少女はくつくつと笑うが志津江の方はちょっと関心しないとばかりに今度は顔をしかめる。

「……ちょいとお嬢ちゃん。それは止めておきな。終戦記念の式典は神聖な物なんだからね。怒られるよ」

「ん? そうか? 我が顔を出せば喜ばれはすれども怒られる事はないように思えるがの」

「……ひょっとしてお嬢ちゃんは帝国のお偉い方の娘さんかい? 名前はなんて言うんだい?」

 自信たっぷりの態度に、志津江はひょっとしたら彼女は身分の高い人間なのではないかと思った。

 そう考えると先程からのこの偉そうな口調や訳あって知り合いと会えなかったというのも納得がいく。

「我か? 我の名は……」

 女の子が自分の名前を口に出そうとした所で一際大きな大歓声が辺りを包む。

 空を見ると9機の戦闘機が大空を駆け巡るのが見えた。

 ……さぁ終戦記念日の開幕だ。

 BETAはもうこの世界には存在しない。

 人類が自由を得た事を証明するように9機の戦闘機が自由に大空を飛び回り、また人類を救った白面の姿を象徴するかのように、航空ショーによる白い9本のスモークがその青空一杯に描かれていた……。



[7407] あとがき
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/12/03 21:02
あとがき


 Muv-Luv Metamorphose (マブラヴ×うしおととら)これにて完結です!

 初めて小説に挑戦し、ここまで来れたのもひとえに読んでくれた皆さんのおかげです。

 本当にありがとうございました。

 最終話ですが最初はエピローグはなかったのですが、それだと冒頭に書いた『ハッピーエンドを目指す』という言葉に矛盾するのと、やっぱり白面に感情移入しちゃったんでああいった形にしました。

 プロットが変わったと言えば元々この作品はあんまりプロットを細かく書いてなかったりします(汗

 最初は第参話の横浜戦が終ったらいきなり全世界ハイヴ攻略に行って終わりでしたし、日常編を書いて白面の変化を書こうと思ったのは横浜戦が終った後だったのでギリギリでした。

 TATARIにしても最初からそのつもりで書いていたわけではなく、第伍話でBETAの指揮系統が箒型云々の伏線は全くの偶然だったりしますw

 最初はBETAの中から『結界級(シールド級)』を生み出そうかなぁ~、何て思ってたんですがかなりプロットは2転3転しました。

 ただ日常編を書こうと決めたら最後までの道筋が大体決まりましたが。





 この後は……番外編とかちょこちょこっと書けたら良いかなぁと思ってます。

 後日談とか本編の幕間とかネタとか……?

 ん? ネタはいつもの事ですかね?


 では拙作ことMuv-Luv Metamorphose (マブラヴ×うしおととら)を読んでいただいた皆さん。改めて御礼申し上げます。



[7407] 【外伝】 クリスマス編
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2009/12/24 22:06
【外伝】 クリスマス編





「ではうしおよ。私と母さんはこれから仕事に行って来る。しっかりと留守番するのだぞ」

 体の内側から凍えるような12月の明朝。

 白い髪に深いシワが目立つ男性、蒼月紫暮が玄関にて息子に声を掛ける。

 見た目の年は60……いや70代に見えるこの男はコレでもれっきとした40代である。

「あぁ、わぁーったって」

 普段はこれでもかと言うくらいに元気を体で表現したような少年、蒼月潮だがまだ眠いのだろう。

 欠伸を噛み殺しながらめんどくさそうな態度で答える。

「うしお。外に出る時はちゃんと戸締りするのですよ。それから冷蔵庫にオカズを作っておきましたから夜はそれを温めて食べてね。それといざと言う時は中村さんによろしく言ってありますから。あと火を使う時は十分注意して……」

「か、母ちゃん! オレもう14なんだぜ!? 心配しなくても大丈夫だからさ!!」

 あれこれと自分の身を案じる自分の母親である蒼月須磨子の言葉を、顔を真っ赤にしてうしおは遮る。

 父親の紫暮とは相対的に母親の須磨子は真っ黒い髪にシワひとつない顔。

 どう見ても20歳前後だがこれでもれっきとした140……いや年齢の事は深く言わないでおこう。

「あ、あなた。やっぱりうしおに本当の事言っておいた方が……」

 後ろめたい事があるのか、須磨子は何やら小声で紫暮に話しかける。

「ん? 母ちゃん何か言ったか?」

「その……うしお……」

「いやいや何でもないぞ。……っとそうだ。もし母さんの料理だけで足りんかったらこれで何かうまいもんでも食え」

 須磨子の言葉を遮り紫暮が懐から取り出した封筒をうしおに手渡す。

「おぉっ!? サンキュー!! オヤジ!」

「うしおよ。今日は『苦理済(くりす)ます』と言って己の心を1人っきりで見つめる修行の日なのだぞ。世間の子は皆クリスマスは修行だ」

「へぇ……そうなんだ」

 初めて知った風習にうしおは何となくの相槌を素直に打つ。

「それができぬ子供のトコロに『サタン』が来るのだ。そういうわけで留守番がんばれよ」

「はははっ! あぁそうかよ。分かったから早く行けって」

「……うむ。では行ってくる」

「うしお。体には気をつけなさいね」

「あいよーー。行ってらっしゃい」

 ガラガラというガラス張りの扉が閉まった玄関先で両親を見送ったうしおは一息吐く。

「……まーったくオヤジの奴。なーにが『サタン』だよ。今時そんなホラに騙される奴いるかっつーの」

 紫暮から受け取った封筒を自分のポケットにねじ込み、うしおはもう一眠りするかと自分の部屋に戻ろうとする。

「あっ! でも白面のオ……おか……白面の者っていう存在がいるならサタンもやっぱりいるのかなぁ?」

 首を傾げながら立ち止まるうしお。

 この世界を救った九尾の狐こと白面の者。

 知り合いは『御方様』もしくは『白面の御方』等の敬称で呼んでるのに、何故かうしおの家族はその名で呼ぶことができない。

 そう呼ぼうとすると体中の何かが全力で拒絶するのだ。

 全くもって不思議である。

「まぁどっちでも良いや。……にしても『苦理済(くりす)ます』ねえ。自分を見つめる修行の日かあ……何すっかねえ?」

 せっかくの1人だ。

 思いっきり羽根を伸ばそうとうしおは今日の予定を考える。

「……うんッ! やっぱり自分を見つめるって言ったら絵だよな! うるさい馬鹿オヤジもいないことだし、今日は良い絵が描けそうな気がするぜッ!」

 そう思うと先程までの眠気は一気に吹き飛び、途端に気分がウキウキしてくる。

 運動神経抜群の彼だがこれでも絵を描く事が1つの趣味なのである。

 今日は良い日になりそうだと体を思いっきり伸ばす。

 すっかり上機嫌なうしおだがこの時すでに父親の紫暮から『苦理済(くりす)ます』などと間違った習慣を教えられてるとは気付きもしなかった。









「本日午後より施設内の飾り付けを行う。――作戦名は『ジングルベル』だ!」

 国連太平洋方面第11軍・横浜基地にて武が無意味に、そして高らかに宣言する。

 今日はクリスマスイブ……。
 
キリスト教文化圏で行われるキリストの降誕祭のことで、12月24日がクリスマスイブ、25日がクリスマスという。

 武の記憶にあるBETAのいない元の世界では、この時期になると街中がイルミネーションで飾り付けられ、デパートではクリスマスセールのチラシが配られたりと活気に溢れていた。

 各家庭でもクリスマスツリーを出したり、ご馳走の準備と大忙しだ。

 さて、BETAがいなくなったこの世界で馬鹿騒ぎが大好きな白銀武というこの男が黙っているはずがなかった。

 『最初の世界』ではクリスマスイベントを行ったが最後、オルタネイティヴ5始動という危険フラグであるが今はそんな事を心配する必要はまったくない。

「え~~、なお飾り付けは各自好きなようにやってくれ」

「「「「「「了解ッ!!!」」」」」」

 武の言葉に大きく返事をする人だかり。

 やたらと多い人数に号令をかけた武の方がむしろ圧倒される。

 目の前にいるのはここ横浜基地の将兵達。

 何故こんな事になったのか?

