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[6630] 日本武尊 (マブラヴオルタ) オリ主モノ 
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/23 19:45
皆様初めまして、カーノンと申します。

え~、マブラヴ板の素晴らしい作品の数々に刺激され、妄想した結果、ひとつ投稿してみようと思いました。

妄想が過分に含まれておりますので、以下の点に注意願います。


・オリ主人公

・妄想展開

・妄想戦術機多数

・チートあり

・ご都合主義?

・これはひどい

・壊れキャラ、オリ性格キャラ多数

・ギャグ成分、ラブコメ成分多めで

・武ちゃんハーレム

・ご愁傷様、ユウヤくん

・精神的寝取り(?)あり

・ニコ動ネタ、2ちゃんネタあり

・マブラブオルタ+TE+オリ展開=なんじゃこりゃ


Shinji様たちのような素晴らしいお話を目指しておりますが、どう考えても残念文章なのでチラシの裏での投稿をさせていただきます。

誤字脱字等が多数あると思いますが、気付き次第修正していきます。

また展開が駆け足だったりしますが、外伝などで補完する予定です。

タイトルに意味はありません。

こんな妄想話でも、楽しんでいただけたなら幸いですので、よろしくお願いします。



※2月26日、板変更しました。


10月11日、お願い追加

※お願い。
感想掲示板でのネタ投稿を行っている方、またはこれから投稿しようと考えている方だけ、感想掲示板の私の記事857をご覧下さい。
身勝手なお願いかと思いますが、どうかご了承の程を。
その他の方はスルーして下さい。



[6630] 第一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/02/21 22:05






目覚めた瞬間に感じたのは、途方もない絶望感だった。

全てを救おうと、何も知らない餓鬼が粋がった挙句、大切な、本当に大切な仲間達を失った。

そして、最愛の人まで失う事になった。

それが悔しくて、悲しくて、世界を理解していなかった自分に強い怒りを感じていた。

だからそう、これはきっと……

「俺への…罰なのか……」

呆然と見上げる先には、赤く燃え上がる街並み。

彼方此方で突撃砲の発砲音が鳴り響き、爆音と兵士の叫び声が木霊する。

暗い夜空は赤く染まり、俺の視界を滲ませる。

滲んでいるのは、流れる涙のせいだろう。

「なんでだよ…どうして戦ってるんだよ……もう終わったんじゃないのかよっ!?」

叫ぶしか出来なかった。

夕呼先生と霞の前から、俺は確かに消えたのに。

なのに、目覚めればそこはあの世界。

BETAに侵略され、大切な仲間達の犠牲でやっとオリジナルハイヴを潰した世界…。

でも目覚めれば戦いは続いていた。

今も、慣れ親しんだ俺の街を、BETAが蹂躙し、戦術機がそれを駆逐している。

呆然と見上げた先には、横浜基地がある筈の場所には、佐渡島やオリジナルハイヴでも見たあのモニュメントが存在していた。

大きさはずっと小さいが、確かにアレはハイヴのモニュメントだ。

「どうなってる、なんで横浜基地にハイヴが……っ!?」

そこまで口にして気付いた。

横浜基地は、元々はハイヴだった場所だと。

「ってことは、今は、俺が今居る時間は……――――ッ!?」

そこまで呟いて物音に気付いた。

視線を向ければ、そこには見慣れた姿。

忘れもしない、あの時、あの時まりもちゃんを食い殺した―――ッ!!

「兵士級ッ!!」

今すぐ殺してやりたかった。

だけど、今の俺に戦術機は無く、拳銃すら持っていない。

相手はとっくに俺に気付いていて、瓦礫を押し退けてこちらに来る。

機械化強化歩兵なら戦える相手だが、素手の俺ではどうする事も出来ない。

「―――――ッ、伏せろッ!!」

兵士級がその口を開けて俺を食い殺そうとした瞬間、どこからかそんな声が聞こえた。

「―――ッ!?」

訳が分からなかったが、それでも鍛えられた身体と神経は、反射的に頭を抱える形で伏せていた。

次の瞬間、頭上を何かが通り過ぎ、生々しい音が聞こえたと思ったら近くで爆発が起きた。

衝撃を歯を食い縛って耐えながら爆発の方を見れば、兵士級と思う残骸が飛び散り、塀が破壊されていた。

「無事かッ!?」

声を掛けられ、そちらを見ればそこには軍用車両に乗った自分と同じ位の少年が居た。

右手に長い筒のような物…良く見れば硝煙を吐き出していたから、多分ロケットランチャーだろう。

「――――ッ、お前は!?」

その少年が俺の顔を見て驚愕を浮かべていた。

前の世界でも、その前の世界でもあんな奴は知らない。

もしかして、この世界の武の知り合いか?と思ったが、どうしようもなかった。

「ッち、厄介な……おい、急いで乗れ!」

「あ、あぁ……ッ」

ここに居るのは素人でも危ないと判断できる。

兵士級だけじゃなく、他のBETAもウロウロしているだろうから。

軍用車両、ジープのような車に乗り込むと、男はアクセルを踏み込んで横浜基地…いや、ハイヴから反対方向に車を走らせ始めた。

遠ざかる自分の家を見ていたら、そこに戦術機…形からして撃震が吹き飛ばされてくる。

そして、純夏の家を――――!

「安心しろ、最初から誰も居ない……!」

「な、なんで分かるんだよ…っ!?」

瓦礫とBETAの死骸だらけの道を猛スピードで運転しながら、隣の男は俺が何を考えていたかを読み取ったみたいだ。

「“何度も確認した”からだ、この周囲に兵士以外の人間は居ない。当たり前だ、目と鼻の先にハイヴがある街で暮らせるものかよ…ッ」

そう言いながら男はアクセルをベタ踏みにしてスピードを上げた。

前を見れば、そこには兵士級が!

「掴まれッ」

「っ!」

男が何を言いたいのか理解して、ドアノブと座席の前に付いている金属バーを握る。

ドゴッという重い音と共に兵士級の体液が飛び散り、死骸が跳ね上がった。

「殆どは反対側から攻めてる国連軍と北西から攻めてる大東亜連合に群がってるが、小型種はそこら中に居る。タイムリミットまで逃げ切れれば勝ちだ…ッ!」

「なんだよ、一体なんでこんな…この戦い、まるで……」

そうだ、まるで、まりもちゃんに教わった戦い……

「“明星作戦”だ、横浜ハイヴを攻略し、本州からBETAを駆逐する為の作戦。始まってからもうかなり時間が経った。そろそろアレが使われる!」

破壊された道を迂回し、山岳方面に抜ける道を走り抜ける車。

暗くて分からなかったけど、この車、血塗れじゃないか…っ!?

「帝国軍の車両だ、血はBETAに殺られた兵士の物だろう…」

「なんでそんな、他人事みたいに…っ?」

こいつ、帝国軍の兵士じゃないのか?

良く見れば、その格好は兵士の物じゃなかった。

元の世界で偶に見かけた、黒いジーパンとジャケット…。

「しかし、何故ここに居るんだ、白銀 武…?」

「ッ!?、ど、どうして俺の名前を……っ!?」

こいつ、一体誰なんだ…っ?

「全く、今回のループは、最初から違う始まりとはね…ッ」

道路の亀裂を避けながら呟かれた男の言葉に、俺は目を見開いた。

こいつ、もしかして…!?

「察しの通りだ、俺も囚われた存在だ……」

「そんな、どうして……」

俺は、俺が因果導体になったのは、純夏の想いが原因だった。

なら、こいつもなのか…?

でも俺も純夏も、こんな男知らないし、逢った事も無かった筈だ…!

「そう言えば、自己紹介がまだだったな? 初めまして、白銀 武。俺の名前は黒金 大和…完全な、異邦人だ…」

そう言って笑う男…黒金は、どこか疲れたような笑みを浮かべていた。




















日本武尊























「完全な異邦人って…どういう意味だよ?」

大分戦線から離れたのか、戦術機の姿も、戦闘の音も遠くなり安堵する武。

運転する大和に声をかけると、彼は少し考えてから言葉を発した。

「分かり易く言えば、俺はこの世界とも、白銀…お前が元々暮らしていた世界とも違う世界からの流入存在だ」

「それって…つまり、全く別の世界って事か?」

白銀の問いに、何と言えば良いやら…と苦笑し、そう考えて貰えばいいと呟いた。

説明するのを諦めたと言うより、隠した感じだったが、現状を把握し切れていない武は気付かなかった。

「でも、どうしてここに…?」

「その前に白銀、お前これで何回目だ?」

「え………」

自分の質問を遮っての質問に、戸惑う武。

「お前の主観で、何回目のループなんだ?」

「え…えっと、3回目…かな…」

「そうか…と言うことは、あ号目標を破壊したんだな?」

「な、なんでそれをっ!?」

大和の言葉に、武は思わず彼の腕を掴んだ。

それに対して、大和は落ち着けと言って手を放させる。

「俺は、主観だけで既に40回を越えるループを経験している。何度も何度も、この地獄で目覚めて、死んだり生き延びたりしてきた」

武は、大和の40回という数字に絶句するしかなかった。

自分が、白銀 武という存在が、平行世界での経験を除いて生きた2回の戦いの日々。

それは、地獄すら生温い世界。

それを、それ以上を、彼は経験し続けていると言うのだから。

「最初の内は、BETAに食われたり、流れ弾に当たったりで数時間も生きられなかった。それでも何度も死ぬ内に、自分に様々な経験が蓄積されている事に気付いた」

そう言って袖を捲くる大和。

露出した腕は、鍛え上げられ、引き締まった腕だった。

「やがて生きている時間が長くなり始め、俺は初めてこの日を生き延びた。その後は…色々だな」

大和は、兵士になったり衛士になったり、研究者になったりもしたと話しながら、それでもスピードを緩めない。

まるで、とても恐ろしい存在から逃げるかのように…。

「08:03……時間だッ」

「な、何のだよ…っ!?」

慌てて車を物陰…建物の影に突っ込ませ、荷台に落ちていたヘルメットを被る大和。

武にもヘルメットを渡すと、有無を言わさず被らせる。

そして、建物の角から遠くに見えるハイヴのモニュメントを指差す。

「よく見ておけ……」

車の時計が、08:05を指した瞬間、モニュメントの中腹辺りで何かが弾けた。

「あれが――――――G弾だ………ッ!!」

視線の先で、モニュメントが黒いドーム状の物で包まれ、破壊されていく。

周囲のBETAや、逃げ遅れた戦術機も巻き込んで。

「あ、あれが―――」

「伏せろッ!」

武が呆然と呟いた瞬間、大和が武を倒し、自分も身体を伏せる。

次の瞬間、強烈な衝撃波が彼等を襲い、周囲の瓦礫や植物を吹き飛ばしていく。

G弾の爆発による重力子崩壊、それに誘発された爆発により、強烈な衝撃波が発生したのだ。

そして、一発目が収束し始めた瞬間を見計らい、二発目が発射され、消滅したモニュメント下、ハイヴ内を蹂躙し尽した。

「う――――うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

「白銀ッ!?」

ニ発目のG弾の爆発が収まった瞬間、武が頭を抑えて苦しみだした。

そして、純夏や冥夜、死んでいった仲間達の名前を叫びながら悶え苦しんでいる。

「くそッ、記憶の流入でも起こったのかッ!?」

大和は暴れる武を車のシートベルトで押さえ込み、それでも暴れる武を押さえつける。

「う、うぅ、純夏、純夏ぁぁぁぁぁっ、ゆるしてくれ、冥夜、冥夜ぁぁぁぁっっ!?」

「ッ、今回の世界、まるで異なるシナリオの様だな…ッ!」

大和は、泣き叫ぶ武を押さえつけながら、誰にもと無しに呟くのだった………。




























2001年――1月23日―――七瀬家――







帝都内に存在する、武家の一つ。

当主は先の戦い…明星作戦にて戦死してしまい、現在は妹が当主なっていた。

その家の中を、バタバタと急ぎ足で走る、白い斯衛の制服を着た少女が走っていた。

「お兄様は、お兄様達は何処!?」

使用人達…少女が幼い頃から使えてきた人達は、彼女の焦りっぷりに心当たりがあるのか、苦笑しつつある部屋を指差した。

「武お兄様、大和お兄様っ!?」

スパーンッ! と気持ちが良い位に襖を開け放つ少女。

「うぉっ、凛!?」

「おや、お早いご帰還だな、当主殿?」

部屋の中に居た、斯衛の黒い制服に着替えていた武と、既に着替え終わり、武を待っていた大和が、それぞれ反応を返していた。

「どういう事なのです、あの話は本当なのですかっ!?」

目尻に涙を浮かべつつも二人に詰め寄る少女。

彼女こそ、この七瀬家現当主にして帝国城内省斯衛軍、将軍家血縁者警護部隊所属の少尉、七瀬 凛である。

「あちゃぁ、もう知られちゃったのか…」

「大方、月詠大尉辺りが話したのだろうな…」

困り顔で頭をかく武と、腕組みしつつ苦笑する大和。

そんな二人の態度に、凛はますます声を荒げる。

「その態度、やっぱり本当なのですね!? 何故、どうして国連軍に行くのですかっ!?」

凛が言った通り、二人は数日中に国連軍の、今年に入って稼働が始まった横浜基地へと行く事になったのだ。

「どうしてって言われてもなぁ……まぁ、やならきゃいけない事があるから…かな」

「やらなきゃって…武お兄様には斯衛軍としての仕事があるではないですか!? 武家でもないのに、将軍直属の衛士を任されていると言うのに…それ以上の仕事が在るとでも言うのですか!?」

凛の言うとおり、現在の武の仕事は、斯衛軍の中尉。

しかも、武家でも将軍縁者でもないのに、その将軍の護衛を任される程の存在。

「大和お兄様だって、技術廠でのお仕事はどうするのですっ!?」

微妙に武を楯にしていた大和にも矛先が向いた。

大和は現在、帝国陸軍技術廠の第壱開発局開発班長という役目を持っている。

階級は技術士官としての仕事もある為か、武より上の大尉。

色々と在り得ない事だが、在り得てしまっているのは、彼等のその能力の高さと、知識、そして二人を援助する存在が関係していた。

「いや、一応その将軍からの勅命だし…」

「俺の方は既に仕事は終えてあるぞ。続きは横浜基地でもやるしな」

ポリポリと頬を引掻く武と、事も無げに言う大和。

兄と慕う二人の言葉に、凛はぷくーーーっと頬を限界まで膨らませ―――

「ずぇったいにぃ……認めないんだからぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

叫び、飛び出して行った。

その後姿を部屋から首だけ出して見送る二人。

目線で「どうする?」「放っておこう」「そうだな」と会話して部屋に戻る。

「凛には感謝してるけど、こればっかりはやらないとな」

「そうだな。香月博士でなければあ号目標破壊まで辿り着けないだろう」

苦笑しつつもそれぞれ準備を進める二人。

この後二人は、将軍との謁見の後、横浜基地転属への手続きをするのだ。

横浜基地は国連軍所属の為、帝国斯衛軍の二人では簡単には入れない。

それ故、二人は斯衛軍を辞めて、国連軍に所属する事にしたのだ。

これには色々と問題もあった。

誇り高い斯衛軍から国連軍へ移るのに、色々と陰口や罵詈雑言を言われたし、先ほどの凛のように引止めを図る者も居た。

武と大和、二人は明星作戦後、帝国軍に拾われた。

逃走やら何やらでボロボロだった二人は、今まで山中に隠れて住んでいたと保護した兵士に話し、避難民として保護を受ける事になった。

これは、既に何度も同じ事を経験した大和の案であり、この後身辺を固めてからその後を考える事にしたのだ。

何せ、武が行動しようにも夕呼の居場所は分からないし、横浜基地も無い。

まだ前回のような脅し的な交渉が効く段階ではないのだ。

そんな二人が帝都で職探しをしていた時、兄を失って呆然としていた凛と出会い、彼女が武を兄と勘違いして抱きついてきたのだ。

彼女の兄と武は良く似ていたらしく(とは言え年齢が違ったが)、彼女はホームレス一歩手前の二人を自分の家に招いた。

彼女の家も武家の家系であり、使用人も雇っている。

住み込みの使用人として雇ってくれた彼女が、斯衛の少尉と聞き、二人は軍に入れて貰う事にした。

一般兵士を大きく凌駕する実力を持つ二人は、凛の推薦もあり斯衛軍へと入隊。

その後、二人はとある人物に招かれ、衝撃的な出会いをする事になったのだ。

「と、そろそろ時間だな」

「そうだな、早く行かねば月詠大尉が冷たく怒るぞ」

大和の言葉に、そりゃ恐ろしいと笑い、二人で七瀬家を出る。

使用人の人達に行ってらっしゃいませと声を掛けられ、未だ慣れない扱いに苦笑する武。

最初は同じ使用人扱いだったのに、軍に入り、斯衛に配属され、実力を発揮し始めると周囲の反応が変化した。

特に七瀬家では、何時の間にかお坊ちゃま扱い、つまり凛の兄として認識されてしまった。

恐らく、凛が二人を兄と呼び、さらに二人の活躍を使用人達に自慢げに語ったからだろう。

そんな二人が門を出ると、そこには赤の斯衛の制服を着て眼鏡をした女性が、車に凭れて待っていた。

「む、遅いぞ二人とも」

「す、すみませんっ」

「申し訳ない、月詠大尉」

表情を変えずに、クールに…しかし言葉に幾らかの怒りを込めて二人を睨む女性。

それに対して、武は萎縮し、大和は平然と頭を下げた。

「全く、同じ階級とは言え、赤の私を運転手にするのは貴様位だ…」

嘆息しつつ車に乗り込む女性。

彼女の名前は月詠 真耶。

将軍直属の衛士にして、護衛部隊の隊長でもある。

さらに言うなら、月詠 真那中尉の従姉妹でもある。

武達はこれ以上彼女を刺激しない様に素早く車に乗り込むと七瀬家を後にする。

二人が出かけたのに気付いて飛び出してきた凛(慰めに来ると思った二人を部屋で捕らえる準備をしていた)が、門のところで何か叫んでいたが、二人は知らぬ振りをした。

特に武は、冷や汗ダラダラだ。

「ふぅん……愛されているな、白銀中尉」

「な、何がでしょうか?」

「全くだな、武」

「だから何がっ!?」

七瀬 凛のブラコンは軍でもかなり有名であり、以前武に迫った女性衛士を泥棒猫呼ばわりして威嚇したのだ。

武に対して愛情な想いを、大和に対して親愛を向けているのは、使用人達も知っている事だ。

気付かぬ振りをしているのは、武だけであった。

「時に白銀、貴様が殿下に交際を迫ったと言うのは本当か?」

バックミラー越しに、瞳をギラリと光らせる真耶。

その瞳は、本当なら殺すと訴えていた。

「ちょ、どこからそんな話がっ!? 嘘です、全くの嘘です、俺はそんな事してませんからっ!」

「そうだな、迫ったのは殿下だしな」

「大和ぉぉぉぉっ!?」

気がつけば親友となった男の余計な一言に絶叫する武。

「ほほぉう…?」

チラリと見た真耶の瞳は、血のように赤く、ギラギラしていて怖かった。

武が真耶のプレッシャーに震えている間に、車は帝都城に到着。

未だビクビクしている武と影で邪笑している大和を連れ、真耶は城内を進む。

そして、謁見の間とは異なる、小さな部屋へと通された。

そこは茶室をモデルにしたような部屋で、中にはこの国で最も偉い女性…政威大将軍、煌武院 悠陽の姿があった。

「殿下、白銀中尉および黒金大尉、お連れいたしました」

「ご苦労様、真耶さん。二人とも、こちらへ…」

真耶の言葉に優雅に、しかし威厳と共に頷く悠陽。

彼女に招かれ、二人は下座に当たる場所に正座した。

「真耶さん、内密な話し故、少々外して貰えますか?」

「殿下、しかし…っ―――分かりました…」

武達の後ろに座ろうとした真耶だったが、悠陽に言われ、席を外した。

これから話す内容は、いくら親しく、信頼できる彼女でも聞かせる事は出来ないのだ。

「いよいよ、横浜基地が動き出します。………行くのですね、武殿、大和殿…」

「……あぁ、悠陽。俺達は、その為に今日まで戦い、生きてきたんだ…」

悠陽の言葉に、力強く頷いて拳を握る武。

大和も、同意を示す頷きを返していた。

「………私が、もっとお力になれれば良かったのですが…」

そう言って俯く悠陽に、武がそんな事は無いと彼女の肩を優しく叩いた。

「俺も大和も、今があるのはお前のお陰だ。悠陽が色々と面倒見てくれたから、俺達はこうして居られる。だから、お前はもっと胸張って良いんだって」

そう言って笑う武。

だが、悠陽は聞いちゃ居なかった。

「お前………お前………お前………お前………」

「だから、それは冥夜のキャラだっ!」

そんな、目の前のラブコメに、大和はヤレヤレと首を振るのだった。

軍に入隊して直に、二人は紅蓮大将からの呼び出しを受けた。

一体何故?と首を傾げつつも呼び出しに応じた二人の前に現れたのは、煌武院 悠陽だった。

彼女は武が自分を知っていると理解すると、紅蓮大将と大和を下がらせ、武にあの人形を渡してくれたか訪ねた。

その質問で、彼女が前の世界での記憶を持っていると理解した武は、慌てて大和を呼ぶように頼んだ。

大和も加えて彼女の話を聞くと、明星作戦以降、毎夜夢に見るように記憶が入ってくると言う。

大和は、G弾と何らかの力の作用による記憶の流入現象だと判断し、悠陽も自分の記憶が夢でない事を確信した。

今まで確証も確信も無かった為、紅蓮に武の事を調べさせ、軍に居る事が判明。

確かめる為に呼び出し、人形の事を訪ねたという。

もし武があの武で無ければ、当然人形の事は知らない。知らなければ自分の思い違いだったと言えば、将軍である彼女を追及する事は無い。

そして結果は見事に当たり。

武達は、自分達の置かれている状況や現象を説明し、彼女の理解を得るのだった。

その後、彼女に取り計らって貰い、今の地位を手に入れた二人。

とは言え、帝国軍、特に斯衛軍は地位を重視すると共に、実力主義でもある。

地位が高かろうと、戦えない人間は用無しなのだ。

その点、武は天武の才と紅蓮に言わしめる程の操縦テクニック。

大和は鬼才と呼ばれる程の腕前と、戦術機関連での独自の開発思想を持っていた。

実力もあり、将軍が目に掛けている存在。

嫌でも二人は有名になっていた。

そして武は将軍直属の部下にして護衛部隊へ。

大和は帝国陸軍技術廠の第壱開発局へ配属された。

この間、実に1年半である。

異例の昇進と才能の二人に、当然やっかみや嫉妬はあったものの、それすらを実力と行動で黙らせてきた。

ついこの前まで、武にはお見合いの話が、大和には養子縁組の話が毎日のように来ていたのだ。

「武殿達が斯衛軍を去ると知った者たちの抗議が、こんなにも来てるのですよ?」

そう言って悠陽が取り出したのは、斯衛軍の重鎮達からの嘆願書であった。

「中にはこんな物も……」

そう言って彼女がペラリと武の眼前に突き出した書類。

そこには、斯衛軍女性衛士達の署名。

「ほぉ、白銀 武中尉斯衛軍退役阻止同盟…たった三日で出来たのか…」

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

二人が斯衛軍を辞めると言う話が出回ったのは三日前。

いつの間に集めたのか、署名はズラリズラリと二枚に及んでいる。

「武殿……いえ、武様…相も変らず、女性に慕われておりますようで……」

妖艶な、それでいて怒りを感じさせる笑みでにじり寄る悠陽に、ギクリと身体を固まらせる武。

彼女が武を様付けする時は、決まってあの話が出てくるのだ。

「武様、そろそろ私との結婚を考えて頂かねば…意中の殿方を掠め取られるのは女として最高に悔しく思いますのよ…?」

「いや、悠陽は将軍だし、俺はもうただの衛士になるし、やっぱり問題だって!斯衛のお偉方にも睨まれてるしっ!」

胸に縋り付いてくる悠陽を引き剥がそうとする武。

以前から、武に好意的だった悠陽は、彼が自分の護衛部隊に配属されると、段々と想いを伝えるようになってきた。

それがエスカレートし、今では色仕掛けまで行う程に。

「でしたら、既成事実を作れば問題ありません。彼等を黙らせる事が出来ますでしょう…」

「ちょ、悠陽、悠陽さーーーんっ!?や、大和、悠陽を何とかしてくれ……って居ねぇっ!?」

先ほどまで隣に座っていたはずの親友は姿を消し、視線を巡らせれば、扉を閉めようとしている大和と目が合う。

「や、大和っ!?」

「あ、大和殿、月詠には1時間誰も通すなと伝えてくださいな♪」

「悠陽っ!?自分で何言ってるか理解してるのか、してるのかっ!?」

「承知しました、早く元気な赤子が見たいものです」

「大和ぉぉぉぉぉっ!!!?」

ポっと頬を染める悠陽に、ニヤリと笑う大和。

そして絶叫する武という、何とも混沌とした場面が構築されるのだった。














――――コン、コン!―――

「失礼します。黒金 大和大尉、ただ今出頭致しました」

将軍との謁見を一足早く終えた(と言うか武を置いてきた)大和は、真耶に悠陽の伝言を伝えると、その足で帝国陸軍技術廠へと訪れていた。

将軍との謁見が終わり次第、こちらに来るように言われていたのだ。

扉をノックして入室した先には、顔に斜めに走る傷痕が特徴的な軍人が。

「ご苦労だったな、大尉。座ってくれ」

「はっ、失礼します、巌谷中佐」

彼の対面にあるソファに座ると、巌谷中佐は渋い顔色をして口を開いた。

「とうとう、辞めてしまうのだな」

「はっ、中佐の恩を仇で返す形になり、申し訳ないと思います」

大和の言葉に巌谷中佐は苦笑するしかなかった。

上層部の一部からの肝いりで配属された目の前の青年は、巌谷中佐すらも目を見張る勢いで昇格していった。

その際に、日本帝国軍…いや、世界中の軍で欲しがるであろう技術開発を次々生み出していった。

まるで、時代を先取りし、未来を読むかの如く生み出された大和の作品の数々は、現在の日本帝国軍を支える基盤の一部となっている。

さらに、大和はその功績を驕る事無く謙虚に受け止め、今だ先を見ている。

彼の先視の力は異常とすら言えた。

現行機の問題点の提示と対処をほぼ同時に提出したり、誰も考えなかった発想から次の段階へ進んでいく発想力。

そして、どこで覚えたのかその道のベテランも唸らせる技術力。

加えて、帝国斯衛軍でも指折りの衛士の一人とまでなっていた、正に化物。

こと衛士の腕前ではそんな大和すら凌駕する武の存在と併せて、帝国軍には無くてはならない、日本の未来を背負って立つ男。

そう確信していただけに、今回の大和と武の国連軍移籍の話は巌谷中佐を含め、彼等に期待していた面々の失望感を掻き立てた。

「出来るなら、貴官だけでも残ってもらいたいのだが…」

巌谷中佐の偽り無い本音だった。

武とは改良機のテストヘッド開発の際に会った程度なので思い入れは少ないが、大和は自分の下で1年以上可愛がってきたお気に入りでもある。

彼の貪欲なまでの研究姿勢は、昔の自分と重なったりもした。

自分が娘のように可愛がっている少女ですら、彼の事を認め、何かと話題に出るのだから。

「残念ながら、一度決めた事は例え壁を粉砕してでも通すのが自分ですので」

「はは、そうだったな…」

大和の言葉に納得し、笑うしかない巌谷中佐。

彼が配属されて間もない頃は、コネ配属の新人という見方をされていた。

それ故、彼が提示した問題点も蔑ろにされたり、新入りの癖に生意気言うなと黙殺されたりした。

それを、彼は言ったとおりに粉砕してみせた。

問題点を改良し、さらに改造を加えた陽炎で、不知火を破り、数値上でも結果を見せた。

これには皆閉口するしかなく、彼の実力を周囲が認め始めた瞬間でもあった。

「ですが、恩は恩で返すのが主義です。国連軍での開発データは、問題が無い物からこちらに送りましょう」

「それは嬉しいが、あの魔女がそれを許すのかね…?」

巌谷中佐の言う魔女とは、大和達が行く事になる国連太平洋方面第11軍、横浜基地の実質的支配者と目される女性。

帝国上層部が誘致したと言われる計画の責任者であり、天才科学者。

その権力と性格から、極東の魔女やら東方の女狐と忌み嫌われると共に畏怖されている存在。

大和と武が横浜基地へ行く事になったのも、彼女から話が来たと言われている。

実際は、大和と武が連絡を取り、秘密を明かした上で取引したのだが。

「彼女は大局を見据えた考えをしています、その彼女が態々自分の首を絞める事はしませんよ」

彼女の計画は知る者は少ないが、達成の為には日本帝国軍の協力は必要なのだ。

その為に、出来うる限りの譲歩はすると大和は見ている。

「そうか、ならば頑張れと言っておこう。だが、貴官の席は残しておく。仕事が終わったらちゃんと戻ってくる事だ」

「ありがとうございます。誰かにその席を取られない内に終わらせるよう努力しましょう」

お互い含みのある笑みを浮かべ、巌谷中佐と大和は確りと握手した。

「む…ッ」

「? どうかしたか?」

手を握り、放そうとした瞬間、大和の感覚が何かを捕らえた。

「このプレッシャー………篁中尉か!」

「唯依ちゃんが?」

突然の大和の言葉に、首を傾げる巌谷中佐。

そんな彼に構わず、大和は素早く室内を見渡し、ある物を広げてそれを被った。

「あーーー……黒金大尉? 何故ダンボールを…?」

「御存知無いのですか!? このダンボールは、とある凄腕の戦士も愛用する万能スニーキングツールなのですよ!」

ダンボールの下から亀のように首を出して力説する大和に、そ、そうなのか…とちょっと信じちゃう中佐。

「兎も角、私はもう退室しました、それでお願いします」

「お、おい、黒金大尉?」

カポッとダンボールを被り直し、沈黙する大和。

整った執務室内に無造作に置かれたダンボール。

怪しさ満点で、これで大丈夫なのかを首を傾げていると、カツカツカツッと床を踏み抜かんばかりの足音が聞こえてきた。

「失礼しますっ!!」

そして怒鳴り声のような言葉を発しながら入室してきたのは、山吹色の斯衛軍の制服を着た一人の女性。

「ゆ、唯依ちゃん、どうしたんだい?」

「叔父さま、いえ、巌谷中佐。現在は職務中ですので。黒金大尉は何処ですか?」

中佐が娘のように可愛がっている存在、篁 唯依中尉だった。

彼女が誰が見ても分かる位の怒りのオーラを蠢かせながら室内を、それこそ部屋の隅々まで睨む。

「あ、あぁ、彼ならたった今退室したぞ?」

「………確かに、まだ暖かい。それに、匂いもした……」

ソファを触り、痕跡を確かめる唯依に、巌谷中佐は匂いって唯依ちゃん…と内心で冷や汗ダラダラだった。

「だが、通路では擦れ違わなかった……くっ、別ルートから逃げたか…ッ!」

ギリギリと拳を握る唯依。

何となく、怪盗に逃げられた警部っぽくもあった。

「巌谷中佐、何故黒金の国連行きを許可したのです!?」

「あ、いや……(いかん、怒りの矛先が私に…ッ!)」

「黒金が、我々にとってどれ程貴重な存在か、中佐ならご理解して頂けると思っていましたが?」

「それは私も十分理解している。しかし、これはこの先の戦いの上で、どうしても必要なことなんだ」

実際、巌谷中佐の言葉は本当である。

戦術機に限らず、多方面で自国だけの開発に限界を感じている今の彼等にとって、国連軍という一大組織からの情報提供は大変ありがたいのだ。

大和は、自分と言う存在を生贄に、国連の技術を得るつもりなのだ。

そしてそこで得られた技術と情報を、問題が無いレベルで巌谷の下へ流す。

大和の頭脳を考えれば、きっと国連軍が保有する技術以上の物を送ってくれる。

そう思ったからこそ、渋々だが大和の国連行きを認めたのだ。

その事を唯依に丁寧に説明するも、彼女の怒りは収まらない。

頑固で生真面目という性格もあるが、それ以上に黒金という存在が原因だった。

「中佐の仰っている事も、黒金の考えも理解出来ます。しかし………アイツは私に何も言わないで居たのですよっ!?」

「あ~~~……」

怒りで青筋を浮かべる唯依に、中佐は天を仰いだ。

大和は、よりにもよって彼女に今の今まで何も話さなかったのだ。

「雨宮に聞いて初めて知りました。聞けば、開発班のメンバーは私以外は全員知っていたと……ッ」

大和が国連に行く話しは、中佐レベルは既に一月前から。

他の面子は、チョロチョロと流れた噂から。

そして職場には、三日ほど前に大和本人が話した。

が、唯依だけには話が行っていなかった。

「アイツ…配属された時から面倒を見てきた私に何も話さずに……っ!」

彼女の発する怒りのオーラに、室内の小物がカタカタと揺れる。

「(ま、不味いぞ…唯依ちゃん、本気で怒っている……っ)」

娘のように育ててきたのだ、彼女の性格や感情の波は熟知している中佐。

そんな彼が冷や汗ダラダラで後退するほどの怒り。

何かと勘の良い大和が、接近に気付いて隠れる筈だ。

彼女の怒りは最もだ。

大和は配属された時、直属の上司になったのは他でも無い唯依なのだ。

その後、昇進して同階級になったが先任と言う事で何かと大和の世話を焼いたのも彼女。

大和がさらに出世して今度は上司になっても、持ち前の性格から彼にズカズカ物を言うのはやはり彼女の役目だ。

黒金 大和という人間は、完璧に見えて所々で駄目な面を持つ。

私生活がだらしなかったり、人をからかって遊ぶのが好きだったりと、憎めないが人間らしい面を持っている。

その中で唯依が常々言っているのは、彼のその異常な集中力だ。

大和は、一度集中してしまうと余計な事は一切切り捨ててしまう。

開発でも訓練でも、彼は一度自分の領域に潜れば、食事も休憩もせずに続けてしまう。

一週間貫徹で戦術機を弄っていた時などは、唯依が実力行使で休ませた。

それ以来、大和の自分限定の無茶を止めるのは、彼女の仕事となっていた。

以前、同僚である雨宮中尉が、公私に渡るパートナーになるのは時間の問題ですと巌谷中佐に報告してくれた。

1年以上、世話になってきた彼女に何も言わなかったのは確かに大和の落ち度だ。

だが、その気持ちは分からなくも無い。

頑固で、他人にも自分にも厳しい彼女の性格を考えると、間違いなく揉める。

そして、唯依はあらゆる手段を講じて、大和を引きとめようとするだろう。

だから大和は黙って消える予定だったのだ、後の事を全部巌谷中佐に丸投げして。

一部から外道と呼ばれるだけあって、実に外道な大和であった。

「あーーー、それは、そう、黒金大尉は唯依ちゃんを悲しませたくなくて黙っていた―――」

「黙っていなくなる方が悲しいに決まっていますっ! そもそも、私は悲しんでなどいません、怒っているのですっ!!」

うん、それは凄く分かるよ…と内心震えながらチラチラとダンボールの方を見る中佐。

良く見れば、徐々にダンボールが扉の方へと移動している。

逃げる気かこの野朗…と、若干大和に怒りが湧いた中佐。

そんな中佐の視線に気付いた唯依が、そちらを見る。

「………………………」

無造作に置かれたダンボール。

大きさは、成人男性が無理すれば入るレベルの大きさ。

ツカツカと、止める中佐の声も聞かずにダンボールへと近づくと、それをガバッと持ち上げた。

「 ! 」

「ここに居たか黒金ぇっ!!」

気付かれた事に驚いて硬直する大和に、唯依はダンボールを投げ捨てると、何処からか木刀を取り出して振り被った。

「ぬんッ!!」

「ちぃっ!」

その木刀を真剣白刃取りの要領で受け止める大和。

ギリギリと一進後退を繰り返しながら立ち上がり、睨みあう二人。

「黒金、私が何を言いたいか分かっているな……ッ?」

「巌谷中佐の後頭部の白髪が気になるのだろう、俺も気になる……ッ!」

大和の答えに違うわ馬鹿者と叫び、力の限り押し切ろうとする唯依。

そんな彼女の顔が接近した瞬間、大和は彼女の耳元に顔を近付ける。

「え……――「フゥ~…っ」――ひゃぁん…っ」

一瞬ドキっとした唯依だったが、耳元に優しく息を掛けられ、思わず普段の姿から予想できない声を上げてしまう唯依。

真っ赤になって耳を押さえた瞬間、大和は木刀を放して扉まで後退する。

「愛らしい声、最高の餞別になりましたよ中尉。では、失礼」

そう言って、上官である巌谷中佐に敬礼してから部屋を出る大和。

数瞬固まっていた唯依も、慌てて敬礼しつつ部屋を飛び出した。

「…………………………あ、これか…」

残された中佐は、手鏡と壁の鏡で後頭部の白髪を見つけていた。
















「うおっ、どうしたんだよ大和!?」

「は、はははは……白い牙は伊達じゃなかったな……」

諸々の手続きを終え、合流した武が見たのは、制服の着崩れた大和だった。

元々癖のあるツンツンヘアーも、どこか乱れている。

「黒金、なんだその格好は。まるで殿下に迫られた白銀ではないか……」

真耶の言葉に確かに…と頷く大和。

言われた武も、慌てて身嗜みを確認する。

「まさか…どこぞで誰かとしけ込んだのではなかろうな……?」

「まさか、武ではあるまいし…」

「……そうだな、白銀じゃあるまいしな…」

「うぉいっ!?」

なんて何時ものやり取りをする三名だったが、武がいじけて先頭を歩く中、音も無く大和に近づいた真耶が、静かに彼の腿を抓った。

「――――――ッ!!」

「声を上げないのは流石だが……根本的に貴様も白銀と同類だとよぉく理解したぞ…」

そう言って離れる真耶。

見る人が見れば、彼女の表情に若干の拗ねが混じっていたのを見受けられただろう。

しかし、武は先頭を歩いているので気付かず、大和は引き千切らんばかりの抓りの痛みに無言で悶えていた。

「白銀の事と一緒に、真那に頼んでみるか……」

そう呟く彼女の視線は、大和の首筋に注がれていた。

そこには、大和も気付かなかった小さなナニカの痕が、確かに存在していた。










[6630] 第二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:52








日本武尊















2001年――1月27日――

横浜基地


「黒金 大和および、白銀 武、ただ今着任いたしました」

「はいはい、いらっしゃい。何度も言うけど堅苦しいのは嫌いなのよ」

「相変わらずっすね、夕呼先生……」

ビシっと敬礼して横浜基地地下にある香月 夕呼博士の執務室に入室した二人を待っていたのは、この部屋の主である夕呼。

「……………いらっしゃいませ」

そして、ペコリと頭を下げるウサミミ少女だった。

「よう、久しぶりだな霞」

「……はい、お久しぶりです、武さん…」

気軽に挨拶をする武と、それに答える少女、霞。

「随分親しくなったんだな…」

「そりゃそうよ、こいつ休暇の度に霞に逢いに来るんだから…毎回許可出すの面倒なのに」

椅子に座って呆れ顔で武を指差す夕呼。

その言葉に、武はあはははは…と笑うしかない。

「やれやれ、凛が休暇のデートを強請るのを無碍にして自分は楽しくデートとは……このロリコンめ」

「ちょ、何人聞き悪いこと言ってんだよ大和っ!?」

「そうね、ロリコンよね」

「……武さん、ロリコンなんですか…?」

「先生までっ! あぁ、霞が微妙に距離をっ!?」

早速開始される武弄りは、恒例の挨拶になっていた。

武達が夕呼に接触を図ったのは去年の話だ。

その際に、二人は自分達の現状と、未来の話を彼女に話した。

最初は胡散臭く二人を見ていたが、彼等の話が真実であると理解すると早かった。

二人の協力を条件に、二人の要求に出来る限り答える。

その契約により、二人は今こうして国連軍の基地に居る。

世話になった七瀬家を出る際に、当主である凛が当主権限で二人を拘束しようとしたが、生身でも強い二人に返り討ちにあう。

で、休暇の際は連絡して遊びに来ると約束し、何とか彼女に納得してもらう武。

ただ、二人が家を出る時に、凛が何か悪巧み的な顔をしていたのを、大和は見ていたり。

「とりあえず、はいこれ。中身はこっちで勝手に決めちゃったけど、問題ないでしょ?」

そう言って夕呼が取り出したのは、二人の着任に関する書類。

契約書の類から、任命とか辞令とか色々あった。

それらをパラパラと眺めていると、武が顔面を書類に押し付けた。

「ちょ、夕呼先生、俺いきなり大尉っすか!?」

「む、俺は少佐か……」

「って、なんで大和の方が上っ!?」

「当たり前でしょう、無理して斯衛軍から引っ張ってきた人間を、低い階級で扱える訳無いじゃない。黒金が上なのは、戦術機開発もやって貰うからよ」

との言葉に、武も大和も納得した。

「黒金の持ってきてくれたデータのお陰で、00ユニットもXG-70の技術も問題ないわ。後は、あんた達の仕事よ」

夕呼の言葉に、深く頷く二人。

今回の世界で、何よりも違ったのは、既に00ユニットの完成が秒読みなのだ。

前の世界での問題点の改良も進められており、それらは大和の齎したデータチップによって成し得た事。


大和は、この世界に来てから既に40回を越えるループを経験している。

その中で、彼は経験と共にループしているある物に気付いた。

それは、彼の腕につけられたアナログ時計。

年代を感じさせるボロボロの時計だが、大和がこの世界に来た時は、まだ新品に近い状態だったのだ。

何度もループをするうちに、この時計だけが自分と同じように経験を溜めていると理解した大和は、時計の中にデータチップを入れた。

そして次のループで、時計の中にデータチップがある事を確認し、彼はデータを集め始めた。

殆どの世界は、“5”が発動した世界で、確実な滅びへと向っていた。

だがそれでも人類は希望を捨てずに戦い続け、様々な戦術機や武装が開発された。

それらのデータを毎回集め続け、大和のデータチップには未来の技術が詰まった、夢の宝箱となっていた。

そして、前回のループ。

無事“4”が成功した世界で、大和は武が消えた後に、夕呼に接触を図った。

そして、武に関する記憶が消える前に事情を説明し、彼女から00ユニットを含めたデータを入れたチップを受け取った。

この世界で自分のループが終わる確証は無い。

故に、もし次が在った時、さらに良い終わりの為に協力してほしい。

そう言って大和は夕呼から彼女の研究が詰まったデータチップも受け取り、この世界へとループした。

この事実に、夕呼はおろか武も驚いたが、それ以上に助けとなるチートな裏技。

大和の時計は中身が無く、中にはデータチップが二枚。

一つは大和が集め続けた未来の力。

もう一つが、前の世界の夕呼から託された、希望の種だ。

それをこの世界の夕呼に渡し、未来に備える事になった。

因みに、悠陽に関しても既に夕呼に教えてある。

だからこそ、武達の事も問題なく進んだのだ。

「XM3に関しては、もう作ってあるから。あとは黒金がやりなさい」

「了解しました。完成次第、実証データと共に持ってきます」

XM3に関しては、残念ながらデータチップには入っていなかった。

だが、00ユニットの問題点が解決した夕呼は、暇潰し代わりに作ってくれたのだ。

バグ取りや調整は、大和に任せ、完成次第配備の為の準備をする予定らしい。

「白銀は、後でまりもを紹介するから207の連中を育てて頂戴。最初っからXM3に乗せるんだから、あんたが育てた方が速いでしょう?」

「そうですね…って事は、今度は俺が教官になるのかぁ……」

かつての仲間、同僚を育てるという立場になり、色々葛藤があるらしい武。

「黒金の方も、研究開発と平行して教えてやりなさい。白銀より教えるの上手そうだし」

夕呼の言葉に苦笑する大和だったが、実際当たっている。

武の教え方は、どうしても操作や性能方面から教える傾向があり、技術や理論は後回しに成りがちだ。

大和は逆に技術や理論方面が強いので、二人で教導すれば丁度良いだろう。

「ま、細かい事は後で話すとして、二人とも自分の部屋に行きなさい。社、案内よろしく」

「………はい」

夕呼に言われ、ピコピコと耳を揺らしながら先導する霞。

二人は案内されたそれぞれの部屋で、国連軍の制服に着替える。

そして、霞と入れ替わりに現れた人物と対面していた。

「横浜基地衛士訓練学校教官の、神宮司 まりも軍曹です。斯衛軍のエースお二人にお逢いできて光栄です」

ビシッと敬礼する彼女の雰囲気は正に軍人のそれであり、あの世界のまりもちゃんオーラは感じられなかった。

「黒金 大和少佐です、よろしく軍曹」

「はっ、よろしくお願いします!」

「………っと、白銀 武大尉です、よろしくまりもちゃん」

「ま、まりもちゃんっ!?」

大和は普通に自己紹介したが、やはり恩師との対面に喜んでいたのか、少し涙ぐんでいた武がそれを誤魔化しながら、つい口を滑らせた。

逢っていきなり、年下だが上官にちゃん付けされて困惑するまりも。

言ってしまった武も、あちゃ~…と頭を掻いている。

「白銀は気に入った女性を愛称や渾名で呼ぶ癖がある、例え上官でも部下でも関係なくな。慣れた方が早いぞ軍曹」

「は、はぁ……」

「や、大和、それフォローしてるの…か…?」

武の言葉に、フフフ…と怪しく笑う大和。

謎の二人の上官に、まりもは世代の差的な物を感じつつ、二人を訓練場へと案内するのだった。

「あちらで訓練しているのが、第207衛士訓練部隊です」

まりもが指差す先には、訓練服を着た少女達が、グラウンドを走っていた。

現在は基礎体力作りの時間らしい。

彼女達の姿を見て、武の涙腺が緩むが、そこはグッと我慢する男の子。

まりもも居る手前、不用意に涙を流す事はできないのだ。

それを横目に、痩せ我慢が何処まで続くかなと内心苦笑する大和。

「全員集合っ!!」

まりもがそんな二人に気付かずに、少女達を集合させる。

並んだ少女達の中、懐かしい顔ぶれに武の瞳から涙が出そうになる。

「こちらは、本日付けで横浜基地へと着任された、黒金少佐と白銀大尉だ。お二人とも、元斯衛軍のエースで、“黒の双璧”の異名を誇る日本でも指折りの衛士だ。そんなお二人が、明日より貴様等の特別教官となる、光栄に思え!」

まりもの言葉と、その中にあった単語に目を見張る少女達。

日本帝国軍でも、武家かよほどの腕前の衛士でなければ所属できない斯衛軍。

しかも、“黒の双璧”の異名は、日本帝国軍なら誰もが知る名だ。

黒い武御雷を駆り、防衛線の壁の如く立ち塞がり、BETAを一歩も通さないその実力。

一般兵扱いの黒でありながら、第一級のエースと謳われる二人の衛士。

プロフィールが公開されていないので顔や素性は窺い知れないが、それでも有名な二人が目の前に居ると知り、ガチガチに固まる少女も居た。

約数名は、自分達と同年代、下手したら年下な二人が、本当にあの“黒の双璧”なのかと少し懐疑的な感じだ。

「黒金少佐、白銀大尉、簡単なお言葉をお願いできますか?」

「あ…あぁ。分かった」

まりもに言われ、一歩前に出る武。

懐かしい顔ぶれに泣きそうになるのを堪え、ニカッと人好きする笑顔を浮かべる。

「俺は白銀 武。斯衛軍じゃ中尉だったけど、大尉として着任した。皆にはこれから、ある目的の為の訓練をしてもらう。詳しい事は言えないけど、期待して貰って良い。あ、あと、俺には敬語はいらないぞ、同い年も多いし、フレンドリーに行こうぜ!」

そう言って笑う武に、大多数の少女が困惑した。

大尉という階級もそうだが、あの斯衛軍に居たとは思えない気軽さ。

数名の少女は、気さくな人だと早速好印象を持った様子だった。

「し、白銀大尉、いくらなんでもそれは…」

「あ、なんなら軍曹も俺のこと呼び捨てにしてみます?」

武を嗜めようとしたまりもだったが、逆に言葉に詰まる結果に。

助けを求めるように大和を見るので、彼も苦笑して前に出た。

「まぁ、白銀は根っからこういう性格なんでな、洗脳でもしない限り直らんだろう。むしろ洗脳しても直らんと俺は思うが」

「ひでぇっ!?」

サラリと武を弄って、その武の言葉をスルーする大和。

「黒金 大和少佐だ。白銀と同じく教導を行うが、俺は戦術機開発などの仕事もあるのであまり見てやれんかもしれない。その代わりと言ってはなんだが、諸君が総戦技評価演習をパスしたら、新型か改良機に乗せてやろう」

「「「「「っ!!」」」」」

大和の言葉に乗り出す勢いで反応する数名。

「そして、高評価で任官した者には、新型戦術機の専属パイロットの座を与えてもいい」

「ほ、本当ですかっ!?」

大和の言葉に思わず声を上げたのは、アホ毛が特徴的な少女だった。

「俺の主義は有言実行、不言影行(ふげんえいぎょう)。簡単に言えば、言った事は確実にやる、言わない事は影でやると言う事だ」

「でた、黒金語……」

聞きなれない言葉に、大多数の面子が首を傾げたが、その後の説明で理解したようだ。

武の呟いた黒金語とは、武のマジなどの言葉と違う、勝手に大和が作った、それっぽい言葉や四字熟語だ。

「まぁ、よろしく頼む」

そう言って締めくくると、まりもが訓練兵達に自己紹介をさせる。

最初にA分隊と呼ばれ、5人が前に出る。

「207A分隊、分隊長の涼宮 茜訓練兵です!」

「同じく207A分隊、柏木 晴子訓練兵です」

「2、207A分隊、築地 多恵訓練兵ですっ!」

「207A分隊の、高原 由香里訓練兵ですっ」

「207A分隊、麻倉 一美訓練兵です…」

5人の挨拶が終わると、次はB分隊が呼ばれて前に一歩出る。

「207B分隊、分隊長の榊 千鶴訓練兵です!」

「207B分隊、御剣 冥夜訓練兵です」

「に、にに207B分隊、た、珠瀬 壬姫訓練兵ですっ!」

「207B分隊、彩峰 慧訓練兵です…」

「207B分隊、鎧衣 美琴訓練兵です!」

B分隊の自己紹介の最中、武は何かの決意を刻むかのように、5人を見詰めていた。

A分隊の時は主に晴子を見ていたので、恐らく今度こそ死なせないという決意を刻んでいたのだろう。

全員の紹介が終わり、まりもは夕呼から渡されたらしきファイルを見ながら今後の説明を始めた。

全員の基礎能力が固まり次第、順次戦術機関連の授業を増やし、早々に戦術機に触れさせると説明され、色めきだつ面々。

そんな彼女達を見ながら、大和は一人、今後の戦術機運用を考えているのだった。




















「しかし、司令は何時見ても貫禄のある人だよなぁ…」

「確かにな…」

207の面々との挨拶を終え、本来なら真っ先にするべき基地司令との挨拶を終えてきた二人。

実質、この横浜基地の支配者は夕呼と言って過言ではない上に、彼等を招いたのはその夕呼なのだから彼女が最初でも問題ない。

が、基地司令より先に訓練兵に逢いに行くのはどうかと、今更ながらに大和は苦笑していた。

当の司令は全く気にしていない、器の大きさを示していたが。

「でも、大和も横浜基地に居た事があるなんて、初めて聞いたぜ?」

「まぁ、その時は整備兵だったからな…」

司令室までの道を、案内無しで歩いていた時、武は大和が横浜基地内を知っている事に気付いた。

その事を聞いてみれば、大和も数度、この横浜基地へ配属された事があるらしい。

「流石、40回越えか…っと、すまん、そういうつもりじゃ…」

「今更気にするな、お互い様だ」

お互い、終わらないループの辛さは誰よりも知っている。

特に大和は、40回を越えるループを主観で経験している、その年月の長さは武以上だ。

武を数々のループと平行世界からの流入因子からなる抽出型とすれば、大和は蓄積型。

その膨大な経験と知識、技術があるからこそ、こうして武と並び立て、その上夕呼に認められる才を発揮している。

全ては、度重なるループの為に。

元々の大和は、武以上に普通の、一般人だったのだ。

「(流石に、この世界がゲームとして存在する世界から来たとは…誰にも言えんな…)」

そう、彼は武と出逢った時に言ったとおり、完全な異邦人。

武と違い、この世界に“黒金 大和”という存在は最初から存在していない。

帝国軍に保護された時は、大抵の場合は難民や密入国者として戸籍を作り直した。

BETA進行に際して、大陸や周囲の国から、密入国などで逃げてくる人間も多い。

大和は完全に日系人なので、大陸から故郷に逃げてきたという設定を造った。

無論、戸籍類は大陸で失ったと言い張って。

流石の城内省も、海外の日本人の戸籍や生死まで明確に確認できない。

このご時世、戸籍を紛失した人間は多いのだ。

武が前までの世界で月詠中尉達に絡まれたのは、死亡判断がされていたのと、冥夜に近づいたからだ。

今回の世界では既に戸籍が復活しているし、月詠中尉とは既に知り合いだ。

とは言え、戸籍が無い大和は色々と苦労してきた。

その点、武は最初に夕呼に出会えるのだから幸せなのだろう。

「兎も角、彼女達の訓練は武に任せる。俺は開発で忙しいだろうからな。無論、手が空いた時は手伝おう」

「任せとけ。今回こそ、全員助けてみせる…その為にも!」

武のやる気は漲っていた。

今回の世界では、総戦技評価演習がまだ行われていない。

予定では5月頃に行われるので、それまでにB分隊の溝を生め、今度はA分隊と同時に任官させるつもりなのだ。

問題点である冥夜と千鶴は、悠陽が考えがあると言っていたので任せてある。

B分隊の面々がA分隊と同時に任官できれば、A-01の底上げになる上に、前の世界で死亡や病院送りとなった面子も救える。

故に、武はスパルタ指導を考えていた。

「………ま、無理せず頑張れ…」

「応よ!」

武が得意の早口ハー〇マン軍曹式訓練を行わないように、注意しようと密かに考える大和だった。

斯衛軍時代に、冗談で大和が教えたそれを、武が気に入ってしまい、実践してしまった。

その部隊は、確かに強くなったのだが、斯衛軍としてどうよ?という問題に発展。

事態収拾に、紅蓮大将まで出て来る事になったのだ。

因みに、武への処罰は悠陽考案の、24時間耐久将軍様のあま~い誘惑☆となった。

帰って来た武が、何かをやり遂げた顔で倒れたのは七瀬家の中でかなり先まで語られる事となったとか。

















「まぁ、これなら問題無さそうだ……」

開発計画のファイルを閉じ、真新しい室内を見渡す。

ここは大和に与えられた個室ではなく、大和用に用意された執務室。

戦術機開発や研究の為に、夕呼が用意させたのだ。

大和の開発思想は夕呼も認めるレベルであり、それに加えて未来の技術と知識、設計図もある。

数年先、長くても10年先の技術だが、戦いは技術を格段に進化させるものだ。

今現在難航している技術も、数年後には形になってしまう。

それでも、あ号目標が存在する限り、人類に未来は存在しなかったが。

「とりあえず、急ぎで不知火の改良を始めよう。博士には餌を渡して、世界一高価な鉄屑を手に入れて貰わねばな…」

そう呟き、パソコンで必要なデータと設計図を整理し始める。

夕呼に渡して活用してもらう設計図は、別のフォルダに纏めながら。

「今頃、武は冥夜とお楽しみかな……」

クックックッ…と怪しく笑う大和。

この瞬間、グラウンドで冥夜と会話していた武がくしゃみをしたとか。

「俺のループを終わらせる鍵は、武にある筈…ならば様々な手を打つのが定石だな…先ずは白銀ハーレム、次に鑑の説得だな…」

なにやら武にとって最悪な計画を考えているっぽい大和。

その事に、恐らく武は気付いていない事だろう。

気付いた時には、既に武包囲網が完成していると思われる…。






[6630] 第三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 21:06







2001年――2月20日―――


武と大和が横浜基地へ着任してから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。

夕呼の研究は順調で、早ければ3月には形になると言っていた。

武の方は、大尉という階級でありながら、それを感じさせないフランクさと、熱心な指導で207訓練小隊の心を掴んでいた。

特に207Bの面子の成長が格段に早くなったらしく、これも武の恋愛原子核の力か…と大和を苦笑させた。

207Aは、そんな207Bに触発されたのか、こちらもまりもが目を見張る成長を遂げている。

「この分だと、総戦技評価演習を早めるのも可能かもしれませんね…」

と、まりもが苦笑を隠さす報告してくれたほどだ。

大和は武ほど彼女達に接触を持っていない。

間違っても、彼女達が自分に意識を持ってこさせない為だ。

全ては、白銀ハーレム計画のために。

その為に、わざわざまりもとの時間も多くさせている。

その成果は、プライベートな時間にまりもが「白銀」と呼ぶようになった事だろう。

「ククク…順調だ、実に順調だよ武…」

毎夜、執務室で怪しい笑いをする大和。

PXで食事の時、さり気無く行った意識調査では、やはり207Bの面々の好感度が高かった。

順位にするなら、冥夜、タマ、美琴、晴子、慧、千鶴、以下同列と言った具合。

唯一、多恵だけは武に好意を示さなかった。

これは、上官、衛士としては尊敬し好意を持っているが、男性として見てないと思われる。

やはり百合か…と誤解的に確信したのは大和だけの秘密だ。

実際の所、晴子から言わせれば、多恵はチラチラととある人物を見ていたのだが、それは当の本人すら気づかない行為だったり。

話を戻し、冥夜の好感度が高いのは、やはり深夜の特訓が原因だろう。

冥夜は武の実力を瞬時に見抜き、武に越権ながら特訓を申し出た。

武としては何の問題もないので引き受け、夜に体力作りと平行して訓練をしている。

これを後に他の面子に知られ、武が悲鳴を上げることになるのだが、それはまた別のお話。

白銀ハーレム計画の要でもある霞は、既に陥落しており、今朝一緒に部屋から出てくるのを目撃した。

別に男女のニャンニャンではなく、原作にもあった添い寝イベントだろう。

その辺りを心得ている大和は、朝食を食べている武に、「昨日はお楽しみだったかな?」と言うのを忘れない。

食べていた物を噴出し、狼狽する武の様子から何かを感じ取った好感度上位者は、揃って疑惑の視線を向けるのだった。

本人の知らない白銀ハーレム計画、そしてこっちの方が肝心の戦術機開発も順調だった大和。

だが、彼にとっての脅威は、意外な所からやってきていた。

「……………………………(じ~~~~」

「……………………………(絶句」

通路の影からこちらを見る小柄な影。

壁からひょこりと顔を出すのは、銀髪で無表情な少女。

その少女の視線よりも、その存在に、大和は絶句していた。

「(な、何故、何故ここに彼女が……ッ!?)」

付き合いの長い武ですら見たことがないであろう、大和の驚愕。

柱の影から恋する乙女と書いてストーカーと読むような行動を取っているのは、本来ならここに居る筈のない少女。

名前を、イーニァ・シェスチナといった。

大和は当然、彼女の事も知っている。

とは言え、その全てを知る訳では無い。

彼女が登場する物語は、大和がこの世界へと飛ばされた時点でまだ続いている物語。

彼女の正体も結末も、知らないのだ。

知っているは、ネットで流れた憶測的な設定だけ。

そんな彼女が、横浜基地に居る。

これだけで、大和を動揺させるには十分だった。

さらに追い討ちの如く、彼女は大和を見ている。

それはもう、無垢な瞳で穴が空くほどに。

彼女の視線からは、その心情が窺えない。

敵意は感じないので大丈夫とは思うが、流石に流せる問題ではなかった。

「(香月博士は何も言っていなかったが、もしや社と一緒に連れてきたのか…?)」

ネットで知った情報だが、イーニァと、彼女の保護者的な立場のクリスカは、霞と同じ存在だという説が流れていた。

確かに、ソ連だの容姿だの雰囲気だので、似ていると言える彼女達。

もし、“計画の3”関連なら、夕呼が彼女達の存在を知り、引っ張ってきても可笑しくない。

が、問題はそうなるとアラスカはどうなるのか、彼女達が関わっていた計画はどうなったのかが気に掛かる点だ。

「(とは言え、それは俺がどうこうする問題ではないか…)」

彼女の所属が何処で何をしているのか、それによっては例え少佐の身分であっても越権行為に成りかねない。

まぁ、夕呼の直属の時点で、越権も何もあった物では無いのだが…。

何かするにも情報が足りないので、この場はスルーする事にした大和。

今だこちらを見つめる視線に気付かぬフリをし、と言うか彼女は隠れて見ているつもりなのかと突っ込みたいが我慢して執務室へ足を向ける。

この後、夕呼から借りた作業班と共に、不知火の改造が待っているのだ。

「…………………(カツカツカツカツ…」

「…………………(トテトテトテトテ…」

―――つ、着いて来ている…ッ!!―――

内心驚愕する大和。

なんとイーニァは、大和の後を尾行し始めたのだ。

本人はばれていないと思ってるらしく、物影を移動しながら。

とは言え、あまりにもバレバレな追跡に、擦れ違う人達が何事だとばかりに立ち止まる。

エリート部隊の斯衛軍をわざわざ辞めて配属された若い少佐、その少佐の後をつけているっぽい、少女。

軍属であっても、興味を惹くには十分な状況だった。

やがて大和の執務室へと辿り着く。

このフロアは、少尉から上なら誰でも入れる区画なので、恐らくイーニァは少尉かそれ以上の扱いなのだろう。

「(何がしたいのだろうか…)」

そう思いつつ執務室へと入る大和。

「……あっ」

扉が閉まる時に、少女の焦ったような声が聞こえたが、自動ドアは既に閉まっていた。

扉の前の気配から、イーニァも入ろうとしているらしく、自動ドアが開くのを待っているらしい。

が、ここは佐官の執務室、許可が無い人間は入出出来ないし、イーニァにはパスも無い。

部屋の持ち主、この場合は大和が、イーニァのパスを許可にすれば、扉横の端末で開けることが出来る。

この辺りのフロアでは普通にあるセキュリティだ。

後は、インターホンで室内の人間に言えば、開けて貰える。

「う~~~~………」

一向に開かない自動ドアの前で唸るイーニァ。

暫くうろうろしていたが、やがて諦めたのかトボトボとその場を後にした。

室内にあるモニターで、執務室前の監視カメラの映像を見ていた大和は、安堵すると共に罪悪感に溜息をついた。

「全く、何がどうなっている……」

早急に、博士に事情を聞かねば…そう考えながらも、この後の予定をこなす大和だった。






















22:30――――





不知火改造計画の一部を終えた大和は、先の一件の事を聞く為に夕呼の執務室を訪れていた。

「あら、黒金じゃない。ちょうど良かったわ、あんた達の不知火にXM3積んどいたから、適当に弄りなさい」

「それはありがたい。しかしその前に、少々お聞きしたいことが…」

「?…なによ」

真面目な顔で問い掛けてくる大和に、顔を向ける夕呼。

大和は先の一件のことを話し、彼女がどういった位置に居るのかを聞いてみた。

「なるほどねぇ…あの子、いえこの場合はあの子達か…本来ならここに居ない筈だったのね…」

大和の説明を聞いて早まったかしら…と呟く夕呼。

聞けば、彼女達は大和が予想した通り、“計画の3”を接収した際に引き取ったと言う。

霞ほどの力は無いものの、衛士としては抜きん出た能力を持つ彼女達を遊ばせるのもどこぞの馬鹿に見す見す渡すのも惜しかった夕呼は、多少無理をして彼女達を自分の下へ招き入れたそうだ。

「つまり、彼女達もA-01に…?」

「そうよ。どっちも少尉で、確かに戦力にはなるんだけど…どうもスタンドプレーが目立つのよねぇ……」

そう言って彼女がファイル棚から取り出したのは、A-01の活動記録だった。

受け取り、中身を読み進めていくと、確かにイーニァ・クリスカ両名のスタンドプレーが目立つ。

どちらも命令違反…戦闘中の勝手な行動などがあり、その理由も指摘されている。

「軽度の対人恐怖症…?」

「と言うより、人間不信ね。能力の事もあるけど、お国で色々在ったみたいよ?」

夕呼の言葉に想像を巡らす大和。

考えられるのは、“計画の3”での扱いや、その後の処遇。

場合によっては、TEであった、ソ連軍衛士による暴行未遂か。

「社の話だと、仲間と思っていた存在と色々あったみたい」

「(当たりか…)…これは厄介そうですね…」

暴行未遂…もしくは、仲間と思っていたソ連軍衛士から浴びせられた言葉。

どちらも、自意識や感情の発達が遅い、もしくはワザと遅らせられている二人の心を傷つけるには十分な出来事だ。

もしも暴行未遂なら多少なりとも情報が入るだろうから、恐らく何か言われたのだろう。

言われた程度で…とも思うかもしれないが、信じて命がけで戦ってきた人間の根底を崩す言葉なら、十分に人を狂わせる。

言葉とは時に、武器よりも残酷な攻撃となる。

「それにしてもあのシェスチナがあんたをねぇ…。白銀なら在りえそうな話だけど」

「自分もそう思います。こういったイベントは武向けだと思うんですがねぇ…」

二人して何気に酷い事をサラリと言う。

この場に本人が居れば怒るだろう。そしてさらに弄られて泣く。

「可能性としては、あんたの思考ね。社に聞いたけど……読めないんですって?」

「らしいですね。彼女が言うには、意識の層が分厚くて読むことが出来ないとか…」

以前、霞に言われた事。

彼女の能力を持ってしても、大和の意識は読めないのだという。

ブロックされているのではなく、大和の意識の周りに何十もの意識の壁があり、それが厚すぎて意識を読めないのだと言う。

まるで樹木の年輪のように分厚いそれが、なんであるかは大和は何となく予想が出来ていた。

「積み重ねた年月は伊達ではない…という事らしいですね」

「40回を越えるループ…蓄積年月は既に30年越え…ってことはあんたもしかして…」

「もう50代ですねぇ…見た目は青年、中身は中年……おぉう…」

「自分で言ってダメージ食らってんじゃないわよ、全く」

自分で言った事に予想外の精神的ダメージが在ったのか額を押さえる大和。

その際に、夕呼が「50代か…微妙に外れたわね…ちっ」と、呟いていたとか。

「武の中身の年齢なら丁度良いのでは?」

「地獄耳ね…まぁ良いわ、シェスチナに関してはあんたに任せるから。00ユニットの方は社が居るし、どうせもうすぐA-01に配属だしね」

「そうですね、XM3の実機稼働データ収集と、改造用パーツの製作が終われば直にでも」

今後の予定にもある、A-01へのXM3導入、それと平行しての、不知火改造計画。

大和の考案する武装と装備、システムによる次の戦術機の為のテストヘッドとして、武と大和の不知火を現在改造する為に動いている。

先ほどまで、改造の為の部品製作を行っていた所なのだ。

この後、XM3搭載の不知火でデータ収集を行い、その後改造を施し、データを集める。

その集めたデータを比較し、上(この場合は夕呼)の許可を得て次の段階へ。

大和が目指す戦術機を作り出すには、足場がまだ無い状態。

その為、実証を出しながら足場を作って行かなければならないのだ。

「あんたが欲しがってた鉄屑…207が任官した後位に搬入できそうよ?」

「それはありがたい。プレゼントは喜ばれましたか?」

「喜ぶもなにも、半狂乱だったわよ、向こうの技術者連中。使い道の無い鉄屑と交換なら安いもんだって鼻息が荒いったらないわ」

先日の通信を思い出してか、ケラケラと笑う夕呼。

「鉄屑側に、反オルタ5の人間が多かったのも幸いしたわ。G弾運用の危険性…理解してる人間も居るのねぇ…」

しみじみと呟く夕呼。

今回取引をした人々…正確には会社は、どちらかと言えばオルタ4派…と言うより、単純にG弾運用を危険視、疑問視する人間が多かったようだ。

G弾運用は米国の総意のように思われがちだが、実際には反対派の人間も数多く存在する。

一つのモノに対する賛否両論があるのは、当たり前のこと。

それを数の暴力や権力、言葉の力で一方を潰すのが大国のやり方だ。

「一応、ライセンスだの技術提携だの打診してきたけど、どうするの?“本命”の方も嗅ぎつけてくるでしょうし…」

「問題ないレベルで提供しましょう。本命のXG-70の方もごねられても困りますから博士の判断に任せます。ま、あちらが持っていても宝の持ち腐れ…意味が無いですけどね」

かつて、ループした世界で、米国は所持していたXG-70を強引に運用しようとして、ML機関暴走により基地ごと消滅させるという馬鹿を犯した。

それだけでなく、G弾が効果を挙げなくなり、結果戦線は大きく後退。

米国本土も蹂躙され、瞬く間に新しいハイヴが出来ていった。

BETA戦後を考えていた連中は、BETAに食い破られつつあるシェルターの中で、こんな筈では、何故だと繰り返して泣き叫んでいたらしい。

5発動後の世界は、早ければ2年…長くても、10年が限界だった。

10年を見届けた大和も、地球最後の人類達と運命を共にした。

その時、最後まで戦っていたのが、武だった。

「手札は多ければ多い方が良い。特にエースとジョーカーはあれば有難いものです」

武という人類のエース、大和という反則のジョーカー。

どちらも手にしているのは、極東の魔女と恐れられる天才。

「A-01へのXM3教導は任せるから、遠慮しないでやりなさい」

「了解しました、博士が楽しめる映像をお届けしましょう」

フフフフフ…と怪しく笑う二人。

この場に武が居れば、二人の放つオーラに全身を震わせていただろう。

それだけ恐ろしい光景だった。


























翌日、大和は強化装備に着替え、格納庫へ顔を出していた。

整備兵達が熱気を纏って作業しているが、いつもとそのテンションが異なっているように感じられた。

「班長、調子はどうか?」

「こりゃぁ少佐、ちょうど今終わりましたよ。連中、戦車級みたいに不知火に群がってましたからね」

班長の言葉に、確かに…と苦笑する大和。

視線の先には、XM3をたった今搭載し、各稼動部の調整と改良を施している整備兵達が、班長が言うように、戦車級の如く群がっていた。

皆、新しく開発されたOSと、ユニットに夢中になっているらしい。

「技術者ってのは、新しい物好きが多いですからね。説明書なんて、もうこの有様ですよ」

そう言って班長がテーブルの上から手に取ったのは、見事にボロボロになったXM3ユニットの換装説明書。

廻し読みしたのだろう、破れたり油で汚れたりで新品にはとても見えない。

「完了次第、実働テストとデータ収集を行うから、模擬戦用の武装も用意して貰えるか?」

「そう言うと思って、一通り揃えてありますぜ」

「見事な仕事だ、流石一流ですね、班長」

大和の言葉に照れながらも声を張り上げて整備兵達のやる気をさらに上げさせる班長。

「さて、この時間なら彼女達が実機演習を行っている……少々荒っぽいが、お付き合い願うとするか」

格納庫内の端末から夕呼に連絡を入れ、予定を伝えると二つ返事で了承された。

その際に、映像を撮ってこいと言われたので、整備班から数名借り出す事に。

「え~、新型OS搭載の不知火の動きを生で見たい人!」

「「「「「「「「「「はいはいはいはいはいはいっ!!!」」」」」」」」」」

自分達が整備した機体で、しかも一線を駕すと噂されるOS搭載の不知火の動き。

大和の言葉に、整備兵達が血眼で手を上げてきた。

通常の演習場なら、望遠カメラや定点カメラで映像を記録できるが、大和が今から行く演習場は、横浜基地内でも内部に位置し、秘密保持レベルの高い場所だ。

しかも、現在秘密部隊扱いの面子が使用中で、映像を持ち出すのが面倒。

故に、夕呼に完全ノーカット版で届ける為に、整備班から人員を借り出し、情報収集車両を設置する事になった。

演習場を囲む形で合計4台が借り出され、望遠カメラをセット。

さらに、現在管制を行っている指揮車両から内緒で配線を引いて演習場内の映像を拝借。

普通に機密保持に抵触するが、まぁ一応少佐権限でやった事だし、夕呼の許可もあるので問題ない…ハズ。

問題があるとすれば、この後の映像を見られて極東の魔女に苛められる運命にある人々だろう。

仕事が順調だからか、最近夕呼が自重しないと武に愚痴るまりもちゃんが居たとか居ないとか…。

「いやはや、皆ノリノリだな…」

演習場内部に居る面子に気付かれないように素早く、しかし正確に仕事をこなす整備班を見て、苦笑するしかない大和。

自分達が手掛けた不知火と、非公式だが噂に知られている特殊任務部隊との戦いを見られると、彼等はもうノリノリだった。

「少佐、各班配置完了しました!」

「ご苦労。さぁ、この不知火の力、お披露目と往こうか」

報告してきた整備兵に、答礼して不知火に乗り込む大和。

装備は強襲前衛、突撃前衛の武に合わせた為、今ではこの装備が大和の得意ポジションだ。

とは言え、武も大和も、どのポジションでも人並み以上に動けるのだが。

「黒金、不知火出るぞ」

外部スピーカーで足元の整備兵達に注意を促し、誘導員のトーチに従って格納庫から出る。

そして、データリンクで演習場の様子を窺いつつ、噴射跳躍で飛び立つのだった。

















その日、特殊任部部隊、A-01、通称ヴァルキリーズは、何時も通りの実機演習を行っていた。

現在の人員は、隊長である伊隅 みちる大尉、速瀬 水月中尉、宗像 美冴少尉、風間 祷子少尉、東堂 泉美少尉、上沼 怜子少尉。

イーニァ・シェスチナ少尉に、クリスカ・ビャーチェノワ少尉、そしてCP将校の涼宮 遙中尉だ。

衛士8名なのは、明星作戦とその後の作戦で、実に13名の衛士が死亡、または病院送りとなったからだ。

この後、207訓練小隊が全員無事に任官しても18名の衛士。

武、大和を含めても20名、まりもを加えても21で合計22名……やはり、専任即応部隊としても、少ない。

A-01には、衛士として以外に、もう一つの意味があるとしても、やはり不安は残る。

人数が期待できないのなら、今居る人員の底上げを図る他ない。

それは隊長であるみちるも理解しており、演習にも熱が入る。

だが、ここ最近演習もシュミレーターも芳しくないのだ。

「シェスチナ少尉、前に出すぎだ! ビャーチェノワ少尉も不用意にエレメントを崩すなっ!」

みちるの指示が飛ぶも、言われた二人は素直に従おうとしない。

どちらも一般衛士を上回る腕前だが、性格に難があった。

イーニァは何を考えているのか判らず、演習でもシュミレーターでもあっちに行ったり、こっちに行ったりふらふらしながら戦っている。

クリスカは、そんなイーニァのフォローに回り、他の面子は御構い無しなので結果部隊がバラバラになってしまう。

それでもイーニァもクリスカもシュミレーターや模擬戦闘とは言え生き残るのだから、仲間にしてみればやってられないのだ。

その事をいくら注意しても、イーニァは相変わらず無口で無表情、分かっているのか居ないのか、返事はするが改善があまり見られない。

クリスカは逆に、作戦自体は成功していると言い張ってしまっている。

それでも、一応命令には従うしカバーにも入ってくれるが、やはりイーニァ第一主義で他はお座成り。

どうも、彼女は他人との間に必要以上に分厚い壁を作っているらしく、しょっちゅう喧嘩っ早い水月と揉めている。

その為、A-01の中でも二人は浮いており、彼女達と親しいと言えば、遙と祷子くらいな者だ。それでも平和的にお話可能レベル。

現在行われている4対4の模擬戦闘も、やはりイーニァが勝手な行動を取ってしまい、作戦の為にクリスカが引き戻そうとしたけど何時の間にか彼女のフォローに回っていて、結果みちると祷子の援護は放り出してしまう。

そこをつけ込まれ、みちるの小隊は全滅。

これで、イーニァとクリスカを含めた編成部隊の負け越しだ。

さぁまた大尉のお説教大会だと勝った水月がニヤニヤしていると、機体のレーダーが接近する機影を感知した。

『ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズへ、現在演習場に不知火が1機侵入。大尉に通信を求めています』

「なんだ、この忙しい時に……。こちら、A-01の伊隅大尉、何の用だ、ここは現在我々が使用している」

この後のお説教を考えて少々言葉が荒っぽくなってしまうみちる。

そんな彼女が開いた通信には、歳若い衛士が映った。

見た目の年齢を考えれば、任官したばかりの少尉にも思えるが、相手は不知火に乗っている。

この横浜基地で不知火を支給されているのは、彼女達A-01だけだ。

その事をいぶかしんでいると、通信は他の面子にも開かれていたのか、イーニァが「あっ!」と声を上げた。

彼女の珍しい声にウィンドウを開いて見れば、見たことのない笑顔のイーニァ。

表現するなら、ぱあぁぁぁ…って感じだ。

『イ、イーニァ…?』

相棒と言うか、保護者と言うか、まぁ姉が妥当な立場のクリスカも激しく動揺する笑顔。

それらを完全にスルーして、通信に映った若い衛士は口を開いた。

『こちらは、戦術機開発部門の黒金 大和少佐だ。訓練中失礼する』

大和の口から発せられた言葉に、一瞬呆けるA-01。

しかしそこは激戦を生き抜いた面々、直に正気に戻る。

「失礼しました少佐。それで、我々に何か御用でしょうか?」

言葉を正し、突然現れた理由を問い掛けるみちる。

ウィンドウの端で、水月が遙と小声で「あの歳で少佐!?」「技術士官さんじゃないかな…」と会話しているがスルーで。

『香月博士の許可を得て、貴方達との模擬戦闘を行う事になった。詳細は問い合わせて貰えば分かる』

「そんな……涼宮っ?」

『待ってください……ありました、新型OS実機テストの為、A-01部隊に仮想敵を命じる…』

『ちょ、聞いてないわよっ!?』

水月が遙に問い詰めるが、遙も私だって今知ったと言い返す。

他の面子も困惑しているが、遙の元に届いた指令書は正式な物で、ちゃんと夕呼の許可もある。

『記録、収集はこちらで行う。どうだろう、お相手願えるかな、大尉』

「…………っ、了解しました。では、補給がありますので少々お待ちください」

大和の言葉に、舐められていると感じたみちるは、内心を抑えつつ全員に燃料と弾薬の補充を命じる。

指揮車両の傍に設置されたコンテナから順番に補給を行う様子を眺めながら、大和は借り出した整備班にデータ収集と、もしもの際の退避を告げ、彼女達を待った。

みちる達は、突然の対戦だがそこは専任即応部隊らしく、気持ちを切り替えて模擬戦にあたるようだ。

大和との通信を一度遮断し、簡単なブリーフィングを行う。

「いいか、相手は新型OSを搭載しているらしいが、それ以外は普通の不知火だ、機体スペックの差は無いだろう」

『要は、腕前でその新型OSに対処しろって事ですよね大尉』

大和のワザとの挑発に彼女も乗ったらしく、ヤル気が漲っている。

相手の情報はあまりに少なく、新型OSも気になる点だが、それでも彼女達はA-01。

激戦を生き抜いてきた衛士としてのプライドが、良い方向で彼女達を後押ししていた。

「お待たせしました、少佐。模擬戦はどういった形式でしょうか、やはり1対1で?」

『市街地戦、装備は自由…1対2でも3でも構わない、そちらがやり易い形で挑んで貰いたい』

大和のこの発言に、水月はキレそうになった。

完全にこちらを舐めた発言であり、しかも挑むと言った。

つまり、彼女達が、自分に挑むという形だと明言したのだ。

しかも、彼女達が有利になる条件で良いよという傲慢さもプラスして。

これには流石のみちるも顔を顰める。

「少佐、お言葉ですが、それではあまりにも少佐に厳しいのでは…?」

みちるの言葉は、大和を思い遣ったのではなく、技術畑上がりであろう戦場を知らない新米君への憐れみと少量の御情けだ。

大和の年齢で少佐、佐官となると、よほどの戦果を挙げたか、技術畑出の臨時系佐官、でなければコネ上がりのボンボンだろう。

そう予想しての大人なみちるの態度だったが、そこまで大人になれない女性が一人。

『良いじゃないですか、少佐さんは新型OSと腕前に自信があるみたいですし、お相手してあげましょうよ大尉』

嫌味と怒気を織り交ぜた言葉を口にするのは、衛士としての腕前も高いが、同時にプライドも高いのに沸点が低い女性、水月だ。

通信に映る遙が、あちゃー…と額を抑えている。

こうなると彼女は引っ込みがつかないし、みちるも内心同意見。

「分かった…ではお前が行け速瀬中尉、それと東堂少尉、二機連携で参加しろ」

『了解です大尉!』

『うわ、私とばっちり……了解です』

突撃前衛である水月と組む事の多い、泉美が巻き込まれた。

ショートポニーの髪が、売られていく子馬の尻尾に見えたのは大和だけだろうか。

『ではこれより、黒金少佐対A-01の模擬戦闘を開始します』

他の機体が指揮車両の近くへ下がったのを確認し、距離を空けて対峙する大和と水月・泉美。

水月は秒殺で叩きのめすと意気込み、泉美は大和に安らかに眠ってねと手を合わせる。

美冴と怜子が何秒持つか、夕食のオカズの賭けをしている中、クリスカは困惑していた。

イーニァが、まるで眩しい宝物を見るかのような目で、大和の不知火を見つめているのだ。

『それでは………状況、開始!』

遙の声に、瞬時に動き出す水月と泉美。

実戦を知らないお馬鹿さんに、隠れる必要は無いとばかりに楯を構えつつ前進した二人を、驚愕が襲った。

「速っ、しかも低っ!?」

大和の不知火はスタートと同時に地面スレスレを噴射飛行し、水月達に迫る。

その異様な動きに、二人が突撃砲を構えた瞬間、不知火が地面を蹴って高く飛び上がった。

「馬鹿ね、空中じゃ狙い撃ち――――――!?」

飛び上がった不知火を追って視線と突撃砲を上げた二人は、ありえない物を見た。

なんと、相手の不知火が空中で姿勢を変えつつ、突撃砲を向けてきたのだ。

放たれるペイント弾が、正確に二機を狙い打つ。

『東堂機、右腕大破、右噴射跳躍システム破損』

『ちょ、あんな体勢から射撃って有りぃぃぃっ!?』

右腕を破壊認識された泉美の不知火が回避行動をとるが、噴射跳躍システムも機能が止まった為、満足に動けない。

水月はそんな泉美のフォローをしつつ、ペイント弾で染まった楯を横目に見た。

一般的な衛士なら、先ほどの攻撃で頭と胴体を打ち抜かれている。

水月は楯で防御し、泉美は咄嗟に機体を射線からずらしたが被弾した。

「あんな体勢から正確に頭と胴体に当てに来た…なんなのよあんたはぁぁぁぁっ!?」

叫びながらも、突撃砲で不知火を狙う。

が、大和の不知火は従来の戦術機では考えられない軌道でもってペイント弾を避けていく。

「この、変態野朗ぉぉぉっ!!」

その動きから思わず変態と叫ぶ水月。

以後、部隊内で大和や武の動きがこう呼ばれる事に、今決定した瞬間だった。

『東堂機、胸部に致命的損傷、大破…』

楯を捨て、長刀に持ち替えた泉美が接近戦を仕掛けてくるが、それをバックステップで避けてがら空きの胴体をペイント弾の色で染め上げる。

「てぇぇぇぇいっ!!」

そこへ、同じように長刀に持ち替えた水月が切りかかる。

彼女も突撃前衛長を任される衛士、近接戦闘に関しては部隊で1・2を争うエースだ。

が、その斬撃すらスルリと避けられ、さらに足をかけられて転倒してしまう。

起き上がろうとした機体が踏みつけられ、背中に浴びせられるペイント弾。

突撃前衛長が、足払いで倒されて、しかも背中に銃弾を浴びる。

これは、日本帝国軍、特に斯衛軍においては、上位の屈辱的な負け方だ。

『速瀬機、背部に致命的損傷、大破……状況、終了です…』

遙の声も重い。

みちるも、数秒間何が起きたのか理解出来なかった。

そして、理解した瞬間、自分の認識の甘さを呪った。

『さて、次はどなたですか大尉』

追い討ちでもかけるかのように繋がれる通信。

瞳に映る大和は、先ほどまでの相手を舐めた態度の若造ではなく、威圧感すら感じさせる戦士。

「………宗像、風間、上沼、4機で行くぞ」

『大尉っ?』

『それは……』

「今のを見ただろう、舐めてかかれば秒殺される。行くぞっ!」

『『『了解っ』』』

今度はみちるを含めた4機連携。

だが、相手をする大和は、視界に彼女達を入れつつも、機体のバランスを確認していた。

「やはり実機だと多少のブレがあるか…この辺りは修正が必要だな」

そして、遙からの言葉を受け、再び動き出す。

今度は障害物を立てにしつつ、確実にし止める動きの4機。

「本気のA-01、手強い……だが、武の相手の方がまだ難しいぞッ!!」

跳躍、射撃、回避、着地、牽制、一撃離脱…目にも止まらないという言葉を体言するかのように動き回る不知火に、みちる達は完全に翻弄されていた。

「これが、これが新型OSの力だと言うのか……いや、違うっ」

瞬く間に祷子と怜子が撃破され、追いつくのが精一杯のみちると美冴。

何とか数発命中させたものの、小破にすら至っていない相手。

「新型OS以上に、相手の腕かっ!?」

現在の戦術思想からは考えられない、空中を飛び回る軌道と、自在な攻撃。

そして、こちらの機体の硬直を狙ってくる技量。

どれも、新型OSだからで済まされるレベルではない。

「っ、しま―――っ!?」

美冴機が撃破された次の瞬間、相手の不知火はみちる機の懐に侵入し、突撃砲を眼前に突きつけた。

そして、視界がペイント弾の色に染まり、遙の状況終了の声が遠く聞こえた。

「………なんだ、あの軌道は……」

連携の問題から残されたクリスカは、客観的に戦闘を見ていた。

そして驚愕した。

高速近接戦闘に自信を持つ自分でも、あれにはついて行けない。

追いつくのが精一杯で、とても攻撃に移れない。

そも、あの変則的な軌道に、今自分が乗る不知火では追いつけない。

かつてイーニァと共に乗っていた、複座型の戦術機なら、あるいは…そう考えるが、勝つビジョンがイメージ出来なかった。

なにより、クリスカが驚愕している理由。

「色が見えない……いや、なんだこの色は…?」

大和の不知火から感じる、透明だが、どこか眩しい色。

時折、見える色は輝く色…似ているのは太陽、だがアレほど眩しくない。

考えれば考えるほど判らないクリスカの機体の前を、1機の不知火が動いた。

「………イーニァ?」

『……クリスカ、みえる…?わたしにはみえるよ……きれいで、こどくで、でもすごくやさしいつきのいろ……』

どこか、夢遊病患者のように呟くイーニァ。

その視線は、演習場に立つ不知火に向けられている。

正確には、その中に居る人物に。

『クロガネ、ヤマト…ヤマト……ヤマト………ヤマトぉぉぉっ!』

突然、イーニァ機が噴射跳躍で大和機へと襲い掛かった。

大和の名前を確かめるように叫びつつ。

『シェスチナ少尉、何を勝手にっ!?』

「イーニァっ!?」

突然のイーニァの行動に、焦るみちるとクリスカ。

『構わんッ!』

だが止めようとした彼女達は、大和の一喝に動きを止める。

『強襲とは、味な真似をしてくれるな少尉!』

『イーニァだよ、イーニァっ、ヤマト、ヤマトでいいんだよねっ?』

長刀を振り回して襲い掛かってくるイーニァ機の攻撃を紙一重で避けつつも言葉を発する大和。

それに大して、イーニァは瞳をキラキラさせて楽しそうに大和に話しかけてきた。

『ヤマト、どうしてわたしからにげるのっ? わたし、ずっとヤマトみてたんだよっ?』

『ずっとだとッ?』

噴射跳躍で地面スレスレを飛びながら距離を空けようとする大和に、追いすがるイーニァ。

周囲は突然のドッグファイトに唖然としていたが、大和はイーニァの言葉に驚いていた。

『さいしょはとおくから、でもガマンできなくてちかづいたの…でも、きのうヤマトにげちゃった…っ』

昨日の執務室へ入ったのを逃げたと思ったらしいイーニァ。

実はその通りなので内心苦笑するしかない大和。

『(俺が昨日気付く前から見ていたのか……) 何か、俺に用かな、シェスチナ少尉ッ?』

ビルを蹴り、突然の方向転換。

それに、マネをしながらついてくるイーニァ機。

だが、大和に比べると荒っぽい動きに、ビルが崩れる。

『イーニァ、イーニァっ』

大和に追い付くのに必死なのか、片言になっているイーニァ。

どうやら、名前で呼んで欲しいらしい。

『俺に勝てたら、そうしよう。ついでに、用件も聞こう』

『――――ッ!!』

大和のその言葉にスイッチが入ったのか、さらに猛追を始めるイーニァの不知火。

既存のOSでは難しい動きも再現しているのは、彼女の技量の高さか。

『ちぃッ!!』

長刀の攻撃に、突撃砲が弾かれる。

射撃では対処しきれないと感じた大和は、瞬時に長刀を右手に持った。

『俺に長刀を抜かせるか…予定が狂ったな…』

大和は今日、長刀を使う気は無かった。

XM3の有効性を教えるためという理由もあったが、夕呼に射撃だけで勝って見せてと言われたからだ。

要望には応えるのが主義の大和は、射撃だけで勝ってきた。

が、ここに来てイーニァに長刀を抜かされた。

『見事だシェスチナ少尉、敬意を表して――――』

数度の鍔迫り合いの後、距離を取った大和の不知火が、残った突撃砲を捨てた。

そして、左手にも長刀を持ち、二刀流になる。

『この一撃で決めよう―――――ッ!!』

『うぁっ!?』

フルブーストで突っ込んできた不知火に、長刀を振り下ろすイーニァ。

だがその攻撃を左の長刀で往なされ、懐に入った瞬間に右で切り抜かれる。

咄嗟の防御として左腕で防いだものの、機体は大きく揺らぐ。

それでも超人的な反射神経で回避を続けようとしたイーニァの視界に、大和の不知火が大きく映る。

『――――沈めッ!!』

×字に振り下ろされる二本の長刀。

その斬撃の衝撃に、激しい衝撃と共に倒れる不知火。

刃を潰してあるので切れはしないが、イーニァの機体には斬撃の痕が確り残っていた。

「イーニァぁっ!?」

『……………クリスカ……』

イーニァが倒された事に焦ったクリスカが通信を繋ぐと、落ち込んだ彼女の姿が映る。

「イーニァ、大丈夫、怪我はっ!?」

『……………まけちゃった…』

「え…?」

ポツリと呟いた彼女の言葉に、硬直するクリスカ。

『ヤマトにまけちゃった……なまえでよんでもらえない………』

ショボーンと落ち込むイーニァに、何と声をかければいいのか戸惑うクリスカ。

みちる達も、あまりの出来事にどうしようかと戸惑い気味。

『良いデータが集まった、感謝するよ伊隅大尉』

『少佐…いえ、こちらも良い経験になりました。新型OSもそうですが、少佐の腕前もお見事です』

周りの空気を全てスルーして通信を繋いできた大和に、みちるも気持ちを切り変える。

『いやいや、今のOSであれだけ動ける大尉達も見事なモノだ。焦らずとも、このOSはA-01へ試験導入が決定しているから、それまで待って貰えますかな、速瀬中尉?』

『う゛……バレバレですか……?』

新型OSの事について聞きたくてウズウズしていた水月に確り対応する大和。

指揮車両の遙が、親友の分かり易さに苦笑していたり。

『自分のメインの仕事は戦術機開発なので、あまり逢う機会もないでしょうが、次の時もお願いします、大尉』

『こちらこそ、次は同じ土俵で勝負させて頂きます』

あの変則的な動きを可能とするOS、その力を肌で感じたみちる達は、試験導入が待ち遠しくなった。

新型OSが導入され、慣熟した時こそ、雪辱を晴らす時だと胸に秘め。

『……………ヤマトぉ……』

『あの、シェスチナ少尉? 少佐の名前を呼び捨てはダメよ?』

捨てられた子犬か子猫のように通信越しに見つめてくるイーニァ。

彼女が大和を呼び捨てしている事を危惧し、優しく言い聞かせる祷子だが、イーニァは聞いちゃいない。

『やれやれ………ビャーチェノワ少尉、話があるので後で俺の執務室へ出頭願えるかな? ピアティフ中尉に迎えに行ってもらう。無論、香月博士の許可は取ってある』

「え……あ、あぁ…」

突然話の矛先が自分に向いたので生返事を返してしまうクリスカ。

ふと見れば、イーニァが何故か自分を羨ましげに見ていた。

『その時、イーニァも連れて来ると良い。では、失礼する』

そう言って、大和は噴射跳躍で格納庫へと戻っていった。

記録班は模擬戦終了を大和に告げられ、早々に撤退。

仕事の速い人達である。

「なんだったんだ、あの男は……イーニァ…イーニァ?」

自分の呼びかけに答えないイーニァに目を向ければ、どこか惚けた瞳で大和が去った方を見つめるイーニァが。

大事な大事な少女の見たことのない姿や表情に、戸惑うしかないクリスカだった。




















[6630] 第四話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 21:08












A-01との模擬戦闘から数時間後…。

大和は自分の執務室で開発部から上がってきた報告書に目を通していた。

「両肩のハードポイントの開発は終了…後は専用武装の開発か…」

パソコンを操作し、いくつかの設計図を開く。

そこには、戦術機用と思われる複数の武装の絵が書かれていた。

『失礼します、黒金少佐。ビャーチェノワ少尉、及びシェスチナ少尉をお連れしました』

「ありがとう、今開ける」

インターホンからの連絡に、手元の機械を操作して扉のロックを解除する。

二人を連れてきたピアティフ中尉は、敬礼するとその場を後にし、残されたのは警戒している表情のクリスカと何やら嬉しそうなイーニァ。

「どうした、入らないと扉が閉まるぞ?」

「…………失礼する」

大和の言葉に、イーニァは慌てて室内へ入り、クリスカもそれに続く。

「まぁ、とりあえず座ってくれ。コーヒーもどきで構わないか?」

「…………えぇ」

「ヤマト、わたしのはミルクたくさんいれて」

上官、しかも佐官に飲み物を用意され、内心戸惑いつつもソファに座るクリスカと、ミルクだくだくを希望するイーニァ。

ミルクも当然もどきだが、好きな人は好きらしい。

「さて、何から話そうか」

二人の前にカップを置きつつ、対面に座る大和。

その言葉に、クリスカが顔を顰める。

「話があるから私たちを呼んだのでは?」

「そうなんだが、何やら言いたい事がありそうな顔だったのでね。答えられる質問なら答えるが?」

“読めない”相手に警戒していたクリスカは、己の顔を少し障りながら内心警戒心を強めた。

対してイーニァは、ミルクだくだくのもうコーヒーと言えないレベルのそれを嬉しそうに呑んでいる。

実に対照的な二人だ。

「………では、何故先程のような模擬戦闘を? あれはあまりにも強引だ」

「だがその分効果は高かっただろう?」

そう返され、言いよどむクリスカ。

あの後、ハンガーに戻ったA-01の面子は、全員悔しさを見せながらも、新型OSへの期待に胸を躍らせていた。

水月に至っては、待ち遠しさに地団駄を踏む位だ。

確かに、強烈なインパクトと事実を見せ付けられた結果にはなる。

「だが、予備知識も何も無い状態での模擬戦闘では……」

「不公平だと? 相手が人間、戦術機なら通る話だが、BETA共には通じないぞ」

これにもクリスカは顔を顰める。

確かに、実戦で知らない、思わない、分からない、そんな言い訳は通じない。

口にした所で、待っているのは死だけだから。

「まぁ、半分以上が俺の趣味…もとい、香月博士の趣味で、面白い戦闘が見たいと言っていたのでな」

「今確実に自分の趣味と言ったな?」

「新型OSを搭載するに当たり、試験データも多く必要なのでね」

「無視するなっ!?」

ガーッと吼えるクリスカを、のらりくらりと避ける大和。

そんな様子を見ていたイーニァは、ぽつりと呟いた。

「クリスカ、たのしそう……」

「い、イーニァっ!?」

最愛の相手からの言葉に、思わず真っ赤になるクリスカ。

「まぁ、その辺りは博士の趣味と思って納得してくれ」

「全部の責任を副司令に擦り付ける気か……」

「で、だ。二人を呼んだ理由だが…」

「サラッと流すなっ!」

クリスカ、すっかりツッコミキャラに。

ツッコミ属性を持つ人(例:武・まりも・唯依など)が居ない現在、潜在的にツッコミ属性を持つ彼女がその役目を担ってしまった。

彼女の苦労人人生は、まさにこの瞬間スタートしたのだった。

「率直に聞こう。二人は…複座なら戦えるのか?」

「「っ!?」」

大和の、先ほどまでと違う鋭い視線に、背筋が伸びる二人。

見た目にそぐわない、その瞳。

まるで、数々の地獄を生き延びた修羅の如く鋭く、冷たい。

「二人のデータを見るに、ビャーチェノワ少尉はイーニァ少尉の存在が気に掛かり、どうしても行動が彼女優先になり、結果部隊の連携を崩している。大きな失敗が無いのは、単純に少尉の実力故だろうが、何れ死ぬ目に遭うだろう。逆にイーニァ少尉は、独特の感覚で動いている、それを仲間に伝え、連携すれば限り無くプラスに働くのは彼女の技量を見ればわかる。が、それを彼女が伝えられない故に部隊が崩壊している。どちらにせよ、部隊を指揮する人間にしてみれば、頭の痛い存在だ、今現在の二人はな」

実力は高い、でも扱い難い。

二人を外せば部隊は綺麗に纏まる、だが戦力という点ではマイナスへ。

指揮者である伊隅は、頭の血管が切れるかと思うほどに頭を悩ませているのが現状だった。

「二人を活かす方法は何か、そう考えたら自然と出るのは複座型だ。イーニァ少尉もビャーチェノワ少尉へなら明確に意思を伝えられ、ビャーチェノワ少尉は傍らに居る事でイーニァ少尉を心配せずに戦える。そうだろう?」

大和の言葉に、クリスカは頷くしかなかった。

かつて、祖国で衛士をしていた時、大和が言うとおりの理由と方法で戦っていたのだから。

しかし、日本の、この横浜基地へ配属…悪く言えば“売られた”際に、個人の技量と、複座型が無かった事から別々の機体に乗る事になった。

操縦や単独戦闘は問題なかった。

だが、部隊規模の戦いになると、途端に崩れ始めた。

本当ならもっと戦える、もっと強くなれる。

“紅の姉妹”とまで呼ばれた自分達は、一緒に居なければ意味がないのだと、クリスカは感じていた。

「そうか、なら早急に複座型のユニットを1機手配する、シミュレーターの方は既に手配済みだから、今後はそちらを使用してくれ」

「え………?」

クリスカは、大和の言葉が一瞬理解出来なかった。

今まで、複座型を希望しても、現物が無い、たった二人の衛士の為に手配するのは無駄、そんな理由から却下されていた。

なのに、目の前の少佐は、あっさりと許可し、しかもシミュレーターに関しては既に手配済みと言うではないか。

混乱するクリスカを他所に、イーニァは大和の言葉を素直に受け取り、笑顔を浮かべている。

「ありがとう、ヤマト。わたし、がんばるからっ」

「その意気込みだ。しかし、そんなに意外かな、ビャーチェノワ少尉?」

「え…あ、いや…その……」

言葉と視線を向けられ、戸惑うクリスカ。

今まで出会ったことに無い、感じた事のない相手の言葉と態度、そして感覚に、彼女は軽く混乱していた。

読めない、そして見えない相手。

「今まで散々希望して却下されたから驚いたのかな? これでも佐官で香月博士の直属だ、それだけの立場にはあるさ」

そう言って悪戯小僧のように笑う大和に、ますます困惑するクリスカ。

読めないだけに、彼が全く分からない。

自分でも敵わないと理解できる実力、確かな先見、確固たる立場、先程の鋭い修羅の目、そして今の表情と言葉。

日本人が童顔の傾向が強いとは言え、どう考えても自分より年下な少佐。

どれが本当の彼であり、どれが彼の仮面なのか、クリスカには分からない。

だが、少しだけ、彼の色が見えたのをクリスカは感じだ。

笑った時、彼の気が緩んだのか、それとも別の理由か。

クリスカが感じたのは、金色。

「(まるで、優しく包み込むような…そんな、淡い金色の……)」

「つき…」

隣のイーニァの言葉に、ハッとなるクリスカ。

イーニァはクリスカを嬉しそうに見上げながら、呟いていた。

「やさしい、つき…こどくな、つき…きんいろの、つき……ね、クリスカ…?」

「……………そうね、イーニァ…」

彼女の言葉で、クリスカは納得した。

あぁ、彼は月だ。

夜空を微かに照らし、優しく包み込む金色の月。

様々な姿を見せる、彼の本質。

彼は、孤独で優しい月なのだと、クリスカは理解した。

「………………?」

当の本人は、内緒話をする二人に、首を傾げていたが。

























数日後………



「BETAが新潟に上陸か……連中、やはりここを狙っているな…」

横浜基地司令部にて、報告に目を通しながら呟く大和。

以前から夕呼経由で佐渡島ハイヴの動きに注意しろという命令を出していたのだが、その結果早期にBETAの動きをキャッチ。

現在、帝国軍と国連軍が防衛線を布いて対応している。

連隊規模だが、対応が早かった為、新潟沿岸で撃退に成功。

しかし、艦隊一つと、確認できただけで3中隊が全滅した。

現在は警戒態勢のまま、事後処理に追われている。

「これは、中佐辺りからせっつかれるかな……」

元々、大和が国連軍へ降ることを許可する代わりに、国連の技術を帝国が受けるのが条件に入っている。

それは夕呼も承知しており、問題ないレベルなら教えてやれと言われている。

「しかし、不知火の改良機はまだ未完成…武装も実証テストが終わらんし、儘ならないものだな、人生は」

苦笑しつつも司令部を後にする大和。

今更やって来た他の佐官達を、呆れた目で見ながら。

司令であるラダビノッド准将は大和よりも先に着ていたが、他の連中は緊張感も無くのんびりとした対応だった。

「これで防衛線が抜かれたらどうしたのやら……」

極東の最後尾とは言え、ここは間違いなく最前線なのだ。

下手をすれば、前の世界のトライアルのようにBETAを放つなどしないと、もしもまた横浜基地襲撃が起こったら全滅も在り得る。

「そうならない様にするのが理想だが、どうしたものか……」

軽く頭を抱えつつ、武が待つ部屋へと歩みを進める。

夕呼は戦闘が掃討戦へ推移したら早々に研究に戻っていった。

今回の上陸には、A-01は向っていないので特に興味ないのだろう。

「待たせたな」

そう言って入室した部屋には、武とまりも、そして207訓練部隊の面子が揃っていた。

「敬礼っ」

「楽にしてくれ。状況だが、BETAは新潟上陸を断念し、大部分は佐渡島へ撤退、残りは現在帝国軍が掃討戦を展開、間も無く駆逐するだろう。現状での被害は艦隊の一つが壊滅、3中隊が全滅、2中隊がほぼ壊滅…と言った所だ」

大和の報告に、武は元より、訓練兵達も拳を握ったりしながらも安堵していた。

もしも防衛線が突破された時、武は当然だが彼女達すら動員される可能性もあった。

それ故、数名はBETAが撃退された事で安堵していた。

悔しさを滲ませたのは、冥夜や茜といった、確固たる意思を持って衛士の道を望んだ面子だ。

「連中の動きが読めない以上、今後も緊急招集が発せられるだろう。その時、こうしてただ待つか、それとも戦術機で戦いに望むかは、諸君次第だ」

「敬礼っ」

まりもの言葉と共に全員が敬礼する中、大和は答礼しつつ武を連れ出した。

「なぁ大和、今回の出動に斯衛は参加したのか?」

「情報によると、防衛線突破に備えて帝都および城の守備の為に3部隊が展開、群馬県北部に2部隊が展開したそうだが、戦闘はしなかったらしい」

大和のその言葉に、安堵する武。

斯衛に所属していた時に出来た友人や仲間達が心配だったらしい。

「別にお前の殿下は出撃していないし、月詠中尉は今ここに居るだろう?」

「いや、そうじゃなくて…って、俺の殿下とか言うなよ、月詠さんに殺されるだろうがっ!?」

焦る武だが、大和はHAHAHAと妙な笑いで取り合わない。

「ったく……で、今回の上陸は何が目的だと思う?」

「十中八九、ここだろうな。もしかしたら、次の為の下見かもしれんが」

11月の新潟上陸では、BETAの規模は旅団規模、今回の約倍になる。

「今回が連隊規模で追い返されたから、次は旅団規模でか?」

「もしくは、こちらの動きを観察しているのかもな」

大和の言葉に、BETAがどんな存在で、何を思って己の大切な人をあんな姿にしたのかを思い出す武。

「胸糞悪いぜ……」

「全くだな」

武の呟きに同意しつつ、二人が目指す先はシミュレーターデッキ。

行うのは勿論、XM3のデータ収集という名の八つ当たりのストレス発散である。

この日、横浜基地におけるヴォールクデータの反応炉到達記録が塗り替えられる事になるが、そのデータは機密扱いなので極一部しか知らないことだった。


























2001年――――3月25日――――


大和の開発・研究、武とまりもの207部隊の指導、夕呼の研究。

全てが順調に推移していた折に、大和にとある情報が届いた。

「ほう、F-22Aが配備開始か……」

F-22A、通称ラプター。

最強の第三世代戦術機と宣伝され、遜色無い性能を誇るアメリカ合衆国の戦術機。

大和や武からは、明らかにこれ対戦術機想定してるだろうと呆れさせる機体。

現在戦術・戦略的に最も優れたと言える機体。

「まぁ、正直お国柄出すぎな機体だがなぁ…」

基本的に、アメリカの戦術機は近接戦闘を軽視していると大和は思っている。

砲撃特性による射撃戦闘で片がつくならそれでいいが、BETAの物量の前では、とてもじゃないが射撃だけでは対応できない。

前の世界でも、そのラプターが不知火に負けているのは、近接戦闘能力と衛士の差だろう。

射撃戦闘を主軸にした米軍では、BETAと長刀で渡り合う帝国軍相手に、間合いが詰められたら終わりなのだ。

長刀装備していないし。

武も、ラプターは憧れるけど、武御雷に乗った後だとなぁ…と呟くほど。

元々設計段階で射撃に主眼が置かれている為、どうしても長刀等を使用する際にムラや無理が起きる。

帝国や極東の衛士とは相性がよろしくないのがラプターという機体だったりする。

「スペックだけなら文句無いんだがなぁ……」

報告書を机に置くと、パソコンのモニターに目を向ける。

そこに映し出されているのは、不知火の改造機。

算出された予定スペックだけでも、現行機に勝り、武御雷にも迫る機体。

「本体の改造は8割完了…あとはシステム調整とフル装備での機体データか……」

こうしている間も、夕呼子飼の整備班達が組んでくれている不知火改造機。

だが、これすらも大和にとっては過程だった。

「目指すは、第五世代戦術機……」

かつての世界で目にした、最強の機体を、大和は作り出そうとしていた。








[6630] 第五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 21:09










2001年―――4月2日―――


「あ~もうっ、また負けた~っ!?」

シミュレーターデッキの中に響くのは、上沼の悲痛な叫びだった。

筐体から出てきた彼女は、恨めしげに最後尾に位置する筐体を見る。

その筐体は良く見ると若干ほかの筐体よりも大型だった。

その中から出てくるのは、クリスカとイーニァ。

「うぅ、複座型に乗ったら2倍どころかさらに倍ってなんの悪夢よぉ……」

どよ~んと落ち込む上沼、現在彼女23連敗中。

「確かに、いくら複座だからってありえないレベルよねぇ……」

上沼の姿に苦笑しつつも頷く水月。

3週間ほど前に、シミュレーターデッキの筐体の一つが複座型に換装され、夕呼からの指示でクリスカ・イーニァの両名をそれに乗せた所、二人それぞれの戦闘数値を軽く凌駕する記録を打ち出した。

これには伊隅も水月も、そして夕呼も驚いた。

前々から二人なら負けないとクリスカが言っていたのを、A-01は悔し紛れの言葉と思っていたが、本当だった。

クリスカの高速機動と、イーニァの的確な攻撃の前に、横浜基地で1・2を争う突撃前衛の水月も負け越し状態。

操作が分担可能な複座型は、それだけで単座よりも上だが、そんなレベルではなかった。

悔しさを滲ませる水月や東堂だったが、クリスカは全く驕らないしえばらない。

イーニァは性格的にそんなことしないが、クリスカは前々から口喧嘩をしていたので一言二言あるかと身構えていた水月が、拍子抜けするほど。

気味が悪くて直接聞いてみれば、何故か遠い目で「世界は広いな……」と呟かれた。

後日、水月はその意味を嫌なほど思い知る。

既にエースというレベルから大きく外れたモンスタークラスの衛士の存在と共に。

「全員揃っているな」

水月が、次は私だとクリスカ達へ挑戦状を叩きつけようとした時、丁度伊隅がやってきた。

全員が集合し、整列すると伊隅は予定が書かれたファイル片手に明日からの予定を口にする。

「本日11:00より、シミュレーターデッキの一部機材とシステムの交換が行われる。よって、明日10:00まではこのシミュレーターデッキは使用不可となるので覚えておけ。午後の実機訓練も機体の改造の為に中止になった」

「え~、明日までですかぁ?」

「改造とは…何か組み込むのですか?」

水月と宗像がそれぞれ疑問を口にすると、伊隅はまず水月を見て口を開いた。

「そうぼやくな速瀬、悪い話ではないぞ? 覚えているか、2月の時の、若い少佐が言っていた新型OSの事を」

「え……も、もしかして、あれがっ!?」

「そうだ、OSを使用する為の機動制御ユニットの量産が先頃始まり、現在我々Aー01が使用しているこのデッキと、我々の機体へ実験的に配備される事になった。詳しい話は明日、担当者から話があるそうだ」

伊隅の説明に、水月はガッツポーズと共に喜んだ。

以前の大和の動きを見てから、彼女はあの動きに憧れ続け、なんとか今のOSでも出来ないかと頑張ったりもした。

実際、イーニァは雑ながら似た動きをしてみせていたが、やはり硬直や動作の硬さから大和が見せた動きには届かなかった。

「ふふん、新型OSが搭載されたら、改めて勝負よビャーチェノワ!」

「あぁ、そうだな…」

鼻息荒くクリスカを指差すが、指名されたクリスカは何やらそわそわしていて落ち着きが無く、水月の事を全く意識していなかった。

普段の彼女なら、強気でクールな態度で一言二言言い返すのだが。

それに首を傾げるも、伊隅が口を開いたのでそちらに意識を向け直す水月。

「宗像の質問の答えも、先ほど言った機動制御ユニットの換装の為だ。それに伴い、機体各部の改造が行われる予定だ」

「そうでしたか…何にせよ、楽しみではありますね」

伊隅の説明に納得しつつも、顔を綻ばせる宗像。

A-01の誰もが、新型OSの実力を見て、待ち焦がれていたのだから。

「それと、大事な事だが新型OS…名前を『XM3』と呼称するそうだが、現在極秘の品物であり、他言は一切禁止だ。このOSは、副司令が言うには現行のOSの常識を覆し、衛士の死亡数を激減させる力があると説明された。詳しい話はなされなかったが、この『XM3』が、副司令の手札の一つであることは間違いない。全員、機密保持に強めるように!」

『了解!』

伊隅の言葉に全員が敬礼を返す。

が、クリスカとイーニァは敬礼しつつも首を傾げていた。

「…? どうかしたの、ビャーチェノワ少尉?」

それが気になったのか風間が問い掛けてくる。

「いや、別に…」

と、視線を逸らして口を閉じるクリスカ。

その様子を疑問に思いつつ、そう…と引き下がる空気の読める風間。

「(まさか、既に私とイーニァがそのOSで訓練しているなんて言ったら、ハヤセが煩いだろうし…黙っているか)」

無駄な事は省くに限ると思ったクリスカは、その事実を隠した。

後日、それが水月に知られ、やっぱり無駄な言い合いと言うか、騒ぎが起きるのだが。


























20:30―――大和の執務室―――





『少佐、ビャーチェノワです』

『ヤマト、あけて』

「あぁ、今開ける」

インターホンのモニターに映る二人の姿に、大和は扉のロックを外して二人を入室させる。

「どうした、今日の訓練は中止と伝えた筈だが……おっと」

「えへへ……」

「その…イーニァがどうしてもと……」

入ってきて早々に大和の膝の上に乗るイーニァと、申し訳無さそうに理由を口にするクリスカ。

ここ数週間、大和は仕事が無い時に二人に訓練を与えていた。

内容は、新型OSである『XM3』を、複座で使用した際の性能評価と、データ収集。

前の世界、武の時は複座で使用した例が無かったので、念の為に大和がデータ収集を行っていたのだ。

その為に、晴れて複座型に乗り換えた二人に命令して訓練と称して暇な時に行ってきた。

命令とは言え、ほぼ大和からのお願いであり、伊隅も知らない。

夕呼は知っているので、アルバイト感覚で二人の複座試験を許可していたり。

ついでにXM3を習得させてお手本にさせろと言ってもいた。

とは言え実験配備まで内緒なので、ここ最近クリスカ達は現行OSとXM3との操縦の差で四苦八苦していたが。

一度XM3に慣れてしまうと、現行OSが酷く鈍重に感じるとはクリスカの談。

因みに、クリスカとイーニァはこの試験中に、武と対戦。

XM3の完成に、ノリノリで自重しない彼に、二人は羅刹という名の怪物を見たとか。

『タケルはたいよう、まぶしく光るたいよう、わたしにはまぶしすぎるよ…』

とは、イーニァの言葉。

そう言えば光って色が何色でも眩し過ぎると白っぽく見えるよなぁ~と、大和は思ったり。

因みに武は霞経由で二人の事を知っていたり。

あの部屋で霞とイーニァがあやとりをしている時に知り合ったとか。

「ヤマト、おしごとおわった?」

「9割程な。後はシミュレーター用にデータを打ち込むだけだ」

膝の上から見上げてくるイーニァに内心癒されつつ、クリスカの視線が痛い大和。

ここ数週間で、すっかりイーニァに懐かれてしまった。

クリスカもそこそこ警戒を緩めてくれたと大和は思っているが、もしもこの場に水月が居たらこう言うだろう。

ビャーチェノワが乙女に……っ!?―――と。

実際、自分達を深く理解してくれ、自分達の秘密を知っても態度が微塵も変化しない大和に、クリスカは感じた事のない感情を芽生えさせていた。

それを現在持て余し気味な彼女は、なんの躊躇いも無く甘えるイーニァと、それを父性的な態度で受け入れる大和をただ見つめるしかない。

「少佐、コーヒーのお代わりは…」

「すまんな、貰おうか」

手持ち無沙汰に焦れ、大和のコーヒーカップが空である事に気付いたクリスカは、おずおずと問い掛けてみる。

そして大和の返答にいそいそとコーヒーを入れる。

合成砂糖は一つ、ミルクもどきはなし。

大和の好みを自然と覚えていたことに若干頬を染めつつ、コーヒーをデスクに差し出す。

礼を言いながら大和がそれを呑むのを見て、まさか私がイーニァ以外にこんな事をするとは…と自分でも驚くクリスカ。

「ヤマト……これはシラヌイ?」

「イーニァには何に見えるかな?」

イーニァが画面に映る機体設計図を指差して問い掛けると、逆に問い掛ける大和。

画面に映るのは不知火に見えるのだが、所々が形が異なり、別の機体にも見える。

イーニァが不知火かと聞いた理由は、その頭部形状からの判断だろう。

「わからない…シラヌイじゃないの…?」

「不知火さ…元はね。ビャーチェノワは何だと思った?」

「………シラヌイ…には見えますが、全体的に大きくなっているように見えます。シラヌイの改造機ですか…?」

話を振られ、モニターを覗き込むクリスカ。

「こうすると判り易いだろう」

大和はカチカチとマウスを操作すると、現在表示されている戦術機の隣に、もう一つ戦術機の設計図を呼び出した。

それは、二人も良く知る戦術機、不知火の物。

「……全体的に大型化、いえ、形状を変えている…?」

「その通り。主に両肩先と、首元、手腕の下側と外側、両足の腿と脛、それに背部を弄ってある」

「アタマもちがうね…」

イーニァの指摘の通り、頭部形状も不知火と異なり、アンテナが太くなっている。

「現在俺と武の機体を、この設計図の機体へ改造している、早ければ来週には形になり、稼働実験を行えるだろう」

説明しつつも、他のファイルを開いていく大和。

クリスカは、そこに映し出されたものに目を見開いた。

「まず、この機体の最大の特徴である両肩先端のハードポイント。ここには専用で開発中の各種武装が装着される」

そう言ってパソコンを操作すると、3Dで表示された不知火の改造機に、数種類の武装が装着されていく。

「現在は、ショートバレルタイプのガトリングユニットと、マルチランチャー、榴弾内臓式のシールドユニット、補助アームを開発中だ。最優先で初めの二つを組ませているから、来週再来週にはお披露目になるだろう」

3Dで表示された武装は、2門のガトリングが装着され、ハードポイントで回転して前後をカバーする武装。

榴弾を始めとした各種特殊弾頭を発射できるランチャーユニット。

正面から見ると、くの字型に見えるシールドを装備し、そのシールド内部にはグレネードランチャーを装備した武装。

そして、簡易的な手腕型の装備。

どれもこれも、独特な武装達。

「作戦やポジションに応じて武装を換装することで、最適かつ強力な火力を得る為の改造だ。バズーカ型もあるが、少々設計で難航している。ショートバレルキャノンユニットは、衝撃の問題で現状ではハードポイントがもたないから後回しにした」

「確かに火力や手数は増えますが…肩関節が持たないのでは…?」

「その辺りも考えて、両肩の関節を強化してある。手腕にも武装を装着させるから念入りにな」

そう言って次のファイルを呼び出すと、今度は手腕の下側に、小型のガトリングが装備された。

ちょうど手首の辺りに砲門があり、突撃砲を構えていても干渉しないようになっている。

「この武装は口径が小さいから、主に牽制と小型種退治用だな。他にもグレネードとアンカーシューターも開発してある」

「ヤマト、ナイフは?」

イーニァが疑問に思ったのは、手腕の武装を装備すると、ナイフシースが無くなってしまう点。

「脇腹、もしくは腿の外側に装備させる。これは装備の仕方で変えられるようになっている」

3D描写の戦術機が、若干太くなった脇腹から飛び出したナイフを掴む動きが表示されていた。

腿の外側の場合は、腿の装甲が一部開いて、中からナイフが飛び出す仕組みにするようだ。

「腿と脛の外側にも、小型ミサイルポットや、追加スラスター等が装備可能だ。長刀は両肩に可動兵装担架システムを移設することで装備、突撃砲や支援突撃砲も同じだ」

「………確かに、火力は上がる。ですが、これでは機動性が犠牲になる」

クリスカの意見は最もだった。

いくら不知火が第三世代とは言え、これだけごちゃごちゃ装備させ、関節などの剛性強化をすれば当然重くなる。

シルエットを見ても、不知火より一回り大きい。

「そこで、本来の可動兵装担架システムを取り払い、そこに新開発した可動式追加スラスターを装備させる。数値上では従来の不知火より15%ほど機動性が上昇、装備によっては、短時間の飛行も可能だ。その分機体はかなり精密な操作を要求されるから、実質XM3が搭載されないと陽炎以下になるな」

あまりにも無茶な設計と改造に唖然とするクリスカ。

独特な装備と性能に、とても量産向けとは思えない。

「量産、もしくは大々的に改修案とするなら、数箇所オミットするが、A-01の機体は全てこの機体を元にして改造を施す予定だ」

「―――っ、私たちの機体も…っ?」

「香月博士からある程度のワンオフが許されたのでね、個々で長所を伸ばす、痒い所に手が届く改造を施そうと考えている。武の機体の場合は―――」

そう言いながら呼び出したのは、ファイル名にタイプ『T・S』と書かれた物。

「頭部頭頂部に可動式バルカンの銃口と、両肩のハードポイント用の長刀ラックを。俺の場合はタイプの異なる頭部バルカンと首元に内臓する形のショルダーバルカン」

表示された戦術機の頭部には、頭頂部に角が生えており、先端が銃口。それが根元で前に可動して、小型種などを掃討。

ファイル名『Y・K』と書かれた方の機体は、不知火の頭部の両側アンテナモジュール部分に、半円型のパーツから二本のアンテナ型銃口が伸びるバルカンが装備され、首元には増設された装甲がスライドして、本体からバルカンユニットが顔を出す仕組みになっていた。

「まぁ、こんな感じで、各隊員の特性や癖、役割を考慮してそれぞれ改造を施していく予定だ」

「すごいね、クリスカ……」

「そうね……でも、ここまで改造すると、シラヌイとは呼べないのでは…」

確かに、見た目に不知火の面影が色濃く残るが、別の機体とも言える。

特に武の機体は、頭部のバルカンユニットにより、角の生えた不知火…と言うか、不知火の顔した武御雷とも言えた。

「まぁな。とりあえず暫定の名前は決めてある」

「どんななまえ?」

わくわくといった感じで問い掛けてくるイーニァの頭を軽く撫でながら、大和は画面に映る機体を見る。

「名を『雪風』。不知火からの派生なのでこう呼称した―――って、言っても分からんか…」

二人は仲良く?を浮かべていた。

大和はそんな二人に苦笑しつつ、ファイルを閉じるのだった。












[6630] 外伝その1
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:39













突発的外伝~またはこぼれ話~
















篁 唯依の憂鬱~彼女は如何にして彼に惹かれたのか~

















2000年某月某日――――


帝国斯衛軍中尉である篁 唯依は、帝国陸軍技術廠・第壱開発局の入った建物の廊下をズンズンと歩いていた。

理由は、既に何度目かも忘れた、同僚の無茶を止める為。

その同僚、名前を黒金 大和と言い、現在開発局の一部門を預かっている人間でもある。

上層部の肝いりで配属され、瞬く間に成果を上げて中尉へとなった謎の男。

真面目だったりふざけていたり、天才的だったりお馬鹿的だったりと考えが読めない奴。

第一開発の食わせ者、とは彼を指す言葉だ。

そんな彼の、仲間しか知らない癖とも言える行い。

それは、自分の体調を考えない無茶、つまりは徹夜作業や飲食忘れ。

最初の頃は頑張ってるなぁと感心していた唯依だったが、流石に一週間に10キロ痩せたとか聞けばそりゃ止めに走る。

変な所で子供と言うか、職人気質とでも言うのか、ハマったら食事も睡眠も忘れて作業に没頭するのが彼の悪い癖なのだ。

本日も、彼の家…と言うか、身元保証人である七瀬家からの通報でやってきた。

斯衛軍は黒を除いて殆どが武家出身者なので、実家から通勤する者も多い。

寄宿舎に住んでいる者も多いが、色が上になるにつれて実家住まいが増える。

とは言え、殆どの者が寄宿舎や仕事場に仮眠室などを設けて、一週間に数度家に帰ると言うのが一般的のようだが。

大和は黒だが、彼が世話になっている七瀬家は白の家柄。

当主である七瀬 凛も、週に数度は家に帰省する。

帰省した凛が、家の人間から大和が三日家に帰らず、寄宿舎でも見ていないと武に教えられ、今回の無茶が発覚したのだ。


「全く、何故言っても治らないのだ…」


悩ましいとばかりに溜息をついて、大和の仕事部屋へと足を進める。

中尉、それも何かしらのプロジェクトの責任者にもなると、小さいながら執務室のような部屋が与えられる。

大和も与えられた部屋を根城にし、日々真新しい技術や武装、理論を生み出している。

最初はそれこそ異端児扱いだった大和だが、今では無くてはならない存在となっていた。


「入るぞ黒金っ、くろが――――ね?」


扉を開けて入った室内は暗く、灯りはデスク上の蛍光灯とモニターの灯りのみ。

そんな中、部屋の主はデスクに突っ伏して眠っていた。


「………珍しいな、黒金が居眠りとは…」


今まで徹夜したとしても、終わるまで、もしくは強制終了させられるまで眠らない大和がスヤスヤと眠っている。

しかも大和は、眠るときは必ず横になって眠るので、デスクで腕を枕にして眠る姿なんて、付き合いの長い唯依ですら初めて見た。


「全く……これでは怒れないではないか…」


嘆息し、ソファの背凭れにかけてあった毛布を眠る大和の肩にかけてやる。

よほど眠りが深いのか、目覚める気配が無かった。

デスクには、計画書やら設計図やらが散乱し、モニターにも様々な情報ウィンドウが開かれたままになっている。

壁一面には兵器や戦術機関連の書物がギッチリと置かれ、ゴミ箱にはボツなのだろう、紙屑が山盛りだ。


「…………お前を見ていると、自分が情けなくなる……」


大和の瞼に掛かっていた前髪を指で救い上げながら、自嘲するように呟く。

ついこの間まで部下だった男が、今では自分の同僚となり、しかもいくつものプロジェクトを手掛けている。

その上、非公式ながら大尉昇格の話まで上がっているらしい。

中佐である巌谷 榮二がポツリと話した事だが、恐らく本当の話だろう。

近く、彼に新型戦術機の開発を命じるかもしれないと巌谷も言っていた。


「それに引き換え、私は……」


悔しさと情けなさに唇を噛み締める。

唯依とて斯衛軍中尉で、『白き牙』隊の隊長に任命されるほどの実力者だ。

ここ帝国技術廠でも、兵器開発関連で様々な仕事を行っている。

が、大和は先の功績だけでなく、衛士としても唯依を凌駕していた。

特に、大和の親友でもある白銀 武、彼と組ませた時の大和は異常とすら言えた。

強者揃いの斯衛軍において、たった二機連携で大隊を撃破した偉業。

あの紅蓮大将をして『鬼』と言わしめた白銀 武が、全幅の信頼でもって背中を預けられる存在。

それが、黒金 大和という男だった。


「もう、お前に今までの態度すら出来なくなるのだな……」


少尉の頃は上官として厳しく扱き、中尉になっても先任として彼を引っ張ってきたのは彼女。

しかし、大和が大尉となれば、当然今までのような関係では居られなくなる。

それが何故か、唯依にはとても悲しく感じられた。

今まで、周囲からも上層部からも注目されていた彼の上官だった事への執着か?

それとも、変な所で手のかかる同僚が出世していく事への嫉妬?


「いや、違う……」


唯依は小さく頭を横に振った。


―――これは、彼が遠くへ行ってしまう事への恐怖だ……―――


持ち前の性格から、色々と悩み、苦しむ事が多かった自分を、陰に日向に助けてくれたのは誰か。

悩んでいる時、冗談を口にしながらも真剣に考えてくれたのは誰か。

辛い時、芝居がかった言葉で、でも優しい瞳で言葉を掛けてくれたのは誰か。

それは、他の誰でもない―――


「お前だったんだ…大和……」


以前、ちょっとした出来事の際に、つい言ってしまった言葉。


―――唯依と……な、名前で呼んでいいぞ!―――


赤くなるのを自覚しつつ言った言葉への答えは。


―――ふむ……では俺の事も大和でいいですよ、唯依姫―――


やはりどこか芝居がかった言葉だったが……その顔は、歳相応の、笑顔だった。


「…………負けていられないな、篁 唯依……」


悩んでいても始まらない、落ち込んでいる暇があるなら、少しでも彼に追いつく。

自覚は無いものの、彼女の性格は、少し前向きになってきていた。

その事に、父親代わりである中佐が、少し複雑な心境だったりしたが。


「…………ん?」


ふと、大和の左腕にある、鈍い金色の腕時計が目に入った。

金と言うより、真鍮に近い色のそれは、ボロボロでキズだらけ、針も動いていない。

以前、同僚の雨宮が買い換えないのか?と聞いたとき、彼は寂しげな笑顔で首を横に振った。


「『唯一の形見』……か………」


その時の彼の表情が忘れられないのは唯依だけではないだろう。

何時も飄々とし、余裕のある笑みを見せている彼が、恐らく初めて見せた、“悲しみ”。

それ以降、誰もその話題に触れる事が出来なくなった程の。

他人が易々と触れてはいけないソレが、蛍光灯の光を反射していた。


「いずれ……私に教えてくれるか…?」


普段の彼女を知る人物が聞けば、耳を疑うほどの弱々しい問い掛け。

それに答える言葉は無かった。


「…………っと、いけない、七瀬少尉に連絡しなくては…」


元々、いつもの無茶をしているであろう兄貴分を休ませる為に来たのだ。

休んでいるのなら、もう心配ない。

大和の執務室の電話から連絡を取ろうとしたところで、モニターに映る論文らしき物が目に入った。


「――――――――――――は?」


思わず間抜な声で目をゴシゴシ。

そして凝視。

その論文のタイトルには、こう書かれていた。


『恋愛原子核観察における考察』


「な、なんだこのふざけた題目は…?」


思わず呟いてマウスを操作。

モニターを流れていく文字に、唯依はだんだん頭が痛くなってきた。


『まず最初に、恋愛原子核とは何か、それから説明するとしよう。

観察対象者《シルバー》、彼の周囲には常に女性の姿があり、彼が起す何らかの騒動すら女性に関連してしまう。

この現象を、とある天才に肖り、恋愛原子核と名付ける。

恋愛原子核保有者とされる《シルバー》、彼は常日頃から女性と共に居るのを確認されている。

傍から聞くと軟派な女好きの男に思われがちだが、大きく違う点がある。

それは、彼の方から女性を集めているのではなく、自然と、それこそ人が呼吸をするかのように女性が集まってくる。

この辺りが原子核と言われる由縁であり、その効果は様々である。』


以下、延々と続く謎の考察。


「こ、こいつは…仕事中に何を書いてるんだ…っ!」


思わず拳を握り、拳骨を落としそうになる。

考察の最後には、恋愛原子核の解明によってもたらされる効果が書かれていたが、唯依が気になったのは必要と考えられる人物の一覧。


『早急に恋愛原子核の力が必要と思われる人物。

1.マッドドッグ

理由:結婚適齢期を進行中、周囲に彼女に見合う男性が少なく、このままでは行かず後家の可能性大。
また、死亡フラグが立ちやすいので、回避の為に恋愛原子核、もしくはその保有者の修正が必要と思われる。

2.生真面目姫

理由:真面目で頑固、融通が効かない為、意中の男性との仲が進展せず、紅色な姉妹に相手を掻っ攫われる可能性が高い。
また、相手のド田舎ヤンキーが日本人嫌いなので恋愛原子核の力で強く惹き付ける必要があり。』


以下、数名の人物が続くが、唯依には読む余裕が無かった。


「も、もしかして、この二番目の生真面目姫とは、わ、私の事なのか…っ」


ギリギリと拳を握る。

今なら五百円硬貨すら握り潰せそうな気がする。


「田舎ヤンキーが誰だか知らないが、大きなお世話だ…この、大馬鹿者がっ!!」


「―――ごべっ!?」


脳天直下、真上から振り下ろされた拳が、大和の頭を打ちのめす。


「痛だだだだだだッ、頭が、頭が頭痛で痛いっ!?」


突然の痛みと衝撃に、飛び起きた大和が頭を抑えながら見れば、そこには拳を握る唯依の姿が。


「ゆ、唯依姫、もとい篁嬢、何ゆえモーニング拳骨!?」


「――――っ、そうか、私はお前にとって対象外と言う事か……ッ」


態々名前を言い直され、内向的思考になった彼女は、ある噂を思い出してしまう。

それは、大和が斯衛軍大尉である月詠大尉と仲が良いという噂。

斯衛軍でも飛び抜けて厳しく、色恋沙汰に縁のない鋼鉄の乙女と言われた月詠大尉と仲が良い。

その事から唯依が達した結論は――――


「そんなに―――――眼鏡美人が好きか、この変態的趣向者ーーーーーっ!!」


「まそーーーーっぷっ!?」


光って唸る唯依の右拳から放たれた一撃は、大和のボディを打ち抜き、室内なのに何故か大空へとその身体を舞い上げた。

謎の断末魔と共に落下してきた大和は、そのまま地面に倒れてピクピク痙攣して危険。


「生真面目で悪かったな、大きなお世話だ!―――――どうせなら、お前が…」


プンプンと判り易い態度で退室する唯依。

最後の方は何やらごにょごにょと赤い顔で呟いていたが、扉が閉まる音でかき消されて大和には聞こえなかった。


「ちゃーっす、おい大和、お前また篁中尉怒らせ――――って、大和ぉぉぉぉっ!?」


少しして、廊下で擦れ違った唯依の態度からまたからかって怒らせたのかと呆れ顔の武が入室。

室内の完全密室殺人事件~家政婦は見た~的な惨状に絶叫する。


「いや、家政婦が見た時点で密室じゃねぇし!」


誰にツッコんでいるのか謎だが、平手ツッコミを空間にビシっと入れつつ、大和を助け起す。


「ど、どうしたんだ大和、いや何となく理由が分かるけど!」


自分も似たような目を経験したので。


「ふ、ふふふ…武、ついに彼女のライバルが現れたぞ…」


「ら、ライバル?」


「どりるみるきぃに続く、第二の戦士…すぱいらるしゅがー……これで勝つるッ――――――がくっ」


「や、大和? 大和ーーーーーーっ!?」


謎の言葉を残して崩れ落ちる大和。

誰か、助けて下さい(色々な意味で)と叫びたい武が見たのは、大和が残したダイイングメッセージ。

そこにはこう書かれていた。


『メガネ萌えはメジャー』


武には何の事だかさっぱりだった。















[6630] 第六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:36







2001年――4月3日―――




この日、A-01の隊員達は、座学用の教室へと集められていた。

その理由は、本日より試験導入される新型OSの教導の為である。

「皆揃ってるわね~」

そこへ、何時も通りの態度の夕呼が現れ、実に楽しそうに集まったメンバーを見渡す。

普通ならここで伊隅が敬礼させるのだが、相手は夕呼なので無し。

「それじゃ、XM3に関しての座学を始める前に、あんた達に新メンバーを紹介するわね」

『新メンバー…?』

夕呼の突然の発表に驚き、首を傾げる面々。

「そうよ~、今までアタシの直属ってだけで、色々と仕事しててくれた奴。この際だからA-01へ入れる事にしたの」

と言うが、実際は最初から入れる予定だったりする。

「黒金~、入ってきなさい」

夕呼に言われ、室内へ入室する大和は、何となく転校生の気分だった。

『あぁ~~~~っ!?』

途端、水月・遙・東堂・上沼が大和を指差して叫ぶ。

他の面子は唖然としており、唯一イーニャとクリスカだけが平然としていた。

「覚えている方も多いようですが、一応自己紹介をしましょう。黒金 大和、階級は少佐。香月博士の下で直属の衛士と兼任で戦術機開発から今回のXM3調整まで手掛けてきました。どうぞよろしく」

そう言って敬礼する大和に、反射的に答礼する面々。

「今本人が言ったとおり、こいつは戦術機開発なんかも手掛けてるから正式にA-01へ配属って訳じゃないわ。指揮権は存在するけど、通常時は今までどおり伊隅が指揮をしなさい」

「え…あ、はい、了解しました」

普通、部隊に上の階級の人間が配属されたら、自動的にその人間が隊長や指揮官を受け持つのだが、大和はその立場故に常に部隊に居るわけでは無い。

その為、A-01、通称伊隅ヴァルキリーズは今まで通り伊隅ヴァルキリーズのままとなった。

これには伊隅も戸惑うが、夕呼が言うのだから従うまで。

「それじゃ、後は黒金に任せるから。よろしく~」

何とも投げっぱなしに退室する夕呼。

現在彼女は、00ユニットを更に強化する為の研究の真っ最中らしい。

「それでは、一先ずA-01のメンバーの紹介をお願いしてもよろしいですかね、大尉?」

「はっ、では私から。A-01の部隊長を務めております、伊隅 みちる、階級は大尉です。部隊内でのポジションは迎撃後衛です」

敬礼しつつ答え、次に水月に視線を送る。

「あ、B小隊小隊長の速瀬 水月、階級は中尉です。ポジションは突撃前衛長です」

「同じく中尉の涼宮 遙です、ポジションはCP将校です」

水月の隣に座っていた遙、次に宗像・風間・東堂・上沼…と続いていく。

因みに東堂・上沼はそれぞれ突撃前衛・砲撃支援だそうだ。

イーニャ・クリスカは複座になった際に強襲掃討にポジションが移っている。

全員の自己紹介が終了し、さっそく教導の為の座学へと入る。

最初に大和が教材として用意したファイルを配り、次にプロジェクターで教材用映像を流す準備をする。

「概容や特徴に関してはこの映像を見れば理解できると思う。細かい部分は配った資料を見ながら説明するので、最初にこの映像を見て欲しい」

そう言って映像をスタートさせる大和。

次の瞬間、A-01の大部分が机に『ゴンっ』と頭を打ち付けた。

「? どうかしたか?」

「い、いえ、その、映像資料のタイトルが……」

伊隅にそう言われ視線を向ける。


―――『今日から始めるXM3~これさえあれば粉砕☆玉砕☆大喝采☆~』―――


「…………………何か問題が?」

「「「本気で不思議そうな顔!?」」」

水月・東堂・クリスカの声が綺麗にハモった。

他の面子は大和の感性を疑ったり、同じように何が問題なのかと首を傾げていたり。

当然、傾げているのは紅の姉妹の妹である。

「最初はXM3の特徴を紹介していく」

A-01の視線を一切合切スルーして映像を進める大和。

タイトルが消え、真面目な文章による説明が続き、安堵する面子。

しかし、次の3Dで立体化された機動映像で噴き出す。

「? どうかしたか?」

「ど、どうかしたかって少佐、なんですかあの可愛い戦術機は!?」

ズビシッと水月が指差す先には、映像の中でXM3に可能な動きをしている、3D表示された2頭身の戦術機。

「何って、SD戦術機、『しらぬいくん』だが?」

「「「「しらぬいくんっ!?」」」」

「よく出来てるだろう、三日徹夜して作った」

「「「「わざわざ徹夜で!?」」」」

思わずハモる水月・東堂・宗像・クリスカ。

確かに、デフォルメされたそれは、不知火そのもの。

目があったり動作の度に可愛い声で「とうっ」とか「うりゃっ」とか言ってるけど不知火。

やがて登場する仮想敵である戦術機も、やっぱりデフォルメ2頭身。

「比較対照の『かげろうくん』の動きから分かる通り、XM3は最大の特徴として操作の―――」

大和が真面目な顔で説明をするものの、伊隅や宗像は引き攣った顔。

水月や東堂はツッコみたいのをひたすらガマンし、遙や風間、イーニャは飛び跳ねるSD戦術機を可愛い…とキラキラした目で見ている。

その後、座学は多少の混乱を残しつつ終わるものの、全員の頭にSD戦術機のファンシーな姿が焼き付いてしまうのだった。


























「あ、黒金少佐っ」

「け、敬礼っ」

A-01への座学を終え、PXへ顔を出す大和。

本日は一日XM3の座学と質疑応答をこなし、明日からシュミレーションと実機による訓練に入る予定。

質疑応答で、SD戦術機に関する質問があったのは言うまでもない事。

遙やイーニャが、映像を欲しがったのは座学終了後の話だ。

「食事中くらいは簡単なモノで良いぞ」

多恵が大和を見つけた事で、茜が慌てて全員に敬礼をさせる。

当然全員が椅子から立ち上がる事になるので、その様子に答礼しつつ苦笑する大和。

「少佐、これからお食事ですかっ?」

何やら興奮した面持ちで声をかけてくる多恵に、頷いて答えると、慌てて自分の隣の席を引く。

「も、もし宜しかったらここへどうぞっ!」

「あ、多恵ズルイっ!」

「少佐、持ってきますので何にしますか?」

「って一美までっ!?」

多恵の行動に高原が頬を膨らませるが、いつの間にやら立ち上がった麻倉がさり気無くメニューを聞いて取りに行ってしまう。

抜け駆けされる形で取り残された高原は、るーるるーと涙し、晴子に慰められている。

「なんだなんだ、今日は嫌に接待をしてくれるじゃないか」

「えへへー、そんな事なかとですよ~」

大和の苦笑に、多恵が照れ照れしつつ妙な方言で首を振る。

「ふむ、まぁ俺も男だ、美少女に囲まれるのは嫌では無いからな」

そう言ってニヤリと笑う大和に、数名が赤くなり、数名が苦笑。

「少佐、アンタも好きねぇ……」

「彩峰、しーっ! あ、あはは、何でもありません少佐」

余計な事を口走る彩峰の口を、千鶴が慌てて押さえて愛想笑い。

随分と仲が良い様である、これも武の恋愛原子核効果か…と内心関心していると、麻倉が大和が伝えたメニューを持って戻ってきた。

「少佐、どうぞ」

「すまないな麻倉訓練兵、ありがたく頂戴しよう」

麻倉が置いてくれた合成唐揚げ定食に手をつけつつ、こちらを窺う面子を見る。

どうやら、大和に聞きたい事がありそうなのは、主に207Bの面子のようだ。

「それで、俺に何が聞きたいのかな? 御剣訓練兵?」

「――うっ、……流石です少佐、お見通しでしたか……」

名指しされ、言葉に詰まりつつも感服したとばかりに頭を下げる冥夜。

視線を他の娘に向ければ、数名が顔を赤くし、数名が苦笑い。

唯一、彩峰だけが何時のも顔だ。

「その、黒金少佐は白銀大尉と長い付き合いだと聞いたのですが…?」

「あぁ、かれこれ2年になるのかな…なんだ、武について聞きたいのか?」

そう言って、質問してきた茜にニヤリとした顔を向けると、赤くなって慌てる。

「いや~、大尉って気さくな人なんですけど、あんまり昔の事とか、斯衛軍の時の事とか話してくれなくて」

「なるほど……それで俺か」

晴子のあっけらかんとした言葉に、数名が焦るものの、大和は特に気にするでもなく納得。

そしてどうした物かと考える。

武が昔を教えたがらないのは、そもそも教えられない事が多いし、斯衛軍の時の事はいくつか恥ずかしい事件があるからだろう。

因果導体の事は当然話せない。

が、斯衛軍の時に関しては、いくつか彼女達の興味を惹きそうな話題がある。

「(ここは一つ、彼女達の関心を惹く為に暴露してしまうか……)」

内心で邪悪な笑みを浮かべつつ、表面上はクールに振舞う外道。

「そうだな…武も俺も、あまり大っぴらに話せない事情が多くてな」

「事情……ですか?」

大和の言葉に視線を鋭くさせるのは冥夜。

武が彼女達の事情を知りながらも親身に接し、部隊の仲を強くしてきたのはまりもからも聞いている。

そんな男の事情とやらに、強い興味を抱いたらしい。

見渡せば、大多数の娘が似たような視線を向けてきている。

「武はこの土地の生れでな…生まれた家も、この基地の前に広がる廃墟にあるそうだ」

『っ!?』

大和の言葉に、ほぼ全員が目を見開く。

「BETA侵攻の際に、武は全てを失った。俺にはこれだけしか言えんよ」

「……そう、ですか……」

「大尉に、そんな辛い過去があったとは……っ」

大和の言葉に、興味本位で聞いた事を後悔する千鶴と、そんな過去を背負いながらも戦う武に、何かを思う冥夜。

他の面子も、やはり心痛な面持ちをしている。

「俺と武が斯衛軍に入隊したのは、偶々斯衛の白の家系に拾われたからだ。その後、武は天賦の才を発揮し、それを紅蓮大将に認められた」

「あの紅蓮大将に!? やっぱりタケルって凄いんだ~」

世界的に有名である衛士の一人に認められた存在と知り、感動したように呟く美琴。

「暗い話ばかりでは飯が不味くなるから、ここは一つ、武の斯衛軍時代のエピソードを語ろう」

大和のその言葉に、目の色を変える面々が多数。

多恵はやはり反応が薄く、百合なのか…と確信する大和。

彼女が誰を見ているかは、207全員が知っている事。

「あれはそう、武が中尉となった時の事だ。その天賦の才と独自の機動概念から頭角を現していた武は、当然他の武家の注目を浴びた。武家というのは家柄を尊重する故に、平民などを軽視する傾向がある」

大和の言葉にうんうんと頷くのは冥夜。

彼女は、武や207の仲間を知り、武家とか家柄とかに拘らなくなっているらしい。

「しかし、その一方で歴史や力のある武家は、新しい血、強い血を家に入れたがる面も持っている。たとえ相手が一般兵であっても、優れた素質や力があれば家に入れる…ぶっちゃければ婿入りや嫁入りさせるのだ」

「「「「「「へ~…」」」」」」

「な、何故私を見るのだ!?」

207B+茜と晴子に意味深な目で見られてたじろぐ冥夜。

「御剣も……白銀を婿入りさせるの?」

「あ、彩峰っ!? それは私を侮辱しているのかっ?」

「はわわ、御剣さん落ち着いて~っ!」

彩峰の言葉に、真っ赤になって立ち上がる冥夜。

そんな彼女を、タマが必死になって止める。

彩峰が冥夜本人ではなく、御剣家はどうなのかと聞いたと分かると怒りを治める。

「話を続けるが、紅蓮大将に認められる程の才覚を持つ武は、嫉妬や僻み以上に、そういった話が多くてな……」

そういった話とは、所謂婿入りの話だ。

「武が中尉となった際に、とある部隊の先任中尉が自分の家でその事を祝うと言い出してな。仲間内で祝っていた所、少しして武はその中尉に連れて行かれ……」

「「「「「「つ、連れて行かれ…?」」」」」」

「酒の勢いで、相手の月よ「何を話してるかーーーーーーーーーーーっ!!!?」――がはッ!?」

突然、どこからともなく武が現れて大和を強襲。

椅子やテーブルを巻き込まないように蹴り飛ばす。

全員がそのスピードと巧みな技に目を奪われる中、冥夜だけが「つくよ…? まさか、いやしかし中尉…そんな…っ」とブツブツ呟いている。

「ぬぅぅぅ、痛いではないか武」

「痛いじゃねぇよっ、何を人の教え子に暴露してやがんだお前は!?」

「何って、『白銀☆武ヒストリー~あの日俺は若かった~』から、お前と彼女との秘密の1ページをだな…」

「人の人生に妙なタイトルつけるんじゃねぇよっ、って言うか何で知ってるんだよ!?」

「ふ、愚問だな…盗み聞きしてた!」

「胸を張って言うなーーーーっ!!」

殴りかかる武、ひらりひらりと避ける大和。

唖然とする訓練兵達を他所に、この騒ぎは京塚のおばちゃんの雷が落ちるまで続けられたのであった。
































「ちなみに従姉妹の大尉殿も一緒に聞いてたぜッ!」


「NOーーーーーーっ!?」

















[6630] 第七話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:36








2001年――4月4日――




この日、シミュレーターデッキは、いつもとは異なる熱気に包まれていた。

『ムキーっ、なんであんた達そんなに慣れるのが早いのよーっ!?』

『し、知らんな…』

『ハヤセがおそいから?』

『ぬがーっ、シェスチナ泣かす!』

水月の声が響くシミュレーション内で、XM3搭載時の動きが再現された不知火が動き回っていた。

その中で一際良い動きをしているのが、イーニャ・クリスカペアの機体だ。

水月が悔しそうに叫び、その事に視線を逸らしてとぼけるクリスカと、平然と言い返すイーニャ。

この二人、内緒で大和から教導を受けていたのだから、当然と言えば当然である。

『にしても遊びがすくないなぁ、実機でもこれなら、慣れないと倒れちゃいますね大尉』

『そうだな、だが先行入力やキャンセルがこれほどありがたいとは……』

『フィードバックデータが集まれば、さらにスムーズな動きが可能ですし、本当に素晴らしいOSですね』

上沼・伊隅・風間は一つ一つの動作を確かめながら、確実に挙動をモノにしようとしている。

宗像は東堂と一緒に水月をからかって遊んでいたりするが。

「全員、操作の感覚は掴めたか?」

管制室から彼女達の様子を見ていた大和の言葉に、全員が生き生きとした顔で返事を返した。

「では、これから本格的な教導に入る。目標はA-01全員生存でのヴォールクデータ、反応炉到達だ」

『『『『『『っ!?』』』』』』

大和の言葉に、全員が息を呑んだ。

横浜基地で最精鋭と言われる彼女達ですら、中層到達が限界のヴォールクデータ。

それを、一人も欠ける事無く遣り遂げろと大和は言っているのだ。

イーニャとクリスカは、事前に聞かされていたので驚かなかったが、内心無茶だと思っていた。

「言っておくが、決して大袈裟な事でも妄言でもないぞ。XM3とA-01の実力、二つが合わされば出来ない事では無い」

そう断言する大和の言葉と視線には、微塵も無理と思っていなかった。

それだけXM3と、自分達の実力を買っているのだと理解した面々は、気持ちを引き締めて「了解です!」と答えた。

「とは言え、いきなりは無理だろうから、最初にあるデータの再現を見てもらう。そこから、ハイヴ攻略において何が重要か、何が出来るのか、学んで欲しい。涼宮中尉、このデータを再生してくれ」

「あ、はい」

隣で管制している遙に、データチップを渡してそれをシミュレーターで再生させる大和。

全員の網膜投影の映像が、再現映像に切り替わる。

「これは、とある衛士と俺が行った、ヴォールクデータの攻略記録だ。後で感想も聞くので確り見て欲しい」

その言葉の直後に、映像のヴォールクデータ攻略がスタートした。

映像には、突撃前衛の不知火と、強襲前衛の不知火が、ハイヴ内を高速で移動している光景が映る。

やがてBETAの一団と遭遇するものの、二機は完全無視で通り過ぎてしまう。

これには伊隅達も困惑する。

その後も二機は遭遇するBETAを、必要最低限しか相手せずに、時には足場にして飛び越えて行ってしまう。

ハイヴ内で光線級の脅威が無いとは言え、ピョンピョンと見事な三次元機動。

最初は困惑していた彼女達も、その意味を理解し始め、なるほどと頷いている。

先は長いのに、一々BETAの相手をしていたらいくら武器弾薬を持っていても意味が無い。

やがて二機は中層を突破、その後は格段にBETAの出現率も数も増えるが、それでも二機は止まらない。

そして、終には反応炉に到達してしまう。

その時点で、突撃前衛は長刀1本に突撃砲1丁、予備弾薬も1つずつ残っている。

強襲前衛は予備弾薬は尽きたものの、まだ突撃砲は健在で、長刀も二本残っている。

これには、A-01とはいえ呆然と、夢現状態になっていた。

シュミレーションとは言え、最難関データであるヴォールクデータを、二機連携で攻略するという実例を見せられたのだから。

「ほんとうに…できるなんて……」

隣の遙もぽ~っとしており、この映像の凄さがどれ程かよく分かる状況だった。

因みに、これより更に早くクリアしたデータがあると言ったら、彼女達はどうなるだろうと大和は思ったり。



















「すっっっっっっっっごいです少佐ぁっ!!」

「そ、そうですか、それは何より……」

初日のシュミレーション訓練が終了し、簡単な反省会の為に座学部屋に集まったA-01。

大和が資料を持って顔を出すと、水月が目をキラキラさせて今にも押し倒さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。

「全くです、まさか二機連携でヴォールクデータを攻略するなんて…」

「あの二機も、XM3を使用していたのですね?」

陶酔したように呟く宗像と、問い掛けてくる風間。

彼女の問いにそうだと答えると、早くあんな動きが出来るようになりたい…とウットリしている。

「って言うか、あの強襲前衛が少佐ですよねっ?」

「そうだが……よく気付きましたね中尉」

彼女達にはどちらが自分とは言ってなかったが、水月は完全な確信を持って問い掛けてきた。

「そりゃ分かりますよ、何せ一度目の前で見てるんですからっ」

どうやら、以前の動きと映像の動きを照らし合わせて判断したらしい。

それでも、大した観察眼だと感心する大和。

「おや、中尉は少佐が気になりますか?」

「む、宗像、アンタ何言ってんのよ!?」

「いえ、男女の関係には奥手な中尉にしては…と思いまして」

「そ、そんなんじゃないわよーっ!」

案の定、興奮気味の水月をからかう宗像。

言われた水月は、必死に否定しているが、それが余計にからかわれると彼女は理解していない。

「クリスカ、たいへんっ」

「い、イーニャ?」

「ハヤセにヤマトとられちゃう、クリスカがイロジカケでユウワクしてっ」

「イーニャっ!? どこでそんな言葉覚えたのっ!?」

イーニャの突然の爆弾発言に彼女を問い詰めれば、指差す先は上沼。

「カミヌマーーーっ、貴様イーニャに何を吹き込んだーーーっ!?」

「いやーん、ビャーチェノワ怖ーいっ、泉美助けてぇ~っ!」

「ちょ、私まで巻き込むなってば!」

過保護モードのクリスカに追い掛けられ、東堂を楯にしつつ逃げる上沼。

騒がしい室内は、既に反省会のことなど忘れている様子。

「も、申し訳ありません少佐っ」

「いやいや、今日くらいは騒がせて上げましょう。夢に描いていた事が、叶うと分かったんですから」

ただし、明日からはスパルタですよ?と笑う大和に、伊隅も笑顔で頷くのだった。




















次の日、本当にスパルタな大和の教導に、全員がグロッキーになったとか。




























2001年――4月13日――




この日、横浜基地演習場に、二機の戦術機が対峙していた。

演習場の中でも、最も奥に存在し、普段はA-01などが使用する場所。

その演習場の外れには情報収集用車両と指揮車両が、各種装置を設置した状態で待機している。

「ピアティフ中尉、準備は終わった?」

「はい、副司令。現在記録班・撮影班共に待機中です。黒金少佐、白銀大尉共に機体セッティングを終了しています」

指揮車両内で、夕呼と管制を勤めるピアティフ中尉が、カメラからの映像を映す画面を見つめている。

そこに映っているのは、灰色の戦術機。

まだ正式な色を塗られていない、不知火改造機。

暫定名称――『雪風』――である。

片方、頭頂部に角があり、武御雷のような頭で顔は不知火という頭部が特徴の武機。

もう片方は、頭部の左右のアンテナ部分が、片側2本のアンテナのような銃口を持つ大和機。

どちらも、不知火の改造機でありながら、顔と胴体しか不知火の印象が残っていない。

もし頭部が全く異なっていたら、似た胴体の吹雪改造機とも思われる機体になっている。

色が灰色なのも原因だろう、配色をすれば、少しは不知火の改造機と分かり易くなる。

全体的に不知火より大きく、最大の特徴は、その肩部装甲ブロック先端に装備された、二機それぞれ異なる武装。

そして、背面にある筈の可動兵装担架システムが 肩部装甲ブロックの背面へ移動。

空いたその場所には、可動追加スラスターが二機並んで搭載されている。

さらに各部に改造が施された雪風。

それを、夕呼は満足そうに見つめる。

「中々良い感じじゃない。もっとゴテゴテした感じになるかと思ったけど、バランス良いわね」

「今回の稼働実験では、白銀機は追加スラスターからなる高機動型、黒金機はガトリングユニットからなる強襲殲滅型兵装で模擬戦闘を行います」

「ポジションや作戦に合わせて装備を交換、しかも装備は各所をブロック化する事で交換性能を高める仕組み…確かに効率的ね」

夕呼が見つめる先にある雪風二体。

武機は足首や太股にまで小型スラスターが装備され、肩部装甲ブロックの先には可変式ウィングとスラスターからなる飛行補助ユニットを装備。

その装備も片側2発の小型誘導ミサイルと35㎜機関砲が装備されている。

対して大和の機体は、太股の小型スラスターは一緒ながら、脹脛の外側に小型ミサイルポット。

肩部装甲ブロック先には、ショートバレルタイプのガトリングが2門装備されたガトリングユニット。

実に対照的な装備二機が、模擬戦の開始を今か今かと待っている。

「それじゃぁ、そろそろ始めましょうか」

「はい。これより、不知火改造機『雪風』による稼働実験と模擬戦闘を開始します。両機は転送したテストプランに従って行動してください」

『『了解』』

武と大和の返答に、ピアティフが一度夕呼を見る。

「始めなさい」

「了解。カウントスタート…9…8…7…6…5…4…3…2…1…実験開始!」

ピアティフの声と共に、二機が演習場を走り始める。

最初に各種状況下などを想定しての稼働実験、それが終了次第、模擬戦闘へと突入するトライアル形式だ。

演習場に配置された無人機やバルーンなどをペイント弾で染めながら進む二機。

スピードに関してはやはり高機動型である武機が先行するものの、大和機はその圧倒的な火力でターゲットを撃破していく。

この稼働実験も夕呼の提案でレースになっており、負けたほうは彼女考案の罰ゲームが待っているとか。

彼女の性格を良く知る二人は、内心必死でテストをこなして行く。

『にしても、なんだよこの機動性! 武御雷より速くないかっ!?』

『当たり前だ、機動性ならラプターを超えるように設計したんだぞ!』

武の嬉しそうな呟きに、大和がガトリングユニットの射撃でターゲットを破壊しながら答える。

『だーっ、それ俺が狙ってた奴だぞ!?』

『あ~ん? 聞こえんなぁ~』

『大和お前、ちくしょう、それならこうだっ!』

お返しとばかりにウィングに装備された小型誘導ミサイルを発射。

ペイント液が詰め込まれたそれは、大和機の目の前にあったターゲットに着弾して黄色い液を撒き散らす。

『ぬぅ、今俺ごと狙ったな!?』

『え~、知らないなぁ~。もしそうだとしても、当たっちゃう方がマヌケだと思うけどなぁ~』

『オノーレ…ッ、………おっと手が滑った♪』

『どわぁぁぁぁぁぁっ!?』

白々しい台詞と共に、大和機の手腕に装備された小型ガトリングからペイント弾が放たれ、武機を掠める。

『危なっ、今掠ったぞ!?』

『いや~、すまんすまん。しかし女性に対する手が速い武なら問題ないだろう?』

『どういう理由だそりゃっ!?』

お互いがお互い、相手のターゲットや共通ターゲットの奪い合いをしながら進んでいくテスト。

「何かしらね、この映像と音声の噛み合わない状況は…」

「あ、あはは…白銀機目標値の8割をクリア、黒金機も同じです…」

見事な動きを見せる雪風二機と、対照的に子供の喧嘩になり始めた会話。

呆れたように笑う夕呼と、疲れたように管制を続けるピアティフが少し哀れだった。

予定のテストを全て終了し、武器弾薬の補給を受ける二機。

整備性能も考慮された装備は、瞬く間に補給を終える。

「では、続けて模擬戦闘を開始してください」

『『了解!』』

本来ならこの後ピアティフのカウントが入るのだが、それを無視して二機が同時に動く。

XM3搭載の不知火を更に凌駕する動きで襲い掛かる武に、圧倒的な火力によって弾幕を張りつつ迎え撃つ大和。

突撃砲2丁と、左右合計4門のガトリング砲の攻撃に、流石に突っ込めない武。

『斯衛軍の寄宿舎での飯、8回奢ったぞ! 大和っ!』

『俺は16回奢らされた!』

「何言い合ってんのよ…ピアティフ、この記録、会話はカットしといて」

「既にやっています」

仕事の早い中尉だった。

『このぉ…っ、ならこれでどうだぁぁぁっ!!』

『何ッ!?』

大和機の射撃能力と突撃力の高さに焦れた武が、機体を空中で急旋回させて地表スレスレを“飛行”しながら突っ込んでくる。

それを慌てて避け、牽制に両足の小型誘導ミサイルを放つ。

追尾してくるそれを、武は歯を食い縛りながら背部スラスターを可動させて急制動をかけ、反転して突撃砲と機銃で撃墜していく。

空中でペイント液が撒き散らされる中、物陰に隠れた大和は武の適応能力に舌を巻く。

『武め、もうサブウェポンと飛行機動を会得している…ッ』

改造と共に組み込んだサブウェポンシステム。

オート・セミオート・マニュアルから成り立つそのシステムは、予め優先順位を決める事で、簡単なボタン操作で切り替えられるようになっている。

使用優先度を高くした武装はボタン一つで使用可能、トリガー操作と合わせる事で、任意でウェポン選択が可能になっている。

また、システムがデータを蓄積する事で、装備された武装の最適な使用状況を判断し、オート設定なら自動で武装が切り替わる。

現在、データの蓄積が少ない事から、武はマニュアルでサブウェポンを操作してミサイルを撃墜したのだろう。

飛行機動に関しては、雪風は不知火に比べて高い飛行能力を保持しており、装備によっては今の武のように空を飛ぶ事も可能。

今までの戦術機の空中移動が“跳ぶ”であったのに対して、雪風は“飛ぶ”と呼べる能力を持っている。

『面白い、とことん相手になるぞ武ッ!!』

『大和ぉぉぉぉぉぉっ!!』

物陰から飛び出し、肩部装甲ブロックに移設された可動兵装担架システムから、新開発の近接戦闘直刀を右手に持つ。

長刀よりも短く、反りの無いそれは、乱戦や超近接戦闘を考慮した幅広の刃であり、攻撃より防御を重視した取り回しの良い武装。

上空から切り掛かってくる武機も、両手にそれを持っている。

『ぬぅぅぅぅッ!!』

『おぉぉぉぉっ!!』

スーパーカーボンに、さらに特殊な溶剤で加工したそれが、ギャリギャリと火花を散らす。

『このッ!』

『うぉっ!?』

鍔迫り合いの中、武の機体の手腕が少し回転し、手腕ガトリングの砲門と、頭部の角が根元で可動して銃口を向けてくる。

それを瞬時に察した大和は、太股のスラスターを前に可動させ、最大噴射で離脱。

それでも構わず放たれたペイント弾で咄嗟に楯にした肩部装甲が黄色く染まるが、威力設定が低い腕のガトリングと頭部のバルカンでは大破にはならない。

『惜しかったな、その武装はどちらも至近距離でなければ胴体までは貫通しないぞ!』

『小型種用だからかっ、でもまだだっ!!』

追撃をしかけてくる武機に、弾幕を張りつつ間合いを取る大和。

白熱する模擬戦闘は、お互いのミサイルが至近距離で直撃するまで続くのだった。























「お疲れ様、良いデータが取れたじゃない」

「ありがとう、ございます…」

「あぁ~、久しぶりに疲れたぁ~……」

模擬戦闘が終了し、整備班達が撤収準備をする中、指揮車両の前で座り込む大和と、大の字で倒れる武。

何だかんだで、5時間の模擬戦闘。

しかも実弾使ってないだけの、ガチバトルに二人とも疲労困憊だった。

「黒金、雪風の新型噴射跳躍システムと追加スラスター、技術廠に送ってあげなさい。と言っても、どうせもう準備してあるんでしょ?」

「よく、お分かり、で…。今回の、実機データと、一緒に、送ります……」

「全く、そんなになるまで続けるんじゃないわよ。ピアティフ、全員撤収させて。機体は洗浄してから格納庫に。後は黒金がやるわ」

「了解しました」

ヘッドセットで各班に連絡を入れるピアティフ。

流石は夕呼子飼の技術者や整備班、連絡が入ると直に行動を開始する。

「それじゃ、アタシは仕事に戻るから。さっさと仕事に戻りなさいよ」

そう言ってスタスタと帰ってしまう夕呼。

「夕呼せんせぃ、鬼だ…」

「そう言うな…博士もユニットの事で忙しいらしい……」

聞くところによると、現在彼女は00ユニットを更に改良する為に研究の真っ最中だそうだ。

その為に、姉に連絡とっていたと霞が教えてくれた。

「しかし、凄い機体だな雪風…早く他の武装も試したいぜぇ……」

「支援砲撃武装が難航してる……優秀な副官が欲しい所だ…」

大和にしては珍しく愚痴る。

後日、この発言を後悔する彼が居たりするが、また別のお話。










[6630] 第八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:40










2001年――4月20日――




不知火改造機『雪風』のテストから一週間…。

現在大和は整備ガントリーに固定された雪風の前で頭をポリポリと掻いていた。

「ぬ~ん、まさかここまで負荷が掛かるとは……」

「どうします少佐、いっそのことサブアームをもっと太くしますか?」

「そうだな…しかしそれだけだと心許無い…いっそ増やすか」

大和が整備兵と共に見上げた雪風は、現在その最大の特徴である肩部装甲ブロックが取り外され、手腕とサブアームが露出していた。

理由は、前回のテストと模擬戦闘で機体に発生した負荷と不具合の確認と修正なのだが、大和の予想よりもサブアームに負荷がかかり、武の機体に至ってはサブアームに皹が入っていた。

「強度不足とは…我ながら何と間抜けな……」

「いえ、むしろ強度は十分な筈です。問題は、白銀大尉の機動と、肩部フライトユニットかと…」

整備兵の進言に、苦笑するしかない大和。

肩部フライトユニットは飛行を補助する為にスラスターとウィング、そのウィングに装備されたミサイルと機関砲からなる装備だ。

これを装備しての肩部負荷も当然計算して設計したのだが、武の機動が機体の想定負荷を大幅に超えたのだ。

「そりゃあれだけアクロバットな動きをすればなぁ……」

あまりの速さと機動に、大和はつい「ウザク」とか「白兜」と叫んでしまった位だ。

「少佐の機体は、特に問題ありません。あるとすれば、破損した頭部モジュールでしょうか……」

現在大和達が居る雪風の隣…大和の雪風は、現在頭部モジュール修理の真っ最中だ。

「まさか模擬戦の最後で、戦術機で踵落としをするなんて思いませんでした…」

「そういう男なんだ、アイツは…」

揃って溜息をつく二人。

その後補助センサーの情報だけで戦う大和も大和だが。

「残りの箇所の負荷測定と問題点を纏め次第、俺の執務室へ送ってくれ」

「了解です」

とりあえずこの場でする指示と仕事が終わった大和は、作業を続ける整備班一人一人に声をかけながら倉庫を後にする。

自分の執務室へ戻る前に、何か小腹に入る物をと思い、PXへ向う。

「あれ…黒金少佐ですか?」

「ん?」

PXへの入り口で声をかけられて振り向くと、そこには訓練服姿の高原。

彼女は大和が振り向くと「やっぱり少佐だ!」と嬉しそうに駆け寄ってきて敬礼した。

「お疲れ様です少佐! 整備服だったから最初分かりませんでしたよ?」

「あぁ…そう言えば着替えてなかったな…」

自分の格好を見下ろすと、確かに油などで汚れたツナギ姿。

自分が考えた物を形にするのだから、自分も参加して当然という考えの大和は、整備班や技術班に混じってよく仕事をしている。

佐官にもなると中々そういった汚れ仕事をしなくなるらしいが、大和は率先して汚れ仕事をこなす。

この辺りが、整備班等から信頼されている理由のようだ。

「高原訓練兵は休憩か?」

「はいっ、今からPXで集まって遊ぶ事になってるんです」

そう言って彼女が取り出したのはお弾きの入ったネット。

年頃の少女が遊ぶのが、大和の世界では一昔前の遊び。

その光景に、言いようの無い悲しみを抱くのは何時もの事だ。

「少佐も一緒にどうですか?」

と、敬礼と共に現れたのは麻倉。

「か、一美ちゃん、少佐に失礼だってばさ!」

その後ろには慌てている築地の姿。

「うむ、ありがたい話だが、流石に佐官が一緒では自然に楽しめないだろう?」

「そ、そそそ、そったらことねぇべさっ!?」

慌てて否定しているのか、どこの地方の方言か判断が難しい築地。

「白銀大尉は一緒に遊んでます」

「何ィッ!?」

麻倉の言葉に目の色を変える大和。

その反応に麻倉が唇に指を当てて「しー…」と、静かにとジェスチャーで伝えつつ、反対の手でPXの中を指差す。

入り口の角から、にゅ・にゅ・にゅ・ぬっ…と半分だけ顔をだす4人。

下から順に築地・麻倉・高原・大和である。

彼等の視線の先には、人気の少ないPXの隅で遊ぶ武達。

築地達を除いた全員が、楽しそうに遊んでいる。

「ぬぅ、武め…人が汗水その他垂らして仕事をしているのに、ハーレムでウハウハとは……見事だッ」

「って、褒めるんですかっ!?」

「素敵な光景」

「はうぅぅ、茜ちゃん、楽しそうだっぺさ~…」

感動した!とばかりに頷く大和と、ついツッコんでしまう高原。

同意している麻倉に、少し寂しげな築地。

そんなカオスな連中に観察されていると知らず、楽しそうな武。

「麻倉訓練兵、この光景は日常茶飯事かね?」

「その通りです少佐」

麻倉からの返答に、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた大和は、ゴソゴソとツナギの中に手を入れて何かを探る。

「ぱぱらぱっぱぱ~…撮影用小型ビデオカメラ~!」

「あの、少佐、そのカメラどこから…と言うかなんですその音楽?」

「うむ、様式美だ」

「様式美っ!?」

「さて麻倉訓練兵、君に極秘任務を与える」

「は!」

一度顔を引っ込ませて背筋を伸ばす大和と敬礼する麻倉。

「このカメラで白銀 武大尉の私生活、特に女性との光景を撮影してほしい」

「ちょ、それって盗撮!?」

「了解しました、決死の覚悟で望む所存です」

「受けるのっ? 一美受けちゃうのっ!?」

「はぅあ~、しょ、少佐に私生活を見られるなだ、こっぱずかしかと~っ(///」

「多恵っ、アンタはイヤンイヤンしてないで戻ってきてっ!?」

「特に女性との二人っきりな姿はオイシイ…もとい、重要な資料になる(ニヤリ」

「あぁっ、少佐ダメっ、その笑顔はダメです映像的な意味でっ!!」

「了解しました、必ずや少佐のご期待にお答えします(ニヤソ」

「一美もらめぇっ、黒いから、その笑顔黒いからぁっ!?」

ズンズンと進む黒い計画と、必死にツッコミ続ける高原。

築地がトリップでヘヴンしている現在、二人の天然腹黒を止められるのは彼女しか居ない。

高原のツッコミが武を救うと信じて……!



「いや無理ですからぁっ!?」




















30分後………



たっぷりと武のハーレム構築を観察し、ご満悦な大和は、呆れ顔のおばちゃんにお茶菓子を貰って執務室へ戻ってきた。

別れ際の、全力を出し尽くしたように崩れ落ちている高原と、イイ笑顔で撮影を続ける麻倉が居たが、当然スルー。

築地? なんか悶え死んでました。

「いやぁ…殿下にイイ報告が出来そうだ…」

クックックッ…と怪しく笑いながらパソコンを起動する大和。

どうやら殿下も白銀ハーレム計画に一枚噛んでいるらしい。

「おや?」

ふと執務机の上を見ると、何やら手紙が着ている。

見れば、帝国陸軍技術廠の巌谷中佐からの手紙だった。

検閲済みの印があるので、どうやらプライベートな手紙らしい。

中身を見てみると、この前送った新型噴射跳躍システムとスラスターのデータと現物が無事に届いた事の報告と、さっそく量産に入ると言う、既に夕呼からも聞いた連絡が書かれていた。

その後は、帝国軍の近況を問題ないレベルで書かれており、中には大和が居なくなって開発部が寂しくなった…などの言葉も見られた。

「やれやれ、中佐もマメなお人だ……」

最後の文に、唯依ちゃんに心配かける事はするなよと、釘を刺された。

大和の無茶の事を言っているのだろうが、三日前まで徹夜作業してたので苦笑するしかない。

「ん? 追伸…今度の計画は帝国議会も期待しているので頑張るように。あと贈りモノは返品不可?……何の事だ?」

プライベートな手紙故、ぼやかしてあるので流石の大和の何を指しているのか判断がつかない内容。

「計画? 雪風の事か? だが贈りモノってなんだ…何故モノがカタカナ?」

中佐が誤字とは珍しい…と、この時はあまり気にしなかった大和。

後日、その事を後悔するが後の祭りとなるのだった。







































時は戻り2001年1月29日――――

帝国国防省の会議室で、帝国軍高級高官と兵器メーカーの重役が、顔を揃えていた。

議題である試作99型電磁投射砲の報告から不知火の改修などの問題に、頭を悩ませている面々。

重い空気の中、停滞していた会議が進む切欠とばかりに、一人の将校が手を上げた。

議長の許可を得て、立ち上がった将校は全員を一瞥すると口を開いた。

「小官に一つ、愚策があります」

将校の名前は、巌谷 榮二。

この瞬間こそ、後に大和が苦労する事になる計画の始まりだった。











2001年2月2日―――

帝国国防省の戦術機技術開発研究所、その地下格納庫に、一人の衛士が居た。

「ふぅ……」

先ほどまで整備主任と愛機の不具合に関して話し合っていたのは、篁 唯依。

自分の愛機である武御雷を見上げ、物思いにふける。

「情けない…アイツが居なくなってからまだ10日も経たないのに……」

彼女の表情を憂いにしているのは、先頃国連軍へと降った一人の大尉。

「黒金が居れば、こんな問題点二人で解決出来ると言うのに…」

技術面でも知識面でも、そして発想面でも一線を凌駕する、黒金 大和。

彼が彼女の同僚だった時、彼女は悔しさを感じると共に喜びを感じていた。

唯依自身でも言葉にし難い案や考えも、彼は確りと理解して形にしてくれた。

時に彼を引っ張り、時に引っ張られ。

彼の公のパートナーは自分であると、胸を張っていたあの頃。

それが今では、小さな不具合に躓いている。

「なんて情けない……」

叔父様と慕う巌谷の話では、現在大和は横浜基地の主とすら呼ばれる天才科学者の下で、新しい仕事をしていると言う。

それを聞いてから、彼女の内向的な考えは加速していた。

「私は、何をしているんだ……」

先の、試作99型電磁投射砲のシミュレーションでもあの体たらく。

このままでは、置いて行かれてしまう。

そんな恐怖が、彼女の中にあった。

「篁中尉」

「え…あ、叔父様…っ、いえ、巌谷中佐!」

考え込んでいたせいで、巌谷が来ている事に気付けなかった彼女は、一瞬私的な呼び方をしてしまうが、慌てて言い直して敬礼する。

それに対して巌谷は怒るでもなく、苦笑を見せて答礼する。

「何やら悩んでいる様子だったが、大丈夫かい?」

「―――っ、お恥ずかしい所をお見せしました、問題ありませんっ」

顔を赤くしつつ答える彼女に、巌谷は苦笑するしかない。

彼女の元気が目に見えて無くなっているのは、同僚すらも分かっている。

それを、育ての親でもある巌谷が分からないわけが無い。

「実は、先頃の会議で、新しい開発計画が始まる事になった」

「はぁ……」

突然話し始めた巌谷に、唯依は曖昧な頷きを返すことしか出来なかった。

その話の中で、「横浜基地」や「国連軍」「協力」などの単語が出るが、いまいち理解出来なかった。

「そこで、篁中尉!」

「あ――はっ!」

巌谷が雰囲気を変えた事を察して、背筋を伸ばす。

「貴様には、特殊任務についてもらう」

「特殊任務…でありますか?」

「そうだ、5月より貴様には横浜基地へ行ってもらう」

横浜基地へ―――その言葉を理解した時、唯依は目を見開いた。

国連横浜基地、そこは、極東の最終防衛線にして、極東の魔女が居る場所。

そして、彼等が自らの意思で降った、場所。

「……行ってくれるな、唯依ちゃん?」

叔父の顔に戻った巌谷に、唯依は帝国の思惑も国連の意向も、全て飲み込んだ上で敬礼した。

「はい、特殊任務の件、確かに拝命しました!」

その笑顔は、見る者を見惚れさせる凛々しい笑顔だった。




















「あぁ…これが娘を嫁に出す父親の気持ちなのか……」

唯依と別れ、家路へと帰る巌谷は、車の中、月を見上げてそう呟くのだった。











[6630] 第九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:37











2001年5月1日―――


早朝の開発局玄関前。

そこに、巌谷と唯依の姿があった。

「唯依ちゃん、そろそろ出発だが制服はどうしたんだい?」

「香月副司令があちらで用意してくださるそうです。それより叔父様、見送りありがとうございます」

「いやいや、大切な娘の嫁入りだからね、確り見送らないと」

「お、叔父様っ!」

巌谷の冗談に真っ赤になって反論する唯依。

大和の影響なのかこの手の冗談を言うようになった巌谷の存在も彼女の悩みの種だったりする。

「横浜基地までは?」

「雨宮中尉が運転してくれるそうです。部隊の方も、正式な後任が決まるまで彼女に預けます」

「そうか、それじゃぁ月並みな台詞だが、身体に気をつけてな」

「はい、必ずや日本の未来の為に、この任務成功させてみせます!」

ビシッと凛々しく敬礼し、離れた所で待っていた雨宮中尉と車に乗り込む唯依。

巌谷は車が見えなくなるまで見送ると、ゆっくりと空を見上げる。

「初孫、期待できるかもしれん……」

何を期待しているのか、澄み渡った空にまだ見ぬ孫を思い浮かべるのだった。









しかしこの中佐、実に黒金色に染まっている。




























同日、11:15―――


整備班への指示を終えた大和は、PXでの昼食を前に、午後の予定を考えていた。

昨日までノンストップで作業していた為に、本日まで予定していた開発が終わってしまい、一日暇が出来てしまった。

早朝に報告をした際に、丁度良いから休めと夕呼にも言われたので、さて何をしようかと考える大和。

武の報告で、207が今月中に総戦技評価演習を行うと言うので、激励するのも良いか。

もしくは、A-01への教導を行うか。

休めと言われたのに仕事をしようとする大和。

ワーカーホリックではなく、単純に暇なのが苦痛な人間である。

「しかし激励と言ってもなぁ……教導も予定通りだし………」

207の面子を指導する事になるのは彼女達が総戦技評価演習を通過してからなので、これと言って教えていない。

そんな大和が何か言うよりも、武からの激励の方が彼女達には効くだろう。

A-01への教導も、一部の隊員がそりゃぁもう頑張るので順調過ぎる現在。

報告では、ついに反応炉に到達したとか。

とは言え到達出来たのは伊隅・風間・イーニャ&クリスカだけなので、まだ完全とは言えないようだが。

「アレでも作るか……」

そう呟いて自分の執務室へ足を踏み出そうとした瞬間、背筋を真っ直ぐに突き刺す感覚に立ち止まる。

「むッ、な、なんだこの感覚は……ッ」

感じた事の無い異様な気配に、冷や汗を流す大和。

「思えば、今日は今朝から何かがおかしかった。朝起きればベッドから落ちてたし、ブーツの靴紐が切れた。香月副司令は何やら意味深な事を言って始終ニヤニヤしていたし……な、なんだ、何かが起こると言うのか…ッ!」

狼狽する大和。

そんな彼の前方にある曲がり角から、見覚えのある女性が現れた。

「ん? あぁ、ここに居たのか黒金少佐」

「む、月詠中尉? どうかしましたか、武なら現在207の訓練ですが」

現れたのは、現在横浜基地に特別な許可を得て駐在している第19独立警護小隊の月詠真那 中尉だった。

彼女は武と大和に斯衛軍の時に知り合い、祝いの為に家に招かれる程親しい人だ。

「貴官は、どうしてそう私と白銀を結びつける?……と、国連軍とはいえ少佐にこの言葉遣いは不味かったか?」

「いやいや、武ほどではありませんが、気にしませんよ。それで、俺をお探しだったようですが、何かありましたか? 武の部屋の鍵ならありますよ?」

「だからどうして―――って、何故貴様が持っているっ!?」

「え?」

「何故そこで不思議そうな顔をするのだっ……まったく、貴様も白銀も変らないな…」

呆れたように首を振る月詠中尉。

「と、いかんな、忘れる所だった。実は香月副司令から、ある者の案内を頼まれていてな」

「案内?」

月詠の言葉に首を傾げる大和。

いくら居候扱いとは言え、帝国斯衛軍の彼女に案内をさせるという夕呼の行為にだ。

「同じ所属で顔見知りという理由から貴官の元へ連れて行く途中でな……と、置いてきてしまったか?」

後ろを振り返り、一緒に居た人物が居ない事に気付いた月詠が曲がり角の先へと足を進める。

「あぁ、中尉、どうかしたのか?」

「あ、すみません。白銀大尉の訓練が珍しくて…」

「―――ッ!?」

月詠が声をかけると、曲がり角の先から声が返ってきた。

どうやら廊下の窓から見える武達の訓練を見ていて立ち止まっていたらしい。

しかしそんな事を気にする余裕は、大和には無かった。

その声、そして徐々に近づいてくる気配に、冷や汗ダラダラで思わず後退してしまう大和。

「(ば、馬鹿な…ッ、何故だ、何故ここに…ッ!? し、しかしこのプレッシャーは……ま、間違いない…ッ!!)」

「ほら、篁中尉、黒金少佐が居たぞ?」

「ありがとうございます、月詠中尉」

曲がり角から現れたのは、艶やかな黒髪を持つ美女―――篁 唯依の姿。

「お久しぶりです、黒金少佐」

そう言って、ニッコリ笑って敬礼してくる彼女に、固まってしまい答礼すらできない大和。

「(目が…目が笑ってない……)」

「報告は聞いております、何やら訓練兵の少女達と大変仲が良い様で…?」

「む? 黒金、どうしたのだ?」

ジワリジワリと大和にしか視認できないオーラを発し始める唯依と、大和の様子に首を傾げる月詠。

そして、唯依が次の言葉を発しようと口を開いた瞬間、大和は素晴らしいまでの動きで反転し、走り出した。

「なっ、何故逃げる―――って、中尉っ!?」

ドヒュンッと大和が逃げ出した次の瞬間、先ほどまで隣に居た筈の唯依が、シュパッという風切り音と共に走り出した。

置いていかれた月詠は、ただただ呆然とするのだった。













大和は走った。

かつて、最初の頃の世界で、兵士級に追われていた時以上のスピードで。

まぁ肉体も鍛えられたからあの頃より速いのは当たり前だが、それでも逃げている時の気迫が違う。

「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ、何故、何故に唯依姫がここにぃぃぃぃぃッ!?」

「待たないか黒金ぇっ!!」

チラリと後ろを見れば、国連軍の制服を着た唯依が、タイトスカートなのに走りで追いついてきている。

その表情は、いきなりの怒りマックス折檻モード。

通常、お叱り→説教→お仕置きとレベルアップしていくのだが、今回は折檻モード。

捕まったら無事では済まないレベルだ。

彼女がここに居る理由も、ここまでお怒りな理由も不明ながら逃げるしかない大和。

怖いもの無しと思われがちな大和の弱点の一つが、お怒りモードの唯依だ。

あちこち逃げ回り、閉まりかけのエレベーターに滑り込む。

「きゃっ、しょ、少佐?」

「す、すまないな中尉…ッ」

突然滑り込んできた大和の姿に驚くのはピアティフ。

何か緊急事態かと慌てる彼女の問いに、「俺の命が緊急事態なんだ」と答えて自分の執務室の階のボタンを連打。

到着するなりエレベーターから飛び出し、一目散に執務室を目指す。

その姿に、残されたピアティフはエレベーターの扉が閉まっても呆然としているのだった。

「はーッ、はーッ、はーッ……と、とりあえずこれで時間が稼げる……ッ」

肩で息をしながらも執務室の扉をロック。

これで上位パスを持つ人間(夕呼や基地司令)でなければ入室出来なくなった。

「この間に、何とかしなければ……」

「――――――――何をだ?」

「―――ッ!?」

突然、背後から声をかけられ硬直する大和。

声の主は、大和の真後ろに立っている。

ギギギギギ……と、錆びたブリキのように首を向ければ、そこには額に青筋浮かべたニッコリスマイルのお姫様。

背後に見えるスカーフェイスな龍はきっと幻の筈…。

「ゆ、唯依姫……どうやってこの部屋に…?」

引き攣った大和の言葉に、彼女は黙ってカードキーを取り出した。

「香月副司令にパスを頂いた。これから必要になるから…と」

彼女の言葉に、顔面蒼白になる大和。

彼女が怒っている理由は不明だが、夕呼のニヤニヤ笑顔と、巌谷からの手紙のモノが何を指していたのかを理解して。

「それと、副司令から色々と聞いたぞ。随分とお盛んなそうですね、く・ろ・が・ね・しょ・う・さ?」

カチカチカチ…と何かが激しくぶつかる音が暗い執務室に響く。

それが自分の歯が震えて鳴っている音だと気付いた時、彼女の瞳がス…と細くなった。

「詳しく、じっくりと、教えて頂けますね…少佐殿?」

「は、はひ……ッ」

強烈な威圧感とさり気無く握られた手首の痛みから、大和は完全降伏。

その姿は、月詠中尉に怒られる武のようであったそうな……。
























「では黒金少佐、本日より宜しくお願いします」

スッキリとした笑顔で敬礼してくる唯依に、ゲッソリとした顔で答礼する大和。

彼女が手渡してくれた書類には、夕呼の許可書と共に、帝国軍と極東国連軍との共同開発計画の書類が。

巌谷中佐の提案の元で帝国議会でも承認され、極東国連軍も受け入れたこの話。

本来なら、アラスカでアメリカとやる計画が、何故かここでやる事に。

「あれか、俺がここに居るからか?」

「当然です、少佐の技術力は米国を超えているのですから」

一年近く、大和の公のパートナーをしていた唯依は、その技術力をよく知っている。

巌谷もそれを知っているので、今更米国と共同しなくても、と言うより横浜基地とやった方が実入りが大きいと言うのが理由だ。

夕呼も、これを機に帝国軍との太いパイプが結べるのであっさりと了承。

横浜基地の技術力の高さを知らない米国も国連本部も興味ないねと許可。

後に、米国が必死になって横浜基地へ頭を下げる事になる原因の一つが、ここに生まれた。

「技術提供してるのに……」

「全てを少佐任せ…という訳にはいきませんので。私が派遣されたのも少佐の補佐の為です」

いくら元同僚とは言え、少佐と中尉、しかも現在は夕呼の指示で部下として配属された唯依は、部下として会話している。

その事に背中が痒くなる感覚を覚える大和。

なるほど、これが武の感覚か…と、意味も無く納得していたり。

「では、アラスカでの開発計画は?」

「なんですかそれは?」

問い掛けは、問い掛けで返された。

そもそもアラスカでの計画を立案した巌谷中佐が横浜に打診してきている時点で、その話は存在しない。

自重しなかった為に物語が一つ潰れてしまったと落ち込むものの、そもそもイーニャとクリスカがここに居るじゃんと立ち直る大和。

こうなった以上、開き直って受け入れるしかない。

ユウヤくんは、きっとお国で元気にしているだろう、もしかしたらラトロワ辺りに囲まれているかもしれないし。

うん、もしそうなら実にカオスだ。

「はぁ……じゃぁ、とりあえず基地の案内をしようか。最後に現在開発中の機体を見せるから」

「はい、よろしくお願いします」

疲れたように歩き出す大和の後ろを歩きながら、唯依は小さく微笑むのだった。
















「何だかんだでもう12時過ぎか…中尉、食事にしようか?」

「はい、そうしましょう」

大和の提案に拒否する理由もないので二人でPXへ。

既に昼時を過ぎていたので、人も疎らだ。

おばちゃんに唯依を紹介し、彼女におばちゃんの偉大さを教える大和。

おばちゃんは彼女を気に入ったのか、武や大和の時のように、食事は自分に言えと気前良く笑う。

「あーっ、少佐!」

「これからお食事ですか?」

おばちゃんに捕まっている唯依を横目に、空いている席を探していると、高原と麻倉が声をかけてきた。

遠くを見れば、207の面子が集まって食事している。

二人の手にはコップがあるので、飲み物を取りに来たのだろう。

「おぉ、高原訓練兵に麻倉訓練兵か。見ての通りだ」

「だったら、私達の所に来て下さいよぅ!」

「お話、聞かせてください」

そう言って左右から大和の腕を掴んで案内しようとする二人。

これが武なら、タマや美琴に引っ張られている状態だろう。

「何をしているッ!」

「「きゃっ!?」」

と、突然背後からの怒鳴り声。

悲鳴を上げた二人と共に振り向くと、険しい顔をした唯依の姿が。

その表情と声に二人が萎縮するが、合成唐揚げ定食を持った状態での姿に、逆に力が抜ける大和。

「貴様ら、見た所訓練兵のようだが、相手が誰か分かっていてそのような態度なのか?」

「あ、あの、その……」

「……少佐です」

オロオロする高原に対し、天然混じりな麻倉は素で答えてしまう。

「ほう、相手が少佐殿と分かっていてそのような態度とは…国連軍の訓練校は随分と規律に甘いと見える」

「「…………………………っ」」

見知らぬ、しかし国連の制服を着た中尉の言葉に、何も言えなくなる二人。

「待つんだ中尉」

「少佐…っ」

「彼女達に罪はない」

唯依は大和が二人を庇った事にムッ…と顔を顰め、二人は頼もしいその背中に涙を浮かべつつ「少佐ぁ…(///」と見上げる。

「罪があるとすれば……それは武だ!」

「なっ、武って…白銀大尉が?」

「そうだ、彼女達は武の教え子。これだけ言えば分かるだろう?」

「そ、そうでしたか……。二人とも、すまなかった。そういう事情であれば仕方が無い…」

あっさりと納得して謝罪されても、呆然とするしかない二人。

かつて、武が斯衛軍で起こしたハートマン軍曹事件を知る唯依にとって、二人は被害者だ。

「立ち話もなんだ、彼女も含めて同席しても構わないか?」

「あ、はい…」

「どうぞ」

まだ混乱から抜け出せない高原と、あっさりと承諾する麻倉。

二人と共に207の方へ顔を出せば、全員が座ったまま敬礼してくる。

その態度に唯依がムッとするものの、全員が武の教え子と知ると、逆に労わりの目で見てくるので全員困惑。

「っと、自己紹介をした方が良いな。中尉」

「はッ、私は本日より国連横浜基地へと、帝国斯衛軍より臨時中尉として着任した篁 唯依中尉だ。諸君等と共に戦える事を誇りに思う!」

彼女の敬礼に、慌てて答礼する207の少女達。

「武や俺の元同僚で…現俺の部下…」

「少佐? 何故そこだけ声が下がるのですか?」

「意味は無い、無いものは無い、無いったら無い」

ニッコリ笑顔で問い掛けてくる彼女に、大和は視線を逸らして答える。

207の面子は、大部分が斯衛軍なんだと憧れに近い視線で。

数名が、大和の部下という理由に羨ましいという視線を向けていた。

「諸君が戦術機に乗り始めたら顔を合わせるようになるだろうから、覚えておいてくれ」

「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」

大和の言葉に全員が答え、食事が再開される。

「時に、武は不在なのか?」

「はっ、タケ――白銀大尉は、現在神宮寺軍曹との訓練との事です」

冥夜のその答えに、そう言えば武がまりもにXM3を教えてたな…と思い出す大和。

207が任官すると同時にまりもは原隊復帰する予定なので、今のうちから教えているのだろう。

「(あの訓練兵…殿下に似ている?)」

唯依は、答えた冥夜自身が気に掛かっていた。

が、訓練兵とは言えあれこれ聞くは無粋と考え、唐揚げを頬張る。

当たり障りの無い会話の中、唯依は築地・高原・麻倉を心のチェックリストに記載するのだった。























食事を終えた二人は、その足で70番格納庫へと着ていた。

そこは、大和が主動になって開発を進めている、開発部の中心。

地下深く、しかし90番倉庫より上に存在するそこの整備ガントリーに、二機の戦術機が佇んでいる。

「あれが……黒金の改造した機体…っ」

「暫定名称『雪風』。香月博士が気に入ったようなので、名前は恐らくそのままだろう」

驚きと興奮を表情に表しながら、雪風を見上げる唯依。

既に青い配色を済ませた二機は、威風堂々と佇んでいる。

「く、黒金、あ、少佐っ、機体スペックはっ?」

「慌てないでも教えるぞ、中尉」

我知らずに興奮していた事に気付いた唯依は赤くなりつつも大和からスペック表を受け取り、中身を真剣に読み進める。

「素晴らしい…これが改修・量産されたら、きっと日本はBETAから解放される…っ」

長年夢見たことを確信しながら見上げる。

その瞳には、希望が溢れていた。

「黒金、量産は? 改修案なのだから現行機はいつから改修に入るの?」

矢継ぎ早に質問してくる彼女に、大和はただ苦笑するしかない。

「量産は現在改造用パーツを順次生産中。メーカーも巻き込んでの話だから、生産体制さえ整えば後は流れる。とは言え現行機をこの『雪風』にすると費用が掛かるし、『雪風』はエース用のハイスペックモデルだ。改修用の機体はむしろこっちだな」

そう言って、大和が唯依を連れて来た場所では、10機の戦術機が改造を施されていた。

「これは…吹雪?」

「その通り。訓練兵…207が使う予定の機体を改造している。予定だとこうなる筈だ」

そう言って次の大和が手渡したのは、改造された吹雪の設計図。

「吹雪改造機『響』…現行戦術機改造用モデル…?」

「現行の、第二世代以降の機体なら、このレベルまで改造可能だという見本だ」

大和の言葉に、なるほどと頷く。

流石に雪風のレベルまで改造するとコストがかかるし、扱いも難しい。

そこで、吹雪をモデルにして、量産・改修し易い形の機体に改造しているのだ。

『響』と名付けられたそれは、雪風のように背中に可動式追加スラスター、肩部ブロック先端にハードポイントを持ち、足には固定装備のスラスター。

雪風ほど装備のバリエーションは無いものの、機動性は大きく上昇し、火力も充実できる。

機体のマッチングの問題などから、撃震は相性が悪いようだが、陽炎などには転用可能なプラン。

最終的には、この改造を施された不知火が不知火『嵐型』と呼ばれて活躍する事になる。

「この通り、やる事が多いので忙しい。中佐の事だ、どうせ99型も運び込んでいるのだろう?」

大和の言葉に、設計図を見ていた視線を上げる唯依。

そして、その通りだと苦笑する。

「やれやれ、忙しいと言うのに…」

「その為に私が派遣されたのです、少佐」

唯依のその言葉に、内心他の人送ってくれよと中佐に対して愚痴る大和。

彼女は、大和の最大の計画を邪魔する存在。

白銀ハーレム計画の計画書を、破廉恥だと文字通り破り捨てたのだ。

恋愛や結婚に関して古風な考えが強い彼女は、例え武の事とは言え許せない。

彼女はその計画を、大和自身にも転用しようとしていると思っているらしく、断固阻止の構えだ。

無論、大和にそんな気はない、無自覚なだけだ。

「まぁ、明日からよろしく頼むよ、唯依姫?」

「こちらこそだ、大和」

お互い色々あるけれど、仕事に関してはお互いが認める相手ではある。

この日から、大和の仕事が減ったものの、白銀ハーレム計画に支障が出たのは言うまでも無い。












[6630] 第十話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/02/24 22:35









2001年5月2日―――



20:50―――


「♪~~~♪っ」

鼻歌を歌いながらご機嫌に廊下をトテトテと歩くのは、本日の訓練を終了したイーニャ。

彼女はシミュレーターでの訓練を終えると、シャワーを浴びて一目散に大和の執務室を目指していた。

理由は当然、大和。

昨日一昨日と、シミュレーターでの成績が悪く、居残り練習をしていたので逢えなかったのだ。

その為、彼女はその分も含めて大和に甘え倒そうと考えていた。

彼女の保護者兼姉であるクリスカは、提出する書類を纏めているので後から来る予定。

普通なら伊隅がするべき仕事だが、イーニャのように甘えられない彼女は、仕事を大義名分として大和と接する時間を増やそうとしていた。

急に仕事熱心になったクリスカに、伊隅達はただただ呆然とするしかなかったとか。

「ついた」

大和の執務室へ到着。

「ヤマトー、あけてー」

インターホンを鳴らし、いつも通りの言葉を受話器に向ける。

普段なら次の瞬間に聞こえる筈のイーニャの大好きな声は―――

『……誰だ?』

「――――――っ!?」

知らない女性の声だった。














時間は少し戻り20:30―――


「ぬ、もうこんな時間か…」

「え…あ、そうだな…」

仕事を一段落させて背筋を伸ばした大和が、壁の時計を見て呟く。

それに反応して新たにセットされた執務机で仕事をしていた唯依も、知らずに時間が過ぎていた事に気付いた。

「やれやれ、夕食を食い損なったか…」

「まだ夜食なら貰えるだろう、何が良い?」

思い出したように空腹を訴える腹を撫でながら苦笑する大和。

同じように苦笑しつつ、席を立とうとする唯依。

現在、二人きりという事もあって、プライベートな話し方をしている二人。

第三者がいれば確りと上司と部下になるものの、唯依も大和や武に染まったものである。

「いや、整備班に渡す書類もあるし、俺が行こう」

そう言うと書類を片手に執務室を出て行く大和。

何か言いたげだった唯依は、結局椅子に座り直して書類仕事を続ける。

「変らないなぁ、アイツも…」

元の職場で仕事をしていた時も、こんな感じだったと思い出し、微笑を浮かべる唯依。

所属や階級が変わっても、中身が変らない大和の性格に、意味も無く嬉しく思ってしまう。

広めの執務室に二人っきりという状況に、最初こそ緊張していたものの、大和の変らない態度に今ではすっかり無くなっている。

「そう言えば、月詠大尉が言っていたな……」

ふと、以前彼女に言われた言葉を思い出す。

「『二人が馬鹿な事をするのは、信頼した相手だけ』…か。全くだな…」

斯衛軍で名前が売れ始めた二人は、時折畏怖や切望の目で見られ、若い衛士達からは尊敬の目で見られていた。

『鬼』と呼ばれた白銀、その相棒であった黒金。

武が鬼ならば、大和は『金棒』だろう。

二人が組んだら、それこそ手が付けられない。

だが、そんな二人も、特定の相手だと歳相応の表情を見せる。

「信頼の証か…ならば、それに答えないと…っ」

よしっ、と自分に気合を入れて書類仕事を進める唯依。

大和の副官となった彼女の役割は、大和と整備班、開発班とのパイプや、陣頭指揮、それに雑務だ。

今まで全部大和一人でこなしていたが、これからは唯依がそれを受け持つので、大和の仕事が減り、結果開発や設計に時間がかけられるようになる。

密かに大和の副官の座を狙い、必死にアピールしていた技術スタッフ(女性多数)は、彼女の着任に内心涙を流していたり。

だが、逆に言えば大和が副官や直属の部下を持つ事が出来るという証明でもある。

その事に考え至ったスタッフ達は、より一層のアピールと、唯依から推薦してもらえるように彼女への売込みを始めるのだった。

大和本人に、部下を持つ気があればの話だが。

それは兎も角。

大和が戻るまでにきり良くしておこうと書類を片付けていた彼女の耳に、執務室のインターホンが鳴る音が聞こえる。

そして次の瞬間、スピーカーから聞こえる声に絶句する。

『ヤマトー、あけてー』

「…………っ!?」

スピーカーから聞こえた声は、昨日紹介された訓練兵と同じか、下位の少女の声。

インターホンの画面を見れば、そこには日本人ではない、銀色の髪の儚げな少女が映っていた。

そんな少女が訪ねてきた事も驚きだが、何よりも馴れ馴れしいにも程があるあの呼びかけ。

武と大和で慣れたとは言え、形式と規律を重んじる斯衛軍出身の唯依には、衝撃的な言葉。

だからなのか、彼女は引き攣った頬で受話スイッチを押し。

「……誰だ?」

硬い言葉で返答してしまうのだった。



















「いかんな、遅くなってしまった…っ」

大和の執務室への道を、足早に駆け抜けるクリスカ。

本日までのシミュレーターの情報を提出する為に書類を整理していたら、少々時間がかかったようだ。

先に行ったイーニャが心配…という理由ではなく、単純に大和の手間を増やしてしまうかもしれないという不安からの早歩き。

国連軍の制服はタイトスカートで走り難いので早歩き。

「訓練着の方が楽なのだが……」

以前、その事をつい大和に呟いたら「ナイス脚線美!」と親指を立てられた。

言葉の意味は不明だが、とりあえず褒められたようなので悪い気はしないクリスカ。

大和と知り合ってからそろそろ4ヶ月、思えば随分変わったものだと苦笑する。

「これも、少佐のおかげか…」

内緒の教導や相談で、随分とクリスカの腕前が上がった。

それは横浜基地最精鋭であるA-01のメンバー全てが認めている。

大和には感謝してもしきれない…と、頬を染めながら執務室を目指していると、その執務室前でイーニャが何やら叫んでいた。

「イーニャっ、どうしたの?」

「あ、クリスカ!」

慌てて駆け寄ると、イーニャは悲しげに顔を歪めて頬を膨らませていた。

「クリスカ、こいつがヤマトにあわせてくれない!」

「なに…っ?」

頬を含めて指差す先には、インターホンのスイッチと受話器。

一瞬、インターホンが壊れて通じないのか? と思うが、受話器の向こうから聞こえた声に、イーニャが言いたい事を理解する。

『だから、何度も言うが正式な理由も無く入室は認められない』

「誰だ、貴様!?」

聞き覚えの無い声が聞こえ、思わずイーニャを庇ってインターホンを睨みつけるクリスカ。

頭の隅で、この光景かなりマヌケなのでは…?という疑問が湧くが、今は無視。

『私か? 私は黒金少佐の副官として着任した、篁 唯依中尉だ。貴官こそ名前、所属、階級を言わないか』

「少佐の副官だと…っ、そんな、そんな話聞いていないぞ……。わ、私はクリスカ・ビャーチェノワ少尉、“黒金少佐の部下”だ!」

受話器の向こうの相手…唯依の言葉に激しく動揺するものの、言い返すように答えるクリスカ。

『な―――っ、ぶ、部下だと? そんな、渡された資料には載っていなかった……証拠はあるのか?』

事前に夕呼から大和の元で開発などに関わっている人間のプロフィールを借りている唯依は、それに乗っていなかった部下を名乗るクリスカを睨みつつ問い返す。

睨んでいても、クリスカ側からは唯依の姿は見えないのだが。

「め、明確な証拠はない…だが、少佐には毎晩戦術機の教導をして頂き、この部屋へはほぼ毎日入室の許可を頂いている!」

『ま、毎晩!? 毎日っ!?』

何を想像したのか、声が裏返っている唯依。

因みに、クリスカが部下と言い張っているのは、大和がA-01へ配属されたから、階級が下の自分は当然部下という考えから。

唯依はA-01をまだ知らないので、大和の個人的な部下と勘違い。

知らない間に、外人でスタイルが良い美人の部下を持っていた事に、内心嫉妬してしまう唯依姫。

クリスカもクリスカで、心を許した相手に出来た突然の副官の存在に嫉妬していた。

「はやくあけて、ヤマトにあわせて!」

焦れたイーニャが扉をドンドンと叩きながら抗議すると、確証は無いものの大和の部下を名乗る二人を追い返したら問題かと思い、警戒しながらも扉を開く唯依。

扉が開いた瞬間、身体をねじ込むように入室してきたイーニャとクリスカ、唯依との間に火花が散った。




















「ふぅ、遅くなってしまった……」

PXでおばちゃんに作ってもらった握り飯(13個)と残り物の合成唐揚げと合成竜田揚げ、それに味噌汁を入れたポットをお盆に乗せ、自分の執務室への道を歩く大和。

遅くなった理由は、PXで武が207+霞と遊んでいたので、弄り倒してきた為だ。

因みに現在、武は大和の情報に踊らされた冥夜・千鶴・茜から「ちょっと…お話しようか?」状態である。

「ふふん、社嬢が武の部屋から出てきたという情報だけであの嫉妬っぷり…これは近々大規模な修羅場が発生するかもしれんなぁ…」

因みに続きの映像は、麻倉盗撮後衛がバッチリ撮影中だ。

「唯依姫、待たせた―――――な゛」

扉が開いた瞬間硬直する大和。

室内では、修羅姫モードの唯依と、デストロイモードなクリスカが睨み合っている。


―――え、ちょ、なんでいきなり修羅場?―――


固まったまま脳裏で焦る大和。

幸い、二人は眼前の相手に集中しており、こちらに気付いていない。

理由は不明だが、間違いなく原因は自分にある気がして撤退を選ぶ大和。

「あ、ヤマトっ♪」

しかし、大和の戦術的撤退は、無邪気な天使によって阻まれた。

クリスカの後ろで唯依を睨んでいたイーニャは大和に気付くと同時に嬉しそうに駆け寄り、その胸に飛び込んで頬擦り。

硬直していたのに咄嗟にお盆を上に上げる大和の反応に拍手。

「「少佐っ!?」」

だが、次の瞬間、イーニャの言葉を耳にした二人のギラリという視線が大和を捉える。

「(こ、これは、武が発生させる修羅場フィールド!? な、何故ここに発生しているんだ!?)」

時折武を巡る女性達の間で発生する、恋愛原子核特有の現象。

それが何故自分の周囲でまで発生しているのか分からず内心大混乱。

その間に唯依とクリスカがズンズンと歩み寄り、それぞれ大和の腕をグワシッと掴む。

「「少佐、詳しい事情を聞かせ願います……」」

「は、はひ……」

あぁ、何か昨日もこんな感じだったような……。

そんな感覚を覚えつつ室内に引き込まれる大和。

閉まる扉が、地獄門のように感じられたのは恐らく気のせいの筈。























「すまなかった、まさか少佐の所属している部隊の隊員とは知らずに……」

「いや、こちらこそ。少佐の副官なら当然の対応だと私も思う、すまなかった中尉」

「ごめんなさい…」

数十分後。

ビシッと謝罪する唯依に、こちらも謝罪するクリスカとイーニャ。

あの後、大和からそれぞれ紹介を受け、お互いの事情を話した上でお互いの非礼を詫びる三人。

そもそもの原因は、未だに二人にパスを与えていなかった大和にある。

教導だけでなく、複座でのデータ収集や武装開発を手伝って貰っているのだから、パスは与えるべきだった。

大和も意地悪で与えなかったのではなく、単純に二人が自分が居る時に訪ねてくるので必要と思っていなかっただけだ。

「…………よし、これで二人も一応自由に入室できるぞ」

「ありがとう、ヤマト!」

「ありがとうございます、少佐」

青い顔で二人にパスを与える大和。

顔色が悪いのは、二人の怒りのオーラに当てられたからだろう。

パスが貰えて嬉しそうなイーニャと、心なしか頬が赤いクリスカ。

特にイーニャは、これがあればいつでも大和の部屋に入れると、宝物のように胸に抱いている。

「それにしても、香月副司令直属の部隊…もしや、横浜基地で唯一不知火を運用している部隊ですか?」

「おや、中尉は知っていたのか?」

「えぇ、非常に練度の高い部隊が横浜に居ると、巌谷中佐に以前聞いた事があります」

色々と耳ざとい中佐なら知っていて当然か…と納得する大和。

「その通りだ、一応秘密部隊扱いなので詳細は伏せるが……ま、その内中尉も知る事になるだろうな」

「そうですか……」

大和の副官となった以上、嫌でもA-01との関係は増える。

下手をすれば、A-01と一緒に戦う事もありえるのだ。

「………タカムラ、ヤマトとながいの…?」

おばちゃん特製の味噌汁を飲みながら見上げてくるイーニャ。

彼女の言葉遣いが普段からこうと説明された唯依は、若干慣れないものの、顔には出さない。

「そうだな……一応一年以上の付き合いになるな」

「………いいなぁ…」

唯依の言葉に、本当に羨ましそうなイーニャ。

これには唯依も何を言えば良いのかと困り、クリスカを見る。

が、彼女の視線からも、似たような感情を感じて最後には大和を見るが……。

「ぬぅ、また梅干し……ッ、これはおばちゃんからの遠まわしなお仕置きなのかッ!?」

三回連続で梅干しお握りを食べてしまい、戦慄していて役立たず。

「あぁ…そう言えば梅干し苦手でしたね…」

「わたしもキライ…」

「私も得意ではないな……」

苦笑する唯依と、酸っぱいとばかりに唇を尖らせるイーニャ。

クリスカも嫌なのか顔を顰めている。

因みにお握りの具は、合成梅干し・鮭・昆布・オカカである。

「仕方ない…少佐、私のと交換しましょう」

そう言って、自分が食べようとしていたお握りを差し出す唯依。

「い、良いのか中尉…ッ、ありがたい、今日から君の事は女神☆唯依たん(ゴッデス☆ゆいたん)と呼ぼう!」

「殴りますよ」

大和の言葉は兎も角、お握りを交換する二人。

次こそ鮭、いや昆布でも良いなぁと呟きながら齧り付く大和を、苦笑しつつ自分が持つお握りに目を向ける。

梅干しが露出しているお握り、つまり食べ掛け。

「(あ……今更だけど、これってもしかして――――っ!?)」

「かんせつ……キス…」

「ッ!?(///」

ジト目のイーニャに指摘され、真っ赤になる唯依。

「タカムラ中尉………」

「ち、違う、意図してやった訳じゃなくて、誤解だ、そんな目で見ないでくれ少尉っ!(///」

暗い瞳で見てくるクリスカに、慌てて弁解する唯依。

大和の同僚をやっている内に身に着いた世話焼きスキルを恨めしく思いながら原因である大和を見ると―――


「………………………今日は、厄日か………」


また梅干しだったお握りを片手に、真っ白に燃え尽きていたのだった。























[6630] 第十一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:25














2001年5月11日―――04:00―――



207訓練部隊の総戦技評価演習を間近にしたこの日、数々の未来を知る大和ですら予測できなかった事態が発生した。

「夕呼先生っ!?」

「来たわね白銀。黒金、説明を始めて頂戴」

ピアティフに起こされて、慌てて作戦室へと駆け込んできた武に、室内で待っていた夕呼が頷いて席に座らせる。

「本日03:23――佐渡島ハイヴからBETAの一団が出現。三方向に別れながら本土上陸を目指している」

「そんな、11月までBETAは侵攻してこない筈なのに…っ」

正確には、8月のカムチャツカ半島東岸部侵攻までだが、こちらは佐渡島ハイヴとは関係ないので武は知らない。

「武、残念だがこの世界に…いや、どの世界でも絶対は在り得ない。迂闊だった、一度しか経験していなかったから油断していた…ッ」

「以前、一度あったって事?」

夕呼の問いに、苦虫を噛み潰した顔で頷く大和。

この場には、夕呼・大和・武、そして霞という事情を知っているメンバーだけが集まっている。

そして、この中で一番歴史の流れを知るのは大和だ。

「あれは、確か俺の15か16回目のループの時です。帝国軍湾岸防衛隊に配属された俺は、11月までBETAは来ないと油断していて……死にました」

「………そう」

「……なんで、一度だけだったんだ?」

「さてな、その後30回近くループを経験したが、この時期に侵攻があったのはその一度きり…何が原因かは不明だ」

大和の話では、時々ループする世界で今回のように発生する事件が、多数あったと言う。

それでも、その多くがオルタネイティヴ5発動後の事なので、大和自身油断していた。

「それで、その時の状況は?」

「三方向に分かれたBETAは、それぞれ五千ほどの連隊か旅団規模で上から順に秋田・新潟・富山へと上陸。その後秋田・新潟は殲滅できたものの、富山の防衛線が二つ突破され、長野県中部まで侵攻されました……その後は…」

悔しげに首を振る大和に、そこで戦死したのだと理解して話を止める夕呼。

「ピアティフの報告だと、既に帝国軍と国連軍がそれぞれ防衛線を張って対処しているけど…黒金の話が本当なら、富山の防衛線が抜かれるわね…」

「秋田・新潟の防衛部隊と違って、富山に配置されている中隊は殆どが戦闘経験が乏しい筈です。前の時抜かれたのも、それが原因かと」

屈強を誇る新潟防衛部隊と、古参兵が多い秋田防衛部隊に比べ、富山の部隊は一度壊滅して再編成したばかりだと思い出した大和。

2月のBETA侵攻で壊滅した中隊のいくつかは、富山からまわされた部隊だった。

「規模から考えればここまでは来れないでしょうけど、油断は出来ないわね…」

「えぇ、突発的な事態を予測しておいた方が賢明でしょう」

「先生、富山の防衛線を増強させる事って無理なんですか?」

「難しいわね、ここ最近帝国軍にはあれこれ注文してるから、これ以上言うと睨まれるわね……」

2月のBETA襲来も、夕呼がそれと無く警戒するように情報を流していたので被害が少なくなった。

が、それを突っ込んでくる連中も多いのだ。

オルタネイティヴ4の研究の一環で偶々…と誤魔化したが、それも何度も使えない。

目の前に迫りつつある脅威に、歯軋りする武。

それを見て溜息をつきながら口を開く夕呼。

「白銀、そして黒金。あんた達に特殊任務を言い渡すわ」

「え…?」

「はい」

「時間的に、富山の防衛線へ加勢するのは難しいでしょうから、群馬県西部辺りに布陣して敵の侵攻を阻止しなさい。この際だから、XM3と雪風の宣伝に使わせてもらうわ」

そう言ってニヤリと笑う夕呼、武はそんな彼女を嬉しそうに見上げる。

「そ、そんなキラキラした目で見るんじゃないわよ…。黒金、大至急出撃準備しなさい」

「そう言うと思って、既に雪風を87式自走整備支援担架に搭載、整備班を編成して補給部隊を先に出発させています」

「あらそう、例の部隊は?」

「既に補給部隊と共に予測進路上へ向わせています」

「パーフェクトよ黒金、なら急いで出撃しなさい」

「……………がんばって下さい…」

「おう、直に戻ってくるから心配するなよ、霞!」

夕呼の許可も得て、意気揚々と出撃する二人。

大和の行動は事後承諾だが、一応少佐だしその権限はある。

「しっかし、よく夕呼先生が出撃させるって分かったな?」

「何、そろそろXM3と雪風のアピールを始めたいと言っていたのでね。博士が言わなかった時も、事後承諾だが雪風の実戦データ収集と言って出撃していたがな」

「うへぇ、先生も先生なら、大和も大和で抜け目が無いなぁ…」

「そうでなければ生きて行けんよ」

大和の言葉に、違いないと苦笑し、二人は急いで出撃するのだった。





















同日09:45―――


佐渡島から侵攻してきたBETAは、現在秋田・新潟・富山へと侵攻。

帝国軍・国連軍の部隊と艦隊が防衛線を展開し、秋田・新潟は現在掃討戦へと推移。

しかし、大和が経験した通り、富山の防衛線が一部突破され、光線級を含むBETA約1000体、連隊規模が富山から県境を越えて長野へと侵攻。

帝国軍が慌てて長野県中部へと部隊を派遣して防衛線を展開するが、BETAは東進を続け群馬県へと侵入。

そこから南下を始め出した。

BETAの侵攻を読み違えた帝国軍は慌てて防衛部隊を派遣しようとするが、未だ秋田・新潟では戦闘が続き、富山の防衛線は限界。

駆けつけられる部隊が近隣に存在せず、事態を重く見た帝国斯衛軍が、連隊規模の出撃準備を始める。

その頃、群馬県・妙義山の麓にて、国連軍の小隊二つが防衛線を展開していた。

偶々近隣の駐屯地にて再編成中だった部隊であり、本来なら新潟の応援に廻される筈だった小隊が二つ。

撃震4機と陽炎4機で構成された彼等は、左手に妙義山を望む形で展開。

侵攻してくるBETAを、この場で防御する事が命じられていた。

『ま、マナンダル少尉、増援はまだなんですかっ!?』

「バカヤローっ、そんなビビッててどうするんだ、アタシ達だけで全滅させる位の気合を持てよっ!」

同小隊の歳若い少尉の言葉に、怒鳴り返すのはネパール陸軍から派遣されたタリサ・マナンダル少尉。

『落ち着いてタリサ、彼等はまだ任官したばかりの新任なんだから』

「そりゃそうだけど…増援は期待できなんだし、アタシ達で何とかしないとだろう、ステラ?」

嗜めるようにタリサに通信を繋いできたのはステラ・ブレーメル少尉。

スウェーデン王国陸軍から派遣された少尉で、彼女達は近隣駐屯地で部隊編成を終えたら、数日後には横浜基地へと赴任する予定だった。

お国から出向した彼女達は、極東の激戦区と呼ばれる日本に配属される事になり、気合を入れていたが、まさかこんな少数でBETA、しかも未だ900もの数を保ったままの連中と戦う事になるとは、誰も予想していなかった。

『HQよりスラッシュ小隊・クライマー小隊へ、BETAは現在上越自動車道を破壊し、こちらへと進行中。接敵予想時間は約300秒後』

「来たぞ、全機鶴翼壱型(ウィング・ワン)で隊列を組め!」

暫定ながら小隊長となったタリサの号令で、陽炎と撃震が広がり、突撃砲を構える。

『敵前衛突出、突撃級と要撃級合わせて約200、接敵時間は110秒後』

「全機、二機連携(エレメント)を崩すなよ………攻撃開始!」

タリサの号令で陽炎と撃震が展開し、突っ込んでくる突撃級を迎え撃つ。

散発的に突撃してくる突撃級を避け、弱点である背面などを狙い撃ち、数を減らすものの、そこへ要撃級が押し寄せてくる。

「こんのぉっ!!」

背後に迫った要撃級の頭(?)を長刀で切り飛ばし、押し寄せる要撃級に突撃砲をお見舞いする。

『タリサ、下がって!』

「おっとと!」

ステラ機の支援突撃砲から放たれた砲弾が、タリサに横合いから迫る要撃級を撃ち抜く。

「悪いステラ!」

『そう思うならもう少し下がって、援護が届かないわ』

嘆息しつつも迫る突撃級と要撃級を撃ち抜くステラ。

何とかタリサ達スラッシュ小隊は戦えていたが、同行していたクライマー小隊の一機が突撃級に粉砕された。

『い、いやだぁぁぁぁっ、たすけ―――』

オープン回線で響いた悲鳴にタリサが視線を向ければ、撃震がまた一体、要撃級の餌食になっていた。

「ちくしょう…HQ、せめて支援砲撃はねぇのかよっ!?」

『こちらHQ、残念ながら支援可能な車両が到着していない、繰り返す、支援車両が到着していな―――え?』

無慈悲な事を伝えてくるHQにタリサが歯を軋ませるが、最後の方でHQの管制官が動揺したような声を発した。

『これは……国連軍の増援…?』

「おい、どうしたんだよっ、HQ、もしもしっ?」

突然回線でブツブツと呟き始めた相手に、要撃級を切り倒しながら声をかける。

『あ…っ、HQよりスラッシュ・クライマー小隊へ。現在そちらに国連軍の機体が二機接近中。繰り返す、友軍が二機接近中』

「はぁ? 二機?―――ふっっっざけんなぁっ、たった二機で何が出来るってんだ!?」

HQから聞こえた内容に、血管が切れるかと思うくらいの叫びを上げるタリサ。

たった二機増えたくらいで、連隊規模のBETAが殲滅できるか!…という、彼女の怒りは、直に消える事になる。

『こちらハーミット01、支援攻撃を開始する、全機射線に注意せよ。繰り返す、支援攻撃を開始する』

突然割り込んできた回線からの言葉に、タリサが疑問を返すより先に、後方の二機の方からミサイル接近の警報が鳴らされる。

「なんだぁっ!?」

タリサが驚きと共にそちらを見れば、地表を這うように4発の中型ミサイルが猛スピードで迫り、突撃級や要撃級が密集している場所を正確に吹き飛ばした。

さらに生き残ったBETAに、小型ミサイルが降り注ぎ粉々に消し飛ばす。

呆然とするタリサ達の機体の上を通過した二機の戦術機が、駆動音を響かせながら着地する。

「な、なんだあの機体……?」

『シラヌイ…にしては、大きいわね…』

ポツリと呟いた言葉に、ステラが反応するが、彼女も呆然としている様子だった。

現れた二機は、青い配色が施された不知火に似た機体。

全体的に大型になり、背中には追加スラスターが見受けられ、肩の後ろには長刀と突撃砲が装備されている。

さらに、その肩部装甲ブロックの先には、二機それぞれ違った武装のような物が装備され、両足にも何かが付いている。

『こちら、横浜基地所属のハーミット分隊、これより戦闘行動を開始する』

サウンドオンリーでの通信に、タリサが答えるよりも前に、頭部モジュールに4本のアンテナの様な物が装備された機体が、手に持っていた巨大なミサイルコンテナのような武器をその場に無造作に放ると、二機がスラスターを噴かせて“飛び立つ”。

「あ、馬鹿っ、そっちには光線級がっ!!」

無防備に跳躍した事で、後方に控えており、既に目前まで迫っていた光線級の死の光が、二機を狙う。

レーザー照射警報に、誰もが二機の消滅を感じた次の瞬間、タリサ達は信じられないモノを目撃する事になる。

『おっとっ!』

『ふん…!』

頭部モジュールの頭頂部に角がある方は空中で回転しつつレーザーを避け、4本アンテナの方は急制動でレーザーから外れる。

『『『『『「なぁ…っ!?」』』』』』

これには見ていた全員が口を開けて驚いた。

レーザーを空中で避ける、それは誰もが無謀だと思っていた動き。

光線級のレーザー照射までのインターバルは、ルクスの方で約12秒、重光線級であるマグヌスルクスで36秒。

つまり、約10秒間の自由飛行時間が生まれる。

『武、光線級を優先で狙え!』

『了解っ!!』

空中を“飛ぶ”二機が背中合わせにBETAの大群の真上で止まり、各部に装備された武装の砲門を向ける。

『爆ぜろッ!!』

『当たれぇぇぇぇっ!!』

四本アンテナの機体の脹脛部に装備されたミサイルポットと両肩部のガトリング、そして突撃砲と手腕ガトリングがそれぞれマーキングした光線級と重光線級を狙い撃ち、角付き機体の肩部ウィングの機関砲と手腕ガトリング、突撃砲、そして足の可動式機銃から放たれた銃弾が、正確に光線級を撃ち抜いていく。

『―――ッ、回避!』

『応っ!』

12秒のインターバルが終了したのか、再度の光線級のレーザー照射も、二機はスラスターと噴射跳躍システムでひらりと避けてしまう。

『一度防衛線を引き直す、武はこのまま光線級を駆逐してくれ』

『了解だ、ヘマするなよ大和っ!』

『こちらの台詞だ!』

短い会話の間も、空中の角付きは信じられない飛行性能でレーザーを避けて照射した個体から突撃砲で撃ち殺していく。

地面に降り立った四本アンテナの機体は、両肩のガトリングと突撃砲2丁で、要撃級から突撃級、小型の戦車級まで、満遍なく駆逐していく。

良く見れば、左肩に01、02と刻印されており、角の方が02、4本アンテナの方が01となっている。

『スラッシュ・クライマー両小隊へ、これより地図のこのポイントから防衛線を張り直す』

「え…あ、でもどうやって!」

突然通信と共にデータが送信されてきて驚くタリサ。

近くの山からBETA侵攻方向までを防衛線とするらしいが、この機体数では難しい。

『心配いらない、こちらで間引く』

そう言うなり、02の機体は左肩のガトリングをBETA左翼へと向ける。

良く見ると、上はガトリングだが、その下に大口径のランチャーが装備されている。

『爆導弾、発射ッ!』

ドシュンっという重い発射音と共に放たれた巨大な砲弾は、なんと途中で先端から輪切りにしたように分離していき、中心でワイヤーに繋がれた蛇腹のように伸びていく。

先端から最後尾までの間に、円状の物体が8個つながり、先端が目標に到達した瞬間、その物体全てが爆発。

S-11ほどではないが、突撃級から小型種まで、近くに居たのも含めて50体以上を一瞬で吹き飛ばした。

「す…すっげぇ…っ」

『爆弾を繋がった砲弾として撃ち出す武装…?』

戦闘中だと言うのに見入ってしまうタリサと、一瞬だったものの放たれた砲弾が何だったのか理解していたステラ。

因みにタリサの陽炎は足を戦車級に齧られていて慌てて撃ち殺す。

『そら、もう一発だ!』

ドシュンと放たれた爆導弾が、再びBETAの群れを消し飛ばすと、小さいながらも防衛線が出来ていた。

01から後方のBETAは、01・02の登場に驚きながらも戦っていたタリサ達のお陰で駆逐が終わり、後は前方で02へ群がっているBETAを残すのみ。

BETAは01と02が脅威と認定したのか、光線級はやたらと02へ照射を集中し、残った突撃級と要撃級は01へ向ってきている。

『ハーミット01より各機、ハーミット02が光線級を引きつけている間に、他の種を殲滅するぞ』

「あ…り、了解っ!」

『ちょっとタリサ、一応貴方が部隊の指揮官なのよ?』

ハーミット01から通信に、思わず返事をしてしまうタリサだったが、ステラに言われてそうだったと気付く。

『HQよりスラッシュ・クライマー両小隊へ。ハーミット01は横浜基地の黒金少佐です、これより指揮下に入ってください』

が、狙っていたかのようなタイミングでHQから指示が入った。

色々と思うところはあるものの、相手は同じ国連軍の少佐だ。

指示も間違っていないし、何よりレーザー照射を避けるという腕前。

突出して空を駆けている02も気になるタリサは、気持ちを切り替えて防衛線構築へと参加した。

敵BETAの総数が500を切った辺りで、突然02が後退してきた。

『どうした02?』

『いや、光線級は全部し止めたんだけど、燃料が無くなってきた。おまけに要塞級が追いついてきやがった』

防衛線を突破したBETAの一団の中でも、後方に位置していた要塞級が前線に到達したらしい。

『ここまで最大戦速で来たから燃料切れは仕方が無いか…外部タンクか何か作るかな…』

「いや、あの、少佐? そんなのん気な会話してていいのか…じゃなかった、いいのですか?」

燃料が切れ始めたと言うのに余裕っぽい声の02と、同じように深刻に受け止めていない01に、流石にタリサがツッコム。

『別にハイヴの中ではないからな、それにそろそろ弁当が届く筈だ』

「は?」

弁当? こんな時に? この少佐ちょっと頭おかしくない? と、顔の見えない相手に唖然としていると、レーダーにBETAの接近警報が表示される。

『クライマー01よりハーミット01へ、要塞級が来ましたっ、最前に8、後方に17、さらに増えています!』

要撃級・小型種と共に接近してくる要塞級。

ある種一番厄介な相手だが、ハーミット01に焦りは無い。

タリサが01へ指示を仰ごうとした瞬間、HQとは違う回線からの通信が割り込んでくる。

『こちら横浜基地所属第01支援戦術車両中隊、支援砲撃を開始する。全機着弾予測地点に注意せよ!』

その通信にタリサが疑問を口にする前に、後方からの支援砲撃が降り注ぎ、要塞級を含めたBETAの前衛を吹飛ばす。

『どうやら無事到着したようだな』

『少佐、遅くなって申し訳ない!』

こちらもサウンドオンリーの通信に、タリサが戸惑いつつ後方を望遠で見れば、そこには土煙を上げて接近してくる12台の戦車………のような物。

「な、なんだあれっ!?」

『戦術機…いえ、戦車? でも…』

タリサやステラが戸惑うその一団。

『うわっ、なんだあれ!?』

さらにはハーミット02まで驚いていた。

『見たままだ、拠点防衛・防衛線維持の為に開発した、支援戦術車両第一号『スレッジハンマー』和名は『蛇侍空雄(タジカラオ)』で登録する予定だ』

『厨房臭い名前だなぁ…』

『02………後で啼かす』

『啼かすっ!?』

何やら01と02が漫才しているが、タリサは初めて見る支援戦術車両に興味津々だった。

徐々にこちらへとやってくるその機体は、戦術機の上半身を、巨大なキャタピラ二つの後方に乗っけたというシンプルな姿。

だが、大きさが戦術機クラスの戦車であり、よく見ればあちこち銃口と砲門だらけ。

両手はガトリング、両肩先端には小型ミサイルポットや大型ミサイルが装備され、背中からは戦艦の副砲くらいの大きさの砲身が2本突き出している。

さらにキャタピラ先端はスパイク装備、小型種用か、機銃まで見受けられる。

全身重火器と言える戦術機戦車の登場に、タリサだけでなく、01を除いて皆驚いていた。

『少佐、補給コンテナのお届けです!』

『感謝する戦車長! 02、直に補給へ行くぞ。スラッシュ・クライマー両小隊で補給が必要な者は来い。まだ戦える者は支援戦術車両と共に防衛線を守れ!』

01からの指示に、戸惑いつつも返答し、クライマー01とスラッシュ03が彼等に続く。

飛び越えた12機の支援戦術車両の後方には、似た形だがスレッジハンマーとは前後が逆の機体が二機ついて来ていた。

その機体の背中…キャタピラの上には、補給コンテナが搭載されている。

『燃料補給もある、戦車長…3分頼めるか?』

『任せてください少佐、俺達歩兵がこうして衛士と肩を並べて戦えるんです、BETAなんぞ綺麗に掃除してやりますよっ!』

『頼もしいな、任せた!』

戦車長の言葉に、01は全幅の信頼で防衛線を任せた。

『よぉしっ、全機攻撃態勢! 少佐達の食事が終わるまで邪魔なBETAを通すなよっ!』

『『『『『『『『『『『了解っ!』』』』』』』』』』』

全ての機体からの返答に、戦車長は眼前のBETAを睨みつける。

『全機……攻撃開始ッ!!』

合図の言葉と共に放たれる銃弾・砲弾・ミサイルの雨。

圧倒的な面攻撃に、小型種はおろか、突撃級すら防衛線より前に進めない。

『撃て撃て撃て撃てぇーーーーーっ!!!』

スレッジハンマーの背負った砲身から放たれた200mm砲弾が、突撃級を吹飛ばし、要撃級を木っ端微塵に粉砕する。

02が光線級を全て駆逐したこの戦場で、スレッジハンマーを直接狙えるBETAは居ない。

『ハンマー06よりハンマー01へ、突撃級が中央から来ます!』

『全機、アッパーマイン装填!』

戦車長の言葉に、全ての機体の肩の後ろから、ミサイルコンテナのような武装が顔を出す。

『防衛線より50m前後で散布、撃てぃっ!』

号令と共に発射された、太いミサイルのようなそれが、突撃級の眼前で炸裂。

中から1m程の、平べったい円盤を撒き散らす。

そしてその上を突撃級を含めたBETAが通過した瞬間、天を突き上げるように爆発が起こり、BETAを撥ね上げる。

小型種は爆風で粉々になり、大型種は落下の衝撃で潰れたり、落ちてきた突撃級の殻に潰されたりしていく。

「す、すっげぇ…みんなみんな見たことねぇ武器ばっかりだ…っ!」

『横浜基地で、独自の開発が行われているって聞いたけど…予想以上ねこれは…』

突撃砲や支援突撃砲で援護しつつ、目の前の光景にワクワクが止まらないタリサと、これから自分が赴任することになる横浜基地のレベルに驚嘆するステラ。

時間にして2分が経過した頃、要塞級がまた出てきた。

流石に要塞級にあのアッパーマインは通用しないし(爆風が届かない)、要撃級もまだ残っている。

『よし、全機Stand UP!』

『よっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

妙に単語の発音が良い戦車長の号令と共に、操縦士が座席横のレバーを思いっきり引き上げる。

と、スレッジハンマーのバイザー状のメインカメラが一瞬光り、キャタピラとスラスター噴射で立ち上がっていく。

「うそぉぉぉぉぉぉっ!?」

次々に立ち上がるスレッジハンマーの姿に絶叫するタリサ。

キャタピラ先端が足先となり、ロックが解除されて両足に。

二足歩行の戦術機形態となったスレッジハンマーは、両足の踵と腰からアンカーを放ち、地面に機体を固定。

『全機、フルオープンアタック!』

スレッジハンマーの、全身という全身から機銃やガトリングが火を噴き、銃弾の雪崩がBETAを押し返していく。

要塞級も、直接200mmで狙われては形無しであり、次々に撃破。

しかし、そんな中を突撃級が進み、倒したかと思えばその後ろからは要撃級が顔を出した。

『後退!』

『アイサーっ!』

戦車長の言葉に、もう一人が答えて機体を後退させつつ銃弾の雨を浴びせる。

見た目は戦術機だが、機動性は戦車より上程度しかないので、接近戦になったらスレッジハンマーは途端に弱くなる。

そもそも、“支援”戦術車両なんだから、直接戦闘は考慮していなかったりする。

それでも、普通の戦車よりは強いが。

『むぅ、いかんっ!』

先頭に居たハンマー01に、要塞級の衝角が迫る。

『させんッ!』

だが、攻撃が当たるかと思われた瞬間、尾節にミサイルが直撃し、衝角が空を切る。

『待たせたな戦車長、援護に回ってくれ!』

『後は俺達が掃討するぜっ!』

中型ミサイルコンテナを構えた01と、空中機動で要塞級を翻弄して撃破する02からの通信に、安堵する戦車長。

『了解しました、このまま支援へと移ります!』

映像は映っていないが、敬礼しつつ指示を出してBETA掃討支援へと移るハンマー中隊。

大型種の相手は辛いが、小型種なら全身、足先から腕の先、さらには頭部モジュールにまで装備した機銃で始末できる。

そんなスレッジハンマーを横目に、掃討に参加するタリサ。

「すっげぇなぁ…あれがヨコハマの部隊かぁ…っ!」

その瞳には、これから先の赴任地への希望に溢れていた。

























『HQより各機へ、周辺に残存BETAは確認できません。スラッシュ・クライマー両小隊は警戒しつつ撤収準備に移ってください』

HQからの通信を聞きつつ、周囲を見回す大和の雪風一号機。

同時に改造して同時に完成したので一号も二号もないのだが、一応名目上そう呼称されている。

突撃級の死骸の上に立ち、背中合わせに並び立つ雪風二機の姿に、見惚れる者も多かった。

「戦車長、ハンマー部隊の被害規模は?」

『01から06まで、戦車級に齧られましたが自走可能、09が下半身を破損したので牽引して撤退します』

「了解した、基地に帰ったら整備班長の指示に従ってくれ」

『了解です!』

通信を切断すると、横浜基地へと撤退していくハンマー部隊。

それを見送りながら、未だこの場に残り続ける大和と白銀。

「……………不安か?」

『…………あぁ…』

秘匿回線で問い掛けた言葉に、武は擦れた声で返してきた。

武は、この世界に来てから必ずしている事がある。

それは、戦闘終了後も時間が許す限りその場に止まり、BETAの生き残りが居ないか確かめる事。

前の世界で、恩師であるまりもを殺された事が、武の傷痕になっていた。

「………帝国軍の部隊が到着するまでだぞ」

『分かった……サンキューな、大和』

「…………構わんさ…」

シリアスに返事する大和だったが、その手は現在の武の表情を記録するのに忙しい。

「(この映像を編集して彼女達に見せれば母性本能キュンキュン間違いなし。唯依姫の登場で計画は難航しているが、俺は絶対に諦めんぞ…)」

内心クックックッ…と邪悪に笑う大和。

近隣の駐屯地へと撤退するスラッシュ・クライマー両小隊を見送った所で、帝国軍の部隊が到着した。

「おや、あれは……」

『烈士の不知火……っ』

現れた不知火12機は、何れも腰部装甲に『烈士』の文字が描かれた黒い塗装の機体。

帝都守備第1戦術機甲連隊などが使用している不知火に見られる特徴だ。

『こちらは、帝国本土防衛軍・帝都守備第1戦術機甲連隊の沙霧 尚哉大尉である。貴官らの所属を述べよ』

「こちらは横浜基地所属の専任即応部隊ハーミット分隊、黒金 大和少佐だ」

『横浜の…? 見たところその機体、不知火の改造機のようだが……』

「大尉、貴官の仕事はこの機体を調べることか?」

若干言葉を強くして問い掛けると、一瞬黙り込む沙霧。

『失礼した、この場の事後処理はこちらが受け持とう。BETA撃退に感謝する』

「こちらも仕事だ。それにしても、帝都守備隊まで出撃するほどの被害だったのか?」

『…国連軍の貴官等には関係の無いことだ。早々に撤退を願おう』

所属が違えど少佐である大和に対する不遜な態度、そして剣呑な雰囲気を感じ、機体を身構えさせる武。

「よせ、02。……それでは、我々はこれで撤退する」

『………協力に感謝する』

背を向けた二機の雪風に対して、機体の中で頭を下げる沙霧。

それに対して大和は何も言わず、武機を伴って跳び上がる。

『………なんか、気に入らないな、あの態度…』

「そう言うな、あちらもプライドがある上に、横浜基地は色々と訳ありだからな」

『それはそうだけどさぁ…夕呼先生ももうちょっと言葉考えて交渉して欲しいぜ…』

帝国斯衛軍とはそこそこ密接な関係にある横浜基地だが、帝国軍の多くにはあまり良い印象が持たれていない。

時折突っ込まれる命令や、戦場でチョロチョロしている部隊(A-01)など、色々と思うところがあるらしい。

「しかしこれで雪風とXM3の性能は帝国軍に知られる事となる。明日…もしかしたら既に博士に問い合わせの電話が殺到しているかもな」

『うへぇ、ご機嫌であしらう先生の姿が見えるぜ…』

事実、帝国司令部や議会からの問い合わせが既に来ていたりする。

埼玉県まで巡航モードで跳んで来た(武機は飛んできた)二機は、そこで待機していた87式自走整備支援担架に機体を固定すると、横浜基地目指して帰還を始める。

帰り道の間、大和は今回の侵攻の被害状況を確認していた。

「秋田・新潟方面で中隊が3、艦隊が1…富山は中隊が5・艦隊が2か……」

戦術…とは言えないものの、BETAが別々の方向から攻めてくるという事態に、かなり混乱したらしい。

BETAの総数は1万5千…師団規模だ。

11月の侵攻とほぼ同じ総数が今回侵攻してきた。

「次は一点突破で新潟か…?」

呟きながらも端末を使って情報を集める。

この情報は横浜基地経由の物なので、そこそこ詳細な情報が入ってくる。

「ほう、斯衛軍が一個大隊出撃したのか……それで富山の防衛線を修復して掃討…指揮官は五摂家の崇宰…ご老体が無茶をする…」

かつて斯衛軍に居た頃に見た崇宰家当主は既に50過ぎなのだが、若い者には負けんと元気に戦術機を乗り回していた。

年齢以上に頭が老けているので、周囲からはご老体と呼ばれ親しまれている。

「何にせよ、総戦技評価演習の間は何も起こらないで欲しいものだ……武の修羅場以外」

最後が余計だが、座席に身体を沈めて瞳を閉じる。

武は今頃前の車両でお休み中だろう。

一眠りするか…と考えている間に、大和の意識は眠りに落ちていった。






















19:18――――横浜基地


途中スレッジハンマー部隊と合流して帰還した大和達。

休憩と補給を行いながら帰還したときには、既に夕食の時間だった。

「あら、お帰り二人とも。ご苦労だったわね」

「黒金、及び白銀大尉、ただ今帰還しました」

「ただ今戻りました、先生」

珍しい事に、格納庫で出迎えた夕呼。

「………お帰りなさいませ。無事で良かったです…」

さらに霞まで出迎えてくれた。

「珍しいですね、先生が出迎えなんて」

「別に良いでしょう、雪風の状態と、あの戦車の戦果も確認したかったんだから」

少し拗ねた感じで視線を逸らす夕呼に、苦笑する武。

大和は、もしや彼女にも武の恋愛原子核が作用し始めたか!? と、内心注視していたり。

「中々の戦果だったみたいね、あの戦車」

「支援戦術車両…だっけか? 出撃前に夕呼先生が言ってた例の部隊って、あれの事だったんだな」

巨大エレベーターに搬入されていくスレッジハンマーをタラップの上から見下ろしながら問い掛ける武。

夕呼はピアティフが纏めた戦果報告書を読んでいる。

「本来は拠点防衛用の機体なんだがな。因みにあれ、見た目はほぼハリボテで機体の上半身とかは撃震だぞ?」

「マジでっ!? 通りで見た目似てるな~とは思ってたんだよな……」

「廃棄予定の機体とか、大破した機体とかのパーツ持ってきてせっせと組んでたけど、意外と使えるのに仕上がったわね」

装甲と装備を取り外せば、撃震の胴体や頭部、手腕が顔を出したりする。

「あと、あれのパイロットは衛士じゃなくても大丈夫だ」

「それが一番美味しい点ね」

「そうなのかっ? そう言えば、戦車長が歩兵って言ってたっけ……」

「元々はこの基地の歩兵連隊と戦車大隊から引き抜いてきた連中だ。戦車の操縦と武器の操作させ出来れば、誰でも動かせる。なにせ戦車の延長上にある機体だからな」

さらに二人乗りで、一人が機体制御、もう一人が火器管制などを受け持つ。

独特の火器管制システムだが、これ単体なら衛士としての資質は必要ない。

歩兵の中には、衛士適正が低くて泣く泣く歩兵や戦車乗りになった者も多く、試験部隊でもあるスレッジハンマーの隊員達は全員喜んで訓練していた。

「ここ数週間の訓練だったが、全員問題なかったな」

「これだけの戦果なら問題ないわね、基地防衛用に量産・配備してちょうだい」

戦車長達の練度に大和が満足していると、書類を読み終わった夕呼がスレッジハンマーの量産許可を出してくれた。

戦術機のように前線では使えないが、支援砲撃や拠点防衛なら役に立つ上に、廃材ならぬ廃戦術機からパーツや胴体を持ってくるのでコストが低い。

さらに武装は、元々雪風用・響用に開発・量産していた物が多く、実は肩部武装などは共用が可能だったりする。

「雪風も期待以上の戦果を挙げて帰って来たし、明日から楽しくなりそうね~」

「うわ、先生ノリノリだ…」

「………ノリノリ、です…」

雪風とXM3に関して聞いてくるであろう連中にどう答えるか考えているのか、ノリノリで執務室へ戻る夕呼。

きっと、色々と無茶な注文つける気だ…と、3人の心が一つになった。

「さて、俺は事後処理をするから二人はあがると良い」

「え、良いのか?」

「整備班に指示を出すだけだ、それよりも、社嬢と居てやれ」

「……ありがとうございます、黒金さん」

ピコピコといつもより激しく動くウサミミに霞の気持ちが現れている。

武が霞と共に格納庫から退出するのと入れ違いで、何故か黄色の零式衛士強化装備の唯依が現れた。

「やまっ――、黒金少佐、お帰りなさいませ!」

「ただいま……と言うか中尉、何故に強化装備?」

「こ、これは、その、いざと言う時を考えて待機していたのです」

大和の指摘に、赤くなる唯依。

確かにBETA侵攻、しかも富山の防衛線が破られているので、横浜基地でも警戒態勢が続いている。

「しかし、出撃するなら何故言って下さらないのですか、私も副官として随伴するつもりでしたのに…」

少し拗ねているのか、非難の視線を向けてくる唯依に、どうしたものかと苦笑する。

「いや、一応香月博士の特殊任務だし……山吹の武御雷を軽々しく動員は出来ないだろう」

「それなら、既に巌谷中佐経由で斯衛軍から許可が下っています!」

そう言って、どこから取り出したのか書類を見せる唯依。

長ったらしく文字が並び、さり気無く殿下とか紅蓮大将とか巌谷中佐の許可の判子が押されているが、要約すれば「必要だったら好きに出撃して良いよ」と書かれている。

「分かった分かった、次の出撃には随伴してもらうから…」

「出撃だけではありません。私は副官なのですから、どのような任務でも随伴しますよ」

厳しい唯依姫、何が何でも随伴する心算だ。

「了解した、その時はちゃんと連れて行く。それより70番格納庫への搬入を手伝ってくれ」

「…絶対だぞ、大和……(ボソッ」

「ん?」

「な、なんでもありません、搬入指揮を取ってきますっ」

苦笑して仕事に戻る大和の背中に投げかけた言葉は、小さすぎて大和には聞こえなかった。

因みにこの後、大和が内緒で207訓練部隊の総戦技評価演習に同行し、彼女を置いて行ってしまったりするが、それは次回のお話。


























[6630] 第十二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/02/26 22:18



















2001年5月21日―――


総戦技評価演習 初日―――



太平洋を南下する事数時間―――ここ、総戦技評価演習の場所として選ばれた島に、207訓練部隊は降り立った。

見渡す限りの青い空と青い海、白い砂浜に熱帯なジャングル。

リゾートであれば最高の場所だが、ここは既に戦場だった。

「全員整列っ!!」

まりもの号令に、207訓練部隊が居並ぶ。

その表情には、緊張と決意が見受けられる。

「これより、総戦技評価演習を開始する。なお、今回の演習には香月副司令と黒金少佐、白銀大尉が試験官を務めてくださる!」

『っ!?』×207全員

まりもの言葉に、全員が目を見開く。

特別教官である武は良いとして、何故副司令と忙しい筈の少佐まで居るのかと、疑問に思っていた所にこの通達である。

「今回の総戦技評価演習は、これまでの物と異なる趣きとなっている。詳しい説明は白銀大尉がして下さる、全員心して聞け!」

その言葉と同時に武がまりもの隣に並ぶ。

「それじゃ、今回の“特別”総戦技評価演習のルールを説明するぞ」

武の“特別”という単語に数名が内心首を傾げるが、武は構わず説明に入る。

「今回の演習は、A分隊とB分隊に分かれての対決になる。島の各所にターゲットとなる品物を隠してある、これらを相手のチームより先に見つけ出し、ゴールを目指すのが試合の内容だ」

武の説明に、一瞬呆ける面々。

「まぁぶっちゃけ、宝探し競争だな」

ぶっちゃけた。

これには訓練兵達も戸惑う。

例年…と言うか、普通ならベイルアウト後の脱出を想定しての演習なのだが、ここでまさかの宝探し競争。

「因みにチーム得点の他に、個人技なんかの得点もある。これらは島中に設置したカメラとセンサーで見ているからな。因みに設置は黒金少佐が一晩でやってくれた」

武の言葉に大和を見れば、イイ笑顔で親指を立てられて頬が引き攣る207両分隊。

先に島に上陸していたから何をしていたのかと思えば、前日入りして設置していたらしい。

「言っておくが、あの、あの黒金少佐と副司令が考えたトラップと謎解きが入っているから、一筋縄じゃいかないぞ。正直俺ならこの演習より普通の演習を選ぶ、マジで」

「マジで…?」

「マジで」

彩峰の勝手に覚えた白銀語に神妙に頷く武。

大事な事なので二回言いました。

あの武が厳しい演習の方がマシとすら言う今回の演習。

しかも、企画大和、監修夕呼という不必要に豪華な今回の演習。

気の弱い数名、既に帰りたくなっている。

勘の良い数名は、既にジャングルの中から嫌なオーラを感じて冷や汗流していたり。

「なお、制限時間は三日後の正午まで。ゴールに辿り着けなくても、宝を一つも見つけられなくても失格だぞ」

失格という言葉に、全員が背筋を凍らせる。

例え宝探しと言えど、ちゃんとした演習なのだ。

当然、不合格だって在る。

むしろあの腹黒二人のせいで普通の演習より難しくなっている可能性もある。

「先ず最初に全員に宝の地図を渡す、その地図の場所にある宝を見つけ、最終的にゴールの書かれた宝を見つけること。相手チームの宝の強奪は禁止だが、譲渡と交換は有りだ。また、相手チームへの直接攻撃も禁止だぞ、彩峰」

「………ちっ」

「「「「「「「「「(舌打ちっ!?)」」」」」」」」」

彼女を除いた207全員が内心戦慄する中、その他細かいルールを説明していく武。

そして、10:00―――特別総戦技評価演習がスタートした。

両チーム一斉にジャングルに走り出し、直に肉眼では見えなくなる。

「さてと、それじゃ監視お願いしますね、まりもちゃん」

「了解よ…と言うか、一応仕事中ですよ大尉?」

ついまりもちゃんと呼んでしまい、まりもにめっと怒られる武。

「あらあら、随分とイチャイチャしてくれるじゃな~い?」

それを後ろからからかうのは、前までの世界同様に水着姿で寛ぐ夕呼。

「なっ、そそそそんなことありませんよ副司令!」

「まりも~、別に三日間他に居ないんだし、固い口調は止めなさい。これ、副司令命令ね」

そう言って冷えたトロピカルジュースを一口。

「にしても、中々面白いこと考えるわねぇ。宝探し競争に見せかけた、チームの結束力と目的達成の為の意思を図る心理戦だなんて」

「私も、これは厳しいかと思います……」

4人だけが知るこの演習の目的。

それは、ゲーム中に仕掛けられた罠や謎を、如何にチームの結束で攻略していくかという頭脳と機転、結束力が試される演習。

207の彼女達は知らないが、この演習、誰か一人でも欠けた場合、即ゲームオーバーとなる。

何故なら、最後のゴールに辿り着くには、10人必要だからだ。

「そう言われても、俺は書かれた事を説明しただけっすよ…文句なら大和に――――って、大和は?」

先ほどまで夕呼にジュースを作ったりしていたのに、気付けば居ない。

夕呼がストローを咥えながら指差す先には―――


「そぉぉぉいッ!!!!」


全身の筋肉とバネを使っての、遠投によってロッドの先の仕掛けを飛ばす大和。

遠くでボチャンと水飛沫が上がり、それを確認してロッドを台に固定する。

普通に投げ釣りをしていた。

「ふぅ………じゃ、磯行って来る!」

「行って来る! じゃねぇよっ、何やってんだよ大和ぉっ!?」

傍らに置いてあった釣竿とクーラーボックスを手に、爽やかに手を上げて磯へと向う大和に武がツッコミながら引き止める。

「何って、投げ釣りと磯釣りだぞ?」

「釣りの種類聞いてるんじゃないってのっ、何で小さい子供に言い聞かせるように言うかな!?」

「あ、先端に鈴が付いてるから、鳴ったら釣り上げといてくれ」

「聞けよ俺の話っ!?」

「全部で6本あるから、よろしく!(b」

「何時の間に!? って、よろしくじゃねぇよ親指立ててイイ笑顔してるなよ俺の話聞けよっ!?」

武の必死のツッコミも、HAHAHAで笑ってスルーする大和。

スキップまでして磯へと向ってしまった。

「な、なんなんだ今日の大和…テンションがおかしいぞ?」

「あれよ、副官の篁に黙ってここに来たから、あぁやって帰った時の事を必死で忘れてんのよ」

「現実逃避かよ……」

夕呼の言葉に、ガックリと肩を落とす武。

でも大和の気持ちは分かる、唯依姫厳しいから色々と。

「あの子達の様子は装備のマーカーとレーダー、それに重要箇所のカメラで確認出来るんだから問題ないんでしょ。白銀とまりもは交替で監視してなさい」

「先生と大和は?」

「アタシはバカンスだもの。黒金は昼食と夕食の調達よ」

「あ、これそういう理由だったのか…」

隣で鎮座している海釣り用のロッドを見る。

「俺釣りとか経験ないんすけど…」

「アタシだって無いわよ」

つまりお昼と夕食は大和の腕にかかっていることになった。























17:50――――


そろそろ海が赤く染まる頃、両チームがそれぞれお宝を一つゲットしていた。

「これって、宝を手に入れていくとゴールの記された宝までの道が分かるのよね?」

「そうよ~、そしてそのお宝も持っていないと後々大変な事になるって寸法」

モニターの映像や情報を見ながら夕呼に問い掛けるまりも。

武は現在、昼過ぎに魚が掛かったのだが逃がしてしまい、夕呼に散々笑われて落ち込んでいる。

「それにしても、このツイスターとかいう試練、ちょっとアレじゃない…?」

「そうね、アレね」

映像には、謎解きのトラップとしてツイスターに挑戦するA分隊が映っていた。

二人が謎を解き、残りの三人が答えのスイッチを押していくのだが、これがまた凄い状態。

座学の優秀な茜と麻倉が謎解きをしている間、晴子・高原・築地がくんずほぐれずの凄い状態。

今も、晴子が築地の胸に顔を埋めた状態でもがき、その為に築地が涙目で悶える。

その下敷き状態で手と足以外が地面に付かない様に頑張っている高原が哀れ。

「B分隊も……酷いわね、特に榊」

「そうね、特に榊」

別のカメラの映像には、トラップに引っ掛かって恥ずかしい姿を晒している委員長。

そしてそれを弄るのは彩峰。

「こんな感じで、挑戦者の精神をゴリゴリ削るゲームが盛りだくさんらしいわよ?」

「これ、本当に一晩で少佐が…?」

「一晩でやってくれたわ」

妙な所で異常な集中力を発揮する大和、その能力フル稼働で設置したらしい。

因みに横浜基地の片隅で、同じ趣味の連中とコソコソ作っていたとか。

まだ初日なのに、207の乙女達は主に羞恥心的な意味で疲れ果てていた。

「でも一応意味はあるわね、冷静な判断力や、咄嗟の判断、そして部隊の結束力…」

「そ。それらが一つでも欠けてるとゲームオーバー…本当に嫌らしいゲーム考えるわよねぇ…」

ノリノリで監修したアンタが言うなと、まりもは内心でツッコんだ。

「それより…ちょっと白銀ー、いつまでも落ち込んでないで夕食の準備しなさ~い!」

「うぅ……で、でも、材料が無いッすよ?」

大和が予め用意しておいた食材は、お昼に使ってしまった。

「そうね、でもアタシ不味いレーション嫌よ?」

武とまりもは、言うと思ったよ…と同時に内心呟いた。

と、そこへ磯の方からやってくる人影。

「お、大和だ。何か釣れたなら夕食が豪華になりますよ」

と、期待を込めてやってくる大和に手を降ると、大和も大声で返答する。

「武ーーーーッ、カジキ釣れたッ!!」

「マジで!? 磯でっ!?」

「磯で!!」

なんと大和が抱えてきたのは、本体だけで大和の身長位あるカジキマグロ。

かなりの大物が、磯で釣れたという驚きの状況。

「生態系狂ってるんじゃないかこの島の海!?」

「やったわね、今日は刺身とマグロステーキよ」

「先生は本当にゴーイングマイウェイですねっ!」

大和に親指立てて希望のメニューを告げる夕呼。

彼女にとって、生態系より本日の夕食の方が重要らしい。

「んじゃ解体するか」

「あっさり終わりにするんだ…」

釣り上げてきた本人があっさりとカジキをさばいて行く。

解体に使っているのはナイフだが、見事な手捌きである。

「余ったのは冷凍して持って帰りましょうか」

「そうねぇ、日本酒と刺身でキューっといきたいわ」

「いや、良いけどさぁ…一応今重要なイベントの最中なんだぜ…?」

「白銀…諦めましょう……」

長年の相方の性格を知る二人は、お互いの苦労を感じてそっと涙するのだった。

「カジキのステーキ、赤ワイン仕立てでございます」

「パーフェクトよ黒金」

「もう勝手にやっとれっ!!」

どこまでもマイペースな二人に、武はついに匙を投げた。




















[6630] 外伝その2
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/02/28 20:00










唐突なこぼれ話、またはただの閑話








篁 唯依の憂鬱~Y・K少佐はメガネ萌えなのか?~





















「…………タカムラ、メがわるいの?」

「え?」

突然声をかけられ、驚きと共にそちらを見れば、執務机の端からこちらを見上げるイーニァの頭と瞳。

先ほどまで大和が居ないと拗ねていたのだが、何時の間にか唯依の方へやって来ていた。

大和が内緒で総戦技評価演習へ行ってしまった今日、最初こそ唯依は怒り心頭だったが、お仕置きは帰ってきてからと今は真面目に仕事中だ。

イーニァはいつも通りに大和に逢いに来ていた。

「あ、あぁ、これの事か?」

そう言って自分がかけていた眼鏡を取り外して見せる。

それに対してコクコクと頷くイーニァに、唯依は我知らず微笑む。

「これは、目が悪くならないようにかけている矯正用の眼鏡だ」

「キョウセイヨウ……?」

「長い事文字を見ていたりすると目が悪くなるだろう? それを防ぐ為の眼鏡だ」

因みに特注である。

レンズは四角形で、207の委員長のとは趣が異なるタイプ。

所謂、キャリアウーマンとか秘書向け眼鏡?