 最初は仲間内だけでやるつもりだったのに。

 夕呼にクリスマスパーティの開催許可を願い出たところ、いつの間にやら横浜基地全体の催し物へと発展してしまった。

 原因は言わずもがな、自分以上に派手好きであり面白い物好きの香月夕呼が原因だ。

 突発的で且つ無計画なクリスマスイベントだったため、結局飾りつけ等の準備は当日となってしまった。

 そのため今日は朝早くから大忙しである。

「まぁ……オレとしてはこっちの方が良いんだけどさ」

 皆でワイワイガヤガヤとパーティの準備をするのは武にとっても不満はない。

 むしろ願ったり叶ったりだ。

 それはともかく……。

「ほれほれ霞よ。早よう皆にその姿を見せてみよ」

 何やら白面が上機嫌に霞の手を引き、こちらにやって来た。

「どうしたんですか陽狐さん……って霞その格好!?」

「ど、どうでしょう……白銀さん」

 顔を赤くした上目遣いの霞の姿は、赤いコートに赤い三角帽子の所謂サンタクロースのコスチュームである。

「フッフッフッ! どうだタケルよ? 完璧であろう?」

「た、確かにすごいですね……」

「ウムウムさすがは霞! そしてさすが我ッ!! 見事な出来栄えだ」

 霞の姿に満足したのか白面は誇らしげに胸を張る。

 何がすごいってこれは白面の手作りなのである。

 しかも普通に上手い。

「わぁ~~霞ちゃん可愛いッ!!」

「お世辞抜きに似合ってるわね……」

「あうあう……」

 純夏と千鶴の賛辞に霞は恥ずかしそうに俯いてしまう。

「こ、これはあれだ……すまぬタケルよ。我はこのまま霞を愛でるという新たな仕事ができてたゆえ準備はそなたらに任せるぞ」

「いやいやちゃんと手伝ってくださいよ」

 霞を抱きかかえ、そのまま頬ずりして幸せそうな白面に武が突っ込む。

 BETA大戦が終結後、しばらく霞と会えなかった反動のせいか白面の霞に対する溺愛っぷりすごい。

 サンタクロースのコスチュームを手作りで用意すると言う所から、その可愛がりぶりが想像できるであろう。

「陽狐さん。私も皆さんのお手伝いがしたいです」

「ぬぅ霞が言うなら……仕方無いのう。では我と共に折り紙で輪っかつづりを作ろうぞ」

「はい……」

「やっぱり霞が最強だよな……この世界では」

 白面を自由に扱う霞に武は苦笑する。

「白銀。ちょっと良い?」

「何だ彩峰?」

 声を掛けてきたのは彩峰慧である。

 彼女は飾りつけの担当ではなくパーティに出す料理の準備をする担当やると自分から言い出した。

 自分から何かの役割を進んでやりたいというのは彼女にしては珍しい。

 ……まぁその理由は大方予想がつくが。

「パーティの料理にヤキソバを入れると良いと思う」

 ほらやっぱりと武は思った。

 自由奔放な彼女が料理担当をする理由と言ったらコレしかありえない。

 もうそろそろ進言してくる頃だろうと思っていたが案の定である。

「っていうかクリスマスにヤキソバ……」

 渋る武に対して、慧は霞と飾りを作っている白面に視線を向ける。

「陽狐さん。ヤキソバの具材には油揚げが良く合います」

どうやら交渉する相手を変えたようである。

 ちなみに慧も白面の事を『陽狐』と呼ぶようになった。

 いや慧だけでなく元207B分隊は皆そう呼ぶ。

 白面と出会って2年以上。

 お互いの呼び方で壁を作るような付き合いではない。

「それならば仕方無あるまいな。是非にも採用せねばなるまい」

「何が仕方無いんですか……」

 相変わらず良くわからない基準で物事の判断を決める白面に飽きれる武。

 それに対して慧は後ろで小さくガッツポーズを取っている。

「まぁそういうでない。実際問題コレだけの大人数でやるパーティなのだから大量生産できる料理は必須であろう? 付け加えてヤキソバなら原価も安いしの」

「……まぁ確かにその通りですね」

 今回のパーティは横浜基地全体で行われるため、確かにヤキソバのような料理があると助かるのは事実だ。

 そもそもこの世界の日本人はクリスマスと言うイベントについて詳しく知らない。

 米国の正月か大晦日くらいの認識である。

はっきりいって楽しめればそれで良い。

「……とまあこう申せばタケルも納得するであろう彩峰?」

「どもです陽狐さん」

「………………」

 どうやら例によって例の如く単なる後付けの言い訳だったようである。

 パチンとお互いの手を叩き合う白面と慧。

 何だか微妙に騙された気がしないでもないが、まぁ武としても別にヤキソバが嫌いなわけではない。

 むしろ好きなほうだ。

 しかしそれはともかくとしてもう少しこう……派手なクリスマスらしい料理が欲しい所である。

 食糧難も平和になりかなり改善されては来ている物の、未だ厳しいのが現実だ。

 冥夜や白面の力を借りればそれらしい食材が手にはいるだろうがそうもいかない。

 事が大きくなり過ぎるのだ。

何せこの冥夜は煌武院家。つまりは日本帝国のトップの存在だ。

 白面は言わずもがな。

 この2人が主催で行うと横浜基地だけのちょっとしたお祭り程度の騒ぎにはならないのである。

 日本中どころか世界中規模の大イベントとなってしまうだろう。

 ……と、普通はそう考えるのだが。

「心配するでないタケル。私の持ってきたケーキもあるゆえ多少はこのクリスマスを彩る事もできよう」

「っておい冥夜! だからそれはまずいだろ!?」

 クリスマスの料理にちょっと物足りなさを覚えていた武の様子を見て取ったのか、煌武院冥夜が武に声を掛けてきた。

 だが武は慌てる。

常識をぶち壊して妙に自信たっぷりの冥夜の姿は元の世界の冥夜と重なる。

「安心せよ。ケーキは『たまたま』陽狐様とお茶をするためにこの横浜基地に持ってきたものだ」

「そして我も『たまたま』先日黒毛和牛を数頭分、日本帝国から頂いたのでな。これまた『たまたま』横浜基地の食料庫に保管しておったりする」

 そう言って冥夜と白面がニッと笑う。

 もちろん『たまたま』なんて嘘である。

 半ば屁理屈に近い……いや実際屁理屈なわけだが強引に、そして最も世界を巻き込まない形で白面は今回のクリスマスパーティに関与したのだ。

 派手に遊ぶ事が大好きな白面が世界の常識に習って慎ましくクリスマスを送るなどと言う事はありえないのである。

「「「「「「お、おおおぉぉぉーーーー!! あんたら最高だ!!」」」」」」

「な、なんか世界を巻き込むとかどうとか悩んでた自分が馬鹿みたいだな……」
 
一気にテンションが上がる横浜基地の様子を見て武は呟く。

 なんだかんだ言って人間は現金なものであると言う事を改めて認識した武であった。

「ねぇねぇタケル!? ちょっと困った事があるんだけど」

「おう。どうした美琴?」

 大きな声で武の名前を呼ぶのは鎧衣美琴である。

 彼女の手には飾りつけようの折り紙などが入ったダンボールを持っているのだが、その中身は殆ど空に等しい。

「飾り付けの材料が全然足りないみたいなんだ……」

「あぁ、やっぱりそうなるか」

 美琴の言葉に武は残念そうに答える。

 いくら人手が多くても材料は有限なのである。

 武としてはこの横浜基地全体に飾りつけを行いたい所だったがやはり無理があったようだ。

 今こちらにある折り紙といったら白面たちが持っているものだけで全部だろうか?

 武は今折り紙で飾りを作っている白面と霞を見る。

「陽狐さん。サンタクロースの服のお礼です」

「なんとっ! 礼を言うぞ霞よ!」

 そう言って霞は白面に折り紙でできた首飾りをかけていた。

「……って! 何やってるんですか陽狐さん?」

 どうやら飾りつけという仕事を5秒で忘却の彼方へと押しやり折り紙で遊んでいたらしいこの2人は。

「ん? あぁそうであったな。それはさておきどうだタケルよ?」

 まったく懲りた様子もなく武に自分の首にかかった折り紙の首飾り誇らしげに見せる。

「……いや似合ってますよ? 似合ってますけど仕事しましょう。そして飾り付けに必要な折り紙なくなってきてるんですが……」

「ムッ! こ、この首飾りは我の物だぞ」

 霞から貰った首飾りをばらされるのかと思ったのか白面は慌てて首飾りを背中に隠す。

「じゃあ折り紙は陽狐にどうにかしてもらおうかしらね?」

 一体どこから湧いて出たのか、この横浜基地に副司令こと香月夕呼が笑顔で武達の横に立っていた。

 彼女の格好は霞と同じサンタのコスチュームだが、どう見ても冬用の服ではない肌の露出が多い格好をしている。

「夕呼先生。陽狐さんでも買い物にでも行ってもらうんですか?」

「ちがうわよ~。ほら、陽狐なら何か特殊な力を使って飾りの材料とか生み出せそうじゃない?」

「……そなた我の事を一体なんだと思うておるのだ?」

「チート」

 ジト目で睨む白面に対して夕呼は一言で簡潔明瞭に答えた。

「……やれやれでは何とかしちゃってみようか。いでよ黒炎! 婢妖よ!」

「「「「「はッ! ここにッ!!」」」」」

 白面の尾から次々と黒炎と婢妖がその姿を現し、白面の呼びかけに応える。

「買い物ですか御方様? それしたらいくらでも申し付けください」

 黒炎の1体が自分の任務について予想し白面に進言する。

「正直これだけ忠実なパシリ……もとい部下を何体も生み出せる能力っていうのは羨ましいわねぇ」

 こんな能力があれば働こうと言う意思がなくなるのは当然だと夕呼は思う。

 その気になれば何万人と言う部下に働かせて上前を全部ピン撥ねすればいいのだから。

「うむ、ではクリスマスの飾りに『化けよ』」

「「「「「「…………へ?」」」」」」

 白面の言葉の意味が理解できずに黒炎と婢妖達は間の抜けた返答をするが、徐々に白面が自分達に何をさせたいのか理解したのであろう。

 その表情に動揺が走る。

 武達は知らないが、白面のいた世界の化物の『化ける能力』は実はかなり高度なのである。

 その能力は何も人の姿に化けるだけに留まらない。

 その気になれば『おみくじ』や『雑煮』にも化ける事ができるのである。

「もちろんパーティの間は動いてはならぬぞ。あくまで飾りとして自然に振舞うのだ」

「ぎえぇええーー! 白面の御方様~~!」

「くぅう! 何だか目から液体の『穿』が出てきたッ!!」

 白面の命令に黒炎と婢妖は絶叫を上げる。

「陽狐さん。さ、さすがにかわいそうじゃないですか?」

「む……?」

 純夏が白面に進言する。

「せめて労をねぎらうために何か褒美を取らせるとか……」

 純夏に続き壬姫も続く。

 ちなみにいつもは婢妖に黒炎、それから斗和子も含め時給0で福利厚生その他諸々いっさい手当てはついてない。

「ふむ……ではこうしよう。そなたらへの褒美として……」

「「「「「「褒美として……?」」」」」」

 もったいぶる白面の言葉を黒炎達はジッと待つ。

 黙考していた白面がやがてその口を開く。

「我が夕呼と同じ格好でクリスマスパーティを過ごしてやろう」

「「「「「「やりますッ!!」」」」」」

 夕呼と同じ……それはつまりこの露出度の多いサンタクロースのコスチュームを着るという事で……。

 その時の黒炎と婢妖は光線級のBETAが飛行物体を打ち落とすよりも速く返答したと言う……。











「無計画。無計画……まったくもって無計画よなあ」

「すいません」

 横浜基地が所有している乗用車に揺られながら、白面が後部座席で運転する武に文句を言う。

 あれから飾りつけも順調に行き、料理の準備も上手くいった。

 そんな中、何がきっかけだったか分からないが横浜基地周辺の子供達も呼んだ方が良いのではないかと言う声が上がったのだ。

 元々クリスマスは子供達のイベント。

 まぁそう考えれば確かに良いアイディアではあるのだが、そういう事はもっと早く計画として立てるべきである。

 パソコンを使って簡易なチラシを作り、これから各家庭に配ろうと言うのだ。

 クリスマスイブの当日に……。

 白面が無計画と言うのも最もである。

 実際チラシの配達には横浜基地の人員が総力を上げて行っているので、夜から始まるパーティには間に合うだろうが……。

「……だがこのように急で童子達は集るのか?」

「まぁこっちとしてもダメ元ですし、それならそれで仕方無いって感じですかね。……ところで陽狐さんまで着いて来なくても良かったんですよ?」

「何を言う。霞が手伝いたいと申すのだから我も着いて行くのは当然であろう」

 白面は自分の隣りに座っている霞をギュッと引き寄せる。

 そんな2人の様子をバックミラーで確認し苦笑しつつも運転に集中する。

「まぁ早いところちゃっちゃと片付けてしまいましょう。黒毛和牛がオレを待ってます!」

 そう言って武はジュルリと唾を飲み込む。

 黒毛和牛……天然物の肉はこの世界に来てから武は口にする機会などなかった。

 純夏達女性組みはケーキの方が好きなようだが、育ち盛りの男である武としては断然に肉の方だ。

「陽狐さん。あの牛肉はどんな料理にするんですか?」

「さてな。我は知らぬがヤキソバとかやるのであれば鉄板を使っての焼肉ではないか?」

「くぅ~~! 良いですねぇ良いですねぇ! オレとしては鉄板でステーキ焼きたいです。こう……分厚いやつを!!」

 ますますノリノリになり武はアクセルを踏む。

 ご馳走の事を思うといてもたってもいられなくなる。

「だが肉だけでなく他の料理もちゃんと食すのだぞ?」

「うっ!!」

 白面の言葉に武は図星を突かれたのか言葉を濁す。

 バランス良く食事を取ると言うのは確かに理想的だが、武くらいの年齢ならそんな理想など無視してひたすら肉に走る。

「白銀さん。ちゃんと野菜も食べないとダメですよ」

 武の心をESP能力で読んだのか霞が忠告する。
 
「わ、わかってるって。けどそれは霞もだぞ? 知ってるか~? ステーキには人参のグラッセという付け合せがあるんだぜ?」

 武の言葉に霞の狐耳がピクリと動く。

 彼女は人参が嫌いなのである。

「……がんばります」

「くぅ~~可愛ゆいなぁ霞は!! しかし確かに好き嫌いは良くないぞ霞よ」

 人参をがんばって食べようとする霞の姿を頭の中で妄想し萌えたのだろうか?