「……………ヤマトのタメ?」

「―――っ!?」

イーニァの言葉に、真っ赤になってうろたえる唯依。

彼女は時折、イーニァの確信めいた言葉に狼狽する事が多くなっている。

「いや、別に、そういう訳じゃないぞ? 仕事柄書類や文字を見ることが多いし………意味、無かったし……」

最後の辺りでショボーンと落ち込みだす唯依に、首を傾げるイーニァ。

唯依はそんなイーニァを虚ろに眺めながら、昔の事を思い出していた。















2000年某月某日―――


この日、前々から噂で流れていた大和の大尉昇格が決定し、その辞令が届いていた。

同僚達が祝福する中、唯依は掌サイズのケースを持って意味も無くソワソワしていた。

「く、黒金大尉!」

「ぬ、中尉?」

人気が無くなったのを見計らい、少し顔を赤くして大和に声をかける。

「大尉昇進、おめでとうございます!」

「ありがとう。しかし篁中尉の敬語は違和感がありますなぁ…」

「そ、それは仕方が無いことですっ、今まで通りでは周囲へ示しがつきません!」

しみじみと呟く大和に、赤くなりながらも反論する唯依。

唯依自身、これまでのように話せないのは寂しく感じているのだから。

「う~む……よし、他の人間の目が無い場所ではこれまで通りと言う事で」

「な、何を言ってるんですっ?」

「そうだ、それがいい、むしろそれがいい」

「意味が分からんぞ黒金っ!? ――って、あ……」

つい前の調子で言ってしまった事に気づいて口を押さえる唯依だが、大和は満足そうにしていた。

「やはりこうでなくては。唯依姫が部下というのもココロオドル展開だが、こちらの方がしっくりくる」

「し、しかし………はぁ……お前と白銀に言っても無駄か…」

「無駄だ」

自分で言い切った。

「分かった、人の目が無いならこれまで通りで話す。だが! 公の場では立場を優先するからな!」

ビシっと人差し指を立てて宣言する唯依に、内心(スゴイ世話焼き委員長…(b!))とサムズアップな大和。

「と、所で、その、少し聞きたい事があるんだが…」

人気も無いし、早速今まで通りで話す唯依。

内心、あぁやはりこちらの方が自然に話せると噛み締めながら。

「その、最近少し視力が落ちたような気がしてな…」

「ほうほう?」

「それで、店で矯正用眼鏡と言うのを仕立てて貰ったんだが……」

「ほうほうほう!」

嫌に喰い付きが良い大和に、内心やはり眼鏡好きなのかと確信する唯依。

勇気を振り絞り、手にしていたケースから眼鏡を取り出し、装着!

「ど、どう思う…?」

「すごく……委員長です…ッ!」

「は?」

言葉の意味が分からず首を傾げる唯依だったが、大和の精神はそれどころではなかった。

普段真面目で堅物なあの子(唯依)が、頬を微かに赤く染めてオシャレ眼鏡的なシャープな眼鏡をかけ、上目使いで眼鏡の隙間から見上げてくる。

そこから算出される攻撃力に、大和の脳内ヘヴン状態!

「ぬぅぅぅッ、油断した、まさか唯依姫(伊達メガネ装備)がこれ程とは…ッ!」

「や、大和? どうしたのだ…?」

「唯依姫にはもっとアピールポイントが必要だと思っていたがそんな事は無かったぜ!」

「馬鹿にされているのか私は!?」

「唯依たんグッジョブ!!」

「たんは止めろたんはっ!!」

中々にカオスだが、要は似合っていて大和も困っているのだ。

唯依も長年の付き合いから、大和が狼狽しているのだと判断し、内心勇気を出した自分を褒めていた。

以前同僚の雨宮に大和の趣向をそれとなく相談したら、「メガネが無いならかければ良いじゃない!」とそのまま街の眼鏡専門店に連行され、オシャレ眼鏡で矯正用なのを仕立てて貰い、本日解禁となった。

相談した雨宮が最近『黒金菌』に感染しているのではと疑っていたが確信した、完全に汚染されていると。

因みに『黒金菌』とは、主に大和と親しい人間が感染する病気であり、感染した人間は自重しなかったり時々テンションが超ハイになる。

類似する物に『白銀菌』があり、こちらは武相手に自重しなかったり嫉妬したり修羅場発生させたりする。

どちらにせよ、真面目な人間からは傍迷惑な菌である。

ソレは兎も角、ノリノリな雨宮から逃げずに購入して良かったと内心喜びを噛み締める唯依。

もうこれでメガネ美人には負けないぞと思っていたら、扉が開いて誰かが入室してきた。

「ん、ここに居たのか黒金」

「おろ、月詠大尉ではないですか、何か御用でしょうか?」

「ふふふ、何、お前が大尉に昇進したと聞いてな。先任として祝いに来た」

現れたのは、赤の斯衛軍制服を着る月詠 真耶大尉だった。

別名、メガネ美人。

「それはそれは、態々ありがとうございます」

流石に彼女相手では態度を弁える大和に、何故か内心ムッとする唯依姫。

「ふふ、これからは同階級になるのだ、そう畏まるな。私的な時間の時の話し方でも私は構わんぞ?」

「いやいや、一応色もあるからさぁ…真耶たん」

「死ぬか?」

「本気でごめんなさい」

早速自重しない大和の言葉に、素早く手を首へ添える月詠大尉。

徐々に力が込められて締まっていく首から、ギリギリと音がし始める。

「全く…お前といい白銀といい、どうしてそう図々しいんだ?」

「性分ですから」

サラリと答える大和に、真耶も苦笑するしかない。

「ん…? 確か、篁中尉だったか…?」

「あ…はっ、そうであります!」

今まで二人のやり取りを内心ムカムカしながら見ていた唯依は、突然声をかけられ慌てて敬礼する。

「確か何度か逢ったが…目が悪かったのか?」

「え……あ、これは、その、矯正用でして…っ」

真耶に指摘されて慌ててメガネを外す唯依。

別に、眼鏡をしていても日常にも仕事にも支障は無いので慌てる必要は無い。

戦術機も網膜投影だし、視力は問題ないのだ。

それなのに慌てる唯依に真耶は首を傾げつつ、自分の眼鏡に手をかける。

「別に悪いわけじゃない、私も眼鏡だしな。とは言え最近度がずれてきてな、良い店を知らないか?」

そう言って眼鏡を外す真耶。

メガネ美人は外しても美人。

そう思う唯依は、自分が購入した店を告げつつ気付いた。

大和が、オカシイ。

いや、オカシイのは何時もの事だが、妙に静かだ。

そう思い大和の方を見れば―――


「ナイス美人………!(b」


イイ笑顔で親指立てていた。

「(な、こ、こいつ、メガネが好きなんじゃないのかっ!?)」

先ほどまで自分の眼鏡姿に夢中だったくせにと、内心憤る唯依。

「な、なんだ黒金、急に…」

「いえいえ、大尉の美人っぷりを再確認したまでです。メガネは顔の一部、だが時にそれを外した素顔もまた素晴らしいのだと…!」

なんか芝居がかった事言っているが、つまり大和はメガネでもそうじゃなくてもOKな人間らしい。

と言うか寧ろ、美人なら誰でもOKなのかもしれない。

「く、黒金大尉…? もしかして、眼鏡には特に思い入れは無いのですか…?」

引き攣りながら問い掛ければ。

「ん? 別にメガネ本体には何の興味も無いぞ。衣類や下着と同じだ、メガネも衣服も、人が、美女が、美少女が身に付けてこそ価値がある!」

何か力説された。

つまり、唯依姫の努力は、あまり意味が無かったらしい。

いや、新しい一面を見せたと言えば意味があるが、それは真耶も同じ。

唐突に自分の行動が恥ずかしくなった唯依は、顔を真っ赤に染めてプルプル震え。

「―――――――――――っっっ、馬鹿ぁっ!!」

「おべろーーーっ!?」

唐突に放たれた唯依の必殺技(大和が勝手に決定)、S・S・P(すぱいらるしゅがーぱんち)が、大和の身体を天高く舞い上げた。

因みにここ、室内です。

「――――っ!!(///」

声にならない悲鳴と共に駆け足で退室する唯依。

呆然と見送った真耶は、落下してきて伸びている大和の傍らにしゃがむと、とりあえず殴っておいた。

「な、何故……?」

「もう少し、乙女心を理解しろ、戯け」

唯依の気持ちが理解できる真耶は、ピクピクする大和を呆れた目で見下ろすのだった。
























「………あれ以来、折角だからと仕事中にかけるようになったのだったかな…」

「へ~…」

「―――っ!? しょ、少尉!?」

耳元で聞こえた声に驚けば、そこには興味津々で手元の眼鏡を見つめるイーニァ。

「ヤマトが、メガネすきなの?」

「そ、それは、その、そういう訳じゃないらしくて……」

あの後雨宮等が聞き出した情報を統合すると、大和は広く深い趣向を持っており、大抵の萌え要素は完備しているらしい。

萌えとかが何を言っているのか唯依達には全く理解出来なかったが。

「わたしも、メガネしてみたい…っ」

そして大和に可愛がってもらうのだと、彼女の視線は訴えていた。

それを理解して、反射的にメガネを隠す唯依。

「こ、子供の玩具ではないのだ、そんなにしてみたいなら店で作って貰えばいい」

「う~~っ、このへんおみせないよ!」

「外出すればいいじゃないか!」

「ヤマトいないよ!」

「少佐に連れて行ってもらう気か!?」

「………?」

「何故そんな不思議そうな顔をするっ!? 当たり前の事なのか!?」

「うー、メガネめがねーっ!」

「ちょ、止めろ、止めないか少尉っ! きゃ、ちょっとどこを触…っ、やぁん…っ!?」

唯依のメガネを奪おうとするイーニァと、防ごうとする唯依。

見た目とは裏腹に力の強いイーニァの前に、防御も儘ならない唯依。

いつしか二人はくんずほぐれずのタイヘンな姿に。

「タカムラ中尉、頼まれた資料を持ってき――――」

「びゃ、ビャーチェノワ少尉!?」

「あ、クリスカ?」

そこへ現れたクリスカ、彼女が目撃した光景は、執務机の上に押し倒された唯依と、押し倒しているイーニァ。

唯依の制服が微妙に肌蹴て頬が赤く、イーニァは何やら興奮している。

予想外の光景に頭が真っ白になったクリスカが下した判断は―――


「………おっと、資料が一つ足りないな……………」


―――The・見なかった事―――


「ビャーチェノワ少尉、誤解だっ、誤解だから行かないでくれっ!?」

「ね~、タカムラおねがい~!」

「わ、わかった、分かったから、渡すから揉まないで…ひゃんっ!(///」

扉が閉まる前にそんな会話が聞こえたがクリスカはスルー。

「少佐、早く帰ってきて下さい……」

訳も無く、大和の帰りを待ち望むクリスカだった。












[6630] 第十三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/02/28 19:57














2001年5月23日――――



日が昇り、南国の日差しが降り注ぐ中、地獄の総戦技評価演習を生き抜いてきた少女達が、ついにゴールへと辿り着こうとしていた。

全員、泥や煤や墨やペンキや生クリームに塗れ、満身創痍だが瞳からは溢れんばかりの気合と決意と怒りが見受けられる。

「ついに、辿り着いたのだな…」

「えぇ、地図に記された場所はここよ」

感慨深げに呟く冥夜に、手にした埴輪を手に頷く委員長。

この埴輪の後頭部に、ゴールの場所が記されていた。

「それにしても、妙な埴輪だったね~」

「……夜中に、鳴いていた…」

「怖かったですよ~っ」

しみじみと呟く美琴と、何時も通りの表情で呟く彩峰。

二人に対して、タマは怯えっぱなしだ。

「怖がらなくて良いのよ珠瀬、どうせ少佐が何か仕込んでいるだけだから」

「うむ、妙に重いのもそれが原因だろう」

ここまでの道のりで、大和と夕呼の腹黒さを嫌と言うほど味わった二人は、埴輪を見てそう言いきった。

「兎も角、涼宮達も近くまで来てる筈よ、急ぎましょう」

委員長の言葉に、頷く4人。

ここに至るまでの道のりで、彼女達は以前よりも強い絆で結ばれていた。

どんな状況でも諦めない不屈の精神、どんな困難も乗り越えていく結束力。

そして、恥と外聞を捨てれば人間凄い事が出来るという証明。

最後のは彼女達の名誉の為に記載しないが、とりあえず監視していた夕呼爆笑とだけ言っておく。

「辛く長い道のりだったわ…でも、それもこれで終わり。合格するのは私達よ!」

「「「「応っ!!」」」」

「そうは行かないわ!」

委員長の言葉に全員が手を合わせる中、突然聞こえた声。

全員が振り向けば、そこには自分達と同じように満身創痍ながら瞳に以下略。

「A分隊!」

「もう追いついてきたかっ!」

「甘いわよ榊、こっちには少佐の腹黒さに同調できる一美が居るんだからねっ!」

「ん!(b」

ババーンっと紹介されて親指立てる麻倉。

207の中で一番黒金菌に侵食されている乙女である。

「く…っ、予想が甘かったわね…」

「問題ない、早くゴールすればいいだけ…」

悔しげに唇を噛み締める委員長だったが、そんな彼女の肩を彩峰が叩いて言葉を掛ける。

「彩峰…そうね、皆行くわよっ!」

「「「「応っ!」」」」

「こっちも負けないわよ、皆!」

「「「「応ッ!」」」」

走り出す乙女達。

目指すは岬の先にある珍妙な祭壇。

「あそこに埴輪を置けばゴールよ!」

「悪いけど、あそこにはこっちの土偶が納まるのよ!」

お互いの小隊長が持つ埴輪と土偶。

何だかんだでお宝をゲットしていった彼女達は、時に争い、時に協力して難関をクリア。

最後の試練では、全員が一つお宝を持って機械を止めないと最後のお宝が手に入らないという仕掛け。

これは、目的を達する為には、時に敵(ライバル)とも協力しなければならないという意味がある。

二つの小隊はそれぞれ話し合い、一時休戦で難関をクリア。

そして現れた、埴輪と土偶をそれぞれ手に入れ、ゴールへとやって来ていた。

走る少女達、彼女達の脳裏にはこの三日間の辛かった記憶が思い出される。

人の神経を逆撫でる問題や、精神をゴリゴリ削る関門、乙女としての羞恥心を捨てるか否かを迫る試練。

それらをクリアしてきた彼女達は、一皮も二皮も向けていた。

そして確信している。



今なら少佐を殴れると…(ツッコミ的な意味で)



乙女達の心中は兎も角、岬を目指す10人。

ここで、体力が劣るタマが遅れ始める。

劣ると言っても彼女達の中でという意味だが、それでも足手纏いに為りたくない彼女は、前を行く築地へと飛び掛った!

「ひゃわんっ!?」

「みんな、私に構わず行ってぇぇぇっ!!」

207一の巨乳を鷲掴みにしながら叫ぶタマ。

言葉はカッコイイが、モミモミしている手が余計。

「珠瀬っ!?」

「榊、珠瀬の想いを無駄にするなっ!」

「一人でも先に行けば、勝ち…っ」

「そうだよね…ならっ!」

「っ!?」

タマの言葉に一瞬立ち止まりそうになる委員長だが、冥夜達に叱咤されて前を見る。

そして、美琴もまた、後ろから来た麻倉に飛び掛り足止めに入る。

「行って、榊さん!」

「鎧衣…っ、ありがとう、必ず勝つわっ!!」

「おっと、そうは行かないよっ!」

タマと美琴の想いを受けて更に加速しようとする委員長だったが、横から晴子が突っ込んでくる。

「――――っ、させないっ!!」

「うわっ!?」

だが、それを彩峰のタックルが防ぐ。

「榊、行って!」

「彩峰…っ」

散々反目していた相手からのフォローに、思わず涙ぐむ委員長。

武の言葉と想い、本当の仲間となった皆の思いが、委員長の足を前へと進ませる。

「そうだ、ゴールだけ目指せ榊っ!」

「げっ!?」

冥夜が全力を振り絞り、先頭を行く茜を捕らえる。

「せりゃっ!」

「何っ!?」

だが、それを高原が渋いガードで止める。

「一騎打ちになったわね…!」

「そうね…でも、負けないわよ、涼宮っ!」

「こっちだって、皆の思い背負ってるのよっ!!」

ゴールを目指し、直走る二人。

激しいデッドヒート、後方でくんずほぐれずの乙女達。

ゴールの祭壇へ、二人が迫る。

「「勝つのは、私達だーーーーーっ!!」」

二人が同時に跳躍し、台座へと埴輪と土偶を叩きつける。

まるでアメフトのタッチダウンのように飛び込んだ二人。

全員が注目する中、台座の上には―――埴輪と土偶の姿。

「「ど、どっち………?」」

肩で息をしながら見上げる委員長と茜。

すると埴輪と土偶がブルブルと振動し、目がピカーっと光る。

『『総戦技評価演習ゴール確認、ゴール確認、オメデトウ、オメデトウ』』

そして、電子音声で流れる言葉。

「こ、これって…」

「同着って…こと?」

唖然とする二人。

乱戦していた面々も集まり、どうなっているのかと思っていると、一台のヘリが近づいてくる。

そして、ヘリから武・大和、そしてまりもが降りてくる。

「うん、皆ご苦労さん。総戦技評価演習はこれで無事終了だ!」

「へっ!?」×10

「何をおかしな顔をしている? 貴様達は、見事“特別”総戦技評価演習に合格したのだぞ!」

まりもが笑顔で告げるものの、まだ呆然としている面々。

その表情を見ていてピンと来たのか、苦笑する大和。

「お前達、もしかして先のゴールした方が合格だと思ってたのか? ゴールさえすれば、どちらも合格になるんだぞ?」

「あ………」×10

そう言えばそうだったと、つい熱くなってルールを忘れていた彼女達。

武は確かに競争と言ったが、それは宝探しの部分だけだ。

早く宝を見つければ、それだけ次の宝へ辿り着きやすくなる。

とは言え、結局最後の試練で全員が揃わないと意味が無いという意地の悪い試練なのだが。

不合格も、時間切れと宝の未発見だけ。

武も、先にゴールした方が合格なんて、一言も言っていない。

「何やら競い合ってゴールを目指しているから何かを思えば……」

「まぁ、これは白銀の説明不足だな」

「俺のせいっ!?」

苦笑するまりもとアッサリ責任を押し付ける大和、そして焦る武。

207の乙女達は、自分達が無駄に熱血な事をしていたと理解し、全員が真っ赤だ。

何せ、ここまで来たら別に仲良くゴールしても問題ないのだし。

「まぁ兎に角、スタート地点に戻るぞ。これから香月博士の評価が待っている」

大和のその言葉に、全員がこの演習中夕呼達に見られていたという事を思い出し、ある者は真っ赤に、ある者は顔面蒼白になる。

嬉しいはずなのに喜べない面々は、ドナドナをBGMにヘリに乗せられ、魔女の待つ砂浜へ。

結果は……とりあえず、まりもが口元押さえて自分の無力を嘆いて涙したとだけ話しておこう。

そして、大和から特別賞・熱血賞・努力賞・敢闘賞・可哀相で賞・面白かったで賞・色々残念賞が贈られた。

特別賞は、全体的に活躍した美琴に。

熱血賞は委員長と茜。

努力賞はタマと築地に。

敢闘賞は晴子と彩峰。

可哀相で賞は乙女としての恥を捨てたのに試練に失敗した冥夜に。

面白かったで賞は全体を通して夕呼を爆笑させた天然混じりの麻倉に。

色々残念賞は哀愁漂う高原に送られた。

冥夜から後ろの彼女達が、賞を貰ってもぜんっぜん嬉しそうじゃないのは当然の事。

唯一嬉しそうだったのは麻倉である。

なお、冥夜は表彰後に武にたっぷりと慰められていた。

武に慰められて乙女心がキュンキュンな冥夜、現在好感度トップ。

切欠さえあれば直にニャンニャンに突入しそうな程の好感度を誇る。

「フフフ… 計 画 通 り 」

「少佐、お見事です」

そんな二人を見てワラう大和とぱちぱちと拍手して称える麻倉。

この二人、実に腹黒である。























その後、1時間程の休憩を取り(主に精神面での)、全員が水着に着替えての半日バカンスである。

武は大和が用意したピッチリモッコリなブーメランパンツを砂浜に叩きつけ、自前の水着で海に挑む。

彼がその水着を装着するのを密かに期待していた面子は、大変残念そうだった。

夕呼からこの島では無礼講よーっとお墨付きを貰い、武と戯れる乙女達。

「か、一美…? 何してんの…?」

「撮影」

そんな風景を、完全防水仕様のビデオカメラで盗み撮るのは麻倉。

彼女をビーチバレーに誘いに来た高原は、親友の姿にただ涙。

水面から顔の上半分だけ出してカメラを構え、息はシュノーケルでコーホーコーホー。

しかも頭に海草を乗っけてカモフラージュ。

気合の入った盗撮スタイルだ。

「ねぇねぇ一美ちゃ~ん、少佐はどこー?」

築地がたわわに実ったけしからん胸を弾ませてやってくる。

男のみならず、同性ですら思わず見てしまうその胸。

恥ずかしがり屋な彼女にしては、大胆なビキニが、夏に刺激された真夏の女を表している。

簡単に言えば、夏は女を大胆にする。

日本の季節は5月だけど。

「お昼を獲ってくるって言ってた」

「獲ってくるって…え、釣りとか?」

彼女達のゴールが思いのほか早かったので、現在お昼前。

大和は食料を調達しているらしいが、周囲にそれらしい姿は見えない。

「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

と、突然のタマの悲鳴に、全員がそちらを見る。

「……………………ッ」

「あ、あわあわはわあわ…っ!?」

そこには、全身にワカメやら昆布やらの海草を張り付かせ、口にウツボを咥え、手にした銛にはアオブダイ。

さらに腰に括りつけた網には、色とりどりの南国の魚と巨大な海老。

左手には大きな蛸を鷲掴み、頭にはやっぱり大きな海草。

そんな状態の大和が、タマの傍の海中から突然現れたのだ。

そりゃタマじゃなくても悲鳴を上げる。

大和は混乱して硬直するタマを放置して陸へと上がり、全身振るわせて付着物を振るい落とす。

「海産物、獲ったどーーーーーーッ!!!」

そして、銛を高々と掲げて叫んだ。

その姿は、正しく海人だった。

「や、大和? どうしたんだお前…?」

親友のテンションに引き気味の武が問い掛けると、大和はギラリと視線を向けてきた。

「どうした…? どうしたと問うたかお主…?」

「(お主って、またテンションがオカシイのか…?) あ、あぁ、そうだけど…」

「どうしたもこうしたもないわ戯けぇぇぇぇッ!!」

「げふぅっ!?」

突然のアッパーに宙を舞う武。

「母なる海に感謝を捧げ、讃えよ海産物ッ!!」

「ゆ、夕呼せんせーっ!、大和が何かオカシイでーーーすっ!? 主に目から赤い光り放って今にも邪神呼びそうな感じでっ!!」

「そんなの何時もの事じゃない。今オイル塗るのに忙しいのよ」

ナチュラルに酷い夕呼。

「あ、少佐の背中に何か刺さってる」

「うわなにあのグロテスクな色の魚っ!?」

「どう見ても毒持ちじゃけんっ!?」

麻倉が大和の背中に刺さる変な魚を発見。

青・赤・黄・緑・白の気色悪いマーブル模様の10センチ程の魚。

カサゴに似てるが色が酷い、これは酷い色。

「てい」

「………を?」

麻倉がぺチっと魚を昆布で叩き落とすと、キシャーっと吼えていた大和が止まった。

「はて、俺は何を?」

「毒って言うか、何かのツボにでも刺さってたのか!?」

ポリポリと頭を掻く大和に、驚愕する武。

刺さっていた魚は、ピチピチ跳ねてそのまま海に帰っていった。

「ね、ねぇ皆、ビーチバレーしない? できれば波打ち際から遠くで!」

「「「「「「「「さ、賛成っ!」」」」」」」」

高原の提案に、一部始終を呆然と見ていた全員が賛成する。

その後、全員が海から離れて引き攣った顔でビーチバレーに興じるのを、ヘリに夕呼の荷物を獲りに行かされていたまりもが、不思議そうに眺めるのだった。










なお、大和が獲ってきた海産物は全員が美味しく頂きました。










[6630] 第十四話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:37






2001年5月24日――――


総戦技評価演習から帰って来た207訓練部隊の少女達は、本日は訓練カリキュラム切り替えの説明と、明日からの予定をまりもから説明されている。

明日の午前中に戦術機適正検査、その次の日からシミュレーターによる訓練。

さらに三日後には改造された吹雪こと『響』が地上に戻され、実機訓練も開始される。

とりあえずそれまではまりもと武に任せ、響を使用しての訓練に入る段階で大和は教導に参加する事になる。

雪風を始めとした大和改造の機体は、背中に追加スラスターを背負っているので、機動面で現行機と操作のブレが大きい。

特に、可動式追加スラスターを装備した機体は、空中機動が可能である事を彼女達に教えねばならないのだ。

空中での急反転や急旋廻は、既存の戦術機教導には含まれて居ない為、一から教える事になる。

因みにA-01の不知火は、現在関節部の強化のみに止まっている。

光菱・河崎等の兵器メーカーに追加パーツの製造を依頼したのだが、現在生産ライン確立の途中でまだ全部揃っていないのだ。

とは言え、あと一週間ほどで全部揃う予定なので、急ぎと言うほどではない。

むしろ、帝国軍から依頼されている現行戦術機である撃震、これの改良依頼の方が急ぎだ。

雪風の戦闘能力と、スレッジハンマーの能力を見た帝国軍が、急遽撃震と陽炎の改良依頼まで追加してきた。

不知火の方は吹雪改造の『響』を元にして改造した機体を提出するつもりなので問題ないのだが、陽炎は兎も角撃震が問題なのだ。

第二世代最高と謳われたF-15は『響』のように改造すれば性能UPが見込めるが、第一世代の機体である撃震は、マッチングが合わないので改造しても機体に負荷がかかり、結果寿命を縮めてしまう。

「面倒な話だなぁ……」

未だ前線で活躍を続ける撃震の数は多く、これらが改良されれば軍事力の底上げに繋がる。

とは言え、如何に未来の技術と設計図を持つ大和でも、そうポンポン作れるものではない。

そもそも、大和の経験した未来では、既に撃震は時代遅れの機体であり、陽炎(F-15)が現在の撃震ポジションだったのだ。

それなのに、帝国軍からの要請は、撃震を陽炎クラスのレベルまで引き上げろと言う。

上げるだけなら簡単だ、だがそこは軍隊、当然コストは低く、かつ量産し易くと言葉が追加される。

要は、量産できる瑞鶴作れと言ってきたのだ。

「余計な仕事が増えるなぁ…あぁ、武を巡る修羅場が見たい…」

妙なモノに癒しを求める大和、ちょっと精神的にキテるのかもしれない。

現在大和は、昨晩帰還してから留守の間の状態を確認、承認や許可が必要な書類や作業の指示だしを唯依に内緒で終わらせて就寝した。

帰還したのが深夜近くだったので、流石に執務室には誰もいなかったので助かった大和。

もしも唯依が居たらと、内心ドキドキだったりする。

そして本日、早朝から唯依に捕捉されないようにアチコチ動き回っているのだ。

別名、逃げてるとも言う。

そんな大和がPX近くの通路に差し掛かると、十字路の先から、何やら言い争う声が聞こえてきた。

その声の中に、聞き覚えのある声が聞こえたので通路の角からそちらを覗き見る大和、普通に不審者チック。

「―――ッ、げッ!?」

覗き見た先では、イーニァが何とタリサとステラ相手に言い争っていたのだった。
























時間は少し戻り、格納庫。

撃震や陽炎が整備ガントリーに固定され、整備班が忙しそうに働いている。

その様子を、キャットウォークから見下ろすのは、二日前に横浜基地へと着任したタリサとステラだ。

「ひゃー、随分熱気のある所だな、ヨコハマの格納庫は」

「そうね、整備兵達のやる気が他の基地とは段違いね」

自分達の出身である自国の軍や、国連軍の基地を多数見ている二人の言葉通り、他の基地に比べて横浜基地の整備兵達の気合は段違いだった。

良い班長が居る事もあるが、それ以上に彼等のやる気を煽る新技術や機械、機体等が彼等のモチベーションをガンガン上げているのだ。

実は整備班はローテーションで雪風などの機体の整備も経験させている。

これは、後々雪風タイプの戦術機が増える事を考えての大和の配慮だ。

更に、各整備班で腕の高い人物は、新型戦術機開発の専属整備班へ配属されるという話もあり、ほぼ全員がアピールの為に頑張っていたりする。

「あ、ステラあれ見ろよあれっ!」

格納庫の奥を眺めていたタリサが、とある機体を見て騒ぎ始めた。

彼女が指差す方を見れば、そこには現在改造を施されている二機の陽炎。

その背中には、二人が前回の戦いの時に見た、改造機と同じような追加スラスターが装備されている。

更に、現在進行形で肩部ブロックが改造されているのだ。

「あれは、もしかしてあの改造機と同じコンセプトかしら…?」

「行ってみようぜ、もしかしたらあの少佐が居るかもっ!」

おおはしゃぎで走り出すタリサを、ステラがしょうがないとばかりに嘆息して追いかける。

「うわ、すっげぇ…なぁなぁ、これどういう改造してるんだっ!?」

改造中の機体の足元に辿り着いたタリサは、その機体を見上げながら近くに居た整備兵を捕まえて聞く。

「あん? なんだ、お嬢ちゃんはこいつが気になるのか?」

声をかけられた渋い中年の整備兵は、タリサを横目に機体を見上げる。

「お、お嬢ちゃんじゃねぇっ、アタシは大人だぞっ!?」

「はっはっはっ、俺からすれば皆お嬢ちゃんだよ」

年齢で言えば確かにそうだ。

こう言われては反論し辛いタリサは、とりあえず矛を収める。

「こいつぁ、ウチの少佐の依頼で組んでる試作機だ。後々の正式量産と現行機改造の前に、性能評価と整備評価の為に二機組んでんだよ」

「現行機改造って事は、もしかしてアタシらのF-15もこうなるのかっ!?」

「評価試験を合格すりゃぁ、そうなるだろうな。帝国軍からの依頼らしいが、少佐も面白いこと考えるもんだ。この歳になると、こういった新しい考えや技術が浮かばなくてなぁ、こんな凄いのを弄れると思うと……フッフッフッフッ…」

「ま、マッドエンジニア…!?」

突然怪しい笑いを始めた整備兵、良く見れば整備班長の印が胸にある。

「ところで、その少佐とは…?」

「黒金少佐さ。なんでも副司令の直属の部下で、元帝国斯衛軍らしいが、詳しい経歴は機密の人さ。俺の息子より若いんだが、これがまた驚く程の玄人でなぁ、下手な整備兵より腕が上だ」

整備班長の言葉に、顔を合わせるタリサとステラ。

国連軍の黒金少佐、間違いなくあの時改造機で現れ、窮地を覆した二人の片割れだ。

国連軍のデータベースでも、横浜基地所属としか分からなかった謎の多い人物で、整備班長の話では若いらしい。

「おっちゃん、その少佐は今何処に居るんだっ!?」

「少佐か? 確か任務で2・3日基地に居ない筈だが…おい、少佐は帰って来たのか?」

「あ、はい、昨日の深夜近くに格納庫に顔を出しましたから、帰還しております」

近くを通りがかった若い整備兵に聞いてから、だそうだ…と二人を見る班長。

「どこに行けば逢えますか?」

「そうだなぁ…前は執務室に行けば逢えたんだが、今は嬢ちゃんが副官になって厳しくてな。そうそう逢えないんじゃないか?」

班長の言う嬢ちゃんは、唯依の事だ。

彼女が着任してから、大和へのアポや面会は全て彼女が管理しており、無駄な用件で大和に逢う事は現在困難になっている。

昔なら執務室へ行けば大和が応対してくれたので逢う事が出来たが、現在はほぼ無理だ。

「それに、少佐は基地の彼方此方に行ってるから、中々捕まらない人で有名だ。中には上層部や一部の人間しか入れない場所もあるし、お嬢ちゃん達じゃ入れないだろうなぁ」

70番格納庫や、兵器開発室の事だろう、あそこは許可のない人間は原則として進入禁止だし、パスが無いと入れない。

そもそも、殆どの基地の人間は、60番から下の格納庫の存在を知らないのだ。

「そっかぁ…この前の時のお礼とか言いたかったんだけどなぁ…」

後、あの機動とか機体の事とか知りたかっただけに、タリサはションボリと肩を落とす。

「後は…そうだな、少佐の部下に頼めば逢えるかもしれねぇぞ?」

「部下に? でも、副官の方は厳しいのでは?」

「篁の嬢ちゃんは厳しいが、イーニァって子なら大丈夫なんじゃねぇか? 良く少佐にくっ付いて周ってるのを見掛けるしな」

イーニァはその容姿と大和の周りに良く居る事から、整備班等で有名な存在だ。

幼い容姿と儚げな雰囲気、そして大和に甘える小動物的な仕草に、ファンが急上昇中。

現在、武のお手伝いで見掛けられる霞とで、整備班内で勢力争いが勃発していたりする。

それは兎も角、イーニァは割と大和の行動を把握しているので、彼女に聞けば居場所が分かるらしい。

「そのイーニァって子は何処に?」

「訓練してなきゃPXで良く見掛けるぜ。今の時間なら居るかもな。長い銀髪の幼い感じの子だから、直に分かると思うが」

「分かった、行ってみる。ありがとなおっちゃん!」

「ありがとうございます」

礼を言う二人に、良いって事よと気さくな班長。

二人がその場を去ると、数名の整備兵が班長に近づく。

「あの二人、どうなりますかね?」

「姫さんに続いて、少佐に付きますかね?」

「いやいや、大尉の手の速さは驚異的らしいぞ?」

「どっちにせよ、篁の嬢ちゃんの機嫌が悪くならぁな」

班長の苦笑に、背筋を振るわせる整備兵達。

唯依のお怒りモードは彼等も既に知っている。

「そんな事より仕事に戻れ!」

「「「へーいっ!」」」

班長に一喝されて仕事に戻る面々。

現在彼等の中で、大和と武、どちらが多く女性を囲むのかというトトカルチョが開催されているらしい。

普通なら羨ましいと嫉妬するものだが、武の嫉妬フィールドや大和の唯依姫によるお仕置き等を目撃すると、その気持ちは不思議と消えるそうな。

羨ましいけど、あぁは成りたくないと言うのが、彼等の共通の認識らしい。























「イーニァちゃん、そんな膨れっ面でどうしたんだい?」

「シヅエ、ヤマトがつかまらないの…」

PXのテーブルの上でぷくーっと膨れ面をしているイーニァ。

話しかけたおばちゃんに、つまらなそうに答える。

「ヤマトがかい? そう言えばタケルたちが帰って来たみたいだけど、あたしも見かけてないねぇ…」

「うん、いつもならすぐみつかるのに、きょうはダメ…」

自由時間にずっと探し回っていたイーニァだったが、執務室には顔を出さないし、いつも巡る場所にも居なかったり擦れ違いだったり。

何時もなら直に見つかるのだが、今日は大和が唯依姫対策に逃げ回っている為、イーニァでも捕捉できないのだ。

霞から大和が帰って来たと聞いて、甘えようと探しているのに一向に見つからず、イーニァはご機嫌斜め。

その姿に苦笑して、おばちゃんは合成オレンジジュースを奢ってあげる。

お礼を言ってストローでちゅーちゅー飲むが、やっぱり機嫌が治らない。

「全く、タケルもヤマトも女泣かせな子だよ」

息子のように可愛がっている二人の行動に、おばちゃんはヤレヤレと肩を竦めるのだった。

「ごちそうさまー」

「あいよ、ヤマトが来たら捕まえて知らせて上げるからね」

「うん!」

コップを返却し、おばちゃんの言葉に頷いてPXを出る。

もう一度執務室へ行ってみて、居なかったらまた夜に探そうと考えるイーニァ。

「あ、アイツじゃないか?」

「そうね、容姿は一致してるわね」

そんなイーニァの背後から、こんな言葉が聞こえてきた。

そして、後ろから向けられる感覚から自分を指していると感じたイーニァは振り返ってそちらを見る。

そこには、見覚えの無い二人の女性。

一人はなんと自分より小さい。

もう一人は、クリスカと同等のスタイルだ。

「なぁお前、イーニァって名前か?」

「………………(頷く」

声をかけてきた小さい方を少し睨みながら頷くと、相手はやっぱりそうかと満足気だ。


―――こいつら……ヤマトをさがしてる…? なんで…?―――


無意識に相手の意識を読んで、二人が大和を探しているのだと理解するイーニァ。

理由までは読めないが、二人がこの後聞いてくる言葉は簡単に察する事が出来る。

「ねぇ貴方、クロガネ少佐の居場所知らないかしら?」

「しらない」

即答だった。

コンマ一秒の思案すらない即答に、問い掛けた表情のまま固まるステラ。

「な、即答かよっ? 整備班長からお前なら知ってるって聞いたのに…なんだよ」

イーニァの態度と言葉に機嫌を悪くしながら舌打ちするタリサ。

「しっててもおしえない」

「なっ!?」

続くイーニァの言葉に、タリサは面食らう。

再起動したステラは、目の前の少女が無表情だがすこぶる機嫌が悪い事を感じ取る。

「な、なんだよそのもの言い! 喧嘩売ってんのかっ!?」

「うるさいチビ、キャンキャンほえるな」

「なにぃぃぃいぃっ!?」

激怒するタリサ。

ステラは容姿と激しくギャップのあるイーニァの言葉に、面食らっていた。

怒って詰め寄るタリサだが、イーニァも負けていない。

何故ならイーニァはもう三日も大和に甘えておらず、今朝からイライラしていたのだ。

そこへ、大和の所在を知りたがる知らない女二人。

最近急激に育ち始めたイーニァの感情の中にある嫉妬心が、激しく燃え上がっているのだ。

「がるるるるるっ!!」

「にゅぅぅぅぅっ!!」

何か吼え始めた二人に、一人冷静なステラはどうしたものかと肩を落とすのだった。




















「うわぁ…なんでまたTEのキャラクターが出るかなぁ…」

通路の角からイーニァとタリサの対峙を覗き見る大和。

以前からタリサとステラはどうしたのやらと最初は所在を確認したが、とりあえず横浜基地に居なかったので放置していた。

まさか、部隊編成の補充兵として着任するとは思っていなかっただけに、大和も驚いていた。

しかも、何故か知らないがイーニァとタリサの仲が険悪だ。

今もタリサの背後でウェルシュ・コーギーが唸り、イーニャの背後ではマンチカンが威嚇している。

ラブリーにも程がある幻影だ。

原作では模擬戦やら何やらで仲が悪かったアルゴス側とイーダル側だが、ここでも険悪とは予想外な大和。

しかも言い合いの内容から、どうやらタリサ達の目的は自分であり、イーニァが逢わせない様にしているらしい。

既に唯依・クリスカ・イーニァと知り合っている以上、別に二人と逢っても問題ないのだが、余計な火種になりそうなので出て行かない大和。

他人の修羅場は蜜の味、自分の修羅場は血の味と理解しているから。

「ここは一つ、遭遇フラグスルーで行こう。すまんなイーニァ、後で頭撫でてやるからな…」

内心でイーニァにエールを送りつつこの場を去ろうとする大和。


「――――こんな所で、何をしている……?」


「ッ!?」


だが、突然背後からかけられた声に竦みあがる。

聞き覚えのある声、しかし今は聞きたくなく、しかも自分が知る限り最悪な機嫌の時の声。

どこからか、多分自分の脳内から流れるバルバトスなBGMに戦慄しつつ後ろを見れば。


「お帰りなさいませ少佐、私に内緒の仕事は楽しかったですか…?」
 

修羅姫様な唯依姫、 降 臨 。


「ゆ、唯依姫、これはその、色々と事情があって…ッ」

「えぇ、存じておりますよ。副司令のバカンスに同行したと、副司令御本人からお聞きしましたから…」

香月博士の阿呆ーーーーッ、と内心叫ぶ大和。

「ひ、姫、話せば分かる、分かり合える、何故なら人は対話できる生き物だからッ」

何かカッコイイこと言っているが、唯依の黒いオーラから逃げ腰な姿では魅力0だ。

「あっ!?」

「ぬッ!?」

更に、唯依のオーラに押されて通路の角から出てしまい、イーニァに発見されてしまう。

「ヤマトーーーーーっ!!」

「げふぅッ!?」

おまけに、彼女からちょっぴりお仕置き混じりの抱き付き攻撃。

普段なら胸元にぽふっと抱きつくのだが、今回は頭突きによる鳩尾強打。

「ヤマト、わたしさびしかったよ、どうしておいていったのっ!?」

がっくんがっくん首を振られて脳味噌シェイク状態の大和。

仕事ですと言ったとしても、今のイーニァは止まらない。

「シェスチナ少尉」

「なにタカムラ、わたしやめないよっ?」

「あと百回ほど振ってやれ」

「うんっ!」

「ゆ・い・ひ・め・ぇ・~・~・~・ッ!?」

イイ笑顔で続行を指示する唯依に、頷いて見た目からは予想できない腕力で大和をがっくんがっくんするイーニァ。

振られて悲鳴をあげる大和だが、唯依姫はツーンと答えない。

「あ、あのさ、良いのかあれ…?」

「構わない、良い薬だ」

オズオズと問い掛けてきたタリサに、澄ました顔で答える唯依。

「所で、シェスチナ少尉と何やら言い争っていたが、何事だ?」

「べ、別に、アンタには関係ないだろっ!?」

「タリサ、相手は中尉よっ?」

指摘されて赤くなってそっぽを向くタリサだが、ステラに耳打ちされて相手が中尉だと気付く。

「申し訳ありません、人を探していて彼女なら知っていると聞き教えてもらおうとしたら拒否されまして…」

「少尉にか? ………誰を探していたんだ?」

ステラの報告に、あのイーニァが教えるのを拒んだと言われて驚く唯依。

彼女はイーニァとそこそこ仲が良いので知らないが、意外とイーニァは人見知りする上に、気が強い方だ。

おまけに今日はとっても機嫌が悪い。

「その、クロガネ少佐を……」

「この間の甲21号からのBETA侵攻の際に、部隊を救援して頂いたのでそのお礼をと思いまして」

言い難そうなタリサ、先ほどふてぶてしい態度を取ってしまったので内心焦っているようだ。

その後のステラの説明で、あの時のか…と数十日前の侵攻を思い出す唯依。

「なるほど、事情は理解した。今度からは所属する部隊の責任者から私に通すようにしてくれ」

「え? なんで中尉に…?」

「私は篁、私が黒金少佐の副官だからだ」

タリサの疑問に胸を張って答える唯依。

二人はそんな唯依を見て、班長が言ったとおり厳しそうな人だと思った。

「そして、あそこでシェスチナ少尉に揺さ振られているのが、その黒金少佐だ」

「「えぇっ!?」」

二人揃って驚きの声を上げる。

若いとは聞いたが、まさか十代後半とは思わなかったし、しかも少佐なのに少尉に乱暴されているという現状。

「礼を言うなら早くした方がいい、この後もお仕置き――もとい、仕事が待っているのでな」

「今確実にお仕置きっつったよな…?(小声」

「言ったわね、確実に…(小声」

唯依の言葉に冷や汗を流す二人。

「ごほんっ、シェスチナ少尉、そろそろ離して――――あれ?」

ワザとらしく咳払いし、イーニァにお仕置き停止を呼びかける唯依。

だが先ほどまで床でがっくんされていた大和もしていたイーニァも居らず、視線を移すと。

「んにゅ~~~~~……ヤマトぉ~~~……♪」

「ハッハッハッ、愛い奴愛い奴」

大和に頭を撫でられたり喉の辺りを擽られたりしてグニャグニャになったイーニァと、余裕の表情でイーニァを蕩けさせる大和の姿。

「少佐……っ?」

「はッ、しまった、つい猫イーニァを愛でてしまった…逃げれば良かったのにッ!」

唯依の声にガッデムとばかりに頭を抱える大和。

その胸元にはイーニァがスリスリ、緊張感の欠片も存在しない。あと威厳とか。

「……っ、こほん、少佐、こちらの二人が少佐にお話があるそうです」

「そうなのか、じゃぁイーニァ預かってくれ、こうしていれば大人しいから」

唯依がこめかみをピクピクさせながら伝えると、イーニァを預けてきた。

そして唯依にも頭ナデナデと喉擽りをさせる。

「ごろごろ……♪」

「う…っ、可愛い…っ! って違う、私は何を…っ!?」

イーニァの小動物的魅力にクラッとくる唯依。

イーニァも唯依の立派な母性に顔を埋めてご満悦。

「さて、俺に話があるそうだが?」

「あ、えっと、はい……あの、あの二人は…?」

指差す先は唯依とイーニァ。

「気にするな、俺は気にしない」

「は、はぁ……」

唯我独尊な大和に、これ以上言っても無駄と判断したタリサは、極力唯依達を視界に入れないようにした。

入れると意味もなく和むから。

「二日前に横浜基地へ着任しました、ステラ・ブレーメル少尉です」

「お、同じくタリサ・マナンダル少尉です! あの、先日の作戦の時はありがとうございましたっ!」

「少佐達のお陰で、我々は助かりました」

名乗り、敬礼しつつ感謝の言葉を伝える二人に、大和も答礼して微笑む。

内心で、あの時の小隊に居たのか、そう言えばスラッシュ01の声ってタリサだったな…迂闊…と、考えていたりしたが。

「何、こちらも仕事だし、新型のテストも兼ねていたから気にする事でもない」

「新型……あの、少佐、あの機体って量産されるんですかっ!?」

「なんだ、マナンダル少尉は雪風に興味があるのかな?」

「はいっ、物凄くありますっ!」

大和の言葉に、瞳をキラキラさせて応えるタリサ。

その気持ちは分かるステラは、苦笑するしかなかった。

「あの機体は試作機なんであのまま量産は無いが、一応量産と不知火現行機改修は似た形になるだろうな。確か今陽炎の改造をしていると思うが…」

「はい、先ほど格納庫で拝見しました」

「そうか、あの改造機が一応陽炎の改修プランの試作品だ。問題がなければこの基地の陽炎から始め、順次他の基地や帝国軍に広まる予定だ」

大和のその言葉に、タリサが内心でガッツポーズする。

自分達が乗る陽炎も改造されると聞いて、今から彼女はワクワクしているらしい。

「一応第三世代に届くように改造される予定だから、その時は楽しみにしていてくれ」

「はいっ、今から楽しみにしてますっ!」

本当に楽しみといった顔で敬礼するタリサに、大和もステラと一緒に苦笑する。

「では、まだ仕事があるので失礼する」

「「はっ、ありがとうございました!」」

大和の言葉に、二人は揃って敬礼してその場を後にした。

歩き去る二人の会話から、今から待ちきれない様子が窺える。

「ふむ………それも良いかもな…」

「…なにが?」

二人を眺めながら呟いた言葉に、イーニァが反応。

左手に擦り寄って、見上げてくる彼女の頭を、優しく撫でる。

「いや、少し面白い事を考えただけだ。所で唯依姫はどうした?」

「タカムラ? なんかたおれちゃった」

「何ッ!?」

イーニァの言葉に慌ててそちらを見れば、通路の壁に寄りかかっている唯依の姿。

「はぁ、はぁ、はぁ…もう、だめ……っ(///」

「何があったんだこれッ!?」

甘い息を吐きながら頬を赤く染める唯依姫。

国連軍の制服の上着が、微妙に崩れていて艶かしい。

「もふもふした」

「もふもふか、それなら仕方が無いか…」

「仕方なくないっ!!(///」

イーニァの堪能しましたという満足気な表情と言葉に、それは仕方が無いと頷く大和。

そんな二人に唯依姫は胸を両腕で抑えて叫ぶが、二人は何処吹く風であった。































「少佐、まだ帰ってこないのか………」

一人、大和が帰って来た事を知らないクリスカが、訓練場を走りながら寂しそうに呟くのだった。

































なお、夜になって書類提出に来たピアティフが、執務室で正座させられてシクシクと泣く大和の姿を見る事になる。

通算6時間正座させられ、額に『私は約束を破った愚か者です』と達筆に書かれた紙を張られていたとか。

あと、痺れた足をイーニァがつんつんして苛めていた。

とりあえず、見なかった事にして退室したピアティフ中尉。

彼女も染まったものである。






[6630] 第十五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:38











2001年5月25日―――――


シミュレーターデッキ―――


やってきました戦術機適正試験。

この日を心待ちにし、長く辛い訓練を耐えてきた少女達は、期待に胸を躍らせていたが、強化装備がスケスケなのを思い出して全員赤面。

その理由は、本日の適正試験に確り武も大和も同席するから。

これには彼等を意識している乙女もリンゴのように赤くなるというもの。

演習で羞恥心をかなり捨てたとは言え、想い人の前で強化装備姿を晒すのはまた別の恥ずかしさがあるのだ。

約二名、別の理由で真っ赤だが。

「なんだ、犠牲者は冥夜と高原か」

武の言葉に真っ赤になってぽっこりお腹を隠しつつ胸を隠す二人。

冥夜は羞恥心に耐えつつ「た、タケル、見るな、見るでない…っ(///」とプルプル震える。

高原は「うぁー、少佐に見られたぁ~……っ」と軽く絶望。

衛士の強化装備は体型がモロに分かるものであり、特に訓練兵の強化装備は大部分がスケスケで丸見えである。

一応、白っぽくなっているが、裸よりも恥ずかしいとは築地の談。

これにもちゃんとした理由が存在し、訓練兵の段階で羞恥心を捨てさせるのが目的なのだが、武は微妙に疑っている。

「あれ、絶対開発者の趣味だろ…?」

「全面的に同意する。あれか、裸じゃないから恥ずかしくないもん! とでも言いたいのかこれは?」

呟く武と頷く大和。

因みに大和、昨日のお仕置きが効いたのかまだ足に違和感があるらしい。

お仕置きから解放された時の彼の言葉は、「イーニァは天然攻めだ…」との事。

さて、それは兎も角。

戦術機適正試験、これは名前のまま戦術機に搭乗した際の衛士候補生達の適正を計る試験である。

とはいえ訓練校入学の際に既に簡易的な物を行っており、ここではより本格的な機動に耐えられるか調べるのだ。

この試験で適正なし、または適正が低いと判断されて歩兵や戦車隊、CP将校などに泣く泣く移る人間も多い。

それに、この試験、乙女的にアウトな結果を招くと有名なのだ。

「では、A分隊より試験を開始する! 涼宮、柏木、01と02の筐体にそれぞれ入れ!」

「「はいっ!」」

まりもの指示で、まずはA分隊の二人が筐体に入っていく。

茜はかなり緊張しており、あの晴子ですら表情が硬い。

「二人とも、右手側に袋があるから、それ使えなー」

「「…は、はい…」」

武からの言葉に、袋を見て表情が引き攣る二人。

絶対にこれのお世話にはならない!

そう誓って無残に敗れる者もまた多い。

「それじゃ、始めましょうか軍曹」

「はい、適正試験プログラム、スタートします」

武の言葉に頷いて、管制室から操作を始めるまりも。

筐体内の二人が歯を食い縛るのを画面で眺めながら、知らず知らず笑みが浮かぶ武と大和。

あれやこれやとシミュレーター内の機体を動かし、その度に中の二人から悲鳴や呻き声が上がる。

「まりもちゃん……これ、楽しいっすね…!」

「不謹慎ですよ大尉……でも、私もこれ、ちょっと楽しみなのよ…」

「下手をすると癖になりそうだ…」

管制室で怪しく笑う三人。

その怪しいオーラを感じた冥夜と美琴がブルリと震える中、筐体の中の二人が敗北した。

「う、うぅ、予想以上ねこれ……」

「あ、あはは…まいったねぇ……」

青い顔をして出てきた二人、中身が見えないように配慮された袋は自分で捨てに行く。

グロッキーな二人がベンチで休むのを横目に、次に高原と麻倉が呼ばれる。

「う、うぅ、少佐、もしも私が悲惨な姿になっても嫌わないでくださいね…っ!?」

「安心しろ高原訓練兵、誰もが通る道だ」

伝統の犠牲者である高原と冥夜は悲惨な事になる可能性が誰よりも高い。

と言うか、まりもが見てきた中で犠牲者で悲惨な事にならなかった奴は居ないと言う。

例外は、前の世界での武だろう。

縋り付く高原を大和が慰めるが、武同様に適正が高すぎて欠伸までしていた奴が言うことでは無い。

で、挑戦。

「う、うぅ、もうお嫁に行けない……」

「………がんば…」

予想通り負けた高原は、麻倉に慰められながらベンチに運ばれるのだった。

因みに麻倉も負けている。

「はわ、はわわわ…みんな負けちゃってるよ~!」

「うぅ、茜ちゃんですら負けるなんて…おら勝てるわけねぇっぺさぁ~!」

次の組であるタマと築地。

前までの2人の惨状に、ガクガクブルブル。

「よもや、これ程までに厳しいとは…」

「予想外ね…っ」

「焼きそば、死守……!」

冷や汗を拭う冥夜と、驚愕する委員長。

今からお腹の焼きそばを守ろうと気合を入れる彩峰。

因みに本日の試験、自重しない少佐によって、一部に武の機動が挿入されており、前の4人中3人はそれで負けた。

「空中で反転してビルで三段跳びなんて反則…」とは、経験した茜の呟きである。

高原は荒地を走った時の振動で破れた。

下手をすると、一般衛士でも負ける可能性の高い試験なのである。

一応適正基準はクリアしているので今現在問題ない、と言うか武の機動で平気な顔をしていたらそれこそ問題だ。

続くタマ、築地も破れ、冥夜と美琴も続く。

最後の千鶴は敗れたが、彩峰は見事に勝利した。

でも筐体を出て倒れた。

「仏心でTSHMを体験させなかったが、見上げた根性だな、彩峰…」

「全くだな、どんだけ焼きそば好きなんだよ…」

歯を食い縛り、必死に耐える彼女の姿に、大和は仏心を出して最後の難関をロードするのを止めた。

冥夜・茜の二名があっさりと破れたTSHM、『武ちゃん・スペシャル・変態・機動(マニューバ)』の略で、武本人は略の方しか知らない。

機動だけ英語訳なのは大和の趣味だ。

このTSHM、一般衛士どころかまりもクラスですら気絶しそうになるほどの機動であり、完全に耐えられるのは本人と大和、後は紅蓮大将や月詠大尉と中尉位である。

まぁそれは兎も角、これにて全員の適正試験は終了。

全員が問題なしと判断され、晴れて戦術機教導へと移行する事になった。

この言葉に、全員が喜ぶのだが、皆グロッキーなので喜びを表現できなかったりした。



























「ふむ、あの二人が来たのは帝国の動きが原因か……」

夜の執務室。

既に唯依は仕事を終えて部屋に戻り、現在は大和一人。

その大和は、昨日気になった事をピアティフ中尉にお願いして調べて貰い、その報告書を見ていた。

「日本帝国軍が新技術会得の機会に見向きもしなかった理由を察して横浜との関係を良好にしようと考えたのか…ふふ、利口だなスウェーデンやネパールは」

資料には、タリサ・ステラ両少尉と他の着任衛士達の背景が記載されていた。

大和の呟きの通り、スウェーデン王国陸軍と、ネパール陸軍は本来ならアラスカに派遣予定だった衛士数名を横浜へと出向させてきた。

表向きの理由は本人達の希望とあるが、裏では日本帝国軍が米国等に一切見向きもしないで頼った横浜の技術力を知るためだろう。

その為に、少数の衛士を出向させたのだ。

出向した彼女達の見た物や経験から横浜のレベルを調べ、もしも日本帝国軍のように頼る価値があるのなら、後々その話が来る事だろう。

米国やソ連のように後ろ暗い理由の少ない彼らなら、大和は技術提供も考えている。

「何せ、雪風の元はグリペンだしな…」

苦笑する大和、スウェーデン王国サーグ社製の第3世代戦術機であるグリペンは、多任務戦術機という珍しい機体である。

状況・任務に応じて規格化された装備を選択するという、雪風のCWS(チェンジ・ウェポン・システム)の元になった機体であり、大和も一目置いている。

雪風はある種、このグリペンを更に発展させた構想の機体なのだ。

因みに火力も機動力も雪風の方が数段上である。

「その内、横浜で開発計画がスタートしないだろうな…」

これ以上仕事増えるの嫌よ? 無駄な仕事とか余計な仕事は嫌いなんだよ? と愚痴る大和。

「撃震の改良ねぇ…ま、やってみますか…」

急ぎで依頼された撃震の改良案、大和は設計の為のソフトを起動させると、未来の機体設計図や武装設計図などを見ながらカタカタとパソコンを操作するのであった。


























2001年5月26日――――



早朝執務室へ出勤(?)してきた唯依は、執務室のソファで寝ている大和を発見。

また部屋に帰らず徹夜したのかと、呆れて溜息をついた。

「少佐、風邪を引きますよ……ん?」

時間も時間だし起こそうとすると、応接テーブルの上に資料が纏められているのに気付いた。

そこには、撃震の改良計画の立案書と、具体例、さらに設計図まで揃っている。

「これは撃震の…帝国軍から依頼があった改修の立案書か…」

唯依もまた開発部に所属していた人間であり、中身は理解できる。

昨日までどうするかな面倒だなと呟いていたのに、人が見ていない所で確りと仕事をしている大和。

「全く……どうしてそう無茶をするんだお前は…」

苦笑の後に微笑を浮かべ、眠る大和の髪を撫でる唯依。

規則正しく上下する胸と、小さく聞こえる呼吸音。

二人っきりで、しかも相手が眠っているという状況に、一瞬大和の唇に目が行く唯依。

「――――っ、わ、私は何を考えているっ!?」

途端に恥ずかしくなった唯依は、真っ赤になって慌ててその場を離れる。

「ね、眠っている間になんて、そんな、そんな……(///」

ごにょごにょと呟きながら自分の席へ移動。

途中ゴミ箱を蹴飛ばすのはご愛嬌だ。

「て、徹夜のようだし、急ぎの仕事もないから、あ、あと少しだけ眠らせてやるっ」

誰に言っているのか謎だが、そう言うと唯依は先程の自分の行動と考えを忘れる為に仕事に取り掛かるのだった。








「ん……んんっ、よく寝なかった…」

眠り足りないのか、そんな事を呟きながら起き上がる大和。

「お目覚めですか、少佐?」

「…お、唯依姫、おはよう。何時間寝てた?」

「おはようございます、2時間ほどです。それより少佐、お願いですから何も言わずに徹夜しないで下さい」

目覚めの挨拶を終えて早速お説教に入る唯依。

彼女の言葉に「はいすみません反省していますけど後悔はしていません」と謝っているのか喧嘩売ってるのか分からない返答でコーヒーもどきを入れる大和。

唯依も唯依で半分諦めているのか、全く…と呟いて仕事に戻る。

「あ~~~~、急ぎの仕事ってある?」

「特には。富嶽重工と光菱重工から、スレッジハンマーの製造ラインが確立できたと連絡があった位です」

「そっか。横浜基地内だけじゃ、大々的に量産できないしなぁ。第一次製造分は?」

「本体と内蔵武装を組み込んだ機体を36機、来月には納入予定です」

夕呼から承認を受けたスレッジハンマーは、現在横浜基地内で製造中の機体の他に、日本の兵器メーカーにも製造を依頼している。

撃震などの中破や大破した機体から出来ているスレッジハンマーは低コストながら一機で戦車中隊に匹敵する火力を持ち、日本帝国軍からも受けが良く、既に帝都守備に配置する為に最初に24機、次に36機と注文が来ている。

しかも、中破や耐久年数が迫った機体などを下取りに出すことで、スレッジハンマーの値段をその分安くする事が出来る。

防衛や守備、支援を主目的とするスレッジハンマーの攻撃力と支援性能は、先のBETA侵攻の際に実証済み。

しかも衛士で無くても操縦可能であり、武装も豊富。

オプション装備で、大型重機としても輸送車両としても使える万能支援機として、売り出し中だ。

因みに日本帝国軍では『蛇侍空雄(タジカラオ)』で登録され、運用される予定。

最近では海外からの詳細を求める声や、スペック表や見積もりの依頼など、注目されている。

特に、ハイヴに隣接しBETAの侵攻に悩まされている国からの注目が高い。

逆に米国などからは、廃材利用の貧乏機体なんて馬鹿にされているが。

それは兎も角、今後の量産を見据えて、大和は富嶽重工と光菱重工に製造を依頼したのだ。

横浜基地の生産力には限界があるし、何よりこれから次の機体の改造・改良・量産をしなければならないのだ。

量産工程が確立したものから、順次メーカーに委託する形で動いている。

雪風や響、不知火『嵐型』やスレッジハンマーに搭載されるCWS用の武装も、実証テストを終えた物から順次メーカーに製造して貰っている。

新型スラスターや噴射跳躍システムなど、現在様々な機材を委託製造している各メーカーは、横浜基地の技術力に驚嘆すると共に、積極的に自社に取り込み、または技術協力をしてレベルを上げている。

各メーカーのレベルが上がれば、後々量産される不知火『嵐型』などの機体レベルが総合的に上がるし、もしかしたら各メーカーでもっと性能の良い戦術機や武装を開発してくれるかもしれない。

後々の、本当に後の事も考えて技術提供などを行っている大和には、各メーカーから是非我が社にと誘われていたりする。

無論、夕呼が許さないしその手の面会や話を断って大和に行かないようにしている。

大和の今現在は何処かへ行くつもりも無いので助かっているが。

「不知火の改修案と陽炎・撃震の改造が通れば、また忙しくなりそうだ…」

他にも仕事あるんだけどな~っと呟く大和だが、その表情は楽しそうだと唯依は感じて微笑むのだった。










[6630] 第十六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:40















2001年5月27日――――


地上の格納庫に、わらわらと集まっている強化装備姿の207のメンバー。

彼女達のお目当ては、本日から搬入される自分達の練習機を見る事にある。

既に整備ガントリーに機体は搬入されているのだが、全てに布が掛けられており、姿を見る事が出来ないでいた。

「あ~んもうっ、何で布なんか掛けられてるのよっ!」

「それに、外からじゃなくて、基地の地下から運び出してるのも気になるね~」

地団駄を踏む茜と、大型貨物エレベーターから搬出される機体を見て首を傾げる晴子。

「機体は吹雪と聞いたが、形が少し異なっているな…」

「あ、御剣さんも気付いた? ボクもそれが気になってたんだ、ほら背中とか、不自然に膨らんでるし」

布に包まれた機体を見つめていぶかしむ冥夜に、指差してね? ね? と周囲に同意を求める美琴。

「なんだ、皆来てたのか」

「あ、敬礼っ!」

声を掛けられて振り向くと、そこには霞を伴った武の姿。

委員長が敬礼をさせ、武も公の場なので答礼する。

「タケ――もとい、白銀大尉、あの機体は本当に吹雪なのですか?」

「形があちこち違いますよ」

冥夜と美琴の質問に、へっへっへっと悪戯小僧のような笑みを浮かべる武。

「お前等、俺達が着任した時の大和の言葉、覚えてるか?」

「黒金少佐の?」

「確か……」

「新型か改造機に乗せてくれる?」

首を傾げる委員長と、思い出そうとする彩峰。

そこへ、麻倉が疑問符付きだが正解を答えると、そう言えばと全員が思い出す。

「その通り、あの機体は大和がお前等の為に改造した、特別製の改造機だ!」

どうだ凄いだろうと言う武に、全員が口を開いたまま何度も頷く。

まだ訓練兵という立場なのに、わざわざ少佐が改造した練習機を宛がってくれたのだ。

これには全員驚くしかない。

「今大和が夕呼先生呼びに言ってるから、来たらお披露目―――って、どうした霞?」

「……………博士と黒金さん、もう来てます…」

袖をクイクイと引っ張られて、霞が指差す方を見ると。

「ちょっと黒金、ビニールを破くのはアタシの特権よっ!?」

「知りませんなぁ、改造する間に破かなかった事を感謝して欲しい位です」

何やら言い合いをしながら戦術機へと向う二人。

どうやらシートのビニール剥がしをするつもりらしいが、何をやっているのかと肩を落とす武。

「あ~、来たみたいだし行こうか…」

引き攣った顔の武に促され、大和達の元へ移動する面々。

「お、全員揃っていたか」

「大和、先生はアレか…?」

「アレだ」

武の問い掛けに、指差す先は、コックピットの扉を開く為の布の切れ目から中に入って、ノリノリでビニールを破く夕呼。

「博士、俺の分も残しておいて下さいね?」

「はいはい、アタシが満足したらね」

「全く…」

夕呼から207に説明しろと命令されてしまい、ビニール破きに参加できない大和は少し恨めしそうだ。

「さて、改めて総戦技評価演習合格おめでとう諸君。晴れて君たちは本格的に衛士としての訓練に身を投じることになるのだが…現在俺が進めている開発計画と独自プロジェクトを踏まえて、諸君等には吹雪の改造機であるこの機体で訓練してもらう事になる」

そう言って大和が機体の上で待機していた整備兵に合図を送ると、大和達が居る機体から順番に布が落ちて姿を現していく。

「この、次期量産機用試験改造機、二式吹雪…通称『響』でな」

姿を現した吹雪の改造機達に、感嘆の声を上げる訓練兵と、見物に来ていた整備兵達。

見た目は吹雪なのだが、背中に雪風と同じ可動式追加スラスターを装備し、肩部ブロックの長さが吹雪のより延長されその先には何かが接続可能なハードポイント。

可動兵装担架システムは肩部ブロックにマウントされ、両側で二基だけだが突撃砲と長刀両方を兼用装備できるタイプだ。

よく見れば腰部装甲ブロックにもスラスターのノズルが見受けられ、太股の外側にも前後回転可動式の小型スラスターが装備されている。

頭部や胴体、カラーリングは吹雪のままだが、装備から既に別物の印象を受ける機体。

大和が言った通り、次期量産機用、つまり今後量産される予定の機体は、この響が元になるらしい。

そんな機体に乗って訓練できると知って、感動で震える乙女達。

彼女達の様子に、大和も武も満足そうだ。

「機体特性や既存機との操作の違いなどは、午後の座学で説明する。何か聞きたい事があるなら、それまでに考えて置くといいぞ」

「はいっ!」×10

「機体を眺めているのも良いが、食事は早めに済ませておけよ?」

そう言って、敬礼をしつつ別の機体まで走る大和。

何かと思って彼女達がその後を視線で追うと、「博士、もう6機分も剥いたんだから満足でしょう!」、「まだまだよ、今のアタシは20機でも剥けるわ!」と言い争う声。

「………ま、なんだ、暫くはこの響が皆の愛機だから、大事にな?」

「は、はい…」×10

武の苦笑混じりのフォロー(?)に、引き攣った顔で答える面々。

一度解散となり、午後の為に響を観察するグループと、昼食を取りに行くグループ、その場に残るグループに分かれる。

「あれ、でも一番奥のハンガーが空いたままだよ?」

「本当だね~…あ、もしかしてタケルさんの機体かな?」

実機演習では、武も出ると事前に聞いているので、武用の機体が搬入されるのではと会話する美琴とタマ。

そんな会話をしていると、何故か外から自走整備支援担架で運ばれた機体が搬入されてくる。

何故外から? と冥夜を含めた三人で首を傾げていると、搬入されてきた機体の保護シートが外され、姿を現す。

「あ、あれって!?」

「ウソ、武御雷っ!?」

「―――っ!!」

驚きで身を乗り出す美琴と、飛び跳ねて驚くタマ。

機体を見て顔を顰めた冥夜に気付かずにはしゃぐ理由は、機体が武御雷である事と、色が紫である事。

近年配備された戦術機の中で、異色を放つ存在である武御雷は、整備性能や生産コストを度外視した機体であり、その機動性と運動性能から世界最高クラスの一角を担う機体である。

恐らく、近接戦闘をやらせたら現在最強なのは間違いなくこの武御雷だろう。

限定状況下の元での運用を前提にしているので、総合的にラプターに劣るものの、それでもその地位は揺るがない機体である。

それが搬入されてきたのだから、はしゃぐのは仕方の無い事。

冥夜が内心の葛藤を抑えていると、タマと美琴がタラップを降りて武御雷の元へ走り出しているではないか。

「珠瀬、鎧衣っ、待つのだ!」

あの二人の性格を考えれば、機体を見るだけでは済まないと考えた冥夜は焦る。

あの機体が、もし自分の考えた理由で搬入されたなら、その整備と管理を任されているのは間違いなく彼女達だ。

規律と地位を重んじる彼女がタマ達の行いを見れば、当然咎めるだろう。

大事な仲間が自分の背景で傷つけられるのを恐れた冥夜は、全力で追いかけるが先に行った二人に追いつけない。

よく見れば機体の足元には、赤い制服が見えるではないか。

「珠瀬っ、鎧衣っ!」

既に二人は足元へ辿り着き、タマがその足に触れようとした瞬間―――



「は~、やっぱり塗装も他の機体と違うんだな~」

「それはそうです、特別機なのですから」


「なぁーーーーーーっ!?」


ズベーーーーっと見事なヘッドスライディングで滑る冥夜。

両手と両足を上げた海老反りスタイルなのも得点が高い。何のかは知らないが。

「うおっ、どうした冥夜?」

「冥夜様、如何なされましたっ!?」

滑って登場した冥夜の姿に目を丸くする武と、慌てて助け起こすのは月詠中尉。

「い、いや、予想外な光景だったゆえ…許すがよい…」

「そうですか…お気をつけ下さい冥夜様」

強化装備なので怪我は無いが、無性に恥ずかしい冥夜。

まぁ、焦って駆けつけてみれば、既に自分の教官が斯衛軍の中尉と和気藹々に装甲の塗料について話し合っていればそりゃこける。

しかも武はベタベタと無遠慮に触りまくりだ。

「つ、月詠、その、咎めぬのか?」

「は? …あぁ、白銀大尉の事ですか? はい、既に殿下から許可は頂いておりますので」

月詠の言葉に絶句する冥夜。

何と、武は殿下から紫の武御雷を自由にして良いと許可を貰っているらしい。

つまり、武の意思で、出撃させたりも出来るそうな。

あと、大和には整備と改造の許可も出ていたりする。

「その、月詠は、タケル…大尉とは親しいのか?」

「恥ずかしながら、大尉とは斯衛軍で切磋琢磨した仲であります」

正確には、部下として配属された武を扱き倒した人と、扱かれつつもフラグ立てまくった男という関係である。

「そう言えば、大尉は元斯衛軍であったな…」

「はい、彼が国連軍へ降ると聞いたときは、我が耳を疑いました。あれほど殿下の為に戦っていた男がまさかと…。当然引止めや反対の声も多かったのですが、最後には殿下の取り成しで決まってしまいました」

武の衛士としての腕前と技量は、伝え聞くだけで十分に高いと冥夜も理解している。

斯衛軍でも強者の一角である月詠中尉もその強さを認めている事もそれを証明している。

「何故大尉は国連軍に…?」

「やるべき事が、ここでしかできない事があるとしか…ただ、殿下は事情を知っており、その上で許可したと聞きます」

「………殿下とは、その、大尉は親しいのか…?」

「それは、その…わ、私からは何とも…」

冥夜の寂しげな質問に、赤くなって答える月詠さん。

何故赤くなる? と冥夜は内心首を傾げるが、追求するのもあれなので話を止めてタマ達と共に武御雷を見ている武を見る。

「まったく…不思議な男だ…」

「はい……」

冥夜に同意し、武を見る月詠さんの瞳は、冥夜でも初めて見る程に優しいものだった。

「真那様、すっかり骨抜きに…」

「仕方ないって、相手が白銀大尉じゃ…」

「それより、この光景を黒金少佐に報告するですのー」

柱の影から冥夜達を見守る白い3人娘。

彼女達もまた、白銀菌と黒金菌に汚染された娘達であった…。












因みに月詠さんが赤くなった理由は、殿下から「真那さんも一緒にお嫁さんになりません?」とイイ笑顔で提案されたのを思い出してしまったから。

当然その事を武は知らない。

































昼過ぎのPX―――


武御雷を散々堪能した武達は、一度着替えてから昼食を取っていた。

格納庫に行く前にシミュレーターをしていた武も着替えやすい訓練着に着替えていた。

「タケル、そなた階級章はどうしたのだ?」

「え? あ、いっけねぇ、付け忘れた…」

冥夜の指摘に笑って誤魔化す武。

大尉の癖に妙にその辺りが軽いのは何時もの事と、周りも笑うだけだ。

「……ねぇ、あの人達…」

「見てるわね、こっちの事…」

美琴と委員長が視線だけである方向を指して会話している声が聞こえ、武もそちらをチラリと見るとそこには見覚えのある男女二人組みの姿。

男の方がこちらを見て何やら言っており、女の方はニヤニヤして答えている。

「はぁ~~~、どうやってもこれは発生するのかね…」

二人の目的を知っている武は、溜息をついて席を立ち上がる。

「た、タケル、もしやあの二人は…!」

「あ~、気にするなって冥夜、ちょっと“飲み物取ってくる”だけだ」

あの二人がこちらを見ている理由を察した冥夜が慌てて武を止めようとするが、武は笑ってウィンクを残して行ってしまう。

「だ、大丈夫だって御剣、タケルは大尉なんだよ?」

「そうよ、遠いから階級は見えないけど、大丈夫だって」

晴子と茜が冥夜をフォローし、委員長や彩峰も同意する。

しかも武はただの大尉ではなく、夕呼直属の衛士だ。

権限も地位も、同格の大尉より上だったりする。

207の乙女達が見守る中、武が二人の前を通過しようとすると、案の定声を掛けてきた。

「おい、お前あの訓練部隊の人間だな?」

「……そうっすけど?」

傲慢な物言いに内心ムカつきつつ、答える武。

一応、訓練部隊の特別教導官なので間違ってはいない。

「お前達のあの機体とさぁ、あの武御雷なんなんだよ? 誰の機体なんだ?」

「訓練兵の癖に武御雷とか改造機とか在り得ないのよね、紫のあれのせいでハンガーが埋まって邪魔なんだけど?」

二人の少尉の言葉に、やっぱりそれも含まれてるのねと呆れる武。

大和が響を導入する事で、誰か何か言ってくるかもしれないと言っていたが、本当に言ってきた。

呆れていたのが態度に出たのか、男の少尉が掴みかかってくる。

「おい、特別扱いされてるからって調子に乗るなよ半人前がっ!」

「…………………どっちが半人前だよ…」

「なにっ!?」

段々相手の声が大きくなり、ざわめくPX内。

武が掴みかかられた所で冥夜と茜が立ち上がるが、彩峰と晴子に止められる。

その二人は、二人の少尉に手を合わせていた。ご愁傷様という意味だろう。

「訓練兵相手にこんなくだらないことしていて、よく衛士だなんて名乗っていられるな?」

「なんだとテメェ…っ!」

「お子様の癖に、生意気言うじゃないっ」

武の侮蔑を含んだ言葉に、怒りを露にする二人。

「情けなくないのかよ、こんな事している暇があるなら、少しでも訓練してBETA倒せるようになったらどうだ?」

「はっ、BETAが何だってんだ、その時が来たらお前等より上手に叩いてやるよ、徹底的にな!」

武の言葉に胸を張って応える少尉だったが、武はその言葉を聞いて思わずぷっと噴出してしまう。

「こんな幼稚なことしてるようじゃ、突撃級に撥ね飛ばされるか、戦車級に齧られて終わりじゃないかなぁ…」

「テメェ……死ぬか?」

ドスッという鈍い音と共に、少尉の拳が武の腹に突き刺さる。

武が痛みで蹲るのを予想して笑おうとした少尉は、拳から伝わる硬さに表情を硬くする。

「…ったく、本当にくだらないなぁ、あんた等。痛い所突かれたら暴力か?」

「な、舐めんじゃねぇぞテメェっ!」

二発、三発と殴りかかる少尉だが、武は腹を殴られようが顔を殴られようが揺るがない。

「はっ、どうした訓練兵、やり返してみろよっ、階級は関係ないぜっ!?」

「おいおい、本気になるなよ?」

調子に乗って殴り続ける少尉と、止める気も無いのか笑ってみている女少尉。

周りがヤバイと思い始め、207の数名が慌て、おばちゃんが出てきた所で異変が起こった。

「はぁっ、はぁっ、どうなってやがる…っ?」

「お、おいおい、少し優しくし過ぎじゃないか…?」

「う、うるせぇっ、全力でやってんだよっ!?」

なんと、殴っていた少尉の方が息切れを始めたのだ、しかも拳を押さえ、痛みを堪えているように見える。

殴られていた武の方は、流石に唇を切ったりしているが、全くの不動。

殴られていたのに、一歩もその場から動いていない。

「……ぺっ、どうした、もう終わりか?」

「な、なんだと…っ」

「なんなんだい、お前…っ」

口内の血を吐き捨てるが、ダメージらしいダメージが見受けられない武に、怯む二人。

武の肉体は、この数年で鋼の如く硬く、そしてしなやかになっている。

これは、斯衛軍で紅蓮大将直々に鍛えられたのと、武が毎日欠かさず地道な訓練をしている事から生まれたモノだ。

見た目からは分からないが、脱いだ武の肉体は、細身なのに引き締まり、ウホっと言ってしまう人間が出てしまう程の肉体美。

殿下もメロメロの一押しです。

それは兎も角、武が殴り返してこないのでまだ優勢だと思っている二人。

実際に武が殴り返したら、恐らく少尉の前歯は全滅か、顎が砕けるか、もしくは肋骨骨折か、どれにしろ衛生兵の厄介になること確実だ。

「何をしている!」

「げ…っ」

「こ、斯衛軍…っ?」

そこへ、赤い斯衛軍の制服を身に纏った月詠さんが現れた。

見た者を萎縮させる鋭い眼光と、近くに居るだけで竦みあがる威圧感を放つ彼女相手に、流石に怯える二人。

「随分と騒がしいが、これが国連軍の日常なのか…?」

「そ、それは…」

「か、関係ないだろ、斯衛軍にはっ!」

言いよどむ女と、国連軍の事に口を出すなと言い返す男。

武は内心、あの月詠さんに反論するなんて、ある意味凄いなこいつ…とか微妙に関心していたり。

今の月詠さんに問い詰められ、怒られれば武なら即座に土下座して謝り倒す。

それ位怖いだ。

「関係ないか、そう言うのなら、貴様等こそ関係の無い事に口出しをするな! あの武御雷は我が斯衛軍と国連横浜基地上層部との話し合いの結果ここに置かれている機体だ、貴様等が口を出して良い事では無いぞ!」

「う…っ」

「ぐ…っ」

「ひぃ…っ!?」

「……何故貴官まで怯えるのです?」

「す、すみませんつい…っ!」

月詠さんの一喝に竦む少尉達と、小さく悲鳴を上げる武。

ジロリと彼女から睨まれ、震えつつ謝る武。

「まぁいいでしょう……それにしても、国連軍は上下の規律によほど緩いらしいな。上官を馬鹿にし、おまけに手を上げるとは…情けない」

「「……?」」

月詠の言葉に、首を傾げる少尉二人。

馬鹿にはされたが、殴ったのはこちらだから、彼女の言い方はオカシイ。

しかも、訓練兵相手に妙に態度が低いし敬語だ。

その事を疑問に感じていると、通路の方から声が掛けられた。

「何事だこれは」

「あ、しょ、少佐…っ!?」

現れたのは、制服姿の大和だ。

少尉の女の方が大和の階級章に気付いて、慌てて敬礼する。

「白銀、これは一体何事だ?」

「え…あ、はっ、そちらの少尉二人が訓練兵の機体と搬入された武御雷に関して文句をつけてきました!」

「「なっ!?」」

大和の言葉と態度から、今は上官と部下を演じていると長年の付き合いから理解した武は、部下としてありのまま報告した。

これには少尉二人も顔を青褪める。

「と、彼は言っているがどうなのかな、少尉?」

「う…っ、そ、それは…」

ギロリと、見た目の年齢につり合わない鋭い視線で睨まれ、言葉につまる男の方。

そもそも、武が言った通りなので咄嗟に反論できない。

「ち、違いますっ、私たちはただ、あの機体が何なのか聞きたかっただけで…っ」

「そ、そうです、そしたらこの訓練兵が生意気な口を利くからちょっと修正を…っ!」

素晴らしい小物っぷりで言い訳を始める二人に、呆れて物が言えない周囲。

おばちゃんも情けないとばかりに首を振っている。

「ほう、では貴様等二人は、あの機体と武御雷の事を調べようとしたと?」

「そ、そうですっ」

「…………少尉、それは貴様の仕事か?」

「え…?」

「それは、貴様の仕事なのかと聞いているッ」

「「ひっ」」

静かな、しかし底知れない威圧感を放つ大和の言葉に、知らず知らず冷や汗を流す二人。

大和の言葉を直に理解できないのか、ただ戸惑うだけだ。

「もしそれが貴様の仕事だと言うのなら、それを与えた上官は誰だ? 即刻軍法会議に掛け、背後関係を洗い出さねばならない」

「へ…?」

「あ、あの、何を…?」

大和が何を言っているのか分からない二人は、ただ混乱するのみ。

そしてそれを眺めている武は、自業自爆だと哀れみつつ、親友がノリノリのドSモードな事に頬が引き攣る。

「それとも、貴様等の独断か? ならば貴様等を会議に掛け、依頼した人間を特定しなければな」

「しょ、少佐殿、何を言っているのですかっ?」

「あん? 貴様等が機体の情報や機密を盗み、それを漏洩しようとしているのだろう? 立派な軍規違反だな、斯衛軍ならどうなるのかな中尉?」

「は、妥当な所で処刑かと」

大和の言葉に涼しい顔で答える月詠さん。

処刑って、月詠さんも怒ってるのねーっと、内心震える武ちゃん。

何にせよ、月詠さんの言葉で、自分達が重罪な嫌疑を掛けられていることを理解した二人は、青い顔で必死に否定を始める。

「そ、そんな大袈裟な話じゃないんですっ、俺達はただっ!」

「訓練兵が良い機体を与えられたのが悔しくて、ちょっとからかってやろうと思っただけなんですっ!」

情けないにも程がある二人に、周囲はあ~あ…と言った雰囲気。

確かに訓練兵が自分達の機体より良いのに乗っているとなるとその気持ちも分かるが、だからと言ってその訓練兵を苛めてどうするのか。

文句を言うなら、それを決定した人間に言うものだ。

とは言え、人間だもの、弱い立場を攻撃する方が楽だし簡単だと考えたのだろう。

その結果がこれである。

「ほう、つまり個人的興味からの戯れと言うことか?」

「は、はい、申し訳ありませんっ!」

頭を下げる少尉だが、大和のターンはまだ終わっていない!

「そんなくだらない事を考えるとは、そんなに暇なのか? 暇なら身体を鍛えるなりシミュレーターをするなりして、己を磨くのが仕事じゃないのか?」

「は、はい……」

「それに武御雷もそうだが、あの機体はある計画の為に上層部が試験の為に導入した試験機だ、その事を不用意に調べる事は軍規に反すると思うが?」

「申し訳ありません!」

ねちっこく責める大和に、ただ謝るしかない少尉。

軍隊の上官というのはよくこんな感じだが、俺なら泣くな…と苦笑いするしかない武。

あと、上層部とか言ってるけど実際は夕呼と大和の判断だし。

「まぁ、それに関しては後々部隊の指揮官に処罰を与えさせよう。しかし、上官を殴ったのは容認できん行いだな」

「…へ?」

「あ、あの、どういう事でしょうか…?」

大和の言葉に呆ける男と、オズオズと質問する女。

先ほども斯衛軍の中尉が言っていたが、上官とは誰を言っているのかと混乱する二人。

「ほう、貴様等は誰を殴ったか理解していないようだな……と言うか白銀、貴様階級章はどうした?」

「え…あ、申し訳ありません、強化装備から着替えた際に付け忘れてしまいました!」

傍観者で居たら突然話を振られて慌てて敬礼しつつ答える武。

少尉二人は、階級章…? と呆然と武を見る。

「白銀教官、お忘れ物ですっ」

「お、すまないな鎧衣訓練兵」

いつの間にやら、更衣室から武の階級章を取って来た美琴が、敬礼しつつそれを渡す。

武が絡まれた辺りから、大急ぎで取りに行ってきたらしい、実にナイス判断。

武がつけたそれは、紛れも無い国連軍大尉の階級章。

つまり上官、しかも二つ上。

「な――――っ!?」

「そ、そんな、大尉…っ!?」

「まぁ、階級章を付けていなかった白銀“大尉”にも責はあるが、それでも上官への暴力は許されんぞ、少尉」

知らなかった、知ってたらこんな事と言い訳する少尉の胸倉を掴むと、なんと片手で大の男を持ち上げる大和。

因みに同じことを武も出来る。

「が…ぐ…っ」

「訓練兵相手に威張る暇があるなら、少しは彼等の模範になるよう努力するべきではないかな少尉?」

「少佐、その少尉は『階級なんて関係ない』と言って大尉を殴っていたそうです」

「ほう…?」

「ひぃっ!?」

月詠さんからの報告に、顔面真っ青になる少尉。

ギリギリと締まる胸元の苦しさと合さって、ガクガクと震えるしかない。

「関係ないか…随分と面白い事を言うじゃないか。俺も殴るかね、少尉?」

「も、もうしわけ…ありま…せんっ」

「貴様等は一度、訓練校からやり直した方が良いかもしれんな? 訓練兵の方がよっぽどマシだ」

「げふっ!?」

放り投げられ、床に這い蹲る少尉。

「先の処分とはまた別に処分を下す、それまで部屋で謹慎していろ」

「は、はいっ、ほら行くよ……っ!」

「げ、げほっ…うぅ…っ」

大和の指示に、震えながら男の方を立ち上がらせ逃げるように…実際逃げて立ち去る二人。

「騒がせたな、全員仕事と休憩に戻ってくれ」

大和が周囲を見渡してそういうと、野次馬も心配で見ていた食堂の人達も戻っていく。

「白銀、階級章を忘れた罰としてシミュレーターで訓練してこい。中尉、もし良かったらその光景を見学して行って下さい」

「それは楽しみです、是非最後まで拝見させて頂きます」

武にも階級章を忘れた罰を与え、それに月詠さんを同行させる事で監視にする大和。

その意図を理解した彼女は、一礼して承諾する。

「少佐、あの…」

「訓練兵には俺から言っておく、どの道この後座学だからな。あと、怪我を治療しておけよ」

「了解しました!…………サンキュー、相棒…」

「…お安い御用だ、相棒…」

お互い擦れ違い際に小声で伝え、それぞれ目的地へと歩き出す二人。

それを傍らで見ていたおばちゃんは、うんうんと二人の若者の姿に感動するのだった。





































「いててっ、月詠さん、もう少し優しくっ」

「我慢しないか、男子であるならこれ位の傷勲章だろう」

更衣室で月詠さんに治療を受ける武。

身体は鍛えていたので精々打ち身と打撲程度だが、顔は唇や頬、それに額が少し切れている。

それを月詠さんが手当てをしているのだ。

「しかし、いくら冥夜様達の為とは言え、何故大人しく殴られるのだ?」

「いや、なんつーか、殴る程も無いって感じだったんで…」

「その気持ちは分かるがな…」

嘆息しつつ、密着して武の顔の治療をする月詠さん。

何気に彼女の素晴らしい母性が武ちゃんの腕を挟んで居たりするが、治療に専念する彼女は気付かない。

武ちゃん? 当然耐えてますよ?

「香月副司令やお前達は信頼できるが、あのような輩が居るようでは到底国連軍は信用できんな」

「そう言わないで下さいよ月詠さん、確かにその気持ちは分かるけど…」

「それに、基地全体の危機感の低さも問題だ。腑抜け切っているように思えるが?」

「あ、それは俺もそう思う。防衛線の最後尾だからって皆油断しちゃってるからなぁ…」

その油断や日和を無くす為に、夕呼が前の世界で辛い決断を下したのだから。

「大和が今、斯衛軍を巻き込んで何か考えているらしいけど…」

「私も従姉妹から聞いた、何やら殿下とも内緒で計画しているらしい…」

大和の腹黒さと、悠陽の最近のはっちゃけぶりを知る二人は、物凄く不安を覚える。

「そ、それより、大和も随分怒ってたけど、あそこまでやる必要ってあったのかな…?」

「あれは一種の見せしめだ。あぁやって周囲の前で叱り、罰を与えることで次に出る者を防ぐ為のな」

その為に態々人が集まるのを待ってから大和は出てきたのだ。

訓練兵に響が与えられて内心良く思っていないのはあの二人だけではない。

だから大和はあえてあの二人を見せしめにする事で、次の発生を防ぎつつ、自分に注目を集めた。

これで何か合ったとしても、責任や被害は大和に向うことになる。

大和は大和なりに、207の乙女達を守ろうとしているのだ。

「なんか、敵わないなぁ、アイツのそういう所…」

「貴様も似たような者だぞ、白銀」

「へ?」

「あまり私に心配をかけるなと言ってるのだ…っ」

「あだっ!?」

治療が終わり、武の額をデコピンして立ち上がる月詠さん。

「折角だ、久しぶりに勝負がしたいのだが受けてもらえるか白銀大尉?」

「も、勿論ですよ月詠さんっ、あ、なら雪風使ってやりましょう、凄い機体なんですよっ!」

久々に月詠さんと対戦できると喜ぶ武、ある意味彼女は武の師であり先生でもある。

そんな彼女との対戦は、大和との戦いとは違ったもので、得られる物も異なってくる。

と言うか、大和と対戦しているとガチの戦闘に発展するのでやり過ぎだとよく言われるのだ。

「確か黒金の改造した機体だったな、それは楽しみだ」

「そうでしょう、なら俺先に行って準備して来ますから、急いで下さいねっ!」

そう言って更衣室を出て行く武、よほど楽しみなのだろう。

「全く、落ち着きが無いのは何処ででも同じなのか…」

そんな武を呆れ眼で見送り、着替える為に無線で戎に連絡を入れる。

「本当に、心配で目が離せぬよ、お前は……」

先の時に、武が殴られているのを見て、本気で相手の少尉を殺そうと思ってしまった彼女。

義に厚く理に厳しい実直な彼女の心をここまで掻き乱すのは、恐らく冥夜と武だけだろう。

想いのベクトルはそれぞれ別方向だが。



―――冥夜が武殿の嫁になれば、真那さんのご主人様ですね♪―――



「――――な、何を考えているのだ私はっ!?」



突然聞こえてきた電波な声に、顔をその制服の如く赤くして頭を抱える月詠さん。

その姿が妙に可愛かったり、電波の声が妙に殿下に似ていたりするが、とりあえず戎が強化装備を持ってくるまで、彼女は自分の中のナニかと戦うのだった。














































因みにこの騒動を聞いた唯依姫のコメントは

「いくら親友が殴られて怒っていたとは言え、自分だって規律に甘い癖に…はぁ…」

との事。




[6630] 第十七話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:28















2001年5月27日―――


13:30――――


座学の教室へと移動した207の面々は、武の事を気にしつつも大和の到着を待った。

「全員、揃っているな」

「篁中尉に敬礼!」

だが、教室の扉を開けて入ってきたのは、唯依とまりもだった。

まりもの言葉に全員が慌てて立ち上がり敬礼し、それに唯依も答礼する。

「本来なら少佐が試験改造機、『響』の特性と装備の説明を行う予定だったが、急な用件で私が代行する事になった」

「それと、黒金少佐からの伝言で、白銀大尉に関しては心配するなとの事だ。全員、今は篁中尉の説明に集中しろ」

唯依とまりものそれぞれの言葉に、とりあえず納得して返事をする面々。

大和は忙しい人間だし、その大和が心配無用と言うなら武の方も安心だ。

となると、彼女達がやる事は、これから始まる説明で自分達の練習機である『響』を理解する事にある。

「それでは説明を始める。まずこの『響』は、見た目の装備以外にも各部関節、及び機体全体の剛性が高められている。これは――――」

スラスラと続く唯依の説明を、メモを取りつつ真剣に聞き入る面々。

まりもも、今後の教導の為に『響』の説明を訓練兵達と同じように聞いている。

唯依は唯依で急な代役だったが、大和が作った資料と事前に見せてもらった特徴やスペック表から理解した事を説明していく。



『響』の大きな特性は、まず装備された追加スラスターによる空中機動だ。

背中の可動式追加スラスターで跳躍補助から空中や地表での急加速や反転が可能であり、細かい姿勢制御は腰部や太股のスラスターで行う。

吹雪に比べて倍以上の時間での滞空と飛翔が可能であり、可動式追加スラスターを上手く使えば空中での高速回避も可能だ。

当然操作も複雑かつ精密な物を求められるが、これは搭載されたOSとシステムがデータを蓄積する事で姿勢制御や回避行動のデータから細かい動作を自動で判断してくれる様になると言う。

つまり、練習すればするほど、機体が自由にかつ簡単に動かせるようになるのだ。

これらの機動によって機体に生じる負荷を計算し、機体全体、特に関節部や接続部は剛性を高め、強化してある。

「次に、黒金少佐の設計する機体の最大の特徴であるCWSについて説明する。CWS、チェンジ・ウェポン・システムはその名の通り規格化された武装を交換する事で作戦や任務、ポジションや状況に応じて必要な武装を簡単に装備・交換が出来るシステムだ」

説明しつつ、まりもに手伝ってもらいながらスクリーンに響の機体映像を写す。

「響には肩部ブロック先端にこのCWSが搭載されている。今後開発される機体も、基本は全てこの場所に搭載される事になる」

指示棒で響の肩部ブロック先を指し示しながら説明する唯依姫。

もしこの場に大和が居たなら、ツンデレ秘書さんGJとか言ってただろう。

「今現在開発されているCWSのバリエーションは、他に手腕の前腕部外側、太股、脹脛の合計4ヶ所だが、これらを使いこなすには時間がかかる。その為、響や今後量産される機体には肩部ブロックのCWSしか搭載していない」

これは、全部の箇所にCWSを搭載しても、衛士が直には使いこなせないからだ。

雪風が4ヶ所全て、合計八個のCWSを搭載した機体なのだが、試験操縦をしたまりもと唯依、エース級の腕を持つ彼女達でも使いこなせなかったのだ。

一番使いこなしていたのはまりもで、これは武との教導があったから出た結果だ。

今現在、武と対戦しつつ乗っている月詠中尉は単純に練習する期間が無かったので、有効に使えているのは2ヶ所だけ。

唯依姫は現在シミュレーターで猛烈練習中である。

「今後CWSが広まり、多くの衛士が使いこなせるようになれば搭載箇所は増えていく事だろう。その第一陣である貴官等は、責任重大である事を理解しろ」

「はいっ!」×10

「よし。しかし一箇所だけとは言え、このCWSの存在は非常にありがたい物だ。既存の機体を操縦した事がない貴官等は分からないだろうが、戦闘中に手数が足りないと困る事が非常に多いのだ」

例えばBETAを殲滅している時、目の前の突撃級や要撃級を突撃砲で攻撃していると、小型種、特に戦車級に群がられる事が多い。

この戦車級を排除しようにも、目の前からは突撃級と要撃級、跳んで振り落とそうにも後ろには光線級。

こんな状態から戦車級に齧られたり、戦車級を排除している時に突撃級や要撃級にやられたりするのが多いのだ。

こうならない為に二機連携を最低でも組むのだが、その二機が同じ状況なら意味が無い。

そこでこのCWSに搭載された武装の出番となる。

武装によっても異なるが、207の彼女達が選択装備できる武装は改良したガトリングユニットと、小型シールドの内部にグレネードランチャーと小型ミサイルが搭載されたシールドランチャーユニット。

多連装ミサイルコンテナとレーダーが一体化したミサイルユニット、150mm砲弾を発射する支援狙撃砲がアームで接続されたスナイプカノンユニットの全4種類。

ガトリングユニットは、以前大和が使用していた物を改良し、さらに小型化。

ガトリングを片側2門から1問へ変更し、その代りにマルチランチャーを搭載。

ハードポイントとの接続部が前後回転する上に、左右50度の射角を保持しており、主に接近する小型種掃討や弾幕など前衛に合わせた装備である。

「ガトリングユニットは設定によっては接近する敵に自動で牽制を行わせる事が可能であり、前衛で戦う者にお勧めだそうだ」

また、長刀を使用中の場合、攻撃モーションの邪魔にならないように自動で判断して動きを阻害しない位置に砲門を移動させる。

自動攻撃も、味方機を誤射しないように確りとシステム設定がされているし、ユニットその物にセンサーが搭載されているので精度は高い。

「マルチランチャーには、グレネードや吸着爆弾、その他開発中の榴弾が発射可能だ」

敵前衛の突破や、小型種の一掃、対要塞級に装備されたのがこれだ。

大和が戦いで使用した『爆導弾』も、新たに開発された物である。

「次のシールドランチャーユニットだが、これは中盤や後衛を受け持つ機体にお勧めの支援装備だ」

手腕を覆う程度のシールド内部に、マルチランチャーと小型誘導ミサイルが搭載されたのがこの装備。

ランチャーとミサイルはそれぞれ片側に装備され、右側シールド内部にランチャー、左側がミサイル、或いは右左反対でも装備可能。

シールドは多目的追加装甲を流用しているのである程度硬いが、流石にレーザーは防げない。

それでも、中盤や後衛などの援護が主体で楯を持てない機体にはありがたい事が多い装備だ。

唯依はこの時伝えなかったが、これは対戦術機を想定した装備だ。

伝えなかったのは、訓練兵である彼女達の目標は対BETAであり、その事に集中させる為だ。

模擬戦で使うだけならどれだけ良い事か…そう呟いた大和を思い出しながら。

「こちらのランチャーとミサイルも、各種種類が存在する。実戦の際は、任務や状況に合わせて交換する事になる」

スクリーンに映る榴弾や砲弾の種類も含めて説明する唯依。

多種多様な戦況とポジション、衛士の特性に合わせて大和が夕呼と開発をしている武装群は、本当に多い。

中には武からネタだろこれ…とツッコまれるものまであるらしい。

「多連装ミサイルユニットは、92式多目的自律誘導弾システムをCWS用に設計し直した装備だ。縦長のコンテナ内部に、横2列、縦10列の合計20発が搭載されている。左右で40発、一発ずつ発射する事も可能だ。弾切れ後もシールドとして機能するように外側に追加装甲を使用している」

さらに、ミサイルコンテナ上部にはレーダーが搭載され、索敵範囲を広げている。

「このユニットはまだ改良中で、この後外側に36mmを使用した機銃が搭載されるそうだ」

唯依が表示させたのは設計図だが、確かに外側に円形のパーツから2門の砲塔が出ていて、可動して攻撃可能のようだ。

「それと、当然ながらこれらのユニットは簡単に切り離しが可能になっている。弾切れや破損で邪魔になったら躊躇せずに切り離す事を覚えておけ」

その際に、機体の運動性能は重りが無くなった事で若干上昇すると付け加える唯依。

「最後のスナイプカノンユニット、これは砲撃支援用の装備と言っても過言ではない。右肩に搭載されたアームと支援狙撃砲からなる装備で、この支援狙撃砲はその名の通り、長距離からの150mmによる狙撃を目的としている」

スクリーンに表示されたユニットは、対物狙撃銃のような見た目の支援狙撃砲と多関節アーム。

右手腕でグリップとトリガーを、左手でフォアグリップを掴み、構える形になる。

左肩にはデータリンク間接照準機が搭載されており、瞬時に狙いを付けられるようになっている。

さらにデータリンクを利用し、仲間の機体が捕捉、マーカーした機体を、自分の機体がロックオンしていなくても間接照準で狙撃可能。

その為に左肩のユニットには複合センサーとアンテナが装備されている。

「この装備は完全に使う人間を選ぶもので、他の武装に比べて評価が低い。だが、この支援狙撃砲の威力と射程、そして機能は実際に戦って理解すると良い」

そう語る唯依の表情は、妙に煤けていた。

まりもも、うんうんと深く頷いている。

実はこの装備の実証テストでまりも&唯依VS武&大和で対戦したのだが、二人は見事に狙撃された。

機体は試験稼働テストを兼ねているので響でやったのだが、武機に唯依機が発見された途端、長距離からの狙撃で頭を撃ち抜かれた。

ペイント弾でなければ、150mmの直撃だ、胴体上部も喰われた事だろう。

まりもは武を相手にしつつ障害物から隠れながら大和を探したが、武機と長刀で鍔迫り合いをしている最中に真横から狙撃され、大破判定をされた。

大和の狙撃の腕は普通より上程度なのだが、大和の機体はなんと演習場の端っこから狙撃していた。

射程距離もそうだが、間接照準リンクが恐ろしい。

誰か一機にでも発見されれば、途端にロックされるのだ。

障害物に隠れても、もし実戦ならば150mmで多少の障害物すら破壊して襲ってくる。

対戦した二人は使い手が一流なら恐ろしいと言うが、その一流、いや、超一流となる狙撃の姫を知る武と大和は、恐ろしさはこんな物じゃないと震えていたり。

彼女が自信と経験を身につけた時、その時が真の恐怖の始まりなのだ。

「因みに220mmの支援狙撃砲も開発中なのだが…こちらは腰を据えないと撃てないらしいから、戦術機向けではないな」

運用するとすれば、同じようにCWSを装備している重量級のスレッジハンマーだろう。

スレッジハンマーの手腕はガトリングが標準だが、元は戦術機なので普通の腕も装備可能だ。

「さて、一通り説明した中で質問はあるか?」

唯依のこの言葉に、待っていましたとばかりに手を上げる訓練兵達。

彼女達の身を乗り出さんばかりの勢いに、唯依は苦笑しつつ順番に彼女達の質問に答えるのだった。























唯依が代役で207への説明を行っている頃。

大和は夕呼に呼び出されて彼女の執務室へと出頭していた。

「鉄屑が来週には…?」

「送ってくれるそうよ。今週で展示予定が消化するから終わり次第直にですって」

夕呼の言葉に意外という表情を浮かべる大和。

「確か予定では207の任官後では…?」

「それがさぁ、渡した設計図とかから造った製品が予想以上だったらしくて。会社の方が急かしまくって、軍も渋々って所ね」

「それはそれは…」

苦笑するしかない大和、どうやら渡した物が予想以上に喜ばれたらしい。

物が届いた後、後金として数種類の設計図を譲渡するので、急かしたのは早く他の設計図やデータが欲しいのだろう。

「是非とも今後の協力をですって。F-22Aに負けたのがよっぽど悔しかったのねあの連中」

「それはそうでしょう、YF-22側も、向こうが採用されると思っていたらしいですからね」

それが、G弾という危険な品物の完成で狂った。

採用される筈だった機体は、世界一高価な鉄屑という不名誉な名前で呼ばれ、雨曝しの後は博物館の展示品である。

「会社の方が、機体は好きにして良いからデータと、できれば姿はそのままでって言ってきたけど?」

「ご心配なくと伝えてください。あれのステルス性能はF-22Aより高い。無理に姿を変えてそれを潰すのは勿体無いですから」

「………連中対策かしら?」

「それもあります。あって困る機能じゃありませんし、機体を活かす形で改造しますよ」

元々が最高レベルのスペックを誇る機体なのだ、少し弄るだけで余裕で性能が上がる。

「軍の方は大丈夫だったのですか?」

「最初は自国の技術の流出云々で煩かったけど、必要ない設計図とかデータ渡したら黙ったわ。向こうにしてみれば、使えない鉄屑より使えるデータって事でしょう」

因みにその設計図もデータも、現在横浜で普通に使われている。

と言うか、スレッジハンマーの動力や駆動部の設計図だったりする。

後々スレッジハンマーを導入した軍が、もっと早く導入するんだったと嘆くのは未来のお話。

「XG-70の方も予定通り搬入できそうだし、アタシも仕事に専念できるわ~」

「ご苦労様です」

未だ公表していないXM3や雪風など、色々と煩い連中の相手で疲れていたらしい。

ストレス発散にその連中をあしらっているのだが、多いと逆に疲れるようだ。

「それと、80番格納庫のアレ、機体は組みあがってきたけど、肝心の制御回路はどうするつもり?」

「そちらは、博士の研究が一段落したら協力をお願いしようかと…」

「――っ、呆れた…アンタ、アレにアタシの研究を使うつもりだったのね…」

「でなければ、想定したスペックを満たす事が出来ませんので」

しれっと答える大和に、夕呼は呆れたように嘆息するとパソコンに向う。

「片手間にだけど準備だけは始めてあげる。その代り、ちゃんと形にしなさいよね?」

「当然です、アレは、眠り姫を守る楯なんですからね」

そう言って、夕呼から渡された書類を持って執務室を後にする大和。

それを見送った彼女は、再び嘆息すると仕事を再開するのだった。
























19:40――――


207への響の説明と、明日からの教導予定を説明しPXで食事を終えた唯依は執務室へと戻ってきた。

予想以上に訓練兵達の質問や疑問が多く、説明より長い時間質疑応答を行う事になっていたが。

「おや、お帰り中尉」

「少佐、戻っていたのですか…」

用件は分からないが夕呼に呼び出されたので戻る時間が分からなかった大和は、既に執務室で仕事をしていた。

「ついさっきな、今まで整備班長と問題点を相談していた所さ」

地上格納庫の陽炎改造機前で、夕呼の所から戻るなり延々話し合いと改造を行っていたらしい。

これには唯依も苦笑するしかない。

「訓練兵達、少佐が来るのを楽しみにしていたようですが?」

特に築地・高原・麻倉が…とは言わない唯依。

「それは悪い事をした。明日からの教導で挽回するとしよう。あと中尉、急ぎの仕事は?」

「え…いえ、特にありませんが?」

説明に使用した書類と使ったデータなどを机の上に降ろしながら顔を向ける。

すると大和が一つのファイルを差し出していた。

「これは?」

「辞令。あぁ、中尉にじゃなくて、そこに書かれている二人にね」

「はぁ…」

ファイルを見れば、ホーク隊所属衛士タリサ・マナンダル少尉、同隊所属衛士ステラ・ブレーメル少尉と書いてある。

「今から隊の隊長と二人の所へ行って、渡してきて貰えるかな? あとその二人を連れて来て欲しい」

「それは構いませんが…また、何か企んでいるのですか?」

腰に手をあて、ジト目で見てくる唯依に、大和はニヤリと笑うだけで答えない。

「はぁ…もう、少佐の悪い癖ですよ、その悪巧み癖は…」

「失敬な、人生の潤いを得る為のサプライズなイベントじゃないか」

なら私にも人生の潤いを下さいと内心で愚痴りつつ、ファイルを持って執務室を出る。

ファイルには部隊長への書類と両少尉への辞令、さらに今回の辞令の理由とそれぞれの部屋が書かれた地図が同封されている。

「全く、今度は何を企んでいるのやら……」

散々大和と武の悪巧みや計画に振り回されてきた唯依は、半ば諦めムードで足を進める。

内心で、その悪巧みに巻き込まれた二人の少尉へ黙祷を捧げながら。











タリサとステラの二人は、寄宿舎の中にある休憩室で談笑していた。

そこへ、部隊の隊長が一人の女性を連れて現れた事で談笑タイムは終了となった。

「この二人が、マナンダル少尉とブレーメル少尉だ」

「ありがとうございます大尉」

案内した部隊長は、女性に二人を紹介すると、何故か哀れみの視線を残して去っていった。

その意味を理解する前に、二人は現れた女性を見て驚く。

「た、タカムラ中尉っ?」

「どうかしましたか?」

数日前に逢った唯依が突然現れた事で動揺するタリサと、内心動揺しつつも敬礼して問い掛けるステラ。

「なるほど、二人がそうだったのか…。今日来たのは他でもない、二人に辞令を持って来た」

唯依は二人を見て何かを納得しつつ、ファイルからそれぞれ辞令の書かれた紙を渡す。

それを戸惑いつつも受け取り、読み始めた二人の表情に驚きが走る。

「なんだこれっ、明日付けで現部隊より副司令直轄の戦術機開発部隊への転属を命ずるって……」

「しかも副司令とクロガネ少佐からの命令…っ?」

口をあんぐりと開いて驚くタリサと、困惑を浮かべるステラ。

辞令には明日から副司令直轄の戦術機開発部隊への転属命令がシンプルに書かれてある。

しかもその辞令は大和から出ており、副司令である夕呼の承認も確りとある。

実は大和が夕呼から受け取った書類の中にこの辞令があったのだ。

あの部隊長が二人に向けた哀れみの視線の意味は、色々と黒い噂の絶えない副司令の直轄へ飛ばされる事を哀れんでだ。

まだ着任して日が浅い二人は知らないが、夕呼には色々と危ない噂が多い。

あの歳で副司令で、しかも天才科学者。

幼い少女を助手にしていて、直属の部隊は最精鋭と噂される。

他にも、学校の怪談的な噂も多いが、とりあえず置いておく。

「早速だが、黒金少佐がお呼びだ。直ちに出頭を命ずる」

「「は、はい!」」

唯依の命令にまだ混乱から抜け切らない二人は、反射的に敬礼して歩き出した唯依の後を追うのだった。






「失礼します少佐、マナンダル少尉およびブレーメル少尉をお連れしました」

「あぁ、ご苦労様中尉。二人とも入ってくれ」

唯依を先頭に大和の執務室へと入室する三人。

唯依は大和に報告をすると、早々に自分の執務机に向ってしまう。

残された二人がその場で立っていると、大和がソファの前まで二人を招いた。

「辞令を受け取ったから理解していると思うが、明日から二人には副司令直轄の部門…戦術機開発の仕事に従事してもらう」

ソファに座るように促された二人が座ったのを見て、話を始める大和。

「あの、それってアタシ達は何をすれば…?」

「何、俺が改造や設計をした機体の操縦…つまり、テストパイロットだ。二人の戦術機操作の腕前を買って推薦したのだが、問題があるかな?」

「い、いえ、とんでもないっ、凄く光栄ですっ!」

大和の言葉に、両手をわたわたさせて答えるタリサ。

「しかし、何故我々を…?」

「先ほど言った腕前…だけでは納得しないかな、ブレーメル少尉」

「…はい、腕前だけなら我々より上の人間は居る筈ですし、あの時少佐と二機連携をとっていた衛士も居る筈です」

あの時の衛士、つまり武という存在が居るのに、何故自分達なのかと言うステラの疑問に、大和は楽しそうに笑みを浮かべる。

原作どおり、冷静な判断力を持つステラは、今回の辞令の異質さを十分に理解している。

タリサの今回の辞令が変なのは理解しているが、テストパイロットの話に完全に惹かれている。

「まぁ、二人のお国の事情も考慮して…と言っておこうか。後は単純に“知っているから”だよ、少尉」

「………そうですか」

大和の雰囲気からこれ以上の詮索ははぐらかされると感じたステラは、追求を止めた。

大和の知っているという言葉に多少引っ掛かったが、この前の戦いの時の事を指していると思い忘れる事にする。

どんな事情があるにせよ、既に辞令が降りているのだから。

それに、横浜基地の中心とも言える人物の一人に認められ、しかも戦術機開発のテストパイロットに選ばれたのだ。

これはチャンスだとステラは思った。

「話を進めるが、二人には明日から陽炎…F-15を改造した機体のテストを行ってもらう。テスト項目などは篁中尉が把握しているから明日から彼女の指示で動いて欲しい」

「「了解しました!」」

「詳しい事はまた明日彼女から説明があるが、二人の仕事が重要な事である事は十分理解しておいて欲しい」

大和の言葉に敬礼と共に応え、本日は解散となる。

二人が退室するのを見送ると、大和は早速次の予定を立て始める。

「少佐、あの二人をテストパイロットにするのは良いですが、何をやらせようと思っているのですか?」

「何、陽炎改造機の性能証明が欲しくてね。データや文章より、映像の方が良いだろう?」

論より証拠、百聞は一見にしかず。

お偉いさんを納得させるのには、インパクトのある映像が一番だと考える大和。

「ちょうどあいつ等も陽炎に乗っているようだし、二人には頑張って貰わないとなぁ…」

そう言って邪笑する大和の視線の先には、昼の一件の時の少尉二人のデータ。

唯依はその光景を見て、生贄となる者へ黙祷を捧げるのであった。














[6630] 第十八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:29











2001年6月2日―――



207の戦術機操縦課程の開始と、タリサ・ステラ両少尉の陽炎改造機によるテストが開始されてから数日後。

本日も、一つの演習場を挟んで、207とタリサ達が実機演習に励んでいた。

「ほら冥夜っ、長刀ばっかり使わないで突撃砲もサブウェポンも使えっ! 委員長は逆に射撃に頼り過ぎだ、弾が無くなるぞ! 涼宮は突っ込み過ぎだ、指揮官が突っ込んでどうするんだぁっ!?」

『くっ、了解!』

『了解しましたっ』

『す、すみませんっ!』

指揮車両傍らのテントからヘッドギアの通信機を使用して怒鳴るのは武。

現在A分隊対B分隊の模擬戦闘を行っているのだが、全員初めての実機模擬戦闘と言う事もあり、戸惑っている様子。

シミュレーターと講習でサブウェポンを理解していても、実機で模擬戦となるとやはり冷静に対処できず、つい手腕での武装攻撃になってしまうようだ。

「やはり、個々の癖が出てしまいますね…」

「そうっすねぇ…冥夜は長刀使いたがるし、委員長は射撃に集中しちまう。涼宮は突っ込みがち、築地は前に出ない。彩峰は単独行動が目立つし、タマは命中率が悪くなってる…」

問題が露出した面々を次々に挙げていく武。

こういった場面では、個々の性格や性質が露骨に出るようだが、それでチームワークや判断力が落ちるのでは話にならない。

「しかし、鎧衣や麻倉は大した物です。初の実機模擬戦闘なのに、冷静にサブウェポンと機動を使いこなしています」

まりもが言うとおり、美琴と麻倉は他の面子より頭一つ分上手にサブウェポンと機動を使いこなしている。

これは、腕前云々より性格に由来する結果だろう。

「あの二人、天然だしなぁ…」

周囲が焦る中、マイペースに自分の出来ることをやっているので、上達が早いのだろう。

「榊達は、操縦の遊びの少なさや、機動力に振り回されているのも大きいですね…」

「それでもXM3を使いこなし始めてますから、直に慣れるでしょう」

207は、初期から新型OSであるXM3を導入して訓練している。

これは後々に予定されているトライアルで、彼女達が最初からXM3を使用しての衛士として参加する事が決定している為だ。

現行のOSでの操作を知らない彼女達は、スポンジが水を吸収するが如く、XM3での操縦をモノにし始めている。

彩峰や高原は、既に可動式スラスターを使用しての空中機動を多用し始め、美琴と築地は壁などを使って積極的に三次元機動を行っている。

築地は単純に逃げ回っていたらそうなっただけだが、それでも見事な物だ。

現在全ての響には、CWSに扱い易いバルカンユニットが装備されている。

これは36mmを発射する武装で、見た目はマシンガンがアームで取り付けられたような見た目だ。

稼働範囲が広く、弾数も豊富な為、CWSのサブウェポンを覚えるのに一番適している武装だ。

威力は低いが、使い勝手が良いのでサブウェポンの概念を身体に覚えさせるのにとても使える。

「最初にいきなりガトリングユニットや多連装ミサイルは困りますよ…」

「御尤もです…」

まりもの苦情に、頭を下げる武。

彼女へのXM3とサブウェポンの教導の為に雪風で操作を教えていたのだが、初心者にガトリングユニットと多連装ミサイルを使わせたのだ。

前者は威力は高いのだが多用すると直に弾丸が無くなるし、取り回しが少々難しい。

後者に至っては、全弾撃ち尽くしたら楯にしかならないので、サブウェポンを覚える前に終わってしまう。

多用して身体に覚える前に弾丸が終わるのでは意味が無いのだ。

「でも、軍曹もだいぶサブウェポンを使いこなせるようになりましたよね?」

「はい、大尉のお陰で現在三つを使いこなせるようになりました」

雪風に搭載されているCWSは片側4ヶ所、全8箇所。

左右で一つの考えで、現在まりもは肩部・手腕前部・脹脛を使いこなしている。

太股には追加スラスターが装備してあるので、実際は全て使いこなしていると言っても過言ではない。

全てに武装が搭載されるパターンは、砲撃支援や制圧支援なので迎撃後衛を主にしているまりもはこれで十分と言える。

「あ、時間です大尉」

「ういっす、全機戦闘停止! 被害評価に入るぞ!」

『了解っ』×10

模擬戦闘を停止し、指揮車両側へと集まってくる207の響。

今回の模擬戦闘は、初めての実機であり、しかもCWSの練習も兼ねているので、撃破判定は行っていない。

その代り、制限時間一杯戦い、ペイント弾による着弾状況や記録された被害報告から個別に評価される事になっている。

これは、模擬戦闘で直にやられてサブウェポンを使う経験が少なくなるのを防ぐ為に武が考えた事だ。

全員がサブウェポンと機動を掴み始めたら、実戦形式の模擬戦闘へと入ってく。

それまでの、練習時間なのだ。

ペイント弾で黄色く塗られた207の響、どれもこれも黄色に染まっているのは仕方が無い事。

これをどれだけ減らせるかが彼女達の主な課題となるのだ。

全員が機体から降りたのを確認し、評価を始める武。

その様子を、望遠で見ている者が居た。

「ひゃ~、楽しそうな事やってるなぁ、あの訓練部隊」

『そうね、でもそれは私たちも同じでしょう?』

通信越しに会話するのは、演習場を一つ挟んだ場所で演習を行っているタリサとステラだ。

彼女達は現在、陽炎改造機の実機演習の真っ最中である。

「あのヒビキって機体にも、アタシ達みたいに新型OSが搭載されてんのかな?」

『動きを見る限り、そう見たいね…』

彼女達の機体、陽炎の改造機にも新型OSであるXM3が搭載されている。

その為、二人の初日は酷い物だった。

現行のOSと同じ感覚で動かしたタリサの機体は、見事に格納庫でこけた。

事前にこうなると予想していた唯依が整備班を退避させていたので被害は無かったが、折角塗装した胴体に酷い傷が出来たものだ。

それを見て操縦の遊びの少なさに気付いたステラも、注意して動いたものの足取りが危なかった。

二人とも最初はなんだこれはと怒り半分混乱半分だったが、操縦のコツを掴み始めると早かった。

改造された陽炎の性能をフルに発揮できると分かり、タリサは三日目にして自由に空中機動を行うようになっていた。

ステラも細やかな動作を実現し始め、戦術機でバックステップやバク転を披露し、唯依を驚かせた。

唯依自身、暇を見つけては大和から教えてもらっているので、XM3の能力とその効果を知ってはいるが、他人の向上を見るとさらに凄いものだと実感してくる。

まだ機密のOSだと大和に念を押されているので三人とも誰にも話していないが、タリサは早く周囲に自慢したくてウズウズし、唯依とステラはそれぞれの出身国、その軍隊に配備して欲しいと強く望んでいる。

が、製作者(と言うか構築者?)が夕呼であり、彼女がまだ秘密にしているなら守らねばならない。

この辺りはやはり軍隊であり、その事を理解している三人は確りと機密を守っている。

『二人とも、スナイプカノンユニットの望遠映像はどうだ?』

「ばっちりだぜ中尉っ、向こうの演習場の訓練兵の姿もクッキリだ」

『こちらもです。あらあら、一人真っ赤になってるわ』

唯依からの通信に、笑顔で答える二人。

現在二人の改造機には、スナイプカノンユニットが装備され、現在望遠映像の確認を行っているのだ。

左肩に搭載された各種センサーユニットに装備された関節望遠スコープの望遠映像は、広大な演習場を一つ挟んだ207の様子を捉えていた。

ステラが見ていたのは、タマなのだが、その表情も確り捉えている。

『では、次に支援狙撃砲の試射に入る。陽炎改造機で使用した場合の肩部ブロックおよび手腕の負荷測定も行うので、全弾撃ち尽くして構わない』

「了解っ、つってもアタシ狙撃は苦手なんだけどなぁ…」

『あら、これだけサポートがあるのだから、タリサでも当たるわよ』

ステラからの言葉にそうかなぁ…と呟きつつ、射撃姿勢を取るタリサ機。

演習場の端に用意された的へ、支援狙撃砲を展開して向ける。

多関節アームで展開した支援狙撃砲は、瞬時に手腕へと収まり、フォアグリップが展開。

それを左の手腕で掴むと、左のセンサーユニットから各種情報が送られ、弾道補正が自動で入れられる。

センサーユニットは、目標までの距離や高さのみならず、風向きから強さ、気温、周囲の機体の状況から敵機の位置まで正確に割り出して表示してくれる。

ステラ曰く、これだけ用意されて当てられなかったら恥だそうな。

「ワルキューレ02、狙撃開始するぜ!」

『了解した』

暫定で与えられたコールサインを口にしつつ、狙撃用ウィンドウに表示された的を狙い打つタリサ。

150mm支援狙撃砲は、弾丸の大きさと構造から連射は効かないものの、凄まじい貫通力と支援突撃砲の倍以上ある射程距離を持つ。

着弾したペイント弾が、的を染め、的内部に設置されたセンサーが着弾箇所を正確に割り出していく。

「ふぃ~、なんとか全弾当てたか?」

『……命中率71%だな。的全体が黄色くなっているぞ?』

「うぐっ!?」

判定外の場所まで黄色くなっている。

これにはタリサも反論できない。

『だが、実弾なら150mmが放たれるんだ、掠ってもかなりのダメージになる』

「そ、そうですよねっ、それにアタシ、やっぱ前衛だから狙撃は無理だしっ」

事実、タリサは前衛、近接戦闘での能力は唯依も認める高さだ。

空中機動もXM3と可動式スタスターの恩恵で目を見張るものがある。

『はぁ……。次、ブレーメル少尉』

『了解です』

タリサ機の隣にステラの機体が移動し、支援狙撃砲を展開。

表示される各種情報に目をやりつつ、砲身を的に向ける。

『ワルキューレ03、狙撃開始します』

『了解した』

ステラ機の支援狙撃砲から弾丸が撃ち出され、的へ着弾。

タリサは次々に撃っていたが、ステラは一発撃つ度に横目で情報を確認、細かく弾道補正を入れていく。

そして全弾撃ちつくすと、ステラが狙った的には黄色い円が出来上がっていた。

『命中率91%、しかもほぼ真ん中か…見事だ』

『ありがとうございます』

狙撃に関しては、やはりステラに軍配が上がるらしい。

しかしそこはタリサ、負けず嫌いの彼女は内心やる気を出して次の狙撃テストに望む。

今までのは立った状態での狙撃、次に膝を付いての狙撃、最後に伏せての狙撃になる。

対BETA戦闘で伏せるのは自殺行為だが、後方からの狙撃を可能とする支援狙撃砲なら近づかれる前に撃破できる。

大和としては、現在新しいポジションとして、スレッジハンマーと隊列を組んで狙撃する狙撃支援というポジションを考え中とか。

スレッジハンマーの200mmによる砲撃と150mmによる狙撃で、要塞級や重光線級などを駆逐するポジション。

前線部隊には組み込めないが、支援部隊として組み込めば期待できるポジションだ。

とは言え、衛士の数が少ないので現実化は遠いポジションだが。

で、膝付き、伏せでの狙撃でもステラは好成績。

タリサも頑張り、最終的に命中率80%を超える結果を残した。

支援狙撃砲は他にも口径別で種類があるのだが、立って撃つ場合、150mmから上だと関節が持たなかったり機体が揺れたり、下手をすると砲身がリコイルに持っていかれて破損するのだ。

スレッジハンマーの200mm支援砲も、重量級であり接地面積の大きいこの機体であっても反動が凄い。

和らげる為の最新のシュックアブゾーバーであっても、反動が殺しきれないのだ。

当然、スナイプカノンユニットにも、各部にショックアブゾーバーや破損防止システムを組み込んでいる。

さらに現在、連射が可能な狙撃砲を開発中だが、こちらは口径が60mmから80mmの間になる予定。

『ご苦労だった、午後からは試作の近接武装と、模擬戦闘の予定だ。時間に遅れないようにな』

「『了解!』」

予定していたテストも終了し、機体をハンガーへと戻す二人。

望遠スコープで隣向こうを覗いて見れば、訓練兵の機体が元気に飛び跳ねている。

「あ~~、早く実戦で使いたいなぁ、こいつっ」

『不謹慎よ、タリサ』

ステラに苦笑と共に窘められるが、それでもウズウズした気持ちが治まらないタリサ。

午後の模擬戦闘、特に近接武装が楽しみで仕方が無いのもあるのだろう。

そんな二人が乗る二機を見送りつつ、記録班と整備班に撤収準備をさせる唯依。

現在大和が横浜基地の教導部隊へ新型OSの指導へ行ってしまっているので、内心寂しかったりするが顔には出さない。

「しかし何故だろう…妙に胸騒ぎがするな…」

不安や恐怖ではない…どちらかと言えば、そう、大和が女性と楽しく話しており時に感じる嫉妬に似た感覚。

それが何なのか分からない唯依は、とりあえず食事の為にPXへ向うのだった。
























同時刻、シミュレーターデッキ――――


「では、これにて午前の教導を終了する」

「全員、黒金少佐に敬礼っ!」

大和の言葉が終わると、伊隅が声を上げる。

A-01のメンバーが敬礼し、それに大和も答礼する。

現在大和は、A-01への教導を終えたばかりである。

A-01は現在XM3の操縦にも慣れ、シミュレーターでもヴォールクデータで反応炉破壊を成し遂げている。

しかしそれでも犠牲は多く、毎回必ず4人は犠牲になっている。

その現状を打破するのと、A-01の不知火改造が開始された事もあり、大和がA-01へサブウェポンの導入教導を行っていたのだ。

「お疲れ様です少佐、しかしサブウェポン…素晴らしい武装です」

「そう思って貰えるなら造った甲斐がありますよ大尉。種類もありますので、機体が完成するまでシミュレーターで練習を重ねて下さい」

話しかけてきた伊隅に答えていると、背後から良く知る気配が近づいてくる。

「ヤーマートっ」

「おっと」

「こ、こら、シェスチナ少尉っ!」

背後から抱きついてきたイーニァ、その衝撃に微塵も揺れずに受け止める大和。

伊隅が焦って窘めるが、イーニァは何処吹く風である。

「ヤマト、ゴハンたべよう、シヅエのゴハンっ」

「止めないかシェスチナ少尉、少佐に失礼だろうっ!」

あの夕呼の直属の部下であっても最低限の規律は守る伊隅。

そんな彼女に白い視線を向けるイーニァ。

「ぶーっ、大尉うるさい、そんなだからスキなヒトにふりむいてもらえないんだよっ?」

「なぁーーーーっ!? な、何故それをっ!!」

図星だったのか、それともイーニァが自分に好きな相手が居ることを知っていたのに驚いたのか、兎に角驚愕する伊隅。

「カミヌマがいってた」

「上沼ぁぁぁぁぁっ!!」

イーニァのその言葉に素晴らしい速度で先に行った上沼を追う。

「ひぇぇぇっ、大尉怖っ、速瀬中尉バリアーっ!!」

「ちょ、上沼アンタなにを――げふっ!?」

通路の向こうから何ともカオスなやり取りが聞こえるが、華麗にスルーする大和。

伊隅や宗像への、その手の話は鬼門である。

「さて、昼飯とするか」

「うんっ」

イーニァを連れてデッキを出る大和。

途中イーニァが強化装備から着替えるのを待っていると、先に着替えていたクリスカが出てきた。

「あ、少佐……」

「ん? どうかしたのかビャーチェノワ少尉?」

目が合った瞬間、何やら戸惑いを浮かべるクリスカ。

「いえ、その……」

「 ? 」

モゴモゴと口篭るクリスカ、考えてみれば最近の彼女は妙に大人しい。

元気が無いというより、何か心配事でもあるのか悩んでいるようにも見える。

「しょ、少佐はなぜ、その…わ、私を名前で呼んでくれないのだっ?」

「なぬ?」

自分の胸に右手を置き、見上げるように問い掛けてくるクリスカの言葉に面食らう大和。

名前、確かにクリスカの名前では呼んでいないが、何が問題があるのだろうかと考える大和。

彼は相手が許さない限り、決して名前を呼ばない性質であり、武にも最初は白銀と呼んで接している。

イーニァや唯依を名前で呼ぶのは彼女達がそう呼んでいい、呼んで欲しいと言ったからだ。

なので、別に理由があって名前を呼ばないのではなく、単純に許可や願いが無いから呼ばないだけだ。

「なんだ、名前で呼んだ方が良いのか?」

「う…そ、その、はい…」

何故か真っ赤になって俯くクリスカ。

ここ最近自意識の発達や感情の起伏が激しくなってきたらしく、イーニァもクリスカも人間らしい、歳相応の女性としての面が見られるようになってきた。

イーニァは少々幼い気もするが。

「そうか、じゃぁ次からクリスカと呼ばせてもらう」

「―――っ、は、はい…っ」

大和が彼女の名前を呼んだ瞬間、彼女の身体がビクリと震え、顔を真っ赤にして頷いた。

これには大和も彼女の心情を理解するも、それを表す訳には行かないのでスルーする。

「よかったねクリスカ♪」

「い、イーニァっ?」

と、何時の間にか着替えたイーニァがクリスカの後ろに居り、抱きついて笑顔を見せる。

イーニァはクリスカが自分だけ名前で呼ばれて居ない事に、寂しいという感情を覚えているのを知っている。

そして先ほど名前が呼ばれた瞬間、クリスカの中にその感情が無くなったのを感じ、嬉しくなったのだろう。

「ん~~~~っ♪」

「きゃっ、ちょ、ダメよイーニァ、人前で…ひぅっ……(///」

なんと、激しくもふもふを始めたのだ。

これには流石に毎日寝る時にもふもふされているクリスカも慌てる。

しかも目の前には大和の姿。

真っ赤になって悶えるクリスカと、もふもふ堪能中のイーニァ。

「見事よシェスチナ、もうもふもふで教える事は無いわ…っ」

なんか更衣室の扉からこちらを見て感動で泣いている上沼(頭にタンコブ2個装備)

東堂から聞いた話だと、レズッ気の強い上沼は何とかイーニァを懐かせようとし、自慢のバスト(Eカップ)を使って彼女にもふもふさせたらしい。

これを気に入ったイーニァは、次々にA-01のメンバーにもふもふを強行。

全員がこれに餌食になった。

因みにやられて一番ダメージが大きかったのが東堂。

彼女の母性ではイーニァは満足しなかった、そんな彼女の胸はAカップ。

彼女が大和に「貧乳で悪いんですかっ、胸が無いのがそんなに罪ですかっ、顔を埋めた後で悲しそうな顔で「もふもふできない…」と言われた、私のほうが悲しいんですよっ!?」と、涙ダクダクで訴えてきたとか。

近い未来、207の、特に築地・彩峰の二人は確実に襲われるだろうイーニァのもふもふ攻撃。

悪意も悪気もない純粋な甘え攻撃に抵抗できる人間は少なく、またもふもふ中のイーニァの小動物的愛らしさに母性本能が擽られて、もう好きにして状態。

遙や風間などは、寧ろ両手を広げて迎え入れる位だ。

実はイーニァ、京塚のおばちゃんや夕呼にまでもふもふしている。

おばちゃんは「甘えん坊だねぇ、はっはっはっ」と肝っ玉母ちゃんを体現し、夕呼は「アタシの胸は安くないわよ」と、怒られたそうな。

まぁとりあえず、諸悪の根源な上沼には、午後の教導で地獄を見てもらう事を決め、そろそろ性的な意味で危なくなってきたクリスカを救う為にイーニァを引き剥がす大和であった。








































余談だが、シリンダーの部屋でイーニァが霞にもふもふを伝授している事は、まだ誰も知らない……。







[6630] 外伝その3~ほんのりR-15?~
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/06 22:01










突発的なこぼれ話、または閑話ですらない妄想文






















※時系列はめちゃくちゃですのでご注意を
























紅の姉妹の憂鬱~がんばれクリスカ、もふもふ道中~





















2001年某月某日―――


「くぅ………っ」

暗い部屋の中、苦しげに唇を噛み締めるのはクリスカ。

何かに耐える彼女の頬は赤く、吐息は熱く、声には甘い色が混ざる。

「い、イーニァぁ…っ」

「にゅぅぅ……」

彼女が小声で呼ぶ名前の持ち主は、直傍らに居る。

と言うか、現在クリスカの胸に顔を埋め、幸せそうな寝顔を晒している。

で、クリスカが何か悶えているのは、そのイーニァの寝相に問題があった。

昔から、イーニァとクリスカは姉妹のように共に居た。

いや、二人とも相手を本当に大切な存在に思い、その思いは肉親に向けるモノより強いだろう。

横浜基地へ来ても、二人は常に共に居る。

部屋も本来なら一人部屋なのだが、特別に二人一緒に暮らしている。

こうして二人同じベッドで眠るのも当たり前の事だが、ここ最近困った事が起き始めた。

それは、イーニァの寝相問題である。

昔のイーニァはそれこそ大人しく、眠る時も童話のお姫様のようにスヤスヤと愛らしくかつ寝返りも少ない寝相だった。

が、ここ最近、特にイーニァにある癖が付き始めてから寝相が変った。

「にゅぅん…っ♪」

「ひぅっ!」

小動物的な、子猫のような声で胸元でスリスリをするイーニァ。

その刺激に、甘い声を上げてしまい、慌てて口を押さえるクリスカ。

イーニァの癖、それは女性の胸元に顔を埋めてその母性を堪能するという物。

最初こそ意識してやっていたその行動、通称“もふもふ”は、今では無意識となり、寝ている時でももふもふしてくる。

通常のもふもふは、顔を埋め、母性の柔らかさと大きさを堪能するだけだが、この寝ている時の寝相は非常に危険だ。

「にぅ……」

「くぅっ!?」

むにゃむにゃと口を動かし、イーニァの熱い吐息が直撃して肌を刺激したり。

「にゅぅ…」

「ひぃっ!」

ぺロリと無意識で母性を舐め上げたり。

「んぅ~………はむっ」

「ひぎっ!?」

母性の一番大事な部分をはむはむしてしまったり!

「ちゅ~~~~っ」

「~~~~~~~~っ、くぅぅぅぅっ!!」

挙句の果てにそのまま吸ったり!!

「ふぅ…ふぅ…はぁ…くぅ…っ」

この様にクリスカは、イーニァの寝相に翻弄され、毎晩色々と大変な目に遭っているのだ。

寝巻きに使用しているタンクトップは薄手だし、ブラジャーやサポーターの類はもふもふをするようになってからイーニァに痛いからダメと禁止されてしまった。

朝気がつくと、上着が脱がされていたり、母性を揉まれる感触で目覚めることすらある。

しかもそれが気持ちいいと思ってしまう、そんな自分に自己嫌悪なクリスカ。

誰かに相談しようにも、A-01のメンバーに相談すると長々と弄られてしまうし、何よりイーニァにこんな事を教えた上沼が居る。

因みにクリスカ、模擬戦などの際に、必ず上沼を狙うようになったが余談である。

敬愛する少佐である大和は、むしろ良いぞもっとやれと推奨すらしている節がある。

霞には相談できないし、夕呼に相談して「やらせて置けばいいじゃない、胸が大きくなるかもよ?」と言われるのは簡単に予想が出来るので却下。

しかも実際、1cmほど大きく成っちゃっただけに笑えない。

イーニァと別に寝れば? という考えは毛頭無い。

イーニァを一人で寝かせるなど、クリスカが出来る訳が無い。

「こ、このままではオカシクなってしまう……っ」

日々与えられる刺激に、クリスカの欲求はズンズン溜まる一方だ。

これは自意識やそういった知識の少ないクリスカでさえ、無意識に相手を求めてしまうほどに危ない。

特にここ最近、名前で呼んでくれるようになった大和が危ない。

この前イーニァがトイレに行き、唯依が仕事で執務室に居なかった時に二人っきりになっていたのだが、無意識にクリスカは大和の方へフラフラと移動していた。

気がついた瞬間、目の前には椅子に座る大和の後姿。

あのままなら間違いなく抱き着いていたであろう状態。

肩に塵が…で何とか誤魔化したが、最近は本当に情緒不安定な彼女。

上沼が更衣室などで話す、「好きな人や気に入った人は押し倒す、それが許されるのは女のみよ!」とか「男は女に押し倒されて感激する生き物なのよ!」などの言葉に、そうなのかと信じちゃう程。

まぁ確かに男にしてみれば、女性に押し倒されるのは嬉しい事だろうが。

上沼の場合、女の子を押し倒すから手におえない。

伊隅も、隊員達に押し倒されそうになったら殴れと言ってある。

それは兎も角。

―――少佐も押し倒されたら嬉しいのだろうか…私でも喜んでくれるだろうか…―――

なんて、ナチュラルに考えちゃってから何を考えているんだ私はと頭を振る彼女。

イイ感じで毒されてきているようだ、黒金菌とは症状が異なるので、恐らく新種の上沼菌かもしれない。

あと最近、香月菌なる菌が発見されたそうだ、報告者は武、感染者は霞。

最近霞が黒いと、そう涙ながらに話す武と、慰める大和が目撃されている。

当然、大和は慰めつつもイイ笑顔だったが。

「少佐……そうだ、少佐と言えば…っ」

大和の事を考えていたら思い出した人物。

ここ最近交流が生まれ、比較的仲が良い人物。

真面目で堅物だが、一般的な常識を一番持っている人物。

「そうだ、中尉に相談しよう…そうしよう…っ」

小声で呟きながら決意し、早速明日相談しようと思い眠りに入るクリスカは―――
 

「はぷっ」

「ひゅぐっ!?」


またイーニァに甘噛みされて声を上げてしまうのだった。










































「え…シェスチナ少尉の寝相をどうにかしたい?」

「あぁ、ここ最近とても酷いんだ…」

夜の執務室、大和が現在留守で、イーニァも付いて行ったのでこれ幸いと唯依に相談をするクリスカ。

相談された唯依は、目を丸くしていた。

イーニァに比べ、態度が硬く、他人に攻撃的な彼女がまさか自分に相談してくれるなんて…と驚いて。

それでも大和に世話焼き委員長と呼ばれる彼女は、身体ごと彼女の方を向いて話を聞く体勢になる。

「そんなに酷いのか…?」

「あぁ、とても酷いんだ…」

どこか憔悴した様子のクリスカに、脳内でおっさんのような寝相で眠るイーニァを想像してしまう唯依。

基本大の字で、上下逆になり、枕も布団も蹴っ飛ばし、隣で寝ているクリスカの顔を蹴っている。

「いや、そう言った寝相ではなく……」

「あ、そうなのか?」

唯依が何を考えているのか予想がついたクリスカは、違う違うと手を振りつつ否定。

唯依も唯依で顔に出ていたかと表情を引き締めて話に戻る。

「では、どんな寝相なんだ?」

「……その、中尉も体験したと思うが、イーニァの、その…胸への…(///」

「あ、あぁ、も、もふもふという奴か…(///」

二人揃って赤くなる。

どちらもイーニァのもふもふを限界まで体験しているのでそれを思い出してだろう。

「あれが、その……倍になったと言うか」

「ば、倍っ!?」

「も、揉んだり」

「揉んだりっ!?」

「な、舐めた…り」

「舐めっ!?舐めるのっ!?」

「か、噛んだり…(小声」

「かっ!?かかかか噛むのか、噛んでしまうのかっ!!?」

そういった経験が無しのお姫様大混乱。

「ちゅ、中尉、声が大きいっ」

「あ、すすすすまんっ、つい、予想の範疇を超えてしまって…」

クリスカに制されて落ち着く唯依。

「あとは吸われたり…だな」

「す、吸わっ!?……そ、それは大変だな…っ」

「大変なんだ……」

もふもふフルパワーだけで限界の自分が、もしそんな事をされてしまったら…そう考えて赤くなりながら青くなるという器用な顔色を見せる唯依。

クリスカが憔悴するのも理解できる。

しかも彼女は毎日それを耐えているのだ。

「だが、それなら別のベッドで寝ればいいのでは?」

「何を言っている中尉、そんな事できる訳が無いだろう?」

尤もな意見は、何故か真面目な顔で返されてしまった。

疑問系だが断言したクリスカに、唯依も「あ、そうなのか…」と答えるしかない。

「なら、厚着をするとか、サポーターを着けるとか…」

「どちらも寝る時に却下され、例え着ていても朝になったら脱がされている……」

クリスカの返答に絶句する唯依。

どんな寝相しているんだイーニァと内心驚愕しつつ。

「寝相自体は大人しいんだ、ただ顔や手が時々…な。それ以外の時は大人しく寝ているし、私も抱き締めて寝ているから動いたりはしない」

「抱き締めて? なら、こう、隣同士並んで眠れば大丈夫じゃないのか? こう、背中を向けるとか」

「…………朝起きたら腕の中にイーニァが居た」

「……そうか…」

打つ手無しなこの状況。

ここ最近イーニァにもふもふされる事が多くなった唯依も、人事ではないと真剣に考える。

「何か、こう、別の物にもふもふさせるのはどうだろう? こう、枕とか布団とか」

「それは良いかもしれんが…胸の代わりに出来る感触が出るのか?」

国連軍の支給品である布団も枕も固いのでまず無理だろう。

「いっそ、ヌイグルミを与えたらどうだろうか?」

「それはいい考えだ、フワフワでモコモコなヌイグルミなら代用できるかもしれない!」

唯依の提案にクリスカも同意する。

まだ可能性の段階だが、イーニァがヌイグルミをもふもふするなら寝ている時にクリスカの被害が少なくなる。

「で、どうやってヌイグルミを手に入れる?」

「あ……」

残念ながら国連軍のPXや支給品に、ヌイグルミなんて存在しない。

と言うか、どこの軍隊に行っても無いだろう、そんな物。

霞が持っているヌイグルミは、夕呼が特別に注文して与えた物らしいし、やはり外に注文するしかない。

「斯衛軍に居た頃なら、街に出れば手に入ったのだが…」

「この基地の周囲は廃墟しかないからな……」

近くの街まで行くには、休暇申請をしなければ辿り着けないし、イーニァが気に入るヌイグルミがあるとは限らない。

折角の名案が暗礁に乗り上げて肩を落とす二人。

「今戻った……ん? どうした二人して肩を落として?」

そこへ、大和が戻ってきて二人の雰囲気を察して声を掛けてきた。

「あ、少佐…」

「いえ、その…あ、イーニァは?」

「あぁ、戻る途中で社嬢に逢ってな、遊んでくるそうだ」

現在イーニァは霞にお手玉の連続記録で負けているので、リベンジだとか。

「で、何やら悩んでいるようだが、問題でもあったのか?」

「「……………」」

問い掛けてくる大和に、二人は視線を合わせる。

そして、背に腹は代えられないと大和に相談する事にした。

イーニァの行動をむしろもっとやれと推奨しているので、あまり相談したくはない二人だったが。

「…………ふむ、イーニァがか…」

舐めるとか吸うとかの部分を隠して、兎に角寝ている時にイーニァがもふもふして困ると説明する二人。

いつもの如く良い事だとかGJとか言い出すかと思えば、真面目に考えている。

「恐らく、母親という存在を無意識に求めているのかもしれないな」

「……そう、なのだろうか…」

大和の言葉に、思い当たる節があるのか視線を落とすクリスカ。

唯依はクリスカ達の事情は知らないものの、二人が何か特別な生れである事は察している。

「だが、それでクリスカが疲労するのでは問題だし…仕方ない、俺が何とかしよう」

「ほ、本当ですかっ!?」

立ち上がった大和を、救世主を見るかのごとく見上げるクリスカ。

それに対して大和は任せろと自分の胸を叩くと、歩き出して執務室の端にあるロッカーへと向う。

「ぱぱらぱっぱぱ~……『しらぬいくん』~!」

「「………え?」」

妙な声色でロッカーから取り出したのは、かなりの大きさのある青い物体。

よく見ればそれは、デフォルメ化された不知火だった。

ラブリーな瞳とモコモコな身体が癒しを運ぶ、SD戦術機ヌイグルミシリーズ第一弾『しらぬいくん』。

唯依姫にも内緒で大和がセッセと内職して作っていた傑作である。

「フッフッフッ、この中身の綿から布地まで厳選して作り上げた『しらぬいくん』ならば、見事クリスカの胸の代用になるだろう!」

「大声で言わないで下さいっ!?」

ババーンッと『しらぬいくん』を掲げて宣言する大和と、何故か胸を押さえて叫ぶクリスカ。

唯依は、また私に内緒で何を作っているんだこいつは…と頭を抑えていたり。

「ヤマトー、ただいまー」

「おや、お帰りイーニァ。勝負は終わったのかね?」

「うん、あのね、タケルがきたからクウキよんでかえってきたの。わたしエライでしょう?」

褒めれとばかりに頭を差し出してくるイーニァに、偉いぞ~と頭を撫でる大和。

クリスカと唯依は、イーニァに何を教えてるんだと呆れ顔。

「さてイーニァ、君にプレゼントがある」

「っ!、なになにっ!?」

大和からのプレゼントと聞いて、期待に瞳を輝かすイーニァ。

「じゃーんっ、『しらぬいくん』~っ!」

「少佐、その声止めてください、無性に力が抜けますから…」

あの妙な声で背中に隠していた『しらぬいくん』を差し出す大和。

イーニァは数秒目をパチクリした後、笑顔を浮かべてそれを抱き締めた。

なお、唯依の苦言はスルーされた。

「ん~~~~~っ、ありがとうヤマトぉっ、えへへ、ふわふわもこもこ~~っ」

「拘りの一品です(b!」

ふわふわもこもこな『しらぬいくん』を抱え、ご満悦なイーニァ。

小柄とは言え、イーニァが両手で抱える大きさの『しらぬいくん』、しかもカラーリングまで再現されている。

製作にどれだけ時間をかけたのかと、呆れて項垂れるしかない唯依。

嬉しそうなイーニァを見て、クリスカも幸せそうだ。

「ありがとうヤマト、わたしだいじにするよ、まいにちいっしょにねるねっ」

「うむ、大事にしてやってくれ」

目論見通り、抱いて寝てくれるらしいイーニァに、大和も満足そう。

クリスカも、寂しいがホッとしている。

今夜から彼女も安眠できる事だろう。


そろそろ消灯時間となり、部屋に戻るイーニァとクリスカを見送る大和と唯依。

「さて、俺達もそろそろ部屋に戻るとするか」

「そうですね。所で少佐?」

「ん?」

声を掛けられ、振り返った大和が見たのは―――




「何時から、ビャーチェノワ少尉を名前で呼び捨てに………?」




黒い笑顔の唯依姫さまだった。

あぁ、そう言えば唯依姫の前でクリスカの名前呼んだの初めてだったーと思いつつ、黒い笑顔でにじり寄る唯依姫から、どう逃げようかと考える大和だった。













































































「あれ? ヤマトのひめいがきこえなかった?」

「少佐の? ……いいえ、きっと気のせいよ。さ、寝ようイーニァ」

「…そうだね、おやすみクリスカ、『しらぬいくん』っ」

『しらぬいくん』を挟んで眠る二人、今夜はきっと幸せな夢が見られるだろう………。








[6630] 第十九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:40









2001年6月7日―――


この日、大和が管理する70番格納庫の奥に、二機の機体が搬入されてきた。

対外的に極秘扱いで搬入された機体は、コンテナに詰められ、遥々海を渡ってこの横浜基地へとやってきた。

「数日遅れたが、無事に到着したか…」

見上げる二機は、それぞれ薄黒い配色の機体と、グレーの機体。

頭部モジュールの長い顎からF-15の意匠を感じさせるその機体は、米国のATSF(先進戦術歩行戦闘機)計画で生み出された機体。

競合であったF-22A、当時の名前であるYF-22とは対照的な戦闘スタイルでありながら、YF-22を開発した会社をも負けたと確信させた程の機体。

しかし、米国のG弾運用が決定した事で戦術の見直しなどから採用されず、雨曝しの後に展示品として米国各地の博物館を盥回しにされた悲運の戦術機。


ノースロック社製第3世代戦術機、YF-23『ブラックウィドウⅡ』。


世界一高価な鉄屑とまで比喩された二機が、今大和の目の前で鎮座していた。

横浜基地着任時から、夕呼に設計図などを渡して交渉を頼んでいたのは、全てはこの機体を手に入れる為に。

大和が知る限りで、現存する機体において“最強”と呼ぶに相応しい機体は、このYF-23だ。

日本の武御雷、同じ米国のラプター、欧州連合のタイフーンなど、第3世代戦術機を数多く知る大和が最強と推すのはこの機体に他ならない。

高い総合性能もそうだが、米国では珍しい近接格闘戦を重視し、可動兵装担架システム位置の見直しなど、目新しい特徴の多いYF-23。

大和が設計・開発した機体に良く似た特徴を持っている…いや、大和がこのYF-23をモデルにして設計しているのだ。

「……………何年ぶりかな、お前に触れるのは…」

タラップを上がり、整備ガントリーに固定された機体の装甲に触れながら上を目指す大和。

その表情には、昔馴染みに再会した時のような、懐かしいという感情が見受けられる。

やがて一番上のキャットウォークに辿り着いた大和は、自然な動作で機体の上へと飛び降りた。

頭部モジュールの横に降り立ち、その頬に触れる大和。

「……また逢ったな、相棒…」

ゆっくりと額を冷たい装甲に触れさせ、瞳を閉じる。

「お前は知らないだろうけど…俺はお前を良く知っている…」

懐かしさと共に思い出す、この機体…YF-23PAV-1…愛称はスパイダー。

かつての世界で、たった一度だけだが共に戦った記憶を、大和は思い出していた。



































2008年8月27日―――


既に30回を超えたループを経験した大和は、やはりオルタネイティブ5が発動した世界で戦っていた。

5が発動してから数年、地球に残された人類はG弾の大規模運用と共に次々にハイヴを攻略。

勝てるという希望が出てきた瞬間、G弾が戦果を上げなくなり、やがて材料までもが枯渇する事になる。

あ号目標が健在であり、G弾に対する対応が各ハイヴからBETAに伝えられてしまったのだ。

G弾を最優先で撃墜され、時にG弾を撃った後に数倍の規模が無事だった地下から押し寄せてくる悪夢。

米国の戦術は、たった6個のハイヴを落としただけに止まり、その後は惨敗…。

日本、台湾などのユーラシア大陸は完全にBETAに占領され、帝国軍と中華統一戦線はそれぞれアフリカ・オーストラリア、そしてアメリカへと避難。

やがてBETAはカムチャッカ半島を占領し、そこからアラスカ・北アメリカへと侵攻。

頼みの綱のG弾が尽きた米国は次々に防衛線を抜かれ、ワシントンを始めとした各所にハイヴが建設されてしまう。

国連本部はオーストラリアへと移設され、米国の国連での発言権は衰退。

アメリカの崩壊は、目前に迫っていた。

そんな中、大和は国連軍衛士としてアメリカの大地に居た。

「どうなっている、何故民間人を避難させないッ!?」

前線から戻り、F-15から降りた大和は、仮設駐屯地の現状を見て声を上げた。

大した防衛能力の無い駐屯地には、数百人の避難民が居り、侵攻してくるBETAの恐怖に怯えていた。

彼等は米国全土、ニューヨークなどから逃げてきた人々だ。

航空機は既に光線級の影響で使えなくなり、彼等は陸路で逃げるしかなく。

やっとの思いで、この駐屯地まで辿り着いたのだ。

「それが、脱出用のムリーヤが足りないんです。南からの機体もBETAに撃ち落とされたらしく…」

「メキシコが落ちたのかッ!?」

「わかりません、しかし戦線が大きく後退しているのは確かです」

整備兵の言葉に歯痒い思いをする大和。

米国軍の能天気な考えの為に、民間人の避難が遅れに遅れ、既に何万人も犠牲になっている。

それなのに、こうして無事な人々は、未だBETAへの恐怖に震えている。

「中尉、貴方の機体はもう…」

「……そうか、すまないな…」

「いえ、耐久限界までこうして戦えたこいつは幸せですよ」

先ほどまで戦場を駆け、撤退の殿までこなしたF-15を見上げる。

全身に傷や汚れが付着し、関節部は悲鳴を上げているかのように音がしている。

整備兵からすれば、こんな機体でよくここまで辿り着いたモノだと驚愕する位の摩耗度だ。

「換えの機体は用意できるか?」

「残念ながら…」

「だと思っていた、ボロボロだなここも…」

駐屯地を見渡せば、そこら中にスクラップ寸前の機体が転がり、無事な機体は一機も存在しない。

そもそも無事な機体があれば、早々に戦線に送られている。

ここは防衛線から後方にある、補給基地を兼ねた駐屯地なのだが、現状では満足な補給も儘ならない。

「中尉っ、ご無事ですかっ!?」

「エリス少尉か、見ての通りだ。そちらも無事帰還出来た様だな」

駐屯地を見渡していた大和に駆け寄ってくる金髪ショートの女性。

その瞳は喜びで潤んでいた。

「中尉が殿を務めて下さいましたから。お陰で全員無事です」

「そうか、それならこいつも満足してくれるだろうな…」

「……中尉の機体もですか…」

大和が見上げた機体を見て、エリスが表情を曇らせる。

彼女、エリス・クロフォード少尉は、国連軍の衛士で現在大和の中隊の部下だ。

だが中隊とは言え、既に部隊は半壊。

生き残った衛士は、大和と彼女を含めて5名。

戦える機体も無い為、部隊再編すら出来ない現状だ。

「司令部に行くぞ、せめて民間人だけでも避難させなければ…」

「はい!」

大和の後の続くエリス、彼女はこんな状況であっても絶望しない年下の上官を頼もしく思っていた。

司令部に辿り着くと、大和はあまりの現状に言葉を失った。

なんと司令官不在で、数名の情報官が南アメリカへの救助要請を何度も繰り返している。

彼女達に司令官の居場所を聞いて部屋へと走れば、またそこで言葉を失う。

司令官室で基地司令や駐屯地上層部の人間が、軒並み逃げ支度をしているのだ。

「グルウィック司令官、何をしているのですかッ?」

「見て分からんのか馬鹿者が、南アメリカへ避難するのだ。もう前線は持たない、明日にはここも戦場となるのだぞっ」

「ならば何故民間人の避難を始めないのですか、まだムリーヤはある筈です。女子供から避難させねば――」

「馬鹿者がっ、この状況下で民間人などを運べば我々が逃げる分が無くなるだろうがっ!?」

大和は司令官が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。

そしてそれを理解した瞬間、大和の表情が消えた。

それを感じたエリスは、自身が敬愛する中尉が、本気で切れた事を理解した。

「では、民間人は見捨てると?」

「当たり前だ、我々に連中を運ぶ余裕はない。ムリーヤだって衛士と機体を積めば一杯なのだ。連中がここに残ればBETAの侵攻も遅れるだろうしな」

肥え太った司令官の言葉に、エリスは同じ人間である事を拒否したくなる思いだった。

自分達が助かる為に民間人を、自分達が守らなくてはいけない人々を見捨て、その上囮にまでしようとしているのだ。

「中佐、それは軍の行動規定に反しますが?」

「規定がなんだ、そんなもの戦場では何の意味も無い! 中尉、貴様も助かりたければ大人しく従う事だ。それとも得意のカミカゼでもしてくれるかね?」

笑う基地司令、戦線が混乱した為に偶々中佐だった上に他に上の階級が居らず司令になっただけの無能。

そしてそれに同意する上層部。

エリスがあまりの怒りで涙が零れそうになった時、大和が彼女の目の前に移動し、連中からその姿を隠した。

いや、逆だ、彼女の視界から彼等を隠したのだ。

「司令、こんな話を知っていますか?」

「なんだ、私は忙しいのだぞっ!?」

「BETAとの戦争より前、人間同士の戦争において、指揮官が死ぬ理由の大部分を占めている理由を……」

「はぁ? それがなんだ――『パンッ!』―――あ…?」

短く小さな音が響き、その後司令の胸から赤い染みが広がっていく。

「無能な指揮官は、部下に撃たれて死ぬそうですよ。誤射に見せ掛けてね…」

その言葉が終わると同時に、連続で銃声が響いた。

大和の持つ拳銃から硝煙が上がり、基地司令を含めた全員が血の海に沈む。

「司令っ、何事です―――なぁっ!?」

銃声に駆け付けて来たMPの兵士が見たのは、無表情に銃を持って死体を見下ろす大和と、その背中で固まっているエリスの姿。

「ちゅ、中尉っ、何をしたのか分かっているのですかっ!?」

銃を向ける兵士達。

それを一瞥すると、大和は銃をしまい、入り口へと歩き出す。

「と、止まれっ、上官殺害の容疑で拘束するっ!!」

「時間が無い、直に駐屯地内の民間人と怪我人を脱出させるぞ」

「聞いているのか、貴様を拘束す―――ひっ!?」

兵士は大和が向けた瞳に戦慄した。

能面のような無表情と、ギラリと鈍く光る視線。

言い表せない恐怖を感じる彼の持つライフルが震える中、大和はその銃口を掴むと自分の額に当てた。

「撃つなら撃て。だが、俺を撃てば明日にはBETAの体内の中に入る事になるぞ」

「な、何を…っ!?」

「既に前線は崩壊を始めた、ここも明日にはBETAに埋め尽くされる。死にたくなければ俺に従え。死にたいのなら俺を撃て」

兵士は絶句するしかなかった。

銃口を額に押し付けているのに、微塵も恐怖を感じていない大和に。

そして、銃を持っているのは自分なのに、まるで自分が銃口を向けられているかのような恐怖に。

「基地司令共は民間人を餌に自分達だけ逃げるつもりだった。貴様もその口か? もしそうなら―――」

その先は口にしない大和。

だが兵士達は理解した、もしも自分達が死んだ司令達と同じなら、彼は躊躇なく自分達を殺すと。

例え銃を向けられていても、額に銃口が付いていても、彼は自分達を殺すだろうと。

「………こ、この事は上層部に連絡しますよ…」

「好きにしろ。それまで生きていればいくらでも罰を受けるさ…」

折れた兵士達、目の前の衛士を止める術が無い事を彼等は理解してしまったのだ。

それに、大和が言う事が本当なら兵士である自分達は民間人を守らなければならないのだから。

だから、今は見逃す。

大和を捕らえるのは、ここを脱出してからだ。

「エリス、各部隊の隊長を集めろ、お前はムリーヤの状況を調べてくれ。そっちのお前は戒厳令をしいてくれ、民間人に基地司令達が逃げようとしたなんて知られたら、暴動が起きるぞ」

迅速に指示を出す大和の有無を言わさないその指示に、部下であるエリスだけでなく、MPである兵士まで従ってしまう。

「何としても、彼等だけは逃がしてみせる…」

そう呟いた大和は、死体があるだけの部屋を一瞥し、扉を閉めるのだった。













数時間後、各部隊長やその他の代表を集めた大和は、基地司令達の行動を話すと共に自分が射殺した事を説明。

文句があるならここで自分を殺せと、作戦テーブルの上に拳銃を放り投げた。

皆戸惑う中、数名の部隊長が大和の行動に同意し、大和を殺すなら自分達も殺せと同じように拳銃を投げる。

ここに集まった部隊の大半が前線からの退却兵であり、彼等が無事ここまで辿り着いたのは大和の部隊が殿を務めたからだ。

元米国軍の上官との不祥事で中尉のままの大和だが、実際は佐官になっていてもおかしくない武勲を挙げている。

そんな彼を慕う人種は多く、この場でも彼の指示に従うと言ってくれた。

「現在BETAにより前線はほぼ壊滅…遅くても明日の昼にはここまで到達する。光線級の脅威を考えると、明日の朝までに輸送機を送り出さなければならない」

「しかし中尉、ムリーヤは現在3台しかありません…民間人全員はとても運べませんよ…」

整備班の代表からの言葉に、表情を暗くする面々。

司令部が散々南アメリカへ救援を願うものの、メキシコ戦線が危機の為にこちらに救援は回せないと言う。

「…整備班長、ムリーヤがギリギリ飛行できるレベルで、外に何個コンテナが付けられる…?」

「え…そりゃ、つけるだけなら戦術機用の再突入殻で3…あとは小さいのを7~8位ですが…まさか中尉っ?」

「そうだ、そこにも人を入れれば人員だけなら避難可能だ」

大和の無茶な提案に多くの人間が驚愕する。

「だが流石に女子供を乗せるのは危険が多い、そこには兵士や機体の無い衛士などに乗って逃げてもらう」

「しかし中尉、そうなると機体が輸送できねぇぜ?」

現在国連軍の各基地は、撤退の際は出来るだけ機体と武装を持ち帰れと通達されている。

「この基地に持っていって使える機体があるのですか大尉?」

「あ、それもそうか…」

連隊の大尉が大和の言葉に苦笑する。

ここには前線から撤退してきた機体ばかりで、無事な機体など存在しないのだ。

「……いえ、6機だけあります。無事な機体が…」

だが、整備班長からの発言に全員が振り向く。

「基地司令が、近隣の航空博物館から接収した機体があるんです。南アメリカの基地への手土産にするつもりだったのか、周りには内緒で…」

そう発言する整備班長は苦々しい顔だ。

あの連中の、逃げた先での敷金代わりに使われる予定だった機体達。

戻ってきた衛士達が、機体がないと嘆き悔しんでいたのを見て酷い罪悪感に襲われていたのだろう。

「そうか…よく報告してくれた班長。これで脱出する機体の護衛が出来るな」

そう言って班長の肩を叩き、直にその機体を整備して戦えるようにしてくれと頼む。

「了解しました、バッチリ整備しておきますっ」

敬礼し、さっそく機体の準備を始める為に走る班長。

それを見送り、大和は残った面子とこの後の予定を話し合うのだった。



















翌日の夜明け前―――


駐屯地では3機のムリーヤに民間人と非戦闘員、それに負傷者の受け入れが急ピッチで進められていた。

女子供と負傷兵は機体内部に乗り込み、急造だが手すりやベルトに身体を固定して離陸を待つ。

MPや兵士達、それに無事な衛士は外に固定されたコンテナや再突入殻に乗り込む。

そしてそのムリーヤを守るように、10機の戦術機が立っている。

F-16XL…F-16ファイティング・ファルコンの派生機でありF-16より少々大型の機体。

これはF-15Eストライクイーグルに採用試験で破れた試験機であり、近隣の航空博物館に保管されていた機体が2機。

さらにF-15・ACTVが2機、こちらも記念に保管されていた機体で、航空ショー用にカラーリングは派手になっている。

機体表面がボロボロなF-15E 3機とF-16 1機は、帰還した機体で比較的無事だった物を、使えないと判断された機体からパーツを持ってきて修理した物だ。

そして、前線の方を見据えて鎮座するのは、悲運の戦術機、YF-23ブラックウィドウⅡ。

偶々近隣の博物館で展示されていた機体を、司令部が接収し、手土産にと保管していたらしい。

現在米軍の主力であり、国連軍にも多く配備されているラプターと凌ぎを削った機体。

そのコックピット内で、大和が各種システムと機体のチェックを進めていた。

「まさか、あのYF-23に乗る事になるとはな…」

「中尉もこいつの話をご存知で?」

チェックをしている整備兵の言葉に、苦笑して頷く。

元の世界でも、自分のお気に入りだった悲運の機体。

それに乗って戦う日が来るとは、長いループの中でも考え付かなかった事だ。

「こちらPAV-1スパイダー。PAV-2グレイゴースト、調子はどうだ?」

『こちらグレイゴースト。最高です中尉、まさかこの機体に乗れるなんて…』

ヘッドセットから聞こえる声と網膜投影に映る映像のエリスは、少々陶酔しているように見える。

「喜ぶのは良いが、この機体に乗る意味を忘れるなよ?」

『当然ですっ、この機体に乗る以上…絶対に、輸送機は守り抜きます』

大和とエリスに与えられた…否、自らが志願した任務。

それは、間も無くここへ押し寄せるであろうBETAの先陣を押さえ、輸送機を無事に逃がす事。

その為に、最高の性能を誇るYF-23がその任務に使用される事になった。

他の機体には各部隊長が乗り、輸送機の護衛を任されている。

南アメリカまでの航路に、BETAが居ないとは限らないのだから。

その為、8機には半壊した戦術機から燃料や外付けのスタスターを急造で装備し、航続距離を伸ばしてある。

『中尉、何もお前さんが残らなくても良いんじゃないのか?』

「生憎、戻れば銃殺が待っていますので。死ぬのは戦場と決めてますからね」

ACTVに乗る大尉からの言葉に、軽口で返す大和。

相手の大尉も笑い、そして真面目な顔で敬礼する。

それに大和も答礼して答える。

「そろそろ時間だ…君も早く行け」

「は、はい…中尉、グッドラック!」

最後まで整備をしてくれていた整備兵を輸送機へと行かせ、深呼吸してグリップを握る。

今まで何度も死に、何度も繰り返してきた人生。

最近では死んでもいい、死んだとしてもまた繰り返しだと諦め始めていた。

『あの、中尉…』

「…どうした少尉?」

通信を繋いできたエリスに、大和は優しい視線を向ける。

その視線に赤くなるエリスは、一度深呼吸をしてから顔を上げて真っ直ぐに視線を向けてきた。

その表情は、とても美しいと大和は感じた。

『私は、中尉の部下になれて幸せでした。貴方が居なければ、きっと私はアラスカ戦線で死んでいましたから…』

「…そうか」

彼女との出会いは、2年前のアラスカ戦線。

その時から、ずっと彼女は大和の部下として戦ってきた。

『だから中尉…いいえ、ヤマト。私は、貴方を愛しています…心から、貴方を…』

そう言って優しく、儚げに微笑む彼女の言葉に、大和は目を見開き…そして小さく感謝の言葉を述べる。

「ありがとうエリス…その言葉だけで俺は……戦える」

操縦桿のグリップを強く握り締める。

今だけは…今この瞬間だけは、死ねない理由が出来たから。

『こちらドーバー1、間も無く離陸態勢に入る。繰り返す、間も無く離陸態勢に入る』

「了解したドーバー1、後ろは必ず守る、安心して行ってくれ」

『感謝します中尉!』

1機目のムリーヤが離陸態勢に入る。

と、無人の筈の司令部から通信が入る。

『こちらCP、スパイダーおよびグレイゴーストに連絡。観測機がBETAの反応を確認、数は凡そ300、侵攻速度から突撃級および要撃級と思われます』

「こちらスパイダー、管制感謝する。君たちも早く逃げろ」

『……了解しました、これで最後の通信を終わりにします。ご無事で…!』

司令部からの通信も途切れ、駐屯地はこれで完全に無人となる。

残るのは、2機のYF-23と、自動防衛機能のみ。

元々駐屯地であったここにあるのは、旧式の迎撃ミサイルと、セントリーガン程度だ。

『レーダーに反応、前方の街にBETAが侵入しました』

「あぁ、見えている」

エリスからの通信と共に、センサーに映る映像の向こうで、白い粉塵が舞い始める。

廃墟と貸した街に仕掛けれたトラップが発動しているのだ。

しかし、それも焼け石に水だろう。

「さて、行くか…お前のデビューがこんな戦いで済まないな…」

BETAとの戦闘も無く展示機にされていた2機。

その2機が今、初めてBETAと対峙する。

「こちらスパイダー、BETAの侵攻を遅らせる為に出撃する。全員の無事を祈る!」

輸送機と機体、全ての通信装置へそう告げて飛び立つスパイダー。

それに続くグレイゴースト。

低空飛行で向う先は、廃墟の街。

「グレイゴースト、時間を稼げばいい、無理に倒そうとするな!」

『了解です!』

突撃砲を構え、BETAとの戦闘に突入する2機。

侵攻してきたBETAは、突撃級と要撃級を主力とする一団。

その後ろには、恐らく光線級なども控えているだろう。

「悪いが…ここは通さんッ!!」

スパイダーの突撃砲が咆哮を上げ、突撃級と要撃級を駆逐していく。

『中尉に近づくな化物がぁぁっ!!』

エリスの乗るグレイゴーストが、スパイダーの背中を守る。

「これがYF-23の性能か…実に俺好みだ!」

機動力・旋廻性能・格闘能力、全てに置いて優れているYF-23。

確かにこれならF-22Aの連中も負けを認めると納得。

特に近接格闘能力は米国製なのに驚くほど高い。

突撃砲の銃剣や、長刀も使い易く、効果も高い。

右手の長刀で要撃級を切り殺しつつ、左の突撃砲でグレイゴーストを狙う突撃級を撃ち殺す。

『流石に、数が多いですね…っ』

「前線は完全に崩壊したようだな…ッ!」

次々にBETAを駆逐しつつ、駐屯地の状況を確認する大和。

今2機目が飛び立ち、最後の機体が飛び立つ準備を始めている。

「―――ッ、不味い、光線級が来たかッ!」

レーダーに最重要のマーカーが点滅し、光線級が来た事を知らせる。

距離を考えると、ここからでもレーザーで照射されてしまう。

「グレイゴースト、ここは任せる!」

『あ、中尉っ!?』

スパイダーの噴射跳躍システムを最大噴射し、飛び立つと、案の定レーザー照射をされる。

「ちぃッ!」

それを機体性能で避け、光線級を狙う。

「貴様等に、あの機体は落とさせはしないッ!!」

多くの民間人が乗る輸送機、一機でも落ちれば数百人の人々が死ぬ事になる。

「やらせるものか、やらせるものかよッ!!!」

咆哮し、重光線級を切り捨て、光線級を36mmで打ち砕く。

その動きを、戦いを、後方でBETAを抑えながらエリスは見惚れていた。

それと同時に思い出す、極東国連軍に存在する、二人の鬼。

一人は、現在オーストラリアで戦っている、突撃鬼(ストーム・オーガ)の白銀 武。

もう一人こそ、アラスカ戦線で多数の戦果を上げた強襲鬼(ストライク・オーガ)の黒金 大和。

誰が名付けたのか、二人の鬼は互いの顔を知らないまま、日本人衛士の代表格となっていた。

「私も、負けられない…っ!」

エリスはそう呟いて、駐屯地へと向おうとするBETAを殺す。

大和の培ってきた技量と経験、そしてYF-23の性能が合わさり、今ここにニ闘流の修羅が誕生した。

瞬く間にBETAの死骸が出来上がり、その事から大和達を危険と判断したBETAは、駐屯地への進軍を止めて2機に群がり始める。

それを次々に撃破していく大和達。

戦闘開始から数十分、最後の輸送機が重光線級の射程範囲から抜けたと連絡があった。

その頃には、既に2機は囲まれ、見渡す限りのBETAの山。

「これでは簡単には帰れないな…」

『どちらかが残れば、もう一機は逃げ切れると思いますよ…?』

軽口を叩きつつBETAを倒す二人。

大和はエリスが何を言いたいのか理解していた。

「どうせ、自分が残るから俺に逃げろと言うのだろう?」

『お見通しですか…そうです、中尉はまだ死んではダメです。必ず生き残って下さらないと…っ』

真剣な瞳で見つめながら戦うエリス。

その瞳には、決死の覚悟が見て取れた。

「そうか…だが、連中は俺達を逃がすつもりはないらしい」

『え…?』

大和の呟きと共に、地面が激しく振動を始める。

BETAの侵攻の地響きでは無い、もっと地面の下からの振動。

『地震っ!?』

「まさか、同じ人生で二度も相対する事になるとはな…母艦級め…ッ!」

大和の脳裏を過ぎる映像。

日本の、横浜基地を襲撃するBETA。

膠着していた戦線を、たった一種類のBETAによって崩された。

体内に数百ものBETAを入れて地中を移動する、母艦級。

防衛線の背後に突然地中から出現し、体内から要塞級を含むBETAの一団を吐き出すこいつによって、横浜基地は壊滅。

日本はBETAの手に落ちた。

この母艦級は、他のBETAよりもエネルギーの消費が激しいのかハイヴ近辺でしか確認されていない。

それが出現すると言う事は、この地にハイヴを作るつもりなのだ。

ハイヴの地下構造を構築しているのは、何を隠そうこの母艦級。

母艦級が掘り進んだ場所を他のBETAが広げ、あの内部構造が誕生するのだ。

「あの時の屈辱…忘れていないぞ母艦級!」

『中尉っ、私も…っ!』

振動からどの辺りに出現するか当たりを付け移動する大和に付いて行こうとするエリス。

しかし、大和がコックピットで何かを操作すると、突然グレイゴーストの操縦が出来なくなってしまう。

『な――っ、操縦が、どうしてっ!?』

「すまんな少尉、実は整備班にお願いしてグレイゴーストには特別な装置を搭載させてもらった」

『中尉っ!? どういうことですかっ!!』

エリスのグレイゴーストに搭載されたのは、データリンクを応用しての自動強制帰還システム。

機体に入力された場所まで、自動操作で機体を移動させるという物だ。

元々最近の戦術機には搭載されているものだったが、これは衛士が疲労で帰還できない場合に使用される物だ。

それを大和は、整備班と共に改造し、スパイダーからの操作で起動し、帰還するように設定した。

そして帰還するまで、一切の操縦を受け付けない。

「帰還場所は輸送機の後を追うように設定してある。後の事はブレックス大尉にお願いしてあるから心配するな」

『中尉っ! そんな、最初から、最初から私を逃がすつもりだったんですねっ!? どうして、どうして一緒に行かせてくれないのですかっ!!』

操縦が効かなくなった操縦桿をガチャガチャと動かして、必死に叫ぶエリス。

機体は既にBETAを避けながら離脱を始めている。

グレイゴーストが離脱しても、BETAはスパイダーを狙い、追いかけるのは少数だけだ。

「すまんな…これは、俺のエゴだ…。恨んでくれていい、呪ってくれて構わん。だから…生きてくれ、エリス」

『中尉っ、ヤマト中尉ぃ!! 嫌です、私も、私も傍に、貴方の傍に居させてください、お願いです、お願いだから…一人にしないで、ヤマトーーーっ!!!』

映像の中で泣き叫ぶエリスに微笑み、大和は通信を切断した。

そして、小さくなってくグレイゴースト見送ると、周囲のBETAを引き連れて震源の場所へと向う。

「すまんなスパイダー、俺に付き合せて…お前の兄弟は無事の筈だから許してくれ」

レーザーを避け、要塞級を殺しながらその場所へ向う。

グレイゴーストの燃料を持たせる為に、敵をひきつけ動き回り、レーザーを空撃ちさせる為に跳び続けた上に、輸送機や護衛機の為に燃料を渡した今のスパイダーには、離脱する為の燃料が無いのだ。

「もしも次にお前と逢う時は…俺がお前を強くしてみせる。その時まで待っていてくれ、相棒…!」

次のループへの誓いを胸に、大和は操縦桿を握り締め、跳躍する。

レーザーを避け、落下するスパイダーの真下の地面が隆起し、中から母艦級が顔を出す。

「貴様の好きにはさせんぞ、母艦級ッ!!」

口を開いた母艦級の中へと飛び込んでいくスパイダー。

内部がBETAだらけの中、機体が削られても進む大和。

そして噴射跳躍システムが脱落した所で、拳を振り上げる。

「いつか必ず…貴様等を滅ぼしてやるぞッ、BETAぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

壮絶な叫びと共に大和は拳を振り下ろし、機体に急遽搭載した複数のS-11が爆発。

内部から母艦級の前の部分を吹飛ばすのだった。






























「中尉…? そんな、嘘ですよね…ねぇ、中尉…ヤマト…中尉ぃ…っ」

スパイダーの反応が途絶えた事に気付いたエリスが、操縦席の中泣き崩れる。

彼女を乗せたグレイゴーストは、無事に輸送機に追いつき、護衛をしていたACTVに連れられて南アメリカの基地へと辿り着く。

一人残り、大勢の民間人と兵士達を救った大和だったが、上官殺害などの容疑から二階級特進すら無く、さらに因果導体の宿命で誰もが彼を忘れていく。

しかし、彼の事を生涯忘れなかった一人の衛士が、その後オーストラリアにまで大和の事を伝え戦うのだった。











































「――…さ、――…う―――…さ、――少佐っ!」

「む…ッ、おぉ、中尉、どうかしたのか?」

記憶の海から強制的に戻された大和の視線の先には、キャットウォークから彼を見下ろす唯依の姿が。

「どうしたではありませんっ、機体に額をつけて動かないから、体調が優れないのかと心配したんですよっ!?」

「あぁ…すまない、少し考え事をしていた…」

「ぁ……あの、少佐…? 泣いて…いるのですか…?」

「え…」

唯依が顔を心配に歪めて問い掛けて来たことで、初めて自分が涙を流していた事を知った大和。

右目から流れるその涙を指差しで拭うと、苦笑を浮かべる。

「感傷に浸っている場合では無いというのに…情けない」

「あの、少佐?」

「なんでもないよ中尉。それより、何か用かな?」

涙を拭い、唯依を見上げながら問い掛ける大和に、先ほどまでの表情は無い。

「あ、はい。間も無く模擬戦闘の準備が完了しますので、地上まで来てください」

「そうか、なら急ぐとしようか」

「あ、ちょっと、少佐っ、危ないですよっ!?」

唯依が驚く視線の先では、大和がスパイダーの上から飛び降りて、一番近いキャットウォークへと降り立っていた。

「さぁて、楽しい楽しい公開処刑…もとい、模擬戦闘の始まりだ」

「少佐、不謹慎な発言は控えて下さい、聞いてますかーーっ!?」

慌てて大和を追いかけてくる唯依。

下まで降り、少し歩いた所で後ろを振り返る大和。

「待っていろよ相棒…お前に、新しい力と名前を与えてみせるからな」

そう言ってスパイダーを見上げる。

機体は、物言わずそこに鎮座しているが、どこか戦いを待ち望んでいるようにも見えた。

「あの後の事は分からないが…エリスが無事なら良いんだがなぁ…」

死んだ大和に、あの後エリス達がどうなったのか知る術は無く、また人類は総じて10年程度しか生き残れないのも知っている。

それでも願ってしまうのは、彼女との絆を思い出してか。

「考えても仕方が無いか…今は、この世界で出来る事をするだけだよな……」

「何をブツブツ言っているのですか少佐?」

「おや、早いな中尉。いや、YF-23を弄れて嬉しいな~ってね」

「本当ですか…? まぁ、米国がこの機体を提供してくれるとは思いもよりませんでしたが…」

唯依とて戦術機の開発に関わっている人間だ、YF-23の事も知っている。

その機体が搬入されたと聞いて、一番驚いたのも彼女だ。

「この機体達も、不知火のように大々的に改造するのですか?」

「いや、この機体は姿をなるべく残すつもりだ。ステルス性能が勿体無いし、何より…」

そこで一度立ち止まり、もう一度2機を見上げる大和。

「少々、思い入れがあるのでね…」

「…少佐…?」

遠くを、機体よりも遠くを見ている大和に、不安を覚える唯依。

彼女が時々目にする、大和のどこか遠くを見ている視線。

その先がどこかのか分からず、唯依は言い知れぬ不安を抱く。

時々大和が、とても遠い人に思えて。

いつか、消えて行ってしまうような気がして。

唯依は、堪らなく不安になる。

「しょ、少佐!」

「お? どうした中尉…?」

突然唯依が大和の手を握り、歩き出すので軽く驚く大和。

「そろそろ模擬戦の時間が近いです、急いで下さいっ」

「おおおおおおおーーーーっ!?」

顔を真っ赤にしながら大和を引っ張っていく唯依。

周囲のスタッフが首を傾げる中、唯依は自分の行動に赤くなりながら、握った手の温もりを感じていた。

こうでもしなければ、大和が消えてしまいそうで怖かったから…とは、今の彼女はとても言えない事だ。

結局唯依は、顔をリンゴのように真っ赤にしながらも、地上に着くまで手を握り続けるのだった。











[6630] 第二十話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:41










2001年6月7日―――


横浜基地演習場、そこは広大な廃墟を利用した戦術機の実機演習区画であり、現在横浜基地に所属する陽炎と、陽炎に改造を施した機体が睨み合うかのように対峙していた。

「なぁステラ、あれってソバット隊の陽炎だろ? なんで今日の仮想敵に選ばれたんだ?」

「なんでも、あの隊の少尉二人が、クロガネ少佐に喧嘩を売ったとか…」

相手の衛士を遠くから指差して問い掛けたタリサが、ステラの返答を聞いて顔を盛大に引き攣らせる。

あの大和に喧嘩を売ると言う、階級的にも人間的にも無茶をした相手の少尉達。

「なんだ、あいつら自殺志願者か?」

「さぁ? どちらにせよ、見ての通りね」

かなり離れた位置に居るにも関わらず、相手の衛士二人の表情は真っ青だ。

この衛士達、先週に武を殴ったあの二人である。

あの後自室で謹慎した後に部隊長からしこたま怒鳴られてネチネチ虐められ、その後下った処罰を終えて、安心した所で今度は武を殴った罪に対する処罰が来た。

二人が終えて安心していた罰は、訓練兵に絡もうとした事にたいする罰だったのだ。

そして新たに下った処罰は、本日の模擬戦闘に仮想敵として参加しろという不思議な物。

普通なら営倉入りとかが普通なのだが、仮想敵とはこれ如何に?

今もこの後の不安から醜くお互いに責任を押し付けあっている二人を見て、思わず冥福を祈ってしまうタリサ達。

「まぁ、何にせよ、手加減なんかしないけどなっ」

「それは同意見ね」

戦うからには本気でやるのが二人の信条だ。

二人が静かに気合を入れていると、指揮車両に設置された大型モニターの前に、訓練兵達が教官に連れられてやってきた。

「あれ、なんで訓練兵が?」

「見学させるのかしら…」

首を傾げるタリサとステラ。

見れば、相手の少尉二人も顔を苦々しく歪めて訓練兵達を見ている。

「良いか、本日は黒金少佐のご厚意で改造戦術機の性能実証テストを見学させて頂ける! 全員その意味を理解し、己の身になるよう学習しろ!」

「はいっ」×10

聞こえてきた声から察するに、どうやらこれも大和が仕組んだらしい。

相手の衛士の表情や、伝え聞いた噂から考えるに、どうやら彼女達もあの少尉達と因縁があるらしい。

「そうねぇ、考えるにあの少尉達が訓練兵に絡もうとして、それを少佐に咎められたって感じかしら?」

「そうなのか?」

ステラの推理はかなり当たっていた。

「だって見てみなさいよ、あの二人の表情」

「うわ、親の敵みたいに睨んでるぞ…情けねぇ…」

タリサとステラも、あの訓練兵達が改造された戦術機で訓練している事は知っている。

大方改造機を与えられて特別扱いされている訓練兵が気に食わなくて、絡もうとしたのだろうと考える二人。

正解である。

「で、なんでアタシ達があいつ等の相手しなくちゃならないんだよ?」

「それは、少佐の実力を示す為だ」

「あら、タカムラ中尉…」

いつの間にやら、ファイルを片手に唯依が二人の傍に現れていた。

「あの二人…いや、二人に限らず、この横浜基地内で少佐の事を疑問視する人間は多い。だから少佐はあえて大々的に内容を晒す事でそういった者達を黙らせることにしたのだ」

「…確かに、少佐の技術は飛躍的な部分が多いから、慣れた人間には受け入れがたいわね…」

唯依の説明に納得顔のステラ。

彼女も最初陽炎の改造機を操縦した時は、戸惑いや拒否感があったものだ。

しかし、実際使ってみれば、どれだけ便利かが分かる装備や機体だ。

とは言え、ステラもタリサも一度雪風の戦闘を見ていたのでそれほど疑ってはいなかった。

が、横浜基地内では、大和の改造を疑問視する人間もまだ多く、夕呼の直属という事もあり、一部から嫌悪されているのが現状だ。

まぁ、その嫌悪している人間は、米国寄りの人間や能天気な人間なのだが。

「なんだよ、アタシ達は見世物かよ?」

「穿った見方をすればそうなるが…少佐は二人を信頼して陽炎改造機を任せ、この模擬戦闘を組んだのだ」

ぶっちゃければ、大和と、それに武の力を示すなら雪風2機で中隊を相手にすれば早い。

そうしないのは、一般的な衛士であっても大和の改造プランの機体で能力が上がるという事を示す為だ。

上層部には、大和と武が帝国斯衛軍から来た事を知っている者が居るので、衛士の腕が良いから勝てたんだと言われかねない。

それはそれで良いのだろうが、大和が疑問視されているのは技術力だ。

スレッジハンマーは既に高い評価を受けているが、あれは支援戦術車両、戦車の延長なので戦術機ではないと考えられ、戦術機の方はどうなんだと突っ込まれたりするらしい。

確かに尤もな意見でもあるので、こうして一般衛士の操縦による、模擬戦闘が行われる事になった。

タリサとステラが一般兵レベルかどうかは置いといて。

「まぁ、機体の性能とOS、それに二人の腕を考えれば負ける方がおかしいと少佐は言っていたが…な」

「うへぇ、嫌なプレッシャーかけてくれるぜ…」

「でも、俄然負ける訳には行かなくなったわね」

「そりゃそうさ、真面目に頑張ってる訓練兵苛めて遊んでる奴等に、負けて堪るかよ!」

パシッと拳を打ち付けて気合を入れるタリサ。

訓練兵達とは交流こそないが、今日まで何度も実機訓練を目撃する事があった。

訓練兵とは思えない動きをする数名に驚いたのもあったが、全員が瞳にやる気を灯し、毎日クタクタになるまで訓練しているのを見かけると、タリサも負けていられないと気合を入れたものだ。

格納庫で自分の機体を見上げながら、今日の反省や対策をそれぞれ集まってやっているのを見ると、つい自分の昔を思い出してしまう。

頑張っている彼女達、その頑張りを踏み躙るような行為を、タリサは見過ごせる性格ではない。

もしも連中が彼女達に絡む現場に居たら、殴りこんでいただろう。

因みに、タリサが特に応援しているのは、タマと美琴だったりする。

理由は語らないでおくが。

「ところで中尉、少佐は何処に…?」

「あぁ、今強化装備に着替えている。撃震の改造が間に合ったので、ついでに披露するそうだ」

「へぇ~…あ、なら、アタシ達とも戦ったりっ?」

「問題が起きなければそれもあるだろうな」

唯依の苦笑混じりの言葉に、よっしゃーっとガッツポーズのタリサ。

大和とは数度シミュレーターで対戦しているのだが、負けているので事在る毎に勝負をしたがるのだ。

「しかし油断するなよ、相手はまぁ情けない奴等だが、一応は陽炎を支給された部隊の衛士だ。向こうもプライドを傷つけられた上に見世物にされて、相当頭に来ているだろうしな」

「確かにそうですね。横浜のF-15…陽炎の数は少ないですし、エリート部隊ってことですかね」

「はっ、エリート部隊? 上等、ぼっこぼこにしてやんよぉっ!」

頼もしいタリサの言葉に苦笑する唯依。

見れば、相手の少尉達が部隊長の大尉から何か言われている。

二人の顔色から察するに、これ以上上官の自分に恥をかかせるな、全力で戦え…とでも言っているのだろう。

何せこの模擬戦闘、かなり大勢の関係者に見られているのだから。

「そろそろ開始時間だ、二人とも搭乗して待て」

「「了解!」」

時計を確かめてから二人を陽炎改造機へと向わせる。

自分は指揮車両隣に設置されたCPで管制と情報収集を行う予定だ。

「全員、篁中尉に敬礼!」

「ご苦労、全員楽にして模擬戦闘を見ると良い」

「よし、全員休め!」

唯依の許可が出たので、全員が楽な姿勢でモニターに視線を向け、開始を待つ。

「神宮寺軍曹、白銀大尉はどうしたのだ?」

「はっ、大尉殿はその…斯衛軍の中尉を連れてくると…」

まりもの、どこか残念そうな言葉を聞いて、横浜基地に駐留している月詠中尉を思い出す唯依。

武と月詠中尉は、斯衛軍に武達が配属された時からの仲だ。

どうせ大和の許可を得て彼女を呼びに行ったのだと唯依は考え、その通りだったりする。

その事をまりもが残念そうにしている理由も、唯依には見当が付いた。

「私と同じか…」

「はい? なんでしょうか中尉」

「いいや、お互い苦労するなという事だ」

「は、はぁ…」

よく分からないという顔のまりもに、唯依は気にしないでくれと伝え、準備に入る。

少しすると、その武が赤い斯衛軍の制服の女性を連れて来た。

その光景に、む…っと表情を強張らせる大多数の乙女と一人の女性。

特に表情を変えなかった築地は「少佐どこかな~?」とキョロキョロしており、麻倉はどこから取り出したのかビデオカメラで高原の後ろに隠れて武達の姿を撮影。

高原は麻倉に楯にされ、なんで私まで…とシクシク泣いている。

どうやら麻倉に無理矢理協力させられているらしい。

「いや~、お待たせお待たせ。月詠さんが見つからなくてさぁ!」

「大尉、その、本当によろしいのですか?」

所属が違うことから遠慮をしている様子の月詠さん。

だが武は大和の許可を貰ったから大丈夫と気にしちゃいない。

二人の親しそうな雰囲気に、嫉妬オーラを発し始める乙女達と女性一人。

ここで何かしらのアクションがあれば、修羅場フィールドが形成される事だろう。

「わ、私ももしかしてあのような感じなのだろうか…」

彼女達の状態に心当たりのある唯依。

ここ最近自分でも感情が持て余しな彼女は、思春期の恋する乙女のように感情の振れ幅が激しいのだ。

気持ちの整理がつけば落ち着くのだろうが、それは兎も角。

大和が居れば即座に武を修羅場の渦に投げ込むであろうこの場所。

居なくて良かったぁと本気で思う唯依だった。






















さて、模擬戦闘開始十分前となり、両者の機体が演習場に入っていく。

相手の機体は陽炎が2機、こちらは改造された陽炎が2機で、それぞれシールドランチャーとスナイプカノンをCWSに搭載している。

前者がタリサ、後者がステラで、それぞれの長所を考えての装備だ。

タリサはガトリングユニットとどちらにするか迷ったが、格闘戦がやりたいらしく、防御に使えるシールドランチャーを選択した。

「篁中尉、あの2機の装備は訓練兵の物と同じ物を…?」

まりもの疑問に肯定で答え、訓練兵に武装の使い方を良く見るようにと告げる唯依だったが、訓練兵は皆画面に視線が釘付けだった。

「なぁ中尉、あの陽炎の改造機は名前無いのか?」

「いえ、一応あるのですが、まだ本決定はしていません」

そう言って、問い掛けてきた武にファイルを渡す。

そこには陽炎改造機の仕様書が挟まっており、そこには陽炎改造機『舞風』と書かれていた。

F-15BE(ブリッツイーグル)、恐らくこちらが本来の名前なのだろう。

「ふ~ん、舞風か…似合ってると思うけど?」

「ブリッツイーグル…こちらが他国での通称になる予定みたいですね」

ファイルを覗き込む武とまりも。

他の面々にも名前が伝えられていると、基地の方から一機の戦術機がやって来た。

『待たせてすまない、遅刻かな?』

「少佐、いえ、まだ開始前です」

通信を繋いできたのは強化装備姿の大和。

どうやらやって来た機体に乗っているらしい。

「おぉ、それ撃震の改造機っすか少佐っ!」

一応公の場なので名前呼びを控える武だったが、興奮してか口調が乱れている。

『改造…改造と言えば改造だが、あんまり弄れなかったんだよなぁ…』

何故か不貞腐れている大和。

歩いてきた機体を見上げれば、見た目撃震にしか見えない。

だが、よく見ると肩部ブロックの真後ろに大型の追加スラスターのような物が付いているし、両足の脹脛の装甲がボッコリと膨らんでいる。

胸部装甲の、コックピットブロック正面にも、何やら銃口のような穴が二つ。

そして、左手に持った多目的追加装甲が、なにやら小型化して先端が二股の爪状になっている。

これだけ弄っておいて、あんまりとか言ってしまう大和の魔改造癖。

唯依は内心、駄目だこいつ…早くなんとかしないと…と切に思ったとか。

あとこの機体、専用装備として大型ガトリングシールドなる装備があるらしい。

まだ完成していないので本日は装備していないが、完成したら前腕に固定する形になるとか。

『ま、一応暫定名称『震砕』で登録しておいてくれ中尉。評判悪かったら変更するから』

「了解しました。それと、陽炎改造機の名称はどうしますか?」

『そっちも舞風とF-15BE(ブリッツイーグル)で暫定にしておいて。陽炎改造機じゃいい加減言い難いしな』

大和の指示に了解しましたと答え、入力を済ませる唯依。

やがて時間になり、模擬戦闘が開始される事になる。

因みに大和は戦術機内で観戦するらしい。

「では、これより陽炎試験改造機『舞風』とソバット隊陽炎との模擬戦闘を開始する」

唯依の通信にそれぞれの衛士が答え、カウントが始まる。

「5…4…3…2…1…状況開始!」

その言葉と同時に、それぞれ動き出す機体。

ソバット隊の陽炎が二機連携で障害物を楯にしながら進む中、前方に敵機の反応がある。

『正面に敵機確認、追い込んでし止めるぞ!』

『ちょっと待ちな、こいつ、突っ込んでくるよっ!?』

衛士達の会話は、全て指揮車両を通じて唯依達が観戦するモニターに流される。

複数あるモニターを良く見れば、舞風が1機、猛スピードで陽炎2機へ突っ込んでいく。

『はっ、馬鹿が、蜂の巣にしてやるぜ!ソバット10、フォックス3!』

『ソバット11、フォックス2!』

噴射滑走で向ってくる舞風に対して、突撃砲で攻撃を仕掛ける2機。

『あらよっとっ!』

だが、着弾する前に舞風が背中のスラスターを併用して急速噴射跳躍で上空に退避する。

『なっ、こいつ!』

『へへんっ、当たるかよっ!』

上空に退避した舞風を追って突撃砲を向けるが、空中でスラスターを最大限に使用して右に左に上に下に前に後ろにと、縦横無尽に空を駆ける舞風。

改造後も機体重量を元の陽炎レベルに押さえ、さらに内部機器にF-15Eのパーツまで流用して完成させた舞風。

OSにXM3を使用したこの機体は、自在に空を舞っていた。

『おらおら、こっちからも行くぜ! ワルキューレ02、フォックス3!』

空中から放たれる36mmは、地面を黄色く染めながら陽炎に迫る。

『ぬぁっ』

『くそっ』

相手がそれを避けると、舞風…タリサ機は障害物であるビルの上を蹴りながら噴射滑走し、1機が隠れたビルの谷間を空中前転しながら飛び越える。

『なんだとっ!?』

『貰ったぜっ!』

空中前転しながら、突撃砲で真上からペイント弾を浴びせるタリサ。

だが相手も一応陽炎に乗る衛士らしく、左手の追加装甲で防御しつつその場を離れた。

『ちっ、撃ち漏らしたか…っ』

『ちょこまかと、落ちな!』

タリサが舌打ちしながら機体を着地させると、横から女の方の機体が突撃砲で狙っていた。

が、次の瞬間、陽炎が持つ突撃砲が黄色く染まり、武器破壊判定によって弾が撃てなくなった。

『ワルキューレ02、少し先走り過ぎよ?』

『わっりぃ03、助かったぜ!』

通信で会話しながらもすぐさま突撃砲で牽制しつつ障害物に隠れるタリサ機。

『くっ、一体どこから…!?』

女衛士の陽炎が隠れながら狙撃された方を見るが、陽炎のセンサーで捕捉できる位置に相手が見当たらない。

『なんなんだいっ、こいつら!?』

驚愕する女衛士。

相手の機動・武装・そして腕前。

どれもが恐ろしいレベルの相手だと理解して。

『10、その機体を任せる、私は狙撃してきた機体をやるよ!』

『馬鹿言うな、二人がかりでじゃないとこっちがやられるぞ!?』

『馬鹿はあんただよっ、今の狙撃を見ただろ、一機に構っていて後ろから撃たれたら終わりなんだよっ!?』

ギャアギャアと言い争いながら一対一で挑むことになったらしい陽炎2機。

そんな衛士達を他所に、まりもがこれが悪いチームワークの例だと解説していたり。

『お、こいつタイマンか? 03、そっち任せたぜ!』

『はいはい、了解したわ』

突っ込んでくる陽炎に、嬉しそうな笑みを浮かべるタリサ。

近接戦闘がしたかった彼女にとって、理想的な展開になってきた。

因みに指揮車両のモニターには衛士の顔は表示されず、サウンドオンリーだが、207の面々はワルキューレ02の声から、きっと凄い笑顔だと予想していたり。

『この野朗っ!!』

『はっ、遅い遅いっ!』

右手の武装を長刀に持ち替えた陽炎が切りかかってくるのを、タリサの舞風はひょいひょいと紙一重で避けていく。

突撃前衛装備の相手だが、タリサには物足りない相手のようだ。

『さっさと勝負を決めるか、こっちは少佐との勝負が待ってるんでねっ!』

突撃砲を捨て、スラスターと噴射跳躍システムをフル稼働させて突撃する舞風。

『こいつっ!?』

相手が慌てつつも長刀を振り下ろすが、舞風の左腕がそれを受け止める。

よく見れば、タリサ機の舞風は、両腕の前腕部がステラ機より太くなっている。

『ブリッツイーグルを舐めんなぁぁっ!!』

長刀を腕でブロックしたまま強引に相手の懐へと入り込む舞風。

相手が慌てつつも可動兵装担架システムを起動させて背中の突撃砲を前に向けようとするが、舞風の右拳の方が早かった。

『もらったっ!!』

舞風の右手腕、その前腕部に装備された、前腕を三方向から囲むような装備。

腕の側面から飛び出した太い棒のようなパーツが陽炎の胸部へと突き刺さった瞬間、残りの二箇所からも同じような棒が飛び出し、鈍い音を立てて陽炎の胸部装甲を凹ませる。

「ソバット10、胸部に致命的損傷、大破」

『な――、なんでだ、なんで大破なんだよっ!?』

相手の男衛士がガチャガチャと操縦桿を動かすが、大破判定をされた機体は動かずその場に停止する。

これには男衛士だけでなく、唯依と大和以外の全員が首を傾げる。

「今の武器は、スタンマグナムという武装で、本来なら三本の棒が触れた瞬間、相手の機体に高圧電流が流され、電子機器を破壊する能力を持つ」

『今回は模擬戦闘だから電流は流れないが、普通の戦術機が喰らえば機能停止は確実だな。衛士は精々感電して気絶する程度だが』

唯依と大和の説明に、表情を引き攣らせる面々。

一応、強化装備に耐電性能が少しあるし、コックピット周りが漏電やショートなどから衛士を守るように出来ているので、死ぬ事は無いと思われるが、それでも物騒で恐ろしい武装だ。

『あと、本来の威力なら胸部装甲位なら貫く威力があったりする』

本来のスタンマグナムは、棒が杭のように鋭いし、二本の後から突き刺さる杭も本来はもっと早く威力がある。

これは、機体表面に絶縁処理がされていた場合に対する物で、機体内部に電極を突き刺して直接電子機器を破壊するという理由がある。

大和の説明に顔を青褪めさせる男衛士。

もし実戦なら、下手をすれば潰れたコックピット内で圧死だ。

模擬戦なので、威力は当たったら装甲が凹んだり曲がったりする程度、刃を潰した長刀で切られたのと同じ程度だ。

『あと、左手の方は対戦術機格闘戦用の小型防御装甲だ。面積は非常に小さいが、近接戦闘での防御に適している』

とは言え、BETA相手にはあまり使えない、対戦術機装備だが。

「少佐、確かこれって模索中に作った試作品じゃ…?」

『その通り。白銀大尉が使わなかったので彼女にあげた』

あげたってあんた…と内心絶句する面々。

問い掛けた武も、呆れ顔だ。

さて、そんな面々を尻目に、まだ続いている模擬戦闘。

残ったソバット11がステラ機を探し、狙撃が来た方向へ障害物を楯にしつつ進んでいる。

『10がやられた…!? なにやってんだいアイツは…っ!』

同僚に対して毒づきながら、センサーを最大限に使って相手を探す女衛士。

と、センサーに反応があり、奥の瓦礫の中からペイント弾が飛んで来る。

『っ、そこかいっ!』

突撃砲を構え、放ちながら瓦礫の方へと移動する陽炎。

戦術機が1機なら入りそうな建物の中から、突撃砲の36mmが一定間隔で放たれてくる。

『狙撃は上手でも、普通の射撃は下手みたいだねっ!』

相手が瓦礫の中から動かず、左右に振りながら撃ってくるだけである事に気付いて、一気に瓦礫の前へと噴射跳躍し、可動兵装担架システムも展開して突撃砲で瓦礫の中を黄色く染める。

『これで一対一に戻せ―――え?』

暗い瓦礫の中を見れば、そこにあるのは突撃砲と、それが置いてある銃座のような物体。

『はい、ご苦労様』

次の瞬間、斜め横からペイント弾が命中し、胸部装甲が黄色く染まる陽炎。

「ソバット11、胸部に致命的損傷、大破。状況終了、ワルキューレ隊の勝利」

淡々と告げられる唯依の言葉も右から左の女衛士。

見上げた陽炎のセンサーの先には、物陰からこちらを狙う、支援狙撃砲を構えた舞風の姿。

その機体には、灰色の布が頭から被せられ、周囲の瓦礫に姿を紛れさせていた。

『予想より呆気なく終わったな。よし、舞風はこっちに戻れ、ソバット10と11は部隊長の指示に従え』

大和からの通信に、タリサ達は答えるものの、ソバット隊の二人は呆然としているのか返事がない。

そんな様子に嘆息すると、大和はソバット隊の隊長に通信を繋いで、後の処理を任せるのだった。

なお、ソバット隊の部隊長が情けない二人を怒鳴り散らすのはどうでもいい話である。

『一応、今のワルキューレ03の装備も説明しておこうか。あの突撃砲を撃っていたのは、自動照準砲座と言って、突撃砲などを置いて設置すると遠隔操作や自動判断で置いた武器で攻撃するという物だ』

基地などの自動防衛装備を参考にして作られたもので、小型で持ち運びも便利。

可動兵装担架の突撃砲に装備した状態で持ち運べる。

設置地点に置くと自動で脚立が伸びて砲座になり、設定した射撃方法を行う。

勿論、戦術機から遠隔操作で撃たせる事も出来るし、置いといて一定間隔や一定時間撃たせる事も出来る。

これは対BETA戦でも使用を考えている武装の一つで、防衛線などで置いておけば、突っ込んでくるBETAや小型種の防衛に向いている装備だ。

ただ、弾薬の補充が出来ないので、弾切れ注意だったりする。

帝国および在日国連軍の主力である87式突撃砲だけでなく、発射操作端子の規格さえ合えばどの突撃砲でも使用可能である。

そして、ステラ機が被っていた布は、実はステルスシートであり、レーダーによる発見を低減させる物だ。

ただし効果はそれほど高くなく、また熱源探知をされると直に発見されてしまう。

とは言え、相手は自動照準砲座が在った場所に接近しても戦術機の反応が無かった事に気付いていなかったので、十分だったようだが。

そんな説明をしていると、ほぼ無傷の舞風2機が戻ってきた。

ステラ機の肩部可動兵装担架には、確り突撃砲についた持ち運び状態の自動照準砲座が付いている。

『さて、次はこの震砕との模擬戦闘だが、二人とも問題無いか?』

『全然余裕ですって少佐!』

『補給を終えれば直にでも』

二人の返答を聞いてから、先に演習場へと入る大和の震砕。

試作機として完成した機体が1機だけだったので、今回は一対一での模擬戦闘となる。

方や第2世代最高傑作と謳われるF-15を改造した舞風ことF-15BE。

対するは、F-4をライセンス生産し、現在でも幅広く使用されている撃震の改良機、震砕。

性能で言えば舞風なのだが、そこは大和と搭載OSであるXM3でカバーするしかない。

普通のF-15なら、震砕でもなんとか勝ち目があるが、相手が改造機の舞風ではかなり難しい。

自分が設計しただけに、その辺りは大和が一番良く理解している。

「さて、これでどれだけ戦えるものか…」

依頼してきた帝国が定めるコスト内で何とか改造したものの、あんまり満足していない大和。

本当なら、この機体に標準の内蔵火器でガトリングとかミサイルとか搭載し、さらに噴射跳躍システムも形を見直しつつ最新の物にしたかったのだ。

が、それだと予算をオーバーするので何とか遣り繰りして改造したのがこの震砕である。

手持の装備は量産予定の試作品なのでコストには含まれないし、そもそもXM3を搭載すれば撃震でも十分戦えるようになるのだ。

が、現在まだXM3は公表されていないし、帝国は目に見える形での能力UPを求めている。

「はぁ、面倒な話だな…」

大和でも愚痴りたくなるものだ。

『少佐、お待たせしましたっ』

そこへ、補給を終えたタリサ機がやってくる。

先程の模擬戦闘が呆気無かったので、ウズウズしているらしい。

それに苦笑すると共に、情けない姿だけは晒すまいと内心気合を入れる大和。

唯依のカウントダウンが始まり、状況開始の声に2機が同時に動く。

突撃砲を右手に突っ込んでくるタリサ機、それに対して大和は両手に突撃砲を持って応戦しつつ距離を取る。

『って、なんで両手でっ!?』

二丁の突撃砲からの弾幕に、慌てて機動を変えて避けるタリサ。

タリサは左手に装備された小型の多目的追加装甲を見て片手で撃ってくると予想していたようだが、甘い。

震砕に装備されている多目的追加“格闘”装甲は、腕のナイフシースを潰す代わりに、前腕に直接装備できるのだ。

ちゃんとグリップも付いているが、ただ持っているだけなら前腕の接続部だけで十分保持できるので、左手が自由になり結果突撃砲を両手で構えられる。

因みにこの装甲、前腕とはアーム接続なので角度をつけて構えたり方向を変えたりも出来る。

現在も装甲を縦にしてタリサからの弾丸を防ぎつつ、両手で応戦している。

『くぅっ、ブリッツイーグルでも近づけないっ!?』

何とか懐に入りたいタリサ、舞風の機動性と装備なら、懐に入れば一撃でし止められる自信があった。

大和もそれを理解しているので、弾幕で牽制しつつ、時折120mmで狙ってくる。

障害物を楯にしながらドッグファイトを続ける2機に、見ている207の面々も手に汗握る。

『でぇぇいっ!!』

ビルの残骸を跳び越えながら、左手に長刀を装備して切りかかるタリサ。

『ふんッ!』

だがそれを、避けずに左手の追加格闘装甲のグリップを握り、楯にしつつ逆に突撃する大和。

『ウソだろっ、うぁっ!?』

強烈な衝撃と共に弾き飛ばされる舞風。

両側の肩部ブロックの背面に装備された追加スラスターの出力に、舞風の重量が負けた結果だった。

『これでッ!』

『うわっ、わっ、ちょっ!』

弾かれた舞風に対して、落下しながら突撃砲と、さらに追加スラスターの先端に装備された120mm滑空砲が火を噴く。

それを悲鳴を上げつつ回避するも、数発当たってしまう舞風。

雪風や響などの可動式追加スラスターより大型のこの強襲型追加スラスター。

少し大型で、可動は肩部ブロックを基点にして前後に動くだけだが、出力と先端に装備された滑空砲が売りのスラスターだ。

無理に雪風や響のように担架システムを移設したりするより、肩部ブロックにスラスターを装備させた方がコスト的に安く済むので、こうなった。

銃口を前に向けるとスラスターの噴射口が真後ろに向いてしまうので併用は難しいが、撃ちながら前進する際は割と使えたりする。

あとバリエーションとして滑空砲が小型ガトリングかマルチランチャーの物がある。

『くぅっ、引いたら負けるっ!』

大和の腕の高さを改めて感じつつ、スラスターを噴かせて飛ぶ舞風。

斜めに倒れたビルの側面を滑りつつ、肩部CWSに装備したシールドランチャーを可動させて前を向かせる。

シールド内部に装備された砲門とミサイルがシールドごと震砕へと向けられ、同時に突撃砲を構える。

『倍返しだぁぁぁぁああぁぁあぁっ!!』

放たれる銃弾とグレネード、それに小型誘導ミサイル。

大和が回避する事を考えて周囲にばら撒かれたペイント弾は、廃墟を黄色く染める事になった。

「今のは少佐が避けると思って回避地点に弾をばら撒いたが、少佐が避けなかったので無駄撃ちになったのだ」

モニターを見つめる月詠さんの解説に、全員がなるほどやへぇ~っと納得する。

唯一小型誘導ミサイルが震砕を狙うが、両肩の滑空砲で迎撃されてしまう。

『怯えろッ、竦めッ、戦術機の性能を活かせぬまま撃破されて逝けッ!!』

タリサの台詞から何かのスイッチが入った大和が、ノリノリに進撃してくる。

その妙な迫力に竦むタリサと、息を呑む207の乙女達。

だが、唯依と武、それに月詠は呆れ顔。

『守ったら負けちまうっ…攻めろ、あぁぁぁぁっ!!』

タリサが自分を鼓舞し、突撃砲を放つが、格闘装甲を斜めに構えて進んでくる震砕にダメージを与えられない。

『懐に入れば…っ』

舞風が突撃砲を投げ捨て、左手に長刀を持って接近戦を仕掛ける。

弾幕代わりにランチャーからグレネードを乱射するも避けられ、飛び散ったペイント液が僅かに足を濡らす程度。

『こんにゃろぉぉ!』

左手の長刀を振り下ろし、相手の回避動作を誘った所で肩部のシールドを楯にショルダータックルを慣行するタリサ。

『甘いぞッ!』

だが、次の瞬間には震砕はその場に居らず、視界の端にその姿を捉えつつタリサ機が目的の場所を素通りする。

『な、何がっ!?』

『俺が無意味な改造をすると思うなよッ!』

機体を強引に立て直して震砕を見れば、両足の脹脛の横、いやに膨らんでいた装甲が開いて、中からスラスターノズルが顔を出していた。

そのノズルからの急速噴射で真横に機体を避けさせたのだ。

肩部追加スラスターが前後にしか動かない為、左右での機動力を持たせる為に両足に装備させたのがこれだ。

戦車級に齧られたりする事を想定し、普段は装甲で隠されている形になっている。

『く…っ、でも、まだだぁ!』

背中のスラスターを噴かせ、強引に懐に入り込むタリサ。

震砕の右手の突撃砲を左手を捻じ込ませる事で無力化し、右手のスタンマグナムで胸部を狙う。

『これで終わりだ!』

勝利を確信したタリサが叫びながら右腕を下から突き上げる。

例え格闘装甲で斜めに防いでも、そのまま頭部モジュールを破壊できる。

そう思ったタリサの予想は、またも予想外な仕掛けに防がれた。

ガシンッという金属を挟んだ音と機体が急に止まった事により一瞬体が揺さ振られるタリサ。

次の瞬間目にしたのは、右腕が巨大な指で挟まれ、止められている光景。

その指に見えたものは、格闘装甲先端の、二股の爪状の突起。

それがまるで口のように半分に開いて、舞風の右腕に噛み付くかの如く挟んでいたのだ。

『言い忘れたが、これの名前は多目的追加格闘装甲…こんな使い方もあるんだ』

左手がグリップを握り、先端がパワーアームのようになった格闘装甲。

先端を突き刺しても良し、挟んでも良し、防いで良し、穴掘りにも良しの格闘装甲。

タリサが一瞬混乱していた間に、左手が震砕の突撃砲を捨てた右手に押さえられている。

ギリギリと両手が開かされ、真正面で向き合う2機。

『そして、これで終了だ』

タリサが視線を下げればそこには、胸部装甲ブロック先端…コックピット正面装甲に空いた、二つの穴。

それが何であるか理解した瞬間、タリサの舞風は胸部から頭部にかけて、黄色く染まっていたのだった。





































「う~ん、3勝3敗だが、まぁ良い方か?」

「そうですね、陽炎の、しかも改造機相手に勝利と接戦を繰り広げたのですから、性能的には十分かと」

タリサ機が破れてから数時間後、演習場の片隅で撤収準備を進める中、データを見ながら話し合う大和と唯依。

結局あの後、ステラ機と対戦し接戦するも、支援狙撃砲による“近距離”砲撃により負けた大和。

威力設定で格闘装甲でも当たれば破損判定がされてしまう為、その後は黄色く染められてしまった。

この辺りは、ステラの冷静な判断と、タリサの尊い犠牲の上での勝利だろう。

その後も交替で模擬戦をそれぞれ3戦こなし、結果は震砕の3勝3敗、ステラが2勝でタリサは一勝している。

コスト面などからCWSではなく、標準装備で搭載した120mm滑空砲と胸部バルカンもそこそこ使えるようだ。

後はこの機体を帝国が気に入れば、正式な改修機となるだろう。

その際は恐らく名前が変るだろう、震砕は少々言葉の響きが悪いので。

「舞風の方も十分なデータが取れたし、問題ないだろう」

「はい、陽炎にほぼ全勝ですから、これなら基地上層部も納得せざるを得ないでしょう」

震砕との模擬戦後、ソバット隊の隊長からもう一度勝負をとお願いの連絡が入り、今度は油断しないと意気込む少尉二名と再戦となった。

折角だからと3戦したのだが、どれも全勝。

一度タリサが中破にされたが、それでも1機道連れで撃破している。

模擬戦闘後、そんな装備知らないだの思わなかっただの言い訳を並べる連中に、大和はイイ笑顔で「BETA相手にもそう言い訳するのか? 相手が聞いてくれると良いな?」と、告げた。

相手はもう怒る余裕すらないのか、ひたすら青い顔で項垂れていたり。

この後、部隊長からの厳しい扱きが待っている事だろう。

「ま、とりあえずこれで一段落ついた事だし、俺はあの2機の改造に専念させてもらうよ」

「はい、帝国議会へ提出する書類は私が作成しておきますが、一応確認をお願いします」

唯依の言葉に了解と答え、震砕をハンガーに戻す為に機体へ移動する大和。

ステラ機に派手に撃たれて黄色く染まった機体が、ゆっくりと基地へ戻っていく。

それを見送りながら、唯依は撤収準備を進めるのだった。











[6630] 第二十一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/09 21:59










2001年6月21日――――


YF-23が極秘に搬入されてから既に二週間が過ぎた

この間、大和は70番格納庫に篭りながらYF-23の改良を進めていた。

長い事雨曝しだった上に博物館で展示されるだけだった機体は、各部が傷んでいたのでまずオーバーホールから開始された。

一度機体をばらし、その後で組み立てながら改良を施す。

機体に装備させる追加スラスターも外装から設計をし直し、YF-23専用の物を拵えている。

調子がいい時は寝ずに仕事をしているので、時々唯依が来て仮眠室へ強制連行したりするが、とりあえず改良は順調のようだった。

そんな中、大和が開発班と武装の事で意見を交わしていると、ピアティフ中尉が現れて夕呼が呼んでいる事を伝えた。

「お呼びですか、香月博士」

「あぁ、黒金。悪いわね仕事中に」

一応労ってくれる夕呼に半分趣味ですからと冗談を交えてソファへと座る。

夕呼が呼び出した理由は、大和にも意外な事だった。

「珠瀬事務次官が…?」

「えぇ、視察に来るそうよ。最近色々やってるから、国連の方でも怪しんでる連中が居るし、その関係でしょうね」

「………となると、HSSTによる“事故”が起きる可能性がありますね…」

「あぁ、白銀に前に聞いたけど、エドワーズからのHSSTが落ちてくるんだっけ?」

どうやら事前に武が話していたらしく、それなら話が早いと話を進める大和。

「多くの世界では珠瀬訓練兵が吹雪と試作1200mm超水平線砲で撃墜、前の世界では事前に武が博士にお願いして、未然に阻止されましたね」

「あぁ、アレね…って、そう言えば黒金アレ持ち出したでしょう!?」

思い出したように掴みかかってくる夕呼を、どうどうと落ち着かせる大和。

「一応念のために、砲身を改良しまして。十発までなら安全に撃てますよ」

それ以上となると砲身の交換が必要ですがと話す大和を、呆れ顔で見る夕呼。

「本当に、アンタの設計図は反則よね…」

「チーターマンと呼んでください」

意味が分からない夕呼が可哀相な子を見る目で見てくるのをサラリとスルーし、一応の対策を考える大和。

「日付が違いますからね、もしかしたら違う場所からのHSSTかもしれません」

「そうね…事務次官が来る日のHSSTの予定を調べておくわ」

「お願いします」

仮に、未然に防げなかったとしても、改良された超水平線砲と、ステラが居るので心配はしていない大和。

タマも武ちゃん効果で実力と自信を身に付け始めているので、彼女に任せても大丈夫だろう。

「それで、来訪日はいつ頃に?」

「6月28日よ。日にちだけは合ってるのがイヤらしいわね…」

肩を竦める夕呼に、同感ですなと苦笑する大和。

他に連絡事項も無いとの事なので、事務次官来訪を武に伝える為に、大和は地上を目指した。



























「それじゃぁこの場合、委員長ならどう対応する?」

「はい、この場合は、相手の前衛が少し前に出ていますので、これを彩峰と御剣で抑えつつ―――」

本日の207は、機体から降りて座学の真っ最中。

戦術や戦略はBETA相手のみならず必要となるので、こうして定期的に勉強を行っている。

特に最近は、A・B分隊での模擬戦闘も多くなってきたので、委員長と茜が特に頑張っている。

前までの世界のように彩峰と委員長との隔たりも少なく、部隊内での結束も高い。

良い感じだなぁと、武が喜びを噛み締めていると、麻倉が突然立ち上がり教室の窓の鍵を開け、また席に着いた。

「? どうかしたのか、麻倉?」

「いえ、少し必要な事でしたので」

まりもの問い掛けに答えつつ、授業に戻る麻倉。

空気の入れ替えなら窓を開けるのだが、鍵を開けただけ。

彼女の天然マイペースは、ある意味美琴と良い勝負なので考えが読めない。

美琴と違って空気は読める…と言うか、読みすぎるので困るらしいが。

「ん~、まぁ良いか、じゃぁ次は涼宮、委員長の対応に対して、お前ならどうする?」

「はい、まず――」

武に指名されて説明しようとした茜だったが、廊下をダダダダダ…と走る足音に全員が視線を向ける。

何かあったのかと思うが、足音はそのまま教室の前を通り過ぎ、やがて聞こえなくなる。

「? なんだったんだ…? まぁ良いや、涼宮続きを―――」

またダダダダダ…という足音が。

今度は逆走して来たらしく、最初に聞こえた方へと足音が消えていく。

「騒がしいですね、注意してきましょうか?」

「あぁ、良いよ良いよ。もしかしたら大和探してる整備兵かもしれないし」

大和の所在不明ぶりはある意味有名で、捕まらない時は整備班30人で探しても見つからないらしい。

なのに当人はPXで優雅に食事していたり、ハンガーの隅で何か弄っていたりするらしい。

最終手段として、1:唯依に頼む、2:イーニァに頼む、3:ピアティフ中尉に放送を頼む…という選択肢が在るとか。

まぁ兎に角、気にしないで授業を続けようとした所で、またもダダダダダ…と足音が。

まりもが注意しようと扉を開けようとすると、足音がピタリと消えた。

「おかしいわね…誰も居ない…?」

廊下に顔を出しても誰も居らず、首を傾げるまりも。

足音は教室の手前で消えたのだが、隣の教室は使って居ないので無人だ。

「なんだなんだ、学校の怪談の類か?」

「……恐怖、廊下を走る謎の足音…」

「「ひぃぃぃぃっ!?」」

武の苦笑に、彩峰がおどろおどろしい声色で呟くと、タマと築地が悲鳴を上げる。

「誰かの悪戯かもしれないから、次に足音が聞こえたらまりもちゃんやっちゃって下さい」

狂犬的な意味で。

そう笑った次の瞬間―――



「武、貴様の(修羅場的な意味で) 一大事だッ!!!」

「寧ろお前が一大事だぁっ!? なんで窓から入ってくるんだよっ?!」



なんと、教室の窓が開いてそこから大和が顔を出した。

「何を言っているか今のお前には理解出来ない、だがこの地球(ホシ)の未来の為には必要なんだッ、恐れを知らない戦士的な意味でッ!!」

「それよりお前の頭を理解出来ないよ俺はっ!?」

ア〇イン〇トール・アン〇ンス〇ール…と歌いながら教室に窓から入ってくる大和に、207は一人を除いて全員唖然。

未だに理解し切れない親友の行動と言動に、武ちゃんツッコミスキルがフル発動。

「良いか、時間が無いんだよく聞けッ!」

「何がっ!? なんでそんな切羽詰ってんだっ!? って言うかこの画面隅のカウントダウン何だっ?!」

他の人には見えないデジタル時計のカウントダウンが見えちゃって混乱中の武ちゃん。

銃を突きつけて来そうな迫力の大和に押されて黒板に背中を押し付ける。

「よく聞け武ッ――――――たまパパが来るッッ!!」

「な、なんだってぇーーーーーっ!?」

大和の衝撃の発言(?)に、ガガーンッと衝撃を受ける武。

あの、あのたまパパが来る、随分と早いのは歴史の流ゆえなのか謎だが、兎に角来るのだ、たまパパが。

「そ、そんな、まだ大丈夫だと思っていたのに…っ」

「武、お前、彼女の手紙はどうした…?」

大和のその問い掛けに、真っ青になる武ちゃん。

まだ先のことだと思い、すっかり忘れていたらしい。

「あ、あのぉ…もしかして、私のパパが来るんですか…?」

オズオズと手を上げつつ問い掛けてくるタマ。

二人の会話の中のたまパパという単語から自分の父を思い浮かべたらしい。

そんな彼女を見て、お互いの顔を見て、そしてまた彼女を見る二人。

「タマ、ちょっと俺達とお話しようか?」

「へっ?」

「あぁ、神宮寺軍曹、少し彼女を借りていく。何、ほんの小一時間だ」

「えぇっ!?」

まりもの了解もそこそこに、タマの両脇をそれぞれ掴んで、まるで捕まった宇宙人のように連行されるタマ。

それを見送った面子は、暫く呆然としていたが、麻倉が窓の鍵を閉めた音で再起動し、とりあえず授業を続けるのだった。

どうでも良いが、麻倉の黒金菌侵食率は、既に手遅れらしい。

「ん!(b」

いや、窓の外に向って親指立てられても困る。




































「はぅあうぁ~、それじゃぁ本当にパパが…?」

「来るんだ、視察に」

階段の隅で話し合う三人。

タマは父親が来ると知って、顔を青褪めさせている。

どうやら歴史は繰り返すらしく、手紙を既に書いてしまっているらしい。

あぁ、またトイレで放置されるのか…と遠い目の武だが、そんな彼に無情な一言。

「恐らく、過去最悪の結末が待っているだろう…ッ」

「な、なんでっ!?」

大和の重い一言に、顔を青褪めさせて掴み掛かる武。

そんな武に肩組みをして、タマに聞こえないように説明をする大和。

と言っても、タマはタマで手紙の内容と父親の性格を考えて、既に混乱状態で聴いちゃいないが。

「考えても見ろ、前回は207Bだけだったが…今回は207Aも居るんだぞ?(小声」

「そ、そうだったっ!?」

しかもまりもに関しても今回は好感度が高い。

もし不用意な事を書かれていたら、最悪狂犬が野に放たれる事になりかねない。

かと言って武に逃げることは許されない。

何せ207の特別教導官だし、タマも武の事をそれはもう書きまくっている。

しかも今回の世界は、皆の好感度がバリ高い。

最高値の冥夜とまりもに関しては、強化装備でベンチに座り、レスキューパッチを押し潰して保護皮膜を手で上から下へ破りながら「 や ら な い か ? 」で、ほいほい着いて来てしまうだろう。

むしろその場で襲われかねない。

展開によっては、トイレで放置ならぬ、お部屋に監☆禁で女装エンドだって在り得るかもしれない!

マナマナ的な意味で!

「はい? お呼びですか?」

「「いえいえ全然全くこれっぽっちも御呼びしておりませんッ!!」」

ひょっこりと顔を出したのは眼鏡がチャームポイント(?)な衛生兵の女性。

手にした荷物を見るに備品整理らしいが、武と大和は何故か敬礼しつつ首をブンブン振りまくる。

「そうですか? 怪我をしたなら言ってくださいね」

そう言って、優しそうな笑顔を残して歩き去る衛生兵。

「な、なぁ大和、何か俺、あの人を目にした瞬間寒気が走ったんだけど…」

「流石だなお前の防衛本能…。あの女性こそ、最凶ソルジャーと呼ばれる女性…通称マナマナだ!」

身体を抱き締めて震える武と、冷や汗ダラダラの大和。

「良いか武、絶対にあの女性とはフラグを立てるなよ。もし立てば…お前はスカート姿で生きる事になる!」

「マジで!? 絶対に嫌だぞ俺はっ!!」

自分のスカート姿、しかも何故か胸がある自分を想像して吐き気を覚える武ちゃん。

大和の言うフラグの意味をよく理解できないが、とりあえずあの女性にお世話になる事だけは避けようと心に誓った。

「所で、月詠さんも名前真那だよな?」

「武、何を言いたいのか理解出来るが、恐らく呼んだら頭と胴体がお別れだぞ?」

一度、月詠大尉をマヤマヤと呼んで死に掛けている大和の言葉には、妙な説得力があった。

「話が大幅にずれたが、兎に角たまパパ襲来を何とか乗り切らねばな…!」

「そうだな、主に俺の未来の為に!」

ガシッと手を握り合い、とりあえずタマを再起動させる二人。

その後、手紙に自分が分隊長であると嘘を書いた事を自白した彼女に、仲間に頼りなさい、とアドバイス。

タケルさん一緒に説得してくださいぃ~っと泣きつかれたので、二人で説得へ向う事に。

既に授業時間は終わっていたので、これからPXで相談する事だろう。

「さて……麻倉訓練兵」

「ここに」

後ろで腕を組み、何故か顔の半分に影がかかる大和。

そんな彼のポツリと呟いた言葉に返答しながら、通路の影からス…と麻倉が現れた。

武ちゃんが居ればお前は忍者かとツッコミを入れてくれただろう。

「任務は分かっているな?」

「はい、白銀大尉を巡る修羅場、必ず撮影してみせます」

「よろしい、期待して待つ。行け」

「はっ!」

大和の言葉に見事な敬礼を残し、猟犬のようにその場を後にする麻倉。

「フフフフフッ、予定より早いが見過ごせないイベントの始まりだ…ッ」

まるで魔王のように笑う大和。

たまパパ来訪すらも、彼の計画の一部に過ぎないのだ……!











しかしこの話の麻倉、実にノリノリである。












[6630] 第二十二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:42







2001年6月28日――――


たまパパ来訪日―――


横浜基地は、朝から関係各署が慌しく動いていた。

本日の珠瀬国連事務次官来訪に際して、失礼や不手際が無いように最終の確認を行っているようだ。

横浜基地の着陸用滑走路に、珠瀬事務次官が乗ったHSSTが無事到着。

基地上層部の人間や基地司令が出迎え、本日の視察が開始された。

大和は少佐という事もあり、上層部の人間の列に紛れて出迎えを行った。

「さて、どんな騒ぎになる事やら…」

起こるかもしれない事件を気にしつつ、与えられた仕事の為に移動する大和。

今回大和は、国連横浜基地主導の戦術機開発計画の開発責任者として事務次官に説明を行う予定だったのだが、唯依に丸投げした。

説明と言っても、地上格納庫へと持って来たスレッジハンマー・響・舞風・轟を見せて説明する程度なので、彼女でも十分だったりする。

因みに轟は震砕の事であり、名前の響きが宜しくないとツッコまれたので轟となった。

まぁ、どうせ帝国軍で使用される場合は、また別の名前のなるのだろうと大和も気にしていない。

帝国軍の場合は、撃震・轟とかになる予定だと巌谷中佐から連絡があった。

恨めしそうな視線を向けてくる唯依をスルーし、207の面々の様子を見に行く大和。

遠くから覗いて見れば、タマの腕には分隊長と書かれたタグが。

どうやらイベントの一日分隊長が発動したらしい。

ガチガチに固まっているタマを、武が苦笑しながら声を掛けている。

他の面子は、大丈夫なのかと不安顔だ。

その中で、麻倉が大和の視線に気付いて、他の面子に分からないように親指を立てる。

それに対して大和も親指を立てて頷くと、その場を後にした。




























「こちらが、横浜基地で開発された支援戦術車両壱号機『スレッジハンマー』です」

「ほほう、無骨ながら頼もしい機体だ」

格納庫では、丁度唯依による機体説明が行われていた。

今日の為に格納庫に並べられた、スレッジハンマーと響、それに舞風と轟。

CWSの見本としてクレーンに吊り上げられた、複数のユニット。

それらを事務次官は真面目な表情で見つめながら、気になった事を唯依に質問しながら視察していた。

特に、スレッジハンマーと轟に興味があるらしく、細かい部分まで質問している。

国連本部の方でもスレッジハンマーの噂は流れているそうで、事務次官として聞かれたら答えなければと熱心に覚えている様子だった。

やがて視察が終わり、別の仕官に連れられて次の視察場所へと向う事務次官を見送り、唯依はそっと息を吐いた。

「お疲れ様だ中尉」

「きゃっ!? しょ、少佐、どこから出てくるのですかっ!」

通路のフェンスをよじ登ってぬっと現れた大和に、本気で驚く唯依。

見れば下には整備兵が機体整備に使う梯子が。

「全く、どちらへ行っていたのですか? 本来なら少佐が説明しなければならない仕事でしたのに…」

「何、俺のような若造に説明されるより、唯依姫のような美女に説明された方が喜ぶと思ってね」

唯依の苦言も、のらりくらりで避ける大和。

逆に彼の美女発言に、唯依姫が真っ赤になったり。

「視察も終わったのだし、スレッジハンマーは所定の格納庫に戻してくれ。見本にした武装もな」

「了解しました」

視察の為に移動させた機材や機体を戻させ、唯依にこの後の指示を出していると、ピアティフ中尉が現れて夕呼が呼んでいると言う。

彼女の元へと行ってみれば、午後の視察の際に大和も参加しろとの事。

どうやら事務次官が大和に逢いたいらしく、先ほど居なかったので夕呼にお願いしたらしい。

「やれやれ、面倒な…。俺はあまり覚えて欲しくないのだがなぁ…」

軽く肩を竦めながら、指示された場所へと移動する大和。

事務次官はこの後司令達との会談を兼ねた食事だそうなので、午後から一緒に回る事になるようだ。






























2001年6月28日――午後―――


食事を簡単に済ませ、途中で行き会ったステラに制服と髪型を直されてから207が待つ場所へと赴くと、既に事務次官が来てタマとの再会を喜んでいた。

父親を前に、ガチガチに緊張しているタマと、不安そうな面々。

まりもは武と大和が許可したので一日分隊長には目を瞑るようだが、事務次官に見えないように額を押さえている。

「で、ででででは、隊員達を紹介しまひゅ!」

どもって噛んで、ボロボロなタマだったが、たまパパはそんな娘の姿を楽しそうに見ている。

既に事務次官ではなく、ただの親バカだ。

「207A分隊長の涼宮 茜訓練兵です!」

「ほうほう、君がA分隊のアホ毛分隊長だね。なんでも突撃前衛志望なのに器用貧乏で、同性愛者に狙われていたとか」

「………っ(ピキッ」

たまパパの言葉に敬礼したまま額に青筋が浮ぶ茜。

タマ、ガクガク。

「207A分隊、柏木 晴子です」

「うん、君の事も聞いているよ? 飄々とした顔でいつも美味しい思いをしているとか。興味ない素振りの癖に好きな男の傍らをいつもキープしている抜け目のない行動が売りだとか?」

「あ、あははは……(#」

あの晴子にすら青筋浮かべさせるたまパパ。

タマ、ブルブル。

「に、207A分隊の築地 多恵であります!」

「ほほう、君が築地君が。なんでも同性愛者だったのに素敵な上官に憧れて無駄に自慢の身体でアプローチしているとか。恋愛観は人それぞれだが、まともになって良かったじゃないか」

「は、はうぅぅぅっ!?(///」

築地涙目、と言うかセクハラです事務次官。

タマ、涙目ながら築地が思わず隠した胸を睨む。

巨乳は敵のようだ。

「207A分隊、高原 由香里です!」

「おぉ、君が影が薄くて幸薄くて印象が薄くて名前が全然出ない高原君か、苦労も多いだろうが頑張るのだよ?」

「あ、ありがとう…ござい…ます…」

事務次官の言葉に物凄く落ち込む高原。

どうやらかなり気にしていた事を突かれてズタボロのようだ。

事務次官が隣へ移動すると、orzの体勢に崩れ落ち、晴子と築地が慌てて支える。

「207A分隊、麻倉 一美です」

「うむ、君の噂はたまから聞いているよ。なんでもとある少佐と同じで腹黒で天然でもう駄目だこいつ…と思われているそうだね?」



「…………………(<●><●>」



物凄く怖い瞳でタマを見る麻倉、無言なのが更に怖い。

タマはこっち見んななんて言えず、ただプルプルと震えるだけ。

しかしパパのターンはまだ終わっていなかった!

「207B分隊の榊 千鶴です!」

「おぉ、君が榊君なのか。頑固で融通が効かなくて厳しくてその癖抜け目無く意中の男性にアプローチしているとかい、いやお父上にそっくりだな」

「そ、そうでありますか…っ(ギンッ!」

事務次官に答えつつ、タマの方へそれだけで人が殺せると思うような視線を向ける委員長。

タマ、恐怖でそろそろ下腹部の辺りが限界。

「207B分隊、鎧衣 美琴です!」

「おぉ、君がたまより平坦でまっ平らで洗濯板な鎧衣君か、いやはや君のお陰でたまは身体のコンプレックスが解消されたそうだ、礼を言うよ」

「う、うわ~んっ、酷いや壬姫さんっ!!」

本人も気にしている事を指摘され、思わず涙を流しながらランナウェイ。

慌ててまりもが追いかける。

あと事務次官、本気でセクハラですって。

「207B分隊、彩峰 慧です…」

「おぉ、そうか君が巨乳神拳なる武術の使い手で、焼きそばと結婚すると豪語する子だね。いやはや愛の形は様々だが、食物をそこまで愛するとは逆に天晴れとしか言い様がないな」

「 <●><●> 」

本気でセクハラな事務次官、はははははっ…じゃないって状況。

彩峰の視線に、タマ、もう全身痙攣。

「207B分隊、御剣 冥夜です!」

「おぉ、貴方が……」

「…? 私には何も無いのですか?」

「いえ、死活問題ですので、本当に…」

タマ、最後の最後で安心するが甘い。

言えないという事は、それだけ凄いことを書いたのだと冥夜に理解させてしまった。

現に、冥夜の額に怒りマークがピークピクっ。

「おや、君たちは…」

そして、並んで最後で待っていた大和と武に気付いた事務次官。

「は、国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属 黒金 大和少佐であります」

「同じく、国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属の大尉、白銀 武であります!」

ビシっと敬礼する二人に、事務次官も答礼して二人を見る。

「君達の噂は聞いているよ、特に黒金少佐。午前中に見せてもらった素晴らしい機体や装備の数々、若いながら見事なものだ」

「は、ありがとうございます」

「腹黒であくどい性格で敵に回した相手に容赦しない上に時々空気を読まないと聞いた時は不安に思ったものだが、なんだ大層な好青年ではないか」

「(ピクッ)…あ、ありがとうございます」

事務次官の言葉に、眉が一瞬跳ねるものの、ポーカーフェイスを保つ大和。

むしろ隣の武が引き攣っている。

「黒金の黒は腹黒の黒で、しかもイニシャルのY・Kは、空気を『読むのを・断る』という意味だと言うのは本当かね?」

逆にするとK・Yだしなと笑いながら肩を叩く事務次官。

何で事務次官がK・Yの読み方を理解しているのかとか色々疑問があるものの、冷や汗ダクダクなタマ。

次の瞬間、グリンっと首が回転して真後ろを向いて|<◎><◎>|という、麻倉達よりも怖い視線を向けてくる大和に、タマ真っ白に。

武は首の骨格どうなってんだと隣で驚愕していてフォローできない。

「それで、君が白銀大尉だね?」

「え…あ、はい、そうであります!」

場の空気を完全にスルーする事務次官、ある意味大和より性質が悪い。

武の前に移動した事務次官は、少しの間武の瞳を見つめると、何やら満足した顔で武の両肩を掴んだ。

「なるほど、たまが手紙でベタ褒めするからどんな超人かと思っていたが、確かに真っ直ぐな瞳の立派な戦士だ」

「は、はぁ…」

「その若さで大尉で、しかも凄腕の衛士だそうじゃないか。いやいや、君なら安心して娘を任せられる!」

「あ、ありがとうございます!」

うんうんと頷く事務次官に、反射的にお礼を言ってしまう武。

だがその瞬間、彼に想いを寄せる乙女達+女性が、嫌な予感を感じ取る。

「それで、式の日取りは何時にするのかね?」

「――――は?」

事務次官の突然の言葉に、思考停止な武。

大和はポーカーフェイスだが脳内ではキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!とフィーバー状態だ。

チラリと視線を向ければ、そこでは一歩引いた位置から麻倉が撮影中。

あとタマが崩れ落ちた。

「式だよ式、結婚式だ。私はなるべくなら神前式が望ましいが、タマのウェディングドレス姿も見てみたいなぁ」

笑う事務次官、乙女達の矛先が自分に向いたと理解して冷や汗ダラダラな武。

どこからか断れ~断れ~という呪詛のような言葉まで聞こえてくる。

特に狂犬な人の方から強いオーラが。

「身内贔屓だが、たまは良い子だぞ? 少々体格が物足りないかもしれないが、愛の前では問題ないだろう。それに白銀大尉は幼女趣味だと聞くしな」

内心でタマーーーーっ!!と叫ぶ武、噂の出所は霞を連れて歩いているから。

「恐れながら事務次官、実は白銀は珠瀬訓練兵とは結ばれる事は…その、難しいのです」

と、そこへ口を挟むのは大和。

武は助かったか!? と親友を救世主のように見て、タマはそんなぁっ!? と絶望の視線を向ける。

「ほぉ、何故かね少佐?」

「実は白銀は、その、男の象徴が…マンモスで」

「マンモスとなっ!?」

「ちょっ!?」

大和の言い難そうな言葉に、くわっと目を見開く事務次官。

武が慌てるが、既に口を挟むことが出来ない空間が発生している。

あと、乙女達+一人が武ちゃんのある部分を超凝視。

「大きさから考えるに、珠瀬訓練兵では受け入れられないかと…。しかも絶倫具合がもうTレックスレベルで」

「ティラノサウルスと申すかっ!」

凝視、更に強く。

武ちゃん、本能で股間を隠す。

タマ、想像して脳内オーバーヒート。

「その大きさと絶倫っぷりをBETAで表すなら、もう、要塞級?」

「グラヴィスかっ!!」

酷い例えに武ちゃん真っ赤に、羞恥心的な意味で。

くわっと目を見開いた事務次官、チラリと武ちゃんの下半身を見てから、若干悔しそうにこれが若さか…と呟いた。

「そうか、確かにそれではたまが壊れてしまうな…しかし何とか娘の想いを叶えてあげたいものだ…」

「ならば事務次官、こういった手はどうでしょう?」

そう言って、事務次官のお耳に何やら小声で話す大和。

事務次官はふん、ふん、ふん…と頷いた後、なるほどと何やら納得した。

「白銀大尉!」

「あ、はいっ!?」

またも肩をポンと叩かれ、直立する武。

「たまが第一夫人になれるなら、私は文句は無い。是非頑張ってくれたまえっ!」

「ちょ、何をですか事務次官殿っ!?」

「ご心配なく、白銀は複数の女性をこれでもかと言うほど愛せる男ですので」

「何言っているのっ、ねぇ何を言ってるの二人はっ、お願いだから俺の目を見て会話してくれないかなっ!?」

HAHAHAHAHAHA…と笑いながら進む二人に、涙目な武ちゃん。

無論事務次官は冗談で言っている、大和は本気だが。

「複数の女性を…っ」

「……これでもかと…」

「あ、ああ愛せるとは…っ!」

「涼宮、彩峰、冥夜っ?! 怖いよ、なんか視線が怖いよ俺っ!?」

築地・高原・麻倉を除く面々からにじり寄られて震える武。

皆が武ちゃんを取り囲む中、築地と高原が友人達の様子に抱き合って震え、その光景を麻倉は平然と撮影していた。

タマ?

なんか気絶していました。
























「それでは、諸君等の働きに期待する!」

「敬礼!」

一部暴走があったものの、視察を無事に終えた事務次官はHSSTに乗り込み横浜基地を後にする。

その際に、実はタマが分隊長じゃないのを知っていたと暴露し、タマ超涙目。

で、やっぱり武に別れ際に娘を頼むぞとか孫を期待するとか言ってそのまま乗り込んでしまう事務次官。

残された武ちゃんは、周囲からの鋭い視線を受けながら、親友に助けを求めようとしたが既に居なかった。

数時間後、心身ともに疲れ果てた武が、霞に膝枕されながら眠りにつくのであったとさ。

無論、翌日騒動が勃発するのは言うまでも無い。

あと、まりもちゃんの舐めるような視線が怖いと後に語ったらしい。



「やはり、あったんですね?」

「えぇ。エドワーズから出発しようとしていたHSSTに不審な動きが見られてね。事前に止められたから良かったわ~」

夕呼の執務室。

滑走路から早々に引き上げた大和は、その足でここを訪れていた。

目的は、HSST落下事故の様子について。

今回もエドワーズからのHSSTに仕掛けをしようとしたらしいが、事前に注意するように通達してあった為、未然に防げたらしい。

念のために出しておいた超水平線砲を地下に戻すように連絡を入れつつ、夕呼から渡された資料に目を通す。

「……下らない話ですね、自分達が早く逃げたいから邪魔なこちらを潰そうとするとは…」

「最初は人類を存続させる為の計画が、今じゃ私利私欲に走る無能の逃げ場所だものねぇ…」

オルタネイティブ5は、本来は人類という種を滅亡させない為の計画。

それが何時の間にか、自分が死にたくないと足掻く馬鹿の集まりになってしまっていた。

その気持ちは分かりはするが、かと言って最善を尽くそうとしている他者を排除してまでやる事では無い。

今回の件で、連中は動きを制限される事になる。

オルタネイティブ5と言っても、その中にはやはり派閥が存在し、今回の騒動は過激派…一刻も早く地球を捨てて自分達だけでも助かりたい連中の凶行だ。

中立派、オルタネイティブ4が失敗するまでは待つよという連中からも嫌われているし、穏健派と呼ばれるオルタ4の成功を祈りつつ次善策として用意を進めている連中からすれば膿のような連中だ。

今回の騒動の後、数名の議員と軍関係者が辞職や更迭になったのは、恐らく穏健派が丁度いいとばかりに尻尾きりをしたのだろう。

オルタ4を潰すのは困るけど、自分達の計画を潰すのも困るという考えからの対処と思われる。

空の上で作っている船団も多額の資金で作っているのだし、無駄になったら困るのだろう。

その辺りは、夕呼が連中を説得する方法を考えている。

要は無駄にしなければ良いのだから。

「珠瀬事務次官はなんと?」

「納得した顔だったわ。でも、出来うる限りの協力は惜しまないそうよ」

事務次官も敵が多い人であり、今回の事件は事務次官とオルタ4の両方が潰せると思っての事だろう。

その事は事務次官も理解しており、また見せてもらった横浜基地の技術力などから、これからも協力を惜しまないと確約してくれた。

「で、F-22Aを10機くらい頂戴って言ってみた」

「あんた鬼やッ!!」

ケラケラ笑う夕呼と、珍しくツッコミに回る大和。

まぁ彼女も冗談で言ったのだろうが、事務次官の頬が痙攣していたと立ち会ったピアティフ中尉は確認していた。

「まぁ冗談なんだけどね。ところで、殿下と裏でやってる事、大丈夫なんでしょうね?」

「ご心配無く、その為の準備も進めています。後は、戦略研究会が発足されれば事は自ずと起こるでしょう」

「連中が裏で這い回って帝国の若い将校を煽ってクーデターねぇ…そこまでして邪魔したいのかしら連中は」

頭が痛いとばかりに溜息をつく夕呼。

かのクーデターで背後に居たのはオルタネイティブ5推進派。

日本帝国への介入力を強め、そしてオルタネイティブ4を邪魔する為に講じられた愚かな手段。

オルタネイティブ4を誘致したのが日本帝国なので、その帝国に介入すればオルタ4の邪魔、上手く行けば追い出しが出来ると考えての事だろう。

愚かとしか言い様が無い事だ。

ただ、実行しようとしている連中が、先にも言った過激派であり、穏健派や中立派からも嫌われている。

その為手勢が少ない為に、前の世界では失敗したと言っても良い。

連中は自分達の息のかかった米軍部隊で殿下を確保し、無事に届ける事で恩を売るなり、殿下をクーデター軍に殺させて帝国の柱を崩し、そこに強引に介入するなり考えていた。

が、結果は米軍部隊は全滅、国連軍と斯衛軍によって殿下は無事に保護された。

その上殿下の権力が復活し、帝国に手出しが出来なくなった。

「今回も同じ事を考えるでしょうね。今日の事件を切欠にして…」

HSST落下事故の失敗に、連中は間違いなく焦る。

そして、クーデターへの布石を散りばめる。

「それが分かっていて、止めさせたわね、アンタ」

「当然です。無駄な危険は省くに限る。その結果生まれる犠牲は、俺が全て受け入れます」

だから、武にはHSST落下阻止としか伝えて居ない。

阻止する為に、犠牲になった人、そしてこの後のクーデターによって犠牲になるかもしれない人。

それらの犠牲を、大和は受け入れる。

「白銀と違って、アンタはドライねぇ…」

「武なら、救えるなら、救えるかもしれないなら救いたいと願うでしょう」

それが武の美点であり、弱点でもある部分。

全てを受け入れて成長しても、心の傷が彼を責めている。

だから彼は、仲間が、大切な人が傷つき、犠牲になるのを絶対に認めない、許さない。

だから全力で強くなり、今も強くなっている。

「アンタはそう思わないわけ? 聞いた所だと、随分とA-01や部下を大事にしているみたいだけど」

「彼女達は特別です、あらゆる意味でね。それに、今の俺に犠牲をとやかく言う事は出来ません」

そう言って苦笑する大和の表情は、泣いているように見えた。

「何度も繰り返したループで、俺は何千人も犠牲にしてきました。戦いで救えなかった仲間、守れなかった人々、俺の為に散った戦友…今更なんですよ」

己の両手を見つめる。

時々、その手が赤く染まるような幻覚を見る。

「例えループしてやり直しになっても、前の世界での記憶が俺を責め立てる。何故救えなかった、何故助けなかったとね…」

「黒金…アンタ…」

「ある人が俺に言いました。お前は神じゃない、両手が届く場所の人しか助けられない、だからその両手の範囲だけは絶対に守れば、それで良いじゃないかって…」

もう擦れてきた最初の記憶の中で、今も鮮明に自分に笑いかけるあの人。

思えば、戦おうと思ったのは、彼に出会ったから。

「ある少女が俺に言ってくれました。やり直せるのは、きっともっと良い世界を見たいから。だからやり直して、強くなっていけば、世界を創り直せるよ…と」

今も忘れない、かつて救えなかった少女。

彼女が自分の嘆きや後悔を聞いてくれたから、ループする人生を生きていける。

あの時、あと何回死ねばいいと泣き叫んだ大和を、優しく抱きとめてくれた幼い少女。

「俺は大勢の人の犠牲と想いの上で強くなりました。だから、もう何も恐れません。その全てを飲み込んで…俺は戦い続けます」

戦い続ける事、それが、黒金 大和という人間を、強くしてくれた人々への、せめてもの恩返し。

「あの子達を守っているのは、アンタのエゴって事かしら?」

「そうなりますね。犠牲を払う事を認めながら、自分の周りだけは助けたい…エゴの塊ですね、俺は」

「………アンタも、不器用な人間ね」

よく言われます。

そう言って、大和はソファから立ち上がり、執務室を後にする。

「つまらない話をしました、忘れて下さい。では」

大和が退室し、一人になった部屋で、夕呼は天井を見上げた。

「アイツ、どっか壊れてるのね……」

見上げた天井にある電灯の灯りを、ぼんやりと眺める。

「犠牲や悲しみで立ち止まらない、逃げない、そして恐れない…だけど誰かを助けたい…黒金、アンタはまだ人間よ」

そう呟いて、夕呼は少しの眠りに入った。

目覚めれば、また明日の為への戦いの日々だ。















[6630] 第二十三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/12 21:49
















2001年7月8日―――


事務次官来訪から既に一週間以上が経過し、今日も大和は元気にYF-23を弄り倒している。

帝国軍に提出したサンプルの轟も、標準装備である6銃身の75mmガトリングシールドの威力と着脱式という利点から大きな評価を受けた。

ガトリングシールドは大型なのでデッドウェイトになると思われがちだが、その分スラスターで強化されているので動きに問題は無い。

多目的追加格闘装甲も、そこそこの高評価で量産が決定した。

他の武装に関しても量産が進み、横浜基地でもA-01の不知火が雪風への改造を終了している。

現在はA-01が実機訓練で使用しており、CWS規格の武装と機体の更なる洗い出しが行われている。

なお、A-01の雪風は改良型であり雪風弐式と呼ばれる事になる。

見た目などは特に変更されていないが、中身があちこち改良されているのだ。

あと、頭部は不知火をモデルにした専用頭部モジュールになり、頭頂部から後ろに向っての角が特徴となる。

武の雪風の角は前に突き出ているので、その逆タイプになる。

「少佐、連れて参りました」

「ん、ご苦労様」

資料を片手に、普段篭っている格納庫ではなく、50番格納庫に居た大和。

現れた唯依の後ろには、男女4名が、緊張した面持ちで立っている。

「忙しい所を済まないな、俺が黒金だ」

「はっ、シャーク隊の芹沢中尉でありやす! 少佐のご活躍は耳にしております、逢えて光栄です!」

恐らく年長であろう芹沢中尉が敬礼し、他の三名も名乗りながら敬礼する。

「今日集まって貰ったのは他でもない、諸君らの経験を是非俺に貸して欲しいと思ってね」

「我々の経験ですかい?」

男臭いが、気さくな感じを受ける芹沢、資料では34歳で妻子持ち。

元帝国軍で国連横浜基地が稼働すると同時に配属された。

他の男女も、似た経歴で、最年少の女少尉が24歳。

全員、出撃回数が15回を超える、古参兵だ。

「そうだ、全員元81式強襲歩行攻撃機…通称海神の衛士だな?」

大和の確認の言葉に、それぞれ頷く4人。

4人は所属も階級も異なるものの、同じなのが元海神の衛士という点。

海神、戦術機とはまた異なる水陸両用の機体。

元は米国のA-6イントルーダーであり、海神は日本帝国海軍での名称だ。

この海神、潜水母艦より発進し、揚陸地点を確保する為の強襲機であり、豊富な固定武装と重装甲が特徴だ。

変形機構を有しており、潜水形態から人型へ変形し、上陸を行う。

圧倒的な火力によってBETAから揚陸地点を確保、防御するこの海神、残念ながら横浜基地には配備されていない為、彼等は現在撃震に乗っている。

「そこで、そんな諸君等の経験を活かす為に、こんな物を用意してみた」

そう言ってパチンと指を鳴らすと、薄暗い格納庫に灯りが灯る。

「こ、こいつは…っ!?」

そこに鎮座する物に、目を見開く4人。

その様子に満足しつつ、大和は仕様書と書かれたファイルを芹沢に手渡す。

「諸君等の活躍によっては、正式配備も考えられる機体だ…期待しているよ、芹沢“部隊長”?」

そう言って、唯依に後の説明を任せてその場を後にする大和。

唯依にしてみれば、このまま自分が説明すれば早いのに…と思うが、これが様式美だと言って譲らないので仕方なく引き受ける。

4人は目の前の物体や仕様書と共に渡された辞令に、未だ混乱している。

「はぁ…もう慣れたがな…」

唯依は短く嘆息すると、今後のスケジュールの説明を始めるのだった。




























さて、大和がまた悪巧みをしているその頃、武は演習場に居た。

乗っているのは不知火、それも複座型の機体だ。

実はこれ、イーニァ達が乗っていた機体で、それをそのまま持って来たのだ。

彼女達は現在、複座に交換された大和の雪風で演習をしている。

イーニァは大和の機体と聞いて大喜びだ。

逆にクリスカは、念入りにチューニングされた雪風の性能に驚くと共に、使いこなせる様に必死だ。

何せあれやこれやと試作機扱いで改造や改良しているので、機体のじゃじゃ馬加減が半端じゃなかったり。

それでも十分に使いこなせているだけにクリスカ達の腕前は高いという事だろう。

「それじゃぁ、先ずは涼宮からだな?」

「は、はい、お願いしますっ!」

不知火の足元で予定を確認する武と、緊張した面持ちで進み出る茜。

本日の実機演習では、OSの性能を限界まで理解する…という名目で、複座型を使用しての体感授業となる。

つまり、武が操縦する不知火に同乗し、その動きを感じると共に実際に動かして事細かに指導を受ける予定なのだ。

207全員、機体の操縦は板についてきたが、やはりOSを100%活かせていないと武が判断し、大和にお願いしたのだ。

大和も予想をしていたらしく、関節強化を施した不知火複座型を持ってきてくれた。

一番手は207A分隊長の茜。

憧れの人が突撃前衛と聞いて(部隊や所属は教えてもらえなかったらしいが)、同じように突撃前衛が得意だと言う武を目標に頑張る茜。

でも能力を見ると強襲掃討や迎撃後衛が適任だったりする、微妙に残念な子。

まぁ、何でもこなせるという強みがあるので、突撃前衛もこなせるのだが。

「それじゃ、操縦データを見ながら動きを見てくれ」

「はい!」

この不知火、教導用にシステムが弄ってあり、操縦者の操作ログや操縦する際の動きなどがデータで表示されるようになっている。

これを見ながら、どの部分でどう動かすか、どう動けば良いのかを教えるのだ。

「くっ、くぅぅぅぅっ!」

「どうした、もう降参か?」

「いえ、まだお願いしますっ!」

武の緩急をつけた高速機動と三次元機動に、歯を食いしばる茜。

彼の技術を身に付けたいという思いもあるが、少しでも長く彼と2人っきりで居たいという乙女心も彼女を燃え上がらせる。

演習場の待機場所では、晴子と207Bの面子が自分の番を心待ちにしている。

約数名、狭いコックピット内で2人っきりというシチュエーションに脳内ヘブン状態だったりするが。

これが武ちゃんの膝上での教導だったらさらに酷い事になっていただろう。

その事に後で気付いて、「迂闊ッ!」と悔しがる大和をクリスカが目撃するが、今回関係ないので置いといて。

「良いか、ハイヴ内での戦闘の場合は、壁や天井も足場として考えるんだ」

「はいっ!」

武の機動を身体で覚えながら、彼が説明してくれる内容を必死に記憶する。

戦術機に乗るようになって良く分かる、武の凄さ。

こと戦術機操縦に関しては、日本でも五指に入るとまで言われる武。

言ってるのは主に殿下と大和だったりするが。

兎に角、その凄さを身体で感じ、改めて武への想いを強くする茜。

彼に付いて行けば、自分は必ず強くなれる、そして憧れの人に近づける。

そう思いながら茜は、幸せそうに気絶した。

大和曰く、「天にも昇る気分で地獄逝き」な武ちゃんの本気機動。

リバースしなくなっただけ、彼女も立派に成長していると言うことだ。

「よし、次は誰だ?」

「……………っ」×9

グッタリとした茜を抱えて降りてきた武、気絶している茜をまりもに任せて次の犠牲者を呼び出す。

先ほどまで、気になる彼との2人っきりに悶えていた乙女達は、茜を見て一斉に顔を青くした。

XM3の教導の為に武にマンツーマンで教えてもらったまりもは語る。

大尉の機動で気絶しなくなれば、それだけで強くなった証だと…。

事実、彼女は気絶しなくなってから高速機動の腕前がグングン上がっている。

現在では、武とタイマンで倒す事すらある超一流の衛士だ。

「よ、よろしくおねげぇしますだぁぁ…っ」

「よっしゃぁ、ガンガン行くぞっ!」

皆に押されて生贄となった築地。

彼女の涙の意味に気付かずに、ノリノリな武ちゃん。

この日、結局207の乙女達は全員、同じ末路を辿る事となる。

全員リバースは無かったので、順調に成長しているようだ。























その日の夜………

昼間の過酷な訓練を耐え抜いた(リバース的な意味で)乙女達は、PXの食堂で身体と心を癒していた。

「はぁぁ、しっかし大尉の動きは本当に変態だよね~」

「全くよ、どうしてあんな変態な動きが出来るのかしら…」

「………中身がそうだから…?」

「彩峰、流石にそれは言い過ぎだ…少し納得出来るが…」

テーブルの上に身体を預けてぐた~っとしている乙女達。

晴子のしみじみといった呟きに、委員長が同意。

彩峰が本人にとって大変失礼な事を呟くが、一応冥夜が嗜める。

が、納得している辺り、彼女も含めて全員が思っているのだろう。

「変態と言えば、少佐も似たような動きするわよね…」

「そうだね~」

茜の呟きに、お茶を飲みつつ同意する築地。

猫舌なのか、お茶をふーふーしている。

「あんな動きするなら、『黒の双璧』の話も本当なのかもね~」

「『黒の双璧』かぁ…私よく知らないんだけど、どんな話なの?」

美琴の言葉に、高原が頭を上げる。

他数名も顔を上げている辺り、詳しい話を知らないのだろう。

「えっと、誰が一番詳しいかな?」

「鎧衣ではないか? 確か私も知らない事を知っていたと思うが…」

冥夜に指名され、それじゃぁボクが知ってる範囲で話すねと答えると、皆の視線が集まる。

「えぇっと、『黒の双璧』って言うのは、どうも帝国陸軍が付けた少佐達の渾名みたいなんだ」

「ほう、帝国陸軍だったのか…」

「てっきり斯衛軍が付けたのかと思ってたわ…」

意外な事実に少し驚く冥夜と委員長。

斯衛軍は紅蓮大将を始めとした凄腕の衛士に渾名や二つ名をつけて発表する事で、威厳や士気を高めるといった効果を期待している。

事実、紅蓮大将などが出陣すると、それだけで帝国軍と斯衛軍の士気が向上する。

だが、『黒の双璧』はその斯衛軍ではなく、帝国陸軍がつけた名前らしい。

「切欠は、去年の7月のBETA侵攻の時の戦いだね。あの時、防衛線が破られそうになったんだけど、その場に斯衛軍の黒の武御雷が現れたんだ」

黒の武御雷、Type-00Cは、武家以外の衛士が与えられる武御雷の、標準機的な位置にある機体だ。

無論武御雷なので性能は高いのだが、それでも他のタイプに比べると能力が落ちる。

帝国軍人や武家に仕える家柄の人間など、一般階級の人間がその技術と志を認められて初めて乗る事が許される機体だ。

ある意味他の武御雷よりも、一般衛士からは憧れの視線で見られる機体でもある。

「そして、崩壊しそうだった防衛線をたった2機で立て直して、見事に撃退したから、『黒の双璧』って渾名がつけられたんだって」

美琴の説明にへ~っと頷く面々だが、実際はたった2機で戦った訳では無い。

規律を重んじる斯衛軍が、二機連携の単独行動を許すわけが無く、当然その場には赤を隊長に中隊規模の武御雷が居たし、帝国陸軍だって居る。

それでも『黒の双璧』の名前が有名になったのは、その2機の圧倒的な強さにあった。

標準機でありながら赤や山吹に引けを取らない動きと衛士の操縦テクニック。

そして段違いの練度からのコンビネーション。

これにより、2機が受け持った地点でBETAが一体も後ろに通さなかった事から、中破した撃震に乗っていた衛士が「まるで璧だ…」と呟いたのだが、何時の間にか『黒の双璧』と呼ばれるようになっていた。

その理由が、壁のようだ→二人居る→どちらも凄腕→情報が公開されていない→秘蔵の衛士?→双璧だ!

と言う理由らしい。

妙な連想ゲームのようだなと大和が笑ったのは、名前が広まった後の話。

その後、数度の戦闘が発生し、その度に目まぐるしい活躍と戦果を上げるその2機は、黒という色から、帝国軍の衛士達の憧れとなった。

頑張れば、自分達でも黒い武御雷に乗り、あの2機のように戦えるかもしれないという、希望が生まれたのだ。

実際、帝国軍からの斯衛軍入隊希望者が増えたりした。

「でも、『黒の双璧』の詳細なデータは機密扱いで、ほとんどの人がその顔を知らなかったんだ」

「あ、私も知ってます。戦闘中でもサウンドオンリーで、衛士が若い男の人達だって事しか分からないって…」

美琴の説明に、タマも自分が知る情報を話す。

普通、そこそこ知られた異名と輝かしい戦果を持つのだから、情報を公開して御旗にするものだ。

特に黒い武御雷が活躍すれば、一般衛士や同じ黒に乗る人達の励みになる。

だが、『黒の双璧』の詳細は帝国軍どころか斯衛軍でも多くの者が知らないという、謎の多い2人だったのだ。

その為に秘蔵の衛士とかと思われ、双璧扱い。

彼らの詳細を知るのは、それこそ軍上層部や各重鎮位であり、一般兵達には『黒の双璧』と黒い武御雷としか知られていない。

最近になって、名前が黒金、白銀だという事が知られた程度だ。

「最初はまさかと思ったわ、あの『黒の双璧』が、国連軍に来てしかも私達の特別教官」

「おまけに同い年であの性格だもんね~」

委員長と茜が苦笑しながら肩を竦める。

特に武の性格と行動には、最初は面食らい、戸惑った物だ。

「だが、タケルのお陰で我々は誰にも負けない絆を手に入れた」

「それに、少佐のお陰で響で訓練できるしね♪」

冥夜の嬉しそうに話す言葉に、若干照れる面々。

高原も照れながらも、自分達の愛機である響を忘れるなと話題に出す。

「でもさ、なんであの二人の詳細は機密だったんだろうね?」

ふと気になったのか二人の詳細が伏せられていた事に疑問を口にする晴子。

それは大多数が同じ意見なのか、あれやこれやと推測を口にする。

「やっぱり、武家じゃないから?」

「それなら、『黒い双璧』なんて異名すら広まらないでしょ?」

委員長の意見は考えられそうだが、茜の意見もその通りなので違うか…と引っ込める。

「誰かが作為的に隠した…」

「何のために?」

彩峰の意見に、疑問を口にするタマ。

隠す理由があるなら、頷けるものの、その理由が分からない。

「武家の人間が懐刀にしたかったのかもしれん…」

有能な人間を、自分の家に内緒で取り込むことで、他の家などへの牽制や有事の際の対応策として、自分の下へ招き入れる事は珍しい事では無い。

武や大和の能力を考えれば、それも在り得る。

「後々で大々的に発表して、注目を集めるとか?」

「何のために?」

「さぁ…?」

意見を言ったのは良いが、麻倉にツッコまれて自分で首を傾げる築地。

あれやこれやと意見が飛び交う中、ポツリと言葉が放たれた。

「二人が有名になって求婚されたら困るからとか!」

なんて、違うよね~っと笑う美琴。

だが、乙女達の行動が停止していた。

そして思った。


―――あっ、在りそうっ!?―――×9


あれだけの実力と戦果、そして見た目もイケている二人だ、さぞ女性にモテるだろう。

実際、武に指導されている彼女達を、羨ましそうに見る女性衛士や非戦闘員の女性は多い。

時々男も二人に熱い視線を向けている、ケツとか。

そんな二人を自分のモノにする為に、上層部、特に五摂家に近い人間やその五摂家所縁の人間が手を回したとしてもおかしくない。

大和や霞の話では、武にはお見合い話が来ていたらしいし。

因みに彼女達、霞とそれなりに話す。

これも武ちゃん効果だろう。

「確か五摂家にも年頃の女性が数名居た様な…」

一応月詠さんからその辺りの情報は教えてもらえる冥夜の呟きに、少女達の危機感が増す。

五摂家、日本帝国で最も有名な五大武家の別名。

かの政威大将軍である煌武院 悠陽殿下の家である煌武院もその五摂家だ。

「も、もしかして…」

「殿下が黒幕…?」

「め、滅多な事を言うでないっ!!」

高原と彩峰の言葉に、慌てて冥夜が黙らせる。

この場には居ないが、冥夜には帝国斯衛軍 第19独立警護小隊が付いているのだ。

下手な事を聞かれたらあの厳しい月詠さんの事だ、絶対に責める。

まぁ、実際聞かれたとしても、彼女は視線を逸らして押し黙るだろう。

だって、本当に殿下が黒幕だから。

愛しの武殿が有名になるのは嬉しい、でも他の女性から求婚されるのはイヤイヤと、紅蓮大将や月詠大尉に言って、情報規制をかけさせた。

お陰で外には武達の情報は知られなかったが、流石に中、斯衛軍内では難しく、特に武は衛士なので大多数の人と関わりが出来てしまう。

整備兵の女性から同僚の女衛士、果てはCP将校まで。

若くて気さくで実力があってしかも紅蓮大将などの武家と関わりが深い武ちゃん。

もう注目の的でした。

大和もそれなりに注目されたのだが、煩わしいと感じて武ちゃんを生贄にして逃げていた。

実に外道。

お陰で武ちゃんは余計に目立ち、白銀 武中尉斯衛軍退役阻止同盟なる物が出来る始末。

因みにその同盟は現在『白銀 武中尉を斯衛軍に引き戻し同盟』となったとか。

とは言え月詠大尉達が目を光らせているので、何の行動も出来ず、ただただ殿下に集めた署名を提出するだけとか。

そしてそれを見る度に、殿下は武への想いを募らせ、最近ではどうすれば侍従長に見つからずに脱走出来るのかと考えているらしい。

当然、月詠大尉達がそんなことさせないが。

紅蓮大将は微妙に当てにならない、だって一度、殿下の武への夜這いを手引きした事がある。

因みに大和も協力していたりするが、それは武ちゃんも知らない事だ。

結果は失敗した上に、月詠中尉による武ちゃんへのお仕置きがあったり。

「この話題、危険だわ…!」

「そうね、色々な意味で…!」

恋する乙女の危機感と、諸々の危機感で話を終わりにする委員長と茜。

全員が微妙に乾いた笑いでお茶を濁し、それぞれおばちゃんに飲み物を貰いに行ったり、お手洗いへと席を立つ。

そんな中、確信に近い情報を持つ冥夜は、自身の双子の姉の行動に不安を抱いていた。

「月詠が殿下とタケルは親しいと言っていた…もし彩峰の推測が正しければ…私はどうすれば……!」

想い人への感情と、国、そして殿下への忠誠心から揺れ動く冥夜の心。

武の実力や功績を考えれば、殿下のお相手に選ばれても納得する。

でも、そんなのは嫌だと否定する自分の心。

武への想いを募らせる冥夜は、不安な想いを抱くのだった。










実際問題、選ばれても家柄だの所属だので問題大有りだが、はっちゃけ殿下なら全て踏み倒しそうで怖い。

おほほほほ…と笑いながら婚姻届片手に迫ってくる感じで。




































2001年7月10日―――



「いよぉご同輩、ご機嫌如何かなぁっ!?」

「な、なんだ武、嫌にハイテンションだな…と言うか、なんのご同輩だ…」

PXへ向う通路の途中、霞を伴って現れた武が、バシバシと大和の肩を叩く。

そのテンションの高さに若干引く大和。

「ふっふっふっふっ、もうこれからはお前にロリコンとは言わせないぜっ!」

ズビシッと指を突きつけてくる武に、はぁ?と首を傾げる大和。

「なんだ、香月博士にでも手を出したか?」

「いや、違うから!」

「では神宮寺軍曹か、殿下が許したとは言え、お盛んな事だな」

「だから違うってーのっ!? って言うか、何でお前があの話を知ってる!」

「ふっ、無論、俺が提案した!」

「お前が諸悪の根源かぁぁぁぁっ!!」

武の余裕の態度が、気がつけば大和に突き崩されていた。

人をからかい、煙に巻くのが異様に上手い大和相手に、武ではレベルが足りなかったようだ。

「と、兎に角、俺は知ってるんだぜ、お前が夜な夜な執務室に、イーニァを連れ込んでいる事を!! なぁイーニァ!?」

「……………?」

ドドンと発言しつつも、大和の背後で彼の制服を摘まんで着いて来ていたイーニァに話を振る武。

だが、イーニァは武が何を言いたいのか理解できず、首を傾げた。

連れ込んでいると言っても、イーニァが勝手に訪ねてくるだけで、しかもその時はクリスカも同行するし執務室には唯依が居る。

「別に、お前が社にしている様な事はしていないが?」

「その発言だと、俺が霞に何かしているように聞こえるだろぉっ!?」

「え、してないのかッ!?」

「なんでそんな驚愕の事実を知ったような顔になるっ!」

ギャァギャァと騒ぐ武と、のらりくらりと往なす大和。

そんな二人を尻目に、霞とイーニァはあやとりに興じるのだった。

「………ホウキ、です」

「わ~……じゃぁわたしは……」

「だから、別に俺は霞とは添い寝しただけだ!」

「はっはっはっ、何気に自爆したな武!」

そんな彼等のやり取りを見ていた207の乙女達は、武と大和の会話に呆れつつ、霞とイーニァを要注意人物として認識するのだった。

この後で武ちゃんが207の方々に連れて行かれ、帰って来た時は真っ白でした。

刀怖い眼鏡怖い焼きソバ怖いアホ毛怖い…など呟いていましたが、大和は生暖かく微笑んで上げました。

そんな大和もまた、大変な目に遭うのだが、それはまた別のお話。














[6630] 外伝その4~ほんのり香るR15~
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/12 21:53











突発性馬鹿話症候群~つまりただの閑話~












もしくは暴走した妄想によるネタ











がんばれクロガネ~彼が逃亡者になった訳~















2001年某月某日――――



大和はこの日から数日の間、かつて無い危機に直面する事となった…。





「ヤマト、いっしょにねよう?」

「……………………………………ゑ?」

お気に入りのヌイグルミ、しらぬいくんを抱えて執務室へ現れたイーニァ。

彼女の口から発せられた言葉に、大和は一瞬思考が停止した。

俺の思考を止めるなんて大したもんですよと脳内で頷きつつ、咄嗟に一言口にするが、それは単語ですら無かった。

「だから、いっしょにねるの」

聞き間違いではないらしい。

手元のキーボードの上で痙攣する指。

どうも意識が混乱しているらしい。

「…………あぁ、なるほど、お昼寝をしようというお誘いかな?」

今はもう夜だぞーと笑顔で告げれば。

「ちがうよ、ベッドでいっしょにねるの」

と、無垢な瞳で返された。

あー、やっぱりそっちかこん畜生と笑顔で嘆きつつ、視線だけでチラリと横を見る。


「<● ><● >」←唯依

「<○ ><○ >」←クリスカ


左手側の唯依も、右手側のクリスカも、視線だけでこちらを見ている。

表情が無表情なのが余計に怖い。

あとクリスカの白い視線が微妙に辛い。

唯依は情報整理などをしているが、眼球だけがこっちを見ている。

クリスカはソファで頼まれた書類の整理をしているのだが、手はスムーズに動いているのに眼球がこっちを見ている。

こっち見んななんて言える訳もなく、ただただ怖い視線に内心汗ダクダクな大和。

「ねぇ、いっしょにねよう?」

「あ~、そうしたいのは山々なんだが…」

山々の辺りで唯依姫の方からの視線が強くなった。

「俺はまだ仕事があるし、イーニァはそろそろ眠くなる時間だろう? なにより、クリスカは良いのか?」

と何とか回避しようとするが。

「まってるからダイジョウブ、それにクリスカもいっしょだよ?」

「なぬッ!」

「―――っ?!(///」

イーニァの爆弾発言に、思わず喰いついてしまう大和と、ボンッという音と共に真っ赤になるクリスカ。

「―――――少佐?」

「いやいやいやッ、今日は徹夜になりそうでな、済まないがまた今度にしてくれないか?」

と言って、頭を撫でつつこの場を凌ごうとする大和。

唯依姫の平坦な声がとっても怖かった。

武ちゃんがこの場にいれば、一目散に逃げ出しているだろう。

「む~っ、やくそくだよっ?」

「あ、あぁ…」

仕方なく頷く大和、それに一応満足したのかイーニァは自室へと戻っていった。

真っ赤なクリスカも慌てて書類を片付けると後を追った。

恐らくイーニァが突然言い出した理由を聞きにいったのだろう。

「俺のせいじゃないよね?」

「いいえ、少佐の責任です」

何故に!? と頭を抱える大和に、拗ねた表情を隠しつつ彼と眠るというシチュエーションを想像してみる唯依。



畳の部屋、一つだけ敷かれた布団と、二つ並んだ枕。

枕元には小箱とティッシュ、そしてぼんやりとした灯りの電灯。

その部屋へ入った唯依は、大和に導かれるまま布団へと近づく。

そして布団の上に座った大和が、着ていた浴衣を肌蹴、鍛えられた胸板と腹筋を露出させて「 や ら な い か ?」――



「って違うっ!、それは違うだろう私っ!?」

「ぬぁッ、どうした中尉…ッ?」

突然顔を真っ赤にして両手で頬を押さえて悶える唯依に、かなりビビる大和。

「い、いえ、なんでもありません…っ」

想像と今のことで恥ずかしさが倍になった唯依は、真っ赤になって小さくなると、仕事を再開した。

大和はそんな唯依に首を傾げつつ、イーニァとの約束をどうすればと悩む。

普段のハグやらスリスリは、小動物とか妹、或いは娘的な存在に対する思いを持てばなんら問題ない。

しかし寝る、お昼寝等ではなく寝る。

これはハードルが高い、色々と。

あれでイーニァは出るところが出ている娘さんだ、歳も同じくらいだし。

基地内では女性に囲まれているのに手を出さない事から枯れていると思われている大和、確かに最近自分でも枯れているのでは…と思うことが多いらしい。

一応、毎朝元気なのだが。

何がとは聞いちゃいけない、男なら誰しも知っている事だし。

それは兎も角、何とかこの突発的なイベントを回避せねば、お仕置きでは済まなくなる。

「Nice boat.は嫌だ…ッ」

大和氏ねと言われるのも怖い彼は、何とかイーニァを説得しようと考えを巡らせるのだった。












数日後―――



「ヤマト…」

「あ~…その、なんだ…」

ウルウルと見上げてくるイーニァ。

ここ数日、仕事が忙しいと彼女との接触を絶っていた大和。

唯依姫も協力してくれたので、捕まらずに済んだのだが…。

自室の部屋の前で待ち伏せされたらどうしようもない。

執務室隣の仮眠室は駄目だ、イーニァは執務室に大和の姿がないと、執務室から繋がる仮眠室は必ず確認する。

「ヤマトぉ…」

しらぬいくんを抱き締めて上目使いで懇願してくるイーニァに、困り果てる大和。

普通の人間なら萌死ぬであろうイーニァの視線に耐える辺り、枯れているという可能性に信憑性が増すが。

「わ、分かった、今日は一緒に寝よう…」

終に折れた大和、イーニァの表情にぱぁっと花が咲く。

「ありがとうヤマト、いこうっ!」

大和の手を引いて部屋へと連れて行くイーニァ。

見た目とは裏腹に力の強いイーニァさん、掴んだその手をギリギリと離してくれません。

大和は煤けた表情で連れられながら、どうか知り合いに逢いませんようにとただ祈るのみ。

運が良いのか悪いのか、誰にも遭遇せずにイーニァのお部屋に到着。

「じゃぁ、すこしまっててね」

そう言って、イーニァは中へ入って扉を閉めてしまった。

何の準備をしているのか謎だが、このまま逃げちゃ駄目かなぁ、駄目だろうなぁと一人哀愁漂う姿で立ち尽くす大和。

「おかしい、これは武にこそ発生するべきイベントでは…ッ!?」

なんて、イベントの神様への恨みを吐いていたり。

ふと、気がつけば何やら部屋の中から争うような声が聞こえる。

と言うか、クリスカの悲鳴が聞こえる。

何をしているのかと不安になってきた時、中からイーニァの声が聞こえた。

入ってきてというその声に導かれるまま、扉を開ける大和。

「――――――――――ッ!!(絶句」

「ヤマト、やさしくしてね?」

「しっ、しししょ少佐ぁ…っ!?」

そこに広がっていた光景に絶句するしかない大和。

ベッドの上では、神秘的な白い肌を晒してこちらを見る二人の妖精。

仰向けのクリスカ、彼女に覆い被さっているイーニァ。

2人の身体を包む物は無く、イーニァの銀色の髪だけが彼女達の身体を隠している。

母性を守る為の下着もなく、床にはイーニァの物と思しき白い三角の布が丸まって落ちている。

「クリスカ、これもぬいで」

「だ、だめ、ダメよイーニァっ、少佐に、少佐に見られてしまうっ!」

クリスカの足の間に残る布をイーニァが脱がそうとし、それに弱々しく抵抗するクリスカ。

その余りの光景にフリーズしていた大和は、再起動すると共に扉を閉めた。

そして走った、素晴らしいスタートダッシュで、100mを10秒台で走り抜けると基地の屋上まで駆け上がる。


「総集編Vol1のピンナップやないかーーーーーーーーいッッッ!!!」


両手でメガホン作って叫んだ、門兵が驚いてBETAの襲撃かと慌てる位の大声だった。




「あれ、ヤマトにげちゃった…?」

「だ、だから言ったのよイーニァ、流石に裸は早いって…!」

首を傾げるイーニァと、赤くなりながら服を着るクリスカ。

と言うかクリスカは、服を着ていれば同衾を許すのだろうか。

「でも、カミヌマがはだかのほうがぜったいヤマトよろこぶって…」

「そう…イーニァ、これからは彼女の言う事は聞いちゃダメよ?」

優しく諭すクリスカ。

内心で明日上沼を張り倒すと誓いながら。







「うおっ!? 少佐、何をしてるんですかっ?」

「いや、うん、ちょっとね?」

70番格納庫。

夜勤当番の整備兵が、煩悩退散煩悩退散、助けて貰おう唯依姫に(お仕置き的な意味で)と歌いながら仕事をする大和を目撃。

何があったのか不明ながら、アハハハハと笑いながら仕事をする大和は、ただただ怖かったと彼は語る。




























次の日、凄い隈を作りつつも爽やかに仕事をする大和。

クリスカと出会っても彼は何も見ていなかったかのように、普通だった。

それに対して流石は少佐…と尊敬するクリスカだったが、イーニァは逆にご立腹。

上沼に、大和に構ってもらうにはどうすれば良い?と聞いて、裸で寝ればOKよ!と言ったのを実行しようとしたのに、大和は自分に構ってくれない。

それどころか、申し訳無さそうなクリスカを慰めているではないか。

やはりあれか、寝なかったからかとイーニァは考えるが、大和のガードが固くなった。

仕事の後に中々捕まらないし、お願いも聞いて貰えない。

そこで、イーニァはまた上沼に意見を求めに行った。

何故上沼かと言うと、この手の質問に答えてくれるのが彼女だけという理由だ。

他のA-01メンバーは、揃いも揃って奥手で乙女なので、はぐらかしたり大人になれば分かるとか言って誤魔化す。

なので、答えてくれる上沼を頼るのだ。

そして上沼も良かれと思って間違った事を教えるので手におえない。

クリスカから何度も自重しろと言われて攻撃されても、彼女は「だが断るわ!」と自重しない。

酒と女とセクハラが信条の女、上沼 怜子。

ある意味での無敵キャラだ。

「そうね…こうなったら夜這いしかないわ!」

「よばい?」

更衣室で相談を受けた上沼は、自慢の胸を晒しながら胸を張った。

他に男が居ないとはいえ、少しは隠すことをして欲しいA-01の母性が小さい方々、特に東堂。

今は誰も居ないので、胸を隠せとツッコム人も居ない。

イーニァ? むしろ生もふもふです。

「そう、日本の伝統である夜這い、これならあの少佐もイチコロ間違いなし!」

ちょっと日本の伝統に謝って来い。

夜這いは西日本地方の習俗だ。

「イチコロ…っ!」

しかしイーニァは夜這いの効果に胸躍らせた。

彼女の脳内では、イチコロになった大和が、自分を膝の上に抱いてナデナデハグハグしている想像が駆け巡る。

一方の上沼の脳内では、イーニァに首輪とネコミミ、ネコ尻尾を付けてワイン片手に椅子に座って彼女を愛でる大和の姿。

両者の間で物凄い想像の誤差が生まれているが、まぁ兎も角。

「どうするの?」

「まずは、少佐の部屋を調べるの。そして少佐が寝静まった頃に部屋に侵入して、布団に潜りこむ」

上沼の説明を、ふんふんと真面目に聞くイーニァ。

クリスカや水月が居たなら問答無用で殴って中断させるのだが、誰も居ない。

「それでそれで?」

「少佐の服装にもよるけど、まずズボンを脱がして―――」

ハァハァと変質者な呼吸でイーニァに要らん事を教える上沼。

後日、彼女がクリスカを筆頭とした数名からシミュレーターでボコボコにされるのだが、また別のお話である。

















上沼から話を聞いた日、イーニァは早速大和の部屋へと夜這いをかけた。

「あれ…?」

だが肝心の大和が居なかった。

執務室に居なくて、70番格納庫にも居なくて、PXにも居ない。

その後あちこち探し回るも見つからず、逆に探しに来たクリスカに捕まり、その日は失敗となった。

実は大和、80番格納庫の方に居たため発見されなかった。

80番は70番より機密レベルが高いので、イーニァでも立ち入り不可。

唯依ですら入れないのだ、と言うか彼女は80番格納庫を知らないし。

80番・90番に入れるのは、夕呼やピアティフなどの計画を知る人間だけなのだ。

次の日。

「あれ…」

「おや、どうしたイーニァ」

大和は居たが、まだ起きていた。

しかもデスクで書類仕事をしている。

「まだねないの?」

「? あぁ、明日提出する書類があってな、徹夜になりそうだ」

これは嘘でもなく本当。

国連に提出する書類なので、確り書かないと夕呼から書き直しを命じられたりする。

「……おやすみ」

「? あぁ、おやすみ…」

残念そうに扉を閉めるイーニァ。

今回の目的は夜這いなので、寝て居ないと駄目だと考えた彼女。

大和は寝るのを強請りに来たと思い、内心どうしようと考えていたので、アッサリ帰ったイーニァの行動に首を傾げていた。

また次の日。

「またいない…」

大和の部屋には誰も居らず、イーニァはガッカリ。

実は大和はこの日、執務室で仮眠をとっていたりする。

「むぅ…よばいはむずかしいの…」

上手く行かない夜這いに、ぷくぅっと頬を膨らませながらトテトテとベッドに近づく。

そして、ボスッとベッドにダイブ。

「あ……ヤマトのにおいがする…」

ベッドシーツや布団からする彼の匂いに、ウットリとするイーニァ。

「やさしいツキ…こどくなツキ……わたしのツキ…」

呟きながら瞳を閉じて、枕を抱き締めながら丸くなる。

はにゃ~んと蕩けながら、イーニァは夢の中へと落ちていった。







「ん、誰か居るのか…?」

仮眠室で寝ていたが唯依に叩き起こされ、寝るならちゃんと自室で寝てくださいと言われて渋々部屋に戻ってきた大和。

暗い部屋の中に感じる気配に、懐の拳銃に手をかけながら電灯のスイッチを押す。

「……イーニァ?」

そこに居たのは、自分のベッドに丸くなって眠るイーニァの姿。

すやすやと眠るイーニァは、完全に熟睡している。

「………悪い事をしているな、俺は…」

苦笑しながら灯りを消すと、ベッド脇の電灯を点けて彼女の傍らに腰を降ろす。

眠るお姫様の綺麗な銀髪を撫でながら、ただ微笑む大和。

イーニァの気持ちを知りながら、理解しながらも一線を絶対に越えない大和。

それは、他の女性にも言える事。

「ごめんなイーニァ…俺は、弱虫なんだ……」

人を愛する事、人に愛される事。

普通の人間なら当たり前に出来るそれが、大和には出来ない。

愛せない、愛してはいけない。

何故なら自分は因果導体。

その果てにあるのは、消滅と消去。

死と共にある消滅の後は、世界からの消去が待っている。

武の事を人々が忘れたように、彼もまた、人々から忘れられる運命にある。

だから怖い、人を愛する事が。

愛した人に、忘れられる恐怖が。

だから怖い、誰かを愛する事が。

愛した人とまた出逢った時の、初めましての始まりが。

親しかった人、お世話になった人、仲間だった人に忘れられ、そしてまた新しく出会っても耐えられる、耐えられた。

でも、愛した人は駄目だった。

耐えられなかった、受け入れられなかった。

命を懸けて愛した人が、知らない人を見る目で自分を見つめるのが耐えられなかった。

だから、大和は人を愛するのを止めた。

誰かに愛されても、求められても、感謝の言葉で拒絶した。

そうしなければ、自分が耐えられない。

心が、耐えられない。

この地獄の輪廻で、生きて行けなくなる。

進む事が、出来なくなる。

だから彼は、一線を越えない。

越えた先にあるのは、自分も相手も悲しむだけの結末だから。

「だから…ごめんなイーニァ…」

ゆっくりと、彼女の頬に口付けて、大和は背中を壁に預けると瞳を閉じた。

せめて、彼女に安らぎがあるよう願い、髪を撫でながら……。






























次の日、唯依は朝から大和の部屋を目指していた。

昨日の夜に、仮眠室から大和を叩き出したものの、その事を気にして起こしにきたのだ。

「あれは、その、仕方なかったんだ。ああでもしないと大和は仮眠室で寝泊りするようになるし…」

斯衛軍時代、仮眠室で寝泊りを始めた大和は、いつの間にやら私物を持ち込んで仮眠室を占領しやがった。

逆に宿舎の自室はシーツにまで埃が溜まる始末。

唯依が雨宮中尉達と一緒に強制退去させた過去がある。

その際に、大和は月詠大尉から3時間お説教されたものだ。

その後、大尉から大和の監視を頼むと言われ、以後仮眠室に居付こうとしたら叩き出すのが唯依の定期的な仕事になったり。

「仕事の疲れで部屋まで戻るのが億劫なのは分かるが、軍人として最低限の…」

ブツブツと呟きながら部屋を目指す唯依。

彼のスケジュールを管理するのも自分の仕事なら、彼の体調を気遣うのも自分の仕事だと思っている彼女。

何故なら自分は彼の副官、パートナーなのだ。

女房役でも良い。

「にょ、女房…っ」

自分で思い浮かべた単語に、赤くなっていやんいやんする唯依。

彼女も何だかんだで染まったものである。

「少佐、お時間です、起きていらっしゃいますか?」

扉をコンコンとノックし、声をかける。

が、中から返答が無い。

大和は寝起きは良いのだが、時々寝過ごしたりする事がある。

仕事に遅刻はしないものの、身嗜みや食事が出来なくて朝から腹の虫と戦う事になったり。

そうなったら大変だ、これは副官としての仕事なのだと何故か自分を誤魔化して、扉を開ける唯依姫。

「しょ、少佐、おはようございます。起床時間ですので起きてくだ―――」

扉を開けながら声をかけていた言葉が止まり、絶句する唯依姫。

その理由は、ベッドに腰掛けて壁を背に眠る大和と、彼の膝枕で眠るイーニァ。

これだけなら、イーニァを膝枕していて眠っただけと、唯依も理解できる。

だが―――

「ん……おや、もう朝か…って、唯依姫? どうしたんだ、そんな衝撃的なシーンを見てしまったような…顔を…して…?」

扉の場所で固まる彼女の視線を追いつつ自分の膝の上を見れば、そこにはイーニァの頭。

そのまま視線をずらして行けば、ぷにぷにしてそうな綺麗な白い肌。

その他には何も見当たらない、ぶっちゃけ生まれたままの姿のイーニァ。

現状を理解し、確か自分が来た時は服着てたよな~と思いつつ視線を上げれば、目が真っ黒く染まり赤い光点が中心で光る、暗黒修羅姫の唯依さんが。

「大和…? どういうことか、説明して貰えるかしら…?」

「いや、その、唯依姫? 俺にも何がなんだか分からないんだが…」

ゆらり、ゆらりと近づいてくる彼女に、命の危機を本気で感じる大和。

こんな危機感、かなり久しぶりだ。

「うにゅぅ……うるさいよぉ…」

その時、2人の声に目を覚ましたイーニァが、目をコシコシしながら起き上がる。

「い、イーニァ?」

「あ、おはようヤマト。あのね、すっごくきもちよかったよ!」

イーニァさん、 爆 弾 発 言 。

この瞬間、唯依姫の髪がぶわっと広がり、彼女から禍々しいオーラが放たれ始める。

「唯依姫ッ、違うッ、これは違う筈だッ!」

「何が違うのかしら…や・ま・と…?」

平坦な声が逆に恐ろしい彼女。

冷や汗ダラダラ、イーニァは状況が分からずに首を傾げつつ大和の膝でゴロゴロしている。

それが余計に唯依を煽る。

「……? どうしてタカムラおこってるの…?」

「―――っ、そ、それは…っ!」

だが、イーニァの無垢な疑問が彼女を怯ませる!

「それは、その、男女が一緒に寝たりしたら、色々問題があるだろうっ!?」

「? でも、ヤマトがよろこぶってカミヌマがいってたよ?」

唯依は上沼の事を知らないが、もし逢ったら殴ろうと考えた。

イーニァに足りないのはその辺りの常識だったかと痛感しつつ、どうしようと途方に暮れる大和。

「少佐、失礼します。イーニァを知りませ―――っ!?」

とそこへ、昨日イーニァが帰ってこなかったので心配で顔を出したクリスカが。

裸で大和にスリスリするイーニァの姿に絶句。

「い、いいいイーニァっ、何をしているのっ!?」

「あ、クリスカ、おはよう。あ、ごめんねわたしだけ…きょうはクリスカもいっしょにねようね?」

「あ、ありがとうイーニァ…って違う、そうじゃないぞ私っ!?」

ついイーニァの無垢な言葉に受け入れてしまうが赤い顔で首を振るクリスカ。

「大和、どういうことか説明を!」

「少佐、説明してくれ、何でイーニァははだ、はだ、はだ…イーニァ服を着て!」

問い詰めてくる2人に、もう諦めの境地に達しそうな大和。

彼だって何がなんだか分からないのだから。

「イーニァ、どうして裸なの…?」

クリスカが下着を着ているイーニァに問い掛ければ。

「えっとね、(大和が)ねているときに、ぬいだほうがいいって(上沼が)いって(たのを思い出して)、それで(自分の服だけ)ぬがしたの」

素敵に誤解を招く言葉だった。

イーニァ、大和が眠りに入った頃に一度目覚め、傍で大和が寝ている事に気付いて、チャンスだと思って自分の服を脱いだものの、眠かったので膝枕で我慢して眠ったらしい。

だが誤解してギラリと大和を睨む唯依と、どこか悔しそうなクリスカ。

「大和、ちょっと裏まで来て貰おうかしら…」

そう言って親指でクイクイと何処かを指差す唯依姫。

大和には、親指の先が地獄を指しているように思え…

「唯依姫…すまん!」

「え――ひゃんっ!?」

眼前に迫っていた彼女の身体に手を回し、背中をつつつーーーっと指先で撫でる。

その感触に可愛い悲鳴を上げて跳び下がった瞬間、スルリと唯依とクリスカを避けて逃げ出す大和。

「あっ、待て大和っ!?」

「少佐、説明をっ!!」

「俺は本当に何も知らんのだーーーーッ!!」

追いかけてくる唯依と、部屋から説明を求めて声を上げるクリスカ。

イーニァはそんな彼らを見送りながら、もそもそと着替えるのだった。






























数時間後、クリスカがイーニァから事の詳細をちゃんと聞きだし、唯依を止めるまで、大和は逃げ続ける事になったとか。

それでも整備班への指示をして仕事をしている辺り、大和も唯依も流石である。

なお、朝の一件で大和の枯れているという噂が消え、彼は受け専門だという謎の噂が広がるが、どうでも良い事である。






[6630] 第二十四話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:43





















2001年7月15日―――



普段と変らない朝を迎えた武は、霞に起こされ、彼女と共にPXへと向う。

そこで食事をしていた207の面々と合流し、朝食となった。

「あ~ん……です…」

が、朝っぱらからイベントが発生した。

「か、かかか霞っ!?」

突然の霞さんのあ~んに、慌てふためく武ちゃん。

そして霞の突然の行動に唖然とする207の乙女達。

なお、麻倉が素早くカメラを取り出して撮影を開始していた。

「……嫌、ですか?」

「えぇっと、別にそういう訳では…っ」

付き合いの長い人なら分かる悲しみを浮かべる霞に、慌てる武。

あ~んは恥ずかしいという理由もあるが、それ以上に……。

「……………………」×7

乙女達の視線が恐ろしい。

その瞳から感じられる、羨ましいという感情がグサグサと武ちゃんに突き刺さる。

「あ~ん…」

霞だってそれを理解しているだろうが、これは彼女も譲れないのだ。

彼女もまた、武を思う乙女故に。

「あ、あ~ん…はぐっ」

霞を悲しませる事が出来ない武は、意を決して差し出されたサバ味噌を食べた。

「っ!?」×7

驚愕する乙女達、そんな彼女達の雰囲気にビクビクする高原と、猫のようにビビる築地。

一人麻倉だけが、カメラを構えつつフフフフフ…と無表情に笑う。

「おいしい…ですか…?」

「あ、あぁ、すっげぇ美味いぜ!」

そう言うしかない武ちゃん、周囲からの視線などで味なんて全く分からないのだが。

「よかったです……あ~ん」

「第2射!?」

次弾装填が終了した霞の箸が、またサバ味噌を放ってくる。

受けるしかない武、だがそんな彼の視界に箸に摘ままれたオカズが次々と現れる!

「た、タケル、この合成焼き鮭もどうだ!?」

「タケルさんっ、唐揚げどうですかっ!?」

「はいタケル、ボクの合成生姜焼きも上げるね!」

「た、大尉、私のもどうぞっ!」

「焼きそば、食え…」

「大尉っ、アタシの野菜炒めどうですか、野菜は大事ですよっ!?」

「あはは、じゃぁアタシは食べかけだけどハンバーグを」

上から順に冥夜・タマ・美琴・委員長・彩峰・茜・晴子である。

皆鬼気迫る表情で箸やフォークを差し出してくる。

因みに晴子は飄々としている風に見えるが、目がマジだ。

「っ!……あ~んです、白銀さん」

「タケルっ」

「タケルさん!」

「タケル!」

「大尉!」

「白銀…」

「白銀大尉!」

「タケル」

8人の乙女からのあ~ん攻撃に、武ちゃんが下した結論。

それは――――

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐはぐっ!、ガツガツガツっ、もぐもぐもぐ……っ!!、ごちそうさんでしたぁっ!!!」

なんと、全員のオカズを一気に口に含むと、自分のご飯とオカズもかき込み、噛砕き、飲み込んだ。

そしてトレーを持って素早くその場を後にするのだった。

全員のオカズを確り食べる辺り、進化が窺える。

「うぅ、一気に喰ったから気持ち悪いぜ…」

少し胸を押さえながら通路を歩いていると、前から赤い制服の女性が歩いてくる。

「あ、月詠さん!」

「あぁ、ここに居たのか大尉。探したぞ」

現れたのは月詠さん、どうやら武を探していたらしい。

「どうかしたんすか?」

「いや何、斯衛軍から人員の増援があって、一応紹介しておかねばと思ってな」

人員の増援という言葉に、目を丸くする武。

どうやら月詠達、第19独立警護小隊に補充増員がされるらしい。

「上からの命令でな、白の少尉が一人増えることになる」

「へ~、そうなんですか」

現在の斯衛軍の状況は分からないが、冥夜の警護が増えるのは良いことなので特に反対もない武。

しかしその考えは、次の瞬間消える事になる。

「まぁ、今更紹介も何も無いとは思うが…」

「え?」

月詠の呆れ混じりの言葉に、武が首を傾げた瞬間、嫌なプレッシャーが彼を襲う。

「こ、この妙に懐かしいプレッシャーは…!?」

「あぁ、今神代達が連れて来た。彼女が今日から配属される―――」

月詠が指差す先、通路の先に居る4人の白い斯衛軍。

その中の一人が、突然走り出す。

「七瀬、凛少尉だ」

「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「り、凛っ!? ってちょっとまげふぅっ!?!?」

弾丸の如く加速して抱き付いてきた少女、それはこれまで全然出番の無かった武の義理の妹(と公言している)七瀬家現当主、七瀬 凛であった。

彼女は目尻に涙を溜めつつ、愛しのお兄様の胸に突撃。

その衝撃に、武ちゃん先ほど食べたモノがリバース寸前。

胸の中で頬擦りをしている彼女にぶちまける訳にも行かず、必死に堪える。

「七瀬、国連軍とは言え相手は大尉殿だぞ?」

「あ…そ、そうでした、ごめんなさいお兄様!」

月詠の呆れと別の感情混じりの言葉に、慌てて離れる凛。

しかしその手は武の手を掴んで離さない。

「うぇっぷ、危なかった…で、でもなんで凛が…?」

確か所属違ったよねと思いながら問い掛ければ、凛は途端に拗ねた顔になる。

「お兄様がいけないのですよっ、私に大した説明もせずに国連軍に下り、しかも帰ってくるという約束も破って!!」

「あ……っ!?」

そう言えばと思い出す武ちゃん、家を出る際に、休暇には帰ってくるという約束をしたのだ。

「なのに一度も帰ってこないで…大和お兄様なんて仕事の途中でも立ち寄って下さったんですよ!?」

お土産に、白いたけみかづちくんをプレゼントしてくれたし。

「そ、それは、その、色々と忙しくて…っ」

「そのようですね、大和お兄様からの映像と写真で拝見しましたから…っ」

ギリギリと、武の手が握られる。

その痛みに顔を顰めるが、逃げられない。

「私との約束を忘れて、たくさんの訓練兵に囲まれて、大変楽しそうでしたね…!」

「いや、あれは、仕事であってっ」

「では、訓練兵ではない幼い少女と楽しそうに食事しているのはどういう事ですか?」

霞の事かーーーっと内心で叫びつつ、大和は凛にどんな映像と写真を見せたんだと怒り泣き。

「タケ――っと、白銀教官、どうしたのですか…?」

と、そこへ食事を終えた207が現れる、途中まで一緒なので霞も居る。

「あぁ、いや、その…」

なんと言えば良いのか分からずに困る武、それに対して警護対象の冥夜と、ライバルである訓練兵達を見て行動に移るのは凛。

「お初にお目にかかります、私は本日第19独立警護小隊に配属された、七瀬 凛少尉です」

そう言って凛々しく敬礼してくる彼女に、207の乙女達も答礼する。

「月詠、そうなのか?」

「はい、冥夜様。上からの辞令と、本人の希望でして…」

月詠さんに問い掛ける冥夜、彼女は自分などに人員を裂くなと言いたかったのだが、本人の希望と聞いて首を傾げる。

冥夜は凛とは面識がないので、何故自分の警護を希望するのか不思議に思ったのだ。

「皆さんの事は兄より聞いております、将来有望な訓練兵だと」

「兄、ですか…?」

「はい、大和お兄様…いえ、黒金少佐とお呼びするべきですね」

「え…えぇっ!?」×10

委員長からの問い掛けに、サラりと答える凛。

当然、207の乙女達は驚く。

あの大和を兄と呼ぶのだから。

「まぁ、貴方達が強くなるのはある意味当然ですね、何せお兄様に鍛えられているのですから」

そう言って、羨ましそうに207を見る凛に、戸惑う彼女達。

確かに最近は大和に指導されているが、主に指導してくれるのは武とまりもだ。

「私もお兄様の教導が受けたいです」

「いや、そう言われても…」

武を見上げておねだりする凛に、引き攣った顔で困る武。

「お、お兄様ぁ?」

「はい、白銀大尉は私の敬愛するお兄様ですから」

茜の素っ頓狂な声に、凛はクスクスと笑って武の腕を抱き締める。

これには207の乙女達は絶句するしかない。

「えぇ~っと、少尉、どういうことでしょうか?」

武に関しては驚いたもののさして衝撃の無かった高原が凛に問い掛けると、彼女は満面の笑顔で口を開いた。

「武お兄様は、我が七瀬家が身元保証人をしている方で、将来七瀬家を私の夫として背負って頂く方ですもの、ねぇお兄様?」

「え…えぇーーーーーっ!?」×11

凛の爆弾発言に、驚く207の乙女と…

「って、何故月詠まで…?」

「あ、いえ、私も知りませんでしたのでつい…」

叫んでしまっていた月詠さん、普段の彼女からは想像できない姿だったと、空気と化している三人娘は後に語った。

「ちょ、ちょっと待て凛、俺は七瀬家を継ぐつもりはないぞっ!? そりゃ、確かにお世話になったけど…っ」

「そんな、それでは私との婚約はどうなるのですかっ!?」

「婚約っ!?」×11

「あ、それとも私に白銀 凛になれと…?(///」

「違うからっ、って言うか俺婚約の約束なんてしていないしっ!?」

ギャアギャアと騒がしい中、一歩離れてその様子を撮影する麻倉と、反対側で記録している戎の視線が交差する。

「「ん!(b」」

なんか分かり合ったのかお互い親指立てて頷きあった。

「あぁ、一美が壊れていく…」

「もう止められないねぇ…」

悲しげな親友の高原と、肩を落とす築地。

「戎…アンタ…」

「もう駄目だこの子…」

反対側でも、神代と巴が肩を落としていた。

因みに戎は黒金ではなくとある偉い人に極秘で命令されてこんな事をしている。

当然月詠さんは知らない。

「ではお兄様は月詠中尉と結婚なさるのですかっ!?」

「何でそうなるっ!?」

「月詠……?」

「ち、違います冥夜様、私はそんな…っ!?」

まだ続いている騒ぎ、凛の爆弾発言は月詠さんにまで飛び火した。

「違います……」

と、そこへ割り込むのは霞。

凛と武の間に入ると、静かな、しかし全員に聞こえる声で否定した。

あの霞がこんなに社交的に…と感動する武だったが、彼は忘れている、霞が現在侵食されている菌の存在を…!

「武さんは、皆のモノです…皆の旦那さんです…」

「霞ぃぃぃいぃぃぃぃっ!?!?」

何言っちゃってるのこの子ぉぉぉぉぉっ!?っと内心絶叫中の武ちゃん。

霞はトンデモ発言をしつつ、武にピタリと寄り添う。

「あ、なるほど…」×不特定多数

なんか納得しちゃった人達が多数。

誰が誰とは言わないが。

「そ、そんなのダメですっ!」

「ダメじゃないです…」

武を獲り合いながら凛と霞が言い合い。

たまパパ襲来事件の事を思い出して、いっそのこと…と怖い視線を武ちゃんの身体に向ける数名。

「だ、誰か、助けてっ!?」

と、悲鳴を上げた瞬間、通路の向こうからダダダダ…っという走る音が聞こえ―――


「祭りの会場はここかぁぁぁぁぁぁッッ!!!?」

「一番来て欲しくない奴が来ちゃったぁぁぁぁぁっ!?」


ひゃっほーッとばかりにカメラ片手に現れるのは大和。

彼の登場で間違いなく修羅場が加速する事が決定となり、ダクダクと涙を流す武ちゃん。

この後の事は誰も語らないが、とりあえず、武ちゃんの貞操はまだ無事であることは伝えておこう。











































午後のPX―――


「ふむ、御剣の護衛隊への転属希望、随分遅く通ったものだな」

「軍内部でも、色々と忙しかったのです」

現在、大和と凛が向かい合って座り、お茶を飲んでいる。

武達は午後の訓練に、月詠さん達は遠くから護衛である。

「それにしても、お兄様は本当にたくさんの女性に慕われているようで…まるで斯衛軍の時のようですね」

「むしろあの頃より酷いだろうな。何せ本気の連中が殆どだ」

冥夜を筆頭に、武に対する本気の気持ちを向けている乙女が殆どだ。

斯衛軍の頃は、憧れや下心からの視線や感情が多かったが、現在はそれこそ純粋な者が多い。

不特定多数の、非戦闘員や衛士は下心が多いようだが。

少なくとも、207の乙女達の気持ちは本物だろう。

「納得したくありませんが、お兄様ですし…」

「武だからな。仕方のない事だ」

煽ったりしているお前が言うなと、武が居たらツッコんで居ただろう。

「時に大和お兄様、篁中尉とはどこまで進みましたか?」

「ブッ………凛、お兄ちゃんは少し耳が遠いようだ、何と言ったかな?」

「ですから、篁中尉とはどこまで進展したのですか? 私、そろそろ中尉をお姉様とお呼びしたいのですが」

ニッコリ笑顔で言ってくる凛に、噴出したコーヒーもどきを傍にあった台布巾で拭きながら冷や汗を流す大和。

どうやら義妹はかなりの勘違いをしているらしい。

「妹よ、兄は別に中尉とは何の進展も無いが? ただの上官と部下なのだし」

「まぁ、そうなのですか? 雨宮中尉が、そろそろ家族が増えますねと言って下さったので、てっきり…」

雨宮、いつか啼かす、そう決意する大和。

「恥ずかしいです、私ったらつい嬉しくて月詠大尉にもお兄様と中尉がイチャイチャラブラブだと伝えてしまって…」

「 な ん だ と………ッ!?」

義妹の言葉に驚愕し、コーヒーもどきをボタボタと溢す大和。

あの大尉にそんな情報が伝われば……待っているのは人生のやり直し。

「り、凛、その時の大尉はどんな感じだったかな?」

「大尉ですか? 大変綺麗な笑顔で、「それは喜ばしいことだな、フフフフフ…」と、笑っていましたよ?」

態々声マネまでしてくれる凛。

彼女再現した声は、とっても平坦だった。


―――あれ俺何時の間にか死亡フラグ立ってる?―――


自分が知らない内に追い込まれていた事に、内心汗ダクダクな大和。

次に彼女に遭った瞬間、首と胴体がお別れする可能性が出てきてしまった。

「あ、こちらでしたか少佐…と、もしや七瀬少尉か?」

「あ、お久しぶりです、篁中尉!」

そこへ、書類を持った唯依が現れた。

顔見知りな二人は、久しぶりの再会に花を咲かせ、お互いの近況を教えている。

それに対して、大和は自分に立っている死亡フラグを、どうやって圧し折るか考えるのに必死だ。

「中尉も、大和お兄様の副官で大変ではないですか?」

「元々斯衛軍でも似たような物だし、それほどではない。色々と学ぶ機会も多いしな」

別の事は大変だがな…と内心で呟きながら凛と会話する唯依。

この基地に着てから、大和に対して直接的なアプローチをする女性が出現した事が唯依の大変な出来事だ。

以前の斯衛軍では、規律だなんだと厳しかったし、何より大和は技術廠に配属されてからずっと唯依に見張られている。

山吹の武家であり、実力の高い中尉、そして巌谷中佐という後ろ盾のある彼女を抜いて大和と仲良くなろうとする女性は居なかった。

雨宮は唯依の応援側だし。

それがこの基地へ来てから登場したのだ。

イーニァとクリスカは、唯依とも良好な関係を築いているものの、207の三名や整備班、唯依も知らない夕呼の下のスタッフなど、多数が大和を狙っている。

大和本人は知らなかったりするが。

「大和お兄様は相変わらずですか?」

「あぁ、安心するべきか不安に思うべきか悩む事だがな…」

凛の小声の問い掛けに、同じように小声で答えながら軽く顔を顰める。

以前から、大和が全く女性と関係を結ばない事に、凛は不安に思っていたのだ。

性格はアレだが、実力・地位・知識、どれも同年代では飛び抜けている。

ルックスも武とどっこいで良い方だし、縁談の話も七瀬家経由で来ているのだ。

それを、大和は完全に蹴っているだけに、凛も不安に思う。

もしや兄は不能、もしくは衆道ではと…。

特に武絡みの時の大和が時折その毛を冗談で見せる事があるだけに、後者ではないかとかなり思っている。

因みにとある女性集団に、武と大和の関係がキャーキャー言われているのだが、本人達は知らない事だ。

「そうですか…中尉、私は中尉なら何の不満もありません、私も協力しますから!」

「え…ちょ、ちょっと少尉?」

「私は武お兄様、中尉が大和お兄様、これで完璧です!」

「な、何を言っているのだ少尉っ!?」

「あ、私この後仕事がありますので、これで失礼します、では!」

「ちょっと、七瀬少尉っ、少尉ーーーっ!?」

何やら暴走したままその場を去ってしまう凛。

言うまでも無く、彼女も黒金菌と白銀菌に感染している。

と言うか、感染者第一号である。

「そ、そんな、私は別に、少佐とは……(///」

真っ赤になってまごまごする様子を見て、遠くでニヤニヤしているのはおばちゃん達。

若い子の恋愛は見ていて微笑ましいねぇと、皆で鑑賞中。

その様子は、昼ドラを見る主婦のようである。

「いかん、本気になった大尉は武や紅蓮大将でも手におえないのに…俺の野望もこれまでか…ッ!」

「……何を言っているのですか、ほら仕事に行きますよ」

机の下でブツブツと呟いている大和を、気を取り直して連れて行く唯依。

若干まだ頬が赤いが、大和の手を握るのは問題ない様子。

「唯依姫、俺が死んだら、白銀ハーレム計画の遂行を…ッ!」

「お断りです」

ピシャリと拒否して、ズルズルと大和を連れて行く唯依姫。

その光景を眺めていたおばちゃんが、唯依の一歩前進に満足そうに頷くのだった。







[6630] 第二十五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:47










2001年7月19日―――





「チクショウ、なんだよあの布陣はっ!?」

コックピット内で毒づきながら、必死に舞風を動かすタリサ。

一秒でも早く動かなければ、即撃破されてしまうだろうこの状況。

「危ねっ!?」

舞風の頭部モジュールを掠めるのは、支援狙撃砲のペイント弾。

それが着弾して廃墟のビルを黄色く染めるのを横目に、タリサは舞風をビルの陰へと滑り込ませる。

「あ~くそっ、こちらA00、皆無事かぁっ!?」

『こちらA02、何とか無事です!』

『A03、機体は無事です…でも右側CWSに損傷、使用不可…』

『A04、すみません…右手腕損傷しました』

『A05です、右噴射跳躍システムと支援突撃砲が破壊判定されました…』

タリサの呼びかけに、順次答えるのは207のメンバー。

上から順に冥夜、彩峰、委員長、高原である。

「01はどうなった?」

『最初の一撃で頭部と動力部を打ち抜かれたようです、大破判定がされました…』

冥夜の言葉に、顔を顰めるタリサ。

01は茜なのだが、これは彼女のミスと言うより、タリサの油断が招いた結果だ。

「前衛向きが居ないからって油断したなぁ、向こうはガチガチの待ち戦術かよ」

呟きながらビルの隙間を利用して望遠で敵部隊の様子を窺うが、頭部モジュールが露出した瞬間に頭上にペイント弾が着弾する。

「ひぇぇ、なんつー腕だよ、向こうの狙撃主は!?」

『恐らく珠瀬です、彼女の狙撃の腕前は、私達より遙に上です!』

「嬉しくない情報ありがとよ、まいったなこりゃ…」

頭をガシガシと掻きながら、この後の行動を考えるタリサ。

敵指揮官は同僚のステラであり、彼女の性格は冷静沈着、そして抜け目がない。

近い内に中尉になる為の試験を受けるとか言って、勉強もしていただけに、指揮能力も上がっているのだろう。

「前衛と出会い頭に01を潰されたのが痛いな…」

敵部隊前衛二機と接敵した瞬間、二機の背後三方向から支援狙撃砲による精密狙撃が行われ、結果はこの通り。

突撃前衛装備の冥夜、彩峰は追加装甲を楯にビルの影に隠れ、委員長と高原は後衛だったので直に物陰に隠れられたが、茜はタリサと一緒に中堅だった上に、周囲に障害物がない状態で狙い撃ちされてしまった。

タリサも追加装甲に集中攻撃を受け、ダメージ判定で追加装甲は使用不可。

先ほど捨ててビルの影に隠れた所だ。

「はぁぁ、やっぱアタシには指揮官向かねぇよ…」

ぼやきつつも、何とか相手に一矢報いるべく、頭を働かせるタリサ。

彼女達が戦う演習場は、一時の膠着状態へと陥っていた。








遡ること数十分前―――










この日、横浜基地演習場には207の響の他に、横浜基地戦術機開発・実験評価部隊、通称ワルキューレ隊の舞風まで鎮座していた。

演習場へ到着した207は、以前の模擬戦闘で見た二機が居ることに、戸惑いを隠せない。

指揮車両の隣に張られたテントの下には、強化装備姿の二人の女性。

恐らく彼女達が、舞風の衛士なのだろうと考えながら、207はテント前へと集合する。

「全員揃ったな」

彼女達を出迎えたのは、武やまりもだけでなく、大和も一緒だった。

大和は揃った207を一瞥すると、二人の女性衛士を促す。

「以前の模擬戦で見たと思うが、陽炎改造機『舞風』のテストパイロットをしている二人だ」

「タリサ・マナンダル少尉だ、よろしくな!」

「ステラ・ブレーメル少尉、よろしくね」

「よろしくお願いします!」×10

二人の挨拶に、207も敬礼で答える。

「二人は横浜基地戦術機開発・実験評価部隊、通称ワルキューレ隊に所属する衛士だ。どちらも基地内で上位に食い込む実力者でもある」

「えへへへ~っ」

大和の紹介に、嬉しそうに笑うのはタリサ。

見た目はアレだが、彼女の実力が高い事は、先の模擬戦闘でも理解している。

撃震の改良機とは言え、大和が操る機体に黒星を与えているのだから。

「本日の実機演習は二部隊に分かれての模擬戦闘だが、少し趣向を凝らしてみることにした」

そう言って大和が取り出すのは、腕が入る位の穴が空いた箱だ。

「中にクジが入っている、これで部隊分けを行い、少尉二人それぞれの指揮下に入って模擬戦闘を行ってもらう」

「えぇっ!?」×11

大和の説明に、驚きの声を上げる207とタリサ。

他の部隊の人間との演習や模擬戦闘は、合同訓練などであるが、訓練兵と正規兵を一緒に戦わせるなんて聞いた事がないからだ。

「まぁ、社会見学と思えば良い。実戦を経験した少尉達から学ぶ事も多く、また両少尉も部隊指揮や自分が忘れている基本を思い出すのにも有効と思ってな」

尤もらしい説明をする大和だが、後ろの武は呆れ顔。

要は、面白い模擬戦闘をやらせたいだけなのだから。

まぁ、一応経験を積ませるという理由もあるし、問題ないだろう。

「ちょっと少佐、アタシは聞いてないぜっ!?」

いきなり訓練兵達の指揮をやれと言われて、慌てるタリサ。

彼女、自慢では無いが部隊指揮は苦手なのだ。

マンツーマンでの指導などなら経験があるし、小隊指揮ならやった事がある。

しかし、訓練兵相手の指揮を出来るほど、彼女は勉強していない。

「面白そうですね、少佐」

「ステラぁ!?」

逆に、ステラは乗り気だ。

先ほども声は出さなかったが驚いていたステラ。

だが、先ほど大和が説明した理由には納得できるし、最近中尉への昇進試験を考えているステラには、良い経験になる。

何より、まだお尻の青い彼女達が、どんな頑張りを見せるか、楽しみという理由もある。

「では採決を取ろう、今日の模擬戦闘の内容に賛成の人挙手!」

で、上がるのは大和、ステラ、渋々の武と、苦笑したまりも。

207にはまだ参加権が無いらしい。

「酷ぇっ、横暴だぁっ!?」

「はっはっはっ、民主主義とは数の暴力なのだよ」

大和、少々問題発言。

多数決と民主主義は=ではないのだが。

とは言え少尉であるタリサに少佐の命令を拒否できるわけも無く。

訓練兵相手にどうすりゃいいんだよと項垂れるタリサを、ステラが微笑みながら慰める。

「では、くじ引きタイムだ」

と言って、茜に箱を向ける大和。

急な展開に戸惑いながらも、箱に手を入れて中の紙を一枚取り出す。

「えっと、A01です」

「神宮寺軍曹、記録をお願いします」

「あ、はい」

大和に言われ、テント内のホワイトボードにA01涼宮と書き入れるまりも。

よく見れば、既にA00タリサ、B00ステラと書かれている。

その後順番にクジを引いて、全員の部隊振り分けが完了する。


A部隊、隊長はタリサ。

A01茜、A02冥夜、A03彩峰、A04委員長、A05高原。


B部隊、隊長はステラ。

B01タマ、B02晴子、B03美琴、B04築地、B05麻倉。


この様に部隊分けがされた。

「う~む……」

「なんつーか…」

「見事に前衛後衛で分かれましたね…」

唸りながらボードを見る大和、苦笑する武と、引き攣った顔のまりも。

207A・B分隊でそれぞれ暫定ポジションとして、前衛ポジションが冥夜、彩峰、高原。

中堅に位置するのが委員長と茜、それに築地と美琴。

タマと晴子、麻倉が後衛だ。

器用な茜と機動力(逃げ足?)が自慢の築地は、時折前衛にも入るが、築地はあまり前衛向きではない。

それを考えると、A部隊は見事に前衛と中堅。

B部隊は中堅と後衛だけである。

A部隊には207両分隊の分隊長が同時に存在してしまっているし。

しかも部隊長も見事に前衛後衛で分かれている。

タリサはコテコテの突撃前衛、ステラは狙撃能力が活かせる後衛だ。

「バランス悪いな…」

「お前のクジだろ」

やれやれと呟いた大和に、武の裏手ツッコミ。

まぁ、本日は数度シャッフルしながらの模擬戦闘となるので、次のクジ引きに期待しよう。

「では、それぞれ部隊に分かれてブリーフィングに入れ、時間は15分だ」

ストップウォッチを片手に大和が宣言すると、両部隊急いでブリーフィング用に用意されたテーブルへと走る。

「よっしゃ、時間もないしとっととポジション決めて作戦練るぞ!」

「はい!」×5

こちらはタリサが持ち前の姐御肌で訓練兵達を引っ張る。

彼女が我の強い彼女達をどう扱うかが最大の見せ場だろう。

「それじゃ、簡単に質問していくから簡潔に答えてね」

「は、はいっ!」×5

こちらはステラの小隊。

クールビューティーと呼ぶべき美貌と言葉のステラに、彼女達は緊張気味だ。

「最初の部隊分け、どっちが勝つかな?」

「ある意味で長所同士のぶつかり合いだ。相手の行動と作戦を読み、尚且つ自分の部隊をどれだけ把握出来るかによるな」

ブリーフィングを進める両部隊を眺めながら、楽しげに会話する武と大和。

「でも面白そうだよな、正規兵に訓練兵を指揮させるのとか」

「普通なら有り得んがな、これも特権という奴だ」

と笑う二人だが、その会話を聞きながら作業するまりもは、別の思惑がある事を察していた。

「(どうせ夕呼の事だから、イベントとして許可したんでしょうね…)」

自重しない長年の親友(悪友?)の行動を理解して、不憫な207にそっと涙するまりもちゃん。

やがて15分が経過し、全員が機体へと走り出す。

そしてお互いの部隊が廃墟の向こうへと消え、指揮車両のまりもの声で模擬戦闘が開始された。























時は戻り―――


指揮車両に繋がれたモニターで状況を見つめる武と大和。

今回の模擬戦闘は両部隊CPなし、レーダー範囲は200m、武装は自由となっている。

「いきなり涼宮がやられたか…」

「これは腕前云々より、運が悪かったとしか言えんな…」

残念そうな武と、南無~っと手を合わせる大和。

タリサ率いるA分隊は、運が悪い事に、B分隊が網を張った場所に出てしまったのだ。

「B分隊は典型的な待ちの戦法だけど、これは怖いなぁ…」

状況を自分に置き換えてシミュレートして、顔を引き攣らせる武。

敵部隊前衛に発見された途端、三方向からの精密狙撃が襲ってくる。

しかもその内一つは、誤差が殆ど無い神業狙撃だ。

しかも弾丸が150mm、余程大きな廃墟や分厚い瓦礫でなければ、貫通して襲ってくる。

「しかも前衛は鎧衣と築地、片や勘と決断力では随一、片や回避機動が動物染みた動きNo1。その後ろには視野が広い柏木が控えている」

美琴の勘の良さは207の誰もが知っているし、工作能力はぴか一だ。

現に今も、相手部隊が利用しそうな道に、前回ステラが使用し、先行量産が開始された自動照準砲座を設置している。

設置さえれた砲座はセンサーが感知した機体へ突撃砲で攻撃するので、侵入警報の意味も持つ。

それが道と瓦礫の影に設置してあり、相手部隊の侵攻をより広範囲で察知できる。

打撃支援装備を選択した美琴はこれで手持武装は支援突撃砲一丁となるが、CWSにはガトリングユニットが装備されているので、火力は問題ない。

もう一人の前衛である築地は、物陰からソロソロと移動しながら相手部隊の位置を事細かに確認し、そのデータを狙撃機に転送している。

美琴と築地の役割は敵部隊の足止めと発見であり、無理に倒す必要は無いと言われている。

二人とも性格的にガンガン攻めるタイプではないので、ステラの指示はありがたかった。

中堅を任されているのは晴子、彼女の役割は後衛の防御と前衛が抜かれた際の仕切り直し役。

その為、CWSは多連装ミサイルユニットを装備し、もしもの際は全弾発射で敵の攻撃を強引に退ける役割を任されている。

この役は決断力もそうだが、広い視野がないと務まらない。

どの地点にどれだけ打ち込めば相手と距離を取れるか、それを広い視野で判断するのだ。

晴子の機体の直後ろにはステラ機、その右斜め後方に麻倉機。

タマの機体は、彼女達よりさらに後ろで陣取っている。

距離で言えばタマが一番遠いのだが、狙撃の命中率は一番だ。

現に、茜機の胸部を一撃で打ち抜いている。

麻倉機は胸部を狙ったが外れて頭部を打ち抜いた。

「流石ねタリサ、よく逃げるわ…」

そしてステラは、最初の一発でタリサ機を落とそうと考えていたのだが、見事に逃げられた。

これはステラの腕や支援狙撃砲の性能ではなく、タリサの勘と判断力が勝っていたからだろう。

こちらの前衛と接敵した瞬間、全ての機体が回避行動に入ったのは、恐らくタリサが回避命令を出したからだ。

残念ながら、A01、茜は場所が悪く逃げ遅れた。

そして彼女の能力を考えると……

「B02、B05、移動するわよ」

『え…あ、了解です』

『バレましたか?』

「恐らく、大体の位置を知られたわね…」

回避行動中であっても、タリサはこちらの狙撃位置を読んだだろう。

彼女ならそれ位はやってのける、確信があった。

「B03と04は下がりつつ敵の動きに注意、01はそのままで」

『『『了解!』』』

「全く、まるで才能の宝石箱ね…お姉さん楽しくなっちゃうわ」

珍しく戦闘中に微笑み、必死に頑張る訓練兵達を動かす。

待ち伏せ戦法は、場所が知られたら意味が無い。

その為ステラは、全員に細かい指示を出しながら敵の動きに備える。

「このままじゃジリ貧だぜ…」

一方のタリサは、冷や汗を流しつつ一度部隊を合流させる。

中堅であった茜を失った彼女達は、何とか敵部隊の狙撃を潰したかった。

因みに茜機は大破した瞬間に残骸扱いとなり、その場に墓標となっている。

現在彼女は、入力オンリーの戦況や仲間の会話を聞きながら、悔しさに打ちのめされている。

『隊長、私が囮になります。その間に珠瀬だけでも倒せれば挽回できます!』

『御剣、それはダメ…それは、私の役目』

『二人とも馬鹿言わないで、いくら貴方達でも珠瀬と麻倉の狙撃からは逃げ切れないわ!』

『おっそろしく精密だもんねぇ、あの二人…』

全方位警戒をしつつ、会話する面々。

タマは言わずとも高い実力だが、麻倉も舐めたらいけない。

207訓練部隊2位の狙撃の腕を持つ彼女、見敵と同時に狙撃に移るスピードならタマより上だ。

しかも精度も高い。

事実、タリサ達の位置が築地達によってロックされ、その位置データがスナイプユニットに自動受信された瞬間、麻倉は一瞬の迷いも無く狙撃し、茜機の頭を撃ち抜いた。

それから一秒と経たずにタマによって胴体を撃ち抜かれたのだ。

「お前ら、なにバカな事言ってんだ!」

『っ、申し訳ありません…!』

『…すみません』

『ほら見なさい、そんな無謀な事隊長がさせる訳「それはアタシの役目だ!!」―――って、はいぃぃっ!?』

タリサの一喝に、出過ぎた事言ったと謝る冥夜と彩峰。

委員長がそれ見たことかと言葉を発するが、その途中でとんでもない発言をしたタリサに遮られた。

「自慢じゃないが、アタシはこのF-15BEの機動力とその操縦に自信を持ってる。確かに連中の三方向同時狙撃は怖いけど、方向さえ判断できれば怖くない」

そしてタリサは、先程の狙撃で、大体の方向を読んだ。

その後、相手はステラなので移動した事も考えて、場所を大まかにだが特定している。

「お前等、これからかなり分の悪い賭けをするが、付いて来れるか?」

そう言って、映像越しに全員の顔を見るタリサ。

その表情には、どこか頼もしさすらあった。

『無論です!』

『むしろ追い抜く…?』

『彩峰っ、もう…隊長が囮だなんて…』

『そんな事言って、榊だって似たような事する癖に。あ、私は全然OKです!』

そんなタリサの言葉に頷く冥夜、生意気にも追い越してやると宣言する彩峰。

委員長は何やら頭を抑えているが、以前の模擬戦で自ら囮になって相手を誘き出した事を、その誘き出された相手に突っ突かれる。

高原は割りとそういう賭けは好きな方だ。




「フフ…分の悪い賭けは嫌いじゃない…ッ!」

「ど、どうした急に…?」

突然隣の大和が意味不明の台詞を言い出したので、微妙に距離を空ける武ちゃん。

「いや、言っておくべきかと思ってな」

「意味が分からん…」

なんてやり取りの二人は置いといて。




簡単な作戦会議を終えたA分隊が、動き出した。

『こちらB03、敵影確認!』

『こ、こっちにもっ、こちら04、敵影2機確認!』

連絡が来ると同時か早い位か、スナイプユニットの間接標準システムに敵位置が表示される。

「建物が邪魔ね…01、05、自己判断で撃ちなさい! ……タリサの読みの能力を見誤ったわね…!」

敵影の位置から、相手は確実にこちらの布陣を読んでいる。

その証拠に、ステラ、麻倉から狙撃できない、し難い場所を二機が移動している。

『B01、フォックス1!』

タマが狙撃したが、敵マーカーは健在。

『避けられたっ、マーカー1は舞風ですっ!』

「タリサっ!? 隊長が囮だなんて…っ」

美琴からの通信に、ステラが内心焦る。

タマの狙撃の腕前と射程距離は確かに脅威だが、撃ってくる方向を読まれ、さらにタリサレベルの勘と腕を持つと、当てるのは難しい。

とは言え、タリサの方もいっぱいいっぱいらしく、美琴の攻撃に押されて前には進めない。

「01はそのまま03と連携して敵部隊長を。05は04と共に他の機体をし止めなさい」

『砲座が発砲っ、右から抜かれました!』

「狙いはこちらね!」

美琴が設置した自動照準砲座が自動射撃を開始し、敵機体の足止めを狙うが、突破されたらしい。

『05フォックス1!』

『ダメですっ、掠っただけです!』

築地からの通信に、舌打ちして機体を狙撃姿勢から立ち上がらせる麻倉。

『そこっ!』

支援狙撃砲を構えたまま移動し、廃墟の境目を縫う様に移動する相手の響を狙い打つ。

だが次の瞬間、相手が持っていた多目的追加装甲をその場で放り投げ、それにペイント弾が着弾する。

『しまっ――!?』

次の瞬間、ビルを足場に三角跳びの要領で上空から強襲する相手の響。

慌てて支援狙撃砲を上空に向けるが、小型化されているとは言えCWSでも長物に分類される装備だ。

銃口が相手を捕らえる前に、相手の長刀が煌く。

『B05、胸部に致命的損傷、大破』

管制をしているまりもの声と共に、麻倉の視界が砂嵐になる。

そして次の瞬間には、現在まりも達が見ている映像に切り替わる。

負けた子はお勉強しなさいという事だろう。

「あれ…相手も大破?」

見ると、自分の響を切り倒した相手の響も、自分の機体の前で大破している。

大破判定理由は、150mmの着弾となっている。

「部隊長から…流石だ…」

相手の機体が長刀を振り下ろした瞬間、横合いの隙間からステラが狙撃したのだ。

だが一歩遅かったらしく、両者大破となった。

因みに相手は、なんと高原だ。

「ひゃー、高原根性あるなぁ…」

「彼女はここ一番でのフォローや度胸には定評がある」

モニターで見ている二人は、影の薄い高原の意外な活躍に感心していた。

彼女の機体は右噴射跳躍システムが破壊判定で動かないのだが、残りの1基と追加スラスター、そして壁を使用して強襲したのだ。

「くっ、間に合わなかった…」

『隊長、敵機二機接近!』

麻倉へのアシストが間に合わなかった事を悔やみつつ、晴子からの通信に素早く思考を切り替える。

支援狙撃砲を待機状態に戻すと、担架から突撃砲を両手に構える。

「喰い込まれたわ、乱戦になるから注意しなさい。04は03の援護を!」

ステラが指示を出しながら移動していると、そこに二機の響が現れる。

突撃前衛と打撃支援装備の二機が、晴子とステラの分断にかかる。

「02、ミサイルの発射は貴女に一任するわ」

『了解です!』

廃墟を壁にしながら、二機連携を組む相手を牽制するが、中々に手強い。

特に打撃支援の機体が厄介で、連携を組んでいる突撃前衛がどう動くか分かりきったような援護をしてくる。

『隊長っ、行きます! 02、フォックス1!』

晴子がCWSの多連装ミサイルが一斉に放たれ、ペイント液を撒き散らす。

大和考案のこの模擬戦用ミサイルは、ペイント液と白煙の二段構造であり、着弾した瞬間風船が弾けるように液と煙を撒き散らす。

煙が風に舞う中、黄色く染まった機体がチラチラ煙の隙間に見える。

『よしっ、仕留めた――って、嘘っ!?』

晴子がそれを見て喜んだ次の瞬間、黄色く染まった機体の後ろから、もう一機が噴射跳躍しながら現れる。

その機体には黄色い飛沫がかかっているだけでほぼ無傷と言って良い。

そして担架システムを起動しての3問の突撃砲+両肩のミサイルとマルチランチャーの一斉砲撃に晴子は逃げる暇もなく倒される。

因みに響や舞風の担架システムの前面展開は、基部で回転して突撃砲を正面に向ける展開形態となっている。

もしも手腕が破損した際は、各部伸縮部が伸びて手腕の位置に突撃砲を持ってくる事も可能だ。

「前衛が文字通り壁になったのね…っ!」

ミサイルが破裂する瞬間、突撃前衛の機体が楯を構えつつ打撃支援の前に立って被害を防いだのだろう。

廃墟から突撃砲で狙い打つが、相手はそのまま向こうのビルの後ろへと消える。

立て続けに二機撃破され二機撃破した。

数ではまだステラの部隊が勝っているが、油断なんて出来るわけが無い。

「っ、04も撃破されたのね…」

部隊の機体番号がまた一つ消え、築地が撃破されたと知るステラ。

『隊長、敵が増えました!』

「急いでこちらに、01は撤退の援護を!」

残った美琴の方に、先程の打撃支援が向ったらしい。

美琴との合流を急ぎつつ、ふと嫌な予感がするステラ。

敵部隊は6、最初に1機倒し、二機倒した。

現在美琴が応戦しているのはタリサの舞風、そして打撃支援装備の響。

では、残りの一体は?

「――――っ、しまった、01逃げなさいっ!!」

『え――っ?』

ステラからの通信に、一瞬狙撃を忘れて聞き返してしまうタマ。

そんな彼女の機体が隠れているビルの隙間へと、横合いから強襲する機体があった。

「見つけたぞ珠瀬ぇぇぇぇっ!!!」

長刀を振り被り襲い掛かるのは冥夜。

距離にして300mを、一気に詰めてくる。

『っ、しまっ――!?』

慌てて機体を立ち上がらせるタマだが、命中精度の為に機体をビルの瓦礫に預けていたのが仇になり、立ち上がりに時間がかかる。

「せぇいっ!!」

冥夜の声と共に長刀が振り下ろされ、胴体部を切り裂く。

刃は潰してあるので切れはしないが、衝撃でビルに倒れこむタマ機。

「隊長、やりました!」

『よくやった02、このまま勝ちに行くぞ!』

「はい!」

通信からのタリサの声に答え、冥夜は急いで敵が居る方へと移動する。

「タマを倒す為に、冥夜はずっと外円部を移動してたのか…」

「レーダー範囲が狭く、CPも無い。マナンダル少尉の読みと狙撃方向から位置を割り出したか」

その光景を見ていた武達は、冥夜の見事な強襲を褒めると共に、無茶をするタリサに苦笑を浮かべる。

「気のせいかな、俺マナンダル少尉とすげぇ気が合いそう」

「全面的に肯定だな」

「似てますね、無茶な所とか」

苦笑する武と、うんうんと頷く大和とまりもであった。







































「お疲れ様だ、どうだったかな今日の模擬戦闘は」

「あ、少佐。へへっ、すっげぇ楽しかったぜ!」

格納庫から程近い休憩所で休んでいたタリサとステラの元に、大和がやってくる。

本日予定していた模擬戦闘は既に終了しており、207は現在本日のお浚い的な事をしている。

タリサとステラは、着替える前に身体を休めて居た所だ。

「最初は何を言い出すのかと思いましたけど、大変勉強になりました」

しみじみと答えるにはステラだ。

最初の一戦、あの後結局ステラの部隊が勝ったのだが、生き残ったのは美琴のみ。

ステラは後から駆けつけた冥夜に倒され、その冥夜は美琴を追うがトラップ代わりの自動照準砲座の餌食となった。

打撃支援の機体、あれは委員長の機体なのだが、ステラに撃ち抜かれている。

タリサは美琴とステラに追い遣られて敗北、元々タマの狙撃から逃げていてボロボロだったのだ。

そのタリサが撃破された瞬間、冥夜が全力噴射で突っ込み、切りながら横をすり抜けるという妙技でステラを撃破。

だが美琴にしてやられて終了。

なので、正直に言えば引き分けな模擬戦となってしまった。

その後、軽い休憩と次の班分けを行い、今度はバランス良く混ざり、全く活躍出来なかった茜が頑張って二機連続で倒すなどの名誉挽回を見せる。

最後の方はタリサもステラもA01やB05などの番号ではなく、苗字や名前で呼ぶようになっていた。

「全くだぜ、本当にあいつら訓練兵かっての…」

冥夜と高原の二人に近接戦闘で押し負けたタリサ、若干悔しそう。

「まぁ、彼女達との訓練は今後も考えてあるから、再戦はその時にな」

「本当ですかっ? よっし、次は2対1でも勝ってやる!」

大和の言葉に嬉しそうに意気込むタリサ。

武や大和からして見れば、冥夜や彩峰を含んだ前衛二人と互角に戦えるタリサの方が凄いのだが。

「とりあえず、着替えたら執務室へ来てくれ。報告書を書いてもらうんでな」

「了解です」

「うげ~…了解っす…」

大和の言葉に素直に返答するステラと、露骨に嫌そうなタリサ。

何故なら報告書をチェックするのは、唯依姫のお仕事。

彼女のチェックは日本語だろうが英語だろうが厳しいのだ。

「それじゃ、また後でな」

この後別の用事がある大和は二人と分かれ、演習場地下ハンガーへと足を伸ばす。

そこには、整備ガントリーに固定されている戦術機以外に、横浜基地が生み出した支援戦術車両、ガンメタルカラーに塗られた先行量産型スレッジハンマーがズラリと並んでいた。

「戦車長、首尾はどうかな?」

「これは少佐、上々ですよ」

最近新しく掘り進めて建造した演習場地下格納庫の、真新しいスペースで部下に指示を出しているのは、以前の戦いの際にハンマー部隊を指揮していた戦車長だ。

声をかけてきた大和に敬礼しながら、自慢の部隊へ視線を向ける。

そこでは、元歩兵や戦車兵の兵士達が、機体調整や操縦訓練など、熱心に行っている。

「気合が入っているな、皆嬉しそうだ」

「それはそうですよ、皆戦術機で戦う事を夢見て、破れてきた連中ですからね」

戦術機の適正は、万人にある訳では無い。

中には全く適正の無い人間も居るし、逆に207の乙女達のように高い人間も居る。

誰しもが徴兵や志願兵として適性試験に挑み、破れた者は歩兵や戦車兵、あるいはCP将校の道を進む。

整備兵の中にも、夢破れたが戦術機に携わりたくて整備や開発の道へ進んだ人間も多い。

だが、スレッジハンマーは、操縦方法は独特だが戦車が動かせれば多少の練習で操縦が出来る。

戦術機のように飛び跳ねたりしないので、適正も関係ない。

戦車一個中隊クラスの火力と、戦術機よりも硬い重装甲。

そして戦闘以外に土木や救護までこなせる万能支援車両でもある。

その証拠に、一番奥のスペースには、バケットやクレーン、掘削機などを装備した重機モデルや、衛生兵が使用する移動救護設備搭載の機体も鎮座している。

「聞いた話じゃ、帝国の帝都守備隊にも配備されたとか?」

「あぁ、色を帝国軍の不知火と合わせて塗った機体をな。性能評価も高いから、近々湾岸防衛隊にも配備される予定だ」

スレッジハンマーの活動範囲は、基本平地だが荒地でもキャタピラで走破可能だし、上半身が露出していれば水も大丈夫。

キャタピラで走破できない場所の為に、二足歩行にもなれる。

まぁ、大抵の場合、キャタピラの先、足の時の爪先になる部分に掘削機やバケットを装備して、ブルドーザーの如く土や瓦礫を押し退けながら進むのだが。

因みにこの格納庫の拡張も、重機タイプのスレッジハンマーで行ったのだ。

現在も演習場を広げる目的や、基地周辺の整地の為に運用されている。

基地正門の横にも、警備用のスレッジハンマーが1機、仮設倉庫の中で鎮座している。

これは重火器を取り払い、対人兵器…ゴム弾やネットなどを発射する武装が搭載されたモデルだ。

汎用性の高さが売りのスレッジハンマーには、大和考案の武装や装備の他に、現場や開発班、整備班などが上げたあったら嬉しいこんな装備を、大々的に募集して採用している。

その一例は、最近導入された戦術機搭載ガントリーフレーム。

これは、補給コンテナを運べる事に着目した整備班が、いっそ戦術機を乗せて運べば便利では? と考えた物。

使用場所は格納庫や演習場のみならず、戦場でも駆動系が大破して動けない機体や、自力で戻れない機体を回収するのだ。

スレッジハンマー自体に内臓された火器は、小型種なら問題なく駆逐できるので、ガントリーフレームを装備しても問題ない。

両肩のCWSにガントリーフレームが搭載され、手腕のガトリングがアームに換装される。

強度の問題でキャタピラの両足にもフレームが接続され、人型への変形が出来ないが、戦術機を運ぶのに人型になる必要は無いので大丈夫なのだろう。

「まぁ流石に、全身が掘削機なのはどうかと思いますがね…」

「アレはアレで浪漫なんだがなぁ…」

パイロットに選ばれた歩兵が出した案にあった、全身これドリルという機体。

ご丁寧に頭部にも回転するドリル、余計な部分で股間部分にもドリル。

態々絵まで書いて大和に提出したその兵士は、以後「スパイラル・斉藤」と呼ばれる事になったとか。

本人が気に入っているようなので、特に誰も気にしない。

大和はそんな案をバカにするどころか、ちょっと設計してみるかと言い出して、慌てて戦車長達が止めたものだ。

だが、その案の一部が実用化され、スレッジハンマーの前衛装備に搭載されている。

「足先に掘削機で、瓦礫もBETAも全部粉砕! くぅ、痺れますねぇ!」

「そうだろうそうだろう」

戦車長の言葉にうんうん頷く大和。

前衛、つまり防衛線での戦闘の際に一番前で支援をする機体は、当然小型種などに群がられる。

それを想定して、キャタピラ側面や正面などに、スーパーカーボン製の鋭利な刃物を搭載。

これらが全て個別に回転して、近づいた物をBETAだろうが瓦礫だろうが細切れのミンチにしてしまうのだ。

簡単に言うなら、畑を耕す際に使われるアレが、高速回転でキャタピラをガードしている状態。

正面、爪先の部分は強度を考えて掘削機の物を流用しており、より凶悪な見た目。

流石に大型種は無理があるが、要撃級なら何とか抉る事は可能と思われる。

攻撃を受けなければだが。

「でも整備班からは不評なんですよねぇ…」

「汚れるしな…」

まだ実際に対BETAで使用されていないが、モーターブレードを装備するソ連の戦術機関係で、BETA抉ったら掃除と整備が大変だと整備班に言われたのだ。

実際その通りなので、この辺りも考え物である。

「そうそう、例の話は聞いているかな?」

「あぁ、ウチの部隊とやるって話ですね? それ聞いてから、ご覧の通りですよ」

大和の言葉に、戦車長が嬉しそうに部隊の仲間を指差す。

彼らが気合を入れて整備訓練や機体操縦、武装の勉強をしているのは、数日後に予定されている出来事が原因。

「まだ基地内でもスレッジハンマーの実力に懐疑的な連中が多いのでね、期待しているよ戦車長、いや、松嶋中隊長」

「了解です!」

戦車長こと松嶋中隊長とニヤリと笑みを交わしてその場を後にする大和。

居並ぶ鋼鉄の重戦車たちが、その出番を今か今かと待っていた。










[6630] 第二十六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:43

















2001年7月22日―――――



207訓練部隊の乙女達は、緊張した面持ちで強化装備を纏い、格納庫へ集合していた。

彼女達の表情が硬いのは、本日行われる模擬戦闘が理由だ。

「しかし、我々訓練兵まで評価試験に参加させられるとは…」

「びっくりだね…」

格納庫で出番を待つ自分達の愛機を見つめながら会話をする冥夜と彩峰。

昨日の訓練の終了後、武から本日の予定を聞かされた207は、かなり困惑していた。

「スレッジハンマーだっけ? あの戦術機モドキ」

「うん、黒金少佐が設計したって聞いたよ?」

たった今、晴子が指差す先を通過していく巨大な戦車。

本日彼女達が模擬戦闘を行う、支援戦術車両『スレッジハンマー』だ。

巨大なキャタピラの搭載された両足を伸ばした体勢の機体であり、見るからに頑丈そうな機体。

両肩には響と同じくCWSも搭載されている。

答えた築地は流石少佐だよね~と笑顔だが、委員長達は少々懐疑的だ。

「いくら少佐の作品でも、対戦術機戦なんて出来るのかしら?」

「見るからに機動性低そうだもんね~、走破性は高いみたいだけど」

委員長の疑問に苦笑しつつ同意する美琴。

本日の予定では、午前中に横浜基地所属の撃震の中隊と陽炎の中隊との評価試験戦闘、午後は彼女達207がその相手をするのだ。

大和の実力や知識は評価している彼女達だが、あの鈍重な機体が戦術機、特に陽炎の部隊に勝てるとは思えないようだ。

「お前ら、見た目に騙されんなよ?」

「その気持ちは分からないでもないけどね」

「あっ、マナンダル少尉にブレーメル少尉…け、敬礼っ!」

突然声をかけられて振り向けば、そこには強化装備姿のタリサとステラが。

茜が驚きつつも全員に敬礼をさせると、二人も答礼して返す。

「お二人も評価試験に参加するのですか?」

「そうなんだよ、昨日少佐に言われてさ。って言うか、聞いてないのか?」

冥夜に問い掛けに答えつつ首を傾げるタリサに、同じく首を傾げる207の面々。

「今日の午後の貴女達の部隊指揮を、私たちがする事になっているの」

「え…えぇっ!?」×10

ステラの苦笑混じりの言葉に驚く彼女達。

「ほら、相手は中隊規模、つまり12体だろ? 人数合わせだよ人数合わせ」

ケラケラと笑いながら説明するタリサに、あぁなるほどと納得しつつも、普通そこはまりもや武が入る物ではと考える面々。

本来ならまりもが入る予定だったのだが、彼女の実力を考慮してタリサとステラが入れられた。

まりもの実力が低いのではなく、高くなり過ぎてA-01レベルでなければついて行けないらしい。

その事を喜べばいいのか残念に思えばいいのか微妙なまりもちゃんだったり。

「詳しい事は午後のブリーフィングで説明されると思うけど、よろしくね」

「勝負はお預けだけど、これはこれで楽しめそうだしな!」

大人な笑顔のステラと、ガキ大将のようなタリサに、面食らいつつも嬉しく思う207の乙女達。

この前の模擬戦闘でかなり仲良くなれたので、また逢いたいと思っていた位だ。

「ところで、先程の言葉ですが、お二人はあの支援戦術車両と戦った事があるのですか?」

冥夜のその質問に、そうじゃないけどと前置きして手すりに背中を預けるタリサ。

「この前の、甲21からのBETAの侵攻があっただろ? あの時アタシとステラはグンマって所で防衛任務についていたんだよ」

「偶々近隣の駐屯地で部隊編成をしていてね、防衛線が抜かれたから慌てて出撃したの」

思い出して呆れているタリサと、頬に手を当てて苦笑するステラ。

流石にあの規模のBETAをたった2小隊で止めろという命令は無茶だった。

「その時にな、少佐が応援にきてくれて、そこであのスレッジハンマーを見たんだよ」

「正直言って、我が目を疑ったわ。戦術機の上半身がついた巨大な戦車なんだもの」

ステラの言葉に、確かにと頷く面々。

パッと見では、両足伸ばして座る戦術機だ。

その両足が巨大なキャタピラであり、機体は重装甲。

「でもね、あのスレッジハンマーのお陰で私たちは無事に生還できたと言ってもいいわ。勿論、少佐達の機体と腕前が大きな要因だけど、あの圧倒的な火力とパワーは見ていて身体が震えたわ」

小型種を機銃とキャタピラで屠り、その火力でもって大型種を駆逐する姿は圧巻の一言。

その光景を思い出してか、ステラが楽しそうに笑う。

「さっき、更衣室で着替えてた他の部隊の衛士が、あんなドン亀秒殺してあげるわ…なんて言ってたのよ」

「どっちがそうなるか見物だよな~」

クスクス笑うステラと、ケラケラと大笑いのタリサに、戸惑いつつもスレッジハンマーへの認識を改めた方が良いと感じる207。

「まぁ、午前中の様子を見てれば、あれがどれだけ怖いか分かるだろうさ」

そう言って、ほれ行くぞーと207を先導するタリサ。

彼女達はそれぞれ戸惑いつつも、待機スペースへと足を運ぶのだった。


































「これは…なんという…」

「予想外…だね」

「洒落にならないわね…」

あんぐりと口を開けて呆然としている衛士達の中、モニターを見つめながら呆然と会話するのは冥夜に彩峰、委員長。

彼女達の視線の先では、最初の評価試験の仮想敵部隊である撃震の中隊が、スレッジハンマーに押されている状況。

12対12の、中隊規模の模擬戦闘なのだが、始まって両部隊が遭遇してからたったの5分で、撃震の中隊は半数に減っていた。

「バカだねぇ、正面から撃ち合ったら勝てるわけないじゃん」

「スレッジハンマーの正面装甲に、36mmは貫通しない…恐ろしいわね」

結果が見えていたのか、平然と仮想敵部隊の評価…と言うか笑っているタリサと、溜息混じりのステラ。

模擬戦闘開始前に、スレッジハンマーの簡単な機体スペックの説明があったのに、仮想敵部隊は有効に活かせていない。

スレッジハンマーの、特に正面や両足の装甲は、戦車級などに群られる事を想定して、分厚い装甲になっている。

装甲には多目的追加装甲などの材料が使用されると共に、従来の戦術機の倍以上の強度を誇っている。

元々機動性をさして考慮していない機体だけに、重くたってキャタピラで動ければ問題ないのだ。

勿論、肉抜きしてある場所もあるが、真正面から36mmを撃ち込んでも、スレッジハンマーの装甲は貫通しない。

避弾径始を狙い、正面装甲のあちこちが傾斜装甲になっているのも効いている。

タマレベルの腕前なら、弾丸をほぼ同じ箇所に命中させ続ければ貫通するが。

そして突撃砲で攻撃、例え強襲掃討仕様で4砲門での一斉攻撃をしても、相手が大破する前にその倍近い砲門から砲撃が来るのだ。

「あ~あ、まっ黄色だ」

「火力でゴリ押しの相手に、火力で対抗するのは危険よ…」

タリサが指差す機体は、果敢にも両手の突撃砲で相手を蜂の巣にしようとしたが、逆に全身がペイント弾の色で染められてしまった。

「実弾だったら粉々ねこれ…」

ステラの淡々とした言葉に、背筋が凍るのは207の乙女達。

自分達が軽く見ていた相手が、恐ろしい怪物だと理解したのだ。

それと同時に、あの機体を考えた大和に畏怖と尊敬を覚える。

「お、やっと近接戦闘に切り替えたぞ」

タリサが言う通り、砲撃戦では勝てないと理解した仮想敵部隊が、長刀に持ち替えて接近戦を挑み始めた。

だが、近づいてくるのを分かっていて何もしないほどスレッジハンマーの操縦士はバカではない。

両腕のガトリングと両肩のCWS、胸、肩、脇腹、両足(キャタピラ上部と左右外側)、爪先などに搭載された機銃や砲座で弾幕を張って近付けさせない。

そして相手の足が止まった瞬間、200mmが炸裂して撃震がまた一体、撃破判定された。

「200mmは追加装甲じゃ防げないぞ、覚えとけよ~」

207に注意を飛ばすタリサ、彼女はあの200mmが要塞級を吹飛ばすのを見ているので、絶対に防ごうとは思わない。

200mmは強力だが弾数と発射速度に難があるので、連射は出来ない。

だが、1機もしくは2機が相手を弾幕で足止めし、残る1機が200mmで撃破する。

スレッジハンマーの部隊は、三機連携で4部隊に分かれて敵を迎撃している。

これは、二機連携より火力が上がるし、3機ならまだ小回りが効かせられると判断しての組み分けだ。

とは言え、相手も仮想敵に選ばれるだけあって、既に4機のスレッジハンマーが撃破されている。

前にも言ったが、スレッジハンマーの装甲は36mmなら耐えられる。

なら、120mmで攻撃すれば良い。

当たり所がよければ、一撃で沈められるのは戦術機も戦術車両も同じだ。

とは言え、その120mmを当然スレッジハンマー側も警戒しており、容易に撃たせてはくれない。

「瓦礫に隠れられたら、中々撃破できないわね…」

ステラの言うとおり、重装甲の上に高さが戦術機の半分から上程度しかないスレッジハンマー。

ビルや建物の影に隠れやすく、誘導弾などを装備した機体は先ほどから物陰を移動しつつ弾をばら撒いている。

「っ、後ろを取った!」

興奮した面持ちの冥夜、1機の撃震が長刀を手にしてスレッジハンマーの後方から迫る。

キャタピラの旋廻能力では間に合わないスピードだが、なんと狙われたスレッジハンマーはCWSのガトリングユニットを後方に向けて弾幕にしながら、腰の部分を基点に回転して上半身が後ろを向いたのだ。

そして両手のガトリングと上半身の機銃、両肩のガトリングユニットの一斉射に、逃げ切れず餌食になった。

「キャタピラと上半身が前後逆で運用するタイプもあるみたいだから、あんな状態だって当然なるらしいぞ」

唖然としている冥夜達の肩を叩きつつ笑うタリサ。

スレッジハンマーの上半身は、簡単に言えば戦車の砲座である。

当然360度回転するし、逆向きで動くのだって平気である。

補給コンテナを運ぶ機体は、この状態で背中側にコンテナを搭載して運ぶのだ。

移動救護設備を搭載した、被災地や戦場へ直接乗り込む機体も、この形である。

因みに救護設備は当然治療なども行うので、振動を最小限に和らげる装置を搭載しており、この機体だけはこの姿がデフォルトだ。

普通の車両が入っていけない荒地や、BETAの死骸が転がる戦場を走破する為に、ドーザーブレードが標準搭載されている。

補給コンテナ輸送型は、コンテナをパージして向きを換えれば普通のスレッジハンマーになる、当然武装は少ないが。

「お、弱点に気付いた奴が居るぞ! そこだ行け!」

タリサの声に促されて彼女が見ているモニターを見れば、高い建物を足場に、弾幕を避けながら移動する撃震。

そしてスレッジハンマーの上空へとくると、短刀を手にほぼ真上から強襲したのだ。

頭部とコックピットに真上から短刀を突き刺された(実際は刺さらないが)機体は大破判定され、その場で動かなくなる。

「なるほど、あの機体真上からの強襲に弱いんですね?」

「そうね、武装の殆どが正面と斜め前方を想定している感じだから、真上に向けられる武器が少ないみたい」

晴子の言葉に、ステラが映像を指差しながら答える。

両手のガトリングと、CWSに搭載した一部の武装なら真上に向けられるが、その前に強襲されたら終わりだ。

確かにスレッジハンマーは重装甲だが、頭部接続部などは整備や可動の問題で脆い。

さらに、別の機体へと上空から強襲した撃震が、突撃砲を零距離で放って撃破している。

流石の装甲も、至近距離で撃たれ続ければ貫通する。

この辺りは何度も装甲防弾実験をしたので、確りとデータ化され、機体が貫通したと認識して撃破判定がされたのだ。

全てにおいて万能の機体は存在しない。

故に、陸上戦艦なんて渾名がつき始めているスレッジハンマーであっても、接近されれば弱いのだ。

機体各部に設置された機銃なども、小型種を想定しているので戦術機を撃破する事は難しい。

だが、近接なら絶対に勝てる訳ではなかった。

廃墟を楯に牽制してくる撃震相手に、立ち上がり二足歩行形態となった1機のスレッジハンマーが、右肩に装備されたシールドランチャーを楯に突っ込んでくる。

その重量で足場のアスファルトやコンクリートを砕きながら、突撃砲を向けてくる撃震にショルダータックルを慣行するスレッジハンマー。

比較的重い撃震より、更に重い機体の突撃に、回避出来なかった撃震はそのまま背後のビルまで押されて突っ込む。

この時点で既に機体は中破しており、まともに動けないのだが、そこに零距離からの機銃や胸部バルカンによる攻撃。

相手の撃震は、ビルに埋もれたまま撃破された。

「あれは直に逃げなかったのが敗因だな、スレッジハンマーの足は正直遅いから、逃げればよかったんだ」

と冷静に評価するタリサだが、あの重装甲、重火器満載の機体がドシンドシンと走って向ってきたらそれだけで怖い。

あのタックルも、下手をすればコックピットごと潰されかねない。

その辺りが丈夫な撃震で、助かった所だろう。

「にしてもあの操縦者無茶するなぁ、CWS壊れるぞ?」

「それにシールド内部のランチャーやミサイルが暴発したらどうするのかしら…」

と、スレッジハンマーの操縦者にもダメ出し。

確かにシールドランチャーは防御機能を想定した装備だが、残念ながらショルダータックルが出来るほど強度はない。

しかもやったのが重量級のスレッジハンマーだ。

あの操縦士は、恐らく戦車長にこっ酷く叱られるだろう。

更に相手の機体、一部完全に破損しているし。

誰も知らない事だが、あの操縦士の名前は斉藤と言ったそうな。

「どうだ、あの機体を見ての感想は?」

最初の模擬戦闘がスレッジハンマー部隊の勝利で終了し、タリサは207の面々へと顔を向ける。

全員が予想外という表情を浮かべており、中には午後の模擬戦闘を考えて緊張と不安を浮かべている者まで居る。

「正直、見縊っておりました。確かに機動性は無いですし、近接戦闘も低いですが…あの火力だけで十分脅威です」

「それにあの重装甲、完全に仕留めるには120mmか至近距離からの一点集中、または隙間への斬撃しか有効手段がありません…」

冥夜と茜の言葉にまぁそうだなと頷くが、タリサは徐にタマの隣に立つ。

「でもお前ら忘れてないか? こっちにはあの重装甲だって撃ち抜ける武装と、狙撃手が居るんだぜ?」

「にゃっ!?」

ポンポンとタマの頭を叩いて笑うタリサ。

確かにスレッジハンマーの重装甲は脅威だが、150mmや多連装ミサイルなら撃破できる。

それにあの武装群だって、壊してしまえば怖くない。

「まだ次の模擬戦闘もある、十分に対策と対処法を考えればアタシ等の敵じゃねぇって!」

「そうね、ミツルギ訓練兵やアヤミネ訓練兵なら、あの弾幕を掻い潜って強襲も出来るでしょうし」

豪快に笑うタリサと、期待しているわよと笑いかけるステラ。

そんな二人の先輩に励まされて、一度萎えかけた心が、活力を取り戻すのだった。





そんな彼女達の姿を、遠くから眺めている視線があった。

「どうやら、二人が上手い事彼女達を引っ張ってくれているようだ」

「そっか、あの結果を見て緊張してなければと思ってたけど…大丈夫そうだな」

双眼鏡で彼女達の様子を見つめる大和と武。

特に武は、スレッジハンマーの脅威に、彼女達が緊張して失敗しないか心配だったようだ。

だがそれも、姐御肌なタリサと、気配りの淑女ステラによって解されたようだ。

「あの、少佐、それに大尉? 何故我々はその……ダンボールに隠れているのでしょうか?」

恥ずかしいのかモジモジしながら問い掛けてくるまりも。

そう、彼女達は現在、人がすっぽり三人入れるダンボールに入って、そこに空けた穴から彼女達の様子を見ていたのだ。

「ご存知、無いのですか神宮寺軍曹!?」

「ダンボールは、とある凄腕の兵士、通称“蛇”が愛用する万能スニーキングツールなんだぜ!?」

「え?、え?、え?」

クワッと目を見開く大和と、熱く語る武ちゃん。

まりもはそんな二人の勢いに押されて混乱するだけ。

「いや~、俺も最初はダンボールなんてってバカにしてたけど、これが中々便利でさぁ。前も殿下とか月詠さんに追いかけられた時も見事にやり過せたぜ」

「うむ、俺も月詠大尉に追われた時に活用しているが、これがまた便利でな」

二人のしみじみという雰囲気の会話に、そんなバカなと思うまりも。

しかし実際、殿下に婚姻届け片手に追われた時も、月詠さんにお仕置きされそうになって逃げた時も、武ちゃんはこれで逃げ切った。

大和はよく対月詠大尉に対して使うのだが、まだ一度も見つかった事が無いと言う。

ここ最近は、ダンボールに隠れる事を知っている唯依に見つかっているが。

会話の中に聞き捨てならない事(殿下とか)も含まれていたが、混乱するまりもちゃんは気付く事がなかった。

そしてまりもちゃんの、何故ダンボールに隠れる必要があるのかという質問も流されて終わるのだった。




















PM14:17―――


支援戦術車両『スレッジハンマー』の評価試験は、午前中に撃震・陽炎両中隊を降し、その性能に懐疑的であった上層部や衛士達の度肝を抜いた。

圧倒的な火力と戦術機の武装を物ともしない重装甲、そして武装や装備の豊富さ。

これらを見せ付けられる形となった横浜基地内の親米国派は、大和の才覚に悔しがると共に恐怖した。

スレッジハンマーや、それに続く機体が量産されれば、米国は兎も角、BETA侵攻に悩まされている諸国は間違いなく飛びつくだろう。

如何に性能の高い戦術機を開発、配備したとしても、それを扱える衛士の数が今は圧倒的に少ない。

しかし、スレッジハンマーは最低でも戦車を操縦できれば動かせる上に、操縦を最低一人、通常は二人、役割に応じては三人でも運用する。

操縦者の体力や精神力なども通常の衛士より長持ちする上に、機体コストも通常の戦術機の半分程度。

豊富な武装はその殆どが規格化された量産品であり、流通が始まればトータルコストも抑えられる。

主戦場が防衛戦とはいえ、使い方次第では十分に戦線を任せられる機体だし、その活躍の場は広い。

現に今も、新しい演習場や格納庫などを増設する為に、重機タイプのスレッジハンマーが動いている。

撃震戦では最終的に7機が生き残り、相手は全滅。

陽炎戦であっても、4機が生き残った。

結果だけ聞けば、それほど大した機体に聞こえないかもしれない、陽炎を相手に中破と小破が4機なのだし。

しかし、本来なら戦う土俵が異なる機体だ、簡単に言えば、戦闘機対戦車の勝負である。

本来なら圧倒的優位にある筈の、実際機体スペックなら勝る陽炎が、戦車の延長上に当たるスレッジハンマーに負ける。

この事実に、スレッジハンマーの能力を見誤っていた連中は、唖然とするしか無かった。

しかし、設計者であり製作者である大和は満足していなかった。

確かに陽炎の中隊に勝ったが圧勝ではなかったし、何より相手が横浜基地の陽炎なのだ。

これが帝国軍の陽炎や撃震なら、恐らく負けていただろう。

特に相手が不知火なら、スレッジハンマーの勝ち目は少な過ぎる。

それは技量や錬度ではなく、心構えの問題だ。

防衛線の最後尾だと安心し、腑抜けている横浜基地の多くの衛士は、危機感や想定外の事態への感覚が弱い。

だからこそ、予想外の装甲強度を誇るスレッジハンマー相手に戸惑い、有効な作戦を立てられずに終わったのだ。

これが帝国軍なら直に考えを切り替えて対応するだろうし、斯衛軍なら各々が秀でた部分で勝ちを狙うだろう。

実際、月詠中尉にスレッジハンマーとどう戦うかと問えば、脅威である武装群を黙らせるか、弱点である上を取るか、またはもっと安全かつ確実な作戦を立案し、遂行する。

唯依にも、性能表を見せた段階で、「上から攻めるか、武装を黙らせます」と答えられている。

「この辺りが、中身の違いか……」

「? 何か言ったかね少佐」

「いえ、訓練兵ながら良く動くと思いまして」

ふと呟いた言葉を耳にしたのか、隣でモニターを見ていたラダビノッド司令が声をかけてきた。

それに対して平然と答えながらモニターを見る。

司令も思っていたのか、そうだなと頷きながら目線を戻す。

現在、評価試験は最終段階、つまり207訓練部隊+ワルキューレ部隊の混成中隊VSスレッジハンマー中隊の模擬戦闘の真っ最中なのだ。

それを、指揮車両内で見つめるのは大和と基地司令、司令の側近の将兵と親日本派の幹部。

開始から既に17分が経過しているが、戦闘は続行中。

被害は、混成中隊が大破なし、中破1、小破が3、対してスレッジハンマー中隊は大破が2、中破1、小破が6だ。

「訓練兵ながら、目を見張る機動操縦だ。流石は副司令の選んだ人選と言った所か…」

「白銀大尉が直接教導していますので、出来なければ問題ですよ」

感心する司令に、まだまだ甘いと暗にダメ出しする大和、これには周囲の将兵も唖然とする。

モニターで動き回る響と舞風は、明らかに午前中の撃震や陽炎を越える動きを見せている。

その動きだけでも驚愕なのに、各機体が装備するCWSの兵器。

これらが、その頑丈さと装甲で相手を苦しめたスレッジハンマーを瞬く間に撃破した。

大破した2機のスレッジハンマーは、どちらも150mm支援狙撃砲でコックピットを撃ち抜けれている。

ペイント弾なので黄色く染まっただけだが、実際に命中すればポッカリと穴が空いていただろう。

他に、小破、これは武装群を破壊判定されても小破と見なされるのだが、厄介な200mmやガトリングユニットを次々に潰したのだ。

お陰で、現在両手のガトリングや機体に内臓された機銃で戦うしかない機体が4機、残りの2機は機銃しか残っていない。

機体本体にダメージは無いものの、実際は中破と言っても良い。

「最初は訓練兵の部隊をぶつけると聞いて耳を疑ったが、まさかこれほどとは…。正規兵の少尉二人の指示も的確だ」

「私のプロジェクトのテストパイロットを務めております故、吟味した衛士です」

大和の言葉になるほどと頷きながら、模擬戦闘を見守る司令。

開始早々に、強襲作戦を決行した混成中隊。

タリサの舞風を先頭に、突撃前衛と機動力に自信のある者(自薦他薦併せて)6名で、まだ散開していないスレッジハンマー中隊へ強襲をかけた。

それも、噴射跳躍システムとスラスターを併用しての上空からの降下強襲。

午前中の両中隊が、廃墟を楯に進撃してきた事から上空への警戒を怠っていた前衛9機が襲われ、武装を第一目標に狙われた。

そして相手の反撃が始まると同時に、ミサイルなどを置き土産に撤退。

この時に茜の楯になった高原の機体が中破、冥夜と彩峰も小破した。

だが全機が無事にスレッジハンマーの砲撃距離から離れ、ハンマー中隊の方も弾幕を止めた次の瞬間、先頭二機の胸部、それもコックピットに150mmのペイント弾が命中。

回避どころか移動すら許されずに、2機が大破判定された。

タマと麻倉の超精密狙撃により、開始位置から仕留めたのだ。

最初の強襲の時に、築地が混じっていたのだが、彼女が強襲する相手部隊の位置情報を掻き集めていたのだ。

207内で、最も三次元機動を身体で理解している築地と、スナイプカノンユニットの活躍で、先制攻撃が成功。

相手部隊の火力も削ぎ落とし、最初こそ優位な状況で模擬戦闘は進んだ。

「ですが、最後尾の機体2機を撃ち漏らしたのが痛いですね」

「うむ、あれは出来れば一番に破壊したい武装だな」

モニターを眺める大和と司令の言葉には、周りの情報官や将兵も同意だ。

『チクショウっ、少佐のバカヤローーっ!!?』

情報官の耳に届くタリサの絶叫。

彼女の舞風の至近距離で、飛来した弾丸を模したペイント弾が、盛大に破裂して液を撒き散らす。

もしも実弾なら周囲の瓦礫ごと爆砕しただろうそれの正体は、300mmというふざけたサイズの砲弾。

それが、狙い撃ちの如く飛来して混成中隊を襲っている。

「最後尾のスレッジハンマーに搭載した、300mmを発射する砲身と本体、そして弾薬コンテナがセットになった現在運用されている支援砲の中で間違いなく最大サイズのセミオートカノン。局所防衛用長々距離砲撃戦装備、通称『ハルコンネンⅡ』」

「午後の模擬戦闘の開始時間が遅れたのは、あれを装備させたからかね」

司令の疑問にその通りですと答えながら、逃げ惑う響や舞風を見つめる。

300mmという大型砲弾を、セミオートで放つこの装備は、つい最近完成し、試射を終えたばかりの装備だ。

まだ正式量産はされていないものの、その威力と飛距離、弾数は現在混成部隊の乙女達が嫌と言うほど味わっている。

最初は押せ押せだったのだが、このハルコンネンⅡを搭載したスレッジハンマー、最後尾に居た機体が攻撃を開始した途端、逆に押されている。

このハルコンネンⅡは、200mm砲のように背中のジョイントに接続しつつ、弾薬コンテナを支えるサブアームを肩部CWSに接続。

さらにアンカーや機体を固定する為のスパイクなどで地面に完全に固定する為、機動力が完全に0になる。

が、その能力は恐ろしく、スナイプカノンユニットにも搭載されている間接照準システムが同じように搭載されているのだ。

その為、前衛が囮になって見つけた相手の位置に、狙いもせずに300mmをぶっ放す。

一機につき2門、二機合わせて4門の300mmを吐き出す大筒。

これだけで、相手の戦術機は逃げ惑うしかない。

大艦巨砲主義という言葉がお好きな方にはお勧めな武装だが、CWSを潰す上に機動力がさらに低下。

おまけに発射中は完全に動けないので、正に『局所防衛用』の武装である。

ついでに言うと、補給コンテナ搭載型と同じ形態で運用するので、前後が逆、そして立てない。

が、最後尾に配置すれば、戦艦からの支援砲撃と同じ効果を発揮できる武装でもある。

「こんな化物装備を訓練兵と自分の部下に向けるとは、君も人が悪いな」

「戦場では何が起きるか分からない、特にBETAが相手なら尚更です。私は、彼女達の思考を停止させたくないのですよ」

常に予想外、想定外が在ることを念頭に、考えさせ続ける。

思考の停止は行動の停止、それ以上先への道を閉ざす事となる。

有り得ない、在る訳がない、そんな言葉は、戦いの場では意味が無いのだ。

それを、大和は長いループの中嫌と言うほど経験してきた。

長いBETAとの戦いで、固まった固定観念が思考を止め、身体を鈍らせる。

予想外の出来事に咄嗟に動けずに喰われ、死んでいく者達。

その中には、当然自分も含まれていた。

まだ20回とループをしていない頃、固定観念に縛られて思考が止まり、結果仲間を何人も犠牲にした。

それは、大和が初めて中隊長という立場になった時の、忘れられない記憶。

自分を含めた誰もが予想外のBETAの出現と行動に驚き、固まり、そして死んでいった。

だからこそ、大和は常に彼女達に「予想外」や「想定外」と言った事態を見せ、体験させ、そして思考させる。

もしもの時に、咄嗟に動き、考え、生き残れるように。

「お、一度に3機巻き込まれましたね」

「日本ではアレを袋のネズミと言うのだろう?」

司令の言葉に良くご存知でと笑い、モニターを眺める。

モニター内では、スレッジハンマーに追い詰められた3機の響が、黄色く染められていた。

「さて、これで勝敗が分からなくなりましたね、司令」

「うむ、君としては、どちらが勝っても嬉しいのだろう?」

司令が言うとおり、現在戦っているのは大和が設計・開発した機体と武装同士の戦いだ。

例えどちらが勝っても負けても、その性能と評価は、そのまま大和へ繋がる。

とは言え、対外的には、スレッジハンマーに勝って欲しいのだろう。

既に撃震・陽炎の中隊に勝利しているので評価は問題ないが、ここで最後に訓練兵が主力の部隊に負けたとなると、要らんツッコミを入れてくる奴がいる。

主に親米国派の基地上層部数人とか。

どうも大和はその連中から嫌われているらしく、よく嫌味を言われる。

まぁ、下手なことをすれば司令・副司令から首切りよろしく飛ばされる可能性があるので、精々大和に嫌味を言う程度だが、これがまたウザイ。

ねちっこく嫌味を言うし、一応相手の方が上なので大和も聞くしかない。

とはいえ大和も言われっ放しではなく、切り返して言い負かす事が殆どだが。

それが余計に嫌われる原因だったりするが、大和は気にしない。

どうせその内消える人間の戯言だからだ。

「少佐、あのハルコンネンⅡとやらは、どれだけ配備するつもりなのだ?」

「既に副司令からの許可も下りていますので、基地内のラインで必要数の製造を開始しました。もしこの基地以外でも配備するのなら、日本のメーカーにライセンス生産を持ち掛ける予定です」

大和の答えに司令は満足そうに頷いて、モニターを眺める。

そのモニター内では訓練兵が駆る響が必死にスレッジハンマーを撃破している。

「彼女達の努力が、無駄にならない事を祈るよ…」

「同感です」

彼女達の、特に207Bの2名の背後の圧力を受けている司令は、懸命に戦う彼女達の意思を考え、そう呟く。

その思いに、大和もまた深く頷くのだった。













































「ところでハルコンネンとはどういう意味なのだね?」

「『砂の男爵』という意味です閣下」

言葉の意味を知らない為、どこか別の国の言葉と思い意味を尋ねる司令。

その司令にサラリと嘘の意味を教える大和。

その名前の本来の由来を考えるとあながち間違いではない訳だが、何から引用されたのか知る人が居ないこの世界で、知っているのは大和だけであったとさ。






[6630] 第二十七話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/30 22:38


















2001年7月22日―――PM19:35――


PX内食堂にて――


「うっがぁぁぁぁぁっ、すっごく悔しいぃぃぃぃっ!?」

ガオーっと吼えるのは、A-01の突撃前衛長、水月。

その特徴的なポニーテールを振り乱しながら、悔しげにテーブルを叩く。

その様子に、同じA-01のメンバーは苦笑するしかない。

「水月、落ち着いてっ、他の人の迷惑になるよ!」

慌てて遙が水月を宥めるが、それでも彼女の憤慨は治まらない。

「なんなのよあの化物戦術機はっ、36mmは効かないわ、長刀は徹らないわ、おまけにあの重火器っ、こっちは最新鋭のカスタム機だっつーのに!」

よほど悔しかったのだろう、子供のようにテーブルをバンバン叩いている。

「水月ぃ~、それじゃ子供だよ~!」

「ですが、速瀬中尉の言葉は尤もですね」

遙がはうぅぅ~っと困る反対では、水月の意見に同意なのか、頷いている宗像。

むしろ、水月の言葉にはA-01の全員が同意するだろう。

「あの重装甲と巨体、そして豊富な重火器、真正面からでは雪風の火力でも押し負けるでしょうね」

「それに相手の機体にもCWSが搭載されていましたし、むしろ火力ではこちらが劣りますね」

宗像と風間の言葉に、うんうんと同意するA-01。

「まさか、あんな機体が作られてたなんてねぇ~」

「うんうん、少佐って本当に抜け目ないって言うか、どういう頭してるんだろうねぇ?」

しみじみ呟く東堂と、自慢の母性をたゆんたゆんさせて頷く上沼。

「だが本日の模擬戦闘は我々の為になることばかりだ。相手の見た目や情報に惑わされず、冷静に対処すれば勝てない相手でもなかったしな」

伊隅の言葉に、全員が昼間の模擬戦闘を思い出した。

ここ最近のA-01は、雪風を与えられ、装備されたCWSやXM3にも慣れた為に、慢心していたのだ。

副司令直属の、言わば秘密部隊であるA-01は、大っぴらに他の部隊との模擬戦闘が出来ない。

する場合は、教導部隊として戦うのだが、それでも情報漏洩の危険を最小限にする為に、色々と手続きが必要となる。

その上運用している機体が不知火のカスタム機である雪風だ。

まだ帝国軍でも嵐型の生産・改造に踏み切っていない為、一応機密レベルの高い機体。

なので最近の模擬戦闘の相手は同じ部隊のメンバーかシミュレーターだけで過ごしていた。

その為、彼女達の中で油断や慢心が生まれ始めていた。

その事に、隊長である伊隅すら気付いていなかった為、今回大和が特別な模擬戦闘を組んだ。

「態々少佐が用意したとか聞いたけど、本当に機体まで用意するとは思わなかったわ…」

うだーっとテーブルに項垂れる水月。

用意されたのは、見た事もない戦術機が4機。

4対4の小隊戦闘で模擬戦を行ったのだが、最初の内はボロ負けだったA-01。

相手の衛士のレベルも高かったが、それ以上に油断や慢心が負ける要因となっていた。

「でもあの動きは卑怯でしょう!? 普通あんな巨体しておいてあぁまで動けるなんて思わないわよっ!」

やっぱりまだ悔しいのか不満を口にする水月。

そんな彼女も、自分の油断や慢心が在った事に既に気づいている。

だからこそ、最後の方では相手の機体に黒星を与え続けていた。

なのにまだ不満を口にしているのは、単純に悔しいから。

「その辺りは少佐謹製だからとしか言えないな。聞いた話だと、あの機体にもXM3が搭載されているそうだ」

「それに、相手の衛士達の心構えも違っていましたね。聞けば、正式な模擬戦闘は初めてとか…」

風間が特技(?)である早食いを披露しつつ呟いた言葉に、少し驚く面々。

彼女達が戦った部隊は、まだ発足されてから短く、同じ機体同士の模擬戦闘しかしていないと言う。

そもそも、つい最近まで機体を乗りこなす為に連日特訓続きで、やっと小隊として形になったとか。

その為か、相手の小隊に油断や慢心など無く、最初から全力で挑んできたのだ。

それに対してA-01は雪風とXM3の性能に慢心し、油断して挑んだ。

結果は言うまでも無い。

「そう言えば、ビャーチェノワ少尉達だけ、油断してなかったねぇ?」

「確かに、イーニァちゃんも油断しないでって言ってくれたしぃ…」

東堂と上沼の言葉に、黙々と食事をしていた二人に視線が集まる。

「っ……別に、衛士として当然の心構えだ…」

「もきゅもきゅ……」

スープを飲んでいたクリスカが、少し言葉を詰まらせつつも、平然と答えるが視線が別方向。

イーニァは我関せずの態度でパンをもきゅもきゅ。

でもやっぱり視線が泳いでいる上に、膝の上のしらぬいくんが上下逆さまだ。

「ぬぁ~んか怪しいわねぇ、何か知ってたんじゃないのアンタ達…?」

鋭い水月のツッコミに、そっぽを向く二人。

実はこの二人、大和の執務室で本日相手をした機体のスペック表を見ていたのだ。

大和が置きっぱなしにした書類を、ついイーニァが見てしまったのだが、まぁこれは大和の不手際だ。

既に一部の整備班や関係者には配ってある書類だし、余りを置いておいたのだろう。

それに見られたら困る書類やデータは、全部唯依が管理しているし、彼女でも知ってはいけないデータや書類、設計図は全て大和の隠し金庫と夕呼の管理下だ。

しかし軍において情報漏洩や階級を無視した情報閲覧は罪になる。

大和が持っていた物だと好奇心で見てしまったイーニァと、それと咎めつつ目にしてしまったクリスカ。

二人は、その事が大和に知られるのを恐れた。

罰自体は恐れてない、二人が恐れているのは大和に嫌われたり、見放されたりする事だ。

イーニァは元より、最近ではクリスカも大和に依存し始めている。

何か在ったら最初に大和に相談するし、大和の指示ならすんなり従う。

イーニァは言うまでも無くベタベタデレデレだ。

故に、勝手に書類を見て情報を得ていたという事実を知られ、もし大和に嫌われたら、確実にイーニァは駄目になる。

クリスカも以前の人間不信に逆戻り、酷くなる可能性もある。

まぁぶっちゃけ、大和は全然気にしないのだが。

むしろ見られて困る情報じゃないし、と苦笑するだろう。

もしかしたら、唯依姫からの注意がくる程度だ。

だが二人がもしもの想像に怯え、必死に知らん振りを貫いている。

が、最悪な事にA-01には異様に勘の鋭い水月と、笑顔で黒いオーラを発する遙、さらに天然セクハラ娘の上沼がいる。

この後、彼女達が三人にお部屋で詰め寄られ、自白する事になるのは、言うまでも無い。


――――うがーーーーっ、悔しいぃぃぃぃっ!!――――


「おや、向こうでも速瀬中尉のような奴が居るな」

「そうみたいね」

三人ににじりにじりと距離を詰められ、問い詰められているクリスカ達を尻目に、食堂の反対側から聞こえる声にお茶を飲みながら会話する宗像と風間。

伊隅は我関さずと、食事を続けるのだった。
















で、A-01とは反対側の奥でテーブルを囲むのは、本日臨時結成された混成中隊の面々。

叫んでいるのは、突撃前衛長を任されたタリサだった。

「タリサ、あまり騒ぐと周りに迷惑よ?」

「だって悔しいじゃんかステラ、それに他にも叫んでた奴居たし大丈夫だろ」

ステラに窘められて着席するタリサだが、まだ憤慨は治まらない。

あとタリサが言っているのは、水月の事である。

「でも、マナンダル少尉の気持ちは分かります。最後の最後であんな装備を持ち出すなんて思いませんでした…」

気落ちした様子の茜、彼女は午後の模擬戦で、一番に300mmセミオートカノン『ハルコンネンⅡ』の餌食になったのだ。

彼女と一緒に餌食になった晴子と美琴も肩を落としている。

「少佐の人が悪いぜ、あの装備アタシ達の為に持ち出したって話だぜ?」

悔しげに頬を膨らませながら、着席して夕食を口に運ぶタリサ。

彼女の言う通り、『ハルコンネンⅡ』は急遽午後になって二機にだけ搭載され、運用された。

スレッジハンマー中隊の面々も急な話で戸惑い、最初に『ハルコンネンⅡ』を搭載した機体を後ろに鎮座させていたのは、火器管制官が操作に戸惑っていた為だ。

そのお陰でタリサ達の強襲から逃れられたので、助かったと笑っていたが。

「我々が響や舞風を使用しているから、ハンデだと仰ったそうですが…」

「その通りよミツルギ訓練兵。本当に、少佐はお人が悪いわ…」

冥夜の言葉に、苦笑して答えるステラ。

模擬戦闘の結果は、最終的にタリサ達混成中隊の勝利となった。

しかしそれは、最後まで生き残ったタマとステラによる遠距離狙撃で何とか拾った勝ちだった。

最大の脅威である『ハルコンネンⅡ』を搭載している機体を狙って突撃したタリサ達は、他のスレッジハンマーに、文字通り身体を使ったブロックで阻まれ、餌食となった。

その後は築地と委員長が必死に逃げ回りながら位置情報を掻き集め、タマ達狙撃機体による遠距離狙撃で対応し、何とか勝利した。

だがそれも、『ハルコンネンⅡ』や無事だった200mmによる砲撃で殆どが撃破され、最後に残ったのはステラとタマのみ。

その二人も、ステラ機は残弾が無く、タマ機は相手の遠距離砲撃で下半身が喰われた状態。

ステラが最後に放った150mmが外れていれば、逆に負けだっただろう状況だ。

「もしもあれが量産されて一列に並んだら、BETAも戦術機も関係なく木っ端微塵だな」

タリサの言葉に、想像して頬が引き攣る面々。

300mmセミオートカノンによる一斉砲撃。

恐ろしいったらありゃしない。

弱点である砲撃中の移動が出来ないという問題が無ければ、勝ち目の薄い相手だ。

「タケルさんなら、どう対応するんだろう…」

「そうね、大尉ならきっと、無茶苦茶な方法で撃破するでしょうね」

タマのふとした呟きに、委員長が苦笑と共に答える。

その言葉に、武を知る人間は全員同意する。

「タケルって、お前達を教導してるって言うあの大尉か?」

「そうです、白銀 武大尉。黒金少佐の部下で、凄腕の衛士でもあります」

タリサの疑問に、我が事のように胸を張って紹介する茜。

見れば築地や高原、麻倉以外はうんうんと自慢げに頷いている。

「ふ~ん、少佐の部下ねぇ…なぁステラ、もしかしてハーミット02がそいつかな?」

「そうね、確かあの時の戦闘中にタケルと呼んでいたから、彼が02だったと思うわ」

逢った事はあるが、詳しく紹介されていないので顔を見合わせて武について予想する二人。

この前の模擬戦闘の時は、白銀大尉という名前だけ紹介されたそうな。

「でも少佐もそうだけど、その大尉も若いよな? 何やったらそこまで階級が上がるんだよ?」

少佐は何となく分かるけどさと話すタリサに、視線を合わせてどうすると相談する面々。

一応、武と大和の情報は極秘っぽいので、話して良いのか判断がつかない様子。

「タリサ、その辺りは今度少佐に教えて貰いましょう。その方が正確よ」

そう言って、タリサを窘めるのはステラ。

さり気無く冥夜達にウィンクする、大和曰く『お気遣いの淑女』。

何人かがそんなステラの対応に、キラキラと憧れの視線を向ける。

出来る女代表の座をさり気にゲットしているステラさん、ここが女学院ならスール希望者が続出しただろう。

「ま、それもそうか。にしても、相変わらず良い動きしてるなミツルギとアヤミネ」

こちらはこちらでサッパリとした切り替えで、今日の模擬戦での良かった点を褒めるのはタリサ。

姐御肌な彼女は、なんだかんだで懐いてくれている訓練兵達が可愛くて仕方が無いのだろう。

築地や高原などの、あまり目立てなかった面子の良かった点や悪かった点を指摘し、自分の経験も合わせた対策を教えてあげる辺り、すっかり先輩気分だ。

訓練兵達に一緒に食事をと誘われた二人だが、思った以上に楽しい時間を過ごせたらしい。







そんな様子を、食堂のカウンター脇から眺めているのは、大和だった。

「なんだいヤマト、そんな所に隠れて。少佐だったらもっと堂々としな!」

「いやいや、少々彼女達の様子が気になってしまって」

大和の姿に気付いたおばちゃんが、豪快に笑いながら肩を叩いてくる。

そんなおばちゃんに苦笑しながら、それぞれ反対側の位置のテーブルで談笑している乙女達を見つめる大和。

その瞳は、何か眩しい物を見ているようだと、おばちゃんは感じた。

「まったく、何があったか知らないけど、そんな寂しい目をしてるんじゃないよ」

やれやれと呆れつつも、おばちゃんはおにぎりを一つ差し出してくれる。

遠慮せずに食べなと笑うおばちゃんに礼を言いながら、受け取ったおにぎりに齧り付く大和。

「――――酸っぱッ!?」

「当たり前だろう、あたし特製の梅おむすびなんだからね!」

ストロングな酸味に悶える大和、そんな大和を見ながら豪快に笑うおばちゃん。

合成のはずの梅干しで、何故こんなストロングな酸味が出せるのか、不思議で仕方が無い大和。

「少しは気合が入ったかい?」

「………おばちゃん…」

「あんた達みたいな若いのが、そんな階級で頑張ってるのは分かるけど、少しは自分を労わりなよ」

そう言って、大和の肩を優しく叩くおばちゃん。

その豪快な肝っ玉母ちゃんの姿に、思わず笑顔を浮かべる大和。

「十分過ぎるほど、気合が入りましたよ」

そう言って、苦手な梅おにぎりを食べ尽くして、ご馳走様と言いながらPXを去る大和。

その背中に、頑張るんだよと声を掛けながら、おばちゃんも仕事に戻る。

横浜基地のお母ちゃんの異名を誇るおばちゃん、彼女の前では誰もが子供であり、息子であり、娘である。





































「随分な化物を造り上げたわね、それも二つも」

夕呼の執務室、おばちゃんに元気を入れられた大和は、その足で彼女の元を訪れていた。

本日の模擬戦闘で、十分な評価を得たスレッジハンマーは、正式な横浜基地所属機となり、今後増配備が進められる。

現在は2個中隊だが、最終的に10個中隊を予定しているらしい。

「親米国派の連中、開いた口が塞がらないみたいね」

とっても楽しそうに笑う夕呼さんに、同意してニヤリと笑う大和。

最近特に煩かった連中を黙らせられたので、気分が良いのだろう。

「にしても、こいつらもバカよねぇ。事務次官がアタシ達側に付いた途端、自分達で行動を始めるんだから」

「ほぉ、やはり呼びましたか?」

大和の言葉に、早速ね…と呟きつつ、資料を差し出す。

「おやおや、空母を呼び入れるとなると、大隊規模になりますね」

「そうねぇ、調べた資料だとその船、F-22Aが乗ってるらしいわよ?」

夕呼の言葉に、望む所ですよと笑う大和。

資料には、日本近海での演習の為に米国の空母一隻と護衛駆逐艦二隻が、米国の港を出港したとある。

日本近海での演習は、当然帝国政府からの反対や軍からの反発があったものの、一部政府高官のゴリ押しで許可されてしまった。

早ければ一週間と経たずに日本近海へと入るだろう。

「これを許可した連中が、帝国政府の膿ですか」

「みたいね、榊首相も困ってるそうよ」

榊首相は、米国寄りの人間に思われがちだが、実際は誰もよりも日本を憂いている人の一人だ。

政府内部で米国寄りの人間が増え、彼らのゴリ押しが首相の立場を米国寄りへと押し込んでいる。

日本の未来を考え、米国と繋がるのもまた手段の一つであり、首相もそれしか無いなら決断するだろう。

だが、膿と呼ばれる連中は違う。

己の保身と利益に走った人間であり、同じ政府内からも反発の声が聞こえている。

国連軍の米国派と、政府内の膿、そして極東での権力復活を望む米国政府や軍部の一部の人間、その後押しをしているのは、他ならぬオルタネイティヴ5推進派、別名過激派だ。

「となると、そろそろ帝国で動きがありそうですね…」

「鎧衣に言って注意させてあるわ。尤も、黒金が居るなら自分は要らないかもしれない…なんて言ってたけどね」

自分を買っているのか、それともまだ怪しんでいるのか。

鎧衣課長の言いそうな事に、大和は苦笑するしかない。

前に殿下との悪巧み中に知り合ったのだが、一緒に居た月詠大尉が酷く疲れていたのが印象的だった。

あの独特の性格の鎧衣課長と、大和の会話は、ある種の混沌を生み出していたらしい。

この二人、混ぜるな危険と認識されたそうな、周囲の精神への危機的な意味で。

「では、そろそろ出番を待つお姫様に舞台へ上がって頂きましょうか」

「そうね、その際は盛大な催しが必要ね…」

「最近は武ちゃん成分が不足して大変だと仰っていますし、その辺りもご用意せねば…」

「いいわねぇ、その時は是非大勢で味わうとしましょう…」

二人揃って腹黒く笑う、そんな二人の姿を眺めながら、霞は迫る武ちゃんの危機へそっと冥福を祈る。

「……大丈夫です武さん、夜に私が慰めます…膝枕で…」

訂正、彼女もまた、武ちゃんを(女難な意味で)苦しめる人物だったらしい。

「にしても、この機体も桁外れよねぇ、配備場所が限定されるけど、もう第3世代超えてるんじゃないの?」

大和に提出された書類を眺めながら楽しそうに笑う夕呼、彼女が見ているのは本日行われたA-01との模擬戦闘の結果だ。

「スレッジハンマーの評価試験の裏で、A-01と新型の模擬戦闘をさせるなんて…まだ秘密って事かしら?」

「そうですね、まだ米国や帝国に知られたくない機体ですので。と言っても、巌谷中佐にはそれとなく完成を伝えてありますが」

アンタも狸よねぇ…と笑い、行われた模擬戦闘の結果や様子を満足気に読み進める。

「最近A-01が弛んでるなんて言うから、何をするかと思えば。こんな機体にぶつけるなんて…アンタも鬼ね」

「いやいや、この機体が完全な形になれば、もっと恐ろしい事になりますよ」

クックックッ…とこちらも笑う大和。

もしこの場に武ちゃんが居れば、霞を連れて逃げ出しただろう腹黒空間。

同席している霞は、二人とも楽しそうです…と何やら満足気。

「この機体は、アンタのオリジナル?」

「いえ、これの本体に関しては完全にコピーです。今から約6年後、オーストラリアに避難した帝国軍と同じく逃げてきた各国が水際での防衛の為に開発した機体です」

仕様書に書かれているのは、現在の戦術機のどれにも当て嵌まらない姿の機体。

スペックから武装まで、現在の強襲歩行攻撃機を上回る能力だ。

「実際俺も乗って戦いましたが、これの攻撃力は侮れません」

かつてのループで、オーストラリアまで撤退した苦い記憶。

その際に、海を渡って侵攻してくるBETAに対して、水中、あるいは水際での戦闘を前提に開発された機体。

「でも、この機体があっても守れなかったのね…?」

「配備数の少なさと、衛士不足で。オーストラリアまで撤退した時点で、国連軍に今ほどの力は当然ありませんから」

深刻な衛士不足、満足に機体を配備できない状況。

オルタネイティブ5が発動すれば、待っているのは10年以内の滅亡だ。

「だからって、アレを搭載するの前提で作るとはねぇ…巌谷中佐は何て言ってきてるの?」

「安心して使用できる前例が出来るなら好きにしても良いと。ただし、国外への技術流出だけは絶対に避けろとも」

「当然ね、元々はXG-70用に用意してるんだから。帝国が持ち込んだ試作品はどうなったの」

「現在各部のブロック化と整備能力の効率化を終えました。殿下が舞台へ上がった後には、帝国軍でも量産と配備が開始されるでしょうね」

あらそう、早い事ね…と呆れたように肩を竦める夕呼。

それには同感なのか、大和も苦笑気味だ。

「散々人に泣き付いておいて、完成したらはい、さよなら…じゃ、いくらアタシでも怒るわよ?」

「その心配はないでしょう、試作品の6割はこちらの改良ですし、巌谷中佐にもその件で相談してあります。一応、メーカーの生産ラインの一部と完成品の一部優先配備をお礼として提案するとの事です。無論、配備は極東国連軍横浜基地のみ…ですが」

「米国には渡したくないって事ね。ま、当たり前でしょうけど」

折角造った(造って貰った)秘蔵武器を、簡単にあの国に渡すのは嫌なのだろう。

その気持ちは良く分かる夕呼と大和は、とりあえずその条件で話を進める事にした。

「どの道、ウチはウチで独自に造ってるしねぇ~」

「少々小型化の部分で梃子摺っていますが、それも時間さえあれば解決できる部分です。XG用の予備と、“これ”に搭載する分に関しては予定通りですね」

今日の模擬戦闘でA-01に化物と言わせた機体、だがまだ完成に至っていないという。

現在80番格納庫で秘密裏に開発・実験されている長物が搭載されて、初めて完成となるのだ。

「殿下の催しには間に合わないわね…」

「戦術機相手なら現状で問題ないでしょう。既にあの二機も形になりました、社嬢の協力で、例のシステムも完成しています」

「………がんばりました…」

小さくピースする霞、ちょっと誇らしげな表情が愛らしい。

「あぁ、アレね…白銀辺りなら喜びそうなシステムよねぇ…でもあんまり使わせないでよね、機体への負荷が半端じゃないんでしょう?」

「YF-23を元にした二機でも、最大10分が限度ですね。それ以上は主機が爆発しますし、何より衛士の肉体が持ちません。なので、安全装置として強制冷却時間を組み込んで時間を延ばしてあります」

「実戦なら許可するけど、実機演習での使用は厳禁よ。摩耗破損で壊されたら堪ったものじゃないわ…」

喜んで使っちゃう人物が思い浮かぶだけに、釘を刺す夕呼先生。

大和も重々承知しているのか、了解ですと答える。

「武さんなら、きっと咄嗟に使います…」

「…言葉だけじゃ不安だな、社嬢、システムロックの為のプログラムを頼めるか?」

霞の言葉に、不安が大きくなった大和は、製作者の一人である霞に、ロック用のシステムを依頼した。

「はい…」

「そうだな、音声解除なんてどうだろうか。キーワードは『霞愛してる』なんて言わせてみたいな」

「!……今すぐ作りましょう…」

大和の袖をグイグイ引っ張って、作業場であるパソコンへと向う霞嬢。

そんな二人を見送って、夕呼はヤレヤレと肩を竦める。

「社も変ったわねぇ…どっちの影響かしら」

確実に貴女の影響です、とツッコんでくれるだろう武ちゃんは、現在まりもちゃんとのマンツーマン訓練中だった。
















[6630] ネタに走ってみた
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/03/30 22:41










※アテンションプリーズ!

この話は本編に全く関係ない完全なネタ小話になります。

作中に登場する機体や武装、人物、そしてネタは、本編と全く関係御座いません。

その事を踏まえた上で、お進み下さいますよう、お願い申し上げます。










作者は少し頭が電波で病気なようです。















やまとたける~あぁ素晴らしきネタ人生~












1、こんな展開は嫌だ!



武「うわ~ん、クロえも~ん!」

大「どうしたんだいタケルくん」

武「夕呼先生が「アンタのモノはアタシのモノ、アタシのモノもアタシのモノ、つまり白銀はアタシのモノ!」って言って迫って来るんだよ~、助けてくれよー!」

大「しょうがないなぁタケルくんは」

大和、ズボンのポケットをゴソゴソ

大「ぱららぱっぱぱ~、恋愛原子核~!」

武「なんだよそれは?」

大「これは飲んだ人間の恋愛因果律を捻じ曲げて、ただ立っているだけで常に女性が近づいてくるようになるんだ。フラグを立てて行けば当然押し倒しイベントが発生するよ、君が押し倒される側で」

武「全然役に立たないじゃないかっ、むしろ悪化するだろ!?」

大「ニヤリ…」

武「なに新世界の神みたいな笑みを浮かべて…ちょ、待って、入らないから、そんな大きなの(口に)入らないから!」

大「大丈夫だよタケルくん~、ほらここにローションイチゴ味が」

武「アッーーーーー!! むぐっ!?」

ま「(へ、部屋の中で何がっ!?)」←ママ役



オチなんてない。














2、在ったらヤダな、こんな展開




この日、目覚めた時、何がおかしいと武は感じていた。

「あれ、もうこんな時間なのに起床ラッパが鳴らない…?」

珍しい事があるもんだと、着替えて外へ出ると、何故か通路の電気が全て消えている。

非常灯に照らされた、不気味な通路には人の気配が無い。

「なんだ、もしかして先生の実験で電源が落ちたか?」

前の世界での経験からそんな事を呟きつつ、とりあえずPXを目指す。

だが、その最中誰とも擦れ違わない。

なんだかおかしいぞと、知らず知らず駆け足になり、PXへと辿り着く。

「なっ、なんだよこれっ!?」

だがそこに在ったのは、無残な姿の食堂と購買。

彼方此方に血飛沫が付着し、椅子やテーブル、売り物が散乱している。

「なんだよこれ…ま、まるで、BETAに襲われたような―――」

そこまで言って嫌な想像が浮んでくる。

BETAが基地に侵入し、隊員達を食い殺すという、考えたくない想像。

「くそっ、どうなってんだ、誰か居ないのか!?」

咄嗟に懐から拳銃を取り出しつつ、声を上げるが、ここには人の気配が無い。

「皆、先生、霞、無事で居てくれよっ!?」

嫌な予感が消えない武は、慎重に通路の先を確認しながら地下へと急ぐ。

エレベーターに乗り込み、夕呼の執務室まで何とか無事に辿り着いたが、室内はPXと同じで物が散乱して酷い有様だった。

「先生っ、無事ですか先生っ!?」

「う…うぅ…しろ…がね…?」

「っ!? 先生っ!!」

武の声に、部屋の隅から小さく声が答える。

そこへ駆け寄れば、腹部から血を流す夕呼の姿。

「大丈夫ですか先生っ、今応急処置をしますから!」

「あんた…ぶじ、なのね…」

「俺は大丈夫です、でもどうしたんですかっ、PXは酷い有様で、先生までこんな…BETAですかっ!?」

夕呼の上着を破り、傷口を確認しながら問い掛けるが、その傷口を見て武は顔を顰める。

「これ…銃創じゃないですかっ!?」

そこに在ったのは、どす黒い血を流す丸い穴。

武も見たことのある、銃弾が空けた穴だ。

「BETAね…それならまだマシだったかしら…ごほっ!」

「先生っ!?」

咳き込むと共に血を吐き出す夕呼。

どうやら内臓まで弾が貫通しているらしい。

「いいこと、よくききなさいしろがね…アンタは今すぐこの基地から逃げなさい…。そして、殿下にたすけをもとめなさい…っ」

痛みを堪えながらそう言い放つ夕呼に、反射的に首を振る武。

この基地には守りたいものがたくさんあるのだ、自分だけ逃げるなんて出来やしない。

だが、夕呼は武の手を掴むと鋭い視線で武を黙らせる。

「もうアンタの大事なモノは、すべてなくなってる…にげなさい、白銀っ、アタシが狂う前に…っ!」

「先生っ、一体何を言ってるんです、先生っ!?」

「行きなさいっ!!」

武を突き飛ばし、傍らに落ちていた拳銃を向ける夕呼。

武は訳は分からないまま、夕呼の剣幕に押されて部屋を出る。

「先生…すぐに誰か呼んできますからっ!」

兎に角、他に誰か無事な人をと思い、部屋から出た武が目にしたのは、ピアティフ中尉だった。

薄暗くて分かり難いが、金髪ショートでこのエリアに入れるのは彼女位だ。

「中尉っ、良かった、夕呼先生が大変なんです、直に衛生兵を…っ、中尉…?」

ピアティフの反応が無い事に首を傾げつつ近づいた瞬間、非常等の灯りが彼女の顔を照らし出す。

「ちゅ、中尉っ!?」

「グアァァッ!」

犬歯をむき出しにし、口の周りが血で汚れ、全身に噛み傷らしき痕が見られる中尉が、突然武に噛み付こうとしてきた。

それを咄嗟に防御し、彼女の身体を押さえつける武。

「中尉っ、どうしたんです、なんでこんなっ!?」

武は必死に呼びかけるが、彼女が唸り声を上げて噛み付こうとするだけだ。

訳が分からない武、その時執務室の扉が開いて、夕呼が姿を現す。

「せ、先生っ!?」

武が見た彼女は、ピアティフと同じように犬歯を剥き出しにして此方に迫る夕呼の姿。

そこに、先ほどまでの知性は無かった。

「う、うわぁぁぁぁぁっ!?」

恐ろしくなった武は、ピアティフを突き飛ばすとその場から逃げ出した。

その後を、ノロノロと追いかけ始める二人。

「なんだよこれはっ、なんであんな…まるでゾンビじゃないかっ!?」

走りながら訳が分からない状況に混乱する武。

この世界で目覚め、戦う事になった時より酷い混乱だ。

エレベーターまで辿り着き、スイッチを連打する武。

上の階にあるエレベーターが来るのを早く早くと待っていると、後ろから複数の足音や何かを擦る音が聞こえてくる。

「な、なんだよ……ひっ!?」

非常灯に照らされて現れたのは、通路に犇く人々。

その誰もが怪我をし、そして夕呼達と同じように犬歯を剥き出してこちらに迫る。

よく見れば、夕呼達も混ざっている。

「なんなんだよ…来るな、来るなよっ!?」

あまりの光景に怯え、拳銃を向ける武。

そして先頭の男に、思わず発砲してしまう。

銃弾が胸に命中し、倒れる男。

武はしまったと思いつつ男を見ていると、なんと撃たれた男がゆっくりと立ち上がるではないか。

「なんだよこれ…本当に、ゾンビじゃないかっ!?」

迫るゾンビ達、銃を乱射するが数が多すぎる。

その時、エレベーターが到着し、武は慌ててそれに乗り込むと扉を閉めた。

「なんだよこれ…まるでゾンビゲームじゃないか…っ」

混乱しながらも、恩師が救えなかった事に涙する武。

だが、本当の絶望はこれからだった―――




「そんな…嘘だろ委員長っ、彩峰っ!?」

大切な仲間であり、教え子だった二人の変わり果てた姿―――




「美琴、晴子っ!?」

「行って、タケルっ!!」

「どうせあたし達、噛まれちゃってるからさっ!」

再会も束の間、自らを逃がす為にゾンビの群に立ち塞がる二人。





「大尉、無事だったかっ!」

「タケルっ!」

「冥夜っ、月詠さんっ!」

無事合流するも、仲間を大勢失ってしまう武達。





「無事だと信じていたぞ、武!」

「大和っ!!」

駆けつけてくれる親友。

だが、奴等は何処からでも現れる。





「逃げるのだ、大尉っ!!」

「司令っ!?」

生き残った者達を逃がす為、自爆する司令。




「お前達…なんと惨い姿に…っ!」

部下達の変わり果てた姿に、涙しつつ刃を向ける月詠。

そして、悲しみは加速する―――





「そんな……唯依…ッ」

「大和っ、確りしろ大和ぉっ!!」

掛け替えのない相手に噛まれ、崩れ落ちる大和。





「もはやここまで…冥夜様、我等の不甲斐なさ、お許し下さいっ!!」

「月詠っ、止すのだ月詠ぃぃっ!!」

主の為、自爆覚悟で奴等の群に突き進む真耶。





「武達は脱出したか……唯依、もうずっと一緒だ…」

己が殺した彼女を抱いて、震える手でスイッチを押す大和。

次の瞬間、基地が大爆発を起こし、奴等ごと基地を炎で包む。





「なんでだよ…畜生、チクショーーーーーっ!!!」

「タケル…っ」

基地から脱出した二人は、その光景を見てただ涙するのみ。





「行こうタケル、皆の意思を無駄にしない為に…!」

「……あぁ、そうだ、俺達は終わらない、まだ終わりじゃないっ!」

冥夜に促され、帝都を目指す武。

だが、本当の絶望はこれからだった―――!















「…………なんだこれ?」

「マブラヴハザード、今冬基地内公開予定!」

「阿呆かぁぁぁっ!?」

テレビのリモコンを投げる武、キャッチする大和。

「っていうか、いつ撮ったんだよこんな映像っ!? 俺知らないぞ!」

「そこはほら、CGとかVFXとか催眠とかで」

「どんだけリアルなんだよっ、って言うか最後の催眠ってなんだ!?」

「気に入らないか? ならこっちのマブリックスとか、マブラヴ国物語りとか、あ、これなんてどうだ? シルバーマン!」

「どれも却下だぁぁぁぁぁっ!!!」

大和の取り出す企画書を破り捨てる武ちゃん。

横浜基地は今日も平和です。
















小ネタ:しらぬいくん





よこはま基地のしらぬいくんは、とっても元気な第3世代SD戦術機です。

「う~ん、よく寝たよ~」

朝7時に起きるしらぬいくん、目覚まし要らずの健康優良児です。

「おはようお父さん、お母さん」

「おはようしらぬい」

「おはよう、今日も可愛いわね」

お父さんのずいかくさんとお母さんのげきしんさん。

どちらも帝国軍に務めるSD戦術機です。

「しらぬいくーん、おはよー!」

「あ、おはようふぶきちゃん!」

朝食を食べ終えたしらぬいくんを呼ぶのは、お隣のふぶきちゃんです。

ふぶきちゃんはしらぬいくんより年下の可愛いSD戦術機の女の子です。

「遊びに行きましょう!」

「うん、行こうっ!」

二人は仲良く手を繋いでお出かけです。

「しらぬいく~ん、どこに行くんだな~?」

「公園だよ、わだつみくん」

「一緒に遊ぼう?」

声をかけてきたのはおっとりだけど力自慢のわだつみくんです。

三人に増え、公園を目指すと、途中で意地悪三人組に出会いました。

「なんだよ、泣き虫しらぬいじゃないか!」

「ノロマのわだつみとヨワヨワふぶきも一緒じゃない!」

「相変わらず弱虫同士で仲良しだな!」

彼らはラプターくんにイーグルちゃん、そしてファルコンくんです。

「まてぃッ!!」

「っ!? だれだっ!!」

と、そこへ突然声が。

ラプターくんがキョロキョロと当たりを見回すと、壁の上に誰かが居ます。

「日本の治安を乱す輩は、このたけみかづちが許さない! イジメ反対、イジメカッコ悪い!」

現れたのはたけみかづちくんでした、彼は正義感の強い子なのです。

「まだ何もしてねーよバーカ!」

「整備性度外視の癖に威張るんじゃないよ角なし!」

「悔しかったら紫になってみろよ!」

「ぐぬぅっ!?」

しかし、そこは意地悪三人組、見事にたけみかづちくんを口撃します。

黒いたけみかつぢくんは、気にしていることを指摘されて怯んでいます。

「そこまでだ!」

「ってまたかよ、今度はだれだっ!?」

またも聞こえる声に皆がキョロキョロすれば、赤いポストの上に誰かがいます。

「お前達に名乗る名前はないっ!!」

「なんだよそれっ、って言うかブラックウィドウじゃん、名前が無いの間違いだろう?」

「アウチ!?」

ラプターくんに指摘されて叫ぶブラックウィドウくん。

彼の名前は所謂苗字なのです、名前は無いのです。

「おのれラプター、貴様のせいだ! 覚悟っ!」

「ちょ、なんでっ!?」

飛び掛ってくるブラックウィドウくん、応戦するラプターくんですが、接近戦が苦手な彼は間合いを詰められて脇の下コチョコチョに破れてしまいます。

「ラプターっ!?」

「貴様の相手は私だっ!!」

慌てて助けようとするファルコンくんでしたが、たけみかづちくんの寝技にギブアップ。

「お、覚えてなさいよーーーっ!!」

笑い過ぎで悶絶したラプターくんと、寝技で倒されたファルコンくんを引き摺って逃げるイーグルちゃん。

二人は女の子に手を上げたりしませんので、見逃してあげるのです。

「ありがとう二人とも!」

「なに、日本の平和を守る為だ!」

「俺は名前が欲しいだけだ!」

ブラックウィドウくんの理由は切実でした。

「じゃぁ、今日からスパイダーくんって呼んであげるね!」

「っ!? しらぬいくん……心の友よーーーっ!」

何故か唐突に名前を付けるしらぬいくん、割と天然さんです。

「貴様、それは俺のポジションだぞっ!?」

「何を言う、しらぬいくんの親友は俺だっ!?」

「米国産が生意気な!」

「なにおうっ!?」

バチバチと火花を散らす二人。

「ケンカしちゃらめぇーーーっ!!」

そこへふぶきちゃんの長刀が二人の頭部に炸裂、二人はコブ頭でふぶきちゃんに平謝り。

「さすがふぶきちゃんだね!」

「最強なんだな」

しらぬいくんとわだつみくんは、そんな光景を見守るのでした。

そして、5人で仲良く遊びましたとさ。















「………なんだこれ?」

「『劇場版マブラヴ~絶対過激、帝都城の主~』と同時上映の、しらぬいくん劇場だが?」

「……お前、暇なのか?」

「すッごく忙しいけど?」

そう言いながら、前売り券についてくる光るしらぬいくんキーホルダーの型をノリノリで作る大和。

武はとりあえず、唯依姫にチクることにした。









色々と終わり。







[6630] 外伝その5~R15じゃない話になりました!~
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/04/01 22:27











突発的な閑話、でなければネタなお話











もしくは作者が受信した電波の具現


















それいけクロガネ~ヌイグルミは明日を目指す夢を見るか~

























2001年某月某日――――



「………………………」

黙々と仕事をする唯依、彼女の視界の端には、同じく黙々と仕事をする大和。

「(……やはり、仕事中はしていない…?)」

ここ数日、バレないように大和の様子を観察し続けてきた唯依姫。

その理由は、イーニァが最近愛用しているヌイグルミ、しらぬいくんにあった。

このしらぬいくん、名前から分かる通り、日本帝国軍の第3世代戦術機である不知火を2頭身にデフォルメした可愛らしい存在である。

初めて出現したのは、大和が突発的に製作したXM3教導用の映像。

その中で、3D表示のしらぬいくんが、XM3で出来る動きをして動いていた。

その後、イーニァのもふもふ事件の際にヌイグルミとして再登場を果たし、今ではイーニァのお供の小動物ポジションを得ている、動かないが。

そしてつい最近、新たに斯衛軍から派遣されてきた七瀬 凛少尉も、なんと白いたけみかづちくんを持っていた事が発覚。

その時は、イーニァVS凛の『どっちのヌイグルミが可愛いDEしょーぶ!』が勃発し、結果どちらも可愛いで決着がついた。

で、何故唯依姫が大和の行動を観察しているかと言うと、このヌイグルミ、なんと全部手作りなのである。

複雑な形状やカラーリングも、完璧に表現しつつ2頭身にされたSD戦術機シリーズ。

どう考えても手間隙かかっているこれを、一体いつの間に作ったのか、それが知りたかったのだ。

「(わ、私は大和の副官なのだから、彼の行動を知る義務があるんだ!)」

脳内で誰に言い訳しているのか謎だが、そんな事を考えながらここ数日観察を続ける唯依姫。

彼女が一緒に居られない、入れない場所に関しては、協力者を得てある。

同じように、何時作ったのか疑問に思っていたクリスカ、彼女を仲間に引き込んだのだ。

A-01、唯依には横浜基地所属教導部隊と話してある部隊の教導などの時、まだ唯依は夕呼からの許しが無いので同席できない。

なので、その際はクリスカに観察を頼んである。

仕事の都合で唯依が執務室に居ない時も、クリスカがさり気無く見ているのだ。

イーニァ? 彼女はダメだ、行動がバレバレな上に、もし大和に気付かれて問い詰められたら正直に白状してしまう。

もし黙秘をしても、大和必殺の対ねこイーニァ奥義を放てば、一発でぐにゃんぐにゃんになった彼女から情報を聞き出されてしまう。

聞き出された所で別に何の問題もないのだが、そこは生真面目な乙女の唯依姫、恥ずかしいとか情けないとか色々とあるのだ。


「(ここ数日、仕事中に見ていたが作っている様子はないな…)」


以前、しらぬいくんを何時作ったのかと問い掛けた際に、暇潰しと気分転換に作ったと聞いた。

だがここ数日見ていても、大和が暇潰しや気分転換にヌイグルミを製作している様子はない。

暇潰しにイーニァを愛でたり(猫的な意味で)、武の修羅場映像を観賞したりするのは見たが、ヌイグルミを作っている様子はなかった。

因みにイーニァを愛でた時は容赦なくお仕置きした。

―――もしや、残業中に…?―――

そう考え、残業するという大和に付き合って残業した唯依だったが、現場を押さえる事が出来なかった。

逆に疲れで眠ってしまい、大和に仮眠室にお姫様抱っこで運ばれるというイベントを発生させてしまい、目覚めて大和からどう運ばれたか聞いた彼女が、一人仮眠室のベッドでいやんいやんと悶えていたり。

―――では部屋で作っているのか!?―――

と、思って調べようにも私室で二人っきりな状況で作るわけも無く、こうなったら内緒で証拠を探してみようと部屋に入れば、急いでいたのか脱ぎ散らかされた寝巻き代わりの服が。

大和は普段はキチンと整理整頓する人間だが、熱中していたり急いでいたりすると余計な事は全て後回しにしてしまうのだ。

朝から副司令に呼ばれての会議だと聞いていた唯依は(だからこそこの時入ったのだが)、嘆息しつつお片付。

その際に、少し部屋を見てしまった事にすれば完璧だと、自分を納得させつつ怪しい場所を調べる。

だが、ロッカーには衣服や小物の類しか無く、デスクの引き出しにもこれといった物は無い。

ふと、ついベッドの下を探してしまう唯依姫、探している時ドキドキだったのは内緒だ。

以前、雨宮中尉が『男はイヤらしい書物をベッドの下に隠す』と言っていたのを思い出してだろう。

『……なんだこれは…』

だが、出てきたのは大きく『ハズレ』と書かれた紙が。

肩透かしを喰らった気分の唯依は、休憩を兼ねてベッドに腰を下ろした。

そしてふと、ベッドに横になってみる。

すると、衝撃でベッドのシーツや枕から大和の匂いが立ち昇り、彼女の鼻腔を刺激する。

『んん…っ、大和……(///』

まるで大和に抱き締められたかのような感覚に、頭がポォ~としてくる唯依。

手にしていた大和の寝巻き代わりのタンクトップを震える手で自分の顔へと引き寄せてしまう。

『少佐、失礼しま―――す!?』

そして、眼前に迫った衣服に、顔を埋めようとした瞬間、ガチャリと扉が開いてクリスカが入室してきた。

『……………………』

『……………………』

唖然とするクリスカと、呆然と見上げる唯依。

一瞬とも永遠とも思える時間が流れ、次の瞬間クリスカは逃げ出した。

『って逃げないでくれっ!?』

だが追いつかれてしまった!

『だ、大丈夫だ中尉、私は何も見ていない、見ていないったら見ていない…』

『そう言うのならせめて私の目を見てくれ、お願いだからっ!』

騒ぎつつも大和の部屋へとクリスカを連れ込み、彼女にも同じ体験をさせて『これは…確かに抗えない…っ(///』と同意を得て、二人だけの秘密とした。


「(うぅ、何故私は何時も彼女に誤解される場面を見られるのだ……)」


思い出して赤くなる唯依、以前のイーニァに押し倒された時といい、タイミングが良すぎる。

もしかして呪われているのか私はと思ったが、強ち間違いではなかったりする。

それは兎も角、怪しいと思った場面では大和はヌイグルミ製作をしていない。

なら単純に作っていないだけでは? となるだろうが、唯依は知っている。

この執務室にある、ロッカー。

大和の儀礼服や唯依の制服などが入ったロッカーの一つに、完成したSD戦術機のヌイグルミが入っていることを!

「ふむ。中尉、少し開発班と話を煮詰めてくる」

「あ、はい、行ってらっしゃいませ」

設計段階で躓いたのか、必要な書類を持って執務室を後にする大和。

設計や改良をしていると、どうしても出てくる問題点を、時折こうして開発班や整備班の元まで足を運んでじっくり話し合う事がある大和。

そんな彼を見送り、少ししてから唯依は後ろを振り返った。

仮眠室へと続く扉の横に並んだ、ロッカー。

その中の一つが、今無性に気になる。

「まさか…な」

苦笑して呟きながら席を立ち、目的のロッカーの前に立つ。

なんだかロッカーの中から、妙なオーラが漏れ出している気がする唯依。

そのオーラは、恐怖とか黒いオーラではなく、イーニァが放つような愛らしいオーラだ。

ゴクリと喉を鳴らし、取っ手に手をかける唯依姫。

ガチャリと開いたロッカーの中から唯依姫を見上げる、ラブリー(?)な6個の視線。

バタンッ!と咄嗟にロッカーを閉めると、背中を向けて口元を押さえた。


――――ふ、増えてるぅっっ!!――――


咄嗟に口を押さえ、内心で叫ぶ唯依姫、彼女が見たロッカーの中には、以前見た時より増えたヌイグルミ。

「そんな、一週間前見たときは『げきしんさん』だけだったのに…っ!?」

驚愕しつつ、そろ~りとロッカーを再び開ける唯依、開いた扉の向こうには、前から在った『げきしんさん』の上に乗る『かげろうくん』と『ふぶきちゃん』。

団子三兄弟よろしく、縦一列に積み上げられたヌイグルミが、そのラブリーな視線を唯依に向けている。

『げきしんさん』は何処と無く大人な瞳。

『かげろうくん』はちょっと目つきの悪い瞳。

『ふぶきちゃん』は、女の子らしいキラキラした瞳。

増えていた。

明らかに増えていた、と言うかいきなり二つ増えた。

「い、一体何時作っているんだ……?」

何だかよく分からない驚愕と恐怖に、頭痛がするのか頭を抑える唯依。

見なかった事にしようと考え、扉を閉めてフラフラと自分のデスクに戻る。

その時、昼間の時に手紙が来ていた事に気付いた唯依。

軍なので、手紙や荷物の類は一度検閲されてから相手に届く。

検閲済みの判子が押されたそれは、懐かしい古巣である技術廠の開発局からの手紙だ。

仲間の近況でも書かれた手紙かと思い封筒を開けると、パラリと一枚の写真がデスクの上に落ちる。

「な―――――っ!?」

何かを思い視線をむければ、そこには自分の保護者的立場である巌谷中佐と、開発局の仲間達、そしてその中央の中佐の腕に持たれた、黒いヌイグルミ。

写真の隅には、雨宮中尉が書いたらしき筆跡の文字。


『ずいかくさんといっしょ♪』


思わず脱力して額をデスクにぶつける唯依。

その痛みすら忘れさせるほど、彼女は混乱していた。

手紙には、仲間達の近況の他に、最近送られてきた『ずいかくさん』について書かれていた。

送り主は大和であり、開発局への特別仕様の黒い『ずいかくさん』らしい。

何が特別なのかと良く見れば、『ずいかくさん』の顔に、見た事のある傷が。

ぶっちゃけ、持っている巌谷中佐の顔の傷と同じだ。

「あ、あの馬鹿っ、中佐になんて失礼なっ!?」

敬愛する叔父になんて失礼な贈り物をと怒りと焦りで慌てる唯依。

だが、文章を読んでいくと、むしろ中佐は気に入っており、持って帰りたいと話しているとか。

一応開発局宛てなので、現在開発局の一番目立つ場所に鎮座しているらしい。

「あぁぁぁ…っ、中佐達までアイツに染まっていく……っ」

デスクに身を投げ出して嘆く唯依姫、雨宮中尉達から言わせれば、貴女もとっくにお仲間よ~♪と言うだろう。

「うぅ、本当に何時作っているんだアイツは…」

すっかり脱力してしまった唯依、自分が気付かない内に更に増やした上に、古巣にまで贈り物をしている始末。

「これで『わだつみくん』まで作られたら、主要な機体は網羅しているじゃないか…」

バリエーション機が割りと多い日本帝国の戦術機、それでも主要な機体は海神でコンプだ。

彼女は知らない、その『わだつみくん』が、この前召集された元海神の衛士だった隊員達で構成された部隊の詰所に鎮座している事を。

「今戻った…って、どうした中尉?」

「いえ、何も…。ただ、少佐の謎が増えた事に疲れているだけです…」

暫くして戻った大和は、明らかに疲れている唯依の姿に首を傾げる。

彼女の言葉も何のことやらと?を浮べつつ、仕事に戻る。

「では、私はこれで…」

「あ、あぁ…お疲れ様だ…」

フラフラと仕事を終えて執務室を後にする唯依に、流石に引き攣る大和。

「ふむ、唯依姫はお疲れか…。うむ、やはり犯罪チックだが部屋に侵入した甲斐があったな。アレで唯依姫の疲労も回復するだろう」

一人残り、何やら呟いた大和は、残った仕事を片付ける為にパソコンに向った。

一方の唯依姫は、大和の謎っぷりに改めて疲労しつつ自分の部屋へと戻る。

部屋に入り、制服をシュルシュルと脱ぎ始め、上着を脱いだ所でふと部屋の違和感に気付く。

そして、ふと視線を自分のベッドに向けた瞬間、盛大に顔が引き攣る。

「な――――っ、なぜ…なぜここに…『たけみかづちくん』があるっっ!?」

彼女の視線の先には、ベッドにちょこんと置かれた山吹色の『たけみかづちくん』、確りタグに『唯依姫仕様』と書かれている。

その『たけみかづちくん』が持つプラカードには『元気になっていってね!』の文字。

「もう勘弁して~~~~っ!!!」

唯依姫の疲れた悲鳴は、空しく部屋の中で響くのだった……。






































「あ……少しアイツの匂いがする…(///」

その夜、開き直って『たけみかづちくん』と抱き締めて眠る唯依姫が居たりした。





























































某日――――


「殿下、黒金少佐から贈り物が届いております」

「まぁ、黒金殿からですか。何でしょう、また武殿の秘蔵映像でしょうか…」

月詠大尉から差し出された大きな木箱を前に、ワクワクが止まらない殿下。

将軍に渡すのだから、検査は確りとした上に中身を知っている月詠大尉は、何も言わずに箱を開ける。

「あら…まぁ、なんと愛らしい…!」

箱の中に入っていたのは、紫色のヌイグルミ。

将軍専用機である紫の『たけみかづちくん』だ。

「黒金少佐のの手紙には、特別製と書かれております」

「そうですか、何か特殊な作りにでも…あら、この匂いは…」

月詠大尉の持つ手紙の言葉に、持ち上げた『たけみかづちくん』を見回す殿下が、ふとヌイグルミから香る匂いに気付き、鼻を近づける。

「間違いありません、この匂いは武殿の…あぁっ、武殿…、悠陽は、悠陽は寂しゅうございます…」

紫の『たけみかづちくん』をギュゥッと抱き締め、よよよよ…と泣き崩れる殿下、最近武ちゃん成分が不足気味らしい。

態々武ちゃんの匂いを染み込ませた特製のヌイグルミ、当然山吹色の方の、作る段階で付着した匂いなんて目じゃない濃厚な香り。

洗濯しても暫くは楽しめますと、手紙には書かれていた。

「真耶さん、黒金殿にお礼の手紙を。最高の贈り物です…」

「はっ、受け賜りました」

これで今夜から寂しさが紛らわせますと上機嫌な殿下を見送り、退室する月詠大尉。

「全く、マメな男め…」

廊下に置いておいた、一緒に届いた箱を大切に持ち上げると、心なしか軽い足取りでその場を歩き去る月詠大尉。

彼女が抱える箱には、やはりヌイグルミが入っており、その色は赤かったと検閲担当の女性は話したとか。









[6630] 第二十八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:48










2001年7月29日―――




「諸君、私は改造が好きだ」


整備班、開発班が仕事をする70番格納庫で、一人の声が静かに響いた。


「諸君、私は改造が好きだ」


その声に、作業中だった整備兵が顔を上げ、開発班の者達も声の方を見る。


「諸君、私は改造が大好きだ」


そこに居たのは、国連軍の儀礼服を着た大和だった。


「 機体改造が好きだ

  武装改造が好きだ

  主機改造が好きだ

  機能改造が好きだ

  燃え改造が好きだ

  萌え改造も好きだ

  魔改造も大好きだ 」
 

両手を広げ、何故か木箱の上に立っている。


「 日本で、米国で

  ソ連で、EUで

  中華で、イスラエルで

  そして我等国連で

  この世界のありとあらゆる企業や軍隊がする改造が大好きだ 」


ググッ…と両手の拳を握り、己の顔の前で掲げる。


「格納庫に並べられた機体の一斉点検で、怒号と道具の音が響くのが好きだ

 地上高く存在する頭部モジュールの換装作業の時など心がおどる」


両手を広げ、何故か集中しているサーチライトに照らされる大和。


「整備兵の操る工具が、機体を解体していく時が好きだ
 
 金属音を響かせて外装が剥がれて内部が剥き出しになった内部を

 隅から隅まで点検し終わった時など胸がすくような気持ちだった」


くわっと目を見開きながら、斜め上を見上げる大和、本当に胸がすくような気持ちの顔だ。


「道具を揃えた整備兵の班が機体の不具合を蹂躙するかの様に修理するのが好きだ
 
 混乱状態の新米が 既に交換しなければ駄目な部位を何度も何度も修理しようとしている様など感動すら覚える」

  
感動した!! とばかりに頷く大和、同意なのか整備班の面々も頷いている。


「国連カラーの装甲板をクレーンに吊るして塗装をやり直す様などはもうたまらない

 急造の金属板が私の降り下ろした手の平とともに

 噴出音を上げるスプレーガンにベタベタと染め上げられるのも最高だ」
  

楽しいよねとばかりに視線を向ければ、楽しいですと答えるように頷く整備班。


「ソ連の機体の近接武装が滅茶苦茶になったのを直すのが好きだ

 必死に洗浄して修理して整備したモーターブレードがまたグチャグチャになって帰ってくる様はとてもとても悲しいものだ」


額を押さえながら、首を左右に小さく振る、その言葉に同意なのはソ連の方から来た面子だ。


「国々の異なる戦略で生まれる機体が好きだ

 突撃級に追い回されて逃げ回る機体の姿を見るのは屈辱の極みだ」
  

許せないとばかりに拳を握り、ギリギリと拳を鳴らす。


「諸君、私は改造を、地獄の様な魔改造を望んでいる

 諸君、私に付き従う開発改造班諸君

 君達は一体何を望んでいる?」
  

両手を前に掲げ、何かを掴むように手の平を広げる。


「更なる改造を望むか?

 情け容赦のない嘘の様な改造を望むか?

 乾坤一擲の限りを尽くし世界全体の企業を驚かせるような改造を望むか?」


両手を広げ、真っ直ぐに見つめる先には国連軍のマークが。



 カスタム   カスタム   カスタム
「改造!! 改造!! 改造!!」





整備班、開発班、それら全ての人間が拳を突き上げて叫ぶ、男の女も関係なく。

その姿をゆっくりと見渡し、満足そうに頷く大和。



「よろしい ならば改造だ!

 我々は渾身の力をこめて今まさに回さんとするラチェットだ

 だがこの薄暗い地の底で半年間もの間堪え続けてきた我々にただの改造ではもはや足りない!!」


ワナワナと両手を震わせながら、作った拳を天に掲げ、そして左手を広げて振り下ろす。


「魔改造を!! 一心不乱の大魔改造を!!」


「止めんかぁぁぁぁぁっ!!」


スパ―ンっと、景気の良い音を立てて振るわれるのは、唯依姫特製ツッコミハリセン。

後頭部をジャストミートされた大和は、叩かれた場所を撫でながら唯依の方を見る。

「数百人の改造狂の開発団で機体を改造し尽くしてやる!!」

「だから妙な扇動を止めろと言うに!」

だが再び演説を始めた大和を、ハリセンで叩き倒す。

「むぅ、酷いではないか唯依姫、最後の台詞まであと少しだったのに…」

「酷いではありませんっ、ほらお前達も仕事に戻れ!」

ハリセン片手に声を上げて、大和の周囲に集まっていた連中を仕事に戻らせる。

皆口々に「惜しかったな」「あと少しで全部言えたのにな、少佐」「それにしても唯依姫のツッコミはいつ見ても素晴らしい」「少佐にツッコめる唯依姫が羨ましいわ~」「本当よね~」と、ワイワイ会話しながら仕事に戻る。

唯依はそんな面子の姿に、これが世界トップの技術力を誇る横浜基地の開発班なのかと頭を抱える。

「唯依姫、技術者や研究者は一種のバカなんだぞ?」

「えぇ、少佐を見ているとよく分かります…」

ハッハッハッと笑う大和に、ジト目の唯依。

そんな二人を微笑ましく見守りながら「少佐のお相手は誰?」というトトカルチョを行う面々。

賭けの品が食堂の食事な辺り、平和なモノだ。

一位は断然唯依姫だが、ここ最近はイーニァが二位、クリスカが三位で差を詰めてきているらしい。

「黒金少佐、少しよろしいですか?」

と、そこへ現れたのはピアティフ中尉だ。

彼女は周囲の人を気にし、大和と共に人気の無い場所へ。

その事に内心面白くない唯依だが、自分が知ってはいけない情報なら仕方が無いと肩を落とす。

「香月副司令から、『研究会』、『空母侵入』と…」

「……………ほぅ、いよいよか…」

夕呼から伝言された内容について理解できないピアティフだが、大和はそれだけで夕呼の言いたい事を理解した。

「ありがとう中尉、香月博士には委細承知と伝えてくれ」

「はっ、了解しました」

大和の返答に、敬礼を残して格納庫を後にするピアティフ。

それを見送ると、大和はその顔に獰猛な笑みを浮かべた。

「少佐……?」

「フフフフ…ッ、中尉、いよいよ宴が始まるぞ。日本の復権を賭けた宴がな…」

その言葉に、何かが起こると察した唯依は、内心で叔父の巌谷中佐に連絡を取ろうと考えたが、歩き去る大和の背中を眺めてその考えを消した。

「大和達が何を考えているのか私には分からない…だが、彼らが目指しているモノは理解できる…」

だからそこ、唯依は大和達を信頼し、任せる事にした。

もし自分の力が必要なら、きっと大和は遠慮なく言うだろうとも思って。

「………って、少佐っ、まだ仕事が残ってますよ!?」

「ランランルー☆」

謎の言葉を残して去る大和、彼が突然演説を始めた理由は、煮詰まっている高周波振動発生装置の小型化と量産について。

形にはなったものの、大きさと形状、そして持続時間の問題で少々梃子摺っており、先ほどまであーだこーだと議論していたのだ。

唯依姫が必要な資料を取りに行っている間に演説が始まったらしい。

どうも大和も開発班も疲れているようだ。

黒金はね、急ぎの用事が出来たんだ☆ とばかりに格納庫を後にする大和。

慌てて追いかける唯依姫を見送り、議論していた開発班のメンバーはやっと休む事が出来るとそれぞれ休憩に入るのだった。






あとどうでも良いが、改造をカスタムと読んでいるのは、機体を自分たちの好きな様に改造するから、カスタマイズからカスタムで言ったそうな。





























地上、座学部屋――――



「た~けるくん、おいでおいで~」

「うおぉっ!? なんだ何事だ大和っ!?」

座学の部屋で教導中に、突然扉が少しだけ開いてその隙間から大和が顔を出し、おいでおいで。

その光景にマジでビビル武ちゃん、でもその気持ちは分かる207の面々。

だって何故か廊下の背景が赤黒くて、大和の眼とか口とかが赤く光って見えるから。

三日月みたいな形の口がとっても怖い。

「なんなんだ一体、って言うかその怖い演出止めろよお前…」

と頬を引き攣らせながら扉へと近づくと、突然大和の手が伸びて武を捕らえる。

「うわっ、ちょ、まっ、ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?!!?」

恐ろしい力でズルズルと飲み込まれるように扉の向こうへと消える武ちゃん、顔が本気で恐怖に歪む。

そして最後まで抵抗して扉を掴んでいた手が飲み込まれ、ゆっくりと閉まる扉。

「じ、神宮寺教官、大尉を助けた方が宜しいのでしょうか…?」

「だ、大丈夫だろう、大尉だって歴戦の兵士だ…」

委員長の挙手と共に口にした言葉に、まりもも引き攣った顔で答える。

207とまりも達が不安で固まる中、引き摺り込まれた(?)武ちゃんは、普通に階段で大和と会話していた。

「いや、頼むから普通に連れ出してくれよ…」

「うむ、階段で話をするだけに、怪談風で攻めてみた」

武ちゃんの苦情もなんのその、寒い駄洒落をかましつつ、急に真面目な顔になる大和。

「香月博士からの連絡だ。戦略研究会が発足され、若い将校が数名集まっている」

「っ!? そうか、ついにきやがったんだな…!」

大和の言葉に、拳を握る武。

武にとって、あの事件は色々と苦い記憶がある。

彼らもまた、今の日本を憂いている人間達。

だがそれを、武力でもって正そうとする、それは確かに一つの方法だ。

だが。

「その想いを利用して、俺達を邪魔する連中が居る…!」

「その通りだ。既にそいつ等の手の掛かった空母が日本近海へと進入した。表向きは海外派遣部隊の海上演習らしいが、それらしい演習は全く行われていない」

「ウォーケン少佐達か?」

「人員は不明だが、第66戦術機甲大隊が乗り込んでいるそうだ。F-22Aが空母に配備されているという情報から、十中八九、彼の指揮するハンター隊が居るな」

大和の言葉に、そうか…と項垂れる武。

ウォーケン少佐は、歴戦の衛士であり、冷静沈着な強者だ。

前の世界での彼の態度や対応から考えるに、彼もまた、踊らされた犠牲者の一人だろう。

「少佐は兎も角、ハンター隊に一人か二人、過激派の息の掛かった米国諜報機関の工作員が紛れ込んでいるだろうな。お前も覚えているだろう?」

「あぁ、冥夜と沙霧大尉の話し合いをぶち壊しにした奴だ」

殿下に扮した冥夜と沙霧との話し合いが纏まりそうになった瞬間、発砲して台無しにした衛士。

さらにその衛士と同じく、ウォーケン少佐の制止も聞かずに戦闘を開始した機体も居たらしい。

「詳しい対応は香月博士も交えて話すが、覚悟だけはしておいてくれ。殿下は既に、決断したぞ」

「………あぁ、了解だ」

肩を叩く大和に答え、力強く拳を握る武。

その瞳には、決意が現れていた。

「それと、彩峰訓練兵の方もフォローしておけよ?」

「あ、そっちは大丈夫だ、数週間前から相談されてるから」

武ちゃんの答えに、なんだと…? と驚愕する大和。

恐るべし恋愛原子核と戦慄しつつ、武ちゃんのフラグの立てっぷりに感動すら覚える大和だった。















































2001年7月30日―――帝国陸軍基地―――




帝国軍の帝都防衛第1師団が駐留する基地の一角、『戦略研究会』が発足された場所に、一人の将兵が駆け込んできた。

「沙霧大尉っ、大変です!」

「どうした、何か情報を掴んだのか?」

慌てた様子の将兵に対して、部屋の中で計画を練っていた沙霧大尉は、冷静に問い掛けた。

「それが、帝国城内省からの情報なのですが、国連太平洋方面第11軍・横浜基地にて戦術機の新型OSの先行トライアルに、政威大将軍であらせられる煌武院 悠陽殿下が御忍びで観覧なさるとの情報が!」

「なんだと!?」

「馬鹿なっ、国連軍などの敷地に赴くと言うのかっ!?」

「しかも横浜基地は、国連軍でも謎の多い場所、そのような場所へ殿下を行かせるとは、斯衛軍は何を考えている!?」

齎された情報に、室内に居た将兵達が怒りや戸惑いを露にする。

「静まれ!! ……それで、日程は?」

「はっ、来月の5日に予定されているそうです!」

周りの者を一喝すると、沙霧大尉は殿下が御忍びで横浜基地へと行く日程を訪ねる。

帝国城内省のシンパからの情報だけに、間違いは無いだろう。

「その新型OSとやら、最近噂になっている横浜基地の改造機に搭載されている物やもしれん…」

「以前、大尉が遭遇した不知火の改造機ですね…?」

顎に手を当てて思案する沙霧大尉、仲間の言葉に頷きながら、思い出すのは雪風の姿。

「私は直接見ていないが、その改造機の機動や装備は、従来の物とは比べ物にならないと言う。事実、たった10機程度の改造機二機を含む戦術機と、最近帝都に配備された支援戦術車両『蛇侍空雄(タジカラオ)』12機で900体以上のBETAを殲滅したと言う」

「たったそれだけの兵力で…?」

「支援戦術車両、実物を見ましたが恐ろしい火力を持つ機体でした…」

沙霧の言葉に動揺してざわめく室内。

前々から謎の多い場所であり、そこで行われている計画が帝国の誘致によって始まった事も、沙霧は少なからず知っている。

「そのトライアル、ただ殿下が見に行くだけなら良いのだが…」

「大尉殿、その事でお耳に入れたい情報が…」

深く思案する沙霧、横浜は確かに帝国軍にとって変な命令突っ込まれたり、特殊部隊みたいな連中を戦場でチョロチョロさせてきたりと色々と煩い存在だが
、最近では斯衛軍や帝国陸軍技術廠と深い繋がりのある場所でもある。

殿下にとって害を為すような場所では無いと、沙霧は思いたかった。

彼が気にする、恩師であり今でも尊敬している人の一人娘が、そこに居る事もあって。

そんな中、一人の少尉が沙霧に近づいた。

妙に影のある薄気味悪い印象の男だが、日本を憂いて研究会へと参加した将兵の一人だ。

「なにっ、トライアルはフェイクで、本当の目的は米国との秘密会談だとっ!?」

だがその少尉の言葉に、沙霧は目を見開いた。

周りの将兵達も、驚きの余り口を開いて呆然としている。

「はい、私の伝手が横浜に居るのですが、トライアルを装って殿下を招きいれ、その場で帝国に不利な条件を結ばせるという話が…」

「馬鹿なっ、そんな事を殿下が受け入れる訳がないだろう!」

沙霧が否定するが、少尉は難しい顔で数枚の書類を取り出した。

「これはその伝手が手に入れた物なのですが、トライアルの新型OSに、大尉の見た改造機の技術、そして蛇侍空雄を始めとする機体と引き換えに、米国の復権を許してしまう条約が結ばれる可能性があるそうです…」

少尉の取り出した資料を作戦テーブルの上に広げると、そこには新型OSの性能比較情報や、改造機の特徴と戦果、そして蛇侍空雄…つまりスレッジハンマーのライセンス生産契約などの情報が書かれていた。

現在佐渡島ハイヴからのBETA侵攻に晒され、帝国陸軍技術廠の新型開発や武装開発に躓いている今の日本帝国軍には、ありがたい物が多い。

「………これを餌に、殿下や政府に条件を飲ませるという事か…ッ」

「恐らく…」

「大尉、先日米軍の空母が日本近海に入航したとあります、もしやそれが…」

「かもしれんな…」

苦虫を噛み潰した顔で情報を見つめる沙霧。

日本の未来を憂い、権力から遠ざけられた殿下を思い、米国に媚を売る現政権を駆逐する為に戦略研究会を発足した彼には、到底見過ごせない情報だ。

「その情報、確かなのか…?」

「はい、国連軍に下る事になってしまった伝手が、命懸けで手に入れた情報です…」

真っ直ぐに情報を齎した少尉を見詰めて問い掛ける沙霧、もしも嘘や偽りがあれば見抜くだけの経験は持っている。

だが、相手の少尉からは、その気配はしなかった。

ここ最近、自分の意思以上の速さで事が進んでいる事に、少なからず不審に思っていた沙霧大尉。

今回の情報も、あまりにタイミングが良すぎたのだが、今はその不審の原因を調べる時間が無かった。

「殿下の御忍びの日まで時間が無い、まだ志を同じくする同士も集まっていないが…例え我々だけであっても、殿下を守り、日本を守らねばならない!」

沙霧大尉の言葉に、そうだと同意する将兵達。

「御忍びである以上、殿下が何時どうやって横浜基地へと入るか不明だろう…となると、我々が出来る事は、基地を強襲し殿下を救い出す事! そして横浜基地での企てが本当なら日本中に流して同士を得つつ殿下の復権を。もしも嘘であったとしても、我々の計画が前倒しになるだけだ」

「トライアル中なら、動いている機体は模擬戦仕様でしょうな」

「武器・弾薬庫を抑えつつ、基地の主要部を制圧すれば…!」

「横浜基地は国連軍でも腑抜けた連中が多いと聞きます、例え少数であっても抑えられるでしょう…」

将兵達が口々に意見を述べながら、早速具体的な作戦を立て始める。

走り始めた事態に、内心歯痒い思いをする沙霧大尉であったが、例え彼が動かなかったとしても今回齎された情報で動き出す人間は居る。

ならば自分が首謀者として先導しようと決意した大尉は、作戦や情報を話し合う将兵達の輪に入るのだった。

「…………………………」

そんな彼らを後ろから眺めるのは、情報を齎した少尉。

彼の唇の端が、微かに歪んでいる事に、誰一人として気付いていなかった。















[6630] 外伝その6
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:31









唐突な閑話、でなければただの小話、こっそり投稿(何


















つまりは電波が人を操る証拠、もしくは妄想具現化。


















がんばる横浜基地の人々~あぁ素晴らしき横浜魂~その1?


















2001年某月某日――――――――――




国連軍第十一軍横浜基地、ここは極東の最終防衛戦にして、日本の最後の守りとまで言われる場所。

極東の魔女、東洋の女狐などの異名を持つ天才科学者、香月 夕呼が実質的に治めている場所でもある。

同じ国連軍からも謎多き場所として知られ、その技術力は世界トップクラスとまで噂されている。

「うだーーーー……」

「ちょっと斉藤、そのやる気の無い顔止めてよね、ついでに息も止めて」

「死ねと申しますか!?」

そんな基地の一角、兵士達の休憩所で項垂れている青年の周囲に集まるのは、スレッジハンマー乗りの兵士達だ。

彼らは元々は歩兵や戦車兵から引き抜かれ、横浜基地が誇る支援戦術車両「スレッジハンマー」のパイロットに選ばれた精鋭。

相方の少女にキツイこと言われているのは、操縦者の斉藤くん、愛されるバカ、愛すべきアホ、無敵の童貞、少年ハートの青年、熱血螺旋バカetc…。

色々な渾名を持つ、ある意味での有名人であり、これでもスレッジハンマー乗りの中では最高レベルの操縦者である。

「相変わらず釘原は斉藤にキツイなぁ…なんだ、ドSか?」

「ち、ちちち違うわよっ、アタシは別にドSなんかじゃっ」

「いや、俺の右足をグリグリと踏みつけている時点でドSですいだだだだだだだだっ!?」

ギュリンギュリンと踏みつけられる足、煙が出てます。

「もう、涙(るい)ちゃんたら…あんまり愛しちゃダメよ…?」

「ちがっ、だだだ誰がこんな熱血突撃能天気ドリル格闘童貞を愛するってのよっ!?」

「もう止めてっ、とっくに俺の心の体力はゼロよっ!?」

相方、釘原 涙(るい)の容赦のない言葉に、斉藤くん超涙。

だがそんな彼に同情してくれる仲間はいない、だってこれが彼のポジションであり日常だから。

「で、斉藤は何故そんな醜い顔をしているのですか?」

「み、醜いとなっ!? それはアレか、醜い顔で見難いと言いたいのか河田!?」

「死ねです」

妙な駄洒落に結びつける斉藤くんに、何故か持っていたスパナを投擲する少女、名前は河田 智音、見た目はロリ、中身は二十歳越えの立派な大人。

あべしっ!? という妙な悲鳴を上げながら直撃した額を押さえて悶える斉藤くん、痛そうだ。

「ひ、額が、俺の額が横手盆地っ!?」

「なんで秋田…まぁ良いや、で、何かあったのか?」

粗暴な言葉遣いの女性は、見た目年上なのに実はこの中で最年少、相方の河田と真逆の少女 満枝 渚だ。

斉藤より二つ年下なのに、平気でタメ口を利く女の子でもある。

「良くないよ!?」

「そうですよ~、斉藤くんが入院したらどうするの~」

斉藤の非難に、おっとり言葉の眼鏡美人さんが同意してくれた。

「あぁ、やはり俺の癒しの女神は梢さんだけだっ!!」

「斉藤くんが居ない間、誰を弄り倒せば良いのよ~」

「神は死んだっ!!」

涙目でロングヘアーの眼鏡美人である柏葉 梢を見上げるが、その後の言葉に絶望する斉藤くん。

「騒がしいぞ斉藤、少しは音量を下げろ、出来なければ喉を潰せ」

「酷いっ、小隊長酷いっすっ!?」

後からやってきた、カッコイイ系の白人女性の言葉に咽び泣く斉藤くん、その姿にウットリとした笑顔を浮かべるのは柏葉。

「ぜってぇ梢さんが一番のドSだって…」

「あの笑顔、恍惚としていますです」

「あぁいう人が一番危ないのよねぇ…」

満枝・河田・釘原で固まってヒソヒソと会話中、この面子のヒエラルキーのトップは柏葉で間違いないようだ。

「で、何を話していたんだお前達」

斉藤達が座るテーブルの空いている場所に座った小隊長ことハンナ・ヒリングスがモデルのような足を組んで問い掛けてきた。

彼女は斉藤達スレッジハンマー部隊の、小隊単位を預かる役職で、彼女達の隊長である。

元々は大陸で戦車兵として従事し、生き残って横浜基地へ配属された戦士だ。

「斉藤がいつチェリーから卒業出来るかを」

「話してないよっ!?」

「そうだぜ、斉藤のナニが仮性だって話を…」

「してないからっ、仮性じゃないですからっ!?」

「叫ぶな馬鹿犬っ!!」

「はぎゅんっ!?」

河田の言葉に半泣きで否定、満枝の失礼な言い掛かりにマジ顔で否定。

でも釘原に足を踏み抜かれて悲鳴を上げて沈黙。

「もう皆、あんまり愛しちゃダメよ?」

「柏葉、貴様の中で虐める=愛するなのか…?」

「そんな愛はイヤだぁぁ…っ」

ハンナの苦笑混じりの言葉に、斉藤くん本気で泣きが入る。

「で、何の話なんだ?」

「チェリー斉藤が、何か悩んでたみたいです」

釘原の報告に、それはまた珍しいなと斉藤を見るハンナ。

「チェリーって言わないで…チェリーって…」

「泣くな鬱陶しい、聞いてやるからさっさと話さんか」

軍人然としたハンナの蹴りと言葉に、席に戻って口を開く斉藤くん。

「それが、ここの所毎晩夢に変なオッサンが出てくるんですよ…」

「変なオッサン?」×5

「こう、太った感じで何となく身分が高そうな…」

5人の脳内で、太めの貴族風のオッサンが描かれる。

「裸で背中に妖精の羽っぽいのがついた、汗だらけの」

「ぶふっ!?」×5

続く斉藤の説明に、脳内のオッサンが凄い姿になった。

「妙な変態想像させるんじゃないわよチェリードッグ!!」

「俺の責任じゃげふっ!?」

釘原のストレートが綺麗に入った。

「で、そのオッサンがどうした?」

「うぅ…それが、毎晩夢に出てきて、「私の服とローブ知りません?」とか聞かれて、知らないって答えると「では何か着る物を貸してください」って汗ぎった顔で、しかも両手の先をこうパタパタさせながらと迫られて…」

「アッーですか?」

「ならないよっ!?」

河田の要らないツッコミに、全員がうげぇ…と顔を青くさせる。

「で、仕方ないから俺が着てた服を一枚貸してあげると、お礼を言いながら消えていくんですよ」

「なんだそれは…」

「そしたら次の日にその貸した服を着て登場するんです、オッサンが。そしてまた「服貸して下さい」と…」

「悪夢じゃねぇかそれっ!?」

「呪われてんじゃないのアンタ!?」

ゲンナリ顔のハンナ、戦慄する満枝と斉藤から距離を取る釘原。

しかも斉藤くんはスマートな体型なので、貸した服はピチピチぱっつんぱっつん、正直見るに耐えない姿だ。

「お陰で最近目覚めが悪いっす…」

「それはそうだろうな…」

「私だったらそのまま夢の中で気絶しちゃいますね~」

若干同情するハンナと、嫌そうな顔で呟く柏葉。

「あぁ、ヒリングス小隊長、ここに居たか」

「っと、篁中尉、敬礼!」

そこへ、資料らしきファイルを持った唯依が現れた。

ハンナの号令に全員が敬礼し、唯依も答礼する。

「この前話していた装備の説明書が完成したんだが、一応使用者の意見も欲しくてな。すまないが一度読んで問題ないか見てくれ」

「分かりました、期日は?」

「そうだな、明後日までには修正した物を提出してくれ」

「了解です」

唯依に手渡されたファイルを抱え、敬礼するハンナ。

その際に、唯依の目に隈が出来ているのに気付いた。

「中尉、寝不足のようですが大丈夫ですか?」

「え…あぁ、昨日少し夢見が悪くてな…」

苦笑する唯依、だがその表情は妙に青い。

斉藤は俺と同じっすねー! と嬉しそうだが、直後に釘原達から足踏み・肘鉄・スパナを頂く。

「妙な夢でな…あれはもう悪夢だ、夢の中で絵本のような世界で、突然ぱっつんぱっつんの国連軍の軍服を来た中年男性が現れて「私のマスター知りませんか?」と、こう両手の先をパタパタさせて近づいてくるんだ…」

「そ、それはまた……」

絶句するハンナ、視線が集中する斉藤。

「思わず、地面に置いてあった拳銃で撃ってしまったが、血を噴水のように撒き散らしながら逃げていった。なんだったんだろうな、あの悪夢は…」

「は、はははは、賢明な判断かと、中尉」

唯依の言葉に、笑うしかないハンナ。

因みに、唯依が撃った拳銃は「じゃっかる」と刻まれたパチ物臭い拳銃だったそうな。

「おや、揃ってどうかしたのか?」

「あ、黒金少佐…」

「敬礼っ!」

そこへ現れたのは、制服姿の大和だ。

手にしている書類を見るに、整備班と話し合いをしてきた所なのだろう。

「妙に空気が淀んでいるが、何かあったのか?」

「い、いえ別に何も…っ」

「中尉と俺の夢に、変なオッサンが出てきたって話です」

問い掛けてくる大和に、唯依は慌てて誤魔化そうとするが、サラリと斉藤くんが話してしまった。

別に聞かれてどうなる話でもないが、妙な悪夢で寝不足と知られるのは唯依姫的に恥ずかしいらしい。

あと斉藤くんは、ハンナに肘鉄喰らいました。

「ほう、妙なオッサンとな? それはアレか、頭髪が薄くサングラスをかけてタンクトップにパンツで裸足、そして語尾に「ウィリス」とか付けて喋るオッサンかね?」

「いや、何ですかその妙に具体的な人物は…」

大和の言葉に、それはそれで何か嫌だと思う女性陣。

「違うっす、こうMっパゲが進行し過ぎた感じの頭部にデブで汗がダクダクな感じの中年です」

「…………マジで?」

「マジでって何すか?」

「少佐、白銀語が出てます」

斉藤くんの説明に思わず武ちゃんの言葉を使ってしまう大和。

「あ、あと名前を名乗ってました、中尉は?」

「そう言えば、私も名乗られたな…確か―――」





「「ハルコンネンの精霊とか…」」






―――――――ぶわっ――――――――




二人の言葉を聞いた瞬間、大和の全身から汗が噴出した。

分かり易い位に、汗が流れている。

「しょ、少佐っ、どうしたんすか!?」

「もしや、何かご存知なのですか…?」

「あぁ…いや、その…」

驚く斉藤くんと、疑惑の視線を向けてくる唯依。

そんな二人や、見守っている面々の視線を前に歯切れの悪い大和。

「なんで精霊が?」「あれか、名前が問題だったか?」など、ブツブツ呟いている。

「あ、そう言えばハルコンネンって、この前ハンナ小隊長の機体に搭載した300mmセミオートカノンがそんな名前じゃなかったですか?」

釘原が唐突に思い出したのは、この前の演習で突然使用してくれと言われた、巨大な武装。

ハンナと柏葉が乗る機体と、別の小隊の機体が装備したその武装の名前が「ハルコンネンⅡ」。

「少佐…?」

「おっといけない、斯波班長に頼みがあるんだった、それじゃ俺はこれで!」

シュタッと手を上げてその場を逃げるように去る大和。

その姿に、あの人が原因か…と悟る面々。

「いやぁ、少佐って本当に忙しい人っすねぇ、尊敬するっすよ!」

分かってないのは、この男だけであった。






























その晩―――――――――












「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!」×多数










































「うおっ、皆どうしたんだよその隈っ!?」

「ちょっと寝不足なのよ…」

「うぅ、思い出したら気分が…」

「……………………………(ガクガクブルブル」

「お姉さん、あぁ言う人はタイプじゃないの~~」

「アレは、私でもキツイ…」

翌日のブリーフィングルーム、集合した小隊のメンバーは、斉藤を除いて全員が寝不足の隈を装備していた。

「そう言えば昨日、夜中に凄い悲鳴が響いたけど、皆知っているか?」

「知らない…」×5

斉藤のその問い掛けに、青い顔をして首を振る5人。

思い出したくないのだ、ピチピチぱっつんぱっつんなオッサンに「私のマスター知りませんか~?」と追いかけられる悪夢なんて。

とりあえず全員が、別の小隊のハルコンネンⅡを搭載した機体の兵士を教えておいた。

明日辺り、その面々が同じような姿をしている事だろう。










































「で、何をしたんだ大和?」

「知らん、俺は知らんのだ唯依姫ッ!?」

執務室で、大和を壁際に追い詰めて問い詰める唯依姫。

彼女の手には、黒い大型拳銃「じゃっかる」があった。

これを大和の執務机の引き出しから発見した唯依は、あの夢に大和が関与していると断定して問い詰め中。

「唯依姫ッ、その拳銃は本当に技術班とノリで作っただけの品物なんだ…ッ」

「なら何故動揺したのですか少佐…?」

壁際に追い詰められる大和と、追い詰める唯依姫。

「少佐、失礼しま――――――――――した…っ」

そこへ入室したクリスカが、二人の姿を見て一瞬固まり、そのまま踵を返した。

少し泣いているように見えたのは、唯依の気のせいだろうか。

「まっ、待ってくれ少尉っ、誤解なんだ…ってこのやり取り前もあったぞっ、少尉ーーーっ!!」

誤解されたと思い、慌てて追いかける唯依。

大和と唯依の体勢は、クリスカからは唯依が大和を壁に押し付けて襲っているように見えたのだろう。

「うぅむ…ネタ武装は考え物だな……」

一連の騒動に、少し悩む大和。

彼も、まさかあの精霊が出てくるとは思っても居なかったのだ。

精霊が少し違うのは、戦術機の武装だからだろうか?

大和は唯依が慌てて置いて行った、つい調子に乗って作った「じゃっかる」を手にすると、鍵付きの引き出しに封印するのだった。




[6630] ネタに走ってみた2
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/04/01 22:30










突発的なネタ集その2

















また電波が俺を操ったんだ!


















黒金を困らせてみるシリーズ









その1








爆炎が立ち昇り、突撃砲の咆哮が鳴り響く夜の廃墟。

何度もこの日に目覚める青年、黒金 大和は、何度も繰り返した記憶の通りに行動していた。

目覚めた部屋のあるマンションから必要な物だけを持ち出し、BETAに遭遇しないように、武器が落ちている場所まで走る。

戦車級か、闘士級か、遭遇した経験から兵士級かもしれないBETAに食われた機械化歩兵部隊の装備。

血塗れのそれを拾い上げ、残弾を確認して逃げる為の車両がある場所まで走る。

その間に兵士級に遭遇するが、ライフルで撃ち殺す。

「毎度毎度、目覚めが最悪だッ!」

この世界の、この物語の主人公である彼と違って、大和は目覚めた瞬間からこの地獄だ。

しかも脱出しなければ爆風に巻き込まれて死亡、何かの脱出ゲームかとツッコミたくなる。

記憶の通り、全滅した歩兵部隊の車両を発見し、乗せられている武装を確認。

そしてつい、彼らの家の前を通った時、今までのループでは在り得なかった光景が視界に飛び込んできた。

「な――ッ、生存者だと!?」

今まで何度もこうして通過したが、誰も居ないし居た形跡も無かったこの場所。

だが今、兵士級に殺されそうになっているのは、間違いなく人だ。

「こなくそッ!」

ハンドルを切りながら助手席に置いてあったロケットランチャーを構える。

「伏せろッ!!」

大声で叫びながら照準を兵士級の大きく開いた口へとむける。

気の抜ける低い音と反比例の衝撃に踏ん張りながら、放たれたロケットの着弾を見守る。

人影は、咄嗟に伏せたのかへたり込んだのか謎だが身体を小さく丸めていた。

着弾し、肉片(?)を撒き散らして死ぬ兵士級。

間に合った事に安堵しつつ、貴重な武器が無くなったと少し損得勘定。

「無事かッ!?」

ライフル片手に、人影に走り寄ると、その人影は震えながらこちらを見上げてきた。

「――――ッ、お前は!?………………えっと、坊や、お名前は?」

「ひっくっ、えっぐっ…しろがね たけるぅ…!」

頬を引き攣らせながら、何となく見覚えと言うか、誰かに似てる人影…と言うか少年に問い掛ける大和。

その少年は、恐怖で震えながら確りとお名前を答えた。

「………………なんでやねん………」

大和の虚しいツッコミが虚空に消え、遠くで撃震が墜落した。













やまとたける!~もしもタケルちゃんがショタキャラだったら~
















運命の日から一年余り――――


ここ、帝都城にて、帝国斯衛軍大尉である黒金 大和は、ひたすら襲い来る頭痛と戦っていた。

「はい、タケル君、あ~んですわ♪」

「あ~ん!」

「美味しいかしら?」

「うんっ、美味しいよユウヒお姉ちゃん!」

ニッコリと素敵なショタスマイルで答える武…否、タケルきゅんに、悶えるのはこの城で一番偉い筈の女性。

でも今はプリン片手にショタボーイを愛でるのに大忙し。

「あの、殿下、話を進めても宜しいでしょうか?」

「あら、黒金殿、居たのですか?」

えぇ、ずっと居ましたとも。

そう心中で答えながら、プリンを食べるタケルきゅんを自分の隣に引き戻す。

「あぁっ、まだ物足りません!」

「プリン三つもあ~んで食べさせたのだからもう駄目です、タケルが虫歯になったらどうするのです!」

微妙にずれた大和、何気に彼もタケルきゅんの魅力に狂わされているのかもしれない。

「で、私達が国連軍へと降る件ですが…」

「黒金殿一人で頑張ってくださいな、タケル君は私が責任を持って育てます故…」

おほほほほ…と笑いながら逆光源氏計画を考えている殿下。

ダメだこの人、使い物にならねぇ…と内心で呟いて、タケルきゅん小脇に抱えてさっさと退室。

素晴らしき逆光源氏計画に脳内フルスロットルな殿下は気付かない。

「殿下は当てにならん、こうなれば香月司令だけが頼りだ…!」

「ヤマト兄ぃ、今度はどこいくの?」

脇に抱えられたまま見上げてくるタケルきゅん、並みの女性なら一発KOなそのショタ仕草に、擦れ違った女性が崩れ落ちて悶える。

「歩く女性攻略兵器だな…今度は、国連軍という所だ」

「ふ~ん…ねぇねぇ、せんじゅつき乗れる!?」

「乗れるとも、好きなだけ乗れるぞ」

大和の言葉に、わ~いっと無邪気に喜ぶタケルきゅん。

あぁ、なんでこうなったんだろうなぁと己の不幸を嘆きながら、二人は城を後にする。




この後、連れ去られた(悠陽主観)タケルきゅんを取り戻す為に、国連横浜基地に何度もお忍びで侵入してくる殿下が居たりする。












「とりあえず、大丈夫なのそいつ…」

「言わないで下さい、俺も折れそうなんです…心とか」

横浜基地にて、夕呼先生と謁見。

で、夕呼先生は霞とあやとりに興じるタケルきゅんを指差して問い掛ける。

「だ、大丈夫です、これでも戦術機の操縦は完璧でした、惨い事に」

「惨いんだ…」

「惨いんです…」

何やら色々な感情が込められた言葉に、かなり引く夕呼先生。

大和の言う惨いというのは、見た目10歳程度のショタ少年が、戦術機をギュンギュン動かして戦えちゃう事。

しかもこんな見た目と中身なのに、強さは今の大和より上。

ぶっちゃけ、紅蓮大将にも勝った。

「とりあえず、強化装備は特注しておくわ…」

「お願いします、管制ユニットは俺が改造しますから…」

体格の問題でまともに動かせないタケルきゅんは、専用の操縦席を大和に用意してもらうのだ。






207訓練部隊にて―――


「シロガネ タケル、10歳です!」

「可愛い~~~~っ!!!」×11

帝都城で礼儀を教えられたタケルきゅんの姿に、207の乙女は一発で陥落。




PXにて―――


「こんな小さな子が戦うなんて…坊や、確り食べるんだよっ!?」

「ありがとうおばちゃん!」

食堂で全おばちゃん達が号泣した。

させたタケルきゅんは見た目の問題で少尉さん。

特別を付けて、徴兵年齢とかは夕呼先生が誤魔化したらしい。




A-01にて―――


「お姉ちゃんたち弱いね!」

「なんですってこのガキゃぁぁぁっ!?」

「水月、ダメだよ、こんな可愛い子を殴る気っ!?」

「速瀬中尉、この子を殴る前に、私を倒して下さい!」

止める遙と、立ち塞がる風間。

「速瀬!」

「っ、は、はい!」

「タケルきゅんを殴るなら私を殴れ。しかし私は殴り返すぞ」

「え゛!?」

伊隅大尉も堕ちていた。




南の島にて―――


「わーーーいっ!!」

「あぁ、タケルきゅんのモロ肌…!」

「じゅるり…」

「眩しい、今の私に彼の笑顔は眩し過ぎるわ…!」

腐女子…と言うか、ショタに目覚めた数名。

誰が誰とは、彼女達の名誉とキャラの為に公言しない。





PXのあの事件にて―――


「ガキの分際で、改造機、しかも少尉だと!?」

「うぅっ…怖くないもん!」

掴み上げられるタケルきゅん、掴み上げたお馬鹿少尉は、自分が置かれた現状に気づいていない。

「オイお前…」

「あん…?―――げっ!?」

「俺達のアイドル(息子とか弟とかの意)に手を出すたぁ、ふざけた野朗だなおい?」

「タケルきゅん泣いてるじゃねぇか、てめぇどう償う気だコラ?」

声をかけられて振り返る少尉、そんな彼を取り囲むのはガタイのイイお兄さん達。

気がつけばタケルきゅんは女性衛士達に助けられ、大丈夫? 怪我は無い?と慰められている。

この瞬間、この馬鹿少尉の未来は決まった。

アッーーー!!






クーデターとか―――


「私のタケル君を虐めるのは何処の誰かしらーーーーーーーっ!!!」

はっちゃけ殿下が自分の専用機でクーデター軍を千切っては投げ千切っては投げ。

と言うか、斯衛軍全機出動ですね、わかります。

米国出番なし。

沙霧大尉? 一撃昇天でした。




佐渡島ハイヴとか―――


「タケルきゅんが見てるのに、負けられないのよぉぉぉっ!!!」

女性衛士達の能力が超UP。

BETA涙目。

「あの、俺の開発した機体の活躍…あ、無いですか、そうですか…」

大和も涙目。

「ねぇ、わたしの出番は…?」

純夏も涙目。








その後、生きてタケルきゅんと添い遂げる。

その志を胸にした戦乙女達の活躍で、あ号目標は消滅。

タケルきゅんは多くの女性に囲まれ、幸せに暮らしましたとさ……











大和「………………あるぇ~( ・3・)? 俺は?」










おしまい










































その2







爆炎が立ち昇り、突撃砲の咆哮が鳴り響く夜の廃墟。

何度もこの日に目覚める青年、黒金 大和は、何度も繰り返した記憶の通りに行動していた。

目覚めた部屋のあるマンションから必要な物だけを持ち出し、BETAに遭遇しないように、武器が落ちている場所まで走る。

戦車級か、闘士級か、遭遇した経験から兵士級かもしれないBETAに食われた機械化歩兵部隊の装備。

血塗れのそれを拾い上げ、残弾を確認して逃げる為の車両がある場所まで走る。

その間に兵士級に遭遇するが、ライフルで撃ち殺す。

「毎度毎度、目覚めが最悪だッ!」

この世界の、この物語の主人公である彼と違って、大和は目覚めた瞬間からこの地獄だ。

しかも脱出しなければ爆風に巻き込まれて死亡、何かの脱出ゲームかとツッコミたくなる。

記憶の通り、全滅した歩兵部隊の車両を発見し、乗せられている武装を確認。

そしてつい、彼らの家の前を通った時、今までのループでは在り得なかった…と思う光景が視界に飛び込んできた。

「な――ッ、生存者だと!?」

今まで何度もこうして通過したが、誰も居ないし居た形跡も無かった…と思いたいこの場所。

だが今、兵士級に殺されそうになっているのは、間違いなく人だ。

何となくその生存者がショタな少年だったらどうしよう、嫌だな~という自分でも分からない感情を抱く大和。

「こなくそッ!」

ハンドルを切りながら助手席に置いてあったロケットランチャーを構える。

「伏せろッ!!」

大声で叫びながら照準を兵士級の大きく開いた口へとむける。

気の抜ける音と反比例の衝撃に踏ん張りながら、放たれたロケットの着弾を見守る。

人影は、咄嗟に伏せたのかへたり込んだのか謎だが身体を小さく丸めていた。

着弾し、肉片(?)を撒き散らして死ぬ兵士級。

間に合った事に安堵しつつ、貴重な武器が無くなったと少し損得勘定。

「無事かッ!?」

ライフル片手に、人影に走り寄ると、その人影は震えながらこちらを見上げてきた。

「――――ッ、お前は!?…………えっと、どなたですか?」

「し、しろがね、た、たけの…白銀 武乃よっ! アンタこそ、って言うかここ何なのよっ!?」

予想を斜め上でぶっちぎる展開だった。

「………………なんだってーー……」

呆然とした大和の言葉が、虚しく響いた。



























うん、強制終了なんだ、すまない。

流石に大和君が大変だと思うから今日はこれ位で終わりにするよ。

もしも続きが見たいなら、TSでOK! か、最初から女性で逝こうぜ!と電波を送って欲しいな。

うん、自分でも何を書いているのかもう分からないんだ。

目覚めたら女性になっていたタケルちゃんも捨て難いけど、最初から女性のタケルちゃんも良いよね?



















うん、勿論エイプリルフールな嘘ネタだよ?












[6630] 第二十九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:05




















2001年8月5日――――――




「いよいよだな……」

地下千メートルに存在する第70番格納庫。

その中で、一機の戦術機がその出番を待っていた。

そのコックピットで小さく呟きながら拳を握り、気持ちを落ち着かせているのは強化装備に身を包んだ武だ。

「………武さん…」

「心配するなよ霞、俺は必ず帰ってくるし、この作戦も無事に終わらせてみせるさ」

同じコックピットの中、システムチェックの手伝いをしていた霞が、不安げに武を見上げていた。

そんな彼女の頭を優しく撫でながら、武はいつもの笑顔を見せてあげる。

何時もならそれだけで頬を赤く染めて安心する霞だが、今日ばかりは不安の色が消えない。

「………殿下からの手紙、何て書いてあったんですか…?」

「ん? あぁ、アレか…いや、なんつーか手紙って言うのかなアレ…」

問い掛けてくる霞に対して、苦笑するしかない武。

この格納庫へとやって来る前に、月詠中尉から渡された手紙。

それには、悠陽の名前と、ただ一言。


――――『夜明けを』――――


そう、書かれていた。

普通なら首を傾げるであろう言葉。

当然武も首を傾げたが、月詠中尉の言葉で意味を悟った。

『殿下が昇られる。本来在るべき場所へと…』

それは、政威大将軍である煌武院 悠陽が、必ず復権してみせるという意思表示だった。

夜明け、つまり陽が昇る。

それを理解して苦笑すると共に、その一言に想いを込めた悠陽を想い、強く決意する。

必ず、彼女の願いを守ってみせると。

「色々書きたい事もあったと思うけど、今はこれだけに専念するって意味だと思うんだ…」

「………はい…」

その手紙を見せてもらった霞も、同意して頷く。

普段から武殿~武殿~とはっちゃけている殿下が、その気持ちを抑え、政威大将軍として舞台へと立ち、バラバラに為り掛けていた日本を纏める。

正に、日本の夜明け。

その為には、殿下の敵を何としても排除し、そして同じように殿下の復権を願いつつも強硬手段を取るしかない者達を救う。

それが、今の武が為すべき事。

「……武さん、ロック解除とシステムチェック終了しました…」

「おう、サンキュー霞。これで全力で戦えるぜ」

やる事を終えた霞、そんな彼女をまた撫でながら、新しい機体の具合を確かめる。

「武さん、あのシステムは……」

「分かってる、なるべく使うなって話だろ? 大和から散々言われたしな…」

笑いながらも、武はシステム起動の為のスイッチの位置を確認している。

霞が以前言ったように、咄嗟の時には迷わず使うためだろう。

「…武さん、オーバーシステムは機体と、特に衛士に酷いダメージが出ます…」

「あぁ、分かってる」

「……嘘です」

武が笑いながら言った言葉を、キッパリと霞は否定した。

「武さんは、誰かの危機なら…大切な人の為なら、迷わず自分を犠牲にします…」

能力を使わなくても分かる、彼は、そういう存在だと。

「霞……」

「武さんが、“前の時”に皆を犠牲にしたのは知っています…でも、私は武さんが犠牲になるのがイヤです…っ」

人と違う生まれ。

人と違う力。

そんな自分を知っていても、平然と、他の人と同じように…否、もっと優しく接してくれた武。

そこに損得や裏などなく、ただ自分が“社 霞”だからそう接してくれた。

そんな彼に自分は惹かれ、そして成長した。

夕呼が最近良く呟く、『アンタも成長したわね』と…。

彼女を、社 霞を導いたのは紛れも無く白銀 武という唯一無二の存在。

そんな武が、彼女は大好きだ。

そして、好きだからこそ、彼を止められないと理解してしまう。

彼はきっと止まらない、最後のBETAを駆逐するまで、きっと。

彼が止まる時は来ない、例え死んだとしても、彼はまた繰り返すのだ。

全てのBETAを滅ぼす、その時まで……。

「大丈夫だよ…」

「あ…っ」

不安で、悲しさで、そして進み続ける武に何も出来ないと思って潰れそうな霞を、武は優しく抱き締めた。

「俺は必ず帰ってくる…負けない、俺は絶対に…人にも、BETAにも…負けないから…」

「………はい……約束…です…」

「あぁ、約束だ…」

霞も抱き返し、彼の言葉を確りと心に刻み付ける。

先ほどまで、不安で押し潰されそうだった心は、今はとても幸せだった。

「……………あのぉ、そろそろ時間なんですけど……」

二人のイチャイチャラブラブ空間に、外で最終チェックをしていた整備兵が、居心地悪く呟いた。















AM10:15――――


横浜基地司令室――――



「ようこそ、横浜基地へ。煌武院 悠陽殿下」

横浜基地の心臓部である司令室で夕呼が出迎えたのは、御忍びで基地へとやって来た殿下。

護衛には、赤い斯衛軍制服を着た偉丈夫、紅蓮大将と、月詠 真耶大尉。

「本日は御招き頂き、感謝します香月副司令」

今回の訪問は御忍びであり、挨拶も略式や簡単な物で済ませている二人。

「新型OSのトライアルは10:45分から開始されますわ。その能力、是非殿下の眼で見定めて下さい」

「えぇ、日本の、そして世界中で戦う衛士の方々の力になる物…この眼でしかと見届けさせて貰います」

和やかなムードで会話する二人だが、その視線は常に何かを伝えていた。

そして夕呼がピアティフ中尉へ命じて、殿下達をトライアル会場となる演習場へと案内させる。

「………流石は、政威大将軍殿下。まだお若いのに良い目をしている」

「ふふふ、司令。覚悟を決めた女は、どんな人間より強いのですよ?」

会話を見守っていた基地司令は、夕呼のその言葉に楽しげに笑う。

「さて、そろそろ珠瀬事務次官がいらっしゃる時間ですわね…」

「うむ…此度の件、既に国連本部にも何が在っても手出し無用と伝える準備はしてある…」

「国連本部でも揉めるでしょうけど、正式な要請も命令も無くここへ進入した場合は、例え国連軍でも米軍でも…」

関係なく迎撃する。

そう、二人の瞳は言っていた。

今頃基地のサブ司令室で米軍空母と連絡を取っている連中も、今回の騒ぎに乗じて首を飛ばす。

その為に、態々漏れても(夕呼達にとっては)大丈夫なデータを放置して上げたのだから。

「精々勝手に踊りなさい、こっちは忙しいんだからあんた等のダンスの相手なんてしてられないのよ」

その為に、鎧衣課長にも動いてもらい、下準備は済ませたのだ。

「白銀、黒金…責任はアタシが取るわ。好きにやりなさい…」

そう呟いて、夕呼は微笑んだ。


















AM10:35――――


トライアル会場――――



新型OSの先行トライアルが行われる事に“なっている”演習場。

そこには、現在207訓練部隊の響が、主機を落とした状態で潜んでいた。

そう、潜んでいるのだ。

元々住宅地だったのかこの演習場にはビルやマンションなどの廃墟が多い。

元々あった廃墟や、演習の為に設置された建物などが点在している。

重機タイプのスレッジハンマーが導入されてから倍以上のスピードで整備が進み、当初の倍の広さを誇る演習場だ。

『……教官、本当に我々が…っ』

「しつこいぞ御剣。今回の作戦は、模擬戦でも演習でもない、本当の作戦だ」

もう何度目になるのか数えるのも忘れた、訓練兵からの問い掛け。

中でも一番多いのは、冥夜だ。

早朝から呼び出された207訓練部隊の面々は、まりもと夕呼から突然作戦を伝えられ、こうして強化装備を身につけ、響に乗り込んでいる。

訓練兵が作戦に参加するなど、災害救助活動や、それこそBETAに眼前まで攻め込まれでもしなければ在り得ない。

それは、まりもが一番理解している。

本音を言えば、まりもは今回の作戦には反対だった。

「……訓練兵を、殿下の護衛とクーデター軍との戦いに参加させるなんて…っ」

通信を切断しながら、苦々しく呟くまりも。

207訓練部隊の実力は、確かに一般的な衛士の上を行く。

総合能力で一番下と言われている築地や高原でさえ、正規兵と遜色ない…むしろ圧倒している面もある。

築地の三次元機動は武も絶賛しているし、高原の渋いアシスト能力は敵からしてみれば脅威だ。

それに、今回の件が無事に終われば、彼女達はいよいよ任官となる。

「死の8分よりマシ…なんて言えるわけないじゃないの、夕呼…」

今回の作戦に彼女達を参加させた親友を、つい恨んでしまうまりも。

軍隊であり、部下である自分も、そして207の少女達も、命令には逆らえない。

確かに、圧倒的な物量と容赦の無いBETAより、同じ人間であるクーデター軍の方がマシかもしれない。

だが、当の本人達は、人間同士で殺しあうのだ。

「……こんな事、経験させてしまうなんて…っ」

己の無力を嘆きながら、せめて教え子達だけは守ろうと決意するまりも。

そんな彼女が乗るのは、今ここに居ない武が、是非使ってくれと譲ってくれた、雪風二号機。

偽装ビルの中に隠れながら、まりもは愛機となった機体を信じて、静かに気持ちを切り替えた。

しかし、切り替えられないのは207の乙女達だ。

彼女達は今朝突然本日の先行トライアルと、そこに殿下が来る事、そしてその殿下を目当てにクーデター軍と米軍が来る事を聞かされた。

極秘任務であり、しかもまだ任官していない自分達に与えられた重要過ぎる作戦。

殿下を守りながら、クーデター軍…その中に混じる国家転覆を企む連中を捕らえろという命令。

戸惑い、震え、混乱する乙女達だったが、夕呼は命令を撤回しなかった。

ただ一言、『あんた達は白銀の教え子であり、黒金の作った機体に乗ってる…その意味、よく考えなさい』と、伝えて退室した。

「我々が…タケルの教え子であり、少佐の機体に乗っている…意味…」

『………期待されてるって、事かしらね…』

呟いた冥夜の言葉に、委員長が返した。

まりもが少しでも緊張を紛れさせる為に、部隊内でのみ、通信を許したのだ。

『それだけじゃないと思うよ?』

『うん……きっと、私たちなら大丈夫って…意味もある』

こんな時でもマイペースに見えた美琴と麻倉だったが、美琴はいつもの笑顔がなく、麻倉は言葉が震えている。

皆怖いのだ、人と本気で戦い、殺しあうかもしれない事が。

BETAと戦い、人々を守る為に衛士になろうと決意したのに、人と戦い、殺しあう。

しかも相手は、クーデター軍。

正確にはクーデターを、殿下の復権と現政権打倒を目指す将校達の、反逆。

それを聞かされた時の、冥夜と委員長、そして彩峰のショックは他の面々よりはるかに大きかった。

特に冥夜は、そんな危険な場所に殿下が出てくると聞いて、思わず月詠さん達を探してしまった。

だが、彼女達もまた今回の騒動に関わっており、現在基地に居ないと言う。

訓練兵という立場を忘れ、夕呼へ即刻止めさせるように進言した冥夜だったが、まりもの一喝と夕呼の言葉に唇を噛んだ。


『殿下は覚悟を決めたのよ。その覚悟、例えアンタであっても口出し出来るものじゃないのよ。アンタと同じでね』


こう言われては、冥夜も黙るしかない。

斯衛軍もそれを容認している以上、国連軍の訓練兵である冥夜には、もう何も出来ないのだ。

『……大丈夫よ御剣。私たちが命懸けで守れば良いのよ』

「しかしっ、殿下の御身にもしもの事があれば…っ!?」

『だから守るのよっ!!、何が何でも…例え、響が破壊されてでも…っ』

冥夜の叫びは、委員長の、千鶴の叫びにかき消された。

冥夜だけでなく、彼女もまた、他人事ではないのだ、今回の一件は。

『………信じよう』

ポツリと、彩峰が呟いた。

その言葉に、不安で震えていた築地やタマも、自分を奮い立たせていた茜や高原も顔を上げる。

『……私達は、白銀の自慢の教え子…、そして、機体は少佐自慢の改造機……信じよう、皆…』

彩峰は、呟くように、まるで自分に言い聞かせるように、小さく、しかしハッキリと言葉を口にした。

その言葉に、皆ゆっくりと頷いていく。

『そうよね…私たち、あの白銀大尉に育てられたんだからっ』

茜が。

『神宮寺軍曹の厳しい地獄の訓練と、タケルの変態機動の教導を嫌ってほど受けたしね…』

晴子が。

『マナンダル少尉に、お前達筋が良いって何度も褒められたもんね!』

高原が。

『ステラさんに、個々の技量なら負けるわって、言ってもらえました…っ』

タマが。

『タケルに怒鳴られたり、怒られたりしたけど、ボク達が一番自慢の教え子だって、言ってたよね…!』

美琴が。

『わ、わたし、自信も勇気もないけど…、でもっ、ずっと一緒に頑張ってきた皆が居れば、怖くなかよっ!』

築地が。

『……相手は戦術機、なら、戦闘不能にすれば、大丈夫』

麻倉が。

『そうよ…見せ付けてやるのよ、少佐と教官、そして大尉の教え子である私たちの強さを…!』

千鶴が。

皆が、想いを言葉にして、仲間に伝える。

「……そうだな、我々はタケルの教え子であり、次の世代を導く御旗になる存在…こんな所で、躓いていられんな!」

そして冥夜が、覚悟を決めた。

彼女達の迷いは消えた。

いや、迷いはある、だが前に進む。

常に前に進み続ける、二人の先人のように。

「……ふふ、心配し過ぎだったわね…」

その会話を、コッソリと受信していたまりもは、教え子達の成長に、そっと涙した。

間も無く、先行トライアルに隠された、作戦が始まる―――。






























AM10:55――――


横浜基地より北に数十キロ、基地のレーダーに探知されないギリギリの距離で、戦術機が多数待機していた。

その色はどれも帝国軍カラーであり、機体には烈士の文字が刻まれている。

その全てが不知火だった。

「時間だ……各々方、覚悟は良いかっ!?」

沙霧大尉の言葉に、不知火で待機する全ての衛士が呼応する。

「作戦通り、我々は新設された演習場を突っ切り、二手に分かれる。トライアル中の機体は捨て置け、邪魔するようなら排除しろ。A部隊は殿下の確保に、B部隊は格納庫と武器庫の確保、C部隊はその他要所を押さえろ。邪魔するなら容赦はするな、だが無駄な犠牲は控えるのだ」

全員の返答に、沙霧は一度大きく深呼吸する。

ついにここまで来た、もう後戻りは出来ない。

「いや…元より戻る気などない。総員、出撃っ!!」

『応っ!!』

号令と共にコックピットへと入り、機動する烈士の不知火。

次々にその場を噴射跳躍で飛び出すと、最大戦速で横浜基地へと向っていく。

『大尉、富士教導隊はどうなりました…?』

「残念だが、一個中隊しか参加してもらえなかった。説得する時間が短すぎたな…」

仲間からの通信に、苦笑しつつ答える沙霧。

帝国軍において最強部隊と名高い、富士教導隊。

本来なら大隊規模の彼らの協力を得たかったのだが、説得の時間が少なく、沙霧と旧知である者達…12名だけが参加を約束してくれた。

「彼らは別ルートから侵入する予定だ、ちょうど近隣の部隊への教導で着ている」

『そうですか、彼らが居れば百人力ですな!』

「そうだな」

仲間の言葉に小さく頷きながら、沙霧はひたすら前を目指した。

全ては日本の、民の為に。

その為なら、彼は己の手を真っ赤に染めようとも構わない。

「国連軍…邪魔をするなら容赦はせんぞ…!」

今、帝国の烈士がその牙を向いた――――。






























同時刻、横浜港――――



かつては国際貿易の要所の一つとして数えられたこの場所は、BETAの侵攻で壊滅し、現在は国連横浜基地の軍港として整地されている。

日本への物資輸送だけでなく、国連軍の物資輸送も当然行われており、YF-23が来たのもこの港だ。

横浜基地から程近い位置にある為、現在の港の管理は横浜基地が行っている。

壊滅後に整地や整備をした際に、大型船舶や空母も入航可能になったこの港の埠頭に、一機の戦術機が仁王立ちしていた。

長刀を地面に付きたて、その柄に両手を置いて立つのは、撃震の改造機らしき戦術機。

その機体の後ろには倉庫が並び、その影には数台の戦術機が待機している。

「………始まったか…」

機体の中で、ポツリと呟くのは大和だ。

早朝から機体や機材を準備し、この横浜港へとやって来た大和は、静かに待っていた。

海から来る、招かれざる客人を。

『CPよりシグルド01およびワルキューレ隊へ。現在横浜基地演習場へ日本帝国軍所属機が多数侵入しました』

指揮車両から聞こえるCP将校からの言葉に、静かに瞳を開く大和。

『少佐っ、帝国軍が…!』

「落ち着け中尉、そちらは香月博士が上手くやる」

網膜投影に映る唯依は、明らかに焦っていた。

今朝になって自分の機体を持ち出すように言われ、混乱しつつもついて来れば、なんと横浜基地に殿下が訪れた上に、クーデターが起きると言うではないか。

この前の言葉は、これを言っていたのかと、慌てて巌谷中佐や斯衛軍に連絡を取ろうとするが、それを大和に止められる。

今のお前の所属と仕事はなんだ?――――

そう言われて、自分が巌谷中佐の命令で出向し、彼から命令や連絡がない限りは国連軍の…夕呼、そして大和の命令に従わなければならない。

心配するな、上手く行けば直に終わる…。

そう言って窘める大和の言葉を信じて待機していた唯依だが、流石に事が始まれば焦る。

『少佐、殿下は本当に大丈夫なのですか…っ!?』

「無論だ。本当なら俺とてもっと安全な位置に居て説得して欲しいが、殿下が希望したのだ。俺では枉げられんよ…」

覚悟を決めた女は怖い…そう苦笑する大和。

『でもよ少佐、本当に良いのか? アタシ達の相手ってさ…』

「あぁ……米軍の海外派遣部隊…しかも機体はほぼ確実にF-22Aだ」

通信を繋いできたタリサが、大和の返答にうわぁ…と呆れ半分、楽しみ半分の顔をする。

『F-15BEの初実戦の相手がF-22Aかよ…』

『こわいの?』

『ふん、自信が無いのなら下がれ、少佐の足手纏いだ』

横槍の如く言葉を入れてきたのは、急遽A-01から引き抜かれたイーニァとクリスカのペアだ。

A-01の事は秘密なので、唯依達には教導部隊からの出向になっている。

『んなわけねぇだろっ、初実戦で相手が豪華だって呆れてんだよっ!?』

事実、タリサに恐怖はなく、どちらかと言うと上等ぉっ!という気合に溢れている。

タリサ達の舞風、唯依の武御雷(XM3搭載型)、そして元大和の愛機であった雪風壱号機(複座型)。

さらに後方には、スレッジハンマーの中隊が控えている。

対するのは、F-22Aの大隊有する空母エイブラハム・リンカーンだ。

海外派遣部隊の為に、態々艦載機を変更しての御登場である。

「連中め、豪勢な空母をぶつけて来る…」

エイブラハム・リンカーンはミニッツ級航空母艦の5番艦であり、現在多くの国への海外派遣軍の母艦として機能している。

搭載機の数は2大隊を有する72機、恐らく予備を合わせれば80機は戦術機を搭載している。

大和のループの記憶にも度々名前が残っており、一番多かったのはBETA侵攻から避難民を救助する作戦に参加した時だ。

艦長の的確な判断で、何度も救出活動を成功させており、米国が落ちた後も、豪州の最後の守りの一つとして存在していた事もある。

「その船を攻撃せねばならないとは、切ない物だな…」

港のレーダーに、空母の接近が明確に感知される。

現在横浜港の湾内は、大和が設置したソナー撹乱装置で乱されている。

その影響で、湾内に入った相手の航行スピードは遅くなる筈だ。

が、それも嫌がらせにしかならないだろう。

『少佐、空母を捉えました。先頭に空母、その後方に護衛駆逐艦らしき姿が見えます』

ステラからの通信と映像に、太平洋を突き進み横浜港を目指す空母の姿が映る。

現在ステラの舞風は高台の物陰に潜み、スナイプカノンユニットを展開して待機している。

その望遠映像には、空母、そしてその後方に小さく護衛駆逐艦が写っている。

『?…少佐、なんで護衛駆逐艦があんな後方に居るんだ?』

映った映像に首を傾げるタリサ、確かに、護衛駆逐艦が空母の後ろ、しかも遥か後方に居るのはおかしい。

護衛の意味がない。

と言うか、護衛駆逐艦の癖に大砲を多数搭載しているではないか。

「……恐らく、海上からの艦砲射撃で横浜基地を攻撃する為だろうな」

『っ!? そんな、国連軍の基地だぜっ!?』

「連中にとって、横浜基地はクーデター軍に占拠されたら破壊してしまえ…という場所なんだろうさ。……誰か乗ってやがるな…」

舌打ちして、空母を睨む大和。

恐らく空母には、オルタネイティヴ5の過激派、その一人か信奉者が乗り込んでいる。

しかも、空母や護衛駆逐艦に直接指示出切る階級…中将か大将レベルが。

それが提督として乗り込み、指示しているのだろう。

『少佐、甲板に戦術機が多数…確認願います』

ステラからの通信で、先ほどより大きくなった空母の映像に目を凝らす。

空母のカタパルト上に鎮座しているのは、深緑色の機体…

「間違いない、F-22Aだ。連中め、介入する気満々だな」

『ハヤセよりずうずうしい…』

『呆れて物が言えんな…』

何気に酷いことを言っているイーニァと、ヤレヤレと首を振るクリスカ。

自国がBETAの脅威に晒されていないからと、好き勝手やっている米国はお嫌いなようだ。

「さて、ここからが正念場だ…全員、覚悟は良いか?」

『はい!』×5

大和の言葉に、気合を入れて答える乙女達。

大和は後方で控えていたスレッジハンマー部隊にも、行動開始を伝える。

『所で少佐、何故撃震の改造機を…? と言うか、その機体は初めて見たのですが…』

YF-23の改良が終了した事を知っている唯依は、何故それに乗っていないのかと問い掛ける。

「何、ちょっとしたサプライズだ」

それに対して、大和はただニヤリと笑うだけ。

こうなっては何も言えない唯依は、嘆息すると機体を機動させるのだった。

「さて、今頃武は無双中かな…?」




































AM11:10――――


横浜基地より北西の山間部にて――――


「ぐ…うぅ…つ、強い…っ」

機体が地面に激突した衝撃で呻く衛士、彼の乗る不知火は、手足が切り飛ばされて達磨状態。

そのカラーリングは、露軍迷彩…そう、沙霧大尉達が心強い味方として待っている富士教導隊、その一中隊の機体だ。

彼の機体の周囲には、同じように手足を破壊されて転がる機体が9…つまり、十機がこの状態で転がされているのだ。

「富士教導隊の我々が、こうも容易く…っ!」

悔しさに視線を上げれば、そこには自分をこの状態へと追い込んだ相手…赤い武御雷が威風堂々と立っている。

それに乗るのは帝国斯衛軍・第19独立警護小隊の月詠 真那中尉。

斯衛軍の多数存在する赤の中で、紅蓮大将、そして月詠 真耶と並んで、日本の5本指に入る実力者。

彼女なら、富士教導隊相手に圧倒する事も可能だろう。

だが、彼らを壊滅させたのは、彼女ではない。

「くっ、なんなのだ貴様はぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

中隊を指揮し、沙霧の級友でもある大尉は、目の前の戦術機に叫びながら長刀を振るう。

それを紙一重というレベルで避け、さらには反撃の刃が不知火の右前腕を切り飛ばす。

「ぬぅっ!?」

『隊長っ!』

腕を寸断され、体勢を崩した隊長機をフォローしようと残ったもう一機が突撃砲を向けるが、自動照準が相手をロックする前に、相手が逃げる。

『そんな、嘘だろ…っ、自動照準が追いつかないっ!?』

戦術機のシステムの上を行く機動に、驚愕しつつも咄嗟に自動照準に頼らずに発砲する少尉。

伊達に教導隊に配属された訳では無い、直撃は無理でも足止めを狙い36mmをばら撒くが、相手の回避機動に追いつかない。

『おのれっ、おのれぇぇぇぇっ!?』

両手の突撃砲を放ち続けるが、空中を自在に動く機動に追い込まれる。

そして、相手の持つブレードが擦れ違い様に右肩から先と左手腕を切り裂いた。

『まだだっ!」

だが相手も然る者、強襲掃討装備の不知火は、担架に残った突撃砲を背後に向けて咄嗟に放つ。

『――――っ、そ、そんな…っ!?』

だが、相手の機体はその突撃砲すら、切り裂いた。

そして両足が切り落とされ、ついに隊長機のみが残った。

『………もう良いだろう、近江大尉。勝負は付いた』

「く…っ、無念……!」

月詠中尉の、静かな一言に、中隊長である近江大尉は左手の長刀を地面に落とすと、コックピットから出てきた。

彼ら富士教導隊のクーデター参加者達は、近隣の教導地から無断で出撃し、横浜基地を目指していた。

そしてあと少しで横浜が見える、その場所で、彼女らの待ち伏せを受けた。

いや、待ち伏せとすら言えない、彼女達は堂々とこの場所に立っていたのだ。

そして月詠中尉が近江大尉達を説得しようとしたが、沙霧同様に堅い志を持つ近江達は耳を貸さない。

邪魔するならば押し通る、そう言って彼らと月詠中尉達は戦闘となった。

最初は良かった、相手は赤い武御雷を含むとは言え、5機。

こちらは12機だ、機体スペックが劣っても数と錬度、そして戦術で打ち破ればいい。

そう思っていたのは、一体の戦術機が突然強襲を掛けるまで。

直前まで、どの機体のレーダーにも発見されずに現れたその機体は、瞬く間に3機を沈めた。

「月詠中尉っ、斯衛軍は米国と手を結ぶのかっ!?」

コックピットハッチの先から、自分達を全滅へと追い込んだ機体を指差す。

見た事が無い機体だが、その頭部モジュールの特徴は、F-15に似ている。

だから近江大尉は、その機体が米軍からの援軍だと思い、悔しさと共に叫んだ。

「おいおい、誰が米軍だよ」

「―――っ、こ、子供…っ!?」

聞こえた声に視線を向ければ、指差した機体のコックピットから姿を現した衛士。

その見た目は、歳若く、どう見ても任官したばかりの少年兵だ。

少なくとも、近江大尉にはそう見えた。

「誰が子供だよっ、国連軍横浜基地所属、白銀大尉だ!」

「なっ、国連軍なのか…っ」

近江大尉も富士教導隊の人間、教導隊にも軍事メーカーや開発局からの試作品や先行量産品が届く。

その中で最近多いのが、国連軍横浜基地謹製の品物。

特に彼らの機体にも搭載され、現在帝国軍で換装が進められている不知火の新型噴射跳躍ユニットが上げられる。

見た目は殆ど一緒にも関わらず、その推進力は従来品より10~20%アップしているのだ。

おまけに燃費も考慮されており、長持ち。

米軍・国連軍嫌いが多い帝国でも、中々やるじゃないかと感心している場所、それが横浜基地。

同時に謎多き魔窟としても有名だが。

「あんた達の気持ちはよく分かる、殿下や民の為を思って立ち上がる、その気持ちはな…。でもな、だからって武器を人に向けるなよっ、人を救う想いで人を殺すなよっ、それじゃ殿下も民も、誰も喜ばないだろっ!?」

叫ぶ武、その言葉に口を紡ぐしかない近江大尉。

彼らだって理解しているのだ、血を流す革新は、悲しみを連鎖させる。

だがそれでも、彼らは立たねばならなかった、自分達が衛士であり、戦士であるが故に。

「それでも我々は…戦わなければならないのだ、今この瞬間も日本を狙う奴等の手から、民を、そして国を守る為に…!」

「分かってるさ…だから俺も戦ってる。今も、俺の仲間が戦ってるんだ…」

武の言葉に、顔を上げる近江大尉。

武はもう何も言わず、コックピットのハッチを閉めていた。

そして、彼の機体はスラスターを噴かせて横浜基地へと飛び立っていった。

「近江大尉、直に帝国軍の輸送隊が来る。それまで大人しくしていてくれ」

「……………すまん」

月詠中尉の言葉に、一言礼を延べて、ハッチに胡坐をかいて座り込む近江大尉。

他の無事だった衛士…否、全員無事であり、それぞれハッチを開けたりベイルアウトしたりして出てくる。

「月詠中尉、あの大尉…白銀だったか、彼は…彼らは何と戦っていると言うのだ? 我々か? それとも米国か?」

「…………全てです」

月詠中尉の言葉に、何…っ? と顔を向ける近江。

「彼は、BETAを滅ぼす、その道を邪魔する全てのモノと戦っているのです。彼の夢、彼の想い、彼の目指すモノ…それを邪魔し、汚し、消そうとする者に、彼は牙を向く。しかし彼は、そんな相手すら救おうとしてしまう…彼が本当に戦いたい相手は、BETAのみなのです…」

月詠中尉の、淡々とした、しかしどこか悲しそうな言葉に、近江は周囲を見渡す。

彼の部隊の人間は、誰一人死んでいない。

この作戦に参加すると決め、仲間を募った時、誰もが日本の為、民の為、散る覚悟だった。

だが、結果はこれだ。

怪我人こそ出たが、死者は出ず、しかも皆まだ戦える。

「…………我々は、生かされたのか…」

「今回の件、重い罰が与えられるでしょう…。しかし、日本を護り、民を護る戦士としての想いがあるのなら……安易な死は選びなさるな」

近江達にそう言い残すと、月詠中尉もまた、機体に乗り込んで横浜基地を目指す。

彼女達の戦いは、まだ終わっていないから――――。










































富士教導隊が全滅したのと同時刻――――




クーデター軍は、演習場を突破しながら作戦通りに展開していた。

A部隊は殿下を探し、B部隊は手早く演習場前格納庫入り口と弾薬貯蔵庫の前に着地すると、突撃砲で威嚇する。

C部隊は、基地正面ゲートや滑走路などを制圧し、横浜基地部隊の出撃を押さえ込んだ。

レーダーによる発見から警告・報告、防衛部隊出撃までの時間が長く、出撃前に出口を抑えられた。

司令部は突然の事態に右往左往し、冷静なのは司令官ただ一人。

副司令の夕呼はクーデター軍の見事な手並みに感心し、殿下は用意された舞台で覚悟を決めた。

『大尉、演習場前の戦術機格納庫を占拠したそうです。その際、出撃準備をしていた撃震を数台破壊したと…』

「無用な死者は出すなと伝えろ、整備兵達に危害は加えるなよ」

連絡を入れてきた仲間に指示を出しながら、演習場を進む沙霧達。

決起に参加した機体は、不知火が38機。

富士教導隊の12機が無事に合流すれば50機、例え米軍が介入してきても、暫くは持ち堪えられる。

その間に殿下へ自分達の言葉を届け、そして復権と現政権打倒を。

そうすれば、まだ渋っていた仲間達も参加してくれる。

そうすれば、米軍も追い出して上手く行く。

「我が手で国賊榊達を討てなかったのが心残りだが、仕方あるまい…」

本当なら米国に尻尾を振る榊首相達を殺し、声明を発表すると共に殿下のお言葉を頂戴する予定だったが、今回の先行トライアルで狂った。

榊首相や重要な位置にいる大臣達は現在行方が分からず、仲間を向わせる事が出来ない。

ならば、何としても殿下を保護し、脱出せねばならない。

『大尉っ、前方にトライアル機と思われる機体が!』

「抵抗するなら破壊しろ、行くぞっ!」

広い演習場の中、数台の機体が戸惑ったような動きで移動していた。

「あれはあの時の改造機…いや、頭部の形が違う、量産型か…?」

映像に映るのは、皆同じ頭部モジュールの改造機。

その機体が発砲してくるが、当たった多目的追加装甲には黄色い色。

「模擬弾か…それで抵抗のつもりかっ!」

突撃砲を向け、最後尾の機体に狙いをつける。

威嚇射撃だが足を狙った弾丸は、廃墟の壁を貫いた。

「くっ、噂通りの機動性か!」

威嚇射撃とは言え、当てるつもりだった弾丸が避けられて舌打ちする沙霧大尉。

逃げる機体は、全部で4機。

それらが、廃墟の影から影へと飛び回りながらペイント弾で応戦してくる。

「足止めにしてはぬるい…誘っているのか?」

相手の不審な動きに、警戒して進軍スピードを緩める沙霧達。

すると、レーダーに戦術機の反応が出る。

指揮車両や索敵機が居らず、廃墟などでレーダー範囲が狭い為、今まで気付かなかった場所に二機、戦術機が居た。

動かない二機の反応に警戒しつつそちらへと移動すると、開けた広場のような場所に出た。

「あれは、斯衛軍の武御雷っ!」

沙霧達の目に映ったのは、長刀を地面に突き刺して武人の如く立つ二機の赤い武御雷。

しかも片方の機体は、頭部モジュールの角とアンテナがやたらとデカイ。

まるでコーカサスオオカブトムシのような角は、沙霧も覚えがある。

「あの機体、紅蓮大将の機体ではないかっ!」

帝国斯衛軍の大将、紅蓮 醍三郎。

根っからの武人で古強者、強者と戦いが大好物と豪語する武士であり、過去のBETA戦で幾多の功績を挙げる生きた伝説の一人。

彼の機体は、一年ほど前に今目の前にある巨大な三本角となり、以後彼の機体は色と相まって戦場では常に注目されている。

因みにあの角をつけたのは、何を隠そう斯衛軍時代の大和である。

角に意味は無いらしいが、一応スーパーカーボン製らしく、突き刺すのは可能だとか。

首の関節が折れるのでやらないらしいが。

大和曰く、雷を発生させるのは難しかった…との事。

「紅蓮大将は搭乗しておられないのか…?」

機体から生体反応が無い為、周囲を見渡す沙霧。

「えぇいっ、静まれ、静まれぃっ!!!!!」

その瞬間、大音響の声が響いた。

戸惑う沙霧達の視線の先、二機の武御雷の先に、清水寺の舞台のような場所が造られていた。

戦術機の胴体下程度の高さの舞台は、白い板の真ん中に赤い布が敷かれ、その先端に強化装備を着た紅蓮大将の姿が。

「えぇい、この紋所が目に入らぬか! 恐れ多くも政威大将軍、煌武院 悠陽殿下なるぞ、頭が高いっっ!!!!」

その手に印籠っぽいモノを持って叫ぶ紅蓮大将、その大音声は、拡声器使わなくても全員の耳に届いた。

沙霧達には小さくて見えないが、紅蓮大将の持つ印籠っぽいのには、ちゃんと煌武院家の家紋が。

「は、ははぁっ」

思わず戦術機で片膝つけて頭を下げてしまう面々。

紅蓮大将の勢いもそうだが、紅蓮大将の後ろから儀礼服を着た殿下が、ゆっくりと現れたからだ。

その傍には、強化装備姿の月詠大尉の姿。

「皆、わたくしの声が届いておりますか?」

舞台の隅に置かれたスピーカーから聞こえる殿下のその言葉に、慌ててハッチを開いて先端部分で畏まる沙霧大尉達。

開けた場所で片膝ついて居並ぶ不知火、全部で28機。

だが、5機ほどハッチも開かずにいる。

それに気付いた仲間が失礼だろうと通信で伝えるが、恐れ多くて出れないと情けない声で返されてしまう。

まぁ、仕方が無いかとその衛士は殿下の方へと頭を向ける。

その様子を、息を潜めて見守るのは、周囲に潜む207とまりも。

『教官、言われた通り、ハッチを開かずに居る機体をマーキングしました! データリンクで転送します!』

「ご苦労、珠瀬。全機、特にこの機体に注意しろ。副司令の話では、今回のクーデターの黒幕の配下の可能性が高い」

『了解!』×9

まりもの言葉に返事を返すが、一人返答が無い。

「御剣、返事はどうしたっ?」

『――はっ、申し訳ありませぬ!』

「全く…。殿下を拝見できて感激なのは分かるが、気を抜くな!」

『はい!』

まりもは、武や夕呼からそれとなく冥夜と殿下の関係を聞いている。

なので、ようやく映像とはいえ逢えた殿下に感動しているのだろうとまりもは思ったが、かなり違った。

「(紅蓮大将…その口上、どこで覚えたのですか…)」

自分の師でもあり、何かと良くしてくれた人の豪快なネタに頭痛を感じていた。

「あれでは、タケルの言っていた世直し副将軍ではないか…」

『御剣、何か言った?』

「いや、何でもないぞ榊」

思わず呟いてしまい、それを委員長に聞かれたらしい。

誤魔化す冥夜だが、微妙に頬が引き攣っていた。

以前、武と夜のランニング中に、彼が話してくれた物語り。

副将軍という地位から隠居した老人が、お供の二人や愉快な仲間と共に世直しの旅に出るという非常に冥夜の興味を惹くお話。

武は「この世界、ご老公の物語り無いんだな…」と寂しげに呟いていたが、冥夜はその話に夢中で気にしなかった。

紅蓮大将の口上は、そのお供の人の言葉そのままだったので、犯人は武か…と考える冥夜。

実はこれもハズレで、紅蓮大将に教えたのは大和である。

まぁ、そんな事は兎も角、横浜基地整備班が一晩で造ってくれた簡易謁見場で殿下と言葉を交わす沙霧。

予定は狂ったが、こうして無事殿下と出会え、自分達の言葉を聞いて頂けるのだ。

後は、殿下の許しさえ頂ければ、そう考えて必死で殿下へと言葉を伝える沙霧大尉。

殿下は、その言葉を心に刻み付けるように、真っ直ぐに沙霧を見つめながら聞いていた。

沙霧達と殿下までの距離は凡そ150m前後。

途中に二機の武御雷があるが、殿下の居る舞台の少し前辺りで左右に立つ形なので、殿下の正面には何もない。

その事を確認して、一人機体の中で口元を釣り上げる衛士が居た――――。











































AM11:24――――


横浜港――――


殿下と沙霧大尉との謁見が開始された時、こちらでも一つの話し合いが始まっていた。

『こちらは対日派遣軍司令、ゲーリー・リーマーン中将である。貴官らの対応は米軍、ひいては国連軍への反逆行為であると理解しておるかね?』

空母エイブラハム・リンカーンからの通信に、空母の眼前に立つ機体で通信を繋いだ大和は、肥え太った中年オヤジの言葉に失笑を浮かべた。

「閣下、お言葉ですが現在帝国政府、そして横浜基地司令部共に米軍への派遣要請も救助要請も出しておりませんが? この状況下でこのまま横浜基地および日本へ入れば、問題になるのはそちらですが…?」

至極真っ当な上に、当たり前な大和の言葉だが、相手の中将は豪快に見下した視線で見てきた。

その視線に、あぁ、唯依姫とかクリスカ達を対応させなくて本当に良かったと思う大和。

ぶっちゃけ汚い豚の目だ、あれは。

あと、もっさりとした天然パーマの金髪が酷く滑稽な髪型に見える。

『ふん、貴様等が不甲斐なくたった数十機の戦術機に基地を制圧されたから、我々が態々助けてやろうと言うのだ、貴様のような小僧では話にならん、代表者をさっさと出さんか!』

「私がこの場の代表です、階級は少佐、名は黒金です」

出来れば名前は覚えないで下さい、精神的に迷惑です…と、言外に付け加える大和。

何度か過去のループで、この手人間に酷い目に遭わされて、つい殺っちゃった事もあるので、内心気分が悪いようだ。

『貴様がだと? はははははっ、これはお笑いだ、極東の最終防衛戦はこんな若造を少佐に据えねばダメなほど貧弱らしい。これは益々我々が助けてやらねばならんな、あぁん?』

「どう思うかは中将の勝手ですが、介入に関しては正式に国連本部と帝国政府からの要請があってから行って下さい。それならば我々も止めません。ですが…その指示も命令もなく強制介入すると言うなら、基地防衛と帝国政府からの要請に則り、迎撃および拘束させて頂きます、よろしいですね?」

中将の嘲りの言葉もスルーして、淡々と告げる大和に、笑みを消して睨みつけてくる中将。

その後ろ、恐らくこの空母の艦長であろう叩き上げの軍人といった風貌の男性が、中将に見えない場所で首を振っている。

あれはモロに呆れて物が言えないと言った感じだ。

どうもあの中将が無理言いまくって、艦長達を困らせているらしい。

前の世界での介入でも、珠瀬事務次官や帝国の臨時政府などからの要請で入ってきた米軍だ。

しかし今回は珠瀬事務次官は逆に米軍なんて要らないから帰らせろ!と横浜基地から国連本部へと訴えているし、侵略を受けた横浜基地を救う! という名目も、その横浜基地自体が要らんよ~、と断っている。

当然、帝国政府からは帰れ!の一点張りだ。

本来なら米軍を快く受け入れるはずだった横浜基地および帝国政府の連中は、現在身動きできない状態。

つまり、もしこのまま機体を上陸させたら、内政干渉とかなんだで逆に米国がピンチになる。

現在、横浜基地での出来事は国連本部などを通じて、国連加盟国などに流されている。

殆どの国が「ま~た米国がしゃしゃり出てるよ…」と呆れ顔。

更に、横浜基地へスレッジハンマーの注文をしている国は、揃って米国批判。

横浜基地が手出し無用って言ってんだから余計な事してんなと、国連本部でも声高々。

もしも米国が横浜基地を侵略(彼らにはこう見えている)して、スレッジハンマーの配備が遅れたら堪った物では無い。

いち早く導入、配備した日本帝国の評価に期待した国、特にアフリカ連合と欧州は猛反発だ。

米国代表はクーデター軍にラインや工場が破壊されたらどうするんだ?と反論するが、連中の狙いは殿下だけで、別に基地に用は無いから余計な事しなければ大丈夫だろうが!と返される。

事実、クーデター軍が横浜基地に要求しているのは、殿下の御身ただ一つ。

決起の原因となった米軍との会談も、殿下を保護すれば嘘だろうが本当だろうがご破算だ。

なので、クーデター軍は横浜基地司令部に、抵抗しなければ危害は加えないと沙霧大尉が公言している。

事実、格納庫も発進準備していた撃震が4機破壊されただけで済んでいるし、その時の破片などの怪我人だけで済んでいる。

「と言うことなので、武装解除して機体を戻して頂けますか、ウォーケン少佐?」

『ぬ…それは…』

怒りとか悔しさとかで震えている中将をサラリと無視して、甲板で出撃を待っているF-22Aへと通信を繋ぐ大和。

急に話を振られたウォーケン少佐は、困るしかない。

「少佐、貴官も理解している筈です。このまま介入しても内政干渉…下手をすれば領海侵犯なんかもつきます。中将は元より、貴官も、そして母国であるアメリカも立場が危うくなるのですよ?」

『…だが、我々は軍人だ。命令には逆らえん…』

祖国を守る、ある意味沙霧大尉と同じ忠義の人物である彼は、例え命令が間違っていたとしても、逆らう事が出来ない。

甲板で出撃を待つのは、F-22Aが12機。

ハンター隊に加え、さらに空母内部にはF-22Aの部隊、F-15Eの部隊が居る。

彼らと戦う事になれば、戦術機5機に支援戦術車両12では分が悪い。

横浜基地は現在メインの格納庫出口を抑えられているので、増援は当然無しだ。

大和としては、これで帰って欲しいのだが、そうも行かないらしい。

先ほどから意図的に無視していた中将は、通信機で本国と連絡を取っていた。

恐らく、介入許可はまだかという催促だろう。

本来なら国連でも幅が利く米国の発言力で介入を認めさせる予定だったが、予想外に反発する国が多かった。

横浜基地へ色々と期待している国もそうだが、そんな国に触発され、自国がBETAに悩まされていないからと彼方此方でやりたい放題やってきた米国への不満が、誘発されて爆発したらしい。

さらに、この強引な介入に米国政府や軍部内部からも反発の声が出ている。

特に、米国の一部では横浜の技術(大和の設計図)の恩恵を受けているので、極東での復権を望む連中が押され始めているのだ。

「中将殿、我々も忙しい故、そろそろ決断を頂けませんか?」

駄目押しで大和が急かすと、中将は苦々しい顔で大和を睨み…しかし途端に卑しい笑みを浮かべると通信機を手にした。

『ウォーケン少佐、直ちにそこの“クーデター軍”を撃破し、横浜基地を開放するのだ!』

『―――っ、中将、何を…っ!?』

「―――ッ、貴様…ッ!!」

驚き、戸惑うウォーケンと、ギリ…と歯を軋ませて睨む大和。

『本国から連絡があった…横浜基地に、クーデター軍に賛同する者がいるとな。そこの若造も日本人だ、クーデター軍の人間だ!』

『中将っ、何を仰っているのです! 何の証拠も無しに…!』

『日本人で我々の邪魔をする、ならば敵、クーデター軍だろうが!さっさと攻撃せんかっ!?』

ウォーケン少佐の至極真っ当な言葉は、頭の痛い子供理論で返された。

なんでこんな奴が中将なんて階級に居るんだ、あれか、コネか、家系か、それとも成り上がりか?