 白面がサンタ姿の霞を強く抱きしめる。

「っと……陽狐さん着きましたよ? ここがオレ達が配る最後の所です」

 白面と霞の姿に笑いながらも武は車を停止させ、サイドブレーキを掛ける。

 エンジン音が止まり、静けさがあたりに漂う。

「そうかそうか……割と早く済みおった……ってな、何ーーッ!!」

 自分達が止まった場所の表札を見て白面は思わず大声を上げる。

 そこは一般の家とは違う大きな寺の前であった。

そしてそこの表札にはこう書かれていた。

 『光覇明宗大日派・恩施山覇風寺・芙玄院』と……。









「いやあ~~ゆっくりと自由気ままに絵を描く……最高だねえ!」

 自室にこもりながら絵筆をはしらせるうしおの顔は上機嫌だった。

 白いキャンパスに次はどんな色をのせようかとうしおは考え、脇においてあった水筒に口をつける。

 鼻歌まじりに筆を再び取った時、家の玄関からチャイムが鳴る。

「っと何だ何だ? 回覧板か……?」

 自分の至福の時を邪魔された事に若干腹を立てながらうしおは筆を置き、バタバタと階段を下りる。

「は~い。どちら様ですか!?」

 玄関に駆け足で向かいながらも大きな声で自分の家が留守でない事を告げると、向こう側から「すいません横浜基地の者ですが」と言う声が聞こえてきた。

 横浜基地の人が何の用だろうと思いながら玄関に置いてあったサンダルを履き、ドアを開けるとなるほど確かに国連の軍服を来た男と、見たこともない真っ赤な服を着た女の子が立っていた。

「えっと君がここの家の子供。蒼月潮君だよね?」

「そう……ですけど……」

 自分よりはるかに身長の高い軍人に警戒してか、うしおはじっとその男の顔を見る。

「あぁそんなに警戒しないでくれ。オレは白銀武。こっちは社霞。横浜基地で衛士をやってる者なんだけど、今日横浜基地でクリスマスパーティをやる予定なんだ。良ければ来てくれないか?」

 軍服姿の自分に警戒しているのだろうと思った武は親しみやすそうな口調でうしおに話しかける。

 1枚のクリスマスパーティのチラシを受け取ったうしおは武の顔とチラシを交互に見比べる。

 そこには簡潔にクリスマスの概要とパーティの招待に関する旨が書かれていた。

「えっと……うしお君。家の人はいるかな?」

「あ……オヤジ達は今仕事に行ってますよ。あの……ッていうか本当にこれがクリスマスなんですか? 1人で修行する日じゃ……?」

「へ? いや違うよ。要するに外国のお祭りで皆でワイワイとご馳走食べたりする日だけど?」

「………………」

 武の言葉にうしおは眉間にシワを寄せる。

 そのまま再びまたチラシを食い入る様に見る。

「……絵……描いてたんですか」

 武の隣りにいた霞がうしおに声を掛ける。

「ん? ……あ、あぁ……え~っとそうだけど……あッ! ヤバッ! 服が絵の具で!」

 何で目の前の女の子がそんな事に気付いたのかと思ったうしおだが、自分の服が絵の具で汚れた事に気付き慌てる。

 もっとも霞はESP能力でうしおが絵を描いていたことに気付いたのである。

「……暖かい感じがします」

「えっ? そう? いや~実は中々傑作が出来上がってさあ~ってそうじゃない! 兄ちゃん! クリスマスって本当の本当に修行する日じゃないのか?」

 自分の絵を霞に褒められた事が嬉しいのか、顔を赤くして照れるうしおだったが直ぐに気を取り直して武に確認する。

「あ、あぁ本当だよ? 陽狐さん……白面の御方様も来るし。……あれ? そう言えば霞。陽狐さんは?」

 途中まで一緒に来ていたのにいつの間にやらいなくなっている白面に気付き、武は霞に尋ねる。

「ちょっと境内の方を回ってくると言ってました」

「ふ~ん……あぁいたいた! 陽狐さん!」

 武はキョロキョロと辺りを見回すと、寺の敷地内を歩き回っていた白面の姿を発見する。

「何やってたんですか?」

「……何。物騒な槍がしまってあったら破壊しておこうと思うてな」

「はい……?」

 白面のわけの分からない言葉に武は首をかしげる。

「あっ! うしお君。この方はなんとオレ達の地球を救ってくれた白面の御方様。その名も金白陽狐さん」

「「………………」」

「あ、あれ……?」

 武の紹介が終る前にうしおと白面が互いに視線をぶつけ合う。

 心なしか空中で火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか?

「……初めまして少年。我は白面の者。呼び名は陽狐『様』もしくは白面の御方『様』と呼んでくれて構わぬぞ」

 どちらにしても『様』付けで呼べとは白面にしては珍しい。

「初めまして白面『さん』!」

 対してうしおは『さん』付けで呼び、互いに力強い握手を交わす。

「な、なんで2人してそんなに殺気だった空気を放ってるんですか?」

 事情を知らない武が若干引いた状態でうしおと白面を見る。

 何を隠そうこの2人はかつての宿敵同士であったのである。

 互いに譲れないものがあるのだろう。

 顔を突きつけ合わせた状態で不気味な笑みを浮かべている。

「……まぁ良い。して武よ。どうであったのだ?」

「あ、はい。それが少々うしお君のクリスマスの認識が違っていたようでして」

 武は白面の問いかけに答え、続いてうしおも不承不承ながらも白面に事情を説明する。

 白面はタダ黙って武の説明を頷きながら聞き、やがて口を開いた。

「……こういっては何だが、そなた……父親に騙されておるぞ?」

「うっ!! や、やっぱりそうか!」

 白面の言葉に若干うしおもそう感じていたのか胸を押さえる。

 普通ならば自分の親といきなりやって来た国連の兵士、どちらを信じると言ったら自分の親だが、うしおは蒼月紫暮の息子をこれでも14年間やってきたのである。

 自分の父親がどう言った性格をしているのか熟知している。

 こうして今朝を振り返ると紫暮と須磨子は仕事に行くような格好をしていたとは思えない。

 あれはどちらかと言うと旅行に行く格好ではなかっただろうか?

 母親である須磨子がそう言えば自分に何か言おうとしてたような気もする……。

「ご、ごめんちょっとオレ知り合いの家に電話してくるんで!」

「……よければこれ使うか?」

 玄関から居間にある電話に向かおうとするうしおを武が呼びとめ、軍から支給されている携帯電話を手渡す。

「わ、ワリいな兄ちゃん!!」

 武に礼を言い、うしおは慌てた手つきで携帯電話のボタンを押す。

『はい! こちら青鳥軒!!』

「あっ! おっちゃん? オレ! うしおだけどさ!」

『おう何だ!? うしおちゃんか。うしおちゃんの所にも国連からのクリスマスってやつの招待が来たのかい?』

 電話越しに聞こえるのは野太い男の声。

 音漏れするくらいの大きなその声から、何となくだが屈強な大男を思わせる。

「うんそうなんだけどさ! あのさ! オヤジがおっちゃんの家には事情を説明してあるって言ってたから聞きたいんだけど、オヤジ達今日仕事に行ったんだよね?」

『ん? いやおじさんの聞いた話じゃ、確か新婚旅行に行くって言ってたよ? うしおちゃんの御両親、何でも12年ぶりに再会したって話じゃないかい。いや~うらやましいねぇ。あんなに若くて美人な母ちゃんが紫暮さんの嫁さんだったなんて』

 大きな声で笑う男の言葉を最後まで聞かずにうしおは携帯電話を切る。

 固まるうしおを白面たちはじっと見る。

 今の電話、相手の声が大きかったためバッチリ会話の内容が聞こえてしまっていたりするのだ。

 うしおの肩が震える。

「うわぁああーー!! ちくしょう! ちくしょう! オヤジめぇ! 騙しやがってえ! 旅行いくなら最初からそう言え! なーにが『苦理済(くりす)ます』だ。何が『サタン』だああ~~」

「お、落ち着いてうしお君」

 突然うしおが大きな声で喚き出すのに対して武がなだめる。

「こーなったらやってやらぁ! オヤジのよこした金を全部使ってやる~~! 食いもん買い込んで超ゴージャスに盛り上がってやらあああ!」

 滝のような涙を流しながらうしおは先程ポケットにねじ込んでいた封筒を取り出し、開け口を折り目に沿わずビリビリと乱雑に破く。

 だが、封筒の中から出て来た物は予想と違ったものだったのか、中身を見たままうしおは無言で再び固まる。

「うしお君……?」

「一体どうしたというのだ?」

 気になった白面と武、霞が横から覗く。

「「「こ、これは……!!」」」


 封筒の中には1膳の割り箸と手紙が入っており、こう書かれていた。























 これでうまいもんでも食ってくれよ

                    父





「……さすがの我も気の毒過ぎて涙が出てきおったわ」

 思わず白面が呟く。

 そう言えばあの最終決戦でうしおは自分に『オレのちゃんとした人生を返せ!!』と言ってきたっけ。

「……いや、なんか本当すまなんだな」

 『悲・哀・憎・悔』の泥濘にのたうつ心を感じるのが好きだった白面ですら、うしおの日常に思わず謝ってしまう。

「……う……ぜ、ぜったい同情されちゃあいけない人に同情された気がする」

「まぁあれだ……! 元気ださぬか。クリスマスパーティで好きなだけ馳走してやるゆえ……な?」

 哀れに思ったのか白面がうしおに対して優しい声を掛ける。

 白面のいた世界にいた者達が見たら何とも奇妙な……そして絶対ありえない光景である。

「オ、オレ……あんたの事誤解してたよ! 実は無茶苦茶いい人だったんだな!!」

「い、いやぁあ~~そ、そなたに言われるとさすがに我もどうしたら良いか解らぬなぁ~……全くもってどうしちゃったら良いのだろうか?」

 白面は白面でうしおの真っ直ぐな目を直視できない。

 照れた様に笑いその視線をやり過ごす。

「あ……陽狐さん雪です」

 霞が上空を見上げると、しんしんと粉雪が空から舞い落ちてきた。

「本当だ。今日はホワイトクリスマスだな」

 武と霞はジッと空を見上げる。

 静かな冬空に舞う幻想的な自然の風景。

 そんな異世界のクリスマスと言う日で起きた世にも奇妙な出来事。

 白い雪はただ黙って降り注いでいた……。



[7407] 【外伝②】 継承……できない
Name: 黒豆おこわ◆3ce19c5b ID:22dccbf7
Date: 2010/01/22 22:03
【外伝②】 継承……できない




 伊隅みちるはオルタネイティヴ計画第1戦術戦闘攻撃部隊、通称A-01部隊の内の1つである『伊隅ヴァルキリーズ』を任される大尉である。

 A-01は香月夕呼の非公式部隊のため、身内にも自分がここに所属している事は秘密にしなければならない。

 そのため彼女は両親や自分の姉妹には在日国連軍である岩国基地の教導部隊に所属していると説明している。

 引き抜きと言う形で国連軍に所属する事になった彼女は優秀であり、両親にとっても自慢の娘だ。

 聡明で社交的。数年前までは完璧主義、現実主義で少々融通の聞かない堅い所もあったが、様々な経験を得てそれに囚われない柔軟な思考と、何だかんだで面倒見の良いその性格は多くの部下から慕われている。

 訓練兵である榊千鶴が経験をつめば彼女と似た性格になると言えば少しは想像しやすいだろうか?

 さて、そんな優秀でありなお且つ上からB89、W55、H84と言う抜群のプロポーションと美貌を併せ持つ完璧超人の彼女であったが、今人生で最大の危機に直面していた。

 その危険度は例えて言うなら、突然原因不明の機能停止してしまった凄乃皇弐型XG-70bの管制ブロックの中でシステムの再起動を試みているものの、周りはBETAで囲まれており、しかも一向に回復の目処が立っていない……そんな状況に等しい。