そう考えながら内心舌打ちする大和。

通信を聞いて、唯依達は呆れや怒りを抱きつつも戦闘準備に入っている。

「(捨駒にされたのに気付いていないのかこの馬鹿は…ッ!)」

恐らく、先程の通信で、適当な理由をでっち上げてしまえと指示されたのだろう。

後から大和達がクーデター軍であった…という理由を作り、自分達の介入の正当性を主張する…とでも言って。

確かにそれなら介入出来るかもしれないが、失敗したり証拠がでっち上げられなかったら、首が飛ぶのは先ずこの中将だ。

その事に気付いていない辺り、この中将、オルタネイティヴ5過激派の傀儡なのだろう。

オルタネイティヴ4や5の支持者は、軍関係者だけではない。

軍事企業やその他企業、昔から続く富豪などの支持者も多い。

計画の資金は、そういったシンパからの資金提供で動いているのだ。

この後先考えなさから考えて、この中将の後ろにいるのは、軍関係者ではない支持者。

所謂、汚い金持ちだ。

「ウォーケン少佐ッ、そんな命令を聞けばどうなるか、貴方なら分かる筈だ!」

『く……っ』

冷静沈着で物事を客観的に見る事ができる彼なら、この命令のおかしさは当然理解しているし、この後発生する問題も見えている。

だからこそ、大和は彼に呼び掛けた。



――――ドドドドドドドッ!!――――



「な―――ッ!?」

だが次の瞬間、放たれた36mmが埠頭に立つ撃震の胸部を蜂の巣にし、大和が声を上げる間もなく爆発した。

「……え…? 嘘…嘘でしょう…少佐、少佐っ…やまと…大和…っ、いやぁぁぁぁぁっ!!?」

唯依が呆然と、しかし目の前で爆発炎上する撃震の姿に涙を流して叫ぶ。

「あ、あいつ等っ、やりやがったぁっ!!」

激怒し、機体を前に出すタリサ。

「正面から見て左の機体よ、撃ったのは。それと、右端の機体も突撃砲を構えてるわ!」

望遠映像で状況を確認しながら、素早く撃った機体へと照準を合わせるステラ。

「ひどいね…」

「あぁ、酷い連中だ…」

そんな中、イーニァとクリスカだけが平然と相手の動きを見ていた。

「嘘だ…こんなの、こんなの嘘だぁぁぁぁぁぁっ!!!」

唯依の、悲痛な叫びだけが、コックピットの中で木霊した………。












[6630] 第三十話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:33





























大和の撃震が爆発したのと同時刻、謁見会場――――


「……沙霧大尉、貴方のお話は分かりました…」

『では…っ!』

静かに、目を伏せながら口にした言葉に、沙霧大尉が顔を上げる。

「ですが、貴方は全てを話しておりませんね?」

『っ、そ、それは…』

距離にして150mもあるが、沙霧の視界には機体の望遠映像により殿下の顔がはっきり見えている。

その視線は、鋭く、嘘偽りを許さない迫力を灯していた。

その視線と言葉に、沙霧大尉は呻く。

先ほどまでつらつらと語った自分達の主張は、確かに聞こえは良いし最もな言葉だろう。

だが、当然自分達、沙霧達クーデター軍のデメリットになることや、矛盾する部分には触れず、聞こえの良い事だけを話していた。

そしてそれは、当然殿下に見抜かれている。

「現政権への不満、民を蔑ろにする者達への怒り、そして我が身の不甲斐なさへの想い、この煌武院 悠陽、我が身の情けなさに歯痒い想いをしております」

『いえっ、殿下がお心を痛めることなど…っ!』

「何より不甲斐ないのは、そなた達に人殺しを決意させてしまった我が身の所業です!」

沙霧大尉の言葉も遮り、殿下はその顔を上げ、自分を慕い、悲痛な決意をしてくれた衛士達一人一人を見る。

「そなた達の願い、その全てを受け入れ、叶える事はなりません。榊首相を始めとした現政権の方々も、形は違えど、共に日本を憂い、民を救いたいと願っているのです」

『ですが殿下っ、榊達は米軍や国連軍に媚を売り、今も海上には我々を討たんと米軍の者達が押寄せています!』

「……確かに、政府や軍部の中に彼の国へと日本を売ろうとしている者達がおります。そうですね、榊首相?」

「…お恥ずかしい話です、殿下…」

殿下の突然の問い掛け、それに答えたのは殿下が歩いてきた道を同じように歩く、スーツ姿の眼鏡の男性。

「―――――っ、お父さん…っ!」

『貴様はっ、榊っ!?』

千鶴がデータリンクの映像で映った父の姿に思わず叫び、沙霧達が突然現れた首相を睨みつける。

「話は聞かせてもらった、沙霧大尉。確かに、現政権内に米国や国連軍へこの日本を売ろうとしている者達が居る…」

『何を抜け抜けとっ、貴様がその筆頭であろうがっ!』

榊首相の沈痛な面持ちの言葉に、沙霧は怒りを露にして食って掛る。

もしも殿下が居なければ、直にでも首相を捕らえ、その手で直接成敗していただろう。

「それは違いますよ沙霧大尉。榊首相は、常に日本の未来、そして人類の未来を考えて行動して居られます」

だが、他でもない殿下が首相を擁護した。

これには裏切られたかのような気持ちになるクーデター軍であったが、更に彼らを驚かせたのは榊首相だ。

「良いのです殿下、彼らから見れば、私も連中と同じ人間でしょう。計画や民の命を優先し、人の想いを無視しております。恨まれる事も多々あります」

首相は、在ろう事かクーデター軍の言い分を認めた…いや、受け入れたのだ。

「今更諸君に泣き言も弁明もしない。私は、私が信じる道を進んできた。そこに後悔や未練は無い、全ては日本と国民を想ってしてきた事だ。あるとすれば…笑って人身御供となっていった英傑の想いを、未だ果せずにいることだ」

『何を…何を今更っ!?』

沙霧大尉は首相の言う人身御供に心当たりがあった。

いや、その人以外に思い当たる人が居なかった。

己の恩師であり、日本帝国軍中将、彩峰 萩閣その人だ。

憧れであり、恩師であり、武人とはこうであるべきと教えてくれた人。

だが、光州作戦の事件により投獄・銃殺刑になった悲劇の人。

彼を慕う人間は数多く、彼に救われた人間もまた多い。

現に、今ハッチの上で会話を見守る衛士達は殆どが中将に恩や憧れを持つ者達だ。

沙霧とて、事件の顛末は知っている。

そして、中将が笑って罪を受け入れたことも。

だが、いや、だからこそ許せなかった。

民を、人々を、故郷や祖国を想う人々を助けるという真の武人としての役割を果した中将を人身御供とした政府を、それを承諾した榊首相を。

だが、その榊首相が、その中将の想いを知っており、果せずにいる事を後悔している。

その言葉は、沙霧には到底受け入れられない言葉だった。

「沙霧大尉。人には、そうと信じる道があります。それは、皆が共感を感じられる道と、そうでない道があります。貴方と榊首相、道は違えど、目指す先は同じではないのですか?」

『…っ、彼らが、我々と同じ物を目指していると仰るのですか…っ?』

「はい。わたくしは、先日首相と極秘で会談いたしました。その席で、将軍である我が身を守る為、権力から遠ざけていた事を詫びると共に、権限の返上へ協力することを約束して下さいました」

その殿下の言葉に、信じられないと驚くクーデター軍。

自分達が目指していた、最大の目標が、自分達が打倒せしと思っていた相手の協力で叶うと言うのだ。

「そして今現在、彼の国へ通じていた議員や大臣を一斉摘発した。既に、主要人物は逮捕したと先ほど連絡があった」

続く首相の言葉に、どよめきが走る。

『…それで貴様は無罪放免と言うつもりか、榊っ!』

だがまだ彼への執着を見せる沙霧が叫ぶ。

現政権への不満は、榊首相達の政治に問題があるからこそ出てくるのだ。

例え政府の膿を出したとしても、その膿が生まれる原因が在ってはまた同じことだと、沙霧は首相を睨んだ。

実際は、榊首相の失脚を狙う連中の情報操作が原因なのだが。

「思っておらんよ、沙霧大尉。私が、私が信じた道が過ちなら、必ず報いを受けるだろう。それが君か、他の者かの違いしかない」

『……自分のして来た事が、過ちではないと言うのか!』

「そう信じて、そう願って、私は進んできたのだ、私の道を。生きてさえいれば、生き残ってさえくれれば、何とかなる…そう思い、そう信じて、私は民を守ってきたのだ! 例え誰かに間違っていると断罪されたとしても、私はこの道を行く! 私にはBETAと戦う力はない、だが、民を守ることへ尽力するのが私の戦いだった! ―――――だが、先日の殿下との会談で諭された…人は一人で戦う者では無い…誰かと共に戦い、生きて行く者だと……沙霧大尉」

『…………なんだ…』

「一度、私との話し合いの席についてくれないか? 私は私の道を、君は君の道を行く、だが…その道が、交わらないと決まった訳では無いだろう?」

す…と手を差し出し、沙霧大尉へ向ける。

距離で考えれば届く訳がないその手は、何故か沙霧大尉の目の前のあるように感じられた。

榊首相は、クーデター軍の、政府にとっての反逆者である自分達に、話し合いの席へ付こうと、誘っている。

いや、受け入れようとしているのだ、これまでの政府のように、ただ人命優先の考えではなく。

民の、人々の、気持ちを、彼ら衛士の、兵士達の気持ちを。

異なる道を、同じ目標へ向う道として、交わらせる為に。

「沙霧大尉、私からもお頼みします。どうか、これからの日本の為、そして民の為に…そなた達の想いと力を、この不甲斐ない我が身に、お貸し願えますか?」

首相と同じく、す…と手を差し出す殿下。

彼女のその微笑みと、決意の篭った瞳に、畏まっていた衛士達全てが見惚れていた。

彼女は正にこの時、天に昇り、地を照らす陽となったのだ。

沙霧は迷った。

殿下と首相の提案、それはクーデター軍の言い分を受け入れながら、少しづつ、少しづつ日本を変えていこうという物。

クーデター軍が目指す早急な革新ではないが、その果てにあるのは自分達が願う日本の姿。

民を想い、国を想い、そして殿下を想うのなら、最上の方法だ。

無血で事件を終わらせ、そして政府は生まれ変わり、殿下の復権が叶う。

沙霧が迷っているのは、あまりにも準備の良い殿下達の様子と、決死の覚悟で自分について来た仲間達への想い。

全て見透かされていたような殿下達に戸惑いつつも、沙霧は仲間を見渡す。

全員が、沙霧の判断に任せると、頷いていた。

『…………恥を忍んで、その御提案、受けさせて頂きます……っ!!』

沙霧大尉は、その場で正座すると、深く深く土下座して頭を下げた。

それに、仲間達も続く。

その姿と言葉に、殿下は滲む涙を拭い、微笑む。

首相は、沙霧大尉の心中を察しながらも、変って行こうと、決意する。





『うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』





その次の瞬間、突然一機の不知火が立ち上がり、手にしていた突撃砲を、在ろう事か殿下に向けてきた。

「っ!?」

「いかんっ!!」

「殿下っ!?」

その光景に驚愕する殿下と、手にしていた印籠を握る紅蓮大将。

殿下の楯になろうと、咄嗟に彼女を抱き抱える首相。

沙霧大尉達は、土下座をしていた為何があったのか分からず動けない。

突撃砲が咆哮し、放たれた36mmという狂気が殿下達を食い殺さんと飛来する。

だが次の瞬間、舞台の先端辺りの床が割れて、下から壁のように装甲板が飛び出してくる。

その板が飛び出た直後に、ガガガガガっという装甲に弾丸が衝突して弾かれる音が響く。

36mmを弾くそれは、スレッジハンマーに使われている強化型重装甲板で、表面にはスプレーでデカデカと。



――――― こ ん な こ と も あ ろ う か と ! ! ―――――



と、書かれている。

「うむ、良い仕事だ黒金!」

装甲板の仕掛けと防御力に、満足そうに笑う紅蓮大将。

彼が持っていた印籠こそが、この仕掛けを作動させる遠隔スイッチなのだ。

『くそがぁぁぁぁっ!?』

36mmが弾かれた事に、攻撃してきた不知火の衛士が叫びながらさらに乱射してくる。

『川本少尉っ、何をしているっ!? 気が狂ったかっ!!』

顔を上げ、何が起きたのか理解した沙霧が叫ぶが、相手は答えず発砲を続ける。

『御剣っ!!』

『応っ!!』

川本少尉の不知火がついに120mmを使おうとした瞬間、千鶴の声が突然響き、舞台の左右にあった廃墟の中から響が二機、破片を撒き散らしながら現れた。

そして、スラスターを吹かしながら横滑りして、殿下達の前で肩のシールドを衝突させながら停止し、両手に持っていた多目的追加装甲を構える。

放たれた120mmが二機が構えた多目的追加装甲に直撃するが、流石に二枚の装甲を抜く事は叶わなかった。

「今の声…千鶴かっ?」

「…冥夜……」

殿下を庇いながら楯になった機体を見上げる首相と、もう一機を様々な感情が入り混じった目で見つめる殿下。

『川本っ、まかさ貴様――――うおわぁっ!?』

攻撃してきた不知火の隣で叫んだ少尉の機体が蹴り倒され、少尉が落ちる。



≪殿下の忠臣よ、動くな!!!≫



沙霧が彼の国の間諜…スパイだと理解して機体に戻ろうとしたが、突然響いた声に動きが止まる。

その声の主は、何やら物々しい拡声器片手に叫ぶ月詠大尉だ。

殿下の忠臣、つまり殿下に忠誠を誓っているのなら動くなと命じる彼女に、だがこのままでは殿下が危ないと叫ぶ沙霧。

しかも、彼らは自分が連れて来てしまったのだから、自分が後始末をつけようと思っていると、背後から突撃砲を向けられる。

川本の機体は、最初に沙霧大尉の斜め後ろで降着していた。

撃たれる、そう思った瞬間、川本の不知火の突撃砲が先端から弾け飛んだ。

『な、なんだとっ!?』

慌てたのは川本だ、周囲の不知火は突然の騒動で動けていないし、二機の武御雷は動いていない。

殿下の楯になっている機体は、両手に多目的追加装甲を持っているので違う。

撃たれた方向を見れば、遠くで何かが光った。

最大望遠でも微かに見える程度のそれは、ビルの上でライフルのような武器を構える青い機体。

『やりましたっ!』

「よくやったぞ珠瀬! 全機、状況開始!!」

まりものその声に反応して、潜んでいた207の響達が機動し、廃墟…に偽装した建物を粉砕して現れる。

彼女達が隠れていた建物は、整備班達が頑張って作ってくれたハリボテだ。

「川本 実以下数名、帝国情報省からの要請で貴様らを拘束する!」

まりもの雪風が突撃砲を構えながら現れると、川本の機体だけでなく、最初にタマがマーキングしたハッチを開かなかった機体が次々に動き出して逃げ出した。

「全機、2機連携で確実に自由を奪え! 全武装自由!!」

『了解っ!!』×8

207に命令しながら、逃げ出した5機を追いかけるまりも。

呆然としつつも逃げた川本達を追おうとした沙霧は、月詠大尉に止められた。

≪よく見ておけ大尉、これが日本を、そして世界をBETAから救おうとしている国連横浜基地の力だ≫

『………大尉、あの、声が煩いのですが…』

まだ拡声器で話していた月詠大尉、そのボリュームは戦術機の外部スピーカーより大きかった。

普通にビリビリと空気振動するレベルで流石に煩い。

『御剣、無事?』

『120mmで装甲が割れたが、機体に問題はない。殿下達は?』

『紅蓮大将が避難させたわ、首相も…ご無事よ』

『そうか…我々の任務は殿下達の楯になること。後は皆を信じよう…』

『えぇ…そうね…』

夕呼から楯になりなさいと言われ、シールドランチャー装備で両手に多目的装甲を持ってガチガチの楯状態の二人の響。

暴発を防ぐ為にシールド内の榴弾やミサイルが撤去されているので、二人は防御しかできない。

二人の任務は、もしも殿下が攻撃を受けたら即行で楯になること。

二人が選ばれた理由は、夕呼曰く、肉親守るなら神速で動けるでしょう? との事。

逃げた連中を追った仲間を思って歯痒く思うが、二人は最初の時と同じく、信じる事にした。










































時は遡り、大和の撃震が攻撃された直後――――





『ハンター3、何故撃った!?』

『隊長、しかし命令でしたので…』

ウォーケン少佐が焦った顔で撃った機体の衛士を問い詰めるが、相手は命令だから…と言い退ける。

少佐が内心でこのままでは横浜基地と、いや、下手をすれば日本帝国と戦争になると危惧している中、中将はそれで良いと笑っている。

『さぁ少佐、さっさと他の連中も片付けて、基地を奪還するのだ!』

『く……っ、了解であります…』

ここまで来てしまったらもう止められない、ウォーケン少佐は渋々と命令に従った。

目の前で大和の機体が破壊され、唯依は完全に我を忘れていた。

「許さない…っ、許さないぞ…貴様等ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

咆哮し、愛機で突撃をかけようとした彼女を、イーニァ達の雪風が止める。

「離せ少尉っ、奴等は少佐を、大和をっ!!」

『落ち着け中尉っ、少佐はご無事だ!』

『アレにヤマト、のってないよ?』

「――――――へ?」

二人の言葉に、思わずキョトンとした顔になる唯依。

彼女達は何を言っているのかと感情が渦巻く頭で理解しようとしていると、甲板上のF-22Aが動き始める。

『やってくれたな、小悪党がッ!!』

だが次の瞬間、攻撃され爆発してから切れていた通信が復活し、大和の声が響いた。

『レーダに感っ、10時の方向です!』

そして、空母のレーダーが捉えた微かな反応は、唯依達が居る場所の反対…ウォーケン少佐達の背中側だ。

『なっ、伏兵かっ!?』

少佐が機体のレーダーに映った反応、その位置に驚愕しつつ振り返る。

レーダーに捉えられた位置は、自分達が乗るF-22Aクラス…いや、もっと近い。

つまり、F-22A以上のステルス性能を持った機体。

『遅いッ!!』

その機体は、黒い閃光となって海を越え、空母に降り立った。

火花を上げて甲板を滑る両足をブレーキにしながら、両手に持ったブレードが煌き、反応出来なかった機体を左右からVの字に切り裂く。

『きゃぁぁぁぁっ!?』

『ハンター3!?』

最初に発砲したF-22Aの両手と両足が左右同時に切り裂かれ、さらに蹴飛ばされて甲板から落ちる。

落ちた先は、海だ。

『待てっ、撃つな! 同士討ちになるっ!!』

仲間が甲板に乗り込んで来た機体に突撃砲を向けるが、その背後には仲間の機体。

咄嗟に指示し、近接戦闘短刀を展開して切りかかるウォーケン。

その攻撃を、見た事がない長刀…いや、ブレードで受ける相手。

その機体は、前面が黒い布で覆われ、腰の噴射跳躍システムと、背中のスラスターのような部分だけが露出している。

そこから見える装甲の色は、黒だ。

『貴様、もしや黒金少佐かっ!?』

『ご名答ですよ、ウォーケン少佐!』

先ほど聞こえた声に、もしやと思い叫ぶウォーケン。

それに答えながら、相手の短刀を弾いて、さらに回転しながら背後から攻撃しようとしていた機体の頭部と両足を切り裂く。

別の機体が突撃砲で攻撃するのを空中へ飛んで避け、そのまま上空へと飛び上がり、太陽を背にする機体。

『くっ、いつの間に機体を…!』

『最初からですよ。こういう事を平気でする相手と分かっていて、無防備に姿を晒す訳がない』

機体が持つブレードで、未だ燃えている機体…否、機体に見せかけたハリボテを指す大和。

「少佐…ご無事でっ!!」

『すまんな中尉、心配をかけた。あぁいう輩は何をするか分からんから備え在れば憂いなしだ』

涙を流しながら喜ぶ唯依に、悪戯っぽく笑う大和。

態々ハリボテ撃震(実は次期改修案の機体モデル)に通信を誤魔化す機材を設置し、あたかもハリボテに乗って会話しているように見せ掛けたのだ。

そして、今乗っている機体にステルスシートを纏わせ、ハリボテと反対側の倉庫の影に隠れていた。

「馬鹿…っ、本気で心配したのだからな…っ、終わったら覚えていろ…!」

涙を拭い、操縦桿を握る唯依。

彼女は大和に色々と言いたい事があったが、状況を判断して頭を切り替える。

若干、脳内で大和へのお仕置きを考えていたが。

「さて、リーマーン中将、先程の命令、そして攻撃は明確な侵略行為と判断し、こちらは正当な迎撃行動に入ります。大人しく拘束されるなら今の内ですが?」

『何を馬鹿な、それはこちらの台詞だ! 少佐、さっさと撃墜しろ、他の部隊も全機出撃させろ!』

大和の最後通告に、聞く耳持たずの中将。

艦長も少佐も困りつつも、命令に従うしかない。

本国から中将の行動への何かしらの命令がない限り、彼を拘束する事ができないのだ。

「傀儡が…ッ、全機、状況開始ッ!!」

吐き捨てるように呟き、全ての機体へ作戦開始を伝える大和。

相手のF-22Aが甲板から飛び出し、大和の機体へと攻撃を向けてくる。

その数はウォーケン少佐を含めて6、港には4機が降り立って、唯依達と戦闘を開始している。

その間にも、空母のエレベーターからは搭載している機体が出撃しようとエレベーターで出てこようとする。

『位置合わせ…撃ぇい!!』

だが、そこを狙って、スレッジハンマーから砲弾が発射された。

着弾し、爆発するかと思ったそれは、中から黄色い液体を撒き散らす。

「驚かせおって、ペイント弾と間違えたのか…」

艦橋で被害に笑う中将だが、通信士の一人から信じられない言葉が聞こえた。

「デッキへの搬出口が、固まって動きません!」

「なんだとっ!?」

思わず艦長が叫ぶ。

第二、第三と飛来する砲撃は、空母の戦術機搬入・搬出用のエレベーターやゲートを染め上げ、そして固めていく。

液体は付着した途端、蒸気を上げて固まり、コンクリート並の堅さになっていく。

先ほど姿を見せた別部隊のF-22Aが、床と一緒に固まって行動不能になっている。

迎撃する装備も、迎撃した際の爆発で降ってくる液体に固められ、次々に使用不可に。

合計6機のスレッジハンマーからの砲撃に、空母エイブラハム・リンカーンは黄色く染められ、形を歪に変えていく。

堅さはコンクリートクラスでも、次々に飛来して撒き散らして固まり、今では側面の搬出口は完全に塞がれている。

「えぇいっ、あの鉄屑どもを黙らせろ!」

中将のその指示に、港に降り立った4機がスレッジハンマーを目指すが、その前に唯依達が立ち塞がる。

『この日本で…お前達の好きにはさせん!!』

衛士として卓越した能力を持つ唯依と、XM3を搭載した武御雷は、F-22Aに喰らい付いて離さない。

『全く、心臓に悪いぜ少佐ぁ…無事だったけど、少佐になにしてんだよコラぁぁぁっ!!』

タリサの舞風が、高速機動による砲撃戦闘を仕掛けるF-22A相手にドッグファイトを掛ける。

元は陽炎とはいえ、改造とXM3、そしてタリサの腕前に、相手は接近を許さない事で精一杯となっていた。

『ふふふ、見える、見えるぞ、お前の恐怖が…。足掻け、足掻くんだ、少佐と私たちを敵にした事を後悔しながらな』

ノリノリ…と言うか、大和が攻撃されたのがよっぽど頭に来たのか、いつもの数割増しで怖いクリスカ。

『にがさない…!』

そしてイーニァも、機動はクリスカに任せ、雪風の豊富な武装を駆使してF-22Aを追い詰める。

両肩のガトリングユニット、両手の突撃砲と両足のマイクロミサイル。

戦術機一体とは思えない火力に、流石のF-22Aも焦る。

さらに、6機のスレッジハンマーによる援護射撃があり、倉庫の入り口で足止めを喰らっている状態だ。

そして、空母を挟んで反対側で6機のF-22Aを相手に空中戦をしているのは大和だ。

『くっ、なんなのだあの機体は…っ!』

現在最強クラスの機動力を誇るF-22Aが、追いつくのがやっとの機動力を持つ大和の機体。

しかも時折レーダーが捉えられなくなるステルス性能。

その機体を6機で追い回していると、突然どこからか飛来した弾丸に一機が両足を破壊された。

『狙撃だとっ!?』

驚愕しつつも、反対側にも広がっていた倉庫を楯にして隠れるウォーケン達。

両足を破壊された機体は、そのまま頭と腕まで撃たれ、死に体となった。

「見事だブレーメル少尉」

『報酬はスイス銀行にお願いしますわ、少佐』

大和の褒め言葉に、お茶目な返答をするステラ。

教えたのは当然、大和だ。

『くっ、ハンター4、ハンター5は狙撃機を探し出せ!』

「させんよッ!!」

ウォーケンの指示を受けて倉庫の影から飛び出した二機を、読んでいた大和の機体が切り裂く。

空中で両足と噴射跳躍ユニットを破壊された二機は、小規模の爆発を起こしつつ落下する。

『おのれぇぇっ!!』

突撃砲を放ちながら仕掛けるウォーケンのF-22A。

その攻撃を避けながら、空中へと昇る黒い機体。

その速度に、機体を覆っていた布のような黒いシートが脱落する。

『な――――っ、馬鹿な、その機体は……っ!?』

「おや、ご存知でしたか。そう、今貴官が乗る機体の最初のモデルに次期主力機の座を奪われ、鉄屑呼ばわりされた機体ですよ」

『YF-23だと…あれは、航空博物館で展示されている筈…!』

ウォーケンも、資料でのみ見た事がある機体。

圧倒的な性能を誇ったものの、その設計思想と運用体勢がG弾という兵器に合わない事から鉄屑となった、悲運の機体。

それが今、太陽を背に目の前に立ち塞がっていた。

「さぁ、かつての評価試験の再現と行きましょうか、ウォーケン少佐!!」

全身が黒く塗り直され、深い緑のラインと金色のラインが入り混じる装甲。

そして、背中に搭載された、ランドセルのような大型スラスターと、その左右からアームで可動する直角三角形の翼のようなスラスター。

新しい名を、試作第四世代戦術歩行戦闘機――TYPE-X01、Ver02…通称『月衡』。

新たな名と力を得た機体が、かつての宿敵へと牙を向く。










































クーデター軍不穏分子逃走から数分後――――





『何てことだ、我等の中に間諜が紛れ込んでいたとは…っ』

演習場前格納庫入り口を占拠していた機体の衛士が、伝えられた情報に嘆く。

先ほどまでの沙霧大尉や殿下とのやり取り、起きた事件は全てデータリンクで参加した機体へ伝えられている。

『こうしてはおれん、裏切り者共を成敗せねば!』

正義感の強い中尉は、威嚇の為に格納庫へと向けていた突撃砲を降ろして逃げた裏切り者達を追撃しようとする。

だが、一緒に占拠をしていた機体からの返答が無い。

『氏浦、どうしたのだ……―――まさか貴様っ!?』

入り込んでいた裏切り者が5名だけとは限らない事に気付いた中尉は、隣の機体へと不知火を向ける。

そこには、こちらへ突撃砲を向ける不知火の姿。

『血迷ったかっ!?』

『煩いんだよ、時代遅れの侍馬鹿が!』

相手の不知火から嘲る言葉と共に突撃砲が放たれ、中尉の機体が蜂の巣にされる。

『お、おのれぇ…っ!』

咄嗟に両手と突撃砲で胸部を守ったので無事な中尉だが、機体はボロボロだ。

『米国に尻尾振って何が悪いっ、俺達は死にたくねぇんだよ!!』

まだ若い氏浦達は、川本に持ち掛けられた話に乗った者達だ。

BETAとの戦いや、内部は今にも崩れそうな帝国軍の実状から不安を抱え、甘い誘惑に負けた。

川本の作戦が成功すれば、米国で安心して暮らせる。

名前も今までの人生も捨てる事になるが、死ぬよりはマシだろう?

そんな甘い、そして甘い誘い。

少しでも冷静で頭が回れば、そんな上手い話がある筈ないと分かるだろうに。

『じゃぁな、中尉殿!』

『く……っ!』

突撃砲が突きつけられ、銃口が直接コックピットを狙う。

もはや此処までか、そう思いながらも決して目を瞑らない中尉が見たのは、突然横から何かに弾かれて破壊される突撃砲と手腕。

「よっしゃーっ、当たったぞ!?」

「やったぜ山崎!」

「ひろみちゃんカッコイイーーっ!!」

半壊した頭部センサーでそちらを見れば、地面に置かれたブースターのような物体の先端から上がる白煙。

その上には、数名の整備兵が。

「横浜の整備兵舐めんじゃねぇぞこらぁぁぁぁぁっ!!!」

眼鏡をした整備兵が、スパナ片手に怒鳴っていた。

彼らは、轟の肩に装備される大型スラスターの先端についた120mm滑空砲で不知火の突撃砲を腕ごと撃ち抜いたのだ。

クレーンで角度をつけ、スラスター上で直接操作して。

『糞がぁぁぁっ、お前らが先に死ぬかぁぁっ!?』

激怒した氏浦が左手の突撃砲を彼らに向け、慌てる整備兵達。

『あんたが最初に死んどきなよっ!!』

だが、その突撃砲が弾丸を吐き出す前に、持っていた左手が肩から切断されて落下する。

氏浦の不知火の背後には、土煙を上げて長刀を振り下ろした雪風の姿。

『なぁっ!?』

『もう一発ッ!!』

慌てる氏浦の不知火の両足を、振り下ろした体勢から返す刃で切り裂く。

そして、地面に転げた機体の頭部を突き刺して行動不能に追い込む。

『いよっし、格納庫前制圧完了!』

『あ~ん、私出番なかった~』

カッコよく長刀を肩の担架へと戻し、整備兵達の無事を確認するのは、A-01の東堂だ。

遅れてきたのは、上沼。

『そこの不知火の衛士さ~ん、無事ですか~?』

『あ…あぁ、何とかな…』

上沼ののんびりとした問い掛けに、戸惑いつつも外部スピーカーで答える中尉。

その間に東堂は司令部へと連絡を入れ、不穏分子を一人鎮圧したと伝える。

沙霧達の部隊から逃げた5機に合わせ、基地各所を制圧していた機体からも裏切り者が出た。

現在、飛行場を占拠していた4機の内、2機が仲間を攻撃し、管制塔などを破壊しようとして、現在A-01と戦闘中だった。

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリー05、06へ。現在正面ゲートに一機、拘束対象の機体が…え、終わった? ウソ…あ、05と06はそのまま滑走路へ向って下さい、正面ゲートは解放されました』

『え、解放って、誰がです?』

遥からの通信に、首を傾げる東堂。

その遥もよく分からないという顔だが、兎に角解放されたらしい。

『まぁ、了解しました。これより滑走路へ援軍へ向います』

『06了解~。それじゃ、後はお願いしますね?』

最後に外部スピーカーで手を振る整備兵達に声をかける上沼。

手を振る整備兵の後ろでは、不知火から助け出された中尉が治療を受け、氏浦が整備班からフルボッコされていた。

噴射跳躍とスラスターであっと言う間に飛び立つ二人。

この二人が格納庫前を開放している時、正面ゲートでも戦いが起こっていた。








数分前の正面ゲート、そこではゲートの兵士達を突撃砲で威嚇していた不知火が、突然ゲートの向こうで周囲を警戒していた機体を撃った。

応戦したものの、成す術なく破壊されてしまう不知火。

『へっ、馬鹿な奴だぜ…』

仲間だった相手を撃っておきながら、鼻で笑う衛士に、門兵達が嫌悪感を抱く。

『なに見てやがる、お前らも蜂の巣にしてやろうか…?』

ゲート横の建物から悔しげに見上げてくる兵士達の姿に、自分が圧倒的な強者になったと勘違いして笑う衛士。

だが次の瞬間、ゲート横にあった仮設ガレージのような建物から巨大な腕が建物を破壊しながら現れ、不知火の突撃砲を掴み圧壊してしまう。

『な、なんだこいつっ!?』

建物、外出時に使用される車両が入っている筈の建物から現れたのは、重装甲を持つ機体…スレッジハンマーだ。

『仲間撃って悦に入るなんざ、人間として許せねぇなぁ…』

『全くだぜ、ゲス野朗が!』

外部スピーカーで聞こえるのは、普段から門兵として務める伍長の二人。

アジア系が火器管制を、もう一人が機動制御を受け持ち、現れるスレッジハンマー。

『はっ、そんなウスノロで何が出来る!』

スレッジハンマーが支援戦術車両であり、二足歩行での機動性は低い事を知っている相手は、距離を取りながらもう一丁の突撃砲を構える。

『やったれ相棒!』

『いよっしゃぁぁぁぁぁっ!!』

不知火が死ねと叫びながら放つ36mm、それをスレッジハンマーは両手をコックピットの前でクロスさせて直進する。

通常のスレッジハンマーと違い、両手手腕が巨大なアームになっているその機体は、前腕の表面装甲で36mmを弾きながら直進する。

『なんだとこいつっ!?』

慌てて120mmを放つ不知火、だがその直撃を受けた左腕は、穴を空けただけで完全に破壊されていない。

『おうるぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

伍長の男らしい叫びと共に振るわれた右腕が、突撃砲を弾き飛ばす。

その威力は、突撃砲を拉げさせ、さらに持っていた左手を破損させるほど。

『スレッジハンマーのバリエーション、クラッシュハンマーを舐めんじゃねぇぞチキン野朗!!』

さらに振るわれる左手を避け、長刀を右手に持つ不知火。

『なら直接ぶったぎってやるよ!』

破損しつつも両手で真上から叩き割ろうとする相手だが、クラッシュハンマーはその一撃を左手のアームで防御する。

スーパーカーボン製の刃が、装甲板を切り裂き、アームを切断しようと進むが、三分の一を切った所で刃が止まった。

『き、切れないだと!?』

『馬鹿が、こっちは装甲の厚さが売りなんだよ!』

『捕まえたぜ坊や!』

驚愕したその一瞬の隙を付かれ、不知火の頭部を右手で鷲掴みにするクラッシュハンマー。

通常の戦術機の2倍はあるそのパワーアームが、三本の指で不知火の頭部を砕き、さらに持ち上げながらコックピットを圧迫していく。

『このっ、離せ、離しやがれっ!?』

『なぁ相棒、こういう時なんて言うんだ?』

『少佐が言っていた…地獄で逢おうぜ、ベイビー!』

メキャンッという金属が拉げる音が響いて、頭と胸部の上が掴み抉られた不知火が地面に落下する。

そして倒れた不知火を踏みつけ、両手を掲げるクラッシュハンマー。

『エイドリアーーーーーンッ!!!!』

『いや、誰だよ…?』

『俺も知らんが、こう叫べと少佐がな…』

よく分からないやり取りをする伍長達をスルーして、ゲートの詰所に押し込まれていた兵士達がライフル片手に不知火へ向う。

コックピット内部がむき出しになったそこで、衛士が放心して座っていた。

どうも新兵上がりで碌な実戦を経験していなかったようだ。

高官の息子などが時折主要部隊などに配属されるが、その類と思われる。

重機モデルのサンプルとして、大型手腕とパワーアームを搭載したクラッシュハンマー、サンプルの後に警備モデルとして改修しガレージに置いてあったものだ。

油断していた半端者衛士とは言え、不知火に接近戦で勝った伍長達二人は、この後横浜基地を初めとしたスレッジハンマー乗りの英雄として語られたとか…。















時は戻り、横浜基地滑走路。

現在2機の不知火とA-01との睨み合いが続いていた。

東堂達も合流するが、事態は深刻だ。

『あの連中…人質とか頭おかしいんじゃないの!?』

通信で叫ぶ水月、彼女達のレベルなら不知火二機程度、即行で制圧できる。

だが、相手は囲まれたと知ると、破壊したクーデター軍の不知火を人質にしたのだ。

まだ生きている中尉が、自分に構わず撃てと叫んでいるが、生憎A-01はなるべく不殺で作戦を終えろと夕呼からキツイお達しが来ている。

それが可能なレベルだと信じての言葉だけに、水月達は撃つ事が出来ない。

『風間、狙撃は?』

『位置が悪いですね…相手の衛士を狙えば可能ですが…』

『副司令から、連中の証言を得る為に生かして捕らえろと言われている。主犯が誰か分からない以上、無闇に撃破できないか…』

伊隅の問いに、難しい顔で答える風間。

彼女の腕前とスナイプカノンユニットを使えば人質だけなら救出できるが、それは相手の衛士を排除して得る結果だ。

まだ不穏分子の主犯が判明していない以上、安易に撃破は出来ない。

『…? 気のせいか…?』

『宗像ちゃん、どうかした?』

周囲を警戒していた宗像が、一瞬レーダーに映った反応に首を傾げた。

上沼に問い掛けられるが、気のせいだったと答えた瞬間、レーダーに友軍反応が出た。

『この距離で反応がっ!?』

『あそこ、奴等の背後です!』

この中で一番のセンサー感度を持つ風間が気付いたのは、こちらを警戒しながら時折発砲してくる奴等の斜め後ろ。

その方向から、白い何かが高速で接近していく。

『速瀬中尉っ、任せます!!』

『はぁっ!?』

伊隅がその機体へ無茶は止せと警告する前に、その機体からサウンドオンリーで通信が入った。

突然名指しされた水月は叫ぶが、その瞬間高速で強襲した機体が持つブレードが煌き、大破した人質入りの不知火を掴んでいた敵の手腕を切り裂き、解放された人質の不知火を少々乱暴だが蹴り飛ばす。

『なんつー無茶を!? あ~もう行きます!』

『速瀬!?』

乱入した機体が自分に何を期待しているのか直感で感じた水月は、最大出力で航空機倉庫の物陰から飛び出して牽制の射撃をしながら解放された不知火を確保する。

『宗像、東堂カバーに入れ!!』

『『了解!』』

伊隅の号令で二人の機体が飛び出し、水月が守る不知火を確保する。

その間、相手の二機は強襲した機体へ攻撃しつつ逃げようとするが、一瞬の内に跳躍ユニットを切り落とされて地面に落下する。

『後はお願いします!!』

『あっ、ちょっと待ちなさいよアンタ!?』

二機を地面に落としたその白い機体は、背中の複数のスラスターを噴かして演習場の方へと飛んで行ってしまう。

色々と言いたい事があった水月の、待ちなさーーーーいっ!!という叫びが飛行場に木霊した。

その間に、宗像達が二機の不知火を拘束し、残る不穏分子は演習場を逃げている機体のみ。












その演習場では、逃げる不知火が響に追い回されるという状況になっていた。

『なんなんだこいつらっ!?』

『くそ、振り切れないだと!? こっちは新型のユニットを搭載してるんだぞ!』

逃げる途中で分かれた二機が、茜達に追い詰められていた。

不知火の倍の火力と、高い技量、そして信じられない連携。

どうすればそこまで仲間を信じられるのかと叫びたくなるその連携に、裏切り者達は追い詰められる。

『高原は右、彩峰は左から、珠瀬フォローよろしく!』

『『『了解!』』』

茜の指示に従い、相手を追い詰める207の4人。

他の4人とまりもは、主犯と思われる川本達を追っている。

こちらの人数が少ないのは、一流のスナイパーと化したタマが居る為だ。

3人で相手を追い込み、タマが狙撃できる場所へと誘導する。

事実、相手の一機はタマの射撃で左手腕が無い。

『負けてられないのよ、アンタ達何かにっ!!』

叫びながらスラスターを噴かして廃墟を縦横無尽に舞う茜の響。

彩峰は隙在らば接近戦を仕掛けようとし、高原はその神業的なアシストで二人を守る。

『させないっての!』

相手の不知火が長刀で茜へと切り込んできた瞬間、高原が多目的追加装甲で横からブロック。

『これでっ!!』

茜機のシールドランチャーから発射された榴弾が、相手の下半身を吹飛ばす。

まだ動く右手は、高原の長刀が切り落とす。

『慧さん今です!』

『うおぉぉぉぉぉっ!!』

タマの狙撃で追い込まれ、廃墟から飛び出した不知火に、彩峰の響が低空飛行で迫る。

雄叫びを上げ、擦れ違いながら長刀で両足を切り裂いて駆け抜ける響。

地面に転がる不知火が、それでも向ける突撃砲を、タマの150mm支援狙撃砲が手腕ごと破壊する。

『はぁ、はぁ、はぁ…やった…』

『ふぅ、ふぅ…終わった…?』

『まだですよ~、教官達が追ってる三機が居ます』

茜の呟きと、彩峰の言葉に、タマが苦笑しつつ送られてきた情報を茜達にも送る。

現在まりも達は、迎撃しながら逃げる3機を追撃している。

茜達が倒した二機と違い、逃げに徹している為中々確保できないようだ。

『教官から、確保した連中を拘束して月詠大尉の元へ運べだって』

『了解よ、後は教官達を信じて待ちましょう』

まりもへと通信していた高原の言葉に頷いて、茜はまだもがいている不知火二機を取り押さえて最初の広場へと戻る。

『あれ…?』

『どうかしたの…』

その際に、一番高い位置に居るタマの機体が、視界の隅を横切る機体に気付いた。

『慧さん、その位置からレーダーに反応はっ?』

『ないよ…敵?』

タマの言葉に警戒する彩峰達。

まだ横浜基地各所へと散った連中が居るし、不穏分子の数も不明だ。

『待って…あれは、なんだろう…見た事無い白い機体…あ、友軍マークが出た』

その姿を最大望遠映像で確認できた所で、やっと友軍を示すマークが出る。

『ちょっと、この距離でレーダーに映らないって…』

『とても凄い…ステルス…』

『あ、こっち来るよ!?』

三人もレーダーとマーカー、そして視認して身構える。

すると、通信が繋がれて見慣れた人物が顔を出した。

『お前達、無事か!?』

『『『『白銀大尉っ!?』』』』

一応作戦中なので確りと白銀大尉と呼びながら驚く面々。

通信画面に映ったのは、彼女達が良く知る人物、白銀 武だった。

『涼宮、状況は!』

『あ…はいっ、現在クーデター軍内の不穏分子追撃戦をしています、クーデター軍の中に数名のスパイが紛れ込み、殿下へ発砲すると共に逃走、現在我々で二名確保、神宮寺教官達が3機追っています』

『了解した、お前達は軍曹の指示通り動け。……よく頑張ったな、信じてたぜ』

真面目な顔で茜から状況報告を聞いた武は、茜達が見惚れてしまう笑みを残してまりも達が追撃戦をしている場所へと飛んでいく。

『う~ん、流石大尉、おっそろしい笑顔とタイミングだなぁ…お~い、早く行くよー?』

『『『はっ!?』』』

白銀スマイルとヴォイスが効かなかった高原が、呆れ顔で仲間達を正気に戻す。

少佐が居なければ私も危なかったなぁ~と呟く高原、同意するのは築地と麻倉だろう。

茜達が帰還する間も、まりも達は川本達を追いかけて戦闘中だった。

『止まれっ、今なら身の安全を保障するぞ!』

『黙れっ、こっちには後が無いんだよ!』

まりもの停止命令に川本から返答と共に36mmが返ってくる。

それを廃墟を楯に避けながら、確実に相手を追い込んでいくまりも達。

相手もそれに気付いているのか、言葉に焦りが見え隠れしている。

『川本少尉っ、米国の介入はまだなのですか!?』

『このままじゃ俺達…っ!』

「煩いっ、死にたくなかったらあいつ等を殺せよバカが!?」

通信を繋いできた共謀者達に怒鳴り返しながら、自分達を追う横浜基地の戦術機へ発砲を繰り返す。

こんな筈では無かった、こんな筈では…!

そう何度も呟く川本の顔は、狂気と恐怖に歪み、酷い有様だ。

元々日本や帝国軍、そして殿下に何ら思い入れの無い川本は、ある時米国諜報員の接触を受けた。

その際に、自分達の計画に加担すれば、計画終了後に米国の片隅で安心して暮らせる、不自由な思いはさせないと約束された。

常にBETAの脅威に晒され、いつ戦いで死ぬかも分からない恐怖と、民を守る為に死ぬ事を尊い事と考える帝国軍に嫌気が差していた川本は喜び勇んで協力を約束した。

そして帝国内部で暗躍し、仲間も増やし、折角計画が発動したのに、この有様だ。

米軍が乱入し、その隙に脱出して米国工作員と合流して日本を脱出する予定が、完全に狂っている。

「ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょうがぁぁぁぁっ!!!」

理不尽な怒りの全てを、自分達を追い詰めている戦術機部隊へと向ける川本。

だがその攻撃は尽く避けられ、相手の攻撃は自分の機体へと面白いように当たるではないか。

客観的に見れば、現在の川本の状況はリンチかフルボッコだ。

気付けば、仲間の機体が一機両足をもがれた。

『か、川本っ、助けてくれ、頼むっ!?』

「知るかっ、この役立たずがっ!!」

助けを求める仲間を平気で見捨てて逃げる。

見捨てられた衛士は、川本へと怒りと絶望の言葉を叫ぶが、通信を一方的に切断する。

その衛士の機体は、今まさに両手を破壊されて確保されていた。

「…なるほどな、バカな連中だっ!!」

その光景を見て、川本は醜い笑みを浮かべながら突撃砲を向けた。

『っ、09鎧衣避けろ!』

『え…?』

両手両足を破壊した機体を確保していた響へと突撃砲が向いた事に気付いたまりもが叫ぶと、美琴から呆然とした声が聞こえた。

「死ねぇっ!!」

川本の機体から放たれた120mmが、美琴の響へと襲い掛かる。

『わぁっ!?』

だがその弾丸が響を捉える事はなかった。

響のXM3に蓄積された回避行動パターンが素早く機体を動かし、120mmの牙から間一髪逃れた。

だが、響が避けた事でその先にあった不知火の残骸が攻撃を受けてしまった。

『味方ごと撃つだと!?』

絶句するまりも、美琴も物陰に退避しながらも、破壊されてしまった不知火を見て震えた。

「ちぃっ、役立たずが、足止め位して役に立てよな!?」

『川本少尉、貴方なんて事を!?』

「うるせぇっ、お前もあぁ為りたくなければ相手を殺せ!」

仲間を見殺しにした上に囮にした川本へ、残った仲間の衛士が非難するが、川本は切れた顔で怒鳴り返した。

『川本少尉、貴官はそれでも衛士なのか!?』

「知ったことかよっ、そんな事はよ!?」

まりもの咎める言葉に答えるのはやはり弾丸。

「こんな騒動の火種抱えてる国なんざ、遅かれ早かれBETAに滅ぼされるんだよっ、だったら少しでも安全で長生きできる国へ逃げるのがマトモな奴の考えだ!」

『その火種を大きくしているのは貴官達だろう!』

まりもの雪風の両足に装備された小型ミサイルが川本達が隠れる廃墟を吹飛ばす。

そして露になった機体へと、麻倉が狙撃を試みる。

「だからどうしたっ、俺達がやらなくても、何れ火種は燃えてもっと酷い戦いになっていたさ、それこそ日本全土を巻き込むような戦いになぁ!!」

川本が言う言葉は真実であり、もし沙霧がクーデターを早めなければ、もっと大規模なクーデター軍が誕生し、日本帝国全土を巻き込んだ戦いになっていただろう。

「お前達国連軍が何を頑張ってるか知らねぇが、どうせ無駄なんだよ!さっさと米軍のG弾で連中を滅ぼしてやれば早いんだ!」

『あれは危険な代物だ、貴官は明星作戦を知らないのか!?』

かつて、この地を取り戻す際に使われた2発のG弾。

その威力によって横浜ハイヴを勝ち取ったが、その被害は大きかった。

土地の重力異常、そしてG弾投下に際に巻き込まれた多くの将兵。

まりもは、あんな物がまた使われたら、多くの土地が不毛の地となり、そして大勢の兵士達が巻き込まれて死ぬだろうと夕呼から聞いている。

「知ってるさ、だから言ってる! アレを使えば、ハイヴなんて簡単に制圧できる、そうさ、時代は米国に在るんだ、お前達の研究開発なんぞ無駄なんだよっ!!」

『――――無駄ではないッ!!』

「っ!?」

まりもの言葉を鼻で笑う川本だったが、彼女の威圧感すら伴う言葉に押し黙らされる。

まりもは知っている、親友が、上官が、そして訓練兵達が。

明日を夢見て、人類の未来を背負って、懸命に戦っている事を。

だから許せない、立ち向かうことすらせずに、逃げるだけの川本の言葉が。

『無駄なんかじゃ、ないわっ!!』

まりもの雪風は、武から譲り受けた機体。

その装備も、両足のCWS以外は同じ。

つまり、両肩には飛行補助スラスターが搭載されており、その機動性はラプターすら凌ぐ。

『はぁぁぁぁぁぁっ!!』

咆哮しながら全速力で突っ込むまりもの雪風、それに対して放たれた36mmは、避けられて末端を掠るだけ。

懐に入られた、もう一人の衛士の不知火の両手が、一刀両断される。

その返す刃で頭を切り飛ばされ、手腕の小型ガトリングが跳躍ユニットを破壊して行動不能へと追い込む。

『我々の戦いは、無駄ではない!』

一瞬の内に不知火を撃破、しかも衛士を傷つけずに成し得たまりも。

彼女の技量、雪風の能力、そしてXM3。

武が、大和が、そして夕呼が造り上げた物が、彼女を、彼女達を強くしている。

『抵抗を止めて投降せよ、身の安全は保障する』

「ぐ…っ」

最後通告だと感じられるまりもの言葉に、歯軋りする川本。

同調した仲間は全て捕らえられたか撃破され、乱入してくる予定の米軍は来ない。

このまま捕まれば、間違いなく自分は罰せられて銃殺される。

日本を売った売国奴である彼に、帝国は情け容赦など持たないだろう。

『ほ、本当に、身の安全を保障してくれるのか…?』

「貴様っ!?」

廃墟の影に隠れて焦る川本は、先ほど撃破されて雪風の後方で転がっている機体の衛士に怒りを向けた。

主犯である自分と違い、連中は場合によっては重罪で投獄されるに止まる場合がある。

『あぁ、こちらの任務は、貴官等を拘束して帝国軍へと引き渡す事にある』

『な、なら投降する、情報も知っている事を全て話すっ、もうイヤだ、私は、戦いたくないから参加したのに、こんな…っ』

撃破された不知火の女衛士は、コックピットで震えていた。

川本のように、生き延びたいからと日本を売った奴も居れば、彼女のように戦いで死ぬのがイヤで流された者も居る。

罪に問われるのは決定しているが、それでもこのまま死ぬのよりはマシなのだろう。

「ふざけんじゃねぇぞっ、お前一人助かる気かぁぁぁぁぁっ!!!」

絶叫し、突撃砲を向ける川本、その銃口から放たれるのは120mm。

まりもは焦った、今自分が避ければ背後の不知火に当たる。

かと言って、スレッジハンマーのように装甲が厚くない戦術機では防げない。

多目的追加装甲を持った晴子と築地は間に合わない。

「死ねぇぇぇっ!!!」

そう叫びながら不知火の持つ突撃砲が咆哮を上げようとした瞬間、突撃砲に同じ大きさの刃が突き刺さった。

「な、なんだっ!?」

突撃砲が爆発し、混乱しつつも周囲を見渡せば、いつの間にか戦術機のマーカーが増えている。

『軍曹、機体を下げて!』

『大尉っ!? り、了解です!』

通信で響いた声に、まりもは驚きながらも投降した衛士が乗る不知火の胴体を抱え上げて廃墟へと隠れる。

「なんだ、何時の間にっ、ステルス性能が高いだと!?」

いくら市街地を利用した演習場とはいえ、300m範囲に突然出現するのはおかしい。

そう感じて叫んだ川本の視線の先には、左手に先ほど自分の突撃砲を破壊した刃と同じ形の刃を持つ、白い戦術機の姿。

見た事がない、頭部の印象からF-15系列だと感じられるその機体は、肩の担架から長刀とは異なる形状のブレードを右手に装備して構えた。

「なんだよお前…なんなんだよっ!?」

『何でもねぇよ…ただの衛士だ!!』

背中の箱型のスラスターと、その左右からアームで接続された直角三角形の翼のようなスラスターが唸りを上げ、機体を爆発的に加速させる。

「ぬぁっ!?」

その速度に反応できず、弾は掠りもせず、一瞬でその右手を切り飛ばされる。

「ば、化物かっ!?」

残った左の突撃砲を乱射して弾幕にしつつ後退するが、相手は廃墟を足場に跳び回り、間合いを詰めて来る。

『テメェ、さっき俺達のしてることを無駄だって笑ったな…?』

「ひ…っ!?」

通信から聞こえる低いその声に、言い様のない恐怖を覚える川本。

元々川本は、気の弱い卑屈な男だった。

それが戦術機という力を得た為に変に尊大となり、今まで生きてきた。

だから彼は、相手が、武が放つ本当に“心が強い者”の気迫に、怯えているのだ。

『なら見せてやる、俺達が造り上げてきた力を、皆を、人類を救う為の力をっ!!』

武が吼えた、そして大和から出来るなら使うなと言われていたシステムのスイッチを押し込み、起動コードを叫ぶ。

『リミットリリースっ、オーバーシステムっ!!』

その瞬間、武の網膜投影に一瞬『システム解放』『全出力限界解放』『機動リミッター解除』と立て続けに表示されて消えていく。

そして機体の長い顎の根元…人で言う口元の装甲が上下に開き、そこに牙のような形状が現れる。

その隙間からは、排熱と思われる蒸気が断続的に噴出する。

同時に全身の数箇所で装甲が可動し、両足にはスリット状の部分が増え、そこが赤く発光している。

それまで見えていた緑色の部分が全て真紅に煌き、全体の威圧感を増す。

そして、人で言う両目に当たる部分が真紅に輝いた瞬間、その機体は赤い閃光を残して襲い掛かってきた。

「あ、あぁぁ…うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

先ほどまでの、凛々しさすら感じる白と銀、そして緑の姿から、まるで悪魔のような姿に変った相手の機体に、恐怖すら感じて怯える川本。

向けた突撃砲、だがその銃口は相手を捕らえる事が出来ない。

「そんなっ、嘘だ、嘘だっ、自動照準が追いつかないなんて、そんな事…っ!?」

第3世代戦術機で、沙霧や月詠二人、紅蓮大将などの凄腕が乗った際に、相手の自動照準が追いつかない事が存在する。

だが、今川本が相手をしている機体は、自動照準自体が、相手を“確認出来ない”のだ。

照準が相手を捕捉しても、既にその場に相手は居ない。

自動照準システムは、捕捉→確認→照準と段階を経ている。

それは本当に、人間にすれば一瞬や一拍の動作だが、それすら相手は許さない。

富士教導隊が経験した驚き、そのさらに上の現象。

「うぎっ!?」

一瞬の間に右腕が肩から切り飛ばされた、かと思えば衝撃、そこで左の噴射跳躍システムがなくなった事に気づく。

「なんなんだよ…なんなんだよお前はぁぁぁぁぁぁっ!?」

恐怖で錯乱し、さらに切り飛ばされた突撃砲の代わりに、残った左手で長刀を振り回す。



『これが、人類を…大切な人達を守る為の力、『陽燕』の力だぁぁぁぁっ!!』



武の咆哮と共に加速した機体、『陽燕(ひえん)』が、瞬時に相手の懐へと入り込み、右手に持っていたソリッドブレードで左手を切り飛ばす。

そしてそのままブレードを手放すと、両手手腕の外縁ウェポンコンテナから大型近接戦短刀を両手にそれぞれ握り、不知火の動力ケーブルへと突き刺し、そのまま背後のビルへと頭部モジュールを掴んで押し付ける。

「ひっ、やめろ、止めてくれ…っ!」

まだ無事な頭部モジュールからの映像には、残った小型のソリッドブレード…日本刀で言う、小太刀サイズのブレードを振り被る陽燕の姿。

『これが俺達の…力だっ!!』

「ひぃ――――――――ぁ………」

振り被ったミドルブレードが不知火の頭部モジュールへと突き刺さった瞬間、川本の意識は途絶えた。

川本が気絶し、不知火が沈黙したことを確認した武は、システムを停止させる。

すると、赤く発光していた部分は緑に戻り、装甲は元の形に、頭部の口のような形状も、マスクをするように隠される。

「ふぃ~、思わず使っちまったけど、凄いシステムだなぁ…」

オーバーシステム、大和が名付けたそれは、戦術機の機体へ掛けられた各リミッターを解除して使用するという恐ろしい物。

通常、戦術機には幾つかの機動リミッターが搭載されている。

これは、機体バランスや衛士への負担や負荷を考えて設計段階で組み込まれている物だ。

これらを解放すれば、機体は機体スペックを上回る性能を発揮するが、それに衛士と機体が耐えられない。

操縦者へのGや、各部摩耗が恐ろしい程上がり、機体バランスも崩れるので操縦が格段に難しくなる。

現行の戦術機もリミッターを解除すれば性能があがるが、それをしないのは衛士が操縦出来なくなるから。

だから、噴射跳躍システムや各部スラスターなども、通常は70%~80%で稼働している。

新型機などは、操縦者の耐Gや限界を計算しながら設計し、人間が操縦できるレベルで上の機体を目指している。

「あ~、少しクラっとした…」

頭を軽く叩いて、意識を確りさせる武。

前の世界で恐竜だの鈍感だの言われた彼の感覚でも、軽い眩暈を引き起こすオーバーシステム。

これは、短時間だからこれで済んでいるのだ、もし長時間使えば感覚や神経が摩耗し、内臓や筋肉にも被害が出る。

そして、それは機体も同じ事。

大和がオーバーホールと同時に各部を最新、世間よりも何十歩も先に進んだ技術で改造を施したこの機体であっても、長時間の動作は保障できない。

何しろ、中身が別物な噴射跳躍システムや背中の新型スラスター、そしてXM3の管制ユニット。

これらがリミッター無しで全力稼働した場合、その機動性はたった今川本が経験した悪夢となる。

オーバーシステムは、各部リミッターを解放した場合の出力や動作をXM3の管制ユニットで演算制御しながら動かす物。

普通にリミッター解放しただけなら、前述通りに機体バランスがバラバラになり最悪自滅。

それをXM3の管制ユニットと霞謹製システムで演算して動作させている。

XM3、霞のシステム、そしてその化物を操縦できる衛士が揃って初めて意味を為すのがオーバーシステム。

並みの衛士が経験すれば、あっと言う間に意識を持って行かれる。

機体と衛士の限界を考慮して動作限界時間を設定しているが、これも完全とは言い難い。

断続的に使用した場合、当然摩耗や損耗は積み重なるし、衛士の疲労も同じこと。

だから大和は、武にもなるべく使うなと言い聞かせた。

切り札は最後に使ってこそ意味があると付け加えながら。

『大尉、ご無事ですか!?』

武が動かずに居ると、まりもが慌てた様子で通信を繋いできた。

川本の機体を仕留めてから動かなかったので、心配していた様だ。

「あぁ、俺は大丈夫ですよ軍曹。それより、クーデター軍の様子は…?」

『はい、今CPへ問い合わせましたが、横浜基地内で暴れていた不穏分子は全員拘束。クーデター軍は無事なものは投降し、現在月詠大尉達が見張っています』

「こっちに被害は?」

『最初の襲撃で、歩兵や整備兵に多数の怪我人が出ましたが、死者は報告されていません。ただ、クーデター軍には数名、仲間に撃たれた者が…』

「そっか…」

クーデター軍とは言え、仲間と思っていた相手に裏切られて死んだ衛士達を思い、操縦桿を握る武。

殿下や207の面々が無事なのは喜ばしいが、手放しに喜ぶ事は出来なかった。

『大尉、あの、その機体は…?』

「あぁ、こいつは『陽燕』、試作第四世代戦術機で、まぁ第四世代への第一歩の機体って奴ですよ」

そう言って誇らしげに笑うと、まりもは驚いた顔で陽燕を見つめた。

姿はYF-23とほぼ変わらず、違うのは背中のスラスターユニットと、噴射跳躍ユニットの形状。

武の機体、『陽燕』は、同型機である『月衡』とは異なるコンセプトを持つ機体。

それは、限定空間内における最速三次元機動。

つまり、ハイヴ内における最高の機動性を実現する為の機体であり、噴射跳躍ユニットも三次元ベクターノズルなどを搭載した上に中身は近未来製。

主脚の強化もされ、限定空間内での機動力は不知火など比べ物に成らないほど高い。

その分、衛士への判断力と操縦技術が求められる機体だが、武なら十分過ぎる。

背中のスラスターユニット、通称『ファイヤーボール』によって高い飛行性能も実現したこの機体は、燕の名に相応しい機体となっている。

装備は元々の武装を参考にしたソリッドブレードに、それをモデルにした小太刀ポジションのミドルブレード。

大型近接戦短刀か近接戦短刀は選択式、突撃砲にはバヨネット、これは改良されて取り外し可能。

そして本来ならこれに高周波振動切断近接長刀が付くのだが、現在小型化と量産化の研究中。

『第四世代…っ、そうですか、ついにそこまで…!』

武の言葉に、感動すら覚えているまりも。

彼女自身、雪風という第3.5世代戦術機に乗っているが、その上を行く機体を生で見ているのだ、感動もする。

作戦中なので通信を繋いでこない207の面々も、『陽燕』に興味深々だ。

『白銀、聞こえてる?』

と、そこへ司令部の夕呼から連絡が入った。

「はい、今最後の、首謀者と思われる男の機体を沈黙させました」

『そう、ならそいつはちゃっちゃと紅蓮大将達に引き渡しちゃって。で、アンタは今すぐ殿下の仮設謁見会場へ行きなさい』

「え、何でです?」

夕呼の指示に、首を傾げる武。

横浜基地内の奪還は完了したが、まだ完全に安心出来ないし、何より大和が対応している米軍の方も気になっている武。

『沙霧大尉、クーデターの首謀者がねぇ…切腹するって言い出してるの』

「はぁっ!?」

夕呼の言葉に素で驚く…と言うか呆れる武ちゃん。

『クーデターを企て、その結果売国奴を招き入れた上に殿下の命を危険に晒したって嘆いて、それで月詠大尉に介錯を頼んでんのよ。で、騒ぎを聞いた殿下と首相が説得してるんだけど、聞かなくって』

「殿下と首相が説得してるのに?」

『殿下には申し訳が立たない、首相には思うところがあるけど信じて仲間を託すから、自分が責任取るとか…や~ね~、時代錯誤の侍ってのは』

重い罰が待ってるんだから責任取るも何もないでしょうに…と呆れる夕呼。

その気持ちに武ちゃんは同意だ、確かに自らの死で償うのは彼らのやり方かもしれないが、それは困るのだ。

「沙霧大尉、アンタにはまだやる事があるだろうにっ!」

『そんな訳で、アンタ説得してきなさい。こう、ボッコボコにしてから説得する方向で』

物凄く体育会系なやり方だった。

「先生、それは…」

『何よ、荷電粒子砲撃ちながら「お話聞かせて」って言うのよりマシでしょう?』

「いや、マシも何も、チリ一つ残りませんからそれ。って言うかその話はどこで!?」

『黒金』

うん、そうだと思ったよ俺? 後で文句を言おう、直接言うと弄られるから篁中尉経由で。

そんなチキンな方法を考えながら、急いで沙霧達の元へ向かう武。

彼の機体を、拘束した不穏分子を連れて追うまりもと207の面々だった。


































[6630] 第三十一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:06























横浜基地が解放される少し前の横浜港――――





『うらぁぁぁぁぁっ!!』

外部スピーカーで叫び声を響かせながら右手を振り被るタリサの舞風。

その右手に装備されたスタンマグナムが、ラプターの胸部を捉えた。

ガスンッという衝撃と共に撃ち込まれた高圧電流が、機体の制御ユニットから何からをショートさせて破壊。

衛士は電撃の余波に気絶し、ラプターが崩れ落ちる。

『よしっ、二機目…って、危なっ!?』

敵を倒して安心した瞬間を狙われ、36mmが舞風を襲う。

咄嗟に右手を翳した為、胸部は無事だが右手のスタンマグナムが破壊された。

『この…っ!』

両肩のガトリングユニットが咆哮するが、相手は倉庫を楯にして隠れる。

『ワルキューレ02、無事か!?』

『こちら02、右手が喰われただけだ、まだ行ける!』

唯依からの通信に、気丈に答えて左手に突撃砲を持つタリサ。

現在、米軍の空母は瞬間凝固液の砲弾で沈黙し、相手のラプターは10機から5機へと数を減らしていた。

ステラが仕留めた一機に、大和が2機、先ほど唯依が一機胴体と下半身を真っ二つに分断、タリサが一機。

残り5機中、2機がこちら、3機が大和側だ。

その二機は、現在クリスカ達が乗る雪風が相手をしている。

『捉えたぞ!』

たった今、クリスカが操縦する雪風が、倉庫の影に隠れていたラプターを捉えた。

相手の背後から噴射跳躍ユニットとスラスターで一気に間合いを詰め、両手に持った近接戦短刀を突撃砲に突き刺して使えなくする。

そして相手が離れようとした瞬間、残った左の短刀を相手の肩部に突き刺して、動きを阻害する。

『ヤマトのおねがいだから、ころさないよ』

そう冷たく呟いて、頭部バルカン砲をラプターの頭部へと向けるイーニァ。

元は大和の雪風だったこの機体は、頭部形状がA-01の雪風と異なり、四本のアンテナが頭部モジュールの左右に装備されている。

実はこれ、アンテナ風の、バルカンの砲身なのだ。

4本のアンテナから放たれた弾丸が、ラプターの頭部を蜂の巣にする。

至近距離からの弾丸に、対小型BETA用の武装であってもセンサー類が沈黙するラプター。

それでも相手は補助センサーで抵抗を試みるが、相手が悪すぎた。

『少佐や大尉に比べるのも失礼だな…』

淡々と呟きながら、ラプターを倉庫の壁へと押し付け、右手に持った長刀を左の肩部装甲へと突き刺して壁に縫い付ける。

そして、両足と跳躍ユニットを両肩のガトリングで破壊して終了。

『クリスカ、もう1体くるよ』

イーニァの声に答える前に機体を動かして相手の照準を外すクリスカ。

残ったラプターは、仲間を助けようとしているのか、スレッジハンマーの援護砲撃から逃げながらクリスカ達に向ってくる。

『あれ、だれかイクよ…?』

ふと、イーニァが大型倉庫の中を爆走する存在とその機体に気付いた。

その能力で、近い距離なら相手がそこに居るかどうか分かるクリスカとイーニァ。

大和が乗っていると見せ掛けていた機体が撃破された時、二人が取り乱さなかったのはこの能力で居ない事を知っていたから。

大和の思考は読めないが、彼はその反動で妙な違和感を放っている。

まるで、白い世界にドンッと置かれた黒い物体のような、そんな違和感。

イーニァの大和発見率が高いのは、これを利用しているからと思われる。

相手もセンサーの反応で気付いたのか、倉庫の中へと突撃砲を放っている。

『バカな奴だっ、蜂の巣にしてやるぜ!』

そう叫んで放つ36mmが、倉庫の壁や扉を穴だらけにする。

だが、倉庫内を進んでくる機体は、前進を止めない。

否、止まらない。

『うおぉぉぉぉぉぉっ、男斉藤っ、行きまーーーーーすっ!!!』

謎の雄叫びを外部スピーカーで響かせながら、大型倉庫の壁を粉砕して現れるのはスレッジハンマー。

しかも、両手に多目的格闘装甲を装備した、バリバリの前衛仕様だ。

『な、なんだこいつっ!?』

驚きながらも放つ36mmは、全て両手の格闘装甲と頑丈な正面装甲に弾かれる。

『どっせいっ!!!』

その重量と頑丈さを生かした突撃に、弾き飛ばされるラプター。

狭い上に背後には別の大型倉庫、右手には雪風、左手側には追ってきた唯依の武御雷。

上空に逃げようにも、先程のタックルで壁に激突した際にユニットが損傷してる。

『一撃入魂っ、ハンマーフィストぉぉぉぉっ!!!』

妙な必殺技を叫んで、多目的格闘装甲の爪状の先端をラプターへと突き刺すスレッジハンマー。

頭部と共に胸部上面を削り取られたラプターは沈黙、咄嗟に頭を抱えた衛士は無事だった。

『隊長、やりました!』

『やりました! じゃないわよバカっ、付き合わされる私の身にも成りなさいよねバカっ、本当にバカっ!』

『ば、バカって言うなぁっ!?』

『じゃぁチェリー。チェリー斉藤』

『止めてっ、もう僕の精神力はゼロだよ!?』

突然外部スピーカーで内部の喧嘩を撒き散らすスレッジハンマー。

どうやら操縦者の斉藤君が、火器管制の女の子に怒られているらしい。

『お前達、喧嘩なら後にしろ…』

『すっ、すみません中尉!』

呆れ顔の唯依が、ラプターの衛士へと突撃砲を向けながら注意すると、女の子の方が慌てて謝った。

『しっかし、スレッジハンマーでF-22A撃破とか、やるじゃねぇかチェリー斉藤』

『すごいね、チェリーさいとう』

『うむ、無茶は後で叱るが、見事だチェリー斉藤一等兵!』

『広まったぁぁぁぁぁっっ!!?』

駆けつけたタリサ、イーニァ、通信のスレッジハンマー部隊隊長からの言葉に、ガッデムとばかりに叫ぶ斉藤。

器用にも、スレッジハンマーで頭を抱えるという動きをさせている。

制御ユニットにXM3と同じ技術を使用しているとは言え、器用な男である。

『よし、これでこちら側のF-22Aは排除した、急いで少佐達の援護と空母の制圧を―――』

唯依がワルキューレ隊とスレッジハンマー隊へ指示を出し始めた時に、空母の方から爆発音が響いた。

スレッジハンマーの遠距離砲撃部隊には、瞬間凝固液と催涙弾の攻撃以外は禁止しているので、こちらの砲撃ではない。

大和達は空母から離れた位置で戦闘中だし、ステラは大和の援護中だ。

ラプターに押し込まれて倉庫区画の中程まで来てしまったので、空母を望遠で見えれば、横っ腹に穴が空いている。

『あの位置は、戦術機搬出用のゲート…中から破壊して出てきたのか!?』

瞬間凝固液は、外気に触れてから数十秒以内にコンクリート並の堅さに固まる、新開発の液体だ。

元々は防衛戦用の砦や戦艦、空母の外壁補強や機体の穴を応急処置で埋める為に、南アフリカで約6年後に“運が良ければ”開発される液体。

開発者が、偶然転んで薬品をぶちまけた結果生まれた薬品なので、必ず開発されるかどうかは大和でも分からない。

堅さはコンクリート並だが、何度も掛ければ分厚くなっていく。

その証拠に、空母は戦術機搬出用ゲートが使用不能にされて、今の今まで増援が出てきていない。

それを、内側から破壊して穴を空けたのだ。

『中尉、内部からF-22Aが3機、恐らくまだ出てくるぞ』

クリスカの報告に、歯を噛み締める唯依。

ラプター4機でも、押し込まれたのだ。

このまま増援が続けば、突破される可能性がある。

『くっ、支援砲撃隊は引き続き凝固液弾で砲撃を、あの穴を埋めろ! 我々は出てきた奴を撃破し、空母を制圧するぞ!』

唯依の指示に、全員が答えようとした瞬間、通信が割り込んできた。

『おぉっとぉ、その役目、俺達が引き受けよう!』

『な、だ、誰だ!?』

突然割り込んできた通信、その声に唯依は聞き覚えがあったが聞き返してしまう。

微妙にオッサン臭いその声は、まぁお任せあれと答えて通信を切った。


























その頃、空母の艦橋ではあの中将が鼻息荒くして状況を嘆いていた。

「おのれぇぇぇ、我が国が誇るF-22Aを9機も…許さんぞ横浜基地め!」

「中将、ゲートを塞いでいた物体の一部除去が出来ましたが…」

「全機出撃だ、奴等を撃破して横浜基地を開放するのだ!」

「中将閣下、横浜基地が独自で解放されたと今情報が…!」

「馬鹿者っ、そんなものクーデター軍が流した嘘に決まっている、一刻も早く基地を奪還するのだ!」

艦長の言葉に息巻き、通信兵の言葉に唾を飛ばす。

艦橋に居る人間ほぼ全てが、この中将へ白い視線を向けている事に、興奮している中将は気付いていない。

「護衛駆逐艦は何をしているっ、艦砲射撃で奴等を吹飛ばせ!」

「そ、それが、通信を試みているのですが、連絡が…」

「なにぃぃぃぃっ!?」

驚く中将を尻目に、艦長が護衛駆逐艦が配置された場所を双眼鏡で覗き見る。

「なんだアレは…青い…戦術機か…?」

艦長の視界には、護衛駆逐艦の艦橋の前にへばり付いている、青い戦術機のような何かが居た。









―――――数分前、空母が固められた際に、護衛駆逐艦は事前に通達された配置場所へ移動していた。

「艦長、空母エイブから艦砲射撃の命令が下りました!」

「そうか…気の進まん事だ」

通信兵の言葉に、艦長は被っていた帽子を目深に被り直す。

気の進まない仕事であり、これが重大な違反である事は理解している。

だが一部の軍上層部の強引な押しに、軍隊である彼らは従うしかない。

艦長達の願いは、一刻も早く横浜基地が諦めるか、本国から撤退命令が出る事。

米軍上層部内でも最近噂になっている、国連横浜基地。

そこには極東の魔女が存在し、魔窟と呼ばれる場所だと、軍上層部は一部は恐れ、一部は笑い、一部は嫌悪した。

そこの喧嘩を売ることになった、自分達の不運を嘆きたい艦長だったが、船を預かる自分がそんな事でどうすると内心奮い立たせる。

「目標、国連軍横浜基地部隊、主砲照準――「ソナーに感っ、何か居ます!」――なんだと!?」

艦長が指示を出そうとした瞬間、ソナーで監視していた兵士が叫んだ。

慌てて副長と共に駆け寄り、ソナーの画面を見る。

横浜湾内に入ってから乱れていたソナーだが、ここに来て動く何かを感知したのだ。

「どこだ?」

「水深90メートル付近で、ソナーに反応が……何かが上昇してきています!」

「大きさはっ?、もしや日本帝国軍のA-6か!? 位置はどこだ!」

「いえ、A-6より大きいです…位置は……真下ですっ!!」

副長の言葉に答えた通信士が叫んだ瞬間、護衛駆逐艦に振動が走り、船が揺れた。

「なんだっ、衝突したのか!?」

「わかりませんっ、ですがこれはただの衝突の揺れではありませんっ」

艦長の言葉に、船での衝突の経験を持つ副長が答える。

「甲板の兵士から入電っ、何かが船の真横に!」

「なんだとっ!」

別の通信兵の言葉に、艦長達が慌てて窓へと近づく。

艦橋の下、甲板上では乗組員達が武器を手に走り回っている。

そして、船の横、手摺の所で下を指差して叫んでいる兵士が居た。

その兵士が、慌ててその場を離れて船の中へと入る。

艦長たちが何を見たんだと疑問に思っていると、海から現れた巨大な、手のような物が縁に手を掛けるように出現した。

その大きさ、通常の戦術機の3倍以上は在ろうかと言う大きさ。

指のようなそれは、鋭いカーボンブレード製の鉤爪で、船の縁をズタズタにしながら食い込ませてくる。

さらにもう1本、同じ手のような物が離れた位置に出現し、同じように掴む。

「な、なんだアレは…まさか、アレも戦術機と言うのかっ!?」

驚く艦長達の視線の先、両手で駆逐艦の縁に捉まった機体が、スクリューとブースターを併用して海から飛び出した。

器用に両手で位置を調節し、甲板の主砲を踏みつける様に上がってきたのは、異様な姿の機械。

その巨体に、船が大きく揺らぐ。

長い両手、丸みのある胴体、太い蟹股の両足、そして胴体の頭頂部からA-6の頭部のように変形しながら飛び出す、金槌のような頭部。

その全てが、A-6より、いや、現在の戦術機よりも大きい。

現在存在する戦術機は、最大サイズで30m超だが、今目の前の機体は飛び出した頭部を含めれば30mを軽く超えている。

その両手は、蛇腹のような二の腕が長く、そして前腕に当たる部分が太く大きく、そして指は鋭く巨大な鉤爪。

首回りには円状に、魚雷か何かの発射口らしき穴が10個。

前面の胸部には、頭部のように変形して機銃やミサイルの発射口らしき物が次々現れている。

甲板上の兵士が、ライフルで応戦するが、その装甲は人間が使用する武器など簡単に弾いている。

艦長は36mmでも貫通しないだろうと頭の片隅で考えたが、正解だ。

その機体は、金槌のような頭部を、正確にはその突き出た金槌状のパーツの下にある、単眼を赤く光らせて応戦する兵士を見る。

そして胸部の機銃やミサイルを向け、兵士達は慌てて退避するが遅い。

そこから放たれたのは、白い煙を噴出す砲弾。

「催涙弾だと…?」

艦長が首を傾げる中、その頭部を艦橋へと突き出して覗き込んでくる機体に、恐怖を覚える乗組員達。

頭部の、人間で言うおでこから突き出した金槌を横にしたようなパーツが微妙に艦橋の上にぶつかっているのも理由の一つ。

『こちらは横浜基地所属・試験海戦部隊メガロドン隊。護衛駆逐艦へ告げる、直ちに武装解除してこちらの指示へ従いなさい』

機体の外部スピーカーから、女性の声が響いた。

国連軍は特定の海戦部隊を持たないのだが、海に面した基地の場合、米国のA-6を配備することがある。

しかし、国連横浜基地に配備された情報がない為、油断していた。

横浜は、独自の強襲歩行攻撃機を開発していたのだ。

『従わない場合、物理的に制圧させて頂きますが?』

そう言って、機体のその長い腕を持ち上げ、指先に該当する巨大な鉤爪を根元からワキワキと動かす。

何となく、痛いよ? と言われた気がする艦長達。

おまけに機体の胸部には、36mmクラスのバルカンの銃口が左右にそれぞれ3箇所。

他にも、耐水機能として閉じてあるハッチや小窓が全身に存在している巨大戦術機。

「………乗組員の安全を保障して頂きたい!」

「艦長…!」

マイクを手に取り、返答する艦長に、副長が止めようとするが逆に止められてしまう。

「見たまえ…」

そう言って指差す先は、並行していた同型艦が、目の前の機体と同じ機体に同じように襲われ、揺さ振られている姿。

全長30m以上、横幅も似たような大きさの機体に、艦橋を掴んで左右に揺すられるのは堪ったものではない。

下手したら沈没する。

『英断に敬意を表しますわ、艦長。ついでに、空母への連絡を一切禁止しますので』

「ひぃっ!?」

空母へと連絡を取ろうとしていた通信兵へ、銃口を向ける衛士。

通信兵は、思わず座席から落ちた。

これが、数分前に起こった出来事だ。















「護衛駆逐艦が二隻、制圧されましたな」

「な、なんだと…!」

艦長のどこか他人事な言葉に、大口開けて驚く中将。

横浜には海戦部隊が無いと思い込んで、警戒しなかったのが運の尽きだ。

だがそれでも負けを認めず、搭載機を出せと叫ぶ中将。

この戦いの後、勝っても負けても自分達に降りかかる処罰を、ほぼ全員が覚悟している。

理解していないし覚悟なんてしていないのはこの中将位だろう。

何故こんな男が中将なんだと、艦長は今の米軍の一部の腐敗に、頭を痛めた。

『命令が出た、他の機体が発進するのを援護しろ!』

120mmでゲートを塞いでいた壁を破壊して出てきたF-22Aの衛士は気乗りしない命令に内心ゲンナリしつつも行動に入った。

先発部隊を撃破した連中が、倉庫の中ほどで陣取って攻めて来ないのを内心警戒していた衛士は、ふとレーダーに時々反応がある事に気付いた。

だがそれは在り得ない場所での反応、場所は自分の真後ろ、だが後ろには空母、上には機影はない。

だが、ふと自分が何かを忘れていた事に気付いた。

上は空、後ろは空母、ならば自分の機体が立つ場所、その背後の“下”は?

『うおぉぉぉぉっ!?』

衛士が下、海の存在に至った時、海面から巨大な手のような物が伸びて、ラプターの脚を握り潰しながら引っ張った。

その勢いに、抗うことすら出来ずに海に引きずり込まれるラプター。

『リチャードっ!?』

仲間が突撃砲を構えながら海面を覗き込む。

機体が引きずり込まれ、泡立ち波打つ海面。

『なんだっ、なんなんだお前はっ、やめろ、よせ、止めてくれぇぇぇっ!?』

通信から聞こえ続けるのは、仲間の悲痛な叫び声。

錯乱した仲間は、自分の声も届かない。

『エイブCPっ、海中に何か居るぞっ、戦術機のレーダーじゃ反応が弱いっ、そっちじゃ分からないのかっ!?』

『こちらCP、空母のソナーに反応あり、大型戦術機と思われる機影が2、注意して下さい』

『注意しろじゃねぇよっ、ファックっ、A-6じゃねぇのかよ!』

空母に設置されたCPからの通信に、悪態を付きながら36mmを海面へと放つラプター。

だがその弾丸も相手には効果がなく、120mmを放とうとした瞬間、レーダーに反応が出て海面からあの手が飛び出した。

『は、離せっ、離しやがれクソッタレ!!』

頭部を捉まれ、さら右足も捉まれて海面へと引きずり込まれるラプター。

横浜港の海は透明度が低く、さらに空母の影でそこだけ暗い。

海中へ引き込まれたラプター、一応戦術機のコックピットは防水だが、A-6などと違って耐圧性能は低い。

その中で衛士は、暗い海の中で光る、赤い点を見た。

そしてそれが持つ鋭い鉤爪がラプターの両手両足を引き千切っていく。

『チクショウっ、ふざけんじゃねぇ化物っ! 止めろ、止めてくれっ!?』

両足を千切られ、噴射跳躍ユニットも破壊された戦術機に、海中で動く術などない。

機体の重みで、後は海底へと沈むだけ。

その事実を目の前にして、その衛士は恐怖に震えた。

だが次の瞬間、機体は海面へと上昇し、次の瞬間には空中へとその身を投げ出された。

埠頭のコンクリートに落下する衝撃で舌を噛んだが、地上だと理解して痛みを忘れる。

『リチャードっ、ワットっ、無事だったか!』

残ったラプターが突撃砲を向けていたのを下げて喜んだ。

突然海面から仲間の、両手両足をもがれた機体が飛び出して、思わず突撃砲を向けてしまったらしい。

海中から投げ出されたのは、リチャード達だけでなく、最初に大和に蹴り落とされたハンター3の機体もあった。

『ひくひょう、しははんられ…!(畜生、舌噛んだぜ』

『げほげほっ、死ぬかと思った…ママ、俺生きてるよ…!』

舌の痛みで喋れないワット、海水が侵入していて溺れかけたリチャード。

助かった、いや、助けられたと理解した時、生きているレーダーが再び反応を捉えた。

海中の相手に通常の戦術機のレーダーは精度が低いので、接近に気付けなかった。

再び現れた反応、その反応の場所から、海水と共に飛び出したのは、巨大な影。

薄い日の光を遮るのは、ラプターの倍はあろうかと言う巨大な機体。

元々ラプターは大型の機体なのだが、比較にならないほど大きい。

ラプターの頭部が、相手の人間で言う胸元だ。

その機体は、コンクリートを軋ませながら着地し、金槌のような突き出した頭部と、突き出した部分と顔の間にある赤い単眼を左右に揺らしていた。

『な、なんだこいつっ!』

残っていたラプターの突撃砲が36mmを吐き出すが、相手の機体はその長く大きな手で頭部を守るだけで避けようとしない。

丸みを帯びた機体の装甲は、36mmを通すどころか逸らして弾いている。

『ならこれで!』

120mmを装填して放つと、流石に直撃は嫌なのか避けた。

太く、前後左右の足先にヒレのようなパーツが出た足の外装と足裏から噴射跳躍し、横っ飛び。

目標を見失った120mmが、空母のどてっ腹に穴を空けてしまう。

『こいつっ、速い!?』

だがラプターの衛士は気にする事が出来ない。

見上げるような巨体のくせに、両足の噴射と、長い腕を器用に使って動物のように避ける相手。

腕の先に装備された大きく鋭い鉤爪で地面を握り、強引な方向転換。

巨体を浮かせる程の出力で、一気に距離を詰められる。

『避け―――!?』

ラプターの機動力を活かして逃げようとしたが、その長い腕を横薙ぎに振るわれ、鉤爪で左手腕ごと胸部を抉られる。

衝撃と自分で跳んだ際の推進力で近くの倉庫へと衝突するラプター。

その眼前へと近づいた相手の鉤爪が、残った突撃砲を腕ごと叩き切り、戦闘継続不能にされる。

『ば、化物…!』

爪に切り裂かれたコックピットの隙間から目視で見た相手に、ラプターの衛士はそう呟いた。

『海中からだと!? 横浜は水中戦力も備えていたのか!』

「日本では、備えあれば憂いなし…と昔から言いますのでね!」

連携を取り、その高い砲撃性能で大和の月衡を近付けさせないウォーケン少佐達。

恐ろしい精度の狙撃も、方向を特定し、注意しながら機動性を活かして動き回っている。

『少佐っ、空母の腹にもう一機が!』

『なんだとっ!?』

ハンター2からの通信に、そちらを見れば、空母の腹をその鉤爪と両足の噴射で器用によじ登る機体の姿。

流石に空母の高さまで海面から飛び出すのは無理だったようだ。

そうはさせないと援護に向おうとしたウォーケンのラプターを、大和の月衡が遮る。

「少佐、馬鹿らしく思いませんか? 一部の腐った官僚による思惑に乗せられて」

『……確かにな、だが我々は軍人であり、祖国を守る義務があるのだ』

応戦するラプター、その弾丸を舞う様に飛びながら倉庫の影から影へと避ける月衡。

ウォーケンとて、もう今回の作戦の意図は気付いている。

だが、正式な命令である以上、従わなければならない。

「貴官の忠義、真に感服します。……だからこそ、俺は奴等が許せないッ!」

一瞬ウォーケンへと言葉を向け、そして倉庫の影から狙っていたラプターへと襲い掛かる。

その速度に反応出来なかった相手は、両手を切り落とされ、さらに頭部を踏み潰される。

『俺を踏み台にしたっ!?』

『ハンター2っ、回避しろ!』

ウォーケンが大和の狙いを察して声を上げるが、大和の方が速かった。

ラプターを踏み台にして空中へとその身を晒した月衡、その両肩に装備された可動兵装担架が、肩の接続軸で回転しながら突撃砲を肩上から前に向ける。

そして放たれた弾丸が、倉庫の影でマガジン交換を行っていたハンター2へと降り注ぐ。

『ぐっ、突撃砲が…!』

『ハンター2、下がれ!』

ウォーケンが大和を追撃し、これ以上の攻撃を防ぐ。

追い遣られる形となった大和は、応戦しつつあっさり退いて行く。

その事に一瞬不思議に思った次の瞬間、ハンター2の右足と右跳躍ユニットが貫かれて爆発した。

『しまった、狙撃か!』

少しの間狙撃が止んだので弾切れかマガジン交換かと思っていたが違った。

狙撃された方を見れば、遠くの大型倉庫の上に、支援狙撃砲を構える舞風の姿が。

今まで狙撃していた場所を捨てて、狙撃できる場所まで出てきたのだ。

『国連横浜基地、まさかこれ程とは…!』

噂以上の相手に、戦慄するウォーケン。

もはやハンター隊でまともに動けるのは己のみ。

他の部隊は、支援砲撃の特殊弾頭と、先ほど空いた穴の真下で待ち受ける例の機体で塞がれている。

時折、穴の中に催涙弾と思われる弾を撃ち込んでいるので、整備兵達はまともに動けないだろう。

そして、たった今空母の艦橋にもう一機が取り付いた。

「ウォーケン少佐、もう無駄な抵抗は止めて下さい」

大和は真剣な表情で通信を繋いだウォーケンを見た。

ウォーケンもまた、もはやこれまでと感じていた。

『何をしている少佐っ、はやくこのデカブツを排除して戦え!』

『中将閣下、我々の負けです。これ以上抵抗すればさらに被害が…』

通信を繋いできた中将に、進言するウォーケン。

だが中将は耳を貸さずに罵り、蔑み、戦えと言う。

『(これが、私の守りたい物なのか…!)』

喚き散らす中将に、歯を食い縛るウォーケン。

中将は、眼前に取り付いた機体の銃口があるのにまだ勝てる気でいる。

いや、認めたくないのだろう、最強を自負し、そして最高の機体を戦力として揃えた自分達が、たった数台の戦術機に負けるという事実を。

「――――――――ッ、黙れ…!」

『な、なにぃ…?』

『クロガネ少佐…っ』

その時、何かを押し殺した大和の声が通信に割り込んだ。

ウォーケンは、通信の映像に映った大和を見て驚いた。

先ほどまで悠然とした態度で、自分達に渡り合った男が、肩を震わせている。

そしてその表情に見えるのは、純然たる怒り。

「己の手も汚さずに…ただ命令するだけの分際で……必死に戦う者を侮辱するなッ!!!」

『う…っ!』

『少佐、何を…!』

咆哮した大和に、中将は気圧され、ウォーケンは目を見開いた。

「メガロドン02、退けッ!!」

艦橋に取り付いている機体へと命令し、ウォーケンを無視して空母へと向う大和。

『まさかっ、クロガネ少佐!』

大和の目的を予想して、慌てて追撃するウォーケン。

その追撃を避けながら、まだ口汚く声を上げている中将に、明確な殺意を向けた。

「貴様のような連中が居るからッ、世界は、人々は、惑い、憎しみ、そして争うんだッ!!」

『う、ウォーケン少佐っ、はやくそいつを始末しろ!!』

「黙れッ、己の私利私欲の為に人々を操り、甘い汁を啜ろうとする貴様達が居るからッ!」

叫び、スラスターを噴かしながら突撃する月衡を、ウォーケンのラプターが邪魔しようとする。

「武が、博士が、皆が要らぬ悲しみを背負っていくんだぁぁぁぁぁぁッッ!!」

邪魔しようとするラプターを視界に入れた瞬間、大和はあのシステムのスイッチを押した。

「リミッター解除ッ、オーバーシステムッ!!」

瞬間、機体の各部が可動して武の陽燕と同じ姿になる。

そして口元の牙のような排熱フィンから白煙を吐き出しながら、今まで以上の機動で空中を舞う月衡。

『なにっ、急にスピードがっ!? うぉ……っ!!』

空中で右手と右足を切り飛ばされたウォーケンのラプター。

機体が落下するのを見る事無く、驚異的な直進で空母へと突き進む月衡。

「我あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

全身を襲うGに耐えながら、空母へと飛び込み、カタパルト上を両足で火花を上げながら滑る。

そして、腰部左右に装備されていたジャマダハルのような中型ブレードを右手に持ち、殴るモーションで艦橋を狙う。

『ひ、ひぃっ!?』

狙うのは、中将ただ一人!

ウォーケンや、メガロドン隊の静止の声も届かない。








――――――――――――――――大和っ!!―――――――――――――――――






「――――ッ!?」






そんな中、一人の声が怒りに染まった大和の脳裏に響いた。

「ひ、ひぃ…!」

そして、刃は艦橋に突き刺さり、中将の手前で止まっていた。

「……………俺は……」

目の前の光景に、一気に頭が冷える大和。

危うく、夕呼に頼まれた事を、潰す所だった。

「………らしくないな、俺もまだまだ未熟だ…ッ」

右手を額に当てて、気持ちを落ち着かせながらオーバーシステムを解除する。

あれだけ武に無闇に使うなと言っていた、その自分が怒りに任せて使っているのだから情けない。

『クロガネ少佐…』

「ご無事ですか、ウォーケン少佐」

通信を繋いできたウォーケン、彼の機体は半壊だが何とか空母の甲板まで辿り着いた。

メガロドン隊の機体が警戒するが、ウォーケンのラプターには短刀しか武器が無いし、動く事も儘為らない。

「しょ、少佐っ、何をしている、敵を目の前して!」

まだ口汚く叫ぶ中将、ある意味凄い。

だが、中将を見るウォーケンの視線は冷たい。

『中将、先ほど本国からの命令が通信兵を通して私に伝えられました』

「な、何…っ!?」

『その内容は、米軍の海外派遣部隊を私的に動かし、日本と極東国連軍への攻撃をしている部隊の指揮官を捕らえよとの事です」

「な――――――――!!?」

ウォーケンの告げる言葉に、絶句する中将。

そう、その捕らえる指揮官とは……

「貴様の事だ、ゲーリー・リーマーンっ!!」

「げふぅっ!?」

横合いから艦長に殴り飛ばされて宙を舞う中将。

叩き上げの軍人であり、若い頃は兵士としてバリバリ戦った艦長は、殴った際にずれた帽子を直しながら、全軍へ戦闘停止命令を出した。

殴られて床に伸びている中将は、やってきたMPによって拘束され、引き摺られて連行された。

『クロガネ少佐、お手数をお掛けした。現時刻を持って、我々海外派遣部隊は降伏し、そちらの指示に全面的に従おう』

「感謝します艦長。作戦行動中の全部隊へ告げる、直ちに戦闘行動を停止し、負傷者の救護と支援に入れ!」

大和の命令に、それまで沈黙を守っていたスレッジハンマー部隊が動き出し、同時に最後尾から医療ユニット搭載の機体が瓦礫を物ともせずにやってくる。

拘束されていた衛士も拘束を解かれ、怪我人は治療を受け始める。

『感謝する、クロガネ少佐。一方的に侵攻した我々に、ここまでの支援を…』

「少佐達は連中に踊らされただけですからね、言ってみれば我々と同じ被害者です。それと、一応お仲間の確認をお願いしますよ」

そう言って、大和は艦橋から刃を抜いて港へと降り立っていく。

大和の言葉に改めて仲間の確認をすると、それを見たウォーケンの瞳が大きく見開かれる。

『感謝する、日本の侍よ…!』

ウォーケンの瞳には、部隊衛士の生存を示すマークが、全て点いているのが写っていた。






























「く……ッ、たった数十秒でこれか…これに耐えるのは、本当に恐竜レベルでなければ無理だな…」

全身、特に感覚神経を襲うダメージに頭を抱える大和。

武に次ぐであろう適正能力であったとしても、オーバーシステムによる全開機動は身体を蝕む。

今以上の耐G機能や神経補強薬でも開発されない限り、オーバーシステムは広まらないだろう。

「まぁ、元々こういう目的のシステムじゃないしな…」

苦笑する大和、オーバーシステムは元々、緊急時の自動回避システムの一例として考えられた物だ。

例えばレーザー照射や突撃級の突撃など、衛士の判断や腕前では回避が出来ないそれを、システムが蓄積されたデータや機体能力から自動で必要箇所のリミッターを解除し、回避の瞬間だけオーバーシステムと同じ動きをする。

これなら機体ダメージも抑えられるし、衛士の生存率が上がる。

無論、緊急回避の後は衛士が状況判断出来ないだろうから、そこは訓練してもらうしか無いのだが。

この緊急回避システムを構築するに当たって、データ収集とテストの為に組まれたのがオーバーシステムだ。

近い将来、衛士の適応能力が上がれば、任意で緊急回避を行えるようになるだろう。

「道のりは遠そうだがな…」

軽く酔った頭を覚ます為、大和は機体を埠頭へと降着させ、コックピットを開く。

「CP、横浜基地に繋いでくれ。司令部、そちらの状況を教えてくれ」

『こちら横浜基地CP、ピアティフです。ご無事で何よりです少佐』

通信を開くと、司令部のピアティフ中尉が応対した。

「そちらも無事なようだが、状況は?」

『現在、横浜基地内での被害確認と、拘束した不穏分子の引渡しが行われています。ただ、クーデター軍の沙霧大尉がこの場での処罰を申し出て、現在揉めている所です…』

なんと言えば良いのやら…と言った表情のピアティフに、大和も苦笑するしかない。

あぁ言った人物は、何かと自分の命で償おうとするから困るのだ。

「死にたがりじゃあるまいし…説得は?」

『現在、白銀大尉が一騎討ちを申し出て、紅蓮大将の立会いの元、これから始まるようです。映像をご覧になりますか?』

「いや…後は白銀大尉に任せるさ。あぁ、一応映像は記録しておいてくれ、こちらは事後処理を終えたら帰還する」

『了解しました』

通信を終了し、コックピットのハッチ先から空を見上げる大和。

「全く……儘ならない世界だな…いや、世界とはそういう物だったか……」

苦笑して呟いた言葉に、答える者は居なかった。
































仮設謁見会場前―――――――


殿下や月詠大尉、榊首相にまりも達207部隊、合流した第19独立警護小隊、降伏したクーデター軍が周囲で見守り、大角武御雷(おおづのたけみかづち)に乗る紅蓮大将が立会人となり、見守る先には、お互いが背中合わせに長刀を振り切った体勢で停止している二機。

両手で持ったソリッドブレードを横一文字に振り抜いた体勢の陽燕。

対して、長刀を両手で真っ向から唐竹割りで振り抜いた体勢の烈士不知火。

見守っていた全員が目を見開いた瞬間、二機の間に一本の長刀が落ちて突き刺さった。

その長刀の持ち手には、不知火の両手前腕が握ったままになっていた。

『………見事だ、白銀大尉…』

『…いえ、沙霧大尉も、お見事です…』

どこか、清々しさすら感じさせる沙霧の賞賛の言葉に、武は苦笑する。

見れば、武の陽燕の胸部装甲に切られた痕が残っていた。

『この勝負、白銀大尉の勝ちとする!!!』

立会人であり、同時に審判も兼ねた紅蓮大将の言葉に、殿下や207の面々は喜び、クーデター軍はあの沙霧大尉が負けたと愕然としていた。

『沙霧大尉、約束通り、勝った俺の言う事を聞いて貰いますよ?』

『あぁ、武士に二言は無い、この命、貴君の好きにすると良い…』

陽燕のオーバーシステムを解除しながら機体を振り向かせる武。

それに答えながら、両手が切り飛ばされた不知火を振り向かせ、首を差し出すように膝を付かせる沙霧。

一騎討ちの前に、武が沙霧に約束させたのだ、自分が負ければ好きな相手に介錯を、自分に負けたらその時は自分の命令に従って貰うと。

何を馬鹿なと口々に言うクーデター軍だったが、当の沙霧大尉がそれを承諾した。

もし武が負けたら、その時は月詠中尉か大尉、でなければ紅蓮大将に介錯を頼む心算だった沙霧。

だが結果は見事に負けた。

一撃与えたとは言え、沙霧にとって完敗だった。

己の死でもって、クーデター軍の同士達の罰を軽くして欲しいと願い出た沙霧大尉。

普通ならむしが良すぎると思われる申し出だが、土下座して願う彼にそんな事を言える者はいなかった。

しかし殿下も、そして榊首相もそれを許さなかった。

殿下は、貴官にはまだ仕事があると諭し。

榊首相は、これからの対話はどうするのだと叱った。

しかし沙霧は、それらを信じる仲間へと託し、介錯を願った。

下手をすればこのまま切腹しかねない沙霧の頑固っぷりに困る面々だったが、そこへ武が現れて先の勝負を提案した。

そして負けた。

さぁ、自分にどんな無様な死に方を望むのだと覚悟を決めて待つ沙霧。

だが、彼の目の前、正確には機体の目の前に差し出されたのは、陽燕の右手。

その手は、まるで沙霧へ手を差し伸べているかのように、周囲の者には見えた。

いや、実際、武は手を差し伸べているのだ。

『沙霧大尉、日本は、そして世界は、まだ纏まっていない。そんな俺達がBETAに対抗するのは難しい…、だからこそ、俺は貴方のような人に居て欲しい。貴方達のような、本物の戦士と共に戦えるなら、俺達は、日本は、世界は…いや、人類は負けない、俺はそう思ってる』

『白銀…大尉…』

『死ぬ覚悟があるのなら、死んだつもりで戦ってくれませんか? 俺達と、日本を取り戻す為に』

機体の首を上げて見上げれば、陽燕のコックピットを開けてこちらへ手を差し出している武の姿。

『……私に、生き恥を晒せと言うのか…!』

『だって、勝ったら俺の言う事聞く約束ですよね? なら、俺に命令されたから生きて戦う、そういう事にして下さい』

そう言って、笑う武に、沙霧は久しく感じていなかった感情を思い出した。

『ふ…ふははははっ、変った男だな貴官は。君のような男は始めて見たぞ…っ』

『あ~、ひっでぇの、大尉まで俺を珍獣扱いかよっ!』

笑い出した沙霧に、むくれる武ちゃん。

「珍獣だな」

「珍獣ですな」

「珍獣な武殿も愛しいですわ」

『三連続で酷ぇっ!?』

通信越しに月詠大尉、中尉、殿下の順で言われて泣きが入る武ちゃん。

思わず呟いたへにゅぅ…という声が更に珍獣度を上昇させる。

『貴官の申し出、ありがたく思う。だが帝国軍はそう簡単に我々を許しはしないだろう…』

コックピットを開けて顔を出した沙霧だが、その言葉に表情を曇らせる武。

彼らのした事は、結果はどうあれクーデターであり、しかも殿下の身を危険に晒してしまった。

殿下自身がそれを覚悟し、むしろ自分から囮となって不穏分子を一掃する為に考えた作戦。

殿下に咎める気持ちは無いが、帝国軍と政府がそれを許さないだろう。

「それならば心配ありませんよ、沙霧大尉」

『で、殿下っ』

声を掛けられ、慌てて跪く沙霧大尉。

「白銀大尉が申された通り、我々は未だ纏まらず、BETAに対抗する力も儘なりません。故に、貴官達を処罰する余裕は軍には無いのです…」

少し悲しげな殿下の言葉。

彼女が言うとおり、常にBETAの脅威に晒されている日本帝国軍は、彼ら一騎当千の兵である沙霧達を処刑したり投獄したりする余裕がない。

しかし罰せねば示しがつかない、ならどうするのか?

「正式な処罰は追って下りましょう。ですが、貴官達はその多くがBETAとの戦いに望む事になります」

『殿下…それはまさか…!』

思わず顔を上げる沙霧、彼に頷いて殿下は続きを口にした。

「来る甲21号…佐渡島奪還作戦では、貴官達がその先鋒を務め、戦う事になるでしょう…。ですがそこで終わりではありません、貴方達の罪は、全てのBETAをこの日本から駆逐した時、許されるのです」

『―――――っ、あ、ありがたき、お言葉…っ!』

殿下のその言葉に、唇を噛み締めて頭を下げる沙霧大尉。

そして、クーデター軍の衛士達。

殿下のその言葉は、普通に聞けば酷な命令だろう。

ハイヴ攻略戦の先鋒と言えば、死の最前線であり、彼らであっても生き残れる者は少ない。

そして、例え生き残ったとしても、彼らは全てのBETAが駆逐されるまで戦わなければならない。

少なくとも、日本近辺から完全にBETAと駆逐するまで、戦いから逃げることすら許されない。

だがそれは、彼らにとって望むべき事。

殿下は内心で酷な罰を与える事に悲しんでいるが、彼らは感謝している。

最後の最後、死の瞬間まで、戦士として在る事を許されたのだから。

その気持ちに共感できる者達は彼らを見守り、また殿下のお心を察する事が出来る者達は、そっと彼女の決意に涙する。






「白銀大尉、いつか貴官と共に戦える日が来る事を心待ちにしている…」

「俺もです、沙霧大尉」

帝国軍と斯衛軍に連行される沙霧大尉と、握手を交わす武。

その時、まりもが一人の訓練兵を連れてやってきた。

「…っ、沙霧さん…!」

連れられて来た彩峰は、沙霧に駆け寄ると、何やら手紙を渡しているようだった。

「ありがとう軍曹、彩峰を連れて来てくれて」

「いえ…彼女が少しでも救われるなら…」

色々話したい事があるだろう二人だが、もう時間が無かった。

沙霧は受け取った手紙を大事に持つと、彩峰の頭を一撫でして敬礼しながら連行されて行った。

続くクーデター軍の衛士の中には彼女に手紙を届けた者も居て、彩峰に敬礼しながら笑って連れられて行く。

「彩峰、少しは気持ち晴れたか…?」

「………白銀大尉、少し……少しだけ…胸を貸して…下さい…っ」

「おう、ドンと来い!」

俯いた彼女に、武は胸を叩きながら両手を開いた。

「う…うぅっ、うあぁぁぁ……っ」

その胸に飛び込んで、彩峰は小さく嗚咽を漏らした。

彼女の中でどんな葛藤があったのか、それは武にも分からない。

ただ、泣き止んだ彼女はきっと、今までの彩峰でありながら、一皮向けた彩峰になるだろうと苦笑して思いながら、武は彼女の頭を優しく撫でる。

「…………………(じ~」

まりもちゃんの羨ましそうな視線に耐えながら!
















[6630] 第三十二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:34























横浜港――――17:45―――――




「了解しました、こちらは負傷者の救護は完了し、現在大破した機体の回収作業に入っています…はい、はい、了解しました!」

ヘッドセットの通信で横浜基地と連絡を取りながら事後処理作業を進める唯依。

夕暮れ近くなった横浜港では、破壊された倉庫の瓦礫撤去作業と並行して、大破した機体の回収作業が進められていた。

と言っても、大破したのは殆どが米軍のラプターで、横浜基地の被害は、タリサの舞風が中破、唯依の機体が小破に雪風も小破、スレッジハンマーの前衛機体に小破と中破が出たが、死者は出なかったのが幸いだ。

「この大バカチェリー斉藤っ、アンタの無茶のせいでアタシ達まで瓦礫の撤去作業しなくちゃじゃないっ!」

「あぁ、いや、止めてっ、そこは、そこはダメっ、開いちゃいけない扉が、扉がぁぁぁっ!!?」

スレッジハンマーの開いた操縦席ハッチから、斉藤君が仰向けに顔を出して悶えている。

唯依は中でどんな状況になっているのか少し気になったがスルーしておく。

因みにスレッジハンマー部隊で一番怪我していたのは、相棒や仲間から手厚い祝福を受けた斉藤君だったりする。

全身打撲と陰嚢の腫れ、それに精神的ダメージが大きくて三日間ベッドの上とか。

斉藤君の乗る機体の砲手の女の子と、彼の機体と小隊を組んだ二機の操縦者と砲手それぞれ5人からの祝福が、一番酷かったらしい。

彼女達は愛のムチと言っているが、まぁ本編に関係ないので割愛。

スレッジハンマーや待機していた重機タイプ、整備ガントリー装備型が忙しく動き回る中、唯依は大和の姿を探していた。

ラプターの胴体がガントリータイプに固定されて空母まで運ばれる中、先ほどから大和の姿が見えないのだ。

「………あんな大和を見るのは、初めてだ…」

脳裏を過ぎるのは、あの時、相手の中将に本気で怒った大和の表情と瞳、そして言葉。

2年近い付き合いのある唯依ですら、あれほど怒り狂った大和の姿は初めて見た。

そもそも大和が怒りを露にすること事態が珍しい、普段は馬鹿にされても嫌味を言われても、のらりくらりとスルーするか、嫌味三倍返しで相手を凹ませるような男だ。

これまで、設計が上手く行かずにイライラしていても、例の演説やねこイーニァを愛でたり、武ちゃんを弄り倒してストレス発散。

開発局時代に仲間と口論になった時ですら、口調が固くなる程度であんな姿を晒した事は無い。

確かに相手の中将の言葉や態度には唯依も怒り心頭だったが、あぁいった手合は横浜基地にも居た。

居た、だ。過去形、もう居ない。

今頃横浜基地内部でも、首切りと左遷命令、それに拘束者多数で大変だろう。

先ほど指示を寄越した夕呼が、物凄く楽しそうかつ嬉しそうだったので、大和の言う能天気連中を排除出来たのだろう。

詳しくは聞かされていないが、横浜基地の極秘情報を帝国軍の不穏分子や米軍に流した連中を捕まえたとか。

その情報や資料、普通に私知ってるな…と呟いた唯依姫。

流されても問題ないけど、情報漏洩は情報漏洩よね~と楽しそうに笑う夕呼先生は、正に極東の魔女に相応しい笑顔だった。

この人だけは敵に回してはいけないと、大和が常々言っている意味を理解した唯依姫。

それは兎も角。

「……思えば私は、大和の昔を知らない…アイツが抱えている闇を、私は知らない…」

呟きながら、段々気持ちが落ち込んでいく唯依。

副官だ、パートナーだ、長い付き合いだと豪語してきた唯依だったが、その実彼女も大和の事を良く知らない。

きっと、知っているのは武と、夕呼のみ。

その事が、とても悲しく思える唯依。

今まで抱えていた重みに潰されそうになった時、助けてくれた相手。

なのに自分は、その相手が抱えている闇を知らない、助けられない。

それが、悲しかった。

自分に何が出来るのか、自分は彼に何をしてあげたいのか、分からなかった。

「大和…」

呟いた瞬間、目の前をスレッジハンマーが通り過ぎる。

その機体が巻き起こした風に一瞬髪を押さえて目を閉じる。

そして開いた瞬間、埠頭に立つ一人の衛士が視界に入る。

「あ……大和…」

そこに立っていたのは、探していた大和だった。

彼は、夕日が映り始めた海を遠く眺めていた。

だが唯依には直感で理解した、大和が見ているのは海ではなく、その先だと。

感情を表していない彼の表情からは、彼の考えを読み取れない。

だが、その視線が、どこかあの時の、怒り狂った時の視線に似ていて、唯依は途端に怖くなった。

彼の視線や怒りがではない、彼がこのまま、何処かへ行ってしまう、そんな感覚を覚えたから。

「やま…っ、く、黒金少佐っ!!」

「………………あぁ、中尉、どうかしたのか?」

思わず大和と叫びそうになったが、まだ仕事中なので慌てて言い直す。

少し間が開いてから、大和が視線だけ唯依の方を向いた。

その表情は能面のようで、彼の感情が感じられない。

「……どう、なさったのですか…」

震える手足を必死に隠しながら、唯依は大和に近づく。

今の彼は、いつもの彼とは異なると、本能が理解していた。

「………いや、海の向こうの愚者の事を考えていた」

「……愚者…?」

「そう、愚者だ。大局を見据えたつもりになって、馬鹿な妄想を膨らませている愚か者達。その中でも、特に愚かな連中の事をね…」

そう言って、大和は笑った。

いつもの不敵な笑みでも、ニヤリという怪しい笑みでも、嘲笑でも嘲りでもない……暗い暗い、笑みだった。

「――――っ!」

「今頃、尻尾切りと首の挿げ替えの真っ最中かな。明日辺り、米国の一部大手企業の重役の解任や辞任があるだろうな。政治家も何人見捨てられるやら…」

楽しそうに、本当に楽しそうに暗く笑う大和。

彼の言う通り、現在ラングレーを始めとした各米軍基地で上層部の逮捕や首切りが巻き起こり、米国大企業の社長が解任されたり資産家が失踪したりと騒ぎになっている。

これは、今回の件の責任と共に、オルタネイティヴ5の穏健派、中立派が過激派の一掃を始めたのだ。

穏健派は次善策として5を考え、中立派は4の失敗を気長に待つ連中、もし成功すればそれでOKな者達だ。

そんな彼らにとって、何かと騒動を起こす過激派、主に現場を知らない軍上層部将校と企業の幹部やトップの出資者達。

とっとと逃げたいからと人類を守る為の計画を、自分達の延命手段と勘違いして第4計画を邪魔してくる。

今までは大目に見てきた穏健派だが、流石に今回の騒動はやり過ぎた。

無茶な行動に阿呆な命令、国連議会でも今回の騒動は目に余り、米国は今や世界から爪弾き。

それをチャンスとばかりにオルタネイティヴ4推進派が一斉に掃除を始め、穏健派が尻拭いとばかりにお手伝い。

助けを求めた過激派に、中立派は知らんとばかりに無視、結果過激派は殆どが一掃され、残ったのは力のない連中のみ。

とある大手企業は、会長が5過激派で、社長が4推進派だったのだが、今回の騒動で会長は首切り。

結果社長派が会社を乗っ取り、長い事続いた社内抗争は終止符を打たれた。

その企業が、横浜に感謝して色々便宜してくれるのは、嬉しい誤算だろう。

そんな米国やその他の国での騒動の結末を、楽しそうに待つ大和。

その姿に、唯依は恐怖した。

これが、大和が抱えている闇の一部なのかと。

「―――――――っ!!」

「お……っ?」

唯依は、彼に恐怖した自分自身に叱咤して彼の背中に抱きついた。

タックルとも思えるその抱きつきに、多少身じろいだが耐えた大和は、不思議そうに後ろを見る。

「中尉、どうかしたのか?」

「………大和、私は、私はお前の事を何も知らない…っ!」

背中に顔を埋めて搾り出すように言葉を紡ぐ唯依。

胸の中に渦巻く感情に、涙が零れる。

「それでも、それでも私はお前の傍に、隣に居たい…っ!」

「………………唯依姫…?」

彼女の言葉に、暗い笑みを消して、驚きの表情を浮かべる大和。

「頑張るから…もっともっと、お前の隣に立つに相応しい女になるから…だから、いつか、いつか教えてくれ…お前の全てを……お前が抱えているモノ全てをっ!」

一度背中から離れ、涙を振り撒きながら大和の胸元へと抱きつく唯依。

彼女のそんな姿に、何も言えず、ただ口をパクパクさせるだけの大和。

彼女の気持ちには、薄々気付いていた。

何度も自惚れだ、立場を弁えろと自分を誤魔化してきた。

だが、何が在ったのか、彼女はその想いを爆発させてしまった。

恐れていた事態が、起きてしまった。

「好きだ……好きなんだ、大和…。お前が、お前が愛しくて堪らない、お前が居ない世界なんて、もう考えらないんだ…っ!」

「――――――ッ!!」

胸元から、涙を流しながら見上げてくる唯依。

その言葉に、その視線に、そしてその想いに、大和の心臓が鷲掴みされたかのように痛む。

受けてしまえ、答えてしまえ、そう囁く想いを、理性と言う名の刃で何度も何度も切り殺す。

馬鹿を言うな、俺は異邦人、愛せない、愛してはいけない、待っているのは耐えられない絶望だけだ。

「……あ…ありが――むぐッ!?」

「ん……っ!」

もう何度か経験した事だ、いつも通りにすればいい。

そう思って開いた口を、唯依の唇が塞いだ。

一秒か、それとも一分か、二人にとって数秒とも数時間とも思える時間が過ぎて、唯依は唇を離した。

「……大和、お前がそうやって、感謝の言葉を口にする理由を知っているぞ…」

「………唯依……姫…」

「お前は、そうやってありがとう、光栄だ、感謝する、そんなお礼の言葉で拒絶するんだ。想いを伝えてきた相手に、ありがとう…その気持ちだけで嬉しいと、笑顔で拒絶するんだ!」

大和は絶句した。

看破されていた、自分のやり方を。

今まで、長いループの中で、気持ちを伝えられた事が多々在った。

だがその全てを、大和は感謝の言葉と共に拒絶した。

ありがとう、嬉しい、そんな言葉と共に笑顔を浮べ、拒絶する。

相手を傷つけないように、自分が悪い事にして。

時に病気を偽り、時に他に好きな人が居ると嘘をついて。

酷い時は、架空の死んだ女性に操を立てていると周囲に言触らして。

思い出の彼女…エリスの想いすら、大和は拒絶し続けていたのだ。

「お前はそうやって、気持ちを伝えてきた相手を拒絶する。開発局や、斯衛軍でもそうだった…数度その光景を見れば、嫌でも理解できる…!」

「あ……お、俺は……」

「馬鹿にするなっ、感謝の言葉で拒絶するなんて、最低の事だぞっ、分かっているのか!?」

抱き締めていた腕を解き、大和の腕を掴む。

そしてガクガクと揺さ振りながら、真っ直ぐに唯依は大和を見つめた。

「私は、恋だ恋愛だのには疎い女だ…だが、この気持ちは、お前への想いは、そんな最低な拒絶に負けるほど弱くない!」

強く、強く掴んだ大和の腕。

大和は、彼女の気迫と言葉、そして思いに動かない、否、動けない。

「お前に、その言葉は言わせない。絶対に、何が在ろうとお前の口から受け入れる言葉を言わせてみせるっ!」

「ゆ、唯依……むッ!?」

「ん…んん…っ、ぷぁ………これは、その決意の証だ…」

再び口を塞がれ、唇を離した唯依は、真っ赤な顔で大和の胸元へと顔を埋めた。

大和は、もう何も言えなかった。

拒絶しなければ、拒否しなければ待っているのは絶望だ。

それに耐える自信は、今の大和には無い。

何故なら、今彼女を受け入れて愛してしまえば、それはきっと、最大なモノになる。

それだけでは無い、彼女を受け入れれば、他の女性の想いまで受け入れてしまう。

イーニァやクリスカ、麻倉達の想いまで受け入れてしまう。

今まで、長いループの中拒絶し続けた愛を、貪欲に、そして強欲に求めてしまう。

そうなったら、絶望は倍では済まない、乗ですらヌルイ。

壊れてしまう、心が、想いが、自分が、全てが。

だから大和は恐怖した、篁 唯依という存在に。

拒絶を恐れず、その拒絶を破壊して見せると宣言した彼女が。

そして同時に、愛しかった。

こんな自分を、そこまで愛してくれる彼女が。

もしここでさらに一押しがあったら、自分は彼女を抱き締めてしまう。

場所が場所なら、そのまま押し倒してしまうだろう。

強固なダムは、小さな小さな皹から呆気なく決壊してしまう。

唯依は、大和の決意に、皹を入れたのだ。





「ひゃーー、ヤマトナデシコってスゲぇなぁ……」

「熱烈アタックだなんて…中尉も女なのね…」

「あ…あぁ…あうぅ…っ(///」

「むぐーーーーーーっ!?」





「「ッ!?」」





大和が迷い、唯依が次の行動に移ろうとした時、突然声が聞こえた。

そこには、顔を赤くしながらこちらを見ているタリサ、何やら嬉しそうなステラ、真っ赤になってあうあう言っているクリスカ、そしてステラとタリサに二人掛りで抑えられているイーニァの姿。

「あ…あぁっ、いや、これは…っ!?」

慌てて大和から離れる唯依。

つい爆発した想いで突っ走ってしまい、今になって冷静に自分がした事や言った事を思い出してリンゴのように赤くなる唯依。

対して大和は固まったままだ。

こういった場面を弄り倒すのは大好きな大和だが、自分が弄られる側に回ると弱い。

「ひゅーひゅーっ、中尉もやるねー!」

「同じ女として感動するわ」

「しょ、少佐…少佐と…そんな……(///」

「むーーっ!? ぷはっ、タカムラずるいっ、わたしだってキスしたことないよっ、ズルイ!」

顔を赤くしながらも煽るタリサ、大人な態度で感心するステラ、何を想像したのか赤くなって悶えるクリスカ。

口を塞いでいたタリサの手を除けて、ズルイズルイと騒ぐイーニァ。

「あ……あぁぁぁぁ……っ、み、見るなぁぁぁぁぁっ!!!」

唯依は恥ずかしさから限界突破して、どこかへと突っ走って行ってしまう。

「速っ!?」

「あ、誰か撥ねたわ」

驚くタリサと、唯依が逃げた方を見て呟くステラ。

爆走する唯依に撥ね飛ばされたのは、仲間からの祝福という名の愛のムチでボロボロだった斉藤君。

これで上半身の打撲が増えた。

「ヤマトっ、わたしも、わたしもぉっ!」

「あ…いや、その…」

縋りついてキスを強請るイーニァに、いつもの態度が出せずにいる大和。

そんな大和の態度に胸キュンな女性が一人居るが、誰も気付いていない。

「だ、ダメよイーニァ、少佐にそんな事を…!」

「むぅっ、クリスカだってかんがえてたでしょ!」

「うぐっ!?」

慌ててイーニァを止めようとするが、逆に指摘されて真っ赤になるクリスカ。

タリサとステラが、ほほぉう…とニヤリと笑う。

「ち、違うっ、私はそんなのでは…イーニァっ、兎に角落ち着いて…!」

タリサ達に言い訳しながらイーニァを宥めるクリスカ、忙しい子である。

「むぅぅ………ん!」

「イーニァ!? 何を――――はひっ!!?」

「く、クリスカ……?」

イーニァが膨れっ面をしたかと思いきや、何やら身体に力を入れた。

その瞬間、彼女が何をしたのか理解したクリスカが止めようとするが、遅かった。

クリスカの白い肌が一瞬で真っ赤に染まり、停止する。

良く見ると頭から湯気が出ているような気すらする。

大和が不安に思って声を掛けながら肩を叩いたら、ビクッと大袈裟に反応するクリスカ。

「ち、ちがっ、違うんだ少佐っ、わた、わたしは、私は……違うんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「ちょ、速っ!?」

「あ、また誰か轢かれたわ…」

真っ赤に湯だったクリスカが、涙目で大和に言い訳しながら、イーニァの腕を掴んで爆走。

タリサが驚く中、ステラがまた誰かが轢かれたのを確認。

先ほど唯依に撥ねられてヨロヨロだった斉藤君、トドメ入りました。

「な、なんなんだ……?」

「さぁ?」

「彼女も女だって事ですね」

唯依の告白から連続するイベントに、素で首を傾げる大和。

タリサも同じく首を傾げるが、ステラだけが微笑ましく笑っている。

実はイーニァが以前から上沼に教えられると同時に読み取っていたイメージを、大和とクリスカに置き換えて投影したのだ。

その過激さは、あのクリスカも初心な乙女になってしまうほど。

逆に言うと、それだけ過激な事を考えている上沼が恐ろしい。

「あ、少佐、すみませんっ、F-15BEかなり壊しちゃいました!」

自分が大和を探していた理由を思い出して、頭を下げるタリサ。

「あ…あぁ、気にするな、少尉が無事ならそれで良い」

タリサの謝罪に、苦笑して頭を撫でてやる大和。

その自然な動作にタリサは顔を赤くして受け入れるしかない訳で。

ステラがあらあら…と楽しそうに笑うのに気付いて、慌てて離れるタリサ。

「あのっ、少佐!」

「え…?」

「今日の少佐っ、すっげぇワイルドでカッコよかったです! それじゃっ!」

言いたい事を言って、赤い顔で走り出すタリサに、ポカーンと見送るしかない大和。

どうやら唯依の告白攻撃がかなり尾を引いているらしく、まだいつもの大和に戻れていないらしい。

「ふふ…タリサも女に目覚めたかしら?」

「…あ~、どういうことだ少尉…?」

今まで微笑ましく自分達を見守っていたステラに、頭を掻きながら訪ねる大和。

まだ頭の中が滅茶苦茶で、冷静な判断が出来ないのだ。

「皆、少佐に夢中って事ですね。勿論、私も含めてですが…」

「え……」

「少佐、今度部屋で一杯いかがですか? 勿論、二人っきりで…ね」

色っぽい大人の笑みで大和の唇を人差し指でちょんと撫でて歩き去るステラ。

残された大和は、唇に残る唯依の唇の感触を思い出して、思わず座り込んでしまう。

「……………俺のキャラじゃないだろうが……」

軽く落ち込む大和、自分はギャルゲーで言う主人公の親友か悪友ポジションを望んでいたのに。

気がつけば武を自動ハーレム構築マシーンや天然美少女ホイホイと馬鹿に出来なくなっている。

「………すまん唯依…俺は……怖いんだ……ッ」

震えそうになる身体を抱き締めて、血を吐くように言葉を吐き出す。

失う恐怖が、忘れられる絶望が、大和にとって一番の恐怖。

その恐怖に打ち克つ力は、今の大和には無かった………。















「ふ~む、少佐も年頃の男って事かねぇ……」

米軍を一応警戒して機体の中から見張っていた、芹沢中尉は何やら楽しそうに呟いていた。

彼の網膜投影には、埠頭で蹲っている大和の姿。

傍からは、女性関係に悩む青年に見える事だろう。

『黒金少佐……可愛い…(///』

「おぉうっ、ここにも居たかっ!」

通信を繋いでいた部下が、大和の姿に頬を染めていた。

彼らが乗る機体、01式強襲歩行攻撃機『ハンマーヘッド』、和名は『大海神(おおわだつみ)』

これは形式からA-6の帝国軍仕様である海神の発展型か後継機と思われる機体だが、実際は全くの別物だ。

一応、大和は海神から開発していってこうなりましたーと言い張るつもりだが、どう考えても海神とは別物の機体。

機体全体の姿もそうだが、能力が後継機という位置付けに見合わないのだ。

海神の2機から3機分に相当する火力を備え、要撃級や突撃級との格闘戦まで想定された強襲歩行重攻撃機。

単体で海神を越える航行能力と活動時間を備え、現行の戦術機に負けない機動力を持つ怪物。

撃震相手なら負けは無いと芹沢中尉達が豪語できる機体が、この『ハンマーヘッド』なのだ。

航続距離を増やす為の外装や、アタッチメントでソードフィッシュ級中型潜水艦に接続も可能。

水中航行形態に変形可能で、その場合は長い腕が縮んで肩部アーマーが二の腕部分を完全に覆い、頭部は収納され、人で言う気を付けの体勢で進む形になる。

この時に、背中や足先などに外装を取り付けることで、長距離航行も単独で可能だ。

管制ユニットにXM3を搭載し、飛行は出来ないが短時間のホバー移動は可能。

本来なら背中に大型兵装モジュールを搭載しているのだが、今回は装備していない。

護衛駆逐艦の制圧を命じられていた彼ら『ハンマーヘッド』部隊、通称メガロドン隊は、海底に潜んでチャンスを窺っていたのだ。

つまり、それだけ長い間の海中活動が可能な機体でもある。

元海神乗りが集められ、ここ横浜港で密かに訓練を行っていた彼ら。

『ハンマーヘッド』の能力が認められれば、ゆくゆくは帝国等にライセンスなどで提供されると聞いて、気合十分である。

だが現在の彼らは、完全に出歯亀部隊だった。
























「…………悩むのは、後にしよう…仕事をせねば…」

唯依や、イーニァ達の事で悩むのを一度止めて、仕事に戻る事にする大和。

と、そこへ通信が繋がれ、空母の艦長から話があると言う。

『忙しい中で申し訳ないクロガネ少佐、あの固まった壁の除去もお願いしたいのだが…』

「あぁ、あれでしたら、熱湯を掛ければ融けますので」

『熱湯とな!?』

大和の言葉に素で驚く艦長。

今回使われた瞬間凝固液は、外気に触れると固まり、80度以上の熱湯で融ける。

そして融けた液体はお湯と混ざる事で性質を変えられ、固まる事がない。

因みに環境にはあまり優しくないので、融けた液体を掃除機などで吸い込みながらやる様にと指示もされた艦長。

現在、除去装備を装着したスレッジハンマーが二機、こちらに向っていると伝え安心させる。

『いやはや、横浜は正に魔女の住む場所ですな…』

「ならば私は、その魔女の使い魔ですかね…」

苦笑する艦長に、含みのある笑みを見せる大和。

やっと何時もの自分に戻れたと、内心安堵していたりした。

だが、その決意に撃ち込まれた楔は、着実に皹を広げて行くのだった………。



































18:12――――横浜基地通路――――




「おぉ、白銀よ、此度の戦い見事であったぞ!!」

「ぐ、紅蓮大将、あの、痛いですってば!?」

強化装備から着替えた武やまりも達207を出迎えたのは、同じく着替えて制服姿になった紅蓮大将達だった。

豪快に笑いながら武の肩をバンバンと叩く紅蓮大将に武は文句を言い、まりも達は生きた伝説を目の前にして固まっている。

「白銀、見事な戦いであったぞ」

「月詠大尉、お久しぶりです!」

敬礼しながら声をかけてきた月詠 真耶大尉に、敬礼しながら笑顔を見せる武。

その様子に、本当に斯衛軍と親しいのだと感心するまりも達。

そんな中、一人だけ浮かない顔をしているのは、冥夜だった。

「武殿…」

「あ…これは殿下っ、お見苦しい所を…!」

紅蓮達の後ろから聞こえた声に気付いて、人目の多い事から畏まる武。

そんな彼の珍しい姿に、まりも達はちょっとビックリだ。

「良いのですよ、いつも通りの武殿で…」

現れた殿下に、まりも達は背筋を正し、紅蓮達は道を空ける。

殿下の後ろからは、月詠中尉に神代達三人娘、それに凛の姿がある。

「えぇっと、それは…」

「もう貴官に礼節を説くのは諦めた。それに殿下のお許しである、そのように致せ」

チラリと月詠大尉の方を見れば、彼女は苦笑を浮かべて許した。

この中で一番礼節に煩いのは彼女であり、真那さんの三倍だと武ちゃんは語る。

「武殿、此度の件、よくぞ皆を守って下さいました。残念ながら犠牲となった方も居りますが、それでも多くの将兵を救えました…」

「いや、殿下の頑張りがあったからこその結果ですよ。俺は俺に出来ることをしただけです」

憂いの表情を浮かべる殿下を元気付けようと、務めて明るく話す武。

殿下になんて恐れ多いと内心ヒヤヒヤしているまりも達だったが、紅蓮大将達は咎めないし、殿下本人は嬉しそうだ。

「でも、殿下が自ら囮になるなんて聞いた時は、口から心臓が飛び出すかと思いましたよ」

「まぁ…武殿ったら…。確かに皆に猛反対されました、ですがこれは、わたくしが遣らねばならぬ仕事だと思い、押し通してみせました」

その言葉に、紅蓮が「殿下は言い出したら聞かぬ所がありますからなぁ!」と豪快に笑う。

武も斯衛軍時代を思い出して、あぁ確かに…と納得、超納得。

「しかし、わたくしもまだまだ覚悟が足りなかったようです…今になって身体が震えております…」

右手を上げて掌を見せる殿下、その腕は小さく震えていた。

当たり前だろう、大和の仕掛けや紅蓮大将が居るとは言え、不穏分子を含んだ者達の前の姿を晒すのだから。

しかも突撃砲で狙われ、撃たれたのだから、その恐怖は余りある。

「武殿、少しの間抱き締めて下さい。一時で良いのです…」

「え…えぇっ!?」

殿下の突然の申し出に、自分を指差しながら驚く武ちゃん。

慌てて周囲を見回すと、楽しそうに笑う紅蓮大将、断ったらどうなるか分かっているなという素敵な笑顔の真耶さん。

少し不機嫌な真那さんに、興味津々な三人娘。

凛は露骨に膨れっ面。

後ろは見れない、自分の声と同時に上がった複数の驚きの言葉と、背中や頭に突き刺さる色々な感情の視線が怖いから。

「お、俺で良ければ…」

「はい♪」

半ば押される形で(主に真耶さんの笑顔の圧力で)承諾して両手を広げると、待ってましたとばかりに飛び込む殿下。

アンタ恐怖で震えてたんじゃねぇのかよとツッコミ入れようとしたが、抱きついた身体が震えているのが伝わり、周囲の目を気にしつつ頭を優しく撫でる。

その瞬間、突き刺さる視線が強くなった。

あと彼方此方から「羨ましい」とか「あれは効くよ…」とか「年上って不利だわ…」なんて声が聞こえるが、武ちゃんは必死に聞こえな~い聞こえな~いと殿下の頭を撫でる。

どれ位時間が経過したか、殿下の身体の震えも治まったのでそろそろ良いかな~と思って胸元を覗き見ると、武ちゃんの表情がピシッと固まった。

「すーーーーっ、はーーーっ、すぅーーーーーーーーーっ、はぁぁぁ……武様の匂い…堪りませんわ……」

恍惚とした顔で深呼吸している殿下が居た。

武ちゃん成分を存分に補充しているようだ。

妙に胸元が熱かったりスースーすると思ったらこれかと内心驚愕する武ちゃん。

しかも殿下の呼び方が様付けになっている、はっちゃけ殿下モードだ。

助けを求めて周囲を見渡すが、紅蓮大将はニヤニヤと楽しそうに笑っているので役に立たない、真耶さんは何故か刀片手に凛に大和の居場所聞いているし、真那さんはめっちゃ武ちゃんの胸元を凝視中。

三人娘は速攻で目を逸らし、背後は怖くて見れません。

「で、ででDE殿下っ、もし宜しければ今回の件で活躍した訓練兵達に一言お言葉を頂けませんかっ!?」

「はぁ~、武様ぁ……はい?」

「ですからお言葉をっ、殿下の為に、そして日本の為に命懸けで頑張った訓練兵達に是非一言っ!!」

俺良い事考えた! とばかりに思いついた事を伝えながら殿下を引き剥がす。

引き剥がされた殿下は名残惜しそうに武ちゃんの胸元を見ているが、彼の言葉にそうれもそうですねと承諾。

まりも達は突然の事態に硬直するしかない。

あの殿下から直接お言葉を頂けるなんて、夢にも思わないような名誉である。

「皆さん、此度の件での活躍、この煌武院 悠陽、嬉しく思うと共に感謝で溢れております」

流石は殿下と言うべきか、スラスラとお礼の言葉を口にしながら、まりもから順に一人一人言葉を伝えていく。

タマや委員長、彩峰の時は、父親の話題も出して笑顔を見せている。

鎧衣課長に関しては仕事柄の事もあり触れなかったが、美琴は言葉を貰えただけで感激している。

そして、最後の一人、冥夜の番になった。

冥夜は失礼にならない度合いで視線を下げている。

そんな彼女に、殿下は…悠陽は将軍としてではない笑顔を浮かべて、その頬に手を当てた。

「面を上げなさい、冥夜。わたくしの大切な妹…」

「――――っ、で、殿下っ!?」

悠陽の言葉と行動に、思わず視線を上げてしまう冥夜。

冥夜の瞳に、笑顔を浮かべながら涙を流す悠陽が映った。

「もう良いのですよ、煌武院家の仕来りはわたくし達の代で終わりにするのです…」

「そんな…為りません殿下っ、そのような事を…!」

「大丈夫です、既に五摂家、そして有力武家の承諾も得ています」

その言葉に真那さんへと視線を向ける冥夜、そんな彼女に真那さんは笑みを見せながら、深く、そして確りと頷いた。

信じられない事だ、だが当人である悠陽、そして有力武家代表各の真那が頷いている。

紅蓮大将も、真面目な顔で確りと頷いた。

「もう誰も、貴女の事を追い遣ったりはしません…わたくしが、させません…冥夜、わたくしを…姉と呼んで下さいますか…?」

「あ……あぁ……あね…あねう……あねうえ…姉上ぇぇぇぇぇ……っ!!」

「あぁ、冥夜、冥夜っ……もう離れません、何時何処であろうと、わたくし達は姉妹なのです…っ」

涙を流し、悠陽へと抱きつく冥夜。

そんな彼女を、優しく、しかし力強く抱き締める悠陽。

古き仕来りにより引き離された姉妹が、今やっと、元に戻れた瞬間だった。

207は、薄々感づいていた事だけに、何も言わずただ拍手して冥夜を祝福した。

まりもはそっと涙を拭い、教え子の心が救われた事に感謝した。

長年冥夜を守り続けた真那さんや三人娘は、溢れる涙を拭うのに精一杯。

紅蓮大将と真耶は、これで良かった、自分達の選択は間違いなどでは無いと頷いた。

そして、この切欠となった武は、そんな事も知らずにただ、姉妹の再会に涙を拭った。

冥夜の存在を認める事には、当然反対意見が多く、険しい道のりだった。

そんな連中を黙らせる方法は、大和が示した。

今回の一件で、米軍またはクーデター軍の不穏分子、つまり某国の諜報員に冥夜の存在がばれた…と言う事にしたのだ。

これで冥夜の存在が隠された意味…影武者、殿下に何か在った時の代用という役目は無理となり、自由の身となった。

任官を邪魔される事は無く、また殿下の妹として存在を公には出来ないが、逢う事は許される。

と言うか、逢わせないと殿下が自ら逢いに行く勢いだし。

因みに、某国には情報なんて漏れちゃいない、でっち上げの理由だ。

それでも、これから冥夜は悠陽の妹として生きる事も許される。

まだ柵は多いだろうが、それも悠陽達が少しづつ変えていく。

その未来を守る為、武はBETAとの戦いに気合を入れた。

「さて冥夜、晴れて姉妹へと戻れた記念に、これに名前を書いて拇印を押すのです」

「え…姉上、あの、これは……って、これは婚姻届ではないですか!?」

「えぇっ!?」×多数

殿下が懐から取り出した紙を見て、戸惑う冥夜だったが、内容を見て驚きの声を上げる。

その内容に、感動していた面々はその余韻を吹っ飛ばして叫ぶ。

「し、しかも夫の欄に、タケル…白銀大尉の名前がっ!?」

「なにぃっ!?」

今度は武ちゃんが叫び、多数の視線が突き刺さる。

チガウヨ、オレカイテナイヨ? と首を振りつつその紙を奪い取ると、確かに白銀 武と書かれ、後は拇印を押すだけだ。

他は全部書いてある。妻の冥夜の欄だけ書いてないが。

「あ、武様、こちらにも拇印を頂けますか?」

そう言ってまたも懐から取り出した紙はやっぱり婚姻届。

こちらは妻の欄に悠陽の名前があり、拇印も確り綺麗に押されている。

良く見ると、証人の欄には紅蓮大将と崇宰のご老体の名前が書かれている。

視線を向ければ暑苦しい笑顔と大和が教えた親指立てた右手が。

「悠陽っ、お前何を考えてるんだっ!?」

「お前…お前…お前…お前…」

ギャーーースッと吼える武ちゃんだったが、お前と言われた悠陽殿下は聞いちゃいねぇ。

冥夜は武ちゃんとの婚姻を想像して真っ赤になって陶酔中。

「あのなっ、日本は重婚は出来ないのっ、二人同時とか無理なの、分かるか!?」

「あら、武様なら二人や三人ドンと来いな夜の帝王と黒金殿が申しておりましたのに…」

「た、タケルっ、わ、私はタケルが望むなら、その…っ!」

吼える武ちゃんだが、はっちゃけ殿下は何故か残念そうに武ちゃんの下半身を見るし、冥夜は顔を赤く染めながら何やら覚悟完了。

大和ぉぉぉぉぉぉぉっ!?!? と絶叫する武ちゃん、ここにきて大和の計画が急進行中。

「お兄様落ち着いて下さいっ、はいこの紙に名前と拇印を押して落ち着くんです!」

「おぉっ、そうだな、クールだ、クールになるんだ白銀 武! …まずは苗字と名前を書いて生年月日ってこれも婚姻届じゃねーーーかぁぁぁ!?」

そぉいっ!! とオーバーアクションで凛が差し出した婚姻届を地面に叩きつける。

「ち…っ」

「黒いよっ、この義妹黒いよっ!?」

在らぬ方向を向いて舌打ちする凛に、恐怖する武ちゃん。

凛ちゃんはいつから腹黒義妹キャラにクラスチェンジしたのだろうか。

「御剣、ズルイ…」

「はわはわっ、わ、わたしだってタケルさんと…っ!」

「ちょ、ちょっと皆っ、殿下の前よっ!?」

殿下や冥夜、凛に触発されたのか彩峰やタマが動き出そうとするのを必死で止める委員長。

美琴は僕もタケルとなら~なんてのほほんとしているし、茜や晴子はどうすれば婚姻届を…とブツブツ言っていて怖い。

築地達三人は我関さずで一歩所か五歩以上引いている。

麻倉はやっぱり撮影中、殿下がちゃっかりピースサイン。誰だ教えたの。きっと大和だ。

まりもちゃんと真那さんは、婚約届を見てゴクリと喉を鳴らす。

その視線は、肉食獣での様だったと後に巴は語る。狂犬と忠犬的な意味で。

「千鶴っ!」

「っ、お父さんっ!?」

と、騒がしいそこへ榊首相まで現れた。

委員長は武へとまるで原子に吸い寄せられる電子のような二人をパッと放した為、二人は折り重なって倒れる。

「久しぶりだな、千鶴…」

「お父さん…」

感動かどうかは分からないが、家族の再会をする二人、周囲のカオスな光景に気付いていないのか気付いていて関わりたくなくて再会を喜んでいるのか。

「今まですまなかった…お前の決意と力は見せてもらった、後はお前が進みたい道を進みなさい…」

「お父さん…ご、ごめんなさい、私、私…っ」

「千鶴…!」

娘の思いに理解を示した父、久しく言葉を交わしていなかった父親の胸に飛び込み、涙する千鶴。

そんな彼女を抱き締めながら、首相は起き上がってこちらを見る彩峰に気付いた。

「君が、彩峰君だね…」

「………はい…」

千鶴をそっと放して、彩峰に向き合う首相。

今や仲間の背景を殆ど知る事になった千鶴は、不安そうに父と仲間を見る。

その後ろで、殿下が次々取り出す婚姻届を武ちゃんが破り捨てまくり、いつの間にか現れた霞が紙屑となったそれをお掃除している。

その光景はなるべく視界に入れないように、千鶴は二人に集中した。

「……君のお父上は、真に勇気ある男だった。君は……私を恨んでいるだろう…」

「…………いいえ」

首相の言葉を、彩峰は少しの間を空けたが否定した。

何故だいと訪ねる首相に、彩峰は千鶴の隣に移動し、彼女の肩に手を置いた。

「………友達の父親を…恨みたくないから…」

「あ…彩峰…っ!」

「………そうか……ありがとう…っ」

彩峰のその言葉に、思わず涙を浮かべて口元を押さえる千鶴。

そんな千鶴に、いつもの笑顔とは違う、本当に優しい小さな笑みを浮かべて頷く彩峰。

榊首相は、そんな彼女にただ深く頭を下げるのだった。

「所で千鶴、紅蓮大将と力比べをしている青年が白銀大尉かい?」

首相としてではなく、父親の顔で問い掛けてきた言葉に、思わず頷く千鶴。

現在武ちゃんは、悠陽の命令で実力行使に出た紅蓮大将とガッツリ掴み合って力比べ中だ。

負けていない辺り、武ちゃんの鍛えっぷりが窺える。

「すまんな白銀、殿下の命令には逆らえないのだ!」

「嘘付けオッサン、滅茶苦茶楽しそうじゃねぇかぁぁっ!!」

両手で組み合ったまま睨みあう二人。

紅蓮の背後では殿下達が応援中、武ちゃんの背後ではまりもが応援している。

「あ~、白銀大尉、少し良いかね?」

「後にして…って、榊首相っ!?」

「ぬぉっ!?」

話しかけてきた人物が政府代表と理解した瞬間、謎の力が働いて紅蓮大将をポイッと投げて姿勢を正す武ちゃん。

「君の話は副司令や殿下から聞き及んでいる、此度の件、見事だった」

「いえ、全ては殿下達の決意と行動の賜物です、自分は自分に出来ることをしたまでですから」

月詠さん達に叩き込まれた礼儀がここで発揮され、敬礼しながら答える武ちゃん。

彼は気付いていない。

榊首相は、今は一人の父親として武ちゃんと相対している事を。

そして、彼がたまパパに負けず劣らずの隠れ親バカであることを!

「うむ、殿下が言う通りの立派な男だ。君なら娘を幸せにしてくれると私も確信したよ!」

「へっ!?」

「お父さんっ!?」

ガシッと肩を捕まれて唖然とする武ちゃんと、父親の発言に絶叫する娘。

「法律の方は任せておきなさい、殿下と黒金少佐の案を取り入れて、早速帝国議会に提出しよう」

「ちょっ、首相っ!?」

「お父さん何を言ってるのよっ!!」

何か凄い事口走り始めた榊パパを止めようとするが、武ちゃんも千鶴でも止められない。

「畜生、なんで親バカってこういう時は握力強いんだよ!?」

「時に白銀大尉、いや武、苗字はどれにするのかね? 義父さんとしては出来れば榊の名前は残して欲しいのだが…」

「もう黙ってお父さんっ!!」

榊パパの腕から逃れようとするが、信じられない握力で固定された腕から逃れられない武ちゃん。

千鶴が主に恥ずかしさから涙目で父親を止めようとするが、パパはどうにも止まらない。

「………やるね、眼鏡パパ」

「うぅ、こうなったら私もパパにお願いして…手紙、うぅん、電話で…」

「う~ん、ボクのお父さんじゃ無理だよね…どうしよう…」

榊パパの暴走に親指立ててGJしている彩峰、対抗心か、たまパパ召喚を考えるタマ。

自分の父親の素性を知らないだけに、どうした物かと考える美琴、鎧衣課長が参戦したらカオスから不思議電波空間に変貌するだろう。

「こうなったら部屋に……」

「一人じゃ追い返されるから、ここは一つ二人で…」

何やら隅で暗い会話を交わすのは茜と晴子、どうやら共同戦線を張るようだ。

「はわわわわわっ、茜ちゃん達が黒いっぺさ~~!」

「う~ん、見事に混沌としてるね、収拾つかないよこれ?」

「凄く、素敵空間…」

はわはわして震える築地、もう慣れたのか諦めたのか達観した表情で見ている高原、若干目が遠い目だ。

麻倉は、どこか大和に似た笑みを浮かべて撮影中。

「榊首相のアレ、やっぱり少佐の影響?」

「たぶん違う。少佐より暴走の度合いが酷いから…たぶん別の人」

暴走と言うか、はっちゃけ始めた首相を指差しながら問い掛ける高原に、麻倉が答えながらビデオカメラを回す。

大和がこの場に居ない以上、この光景を記録するのが彼女の使命だ。

因みに、榊パパが感染しているのは黒金菌でも白銀菌でも香月菌でもない。

殿下のはっちゃけ菌だ。

しかも隠れ親バカが露出して相乗効果で大暴走中。

殿下も一緒になって「一夫多妻」だの「特別条例」だの「功績」だの「偉人に」だの話している。

「誰かっ、本当に誰か助けてっ、この際もう大和でも―――ダメ、来ないで、お願いだから来るなよ親友っ!?」

あまりのカオスっぷりに思わず親友に助けを求めそうになる武ちゃんだったが、その親友があれこれ暗躍したからこうなった訳で。

そして他人の修羅場大好きキャホーイ男がこの場面を見たら、絶対に弄り倒してくる。

その未来を幻視して、本気で来るなと念じる武ちゃんだったとさ。



















































「『キュピーン!』――はッ、今呼ばれた気がしたッ!?」

「少佐、仕事して下さい」

その大和は、まだ港で事後処理に追われている。

突然妙な事を口走り始めた大和に、整備班の代表が慣れた態度で仕事しろと苦言するのだった。














[6630] 第三十三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/04/26 00:27



















2001年8月6日―――――


副司令執務室――――



「随分眠そうねぇ、アンタ…」

「それはそうですよ、ほぼ徹夜で事後処理してたんですから…」

昼過ぎの執務室、出頭した大和の表情を見て夕呼は苦笑を浮かべていた。

大和の目の下には隈が確りと刻まれているのだ。

「なんでよ、交替で事後処理進めればいいじゃないの」

「いえ、現場指揮を出来る人間が居なかったので…篁中尉は先に戻しましたし」

少し視線を逸らす大和。

それを見て夕呼が瞳をキュピーンと光らせるが、大和は無視する。

あの瞳は武の弱点を見つけた時の目だと感じながら。

「アンタも色々遭ったみたいねぇ…白銀の事言えないわね」

「その様です…」

珍しく素直と言うか、謙虚な態度に首を傾げながら夕呼は現在纏まっている情報を大和に手渡した。

「空母エイブを含めた米国艦3隻は少しの間横浜港に係留、当然乗組員は国連軍の監視下に置かれる事になったわ」

「そうだと思って、既に人員を配備して昨日から交替で任務に当たらせています。念の為にスレッジハンマーを6機、砲撃可能位置に配置してあります」

大和の判断に妥当ね…と頷いて話を進める夕呼。

現在戦闘後の処理を終えた横浜港では、横浜基地所属のスレッジハンマーと歩兵が米国軍を監視しているものの、米軍も今回の非がどちらにあるか理解しているので大人しいし協力的だ。

何しろ、一方的に攻めてきた自分達を、一人の死者も出さずに手当てや救護施設の開放までしてくれたのだ。

現在横浜港の倉庫地区は瓦礫や戦術機の撤去作業と並行して仮設住宅の建設がされている。

流石に空母では怪我人、特に米軍衛士の治療も満足に出来ないだろうと大和が手配したのだ。

先の戦闘で、数名重傷に近い怪我をした者も居る為、米軍は喜んで受け入れた。

催涙弾のダメージも、中々抜けないのだ。

拘留期間は短いだろうが、その間ずっと海の上では流石に辛いだろうと、横浜港内の敷地ならば上陸も許された。

現在艦長達責任者は横浜基地へ出頭し、事情聴取や本国との話し合いを進めている。

そちらは基地司令が見ているので問題ないだろう。

「それで、中将を含めて何名居ましたか?」

「米国諜報機関の工作員が4名、過激派の犬が3名って所ね。駆逐艦の方にも乗ってたのよ」

今回の騒ぎの原因となった中将を含めたオルタネイティヴ5過激派。

その一員と諜報機関の工作員は、全て捕らえて現在拘束されている。

鎧衣課長が集めてくれた情報に、工作員の情報も含まれていた為、御用となった。

「流石と言うか、何と言うか…」

「あんまりお礼言いたくないけど、今回ばかりは言っておいたわ」

苦笑する大和と、面白くなさそうな夕呼。

現在その鎧衣課長は米国で暗躍しているらしい。

「オルタネイティヴ4推進派からは賞賛の声が届いてるわよ、邪魔な連中を一掃出来たってね」

「少々情報を見ましたが、随分資産家で逮捕者が出たようで」

米国などの資産家、オルタネイティヴ計画に活動資金を提供している者達にも、今回の計画に関与したとして捜査のメスが入った。

資金提供の見返りに地球脱出の権利やその他諸々を手に入れようと考えていた連中が、今回の件にも関与して捕まったのだ。

中にはライバルのオルタネイティヴ4推進派の資産家に家を潰された者も居たとか。

「ラングレーを始めとした米軍基地では高官の首切りの嵐。あの国の諜報機関もかなり活動自粛を迫られたみたいよ?」

「それはお気の毒に」

と言うものの、内心ざまぁwwと笑っているのは大和も夕呼も同じ事だ。

「国連議会は紛議、珠瀬事務次官もかなりお疲れだったわね」

「あぁ、それで今日はアレだったのですか…」

アレと言うのは、昨日の作戦に参加した207訓練部隊は本日休息として自由時間を与えられたのだが、たまパパが襲来したのだ。

珠瀬事務次官ではなく、たまパパ、つまり親バカモード。

突然の襲来にタマは混乱、周囲は警戒、前の事があるので。

作戦の事を聞いていたたまパパはそれはもう娘をベタ褒めしまくっていた。

恐らく、この後にある国連緊急議会に備えて娘を愛でているのだろう。

「ま、米国がいくら文句言っても完全に自業自得だし、気にする事ないのよね」

「米国も、流石に欧州や南アフリカを敵に回すほど愚かではないでしょう」

今回の一件で帝国、そして国連横浜基地の対応に関して弁護と言うか庇護してくれたのが欧州連合と南アフリカだ。

他の国、特にスレッジハンマーの輸出が予定されている国の援護もあったが、この二国が特に凄かった。

南アフリカは近々大々的にスレッジハンマーを購入して防衛線に配備する予定であり、その際に特注装備の開発を横浜基地、つまり大和に依頼している。

欧州はBETA侵攻で自走砲を始めとした支援装備がボロボロな為、単体で防衛・支援・その他をこなすスレッジハンマーの導入に意欲的だ。

現在、欧州連合の主力機である機体で運用されている57mm中隊支援砲が装備・運用可能なスレッジハンマーを注文しており、欧州には両手がガトリングタイプと手腕タイプの二種類を輸出予定だ。

注文は横浜基地を通してライセンス契約をした日本の企業に渡り、現在生産の真っ最中。

特に、南アフリカのアフリカ連合からは大破・中破したF-4が送られ、スレッジハンマーの値段を下げて貰っている。

もしも米国の要求が通されたら注文したスレッジハンマーやCWS規格武装が届かないし、配備が遅れるのは困るのだ。

これから導入を検討する国々も同じであり、近々横浜基地で発表されると噂される技術が米国に独占されるのは断固阻止の構えだ。

米国は一部軍高官の暴走と言い訳(ある意味本当だが)しつつも、国連軍としての対応やらクーデター軍襲撃の様子云々で、逆に被害を被った海外派遣部隊の慰謝料代わりに横浜基地の引渡しを要求するつもりだったようだが、各国に睨まれて言い出すことすら出来なかった。

もし議会でそんな事を要求すれば非難轟々で米国の権威は失落、最強の戦域支配戦術機であるF-22Aが撃破されたのもあって、米国軍の威勢は弱くなっていた。

尤も、F-22A自体に問題はないのだ、この機体は十分に強いし、唯依達も苦戦を強いられた。

もし相手が4機でなければ、支援部隊が何機か撃破されたかもしれないと、クリスカも語っている。

問題は、海外派遣部隊の錬度と圧倒的な性能を衛士が扱いきれていなかった事が上げられる。

F-22AにXM3を搭載すれば、それだけで恐ろしい機体になるのだから。

どうでも良い話だが、近々米国の国連議会代表は辞任を表明するらしい。

「この後も暫く話し合いが続くでしょうけど、帝国が手出し無用って言ったのに介入しようとして逆に制圧されちゃったんだから何も言えないでしょけどね~」

カラカラと楽しそうに笑う夕呼先生は絶対にドSだと、武ちゃんは常々語っている。

「その辺りは珠瀬事務次官に任せるとしましょう。過激派の方も推進派の方々にお任せして、俺は自分の研究に入りますよ」

「そうしなさい、やっと煩い雑事が終わったからアタシも最後の仕上げに入るわ」

「おや、仕上がりましたか?」

大和のその問い掛けに、夕呼は自信たっぷりに微笑んで「完璧…♪」と言い切った。

「にしてもアンタ、あのオーバーシステムのロックちゃんとかけたの?」

「えぇ、社嬢にお願いしてありますが?」

唐突に話を変えた夕呼に、何かと思いながら言葉を返すと、何やら戦術機のデータ表を渡された。

「これは陽燕の……なッ、2回もシステム起動!?」

「不穏分子倒すのに一回、沙霧大尉との決闘で一回使ったのよ。お陰で社が泣いて不機嫌で大変だったのよ昨日…」

「あぁ……それで午前中武の姿が無かったのか…」

納得顔の大和、武ちゃんは昨日執務室を訪れてオーバーシステムを使った事を霞に攻められ泣かれ拗ねられた。

そして、土下座する勢いで謝り倒して、添い寝と膝枕とあーんと一日一緒で許される事になったそうな。

現在添い寝、あーんを消化して膝枕でマッタリ中。

武ちゃんが泣いて頼むので、食事はお部屋で取りました。

もしも食堂であーんされたら、昨日の悪夢の再来、たまパパ襲来もあったので修羅場地獄の幕開けだっただろう。

因みに昨日は何とか収拾をつけて、殿下は紅蓮大将に連れられてお帰りに。

その際に「武様ーーっ、冥夜ーーっ、アイルビーバックですわーーっ!」と叫んでいたとか。

なんで英語やねんと疲れた声でツッコム武ちゃんが居た。

婚姻届は何とか防いだようだ。

「妙ですね、武命の社嬢がロックを掛け忘れるなんて事は……解除台詞は言っていないし………まさか、武が直接解除を頼んだのか…?」

「そのまさかかもね~、整備班の一人が、陽燕のコックピットで何かしてる社と白銀を見てるから」

武め…と額を押さえる大和。

まだ完璧にテストを終えていないオーバーシステムは、本当に危ない時にだけ使えと言ったのに、武ちゃんはノリノリで使ったのだ。

まぁ、大和もブチ切れ状態で機動させてしまったので、その事に文句は言えないのだが。

「戦闘中に『霞愛している、お前が欲しいーー!』と叫ぶのは嫌か……」

「当たり前でしょうが」

夕呼先生にツッコまれた。

戦闘中、例え外部スピーカーをオフにしていても恥ずかしくて叫べるものじゃない。

その為、武ちゃんは霞に頼み込んでロックを解除してもらったのだ。

その際に、頭ナデナデと膝枕(武ちゃんの)を約束して。

「機体の方は問題なかったみたいだけど、アンタはどうなの?」

「たった数十秒の機動で酔いと痛みが走りましたよ。何も知らない衛士に使わせたら「衛士を殺す気か」と言うでしょうね…」

己の頭を軽く叩きながら苦笑する大和、オーバーシステムによってリミッターが解除された機体はその間だけ通常スペックを上回る事が出来る。

通常状態でも第四世代戦術機の想定スペックを満たしているX01で使用すれば、並みの衛士には拷問に等しい。

因みにX01がYF-23を改良した二機の開発ネームであり、それぞれ違うコンセプトの噴射ユニットや調整がされている為に通称が異なる。

武の陽燕がバーション1、月衡がバーション2だ。

「このシステムはまだまだ改良が必要なα版です、不測の事態を備えて今回搭載しましたが対BETAの戦いではまだ使えません」

「そうねぇ…いくら性能が上がっても衛士が扱えなきゃ意味が無いし、主機暴走で爆発なんてなったら欠陥品扱いよ」

X01の口元から排熱しているのは、オーバーシステムで主機や管制ユニットが放つ熱を強制的に排気する為だ。

ステルス性能が高いYF-23は排熱ブロックを抑えた造りになっているので、大和が改造したのだ。

因みにF-22Aも同じように、ステルス性能の為に排熱が抑えられている。

「その辺りは慎重に実験を重ねながら、社嬢と進めていきます」

「そうしなさい、せめて一般衛士が使えるレベルじゃないと強化型XM3に組み込めないじゃないの」

夕呼の言う強化型XM3は、第四世代機に標準搭載される予定の管制ユニットだ。

XM3でのノウハウを活かして、さらに反応速度や操作性を高めたユニットと最適化されたOSからなる作品。

因みにX01に搭載されているのがその試作モデルだ。

「ま、“楯”の方ならそんなの気にしないで良いんでしょうけどね」

「機体の開発は60%まで完了しています。後は中身が完成すれば一気に進むでしょう」

「そっちは少し待ちなさい、先に鑑を仕上げるから」

「了解です」

夕呼の言葉に軽い敬礼を残して立ち上がる大和、まだやる事が多いのだ。

「基地から叩き出す事になる連中の代わりが一週間以内に配属されるから、それまで頑張って頂戴。その後、少しならお休み上げるから誰かとデートでもしたら?」

「一週間は仕事がある辺り鬼ですね博士…あと、博士も武を誘って行ったらどうですかね?」

夕呼のからかいの言葉に、ニヤリと笑って答える大和。

一瞬狼狽した夕呼を横目に、さっさと退室するのだった。



























「あ………!」

「む………!」

大和の執務室へと続く道で、書類を持った唯依と鉢合わせた。

昨日のあの出来事の後、音声通信で基地に戻らせたので顔を合わせて居なかった為、会話が出ない。

唯依は昨日の暴走告白を思い出して狼狽しているし、大和はどう接したモノやらと戸惑い中。

「………軍の方はどうだった?」

「え……あ、はい、巌谷中佐に連絡した所、若干の混乱があったそうですが、五摂家や斯衛軍の指示で無事収まったそうです」

大和の方から無難な話題を振り、会話を始める二人。

唯依は基地に戻された後、何とか落ち着きを取り戻して巌谷中佐へ連絡したのだ。

今回の騒動で帝国軍でも混乱が起きたが、前もって殿下の指示を受けていた五摂家とその指示を受けた斯衛軍や、帝国軍上層部が混乱を収拾した。

早期に混乱が収まったのは、素早い対応もあったが、クーデター軍の主要人物が全員拘束された事も理由だった。

沙霧大尉の考えに少なからず同意していた将兵も多いので、もし沙霧大尉達が処刑されたりしたらもっと酷い混乱だっただろうと唯依は言う。

だが沙霧達は殿下の説得で投降し、その罪も最前線で戦い続ける事を罰とすると帝国軍上層部も公言した。

軍隊として考えると甘い処罰と思われるが、相手はBETAであり常に最前線で戦うのだ。

投獄や銃殺されるのと、酷い結果、つまり戦死なら大差ない。

生き残り続け、日本をBETAから奪還して初めて罪が許されるのだ。

異例の処罰だったが、殿下の寛大な処置であり、当人達が感謝している事もあり、文句も少なかった。

クーデター軍の不穏分子、本当の意味での売国奴は全員帝国軍に引き渡され、厳しい尋問と処罰が待っている。

とは言え、中には周りに流されたり川本の甘い言葉に乗せられただけの者も居るので、処罰は様々だ。

実行犯の川本は、恐らく二度と外に出る事は叶わないだろう。

また、帝国政府の膿は、榊首相が信頼している大臣達と共に姿を眩ませたのを、クーデター軍に粛清されたと勘違いして臨時政府を開こうとして、売国の証拠を持った警察組織に一斉逮捕された。

そして直に隠れていた榊派の主要大臣達が米軍や米国へ手出し無用、帰れと再三通告し続けたのだ。

その政府の膿と通じていた横浜基地の馬鹿連中も一斉にMPに拘束された。

サブ司令室に集まっていた所を、基地司令自らMPを率いて逮捕、横浜基地の能天気を一掃したのだ。

その際に逆上した大佐が基地司令に殴りかかったのだが

≪米軍なんて使ってんじゃねぇぇぇぇッッ!!!≫

と叫んだ基地司令に逆に殴り飛ばされた。

一緒に居たMPは語る、基地司令の背後に、青いロンゲの厳つい男が≪ぶるあぁぁぁぁぁぁぁっ!!≫と叫んでいる影が見えたと。

それは兎も角。

逮捕された連中の罪状は色々だが、大和のワザと保管を甘くしたデータの漏洩や内通などだ。

その連中を退かした後釜には、基地司令や夕呼の信用できる叩き上げの軍人や将校が召集される事になっている。

「それと、先ほどシミュレーターデッキ前を通ったのですが、大勢の基地衛士が訓練に励んでいました」

「ほう、昨日の事件が早速起爆剤になったか…」

何とかいつもの調子を取り戻した唯依と大和は、会話しながら執務室へと歩く。

唯依が先ほど横浜基地内に複数あるシミュレーターデッキの一つを覗いたのだが、中には強化装備姿の衛士が大勢居た。

シミュレーターは完全に埋っており、出来ない者は同じく出来ない者同士で作戦を考えたりお互いの長所短所を教えあったり。

今操作しているシミュレーターの映像や動きを見て話し合ったりと、皆真面目に訓練をしていた。

複数あるデッキの一つがその状態なのだから、他のデッキも同じなのだろう。

現在演習場は昨日の騒動の後片付けで使用が制限されており、実機訓練が出来ないので皆シミュレーターに集まったのだ。

また、シミュレーターの使用が出来ない連中も、PXや教室を借りて反省会や話し合いを行っている。

「色々とやって来た事が、ここで花開いたか……」

「やはり、あの模擬戦闘などは仕込みだったのですね…?」

唯依の指摘に、不敵に笑う大和。

そう、あのワザとらしい模擬戦闘や演習は、仕込みだったのだ。

防衛戦の最後尾だからと油断して慢心している衛士や基地の非戦闘員達。

それに喝を入れる為に、今まで色々なアピールをしてきた。

甘い事ばかり言っている衛士を公開処刑で負かし、スレッジハンマーと対戦させる事で衛士としての立場に危機感を持たせる。

そして昨日の襲撃で、何も出来ずに制圧されてしまい、ただ歯痒い思いをするしかなかった経験。

しかも噂で、訓練兵がクーデター軍を撃退したという話まで流れたのだ。

これは夕呼が故意に流した噂だが効果はあった、訓練兵が必死に頑張ってるのに正規兵である自分達は何をしているんだと。

防衛戦の最後尾だからと安心してたからこんな事になった、BETAが相手だったら俺達は死んでいた。

一人の衛士の言葉は、やがて他の衛士へと伝播し、次の日から早速自主訓練や部隊訓練に入ったのだ。

襲撃で怪我人も多数出ている為、下手をすれば死んでいたかもしれないという強迫観念。

そして、訓練兵に負けられないという意地が、彼らを突き動かし始めた。

「基地の空気が変ってきたと、京塚曹長も仰っていました」

嬉しそうな唯依姫、彼女は横浜基地へ着任してからずっと、だらけた横浜基地の態度と空気に不満を感じていたのだ。

だが徐々に、極東の最終防衛戦を守る場所としての空気になり始めている。

「ふふふ、まだまださ中尉。起爆剤の後は、長く燃えるように延焼剤を投入しないとな。XM3と言う延焼剤をな」

「――――っ、ではついに!?」

「あぁ、近々XM3トライアルを正式に行い、国連軍を通じて世界へと発表される。当然、一番に配備されるのは帝国だ」

大和のその言葉に、唯依の表情が和らぐ。

待ちに待った、XM3の正式公開と配備開始。

体験し、機体に乗せて貰ってからずっと望んでいた配備がついに始まるのだ。

「それに合わせて不知火・嵐型の改造配備と撃震・轟への改造が開始される予定だ」

先日巌谷中佐から先行量産型の不知火・嵐型と撃震・轟のテストが終了し、正式採用される事になった。

既に改造用のパーツは生産されており、後は各基地とメーカーで改造を施すだけだ。

どちらもXM3の配備と並行して行われる予定になっており、その性能を十分に発揮できる。

「そうですか…少佐の努力が世に広まるのですね…!」

我が事のように喜ぶ唯依、そんな彼女の笑顔を見て暖かい気持ちになる大和。

「――――ッ」

その事に気付いて、身体を強張らせる。

今の気持ちは、間違いなく……愛しい…だ。

「あ、あの…少佐……」

執務室があるフロアの入り口で、唯依が立ち止まった。

モジモジと顔を赤くしているその姿に、ドキリと鼓動が跳ねる。

「その、昨日の事……なのですが…」

周囲に人が居ないからか、妙に彼女の声が大きく聞こえる大和。

「すみませんでしたっ、事後処理とは言え仕事中に、あのような破廉恥な事をしてしまい、しかもあんな言葉を……っ」

顔を真っ赤にして頭を下げる唯依に、なんと声をかければ良いのか迷う。

いつもなら、不敵な態度で弄ったり、妙なネタを言って彼女を慰めるのだが、今は何も浮んでこない。

「(クソッ、どうしたんだ俺は…ッ)…いや、その、なんだ……俺は全然気にしてないから…」

「―――っ、気にしていない…だと…っ?」

「(あ……あるぇーーーッ!? 地雷踏んだか俺!?)」

とりあえず謝られた際の常套句的な台詞を言った大和に対して、キッと表情を険しくして顔を上げる唯依姫。

もしここにステラが居ればこう言っただろう、『少佐、それ今は禁句です』と…。

揺れる微妙な乙女心を、気持ちを拒絶し続けた大和に察するなんて無理な話であり。

唯依としては、「いや、嬉しかったからな…」とか「良いんだ、俺も目が覚めたよ…」とか「謝るのは俺だ、昨日一晩考えた言葉を聞いてくれるか…?」という、実に乙女チックな返答を期待していたのだ。

なのに「気にしていない」、つまり唯依姫の暴走していたが一世一代の告白を「気にしていない」だ。

「そうか……アレでは足りないと、届かないという事か…っ」

「あ、あの、唯依姫っ? なんだか髪の毛が広がって怖いですよ? 黒いオーラが漏れてますよ~?」

ゴゴゴゴゴ…という謎の効果音と、滲み出る黒いオーラ。

風も無いのに揺れて広がる髪の毛がとってもホラー。

「ふふふふふ……良いだろう、よぉく分かったぞ大和……お前を手に入れるには、もはや恥も外聞も捨てなければならないのだな…!」

「何を言ってるのでしょうか姫ぇッ!?」

ギンッと赤く光る修羅姫な唯依姫さまの眼。

羅刹女モードな真耶さんに勝るとも劣らない迫力に、大和完全に逃げ腰。

「良いだろう、もう拘りも常識も知らないっ、お前が振り向くなら…お前が受け入れてくれるなら、もう何人増えようと私は一向に構わんッッ!」

「唯依姫ッ、ちょ、帰ってきてッ!?」

「その中で私が一番になればいい、そうだ、簡単な話じゃないか…くふ…くふふふ…」

「いつもの唯依姫じゃないぃぃぃ……ッ!?」

どうも昨日の暴走→告白→キスで、唯依姫のスイッチが入り易くなったらしい。

クスクスと笑う唯依姫、これで「あははははっ」とか笑い出したら軽くオヤシロ様。

「少佐…? この後、お時間宜しいですか…?」

「宜しくありませんですッ!?」

暗く、しかし艶かしい笑みの唯依姫に、思わず敬礼して答える大和くん。

もう武ちゃんを『歩く女性吸引機』とか『自動美少女蒐集機』とか『良いのかい、俺はどんなタイプの女だって喰っちまう恋愛原子核なんだぜ』とか言えません。

つい最近誰かが言いました、覚悟を決めた女は怖いと。

「何故宜しくないのですか…」

「いや、あの…そうッ、これから横浜基地の今後の予定を決める大事な会議があるんだ、二日位続くような会議が!」

微妙に在り得そうだけど嘘臭い言い訳。

会議はあるけど大和は呼ばれてないし、報告なら既に夕呼にした。

仕事はある、報告書製作とX01二機の整備と調査、それにデータ収集に調節等など。

「嘘だっ!!」

「中の人的に断言されたッ!?」

だがスッパリバッサリぶった切りで否定されちゃった。

このままでは「ねぇ大和ぉ…空けてよ…予定空けてよぉ…」と暗い笑みと声で言われてしまう。

中の人的な意味ならそれは武ちゃん相手にやって欲しい大和くん。

「お…おぉっとぉッ、いかんッ、執務室に忘れ物したぁぁぁぁぁッ!!!」

キュッと方向転換してBダッシュもとい急ダッシュ。

後ろを見ずに走り出す、唯依姫が、怖いから。

「何故だ、何故こんな展開にッ!? 俺はどこで選択肢を間違えたッ、どこでイベントスイッチを押したんだッ!?」

謎の台詞を叫びながら走る大和、そのスピードはイーニァとクリスカの紅の姉妹サンドを見た時と同じだった(外伝参照)

ダダダダダダ…と走り抜ける大和、後少しで執務室、そう思った時に執務室前に立つ赤い人影を視認する。

月詠中尉か? と思いながら近づいていくと、その顔に中尉なら存在しない物が見えた。

それは、蛍光灯の光を反射する、眼鏡。

「月詠大尉ぃぃぃぃッ!?」

「あぁ、やっと見つけたぞ……黒金…」

光が反射して目が見えない眼鏡、そして三日月型につり上がった口元。

そして、彼女の左手に握られた、一振りの刀。

「あッ、いっけねぇ、博士の所に忘れ物しちゃったッ!!?」

靴底でブレーキをかけて急停止して踵を返す。

焼けた靴底が香ばしいゴムの香りをさせているが気にする余裕がない。

だって大尉が、羅刹女モード。

「待たんか黒金ぇぇぇぇっ!!」

「待てませんッ、勝つまではッ!!」

走り出した黒金を追って走り出す大尉、流石帝国指折りの衛士、速い速い。

と、進行方向先のT字路の先から、黒いオーラを感じる大和。

「ぬぅッ、俺の前髪がビンビンにッ!?」

「ふふふ、少佐、どこへ行くのですか…?」

ゾクリとする声、前から来るのは唯依姫だ。

「ぬおぉぉぉぉぉぉッ!?」

全身の筋肉をフルで使ってT字路を曲がり切る大和。

前門の阿修羅姫、後門の羅刹女には為らなかったが、心臓に悪い。

「死亡フラグかッ、これが俺の終点だと言うのかぁぁぁッ!?」

自棄になって叫ぶ大和、これは俺のキャラじゃない、これは武の方が似合うキャラだと失礼な事を叫びながら。

そして気付いた、武に匿って貰おうと。

執務室は唯依姫が入れるし、夕呼に助けを求めたら最後、楽しそうなドS笑顔で二人に差し出される。

イーニァは駄目だ、昨日の事を考えると余計に事態が大きくなる。

クリスカは助けてくれそうだがイーニァに弱い。

タリサは駄目だ、この手の問題に弱そうだし。

ステラ、そうだ彼女なら、お気遣いの淑女ステラなら!

そう考えた大和だが、同時に気付く。

あれ、女性に助け求めたら「死んじゃえ♪」か「中に誰もいませんよ?」エンドが確定するんじゃね?

だから残るのは武ちゃんなのだ。

修羅場慣れしていると大和が勝手に思っている武ちゃんなら、きっとどうにかしてくれると!

そしてエレベーターの飛び乗り、武ちゃんの部屋があるフロアへ。

「武ッ、匿ってく―――――れよん王国?」

謎の台詞を言いながら、目を丸くする大和。

勢い良く開いた武ちゃんの部屋の扉、中では武ちゃんが、膝に霞、右手に冥夜、左手に彩峰、背中に晴子で固まっていた。

「や、大和…っ?、た、頼む、助けてくれっ!?」

「え…あ、いや…ごゆっくりしていってね?」

「大和ーーーーーーっ!?」

突然の光景に思わず妙なキャラになって扉を閉めようとする。

そんな大和に助けを求めて伸ばす手を、彩峰が掴んで挟む、どこに挟んだかは想像にお任せで。

「た、タケル、その様な事を言うな…」

「そうだよタケル、嬉しくないの~、ウリウリ♪」

「白銀確保、もう放さない……」

「武さん、まだ私怒ってます…」

「NO-----っ!!?」

恥ずかしさと照れで赤くなりながら右手に縋り付く冥夜、どうやら恋する気持ちが暴走モード。

首の後ろから腕を回して、当ててんのよ状態でうりうりと攻める晴子、通称ちゃっかりの晴子。

彩峰はどこかで聞いた台詞を、頬を染めて呟いて左手をガッチリホールド、どこでホールドかは想像に(ry

そして武ちゃんの膝の上に座って温もりを堪能している霞嬢、まだ許していないらしい。

でもよく考えたらシステムのロックを解除したのは霞ちゃんな訳で、そんな事をしたら武ちゃんが使うのは簡単に予想ができる。

もしや、その為にロックを解除したのだろうか。


―――――霞っ、恐ろしい子……っ!!――――


「…………ぶい…」


大和が内心で戦慄していると、何故かピースサインを見せる霞ちゃん。

順調に香月菌で黒くなっているようです。

「いや、しかし何故そんなイベントの一枚絵状態に…?」

「言ってる意味は分からないが、俺が霞と遊んでたら冥夜が相談が在るって訪ねてきて、そしたら彩峰も話が在るって来て、気付いたら晴子が居て、俺もよく分からない内にこんな状態に……!」

「そうか……うん、なんだ、その…他の面子も呼んでこよう…!」

「ぎゃぼーーーーーーっ!?」

俺良い事考えた! とばかりにポンと手を叩いて他の面子を呼ぼうとする大和。

親友ならそうするだろうと分かっていたのに助け求めちゃった武ちゃんは、絶望の叫びを上げるしかない。

だが、今回はイベントの神様は武ちゃんに味方した。

「少佐、他人の修羅場を弄っている場合ですか…?」

「斯衛軍でも国連軍でもそこだけは変らんのだな、貴様は…」

「ゲッ!?」

自分が追われている事を忘れて武ちゃん弄りを始めようとした大和は、扉を出た瞬間、左右からする声に戦慄した。

眼球だけで右を見れば唯依姫、左を見れば真耶さん。

「「少佐、少し時間を頂きましょうか…♪」」

「あ………アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!?」

横浜基地に、大和の悲鳴が木霊した………。




















[6630] ネタが走り出した!
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/04/13 01:21












声援にお応えして、武ちゃんTSでお話を書いてみた。

勿論ネタなので続きなんてない、そして私の未来もないorz

一つ目は最初から女性Ver、二つ目はTS物です。




武美さんは既に存在しますので、ウチは武乃ちゃんで逝きます。

愛称はたけのんで。






所謂本編のIFです、IF。










「それで、これからどうすんのよ…?」

「…………どうしようかねぇ…」

膨れっ面の少女の言葉に、本当にどうしようと悩むのは大和。

現在彼らは横浜から遠く離れた場所まで逃げてきていた。

あの炎の街で出会った大和と少女は、とりあえずBETAやG弾から逃げ切り、現在に至る。

「だいたい、なんで目覚めたらいきなりSF映画の世界よ、信じられないっての」

「そんな事を言われてもな、俺とて似た状況だ…」

憤慨する少女、彼女は己が置かれた状況に適応出来ていない。

いや、それは当たり前だろう、目覚めれば突然見た事もない戦闘と、怪物の姿。

訳が分からず逃げていれば武器を持った青年に助けられ、車で逃げたら途轍もない爆発を目撃。

そこでやっと、自分が非現実的な世界へと迷い込んだ事を自覚したのだから。

「大体、武はやる事やって帰ったんじゃないの? なんでアタシが呼ばれる訳よ!?」

「そこまで知るか、俺とて神じゃないんだ…」

ムキーッと怒る少女の名は、白銀 武乃(しろがね たけの)、つい昨日まで学園に通う普通の少女だったのだ。

「あのG弾だとかいう爆弾の爆発で、何か色々と頭に入ってくるし…あぁもう信じられないっ、何なのよ!?」

「白銀嬢、あまり叫ぶな。体力を無駄に消耗するぞ…」

まだ今後の予定が決まっていない今、大和達は碌な食料も財産も無い。

逃亡に使用した車に、帝国軍のレーションが積まれていたので空腹は満たしたが、武乃は逆に気持ち悪そうだ。

それはそうだろう、食料が現在殆ど合成食品の日本のレーションは、更に味気なくて不味い。

栄養とビタミンさえ補充出来れば良いという品物なので、食料と言うより量の多い薬みたいな物だ。

「武ってば、あんだけ女の子に囲まれて慕われて手を出さないとか信じられない鈍感じゃないっ、あぁもう冥夜とか可哀想で仕方ないわ!」

「ッて、そっちに憤慨してるのか!?」

どうやら武乃嬢は、同一存在である武ちゃんの鈍感朴念仁ぶりに怒っていたらしい。

例え武ちゃんと同じ存在であっても、こちらは根っからの女の子。

流れ込んできた武ちゃんの記憶を思い出して、情けなさに憤慨しているらしい。

「はぁ、それで、これからアタシ達どうなるの…?」

「テンションの上下が激しいな君は…。さてな、普通…と言うか、白銀 武としてこの世界に呼ばれたのなら、普通はもっと先に現れる筈なのだ。今まで何度も繰り返したが、俺と同じ日付に現れた白銀 武は存在しない」

そう、白銀 武という存在が呼び寄せられるのは、2001年10月22日。

現在は1999年…つまり2年近く先なのだ。

「あ、それは記憶にある、って言ってもアタシじゃなくて武のね。10月22日…だっけ? そんで、横浜基地とか言う場所に居る夕呼せんせーに逢って衛士とか言うパイロットの訓練生に……って、もしかしてアタシもそうなるのっ?」

G弾爆発の際に武の記憶…それも、オルタネイティヴ4を成功させた世界の記憶が彼女に流入した。

その際に彼女がその記憶の重さに泣き叫び、大和が押さえ込んだのだが……彼女が落ち着きを取り戻した際に、まるで押し倒されたような体勢だったので、思わずどりるみるきぃ並の拳が大和に炸裂した。

先ほど膨れっ面だったのは、その名残だ。

彼女曰く、乙女の胸は安くないとか。

「さてな、それは君の自由だ。どの道、今香月博士が何処に居るのかも分からんし、分かったとしてもどう彼女の説明するのか。説明を理解して貰ったとして、君がどうしたいのか…こればかりは俺には何も言えんよ」

両手を軽く上げてお手上げを表す大和。

彼には彼なりのやり方があるし、彼女…武乃の生き方を決める権利もない。

何よりイレギュラーが多すぎる、この世界が今まで経験した世界のように動くかは大和にも分からないし、何より物語の中心である武が、女の子の武乃なのだ。

もうどうでも良いやと、半分投げ槍な大和くん、少々精神的にお疲れ気味。

「ちょ、ちょっとぉ、そんな薄情な事言わないでよぉ…アタシ達、似た者同士じゃない、ね?」

武としての記憶はあるが、それ以上に武乃としての人格がある彼女は、言わば記憶を持ったアンリミテッドの武状態。

その身体は平均的な女子校生の身体であり、技術も知っているだけで身についてない。

そして、男女の感性の違いがあるので、武ちゃんのように楽観的でも自主的でもない。

縋り付いて上目使いで見上げてくる武乃、元が武ちゃん、割とイケメンなだけに、女性体である武乃は美少女だ。

セミロングの髪は武と同じ髪色で、胸は割りと大きい。

この容姿なら、恋愛原子核とか無くても普通にモテる女の子だ。

「ねぇお願いっ、力になってよ。黒金ってこの世界長いんでしょ、だったらひ弱な女の子一人養うの楽勝でしょう?」

「……………あれか、俺に働かせて君は安全な場所で暮らそうと?」

「あ……いや、そういう訳じゃなくて…っ!」

大和の言葉が堅くなり、視線が鋭くなったのを見て怒らせたと思った武乃が途端にオドオドし始める。

まぁ確かに、こんな世界に放り出された女子校生なら、頼れる人間に依存するだろう。

だが、大和には目的があるのだ、この世界から解き放たれるという、命題が。

「その、ほら、アタシ記憶持ってるだけで力とか技術とかロボットの…戦術機…だっけ? それが無いでしょう? だから、せめて夕呼せんせーに逢えるまで助けて欲しいなぁ~って…あの、ダメかな…?」

必死に説明しながら上目使いの武乃ちゃんに、本当に武と同一の存在なのかと眩暈を感じる大和。

「(いや、もしやこれが彼女の恋愛原子核の力か…?)」

愛する事を拒絶している大和でもクラっときた彼女のお願い。

あれだ、天然悪女とか言われるタイプだ、知らないウチに男堕として貢がれてしまうタイプだ。

しかも話を聞く限り、女友達は多い様子なので、下手したら同性にまで効果を及ぼすのかもしれない。

「はぁ……前の世界であ号標的が破壊されたから期待していたが、本格的に異なった世界に入り始めたな…」

「あ、あの、黒金? 黒金くん? お姉さん返事が欲しいな~なんて…」

「誰がお姉さんか、俺の方が年上じゃ」

精神年齢的な意味で。

大和は戸惑う武乃を半分無視して、車のエンジンを入れる。

まだ燃料は少し残っているので、近隣の帝国軍基地へと辿り着くのには問題ない。

「横浜基地が稼働するまで面倒は見るが、文句は言うなよ? それとループだのなんだのの話は絶対に他人に話さない事、下手したら精神病と思われて隔離されるぞ」

「あ、う、うんっ、分かった、約束するっ!」

大和の言葉に、笑顔を浮かべて何度も頷く武乃。

大和は帝国軍基地へ向いながら、とりあえず今後の考えを教えるのだった。





















2001年帝国陸軍技術廠・第壱開発局――――



ここに、帝国軍の制服を着た大和の姿があった。

彼の階級を示す階級章は、中尉。

彼はここで、戦術機開発の計画に携わっていた。

「黒金、随分と忙しそうだがどうかしたのか?」

「あぁ、篁中尉ですか。いえ、引継ぎをしないといけない仕事が多いもので」

荷物や書類の整理をしながら、部下にあれこれ指示していると、斯衛軍の制服を着た唯依が現れた。

二人は同階級の同僚だが、大和は帝国陸軍、唯依は斯衛軍で微妙に差がある。

当然唯依の方が上だ。

「引継ぎ? なんだ、出張か? それとも部署変更になるのか?」

「まぁ、部署変更と言えばそうですね。今度、国連軍に移籍する事になりまして」

「え………………?」

大和のサラリと告げた言葉が理解できず、固まる唯依。

今彼は何と言った? 国連軍? 移籍?

そんな疑問が渦巻いて、口をパクパクさせるしか出来ない唯依。

それに気付かず、せっせと書類を整理している大和。

「あ…く、くろ―――「大和ーーっ、この荷物どうするのーーっ?」―――ぁ……」

何とか言葉を紡ごうとしたが、外から荷物を抱えて入ってきた少女に遮られてしまう。

ハツラツとした言葉と態度で入ってきたのは、帝国陸軍の制服を着る武乃だ。

「あぁ、道具類は俺の私物と分けてくれ。何個かパクッた道具もあるが俺のイニシャルが彫られていないから分かるだろう」

「アンタねぇ…使った道具は返しなさいっての…って、篁中尉、どうしたんです?」

「あ……いや…その…」

大和の指示にブツブツ文句を言いながらも道具の仕分けを始める武乃、彼女の階級は少尉だ。

二人は帝国の訓練校へ入学し、卒業する前にここに引き抜かれた。

それはそうだろう、既に衛士として上の上レベルである大和と、こと戦術機操縦に関しては天才である武乃。

この二人を訓練校で遊ばせている余裕が、帝国軍には無いのだ。

まぁ正確には、二人の噂を聞き付けたとある将校が、大和の技術と武乃のセンスに目をつけて強引に引き抜いたのだが。

因みに武乃は、戦術機の扱いは武ちゃん同様に天才的だが、訓練校を途中で卒業した為、歩兵としてはダメダメレベルだったりする。

時々大和が訓練をさせているが、正直タマとどっこいレベルだ。

まぁ、何事も卆なくこなしてしまうので、その内衛士として完璧になるだろう。

で、開発局に配属された二人は、見る見る内に頭角を現していった。

唯依も、二人の並々ならぬ才能と努力に、感心しながら世話した一人だ。

「その、白銀少尉、黒金中尉が国連軍に移籍する話、貴官は知っているのか…っ?」

「はぇ? 知ってるも何も、アタシも一緒に行くんですけど……あれ、中尉知らなかったんですか?」

「――――――な…っ!?」

武乃のあれ-? という言葉に、ショックを受ける唯依。

大和が国連軍へ降るという事実だけでも信じられないのに、武乃まで一緒に行くと言うのだ。

「な…何故だ…っ」

「あの、中尉? どしました?」

拳を握り、俯いて震える唯依。

その様子に、あれアタシ地雷踏んじゃった? と焦る武乃。

大和は無くしたと思っていた資料を見つけて落ち込んでいた、無かったから作り直したその苦労を思い出して。

「何故国連軍などにっ、白銀少尉、貴様分かっているのか、黒金が国連軍に降るその意味がっ!?」

「ちょ、ちょっと中尉っ!?」

「黒金は最早、帝国軍に無くてはならない存在なのだぞっ、それを分かっているのかっ!?」

武乃の肩を掴んで叫ぶ唯依に、面食らう武乃。

大和は、唯依のその姿に唖然としている。

「そんな事許される訳がないっ、叔父様は、巌谷中佐は許したのか!?」

「は、はいっ、なんかレールガンのコアモジュールの恩がどうとかなんとかぁ…っ!?」

ガックンガックンされながら答える武乃の言葉に、怒りを更に燃やす唯依姫。

「99型のコアモジュールと黒金を交換だと言うのか…許せんっ、どこまで人を馬鹿にするつもりだ国連軍め…っ!!」

そう吐き捨てると、唯依は武乃を解放して出入り口へと走っていく。

「黒金っ、そんな準備などするな、私が絶対にお前を国連などに渡しはしない!」

ビシッと宣言して走り出す唯依、恐らく巌谷中佐へ直談判しに行ったのだろう。

「………大和、良いの? 中尉…なんか誤解してるけど…」

「誤解も何も、一応そういう取引だしな、表向きは」

実際の所、横浜基地の夕呼先生の下へ武乃を届ける際に、武乃が大和も一緒にと夕呼にお願いしたのだ。

内緒で連絡を取った際に(大和も99型に関わっていたので連絡は楽だった)、夕呼も大和の事は聞いていたので、武乃をA-01へ、大和を開発部へ迎え入れると約束してくれたのだ。

武乃は訓練校のカリキュラムを完全に消化していないので、最初は207訓練部隊へ編入。

大和は戦術機の強化改造や武装開発をする予定だ。

表向きは横浜基地からの引き抜きだが、実際は二人が自分の意思で降るのだ。

大和は武乃のお願い攻撃で渋々だが。

「大丈夫かなぁ…?」

「もう決定して辞令も降りている、今更止められんさ」

「………薄情だね、大和は…」

「失敬な」

唯依の気持ちを何となく理解している武乃は、愛する事を拒絶する大和に軽く呆れるのだった。





















その後、横浜基地へ配属された二人は、予定通りの生活を始める。

武乃は207訓練部隊で仲間と親睦を深めながら技術と体力を高め、大和は開発局でも披露しなかった技術と設計を惜しげもなく披露していった。

しかし、大和が突然の辞令でアラスカへと飛ばされた事から、大きく歴史が動いていく―――。



「久しぶりだな、黒金…」

「篁中尉…」

嬉しそうな、しかし暗い笑みを浮かべる唯依との再会―――。



「横浜基地の天才の技術力、是非ご教授願いたいものだ…」

「それはそれは、光栄ですよMrハイネマン…」

大和の技術力を狙う、企業や軍隊の暗躍―――。



「貴様は未熟だ、黒金の足元にも及んでいない」

「なんだとっ、俺が技術屋に負けるって言うのかっ!?」

大和に固執する唯依と、アルゴス小隊との間に生まれる溝―――。



「ふざけんじゃねぇ…なんの悪夢だこれはっ!?」

「悪夢ではない、これが現実だ少尉」

黒いカラーリングの機体が、アルゴス小隊、そしてイーダル試験部隊を模擬戦闘で壊滅させる―――。



「クリスカ、あの人だよ…あの人が、わたしたちをたすけてくれるの…!」

「イーニァ、何を言っているの…!?」

大破判定されたSu-37の中、眩しい物を見る瞳で、大和の機体を見上げる少女と、戸惑う乙女―――。



「やっほー大和、夕呼せんせーから届け物だよ!」

「ほう、ついに完成したか…」

横浜基地から、天才衛士と共に送られてきたのは、大和が一から考えた最狂の機体―――。








そして、物語は加速する――――――――――――!!








「日本人だアメリカ人だ、そんな小さな事に拘る貴様に、先はない!」

「くそぉ……ふざけんじゃねぇーーーーーっ!!」



「ヤマト、わたしたちをつれだして……!」

「貴様は、なんなのだ…!?」



「大和、あの子達霞に似てるね…もしかして、同じなのかな…?」

「そうだとしたら、お前はどうしたいんだ?」

「………助けたいよ…!」



混迷する物語り―――。



「貴様は、何者だ? 一体何を見ているのだ…!」

「何も。在るとすれば、未来のみを」


一人の女性中佐の言葉に答えるのは、地獄を経験し続けた修羅の瞳。



「下がっていろブリッジス、俺は今から修羅の道を往く――――!!」

「クロガネ大尉っ、無茶だっ!?」



「私は何を考えた…? 大和が無事なら、99型などどうてもいいなんて……!?」



戦いの中、生まれていく絆と、壊れていく絆―――。



「馬鹿な…インフィニティーズがたった2機の戦術機に…!?」

「これが米軍最強と言われるインフィニティーズか…ぬるいな…」

「伊隅大尉達の方が強かったね、大和」



圧倒的な力を示す、横浜基地出向部隊『ブリュンヒルド』―――。




そして、物語は最終局面へ――――――――




「下らんお遊びはお終いとしようか、サンダーク」




「教えてくれ大尉っ、私はどうすればいいっ!?」




「全部終わったら、霞の所へ行こうね、イーニァ、クリスカ…っ」







今、世界の裏で蠢く陰謀が暴かれる――――!







ムラクモ
「ここが正念場か…往くぞ『叢』、我が剣よッ!!」






               ムラクモ
日本武尊、アナザーストーリー『叢』……今夏、執筆未定!!!





















うん、未定なんだ、つまり打ち切り(ry

























こんなパターンはお好き?












武ちゃんが女の子になっちゃったお話なら……












「ふぅ……やっと“始まりの日”か…」

瓦礫と廃墟が続く街、その中をどこか疲れた様子の青年が歩く。

彼の名前は黒金 大和、なんの因果か偶然か、この世界へと投げ出され、その存在を縛り付けられた存在。

死ぬ事は叶わず、戻ることも叶わない地獄のループを繰り返す、異邦人。

「これで何度目だったか、ここに脚を運ぶのは…」

彼が今居るのは、この世界での物語を歩む者、白銀 武の家。

正確に言えば、この世界の白銀 武の家であり、因果導体となった白銀 武が目覚める場所だ。

大和は、30回のループを超えた辺りから、この日にこうして脚を運ぶようになっていた。

どんなに足掻いても因果から解放されずにループしてしまう自分。

それが解放される方法が分からず、今はただ白銀 武の行動に祈るのみ。

彼がオルタネイティヴ4を成功に導かなければ自分のループは終わらないのでは?

そう考えて、もう神頼みレベルでこうして脚を運んでいるのだ。

「最近じゃ、大破した戦術機見てはしゃいで笑ってる姿みると、殺意が浮ぶんだよな…」

因果から解放される方法も分からない大和は、段々思考が狂ってきていた。

最初の頃は、まぁアンリミテッドだし仕方が無いと思っていたが、最近ではその能天気な行動を見ると殺してやりたくなる。

こっちは毎回毎回死んで戻って死にそうになって生きてまた死んで死にそうになってを繰り返しているのだ。

何で俺が明星作戦の真っ只中で、貴様は何もない時に目覚めるんだと、理不尽な怒りも湧いてくる。

大和は、かなり追い詰められていた。

それはそうだろう、終わらないループ、解決の糸口も見つからない。

最近では衛士や研究者になるのにも飽きて、浮浪者の真似事して生きている。

「……そうだ、試しに殺してみるか…」

そうしたら次の時に何か変るかもしれない。

またループして武が来るまで2年近く待たなければ為らないけど、そんなの今までを考えれば直だ。

幸いなのか謎だが、懐には拳銃がある。

いい加減純夏に辿り着けよ、女囲って幸せになってんじゃねぇよ、と僻みも入った怒りを燃やす大和。

大和の性格では、誰かを愛して忘れられる、最初からになる、その衝撃に耐えられないのだ。

何度か気にしないように関係を持った相手でもダメだった、次の目覚めで出会ったとき、初めましてと言われて狂いそうになった。

いや、もう狂っているのだ、この世界の、物語りの主役を殺してみようと考える時点で。

ガチャリと扉が開いて、家から誰かが出てきた。

一応廃墟の影に隠れて様子を見る大和、もし今まで見た武の行動をしなければ、オルタネイティヴに入ったと分かる。

頼むぞー、はしゃぐなよ~、戻ってきた事に喜ぶのは許すけど純夏の家が破壊されてるのに笑うなよ~と、念じる大和。

そんな願いが通じたのかどうか謎だが、出てきた人影ははしゃいだり驚いたりした様子はない。

影に隠れているので姿は見えないが、いつもの様に笑い出したり驚きの声を上げたりしていない。

「(もしや、アンリミテッドから抜けたのか…ッ!?)」

希望が出てきた事に、久しぶりに、本当に久しぶりに笑みが浮ぶ大和。

これで因果から解放されるかもしれない、されなくても、何か分かるかもしれない。

こうなったら、浮浪者なんてやっていられない、何とか職について、横浜基地に潜り込んで様子を見ないとならない。

今まで何度も横浜基地へ配属された事はあるが、アンリミの世界だったのか、毎度毎度オルタネイティヴ4は失敗、武は207の誰かと結ばれたり、まりもと結ばれたり、酷い時は夕呼と一緒にどっかへ行ったり。

酷いと言えば、ハーレム作った時は酷かった、通路やら格納庫やらシミュレーターデッキやらで、常時誰かとイチャイチャイチャイチャ。

もうフライング摂政ポセイドン喰らわしてやろうかと思った位だ。

だがその思いも終わりだ、これでやっと純夏ルートだ、全並行世界の純夏が泣いた!

なんて考えていると、人影が何やら落ち込んだ様子を漂わせている。

はて、ここは今度こそオルタ4を成功させると意気込むシーンでは?

そう思って顔を覗かせて固まった。

「はぁ~、本当にあの世界だし…でもなんてオレ女になってるんだろうなぁ…」

「―――――――――ッ!?」

そこに居たのは、栗毛色のセミロングヘアーを風に靡かせ、白陵柊の“女子”制服を着ている、一人の 美 少 女 !

「うわぁ、スカートってスースーするなぁ…女子の制服なんて着かた知らないし、大丈夫かな…?」

足元の無防備感に顔を顰めながら、来ている制服をチェックする少女、ぺロリと捲くったスカートの中は、純白だった。

「くそぉ、なんで下着まで女物なんだよ…もしかしてこの世界って、微妙に違う世界なのか…!?」

何か一人で驚愕しているが、呟いている言葉で大和は理解した、理解してしまった。

彼女は、紛れも無く白銀 武であり………女性化した状態。

「TSって新し過ぎるだろうそのストーリーは…ッ!?」

「っ、誰だ!?」

思わずツッコミ入れちゃって気付かれる大和、でも気持ちは分かる。

振り返った美少女、白銀(仮)は、廃墟の影からこちらを窺う大和に気付いた。

そして驚きつつも、身構える。

その体捌きは、紛れも無く訓練を受けた人間の動きだった。

「(となると、アンリミテッドの経験引継ぎで女性化…か? なんてややこしい…)」

大和は頭を抑えながらも、見つかったのだから仕方ないと両手を上げて出てくる。

「誰だお前、ここで何してるんだっ!?」

「いや、それは普通こちらの台詞だろうお嬢さん」

身構える白銀(仮)に、表面上は平静を保ってツッコム大和、内心は頭痛を堪えるのに必死だ。

「お嬢さんってっ……あ、そっか、オレ女になってるんだっけ…」

大和の言葉に怒りを露にするが、自分が女になっている事を思い出して落ち込む。

「あ~、落ち込んでいる所悪いが、白銀」

「―――っ、なんでオレの名前をっ!?」

大和が声をかけると、すぐさま距離を取って身構える。

この辺り、やはり中身は戦士白銀のようだ。

「いや、この家から出てきたから」

「あ………」

これ、と指差す先には、掠れて居るが読める白銀家の表札。

それを言われて顔を赤くする白銀(仮)。

美少女だけに愛らしいが、中身…と言うか元の白銀 武を知っている大和の食指は動かない。

TSは嫌いじゃない男だが、今はそれより重要な事がある。

「まぁ、見なくても知っているけどな、白銀 武」

「――――っ、お前やっぱり…何者だよ!?」

「御同輩さ、お前と同じ因果に囚われた異邦人。ま、現実来訪の脇役と思ってくれ」

「はぁ…?」

大和の言葉に、なんだこいつと首を傾げる白銀(仮)

それを気にせずに、大和はとりあえず座って話せそうな場所を探すのだった。





















「……つまり、お前もオレと同じように、別の世界からこの世界に飛ばされた…って事か?」

「まぁその解釈で構わんよ。それより、股を開くな」

大和の説明を受けた白銀(確定)が自分なりに解釈して求めた言葉に頷きながら、彼女(彼?)の脚を指差す。

中身が男の武なので、御開帳だった。

慌ててスカートを抑えながら脚を閉じて、真っ赤な顔で睨んでくる。

「み、見たのかっ!?」

「見たが?」

それがどうしたという態度の大和に、いや、その…としどろもどろになる彼女(彼…?)。

「あれ、そう言えばなんでこんな恥ずかしいんだ…?」

別に下着なんてなぁ…と考える白銀、中身は男なのでよく考えれば別に恥ずかしくない筈だ。

「さてな、身体に精神が引っ張られたんじゃないのか?」

「そんな事あるのかよ?」

「無いと言い切る根拠は無いぞ」

大和のその言葉に、それもそうか…でもなぁと悩む白銀。

「で、どうするんだ?」

「え、何が?」

いい加減話を進めたい大和の問いかけに言葉に、キョトンとして小首を傾げる。

どう見ても、女の子の仕草です本当に(ry

「お前、身体の方に精神乗っ取られてきてないか…?」

「え、えっ、え!?」

大和の指摘に、慌てて身体を触ったりしてしまう白銀。

「あん…っ」

「何をしているかッ」

何を確かめようとしたのか、胸を触って甘い声を上げた彼女にツッコミハリセン。

「はっ!? オレ今なんつー声をっ!?」

ぎゃぼーーーと叫ぶ白銀に、頭が痛い大和。

「全く、貴様が女になった原因は知らんが、やる事は決まっている、そうだろう?」

ハリセンを背中に収納しつつ(白銀が凄く不思議そうに見ている)、言葉を向けると、彼女(で良いよね)も慌てて頷いた。

「先生の研究の、オルタネイティヴ4を成功させる、それがオレの使命だ!」

「結構、ならさっさと横浜基地へ行け」

白銀のその決意に、大和は満足して横浜基地の方を指差す。

色々と不安も謎も疑問もあと別の不安もあるが、物語りが進まないのは困るのだ。

「え~~~~~~っ?」

「なんだその私は不満ですと言いたげな声は…」

白銀が唇を突き出してブーブー言い出した、どう見ても女の子の(ry

「黒金は手伝ってくれないのかよー」

「馬鹿を言え、何で俺が物語りに絡まなければならないんだ」

そんな事になったらマブラヴオルタネイティヴじゃなくなるだろうと内心思うが、武が女性化している時点でもう別物かとやっぱり内心ツッコム。

「良いじゃんか、話を聞いた感じ黒金も衛士として強そうだし、研究もしてたんだろ? なら俺を助けると思って協力してくれよ、俺もこんな身体になっちまって不安なんだって!」

「馬鹿な、俺に何を期待してるんだお前はッ、えぇい放せ、なんで握力強いんだ貴様は!?」

大和の腕を掴んでグイグイと横浜基地へ連れて行こうとする白銀と、抵抗する大和。

「そんな事言うなって、何ならおっぱい触らせてやるから!」

「要らんわッ!?」

ほれほれと胸を押し付ける白銀と、抵抗する大和。

二人の揉み合いは、その後10分間続くのだった………。














「なんだお前、何者だ?」

「訓練兵を連れて、デートか?」

何か勘違いした門兵の言葉に、頬が引き攣るのを耐える大和と、デートという単語で寒気を感じる白銀。

「香月博士に依頼されていた技能を持つ訓練兵を、引き抜いて連れて来た。アポが無いので連絡を頼む」

「何を言っている、そんな話は聞いていないぞ!」

銃を向けられるが、大和は平然とした態度を崩さない。

「アポは無いと言っただろう、博士の極秘の依頼で動いてるんだ、兎に角博士に取り合ってくれ。どうせ博士に関する事は全て知らせろと指示されているだろう?」

「…………分かった、連絡してくる」

「おい!?」

「仕方ないだろう、副司令に関する事は本当なんだ」

「あぁ、連絡を取る際に『鑑の幼馴染』『00』『空の箱舟』と『ユニットを動かせる者を連れて来た』と伝えてくれ」

「あ、あと、『霞は元気か?』も頼むよっ!」

ゲート脇の建物に向う伍長に、大和が伝言を頼むと、白銀も便乗して伝言を頼む。

伍長はなんだそれは? と首を傾げるが、伝言と暗号だと伝えて促す。

数分後、伍長が警戒しながらやってきて、副司令がお会いするそうだと伝えた。

「で、帰って良いか?」

「ダメだってのっ!」

基地に入る間際、帰りたがる大和と、必死に引き止める白銀と一悶着在ったりしたが。

夕呼に逢ったら間違いなく巻き込まれる、そう感じて逃げたかった大和は、この後本気で逃げれば良かったと後悔する。



















「で、お前達は誰だ?」

「げっ!? 先生が男っ!!?」

「あ~、TSじゃなくて主要人物性別逆転物か畜生ッ!!」

出迎えた白衣のイケメン男性に、驚愕する白銀と頭を抱える大和。

なんだかんだで話が進んで、207に配属された白銀を待ち受けていたのは、揃いも揃った美男子グループ。

「なんか、視線が怖いなぁ…あははは…」

現在の白銀、可愛い子羊状態?

「黒金、お前A-01に配属な」

「げ…ッ」

嫌な予感が本格的になり、紹介されたのは揃いも揃った美男子部隊。

食堂のおばちゃんが割腹の良いおっちゃんに、ピアティフ中尉も金髪男子。

「あ、悪夢だ…ッ」

「く、黒金、なんかオレ皆から凄い目で見られるんだけど…!」

余りの男比率に頭を抱える大和と、そんな中に放りこまれた美少女の白銀は獲物を狙う目で見られて大変。

「黒金、なんかお前アラスカから呼ばれてるぞ?」

「―――ッ、往って来ます!」

「あぁっ、待って、オレを置いてかないで!?」

この男だらけの空間から逃げられるならと、アラスカ行きを決める大和と、壁である大和が居なくなったら大変な白銀。

もう時期的にTE終わってるけど良いさ、この美男子空間から逃げられるならと出張したアラスカは。

「ここもか、ここもなのかッ!?」

「残念だったな大和!」

武人な篁、紅の兄弟、その他諸々。

男比率に絶望する大和と、何故か安心して嬉しそうな白銀。

「こうなったらリセットで…ッ!」

「バカっ、そんな事させないからなっ!?」

死んでやり直そうとする大和と、身体を張って止める白銀。

この悪夢の行き先は果たして――――――――――



















「なんて悪夢にはならなかったか…」

「何言ってるのよアンタ…?」

一人、悪夢な展開に不安を覚えていた大和は、検査の後に対面した夕呼先生の姿に安堵していたのだった。












































うん、やっぱりネタはネタだから面白いと思うんだ、だからここで強制終了なんだよ、すまない。

続きを熱望されても、その、なんだ、困る。

何が困るって、XXX板に書かなくちゃいけない展開に(ry

前者のパターンだと、武乃×大和が成立するけど、唯依姫ヤンデレフラグも立つ。あとハーレム。

後者は未定、悪夢パターンだと白銀(女)×大和だけど、場合によっては逆もあり?

武乃パターンで途中から(10月22日)武ちゃん登場させての三角関係とか!?

ほら、人間自分が一番って言うし(マテ

と言うか、女武ちゃんだと純夏復活が難しくなりそうで話が書けませんorz

後は皆様の妄想にお任せする方向でうわなにをするやめ(ry





前者の黒金は日本武尊モデル、どちからと言うと過去編がモデル?

後者の黒金は、精神的に少し病んでるバージョンです、男のヤンデレはキモイと友人に指摘されたので修正しました(何

修正前は……うん、これは駄目だorz

あれです、本編みたいに自分のループの理由や解決の糸口が全く分からない状態なんです。

本編の黒金は仮説ながら理由を考え付いてますから、冷静です。

ネタなので、続きはありませんです、ではまた逢う日まで(汗



[6630] 第三十四話(R-15じゃないと思いますが一応)
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:42











2001年8月18日―――――――――



夏の日差しが照付ける中、横浜基地の大型演習場では、複数の戦術機が模擬戦闘を行っていた。

だが通常の模擬戦闘とは異なる物で、その目的は新型OSの性能発表。

そう、今日はXM3の正式トライアルの日なのだ。

「ふむ、207訓練部隊は好成績、他のXM3搭載機部隊も良い感じじゃないか」

「そうだな…」

演習場の管制塔、その管制室の外のベランダ部分で双眼鏡を眺める大和と、同じように双眼鏡を眺めている武。

二人の双眼鏡の先では、XM3搭載の撃震部隊が、仮想敵部隊を蹴散らしている。

「なんだ、自分が参加出来なくてご立腹か?」

「違うって……暑いんだよっ、なんで態々外で、しかも直射日光直撃な場所で見るんだよ!?」

と、汗ダクダクで叫ぶ武ちゃん、いくら夏服が支給されても、真夏の直射日光は辛い。

対して、大和は涼しい顔だ、汗はかいているけど。

「何を言う、こういう物は生で見るのが通なんだぞ?」

「何の通だよ!?」

叫んで余計に汗を流す武ちゃん、その姿にやれやれと肩を竦める大和。

「って言うか、なんでお前は平気そうな顔なんだよ…」

「平気ではないぞ、十分暑い。が、真夏の格納庫や開発室はもっと暑い!」

クワッと目を見開いて力説する大和、妙な威圧感がある。

「ただでさえ何人もの整備兵が駆けずり回って暑苦しいのに、機体の排熱やら機械の排熱やらで温度は急上昇、熱気で湿度も上昇して不快指数は限界突破、開発や改造が終盤になればさらに倍で、地上格納庫なんて蒸し風呂状態になるんだぞッ!?」

「な、なら冷房入れれば…」

「冷房入れても冷えないんだよッ!!」

恐るべし、横浜基地整備班の熱気と情熱。

「す、すみませんでした…」

「まぁ、衛士は強化装備で多少は軽減出来るがな。日本はまだマシだ、赤道近くの国や豪州は辛かった」

数あるループの経験から思い出される、真夏の暑さ。

横浜基地はまだマシだ、新しい基地なので冷暖房設備が充実しているから。

それでも格納庫や開発室の熱気は冷やせないらしい。

「そう言えば聞いたか、207は今月の終わりには任官だ」

「あぁ、まりもちゃんから聞いた。で、まりもちゃんはそのまま…」

「原隊復帰で、現在大尉を与える予定だそうだ。どの道、任官しても暫くは訓練だからな、丁度良いだろう」

夏の日差しを浴びながら、演習場を眺めて会話する二人。

そんな二人に、管制室から顔を出した情報官が声をかけた。

「黒金少佐、白銀大尉、香月副司令から出頭命令です」

「おや、もう時間か。分かった、行くぞ武」

「お、おう」

伝えられた内容に、大和は頷き、何の話だろうと戸惑う武を連れて管制塔を後にする。

「武、一応シャワーを浴びた方が良い、感動の対面が台無しになる」

「はぁ…?」

大和のよく分からない言葉に、首を傾げつつも一応シャワーを浴びに行く武ちゃん。

大和の念の為に浴びて汗を流しておく。

「所で、この前篁中尉と月詠大尉に連れてかれた後、どうなったんだ?」

「――――――――ッ、頼む、聞くな…」

シャワーを浴びながら話しかけてきた武ちゃんの言葉に、頭を抑えて壁に手を付く大和。

どうやら相当なトラウマ体験をしたらしい。

あの後は大変だった、逃げた事に対するお説教の後、唯依姫が大尉に何やら内緒話をして、その後何か二人の間で同盟のような物が結ばれたらしい。

その後の、正座して震える大和を見る目、あれは獲物を見る肉食獣の瞳だった。

例としては、最近武ちゃんを見つめるまりもちゃんや真那さんの瞳。

「なんか、中尉がお前に告白したとかイーニァから聞いたけど…」

ぷりぷり怒ってたぞ? と話す武に、大和は表情を消して頭上から降りかかるシャワーの水流にその顔面を晒す。

「………武、女の信念は怖いな…」

「はぁ? ………なんか、在ったのか…?」

親友の態度が変わった事に、武も気付いて不安げに仕切られた隣のシャワー室を覗いてくる。

「いや、俺には真似出来ない決意だと思っただけだ。そろそろ行くぞ」

「お、おう…」

大和の態度に、違和感を拭えない武。

この前から、そう、クーデター軍襲撃事件の後から、時々大和の態度がおかしい。

時々、酷く危うい雰囲気を感じるのだ。

今にも、崩れてしまいそうな、そんな雰囲気を。

「そ、そう言えば、米軍の謝罪が発表されたって?」

「あぁ、一昨日正式に米軍が謝罪し、非を完全に認めた。と言うより、認めざるを得なかった…と言った所か」

先のクーデター軍襲撃事件の折、米軍が帝国政府並びに国連横浜基地からの要請も許可も無く横浜港に侵入し、上陸した件。

停止を呼びかけていた責任者、大和に対して発砲すると共に戦端を開いて強引に介入しようとした事件は、米軍の一部軍部高官の暴走として処理された。

無論、帝国政府と国連横浜基地はそれで納得する訳もなく、反米感情が強い国と一緒になって非難。

米軍に謝罪させると共に、一部装備の提供や緊急時の海外派遣部隊への臨時指揮権の譲渡などをもぎ取った。

流石に米軍も渋ったが、横浜基地が「じゃぁ新装備も新型機も新OSも要らないね、お宅のF-22A撃破した物要らないんだ~」と遠まわしに技術渡さないぞと脅した。

F-22Aをほぼ圧勝で撃破した装備や機体、それに噂の新型OS。

米軍でも喉から手が出るほどに欲しい物だ。

まぁ、流石に軍全体で欲しがった訳ではなく、中にはそのOSなどに懐疑的な連中も居るため、一時保留となった。

最初に謝罪と慰謝料を支払い、残りは噂の性能を見てからでも遅くないと、軍内部で決定したらしい。

本日のトライアルには、その米軍関係者も視察に来ている。

と言うか、夕呼が大々的に国連加盟国へと宣伝したのだ。

先の事件を知る加盟国は、人員を急いで派遣して、現在トライアルを視察している。

午前中の模擬戦闘だけで、評価は上々だとピアティフ中尉が報告してくれた。

特に、207訓練部隊の練度と動きに、拍手すら出ていたそうだ。

この報告に、米軍は慌てて横浜基地へXM3下さいと頭を下げる事になるが、夕呼は当然XG-70と交換、ごねたり渋ったり邪魔したら…分かってるわね?とタップリと脅すのだった。

「米軍の一部装備の提供って、なんだ?」

「決定では無いが、米軍機を数台寄越せって事だ。恐らく、F-15Eが数台提供されるだろう。財政の代表、今頃胃潰瘍でも患っているかもな」

冗談として笑う大和と武だが、本当に患っていた。

最新型のF-22Aを12機も潰され、その上潰した横浜基地へ慰謝料とF-15Eを数台譲渡しなければならないのだ。

会議中に倒れたその人は、暫く悪夢に悩まされたとか。

「夕呼先生の事だから、F-15Eなら3ダース寄越せとか言いそうだ」

「言ったらしいぞ?」

「マジでっ!?」

冗談で言ったのに本当だったので驚愕する武ちゃん。

流石極東の魔女、普通なら言えないことを言ってのける、そこに震える恐怖する!

「帝国軍には既にXM3の配布が決定、明日から各方面軍への慣熟教導官が来て、講習を受ける予定だ」

そしてその講習を受けた教導官が、各基地、各方面軍でのXM3慣熟訓練の教導を行う。

導入しても、基本説明だけでは理解し切れない部分や、操作の最高レベルを実践して教えなければ折角のXM3の能力が100%使えないからだ。

「概容説明はピアティフ中尉が、基本教導は当然武だ」

「了解、みっちり扱いてやるぜ!」

帝国軍の底上げに繋がるならと、気合十分な武。

最も、明日当たりはピアティフ中尉の概容説明と体験だけで終わりそうだと、この後の対面を考えて苦笑する大和。

XM3の晴れ舞台でありながら、夕呼は訪れた各国代表者に簡単な挨拶をするとすぐに地下に引き篭もった。

現在は基地司令とピアティフ中尉が説明や対応をしている。

質問などに手が回らなくなり、唯依が緊急招集されたりした。

本来なら武や大和も顔を出すのが普通だが、二人、特に武には大事な仕事があるのだ。

「で、夕呼先生の出頭命令ってなんだ?」

「行けば分かる」

何度か問い掛ける武だが、大和は同じ言葉で答えて地下の執務室へと足を運んだ。

「あぁ、執務室じゃない、こっちだ」

「こっちって、そこは純夏の……」

武の戸惑いを他所に、大和はパスでロックを解除するとさっさと中へ入ってしまう。

「連れて来ましたよ、博士」

「あら、ご苦労さま。白銀、さっさと入りなさい」

「あ、はい…。でも先生、どうしたんすか、こっちに呼び出すなんて…」

首を傾げながら問い掛けてくる武に、夕呼は肩を竦めて苦笑する。

「アンタも鈍いわねぇ、何か気付かないの?」

夕呼にそう言われて、首を傾げながら部屋を見渡すと、ふと何かが存在しない事に気付いた。

「純夏が…っ!」

「そうよ、もうこんな不自由な場所に入れて置く必要はないの」

武の驚きに、夕呼は笑みを浮かべて頷いた。

いつもなら、青白い光を放つシリンダーの中に居た純夏の脳髄が、無いのだ。

「社、連れて来なさい」

「はい……さぁ、純夏さん…」

「あ……あぁ………っ!!」

部屋の奥へと声をかける夕呼、その声に答えたのは霞であり、彼女は誰かを支えながら武達が居る方へと現れる。

薄暗い室内の、僅かな光源で照らされたその姿。

忘れようも無い、彼女の姿。

「純夏…純夏…っ!」

武が愛し、守りたいと誓い、しかし救えなかった少女が、そこに居た。

「先生っ、完成したんですねっ!?」

「まぁね。と言っても、00ユニット自体は黒金のお陰でもっと前に完成していたのよ。問題だったのは、反応炉を通しての情報流出やリーディング能力の制御ね。それも何とか形になったから、こうして彼女はここに居るわ」

武の言葉に、胸を張って答える夕呼。

彼女が言う通り、00ユニット自体は6月を過ぎた段階で完成していたのだ。

それなのに遅れた理由は、反応炉からの情報流出や前の世界での問題点。

それを、大和が持って来た00ユニットの理論と共に前の世界の夕呼が書き殴った問題点とその解決方法の提示。

これを元に、より完璧な00ユニットとして、鑑 純夏を完成させたのだ。

「………………………」

その純夏は、やはり前の世界と同じで、自意識の無い人形状態。

それでも、武は嬉しかった。

また00ユニットという悲しい存在としてでも、出会えた事が。

嬉しかったのだ。

「純夏……俺だ、武だ、分かるか…?」

涙を流しながら、そっと純夏へと近づく武。

だがその言葉に、純夏は反応を示さない。

霞が少し離れ、後ろから夕呼と大和が見守る中、武は何度も言葉を囁く。

「純夏…ごめんな、俺が、俺が不甲斐ないばっかりに、お前を助けられなくて…ごめんな…っ」

「…………ケル……ちゃ……」

「純夏…っ!?」

武の涙が地面に零れたとき、微かに純夏が反応を示した。

その光景に、夕呼は内心で行けると確信し、霞は無言だが能力で純夏の思考を読み取ろうとしている。

それと同時に、目の前に貴女が求めた人が居ますと、必死に伝えながら。

「タケル…ちゃん……タケルちゃん…タケルちゃんを……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあっ!?」

「す、純夏っ!?」

「殺したっ、あいつらが、BETAがっ、タケルちゃんをっ、タケルちゃんをっ!?」

「純夏っ、落ち着けっ!!」

記憶のフラッシュバックか、暴れ始めた純夏を、武が慌てて抱き締める。

「殺してやるっ、殺してやる、殺してやるっ、全部、全部全部ぜんぶぅぅぅうっ!?」

「純夏……純夏っ、良いかよく聞けよ、一度しか言わないからなっ!?」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」



「――――――――愛してるっ!!」



「あぁぁぁ………あ……あ………ぁ……?」

「俺は、鑑 純夏を愛してるっ!!!」

「た…タケ……タケル……ちゃん………?」

「お前がどんな姿だろうと、どんな存在だろうと、俺は、お前を愛してるっ、今度こそ、今度こそお前を守り抜いてみせるっ! 純夏…愛してる…!!」

武が何か決意を固めたかと思えば、突然の告白。

こんな時に何を言っているんだと呆れる夕呼だったが、効果があった。

告白と共に、純夏が落ち着き始めたのだ。

抱き締め、真っ直ぐに純夏の瞳を見つめて放つその言葉には、武の、真っ直ぐな想いが詰まっていた。

あんな強い視線と真っ直ぐな、そして強烈な好意の言葉を向けられたら、並みの女性は一発で腰砕けだなと、どこか頭の片隅で考えるのは大和。

最後の愛しているの言葉と共に、純夏の唇にキスをする。

その瞬間、純夏の瞳から涙が零れた。

「っ、これは、パラポジトロニウム光っ!? どうして…っ!!」

「いかんッ、武、離れろッ!!」

「なっ、離せ大和っ、純夏がっ!?」

「これ…は……純夏さん…?」

突然、純夏の身体からパラポジトロニウム光が溢れ出し、彼女を包み始める。

その現象に驚愕する夕呼と、強引に武を引き剥がす大和。

武は暴れて純夏へと向おうとするが、大和が全力で羽交い絞めにして許さない。

そんな中、霞だけが、特別な力を持つ霞だけがその現象を見て、いや、視ていた。

「武さんから、記憶が溢れてる……純夏さんへ、入って行ってる…」

霞には感じられた、武が口付けした直後、武から誰かの想いや記憶が溢れ出し、純夏へと吸い込まれるように入って行っているのだ。

「純夏ぁぁぁぁっ、あぐ……っ!?」

「武…どうした…ッ!?」

純夏へと手を伸ばしていた武が、突然その手を頭に置いて、苦しみだした。

「なんだこれ…これは俺の……違うっ、これは俺の記憶じゃない…っ!?」

「武……まさか…ッ!?」

再生される記憶に、悶えて蹲る武。

その姿に、心当たりがある大和はパラポジトロニウム光に包まれた純夏を見る。

「冗談じゃないわよ、なんで00ユニットが…!」

「博士、落ち着いて下さい。彼女は消えませんよ」

声をかけて来た大和に、なんで分かるのよと問い返す夕呼。

流石に天才の彼女でも、目の前の現象は予想できなかったのだろう。

「あの光は、この世界から消える光じゃない…逆です、現れているんです…!」

「現れる…何が現れるのよ…!?」

「彼女ですよ…鑑 純夏が」

大和のその言葉が終わると同時に、光が収縮を始める。

それに伴って武の異変も納まり、呆然とその光景を見詰める。

光が完全に消えた其処には、何故か裸になった純夏が居た。

座り込み、下を向いていた顔が、ゆっくりと持ち上がる。

「たけ…る…ちゃん……わたしも………わたしも…愛してるよ…!」

「純夏……純夏なのか…?」

涙を流し、泣き笑いで微笑むのは、思い出に色濃く残る、彼女の笑み。

その言葉は、確りとした感情に支えられて、紡がれる。

震える身体で立ち上がり、彼女に近づく武。

「ごめんね……ごめんねタケルちゃん…わたしが、わたしのせいで…ごめんね…!」

「純夏…何言ってんだよ、お前のせいじゃない…お前のせいなんかじゃないんだ…!」

「でも、でもわたし、タケルちゃんに辛い想いをさせた…たくさんの、たくさんのタケルちゃんに、辛い想いを…」

「良いんだ…もう良いんだ…俺は、お前を助けたかった…それだけなんだから…な?」

涙を流す純夏、武もまた同じように涙を流しながら彼女を抱き締めた。

暖かい、確かな温もりを伝えてくる彼女を。

「でもタケルちゃん、どうしてこの世界に…? わたし、確かにタケルちゃんを解放した筈なのに…!」

「……え…も、もしかしてお前、前の……前の世界の純夏、なのか…!?」

「えぇっ!?」

「……………」

純夏の言葉に、驚く武と夕呼。

対して、大和はやはりか…と言った表情で二人を見つめていた。

「えっと…そう…なんだけど、でも違くて、わたしはわたしだけど、この世界のわたしであって、前の世界のわたしでもあるの。あ、でも違うわたしも混じってて…!」

「いや、意味が分からないぞお前……」

「だ、だから、わたしはわたしだけど、でもこの世界のわたしも、前の世界のわたしも一緒で、それで別のわたしも混じってて!」

「余計分からんわっ!」

「あいたーーっ!? うぅ、なにするかーーーっ!!」

純夏の説明が意味不明だったので、つい頭をペシッと叩いてしまう武ちゃん。

その痛み、と言っても対した痛みでないがアホ毛をビクンッとさせて頭を抑える純夏。

その反応に、武の表情が凍った。

「お前……もしかして…あの純夏も…なのか…?」

「えっと……うん、たぶん。タケルちゃんと白陵柊に通ってたわたしも…うん、覚えてるよ」

その言葉に、武の瞳に涙が再び溢れ、流れる。

そして、純夏を思いっきり抱き締める。

「た、タケルちゃん、ちょっと苦しい、苦しいってば……」

「純夏、ごめん……ごめんな…っ」

「タケルちゃん……わたしこそ、ごめんね…っ」

純夏もまた、涙を流して武を抱き締める。

その光景を、呆然と見ていた夕呼の肩を叩いて、大和が仕草だけで退室しようと伝える。

霞も、二人の光景に少し涙を流しながら、静かに大和達の後を追った。

扉が閉まり、三人はそのまま壁に背中をつけて立ち尽くす。

「…………黒金、アンタあの現象に心当たりがありそうね…?」

天才科学者である自分ですら混乱しているのに、目の前の因果導体は何かを理解している顔だ。

「……拙い仮説ですが、宜しいですか?」

「構わないわ、今はどんな小さな情報でも惜しいの」

焦りを浮かべる夕呼、もしも先程の異変で、00ユニットに問題が発生していれば困るのだ。

「恐らく、切っ掛けはG弾です」

「G弾が…? 良いわ、続けて」

「以前お話した通り、俺と武がこの世界へと入り込んだのは、横浜ハイヴ攻略戦…明星作戦の真っ只中でした。脱出した際に、G弾の炸裂とほぼ時を同じくして、武は謎の発狂を起こしました。鑑嬢や御剣達の名前を泣き叫び、謝り続けました」

「G弾爆発による、別世界からの記憶の流入現象か、それともただのフラッシュバック…?」

「最初は別世界の武の記憶か、前の第4計画成功の世界の記憶を受け取ったのかと考えましたが、その受け取った記憶を武が覚えていないのです」

「………どういう事?」

「武が落ち着いたのを見計らって、どの世界の記憶だったと問い掛けたら、よく覚えていないと。あれだけ泣き叫ぶほど強烈な記憶なら、思い出しても良さそうなものですが、何かが入ってきたという記憶しかなかったのです」

「それが、今回の件とどう関係があるの?」

「……記憶が、流れました…」

大和が口を開く前に、霞がポツリと呟いた。

夕呼が視線を隣へ向けると、涙を拭った霞が、こちらを見上げている。

「武さんの中から、誰かの、別の人の記憶…想いが流れるのを感じました……」

「想いが…流れる…?」

「はい……。そしてそれは…純夏さんと同じでした…」

「ちょっと待ちなさい社、じゃぁ白銀から鑑の記憶が流れ出たって事!?」

霞の言葉に、夕呼はありえないと首を振る。

だが、肯定したのは大和だ。

「あのG弾爆発の時の記憶の流入現象が、武の記憶ではなく、鑑嬢の記憶だとしたら、武が思い出せないのも当然です、別の人間の記憶なのですから」

その辺りのメカニズムは、専門家ではない大和には分からない。

だが、もしそうなら、今回の現象と霞が感じた動きの説明になる。

それに、あの武が発狂しそうになる悲しい記憶は、彼以上の思いをした彼女の物と考えれば納得も行く。

あの桜花作戦の時、純夏は感じていたのだ、散っていく仲間達の想いを、そして願いを。

それを見せられ、武は泣き叫んだ。

「G弾爆発の衝撃で、前の世界から流れ込んだ鑑嬢の記憶が武に宿り、今まで共に居たと考えます」

「そんなバカなこと、他人の記憶が流入するなんて……いえ、絶対に無いとは言えないわね、少なくとも無いという証拠がないわ」

熱くなった思考を落ち着かせる夕呼、目の前に何度もループする存在や、先程の現象を見ているのだ。

全てを否定したら話が進まない。

それに、殿下、悠陽の例もある。

「鑑嬢の記憶が、何故武に宿ったのかは謎です、その時の鑑嬢の脳髄の状態が悪かったか、それとも…それだけ武の事を愛していたのか」

「きっと……後者です…」

霞のその言葉に、そうだなと苦笑して頷く大和。

何せ、脳髄だけの状態になりながらも、愛する男の事を想い続けたのだ。

「武の告白が切っ掛けか、それとも口付けが切っ掛けかは不明ですが、何かがトリガーとなって、この世界の鑑嬢に、前の世界の鑑嬢の記憶や想いが流入し、混ざり合った状態になったと考えるべきでしょうね」

「わたしはわたしだけど、別のわたしも…って言ってたわね」

「憶測ですが、あのパラポジトロニウム光は、世界からの消滅ではなく…別世界からの流入と考えるべきでしょう。無数に存在する並行世界の中、流れ出た鑑嬢の記憶や想いは少なくないと愚考します」

「いいえ、愚考ではないわね。聞いた話だと、前の世界のアタシは、白銀を一度元の世界…正確には違うみたいだけど、BETAの居ない世界に送ったのよね?」

「そうですね、それで理論を回収、それだけでなく、この世界でトラウマを負った武が逃げた事もあります」

その世界は、武が逃げてきた世界からの情報流入と流出で、まりもが殺され、純夏が意識不明の重体に陥った。

「その世界とかからの、流れ出た情報がこの世界に一気に流入して、一つの鑑になった……?」

「そう考えても良いかと。元々この世界は不安定で不可思議です、因果から解き放たれた筈の武や、その武とは異なるループを経験している俺…そして、明確に変り始めた歴史」

「もう何が起きても驚かないわよ、アタシ……。にしても、00ユニットの方は大丈夫なんでしょうね…?」

「その辺りは調べて見なければ分からないでしょう。ですが今は……二人の再会を祝うのが宜しいかと」

「祝えるわけないじゃないの……ま、検査は中の二人が満足するまで待ってあげるわ。社、悪いけど終わったら呼んで頂戴」

「………はい」

考えるのが馬鹿らしくなったのか、それとも彼女なりに気を使ったのか、夕呼は霞にそれだけ言うと自分の執務室へ戻っていった。

「さて、では俺はトライアルの後始末をするとしようか。社嬢、我慢できなかったら飛び込んでしまえ、どうせ拒みはしないさ」

「……………………はい…(///」

大和の言葉に、赤くなって俯く霞。

今部屋の中は、再会し、想いを打ち明け合った二人が、その想いを確かめていた。
























「鑑嬢の記憶と意識の流入か……もう、この世界はマブラヴオルタと考えない方が良いのかもしれんな………」

一人、地上へと戻った大和。

照りつける夏の日差しに手を翳して、一人遠くを見つめるのだった……。





























2001年8月19日―――――


夕呼の執務室――――



「な、なにやら機嫌が悪そうですね、博士…」

「そう見えるならアンタの視覚は正常よ」

翌日の午前、大和は昨日のXM3トライアルのデータを纏めて夕呼へ提出に来た。

出迎えたのは、私不機嫌ですと分かり易く書いてありそうな、夕呼だ。

「まさか、鑑嬢が完全な人間に再構成されていて00ユニットが消滅でもしましたか…?」

「半分正確よ。昨日二人が落ち着いてから鑑に精密検査を受けさせたんだけど…もうアタシ科学者やっているのが馬鹿らしくなったわ」

そう言って、夕呼が応接テーブルの上に放り投げたのは、鏡の精密検査のカルテ。

表紙に極秘文章と判子が押されているが、夕呼が放り投げたのだから見ても良いのだろう。

「………………これは……また…」

「馬鹿らしいでしょう? 身体の6割が肉体、3割が00ユニット、残り一割が二つが融合した物体。もう、何がなんだか…」

お手上げ、と言いたげな夕呼先生。

彼女がここまで不貞腐れているのだから、昨日の検査は大変だったのだろう。

カルテに書かれている情報や、レントゲン写真などを見ていくと、確かに身体の彼方此方に機械らしき影が写っている。

「人体に問題は?」

「無いわ、眩暈がする位完璧に融合してるの。サイボーグより精密で、アンドロイドより人間、そんな感じね」

改造人間状態、と言えば分かり易い状態が、今の鑑 純夏らしい。

「頭脳、00ユニットなら量子電導脳が搭載されていた場所は、人間の脳と00ユニットの量子電導脳が混ざり合った状態…言わば、人体と機械のハイブリットね。恐ろしい事に、ODLも未知の液体に変異していたわ」

「変異?」

ODLは、00ユニットを動かす上で必要不可欠な液体だ。

それが変異したとなると、流石に大和も不安になる。

「なんて言えば良いのかしらね、この上なく血液に近いODLと言うべきか、血液がODLの能力を持ったと言うべきかしら…」

夕呼が珍しく言い悩んで居る。

カルテの血液検査の項目を見ると、彼女の血液は人間の血液としての役割を果しながらも、ODLと同等の液体機能を有しているとある。

「血液とODLの融合…むしろ進化と言うべきですかね、これは…」

追記された文章に、流石の大和も頬が痙攣する。

<時間の経過による劣化現象を認められず。体内の循環により、人の血液と同じ循環サイクルが構築されている模様>

後から書き足された一文、つまり彼女の血液はODLとしての機能を備えながら、自分で浄化が可能になっているのだ。

「アタシが一番心配していた、量子電導脳としての機能だけど…全部問題なく使用出来たわ。リーディング、プロジェクション、あと量子電導脳としての超高性能演算も、ハッキング能力も使えたわ」

「その際に身体に影響は?」

「特になし、ね。唯一、演算の時に本人が「頭痛がしそう…」なんて言ってた程度ね」

どうやら、人格は鑑 純夏に準じているようだ。

「白銀を同席させて精神鑑定みたいな事もしたけど、間違いなく鑑 純夏よ。本人も、自分がこの世界の鑑 純夏であって、前の世界の鑑 純夏であり、また別の世界の鑑 純夏であると、明確に理解しているわ」

「人格の完全一致と記憶の結合、ですか…開いた口が塞がりませんね…」

「全くよ、人が真面目に質問してるのに、気がつけば白銀の惚気と恥ずかしい秘密の暴露話になってたのよ?」

それは楽しそうだ、というコメントを大和は空気を読んで飲み込んだ。

TPOは時々弁えます。

「ま、戸惑っている部分も在るみたいだけど、自分がどんな存在か、それは確り理解してるわ」

「そうですか…博士としては複雑でしょうが、俺個人としては、彼女が今の状態になってくれたのは嬉しいですね」

カルテの内容を見ながらの大和の言葉は、<女性器とそれに関連する主要臓器の確認。子孫を残す能力あり>を見たからだ。

つまり、純夏は武との子供を作る事が出来る。

武ちゃんを弄るネタがまた一つ増えたと、内心邪笑し、表面上は祝福する大和。

ある意味一番性質が悪い男である。

「言いたく無いけど、愛の奇跡で夢の実現とか、アタシの苦労はなんだったのよ~」

不貞腐れる夕呼に、大和は苦笑するしかない。

「まぁまぁ、博士が00ユニットを完成させなければ、今回の件は起きなかったでしょうし。良い事と受け止めましょう」

「そうだけど、00ユニットの理論は白銀の世界のアタシ、00ユニットの完成と問題点の提示は前の世界のアタシ、この世界のアタシがやったのは、その理論とデータを元に00ユニットを組み上げただけ……遣る瀬無いわ…」

ソファーにぐで~と埋る夕呼先生、普段の凛々しいイメージも、極東の魔女のイメージもない。

不貞腐れた子供である。

「しかし問題は、00ユニットと呼べなくなった彼女で計画が遂行できるかどうか……」

生物根拠有り、生体反応有り、00では無くなったのだ。

「そっちも愛の奇跡が解決してくれたわよ~」

「は?」

「鑑がね、全部覚えてたの」

「何をでしょうか?」

「ハイヴの構造図。それもオリジナルハイヴから現存するハイヴ全部。桜花作戦で読み取った情報も全部一緒に、昨日アタシのパソコンに転送してくれたわ~」

「………………………………」

なんだか投げ遣りな夕呼の言葉に、珍しく絶句して固まる大和。

「……マジで?」

「マジよ」

思わず白銀語で会話しちゃう二人。

色々とショックだ。

折角色々と頑張ってきたのに、愛の奇跡が叶えてくれました。

「とりあえず、二人にはキスしまくってやったわ!」

「喜びと腹癒せのキスってのはまた、厄介ですな…」

やったわコンチクショウと半笑い半怒りで武と純夏にキスしまくる夕呼先生。

うん、割と簡単に想像できた。

「では今後はどう動きますか? 鑑嬢が生身の肉体を持つとなると、XG-70では…」

「当面は鑑の検査と様子見、XGが来たら速攻でML機関の改良よ。流石に生身の部分がラザフォード場に耐えられないでしょうからね」

純夏の肉体や頭脳も、安全が確認された訳では無い。

現状問題が無くても、何かしらの切っ掛けでそれが出る可能性も捨てきれないのだ。

「ならば、時々鑑嬢と社嬢を借りても問題ないですか?」

「借りる? あぁ、あれの頭を造るのね…良いわ、どうせアタシも機体数分、組み上げないとだし」

「助かります、鑑嬢の演算能力が在れば、プログラムの組み上げが格段に早くなりますからね」

現在の純夏は、人格が混ざり合ってエクストラなほえほえ人格に近いが、人類最高の演算能力を持っている。

「白銀に張り付いて「タケルちゃ~んタケルちゃ~ん」って甘えてる姿見ると、全くそうは思えないけどね」

「博士、不安になること言わんで下さい。あと博士声真似似てません」

大和のツッコミに帰って来たのは、弾丸と間違う程の速度で投擲された万年筆だった。

「博士、照れ隠しの攻撃が最近過激ですね……ッ」

「煩いわよ、全く白銀といいアンタと言い、変に口が達者なんだから…」

仰け反って、先ほどまで自分の額が在った位置を通過した万年筆が、壁に刺さって振動しているのを見ながら、冷や汗を垂らす大和。

対する夕呼先生は、自覚があるのかそっぽを向いて不貞腐れている。

「それで、鑑嬢は予定通りA-01に?」

「そうね、一応まりもや白銀に訓練させて、鍛えさせないとだけど」

純夏の場合、普通の衛士とは搭乗する機体が異なる上に、操縦も端子接続による思考操作に近い。

が、今の彼女は生身の肉体の比率が高いので、鍛えないと色々と不安なのだ。

また、鍛えるのも検査の一部なので、暫くは極秘訓練が待っている。

「ところで、その鑑嬢と武は?」

「さぁ? 昨日検査が遅くまで続いたから、付き合わせた白銀には半日休みを出してあるけど…部屋なんじゃないの?」

夕呼のその言葉に、なるほど…と頷いてニヤリと笑う大和。

もしもこの場所に武ちゃんが居たなら、嫌な予感を感じて素晴らしい速度で逃げた事だろう。














B19フロア――――


ここに急遽用意された、純夏の部屋。

その部屋の扉が開いて、国連軍の制服を着込んだ武が出てきた。

何となく、スッキリツヤツヤしているような気がする。

その後ろから、やっぱりツヤツヤテカテカしている雰囲気の、国連軍の制服姿の純夏が出てくる。

「それじゃ純夏、俺は午後から仕事だから」

「うん、行ってらっしゃい。ガンバってねタケルちゃん!」

まるで新婚夫婦の朝の1シーンを再現している二人。

時間と場所の関係で人影は無いが、ギャラリーが居たら砂糖を吐くか嫉妬に燃えるかのどちらかだろう。

「また夜にな…」

「うん、待ってるね…」

と、純夏さん、武ちゃんの頬に愛らしくキス。

行ってらっしゃいのキスまでされた武ちゃん、幸せ一杯胸一杯でお仕事へ。

因みに午後から、昨日のXM3トライアルに参加した207訓練部隊への評価や訓示が待っている。

それに、昨日大和が言っていた帝国軍派遣のXM3教導官への挨拶も必要だ。

その為、速めに出て、ピアティフ中尉にお願いして207訓練部隊の戦闘を見せてもらうのだ。

午前中の戦闘は見たが、午後の、特に最後の戦闘は見ていないので、ちょっと急ぎ足。

それを見送った新妻純夏ちゃんは、武ちゃんが見えなくなると、途端に口元を押さえて一人キャーキャー悶えます。

「なんだか、新婚さんみたいだよ~~っ」

みたい、じゃなくてまんま新婚さんでしたと、ギャラリーが居たならツッコンでくれた事だろう。

「――――――――――昨日はお楽しみでしたね」

「ひゃひぃっ!?」

突然背後に出現した大和の言葉に、ビクンッと硬直する純夏ちゃん。

ブリキのような音を立てて背後を見れば、楽しそうなニヤリという笑みを浮かべた大和くん。

この笑みを、もし武ちゃんが見たなら、速攻で逃げるであろう。

そんな笑み。

「え、えぇっと、確か、黒金くんだよね、何かわたしに用かな…?」

先程の恥ずかしいシーンを見られたと、真っ赤に為りながら問い掛けてくる純夏。

そんな彼女に、大和は苦笑して休憩所へと行かないかと持ち掛けた。

流石に面識の少ない女性と部屋で二人っきりになるような神経はしていないらしい。

「それで、わたしに何か話しですか?」

「まぁ、話と言うより、相談かな」

相談? と首を傾げる彼女に、休憩所の自販機の紙コップに入ったコーヒーもどきを差し出す。

一応彼女、人間の食べ物を消化できるらしく、昨日は合成サバ味噌を部屋で食べたらしい。

時間が時間なので、誰も居ないフロア、と言うか元々人気が少ないフロアの休憩所のベンチに、二人並んで座る。

勿論、一人分間を空けてだ。

因みに、移動するさいに純夏ちゃんが歩き難そうにしていた事にはあえて触れない大和、紳士を気取っている。

「その前に一応自己紹介をしようか?」

「あ、大丈夫です、昨日武ちゃんと、その…兎に角昨日、武ちゃんの記憶を覗いちゃったんで、知ってます」

何やら赤くなって慌てる純夏ちゃん、まさか昨日夕呼から大丈夫だろうと許可が出たので、武ちゃんと結ばれましたなんて言える訳が無い。

だが大和は確りと、純夏ちゃんの制服の襟からチラチラ見える首筋の痕や、歩き難そうな姿を見ている。

だがあえて触れないのが紳士な大和。

「では話は早いが…君も、俺の思考は読めないか?」

「え…あ、えっと……うん、ダメ…なんだろ、靄みたいなので、見えない…」

リボンをしていないので、そのままリーディングを試みるが、やはり大和の思考は読めないらしい。

「そうか、なら口で話そう」

「そうして貰えると助かるよ、もう少しで読めそうだけど、あんまりこういうの、好きじゃないし…」

苦笑を浮かべる純夏に、すまないと謝罪してから表情を改める大和。

「鑑嬢、これから話す事は、絶対に他言しないと…誓って貰えるか?」

「え……」

突然の言葉に、面食らう純夏だが、大和の真剣な視線と言葉に、戸惑いつつも頷く。

「実は、武の事なんだが―――――」

人気が無い事を理解していても、小声で彼女に言葉を伝える大和。

それを聞いている内に、純夏の表情が強張り、身体が震えているのが傍目からでも理解できる。

「そんな……タケルちゃんが…」

「まだ確定という訳じゃない、俺の仮説だ。だが、用心するに越した事は無い」

不安で震える彼女に、安心させるように声をかける大和。

その言葉に、純夏が顔を上げて大和を見つめる。

「わたしは、どうすればいいの…?」

「なに、簡単な事だ……ちょっと耳を拝借」

「あ、うん……ふんふん…ふん…え…えぇっ!?」

「声が大きいッ!」

突然大声を上げた彼女に、静かに!のジェスチャーをして周囲を見回す大和。

当然誰も居ない。

「そ、そんな無茶苦茶だよっ」

「何を言う、ちゃんと理由もあるぞ。良いか、ゴニョゴニョ……」

「うん…うん、え、でも……それは、そうだけど……う~ん…」

「鑑嬢、女として複雑な想いかもしれない。だが、これも武の為なんだッ!!」

「た、タケルちゃんのタメ……!」

純夏の肩をグワシっと掴んで、説得に入る大和。

純夏ちゃんは、その勢いと、武ちゃんの為というフレーズにコ・コ・ロ・ユレル。

「この計画は、君の協力無しでは叶えられない。大勢の武を想う乙女達の為に、そして武本人の為にッ、協力してくれ鑑嬢ッ!!」

「う、うぅ…そりゃ、わたしも協力して上げたいけど…た、タケルちゃんが…その…ゴニョゴニョ…」

「あぁ、その心配はない。それは記憶を読んだ鑑嬢が一番理解しているだろう?」

その言葉に続く、ニヤリという笑みに、真っ赤になる純夏。

「さぁ鑑嬢、共に計画の成功を。皆で幸せになろうよ…」

「みんなで…幸せ…タケルちゃんと……しあわせぇ…」

今にも『みょんみょんみょん』と怪しげな洗脳光線を放ちそうな大和の瞳、例えるなら<◎><◎>な視線に、純夏ちゃんの視線がトロンとし始める。

その様子を見て、大和は邪悪な笑いを浮かべる。

傍から見ると、悪の首領か博士による、純粋な乙女の洗脳シーンだ。
















その夜――――――――――


「純夏、ただい――――まそっぷ!?」

扉を開けて純夏の部屋に入ってきた武ちゃんが、突然妙な言葉を発した。

その理由は、彼を待っていた二人の少女の姿。

「お、おかえりタケルちゃん…っ」

「おかえりさない、武さん……」

ベッドの上で、帰って来た旦那様を出迎える、二人の新妻。

「な、なななななんで裸エプロォンっ!?」

真っ赤になって震える手で指差す先には、ベッドの上で絡み合って武ちゃんを見上げる、純夏ちゃんと霞ちゃん。

二人の身体を包むのは、薄い色違いのエプロンだけ。

男の浪漫、裸エプロン、人数が増える事で威力は倍ではなく、乗になる!