 それはつまりどう言う事かというと……。








「あはははははははッッ!! 伊隅大尉~~? 飲んでますか~~?」

 なんか狂犬状態の神宮司まりも軍曹が目の前にいた……。

 ろれつの回らない口調に上機嫌ながらも絡み癖のあるその姿。

 何故こんな事になったのかとみちるは考える。

 今日は1999年10月23日……佐渡島ハイヴ攻略戦こと甲21号作戦から一夜空けた日だ。

 白面の活躍により劇的な勝利をあげたあの作戦は、人類に数十年間も忘れていた『希望』という感情を思い起こさせたのである。

 日本帝国中で勝利の宴が開かれ、熱狂の渦に覆われていた。

 それはもちろん仙台基地も例外ではない。

 むしろ今回の作戦の立役者である白面がいるこの基地は、他のどの場所より騒がしいと言えよう。

 世界各国から様々な貢ぎ物をいただき、それを肴に大騒ぎである。

 酒の種類も豊富でビールやワイン、日本酒、老酒、ウィスキーと何でもござれだ。

 数種類の酒をちゃんぽんするとたちまち悪酔いするのだが、そんなこと知ったことかとラッパ飲みする猛者というか愚か者もいた。

 まぁそれは良いとみちるも思った。

 何せ今日は無礼講。騒ぎたくなる気持ちは分からんでもない。

 馬鹿騒ぎしたい者達は放っておいて、真面目な彼女は端っこでチビリと冷酒に口をつけ、鼻腔に広がる天然の純米酒の透き通った香りを楽しんでいた。

 だがそれから1時間後……その判断が間違いだったとみちるは悟る。

 旨い酒に無礼講という2つを与えてはいけない存在が仙台基地にはいたのである。

 それが神宮司まりもその人であった。

「……くッ! すまない……伊隅……後は頼んだ…………」

「う……碓氷ッ!! 逝くなーー!! しっかりしろーー!」

 自分と同じA-01の碓井大尉が力尽きる。

 青い前髪が安らかな彼女の死に顔(死んでない)を隠す。

「私とした事が……ッ! もっと早い段階で気付いていたなら何とかなったものを……!! こうなったら伊隅! アンタが頼りよ!!」

 いつも沈着冷静な香月夕呼が珍しく焦りの色をその顔に出しながらみちるに命令を下す。

 完全に狂犬状態に入ってしまった彼女を止められる存在はいないのである。

「……っ!! ……りょ、了解しました」

「はぁ~~……のどが焼けるわぁ~~!!」

 死刑宣告を受けたような表情のみちるとは対照的にまりもは上機嫌だ。

 その後ろには夕呼の命令でまりもに特攻(飲み比べ)していって、ことごとく酒の海に沈められたA-01の屍の山が築き上げられていた。

 初めは連隊規模であったA-01も今では残すところ、伊隅ヴァルキリーズの1個中隊のみである。

 A-01は香月夕呼の無茶な命令により損亡率が激しいのだ。

「うふふふふふ……伊隅大尉~~? たたかった後はぁ、アルコールで消毒しないとだめですよ~~」

 まりもは手に持った一升瓶をみちるにグッと向けてくる。

 茶色い酒瓶にこの世界では貴重な純米大吟醸『武御雷』のラベルが貼られていた。

 ……ダメだ。勝てる気がしない。

「…………もう1度……基地に咲く桜が見たかったな……」

 彼女の口から淡い言葉がこぼれる。

 それは自分を懸命に追い込み、決して人に自分の弱い所を見せまいとする彼女の仮面が脱げたほんのわずかな瞬間であった。

 この台詞を最後に伊隅みちるの意識は暗転したのであった……。









「うッ…………」

 気がついたらそこは知らない天井……ではなく自分の部屋の天井だった。

 ひどい頭痛と胸焼け。完全に二日酔いだ。

「まったく持って……昨日はひどい目にあった……」

 いや、とみちるは朦朧とした頭を振る。

 昨日の狂犬騒ぎに付き合わされた他のA-01達はみな急性アルコール中毒で病院送りとなったのだ。

 自分がどうやってこの部屋に戻れたのかそこら辺の記憶は曖昧だが、とにかく二日酔い程度で済んだことはむしろ幸運だったと言えるだろう。

「……すごい顔だな」

 部屋の壁に掛けられた鏡を覗き込み、みちるは呟く。

 彼女の赤茶色の髪はボサボサに乱れ、目の下には隈ができ、自分では判断できないが恐らく猛烈に酒臭いに違いない。

「……シャワー浴びなくちゃ」

 こんな状態ではとてもじゃないが人前に姿をさらすことなどできない。

 完璧主義な彼女ならば尚更である。

 みちるは引き出しから着替えとバスタオルを手に持ちシャワールームに向かう。

 ドアノブを回し外に出るとそこは誰もいない廊下。

 幸いにも昨日の馬鹿騒ぎのおかげで今日の訓練は休みである。

 とは言ってもこの静けさは今日の夕方ごろまでだろうが。

 今現在各国のお偉い方がこの仙台基地に向けて集結中で、これから数日間かけて『人類の取るべき行動は?』と言う議題について話し合われるらしい。

 わざわざごくろうな事だとみちるは思う。

 戦う事が仕事の衛士である自分からすれば一昨日の佐渡島での白面の姿は圧巻だった。

 白面と共にBETAを殲滅する。それ以外に何を話し合う必要があると言うのか?

 まぁそこら辺の理屈と感情で揺れ動くのが人間の人間たらしめている所なのかもしれないが。

 ちなみにそれとは全く関係ないが、まりもを含めた昨晩無礼講だったとは言え少々はっちゃけすぎた者達は、自室にて謹慎処分を受けているのだがそこはみちるの知るところではない。

 共有のシャワールームまで向かう廊下に敷き詰められたフロアパネルと無機質なコンクリートの壁が靴音を反響させる。

 その音が二日酔いの自分には苦痛だ。

 シャワーを浴びたらPXで胃に優しいスープだけでも飲んで今日は1日中ぐったりしていよう。

 そんなスケジュールを頭の中で考えながらみちるは溜息を吐く。

「ん? なんだ?」

 ふらつく足取りで歩を進めていると、仙台基地の客室から話し声が聞こえてきた。

 別にこの基地に来客があるのは何ら不思議な事ではないのだが、その声が気になると言うか聞き覚えのあるものであったのだ。

 僅かに開いたドアの隙間からみちるは顔を覗かせる。

「お疲れ様でした前島さん。お茶をどうぞ」

「ありがとうございます。こちらこそ突然の来訪にも関わらず協力していただいて感謝してます」

 自分の部下である涼宮遙からお茶を受け取った声の主の姿を確認したみちるはブッと吹き出す。

 みちるの位置からは後姿で顔は見えないが間違いない。帝国軍の深い緑がかった制服に身を包んだその男の名は『前島正樹』。

 みちるにとって年下の幼馴染であり尚且つひそかに想いを寄せている男だ。

 一体何故? どうしてここに正樹がいるのだろうと、普段の沈着冷静さはどこへやら、みちるは二日酔いで働かない頭をフル稼働させる。

「しかし私としては白面の御方様がノリのいい方で助かりましたよ。おかげで滞りなく帝国新聞に載せる良い写真が撮れました」

 みちるの疑問に対して事情を説明するように正樹が答える。

 それだけでみちるはあぁなるほどと1人納得した。

 彼……前島正樹は昔からカメラ好きであった。

 こんな時代でなければ彼は間違いなくその手の道を選択していたであろう。

 今も彼が大切そうに磨いている黒光りする一眼レフカメラは、決して高くない給料からコツコツと溜めて購入したものである。

 まぁそう言った理由で彼はたまに帝国新聞の記事に載せる写真を頼まれる事があるのだ。

「でも撮影現場ってすごいですね。照明の1つにとっても角度とかこだわったりして……」

「オレもちょっと感動しちゃいましたよ。みんな真剣で、独特の緊張感とかがあるんですね」

「ははは。そう言ってもらえると嬉しいな。色々と手伝ってもらって助かったよ白銀少尉に鳴海少尉」

 自分の仕事を褒められたのが嬉しいのか恥ずかしいのか、正樹は武と孝之の言葉に満更でもない様子だ。

「……鈍感男が3人、意気投合したか」

 覗いていたみちるは小声で呟く。

 白銀武、鳴海孝之、そして前島正樹。この3人は女性を無意識の内に引き寄せるいわゆる恋愛原子核をその身に宿し、なおかつその好意には気付かないというという特性をもつのだ。

 そんな女泣かせな男3人の他に、客室には速瀬水月と涼宮遙、それともう1人。

「ボクも見てて面白かったぁ~。でも真面目な撮影があやうく水着の撮影大会になりかけた時は驚いたけど」

「あきらまで……」

 撮影の様子を思い出し、照れたように笑うその人物は『伊隅あきら』。みちるの妹である。

 薄い茶色の髪にまだあどけなさを残した顔立ちにもかかわらず、将来有望株なプロポーションはさすがにみちるの妹といった所か?