「た、タケルちゃん、こういうのキライだった…?」

「嫌…ですか…?」

武の反応に、不安そうな顔になる二人。

いいえ大好きです!! と叫びたいのを我慢して、冷静に、クールになれと内心で呟く。

「いや、その、ど、どうして霞まで…っ!?」

純夏だけなら遠慮なくルパンダイブだって出来ただろうシチュエーション。

だが、純真無垢と(武ちゃんが)信じて疑わない霞ちゃんの前では出来ない、純粋無垢と(武ちゃんが)信じているから。

「ダメだよタケルちゃん、霞ちゃんだってタケルちゃんの事大好きなんだからねー!」

「……はい、大好きです………。純夏さんも、大好きです…」

頬を染めて、感動すら覚える事を言ってくれる霞ちゃん。

私も大好きだよーーーっと、純夏ちゃんがハグハグ。

その際に、二人のきわどい場所がチラチラチラリズムで、武ちゃんの理性を戦車級も真っ青な速度でガリガリ削る。

この二人、純夏が前の記憶や、霞がシリンダーの中の自分に呼びかけ続けてくれた事を覚えているので、姉妹以上に仲が良い。

「タケルちゃん、わたし思ったんだ。今のタケルちゃんは、もうわたしだけのタケルちゃんじゃないって…」

「純夏…? お前、何言ってんだよ、俺は…」

「だから、わたし考えたの。頭悪いけど、考えて考えて考えて…分かったんだ!」

「な、何が…?」

「みんなで、幸せになれば良いんだよ!」

「へ……?」

ぱぁっと華やいだ笑顔で言われた言葉に、硬直する武ちゃん。

どこかで、「グリーンダヨ」と聞こえたが無視、無視ったら無視。

「だからタケルちゃん、今日は、その、わたしと霞ちゃんを…め、召し上がれ…!(///」

「召し上がって……下さい…(///」

と、二人が両手を広げて招いている。

武ちゃんは、目の前の現実感の無い状況や、純夏ちゃんのありえない言葉に混乱する中、足がフラフラと二人の方へ。

身体は正直と言うべきか、本能に逆らえないと言うべきか。

元々、純夏ちゃんに操を立てていたらしい武ちゃん(殿下の誘いを断ったのもこれが原因)、やがて二人の傍に辿り着くと、二人の両手が出迎えた。

そしてそのまま、武ちゃんはベッドへ倒れこむのだった―――――――。



























2001年8月20日――――――――



仕事で使う書類を片手に通路を歩いていた大和は、前を歩く霞を発見した。

ひょこひょこと、なんだか足取りが覚束ない感じの彼女の姿に、そっと大和は涙した。

「ふふ、社嬢、大人になったな………」

それは肉体的意味なのか、精神的意味なのか、それとも純潔を捧げた的意味なのか。

そのどれにしたとしても、焚き付けた事を武ちゃんが知れば、間違いなく襲撃してくるだろう。

それに備える対策を考えながら、大和は霞ちゃんにおめでとうと言葉を送るのだった。




[6630] 第三十五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/04/26 00:17




















2001年8月21日――――――――


シミュレーターデッキ――――――――


米軍の空母と船がやっと解放されて国へ帰り、肩の荷が下りた横浜基地は現在、多数の帝国軍からの出向者を抱えていた。

「02、そこは行動キャンセルで切り抜けろっ、04はもっと先行入力を使用するんだ、間違ったならキャンセルして入れ直せば良い! ほら12、コンボは繋げてこそコンボって言うんだ、それじゃただの波状攻撃だろうがっ!!」

ヘッドセットに向って、大声を張り上げるのはXM3指導教官となった武だ。

現在、帝国軍から派遣されてきたXM3教導官(に任官予定者)への、XM3慣熟訓練を行っている。

先日、XM3は帝国を始め全世界へと発表され、大反響を呼んでいる。

XM3を最初から使用していた訓練部隊が、正規兵を下す映像や、XM3搭載の撃震の活躍。

これらが、映像資料と共に国連加盟国に配信され、さらに帝国軍は所有する機体全てにXM3を搭載する事を宣言した。

さらに、これまでと全く異なる機動概念を教導資料として纏めた物も配布される。

この機動概念は武作、大和監修の豪華な物。

だがその資料や映像を見せても、やはり細かい事や操作の癖などは教えられないし直せない。

なので、帝国軍は各基地や各部隊から選りすぐった衛士を、横浜基地へ派遣して研修を受けさせる事にしたのだ。

XM3考案者であり、新しい機動概念の構築者である武に直接教導してもらい、XM3を熟知とまで行かないが、せめて人に教えられるレベルにしてもらう。

その後、研修を終えた衛士達をXM3教導官として、各基地や部隊で教えさせる。

研修期間が短いので、彼らは何度か横浜基地へと足を運んで、武の教導を受ける事になる。

「01はもっと色々と動く、XM3は動けば動くほどパターンを蓄積して動き易くなるからっ。07はその調子、動作シーケンスは自分の好きなように選択出来るんだから、待つ必要はないぞ!」

現在教導を受けているのは番号が割り振られた12名、残りのメンバーは筐体の外で、外部モニターに表示されたシミュレーションの映像や操作ログを見ながら待っている。

「いやはや、最初はあんな若い少年が教官と聞いて戸惑いましたが、見事な物ですな」

「全くだ、あの歳で大尉、しかもこのXM3の考案者。その腕前はあの沙霧大尉を倒すほどと聞いた」

「元斯衛軍で、娘から聞きましたがあの黒の双璧の片割れだとか…」

「なんと、それならば納得ですなぁ。いや、是非婿に欲しいものだ!」

次の順番を待つ衛士に混じって、何か関係ない会話している中年衛士も居るが。

周りの衛士、特に女性は、何を言ってんだこのオッサン共は…と半分呆れ顔。

「よし、全機一度操作を止め。これから実際に俺が操作をして見せるから、各自転送される操作ログを参考にすること」

12名全員が操作に戸惑いが無くなったところで、武が筐体に乗り込んだ。

因みに12名なのは、これ以上増えると武が操作を見切れなくなるからだ。

「XM3の柔軟な姿勢制御、確り見て覚えて欲しい」

真面目な顔で告げる武に、最初は若造が…と侮っていた衛士も、色眼鏡で見ていた衛士も真剣な顔で返事をする。

武の、XM3に対する情熱とそれを教えようとする姿勢に、皆惹き込まれているのだ。

そして、武の機体、教導なので不知火の機動がスタートした。

その動きに、見ていた全員が驚嘆し、感動の溜息を漏らす。

これまでのOSでは難しいと思われていた動きや、姿勢制御、それに考え付かなかった三次元機動。

特に狭い場所での機動力は、開いた口が塞がらない衛士が多い。

壁や障害物、時には武器すら足場にしてしまうその動き。

投げて刺さった長刀を足場にして、強引だが確実な回避運動。

皆がその動きに見惚れている中、操作している武は苦い顔をしていた。

「(動作が遅い…違う、雪風や陽燕で慣れちまって、不知火じゃ物足りないんだ…!)」

今まで使っていた機体と、不知火では機体スペックが違い過ぎる。

特に陽燕に乗った後では、どんな第3世代戦術機でも物足りないだろう。

試験機とは言え、陽燕は強化型XM3搭載機にして、第4世代戦術機の先駆けとなるハイスペックモデル。

武の機動概念とマッチするように、限定空間における最速三次元機動を実現する為の機体。

そんな機体と、不知火とでは比べるまでもない。

これが不知火・嵐型ならもっと武の要求に答えられただろう。

「(不知火でこれじゃ、俺もう陽炎や撃震乗れないなぁ…っ!)」

内心で苦笑しながら、フィニッシュに大和からTSHMと名付けられた機動コンボを見せる。

着地して一度短く息を吐くと、今までの動きを解説する為に通信をONにする。

「と、こんな感じて慣れれば操縦者の要求に柔軟かつスムーズに答えてくれるのがXM3だ。それじゃ、今度は俺の後に続いて動いてみてくれ」

その言葉に、呆然としていた12名が慌てて返事をして機体を動かす。

彼らが207訓練部隊…とまでは言わないが、XM3を覚えてくれれば、帝国軍の底上げになるのは間違いない。

その事を思って、武は気合を入れて教導を再開するのだった。






















70番格納庫――――――――――



「主機及び跳躍ユニットに問題は無し…足首の間接と手腕に少し大きな負担が掛かってるな…」

「1号機は2回、あのシステムを起動させましたから、やはり2号機に比べて負荷が大きいですね」

整備班や開発班が忙しく働く中、纏められた報告書を見ながら機体を見上げるのは大和。

整備班の代表の言葉に、苦笑を浮かべるしかない。

あのクーデター軍襲撃事件で武がオーバーシステムを2回使用したが、機体より衛士の方がピンピンしているのだ。

2回使ってどうだったと聞いたら、「ちょっとクラッとしたけど、問題なかったぞ?」と平然と答えられた。

これには大和も呆れるしかない。

「見た目こそYF-23だが、中身は世間の5年は先を行ってる技術の固まりだぞ…それより丈夫なあいつはなんなんだ…」

「やっぱり恐竜の子孫じゃないですか?」

大和の呟きに、整備兵が冗談混じりで笑う。

その意見には同意だが、ほぼ同じレベルの大和も恐竜と言う事になるのに、整備兵は気付いていない。

まぁ、大和は気にしないのでお咎めは無いが。

「『ファイヤーボール』の調子は?」

「懸念されていた出力リミッターですが、完璧に動作しています。もうその名前も変えないとですね」

整備兵の言葉に、そうだな、縁起悪いし…と呟く大和。

整備兵は知らないが、大和は『ファイヤーボール』という名前が縁起悪いと知っている。

試作段階での名前を図面に書いてあったのだが、気がつけばそれが名称になっていたのだ。

で、今回安全が確認されたので、無事名前を変更になった。

「そうだな…『スピリットファイヤ』はどうだ?」

「良いですねぇ、燃える魂って感じで」

黒金が即興で考えた名前に、黒金菌に汚染されたのか、それとも元々そういう感性なのか、同意する整備兵。

ここの連中はノリが良くて助かると苦笑する大和を他所に、整備兵は早速名称をスピリットファイヤに変更している。

「そう言えば、『キャノンボール』はどうなった?」

「開発主任の話じゃ、既に形になっているそうです。後は該当機種へ装着しての機動実験を残していると…」

「そうか、ならそちらは機体が手に入り次第搭載して実験すると伝えてくれ」

そう言いながら整備兵に確認した資料を渡すと、受け取った整備兵は敬礼を残して仕事へ戻る。

「やれやれ……武はどこまで進化するつもりだ…」

二機並んだX01を眺めて苦笑する。

現状最高スペックを誇る陽燕ですら、武の操作要求に100%応えられていないと、先程の資料で分かった。

斯衛軍時代に、武が武御雷の反応が遅いと言い出した事がある。

勿論整備は完璧だし、Type-00C…黒の機体とは言え、その性能は不知火より上だ。

それなのに武は操作の反応速度や機体の動きが遅いと言う。

最初はXM3が載っていないからだと思っていたが、違った。

XM3搭載の、雪風ですら武は遅いと感じていたのだ。

そして、現在の衛士のレベルならエースでも機体を持て余すであろう陽燕で「思った通りに動いてくれる」とやっと満足したのだ。

「誰かが言っていたな…想いがあれば人は強くなれると……。ならば、アイツの想いは…」

どれ程なのか、想像も出来ない大和はただ、苦笑を浮かべる。

そしてニヤリといつもの笑みを浮かべるのだ。

「良いだろう、お前が求める最高の機体を造り上げてみせるさ。第四世代戦術機の正式モデルをな…!」

既に足場は固まった。

後は世界に公表し、誇れる機体を造るだけだ。

厄介な雑事は片付いた、後は開発に専念するだけだと意気込む大和に、通信機で連絡を受けた整備兵が声をかけた。

この時、彼の予定が大幅に狂う事になるなど、大和は知る由も無かった。






















大和の執務室――――――――――――



「タカムラずるい…」

「し、しつこいぞ少尉…」

本日の訓練を終了したイーニァが、執務机で仕事をする唯依を、恨めしげに見上げていた。

机に爪を立てて、カリカリ削っている姿は、まんま猫である。

「イーニァ、あまり中尉を困らせちゃダメよ…」

「クリスカだって、ヤマトとキスするユメみてた」

イーニァの暴露に、一瞬で真っ赤になるクリスカ。

イーニァによって投影されたイメージが余りにも衝撃的で、夢にまで出てきたのだ。

当然その夢は、キスなんて言う軽い物ではなかったが。

「イ、イーニァっ、……中尉、これはその………ん?」

「? どうかしたのか少尉」

慌てながら唯依へ言い訳をしようとしたクリスカだったが、嫉妬して怒るかと思った唯依は平然としている。

むしろ、優しい笑みを浮かべているではないか。

「いや、その……なんでもない…」

「ふふ、変な少尉だな…」

そう言って笑う唯依に、いつもの中尉じゃないと内心戦慄するクリスカ。

彼女は知らない事だが、唯依は悟ってしまったのだ。

だから、もう小さな事に嫉妬して怒る事はしない。

まぁ、流石に自分を差し置いて誰かが親しい関係になったら嫉妬するだろうけど。

イーニァも唯依の変化を感じて、首を傾げている。

「……………………………」

「あ、少佐、お帰りなさいませ」

そこへ、何やら肩を落として俯いた姿勢の大和が帰って来た。

手には何やら辞令らしき書類が挟まれたファイル。

「ヤマト、どうしたの? おなかイタイの…?」

「少佐…?」

返事もなく、フラフラと歩く大和の姿に、駆け寄るイーニァと心配そうなクリスカ。

「しょ、少佐? 何か在りましたか…?」

「フ…フフフ…腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐腑腐腐腐腐…ッ」

唯依が問い掛けた途端、突然肩を震わせて怪しい…と言うか危ない笑い声を上げ始める大和。

俯いている為に表情は見えないが、口の辺りから瘴気のような黒い霧が吐き出されているように見える。

「しょ、少佐っ!?」

「イーニァ、離れてっ」

「や、ヤマト…?」

想い人の突然の奇行に、身構える唯依、イーニァを抱き寄せるクリスカ、そして不安そうに彼を見上げるイーニァ。

「ククク…クカカカカカカカカカカカカッ!!!」

「や、大和っ!?」

「いかん、少佐がおかしくなったぞ!?」

「ヤマト、いつもよりスゴクヘンだよ…っ」

突然勢い良く頭を上げて、今度は真上を向いた状態で両手を広げて笑い出す大和に、ドン引きな唯依と、慌てるクリスカ。

あと、イーニァさん、それはつまり何時も変と認識しているのでしょうか?

それは兎も角。

「クククク…ッ、武、俺は自重を止めるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」

「や、大和ーーーーっ!?」

洒落にならない宣言に、思わず叫ぶ唯依姫、大和から発せられる謎の波動に身じろぐクリスカと何故か拍手しているイーニァ。

「オ・ノーーレ世界めッ、俺の行動をそうまで阻むなら、俺にも考えがあるぞ、ハハハハハハハハッ!!」

唯依達を尻目に、部屋の隅、と言うか虚空を指差して宣言すると、自分の机に向かい、パソコンを立ち上げる。

そして、パソコンの重要データファイルから次々にデータや設計図を開くとそれをプリンターで印刷していく。

「や、大和…?」

「何をしている中尉ッ、さっさと紙を補充せんかぁぁぁぁぁッッ!!?」

「ひ、はいぃっ!!」

おずおずと話かけたら、クワッと怖い顔で命令されて声が裏返る唯依姫。

慌ててプリンターに印刷用の紙を補充する。

その間も、設計図やデータが印刷されていく。

「70番格納庫か、俺だッ、今すぐ70番格納庫内の兵器保管倉庫を開けろッ、そうだ全部だ、全部出せッ!」

片手でパソコンを操作しながら、通信機で70番格納庫の人員に命令を出す大和。

その言葉に、通信機の向こうで通信機を取った整備兵の慌てる声が聞こえるが、大和は気にしない。

「保管倉庫…まさか、大和はアレを全部出すつもりなのか…!?」

「中尉、アレとはなんだ? 少佐はどうしたのだっ?」

戦慄と言うか、困った顔をしているのは、大和が何を出すように命じたのか理解できる唯依だ。

クリスカの問い掛けに、引き攣った頬で答えるが、流石に大和の異変には考えが及ばない。

「70番格納庫の兵器保管庫には、大和が前に造ってお蔵入りとなった武装や装備が眠っているんだ。理由は様々で、汎用性が無いとか、使い難いとか、趣味に走り過ぎとか、ネタにしか思えないとか…兎に角、色々在るんだ…」

唯依のその言葉に、同じように引き攣るクリスカの頬。

ただでさえ高い技術力で作られたそれらの武装は、壊したり破棄したりするのは勿体無いし、どこかで使えるだろうと保管されていたのだ。

それを出せという事は、使う心算だ、もしくは改良して量産とか。

「ねぇねぇ、これがゲンインじゃないかな…」

と言って、先程大和が大笑いを始めた際に放り投げたファイルを差し出すイーニァ。

中身はまだ見ていないが、イーニァはこれが原因じゃないかと思っている。

唯依が受け取ったファイルには、黒金 大和少佐と書かれているので、大和への辞令で間違いない。

本来なら勝手に見るのは問題なのだが、流石のあの状態の大和から事情を聞きだすのは無理と考えて、ファイルを開く唯依。

それを左右からイーニァとクリスカが覗き込む。

「何々…来る9月10日より、国連軍第11軍横浜基地にて、国連戦術機先進技術開発計画の開発責任者に着任し、開発計画の陣頭指揮を執ると共に、各国代表試験部隊への技術協力とXM3慣熟訓練の教導を兼任して行う事を命じる――――っ!?」

「参加する国は国連加盟国、現在4国、以後増える予定…なんだこれは…っ!?」

「えーっと、きかんはかくさんかこくぶたいがイッテイのケッカをのこすまで…?」

読み上げられるその辞令に、唖然とする面々。イーニァは微妙に首を傾げているが。

つまり、この横浜基地で、アラスカで現在やっている「プロミネンス計画」の真似事をすると言う事。

その責任者、この場合は開発責任者に大和が抜擢され、同時に参加国部隊の機体改良やXM3の教導もやってやれという命令。

現在の参加表明国は、統一中華戦線軍、ソ連(陸軍)、大東亜連合、豪州の四つ。

XM3の発表と共に、夕呼が国連加盟国各国へ打診していたのだ。

因みに、「プロミネンス計画」は一応成果を出しているが、横浜と比べるのは可哀相だ。

日本は最初から参加していないし、ソ連も“片方が”参加しているに過ぎない。

その日本は、唯依が参加しているのである意味参加国だ。

「そう言えば、基地の演習場が以前の倍以上の大きさになったが……」

「基地の内部に、宿舎や格納庫が増設されていたな……」

「シヅエがね、あたらしいショクドウができるって言ってたよ?」

思い出してみれば、思い当たる部分があった。

今年になって、特にスレッジハンマーが導入されてから急激に広くなった演習場。

それと時を同じくして地上に増設された、宿舎や格納庫。

それにイーニァが言う通り、食堂を含めたPXが増設され、現在食堂の臨時隊員が研修中。

「謀ったなドクタァァァァアァァァァッ!!」

「「「っ!?(ビクッ」」」

何故か博士をドクターと呼んで叫ぶ大和、この辞令で間違いなく仕事が増える。

いや、増えるなんて物じゃない、仕事漬けになる、漬けられて滲み込んでしまう。

今は参加国が四つだが、間違いなく増える。

ユーコン基地の計画で成果を出していない国や、今回の連続した事件や発表で横浜に注目している国とか特に。

「大和…なんて不憫な…っ」

「少佐、そこまで追い詰められて…!」

「ヤマト、かわいそう…」

口元を押さえて思わず涙する唯依、額を抑えて悲しむクリスカ、ウルウルしているイーニァ。

そんな三人に見つめられていた大和は、惜し気もなく印刷した設計図やデータを一通り纏めると、先程までのハイテンションが嘘のように沈んでいく。

「あ~~、人生ってこんな筈じゃない事ばかりってのは名言だね…へへ、へへへへ…」

今度はローテンションに切り替わったのか、纏めた物を執務机の上に置くと、今度はその机の下に入って蹲ってしまった。

「しょ、少佐、出てきてください、そんな情けない姿では部下に示しがつきませんよっ!?」

「なぁ唯依姫、なんだかとっても眠いんだ…君も疲れたろう、一緒に眠ろう…」

どこぞの犬の飼い主の少年のような事を呟きながら、慌てて引きずり出そうとした唯依姫の手を握ってワラう大和。

すっごく疲れた笑顔だった、目が死んでいる。

やっと雑事が片付いて、自分の仕事に専念できると思ったのにこの仕打ちだ、そりゃ大和だって壊れもするさ。

当然、大和が専念しようとしていた方も遅らせる事はできない、つまり大和に(仕事からの)逃げ場なし!

「え…あ…あぁ…そうだな…」

「ま、待て中尉っ、中尉まで飲み込まれるなっ!?」

想い人(告白済み)からの誘いの言葉に、ついフラフラと誘われてしまう唯依を、クリスカが慌てて引き摺り出す。

「ヤマトーー、わたしがいっしょにいてあげるよ?」

「あぁ、イーニァは良い子だなぁ…イーニァは良い、リリンが生み出した文化の体現だよ…」

意味が分からない事を呟きながら、唯依が退けられた隙間から滑り込むイーニァ。

やっぱり猫系なのか、狭い隙間にスルリと入って大和に甘えている。

「ちょ、少尉っ、羨ま…違った、私も――じゃないっ、兎に角出てきて下さい少佐!」

「うぅ、なんだよ唯依姫、君まで俺に働けと言うのかーー」

ブーブーと文句を言う大和の姿に、頭を抱えてしまう唯依姫。

対してクリスカは、そんな大和に胸キュンしていた。どんなツボしているんだこの子は。

「ヤマトかわいそう、わたしはヤマトのミカタだからね、なんでもいって!」

ここぞとばかりに攻めるイーニァ、ステラが居たら「イーニァ、恐ろしい子…ッ!」と言って下さっただろう。

「―――――――ッ、そうか、その手が在ったか…ッ!!」

唯依達がどうしようと悩んでいると、突然大和が出てきた。

そして何故かイーニァをお姫様抱っこして怪しい笑みを浮かべる。

「そうさ、何も俺一人でやる事は無い、権力も立場もあるのだ、こうなったら巻き込める奴は全員巻き込んでやる…フフフ、フハハハハハハハッ!!」

「ヤマトげんきになったね」

今度は高笑いを始めた大和と、お姫様抱っこにご満悦なイーニァ。

どうやら大和は、計画に責任者権限とかで大勢巻き込むつもりらしい。

主に、整備班や唯依達を。

「私も、99型の完成で仕事があるんだがなぁ…」

間違いなく巻き込まれる、と言うか巻き込まれなかったらそれはそれで乙女として悲しい唯依姫は、お姫様抱っこされるイーニァを羨ましそうに見るクリスカを視界に入れない様にしながら溜息をつくのだった。

因みに、武ちゃんも問答無用で巻き込まれた。

帝国軍の教導官への訓練がーーと言っても、俺はその倍の仕事が来たんじゃーーッと吼えられて、そのまま連行されたそうな。

まぁ、武ちゃんは疲れて帰っても癒してくれる新妻が二人居るからマシだ。

大和は、そろそろ70番格納庫に自分の仮眠室作ろうか本気で検討を始めている。

それを阻止できるかどうかは、唯依姫の頑張りに掛かっているだろう。








[6630] 第三十六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:36













2001年9月5日―――


地上新設格納庫郡――――



唯依は、各部署から寄せられる報告書を片手に、急ピッチで準備が進められている新設された地上格納庫を歩く。

「参加国の機体に対応は可能か?」

「一応俺たちも国連軍ですからね、経験がある奴を引っ張ってきて担当に据えてあります。特に少佐の育てた連中は大抵の機体を弄れるから問題ないでしょう」

整備兵達が数日後には搬入される参加国の機体受け入れ準備の為、忙しく駆け回っている。

夕呼の発案で決定した国連戦術機先進技術開発計画がこの横浜基地で行われる事になり、その参加国の為の宿舎やPX、搬入される機体や開発用ハンガーなどの準備が進められている。

現在の参加国は、XM3発表と共に打診された段階で4国、現在は増えてアフリカ連合軍と中東連合、それに欧州連合が参加を表明した。

アメリカは現在場所が場所だけに保留、元々アラスカでも同じ事をしている手前、プライドが邪魔していると夕呼は笑った。

「住居地は基地の奥、関連する施設も近辺に配置か…」

「こうしないと、BETAに攻められたら危ないっすからねぇ。この場所なら、基地が落とされない限りは安全でしょう」

眼鏡の整備兵、皆からはシゲさんと呼ばれているベテラン整備兵の言葉に、苦笑を浮かべる唯依。

極東の最終防衛線であるこの基地が襲撃されるという事は、帝国軍と国連軍の各戦線が突破された事を示すのだから。

「研究棟の建設は順調なのか?」

「そっちは9割完成してるそうです、機材は殆ど参加国が持ってくるそうなんで、取り付けはその後っすね」

今回の大和に任された計画は、簡単に言ってしまえば遠まわしに技術提携やら教えてくれと言ってくる連中の為に、教えてやるから部隊と人員寄越せという物。

その為の研究棟や開発用ハンガーも準備してあるし、参加国の試験部隊にはXM3が提供される。

これだけ見ると、横浜基地、夕呼や大和は損しているように見えるが、そうでもない。

計画に参加する国からは最新鋭では無いが、そこそこ高い技術や機体が持ち込まれるし、彼らがXM3で結果を残せば導入に足踏みしている国も我先にと導入するだろう。

さらに、参加試験部隊には、有事の際の命令権を夕呼へ譲渡する事が決定している。

つまり、BETAの襲撃や、先のクーデター事件の時のような事態が発生した時、試験部隊も横浜基地所属部隊として運用されるのだ。

これはBETAに備えての意味と、もう一つ。

今後、米軍などの介入を防ぐ目的がある。

もしもまたクーデターや米軍介入が在ったとしても、今度は横浜基地には参加国の試験部隊が駐留しているのだ。

こうなると、横浜基地を襲撃する連中は、同時に計画参加国すら敵に回すという事になる。

横浜基地の戦力増強と共に、米国や他の国の介入を防ぐ。

その為に、XM3と技術を与えてやると言うのが、夕呼の考えだ。

当然、その技術は既に横浜基地で使用されている技術だが。

「企業スパイや、諜報機関の工作員対策はどうなっている?」

「参加国に衛士と整備兵は厳選しろと通達したらしいっすからね。もし紛れてたら国の信用問題に発展、今頃厳しいチェックしてるでしょうし、ウチにはアレが導入されましたからね」

そう言ってシゲさんが指差すのは、真新しい格納庫を走り回る、四本足の円盤。

1m程度の円盤に、四本の足が付いて、ローラーで走り回るのは、自重を止めた大和が生産させた無人作業ロボット。

「テスタメントか…大和の技術や設計は時々常識を無視するな…」

「全くでさぁ。あいつら、設計図の段階でほぼ完成してたんですぜ? 技術屋からして見れば夢みたいな話ですって」

走り回る青色のロボットを眺めて苦笑する唯依と、肩を竦めるシゲさん。

普通、設計図が在るから完成するなんて在り得ない。

設計図に描かれたそれが、完成品になる事は少なく、大抵が不具合や無理無駄が出て書き直しや設計のし直しが発生する。

戦術機にしてもそうであり、開発期間が長いのは設計・組み立て・不具合・再設計・組み立て…その繰り返しでやっと完成に漕ぎ着けるのだ。

だが、大和が提示した設計図は既に再設計を終えた物で、付属されたデータを元に部品を製造して組み上げてみれば、恐ろしい事にそのまま使える機体が出来上がったのだ。

テスタメントと名付けられたこれは、セキュリティシステムと一体化した警備・防衛用端末ガードロボットという位置付けで量産された。

現在20台が稼働しており、順次量産されて警備・軽作業・その他に使用されることになる。

現在は建設区画で作業用が稼働し、警備用は数台が試験運用中だ。

「使えるから造れって言われて造りましたけど、あの少佐にしちゃ珍しいことですよ」

「そうだな…普段の少佐なら試作機を組み上げ、何度も実験や検証してから量産に回すのに…」

「まぁ、今の所問題もないし、俺たちにしてみれば助かってますけどね」

シゲさんの言うとおり、量産されたテスタメントは数台を除いてこの格納庫と別の格納庫で作業に従事している。

総重量が2トン未満なら牽引して運ぶ事も出来るし、200キロまでなら機体に搭載して移動可能。

高性能スキャンユニットで、施設内のチェックから警備までこなしている。

充電は台座型の充電器に座って充電、バッテリー式で残量が少なくなったら自分で充電するお利巧さん。

バリエーションが豊富で、下位機種・中位機種・上位機種が存在している。

現在稼働しているのは殆どが下位機種で、主に警備・軽作業用。

中位機種は、下位機種より大型になり、武装を搭載。

対小型BETA用に、現在システムと火器管制の構築中でまだ稼働してない。

上位機種は、現在4台がロールアウトしている。

「テスちゃんが作業員のチェックから照合までやってくれますからね、怪しい動きしている奴が居たら、見つかって黒コゲですわ」

テスタメントは、その全ての機体にスキャン機能と対人電撃端子での鎮圧攻撃能力を持つ。

作業員や整備兵、衛士が持っている認識票やパスをスキャンする事で、データリンクを応用した常時リンクシステムが瞬時に照会して判断する。

今後は横浜基地の地下フロアから順次配備され、今回の計画に隠れて入り込もうとする連中を防ぐ事になる。

因みに対人電撃端子は、細い電線で繋がった端子を発射して電撃を通すというスタンガンの応用武器だったりする。

「タカムラ・中尉・クロガネ・少佐・ガ・オヨビデス」

「あ、あぁ、了解した…」

そのテスタメントが一台、唯依の足元に来たかと思うと、電子合成音声で要件を伝えてきた。

それに返事をすると、そのテスタメントは仕事に戻っていく。

整備された場所なら、垂直な壁でも自在に昇降できるテスタメントは、建設現場でも活躍出来るだろうと考えられている。

昇降システムは、足の内部に搭載された電磁石での吸着を応用しているので、施設内限定の走行方法だったりするが。

「見事なものだ…」

「その内、俺たちの仕事が無くなるんじゃないかって、噂してる奴も居ますがね」

「それは無いだろう、テスタメントは人間が作業できない場所や、人間では辛い仕事を任せる為の機体だ。上位機種はマニュピレーターを搭載しているが、整備班のような繊細で確実な仕事は無理だと少佐本人が明言している」

シゲさんの苦笑に、唯依はテスタメントを紹介された際の大和の言葉を伝える。

上位機種やオプションで作業用アームを搭載した機体は、確かに人間の作業を行えるが、それは精々が物を掴んだり運んだり、ケーブルを繋ぐ程度だ。

現在稼働しているテスタメントの下位機種も、台車の荷物を牽引したり、運んだり程度しか出来ない。

「少佐が言っていた、時代がどれだけ進もうとも、人がさらに進化しない限り人は人の全てを超える代わりは創れないだろうとな…」

「はははは、少佐らしいですね」

笑うシゲさんに苦笑して別れ、大和の執務室へと急ぐ唯依。

ここは基地外延部に新たに増設された格納庫なので、少々遠い。

その内、地下通路が開通する予定だが、現在はまだ工事中だ。

「タカムラ・中尉・乗リマスカ?」

「い、いや、遠慮しておく…」

と、基地から物資運搬をしていたテスタメントが電子合成音声で提案してきた。

先にも言ったが、テスタメントは円盤状の本体に200キロまでなら搭載して移動が出来る。

緊急時に人員を運ぶ能力も考慮しているらしい。

見れば、資材置き場から台車を牽引するテスタメントに正座して乗っている整備兵がチラホラ見える。

何故正座なのかは謎だ。

命令コードに、忙しそうな人員を運べとインプットされているのだろう。

平時なら働かないコードなのだが、現在は建築が急ピッチでコードが働いているらしい。

確かに乗れば速いが、スカートで乗るのはかなり躊躇われた唯依姫は苦笑して断った。

「ごーごー!」

女の子座りで楽しそうに乗っかっているイーニァは無視して。































大和の執務室―――――――



「ただ今戻りました、お呼びですか少佐」

「ん…あぁ、少し待ってくれ中尉…」

急ぎ足で執務室へと戻り、一度扉の前で呼吸と身嗜みを整えて入室する唯依。

部屋の中に居た大和は、黒い色のテスタメントの外部装甲を外して何やら弄っていた。

見れば、部屋の隅に紫のテスタメントが3台鎮座している。

そのどれもが、4脚に2腕の上位機種だ。

上位機種は、ボディボードのような楕円形の本体に足が4本、作業用の精密マニュピレータが付いたタイプで、中位と下位に無い機能を有している。

因みに中位タイプは下位タイプより一回り大きくて内蔵火器を搭載している防衛用だ。

「ここの配線だな……どうだ?」

「ピピ……接続確認・通信開始シマス」

大和が工具を片手に問い掛けると、黒いテスタメントが応えてデータリンクを開始した。

「やはり接続端子か、量産する際は形を変えるかな」

「不具合報告ヲデータベースヘ転送シマス」

チェックリストに不具合だった場所の記載と解決方法を記入している間に、テスタメントが自分で横浜基地データサーバーへアクセスし、新しく作られたテスタメント用データベースへ不具合を纏めて転送している。

テスタメントは横浜基地の心臓部にある(反応炉とは別の場所)データサーバーに存在する本体から、端末であるテスタメントへと命令や指示が送られる。

そして、各端末テスタメントから機体不具合や報告、連絡などが送られて本体が処理している。

この本体には、オルタネイティブ4の研究が流用されている上、プログラムは霞が構築した特別製だ。

本体にアクセス出来るのは基地でも限られた人間で、夕呼や基地司令、それに製作者の霞と大和だ。

現在、霞が純夏と共に中位機種の行動ルーチンを構築しており、それが完成すれば生産された中位機種も基地内で警備・防衛任務に就く事になる。

「すまんな中尉、不具合が出てしまってな」

「いえ、大丈夫です。やはり、上位機種はデリケートみたいですね…」

外していた装甲を付け直している大和に近づいて、テスタメントの高性能スキャンユニットを覗き込む。

複合レンズが、小さな作動音を鳴らして唯依の顔を認識する。

「下位や中位と違って、俺が色々と手を加えているからな。不具合も出るさ…」

「え…テスタメントは全て少佐の設計では無いのですか?」

大和がポツリと呟いた言葉に、驚きを見せる唯依。

こんな技術を、他に持っている人間が居るのかという驚きだ。

「まぁ、な…俺とて万能じゃないさ」

内心少し焦りながら、話をはぐらかせる大和。

流石に、10年後の豪州で作って貰った物ですとは言えない。

オルタ5発動後、豪州で出会った開発者に、アイディアと見た目のイラストを見せて、自動防衛システムの一部として作って貰ったのがテスタメントの元だ。

その時は中位機種、内蔵火気や外部火器を装備した防衛機種しか量産されなかったが、下位機種と上位機種の試作機は存在した。

その開発者から完成版の設計図やデータ、それに基本OSのコピーを譲って貰っていたのだ。

今回、試作機すら作らずに量産に踏み切ったのは、実証データが在ったからと、時間が無かったから。

流石に、火器を装備する中位機種は試作機を作らないと危ないので量産は下位機種のみ。

上位機種は、紫が3台に、今不具合を修理した黒が一台だ。

「少佐、あの三台はどこへ配備されるのです?」

「一台は香月博士向け、もう一台は社少尉に。残りは完全なスタンドアローンで殿下に寄贈される」

大和の答えになるほどと頷いて並ぶ三台を見る。

夕呼用の上位機種は、稼働時間の増加とPC機能と通信機能の強化がされている。

これは夕呼がどこでも仕事が出来る様にと、注文したから。

霞用は、警護機能の強化と中位・下位機種への上位命令権を。

上位機種は、中位と下位に本体を通さなくてもデータリンクで命令が出来るのだが、霞用は最優先機能がついている。

これは、小型種などが基地に侵入した場合、霞を最優先で守る為だ。

そして殿下へ寄贈される機体は、他のテスタメントや本体に依存しない完全な独立タイプ。

強化された通信機能と警護機能を持つハイエンドモデルだ。

将軍としての権威が復権し、色々と仕事で忙しい殿下の為の贈り物であり、映像再生機能やらスケジュール機能やらも搭載されている。

上位機種は全てに中位と下位への指示機能と簡易CPになれる通信機能が搭載されている。

また、内蔵火気として9mmを発射できるマシンガンが2門搭載されている。

対人電撃端子はデフォルト装備だ。

「クーデターや米軍の事があって不安なのは分かりますが、少々警戒し過ぎでは…?」

唯依も、基地内への下位機種導入は賛成だ。

ここ最近急激に大きくなった横浜基地は、地下構造が信じられない位広い。

元々ハイヴだった場所に立っているだけに、その広さは慣れない人間が迷子になる位だ。

そんな地下や広くなった地上を警備させるのに下位テスタメントは非常に役立つ。

歩哨の兵士と組ませれば、より安全かつ確実に警備できるだろう。

だが、機械化歩兵の小隊に匹敵する火力を装備できる中位機種は人間相手にはやり過ぎだと唯依は思ったのだ。

「別に、人間相手を考えて導入した訳じゃないさ…」

「そんな、まさか少佐、BETAがこの横浜基地を襲撃すると考えて…?」

唯依とて十分に才女だ、佐渡島からのBETA侵攻が何処を目指しているのか察しているし、理由にも見当がついている。

だがこの横浜基地までは帝国軍と国連軍の防衛線がある。

だからこの基地の面々はつい最近まで油断していた。

唯依は油断はしていないが、まさかここまでBETAに攻め込まれるとは思って居なかった。

「唯依姫、この世界に絶対は存在しない…予想不可能な事だらけだ。それに昔の諺にもあるだろう? 備えあれば憂いなし、転ばぬ先の杖…とね」

そう言ってニヤリと笑う大和と、彼の足元で鎮座する黒いテスタメント。

普通に見れば、万全の備えをしているように見えるだろう。

だが唯依には、別の姿に見えた。

それは、まるで――――

「(怯えている…? 大和ほどの男が、怯えているのか…?)」

何が在るか分からない、どうなるか分からない、そんな恐怖に怯えているように感じられた。

何度か一緒にBETAと戦った経験がある唯依も、大和が怯えている様子は見た事がない。

見た目、怯えなど見えない大和だが、唯依には確り感じられていた。

大和は、BETAの襲撃に怯えているのだ。

いや、襲撃で発生する被害に、彼は怯えている。

そう、感じていた。

そしてそれは正解であり、大和は恐れているのだ、BETAの横浜基地襲撃を。

前の世界、武は佐渡島の残党BETAによる襲撃を経験したが、大和はそれよりもっと恐ろしい襲撃を経験している。

オルタネイティヴ5発動後、甲20号から侵攻してきたBETA。

一時は防衛線にて押し止めていたが、ある個体の出現で全てが覆された。

母艦級。

大和が最も憎み、最も危険と考える最大クラスのBETA。

体内から数百匹のBETAを吐き出し、その巨体で防衛線を蹂躙する悪夢。

そして、その母艦級は直接横浜基地へ突っ込み、体内から無数のBETAを吐き出した。

これによって横浜基地は壊滅、生き残ったのは脱出した僅か数十名という地獄を作り出した。

大和もまた、一度その襲撃で死んでいる。

それが、その経験が、大和の中で怯え、恐れとして残っているのだ。

「………そうですね、奴等相手に、油断や慢心は出来ませんからね」

だから唯依は、笑顔を見せて同意した。

どこか遠くて、人を寄せ付けない部分を持つ大和の、生の感情に触れられた気がして、唯依は不謹慎だと思いながら嬉しくなった。

「ところで中尉」

「はい?」

「社嬢用のテスタメント、座席に敷くのはどっちが良いと思う?」

そう言って取り出したのは、フワフワのファーで出来た座布団と、兎模様のスベスベクッション。

霞用のテスタメントには、霞が乗って移動出来る様に本体の背中に収納式の小さな座席がついている。

楕円形の本体の真ん中辺りの装甲が開いて、そこが座席と背凭れになるのだ。

座る際は、ソリに座る感じか、女の子座りで座って、座席の前に飛び出す取っ手を掴んで座る。

その座席に敷く為の座布団で悩んでいるらしい。

「座り心地を重視したフワフワの座布団か、それとも社嬢のイメージを表した兎模様のクッションか、俺では判断が付かんのだ!」

むぅぅぅぅぅ…と真剣に悩む大和の姿に、白くなる唯依姫。

さっきの喜びとか感動かと返せと言いたい恋する乙女。

「因みに、兎模様にはさり気無く『しらぬいくん(うさみみVer)』が一匹紛れているのだ」

「何の意味があるんですか…っ」

どうでもいい事にも情熱を燃やす大和に、拳がプルプル震える唯依姫。

執務室から心地いいハリセンの音が響くまで、時間はかからなかった。




























18:30―――――


PX食堂にて――――


「全く、タケルも神宮寺教官…いや、神宮寺大尉もお人が悪いっ!」

「そうだよ、ボク達の感動返してって感じだよ~」

「子供の夢を壊すのは、いつだって大人…」

「たけるさん、酷いです…」

「貴方達、文句はそれ位にしなさいよね、もう過ぎた事じゃない。大尉達だって、私たちを騙そうとしたんじゃないのだから」

テーブルに固まってブーブーと文句を言うのは、元207訓練部隊の面々。

元だ、今はもう訓練兵ではない、彼女達は任官し、正規兵と同じ扱いになったのだ。

とは言え、暫くは新任少尉としての訓練や教導が待っているが、それでも彼女達の喜びは大きい。

「そう言う千鶴だって、あの後は白銀大尉のバカ~なんて言ってたじゃない」

「あ、あれはつい、皆に釣られて…っ」

茜にその時の事を穿り返され、赤くなる委員長。

彼女達は全員、数日前に基地司令から言葉を頂き、正式に任官した。

冥夜と委員長の背後からの圧力が消え、全員が問題なく任官できたのだ。

その際には、大和と武、それに唯依も立ち会った。

そして彼女達は任官の会場から出る際に、全員が育ての親と言うべき相手、まりもに感謝の言葉を向け、涙を流したのだ。

武も全員に言葉を掛けて、まるで卒業式のような雰囲気に包まれていた。

因みに大和も築地達に泣き付かれていた。

唯依姫が怒るッ!? と戦慄した大和だったが、唯依は微笑ましく見守っているではないか。

あの告白から、何やら妙な余裕が生まれた様子。

あと、やっぱり築地は最大の母性の持ち主であると大和は確認してしまった。

「でも、気持ちは皆同じだって」

「散々泣いて感動したら、次の日には原隊復帰で上官にだよ? 驚きじゃすまないって…」

晴子の苦笑と、高原の呆れ顔に、皆同意。

次の日、今日から自分達は正規兵だと緊張と不安でガチガチになっていた面々を腰砕けにさせたのは、昨日軍曹として送り出してくれた筈のまりもちゃんだ。

「『本日から原隊復帰し、大尉となった。全員が部隊配属されるまでの教導官として鍛えるのでよろしく頼む』…だからね」

「皆、白銀大尉みたいにずっこけてたね~」

麻倉のまりもちゃんの声真似と、築地の感想にその日の事を思い出す面々。

部隊配属されるまでの間は、まりもちゃんの指導が続く予定だったが、現れた彼女の階級章が大尉になっており、今後も上官として継続して教えるとの事。

しかも同席した武ちゃんの「あ、多分全員同じ部隊配属だから。神宮寺大尉もたぶんそのまま着任するぞ~」という言葉に、二倍腰砕け。

つまり、部隊配属されても、まりもちゃんが上官として付いてくるのだ。

嬉しいかどうかと聞かれたら当然嬉しいし心強いが、あの感動は何だったのかと全員が問い詰めたい思いだった。

「その上、タケルの言葉が真なら、我々全員が同じ部隊に配属される…」

「別れを惜しんだアタシ達って…」

冥夜と茜の言葉に、どよ~んとした空気が満ちる。

あれだけ涙して感謝して決意したのにこの展開。

嬉しい、彼女達は嬉しいのだ。

でもなんか遣る瀬無い思いが在ったりした。

「まぁまぁ、全部前向きに考えようよ、こんな事普通は在り得ないんだから」

「そうね、白銀大尉を見習って前向きに行きましょう」

「白銀のは、単純に能天気…」

晴子が気分を切り替えようと言葉をかけ、委員長が同意するが、彩峰の余計な一言で全員が固まる。

「スマンスマン…」

「彩峰、アンタねぇ…」

「慧さん、すっかり白銀語の虜だねぇ」

無表情で武ちゃんのように謝る彼女に、やり場のない怒りで拳を握る委員長。

美琴の他人事のような言葉がとても虚しい。

「よう、全員揃って夕食か?」

「……………………はぁ…」×全員

「え? なんで溜息? え? え?」

そこへ現れたのは、合成サバ味噌定食を持っていつもの表情を浮かべた武ちゃん。

それを見て、何故か全員が溜息をつくのだった。

一人混乱する武ちゃんが、妙に可愛かったと彩峰は語る。





















2001年9月6日―――――


シミュレーターデッキ――――


明けて翌日、地下に存在するシミュレーターデッキの一つに、A-01の面子が揃って入ってきた。

全員が強化装備に身を包み、軽い会話をしながら本日の訓練に対して気合を入れている。

「少佐、お待たせしました」

「いや、時間にはまだ早い、楽にしていてくれ」

先にシミュレーターデッキで待っていた強化装備姿の大和は、何やら設定を弄っているらしい。

その隣には、黒いテスタメントが本体からコードを伸ばして機械に接続されていた。

「少佐、そのテスタメント、他のと形が少し違いますね…」

風間がセンサー横の視認ランプをチカチカさせている黒いテスタメントを眺めながら問い掛けると、そう言えば説明していなかったなと呟いた。

「これは、この前発表したテスタメントの上位機種だ。色は基本紫なんだが、俺のは趣味で黒だ」

「なるほど…確かに少し豪華に見えますね」

宗像がテスタメントの彼方此方を眺めながら頷いている。

先日、テスタメントを導入するに当たり、横浜基地全体に発表された。

警備・軽作業・その他に使用される無人作業ロボットとして発表されたのは下位テスタメントだけであり、中位はその段階ではシステムが完成しておらず、上位は少数生産の為発表されなかった。

因みに色は上位が紫(黒もあり)、中位が赤と山吹、下位が青と白になっている。

これは後々に役割分担がされる予定であり、白は格納庫などでの運搬・軽作業用、青は基地外延部や地上構造の警備用。

赤と山吹は防衛戦闘用で、浅い階層に配備されるのが山吹、最下層などに配備されるのが赤。

これは、斯衛軍を真似た物だが、そのままの色の順番だと面白くないと大和が並び替えたのだ。

下位の色を国連軍の基本カラーにしたから、その都合合わせでこうなったと言う説もあったりする。

「少佐、シェスチナ少尉達は元気ですか?」

「あぁ、怪我も無く開発に協力して貰っているぞ」

遙からの問い掛けに答えて頷く大和、イーニァとクリスカは現在、出向という形で大和のワルキューレ隊に所属している。

これはクーデター時に人手が足りないからと借り出したのだが、二人ともワルキューレ隊に残る事を希望してしまい、当面はワルキューレ隊で複座型での武装開発や機体開発を行う事になった。

最終的にワルキューレ隊もA-01へ併合されるので、問題ないのだろう。

「ビャーチェノワの奴、ちゃっかりハイカスタムモデルに乗せて貰った上に開発部隊に出向とか、羨ましいわね…っ」

「少佐、速瀬中尉が新型寄越せと暗に言っていますが」

「ちょ、宗像っ!?」

「そうか…イーニァの全力もふもふを1時間耐え抜いたら考えてみてもいいが…」

「勘弁して下さい、死んじゃいます」

大和の言葉に、速攻で頭を下げる水月。

突撃前衛長を諦めさせるイーニァの全力もふもふ、その威力は味わった人間にしか分からない。

とりあえず、悶え死になんて恥ずかしい死に方だけは勘弁なようだ。

「それで少佐、本日の訓練メニューは? 事前予定が伝えられなかったのですが…」

「それならもう準備は今終わった、全員筐体に入れ、04からだ」

伊隅大尉の質問に答えながら、黒いテスタメントの本体の後部から変形して出てきたキーボードで何かを入力して、彼女達を筐体へと入らせる。

言われたとおり、伊隅が04に入り、05・06と水月達が入っていく。

「さて、では後は頼むぞ。涼宮中尉、このメニュー通りに頼む」

「あ、はい…え?」

黒いテスタメントをポンポンと叩くと、遙に予定が書かれたファイルが渡された。

それを見た遙は目を点にさせて大和を見るが、大和は既に筐体へと向っている。

「さぁ、始めるぞ」

筐体に乗り込む時に、ヘッドセットにそう呟いて、大和も01の筐体へと入る。

先に筐体に入って準備していたA-01は、訓練メニューの開始を待っていた。

BETA掃討戦か、それとも対戦術機戦闘か、ハイヴ攻略だってドンと来いと身構えていた彼女達の網膜投影に、戸惑いを浮かべた遙が映る。

『た、ただ今より、ヴァルキリーズ対シグルド隊との模擬戦闘を開始します。基本条件は通常模擬戦闘と同じですが、市街地戦なのでレーダー範囲が150mに設定されています…』

その遙が伝えた言葉に、驚きを浮かべるA-01。

通常通りの訓練かと思えば、何と別部隊との模擬戦闘。

しかもシグルド隊は、夕呼直属の独立遊撃部隊の名前だ。

『ちょっとどういう事よ遙っ?』

『し、知らないよぉ、私も少佐に手渡されたメニューを読み上げただけだし、設定は隣のテスタメントが勝手に…』

水月の問い掛けに、困った顔を浮かべる遙。

彼女の隣では、あの黒いテスタメントが入力された指令を元に、シミュレーターのデータを操作してCPの仕事をしているのだ。

テスタメント上位機種はオルタネイティヴ4の技術と、霞の組み上げたOSや補助AIが組み込まれている。

指令を与えれば、自分で考えて動く恐ろしい個体。

とは言え、完全なAIではないので人間の指示が必要なのだが。

『模擬戦闘ヲ開始シマス』

『ちょっ、誰!?』

突然通信に割り込んだ合成電子音声に、東堂が驚くが、シミュレーションは構わず映像を投影する。

そこは高層ビルなどが点在する廃墟。

空は薄暗くなり、太陽が沈み始めている夕方の設定だ。

『問答無用か…総員、気持ちを切り替えろ! シグルド隊は現在少佐だけの筈だが、油断するなよ!』

伊隅がいち早く気持ちを切り替え、全員に指示を飛ばす。

遙もCPとして、メニューに沿いつつ自分の仕事に専念する。

『少佐対A-01、最近やってなかったから腕が鳴るわ!』

『それは良いが、油断して撃墜なんて許さんからな』

気合を入れる水月に苦笑しつつ、伊隅が全員に気合を入れさせる。

楔形弐陣で陣形を組んで進む彼女達を、突然銃弾が強襲する。

『東堂っ!?』

『二時方向っ、120mmでの攻撃です!』

伊隅が声を上げると、攻撃された東堂が確りと答える。

あの一瞬で、ロックオンから回避行動に入って銃弾を避けていた。

『伊達に少佐に鍛えれちゃいませんからね!』

大和に扱かれ、XM3を我が物とした彼女達は、雪風の能力をフルに使って瞬時に反応し、銃弾が来た方向へ弾幕を張る。

『風間、見えるか?』

『センサーに微かに機体反応がありますが…ダメです、逃げられました』

スナイプカノンユニットによって高い精度のセンサーを持つ風間の機体が索敵するが、相手は既に高精度センサーの範囲から逃げたらしい。

『一撃離脱戦法か、少佐のお得意の戦法の一つだな…全機警戒、風間は狙撃体勢、上沼は援護体勢だ』

これまで何度も経験した大和との戦いから相手の出方を予想し、瞬時に部下に指示を飛ばす伊隅。

風間機がビルの陰に陣取りながらスナイプカノンユニットを展開。

上沼機の多連装ミサイルランチャーが、獲物を求める。

『大尉、炙り出しますか?』

『そうだな…宗像、機体が隠れられそうな廃墟にグレネードを放て、邪魔な障害物も排除しろ』

高層ビル群、今まで使ってきた廃墟の地形よりも明らかに高いビルや建物が多い。

その為、戦闘の邪魔になる建物を排除すると同時に大和の機体を炙り出そうとするA-01。

伊隅と宗像機のシールドランチャーからグレネードが数発だけ放たれ、倒壊していたビルを更に破壊して崩す。

『8時方向っ、機影確認!』

『反対側だとっ!?』

『こいつぅっ!!』

ビルの上部分がが落下したと同時に、風間の機体のレーダーに微かに反応が出る。

その位置に伊隅が驚きつつも障害物を楯にして身構え、いち早く反応した水月が両肩のガトリングユニットを展開して弾幕を張る。

襲い来る銃弾の雨に追われて、ビルとビルの間から姿を見せたのは、白いボディに銀と緑のライン。

『アイツはっ!?』

水月が驚きながらもガトリングユニットのランチャーからグレネードを放って相手の逃走方向を塞ぐが、相手は急旋回で黒い影を伴って高層ビルの森へと消える。

『あの位置で避けるか、流石少佐だな…』

『大尉、あの機体、レーダーで捕捉し切れません』

内心驚愕しつつ、陣形を変更する伊隅、そんな彼女に風間が焦った様子で報告する。

『アイツだ…』

『速瀬、どうした?』

その時、水月の小さな呟きが耳に入り、問い掛けると、水月は笑みを浮かべているではないか。

『大尉、アイツですよっ、クーデターの時に滑走路で乱入した白い機体!』

『あの機体か…味方機とは聞いていたが、まさか少佐の機体とは…』

水月が嬉しそうに言うのは、A-01の目の前でクーデター軍の反乱分子を瞬殺した白い機体。

所属が不明だったので暫く彼女達の間でも疑問に思っていたのだ。

だが、横浜基地の戦術機開発を手掛ける大和ならと納得する面々。

だが水月だけは違うと思っていた。

あの時操縦していたのは、大和ではなかったから。

『大尉、守ったら負けます、攻めましょう!』

『……そうだな、我々もA-01としての意地がある、全機連携を組め、連係攻撃で攻めるぞ!』

水月に発破されて、全員が攻めの陣形を取る。

『風間、命中に拘るな、機体をロックしたら構わず撃て』

『了解』

『東堂、ついて来なさいよ~』

『了解です!』

各自連係をとりながらビル群を進むと、宗像の視界を白い影が横切る。

『風間、上沼後ろだっ!!』

一瞬で判断してシールドランチャーから小型ミサイルを一発発射しつつ突撃砲と両足の小型ミサイルで影が目指す先を潰しに掛かる。

その爆風を切り裂いて、白い影がビルの間を舞う。

『この距離でも捉えられない…なんて機動性…!』

ラプター以上と思える機動性と高いステルス性能で、近距離まで察知されないで接近してくる相手。

その事に驚愕しつつも、風間はスナイプカノンを構えて相手が出てくるのを待つ。

『炙り出します~! 06フォックス1!』

上沼の言葉と共に、多連装ミサイルが左右十発づつ発射され、相手の機体が隠れたと思われるビル群を上空から襲う。

『射線が見えたっ、行くわよ東堂!』

『了解ですっ!』

ビル群の中から、ミサイルを迎撃したのか上空での爆発を起こした位置から相手の位置を瞬時に割り出した水月が、東堂を連れてビルを蹴りながら跳び上がる。

『見つけたっ、逃がさないわよ!』

粉塵が舞う中、ビルの隙間を低空飛行する白い機体。

それを追いかける水月と東堂の雪風。

『宗像、反対から挟み込むぞ、風間達は速瀬達の援護だ!』

伊隅大尉と宗像の機体が、跳躍ユニットとスラスターを全開で噴かして相手を挟み込むべく移動する。

その間も、風間機がスナイプカノンで足止めの狙撃を行っている。

『当たらないわね…あら?』

内心焦りながら狙撃位置を変更しようとした時、一瞬高精度センサーが妙な反応を捉えた。

相手機体のマーカーがブレた…いや、“増えた”のだ。

『まさか…速瀬中尉、ダメですっ!!』

風間が追い込みをかけている水月へ叫ぶが、遅かった。

『追いついたぁぁぁっ!!』

建物の影に追い込まれた相手を、上空から強襲する水月。

ガトリングユニットで相手をビルの陰に追い込み、その状態で長刀に持ち替えて近接戦闘を挑む。

相手の機体も形の異なる、あの時使っていたブレードを左手に、長刀の一撃を防ぐ。

『やるわねっ、でも雪風との鍔迫り合いは自殺行為よ!』

火花を上げながら鍔迫り合いをする二機、だが雪風にはCWSの武装がある。

左肩のガトリングや両足の小型ミサイルを照準させた時、相手の後ろの影が動いた。

その一瞬で、水月は違和感を感じた。

機体の影が出るのは、高性能なJIVESなら当たり前の事だ。

だが、太陽は自分の正面にある、つまり白い機体の背後に、影が出来るのはおかしい。

僅か一秒足らずでそう考えた水月は、レーダーを注視した。

レーダー精度が悪い状態の上に、相手のステルス性能が高い為に気付かなかった、相手のマーカーが微妙に大きかった事に。

至近距離に入ったことで、レーダーは正確な位置を割り出している。

白い機体の後ろに、もう一機確かに存在している―――。

『しまっ――!?』

その一瞬の判断の遅れは、彼女の雪風の腹部をブレードが貫く事態を招いた。

白い機体の背後から、黒い機体がブレードを隙間から差し込んで雪風のコックピットを貫いたのだ。

『ヴァルキリー2、胸部損傷、衛士死亡…!』

遙が驚きながら告げる言葉に、全員が一瞬固まる。

今回の戦闘、CPはダメージ判定や報告しか出来ないので、遙はその詳細を伝えられない。

『嘘でしょ、いつの間にもう一機…―――きゃぁっ!?』

水月がやられて一瞬動揺した東堂が、慌てて体勢を立て直そうとするが、その一瞬の隙をつかれて白い機体に間合いを詰められ、胸部ごと切断される。

『ヴァルキリー5、胸部大破により戦闘不能…!』

『大尉、相手は二体です、少佐だけではありませんっ!』

遙の通信に続く風間の言葉に舌打ちする伊隅、確かに相手は二機存在した。

途中から合流したのなら分かるが、もし最初から二機で居たのなら、信じれない事だ。

レーダーの範囲が狭く、ステルス性能が高いとは言え、機体マーカーの反応が被ってしまう位置での動き。

それは、常に激突寸前の位置で移動しなければならない。

いつ合流したのか不明だが、相手の練度の高さが窺えた。

『く…っ、全機固まれ、少佐相手では各個撃破される、その上もう一機の能力は未知数だ!』

伊隅の指示に、残った全員が固まって陣形を組む。

それを眺めながら、大和は随伴する機体へ通信を繋ぐ。

『どうだ武、A-01の腕前は?』

『前の世界より上がってるな、でもまだ上を目指せる筈だ…』

帰って来た言葉に、苦笑を浮かべる大和。

随伴機、陽燕に乗る武は、彼女達にまだまだ強くなって欲しいらしい。

『なら、適度な刺激を与えるとしようか。対面はしないのだろう?』

『あぁ、なんか先生が207と一緒に対面しろってさ』

大和の問い掛けに、何の意味があるんだろうなと肩を竦める武。

そんな二人の機体を、風間の狙撃が狙ってきた。

『おぉっと、風間少尉か、やっぱ狙撃上手い人がアレ使うと怖いなぁ…』

『同感だ』

苦笑しながらも、機体を飛び上がらせて姿を現す武と、その機体に影のようにピッタリと張り付いている大和の機体。

それだけで、二機の腕前の高さとコンビネーションを嫌でも理解させられる戦乙女達。

『さぁ、行こうぜ大和!』

『応ッ!』

白と黒の二機が、戦乙女が駆る雪風に襲い掛かった。






























「少佐ぁぁぁぁぁぁっ、あの機体、あの機体なんなんですかっ!?」

筐体から出てきて直に、水月は大和に縋りついた。

遙や東堂が落ち着いてと言って水月を引き剥がすのを待ってから、大和は口を開く。

「あれは、試作第四世代戦術機、TYPE-X01だ。因みに白い機体の通称が『陽燕』、黒が『月衡』だ」

大和のその言葉に、全員が衝撃を受ける。

試作第四世代、第四世代なのだ、自分達が目にした機体は。

自分達の雪風が3.5世代と呼ばれているのは知っているが、その上を行く機体。

それならあの性能も納得だと頷きつつ、居るはずのもう一人を探すが見当たらない。

「少佐、もう一機を操縦していた衛士は何処に?」

「あぁ、仕事が在って既に退室した。焦らなくてもその内逢えるから唸らないで欲しいのだが、速瀬中尉?」

「うぅぅぅ、クーデターの時といい、今回といい逃げ足の速い…遙っ、アンタ顔見てないのっ!?」

「わ、私もデータ整理してて、気付いたらもう居なかったんだよぉ~」

親友に詰め寄られて涙目の遙さん。

模擬戦闘終了後、武ちゃんは早々に退室。

結果報告があった分、A-01の方が筐体を出るのが遅かったのだ。

因みに結果はシグルド隊の勝利だが、流石はA-01と言うべきか、武と大和のコンビを相手に粘り続け、最終的に大和の月衡の武装を破壊した上に右手を大破させた状態
、武の陽燕からは機動力を奪う活躍を見せる。

「あ~~~悔しいっ、次の時は絶対にリベンジしてやるんだからーーー!」

宣言するように吼える水月、そんな姿を見て、大和は彼女が武ちゃんに夢中になっている事に内心ほくそえむ。

懲りない事に、A-01のメンバーまで武ちゃんに堕とさせる心算らしい。

「対面の時が楽しみだ…」

修羅場的な意味で。

怪しく笑いながら、黒いテスタメントにX01のデータを戻す大和。

まだ試作機で秘密扱いのX01のデータをシミュレーターとは言え残しておけないので、テスタメント内に保存しているのだ。

今回の模擬戦闘の結果やデータも同時に抜き取ると、ログなどは消去。

「さて、少し休憩したらハイヴ攻略をやりましょうか」

「え~~っ、それより少佐のX01と戦いたいですよー!」

ブーブーと不満そうな水月を伊隅が嗜めるのを苦笑して眺めながら、大和は遙に設定を頼む。

A-01は確実に前より強くなっており、武と組んだ大和を相手に、善戦したのだ。

あの紅蓮大将や月詠大尉も、二機連携を組んだ二人は相手したくないと話すほど。

それを相手に善戦するのだから、その成長度の高さが窺える。

「そろそろ、役割に応じた機体に変更かな…」

悔しさを紛れさせる為か、単機になっても反応炉に到着しちゃると意気込む水月や、苦笑するA-01を眺めて、大和は瞳を細めるのだった。











[6630] 第三十七話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:07









2001年9月10日―――


AM9:50―――――――



日本の本土を右手に眺め、太平洋を南下する輸送機の群。

その先頭を飛ぶのは、『Il-76TF』と呼ばれる大型輸送機だ。

「中佐、間も無く国連軍第11軍横浜基地へ到着するそうです」

「そう、ありがとうターシャ。だが今の私はもう少佐だ」

「も、申し訳ありませんっ」

操縦室のパイロットから予定航路の状況を聞いてきた少女が、座席に座る女性に告げると、女性はサングラスを外しながら苦笑した。

彼女の名前はフィカーツィア・ラトロワ、ソビエト連邦陸軍“元”中佐である。

彼女は元々ソビエト陸軍第18師団第221戦術機甲大隊、通称ジャール大隊を指揮していたのだが、先のBETAカムチャッカ侵攻に際して、部隊の半数を失う事になった。

これは彼女の指揮の問題ではなく、アラスカから遠征してきた部隊の不手際と、上からの指示の問題だった。

だが彼女は部隊を半壊させたとして降格処分となり、その上で国連軍所属基地での開発計画へ行けという理不尽な命令。

「(そんなに私が邪魔か、軍上層部め…)」

内心で怒りに拳を握りながら、残してきた部隊の隊員達を思うラトロワ。

彼女はロシア人だが、部隊の殆どがロシア人以外の人種で固められている。

だがそんな彼らに、彼女は母親のように慕われていた。

一緒に横浜へと行く事になったのは、副官であった先程の少女、ナスターシャ・イヴァノワと二人の衛士。

それに、軍内部で厳選された整備兵達が25名。

それに開発計画のソ連側代表技術者一人だ。

横浜基地からの通達には、参加国の試験部隊は、総勢30名以下とあった。

これは、大勢を招き入れて不穏分子まで混ざる事を懸念した横浜基地が指定した事だ。

その代り、人員交替は許されており、整備兵は会得した技術を持ち帰る事が許されている。

勿論、衛士も交代が可能であり、負傷やその他の理由で戻される事もあるだろう。

因みに、整備兵と括られているがその中には開発者や技術者も混ざっている。

もし人手が足りない場合は、指導という名目で横浜基地の整備兵が貸し出される事になっている、当然見返りは貰う約束で。

「大尉、今回の辞令どう思う?」

「…分かりません、ですが、何か嫌な感じがします。まるで、中佐…いえ、少佐や私達を売った…そんな気持ちです」

横浜基地到着まで時間がある為、隣に座るナスターシャ、愛称はターシャに話しかけると、彼女は不安そうな表情を浮かべて答えた。

彼女は大尉という階級と精強で有能な衛士だが、まだ十代の若い少女だ。

その彼女が、今回の辞令を“売られた”と感じるの事に、ラトロワも同意だった。

確かにBETAとの戦いにおいて、戦術機の強化は急務だ。

とはいえそうポンポン新型機が出来るわけもなく、各国のメーカーや軍が日夜改良や改造に勤しんでいる。

彼女達がこうなった切っ掛けの一つであるアラスカからの遠征軍も、その戦術機開発計画の連中だ。

余計なお荷物が来た事で大勢の仲間を失った彼女達が、今度は別の場所で行われる戦術機開発計画に参加する。

「皮肉だな、笑うしかない」

「はい…」

ラトロワの言葉に、堅い表情で同意するターシャ。

売られたと感じる理由は幾つか在るが、なかでも一つ、部隊の衛士のメンバーだ。

ラトロワを始め、ソ連陸軍から選抜された衛士は、全員が女性衛士、しかも美人や色っぽいと言葉のつくようなメンバーだ。

開発計画に従事させるなら、他にもメンバーは居たし、当然男性だって多く存在する。

その中で、如何にも男性受けが良さそうなメンバー。

どう考えても、“そういう理由”を考慮しての編成だった。

「女としての面など、とっくの昔に捨てたと言うのに。選考した奴の顔が見たいものだ」

「きっと、どうしようもない男だと思います」

ターシャの不機嫌そうな顔に、そうだなと笑うラトロワ。

向こうの、特に計画の責任者がそういう目で見てくるなら好きにすればいいと思うラトロワだが、もしターシャ達に手を出すならその時は自分が…と覚悟を決める。

内心で、こんなオバサンを相手にするか分からないがなと苦笑しつつ。

「あちらに逃げた連中の部隊がアラスカなら、自分達は日本とはね…噂に聞く横浜基地について、聞いているか?」

「軍内部の噂程度ですが…なんでも、衛士でなくても操縦できる戦車の発展型の機体を開発したり、信じられない性能のOSを開発したとか…」

「そうだ、そして非公開の噂だが、日本帝国軍のクーデター部隊があの基地を襲撃した噂を聞いたな? その際に、クーデター部隊のTSF-TYPE94や、事態に強制介入しようとした米軍のF-22Aを、瞬く間に撃破した機体が確認されたそうだ」

「あのF-22Aをですか…?」

ターシャとて大隊の大尉として、戦術機関連の情報に目を通している。

その中で、最強の戦域支配戦術機と呼ばれる機体が、米国次期主力戦術機のラプター。

そのラプターや、屈強な日本帝国軍の不知火を撃破した機体。

「詳しい情報は私にも伝えられなかったが、上はそれが横浜基地が独自に開発した『第四世代戦術機』ではないかと睨んでいるそうだ」

出発する前日に、担当上官から横浜基地に第四世代が存在する事や、何とかその技術の詳細か技術の提供か会得を念押ししてきた。

その為に、メンバーを女性で構成したりしたのだろう。

必死な事だと内心嘆息するが、流石にラトロワも第四世代と聞いては無視できない。

YF-23を改良したX01は、表向きはまだ秘密で、見た目がYF-23のままなのはカモフラージュの意味もあるらしい。

単純に、大和がYF-23が好きだからという意見もあるが。

流石に戦闘した米軍と日本帝国軍は存在は知っているが、中身が第四世代と睨んでいる国はまだ少ない。

「事実なら、私たちの任務は…」

「その技術を、どうにかして我々の機体へ入れるか、可能ならその機体の情報を…といった所か」

横浜の開発計画は、参加した国同士が技術を持ち合い、各々の問題点の解決や参加した国全ての技術力のアップが目的だ。

その中で、参加試験部隊は全てに新型OSを提供するとある。

これだけでも技術の低い国は大喜びだが、その上開発責任者からの技術支援もあると言う。

「開発責任者、ヤマト・クロガネ少佐…か」

「詳しいプロフィールが書かれていませんね」

参加国へ配られた資料を眺めるラトロワ達だが、その資料には大和の名前しか書かれていない。

経歴も各国が調べたが隠されているのか詳細が掴めなかった、分かった事は国連横浜基地所属の少佐で男性。

技術者、開発者として一線を超え、衛士としての腕前も高い。

米軍のF-22Aを撃退したのは、彼と直属部隊だという情報も出回っている。

横浜基地副司令、香月 夕呼こと“極東の魔女”直属の部下。

謎が多い人間だが、その実績は高く、支援戦術車両『スレッジハンマー』の開発から、撃震のパワーアップ装備である轟装備の開発。

さらに、日本帝国軍が現在急ピッチで配備と改造を行っている不知火・嵐型の開発者でもある。

資料には、空欄にソ連陸軍が調べた情報が書き入れられていた。

「全く想像が出来ません、どんな人物なのでしょう…」

「どんな人物だろうと、私たちの仕事は決まっている、そうだろう大尉」

「はい、少佐!」

不安を覚えるターシャを元気付ける意味も込めて、凛々しい態度で言い放つラトロワ。

そんな彼女の頼もしさに、ターシャは力強く敬礼する。

『横浜基地へ到着した、これより着陸準備に入る』

機長の放送に、着陸に備えながら窓の外を見るラトロワ。

BETAに蹂躙された廃墟と、その中に立つ横浜基地の姿に、その瞳を鋭くさせるのだった。






























横浜基地滑走路―――――



「極東の最終防衛線と謳われるにしては、少し小さいな…」

飛行機のタラップから基地を眺めるラトロワ。

サングラスの薄暗い視界に広がるのは、広大な滑走路と遠くに見える廃墟を利用した演習場。

それに、丘の上に立つ横浜基地の姿。

「少佐、あちらに受付のような場所が」

先に降りたターシャが指差す先には、滑走路と基地とを繋ぐ道の入り口に設置されたテントと数名の国連軍兵士。

9月とはいえ、日本の9月は残暑が厳しい。

その暑さに汗ばむターシャ達を連れて、そちらへと向うラトロワ。

見渡せば、他の輸送機、別の国の機体からも人員が降りて同じ場所を目指している。

その間に、輸送機から持ち込んだ戦術機を降ろす準備に入ると、飛行機格納庫の方から妙な機体が走ってきた。

「少佐、あれはなんでしょう…?」

「どうやら、アレが横浜基地の誇る支援戦術車両らしいな…」

残暑の日差しに手で影を作りながら見つめるのは、輸送ガントリーを装備したスレッジハンマーだ。

輸送機へ近づいたその機体は、後部ハッチから下ろされた機体をアームとクレーンで器用にキャタピラの上に持ち上げると、頭部だけ背後を向いて走り出す。

同じような機体が数台並び、次々に輸送機から荷物を運んでしまう。

ガントリーフレームに設置された足場では、整備兵が大声であれこれ指示している。

「なるほど、運搬業務では優秀だな」

ラトロワのその言葉に、クスクスと笑う衛士達。

確かに運搬能力は高いが、あれでBETAの侵攻を防げるのかと懐疑的だ。

まだ世界でも導入している国は日本と、第一陣が到着したアフリカ連合だけ。

各国首脳部や担当軍人はその能力を知っているが、多くの衛士や兵士はまだ知らないのだ。

ラトロワ達と感想が同じなのか、隣の滑走路から来た数名が、スレッジハンマーを指差して笑っていた。

『参加国試験部隊の衛士は、Aゲートと書かれた場所へ進んで下さい。整備兵の方は荷物の積み下ろしを終え次第、Bゲートでの受付をお願いします』

だが、そんな彼女達の前を、フル装備のスレッジハンマーがキャタピラ音を響かせて通過する。

機体の首横に設置された足場の上で、国連軍の制服を着た女性がマイク片手に、スレッジハンマーの頭に設置されたスピーカーを通して誘導をしている。

が、それよりも全身重火器のスレッジハンマーの方が注目の的だった。

背中には200mm支援砲、両肩にはガトリングユニット、両手は作業用アームだが両側に多目的格闘装甲。

本体やキャタピラの上にも、機銃やグレネードの発射口が見えている。

さらに、荷物の積み降ろしを終えた輸送機を、整備と補給の為に誘導する機体は、巨大な誘導トーチを左右にそれぞれ掴んで振っている、しかも立って。

「しょ、少佐…」

「確かに、技術レベルは高いようだな…」

引き攣った頬のターシャと、少々圧倒されたラトロワ。

他の衛士達も、唖然とした顔で居る。

先ほど笑っていた面々は、ポカーンと口を開けていたり。

「上層部が魔窟と言っていたが、納得出来るな…」

苦笑してAゲートへと進む面々。

そこではテントが複数並び、テーブルとパソコン、その他必要な物が並べられ、テーブルで女性士官が数名、受付を行っていた。

「ようこそ横浜基地へ。国名と所属部隊、代表者のお名前をお願いします」

「ソ連陸軍から派遣された、ジャール試験部隊、フィカーツィア・ラトロワ少佐だ」

笑顔の女性士官に少々戸惑いつつも、尋ねられた項目を答えるラトロワ。

彼女達の部隊名が、ジャール大隊と同じなのは、上の気遣いなのか皮肉なのか謎だが、ターシャは少し嬉しそうだった。

「確認しました、お手数ですがこの機械の前で赤い点を真っ直ぐに見てください」

「これで良いのか?」

女性士官に言われるまま、彼女の横に置かれた機械の、何やら透明な画面がこちらに向けられた機械。

その画面の中に赤い点が光っている。

それをジッと見た瞬間、一瞬だけ赤い光がラトロワの顔全体を走り、機械がピピッと電子音を立てる。

「はい、次の方も同じようにお願いします」

そのままターシャに同じ事をさせ、残りの二名も続く。

その間も女性は何かテーブルの影で作業しており、全員が指示された作業を終えると少しして女性士官が顔写真が付属されたIDカードを取り出した。

「こちらがこの基地内で必要になるIDカードです。テスタメントの身元証明に必要になりますので、常に持ち歩いて下さい。基本的にポケットに入れていて問題ありませんので」

と説明しながら全員分のIDカードを差し出して、名前と写真に間違いが無いか確認してきた。

「凄いね、あんな短時間で出来るんだ…」

「そうね、写真もハッキリしてるし」

別部隊から選ばれた少尉とターシャが感心しながらIDカードを眺める。

あの機械で写真を取ると共に、データベースに情報を記録したらしい。

彼女達は知らないが、機械は写真を撮るだけではなく、事前に提出された人員と来た人員が同じかどうか確認もしていたのだ。

顔を走った赤い光が、瞬時にデータベースに記録された顔写真と比較する。

もしも事前に提出された写真や名前と違い、さらに抵抗した場合に備えてMPが立っている。

開発者曰く「ルパ〇3世やそっくり双子でなければ違いを察知できる」と豪語する機械だ。

「この後の予定はこちらの資料に書かれています。先ずは宛がわれた宿舎へ荷物を持って移動して下さい、案内はテスタメントが行います」

「テスタメントとは何だ?」

ラトロワは女性士官から資料を受け取ると、先ほどから聞く『テスタメント』について質問する。

すると女性士官はラトロワ達の後ろを手で示した。

釣られて全員が後ろを見ると、そこにちょこんと4本足が生えた円盤のような青い機械が。

「あちらが、横浜基地のセキュリティシステムとリンクした警備・防衛用端末無人機、テスタメントです」

「御案内・シマス」

女性士官の言葉に続いて、ローラーで近づいたテスタメントが電子合成音で話しかけてきた。

「凄い技術だな…これもクロガネ少佐の作品か?」

「はい、彼らテスタメントや、滑走路で仕事をしているスレッジハンマー、それにこの冷房設備も少佐の作品です」

そう言って彼女が指差す先は、テントの内側、天井部分。

なにやら骨組みの下に別のパイプが通され、そこから霧が出ている。

「水を霧状で噴出して気温を下げる、環境と人体に優しい冷房設備です」

「そ、そうか…」

嬉しそうに言う女性士官、確かにテントの中はヒンヤリして涼しい。

ラトロワは前半は兎も角、後半を作った大和に対して少々印象を修正した。

「御案内・シマス」

「お、お願いします…」

告げたテスタメントに、思わずお願いしてしまうターシャ。

周りが相手は機械だと苦笑するが、テスタメントは「了解・シマシタ」と答えて頷くような動作をするではないか。

「テスタメントは簡単な受け答えが可能です。それとこれをテスタメントに刺して下さい」

そう言って女性士官が差し出したプラスチック棒に布が巻かれた物体。

受け取ったターシャが広げると、そこには「ソ連陸軍御一行様」と書かれていた。

「ココニ・刺シテ下サイ」

テスタメントの天辺の一部が開いて、棒が差し込める穴が開いた。

そこに棒を差し込むと、テスタメントのセンサー横の視認ランプがチカチカ点滅し、動き出す。

「ソ連陸軍御一行様・御案内・シマス」

単語が増えた。

どうやら棒の先が情報端子か何かで、位置情報などが登録されていたらしい。

「少佐、なんなのでしょうかこれ…」

「正直、技術の無駄遣いと言いたい気分だ…」

困惑したターシャと、こめかみの辺りを押さえるラトロワ。

とりあえず、先導するテスタメントについて行く。

少し歩くと、移動用の車両が置いてある場所に出る。

「ココカラ・車両・デ・移動・シマス」

「我々が運転するのか?」

運転手が居ないので思わずターシャが問い掛けると「経費削減・デス」と答えられてしまった。

「リディアナ少尉、運転しろ」

「了解です」

ラトロワの指示され、運転席に座るリディアナ少尉、ラトロワが助手席に座り、残り二人は後部座席に。

「コチラ・デス」

そう言って、テスタメントが走り出したので慌てて車を発進させるリディアナ。

車は時速50キロを出しているが、テスタメントはその前を悠々と走っている。

さらにカーブ前では曲がる方向を合成電子音で言いながら曲がる方向の前足を立てたりしている。

「無人機なのに、凄い性能ですね…」

「そうだな…」

後ろからするターシャの声に相槌を打ちながら、周囲を見渡すラトロワ。

擦れ違う車両には整備兵だけでなく、テスタメントが乗っていたり、そのテスタメントが台車を引っ張りながら、上に整備兵を乗せていたりする光景が。

「魔窟…か。どうやら我々の常識は通じないかもしれんな」

そう苦笑する彼女の言葉を、否定できる者は居なかった。

やがて宿舎が建ち並ぶ一角へと辿り着き、車両を同じように並ぶ車両の隣に止める。

「オ部屋・ニ・御案内・シマス」

と言ってまた先導し始めたテスタメントについて行くと、真新しい寄宿舎へと入っていく。

中から、同じように案内をしたのか、別のテスタメントが出て行った。

「……テスタメントは、全て同じ造りなのか?」

「イイエ・我々・下位機種・ノ・他ニ・二種類・存在・シマス」

ふと女性士官が言っていた事を思い出して試し半分で質問してみたラトロワだが、答えは明確に帰って来た。

「我々・テスタメント・ハ・本体・ト・データリンク・デ・常時接続・サレテイマス」

「本体と…?」

「本体・ハ・横浜基地・中枢・ニ・存在・シマス・我々・テスタメント・ハ・データリンク・デ・情報交換・ヲ・スル事デ・高イ・性能・ヲ・実現・シマシタ」

テスタメントの説明に、どういう仕組みなのかおぼろげに理解するラトロワ。

彼らのシステムは常にデータリンクで接続されており、情報のやり取りが常に行われている。

その為、発生した事態に対して迅速に対応できると共に、必要な情報もデータリンクで読み込める。

今の会話も、データリンクで類似する質問からの答えを引っ張ってきて答えたのだ。

このシステムなら、一台一台に高性能なAIやOSを搭載しなくても良い。

受付の女性士官が言っていたように、彼らテスタメントは端末なのだ。

「コチラガ・オ部屋・デス」

「そうか、ご苦労だった」

宛がわれた部屋に到着し、つい答えてしまうラトロワ。

「デハ・失礼・シマス」

それに対して、頭を下げるような動作をして去っていくテスタメント。

「凄い技術ですね…」

「大尉、それしか言ってない気がしますよ…」

先ほどから驚いてばかりのターシャの言葉に、ついツッコんでしまう少尉。

だがそんな少尉も、テスタメントが階段を上る際に、壁を垂直に登ったのを見て唖然としていたが。

「全員部屋で荷物を整理しろ、14:00から計画開始式とやらが在るそうだ」

「「「了解!」」」

ラトロワの指示に、キビキビと部屋に入って持って来た荷物の整理に入る彼女達。

大きな荷物は貨物コンテナに詰まれ、後で運ばれてくる事になっている。

ラトロワに宛がわれた部屋は、佐官用の上等な部屋だった。

ベッドやシャワー・トイレの他に、仕事用の机や、冷蔵庫に簡易キッチンまで備えられている。

「豪勢な事だ…」

先ほど経費削減なんてテスタメントが言っていたが、あれは冗談の一種だったのかもしれないと考え、何を馬鹿なと自分で苦笑する。

「さて、横浜基地は何を見せてくれるのかな…」

ブラインドを開いて、まだ強い日差しの照付ける外を眺める彼女は、ポツリと呟いた。

その表情は、少し楽しそうに見えた。



























12:50―――総合格納庫内―――



「ほぅ、これだけ様々な国の戦術機が並ぶと、なんとも壮観なものだな」

「はい、少佐」

午後になり、新設された食堂で軽い昼食を取ったラトロワは、ターシャを連れて格納庫へと顔を出していた。

残りの二人は、整備兵達との連絡や彼らの宿舎の場所を確認に行っている。

今二人が足を踏み入れたのは、地上の新しく建設された格納庫でも一際大きい総合整備格納庫。

参加国用に、複数の格納庫が建設されたが、ここはその中央に位置し、現在輸送されてきた戦術機を並べて整備兵達が何やら弄っている。

ラトロワ達、ジャール試験部隊のSu-37も並んでガントリーに固定されている。

「ん……おい、アレは何をしているんだ?」

「え…あぁ、各機体にXM3の搭載をしてるんですよ。その為に、管制ユニットの中身を交換中です」

自分達の機体が、何やら横浜基地の整備兵と自国の整備兵が一緒になって弄っているので、近くで作業していた若い整備兵に問い質すと、アッサリと答えた。

「XM3…横浜基地が開発した新型OSと言う奴か…参加国の試験部隊全てに配備されると聞いたが、随分早いな」

「こっちとしては、早いとこ世界中に広げたいOSですからね。今各国の整備兵に交換の仕方や注意点を教えながら換装作業をしてます」

整備兵の言葉に、なるほどなと頷くラトロワだが、ターシャが気になった事があるのか口を開いた。

「新型OSを搭載するのに、何故管制ユニットを弄る必要があるの? OSを書き換えれば済む話でしょう」

ターシャのその言葉に、苦笑する整備兵。

何やら先ほどから帽子で視線を隠したりして怪しいが、彼は作業を中断して立ち上がった。

「誤解されがちですが、新型OSであるXM3は、横浜基地で開発された新型の高性能CPUを含めた管制ユニットと、それを使って動作する高性能OSとがセットになった物です。つまり、XM3はOSとユニットがセットになって初めてXM3と呼べるんですよ」

「そうなの…では、今までの管制ユニットで動かすとどうなる?」

「満足に動きませんね、下手をするとシステム障害で壊れます」

その言葉に、顔を顰めるターシャ。

そんなOSが本当に使えるのかと懐疑的な様子に、整備兵は苦笑するしかない。

「ですが、交換するだけの性能は持っていますよ。即応性と柔軟な操作制御に、ウチの基地の衛士は全員感激の声を上げてますからね」

同時に、遊びの少なさなどで悲鳴も上げているが…とは言わない整備兵。

「XM3搭載後、割り当てられた格納庫に移動しますから少しお待ち下さい」

「そうか、仕事中邪魔したな」

ラトロワの言葉に、いえいえ…と答えながら仕事に戻る整備兵。

自分とターシャを見たとき、一瞬驚いたように見えたが、気のせいだったか…と視線を機体へと戻す。

「あ、おいそこッ、殲撃10型は機体が軽いから足首の改良は動作テストの後だ! データ取らないと後で面倒だぞ」

「す、すみませんっ!」

と、先ほどの整備兵が、反対側のガントリーに固定された機体の足元で作業する整備兵に怒鳴る。

その指示に言われた整備兵が慌てて作業を中断して元に戻す。

よく見渡すと、管制ユニットの交換だけでなく、機体によっては関節部を弄っている整備兵が居る。

その傍にはやり方を教わっているらしき各国の整備兵の姿が見えるので、横浜基地の独断ではないらしい。

「あれは何をしているんだ?」

「あぁ、XM3を搭載すると機体の各部に稼働での負荷がかかるんですよ。今まで出来なかった動きまで出来るから、特に関節に負荷が掛かります」

それを抑えたり、軽減する方法はある程度不知火や撃震、陽炎で情報が揃ってますからと説明しながら、またも指示を飛ばす整備兵。

基本機体が同じタイプはXM3搭載と同時に改良を、そうでない機体は最初に負荷データ収集の為に改良は抑えている。

「チーフ、Su-37のモーターブレードなんですけど、もっと効率の良い整備方法教えます?」

「そうだな、向こうの担当者と一緒にやって叩き込め、今後嫌でも整備するんだから速い方が良いだろう」

先ほどまでSu-37の足元で、ソ連の整備兵と話し合っていた一人がやってきて、彼に指示を請う。

すると彼は、嘆息しつつ頷いて許可した。

「もしかして、ここの責任者か?」

「いいえ、臨時のチーフですよ俺は」

的確な指示や、指示を請われることからこの格納庫の責任者かと思ったラトロワだったが、違ったようだ。

何故チーフ? というターシャの疑問は、「その方がカッコイイでしょう」という真顔の返答で返された。

当然、ターシャは何も言えない。

「ちょっと、わたし達の殲撃に何してるのよっ!?」

そこへ突然怒鳴り込んできたのは、勝気そうな顔をしたツインテールの女性。

後ろからは、彼女を抑えようとしているのか、同じ制服を着た面子が続く。

「何って、新型OSのXM3搭載と、搭載時に必要な箇所の補強指示ですが?」

しれっと答える若い整備兵に、胡散臭げな視線を向ける女性。

「誰の指示よそれ、わたしは聞いてないわよ?」

「中尉っ、整備班に渡された資料にありますってば。ほら、横浜基地の黒金少佐の指示で全ての機体へ搭載されるって」

後から来た衛士が、慌てて整備班に配られた資料を見せると、あ、本当だと呟く女性。

「ご理解頂けましたか? 一応受付で配った資料にも記載してありますが」

「う…わ、悪かったわよ。でも、そのXM3なんて積んで大丈夫なの? 全部の機体に対応出来るんでしょうね?」

謝罪しつつも若い整備兵の胸の辺りを人差し指で突付きながら顔を近づけて問い詰める女性に、仰け反りそうになる整備兵。

「それを調べるのも、今回の計画の一つですので。こちらはXM3を試験機に無料で提供、そちらは稼働データと負荷データや摩耗情報を提出って事で」

「ふ~ん…ちゃっかりしてるわね」

彼女の言葉に、無料奉仕じゃ仕事になりませんからと肩を竦める。

「発表された資料は見たけど、アレ本当なんでしょうね? 誇張されてたりしたら使うわたし達が堪らないんだけど」

「それは同意です、どうなんです?」

彼女の言葉に、ターシャまで同意して聞いてくる。

一瞬、ラトロワ側と後から来た側とで、整備兵を挟んで目が合ったが、今は真相が先だと整備兵に詰め寄る。

「誇張は在りませんよ、資料に書かれた内容は、全て本物ですし」

「でもねぇ、訓練兵がトライアルで正規兵を降すとか、信じられないんだけど」

資料の中に、成績として207の勝敗が記載されていたらしい。

負けも在ったが、旧OS部隊に対しては全勝している。

「そうだな、この基地の衛士のレベルが低かった…という意見も出ているからな」

何故かラトロワまで参加してきた。

気がつけば囲まれていた若い整備兵を、周囲の横浜の整備兵達は、ニヤニヤしていたり両手を合わせたりと助けようとしない。

「まぁまぁ、XM3については明日から嫌でも体験するんですから…」

「そりゃそうだけど…どうも胡散臭いのよね、開発責任者のクロガネ少佐って奴、情報が全く無いし。大丈夫なんでしょうね?」

「テスタメントや支援戦術車両は見事でしたが、それと戦術機開発能力は=ではないですし」

女性の懐疑的な言葉と、ターシャの懸念に、苦笑するしかない整備兵。

「まだ姿見てないけど、きっとクロガネ少佐ってガリガリの病人みたいな科学者よ、毎日部屋に篭ってパソコンに向き合ってるような」

「いや、少佐は衛士としても一流と聞いたけれど…」

ツインテールの女性の言葉に、ターシャが自分が聞いた情報を口にするが、女性はチッチッチッと指を振った。

「甘いわねソ連の衛士さん。きっとあのテスタなんとかと同じで、実際には動かしてないのよ。それかその情報こそ誇張で、実際は大した事ないとか。ま、どちらにせよわたしの敵じゃないね!」

自信満々に胸を張る女性だが、仲間の衛士達は呆れ顔か困り顔。

ラトロワは威勢が良い事だと嘆息、ターシャも少し呆れ気味。

「はははは、他国でのイメージが酷く気になるなぁ…」

「イメージも何も、何の情報も無いんだから想像するしかないじゃない。とりあえず、ガリガリか太った眼鏡科学者で、ハゲね、きっと」

調子に乗って言いたい放題の女性に、周囲の横浜基地整備兵が頬を引き攣らせている。

ただ、中には大爆笑している者も居るが。

「あぁ、こちらに居りましたか」

と、そこへ現れたのは国連の制服姿の唯依だ。

彼女の登場で視線が集まると、唯依は少し思案して敬礼した。

「横浜基地所属、国連戦術機先進技術開発計画の補佐官をしています、篁 唯依中尉です。何か在りましたか?」

別の二つの国の衛士が横浜基地の整備兵を囲っている状況から、何かの騒ぎかと思った唯依の問い掛けに、ラトロワが少し質問していただけだと答えた。

「そうですか。試験部隊の衛士の方は、そろそろ会場の方に移動をお願いします」

「了解した。タカムラ…中尉だったな、貴官がクロガネ少佐の副官と考えて良いのか? 私はジャール試験部隊指揮官、フィカーツィア・ラトロワ少佐だ」

「はい、開発責任者である少佐の副官は自分です」

ラトロワの問い掛けに確りと答えると、ツインテールの女性が手を上げた。

「はい中尉、質問。そのクロガネ少佐って何処に居てどんな人なの? まだ逢ってないんだけど。あ、わたしは暴風(バオフェン)試験小隊の崔 亦菲中尉よ」

崔中尉の質問に、少し彼女達を見渡して、事情を理解したのか軽く肩を落とす唯依。

「少佐、戯れが過ぎます…」

「別に戯れた心算は無いんだがな」

唯依が額を軽く押さえながら言うと、返事は崔とラトロワの間、斜め後ろから帰って来た。

その事に全員が視線を向けると、若い整備兵がその帽子を取って微笑を浮かべていた。

「名前を問われなかったのでね。改めて自己紹介しようか、国連軍第11軍横浜基地所属、黒金 大和少佐だ。あと今回の計画の開発責任者でもあるな」

そう言ってニヤリと、いつもの笑みを浮かべるのは大和だった。

「う、嘘ぉぉぉぉっ!?」

「なんだと…」

思わず叫ぶ崔と、困惑するラトロワ。

先ほどまでそこそこ上の役職の整備兵と思っていた相手が、今回の計画の開発責任者である少佐だったのだ。

散々言いたい事言った崔は、内心ヤバイと汗を流している。

仲間の衛士も、気まずそうな顔だ。

「少佐、そろそろ儀礼服に着替えて下さい。副司令から開始式での挨拶を言い渡されているのですから」

「やれやれ、博士は俺を何だと思っているのか。大人数の前で挨拶なんて柄じゃないのだがな」

「開発室で散々演説しているじゃないですか、文句言わないで下さい」

帽子を軽く叩きながらぼやく大和に、唯依が肩を竦めて急げと諭す。

「では皆様方、また後で。それと崔中尉?」

「――は、はいっ!?」

「俺ってそんなにガリガリかな?」

「いいえ、素晴らしい肉体です!」

話を振られた崔が慌てて返事すると、大和は作業着の上着を脱いで見せた。

タンクトップを着込んだ身体は、細いが確りと引き締まっている。

それを見ながら何故か敬礼して答えると、大和は「それは嬉しいな」と笑って上着を背負い、その場を後にした。

「変った男だな…」

「よく言われてます…」

ラトロワの呆れ混じりの言葉に、恥ずかしさで頬を赤くさせる唯依。

崔中尉は、部隊の仲間にどうしよう、色々言っちゃったよと泣き付いて、仲間が宥めている。

「では、会場にお願いします」

「あぁ、了解した」

気を取り直してラトロワ達を連れて行く唯依。

崔中尉は、この後どうしようと不安になって青い顔をしていたが、唯依はスルーした。

どうせ大和は怒りはしないし、もっと酷い事も言われたから堪えていないだろうと。






















14:00―――――――


会場となる場所に集合し、各国で固まって集まる面々。

計画開始式と言っても、基地指令や計画責任者からの挨拶と、軽いデモンストレーションが行われる程度だ。

一応、飲み物が配られている。

手作り感溢れる壇上には、現在基地指令が立って挨拶をしている。

やたら威圧感というか、威厳のあるボイスに圧倒されている人間も多い。

次に壇上に上がったのは、計画の責任者にして副司令、極東の魔女と呼ばれる女性だった。

彼女は余裕ある笑みを浮かべたまま、各国の開発に期待すると共に、XM3をそれぞれの母国に広げる為に協力して欲しいと伝えた。

そして最後に壇上に上がったのは、儀礼服に着替えた大和だ。

先ほどのやり取りを見ていない大部分の衛士や整備兵代表は、どう見ても十代後半の歳若い少佐の姿に戸惑う。

そして、司会役の女性士官の紹介に、彼が謎多き人物、黒金 大和だと知ってどよめく。

そんなどよめきや驚き、色々な感情の混ざった視線を平然と受け止めて挨拶を始める大和に、ラトロワは見た目に騙されてはいけないなと内心思う。

「各国の開発に、私も少なからず協力出来れば良いと思っている。しかし私の能力や横浜基地の技術力に疑問を抱いている人間も多いことでしょう。そこで、軽いデモンストレーションを行おうと思います」

大和がそう言い切ると、会場から少し離れた場所の地面が開いて、地下格納庫から戦術機がリフトアップされて登場する。

それは、響だった。

響に続いて、隣に舞風が、その隣に撃震・轟型、そして最後に雪風が登場する。

雪風の頭部には4本のアンテナ型バルカン砲、つまりクリスカとイーニァの機体だ。

「これらの機体には、全てにXM3が搭載されています。その実力の一端を、お見せしましょう」

マイクでそう宣言すると、雪風がその場を飛び上がってそのまま演習場へと入る。

壇上の後ろに設置されたモニターに、演習場内での映像が映る。

雪風に続いて、響達三機も演習場へと飛び立っていく。

その間に、大和は各機体の特徴や特性、性能を簡単に説明していく。

そして全ての機体が演習場へ入り、配置につくと、大型モニターに複数の別カメラの映像が映る。

「では、2対2の簡易模擬戦を開始します」

大和のその宣言と共に、雪風と撃震・轟チームVS舞風・響チームの対戦がスタートした。

どちらも元の機体よりも高い機動性で演習場を進み、直に接敵。

撃震・轟の支援を受ける雪風が、舞風と廃墟を足場にドッグファイトを展開、響はその間に狙撃ポイントに入ってスナイプカノンで雪風を狙うが、ガトリングシールドを装備した撃震・轟の攻撃に阻まれる。

「因みに、響の衛士はXM3トライアルで連勝した訓練部隊の衛士です」

大和のその言葉に、響に視線が集中した。

廃墟を楯に、ガトリングの砲撃を避けながら展開したスナイプカノンユニットで、瞬時に狙撃。

だが撃震・轟の衛士も然る者で、ガトリングシールドのシールド部分を斜めに構えて弾を逸らすように防御する。

ペイント弾なので汚れるが、ダメージ判定は楯の半壊に止まっている。

その反撃は、両肩に装備された轟装備の目玉、大型スラスター先端の120mm滑空砲だ。

飛来するペイント弾に対して機体を廃墟の影に隠した瞬間、撃震・轟が肩と両足のスラスターを展開して突撃をかける。

左手に装備された多目的格闘装甲で廃墟を破壊すると、響は噴射跳躍で上空へ退避。

さらに、スラスターで姿勢を半回転させて、空中で支援狙撃砲を構える。

放たれた砲弾は、防御に移った撃震・轟のガトリングシールド、その砲身に命中する。

これで相手の一番の武装を破壊したと見ていた誰もが思ったが、撃震・轟はガトリングの砲身とドラムマガジンをパージすると、シールド内部に装備された3連突撃砲が顔を出した。

それを響へと向けて、36mmをばら撒くと、響は慌てて降下して廃墟を楯に距離を取る。

今の反撃で、スナイプカノンが被弾したのか、瞬時に右肩のCWSからパージすると、両手に突撃砲を構える。

と、そこへ両肩のガトリングユニットを咆哮させて舞風が後退してくる。

後を追う雪風の両足に装備されたスラスターと一体化したコンテナから、追尾式ミサイルが2発放たれる。

それを舞風と響が協力して空中で撃墜した瞬間、撃震・轟が廃墟を格闘装甲で粉砕しながら背後に出てくる。

響が反転して突撃砲を向けるが、撃震・轟は両手の楯を構えて突撃。

咄嗟に響と舞風が飛び上がって回避した先には、動きを読んでいたかの如く飛び上がった雪風。

背後を捕られた舞風が空中機動で引き剥がそうとするが、雪風は難なくそれに喰らいついてくる。

そして、両手手腕のCWSに装備されたSu-37を連想させる形のそれから飛び出した近接短刀で切り付けられて墜落する舞風。

目が良い物は、雪風が短刀を突き刺す動作をしただけと分かったが、それで何故舞風が撃破判定されたか首を傾げている。

その間にも、響が撃震・轟相手に善戦するが、雪風に合流されて撃破されてしまう。

「因みに先ほど、短刀で少し切られただけで大破判定された理由をお見せしましょう」

大和が疑問を質問される前に、マイクを通して宣言すると、別の映像が映り、同じ装備を装着した雪風が、鉄骨やスーパーカーボンブレードを切断する映像が流れる。

その切れ味は、スーパーカーボンブレードの比ではない。

前もって撮影した映像のようだが、切断面は綺麗だ。

「あれは高周波ソードを小型化した物で、スーパーカーボンブレードでも防げませんので」

大和のその説明に、見ていた衛士や整備兵代表がざわめく。

「簡単なデモンストレーションでしたが、XM3は先ほどの機動が、いえ衛士の練度によってはそれ以上の動きが可能でしょう」

そう宣言する大和の言葉に、ある者は嬉しそうに、ある者は驚愕の表情で大和を見上げる。

「質問があります!」

「どうぞ」

勢い良く手を上げて規律した男性衛士に、質問を許す大和。

「この素晴らしいOS、XM3はやはり黒金少佐の考案した物なのでしょうか?」

「いいえ、自分は調整と付属するシステム関連の構築を行ったに過ぎません。考案者であり、私が知る限りで世界最高と言える衛士が、ただ一人で考案したのがXM3です」

整備兵の代表者の言葉に答えた大和の、その言葉に集まった面々は動揺した。

多数の画期的な発明をしている大和や、天才科学者香月 夕呼が考案したなら納得できるが、ただ一人の衛士が考えたと言われたのが意外だったのだ。

しかも、大和が世界最高と呼ぶほどの人物。

何人かがそれは誰なのかと質問するが、一応機密ですので…とスルーされてしまう。

「では、私からの話とデモンストレーションを終わりにします。XM3については、明日に概要と操作説明がありますので、その時にお願いします」

そう言って壇上から降りると、司会役の女性が今後の簡単な説明を始めた。

基本的に開発計画は国毎に行うが、定期的に横浜基地が予定する模擬戦闘や演習に参加する事が義務付けられている。

明日のXM3説明の後は、国の予定に則って活動する事になる。

「なかなか、面白そうじゃないか」

「はい、少佐」

説明が続く中、ふと呟いたラトロワの言葉に、ターシャが確りと頷いた。






































B1格納庫―――――



「ご苦労様でした、神宮寺大尉」

「ありがとうございます少佐。しかし、同じ撃震とは思えない性能ですね、轟装備は」

会場から退席した大和は、その足で格納庫へとやってきていた。

そこで、先ほどの模擬戦闘を終えた操縦者達に労いの声を掛けていく。

撃震・轟に乗っていたのは、原隊復帰で大尉になったまりも。

今回無理を言って、彼女に操縦者を務めて貰ったのだ。

撃震の操縦経験が長く、かつXM3に慣れている衛士となると、彼女位しか居なかったので。

「あ~~っ、また負けちまったぁ~っ!」

舞風の前で悔しがっているのは、タリサ。

響からは、207の中で一番癖の無い後衛タイプの麻倉が選ばれて乗っていた。

何故彼女かと言うと、207の面子はその多くが癖の強い一芸タイプ。

他のポジションが出来ない訳では無いが、それでも得意なポジションと苦手なポジションとの差が大き過ぎる。

その代表はタマや冥夜だ。

その為、今回タリサと組ませるに当たって、癖の無い後衛と言う事で麻倉が選ばれた。

因みに癖の無い前衛が高原、癖の無い、と言うかどこでもOKなのが茜だ。

「ご苦労だったな麻倉少尉。神宮寺大尉と共に訓練に戻ってくれ」

「はい、少佐」

「では、失礼します」

大和に敬礼して戻っていくまりもと麻倉。

麻倉はこの後、207の仲間にどうだったか根掘り葉掘り聞かれる事だろう。

「マナンダル少尉も、篁中尉に報告してから戻ってくれ」

「了解です。…あの、少佐ぁ、アタシ弱くないよな…?」

この所、模擬戦闘でクリスカ達に負けっ放しのタリサ、かなり自信が崩れているらしい。

「当然だ、むしろ元俺の雪風相手に、善戦できる時点で凄腕だ」

その上操縦者はクリスカとイーニァ。

陽炎の改造機である舞風であっても、そうそう勝てる相手ではない。

「そ、そうですよねっ、それじゃぁ失礼しますっ!」

大和にそう言って貰って自信を取り戻したのか、それとも単純に構って欲しかったのか、笑顔を浮かべたタリサは元気良く走っていく。

その様子に首を傾げつつ、元気な事は良い事だと納得して雪風の前へ。

「あ、ヤマトっ」

「お疲れ様だ二人共。どうだった、腕の装備は」

「はい、Su-37と似た形なので、操作に戸惑いは在りませんでした。ただ、実際に切る際の感覚は異なりますね」

笑顔で抱きついてくるイーニァを抱き止めながら、不具合は無かったか問い掛けると、クリスカがチェックボード片手に答える。

現在二人には、開発衛士としての勉強もさせているので、模擬戦や演習後のチェックも覚えさせている。

元々ソ連でも開発衛士をしていたので、基本は出来ているので覚えは早い。

「やはり、モーターブレードより切れるか?」

「そうですね、モーターブレードは一度切れ始めれば早いですが、こちらはス…と入る感じで切れます」

A-01からワルキューレ隊へ出向した二人は、現在は高周波振動発生装置を使った武装の開発に従事する事になった。

特に、CWS搭載の小型高周波ソードを主に扱っている。

既に先行量産に入っているが、ソード部分の摩耗や装置の耐久性を調べる為に、連日この装備を使っての訓練が行われている。

基本モーションはSu-37を操作していたクリスカの操作を参考にしている。

午前中もこの装備の耐久テストを行っており、大和はその感想を聞いていたのだ。

「分かった、報告はいつも通りに。今日は二人とも上がって良いぞ」

「はい」

ヤマトの指示に、素直に返事するクリスカだが、イーニァからの返答が無い。

その事に不思議に思って揃ってイーニァを見ると、何故か不機嫌そうな顔をしている。

「イーニァ、そんな膨れてどうしたんだ?」

プニプニとほっぺを突付いてみると、少し嬉しそうな顔をしたが直にまた不機嫌顔になる。

「ヤマト、ゴホウビは?」

「は?」

「イーニァ…?」

彼女の言葉に、首を傾げる大和とクリスカ。

「カスミがいってた、いいシゴトしたらゴホウビもらえるって」

「社嬢の情報か…」

最近黒いと噂の霞ちゃん、彼女は現在夕呼の手伝いだけでなく、武ちゃんの手伝いや純夏ちゃんの手伝い…と言うか特訓に付き合っている。

その中で、確りとお仕事をすると、武ちゃんからご褒美が貰えますとイーニァに教えたそうな。

「それでか…ふむ、イーニァは何が欲しいのかな? ヌイグルミならまだ在るが」

「少佐、待ってください。イーニァ、少佐にそんな事を強請ってはダメよ…」

なんだかんだでイーニァに甘い大和は、また増殖したらしいSD戦術機ヌイグルミをプレゼントしようと考えるが、クリスカが待ったをかけてイーニァを嗜める。

「キス」

「「え゛?」」

「キスがイイ!」

だがイーニァはクリスカの言葉も何のその、笑顔でとんでもないおねだりを口にした。

これには大和もクリスカも目が点になる。

「カスミはね、タケルにまいにち、おはようとおやすみのキスしてもらってるって」

だからキス寄越せと笑顔で強請るイーニァに、在らぬ方向を見て苦笑する大和。

ストイックな癖に、霞と純夏のおねだりには弱い武ちゃんを褒めつつ、どうして自分に流れ弾が被弾するのかと少し嘆く。

「だ、だだだだダメよイーニァっ、少佐にききききき…口付けを強請るなんてっ」

キスと言うのが恥ずかしかったのか、顔を赤くしてイーニァを引き剥がしにかかるクリスカ。

だがイーニァは怯まない!

「クリスカも、ゴホウビにキスしてもらえばいいんだよっ」

と言ってクリスカを巻き込むイーニァ、言われたクリスカは、以前イーニァに投影されてしまった過激映像を思い出して真っ赤に。

「ねぇヤマトっ ………あれ?」

イーニァが大和に話を振るが、気がつけば大和は居なくなっていた。

クリスカが何て素早い…と感心しているが、イーニァは不機嫌に。

「タカムラとはキスしたのに、どうして…?」

「しょ、少佐にも色々あるのよ、ね?」

不満そうなイーニァを宥めつつ、少佐のキスがご褒美…と想像してまた赤くなるクリスカ。

自分が大和に対して感じている感情が何なのか理解していないのに、ムッツリな娘さんであった。



























[6630] 第三十八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/08 00:17
















2001年9月11日―――――――――




「武、今時間空いているか?」

武が帝国軍へのXM3教導を行っていると、大和が現れた。

「大和か、大丈夫だぞ。中尉、少しの間お願いします」

「はい」

教導を手伝ってくれているピアティフ中尉にその場を任せ、大和について行く武。

「どうだ、帝国軍の教導は?」

「まずまずかなぁ、やっぱり207みたいにサクッと覚える訳には行かないみたいだし」

苦笑して教導を受けている衛士達の成長具合を思い出す武。

既に一度、旧OSで慣れてしまっている衛士は、やはり少しXM3を覚えるのに時間がかかる。

こればかりは、身体が覚えてしまっている事なので、慣れさせるにはやはり何度も乗って覚えるしかない。

「でもやっぱり帝国の精鋭だよ、もう三次元機動を多用するようになったぜ」

各基地や部隊から選ばれただけあって、覚えも熱意があるのか早かった。

特に、教導隊から派遣された衛士は跳び抜けて成長が早い。

聞けば、まりもの後輩だと言うではないか。

「そっちはどうなんだ? 確か今は参加国の試験部隊へのXM3の説明の筈じゃ…?」

「うむ、唯依姫に投げっ放しジャーマンした」

胸を張った意味不明な言葉に、丸投げしたのね…と苦笑して唯依に内心でご苦労様ですと頭を下げる。

現在、唯依は試験部隊の衛士を集めてXM3の説明に入っている。

その後は、武ちゃんに協力させて造った教導用映像資料や操作ログを元に、各部隊でシミュレーターや実機での訓練が待っている。

「まさか、あのしらぬいくんVerで説明してないだろうな…?」

「バカを言うな、俺とてTPOは偶には弁える可能性も高い事が立証されれば嬉しいな」

「どっちだよっ!?」

大和の意味不明な回答に、不安を募らせる武ちゃん。

まぁ、唯依姫が説明している以上、あのXM3教導資料は使わないだろうけど。

「そう言えば、鑑嬢の訓練は順調なのか?」

「あぁ、そっちはまりもちゃんに協力してもらって、霞とテスタメントが見てるぜ」

現在純夏は、そうそう表を出歩けない為、急遽準備したトレーニングルームで霞と霞専用テスタメントに協力してもらって身体を鍛えつつ勉強している。

「俺が霞を背中に乗っけて腕立て伏せしてたら、なんか対抗心持って背中に霞を乗せて潰れてた」

「まだ筋力は女性の平均だろうからな、焦らずじっくりやらせると良いさ」

大和のアドバイスにそうだなと答えて、ふと気付いた顔をする武ちゃん。

「なぁ、ところで何処行くんだ?」

「80番格納庫だ、やっと機体が形になったんでな」

80番? と首を傾げる武ちゃんを連れて、エレベーターを降りる大和。

やがてパスが無ければ使用できないエレベーターに乗り換えて、80番格納庫を目指す。

「見ろ武、あれが“眠り姫の楯”だ」

そう言って、大和が指差した先に鎮座するのは、この世界では見る事が無かった姿。

「こ、これって…っ!?」

「楯であり剣たる僕(しもべ)、言うなれば、戦乙女の駆る翼…だな」

驚きで固まる武に説明しながら、想定されているスペックと運用方法が書かれた紙を見せる。

それを読みながら、また無茶な物を造るなぁと呆れ顔の武ちゃん。

「奴等相手に、小出しは無用だ。対応される前に、佐渡島、そしてオリジナルを叩く」

「そうだな…これが通用すれば心強いぜ」

並ぶ機体を見上げて、ニヤリと並んで笑う二人。

その二人の視線を受けて、色の塗られていない装甲が鈍く輝いた。
























18:30――――――


新設PX―――――――


新しく建造されたPX内にある食堂には、本日の予定を消化した試験部隊の衛士が集まっていた。

国連軍という場所柄か、特に国でテーブルを隔てたりせず、好きな席で食事が出来るようになっている。

とは言えまだ初日であり、殆どが国同士で固まって食事をしている。

「少佐、XM3、予想以上の代物でしたね…」

どこか興奮した面持ちで、注文した食事を取りながら話しかけてくるターシャに、そうだなと深く頷くラトロワ。

彼女達は、午前中のXM3の説明の後、早速実機訓練に入った。

これは、彼ら試験部隊用のシミューレーターデッキの数が少ない為、どうしても何個かの部隊があぶれてしまう。

殆どの国が先ずはシミュレーターで腕試しや性能を確かめるのを尻目に、ジャール試験部隊と暴風試験小隊は早々に実機訓練に移った。

目的の違いはあれど、どちらの部隊も実機でのXM3による動きを生で感じたかったのだ。

暴風試験小隊の指揮官は、実機で動かしたいからという理由が強そうだが。

その感想は、ターシャの態度や、ラトロワの表情を見れば理解できる。

「遊びの少なさには戸惑いましたが、OSの即応性には驚きました」

「そうだな…動作が終わるのを待つ必要が無く、ほぼ思った通りに機体が動くのはこの歳になっても心が躍ったものだ」

苦笑を浮かべるラトロワに、少佐楽しそうでしたねと笑顔を見せるリディアナ少尉。

もう一人は、食堂のメニューで初めて食べるという日本の定食に夢中だ。

彼女達はソ連陸軍の軍人なので、今まで所属した基地はお国柄が濃い食事なので、珍しいらしい。

「少佐、我々の今後の予定は?」

「明日のブリーフィングでも話すが、数日はXM3を搭載したSu-37M2に慣れる事に専念する。その後は本国から送られた予定通りに開発計画に従事する」

ラトロワ達ジャール試験部隊に命じられたのは、Su-37M2の性能アップを図ると共に、ソ連の実力を他国に知らしめる事。

そして、これはラトロワしか知らないが、横浜基地の技術、特に大和の技術を可能なら取り込む事。

その為には、大和に開発計画へと噛んで貰うしかない。

大和は開発の責任者だが、それは依頼という形になる。

そして依頼である以上、当然報酬が支払われる。

それは資金であったり技術であったり、最悪の場合、人員の可能性がある。

参加国に送られた資料にもそれが明記してあり、提供して貰った技術に見合うそれらのモノを国連横浜基地に支払う事になっている。

ソ連陸軍が危惧しているのは、選抜した人員、特に整備兵を引き抜かれる事だ。

高い技術を提供して貰っても、それを振るう技術者が持って行かれたら本末転倒になる。

その為、ラトロワには技術提供や取引が行われた際に、交渉の役目も担っている。

実戦経験が豊富な上に、中佐という階級まで成り上がったラトロワなら大丈夫だろうと信頼してか、それとも年齢を感じさせない美貌を保つ彼女に、そういう役目を期待してか。

どちらにせよ、ラトロワはこの事を部下に言うつもりは無い。

自分だけが知っていれば、自分だけが犠牲になれば良いと思って。

「そう言えば、整備班が話していたのですが、豪州試験部隊が早々にクロガネ少佐に技術提供を打診したと…」

「そうか…XM3に釣られたか、それともあのデモンストレーションが効いたかな」

ターシャの情報を鼻で笑うラトロワ。

まだ初日だと言うのに、気の早い話であると、話を聞いた全員が思った事だ。

確かにXM3やデモンストレーションの機体は素晴らしかったが、だからと言ってまだ予定していた計画を始める前からはどうなんだと、開発衛士経験が無いラトロワでも思う事だ。

「欧州連合も、開発計画に関してクロガネ少佐の意見を求める予定らしい。人気者は辛いだろうな」

「そうなんですよ」

「「「「っ!?」」」」

自分が聞いた情報を語りながら、皮肉半分の冗談をラトロワが口にし、全員が笑った瞬間、ラトロワの背後から肯定の言葉が返って来た。

驚いて全員がそちらを見れば、腕を組んで頷いている大和の姿が在るではないか。

「く、クロガネ少佐…」

「元々この計画の開発責任者にされた時から「あ、俺過労死確定?」とか思ったが、こんな初っ端から頼りにされると悲しさ突き抜けていっそ清々しい気分になりますな、ハハハハハハ」

戸惑うラトロワ達を他所に、どっか遠くを見て笑う大和。

微妙に近寄り難い雰囲気である。

「んんっ、我々に何か用か少佐」

「おぉ、そうだった。ラトロワ少佐、これを整備班の責任者に渡して置いてください」

そう言って大和が差し出したのは、分厚い書類の束と、データディスク。

「なんだこれは?」

「Su-37でXM3を搭載し、全力機動を行った際に発生するであろう諸問題を網羅した資料と解決法、それに同機体における現状の小さな問題点を解決する為のアドバイス一覧です」

懐疑的な表情で資料を受け取り、パラパラと眺めると、そこには大和が言う通りの内容が網羅されていた。

「こんなに詳細に…っ、貴官、いつの間にこんな…?」

「ソ連陸軍が参加すると聞いて、事前の報告にあった試験機は全て網羅してあるので。部下にも手伝って貰って、衛士側からのコメントや解決法も入ってますよ?」

無駄に多国籍なワルキューレ隊、隊長の唯依は日本、02のタリサはネパール陸軍、03のステラはスウェーデン王国軍陸軍、04となったクリスカ達はソビエト連邦陸軍、そして大和は国連軍だが米国や豪州、アフリカに着任した経験がある。

しかも全員が一流パイロットの集まりだ、その経験は得難い情報になる。

「この後暴風小隊とアフリカの部隊にも渡して、今日の開発責任者としてのお仕事が終了なのです」

「……なるほど、噂通り優秀な人間なようだな」

「人間、必死で生きれば皆優秀に成れますよ」

自分は元凡人ですので、そう言って道化のように笑う大和に戸惑いを浮かべるターシャ達だったが、ラトロワだけが見抜いていた。

歳若い道化のような少佐の、その瞳が歴戦の戦士、地獄を潜り抜けてきた修羅の目をしている事を。

「ふん、狐の部下は狸か。日本では、狐や狸に騙されるそうだな?」

「おや、良くご存知で。騙されない為には、眉を唾で濡らすと良いそうですよ、ラトロワ少佐」

挑戦的なラトロワに対して、道化を続ける大和。

そんな彼に対して、ラトロワは喰えん男め…と呟いて資料をターシャに渡す。

「貴重な資料、ありがたく頂こう。しかし、こうまでするメリットが貴官に存在するのか?」

参加国へ配布された資料では、基本的な指導を除いて、開発責任者の大和は受身、つまり依頼されてから動く形だ。

なのに、ここまで詳細な資料を作って渡してくる、これは指導の範疇を超えている。

長く戦線に居たラトロワは、自分でもある程度機体を弄る事が出来る。

なので理解してしまった、この資料にある情報を全て機体へと活用すれば、それだけで今より性能が上がるだろうと。

とは言え、劇的な変化は起こらないが。

「どうでしょうねぇ、何しろこの仕事は逆らえない上司からの命令ですから。俺本来の仕事はこの後からですし。在るとすれば、何かの緊急時や面倒事の際にお願いし易くなる…と言った所では?」

「ふん、ますます喰えん男だな貴官は。……貴様、本当に見た目通りの年齢か…?」

声を潜め、そして威圧感を伴った言葉と共に顔を近づけるラトロワに、一瞬表情が能面のような顔になる大和。

しかし直にニヤリという笑みを浮かべると、ラトロワの耳元に口を近づけた。

「ご想像にお任せしますよ、見た目20代で通用する美人指揮官殿」

「な…っ」

軽いリップサービスを含めた言葉に、ラトロワが顔を離すと、大和は「では失礼」と言って別のテーブルへ向ってしまう。

「少佐…?」

「どうしました?」

「いや……あの年齢で少佐、そして開発責任者に選ばれるだけの下地はあるようだな。全く…喰えん男だ…」

ターシャ達の言葉に大丈夫だと答えながら、次に資料を渡す暴風小隊の場所へと歩く大和の背中を眺めるラトロワ。

その背中は、見た目の年齢に合わない程大きく、しかし悲しく見えた。
































2001年9月20日―――――


開発計画専用演習場――――――



「XM3搭載から10日足らずでこの動きか…見事なものだな中尉」

「そうですね、特に機体とのマッチングが良いのか、ジャール試験部隊と暴風小隊の動きが一際良いですね」

演習場を監視する管制タワーで、実機演習を行っている部隊を眺める大和と唯依。

現在演習場を使って2対2の模擬戦闘を行っているのは、ソ連のジャール試験部隊だ。

「近接武装こそ固定だが、乱戦を意識した機体設計は下手をすると不知火より上だな…」

「悔しいですが、私も同意見です。密集戦闘と超近接戦仕様ながら、砲撃能力も高い機体…負ける、とは言いませんが、衛士の腕によっては零式やF-22Aでも撃破できるかと…」

「例えば、ラトロワ少佐のような…な」

大和が覗いている双眼鏡の先で、同型機でありながら圧倒的な戦闘能力で相手を撃破するSu-37M2。

「あれは、下手をすると月詠大尉レベルか…指揮能力も考えれば、上回るかもしれんな…」

大和が知る限りの、カッコイイ女性衛士(年上のお姉様)では、月詠大尉と互角と目されるラトロワ。

大隊指揮官だった事を考えると、総合的に真耶さんよりも衛士として上だろうと考えた。

それに関しては、唯依も同意見だ。

「しかし、何故彼女ほどの衛士を今回の開発計画に抜擢したのでしょうか? 彼女は開発衛士には、あまり向かないタイプの人間だと思いますが…」

「さてなぁ、俺にも分からんよ。一つ言えるのは、アラスカの連中の子守で、多大な被害を被った隊の指揮官としか情報がない」

そしてその際の責任問題で降格処分となり、この計画に抜擢されてしまった。

「送り込んできたのは、カムチャッカ側だしな…他所が何を考えてるか知らないが、害が無いなら気にする事じゃないだろう」

「それは、そうですが…」

丁度ジャール試験部隊の模擬戦闘が終了したので、管制室を後にする大和と、付いて行く唯依。

外に出ると、幾分涼しくなった風が頬を撫でる。

「99型の完成版の量産はどうなってる?」

「現在、巌谷中佐主導の元、各メーカーのラインで製造中です。不知火・嵐型の配備された部隊へ順次装備される予定だと」

唯依の返答に、順調な様子で良い事だと笑う大和。

横浜基地で細々と改良が続けられた99型電磁投射砲の完成版が、各メーカーで製造されて装備が始まった。

この完成版は、不知火・嵐型の肩のCWSを利用して接続され、スナイプカノンユニットのように運用される事になる。

その為、不知火・嵐型が配備された部隊から優先的に装備が始まり、テスト運用が開始されている。

「後日、約束通りに横浜基地へ予備を含めて予定数が搬入されます」

「そうか…ならクリスカ達の雪風か舞風で運用試験を行うか。高周波ブレードのブレードの量産は?」

「ライセンス契約を取り付けたメーカーから、明日には初期品が納入されます」

ならそれもテストだと告げながら、演習場から戻ってきたSuー37M2を眺める大和。

「少佐…………魔改造したいとか思ってないですよね…?」

「そ、そんな訳無いと言い切れない己の業と戦っているんだよ?」

つまり、思っちゃったんだ☆

「はぁ……少佐、趣味は程々にして下さい。性能が上がるのは認めますが、やり過ぎると大変な事になるんですから…」

頭が痛いとばかりに額を抑える唯依姫、でも自重を止めると宣言した大和は右から左にランランスルー☆

「モーターブレードは残したいなぁ、あれ整備が激☆面倒臭いけど浪漫だし…あ、全身のカーボンブレードを全部モーターブレードに…うん、整備兵がマジ泣きするな…ならターミネーターらしく、ショットガン的な武器が欲しいな、あ、リボルバー型グレネードランチャーの試作品装備させたら似合いそうだ…」

ブツブツとSu-37M2を見つめながら呟く大和の姿は、正しく不審者だった。

そのねっとりと嘗め回すような熱い視線、もし女性が向けられたら悲鳴を上げるか感じちゃうかの二択。

「(ゾクッ)―――っ、な、なんだ今の感覚は…?」

見られていたSu-37M2の衛士のラトロワさん、謎の感覚に思わずコックピット内でキョロキョロしてしまう。

「少佐、もう行きますよっ、仕事はまだ残ってるんです!」

「あ、ちょッ、もう少し、もう少しだけ妄想魔改造させてくれ唯依姫ッ!」

喚く大和の腕をガッチリと掴んで連行する唯依姫、態度はプンプンとお怒りのように見えるが、大和と触れ合えて少し嬉しそう。

「あだだだだだだだッ、唯依姫ッ、腕が、俺の手首がッ!?」

その嬉しさからか、握力が凄い事になって大和が苦しんでいるが。

恋する乙女は無敵という言葉があるが、彼女達は恋が絡むと握力が増すらしい。

イーニァも時々信じられない怪力発揮するしね。

















12:40―――PX食堂――――



「あが~…教導も楽じゃないなぁ霞~」

食堂のテーブルにたれているのは、午前の教導を終えた武ちゃん。

そんな彼を、霞が隣に座って頭を撫でている。

軍隊という場所を考えれば在り得ない光景だが、誰も気にしない。

何故なら皆慣れてしまったから。

大和曰く「人は、慣れる生物である」との事。

「武さん、純夏さんが構って欲しいそうです…」

「構ってって、夜はずっと一緒じゃないか…」

霞から伝えられた伝言に、何を言ってるんだアイツは…と呆れ顔の武ちゃん。

その意味深な言葉を理解している霞ちゃん、頬を赤くしてコクンと頷く。

例の純夏&霞の擬似姉妹丼事件からずっと、夜は3人で過ごしているらしい。

時々早朝にツヤツヤテカテカの純夏ちゃんと霞ちゃんが大和に目撃されている。

「純夏さんは、武さんに訓練して欲しいみたいです…」

「何を甘えた事を…俺は訓練には手抜きしないぞ?」

どうやら武ちゃんは純夏ちゃんが武ちゃんが教官なら楽できると思って自分を希望していると勘違い。

実際は、乙女心的な意味で、訓練でも一緒に居て欲しいという想いを分かっていない武ちゃん。

鈍感と言うより、変にストイックなだけなのだが、ここまで来ると呆れるしかない。

因みに現在の純夏、テスタメントとまりもに教官をして貰って体力づくりとお勉強中。

まりもには、特殊なスキルを持つ人材として紹介してある。

計画の重要な人材とも教えられているので、まりもちゃんも熱心に指導している。

その間、207は武ちゃんか自主訓練だが。

「ま、帝国軍への教導も今日で終わりだし、先生と大和に予定を聞いてからだな」

でもそこは武ちゃん、上げる好感度は確り上げる、霞ちゃんの頭を撫でながら伝えといてくれと笑う。

そんな武ちゃんに、霞ちゃん嬉しそうに小さく微笑むと伝えてきますと頷く。

「いいなぁ……」

「どわぁっ!?」

と、突然二人の背後に羨ましそうな表情を浮かべたイーニァが現れた。

「な、なんだイーニァか…何がいいんだ?」

突然の登場に驚いた武ちゃんだが、気を取り直してイーニァに問い掛けると、イーニァは霞を後ろから抱き締めた。

「カスミがうらやましい…わたしもヤマトと同じことしたい…」

「……………………(///」

「あ~…なんだ、その…大和はしてくれないのか?」

イーニァの発言に、赤くなる霞ちゃんと、照れながら問い返す武ちゃん。

武ちゃんもイーニァとクリスカが霞と同じ姉妹であると知っているので、当然能力についても知っている。

読まれちゃったかと赤くなりつつイーニァを見ると、悲しさと不機嫌を混ぜたような感情の視線を向けてきた。

「ぜんぜん。キスしてくれないよ」

「ん~、アイツその辺やたらと堅いからなぁ…夕呼先生のキスも全力でガードしていたし…」

そして武ちゃんが餌食になった。

最初に連絡を取った際に、大和が00ユニットの理論やその他の情報を渡すと、夕呼先生が狂喜乱舞してキス攻撃。

それを大和が全力でブロックして、矛先を在ろう事か武ちゃんに逸らしやがった。

その為、武ちゃんはタップリ10分間、夕呼先生のキスの嵐を受け続ける事になった。

「思えば、この世界でのファーストキスってアレだったなぁ…」

「………………」

「?」

煤けた表情で呟く武ちゃんを、よしよしと眺める霞と、意味が分からず首を傾げるイーニァ。

因みにイーニァとクリスカには、まだ武ちゃん達の事情は説明していない。

二人の頭に付けられた装置で、能力を抑制しているのでその辺りの事情は読まれない。

「イーニァ、カスミ…あ、シロガネ大尉」

そこへ、長女のクリスカも登場した。

武ちゃんに一応敬礼し、近づいてくる。

「よぉクリスカ、食事か?」

「いや、少佐を探しているのだが、見当たらなくてな」

武の問い掛けに、少し困った表情で答えるクリスカ。

「ショットランサーの攻撃モーションパターンを纏めたから、提出しようと思ったが執務室にも格納庫にも顔を出していないんだ」

「あぁ、あれか。ん~、急ぎならテスタメント通信で呼び出せば早いけど今居ないし、急ぎじゃないなら開発計画の区画に居ると思うぞ?」

確か午後は少し豪州の機体の面倒を見ると言っていた大和の言葉を思い出しながら教えると、感謝すると言って開発区画へと足を向けるクリスカ。

イーニァは霞と何やら相談しているので、行ってらっしゃいと二人で手を振っている。

その相談が、どうすれば大和が自分を可愛がってくれるかというアレな相談なのだが、武ちゃんは俺の気持ちを思い知れと止めない。

因みにテスタメント通信とは、テスタメントの常時データリンクシステムを利用しての、通信方法だ。

上位テスタメントのみが現在使用可能な機能で、伝言と相手を入力するとそれがデータリンクを経由して目的の人物が居る場所のテスタメントに伝えられる。

この前、唯依に大和が呼んでいるという伝言を伝えたテスタメントも、この機能を使用したのだ。

上位同士なら普通に通信も可能。

しかし現在霞専用テスタメントは純夏と一緒に居るので、使えなかった。

「開発区画か…」

PXを後にして、開発区画へと向うクリスカ。

開発区画は、開発計画の主要設備や格納庫、宿舎などが建築された新造の地上区画だ。

今まで在った地上建造物とは幾つかの通路や道路で結ばれているが、基本的に交流はない。

この区画の変っている部分は、地下通路が張り巡らされ、宿舎や格納庫などと地下通路や地下空間でも繋がっている部分。

歓楽街などが横浜基地周辺に存在しない為、地下空間に多数のお店が入っている。

元ハイヴの横浜基地だけあって、地下構造物の深度は深い。

開発計画の区画も、地下200mまで色々な施設が入った地下フロアが存在する。

開発参加国のブリーフィングルームや責任者の執務室なども、地下にある。

これは“もしも”を想定した造りであり、それを理解した指揮官や技術者は感心していた。

その地下フロアへ続く通路を進み、やがて中央フロアに辿り着く。

ここから宿舎や格納庫、ブリーフィングルームなどに移動できる。

中央と言う事もあり、広いスペースと自販機や休憩設備、モニターなどが置いてある。

多数の国がこの区画で生活しているのもあり、別の国の整備兵達が楽しそうの談笑していたり、別の国の衛士達がそれぞれ自国が運用している機体について討論していたりと、交流が生まれていた。

「居ないか…」

時々ここで大和が衛士や開発者に捕まって話し込んでいる事があると唯依に聞いていたので探したが、今日は捕まっていなかった。

「(総合格納庫だろうか)」

基本的に大和が開発計画で仕事をする際は、総合格納庫で仕事をする事になっている。

時々は各国に割り当てられた格納庫に行ったりもするが、基本は其処だ。

足を格納庫区画へと繋がる通路に向けて進んでいると、途中で地上PXへ繋がる通路と格納庫へ向う二股へ突き当たる。

最初に総合格納庫を探そうと思って格納庫へ繋がる通路を進むと、前から強化装備姿の衛士が4人歩いてくる。

その強化装備の色を見て、クリスカの瞳が見開き、鼓動が強く跳ねた。

「――――っ、あれ…は…!」

震える手と唇、込み上げてくる不快感と不安、そして“恐怖”

「む……貴様は…」

こちらに向ってきた衛士達の先頭を歩いていた衛士が、クリスカの姿を捉えて立ち止まった。

「見覚えがあると思ったら、あの時の開発衛士か」

「ジャール大隊の……何故ここに居るっ!?」

立ち止まった衛士達は、ジャール試験部隊のラトロワ達だった。

ラトロワは見覚えのあった女性が、因縁のあるクリスカだと分かり意外という表情を見せる。

それに対して、憎しみすら感じさせる表情で吼えるクリスカ。

「っ、貴様少佐に向って!」

「構わんぞ大尉」

ラトロワに対しての言葉遣いと態度に、ターシャが前に出ようとするがラトロワに止められる。

「少佐……分かりました」

「ん……それはこちらの台詞だ少尉、アチラの開発衛士だった貴様が何故此処に居る?」

「……ッ、私はもうあの国の衛士ではない、横浜基地所属の国連軍衛士だ!」

ラトロワの逆の問い掛けに、言い放つクリスカ。

その言葉に、失笑を浮かべるラトロワ。

「我々に情けなく負けて逃げ帰ったかと思えば国連軍に居るとは……貴様も捨てられたか?」

「―――――ッ、貴様…っ!!」

ラトロワの言葉にギリギリと拳を握り締めるクリスカ。

彼女の言葉が事実だっただけに、クリスカの怒りと悔しさは膨れ上がる。

だから気付かなかった、ラトロワが貴様“も”と言っていた事に。

「前日の騒動は私の部下に非があるが、それであのような醜態を晒すお嬢様に国連軍の衛士が務まるのか?」

「黙れっ、今の私はあの時の私ではない、あの子も同じだ、もう貴様達になど負けはしないっ!」

ラトロワの挑発の言葉に、食って掛かるクリスカ。

その態度と言葉に、ターシャ達がクリスカを睨むが、クリスカも睨み返す。

「何の騒ぎかな?」

「「「「「っ!?」」」」」

そこへ、場違いなほど白々しい言葉が投げかけられた。

ラトロワ達が振り返ると、そこには大和と黒いテスタメントの姿。

「少佐…っ」

「クロガネ少佐か…いや、知り合いが居たのでな、少し会話を楽しんでいただけだ」

クリスカが大和の姿に安堵と同時に不安を覚え、ラトロワが神出鬼没な大和に苦笑すると共に答える。

「なるほど、ソ連で面識がありましたか。ですが…あまり俺の部下を虐めないで欲しいですね、ラトロワ少佐?」

そう言ってラトロワ達の間をすり抜けてクリスカを守るように立つ大和。

「部下…?」

「えぇ、彼女は俺の開発部隊で開発衛士として参加している優秀な衛士です。こと高速近接戦闘では、横浜基地で五指に入る実力ですからね」

ラトロワの探るような視線と言葉に、平然と答える大和。

その褒め言葉に、嬉しさを覚えると共に申し訳ないという感情が浮ぶクリスカ。

「まぁ、お国の確執や感情は理解出来ますがね。不安定な相手を追い込むのは少々度が過ぎるかと…」

大和とて、国や人種の確執は嫌と言うほど経験している。

かつての世界で、日本人だからと無理難題を吹っ掛けられたり、バカにされたり、時には囮や捨駒にまでされた経験もある。

「ふん…部下に甘いのだな」

「えぇ、その分扱いてますのでね。まぁ、少佐には敵いませんが」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味です」

ラトロワの鋭い視線を受けても、平然と言い返す大和。

その姿に、ジャール試験部隊の衛士は少し感心すら覚えた。

「……行くぞ」

「あ、少佐っ!?」

数秒間睨み合い…大和は普通に見つめていただけだが、その結果ラトロワが微笑とも嘲笑とも取れる笑みを浮かべて歩き出した。

それを慌てて追いかけるターシャ達。

彼女達の姿が通路を曲がって見えなくなると、大和はクリスカに向き合った。

「大丈夫か、少尉?」

「…………少佐……す、すみません…」

情けない姿を見られた上に助けられたクリスカは、悔しそうに顔を歪めて俯いてしまった。

「ソ連で色々在ったと聞いたが、彼女達が原因か?」

強くもなく弱くも無い、普通に聞いてくる大和の言葉に、頷くしか出来ないクリスカ。

「無理に事情を聞こうとは思わない。だが、それが衛士としての行動の妨げになるなら、流石に俺も口出しをせざるを得ないのだが?」

「………………大丈夫、です…」

大和の言葉に、唇を震わせながら搾り出すように答えるクリスカ。

そんな彼女の肩を優しく叩いて、戻ろうと諭す。

それに小さく頷いて来た道を戻るクリスカ。

「…少佐、少しお時間を頂けますか…?」

「あぁ、15:00まで空いている。執務室…は中尉が居るしな…俺の部屋で構わないか?」

大和の答えに頷いて答え、彼の部屋のあるフロアへと向う二人。

エレベーターで部屋のあるフロアへと降りて、大和の部屋に入る。

そして、ベッドに座ったクリスカが、ポツリポツリと事情を説明してくれた。





元々、クリスカとイーニァは、その高い能力に目を付けたソ連のとある開発部、そこが指揮する試験部隊に在籍していた。

イーニァと乗る複座型の機体は脅威の戦闘能力を誇り、紅の姉妹という名前は瞬く間に広がって行った。

やがて、二人は開発計画の一環でカムチャッカ半島にある基地へと遠征し、そこでBETA相手に脅威的な戦闘能力を見せつけ、1000体以上を駆逐する戦果を上げる。

しかしその後、忌まわしい事件が起きた。

ソ連陸軍の少年兵達に絡まれた二人は、祖国を守るという愛国心を否定されたばかりか、敵として扱われ、挙句暴行されそうになった。

泣きじゃくるイーニァがクリスカから引き剥がされそうになった時、あのラトロワが現れて少年兵達を一喝し、その場を収めた。

だがクリスカとイーニァの心には酷い傷痕が残った。

ただでさえ仲間と信じ、国を守るという想いをその仲間に否定されたら普通の人間でも傷つく。

だが二人はその生まれ故の能力があった。

それが少年兵達の生の感情を読み取らせてしまい、イーニァは対人恐怖症と戦闘恐怖症に。

クリスカも対人恐怖症から来る嫌悪感を常に抱くようになり、対人不信に。

そして、その事件の次の日、試験部隊の指揮官が組んだラトロワの指揮する部隊との模擬戦闘で、クリスカ達は普段の戦闘力も、BETA相手に猛威を振るった操縦技術も発揮出来ずに、ただ逃げ回るしかなかった。

コックピットでイーニァの戦闘恐怖症が出てしまい、泣きながら出してと叫び暴れた。

クリスカはそんなイーニァを宥めるのに必死で、満足な戦闘など出来るわけもなく、紅の姉妹は敗北した。

その後、精神鑑定やカウンセリングを二人で受けたがその症状はなかなか完治に至らなかった。

その為、二人の能力はガタガタになり、かつての紅の姉妹の姿は見る影も無くなった。

その時、二人の存在を知った夕呼が二人をオルタネイティヴ4権限で接収し、二人を自分の元へ招いた。

最初は渋ったソ連側だが、現状の紅の姉妹でば自分達の目的を果せないと考えたのか、最後はアッサリと送られてしまった。

二人はそれを“売られた”と思い、特にクリスカは売った国と買い取った夕呼へ強い憎しみを抱く様になった。

特に、A-01へ配属されてからイーニァと引き剥がされたので、夕呼へはもう不信感しか抱いていない状態だった。

一方のイーニァは、霞という自分より幼い妹の存在に、もう一度戦う決意を決めたらしく、戦術機に乗れるようになった。

だが、その実力は昔の8割にも満たない技量だった。

そしてクリスカは、対人不信と、今まで以上にイーニァを想い心配するようになり、大和が来た頃の状態になっていた。





クリスカが語った昔の事を、大和は黙って聞いていた。

大まかな事は夕呼経由で聞いていたが、まさかイーニァが戦闘恐怖症だった事や、ソ連側がえらくアッサリと二人を渡した事を怪しく思ったりして表情を厳しくする大和。

「少佐、私はどうすれば良いんだろうか…?」

縋るように、不安に潰されそうな瞳で大和を見るクリスカ。

「……クリスカ、君は今何の為に、何を信じて戦っている?」

以前のクリスカは、祖国の為、そしてイーニァの為に戦っていた。

だがクリスカ達はその祖国に裏切られた状態だ。

だからあえて、大和はそう問い掛けた。

「私は……わたし…は…」

普段なら、イーニァとカスミの為、そう答えられる。

だが、先ほどの一件、そして過去を語った事で答えられなかった。

その理由の大部分は、本当にそれだけなのかと自分自身が問い掛けてきたから。

自分が自分で分からない、そんな感情に支配され戸惑い、震えるクリスカ。

「無理に答えなくて良い。人の戦う理由は人それぞれだ、国、使命、復讐、信念、仲間の為、家族の為、世界の為…。
 
 武は愛する人達を守り、そして人類を救いたいという理由、唯依姫は日本を救う為、タリサやステラもそれぞれ異なる理由で戦っている。

 戦う理由に上も下もない、その人が持つ、根から繋がる大切な感情だ。

 少なくとも俺はそう思って戦っている。

 その理由、想いがあれば人は強くなれる、それは武を見れば分かると思う」

大和の諭すような、囁くような言葉に、小さく頷くクリスカ。

武は、自分より年下、イーニァと同程度の年齢なのに、自分とイーニァであっても敵わないレベルの衛士だ。

いつもは軍人らくしくない、甘くてだらしない面を持つ少年なのに、戦いになると一匹の修羅と化す。

間違いなく世界でも上位に喰い込むレベルであり、今尚進化の如く強くなっている。

その想いは、頭の装置で抑制されていても伝わるほど強い。

大切な人を亡くし続けた、永遠の慟哭が戦っている武から伝わってくる。

それと同時に、大切な人を守るという、眩しい、太陽のような強く暖かい決意も伝わってくる。

霞が心底懐く訳だと、納得もしてしまう。

「だがな、戦う理由は、誰かに与えられたモノでは強くなれない。自分自身で信じる理由、想いでなければ、逆に弱く、そして脆くなる。

 国を守る為、それは良い、だが何故国を守りたいのか。

 使命の為、その使命を抱く理由はなにか。

 人は理由が無ければ道に迷い、彷徨う動物だ。自分が信じる道があるから、人は真っ直ぐ強くなれる。

 だからクリスカ、君は君が信じる理由を見つけるんだ。

 人が与えた理由じゃない、植付けられた理由でもない、自分がこうと信じて、貫こうと思える理由を、想いを、見つけると良い。

 そうすれば、今の迷いは断ち切れると俺は思うぞ」

そう言って優しく笑い、クリスカの頭を軽く撫でる。

「少し、偉そうだったな。説教やら説得は苦手なんだ」

そう言って苦笑する大和に、そんな事は無いと首を振って否定するクリスカ。

何故だか、大和のその笑顔が、泣いているように見えたから。

自分で深く考えてみると言って、クリスカは礼を言いながら退室した。

「……………自分の為だけに戦っている奴が、何を偉そうに…ッ!」

部屋の鏡に映る自分に吐き捨て、壁を殴る大和。

その表情は、泣いているように見えた。
















[6630] 外伝その7~R15の香りがするよ!~
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/08 00:20















今回は本編合間の人々を描いてみたよ!








でも外伝だからどっか変なんだ。







電波は大切にね!









外伝7~その頃(9月12日~19日辺り)の横浜の人々+α~












~まりもちゃんの憂鬱~



神宮寺 まりも軍曹改め、神宮寺 まりも大尉。

最近突然の原隊復帰で、しかも最終階級より一つ上の大尉となった彼女。

仕事はまだ207の教導や、特別訓練中の純夏の指導など軍曹の時と違いはない。

だが大尉となったからには色々と知る機会が増える上に、70番格納庫への出入りも許可された。

その上、武と共同(と言うか単純に同じ部屋なだけ)の仕事部屋を得て、書類仕事をしている。

これは素直に嬉しかった彼女だが、最近はそれが悩みの種だ。

「どうしたのかしら、最近少し調子が悪いわね…」

疲れが溜まっているのかしら…そう呟きながら身体を解すまりもちゃん。

ここ最近、妙に疲れがとれないらしい。

仕事は確かに大変だが、基本的な事は変化していないし、衛士としての訓練は寧ろ充実している。

ではなんだろうか? と考え少し作業の手を止めるまりもちゃん。

絶対に年齢だからという考えは浮かべない、浮かべないったら浮かべないのだ。

「戻りました~…ってどうしたのまりもちゃん」

訓練着の上着を肩にかけた姿で部屋に入ってきた武ちゃんが、悩んでいるまりもを見て声をかける。

「あ、お疲れ白銀。あの子達はどうだったかしら?」

「いや~、全員少し見なかった間に強くなってますよ。特にタマと築地が怖いのなんの」

楽しそうに笑うアンダーシャツ姿の武ちゃん、その見事な胸筋や二の腕を今にも喰い付きそうな勢いでガン視するまりもちゃん。

「な、何かついてる?」

「いえ、別に。ただ汗くらいは拭いた方が良いわよ?」

先程まで怖いくらい視ていたのに、悪寒を感じた武ちゃんが問い掛けるとしれっと答えるまりもちゃん。

「それで、二人がどう怖かったの?」

「あ、あぁ、それがですね、築地が全力で逃げまくって囮になり、その間に距離を取ったタマが遠距離からズドンと。流石に射線が分からないと俺でも逃げられませんよあれは…」

武が帝国軍の教導で見られなかった間、207はまりもに鍛えられつつ自己鍛錬に集中し、見事にレベルアップを果していた。

今回武は戦わなかったが、築地とタマが同じ部隊になった混合戦はほぼ確実に相手が負けている。

付かず離れずで高速回避を続けて攻撃しながら逃げ回る築地と、彼女と連携して狙撃してくるタマ。

これに美琴と麻倉が加わったら悪夢だ。

逃げる築地達を追えば狙撃され、狙撃を何とかしようとすると築地達が嫌らしく攻撃してくる。

下手に攻めれば美琴に嵌められ、迂闊に広い場所に姿を現せば即麻倉にズドンされる。

冥夜・彩峰・高原・委員長・晴子がマジ泣き寸前で壊滅したほどだ。

茜が相手の弱点を的確について指示したのも大きいが、見ていて哀れに思いつつ、俺なら逃げるなと黄昏る武ちゃん。

「確かに、スナイプカノンユニットと間接照準システムのお陰で対戦術機戦闘も作戦がだいぶ変化したわね」

与えられた資料や閲覧可能な情報を見ても、CWS搭載機を相手にする場合は既存の戦法に色を付ける必要があるとどれも指摘している。

「俺としては、早いとこ高周波ブレードが普及して欲しいっすけどね」

苦笑しながら椅子に座って報告書の作成に取り掛かる武。

あの夕呼の部下とはいえ、その辺りは確りやっている。

と言うか、まりもちゃんが大尉になってからは確りやらないと怒られる。

同じ階級になり、また武ちゃんの態度がアレなのでまりもちゃんの方が先任みたいに見られる。

実際は逆だが、武ちゃん本人がその状態を望んでいる上に、まりもちゃんも自然に話せるので特に気にしていないようだ。

「少佐の部隊がテストをしているみたいだけど、どんな感じなの?」

「凄いっすよ、こう鉄骨でも戦術機でもBETAでもスパーッ…て感じで切れちゃいますから」

何度か試作品の試し切りをした武は、その感触を何とか表現しようとするが、そうとしか言えない。

「切れ味は凄いみたいだけど、摩耗と持続時間が気になるわね…」

何でも切れる高周波ソードは、ソードの根元に高周波発生装置を搭載し、刃全体を振動させて物質を“分けて離れさせる”効果で相手を切断する武器。

威力は兎も角、ソード自体の耐久性や装置の持続時間がまりもには気になる点だ。

「一応、振動が続いている間はそうそう摩耗しないみたいだけど、流石に突撃級や要塞級を切ると破損も考えられるから、色々考えてるみたいっすよ?」

と説明しつつパソコンをカタカタ。

その様子を眺めながら仕事を再開するまりもちゃんだが、やはり疲れがとれないのか進みが悪い。

「………まりもちゃん、ひょっとして疲れてる?」

「そういう訳…じゃないと思うんだけど…」

少し自信が無いのか苦笑するまりもちゃん。

最近ではまりもちゃんと呼ばれるのに抵抗が無い…と言うか、二人きりなら寧ろ呼んで欲しいとすら思ってしまっている彼女。

「ん~、じゃぁちょっと失礼して…」

「ちょ、白銀っ?」

席から立ち上がってまりもの後ろへと回る武、何をするのかと首を回すが、良いから良いからと前を向かされる。

そして、その大きな手で両肩を掴んできた。

「――――ひゃ…っ」

「う~ん、やっぱり少し凝ってるのかな…?」

両肩を掴まれた感触に身を固まらせるまりもちゃんを他所に、首を傾げつつ肩をも~み揉み。

「や…し、白銀…っ、ちょ……ぁん…っ」

「痛かったら言って下さいね~」

頬を赤くして悶えるまりもちゃんだが、武ちゃんは気にせずに肩揉み続行。

揉み揉みと強すぎず弱すぎずで肩を揉まれていると、段々とまりもの身体から力が抜けていく。

「やぁ……なんで、こんな…上手…っ」

「夕呼先生に良く揉まされてますから。研究者は肩こり腰痛と死ぬまで戦う者だとかなんとか…」

なんて苦笑しながら揉み続ける武ちゃん、まりもちゃんはずるずると椅子に身体を預け、赤い顔でピクピクと痙攣している。

「くぅん…っ、しろがね、すこし強いわ…っ」

「あっと、すみません。それじゃぁこれ位で…」

艶っぽい声で懇願されて力を弱めるが、今度は広範囲に渡って揉まれる、肩だけど。

頑固な肩こりの夕呼先生で鍛えたその腕は、確実にまりもちゃんの理性を削っていく。

このまま全てを武に委ねて堕ちて溶ける、そんな想像に全てを委ねたくなる。

「し、しろがね『白銀大尉、香月副司令がお呼びです』―――っ!?」

まりもちゃんが甘い声で武ちゃんに声を掛け様としたら、突然内線でピアティフ中尉の声が響き、武ちゃんの手が止まる。

「ありゃ、なんだろ。了解です。っと、途中ですけど何か呼ばれたんで行ってきますね!」

ピアティフ中尉に返答し、急いで上着を羽織って部屋を出て行く武ちゃん。

「…………………ッ!!!(///」

武ちゃんが退室してから自分の声とか姿とか考えとかを冷静に見て顔を真っ赤にするまりもちゃん。

慌てて衣服の乱れを確認するが、椅子に座りなおしてビクっと硬直する。

「…………嘘でしょ、肩揉みだけでなんて……(///」

恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつ、慌ててお手洗いへと駆け込むまりもちゃんが、訓練を終えた麻倉に目撃された。






まりもちゃんの疲れの原因:欲求不満









「あ~、良いわぁ、やっぱりアンタのが一番ね。社は力無いし鑑は妙に痛いし…」

「先生、勘弁して下さいよ…」

呼ばれた武ちゃんだが、やる事は肩揉みだったとさ。























~クリスカの憂鬱~




「オーライ、オーライ、ストーーーップ!!」

誘導トーチを振りながら、クレーンを操作する人員に合図する整備兵。

70番格納庫は現在、戦術機の足の踏み場もない位散らかっていた。

90番格納庫と違い、横に馬鹿広い70番格納庫だが、その床には一面に色々な武装が広がっていた。

「中尉、これで全部です!」

「そうか、ご苦労。急いでチェックと整備に入ってくれ」

敬礼して報告した整備兵は唯依の指示に従って整備が行われている武装へと走る。

「さてと、私達も続きを…どうした少尉?」

「あ、あぁ…少々圧倒されてな…」

問い掛けた唯依に生返事を反すクリスカ、今二人の前には無数の武装が広がっている。

「それには同意見だ。私も保管倉庫内を見ていなかったら今の少尉と同じだっただろうな」

苦笑する唯依。

二人の前に広がる武装は、一見して武器と分かる物から、なんだこれと首を傾げる物まで幅広い。

時々見た事があるのが混ざっているが、正式採用された武装の原型だったりする。

「この中から使える武装を餞別するのか…?」

「いや、一応使おうと思えばどれも使えるんだ。我々は量産や配備して有効そうな武器をこの中から探して性能試験をする事になる」

そう言ってクリスカに手渡されたのはチェックシート。

これで何番の武装がどういう形や方法なら使えるかメモしつつチェックし、その武装を後で性能試験に回すようだ。

「武装の説明は少佐がしまう時にメモを貼り付けてあるから、それを見れば判断できる。私は向こうからやって行くから少尉は反対から頼む」

そう言って唯依が示した方向は、格納庫の反対側。

武装が大きく、かつ間を空けてあるのもあるが、広い倉庫の端から端まで並んでいる武装の群。

その中から使えそうなのを探してピックアップしていく作業。

普通に辛い。

「普通、データベースで管理するものじゃないのか?」

クリスカのその苦し紛れの進言は。

「管理されているのは既に量産されているぞ? ここに在るのは少佐が作ったは良いが微妙だと判断したり、ノリで作ったりした物だ」

困った人だと肩を竦める唯依だが、クリスカからしてみればこれだけの数をチマチマ作ってきた事が驚愕だ。

唯依が言うには、彼女が着任する前からチマチマ作っていて、今でも時々唯依の目を盗んで作っているらしい。

「後でデータベースに登録するから、一つ一つチェックを頼む」

使えても使えなくても一つ一つ確認しろという事らしい。

普通なら整備兵に命令する事かもしれないが、保管倉庫から出した武装はそのままでは使えないし危ないので整備が必要。

既に性能試験に回す事が決定した武装から整備を始めている。

人海戦術を使いたい所だが、一応機密扱いの場所なので出入りできる人間が限られているので無理。

クリスカは自分の受け持ちへと向う唯依を見送ってから、自分が指示された場所へ向う。

途中、突撃槍やらリボルバー型の武器やらを横目に首を傾げるクリスカ。

「確かに武器としては使えるが…BETAには通用しない物もあるな…」

以前タリサの舞風に装備されたスタンマグナムも対BETA戦闘では使えない武装だった。

「……少佐は、対戦術機戦闘を視野に入れているのか…?」

クリスカとて各国の情勢は勉強している。

今はBETAという共通の敵が居るが、国によってはそんなの関係ねぇとばかりに妙な動き。

それに対する対策なら、この数の武装も頷ける。

「一体、少佐は何を見ているんだ……」

考えを読む事が叶わず、その表情からも考えが読めない相手。

ただ分かっている事は、時々酷く危うく感じる事。

「……いや、今は関係ない事だ…」

思考の海に入りそうになったクリスカは、少し頭を振って考えるのを止める。

与えられた仕事は本当に膨大だ。

歩いて端まで辿り着いたクリスカ、最初の武装は手持の武装。

「これは……シュツルムファウスト? 投擲武器なのか? ……判断が難しいな…」

最初の一個目から長考に入った。

メモの説明には先端の爆薬部分を向けて相手に投擲して使うとある。

また、爆薬の指向性を調節すれば、手に持って槍で突く形での使用も出来るとある。

が、扱いには要注意とも書いてある。

「も、もしかして、こんな武装ばかりなのか…?」

威力は高いが扱いが難しい、扱い易いが威力がちょっと…。

そんな武装が並んでいるのではと考えて冷や汗を流すクリスカ。

とりあえず、今日中に終わらない事だけは確定だった。

























~A-01の憂鬱~






「では、新任が配属された際の予定はこれで良いな?」

借りたブリーフィングルームで今後の話し合いをしていたのはA-01のメンバー。

10月には元207の新任が配属となり、その際の配置や訓練の話し合いがされていたのだ。

因みに、夕呼の指示でまりもと武が配属される事は伝えて居ない。

軽いサプライズだと彼女は笑うが、軽いで済むかどうかが問題だった。

「次に、数日後に不知火・嵐型が横浜基地に4機搬入される。その機体の評価試験を我々A-01で行う事になった」

「不知火・嵐型をですか?」

「そういうの、イーニァたんの部隊がする仕事じゃないんですか~?」

伊隅の通達に首を傾げる面々、宗像が怪訝そうな顔をし、上沼が上下たゆんたゆんさせて質問する。

何がたゆんたゆんかは察して欲しい。

「たん言うな。なんでもメーカーで正式に不知火・嵐型として製造された機体で、開発元での試験を依頼されたらしい」

と説明するが、実際は帝国が横浜での開発計画に機体を出して披露する事が目的だと夕呼は言っていた。

お題目としては不知火ではなく、不知火・嵐型として製造した機体のチェックらしいが。

予想外に良い機体に仕上がったから自慢したいんでしょ、とは夕呼の台詞だ。

「そこで、開発計画で忙しい少佐の部隊に代わり、我々がその任を受ける事になった。開発計画の他国部隊との演習や横浜基地部隊の仮想敵として運用する予定だ」

「つまり、不知火・嵐型の性能を他国にも知ら示したいって事ですね?」

「水月、そんなハッキリ…」

A-01の誰もが裏を理解していたが、水月がハッキリ言ってしまい、全員苦笑。

「やれやれ、元は少佐の作品なのに…」

呆れ顔の宗像だが、元々依頼された物で契約も確り履行しているので大和に何の文句も無い。

「それで、4機には誰が乗るんですか?」

「それなんだが、相手は試験部隊とはいえ各国代表だ、そんな相手に無残な結果を残す事は、A-01としては許されない」

風間の質問に、伊隅は表情を引き締める。

それに釣られて、全員が表情を引き締める。

……約一名、引き締めても緩い表情の人が居るが。

「よって、メンバーは速瀬と宗像、それに風間と上沼だ」

「よっし、了解です!」

「ご期待に答えますよ」

「了解しました」

「了解で~す」

名前を挙げられた4人が敬礼しつつ答える。

「私は今後の新任の事もあるから辞退した、東堂は……」

と、自分と東堂が選ばれなかった理由を説明しようとしたら、東堂が凄く沈んでいた。

「と、東堂…?」

「……良いんです、良いんですよ大尉。軍隊なんです、実力主義です、適応適所です。私はどうせ影薄胸薄の微妙な前衛ですからね、最初から期待してませんでした……」

ネガティブだった、物凄くネガティブで黒いオーラが渦巻いている。

「いや、東堂、お前には役割がだな…」

「分かってます、分かってますよ大尉。私には上沼への生贄という大切な役割があるんですよね、新任の、青い果実を上沼という獣から守る大事な使命がありますよね…」

自虐的な上に酷い物言いだ、言われている上沼は「獣なんて酷いわ~、せめて餓えた雌豹と言って♪」なんて言っているが。

「帰って来いっ!!」

「あだっ!?」

伊隅が怒鳴る前に、水月の拳骨で頭を抑えて蹲る東堂。

「東堂、貴様には新任の指導と小隊指揮という役割があるんだぞ?」

「へ…?」

「まだ正式な通達は無いが、新任の配属に伴って貴様と宗像が中尉へと昇進になるそうだ。だからそんな情けない姿を晒すな!」

と言って一喝する伊隅、東堂は暫く呆然と伊隅を見上げていたが、ジワジワと言葉を理解したのか震え始める。

「ほ、本当ですか大尉…っ!?」

「予定ではな、貴様がそんな様では取り消しになるかもしれんぞ?」

そう言って笑う伊隅に対して、慌てて立ち上がって敬礼する東堂。

「いえ、精一杯与えられた役割をこなします!!」

それはそれは見事な敬礼だった。

やった、念願の昇進だ、これで上沼の夜這いも拒否できる、もう不幸女なんて呼ばせないーー!

と一人心の中で感動する東堂。

遙さんがおめでとーと笑顔で祝っているが、東堂は気付いて居ない。

上沼の生贄という役割を否定されていない事に。

そして一度捕らえた獲物を逃がすほど上沼は甘くない事に。

「やれやれ、これからも東堂は苦労しそうだな…」

「美冴さんたら…でも少し可哀相かしら…」

「なら祷子が代わるか?」

「いえ、それは全力で遠慮します」

なんて会話をする二人、風間少尉の笑顔の遠慮がとても眩しい。

「ふふふふ、泉美ちゃんたら嬉しそう…そんな泉美ちゃんを一気に快楽の底に叩き落すのが楽しいのよね~」

「うわ、本当に外道ねこの子…」

「あ、あはははは…程ほどにね上沼少尉…」

感動に震える東堂を、獲物を見る目で見つめる上沼。

そんな彼女を見て、東堂の冥福を祈る水月と笑うしかない遙。

不幸属性の東堂、彼女の人生に幸あれ………。







無いから不幸なんだけどね。
















~元207A訓練部隊の憂鬱~



「まだ弄られネタがあるだけ幸せだと思うな……」

「はぇ? 由香里ちゃんいきなりどうしたの?」

シャワールームで突然虚空を見上げて呟いた高原に、築地が頭を洗いながら問い掛け「うにゃぁっ、目に入ったがや~っ!?」……。

「うぅん、ちょっと人生の先輩の現状とこれからの自分について考えてだけだよ…」

「ほえ?」

目を洗いながら首を傾げる築地、そんな彼女と、彼女の母性を眺めて煤けた表情になる高原。

「多恵は良いよね、その性格とキャラと胸だけで目立てるから…」

「きゃんっ!?」

むにゅっと母性を鷲掴みにされて跳ねる築地。

揉み応え抜群の母性が、高原の手から零れ落ちそうになる。

「ちょっ、なによこの弾力と質感っ!? た、堪らないわねこれ……っ」

「ひぃぃぃ~んっ、由香里ちゃんエロいべさぁっ!?」

その気は無いが、思わずボリューム抜群の母性を揉みまくってしまう高原。

大きさが違うだけでここまで異なるのかと自分の母性を見て溜息。

「………由香里のは美乳、マニアには堪らない至高の一品」

「んにゃぁっ!?」

にゅ…と現れた麻倉が、背後から高原の母性を鷲掴み。

「形、大きさ、色、そして感度……どれも完璧、誇って良いよ、美乳キャラとして」

「誇れるかぁっ!?」

揉み揉みキュっキュっされて涙目の高原、ちょっと部隊の仲間から胸を弄られまくる築地の気持ちが理解できた。

「ちょっ、摘むな…ひゃんっ!?」

「これは……癖になるわ…」

「なるなバカぁっ!!」

あまりの刺激にビクビクしちゃう高原、全力で麻倉から逃げる。

「ちっ…」

「一美、あんた絶対誰かの悪影響受けてる、絶対!」

上沼とか上沼とか上沼とか。

直接面識ないけど。

「うぅ……こんな出番ばっかりになったらどうしよう…」

「大丈夫、お風呂を覗かれるのはヒロインポジションらしいから」

「そんなポジション要らないわよっ!?」

「はうぅ、恥ずかしいべさぁ…で、でも少佐になら……はうぁぅあ~」

騒がしい、と言うか姦しい三人。

「何やってるのかしら、あの三人…」

「さぁ? でも楽しそうだから良いんじゃない?」

既にシャワーを浴びて着替えた茜と晴子が、呆れながら聞こえてくる声を聞いていた。

「あれ、晴子なにその下着…?」

「あ、これ? 実家から送って貰ったんだ~」

そう言って軍で支給される下着とはデザインがまるで異なる大人な下着を披露する晴子。

「ま、まかさそれって…!」

「えへへ~、これなら大尉も“そそる”かなぁって思ってね~」

驚愕する茜と、楽しげな晴子。

流石ちゃっかりの晴子、大人な下着で悩殺準備完了だったようだ。

出遅れた茜は、実家に大人な下着を送って貰おうと考えるが、恥ずかしいにも程があると気付いて断念。

「うぅ、お姉ちゃんが居れば…」

と考えるが、あのどこか子供っぽい姉がそんな下着を持っているとは到底考えられなかった。

白でワンポイントとかが似合う姉、むしろ熊さんパンツでも許されてしまう実の姉を考えて少し落ち込む。

どこかで余計なお世話だよとCP将校の女性が叫んでいる気もするが、気のせいだろう。

気のせいったら気のせいなのだ。















~恋する元207Bの憂鬱~




「はぁ……どうしたものか…」

「冥夜さん、どうかしたの?」

「何か悩みですか~?」

茜達より先にシャワーを浴びて食堂へとやって着ていた冥夜達。

それぞれトレーを持って席につくと、冥夜が何やら溜息をついていた。

美琴とタマが問い掛けると、少し迷ってから口を開いた。

「実は、姉上がその…逢いたいと申していてな、何とか都合をつけて帝都城まで来て欲しいと…」

「「あ~…」」

冥夜の言葉に、苦笑とも愛想笑いとも付かない表情を浮かべる二人。

あの殿下のはっちゃけぶりを見た二人だ、きっと凄いはっちゃけ具合でお願いしてきたのだろうと予想した。

「最近は権力が返され、色々と忙しいようだ。気軽に横浜基地へ出向けないと嘆いて居られた」

気軽に出向かれたら困るでしょうが…と思うけど言わない二人。

でもあの殿下だったら御忍びです~と言いながら平気で入ってきそうだ。

そして武ちゃんに婚約を迫る、確実に。

「タケルの話だとボク達ももうすぐ部隊に正式に配属されるから、暫くは無理なんじゃないかなぁ…」

「暫くは部隊での訓練やお勉強ですから、難しいと思うよ~」

美琴とタマの言葉に、そうであろうな…と少し落ち込む冥夜。

通信で話す事が許されたとは言え、やはり離れ離れだった姉妹、触れ合って過ごしたいのは冥夜も同じだ。

「何とかして上げたいですけど…」

「ボク達じゃどうする事もできないね…」

「いや、そなた達が気に病むことではない。姉上とは通信とは言え姉妹として話せるのだ。全てが終わってからでも遅くは無い」

既に17年以上離れていたのだ、あと少し待つ位冥夜には造作も無い事だ。

「失礼します、冥夜様」

「月詠、どうかしたのか?」

そこへ、月詠中尉が少し申し訳無さそうに話しかけてきた。

タマと美琴が敬礼するので答礼し、冥夜の耳元へ口を寄せる。

それに対して耳を傾けると、何やら囁かれ、顔が驚愕に歪む。

「あ、姉上がっ!?」

「はい、もう我慢の限界だと紅蓮大将に仰って、強引に…」

冥夜の驚きと、真那さんの態度からあのはっちゃけ殿下がまた何か企んだと感じた二人。

でも口を挟めないので大人しく食事を続ける事にした。

思えば随分図太くなった二人である。

美琴は元々だが。

「分かった、この事は既に…?」

「副司令及び黒金少佐に伝わっています、白銀大尉には少佐から伝わるかと…」

真那さんの言葉に、きっと武は弄られるのだろうな…と考えて嘆く冥夜。

それと同意見の真那さん。

彼女は伝える事を伝え終わると、敬礼を残しつつその場を後にした。

「冥夜さん、月詠中尉はなんだって?」

「あの、私たちが知っても問題ないですか?」

と二人が問い掛けてきたので、少し悩んだが既に上も知っているし月詠さんが二人が居る前で伝えたのだから大丈夫だろうと判断した。

「御剣、どうかしたの?」

「今、月詠中尉が居た…」

三人に遅れてやってきた委員長と彩峰も合流して、冥夜が困った顔で口を開いた。

「それが、どうやら姉上…いや、殿下が強引に横浜基地視察を決定し、近く来訪するらしいのだ…」

「「「「え゛っ!?」」」」

冥夜の言葉に、ビシリッと固まる4人。

大声を上げなかったのは見上げた物だが、固まって動けない。

あのはっちゃけ殿下が視察に。

普通に考えれば将軍自ら国連軍の基地を視察に来るなんて、恐れ多くてかつ驚きのイベントだ。

だがそれ以上に、前回のクーデターであれだけ混沌を作り出し、火種を撒き散らしていった殿下がまた来る。

しかも冥夜が言うには、仕事の多さにかなり色々溜まっているらしい。

そうなると一番の被害を受けるのは―――

「「「「「タケル(さん)・白銀……」」」」」

全員がゴクリと喉を鳴らす。

あの時ですら書類上での既成事実を結ばされそうになったのだ。

今度はきっと、肉体的な既成事実を作りにくるだろう、と言うか作ろうと常々冥夜に提案しているし。

「ど、どうしましょう…?」

「どうにもならない」

タマの不安は、彩峰の諦めの言葉でぶった切り。

「少佐は…」

「ダメだよ、少佐はタケルの修羅場作りに命を懸けてるもん…」

委員長の提案は、美琴の告げる現実に崩れる。

「こうなれば、私が何としても止めなければ…」

「「「「むしろ御剣(冥夜さん)共々既成事実作る(ります・ね)わよ絶対」」」」

「な、なんとっ!?」

4人から断言されて怯む冥夜。

彼女がいくら頑張っても、あの殿下に押し流されて姉妹丼になって美味しく頂かれるだけだという考え。

正解である。

全員がやがて来るX・DAYに危機感を抱く中、その対象は―――。










「はい、タケルちゃんあーん!」

「お前なぁ……」

「あーん……です…」

「お前等なぁ…」

新妻二人に地下であーんされていた。












































~タリサとステラの憂鬱~           ―――17日辺りの話―――





「…………………………………………」

タリサ達ワルキューレ隊が普段使用している整備ガントリー。

そこへ収められた舞風を見上げて佇むのは、強化装備姿のタリサ。

「はい、はい、了解です中尉。では後で提出に行きます……。ふぅ……あら、どうしたのタリサ?」

そこへ、ヘッドセットで唯依と通信しながら歩いてきたステラ。

通信を終えて一息つくと、相棒が少し変な事に気づいた。

「……………………なぁ、ステラ」

「何かしら?」

じ~っと舞風を見上げているタリサに、首を傾げるステラ。

「アタシ、弱くねぇよな?」

「え?」

「ほら、今日だって豪州に勝ったし、この前のアフリカ連合にも完勝だろう?」

「そうねぇ、被弾率も低いし、タリサは弱くなんかないわよ」

今日とその前の定期模擬戦闘を思い出すが、タリサは4対2、つまり2対1で相手に完勝している。

相手が豪州とアフリカ連合の試験部隊だけにアレだが、相手の技量は低くないと思われる。

まぁ、アフリカ連合は開発衛士が全員実戦知らずらしく、正直ステラには物足りない相手だったが。

まだソ連や統一中華戦線とは組まれた日付の問題で戦っていないが、簡単には負けないと自負しているし大和のお墨付きだ。

「そうだよなっ、アタシ弱くねぇよなっ!!」

よっしゃーっと気合を入れて叫ぶタリサ。

その様子から、事情を理解するお気遣いの淑女。

ようは、少し自信喪失気味だったのだ、彼女は。

自分の技量やセンスに自信を持っていたが、横浜基地に着てから負けが多くて自信を挫かれていたのだ。

普通ならタリサが弱いとなるが、考えてみれば彼女に勝っているのはあの大和や時々参加する武。

それに唯依にまりも。

そしてあの紅の姉妹。

機体も雪風やら陽燕やら月衡やら、酷い時はスレッジハンマー部隊とハンマーヘッド部隊。

それを改造機とは言え元が陽炎の舞風で相手をしているのだ。

ぶっちゃけ、タリサじゃなければ瞬殺されている面子と対戦しているのだ。

その面子を相手に善戦し、時に勝利をもぎ取るのだから十分に強い。

だが得意の近接や高速戦闘で上が居ることを思い知らされ、少し落ち込んでいたのだろう。

だが他国の試験部隊、戦術機開発に回されるのだから当然エリートかトップガンが選ばれている。

それを相手に完勝したのだから、少しは自信の回復に繋がったようだ。

「少佐も凄腕って褒めてくれたし、そうだよな、アタシ弱くねぇよな!」

よしっ、次こそあいつ等ギャフンて言わせてやるっ!と気合をいれるタリサ。

あいつ等とは、当然ここの所対戦して負け続きのイーニァ・クリスカペアの事だ。

「そうね、その調子で前衛として頑張ってね」

「応よっ、後ろには通さねぇぜ!」

微笑ましく見守るステラの視線には気付かず、元気に歩き出すタリサ。

ちんまい姐御大復活のようだ。

ただその自信がいつまで続くかは、誰にも分からない……。
























~雨宮中尉の憂鬱~



技術廠・第壱開発局試験演習場―――

帝国陸軍における開発計画の主要な部分を行う場所では、暗い灰色に塗装された不知火に似た機体が武装の試射を行っていた。

「雨宮中尉、そちらのモニターにエラーは出ていないか?」

『大丈夫です、各部正常に稼働、集弾率はほぼ一定で水準しています』

指揮車両からの通信に答えるのは、現在機体を操縦している雨宮中尉。

彼女は現在唯依が国連軍へ出向した為、その引継ぎとして任務に従事している。

現在行われているのは、今度正式量産が決定したCWSのアサルトライフルユニット。

これはスナイプカノンユニットでの稼働実績を元に製造されたライフルで、口径を小さくし連射性能を加えた代物だ。

飛距離と威力は格段に落ちるものの、近距離に対応が可能となり、小型化。

連射が利くので、突撃砲の代わりに使用も可能。

少々大型だが、肩のアームから切り離して手持にする事も可能。

弾丸は現在57mmを使用、内部機構の改良でその上も使用出来るように現在調整が進められている。

今試射を行っているユニットは、先行量産品の最終完成品であり、本日のテストの結果次第では教導部隊などに送って磨耗・劣化テストを行って貰う予定。

「ほう、この距離でこの集弾率か…アサルトと言うだけあって、前衛でも使えるかな」

送られてくるデータを眺めて楽しそうなのは巌谷中佐。

不知火・嵐型の導入、CWSの量産などを帝国側から支える立役者にして、大和の協力者の一人。

若干、その大和の影響を受けて自重しないと噂の中佐だ。

不知火・嵐型などの功績で、近々大佐になるとかならないとか…。

「雨宮中尉、次のテストで最後だ、確り頼むぞ」

『了解です』

次のテスト項目に移り、雨宮へと激励する巌谷中佐。

以前は難しい顔ばかりしていた彼も、最近ではよく笑顔を見せると職員達が話していたり。

「ご苦労だったな、中尉」

「中佐、わざわざありがとうございます」

テスト終了後の格納庫、整備ガントリーに固定された機体から降りてきた雨宮を、巌谷が出迎えた。

「どうだったかな、新しいユニットの調子は」

「そうですね…後衛として言わせて貰えば飛距離・命中率共に心強い武装です、連射が可能なのも大きな利点です。ただ突撃砲のように撃ち続けると弾切れになるのが早いですね」

「それは弾丸の大きさもあるし、仕方が無い事だ。現在アームユニットの邪魔にならないドラムマガジンの開発が進められているから、完成すれば弾数はそう気にならないだろう」

そう言って機体を見上げる巌谷中佐と雨宮中尉。

試射を終えたユニットをクレーンで取り外し、地面に置いてこれから総合チェックを行うのだ。

「前衛が持つとしたらどうだ?」

「……進むだけなら有効な武装です。ですがBETAとの乱戦になった場合、正直少し先が邪魔かと…」

言い難いのか言葉に困る雨宮中尉だが、巌谷中佐は苦笑して頷いた。

「確かに、支援突撃砲より長いからな。振り回すには少し長い」

87式突撃砲などが短い理由はそこにある。

BETAとの戦闘で、突撃砲を持って乱戦に望む場合、銃口が長いと回避中にBETAに衝突したりして邪魔になるのだ。

距離を保って戦えれば良いが、圧倒的な物量で突っ込んでくるBETA相手にそれは期待できない。

近接戦闘を重要視する帝国軍が使用する87式突撃砲があの形状になったのはそう言った理由もある。

長さが支援突撃砲より更に長いアサルトライフルは、対BETA戦闘では前衛向きではない。

とはいえ、その辺りは衛士の技量と機体の能力次第でどうにでもなる事もある。

因みに、このCWS武装が採用された理由は、その能力が欧州連合のラインメイタルMk-57中隊支援砲に非常に近い性能を有しているから。

前々から日本帝国軍などを含めて複数の国が導入を検討していたこの中隊支援砲。

帝国はスレッジハンマーの導入で採用は見送ったものの、在れば在ったで便利な武装だ。

ただ欲を言えばもう少し持ち運びに便利で、かつ小型が望ましい。

近接戦闘を好む帝国軍らしいと言えばらしいが、それを叶えたのがアサルトライフルだった。

同じ57mmを使用し、連射能力を有するライフル。

その大きさは中隊支援砲より一回り以上小さく、短い。

その分射程距離は短くなったが、威力そのままで携帯能力は上がっている。

長い上に伏せの体勢で使用する中隊支援砲(別の体勢でも撃てるが、安定や機体ダメージが…)より、切り離せば両手構えだが手持で撃てるアサルトライフルの方が、帝国陸軍には受けが良かったのだ。

不知火・嵐型の正式改良と配備も進められている現在、状況に応じて装備を変更できるCWSの武装は多い方が心強い。

癖の強いスナイプカノンユニットに変わって、前線への配備を望まれているのがこのアサルトライフルユニットなのだ。

欠点と言えば現在の弾数と、長物なので振り回すような動きが出来ない事か。

連射機構と命中率を上げる為(あと色々あるが)、どうしても全長が長くなってしまう。

とは言え、中隊支援砲よりは短いので、乱戦に成らなければ心強い武器だ。

乱戦になったら戻すなり捨てるなりすれば良いのだし。

「しかし、雨宮中尉でも“こいつ”は持て余すようだな…」

「御恥ずかしい限りです…」

しみじみと呟く巌谷中佐に対して、顔を顰めて頭を下げる雨宮中尉。

別に責めている訳では無いとフォローしつつ、目の前の機体を見上げる。

その機体は、元々は壱型丙と呼ばれていた不知火に、今年になって導入された新型の噴射跳躍装置を搭載したモデル。

それを更に横浜基地から極秘で提出された資料に基づいて改造を加え、雪風に匹敵する能力を得た機体。

不知火・嵐型が正式採用されなければ量産がされたかもしれない機体であり、その高い能力からこうして技術廠での武装試験機として運用されている。

だがXM3を含めたその高い能力に答えられる技量の衛士が少なく、現在は雨宮中尉が扱っているが、使いこなしているとは言い難い。

その機体の名前は、雪風・壱型丙。

非公式だが雪風の名を名乗る事が許された、壱型丙の最後の姿。

横浜基地で運用されている雪風よりも優れたポテンシャルを持つが、元々がピーキーな機体だっただけに衛士を選んでしまう機体。

巌谷中佐達は知らない事だが、この機体に使われた技術は、最初に作られた雪風二体とほぼ同じ物。

つまり、現在まりもとイーニァ・クリスカが使用している機体の完成した姿と言える。

A-01の雪風は衛士のレベルを考慮された性能であり、一定レベルの衛士なら使いこなす事が可能な機体。

だがこの機体は、大和や武の機体のように、それが一切考慮されていない。

故に衛士を選んでしまう。

武や大和、それにまりも・イーニァ・クリスカ・唯依、あとは月詠大尉と中尉なら使いこなせると思われる。

だが残念ながら現在の帝国軍には、その技量に達している衛士は少ない。

XM3の導入が始まり、現在急激にレベルが上がっている帝国軍だが、まだ足りないのだ。

「この機体、このまま試験機で終わらせるには惜しいですね…」

技術廠のレベルアップとその技術力を示す為に大和に協力して貰って完成させた雪風・壱型丙。

雨宮中尉が言うとおり、試験機で終わらせるには余りに惜しい。

既に先行量産型の不知火・嵐型が搬入されている為、CWSなどのテストは問題ない。

あるとすれば、じゃじゃ馬なこの機体を操り、使いこなす衛士が見つからない事か。

「その件に関しては、上に掛け合って一人、見つけてある」

「―――っ、本当でありますか!?」

巌谷中佐の言葉に驚きを隠せない雨宮中尉。

彼女とて衛士としての腕前は高い、と言うか現在技術廠で仕事をしている人間で一番高いのが彼女なのだ。

その上である事が絶対の衛士を思い浮かべる、居るには居るが乗るには無理がある人ばかりだ、紅蓮大将とか。

「あの黒金少佐が納得し、白銀大尉が大賛成の衛士さ」

「そうですか……この機体が活躍出来るなら、喜ばしい事です」

技術提供が在ったとは言え、この雪風・壱型丙は技術廠が造り上げた機体だ。

不知火・壱型丙の血統は途絶える事となったが、その最後の機体である雪風・壱型丙が表舞台へと立てるならと嬉しく思う雨宮中尉。

暗い灰色の機体は、己の主を待ち侘びているかのように、静かにそこに佇んでいた。

「所で、最近唯依ちゃんから手紙が来ないんだが、雨宮中尉知らないかね?」

「いえ、知りませんが」

と言いながら視線を逸らす雨宮中尉。

先ほどまでの真面目な空気が一変し、妙な空気が流れてくる。

その発生源は、ヤクザフェイスな親バカ。

「そうか、この前手紙で黒金少佐の事をやたら嬉しそうに書いていたから、これは何か在ったかと思って何度も聞いたんだが、唯依ちゃんは答えてくれないんだ」

そりゃそうだろうよと内心思う雨宮中尉。

ここ最近、叔父様が結婚だの挙式だの孫だの名前だのとしつこいのだ…と疲れた唯依姫が想像できる文面の手紙を受け取っている雨宮中尉。

どうせ唯依への手紙もあの親バカテンションで書いているのだろうなーと思い、溜息をついてしまう。

巌谷中佐の執務室に、やたら達筆で書かれた孫の名前らしき物が二つ、額縁に入れられた状態で飾られている事は、技術廠の誰もが知っている事。

しかも、壁の上に飾られたその二つの間には「初孫祈願」とか書かれた謎の掛軸が。

その下には豪華な台に置かれたずいかくさんが鎮座しているし。

結局中佐、ずいかくさんを自分の執務室に移動させてしまった。

女性陣から非難ブーブーだったので、慌てて通常バージョンのずいかくさんを大和に注文したり。

注文受けてから一週間で郵送してくる大和も大和だ、忙しい筈なのに。

「ところで雨宮中尉、最近の女の子は結婚式は神前式なのかな、私も白無垢姿の唯依ちゃんは見たいが、ウェディングドレス姿も捨て難いと最近思っていてね…」

「えぇ、そうですね…」

また中佐の親バカが始まったと、そそくさと逃げていく職員達。

見捨てられ、逃げる事が許されない雨宮中尉は、一人煤けた表情で親バカが解除されるのを願った。

彼女の憂鬱はこれからだ!




























  ~開発部隊の憂鬱~


――主にちっぱい中尉の――





「あぁ……本当にどうしよう…」

開発試験部隊が使う演習場前の格納庫で、一人ブルーになっている女性。

彼女の名前は崔 亦菲(ツイ・イーフェイ)、統一中華戦線軍から参加した暴風試験小隊の指揮官である。

そんな立場の彼女が、どんよりブルーを背負っているのには、理由があった。

それは開発計画初日に、計画の開発責任者(計画の総責任者は夕呼)の大和に対する失礼な暴言を本人の目の前で言ってしまったのだ。

所属が違うとはいえ、彼女は中尉、相手は少佐。

しかも開発計画の責任者。

これは不味い、どうしようと思いながら、処罰が来るかと身構えていたが、数日経ったのに全然来ない。

それどころか殲撃10型の問題点やXM3での運用における注意点などを纏めた資料を譲ってくれた。

整備班長曰く、これだけでも参加した甲斐があると、喜び勇んで問題点解決に乗り出した。

彼女が疑念に思っていたXM3も、実際に動かしてみてその柔軟な対応能力とコンボやらキャンセルと言った機能に、キャーキャーと嬉しい悲鳴を上げたものだ。

だが、あれだけ失礼な事を言った自分に何のお咎めもない上に、先の資料。

時々逢ったと時の余裕のあるスマイルに、彼女は何か裏が在るのではと感じていた。

大和本人は彼女に言われた事は全然気にしていないし、唯依やクリスカに「俺ハゲてないよね?」と頭を見せて態度だ。

一応、ハゲは心配したらしい。

が、それも見てもらって安心したので、ぶっちゃけ言われた事を忘れていたりする。

が、崔の方はそうはいかない。

仕事中や模擬戦闘中などは集中していて忘れられるが、ふとこうして手が空くと、不安がムクムクと起き上がってくるのだ。

若くして少佐という地位にいる大和には黒い噂が絶えず、殆どは周りの憶測だが裏付ける実績もある。

自分が忘れた頃に、とんでもない罰や仕打ちを課してくるのではと、疑心暗鬼でガクガクブルブルな中尉さん。

いつもの彼女なら、罰や仕打ちがなんぼのもんじゃー、どんとこいやーと強気に振舞うのだが。

流石に謎が多すぎる大和相手にはそうもいかない、相手は開発責任者、ご機嫌損ねたら自分の部隊だけハブられるなんて事になったもう大変。

大和とて軍属だし、問題がない程度で確り技術提供するので彼女の想像だが。

そんな不安を抱えながら格納庫前のベンチに腰掛けていると、何やら他の国の衛士や手の空いた整備兵が慌しく演習場の方へ走って行っている。

何かと思って彼女も行ってみると、演習場の脇、横浜基地が使用する演習場と開発計画用の演習場の間に作られた、射撃武装試射場だった。

ここは開発計画で作られた射撃武装のテストや、参加国が持ち込んだ火器を試射する為の場所。

五種類ほどの長さが設定されており、その先には各長さに対応した的が設置されている。

その試射場の中には一機のスレッジハンマーが鎮座しており、その腕には巨大な筒状の武装が。

「ねぇちょっと、アレ何してるの?」

「あぁ、少佐が開発した新型武装のテストですよ。少佐は本当に色々と造るんで、ほぼ毎日テストで大変なんですよ」

肩を叩いて問い掛けた整備兵は、苦笑して答えながら準備を進めている。

へ~、あれが新しい武装ね~と眺めていると、周りではどんな武器だだのどう使うのかだのと色々な国の衛士や整備兵が話し合っている。

「みんな揃って暇ね~」

「貴官も人の事は言えまい」

肩を竦めて呟いた言葉に返され、視線を横に向ければ、何時の間にかラトロワ少佐がそこに居た。

強化装備ではないので、今日の実機演習は終了したのだろう。

その横にはぴょんぴょんと跳ねて前を見ようとしているターシャも居る。

「あらら、ソ連さんも見学ですか?」

「まぁな。あの少佐の開発した武装だ、見て良いなら見ておくさ」

そう言って鋭くスレッジハンマーを睨むラトロワ。

彼女はこの試射が、横浜基地のデモンストレーションであると睨んでいる。

開発参加国などにその技術力を知らしめる為の。

だから新型武装を堂々と試射し、さらに見物人に何も言わないのだ。

この試射の結果次第では、更に横浜基地へ縋る国が増えるだろうと、彼女は一種の危機感を抱いていた。

「準備オッケーです!」

「よーし、試射テストを開始するぞー!」

関係者が準備を終え、計測用の建物から合図が入る。

試射場の入り口付近に立つ建物が、計測や状況の確認から周囲の演習場への警告などを統括している。

前までは指揮車両を出して行っていたが、新しい演習場が出来ると共に建てられたのだ。

『ただ今から新型武装の試射を開始します、試射場への立ち入りは危険ですので即刻退避をお願いします。繰り返します』

建物のスピーカーから女性士官の声が響いたかと思えば、それまでスレッジハンマーの周りで作業していた整備兵や関係者が猛烈な勢いで逃げ出し始めた。

さらに、崔達の近くにいた整備兵が手回しサイレン(赤くて回すとウーウーとデカイ音がする奴)を回して退避ー退避ーと叫んでいる。

なんだなんだ何が起きるんだと呆然とする崔達に、戦車兵らしき少女が駆け寄ってきてその手に持っていたヘルメットを手渡してくる。

「はいこれ直に付けて、地面に伏せる! 見てても良いけど怪我に関しちゃ責任取らないからね! 怪我したくなきゃ伏せる!」

妙に釘…もとい、棘のある言葉遣いの少女だった。

「ちょ、なんなのよ!?」

「しょ、少佐…」

「とりあえず…言われた通りにしましょう」

ヘルメットを被って伏せるラトロワとターシャ。

他の面々も首を傾げつつヘルメットを被ったり、伏せたりしている。

「大袈裟だなぁ、G弾撃つ訳じゃないのに…」

と苦笑してヘルメットを被ろうとするが、その髪型故に被りにくくて一度外す崔。

だが次の瞬間、スレッジハンマーがその右肩に担ぐように持っていた大筒を持ち上げ、遠くの的に狙いを定める。

『第一試射、開始』

『了解、男斉藤、撃ちまーーーーすっ!!』

なんかスレッジハンマーから余計な返答があったが、管理タワーからの指示に従ってスレッジハンマーが的に狙いを定める。

そしてトリガーが引かれた瞬間、鈍い重低音の間抜けな音を立てて、大筒から巨大な弾頭が発射された。

それが試射場に設置された的へと一直線に白い尾を残して飛んで行くのを見守る面々。

次の瞬間、的に直撃した弾頭が大規模な爆発を引き起こした。

S-11が爆発したかと思うほどのその爆発は、巨大な爆音を響かせて粉塵を舞い上げ、爆風を発生させる。

「っ、ターシャ!」

「しょ、少佐っ!?」

咄嗟に隣のターシャの頭を抱えて伏せるラトロワ。

「ちょ、嘘でしょ――――!?」

伏せるのが遅れた崔、爆風に呑まれる。

他の衛士や整備兵も爆風に晒されて悲鳴を上げている。

『ぬぉぉぉぉぉぉっ、男斉藤、耐えてます、耐えてますよーーーっ!!』

最も近い位置に居たスレッジハンマーは、爆風の直撃を受けながら耐えていた。

まぁ、重量級のスレッジハンマーなら大丈夫なのだが。

やがて爆風が収まると、野次馬や関係者が安全を確認しながら動き始める。

巻き起こった砂埃で汚れ、咳き込みながら何が起きたんだと呆然としている。

「ターシャ、無事…?」

「は、はい、ありがとうございます、少佐…」

庇ったターシャの無事を確かめながら立ち上がるラトロワと、呆然としつつ助け起こされるターシャ。

立ち上がり、埃を払いながら正面を見ると、同時に言葉を失う事になる。

「な、なんだと……」

「ま、的が…あんなに大きかった的が…」

二人の視線の先、スレッジハンマーの先に存在していた、戦術機よりも大きな瓦礫を積み上げて例の瞬間凝固液で固めた的が、見事に無くなっていた。

その光景に、言葉を失う各国の衛士や整備兵。

大型ミサイルや戦艦からの砲撃で同じ事は可能だが、それをやったのが戦術機レベルという事実。

確かにAIM-54フェニックスなどの範囲攻撃兵器は存在するが、手持武装では今まで無かった物だ。

的は消滅ではなく爆発で吹き飛ばされたのだろう、遠くに飛ばされた残骸が見える。

これをBETAに使えば小型種は一掃できるし要塞級ですら一撃で吹き飛ばせるだろう。

その威力を目の当たりにして思わず喉を鳴らしてしまう人間も多い。

「少佐…これは…」

「確かに、確かに凄まじい威力だ。だが、これでは運用規定を定めねば味方も巻き込むぞ」

驚いているターシャとは対照的に、冷静に判断するラトロワ。

彼女の視線の先には、爆風をモロに浴びて汚れまくったスレッジハンマーが合った。

この距離であれだけの爆風を巻き起こすのだから、使用には細心の注意が必要となる。

だがそれ以上に魅力的なのは、戦術機が持ち歩ける大きさに納まっている事だ。

最悪スレッジハンマーでの運用になったとしても、重装甲のあの機体なら問題なく運用できる。

「やはり喰えぬ男だな、クロガネ少佐…」

技術力をまざまざと見せ付けられた結果の参加国。

自身が感じている危機感が強くなった事に顔を顰めつつ、ターシャを伴ってその場を後にした。

とりあえず、シャワーを浴びないと大変なので。









「あ~~~う~~~~……な、何がどうなって……」

「大丈夫かい中尉さん、ダメだよちゃんとヘルメット被らないと」

さて、爆風に攫われてそのまま居なくなっていた崔中尉だが、なんと試射場背後の倉庫まで飛ばされていた。

踏ん張ったが小柄で体重が軽かった彼女、呆気なく爆風に運ばれて倉庫の壁まで。

前転してそのまま両足を上にした状態で目を回している。

どうやら風にゴロゴロと回されたらしい。

それも前転後転横ゴロゴロ合わせて、なのでピヨピヨひよこが飛んでいる。

その傍に中腰になって無事を確認しているのはシゲさんだ。

「あ~もう、髪がバサバサ……なんだったのよアレ…」

まだクラクラする頭を押さえながら、壁に手を付きつつも立ち上がる。

爆風で髪がボサボサだが、それよりも気になるのは爆発したアレ。

「ありゃぁ少佐が開発したバズーカの一つだ。威力重視で造って大型化しちまって、スレッジハンマーでないと持てなくなっちまった。通称“ジャイアントバズ”だ」

「バズーカの一つって……他にもあるわけっ!?」

驚愕の事実にシゲさんに詰め寄ってしまう崔中尉。

お顔が砂埃で汚れてますよ。

「あ、あぁ、一応戦術機用に大きさを変えて何個かね」

一応当たり障りのない部分だけ教えてあげるシゲさん。

崔中尉は、あんな凶悪な武装が、しかも戦術機が使えるような物が存在する事に驚愕していた。

因みに弾数を減らして戦術機でも持てるようにしたジャイアントバズも存在する。

スレッジハンマーが撃ったのは専用の弾数が倍のタイプだ。

これは重くなってしまうので、機動力が主の機体では運用が難しいとされている。

もしかしたら、撃震辺りが運用するかもしれないが。

「なんなのよ…あの少佐といい造る武装といい、信じられないわ…」

「ぶははははは、少佐は横浜でも5指入る絶対に敵に回しちゃいけない人間だからなぁ。アンタも下手なことしない方が良いよ?」

大笑いしながら崔に忠告するシゲさんだが、その言葉を聞いて項垂れる彼女。

「もう遅いっての…わたし少佐に直接言っちゃったもの…」

「へ………」

崔の言葉に思わず固まるシゲさん。

彼女がポツリポツリと語る言葉に、顔を顰めていく。

「中尉さん……アンタもうダメだよ…」

「ちょ、終わり!? わたしもう終わり決定なの!?」

シゲさんの沈んだ言葉に慌てる崔。

でも今まで何も言われなかったよ!? と答えるが、それが少佐の手段なんだと重々しく答えるシゲさん。

「少佐はな、相手が油断し切って忘れた頃に突然湧いて出て無慈悲な事を一方的に告げて返答も聞かずに去っていくような人なんだ。その時にはもう外堀は完全に埋められて、周りも何も出来ない状態。後は公開処刑でじっくりたっぷりねっとりと料理されるんだよ~…」

「ひ、ひぇぇぇぇ……!」

シゲさんの怪談話をするような表情と言葉に、ブルブルと震える崔。

公開処刑云々は、恐らく武ちゃんに絡んだあの少尉二人の事を言っているのだろう。

崔が怯えている事に調子に乗ってある事ない事話すシゲさん。

中には少佐は目見麗しい女性衛士を自分の部下にして愛でているだの、実は幼女キャラが好きだの、巨乳でもちっぱいでもいける口だのと本当に在る事無い事。

でも微妙に説得力があるのは、現実にそういう状況だからだろう。

実際部下は見目麗しい女性ばかりだし、イーニァとか(動物的な意味で)愛でてるし。

でも幼女に関しては否定するだろう、それは武ちゃんの方だと断言しつつ。

あと胸は特に拘りは無いのだが。

「ほほぉう、楽しそうですなシゲさん」

「へ………って、げげぇっ、少佐!?」

ジャーンジャーンジャーン

「ここ最近、整備班で俺に関する妙な噂が広がっているので気にしていたのですが……貴方でしたか」

「い、いえ、僕はその、別に僕が広げてた訳じゃなくてですね?」

クライ、あの暗い笑みとはベクトルの異なるクライ笑みでシゲさんの肩をポンと叩く大和君。

「シゲさん……ちょっと格納庫の裏でお話しましょうか………主に肉体言語DE!」

「ひ、ひょげ~~~~~~っ!?」

襟首掴まれて連行されるシゲさんと、ランランルーと笑顔で連れて行く大和君。

「あぁ、そうだ崔中尉」

「え……は、ひゃいっ!?」

突然立ち止まった大和に声を掛けられて慌ててビシッと立つ中尉。

でもちょっと噛んだ。

「XM3での機動データを見たが、参加国でトップクラスの実力だ。機体の操作も上々だ、今後も期待している」

「え……あ、えっと、ありがとうございます!」

思わず敬礼する崔中尉に、頑張ってくれと笑顔を残してシゲさんを連れて行く大和。

それを見送る彼女は、二人の姿が見えなくなるとポツリと呟いた。

「なんだ、良い奴じゃん……」

















「あいててて、少佐本気でシッペすることないでしょう?」

「シゲさん、何度も言うけど俺の妙な噂を広げないでよ。トトカルチョは黙認したけど、これ以上広げるなら取り締まるよ、唯依姫が」

「すみませんごめんなさい勘弁して下さい」

大和にビシッとシッペされた腕を擦りながらブーブーと不満を口にするシゲさんだったが、大和の言葉に即行で土下座した。

軍隊内での賭け事というのは割と常習的に行われている。

娯楽の少ない軍での一種の潤いなのだが、ここ最近は大和のお相手レースなる賭けが行われていた。

そしてシゲさんはその関連なのかやたら女性に大和の噂を教える。

何の意味があるのか不明だが、悪口ではなく噂を教えているので大和も半ば黙認。

でも流石に他国まで広めるのは問題だとばかりに取り締まり。

と言っても注意程度、お仕置きもシッペという小学生レベルだった。

とは言え鍛え上げられた肉体の大和のシッペは、猛烈に痛い。

で、シゲさんが何でそんな事をしているかと言うと、実は大和のお相手レースの参加者を増やそうとしていたのだ。

妙な噂などを教えて興味を抱かせ、後は周囲にあの子が少佐の事を気にしていると伝えれば勝手に広がる。

同じ事をやっている整備兵が多数存在するので、噂の広がりが早いのだ。

前に大和が夜の相手を募集していると噂が流れた際は、大変だった。

まぁ、その夜の相手が、テスタメントの夜間稼働実験の助手という意味だったりするが。

大和に気付かれないようにお相手レースの参加者を増やそうとする辺り、シゲさん達も染まった人達である。

当然、そういった賭け事は性格的に許さない唯依姫に知られれば、間違いなく大変な事になる。

なので大和も最終手段としている。

娯楽の少なく、仕事で忙しいのだから少し位の賭けは黙認しているのだ。

「しっかし、随分な威力になりましたねぇ、ジャイアントバズ」

「俺も予想外だったよ……弾頭は香月博士がやりたいとか言い出して任せたんだが、まさかあんな威力になるとは…」

苦笑を通り越して頬が引き攣っている大和。

試射の際に管理タワーから見ていたのだが、その衝撃と規模に思わず回避行動に入った物だ。

あの爆発音に驚いて、近くで模擬戦闘をしていた開発部隊の機体が瓦礫に突っ込んだとか何とか。

F-18が大変だとか通信が来たが、大和は爆心地を見て冷や汗垂らしていた。

「博士が知り合いの開発者に教えて貰った方法で造ったらしいが、とんでもないな…」

「天才の知り合いは天才って事ですかね。目標想定距離をもう少し伸ばさないと衝撃でダメージ受けちまいますよ」

「その辺りは一度データを取り直してから相談しよう、怪我人は居ないんだな?」

「流石衛士って事ですかね、転がった連中も掠り傷程度で、全く気にせずにあの武器は何なんだって聞いてきましたから」

笑うシゲさんに苦笑するしかない大和。

崔もゴロゴロと転がったのに擦り傷程度なのだから、鍛えていると言う事だろうか。

「俺も自重を止めたが、博士も自重を止めていたか……負けていられんな!」

「少佐、不吉なこと言わんで下さい…」

何か妙な気合を入れる大和に、シゲさんの引き攣った表情でのツッコミが入るのだった。







[6630] 小ネタとかしょうもないネタとか詰め合わせで
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/05/24 23:44








ついカッとなって書いた、色々と後悔している。

反省する気はあるので許して下さいorz







※このお話は本編をパロったりネタ塗れにした作品です、本編とはあんまり関係ないのでご注意下さい。

そしてここで壊れている人はこのネタ系限定ですのでご安心下さい










小ネタ1~きっと大多数の人が思ったと思う事と、誰もが予想しなかった乱入~


・クーデター軍襲撃の時に


『テメェ、さっき俺達のしてることを無駄だって笑ったな…?』

「ひ…っ!?」

通信から聞こえる低いその声に、言い様のない恐怖を覚える川本。

元々川本は、気の弱い卑屈な男だった。

それが戦術機という力を得た為に変に尊大となり、今まで生きてきた。

だから彼は、相手が、武が放つ本当に“心が強い者”の気迫に、怯えているのだ。

『なら見せてやる、俺達が造り上げてきた力を、皆を、人類を救う為の力をっ!!』

武が吼えた、そして大和から出来るなら使うなと言われていたシステムの“起動コード”を叫ぶ。

『 ト 〇 ン ザ ム っ!!』

その瞬間、武の網膜投影に一瞬『システム解放』『全出力限界解放』『機動リミッター解除』と立て続けに表示されて消えていく。

そして機体が緋色に輝き、背中のスラスターから青い色の粒子のような物を振り撒きながら戦術機とは思えないスピードで川本へと襲い掛かる!

「これはないだろぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?」

涙目で叫ぶ川本の不知火が瞬殺される。

その光景を見て唖然としているまりもちゃん達。

そこへ、センサーに新しい反応が映る。

『よもやその機体に出会えようとは。乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない』

『いやっ、誰だ!?』

外部スピーカーで語りながら登場したF-22Aに、本気で戸惑う武ちゃん。

『エリス・クロフォード! 君の機体に心奪われた女だ!』

『いやいやっ、本当に誰だよ!?』

突然展開とか次元とか超えて登場しちゃったエリス嬢。

もうハチャメチャが 止 ま ら な い ☆

『抱きしめたいわ!ブラックウィドウ!!まさに、未亡人ね!』

『意味分かんないってのっ、何だこの人っ!?』

『敢えて言わせてもらおう! エリス・クロフォード、ヤマトの嫁であると!!』

『えぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!』×聞いてた人達

とんでもない発言をして周囲を驚きに包みながら、陽燕に挑むエリス嬢のF-22A、だが性能の違いか衛士の差か、それともトラ〇ザムが問題か、苦戦を強いられる。

『く…っ、どれほどの性能差であろうと! 今の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!!』

『この人無茶苦茶強ぇぇぇぇっ!?』

なんと気合で圧倒されてしまう武ちゃん。

と、そこへ異変を感じた大和の月衡が急行してくる。

『武ッ、大丈夫か!? F-22Aがここまで侵入していたとは、迂闊だったな』

『その声…っ、会いたかった、会いたかったぞ!ヤマト中尉ッ!!』

『その声…まさか、エリスかっ!?』

『やはり私と貴方は、運命の赤い糸で結ばれていた。そうだ、結ばれる運命にあった!!』

エリスさん、ヘブン状態突入。

『貴方の圧倒的な技量に私は心を奪われた。この気持ち、まさしく愛!!』

戦闘中に堂々と愛を語るエリスさん、皆ドン引き。

『え、何この展開? 武お前何をしたッ!?』

『知らないぞっ、俺は霞に言われた通りにシステムを起動させただけで…!』

『ッてお前それトラン〇ムしてるじゃないかッ、作品って言うか能力が違うからッ!』

『えっ、じゃぁこれが原因っ!?』

『オ・ノーレ、謀ったな社嬢ぉぉぉぉぉぉッ!?』

大和と武、キャラ暴走したエリス嬢に追いかけられて戦線離脱。

「………………ぶい…」

その様子を基地司令部で眺めていた霞さんが、こちらに向ってVサイン。








続かないよ?








※本編のエリス女史はこんなキャラクターではありません。




















小ネタ2~つい動画を見て妄想しちゃったんだ!~




・開発計画の開始式にて


「各国の開発に、私も少なからず協力出来れば良いと思っている。しかし私の能力や横浜基地の技術力に疑問を抱いている人間も多いことでしょう。そこで、軽いデモンストレーションを行おうと思います」

大和がそう言い切ると、会場から少し離れた場所の地面が開いて、地下格納庫から戦術機がリフトアップされて登場する。

それは、響だった。

リフトが完全に昇り切ると、どこからか音楽が流れ始める。

何となく豪華な感じの、この世界では耳にしない感じのイントロ。

その間に何故か響が気をつけの体勢になり、一度両手をパタパタと動かす。

イントロと思われる音楽の間、頭は限界まで下を向いた状態。

そしてイントロが終わって女性の声で「ら・ら・ら」と言いかけた言葉の歌詞が続いたかと思うと、機体が突然スムーズな動きで両手をクルクル回しながら胴体を左右にリズム良く振り始める。

LOVEでJOYな歌詞でこの世界ではまず耳にしないPOPな音楽に合わせて踊る響、その動きはもう恐ろしいほどスムーズ。

駆動音とか振動が凄いけど、腰と連動して両手を左右に大きく振ったり、両手をグルグル回しながら片足立ちしたりともうノリノリ。

その光景に、皆様唖然。

そんな事は気にせずに、響は左右を右手で指差すと最後に手でハートマークを作って可愛くポーズ。

一瞬ときめいてしまう整備兵が多数続出。

その後も両手両足を元気にヌルヌル動かして踊りまくる響。

歌詞が二番に入ると、先ほどと同じように地面からまた二機戦術機が出てくる。

今度は舞風が二機だ。

その二機も音楽に合わせて踊り始める。

その動きは、所々遅れたりするが、逆にそれが衛士が動かしてるという事実を知らせ、観客をさらに唖然とさせる。

さらに、観客となった衛士達の前に、動物をモチーフにした着ぐるみが多数現れて、同じ踊りを始めるではないか。

一匹、コアラ…だと辛うじて分かる奴だけが、変なオジサンと形容したくなる踊りを踊っているのがシュールだ。

しかも動きのキレが一番イイのが更に酷さを演出している。

そして三番に入ると、今度は撃震・轟が二機登場して5機で踊りだす。

振動とか音とか凄いけど、それ以上に目の前でノリノリで踊る戦術機に皆唖然として動けない。

そして最後まで踊りきると、中央の響が観客から見て右側を指差すようなポーズで停止、舞風二機が膝をついて響を左右から讃えるようなポーズに。

撃震・轟は中腰の体勢で、舞風と同じようなポーズを取る。

どこぞの世界を面白くする某少女の団体のポーズに見えなくもない。

観客の前で踊っていた着ぐるみ達も集まってポーズ。

やっぱりコアラっぽいのだけが、ガニ股で両手を激しく動かしていた。

「皆さん、ご覧頂けましたか、これが横浜基地の底力ですッ!!!」

壇上にある台に足をダンッとついてマイク片手に咆哮する大和。

全員が思った、「ダメだ横浜基地、早く何とかしないと…」と……。









勿論続かないんだ☆














語られなかった物語――――――――




別名、一部が望んだ結末――――――




要は、大和が自重しなかった結果――




TPOは大事です―――――――――




そしてまたB級映画展開――――――





2001年9月11日―――――――


開発区画総合ブリーフィングルーム


新しく増設された開発計画用の区画の中に存在する、各国の衛士や整備兵達がブリーフィングを行う為に部屋。

その中でも一番大きな総合ブリーフィングルームに、参加国の衛士が全員集まっていた。

「全員揃っていますね、では今からXM3の概要と操作説明を始めます」

時間通りに全員が揃っているのを確認して壇上へ立ったのは、何故かメガネ装備の唯依姫。

大和に説明を投げっ放しされた際に、是非メガネ装備でお願いしますと言われたのだ。

その理由は特に問わなかった唯依姫だが、やっぱりこいつメガネ萌えなんじゃ…と大和を睨んだり。

「最初に、黒金少佐が製作した映像資料でXM3の紹介を行います」

この場には唯依姫より上の階級が存在するので、言葉遣いを気をつける彼女。

彼女が手元のリモコンを操作すると、プロジェクターが天井から迫り出して、同時に背後に映す為のスクリーンが自動で下りる。

この辺りは大和が拘った設備だ、秘密基地って憧れるよね? というアレな意見に作業者が同意した結果、こんな設備が満載である。

灯りを暗くして映像が始まるのを待つ面々。

やがてタイトルの『XM3教導資料~映像編~』というタイトルと共に実機演習の映像を記録した物が流れる筈だった。



『今日から始まる故意のXM3伝説~これで貴方も私も強靭☆無敵☆最強☆DA-------っ!!』


「はぁっ!?」×唯依姫含んだ全員


なんか前よりパワーアップしたタイトルコールが響いた。

誰の声だか不明だが、何故か凄く社長と呼びたくなる声だった。

あと誤字ではないらしい。

唖然とする参加国衛士と、混乱する唯依姫。

教導資料は事前にチェックした上に、あのネタ教導資料は自分が破棄したと言うのに。

『参加国衛士のみんな、元気かな? 僕はしらぬいくん、XM3を搭載した第3世代SD戦術機だよ!』

続いて現れたのは、やっぱりしらぬいくん。

しかもボイスが付いている、聞き覚えのある声、ぶっちゃけイーニァの男声だ。

ミキサーで加工でもしたのか、本人より滑舌が良い。

『今日はみんなの為に、XM3がどんなOSか僕達が教えるよ!』

あわあわする唯依姫を放置してどんどん進む映像。

何度もストップを押しているのに映像資料は止まらない。

お~いみんな~という声に、複数の声が答えた。

そしてスクリーンにわらわらと現れるSD戦術機達。

しかも殆どが唯依姫も知らない新顔さんたちだ。

わ~っというちびっこ達の集合声と共に現れるSD戦術機達に、参加国はあんぐりと口を開く。

何故なら彼らの持って来た試験機達だからだ。

Su-37や殲撃、ミラージュ2000にF-18等など、豪華な顔ぶれ。

そんな彼らがニ頭身の可愛い姿になって登場したらそりゃ唖然とする。

何人かが「あれウチの機体か…?」と呟いているし。

あ、とーねーどくんが転んだ。

『うぅ…いちゃい…っ』

なんかえぐえぐ泣いてる。

『泣いちゃダメだよとーねどくん!』

『そうだ、立つんだとーねーど!』

励ますしらぬいくんと、応援するぐりぺんさん。

他のSD戦術機もがんばーれ、がんばーれと応援している。

なんだこれ。

「そうだ、頑張るんだトーネード!」

「お前は出来る子だっ!」

なんか欧州連合軍から来た人達が同じように励ましていた。

なんだこれ。

「……タカムラ中尉、なんだこの資料は…」

「いえ、その、少佐が仕組んだ物だと思うのですが…っ」

前の席だったので煤けた表情で問い掛けてくるラトロワ少佐に、映像を止めようと奮闘しつつ答える唯依姫。

頑張る姫だったが、映像は立ち上がったとーねーどくんが合流して自己紹介に入っていた。

大部分の衛士が唖然として固まる中、ラトロワ少佐や他の指揮官は何とか理性を取り戻し始めていた。

「ちょっと、ウチのじゃんじくんの位置おかしいわよ、前のが邪魔で顔しか見えないじゃないっ!」

訂正、横浜黒金ワールドに取り込まれたちっぱい人も居た。

『ところでしらぬいくん』

『なんですか、ちぇるみさん?』

『私のモーターブレードを知らないかい?』

『この前ベータに齧られちゃったでしょう』

『ちぇる~ん』

「………中尉、我が国の機体は少佐には“あぁ”映っているのか?」

「わ、私からは何とも…」

映像の中で愛らしいやり取りをするしらぬいくんとちぇるみさんを指差して頬をヒクつかせるラトロワさん。

いっそ電源を切ればと機械の電源を探していた唯依姫は返答に困った。

まさか少佐に掛かれば戦術機も萌え対象なんてカミングアウト出来る訳も無く。

『それじゃぁXM3の説明に入るよ!』

愛らしい仕草と声で見ている人間を和ませるSD戦術機達が交替交替で説明を始める。

キャラ付けなのか、噛んだり漢字が読めなくて他の子に聞いたり、台本丸読みだったり。

実際に台本読みながら説明するみらーじゅさんが妙にリアルで困る。

そして実際に操作で機体がどのように動くかを映像で見せる場面になったのだが、本来は実機演習の映像を使った緊迫感溢れる映像が。

『たーっ!』

『うわ~んっ』

『まてまてーーっ!』

『ぴぎゃっ!?』

メルヘンワールドと化していた。

そんな映像を止められなかった唯依姫は部屋の隅で黄昏ていた。

あぁ、終わったな横浜の開発計画…と静かに涙。

横浜黒金ワールドに巻き込まれた面々が自分たちの機体を応援したり、癒されたり和んでいたり。

これも一種のバイオハザードかなぁと遠い目で思う唯依姫、この部屋中に黒金菌が大繁殖。

「なんなのだこれは…ターシャ? どうしたのターシャっ?」

映像や周りの状態に身の危険を感じたラトロワさんが隣のターシャに話しかけるが、返答が無い。

「はぁ……ちぇるみさん…」

見れば、画面のちぇるみさんを見てうっとりしていた。

これが若さか、取り込まれるのが早かった。

「ターシャまで……もしや、横浜基地は我々を洗脳するつもりかっ!?」

長年の衛士としての直感が危険を告げているラトロワさんは現状からそう推理した。

「否定できませんっ」

唯依姫が否定できなかった。

「ラトロワ少佐、ここは危険です、直に脱出を!」

「なんだと…貴官は仕掛けた側ではないのか…?」

怪訝な視線を向けてくる彼女に、唯依姫は哀愁漂う表情で呟いた。

「私も、巻き込まれた側です…」

「そうか……兎に角、この部屋から脱出せねば…!」

唯依姫の表情と言葉から仲間だと理解した彼女は、兎に角この部屋から脱出する事を優先した。

ターシャは心配だが、今はどうする事も出来ない。

二人揃ってブリーフィングルームを出ると、何故か廊下が暗くなっている。

「どういうことだこれは!?」

「灯りが、消灯したの…?」

非常灯だけが灯っている不気味な廊下。

真新しい床や壁が、逆に恐怖を誘う。

『どこイくの…?』

「「っ!?」」

と、突然廊下の奥から声がした。

その声は、唯依姫が常日頃から聞いているイーニァの声。

しらぬいくんに当てられた声ではない。

「ねぇ…どこイくの…?」

現れたのは、テスタメントに乗って、その腕にしらぬいくんのヌイグルミを持つイーニァ。

何故か強化装備姿。

「シェスチナ少尉!」

「あの娘、確かあの時の…?」

驚く唯依姫と以前逢った事があるラトロワさん。

「ねぇ…タカムラもおいでよ…たのしいよ…?」

そう言って微笑むイーニァ、腕に抱いたしらぬいくんの手をおいでおいでと手招きさせる。

「何を言っているんだ少尉…ひっ!?」

「なんだこれは…っ!?」

イーニァに言い聞かせようとして小さな悲鳴を上げる唯依姫。

その理由は、イーニァの後ろに広がるテスタメントの群。

その本体の上には、SD戦術機達が乗っていた。

「ほら…タカムラもいっしょにあそぼう…?」

『あそぼう?』

『あそぼう!』

『あそぶっ』

『遊ぼうっ!』

『あそぼあそぼっ!』

イーニァの言葉を皮切りに、SD戦術機達が喋り出す。

正確にはテスタメントのスピーカーからだが、その光景に思わず後退する二人。

イーニァの様子やテスタメント達の状態から異常事態と感じた二人は、イーニァとは反対側へ逃げようとする。

「篁中尉、どこへ行くのですか?」

「っ、七瀬少尉っ!?」

「こちらもかっ!」

振り返った先には、胸に白いたけみかづちくんを抱いた凛。

彼女の周囲にもテスタメントとそれに乗ったSD戦術機達が…。

「はい、中尉のたけみかづちくんですよ? 駄目じゃないですか、肌身離さず持っていないと…」

そう言って部屋の置いてあった筈の山吹のたけみかづちくんを差し出す凛。

差し出されたたけみかづちくんが持つプラカードには「ずっと持っていてねっ!」と書かれている。

「しょ、少尉…!?」

「それと、そちらのソ連の方にはこの「ちぇるみさん」が在りますよ…」

震える唯依姫を尻目に、今度はちぇるみさんを取り出す凛。

クスクスと笑う彼女の雰囲気が通常とはかけ離れた事に気づいたが、どうする事も出来ない唯依姫。

ラトロワさんが強行突破しようとするが、テスタメントが対人電撃端子を準備した為動けない。

「さぁ…中尉も一緒に…」

「しあわせになろうよ…」

前から迫る凛、後ろから迫るイーニァ。

逃げ道を塞がれた二人の悲鳴が、暗い通路に響くのだった――――――。
















「む……誰かが俺を呼んでいる…っ!」


どこか遠くで、横浜の方を見上げるのは、蒼いたけみかづちくん。


「主、お助けに参りました!」


主人を助けにきたのは邪魔するSD戦術機を切れない長刀でぽこぽこ倒した黒いたけみかづちくん。


「大和、何が起こっているんだ!?」

「反乱だ…」

「反乱っ!?」

「そう、産み落とされた無垢な存在に、読者の妄想が注ぎ込まれた結果、彼らは個性と存在意義を得て動き出した。彼らの目的はただ一つ、人類を―――」

「じ、人類を…?」

「萌え殺す事だ……――――ッ!!」




次回、やまとたけりゅっ!

逆襲のSD戦術機~しらぬいくんはアホウドリの夢を見るのか?~

絶賛執筆―――――――――出来るわけ無いでしょう!?(逆ギレ






















ようこそ、ずいかくバーボンハウスへ。

このテキーラ巌谷スペシャルはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うむ、また作者のネタなんだ。済まないな。

仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。私が。

でも、このネタ文章を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」か「萌え」みたいなものを感じてくれたと思う。

「笑い」でも良い。勿論、「なんだこれ(笑」でも構わない。

殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい、そう思って作者はこのネタ文章を作ったんだ。

と言うことにしたいらしい。

すまないね、それじゃぁ注文を聞こうか。








※マスターの声は菅原〇志さんか小山〇也さんでどうぞ



























「―――――――――という展開になっていたらどうしよう…ッ!」

「って今まで全部が大和の想像かよっ!?」

80番格納庫へ移動するエレベーターの中、妙な想像と言うか妄想に一人震える大和とツッコム武ちゃん。

その頃、ブリーフィングルームでは確りと唯依姫がXM3の説明を行っていましたとさ。









本当に終わり。




















~仕事から逃げたい奴とそいつから逃げたい人の午後~



「OPとか選ぼうと思うんだ」

「なんの!?」

午後のマッタリとした大和の執務室で、コーヒーもどきを飲みながら唐突に妙な事を口走るのは大和。

「いや、だからお前の出演する映画の」

「してないよ俺!? なんだよ映画って!」

寝耳に水な大和の発言に驚き叫ぶ武ちゃん。

だが大和はしれっと爆弾発言を続ける。

「いやぁ、武主役の映像が欲しいと殿か――ゲフンゲフンッ、スポンサーにお願いされてしまってなぁ」

「今確実にお前殿下っつったろなぁ!?」

犯人はあの人だった。

「で、作ったんだよ映像」

「いつの間に!? お前仕事で忙しいってソファで不貞腐れて篁中尉に怒られてたじゃないか!」

「ふふん、俺には優秀な部下が居るからな」

主に盗撮の。

「で、これがその映画。涙あり笑いあり感動ありポロリありの超大作だ」

「最後の要らないだろう…いや、俺も興味はあるけどさ…」

その辺男の子、テレビ欄の番組タイトルで「ポロリ」という単語に反応しちゃうのは学生によくある事だ。

と思う。

「そうか、それなら吐き気を抑えて編集した甲斐が在ったな、伍長達と基地司令のポロリ」

「要らねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

ちょっとまりもちゃんとか真那さんとか期待しちゃった武ちゃんマジ泣き。

モニターに映る伍長達の見事なマッスルがとても眩しい(テカリ的な意味で)

「で、問題はこの映画の最初を華々しく彩り、視聴者に興味を持たせる為のOPなんだ」

「視聴者ってお前…」

殿下のみならず大多数の人間に見せる気だと、戦慄する武ちゃん。

「で、これが候補1、テーマは『大番長』、音楽的な意味で」

「どっからこの歌持って来たんだよ…なんつーか、ヒーロー物っぽいイメージだなぁ」

映像では武ちゃんや207などが映されている。

キャラクターを前面に押し出したAメロBメロ、サビは戦術機での戦闘シーン。

ただ、所々にヘタレキャラが混ざっている辺り、抜かりが無い(?)

爽やかかつ熱血なヒーロー路線と感じられるOPだった。

「次が、シリアスをふんだんに盛り込んだOPで、テーマは『喰〇-零-』」

「……いや、カッコいいけどこれ何で男性総出演?」

次の映像は男女比率が変だった。

女性は冥夜と唯依オンリー。

やたら伍長達や基地司令がカッコいい。

あとさり気無く斉藤が出演している。

サビでの涙を流しながら戦う武ちゃんの映像は、本人が何時撮影されたのか全く分からない辺り、大和の恐ろしさを現している。

「因みに俺的にお勧めなのが、この『戦国B〇☆SA☆〇A☆』イメージのOPだな、JでAでPな歌に合わせて踊る陽炎ダンサーズが最高の出来だ」

「☆を入れるな☆を! って陽炎ダンサーズ!?」

ツッコム武ちゃんを尻目にOP映像を再生する大和。

強化装備を音楽に合わせて身に纏う武ちゃん、その後ノリの良い「フゥーフゥー!」の掛け声と音楽に合わせて滑走路で踊る強化装備姿の衛士達。

カッコいい歌に合わせて何故か大和から始まり、彼の顔アップを背景に国連軍制服から強化装備へ一瞬で変化する。

次の武ちゃんも同じように、しかし左右逆でポーズも異なる。

「HEY・HEY!」の掛け声の部分では伍長達が何故か拳を突き出してノリノリ。

そしてまた人物アップに入り、何故か刀装備の唯依姫、次に同じく刀装備の冥夜。

宙返りから走り出す彩峰に、ダガーのような物を投げるステラ。

振った刀をカッコよく鞘へと戻す真那さんに、巨大な槍のような武器を地面に突き立てる紅蓮大将。

そしてサビへと入る直前で、並んだ陽炎達が腕をフリフリして上半身を下げる。

恐らくこれが大和の言う陽炎ダンサーズなのだろう、確かに見事な動きだ。

XM3入ってる。

余談だが、人物アップの時、さり気無く背景で踊っているのも陽炎だったりする。

そしてサビに入り、月衡を駆る大和が上空からBETAへ強襲、次々に切り裂いていく。

動きの止まった機体へと群がろうとする背後のBETAだが、現れた山吹の武御雷が切り捨てていく。

オーバーシステムを作動させた武の陽燕が炎を纏ったような演出と共に要塞級を薙ぎ倒し、その時発生した土煙とBETAの隙間を彩峰の駆る響がすり抜け、振り向き様にグレネードを放つ。

大爆発の中、背中合わせに立つ月衡と陽燕。

場面が切り替わり、滑走路の真ん中に立つ三人の人影、カメラが移動でそれぞれの顔アップが映り、最初に真耶、次に何故かまりも。

そして最後に何故か腕組みをして不敵な笑みを浮かべる夕呼のバストアップ。

横浜基地を背に、全力跳躍で空へと飛び上がる陽燕と月衡。

その二機が残す煙と光が天に昇り、地面へと降り立つと、その後ろには整列した陽炎が並び、「そぉい!そぉい!」の掛け声と共に右手左手と掲げて、踊り終わったかのように何故か左を見る。

その前では武器を構えてポーズを決める月衡と陽燕。

そこで音楽が終わり、映像も終わる。

「なんつーか、前のに比べて気合が入ってるなぁ…。あと、彩峰のポジション、沙霧大尉が似合う気がするのは何でだろう…」

「中の人など居ない。兎も角、他にも在るから一通り見てくれ」

「まだあるのか!?」

いつの間に作ったんだこいつと内心驚愕しつつ、逃げられない自分を恨めしく思う。

その後も『英〇』とか『青い〇実』とか『HOW〇IN〇』なOPを見せられて、ほぼ全てで主役扱いなので恥ずかしさに身悶える武ちゃん。

中には女性が主役のOPも在ったが、最後の集合シーンで彼女達に囲まれる武ちゃんが、この先の未来を暗示しているみたいで嫌だと語る。

「あとEDも作ってみた、力作だ」

「どうしてお前はそう無駄な事にまで力を注ぐのか…」

親友の奇行は理解しているが、受け入れるのは疲れる武ちゃん。

再生されたEDは、妙にポップな音楽で、何となく女の子の友情を歌った物語り的なイメージだった。

音楽は。

「なんじゃこりゃ…!」

ポップなイントロに合わせて顔アップでデフォルメされた男性陣が次々に画面に映る。

背景は夜の横浜基地だが、男性陣、伍長達が全員マッスルポーズで登場するのだ。

歌の直前で画面に映った純夏と唯依姫のデフォルメキャラが、背景の男性陣の暑苦しさに驚愕する。

それはそうだろう、ブーメランパンツ一丁でポーズを決めるアニキ達を見れば。

と言うか純夏半泣きだ。

そして歌に入ると、何故か三頭身の撃震が格納庫のような場所を横移動、昔のゲームのようだ。

と言うか、歌っているのが妙に聞き覚えのある男性陣。

そして歌詞が途轍もなく滅茶苦茶だった。

恋も夢もの部分では、男性衛士と整備兵達がマッスルポーズで登場。

歌詞が次へ移ると、何故かマッスルなポーズを決めた戦術機が、トレーラーに乗って横移動。

さり気無くスレッジハンマーやハンマーヘッドまで混ざっている。

板前の格好した撃震が長刀で突撃級捌いてたり、メイドの格好した吹雪の横で、スレッジハンマーが箒を持ってお掃除。

日焼けを表したいのか、何故かアフリカ連合のファントムが砂漠で寝そべりサングラスして装甲を焼いている。

そしてサビに入ると、男性陣がブーメランパンツでたいへんたいへんと踊り、その背景では撃震やスレッジハンマーも同じように踊っている。

男前の部分では凄い濃い顔とポーズで代表者の顔アップ。

伍長のキラリと光る歯が素敵だった。

暴れちゃうとか歌っている部分では、BETA相手に大暴れの撃震(よく見ると轟装備)やスレッジハンマー。

男性陣が手を繋ぎ、その後ろでは色々な戦術機が手を繋いでいる。

その映像の手前に、頭を押さえる唯依と苦笑いの純夏が出てきて、フェードアウト。

その後はやっぱりマッスルポーズの男性陣が出てきては消えていき、最後に「またね!」と吹き出しに書かれた大和のデフォルメ絵が。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?、って言うかポロリってこれのことか!!」

放送禁止の部分で伍長達がキャストオフしたのだ、当然モザイク入ってる。

「何って、横浜物語(男性ver)だが? ヴォーカルは『すーぱーまっするず』だ」

「伍長達かぁぁぁぁぁっ!!」

何してんのあの人達と嘆きつつ、何て映像をEDにしてるんだと猛抗議。

「仕方ないなぁ、ならこっちのコードでギ〇スなEDにするか、登場人物が嫌に少女漫画チックで豪華な貴族衣装で耽美な世界で武のもろ肌オープンだけど」

「止めてぇぇぇ、俺を曝け出さないでぇぇぇ…!!」

大和に縋り付く武ちゃん、そこに普段の彼の凛々しさは存在しない。

「ならどれが良いんだよッ!?」

「逆ギレっ!? これ俺が悪いのかよ!?」

「貴様がさっさと殿下に喰われればこんなネタ映像でご機嫌を取る必要なんて無いんだよ!」

「俺生贄かよっ、酷いにも程があるだろ!?」

ギャアギャアと言い争う二人、段々言い争う内容がずれて行くが白熱した二人は気付かない。

「………………私はこのEDでも良いと思いますよ?」

「「えぇッ!?」」

いつの間に入ってきたのか、あの男性(うほっ)verを見ていたピアティフ中尉が呟くと、同時に驚く二人。

「こちら、副司令からの書類です。それと白銀大尉、神宮寺大尉が探していましたよ? 映画、楽しみにしています、では」

スラスラと用事を終えて退室するピアティフ中尉。

流石、あの夕呼先生の秘書役でもある。

「え~っと、何を話してたんだっけ…?」

「う~む…あぁ、あれだ、劇中の武のシャワーシーンでモザイクを入れるか入れないかを…」

「何時撮ったぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

ぎゃぁぁぁぁっと叫びながら掴みかかる武ちゃんと視線を逸らしてHAHAHAHA!と笑う大和。

因みに犯人は盗撮後衛ではないとだけ伝えておく。

如何に彼女であっても、そこまでプライベートな映像は無理だ。

「畜生っ、篁中尉に大和が月詠大尉のうなじ見て興奮していたってチクってやるぅぅぅぅぅっ!!」

「待て武ッ、俺の生命活動を停止させる気かッ!?」

飛び出す武ちゃんと慌てて追いかける大和、うなじに興奮した事は否定しないようだ。

「あとクリスカのストッキングの脚を眺めてたって報告してやるからなぁ!!」

「貴様ぁぁッ、あの美脚が分からんのかッ!!」

やっぱり否定しない大和。

興奮とかより単純に綺麗だから眺めていただけなのだが、普通に聞けばフェチ野朗だ。

その後の事は省略するが、とりあえず暇なら仕事しろとまりもと唯依に怒られる二人の姿がイーニァと霞に目撃された。

自由時間とはいえ、やる事はあるのだから遊ぶなら仕事しろと夕呼先生のお達しも出たそうな。
















[6630] 第三十九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:07












2001年9月28日――――


大和の執務室――――――――



「少尉、手が止まっているがどうかしたのか?」

「え…あ、あぁ、すまない…」

夜の執務室、唯依はパソコンで作業する傍ら、仕事を手伝ってくれているクリスカの作業が止まっている事に気付いて指摘した。

するとクリスカは自分でも気付かなかったのか慌てて作業を開始する。

「少尉、何か悩み事か?」

これでも中尉として白い牙部隊を率いてきた唯依だ、部下の異変や悩みなどは一通り経験している。

大和の暴走をどうにかして欲しいと上官(巌谷ではない)にまで相談された位だし。

「いや、悩みでは…悩み、なのかもしれない」

どうもいつもの彼女と違って躊躇いが見受けられるクリスカ。

唯依から見て、どうも自分も感情を持て余しているらしい。

「その、最近個人的に少し問題があってな…」

「個人的な問題?」

「最近、任務でも訓練でも、何故か以前のように集中出来ないんだ。まるで、集中力が欠落したようになって、作業も操作も覚束ない。この前などマナンダル少尉に無様にも負けてしまった…」

シミュレーターでの訓練だったが、その際にクリスカ達にしては珍しくタリサに完勝されてしまい、イーニァも心配そうにクリスカを見ていた。

「何故か理由は分かるか?」

唯依はそれだけでは理由が分からないので、細かい事を聞こうと身体をクリスカに向ける。

「分からないんだ…ただ、突然色々な事を考えてしまったり、よく分からない感情が頭の中を渦巻くんだ…」

そう言って俯いて胸の辺りを押さえるクリスカ。

自分自身の異変に、恐怖を感じているらしい。

「どんな時にそうなるのか、分からないか?」

原因があるなら、それを排除すれば治るかもしれない。

そう思って問い掛けた唯依だったが、答えはある意味分かり易いモノだった。

「そうだな…確か、少佐を見かけたり、声を掛けられたりした後に多い気がする…それに、少佐が他の人間と話しているとよく分からない感情で頭が一杯になるんだ」

「…………………………」

クリスカの言葉に、ポカーンと口を開けてしまう唯依。

「中尉?」

「あ…す、すまん。その、少佐が話していると言うのはアレか、女性と話しているとなるのか?」

その問い掛けに、クリスカは頷いて答えた。

それで唯依は理解した、クリスカが何に悩み、何に悩まされているか。

「(これは、完璧に恋だな……)」

確信した唯依、思えば自分も今のクリスカのような時が在ったと内心苦笑。

ただ、唯依と違ってクリスカは恋という感情を理解していない。

なんだかんだで付き合いが濃い故、クリスカとイーニァが人と少し異なる事に唯依は気付いている。

二人は異常な程に自意識の発達が遅く、また普通の人間なら知っている感情や想いを知らないのだ。

イーニァはクリスカに比べて発達が早いが、未だ恋や愛の感情が、親兄弟への親愛と、他人へ向ける愛との区別が付いていない。

クリスカは、大和に対する感情が分からなくて戸惑っているのだ。

大和と女性との逢瀬(に見えちゃう誤解シーン)で、真っ赤になってしまうのは、その辺りの感性が子供レベルな為だろう。

唯依とて、大和への想いを自覚した時は酷かった、常に大和の事を考えてしまい、更に大和の動きを気にしてしまう。

恋愛に疎く、初恋もまともに経験していなかった唯依姫も想いを持て余したモノだ。

それが乗じて暗黒修羅姫になったりしたが、悟った唯依姫はもう少しの事で嫉妬したりしない。

むしろ大和の鉄壁の決意を破れるならどんどんやれとイーニァの甘えも容認している。

最終的に一番に成れれば良いと思っている辺り、純夏とは異なるのがポイントだ。

「(どうしたものか……)」

ここで悩む唯依姫、クリスカにその感情と理由を告げるのは簡単だ。

大和との仲が進展してない状況でなら心を乱されただろうが、彼女は大和の決意に楔を打ち込んでいる。

そしてクリスカが想いを自覚して大和を求めるなら、それも良いと思っている。

流石に独占させる気は無いが。

「(雨宮が、こういう相手に下手に教えると拗れると言っていたし…)」

以前女同士のぶっちゃけ会話(アルコール配合)で同僚が言っていたが、恋だの愛だのの感情に疎い人間に下手に「それは恋だ!」「まさに愛だ!」と教えると拗れる事があるらしい。

相手を盲目的に崇拝したり、自分の気持ちを押し付けたりしてしまう可能性があるとか。

例えるとストーカーさんになっちゃったり、私が愛してるから相手も愛していると勘違いしたり。

逆にムキになって否定して人間関係に亀裂が入る事もある。

こういう事は自分で自覚して自分で受け入れないと、後々響くそうな。

「(教えるのは簡単だが、教えて彼女がどう想うか分からないし…しかしこのままだと任務に支障が出るだろうし…)」

うむむむ…と悩む唯依に、そんなに深刻な問題なのかと不安になるクリスカ。

相談相手が気遣いの淑女ステラさんなら、優しくヒントを与えて諭すか、少しづつ想いを自覚させるのだが、恋愛初心者の唯依姫には厳しかった。

「むぅ……少尉、私からは何も言えない、だがその感情…その想いは大切なモノだ」

「この混ざるような不快な感情がか…?」

「それは少尉がその感情が何か、何から生まれているモノか理解し、自覚していないから不快に感じるだけだ。それが何なのか理解し、自覚すれば少尉はきっと今より変れる」

不安そうなクリスカに、優しく諭す唯依。

この前電磁投射砲の報告と説明で開発局へ出張した際に、雨宮に良い意味で変ったと褒められたモノだ。

月詠大尉からも好い顔になったと褒められた。

だから唯依はクリスカの両肩に手を置いて笑顔を見せた。

「恐れるな、どんな気持ちであってもそれは少尉が生み出した少尉だけのモノだ。それを受け入れ、共に歩めば人は何処までも行ける…ある馬鹿の言葉だ」

「私が生み出した、私のモノ…私だけの…」

「答えを言うのは簡単だが、これは自分で自覚して受け入れた方が良い。私も同じ想いを抱いた、同僚達に遠巻きに諭されて理解した時、ここがとても暖かくなった」

そう言って自分の胸に手をやる唯依。

雨宮中尉達に遠巻きに諭されてその想いを自覚した時、恥ずかしさや驚きよりも、暖かい想いが大きかった。

あぁ、これが人を愛する、人を想うと言う事かと意味もなく笑みを浮かべてしまった。

「焦る事は無い、じっくりと…その想いが、感情が何故生まれ、何故渦巻くのか考えてみると良い。答えを得た時、きっとこんな簡単な事かと思うかもしれない…でも、それはとても嬉しい事だ」

自分もそうだったと、自分の事も踏まえて話す唯依に、クリスカは一度落ち着いて自分を見つめ直してみると頷いた。

「ありがとう中尉、少し気分が落ち着いた気がする」

「そうか、なら慣れない事をした私も報われる」

自分の恋愛で精一杯なのに、他人の恋愛、しかも同じ想い人相手の恋を後押しするという、恋愛初心者にはハードな任務だった。

「何の為に戦うのか…この感情が何なのか……考える事が多すぎる…」

作業を終えて退室したクリスカは、一人天井を見上げて呟くのだった。












同時刻―――――――


「クリスカが?」

「えぇ…少し悩んでいると言うか、集中力が続かない様子でした」

70番格納庫のタラップの上で、大和がステラから相談を受けていた。

唯依が気付くようなクリスカの異変、当然お気遣いの淑女たる彼女も気付いている。

「ふむ…何時からだ?」

「そうですね…特に酷くなったのは、一週間ほど前でしょうか…時々悩むような仕草や、作業に集中できない様子が見られました」

ステラに言われて、思い出したのはラトロワ達との一件だ。

あの後クリスカは表面は元に戻ったように見えたが、思い悩んでいたかと嘆息する大和。

気持ちのケアは難しいと、自分の不手際と考える。

「それと、数日前に皆で開発区画へ見学に行ったのですが、その際にシェスチナ少尉と二人で、Su-37を見て怯えるような仕草をしていました」

同じ戦術機開発をしていると言う事で、軽い見学に行ったのだが、格納庫外に並んでいたSu-37M2を見た瞬間、イーニァがクリスカに抱きついて顔を隠し、クリスカも苦々しく機体を睨んでいたと言う。

かつての愛機だった筈の機体に恐怖を感じるのはただ事ではないと、ステラだけでなくタリサも心配したものだ。

その日の午後の訓練はボロボロで、タリサに圧勝されてしまい、逆にタリサが不機嫌になってしまった。

「少佐は二人の事について何かご存知ですね?」

「あぁ……恐らく、戦闘恐怖症だな。詳しい事は話せないが、以前イーニァが一度酷い錯乱をしたらしい。いや…まてよ…?」

ステラに答えつつ推理を巡らせる大和。

クリスカはイーニァが戦闘恐怖症になったと話したが、もしクリスカ自身も戦闘恐怖症だったら?

その時はイーニァの錯乱が酷くて抑えられたが、クリスカも戦闘恐怖症という可能性もある。

そして、二人ともカウンセリング等では中々完治出来なかった。

「今まで問題が無かったから気付かなかったが、どちらも根底に恐怖が根付いているのなら…」

Su-37やラトロワ達を見てそれが発現した。

そう考えれば、クリスカの最近の集中力の欠落も納得が行く。

「何とかして取り除かないと危ないな…」

「そうですね…」

タラップの上から下で作業する整備兵や機体を眺める二人。

微妙に大和が勘違いしているが、間違ってはいない辺りが厄介。

「しかし気持ちの問題は自分自身で解決せねば完全に取り除く事は出来ないからなぁ…」

「下手なアドバイスはできませんし…」

お気遣いの淑女としては悩むクリスカに声を掛けたいが、クリスカとイーニァは微妙に距離を置いているので難しい。

タリサは喧嘩しつつ距離を縮めているのでステラより距離が近かったりするが、タリサにこの手の問題は解決できない。

むしろ根性理論を持ち出しそうで怖い。

「いや…ある種有効な方法でもあるか…?」

根性理論、つまりどんな困難も不安もやる気元気根性で乗り越えて行こうという暑苦しくてかつ熱血な物。

紅蓮大将とかが大好きな夕日の似合う理論だ。

「あえて危険に放り込んで壁を乗り越えさせる……彼女、いや彼女達の場合は因縁のあるソ連の部隊か…」

「あの、少佐? 相談しておいて何ですが、あまり危険な事は…」

ブツブツと何やら呟き出した大和に、嫌な予感を感じて進言するステラさん。

しかし自重を止めた大和は、彼女を唖然とさせる方法を考え付いた。

「そう言えば、二日後にジャール試験部隊との模擬戦闘が組まれていたな…」

「そうですけど……まさか少佐!」

ハッとしたステラが大和の顔を見ると、そこには素晴らしい位にイイ笑顔。

ステラは直感した、絶対に何か悪巧みをしていると!

そしてその犠牲者は、クリスカとイーニァ、更に巻き込まれるのが確定したジャール試験部隊。

怪しい笑い声を漏らし始める大和を横目に、ステラは静かに被害者達の冥福を祈った。

自分が焚き付けた事はスルーする辺り、彼女も染まったものである。






















同時刻、ソ連試験部隊ブリーフィングルーム――――




昼間の模擬戦闘の結果や、各衛士のバイタルデータなどを確認するラトロワとターシャ。

何か言いたそうにしていたターシャが、頃合を見計らって口を開いた。

「少佐、何故あの二人を気にしているのですか…?」

ターシャの突然の言葉に、視線を向けるラトロワ。

そこに立つターシャは、どこか不安そうに立っていた。

「あの二人とは誰の事だ?」

「あの時の二人です、ロシア人の! 私には、少佐が二人を気にしているとしか思えません!」

ターシャのその言葉に、気付かれていたかと内心で嘆息するラトロワ。

彼女が言うとおり、ここ数日、何度か見かけた二人…イーニァとクリスカを気にかけていたのは事実だ。

「別に問題はないだろう、いずれ戦う相手を気にするのが悪い事か? 今は知らないが、以前は凄まじい戦果を上げた連中だ」

安心させるように告げる言葉だったが、ターシャは首を振るばかり。

有能な副官として信頼している相手だが、ターシャはまだ十代の少女なのだ。

BETAとの戦いで戦果を上げて大尉までなったが、その精神は今だ幼さを残している。

「…………ほら、おいでターシャ…」

そう言って両手を広げて微笑んであげるラトロワ。

少しの間ラトロワの顔と胸を交互に見たターシャだったが、おずおずとその腕の中に納まった。

「少佐……少佐は私たちの少佐ですよね…どこにも行かないですよね…?」

「あぁ…私はお前たちのモノだ、どこにも行かないよ…」

母に甘えるように顔を埋めて震えるターシャ、彼女の頭を抱え、撫でながら囁くラトロワ。

二人の間にある絆が、表された姿。

母を求める少女と、そんな少女達の母として存在する女性。

ターシャは、母親が取られてしまう、そんな嫉妬心から不安定になっていた。

考えてみれば、十代の少女には酷な話だ。

部隊が半壊し、大勢の仲間が死んだ。

その上信頼する上官は降格処分となり、そのまま見知らぬ土地へ売られるように送られてしまった。

そしてその土地では、唯一の心の拠り所であった母が気にかける相手。

ターシャが不安定になるのも頷ける。

「(私も……まだまだ未熟だな…)」

苦笑して、息子と同じ色をしたターシャの髪をゆっくりと撫でる。

ラトロワは、別にイーニァとクリスカに偏見を持っている訳ではない。

むしろ、ターシャ達と同じ想いを抱いていると言っても良い。

彼女もロシア人であり、昔はイーニァやクリスカのように支配者層と見られて、憎悪の対象となっていた。

毎日のように浴びせられる罵詈雑言に、彼女は気丈に耐え続け、周囲の信頼を勝ち取ったのだ。

夫がグルジア出身の男性だった事も影響してか、少しづつ彼女を慕う人間が増え、今では母として慕われている。

軍人としての冷徹な面と、気遣いを見せる母としての面を持つ彼女だからこそ成し得た偉業だ。

そんな彼女が、イーニァや、そしてクリスカに侮蔑的な態度を取るのは、色々と含む理由があった。

ラトロワの二人に対する最初の印象は、人形。

誰かに言われた事をこなし、誰かに植え付けられた使命感と理由を持って戦うだけの人形。

彼女は思った、彼女達は脆い、脆すぎると。

このままでは何れ彼女達は自身が抱える何かに崩れ落ちる。

人としての土台が無い彼女達は、積み上げたモノの重さに簡単に崩れて落ちてしまう。

ラトロワの懸念は現実となった。

彼女の部下から向けられた憎悪に、二人は簡単に崩れてしまった。

植え付けられた信念では、強い憎悪に抗えずに崩れ去る。

本当に、自分自身が信じ、造り上げた理由と信念でなければ歩き続けられない。

それは、ラトロワ自身が味わった苦しみだった。

「(あの二人が立ち直る切っ掛けになればと思ったが……)」

事件の後の模擬戦闘、ラトロワは絶えず二人に言葉を向けていた。

それは周りから聞けば侮蔑の、嘲りの言葉だったかもしれない。

だがラトロワはあえてその言葉を、叱咤の言葉を向ける事で、二人に立ち向かって欲しかった。

人形から、人間として。

信念を持つ衛士として。

怒りや意地をバネに、立ち上がって欲しかった。

結局、その願いは叶わなかったが。

「(だが……今のあの二人に、あの頃の印象はない…ヤマト・クロガネ…彼の存在が彼女達を変えたという事か…)」

喰えぬ男を思い出して一人苦笑するラトロワ。

気付けばターシャは彼女の胸の中で小さな寝息を立てていた。

国を出てから既に二週間以上、慣れない土地や仕事で疲れが溜まっていたのだろう。

ラトロワはそっと彼女を椅子に座らせると、その頬を優しく撫でる。

「大丈夫よターシャ…私はずっと貴女達の母だから…」

微笑んでターシャの頬を撫でると、彼女は残った仕事を片付ける為にデスクに向う。

と、部屋の通信機のコール音が鳴り響き、咄嗟に受話器を取る彼女。

「ジャール試験部隊だ、………なんだと…?」

その通信機から聞こえる声と言葉に、顔を顰めるラトロワ。

それが、ジャール試験部隊まで巻き込んだ試練の始まりだった。























2001年9月29日――――――



横浜基地地上格納庫、そこの整備ガントリーに固定された機体を見上げて、二人の人物が立ち尽くしていた。

「なぁ、大和……確か、F-15Eが24機納入される予定だったよな…?」

一人は、引き攣った顔の武ちゃん。

「その筈なんだが……どういう事だこれは…?」

もう一人は、珍しく唖然とした顔を浮かべている大和くん。

そんな二人の視線の先には、緑色の配色がされた12機の戦術機。

それは、現在最高レベルのスペックを誇るのに相手が悪いのか衛士が悪いのか場面が悪いのか全く活躍出来ずに雑魚扱いされてしまっていた不遇の機体。

米国が現在配備を進めている最新鋭の機体。

戦域支配戦術機・F-22A、ラプターがズラリと並んでいた。

本来なら米国から賠償と誠意として36機のF-15Eが搬入される予定で、本日に24機、後日残りが搬入される筈だった。

所が、輸送艦が到着して機体を出してみればF-22Aが12機。

どういうこっちゃと担当が慌てて大和達を呼んだのだ。

「少佐、米国の担当からこんなメールが…」

整備兵の一人が、大和にメールを印刷した紙を手渡した。

それを読み上げていくと、大和は思わず口元を押さえてしまった。

「ど、どうしたんだ、何て書いてあったんだそれ?」

全部英語で書かれてて、文字が小さかったので横からでは読めなかった武ちゃん。

「まぁ、色々と理由があるが、ぶっちゃけると「F-22Aを12機譲りますので、F-15Eは勘弁して下さい、お願いします、本当に」と書いてある…」

「あら~~……」

苦笑するしかない武ちゃん。

米国が自国の最新鋭機を譲るなんて普通は在り得ない事だが、それには大和が言うように色々理由があった。

まず、F-22Aの性能に疑問が続出し、配備予定だった基地からF-15Eの方が信頼できると言われてしまった。

また、新しくF-15Eを作って横浜に譲渡するより、配備予定だったF-22Aを差し出した方が最終的に安く済むという意見が出た事。

どちらにせよ億を越える金が飛ぶのだが、低い方が良いのは人間だもの。

何だかんだでBETAとの戦闘もある横浜基地に送っておけば、対BETA戦闘でも強いんだぞとアピールも出来るかもという理由もある。

そして大和は知らない事だが、横浜にF-22Aを差し出して、もし更に強化してくれたらラッキーじゃね? という理由。

そんな様々な理由から、F-15Eを36機納入するよりF-22Aを差し出した方が良いとなった様で。

既に副司令には連絡して許可を貰ったとも書いてある。

「それと、副司令から伝言で「ごめんね~、忘れてたわ」だそうです」

整備兵の伝言に、あの人は~…と項垂れる二人。

「ま、まぁ、ラプターが手に入ったんだから良い事だよな?」

「馬鹿を言うな、F-15Eが来ると言うから予定を立てていたのに。配備する予定だった部隊や、造った装備はどうなる…」

そう言って格納庫の隅で、戦術機の骨組みを表した棒人間状の物体に、装着されている装備を見る。

折角F-15E用に造ったのに、このままでは無駄になってしまう。

「あれなんだ?」

「国連宇宙軍からの注文でな、軌道降下兵団のF-15Eに装着できる特殊兵装のサンプルが欲しいと」

「へ~、それであの装甲か」

軌道降下兵団、通称オービットダイバーズ。

ハイヴ攻略戦において、空から再突入殻を使って降りてくる部隊。

その部隊が運用するF-15Eに、何か特殊な装備は無いかと言われて、サンプルを製作したのだ。

それを搬入予定だったF-15Eで試す予定だったのに、完璧に狂った。

「陽炎じゃダメなのか?」

「陽炎はF-15J、日本向けに近接戦闘を強化したモデルだし、その性能はF-15Cと大差ない。F-15Eとは見た目同じでも、中身は全くの別物だからテストに為らない」

そもそも、近接戦闘を重視しないから造った装備であり、F-15J、陽炎には向かない…と言うかデッドウェイトにしか成らないのだ。

「そっか、勿体無いなぁ」

「全くだ、折角名前も考えたのに…!」

イーニァの頭を撫でながらな! と憤慨する大和に、お前にロリコンと言われるのが凄く理不尽だと呟く武ちゃん。

でも手を出した時点で武ちゃんの負けなのだ。

「で、このF-22Aはどうするんだ?」

「仕方ないから、使えそうな装備付けてテストするさ。余った機体は優秀な成績を残した部隊にでも配備しよう」

横浜基地所属・最強部隊決定戦フラグが立ちました、賞品はF-22A。

「シゲさんか? 悪いが70番のハンガーを二つ空けてくれ、キャノンボールの実験台が手に入った。いや、F-15Eは搬入されなかったんだ。理由は後で話す、よろしく」

ヘッドセットで連絡を入れ、整備班に機体を地下へと動かすように指示を出す大和。

ふと武ちゃんはキャットウォークが煩いなぁと視線を向ければ、A-01の水月突撃前衛長さまが、乗りたい乗りたいと騒いでいた。

雪風は性能では勝る部分もあるが、やはり世界的に有名な機体には興味深々なご様子。

この後絡まれるんだろうな~と、大和に南無~と手を合わせてから自分の仕事に戻る事にする武ちゃん。

10月になったら嫌でも顔を見せるのだから、今は退避するに限る。

「武、F-22Aのテストするか?」

「あ~、俺は良いや、速瀬中尉にでも譲るよ」

テストしてて絡まれたくないし…と内心呟きながら遠慮する。

F-22Aの性能や機動には興味あるが、鬱憤溜まってそうな突撃前衛長さまの餌食は勘弁。

「そうか、ならマナンダル少尉にでも任せようか」

「いや、だからあそこで暴れそうな速瀬中尉にやらせて上げろよ…」

キャットウォークでガルルルルと唸っております。

「ふ、だが断る!」

「このドSめ!」

言いたかっただけの大和と、前々から思っていた事を言う武ちゃん。

少々予定外の搬入となったが、後でテスト用のF-15Eを数台貸してもらえる事になったので、装備は無駄にならなかったそうな。
































[6630] 第四十話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:44






2001年9月30日――――――――――





残暑が弱まり、秋の風が廃墟を駆け回るこの日。

開発区画演習場には、5機の戦術機が距離を置いて鎮座していた。

片方は、ジャール試験部隊のSu-37M2、それが4機。

もう片方は、イーニァ・クリスカのペアが搭乗する雪風・壱号機。

通常機体のジャール試験部隊とは対照的に、雪風には見覚えのない妙な武装が肩部CWSに装着されていた。

「イーニァ、システムの方は大丈夫?」

「うん、センサーもはんのうしてる、だいじょうぶ」

本日予定されていた模擬戦闘、その内容は横浜基地代表開発部隊、ワルキューレ隊VSジャール試験部隊。

数日から数週間の間で、横浜基地が予定した部隊と試験部隊が模擬戦闘を行い、XM3の慣熟や装備・武装の評価などを行うこのプログラム。

基本的に試験部隊はエントリーさせる機体の数を1機から最大4機まで選べる。

機体を改造していたり、修理中だったりした場合の処置だが、相手部隊の数はお互いに相談して決めている。

2対4や、3対3などの変則的な模擬戦闘もお互いの話し合いで行われる。

当然、模擬戦闘が無理な場合は棄権として処理される。

だが、流石に今回の模擬戦闘はおかしかった。

ジャール試験部隊はフルの4機、対するワルキューレ隊はイーニァとクリスカの雪風のみ。

普通に考えればジャール試験部隊を馬鹿にしているように思えるが、これは確りと代表同士の話合いの結果だ。

「テンタクルアームユニット…使いこなせそう?」

「だいじょうぶ、テストでもチョビにかったよ」

不安げなクリスカの言葉に、振り向いて笑顔を見せるイーニァ。

彼女のヘッドセットに、クリスカとは異なる部分があった。

カチューシャのように頭に取り付けられたそれは、まるで猫耳のような形をしている。

見た目はアレだが、これは確りと意味がある装備なのだ。

デザインが大和なので、唯依は疑いの視線を向けていたが。

「クリスカはだいじょうぶ? まだ……こわいんだよね?」

「―――……っ、イーニァには勝てないわね…」

自身の不安と恐怖を知られていたことに少し驚き、苦笑するクリスカ。

イーニァの言うとおり、クリスカは怯えていた。

言い様の無い不安、あの時感じた絶望と恐怖、そしてここ最近胸の中で渦巻く今まで感じた事のない感情。

それらが混ざり混ざって、クリスカは調子を落としていた。

「ムリなら、まだまにあうよ…? ヤマトにいう…?」

「いいえ、大丈夫よイーニァ。少佐にこれ以上心配を掛けたくないの。大丈夫、私はイーニァと居れば誰にも負けないから」

そう言ってイーニァに微笑むクリスカだが、イーニァの表情は晴れない。

今回の模擬戦闘、やはり反対する人間も多かった。

唯依は無茶だと大和に抗議し、タリサは自分も参加したいとお願い。

ステラだけは理由を知っているからか、何も言わなかった。

確かに雪風壱号機の強さと、二人の腕前は関係者全員が知っているが、相手はSu-37M2を有するジャール試験部隊。

全員が凄腕の衛士であり、練度の高さは参加部隊随一。

XM3での操作も、ほぼ全員がトップクラスの成長度という強敵だ。

対するイーニァとクリスカは、ここ最近調子を落としている。

しかも、1対4の状況で新型のCWSユニットの模擬戦闘テストまで。

既に評価試験を終えた装備とはいえ、衛士が慣れていない装備での模擬戦闘は危険要素にしか成らないと唯依は主張した。

だがそれでも大和は決定を変えなかった。

ただ、クリスカが無理だと判断したなら、全員参加の4対4に変更と言った。

その際は、あれこれと変更した詫びとしてジャール試験部隊に装備を幾つか無償で提供する事になるとステラ。

それを聞いて、クリスカが無理と言える訳もなく。

唯依やタリサの説得(タリサは半分喧嘩売っていたが)も虚しく、模擬戦闘が始まろうとしていた。

「獅子は子を谷に突き落とす…だったか。あの男、喰えぬだけではなかったようだな」

Su-37M2の中で、静かに模擬戦闘の開始を待つラトロワ。

一昨日、通信をしてきたのは大和本人。

彼から今日の事を伝えられた時はふざけているのかと思ったものだが、理解した。

強引で無謀で馬鹿な考えだが、それと同時に面白いと。

ターシャ達は馬鹿にしていると憤慨していたが、無茶なお願いという事で新型武装を幾つか貸して貰えた。

そして、勝てばその装備のデータをそのまま譲るとも。

「全員、相手が態々貸してくれた装備の確認は終わったな?」

『『『はい!』』』

ラトロワの言葉に、3人が返事をする。

彼女達の機体には、先行量産が決定した武装や、候補に入っていた装備があった。

「相手はその豊富な火器が自慢のお嬢様だが、恐れる事は無い。我々の戦い方を見せてやれ!」

『『『了解!』』』

部下を鼓舞し、悠然と演習場の中で機体を立ち上がらせるラトロワ。

彼女の機体が手にするのは、197mm口径大型ショットガン。

信頼性を重視してポンプアクションによって装填するタイプで、装弾数は5発と少ない。

だが、専用のスピードローダーと一発の威力においては、近距離射撃武装では最強を誇る。

弾丸の種類にもよるが、面での破壊力では圧倒的だ。

さらに、ターシャの機体が持つのは、グレネードを発射するランチャー、しかもリボルバータイプをモデルにした自動擲弾発射器。

装弾数が29発、これもスピードローダーで一気に装弾できるようになっている。

とは言え大型なので、補給時に装弾するしか無いのだが。

CWSのランチャーと異なり小型だが、直撃すれば戦術機は簡単に吹き飛ぶような武装だ。

他の二機も、凶悪そうな装備を持っている。

「あえて敵を強大にするか…甘い男かと思えば……本当に喰えない男だ」

鋭い眼差しと共にセンサーに映る演習場、その先に居るであろう機体を睨むラトロワ。

悪役として仕立てられたからには、精々凶悪な敵を演じさせて貰おうじゃないかと、彼女はやる気満々だった。

「少佐…やはり今回の模擬戦闘は無茶です!」

「無茶は承知だ。だがこれは必要な事だ」

管制塔から模擬戦闘を見守る大和達だが、唯依が未だに模擬戦の内容を変えるように懇願していた。

唯依とてクリスカ達の実力は知っている、だがここ最近思い悩み、集中力に欠けるクリスカでは不安が大きい。

何より、相手は開発参加国で間違いなく最強のジャール試験部隊。

その上相手には、自分達がテストして性能と威力をよく理解している武装が多数提供されている。

彼女達なら説明と少しの練習で使いこなし始めるだろう。

これでは公開処刑と変わらないと唯依は大和に詰め寄ろうとするが、ステラに止められてしまう。

「ブレーメル少尉、何故止める!?」

「中尉、よく見て下さい」

ステラに言われ、彼女がそっと指差す先を見る唯依。

それは、大和が腕組みをしている、その腕。

通常なら脇の下に入れる筈の右手で、左手の二の腕を掴んでいる。

着ている制服に皺がでるような握力で、ギリギリと腕を握っているのだ。

何かを堪えるように。

「少佐もまた、皆と同じ思いです。でも、これはこの先を考えるとどうしても必要なこと…中尉なら分かりますよね?」

「……そう…だな…すまない、少し冷静を欠いていた…」

嗜めてくれたステラに礼を言いながら、チラリと大和を見る唯依。

大和はずっと、演習場が映るモニターを見つめていた。

無表情に見えるその表情は、不安や心配を隠しているのだろう。

唯依も、二人がこのままなら危ないと思っている。

今回の模擬戦闘で二人が立ち直れるのなら、唯依とて文句は無い。

ステラが呟いた、大きな賭けという言葉が、唯依を不安にさせていた。

「間も無く模擬戦闘開始時間です」

情報官の言葉に、双方の代表、ジャール試験部隊側は代表者がラトロワなので、通信で告げて承諾を得ているので大和が頷くのを確認してカウントダウンに入る。

その言葉を通信で聞きながら、クリスカは集中力を保とうと必死になっていた。

『3…2…1…状況開始!』

通信から聞こえたその言葉と同時に、クリスカは雪風を発進させる。

ジャール試験部隊側も、連携を取りながら廃墟を進み始める。

お互い距離がある為、最初は相手の位置を確認するまで慎重な行動になる。

仲間が居るジャール試験部隊と違い、単独戦闘となるイーニァとクリスカへ掛かるプレッシャーは重い。

「クリスカ、だいじょうぶ…?」

「大丈夫、大丈夫よイーニァ…」

同乗するイーニァからもクリスカの操縦が鈍いと理解出来る。

イーニァからの言葉に答えるよりも、自分に言い聞かせるように呟くクリスカ。

やがて、センサーに敵影が掛かった。

「っ、クリスカ!」

「ええっ!」

イーニァの言葉に廃墟の間を高速で移動させてるクリスカ。

両手に持った突撃砲が咆哮するが、相手は直に廃墟を楯に隠れてしまう。

すると、白い尾を引いて山形に砲弾が飛んでくるではないか。

「グレネード!」

「くっ!」

イーニァの言葉に、咄嗟に機体を下げて安全な場所まで下がるクリスカ。

独特の軌道で襲ってくるのは、グレネードランチャーによる攻撃だ。

「このっ!」

突撃砲で迎撃し、空中で爆発させながら場所を移動する雪風。

その時、レーダーに機影が入りこみ、クリスカは咄嗟に機体を急停止させて反転させる。

雪風が通過しようとした場所に、散弾が通過して廃墟を面で染め上げた。

『ほう、判断力は悪くないな…』

外部スピーカーから聞こえるのは、ラトロワの声だ。

彼女はガシャコンとショットガンをポンプアクションさせて次弾を装填する。

もし実弾だったら、命中したビルには無数の穴が空くか、広い範囲の穴が空いていたかのどちらか。

弾丸にもよるが、どちらにせよ威力は恐ろしい。

元々は小型種を一掃する為の武装だが、使い方次第で大型種も仕留められる武装。

その銃口が、雪風を狙う。

「く…っ!」

「クリスカ、うしろも!」

イーニァが慌てて両肩のCWSを操作し、背面側の突撃砲で牽制する。

現在雪風に装備されている肩部CWSは、片側4個の突撃砲で構成され、それらは可動兵装担架システムのようなアームパーツで肩部基部と接続されている。

普段は担架のように突撃砲を装着している状態だが、CWS操作によって前後左右に突撃砲を向けて攻撃できる。

形状の問題で肩部可動兵装担架システムを一つ潰す事になるが、片側4、両側で8箇所突撃砲を装備できるので問題は無かった。

肩部前に一つ、肩部真横に二つ並んで、そして肩部背後に最後の一つが、肩部をコの時に覆うように装備されている。

アームをそれぞれ可動させて背後や横に撃つ事もできるし、基部で回転させて全ての突撃砲を前や後ろに向ける事も可能。

強襲掃討向けに開発された武装で、両手と担架合わせて最大で12個もの突撃砲を装備可能という馬鹿げた装備。

蛸脚という愛称からテンタクルアームと名付けられたそれによって、敵を近づけないイーニァ。

本来なら衛士が補助システムの助けを借りて運用する武装だが、複座故の芸当としてイーニァがコントロールしている。

因みにシステム構築は夕呼と霞が製作、演算は純夏。

『ふん、中々やるが…衛士同士の連携がなっていないな』

廃墟から半身を出したラトロワの機体が持つショットガンが咆哮し、慌てて避ける雪風。

その際に、肩部の突撃砲の狙いが外れて見当違いな場所をペイント弾で染めてしまう。

「っ、ごめんなさいイーニァ…」

「だいじょうぶ、おちついてクリスカ!」

焦るクリスカと、絶え間無く襲い掛かってくるジャール試験部隊。

お互い有効打は無いが、徐々に追い込まれているのは間違いなくクリスカ達だ。

このままでは、何れ押し負ける。

「私は、私はまた負けるのか…また惨めな姿を晒すのか…!」

「クリスカ…!」

かつての敗戦を思い出し、震えるクリスカ。

イーニァは何とか彼女を立ち直らせようと思うが、敵の攻撃がそれを許さない。

『どうした、あの時の言葉は嘘か。やはり貴様は人形のままか!』

その機動性で距離を詰めてくるラトロワのSu-37M2。

咆哮し、リロードされる散弾が徐々に雪風を追い詰めていく。

「っ、しま――っ!?」

判断が送れ、廃墟に囲まれて逃げ場がない雪風。

『―――っ、ち、弾切れか…』

だが、雪風を狙っていた銃口が咆哮する事は無かった。

ショットガンの弾数は5発、それを撃ちつくしたのだ。

「クリスカうごいて!」

ラトロワが一瞬だけ動きを止めた瞬間、イーニァが両足のCWSから小型ミサイルを放って牽制する。

『ちっ、仕掛けの多い!』

可動兵装担架システムを展開し、突撃砲でミサイルを迎撃しながら後退するSu-37M2。

その隙を付いて、一端距離を取る雪風。

『逃がしたか…まぁいい、全機被害を確認し、追撃に入るぞ』

カートリッジ式スピードローダーで弾丸を補充し、空になったカートリッジを捨てるSu-37M2。

装弾数の問題で弾数がゼロにならないと警告されないシステムを見て、ラトロワは後で文句を言っておこうと思うのだった。

「せめて残り一発で警告して貰わねばな…」

呟いて、雪風が逃げた方向へ部隊を動かすラトロワ。

未だジャール試験部隊は狩る側だった。

「クリスカ、だいじょうぶ…?」

「ごめんなさい、イーニァ…ごめんなさい…」

心配そうに振り返るイーニァに、ただ謝るしか出来ないクリスカ。

彼女は今、情けない自分に嘆いていた。

何が紅の姉妹だ、何が高速近接戦闘の凄腕衛士だ、今の姿は初めての実戦で怯える新米ではないか。

そう自分を叱咤するが、彼女の心は晴れない。

『どうした“紅の姉妹”、それが貴様達の全力か!』

そこへ、外部スピーカーで呼びかけるように話すラトロワの声。

普通の模擬戦闘なら位置を特定される為、滅多にやらないような事をしている。

それは普通に考えれば、馬鹿にされているに他ならない。

『やはり貴様等は変っていない、あの頃と同じ、連中のお人形だった頃と同じだ!』

「く………っ!」

「クリスカ…」

侮蔑の言葉に悔しさを滲ませるクリスカと、不安げなイーニァ。

『これでは貴様等に期待しているクロガネ少佐が不憫でならないな。いや、本当に不憫なのはそんな少佐に期待されている貴様等か?』

そう言って鼻で笑うラトロワに、怒りを堪えきれなくなるクリスカ。

「ばかにするな……少佐を馬鹿にするなぁぁぁっ!!」

「クリスカっ、ダメっ!?」

思わず機体を飛び上がらせ、両手の突撃砲を乱射するクリスカ。

そのペイント弾を避けながら接近してくるSu-37M2、ラトロワの機体。

『図星を突かれてお怒りかなお嬢さん!』

「黙れっ、少佐を馬鹿にする事は絶対に許さん!」

廃墟を楯に、突撃砲とショットガンの応酬。

弾数で言えば突撃砲の方が上だが、面での攻撃力は圧倒的にショットガンが上だ。

一度咆哮すれば、広範囲にペイント弾をばら撒いて染め上げる。

雪風が現在両足のCWSに装備しているのは、通称ファストパックと呼ばれる追加武装。

スラスターと小型ミサイルか中型ミサイルが搭載された武装で、機動力と火力を両立させた武装。

そのスラスターを吹かせ、水平に横移動しながら突撃砲を撃つ雪風と、それと同じ事を噴射跳躍ユニットと機体スラスターで再現して撃ち合うSu-37M2。

『ならば、無様な姿を晒すな!』

弾切れになったショットガンを投げ捨てて近接戦闘を仕掛けるラトロワ。

Su-37M2が、その特徴とも言えるモーターブレードを展開したのを見て、咄嗟に太股のCWSである前後回転式スラスター、その先端に装備された短刀を取り出して逆手に構える。

モーターブレードと激突したカーボンブレードが火花を上げる。

『貴様達が人形でないと言うのなら、貴様だけの意思と信念を見せてみろ。出来ないのなら、貴様は何も守れない、仲間も家族も、そして大切な人間もな!』

モーターブレードの掘削にカーボンブレードが負けて圧し折られる。

模擬戦闘用とはいえ、高速回転するブレードに触れれば抉られてしまう。

「ぐぅ…っ、私は…私は…!」

「クリスカ……だいじょうぶ、わたしががんばるから…!」

何も言い返せないクリスカを見て、イーニァが何かを操作すると、クリスカ側から機体制御の優先権が奪われた。

「イーニァ!?」

「クリスカはすこしやすんでていいよ、わたしががんばるから…こんどは、わたしがまもるから…!」

そう言って機体を必死に動かして追いついてきた他の機体からの攻撃を避けるイーニァ。

「あのときからずっと、ずっとまもってもらってた…でも、わたしもたたかえる、わたしだってクリスカやカスミを…ヤマトをまもれる!」

複座での運用が前提となっている雪風、土壇場でシステムを切り替えただけでは上手く動かす事が出来ない。

CWS補助システムが複座用のままで切り替わっていないので、反撃も儘ならない。

「イーニァ……」

ずっと守らないと、自分が頑張らないと、そう思ってきたクリスカ。

だが今はどうだ、イーニァは情けない自分を守ろうと一人必死に戦っている。

それなのに自分は、訳の分からない感情と、戦う理由を見失って情けない姿を晒している。

ラトロワ少佐の言う通りだった、かつての自分は人形。

植え付けられた愛国心と祖国を救うという与えられた理由。

それが否定された結果、自分には何も無いのだと理解してしまった。

同じ人形だったイーニァは、霞という存在を得て、一人で歩き始めた。

今は、大和や唯依という理解者を得て、走り始めている。

ならば自分は、彼女を守ると誓った自分はいつまで立ち止まっているのか。

「私は……何の為に………」

言われてからずっと考えていた、自分の戦う意味。

自分が、心から信じられる理由。

自分が胸を張って、誇りを持って言える、理由を。

『クリスカ』

「……っ、少佐…!?」

突然秘匿回線でクリスカにだけ聞こえる大和の声。

相手の指揮官が参加している為、通信は許可されているが、このタイミングで通信を繋いでくるとは思わなかった。

『クリスカ、迷っているのか?』

「……はい…」

大和の言葉に、情けなく思って項垂れてしまうクリスカ。

イーニァはクリスカの様子を気にしているが、今はジャール試験部隊から逃げるのが先だと逃げに専念する。

元々700km/hという速度で長距離噴射が可能な不知火を元にした雪風。

全身のスラスターを噴射すれば、Su-37M2と言えど追いつけない。

が、場所が狭い演習場故に、逃げ切るのは無理だ。


『 なら、無責任かもしれないが、これだけ言わせてくれ。

        自分を信じろ。
  
      君が信じる俺ではない。

      俺が信じる君でもない。

     君が信じる、自分を信じろ。            』


「しょう…さ…(私が信じる…私? 少佐が信じてる私でもなく、私が信じている少佐でもなく…?)」

突然の言葉に戸惑うクリスカだが、大和は続けて言葉を紡いだ。
 

『戦う理由なんて人それぞれだ、そうと信じる理由がやがて信念という芽を息吹かせ、やがて決して折れない巨木となる。

 人の戦う理由なんて最初は植物の種と一緒だ。その種を、自分と言う土で育てる事が強くなるという事。

 その人の土に収まらない理想や理由を植えても、根付く前に倒れるか枯れるだけだ。

 だからこそ、人は自分で理由という種を植え、信念という巨木に育てる。

 理由なき強さは、ただの暴力でしかなく、誰かが植えた大き過ぎる理想は脆く崩れ易い 』


その言葉を聞いて、ふと自分もそうだったと思うクリスカ。

自分は、自分と言う土が無かった、いや、在ったのにそれ以上の理由や愛国心を植え付けられた。

土台の確りしていない上に、大き過ぎるそれは、ソ連の兵士に言われた言葉という風に呆気なく崩れ落ちた。

「少佐……わた、私にも在るのですか…育てる為の土は…!」

そのクリスカの言葉は。

『在るに決まっているだろう。クリスカ。君には確りと在るんだ…理由も、想いも、力も、そして…共に育てる仲間も……そうだろう?』

「――――――ッ、は…い、はい…っ!」

『それでもまだ不安なら…頼って良いんだ。人は一人では進み続けられない生き物なんだ。君は君が思うままに生きれば良い、その手助けは俺達がする。そしていつか君が迷う誰かを見たなら、同じように手を差し出せば良い。少なくとも、俺はそう思っている』

「はい…はい、少佐…!」

そっと微笑む大和の、その優しい言葉に思わず涙が溢れるクリスカ。


――――あぁ、やっと分かった…これが、この感情が……私の大切なモノ…――――


胸の中で渦巻き、自分と言う存在を不安にさせていた感情。

ソレが何であるか理解したクリスカは、今までの不安や恐怖、渦巻いた気持ちの悪さが嘘のように消えていくのを感じた。

「(そうか…私はただ怯えていただけなんだ……自分の中の感情に、少佐に対する想いに…)」

そっと胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をする。


――――今やっと分かった…私は、彼の笑顔が見たい…彼らが笑う景色が好きだ…私が戦う理由は、小さくて簡単なモノだ…だが、私の想いだ!――――


「あぁ、中尉の言う通りだった…こんな簡単で、単純な事だったんだな…」

「でも、タイセツな、とってもタイセツなモノだよね、クリスカ…」

能力で読み取ったのか、それとも感じたのか。

振り返って笑顔を見せるイーニァに、クリスカも笑顔を見せた。

それは、今までイーニァでも見た事が無い、綺麗で純粋な笑み。

「イーニァ、コントロールを戻して」

「クリスカ…」

「もう大丈夫。私は、私を手に入れたから」

「―――っ、うん!」

クリスカの言葉に頷いてコントロールを戻すイーニァ。

その頃、クリスカの様子に大丈夫だと判断した大和は通信を切って、頭を抱えて蹲っていた。

「しょ、少佐…?」

「ぬぉぉぉぉぉぉッ、真面目にやるネタがこれほど恥ずかしいとは……兄貴、俺を殴ってくれ!」

「いや、誰ですか兄貴って…」

悶えていた。

どうやら真面目な顔して臭い台詞言い続けた為に、羞恥心が限界突破。

厚顔なように思える大和も、羞恥心は持っているようだ。

ただ人と恥ずかしいと感じる感性が異なるようだが。

「素敵な言葉でしたよ少佐」

「流石少佐、タメになる言葉だったぜ!」

「ぐおぉぉぉぉぉぉッ、止めてくれぇぇぇ……ッ!」

ステラとタリサに弄られて悶える大和、とっても珍しい光景だった。

「少佐、まだ模擬戦闘は続いているのですから確りして下さい」

「うぅ、またシゲさん達に噂される……」

少佐がとっても臭い台詞で美人を励ましたとか何とか。

かなり交友関係が広いシゲさん、先ほどの言葉もその内に知られているだろう。

「あの言葉、少佐の考えた言葉ですか?」

「前半は偉大な兄貴、後半は………祖父だ」

そう言った大和の表情は、どこか拗ねた少年に見えて、唯依は思わず頬を赤くしてしまった。

そんな妙な雰囲気の管制塔と違い、緊迫感漂う演習場。

『少佐、前方に敵影の反応が』

ジャール3からの通信に、警戒するラトロワ。

「ジャール3、ジャール4は迂回して背後に回れ。今度こそ仕留めるぞ」

了解を告げて動き始める二機。

ラトロワとターシャがそのまま進もうとすると、ジャール3と4が接敵した。

「攻めに転じた…? ふん、クロガネ少佐が何かしたかな…」

微笑を浮かべてジャール3と4の元へ向うラトロワ達。

その頃ジャール3と4は戸惑っていた。

『こいつ…!』

『動きが変った…!?』

最初とはうって変わって機敏な動きで動き回り、こちらを翻弄してくる雪風。

『この!』

ジャール4が、機体の脚に括りつけてあった棍棒のような武器を手にした。

そしてそれの丸い物体の方を向けて投げつける。

すると丸い物体と棒の付根からロケット噴射して目標へ飛んでいくではないか。

『シュツルムファウストか…!』

クリスカが舌打ちしつつも大きく回避行動を取る。

その理由は、着弾したシュツルムファイストの爆発を再現したペイント液の炸裂の仕方。

先日のバズーカほどでは無いが、グレネードより大規模な爆発範囲を描いていた。

『それのテストをしたのは私だぞ!』

故に弱点は知っている。

それは安価で使いやすく大威力で使い捨てだが、命中率が悪い事。

故に、BETA戦闘では先頭集団に向けて投げて飛ばして爆発させるのが主戦法だ。

乱戦になると味方を巻き込みかねないし、割と邪魔なので最初に使う事が推奨される、使い捨てだし。

もう一発のシュツルムファイストを回避しながら接近し、両手の突撃砲で逃げる間もなくペイント弾で染め上げる。

『速い…!?』

『ならこれはどうよ!?』

そう叫びながら残ったジャール3の機体が振り上げたのは、円盤状のパーツがワイヤーで繋がった妙な武装。

『チェーンマインっ、クリスカ!』

『えぇっ!』

その武装が何か悟ったイーニァとクリスカは、弾切れとなった突撃砲を捨てて肩部担架に装備してあった長刀を手にすると、振り回されたチェーンマインに先端を引っ掛ける。

対象に巻きつけて爆破する武器だが、扱いが難しい。

『ちょ、うそっ!?』

ジャール3が慌てるのは、チェーンマインの軌道を強引に曲げられた結果、自分の機体に巻き付いた為。

そして残った突撃砲でチェーンマインの地雷部分を撃つと、衝撃判定で爆発。

連鎖爆発を起こして一瞬でSu-37M2がペイント弾でまっ黄色。

元々要塞級などに投げつけて突撃砲で撃つ事で爆発させる事を念頭に置いた装備だったので、撃たれて爆発したのだ。

持つ部分にセーフティーと爆破ボタンがあるのだが、セーフティーを解除していたのだろう。

『少佐、二人が!』

「なるほど……それが本来の貴様達か…!」

焦るターシャの言葉に頷きながら、センサーに映る雪風を睨むラトロワ。

『もう私は迷わない、私は私の理由を見つけた…もう、誰の言葉にも惑わされない!』

『吼えるではないか。なら、その言葉、証明してみせろ!』

クリスカの宣言に、ラトロワが返す。

『そのつもりだ、行くわよイーニァ!』

『うんっ!』

次の瞬間、イーニァが装着していた猫耳のようなカチューシャ、その耳のような部分の先端が弧を画くように伸縮式のアームで伸びてイーニァの額の少し前にやってくる。

その伸びた先端にあるのは、眼球の動きを感知する高性能センサー。

それに連動して、肩のテンタクルアームユニットのロックが全て外される。

そして正に蛸の脚か蜘蛛の脚のように多関節で動くアームとその先に装備された突撃砲。

これこそが、テンタクルアームの本当の姿。

現在自動照準での補助システムを霞が構築中だが、イーニァとクリスカの場合は最低限で構わない。

クリスカが機体を動かし、火器管制をイーニァが受け持つ複座だからこそ可能な全アーム個別操作。

『くっ!』

『こんな…!』

8本のアームと突撃砲が個別に動いて的確に狙い撃ちしてくる現実に、舌打ちするラトロワと驚愕するターシャ。

さらに二人を驚かせるのは、その射撃の邪魔を一切していない機体の動き。

まるでお互いが何をするのか完全に理解しているようなその動きと攻撃に、攻守が逆転し始めていた。

一箇所に纏まっていたら集中砲火で倒されると判断して二手に分かれるジャール試験部隊。

後ろに回ったターシャだったが、機体はラトロワの方を見たままでアームだけが自分を狙ってきた。

『にがさないよ…』

イーニァの眼球が忙しなく動いて、八本のアームと突撃砲を常に動かす。

イーニァの視界にだけ投影された特殊な視界映像、それを注視する事でシステムが自動的にロックオン。

後は個別にアームを選択して発砲すればロックが外れない限りアームが追い続ける。

その上、他のCWSの火器もイーニァの支配下にある。

『これで…おわり!』

両足のファストパックに残った小型ミサイルを全弾発射して追い詰めたターシャのSu-37M2を撃破判定にする。

「ターシャ! ………これは、眠れる獅子を目覚めさせたか…」

苦笑を浮かべつつ、内心で大和に対して批難するラトロワ。

「我々を踏み台にさせるか…喰えん男め、いつか思い知らせてやろう…」

一対一の状態になり、撃ち合い続けるが弾数は雪風の方が圧倒的に上だ。

『ふん、良いだろう…その覚悟、見せて貰おう!』

モーターブレードを展開し、全力噴射で飛び出すラトロワ。

対する雪風もまた、腕のブレードを展開する。

高周波Sソード、模擬戦故に切れないが、共有されたダメージ判定のデータが確りと判定を行ってくれる。

まともに切りあえば、モーターブレードの方が負ける。

だがそこはジャール大隊の指揮官だったラトロワ、近接戦闘に持ち込んでも相手の反撃は受けないで避ける。

『どうした、この程度が貴様の覚悟か!』

自分を狙うテンタクルアームをモーターブレードで弾きながら雪風の高周波Sブレードを避ける。

時々当たるが、装甲が切られた程度のダメージしか与えられない。

『私は…私はもう人形ではない…っ、イーニァやカスミ、そして少佐達が居るこの場所が、ここが私の守る場所!』

気合一閃、ラトロワ自身避けたと思った一撃が、Su-37M2の左腕を切り裂いていた。

『ぐっ!』

左腕が大破判定で動かなくなるが、それでも反撃の一撃を雪風に叩き込む。

だがその一撃は、左肩のテンタクルアームへと突っ込んだ。

いや、クリスカが機体を操作して突っ込ませたのだ、そして瞬時にCWSをパージする事で絡んだテンタクルアームを重りにして肉薄する。

『そして、イーニァ、カスミ、仲間、なにより少佐の笑顔を守る、それが私が戦う理由だっ!!』

アッパーの要領で突き上げられる右手、その腕に装着された高周波SソードがSu-37M2の胸部へと激突する。

そしてラトロワの視界に、胸部大破および衛士死亡により戦闘不能と表示された。

本物なら胸部装甲を切り裂いてラトロワも真っ二つだっただろう。

「………ふ、ふふふ、ふははははっ、それが貴様の得た理由か、クリスカ・ビャーチェノワ」

『そうだ、文句があるか、フィカーツィア・ラトロワ少佐』

堂々と返すクリスカに、もう笑うしかないラトロワ。

軍人としては個人を優先した理由だが、こうまで堂々と宣言されては彼女でも文句が言えない。
 


「はぁぁぁ……少尉がどこかの誰かさんのように…」

「な、何故俺を見るんだ中尉?」

クリスカの宣言に、思わず頭を抱えて隣を見てしまう唯依。

誰かさんの影響を受けまくりなクリスカに頭を痛める唯依姫だった。



「ならば、精々貫くといい。何が在ってもな…」

『そのつもりだ。私はもう迷わない、そして怯まない。この想いと共に進む、それだけだ』

例え誰かを失ったとしても、それでもこの想いを貫いて最後まで生きる。

それが、クリスカの決意。

『そうだねクリスカ、いっしょにすすもう』

『えぇ、イーニァ、一緒に、彼と共に…』

通信で何やら分かり合った会話をする紅の姉妹に苦笑を浮べて見守るラトロワ。

やがて管制塔から指示が来て、それぞれ機体を所定の場所へと移動させる。

「少佐、申し訳在りませんでした」

揃って頭を下げるターシャ達だが、ラトロワは特に何も言わずに彼女達の頭を撫でた。

「しょ、少佐?」

「謝る暇があるなら強くなりなさい。私もお前たちも、まだまだ進めるのだから」

そう言って微笑むラトロワに戸惑いつつ頷くターシャ達。

歩き出したラトロワは、澄み渡った青空を見上げて、一人苦笑する。

「私も感化されたかな…」

その呟きは、青空へ吸い込まれるように消えていった。





















総合格納庫――――


模擬戦闘を終えて戻ってきた雪風を出迎えたのは、横浜基地の整備兵達だった。

「二人とも良くやったぞ!」

「4対1で勝つなんて、流石少佐自慢の姉妹だな!」

「シェスチナ少尉こっち向いてー!」

「踏んで下さい」

4対1という不利な戦闘を勝利で飾った二人は、大和色に染まった整備兵達から大歓声で迎えられた。

ソレに対して照れ臭そうなクリスカと、モジモジするイーニァ。

「最後の奴、後で倉庫の裏に来い。二人とも、ご苦労だったな」

そこへ、余計な事を言った奴に注意しつつ大和が現れた。

「少佐…」

「ヤマト!」

言葉に詰まるクリスカとは対照的に何時もの様に抱きつくイーニァ。

だが珍しい事に、数度頬を摺り寄せたら離れてしまった。

そして笑顔でクリスカを促す。

「少佐、今まで無様な姿をお見せして、申し訳ありません」

「いや、乗り越えられたなら何も文句は無い。もう大丈夫そうだな」

「はい」

大和の言葉に確りと頷いて見つめてくるクリスカ。

「少佐、図々しいかもしれませんが、一つお願いがあります」

「なんだ?」

クリスカのお願いという珍しい事態に、彼女も成長したのだろうと内心嬉しく思う大和。

「あ、少し目を瞑って欲しいのですが…」

「こうか?」

普段から控えめと言うかそういった我侭やお願いを言わないクリスカ、なので大和も素直に従ってから気付く。

あれ、このシチュエーションって有名なアレじゃね? と。

その事に気付いて目を開けようとした瞬間、唇が塞がれた。

「ん…っ」

「むぐ!?」

「いいなぁ…」

『おお~~~~~~~~~~!!!!』×その場の全員、約70人

唇を塞がれたと同時に瞼が開いてそこにはドアップのクリスカ。

瞳は閉じられ、頬は赤くなっている。

「ん…あむ…」

「~~~~~~~!?」

「解説のシゲさん、あれはまさか!?」

「舌を入れられちゃったみたいだねこりゃ。あのお嬢ちゃんも大胆だなぁ、レースに変動在りと…」

何と舌を絡めてきたクリスカに、硬直して成すが儘の大和。

突然マイクを持ち出した若い整備兵と、解説者気取りのシゲさん。

一瞬とも永遠とも感じる時間が流れて、やがてクリスカから唇を離すと、透明な糸が伸びて切れた。

「少佐、私は笑顔の為に戦います、私に、私たちに心から笑うという事を教えて下さった貴方の為に。小さいけれど、私が決めた私だけの理由です」

そう言って微笑むクリスカ、その笑みは今まで見た事がない優しい笑み。

軍人としての理由には弱いかもしれない。

だが、大切な人の笑顔、仲間の笑顔を守る事が、やがて大きく範囲を広げ、国を、人類を守る事に繋がると考えれば、それもまた立派な理由だ。

「……………………(パクパク」

なのだが、今の大和に答える余裕は無かった。

突然の事態とキス→ディープキスのコンボに脳内真っ白。

ここ数回ほど、どのループでもキスすらご無沙汰だった大和には刺激が強かったようで。

「お前達、仕事に戻らないか!!」

「やべぇ風紀委員だ!」

「誰が風紀委員か!?」

そこへ現れた唯依姫が、ニヤニヤして見物している整備兵達を怒鳴って仕事に戻らせる。

シゲさんの一言に律儀にツッコムのはボケに対する条件反射だろう。

「シェスチナ少尉、何をしているんだ?」

「じゅんばんまち」

ちょこんとクリスカの後ろで待つイーニァ、クリスカはどこぞの人形のように口をパクパクし続ける大和を幸せそうに見つめている。

「まだ仕事が残っているのだから自重しなさい。ほらビャーチェノワ少尉も!」

「でもジチョウしたらまけだとおもうよ」

「しょ・う・い?」

「……はーい…」

拗ねた表情で危ない事を言うイーニァに、笑顔で一言ずつ言い聞かせる唯依。

笑顔なのに笑顔じゃない、そんなお顔です。

渋々仕事に戻るイーニァだが、クリスカは未だ大和を見つめている。

「ビャーチェノワ少尉、いつまで……少尉?」

見つめていると思ったクリスカを見て、首を傾げる唯依。

妙だと思ったのは、彼女の全身がプルプルと小刻みに振動している様子から。

「し、失礼しまひゅ!!」

「ちょ、少尉っ、速っ!?」

突然真っ赤になったかと思えば、何時ぞやの時のスピードで走り出すクリスカ。

「ちぃーす、WAWAWA忘れ物~、俺の帽子を――ぶべらっ!?」

斉藤君吹っ飛ばされたーーー!!

出入り口から入ってきた斉藤君、運悪くクリスカに轢かれました。

錐揉み回転して頭から落下しました。

「な、何故に…?」

生きているので大丈夫でしょう。

「…………少尉、我慢していたんだな…」

大勢のギャラリーの前でキス、恋心自覚したばかりのクリスカにとって大冒険だったのだろう。

唯依はそっと努力したクリスカに涙しつつ、まだフリーズ状態の大和に向き合う。

「少佐、突然の事で驚いたのは分かりますが、まだ仕事が在るんですよ? 少佐!?」

ガクガクと揺さ振ってみると、少しして大和が目を大きくパチパチさせる。

そしてプルプルと震え始めたかと思うと、突然走り出した。

「べ、別に気持ち良かったとか、甘かったとか、興奮したなんて事無いんだからなーーーーーーッ!!」

「少佐、誰に言ってるのですか、ちょっと少佐!?」

畜生、俺はこんなキャラじゃなーーーい! と叫びながら出て行く大和。

「危ないってばよ!?」

今度は回避した斉藤君。

「少佐……案外初心なんですね…」

「そうねぇ……ふふ、可愛い…」

「ブレーメル少尉!?」

呆れたように呟いた唯依の言葉に、答えたのは何やら熱っぽい視線を向けていたステラさん。

「あら、私ったら…ウフフフフ…」

突然の登場に驚く唯依だが、ステラは頬に手を当てて笑顔でフレームアウト。

「………最近、同僚が良く分からないな…」

一人残された唯依、日に日に濃くなる仲間のキャラクターに、最近押され気味です。










[6630] 第四十一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:46





2001年9月30日―――


20:45――――



佐官用に宛がわれた私室で今日の報告書を確認していたラトロワは、来客を告げるチャイムに椅子から立ち上がる。

「誰だ?」

『こんな時間に失礼、黒金です』

「クロガネ少佐…? 今開ける」

突然の来客が、思うところがある相手だけに眉を顰めるラトロワ。

何しに来たのか、色々と理由を考えつつ扉を開ける。

「おっと、タイミングが悪かったですか?」

「いや、もう仕事も無い。用があるのだろう、入れ」

バスローブ姿に遠慮した様子に、内心苦笑しつつ大和を部屋に招き入れるラトロワ。

もしも彼女が考えた理由の一つなら、日本でいう据え膳だろうと苦笑して。

「どうですか、ここでの暮らしは」

「快適だが歯痒くもあるな。お客様扱いは続けられると不快に思う人間も居ると覚えておけ」

当たり障りの無い大和の言葉に、素直に答えるラトロワ。

他の開発計画などに参加した事が無いラトロワは知らないが、とりあえず自分達が横浜基地からお客様扱いされている事が少々不満だった。

自分達は兵士であり、軍人なのだ。

命令があればそこが母国でなくても、所属している軍でなくても軍人として振舞うだけ。

だが横浜基地は、自分達をお客様扱いしているように思えてならなかった。

「なるほど…副司令に相談しておきます。が、そう言ったからには副司令に扱使われても怒らないで頂きたい」

「我々は軍人だ。そして現在の我々の上官には副司令も含まれている。祖国からの命令に背かないレベルなら従おうじゃないか」

そう言いながら窓の外を眺めている大和にソファを勧め、自分は棚からボトルを取り出してグラスに注ぐ。

「それに、そんな話をしに来たのではないのだろう?」

そう言って割りと高級そうなソファに座り、優雅に脚を組む。

大人の色気と余裕が満載の姿に、並みの男なら涎を垂らしてもおかしくない。

「鋭いですね、流石と言った所ですか」

が、そこは据え膳を尽くスルーする臆病者の大和、あっさりスルーして対面のソファに座り、真っ直ぐにラトロワの顔を見る。

バスローブ姿で脚を組んでいるので当然生脚が艶かしいし、胸元も暑いのか大きく開いているのに一度も視線を向けない。

照れではなく、本当に意識を向けていないのだ。

なるほど、見た目と違ってそちらは大人か…と内心呟いてグラスに口を付けるラトロワ。

「先ずは謝罪を。無理な事をお願いして申し訳なかった」

姿勢を正して頭を下げる大和に、一瞬面食らうラトロワだったが、直に表情を戻して視線を鋭くする。

「模擬戦闘の事か? それならば謝罪は不要だ。確かにあの二人の為に踏み台にされた事は面白くないが、こちらも全力で挑んでの結果だ。得る物もあった、故にその謝罪は不要だ」

「そうですか、そう言って頂けるならありがたい」

ラトロワがあっさりと不要と言ったからか、大和も頭を上げる。

「ですが、次の礼は受け取って貰います。感謝します、ラトロワ少佐」

「何の事だ?」

謝罪の後に、今度は感謝されて怪訝な顔をする彼女。

「二人の事です。色々と気にして貰っていた様子でしたので。貴方が投げかけた言葉が少なからず二人が立ち直る起爆剤になったのは確かですので」

そう言ってニヤリと笑みを浮かべて感謝の意味で頭を下げる大和。

「………知らんな、貴官の勘違いではないのか?」

「それならそれで構いません。ですが、感謝している事は撤回しませんよ」

見下ろすように視線を向けるが、大和は相変わらず飄々としている。

やり難い男だと内心で嘆息して、グラスを傾ける。

「俺もまだまだ若輩、部下に甘いと良く言われますので、ラトロワ少佐の態度は勉強になります」

「ふん、褒めて煽てるのが日本人の特技だったか?」

その手には乗らないという態度のラトロワに、苦笑するしかない大和。

「では、日本人の特技をもう一つ披露しましょうか」

そう言って懐から何かと取り出す大和。

それをテーブルにそっと置くと、指でラトロワの方へ滑らせる。

そして戻す途中で大和用に注がれたグラスを手にする。

「……なんだこれは」

「日本風に言うなら、黄金色のお菓子と言う奴ですね。他の開発部隊には秘密でお願いしますよ?」

そう言って悪戯っぽく笑う大和に、怪訝な顔を隠そうとしないラトロワ。

差し出されたそれは、一枚のデータチップ。

何が入っているのか不明だが、他の部隊に内緒にしろと言う事は何か重要なデータか、それとも秘密か。

「これが、貴官の礼か?」

「そう取って頂いて結構です。要らないなら処分するなり人に渡すなりどうぞご自由に。既に横浜では実用化された技術ですので」

そう言ってニヤリと笑う大和に、表情を硬くするラトロワ。

横浜で実用化された技術で、他国の部隊には秘密にしろと言う事は、何か重要な開発データである可能性が高くなった。

それを茶番にも似た出来事の礼として渡すという大和に、何を考えているんだと益々疑いを深めるラトロワ。

「別に裏なんてありませんのでご安心を。不安ならそのまま処分すれば簡単です」

「………いや、折角だ、貰っておこう」

そう言ってチップを手にするラトロワ。

各国が欲しがる横浜の技術、それを生み出す一人から齎された小さな小さな宝箱。

これ一つで、どれだけの混乱が起きるのか、一人想像して背筋を振るわせるラトロワ。

「それと、提供した武装ですが、気に入ったのがあれば差し上げますよ。製造データ付きで」

「なんだと? 随分と羽振りが良いではないか。あの程度の武器なら他国に渡っても問題ないと言う事か?」

確かに、噂される電磁投射砲や高周波ソードに比べれば目劣りする武装だが、威力に関しては付属されたデータで実証されている。

的に大穴を空けたり広範囲を破壊する大口径ショットガンと言うかショットカノン?に、連射の利くグレネードランチャー。

使い捨てだが破壊力抜群のシュツルムファウストなど。

チェーンマインは癖が強すぎるのでラトロワは倦厭したが、部下は気に入ったのか模擬戦闘で使った。

他にも数種類、武装を提供されている。

それを製造データと共に提供すると言う。

太っ腹所の話ではない。

「既に先行量産に入っておりますので。無論、採用するならライセンス…という形に成りますよ?」

要は、気に入ったならデータやるから契約しろと言っているのだ。

「……そちらへの見返りはなんだ」

「各戦場での実証データ。後は宣伝ですかね」

「宣伝だと…?」

「そう、宣伝。兵士が一番信頼するのはデータでも性能でもなく、誰かの証言。科学者や開発者がいくらあれこれ言ったとしても、戦場に立っていない人間の言葉は弱い」

「……だが、多くの戦場で兵士に評価された物は大きく広がっていく…」

F-4、F-5が未だ長く評価されているのもそれが大きな理由。

「ふん、本当に喰えん男だな貴官は…」

「こんな若造、喰った所で硬くて喰えませんよ?」

おどける大和だが、その瞳は鋭い。

見た目に騙されたら逆に喰い殺される、そんな眼だ。

ターシャとそう変らない年齢でありながらこの貫禄と態度、そして瞳。

ラトロワは、己の中のナニカがゾクリと震えるのを感じた。

それは、面白いという感情と、ちぐはぐで歪な目の前の存在を知りたいという知的欲求。

「良いだろう、使えそうな物を早速国へ伝えよう」

「感謝しますよ、ラトロワ少佐」

大人の笑みを浮かべてグラスを差し出すラトロワ。

それに対してニヤリと笑みを浮かべてグラスを差し出し、軽くぶつける。

遅い乾杯の後にそれぞれ口をつけるが、次の瞬間大和が停止した。

「……? どうかしたか少佐」

「………………ラトロワ少佐、これは…まさか…」

「祖国の酒だ、向こうに残してきた部下が送ってくれた物だ」

今では珍しい上物だぞ? と言って残りを飲むラトロワ少佐。

大和が硬直した飲み物、それはウォッカ。

「………中々、刺激的なお味で…」

そうとしか言えない大和、一口飲んだだけでギブアップ。

「クロガネ少佐、まさか私の酒が飲めないとは言わんよな?」

が、グラスをテーブルに戻す前に、鋭い言葉に止められた。

視線を向ければ、鋭い鷹のような視線を向けてくるラトロワさん。

その瞳が言っている、残す事は許さんと。

「………い、頂きます…」

大和は内心で泣きそうになりがなら残りをチビチビと飲む。

実は大和くん、お酒が苦手。

「…………………………」

「………? 何か?」

「いや…」

ちびちびと頑張ってウォッカを飲む大和くんを見つめて、先程までの余裕ある態度がなくなり、年相応に見える彼を、妙に微笑ましく見ているラトロワ。

視線に気付いた大和の問い掛けにも、大人の笑みで誤魔化す。

「(油断ならないと思えばこれか…全く、妙な男だ…)」

そう呟きながら、一気に子供っぽくなった大和を眺めて自分のグラスにお代わりを注ぐラトロワ。

その様子は、もしもターシャが見たら嫉妬してしまうような光景だった。

そして頑張ってウォッカを飲み干すと、大和はご馳走様でしたと言ってフラフラしながら退室しようとする。

「だらしないな、たった一杯でこの様とは。あの程度、国では一桁の子供だって飲むぞ」

「一緒にしないで下さい…うぅ…」

帰ろうとする大和を、ラトロワがやれやれと支える。

その際に必要以上に密着するので、ビクンと反応してしまう大和くん。

折角気持ちを落ち着かせてきたのに、またザワザワと感情がざわめいている。

「暫く休んでから帰ったらどうだ?」

と言う、妙に艶っぽいラトロワさんのお誘いを。

「いえ、仕事が、まだ俺には仕事が残っているのです…!」

必死に断って部屋を出て行く大和。

通路をフラフラしながら歩くその背中を見送り、ニヤニヤと笑うラトロワ。

何かとやられっ放しだった相手に対するカードを手に入れた彼女は、ご機嫌でもう一杯ウォッカを呷った。

「しかし、全く反応を示さないとはな…もしや幼児趣味か?」

一応女とのしての自信はあったが、大和が全然反応しないし見なかったので女として面白くないラトロワさん。

女としての面は捨てたが、それはそれ、これはこれだ。

「もし幼い女が好きなら、ターシャ達が危ないわね…」

失礼な事を考えながら、大切な娘達を守る事を考えるラトロワさん。

大和が聞いたら失礼なと泣いてしまうかもしれない。

でもイーニァを愛でているだけに、否定できない大和くん。

「ぬぅ…ラトロワ少佐の酒のせいか、妙に高ぶるな…シャワーでも浴びるか…」

危ない足取りだが何とか執務室まで戻ってきた大和。

「あ、おかえりヤマト!」

「少佐……」

扉を開けて絶句した。

何時ぞやの添い寝事件の時のクリスカの上にイーニァがライドオンな状態でのお出迎え。

ソファに寝そべった二人は、白くて綺麗な肌を惜しげもなく晒していた。

笑顔のイーニァと、モジモジしつつも大人な笑顔でこちらを見るクリスカ。

どんな感じかと言うと、ピンナップ参照?

「あ、ヤマト!」

「少佐…!」

大和は逃げ出した!

上手く逃げ切れた!

「またにげられちゃった…」

「そうね…何がいけなかったのかしら…?」

残された二人は、揃って首を傾げ、ファイルを手にする。

『鉄壁の彼も一撃必殺! これで貴女も愛のニャンニャン』と書かれたファイル。

著者:上沼。

「やっぱり、おでむかえは『はだかエプロン』じゃないとダメかな?」

「カスミもそれで成功したって言ってたから、今度はそれで挑戦しましょうイーニァ」

ファイルの中の、著しく間違った知識を手に入れて実践し始めている二人。

クリスカさん、覚醒してから変です。

と言うか、あの時の羞恥心は何処へ?

「お前達…なんて格好をしている!?」

そこへ現れたのは唯依姫。

洒落にならない姿の二人に、一気にお怒りモードに。

その後、日付が変るまでお説教をされる二人であったとさ。

唯依姫曰く、そこまではまだ許せないとか。

















「臨兵闘者皆陣裂在前臨兵闘者皆陣裂在前臨兵闘者皆陣裂在前……」

「ほぅわぁ!? 少佐なにしてるんっすかっ!?」

その頃、逃げた大和くん、シャワールームで水出して頭を冷やしていた。

九字を言っている辺り、彼の混乱の具合が見て取れる。

その後、発見した斉藤くんの連絡で武ちゃんが回収に来るまで、大和は一心不乱に呟き続けるのであったとさ。




































2001年10月2日―――――




横浜基地正面ゲート――――――



「では、留守中の事は任せる。何か在ったらテスタメント通信で知らせてくれ。中継器を経由すれば繋がる筈だ」

「はい、道中お気をつけて」

早朝の正面ゲートで、余所行きの制服に身を包む大和を見送るのは唯依。

ゲートの外では、帝国軍が用意してくれた車両が大和を待っている。

大和は本日から数日間、日本メーカーの工場の視察を行う事になっている。

ライセンス契約や委託製造を請け負った工場のラインを見て周り、問題点の指摘や改善、今後の話し合いなどを行う予定。

普通なら副官である唯依も付いていくものだが、横浜での開発も立て込んでいる為、今回はお留守番。

まぁ、大和専用テスタメントが一緒に行くのである程度の仕事は大丈夫。

むしろ、開発計画の開発責任者が居なくなるので、開発計画の方が心配だ。

「では行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

唯依と伍長達に見送られてゲートを潜る大和。

帝国の車両の横には、赤い制服に身を包む眼鏡の女性。

「久しいな黒金少佐。道中の警護は私と私の部下が請け負う」

「頼りにしていますよ、月詠大尉」

わざわざ斯衛軍から護衛として派遣されたのは、月詠大尉率いる警護部隊。

とは言え、任務に当たるのはその内の数名であり、月詠大尉も最初の工場へ大和を送ったら帝都に戻る事になっている。

その理由は、殿下のはっちゃけだ。

武ちゃん成分が足りなくなったのか、視察に託けて横浜基地へ御忍び侵入しようと画策しているのだ。

今は紅蓮大将が押さえてくれているが、あの人も殿下には甘いのでいまいち信用できない。

「忙しそうだな、少しやつれたか?」

「いや、まぁ、その…色々ありまして」

車両へ乗り込み、一路視察先の工場がある県へと向う一行。

後部座席で隣へ座った大和の横顔を眺めて苦笑する真耶さんに、大和も苦笑するしかない。

「(い、言えない、クリスカが限定条件でハイパー化するなんて、言える訳が無い…)」

この前のクリスカ立ち直り&キス騒動の後、彼女の行動が一部変化した。

その為、ここ数日大和はイーニァとクリスカの猛攻に悩まされていたりする。

「………何故だろうな、急に貴様の頬を抓りたくなった」

「何故!?」

キュピーンと眼鏡を光らせて呟く真耶さんに怯えて離れる大和。

しかしVIP用とはいえ限界がある車両内、逃げ場なんてありゃしない。

大和の視察旅行は、初日から胃の痛い始まりとなった。

あと頬。























13:45――――地上格納庫――――



「今頃少佐は最初の目的地に着いた頃か」

「大変ですね、一週間以上の視察なんて」

キャットウォークから作業の様子を監督しつつ、時計を見て呟く唯依と苦笑するステラ。

「その上、少佐が苦手とする懇親会やら企業上層部との話し合いまである。そんな事をする位ならラインに入って作業した方が楽しいと言い張る人だからな少佐は」

「ふふ、少佐らしいですね」

肩を竦める唯依に、クスクスと笑うステラ。

そんな二人の視線の先では、整備班に混じって機体をあれこれとチェックするイーニァとクリスカ。

「ふむ、どうやらもう心配要らないようだな」

「そうですね、むしろ今までより生き生きしているように見えます」

唯依から見ても、気配りの淑女ステラから見ても、イーニァと、特にクリスカに以前の危うさは見えない。

あの模擬戦闘が良い方向で作用して立ち直る切っ掛けになったなら、冷や冷やしながら応援した自分達も報われる。

「とはいえ、少しお高い買い物になったみたいですね」

「そうだな…ショットガンを始めとする武装の一部を提供する事になった。少佐曰く、ついカッとなって造った、使えるなら使って欲しい…だそうだ」

大和らしい…と揃って苦笑するしかない二人。

「でも、あのショットガンはBETA相手には少しキツイのでは…?」

装弾数が5発と少なく、かつポンプアクション。

基本は弾幕で掃討なのに、5発、予備含めても少ない弾数には不安を覚える。

「その辺りは状況によるな。197mmは一発で大型を仕留められる威力だ。散弾でも破砕弾でも広範囲攻撃として使える」

「射程の短い、しかし範囲が広い120mmとして考えればなんとか…と言った事ですか」

視線を話題の武器へと向ける二人、そこにはジャール試験部隊へと提供したショットガンに、ストックが追加されたタイプが置かれていた。

「少佐としては、基地防衛隊や警備隊に配備する形で少数量産を考えているらしい。練度の高い衛士が使えば有効な武器である事は実証されている」

高速機動で至近距離へと近づいて発砲、離脱しつつ装弾しまた発砲。

要塞級を一撃で沈めるその威力は魅力的だ、あとは弾数問題が解決すれば120mmと同じに使える筈。

単発なのは、広範囲攻撃が出来る点でフォローできる。

「警備隊に配備するのは良いアイディアだと思います、見た目と威力から考えるにピッタリかと」

主に基地の警備を担当する部隊で、有事の際は基地主要施設を警護する部隊。

例のクーデター事件の際に何も出来なくて、一番悔しい思いをしていたのもこの部隊。

現在猛烈に訓練して、全員が早食いをマスターしたとか。

対BETAでは無意味だが、基地の警備には他にも理由はある。

なので、対人の時の威圧感や戦意を喪失させる手段としては高い効果がある。

と言っても、今の横浜基地に喧嘩を売る奴が居るかどうか…。

「と言うか、威力を考えるとショットガンではなくショットカノンだなこれは…」

「今度名前修正の提案を出しましょうか」

破砕弾ならあのスレッジハンマーの装甲に風穴を開けるショットガンことショットカノン。

弾数問題が解決したら、きっと小型種潰しや大型殺しに活躍してくれるだろう。

シュツルムファウスト以上の戦果を上げればの話だが。

「正式量産はシュツルムファウストが最初か……」

「使い勝手が良いですからね。使い捨て武装の中では一番の威力ですし」

バズーカや300mmなどを除けば、手持武装類では現在で最強の威力を誇るのはシュツルムファウスト。

投擲でも発射でも使用可能、飛距離や命中を優先するなら投擲後にジェット噴射で直撃させるのが玄人のテクだ。

この世界では馴染みがないが、ロケット花火だと考えれば扱い易い武器だ。

ぶっちゃけ、多少外れても爆風で巻き込めるのだが。

雪風やスレッジハンマーが搭載、使用しているグレネードランチャーの約2~4倍の威力は伊達じゃない。

威力で言えばグレネード<シュツルムファウスト<バズーカだ。

グレネードとシュツルムファウストはどちらも榴弾扱いだが。

「あとは、確立した運用規定だな…」

「ですねぇ…」

と言って視線を向ける先には、えぐえぐと涙を堪えながら黄色く染まった舞風をお掃除しているタリサ。

彼女、午前中の模擬戦闘で調子に乗ってシュツルムファウストを使って自爆したのだ。

よって罰として機体のお掃除を命じられた。

アタシは弱くねー、弱くねーですと何やら呟いている。

とりあえず、自機及び味方との距離に注意する事が上げられるだろう。

「それにしても、ビャーチェノワ少尉の変化には驚かせられる」

「何がですか?」

嘆息する唯依に、首を傾げるステラ。

「いや、ついこの間まで驚くほど初心だったのに、その、なんだ、ここ最近は少し…」

「あぁ……フルオープンですね」

ステラのフルオープン発言に噴出す唯依。

「い、いや、確かにそうだが少尉、少し表現を控えて欲しいのだが…」

「でも、アレはそうとしか表現できませんよ? 少佐のお部屋でシェスチナ少尉と待ち伏せしたりとか」

「なっ!? そんな事までしているの!?」

初耳な出来事に素で驚く唯依姫。

「えぇ、知っているのは私だけですけど、少佐が血相変えて逃げて行きましたから」

よっぽど刺激的なお出迎えを試みたんでしょうね~と、とっても楽しそうなステラさん。

いつもはクールな表情が、とっても笑顔だ。

「むぅ…ビャーチェノワ少尉は何を考えているのかしら…」

「思うに、彼女なりのアピールかと。でもやっぱり初心な部分はあるみたいで、決して人前ではアピールしませんけどね」

大和と二人きりか、イーニァが居る時だけオープンなアピールをしているとステラさん。

どうやら人前だと恥ずかしさが先に来てしまい、ダメらしい。

イーニァみたいにどこでもオープンじゃないだけマシかと思うべきが、それともピンポイントオープンな事に危機感を覚えるべきか。

と言うかそもそも。

「何故、ブレーメル少尉がそんな事を知っているのだ?」

と言う、至極最もな疑問は。

「まぁ、ウフフフフ……」

「ちょ、少尉!? 何処へ行く少尉ーーーーーっ!?」

笑顔で誤魔化してススススーーー……とフェードアウトしていくステラさん。

これも黒金菌の被害なのか、段々同僚に妙なキャラクターが染み付き始めた事に不安を覚える唯依姫。

とりあえず言える事は、ステラさんが見ている。とだけだろう。






















キュピーン!



「む…………」

「はにゃ? どうしたの一美ちゃん」

整備訓練中に突然虚空を見つめて呻いた麻倉に、首を傾げる築地。

「少し……ライバルが現れた気がしたの」

「はへ?」

意味不明な返答に、益々首を傾げる築地だった。

「ん~~、それにしても、やっとボク達も部隊配属かー」

作業で凝り固まった体を伸ばしつつ、しみじみと呟くのは美琴。

その言葉に、作業をしていた全員が一端作業を止めて同意する。

「少佐が帰ってきたら、正式に部隊配属だって」

「神宮寺大尉やタケルさんと一緒だから不安は少ないけど、どんな部隊なのかな?」

晴子とタマの言葉に、汗を拭いながら冥夜が口を開く。

「タケルと神宮寺大尉が一緒に配属されるのだ、きっと重要な部隊に違いない」

「確かに。そんな部隊に配属されるとなると、気合が入るわねー」

冥夜の言葉に同意しながら、自分の手を見つめる茜。

今まで散々色々な涙を流しながら頑張ってきたのだ、少しのことで挫けるような精神をしていない。

「……私は名前が出ればそれでいいかな…」

「焼きそばがあればそれでいい…」

「貴女達ねぇ……」

煤けた表情で呟く高原と、在らぬ方向を見て呟く彩峰。

そんな二人を呆れの視線で見るのは千鶴。

何にせよ、彼女達が心待ちにする部隊配属の時は、もう目の前だった。










































同日―――――アメリカ―――――



「失礼します! お呼びですか司令」

「うむ、ご苦労中尉、急な呼び出しで済まないな」

アメリカ西海岸沿いにある米軍基地で、一人の衛士が基地司令室へと召喚されていた。

「先ずは、黙ってこの資料を見て欲しい」

「は、失礼します」

基地司令が差し出したファイルを受け取り、その内容を黙って読み始める衛士。

その瞳はファイルに書かれている内容を一字も逃さぬように真っ直ぐに向けられている。

やがて内容を読み終えたのか、顔を上げると同時に基地司令が口を開いた。

「内容は理解したかな中尉」

「はっ、極東国連軍第11軍、横浜基地での戦術機開発計画についての資料ですね」

「そうだ、その内容を読んだなら大体の事は理解してくれていると思う」

重く頷きながら一度言葉を切る基地司令。

「先日、我が米軍からも試験部隊を参加させる事が軍上層部で決定した。そしてその大任に我が基地からも衛士を出す運びとなった。理由は分かっているな?」

「はっ、この基地に所属する部隊の練度は、各地の基地部隊を上回っているからであります」

士官の胸を張った言葉に、基地司令は力強く頷いて同意した。

「その通りだ中尉。我が基地の部隊の強さはどの基地の部隊にも負けていないと自負している。特に中尉、君の実力はインフィニティーズから再三の要請が来るほどだ。正直、君がその誘いを蹴り続けている事は嬉しいと思う反面、不思議で仕方がないがね」

「ありがとうございます司令。しかし自分はBETAと戦う為に衛士になりました。敵はBETA、それ以外に興味はありません」

苦笑する基地司令に、真っ直ぐに答える衛士。

その言葉には、真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな、執念とすら思える強さがあった。

だからこそ、アメリカ西部最強の衛士という称号が与えられたのだろう。

まだ年若い中尉でありながら、その技術は歴戦の衛士と遜色なく。

また、対BETA戦闘を経験していない筈なのに異様に戦い慣れている。

本人はデータや資料で勉強した結果と言っているが、真相は定かではない。

ただ一つ言える事は、基地司令の前の立つ衛士が、アメリカでも10指に入る衛士である事は間違いない。

その技量故に、インフィニティーズを始めとした特殊部隊などから招集される事が多いのだが、それらを蹴ってまでこの基地に所属し続けている。

普通なら命令であれば逆らえない、だが本人はこの基地から移動する気がなく、命令で移動となるなら国連軍へ移籍するとさえ言い張っている。

基地司令は人情家で知られ、本人の固い意志を尊重して(当然他にも理由はあるが)、移動命令を中将権限で蹴り返している。

アラスカに程近いこの基地は、異なる歴史において重要な拠点となる場所。

今極東で戦っている一人の衛士が着任した時、一人の乙女の運命が変った場所。

その時、基地司令は別の基地へ飛ばされていた為、この基地は壊滅の憂いを見る事になった。

だがそれは既に終わった歴史、今には関係ない事。

「BETAとの戦いを望み、その反面この基地を思ってくれている中尉には酷な事だと思うが、極東へ行ってくれないか」

基地司令としては拒否したい事だった、ご自慢のインフィニティーズでも向わせれば良いだろうと内心思っている。

だが、今まで目の前の衛士を渡さなかったツケが来てしまった。

今まで断ってきたんだから、もう断らないよな? お宅の我侭で米軍の面子潰すの? という半ば脅しに近い命令だった。

故に、心苦しくも問い掛けた言葉には。

「はい、精一杯任務に当たらせて頂きます!」

「………え?」

それはそれは見事な敬礼を返した衛士が居た。

あの頑固な中尉の事だ、きっと説得は大変だと思っていた基地司令は予想外の返答に唖然としている。

「司令、どうかしましたか?」

「あ、い、いや、なんでもないのだ。そうか、行ってくれるか。ならば中尉、君に任務を言い渡す!」

仕切り直しとして立ち上がり、後ろで腕を組む基地司令。

彼に対面して背筋を伸ばす中尉。

「明後日09:00より、輸送機にて極東国連軍第11軍・横浜基地へと向かい、国連戦術機先進技術開発計画に参加せよ」

「は!」

「開発計画内容や詳しい事は一緒に行く開発担当者から説明がある、貴官は参加試験部隊の指揮官として存分に腕を振るって来るといい。横浜には例の事件であまり良い印象は持たれていないが、貴官は貴官の仕事をすればいい、出来るな……エリス・クロフォード中尉」

「はい、必ずや結果を残して見せます!」

そう言ってビシッと敬礼するのは、かつての記憶より長い髪をした、エリスの姿だった――――。












[6630] 第四十二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:33











2001年10月3日―――――――




開発計画区画・地上総合格納庫―――



「やはり、パーツの相性が浮き出てくるな…」

「そうっすね、パーツの精度じゃ負けてませんが、一つ一つのレベルが外国は高いから」

開発計画に宛がわれた区画にある総合格納庫で、唯依とシゲさんが設計図を眺めながら頭を悩ませていた。

現在総合格納庫にはアフリカ連合軍から参加した部隊の戦術機、ミラージュ2000が並んでいる。

現在、技術提供の要請があった為に総合格納庫へ運び込まれて機体を解体しているのだ。

アフリカ連合軍からの提供依頼は、高速砲撃戦強化試験型ミラージュ2000を横浜基地のスレッジハンマーのように、強力な火力を持たせられないかという依頼。

アラスカで参加した部隊が色々と散々な結果を残したらしく、真っ先に泣きついてきたのだ。

首席開発衛士を始め、ほぼ全員が実戦を経験した事がないという温室育ちの衛士。

その為か不明だが、BETAなんて砲撃で押せば勝てると考えている節がある。

それで勝てるなら今頃アメリカ万歳三唱よ…と、夕呼先生の言葉。

確かに、今の横浜基地の実力ならば、機動力・砲撃力・近接能力、どれも上げる事は可能だ。

だが、ミラージュ2000が求められているのは機動砲撃戦能力、つまりスレッジハンマーのように腰を据えての砲撃戦ではなく、高速機動を行いながらの砲撃能力。

しかも、アフリカの注文は「スレッジハンマーレベルで」だ。

陸の戦艦の異名を持つスレッジハンマーと同レベルの砲撃力、それなんて無敵ロボ?

やろうと思えば可能だ、雪風もある意味、高速砲撃戦型だし。

だが、アフリカはもう一つ注文がある。


安価で。


安値でスレッジハンマーレベルの砲撃力、そして機動性は高い機体。

「舐めとんのかゴルァッ!?」とは大和の台詞、卓袱台が無かったから代わりに『げきしんさん』をひっくり返した。その後クリスカが胸キャッチした。

如何にチート技術と未来の設計図を持つ大和であっても、安価という言葉を付けられると途端に弱い。

未来の技術だの設計図だの、言葉は魅力的だが、それを形にするには当然お金が掛かる。

しかも現在形になっていない技術、作るだけでお金が掛かる。

今まではオルタネイティヴ4の後押しや夕呼経由で売り捌いた設計図や技術の資金、ライセンス契約での儲け。

依頼料なんかも含めて、潤沢な資金プールが在ったからこそ雪風やX01が造れたのだ。

アフリカの依頼は、安値で雪風レベルの作ってと言っているのと同じ。

造ってもお前らには使えねーよとは雪風に乗せてもらったタリサの言葉。

そもそもミラージュはF-5系列の機体、横浜が得意とするのはF-4系列やF-15系列、それに日本製戦術機。

故に、F-5や系統が異なる機体には開発や改修に時間が掛かる。

ノウハウが少ない事や、技術者・開発関係者・整備班が慣れていないのもある。

なのに、大和曰く箸で茶碗チンチン鳴らして催促されている気分だと言わせるアフリカ連合。

そんな彼らの様子に、大和が「いっそデッドボール搭載してやろうか!?」と叫んだのは唯依姫の記憶に新しい。

因みにデッドボールは、ファイアーボールやキャノンボールと同時期に開発されたスラスターパックの名前である。

高出力だがその出力制御に難があり、機体操縦が難しくなり、最悪暴走して爆発する可能性がある。

当然危険なので改良が見込めなければ破棄される装備だ、名前もデッドボールなんて名付けられるし。

そんな欠陥品を搭載してやるなんて言い出すのだから、大和の疲れが垣間見える。

なので唯依が副官としてアフリカ連合と交渉し、先ずは機体の問題点の改良から始める事になった。

小さな問題を後に残すと、改造してから大変な事になると説明して。

現在の試験機に小さな問題から大きな問題まで在るアフリカ連合は(どこの機体もそれは同じだが)、それもそうかと納得してくれた。

これの裏では、特に開発活動もせずに横浜に頼った事でアフリカ連合をバカにするような視線が増えた事もある。

別に「やだー、いきなり技術提供? キモーイ!」「技術提供が許されるのは、開発に行き詰ってからだよね~!」とか言われた訳では無い、似たような事は囁かれていたが。

因みに同時期に相談した豪州は、F-18の問題点の改良の為の意見と、複座型故の機体開発のアドバイスを貰って実践し始めている。

アフリカ連合と違って聞いたら早速やってみようと、自分達で始めた辺り、心構えが違う。

F-18、ホーネットに関しては大和が個人的に開発元のノースロックと親しい為、改良は割りと簡単に行えるのだが、豪州は先ずは自分達で挑戦だと考えているようだ。

この辺り、もう少しアフリカ連合や、技術提供を受けるかどうするかウジウジ悩んだりしている国に見習って欲しいと唯依談。

それは兎も角、現在アフリカ連合の機体の問題点を虱潰しにして直し、開発衛士達に操縦させて違いを実感させ、今後の開発の指針を考えさせようと唯依は大和に提案した。

ちょうど十日ほど大和が出張なのもあり、唯依が指揮を執っている。

現在シゲさん達と話し合っているのは、機体の問題点解決の為の方法なのだが、横浜基地が使っているパーツは基本日本でライセンス生産された部品や、輸入した物だ。

それ故、国によってはパーツのマッチングや相性的な物でバランスが悪くなる。

出来れば専用に作るかそれ相応の場所に依頼するのだが、部品は消耗品。

唯依達がその部品で改良しても、アフリカ連合がその部品を自分たちで調達出来なければ意味が無い。

色々と難しい問題である。

「一度、搭載する機器でどれ位差が出るか調べてみるのも良いかもしれないな…」

「そうっすね、とりあえず一番相性が良いの搭載しておきます」

何でも試すのが開発だとは、果たして誰の言葉だったか。

大和に感化された開発者や技術者が多いので、誰かしら名言(迷言?)を言っていて困る。

「浪漫は体現するものじゃない、成した事が後の浪漫に成るんだ!」

「仕事しろっ!」

なんかスレッジハンマーの上で演説している斉藤君、釘原が殴って連れて行った。

現在並行してスレッジハンマーの武装継続開発計画が行われており、斉藤達はそれで招集されたメンバーだ。

これは、開発参加国にスレッジハンマーの性能を知ってもらい、導入に前向きに成ってもらう狙いがある。

スレッジハンマーの輸出やライセンス契約で割りと儲かっているらしい、夕呼先生がバンバン開発しなさいと笑顔で命令してたし。

「大変そうだな、タカムラ中尉」

「あ…ラトロワ少佐」

シゲさん達が出て行った部屋、そこへ現れたのは、コーヒーもどきが入ったカップを手にしたラトロワ少佐だった。

彼女は唯依へ片方に持っていたカップを手渡して総合格納庫を眺める。

今唯依達が居るのは、総合格納庫内、中三階と言える位置にある部屋。

主に改良や改造の話し合いや設計見直しなどに使われる部屋で、窓の外にはガントリーに固定された戦術機の頭部が見える。

「クロガネ少佐が居なくても動けるのだな」

「……どういう意味でしょうか」

カップを受け取り、労いの差し入れかなと内心首を傾げていた唯依は、ラトロワのその言葉に表情を硬くする。

「何、あの少佐が居なくなったらどうなるのかと思っていたのでな。全て少佐の指示で動いているだけかと思っていた」

つまりは、横浜基地の連中は大和におんぶに抱っこ状態だと思っていたと皮肉気に言うラトロワ。

そんな彼女に唯依は視線を鋭くする唯依。

その視線を受けても、ラトロワはその微笑を消さない。

「確かに、外からはそう見えるかもしれません。ですが、少佐は常に我々を導いています」

確かに、大和の技術や発想に、開発者や技術者は呆然とする。

だが、大和はその技術を彼らに叩き込み、彼らが同じ事を出来るようになったら後は任せてしまう。

また、彼らが独自の発想を出したら、否定せずにじっくり考えるのだ。

それも大和と出した人間だけでなく、他の開発者や技術者、さらに整備班まで呼んで皆で考え、意見を出して話し合う。

現在横浜基地で実用化されている技術で、大部分は大和発案だが、残りは全て開発者達が出したアイデアだ。

大和は積極的に彼らのアイデアを採用したり、話し合って修正しながら取り入れたりしている。

それが技術者・開発者達のレベルアップや発想の転換に繋がり、現在の横浜基地技術部を造り上げた。

自分一人でするのではなく、下が育ったら後は任せて次のレベルへと進んでいく。

それを、唯依は導いていると見ている。

日本のメーカーや帝国軍に技術を流すのも、総合的なレベルアップを狙って。

今の横浜なら、5年先の技術なら設計図やアイデアを出せば造ってしまう、もうそこまで来ているのだ。

だが、大和という人物の印象が強い為、ラトロワのように思う人間は多い。

実際、アフリカ連合も唯依やシゲさんでは話にならないと最初話し合いに応じなかった。

だが大和の指示で実際に実力を示したので、今は大人しく従っている。

どうもアフリカ連合の主席開発衛士は今回の開発計画を勘違いしている節が見受けられたが、どうでも良いので置いておく。

「そうだな…今はそう見える」

窓の外、整備ガントリーで機体に集まって、参加国の整備兵に技術を叩き込んでいる横浜の整備兵。

その表情からはやる気と熱意が見て取れる。

ラトロワが素直に認めたので少し拍子抜けする唯依は、彼女が持って来たコーヒーもどきに口をつける。

「まるで、自分が“居なくなる”事を考えているような方法だな…」

「っ!?」

ポツリと呟いたラトロワの言葉に、コーヒーもどきを噴出しそうになる唯依。

「な、何を突然…っ」

「そう思わないのかタカムラ中尉? 技術や考えを叩き込み、限度はあれどそれを惜しげもなく広めていく。軍としても企業としても外れた行為だ」

軍で在れば自国・自軍の技術を他国へ広めるという危険性。

企業であれば折角の技術を他の会社へほぼタダ状態で渡して広めるという経営性の無さ。

唯依や武側から見れば、それだけBETA戦に危機感を覚えて対策をしていると取れる。

だが、それを知らない人間から見れば、“そんな事はどうでもいい”という風にも見える。

まるで、後の事は知った事でないとばかりに。

「―――っ、ラトロワ少佐、貴女は何を…!」

「考えてみろ中尉、技術者・開発者のレベルを上げ、戦術機のレベルも上げる。もしこのまま行けば、横浜基地やそれに関わる場所の技術レベルは格段に上がるだろう。そしてその関わりには実質制限が“無い”」

参加国は、決まりさえ守ればどの国でも参加できるし、技術提供も代価さえ払えば誰でも受けられる。

当然その技術には制限が付くが、その制限が相手のレベルに合った技術レベルと考えれば、無いに等しい。

いきなり自分たちが作れない武器の設計図渡されても困るし。

「数年後には、今は難しく、横浜でしか出来ないような技術や開発も、多くの国で実用化されるだろう…そうなれば、もうクロガネ少佐が存在する意味は無い」

「っ、如何に佐官と言えどそれはっ!」

「聞けッ!!」

「――――っ」

唯依の公としても私としても許せないラトロワの言葉に抗議しようとした彼女だが、ラトロワの一喝で言葉が止まる。

流石は大隊指揮官まで上り詰めた女傑、気迫と貫禄は月詠大尉以上だ。

「貴様が気付いていないのか、それとも無意識に“そう”しているのかは知らん。だがそう考えても可笑しくないのだ、奴の行動は」

「そ、それは……」

唯依とて思い当たる節が在る。

彼女や開発者達が目が眩むような技術や設計図を、惜しげもなく披露し、教えるその姿勢。

まるで、自分が居なくなっても開発者・技術者達が進めるように、道を、レールを敷いているような大和の姿。

確かに彼は開発者であると同時に衛士だ、BETAとの戦闘で死ぬ事もあろうだろう。

だが、それにしては緩やかなのだ、彼の教え方は。

BETAとの戦闘での死を恐れるならもっと必死に教えるだろうし、何か情報として残すだろう。

だがそれが無い、大和は技術者達が育つのを根気良く待ち、そして次へ進んでいる。

直ぐではない、しかしいつか彼が消える日が来るのだとすれば…ラトロワ少佐の言葉に納得してしまう。

前に唯依は大和に尋ねた、「そんな貴重な技術や情報を、どうして安易に広めるのか」と。

それに彼は笑って答えた、「いずれ誰かが考えるし実用化される、なら早い方が良い」と。

彼がその技術や情報を広めようとするのが、人類一丸となっての対BETA反攻ではなく、自分が消える事を予測しての行動だとしたら。

「――――――――っ!?」

それを考えて、唯依は背筋が凍った。

あの大和が消える、病気か、事故か、それとも戦闘でか。

いずれにしろ、唯依は時折大和が浮かべる笑みを思い出した。

あの、どこか儚く、何かを諦めたような、笑みを…。

「…………とはいえ、私がそう感じただけだ。貴様が考えた不安が本当かどうかは知らん」

唯依の怯えたような表情に、瞳を細くして溜息をつくラトロワ。

その内心で、余計な事を言ったなと嘆息する。

本題はこれからなのだ。

「私はクロガネ少佐を、ヤマト・クロガネという男を知らん。だからそう思わせるのかもしれん。タカムラ中尉、貴様は彼と親しいのか?」

「…………一年ほど、上官を。その後同僚と部下をして来ました、今この基地に居る人間の中では、2番目に親しいと自負しています」

ラトロワが本題を話し始めた事に気付いて、考えてしまった未来を軽く頭を振って消す。

そんな未来、来るわけが無いと自分に言い聞かせて。

「2番目か、貴官が2番となると1番は余程親しいのだろうな」

苦笑するラトロワ、何度か唯依が大和と夫婦漫才的な行動をしているのを目撃しての言葉だ。

それに赤くなりつつ、言っても大丈夫かと思い口を開く唯依。

「1番は、少佐の親友でもある男性衛士です。お互いを親友と認め、二人が組めばどんな敵も塵芥と化すとすら言われました」

「ほう、それはそれは。もしや、例のXM3開発衛士か?」

鋭いラトロワの言葉に、口を噤む唯依。

「それは秘密か。世界に普及し始めたXM3の開発者としての名を隠すとなると、それだけ重要な位置に居るのか、それとも特殊な部隊に配属されているのか…」

「(鋭い…っ)」

唯依の表情と僅かな情報から的確に推測するラトロワに、内心冷や汗を流す唯依。

これだけの鋭さを持つなら、先程のような事を感じるのも頷けると思いながら。

「まぁそれはいい。衛士として気にはなるが、それよりも私が知りたいのは彼の出生だ」

そう言ってラトロワは唯依の対面にある椅子に座り、鋭い視線を向ける。

「国連軍のデータベースでも機密とされ、詳細な情報は誰も知らない。貴官は知っているのかな…? 副官である貴様は」

その挑発混じりの言葉に、心を落ち着かせようとする唯依。

ラトロワの真意は不明だが、間違いなく彼女は大和の事を勘繰り、調べようとしている。

それが彼女の意思なのか、国からの命令なのか謎だが。

「生憎ですが、少佐のプロフィールは国連軍でも機密とされています。お答え出来ません」

ラトロワの視線に真っ向から向き合い、キッパリと口にする唯依。

伊達に彼女とて白い牙を率いてきた訳では無い、年季こそ差が在れど、度胸と意思は負けていない。

「日本帝国軍でもか?」

「そうです」

「そうか、貴様も知らないのか」

「―――っ」

サラリとラトロワの口にした言葉に、唯依の表情が一瞬反応し、その後しまったと沈痛に歪む。

「図星か。貴様はもう少し腹芸と話術を学んだ方が良いな」

やはり年季か、年の功か、ラトロワの方が一枚上だった。

そう、唯依も大和の出生を知らない。

武はBETAの侵攻の際に死亡と思われたが、逃げ延びて保護されるまで山の中へ篭っていた……という事になっており、城内省のデータも正式に書き換えられている。

大和とはその時出遭った事になっている。

大和の戸籍は無く、大陸から逃げてきた日本人、両親は大陸で死亡、自分は輸送船で密入国して日本に来た事になっている。

この事は殿下の計らいで武共々機密として隠され、知る者は限定されている。

その情報が嘘であると知っているのは、殿下と夕呼、それに霞だけだ。

穴がある設定だけに、殿下も夕呼も機密として扱った。

それ故、唯依や巌谷であっても大和の出生や生い立ちを知らない。

突然斯衛軍に配属された武家ではない二人、その異例な事態は、二人の異常なまでの技量で上書きされた。

その後、00式戦術歩行戦闘機、武御雷の配備が開始されて、二人は黒としてType-00Cを与えられた。

異例の配備の若過ぎる衛士に、最新鋭機を与えた事で斯衛軍でも紛糾したが、紅蓮大将の一喝でその場は収まった。

そしてその後のBETA侵攻に二人は月詠大尉率いる斯衛軍中隊として戦線へ。

そこで打ち立てた功績から、黒の双璧の名が広まる事となった。

唯依が知っているのは、異例の配属からの事だけ。

あの月詠大尉ですら、知らないのだ。

「益々謎になったな、ヤマト・クロガネという人間が。あの若さであの技術、まるで未来を視ているかのような発想、そして今の先を行く技術の設計図…私からしてみれば、異質でしかない」

「………………」

唯依は言い返せなかった。

今まで気付かなかった、否、気付かないフリをしていた事。

黒金 大和という人間、その底の見えない謎と生い立ち。

彼と言う人間を隠している、謎。

それは、長い付き合いの唯依でも知らない、深い深い沼のようなモノ。

「正直、彼があぁで良かったと思っている。アレが敵になったらなど…考えたくもない。そう思わないか、中尉」

「……………そう、ですね…」

「………邪魔をした。クロガネ少佐は数日出張だったか?」

「……数日間は日本のメーカーの視察、その後帝国陸軍での話し合い、帝都での会議。後は造船関係の工場を周る予定です。あと10日は戻りません…」

立ち上がるラトロワの問い掛けに、淡々と答える唯依、その視線は手元のカップに注がれている。

「そうか、ならばその時彼に直接聞いてみよう」

「……少佐は答えませんよ」

「それでもだ。頭の隅をちらつく不安など、不快でしかない」

そう言って部屋の出口へと歩くラトロワ。

唯依は何も言えず、その背中を見送るしかない。

「失礼しま~っとと、あらお邪魔でした?」

ラトロワが扉を開けて出ようとした瞬間、扉が開いてツインテールが今日も元気な崔中尉が顔を出した。

彼女は室内の雰囲気にタイミング悪かったかと内心汗を垂らす。

「いや、今終わった所だ」

「そうですか、あ、タカムラ中尉、少佐の宿題なんだけどー」

手にしたファイルを軽く掲げながら室内の唯依へ声を掛ける崔中尉。

唯依は少し慌てて立ち上がると、崔中尉を中へ通す。

「どうかしたのか?」

「殲撃の脚部のショックアブソーバで、制御機構の改良の所で少し躓いて…」

室内からの会話を聞きながら、静かに扉を閉めるラトロワ。

「少し急ぎ過ぎたか…私もまだまだだな…」

自戒するように苦笑し、その場を後にするラトロワ少佐。

彼女は、大和という存在に疑問を覚え、情報を集めようとした。

それは、彼の存在に惹かれたのではなく、恐怖を覚えたと言っても良い。

「宿題か…他の国にも何か出しているようだな…」

胸のポケットから取り出したのは、あの時大和から受け取ったデータチップ。

その中には、開発計画に有益な情報と共に、一つの設計図が入っていた。

そのタイトルは、“宿題”。

中身は穴あきの設計図、しかもSu-37に使える装備の。

「私の読みが間違いでなければ、“これ”を完成させてみろという事か…」

与えられた技術と、手に入れた情報。

それらを駆使して、完成させる機体。

それがどんな物に仕上がるかは、造る自分達次第。

「奴が何を考えているのか…私はそれが知りたい…」

チップを握り、総合格納庫を後にするラトロワ少佐。

彼女の言葉には、得体の知れないモノに対する恐怖が混じっていた……。




























15:37―――――――――――


地下シミュレーションデッキ―――



『タケルちゃーん、これ以上は無茶だよ…!』

通信の純夏の声に、深呼吸をしていた武はニカッと笑みを浮かべる。

「まだ大丈夫だ、それより次は対戦術機データを頼む、レベルはSSだ」

『だ、ダブルえすって、無茶だよタケルちゃんっ、霞ちゃんも何とか言ってよ!』

『武さん…』

純夏の怒ったような言葉と共に、悲しそうな瞳の霞が通信画面に映る。

「大丈夫だって、一人でオリジナルハイヴ攻略するよりマシだからさ」

『レベルの差が分からないよー、SSなんて変態さんだよタケルちゃん…』

心配と呆れで表情を歪ませる純夏、現在彼女は霞と共に武の訓練のサポートをしている。

本日はまりもが元207の訓練に付っきりなので、こうして管制のサポートをしている。

彼女の性格を考えると管制? と首を傾げてしまうが、彼女のハッキング能力と演算能力を使えば、シミュレーターデッキの能力を一時的に上げる事も可能なのだ。

しかも霞と霞専用テスタメントの補佐付き。

故に、現在武が挑戦しているシミュレーターの内容は常軌を逸している。

紅蓮大将を始めとする、データの存在するエースや伝説級を相手に勝ち進むモノや、純夏が覚えていて夕呼に教えたハイヴのデータから作られた各ハイヴ攻略。

A-01やハンマーヘッド部隊、スレッジハンマー部隊との戦闘等など、バリエーション豊富、バラエティに富んだ内容。

当然、一般衛士や一部以外に見せてはならない情報だらけなので、終わったらテスタメントに戻してログ類は全部消去だ。

「変態言うなよ! ったく、大和が仕事で色々頑張ってるんだ、俺は俺の仕事を精一杯やるんだよ」

横浜基地へ配属となる時、大和は言った。

「お前は衛士として真っ直ぐに戦え、雑事は全部俺が引き受けてやる…ってさ。だから俺は精一杯戦う、アイツが敷いてくれた道を真っ直ぐにな」

そう言って笑う武に、見惚れる二人。

今の武は、本当に見惚れる位に輝いていた。

思えば初めて出来た親友の、その思いに報いる為に。

その為に、武は強くなる、どこまでも、どこまでも。

友が敷いたレールを、真っ直ぐに、どこまでも。

「さぁ、次を頼むぜ、純夏、霞」

『もぉ…そんな事言われたら止められないよ…』

『武さん……無理だけは、しないで下さい…』

恋人の言葉より親友の言葉かよーと内心いじけつつ、準備する純夏と、無茶は兎も角、無理していたら止めろと大和に言われている霞。

二人の言葉に苦笑してから、シミュレーション内の陽燕を動かす。

先程までのデータでの損傷や残弾が回復し、映像が乱れ、やがて白い世界になる。

『場所は?』

「そうだな……荒野で」

純夏が聞いてきたオーダーに答えると、直ぐに白い世界が荒野に変わる。

BETAに蹂躙された、草一つ生えていない悲しい世界。

そして、少し先の、崖の上に黒い影が次々に現れる。

それぞれ、強襲前衛・強襲掃討・砲撃支援装備の、月衡。

それが3体、こちらを見下ろして立っている。

その映像に、仮想と知りつつ喉を鳴らす武。

「大和の月衡が3体か…本当に、変態仕様だな…!」

グリップを握り、陽燕を身構えさせる武。

純夏の秒読みと、状況開始という言葉と同時に動く双方。

連携して襲ってくる3体の月衡、それら全て、大和の操縦ログやデータから生み出された、データの上での“本物”。

故に、その動きも戦法も、本人を相手にしているのと変わりない。

在るとすれば、窮地での意外性や発展性が無い事か。

一対一なら勝ちを狙える、だが相手は3体、しかも大和お得意の戦法をそれぞれ展開する厄介な相手。

一撃離脱、強襲連撃、そして隙を逃さない連携。

組めば心強い相手、それが同じ相手と連携を組んで襲ってくる悪夢。

「くっ!」

連携攻撃を回避しつつ反撃の糸口を探す武。

機体コンセプトの関係で、回避や機動力なら陽燕が上だが、直線での加速や戦闘継続時間は月衡の方が上だ。

本体はほぼ同じなので、突き詰めた場合の話だが、今それが起きている。

全力での機動と戦闘で、このまま戦えば先にガス欠になるのは陽燕。

その後数分間は月衡がほぼ全力で動ける。

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

咆哮し、ソリッドブレードを右手に、左手に突撃砲を持ちながら襲い来る月衡の連続攻撃を往なし、避け、弾く。

だが段々と追い込まれ、傷が増えていく。

「くそ…っ、オーバーシステム…!!」

陽燕に搭載された、機体各部のリミッターを解除するシステムを解放する武。

このシステムの為に、現在武が使用している筐体は特別に強化されている。

加速度の負荷だけは再現し切れないものの、容赦無いその動きに筐体がガクンガクンと激しく動く。

一時的に性能が大幅に上がった陽燕、普通なら勝ちが見える状態だ。

だが、難易度SSは伊達ではない。

陽燕の装甲が変形したように、ほぼ同時に月衡三機がオーバーシステムを起動した状態になって襲ってくる。

「ぐぅぅぅぅぅ……っ、ま、負けるかよぉぉぉっ!!」

何時しか空中での高速機動戦闘に移行し、データの空で激しく戦闘を繰り広げる武。

その気迫は、見るものを圧倒させる程だった。









「だーーーーっ、畜生、負けたーーーー!」

『お疲れタケルちゃーん。いい所まで行ったのにね~』

筐体の中で脱力する武、顔面汗びっしょりでぐでーっとなっている。

そんな彼に、内心安堵しつつニヤニヤ笑っている純夏。

因みに現在霞が、ドリンクとタオルを準備して筐体へ向っている。

純夏と交替でお世話しているようだ。

「畜生、大和の性格ならあぁするって分かってたのになぁ…」

『一機撃破して油断したね、一機が動き止めて最後の一機がブスリだもん』

武と会話しながらログを見直す純夏。

結局武は一機根性で落としたが、攻撃手段が短刀だけになった機体が被弾覚悟で突貫。

陽燕の動きを止めた瞬間、残った機体がソリッドブレードで陽燕を仲間ごと串刺しにしたのだ。

大和は時々「ここは俺に任せろ!」とか「今だ、俺ごと奴を撃て!」をやるのだ。

とは言え、ハイヴ攻略やBETA相手では先ずやらないが、対戦術機戦闘のシミュレーターだと高確率でやる。

特に相手が紅蓮大将や月詠大尉達の場合、必ずと言って良いほど。

本気なのかお茶目なのか不明だが、それをやった時はシミュレーション開始前に「俺、このシミュレーションが終わったら告白するんだ…」とか言っていた。

で、その告白の内容が「すまん、唯依姫の分の最中をつい食ってしまった」とかだったりと、武ちゃんには意味不明だった。

巌谷中佐が送ってくれた最中、一部合成だが高級品を、ついで食べられてしまった唯依姫。

珍しく涙目だったのは、甘いものに餓えていたのか、それともそれだけ大好物だったのか。

どちらにせよ、大和はしばき倒されたが。

「はぁ~、SSはまだ無理か~」

『そうだね、しかもこれ、その上が在るんだよね…』

引き攣った顔の純夏、何を隠そう、そのデータを大和に依頼されて構築したのは純夏。

純夏の演算能力をフルに使い、さらに霞協力、夕呼監修の末に完成した対戦術機戦闘シミュレーションパターン、難易度SSS。

その内容は、オーバーシステム開放有りの陽燕が5機。

しかも、各機体武ちゃんの機動データと戦闘データを元に、207Bの長所のデータを組み込んだ特別製。

つまり、武ちゃんの動きをする207Bの面子が襲ってくるのだ。

SSをクリアしないと開放されない為、武ちゃんは知らないが、知ったら絶対に悪夢だ…と呟くだろう。

因みに難易度Sは陽燕一機で、武ちゃんのデータそのままが相手だ。

『(今、私の機体とか直援機とかも含めた難易度“スペシャルナイトメア”を構築してるって言ったら、タケルちゃんどんな顔するかな…)』

筐体に入った霞からタオルとドリンクを受け取って礼を言っている武を画面越しに眺めながら、少し苦笑する純夏。

完成度は70%、まだ純夏の機体や付属するデータの設定が終わっていない、と言うか実物が動いていないので完成してない。

完成したらさぞかし武ちゃんが吼えてくれるだろう、気合の雄叫びか悲鳴かは不明だが。

















[6630] 第四十三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/22 00:51









2001年10月3日―――――



21:45――大和執務室―――



「……大和が…居なくなる…」

夜から深夜へと移り変わる時間、唯依は執務室のデスクで情報の整理をしながら一人呟いていた。

先程までクリスカやステラが仕事を手伝ってくれていたが、一段落ついたので先に上がらせた。

イーニァは霞の所、タリサは自室で新型兵器の自主勉強だ。

主が居ない執務室は何となく静かで、唯依の表情は浮かない。

その理由には、当然昼間のラトロワとの一件がある。

ラトロワ少佐が感じた大和の不審な部分。

その結果を考えて一人震える唯依。

そんな事は無い、そんな筈ないと自分に言い聞かせても考えてしまう、浮んでしまう不安。

思えば、最初逢ったときから大和は不思議で不可思議な男だった。

七瀬家の推薦とその実力から斯衛軍、正確にはその予備軍に配属された大和と武。

予備軍は帝国軍からの推薦者や、訓練兵上がりの武家の人間が所属する短期間の訓練部隊だ。

そこで斯衛軍としての心構えや在り方を学んで部隊へ配属される。

その際に二人は紅蓮大将の肝いりであの月詠大尉率いる部隊へ配属された。

この時、殿下の後押しが在った事は紅蓮や月詠大尉しか知らない事だ。

そして部隊配属と並行して、大和は帝国陸軍の技術廠へと出向となり、唯依と出逢ったのだ。

その時から、大和は異質な雰囲気を醸し出す男だった。

唯依より年下で、本来ならまだ訓練兵である年齢(武家ではないので。武家の男児は幼い頃から訓練している)だし、独特の態度。

義や礼節を軽くみている訳ではないが、堅苦しくない。

唯依にも馴れ馴れしくないがフランクな、そんな態度で接してきた。

最初はなんだこの男は…と警戒していたが、その警戒は別のベクトルへと変化していった。

突拍子も無くとんでもないアイデアや提案で開発局の人間を驚かせ、実践して実証して実戦で通用させる。

開発者としての有能さを示したかと思えば、武と組んでの圧倒的な戦闘力。

斯衛軍の月詠大尉や中尉と互角以上の戦いを見せ、あの紅蓮大将からも勝ちを奪う二人。

いつしか大和を見る唯依の視線が変化した事は、巌谷中佐でも分かる事だった。

その際、巌谷中佐が一人酒飲みながら唯依の父親に何か報告していたらしいが、置いておく。

「………嫌だ、アイツが…大和が居なくなるなんて…っ」

昔を思い出すと共に浮んできた恐怖に、頭を抱える唯依。

いつから自分はこんなに弱くなったと嘆く自分と、こうなって何が悪いと憤る自分が居る。

自覚し、伝えた想いは、未だ明確な答えを返して貰っていない。

唯依が聞かないでいる事もあるが、大和がその話題を避けているのもある。

大和が何かしらの理由で人を愛せない事は当の昔に知っている事だ。

唯依の家以上の名家から縁談の話が来ても、唯依から見ても美人の衛士にお誘いを受けても、全てやんわりと、しかし絶対の拒絶で対応してきた大和。

その決意が、並大抵でない事は唯依は1番良く知っている。

大和は例え一夜限りの関係ですら絶対に拒む、それ位徹底している。

唯依は最初は衛士として真っ直ぐに進む日本男児だと関心していたが、今はそうは思えない。

怯えているのだ、大和は。

愛に、想いに。それに関係するモノに。

それを理解していながら、その決意の壁に楔を打ち込み、イーニァやクリスカでもって皹を広げている自分。

そんな自分を破廉恥と罵る自分と、それでも抑えられないと想いを膨らませながら泣く自分。

モヤモヤとした感情が膨らみ、小さな不安を大きくしていく。

「私は…どうしたら…」

大和が居れば、直ぐに聞けるのに、居なくならないよなと、消えたりしないよなと…。

BETAとの絶望的な戦いを続けている極東国連軍に所属し、一級の衛士である以上出撃は免れない。

そして大和本人もBETAとの戦いから逃げる気はない。

故に死の危険性はある、だがそれ以上に不安に思うのは、大和が消えてしまうという結末。

どこか、自分の手が届かない場所へ行ってしまう、そんな不安が過ぎる。

馬鹿な話だと思おうとする自分と、起きてしまうかもしれないと考えてしまう自分。

他国へ行くのか、誰も知らない場所へ隠居するのか、それとも…。

そんな考えがグルグルと頭の中を渦巻く唯依だったが、来客を告げるチャイムにはっと顔を上げる。

「だ、誰か?」

『ピアティフです。副司令からの書類を持ってきました』

デスクの脇に置いてあるモニター付き受話器には、ピアティフ中尉の姿。

扉のロックを解除してどうぞと告げると、書類を片手に入室してくる。

「まだお仕事ですか中尉」

「それはお互い様ですよ」

ピアティフの言葉に苦笑で返してお互いに苦笑する二人。

二人とも夕呼と大和という癖の強い人間の部下というか、秘書的な立場なので色々と共感する部分が多いようだ。

「こちら、開発計画関連の書類です」

「ありがとう。これは……」

「アメリカが正式に開発計画に参加、5日13:00頃に参加部隊と人員が到着するそうです」

既に関係各所には連絡が行っていますと付け加えつつ書類を唯依へ手渡す。

その書類には、確かにアメリカ陸軍から開発計画に参加するという表明と、詳細な資料が付属されていた。

「米国が重い腰を上げたか…主目的は?」

「提出された書類では、最新鋭機の長期実戦テスト及び問題点解決とあります」

「では、F-22Aか…なるほど、疑問視された対BETA戦闘や上げられた問題をこの際に潰す気なのか」

「そのようですね」

資料を捲ると、搬入予定の機種がF-22Aとなっている。

態々最新鋭機を4機も搬入して、開発計画に参加する。

それだけ米国内でF-22Aへの疑問や不信が上がっていると言うことかと納得する唯依。

米国は次世代機開発より現行の最新鋭機の信用と実績アップを狙ったようだ。

ハイヴに接し、常にBETAとの戦いを強いられている横浜基地なら対BETA戦闘も可能だ。

他国からこれ以上F-22Aをバカにされない為にも、参加各国部隊との模擬戦闘がある開発計画は魅力的だろう。

そしてあわよくば、横浜基地の技術の恩恵に与ろうと…。

「不利益にならないなら何も言わないが、少佐なら何と言うか…」

「むしろ楽しみそうな気がしますね…」

揃って苦笑する二人、米国の態度になのか、大和の行動に苦笑なのかは不明だが。

「主席開発衛士は…女性か、エリス・クロフォード中尉…私と同い年か…」

「変った衛士らしいですね、経歴も輝かしい勲章もあれば、昇進を取り消されたりしています」

参加者には詳細な経歴の提示が求められており、軍に入ってからの情報は明確に記載されている。

その中で、エリスは数度の勲章を受けるものの、二度ほど昇進を取り消されている。

その理由は、命令違反とある。

西部地区におけるトップガンらしいが、妙な話だ。

「何をしたのか分からないが、何か在りそうな衛士だな…」

「同感です」

写真に写るのは、キリっとした美貌と伸び始めた感じのセミロングの金髪の女性。

その青い瞳が、真っ直ぐに射抜くようにこちらを見ているのが、唯依には妙な感覚を抱かせる。

「了解しました、当日は私が対応します」

「お願いします、では」

軽い敬礼をお互いにして、部屋を出て行くピアティフ中尉と見送る唯依。

「………他に、特筆する人物や情報は無いか…」

暫く書類を眺め、大和に連絡する情報で大事な物が無いか調べるが、特に無かったようだ。

他三名の衛士もそこそこのトップガンらしいが、唯依は聞いた事がない。

そもそもアメリカは、欧州や日本、ソ連や中東などのように世界に名前が響くような衛士が少ないのだ。

むしろ、空母の艦長や指揮官の方が多い。

国の状況がそうさせているのだろう、もしアメリカにハイヴが在れば、エリス達がそうなっていても可笑しくない。

「とりあえず、アメリカが参加表明した事だけ伝えて置こう」

確認の意味も含めて呟き、パソコンで大和へとメールを打つ。

このメールは大和専用テスタメントにテスタメント通信を経由して直接届けられる為、軍内部での検閲が無い。

故に、数分後には大和に届くだろう。

文章を確認し、送信しようとしてエリス達の名前を書こうか一瞬考え、必要ないなと思い送信するのだった……。




















2001年10月3日――――日本時間10月4日―――



米軍基地滑走路――――




「では、諸君らの健闘に期待する」

「敬礼!」

基地滑走路の脇で、軍高官からの訓辞(?)に、佐官が叫び、並んだ衛士四名と整備兵や技術者が敬礼する。

今集まっているのは、横浜での開発計画に参加する人員達であり、アメリカ各基地から招集された面子だ。

その部隊の指揮官として任命されたのは、金髪のストレートヘアを風に靡かせる美女、エリス。

諸々の伝達事項が終わり、横浜行きの輸送機へと乗り込む為に移動を始める面子。

その中で、同じく開発衛士に選ばれたらしき女性がエリスに近寄ってくる。

「あの、クロフォード隊長、自分はアネット・ノイフマン少尉と言います、宜しくお願いします!」

「えぇ、よろしく少尉。一緒に頑張りましょう」

緊張した面持ちの女性衛士だが、これでもエリスと大差無い年齢だ。

なのに上下関係が構築されているのは、階級が理由ではない。

「光栄ですっ、西部最強の衛士であるクロフォード隊長の部隊に選ばれるなんて!」

どこかミーハーな雰囲気の女性だが、その気持ちは理解できるのは女性整備兵達。

現在、BETAとの戦いで男女比が狂い、軍隊にも女性は数多くいるし、場所によってば女性だらけの基地すら在る。

しかし、やはりどの国でも男尊女卑の風習が根強いのか、中々女性は上に行けないし実力を知らしめる事が出来ない。

だが、アネットの前にいる女性は違う。

卓越したセンスと脅威的な技能で戦術機を操り、瞬く間にトップガンへと上り詰めた女性の出世頭。

数度の命令違反、これは基地転属や部隊転属を拒んだ事での昇進取り消しとなったが、そんな事気にせずに悠々と存在するエリス。

そんな彼女の姿に憧れる同性は多く、この基地ではまだ若いのにお姉様扱いだ。

当然、美人なので男性のファンも多い、だが彼女に言い寄る男性は多くない。

「確かになぁ、あの『ブラック・ウィドウ(黒の未亡人)』と同じ部隊に配属されるなんて、妹に羨ましいって言われたぜ、サイン良いかい隊長」

フランクに話しかけてきたのは、不精ヒゲ面の男性衛士。

アメリカ人らしい体格と顔つきの、イケメンだが不精ヒゲで台無しだ。

「私はアイドルじゃないわ、勘弁して」

「そうよ、それにその渾名は失礼よ!」

微笑を浮かべて男性の軽い冗談交じりの言葉を流すエリスと、何故か憤慨するアネット。

黒の未亡人というのは、エリスに名付けられた渾名の一つだ。

彼女がどんな男に言い寄られても靡かず、それ所か「私はある男性に身も心も捧げたの」と、微笑で答える。

しかしエリスの傍にそんな男性は居ないし、プライベートでも男っ気が無い。

でも本人はこう言い張って、誰からのプロポーズにも答えない。

その為、誰かが皮肉で言った『未亡人』という名前が、いつしか彼女の渾名と成っていた。

結婚もしていないのに失礼だと、エリスのファンは憤慨するが、当の本人は気に入っていた。

むしろ、「良いわね、ついでにその前に『黒』を入れてくれると嬉しいわ」と笑顔で言い放つ始末。

故に、『黒の未亡人』という名前が広がる事となったのだ。

因みに、エリスのファンが名付けた他の渾名もある。

海外派遣部隊と違い、中々BETAとの戦闘の機会がない陸軍等は、中々名前を挙げる機会がない為、少しの出世や目立ちだけでこの有様だ。

本人より周りが騒いでいるのは、彼女の人徳故か。

「さぁ、行きましょう。地獄の最前線へ」

「はい!」

「おうよ!」

私物を纏めたバッグやリュックを持ち、輸送機へと乗り込む面々。

目指すは、極東の最終防衛線、横浜基地――――。































10月4日――――


PX食堂―――――



「え、大和お兄様のお考え…ですか?」

目の前の座る唯依からの唐突な問い掛けに、合成玉露を手に首を傾げる凛。

「あぁ、七瀬少尉は私や白銀大尉を除けば一番親しいだろう、何か分からないか?」

「はぁ……確かに私は大和お兄様の妹を自負していますが…」

話の趣旨がいまいち理解できないのか、言い難そうな凛。

唯依はその表情から自分が勇み足だった事に気付いて、咳払い一つ。

そして、ラトロワ少佐の名前を伏せて、大和の行動を話した。

「………確かに、そういう風にも見えますね、お兄様の行動は…」

短い間だが妹として大和を見てきた凛でもそう感じる事が出来る大和の行動。

武のように人類一丸となってBETAとの戦いに挑むという想いがあるなら、技術や情報を広く広めようという考えと思える。

そうすれば、対BETAに高い技術や武装で対抗できるから。

しかし、ラトロワの考える理由にも思えるのは、大和の行動故か。

「大和お兄様は、武お兄様と違って本心を中々明かさないお人です。いつも飄々として掴み所がなく、ふざけた態度や道化な言動すら本心を隠す為の仮面に思える事があります」

「そうだな…それは私も常々感じていた事だ」

大和、そして武。

二人は何かを隠している、それも二人共通する事柄を。

それが何なのか、唯依も凛も予想すらつかない。

それが二人の不可解さをさらに高めているのだが。

「殿下は二人が何かを隠しているのを理解していながら、二人を召抱えたのだろうか…」

「恐らく…。むしろ、お二人の態度や会話から察するに、殿下もまた…」

「何かを知り、何かを隠しているか…」

唯依の呟きにコクリと頷く凛。

殿下が何かと二人の世話を焼くのは、恐らくそれが理由。

もし武に惚れているだけなら、大和にまで便宜を図る必要が無い。

殿下を含め、三人は何かを知っている、その何かが武を強くさせ、殿下を奮い立たせ、そして大和を突き動かしている。

唯依は、その何かが知りたかった。

それを知る事が出来れば、大和が目指す先が見える。

ラトロワの言うように消える事を考えているのか、それとも…。

小さな疑念が渦巻く唯依の様子を察して、凛は何か切っ掛けになりそうな事は無かったか記憶の中を探してみる。

「そう言えば……」

「なんだ、何か思い当たる事があるのか?」

「いえ、関係あるかは分かりませんが…以前、大和お兄様がとても悔やんでいる姿を見たことが…」

「悔やんでいる…?」

「はい。……暗い部屋の中、壁の鏡を殴りつけて……泣いているように見えました」

七瀬家の大和の部屋、その室内から聞こえたガラスが割れる音に、凛が恐る恐る中を覗くと、鏡を殴り壊して佇む大和の姿が在った。

その時の大和の表情は歯を食い縛り、何かに耐えているように見えた。

涙は流していなかった、だが凛にはどこか泣いているように見えた姿。

初めて逢った時から飄々として弱さを見せない大和の、初めて見た姿だったので凛の記憶に良く残っている。

「……それは、何時の出来事なんだ?」

「去年の…丁度今頃…佐渡島ハイヴからBETAの侵攻が在った後です」

記憶を掘り返さなくても思い出せるその出来事、佐渡島ハイヴから新潟に向けて、約3000体ほどのBETAが進撃してきた。

当初はその数から短時間で殲滅できると帝国軍は踏んでいたが、予想に反してBETAは一点突破の如く集団で進軍し、一部部隊が壊滅。

その穴埋めに唯依の白い牙部隊と大和が所属していた中隊が出撃したのだ。

規模が小さく、無事殲滅する事が出来た侵攻だったが、それでも犠牲者は多く出てしまった。

「その時の全滅した部隊の名前を聞いた後に、急に部屋に閉じ篭ってしまったのです」

「全滅した部隊…名前は?」

「確か……“ジャックハンマー中隊”だったかと…」

帝国陸軍の湾岸防衛隊に所属していた古参の中隊。

唯依も少し話に聞いた事のある部隊で、BETAの侵攻を止めようと最後まで止まり、穴埋めの部隊が到着するまでの時間を稼いだ部隊だ。

彼らの決死の抵抗が無ければ、防衛線を抜かれた可能性すらあった。

甲20号こと鉄源(チョルウォン)ハイヴからの侵攻で九州戦線が苦しめられていた時期であり、部隊の数や不知火などの機体の配備が満足に行えていなかった時の運の悪い侵攻事件だった。

「ジャックハンマー中隊か…誰か、近親者か友人でも居たのか?」

「それが…大和お兄様は何も話してくれませんでした。武お兄様は知っているような素振りでしたが、謝るだけで教えてくれませんでしたし…」

兄達に秘密にされて少し落ち込む凛を、苦笑して宥める唯依。

過去が不明で、その考えを中々教えない大和。

その大和が強烈に悔やむ存在が居たと思われる中隊。

謎は深まるばかりだった。

「所で、篁中尉」

「? なんだ少尉」

「大和お兄様とは一体何処まで進んだのですか?」

「えっ!?」

無垢な瞳でワクワクしながら問い掛けてくる凛に、途端に年頃の乙女の顔になってしまう唯依。

「大和お兄様の考えが知りたいと思うなんて、もう契りは交わしたのですか、肉体的な」

「な、ななななななにを言って!?」

「私、前々から篁中尉に憧れていました、そんな中尉が私の義姉になるのなら大歓迎です、そろそろお姉様と呼んでもOKですか?」

ニコニコ笑顔で唯依を追い詰める凛、黒金菌と白銀菌のハイブリットだけあって、悪意無く相手を追い詰めていく。

「わ、わた、私はその、なんだ、まだ…」

「まだ? まだなんですか中尉!?」

「いや、その、す、少しはその…」

「少し! 少し進んだのですか!」

「こ、この話はもう止めにしよう少尉っ、そろそろ交替の時間だろうっ」

話の雲行きが怪しくなってきたので、興奮気味な凛をドウドウと嗜めながら時間を示す。

「あ、そうですね…残念ですが、このお話はまた後日と言う事で」

では失礼しますと敬礼して去っていく凛、毎度の事ながら切り替えの早さが大和そっくりだ。

「はぁ……結局、本人に聞くしかないのだろうか…」

大和の行動と考え、その真意を知るにはもう本人に問い掛けるしかないだろうと考える唯依。

武はきっと笑って誤魔化すだろうし、殿下には恐れ多くて聞けない。

夕呼も知っていそうだが、彼女の場合逆に根掘り葉掘り聞かれそうなので却下だ。

「大和……お前は何を目指しているんだ…」

手元の温くなった合成玉露を眺め、気落ちしたように呟く唯依。

その姿を遠くから見ていたおばちゃんは、武も大和も罪作りな男だと肩を竦めるのだった。




















14:34――――


開発区画・ジャール試験部隊用格納庫―――



「少佐っ、こちらに居られましたか!」

「騒がしいぞターシャ。一体どうした?」

ソ連陸軍の参加部隊、ジャール試験部隊用に貸し与えられた格納庫。

戦術機が予備含めて6機格納できるスペースと、機体を解体する事ができる作業スペースが確保された格納庫だ。

片側に四機、反対側に2機と作業用スペースという間取り。

話し合いの為に部屋や休憩部屋も簡単ながら完備され、格納庫の外には野外用のガントリーが在り、実機訓練や試験の時はそちらを使う。

そんな格納庫の中を見渡せる天井に1番近いキャットウォークの上に、制服の上からソ連陸軍のコートを羽織ったラトロワが居た。

葉巻片手に作業する整備兵や開発者を見つめていた彼女の元へ、息を切らせながらターシャがファイル片手に駆け寄ってくる。

「こちら、横浜基地から提供された資料です、見てください!」

何やら慌てた様子のターシャに、何が書かれているのやらと思いながら受け取る。

火の付いていない葉巻を咥えながらファイルを開けば、横浜基地への定期申請書と、組まれた定期試験部隊対抗模擬戦闘の予定、そして新しく開発計画に参加する予定の部隊の名前等が記載されていた。

「見てください、ここを」

「………ほう、終に我慢出来なくなったか」

ターシャが指差す先は、新たに参加する試験部隊の名前。

そこには、アメリカ陸軍所属と書かれている。

「しかも、もう対抗模擬戦闘にエントリーしています」

「確かにな。最初は豪州、次は東欧州社会主義同盟…節操が無いな、手当たり次第に対戦して結果を残す心算か…」

くっくっくっ…と肩を震わせるラトロワ。

アメリカから参加する部隊は、なんと到着してから三日で他国試験部隊との模擬戦闘が組まれている。

普通、到着して直ぐにXM3に換装するので、数日は慣れる時間が欲しいものだ。

にも関わらず、彼らは到着前から模擬戦闘のエントリーをして手当たり次第に試合を組んでいる。

XM3や参加部隊を甘くみているのか、それともそれだけの自信があるのか。

「後者だとすれば…中々厄介な連中だな」

「少佐…?」

「そうだな、暫くは様子を見ましょう。アメリカご自慢のF-22Aが、どれだけの物か…たっぷり見学させて貰おう」

そう言って眼下の格納庫を眺めるラトロワ。

作業用スペースでは、何やら砲身のような物体が組み上げられていた。

「他の試験部隊はどう動くと思いますか?」

「そうだな…模擬戦闘を組まれた部隊は兎も角、統一中華戦線軍辺りは嬉々として勝負を挑みそうだな」

そのラトロワの苦笑と共に出た言葉に、ターシャは納得だとばかりに頷いた。

















同時刻・統一中華戦線軍用格納庫―――


「へぷちっ!……誰か噂してるのかしら…」

突然のくしゃみに、鼻をかみながら呟くのは崔中尉。

彼女は現在、ラトロワ達と同じように提供された資料を見て作戦会議中。

「隊長、ついに米国が参加してきましたね」

「そうね、そもそもこの横浜基地の技術力なら、参加しない方が馬鹿なのよ」

まるで我が事のように胸を張る崔中尉。

来る前までは馬鹿にしてた癖に…と心の中で呟いたのは同部隊の男性少尉。

「何か言った?」

「いえ、何も」

やたら勘の良い彼女の前では心の中で呟くのすら一苦労のご様子。

「それで、次の模擬戦闘へのエントリーはどうします?」

高確率で米国と当たりますよと話しながら申請書を手にする少尉に、むふんと腕を組む崔。

「当然、米軍対戦希望で出すのよ。ウチの殲撃10型の性能を試すチャンスでもあるわ」

F-22A相手なら不足なんて無いと息巻く崔中尉に、やっぱりねと諦め顔の部隊衛士達。

横浜基地の試験部隊対抗模擬戦闘は、基本横浜基地が模擬戦闘を組むが、それとは別にエントリーという方法が存在する。

これは、横浜基地が定期的に組む定期模擬戦闘とは別に、同じくエントリーした部隊とで模擬戦闘が行われるという物。

改良や改造が出来たので是非他の部隊との戦闘で試したい、でも予定で組まれた戦闘はまだ先だなーという場合などに活用される物で、アメリカが豪州や東欧州に挑戦したのもこれだ。

区別としては予定試合とエントリー試合という風になっている。

因みに、相手が居ない場合は、横浜基地試験部隊やA-01が駆る不知火・嵐型が出てくる。

また、エントリーの場合は対戦希望国があれば記載すると、その国がエントリーしていた場合優先的に試合が組まれる。

そしてアメリカは到着して三日後からのエントリー試合に申し込みをしている。

既に予定が組まれた豪州・東欧州の他にエントリーが居なければ、その次は間違いなく彼女達、暴風試験小隊となるだろう。

豪州や東欧州は横浜基地試験部隊か不知火・嵐型部隊を狙ってエントリーしたのに、運が無いのか有るのか、アメリカとの試合となった。

「脚部の改良で近接戦闘でのムラが少なくなった今の殲撃ならF-22Aと言えど、懐に入ればこっちのモノよ!」

XM3、そして脚部などの改良で動きが格段に良くなった殲撃10型に自信を持つ崔中尉はそう言って拳を握った。

部隊の衛士達はそんな崔に苦笑しつつも、頼もしい指揮官殿だと笑顔を見せる。

「でも中尉、その前の横浜基地との予定試合が在りますよ」

「あ………」

アメリカ参加、F-22Aとの戦闘ですっかり忘れていたらしい。

明後日、横浜基地の部隊との定期試合を控えているのだ。

「無茶して壊さないで下さいよ、中尉」

「あんまり熱くって機体ボロボロにしないで下さいね、隊長」

「一か八かの賭けも程ほどにして下さいね」

「う、うるさいわねっ、分かってるわよ!」

ツインテールを跳ね上げながら、仲間からの言葉に顔を赤くさせる崔中尉。

途端に笑い声に包まれる格納庫内だった。

















[6630] 第四十四話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:09

















最初に目覚めたのは、遠くから鳴り響く強烈な爆音の音が原因だった―――

突然の耳を突き抜けるような爆音と、連続する振動。

一体何が起きたんだと混乱しながらベッドから起き上がれば、見覚えのある部屋。

自分の、まだ越してきたばかりの部屋だった。

ダンボールに包まれた荷物が衝撃でガタガタと震え、窓がビリビリと振動している。

一体何が、そう思って窓の外を見れば、真夜中なのに爆発で輝く空と、幾重にも重なって空へ伸びる光の奔流。

そして、降り注ぐ砲弾の雨が作り出す爆発。

戦争映画のようなワンシーンが窓の外に広がっていた。

なんだよこれ、なんの悪夢だよと頬を抓ろうが叩こうが、襲ってくるのは鈍い痛み。

夢なら痛くない筈だろうと思いながら、きっと痛みがある夢なんだと思い込もうとする俺。

言い知れぬ恐怖から俺は適当に服を取り出して着替え、外に飛び出した。

悪い夢なら覚めてくれと願いながら、瓦礫だらけの街を走った。

見覚えのない街並み、コンクリートの壁が壊れ、家が倒壊し、街が燃えている。

地獄という物がこの世に現れたなら、きっとこんな景色を言うのだろう。

そんなどこか場違いな事を考えながら、誰か居ませんかと叫ぶ。

兎に角誰かに逢いたかった、こんな訳の分からない夢、早く覚めて欲しかった。

すると、狭い道路の交差点の辺りで、何かが動いた。

人が居たと思って声を掛けながら走った俺の頭上で、明るい花火のような物が輝いて辺りを照らした。

呆然と閃光弾かと思いながら前を見れば、かつて画面の中で見た事がある、醜悪な白い異形がそこに居た。

茸のような頭、並んだ凶悪な歯、成人男性を大きく越える両手と胴体、そして醜悪な下半身。

その白い異形の姿を見て、俺は頭が真っ白になった。

なんでこいつがここに? 着ぐるみか、もしかして映画の撮影とか?

そんな馬鹿なことを考えながら夢なら覚めてくれと願った瞬間―――頭から齧られた。
















「――――あぁぁぁああぁぁぁっ!?!?」

咀嚼される痛みと感覚、吐気を覚える臭い。

そんな感覚と感触が残る体を抱き締めながら俺はまた覚醒した。

ガチガチと煩いくらい震えて鳴っている歯の音が嫌に大きく聞こえる中、自分の両手や頭を何度も何度も確かめる。

それ位リアルな感覚―――いや、本当に体験した感覚だった。

間違いなく俺は死んだ、あの白い異形に頭から喰われて。

人間は例え頭を切り落とされても十秒以上意識があると言われている。

それを嫌と言うほど味わった。

「うっ、うぇっ、おげぇぇぇ………っ!!」

込み上げてくる不快感と恐怖、そして自分が死んだという漠然とした認識から俺は吐いた。

胃液に焼かれる喉の痛みが、自分が今生きているという実感を与えてくれる事に、意味も無く安堵しながら。

布団が嘔吐物で汚れるのすら気にならない程に俺は混乱していた。

最初目覚めた時と同じように、外からは爆音と振動が続いている。

つまり、今この状態はあの時と同じなのだと理解させられた。

「なんだよこれ…なんの冗談だよ…まるで性質の悪い小説じゃねぇかよっ!?」

混乱しながら枕を投げ、壁を叩く。

暫く駄々っ子のように暴れた後、白い異形が何であるか正確に思い出した。

あれは兵士級、俺が何度もプレイしたゲームに登場する醜悪な敵。

それが居る世界、つまりこの世界はあのゲームの世界。

「冗談じゃねぇ…冗談じゃねぇぞバカヤロウっ!!」

ありえない、冗談じゃない、意味不明だ、そんな言葉を何度も繰り返しながら布団の中に丸くなった。

これは夢だこれは夢だ、覚めろ覚めろ覚めろ、そんな呪詛染みた言葉を何度も呟いて夢から覚めようとする俺。

今見れば滑稽で哀れな姿だろう、だが平凡な学生をしてきた俺には当然の行動だった。

そのままどれ位時間が経っただろうか、兵士級が居るならこの部屋も探り当てられるのでは、そんな恐怖から俺は買ったばかりの包丁を持ってきて、布団に包まりながらそれをお守りのように持って震えていた。

その時だった、遠くで何か重低音の音が響き、窓の外に暗い闇が生まれた。

カーテンの隙間から見えるそれが何なのか、理解する前に襲ってきたのは強烈な衝撃。

俺の部屋があるアパートを簡単に吹き飛ばすようなその衝撃が、爆発で発生した衝撃波だと理解したのは次の目覚めだった。
















「なんでだよ…時間制限があるのかよっ!?」

目覚め、見た時計のデジタル表示は最初と次に目覚めた時と同じ時間。

そこで自分が繰り返している事を漠然と理解しつつ、このまま部屋に篭っていても死が待っている事を理解させられた。

瓦礫と共に吹き飛ばされ、露出した木材に腹を貫かれて貼り付けにされた痛みを身体が思い出して、また嘔吐しながら必死に頭を働かせた。

目覚めない夢はもう夢ではなく現実、なら今どうするべきか。

混乱しながらも衣服を着替え、一度ペットボトルの水を頭から被る。

「畜生、畜生っ、なんでマブラヴの世界なんだよ、しかもBETAの居る!」

空になったペットボトルを投げつけ、兎に角逃げないとと思って部屋を見渡す。

引っ越したばかりで荷物はダンボールの中、開けて探している暇はない。

だから必要最低限、リュックに冷蔵庫のゼリー飲料や水、後は包丁片手に部屋を出る。

兎に角、BETAに出会わずに人の所へ、戦闘が起きているのだからどこかに人が居る筈だと自分を落ちつかせて、最初の時とは別方向に走る。

少し走ると、遠くに巨大な建造物がある事に気付いた。

それが、横浜ハイヴのモニュメントであると理解したのは、後々の事だった。

今は兎に角逃げないと、生き延びないと。

でないと冷静に考えることすら出来ない。

腕に巻いた腕時計を見ながら、道路を走っていると、車を見つけた。

古い車だったが、もしかしたら動くかも。

そう思ってドアを開けようとするが鍵が掛かっていた。

焦れて、落ちていた石で窓ガラスを割ってロックを外してみたが、肝心の鍵が無い。

映画や漫画の世界のように、配線弄ってエンジンを掛けるなんて当時の俺には無理な話だった。

諦めて、せめて自転車でもないのかと倒壊した家を探してみるが何もない。

諦めて通りへと出た時、バキッと板か何かの折れる音がした。

ガチガチと鳴り始める歯の音を耳にしながら振り返った先には、大きくその口を広げる兵士級が居た―――――。



















「―――――……ああああああぁぁぁぁあぁぁあぁっ!!!?!」

再び目覚めた時、俺は意味もなく泣いた。

悔しさや怒り、恐怖、痛み、そんな感情が混ざった涙。

込み上げてくる吐気を抑え、震える身体に鞭打って着替える。

今度こそ、今度こそと思いながら外へ出て、また別の道を走る。

あのモニュメントの方へ行くとダメだとおぼろげに理解して、その反対側を目指した。

走り続けてクタクタになり、汗だくになりながら兎に角人が居る場所を探して進んだ。

兵士に、誰か人に見つけて貰えば助かると思って。

その時だった、頭上で光が流れ、空から何かが降ってきた。

それが人型の機械であると理解した時、戦術機だと思い出した。

助かるかもしれない、これで死ななくて済むかもしれない。

そう思って両手を広げて声を上げようとした時、その戦術機の胴体と片手がゴッソリなくなっている事に気付いた。

僅かに光るそれは、融解した金属の放つ熱明かりだと理解した瞬間、俺は“真上から堕ちてきた”残骸の下敷きになって死んだ――――。



















「…………………………」

五回、六回とその後も死んで目覚めた七回目。

俺はもう叫ばなくなっていた。

慣れた訳じゃない、単純に疲れたのだ。

それと同時に何かが切れた。

「あぁ良いさ…何度だってコンテニューしてやろうじゃねぇか…こん畜生が!!」

窓ガラスを投げた目覚ましで破壊しながら、俺は自分の中の何かが壊れた事を他人事のように感じていた。

そして自分が死んだ場所を思い出しながら辿り着いた先は、その後何度もお世話になる全滅した機械化歩兵部隊の移動車両と武器だった。

銃の扱いの経験なんて当然無かった、だから武器を手にしていい気になって死んだ。

だからもう倒そうなんて思わずに車両で逃げる事だけを優先した八回目。

でも逃げる方向を間違えて吐きそうな異臭を放つ戦車級に車両ごと噛砕かれたり、闘士級に両手を引き千切られて死んだりした。

そうやって何度も死んで、やっとBETAの居る場所から逃げて、そして爆風に吹き飛ばされつつも生き残った時、14回目にしてやっと俺はこの日を生き延びた。

塵屑かと思えるような姿になって、泣いて、漏らして、嘔吐して、這いずって、彷徨って、撤退する帝国陸軍の歩兵部隊に拾われた。

何があった、どうしてこんな場所に居る、そんな問い掛けを子守唄に死んだように眠った。

ただ、生き延びた事が嬉しくて――――。



















それが、さらなる地獄の始まりとも知らず、俺はただ生き延びた事を喜んだ――――。










































2001年10月5日―――――


10:45――――――



「黒金少佐…っ? 如何致した?」

「―――っ、…………いえ、少し、夢を見ていました…」

その整った顔立ちを少し歪めて軽く肩を揺すりながら問い掛けてくるのは、月詠大尉だった。

移動中の車両の中、少し仮眠を取っていた大和が静かに瞼を開けて苦笑を浮かべる。

「………悪夢か?」

「…………えぇ、この上ない程の…馬鹿げた悪夢です…」

苦笑を消してぼんやりと虚空を見上げる大和。

馬鹿げた悪夢、突然で意味不明で、そして今も続く悪夢。

その始まりを思い出すように夢に見たからか、大和の表情は硬い。

「疲れが溜まっているのではないか? 護衛の部下に聞いたが随分大変そうだったと…」

月詠大尉はその立場故にずっと大和の傍に居ることが出来ず、今朝再び合流したばかりだ。

初日に送ってから今日までの間は信頼できる部下に任せており、一応先程までその報告書を読んでいた。

読み終わる事に、大和が小さく呻き声を上げた為、心配になって起こしたようだ。

「視察自体は楽しいものですよ、俺は元々現場畑の人間ですから。しかし、あの懇親会が…」

憂鬱だと言いたげな大和の表情に苦笑するしかない大尉。

ここ最近一部で名前が売れ始めた大和と、是非お近づきにと思った企業上役や社長などに囲まれて酒を注がれる。

そして二言目には若いのにだの何だとの話が続き、そして最終的には軍退役後の話やら縁談の話やらに入るのだ。

縁談関係ないだろうと思いながら得意のポーカーフェイスで乗り切るのだが、酒臭いオッサンに囲まれるのが精神的苦痛でならないとは大和談。

そんな話をする位なら、現場で責任者や担当者と話を煮詰めた方がマシだと愚痴る程だ。

で、この後視察する企業や工場でも簡単な催しがあると聞いているので軽く鬱な大和。

酒は合成だろうがなんだろうが苦手だし(一応、カクテルなら一杯程度飲めるが)、縁談なんかの話は当然断固拒否だ。

荷物に増えた会社社長等の娘や孫のお見合い写真を、どう返すべきか今から頭の痛い事である。

と言うか、懇親会とかが無ければ一日で二社や複数の工場が視察出来るのだが。

かと言って協力会社なので無碍に扱えない。

なので視察出張の日数が悪戯に増える。

でも丁寧に対応しないと話が拗れる可能性がある。

難しい話である。

「ふふ、そう心配するな。今日明日は私が目を光らせておいてやる」

斯衛軍大尉であり、将軍家に近しい月詠家の人間。

そんな真耶さんが居る場所で大和に縁談持ち掛けたり出来る人間は少ないだろう。

「頼りにしています、本当に」

大和の本音混じりの言葉にあぁ、任せておけとニヒルに笑う真耶さん。

男前な女性である。
































「黒金少佐、何故ここに…?」

「いえ、少し…縁が在りまして」

車両が停止したのは、次の目的地の工場がある道中の墓地だった。

そこにはBETA侵攻で荒らされた各地から、せめて名前だけでもと慰霊碑などが複数立てられている場所。

その入り口に車を止めて貰い、テスタメントと共に車を降りる大和。

因みにテスタメントが乗っているので、後部座席は大和と月詠大尉しか乗れなかったりする。

座席を態々取り外して載せているのだ。

「少佐、一応お供えの花は手に入りましたが…」

助手席から降りてきた白を着る斯衛軍衛士がトランクから小さな花束を取り出す。

「いや、急な願いだったからな、十分だ」

小さな花束を受け取り、礼を言いながら墓地へと入っていく。

護衛の人間が数名付いていこうとするが、月詠大尉が静かに手で制した。

「良い、私が行く」

墓地に関係ない人間が大勢で入るのは良くないと、月詠大尉だけが大和とテスタメントの後に続いた。

玉砂利の道を一歩一歩踏み締めながら歩く大和と、少し先行するテスタメント。

四本足を器用に動かしながらの歩行、場所が場所なのでローラー移動が出来ないのだろう。

テスタメントに記録させた情報を元にナビをさせる大和の後を歩きながら、墓地の高台に佇む慰霊碑を見つめる月詠大尉。

無縁仏やBETAとの戦いで死んだ者達がそこに眠って居る。

月詠大尉はそこに用があるのかと思っていたが、テスタメントが途中で十字路を曲がった事で慰霊碑とは反対に進む事になった。

そして小さいながら墓が並んだそこでテスタメントが止まった。

それに合わせて大和も立ち止まり、花束を片手にその墓を見る。


『 堀沢家ノ墓 』


そう彫られた黒い墓石。

ここは、堀沢家所有の墓なのだろう。

「ここは……」

「少し、待っていて下さい、大尉」

言葉少なに、墓を見て呟いた月詠大尉を待たせて墓へと近づく大和。

掃除をされているのか、墓の周りには少しの落ち葉しかなかった。

大和は無言で花束から花を二つに分けると、既に花が添えられていたそこに丁寧に差し入れる。

そして制服のポケットから花と共に買ってきて貰った線香を取り出し、火を点ける。

線香を供え、静かに手を合わせて瞳を閉じる大和。

そこに、普段の彼の姿は無かった。

在るのは、静かに涙するように手を合わせる、一人の少年。

普段は頼もしい背中が、この時ばかりは小さく見えた月詠大尉。

どれ位そうしていたか、テスタメントが接近する熱源に気付いて方向を変えた。

その動きに気付いて月詠大尉が視線を向けると、そこには着物の喪服を着た女性と、10歳に満たない男の子がやって来ていた。

喪服姿の女性の手には桶と柄杓、子供の手には花束が。

「あ……これは斯衛軍の衛士様っ」

月詠大尉の姿に畏まり、子供に頭を下げさせようとする女性に、気にしなくていいと微笑を浮かべる月詠大尉。

その声に気付いたのか、大和が手を合わせるのを止めて振り向いた。

そして表情に驚きを浮かべてから、視線を伏せた。

静かに短い階段を下りると、テスタメントを不思議そうに見ていた少年が大和を見上げて口を開いた。

「お兄ちゃん、お父さんの部下の人?」

「こ、こら、ダメよ、それにこのお方は国連軍の兵士さんよ?」

慌てて済みませんと謝りながら少年を嗜める女性。

「あの、失礼ですが夫とはどんなご関係で…?」

大和の着る国連軍高官のコートや帽子、階級章から畏まる女性の控えめな問い掛けに、一度墓地を見る大和。

そして微笑を浮かべて軽く頭を下げた。

「以前、帝国軍に居た頃に少し」

「そうでしたか…それは態々。夫も喜びますわ」

本当に嬉しそうな微笑みで頭を下げる女性に、大した花も用意できずと軽く頭を下げる大和。

「早いものです、主人が戦いで死んでからもう一年だなんて…」

そう言って悲しそうに瞳を伏せる女性に、月詠大尉は事情を少しだけ理解した。

今から一年前と言えば、佐渡島ハイヴから侵攻してきた一団に幾つかの中隊が全滅した時だ。

彼女の夫もその時に戦死したのだろうと予想して、彼女も静かに黙祷する。

「息子も私も、やっと前を向いて進めそうです」

いつまでも泣いていたら、主人に怒られてしまいます。

そう言って悲しげに微笑む女性に、大和はポツリと「隊長らしいです…」と呟いた。

その言葉に月詠大尉は内心で隊長…? と首を傾げたが、口を挟むべきでは無いと思い黙っている。

「あのね、僕ね、大きくなったらお父さんみたいな衛士になるんだ!」

テスタメントをペチペチ叩いていた少年が、父親の話題が出た事で笑顔で大和に宣言した。

その言葉に、目尻を和らげる大和。

少年と目線を合わせる為にしゃがみ、静かにその頭に手を乗せる。

「そうか…きっと君なら、お父さんのような衛士になれる。君のお父さんは凄い人だったよ…」

「うんっ!」

大和の言葉に元気良く頷く少年の姿に、微笑を、傍から見ると悲しそうな微笑を浮かべて、頭を数度撫でる。

そして立ち上がると帽子のつばを持って外し、少年の頭に被せた。

「国連軍ので悪いが、君に上げよう。衛士を目指すのも良いが、お母さんを大切にな」

母親を守れない奴に、人類は守れないぞ? と笑う大和に、大きな帽子を頭の上で抱えながら嬉しそうにうんと頷く少年。

「そんな、悪いです…!」

「良いんです、寧ろ、この程度しか出来ない自分を許して下さい」

恐縮する母親を止め、むしろ頭を下げる大和に母親は困惑し、月詠大尉は少し唖然として見守るしかなかった。

「では、これで」

「は、はい、ありがとうございます…っ」

軽く手を上げて歩き出す大和と、それに続くテスタメントと月詠大尉。

その後ろ姿に何度も頭を下げる母親と、ありがと~と両手を振りながら見送る少年。

「……あの子が戦わなくても済む事を願うのはエゴでしょうかね」

「………いや、当然の願いだ。それに、貴様ならそれが出来ると私は思っているぞ?」

並んだ月詠大尉は、唇を噛み締めて呟く大和の言葉に、彼女は綺麗な微笑を浮かべて頷いた。

「―――……行きましょうか」

「あぁ、行こう」

月詠大尉の横顔に少し見惚れた意識を軽く蹴飛ばし、真っ直ぐに歩き出す大和。

その言葉に同意して、月詠大尉もまた歩き出した。

『マスター・ソチラデハアリマセン』

「「っ!?」」

つい道を間違えてテスタメントに止められるまでだったが。



































同日・14:50―――――


横浜基地滑走路――――――



「嫌に物々しい警備ですね…」

「仕方があるまい、アメリカは以前壮大な馬鹿をやったのだからな」

滑走路に隣接する高台から、スレッジハンマーと警備隊の戦術機が警備する場所を眺めているのは、双眼鏡片手に警備状況を見ているターシャ。

それに、ソ連の軍服のコートを肩に掛けたラトロワ。

「一部軍部高官と政府関係者の暴走と発表されましたが…」

「そう言う事にしたのさ。アメリカはあれで一枚岩ではないからな、色々と邪魔な連中に罪を全て押し付けて終わらせたのだろう」

最も、一枚岩ではないのは何処も同じだが…と苦笑して肩を竦めるラトロワ。

現在横浜基地、特に滑走路を中心とした開発区画関係は緊張感に包まれていた。

理由は簡単だ、クーデター事件に強制介入して横浜基地制圧を目論んでいたアメリカ軍。

一部の暴走として謝罪と賠償が行われたが、それで不信感を全て払拭など出来るわけも無い。

その為、滑走路には完全武装のスレッジハンマーと、先行量産されたショットカノンを持つ陽炎が警備の為に待機している。

「少佐、F-15Jの武器を見てください」

「…………ほう、既に改良型が出回っているのか…」

ターシャから手渡された双眼鏡で陽炎を見れば、その手にあるのはショットカノン。

ただし、ラトロワ達が譲り受けたタイプとは異なる形。

ポンプアクションの為のフォアエンドに、なんとマガジンが装填されている。

そしてそこをグリップのように左手で握り持つ形。

「ポンプアクションをそのままに、グリップとする事で保持性能と装填動作の確実性を高めたか…あれなら装弾も楽そうだな」

道理であっさりと武器のデータを渡した筈だと苦笑するラトロワ。

しかし彼女は大和におんぶに抱っこしてもらう心算は無いので、怒りはしない。

むしろ、初期型とは言え新しい武装の雛形を譲ってくれたのだから感謝するべきだ。

「とは言え、正直微妙な武装を押し付けられた感も否めんな…」

「そうですね…」

シミュレーション戦闘で、頑張ってチェーンマインを使いこなそうとしているジャール4を思い出して揃って苦笑する二人。

そんな事覚える前にシュツルムファウストの運用勉強しろと言いたいターシャ。

「さて、やってくる連中は何を思うかな」

厳重な警備体制を横目に、空を見上げるラトロワ。

その遠くから、人員と機体を載せた輸送機がゆっくりと姿を現していた。







滑走路脇、仮設受付――――






「篁中尉、何も貴女が出迎えなくても…」

「いや、一応開発責任者代行だからな。それに今回は少し事情が異なる…」

時計を見ながら、問い掛けてくる女性士官の言葉に答える唯依。

今日やってくるのはアメリカだけだが、あの件で基地全体がピリピリしているのだ。

流石にそれは無いと分かっていても、どうしても緊迫感が生まれてしまう。

基地上層部も念の為と、スレッジハンマー一個中隊、それに警備隊まで配備しての歓迎だ。

普通なら失礼な対応だろうが、そこは我慢して貰わなければならない。

それだけの事に命令とはいえ加担したのが米軍なのだ。

『篁中尉、米軍の輸送機が射程圏内に入りました』

「了解だ、そのまま監視を続けてくれ。妙な動きをしたら威嚇射撃の後、撃ち落とせと命令されている」

スレッジハンマー中隊の、大和指揮下の部隊隊長となったハンナ・ヒリングスからの通信に、ヘッドセットを通して答える唯依。

既に米軍にもおかしな真似をしたら事前通告無しで撃墜すると通達している。

それでも威嚇射撃を事前に命令するのは唯依の判断だ。

『そうならない事を祈ります』

「私もだ」

母親がアメリカ人…正確には祖父がアメリカ人であるハンナの苦笑に、唯依も同意する。

スレッジハンマーの長距離支援砲が輸送船の群を狙う光景は、心苦しい物があるものだ。

それを当然と取るか、遣り過ぎと取るかは人によるが、それは今兵士が考えることでは無い。

管制塔からの通信も唯依に届き、先頭を飛ぶ輸送機が着陸態勢に入った。

それに合わせて警備隊の陽炎が刺激しない程度に隊列を形成。

銃口は向けていないが、何かあった場合は即座に輸送機を破壊できるようになっている。

緊張感が漂う滑走路、特に緊張しているのは武器を向けている衛士や操縦者達、そして輸送機の人間だろう。

やがて一機目の輸送機が着陸し、タイヤの音を響かせながら滑走路を減速しながら進んでいく。

管制塔からの通信と途中に立つスレッジハンマーの持つトーチの誘導で、所定の位置へと収まるように曲がる輸送機。

二機目、三機目と続き、最後の輸送機が着陸する頃には一機目の機体が誘導用の車両に接続されて移動を開始していた。

輸送機はこのまま補給を終えた後に本国へ戻る為、このまま補給と整備に入る。

輸送機のタラップが降りると、そこから一人の女性が姿を現した。

「ここが横浜基地…盛大な歓迎ね」

吹き付ける秋風に靡く金髪を手で押さえて苦笑するのは、参加試験部隊の指揮官、エリス。

手荷物を肩に、タラップを悠々と降りていく姿には、少しの緊張も無い。

その後に続くアネットや男性髭衛士、眼鏡の男性衛士は自分達を取り囲むような姿のスレッジハンマーや陽炎に、ウンザリとしたような表情だ。

「随分と、私達が嫌いみたいですね…」

「しょうがねーさ、やった事がやった事だ」

「でもっ、私達が直接やったわけじゃないのよ!?」

不機嫌そうなアネットは、軽口で笑う髭…レノック少尉に食って掛かる。

それをドウドウと嗜めるが逆効果な様子。

「気にする事は無いわ、私たちはなんのやましい事は無いのだから」

「あ…そ、そうですよね、流石隊長です!」

エリスの言葉にコロっと態度を変えるアネットに、苦笑いのレノックともう一人。

現金な事である。

後続の輸送機から機体が降ろされる光景を横目に、人が集まっている場所へ進むエリス達。

レノックは若い眼鏡の少尉を捕まえてスレッジハンマーを興奮気味に指差していた。

「なんだよ、チャンバラ大好き日本かと思えば、あんなそそる機体造ってんじゃねぇか!」

「いた、いたたたたっ、先輩痛いですよ!」

どうやらレノックはスレッジハンマーが気に入ったらしい。

確かに砲撃戦主体機だけに、射撃武器大好き人には堪らない機体だろう。

「貴方達、そろそろ真面目にね」

「そうよ、連中に舐められるでしょう」

女性陣からのお言葉に、はいすみませんと大人しくなるレノック。

僕は別に騒いでないのに…と眼鏡少尉が落ち込んでいるがスルー。

歩いてくるエリス達、それを出迎えるのは国連軍の制服に身を包む唯依。

「ようこそ横浜基地へ。アチラで受付をお願いします」

「お世話になるわ。でも、随分豪華なお出迎えね、なんなら手錠も付ける?」

階級章から唯依が同階級と理解してフランクに話しかけるエリス。

その冗談に少し顔を顰めるが、いえ、念の為ですので…と丁寧に答える唯依。

他の国がやったような受付を済ませ、IDカードを受け取るエリス達。

「所で、開発責任者のクロガネ少佐はお出迎えしてくれないのかしら?」

「…少佐は、現在出張中です。その間の事は私が承っています」

今回、到着する国はアメリカだけなので受付を一つだけにした為、整備班の受付もあって少し時間が掛かっている。

その為、エリスは隣に立つ唯依に軽い調子で問い掛け始めた。

「そう、残念ね。噂の少佐に一目逢いたかったのだけれど」

「焦らずとも、10日後過ぎには戻ります」

何かを探る目を隠しながら問い掛けるエリスと、淡々と答える唯依。

「そうね…所で、貴女がクロガネ少佐の副官…と考えて良いのかしら?」

「えぇ。篁 唯依中尉です。主に少佐の副官、そして少佐指揮下の開発部隊の隊長を任されています」

「そう…。エリス・クロフォード、同じ中尉よ。貴女とは一度、戦ってみたいわね」

「模擬戦闘で運が良ければ戦う事になるでしょう」

エリスが差し出した手を握り返して、お互いに微笑を浮かべる二人。

唯依も武人の家系、戦う事、強くなる事に異論はない。

そしてエリスの雰囲気は、月詠大尉や自分が纏うソレに似ていると感じていた。

「それは楽しみだわ」

そう言って手を離すと、丁度整備班の受付も終了し、案内が開始される。

今回は部隊は一つだけなので女性士官が案内をし、一応の警備の為にMPとテスタメントが数台影から付いて行く。

悠々と歩き去るエリスを見送り、握手した手を見つめる唯依。

握手した瞬間、唯依は何かエリスから妙な感覚を感じた。

それは、嫉妬にも怒りにも似た、鋭いモノだったが、まさかな…と思う唯依。

掌に滲んだ汗が、妙な胸騒ぎをかき立てた。











[6630] 第四十五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/06/28 23:12










2001年10月6日―――――




「そうか、分かった。そちらは時間の限り自由にやらせてやってくれ。他に使用申請もないしな」

ヘッドセットでの通信で演習場管制センターに返答する唯依。

現在彼女は強化装備を着て野外ガントリーに固定された愛機の前に居た。

この後、定期模擬戦闘の為に彼女も参加するのだ。

今回の相手は統一中華戦線軍の暴風試験小隊。

参加国試験部隊の中でも、1・2を争う強豪だ。

特に機体特性から生まれる近接戦闘能力は、ソ連と並んで強敵と認識されている。

その為、今回はワルキューレ隊隊長である唯依も参加する運びとなった。

一通りの開発計画の雑務が終わり、丁度手が空いているのもあって、唯依は久々に地上へと顔を出した愛機を見上げる。

「中尉、何か問題でも?」

「いや、今隣の演習場で米軍の部隊がXM3の実機演習に入ったらしくてな、その報告だ」

チェックシート片手に問い掛けてきたステラになんでもないと答える唯依。

昨日到着した米軍試験部隊は、早々にXM3が搭載されたF-22Aを動かしていた。

「XM3搭載のF-22Aかぁ…興味あるけど、今はアイツ倒すのが先決だな」

そう言ってギロリと反対側の野外ガントリーを睨むのはタリサ。

その視線を感じ取ったのか、殲撃10型の足元で整備班と最終チェックをしていた隊長の崔が振り向いた。


――――お前には負けないからな…!――――


――――こっちの台詞よ、それは…!――――


何やら視線の衝突が会話になっている二人。

どうもこの二人、相性が悪いのかそれとも別の理由か、やたらと対抗心剥き出しなのだ。

バチバチと視線が火花を散らす二人を見て、苦笑する唯依とステラ。

「きょうは、すこしはながくたのしめるかな?」

「そうね、中尉が参加するから逆に早く終わるかもしれないわ」

雪風のコックピットから頭を出して下を眺めているイーニァに、着座してシステム設定を見直しているクリスカが苦笑して言う。

相手が強敵という事で今回はフルで参加、4機での対戦。

しかし唯依も大和の副官で二機連携を組んだりしているので、その腕前は高い。

不知火が元の雪風、山吹の武御雷、そして陽炎の改造機でる舞風が2機。

なんとも異色な混合部隊だが、その練度は横浜基地でもA-01に並ぶ。

「日本が誇るTFS-TYPE00、それも色付きに少佐自慢の改造機…相手にとって不足無しね!」

これから始まる模擬戦闘に、オラわくわくしてきたぞ状態の崔中尉。

逆に、同小隊の衛士達は少しゲンナリしている。

何せ、これから対戦するワルキューレ隊が、2対4や3対4で4機参戦の相手をフルボッコしている光景を見ているので。

相手になったアフリカ連合や豪州、欧州連合軍は見ていて同情してしまう位のフルボッコだ。

流石はあの少佐の部隊と言うべきか、それとも横浜基地所属だけはあると言うべきか。

因みにアフリカと欧州連合軍、そして大東亜連合はA-01の不知火・嵐型にまでフルボッコされていたりする。

撃墜比0:4と、なんとなく参加試験部隊での位置関係が見える結果だ。

因みにエントリー戦でソ連のジャール試験部隊はA-01(対戦の際は横浜基地教導部隊と名乗っている)相手に3:4という結果で、A-01に勝っている。

残ったのがラトロワ少佐だけだったが、これでA-01が完全に本気になって、後に対戦した部隊はフルボッコだったり…。

ジャール試験部隊はイーニァとクリスカに1対4で負けてからさらに強くなった為、現在参加試験部隊の中で暴風試験小隊と最強の名を二分している状態だ。

統率力と練度、そして確かな経験を持つジャール試験部隊か、高い速攻姿勢と近接戦法の暴風試験小隊か。

整備兵の中で軽い賭けが行われる位、有名になっていたりする。

ここで横浜基地のワルキューレ隊に勝てば、名前が更に上がるというモノ。

因みにワルキューレ隊とA-01は既に別格扱いだったりする。

スレッジハンマー隊は論外だ、勝っても負けてもトラウマになり兼ねない経験を必ず負わされる。

300mmの飽和攻撃とか。

対戦術機相手の模擬戦闘ばかりではつまらないだろうと、夕呼発案の元、時々現れるスレッジハンマー隊、その数12機。

それが相手だった時は死ぬ気で戦うしかない。

中東連合や欧州連合との試合の際は、相手に絶望的な状況を与えてくれた。

4対12なのに一切の手加減がないスレッジハンマー隊。

本当に容赦がない、ハンナが部隊長になってから更に容赦がない。

斉藤曰く、ドSが肉体を持った人というのがハンナの中身だ。

「さて、久しぶりの実機戦闘か…どこまでやれるか試してみよう」

右手の拳を握り、久しぶりの愛機での戦闘に少し心を弾ませる唯依。

これまで雑務や仕事の関係でシミュレーターだけだったので、少し気持ちが興奮しているようだ。

「時間だ、全員搭乗!」

「「了解!」」

既に乗っているイーニァとクリスカはコックピットのハッチを閉め、ステラとタリサは敬礼して乗機へと走る。

唯依も愛機のコックピットへと移動する中、ふと米軍部隊が演習を行っている方向を見るが、直ぐに視線を戻す。

今は目の前の相手を優先する事にして。

































「ふふ…流石、海外派遣部隊を破った部隊ね…練度が段違い」

F-22Aのコックピットの中、集められるデータを見ながら微笑を浮かべるのはエリス。

現在彼女が指揮するアメリカ陸軍戦術機開発試験部隊、トマホーク隊が演習場にて実機演習を行っている。

その内容は昨日搭載されたばかりのXM3の操作に慣れる事。

どの衛士もその自由度の高いXM3の操作性に歓声を上げており、レノックはノリノリで踊りでも躍らせそうな勢いだ。

眼鏡の衛士はそのシステムやOSがどういったものかブツブツと考察しながら動かし、アネットはどう操作すればどう機体が動いてくれるか何度も何度も確かめている。

そんな中、他の衛士達と同じように動きながら隣接する演習場ギリギリまで移動してセンサーの精度を最大にし、現在模擬戦闘中の二つの部隊を…特にワルキューレ隊の情報を集めているエリス。

その視線は、現在殲撃10型と長刀での鍔迫り合いをしている山吹の武御雷へと集中している。

「流石は日本が世界に誇る機体ね、1対1での近接は最強クラスと言われるのが分かるわ…」

比較的小型な上に、極限まで軽量化した暴風試験小隊の殲撃10型は装備する77式長刀で押し切ろうとするが、パワー不足で逆に往なされて叩き落とされてしまう。

衛士の練度もそうだが、日本が生産性や整備性を度外視した為に生まれた芸術的な機体バランスと性能がそれを可能とする。

近接での強さは、乱戦ならタイフーンやSu-37などの名前が上がるだろう。

だが、1対1という状況下では武御雷の独壇場と化している。

雪風や舞風ですら、近接でやり合えば負ける事が多い。

それが武御雷という機体。

近接武装に乏しいF-22Aで切り合いなんて自殺行為であり、普通なら自慢の砲撃能力で圧倒すれば良いだけだ。

お互い得意な部分が異なるだけに、近接は武御雷、砲撃はF-22Aに軍配が上がるだろう。

後は衛士の腕で覆せるかどうかが問題か。

「普通に考えれば近接戦闘は自殺行為…けれど、それではアピールにならない…」

クスリと、静かに微笑んで網膜投影の隅に表示された武御雷を見るエリス。

その瞳は、獲物を狙う猛禽のように鋭く光っていた。



































「だーーーーーっ、負けたけど勝ったぁーーーーーっ!!」

「あーーーーーっ、勝ったけど負けたぁーーーーーっ!!」

なんだか似たような声が響く野外ガントリー。

そこで機体を染め上げたペイント塗料を掃除しにきた整備兵や整備の為に集まった整備班、そして開発者達は、なんだかなぁ…という視線でその声の方を見ていた。

声の主はタリサと崔。

タリサは崔との一騎打ちで負けたけど結果はワルキューレ隊の勝利なので悔しいけど勝ちは勝ちだと微妙な喜び。

崔はタリサを負かしたけどその後唯依に撃破されて全滅、結果は負けなので嬉しかったのが悔しさに。

見ている人達は思った、あぁ、似た者同士なんだな…と。

「全く、フォローする身にもなってよね…」

頬に手を当てて嘆息するステラ、彼女は前衛のタリサが撃破された為に一時的に2対1を強いられ、危うく撃破される所だったのだ。

そこへ一機撃破した唯依が駆けつけて事無きを得たが、機体は中破判定。

タリサにはこの後唯依からのお説教が待っている。

因みにイーニァとクリスカは我関せずで雪風のチェック。

イーニァの最近のお気に入りは、雪風のカメラアイをきゅっきゅっにゃーと拭いて綺麗にしてあげる事だとか。

「くぅ~~っ、今回は勝ちを譲ったけど、次はこうは行かないからね!」

「あぁ、楽しみにしている」

悔しげにビシッと言い放ちながら、でも確りと握手してくる崔と、苦笑しつつ握手に応じる唯依。

戦闘後の握手は、何故か開発計画の模擬戦闘での通例になっていた。

お互いの健闘を称え、気持ちよく終わらせるのに有効だと武ちゃん発案だったり。

意外と好評だったりするから困る。

「さて、マナンダル少尉?」

「っ!?……はい…」

「私が何を命じるか、分かっているな?」

そろりそろりと離脱しようとしていたタリサだったが、背中を向けていた唯依の言葉にビクリと硬直。

そして、ゆっくりと振り返った唯依姫の笑顔に、ガクガクブルブル。

あの大和や武ちゃんですら怯えさせる笑顔に、タリサが耐えられる訳も無く。

「はい…掃除してきまーす……」

トボトボと整備兵が持ってきてくれた掃除道具を持ってペイント液で汚れた上に傷が付いた愛機の元へ。

ワルキューレ隊で恒例となっている、情けない結果や無様な結果の子にはお仕置きとして機体の掃除が言い渡される。

流石に傷は整備兵がやってくれるが、その間ペイント塗料を自分でお掃除するのだ。

因みに1番回数が多いのがタリサなのは言わずもがな。

これは別に彼女の能力が低いのではなく、新型武装を使いたくて無茶したり、今回のように突撃するので被弾率や撃破が多くなってしまう結果だ。

「やーい、怒られてやんのー」

「うるせぇちっぱい中尉!」

「あんですとこのチョビ!」

崔中尉が意地の悪い笑みでからかうと、彼女が1番気にしている事を言い返すタリサ。

そう言うタリサはもっとちっぱいのだが、彼女は寧ろこれはステータスじゃないのかと思い始めたらしく、気にしない。

でもチョビは気にしているようだ。

「中尉ー、自分の機体くらい掃除して下さいよー」

「わ、分かってるわよっ!?」

掃除道具片手に口を挟む暴風試験小隊の少尉に、顔を赤くして叫ぶ崔。

負けた子は機体掃除という罰、何やら他の部隊にまで広がっているらしい。

分かり易い罰だし、機体の掃除は一人でやるとかなりの重労働だ。

整備兵の手間も省けるので、基地外周を走らせるより効率が良い。

暴風試験小隊だけでなく、豪州や欧州連合も真似ている。

「がんばれチョビ」

「うるせぇよっ!」

雪風のカメラアイを綺麗綺麗にしていたイーニァの励まし(?)の言葉に、畜生、アタシは弱くねーんだっ! とえぐえぐしながらお掃除するタリサ。

ここ最近、彼女のキャラクターが急変化中だ。

大和が「ハンマーとかプレゼントした方が良いのだろうか…」と本気で悩んでいる姿を、ステラさんが前に見ている。

「………………」

「…? どうかしました、中尉」

普段ならタリサとイーニァのやり取りに嘆息している唯依が、演習場の方を見て佇んでいる。

それに気付いたステラが声を掛けると、唯依は少し考えるような表情を浮かべるが、直ぐに「いや、気のせいだろう…」と苦笑する。

「(状況終了の時、確かに演習場の端にF-22Aが居た…他の部隊の戦闘を気にするのは当たり前だが、あぁもあからさまとは…)」

暴風試験小隊との戦闘が終了した時、唯依は確かに強化された機体センサーのカメラが捉えたF-22Aを見た。

その直後に廃墟の影に消えたが、唯依の動体視力が確りとその姿を見ている。

F-22Aの機体特性であるステルス性能の為にレーダーには映らなかったが、隣の演習場を管理している管制タワーに問い合わせれば分かる事だ。

とは言え、相手は偶々演習場の端まで移動しただけだと言うだろう。

現在全てのF-22AがXM3の限界を試す為に演習場をフルに使っている。

それすらも、唯依達の様子を探る為だとしたら…。

「クロフォード中尉…要注意人物ね…」

「………ダジャレ?」

「っ、ち、違うわよ!?」

何時の間にか傍に来ていたイーニァの言葉に、真っ赤になって誤解を解こうとする唯依。

誰だ少尉にダジャレなんて教えたのはーーっ!? と叫ぶと、そそくさと逃げ出す整備兵数名&シゲさん。

今日も開発部隊は元気だ。

























13:40―――――



「えぇっ、大和が帰ってくるのは10日過ぎ?」

「そ。なんか向こうでやる事が出来たらしいわ。一応予定がずれても大丈夫なように予定組んでたみたいだからそっちは心配ないって」

通路を歩く夕呼と武、それに夕呼専用テスタメント。

よく見るとなんか角っぽいのが複合センサーアイの上についているが、もしかして三倍なのだろうか。

その内色が赤くなりそうだ。

「なんか不適合でも出たんですかね?」

「さぁね~、今の所そういった情報はアタシの所に入ってないし。アイツの事だからまた妙な演説でもしてるんじゃないの?」

「あ~~~、否定できないなぁ…」

何度か開発部での演説を聞いている武ちゃん、親友の奇行を否定できず。

「で、これ以上部隊配属を伸ばすのも問題だから、今日配属ってことになった訳」

「急ですね…まぁ、207はまりもちゃんの指導で出来上がってますし、後は実戦経験さえ積めば…ですね」

唐突だが今日、元207がA-01へ正式に配属となる事が決定した。

「黒金、通信機越しに物凄く悔しそうに承諾してたわ~、白銀語で言うと、超悔しいですっ! て感じ?」

ケラケラと笑う夕呼先生に、苦笑するしかない武ちゃん。

「折角考えてた修羅場フラグが台無しとか言ってたわね」

「ありがとう決断した先生と大和の急な用事!」

夕呼先生の言葉に本気で感謝する武ちゃん。

あの大和の事だ、108式くらい修羅場フラグを考えていただろう。

感謝するなら肩揉んでねと言う先生に、揉みます揉みますと嬉しそうに頷く武ちゃん。

本当に嬉しそうだ。

通路を歩き、エレベータで配属の顔見せをする部屋があるフロアへ。

扉が開くと、元207を連れて来たまりもちゃん達と合流した。

「敬礼!」

「まりも~、そういうの要らないって言ってるじゃない」

207に敬礼させるまりもに夕呼先生が嫌そうに言うが、人の目が在る場所では我慢して下さいとあしらう。

まりもちゃんも嫌な方向で成長したものだ。

夕呼が先頭に立って歩き出し、その後を武、まりも、元207が続く。

ブリーフィングルームの前にはピアティフが待っていた。

「さ、今からアンタ達が配属される部隊の先任達に逢うけど、心の準備は良いかしら?」

「はいっ」×11

夕呼の意味深な問い掛けに、胸を張って返事をする11人…11?

「何故、白銀までそんな緊張した面持ちなの…?」

「え、あ、いや、つい…」

まりもの問い掛けに、あははは…と笑って誤魔化す武ちゃん。

「それじゃ、呼んだら入ってくるのよ」

楽しそうに中に入る夕呼先生と付いて行くピアティフとテスタメント。

「なんで転校生のノリなんだ…」

「夕呼の悪い癖ね…」

苦笑するしかない二人、207の乙女達は念願の部隊配属と先任の存在にガチガチだ。

特にタマが酷いので武ちゃんが撫でてあげると今度はグニャグニャになった。

逆に酷くなってる。

『入ってきなさい』

そこで室内から夕呼の声が聞こえ、前もって言われた通りに茜から入っていく。

移動中に、207Aから入りなさいと言われていたのだ。

そして最後に武が続き、何故かまりもはその場に残る。

これも夕呼の指示だ。

美琴に続いて入った武は、反対側に並ぶ伊隅大尉達の姿に内心泣きそうになるが、頑張って堪える。

今まで画面越しや遠目にしか見れなかったが、やはり再び逢えた事は嬉しい事だ。

先任達は、新任に見知った顔が在る事や、男性が配属される事になにやら楽しそう。

一部、母性が築地を超える人がタマや美琴を見てじゅるりと涎を啜っているが、全力で無視する。

よく見るとその先任の隣に立つ髪型がショートポニーテールの中尉が、ブロックしているようにも見える。

「それじゃ、自己紹介は先任から行きましょうか」

どこまでもフリーダムな夕呼先生の発案に、苦笑するしかない面々。

こうなった彼女に何を言っても無駄なのは、伊隅もピアティフも嫌と言うほど理解している。

「では私から。新任諸君、よくぞ辛い訓練を耐え抜いたな。だがこれからは私たちが貴様等を鍛えてやるから覚悟しろ。私が現在A-01、通称ヴァルキリーズを指揮している伊隅 みちる大尉だ」

「宜しくお願いします!」×11

堂々と名乗る伊隅の言葉に、ビシッと背筋を伸ばして返事をする新任と武ちゃん。

よく見ると武ちゃんの階級章が無い。

その在り処は、実は夕呼先生の手の中。

この人、実にフリーダム。

「よく来たわね、アタシがA-01の突撃前衛長、速瀬 水月よ。前衛志望はアタシがビシバシ鍛えてあげるからね」

胸を張って名乗る水月にも伊隅の時と同じように答える新任。

中でも茜の声が大きかった。

「ヴァルキリーズ専属CP将校、涼宮 遙中尉です。皆の管制を担当させて貰います。宜しくね」

癒し系の笑顔で微笑む遙に、優しそうな人だという感想を抱く新任達。

「因みにウチの部隊で絶対に怒らせてはいけないのが彼女だ、全員心しておけよ。怒った彼女は途轍もなく恐ろしいからな」

「た、大尉っ」

伊隅の茶々に、顔を赤くしてそんなことないです~っと否定する遙。

でも妹である茜が、小声で本当に怖いから…絶対に怒らせちゃダメ…と隣の築地に教えていた。

「宗像 美冴、つい先日中尉になった。希望の子が居れば、戦術機の操縦から夜の方まで面倒見るぞ?」

そう言って妖しい雰囲気で微笑む宗像に、苦笑するしかない新任。

武ちゃんは相変わらずだなぁと懐かしそうな笑顔だ。

「東堂 泉美、同じく先日中尉になったばかりだけどね。最初は私が貴方達の指導と教育を行うから宜しく!」

さぁ後輩よ私を頼れっ! とばかりの笑顔の東堂に、苦笑と尊敬半々の新任達。

主にタマと美琴が頼ろうと思っていた、ある部分を見て。

あと高原が彼女と一目合っただけで握手したい気持ちになった、それは東堂も同じだったが。

「上沼 怜子、少尉だけど先任だからちゃんと敬ってね~? ん~、皆とっても揉み応えがありそうでお姉さん嬉しいわ♪」

そして問題の上沼、優しげな天然系お姉さんを装っているが、その手がワキワキと妖しく動いている。

さらに視線が妖しい、餓えた獣のような目だ。

早々にロックオンされたタマと美琴が背筋を凍らせた。

後は胸を凝視された彩峰と冥夜が身構えそうになるのは、仕方が無い事だろう。

武ちゃんは聞いていた通りの上沼の濃いキャラに引くしかない。

新任達は揉むが、訓練での揉んでやるである事を祈ったが、生憎と肉体を揉むという意味だったりする、言うまでも無いだろうが一応。

「風間 祷子少尉です。貴方達と共に戦える事を嬉しく思います。宜しくね」

言葉少なだが、全員を見渡して言葉を言う風間の態度に、東堂・上沼のキャラで不安を覚えていた新任達はやっと安堵を覚えた。

とりあえず、頼るなら伊隅か風間だと決まった瞬間だった。

「で、アタシが直接の上司になる香月 夕呼よ!」

「知っております」×全員

A-01の簡単な自己紹介が終わった所で出てきた夕呼先生だったが、全員からハモった返答を受けてたじろぐ。

「な、なによ、ちょっとは混ざっても良いじゃない…」

いじけた。

「では、A-01の簡単な説明をさせて頂きます、香月副司令付きの臨時中尉、イリーナ・ピアティフです」

ちぇ~といじけている夕呼先生をスルーして、一歩前に出たピアティフ中尉がA-01についての説明を始める。

思えば彼女も強くなったものである、ちゃっかり自己紹介してるし。

スラスラとピアティフ中尉が説明する事項を確り聞いて覚えようとする新任達。

その中でオルタネイティヴ計画やその任務内容、それに部隊の人員損耗率の高さなどを上げた。

新任達は専任の少ない理由や、武とまりもが配属された理由を察した。

そしてその中に自分達も含まれる事に、気合を入れた。

「因みにヴァルキリーズは我が中隊が、12名全員が代々女性であったことから付けられた部隊愛称よ。別名「伊隅戦乙女中隊」、覚えておきなさい」

「とは言え、男性が入ってきましたからね、名前を変える事になりますかね?」

「もう、美冴さんたら…」

水月の補足と宗像の軽口、そして風間の苦笑に微笑む武ちゃん。

変らないという事実が、意味も無く嬉しかった。

「アンタ達は特殊任務部隊に配属された、その意味を確り考えて心しておきなさい」

誰も構ってくれないので戻ってきた夕呼先生の締めの言葉に、はい! と返事する新任達。

「それじゃ、次は新任の自己紹介よ。階級は一緒だから名前と得意なポジションか希望するポジションと一言、はい涼宮から」

「あ、はいっ。えっと、涼宮 茜です! 207訓練部隊の分隊長をしていました、得意なポジションは特にこれとありませんが、前衛を希望します!」

宜しくお願いしますという言葉と共に頭を下げると、先任達が拍手してくれる。

どうもノリが転校生歓迎だよなぁと苦笑するのは武ちゃんだけ。

「柏木 晴子です。得意なのは後衛系で、訓練時は制圧支援を担当していました。よろしくお願いします」

特に緊張した様子もなくいつも通りの態度の晴子、しかし次の築地が問題だった。

「つ、つつつ築地 多恵ともうひまひゅ!」

噛み噛みだった、かつてのタマを見ている気分の武ちゃん。

「と、得意なポジションは、その、あの…に、逃げ足が1番だがね!」

意味不明な方言っぽいのまで出てきた。

先任はあらぁ~と苦笑気味、対する新任は慌てている。

「あ、あの、多恵は黒金少佐も吃驚な機動が得意なんです!」

「そうです、斥候や囮、遊撃では強敵でした!」

茜と委員長が差し出がましいのを覚悟でフォローに入る。

築地は涙目で茜ちゃ~ん、榊さ~んと感激している。

「あと緊張すると妙な方言が出ます」

「そ、そうか…」

付けたしの麻倉のフォロー(?)に苦笑するしかない伊隅。

年齢や配属された部隊の役割を考えれば、緊張しない方が無理という話だ。

よろしくお願いしまひゅっとまた噛んで頭を下げる築地に、あぁこういう子なんだと理解して拍手する先任達。

「あの子も可愛いわね…」

「自重しろ」

じゅるりと築地のたわわに実った果実を見る上沼の脇腹を、東堂の肘が襲った。

階級が上になったので容赦無く手を出し始めた東堂だが。

ちょっとMの気もある上沼には逆効果、むしろ焼餅? 泉美ちゃんたら可愛いんだから~と本気で逆効果。

「高原 由香里、由香里です! 訓練部隊では前衛を担当してました、よろしくお願いします、高原 由香里です!」

武ちゃんが思わず選挙かとツッコミそうになる自己紹介の高原。

名前を覚えて欲しいのだろう、何だか鬼気迫る表情だったし。

ちょっと引き気味な先任だったが、東堂だけはうんうんと頷いていた。

何やら分かり合ったらしい。

「麻倉 一美。得意なポジションは打撃支援です。趣味は人間観察です…」

よろしくお願いしますと言いつつ妖しい笑みを浮かべる麻倉に、この子誰かに似てる、雰囲気とか…と思う水月。

麻倉が誰に似ているのか理解するのは、大和が帰って来た時だろう。

「207B分隊の分隊長をしていました、榊 千鶴です。希望のポジションは特にありませんが、どのポジションでも精一杯頑張ります!」

委員長らしい自己紹介に、頼もしいなと笑顔の伊隅大尉。

「御剣 冥夜であります。得意なポジションは突撃前衛、長刀での戦闘には自信があります。どうか、ご指導ご鞭撻を!」

冥夜は武家らしい態度で頭を下げる、彼女の言葉に水月がほほぉうと嬉しそうな笑み、早速扱く気だ。

「た、たた、珠瀬 壬姫でありますっ! と、ととと、得意なポジションは、その、あの、そ狙撃が得意です!」

よろしくお願いしますっ、とオーバーな動きで頭を下げるタマに、この子も緊張し易いのかと教育を考える伊隅大尉と、対応に気をつけようと考える東堂。

「ハァ、ハァ、愛称は…タマちゃんね、可愛い…」

上沼自重、何故かタマの愛称まで看破している、恐ろしい人だ。

「鎧衣 美琴です、得意なポジションは特にありませんけど、工兵作業とかが得意です。あと壬姫さんのサポートも得意で、壬姫さんの狙撃の腕前は極東一だって少佐や大尉が言ってました」

自分の自己紹介のはずなのに、何故かタマの紹介をしている美琴。

彼女の独特のテンポを知っている新任達は苦笑し、先任達は戸惑い気味。

まぁ適応力の高い彼女達の事だ、直ぐに慣れるだろう。

「彩峰 慧。得意のポジションは突撃前衛、希望も突撃前衛です…」

淡々とよろしくお願いしますと頭を下げるが、戻した視線は水月に向っていた。

暗に、そのポジションを頂くと宣言している彩峰に、同じく突撃前衛志望の冥夜は微笑、茜は苦笑。

水月はいい度胸ね、気に入ったわと笑顔だ、すっごい笑顔だ。

そして最後の一人、唯一の男性である武ちゃんに視線が集まる。

「えっと、白銀 武です。得意なポジションは突撃前衛ですが、前衛系ならどれでもこなせる自信があります」

無難な自己紹介を始めるが、武が話し始めた瞬間から水月が怪訝な顔をして首を捻っている。

何かが引っ掛かるなぁと呟きながら聞いていたら、武が階級などの事を言う前にピンッと来た。

遙が水月の頭に『!』が見える位にピンッと来た。

「あと、俺は「あーーーーーーっ!!? 思い出したぁぁぁっ!!」―――っ!、な、なんでしょう…?」

突然の大声に、吃驚して目をパチパチさせる武ちゃん。

新任も先任も大声の主に驚いた視線を向け、唯一夕呼だけがニヤニヤと楽しそう。

「アンタ、アンタよ、アンタのその声っ!!」

「ちょ、水月っ、何する気なのっ!?」

ズカズカと歩いて武に詰め寄る水月と、オロオロしながら止めようとする遙。

「どこかで聞いた事がある声だと思ったら、アンタね、クーデターの時に滑走路で乱入して、あとこの前の少佐とのシミュレーションに参加したのも!!」

「ちょ、やめ、やめてくだっ!?」

胸倉捕まれてガックンガックンされる武ちゃん、何事だと混乱する新任と、戸惑う先任。

「速瀬、確かなのか?」

「速瀬中尉の思い過ごしでは? 彼は新任の少尉ですよ」

機体の能力を抜きにしても、自分達が敗北するような相手が新任の少尉というは信じられない伊隅と宗像だが、水月は断定していた。

クーデターの一件で聞いた声は、間違いなく武の物だと。

「やっと見つけたわよこの変態機動男っ、さぁ勝負しなさい勝負っ! 今度こそ勝ってやるんだから!」

鼻息荒く詰め寄る水月に、ひ~…と涙目な武ちゃん。

最近鬱憤が溜まっていて我慢の限界だったらしい水月さん。

誰もが戸惑って動けない中、いや遙さんは止めようとしているけど。

「速瀬~、アンタ誰に何をしているか理解してる~?」

楽しそうな、本当に楽しそうな夕呼先生が手の中の階級章を弄びながら声を掛けてきた。

「理解してますよっ、ふふふ、生意気な新任ちゃん、たっぷり可愛がってあげるからね、逃がさないわよ…!」

血走った目をギラリと光らせている水月さん、よっぽど鬱憤溜まってたご様子。

やばいんじゃないかと新任が慌て、宗像と東堂が引き剥がそうと動き出した瞬間、部屋の扉が勢い良く開いた。

障子ならピシャーンっとイイ音しそうな勢いで。

「何をやっているッ!!」

「―――ひょえっ!?」

「おぉう…っ!!」

扉を開けた人物の一喝に、懐かしさと共に込み上げてくる恐怖に固まる水月と、距離が距離なので同じようにダメージを受ける武ちゃん。

「じ、神宮司軍曹!?」

現れた女性の姿に、目を丸くする水月達。

なんで軍曹が? と混乱しつつも武ちゃんから慌てて離れる。

「速瀬~、まりもの階級章をよ~~っく見なさい?」

楽しそうな、本当に楽しそうな夕呼先生の言葉に従ってまりもの階級章を凝視する。

そこに輝くのは、大尉の階級を示す物。

「た……たたたた、大尉ぃっ!?」

「先日原隊復帰した、神宮司 まりも“大尉”だ、また貴様等を鍛えることが出来る事を誇りに思うぞ、速瀬中尉」

「うひぃっ!?」

驚く水月に、ニヤリと笑って名指しするまりもちゃん。

その視線と笑みに思わず後退してしまうが、その気持ちはよく分かる武ちゃん。

しかしこのまりもちゃん、ノリノリである。

「ふ、副司令、どういう事でしょうかこれは?」

初耳な事態に夕呼を振り返る伊隅。

まりもはまた貴様等を鍛えると言っていた、それはつまり。

「この後の人員補充の目処が立たないし、遊ばせるには惜しい腕だから原隊復帰でA-01に配属させたの。何か問題ある?」

「い、いえ、とても心強いです…」

夕呼の問題ある? の言葉と共に向いた、まりもの視線から逃げるように首を振る伊隅。

流石の彼女も、育ての親とも言えるまりもちゃんは怖いご様子。

「部隊編成に関しては黒金が帰ってきてから正式に決めましょう、大尉が三人も居るし、二人出向したままだし」

夕呼の言葉にそうれもそうですね…と頷こうとして気付いた。

「三人? 大尉が三人とは…?」

「伊隅大尉と神宮司大尉の二人では?」

伊隅と宗像の疑問に、笑みを深くしてあらそこに居るじゃないと指差す。

そこに居るのは、水月に掴まれてシワになった制服を直す武ちゃん。

「白銀~、自己紹介が途中よ。あとこれ返すわ、“壊れてなかった”から」

そう言って武に投げ渡すのは大尉の階級章。

壊れてたから直してあげるという建前で取り上げた物。

それを苦笑して受け取り、制服に付ける。

間近でそれを見た水月はアングリと口を開ける事になる。

「えぇっと、改めまして、白銀 武大尉です。階級は上ですけど部隊じゃ新任だし年下なんで、気軽に接して下さい」

後黒金少佐の直属の部下ですという言葉は水月に入ってこなかった。

夕呼の部下である大和の部下とは言え、大尉に掴みかかってあの態度。

顔面蒼白になる水月の肩をポンと叩くのは、ニッコリ笑顔のまりもちゃん。

「どうやら、全員一度、鍛え直す必要がありそうだな」

「―――――――」

絶句する水月と、巻き込まれた先任達。

「それに珠瀬や築地の態度の目に余るわね。副司令、この後お時間を頂いても?」

「好きにして良いわよ~、シミュレーターデッキ、一つ抑えてあるから」

新任まで巻き込まれた。

何が行われるのか不明だが、それぞれ笑うしかない人、肩を落とす人、絶望に固まる人等など。

その中で一人、一歩引いた位置で眺めるピアティフ中尉は、ここに大和が居たらどうなっていたかと考え、軽く遠い目。

ドナドナと連れて行かれる新生A-01の面々。

この後行われた教育的指導という名の蹂躙は、先任と新任の間を限り無く近づけ、そして硬い結束を結ばせた。

だがその内容は、武ちゃんも顔を青くして語らなかった。


































「先生、性質が悪いですよ…」

「良いじゃない、人生サプライズが必要よ」

疲れた顔で呟く武ちゃんに肩揉んでもらってご満悦な夕呼先生。

水月を嗾け、そしてまりもに一度気合を入れさせる。

やられた方とそのダシにされた武ちゃんは堪ったものじゃない。

お陰で水月にマークされてしまった、絶対に倒してやるという意味で。

「イーニァとクリスカも考えて部隊編成するんですか?」

「一応その予定だけどね~、この際ワルキューレ隊もA-01に入れようと考えてるわ」

00ユニット、純夏が予想外な事態でさらにハイブリットになって誕生。

オリジナルを含めたハイヴのデータはもう在るし、後は手順を踏んで攻略するだけ。

とは言え不確定要素は多いし不安は尽きない。

故に、A-01の増強も考えられている。

A-01は元々00ユニットの素体として適合する人間を集めたという裏がある。

しかし今は純夏が居るので、その要素はほぼ必要ない。

なので、ワルキューレ隊の編入も考えられているのだ。

部隊も新任の合流で12名を超えたので、この際だから2中隊にする案も出ている。

その際の中隊指揮官は伊隅とまりもだろう、武は大和と二機連携なので基本遊撃。

命令優先は夕呼>大和>まりも=伊隅=武>水月=宗像=東堂…と言った所か。

問題はワルキューレ隊の唯依だ。

彼女は帝国斯衛軍からの出向故、その位置付けが微妙である。

帝国斯衛軍や巌谷からの命令があれば戻らねばならず、下手に特殊部隊に配属が出来ない。

巌谷中佐は了承してくれるかもしれないが、色々と手続きが必要だし本人の意思もある。

その辺りは大和が帰ってきたら話し合う予定になっている。

「そうですか…にしても、今頃大和何してるんでしょうね?」

「さ~、知らないわ~…あぁ~、そこ、そこよ白銀、そこもっと強く~」

椅子に背を預けて極楽な夕呼先生の肩を揉みながら、今頃親友は何をしているやらと嘆息する武ちゃんだった。





























その頃の大和くん。



「ぐぅぅ…あの酔っ払いどもめ……工業用アルコールを飲ませてやろうか…うっぷッ!」

「無理をするな…本当に弱いのだな…」

また酒飲まされて酔っていた。

しかも悪酔い。

背中を擦ってくれている月詠大尉が、席を外したほんの10分程度で押し切られて飲まされたらしい。

酒に弱い大和くんにとっては嫌がらせに等しい行為だ。

飲ませた連中は大尉が戻ってくると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

その際にお見合い写真とかが残されていたので、理由が丸分かり。

「教えてくれ大尉、俺は後何リットル酒を飲めばいい…ッ! うぇ…」

「大人しく寝ていろ」

何やら壮絶な表情で問い掛けるが、強制膝枕で寝かされる大和くん。

明日は二日酔いで大変なのが決定した。







[6630] 第四十六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:13







2001年10月9日――――



開発区画・演習場管制タワー



「これが……F-22Aの本当の力か…」

管制室で行われた模擬戦闘の結果に、知らず喉を鳴らしてしまうのは唯依。

彼女の視線の先、模擬戦闘の結果を表示しているモニターには、信じられない結果が映っていた。

「そんなに予想外でした、これ?」

「……正直に言えば、そうですね」

その場に居る職員達もどこか呆然としているのに、一人だけ平然としているのは、武だ。

彼も開発計画に所属している事になっている人間なので、居てもおかしくない。

彼らが見ているのは、本日行われたエントリー試合の方の戦闘の結果。

「しかし、あの東欧州社会主義同盟の部隊を、たった4分で…」

「その前のアフリカ連合も5分。戦域支配戦術機の名前は伊達じゃなかったって事ですね」

昨日、そして今日と連続で行われたエントリー試合、どちらも勝者はつい数日前に到着したばかりの米軍部隊。

昨日のアフリカ連合相手なら、ワルキューレ隊やA-01、それにソ連辺りも同じ事が出来る実力を持っている。

だが本日対戦した東欧州は、MiG-29OVT、通称ラーストチカと呼ばれる完成度の高い機体を有している。

その実力も、ソ連・統一中華に続いて高く、恐らく3・4番手に居るのは間違いなくこの部隊だ。

それが僅か4分で撃破されたという事実が、唯依には衝撃だった。

「昨日のアフリカ連合の方が時間掛かってたのは、たぶんXM3にまだ慣れてなかったからでしょうね。昨日と比べるとさらに動きが良くなってるし…」

CP将校の横からにゅっと手を伸ばして昨日の模擬戦闘のデータを画面の一部に映す武。

言われて見れば、挙動のタイムラグや機体移動の反応速度が確かに変っている。

「大和が言ってたけど、F-22Aは単体でも十分脅威的な性能を持ってる機体なんですよ。それに柔軟な操作性を持つXM3が搭載された結果が…」

「この成績、ですか…」

アメリカが胸を張って最強やら戦域支配と言い張るのも納得の性能を持つのが、F-22Aという機体。

ではクーデター時の海外派遣部隊はなんだったのかという疑問。

それは、機体配備から実戦までの間の慣熟訓練の短さ、衛士の実力、それに士気が原因だろう。

あの海外派遣部隊の機体は、連中が作戦を考えた時にゴリ押しでF-22Aを回してもらい、配備した物。

故に機体性能に慣熟する暇もなく日本へ送られ、しかも開戦前に大和がオープンチャンネルで米軍介入の不当性やその罪をつらつらと告げている。

これによって海外派遣部隊はモチベーションを一気に下げ、ウォーケン少佐ですらその実力を発揮出来ずに終わった。

心理戦で既に負けていたと言っていい海外派遣部隊では、F-22Aの実力を満足に引き出す事が出来ずに敗北したのだ。

「F-22Aの性能をフルに発揮できる衛士、そしてXM3。これが揃ったら、高速砲撃戦じゃ負けなしでしょうね」

くぅ~、俺も戦いたいなぁ~と楽しそうな武ちゃんだが、唯依はそこまでお気楽には居られない。

何せ場合によってはこの連中を相手にしなければならないのだ。

機体性能なら雪風、そして武御雷でなら負けてはいない。

特に近接でなら武御雷の方が上だとされている。

何より、大和指揮下の部隊としては、負ける訳にはいかないのだ。

「それじゃ、俺はこれで」

「あ、はい、お疲れ様です」

見るもの見た武は、軽い足取りで管制室を後にした。

この後はA-01での訓練が待っているのだろう。

「………最強の戦域支配戦術機…か」

ポツリと、画面に映る機体を見て呟く唯依。

その視線は、MiG-29OVTをたった一機で三機連続撃破した、一機のF-22Aに向けられていた。





















『お見事です隊長、流石ですね!』

『いやはや全くだ、俺たち出番ねーしなぁ…』

『彼我撃墜比4対0、昨日に続いて完璧な結果ですね』

F-22Aの中、網膜投影で映る隊員達の顔に、微笑を浮かべるのはエリス。

たった今、東欧州との模擬戦闘を終えた彼女達トマホーク試験小隊は、悠々と整備の為の野外ハンガーへと移動していた。

「あまり煽てないで少尉。貴方達の援護が在ったからの結果よ」

驕りも何もなく、平然と告げるエリスに、アネットは益々憧れの視線を強める。

『しっかし、このXM3ってのは恐ろしい代物だぜ』

『柔軟な入力の受け入れに、コンボやキャンセルという新しい概念…面白いですね』

楽しそうなレノックと、眼鏡をキラリと光らせてブツブツと呟く少尉。

「そうね、F-22Aが自分の手足みたいに感じるわ…」

自分が思い描いた動きを忠実に再現してくれるXM3の能力に大満足な様子のエリス。

「でも、折角持って来たアレを使う相手じゃなかったわね…」

他のメンバーに聞こえないように小さく呟いた言葉には、少しの落胆が混ざっていた。


















同時刻・開発区画総合格納庫――――



「隊長っ、やっぱり米軍部隊の完勝だそうです!」

「アレ見れば誰だって分かるわよ」

開発区画で1番大きな格納庫である総合格納庫、その屋上というか屋根の上に陣取っていたのは崔中尉。

ヨジヨジと昇ってきた部下に、双眼鏡を下ろしながら答える。

彼女が先程まで見ていた先には、演習場からこちらへ戻ってくるF-22Aの姿。

その機体には、殆どペイント液の付着が無い。

機体の末端などに、跳ねた飛沫が付いている程度だ。

対する東欧州の機体は、昨日のアフリカ連合と同じで綺麗に染められている。

「開戦から4分だそうですよ、今日は」

「ふぅん…やってくれるじゃないの、アメリカさん。相手にとって不足無しね…っ」

唇を釣り上げて楽しそうに笑う崔中尉の姿に、部下の少尉はまた始まったよと肩を落とす。

「何気落ちしてんのよ、相手が高速砲撃で攻めてくるならこっちは高速近接で勝負よ勝負! 懐にさえ入れば短刀しか装備してない相手なんて―――」

「―――果たしてそうかな」

「にゃっ!?」

突然真後ろから聞こえた声に、ツインテールをビクリと跳ね上げて驚く崔中尉。

彼女の背後には、いつ現れたのか、肩に軍服を掛けた姿のラトロワ少佐。

「い、いつの間に…!?」

「確かにF-22Aは貴国の機体や日本の機体などと違って近接装備に乏しい。だがそれイコール近接に弱い訳ではないぞ?」

従来機を上回る性能を目指して開発された以上、当然近接能力だって高い。

とは言え、それはF-15などより上と言う意味でだが。

「わ、分かってますよその位。それで、少佐はそれを言いに態々ですか?」

「何、数日後に対戦する貴官らの様子が気になってな。いずれ、私の部隊も戦うのだ、対策は練って当然だろう」

ニヒルな笑みを浮かべるラトロワに、彼女が何を言いたいのか理解した崔中尉は不敵に笑って見せる。

「なるほど…なら、精々連中の実力を曝け出してみせましょうか」

「ふん、期待して置こう」

踵を返してその場を去るラトロワ。

「た、隊長?」

「簡単な話よ、米国部隊の射撃、近接、それらの実力を知る為にアタシ達を使うってこと。それと同時に期待してるって事でしょう」

「我々が勝つ事にですか?」

「どっちもよ。アタシ達が勝とうが、相手が勝とうがどちらでも良いの。要は相手の実力、そして障害としての高さを知れればね」

ラトロワが求めているのは、自分達を満足させ、そして糧になる相手との戦い。

その相手が崔達になっても、エリス達になってもどちらでも良いのだ。

次に自分達が戦う相手が、強敵であるのなら。

「やってやろうじゃないの、こっちだって目標は別なんだからね!」

右手の拳を左手の掌に打ちつけて気合を入れる崔。

彼女の目標、それはタリサや唯依が時々口にする自分達以上の衛士を、表舞台へと引き摺り出す事だ。

その衛士が武や大和である事は言うまでも無い。

「あっ! しまった!?」

「ど、どうしたんですか!?」

気合を入れた崔が突然叫ぶので、何が起きたんだとうろたえる少尉。

「あの少佐が降りる所、見逃したっ!」

ちぃっと悔しげな崔、この場所は屋根の上なので出入りするには最上階のキャットウォークから外へ出る扉を通り、そこから壁をよじ登ってここへ辿り着くのだ。

本来なら取り外し式の梯子で登るのだが、無断侵入なので使えない。

別に登っちゃダメと言われた訳では無い為、時々こうして誰かが侵入していたりする。

管制塔以外で高い建物がここな上に、演習場に1番近いのがここなので。

「あの堅物的な少佐が壁をよじ降りる姿よ、見たくないの!?」

「あ、そ、そうですね…」

見逃したーと悔しそうな崔中尉と、なんと言えば良いのやらの少尉だった。































同日・帝都城――――





「良くぞ参りました、黒金少佐」

「殿下、この度は急な謁見を賜り、ありがたく存じます」

帝都城にある、武達が国連軍へ降る話をしていた部屋に通された大和は、そこで待っていた悠陽に正座して頭を下げていた。

「大和殿、堅苦しい挨拶は良いのですよ」

「いえ、一応形式という事で」

が、クスクスと笑う悠陽の言葉にあっさりと頭を上げた。

もしもこの場に真耶が居たら後でお仕置きだっただろう。

「しかし本当に、急な謁見の願いで申し訳ない」

「良いのですよ、大和殿の送ってくださったテスタメントのお陰で、仕事もはかどっています」

そう言って、隣で鎮座している紫のテスタメントを撫でる悠陽。

その本体の上には、紫のたけみかづちくん。

「気に入って頂けたようで」

「えぇ、とても♪」

そう言ってたけみかづちくんを膝の上へと抱き上げ、大和の方を向く悠陽。

「報告は聞いています、お二人の機体はそのまま残してあるそうなので、大和殿の視察が終わる日までに輸送車両を準備して置きましょう」

「ありがとうございます殿下。そろそろ必要になるかと思いまして」

「構いません、大和殿達の努力が実れば、それ即ちこの国の平和に繋がるでしょう」

膝の上のたけみかづちくんを撫でながら微笑む悠陽に、感謝の為に頭を下げる大和。

如何に横浜基地との交友があっても、悠陽には色々と無理をして貰っている。

故に、大和や武は彼女には感謝してもしきれない恩が在るのだ。

それを大和は開発やら技術協力やらで返している。

武ちゃんは、その内たっぷりの愛で返せば良いと大和は思って居る。

「月詠大尉に聞きましたが、何やら縁談の話で困っているとか…」

「お恥ずかしながら、少々苦労しております」

頬に手を当てて問い掛けてくる悠陽に、苦笑するしかない大和。

「早く大和殿も伴侶を決めれば良いではないですか。聞くところによると、銀髪の少女に非常に好かれているとか…」

「ど、どこからそれを…!?」

恐らく悠陽が言っているのはイーニァの事だろう、しかしその情報の出所が不明で驚く大和。

唯依はそう言った事は人に言わないし、武ちゃんはそこまで意識が向かない。

かと言って、武ちゃんや冥夜の日常の護衛に忙しい月詠中尉ではないだろう。

一体誰が殿下に告げ口を…? と考えていると、悠陽が口元を押さえて楽しげに笑う。

「香月副司令から少し」


――――あの人かーーーーーーッッ!!――――


脳裏にオーッホッホッホッと何故か高笑いの夕呼先生が浮ぶ大和。

「それに、鎧衣課長からも」


――――あの人もかーーーーーーッッ!?――――


またも脳裏にコート姿で怪しい笑いの課長の姿が浮んだ。

「あ、そう言えば…」

「今度は何ですか…」

ある種のマイペースな殿下には、大和フィールドが通用しないのでどうしても受けに回ってしまう大和。

今度はどんな爆弾発言だと身構えるが、悠陽は真面目な顔で口を開いた。

「あの夢の最後を見ました…」

「――――ッ!!」

悠陽の言葉に、表情を強張らせて姿勢を正す大和。

「明星作戦以降、毎日のように夢に見ていた、かの世界での私。武殿や大和殿と出会ってからは感覚が長くなっていましたが、先日、最後の夢を見ました…」

武と大和が今の立場を得る切っ掛けとなった悠陽の夢。

それは、武が経験し、開放された世界での悠陽の記憶。

何故彼女の記憶がこの世界へと流入しているのか、何故彼女だけなのか。

その疑問の鍵は、彼女の夢の中の行動に在ると大和は睨んでいた。

彼女の夢は、あの世界での彼女の行動を幼少の頃から…つまりあの世界の悠陽の人生を夢として、毎日続きの映像のように見ていたのだ。

最初は昔の思い出かと思っていた彼女だったが、夢は気付けば今よりも先の日々を映し出していた。

その中で、クーデターや武の存在、そして桜花作戦などを知った。

時を同じくして武達が衛士として登録され、彼女は武と出逢った。

その後、夢を見る事が少なくなり、間隔が空いていったと言う。

そして悠陽が語った最後の夢、それを聞いた大和は、難しい顔をして殿下との謁見を終えるのだった――――。
































同日・横浜基地地下シミュレーターデッキ――――



『20703っ、だから庇いに行くなっ!』

『ふぇぇっ、しゅみましぇんっ!!』

時刻は既に夜へと移行した時間帯。

本日最後のシミュレーション訓練中のA-01部隊。

現在仮想空間で戦闘を繰り広げて居るのは、新任の中からランダムで選ばれたメンバーと、それを指揮する先任。

先任は水月、新任は今怒られている築地に高原、彩峰に美琴だ。

現在、訓練部隊での暫定コールサインで指揮を行っている。

これは、部隊編成がまだ途中の為にコールサインが決定していないから。

別にそのまま続ける形で決めても良いのだが、現在出向中の人間も居るので、現在は仮のコールサインで訓練中。

『珠瀬少尉、落ち着いて。前は守ってあげるから安心して狙いなさい』

『は、はいっ』

一方こちらは指揮官は風間少尉で、タマ、冥夜、千鶴、晴子の部隊。

風間少尉がタマを落ち着かせながら前を守り、優位に立って戦っている。

『ちょっと風間っ、その子反則じゃないのっ!?』

『うふふ』

『うふふじゃないわよっ、何なのよそっちの射程距離はっ!?』

通信で叫びながら何とか進もうとする水月の雪風だが、飛来する弾丸がそれを許してくれない。

部隊編成から戦場までランダムで選ばれるという新しいシミュレーションデータ、今回は水月の運が無かった。

何せ、水月が指揮する部隊は、風間少尉が指揮する部隊が陣取る補給基地に侵攻するというミッション。

水月側は補給基地を制圧するか、風間の部隊を殲滅すれば勝利。

逆に、風間の部隊は水月達を撃退するか、基地を守りきれば勝ち。

で、補給基地の特典として防御壁やら補給機能やらが働いている。

なので。

『速瀬中尉っ、敵の弾幕が切れませんっ!』

『応戦するとドンドン残弾が無くなっちゃいますよー』

『隊長、突破してみます…』

『危ないっぺよ彩峰さんっ!!』

『行くなっ、そして庇うなっ!?』

高原が千鶴と晴子が展開する弾幕に悲鳴を上げ、美琴が切羽詰っている筈なのにどこか暢気な声色で報告。

彩峰が突撃しようとしてまた築地が庇い、水月が叫ぶ。

そんな水月部隊に対して風間部隊は、指揮官の風間が全員に冷静な対応をさせ、一定距離から攻め込ませない。

補給機能というある種のチートが働いているので、弾は撃ち放題。

一応補給中は攻撃が出来ないものの、交替で補給している。

さらに、奥の障害物の影からタマが狙撃してくる。

その為、水月達は補給基地前の障害物の影から前に進めずに居た。

「じ、神宮司大尉、少しやり過ぎでは…?」

「人間、窮地に追い込まれればそれだけ地が出てくるものよ」

管制をしている遙が引き攣った顔で進言するが、まりもは遠い目でどこかを見ているだけ。

「確かに、窮地においての冷静さや困難を打破する方法は大事ですが、これは…」

隣でシミュレーターの様子を見ていた伊隅大尉も苦笑するしかない。

水月の部隊は補給無しで過酷なミッションを。

逆に風間の部隊は補給と防御を保障された状態でのミッション。

『苛めかこん畜生っ!?』

水月が思わず叫んだ。

その内容に、見ていた人全員が思わず頷いた。

「大丈夫よ、この位なら頬を撫でた程度だから」

「これでですかっ!?」

思わず遙が振り返ると、煤けた表情のまりもちゃん。

「少佐の造ったデータにはな…この倍の倍の、さらに倍なミッションも在るんだぞ…?」

どこか暗い瞳のまりもちゃんの言葉に、思わず喉を鳴らしてしまう面々。

あの少佐のデータ、それだけで鬼畜度が分かるというモノ。

先任も何度かそういった経験があるだけに、笑えなかった。

「心配するな、この後風間達も同じような目に遭う。そういう風に設定されているそうだ」

それってランダムって言いませんよね…とは言えない遙だった。

『だから庇うなーーーっ!?』

『ごめんなさーーいっ!?』

また味方を庇った築地、ダメージ蓄積で中破になりました。

「私たちのミッション、どんなのになるのかな…」

「どれになっても地獄、これ確定」

シミュレーションのデータを見て勉強中の茜と麻倉。

二人はこの後自分達も巻き込まれるであろう鬼畜なミッションを前に、武者震いとは別の震えを感じていた。

そしてシミュレーションが終了。

「あ~~~っ、あんな状況で冷静な指揮とか、造った奴絶対に外道よ…」

「それ、少佐に言ったら喜ぶと思いますよ…」

外道は褒め言葉だ! と笑う大和の姿が、鮮明に想像できて凹む水月と高原。

シミュレーションは、結局水月部隊の全滅で終わった。

築地と美琴が撃破され、一か八かで補給基地制圧(基地司令部を破壊して陣取るとクリアになる)を目指したが、待ち構えていた冥夜と風間に撃退されてしまった。

「速瀬中尉の性格なら、任務の遂行を優先すると思いましたから」

「だからってトラップまで仕掛けて待つかしら、普通…」

うふふふと笑う風間に対して、こいつもしかして腹黒い…? と内心汗を流す水月。

「うぅぅぅ、速瀬中尉ぃ、すみばぜ~ん…!」

「あ~もうっ、泣くな泣くな、むしろ仲間庇いながら良くやったわよ」

責任感じて涙目というか泣いている築地を、乱暴に慰める水月。

あたしの指揮も悪かったしねと自分の非も認めつつ、次こそ勝つぞと気合を入れ直す。

伊隅としては、あの圧倒的不利な状況で良く持った方だと評価していたが。

勘が鋭い水月でなければ、相手の射程距離に入った瞬間、最低でも二機は喰われていただろう。

だが、結果は高原を庇った築地機が小破しただけで全機初撃を避けていた。

咄嗟に水月が出した回避命令と、それに瞬時に対応した新任達の技量がそれを成していた。

「さて、次のミッションだが……」

「…………遅れました」

まりもが次の選択を始めようとした時、専用テスタメントを連れて霞が入ってきた。

そしてテスタメントがコードを機械に勝手に繋ぎ、その横で霞がカタカタと操作を始める。

「……武さん、準備できました…」

『お、サンキューな霞。それじゃ神宮司大尉、俺も参加しますよ』

今の今まで、一人別のシミュレーションをやっていた武が通信を繋いできた。

その言葉に、先任達はやっと白銀大尉も参加かとワクワクしているが、逆に新任達は顔色が青い。

彼女達は既に身を持って知っている、武ちゃんの訓練がどれだけ常軌を逸しているかを。

そもそも、A-01の彼女達ですら休憩を挟んで訓練しているのに、武はずっと、一度も筐体から出ないで訓練していたのだ。

それだけで武ちゃんの化物度が窺える。

因みに今まで参加しなかったのは、陽燕のデータが保存されているテスタメントと霞が純夏の方に行っていたので、来るまで雪風のデータでCWSの練習をしていたのだ。

「ルーレットスタート……ぽち」

「あぁっ、社っ!?」

まりもちゃんが何か言う前に、霞がランダム選択のボタンをぽちっとスタート。

画面に表示されているミッション名やら部隊編成やらの名前部分がドラムロール。

どうでもいいが、妙に凝った作りだ。

やがてチンチンチンという軽い音と共にドラムロールが止まり、ミッションや部隊編成などが決定する。

「決まりました…武さんと神宮司大尉率いる“スレッジハンマー大隊”対、A-01部隊です…」

「…………………………」×17

「………よしっ(ボソっ」

淡々と述べる霞、ミッション内容は侵攻してくる武・まりも指揮下のスレッジハンマー大隊を迎撃せよという内容。

これにはA-01全員が絶句。

まりもちゃんだけが小声で小さくガッツポーズ。

大隊、つまり36機のスレッジハンマーを、陽燕を駆る武ちゃんと雪風弐号機を自在に操るまりもちゃんが指揮して侵攻してくるのだ。

「…………………苛め…?」

水月の呟いた言葉が、これから地獄に放り込まれる全員の頭にストンと入った。

そして早々にミッション終了。

結果は言わずもがなだが、それでも一定時間耐えた上にスレッジハンマーをほぼ壊滅させただけでも上出来だと言えた。

「ハルコンネンⅡは卑怯よっ、そうでしょう遙!?」

「そ、そうだね…」

「暫く、あの支援戦術車両を見たくないな…」

「美冴さんたら…でも私もそう思うわ…」

「ミサイルの雨は嫌、雨は嫌、雨は嫌よぉぉぉ……」

「あらあらぁ、泉美ちゃんがまたトラウマを…よしよし、私の胸で泣いて良いわよ…」

「上沼、ドサクサ紛れに東堂の尻を揉むな。全員、着替えて食事だ、その後反省会だから忘れるなよ…」

先任達は疲れたように更衣室へと移動。

新任達は総じて動けない状態なので、暫く休憩してから移動しろと伊隅大尉に命じられた。

「容赦無かったね、白銀…」

「彩峰、大尉にそれを期待する方が馬鹿よ…」

「タケルはこと戦闘関連には一切手抜きや手加減をせぬからな…」

「はにゃ~~……」

「壬姫さ~ん、生きてる~?」

「鎧衣、そっとしておいてあげよう。多恵も同じか…」

「うにゃ~~……」

「あははは、アレに少佐も加わったらどうなるかなぁ」

「やめてよハルー、死んじゃうから、シミュレーションだけど死んじゃうから」

「らめぇーー、だね…」

ぐったりとしてシミュレーターデッキのベンチや床に座り込む新任達。

同じ状況に放り込まれたのに動ける先任は、それだけ鍛えていると言う事か。

彼女達は思った、良かった、素敵に外道な少佐が出張中で…と。

しかし彼女達はその安堵が、問題の先送りだと気付いているだろうか。

大和が帰ってきたら、高確率で、下手するともっと鬼畜外道なシミュレーションが待っているという事実を。

因みに武ちゃんとまりもちゃんは、元気ハツラツという状態で霞と一緒に先にPXへ移動中。

思わず麻倉が呟いた「国連の白銀は化物か…」という言葉に同意しちゃう面々だった。

「なんだぁ? どうしたんだお前ら?」

「あ、マナンダル少尉!」

「それにブレーメル少尉も…」

軽く黄昏ていると、そこに強化装備姿のタリサとステラがやってきた。

二人は新任達のグッタリとした姿に目を丸くしている。

「随分ハードな訓練しているみたいね。そう言えば部隊配属されたそうね、おめでとう」

苦笑しつつ耳にした情報から配属を祝ってくれるステラに、お礼の言葉と敬礼を返すものの、気持ちとは裏腹に体がへろへろだった。

「だらしねぇなぁ、一体何処の部隊に配属されたんだよ?」

先任の姿が見えない事から何処の部隊だと首を傾げるタリサ。

答えたい新任達だが、A-01はその特殊性故に機密扱い。

同じ国連軍衛士であっても答えられない。

「その様子だと、例の特殊部隊ね? 少佐から少しだけ聞いてるから答えなくて良いわよ」

冥夜達の様子から瞬時に事情を察したステラさん、流石はお気遣いのお人。

タリサもA-01に関しては少しは耳にしているし、何より出向してきたイーニァとクリスカが居るので追及はしない。

「マナンダル少尉達はこれから訓練ですか?」

「んー、訓練って言うか、確認だな。試作武装のシミュレーションデータが出来たから、それが機能するか試すんだよ」

冥夜の問いに、データが入っているのだろう、データディスクを片手に楽しそうに笑うタリサ。

「また新しい武装ですか?」

「そうなんだよ、しかも今回のは近接武装が豊富! 少佐の部隊に居ると新しいのとか変わったの真っ先に試せるから楽しくってさぁ!」

茜の興味ありげな言葉に、くしししと笑いながら答える。

美琴や彩峰が良いなぁと羨ましそうに見てくるので、逆に良いだろう~と自慢げだ。

「正式に量産されたり、試験量産されたら他の部隊にもシミュレーションとかで使ってもらうから、その前に確りバグ取りと修正をしないとなの」

結構地味に大変なのよ? と苦笑するステラに、やっぱり開発部隊となると仕事が多いんだなぁと尊敬の目を向ける面々。

「なんなら少し見学してくか?」

お前たちなら少佐も怒らないだろうしと嬉しい提案をしてくれるタリサだったが、夕食の時間とその後の反省会が待っている新任達は残念そうに辞退した。

「それでは失礼します」

委員長の言葉と共に敬礼してシミュレーターデッキから出て行く面々。

タマと築地は結局まだ目を回していたので、彩峰と高原が背負っていった。

「あいつらも大変そうだなぁ…」

「そうねぇ。さ、私たちも地味に大変なお仕事よ」

大和が居ない事もあって、今の内に細かい仕事や雑務を消化してしまおうと奮闘する開発部隊。

どうせ大和が帰ってきたら仕事が増えるだろうという、唯依の嫌に現実味のある言葉に、タリサもステラも笑うしかない。

「最初は?」

「タリサの好きなショットランサーよ」

お仕事分担と言うことで、タリサがシミュレーターで試し、ステラがチェックと修正。

ステラの返答によっしゃぁ!と気合を入れて筐体へ入っていくタリサを見送って、ステラも管制室へ入る。

慣れた手つきでそれぞれ準備を終えて、タリサの舞風が仮想空間に出現する。

選択された場所はコンクリートで舗装された平野だ。

「準備は良い?」

『いつでも良いぜ!』

ヘッドセットを通しての通信にタリサが答え、ステラが操作をすると舞風の手に巨大な突撃槍が握られる。

「試作近接武装、01式突撃槍。テスト開始」

ステラの言葉と共に舞風の前に仮想ターゲットが出現。

『よっし、行くぜ!』

タリサの操縦に応じて舞風が入力されたモーションパターン通りに突撃槍を構え、ターゲットに向う。

01式突撃槍、通称ショットランサー。

西洋の騎馬兵が使う、突撃槍(馬上槍)に突撃砲の機構を埋め込んだ近接武装。

先端から突撃砲の銃口がある場所までスーパーカーボン製の槍を三段構造で構成し、外殻・中殻・基部に分けられ、それぞれ任意に射出も可能。

外殻(表面槍部)は突撃槍の形で、中殻は螺旋が彫られている。

基部はその構造の問題から細長い槍状だが、強度は十分に確保されている。

内蔵の突撃砲の弾は現在36mm、マガジンは突撃砲と共通。

槍先端部を射出しても射撃機構は残るので、槍部を全て射出や破損をしても近接射撃武装として使用可能。

銃口は円状の等間隔に4箇所あるが、同時発射ではなく順次発射される機構だ。

槍を持つ柄の部分は長めに作られており、トリガーとグリップも併設されている。

柄の反対側にはスーパーカーボン製の短刀サイズの刃が付いている。

両手で持って突くのも可能だが、基本はグリップを掴んでの構え。

攻撃は突く、撥ね退ける、撃つとなる。

因みに両手で構える為の可動式フォアグリップも装備されている。

『散れぇぇぇっ!!』

足元に出現した小型ターゲットに槍先を向けながら発砲。

ターゲットを銃弾で破壊しながら、槍先でも薙ぎ払っている。

「タリサ、少し修正するから一度止まって」

『りょーかいっと』

ステラの通信に返事をしながら、空になったマガジンを交換させるタリサ。

こうして地味だが大事な仕事をこなす二人は、やはり楽しそうに見えた。









[6630] 第四十七話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/07/26 20:45













2001年10月11日―――――――


横浜基地地下・歩兵用特別室内演習場―――



「そうですか、少佐は4日後にお帰りになるのですね」

「はい、現在は富嶽重工にて遠田技研などの主だったメーカーと技術会談中との事です」

横浜基地地下に存在する、歩兵や機械化歩兵の訓練の為に改装された空間、そこを見渡せるキャットウォークの上で話し合うのは唯依とピアティフ。

「殿下との急な謁見が叶ったために日程がずれたのは?」

「元々時間が掛かると予想されていた為、問題はないそうです」

懸念していた事を問い掛ける唯依に、ピアティフは苦笑しつつ答える。

本来なら殿下との謁見は予定に入っていなかったが、ダメ元で月詠大尉を通して謁見と機体受領をお願いしたのだ。

それが意外とすんなり通った為に、大和は一度帝都へ赴き、殿下と謁見、さらに技術廠にて保存されていた機体確認などで、日程がずれ込んだのだ。

が、元々会談が長引くと予想していたので、組んだ予定は余裕が在った。

とは言え、仕事は突然湧くモノで、今も大和が判断しないとダメなモノが幾つか出ている。

緊急な案件はテスタメント通信で判断を仰いでいるので大きな問題は無いが。

「それにしても15日か…確か暴風試験小隊とトマホーク試験小隊のエントリー試合が在るな…」

責任者代行である唯依は、緊急時以外では基本演習に立ち会う事になっている。

無論、絶対に、という訳では無いが。

唯依が少し悩んでいるのは、大和をお出迎え出来ないかも…という理由だったりする。

それを察してピアティフは内心苦笑するしかない。

『篁中尉、模擬戦闘を開始します』

「あぁ、了解した」

そこへ、室内の管制をしている担当官からスピーカーでの放送が入り、眼下の空間では機械化歩兵部隊が戦闘態勢に入っている。

格納庫を改装して、障害物や狭い通路などを再現した、室内演習場。

これは、基地や建物内での歩兵の戦闘訓練を想定しての造りだ。

『これより、対小型BETA戦闘訓練を開始します。カウントスタート…』

スピーカーによる放送に応じて演習場の片側で展開し、配置に付く機械化歩兵。

彼らの反対側では、中位テスタメントが打撃用アームを装備して待機している。

射撃兵装を取り外し、小型BETAの手(と呼ぶのか不明だが)を模したアームを搭載したこのテスタメントは、対BETA戦闘訓練において有能な仮想敵だ。

『3…2…1…状況開始!』

『一班から三班は第一通路で迎え撃て、4班は第二通路を封鎖しろ!』

指揮官の指示に従い、機械化歩兵が素早く造られた通路へ展開。

反対側からは小型BETAの再現行動を入力された中位テスタメントが、ワラワラと侵入してきている。

「展開が速いですね…」

「新開発された軽量型強化外骨格ですからね。今までの強化外骨格が不得意としていた閉所空間での長時間行動や、匍匐前進も可能とした“着る”強化外骨格です」

重い装備を纏っているとは思えない展開速度で迎撃態勢を整える機械化歩兵に、感嘆の声を漏らすピアティフ。

今までの強化外骨格は、小型BETAとの近接や大型BETAからの回避などの問題からどうしても大型だった。

比較的小型、準等身大の軽装備でも着ると言うより纏うというレベルであり、構造上どうしても閉所や狭い空間と苦手としていた。

屋外での戦闘なら問題ないかもしれないが、狭い空間の多い基地防衛には向いていない。

そこで、基地内防衛用として新しく設計・開発されたのが着る強化外骨格、01式基地防衛用・機械化歩兵軽装甲。

装甲や積載重量よりも広い可動と身軽さを優先し、鎧レベルにまで小型化。

どうしても場所を取ってしまうジェネレーターや火器を、バックパックに纏める事により全体の小型化に成功。

着る人間の動きを制限せずに、かつ小型モーターの補助により高い機動性を確保。

重い重火器も各部モーターの補助で楽々扱える。

現に、本来なら地面に設置して使用する対物狙撃銃を持って使っている歩兵も居る。

「装甲の下は衛士の強化装備の技術を流用したアンダースーツになっていてます」

それでも戦車級に噛まれれば無意味ですが…と苦笑する唯依だが、戦術機の装甲すら喰う連中に、機械化歩兵で対処しろと言う方が酷だろう。

しかし小型で脚が早いこの連中は、瞬く間に基地に侵入してくるBETAだ。

通路などに侵入された場合、戦うのは機械化歩兵しか出来ない。

「なので、出来るだけ外部武装を増やしました」

「確かに多いですね…」

眼下の模擬戦闘を見ると、機械化歩兵は基本装備は同じだが、ポジションに応じてそれぞれ異なる武装を装備している。

先頭にはガトリングガンを装備した歩兵や、リボルバー型グレネードランチャーを装備ししている歩兵。

後衛には先の対物狙撃銃や、バズーカと思われる武装。

これら重装備を、軽量で小型なのに楽々使用できるのが01式基地防衛用・機械化歩兵軽装甲の強みだ。

今までの強化外骨格の中で1番小型で軽量なので、中位テスタメントと連携を取る事で迅速な展開、中位テスタメントに外部武装を搭載する事で移動砲台として運用も可能。

そして、01式機械化歩兵用・増設重装甲と呼ばれる強化外骨格をさらに装備できるという機能まで有している。

01式機械化歩兵用・増設重装甲は、軽装甲の上に被せる形で装備されるモノで、火力とパワー、装甲に欠ける軽装甲の弱点を補う目的がある。

下半身のユニットと上半身のユニットに分かれており、上下で挟む形で装備される。

下半身のユニットには脚部ローラーやミサイルポットなどを装備。

上半身ユニットには大型アームに複合兵装型バックパック。

そして長時間稼働用バッテリーが装備されている。

これを装備する事で、四本腕となり火力と防御力、移動力を補いつつ、長時間稼働を実現。

さらに足先・踵・膝・肘の四箇所にローラーを配置して、高速移動に対応した。

ローラーは屋内用だが、野外戦用のタイプも存在する。

立った状態でも伏せの体勢でも移動が可能になるので、匍匐前進が必要な空間でも移動が出来るようになった。

無論、ローラーは歩行時に邪魔にならないように可動する。

複合兵装バックパックにはアンカーワイヤーやら無反動砲、グレネードランチャーと多数の装備が配置され、展開する事で攻撃形態に移行する。

長方形のバックパックから無反動砲が両肩に担ぐ形で展開、グレネードランチャーは腰を挟む形で展開され、残った部分は弾薬マガジンと昇降用アンカーワイヤー。

これらはユニット化されていて、他の武装に交換も可能。

無反動砲を対物狙撃銃にとか、色々設計されている。

「これら二つの装備を使い分ける事で野外・基地内での防衛を目的とするのが、基地防衛用機械化歩兵部隊です」

「なるほど…少佐の考えたCWSやユニット化が流用されているのですね」

眼下の戦闘が終了するのを見ながら説明する唯依に、感心して頷くピアティフ。

ついつい戦術機開発などに重点が行きがちな開発計画だが、こういった細かい部分もカバーする辺り、手が広い。

「例の戦術車両のロールアウトはまだ掛かりそうですね」

「何せ、あのサイズにあの機構ですから。テスタメントでのノウハウが在るので脚や装備は問題ないのですが、システムが少し…」

中位テスタメントとの模擬戦闘訓練を終えた機械化歩兵達が指揮官から評価を受ける中、広い空間の反対側では一機の機体が稼働実験を繰り返していた。

「アレが完成すれば、基地防衛は格段に向上するでしょう」

「そうですね…しかし、どうして少佐はこうまで基地防衛に力を入れるのでしょうか?」

素朴な疑問を口にするピアティフに、唯依は何とも言えない顔になる。

大和が基地防衛を過剰に重視するのは、唯依の直感だがBETA襲撃を恐れてだ。

だが、何故そこまでBETA襲撃を警戒するのかまでは分からない。

最終防衛線である横浜基地までは、いくつもの防衛線が敷かれているのに。

時々大和が何を考えているのか、何を見ているのか、それが分からない。

その事が歯痒くて仕方がない唯依。

その様子から、複雑な事情があるのだろうと理解して質問を撤回するピアティフ。

伊達に夕呼の部下をやっていない。

「01式の軽装備と増設重装備は名前は在るのですか?」

「えぇ、軽装備の方はレッドキャップ、増設重装甲はデュラハンと為っています」

「どちらも確か妖精の名前…ですよね?」

「みたいですね、私は詳しくないのですが、少佐が妖精の名前で統一しようと言い出して…」

ピアティフの疑問に苦笑気味に答える唯依。

唯依はデュラハンは悪霊の一種だと思っていたが、大和曰く妖精の一種らしい。

レッドキャップは邪悪な妖精だし、デュラハンも死を告げる妖精の名前だそうな。

日本由来の名前を付けないのは、趣味か大々的な配備の見通しが無いからか、開発部でも少し議論された。

「少佐の引き出しは多いですね」

「多すぎます…」

ピアティフの苦笑に、唯依は額を押さえるしかなかった。

因みに01式基地防衛用・機械化歩兵軽装甲、通称レッドキャップはその名前の通りに頭部パーツが赤く塗られていて、他は黒。

デュラハンは、シルエットだと首が無いような姿なのでこの名前が名付けられた。

『篁中尉、開発部から至急来て欲しいとの事です』

「了解した、以後の行動は予定通りに」

管制室からの連絡に答え、歩き出す唯依とピアティフ。

ピアティフはこの後自分の仕事に戻るので途中まで一緒だ。

下を見れば、装備を脱いでアンダースーツ姿になった歩兵達が、模擬戦闘の相手を務めた中位テスタメントのペイント塗料を掃除している。

残念な結果の兵士のお仕置きかと思ったが、全員総出で掃除しているので違うらしい。

彼らなりの、一緒に戦う相棒達への気持ちの表れなのだろう。

その様子に微笑ましくて微笑を浮かべながらその場を後にする二人だった。



























同日・横浜基地地下シミュレーターデッキ――――




『もらったぁぁぁぁっ!!』

『なんのぉぉぉぉっ!!』

シミュレーターの映像内で、タリサの舞風が長刀とは形の異なる片刃型の刃で背後から切り掛かるが、それを両手に持った同じ片刃型の刃2本で受け止めるのは陽燕。

『げぇっ、そんな体勢で受けるか普通っ!?』

『ぬはははっ、甘いぜ少尉!』

タリサの驚きも尤もで、陽燕は片足を前に出し、アキレス腱を伸ばすような姿勢で上半身を後ろへ逸らして、両手にそれぞれ持った刃でタリサの一撃を受け止めたのだ。

普通なら押し切られるような威力を受け止められるのは、陽燕の中身がそれだけ優れている証拠か。

『くぅっ、マニュアルの機体操作で衝撃を和らげるとか有りかよ!?』

刃を弾かれ、返す刃を後退する事で避けるタリサ。

『へへへ、XM3をやり込めばこれ位楽勝だぜ』

『いや、ないない』

自信満々に言うのは武ちゃん、だがその言葉に帰って来たのはタリサの真顔。

機体各部の衝撃軽減の上に、衛士が任意で衝撃を受け流す体勢を取るとか有り得ないからと、顔の前で“それはない”と手を振る。

機体でも手を振ってやろうかと考えたタリサだったが、それをやると隙ありとばかりにスパっと切られるのでやらない。

『むぅ、出来るのになぁ…』

『いや、脹れられても…』

なんだか不満げな武ちゃんに、苦笑するしかないタリサ。

現在二人は、新型武装のシミュレーションデータの確認を行っている。

この前タリサとステラがやっていた物に加え、今回は二機が持つ武装。

01式高周波近接戦闘長刀、通称M・V・B(メーザー・バイブレーション・ブレード)と呼ばれている新型特殊武装である。

因みに開発部では何故かMVS派(ソード呼び)とMVB派(ブレード呼び)が存在したりする。

形は直刃の刀に近く、長さこそ長刀と同じだが、刃の厚さと幅は一回り小さい。

これは高周波の振動を刃全体に伝える際に、対磨耗と強度を保ちつつ効率的に振動を伝える為に計算された大きさとの事。

長刀に慣れた人間には心許無い印象を受けるが、叩き斬るのではなく、分け斬るという形なので切れ味とその持続性については、高周波を発生させていれば長刀の倍以上を現在実現している。