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 あきらはまだ女性の徴兵対象年齢を満たしていないため帝国の兵士ではなく、いわゆる民間人なわけだが白面を一目見ようと、正樹の撮影の手伝いと称して着いて来たのだろう。

 4人姉妹の末っ子である彼女はそう言った所は中々抜け目がないというか、ちゃっかりしている。

「水着の撮影大会か……やってみたいな」

「正樹ちゃんのエッチィ」

「いやちょっと待てあきら! 変な事言うなよ。オレはカメラマンとして芸術をだな……」

 茶化すあきらの言葉に正樹はむきになって否定する。

 他の事ならいざ知らず、カメラの事になると正樹は真剣なのである。

 その様子が可笑しいのか武達も笑って正樹達の漫才を眺めている。

「でもあきらちゃんが伊隅大尉の妹だっただなんて驚いたね」

「うんうん世間は狭いというか何と言うか……」

 遙の言葉に水月が続く。

「ボクの方こそ驚いちゃいましたよ。まさかみちるちゃんの部下の人が仙台基地に来てるなんて」

「ホントだなぁ……確かみちるは岩国基地の教導部隊に所属しているんでしたよね?」

「えぇ、伊隅大尉はいつもしっかり御指導してくださるので助かりますよ」

 A-01は非公式の部隊のため親族にも本当の所属場所を伏せているのである。

 そこの機密はしっかり保持すべく、孝之も話を合わせる。 

「でもあきらちゃんは厳しいからね。特に時間にはうるさいから気をつけたほうが良いですよ」

「お前それで昔5分間を息止めようとした事あったよな」

「う、うるさいなぁ。正樹ちゃんだって同じ事したことあるくせに!」

「何ですそれ?」

 息を止めることと時間に厳しい事の関連性が分からなかったのか武が問い返す。

「なんでもみちるの話では、人間の中で『ちょっと』と言う時間は息を止められるくらいの時間らしいんですよ。……で5分間遅刻した時ちょっとくらい良いじゃんと言い訳したところ」

「5分間息を止めさせられたと?」

「できない事はわかってるんですけどねぇ。みちるちゃんって相手が『じゃあ5分間止めてやるよ!』って言いたくなるように持って行くの上手いんですよ」

「あッ! なんか分かるかも。大尉なら確かにそう言いそう」

 あきらの言葉に遙が口元を押さえながら可笑しそうに笑う。

「あきらめ……人がいないと思って好き放題に言って……」

 一方みちるはドアの隙間から様子を覗き、顔から火が出る思いをしていた。

 自分の過去話を部下に暴露される事ほど恥ずかしい事はない。

 というより部下の前で自分の事をちゃん付けで呼ばないで欲しい。本気で恥ずかしいから。

「じゃあ伊隅大尉呼んできますね。前島さん達はそこでゆっくりしてらして下さい」

 水月がそう言って席を立つ。

 まずい! 今会うのはまずい!!

 みちるの中で警鐘がなる。

 水月には全く悪気がないのはわかるがともかくまずい! みちるは慌てて元来た道を戻る。

 せっかくの家族と幼馴染が訪ねてきてくれたのだから、ここにみちるを呼びにくるのは自然な流れだろう。

 それは確かにわかる。その通りだと思う。

 みちるだって普段なら迷わず会いに行きたいところだ。

 だが今はまずい!

 何せ今のみちるは二日酔いでとてもじゃないが人前に出られる格好ではないのだ。

 ましてや想い人の前にそんな格好で出ることなんて女性としてありえない話である。

「~~~♪ ~~~♪」

 そんなみちるの気持ちを全く知らずに水月が鼻歌まじりで的確に自分の方向に近づいてくる。

 せめて逆方向に行ってくれればまだシャワールームに駆け込む事ができるというのに、空気を読まないでこっちに来る水月がうらめしい。

 こうなったら仕方無いと、みちるは廊下の角の所で水月を待ち伏せする。

「フッフ~~ン♪ 大尉も妹さんと会えたらびっくり……ってどわッ!!」

 水月が角に来た瞬間に自分の袖がグイッと引っ張られバランスを崩す。

 みちるが水月の不意を突いたのである。

「伊隅大尉ッ!! ってうわ! 酒臭ッ!!」

「……なんか言ったか速瀬?」

「あ~~いえいえッ! 何にも言ってないです」

 恨みがましそうな視線を送ってくるみちるに気押されて水月は手をパタパタと横に振る。

 そういえば昨日の宴会で随分飲まされていたなと水月は誤魔化し笑いを浮かべる。

「伊隅大尉ちょうどよかった! 妹さんとお知り合いの方が来てるんですよ!?」

「知ってる。実はさっき客室にいるのを見た……」

「あッ! な~んだ大尉も人が悪いですねぇ」

「実はその事についてなんだが頼みがある速瀬!!」

「……へ?」

 自分の言葉を遮り真剣な声で頼みごとをするみちるに水月は面喰らう。

「実は……ほら……私は今こんななりだろう?」

「あ、あぁ確かに……」

 歯切れの悪いみちるの言葉で水月は合点が行ったようだ。

 確かに二日酔いの姿なんて彼女の性格からして絶対に妹に見せたくないだろうと。

「だから……済まないが正樹とあきらには何とかそれらしい理由をつけて、今日は会えないと言ってもらえないか?」

 少々バツの悪そうに視線を反らすみちる。

 その様子に水月は何かピンと来るものがあったのだろう。

 恋する女は同種の匂いを嗅ぎとる事ができるのである。

「あ……まさか伊隅大尉、前島さんがそうなんですか? 以前仰ってた大尉の姉妹全員に惚れられてる幼馴染って」

「……ん…………まぁそういう事だ」

 水月の問いにみちるは顔を赤らめながら肯定の意を表する。

 伊隅ヴァルキリーズの女性陣は誰が誰に恋しているのかと言う情報はとっくに共有済みなのだ。

「わかりました!! まっかせて下さい大尉!! 私の方から上手く言っておきますから!」

 水月はグッと親指を立ててみちるに笑顔を向けて見せ、そのまま足早に元来た道を駆けて行く。

 揺れる水月のポニーテールが喜びの感情を表現しているかのようだ。

 その様子を見てみちるは一言呟いた。

「…………不安だ」









「おまたせー!」

 客室の扉をノックもしないで水月が元気良く入る。

 待っていた武達からすれば何故だかわからないが妙に嬉しそうな顔をしているように見える。

「おぉ水月。……あれ? 伊隅大尉は?」

 一緒に来るはずであろうみちるの姿がないことに孝之が問う。

「あぁ……うん……実は大尉、ちょっと用があって来れないってさ」

「そうなんですか? 良ければ待ちますけど?」

「え゛ッ!」

 正樹の返す言葉が予想外の事だったのか水月はいきなり言葉に詰まる。

 どうやら言い訳がいきなり手詰まりになったらしい。

(は、速瀬~~!!)

 その様子をみちるがまたドアの隙間から覗き、心の中で突っ込む。

 水月の妙に自信たっぷりなサムズアップが逆に不安だったのでやっぱり着いてきたのだ。

「そうだよ。せっかく久しぶりに家族と会えるんだからさ。待ってもらえよ」

 空気を読まない発言をするのは孝之である。

「い、いやぁ~……で、ででもッ!! ほら前島さん達にも都合があるじゃないですか。だ、だからあんまり待たせちゃうのも」

「オレは別に構わないですよ。今日はもう自由にしていいって言われてますし……なあ?」

「うん! ボクとしても仙台基地の見学したいし、それに良ければまた白面の御方様とお話したいな」

 正樹の言葉にあきらも頷く。

 あきらの中ではてっきりお堅い神様なイメージを白面に持っていたのだが、想像していたよりもずっと気さくな印象を受け、仲良くなりたいと思っていたのだ。

「っていうか今日って伊隅大尉なんか用事ありましたっけグホォオオオーー!!」

 孝之と同じく空気を読まない発言しようとした武の腹筋を水月の左拳が貫く。

 変な声を上げて武がそのまま沈黙する。

「…………ゼロレンジスナイプ……ぶっ飛ばす……そう思った時には既に行動は終了してるのよ」

「ちょ、ちょちょちょっと待てーーーーい!! ど、どこの兄貴だお前はッ!?」

「だ、大丈夫? 白銀君?」

 水月の暴走に孝之は猛烈に突っ込みを入れ、遙はアタフタしながら武に駆け寄る。

(い、いかん……人選間違えた……)