対磨耗については、現在継続的にデータ収集を続けているが、長刀三本分がダメになる数を既に超えているとの事。

とは言え、物量のBETA相手にするのに、使い捨て出来ないこの武装では不安が多いという声が上がっていた。

その為、刃の部分を交換式にして、刃だけ瞬時に交換可能に設計し直したのがこの01式高周波近接戦闘長刀だ。

『このっ!』

MVB同士のぶつかり合いは、長刀同士の斬り合いと同じ結果を出してしまう。

つまり、刃毀れや破損だ。

これが長刀との斬り合いなら、受けた瞬間長刀の方が切れてしまう。

だが同じように高周波を発生させているMVB同士では、拮抗してそうならない。

先程ブレードを交換した武と違い、数度の鍔迫り合いの結果、破損するMVBの刃。

舌打ちしつつも瞬時にブレード部のパージを選択するタリサ。

舞風の持つMVBのブレード部がロックから開放されて抜け落ちる。

そして機体を後退させながら、システム制御で残った本体部分を肩の担架へと戻す動作をする舞風。

担架には、先程抜け落ちたブレード部と同じブレードが二本、担架に並んで挟まれていた。

MVBの本体、これは刀で言う柄の部分、根元の鍔部分、そしてブレードの峰の方を3分の1程度覆う長いレールから成り立っている。

鍔からブレードが接続される場所までが本体であり、ここに小型化した高周波発生装置を搭載。

峰を覆うレールは、ブレードの固定と高周波の伝導率の向上、そして充電用通電部の役割を持っている。

因みに柄にも少し機材が埋っているが、握る部分なので衝撃や破損に強い部品が納められている。

担架に固定されているブレードの峰の方を、本体のレールが滑るように進み、ブレードの根元が本体の根元へと入る。

よく見るとブレードの根元は山の字に凸凹が存在し、それが本体に入ると本体側の凹凸と噛み合い、自動でロックされる。

それと同時にブレードが担架から開放され、腕を戻すと交換完了。

『でぇいっ!』

『うおっとっ』

距離を詰めてきた陽燕に戻す勢いのまま高周波を発生させ、切りかかる。

その刃を右手のMVBで受け、反対の刃を向けるがタリサはスラスター全開で避ける。

それを追いかけて更に距離を詰めようとする武。

『畜生っ、有効打が与えられねぇ!?』

『まだまだぁっ!』

陽燕がスラスターと噴射跳躍全開で、MVBを×の字にして迫る。

『こいつっ!』

その×の字の中心に刃を当てて防ぐが、圧倒的な出力を誇る陽燕に押されて廃墟に激突。

両手でMVBを構えて押し返そうとする舞風だが、如何に改造機とはいえ陽燕とはスペックが違い過ぎる。

やがて、舞風の前腕各部から火花が散り、歪み始める。

『ちょ、待てよ、ウソだろっ!?』

慌てるタリサだが、廃墟に半分以上埋り、押し返す事も出来ない。

軋みを上げる機体を、JIVESがリアルに再現する。

やがて手が限界になり、MVBを固定できずに押し切られる。

如何にMVBとは言え、ブレード部の横。腹は弱い。

押し切られた衝撃で刃が横を向いて、MVBは切り裂かれ、そのまま機体と廃墟を×の字に切り裂く陽燕のMVB。

後に残ったのは、×の字に切り裂かれた舞風と廃墟。

『F-15BE大破、テスト終了。お疲れ様です大尉』

そこへ、ステラの声が響いてシミュレーションは終了を告げた。

「だーーーー……負けた…」

ガックリと肩を落として筐体から出てくるタリサ。

「いやいや、良い勝負だったぜマナンダル少尉」

同じように出てくる武ちゃんがそう言うが、タリサの表情は晴れない。

「お疲れ様です大尉、タリサもお疲れ」

管制室へと入ると、管制を行っていたステラと、各種設定を行っていた霞が出迎える。

「すみません大尉、お忙しい中」

「いやいや、俺も早くこの装備をシミュレーションで使いたかったんで気にしないで下さいよ」

気遣ってくれるステラに、笑顔で答える武。

その言葉には嘘偽りは無く、早い所シミュレーションでMVBを使えるようにして欲しかったのだ。

その理由は簡単、近々、A-01でもMVBの実験配備が開始される。

ブレード部の品質チェックもOKが出て、本体も数が揃ってきた。

後は配備するだけのこのMVB、同じMVBを装備していないと対処が出来ない凶悪な装備。

模擬戦闘の時は模擬戦闘用のMVBを使い、システム設定でダメージ判定を行う事になる。

その為、そろそろA-01でも練習をしないとならない。

「最終テストでもバグは出ませんでしたので、これで完成ですね」

と言っても、絶対とは言えませんが…と苦笑して01式高周波近接戦闘長刀のデータを、霞にお願いして彼女のテスタメントにコピーさせる。

オリジナルはステラが責任持って唯依へ提出、コピーは陽燕のデータと同じようにテスタメントと霞が管理する。

「ありがとうございます、霞、早速部隊で使っても良いか!?」

「はい、黒金さんからも許可が出ています…」

ステラに礼を言いながら撤収準備をしている霞に問い掛けると、頷いて答えてくれる。

因みに、武ちゃんの言う部隊は、A-01の事だ。

その辺りのTPOは叩き込まれたので確りしている様子の武ちゃん。

「よし、それじゃ早速行こうぜ。それじゃ二人とも、また!」

善は急げとばかりに、タリサ達に手を振って管制室を飛び出す武ちゃん。

その後を、コピーが終了して陽燕のデータも回収したテスタメントに乗って、霞が追い掛ける。

「うへぇ、まだ続けてやるつもりかよ…」

「若さが弾けてるわねぇ…」

先程まで、タリサと一緒にバグ取りから微調整までぶっ続けで3時間以上やっていたのに、まだやるつもりの武ちゃんに、ゲンナリ顔のタリサ。

ステラは頬に手を当てて苦笑、年寄りみたいな発言だなと思ったタリサだが絶対に言わない、死にたくないから。

「さ、一度戻って次の仕事の準備しましょう」

「その前にアタシ腹減ったよ…」

午前中からやって、もうお昼過ぎだ。

それもそうねと微笑んで、二人はPXを目指した。

その前にタリサはお着替えだが。


























同日午後・横浜基地内ブリーフィングルーム――――



基地内に複数存在するブリーフィングルーム、その中の一つは現在A-01が使用していた。

現在行われているのは、各隊員達の実力評価と適正ポジションの話し合い。

伊隅とまりもが中心となり、各々意見や評価を出して話し合い中。

「まりもちゃんっ、伊隅大尉っ、シミュレーション行きましょうシミュレーション!!」

そこへ、扉を蹴り破る勢いで強化装備姿のまま突撃してくるのは武ちゃん。

口元にお弁当が付いている様子から、どうやらステラ達と別れてから速攻で食事を取り、そのままやってきたらしい。

オラわくわく止まらないぞとばかりに詰め寄ってくる武ちゃんに、伊隅大尉は軽く引き、まりもは隊員達の前でまりもちゃんと呼ばれたので頭が痛そう。

「ふむ…社、大尉は何をあんなに興奮しているんだ?」

「はむはむ……ん、新型特殊装備のシミュレーションデータが完成しました…はむ」

武ちゃんが何事だと問い掛けてきた伊隅と問答しているのを尻目に、後からテスタメントに乗って入ってきた霞に問い掛ける宗像。

霞はおばちゃん特製おむすびをはむはむしながら答えるが、新型特殊装備と言われても彼女達には分からない。

何せ、雪風のCWSやら何やらも、彼女達からすれば特殊装備だ。

因みに霞のはむはむは、そうやって食べれば武ちゃんが喜ぶと某自重を止めた少佐に言われたから。

「社さん、それはどんな装備なの?」

「はむ……ん、高周波発生装置を搭載した近接戦闘長刀です、スパスパです」

問い掛けた風間に、飲み込んでから答える霞嬢の言葉。

スパスパなの…と聞き返す風間と、スパスパです…と答える霞。

妙な癒し空間発生、宗像は幸せになった。

「そいつは黙っちゃ居られないわね!」

その空間を打ち壊す人がインしました。

「神宮司大尉、伊隅大尉! 自分も白銀大尉の言う武装を使ってのシミュレーションを希望します!」

はいはい私も使いたーいと挙手するのは、水月中尉。

水月~と遙が止めようとするが止まらないのが突撃前衛長。

そんな彼女の続けとばかりに、突撃前衛志望が挙手し始める。

言うまでも無く、元207のサムライガールとかヤキソバ命とか器用なアホ毛とか。

「御剣に彩峰、涼宮少尉もか…全くお前たちは…」

数えて呆れるまりもちゃんだが、挙手したのにカウントされなかった高原がショックに打ち震えていた。

「どうせ、どうせ私なんて…」

「諦めちゃダメよ、高原少尉!」

「東堂中尉っ!」

何やら妙な友情が生まれていた。

「泉美ちゃんと由香里ちゃんのセットもイイかも…」

そして自重しない女が狙っていた。

「やれやれ、話し合いは持ち越しだな…」

「社さん、美味しい?」

「はい、美味しいです…はむ」

一歩引いた位置から眺めて苦笑する宗像に、楽しそうに霞の食事を見守る風間。

霞ははむはむと特製おむすびを食べる。

因みに何故おむすびかと言うと、強化装備のまま食堂へ突撃してドカ喰いする気満々の武ちゃんを見て、おばちゃんが気を利かせてくれたのだ。

どうせ武ちゃんが早食いして霞が大変だろうからと、最初から持っていけるおむすびを握ってくれた。

流石おばちゃんと言わざるを得ない。

因みに、緊急時でもないのに強化装備姿で食事をする武ちゃんが目立ったのは言うまでもない。

「神宮司大尉、どうします…?」

「はぁ…仕方ない、少佐の指示もあると言う事だから午後はシミュレーター訓練だ。涼宮中尉、すまないが空いているシミュレーターデッキに予約を…」

「あ、それならもうやってます」

伊隅がついついまりもに判断を委ね、まりもはまりもで頭を軽く押さえながら許可する。

午後はシミュレーターの予定ではなかったので、今から空いている場所あるだろうかと思いつつ遙に頼もうとすると、武が入り口を指差した。

そこには、霞専用テスタメントが、壁の通信端末にプラグを差し込んで何やらやっている。

『B7デッキ・優先予約イレマシタ』

「だそうです」

通信回線からシステムに入って予約を入れたらしい。

これハッキングじゃ…と思うが誰も言えない。

上位テスタメント、その能力は不必要に高かったりする。

「それでは、全員着替えてB7デッキに集合だ」

まりもがもう何も言うまいと、全員を移動させる。

「あ、タケル、ご飯粒付いてるよ」

「え?どこだ?」

「違う違う、ここ。ほら、そそっかしいなぁタケルは。あむ」

「っ!?」×7

楽しそうに移動を始める武ちゃん、その口元のお弁当。

それに気付いている面々がいつ指摘したものか、出来れば取ってあげて…なんてまりもを筆頭にした数名が考えていると、美琴がサラリと指摘。

そして場所が分からずに見当違いな場所を指で拭うと、美琴は笑いながら指先でご飯粒を取ると、そのまま口へ。

その光景に、それを狙っていた面々が驚愕する。

場の空気をスルーして、自然にこんな事が出来るのは、美琴と居ないけど純夏位だろう。

出遅れた面々は悔しそうに、そして羨ましそうに。

一人勝者の美琴はルンルンと足取り軽く。

そして、お弁当をパクリなんて何度もやっている霞は、特に気にせずに。

「ねぇ泉美ちゃん、夕食にご飯物食べない? 口元に付いちゃう位大盛りで。私が舌で直接取ってあげるから~」

「嫌よっ!?」

そして自重しない女はやっぱり自重しなかった。



































2001年10月12日――――



「なるほど、つまり長時間の連続使用が出来ないのだな…」

「そうですね、俺の機体とかだと掌から接触式で通電して充電されますけど、現行機だと手腕を改造しないとなんで、担架充電方式になってます」

次の日の早朝、武は執務室に顔を出した伊隅と一緒に基地地上部を歩いていた。

武とまりもの部隊配属に伴い、伊隅のデスクも武達の執務室に移された。

朝食の前に、昨日のシミュレーションのログを回収に来た伊隅と一緒に食堂を目指して居る武ちゃん。

昨日のシミュレーションでの、01式高周波近接戦闘長刀での疑問点などを話し合っていた。

昨日は結局、MVBの切れ味に殆どの隊員が興奮して、細部まで説明出来なかったのだ。

1番興奮していたのが武ちゃんと水月なのは言うまでもない。

冥夜? 彼女は感動していたので別です。

これこそ刀だとばかりに。

「01式高周波…長いんでMVBって略しますけど、MVB本体から伸びるレールがありますよね?」

「あぁ、峰の半分位を固定しているレールだな、ブレードの交換時の誘導レールかブレード固定用のパーツかと思っていたが…」

「あのレールの外側、担架に固定する部分が通電部になってるんですよ。そしてMVB用担架の真ん中に戻すと自動で充電されます」

同じ大尉だが武の方が後任という事もあり、武は敬語(かどうかは怪しいが)、伊隅は他の隊員に対する口調と同じだ。

武が説明しているのはMVBの充電方式。

昨日の陽燕や舞風の担架に装備されていた、MVB用担架。

これは今までの担架と交換か、アタッチメントで担架にMVB用担架を固定し、機能させている。

長刀用の担架などと違い、火薬式ノッカーなどを搭載していない。

その代りに、MVB本体への充電機能と、交換用ブレードを左右に二枚固定しておける。

中央に本体込みのブレード、その左右には交換用ブレードという配置。

左右の部分はブレードを固定してあるだけなので、充電機能は無い、と言うか交換用ブレードを挟んであるだけなので、そこに戻すことは無い。

MVB本体はバッテリー駆動、常時連続使用でも約2時間の使用が可能。

充電を含めれば、本体のエネルギーが尽きない限り使用可能。

この担架充電タイプは、現行機に配備する為の方式。

最初はコード接続での使用を考えられていたが、それだとコードが切れた際に使えなくなってしまう。

ならば陽燕などの次世代機での、掌からの接触充電方式ではどうだと案が出たが、新しく造る機体ならまだしも、現行機を改造するのは時間とお金が掛かる。

と言う事で、バッテリー充電式となった。

因みに、MVB本体にジェネレーターを搭載しての使用も考えられたが、大型化して斬艦刀のようになったので却下された。

こんなの一般衛士が使えないだろうというツッコミで。

使うにも機体を改造しないとなので(特に手腕)、現在お蔵入りだ。

因みに造った人は10分だけいじけていた、イーニァの髪をお団子ヘアーにしながら。

無論、唯依姫にハリセンで叩かれた、誰とは言わないが。

因みに陽燕が使用しているMVBは、次世代兼用で柄からも充電出来るタイプだ。

「癖は強そうだが、突撃級や要撃級、要塞級の外殻を切り裂けるのはありがたいな」

今までのスーパーカーボン製の長刀では、突撃級の外殻は切れても、刃がダメになるのが早くて結局柔らかい部分を狙うしかなかった。

だがMVBならほぼ気にせず切りまくれる。

とは言え、流石に要塞級の衝角は不味いが。

分泌される強酸性溶解液が不味い、流石に溶ける。

「A-01で実験配備と実戦試験、それと並行して帝国軍でも1部隊に配備して実験するそうですよ」

「そうか、早くこれが広がれば、それだけ心強くなるな」

とは言え、近接戦闘を好む国に限定されるだろう。

「あと、手腕CWS用のが―――――あれ?」

ふと、庭に面した廊下を歩いていたら、外に見知った人影を見つけた武。

伊隅がなんだ? とそちらを見れば、そこには霞とイーニァ、それにテスタメントの姿。

二人と一体は、それぞれ霞・テスタメント・イーニァの順に並んでいる。

何をしているのだろうと、二人が近くにある非常出入り口から外へ出ると、突然イーニァが背筋を伸ばした。

「きゅっきゅっきゅっDEにゃーたいそー!」

「……体操ー」

『ハジマルヨ』

「「は?」」

突然イーニァが宣言し、霞がワンテンポ遅れて続き。

テスタメントが電子音声で話したかと思えば、突然そのテスタメントのスピーカーからのどかな感じの音楽が流れ始める。


――――きゅっきゅっきゅっ、ニャー――――


というSEに合わせて、両手を広げて腰を左右に振りきゅっきゅっきゅっ。

そしてニャーに合わせて両手を挙げて。

そんな、意味不明な体操(?)を始める二人と一体。

「きゅっきゅっきゅっ」

「…にゃー」

しかもイーニァがきゅっきゅっきゅっと口ずさみ、霞がにゃーと言っている。

どこからか霞はウサギだろうとツッコミが来そうだが、これはこれでOKな気がする。

音楽とSEに合わせて楽しそうに体操(?)する二人。

でも1番凄いのは二人に合わせて動くテスタメントだと思われる。

「な、何をしているんだ二人は…って、白銀、どうした白銀っ?」

唖然としつつも、目の前の光景に言い表せない感情を抱く伊隅。

ふと気付くと、武ちゃんが口元を押さえて震えている。

どうしたのかと思って覗き込めば、ポタポタと流れる赤い液体。

「のぉぉぉぉ……な、中々強烈な光景だぜ…!」

鼻血流していた。

萌えというベクトルでの攻撃に弱いらしい武ちゃん。

ほのぼの愛らしい光景に、鼻の粘膜が負けた、もしくは鼻の血管が天元突破。

そんな武ちゃんに何をやっているんだと呆れ顔の伊隅大尉と、悶える武ちゃん。

そんな二人を気にせずに、体操(?)を続ける二人と一体。

武ちゃん達は知らない、最近の二人の朝の日課がこの体操(?)であり、その光景に女性は和み、男性は悶えている事を。

「ふ、ふふふ……最高よ、イーニァたん、霞たん……」

建物の影で、鼻血の池を作り倒れている上沼が居たりするが、別にどこもおかしくは無かった。












[6630] 第四十八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:14






2001年10月15日――――


横浜基地正門前――――




「フフフフ…横浜よ、私は帰ってきたーーーッ!!………あれ?」

昼前の横浜基地、その正門前にVIP車両から降り立つ大和。

意気揚々と宣言したが、心待ちにしていた唯依のツッコミも、武の呆れもない。

と言うか、誰も居なかった。

「………あれ、俺要らない子?」

帰る連絡入れてあるのに、誰も出迎えてくれなくて寂しい大和。

「あ、少佐、お疲れ様です!」

「うん、ただいま…」

ゲートを通る時に出迎えてくれた伍長達に、少し喜びつつテスタメントと一緒に基地の中へ。

何か在ったのかな、仕事中でも誰かしら手が空いてるだろう、折角の御土産が…と、ブツブツと呟きながら通路を歩いていると、前から誰かが歩いてくる。

「少佐、戻ったのですね!」

「おぉ、クリスカ、今帰ったぞ」

やって来たのはクリスカ、彼女の姿に大和が御土産もあるぞーと持って来た袋を掲げる。

「中尉達は仕事か?」

「えぇ、今開発区画で模擬戦闘が行われていまして、その監督官として同席しています」

同じ部隊同士の模擬戦闘なら必要ないが、流石に他国同士の模擬戦闘だと中立の監督官が必要になる。

他国同士の衝突などを防ぐ意味もあるので、現在唯依がその役目を持っている。

「そうか、何処と何処かな?」

「統一中華の暴風試験小隊と、米国のトマホーク試験小隊です」

着ていたコートをクリスカに手渡しつつ聞けば、あの暴風試験小隊と最近参加した米国の試験小隊が戦っていると言うではないか。

「ほう、米国か。確かF-22Aだったな、どれほどの練度か気になるな、これ執務室に頼む!」

米国の試験小隊が気になった大和、クリスカに荷物を預けるとさっさと走り出してしまう。

「あっ、少佐!?」

「御土産イーニァと先に食べて良いぞー」

HAHAHAと笑いながら開発区画へ走る大和、とっても楽しそうだ。

出張と厄介な仕事(懇親会とか)を終えて、開放感から弾けているらしい。

『高級・合成最中デス』

「………そうか」

テスタメントが背負った荷物を掲げながら伝える言葉に、合成で高級も何も無いだろうと思いつつ、そもそもモナカって何だろうと思うクリスカ。

とりあえず、大和のコートの温もりにドキドキしながら執務室へと移動するのだった。

「おっ、少佐やっとお帰りですかい」

「ただいまシゲさん、留守中変りは?」

「特には。アフリカが相変わらず勘違い中って位ですかねぇ」

模擬戦闘中の演習場管理タワーへの道中、シゲさんに出会って軽く報告を聞く大和。

アフリカ連合の主席開発衛士なのだが、どうもこの開発計画に参加すれば、横浜基地が全部やってくれると勘違いしている。

確り事前情報で、技術提供・協力の規定やら決まりやら伝えたのに、どうも情報が上手く伝わっていなかったらしい。

参加部隊は、自国で考えたプランを元に開発計画を行い、その際の問題点や解決できない部分を横浜基地の協力で解決し、その代価として技術や資金、人員を差し出す事になっているのだ。

その辺りを分かって居ないようで、シゲさん達も困り顔。

しかも、対BETA戦闘が在る事を確り理解していない。

この辺り、もしかしたらアフリカ連合首脳部自体が勘違いしている可能性も否定できない。

温室育ちの衛士を参加させているのがその証拠だ。

まぁ、嫌でもBETAとの戦闘になるので、その時に嫌でも理解するだろうとシゲさん達は思っているが。

「そうそう、この前来たアメリカの部隊、中々やりますぜ」

「みたいですね、報告だとアフリカと東欧州の部隊を5分以内で撃破とか…」

アフリカは兎も角、あの東欧州の部隊を5分以内に撃破。

これは驚くべき戦果だ。

しかも、まだXM3を搭載してから10日と経っていない。

「今暴風試験小隊とやり合ってますよ」

急げば間に合うでしょうと笑うシゲさんに、なら急がないとと笑って返しながら管制塔へと駆け足で急ぐ大和。

途中、顔見知りの整備班などに軽く挨拶しながら管制塔へ入る大和。

その姿をラトロワが見ていたが、大和が急いでいる様子から声を掛けるのを止めた様子だった。

「っ、少佐!? お、お帰りなさいませ」

「今戻った。で、状況は?」

管制塔内のメイン管制室へ入ると、唯依が少し驚いた顔で出迎えた。

そろそろ帰ってくる時間なのでソワソワしていたのだが、遅かったようだ。

「あ、はい。現在統一中華の暴風試験小隊と、米国のトマホーク試験小隊が模擬戦闘中です、状況は…」

と、言葉を濁す唯依。

その様子を横目に、状況が数字で表示されているモニターを見れば、驚くべき結果がそこに在った。

「開始から9分で2機撃墜だと…あの暴風試験小隊がか…」

模擬戦闘中の部隊の機体状況を表示しているモニターには、撃破判定された機体が2機。

どちらも、暴風試験小隊の殲撃10型だ。

対して、トマホーク試験小隊の被害は無し。

「現在、暴風01と03がトマホーク試験小隊から逃げ回っている状況です…」

暴風試験小隊の強さを知っているだけに、彼女達が防戦一方の現状に少し呆然としている唯依。

確かにF-22Aという最高スペック機に、XM3というハイパフォーマンスOSが組み合わさった、それは脅威だ。

だがそれは暴風試験小隊だって同じであり、近接戦強化試験型として高機動と格闘能力を特化させた殲撃10型。

それにXM3を搭載し、その練度だって非常に高いレベル。

だが、現実として暴風試験小隊は獲物に、トマホーク試験小隊は狩人と化していた。

「これはまた…予想外に一方的だな…」

演習場の映像を映すモニターには、廃墟を壁にしつつ息を潜める殲撃10型。

彼女達は、高いステルス性能を有するF-22Aを捉えられず、苦戦を強いられていた。

「全く、冗談じゃないわね、この状況…!」

『隊長、このままじゃ一方的にやられます!』

残った部下に分かってるわよと返し、思考をフル回転させる崔。

しかし、今の崔と部下に、あのF-22A部隊を撃破する方法は無い。

「こうなったら、一矢報いてやるわよ!」

『…そうですね、お供します!』

このままボロ負けする位なら、相手の喉下喰い千切ってやると気合を入れる崔に、部下も同意して行動を開始する。

「狙うは隊長機、あのマークの奴よ!」

『了解っ!』

物陰から飛び出し、追撃してくるF-22Aを持ち前の機体の軽さと強化されたロケットモーターの出力で引き剥がしにかかる。

そして狙うのは、未だ後方に控えている指揮官機のF-22A。

その肩には、他の機体には無いマーキングが在った。

それは、両手に斧を持ち、それを胸の前で交差させている女性の姿を象ったマーク。

「吶喊っ!!」

噴射跳躍全開で突撃をかける2機に、相手は距離を取りながら突撃砲で迎撃に入る。

その攻撃を肉を削って骨を断つ気合で突き進む2機。

『ぐっ、隊長行って下さい!』

「任されたっ!」

後方から追撃してきたF-22Aに追いつかれて撃破される部下の機体、だが機体が撃破判定で停止する前にその手に持っていた77式近接戦用長刀を投擲する事で、指揮官機を守るように居た機体を強引に退かせた。

「貰ったぁぁぁぁっ!!」

残弾の尽きた突撃砲を投げ捨て、77式近接戦用長刀をその手に持って肉薄する崔の殲撃10型。

「懐に入れば…!」

如何に砲撃能力が高いとはいえ、肉薄すればこちらの物。

そう思って挑んだ崔の目の前で、相手のF-22Aは予想外の行動に出た。

長刀を振り抜こうとする殲撃10型に対して、その手に持っていた突撃砲を投げつけてきたのだ。

「そんな小手先の術で!」

投げつけられた突撃砲を斬り飛ばして、返す刃で胴体を狙う崔。

背後の他のF-22Aが自分を狙うのを肌で感じながらも、目の前の相手を撃墜する事だけを考えて神経を集中させる。

追い詰めた、そう思った瞬間、相手のF-22Aの担架が跳ね上がった。

そして、他のF-22Aは持っていない、見た事がない武器をその手に取った。


「―――っ、嘘でしょっ!?」


「―――ッ、馬鹿なッ!?」


演習場と管制塔、その二つで同時に声が上がった。

片方は、F-22Aが近接武装を装備していた事に対して。

もう一つは、そのF-22Aが持つ近接武装の形に。

「近接武装が無いと思うことが間違いよ…!」

F-22Aのコックピットの中、相手の驚く顔を思いながら薄く微笑むのはエリス。

彼女の乗る機体が持つのは、長刀の半分以下ながら分厚い刃を持つ、無骨な斧。

それが、F-22Aの担架に装備されていたのだ。

それを手にして、長刀の一撃を防ぎ、そしてもう片方の手にも同じ斧を持つ。

「こいつっ!?」

予想外の事態に驚きつつも、瞬時に次の攻撃に入る崔。

大振りの一撃を、両手に持つ斧二本で見事に防ぎ、反撃の一撃が殲撃10型の肩部装甲を抉る。

「くっ、こんのぉっ!!」

振る一撃が防がれるならばと、斧では出来ない突きを放つ崔。

だがその一撃を、F-22Aは左手の斧で逸らし、懐へと深く入り込む。

「これで終わりですね…」

微笑を浮かべたまま、機体を滑らせ、殲撃10型の胸部へと右手の斧を叩き付ける。

この瞬間、崔の機体は衝撃判定で胸部大破となった。

『暴風01、胸部大破により戦闘不能。状況終了、繰り返します、状況終了』

情報官からの通信を、呆然と聞くのは崔。

相手のF-22Aが近接武装を持っていた事もそうだが、それ以上に自信があった近接戦闘で負けた。

その事実に、崔は暫く呆然と報告される情報を聞いていた。

それに対して、エリスのF-22Aは両手にそれぞれ斧を持って、悠々と野外ガントリーまで凱旋していた。

見守っていた関係者達は、彼女の機体がギリギリまでシートに隠されていた理由を察していた。

「良いお披露目になりました、感謝しますよ崔中尉」

そう呟いて機体をガントリーに固定させる。

すると自国の整備兵がやってきて、エリスにある情報を伝えてきた。

「そうですか、開発責任者のクロガネ少佐が…」

伝えられた情報に、彼女は柔らかな微笑を浮かべて大和が居る管制塔を見上げる。

その視線に含まれる感情は、彼女の微笑みに見惚れる整備兵には分からない。

その頃、大和は管制塔のメイン管制室でその身体を震わせていた。

「馬鹿な…あれはエリミネーター…!」

「しょ、少佐? ご存知なのですか…?」

大和の徒ならぬ様子に、恐る恐る声を掛ける唯依。

「あ…いや、その…何でもない」

「そうは思えませんが…」

大和の珍し過ぎる、焦ったような予想外の事態に驚いているような、そんな姿に心配顔の唯依。

「それより、トマホーク試験小隊の詳細な情報を! 整備兵から全てだ!」

「は、はい!」

大和の焦ったような声と姿に、情報官が慌てて指示された情報を提示する。

すると、モニターに映る一人の衛士を見て大和の表情に驚愕が浮かび上がる。

そこに表示されていたのは、トマホーク試験小隊指揮官、エリス・クロフォードの顔写真。

「(馬鹿な…何故、何故エリスが此処に…!? 彼女は米国版唯依姫と言っていい程の自国愛に溢れた性格だった…その彼女が何故日本に居る…ッ!!)」

かつての世界で出会ったエリスは、初対面の時は頭が固い愛国バカで、軍の命令は絶対というガチガチ軍人だった。

その為に、上官の無茶な命令で部隊を失い、彼女自身も捨駒同然で見捨てられた事がある。

その時大和達が助けたのだが、大和が怒声を浴びせて強引に撤退させるまで、意味の無くなった任務を続行しようとする程の頑固者でもあった。

そんな彼女が、母国を離れて極東まで来るなんて、昔の彼女を知る人間なら在りえない。

だが現実に彼女は今ここに居る、エリミネーターという、今はまだ考案すらされていない武器を持って。

あの、YF-23との出会いがあった世界において、アラスカまで攻め込まれた在米国連軍が急遽、長刀での戦闘に不慣れな元米軍衛士達の為に用意したのがエリミネーターと呼ばれる手斧。

長さは長刀の半分程度、分厚い刃と太く丈夫な柄を持ち、先端には打突用の刃も付いている。

長刀などのように癖が無く、少しの訓練で扱える上に乱戦でも有効な武装として、在米国連軍を中心に広く配備された武器。

リーチこそ短いが、一点の破壊力は長刀よりも上である。

バリエーションも豊富であり、大和自身も、長さを変更したエリミネーターを使用していた。

その現物が既に存在している事に、驚きを隠せない大和。

当然だろう、エリミネーターは、大和が在米国連軍技術部に掛け合って製作された武器なのだから。

「少佐…? どうしたのです少佐!?」

「……ッ、い、いや何でもない…」

肩を揺らされ、思考の海から戻される大和。

目の前には、不安と心配で表情を曇らせる唯依。

周りの職員達も何事かと様子を窺っている。

「本当にどうされたのです少佐、先程からおかしいですよ…?」

「いや、なんだ、少し疲れているらしい…済まないが一度執務室に戻る…」

「あ、少佐!?」

唯依の問い掛けに満足に答える事も出来ずに、その場を後にする大和。

後を追いたい唯依だったが、この場を任されている以上追いかける事が出来ない。

「少佐…何が…」

唯依はただ、大和が出て行った扉を見送るしな出来なかった。

不安げな唯依に見送られて、足早に管制塔を後にする彼に、擦れ違う整備兵や職員が面食らう。

「(何故だ…何故エリスとエリミネーターが……まさか、彼女も殿下と同じように…? いや、しかしそんな事が…だが、無いと言えないのがこの世界だ…くそッ、厄介な仕事から帰ったらこれか…!)」

頭の中で先程の事を思いながら、足早に開発区画から出て行く大和。

「あ、少佐! ……って、あれ、聞こえなかったのかな…?」

「なんだか、考え事していたみたいね…」

偶々通り掛かったタリサが声を掛けるが、大和は気付かずに行ってしまう。

その姿に、ステラは首を傾げながら、表情を曇らせる。

嫌な予感を感じ、何事も無ければと思うステラだった。




























16:35――――大和執務室――――



「ただいま戻りました…っと、少佐は居ないのか?」

模擬戦闘後の仕事を終えて執務室へと戻った唯依。

管制塔での様子が気になって急いで戻ってきたのだが、執務室にはイーニァとクリスカしか居なかった。

あと充電中のテスタメント。

「ヤマト? もどってないよ」

「副司令か白銀大尉の所ではないか?」

唯依の疑問に、最中をはむはむしながら答えるイーニァと、その反対で書類整理を進めるクリスカ。

「そうか…って、シェスチナ少尉! 食べ過ぎだろうそれは!」

ギョっとして見た先には、イーニァが食べた最中の包み、パッと見ただけで10個は食べている。

「と言うかこれ、私の好物の最中ではないか!」

慌てて箱を奪うと、もう3個しか残っていない。

一箱15個入りだとしたら、イーニァとクリスカで12個は食べた計算になる。

「だってヤマト、もどってこないんだもの」

と言って、また一個ぱくり。

イーニァ、どうやらやっと大和が帰って来たのに逢いに来てくれなくて拗ねているらしい。

「だからと言ってなぁ…あぁ、マナンダル少尉達の分も考えたら一個しか…うぅ、一個しか…」

ず~んと落ち込む唯依に、そんなに好きだったのかと4個喰ったクリスカ、かなり罪悪感。

「はぁ…まぁいい。二人とも、少佐が戻ったら少し注意して様子を見て貰えないか?」

「……? 少佐のか?」

「?」

気を取り直した唯依の言葉に、首を傾げる二人。

そんな二人に、管制室での出来事を話し、大和の様子が少しおかしかった事を説明した。

「今回の出張で何か在ったのかもしれない、そんな訳で二人も少し注意して欲しい」

「わかった」

「そう言う事なら協力しよう」

唯依の頼みに、素直に頷くイーニァと快く受け入れるクリスカ。

「では、私は少佐を探してくる。どうも胸騒ぎがするんだ…」

モヤモヤとした、BETAとの戦いや戦術機での戦いでも感じた事の無い不安。

それが、唯依の胸の中生まれ始めていた。

二人に見送られて執務室を後にする唯依。

70番格納庫などに連絡を取ってみたが、大和は現れていない。

夕呼の所には帰還の挨拶と報告を済ませて既に居ないとの事。

「大和のあの様子…酷く驚いて、そして悩んでいたな…悩んで…」

呟いてから気付いた、大和の癖を。

長い付き合いの人間しか知らない、大和の悩んだ時の癖。

開発やら何やらで、深く考え事をしたい時、大和は人気の無い、そして風通しの良い場所で一人思考の海で泳ぐのだ。

「屋上か…!」

横浜基地で人気が無くて風通しが良い場所なんて限られている。

そしてあの大和が居そうな場所は、屋上しか思い浮かばなかった。

エレベーターで地上へと移動し、その足で屋上へと向う。

斯衛軍時代の時も、開発で一人悩んでいた時、開発局の建物の屋上で一人考え事をしていた大和を思い出しながら、屋上への出入り口へと手を掛けた。

その時、屋上に複数の人の気配を感じ、同時に嫌な予感を強く感じる唯依。

その不安から左手で胸を押さえながら扉を静かに開く。

「――――っ!?」

微かに空いた隙間から差し込んでくる夕日と、その中で抱き合う二人の人影。

片方は唯依が想いを寄せる相手、大和。

そしてもう一人は――――金色の髪を風に靡かせる、エリスだった……。































時刻は少し遡り、横浜基地屋上。

巨大なパラボラアンテナがある建物の屋上にて、夕暮れに染まり始めた空を眺める大和。

傍から見れば夕日を眺めているだけに思えるが、彼の瞳は何も見ていない。

今彼が見ているのは、記憶の中の景色だ。

「エリスが試験部隊に…それは在り得ない話ではない。元々彼女はエリート部隊の一員だったのだし…」

過去のループでの記憶。

YF-23のエピソードがあったあの世界で、エリスは元々は米軍部隊の中隊長だった。

士官学校をトップの成績で卒業し、優秀な成績を残したトップガン。

その実力と軍人としての模範的行動などから、F-22Aを与えられ、とある米軍基地での虎の子部隊の中隊長。

将来を約束された、エリート街道まっしぐらの女性衛士だったのがエリスだ。

その当時、大和は極東防衛線から撤退してきた敗残兵として、カムチャッカ戦線、アラスカ戦線などの同じく敗退した国連軍衛士を寄せ集めた部隊に居た。

初めてエリスと出会ったのは、アラスカ最終防衛線を突破しようとするBETAを迎え撃つ為に、その手前に設置された合同キャンプだ。

米国陸軍の威信を背負って堂々と部隊を率いるエリスと、そんな彼らから負け犬とバカにされる撤退国連軍部隊を率いる大和。

出会いが最悪であった事は言うまでもない。

その後、侵攻してきたBETA相手に出撃するも、作戦主導の米軍の読みの甘さから戦線が崩壊。

エリスの部隊はBETAの群の中に取り残され、脱出も出来ない。

救援を請うエリスの耳に届いたのは、その場に止まりBETAの足止めをしろという無慈悲な命令。

既に部隊は半壊し、役に立たないと判断されたエリスの部隊は囮にされてしまったのだ。

そんな彼女達を救い出したのが、孤軍奮闘していた撤退国連軍部隊、大和の部隊であった。

恐怖と絶望で満足に動けない上に、既に意味の無い任務に固執するエリスに対して、通信で怒声を浴びせて強引に脱出させる大和。

そのお陰でエリスと部下3名は生き残り、無事に基地に辿り着いた。

そんな彼女達を待っていたのは、命令違反による処罰。

未だに現場を理解していない司令や高官の考えや行動に絶望したエリス。

そんな彼女達が部隊再編を呆然と待っていると、帰還したばかりの大和達が出撃準備を整えていた。

拠点の一つであるこの米軍基地には、米軍だけでなく国連軍も集結している。

その中から部隊が半壊したり、機能しなくなった部隊から志願した衛士を掻き集めた大和が、出撃しようとしていた。

この基地へと向っているBETAに対して、迎撃に出るという大和達。

ほんの数十時間前まで地獄のような戦場に居たと言うのに、戦意の消えない彼らが、エリスには眩しかった。

そして気付けば立ち上がり、応急処置を終えた機体へと向う大和達を追いかけていた。

自分も一緒に連れて行って欲しいと、願うエリス。

普通なら無理な話だ、所属も違うし国連軍の大和にそこまでの権限はない、当時中尉だった大和には。

だが、大和はその口元を釣り上げると背中を向け、ただ一言「戻れないぞ」と告げた。

その返事として、エリスは任官してから伸ばしていた長い金髪を、強化装備に付属するナイフで断髪して示した。

他国の敗残国連軍衛士達が口笛や拍手で賞賛する中、エリスは切り落とした髪を投げ捨てた。

それは、今までの自分、エリートの道を投げ捨てるという意味だった。

何故彼女がそこまでしたのか大和には分からない、きっと誰にも分からないだろう。

彼女が大和達の生き様に何を感じ、何を思ったのかは、彼女だけのモノだ。

そんな彼女の姿に、生き残った部下達も続き、機体が動く者はそれに、無い者は別の機体を駆って出撃した。

当然無断行動であり、重大な違反だ。

それを大和もエリス達も承知で、出撃する混成部隊。

機体もF-15EからF-22A、F-16にF-4やF-5とバラバラ。

衛士達も、日本人から中国、インド、ロシア、エジプトまでと多国籍。

彼らが無断で出撃してから数時間後、侵攻してくるBETAの一団と戦闘になるが撃破。

しかし、彼らが出撃した基地と連絡が途絶えてしまう。

その理由は、アラスカに新しく建造されてしまったハイヴから侵攻してきた母艦級。

オルタネイティヴ5発動後、横浜基地を襲撃してから以降、母艦級はハイヴから程近い基地などに襲撃を仕掛けるようになった。

上位存在が母艦級を動かすのと人類を排除するのをどう計算したのか不明だが、積極的に動かしている事からその方が効率が良いと判断したのだろう。

事実、横浜基地以後、日本・カムチャッカ半島・エジプト・アイスランドなどに母艦級が出現し、重要拠点や主要基地を瞬く間に壊滅させている。

エネルギーの関係でハイヴから遠くには行けないと思われる母艦級、それ故にハイヴ周辺の基地は常に襲撃の危険性に晒されていた。

それが出現し、基地は壊滅。

帰還する場所を失った大和達は、脱出した部隊や人員を守りながら別の基地へと移動する事になった。

その後、エリス達は在米国連軍に降り、一応無断出撃やらの処罰として降格。

基地が壊滅してしまった為に、それ以上のお咎めも無かった。

在るとすれば、今後ずっと大和の部隊で、常に激戦区に投入される事か。

大和達の部隊は上層部から疎まれているので、当然出世も諦めるしかない。

しかしエリスは、大和について行って良かったと笑顔を見せていた。

吹っ切れた彼女はその後、大きく実力を伸ばして大和の副官として常に連れ添った。

部隊損耗率が尋常ではない大和の部隊であっても、最後の最後まで残った事からその実力の高さが窺える。

「そんな彼女と、エリミネーター……くそッ、どうなってるんだ…」

フェンスを殴りつつも悩む大和、エリスがここに来る事、それ事態は在り得ないとは言い切れない。

元々エリートだし、実力だって高い。

今だと恐らくBETAとの戦闘経験こそ無いだろうが、それでもF-22Aを与えられる程度の実力は持っている筈だ。

そんな彼女を米軍上層部が送り込んだとしたなら、命令に忠実なエリスの事を考えると可能性はある。

だが問題なのは、彼女が使った戦術機用の手斧、エリミネーターだ。

「あれは俺が設計して技術部に依頼した武器だぞ…!」

極東国連軍での経験や、集め始めた設計データなど。

それらを元に図面を引いて、具体的な例と共に技術部に無理を言って少数生産して貰ったのだ。

そして部隊の、元米軍衛士達と一緒に実戦で使い、実証データと実績を持って少数量産に漕ぎ着けた。

米軍や在米国連軍の衛士の多くは、近年まで砲撃主体の訓練や教育の影響で近接戦闘の技術も知識も無かった。

訓練校でも部隊でも、短刀で群がった小型種の排除程度しか学んでいない。

それ故、アメリカ本土まで攻め込まれた際に、砲撃だけでは対応出来なくなり、嫌でも近接戦闘を強いられる事になった。

だが、長刀やそれを扱う為の機体(F-15Jなどの手腕などに破損防止装置を組み込んだ機体)が在っても、扱う衛士が武器の間隔が分からずにいたのだ。

ある程度は機体のシステムが補佐してくれるが、だからと言ってそれで扱える物でもなく。

碌な訓練もせずに長刀を装備して出撃した部隊が、自滅した事も在った。

その事を危惧した大和が、多少無理してでも造って貰い、自ら使用して見せた近接武装。

トマホークをモデルに、柄の先端に打突用のナイフ、耐久性と破壊力を優先した分厚く幅広い刃。

刃は下のほうが長めになっていて、柄の持つ部分をガード出来るように造られている。

長さは長刀などの半分程度で、基本片手持ちだが両手持ちも可能。

リーチこそ短いが破壊力と取り回しに関しては長刀よりも上で、扱いも長刀やナイフより簡単だ。

今の時代より破損防止装置も進化しており、この大きさの近接武装の中では破壊力はトップクラスを誇っていた。

元米軍衛士達の受けも良く、またコストも長刀1本分で、約2本は造れる事から上からも許可が出た。

その後、配備した大和の部隊が好成績を残した為に、在米国連軍で少数配備が開始され、広がり続けた。

大々的な試験も評価もされずに前線で採用・配備された武器として、豪州などでも話題となったのがエリミネーターという渾名が付けられた武装。

当時大和は、柄の長さと刃の大きさを変更したタイプ:バルディッシュを愛用していた事から記憶に残っている。

「何故エリミネーターが…やはり、エリスも殿下と同じなのか…?」

考えれば考えるほど分からなくなる、思考の渦。

その中に嵌り、頭を抱える大和。

長いループの記憶の中、堀沢隊長や“あの子”と共に色褪せない存在、エリス。

その彼女と邂逅があるだけでも大和の精神的ダメージは計り知れない。

それなのに、生まれる筈の無いエリミネーター、似たような武器は造られるだろうが、あの世界の記憶の形そのままなのは在り得ない。

何より、彼女のF-22Aに画かれた斧を持つ戦乙女のマーク、あれは自分が洒落でデザインして彼女に勧めたマークだった物。

「兎に角、一度頭を冷やそう…でなければ彼女と対面できない…」

一度思考を止めて、気分を落ち着かせようとする大和。

知らず知らず掌には汗が浮び、頭痛にも似た鈍痛が頭を襲っている。

「悩み事ですか?」

「――――ッ!!」

その時、突然背後から声を掛けられて硬直する大和。

気配に気付かなかった? 違う。

悩んでいる事を覚られた? 違う。

では何が大和を硬直させ、その手を小さく震わせているのか。

「夕日が綺麗ですね、クロガネ少佐」

「……君…は…」

それは、その声が、色褪せぬ記憶にある声と同じであり。

ゆっくりと振り向いた先には、秋風に靡く髪を右手で押さえながら微笑む、エリスの姿が在ったから。










[6630] 第四十九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:15







2001年10月15日――――


横浜基地PX――――



「ふ~ん、篁中尉がそんな事をねぇ…」

「はい、かなり悩んでいるご様子でした」

大和が横浜基地へ戻るほんの数時間前、PXの食堂では休憩時間の武が、同じく休憩時間の凛と会話していた。

その内容は、この前凛が唯依に相談された事。

「周りから見たらそう見えるのかねぇ、俺からしてみれば逆なんだけどな」

「それは、お兄様は大和お兄様と親しいからそう思うのですよ」

ラトロワ少佐が言う、自分が消えた事云々ではなく、BETAとの戦いをそれだけ重要視していると感じている武。

実際の所、大和の考えはその両方でありそのどちらでもない。

BETAとの戦いは重要だし、技術を広めるのは大事だと考えている。

と同時に、自分がこの世界から消える事も考えて技術者の育成にも取り組んでいるのだ。

そもそも、大和の設計図関連は殆ど未来の誰かが考えた物であり、正確には大和の物ではない。

大和からしてみれば使えそうな物を掻き集めただけなので、独占とかその辺り考えていないし、どうせ誰かがその内考えるのが確定なので広める事に躊躇しない。

ただ、未来で考えた誰かが、今現在既に構想を練っていたら危ないので、近年に完成する技術や構想が始まっているのが確定している設計図は夕呼に預けて扱って貰っている。

夕呼管轄なら横浜基地内部だけで扱われるので、外に漏れ出す事は無いからだ。

「まぁ、俺も大和の全部を知ってる訳じゃないし、絶対なんて言えないけどさ…」

「そうですね…大和お兄様は内心を語らない方ですし…」

長い事家族として接している凛とも、親友である武ともやはり一歩引いた関係を持っているのが大和だ。

本心を語らず、常に感情を隠している大和に、武は彼の抱えているモノを感じ取っていた。

武と大和は、似ているようで全く異なるループを経験している。

その為、抱えている感情もモノも異なるのだろう。

「分かった、俺の方でも少し聞いてみるよ」

「お願いします、お兄様」

妹分に頼まれた上に、親友に関する事なら断れないと胸を叩く武。

そんな頼もしい兄に笑顔を浮かべる凛。

そこへ、まりもちゃんがファイル片手にやってきた。

「白銀、少し良いか?」

「? 何か在りました?」

凛が敬礼するのに答礼して武に声を掛けるまりも。

クエスチョンを浮かべて問い掛ける武に、まりもは手にしたファイルを手渡す。

「先程、帝都からトレーラーが到着して、Type-00Cを二機、搬入して行ったのだ」

受領者のサインが必要と言う事で自分がサインして、とりあえず地下搬入用エレベーター前に置いてあると説明するまりも。

「00Cって、黒の武御雷が? なんでまた…」

と呟きながら凛を見る武、その視線の意味を理解してプルプルと首を横に振る凛。

「いえ、警護隊に増員の話も予備機搬入の話も聞いてませんよ」

「じゃぁなんで武御雷が…?」

標準機とは言え、武御雷は斯衛軍専用機。

それが何故親密な関係に在るとは言え、国連軍である横浜基地に? と首を傾げる武ちゃん。

それを言ったら紫の機体が基地にあるのだが、あれは殿下が冥夜の為に無理を言って搬入して貰った機体だ。

誰の管轄だよと書類を見れば、責任者は大和になっている。

「あ、もしかして大和が前に言ってた武御雷の強化計画の試験機か?」

「そんな話があるのですか?」

そう言えば前に言ってたなと思い出した武の言葉に、目を丸くする凛。

凛も横浜の技術力は良く理解していたが、自分の愛機でもある武御雷まで強化する計画が在るとは思わなかった凛。

何しろ武御雷は去年配備を開始されたばかりの、最新機だ。

確かに生産性や整備性よりも性能を優先なので、問題といえば問題だがそれをどう強化すると言うのか。

「武御雷も不知火・嵐型のように強化するのかしら…」

「いや~、嵐型みたいに改造すると、金額が大変な事になるって愚痴ってたから、轟型みたいになるんじゃないかな?」

まりもの疑問に、苦笑して答える武。

流石に武御雷を不知火・嵐型のように改造するのは無理が多いらしい。

そもそも、武御雷はまだ配備を開始してから一年程度。

まだ大々的に改造するには早いだろうと、斯衛軍からも意見が出ている。

なので、撃震・轟型のように外付けパーツで弱点などを克服する事になるだろう。

その為に、大和が今回の出張に合わせて殿下を始めとした関係各所に出向いてお願いし、契約して周ったのだ。

その為、三日ほど出張が延びた。

因みに巌谷中佐には事前に連絡が行っており、根回ししてくれたからこんなに早く搬入されたのだ。

そして、搬入された2機は武と大和が斯衛軍時代に使っていた機体だ。

大和が昔、自分と武に合わせてチューニングしてあった為、そのままでもXM3に対応できる上に、実働データも揃っている。

国連軍移籍の際に、駆動部改修参考機として巌谷中佐が残して置いてくれたのだ。

「とりあえず、俺が大和の所に持って行きますよ。確かもうそろそろ帰ってくる筈だし」

と言ってファイルを預かる武。

要件を終えたまりもは、二人に一応敬礼を残して仕事に戻った。

現在、格納庫で機体のCWS換装訓練の途中らしい。

衛士の基本訓練の中に新しく盛り込まれる事になった、CWS規格の換装訓練。

整備訓練と同じように、一応衛士も覚えておけという事だとか。

訓練マニュアルが無いので、整備兵の人に教わりながら、現在A-01揃って訓練中。

「って言うか、普通一緒に帰って来ないか?」

「ですよねぇ…」

同じ日に帰ってくるのなら、トレーラーと一緒に戻れば面倒も無くて早いのにと苦笑する武に、同じく苦笑する凛。

「大和お兄様の事ですから、途中で御土産買う為に先に行かせたとか」

「うわ、在りそうだなそれ…」

凛の冗談交じりの言葉に、微妙に在りそうだと笑う武ちゃん。

まさか本当に御土産買う為に遅れているとは思うまい。

「それにしても、00Cの強化ですか…」

私の00Aも強化できるのかしらと少しワクワクしている凛。

彼女、微妙にCWSとかを使ってみたいと思っていたのだ。

「ま、不知火・嵐型が配備完了してからの話だろうけどな」

現在不知火から嵐型への改良途中で、生産された不知火・嵐型の配備も途中だ。

その状況で斯衛軍の武御雷まで強化・配備は色々と辛い、金銭とか。

横浜基地からの委託製造や何やらで貧乏とは言わないが、そこまで余裕が無かったりする。

暫く他愛無い会話をしてから、それぞれの仕事に戻る二人。

武ちゃんもファイルを届けてからA-01に合流して、訓練監督をやる予定だとか。

凛が、横浜基地から貸し与えられた警護隊の待機部屋へと戻る途中、隊長である月詠中尉がどこか優れない顔色で歩いてきた。

「中尉、どうかしましたか?」

「あぁ、七瀬少尉か…。それがな、先程月詠大尉から連絡があってな…」

従姉妹とは言え階級とか形式を重んじる彼女達、いくら武ちゃんに毒されても公の場所では確りとしています。

「大尉からですか? 何か問題でもっ」

元上官の真耶からの連絡で、あの真那さんがお疲れ顔。

これは何か大変な事がと思って焦る凛。

「………『もう抑えられん』…だそうだ…」

「…………………」

凛の問い掛けに、従姉妹との言葉をそのまま伝える真那さん。

普通なら何のことやらと首を傾げるが、凛には直ぐに何の事か理解した。


は っ ち ゃ け 殿 下 が 御 乱 心 。


そんな言葉が脳裏に浮ぶ凛。

「……殿下、ですか…?」

違って欲しいなぁという思いで問い掛けた言葉は。

「…殿下だ…」

お疲れ声の真那さんの、深い頷きで返された。

今この瞬間、確実な殿下襲来フラグが立ちました。

殿下の襲来、今の今まで月詠大尉が筆頭となって抑えていたのだが、ここ数日、大和の護衛の為に大尉が留守にする事が多かった。

そして、真耶さんばかりズルイですよ、と色々な意味で痛い所を突かれた。

仕事ですと答えても、私の訪問も仕事ですと言い返される。

これ以上抑え込むと何を仕出かすか分からないだけに、終に殿下の横浜基地訪問が決定した。

主な理由は、不知火・嵐型などの開発や、クーデター時の協力などへの礼と、慰問である。

横浜基地は日本人が多いだけに、喜ばれるだろう。

「と言う事で、覚悟をしておけ」

「了解です…」

苦笑するしかない真那さんと、敬愛する兄がどうなるか分からずにそっと涙する凛。

この瞬間、帝都で殿下がウフフフフ…と笑い、地下へのエレベーターの中で武ちゃんが悪寒を感じて震えていた。




























横浜基地屋上――――



「……君…は…」

カラカラに乾いた喉から絞り出した声は、秋風に掻き消されしまいそうな大きさだった。

しかし彼女には確りと届いたのか、一瞬きょとんとしてから微笑んだ。

「失礼しました、名乗っておりませんでしたね」

そう言って、姿勢を正して敬礼するエリス。

その瞬間、大和は心の中で身構えた。

『初めまして』・『お初に御目に掛かります』、そんな言葉に何度心を抉られた事か。

「エリス・クロフォード“中尉”です、先日開発計画の参加試験部隊として着任致しました」

と言って微笑むと同時に手を差し出すエリス。

「あ、あぁ、ようこそ中尉。歓迎するよ」

身構えていた『初めまして』に関係する言葉がなかったので肩透かしを喰らった気分の大和。

差し出された手を取って、握手を返す。

「本来なら…」

「む?」

「『初めまして』…と言うべきですが、必要在りませんよね?」


――――ヤマト中尉…?――――


「―――ッ!?」

握った大和の手に少しだけ力を入れて、外れないようにして微笑みながら呟くエリス。

その言葉に、ビクリと硬直して彼女の微笑を真っ直ぐに見てしまう大和。

まさか、本当に覚えているのかという疑問。

その疑問を肯定するように、エリスは一歩前に進み出た。

「まるで御伽噺のようです。“彼女”が憧れ、愛した人が今目の前に居る…これも奇跡と言うべきでしょうか」

ゆっくりと、大和の手の温もりを確かめるように両手で掴むエリス。

その掴んだ大和の手を自分の胸の位置まで持ってきてから、大和の瞳を下から覗き込む。

「彼女が憧れたヤマト中尉とはやはり違いますね。あの世界の彼はもっと荒々しくて抜き身の剣のようでした」

「な、何を…」

「でも、同じだと思ってしまうのは、貴方の存在が同じであると私の中の“彼女”が認識しているからでしょうか」

「何を言っているんだ!?」

淡々と、微笑を浮かべたまま語るエリスに、思わず声を荒げてしまう大和。

予想外の邂逅と、不安を煽る言葉にいつもの冷静な自分を保てなくなっていた。

「済みません、少し気持ちが高ぶってしまって…彼女の想いに、私も流されてしまったみたいです」

私も彼女で、彼女も私ですから。

そう言ってクスクスと微笑むその微笑は、あの頃の、束の間の平穏の時に隣で笑っていた彼女そのもの。

だが、大和の中の何かが、彼女は違うと訴えていた。

「言葉遊びなら後にして貰えるか、何が言いたい…!」

「あ…やはり同じなんですね。今の貴方、あの世界の中尉に戻っていますよ?」

嬉しそうに、そして楽しそうに大和の頬を左手で撫でるエリス。

昔に戻っていると指摘された大和は、表情を歪めつつ目の前の女性を見る。

記憶にあるエリスはショートヘアーだった。

今の彼女は、セミロングより長く、もうロングヘアーと言っても問題ない長さの金髪を、秋風に遊ばせている。

「少し…昔話を聞いて頂けますか? 自分でも未だに現実と思い切れない、でもただの夢とも幻覚とも思えない話を…」

そう言って、エリスは再び大和の手を両手で握った。

そして、ゆっくりとその口を開いた。













事の始まりは、今から約2年前の、エリスが士官学校の卒業を控えた時だった。

BETAに脅かされていない米国で、時間を掛けてエリート街道を進んでいた彼女。

このまま卒業すれば上級士官として配属され、その後もエリートとしての道が待っている。

唯依と同い年だが任官が遅いのは、お国柄故に。

そんな中、国連主導の元、日本の本州奪還作戦、通称『明星作戦』が決行された。

自国の軍が、G弾を2発使用して人類史上初となるハイヴ奪取に成功。

G弾が使用された時刻、エリスは突然悲鳴を上げて倒れた。

強烈な頭痛と何かが入ってくる、そんな感覚に意識が耐えられずに倒れたのだ。

そして、検査の後も特に問題が無いとされたエリスだったが、それ以後、毎晩夢を見るようになった。

それは、幼い頃のエリスの夢、物心付いた頃からの、掠れた記憶。

最初は昔を思い出しているのだと思った彼女だったが、夢はエリスを観客にした映画のように毎日、次々に人生を追うように見せていった。

毎日そんな夢を見る事に不安を覚え、カウンセリングも受けたが無駄だった。

やがて夢は今に近い映像を見せ始めた。

今に追いつけば終わるのではと思っていたエリスだったが、夢は彼女の予想を裏切り、さらに先を見せ始めた。

彼女が知る筈も無い、先の出来事を。

仕官学校の卒業から任官、エリートとして着実に階段を登る自分。

まさか予知夢? この先の人生を見せてくれている?

そう思って日々を過ごしていたエリスは、将来自分がF-22Aに乗れる事に喜んだりしていた。

だが、ある日を境に夢は想像もしなかった方向へ進み始めた。

G弾の大量投入による大規模反攻作戦、それに並行しての外宇宙への大規模移民計画。

国を守る為に衛士となったエリスは、当然地球に残り戦う事に。

だが、G弾運用での大規模反攻作戦は最初こそ上手く行ったが、数個のハイヴを落としてから直ぐに効果を上げなくなった。

そして、反撃と言わんばかりのBETAによる大規模侵攻。

今まで強固に守り続けていた各防衛線が次々に破れ、日本と台湾が完全に陥落。

BETAはカムチャッカ半島を足場にアラスカへと侵攻し、終には米国領土まで侵攻を許してしまった。

その後は、大和が知っている通りだった。

虎の子部隊として出撃すれば、地獄のような現実と孤立無援、上からも切り捨てられ絶望したが、大和達国連軍のお陰で生き延びる。

そして、夢の中のエリスは彼を追って行った。

出世も地位も投げ捨てて、彼らの後を。

その後、米国本土での防衛線に参加しながら、色々な基地を転々とした。

常に彼の後を追いかけ、背中を守り続けた。

想いを寄せても応えてくれない彼、高い実力と謎めいた部分を持つ彼。

そんな彼を信じて戦い続けた最後は、彼に“生かされた”。

悲しみを抱えて、南アフリカ、豪州にまで渡って戦い続けた。

何故か夢の中のエリス以外が、誰もが彼を忘れてしまった世界で。

それでも彼女は、彼の存在を、彼の功績を伝えながら戦い続け…果てた。

最後の瞬間まで、彼を思い続けて、彼女の短い人生は終わりを告げた。
















「そんな夢を…見てきました」

最初は気味が悪かった夢、信じられない夢。

しかしその中で、その世界でのエリスは確かに生きて、そして戦っていた。

今、この世界のエリスが目指した道を捨ててまで生きたその生き様。

それは今のエリスから見ても、気高く、誇り高く、そして美しかった。

だからこそ、エリスは夢のエリスを道標とした。

夢の中で本当の事のように感じる事が、自然と彼女の知識や経験となっていた。

技術やテクニックは、夢の中の自分をお手本にした。

そして、目標は夢の中のエリスを導いた彼。

他の事も、エリートとしての道も忘れて、ただ直向に強くなる事だけを目指した。

その結果が、今のエリスだった。

夢の中のエリスと、彼に導かれたのが、今ここに居るエリス・クロフォードという存在。

「君は…違うんだな…」

「その問いにはイエスでありノーでもあります。あの世界での彼女と自分は間違いなく同じ、ですが辿った道が違います」

だからイエスでありノー。

彼女は間違いなくエリスだが、この世界のエリスだ。

あの世界の、大和を慕い、想い続けた彼女本人ではない。

今目の前に居るエリスは、あの世界から流出したと思われるエリスの記憶と願いを受け取った存在。

武や大和とは違う、殿下と同じ存在。

「彼女は最後、どこで…?」

「豪州の最終防衛線で。逃げ延びた米軍が持っていた最後のG弾の爆心地で果てました」

エリスの答えに、やはりかと思う大和。

エリスと殿下、二人に共通するのは、G弾爆心地と、強い願い。

殿下から聞いた夢の最後と合わせて考えると、この二つが浮かび上がった。

後は、殿下とエリスが冥夜達と同じ、00ユニット候補者かもしれないという可能性。

殿下は冥夜の双子だけあって可能性は高い、エリスは調べないと分からないが、もしかしたらその可能性も在るかもしれない。

「本当は、あの夢が本当の事であるという自信はありませんでした。当然です、あんな夢が現実だなんて…」

つい最近まで半信半疑、別世界の出来事という考えすら、つい最近思い至った事だと話すエリス。

「でも、別の世界、別の歴史だと確信できる出来事がありました」

「………クーデターか」

大和の言葉に、静かに頷くエリス。

あの時の出来事は、国連を通じて様々な世界へと伝えられた。

当然、既に任官して頭角を現していたエリスも、知る事になった。

夢の中の世界ではクーデターは起きなかった。

それに、横浜基地発の、支援戦術車両、スレッジハンマーなんて開発されなかった。

その事から、夢の中の世界とこの世界が、別の歴史を辿っている事に確信を得た。

それと同時に、所属している基地に居続けても大和に出会えないかもしれないと悩んだ彼女だったが、話は勝手にやってきた。

横浜基地の戦術機開発計画。

その開発責任者に、彼の名前が在った。

あの世界よりも上の、少佐として。

「驚きましたが、同時にチャンスと思いました。あの世界の通りとなるなら、今から最低でも3年後ですからね」

横浜基地陥落、日本陥落、カムチャッカ半島陥落、アラスカ陥落。

敗戦に敗戦を続けた結果、大和はエリスの居る場所へと辿り着くのだから。

「あの世界の中尉が、あの強さとBETAの行動への対処を知っていたか、やっと理解出来ました。貴方もまた、継承しているのですね…?」

記憶と経験を。

それならば、年下の大和が脅威的な強さを持っていても、戦いで冷静な対応が可能な事にも納得が行く。

「………概ね、その通りだ」

実際には記憶の継承ではなくループなのだが、そこまで彼女に教える必要は無いだろうと思い、頷く。

「不思議なモノですね、あの世界の彼女が恋焦がれ、愛を捧げた人が目の前に居るなんて…」

「………それは、俺もだ」

困ったように笑うエリスに、寂しげな苦笑を浮かべる大和。

まさか、自分の関係者が記憶の継承をしているとは思わなかった事だ。

今までの長いループの中、一度も無かった事だけに。

だが、彼女は記憶こそ在れこの世界のエリスだ。

現に、彼女はあの世界の自分の事を“彼女”と呼んでいる。

つまり、自分は自分、あの世界の彼女はあの世界の彼女なのだと割り切って考えているのだろう。

だからこそ困っている。

“彼女”の強烈な感情が、自分の感情だと錯覚しそうで。

「自分が覚えていても、相手はそれを知らない…だから貴方は彼女も、他の人の想いにも答えずに居たのですね」

「………俺は弱い人間でね、心が引き千切られるような経験は、二度で十分だ…」

つまり、二度、愛した人から傷つけられた。

そして相手にも自分にも責任は無い。

だから、大和は、愛する事を諦めた。

「ですから、初めましては言いません。私自身は初対面ですけれど」

苦笑するエリスの配慮に、大和も苦笑するしかない。

だが、彼女に初めましてと、知らぬ相手を見る瞳で見られるより何倍もマシだった。

「しかし、何時確信したんだ…?」

確証なんて無かったのだろうという、大和の問い掛けに、少し考える仕草を見せるエリス。

「さぁ…なにせ、一目見た瞬間、私の中の何かが確信していましたから。もしかしたら、“彼女”がそう思わせたのかもしれませんね」

今の大和と、あの世界の大和の関連性を、一目見ただけで確信して行動に移る。

やはり彼女は彼女かと、エリスの即断即決っぷりを良く知る大和は苦笑するしかない。

「少佐、最後に一つ、失礼を許して下さい」

「何を……っと」

大和の返答もそこそこに、握っていた手を離して大和の腕の中へと飛び込むエリス。

風に流れる金髪が舞い、彼女の温もりが胸の中に広がる。

「……クロフォード中尉…?」

「エリスと…呼んで下さい。すみません、彼女の…感情が強くて…」

温もりを求める気持ちを抑えられないと、胸板に頬を摺り寄せるエリス。

大和を求めていた想いが今の彼女を突き動かし、こうさせているようだ。

「………すまないな、エリス…」

「謝らないで下さい…貴方は何も悪くないのですから…」

むしろ、あの世界の私を救ってくれてありがとうございます…と、小さく微笑むエリス。

あの世界での出来事が、今の彼女の人生を狂わせたと思い、責任を感じる大和を、確りと抱き締めるエリス。

「今はまだ、この想いが彼女だけのモノなのか、判断が出来ません…」

どれ位抱き合っていたか、ゆっくりと身体を離して見上げてくるエリス。

「だから、気持ちの整理がついたその時に、改めて告げさせて頂きます」

「…あぁ、どちらにせよ、覚悟して置こう」

今のエリスは、今の大和を知らない。

だから、あの世界と今との齟齬や違いを埋めてから、改めて告げると話すエリス。

その言葉がどんな言葉で在ったとしても、覚悟だけはしておくと頷く大和。

「そんな事を言って。どうせ拒絶するんですよね?」

「…な、何の事かな…」

微笑を消して、鋭く大和を見るエリス。

その視線は、唯依とソックリだと思う大和。

「まぁ良いでしょう、今の私が貴方に惚れていなければどうでも良い話です。ですが、もし私の、今の私の想いも“彼女”と同じになったら…覚悟して下さいね?」


――――今度はただの部下、副官程度では満足出来ませんから。何せ二人分の想いですので…――――


そう言って、大和の唇に指を当てて微笑むエリス。

そしてクルリと踵を返して出入り口へと向う彼女を、呆然と見送る大和。

「あぁ、それともう一つ。あの世界の“彼女”も、今の私も、結局私なんですよ?」

そう言って、先程大和の唇に当てた人差し指を自分の唇に当てるエリス。

さらに唖然とする大和の表情に満足したのか、微笑み浮かべてまた歩き出した。

「……あら?」

扉を開けようとしたら、その扉が少し開いている事に気付いた。

自分が入ってきた時、確かに閉めた筈なのに。

中へ入ると、階段を駆け下りる足音が微かに聞こえる。

だが既に姿は見えない。

「……これは…」

出入り口の扉の傍らに、長い髪が落ちて居るのに気付いたエリス。

その髪は長い長い黒髪だった。






















横浜基地地下・士官居住フロア――――


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

飛び込むように自室へと駆け込んだ唯依は、荒い息を吐きながら震える身体を抱き締めてその場に蹲った。

先程、屋上への出入り口で、大和とエリスの抱擁シーンを目撃してから、唯依の頭の中は自分でも整理が出来ない状況。

「どうして…どうして…どうして…!」

グルグルと回る頭の中の情報、何故大和が、何故エリスが、何故何故何故ナゼナゼナゼナゼ…。

壊れた音楽再生機のように、何度も何度も同じ疑問が頭の中を回る。

ラトロワ少佐から疑問を指摘されてから、溜りに溜まった疑念や不安が噴出し、唯依の顔を青褪めさせ、唇を振るわせる。

考えたくない、想像したくない答えが、未来が、勝手に頭の中で浮かび上がってくる。

「嘘だ…嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だぁぁっ、……こんなの、こんなの…!」

頭を抱え、髪を振り乱し、瞳に涙が溢れる。

考えたくない事が、脳裏に浮かび上がる。

大和が人を受け入れない理由を。

大和の、謎が多い出自の理由を。

勝手に理由をつけて、本人が望んでいない話を造り上げる。


――――大和が人を愛さない理由は、既に愛している人が居るから。それが、エリス――――

――――大和の謎が多い出自は、唯依の知らない裏があり、それにエリスは関連している――――


当然、それは唯依の勝手な想像だ、そんな事は無い。

だが、否定する材料が無いのだ。

「大和…どうして……どうして…!」

床を叩いて、その衝撃で涙が零れる。

あの時、夕日の中でエリスを抱き締める大和。

その表情は、唯依でも見た事が無い位、優しく、儚く、そして泣きそうな表情。

それだけで、大和がエリスに対して何か強烈な想いを抱いている証拠になる。

イーニァを見守る目でもない、クリスカを後押しする目でもない、自分に向ける目でもない。

ズキリと胸が痛む、溢れる不安に押し潰されそうになる。

大和の事は自分が良く分かっているという自負が崩れ、あっと言う間に自分より近い位置に入り込んだと思えるエリスに怒りが湧く。

今まで大和や周りに抱いていた嫉妬なんて、比較にならない想いが溢れ出そうとする。

確かに、大和の心を抉じ開ける為に、イーニァやクリスカの事を後押ししたし、自分でも妾は仕方が無いと嫌々納得していた。

だが、いざ自分より彼に近い人間が現れた瞬間、背筋が凍る感覚を覚えた。

それは、自分の立ち位置を、自分の居場所を、自分の求める物を、全て奪われるという恐怖。

「大和…大和、大和ぉ…」

弱々しく、助けを求めるように呟く唯依。

視線を上げると、そこにはベッドの上でこちらを見下ろすように座るたけみかづちくん。

よろよろとベッドへ近づくと、たけみかづちくんを抱き締めて顔を埋める。

「私は…私は何時からこんなに弱くなったのだ…」

小さく呟いて、涙を流す。

流れた涙が、腕の中の人形に落ちて、小さな染みを作るのだった……。














[6630] 第五十話 ※R15?
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:17






















2001年10月16日――――




80番格納庫――――




「――と、おい―――いて――――おい、大和ってばっ!」

「――ッ!、あ、あぁ、なんだ武?」

機密だらけの地下格納庫のキャットウォークの上で、ぼんやりと眼下を眺めていた大和。

そんな彼に歩いてきた武が何度も声を掛けて来たのだが気付かず、結局肩を叩かれてから意識を武に向けてきた。

「なんだじゃないっての、どうしたんだよボケーっとして?」

いつも隙の無いお前らしくもないと呆れる武。

普段なら飄々としながらも他人の動向に敏感で、武ちゃんが企む悪戯や仕返しも「読んでいたのさ!」「すり替えておいたのさ!」と防ぐ大和。

それが、大声で呼んでも気付かないのだから、何か在ったのかと思うのは当然だろう。

「いや、別に。出張の時に半ば無理矢理飲まされた酒が残っていたのかもな…」

「あぁ、お前酒弱いもんな…」

飲んだら即酒が回り、ジョッキ一杯も飲めばもう悪酔いで倒れそうになる大和。

それを良く知る武は納得はするが、そうは見えないぜと真面目な視線を向けてくる。

「何、少し予想外の事が在ってな…自分の中で整理していただけだ」

記憶を継承したエリス、追憶のような夢の最後を見た殿下、そして朝から様子のおかしい唯依の事。

「なんだよ予想外の事って。何かこれからの事に関わる事か?」

心配になったのか、キャットウォークの手摺に寄り掛かりつつ顔を向けてくる。

既に、『甲21号作戦』は二ヵ月後に迫っている。

そしてその成功を持って、一部情報を国連に提示しオリジナルハイヴの早急な破壊を提案。

甲20号を飛ばして、早急にあ号目標を消滅させる。

その為に準備を進め、現在武達が居る80番格納庫では近々お披露目される機体が組み上げられていた。

因みに以前武に見せた『眠り姫の楯』は隣の格納庫だ。

そんな状態の今、進行に影響が出るような出来事なら見過ごせないと詰め寄る武。

「そうだな…大きくは関わらないだろう。だが、間違いなく波紋は…広がるだろうな」

エリスの存在、彼女が持って来たエリミネーター。

この二つの存在が、自分達に何を齎すのか。

エリスの所属も目的も前の世界とは全く異なる、故に彼女が何を考え、何をしようとしているのか大和にも読めない。

彼女の性格からして、大和や横浜基地の害になるような事はしないだろうが、それでも不安は消えない。

昨日の再会の後、大和は色々と混乱する思考を落ち着かせるのに時間がかかり、結局空が完全に暗くなるまで屋上に居た。

執務室へ戻れば、いじけたイーニァとそんな彼女から残りの最中を死守するクリスカが出迎えた。

だが唯依の姿は無かった。

結局イーニァを嗜めるので時間を費やし、その後関係各所の状況を確認して昨日は終わってしまい、唯依とは逢えなかった。

朝になったら、泣き腫らした顔の唯依と出会い、何か在ったのかと問い掛けるが何でもありませんと堅く拒絶されてしまった。

そして会話も無く仕事に行ってしまい、大和は困惑するばかりだ。

「大和、本当に大丈夫なのか…?」

「そこまで大事ではないさ。それよりもお前は殿下への対応を考えた方が良いと思うが?」

心配で顔を歪める武に、苦笑して切返す大和。

「う~~あ~~、それを言わないでくれよーー……」

手摺に捉まって蹲る武ちゃん、殿下の横浜基地の視察と慰問が正式に決定してしまい、今からどうしようと震える日々だ。

その日に何とか出張とか出来ないかなと考える武ちゃん、名目はどこかの基地のXM3教導とか。

でも大和と夕呼先生に却下されるので考えるだけ無駄なのだが。

「まぁ、いざとなったら力を借りるさ」

「応よ、どんどん頼れよ。お前ってさ、自分の事は自分だけで解決しようとするからさ。偶には誰かを頼れよ、親友とかさ」

少し照れ臭そうに告げる武に、一瞬ポカンとする大和だが、直ぐに笑顔を浮かべる。

「そうだな、では厄介な修羅場が発生した時の生贄役に…」

「そう言うのは自分で解決してくれる? と言うか俺お前が暗躍したお陰で割りと大変なんだよ?」

その辺分かってる? と詰め寄る武ちゃんに、落ち着け親友と嗜める大和。

「ったく。それで、この機体はいつ頃完成するんだ?」

肩を竦めてから、視線の先で整備兵や開発者達に弄られている6機を指差す。

ガントリーに固定されている機体は、内部があちこち丸見えの素体の状態に見える。

「完成も何も、アレはあの状態が完成なんだぞ?」

「はぁ!?」

大和の返答に、あの骨組み状態がか!? と驚きを浮かべる武ちゃん。

それはそうだろう、6機は全て、通常の戦術機の装甲などを取り外したような状態なのだ。

普通に考えれば、この後装甲や武装を取り付けて完成となる筈。

「いや、アレはアレで良いんだ。後は装甲が完成すればお披露目出来る」

そう言って、重要書類であるファイルを武に渡す。

それをパラパラと眺めて、関連する項目を見つけて黙って読み進める武。

「……なるほどね。だからアレで完成なのか」

「そう言う事だ。陽燕や月衡のデータも随時フィードバックしてある」

お前にも文句を言わせない性能を叩き出してやるとニヤリと笑う大和に、そいつは楽しみだと笑う武。

「んで、あっちの機体はどうなんだ?」

次に武が指差したのは、6機とは別の場所で組み上げられている2機の戦術機。

こちらは先程の6機と違い、既に装甲が取り付けられ、各部の可動チェックや状態確認が行われている。

「そうだな、むしろあの2機の方が少し遅れている。一部システムの見直しが必要だな…」

「へぇ…あれって純夏が協力してるんだろ?」

大丈夫なのかよと暗に聞いてくる武に、苦笑する大和。

「お前の嫁さんは演算能力なら世界一だよ」

性格については触れない、それが大和流スルー術。

「なら良いけどさ…。そうだ、忘れる所だった」

話の区切りがついた所で、唐突に思い出す武、その内容は凛経由で聞いた唯依の不安。

その事をそれと無くでさり気無く、武ちゃんはその心算で聞いたのだが大和には丸分かり。

しかし、その内容で今朝の唯依の態度に合点が行く大和。

「ふむ、少し不安にさせていたのか…」

唯依は勘が鋭いし頭も良い、しかしその反面ネガティブになり易い面もある。

自分が出張中に妙な事になった物だと、武に礼を言いつつ対応を考える大和。

とりあえずは話をしようと考え、仕事に戻るのだった。














「……そう言えば、エリスはどうやってこちらの建物に?」

武ちゃんと別れてこの後の用事の為に歩く大和が、ふとした疑問に立ち止まる。

昨日、エリスは普通に大和の元へ現れたが、基本的に開発区画と横浜基地中枢の出入りは、許可が無いと出来ない。

エリスは試験部隊指揮官なので出入りは可能だが、一応の許可が必要になる。

その事を疑問に思ったのだが、実はエリスが斉藤を捕まえて「少佐に着任のご挨拶をしたいの」とお願いされたのだ。

そして斉藤はホイホイ案内してしまい、エリスはあの世界の大和の行動から彼の居場所を推測し、屋上へ辿り着いた。

人気の無い風通しの良い場所で思い悩むのは、かなり昔からの癖だったりする。

因みに大和が居なかった場合は、素直に大和の執務室へ出向いて挨拶をするつもりだったエリス。

流石は大和の元副官(の記憶)とでも言うべきか。

「………ま、良いか」

そんな事よりお仕事と、疑問を頭のゴミ箱に捨てて歩き出す大和。

本当にどうでも良い疑問だったようだ。



































「全く、世の開発者、技術者からしてみれば馬鹿みたいな話よね」

「同感です」

同時刻の80番格納庫、大和達が居るキャットウォークの下に位置する入り口で、夕呼が呆れたような顔をしていた。

その言葉に同意するのは夕呼子飼の技術者の女性。

今後XG-70の担当になる予定の人間だ。

「今どこの国も企業も達していない第四世代…その水準機を造ったと思ったら同時に正式世代機を建造…笑い話にしかならないわね」

「全くです」

夕呼の言葉に深く深く同意する女性。

世に名高い米国のMITを卒業した才女である彼女から見ても異常とすら言える横浜基地の裏。

第四世代水準機である陽燕と月衡、この2機の存在だけでも業界ではとんでもない話なのだ。

それなのに、今彼女達の目の前には、その2機を参考に造られた、正式な第四世代戦術機が居並んでいる。

試作機と限定とは言え量産機が同時に存在するこの矛盾。

しかし大きな問題も欠点も無いという夢のような話。

それに関わる事になってから、彼女の感覚は一部変化していた。

夕呼に言わせれば、感染したと称するだろう。

「90番格納庫の準備は?」

「予定通りに。搬入と同時に機体の総点検と改良を開始します」

「よろしくね。細かい事はまた後で煮詰めましょう」

夕呼の言葉に了解ですと答え、仕事に戻る女性。

その姿を横目に見送ってから、夕呼は居並ぶ装甲の無い戦術機を見上げる。

「これが世に出れば、戦術機業界は大革命でしょうね…」

現行の機体を上回る機体性能と特殊兵装、これらが齎すのは大規模な技術革新。

「戦争は科学を進化させる。それはBETAとの戦いも同じ。10年…短いようで長い進化の時間ね」

横浜基地を支え、夕呼の足場を固めるのに一役買った未来の技術や設計図。

最大の物で今から約10年後の技術。

数字で考えれば大して先の技術ではないと思うかもしれない。

だが、日々BETAの脅威に晒され、必死に生きてきた人間の底力は馬鹿に出来ない。

夕呼から見ても驚くような技術や発想のオンパレード。

それを利用して完成したのが、今存在する機体達。

「日進月歩とはよく言ったものね」

呆れと苦笑を織り交ぜて笑い、白衣を翻して格納庫を後にする夕呼。

進化する技術を支えるのは、自分達科学者・開発者。

夕呼は明日が見え始めた道を、一歩一歩踏み締めて歩き出した。










































同日・70番格納庫――――



「なぁ、ステラ。やっぱ何かおかしいよな?」

「タリサがそう感じるなら、明確な異変ね…」

どう言う意味だよっ!? と怒鳴るタリサを飄々と嗜めて、眼下の人物を見るステラ。

その視線の先では、唯依が整備兵に指示を出しながら仕事をしていた。

その様子は一見いつも通りに見えるが、ステラからして見れば、硬いのだ。

堅いと言っても良いかもしれない。

唯依は確かにお堅いイメージだが、大和との絡みで弄られ、その様子から人間らしさを垣間見た整備兵達にも親しまれている。

しかし、今の唯依はステラから見ると、ガチガチに固まった状態に見えた。

感情を理性で固めて平静を装っていると、ステラは見ていた。

「何が在ったのかしらね…」

「ここ最近、中尉なんか悩んでたみたいだけどさ…」

タリサもタリサで勘が良いので、唯依が何か思い悩んでいた事は察している。

しかし、一部例外を除いて人間関係で公私の区分けを確りしている…と言うより私まで公に塗り潰されている唯依は中々そういった事を他人に相談しない。

凛は別だ、彼女は関係者なので。

因みに一部例外と言うのが誰を指しているのかは、誰もが思い浮かべる自重しない少佐である事は言うまでも無い。

どうしたものかと悩む二人、そんな彼女達の背後で扉が開いた。

「あぁ、ここに居たのか」

「あ、少佐!」

「お帰りなさいませ」

入ってきたのは、80番格納庫から上がってきた大和だった。

二人は大和に帰還の挨拶をしていない事を思い出して、敬礼しつつ言葉を伝える。

それにただいまと答えつつ、イーニァとクリスカ、それに唯依は何処かと訪ねる。

「二人は現在、出向元の部隊に招集されています。顔合わせと言っていました」

「中尉だったら今そこに……って居ねぇ!?」

イーニァとクリスカは現在A-01に呼び出されて顔見せをしているらしい。

元々彼女達はA-01所属であり、ワルキューレ隊には出向という形で出向いているのだ。

その内、忙しくなったら彼女達もA-01へ戻されるので、今の内に新任と顔見せをして置こうと伊隅が考え、まりもと一緒に夕呼へ進言。

許可が出たので二人はA-01の所へ。

そして唯依だが、タリサが中二階のこの場所から下を指差すが、そこには既に唯依の姿は無かった。

さっきまで居たのに!? と、身を乗り出して格納庫内を見渡すが何処にも唯依の姿が無い。

整備兵の一人にタリサが問い掛けると、今さっき開発区画に行くと言って出て行ったそうな。

「入れ違いか…まぁいい、三人には後で説明しよう。二人とも、付いて来てくれ」

仕事で居ないものは仕方が無いと、とりあえず二人を伴って歩き出す大和。

目的地は同じ70番格納庫だが、奥の区画だった。

タリサもステラも自機が置かれている場所以外は出入りしないので、奥で何をやっているのか良く知らない。

大和が二人を連れて行った先では、ニヤニヤと何かを待ち望んでいる顔の開発者や整備兵達。

何なのだろうと二人が思っていると、シートを被せられた機体の前で大和が立ち止まった。

「マナンダル少尉、ブレーメル少尉。二人とも今まで我が開発部隊で優秀な成績を残してくれた」

振り返ったかと思えば、突然姿勢を正して語り出す大和に、反射的に気をつけの体勢になる二人。

「二人のお陰で舞風のデータも、CWSも多くの結果を残し、広まっている。それも二人の実力在っての事だ」

「いや、そんな…えへへ…」

「ありがとうございます」

大和の言葉に、照れ照れと照れまくるタリサと、確りと答礼するステラ。

それを見てタリサもステラに倣って慌てて答礼する。

「しかしながら、二人の実力に既に機体が付いて来ていない。そして肩部を始めとしたCWS規格の開発も一段落した」

そこで、と一度言葉を区切り、チラリと様子を見守っていた整備兵の一人に合図を送る。

するとガントリーから垂れていた紐を思いっきり引っ張る整備兵。

それに連動して、ガントリーに固定された機体から、シートが同時に外されて落ちる。

「こ、これって…!」

「F-22A…?」

整備兵達がライトを点灯させて態々ライトアップして照らされるUNブルーに塗られたその機体は、米軍が誇る戦術機、F-22A。

しかし良く見れば、彼方此方がF-22Aとは異なるではないか。

「二人には今後、この機体で開発計画に携わって貰う事になった。紹介しよう、F-22Aを彼ら横浜基地開発班が改造した二人の新しい愛機」


―――― 名を、F-22A's、アサルトラプター ――――


その名前を聞いて、背筋に電撃が走る二人。

自分達の新しい機体に、F-22Aを。

しかも改造が施された実質新型を。

それだけで感動で身体が勝手に震える二人。

「この2機には新しく設計された、背部CWSが搭載されている。今後はそちらの開発と並行してデータ収集に入ってもらうが…不服は?」

「「ありませんっ!!」」

大和の問い掛けに、答礼と共に答える二人、その表情は満面の笑顔。

その様子を見て大満足なのは大和以上に開発者達。

「実はな、この機体は俺が指示しただけで、実質彼らだけで組み上げ改造した機体なんだ」

と大和に紹介されて、照れ臭そうだったり誇らしげだったりとする開発班と整備班。

このアサルトラプターは、大和が大まかなイメージを伝えただけで、後は開発班と整備兵が持てる技術を総動員して改造し組み上げた機体。

大和が関わった所なんて、全体のイメージと新しく構築した背部CWSだけだ。

後は全て、横浜基地の開発班の作品。

言わばこの機体は、横浜基地の技術力を知らしめる為の機体でもあるのだ。

「責任重大ね…」

「面白れぇ…バシっと結果を残してやるぜ!」

機体に乗る意味を理解して笑みを深くするステラと、バシっと拳を叩いて気合を入れるタリサ。

「早速、機体変更作業と着座調整に入ってくれ。実機の模擬戦闘は数週間以内を予定しているから、シミュレーションを念入りにな」

大和の言葉に答えて、早速仕事に入る二人。

「っとと、そう言えば少佐、アタシ達の元の機体はどうするんです?」

「あぁ、一応テスト機として残すぞ。予備機としての役割も在るからな」

もしかしたら、横浜基地の陽炎を舞風に改造する事が決定したりした時に使わせるかもしれないが…と話す大和に安心するタリサ。

長い事付き合ってきた愛機が、そのまま処分されてしまうのは悲しいのだろう。

安心して仕事に入るタリサを見送り、自分が居ない間に見事に完成させた開発班を労う。

それと同時に、Type-00C持って来たからお仕事よろしくと笑顔で肩を叩く大和。

笑顔の大和の背後には、先程エレベーターで搬入された、黒い武御雷が2機と、唯依の武御雷。

大和の言葉に責任者が「本当ですか!?」と嬉しそうな顔で問い掛けると、大和は笑顔でサムズアップ。

それに対して開発者達はキャッホーウ、今度は芸術品のType-00CとFだぜぇと大盛り上がり。

すっかり大和に毒されたのか、タリサ達の機体を担当する面子以外は早速場所の準備を始める。

「命令されて動くのは2流の整備兵、自分から動くのが一流の整備兵だぜ!」

「フゥーハハハ、俺のトルクレンチが唸りを上げるぜぇ!!」

「私の配線捌き、特とご覧あれ!」

「おらぁっ、さっさとガントリー空けて機体、機体持ってこーいっ!!」

「ちょっと、誰よ私の道具持って行ったの!? 仕事出来ないじゃないの!」

「技術者っ、早く来てくれ技術者ーー! 改造させてくれーー!」

「我々の業界ではご褒美です」

徹夜明けのようなテンションの高さの面々に、うわぁとドン引きなタリサとステラ。

逆に満足そうに腕組んで頷く大和。

70番格納庫、そこは黒金菌の汚染率が最悪の、バイオハザードフロア。

さながら戦場のように慌しくなったその場所を、ランランルーと後にする大和。

無論、収拾するつもりなんて微塵も無かった。

因みに武御雷は芸術品、ラプターは高級品というのが彼らの認識だったりする。







































横浜基地地上部・ブリーフィングルーム――――



伊隅とまりも、そして武を除いたA-01の面子が談笑しながら待つブリーフィングルーム。

集められた理由は、出向中の残りの二人を、新任に紹介するというもの。

新任達は一体どんな人達なのかと期待をし、先任達はあれから逢う事が少なくなった二人がどうなったかと少しワクワクしている。

「全員揃っているな」

そこへ、伊隅が扉を開けて入ってきた。

その後に続くのは、美しい銀糸の妖精が二人。

キリッとした美貌とスタイルを持つ女性と、無表情ながら儚い印象を受ける愛らしい少女。

どっちも外人さんだー、霞に似てるーなどと思いつつ、速瀬中尉の号令で敬礼する新任と、笑みを浮かべている先任。

「楽にしろ。今日は事前に連絡した通り、現在出向中の残りの隊員を紹介する。先ずはビャーチェノワ少尉」

伊隅の言葉に姿勢を楽にしてから、向き合う面々。

彼女に諭されて、先ずはクリスカが一歩前に出る。

「クリスカ・ビャーチェノワ少尉だ。現在は横浜基地戦術機開発部隊に出向している」

淡々と、しかり確りと言葉を紡ぎ、最後に敬礼すると、新任が揃って答礼し、よろしくお願いしますと言葉を揃える。

「次に、シェスチナ少尉。……少尉?」

伊隅が紹介するが、返事所か動きが無い。

その事に気がついて横を見れば、とある人物をガン見しているイーニァの姿。

「ふ、ふぇ!?」

見られているのは、たわわに実ったけしからん母性の持ち主、つまり築地。

「しまった、またアレか!?」

「イーニァっ、ダメよまだ自己紹介していないでしょう!?」

伊隅が頭を抱え、クリスカが咄嗟にイーニァを抱き止める。

クリスカが止めなければ、イーニァは一直線に築地の母性へダイブしていただろう。

「あ、あの、なんなんですかぁ~!?」

無表情でガン見され、全力で背後から抱き止めるクリスカの焦り様と、それでも徐々に進んでいるイーニァに、身の危険を感じる築地。

新任達は揃って同い年程度のイーニァの行動に困惑し、先任達は呆れやら苦笑やら。

「イーニァちゃん、ほらほら、貴女の好きなおっぱいよ~」

「……あきた」

「ガーーンッ!?!?」

築地を守る為…ではなく、自分の欲求を満たす為に築地と同レベルの母性を持ち上げてたゆんたゆんさせる上沼。

だが、イーニァはチラリと見ただけで一言でバッサリ。

上沼は胸を抱えて蹲った。

因みに上沼と築地の母性の違いは形と弾力らしい。

「ほらほらシェスチナ! こっちの母性も大きいぞ~!」

「なっ、東堂中尉!?」

「…何事…?」

敗れ去った上沼に代わり、今度は東堂が冥夜と彩峰の背中を押して仰け反らせる。

その反動でバインと自己主張する二人の母性に、イーニァの眼光が光りロックオン。

「トウドウっ、貴様余計な事を!?」

「仕方ないでしょ、築地少尉は気が弱い上に敏感みたいだから、今のその子のもふもふ受けたら失禁すら在り得るのよ!?」

クリスカがターゲットが増えた事で更に力を増すイーニァに驚きつつ東堂に文句を言うが、彼女の言葉にそれもそうかと納得してしまう。

「何っ、なんなんですかぁ!? もふもふってなんだがや~!?」

涙目で混乱しつつ胸を抱き締めて後退する築地だが、腕の間から零れた母性にイーニァさらにパワーアップ。

「水月先輩っ、一体あの子なんなんですか!?」

「覚悟して置きなさい茜、シェスチナはそこの色ボケのせいで女の胸が大好きなのよ…」

「そして、その胸に顔を埋めて弾力と温もりを堪能するのが、もふもふ…。弱い女性なら通常のもふもふでも腰にクるぞ」

何故か汗を拭って戦慄する水月と、神妙な顔で頷く宗像の言葉に、思わず胸を押さえてしまう茜。

「因みにEやFで味を占めた少尉は、B以下に反応すらしないから心配するな」

「にゃっ!?」

「はうっ!?」

宗像がニヤリと笑いつつ他の新任と同じに胸をガードしていたタマと美琴の肩を優しく叩いた。

それはそれでショックなのかダメージを受ける二人。

「もう、美冴さんたら…。心配しないで、悲しい顔でもふもふできないよって言われた人も居るから…」

「聞こえてるわよ風間!?」

風間がタマと美琴を慰めるが、その言葉で古傷を抉られた東堂に泣きが入る。

「あはは、面白い人だねぇ」

「面白いじゃ済まないわよ…」

まぁ同じ女性だし少し位なら良いかなぁと軽く考えている晴子と、同性でも流石にそれはと身構えている委員長。

すると、一人の少女がイーニァに立ち向かった。

「ん、どんと来い」

それは、訓練着の上着を脱いでアンダーウェアになった麻倉の姿。

「おい、麻倉!?」

「ダメよ、今のシェスチナ少尉は手加減出来ないわ!」

麻倉の姿に伊隅と遙が慌てるが、麻倉は仁王立ちの状態で胸を張った。

彩峰や冥夜に劣るとは言え、それでも晴子・委員長と同じく服の上から自己主張可能に分類される麻倉。

因みに彼女の後ろは茜>高原>美琴>タマとなっている。

「ふもっ」

終にクリスカの腕からイーニァが離れ、麻倉の母性に顔をもふっと埋めるイーニァ。

そしてガシッとベアバックの如く麻倉の胴体を抱き締め、もふもふスタート。


もふもふもふもふもふもふもふもふもふもふ………

もふもふもふもふもふもふふもっふもふもふ………

もふもふもふもふもふもふもふもふふもっふ………


全員が固唾を呑んで見守る中、ピタリとイーニァの動きが止まる。

歯を食い縛り、無表情に、しかし頬を赤らめながら耐えた麻倉。

そんな彼女の母性から顔を上げたイーニァ、麻倉を見上げて一言「うん、A+」。

何の事かと思う面子だが、まさかイーニァ主観のもふもふ満足度とは思うまい。

因みに現在トップはS-ランクの唯依とAAAのクリスカだ。

ステラがAA-。

何故唯依がS-かと言うと、微妙に抵抗されるのが刺激になって良いとか何とか。

これを聞いたクリスカは、本気で上沼の存在を抹消したくなった、無論出会う前の上沼を。

因みに大きさだけならワルキューレ隊トップのステラがAA-なのは、最初はあらあらと困った微笑でもふらせてくれるのだが、調子に乗るとあの母性で「調子に乗らない♪」と締め落としてくるから。

既に三度、母性締めで落とされているので、それを加味してのランク。

「イーニァ・シェスチナしょうい、ヤマトのワルキューレたいしょぞく」

麻倉から離れて最初の場所に戻り、平然と自己紹介を始めるイーニァに、あぁ、こういう子なんだと理解する新任達。

出向中ではなく、所属と言い切っている辺り、自己主張が激しい。

「あ、麻倉、アンタ大丈夫なの…?」

直立不動の麻倉に、水月が恐る恐る声を掛ける。

すると、プルプルと痙攣を始めたかと思えば崩れ落ちた。

「あ、麻倉っ!?」

「……………(ぱくぱく」

「なに、何が言いたいのっ!?」

咄嗟に水月が抱き止め、遙が駆け寄ると何か小声で言っている。

遙が耳を近づけてその言葉を聞くと、きょとんとした顔で顔を上げる。

「マーベラス…だそうです」

「なによそれ…」

水月の呟き通り、意味不明だった。

「しかしシェスチナ少尉のもふもふに耐えるとは、呆れた根性だな…」

「美冴さん、美冴さん、あれ…」

何やら感心している宗像だが、苦笑した風間がちょいちょいと突付いてある部分を指差す。

その先は、麻倉の足。

ピクンピクンと断続的に痙攣している。

しかも内股でモジモジと足を摺り寄せて。

「………祷子、椅子を用意して上げようか…」

「そうですね…」

二人は敢闘した麻倉を称えて、特別に椅子に座らせて話を進ませる事にした。

無論、伊隅も異論は無かった。

何がどうなったのかと混乱する新任達に、東堂は一言「健闘虚しく敗北よ…」と涙を拭った。

つまり麻倉は負けたらしい。

「待たせたな、顔見せが終わっているなら早速訓練……何事だ?」

そこへ現れたまりもちゃん、既に顔見せが終わっていると思ってファイル片手に入ってきたが、室内のカオスっぷりに呆れ顔。

その後、新任達の自己紹介を、麻倉の回復を待ってからシミュレーターデッキへと向う面々だった。















「所で、何故高原少尉は黒いオーラを纏っているんだ?」

「それが、台詞が無いとか何とか、意味不明な事を…」

シミュレーターデッキにて、まりもと遙。

二人の視線の先には、鬼気迫る表情でフォースの暗黒面に落ちたかの如く猛威を振るう高原の姿が。

「まぁ、結果が出るなら良いけれど…」

「ちょっと怖いですねぇ…」

苦笑する二人。

高原は今日も影が薄かった。

『はわーーっ、なんかシェスチナ少尉の機体、私ばっか狙ってねぇべか!?』

『多恵逃げてーーっ!!』

『もふもふにがさない』

その一方で、イーニァの雪風壱号機に追い回される築地が居た。

彼女を守ろうとする新任を蹴散らして必要に追跡するイーニァ。

恐らく、捕まって撃破されたらもふもふを要求される事だろう。

高原と築地に合掌。











[6630] 第五十一話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:18
















2001年10月18日――――



「うぅむ、これは不味いぞ…」

開発区画の総合格納庫の開発スタッフルームから、眼下を見下ろして腕を組んで悩んでいるのは大和。

彼の視線の先には、シゲさんと会話しながら仕事をする唯依の姿。

帰ってきてから今日まで、彼女とは事務的な会話しかしていない。

それ以外だと、唯依が分かり易い位に大和を避けているのだ。

大和はその原因が、唯依の不安から来る行動だと思い、何とか誤解(とは言い切れないのだが)であると伝えたいがそれも叶わない。

そしてその様子は周囲にも明確に伝わっていた。

普段なら夫婦漫才の如く妙なやり取りをしている二人が、事務的な、完全に上司と部下の対応しかしていないのだ。

軍隊で考えればそれが普通なのだが、今までの空気に慣れた横浜の人間には逆に異質に見えるらしく、何が在ったと何故か皆大和に聞いてくる。

どうも皆本能的に大和に原因があると察しているようだ。

ステラやタリサは気を使って唯依と大和の会話を成り立たせようとするが、唯依がその天才的な勘を武器に避けに避けまくるので尽く失敗。

そしてそれに輪をかけるように大和を悩ませているのが…。

「少佐、何か悩み事ですか?」

両手にそれぞれコーヒーもどきの入ったカップを手に、開発スタッフルームに入ってくるのはエリス。

彼女が親しげに接してくる度に、どこからか殺気にも似た視線が飛んでくるのだ。

「あ、あぁ、いや、何でもないんだ…」

「またそんな事を。変に分かり易い所は変ってませんね」

苦笑しつつ、しかしどこか嬉しそうにコーヒーもどきを渡してくるエリスに、礼を言いながら受け取る。

「私で良ければ相談に乗りますが?」

これでも記憶と経験だけなら数年間の部下ですからと笑うエリスに、戸惑うしかない大和。

エリスはあの時、気持ちの割り切りが出来たらその時改めて…と言っていた。

つまり今、彼女は今の大和と接する事で、あの世界の大和との違いを埋めているのだろう。

「いや、そうそう人に相談出来る内容ではないのでな…」

「それは私が米軍だからですか? それとも私だから…ですか?」

笑みを消して、真っ直ぐな視線で見つめてくるエリス。

その視線を受けながら、どちらでもないと苦笑する大和。

「それより、参加してみてどうかな、開発計画は」

「……本当に、そういう所は同じなんですね…」

「む?」

「いえ。そうですね、他国の機体や技術をこの目にする事が出来ますし、何より肌で、身体で操縦技術を感じる事が出来るのは最高ですね。エリミネーターを使う際の参考にもなります」

唐突に話を変えてきた大和に、小さく呟くがその言葉は大和の耳には入らなかったようだ。

なんでもないという素振りで平然と答えるエリス、この程度の腹芸が出来なければ大和の部下は務まらないとは、あの世界のエリスの名言だ。

「エリミネーターか…まさか君が造るとは思わなかった…」

「長い事愛用してきた武器ですので。少佐には悪いと思いましたが、軍の技術者に無理を言って少数製造して貰いました」

エリスが持ち込んだエリミネーターは、西海岸の米軍で頭角を現し、一流の衛士となっていたエリスが、あの世界の記憶を頼りに再現して造って貰った代物だ。

長年愛用していた記憶だけあって、細部まで完璧に再現されている。

「いや、似たような武器は造られているんだ、とやかくは言わないさ」

西独軍の斧槍など、似たような武器は数多く設計されている。

その中でエリミネーターが評価・採用されたのは、近接武装やその技術に乏しかった上に、開発が急務だった米軍と在米国連軍だからこそ。

「相変わらず、独占欲の無い人ですね」

「そんな物で出し惜しみしてBETAに喰われたら洒落にもならん。それなら多少高値で売った方が身にもなる」

口元を押さえて苦笑するエリスと、肩を竦める大和。

懐かしい、あの頃を思い出せるやり取りに目を細めた瞬間、突然鋭い視線を感じて視線をそちらに向ける。

すると、窓の下、格納庫の真ん中からこちらを見上げる唯依。

彼女の視線は、嫉妬や悲しみ、怒り、そして絶望に彩られているように見えた。

「……少佐?」

「―――あ、いや、……なんでもない」

エリスの声にハッとなって視線を彼女へ向け、チラリと横目に窓の外、眼下を見るが唯依はその長い髪を靡かせ歩き去っていた。

その姿に少し、胸の辺りがズキリと幻痛を覚える大和。

その痛みは、親しかった人に忘れられた、あの痛みに似ていた。

「……少佐、後で大事なお話があります。お時間を頂けますか?」

「あ、あぁ。分かった、後で連絡しよう」

大和の返事にありがとうございますと敬礼し、踵を返すエリス。

彼女の視線は一瞬、格納庫から出て行く唯依の後姿へと向けられていた。






































――――私は、私は馬鹿だ、救い様の無い愚か者だ……!――――


開発区画の通路を、唯依はツカツカと荒い足取りで歩いていた。

そして人気の無い休憩所へと辿り着くと、給水機の冷たい水で顔を洗った。

「……なんて、醜いんだ、私は…!」

あの時見た光景がいつまでも脳裏に焼き付いて忘れられず、疑念が脳裏を常に占領し、大和と目を合わせる事すら出来なくなった。

会話も事務的な事しか話せず、下手に彼と話していると感情が爆発しそうになる。

そんな不安定な自分を見せないように、感情を押し殺して平静を装うが、周りにはバレバレ。

タリサやステラには気遣われ、シゲさんにはなんかあったのかと心配をされた。

崔やハンナにはいつもとの違うと看破されている。

先程も、エリスと親しげに話す大和を、つい睨んでしまった。

どうして私ではなく、彼女なんだと、浅ましい嫉妬で怒りを抱えて。

そんな自分が、この上なく恥ずかしく、そして悲しい。

「……大和…私は、私はどうすればいいの…」

救いを求めるのは想いを寄せる相手、しかし彼女を苦しめているのはその相手。

抜け出せないジレンマ、蓄積される感情。

このままでは自分は狂ってしまう。

そう自覚させる程に、今の唯依は不安定だった。

こうなったら、おじ様に頼んで少し距離を置こうとすら考える唯依。

彼女が1番恐れているのは、大和を誰かに獲られる事以上に、自分が大和を傷つける事。

それが1番、恐いのだ。

「貴方も悩み事かしら?」

「っ!?」

その時、唯依の背後から突然声が掛けられ、咄嗟に振り返り身構える唯依。

「これだけの大規模な計画にもなれば、悩みは尽きないでしょうけど」

「貴官は…」

そこに居たのは、微笑を浮かべるエリス。

彼女を目の前にして、やっと落ち着いた感情がザワザワと動き出すのを感じる唯依。

「何か、私に用か?」

「そう堅くならなくても良いと思うのだけど。少佐はフランクでフレンドリーなのに副官の貴女はお堅いのね」

「…っ、知ったような事を! 何が言いたい!」

感情が抑えられず、そして大和の事を良く知っているという匂いを漂わせるエリスに言葉が荒くなってしまう唯依。

彼女の、新兵なら竦み上がってしまう威圧を受けても、エリスは涼しい顔だ。

「中尉に少し、頼みがあるの」

「……頼み、だと…?」

警戒する唯依に、エリスは悠々と近づいてくる。

「そう。XM3での操作で少し、詳しく教えて欲しい部分が在るの。お願い出来るかしら、二人っきりで…」

囁くように告げる言葉に、唯依はエリスが何を言いたいのか本能的に理解した。

「………良いだろう、準備をしてくる」

「では、デッキを予約しておきます」

睨むかの如く視線を向けてくる唯依に、涼しい顔で受けるエリス。

先程の言葉、エリスは暗に唯依に勝負を持ち掛けたのだ。

普段なら絶対に受けない唯依だが、ざわつく感情が後押しとなり受けてしまった。

普通に私的な勝負しようものなら、問題行為として処罰される。

そこで、唯依の立場、臨時のXM3教導官としての立場を利用し、エリスは教えを請う側、唯依は教える側として、模擬戦闘を行う事にした。

そう言うことにすれば、当人達以外には問題が出ない。

エリスの挑戦を受け、強化装備に着替えに行く唯依と、それを見送ってから自分も着替えに向うエリス。

その様子を、一人の女性が盗み見ていた。



































数十分後、使用者の居ない開発区画のシミュレーターデッキに、二人の姿が在った。

山吹色の強化装備に身を包む唯依と、米軍仕様の強化装備を着るエリス。

「模擬戦闘の状況は?」

「そちらにお任せします」

目線を合わせずに管制設定を行い、筐体に入るとお互い持参したデータディスクを挿入する。

これにはそれぞれの愛機のデータが入力されており、これをロードする事でこのシミュレーターで武御雷やF-22Aなどの機体が使用できる。

これは、機体データを他国に無断で持ち出されないようにする為の配慮だ。

「では、自動カウント後模擬戦闘を開始する」

『了解です』

堅い口調の唯依に対して、エリスはいつも通りと言った態度。

それが余計に唯依の神経を逆撫で、操縦桿を握る手に力が入る。

――――大和の副官は私だ…負ける訳にはいかない…!――――

エリスの実力は良く知っている。

そして彼女のF-22Aには、近接武装が装備されている事も。

だが、如何にF-22Aと言えど、近接タイマンでなら最強を誇る武御雷と、武や大和との訓練を乗り越えた自分なら勝てると確信していた。

管制が居ない為、システムの自動カウントがスタートし、無意識に喉を鳴らす唯依。

思考の隅を、エリスと大和の関係がちらつくが、今は彼女を倒す事が先決を考える唯依。

『一つ、賭けをしましょうか、中尉』

そんな彼女へ、エリスが通信を繋いできた、カウントは既に5を切っている。

唯依が賭けだと? と怒りすら感じさせる声で返すが、エリスは微笑んだまま。

『そうですね、私が負けたなら…少佐との関係を教えましょう』

「―――っ!?」

今自分が1番知りたい事を賭けの対象に出された事と、自分がエリスと大和の何を気にしているのか知られていた事。

それに驚いた唯依の耳に、自動カウントの状況開始が聞こえ、反射的に機体を動かしていた。

「くっ、そんな事で私の動揺を誘うつもりか…!」

状況開始と共に、通信は遮断されて言葉は繋がらない。

だが唯依は怒りと焦りに顔を歪め、シミュレーターの中、どこかに居るF-22Aへと駆け出した。










































同時刻――――



「クロガネ少佐」

「む、ラトロワ少佐?」

大東亜連合から参加した試験部隊と簡単な話し合いを行っていた大和の元に、ラトロワが顔を出していた。

彼女は大和と相手の担当者の話し合いが終わるのを見計らい、声を掛けてきた様子。

「長い出張から戻ったばかりで、もう仕事か」

「いやはや、俺が判断せねばならない問題も多いもので…」

最初に比べればかなり楽になりましたがねと苦笑し、ファイルにメモを書き残す大和。

その姿を鋭い視線で見つめながら、大和が書き終わるのを待つラトロワ。

「お待たせしました、それで俺に何か御用で?」

「……少し、話がある。顔を貸せ」

そう言って、踵を返して歩き出すラトロワ。

彼女の様子に、また妙な問題かと、肩を竦めて付いて行く大和。

二人は開発区画の中を暫く歩くと、人気の無い資材コンテナ置き場へと辿り着く。

フェンスで仕切られた先は、横浜基地中枢とを隔てる空き地だ。

「小難しい話は抜きで、単刀直入に聞こう。貴様……何を考えている?」

射殺すようなラトロワの視線、並みの人間ならそれだけで竦み上がるし、下手をすれば腰を抜かすか失禁か。

「何と言われても…色々としか」

だが大和には暖簾に腕押し、糠に釘だ。

「恍けるな。貴様の行動、考え、全て軍人としても研究者としても逸脱している!」

大和の制服に掴みかかり、唇が触れるかと思うほどに顔を近づけるラトロワ。

彼女が言う通り、大和の行動や考えは逸脱している。

軍隊の、国連軍とは言え重要な技術や情報を、簡単な対価で惜し気もなく広げている。

軍として考えれば技術の流出、企業なら大損失、研究者なら自分の技術を垂れ流し。

これはラトロワから考えれば狂っているとしか言えない行為だ。

軍の重要な技術の流出は、後々の憂い、軍の首を絞める事を示す。

企業なら言うに及ばず、研究者は全てでは無いが、基本的に自分の技術は独占する傾向がある。

「何を考えている……貴様は、何を目指している…」

鋭い眼光を直接瞳に叩き込まれても怯える様子のない大和に、内心舌打ちするラトロワ。

「未来を」

だが、大和が淡々と告げた言葉に、一瞬呆けた顔になるラトロワ。

「未来ですよ、ラトロワ少佐」

「未来…だと?」

「そうです。知っていますか、香月博士の研究の中で導き出された、人類滅亡までのカウントダウンは、約10年。10年後には、この地球上に人類を含んだ全ての生命は息絶える」

BETAの手によって。

そう告げる大和に、何を馬鹿な、臆病風に吹かれたかと言い返すラトロワだが、その瞳を見て押し黙る。

暗い、暗い、どこまでも暗い瞳。

一体、どんな地獄を見ればこんな瞳になるのかと思うほどに、暗い瞳。

「例え人類が一丸となろうと、例え人類を宇宙へ逃がそうと、例えG弾を使おうと、結局人類はBETAには勝てない。成す術もなく数を減らされ、最後には絶望した自分達の手でその歴史を途絶えさせる」

まるで、知っている事にように淡々と告げる大和に、ラトロワは何も言えなくなる。

その言葉が、その視線が、嘘を一切含まない、真実味を与えていたから。

それと同時に怒りが湧く、自分の息子が生きていたらそう変わらない年齢の大和に、こんな瞳と言葉を言わせるナニカに。

「だが、その運命を覆せる可能性があるのが、香月博士の研究。俺はその成功率の底上げを狙っているに過ぎない」

「……噂に聞く、妙な計画か…」

ラトロワとて中佐にまで上り詰めた人間、オルタネイティヴ計画については耳にしているし、大和やイーニァ達の制服につけられたオルタネイティヴ計画関係者の証にも気付いている。

「何を考えているか? そんなのは決まっている、少しでも戦力を整えてBETAへ対抗する。その為にこうして開発計画まで立ち上げて技術を流している」

「………それで、貴様は何を得るのだ…っ」

「明日を」

ラトロワの苦々しい表情の言葉に、大和は即答した。

「富だの栄誉だの必要ない、名誉も名声も、人と言う種が存在してこそ意味を成すモノだ。明日を勝ち取る、その為の地位と力が在ればそれでいい。例え愚かだと、狂っていると言われようとも―――それでも俺は明日(未来)が欲しい!!」

目を見開き、叫ぶように告げられる言葉に、背筋に電流が流れたような感覚を覚えるラトロワ。

確かな明日を、明確な明日(未来)を。

ただそれだけを求め、明日を得る可能性が高い方法の底上げ。

それが、大和の考え。

明日の見えないループから開放され、明日(未来)へ向う為に。

狂気にも似たその想いが、感情が、ラトロワへぶつけられた。

「………明日を…か…」

掴んでいた襟を放し、歪んだ襟を整えてやるラトロワ。

「貴様は、英雄にでもなるつもりか?」

軍としての面子も利益も考えずに、ただ戦う者。

しかし大和はその言葉を鼻で笑った。

それとも英雄という言葉を笑ったのか。

「それは俺ではなく、別の人間が授けられるべきモノだ」

否、それは自分を笑った言葉。


――――血に塗れ、犠牲を生み続け、自分勝手な明日の為に親友すら利用する己が、英雄の訳が無い――――


その考えが、大和に悲しげな笑みを浮かべさせた。

「……では、貴様が下の人間を育てるのは…」

「責任者なら当然の事。それに俺とて人間、何が在るか分からない。故に、人は育てなければならない」

底上げの為に。

そう言い切る大和に、ラトロワの苦笑するしかない。

ラトロワ自身の不安は消え去りはしないが、それでも目の前の存在だけは、信じるだけはしてみようと思った。

それは、あの暗い瞳の中、たった一つの光りが。

明日が欲しいと願う、幼い少年の願いが在ったから。

だから、今しばらくは信じる事にした。

自分達に害が無いなら、遠ざける理由も無いと。

「失礼な振る舞いをしたな。処罰は受けよう」

同階級とは言え、大和は開発責任者。

余裕のある笑みで罰しろと言うラトロワに、大和は少し考えを素振りをするが、大和に彼女を罰する心算は無い。

ラトロワの疑問は尤もなモノだし、自分も本当の事を伝えていないから。

「では、また踏み台をして頂きましょうか」

「またそれか。だが、私が大人しく踏まれる人間と思うなよ?」

大和の言葉の意味を理解して苦笑するラトロワだが、例えイーニァ達が相手であっても負けるつもりはないと笑う彼女。

「えぇ、それは承知しています」

むしろボンテージ着て踏む方ですねわかります、とは流石に言わない大和。

話が終わったならと踵を返そうとする大和。

「あぁ、少し待て」

と言われ、中途半端な体勢で停止すると、突然また襟首を掴まれた。

そして、中途半端な体勢が災いして、ラトロワの腕力にアッサリと負けて体が傾く。

そして大和は、ラトロワの胸の中に顔を埋めていた。

「ちょッ、ラトロワ少佐!?」

「少し…大人しくしていろ…」

大和を抱き締め、その頭を撫でるラトロワ。

その表情も手の優しさも、ターシャ達にしてやるように慈愛に満ちていた。

「こんな事をしても、貴様の心は癒えないだろうな…」

だからこれは、私の自己満足だと呟いて、大和の頭に頬を摺り寄せるラトロワ。

それは、母が息子へしてやるような、暖かく優しい抱擁。

その優しさに、暖かさに、大和の中で何かが皹割れる音がした。

それが何か理解していても、ラトロワを突き放す事が出来ない。

唯依によって穿たれた楔が、今になって効果を表してきた。

以前なら馬鹿な事を言っておどけて離れる事が出来たのに、今はそれが出来ない。

いけないと、駄目だと理解していながら、大和はラトロワの背中に腕を回してしまう。

もう遠く忘れた、母の温もりを思い出して。

もう味わう事が出来ないと思っていた、母の優しさを感じて。

大和は、ラトロワにされるがまま、彼女の抱擁を受け入れてしまった……。

















































「ぐぅっ!?」

模擬戦闘開始から既に数十分が経過したシミュレーターの中、唯依は小破した武御雷を必死に動かしていた。

既に突撃砲の残弾は無くなり、後は左手に持つ突撃砲の分だけ。

対して相手はまだ余裕があるのか、廃墟の隙間から執拗に狙ってくる。

唯依の思惑と異なり、戦況は最初から防戦一方。

圧倒的な砲撃性能を誇り、かつ機動性でも抜きん出た実力を持つF-22A。

高いステルス性能も相まって、隠れられたら捕捉が難しい。

クーデター時のF-22Aは何だったのかと思うほどに、一方的だった。

F-22Aの性能が高いのは当然だ、XM3を搭載した事で即応性が増し、格段に動きが良くなったのも在る。

だが何よりも、F-22Aの機体性能を完全に引き出せる衛士、エリスの存在が何よりも唯依を苦しめた。

海外派遣部隊は、機体性能を引き出せずに敗退、だがエリスはF-22Aの性能を完全に引き出している。

訓練時間が長かったのも在るだろう、だがそれ以上に唯依は違和感を感じていた。

それはエリスの戦い方。

「私は、あの戦い方を知っている…そうだ、知っているんだ…!」

でなければ、もっと早く撃破されてもおかしくなかった。

エリスの戦い方、それは米軍の戦い方でもなく、帝国のとも違う。

近いのは極東国連軍だが、それ以上に似ているのを唯依は知っている。

「あれは…大和の! 大和の戦い方…っ!」

一撃離脱や強襲連撃、抜け目の無い出鼻の挫き方。

ほぼ全てが、大和の得意とする対戦術機の戦い方に似ていたのだ。

「どうして…どうして…!?」

益々混乱を深める唯依、そんな彼女の視界の隅を、緑の影が躍る。

「くっ!」

残弾を気にして数秒だけトリガーを引くが、それで捉えられる程F-22Aはノロマではない。

反撃に飛んできた120mmが、傍らの廃墟を破壊し、残骸が機体に降りかかる。

攻撃が止んだ隙に、何とか体勢を立て直そうとする唯依。

だがそんな彼女の隙を見逃さずに、レーダーに背後から接近する機影が映る。

高いステルス性能を武器に接近してきたF-22Aは、その両手にあの斧を持っていた。

アレを見て、大和はエリミネーターと言っていた、つまり知っている。

何故大和が米国が独自に、と言うよりトマホーク試験小隊が独自に開発した(事になっている)武器を知っているのか。

その事が頭の隅で首を持ち上げた為に、一瞬反応が遅れる唯依。

「うぁっ!」

突撃砲が破壊され、残るは長刀のみ。

さらに迫るF-22Aから距離を取ろうと、左手腕部の収納式ブレードを展開して斧の攻撃を弾く。

そして一瞬だけ生まれた隙に、担架に残った長刀を左手に握り、火薬式ノッカーの爆発も合わせた一撃を振り下ろす。

「くっ!」

だが、F-22Aは読んでいたかの如く、機体を半身にして避け、さらに空振りした長刀へと手斧を振り下ろす。

その衝撃に手腕から長刀が叩き落され、地面と斧とで挟まれた長刀はその場所から真っ二つに砕かれる。

「こいつ、舐めるなぁぁぁぁっ!!」

まだ残る右手の長刀での一撃で、F-22Aの肩部装甲を抉る。

だが、相手はそんな事は気にしないとばかりに、さらに機体を懐へと潜り込ませ、否、抉り込ませてきた。

そしてまるで昆虫のような単眼センサーが武御雷の眼前に来た瞬間、機体に衝撃が走り、唯依の網膜投影に胸部大破・状況終了と表示された。

「………負け…た…のか…?」

呆然と、目の前の現実が受け入れられずに呟く唯依。

仮想空間の中で、肉薄したF-22Aのエリミネーターが、唯依の機体の胴体を喰い破っていた。

そこへ、エリスからの通信が繋がった。

彼女は特に喜びも落胆もなく、それが当たり前と言った顔をしていた。

それが逆に、唯依のプライドを刺激した。

『良い勝負が出来ました、感謝しますタカムラ中尉。貴女がくだらない事で悩んでいなければ、勝ちは在りませんでした』

「―――っ、くだらないだと!?」

エリスの告げた言葉に、誰のせいでこんな思いをしていると激怒する唯依。

だがエリスは冷徹な視線を向けてきた。

『くだらないものはくだらない、それ以上でも以下でもない。そんな事で少佐の仕事の邪魔をするのが副官の仕事か?』

冷徹な、今までのエリスとは思えない言葉と視線。

大和から言わせれば、これが最初のエリスなのだ。

温和な笑顔も、忠犬な態度も、そして言葉使いも、全て大和の部下となり、彼の部隊で仲間と過ごした過程で得た物。

あの世界で、大和に美人なのだからもっと笑顔を振り撒いた方が良いと言われて、そうしてきた。

もっと丁寧な言葉遣いの方が、お嬢様ぽくて大和に受けが良いぞと仲間に言われて、そうしてきた。

だが、今の唯依にその価値は無いとエリスは判断したのだろう。

「そ、それは……だが、元はと言えば貴官がっ、貴官…が…!」

大和と抱き合っていたから。

その言葉は言えなかった、あまりにも軍人として失格であり、そして惨めな言葉。

だがエリスは唯依が何を言いたいのか理解したのか、小さく嘆息した。

『それがどうしたのだ』

「な―――!?」

『私と少佐が関係していた、自分の知らない過去があったかもしれない、“それがどうした”』

平然と、淡々と言い切るエリス。

だがその瞳は、明確な意思を宿していた。

『その程度で今までの関係を壊し、心配する仲間や同僚、そして想う相手を拒絶する…そんな程度の想いなら、今すぐ捨ててしまいなさいっ!!』

鬼気迫る表情と言葉に、唯依は気圧され、言葉が出ない。

自分が知らない相手、自分が知らない過去、それを知った程度で揺らぐような想いなら捨ててしまえと、エリスは断言した。

それは、裏を返せば、自分の、否、あの世界の“彼女”の想いはそんな物ではなかったという事。

エリスは知っている、報われない、叶う事が無い想いでも、ただ一途に、ただ真っ直ぐに想い続け、せめて片腕として傍に居ようとした“彼女”の想いと決意を。

だからエリスは許せなかった。

今の自分が、あの世界のエリスですら立ち入れなかった場所に居る唯依が、そんな彼女が少しの事で揺らぐ様子が。

唯依が醜い嫉妬をしていた様に、エリスもまた、嫉妬していたのだ。

あの世界のエリスの想いを知っているが故に、唯依が許せなかった。

“彼女”でも見た事が無い、唯依を心配して悩む大和の姿に。

エリスもまた、嫉妬していたのだ。

「…………わ、私は……わたし…は…っ」

エリスの言葉が痛くて、何より自分の想いがその程度と断じられた。

ボロボロと流れる涙を拭う事もせずに、身体を抱き締める唯依。

そんな彼女の姿を見ずに、エリスは通信を切るとシミュレーターを終了させ、ディスクを抜き取り筐体から出る。

そして唯依が入っている筐体を見つめると、悔しげに唇を噛む。

「……その場所が今の私に、どれだけ眩しいか…今の貴女には、分からないでしょうね…」

苦しげに呟いて歩き出すエリス、その瞳からは一筋の涙が伝っていた。

想いと記憶を継承したが、自分は自分、彼女は彼女と割り切ってしまったエリスにとって、唯依の居る場所は眩しくて届かない場所。

所属も違い、立場も違う。

彼女の想いは彼の傍らを求めるが、今の自分は今の彼を良く知らない。

人は変わり行くモノだと言う事を、自分が1番良く知っている。

だから今の大和と、昔の大和の違いを、受け止め受け入れないと、いつか綻んで壊れる。

そう思うからこそ、少しずつ、少しずつしか彼に近づけない。

下手に近づいて、唯依の居場所に行けば、あの世界での彼と今の彼との違いで苦しみ、戸惑い、分からなくなる。

だから今は、少しずつ“彼”と彼の違いを見つけ、同じ所を見つけ、そして“彼女”の想いと自分の想いに整理を付けなければいけない。

夢の中で憧れた彼と、今の彼を同一視してそのまま愛せるほどエリスは子供ではない。

だからこそ苦しんでいる。

だからこそ、自分が憧れる場所で、揺らいでいる唯依に怒りを覚えた。

確かに原因は自分だろうと理解している、あの場所に残っていた髪と、ここ二日間の行動で丸分かりだ。

だがエリスからしてみれば、その程度で揺らぐ方が悪いのだ。

彼には彼の生きてきた人生が在る、その全てを受け入れられない人間に、彼の決意を破る事は出来ないし、破る資格も無い。

「……そこからどうするか、それは貴女が決めなさい。今の貴女は、相応しくない…」

聞こえていない事は分かっているが、それでも言い残してシミュレーターデッキを出て行くエリス。

そんな彼女の表情もまた、泣き崩れそうな顔だった。


































どれ位時間が経ったのか、唯依が呆然と膝を抱えて筐体の中で蹲っていると、外から何か声が聞こえてきた。

そして筐体が外から操作され、ハッチが開く。

「唯依ッ!!」

「……やま…と…?」

そこに居たのは、息を切らせている大和の姿。

唯依とエリスの会話を偶然聞いていたラトロワが、あの後大和に知らせたのだ。

息を切らせて自分を心配そうに見る、その姿を呆然と見上げる唯依だったが、相手が大和であると認識した瞬間、涙が溢れた。

「唯依ッ、大丈夫か、何があッ!?」

泣き出した唯依の姿に、筐体に入る大和だったが、唯依に抱きつかれて言葉が途切れる。

「やまと、やまと、やまとっ、どうすればいい、わた、わたしは、私はどうすれば…どう…すればぁ…っ」

「唯…依……」

子供のように泣きじゃくる唯依の姿に呆然とする大和。

あの気丈で凛とした唯依が、子供のように泣く姿なんて、大和であっても想像出来なかった姿だ。

「うあぁぁぁ…あああああぁ…っ」

悲しみと悔しさの涙を流して大和に縋り付く唯依に、大和は戸惑いながらも彼女の頭を抱き締める。

だが言葉が浮んでこない、何を言えば良いのか分からない。

だから大和は、ただ黙って抱き締めた。

彼女の泣声と姿を、誰にも見られないようにハッチを閉じて。

そして、唯依が泣き止むまで抱き締め続けたら、唯依は泣き疲れて眠っていた。

涙を流しながら、悔しさと悲しさにその美貌を歪めて。

「唯依……」

そんな彼女の姿を見て、大和はただ、拳を握るしか出来なかった。

そして、二人が入った筐体を、デッキに誰も入らないように見張りながら、ラトロワが見つめ続けていた……。























[6630] 第五十二話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:19



















2001年10月18日――――


22:45――大和執務室―――



「…………唯依……」

苦悩に歪んだ顔で、暗い仮眠室の椅子に座る大和。

彼の視線の先には、仮眠室のベッドで眠る、唯依の姿。

あの後、ラトロワにお願いして着替えさせた彼女を、ここへ運んできた。

礼を言う大和に、自分の疑問が原因かもしれないと苦笑し去っていったラトロワ。

抱擁の後、彼女から唯依とエリスが勝負をしていると聞いて、大和は全速力でシミュレーターデッキへと走った。

そこに居たのは、負けたと思われる唯依の泣き崩れた姿。

初めて見るその姿に、大和は自分の不甲斐なさを呪った。

エリスが何を思って彼女に勝負を挑んだのか分からない。

だが唯依の様子を見る限り、何か余程のやり取りがあったと推測できた。

「……くそ…ッ」

もどかしさに舌打ちし、拳を握る。

彼女とエリスとの確執が何なのか、何故こんな事になったのか、その事を考えて大和はただ頭を抱える。

「………ヤマト?」

そこへ、扉を開けてイーニァが顔を出す。

灯りの消えた室内を覗き込むイーニァの表情には、不安や心配が浮んでいた。

「……タカムラ、まだねてる…?」

「あぁ…ブレーメル少尉に聞いたら、ここ数日睡眠時間が少なかったらしい…」

そして二日前から眼の下に隈を作り、泣き腫らした瞳をしていた。

それが祟って、シミュレーターの後睡眠不足と過労で倒れたのだろう。

衛生兵はそう話していた。

「……タカムラ、すごくおびえてる…」

「分かるのか…?」

扉を閉めて、ベッドの傍らの椅子に座る大和の、片膝の上に座るイーニァ。

そして悲しそうな瞳で、唯依を見つめる。

「タカムラ、わからないんだよ。じぶんやヤマトが」

「……………」

イーニァの言葉に、やはり自分が原因かと唇を噛む大和。

そんな大和の姿に、悲しげに俯くイーニァ。

「…ヤマト、どうしてヤマトは…こわがってるの…?」

言い難そうなイーニァの言葉に、ハッと顔を上げる大和。

「……気付いていた…のか?」

「わかるよ。ヤマトのことだもん…」

そう言って大和の頭を抱えるように抱き締め、頬を摺り寄せる。

「ずっとかんじてた。ヤマト、ダレカとはなすとき、いつもこわがってる。いつもおびえてる」

思考を読めなくても、大和の感情は感じられるというイーニァ。

そんな彼女だからこそ、大和の根底の感情を理解していた。

「ヤマトはこわいんだよね…だれかが、たいせつなヒトがいなくなるのが…こわいんだよね…?」

「……イー…ニァ…」

「ダイジョウブ…わたしはいなくならないよ…ずっといっしょ。クリスカも、タカムラも…ブレーメルも、チョビはうるさいけど、でもトクベツにゆるす。だから、だいじょうぶだよ…ね、ヤマト…」

囁くように、慰めるように、言葉を伝えるイーニァ。

その言葉が嬉しくて、悲しくて、そして暖かくて…。

大和はただ、涙を堪えるように歯を食い縛った。

「なぁ、イーニァ…俺は、酷い奴だな…」

「ヤマト…」

「分かっているんだ、唯依の気持ちも、イーニァ達の気持ちも。だが、無理なんだよ…たった二回の離別が、その時の記憶が、俺を竦ませるんだ…」

愛した人に忘れられ、知らない人を見る目で見られる衝撃。

親しげに話しかけた時の、気味が悪いと明確に伝えてきたあの瞳。

それが、未だに大和の心を蝕んでいる。

最初に好きになったのは、同じ訓練部隊の少女だった。

余裕の無かった最初と違い、二度目の訓練兵時代。

207Bとはまた違った訳在り部隊で、大和は一人の少女を好きになった。

他の人間より頼りになる(二回目なので当然)大和に、彼女も好意を抱き、やがて任官する頃には恋人となっていた。

だが、BETAとの戦いがあっさりその中を引き裂いた。

生き残ってしまった大和は嘆き悲しんだが、その後死んだ事で希望が生まれた。

またもう一度、やり直せると安易な希望を抱いた代償は…明確な拒絶。

想いが先走り、焦った大和は少女に拒絶され、心が引き裂かれた。

だから、人から離れて生き始めた18回目。

配属された部隊で、別の女性と想いを結んだ。

だがそれは同じ事だった。

次のループで出会った彼女は、別の男と愛し合っていた。

そして大和に向けられたのは、知らない人間に対する瞳。

それからだった。

大和が、愛することを諦めたのは。

愛する事を恐怖と思うようになったのは。

そしてそれと時を同じくして、大和は狂った。

愛せない、守れない、変わらない。

そんな嘆きと悲しみで大和は狂い、発狂し、そして…あの子に出会った。

思えば奇跡だった。

全てがどうでもいい、知った事ではないと拒絶した大和の心を、癒してくれた幼い少女との出会い。

それが在ったからこそ、今の大和が、長いループを戦い抜く事が出来た。

だがそんな少女であっても、愛する恐怖だけは拭えなかった。

「ヤマト…わたしもおなじだよ…」

抱き締める腕を大和の頬へと移動させ、彼の額と自分の額を合わせる。

「わたしもこわかった…クリスカもこわかった…だから“こわくない”ヤマトがすごくダイスキ…でも、それだけじゃないよ…?」

イーニァやクリスカ、そして霞が持つ、否、持たされた能力。

それが人間関係の歪みを生み出し、孤立させてきた。

だが大和の思考は読めない、武は読めても恐怖しない。

だからイーニァとクリスカは大和に傾き、霞は武を深く信じて愛している。

「ヤマトは、すごくあたたかいの…わたしを、クリスカを、そっと照らしてくれるの。こどくで、キレイで、だけどすごくやさしくて…だからわたしは、ヤマトがダイスキなんだよ…?」

謳う様に、子守唄のように囁くイーニァの言葉が、撃ち込まれた楔、そして皹の隙間から染み込んでくる。

純粋で無垢な気持ちが、少しずつ少しずつ染み渡り、大和の傷付いて周りを壁で覆った感情を癒していく。

優しいイーニァの言葉に、もう一度、扉を開こうと思ってしまう。

彼女の存在は麻薬にも似ていた。

一度知ってしまえば、一度受け入れてしまえば、もう逃げ出せない。

「ダイジョウブ…ヤマトならできるよ…!」


――――ヤマトならできるよ…! きっとできるよ…!――――


イーニァに微笑まれた瞬間、言葉が囁かれた瞬間、あの子の言葉が脳裏に響いた。

真っ直ぐなイーニァの瞳の中、自分が映るのを見つめながら、大和は静かに涙を流した。

「……アリ…ア…」

「…そのこが、ヤマトのタイセツなヒト…?」

思わず呟いた言葉に、イーニァが微笑んで問い掛ける。

その言葉に深く頷いて、苦笑する。

「あぁ…俺が、走り出す切っ掛けをくれた、大切な子だ…」

そう言って、イーニァの頭を撫でる。

思えば、彼女とイーニァの瞳は、そっくりだった。

そう思うと、途端に笑いが浮んでくる大和。


――――あぁ、俺は未だに、彼女に後押しされているのか…――――


心の中で呟いて苦笑し、それと同時に力が湧いてきた。

あの子との約束を守る為にも、こんな事で落ち込んでいられない。

唯依やエリスを悲しませている事なんて、彼女に知られたら怒られてしまう。

「ありがとう、イーニァ」

「いいの、わたしはいつものヤマトがスキだから」

そう言って、自然な動作で目を瞑り、そっと大和に口付けた。

その行動に一瞬目を見開く大和だったが、静かに瞳を閉じてそれを受け入れた。

ほんの少しだけ触れ合った唇を離すと、イーニァは頬を赤く染めて少し惚けていた。

そして右手の人差し指を自分の唇に持ってくると、そっと撫でて微笑んだ。

「カミヌマのいうとおりだね…すごくしあわせ…」

どうせ上沼にキスすると幸せになれるとでも言われたのだろう。

苦笑すると、大和はイーニァの頭を一撫でして彼女を立たせる。

「もう遅い、クリスカが心配するぞ」

「うん……」

念願叶ったキスに、まだ惚けているのか、どこか夢心地な足取りで仮眠室を出て行くイーニァを見送り、扉が閉まる。

「……唯依…」

静かに寝息を立てる唯依に向き直り、そっと彼女の頬を撫でる大和。

その表情には、何かを決めた決意が見受けられた。

「俺はきっと、君を、いや、君だけじゃない、誰も幸せに出来ないだろう。それでも俺を想ってくれるのなら…俺は…俺…は…ッ」

俺は、その先が口に出来ずに拳を握り震える大和。

その先の言葉、それが伝えられたならどんなに良いだろう。

どんなに楽に成れる事だろう。

だが、言えなかった。

ただ、唯依の顔にかかる髪の毛を、優しく、震える手で除いてやる。

今はそれが、精一杯だった。

「ごめんな、唯依…今は何も言えない…誰にも、言えないんだ……エリスにも、イーニァにも…君にも…。だがこれだけは言わせてくれ…俺は、俺の使命を果すまで、絶対に死なない、そして消えないから……」

ポツリと呟いて、静かに仮眠室を出て行く大和。

その瞳には、悲しみと、決意が宿っていた。

大和が退室し、静かになった仮眠室。

そこで眠る唯依の瞳から、涙が零れた。

「謝るのは私だ…私の方なんだ…大和…」

いつから目覚めていたのか、唯依は涙を流し、震える声で懺悔する。

愛する事に恐怖し、拒絶していた大和に楔を撃ちこんだのは、他ならぬ自分であり、その理由は自分が愛して欲しいから。

そんな身勝手な自分を案じて、そして大切に想ってくれている。

その事だけでも唯依の胸は溢れる想いで張り裂けそうになる。

それなのに、自分は少しの疑問で揺らぎ、不安を抱え、そして無様な姿を晒してしまった。

そんな自分を信じて、そして想ってくれる大和に、唯依は涙する。

「大和…愛している…愛しているぞ…」

だからもっと、もっと強くなろうと。

エリスにも負けない、誰にも負けない位。

大和が、心から安心して愛してくれるように成るまで。

小さく、しかし大切な決意を誓う唯依は、シーツに包まるとそっと涙を拭って眠りに付いた。












































2001年10月19日――――



この日、70番格納庫はいつもとは異なる空気の中稼働していた。

「4番から8番まで全て引き剥がせ、装甲は後で形にすればいい!」

大声を張り上げて整備兵や開発部の人間に指示を出すのは、作業着を着た大和の姿。

いつもとは雰囲気が異なる大和に、関係者達は困惑しつつも的確に仕事をこなしていた。

今大和が行っているのは、唯依の武御雷の強化改造。

前々から予定していた改造を、大和主導の元行っている。

だが、それと並行して、何故か唯依の機体の隣には、無改造だったF-22Aが並べられ、同じように改造を受けていた。

黒い武御雷の方はタリサ達の機体を改造したメンバーに任せ、大和は武御雷とF-22Aの同時改造の陣頭指揮を取っていた。

その気迫に、整備班は嫌でも気合が入り、作業は進む。

「少佐、開発区画からの連絡なのですが…」

「重要な案件だけ俺に通せ、残りは整備班長に任せれば良い」

ファイル片手に声をかけてきたステラだが、大和の気迫に圧されてただ頷くばかり。

「なんか、少佐怖いな…」

「えぇ…。中尉の事で思う所が在ったのかしら…」

ヒソヒソと仕事をしながら話し合うタリサとステラ。

現在二人は、療養中の唯依に代わり、大和の補佐を受け持っていた。

療養とは言うが、実際は大和の出した半日休暇命令に過ぎない。

睡眠不足と過労で倒れただけに、唯依も大人しくその命令を受け入れた。

今日の半日体を休め、午後は簡単な書類整理だけの予定だとか。

「にしても、中尉こんな仕事毎日こなしてたのかよ…」

「これの他に、監督官やXM3教導だもの、疲れも溜まるわ…」

次から次に来る仕事にうんざり顔のタリサと、改めて唯依の有能な副官能力を感じるステラ。

とは言え、ステラは唯依が単純な過労で倒れたとは思っていないが。

「折角、アサルトラプターの訓練が出来ると思ったのになぁ…」

「ぼやかないの、その内嫌でも乗るんだから」

新しい玩具を取り上げられた子供のような顔のタリサに苦笑しつつ、せっせと仕事をこなすステラ。

彼女達の向こうでは、大和が自ら機体に手を入れて、改造を行っていた。

「気合入ってますね、少佐」

「あぁ。結局、俺にはこんな事しか出来ないからな…ッ」

補佐をする整備兵の言葉に、苦笑とも自嘲とも取れる笑いで答える大和。

結局、自分が唯依やエリスに出来る事は、こんな事しか無いのだと内心情けなさに笑えてくる。

「少佐……」

油に塗れ、汗を流しながら整備兵と一緒になって作業する大和のその姿を、入り口から見守るのは半日休暇を言い渡された唯依だった。

彼女は体調は良いのかと問い掛けてくる整備班達に、心配いらないと苦笑して伝えながら、指示を飛ばし作業する大和をただ見つめる。

「……結局私は、胡坐をかいて慢心していたのだな…」

常に前に進む武、そんな彼の為に道や道具を用意している大和。

得た立場に満足し、慢心し、そして胡坐をかいた結果が昨日の敗北。

その事を思い、自分が情けなくなる唯依。

大和も人に明かせぬ悩みや不安を抱えながら、それでも前に、明日に走っていると言うのに。

「彼女の言う通りだ…くだらない、本当にくだらない悩みだ…」

苦笑し、自嘲し、そして微笑する。

「別に彼が誰を見ていようと、誰を思っていようと…どうでもいい事だな」

前に自分は誓ったではないか、彼を必ず振り向かせると。

彼の心の壁を撃ち破って、拒絶以外の言葉を言わせて見せると。

そう誓ったあの決意の口付けはなんだったのか。

「私は、本当に愚かな女だ…」

目の前の現実に踊らされ、悩み、結果自爆にも近しい失敗。

これではエリスが怒りを覚えるのも当たり前かもしれない。

「彼女が何を知っているのか…彼女が大和の何なのか…」

気にならない訳がない、ずっと気にして胸の中がモヤモヤしている。

だが今はそれを忘れようと、静かに深呼吸する。

今やるべき事は、名誉挽回、ただ一つ。

踵を返してその場を後にする唯依。

逃げて堪るか、このまま終わってなるものか。

その決意で身体を動かし、前に進む唯依。

「もう、大和のあんな姿、させてなるものか…!」

思えば初めて大和を異性として意識した時。

それは、異性から想いを伝えられて拒絶した、その後の彼の表情。

泣いている様にしか見えない、彼の無表情。

そんな顔を見たくない、そんな顔にさせたくない。

それが、唯依が大和を強く意識した瞬間だった。

「負けてなるものか…!」

地上へ出て、澄み渡る青空に決意する唯依。

その表情には、どこか鬼気迫るモノが在った。


































同時刻・90番格納庫――――



「へぇ、そっかぁ。イーニァちゃんもキスしたんだ~」

「うん…すっごく、しあわせ…」

90番格納庫、その広大なフロアの中で、壁で区切られた隅の一角。

そこでは横浜基地の中でも最重要機密区画。

ここに出入り出来る人間は少なく、70番格納庫で仕事している人間の半分も入れない場所。

XG-70の受け入れ準備などでスタッフが仕事する中、何台ものコンピューターが置かれた部屋ではのほほんとした会話がされていた。

そこに居たのは、防寒着を着込んだ純夏にイーニァ、それに霞。

気温が常に低温に保たれているこの部屋には、横浜基地でも最重要の情報や機材が保管されている場所だ。

吐く息が白くなるような部屋で彼女達が何をしているのかと言えば、様々なプログラムやシステムの構築。

純夏の超演算能力を使って計算を行い、それを霞が組み上げていく。

イーニァは特別に夕呼にパスを貰っているので、この部屋に入れるのだ。

因みに、イーニァは猫の耳当てをしている。

純夏と霞はウサギだ。

「私も武ちゃんと、その、毎日してるけど…やっぱり幸せだよね~霞ちゃん」

「……はい、幸せです」

思い出して照れつつも霞に同意を求めると、霞も頬を赤く染めて頷く。

何ともキャピキャピとした会話をしている三人だが、彼女達の傍らに在るのは、外に出回れば間違いなく波紋を呼ぶ代物だ。

「よし、ナンバー56動作パターン演算終了っと。霞ちゃん後お願いね」

「……はい、確認しました」

純夏は先程から片手で情報端末から必要な数値やプログラムパターンを読み取り、それを演算して霞の端末へ転送している。

転送されたデータを確認しながら霞が組み上げを行い、それが彼女達の傍らに在る人間よりも大きな物体へと入力されていく。

「………これ、もうかんせい?」

「うん、ハードはね。後はソフトの基本行動と機動データパターンを組み込んでいけば一応完成かな?」

「…はい、この後機体に搭載して最終調整があります。ですが、中枢はこれで完成です」

いまいち自信が無いのか、途中から視線を霞に向けて話す純夏。

そんな彼女の後を引継いで、補足しつつ頷く霞と、ぴこぴこ動くウサミミ。

そんな二人の言葉にへー…と言葉を漏らしつつ、透明なガラスが被された中を覗き込むイーニァ。

その中にあるセンサーが、イーニァの顔を捉えて小さく駆動音を響かせる。

「これが全部完成したら、次はあっちが待ってるから大変だよー」

訓練も大詰めだしーとボヤキながら演算をする純夏。

彼女の視線の先には、この室内よりさらに低温に保たれた室内で組み上げられる、2機の骨組みが在った。

70番格納庫で組まれている機体よりさらにスカスカの、フレームだけの状態。

だがそのコックピットと思われる場所だけは、既に形に成り始めていた。

何本ものケーブルやパイプに繋がれたソレは、未だ形にならないものの、静かにその存在感を与えてくる。

この横浜基地で、XG-70以上の機密と成り得る機体。

窓越しにイーニァは、それを無表情に眺めていた。

「よし、これで終わり!」

「…これで57番まで終了しました」

「うへー、まだ84項目も在るよー」

助けて武ちゃーんと泣き言を漏らすものの、仕事は確りとこなしている純夏。

漏らす弱音は彼女なりの場の和ませ方だろう。

「そろそろお昼だね、今日はイーニァちゃんも一緒に食べる?」

「…ううん、ヤマトがしんぱいだからウエにいくね」

大和落ち込んでたから…と呟いて、一足先に低温演算室を出て行くイーニァ。

純夏は残念と言いつつ、私も皆と一緒に食べたいな~とむくれる。

未だ存在が秘密である純夏は、地上へ中々出て行けないのだ。

「そろそろ、A-01と合流と博士が言ってました…」

「そっか、楽しみだなぁ、皆に逢うの…」

かつての世界で、武との仲を認めてくれた、大切な戦友。

彼女達に逢う事に少しの恐怖はあるが、それ以上に彼女達と触れ合いたいという想いが大きい純夏。

寒いから暖かいの食べようと霞の手を握って歩き出す純夏に、霞も手を握り返して歩き出す。

置いて行かれた霞専用テスタメントが、後片付けをせっせと行い、急いで後を追い駆ける。

灯りの消えた低温の演算室で、並べられた物体が、小さくセンサーを明滅させ、己達の出番をただ、静かに待ち侘びるのだった…。










































2001年10月21日――――



「えっ、大和が徹夜で無茶してる!?」

「はい、数日前から徹夜を…」

朝食の混雑が無くなり始めた時刻、武はステラから告げられた言葉に目を丸くしていた。

「アイツ、何やってるんだよ…篁中尉は?」

いつもなら大和の無茶を真っ先に止めてくれる筈の唯依はどうしたのかという武の問いに、ステラは困った顔で頬を押さえた。

「それが、中尉もこの前から開発区画に行ったきりで…」

一昨日の午後、大和に「開発区画での仕事は私が受け持ちます」と宣言したきりで、執務室にも戻ってきていないと言う。

「はぁ~、どうなってるんだよ一体…」

頭が痛いとばかりに、突然の異変に頭を抱える武。

もしかして凛が言っていた事が原因かぁ? と悩みつつ、足早に食堂を後にする。

「お手数おかけします、大尉」

「良いですよ、普段は俺が世話になってるからお互い様って事で」

申し訳なさそうなステラに、苦笑して70番格納庫へと急ぐ武。

何かに突き動かされるように仕事に打ち込む大和をステラは止める事が出来ず、また唯依も開発区画に掛かりきりで満足に逢う事も出来ない。

そこでステラは、大和に最も近いと思われる武に助けを求めた。

もし武がどうにも出来なくても、彼を通して大和の上司、つまり夕呼に連絡が行く。

そこまで考えて早朝から武ちゃんを待ち伏せしていたステラ、武ちゃんはA-01のメンバー数名に白い目で見られていたが、今は置いておく。

「大和っ!!」

「なんだ武、今忙しいから後にしてくれ」

70番格納庫へ怒鳴り込む武、普通に考えれば上官侮辱とかなのだが、武ちゃんは気にしない。

そんな武に対して、大和は一切視線を向けずに解体され改造を受けている機体へ向き合っている。

着ている作業着は油に汚れ、髪はボサボサ。

眠っていないのだろう、目の下には真っ黒な隈が出来ている。

「お前、何焦ってるんだよ!?」

「焦ってなどいない、俺は俺が出来る事をただしているだけだ」

肩を掴まれるが、それでも大和は機体へ向き合って取り合わない。

周囲の整備兵や開発者達が遠巻きにどうしたものかと見守る中、武の声だけが響く。

「この大事な時期に、倒れたらどうするつもりだ!?」

「大事な時期だからこうしているんだ!!」

無理矢理振り向かされ、投げ掛けられた言葉に怒鳴り返す大和。

今まで見た事が無い大和の怒声を上げる姿に、整備兵や開発者達は目を丸くして驚き、ステラはどうしたものかと嗜めるタイミングを探している。

「武、お前こそ分かっているのか? もう10月も終わりだ、約束の日までもう時間が無いんだ! そんな状況で、少しでも確立を上げる為に努力して何が悪い!? 俺が彼女達の想いに報いる方法は、これしか無いんだよ!!」

二日徹夜しているからか、生の感情を爆発させる大和に、一歩後退してしまう武。

だが武も拳を握り締めて退いた足を前に戻す。

「こうする事が中尉達の為だってのか!? そんなわけねぇだろ、他にも在るだろうが!!」

「俺の選択肢にはこれしか無いんだよッ、こういう事しか俺には出来ないんだッ!!」

お互い掴み掛かり、顔面をぶつけ合いながら主張する言葉。

周囲から聞けば首を傾げる内容だが、ステラには理解できた。

大和は、唯依達からの想いに応えられない、だからせめて機体を強化して彼女達の生存率を上げる。

それしか出来ないからと、今こうして無茶しているのだ。

だが、女であるステラから言わせれば馬鹿な答えだ。

そんな事よりも、もっと喜び、そして心に残る事は在ると言うのに。

大和が恋愛を拒否しているのはステラも察している。

だから大和の選択肢がこれしかないのも推測できる。

だが、その選択肢は唯依やイーニァ、クリスカ、タリサ、そして自分、多くの女性を馬鹿にしている。

我慢できず、二人の間に分け入ろうとした時、武が先に我慢の限界になった。

「この…大馬鹿野朗っ!!」

「がふッ!?」

周囲が騒然となる、武が大和を殴ってしまったのだ。

「そんな馬鹿な選択で、中尉達が喜ぶと思ってるのか、イーニァ達が幸せになると思ってるのかよっ!? 今まで散々人の事弄っておいて、自分はそれかよ、ふざけるなよっ!!」

人に散々、彼女達を幸せにしろとかどの口で言ってたと、殴られて床に転がった大和に向けて叫ぶ武。

武は霞や純夏経由でイーニァやクリスカの想いを聞いているし、イーニァの口から想いを聞いた事もある。

唯依に関しては、斯衛軍時代から好意を向けられていた事を、凛から聞いている。

そんな彼女達の事を思うと、大和の行動に我慢が出来なくなったのだろう。

「そんなボロボロになるまで頑張れるなら、少しは彼女達の求める事への努力をしろよっ!!」

「………あの、大尉、少佐寝てしまったのですが…」

「Zzzz…Zzzz…Zzzz…」



『ズコーーーーーッ!!』×その場を見ていた人達



カッコいい事を言う武ちゃんだったが、倒れた大和に駆け寄ったステラが、殴られた衝撃で眠ってしまった大和に気付いて控えめに告げる。

折角の熱い場面で眠るという大和の超KYな行動に、武ちゃんも見ていた人達もどこぞの伝説のバラエティ番組のようにズッコケる。

気のせいか、機体までコケたような気がする。

「どういう神経してるんだよ!?」

「恐らく、堪えていた眠気が大尉の一撃で一気に来たのでは…」

俺の熱い台詞返せとばかりに嘆く武ちゃんに、苦笑するしかないステラ。

起きろこの野朗と胸倉掴んで揺さ振るが、二日徹夜した大和はそう簡単には起きない。

今にも鼻ちょうちん作りそうな熟睡っぷりだ。

事情は分からないし軍隊なので立ち入らない周囲の人達は、空回りした武ちゃんに同情の視線を向けている。

「あ~もう…ブレーメル少尉、後頼んます…」

「大尉、どちらへ?」

「営倉。少佐殴っちまったし…。大和が起きたら改めて処罰してくれって伝えて下さい」

大和を止めるという目的も一応達したし、言いたい事は言ったので踵を返す。

疲れたように出て行く武ちゃんを見送り、とりあえず眠っている大和を邪魔にならない場所へ動かすステラ。

そして壁に背を付いて座り、膝の上に大和の頭を乗せる。

整備兵が持ってきてくれた毛布を大和に掛けてやると、ボサボサになった髪を手串で整えていく。

「少尉、これ使って下さい」

「ありがとう」

女性の整備兵が持ってきてくれたタオルと水で、大和の顔を拭うステラ。

武に殴られた場所は、少し腫れているが酷い傷ではない。

「………少しは頭が冷えましたか?」

「…………バレていたか…」

見守りつつ仕事をしていた面子が仕事に戻ったのを確認して小さく呟くと、右目だけパチリと開く大和。

「いくらなんでも不自然ですよ」

「いやはや、合わせてくれて感謝するよ少尉」

大和が寝たフリをしていた事に唯一気付いていたステラ。

いくら大和でも、殴られた瞬間寝るとか流石に出来ない…と思うのだが、出来そうな気がするのは大和だからか。

「まさか武に殴られるとは…年甲斐も無く熱くなっていたか…」

「その若さで年甲斐も何も無いと思いますが?」

殴られた場所を冷やしながら、反対の頬をグニグニと弄るステラ。

内心、私より若い癖に…と少し拗ねていたり。

「それで、大尉にはどんな処罰を?」

「半日営倉で十分だ。元々意固地になっていた俺が悪い…」

武の処分を、営倉半日で済ませて苦笑する大和。

「ボロボロになる努力が出来るなら、踏み出す努力をしろ…と言う事か」

「少佐?」

「我ながら酷い男だ、武の事を散々炊き付け、煽ってきたのに。いざ自分の時は目を逸らして、気付かぬフリをして、逃げ出して…拒絶して。酷いと思うだろう、少尉」

自嘲して右手で顔を押さえる大和。

その言葉には、どこか泣いているような色が混ざっていた。

「……そうですね、傍から見ると、子供のような対応と思えます」

怖いモノから目を逸らし、拒絶し、逃げ出す。

それは、大人に成り切れない子供の行動。

「子供か、全くその通りだな…」

「ですが、それだけの事が在った…そうですね、少佐?」

再び自嘲する大和だったが、その額をステラの右手が押さえた事で彼女を見上げる事になる。

見上げ先、逆さに映るステラは、慈愛に満ちた微笑で大和を見下ろしていた。

頭全体で感じる彼女の温もりに、ラトロワの抱擁を思い出して意味も無く恥ずかしくなる大和。

「…………少尉、俺は二つ…何よりも、BETAよりも恐ろしいモノが在る」

瞳を閉じて、静かに深呼吸する大和。

ステラは大和の言葉を遮らないように、黙って彼の言葉を待つ。

「一つは明日が来ない事。何時までも止まり、未来に進めず、終わりが訪れない事…」

淡々と呟く大和の言葉。

ループを知らないステラには意味不明な言葉だが、大和がそれを恐れている事だけは感じられた。

「そしてもう一つが、忘却だ…」

「忘却……」

「全て無かった事にされる…耐え難い程の痛みを俺に与えてくる…」

ステラには大和が何を言っているのか理解出来ない。

だが、その言葉の重みだけは、感じ取る事は出来た。

だから、ステラは殴られた場所を冷やしていたタオルを床に落とし、持っていた手を大和の顎へ滑らせる。

そして大和が反応する前に、顎をクイっと軽く上げて、半開きの唇を自分の唇で塞いでしまう。

「―――ッ!?」

「ん……」

突然の事で硬直する大和と、大和の唇を啄ばむステラ。

何とか離れようとしても、ステラの膝の上に抱えられ、両手でガッチリ頭を抱えられては成す術も無く。

一分近いキスは、ステラが顔を上げるまで続いた。

その光景を誰も見ていなかったのは、一種の奇跡だろうか。

「しょ、少尉、何を…!」

「いえ、女を甘く見ているお子様な少佐にお仕置きです」

目を白黒させる大和に、悪戯っぽく微笑むステラ。

唇をぺロリと舌で舐め上げ、妖艶に微笑むとそれだけで大和は硬直する。

「少佐、少佐が恋愛やその二つを酷く恐れているのは分かりました。ですが、少佐。貴方は少し…女を嘗めていますね?」

ジロリと、据わった瞳で見下ろされて別の意味で硬直する大和。

美人の据わった瞳というのは、総じて恐ろしく感じるモノだ。

「誰が少佐を忘れ、誰が少佐を傷つけたのか知りません。ですが、その程度の人間と私達を一緒にしないで欲しいですね」

「しょ、少尉…?」

「タカムラ中尉も、シェスチナ・ビャーチェノワ両少尉も、タリサも…私も。そう簡単に忘れられる想いを擁いている訳ではありませんよ?」

囁きながら、ゆっくりと顔を降ろしてくるステラ。

そんな彼女の行動に内心恐れにもにた感情を抱く大和。

「少佐? 女の想いはどんな物にも負けない、この世で最も強いモノなのですよ」

そう言って、額に口付けるステラ。

彼女の言葉に、脳裏に純夏と殿下、そしてエリスが思い出される。

「………仰る通りです」

愛する人を求める想いでとんでもない事を実現させた純夏、愛する片割れを思い、その願いを飛ばした殿下。

そして、こんな自分を慕い、ただひたすらに生きてくれたエリス。

誰かが言っていた、女ってのはこの世で最も強く美しく、そして恐い生き物だと。

「少しは、信じて下さい。少なくとも、私達…ワルキューレ隊は、貴方を裏切りません。忘れません。例えこの命を散らしても…」

魂に刻んでみせます…日本ではこう言うのですよね? なんて冗談交じりに、だが真剣な瞳で継げるステラに、またどこかで皹割れる音を聞く大和。

それと同時に、自分が完全に包囲された、そんなイメージを浮かべてしまう。

「………少し、眠る。膝を貸して貰えるか?」

「喜んで」

顔を見られたく無いのか、それとも照れ臭いのか右腕で顔を隠して問い掛ける大和に、微笑んで承諾するステラ。

やがて大和は、静かな寝息をたてて眠りに付いた。

その寝顔は、歳相応の寝顔だったとタリサに自慢げに語るステラが後日見かけられたそうな。





















































「あ、やんっ…だ、ダメ、ダメよシェスチナ少尉…っ、そ、そんな所…突付いちゃダメ…!」

「ここ? それともここ?」

数時間後、眠る大和をずっと膝枕していた為に足が痺れたステラが、やってきたイーニァに見つかって足をツンツンされる光景が繰り広げられていた。

思わず男性陣が前屈みになってしまう状況で、一人楽しそうなイーニァと、熟睡する大和、そしてどこか艶っぽいステラ。

大変カオスだったと、女性整備兵は後に語った…。







[6630] 第五十三話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/10/11 23:10
















2001年10月22日――――




「よ、ようこそ、御出で下さりました……殿下」

「はい、本日はよろしくお願い致します、武殿」

22日早朝、引き攣った顔で横浜基地正門にて殿下を出迎えるのは武ちゃん。

本日は前々からフラグが立ちまくっていた殿下の横浜基地訪問日。

斯衛軍の厳重な警備の中、VIP車から降りた殿下と殿下専用テスタメント。

御付の月詠大尉を連れて意気揚々とやってきました。

「それにしても、武殿が案内役とは…香月副司令に感謝しなければなりませんね」

自然な動作で武の腕を取り、恋人気分で腕を組む殿下に、武ちゃん引き攣った笑顔がさらに酷い事に。

背後から向けられる、殿下に失礼な態度を取ったら切るとばかりの月詠大尉の視線が恐い。

「畜生、大和の野朗…!」

「何か申しましたか、武殿?」

「いえ、なんでもありません…」

右手の拳を握って怒りに震えるが、命令なのでどうにもならない武ちゃん。

実は大和が、昨日殴った罰として俺良い事考えたとばかりに急遽、本日一日、殿下の案内を命じたのだ。

非情に効果的な罰だぜと、基地内を案内しながら、殿下を敬礼して出迎える国連軍の面子の唖然とした顔と視線に凄く居心地が悪い武ちゃん。

流石に司令や副司令との挨拶の際は離れてくれたが、それ以外では腕組んでくっ付きっぱなしだ。

食堂に案内された時など、おばちゃんが母親気分で武をお願いし、殿下も殿下でおばちゃんを武の母親に見立てて挨拶するなど、恥ずかしさと居た堪れなさで泣きそうになる武ちゃん。

どうでも良いが、おばちゃんの肝っ玉母さんは殿下を前にしても健在だった、言葉と態度は畏まっていたが、行動はいつも通りな辺り恐ろしい。

「で、では殿下、これより横浜基地主導の国連戦術機先進技術開発計画、通称「エミネント」計画の区画へ御案内します」

横浜基地中枢部の案内と慰問を終えた後、精神力を半分費やした武に案内されて開発区画へと足を向ける殿下御一行。

当初、様々な軍から参加した人間が多数居る開発区画へ殿下を案内するのは危険という声が在ったが、人類の未来を賭けて任務に勤しむ方々への暴言は許しませんと殿下が一喝、案内コースへ組み込まれる事になった。

「こちらが、えっと、総合整備格納庫です」

地下通路を抜け、様々な人種が日本の将軍を一目見ようと集まる中、優雅に歩みを進める殿下。

若いのに、流石は日本帝国の姫将軍と、関心する人間が多い。

因みに姫将軍は、どこぞの国が付けた殿下の渾名だ。

「まぁ、なんと素晴らしい光景でしょう。多くの国の戦術機が、国という枠を超えて集い、切磋琢磨する場所…至上の光景とわたくしは感じます」

総合整備格納庫に並べられた、複数の国の機体に感激を覚える殿下。

護衛として同行している月詠大尉も、警護しつつ他国の機体をチェックしては感心している様子。

「武殿、これらの機体の詳細な説明をお願いできますか?」

他国の機体を知る事は、己の国の機体を考える際の重要な情報になると思い、武に説明を求める。

が、武ちゃんは基本的に日本の戦術機、特に不知火や自分の愛機である陽燕などしか詳しく説明できない。

機体概要なんて基本的な物なら殿下だって知っている。

殿下が知りたいのは、今この場に在る、参加国がそれぞれ掲げる改修案の元開発された機体の説明だ。

因みに、これらの情報は確り提示され、開発計画関係者なら大体知っている情報だったり。

「え、え~っと、自分はちょっと……あ! シゲさん良い所に!」

説明を求められても自分は詳しく知らないと、如何したものかと周囲を見渡せば、丁度そこにシゲさんが通り掛かった。

なんだなんだ、俺を殿下の前に出して如何する気だと文句を言うシゲさんに、殿下にここの機体の詳しい説明お願いと拝み倒す。

「大尉も仕方ないっすねぇ。それでは殿下、僭越ながら私が説明させて頂きますです、先ずは―――」

と、殿下へ頭を下げつつ説明を始めるシゲさん。

ペラペーラペラペラと、機体説明を行うシゲさんの背後で、武ちゃんほっと一息。

「餅は餅屋だな、マジで…」

苦笑いの武ちゃん、でもちょっと悔しいので後で勉強しておこうと思うのだった。



































同時刻・開発区画連絡通路――――


「斉藤上等兵、すまないが資料を運ぶのを手伝ってくれ」

「は、了解であります!」

国連保有の資料室、中には国連軍に提示されている各国の技術やメーカーから提供された機体・兵器スペック表など、開発計画に必要な資料が一通り揃っている。

そこへ開発部隊で暇そうに腕立て伏せしていた斉藤を連れて、資料を取りに来る唯依。

情報官に資料の貸し出しを依頼し、受け取った資料を斉藤と分けて運ぶ。

因みに何故斉藤が暇そうにしているかと言うと、スレッジハンマーの操縦はぴか一なのだが、如何せんお頭が弱かった。

別に馬鹿という訳では無い、バカではあるが。

斉藤が開発計画、これはスレッジハンマーの武装継続開発と機体改良が目的なのだが、これに関わると話が進まなくなるのだ。

ドリルやらハンマーやら浪漫を声高らかに主張し、その浪漫を広め、賛同者を得て造ろうとするのだ。

一度、自重を止めた少佐の賛同を得てしまって、実際に造る手前まで至ってしまった事が在った。

以後、斉藤はテスト専門となり、口出しした瞬間釘原を始めとした仲間に黙らされる、無論物理的に。

因みに階級が上がったのは彼らスレッジハンマー選抜部隊が、上々の成果を上げているから。

でも階級が上がっても扱いが同じなのは斉藤だから。

「所で、中尉殿は殿下を見なくていいのですか?」

「仕事が在るからな。少佐にこちらは任せて欲しいと見栄を張ったのだ、そんな時間は無い」

斉藤の何気ない問い掛けに、苦笑して答える唯依。

彼女とて斯衛軍であり武家の生まれ。

殿下のお姿を拝見したいが、大和にこちらは任せて欲しいと宣言した手前、仕事を疎かには出来ない。

とは言え、こちらの仕事に専念する理由の中に、大和と少し距離を置きたいという理由も含まれている。

これは単純に、頭を冷やしたいという理由と、今大和の傍にいると、自分でも何を仕出かすか分からない不安からだった。

「む……」

「あら…」

と、曲がり角でバッタリと出会うのは、唯依の悩みの一因、エリス。

お互い似たような体型なので、視線は真正面からぶつかり合う。

「アチッ、アチっ、なんで火花がっ!?」

バチバチと衝突する視線の火花に、斉藤が資料が入った箱を抱えて悶える。

「お仕事大変そうですね、タカムラ中尉。流石は開発計画の補佐官ですね」

「そちらこそ、連戦連勝で見事なものです、クロフォード中尉。米国西部のトップガンは伊達ではなかったようですね」

お互い、笑顔、笑顔なのに何故か空気が重い。

唯依の後ろで、斉藤が圧し掛かるプレッシャーに顔色が青い。

「まだソ連や横浜基地教導部隊、それに…ワルキューレ隊が残っていますから」

「そうですね。特にソ連は手強いですよ」

にこやかな言葉なのに、何故か威圧感が。

斉藤の身体に、物理的な重みがかかり始める。

「それは楽しみです。勿論、中尉の部隊との対戦もですが…」

「それは私もです。その時は全力で、良い勝負をしましょう」

お互いニッコリ笑顔、なのに体感気温がシベリアもビックリなマイナス気温。

斉藤が寒気と恐怖でガタガタ震えている。

「「……………………」」

唯依もエリスも無言になり、真っ直ぐに睨み合うかのように視線を合わせ続ける。

そんな光景に、斉藤は野生の獣(熊とか)とは目線を逸らしたら襲われるとか、猫は目を逸らした方が負けとか、意味も無く考えていた。

恐らく現実逃避。

「………次は負けん、勝負でも、心構えでも、そして想いでもな」

「………面白いですね、ならば私も覚悟を決めましょう」

互いに一歩前に出て、小声だが確りとした声で相手に伝える。

その瞬間、二人の背景で雷が鳴り響き、視線が激しくぶつかり合う。

数秒間睨みあっていた二人だが、どちらとも無く、と言うより同時に視線を外して擦れ違って歩き出した。

どちらも背後は振り返らず、真っ直ぐに突き進む。

それは、覚悟を決めた女の姿だった。
























「ちょ、斉藤、アンタなんで焦げてるのよ!?」

「いやぁ、俺にもさっぱり…。俺が言えるのはそう、美人の睨み合いは恐い…」

唯依に遅れて戻ってきた斉藤は、雷にでも打たれたかのようにアチコチ焦げていた。

その姿に釘原がビックリして詰め寄るが、斉藤はガクガクと震えるばかり。

「斉藤上等兵、持って来た資料を並べてくれ」

「イエス・マムっ!!」

ビシィッ!! と唯依に敬礼してキビキビ動く斉藤。

その表情は、大型肉食獣に怯える小動物の様であったと、後に釘原は語った。








































同日10:45・横浜基地地下シミュレーターデッキ――――




「今、上に日本の将軍が来てるんだってよ。お前ら興味ねぇのか?」

「無い、少佐からは特に指示は無いからな」

「わたしはすこし。ミツルギのふたごっていってた」

地下シミュレーターデッキ、そこには強化装備姿のタリサ、クリスカ、イーニァの姿。

多くの人間が着飾り、殿下の訪問を歓迎している中、日本人じゃない上に、そういった権力者に興味のきの字も無い彼女達は、普通に訓練していた。

イーニァは少し興味がある様子だが、恐らくその興味は冥夜の双子の姉だからという理由だろう。

もっと言えば、あのボインの冥夜の姉の母性を見たいという、アレな理由の可能性が高い。

結局イーニァは、A-01の新任の上位母性保持者を餌食にした。

とは言え、麻倉が犠牲になってくれたので、築地は粗相をする前に開放されたが。

因みに麻倉は暫く惚けていたらしい。

「ミツルギ…あぁ、メイヤな。それ言われると少し興味出っけど、野次馬しに行くのは気が引けるしなぁ」

これが戦術機や、紅蓮大将のような衛士なら一目散に野次馬に行くのだが。

それは兎も角、三人はドリンクとタオル片手に休憩中。

現在、タリサは二人に付き合って貰って、新しい愛機であるF-22A's、アサルトラプターのシミュレーション訓練を行っていた。

既に基本動作確認を終え、次に各種武装装備での戦闘が待っている。

因みに基本動作確認の方法は、鬼ごっこ。

逃げる雪風壱号機を、タリサが追いかけるという物。

これが中々ハードで、全力で逃げる雪風壱号機は、舞風なら追いつけない所だ。

「くぅ~、さっすが少佐と開発部、いい仕事してるぜー」

追いかけっこで、雪風壱号機を追い詰め、終には捕まえる事が出来たタリサは上機嫌だ。

「しかし動きに無駄が多いな、直線でなら雪風より速度が上だと言うのに…」

冷笑して皮肉るクリスカに、ムッとするタリサ。

だが事実なので反論はしない、自分でも分かっている事だ。

F-15J、陽炎を改造した舞風と、F-22Aを改造したF-22A's、アサルトラプターでは機体に差が在り過ぎる。

その差を埋める為に四苦八苦したのは操縦したタリサだ。

最後は何とか慣れたのと、機体のスペックで捕まえたに過ぎない。

「フェイントにかかりすぎ」

「うっせぇな、わかってるっての」

クスクス笑うイーニァに、膨れっ面で言い返して端末を手に取るタリサ。

情報端末、画面と操作用のタッチペンが付いた手帳サイズのそれは、コードで上位テスタメントと接続されていた。

この上位テスタメントは、大和専用機で、現在三人の補佐をしている。

イーニァとクリスカも同じように端末を手に取り、内容を確認。

因みに端末の画面は、基本白黒の情報が表示されるだけの物だ。

網膜投影などが発達した為に、こういった技術はまだまだの様子。

「ん~、最高巡航速度は舞風より圧倒的に上だけど…なんか回避機動が硬いんだよなぁ…」

「関節剛性の違いだろう、元の機体が別世代の上に、あの装備だ。慣れと今後の改良と言う事だな」

「がんばれチョビ」

「だからチョビ言うなっ」

以前と違い、仲違いする事無く意見を交し合う三人、これだけで隊の結束が高まっている事が窺える。

それでも喧嘩をするのは、一種のコミュニケーションだからか。

「じゃぁチワワ」

「チワワとか言うなっ、つーかチワワってなんだ!?」

「ちいさいイヌ、プルプルしててカワイイ」

「どの道チビって意味かコラぁっ!?」

きゃいきゃい煩い二人に溜息をつきながら、端末を片付けるクリスカ。

「次の武装確認は良いのか」

「って、そうだった、メイン忘れちゃダメだよな」

「ダメチョビ」

「泣かすぞコンチクショウ!?」

最近責めに目覚めたらしいイーニァさん、主な被害者はタリサ(口撃的意味で)と唯依(肉体的な意味で)。

その内ステラやクリスカ、それに大和も被害に遭いそうだ。

イーニァを嗜め、筐体へ入る三人。

テスタメントが管制室から引っ張ってきたケーブルで遠隔操作してくれるので、管制室まで行く必要も無い。

大和はその内、テスタメントによって無線でも接続して操作出来る様にしたいと言っていたとか。

「んじゃ、最初は手持武装の確認やっから」

『了解した、見学させて貰おう』

ヘッドセットの通信と映像で会話し、テスタメントに事前に入力した予定を実行して貰う。

するとシミュレーション映像内に空港の滑走路のような舗装された場所が出現し、そこに雪風壱号機と、タリサのF-22A's、アサルトラプターが出現する。

「それじゃ、最初は突撃砲だな」

と言って、機体を操作して背中の担架から突撃砲を装備するタリサ。

その突撃砲は、AMWS-21戦闘システムと呼ばれるラプターの突撃砲でも、87式突撃砲でも無かった。

形はラプターの突撃砲に近いが、縦に並んだ36mmと120mmの銃口の間にあるフレームから、バヨネットが左右から飛び出している。

上から見ると、クワガタの角のように設置されている。

それに、グリップガードにはスパイクが設置されている。

そして全体的に曲面が多く、丸っこい。

「形は違うけど、まぁ似たようなもんだな」

仮想空間に表示された的に向けて36mm、120mmを放って調子を確かめるタリサ。

実はこの武装、F-22A's用に用意した訳ではなく、YF-23の武装をモデルに以前作られた突撃砲だったりする。

それがこの機体へ装備された理由は、マッチング云々ではなく、単純に無かったから。

F-22Aが納品された際に、機体だけで武装の類は一切付いてこなかった。

嫌がらせか、それとも余裕が無かったのか、大和は微妙に後者な気がしているが、兎に角突撃砲が無かったのだ。

そこで、形が1番近くてかつ近接にも対応できるこれが選ばれた。

「お、このバヨネットも取り外し可能なのか」

筐体内に持ち込んだ説明書を確認しながら楽しげに呟くタリサ。

そんな彼女を尻目に、クリスカはシミュレーション映像のF-22A'sを観察していた。

鬼ごっこの最中は逃げるのに集中していて確認出来なかったが、異様な機体だと思うクリスカ。

大まかな見た目はF-22Aだが、細部が尽く異なっている。

先ず頭部、独特の頭部をしているF-22Aだが、その頭部の左右のフィンが大型化、そして頭頂部から後ろへと、角のようなパーツが追加されている。

両肩は同じに見えるが、中身が違うらしい、実際肩横のスラスターノズルが大型化している。

前腕の側面には、長方形の装甲のような、箱のような物体が装着されているし、現在のアメリカ製の機体の特長にもなっている膝部のウェポンコンテナの形も異なっている。

だが一番の違いは、背面だった。

背中の担架は、背部CWSの基本規格である担架ユニット。

これは元々の担架を少し強化した物で、基本兵装として登録されている。

そしてその下、腰の噴射跳躍システムの位置が少し左右に広がり、その中心には長方形と立方体(見た感じ正十二面体)を足したような形のスラスターが。

これが以前大和が言っていた、横浜の開発者渾身の作品、キャノンボールだったりする。

下に2ヶ所、上に1ヵ所、左右1ヵ所にスラスターノズルを配置。

そして大型のノズルを斜め後ろへと配置した、機体の姿勢制御用ではなく、跳躍推進兼用スラスター、それがキャノンボール。

これ一つで、軽い機体なら跳躍させる事が可能という高出力スラスターのお陰で、アサルトラプターはその名に恥じない直線速度を実現。

追加のテールスラスター、二本の尻尾のようにキャノンボールの左右に取り付けるパーツを装着すれば、稼働時間と速度は、月衡にも匹敵すると言われている。

このキャノンボール、腰の接続部で上下に可動し、背部CWSや噴射跳躍システムの動きを阻害しないように出来ているので、大胆な動きも可能。

これら目に付く装備以外にも、細かい装備が装着されたのがF-22A's、アサルトラプターと呼ばれる機体。

足の甲に小型種用機銃が装備されたり、踵にカーボンブレードが装備されたり。

脚の側面にはウェポンバインダーと呼ばれる兵装が取り付けられ、グレネードランチャーとマイクロミサイル、そしてマチェット型の大型近接短刀が装備されている。

このマチェット型の短刀、形がククリナイフをモデルにしている為、タリサが物凄く気に入っていたりする。

機体重量は当然増加したが、それを補うだけのパワーのあるキャノンボール、そして元々高かった機体性能がそれをカバー。

ステルス性能は極端に低くなったが、対BETA用なので無問題。

かなりのじゃじゃ馬な性能になったが、タリサとステラなら十分に使いこなせると大和は確信して二人にこの機体を与えたのだ。

「よっしゃぁっ、射撃確認は後回しだ! 近接格闘試すぞ!」

『やれやれ、元気な事だな…』

『やっぱりチワワ…』

本来ならCWS武装、これは肩部CWS武装の一部を背部用へ改造したモデルが存在し、主にスナイプカノンユニットとアサルトライフルユニット、それに背部ウェポンコンテナユニット、中距離支援用のロケットランチャーユニットなど、多数存在するのだが、タリサは後回しにした。

理由は一つ、向上したと大和に説明された、近接性能を試したいから。

そんなタリサに呆れつつ、機体を動かして装備の展開準備をするクリスカ。

『先ずは何だ?』

「へへ、最初はこれだ!」

クリスカの問いに、楽しそうに笑って展開させたのは、例の前腕に装備された箱のような装甲。

その装備の手首側から、三本のカーボンブレードが飛び出して、構えるアサルトラプター。

近接格闘爪、通称ストライククロー。

前腕とほぼ同じ長さで、高い殺傷力を持つ巨大な爪だ。

『面白い、勝負してやろう』

『ブレードユニットにカンソウ…いいよクリスカ』

同じ土俵で相手する事にした二人も、雪風壱号機の手腕CWSを、ブレードユニットに交換する。

シミュレーターの映像が一瞬ブレた次の瞬間には、雪風の腕には高周波カッターではなく、半回転によって展開されるブレードユニットが装備されていた。

機械音を響かせて、ブレードが展開され、グリップを握る雪風。

トンファーの長い方を前にして持ったような状態でブレードを構えて身構えるクリスカとイーニァ。

それに対して、タリサは獰猛な笑みを浮かべる。

「良いのかよ、高周波カッターじゃなくて」

『武装の性能差で勝負が付いたらテストにならないだろう』

タリサの軽口に、微笑を浮かべて答えるクリスカ。

お互いに機体を構えさせ、ジリジリと間合いを計る。

『……へぷちっ』

そして、何故かイーニァが愛らしいくしゃみをした瞬間、2機が同時に動いた。

抉りこむように爪を向けてくるタリサ機に、ブレードで防ぎつつ反撃を放つクリスカ。

だがその一撃を、反対の爪でブロックして回避する。

タリサもクリスカも口元に笑みを浮かべたまま、次の攻撃へと移って行くのだった。




































14:20・70番格納庫――――



「あの、ブレーメル少尉…?」

「はい、なんですか少佐」

「いや、そうピッタリ張り付かれると仕事が…」

「気にしないで下さい、少佐が無理を始めたと判断したら物理的に止めるだけですから」

気にするわッ!? と内心でツッコミながら、引き攣った顔で仕事をする大和。

そんな彼の背後、半径1mの範囲には、朝から常にステラの姿。

「昨日の一件で、少佐の拘束の仕方を学びましたから」

そう言って、微笑を浮かべて腿と胸を軽く叩くステラ。

昨日、イーニァに弄られて悶えるステラの動きで目覚めた大和は、気恥ずかしさから直ぐに離れようとした。

だが、まだ4時間しか寝ていないとステラに羽交い絞めにされてしまう。

その際に、膝枕ならぬ胸枕をされて、ビキリと固まる大和。

この動きに、ステラはチャシュ猫の笑み、非常に楽しそうな笑みを浮かべて、大和は冷や汗を流した。

暗に彼女は、また無茶するなら膝と胸で落とすと言っているのだ。

締め落とすのか、堕とすなのか不明だが。

因みに、足が限界になったステラが、イーニァにバトンタッチしたのは言うまでも無い。

イーニァの膝枕に、大和の羞恥心は限界だったのか意識はアッサリと落ちた。

ステラは朝から「次は、ビャーチェノワ少尉やタリサ、それに中尉も呼びましょうか」と楽しそうに脅してくる。

武に諭された(?)ので徹夜無茶はしない心算だが、熱中するとついつい集中してしまう癖が在るだけに、絶対にしないとは言い切れない。

故に、大和はステラの笑顔の脅迫に、ビクビクしながら仕事をしていた。

「しょ、少尉は殿下の訪問は――「興味ありませんから」……そ、そうか…」

バッサリだった。

朝からステラの引き剥がしを試みる大和だったが、流石は年上のお姉さん、この辺りに関しては一枚上手だった。

唯依をオタオタさせる方法も、ステラには通じない。

築地にも匹敵する母性も危険だ、あれは自分を容赦なく責めてくる。

そんな意味不明な危機感を擁きながら仕事をする大和と、楽しそうに仕事をするステラ。

周囲の関係者達は、生暖かい笑顔と視線で遠巻きに眺めるのだった。

「F-22A'sの訓練は良いのか?」

「今タリサが集中訓練をしていますから。明日は私の番です」

暗に、明日はタリサが監視に付くと言われて凹む大和。

だが相手がタリサなら、幾らでも撒く方法は思い浮かぶので、明日は自由だと邪悪に笑う大和。

ステラもそれは承知だが、まぁ無理はしないだろうと分かっているのでちょっと酷いがタリサには期待していない。

今こうして居るのは、ちょっとしたお仕置きだ。

自分達に散々心配を掛けて、唯依を悩ませている罪作りな想い人への。

今日だけは役得と、ステラは端末で情報を整理するのだった。

































16:45――――B7シミュレーターデッキ――――



殿下の横浜基地訪問が無事終了したという話を人伝に聞いたA-01部隊は、目の前の現状に困惑していた。

「皆様、手解きの程、よろしくお願い致します」

それは、招集されて強化装備に身を包んで待機していた彼女達の前に現れた、紫の零式衛士強化装備を身に纏った殿下。

さらに、その後ろに居並ぶ、月詠大尉と、月詠中尉、そして凛達警護部隊の面々。

彼女達が武に続いて現れたのだから、驚くのも当然の事。

冥夜なんかは、楽しそうに笑顔で手を振る姉の姿に、頭が痛そう。

「って訳で~、殿下が率いる斯衛軍対あんた達のシミュレーション勝負よ」

これまた楽しそうな夕呼先生が、ニヤニヤしながら宣言した。

彼女の言葉に、どういう事かは理解したA-01だったが、何で殿下と…と言う疑問は消えない。

「ご心配なく、若輩の身ですが、XM3での教導も受けております」

本気でお相手願いますと、確りとした視線で告げてくる殿下に、冥夜は姉の本気を感じ取った。

「了解致しました、副司令直属部隊として、全力でお相手致します」

まりもが代表として敬礼しつつ答え、A-01全員が敬礼する。

それに深く頷く殿下と、答礼を返す月詠大尉達。

夕呼の指示でそれぞれが筐体へと入り、遙がA-01を、ピアティフが殿下達の部隊の管制を、夕呼専用テスタメントと受け持つ。

見学を言い渡された武ちゃんは、ピアティフの補佐にテスタメントを付けた事から、また夕呼が何か企んでいると感じ取っていた。

現在のA-01は小隊分けを、A・B・C・Dとし、各小隊長を選抜。

まりもはコールサインをヴァルキリー00として、部隊全体の指揮を執る。

コールサインは新任が続きで番号を拝して続く事になり、イーニァ・クリスカは省く事になった。

これは、二人がワルキューレ隊としてA-01へ参加する可能性が高くなったからという理由。

普通は12名を超えたら別部隊を編成するのだが、A-01にはこれ以上追加の衛士候補が居ないので特別に16人編成で組まれている。

ただ、ワルキューレ隊の今後によっては、もう一つ中隊が増える可能性もあるが。

コールサインは以下の通り続く形になり、

ヴァルキリー01:伊隅 みちる大尉 右翼迎撃後衛

ヴァルキリー02:速瀬 水月中尉 突撃前衛長

ヴァルキリー03:宗像 美冴中尉 左翼迎撃後衛

ヴァルキリー04:東堂 泉美中尉 遊撃強襲前衛

ヴァルキリー05:風間 祷子少尉 砲撃支援

ヴァルキリー06:上沼 怜子少尉 制圧支援

そして新任がA分隊から続き、

ヴァルキリー07:涼宮 茜少尉 強襲掃討

ヴァルキリー08:柏木 晴子少尉 制圧支援

ヴァルキリー09:築地 多恵少尉 強襲掃討

ヴァルキリー10:高原 由香里少尉 突撃前衛

ヴァルキリー11:麻倉 一美少尉 砲撃支援

ヴァルキリー12:榊 千鶴少尉 強襲掃討

ヴァルキリー13:鎧衣 美琴少尉 打撃支援

ヴァルキリー14:珠瀬 壬姫少尉 砲撃支援

ヴァルキリー15:御剣 冥夜少尉 突撃前衛

ヴァルキリー16:彩峰 慧少尉 突撃前衛

となり、涼宮 遙中尉が継続してCP将校のヴァルキリーマムとなる。

小隊編成は以下の通りで、

・A小隊(右翼担当)

小隊長:伊隅 みちる大尉 右翼迎撃後衛
A小隊:上沼 怜子少尉 制圧支援   
A小隊:榊 千鶴少尉 強襲掃討
A小隊:珠瀬 壬姫少尉 砲撃支援

・B小隊(前衛担当)

小隊長:速瀬 水月中尉 突撃前衛長
B小隊:高原 由香里少尉 突撃前衛
B小隊:御剣 冥夜少尉 突撃前衛
B小隊:彩峰 慧少尉 突撃前衛

・C小隊(左翼担当)

小隊長:宗像 美冴中尉 左翼迎撃後衛
C小隊:風間 祷子少尉 砲撃支援
C小隊:涼宮 茜少尉 強襲掃討
C小隊:柏木 晴子少尉 制圧支援

・D小隊(遊撃・中堅担当)

小隊長:東堂 泉美中尉 遊撃強襲前衛or中堅迎撃後衛
D小隊:築地 多恵少尉 強襲掃討
D小隊:麻倉 一美少尉 砲撃支援
D小隊:鎧衣 美琴少尉 打撃支援

…という形に割り振られた。

まりもは部隊総指揮官として特定の部隊を持たず、武と二機連携を組んで各部隊の穴埋めやフォロー、もしもの時の臨時部隊編成を担当する。

また、独立遊撃部隊であるシグルド隊に臨時編入される事もある為、特定の小隊を率いないのだ。

D小隊が二つの役割を持つのは、戦況に応じてポジションを変更する事がある為であり、部隊の真ん中で各部隊のフォローや、遊撃に走る事になる。

その為、機動力に定評のある築地、目敏い麻倉、勘が鋭い美琴というメンバー構成。

割と癖のある面々を纏めるのは、東堂と決まったが、決して消去法では無い、無いったら無い。

『では、これよりヴァルキリーズ対斯衛軍特別選抜部隊との模擬戦闘を開始します』

遙の管制の声に、気を引き締める面々。

特に新任達は、正式ポジションを頂いてから最初の他部隊との戦闘だ、緊張と不安から表情が硬い。

中でも冥夜は、姉との戦闘とあって、緊張が人一倍だ。

姉に無様な姿は見せられないと、喉を鳴らして操縦桿を握る冥夜。

そんな彼女に、小隊長である水月が通信を繋いできた。

『そんなに緊張してると、いざって時に動けないわよ御剣』

「は、申し訳ありませぬ…」

『そう言うな速瀬、実の姉、それも殿下との直接試合、緊張するなと言う方が無理な話だ』

申し訳無さそうに答える冥夜に、今度は伊隅が声を掛けてきた。

その言葉に同意なのか、網膜投影に映る仲間達は皆苦笑を浮かべている。

『まぁ、速瀬中尉は緊張のきの字も抱いていないみたいですが…』

『あったり前よ、相手が殿下でも大統領でも、やる事は決まってるんだから』

宗像の言葉に、胸を張って答える水月。

そんな水月の姿に、茜やタマは尊敬の視線を向ける。

『なるほど、中尉は相手が誰であってもヤッてしまうと…』

『宗像ぁっ!?』

『と、築地が申してました』

『言ってねぇっぺよ!?』

『築地、背中に気をつけなさい…』

『ひぎぃっ!?』

いつも通りな先任達のやり取りに、緊張していた新任達は肩の力が抜けたのか、先程までの硬い表情は見られなかった。

築地だけは別の緊張でガタガタだが。

『お前達、お喋りはそこまでだ』

苦笑を浮かべたまりもからの言葉に、全員が気を引き締める。

今回まりもは、遊撃として部隊に入る事になる。

普通は二機連携が最低の編成なのだが、相手が居ないので仕方が無い。

『相手の準備が整いました、カウントダウンを開始します』

遙の声が再び告げられ、カウントダウンが開始される。

嫌に相手の準備に時間が掛かったが、機体データのロードか何かで手間取ったのだろうと考える伊隅達。

シミュレーションの映像が切り替わり、日本の合戦場のような場所が再現される。

『なんか…』

『いつもと違うような…?』

彩峰と美琴の呟き。

各員が周囲を見渡すと、いつもの荒野や廃墟ではない、妙なステージが広がっている。

荒れ果てた荒野なのは同じだが、アチコチに草木が残っているし、旗とか昔の槍とか鎧とか、そんなのがゴロゴロ転がっているのだ。

『まるで、歴史の本で見た合戦場だな…』

まりもがそう呟くと同時に、カウントダウンが終わり、遙の状況開始の声が響いた。

それぞれ小隊長の指示で手早く陣形を組むA-01。

隊列を組んだまま、合戦場を再現した場所を進み始める。

『殿下や月詠中尉達が相手って事は、機体は武御雷なんでしょうか…』

『だと思うよ、殿下も色付きの強化装備着てたし』

タマの不安げな声に、美琴が答え、各自が武御雷かぁと少し萎縮する。

何せ彼女達の母国が世界に誇る、最新鋭にしてタイマン近接最強なんて話のある機体だ。

『大丈夫だって、スレッジハンマー大隊相手にするより楽よ。数だって7機なんだし』

『そうそう、それに機体だって雪風は負けてないからね!』

元気付ける為に、あえて明るくタマ達に告げる水月と、同意する東堂。

そんな彼女達のレーダーに、反応が映る。

『前方、距離1200……え、嘘、そんな…!』

レーダー精度が最も優れているスナイプカノンユニットで機影を確認した風間が、途中から唖然とした顔になる。

どうしたのかと問い掛けるよりも早く、彼女の機体から転送されたデータには、機影数36と出る。

なんで36!? と全員が驚く中、麻倉がセンサーの最大望遠で敵の姿を確認。

そこには、居並ぶ武御雷の群、群、群。

先頭には殿下の機体である紫、その左右には赤が二機。

その背後には白が4機。

そこまでは良い、そこまでなら相手の数だ。

だが、その後ろ、殿下の機体の背後に広がる崖の上に、黒の武御雷がズラリズラリ。

そして殿下の真後ろの崖の上には、見覚えのある赤い機体が。

『機影確認…紅蓮大将の大角です!』

麻倉の告げた言葉に、『げっ』とか『えっ』とか言葉を漏らすA-01の面子。

彼女達も何度かシミュレーションで戦った事のある、強敵。

紅蓮大将の戦闘データを入力された、特徴ある頭部の武御雷、通称『大角(おおずの)』が、槍のような武器を片手にそこに居た。

『あ、言い忘れたけど殿下側には斯衛軍を模したNP機が混ざるから』

と、そこへ通信を繋いできたのは楽しそうな笑顔の夕呼先生。

ワザと言わなかったなとまりもが睨むが、夕呼は涼しい顔だ。

因みにNPはノン・パイロットの略らしい。

要は本物が乗っていない、蓄積された機動データから再現された人形だ。

通常訓練の仮想敵と違うのは、固有の衛士のデータが使われている点。

前者は平均的な機体の動きをし、後者は癖のある動きをする。

とは言え、あれだけ数が居ると厄介極まりない。

特に紅蓮大将の大角は、武ちゃんでも負けることが多い一騎当千の機体だ。

大和がお願いして特別にデータを貰ってきたので、再現度も高い。

A-01の乙女達が、また鬼畜ミッションだ(泣) まただよ(涙)と内心涙する中、まりもは冷静に迎撃準備を整えるように命ずる。

それに呼応する様に、殿下の機体が一歩踏み出し、そして背後の大角が手にした槍を振り回した。


――――♪~~~♪~~――――


『な、なんだ!?』

『これは…笛の音?』

突然シミュレーションの世界で鳴り響き始めた笛の音や、続く太鼓の音に、身構える伊隅と、首を傾げる風間。

そして、やたら男らしい声でそーれそれそれとか、そーれそとか繰り返す歌が聞こえ始める。

そして何度か繰り返したと思えば、おりゃおりゃと叫ぶように歌が続き。


――――よっ○ゃあーーーーーっ!――――


『っ!?』×A-01全員

凄く気合の入った叫びが轟いた。

そしてやたら熱い音楽が流れ始める。

男、いや、漢漢と連呼し、戦国時代の合戦を謳ったような歌詞が男らしく、否、漢らしく歌われている。

『なんなのよこの歌は!?』

『なんと熱い…魂を揺さ振るような歌だ…』

『ちょ、御剣…?』

慌てる水月、なんか感動している冥夜と、その姿に引き攣る委員長。

『神宮司大尉、何か大角が歌っているような動きをしてます…』

『……本当だな…』

『周りの黒い武御雷なんて踊ってるわ…』

望遠映像で確認した麻倉が、データをまりもに見せると、確かに槍を振り回しながら、歌っているような動きをしている。

風間が言うように、周りの黒い武御雷が6機ほど、その周りで踊っているし。

『気をつけなさいよ~、あの歌が流れている間、相手の黒い武御雷は性能UPするから』

『なんですかその反則っ!?』

通信を繋いできた夕呼に、水月思わずツッコム。

『先頭の部隊、進撃を開始しました!』

『っ、総員迎撃開始っ!!』

タマの報告に、まりもが夕呼へ言いたい事を一度飲み込んで、迎撃態勢を取る。

熱い漢の唄と共に進撃してくる殿下達と、黒い武御雷部隊。

なんだか一気に暑苦しくなったシミュレーション内で、A-01と殿下の部隊が激突する―――。
















[6630] 第五十四話 ※R-15かと…
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:22



















2001年10月22日――――



A-01 VS 殿下部隊対戦中・同時刻――――




「少佐、こちら中東連合からの申告書類です」

「あ、あぁ、後で目を通しておく…」

「少佐、この部分に対しての姿勢制御優先の調節なんですが…」

「う、うん、そこは重量の反動がダイレクトに来るからだな…」

「少佐、こちらの書類、チェックお願い出来ますか、急ぎです」

「あ、あぁ、分かった、少し待ってく――」

「少佐、ならこちらの調整も連動して行うと言う事ですか?」

「そ、そうだ、それと同時にそ――」

「少佐っ、欧州連合がJAS-39のアップグレードキットの事で至急相談したい事があるそうですっ」

「わ、分かった、時間を開けるからッ」

「少佐っ、F-22Aの近接戦闘を想定しての破損防止機構でも至急お聞きしたい事がっ」

「俺は聖徳太子じゃないぞッ!?」

左右から矢継早に告げられる言葉に、右を向いて左を向いてと対応に追われる大和。

そんな彼の右には唯依がヘッドセットからの通信を聞きながらお仕事中。

反対の左側には、ファイル片手に相談に来ているエリス。

大和は思った、なんだこの板挟み…。

先程から、唯依が仕事の話を振れば、エリスが相談をしてきて。

エリスの相談の合間に、今度は唯依が仕事の話を突っ込んでくる。

しかも、二人とも笑顔、妙に笑顔、こめかみの辺りがピクピクしてるけど笑顔。

そして唯依もエリスも、お互いに視線を合わせない、徹底的に。

対抗心バリバリなのが丸分かりな二人だ。

エリスは自分の気持ちの整理の為に、大和との時間を作ろうと必死。

唯依は唯依で、もう負けないと決意したので早速対抗中。

ここ数日間、大和と距離を取ってじっくり考えたのか、数時間前に大和に処理して欲しい案件が在ると呼び出した。

で、有能な副官として仕事をして、やはり大和の隣は心地良いと実感していたらエリス襲来。

場所が総合整備格納庫なので、出て行けとも言えないので、この状態。

武ちゃんの愛憎渦巻くコメディ系修羅場とはベクトルの異なる空気に、大和内心涙目。

エリスの背後には双頭鷲が見えるし、唯依の背後には鎧着た鬼が見える。

タリサとイーニァのファンシーなシャドウとは比べ物にならないおっかない幻影だ。

「「少佐っ!!」」

「はいッ!?」

なんだろうこの状況…と考え事していたら二人の言葉を聞き逃したのか、同時に耳元で呼ばれて背筋が伸びる大和。

そんな三人の姿を見守る、6個の視線。

「……なんなのかしら、あの米軍中尉の態度…」

「妙に親しそうですね…」

「タカムラ中尉も対抗心剥き出しだな(と言うか、何故私まで…)」

大和達が居る開発準備室の扉から、中を窺う三つ並んだ頭。

下から、崔中尉、ターシャ、ラトロワの順番、台詞はその逆並び。

顔半分を出して中を窺いながら、三人は小声で会話している。

「ここ最近、少佐はこっちに顔出さないし、中尉は妙に上の空だったから気になってたけど…あのクロフォードってのが原因っぽいわね…」

「確かに、妙にギスギスと…」

「二人に挟まれて、身動きも出来んか…(妙に疲労しているな…無理をしていなければ良いが…)」

デバガメ上等で室内を観察する崔と、何だかんだで他人の色恋に興味津々なターシャ。

ラトロワは二人に話を合わせているが、別のことを考えていたり。

「少佐とどういう関係なのかしら…もしかして元恋人とかっ!?」

「元部下という線も在ると思いますっ!」

「……お前達、仲が良いな…」

興奮してきたのか、キャーキャーと女子高生のように会話する二人に、一歩引くラトロワ。

「と言うか、崔中尉。貴官は少佐に米軍部隊の例の武器について聞きに来たのでは無いのか?」

「あ、そうでした。でも今室内に入る勇気は流石に無いですよこれ…」

ラトロワの呆れたような言葉に、ここへ来た目的を思い出した崔。

彼女はこの前、エリスに例の武器、エリミネーターで惨敗した。

その事を悔しがった彼女は、あの武器が米軍試験部隊だけで実験的に使われている武器と知って、大和へ相談に来たのだ。

色々な色物武器から彼女好みの武器まで作っている大和なら、エリミネーターの事、特に特徴や対応方法に精通していると考えて。

で、大和が開発区画に顔を出したと聞いてやってきたら室内の空気が痛かったので、出入り口で覗いていた。

そしたらラトロワとターシャがやってきて、気が付けばトーテムポールに。

「室内の関係者、居心地悪そう…」

苦笑するターシャの視線の先には、胃の辺りを押さえている技術者や、ピリピリと痛々しい空気に当てられて苦悶する整備兵。

非常にカオスな光景だった。

「まぁ、あの二人が居ない時にでも聞くことだな」

「在るのかなぁ、そんな時間…」

唯依は大和の副官だし、エリスは露骨に接触を図っている。

二人を出し抜いて大和と話し合うには、かなりの犠牲を払う必要があるかもしれない。

とりあえず、三人はこれ以上痛々しい空気はごめんだと、早々に立ち去る事にした。

ラトロワは、ヒーヒー言いながら仕事をする大和の背中に、一瞬だけ優しい視線を向けてから、踵を返した。

その事に気付いたのは、唇をきゅっと噛み締めて顔を伏せる、ターシャのみ…。







































シミュレーターデッキ――――




『ヴァルキリー02、フォックス2!』

『ヴァルキリー15、フォックス3っ!』

開戦から数分後のシミュレーター映像内。

日本の昔の合戦場をモデルにした舞台では、A-01と斯衛軍が入り乱れていた。

『速瀬中尉っ、3機抜けました…!』

『東堂っ!』

『お任せっ!!』

彩峰からの報告に、瞬時に中堅の部隊を率いる東堂の名前を叫ぶ。

それだけで自分がする事を理解した東堂が、築地達を率いて前衛を突破した3機の黒い武御雷の迎撃に入る。

『全機っ、何としても後衛を死守しろ!』

『正面から斬り合うなっ、NP機とは言え武御雷、手強いぞ!』

伊隅の指示と、まりものアドバイスに従って陣形を保ちつつ、猛攻をかける斯衛軍部隊を迎撃するA-01。

『ヴァルキリー11、フォックス1』

『ヴァルキリー14、フォックス1!』

麻倉とタマが後方からスナイプカノンで狙い撃つが、衛士の戦闘データを再現したNP機とは言え武御雷、撃破率が低く、焦りが生まれている。

彼女達は知らないが、実は現在の黒い武御雷は、斯衛軍時代の武と大和のデータを合わせて割って再現した能力。

XM3が搭載されていない為、動きに幅が無いし、二人の特徴が大きく現れるのは回避行動時に限定されているが、それでも十分脅威だ。

斯衛軍の後方、崖の上で歌っている(?)紅蓮大将の大角の歌が流れている間は、黒い武御雷は能力アップで武・大和の操縦する機体が再現される。

逆に言えば、大角さえ撃破すれば歌は止まり、黒い武御雷の性能は一般的な能力まで下がる。

とは言えその大角自体が強敵であり、その上。

『はぁっ!!』

『ぐ…っ!!』

切り掛かってきた赤い武御雷、真那が操縦するその機体の一撃を、展開した腕のブレードユニットで受け止めるまりも。

反撃として肩のガトリングユニットを向けるが、それを察して素早く離れつつ突撃砲を放ってくる。

まりももスラスター全開で回避行動を取りながら両足のファストパックからマイクロミサイルを放つ。

だがそのミサイルも突撃砲で迎撃され、さらに多目的追加装甲を持つ黒い武御雷が楯として割り込んでくる。

『くっ、全機赤と白に気をつけろ、手強いぞ…!』

『今嫌ってほど、味わってますって…っ!!』

黒い武御雷を蹴散らしながら、追撃してくる赤い機体、真耶の武御雷の脅威的な強さに軽口叩くのも一苦労な速瀬。

宗像や東堂には白い機体が襲い掛かり、新任達は黒い武御雷を捌くので精一杯。

現在、性能アップの代償として近接重視となっている黒い武御雷のお陰で、新任達は何とか生き延びている。

『ヴァルキリー06、フォックス1~っ、みんな逃げて~っ!!』

両肩の多連装ミサイル、両足のマイクロミサイル、両手腕のグレネード。

それら全てを敵が密集する場所へ撃ち込む上沼。

乱戦になり始めて敵味方入り混じっている状態で何とも無茶をする。

普通なら味方も巻き込むような攻撃だが、当たるような人間は新任も含めて誰もいない。

上沼もそれを分かっているからこそ、ここぞとばかりにぶっ放したのだ。

『はひぃ~、助かったやんす~…』

『上沼っ、あんたちょっとは狙いなさいよねっ!?』

黒い武御雷6機に追い掛けられていた築地、助かったと安堵。

逆に考えると、XM3無しとは言え武や大和の動きをする機体から逃げ続けたのだから、凄い話だ。

助かったはいいが、下手をすれば大惨事だけに文句を言う東堂。

『ごめんなさ~い、身体で償うから許してっ☆』

てへっと右手を顔の前で妙な形にしてウィンクする上沼に、思わずイラっ☆としてしまう東堂だが、今は無視。

『今ので黒い武御雷を8機撃破…いえ、9機撃破』

爆心地を警戒しながら、爆煙の中動いていた機体を正確に撃ちぬく風間。

『こいつ、しつこいっ!』

『引き剥がせない…っ』

赤い武御雷、真耶機に執拗に狙われる速瀬と、白い武御雷、こちらは凛の機体に狙われている彩峰。

高原は黒い武御雷3体を相手に逃げの一手。

なんか台詞がどうとか出番がどうとか遙に耳に届くが、管制に忙しい遙は気にする事が出来ない。

『中尉、彩峰、今助け――っ!?』

自分に襲い掛かっていた黒い武御雷を撃破し、踵を返した冥夜の響の前に、白煙の中から現れたのは、紫の武御雷。

殿下の搭乗機にして、ワンオフとすら言えるチューニングが施された、武御雷の最高機。

『真耶さん、真那さん、感謝します。さぁ冥夜、姉妹だけで一騎打ちと参りましょう…』

外部スピーカーで話しかけてくる殿下。

見渡せば、水月達は真耶達に引き止められ、後衛は黒い武御雷に邪魔されている。

まりもには真那が、伊隅と宗像、東堂にはそれぞれ白い武御雷が相対している。

気が付けば、冥夜と殿下の周りにはどちらの仲間も居ない。

『冥夜、姉の決意、しかと受け止めなさい…!』

『姉上……お相手仕るッ!!』

長刀を握る武御雷に対して、冥夜も長刀を抜く。

『いざ――――』

『尋常に―――』

『『勝負っ!!』』

双方出力全開で相手へと突っ込み、長刀を激しくぶつけ合う。

機体性能で負けるとは言え、冥夜は武の指導を受け、日々己を研磨してきた。

だが殿下も負けていない、忙しい政務の合間に、紅蓮大将や真耶に指導を受けている。

両者、実力だけで言えば互角。

機体性能で言えば当然殿下の武御雷の方が上だ。

だが冥夜の乗る響は、練習機とは言えカスタムされた火力向上機。

勝敗を決するのは、両者の判断力か。

『せいっ!』

『くぅ…っ!』

両手に持った長刀で舞うように切り掛かる武御雷の連撃を、同じく両手の長刀でいなし、弾き、逸らす。

パワーもそうだが、武御雷で恐ろしいのはその機体の体捌きだ。

国外の技術者に芸術とすら言わせる程に、柔軟な機体の動きと、それを可能とするバランス。

まるで人間のような動きを、最も素早くそして綺麗に再現できると言われるのが武御雷。

伊達に生産と整備性度外視で造っちゃいないと言うことだ。

『そこっ!』

『っ…!』

だが冥夜とて負けてはいない、響には背中に追加されたスラスターや、両肩のCWSがある。

牽制で放った両肩のガトリングの弾幕に、殿下が怯んだ一瞬の隙をついて放つ牙突が、武御雷の肩部装甲を削る。

『冥夜ぁぁぁぁぁっ!!』

『姉上ぇぇぇぇぇっ!!』

両者、他人の介入を拒むかのような気迫で、ただ目の前の相手のみを見ている。

古来の決闘のような二人に、周りも空気を読んで介入しない。

『わ~んっ、どうしてボクばっかりー!』

訂正、一人冥夜を援護しようとした美琴が、黒い武御雷8機に追い回されていた。

どうやら殿下の邪魔をする機体を優先的に襲うように命令されているようだ。

『あーもうっ、誰かあの大角どうにかしてよ! 男男五月蝿くて敵わないわよっ!』

赤い武御雷の猛攻を防ぎながら、叫ぶ水月。

先程からずっと大音響で例の歌が流れ続けているのだ。

しかもエンドレス。

『東堂っ、部隊を率いて大角を黙らせろっ!』

『了解ですっ、09・11・13付いて来なさい!』

『『『了解っ!』』』

まりもの指示で、中堅と遊撃を担当する東堂が築地達を率いて戦線から飛び出す。

目指すは、歌う大角と護衛と思われる踊っている黒い武御雷6機。

『逃がすものか…っ!』

『貴方のお相手は私よ~!』

東堂を狙っていた白い武御雷、巴機が追撃しようとするが、上沼機に邪魔される。

『くっ、誘導弾のコンテナを捨てて身軽になったのか…』

『うふふ、姿は見れないけど…貴女、美味しそうな声をしてるわ…』

警戒する巴だが、上沼の機体から発せられた言葉に背筋を凍らせる。

声だけで自分の好みかどうか判断する上沼、本当に自重しない女。

『く、来るなっ!?』

『待ってぇ子猫ちゃーん!』

感じた悪寒、衛士としての勘かそれとも貞操を守ろうとする乙女の勘か、逃げに回る巴と、それを猛追し始める上沼。

斯衛軍としてあるまじき態度だが、誰が巴を責められようか。

『やりますな、流石は白銀が自慢する衛士だ…』

『斯衛軍にそう言われるとは、光栄だ…』

機体のカメラアイを自らの目として、睨み合う真那とまりも。

『前々から、貴殿とは勝負してみたいと思っていた…!』

『それはこちらも同じ。白銀を育てた貴官の実力、是非拝見させて貰いたい…!』

お互いに突撃砲を捨て、長刀を抜き放つ真那とまりも。

どちらも思うところがあるのか、その気迫は凄まじい。

『伊隅大尉、隊の指揮は任せる…その余裕は無さそうだ…!』

『了解しました、神宮司大尉』

通信で伊隅へと部隊指揮を任せ、真那にのみ集中するまりも。

『真耶…』

『承知している、好きにやれ』

そして真那もまた、従姉妹の真耶へと許可を求め、一騎打ちへと移って行く。

『こいつら…!』

『まるで大尉と少佐ね…!』

突撃砲の4門同時展開、両手の突撃砲と肩部担架の上方展開で弾幕を張りながら、肩部CWSのシールドランチャーで確実に撃破していく茜と委員長。

そんな二人の言葉に同意見のA-01。

『00C、残り12機…!』

『もう一息だ、各自抜かるな…!』

『惨めな結果を出したら、上沼の餌にするぞ!』

遙からの報告に、宗像が新任達を注意し、伊隅が鼓舞(?)する。

すると一人を除いて全員の気迫が変わった、そんな罰は嫌だとばかりに。

『因みに築地と彩峰、そして御剣はシェスチナ少尉のもふもふだ』

『びえぇぇぇっ!?』

『マジ、勘弁…』

宗像の軽口に、本気で涙目の築地と、ゲッソリ顔の彩峰。

冥夜は殿下との一騎打ちの最中で答える余裕が無いが、それは勘弁して欲しいと内心思う。

そんな激しい戦いを、モニターで見守る武。

「………出たいかしら?」

「…正直に言えば、ですね」

椅子に座って眺めていた夕呼の問い掛けに、苦笑して答える武。

二人の前では、遙とピアティフが忙しそうに管制をしている。

特にピアティフは、テスタメントにも指示を出さねばならないので大変だ。

黒い武御雷はテスタメントが指示・制御しているが、大まかな指示をピアティフが選択して出さねばならない。

真耶や殿下からの指示を受けて、テスタメントへ入力するという作業が在るのだ。

遙は遙で、A-01全員の管制があるので、どちらも似たようなものか。

「今日は我慢しなさい、明日は嫌でもやって貰うけど」

「了解です」

夕呼が何を企んでいるのか知らないが、とりあえず今日は参加衛士の力量確認だと視線をモニターに戻す。

「それにしても、斯衛軍の腕利きと武御雷部隊を相手に善戦、未だに撃破無しなのは素直に凄い――「ヴァルキリー09、僚機を庇い胸部大破、戦闘不能!」……築地、そんなにシェスチナのもふもふが好きなのね…!」

折角気分良く褒めていたのに、ジャストなタイミングでの遙の報告に、拳プルプル。

「い、いや、でも築地のお陰で大角撃破しましたよっ?」

こりゃ不味いと思い武ちゃんがフォロー。

武ちゃんの言うとおり、築地が犠牲になった瞬間、麻倉が大角の胸部を撃ち抜いて撃破している。

その瞬間歌が止まり、黒い武御雷の動きが落ちる。

紅蓮大将の大角とは言え、所詮はデータかと、真耶達の動きに動揺は見られないが。

「……そうね、今回は大目に見るわ」

まぁ良い働きかと、もふもふの刑を撤回する夕呼先生に、ほっとする武ちゃん。

あれは酷い、色々な意味で。

あの唯依が乱れてしまうのが納得の技だ。

それを伝授された霞も、純夏相手にもふっているし。

イーニァと霞のダブルもふもふでクリスカが前後不覚に陥ったという話を聞いているだけに、恐ろしい技である。

そんな武ちゃんの心境は兎も角、大角を撃破した事で一気に猛攻をかけるA-01と、冷静に対処する殿下達。

勝負の決着は、まだ付きそうに無かった。
















































21:45――――



A-01と殿下率いる斯衛軍との勝負に決着が付いてから数時間後。

武はご機嫌に通路を歩いていた。

結局、短期決戦に出たA-01に対して斯衛軍部隊は次々に撃破され、勝負はA-01の勝利。

だが、流石は真耶と真那が率いる斯衛軍の警護部隊。

確実にA-01の機体を撃破し、結局A-01で生き残ったのは水月と宗像、風間、それに美琴と麻倉だけ。

まりもは真那との一騎打ちには勝ったものの、強襲してきた凛に撃破されてしまう。

その凛もタマに撃破されたのだが、タマは神代達に撃破されてしまう。

殿下と冥夜の勝負は、機体の差か、殿下の勝利。

その後勝負を挑んだ彩峰や高原も撃破した殿下だったが、委員長と茜の連携の前に撃破されてしまう。

殿下を撃破されてしまった斯衛軍だが、そこからの猛反撃が凄まじく、次々に撃破されてしまい、最後に残った真耶を撃破する際には上沼と伊隅が討たれた。

勝負の上ではA-01の勝利だが、まりも・伊隅という指揮官を失った為に、夕呼からは平均点と評価された。

戦闘の後、A-01と斯衛軍とで話し合いやお互いの健闘を称えあったり、握手したり。

巴が上沼に執拗に言い寄られて東堂に殴られるという事が在ったが、いつもの事と誰も気にしない。

自分でも負ける事が多々ある真耶と真那を含めた斯衛軍相手にあそこまで善戦して勝つのだから、確実に強くなっているA-01の姿に、武は喜びを覚えていた。

「た、武………ッ」

「え?――――って、どうした大和っ!!」

突然苦しげな声で名前を呼ばれて、そちらを見れば。

そこには、壁に寄り掛かり、苦しげな顔をした大和の姿。

「どうしたんだ、何か在ったのかっ!?」

慌てて駆け寄り、身体を支える。

大和の表情には脂汗が浮び、苦しそうだ。

まさか何か病気なのかと、不安を覚える武に対して、大和はガシッとその肩を掴んで顔を上げた。

「すまない武……お前の事を甘く見ていた…お前は凄い奴だ…」

「は? 何を言ってるんだお前…」

両肩を掴まれた状態で首を傾げる武ちゃんに対して、しみじみと呟く大和。

「いや、常日頃からハーレムの中で修羅場に晒されているお前を笑って煽って弄ってきたが、今日その状態を味わってきた…アレは辛い…胃が痛い…!」

思い出して苦悶する大和。

結局、つい先程まで唯依とエリスはあの張り詰めた空気を発生させ続け、大和の精神ライフを削りに削った。

最後は二人とも火花散らしてたし。

「そうか……お前も味わったか。どうだ、大変だっただろう…?」

大和にどんな修羅場が発生したのか分からないが、自分と同じに苦労したのだと感じて優しく肩を叩く武ちゃん。

「あぁ、大変だった…女って恐いな、武…」

「あぁ、恐いんだぞ、特に本気になった女は…」

純夏の色々な意味での本気を経験しているだけに、実感の篭った武ちゃんの言葉。

本人が望んだとは言え、嬉々として幼い霞を巻き込む辺りとか。

「これに懲りたら、もう俺のハーレム計画とか弄るのは止めろよ…?」

「いや、それはそれ、これはこれ。そっちは俺の趣味だから」

嗜めるように告げた言葉は、真顔の言葉で否定して返された。

「うわー、本気で殴り倒してー」

「ふぅん、これだけは止められんよ、ある種死活問題だからな」

笑顔に怒りマーク浮かべて拳を握る武ちゃん、嫌に尊大に宣言する大和。

お互いにはははははは…と笑い、武が殴りかかり、大和が逃げ出したのは言うまでも無い。

「畜生、逃げ足の速い…っ」

数十分後、結局逃げられた武ちゃんは、自分の部屋へ戻ってきた。

今度大和が修羅場で困っていても見捨ててやると思いながら部屋に入る。

普段なら仕事が無い場合に先に戻っている純夏と霞が出迎えてくれる部屋。

因みに純夏と霞はイーニァとクリスカのように二人で暮らしている別の部屋が在るが、今は殆ど武ちゃんの部屋に居るのだが――。

「お帰りなさいませ、旦那様…」

「は?」

開いた扉の先、ベッドの上で三つ指ついて頭を下げるのは、白い寝巻きの着物を着た殿下。

「むーっ、むーっ!?」

「め、冥夜っ!?」

そして、何故か芋虫状態でもがいている冥夜の姿。

「まぁ、旦那様ったら。わたくしより先に冥夜に声を掛けるなんて…わたくし悲しいですわ…」

ヨヨヨ…と泣き崩れる殿下と、もがく冥夜。

そして扉の所で何が何やらと呆然とする武ちゃん。

「ちょっとタケルちゃん、そんな場所で立ち止まらないでよね」

「っ、純夏っ!?」

呆然としていた武ちゃんの背中を押しながら声を掛けてきたのは、純夏だった。

なんだなんだ何事だと混乱する武ちゃんを他所に、殿下と純夏は親しそうに挨拶を交わしている。

「お前、相手が誰か分かってるのかっ!?」

「うん、殿下でしょう? それよりタケルちゃん、ちょっと汗臭いからシャワー浴びてきてよ」

慌てる武ちゃんを他所に、純夏はグイグイと備え付けのシャワー室へ武ちゃんを押し込む。

確り綺麗にしてねーと言って、着替えも押し付けて。

「さてと、それでは殿下、後はご自由にどうぞ!」

「ありがとうございます純夏さん。しかし、本当に宜しいのですか?」

武ちゃんが今入ったばかりのシャワー室を差し出す仕草で言う純夏に、深く頭を下げる殿下。

だが続く殿下の不安げな言葉に、少し苦笑する。

「選ぶのはタケルちゃんですし、私はタケルちゃんが本当に幸せになれるなら、それも良いかなって思ってます。私も、タケルちゃんを好きな皆が好きですから!」

そう言って笑う純夏に、殿下も微笑んでもう一度頭を下げる。

殿下に頭を下げさせる純夏に、冥夜は困惑する。

政威大将軍に頭を下げさせ、しかも感謝される純夏が誰なのかと。

「冥夜、姉は先に想いを告げさせていただきます」

嬉しそうに、楽しそうに、そして少し気恥ずかしそうに。

殿下は身に纏っていた白い着物をシュルシュルと脱ぐと、丁寧に畳んでからタオル片手にシャワー室へと入っていく。

その光景に目を見開いて唖然とする冥夜。

続くのは、武ちゃんの驚いた悲鳴とドタバタした物音だけ。

だが少しするとその音は消え、シャワーの流れる音だけが聞こえる。

「さてと、御剣さん…冥夜さんって呼んでも良いかな? 私は鑑 純夏、所属は副司令直属の技術部だよ」

そう言って自己紹介しながらベッドに転がされている冥夜の隣に腰掛け、彼女の猿轡を外してやる純夏。

「ぷはっ……鑑とやら、これは如何いう事だ、姉上と何を企んでいる!?」

混乱しているのか焦ったように問い掛けてくる冥夜に、苦笑を浮かべる純夏。

それも仕方が無いだろう、勝負が終わり、シャワーを浴びて着替え、自室へ向っていた所で突然真耶と申し訳なさで死にそうな真那に拉致され、この部屋へ連れ込まれた。

そこで待っていた姉は笑顔で今日は運命の日ですとか言っているし。

「えぇっと、何から説明しようかな…?」

「順序立てて話せ、姉上は何を考えてあのような羨ま…もとい、破廉恥な事を…!」

つい本音が出ちゃう冥夜を見て、やっぱり武ちゃん好き好きなんだなーと内心苦笑する純夏。

とりあえず、向こうの話が終わるまで簡単に説明しておこうと純夏は思うのだった。

一方の殿下と武ちゃんは、非常に大変な状態だった。

シャワーを浴びるので当然裸な武ちゃんに、これまた裸な殿下が抱き付いている。

「武様、わたくしの話を聞いて下さいますか…?」

「き、聞きます、聞きますからもう少し離れて…おうっ!?」

何とか殿下に離れてもらおうとするが、逆に密着されてむにゅりと母性が潰れる。

「武様、わたくしは、わたくしがあの世界の煌武院 悠陽では無い事は、ご理解頂いてますか…?」

「あ、あぁ、大和と先生に説明して貰った。殿下は、あの世界の殿下の記憶…と言うか、経験を追体験する夢を見た、この世界の殿下…だよな?」

「その通りです。わたくしは、かの世界のわたくしの記憶と経験、そして願いを受け取ったこの世界のわたくし…」

そっと肌を合わせ、温もりを感じながら、肌を流れるシャワーの感触に心を静める殿下。

「かの世界のわたくしは、一人の少年に少しの興味と希望を抱きました。あの痛ましい事件の折に、わたくしを守り、運び、言葉をかけてくれた一人の衛士。今まで触れ合った事のない人柄とその笑顔に、わたくしは少なからず心惹かれていました。それはこのわたくしから見てもそうと感じられた事」

冥夜へ人形を渡すように頼んだ事もまた、殿下の印象に残った。

だからこそ、夢を見た後で殿下は紅蓮大将に内密に武の事を調べるように頼んだ。

すると、斯衛軍予備軍に白銀 武という男が居る事が発覚。

それが、あの世界で“あの世界の自分”と触れ合った武であると何故か直感的に理解した時、殿下は不思議な想いが生まれるのを感じた。

大和を混ぜての話し合いや確認で、殿下が武達とは異なる状態である事は確認できた。

だがその際に、殿下は不安を抱えた。

それは、今自分が抱えている武への印象が、想いが、あの世界の自分のモノではないかという不安。

もしそうなら、この世界の自分が想いを伝えて良いものか、この世界の自分が幸せを感じて良いのかと不安が襲った。

散々言い寄った癖にと思われるだろう、だがアレは武が拒む事を、最後までしない事を確信しての行動だった。

その事を武へ説明したら、腹黒いっすねと言われたので、彼の大事な所を『きゅっ』と掴んでしまったが、悪いのは武ちゃんだろう。

「武様…わたくしは、一つの答えを出しました…」

「な、なんでせうか…おぅふ…」

悶える武ちゃんを他所にそっと目を瞑り、思い出すのは最後の夢。

あの世界で、自分がした事。

それは、ここ、横浜基地の桜、冥夜達英霊が眠る場所で、願った。

ふと頭の中に浮んだ、もしもを願い、祈り、そして涙した。

その記憶と願いが、何の偶然か、世界を超えて記憶と共にこの世界へ辿り着いた。

冥夜と、妹と触れ合えたなら、武と、不思議な恩人ともっと知り合えたなら。

そんなもしもを考え、せめて夢と願いだけはと祈ったあの世界の殿下。

その日は、数年前に明星作戦の行われた日付だった……。

もしかしたらそれは、あの場所で眠る誰かが、運んでくれたのかもしれない奇跡。

「武様、わたくしの想いと、かの世界のわたくしの願い…叶えて下さいますか…?」

今目の前に居る煌武院 悠陽の愛と、あの世界の煌武院 悠陽が小さく願った思いを。

受け取り、叶えてくれるかという、縋るような言葉。

それに対して、武は苦い表情で少し悩んだ。

頭の中で渦巻くのは、純夏は霞、そして冥夜達への想い。

暫く悩んだ武だったが、突然頭をワシャワシャと掻き毟ると、素早く殿下を抱き締めた。

「きゃっ、た、武さま――んっ!」

「―――……ぷは、……その、なんだ、良いのか、俺はもう純夏や霞と…」

「……存じております、そして純夏さんからは承諾を得ました」

脳裏でえへへ~と笑う純夏へあのバカ…と思いながら腕の中の殿下を抱き締める武ちゃん。

こんな事が真那さんに知られたら俺殺されるなぁと思いながら、もう一度殿下の唇を奪う。

「殿下…いや、悠陽。俺はバカで間抜けでお調子者だけど、それでも俺は、俺を愛してくれる、想ってくれる人をもう失いたくない。絶対に守ってみせる。一人を選べない俺を許してくれなんて言わないけど、俺は…むぐっ?」

殿下へ決意を伝える武だったが、最後の言葉は唇を奪われて言えなかった。

「分かっております。それに、英雄色を好むとも申しますし、武様はわたくし一人では満足させる自信もありませんから…」

と言って優しく武ちゃんの大事な所を指先でなぞる。

先程きゅっとされただけに、気持ちよさと恐怖が半々だが。

「武家では妾も珍しくありません。それに、副司令の計画が順調に推移すれば、法律も…」

「え、何、何を言ってるの?」

最後はボソボソと呟く程度だったのでシャワーの音で聞こえない武ちゃん。

「いいえ、なんでもありません。さ、武様、次は冥夜を口説き落として下さいまし」

武ちゃんの疑問に笑顔で恍け、さぁさぁさぁと背中を押してシャワー室を出る二人。

「た、タケルっ!? 姉上もなんとはしたない格好をっ!!」

そこには、ベッドの上でもがく冥夜だけ。

「うわっと! ……あれ、純夏は…?」

「鑑なら少し話した後、出て行ったぞ。今日は参加出来ないからとか何とか…」

「あのバカ、何を考えてるんだ…」

「まぁまぁ武様、純夏さんはわたくしたち姉妹だけで武様のモノに成れるように、配慮して下さったのですから」

頭を抱える武ちゃんをほほほほ…と笑いながらズイズイとベッドへ押す殿下。

しかしこの殿下、ノリノリである。

「さぁ冥夜、今こそ武様にその胸の中の想いを打ち明けるのです」

「あ、姉上、ちょ、何故そのような場所を触るのですっ!?」

まるで獲物を締め上げる蛇のように冥夜に絡み、縄を外しながら別の縛り方で冥夜を拘束する殿下。

冥夜は冥夜で、目の前の武ちゃんの素晴らしい裸体や、先程見てしまった臨戦態勢の部位の影響から、まともに動けない。

「冥夜、姉妹で一つとなりましょうぞ…」

「あ、姉上、ま、待ってくださ…!?」

待ちませぬと、押し倒される冥夜。

その日、帝都の殿下の部屋で、二つの花が散ったそうな……。























「あれ、今日って何か大切な日だったような……」

幸せそうに眠る姉妹に挟まれながら、少しゲッソリした武ちゃんが一人首を傾げる。

今日が始まりの日だったのだが、朝から嵐のようにやってくる展開に流されて忘れてしまったようだ。

翌日、思い出して落ち込む武ちゃんを、殿下と冥夜が慰めるのはまた別のお話。





[6630] 第五十五話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/08/24 00:24













2001年10月23日――――





「――――うおぁッ!?!?」

ガバッと布団を跳ね除けてベッドの上で上半身を上げる大和。

全身冷や汗を流し、顔面は引き攣っている。

「はぁ、はぁ…あぁ、夢か…全く、なんて夢だ…」

現状を素早く理解し、頭を抱える。

「唯依姫が、メイド服着て「萌え萌え~きゅんっ!」をやる夢なんて…俺、疲れてるのか…」

もしくは憑かれてるのか、萌えの亡霊とかその辺に。

「その内イーニァがうんたんする夢とか、見るんじゃないだろうな俺…」

自分の未来を憂いて、朝からテンションが下がる大和。

萌えは好きだが、そういう夢を見ると凄く虚しく感じる人間なのだ、大和は。

「唯依姫は何だかテンションが変だし、エリスはエリスで怖いし…何が何やら…」

大和に変と言われたら色々とお終いな気もするが、それは兎も角。

自分が行動を起こす前に何やら復活したらしき唯依と、そんな彼女と真っ向から対立(?)するエリスに、胃が痛い大和。

あの二人の間に何が在ったのか未だ定かではないが、少なくとも自分が原因である事は理解している。

だが、だからと言って対応策が浮ぶほど大和は女慣れしていない。

「どうしたものか……」

悩みながらも、色々な意味で衝撃だった夢のダメージを消すべく取り合えずシャワーを浴びる事にする大和だった。





































07:15――――



「………………………(ホケ~」

「み、御剣…?」

「どうしちゃったの御剣は…?」

「さぁ…朝部屋から出てきた時からあの調子なんだよね…」

朝食の為に賑わう食堂の一角、A-01新任で構成されたグループは、朝から違和感と言うか異変に戸惑っていた。

それは、いつもキリッとした態度と言動をしている冥夜が、ホケ~と惚けた顔で、虚空を見ているのだ。

朝食は全く減っていないし、そもそも手に持った箸も茶碗も動いていない。

委員長が目の前で手を振っても反応が無い。

その光景に、茜が困惑気味に理由を知っている人が居ないか問い掛けるが、誰もが首を振り、美琴が部屋から出てきた時点であぁだったと証言。

一体何が…と戸惑うしかない面々。

どうやら冥夜、一度着替えに自室へ戻ったようだ。

「…………………ふふ…」

「っ!?(ビクッ」×9人

突然冥夜が思い出したかのように笑い、その光景にビクリと反応する9人。

正直、普段が普段の冥夜がこの状態だと、不気味としか言い様が無い。

「み、御剣さ~ん、ご飯食べないと遅れるよ~…?」

タマがおずおずと声を掛けると、ゆっくりと視線をタマへ、そして自分の食事へ。

「……あぁ、そうだな…」

と言って食べ始めた。

その様子に少し安心する面々だったが。

「………ふふふ…」

「っ!!(ビクビクっ」×9

食事をしながら笑うという普段の冥夜なら在り得ない姿に、必要以上にビクビクする面々。

タマは髪が逆立ち、彩峰は謎の構え。

麻倉は撮影しているが、冷や汗がタラリ。

そんな仲間達を他所に、冥夜は黙々と食事を続け、時々思い出し笑いをして朝食を終えた。

そして立ち上がって食器を片付ける際に、麻倉と彩峰が気付いた、気付いてしまった。

「御剣…ついに…」

「ヤっちゃったね…」

何やら感慨深い面持ちの麻倉と、無表情に悔しさが滲む彩峰。

タマや築地、美琴が何の事? と首を傾げる中、委員長や茜、晴子も気付いた。

何やら歩き難そうな冥夜の姿に、気付いてしまった。

「あ、もしかして大尉と結ばれちゃった?」

ちょっとKYな高原の言葉に、ピシリと空間に皹が。

まさか、そんなと考えていた乙女達は、冥夜に先を越された事に落胆。

麻倉は取り合えず、高原の胸を握っておいた。

「痛だだだだだだっ!?」























「はふぅ……昨夜は夢の様であった…」

少し歩き難そうに歩く冥夜は、昨夜を思い出してそっと吐息を漏らす。

昨日の夜、突然拉致されて武の部屋に放り込まれ、そこで待っていた姉共々想い人である武のモノになった。

かなり流れに流されまくった展開だったが、元々武ちゃん相手にはバッチコーイだった冥夜だ、姉と一緒なのは物凄く恥ずかしかったが、それも武ちゃんのキスと口説き文句(殿下に言わされた)でメロメロのトロトロだ。

姉妹共々美味しく頂かれ、冥夜は朝目覚めてからずっと夢心地。

途中から記憶が無いだけに、それだけ激しかったのだろうと考えながら目的地へ歩く。

本日は朝からシミュレーション訓練なので、強化装備に着替えるまでに気持ちを切り替えなければいけないのだが…。

「ふぅ……タケル…」

正直、無理そうな気がする冥夜の状態だった。

昨日出逢った純夏の事とか、殿下と結ばれた武の今後とか色々考える事が在るのだが、今は気持ちを支配する幸福感に漂いっ放しだ。

こんな状態をまりもに見られたら、狂犬発動間違いなしだろう。

「冥夜様…なんと幸せそうな…」

歩き難そうなのにそれが幸せそうな冥夜を柱の影から見守る月詠中尉。

ハンカチ片手に何か感動しているっぽい。

大切な主が想いを遂げられた事が、彼女にとっても喜ばしい事なのだろう。

「あの、真那様? まさか殿下の提案を呑む御積りですか…?」

「ば、馬鹿を申すな神代っ! 冥夜様共々白銀になど、そんな、恐れ多い…!」

真那さんの背後に居た神代からの引き攣った表情での言葉に、真っ赤になって否定する真那さん。

武ちゃんが居たら、一体真那さんに何を言ったんだと殿下を問い詰めただろう。

「と言うか、冥夜様の許可が出れば混ざるのかな…」

「かもしれませんね~」

真那に聞こえない位置で会話する巴と戎。

冥夜と真那が幸せなら文句は無い三人だが、愛とはこうも人を変えるのかと三人揃って冷や汗タラリだ。

「うぅぅ…お兄様のバカぁぁぁ…っ(ギリギリギリ…」

そんな面子を他所に、ハンカチを噛み締めて悔しがるのは凛。

お兄様ゲッチュ大作戦(命名:大和)がこれで潰えた凛、残された道は、殿下の提案する道しか残されていない。

それはそれで良いかなぁと考えている辺り、彼女は強かだ。































08:10――――


「あ~、全員その、揃っている…な…?」

物凄く言い難そうな伊隅大尉の言葉に、同じく引き攣った顔のA-01全員が敬礼して答え。

「揃っております」

最後尾に立つ、紫の強化装備姿の殿下が、笑顔で答えた。

A-01の心は一つ、なんでまだ居るの、殿下。

「本日から数日間、白銀大尉によるXM3慣熟訓練を受ける事になった。よろしく頼む」

で、その殿下の背後で控えていた真耶さんの言葉に、あぁ、なるほどね…と納得する面々。

殿下は将軍だが、斯衛軍には「将軍家の人間は、自ら第一戦に立って臣民の模範となるべし」という思想が存在する。

故に、殿下もまた戦場へ出て味方を鼓舞しつつ戦う事になる可能性が在るのだ。

その為、殿下もType-00Rという高性能機を扱う為に、厳しい訓練を受けている。

今回の横浜基地逗留は、XM3開発元での高度な教導を受ける為となっている。

無論、それは教導を兼ねた建前なのは言うまでも無い。

この数日の為に、必死で政務を終わらせてきたと張り切る殿下に、冷や汗流すしかないA-01の面子。

「で、では殿下、白銀大尉が来るまで、私の方で殿下の操縦を確認と操縦ログの記録をさせて頂きますので、筐体へ」

「はい。しかし伊隅大尉、今のわたくしは皆と同じ衛士であり、教えを受ける側。遠慮は無用です」

暗に殿下だからと手加減・贔屓・社交辞令は要らないと告げる殿下に、伊隅は一瞬真耶を見る。

すると、真耶も小さく頷いて答えたので、了解しましたと答える伊隅。

そして筐体へ向い歩く殿下なのだが、どっかの誰かさんと同じで歩き難そうにしている。

下半身が辛いのだろうが、しかしどこか嬉しげ。

その姿に、全員、特に同じ相手に想いを寄せる乙女達が、横目で冥夜を見る。

「…………………」

他人の振り見て我が振り直せとは言うが、姉の姿を見て、自分も似たような姿だった事を悟り、視線を逸らす冥夜。

「ふむ、二人同時か…白銀大尉、流石と言うべきか…」

「まぁ、美冴さんたら…」

新任達の様子から、悟った宗像が感心したように頷いて。

風間が少し頬を染めつつも苦笑し。

「? どうかしたの?」

「あ、あははは、水月は気にしなくても良いんだよ…」

気付いていなかった水月だけ首を傾げ、遙はそのまま(初心なまま)の水月で居てと願いつつ管制室へと移動する。

「御剣、幸せなのは結構だが、部隊の輪や操縦に支障を出すようなら容赦はせんぞ?」

「こ、心得ております!」

暗に説教だと告げる伊隅に、敬礼して答える冥夜。

「全く、私だってまだなのに…」

「は?」

「な、なんでもないぞ! 他の者は殿下の操縦を見学しながら己の操縦を見直せ。今日は白銀大尉に一度動きと操作を確認して貰うからな!」

ブツブツと呟いた言葉は聞かれなかったようだが、頬が赤くなるのは仕方の無い事。

指示を出して全員を移動させると、上沼がぬろりと近づいてきた。

「むふん、大尉? 夜が寂しいならお相手しますよ~?」

「要らん」

蛇のように纏わり付いてくる上沼を肘打ちで沈めて歩き出す伊隅大尉。

「何してるのよアンタは…」

「ふぇ~ん、泉美ちゃぁん、大尉ってば酷いの、女の子の大切なお腹を殴ったの~」

「強化装備着てるんだからダメージ無いでしょ、行くわよ」

子宮が大ピンチ~なんて言ってる上沼の首根っこを掴んで連れて行く東堂。

やっぱり上沼の辞書に自重の文字は無く、エロい単語が蛍光ペンで塗られているのだろう。






























同時刻・地下電算室――――



副司令である夕呼の執務室の隣、つまり以前までの純夏の脳髄INシリンダーのお部屋だった場所は、一部が改装されて純夏と霞専用の電算室となっていた。

ここでは各種プラグラムの構築から演算、その他諸々の業務を請け負っている。

以前純夏達が90番格納庫で行っていた作業の前段階を行う場所でもある。

「……………………」

そして今その部屋の冷たい床の上では、それはそれは見事な土下座をしている武の姿があった。

正に、The・土下座! とタイトルを付けたくなるような姿だ。

「タケルちゃ~ん、別にそこまで反省しなくてもいいよ」

「いや、でも俺、お前や霞とも関係を持ってるのに、その上その…」

冥夜と殿下の姉妹丼を美味しく頂きました。

と言う訳で、恋人である二人へ土下座しに朝からやって来たのだ。

何で土下座かと言うと、他に謝罪の仕方が浮ばなかったから。

下手に言い訳すればどりるみるきぃ、ぱんちならマシだ、ふぁんとむの場合…大気圏離脱すら覚悟せねばならない。

しかし、今から切腹に望む武士のような面持ちで入室した武に対して、純夏は特に何も言わなかった。

霞はカタカタとパソコンに向っているが、怒っているのか拗ねているのか不明。

「そりゃ、怒ってないと言えば嘘になるけど、みんなの気持ちも分かるし…。今のタケルちゃんが、わたしだけで満足出来ないのも知ってるし…」

前半は少し寂しげに、後半は頬を染めてモジモジと。

この場に大和が居たらな、お盛んですなぁとイイ笑顔だっただろう。

「だから、割り切る事にしたの。だからそんなに落ち込んだり悲しんだりしちゃダメだよタケルちゃん。そんなの、殿下にも冥夜さんにも失礼だもん」

めっと人差し指を立てながら注意する純夏に、何も言えなくなる武。

「あ、でも、だからって誰彼構わずなんてダメだよー、男の子同士もダメだからね!」

「俺にそんな趣味はねぇよ!?」

「あ、あと、その、わたしと霞ちゃんも、あの…構ってね…?」

アホ毛をハートマークの形にしながら、人差し指をツンツンさせてモジモジと武を上目使いでチラチラ見てくる純夏。

頬はほんのり赤く染まり、瞳は何かを期待している。

ふと見れば、霞までチラチラと上目使いで、ウサミミぴこぴこだ。

「あ、あぁ、それは勿論…!」

「わーい、タケルちゃん大好きーーーっ!………で も ね ?」

断言した武に抱きつく純夏、だが武の胸板の感触を味わいつつ、ゆっくりと顔を上げる。

その瞬間、武は研ぎ澄まされた衛士としての直感から警告される危機に気付いたが、万力のように抱き締めてくる純夏からは逃げられない!

「初めての女の子二人に、あんな無茶をするのは減点だよー……だ・か・ら♪」

なんで知ってるという言葉は武の喉の辺りで止まってしまった。

だって、下から見上げてくる純夏の瞳が、怖い。

そして握り込まれる純夏の拳。

右手なのは、せめてもの情けか。

「どりるみるきぃぱんちっ!!」

「フタコーーーイっ!!」

伝説のあの技が放たれてしまった。

大空高く舞い上がった(地下です)武は、ドシャァっと落下。

純夏は実は嫉妬混じりのその一撃でスッキリしたのか、晴れ晴れとした笑顔で仕事に戻った。

「………………お仕置きです」

ピコッと誰が作ったのか、たぶん大和製作かと思われるピコピコハンマーで霞に叩かれる武。

それで許してくれたのか、霞も仕事に戻っていった。

「う、うぅ、もしかして、誰かと結ばれる度にこれなのか…?」

久々のぱんちに、回復が遅れている武ちゃん。

最低でもこの後4回は覚悟しないといけない彼に、合掌。





































同日・14:35――――


開発区画演習場―――――



「ほう、今度はF-22Aの改造機か…引き出しの多い事だな」

「……はい」

開発区画、A演習場で現在模擬戦闘の開始準備中の、ワルキューレ隊。

相手はワルキューレ隊にライバル心向き出しの暴風試験小隊だ。

まぁ、ライバル心向き出しなのは崔中尉だけなのだが。

本日の模擬戦闘は、2対2。

現在演習場前の野外ガントリーに並ぶF-22A's、アサルトラプター2機に、各国の視線は釘付けだ。

特に、同じ機体を持ち込んだ米軍試験部隊は食い入る様に見学している。

その様子を離れた場所から眺めていたラトロワとターシャだったが、ターシャはどこか表情が優れない。

「どうした、気分でも悪いのか。体調管理が出来ないとは、大尉失格だぞ」

「申し訳ありません…少し睡眠不足のようです」

上官として注意しつつも、視線だけは母親のようにターシャを見るラトロワだが、ターシャは視線を逸らしてしまった。

「……そうか」

拒絶するようなターシャの態度に、それ以上踏み込めないラトロワはそこで話を切り上げてしまう。

長年の経験から、今突っ込んでも逆効果だと思ったのだろう。

そしてそれは正解であり、ターシャは内心安堵していた。

敬愛する上官であり、母親として慕っているラトロワにこんな態度を取るのは心苦しかったが、気持ちが言う事を聞いてくれない。

ぶっちゃけた話、ターシャは拗ねているのだ。

長年部下として、そして子供として面倒を見てくれてきたラトロワが、遠い異国の地へと送られ、不安と悲しみで落ち込む自分達を叱咤しながらも慰めてくれた母が、最近はとある人物にばかり意識を向けている。

それが面白くなくて、ターシャは拗ねているのだ。

だが彼女として大尉まで登りつめた兵士だ、そんな子供のような感情を大っぴらに表す事はできない。

だが、出来ないからこそ、彼女は今のような態度になってしまう。

人格や性格は歴戦の衛士で、有能な副官であっても、その精神はまだ成熟し切っていない未熟な部分が存在する。

特にターシャは、ラトロワを本当の母のように慕っていた為、影響が大きかった。

「(私は、何をしているのだろう…)」

不安定な気持ちを抱えているターシャは、母親代わりだったラトロワに心配をかけている事に悲しくなりながらも、抑えのきかない気持ちを抱えて視線を落とすのだった。




















「ふ、ふ~ん、な、なかなか良い機体なんじゃないの…?」

「へっへ~ん、良いだろう~」

野外ガントリーの前、居並ぶ機体の足元で表情をヒクつかせているのは崔中尉。

そんな彼女に対して、タリサがそれはもうイイ笑顔で胸を張っていた。

タリサの後ろには、本日初めてお披露目となるF-22A's。

米軍が慰謝料として譲ってくれた12機の内、2機を改造した物だ。

残りの10機の内、1機は現在大和主導で改造を受け、残りの五機は既に別の改造を受けている。

そして残った4機は、優秀な成績を残した横浜基地部隊へ配備される事になっている。

「で、でも、機体が良くたって操縦する衛士がねぇ…」

「……あんだと?」

「日本風で言うと、宝の持ち腐れ? 猫に小判? あ、豚に真珠かな?」

「んだとコラァっ!?」

悔しいのか皮肉る崔中尉の言葉に、一瞬で怒りが沸騰するタリサ。

どうでも良いが、二人とも言葉の意味をよくご存知で。

「このアマぁ、模擬戦闘で吠え面かかせてやる……っ!」

「やって見なさいよ、逆にキャンキャン鳴かせてあげるから…っ!」

顔の側面をグリグリとぶつけ合いながら睨み合う二人。

本当に相性が悪い様子で。

副官の衛士がステラにすみませんすみませんとペコペコ謝り、ステラもステラでこちらこそご迷惑を…と既に保護者の態度。

「マナンダル少尉、いつまで遊んでいるつもりだ!」

「っ、す、すみません!」

その時、突然鋭い声が飛んできた。

そこに居たのは厳しい表情を浮かべた唯依。

彼女は片手にファイルを持って仁王立ちしている。

「本日の模擬戦闘は、新概念の噴射跳躍装置であるキャノンボールの機体実装後の戦闘耐久試験を兼ねている。お遊び感覚で居てもらっては困るのだぞ」

「も、申し訳在りません!」

いつになく厳しい言葉を向けてくる唯依に、慌てて敬礼して答えるタリサ。

崔やステラは、そんな唯依の態度に違和感を抱きつつ背筋を伸ばす。

崔中尉は同じ階級な上に別部隊なので関係ないのだが、場の雰囲気でつい。

「何より、F-22Aを改造した機体で不甲斐ない結果を残してみろ、我々横浜基地戦術機開発部隊のみならず、開発班や少佐の顔に泥を塗る事になるのだ。分かったら気を引き締めてかかれ!」

「了解です!」

唯依の叱咤の言葉に、そう言う事かと納得するステラ。

珍しく唯依が厳しい上官をやっているのは、F-22Aを持って来た米軍試験部隊を意識しての事。

もしもF-22Aを改造したF-22A'sで無残な結果を残せば、米軍に嘗められるだけでなく、横浜基地の技術力を当てにして参加した各国からも突付かれる可能性がある。

故に、唯依は少し神経質になっていた。

米軍試験部隊の指揮官であるエリスが、楽しそうにこちらを眺めているのも燃焼剤となって。

「でも、その気持ちには賛成ね」

「うぅ、何がだよ…」

苦笑しつつも呟くステラの言葉に、崔中尉の前で注意されて少し凹んだタリサが問い掛ける。

「私たちや少佐の事を嘗められるのが…よ」

「はぁ?」

言葉の意味が分からずに首を傾げるタリサを他所に、ステラは妖艶な笑みを浮かべて搭乗機へと足を進めるのだった。

そんな彼女達の様子を楽しげに眺めているのは、エリス率いるトマホーク試験小隊。

「連中、終にF-22Aまで出してきましたね…」

「だなぁ。しかも見た感じ、バリバリ近接戦闘意識してるしよぉ」

眼鏡の少尉の言葉に、呆れたように肩を竦めるレノック少尉。

「全くですね、あれではF-22Aの長所を殺してしまってます」

アネットがどこかバカにしたような口調でレノックに同意する。

彼女達は本格的な対BETA戦闘経験が無いだけに、F-22Aの長所であるステルス性能や砲撃性能を下げるような横浜基地の改造に呆れているのだ。

「あら、実に理に適った改造だと思うけれど」

だが肯定する意見が、彼女達の指揮官から出た。

「そうですね、対BETA相手にステルス性能なんて必要無いですし、近接に対応出来るならその方が良いでしょう」

さらに、眼鏡少尉の同意も出てくる。

彼は若いものの、物事を複数の視線から見て考えるのを自分に科しているので、米軍で多く広がっている射撃一辺倒な考えが危険だと自分で認識した様子。

横浜基地へ来てから、他の部隊の衛士などに積極的に意見を聞いて情報を仕入れているだけに、近接戦闘の重要性を理解していた。

射撃・砲撃で終わるならそれが1番だが、それが叶わないのが対BETA戦闘。

ただ向ってくる相手なら銃弾をばら蒔けば終わると思っている米軍などの後方の連中だが、BETAの圧倒的な物量はそんな考えを文字通り粉砕してくるのだ。

こちらが10匹殺す間に、連中は100匹以上が進んでくるだろう。

こちらが100匹殺す頃には、周りは500匹を超えるBETAに埋まっているだろう。

そして500匹を殺そうとする前に、視界を360度BETAの群に囲まれてしまう。

上空に逃げる事は光線級が許さず、蹴散らし進む事を要撃級や要塞級が阻む。

突撃級が殺到し、運良く捌いても何時の間にか群がってきた戦車級に纏わりつかれて食い破られる。

それが、BETAとの戦いだ。

砲撃戦闘でBETAを止められるのは、自走砲などが生きている国や、支援を満足に得られる国だけ、つまりアフリカ連合や直接戦火に曝されていない豪州などだ。

EU諸国やソ連、統一中華などのBETAに侵攻された国で近接戦闘や武装が必ず存在するのは、射撃だけで押し止められないから。

「だから、隊長はエリミネーターを考案した。そうですよね?」

「正解よ少尉。射撃だけで終わらせる、それは脆い理想だわ。BETAに囲まれ、撤退も支援も絶望的。そんな状態で弾切れ…そんな状態が当たり前なのがBETAとの戦いなのよ」

まるで実際に体験したかのような実感の篭ったエリスの言葉に、アネットもレノックも口を噤む。

ここ最近、模擬戦闘で各国の部隊に勝利していた為に、少し天狗になっていたのだろう。

それが近接なんて要らないだろうという考えに至り、二人に近接改造軽視の言葉を言わせた。

「さて、横浜基地が改造したF-22Aの実力、たっぷり見学させて貰いましょう」

そう言って、整備班に情報収集の指示を出して動き出したF-22A'sを眺めるエリス。

その表情には、どこか挑戦的な色が現れていた。

開発区画A演習場へ移動を開始した二機のF-22A's。

既に移動して待機している暴風試験小隊は今か今かと模擬戦闘の開始を待っている。

無論、心待ちにしているのは崔中尉だ。

「ステラ、援護頼むぜ」

『はいはい、分かってるわよ』

突撃砲を両手に持ち、背部CWSにはウェポンコンテナ。

このウェポンコンテナは、背部CWSにアームで接続された多角形の筒状のコンテナで形成されている。

このコンテナは中身が異なる三種類の武装が存在し、現在完成しているのはコンテナ内部に多目的誘導弾を搭載したミサイルコンテナと、現在タリサ機が装備しているマルチランチャーコンテナ。

コンテナ型になっている理由は、近接戦闘での破損防止など。

コンテナをそのまま交換すれば、背部CWSに接続したアームと基部は交換せずに済むなどの利点もある。

攻撃時は、アームで持ち上がり、頭部の左右で前方に展開される。

現在、三種類目である36mmチェーンガン、57mm狙撃砲、120mm滑空砲を全て搭載した複合射撃兵装、『ケルベロス』が開発中だ。

36mmで掃討、57mmで狙撃、120mmで対大型とバランスの良い武装。

背中に背負う形のコンテナなので、弾数も豊富に搭載出来る。

タリサ好みの武装なのだが、まだ完成していないので今回はマルチランチャーコンテナを。

ステラの機体には、舞風でも愛用していたスナイプカノンユニット。

こちらはCWS接続部を背部用に交換し、狙撃砲の形状を変更。

右側の脇を通して抱える様に展開する際に邪魔にならない形にし、右手でトリガーを、左手はグリップで保持。

脇に抱える形になるので、以前より保持力が上昇。

噴射跳躍ユニットの邪魔にならない様に、普段は長刀のように背中に背負い、展開時は右手を横に上げて、その脇に狙撃砲を通す形に。

狙撃砲と接続された多関節アームの隣には、形状変更した複合センサーユニットが装備されている。

展開すると、頭部横にアームで光学ズームセンサーが可動し、狙撃能力を強化。

同時に背部のセンサーが展開されて、各種情報を収集。

全体的に小型化したものの、その性能に差はない。

唯一、形状変更で狙撃砲が短くなり、射程距離が短くなるものの、それでも支援突撃砲でも届かない距離を狙い打つ為、十分と考えられて開発された。

そんな武装を纏った二機は、初の実機模擬戦闘へ挑む事になる。

その様子を、管制塔へ移動して見守る唯依。

大和はタリサ達を信頼しているのか、結果だけ知らせてくれと言って70番格納庫に篭ってしまっている。

朝一番に執務室で逢ったら、突然吹き出すのを全力で堪えた顔で視線を合わせてくれなかったのが非常に気になったが、今は任された監督に専念するべきと考える唯依。

どうやら萌え萌えきゅんのダメージは想像以上に大きかったようだ。

大和が70番格納庫へ篭ったのも、唯依を見ると思い出して吹き出してしまうから…ではないと思いたい。

「ワルキューレ隊および暴風試験小隊、待機位置へ移動完了しました」

「では、これより実機模擬戦闘を開始する」

「了解、カウントスタート、10秒前…9…8…」

情報官の報告に唯依が戦闘開始を指示し、カウントが始まる。

その様子を真剣な表情で見守る唯依や関係者達。

そして、戦闘の結果を楽しげに待つエリス達であった…。







































































☆今日のイーニァ☆




「あの、少佐? 何故シェスチナ少尉はカスタネット持って踊ってるのでしょうか…?」

「……………命令だったんだ…」

「は?」

「誰かが俺に命じたんだ、イーニァでうんたん…と…」

70番格納庫。

そこでは、大和専用テスタメントと一緒にカスタネット叩いてうんたん♪うんたん♪しているイーニァの姿。

周りの関係者を癒しで骨抜きにしている。

引き攣った顔のピアティフの質問に、大和は敗北感たっぷりの表情で答えたが、意味不明だった。

「うんたん、うんたん♪」

『ウンタン・ウンタン』

「「「「うんたん、うんたん!!」」」」←オーディエンス(整備兵や開発者などの男女多数)

ノリノリ状態だった、一言で表すなら『なぁに☆これぇ』だろうか。

「う、うん…うんた…うん………私にはできない…っ!」

そして隅っこで蹲ってカスタネット片手に何かと戦うクリスカが居たが、誰もが見ないフリをしてあげていた。

70番格納庫の結束は固いのだ。

とりあえず、イーニァは元気です。















[6630] 第五十六話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/10/11 23:18











2001年10月23日――――



開発区画演習場・15:04――



『しゃぁんなろーーーっ!!』

意味不明な雄叫びを上げて長刀を振り下ろすのは崔中尉が駆る殲撃10型、その売りである小型で身軽な機体性能を活かしての不意打ち。

『んだらぁぁぁぁっ!!』

その一撃を、これまた意味不明な雄叫びを上げて左手に持ったマチェット型の大型近接短刀で受け止めるのはタリサのF-22A's。

押し切ろうとする崔と、受け流そうとするタリサ。

『むぎぃぃぃぃぃっ!!』

『ぬがぁぁぁぁぁっ!!』

『野生に戻らないの』

そこへ容赦なく撃ち込まれる狙撃砲からの150mmペイント弾。

廃墟の影から影へ移動しながら狙撃していたステラが、二人の状態に呆れて横槍を入れたのだ。

『あっぶねぇ!? 今掠ったぞステラ!』

『タリサ、お願いだから退化しないで』

意思疎通が大変だからと呟きつつ、先程の狙撃で居場所が知られたので機体を移動させる。

案の定、別の殲撃10型が接近中だ。

『ふふん、どうしたのよ、ご自慢の改造機は? 米軍のF-22Aの方が手強かったわよ』

『ボロ負けでしたものね』

『へんっ、機体の慣らしだよ慣らし、まだ新品なんでな!』

『昨日もそんな事言っていたわね、そして負けたのよね』

『『~~~~っ、うるちゃいっ!!』』

『あら失礼』

通信で言い争いながらも戦う崔とタリサだが、ステラのツッコミに同時に叫んで噛んだ。

微妙に涙目なのは図星を突かれたからだろうか。





「む……」

「どした、釘原?」

「なんでかしら…今あたしが言うべき台詞を取られたような…」

「……頭、大丈夫か?」

「ーーーーっ、死ね駄犬!」

「はぎゅんっ!?」





どこかの格納庫で斉藤の悲鳴が響いたが、いつもの事と誰も気にしなかった。

『02、まだ捕まらないの!?』

『申し訳ありませんっ、迂闊に追撃も出来ない状態で…!』

崔が部下へ通信を入れるが、彼はステラの甚振るような攻撃に満足に攻める事が出来ずにいた。

迂闊に攻めれば、150mmの餌食になる。

廃墟を楯にして追い詰める前に、また別の場所へ逃げられてしまう。

しかもその状態でタリサのフォローまでこなすのだから恐ろしい。

『なんとしても近接に持ち込みなさい、あの長物なら近距離じゃ撃てないわ』

『了解!』

崔が部下へ指示を出した瞬間、右手に突撃砲、左手に大型近接短刀を構えて突撃してくるF-22A's。

キャノンボールの出力で強化された速度で瞬く間に間合いを詰めてくる。

突撃砲が咆哮し、砲弾をばら撒いて崔の動きを制限。

そして間合いを詰めて大型近接短刀で沈める心算なのだろう。

『こなくそっ!!』

多少の被弾を覚悟で廃墟のビルを蹴り、回避する崔。

『逃がすかぁ!!』

だがそこへ、F-22A'sのウェポンコンテナから放たれたグレネードが殺到してくる。

『く…っ!』

回避が間に合わないと瞬間的に判断した崔は、右手に持っていた長刀を投げつけた。

先頭のグレネードが衝突した衝撃で爆発、その爆発に後続が誘爆して直撃を防ぐ。

『相変わらず、火力が異常なのよ少佐の機体は…!』

愚痴りながらも体勢を整える為に距離を取る崔。

そうはさせまいと追撃するタリサ。

一方、廃墟の影に潜んでいたステラだったが、終にその姿を捕捉されてしまった。

『ステルス性能は、F-22A程じゃない!』

男性衛士は前回戦ったF-22Aの高いステルス性能を嫌と言うほど味わっていたので、それに比べればF-22A'sのステルス性能は格段に低い。

『その長物、この距離では使えまい!』

左手の突撃砲で牽制しながら、右手に長刀を持って踏み込む殲撃10型。

『―――!』

だがステラは冷静に狙撃砲を“捨てる”と、それを殲撃10型へと放り投げた。

アームから切り離された狙撃砲は殲撃10型の視界を邪魔するがそれだけだ、彼は冷静に長刀で切り払う事を選択した。

そして次の瞬間、彼は驚きで思考が一瞬停止した。

回避行動に入ったと思ったステラの機体が、自ら間合いへと入ってきたのだ。

そして、その両手には、突撃砲を小さくしたような、拳銃を巨大化させたような武器を持っているではないか。

『なに―――っ!?』

『狙撃ばかりが―――』

驚愕する衛士を他所に、ステラは微笑を浮かべたまま両手にそれぞれ構えた近接射撃武装、36mmアサルトカノン・ショーティーのトリガーを引いた。

取り回しと速射性能を追求したAC・Sは、36mmを近距離から殲撃10型へと浴びせ、装甲を食い尽くす。

小型・軽量という改造が施された殲撃10型では、近距離の36mmを耐える事は出来ず。

殲撃10型は頭部や胸部、腹部をペイント弾で染め上げられて撃破判定をされてしまった。

『――――芸じゃないのよ?』

機体に拳銃でバンと撃つような動きをさせて微笑するステラ。

撃破を確認し、直ぐにタリサの援護へと向う。

『02!? 隠し玉には注意しなさいってあれほど…!』

隠しギミックから隠し武装まで、幅広く対応する黒金作品。

その効果は今までワルキューレ隊と戦って嫌と言うほど経験している。

それがF-22Aの改造機に無いなんて在り得ない。

『近接仕様の突撃砲? 多芸なことね!』

『羨ましいだ…ろっ!』

舌打ちしながら姿を現したステラ機の武装を見て愚痴る崔中尉。

そんな彼女に、タリサは左手の大型近接短刀を投げつけた。

それを叩き落す事を嫌った崔は、長刀で切り上げる事を選び、さらに機体を前に進めた。

今までのタリサとの対戦から、彼女が間合いを詰めて来る事は分かっている。

ならば投げられた武器を叩き落すより、切り上げてそのまま長刀を振り下ろすモーションへ移れる動きを選んだのだ。

『近接なら―――』

長刀の峰で大型近接短刀を叩き上げ、全力で踏み込むと共に噴射跳躍。

読み通りに間合いを詰めに来たタリサのF-22A'sへと迫る。

『負けないっての!』

そして大振りに振り上げた長刀を前進する勢いもプラスして振り下ろす。

トップヘビー型である殲撃10型の長刀は、振り下ろす距離が長いほど威力を増す。

最大位置からの振り下ろし、並みの武装では砕かれ、弾かれ、食い破られる。

『へっ、それは―――』

だが、殲撃10型の長刀が振り下ろされる前に、キャノンボールの出力でさらに加速したタリサ機。

その左手が突き出され、次の瞬間には三本のストライククローが飛び出す。

鈍い衝突音を響かせて、三本の爪が、長刀の根元、柄と刃の境目にくい込んだ。

『こっちの台詞だぜっ!!』

長刀がスピードに乗る前に止められ、三本のカーボンブレードに喰い付かれた為に攻撃に移れない崔。

だが彼女も然る者、瞬時に長刀を離して対応するが、勢いを殺さないF-22A'sは右腕を振り被りながらさらに接近。

『アサルトの名前は、伊達じゃねぇぇぇ!!』

タリサの咆哮と機体の上げる駆動音が重なり、崔の殲撃10型に強烈な衝撃が走る。

そして網膜投影に、胸部破損により衛士死亡と表示され、機体が停止する。

模擬戦闘故に刺さらないが、もし実戦装備なら今頃彼女はスーパーカーボン製の爪に貫かれて死亡していただろう。

『うっしゃぁぁ! 勝ったぜっ!』

雪辱果したと喜ぶタリサ、彼女のF-22A'sは押し倒した殲撃10型の上で馬乗りになっている。

『それは良いけれど、また整備班に怒られるわよ』

『あ………』

少し呆れ気味のステラの言葉に、硬直するタリサ。

無茶な近接で、タリサの機体は折角ピカピカに塗られたUNブルーが彼方此方削げ落ちていた。

大和は別に怒らないのだが、毎回塗り直す整備班の身にもなれと、唯依からお説教が待っている。

『あ、あの、中尉…?』

恐る恐る通信を繋ぐと、そこには笑顔の唯依。

――――良かった、勝ったから怒ってない?――――

『マナンダル少尉…本当に見事な“衝突”だったな…』

――――……そう思っていた時が、アタシにも在ったんだぜ…――――

笑顔なのに怖いという表情の唯依姫、その言葉にるーるるーと涙するタリサ。

でも崔中尉に勝ったから今日は少し楽しくお説教が受けられそう、それだけがタリサの支えだった。
















18:35―――開発区画PX内食堂――――



夕闇が包む横浜基地内。

働く多くに人間の憩いの場であり、空腹を満たす食堂で、タリサが垂れていた。

たれタリサだった。

「うが~~~、最近中尉厳し過ぎじゃねぇかぁ?」

こってりとお説教されたタリサ、面白くないのか頬を膨らませて不満そう。

その反対側で優雅にお茶を飲むステラも、それには同意なのか苦笑する。

「中尉はどうも、例の米軍指揮官を意識しているみたいね…」

「あのクロフォードって中尉か…。確か米軍のトップガンの一人なんだろ?」

「えぇ、その上BETAに対して有効な武装を提案した秀才らしいわ」

「あの斧か…ありゃぁ“効く”ぜ、近接の取り回しと威力に関しちゃトップクラスだ」

垂れた状態から起き上がり、今度は椅子に凭れて腕を組むタリサ。

「一撃の威力なら欧州軍の斧槍とか、統一中華のトップヘビーなんかが上だけど、あの斧はそれ以上に取り回しが楽だし、衛士も扱い易いからなぁ」

「極東の機体は74式近接戦闘長刀で固定だものね…」

私は苦手だわ…と苦笑するステラ。

極東軍、主に日本帝国が使用している74式近接戦闘長刀は“刀”というイメージに1番近い武装だ。

重さで斬る以上に、切り裂く事を重視したその形状は、訓練をしていない衛士や、馴染みがない人間にとって扱い難い代物と言われている。

実際は機体のモーションの問題なので衛士の技量は大きく問われないが、感覚の問題が残ってしまう。

各国が昔から持つ武器へのイメージが、時には足枷になったり。

近接武装に縁の無い国や、刀や剣へのノウハウを持たない国は特にそれが大きい。

その点、エリスが開発した(実際はイメージを開発部に伝えただけ)手斧、エリミネーターは間合いこそ短いが取り回しや威力、そしてイメージがし易い。

刀の速さで切り裂くだの、剣の重さで叩き切るだの面倒な事は無い、ただ刃を振り下ろせばいい。

それだけで自重と刃の厚みと形、そして振り下ろされた際の力で相手を砕く。

その威力はあの大きさの武装の中ではトップクラス。

同じ分類にされている大型近接短刀(YF-23の大型ナイフや、タリサの機体が装備しているマチェット)に比べて、頭一個以上の威力を誇り、耐久性も高い。

「対BETAへの有効性はまだ実証されていないけれど…」

「連中、それが欲しくて持って来たんだろうなぁ」

ステラの言葉を繋いで天井を仰ぐタリサ。

ここ横浜基地は、極東の最終防衛線で1番後方ながら、時にはBETAとの戦闘も発生する。

何しろ近くには佐渡島ハイヴが存在しているのだから。

これまで半年に数度の割合で佐渡島から侵攻があり、対BETA戦闘も期待できる土地でもある。

常にハイヴに隣接しているカムチャッカなどに比べれば頻度は低いが、逆を言えば比較的安全に対BETA戦闘のデータを集められる場所だ。

「ま、他所は他所、ウチはウチだな」

と言って、飲み干したドリンクのお代わりを取りに行くタリサ。

良くも悪くも割り切りが出来て引き摺らないのがタリサの美点だ。

逆に引き摺ってしまうのが、彼女達の上官であり、目下ステラの悩みの種。

「何が在ったのか知らないけれど、あれは少し異常よね…」

唯依が感情面で不器用で堅物なのは知っているが、エリスに対しての彼女は少し異常だと感じているステラ。

エリスもエリスで、唯依を試すような、そんな視線や態度を見せているのが気に掛かった。

「この大事な時期に、問題が起きなければ良いのだけれど…」

大和からそれと無く聞いた、佐渡島ハイヴ攻略作戦。

それが控えている今、部隊の和を乱すような出来事は勘弁願いたいステラ。

「なんだとコラぁ!?」

「なによ!?」

と、カウンターの方から響く、聞き覚えの在り過ぎる二つの怒声。

その声に、ガクリと頭を下げるステラ。

チラリと見れば、カウンターの前でタリサと崔が顔面を衝突させながら怒鳴りあっているではないか。

「本当にもう、タリサも崔中尉も…」

大和曰く、犬猿の仲の二人に頭が痛いステラ。

口論を続ける二人は、お互いの顔面に唾を飛ばしながら、ガップリと組み合っている。

止めようとする崔の部下や、煽る他国部隊の衛士。

二人の喧嘩は今では日常茶飯事、一種のイベントと化していた。

これを止めるのは唯依やステラの仕事なのは周知の事実。

その為、やれやれと立ち上がったステラに、苦笑を向ける者も多い。

と、ステラが歩き出そうとした時、彼女の背筋が凍った。

視界に、普段ならこの場に居ない筈のとある人物が映ったからだ。

その人を認識して直ぐにタリサを止めたいステラだったが、距離が在り過ぎた。

周囲の野次馬もその人に気付いて、野次馬の大部分が顔を青褪めさせる。

その人を知らない連中は誰だと首を傾げる中、その人はズシンズシンと重い足音の幻聴を携えながら終には乱闘に発展した二人へ近づいていく。

「タリサ…無力な私を許してね…」

この後の同僚の未来を憂いて、ステラはそっと涙を拭った。

別名、見捨てた。

――――グワシッ、グワシッ!!――――

「うきょっ!?」

「ふみょっ!?」

ほぼ同時に頭蓋を鷲掴みにされて妙な声を上げるタリサと崔。

そしてミシミシと嫌な音を立てる自分の頭の痛みと、真横から感じる巨大なオーラに冷や汗ダラダラな二人。

ギギギギ…と錆びたブリキのようにそちらに顔を向ければ、そこにはゴゴゴゴ…と恐ろしい威圧感を放つ割烹着姿の偉丈婦(誤字にあらず)。

食堂の支配者、横浜のお袋、割烹着の魔人、最強ガバイかあちゃん等の異名を持つ、横浜基地で逆らえる人が居ないとすら噂される人、京塚 志津江が其処に居た。

「あんた達…食堂は喧嘩する場所じゃぁないだろう…?」

「お、おおおおオバちゃちゃちゃちゃ…!」

「ち、ちちちちちが、ちがく、ちがくってですね…!?」

ニッコリとオバちゃんスマイルを向けてくる京塚臨時曹長。

だが彼女には階級が意味を成さない。

故にタリサは冷や汗ダラダラで呂律が狂い、崔はツインテールをシオシオと萎縮させて言い訳を試みるが言葉が出て来ない。

ギリギリと自分達の頭蓋を握り潰さんばかりのオバちゃんのゴッドハンド、その手に掴まれたが最後、どんな歴戦の戦士も終わりを覚悟するとかしないとか。

オバちゃんの存在を知る者は二人の未来に冥福を祈り、知らない者は知る者からオバちゃん伝説を聞いて震え上がる。

「食堂は何をする所だい?」

「「お食事する場所です、マム!!」

オバちゃんの問い掛けに、頭を掴まれたまま敬礼する二人。

何故二人がこんなにもオバちゃんを恐れるのか。

それは、以前とある国の衛士が、オバちゃんに…と言うか、食堂に喧嘩を売ったのだ。

その衛士は食料自給率の高い某連合から来たのだが、食堂の飯が不味いと言って不満を垂れ流しにした。

そりゃ確かに自然食が食べられる国からすれば、合成食オンリーの日本の食事は不味いだろう。

だが、それをオバちゃんの前で言ったのが不味かった、不味いだけに。

以後、その衛士はさらに不味い食事、実は他の基地の合成食と同じ味の食事になるわ、注文を聞いて貰えないわ、盛りが明らかに少ないわ、さらに所属部隊の衛士や整備兵にまで及んだ。

食堂のオバちゃん達に逆らう事は、食を捨てると同じ。

自分たちにまで被害が及んだ事で、仲間の衛士や整備兵達にボコられた上に強制的に土下座で謝罪をさせられた衛士は、今も時々警告として不味い合成食を喰わされているらしい。

そして何より、あの大胆不敵で唯我独尊(?)な大和が、常に低姿勢でヘコヘコし、絶対に逆らうなと必死の形相で念押しする相手。

それが京塚臨時曹長を始めとした、食堂のオバちゃん達である。

かの有名な極東の雌狐、横浜の魔女と謳われ恐れられる副司令すら、彼女の言葉には逆らわないとすら言われている。

そんな相手に逆らえる訳も無い二人は、ガクガクと震えながらオバちゃんの判決を待つ哀れな子羊。

二人とも例の喧嘩を売った衛士が、不味い合成食(二度目だが他の基地の平均的な味)を食べながら、これに比べれば横浜の飯は美味いと嘆いているのを見ている。

確かに合成食なので不味いが、それでも衛士や整備兵達の為に頑張って美味しくしようとしているオバちゃん達。

その真心親心をバカにする奴は死ねば良いのにとは、大和の談。

「二人とも…ちょっと裏までおいで」

と言って、親指で裏…即ち厨房を指差すオバちゃん。

二人は同時に「終わった…」と自分の未来を幻視して項垂れた。

厨房、そこはオバちゃんが支配する絶対の場所。

ズルズルと襟首掴まれて連行される二人を見送った野次馬達は、自主的に二人の喧嘩で散らかった食器や椅子を片付けてお掃除する。

そして片づけが終わると、何事も無かったかのように喧騒が戻ってきた。

食堂のオバちゃんには逆らうな、それが横浜基地における唯一絶対である暗黙の了解だった。

一時間後――――

そこには元気(と言うかヤケクソ気味)に食堂の仕事を手伝う二人の姿が!