 水月の様子を見てみちるは自分の失敗に気付く。

 速瀬水月……彼女は何だかんだで根が素直で元々嘘を上手につけるタイプではないのだ。

 こういった場合は適任の順番でいうと宗像美冴や風間祷子、平慎二が望ましい。

 いやせめて彼女らがここにいてくれれば上手に空気を読んで場を上手く収めてくれたものの、残念ながら宗像達はたまたま別行動していた。

「な、殴った瞬間が見えなかった……」

 水月の行動にあきらと正樹は目を丸くしながらどうしたら良いのかわからない様子だ。

「孝之……遙……今の伊隅大尉の事……分かってるでしょ?」

 小声で水月はみちるが今二日酔いで会うことができない事を2人に促す。

「大尉の事……? ……あッ! そうか……」

 水月の一言で遙は今みちるが二日酔いになってるであろうことを理解した。

 彼女は普段どこか抜けたところがあるが、これでいて中々鋭いのだ。

「伊隅大尉……あぁそうか確か大尉は二日よグハァアアアーーッ!!」

 またまた空気読まないで不用意な発言をしようとした孝之を水月が黙らせる。

 この距離ならゼロレンジである。

「よく聞いてあきらちゃん……」

「は、はい……」

 あきらの両肩をがっちりと掴んで真剣な表情でその明るい栗色の瞳を見る。

「実は……伊隅大尉は今……入院中なのよ!!」

(おいいいいィーーーーッ!!)

 みちるが内心絶叫を上げながらずっこける。

 水月の中では上手い言い訳のつもりだったのだろうが、その発言は不味すぎる。

「みちるちゃんが!? ボ、ボク会いに行きます! 病院はどこですか!?」

「あぁオレも行くよ!」

 あきらと正樹が身を乗り出す。

 みちるの身に何かあれば心配するのは当然である。

「だ、大丈夫ですよ。その……たいした怪我じゃないんで」

「そ、それでも! やっぱり心配じゃないですか!」

「ウッ! い、いやその実は今面会謝絶というか……」

「えッ? 今たいした怪我じゃないって言ったじゃないですか!? それなのに面会謝絶なんですか?」

「いや……えっと……その……」

(は、速瀬~~~ッ!! もうやめてくれーー!!)

 嘘が嘘を呼ぶ負の螺旋に突入してしまった事にみちるは頭を抱える。

 やばい……このままでは取り返しのつかない事になる。

 そんな確信めいた予感が彼女の背中に冷たい汗となって流れる。

「速瀬さん!! 一体みちるちゃんはいつ、何が原因で怪我をしたんですか?」

 水月の態度がどこか怪しいと思ったのか、あきらは強い口調で問いただす。

「え、えっと10月23……じゃなくって22日に訓練中の爆発事故で……」

 実際宴会があった23日では何となく良くないと思った水月は1日ずらす。

 だがその言葉を聞いたあきらの眉毛がつり上がり、怒った表情を見せる。

「やっぱりその話は矛盾が多い。おかしいですよ……」

「ぎ、ぎくぅッ――!!」

「事故の日時……1999年10月……22日……佐渡島で甲21号作戦が行われた日と同じ……。事故原因は戦術機による戦闘訓練中の……爆発事故……これは……本当に偶然なんですか……?」

「う、うぅ……」

 あきらの突っ込みに内心自分でも苦しい言い訳をしていると思っている水月は言葉を濁す。

「だいたい……甲21号作戦当日に何の訓練をやってたって言うんです!?」

「………………」

「本州の基地は全て、防衛基準態勢2以上だったはず……。まさか……岩国基地の司令部が戦闘訓練を許可したっていうんですか?」

 中々に的確に水月の嘘の矛盾点を突いてくる。

 年下のあきらからの視線をまともに見ることができずに水月は視線を落とす。

「………………」

「速瀬さんッ!!」

 もう一度あきらは強く水月を睨む。

「…………ごちゃごちゃうるさいわね」

「……え?」

 下を向いていた水月の肩がワナワナと震えている。

 それはまるで火山が噴火する前に起きる地震のように思える。

「ごちゃごちゃうるさいって言ってんのよーー!! 今日は無理だって言ってんだから大人しく引き下がれば良いのよ! 細かい事をグダグダといい加減にしなさいよーー!!」

 逆切れである。

 完全に痛いところを突かれて言い逃れできなくなり水月は逆切れしたのであった。

 それも年下に……。

「いい加減にするのは…………」

「……へ?」

 突然聞こえてきたドスの効いた声に水月が振り向く。

 そこには鬼の形相をしたみちるが立っていて……。

「お前だーーーーッ!!」

 凄まじいまでの雷が青天の仙台基地に鳴り響いたのであった……。














2003年4月10日――東シナ海、第2戦術機連隊母艦『下北』。


『あれが甲20号……鉄原ハイヴ跡地か』

『BETAのクソッタレ共が残していった忌々しい爪跡ってわけだ』

『あ~あ……オレも桜花作戦に参加したかったぜ! そうすりゃ歴史に名を刻む大活躍をしてやれたって言うのによ』

『――貴様等……余計な無駄口は叩くな。日本帝国の代表として我らは鉄原周辺の復興活動に来ているんだ。その自覚をしっかり持て』

『『『――了解ッ!』』』

 緊張感のまるでない部下達にあきらは隊長として一言注意を促す。

 甲21号作戦から3年と半年の月日が経った。

 あの日から衛士の道を志し、あきらは今日まで帝国衛士としての道を歩き続けた。

 桜花作戦以降、白面により劇的な速度でBETAがこの世から駆逐された人類は復興活動に忙しく、次から次へとやる事があり休む余裕すらない。

 目の前に映る鉄原ハイヴ……日本と大陸と目と鼻の先にあったこの拠点からなだれ込んできたBETAが、九州から一気に日本を占拠したのはもう過去の話だ。

 今では世界各地に残ったハイヴの跡地からはBETA由来のG元素が発掘され、人類にとって貴重な資源の採掘現場となっている。

 そのためハイヴ周辺を中心に町が栄え、人が集り、その反面物資が追いつかない状態である。

 今日この日になってあきらは何故だかあの日の仙台基地での出来事を思い出した。

 あれから怒髪天を突いた状態で仁王立ちしていた姉――みちるの存在。

 初めて見る姉が本気で怒る姿と、ひたすら謝る青いポニーテールの女性の姿が今でも脳裏に焼きついている。

 みちるがあの日どうして会えないと言っていたのかの誤解は解けたが、あれは本当に怖かった。

 何故、今になってこんな事を思い出したのかあきらには分からない。

 確かに死んでしまってはもう何も出来ない……命あっての物種とはよく言ったものだ。

 もし訓練中の爆発事故によりみちるが死亡してしまったと言う通知を本当に受けても自分は絶対信じないだろう。

 きっと何か隠された真実があるはずだと疑って掛かるはずだ。

 例えば甲21号作戦で命を賭けて帝国を救ったとかそんな所だ。

 そしてその時になって初めて気付く……。

 当たり前のように側にあったのに、見えていなかった大切なものに。

 そして、姉みちるから『想い』を継承していた事だろう。

 だがまぁ実際は宴会で二日酔いになって倒れていたという事だったわけだが……。

 あきらは自分の乗っていた戦術機、陽炎の中で一言呟く。







「…………忘れよ」

 スロットルペダルを踏み込んだ黒塗りの陽炎は、何かを振り払うように東シナ海の上を高く高く跳躍した……。








あとがき


 この話は幕間。佐渡島ハイヴ攻略戦直後の話として考えていたのですがストーリーの都合上カットした物です。

『第弐拾壱話 戦士たちの休息』でみちるとまりもが登場しなかった理由にはこんな話があったりました。


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