「生きた心地がしなかったわよ、もう絶対に食堂じゃ喧嘩しないわ!」

「今思うと馬鹿な事をしたぜ、もう二度と食堂じゃ喧嘩しないよ!」

とは、仕事を終えた二人の言葉だった。

「ふむ…ニホンの母とはあぁも恐れられつつも慕われる者なのか…」

そんな様子を見ていたラトロワさんが、オバちゃんをどこか尊敬するような目で見ていたそうな。

因みにオバちゃんが開発区画の食堂に居たのは、こちらの食堂のヘルプだったそうな。

結論、オバちゃん最強。






















10月24日――――


70番格納庫――――



「くくくくくッ、そうかそうか、オバちゃんに説教されたか」

「笑い事じゃねぇぜ少佐ぁ…本気で怖かったんだぜ…?」

肩を震わせて笑う大和に、膨れっ面のタリサ。

昨日の事の顛末を聞いて、大和も笑いを堪えられなかった様子。

「オバちゃんは横浜の母とすら言われる程の人物だからな。俺でも逆らおうとは思わんよ」

「ちぇ~…」

苦笑しつつタリサの頭を軽く叩いてやる大和に、不貞腐れつつも少し嬉しげなタリサ。

整備兵の女性は、タリサのお尻にぶんぶか振られる尻尾を幻視して悶えていた。

感染は順調に侵攻している様子。

「んで少佐、この二機はもう完成なのか?」

「必要な装備とパーツの取り付けはな。これから細かい調整やシステム整理、それにデータ収集に耐久テスト、その他諸々…忙しいったらないな」

指折り数える大和に、うげぇ…と嫌そうな顔のタリサ。

「だが言ってしまえばこの二機はアップグレードキットによる改造だ。比較的とは言え簡単に済む」

そう言って大和とタリサが見上げる機体は、唯依の武御雷と、それと並ぶF-22A。

「ふ~ん…でもなんでF-22Aまで? アタシのアサルトや例の部隊用の機体とは違うのか?」

疑問を浮かべるタリサに、大和は少し視線を細めた。

唯依の機体と並んで改造を受けているF-22A。

これは、言わば米軍向けのF-22A用アップグレードキットのモデル機だ。

米軍から依頼された訳でもないのに何故そんな物を造っているのか。

それは、エリスのお願いが関係していた。

「世界が違っても芯は同じか…真っ直ぐな奴だ」

「? 少佐…?」

「いや、なんでもない。こいつはちょっとしたアピール用だ。副司令の買い物に使う予定なんでな」

タリサの言葉に苦笑しつつ答え、機体を見上げる。

この前、大事な話が在ると言われて時間を作って話してみれば、驚くような発言をされた。

その関係で、近々副司令であり計画の責任者である夕呼にも面会が予定されている。

エリスはエリスなりの考えで行動している為、大和は苦笑するしかない。

「あれだけ拘っていた母国をなぁ…人は変わると言うが、何が切っ掛けになるか分からんなぁ、少尉」

「は、はぁ…?」

一人完結した言葉を向けられ、困惑するしかないタリサ。

「分からんで良いさ。さて、そろそろ時間か」

時計を確認してテスタメントを連れて歩き出す大和。

それを見送るタリサは、軽く首を傾げていたが、自分の仕事に戻る為に歩き出した。

「……アピール…ねぇ…」

チラリと、居並ぶ二体を見て言葉を噛み締めながら呟くタリサ。

相変わらず大和の考えは読めないし分からないが、それでも必死で頑張っていることだけはタリサでも分かる。

「うし、今日も一日頑張りますか!」

だから、拳を叩いて気合を入れて走り出す。

自分はテストパイロットで戦う者だから。

その結果、彼が満足してくれるなら本望だと思いながら。

「少尉、走らないで下さいよ!」

「わりぃわりぃ!」

注意してくる整備兵に軽く詫びつつ、タリサは駆け出した。













数十分後、地上ブリーフィングルーム――――



「なんだか物凄く久しぶりな気がするが、全員揃っているな?」

「は! 任務中の白銀大尉以外、揃っております!」

妙な事を口走りながら部屋に入ってきた大和に、まりもが答える。

室内にはA-01の面子が揃っており、揃った敬礼を向けてくる。

それに対して答礼し、休めと伝える。

因みに武は現在、殿下とのマンツーマン訓練中。

羨ましいと思う面子は主に新任。

「さて、諸君らA-01も人数が増えて部隊連携も上がって来ている。個人の腕前の上昇も著しいのは競い合う好敵手や目指す目標が居るからと思うが」

そう言ってチラリと新任や先任を見る大和。

新任達は同じポジションを狙う者同士切磋琢磨し、更に目指すべき目標である先任の存在から自己を高め。

先任は新任達に負けてなるものかと努力し、己を鍛えている。

「正直、そろそろ新任の響では役者不足になり始めている」

主機の出力向上と改造で不知火クラスの戦闘力を持つとは言え、響は練習機なのだ。

今の今まで、新任の機体を準備するのに手間取り響で代用していたが、正式な任官と配属後も練習機では格好が付かない。

「そこで、追加の機体を用意し、先日配備の目処が立った」

そう言って、テスタメントの背部が可動して露出した小型キーボードをタイピングする大和。

既にテスタメントからはケーブルが延びて、モニターに接続されている。

画面に表示されたのは、二体の戦術機。

「これは…」

「F-22Aと…武御雷っ!?」

伊隅の戸惑いの言葉に続いて、美琴の声が響いた。

彼女の言葉通り、画面にはF-22Aラプターと、零式こと武御雷の一般機、通称“黒武御雷”が映し出されていた。

「先のクーデターで米軍から慰謝料として副司令がぶん取ったF-22Aと、取引で特別に運用を許可された武御雷だ。どちらも機体としては申し分ない」

「ぶ、ぶん取った…」

「取引ってどんなですか…」

大和の言葉に全員が苦笑を浮かべる。

遙の引き攣った言葉や、委員長の慄く言葉はスルー。

「そのまま配備しても十分なのだか、それじゃぁ面白くないだろう?」

大和の言葉に、一人を除いて全員の心が一つになった。

――――面白くないと言われても…――――

「仰る通りです」

「麻倉!?」

全面的に同意する麻倉に、委員長がツッコむ。

だが親指立てて頷かれた、意味不明だった。

「そこで、こんな改造を施してみた」

カタカタとキーボードをタイプして、次の画面を表示させる大和。

F-22Aが拡大表示され、各部に装備が装着され、さらに一部の形状が変化していく。

どうでも良いが、この資料も造ったのだろうか。

「先ずはF-22A。突出した機動性と砲撃力が魅力の機体なので、敢て近接戦闘への改造は対応レベルだけに止めて、長所を活かす改造を施して見た」

カーソルを移動させ、目立つ改造場所を示す大和。

先ずは大きく変更された背中、そこにはF-22A'sにも搭載されている背部CWSが搭載されている。

「この背部CWSは、機体形状を大きく変えずに搭載できるというメリットの元開発された場所だ。F-22AやF-14など、肩部にスラスターやフェニックスなどの主要装備が存在する場合があるのでな」

その為に、担架が在るだけの背部にCWSを搭載する事になった。

結局武装の数が増えないように思えるが、種類が豊富(になる予定)なので、場面場面での対応が安易になる。

最悪、突撃砲は両手で持っていれば良いのだし。

「そして、脚部機動制御スラスター。これは機体の機動性と速度を更に高める為に搭載した」

続いて表示されたのは、脚の脹脛に当たる部分に搭載されたスラスターとノズル。

板状のパーツが三枚重なり、それが上下に可動する事で姿勢制御から機動補助まで対応する事が可能に。

さらによく見れば、爪先や踵にカーボンブレードが装備されている。

「手腕には前後可動式のストライクブレードを。近接に対応させつつ、長所の機動性と砲撃性能を活かした改造と考えて貰えば良い」

説明しながらA-01の様子を見れば、多くが感心したような、楽しそうな視線を向けている。

因みにストライクブレードは、欧州のタイフーンやラファールの手腕のカーボンブレードを参考に開発された、近接武装。

形状はラファールのに近いが、肘の方が鎌のようになっており、ハーケンブレードとも呼ばれている。

「機体の特性と性能を活かす為に、この機体は主に後衛や中堅の人間に配備する予定だ。因みに名前はF-22Aw、通称ワイルドラプターに決まった」

「ワイルドラプター…ですか」

「面白そうな機体ですね」

名前を噛み締める風間と、微笑を浮かべて楽しげな宗像。

「はい少佐! その機体は誰が乗る事になるんですか!」

待ちきれないとばかりに挙手した水月に遙が嗜めるが止まらない。

伊隅は全くと苦笑し、まりももやれやれと笑っている。

普通なら許されないが、大和はその辺夕呼と同じで気にしない。

無論、水月も相手を見ているのでこんな風に質問しているのだ。

「都合により4機配備、搭乗者は…言っても構わんか。築地少尉!」

「は、ひゃいっ!?」

少し悩んだがまぁいいかと一人納得して築地の名前を呼ぶ大和に対して、突然名前を呼ばれた築地は噛みつつ返事をして一歩前に出た。

「麻倉少尉!」

「はい」

「鎧衣少尉!」

「あ、はい!」

「珠瀬少尉!」

「は、はいぃ!」

次々名前を呼ばれる新任達。

その人選を見て、伊隅や水月は何となく理由を理解した。

まりもは既に機体変更者を伝えられている。

「以上四名、機体配備後からF-22Awへの搭乗を命ずる」

「「「「了解!」」」」

内心驚きつつも、敬礼する四名。

他の新任達は少し羨ましげだが、適材適所だと考えて祝福する。

「4名には後で機体スペックを纏めた資料を渡す。現在開発部が急ピッチで最終作業を行っているので、11月の頭には配備出来るぞ」

大和の追加の説明に嬉しげに返事するのを見て、次の説明に移る。

「次は、武御雷の改造機だ。F-22Awにも言える事だが、どちらも改造と言うよりアップグレードキットによる改良に近い。雪風や舞風のように大規模な改造をしなくても十分な性能を持っているからな」

説明しながら武御雷の画像を表示させる大和。

画面には、頭部センサーマスト等が簡略化された機体、つまりType-00Cが表示されている。

こちらもF-22Aw同様に、機体の各部が一部変更させている。

「改造のコンセプトは同じだ、機体の特色や特性を活かしつつ弱点をカバーする。背部CWSに加え、武御雷には肩部後ろに機動制御用スラスターユニットを装備させてある」

画像の武御雷、その肩部の斜め後ろには、武御雷の装甲を再現した独立したスラスターユニットがアームで接続されている。

雪風の物よりも大型で、続く画像にはそのスラスターユニットの先端カバーがパカッと開いて内部に搭載されたマイクロミサイルが露出している。

「スラスターユニットはミサイルコンテナも兼ねている。制圧力に劣る武御雷の能力をカバーする意味でな。それと、高周波近接戦闘長刀が標準装備となっている」

その他大きな変更点は無いが、マイクロミサイルが搭載されただけでも十分に効果的だ。

元々の機体性能が高いだけに、背部CWSとマイクロミサイルだけでも十分に効果が期待できる。

そこに高周波、つまりMVBが標準装備。

水月の目がかなり輝いている。

「因みにこの二機は俺と武が斯衛軍時代に乗っていた機体だ。少々ピーキーな機体だが、使いこなせると期待している」

「少佐、それって誰が乗るんですか!?」

先程のF-22Awよりも前のめりな水月に、苦笑が漏れる。

砲撃主体なF-22Aよりも、近接最強なんて噂の、限られた人間しか乗れない武御雷の方が彼女の趣向に合った様子。

「期待を裏切って申し訳ないが…彩峰少尉!」

「…はい」

「そして…御剣少尉!」

「…は!」

大和の言葉に静かに、しかし確りと返事をする彩峰と、一度深呼吸してから胸を張って返事をする冥夜。

「ちぇ~、あたしじゃないのか…」

「まぁまぁ水月…」

口を尖らせる水月を、やはり遙が嗜める。

「両名、選ばれた意味を理解しているか?」

「は…家柄…でしょうか…」

大和の言葉に、少し不安げに答える冥夜。

冥夜は元より、彩峰も一部の斯衛軍には父親が高い評価を受けている。

「違うな。両者がこの武御雷…暫定名称『武御雷・羽張』を扱うに値する技量を持っていると俺や白銀が判断したからだ」

その言葉に安堵の表情を浮かべる二人だが、大和の言葉は嘘半分の真実半分。

冥夜に関しては、後々に殿下から与えられた紫の機体を駆る可能性がある。

その為、近い性能である(とは言えかなり差があるが)黒へ乗せて慣れさせると言うのが大和の考えだ。

武は単純に技量と性格から冥夜と彩峰の二人を押したに過ぎない。

「さて、残る4名だが…実は機体が無い」

「「「「えっ!?」」」」

自分達はどうなるのかと不安と期待で待っていた委員長達は、大和の言葉に絶句した。

もしかして自分達は機体を与えるに値しないのだろうかと不安が込み上げてくる。

「誤解してくれるな、別に腕前云々じゃない。単純に…機体が間に合わない」

「「「「はぁ…」」」」

間に合わないって何の事だろう…と生返事の4名に苦笑する大和。

「実はな、先任の中から4名、新型機に乗せる事になったのだが…まだ完成していない」

帝国技術廠から中々装備が届かなくてなぁ…と困り顔の大和。

先任が乗る事になるのは、現在70番格納庫で装備待ちの4機の第四世代概念実証機だ。

だがその装備を帝国技術廠と共同開発しており、その装備がまだ届いていない。

故に本体の機動試験しか終えておらず、まだまだ完成とは言えないのだ。

既存の機体を改造した先の6機と違い、こちらは完全な新作。

故に色々とテストなどが必要になってくる。

元々時間をかけて行う開発を短時間で、しかも即実戦使用という在り得ない事をやっているとは言え、後々の信用問題に発展する為、テストは必要不可欠。

「最悪、実戦配備は12月になる。本来なら先任4名が乗っていた雪風をそのまま新任4名に与える予定だったのだが…暫くは帝国から提供された不知火・嵐型で代用する事になった」

現在A-01が開発計画に参加する際に使用していた不知火・嵐型が余っていたのでそのまま使う事にしたらしい。

「因みに、これまでの搭乗決定は、各自の能力や性格、機体相性を加味しての選考の元決定した物だ。各々が1番能力を発揮できると考えての振り分けだが、疑問や不満は?」

「ありません!」×全員

大和の言葉にまりもを除いた全員が敬礼しつつ答えた。

先任達は完全な新型を与えられると期待と不安に浮かれているし、新任達はそれぞれの能力を見ての振り分けに納得している。

簡単に言えば、機動力・砲撃力のF-22aw、火力・機動力強化の雪風、近接戦闘を維持しつつ面制圧を高めた武御雷・羽張。


機動力・砲撃力:F-22Aw←――雪風(不知火・嵐型)――→武御雷・羽張:近接戦闘


という形だろうか。

火力では雪風が群を抜いて高いが、機動性はF-22Awや武御雷・羽張が上だ。

そして近接ではダントツなのが武御雷・羽張。

適材適所、ポジションなどを考えると理想的な振り分けか…と考えるまりも。

そんな彼女の機体は元の不知火が霞むようなフルカスタム・ハイスペックの雪風弐号機。

掛かっている金額ならダントツだ。

「今後は配備される機体能力も加味しての訓練に入っていく。白銀にも伝えてあるので今後も精進するように」

「敬礼!」

話を終わらせ退出する大和にまりもが号令して全員が敬礼をする。

それに答礼して退出すると、室内からは嬉しそうな新任の声が微かに聞こえてくる。

「…………これで、少しでも生存率が上がれば良いのだが…」

室内からの声に少しだけ瞳を閉じて、静かに呟く大和。

その表情には、少しの楽観も存在しなかった。









[6630] 外伝その8~丸々斉藤伝説~
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/10/11 23:20










突発的に気晴らしな作品を書きたくなる症候群、通称『現実逃避』



それは違うと思った貴方、正解です。











外伝その8~ガンバレ斉藤、彼がパイロットになった訳~










2001年某月某日――――



開発区画内に設けられた、支援戦術車両継続開発室。

そこでは、実験車両であるスレッジハンマーが数台鎮座し、関係者達が忙しそうに仕事をしている。

この場に居るのは、横浜基地所属の装甲大隊から選抜された、スレッジハンマー乗りと、その整備兵達。

彼らは、スレッジハンマーの有効性と性能強化、武装開発などの為に日夜ここで仕事をしている。

「斉藤~、ちょっと電動ドライバーの電池持ってきてー」

「へいへい、ちょっと待ちなさいねー」

「斉藤ー、交換用プラグ一通り持ってきてくれよ」

「あいよー」

「斉藤く~ん、ちょっとお姉さんを手伝って~」

「良いのかい、俺は美人のお願いならホイホイ付いて行っちまう男なんだぜ?」

あちらこちらから声をかけられて忙しそうに行ったり来りしているのは、アイアンハイド隊所属の操縦士、斉藤。

様々な渾名を持つ彼であるが、これでも横浜で1・2を争う支援戦術車両の操縦者なのである。

彼を見ていると疑わしいが本当だ、本当ったら本当なのだ。

BETA侵攻における群馬防衛戦では、当時まだ無名だったスレッジハンマーを操縦し、単機で280体以上という撃破数をマーク。

大和・武の両名が雪風でそれぞれ400体近くを撃破しているが、1000体以上居たBETAの内、2割近くを撃破したのが彼なのだ。

しかもその内の八割が大型種。

要塞級19体を主砲である200mm支援砲で仕留めた猛者でもある。

「ちょっと斉藤! アンタこれ大きさ違うじゃない!」

「はぎゅんっ!?」

違う工具を持っていって、相方の少女を怒らせている姿を見ると信じられないが、腕前だけは確かなのだ。

「…………ヒリングス隊長、彼は確か、上等兵の筈だが…」

「? はぁ…そうですが…」

開発計画のプラン立ての為に顔を出していた唯依が、大事な場所を攻撃されて泣いて蹲る斉藤を見て引き攣った顔で隣で話し合うハンナに話しかける。

問われたハンナは、質問の意味が分からないのか少し首を傾げている。

「相方の釘原や、他の者は斉藤上等兵より階級が下なのだろう…?」

「あぁ…。確かに殆どの者は斉藤より下ですが、その、斉藤本人の性格と言いますか、気質と言いますか…アレが普通なのです」

階級が上なのに全然敬われないし命令も受けない。

逆に斉藤が命令を受けているこの現状。

軍隊にあるまじき姿だが、何故か、唯依ですら斉藤だから…という言葉に納得を覚えてしまう。

「あれです、普段の行いという奴です」

「あぁ……」

凄く納得できてしまう唯依だった。

「斉藤自身、スレッジハンマーの操縦に関しては恐らく最高レベルでしょう。初戦闘で要撃級の攻撃を避けるやら、無茶苦茶な事を行っていますから」

「その事は少佐からも聞き及んでいる、あの鈍重なスレッジハンマーで近接戦闘紛いの事をやる操縦士が居るとな…」

大和が楽しそうに話していただけに、唯依もよく覚えている。

スレッジハンマーはその装甲と火力を維持する為に、関節から車体まで全て強固で頑丈に作られている。

だがそれが仇となり、機動性という言葉は全くの無縁。

走破性こそ最高に高いが、格闘戦なんてまず無理な機体なのだ。

そんな機体で敢て近接戦闘をやる斉藤は、軽く狂人扱いだった。

だが、初戦闘となる群馬防衛戦での戦いや、トライアル戦での戦い、そしてクーデターの時の横浜港防衛戦で、数度の近接戦闘をやってのけた。

これには大和を始めとした開発者や技術者を驚かせ、結果、数は少ないもののスレッジハンマー用の近接武装まで開発されたのだ。

「本人はドリルに拘っていたがな…」

「恥ずかしい話です…」

いたたたた…と頭を抱える二人。

斉藤は何を見たのか、何を受信したのか、大のドリル好き。

その情熱はスレッジハンマーの全身をドリルにして欲しいと大和に嘆願するほどに熱い。

そしてその熱意は大和まで動かそうとした程だ。

無論、部隊一丸となって止めたが。

だが、一部案が通り、車体の戦車部分、つまり両足に該当する場所に対小型種用の近接回転刃が取り付けられた。

複数の刃が高速回転して機体に取り付こうとする小型種を切り刻むという装備。

実装してから対BETA戦闘が無いので効果は出ていないが、有効な装備ではあると殆どの人間が見ている。

問題は、その装備の掃除と点検が物凄く大変だろうという点。

ソ連のモーターブレードと同じで、高速回転してBETAを切り刻む為、肉片やら体液やらが飛び散って汚れるし、戦闘の度に整備が必要。

なので、装備機体を限定し、主に迎撃前衛の機体のみ装備している。

「支援戦術車両独自のポジションには慣れたのか?」

「はい、基本は戦術機の物と同じですからね」

唯依の問い掛けに、訓練資料を手渡しながら答えるハンナ。

支援戦術車両は、その名の通り支援を目的とした機体。

戦車の延長上に当たる機体なので、当然陣形も戦車の物をモデルにしている。

だが、折角戦術機のような姿をしているのだからと、装備や戦法に合わせたポジションが誕生していた。

主に部隊前面で浸透してきたBETAと相対する迎撃前衛。

部隊中堅にて誘導弾やバズーカと言った広範囲兵器で援護する殲滅掃討。

ハルコンネンⅡや200mm支援砲での超長距離砲撃や支援砲撃を担当する砲撃後衛。

これらが、主にスレッジハンマー部隊で割り振られるポジション。

主に操縦者の力量や装備で振り分けられ、アイアンハイド隊で言うと、斉藤が迎撃前衛、渚が殲滅掃討、ハンナが砲撃後衛だ。

「スレッジハンマーは既にフェイズ3か…操縦に問題は無いか?」

「特には。在るとすれば、手腕のガトリングかマニュピレータかで好みが分かれる程度でしょうか」

初期型、通称フェイズ1から数えて三代目であるフェイズ3バージョンのスレッジハンマー。

実戦投入されているとは言え、未だノウハウの蓄積の少ない支援戦術車両。

その為、ほぼ毎月どこかしらの改修や改造を受けており、現在はフェイズ3にまで達している。

フェイズ1では元となったF-4の意匠を残していたスレッジハンマーだが、装甲強化、近接武装の追加、各種センサー・システム類の強化を行ったフェイズ2、決定したポジション毎に装備や手腕などを変更したフェイズ3。

これらの経緯を経た現在の最新型スレッジハンマーは、更に重厚感と威圧感を増した正に陸上戦艦の名前に相応しい見た目と装備になっている。

「手腕交換でガトリングか戦術機の手腕に換装が可能になったのだったな。やはりガトリングの方が多いのか?」

「そうですね、威力・弾数・面での制圧力、どれもガトリングの魅力ですから。最新型にはミサイルポットも搭載されていますし」

そう言ってハンナが見上げるのは己の操縦するスレッジハンマー。

その両手のガトリングの外側には、細長いコンテナが搭載され、その中身は短距離低空ミサイル。

飛距離こそ無いが、弾速と命中率が高いミサイルを搭載している。

機動性を完全に捨てている為、重量が増えても問題が無いスレッジハンマーだからこその重装備。

真正面からやり合えば、中隊規模で戦術機大隊規模と戦えるとすら言われている。

それ故、スレッジハンマーとの模擬戦闘は、誰も正面からは戦わない。

分厚い装甲と二倍どころではない火力相手に、正面からなど死にに行く様なものだ。

フェイズ3となったスレッジハンマーは、対空武装まで搭載している為、以前のような上空からの強襲も無効化された。

それ故、怖い相手は現在ではステルス性能の高いF-22Aや、火力が強化された雪風、不知火・嵐型などだ。

「マニュピレータ型を好んで使っているのは、それこそ斉藤位のものです」

苦笑して告げるハンナ、専用のマガジンが開発された手腕ガトリングの威力と効果から殆どの機体がそれを装備しているのだが、斉藤や一部の操縦士は手腕を選択している。

殆どの者は手腕を選択する理由として、多目的格闘装甲や支援突撃砲などの使用、ポジションによってはスナイプカノンユニットの為に手腕を装備しているが、斉藤は違う。

「あのバカ者、拳じゃないと殴れない!…なんて言って手腕を選択したのですよ」

「そ、それはまた…」

唯依も苦笑するしかない理由。

と言うか、戦術機の手腕で殴るなと言いたい。

スレッジハンマーの手腕はF-4の腕を流用しているので強度はそのままなのだし。

「後は、手持の武装を使いたいという理由もあるそうですが。恐らく一番の理由はアレかと…」

そう言ってハンナが指差す先には、斉藤が運用しているスレッジハンマー。

その右手手腕には、大型の釘打ち機のような武装が搭載されている。

左手には多目的格闘装甲を搭載している為、他の機体より頑丈かつ屈強なイメージを抱かせる。

「近接用のパイルバンカーか…威力は申し分無いが、支援戦術車両に搭載する武装ではない気がするな…」

「同意見です…」

巨大な杭を火薬の爆発で打ち出すという物騒な武装。

元々は大和が70番格納庫内の倉庫に封印していた武装だったが、自重止めてやる事件で封印が解けた為に、日の目を見てしまった。

しかしながら、威力と丈夫さを優先したこの武装、重過ぎた。

戦術機では重心が偏り、第一世代のF-4でも機体バランスが崩れる上に、手腕への負担も半端無かった。

第二世代は元より、第3世代なんて武装で機体が壊れる可能性すら在る為、結局また封印になるかと思われたが、偶々斉藤がこれを見つけ、自分の機体に搭載して欲しいと大和に土下座でお願い。

それはそれは見事なジャンピング土下座だった為、大和も笑顔で搭載してしまった。

重量級のスレッジハンマーでなら機体バランスを崩さずに運用可能である事は分かったが、やはり手腕へのダメージが大きい為に、結局手腕自体を専用のアームに変更。

クラッシュハンマーで使われたパワーアームを改良して、右手だけこれに換装。

そしてパイルバンカーが搭載されたのだった。

左手に多目的格闘装甲を装備しているのはバランスを取る為と近接防御の為。

「威力は問題ないのです、突撃級の外殻を一撃で粉砕するのは魅力です。が、支援部隊である我々が近接戦闘すると言うのは…」

本末転倒だと苦笑するハンナに、日本語に詳しいなと内心感心する唯依。

実はハンナが日本文化大好きなのはアイアンハイド隊でも一部しか知らない事実。

以前、斉藤に日本の伝統ハラキリを見せろと笑顔で頼み、斉藤が死を覚悟したのは余談である。

「そうそう使う場面は無いと思うが、操縦士が斉藤上等兵だからな…」

ノリノリで突撃しそうだと苦笑いの唯依に、笑えないハンナ。

「フゥーハハハハ、回るドリルは良いドリルだ、回らないドリルはただの円錐だーーっ!!」

「遊んでんなーーっ!!」

整備兵のお手伝いで装甲に穴を開けている斉藤が叫び、その姿に怒った釘原のスパナが命中。

「おぉ斉藤よ、死んでしまうとは情けないです」

「し、死んでましぇん…!」

某ゲームの如く嘆く河田の言葉に、ピクピクしながら反論する斉藤。

良い音したのだが、誰も安否を気にしないのは、既にそういうキャラクターと認識されている為か。

「な、中々過激だな…」

「ご心配なく、あのバカはスレッジハンマーの上から落ちても死にませんでした」

フェイズ3になったスレッジハンマーの上で「フィーバータイム!」と叫び、妙なポーズで集光ライトの光を浴びていた為、やっぱり釘原のスパナで撃墜されたらしい。

その際に一部の整備兵が「キャーサイトウサーン」と叫んだとかなんとか。

やっぱり斉藤、100回落ちても大丈夫! とは誰の言葉だったか、恐らく大和。

「釘原一等兵、コックピット周りを改良したので調整お願いします」

「あ、了解。ほら斉藤、寝てないで仕事しなさいよ!」

「お、お前がやったんだろ…ガクリ」

整備兵に言われて自分の機体へ赴く釘原。

アイアンハイド隊の機体は今後の技術ノウハウ蓄積や、新型機開発の為に様々な改良が施されている。

その中には機体内部や、彼女達が身に纏う強化装備も含まれている。

「う~ん、どうもこの99式改って強化装備、慣れないのよね~」

「まぁ、元々衛士しか使わない物ですからねぇ」

釘原の言葉に、苦笑する整備兵。

スレッジハンマーの操縦者も強化装備に順ずる装備が必要という案が出た為、一部機能と性能を変更した強化装備を身に纏っている。

耐Gなどより振動キャンセル機能や衝撃吸収性を重視した通称99式改は、元の99式の色と形状を一部変更し、黒と深緑のカラーリングになっている。

残念ながら透けていない上に、大事な部分などは追加機能の為に装甲で覆われている。

その事に残念で涙流した斉藤は、皆からボコボコにされた。

でも微妙に幸せそうだったのは内緒だ。

因みに操縦士と火器管制官とで装備が一部異なり、火器管制用の強化装備は、多数の火器を同時に扱う為の機能が追加されている。

「この耳みたいなヘッドギア、どうにかならないの…?」

「少佐曰く、様式美だそうです。可愛いですよ、とっても」

自分の頭部に装着された、虎耳っぽいそれは、イーニァが装備していた火器管制補助システムのアレ。

形状が異なるのは恐らく開発者の趣味だろう。

女性の整備兵の褒め言葉に、少し照れる釘原。

「ね、ねぇ斉藤、これどう思う…?」

と、少しドキドキしながら相方である斉藤に問い掛ける釘原。

「んあ? 何が?」

だが、斉藤は差し入れの合成饅頭を食っていて聞いちゃいない。

「死ね」

「もごぉっ!?」

合成饅頭を全部(28個)口に突っ込まれた斉藤、顎が外れそうになりジタバタ。

一気に不機嫌になった釘原を刺激しないように整備兵が苦笑して続く。

「それで、何処が変更になったの?」

「トリガーの形状と火器選択システムのスイッチを変更しました、今からシミュレーション画面を流しますのでテストをお願いします」

「了解。ふ~ん…ちょっと軽くなったかな…」

ノートパソコン片手に準備をする整備兵に返事しながら、変更されたトリガーやスイッチの調子を確かめる釘原。

スレッジハンマーの操縦席は、戦術機の複座をモデルにし、さらに小型化しつつコックピット回りを頑丈にした物になっている。

大和が120mm、直撃しなければ大丈夫と豪語するその防御力は折り紙付きだ。

「射撃シミュレーションデータロード、準備完了です」

「了解、射撃シミュレーション開始」

整備兵の言葉に答え、トリガーを握る釘原。

スレッジハンマーは独特のシステムと操縦方法の為、まだシミュレーションデッキが存在しない。

その代り、実機のシステムにシミュレーション映像を流す事でその代りにしている。

この辺りは戦術機のシステムと同じだ。

釘原の視界に、シミュレーションの映像が投影され、ターゲットが表示される。

「装備は今装着されてる奴?」

「そうです。弾数設定は解除してありますから、慣れるまで好きなだけどうぞ」

整備兵の言葉に、楽しげに唇を歪めて、ぺロリと唇を舐める。

「やったろうじゃないの」

釘原の素早いトリガー操作と眼球追跡によるオートロックオンシステムが、映像に表示されたターゲットを次々にロックし、撃ち抜いていく。

「トリガーの動作が軽すぎるわ、これじゃ早く撃っちゃう」

「トリガー動作ですね、了解です」

映像で次々にターゲットを撃破しながら、不満点や問題点を告げる釘原と、その言葉を記録していく整備兵。

システム的な問題はその都度修正していく。

「三番ウェポンのスイッチクリックが固いわね、これじゃロックタイミングがずれる」

「それは今直せますね、クリック動作を0,5修正…どうですか?」

「ん、良い感じ」

修正されたシステムに頬を緩ませて次々にターゲットを撃破していく釘原。

その様子を外から眺めていた唯依が、少し残念そうな表情を浮かべる。

「どうしました中尉?」

「いや、少しな。釘原一等兵達のような、素晴らしい技量を持つ者が戦術機に乗れれば、良かったなどと考えてしまった」

戦術機には、適正という大きな壁が存在する。

空中で高速機動を行う戦術機の動きに耐えられない、またはその他の要素で試験に落ちて、歩兵や戦車兵、CP将校などの道を選ばざるを得ない者が多いのが現状だ。

それ故、スレッジハンマーという支援戦術車両の登場は革命的だった。

衛士適正の無い人間であっても、戦車などの車両操縦技術が在れば動かせる機体であり、訓練すればどんな人間でも扱える機体。

歩兵や戦車兵達が夢見た機体が、スレッジハンマーだった。

「確かに、私も釘原も、そして斉藤も適正が無かった為に戦車兵になりました。ですが今は中尉達衛士と肩を並べて戦える。こんなに嬉しい事はありませんよ」

ユーラシアで戦車兵としてBETAとの戦いに従事したハンナは、昔を思い出して微笑んだ。

あの頃は戦車や自走砲などの操縦者は、重要なポジションでありながら足手纏いでもあった。

BETAに対して大打撃を与えるポジションでありながら、その歩みの遅さとBETAに近づかれたら最後という脆弱さ。

それ故、部隊が壊滅する事など珍しくもなく、戦術機に守れているのが常だった。

だが今は、戦術機に勝るとも劣らない機体で戦える。

BETAに接近され、逃げ回っていた時代は終わったのだと。

ハンナは、胸を張って唯依にその思いを告げた。

「そうか…活躍を期待しているぞ、ヒリングス隊長」

「はっ、期待に副える様、尽力します!」

お互い微笑を浮かべながら敬礼し、笑い合う。

「むぐむぐむぐむぐ……んぐっ、ぶへぇ、死ぬかと思ったZE!」

口に突っ込まれた合成饅頭を全て咀嚼して飲み込んだ斉藤が二人の間で復活。

ぶち壊しだった。

スレッジハンマーでは優秀な成績を残す斉藤、彼は戦術機適正が異様に低く、跳躍機動、特に急降下や急上昇などの上下の動きがダメで、10階以上動くエレベーターですら酔ってしまう程。

その為戦車兵の道を歩み、幸運にも大和の集めた戦車兵の中に居た為、今の居場所を得た。

そんな彼のムードクラッシャーぶりは、訓練兵時代から有名だったり。

「斉藤……ちょっと外走ってこい」

「うぇっ!? 何故に突然!?」

「斉藤上等兵、ついでにこのテスタメントも引っ張って走ってこい」

「ふげっ!? 何故にテスタメント!?」

近くを通った下位テスタメントからケーブルを延ばして斉藤の腰へ引っ掛ける唯依。

下位テスタメントの重量は約140キロ、ローラーが付いていても重い。

「「さっさと行かんか!!」」

「ひぃーーっ、し~ましぇ~んっ!!」

二人に怒られてテスタメントを引っ張って走り出す斉藤。

そんな様子に、見ていた者達は何時もの事と苦笑や笑って仕事を続けるのであった。

「彼は少佐とはまた別の意味で厄介な男だな…」

「まぁ、それが良いという者も居りますが…ね」

大和の奇行を思い出して頭を抱える唯依と、意味深な言葉でチラリと周囲を見渡すハンナ。

相方の姿に呆れつつ見送る釘原、爆笑しつつも楽しそうな満枝、あらあらと見守る柏葉。

「? ヒリングス隊長…どうかしたのか?」

「いえ、別の戦いも大変だと思っただけです」

唯依の疑問に苦笑して、仕事に戻りましょうと提案するハンナ。

唯依は意味はよく分からないが、とりあえず話し合いを終わらせる為にテーブルに向うのだった。


















「さっさと10周走るです斉藤」

「痛い痛いっ、って言うかなんでテスタメントに乗ってますか河田さん!?」

基地の外を走る斉藤、そんな彼の尻を竹刀で叩くのは何時の間にかテスタメントの上に正座して乗っている河田だった。

「良いから走れです」

「あひんっ!?」

今日も斉藤君は元気です。






[6630] 第五十七話 ※以下最新話です
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/23 19:48





2001年10月28日――――



地下シミュレーターデッキ―――



「そうです、そこで武装を切り替えて牽制、相手が硬直した瞬間キャンセルを使って行動を切り替えて追撃!」

「は、はい、こうですね!」

共通の映像を見ながら、仮想の空間内で動き回る相手の機体を追い詰めて撃破するのは、殿下の操る機体。

殿下がXM3慣熟訓練という名目で横浜基地に滞在して早くも一週間が経過しようとしていた。

その間、殿下は帝都と重要な案件をやり取りしつつみっちりと武によるXM3教導を受け、その腕前をメキメキと上げていた。

「う~ん、流石殿下、覚えが早いですね」

「感謝します武殿。しかし真那さんには未だ一本を取れません」

感心したように頷いて後部の座席から声を掛ける武に、微笑みながらも少し落ち込んでいる様子の殿下。

仕事の都合で帝都に戻った(殿下が処理した重要書類を持って行った)真耶の代わりに、護衛についている真那。

彼女に一対一の勝負を挑むも、殿下は現在全敗中なのだ。

「月詠さんは帝国屈指の実力者の一人ですからね、って言うかタイマンなら最強クラスなんじゃ…」

「たいまん…?」

「一対一って意味ですよ、月詠大尉はどっちかって言うと指揮能力が抜き出てるし、紅蓮大将はもう別次元だし、そうですね、やっぱり月詠さんが殿下の目標に一番良いですね」

殿下の疑問に答えつつ、一人納得する武。

衛士としての実力において、武御雷を駆る人間で最も優れているのは武の知る限りでは月詠 真那だと思っている。

真耶も同様に高い実力を持っているが、彼女はどちからと言うと冷静な判断力と直感を武器にした指揮能力の方が光っている。

同じ武御雷を駆る事になる殿下の目標としては、真那が一番理想だと考える武。

「まぁ、やはり武殿のお気に入りは真那さんなのですね…」

「い、いや、そういう意味じゃなくて!?」

ジトリ…と、どこか嫉妬混じりの視線を向けてくる殿下に、違う違うと首を振る武ちゃん。

「確かに真那さんは美人で素晴らしい肢体を持つ人、わたくしも同じ女として憧れもしました。武殿がそんな真那さんに興奮を覚えるのも仕方の無い事でしょう…」

「なんでそうなる!? そうじゃなくて俺は単純に衛士としての実力がだな!」

殿下のいじけた言葉に言い訳を並べる武ちゃん。

「…………こ、声が掛けられん…」

そんな二人が入っている複座の筐体の前で、通信機から会話が丸聞こえな真那さんが、頬を赤く染めながら立ち尽くしているのだった。











同時刻・開発区画総合格納庫――――



「失礼する。クロガネ少佐、少し時間を貰えるか?」

開いている扉をノックしつつ声を掛けてきたのは、ラトロワ少佐だった。

何時に無く真面目な雰囲気の彼女に、相変わらず唯依とエリスに挟まれていた大和は表情と姿勢を正して向き合う。

「何か、重要な話ですか?」

「あぁ…。出来れば二人で話したい」

チラリと唯依とエリスに視線を向けてから大和に視線を戻すラトロワ。

それだけで、帝国側の唯依と米軍側のエリスに聞かれたくない内容だと、誰もが判断できた。

「了解しました、後で時間を作りますので連絡を待って下さい」

「面倒を掛けるな、よろしく頼む」

大和に約束を取り付けたラトロワは、そのまま踵を返して部屋を後にした。

「……ソ連からの依頼でしょうか…?」

「それなら堂々と話すさ。とりあえず、こちらの損にはならない話だと良いがな」

唯依の訝しげな言葉に肩を竦めつつ仕事に戻る大和。

書類を整理してラトロワの元へ赴かねばならないのだ。

「……もしかして、私と同じ取引とか?」

「在りえんだろう、彼女はまた別の意味での愛国者だ。守るモノが多く残る国を捨てるなんて考えられん」

唯依が書類を持って行った隙に小声で大和に耳打ちするエリスだが、その言葉にナイナイと軽く手を振る大和。

ラトロワは国を守るだの祖国を取り戻すだのの理由よりも、あの国に残してきた子供達を憂いている。

彼女が戦う理由の大部分も、少年兵達を守りたいという思いが強いと感じている大和。

そんな彼の言葉に、それもそうですねと苦笑するエリス。

「むしろ、あれだけ愛国精神バリバリだった君からあんな取引が出るとは思わなかったがね」

「昔の話ですよ。今はそれよりも守りたいモノが、得たいモノがある。それだけです」

周囲に内緒でエリスと会談した大和は、彼女の口から出た提案を未だに驚いていた。

人は変わるモノとはよく言うが、変わり過ぎだろうと内心冷や汗を流す大和。

「んんっ、お二人で何の内緒話ですか?」

「い、いや、別に…」

「タカムラ中尉が興味を示さないようなお話です」

ワザとらしく咳き込み、内緒話状態だったので嫌に近づいていた二人の背後でジロリと視線を向けてくる唯依姫。

そんな彼女に内心ビクビクな大和だが、エリスはしれっと恍けた上に軽く挑発までかましていた。

ビキリと空気が固まり、周りで作業していた開発者や技術者がそそくさと逃げ出していく。

ギスギスとした空間で仕事できるほど、彼らは強くない。

「(斉藤ですが、室内の空気が最悪です…)」

上等兵なのに雑務全般を任されている斉藤、運悪く部屋に入ってしまい、逃げるに逃げられない。

「あぁ、斉藤上等兵良い所に。すまないが少し手伝ってくれ。無論返答は聞いていない」

「酷っ!?」

グワシッと斉藤の襟首を捕まえて引きづりこむ大和、哀れ斉藤は大和の道連れにされるのだった。

合掌。
















21:30――――



「け、結局こんな時間になってしまった…」

よろよろとした足取りで通路を進む大和、結局重い空気の中仕事を続けたのだが効率が物凄く悪くなり、時間が大幅に掛かってしまった。

お陰で外は真っ暗、ラトロワとの約束もこんな時間になってしまった。

とは言えラトロワは大和が忙しい事を理解しているので文句は無かったが。

「夜分に失礼、ラトロワ少佐。黒金です」

『開いている、入ってくれ』

ラトロワに宛がわれた佐官用の部屋に辿り着き、インターホンを鳴らすと彼女からの返事があった。

予定ではソ連軍に貸されている格納庫で話を聞く予定だったが、こんな時間だ、既に夜勤当番に切り替わっていてラトロワも引き上げていた。

その為、態々彼女の自室まで足を運ぶ事に。

「失礼します…っと、またですか…」

「む、何がだ?」

入室許可を得て扉を開けると、そこにはソファに優雅に座り、グラスに注がれた酒を飲むバスローブ姿のラトロワさん。

目に毒(刺激が強過ぎるという意味)な彼女の姿に疲れたように呟く大和。

その言葉にラトロワが首を傾げるが、大和はこっちの話ですと言って平然と彼女の前に座る。

恋愛臆病者として艶女の誘惑を振り切り続けた実力は伊達ではない。

「こんな時間になってしまい申し訳ない」

「いや、こちらが無理に時間を作って貰ったのだ、気にするな」

軽い謝罪を苦笑して受け止め、自然な動作でグラスを用意しようとするラトロワを止める為に口を開く大和。

お酒は勘弁なのだ。

「それで、何やら大事なお話の様子でしたが?」

「せっかちな男だな。まぁいい、先日本国から私に重要な案件が伝えられた」

大和が話を始めたことで立ち上がろうとしてまたソファに座り直すラトロワ。

呆れつつも、真剣な顔になって要件を口にし始める。

「まだ本決定ではないが、現在ソ連陸軍にて国連軍が開発した新概念の機体、支援戦術車両の導入が検討されているらしい」

「……ほぅ、それはまた…」

「既に導入した日本帝国、アフリカ連合、そして同時期に導入を開始した欧州連合と豪州。これらの国の状況や機体の性能から我が軍でも早期導入を望む声が高まり始めたのだ」

ラトロワの説明に、そう言えば豪州にも配備が開始されたか…と思い出す大和。

豪州は国連を通じず、直接日本帝国と交渉し、ライセンス生産機のスレッジハンマーを少数導入配備し、現在試験運用を行っているらしい。

支援戦術車両という新しい概念・運用の機体だけに、操縦者の教育や運用規定も作らなければならない為、切羽詰った日本帝国や欧州連合と違い、豪州やその他の国は評価待ちや試験運用中が多い。

「しかしながら、貴官も知っているだろうが我が国と日本帝国は色々と含む物が多くてな…。過去の確執とは言え中々に厄介なのだ」

「それはまぁ、重々理解しておりますが。と言うことは、日本帝国ではなく横浜基地に製造依頼…と言う話ですかね?」

国同士の確執が在るのは何処も同じ。

日本とアメリカ、ソ連の国内、欧州のゴタゴタ。

数え出せば限が無い。

「そうだ。国連軍である横浜基地ならば承認すると言う人間も多くてな。情けない話だが、融通は可能か?」

「………正直に言ってしまえば、少し遅かったですね。現在我が横浜基地では、スレッジハンマーの生産ラインを別の機体の生産ラインに当ててしまっております。それを戻して造るにしても、時間が掛かりますでしょうし」

「……そうか。だが別に今すぐに数を揃えるという話ではなく、試験運用する為の機体が欲しいのだ。最低でも中隊単位が確保できれば文句など無い筈だ」

現在、スレッジハンマーの生産していたラインは、別の機体の生産ラインへ変更されており、その機体とスレッジハンマーとでは機体コンセプトが異なる為、簡単には戻せない。

スレッジハンマーの製造は既に日本の企業へライセンス契約で渡してある為、アフリカ連合からの追加注文も帝国が対応している。

故に横浜基地単体でスレッジハンマーを生産するには、ラインの切り替えなどで時間がかかる。

新しくラインを確立するなど論外、それだけで数ヶ月を要してしまう。

ラトロワもそれは理解しているが、ソ連陸軍でも早期に機体を調達して試験運用すべきだと盛り立てる一派と、ここは他国の配備状況を見守ろうという考えの一派で対立している。

現在はラトロワが報告で上げた横浜のスレッジハンマーの観察から得られた情報で導入推進派が押せ押せの為、出来れば早くに機体を導入したいのだ。

導入が遅れれば、静観派が色々と理由を作って巻き返しを図る可能性がある。

ラトロワとしては、既に信頼性も得られているスレッジハンマーの導入には賛成の人間だ。

衛士でなくても操縦できる、つまり歩兵や戦車兵達がより安全かつ強力な火力を武器に戦えるようになる。

それは、衛士に成れずに歩兵等になった少年兵が多いソ連では夢のような話だった。

「一個中隊ですか…ラトロワ少佐も無理を仰る」

「無理は重々承知だが頼む。アレが配備されれば、我が軍は安定した支援を受けながら戦える」

「湿地帯及び寒冷地における機体の運用データは揃っていませんが?」

「ならばそれはこちらで行おう。無論データは包み隠さずそちらに渡すと確約もしよう」

キャタピラ、無限軌道による高い走破性は実証されているスレッジハンマーだが、寒冷地や湿地帯、その他劣悪な環境での運用は未だデータ収集中。

現在、アフリカ連合が砂漠での運用を行い、データ収集を行ってくれている。

データをフィードバックする見返りに、改良方法や運用で必要になる各種装備の試験提供などが約束されていたり。

そういったデータも開発や改良などでは大切な資材となるので、寒冷地や湿地帯におけるデータは大和としても欲しいモノだ。

「………分かりました、何とか機体を工面しましょう。その代わり、契約の時は副司令も同伴させて頂きます」

私の一存では決定出来ませんので。と苦笑する大和に対して、少し安堵の表情を浮かべるラトロワ。

これで機体が配備され、試験運用をパスすれば、ソ連陸軍でもスレッジハンマーが大々的に導入される可能性が出てきた。

そうなれば、ラトロワが憂いている少年兵達の生存率がほんの少しだが高くなると思って。

「感謝するぞクロガネ少佐。気が早いかもしれないが、祝杯と行こうじゃないか」

「ぐ…ッ、そこに話が繋がりますか…」

無理な話が通った事で上機嫌なラトロワは、素早く立ち上がる棚からグラスとお酒、見るからに高そうかつ強そうな物を持って来た。

何とかして逃げようと考える大和だが、ラトロワが「忌まわしいBETAに侵略される前の物だ、今では貴重だぞ」とどこか嬉しそうに言うので逃げられない。

「さぁ、弱いとはいえ一杯位は飲めるのだろう?」

ズズィっと差し出されたグラスには並々と注がれた琥珀色のお酒。

その色と沸き立つような芳醇な香りが、「坊主、お前に俺が飲めるかい?」と挑発している様に見えてしまう大和。

ここで逃げたら男が廃るが、廃っても良いから帰って良いですかが本音な大和。

ノーアルコール、ノーモア二日酔いの精神だ。

「どうした、まさか私の秘蔵の酒が飲めないと…?」

美人の座った瞳は背筋がゾクゾクするほどに怖い事は唯依やエリスで嫌と言うほど経験している。

故に大和が出来る事は。

「い、頂きます…」

内心シクシク泣きながらグラスを受け取り、乾杯する事だけだった。

「ふふ、良い味だ…」

「む…これは、また、コクのある深い味わいで…」

堪能するラトロワと、それっぽい事言ってはいるが、強烈なアルコールの抉りこむようなパンチに、KO寸前の大和。

「時にクロガネ少佐、貴官、何やら女の問題で悩んでいるようだな?」

「ブッ!? げほっ、ぅぇごっ!? は、鼻が、鼻から火がッ!?」

ラトロワの唐突な言葉に、強いお酒を噴出した上に鼻に回ってしまい、鼻から火を噴くような強烈なダメージにソファの上でのた打ち回る大和。

その様子を何故か満足そうに見て、何故か大和の隣へ移動するラトロワ。

「な、何を急に…?」

「何、貴官は戦いや機械には強いようだが……女には情けない程に弱い様子なのでな…」

バスローブ姿で迫る大人な女性、これが普通の男なら即某三代目怪盗のようにダイブするだろう。

だが恋愛弱虫、ここ最近ずっと童貞、キスはするのとされるの1:3で負け越し。

最近ではアレだけの綺麗所に囲まれているのに手を出さないから、同性愛者・不能などの失礼な噂まで蔓延。

麻倉に「EDは病気じゃないそうです…」と謎のパンフレットを渡されるわ、真耶に「確かに衆道は嘗ての武士の高等な趣向だったが、考え直せ。今それは流行らんぞ」と説教され。

終いには誰に吹き込まれたのかイーニァに「ヤマト、カワあまりでハヤイの?」と無垢な瞳で精神的に抉るような攻撃を受けたり。

余ってないです、速くないですとブツブツ呟きながら、半日落ち込んだのは大和と斉藤だけの秘密。

なんだか話が逸れてきたが、据え膳喰わぬとも人間戦える、そんな意味不明な決意で視線を逸らす大和。

「経験が無いのなら、一つ“実機訓練”でもしてみるか?」

そんなからかうような言葉と、チラリとバスローブを捲る仕草、よっぽど一途な人間でなければ老若既婚構わずむしゃぶりつきたくなるような光景。

だが、大和は一味違った。

「――――ッ、ぷは、うぅ……し、仕事がありますので、失礼します…ッ」

なんと、弱いのにグラスの酒を一気に呷り、飲み干し、立ち上がるがフラフラしつつ、ラトロワに敬礼を残して部屋から出て行ってしまった。

残されたラトロワは、暫しポカンとしていたが、額に皺を寄せて腕を組んだ。

「はて…何がいけなかったのだろうか…」

悩みながらソファの下から取り出したのは、ロシア語で書かれたファイル。

そのタイトルを日本語に訳した場合、こうなる。

『奥手な坊やもこれでイチコロ☆大人な貴女のうっふんテクニック!』

非常にアレなタイトルだが、本当にこう訳せちゃうから困る。

因みに著者は連名となっており、その二人はジャール03とジャール04だったりする。

ラトロワが大和を接触を図っている事を聞きつけた二人が、何を勘違いしたのかラトロワが大和を手篭めにする為に悩んでいると思い、二人で三日寝ないで昼寝して書き上げた物を提出してきたのだ。

何を馬鹿な…と呆れたラトロワだったが、彼女の上は大和を篭絡する事を期待しているし、大和を内に引き入れればソ連にどれだけの利益が生まれるか分からない人間でもない。

駄目元でやってみるかと、実戦してみたのが本日の誘惑。

「ふん、ハリボテの誘惑には惑わされないか…ニッポンダンジと言うのは堅物なのかムッツリなのか…」

ファイルをソファの上に放り投げ、グラスに残った酒を呷るラトロワ。

「だが、痩せ我慢でもがっつかない所は見上げた行動だな」

そう言って、クスリと笑いながら、大和の飲み干したグラスに軽くグラスを当てて、乾杯の音を鳴らすのだった。


















「きゃ…っ!?」

「うぉ、す、すまない、急いでいたのでな…」

ラトロワの部屋から出た大和は、宿舎の階段への曲がり角で小柄な少女とぶつかってしまった。

「く、クロガネ少佐…? 何故ソ連の宿舎に…」

「あ、あぁ、いや、ラトロワ少佐に呼ばれてな…」

ぶつかった少女、ターシャは大和が自分達の宿舎に居る事に警戒の視線を向け、大和は回ってきた酒の為に言葉が浮いている。

「少佐に…? 何の話だったのですか?」

「それは、その、なんだ、少し込み入った話をな…」

母と慕うラトロワと二人で話していたと聞いて視線が鋭くなるターシャとは対照的に、酒の魔力で思考が鈍ってきた大和。

「込み入った…どのようなお話ですか? それとも私のような若造には話せませんか?」

「年齢は関係ないだろうに…詳しい話は直接そちらの上司に聞いてくれないか…」

嫌に攻撃的なターシャに内心困惑しつつ、早く冷たい水か、もしくは冷たいシャワーを浴びたい大和は、詰め寄ってくるターシャを押し留めつつ階段を降りて行ってしまう。

「っ…少佐と…二人で…そんな…っ」

酒の匂いのした大和、彼の衣服は微妙に着崩れていた。

同僚の二人がラトロワが大和を狙っているという噂話も聞いた上に、ターシャ自身が薄々ソ連の上層部が自分達に何を期待しているのか気付いてきていた。

ラトロワがそれを自分達に告げないのは、自分がその役目を負って、幼いターシャ達を守る為。

「ヤマト・クロガネ……許せない…っ」

母を取られるかもしれない危機感、その母が気にする大和への嫉妬。

上層部の思惑とは言え、それに乗じて母を汚した(ターシャ主観)大和への嫌悪感。

様々な勘違いや思惑が重なり、ターシャは初めて大和に明確な殺意を抱いた。

その感情の根底は、母親を弟や妹に取られた兄や姉の嫉妬心と何ら変わらない物だった…。

















「あ、お疲れ様です少佐!」

「お、大和良い所に。実は今度の演習の予定なんだけどさ…って、どうした大和?」

執務室へと続く通路の途中にある休憩所、そこでファイル片手に会話していた武と斉藤が、やってきた大和に気付いて声を掛けてくる。

明日行われる予定について話そうとした武だったが、大和の反応が無いので首を傾げて顔を近づける。

「……………うぼぁッ!」

「ぎゃーーーーーーーっ!? MO☆N☆JYAリバースっ!?!」

「えれえれえれ……」

「ほぎゃーーーーっ、いや、来ないで、ナイアガラーーーっ!?!」

目の前で突然リバースされて飛び退いて驚く武ちゃんと、えれえれとリバースしながら近づいてくる大和に涙目で逃げる斉藤。

阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出した大和は、酔いが回ったのかそのまま倒れた。

「おいっ、どうしたんだよ大和!? って、酒臭っ!」

「衛生兵ーーーっ、僕らの頼れる衛生兵ーーーっ!!」

大和が吐き出した液体の強烈なアルコール臭に原因を悟る武と、どこからか掃除道具を持ち出しながら叫ぶ斉藤。

騒ぎを聞いて駆けつけたマナマナこと穂村衛生兵の話では、強いお酒を慣れていないのに一気飲みした上に、走った事が原因との事。

彼女の笑顔のお説教と、騒ぎを聞いて駆けつけた唯依姫に、大和が青い顔で延々二時間、お酒の危険性や大和の身体が大事か小言を言われるのだった。




















10月29日――――


地下シミュレーターデッキ――――


「はひぃ、凄い機動性だねぇ一美ちゃん…」

「同意、直線の速度でも回避機動でも群を抜いて高い」

筐体からへろへろになって出てきた築地と麻倉、二人とも疲労感を感じさせるものの、その表情には笑顔が張り付いている。

「あそこで行動キャンセルして、それから…」

「響と違い過ぎて慣れないね~」

ブツブツと自分の操縦を練り直す美琴と、苦笑いを浮かべつつててて…と駆け寄ってくるタマ。

この四人、先日大和から直々にF-22Aのアップグレードモデル、F-22Awの搭乗者として選ばれた面子。

機体に先駆けてシミュレーションデータが完成したらしく、朝からシミュレーションで機体に慣れる為に訓練の真っ最中。

「冥夜さんと慧さん、まだやってるね」

「凄い集中力だよね~、ボク達は3時間で限界だもん」

タマと美琴が今だ筐体に篭って訓練を続けている二人に対して苦笑しているが、ぶっ続けで3時間も訓練できるだけで普通に異常である。

が、武という化物レベルを基準に考えてしまっている彼女達は、他の部隊の人間から異常と思われている事に気付いていない。

「茜ちゃん達は?」

「築地さん聞いてなかったんですか? 4人は機体が準備できたから実機訓練に移ってますよ」

キョロキョロと茜達を探す築地に、タマが首を傾げながら答えた。

「えぇ~? ぜんぜん気付かなかったよ~」

「確かその時、築地さん麻倉さんに集中攻撃されてたね」

「し止められなかったわ…」

連絡を知らずに素で驚く築地、美琴が言うように麻倉から狙撃で集中的に狙われていた最中の連絡だったので、気付く余裕が無かったようだ。

連絡した遙も、後をピアティフが引継いでくれると言うので、簡単なアナウンスで済ませた様子。

結局最後まで築地は逃げ切り、麻倉は悔しそうだ。

「少し休憩したらまた訓練に戻りましょう」

タマの提案で備え付けのベンチへ移動し、水分補給や休息を取る4人。

冥夜と彩峰はまだ訓練続行中、訓練と言うより既に決闘になりつつあるが、本人達の訓練になるので誰も止めない。

『彩峰ぇぇぇぇぇっ!!!』

『御剣ぃぃぃぃぃっ!!!』

「こ、こわっ、怖かっただよっ!?」

様子を見ようと通信を繋いだ瞬間、二人の鬼気迫る顔がアップで網膜投影に表示されて、本気で涙目になる築地。

「あ、あはははは…暫くそっとして置きましょうか…」

「それが名案」

突然の衝撃映像にえぐえぐと泣く築地をよしよしと慰めながら苦笑するタマと、うんうんと頷く麻倉。

「ねぇ皆は何飲む? ボク最近このビタミンディフェンスってドリンクがお気に入りなんだ」

そんな三人を他所に休憩所に置かれた自販機で飲み物を選ぶ美琴。

彼女のペースは相変わらずの様子。

「やぁやぁ、やっているね」

と、そこへ見覚えの無い男性が片手を上げながらやってきた。

薄汚れた作業着に、白衣を着た技術士官の風貌の中年男性。

左手で無精ヒゲを撫でながら、訓練する築地達に話しかけてくる。

「あ、えっと、どなたでしょうか?」

一番近くに居たタマが問い掛けると、男性は一瞬キョトンとしてから笑い声を上げた。

「はっはっはっ、すまんすまん、そう言えば逢った事は無かったねぇ。私は開発部のグレッグ・ゴンザレス、君達の機体の名付け親だよ」

ケラケラと笑う欧米系と思われる男性は、柔和な笑顔でそう告げた。

「名付け親…?」

「もしかして、ワイルドラプターのことですか?」

首を傾げる築地に対して、美琴が思い当たる事を問い掛けてみると、その通りとゴンザレスは頷いた。

「あの機体は我々横浜の技術者だけで組み上げた機体でねぇ、子供は言い過ぎだが、綺麗なドレスを作って着せてあげた…ってのが妥当かな」

そう言って楽しげに笑うゴンザレスに、そうなんですかぁと感心するタマと築地。

「あの機体の名付けはジャンケンでその権利を決めてねぇ。私が勝ち抜いたんだよ」

と言って拳を握るゴンザレスに、へ? という顔になる4名。

「少佐が関わった人間に良い名前は無いかと聞いて、案が殺到してねぇ。あーだこーだ揉めた結果、ジャンケンになった」

はぁ…と彼の言葉に唖然とするしかない4人。

場合によっては世界に流れる可能性のある名前をジャンケンで…とはまさか思うまい。

「色々な名前が在ったよ、『ソニックラプタ-』『マッハラプター』『スーパーラプター』『ウルトララプター』『バレットラプター』『バトルラプター』『ウォーラプター』『ファングラプター』『らぷたん』『ベロキ・ラプター』『天空の鳥ラプタ』『風のラプター』『愛と情熱のラプター』…」

指折り数えながら候補を挙げていくゴンザレスに、段々引き攣った顔になる4人、途中から変なのが混ざり始めたので冷や汗も流れ出す。

麻倉は流石横浜の開発陣、汚染度が半端じゃない…と何故か感心していたが。

「最終的に私の『ワイルドラプター』と、決勝戦の相手の『スーパーストライクフリーダムラプター』のどちらかに絞られてねぇ。私のグーが相手のチョキを打ち砕いたのだよ」

何か誇らしげなゴンザレスだが、4人は思った。


ありがとうゴンザレスさん勝って、ゴンザレスさんありがとう……と。


「因みに、F-22AwのAwは、ワイルドの頭文字と英語のAwake、覚醒とか呼び覚ますって意味とを絡めて考えたんだよ?」

お洒落だろう? と笑うゴンザレスに、お洒落かどうかは兎も角、良い名前ですと頷く面々。

「そうだろう、少佐も野生を呼び覚ます、野生に覚醒する…なんて意味で感じてくれてねぇ、私が名付けた名前が呼ばれるのは創る者としては非常に喜ばしい事なんだ…」

どこか遠くを見るゴンザレスに、なるほど…と納得を覚える4人。

自分達の作品が有名になり、それがBETAとの戦いで結果を残せば、それだけ彼らの働きが評価される。

その為には、それを乗りこなす自分達の腕に懸かっていると言っても良い。

「機体はもう最終段階、テストを終えれば実機機動に入れるからもう少し待っていておくれ」

「「「「は、はいっ!」」」」

「それじゃ私はこれで。頑張っておくれよお嬢ちゃん達」

仕事を抜け出して様子を見に来てくれたのか、来た時と同じように飄々と帰っていくゴンザレスを敬礼で見送る4名。

「………色々な人に、期待されてるんですね、私達…」

「責任重大、でもその方が力が入る」

タマの感慨深い言葉に、同意しつつ拳を握る麻倉。

「負けてられないね、色々と」

「うん、折角造り上げてくれた機体、使いこなせないと申し訳ないよね!」

美琴の言葉に全員が頷いて、ドリンクを飲み干すと揃って筐体へと脚を向ける。

折角与えられた機体、使いこなせなければ大和や武の期待だけでなく、彼ら携わった者達の期待と希望まで裏切る事になる。

だからこそ、彼女達は気合を入れて訓練へと戻る。

その様子を管制をしながら見守っていたピアティフは、そっと微笑むのだった。












『御剣ぃぃぃいいぃっ!!!』

『彩峰ぇぇぇええぇっ!!!』

近接上等娘達はまだ斬り合っていた。








[6630] 第五十八話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/23 19:24










2001年11月1日――――



『失礼します黒金少佐、衛星通信での連絡が入っております』

「誰からだ?」

午前中の執務室、溜まった書類を片付けている大和のデスクで、インターホンが鳴り、司令部の通信兵から所謂国際電話が入っていると連絡が有った。

『米国企業、ノースロック・グラナン社のゼファーソン氏です』

「了解した、繋いでくれ」

通信兵の言葉に返答し、受話器を取る大和。

同じように室内で仕事をしていた唯依は米国企業の名前に顔を顰めたが、直ぐに表情を元に戻した。

「黒金です、お久しぶりですねMr.ゼファーソン」

『もう三ヶ月ですかな? 元気そうで何よりです少佐』

受話器の向こうから聞こえる声の持ち主は、ノースロック・グラナンの上層部の一人であり、主に社外との交渉や契約を担当している恰幅の良い男性。

一度日本まで脚を運んでくれた事もあり、その際に大和が「なんというカーネル軍曹…」と呟いたとか。

それは兎も角、YF-23などの融通でかなり親しい二人は、軽い挨拶を交わすと真面目な声になる。

「今回は何用ですかな?」

『先ずは、ロックウィードとの折衝で少佐の技術を一部売買した事を謝罪したい。我が社の利益の為と譲ってくれたとは言え、前連絡を出来なかった事です』

沈痛な声で告げるゼファーソン氏に、苦笑するしかない大和。

YF-23の所持権利やら米軍との折衝やらでノースロックには色々と恩があるので、大和は別に気にしていない。

「お気になさらず、私としてはどれだけ技術が広がろうと構わない性分なので。企業人には顔を顰められますがね」

軍隊でも同じだぞ…とは言わない唯依。

流石に真面目な空気なので口は挟まない。

でも聴覚がどうしても大和と受話器から聞こえる声を拾ってしまう。

『変わりませんなぁ少佐は。業突張りな連中に見習わせたいものです』

ゼファーソン氏が誰を指して言っているのか不明だが、大和の脳裏には米軍上層部やライバル企業、そして何故か夕呼の高笑いする姿が浮かび上がった。

『それと小耳に挟んだ事なのですが、ロックウィードと何やら取引しているとか…?』

「おや、良くご存知で」

ゼファーソン氏の言葉にどこか力が入った事を感じ取り、本題はそれか…と内心苦笑する大和。

「ご心配なく、単純にF-16が数機欲しかっただけですので。大きな取引は無いですよ」

『いえいえ、別に責めている訳では無いのです。ただ、少佐は我が社にとって有益な取引相手。貴方と縁が切れるのは重大な損失なのです』

要は、ウチを捨ててロックウィードのあんちくしょうと手を結んだりしないよね? と聞きたかっただけらしい。

心配性な事だ…と大和は苦笑するが、企業と言うのはそういう物か…と納得もする。

帝国の主要メーカーからも、度々懇親の為の連絡やら付け届けが贈られてくるし。

ただお見合い写真だけは勘弁してくれないかと本気で思う大和。

それを部隊の女性に見られたときの反応が怖いのだ。

唯依は笑顔で送り返す、彼女はまだマシだ。

イーニァは露骨に脹れて拗ねる、クリスカは無言でゴミ箱へボッシュート。

ステラは一枚一枚お見合い写真を眺めて写っている女性を評価。

タリサはこんな物より美味いもん寄越せよなぁと愚痴りつつ捨てる。

そして全員が全員、責めるような目で見てくるので胃が辛い。

エリスはまだ見ていないが、彼女の性格を考えると、満面の笑顔で燃やしそうで怖い。

『聞けば、ボーニングから再三打診が来ているとか…?』

「そちらもご存知ですか…。まぁ、F-15に関する相談を受けていましてね…」

ボーニングはF-15を開発したマクダエル・ドグラムや主だった企業を吸収合併や売却により成長した軍事企業だ。

その為、F-15関係の話し合いや何やらで割りと関係が深い。

『そうですか…それが何かは聞いても答えて貰えませんでしょうなぁ』

「申し訳ないがその通りです。とは言え、別に何処を切って何処を結ぶ…なんて話はありませんよ」

受話器の向こうで苦笑するゼファーソン氏に、その通りだと苦笑しつつ答える大和。

その後数点の話し合いを終え、受話器を置いた大和は疲れたように椅子に背を預けた。

「やれやれ、そんなに俺に逃げられるのが怖いのかね…」

「何を当たり前の事を」

大和の疲れたような言葉に、しれっと返す唯依。

彼女が言う通り、大和を逃がす事は企業・軍隊にとって重大な損失だ。

彼が持つ設計図や情報は、今の時代の企業からは喉から手が出る程に欲しい物だし、それを持つ大和自身も有益な存在だ。

だからこそ、夕呼も国連やら他の国からの大和の引き抜きやら何やらを突っ撥ねているし、帝国も太いパイプを繋ごうと巌谷中佐に命じている。

実は欧州やアフリカ連合などからも、是非我が軍に…とお誘いの話が来ていたりする。

中でも熱心なのは、スレッジハンマーやCWS規格武装を導入した国々だ。

「ボーニングの話が出ていましたが、例のF-15の再設計案のお話ですか?」

「あぁ、どうも国連宇宙軍から提出された機体に興味を抱いたらしい。短期間であれだけの改造が出来るなら、念入りな計画はどうか…だそうだ」

唯依の言葉に天井を仰ぎながら答える大和。

主だった企業とはそこそこな付き合いをしているが、まさかボーニングからそんな話が出てくるとは思わなかっただけに、内心驚いている。

話を持ちかけたのはフランク・ハイネマンでは無かったが、それでも歴史を知る大和にとっては驚きだ。

とは言え、既に重要な事以外の“お話”の記憶は薄れ、殆ど忘れているに等しい。

時折、特定の言葉や事態で思い出す程度だ。

「全く疲れる。誰か代わってくれ」

「無理言わないで下さい」

本当に無理な話だ。

「少し気分転換をしてくる、サインが終わった書類の整理を頼む」

「はい、行ってらっしゃいませ」

仕事も一段落付いたので、鈍った身体を鍛える為にもシミュレーターへと脚を運ぶ大和。

そんな大和を見送りつつ、彼が処理した書類を整理する唯依だった。













地下シミュレーターデッキ――――



『前方距離1200、師団規模ノ増援ヲ確認』

「―――――ッ」

ハイヴ周辺の地形を再現したシミュレーターの映像の中、孤軍奮闘する大和の月衡。

管制を担当しているテスタメントの合成音声が、大和へと殺到する突撃級の群の存在を告げる。

殴りかかる要撃級の腕をMVBでバターのように切り落とし、機体を増援の方向へ向ける大和。

機体の周囲には、BETAの死骸が積み重なり、山のようになっている。

「………………」

無言で武装を突撃砲へ切り替え、噴射跳躍で突撃級の群へと向う大和の月衡。

「支援要請、敵前衛地点に支援砲撃」

『了解』

大和の通信にテスタメントがすぐさま支援砲撃プログラムを読み込み、シミュレーターの空から艦隊から発射された設定の砲弾が降り注ぐ。

が、遥か後方からのレーザー照射によって大部分の支援砲撃が迎撃されてしまう。

「距離にして3000から4000に光線級か…」

支援砲撃の撃墜率と観測された照射地点から光線級の位置を割り出し、行動を切り替える大和。

距離を詰め、殺到してくる突撃級の先頭に120mmを撃ち込んで脚を止める。

進路を仲間の死骸で塞がれた突撃級が群の隙間を増やしながらそれでも機体へと群がり、その隙間を右手にMVBを、左手に突撃砲を持ちながらすり抜けて行く月衡。

邪魔な突撃級は切り裂き、進路の邪魔になる個体だけ突撃砲で屠る。

「………俺は何をしている…」

BETAとの戦いの中、ポツリと呟くその言葉。

「俺は何を求めている…」

突撃砲で足止めをしつつ、突撃級を切り裂き、壁を撃ち破り、低空跳躍を繰り返して先を目指す。

「俺は誰だ…俺は何だ…?」

時折感じる、自分と言う存在への疑問。

何故自分がこの世界に居るのか、何故自分がループしているのか。

そして今一番強く感じている事、それは。

「俺は……進めているのか…?」

残弾の無くなった突撃砲を追い付いて来た要撃級の頭に見える部分へバヨネットで突き刺し、両手にMVBを持つ。

突撃級の硬い殻も、要撃級の腕も、構わず切り捨て進む先。

それは、かつて見た、弱い頃の自分が進もうとした道に見えた――――。











2000年7月、日本帝国軍新潟仮設駐屯地――――


佐渡島からのBETA侵攻を真っ先に迎え撃つ仮設の駐屯地。

規模や兵力こそ小さいが、それでも重要な拠点の一つ。

そこを根城にするのは、古参の戦術機甲部隊、ハンマー中隊を含む3中隊。

「山瀬、損失は」

「ハンマー07から10、全員が戦死。ハンマー11は戦争神経症…散々な結果です」

整備兵達が慌しく走り回る中、強化装備姿で駐屯地を歩くのは、中年に差し掛かった男性大尉と、眼鏡をした歳若い男性中尉。

「かー、また新人が軒並み死んだか…ったく、いつまで経ってもこれだけは慣れねぇなぁ…」

「言いたくありませんが、仕方がないかと。元々、技量も士気も低かった者達ですから…」

頭を押さえて嘆く大尉と、眼鏡を直しながらそっと目を瞑る中尉。

彼らハンマー中隊は古参の部隊であると同時に、ある厄介な役割を担っていた。

「たく、根性無しの“負け犬”を一人前にしろたぁ、上も無茶を言うぜ…」

ガシガシと頭を掻く大尉、その表情は悔しさや怒りを滲ませている。

「相馬原駐屯地からの負け犬部隊を優先で配属…嫌がらせにも程がありますね」

「バカヤロウ、一番迷惑してんのはその負け犬達だ、捨石にされてんだぞ」

煙草を咥えて吐き捨てる大尉と、そうですねと溜息を吐く中尉。

負け犬、負け犬部隊。

それは、一部の帝国軍で隠語として使われる言葉。

負け犬とはこの場合、徴兵を拒んだりした者たちを指し示し、負け犬部隊、正確には負け犬訓練部隊(腰抜け訓練部隊とも言われてる)の事を示している。

要は、徴兵を拒んだり問題行動を起した訓練兵が入れられる訓練部隊の事だ。

徴兵を拒む人間は割りと多く、彼らの心情を尊重するなら見逃してやりたい所だが、今の帝国にその余裕は無い。

故に、徴兵を拒んだ者は特別な訓練部隊に入れられ、その根性を叩きなおされる。

と言っても、それで直るなら最初から拒否はしないだろう。

大抵の者が士気も気力も無いまま訓練課程を終えて、そのまま配属されてしまう。

人間結局、技術や才能よりやる気なのか、彼ら負け犬と比喩される者達は、大抵が初陣で死ぬか、戦争神経症(シェルショック)で戦えなくなるか。

そのどちらか故に、負け犬訓練部隊からの新人は大抵の部隊が嫌がる。

それを使い物に育てるのが先任の役目と、自ら彼らを引き受ける部隊も幾つか存在するが、大抵がハンマー中隊のように辛い思いをする。

新人達が全滅するのはまだマシだ、彼らが足を引っ張って先任まで死んでいく。

正に、嫌な仕事。

本日在ったBETAの佐渡島からの侵攻に際してハンマー中隊は迎撃に出撃、新人6名を含んだ部隊は、犠牲者4名、戦闘不能一名という結果を残した。

「部隊損耗率は…」

「後で聞く、先に司令官殿の小言を聞かないとだからな…」

負け犬とは言え折角育った衛士をもっと上手く使えないのかと毎度の如く愚痴愚痴文句を言う基地司令の相手の前に、気が滅入る報告は避けたい大尉。

「そういや、12はどうした? 覇気の無さじゃアイツが一番だっただろう?」

「それが、面白い結果が…見てください」

戦術機から抜き出したデータを大尉に見せる中尉、その表情は困惑にも似ていた。

「ほう、初陣だってのに漏らさなかったたぁ負け犬にしちゃ上出来だな…あん? なんだこの数値…?」

グラフ化されたそれは、ハンマー12の心拍数や精神状態を示す物。

普通、初陣となる新任のグラフは、右肩上がり、戦闘開始前から高まり、BETAを視認してピークに達する。

そこからどう動くかは今までの訓練や各々の性格や精神に寄る。

だが、ハンマー12のグラフ数値はフラット。

出撃時からBETAとの接触まで、平常心を示す数値を画いている。

普通、古参の衛士、長年現場で戦い続けた堀沢大尉ですら、緊張や高揚でグラフが乱れるのに。

ハンマー12の数値は、平坦なまま。

出撃前と接敵前に若干グラフに乱れが生じるが、他の新任に比べると微々たる動き。

「どんだけ肝が据わってんだよ、それとも心臓に毛でも生えてんのか?」

「所が、見てください。この辺りから数値が…」

「跳ね上がってやがる…この時間帯何が在った?」

「丁度、ハンマー08と09がそれぞれ要撃級と戦車級にやられた時です」

同じく配属された新任2人の生命反応が途絶えた時間帯と、ハンマー12のグラフの乱れが一致している。

「するってぇと何か、ハンマー12…黒金少尉は仲間が死んで初めて心を乱したって事か?」

ありえねぇなぁ…と呟いて煙草を捨てて踏み躙る。

どんな経験をすればそんな精神状態に成れるのか、検討もつかない堀沢大尉。

BETAとの戦いは、常にグラフが変動するほどに過酷で辛い戦いだ。

なのに、仲間が死んでから、やっとハンマー12は人間らしい心理状態を示した。

「その後は酷い物です、泣き叫びながら半狂乱、友軍の援護が無ければBETAの群の中で孤立、戦死だったでしょう…」

「良く生き延びたもんだ…今少尉はどうしてる?」

「ハンマー11に付き添って先に戻った筈です」

基地に戻った時には、出撃前と同じに見えました…と苦笑する中尉。

そんな2人が格納庫の脇を通り過ぎようとした時、微かに嗚咽が聞こえてきた。

その声に歩みを止めて倉庫の影を見れば、強化装備姿で蹲り、膝を抱えて震える一人の少年の姿。

「……山瀬、先行ってろ」

「はい」

大尉の言葉に頷いて先へ進む中尉。

その背中を見送りながら、大尉はまた新しく煙草を取り出すと、静かに火をつけて吸い込んだ。

「………よう坊主、何泣いてんだ?」

「……ッ」

ドカリと隣に座り、煙を吐き出す大尉。

それに対して、少年…大和は震えるだけで答えない。

「あのタコ面どもがそんなに怖かったか?」

「―――ッ」

大尉の問い掛けに、膝に顔を埋めたまま首を振る大和。

「じゃぁ生きて帰れたのが嬉しいのか?」

「………ッ」

今度は力なく首を振った。

遠からずか…と呟いて、もう一度煙草を吸い込む大尉。

「じゃぁお前、なんで泣いてんだ」

「……守れ、なかった……ッ」

「あん?」

「あいつ等を…仲間を、守れなかった…助けてって、死にたくないって手伸ばしてたのに…俺は…俺は…ッ」

顔を僅かに上げて、己の両手を見る大和。

その瞳からは涙が流れ続け、瞳は赤く、声は枯れている。

その目に焼付いているのは、半壊した戦術機の中から、泣き叫び助けを求める仲間の姿。

大和とエレメントを組んでいた新任、だが大和は助けられなかった。

「それが、悔しくて…情けなくて…畜生…ッ、畜生…ッ!」

ギリギリと拳を握り、また顔を膝に埋める大和。

あの運命の日を生き残り、身元不明などの理由から負け犬訓練部隊へ入れられ、BETAとの戦いに怯える仲間達と共に日々を過ごした。

だが、大和はまだこれを、今を現実と受け入れきれていなかった。

あまりにも激動な日々に、気持ちがどこか夢だと思っていたのだろう。

そして、僅かに自分が特別な存在、救世主や英雄に成れるのではという淡い期待が在った。

それを大和は否定しない。

だから泣いているのだ。

自分は救世主でも英雄でもない、ただの人間だと認識させられたから。

自分は、自分の仲間すら救えない弱い人間だと思い知らされた。

「泣くのは結構だがな坊主、お前はそこで止まる気か?」

「……ッ、止まる…?」

「お前が抱えてるのは、誰しも持ってるもんさ。俺だって新任の時に経験したぜ、そん時の同期の死に顔はまだ目に焼付いてやがる」

煙草を地面に押し付けて火を消し、また次の煙草を取り出す。

「でもよ、そこで立ち止まったらお前もお終いだぜ? 坊主、お前はまだ生きてんだ、なら前を見て確り進めや。止まったら死んだのと同じだ、死んでった連中に少しでも感謝してるなら、精一杯進んで見せてやれ。その方が喜ぶだろうさ」

少なくとも俺はメソメソ泣いてる姿より、我武者羅に進む姿が見てぇ。

そう言って煙草に火を付けて笑う大尉。

「坊主、お前は神じゃない、両手が届く場所の人しか助けられない、人間だからな。だからその両手の範囲だけは絶対に守れば、それで良いじゃないかよ、英雄に成れなくても、胸張って生きて、そんで死ねるぜ、俺は守る為に精一杯戦ったってな」

そう言いながら、強化装備の首にかかっていたロケットを指で持ち上げて開く。

そこには、和服の美人と、愛らしい赤子。

「どうだ、美人の嫁さんと俺の宝だ」

「…………」

「俺はな、正直国だの人類だの知ったこっちゃねぇんだよ。ただ、守りたい者が、守りたい人が、守りたい場所が在る。だからこうやって命張って戦ってんだ」

日本帝国の軍人らしからぬ大尉の、野蛮な笑み。

無精髭や煙草が似合う壮観な衛士が、大和に初めて悲しそうな顔を見せた。

「だから、死んだ連中に引っ張られるな。誰もお前を恨んじゃいねぇよ、同時にお前にそこまで期待もしてねぇ」

だから押し潰されんなよ、と男臭く笑い、大和の頭をガシガシと撫でる。

「ちょ、隊長ッ」

「お前は今日で死の8分を超えたんだ、少しは一人前の顔しやがれバカヤロウ」

最後にゲシッと殴ってから立ち上がる大尉。

「良いか、覚えとけよ。何が在っても前に進め、進めなくなったら死んだも同じだ」

そう言って煙草を咥えて歩き去る大尉。

「何が在っても…前に…」

大尉の言葉を呟く大和。

そう、思えば、思い返せば、これが、これこそが、今の自分の始まり。

歩み始めた、“黒金 大和”の始まり――――










「そうだ、俺は、俺は……!」

過去を振り返り、己を探す大和。

その時、切り殺した要撃級の影から迫る、別の要撃級。

脳裏に過ぎるのは、自らの死のイメージ。

だが、そのイメージが現実に成る事は無く。

『らしくないじゃないかよ、大和』

「………武…」

シミュレーター内に現れた陽燕の持つ突撃砲の弾丸が、要撃級の腕を喰いちぎっていた。

『こういうのは、お前の仕事なのにな』

嘆息しつつ自分に群がるBETAを蹴散らしながら、普段の自分と大和との戦い方を思い浮かべる武。

普段なら、前衛として戦う自分を、サポートしてくれるのが大和。

『何を悩んでるか知らないけどさ、お前はお前だろ?』

「聞いていたのか…」

『何の事だ? でもま、俺が言えるのはさ…感謝してる。お前が居たから俺はこうして居られるんだと思う。だからさ、お前は誇って良いと思うんだ。黒金 大和って存在はすげぇんだって』

そう言って照れ臭そうに笑う武に、一瞬呆ける大和。

「くく…誇れ…か。そう言えば…誇った事は無かったかな…」

軽く笑いながら、MVBで群がる要撃級を斬り飛ばす。

いつも何処かで罪悪感を覚えていた。

己の存在の為に、誰かが犠牲になり、何かが失われて。

原作介入? より良い結末?

そんな心算は無かった。

ただ、自分が生きる為に、開放される為に。

ただ、それだけだった。

それだけに、必死だった。

よれを良しとするか、否とするかは人それぞれだろう。

だが、大和はずっと感じていた。

罪悪感、己の存在への不審。

自分が何なのか、何を求められた存在なのか。

その疑問への答えは出ない。

だが――――

「俺は……俺か…」

結局、自分が何であるか、それは認識でしかない。

ならば、自分が“自分”であると認識したなら、黒金 大和は、“黒金 大和”として走り続けられる。

答えはまだ見えない、答えは無いのかもしれない。

だが。

堀沢大尉が言うように、進み続ければ、もしかしたら…。

「今はそれで十分か…全てが終わってからでも、遅くは無い筈だ…」

今はそれを忘れ、モニュメントを見つめる。

「俺も所詮…一人の人間という事か…」

『大和、11時方向から敵増援だ!』

「了解した、支援砲撃の後敵陣に切り込み、最小戦闘で目的地へ到達するぞ」

武からの通信に、表情を引き締めて操縦桿を握る大和。

今はただ、目の前の目標を達する事だけを考えながら。

進み続ける。
















2001年11月2日――――


香月副司令執務室――――――



「帝国軍と帝国政府からの許可は得たわ。11日は予定通りに“ピクニック”に行って来なさい」

早朝の夕呼の執務室で、大和を出迎えた夕呼は悠然と告げた。

「殿下は何と?」

「第四計画の推移を確認する為にも、重要な事だと承諾してくれたわ。帝国上層部じゃ疑わしげに見てる連中も多いけど、逆に言えば今回の出来事でその連中へ信じ込ませる事が可能になるわけ」

楽しそうな夕呼に、第四計画に懐疑的な連中か…と納得する大和。

来る11月11日、その日は佐渡島ハイヴからBETAが旅団規模で侵攻する日。

イレギュラーだらけの世界だが、無いとは言い切れない出来事。

大和が見てきた世界では、どの世界でも起こったイベントだけに。

「既に関係各国にはBETAとの戦闘の可能性もある実機演習として通達してあるわ。実弾も準備しての、新潟戦場後での実機演習…」

「そこに、偶々侵攻してきたBETAと鉢合わせ。帝国軍と分担して防衛ですか…」

「開発計画の連中もデータや戦術機同士の戦闘じゃ経験を積めないでしょう? 丁度良い実戦よ」

第四計画が順調であるというアピール、そして開発計画部隊への経験値稼ぎ。

彼らは予想される横浜襲撃の時に必要となる重要な戦力なのだ。

「随行する部隊はどうします?」

「仮想敵として第一装甲大隊と編成中の第二から5中隊連れて行きなさい。内2中隊は支援砲撃装備でね」

帝国海軍からの支援は難しいと考えて、スレッジハンマーにそれを担当させる予定を考えている夕呼。

「A-01も出撃ですか?」

「勿論よ、アンタ達とは別ルートでBETAと対峙して貰うわ。だから白銀は使えないわよ?」

武はまりもと二機連携を取って、A-01へ随伴。

今回は捕獲任務は無く、新任達の死の8分越えと、改造機の性能評価、そして経験値稼ぎが目的だ。

「10日明朝から出発して新潟駐屯地跡で野営ですか…少々忙しいですね」

「間に合わない部隊は置いて行きなさい。一応帝国軍にも捻じ込んでおくから戦力は足りる筈よ」

あの連中も居るしね…と肩を竦める夕呼に、噂に聞いた帝国部隊を思い出す大和。

対BETAとの戦闘になれば、彼らは必ず先鋒に立って戦う、そう宿命付けられ、自分達もそれを望んでいる帝国最強の部隊。

「了解しました、後日の全体ブリーフィングで詳細を説明しましょう」

「よろしくね~。この機会だから造り貯めた武装と、X01披露しちゃいなさい」

「武装は兎も角、X01をですか…」

試験第四世代戦術機、X01、通称『陽燕』と『月衡』を各国の前に曝す。

「もうそろそろ頃合だと思ったのよ。天計画も順調だし、先にお披露目しとかないとでしょう?」

夕呼の言葉にそれもそうですねと苦笑し、自分の機体の搬出作業も予定に入れる大和。

「今回のピクニックには菅野中佐に指揮を執ってもらうから、アンタはもしもの際に出撃出来るようにしておきなさい」

「了解です、中佐なら安心ですね」

夕呼が話した菅野中佐は、先のクーデター事件の折に更迭された連中の穴埋めとして配属された、現場叩き上げの中佐であり、柔軟な思考と冷静な判断力を評価されている軍人だ。

元々は帝国軍人であり、実は巌谷中佐とは同期だったりする。

「今伝える事はそんな所ね。そうそう、アンタが提出した“仮定”…興味深かったわよ」

報告を終えた夕呼は、次に机の上に置いてあった書類を手に取った。

それは、大和が纏めた自論。

己の存在、武の三度目、純夏の復活、異なる歴史、そしてこの世界。

「特にこの、私達が生きている世界について…馬鹿らしくも面白い話だったわ、理論を知らない人間からはただの夢物語ね」

そう言って書類を軽く叩きながら、しかし中身については否定をしない夕呼。

「絶対に在り得ないこそ“絶対に在り得ない”…思わず納得しちゃったわ」

「そうですか…それで、博士はどう思いました?」

「そうね…他の事は兎も角、アンタ…“黒金 大和”という存在に関しては概ね同意できる内容だったわ。アンタが巻き込まれ、ループしている原因は兎も角、元の黒金 大和から今の黒金 大和への変異…いえ、進化かしら? 兎も角、変質した事は十分在り得ると思うわよ」

書類を机の上にパサリと置くと、夕呼は椅子に凭れて余裕のある笑みを浮かべる。

「因果律の流出によるまりもの死…それが在るなら、逆も在り得る。その過程でアンタはバラバラになった因果をループの中で吸収して成長した…なんて仮設はどうかしら?」

「………確かに、訓練や経験以上の技量を気付かぬ内に手に入れていた。それを考えれば否定は出来ませんね…」

「アンタだからそうなったのか、アンタの状態がそうしたのか…研究した訳じゃないから答えは出ないけれど、少なくともアンタも白銀と同じね。変わり続けているって事だけは言えるわ」

夕呼の最後の台詞に、思い当たる節がある大和。

最初の頃の自分、狂った時の自分、その後の自分、最後の頃の自分、そして今の自分。

思い返せば、どれも別人とすら思える自分。

「片手間で良いなら、もう少し考えてあげるわ。気が付いた事が在ったら纏めて報告しなさい」

何かの役に立つかもしれないし…と笑って告げる夕呼に、礼を言って退室する大和。

彼女の執務室から出た大和は、人気の無い廊下の真ん中で立ち止まり、蛍光灯の灯りを見る。

「自分に不安を抱く………俺はまだ、人間か…?」

今自分が抱えている小さな、しかし指先に刺さった棘のような痛みを訴える不安。

それが晴れる日は、まだ見えなかった。

















2001年11月5日――――


開発地区演習場――――



「なぁステラ、今日って何か在ったっけ?」

「特にこれと言った予定は無かった筈だけど…少佐の事だから、また何か思いついたんじゃないかしら?」

開発地区の中でも最も外縁部に位置する縦長の演習場で、首を傾げながら隣に座るステラに問い掛けるタリサだったが、ステラも首を傾げている。

と言うのも、本日突然、唯依にこの場所へ来るように呼び出されたのだが、内容が知らされなかったのだ。

演習場の入り口には、各種計測器を設置している整備班や、何やら準備を進めているスレッジハンマーの部隊。

今タリサ達が座っているのは、スレッジハンマーを改造した移動司令所型車両、通称スレッジヘッド。

戦車形態で上半身を前後逆にした状態の機体に、HQとしての能力を搭載したカーゴを設置したモデル。

既に前線にCP将校が同乗する指揮車両としての能力を付加したコマンドハンマーよりも能力が上の機体。

救護用車両と同じで戦闘能力は低いが、頑丈さと走破性はかなり高い。

とは言え、HQ扱いなのでベースで鎮座して緊急時に動く程度なのだが。

そのHQが入っているカーゴの中は、小さな指令所で、何と10人まで入って仕事が出来る。

CP将校を始めとした情報官に作戦参謀や指揮官が搭乗可能で、警護の為の兵士も配備可能。

カーゴの装甲は厚く、また小型種用にミニガン(ガトリング)も搭載され、警護の兵士が運用する。

そのカーゴの天井に座って待ち惚けの二人。

呼び出した唯依も、内容は知らないらしく戸惑っている雰囲気だった。

「あん? なんだアレ?」

「ガントリー型ね。二台も…戦術機?」

地響きの音に視線を向けると、そちらからガントリーフレームを装備したスレッジハンマー(整備班ではガントリーハンマー、略してガンハンと呼ばれているらしい)が、布で覆われた戦術機らしき機体を搭載してやってきた。

その様子から、二人はまた少佐の派手派手パフォーマンスか…と揃って苦笑。

「二人とも、待たせたな」

と、そこへ軍用車両から降り立った強化装備姿の唯依がやって来た。

二人は歩いてくる唯依の合わせて、カーゴの上から降りて敬礼。

「中尉、本日はどのようなイベントですか?」

「強化装備姿って事は、今日は中尉が何かやらされるって事だよな?」

二人の全て分かってる、また少佐の悪巧みでしょう? と言う気遣うような視線に、内心苦笑しつつ真面目な顔で対応する唯依。

でも頬は微妙にヒクついて、苦笑を隠しきれていないが。

「私も詳しい事はまだ聞いていないのだ。ただ、強化装備で来いと伝えられてな」

大方新型か改良機のテストデモだろうと、背後を振り返る唯依。

彼女の視線の先には、立ち入り制限された場所から、何とか中で何をやっているのか知ろうとする開発国の面子が。

「おはようございます、タカムラ中尉」

「な…っ、何故貴官がここに…!?」

そこへ、優雅に声を掛けてきたのは、唯依と同じく強化装備姿のエリス。

彼女は唯依の驚きと警戒の言葉に、クスリと笑みを溢す。

「何故も何も、本日のテストに光栄にも招集されたからですが?」

「……っ、そういう事か…」

彼女の言葉から、彼女と自分とで何かのテストをやらされるのだと思い至る唯依。

準備されている戦術機らしき機体は二機、その二機に思い当たる節がある唯依は、大和に何を考えていると思いつつ、エリスが差し出した手を見る。

「本日は宜しくお願いしますね、タカムラ中尉。鶏冠付きのハンティングは興味ありませんので…」

「――っ、心配せずとも、あの頃とは違いますので…」

エリスの挑戦的な言葉、その言葉が何を指し示しているのか察した唯依は、硬い表情の中に敵意を燃やしながら、その手を握り締めた。

彼女が叔父と慕う巌谷中佐が、当時、瑞鶴とF-15Eとの模擬戦闘で相手衛士に“狩り”と比喩された事と関連付けたからだ。

エリスは巌谷と唯依の関係を知らないので、単純に瑞鶴とF-15Eとの対決を引き合いに出しただけだろう。

とは言え、プライド、そして敬愛する叔父を皮肉られた唯依は、より一層の熱意を燃やした。

そしてそれを誘ったエリスもまた、握手を求めた手で唯依の手を握り返した。

どちらも、譲れないモノがあるが故に。

「え、えっと、揃っているかな…?」

そこへ、不穏な気配を感じてビクビクと小動物的に顔を出した大和。

その瞬間、唯依とエリスの眼光が光った、その光景にマジびびりの大和くん。

「少佐、本日の招集はどのような内容なのでしょうか」

「我々を強化装備で招集した事を考えると、戦術機起動関連と推測しますが」

先ほどまでのギスギスした空気はどこへやら、軍人らしいビシッとした態度で敬礼して口を開く二人に、挙動不審な大和。

「あ~、いや、その、なんだ…ふ、二人にはこれから改造機の実機テストを行って貰う」

何故か口篭る大和に、首を傾げるステラ達。

「(流石に「今から二人には殺し合いをして貰います」なんてBRな発言したら俺が殺されるよね…)」

ただ単純に発言を自重しただけの様子。

自重は捨てても空気は読むよ! 偶にね! なスタンスが在る模様。

「改造機のテストですか…しかし、それなら何故クロフォード中尉を…?」

横浜の改造機なのだから、自分達に任せてくれないのかと不満そうな唯依に対して、微笑を浮かべたままのエリス。

「まぁ色々と黒い事情が在ってな…香月博士も無茶を言う…」

唯依の指摘に苦笑で答えつつ、苦々しく呟く大和。

その呟きを聞いたステラは、今回の催しの裏で副司令が暗躍している事を察した。

「クロフォード中尉を招集した理由で一番なのは、彼女が現役のF-22A乗りだからだ。………という事にしてくれ…」

言い切った後で濁した。

それだけ大和にとっても予想外と言うか想定外の事なのだろう。

タリサとステラは空気を読んで口を噤んだ。

意外と弱いんですね、なんて言ったら可哀相だ、大和が。

「少佐ーーっ、シート外します!!」

「了解だ」

作業をしている整備兵の声に、手を振ってOKを出す。

すると、ガントリー型に搭載された機体からシートが外され、その機体を観衆の目に晒す。

片方はF-22A、もう片方は唯依の武御雷だ。

しかしどちらも機体各部に見慣れない装備や元の機体と異なる部分が見受けられる。

F-22A'sともF-22Awとも微妙に異なるF-22Aと、武御雷・羽張とはまた異なる武御雷。

「この二機は、それぞれの機体の秀でた部分、特徴と言ってもいい分野を強化しつつ全体的なパワーアップを目的とした、アップグレードキットによる改造機だ。F-22Aの方は砲撃能力を強化しつつ余分なステルス性能やその他能力を削りつつ、総合的な対BETA戦闘能力を強化。武御雷の方は機体バランスを損ねないように調節しながら、稼働時間の延長と砲撃能力を強化しつつ、近接能力を大幅に強化した。それぞれ開発コンセプトはガンシンガー、ソードダンサーと名付けられている」

「ソードダンサー…剣の舞人ですか…」

「ならこちらは銃の歌姫…と言った所でしょうか」

開発コンセプトを日本語訳して何やら言葉を噛み締める唯依と、日本語に割と詳しいエリスが対抗するように訳した。

歌姫なのは自分が乗るからだろうか?

訳し方なんて人それぞれなので特に突っ込まない大和、元々彼が考えた名前ではないのも理由か。

「既に基本的な起動実験や武装試験も終了し、後は総合的な戦闘機動と各種調整を残すのみ。このアップグレードキットが今後どうなるかは、二人の今後の働きに左右されるだろう」

「と言うことは、この機体は今後も試験導入という形に…?」

唯依の疑問に頷いて答える大和。

元々唯依の持ち込んだ機体を、殿下経由という恐れ多い方法で改造・運用する事を帝国に許可してもらったのだから、唯依が使うのは当然。

だが唯依が気になるのは、今後のエリスへの対応。

今回はF-22Aの乗り手として招集されたが、次からはどうなるのか。

彼女が継続して試験を続けるとなると、アップグレードキットで改造されたF-22Aは米国部隊に預けられる事になる。

その辺りを気にしてエリスにチラリと視線を向けると、同時に視線を向けたエリスと目が合った。

「お互い、頑張りましょう、中尉」

「……あぁ、宜しく頼む」

相変わらずの微笑に、唯依は内心嫌な予感を感じながら、握手に応じた。

「因みに名前はF-22Aの方がF-22Axで暫定名称『アクスラプター』、武御雷は同時期に開発されたアップグレードキット『羽張』の上位モデルという事で『武御雷・火羽張(ほはばり)』なんて名前が提案され……あの、聞いてます?」

思わず下でに出てしまうのは、握手した手をギリギリと握り合う二人のオーラが怖かったから。

「すげぇ、あの中尉と互角に睨み合ってやがる…!」

「西部最強のトップガンという渾名、伊達じゃないみたいね…」

ゴクリと喉を鳴らして汗を拭うタリサと、神妙に頷くステラ。

因みにエリスの西部最強だの何だのは、トマホーク試験小隊のとあるミーハー衛士が言い回っているので、割と広がっていたり。

「少佐、準備できましたが…」

「あぁ、うん、そうだね、機体を下ろして準備しておいて。二人の気が済んだら始めるから…」

おずおずと報告に来た整備兵に、煤けた表情で指示を出す大和。

流石に睨み合う二人を仲裁する勇気は無い辺り、ヘタレなのかフラグ回避なのか不明な大和であった。








[6630] 第五十九話
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/23 19:24










2001年11月5日――――


横浜基地開発区画・外縁部演習場



「少佐、あまり乗り気じゃないのですね…」

「そう見えるかブレーメル少尉」

移動HQ、スレッジヘッドのユニット内に入った大和達。

先ほどやっと二人が睨み合いを終えてそれぞれの機体へ搭乗してくれたのだ。

「確かに、いつもなら少佐、ひゃっほ~いとか何とか言い出しそうなテンションなのに、今日は妙に大人しい…」

タリサの実に適切な言葉に、思わず周囲の情報官達まで頷いてしまう。

「それはそうだろう、正直今日のテストはほぼ無意味だ」

「「はぁ!?」」

機体の重要なテストを無意味と言い切る大和に、思わずステラ達は驚愕し、情報官達は振り返ってしまう。

「考えてもみろ、実機テストは継続して行う事が重要であり、今日一日でデータなんぞ揃うものか」

「それは、そうですが…」

「じゃぁ、なんであの二人を乗せて…?」

大和のいう事は最もだ、起動試験なら兎も角、既に動く事が確認され、残っているのは時間をかけてデータ収集と調整を行う項目。

今日一日でやり切れる量ではないし、一日だけのデータでは比較も何もあったものじゃない。

それなのに態々エリスを招集してまでテストを行う意味は何か。

「ひょっとして……これがアピールなのか少佐っ」

以前の会話で思い当たる節があるタリサの言葉に、つまらなそうに頷く大和。

「香月博士の指示でな、とある国への交換条件に使う予定だ。俺としては物で人を買うような気分だよ、全く…」

珍しく愚痴る大和に、これが彼の予定や計画では無い事を悟る面々。

彼の呟きの意味は、ステラだけが正確に理解していた。

開発計画の項目の中に、横浜基地からの技術提供や協力の際に、何かしらの交換が条件として含まれている。

それは技術だったり情報だったり、そして人だったり。

「(今回のF-22Aのアップグレードキットと引き換えに、誰かを引き抜くという事? だとしたら、それに見合う人…まさか…!?)」

ステラが推測によって導きだされた答えに、ハッと顔を上げると苦笑を浮かべた大和と目があった。

その苦笑が、彼女の予想が正解である事を示していた。








時は、エリスが大和に面会時間を求めた後…唯依との一件のさらに後の話まで遡る。

「それで、米軍開発部隊の指揮官が態々時間を欲しがるのはどんな無茶な要求なのかな?」

唯依やイーニァを休ませた後、人払いをした執務室にやってきたエリスへ、大和は苦笑しつつ口を開いた。

「まぁ、意地悪な人。長年の部下との談笑を嫌うなんて」

エリスはエリスで大和の言葉に、少し悲しげな声で、しかし微笑を浮かべておどける。

「君は君で、エリスはエリス…なのだろう?」

「そうでした。相変わらず少佐は人間関係にはお堅いのですね、打ち解けたようで実は仮面を何枚も被っているのですから…」

あの世界での大和を思い出して苦笑するエリス。

大和が被っている仮面は多い、唯依やエリス、イーニァ達は元より、親友である武にすら仮面を被って接しているのだから。

本心を明かさず、誰にも依存せず、常に一歩引いた立ち位置を望む。

それ故に、あの世界のエリスは、彼の隣ではなく、背中を選んだ。

隣に立てぬなら、せめてその背中を守り、付いて行こうと決意して。

だからだろうか、エリスが、今のエリスが、唯依を羨むのは。

諦めずに、隣に立とうとしている唯依が、眩しかったから。

彼の背中で満足してしまった、あの世界の自分を受け入れてしまったから。

エリスもまた、唯依と同じで悩み、苦しんでいた。

だから、エリスは一歩進む事を選んだ。

「少佐。香月副司令は私的な特殊部隊を抱えていると聞きましたが本当でしょうか?」

「……本当だ。専任即応部隊として、現在は中隊規模だがな」

エリスの問い掛けに、少しだけ思案して答える大和。

夕呼が持つA-01の情報は、帝国や米軍などにも既に把握されているし、一応国連軍も機密情報として扱っている。

「ならば、腕利きの衛士は要りませんか? 今なら大変お買い得ですが」

「―――ッ、エリス、君は何を言っているか理解しているのか!?」

エリスの発言に、思わず椅子から立ち上がる大和。

彼女は、自分を夕呼に売り込んで米軍からの引き抜きを考えていた。

国連軍からなら多少は無理があるが可能、しかし米軍から、しかも開発試験部隊の指揮官であり、既に上層部からも覚えの良いトップガンのエリスを引き抜く。

クーデターでの件やその後のラプター搬入、その他夕呼からの要求で煮え湯を呑まされ続けている米軍を、さらに苛めろと言うエリスに、絶句する大和。

とは言え、大和が絶句した理由は、あの愛国心バリバリの米製唯依姫とも言えるエリスが言い出した事の方が大きい。

「はい、祖国と仲間を捨てて、少佐の下へ走る…愚かな行為です」

「分かっているなら何故、君は今の地位や功績まで捨てる心算か!」

米軍から国連軍、しかも一部からとは言え目の仇にされている横浜基地へ降る。

そんな事をしたら、エリスの米軍時代の功績は全てとは言わないが抹消は確実だし、彼女を米軍の星と祭り上げている連中からは酷い罵りを受けるだろう。

「そんな物、奴等の侵攻の前には小銭以下の価値もありません。それを教えて下さったのは少佐、いえ…ヤマト中尉。貴方ですよ?」

儚い微笑を浮かべて、そして瞳に少しの涙を滲ませるエリス。

大和が、あの世界の大和であると確信した時から考えていた事。

あの世界のエリスが望んだ、どこまでの一番の部下で在りたい、大和の背中を守り続けたい。

その願いを、今の自分が叶えたい。

その為に必要ならば、例え祖国だって捨ててみせる。

その覚悟が、エリスには在った。

「だが…そんな…!」

しかし、大和は自分にそんな価値があると理解出来ない、故にエリスの申し出を受け入れられない。

「お願いします、もう一度私を、貴方の部下に…貴方の背中を、守らせて下さい…!」

大和に詰め寄り、その手を握って懇願するエリス。

そんな彼女を跳ね除ける強さを、大和は持っていなかった。

「もう、一人残されるのは……嫌なのです…!」

「――――ッ」

その言葉が止めだった。

大和は力が抜けるように椅子に座り、深く溜息を吐いた。

それは、事実上の降伏宣言。

「博士が君を欲しがるかどうか、それに引き抜いた後で俺の部下になれるかどうかは知らんぞ」

「構いません、足場さえ在れば、後は自分で駆け上ります」

微笑を、本当に嬉しそうな微笑を浮かべるエリスに、大和は苦笑を浮かべて降参するしかなかった。

そしてエリスは秘密裏に夕呼と面会。

大和からの報告で、殿下と同じく記憶を継承したエリスに興味を持った夕呼は、エリスの申し出を受け入れた。

しかし如何に夕呼とは言え、所属の異なる軍から衛士を引き抜くのは簡単ではない。

それにエリスは米軍上層部から、成果を残す事を期待されて派遣されてきたのだ。

まだ明確な結果を残さずに引き抜かれたら、何を言われるか。

そこで夕呼は、F-22Aのアップグレードキットの提出とエリスを交換する事を考え、米軍上層部に掛け合った。

その結果、そのアップグレードキットで上々の結果を出せば、その提案を受け入れると約束してくれた。

大和がつまらなそうにしている理由は、なんだか釈然としない現状と、それを引き起こしている自分という原因。

そして、エリスとのゴタゴタに唯依まで巻き込んだ罪悪感から。

米軍がF-22Aのアップグレードキットの能力を測る相手として指定してきたのが、日本帝国軍が世界に誇る芸術品、武御雷、それも最低でもType-00A以上の機体との模擬戦闘結果を求めた。

横浜基地にType-00Fが月詠中尉のと唯依の二機。

00Aが凛達4人の分が在ると知っての指定だった。

一応、最上位の00Rも存在するが、将軍専用機と模擬戦闘とか、流石に米軍も空気を読んで存在を無視した。

交渉した米軍高官数名の中には、X01の存在を引き合いに出してそれを相手にと言っていたが、別の高官が例え高性能の新型だろうと、その性能が周囲に認知されて居なければ意味が無いと否定してくれた。

そして最終的に、唯依の機体をアップグレードし、模擬戦闘をさせてキットの評価とし、その結果が上々ならばエリスとそのキットのサンプルと情報との交換と決まった。

エリスを送り出した基地司令はギリギリと歯軋りを隠さず、通信越しに大和と夕呼を睨んでいたが、彼も軍人、決定には従うと承諾した。

「セ〇ール顔に睨まれると心臓に悪い…」

「は?」

大和がポツリと呟いた言葉に、首を傾げるタリサ。

どうやらエリスを送り出した司令はセガー〇フェイスのようだ。

「少佐、試験機体、二機共に配置に付きました」

「了解した、ではこれより実機テストを開始する。最初は規定のテスト、その後に二機による模擬戦闘を行い、性能を評価する。質問はあるか?」

『はい、少佐』

大和の言葉に口を開いたのは唯依だ。

『今回のテスト、この一回が評価されると考えて良いのですね?』

「………そうだ」

唯依はエリスと睨み合いつつも気付いていた、今回のテストが非公式な取引の材料であると。

たった一度の実機テストにさほどの意味は無いし、大和の様子からも何か裏事情が在る事は把握済み。

エリスは自分の事なので当然知っている。

「他に質問は」

『『ありません』』

その言葉に大和が頷き、テスト開始の準備が始められる。

唯依は唯依で、今自分が求められた事を果すまでと、横に並ぶエリスの機体を見る。

自らの愛機、それを大和が主導になって改造してくれた事は知っている。

その事に、意味も無く嬉しさを覚える唯依。

だが浮かれては居られない、相手はあのエリス。

今度こそ、彼女に無意味と断じられた自分の決意を、見せ付ける時。

『ではこれより、特別実機テストを開始します。両機はまず―――』

管制を担当するCP将校からの説明を聞きながら、送られてきたデータを見る二人。

最初に、前に大和と武がやったような機動テスト、射撃テストなどを行い、最後に二機での模擬戦闘。

しかしながら今回のテストは、米軍の評価を得る為に難しくしてある。

両者への説明が終わり、カウントダウンに入る。

『5…4…3…2…1…状況開始!』

『『っ!!』』

CP将校の言葉と同時に噴射跳躍で飛び出す二機。

流石に直線での機動力はF-22Axに軍配が上がるが、唯依はアップグレードキットによって更にじゃじゃ馬になった筈の機体を見事に制御していた。

「くっ、馬力が高すぎる…!」

強化されたスラスターとワイルドラプターにも搭載された脚部脹脛のスラスターによって引き起こされる機体のブレに、エリスが顔を顰める。

「この程度…!」

一方で唯依は、機体の異なってしまったバランスを、自分の感覚を合わせる事で制御している。

だが、その表情は硬い。

両者の機体はA-01に配備されたワイルドラプターや武御雷・羽張と基本は同じだが、その上位という扱いの為、性能にも差が生まれている。

規定コースを噴射跳躍とスラスター制御で移動し、次の試験場所へと移る二機。

先に到着したのは流石、機動力で勝るF-22Axだったが、その差1秒と空けずに唯依も到着した。

白いラインで指示された場所へ立つ二機、その正面に次々とターゲットが現れて消える。

それを、両機共に手腕に持った突撃砲で打ち抜いていく。

ここは流石にエリスに完璧に軍配が上がった、命中率90%以上、それもターゲットのど真ん中を次々に打ち抜いていく。

対して唯依の命中率は85%程度。

だが機体に近い位置に現れる的に確実に当てている。

もしこれがBETAなら、唯依の方が評価されるだろう。

『両中尉、次のテストへ進んで下さい』

射撃テストを終え、次は機体制御テスト。

整備兵が頑張って作ってくれた、廃墟を利用した限定空間。

上空は光線級の領域で跳躍禁止とされば場所で、壁などに置かれた的、これは小型種を想定した物で、それを突撃砲以外を使って攻略する。

つまりは、狭い場所で、短刀などを使って小型種を駆除しろというテスト。

これが以外に難敵で、高い機動力を誇る筈のF-22Axが遅れ始めた。

「く…機体が揺さ振られる…!」

元々の機体の設計思想が、地上に置けるBETA制圧を“最優先の任務”となっているF-22A、限定空間での機体制御、特に地面に足を付いた状態での乱戦を苦手としていた。

対して唯依の武御雷は、近接能力を最大限に考慮された上に、その機体制御能力、特に足を付いての動きは芸術とすら評価された機体。

故に、狭い空間であってもまるで人間のようにすり抜け、手腕の収納式ブレードで的を叩いていく。

だがエリスも然る者、負けてなるものかと装備を短刀からタリサが愛用しているマチェットタイプの大型短刀に持ち替えると、なんと機体の動きを邪魔する為に作られた障害物、突き出した建材や邪魔な紐を全て破壊して進み始めた。

「少佐、アレ良いのか!?」

「別に障害物は壊しちゃ駄目なんて言って無いぞ? 要は機体に余計なダメージを与えなければ評価は落ちない」

タリサの指摘にしれっと答える大和、流石少佐汚い、少佐汚い流石と思う面々。

テストゾーンを抜けた二機は、またもほぼ同時に次のテストへ。

一進一退を繰り返す二人、互いに譲れないモノがあるが故に。

最終テストも近づき、次のテスト場所へ到達した二人。

そこに待っていたのは、4機の響。

さらにその奥には、鈍い銀色のスレッジハンマー。

「あれは…」

「まさか…」

二人同時に嫌な予感を感じる。

『次のテストは、4機の響が守るスレッジハンマーの撃破です。カウントスタート…』

淡々と告げながらカウントを開始するCP将校の言葉に、タイムを言いたい気分の二人。

エリスは知らないが、あの銀色のスレッジハンマーの部隊を現すマークは、金槌を持つ巨人を画いたエンプレム。

それは、アイアンハイド隊の紋章。

そして02と書かれた認識番号。

唯依が見間違える筈も無く、普段良く目にする部隊の機体。

『燃える男の~錬鉄将軍~♪』

おまけに外部スピーカーで放送される操縦者の歌声。

『真面目にやらんかいっ!』

『ほげぇっ!?』

それに続く火器管制官のツッコミと、悲鳴。

間違いない、斉藤・釘原コンビが操る最新型スレッジハンマー・フェイズ3…頭部モジュールが鉄仮面のような意匠故に、ついた通称は『メタルフェイス』。

因みに、響の乗るのは横浜基地の陽炎を運用する部隊の隊長陣だったりする。

A-01が乗り換えたので、響を練習機として陽炎部隊の人間に使わせ、CWSに慣れさせているのだ。

『3…2…1…状況開始!』

『オープンコンバットッ!!』

CP将校の言葉に続いて、斉藤の叫びと共に動き出す響4機。

そして、キャタピラを響かせて進み始めるスレッジハンマー。

「く…っ」

「ちぃ…っ」

エリスは後方に下がりつつ応戦、唯依は近くの廃墟に隠れながら反撃。

「(斉藤上等兵達の機体は近接防衛型、長距離砲撃能力は無い…が…)」

スレッジハンマーの売りである200mm支援砲を搭載していない斉藤機。

本末転倒な感じだが、それ以上に厄介な装備がつい最近導入されてしまった。

『ターンタタターンタタターンタタターン♪』

謎の音楽、なんだか帝国とか暗黒の卿とかが攻めて来そうな音楽を口ずさむ斉藤の声を、外部スピーカーで放送しながら進んでくるスレッジハンマー、その両肩に装備されたCWSが火器管制を担当する釘原の操作でその顎を開いていく。

片側4つのアームと、それに搭載された突撃砲。

エリス以外は皆覚えがある、以前のソ連との模擬戦闘の際にクリスカ・イーニァが使用したテンタクルアームユニット。

重量問題から戦術機では運用出来ないと分かり、何時の間にか消えていたそれが、そこに在った。

「さ、最悪だ…」

『タカムラ中尉、聞きたくないのだけれど、アレの性能は…?』

「繰り返えします、最悪だと…」

その瞬間、片側4門、両側合わせて8門の突撃砲の咆哮、さらに肩部装甲の真上に設置されたグレネードランチャーからの爆撃攻撃、その上4機の響からの攻撃。

あっと言う間に二機が隠れる廃墟がペイント弾で染め上げられていく。

これが実弾なら、廃墟は蜂の巣、戦術機なんて一瞬でスクラップ。

反撃で放つ36mmは、スレッジハンマーの重装甲の前には無意味。

ペイントで染まっても、データ上では弾かれているのだ。

『なんてデタラメ…!』

「だから言いました、最悪だと…!」

スレッジハンマーの攻撃から逃げながら、追撃してくる響を相手にする二機。

「この程度なら…!」

まだCWSに慣れていないのか、両肩の武装を有効活用出来ていない響をMVBで一刀両断する唯依。

模擬戦用なので斬れないが、撃破判定された響が沈む。

一方で、エリスの機体に撃ちぬかれた響もまた、その動きを停止。

同じように残りの二機も唯依が切り裂き、エリスが撃ち抜く。

「問題はスレッジハンマーか…」

『少佐は別に、共闘してはいけないなんて…』

「ふ…言っていませんね…」

流石は大和の副官と元副官、大和の性格を知っているが故の、笑みと言葉。

『援護するわ!』

「了解したっ!」

エリスの言葉と共に唯依は廃墟から顔を出し、エリスは突撃砲を両手に、さらに担架の突撃砲も前面展開し、スレッジハンマーへ浴びせる。

頭部モジュールを狙うが、斉藤のそのキャラに似合わない精密操作で、両手で頭部をガード。

反撃に向けられるのは、片側4門の突撃砲。

反対側は廃墟の影を移動する唯依へ絶えず咆哮している。

「流石釘原一等兵、揺さ振りは効かないか…!」

相手の技量を良く知る唯依は、言葉で賞賛しつつ歯を食い縛る。

両肩に追加されたスラスターを噴かして急制動と共に方向転換、上空に身を晒す。

「これでっ!」

と同時に、スラスターの先端に装備されたマイクロミサイルポットのハッチを展開、全弾発射のよって白い帯を残しながら殺到するミサイル。

『こんのぉぉぉぉっ!!!』

釘原の叫び声と共に、8個の突撃砲が咆哮して迎撃。

衝撃で爆発してペイント液を撒き散らすマイクロミサイル、その雨を受けながら、斉藤はエリスの機体の姿を探す。

『チェックメイトよ…!』

『なんとぉーーっ!!』

距離を詰めたエリスの機体から放たれる120mmの4門同時射撃。

だが、斉藤は雄叫びを上げながら機体を動かして、主要部位への直撃を避けた、避けやがった。

『フヒヒっ、この男斉藤のタマを取りたければ拳で挑んでこいやぁーーっ!!』

『ウゼェ…』

ハイテンションで自重しない斉藤、うんざり声ながらマイクロミサイルを捌いた釘原が瞬時にアームを操作してF-22Axへ向ける。

数発撃ち漏らしたが、まだ機体は動く、頑丈さに定評のあるスレッジハンマーならではの芸当。

突撃砲とアームも数機破壊判定されたが、まだ5門も残っている。

『言ったでしょう…?』

『なぬんっ!?』

『え…っ』

「王手(チェックメイト)だとなっ!」

エリスのF-22Axに気が取られ、背後に迫っていた唯依の機体への反応が遅れた。

そして、機体が持つMVBで切りつけられるスレッジハンマー。

如何に重装甲とは言え、流石にMVB相手には豆腐装甲でしかない。

もし実戦なら真っ二つだっただろう。

『ぎにゃーーっ!?』

『嘘でしょ、あの距離を…?』

負けた事で叫ぶ斉藤と、まだ距離が在った筈なのに、その予想を越える速度で接近してきた唯依に驚く釘原。

『実は火羽張の速度は未改造機より10%近く上がっている』

その代り機体制御が難しくなっているのだが。

唐突に通信画面に現れた大和の言葉に、泣きが入る斉藤。

『うわーん、少佐聞いてないっすよぉっ!?』

『言って無いからな、フハハハハハッ!』

『汚い、流石少佐汚い!』

『汚いは、褒め言葉だ…!』

斉藤と大和の会話を聞いていた全員が思った、ダメだこいつら、早くなんとかしないと…。

『まぁ、少佐ったら子供みたいにはしゃいで…』

「いや、待て中尉、そこで頬を染めるのかっ!?」

自分の知らない大和の一面を見て頬を染めるエリスと、その顔を通信で見てツッコム唯依。

なんだかグダグダになってきた実機テストだが、次でテストは終了となる。

一度弾丸と燃料の補充の為に戻る二機、響四機は撤収、スレッジハンマーはペイント弾のお掃除をする為に格納庫へ。

この後、斉藤は自重しなかった事へのお説教とお仕置きが待っているそうな。

「悔しいっ、でも感じちゃう…っ」

「死ね、つか殺す」

その前に釘原の攻撃から生き延びればだが…。














テスト同時刻・横浜基地正面ゲート――――


「見送りご苦労です、白銀大尉。大変有意義な日々を過ごさせて頂きました」

「いえ、殿下のお力になったなら光栄です」

凛とした表情で礼を述べる殿下に、敬礼と共に返答する武。

本日は、殿下が帝都城に帰る日。

その為、武ちゃんが見送りに立っている。

その後ろには今後も継続して冥夜の護衛を任された月詠中尉達と、特別に見送りを許可された冥夜。

「冥夜、身体に気をつけて、任務に励むのですよ」

「はい、姉上。そちらも御身体にお気をつけ下さい」

人前と言う事もあり、礼儀正しい姉に内心安堵する冥夜。

昨夜は夜這いの如く彼女の部屋に侵入してきた上に、「帰りたくないですわ~、冥夜や武様と一緒に居たいですわ~」と泣き付いてきた。

とても人様には見せられない殿下の醜態だった。

言い換えれば、あれが素の殿下なのかもしれない。

ダメ姉の典型だが。

「では参りましょう、真耶さん」

「は!」

お迎えに来た月詠大尉を伴って、用意されたVIP車に乗り込む殿下と、殿下専用テスタメント。

今まで出番が無かったのは、点検とシステムのアップデートをしていたかららしい。

「………なんか、予想外に大人しく帰ったな…」

「…うむ、もう少しごねるかと思ったのだが…」

二人並んで敬礼しながら、苦笑する武と冥夜。

昨晩、散々冥夜を困らせたあの姉が、こうも大人しく帰る理由はなんなのだろうか。

「さぁ真耶さん、早く帰ってお医者様を呼ぶのです!」

「殿下、お願いです、御自重下さい、本当に」

お腹を撫でながら笑顔でGOサインの殿下、本当に自重をしない人。

結果は残念無念…であったらしい。

武ちゃんにとっては安心だろう、人生の墓場的な意味で。












場面は戻り、外縁部演習場。

「少佐、両機体の補給および簡易点検完了しました」

「よし、ではこれより最終テストを開始する」

情報官からの報告に頷いて、宣言する大和。

補給と簡単な整備を終えた二機は、離れた位置でお互いを睨み合うように対峙している。

『最終テストは改造機二機による模擬戦闘となります。規定のフィールド場から出た場合も大破と判定されますので、注意して下さい』

淡々と告げられる説明に、両者無言で聞き入る。

その脳内では、相手の動きや機体の癖などを綿密にシュミレートしているのだろう。

両者、一歩も譲れない想いが故に。

『最終テストスタートまで、カウント、10…9…』

情報官が告げるカウントと比例するように、意識が狭まり、鼓動が嫌に大きく聞こえる2人。

この一戦が、今後の何かに、大和の行動に影響すると考え、操縦桿を握り締める唯依。

対して、この一戦で機体の実力を示せば、悲願への第一歩が踏み出せるエリス。

互いに譲れないが故の対決。

本来なら出会う筈の無い二人が出会ったのは、何の因果なのか。

『2…1…状況開始!』

大和がギリ…と奥歯を噛み締めると同時に、模擬戦闘が開始された。

F-22Axの噴射跳躍装置を吹かし、廃墟を楯にするように右に移動するエリス。

それを真っ向から追うために、噴射跳躍で滑るように地面スレスレを飛ぶ唯依の機体。

「残念ですが、そちらの間合いでは戦いませんよ…!」

突撃砲を両手に、36mmを散発に放ちながら間合いを開こうとするエリス。

「つれないな、ならば強引に誘わせて頂く!」

その銃弾を巧みに避け、時に廃墟を楯にしながら、確実に距離を詰める唯依。

だが、突然エリスのF-22Axの脇の辺りで何かが炸裂し、周囲に真っ白な煙が広がった。

「くっ、煙幕だと!?」

機体のレーダーはまだ相手の機影を捉えているが、一瞬にして機体を覆う煙に動揺は隠せない。

さらに、攻撃と共に白い尾を引いて放たれてきたのは、地面を跳ね転がりながら白い煙を噴出する筒。

「煙幕弾まで…っ、こちらに不利な状況を強いる心算か…」

煙幕とその中から放たれる36mmに、唯依の追撃が止まった瞬間、エリスの機体は唯依の機体のセンサーの範囲から離脱してしまった。

「タカムラ中尉、今回ばかりは、私流の戦法で戦わせていただきます…」

以前のシミュレーターでの時は、あえて唯依を煽る為に大和の戦い方を模倣したエリス。

だがそんな彼女の、本来最も得意とするのは、むしろ唯依と対極。

それ故に、エリス本人が苦笑してしまう渾名まで存在する。

「Owl Ladyの本領発揮か…」

「は? フクロウ女?」

模擬戦闘を見守る大和の言葉に、意味が分からず首を傾げるタリサ。

「クロフォード中尉の、訓練校時代からの渾名だそうだ。本人は誰が言ったのかと苦笑していたが、その本質を捉えた渾名だよ」

「へぇ…」

肩を竦める大和に、生返事のタリサ。

フクロウ女なんて渾名から、どう本質と絡むのかパッと思いつかないのだろう。

「フクロウという例えから連想するに、夜間戦闘が得意…と言う事ですか?」

「それもある、だが最も近い理由はな…」

ステラの言葉に、ただ画面を見る大和。

釣られてタリサとステラが画面を見ると、そこでは、絶えず煙幕で視界を遮られ、さらにその煙幕に紛れて撃ち込まれる弾丸に翻弄される唯依の姿。

煙幕の中に居る唯依は元より、あれだけ煙幕の濃度が濃いとエリスからも機体が見えない筈。

レーダーの範囲も両機体同じ設定だ。

とは言えF-22Axは元がF-22Aなので唯依はもっと捉え難くなっているが。

「直撃は受けてないけど…なんであんな状態で撃てるんだよ?」

疑問に思いつつステラを見るタリサ、その視線の意味を正確に読み取ったステラは首を振った。

「私でも、センサーやマーカーが無ければ無理よ…」

唯依が動いていないなら最初の位置へ撃ち込めば良い。

だが唯依は絶えず煙幕の外に出ようと動いているし、煙幕も風で流れていく。

「影と煙の動き、そして微かな振動から場所を特定しているんだ」

「えぇ、嘘だろ少佐、そんな事…」

大和の言葉に、顔を歪ませて画面を見る。

中継されている映像は、廃墟の定点カメラの映像と、望遠映像。

その中に、廃墟の影を移動しながら、煙幕に包まれた唯依の機体を狙うエリス。

移動し、突撃砲を構えても直ぐには撃たず、数秒の間が空く。

そして、断続的に36mmを放つ。

だが着弾も確認せずに、次の場所へ。

「チマチマと、甚振ってるみたいだなぁ…」

「と言うより、追い立ててるのかしら…」

うへぇ…と嫌そうな顔をするタリサに対して、流石狙撃を得意とするだけあって、エリスの意図に気付いたステラ。

エリスは、ある一定の方向を残して、包囲するように周囲から攻撃している。

その攻撃を嫌い、意図的に攻撃していない方向へ逃げれば…。

「周囲に何もない廃墟の中の広場へ…そうなれば、砲撃力に秀でたF-22A相手では…」

高い機動力と砲撃能力を武器に、唯依に近づかせる間も無く撃破出来る。

狭い廃墟群では、それが活かせない故に、唯依を敢てその場所へ追い立てているのだろう。

尤も、今の戦法で撃破できればそれが最良。

エリスは、そういった相手を己のフィールドに誘いこむ事や、互いに位置情報や状態を確認出来ない戦況での戦いを得意としていた。

並外れた測量眼と、客観的かつ三次元的に場所を把握できる能力。

そして、僅かな振動音や駆動音を聞き逃さない聴力とそれらの情報から相手の位置を正確に把握する判断力。

夜戦や障害物だらけの戦場で無敗を誇ったが故に、畏怖と尊敬二つの意味で呼ばれた名前が、オウルレディ。

当時はガールだったとか後々はウーマンだとか、本人は実はナイトホークとかの方が良かったとか在るが、それはかつての世界での話だ。

広い荒野でもこの長所でもってF-22Aを見事に操り、両者の長所が合さったが故に、虎の子部隊の隊長にまで登りつめたエリス。

だが、流石の彼女も得意なフィールドだのなんだのを一切合切無視して物量で突っ込んで来るBETAには敵わず、結果大和と出会う事になったのだが。

突付くような攻撃に唯依が焦れ、攻撃がこない方向へ逃げるのを待つエリス。

シミュレーションの時は果敢に近接戦で攻めたが、今の万全の状態の唯依に挑むのは無謀。

唯依の機体が持つMVBの存在も在って、あの時の戦法は使えない。

肉を切らせて骨を絶ったあの時と違い、下手に肉を切らせれば骨まで切られてしまうからだ。

だが、エリスは唯依を侮っていない。

唯依が自分が望む場所へ行ってくれるのを願いつつ、半ば別の方法を選ぶだろうと、数通り行動を予想する。

そしてそれは、悲しい事に当たってしまう。

「この程度の小細工…!」

焦れた唯依が動いた、だが機体をその場から動かさない。

両肩のスラスターを、斜めに。

噴射跳躍システムも方向を弄り、機体を、その場で“回転”させる。

噴射跳躍で浮き、スラスターの噴射でもってその場でグルグルと回転する唯依の武御雷。

コマとまでは行かないが、回転するその速度に比例するスラスターと噴射跳躍の気流に、煙幕がぶわっと吹き飛ばされる。

機体がその場から移動しないように巧みに操作しながら、回転に耐え、そして周囲の煙幕が消えたと同時に着地。

ズシンと大地を響かせて、頭部モジュールのセンサーを煌かせる。

「そこに居たか、クロフォード中尉」

目敏く、最初からある程度位置を予想していたのか、エリスのF-22Axを肉眼で確認する唯依。

範囲が狭い上にステルス性能で半減なセンサーよりも、己の目の方が確り確認できた。

こうなってはエリスも苦笑を浮かべるしかない。

以前の、ある世界でエリスの戦法を破った相手と、全く同じ事をした唯依に。

「悪いが、一気に決めさせて貰う!」

担架からMVBを両手に持ち、滑るように廃墟を縫って迫ってくる唯依。

それに対して、エリスは歯を食い縛りながら、唯依の方を向いたまま噴射跳躍で下がる。

不安定な態勢で突撃砲を放つF-22Ax、その弾丸は唯依の巧みな回避行動で廃墟を染めるが、逆に言えば廃墟が無ければ唯依は防ぐ術が無いと言う事。

その砲撃能力、F-22Axが凄いのか、操るエリスが凄いのか。

そしてそれを避けきる唯依と武御雷・火羽張も似たようなモノだ。

「捉えた!」

「く…っ」

廃墟を縫うように進む二機だが、後ろ向きで逃げるエリスの方が速度は遅い。

それ故に唯依に追いつかれた。

タリサにしてみれば、なんで狭い廃墟の中で、そんな無茶な姿勢で逃げられるんだと呆れ顔だが。

実はこの後ろが見えているような動きも、例のフクロウ女の由来だったりする。

ほら、フクロウって首が180度位回るから、とはかつての世界でのエリスの昔を知る部下の説明だった。

苦し紛れに、再び機体の脇の辺りで爆発。

対戦術機戦闘を考慮している米軍への、半ば皮肉なのかスモークチャージャーやら何やらを搭載しているF-22Ax。

無論、装備を交換すればここにグレネード弾を装備する事も出来る。

再び視界が白く染まり、レーダーにも関渉が発生。

最初は機体のステルス性能かと思われたが、実は煙幕にレーダーを阻害する微粒子が含まれているらしい。

米軍ってこういうの大好きだろう? と個別の機体説明で鼻で笑ったのは大和。

否定できないエリスは、とりあえず笑っておいた。

「この程度でっ!」

だが、唯依は怯まなかった。

視界が白に染まっても気にせずに、さらにペダルを踏み込み突き進む。

次の瞬間、エリスの眼前、正確には機体の眼前に、唯依の武御雷のドアップが映る。

そして次の瞬間、機体が大きく傾き、その頭部がF-22Axへと襲い掛かる。

ガゴンッという鈍い衝突音と、ガクガクと揺れる機体。

衝撃とダメージ判定の警告音に顔を顰めながら、破損個所を横目に機体を操り、廃墟に激突しつつ転倒を免れる。

「頭突き!? なんて無茶を…くっ!!」

予想外の攻撃に悪態を付く暇も無く、機体の上半身があった場所を刃が通り抜けた。

機体を伏せる事でMVBの斬撃を避け、すぐさま左に避けるエリス。

その機体が一瞬前まであった場所に、逆の手のMVBが振り下ろされる。

「あれに当たれば終わり…!」

情報でだが、MVBについて知っているエリスは、兎角これに注意している。

並みの武器では打ち合えず、機体も一太刀で真っ二つな武器。

噴射後退で距離を取ろうとするが、反す刃で手にした突撃砲がそれぞれ弾かれた。

「ぐ…っ」

追い詰められる形になったエリスは、咄嗟に機体の両手に、脚部側面から近接武器を引き抜いた。

それは、彼女が愛用している手斧、エリミネーター。

補給と点検時に、大和にお願いして装備させて貰ったのだ。

脚部側面に、固定用のポイントを持つF-22Ax、本来ならアサルトラプターのようにウェポンバインダーが搭載される予定だったが、重量問題によりオミット。

だが、一応外部兵装用のポイントは存在しており、大型近接短刀や突撃砲もマウントできる。

そこから取り出したエリミネーターを両手にそれぞれもって、挑む形のF-22Ax。

それを真っ向から受ける武御雷・火羽張。

「タカムラ中尉、何が何でも近接で勝負するつもりなのね…」

「サムライの矜持って奴かねぇ、流石」

見守るステラとタリサは、唯依が武御雷の最も秀でた部分で勝負をしていると思っているが、実際は違う。

唯依は、ただ、自分の覚悟を見せる為。

その為に、己が一番と思うモノで勝負している。

追い詰められているように見えるエリスだが、実は唯依も方もいっぱいいっぱいだった。

最初の煙幕での攻防時に、機体に彼方此方被弾している。

その際に、運悪く突撃砲に被弾していた。

更に、背部CWSの基部にも被弾しており、武装の変更が不可能。

現在エリスのF-22Axもそうだが、唯依の機体が背部CWSに装備しているのは四連可動担架システム。

本来の担架を四つにし、搭載する武装に応じてアームで位置を変更する事で搭載数を増やした装備。

突撃砲なら横四列、突撃砲と長刀なら外側に長刀、内側に突撃砲。

この内側の担架は、アームで可動して脇の下へ担架を移動させる事が出来る、つまり前方展開も可能。

外側の奴は肩の上を通る形で展開される為関渉せず、両手に突撃砲を持てば6砲門の前面展開が可能になる装備。

そのアーム部分に直撃したのか、もう一つの突撃砲を手に出来ない。

強制排除すれば手に出来るが、今それをするには隙が無いし意味が無い。

己の最も得意なモノで倒してみせると誓ったが故に。

睨み合う二機、最初に動いたのはエリス。

「間合いを突き詰めれば…!」

「させない!」

MVBにも言える、長刀の弱点は間合いに入られ過ぎると攻撃が難しいという点。

刃を反して刺すにも長くて時間が掛かる。

だがエリミネーターは刃の大きさこそ大型サイズだが、全体的なサイズは大型短刀に分類される武装。

それを狙うのは唯依にも分かっており、素早く迎撃の刃を煌かせる。

突撃してくるF-22Axに対して、片方の刃を牽制に、もう一刀を必殺に。

「ぐぅ…!」

「なに…っ?」

だがエリスは途中で機体を止め、敢て受けられないMVBの斬撃を、エリミネーターで受けた。

模擬戦使用なので斬れないが、それでも高度なシミュレーションデータが正確に斬撃をトレースし、防いでも刃の動きからその部位を破損と認識する。

だがエリスの機体に破損警告は出ない、エリスは巧みにエリミネーターでもってMVBの刃の動きを逸らした。

その動きに唯依が一瞬怪訝な顔をするが、まだ必殺を狙う一刀は残っている。

それを振り被ろうとした瞬間、唯依はゾクリと背中を撫でる寒気に、最早無意識の境地で必殺の一刀をキャンセルし、その刃を胸部の前に。

次の瞬間、バシュンと何かが発射される音と共に、機体に衝撃が走り、左手手腕及び右MVB破損という警告が出る。

視線を下に向ければ、そこには左の手腕に突き刺さるスーパーカーボン特有の濃い灰色の刃。

右手に持ったMVB、その基部である振動発生装置を内包する柄部分にもそれが刺さっている。

その短刀サイズの刃は、硬質なワイヤーで繋がり、その先はエリスのF-22Ax、その膝。

「ワイヤーハーケン…っ!」

以前、大和が開発していた、ワイヤーに繋がれた刃を、火薬かガスの爆発で飛ばして攻撃する武器。

中位テスタメントに内蔵されたワイヤーシステムや、スレッジハンマーの補助装置として実用化されたそれの原型が、そこに在った。

「くっ、これも読むの…!」

不自然な防御は膝という対人戦闘で死角に位置する場所からの攻撃への布石。

その事に冷や汗を流す唯依だが、エリスはそれを防がれて焦る。

これが本当のタカムラ中尉の実力かと内心慄きつつも、一歩も退く事を考えないエリス。

かつての世界のエリスが、散々大和に言われてきた事を思い出す。

思考を止めるな、考える事を諦めるな、常に予想外を想定し、ありえないこそありえないと思え。

それが、彼の部隊の人間が出撃前に復唱する言葉。

「そうよエリス、思考を止めるな、考える事を諦めるな!」

自分を叱咤し、必死に相手の攻略法を探す。

相手の一番の武器は奪った、だが相手の機体にはまだマイクロミサイルや内蔵式の短刀がある。

対してこちらはエリミネーターを失い、突撃砲は担架の一丁だけ。

4丁あった内の一つは、先ほどの廃墟に激突した際に脱落してしまった。

突撃砲一丁で、近接での体裁きに定評のある武御雷に勝てるか? と聞かれれば、今の間合いでは無理だと答えるしかない。

負けたくない、だが勝つのは難しい。

ワイヤーハーケンは奇襲でこそ価値があり、一度見られてしまえば対人では効果が薄い。

ワイヤーの長さが制限される上に、射角も制限される。

一瞬の思考、その最中にレーダーマップを見て在る事に気づいたエリスは、ニヤリと笑みを浮かべる。

それは、見る人が見れば、ある人物にソックリな笑みだった。

「まだだっ!」

破壊されたMVBを捨て、手腕を振ってワイヤーハーケンを払う唯依。

左手のMVBが地面に落ちる、左手が破損した為に機能停止し、落としたのだ。

それを咄嗟に拾おうとしたが、巻き戻されたワイヤーが再び発射され、地面に落ちたMVBを更に弾き飛ばした。

その上、もう一つが頭部を狙って飛来した為、唯依も下がるしかない。

『これで、条件は同じですね…!』

外部スピーカーでのエリスの言葉、確かにMVBという圧倒的な武器は無くなり、お互い突撃砲は一丁。

とは言え唯依の突撃砲は使えない為、もしエリスの機体に発砲を許せば負ける。

その為、唯依は特に担架の動きに注視した。

それと同時に機体をジリジリと動かし、瞬時に対応できるように。

『――――っ』

『させんっ!』

エリスが担架を動かし、内側の担架に残った突撃砲を前面展開させようとする。

その事前動作を見て、唯依は機体の右手を向けた。

武御雷の両腕前腕部には収納式ブレードが存在する。

だが唯依の武御雷・火羽張や冥夜達の羽張はこれを改良した武装が装備された。

突撃砲がその口を前面に晒した瞬間、鈍い音を立てて突き刺さるのはスーパーカーボン製のブレード。

F-22Axのワイヤーハーケンとは形が異なるが、同じものが機体の前腕に装備されていた。

『やはりっ!』

だがそれはエリスも予想していたらしい。

自分の機体に装備された武器が、唯依の機体に無いとは限らないと、特に大和の性格を考えて予想していた。

突撃砲を犠牲にするのは痛かったが、隠し玉で相手の虚を突くのは大和の得意とする手法。

飛来したワイヤーハーケンのワイヤーを掴み、グイと引っ張るエリス。

それに拮抗する為に、右手を回してワイヤーを掴む唯依。

距離にして30メートル強、戦術機一機分程度の間合いで睨み合いながら綱引き状態の二機。

するとF-22Axの膝部が可動し、ワイヤーハーケンが上を向く。

放ってくるかと身構え、場合によっては基部の強制排除でワイヤーを離そうと考える。

だがエリスはそのワイヤーハーケンのブレードを手にし、ワイヤーから外した。

実は取り外し式になっており、状況に応じて短刀としても機能するように設計されている。

その短刀状態になったブレードを逆手に、グイッとさらにワイヤーを引っ張るエリスのF-22Ax。

『納得させてあげましょう、この機体の近接戦闘能力が、半端ではない事を…!』

『ぐっ!』

まるでチェーンデスマッチのような状態になりながら、間合いを計り合う二機。

何かと近接軽視と比喩され馬鹿にされるF-22Aだが、それは近接重視の機体とその近接戦闘能力が比較された場合の話だ。

後は衛士とのマッチングの問題だが、実際の所、F-22Aの近接能力は高い。

特に、同じ米国製戦術機の中では最高クラスの近接能力を持っている。

しかしながら、戦術ではなく戦略の部分で既に砲撃重視になっている為、どうしても近接能力を低く見られ、さらに他国の第3世代と比べられる際には、何かと引き合いに出されるのが日本の武御雷やら欧州のタイフーンやら。

配備時期の近い第3世代機故に比較されるのだろうが、そうなるとどうしても近接能力が劣るとして見られる。

だが実際の所、短刀でF-15Eを二個小隊降した程の性能だ。

米軍の誇張だと噂されるF-15と100回戦って負けなしやら、F-18と200回戦って1回も負けなかったなどのとんでも話も、実の所、機体がF-22Aではなく先行量産型だったり乗っていたのが選りすぐりかつ熟練した衛士だったのもあるが、事実でもある。

エリスはYF-23を「夢に見た機体」と賞した事があり、彼女はF-22Aを「理想の機体」とも賞している。

これは、自分の能力的にF-22Aは最高の物であり、そのF-22Aの試作機とは言え、YF-22を総合的にも負かしていたYF-23は夢の機体となった訳だ。

その機体でもって、日本の武御雷を破る。

これ程に宣伝になる事があろうか。

例え改造機とはいえ、アップグレードキットによる“おめかし”なら評価もされる。

『沈みなさい…!』

『断る…っ!』

ワイヤーを引っ張ると同時に機体を前に出して短刀を振り下ろすF-22Ax。

だがそれを前腕が中破した左手を楯にして防ぐと、瞬時に反撃として右膝をF-22Axへと向ける唯依。

膝蹴りの要領で、相手の左膝…正確に残りのワイヤーハーケンの装置がある場所へ膝の装甲を叩き込む。

ウェポンラックとしての役割を持つ為に肥大化し、かつ安全性の為に装甲が厚めのF-22Aの膝だが、ピンポイントで純粋な装甲の突起である武御雷の膝部装甲には勝てなかったのか、ベゴリと鈍い音と共に歪み、発射装置がエラーを発する。

その間に弛んだワイヤーをモーターの高速回転で引き戻しながら組み合う唯依と、右腕の短刀で何とかダメージを与えようと試みるエリス。

刃が潰してあるとは言え、突起である以上、短刀は刺さる。

武御雷・火羽張の左前腕装甲がひしゃげ、塗装が剥げるのも気にせずに腕で防御を続ける唯依。

エリスの一瞬の隙をついて、F-22Axの左手を払い、握られていたワイヤーを開放して完全に収納。

その後、本来の収納式ブレードと同じように展開状態にして、F-22Axの短刀と斬り合い、火花を散らす。

逆手に持った短刀を振り下ろし、時に首狙いで薙いでくるエリスと、それをいなしながら反撃を試みる唯依。

「まるで歩兵の格闘訓練だな…」

大和の苦笑するような呟き。

歩兵の戦闘訓練には、ナイフを使った格闘訓練が存在する。

それを戦術機で再現している2人、注目すべきは片手でありながらF-22Axの攻撃をいなし、逸らし、反撃する武御雷か。

それとも、相手の身軽かつ流動的な動きに喰らい付いて装甲を削り、反撃の刃を紙一重で避けるF-22Axか。

縺れ合いながら廃墟を移動する二機、一端距離を置いたかと思えば空中で交差しながら火花を散らし、また縺れ合う。

泥仕合と変わり始めた模擬戦闘、勝負が決まらないのは両者の腕か、機体の性能か。

「どちらも決定打を与えさせないわね…」

「ヒュー、やっぱF-22Aは最強って言われるだけの機体なんだな~」

観戦モードのステラとタリサだが、内心では自分ならどう対処するか、どう反撃するかシュミレートをしていたり。

『少佐の改造機とはいえ、F-22Aの実力、身に染みて教えて貰った…だが、まだ甘いっ!』

勝負を決める心算か、唯依が叫びながら突撃。

エリスが咄嗟に胴体を狙って短刀を振り下ろすが、その腕の肘の辺りに、武御雷・火羽張の肩に追加された可動式スラスターが当たり、それ以上腕を振り下ろせない。

それに対して、唯依の機体は腕を真っ直ぐに振り抜く事が可能。

突撃の衝撃で脆い廃墟の建物を破壊しながら、地面に倒されるF-22Axと、その上に圧し掛かりながら右腕を振り上げる武御雷・火羽張。

『終わりだ!』

その叫びと共に振り下ろされた拳と刃。

鈍い衝突音と共に、F-22Axの胸部装甲の塗装が削られる。

『私の……勝ちだ!』

『………えぇ、そして私の勝ちです』

『え―――?』

F-22Axのマーカーが消えたことで、撃破を確認した唯依の言葉。

しかし返されたエリスの言葉に、思わず声が漏れる。

『F-22Axおよび武御雷・火羽張、両機共に戦闘フィールド外へ。大破と判定し、この模擬戦闘はドローとします』

情報官からの淡々とした…いや、少し気まずそうな言葉に、ふと自分の機体が規定のエリアから出ている事に気付いた。

そして、チカチカと点滅する『大破』の表示。

「な…こ、これは…!?」

『とある中尉がよく口にしていた言葉ですが、“絶対にタダでは死んでやらん”……私の好きな言葉でもあります』

通信が開いて、その映像でクスクスと笑うエリスに、顔が赤く染まる唯依。

それは怒りか、それとも恥か、パクパクと口を開閉させる姿は、見ていて妙に和んだ。

この状態を表すならそう。

「試合に勝って勝負に負けたと、試合に負けて勝負に勝った…か」

「ですね」

「だな」

大和の、微妙に笑いを堪えた言葉と、うんうんと頷くステラとタリサの言葉。

夢中になっていたとは言え、“場外”に気付かなかった自分を内心叱咤する唯依だが、仕方が無いだろう。

エリスが巧妙に、この場所へ唯依を誘導し、最後の瞬間噴射跳躍で機体をコントロールし、場外へ出るように仕掛けたのだから。

もしこの戦闘を武ちゃんが見ていたらこう評しただろう。

「どっかの誰かがやりそうなやり方だ…」と…。

「これで本日のテストは終了とする。両者は機体をガントリーに固定後、通達する時間に出頭するように」

大和が告げると共に、ガントリーフレーム搭載のスレッジハンマーが動き出し、整備兵達が慌しくなる。

「でもさ少佐、こんなデータでアピールになるのか?」

尤もなタリサの疑問に、肩を竦めるしかない大和。

「元々向うはアップグレードキットの試作品とデータだけでも十分に喰い付いたさ。ただ、箔が欲しかったんだろう、近接重視の機体にも勝てるもしくは拮抗できる総合最強の戦術機…ってな」

元々技術アピールならアサルトラプターで十分だし…と苦笑する大和に、それもそうかと納得のタリサ。

米軍も技術だけでなく、そういった箔や話が欲しかったのだろう。

渋っている面子は兎も角、主だった連中は既にアップグレードキットの話の時点で乗り気だった。

有能で活躍する衛士より、この先に繋がる技術。

エリスは確かに強力な衛士だが、特殊部隊への誘いを断るやら基地移動を蹴るやら割と問題児として見られていた。

その為、彼女と技術との交換は、既に話を持ちかけた時点で8割は決定事項。

残り2割の、一部の反対派の文句を黙らせるお題目として、今回のテストが行われた。

結果がよっぽど酷い物でなければ、勝とうが負けようがどちらにせよエリスとの交換は決定する。

だから大和は言ったのだ、人を買うような気分だと。

「だがまぁ、雑事も片付いたし、そろそろメインを踏まえないとな…」

「…メイン…ですか?」

大和の呟きに、ステラが反応する。

「そうだな……5日後はピクニックだ」

そう言ってニヤリと笑う大和は、なんだかいつもと違う笑みだとステラは感じていた…。










[6630] 人物紹介とか書いてみたよ!(11月23日一部人物に所属とポジション追加)
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/24 18:01
ネタバレを含む可能性があります。

最新話まで読んでいれば大丈夫…かと(汗




人物紹介とか書いてみた。

本編進行と共に更新予定。

因みにネタ混じりなので笑って流して下さい。



●黒金 大和(くろがね やまと) 少佐 副司令直属独立部隊シグルド隊隊長 ※オリジナルキャラ
日本武尊の一応の主人公。
何故か現実から来訪してしまった人間、元々は普通の人。
度重なる死亡により既にループ回数40回超え。
未来の技術や知識持ちのチート野朗。
自称反則戦士チーターマン。
若いのに少佐なので何かと黒い噂が絶えない。
また腹黒な面が見られ、事在る毎に武ちゃんを弄る。
黒金菌の感染源。
過去の経験で恋愛や愛情を拒否している恋愛弱虫。
擬似恋愛原子核を手に入れてしまった。
現在夕呼先生の命令で仕事に忙殺されかけている。
が、色々な人を巻き込んだので少し余裕が出来た。
でも仕事で忙しいと言ってヒロインから逃げている腰抜け。
普段の口調は実は自分を強く見せる為の演技だったが、今では素になってしまった。
色々と抱えているので時々不安定になる。
最近自重を止めた。
TPOは時々弁えます。
でも場の空気はスルーするぜ!




○白銀 武(しろがね たける) 大尉 副司令直属独立部隊シグルド隊所属
原作主人公、愛の戦士。
元祖恋愛原子核保持者にして、因果を越えた男。
何故か三度目のループを開始する事になり、気合十分。
しかし大和に弄りに弄られ、しかも殿下達に言い寄られたり、肉食獣の目で見られたりと大変な目に遭っている。
恋愛原子核が暴走していると噂あり。
白銀菌を持っている。
腕前は既にスーパー変態状態、誰も手が付けられない。
紅蓮大将に後継者として目を付けられたらしい。
愛の為に進化を続ける男、現在お嫁さんは二名。
大和のハーレム計画が着々と自分を追い詰めている事に気付きながらも逃げられないある意味不運な男の子。
大和の犠牲者は間違いなく彼。




○鑑 純夏(かがみ すみか) 特別訓練兵→少尉 A-01所属予定
原作メインヒロイン。
でも出番が物凄く遠くて中々登場できない不遇の子。
アホ毛。
愛の奇跡とかで機械と肉体が融合した存在に。
でも残念ながらライオンは呼べないし合体も出来ない。
噂だと拳の威力が上がり、ふぁんとむになるともう武ちゃんが耐えられないらしい。
復活して早々に大和に諭され(洗脳?)、武ちゃんハーレム計画に参加する事に。
色々な世界の記憶から他の子へ思う所がある為、割と積極的に協力している。
霞とは姉妹のように仲が良く、一緒に居ることが多い。
イーニァ・クリスカとは面識あり。
次の出番まで色々と勉強中。




●篁 唯依(たかむら ゆい) 臨時中尉(出向の為) 横浜基地戦術機開発部隊ワルキューレ隊隊長
ワルキューレ01 突撃前衛または迎撃後衛
TEのメインヒロイン…の筈。
大和の開発局時代の先輩で同僚で現部下という複雑な関係。
前々から謎が多い大和に興味を持っていたが、気がつけば夢中に。
恋愛感情に疎く、度々嫉妬で大和を攻撃していたが、悟ってからは妙に静か。
暴走告白から覚醒し、名実共に大和のパートナーと成りつつある。
黒金菌の影響か時々壊れてツッコミキャラになる。
何気に出番が一番多い人。
でも甘い展開まで一番遠い人。




○社 霞(やしろ かすみ) 臨時少尉? 副司令直属の…なんだろ?
純粋無垢だった筈のうさぎ少女。
ESP三姉妹の三女だったが、純夏の加入で四女に。
武ちゃんは純粋無垢だと信じているが度々黒い面が見られる。
時々夕呼先生に似ているので武ちゃんが不安に震えている。
天才少女という設定がくっ付いたので、時々プログラムなどのお仕事をしている。
現在は純夏の訓練を見守ったりお手伝いをしたり。
時々専用テスタメントに乗って移動しているのを目撃される。
武ちゃんの嫁二号、裸エプロンのうさぎさんは無敵です。



●イーニァ・シェスチナ 少尉 A-01→出向でワルキューレ隊所属
ワルキューレ02 強襲掃討
ロシア産ESP娘、純粋無垢だったが最近は幼女化。
大和に何かを見たのかやたらと懐いている。
その天然な行動に唯依姫が嫉妬しまくっていたが、現在は寧ろ推奨されている。
衛士としては凄腕、クリスカと組むととっても強い。
霞から武ちゃんとの甘い生活を聞いて何とか大和とそうなろうと努力している。
大和のガードも妙に低いので、甘い展開になる可能性が意外と高い。
並み居る女性を陥落させるもふもふの使い手。
全力もふもふの前に敵は無い。



●クリスカ・ビャーチェノワ 少尉 A-01→出向でワルキューレ隊所属
ワルキューレ02 強襲掃討
銀髪美人さん、三姉妹長女。
でも一番純情で乙女。
恋や愛がよく分かっていないが、その手の知識がイーニァによって与えられているのでムッツリ娘に。
自覚したら一番怖いと思われる子。
他人には排他的で冷笑を浮かべているが、大和やイーニァには優しい。
何故かオチキャラ扱い、割と不満。
押しに弱いのかイーニァに剥かれたり責められたりしているお色気担当。
今後の活躍に期待。



○煌武院 悠陽(こうぶいん ゆうひ) 殿下 政威大将軍
日本帝国国務全権代行、つまり偉い人。
でも最近ははっちゃけ殿下。
何故か前の世界の記憶が夢を見るように入ってきた。
段々と武ちゃんに夢中になり、今では何とか彼を夫に出来ないかと考えている。
将軍として復権してからは対応に追われているので出番が少ない。
腹黒。
榊首相達を巻き込んで何か悪巧みをしている。
最近は妹と通信でお話するのが楽しみらしい。



○御剣 冥夜(みつるぎ めいや) 訓練兵→少尉 A-01へ配属予定→A-01所属
ヴァルキリー15 突撃前衛
207の侍ガール。
最近になって殿下と姉妹である事が周囲に発覚。
堂々とは名乗れないが、姉妹である事は認められた。
武ちゃんに恋心を抱き続け、今では好感度マックス。
誘われればホイホイ付いて行っちゃう。
姉の持って来た婚姻届を大事に保管していたりする。
長刀での接近戦では武ちゃんも苦戦する腕前。
紫の武御雷の出番があるのかは彼女の活躍に掛かっている。




○月詠 真那(つくよみ まな) 斯衛軍中尉 第19独立警護小隊隊長
冥夜の護衛の為に派遣された部隊の隊長、幼い頃から冥夜の警護をしていた。
一時斯衛軍で部隊指揮をしていた際に、武ちゃんの上官でもあった。
武人という言葉が良く似合う、エクストラと真逆の人。
たぶんショタ。
真面目で冷徹な人なのだが、最近は割りとユーモラス。
殿下に提案された考えの影響で武ちゃんを見る度に内心悶々としている。
でも顔には出さない大人の女性。
武ちゃんが尊敬する人の一人。



●月詠 真耶(つくよみ まや) 斯衛軍大尉 第01独立警護中隊指揮官
真那さんの従姉妹にして斯衛軍大尉。
メガネ美人、無くても美人。
彼女の方が階級が上なのは、従事した任務での功績の結果で、真那さんは警護専属だったので功績が少ないという設定。
実力は拮抗しているらしい。
マナマヤコンビになると、武ちゃんが泣いて逃げる腕前だとか。
普段は殿下の警護をしている。
彼女の出番=殿下の出番なので、殿下にはお仕事を頑張って頂かねばならない。



○神宮司 まりも(じんぐうじ まりも) 軍曹(教官)→大尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー00 迎撃後衛
エクストラと180度人物が違う人の一人。
武ちゃんが尊敬し、ずっと恩師だと思い続けている人。
前の世界の悲劇から、武ちゃんは戦場に長く止まろうとする癖がある。
主に武ちゃんの副官的な立場で207を鍛えていたが、207の任官と同時に原隊復帰。
大尉として暫く彼女達を扱く事になった。
公の場でも武ちゃんと敬語を使わずに話せるようになって幸せを感じていたり。
結婚適齢期を進行中で、しかもご無沙汰が長いので時々武ちゃんを肉食獣の目で見る事がある。
早く何とかしないと狂犬が解き放たれる可能性が高い。
何気に強い人。



◎香月 夕呼(こうづき ゆうこ) 横浜基地副司令
ご存知無敵の天才科学者。
大和のデータや武ちゃんの存在などからもう手が付けられないレベルになった人。
見えない所で色々と画策しており、その腹黒さに武ちゃん涙目。
煩い連中を退場させたので、今後さらに彼女の行動が酷くなる可能性がある。
実はこの世界での武ちゃんのファーストキスの相手。
最近霞ちゃんが黒いのは彼女の影響と武ちゃんは断定している。
まりも曰く、意外と可愛い所があるらしい。
横浜基地で敵に回してはいけない人堂々の第一位。



○榊 千鶴(さかき ちづる) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー12 強襲掃討
眼鏡の委員長、三つ編を解放するとマジ美少女。
規律に厳格で頑固な性格をしていたが、最近は緩和気味。
TPOさえ弁えればOKと、半ば諦めている可能性もある。
原因は武ちゃん。
数度武ちゃんととことん話し合った事があるらしく、それ以後彼を見る目が変ったと美琴談。
お父さんは首相、徴兵免除を蹴ってまで入隊した意思の強い子。
小隊指揮能力が高く、茜とはライバル。
武ちゃんに惚れているが、その性格ゆえ中々踏み出せない。
その代りにお父さんが猛烈プッシュしている。



○彩峰 慧(あやみね けい) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー16 突撃前衛
元祖おののけ番長、その不思議さは時に武ちゃんの腰を砕く!
空気が読めないのではなくあえてスルーしている子、不思議ちゃん属性。
愛するものは武ちゃんとヤキソバ。
二つが合さったら無敵という意味不明の夢を見た事がある。
独断専行型で協調性に欠ける傾向が見られたが、今は改善されてきている。
榊首相に友達の父親を恨みたくないと、一皮剥けた言葉を伝えた。
沙霧は憧れの人だったらしいが恋愛感情は一切存在しないそうな。
自慢の母性で武ちゃんの理性をギュリギュリ削っている。
巨乳神拳ではないが、近接戦闘、特に格闘能力がすば抜けて高い。



○珠瀬 壬姫(たませ みき) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー14 砲撃支援
207のマスコット的存在で協調性第一の子猫娘。
その正体は極東一のスナイパー、タマセ13。
彼女に狙われたら逃げるのは至難の業。
父親への手紙につい嘘を書いちゃったりする豪胆で腹黒な面も持っているミニマム少女。
巨乳は抉り込むように弾くべし!
そのキャラクターから何気に武ちゃんに頭を撫でてもらう事が多い。
最近の目標は、武ちゃんの膝の上でゴロゴロさせてもらうこと。
彼女の頑張りが武ちゃんの理性を崩すと信じて!



○鎧衣 美琴(よろい みこと) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー13 打撃支援
ご存知無敵の空気を読まない子、読めないのではなく読まない説が急上昇。
部隊のムードメーカーだが時々ムードクラッシャー、エターナルフォースブリザード。
彼女の何気ない一言が、武ちゃんの修羅場を(嫉妬の意味で)熱くさせる事も。
逆もある。
その独特な会話のテンポに初心者は面食らうが、武ちゃんレベルになるとむしろご褒美。
食堂で妙な会話(漫才?)を繰り広げているが、何故か武ちゃんが嬉しそう。
昔を思い出すとか何とか。
父親はあの鎧衣課長。
工兵能力が高い上に神がかった直感を持ち、時に武ちゃんが驚愕する動きを見せる事もある。



○涼宮 茜(すずみや あかね) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー07 強襲掃討
明るくサッパリ、しかし情熱系のアホ毛娘。
その高い汎用能力はどんなポジションでも結果を残す。
だがあと一歩突き抜けた部分が無い為、器用貧乏で終わってしまう事も。
あらゆる事を平均以上にこなす為、武ちゃん曰く「部隊に一人居て欲しい奴」。
憧れの先輩や、脅威的な能力を持つ武に憧れて突撃前衛志望だが、やっぱり強襲掃討。
でも武ちゃんの援護が出来たり、組むことが多いので良いかも…と思っているらしい。
最初は武ちゃんにライバル心を抱いていたらしいが、その実力を見せ付けられてからはもう夢中。
現在、晴子と組んで何やら計画しているが、さり気に抜け駆けされている。



○柏木 晴子(かしわぎ はるこ) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー08 制圧支援
明るく人懐っこい印象だが、割と冷静で割り切った考え方が出来る、通称ちゃっかり娘。
視野が広く、冷静な判断で常に武ちゃんの傍をキープしている恐ろしい子。
しかしその性格故に憎めない。
原作は砲撃支援だが、こちらは麻倉が存命なので制圧支援。
何気に狙撃能力207で第三位だったりする。
徴兵を控えた弟が居るのだが、最近彼らに「お義兄さんが出来るカモ」と手紙で伝えている辺り、ちゃっかり娘である。
茜と共謀して武ちゃん誘惑計画を考えているらしい。
何気に抜け駆けしている事多し。



●築地 多恵(つきじ たえ) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属
ヴァルキリー09 強襲掃討
207で堂々第一位の母性の持ち主にして、テンパると妙な言葉遣いや方言が跳び出す小動物少女。
配属されたらイーニァに真っ先に狙われるその母性は、同年代の女性から切望と嫉妬の目で見られる事多し。
茜ちゃんラブ~の微レズ娘だったが、最近は大和にお熱。
元々レズッ気があった理由が、男性が自分の胸にイヤらしい視線を向けてくるからだったが、大和はそれが無かったので懐いた。
焦り易く混乱し易いものの、脅威的な回避能力を誇り、逃げ足はトップクラス。
しかし仲間を咄嗟に庇ってしまう為、被弾率も高かったりする。

 

●麻倉 一美(あさくら かずみ) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属 ※名前はオリジナル
ヴァルキリー11 砲撃支援
ご存知僕らの盗撮後衛、黒金菌汚染率が天元突破の天然娘。
何故こんな娘になったのか作者にすら不明の謎多き少女。
大和とのノリが一番似ている為か、時々電波を受信する。
ストーカー真っ青な盗撮術で、日々武ちゃんの修羅場を撮影して大和に提出している。
実は何気にご褒美を貰っている。
空気は読めるがTPOを時々弁えない子、大和のネタにも何故か適応する凄い子。
癖のない後衛能力で、何気に狙撃の腕前はタマに次いで二位。
見敵即撃が彼女の売り。



●高原 由香里(たかはら ゆかり) 訓練兵→少尉 A-01配属予定→A-01配属 ※名前はオリジナル
ヴァルキリー10 突撃前衛
影が薄くて幸が薄くて出番も薄い不幸属性とツッコミ属性を併せ持つ苦労性の子。
コンビである麻倉に比べてキャラが弱いのか妙に影が薄い。
でも渋いアシストスキルと冥夜・彩峰に次ぐ近接戦闘能力を誇る。
癖のない前衛として、組む相手には安心感を与えてくれる。
のに影が薄い。
今後彼女が目立つには、脱ぐか死ぬか属性を身に付けるしかないと夕呼談。
大和に対しては「ダメだこの少佐、私がずっと見ていないと…」という想いが強かったりする。
実は隠れ美乳。



●タリサ・マナンダル 少尉 ワルキューレ隊所属
ワルキューレ03 突撃前衛
グルカ族出身のちっちゃな姐御。
高い近接戦闘能力と荒々しい機動制御を好むちょっぴりバトルマニア。
姐御肌で割りと面倒見が良く、慕ってくる207の面々には良いところを見せようと奮闘する事も。
何かと面白い大和には最初興味本位だったが、最近ではその小さな薄い胸に大きな恋心を秘めているとステラ談。
タマ・美琴には妙な親近感を持っている。
荒っぽい性格だが、慕っている相手に叱られると子犬のようにシュン…となる可愛い面があったりする。
第一印象の問題でイーニァとクリスカをライバル視している。



●ステラ・ブレーメル 少尉 ワルキューレ隊所属
ワルキューレ04 砲撃支援
お気遣いの淑女、皆の頼れるお姉さん。
まりもや真那を除けば登場人物の中で一番大人な女性。
任務の間はクールビューティーだが、私生活の面では家庭的で暖かな面がよく見られる。
割とウェットな性格なので、冗談も言うしノリが良い。
時々、知り合いになった207の人生相談を受けたりしているとか。
因みに最近だと高原がどうしたら影が濃くなるか、タマが素敵な大人になるにはどうすればと相談したらしい。
その大人な態度で分からないが、何気に大和を狙っているらしい。
イーニァのもふもふにある程度なら耐えられる猛者。



◎伊隅 みちる(いすみ みちる) 大尉 A-01所属、部隊長
ヴァルキリー01 右翼迎撃後衛
伊隅ヴァルキリーズ指揮官、部下思いの面倒見が良い人。
何気に苦労人で、大人に見えて恋愛には初心。
今回の世界では、絶対に彼女に温泉作戦を成功させてやろうと武ちゃんは気合を入れている。
残念ながら眼鏡属性ではない。



◎速瀬 水月(はやせ みつき) 中尉 A-01所属 突撃前衛長
ヴァルキリー02 突撃前衛長
豪快で明るく姐御肌な突撃前衛。
こと前衛としての能力なら横浜基地内で5本の指に入る猛者。
武ちゃんも彼女には何気に敬意を払っているらしい。
実力は高いのだがイーニァ・クリスカコンビに負けたり、大和や武ちゃんに負けているので鬱憤が溜まっている。
また弄られやすい性格をしているので、宗像の餌食に。
それを慰めると偽って上沼が襲ってくるので、気苦労が耐えないようだ。
彼女が思いに決着を付けるのは武ちゃん次第かも。



◎涼宮 遙(すずみや はるか) 中尉 A-01所属 CP将校
ヴァルキリーマム
茜の姉で、大らかで優しく可愛い印象の人だが、怒らせてはいけない人A-01第一位。
一人安全な場所に居ることに内心で心苦しく思っている。
水月とは同期でライバル関係の親友。
ほんわかとした空気を持つA-01の癒し系。
でも怒らせてはいけない。
彼女がその思いに決着をつけるのは武ちゃん次第かなぁ。
ヌイグルミのしらぬいくんが欲しいと思っている。



◎宗像 美冴(むなかた みさえ) 少尉→そろそろ中尉 A-01所属
ヴァルキリー03 左翼迎撃後衛
カッコいい女性代表で妖しい空気を持つ女性。
百合百合とした空気を振り撒く上に、人をからかうのが大好きな困った人。
しかし場の雰囲気を和ませるので部隊に無くてはならない人。
相方の風間とは妖しい雰囲気だが、その真相は謎。
とりあえず、上沼のお誘いは拒否している。
実はまだ乙女という噂もあり。
冷静な判断力と鋭いサポート能力で、水月を弄り倒している。



◎風間 祷子(かざま とうこ) 少尉 A-01所属
ヴァルキリー05 砲撃支援
穏やかで落ち着いた気配り美人。
癖の強いA-01の潤滑剤として無くてはならないお姉さん。
宗像との妖しい関係は否定も肯定もしてないのが逆に気になる所。
お嬢様が一番似合う人で音楽を嗜む、でも意外な特技は早食い。
また、妙な栄養ドリンクを愛飲している。
密かにゆきかぜくんを作って欲しいと大和にお願いしていたりする。



◎東堂 泉美(とうどう いずみ) 少尉→そろそろ中尉 A-01所属 ※オリジナルキャラ
ヴァルキリー04 遊撃強襲前衛
元祖不幸属性、巻き込まれ系の苦労人。
常に何かしらの騒動に巻き込まれてしまう可哀相な人。
特に上沼が引き起こす騒動には100%巻き込まれる。
本人至ってノーマルなのだが、ガチレズの上沼に押し倒されてからは自信がない。
不幸属性だが、こういう属性の人に限って中々死なない。
ショートポニーのぺちゃぱい女性、その胸の小ささはダントツのAA。
イーニァが思わず悲しくなっちゃう母性だが、上沼はそれが良いと豪語する。
彼女が幸せになれるかは誰にも分からない。



◎上沼 怜子(かみぬま れいこ) 少尉 A-01所属 ※オリジナルキャラ
ヴァルキリー06 制圧支援
宗像を越えるガチレズ天然お姉さん、エロ担当。
築地を越える母性の持ち主で天然ほえほえ成分が含まれた厄介な人。
オープンエロスでガチレズロリコンという目も当てられないお姉さん。
でも一応TPOと常識は弁えている、でも時々自重しない。
イーニァにもふもふを教えた張本人で、イーニァやクリスカに要らぬ知識を植えつけているのもこの人。
ガチレズだが、真面目な年下男性相手には当ててんのよを行って可愛がるという恐ろしい人。
最近はイーニァが出向してしまいもふもふして貰えず、欲求不満。
なので東堂の部屋に夜這う毎日だとか。
207が配属されたら、間違いなく水月と伊隅に拘束される人。



◎三人娘(神代 巽 巴 雪乃 戎 美凪) 斯衛軍少尉 第19独立警護小隊所属
何かと一纏めにされてしまう人達。
エクストラと違い、斯衛軍少尉として真面目で凛々しい。
腕前も高いが、微妙に活躍の場が少ない。
冥夜の護衛を主任務にしているが、約一名武ちゃんの修羅場撮影を主任務にしているという噂あり。



○七瀬 凛(ななせ りん) 斯衛軍少尉 第19独立警護小隊配属
この世界に来た武と大和を拾った七瀬家当主にして自称武ちゃんの妹妻、大和の魂の妹。
兄が武ちゃんに似ていたらしく、超ブラコン。
愛しの兄を追って、横浜基地に入る為に所属変更まで行った凄い子。
実力はそこそこ高い。
白銀菌と黒金菌のハイブリットで、時々腹黒妹キャラへクラスチェンジする。
現在は愛しの兄を何とか自分の夫に出来ないかと考えている。
その為なら殿下の計画に乗ってもいいかなぁ~とナチュラルに殿下に誘導されているが、本人気付いていない。
ナチュラルに他人の死亡フラグや修羅場フラグを立たせる事がある。



●エリス・クロフォード 少尉(過去) 中尉(現在) 在米国連軍アックス隊所属(過去) アメリカ陸軍戦術機開発部隊トマホーク隊指揮官
大和の数あるループの中で、YF-23に纏わるエピソードに登場。
金髪ショートのカッコいい系のお姉さん、米国版唯依姫というイメージのキャラ。
軍務に忠実な軍人だったが、戦線の崩壊や上層部の腐敗に価値観が変ってしまった。
生き残る為に大和の指示に従い、以後彼の副官として戦い続けた米製大和撫子。
大和に一世一代の告白をするが、一人逃がされてしまい、悲しみに沈む。
しかしその後も大和のことを忘れずに彼の事を伝え戦った。
大和に操を捧げていたので、以後搭乗機と重ねて『未亡人』という渾名で呼ばれた。
物凄い人気を誇り、再登場が望まれている。
※ついに登場した凄い人。
アメリカ陸軍戦術機開発部隊の指揮官として日本に。
何やら横浜基地、特に唯依に思うところが在る様子。
記憶に関しては現在不明。



◎イリーナ・ピアティフ 臨時中尉 副司令付きの秘書兼オペレーター
時々出番のある中尉さん。
主にお仕事面での出番が多いが、稀にネタに絡む事も。
あの夕呼先生の秘書を勤めるだけあって適応能力が高い。
実は隠れファンクラブが存在するらしい。



◎巌谷 榮二(自称唯依パパ) 帝国陸軍中佐
唯依姫を横浜基地へと送り出した帝国側の開発責任者。
少々黒金菌に感染しているのか、自重しない。
最近は送られてきた黒い瑞鶴さんを膝の上に置いてお茶をしているらしい。
あと時々「初孫は何時だろうか…」と呟くとか。
雨宮中尉から中佐の孫ではありませんよ~とツッコミを入れられるが聞いちゃいない。
既に男女両方の名前も考えているらしい。
でも仕事は確りやってる。



◎紅蓮 醍三郎(グレン〇イザー) 斯衛軍大将 
ご存知素晴らしい胸毛と髪型がトレードマークの生きた伝説の一人。
斯衛軍大将にして冥夜の幼少の頃の師、現在は殿下の片腕。
鍛え抜かれた肉体と強靭な体力で、BETA相手に多大な戦果を上げた日本を代表する衛士。
最近は殿下のはっちゃけ菌に感染したのか自重を忘れている。
生身で雷発生させるとか噂があるが定かではない。



◎珠瀬 玄丞斎(たまパパ) 国連事務次官
国連の偉い人、でもたまパパ。
国連議会で猛威を振るう日本の親バカ代表。
でも仕事は真面目で職務に忠実。
娘が定期的に書いてくれる手紙が日々の糧。
そのぶっちゃけ具合に207全員が警戒する相手。
流石に冥夜相手には自重する。
結婚式で号泣するタイプ。



◎榊 是親(さかき これちか) 内閣総理大臣
通称、榊首相。
委員長のパパ、最近隠れ親バカである事が露呈。
日本の未来の為に影ながら努力する漢。
クーデター失敗で存命。
今後は帝国軍との軋轢や国民の理解を求めつつ政府の建て直しを図っている。
武ちゃんを既に義理の息子扱いしている辺り、やっぱり親バカ。
結婚式とかで影ながら涙するタイプ。



◎フィカーツィア・ラトロワ 少佐 ジャール試験部隊指揮官
ソ連陸軍所属の元中佐。
ジャール大隊を指揮していたカッコいい未亡人。
しかしアラスカの開発計画の連中のヘマの尻拭いで部隊が半壊。
彼女が責任を取らされて降格、そしてそのまま横浜へ飛ばされてしまった。
ソ連としては色々と思うところが在った模様。
実力は高いので、横浜でソ連のレベルを知らしめる事に期待している。
また、噂の第四世代機の情報を得る事を望んでいる。
厳しい軍人としての面の裏で、思いやりのある母親の面を持つ女性。
多くの少年兵に母親として慕われ、特にターシャには実の母のように慕われている。
イーニァ・クリスカとは因縁があったが、無事克服した事で安心している。
大和に何か貰った。
実はお酒が好き。
女としての面は捨てたものの、女のプライドはある。





◎ナスターシャ・イヴァノワ 大尉 ジャール試験部隊所属、副官
ジャール大隊時代からラトロワの副官。
まだ十代ながら大尉まで上り詰めた精強な衛士。
だがその実、まだ幼い精神を持ち、時折強く母親のように慕うラトロワを求める。
実力・経験共に高く、同年代の衛士の中では飛び抜けている。
ラトロワと共に横浜に飛ばされた事を“売られた”と思っており、若干不安定。
母のように慕うラトロワがイーニァ達を気にするので、拗ねたりする。




◎崔 亦菲 (ツイ・イーフェイ) 中尉 暴風試験小隊指揮官。
統一中華戦線軍から来た中尉。
気が強く負けず嫌いでストレートな性格、それ故タリサとは犬猿の仲らしい。
最初は大和や横浜基地を胡散臭い目で見ていたが、色々あって素直に驚いている。
XM3での順応速度は試験部隊でも随一。
目下、目標は負け知らずのワルキューレ隊に黒星を与える事とか。
ちっぱいと言うと殺されるので注意、中尉だけに。





国連太平洋方面第11軍・横浜基地支援戦術車両部隊(オリジナルキャラ達)


△斉藤(さいとう) 一等兵→上等兵 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊所属・機体操縦者 副官
ご存知皆のアイドル、愛されるバカ、愛すべきアホ、無敵の童貞、少年ハートの青年、熱血螺旋バカetc…。
数々の渾名を持つあらゆる意味で最強な男。
常に暑苦しく熱血でありながらウザくない上に弄り易いという素敵なキャラクター。
その為、常々オチや巻き込まれキャラとして登場し、美味しい所を全て掻っ攫う奴。
ネタキャラ・オチキャラと思いきや、実は支援戦術車両「スレッジハンマー」の操縦において天才的な才能を発揮。
初戦闘である群馬防衛線では、指揮官機の操縦者として挑み、単体で280体以上という脅威的な撃破率をマーク。
機動力や運動性が残念な同機体で要撃級の攻撃を避けるなど、驚くべき結果を残している。
劇中で「よっしゃぁぁぁ!!」と言っているのが彼。
また、ネタに走りがちだが、中々的を得たアイディアや提案をするので、黒金からの信頼も厚い。
だが、周りからはカオスが倍どころか乗になる為、混ぜるな危険と認識されている。
その操縦テクニックとおバカだが真面目な所を買われて、現在は開発計画出向中。
童貞。
チェリーと呼ばれると泣いちゃうくらい繊細な面もあるが、やっぱりおバカ。
元々は戦車兵で、戦術機適正が低くて落ちた経歴在り。
理由は、落ちる感覚で吐いたからとか。
実はエレベーターの降下ですら酔う体質。
因みに、見た目は好青年である。
でもキャラクター故に部隊の仲間から苛められている、でも構ってもらって本人は少し嬉しいらしい。
MではないがSでもない。
こんな彼だが、F-22Aをタイマンで撃破した記録を持つ。
そしてさり気無く中隊の副官。




▽釘原 涙(くぎはら るい) 一等兵 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊所属・火器管制官
斉藤とコンビを組んで複座の火器管制を担当している少女。
ミニマムロリータという渾名を付けられるほどにつるぺたでチビ。
本人それを物凄く気にしており、指摘すると誰彼構わず噛み付いて攻撃してくる為、ちびライオンという渾名を持つ。
気の強い性格で、口より手が先に出るタイプ。
何かと斉藤とセットで扱われ、彼の暴走や行動を制御する役割を与えられている。
また、ストレス発散の為に斉藤を殴っているが、斉藤はそれを愛情表現と思っているらしい。
現在ツンデレ比が9:1。
視界の中、目標だけを正確に捕捉するマルチロックというスキルに優れている。
開発計画に出向中であり、色々と仕事を手伝ったりしている。





▽河田 智音(かわだ ともね) 上等兵 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊所属・火器管制官
斉藤達と同中隊の元前線情報官。
見た目は釘原とどっこいどっこいなスタイルと身長、顔立ちだが実は中隊でも三番目に年上という人。
独特の口調とジト目のような目付きが特徴。
スパナやモンキーレンチなどの道具類を何故か携帯しており、それを投げて攻撃してくる。
元々は前線の指揮車両で情報収集と解析を行っていた。




▽満枝 渚(みつえだ なぎさ) 二等兵 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊所属・機体操縦者
斉藤達と同じ部隊で、河田の相方。
ボン・キュ・ボンのグラマラスな勝気系だが、実は部隊で1番の年下。
今年配属されたばかりで、戦車の操縦に慣れた頃にスレッジハンマーの操縦者に選ばれた。
さばさばとしていて、規律にも緩いものの、兵士としての心構えだけは確りしている。
何かと斉藤をバカにしているが、実は彼女なりの愛情表現だったり。
ツンデレと言うより、悪友キャラ?




▽柏葉 梢(かしわば こずえ) 軍曹 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊所属・火器管制官
斉藤達の中隊のおっとりお姉さん。
眼鏡キャラでのんびりとした優しげな印象の女性だが、実は1番腹黒い。
斉藤を弄り倒すのを最大の楽しみにしているものの、飴と鞭を使い分けるので斉藤はホイホイ引っ掛かってしまう。
元々は衛生兵なのだが、兵士不足と自分も戦場へ立って傷付いた人を守りたいと勉強し、新設された装甲部隊に配属された。
穂村 愛美とは同期で友人だったり……。




▽ハンナ・ヒリングス 曹長 第一装甲大隊・アイアンハイド中隊指揮官・機体操縦者
元々はユーラシア戦線での国連軍所属の戦車兵だった白人女性。
祖父がアメリカ人だが母親はドイツ系とイタリア系のハーフという複雑な人。
新兵の時に国連軍として大陸の戦闘に参加するも敗戦、その後流れ流れて横浜の地へと辿り着いた。
百戦錬磨の女ソルジャーだが、本人は逃げ続けた負け犬と自嘲している。
クーデター時の米軍との戦闘やその後の功績からアイアンハイド中隊の指揮官に任命された。
元々は試験装甲部隊(スレッジハンマー部隊)の小隊長。
グラマラスながら男らしい姐さんキャラだが、実は……。








以下、執筆中、暫くお待ち下さい。







※ここからネタキャラゾーン






○白銀 武乃(しろがね たけの) 臨時少尉→訓練兵 開発局所属開発衛士→207訓練部隊→アラスカ派遣部隊ブリュンヒルド隊所属
もしもから生まれた武ちゃん女性バージョン。
恋愛原子核を持ち、異性から同性まで無意識に堕としてしまう天然魔性の乙女。
性別が違っても武ちゃんなのか、やたらスペックが高い。
武ちゃんに比べると繊細な操作技術を持っている。
大和に少々依存気味。
開発局所属から横浜へ移動した後、アラスカに完成した新型機を届けにくる。
可愛い者が好きという女の子らしい面がある。
また、世話焼きでお節介な面もある。
同性相手には羞恥心が低い。



◎ユウカ・ブリッジス 少尉 アルゴス小隊開発衛士
武乃同様のネタキャラ、ユウヤくんさらに涙目。
気が強いツンデレキャラ、突っかかって来て自爆する愛すべき弄られキャラ。
登場未定。
と言うかこの紹介でのネタ。



◎しらぬいくん SD戦術機 第3世代
大和が生み出したマスコットキャラクター。
ニ頭身のボディとパッチリお目め、胸には無限の勇気を持つ皆のアイドル。
初登場は大和がネタで作ったXM3教導資料の3D映像。
その後ヌイグルミ化して登場し、現在イーニァが所持している。
最近の悩みは身長が伸びないこと。



◎たけみかづちくん SD戦術機 第3世代
しらぬいくんに続いて登場したSD戦術機。
各種色が存在し、紫は殿下、赤は真耶さん、蒼は旅に、山吹は唯依姫、白は凛が、黒は芝刈りに。
実は色によって瞳やポーズが異なっている。
山吹はオモチャの長刀を持たせたりプラカードを持たせたり出来る。
蒼が旅立ってそろそろ三ヶ月になるらしい。



◎ちぇるみなーとるさん 通称ちぇるみさん SD戦術機 第2.5世代
ソ連からやってきたSD戦術機。
屈強な顔と装備に反してどこか抜けている性格。
よく物を置いていく癖がある。
困ったことがあると「ちぇる~ん」と鳴いてしまう。
時々モーターブレードとスモークチーズを間違えて装備しちゃう。






以下、執筆中……



――――――メカニックゾーン――――――



※一部、読者様から提供して頂いたデータがあります。







■ 雪風計画 ■
現行の第3世代戦術機の底上げと今後の開発における下地造りの為に計画された開発プラン。
開発総指揮は黒金少佐。
彼の横浜での最初の開発計画であり、以後の実績造りの足場になった。
内容はCWS搭載と追加スラスターによる機動性の向上。
これにより戦術機単体の火力と機動性が高く向上し、改造を施された機体は総じて世代を0,5は上げる結果を残した。
因みに計画の名前は後から名付けられた物で、当初はただの開発計画とだけ。
この計画から派生した機体は、CWS・追加スラスター・担架位置変更などの特徴が見られる。




□ 雪風壱号機(大和仕様) 第3.5世代戦術機 □
雪風計画の最初に開発された二機の内の一機。
不知火を素体に、以後の開発計画に必要な機能とシステムを搭載させた機体。
XM3での運用を念頭に改造された為、XM3の性能をフルに発揮できる。
背中の可動式追加スラスター、CWS武装と言った真新しい技術がてんこ盛りの機密の塊のような機体。
最低の技術でも2年先は行っていると開発に携わった人間に言わせる程。
採用された新型噴射跳躍システムは以後、日本のメーカーにライセンス生産され、帝国軍の不知火へと搭載される。→・01式噴射跳躍システム
両肩・両腕・両腿・両足脛の4ヶ所、合計8個のCWSハードポイントを持ち、重火力型から高機動型まで幅広く対応が出来る。
壱号機と弐号機に性能面での違いは無い。
ただし、開発者の趣味なのかテストヘッドモデルなのか、頭部の形状が大きく異なる。
壱号機は頭部モジュールの両脇、不知火だとアンテナがあった部分に、回転式の2連バルカンを搭載している。
この為、パッと見だと4本アンテナの機体に見える。
また、額に該当する部分が分厚くなった印象を受けるが、内部のセンサーを改良した為に少し肥大化した結果。
大和の得意ポジションと性格から、若干中堅寄りな武装を搭載している。
以下、当時のCWS装備。
・肩部ガトリングユニット(ガトリング2門→ガトリング一門&ランチャー)
・腕部ミニガトリング(12mmor27mm弾丸)
・腿部回転式スラスターユニット(後に短刀を搭載)
・脚部ミサイルポット(8連装小型誘導ミサイル)

※試作機故か開発者が趣味に走ったからか、非常にじゃじゃ馬で癖が強いのが特徴。




□ 雪風弐号機(武仕様) 第3.5世代戦術機 □
雪風計画の弐号機。
とは言え機体性能は同じで、頭部のみ異なる仕様。
識別の為に壱号弐号と呼称している。
頭部モジュールは不知火の物に武御雷の角をモデルにした角を額の辺りに装着し、カメラセンサーをバイザー型からツインアイに変更している。
本編でも中々登場しないが、実はこの角の中身はバルカン砲。
先端が折れて銃口が飛び出し、額の根元で前後に可動して銃口を向ける。
主に小型種用。
武ちゃんは目潰し感覚で近接戦闘で使っていた。
操縦者の要求に答える為に、壱号機より改修回数が多かったりする。
武ちゃんが搭乗していた時は、高機動型のCWSを搭載していた。
以下、当時のCWS装備。
・肩部飛行補助スラスターユニット(機銃・ミサイル装備の可変翼装備スラスター)
・腕部ミニガトリング
・腿部回転式スラスターユニット(壱号機と同じ)
・脚部姿勢制御用スラスター(肩部のとセット)
飛行補助スラスターは武ちゃんは気に入っていたが、操縦者に高度な操縦を求め過ぎる為にお蔵入りした。

※やっぱり癖が強い。



□ 雪風壱号機(複座型) 第3.5世代戦術機 □
大和が月衡へ乗り換えたので複座型へ変更してイーニァ・クリスカに譲られた機体。
当初の壱号機よりさらに改良され、全体的なバランスが向上している。
と言ってもイーニァ達に操縦出来る様にバランスを整えただけなのだが。
基本的に管制ユニットを変更しただけなので見た目の変更は無い。
CWS装備は少し砲撃に傾いているが、腕部に新装備の高周波ブレード(後のカッター)を装備したりして近接戦闘にも対処している。



□ 雪風弐号機(まりも仕様) 第3.5世代戦術機 □
武ちゃんが陽燕に乗り換えた後、乗れる衛士が彼女しか居なかったので譲られた。
こちらも基本的にバランスの改良だけで大きな変更点は無い。
武ちゃんに鍛えられたまりもちゃんが乗る為か、装備は武ちゃんの物とほぼ同じである。



□ 雪風限定量産型  第3.5世代戦術機 □
横浜基地のA-01でのみ運用している雪風の正式改造モデル。
壱号機・弐号機で得られた情報を元に改造した為、全体的なバランスが良い。
また、機体性能も衛士に合わせられており、A-01レベルなら問題なく性能を発揮できるようになっている。
第3,5世代戦術機として高い評価を受けている機体でもある。
装備は正式量産されたCWS武装を運用し、各ポジションと特性に合わせて変更されている。
CWSハードポイントの数は壱号機・弐号機と同じ。
頭部モジュールが壱号機・弐号機とも異なり、鋭角な角が額から後ろへと伸びているのが特徴。
また、カメラセンサーはバイザーに見えるが実はツインアイになっている。



□ 雪風・壱型丙 第3.5世代戦術機 □    ☆あるふぉんすさん提供ネタより☆
帝国技術廠にて試験運用されている、横浜基地以外で現在唯一“雪風”の名前を名乗る事ができる戦術機。
不知火・壱型丙を横浜基地から提供される技術などで改良を加え続けた、帝国の正統な血統。
しかし不知火・嵐型が正式採用された為、途絶える事となった。
極秘に提供された技術は雪風壱号機・弐号機と同じものであり、見方を変えれば雪風参号機と呼べる機体。
雪風の名前を名乗る事を許されただけあって高いポテンシャルと、雪風限定量産型を超える最大積載重量を誇る。
しかしXM3を搭載してもじゃじゃ馬な操作性は健在であり、雨宮中尉でも手に余る為、現在武装試験などにしか使われていなかった。
巌谷中佐の発言によると、扱える衛士が見つかったらしい。

 

□ 響(CWS武装訓練用高等練習機) 第3.25世代戦術機 □
吹雪を素体に、CWS及び追加式スラスターでの機動制御練習の為に導入された練習機。
吹雪の肩部にCWSを搭載して担架を肩部へ移設、空いた背部に可動式追加スラスターを装備した、簡易版雪風。
装備の問題で主機出力を若干上げてある。
訓練兵用の機体ながら、高い戦闘能力を有している為、実戦にも十分対応可能。
帝国軍でもこの機体を訓練校に導入する話が持ち上がっている。





□ 舞風(F-15BE ブリッツイーグル) 第3世代水準機 □
F-15J、陽炎を改造した機体モデル。
第二世代での性能評価の為に製作した機体だが、選ばれた衛士の腕なのか高い性能を発揮している。
肩部CWS、背部追加スラスターなど響とほぼ同じ内容だが、腕部や脚部にも後々にCWSを搭載して火力を増している。
主にワルキューレ隊で運用され、CWS規格武装などの開発に使用されている。
F-22A相手に互角以上の戦いを見せたが、これは操縦者の腕前の結果と指摘されている為、現状では国連軍でこれの改造・量産の話は上がっていない。
一部、横浜基地の陽炎をこれに改造する話が持ち上がっている。





□ 不知火・嵐型 第3.5世代戦術機 □
帝国軍正式採用モデル。
不知火に肩部CWS、背部追加スラスターを搭載したモデルで、基本的に響のコンセプトをそのまま使っている。
雪風と異なりCWSは肩部だけ。
その理由は、CWS武装、サブウェポン使用の概念が無かった為にCWSを増やすと衛士が有効に使えない事から。
衛士の対応レベルが上がった時の為に、一応腕部と脚部ハードポイントは存在する。
雪風にある腿部のCWSハードポイントはオミットして、標準の可動式スラスターを搭載している。
頭部モジュールは不知火のままで、雪風と差別化を図っている。
XM3との併用により、高い性能、特に火力を得た機体。
性能的には不知火<不知火・嵐型=F-22Aと思われる。
総合性能ではF-22Aに一歩劣るものの、火力と機動性では頭一個は跳び抜けている機体。






□ 撃震・轟型 第2世代水準 □
撃震の安価な改造プランとして雪風計画とは別個で行われた改造プランの機体。
雪風のように機体を大々的に改造するのではなく、轟装備と呼ばれる装備を機体へ装備する事で機体性能の底上げを行った。
轟装備は、肩部大型スラスター(先端に滑空砲かガトリング搭載)と脚部側面の大型スラスター、腕部固定式大型ガトリングシールドから成る兵装。
肩部のスラスターは大型故に前後可動しか出来ないが、高い推進力を確保。
左右への姿勢移動や制御は脚部側面の大型スラスターで行う。
これには戦車級対策で装甲に隠され、使用時は装甲が左右に開いてスラスターノズルが露出する。
ガトリングシールドは腕のナイフシースを潰す事で、腕に直接固定して安定を確保している。
75mmガトリング砲・36mm3連突撃砲・小型複合装甲(シールド)・中型刀(シールド内部に搭載)から構成された複合兵装。
通常はガトリングで掃討→破損もしくは弾切れで3連突撃砲→中型刀で運用する。
因みに中型刀は見た目鉈に近い。
また、同じように腕に固定してアームで接続された格闘装甲(爪が先端についたシールド)を装備した状態でも運用される。
直線的な機動力と火力、格闘装甲による近接戦闘能力の向上が認められたモデル。
因みに中身はXM3搭載のブロック215が主流。





□ スレッジハンマー(蛇侍空雄(タジカラオ)) 第1世代(?) □
雪風計画を流用して生まれた支援戦術車両という新しい分類の機体。
巨大なキャタピラを装備した脚と、F-4などの胴体を流用して建造された可変戦車。
戦車形態では両足を伸ばして座った形でキャタピラ走行。
人型形態ではキャタピラが脚になり各部で可動して歩行が可能。
重量級の機体で戦車一個中隊に匹敵する火力を単体で有する武器の塊。
200mm支援砲や両手のガトリングを始め、多種多用な装備が搭載されている。
また、両肩はCWSとなっており雪風同様にCWS規格武装を運用可能。
多種多用なバリエーションが存在し、戦闘から建築まで幅広くこなす。
中破した機体や大破した機体のパーツなどを流用しており、戦術機に比べて非常に安価。
むしろ最近では搭載している武装の方が高いと専らの噂の機体。
機体の最大の特徴は、衛士でなくても動かせる点。
戦車の操縦が可能ならば、少しの訓練で動かせる設計になっている。
しかし操縦と多数の火砲を同時に扱うのは操縦者の負担となるので、基本複座、最低でも2名での運用が基本。
動かすだけなら一人で十分。
XM3(システムを一部変更したモデル)を搭載しており、反応速度は高い。
しかし重量級で基本キャタピラ走行の為、機動力は期待する方が悪い。
だが高い走破性と強固な装甲を有する為、評価は高い。
特に自走砲等が壊滅状態の国などからは早期に輸出の話がきている。
現在横浜基地以外にも、日本帝国軍・帝都守備隊、湾岸警備隊、秋田・新潟各防衛線に配備されている。
海外ではアフリカ連合が中破したF-4を下取りに出して安価で多数導入し、配備している。
欧州連合はMk57中隊支援砲が運用できるモデルを注文している。

バリエーション機は建築用・運搬用・その他と多種存在する。





□ スレッジハンマー正式量産モデル □
日本のメーカーで量産されたスレッジハンマー。
大きな違いは無いが、中身が大抵撃震で造られている。
手腕がガトリングタイプと戦術機の腕を流用したタイプが製造されている。
状況やポジションに応じて配備され、現在新潟・秋田防衛線に配備され始めている。



□ スレッジハンマー横浜モデル □
スレッジハンマーのマイナーチェンジモデル。
初期の機体と比べて装甲と主機出力が向上している。
斉藤達が運用しているのはこのモデル。
その分厚い装甲は36mmを弾き、正面からなら長刀すら受け止める。
噂だがF-22Aをガチで撃破したという話が広がっている。




□ クラッシュハンマー □
スレッジハンマーのバリエーションを考える際に誕生した格闘型。
両手が巨大な破砕アームで、戦術機を楽々握り潰す。
元々重装甲で硬かったが、さらに硬くなった。
しかし流石にBETA相手、特に要撃級や突撃級を相手にするのは無理と判断され、試験用に造られたこの一台は横浜基地警備隊に配備された。
主に正面ゲートの警備に使用され、要人の出迎えや車両の出入り時に警備している。
警備用なので射撃武装は取り外され、代わりに暴徒鎮圧兵器が搭載された。
現在は伍長ズが運用している。






□ ハンマーヘッド(大海神) 第3.5世代重攻撃機 □
横浜基地が独自に開発した01式強襲歩行重攻撃機。
重という言葉がつく通り、海神の二倍はある巨体で、30mを越える。
長い両手と太い両足に丸く寸胴な胴体と見た目は鈍重に見えるが、実際の機動力は見た目に反して高い。
機体各部に耐水のハッチが存在し、その中から機銃やミサイル、アタッチメントの接続部などが出てくる仕掛けの多い機体。
両手が巨大な腕とハーケン型の爪(スーパーカーボン製)で、格闘能力も高い。
実は腕の中ほどに普通の戦術機の手が収納されているので、突撃砲も持てる。
巨大な胴体部には36mm突撃砲が3×2で6門、120mm滑空砲が両側合わせて2門存在。
36mmは胴体正面から突き出す形で、120mmは脇腹の辺りから銃口が飛び出す仕組み。
通常状態だとハッチで閉じられている。
巨大な前腕部にも36mmチェーンガンが左右それぞれ4門装備されている。
さらに専用のマシンガンも存在し、前腕部外側に装備する事で火力を増す。
両肩の巨大な肩部装甲にもこのマシンガンが搭載可能で、スレッジハンマーにも負けない火力を有している。
また、頭部の回りには円状に合計12門の魚雷発射管が配置されている。
これにはグレネードも装弾可能で、用途に応じて使い分けられる。
太い両足にはスクリューとバーニアが装備されている。
地上では各部のスラスターと併用する事で一時的な格闘機動が可能。
頭部は名前の由来となった金槌状で、オデコの辺りから突き出している。
カメラアイはそのパーツの影にある。
この金槌状の部分は各種センサー類の集まりで、水中でも地上でも高い精度を発揮できる。
振動感知能力に優れ、BETAの侵攻に対して機敏に対応が可能。
アタッチメントや追加武装も豊富に存在し、背中には2箇所並んだCWSのハードポイントがあり。
専用装備として、手腕大型ミサイルコンテナが準備されている。
揚陸時にこれを放って敵前衛を蹴散らし、豊富な火力と巨体で揚陸地点を確保するのが主任務。
ソードフィッシュ級中型潜水艦と接続も可能だが、単独でも高い航行能力を有している。
性能は高いものの、大々的に量産するにはまだ至っていない。
しかし外洋に接する国、特に日本は導入に意欲的。
ハンマーヘッドを隊長機や主軸にして海神と編隊を組ませる方向で話が進んでいる。
現在横浜基地のメガロドン隊に4機配備されている。





簡単な機体の総合能力比較(勝手な想像です)

不知火=響(主機を上げた場合)<不知火・嵐型<※<雪風限定量産型<雪風

撃震<<撃震・轟型<OR=陽炎<舞風


※不知火・嵐型を雪風水準へ改造した場合はここに入ります。

撃震・轟型は中身がブロック215か違うかで性能が変化。






■ 第四世代計画 ■
別名天(アマツ)計画。
雪風計画の結果から得たノウハウと信頼から横浜基地で極秘に進められている計画。
その内容は、第四世代機の開発とその技術の有効利用。
現段階ではこれと言った結果は出ていないものの、計画の試作開発機は第三世代を大きく上回る性能を発揮している。
どの技術も現在の5年先を行っていると関係者に言わしめ、開発計画の責任者達が如何に異質な天才かを知らしめている結果に。
国連本部にも詳細は提示されておらず、各国はその詳細を知りたくて横浜基地開発計画に参加しているという噂も。
なお、計画には日本帝国も関わっており、噂だが日本帝国用の第四世代戦術機の開発も行われているらしい。




□ 陽燕 第4世代水準 □
正式名称、試作第四世代戦術機・TYPE-X01。
陽燕(ひえん)はバージョン01の愛称であり、現在白銀大尉専用機。
見た目こそYF-23だが、その中身は現在の5年先を行っている機体。
バージョン01には噴射跳躍システムと背部スラスターパックに三次元ベクターノズルなどを搭載し、“限定空間内における高速機動および近接格闘”を実現出来る様に調整されている。
CWSこそ装備していないが、その高い機体性能だけで十分という意見も出ている。
雪風の壱号機・弐号機と同じで衛士の限界を考慮していない為、旧OSや撃震などで慣れた人間では機体に振り回される結果に終わる。
オーバーシステムという機体リミッター解除システムを搭載し、起動する事で機体各部および噴射跳躍システムなどの出力限界を解除。
衛士の体力や肉体ダメージを考慮しないものの、一時的に脅威的な性能を発揮できる。
しかし機体へのダメージも大きく、活動限界時間を越えると主機や噴射跳躍システムが爆発する危険性がある為、10分程度で強制冷却に入る。
改良型のXM3を搭載する事で、リミッターを解除した状態の各部出力制御を演算で行わせて動いている為、頭部モジュールの口元が開いて排熱している。
他にも機体各部の装甲が可動して強制排熱を行わせているが、それでも動くと機体の駆動熱が上がり、冷却装置では間に合わなくなる。
現在、テストを行って安全なレベルでのリミッター解除を構築している。
オーバーシステムには起動キーが存在し、現在「霞愛している」が起動キーらしい。
なおこの起動キーはログに確りと残るので、操縦者はテストの度に悶えている。



□ 月衡 第4世代水準 □
X01のバージョン2、月衡(げっこう)は愛称。
陽燕との見た目の違いは色、陽燕は白、月衡は黒。
また、搭載した噴射跳躍システムなどの違いで性能に差が生まれている。
月衡は“限定空間における高速巡航および長時間活動”が主として設定されている。
その為、最大稼働時間や燃費が陽燕よりも高い。
こちらもオーバーシステムを搭載しており、起動キーが在るかは謎。
基本武装は陽燕と同じだが、唯一腰横に装備する近接武装がジャマダハル(カタール?)の形状をしている。
陽燕は小太刀サイズのブレード。
見た目はやっぱりYF-23で、これは他国へのカモフラージュという説と、開発者の趣味という説が開発部では二分して流れている。







■ 国連戦術機先進技術開発計画 ■
横浜基地の高い技術を国連加盟国に学ばせる機会として香月副司令考案も元開始された計画。
参加国の試験部隊にはXM3が無料で提供され、技術提供を望めば開発責任者(黒金少佐)から等価交換を前提に技術提供が受けられる。
第四世代の噂や、ここ最近軍備が充実し始めた日本帝国軍を見て、主要な国が参加を表明している。
現在保留している国も、いずれ参加するだろうと思われる。
まだ始まったばかりなので、これと言った成果は出ていないが、各国の開発者や整備班は参加しただけで価値があると口にしている。
その理由は黒金少佐提供のXM3関連資料と機体問題の解決策一覧。
各国が自国の技術とプライドを賭けて日々開発に勤しんでいる。











■ その他 ■
雪風計画や他の開発計画とは別個で製作された機体や技術。
主に大和が持ち込んだ未来のデータから作られている。




□ テスタメント □
横浜基地のセキュリティーシステムとリンクしている警備・防衛用端末ガードロボット。
上位・中位・下位の三種類が存在し、それぞれ用途に応じて配備され始めている。
本体と呼ばれる統括システムが横浜基地の中枢(反応炉とは別)に存在し、全ての機体(殿下の機種は除く)がデータリンクで常時繋がっている。
その為、有事の際は迅速に行動が可能。
基本的に1mほどの円盤状の本体に4本足という簡単な形をしている。
しかし技術的にはこれも何年か先を行っている機体。
超伝導による壁の昇降から複合センサーによる監視や人員の確認など、警備用としては不必要に高い能力を持つ。
標準装備として対人鎮圧武装のスタンガンを装備。
現在多数の機体が横浜基地に配備されている。
上に乗る事が出来る。
荷物の牽引も可能。





・ 上位機種 ・
テスタメントの上位機種。
中位・下位への命令権を有しており、有事の際に命令を出す事が可能。
また、マスター登録によってボディーガード能力も追加されている。
基本的に見た目は同じだが、使用者に応じて能力が異なる。
副司令用は簡易CP能力やPC能力を持っている。
社専用機は高い防御能力と中位・下位機種への絶対命令権。
殿下に寄贈された機種はスタンドアローンの特別機。
また、上位機種の特徴として作業用マニュピレータが標準搭載されている。
社専用機には座席とハンドルが装備されているらしい。
黒金専用機には他にはない秘密があるとか。
対人、対小型種用にマシンガンを2門内蔵している。



・ 中位機種 ・
テスタメントの中位機種、主に防衛用。
下位機種の二倍の大きさを誇り、対小型BETA用に開発された。
主に横浜基地地下ブロックに配備されており、反応炉の警備も行っている。
内蔵火器として12mmマシンガン、グレネード6発を装備。
また、外部装備としてガトリング・ミサイルランチャー・グレネードランチャーなどが存在する。
後部には人員輸送用のタラップがあり、最大三名の兵士を運ぶ事が可能。


・ 下位機種 ・
テスタメントの下位機種、主に警備・作業用。
テスタメントと言えばこれが主流。
基地外縁部や基地内部、格納庫内など幅広い場所で配備されている。
能力は上位・中位に比べると低いが、それでも対人鎮圧能力やサーチ能力に長けている。
各種アタッチメントで運搬作業や簡易作業に従事可能。
よく整備兵が正座で上に乗っているのが目撃される。
何故正座なのかは不明、曰く様式美らしい。
戦闘能力は低い為、有事の際は人員の警護や誘導が主となる。
















□ CWS規格 □

雪風計画の際に機体に新しく搭載されたサブウェポンシステムの代表と言える武装システム。
チェンジ・ウェポン・システムの略であり、その名前の通り規格化された武装を交換する事で状況やポジションに応じて最適なサブウェポンを装備できる。
雪風壱号機・弐号機共に片側4ヶ所、全身に8箇所のハードポイントを設置して試験に挑んだ。
チェンジ・ウェポンと明記されているが、場所によっては補助スラスターや弾薬コンテナなどの補助装置も装備する。
現在1番使い勝手と装備の種類が多い肩部CWSが主流となり、不知火・嵐型に装備されている。
また、スレッジハンマーにも同様のものが肩部に設置されており、規格化武装の共用が可能。
また、左右で一個セットだが、好みに応じて片側を別のユニットに変更する事も可能。
肩部でだと
例1:右側ガトリングユニット+左側シールドランチャー(ランチャー側)
例2:右側シールドランチャー(ミサイル)+左側複合センサーユニット(スナイプカノンユニットの装備)   




□ 肩部CWS □

現在最も数が多く、大型の物が多い。
場所の関係で種類も多く、汎用性から一芸特化まで様々。
CWSおよびサブウェポン使用概念育成の為に、現在不知火・嵐型で大々的に使用されている。


■ ガトリングユニット ■

CWS武装の代表格。
ガトリングとグレネードランチャーの二門で構成され、銃口を前に向けた際に上がガトリング、下がランチャーとなっている。
銃弾は36mmを使用、主に小型種掃討や弾幕などに使用されるが、高い集弾率から近距離なら要撃級や突撃級も十分殺せる。
ランチャーには各種榴弾を装填可能で、主に要塞級や群がったBETA相手に使用される。
直撃すれば正面からでも突撃級も吹き飛ばす威力だけに、窮地を脱するのに非常に有効。
肩部と接続するハードポイントとユニットの間に回転軸と可動部を設ける事で、360度縦回転と、左右への広い射角を有している。
主に前衛が装備する事が多く、長刀などを使用している際は攻撃モーションの邪魔にならない位置に勝手に動くので邪魔にならない。
初期のユニットはガトリング2門だったが、汎用性を考えて1門に変更し、空いたスペースにランチャーを装備させた。
この初期型は先行量産を含めた分が存在し、スレッジハンマーなど弾薬を豊富に持てる機体に装備され、横浜基地と、一部帝国軍に配備されている。



■ シールドランチャーユニット ■

多目的装甲と同じに造られた小型シールド内部にランチャーとミサイルを装備したCWS武装。
他の武装に比べると非常に地味だが、ガトリングユニットの倍の弾数のランチャーと、射程の長いミサイルは中堅や後衛での使い勝手が良いと評判。
ランチャーには各種榴弾を装備可能。
片側がランチャー、反対がミサイルという形で装備するが、両方ミサイルまたはランチャーという形でも運用される。
ミサイルはこれまで小型ミサイルと呼ばれていたが、最近になってさらに小型のミサイルが開発されたので、ミサイルか中型ミサイルと呼ばれている。
このミサイルは、AIM-54フェニックスをそのまま小型化したような長距離誘導弾で、高い命中率を誇っている。
数は2発と少ないものの、その射程と威力からここぞという時の援護や攻撃に使える。
ミサイルは発射されると目標に向って地面を這うように飛んでいく為、光線級に迎撃される事が少ない。
スレッジハンマー用の、ミサイル4発装備の大型ユニットも存在する。



■ ミサイルユニット ■

多連装ミサイルを搭載するコンテナから成るユニット。
その中身は92式多目的自律誘導弾システムで、肩部に担架システムを移設した為運用出来なくなった為に、造られた。
縦長のコンテナ内部に、横2列、縦10列の合計20発が搭載され、単発から一斉射まで対応。
当初はコンテナ外側に36mmの機銃を配置する計画だったが、空のコンテナが邪魔、捨てる時に機銃が勿体無い、などの理由から廃止。
その代り、肩部とコンテナとの間に、マシンガンユニットを挟む事で対応した。
コンテナ+マシンガン+肩部ハードポイント、という形で装備される。
このマシンガンは36mmを使用、コンテナをパージすると左右への射角も手に入る為、ミサイル一斉射→マシンガンをサブウェポンに…という形で運用される。
レーダーコンテナはマシンガンの方に装備されている。
重量がかなりかかるように思えるが、コンテナがスカスカで軽いので実はそれ程でもなかったりする。
肩部の強度が不知火・嵐型の倍はあるスレッジハンマー用の、片側40発タイプも存在する。



■ スナイプカノンユニット ■

CWS規格の中でも最長かつ異色な武装。
右側の支援狙撃砲(または狙撃砲)とそれを肩部ハードポイントに接続する多関節アーム、左側にはデータリンク間接照準機を含めた複合センサーユニットから成り立つ装備。
狙撃砲の弾丸は150mmを使用し、要塞級や重光線級を一撃で殺す事が可能。
射程も支援突撃砲と比較にならない性能を有している。
しかし威力と射程を優先した為、更に反動などを押さえる為の機構の問題で連射が効かず、単発。
また狙撃砲自体の長さが戦術機とほぼ同じ(不知火と比べると機体の方が頭で勝っているレベル)なので取り回しが難しい長物。
右手でグリップ、左手を添えるかフォアグリップを握らせた状態で射撃する為、両手が塞がるという難点も存在する。
しかしその射程と威力は魅力的であり、左肩の複合センサーによるデータ収集能力や、データリンク間接照準も高い評価を受けている。
この間接照準は、戦術機のデータリンク能力を利用して他の機体がマークした相手を演算で位置を割り出し、例え機体のカメラやセンサーが相手を捉えていなくても、そこに居るモノとして狙撃が出来る。
これを利用して、脅威である光線級・重光線級を優先的に狙撃が可能。
複合センサーユニットは、基部の上に球体センサー、横にアンテナという形で構成されている、翼のように見える三枚のパーツはアンテナ。
このアンテナを展開する事で、広範囲をカバー出来る。
このセンサーは指揮車両型のスレッジハンマー等にも流用され、一部戦艦にも使われている。
スタイルが合う人間が使えば強いものの、癖が強く、近接戦闘を好む傾向にある帝国軍では評判が悪い。
中には複合センサーユニットだけ装備して他の武装を装備する人も居る。
使う人が使えば重光線級殺しとなる。



■ アサルトライフルユニット ■

スナイプカノンユニットの不人気から新たに開発されたCWS規格装備。
開発は横浜からの技術協力を受けた帝国技術廠。
狙撃砲をそのまま小型化したような見た目で、ラインメイタルのMk-57中隊支援砲をモデルに設計された。
57mmという突撃砲より大きめの弾丸を使用しつつも、高い連射速度と命中率を誇る一品。
支援突撃砲より長くて重いものの、その威力と連射から乱戦以外では活躍が見込まれている。
スナイプカノンと同じように肩部ハードポイントとアームで接続されており、これは反動を押さえると共に片手での取り回しを考えての配置。
アームを腕と考えれば片手でも両手撃ちの状態なので安定して射撃が可能。
また、反対の手が空くので突撃砲を構えるなり長刀を装備するなり出来る。
両肩に装備してもOKだが、やはり長いので取り回しに戸惑うと思われる。
アームから切り離して使用もできるが、その場合は両手で撃つことになる。
ライフル本体の識別は技術廠では01式突撃砲57型となっている。
さり気無く36mmタイプも存在するが、それなら突撃砲を使うという意見もあり量産の目処は無い。
近接用に、銃剣を装備しようという案が出ており、現在試作中。



■ レールガンユニット ■

本編にも登場していないが、単純に狙撃砲と同じように肩部からアームで接続されただけと思われるレールガン。
詳細は不明。


■ 大型ミサイルユニット ■

AIM-54、通称フェニックスと呼ばれる大型長距離誘導弾システムをモデルに開発されたミサイルユニット。
片側に4発の大型ミサイルを搭載しており、射程と威力は申し分ない。
しかし重量の問題からスレッジハンマー専用の装備となっており、本編では描写が無いユニット。
実はクーデター時に空母の装備を瞬間凝固液で黙らせたのがこれ。
ミサイルはシールドランチャーのミサイルと同じで地面を這うように飛ぶ為、迎撃が難しい。


■ テンタクルアームユニット(仮) ■       ☆先行量産型さん提供ネタより☆

片側4機からなる担架とアームを装備したユニット。
突撃砲を装備し、左右合わせて8個もの突撃砲を同時使用可能というやり過ぎ兵装。
一応試作品であり、現在安定した使用の為に設計の見直しとシステムの構築が行われている。
特徴として、強化装備のヘッドセットに追加の眼球追跡センサーを装備する事で、システムが眼球の動きからロックする対象を割り出してロックオンする。
すると対応するアームと突撃砲がそれを狙い、後はスイッチ一つで攻撃を開始する。
アームは個別に操作可能だが、機体操作と一緒に行うのは武ちゃんでも無理なので、複座だから出来る芸当。
装備の為に肩部担架を一つ潰す事になる。
アームと突撃砲は肩部装甲を包むようにコの字に配置されていて、前後が一つ、横が二つという配置になっている。
重量の関係でこれは自体は雪風でなければ装備できない。
現在、不知火・嵐型用にアームの本数を減らしたモデルを開発中。
一応2本タイプの試作品が開発され、現在システムの構築中。
システムが完成すれば、一人乗りであってもシステムが自動で動かしてくれるようになる予定。
アームの先は担架と同じ仕組みになっている為、一応支援突撃砲も装備できる。

試作品のユニットを装備した雪風壱号機の機動性が10%近く低下したのは実は秘密。
要は肩部の強度があればOKなので……。




□ 手腕部CWS □

正確には前腕部で、不知火で言うナイフシース(腕の突起部分)を潰してハードポイントを設置する。
主に小型種用の武装や補助武装が装備される物で、決定的な威力は無い。
でも在ると無いとでは割と差がでる武装でもある。
基本的に雪風系しか装備していないが、不知火・嵐型にはハードポイントは在る。



■ 小型ガトリングユニット ■

別名ミニガトリング、当初は12mmや27mmを使用していたが、現在は36mmに対応。
前腕側面に36mmを使用する小型かつショートバレルのガトリングを装備する武装。
弾丸こそ36mmだが、命中率の問題から近接武装。
連射速度こそ速いが、一定以上距離が空くと命中率が下がる、これは連射と取り回しを優先した結果。
主に小型種、特に戦車級に群がられたり、光線級が足元に居た場合に使われる。
突撃砲を向けたり、短刀で排除するより早く済むのが利点、また至近距離なら要撃級などでも対応できるが、そこまで接近するなら突撃砲か長刀の方が早い。
マガジンは後部に差し込む形で、ナイフシース(突起部)のような見た目になる。
突撃砲のマガジンと共有なので、突撃砲が壊れた時などに便利かと思われる。


■ グレネードランチャーユニット ■

名前の通り、前腕側面にグレネードを装備するユニット。
片側4発装填可能で、腕を伸ばした状態で前方に2発、その後ろから斜め前に2発発射する。
ランチャーと銘打ってあるが、実際は仕舞ってある状態に近く、命中率は悪い。
なので、小型種を散らしたり集団に向けて使うと効果的。
直撃させようと考えるとちょっと難しい。


■ 高周波カッターユニット ■

高周波発生装置と短刀よりちょっと長い刃から構成される近接装備。
刃を超振動させて物質を分けて切るという原理で、凄まじい切れ味を誇る。
現在耐久性や磨耗のテストを行っているが、どれも高い結果を残している事から近々量産が開始されるかもしれない。
現在は雪風(イーニァ・クリスカ機)のみが装備してテストしている。
刃は前腕側面に装備した本体から飛び出す仕組みで、大きさはSu-37などのモーターブレードと近い。
内部に収納されていた刃が飛び出すと、中で刃の後部が固定され、高周波発生装置が動く仕組み。
刃は交換式だが、基本的に主で使う武装ではないので代えは装備しない。


■ ナイフシースユニット ■

名前そのまま、改造時に廃止したナイフシース機能を持たせたユニット。
意味無いじゃんと言われないように、短刀の装備数を1本増やしてある。
やっぱり無いと不安だという人用で、不知火・嵐型にはこれが標準装備として装備されている。


■ マガジンユニット ■

ナイフシースではなく、マガジンを装備しておけるユニット。
片側にマガジン4つと装填する為の補助アームから構成されている。
見た目的に、腕からマガジンが四つ生えているような見た目、補助アームはナイフシースのように突起状態で収まっている。
強襲掃討などのように弾丸を多く使う機体に装備される他、ガトリングユニットを装備した機体でも運用される。
ある程度CWSに慣れた人間が、不知火・嵐型で運用開始している。


■ ブレードユニット ■

欧州のタイフーンやラファールを参考に、腕の側面にスーパーカーボン製のブレードを装備する武装。
ブレードは形的に陽燕の中型ソリッドブレードに近い鋭角な形。
通常時は先端を後方に向けた状態で収納されているが、根元で回転させるように展開させ、先端を前に向ける。
その際に、ブレードの中間から飛び出したグリップパーツを握る事で高い保持能力を持たせる。
姿的にはトンファーを装備した形に近い。
短刀よりも長くて展開も速い事から、こちらを希望する衛士も多い。
根元の回転パーツと刃は別パーツなので、交換も簡単。


■ グラップラーシールド(多目的格闘装甲) ■

正確にはCWS武装ではないが手腕武装なのでここに記載。
主に撃震・轟型などが装備している多目的格闘装甲。
多目的装甲の形などを見直して、先端に二本の爪状パーツを配置。
全体的に小型化したものの、厚みと攻撃力が増した楯。
先端の爪は二つに割れてアームになり、掴んだりするショベルアームとして使う事も可能。
そのまま刺しても十分な攻撃になるが、刺し開いて引き裂いたり、掴んで潰す程度は可能。
でも流石に突撃級の殻は無理。
前腕のナイフシースを潰してアーム接続する為、基本的に装備した腕側の手は空いている。
その為、楯を持ちながら突撃砲などを装備する事が可能。
持ち手も存在し、爪で攻撃したりする際は楯内部のこれを掴んで固定する。
一応、CWS用のアタッチメントがあるので、不知火・嵐型でも運用可能。
現在横浜基地の撃震・轟型が大々的に運用している。



□ 太股部CWS □

戦術機の太股の側面にハードポイントを設置して装備する部分。
しかし位置と装備の数の問題であまり発展性が無く、不知火・嵐型では固定のスラスターになった。
一応改造すればハードポイントになるが、そのまま使った方が安定しているので恐らくこの先増える事は無い部位の武装。


■ サークルミサイルポット ■

太股装備のCWS武装。
太股の側面と言う、腕などに関渉してしまう場所故、あまり大型な武装は装備できない為に開発された。
見た目は円形の機械で、一部突起状に突き出しているのが特徴。
この突起は前方を向いており、実はこれが発射口。
円状のパーツ内部に小型ミサイルが円形に配置されており、回転して発射口に装填される。
発射すると次のミサイルが自動で装填される。
使い勝手はそんなに悪くないのだが、一発づつしか撃てないのが難点。
現在はスレッジハンマー用に改修されて運用されている。


■ 回転式スラスターユニット ■

正確には回転式姿勢制御用補助スラスター。
太股側面に装備するスラスターで、ハードポイントと接続する基部に回転軸を仕込む事で、側面から見ると時計のように360度回転する。
これによって、空中などでの急な方向転換や旋廻などを補助すると共に、姿勢を安定させる為に使われる。
装備されているかされていないかでかなりの差が出ると言われ、不知火・嵐型ではこれが標準装備として扱われている。
背中の追加スラスターの影響でパワーが増した機動を制御するのに有効で、A-01でもほぼ全員がこれを装備させている。
あくまで補助なので、これだけで跳ぶ事は当然出来ない。
初期型はスラスターだけだったが、現在のモデルは先端(スラスターノズルの逆)に短刀を収納できるようになった。
収納と言うが、実際は短刀を先端部の突起で挟んであるだけ。


■ マガジンユニット ■

こちらも手腕のと同じで、マガジンを装備するだけのユニット。
と言うよりマガジンケース?
一応片側4個装備できる。


■ 腿部担架ユニット ■

開発者の一人の提案で造られた、突撃砲を収納できる担架ユニット。
突撃砲を挟む形で太腿側面に配置する事で、突撃砲を捨てる事無く長刀で戦えるように考えられた。
実際良いアイデアに思われたが、割と機体、特に手腕などに関渉して邪魔に成ると言う事で量産されなかった。
長刀装備して戦うと特に邪魔になってしまい、非常に残念なユニット。



□ 脚部CWS □

戦術機の脚部、人間で言う脹脛(?)の側面に装備される形のCWS規格。
肩部以上に大型の装備や重量の装備も可能だが、今現在は開発されていない。
脚部という関係上、装甲やスラスターを兼業した武装が主流になる予定。



■ 脚部ミサイルポットユニット ■

脚部に貼り付けるように装備されるCWS規格の装備。
8連装小型誘導ミサイルが詰め込まれたポットで、特にこれと言った特長は無い。
地味だがミサイルなので強力、スレッジハンマー他、ハンマーヘッド用も存在する。


■ 脚部複合兵装ユニット ■

脚部の側面を覆う形で装着される、スラスター・ミサイルコンテナがセットになった装備。
足首側に跳躍補助スラスター、上半分がミサイルコンテナになっていて、ハッチをカパッと開く事で内部のミサイルが発射できる。
ミサイルは当初中型の二発の予定だったが、新しく開発されたマイクロミサイル(小型ミサイルより更に小型)が搭載される事になった。
現在は雪風壱号機と弐号機でテスト中であり、劇中でも対ソ連軍部隊の時に装備されいた。
この時のミサイルは中型ミサイル。
誰が言い出したのか不明だが、渾名がファストパックだったりする。
これに対して黒金は「微妙に違うような…」と首を傾げていた。
一応装甲としての能力もあるが、あまり期待するような厚さではない。
















[6630] 過去編・前
Name: カーノン◆15995976 ID:27c694ce
Date: 2009/11/23 19:28
















2004年――――日本帝国本土撤退戦――――



オルタネイティヴ5と共に発動された大反攻作戦。

その作戦が各ハイヴで上手く行き始めた矢先に、それは起こった。

大陸内部に存在するハイヴからの、BETAの大進軍。

各末端ハイヴを経由して、奴等は瞬く間に人類が押し返した戦線を蹂躙。

一度は佐渡島を奪還した日本は、甲20号鉄源ハイヴを経由して上陸してきたBETAの大群に、瞬く間に飲み込まれる事になった。

先の大反攻作戦で消耗した日本帝国軍と極東国連軍にこれを止める術は無く。

大東亜連合などのアジア方面も同時に攻められ援軍は期待できず。

日本は離島を除いたその殆どがBETAに蹂躙される事になった。

政府はBETAの進撃にいち早く対応し国民を豪州や米国へと逃がす努力をしたが、日本を捨てたくないと自分の生まれた場所で死にたがる民間人の脱出に手間取っていた。


千葉県房総半島最終防衛線――――


太平洋に面する外房の日本帝国軍湾岸基地では、最後の脱出艇の準備に追われていた。

既に帝国首脳部や将軍は脱出したものの、まだ多くの国民が取り残されている。

その脱出を任されたのは、帝国本土防衛軍第8・第9師団。

残れば間違いなく生き残れない戦場に、命をかけて残ることを望んだ戦士達。

『決死』の文字をあえて機体へと書く事で、己の覚悟を表す衛士達。

その中に、数台だけUN、国連軍カラーの機体が存在した。

彼らは、数日前にBETAによって全滅した国連横浜基地所属だった部隊。

雪崩のようなBETAの進撃を押さえられず、たった数十名のみが生き残った最悪の戦闘の生き残りだった。

「こちらジョーカー05、民間人の脱出の援護を行う」

『こちらCP、国連軍である貴方達は即時撤退が命じられています』

「その国連軍の非戦闘員がまだ避難してる途中なんだ、それが終わればこちらも避難する」

『CP了解、貴官の協力に感謝する』

整備ドッグから修理したばかりの陽炎を操作してCPへと通信するのは、国連軍へとその身を置いていた大和だった。

彼は、所属部隊の隊長の命令で横浜基地から非戦闘員達を脱出させる任に当たっていた為、今回は生き残る事が出来た。

母艦級の突撃。

誰もが予想しなかった超大型BETAの出現とその行動に、横浜基地はまともな対応も出来ずに内部に侵攻され、結果全滅。

生き残ったのは、外縁部で戦っていた少数の衛士と、早くから避難させられた非戦闘員、そして大和がBETAの戦線を突破して連れ出した僅かな人間だけ。

一度陽炎を停止させてシステムチェックを行っていると、機体のカメラセンサーの映像に見知った相手を見つけ、愕然となる大和。

「ッ、桐生さんまだ避難していなかったのですかッ!」

外部スピーカーで呼び掛けた相手は、決死隊へと志願した兵士達が慌しく走り回る中、腕に赤子を抱いて横浜基地があった方を見つめている女性。

「……黒金少尉…私は、ここに残ります…」

「何を馬鹿なッ、死ぬ気ですかッ!?」

慌ててコックピットから跳び出して着座させた陽炎の腕を駆け下りる。

桐生と呼ばれた女性は、30代手前の清楚な女性だった。

その身に包むのは、薄汚れた国連軍の制服。

彼女は横浜基地で産休中の通信兵であり、大和が所属していたジョーカー隊、その隊長の妻であった人。

彼女が胸に抱くのは、その隊長の忘れ形見。

「夫は横浜で散りました……なら、せめて少しでも近い場所で眠りたいんです…」

そう言って、横浜基地の方を…いや、光の灯らない瞳で、虚空を見る女性。

BETAの雪崩のような侵攻と基地の壊滅をその眼にした彼女は、心が壊れかけていた。

今年になって新しく着任した基地司令が脱出命令を出すのが遅く、開戦前に脱出した人間を除いて、結局、非戦闘員を合わせて生き残ったのは30人に満たない数。

彼女とその子供が助かったのは、運が良かったのと夫である桐生隊長の判断によるものだ。

「馬鹿なことを言わないで下さいッ、隊長は貴女にそんな事をさせる為に脱出させた訳ではありません!」

彼女の両肩を掴み、呼びかける大和だが、彼女の瞳に光は戻らない。

大和のあまりの大声に、眠っていた赤子が泣き出した。

今年生まれたばかりの隊長の子供。

「では、私はどうすれば良いのですか…」

「貴女が死んだらこの子はどうなります、隊長の忘れ形見まで殺すのですかッ!?」

酷な言葉と思いながらも、何とか彼女を逃がそうと考える大和。

自分達を逃がす為に、要塞級へ突撃をした隊長の想いを叶える為に。

「お願いです、逃げて下さい。もう直ここも戦場になります…お願いです…」

そう言って、頭を下げる大和。

これでも頷かないなら、気絶させてでも脱出艇へと運ぶつもりだった。

「……分かりました…ごめんなさい、黒金少尉、馬鹿なことを言ったわ…」

顔を上げれば、少しだけ…少しだけ生きる気力を取り戻した瞳があった。

その瞳は、愚図る我が子へと向けられている。

まだ自分には子供が居る、まだ死ねないと立ち上がらせたのは、この赤子だ。

母は強し、そんな言葉を思い出しながら彼女を避難民達が列をなす方へ誘導する。

「黒金少尉、貴方は…?」

「自分は、貴女達が船へ乗り込むまで帝国軍へ協力する心算です」

極東国連軍には撤退命令が出ているが、撤退する為の船や輸送機がもう無いのだ。

だから、この場に居る大和達が逃げるには、帝国軍の船に乗せてもらうしかない。

だが、現在沖合いで輸送船が数隻止まっているが、避難民の受け入れを最優先で行っている。

戦術機を乗せる余裕は残念ながら無かった。

その輸送船への連絡船を守るのが、この基地に残った決死隊の役目。

残れば、まず生きて戻る事が出来ない任務。

「黒金少尉…!」

「ご無事で」

大和が無事戻れないと悟り何か言い掛けた桐生夫人だったが、大和は敬礼を残して機体へと戻る。

「死んでも地獄、生きても地獄…この世界に未来は無いのか…ッ!」

己の経験を思い返し、歯が砕けそうになるほど強く噛み締める。

前の世界で、横浜基地へ母艦級が突撃する事を知った大和。

母艦級の存在とその行動をジョーカー隊隊長である桐生へ告げた結果が、今の自分の状況だ。

「変らない…小手先の術で何かをしても何も変らない、変えられない…ッ」

前の世界と今の世界、どちらも共通していたのは武が横浜基地に居なかった事。

任官を終えた武と元207B分隊の面々は、各方面に引き抜かれていった。

基地には美琴が残っていたが、今はどうなったか分からない。

武は九州戦線へ飛ばされたらしいが、今はどうなったか同じく不明。

既にループは20回を超えてしまっている。

『CPより第8師団および志願部隊へ、BETA先鋒が最終防衛線へ侵入、警戒せよ』

大和が悩んでいる間に、BETAの先鋒が基地から数キロ先まで迫って来ていた。

「こちら国連横浜基地所属ジョーカー05、民間人避難までの時間を稼ぐ」

『サーカス3、同じく時間稼ぎを行う』

『フレイム12、同行させて貰うぜ』

『ホーク7、付き合うわ』

大和のその通信に、横浜基地から奇跡的に生還した衛士達が続いた。

命令では即時撤退だが、その撤退する方法が無いのでは仕方が無いと全員笑っている。

機体を捨てて避難民と一緒に逃げれば命令は守れるが、衛士のプライドと人々の命は守れない。

全員が、ここで散る覚悟を決めていた。

「誰も逃げる気はありませんか…」

『元よりあの地で死ぬ心算だった、それが延びだけだ』

大和の苦笑に、サーカス03の中尉が笑う。

基地から脱出する非戦闘員を護衛する事になった大和と、外縁部の戦闘中に脱出してきた大和達を援護した機体だけが生き残った。

彼ら全員が、死の場所を探していた。

『こちらCP、国連軍の協力に感謝する…』

帝国軍のCPからも感謝の言葉が送られる。

普通なら自分達を見捨てて逃げていいのに、あえて残ると言う彼ら。

戻れば厳罰だろうが、それは戻れればの話。

「行きましょう…」

大和の静かなその言葉に、決死を覚悟した面々が頷いた。













戦闘は熾烈を極めた。

今までの侵攻とは比べ物にならない数のBETAの群に、帝国軍が次々に飲み込まれていく。

「く…ッ、脱出はまだ終わらないのかッ!?」

突撃砲で戦線を抜けようとする突撃級を駆逐しながらCPへ問い掛けるが、CPからは脱出に手間取っていると帰ってくる。

大型輸送船へ運ぶ船の数が足りず、時間が掛かっているのだ。

戦闘が出来ない中破の戦術機を使っても、それでも足りない。

『CPより各部隊へ、基地の南西からもBETAの群が接近、距離1600』

「しまった、抜かれたッ」

CPからの通信に焦る大和。

現在部隊の殆どが北西から攻めてくるBETAに対応している。

ここで南西の渓谷を越えてきたBETAに攻め込まれたら、基地が壊滅する。

「ジョーカー05、足止めに入るッ」

『待って少尉、無茶よっ!』

ホーク7の声も聞かずに全速力で基地へと進撃するBETAの先頭を押さえに入る大和。

「せめて…せめて彼女達が脱出するまでは…ッ」

隊長である桐生と約束した、妻と子供を必ず逃がして欲しいという願い。

その言葉と共に道を塞ぐ要塞級を自爆で吹き飛ばした隊長。

彼の願いを守る為にも、今基地へ入られる訳にはいかなかった。

「おぉぉぉぉぉぉッ!!」

長刀を装備し、先頭の突撃級を切り裂いて横倒しにさせる。

急には止まれない突撃級は、倒れた個体に激突して止めを刺してくれる。

そのタイミングで背後を狙い打つ。

「此処からッ」

突撃級を切り裂き、撃ち殺し。

「先には…ッ」

紛れて襲い掛かってくる要撃級の頭のような器官を切り飛ばす。

「絶対に―――」

戦車級を踏み潰しながら要撃級の腕を根元で切り飛ばし、36mmを至近距離で浴びせる。

「通しは…しないッ!!」

要撃級の切り飛ばした腕が戦車級を圧殺するのを尻目に、突撃級を優先して120mmで撃ち殺す。

300ほどの数を屠っただろうか、機体の各部が警告を放ち始める。

元々横浜基地での戦闘の後、簡単な修理しか受けられなかった陽炎は既に限界だった。

『お前らっ、後は頼んだぞぉぉぉぉぉっ!!!』

「――――――ッ、フレイム12!?」

戦車級に足を齧られ、要撃級の攻撃で腕が大破した撃震が、雄叫びを上げながらBETAの群に突撃していく。

そして、搭載したS-11で周囲のBETAを吹き飛ばす。

「くそ…まだだ、まだ終われない…ッ」

想いを託された、望みを託された、だからまだ死ねない、まだループする訳にはいかない。

せめて、隊長の忘れ形見の二人だけでも安全な場所へ…。

そう思い戦っている間に、戦線は下がり、ついには基地まで到達してしまう。

「頼む陽炎、あと少し、あと少しだけ踏ん張ってくれ…一分でも、三十秒でも良い、俺に時間を…彼女達を守る時間を…ッ!!」

基地へ侵入しようとする要撃級や突撃級を駆逐しながら、自分の機体へと願う大和。

決死隊へ志願した歩兵が小型種と戦う中、大型種を押し止める大和の耳に、待っていた通信が届いた。

『こちらCP、たった今最後の脱出艇が無事に沖へ向いましたっ』

その言葉に、戦っていた衛士や兵士に一瞬だけ安堵が浮ぶ。

『これで最後の通信を終わりにします……ただじゃ死なないわよBETAっ!!』

その直後、CP将校の女性の叫びと共に、通信が途絶え、司令部がある場所で小規模の爆発が起こった。

小型種が内部まで侵入し、残った通信兵達が最後の抵抗を試みていたのだ。

そして最後の通信と共に、自爆。

「く……ッ」

『ジョーカー5、よく耐えたな、我々も半島の先端まで退避する。そこで艦隊に拾って貰うぞ』

サーカス3の通信に、小型種を撃ち殺しながら転送されたデータを見れば、決死隊の生き残りは直ちに千葉県の南端へと撤退し、回収部隊を待てとある。

そこで帝国艦隊の生き残りに拾って貰い、日本を脱出するようだ。

とはいえ、その場所まで逃げ切れるだけの燃料を残す機体がどれだけ在るか。

見殺しには出来ないと主張する上層部の一部を納得させる為の策とはいえ、惨い作戦だ。

事実、帝国軍の衛士達は誰一人離脱しようとしない。

逃げ切れないと分かっている以上に、決死隊として志願したからには逃げるつもりは元々ないのだろう。

大和達は撤退に付き合っただけの部隊故、逃げても誰も文句は言わない。

むしろ、逃げられるように帝国軍が援護してくれている。

怒りと悲しみを抱きながら、撤退に入る大和。

基地を越え、海岸沿いへ出ると、遠くに脱出用に派遣された大型輸送船と脱出用の船が見える。

最大望遠で見れば、輸送船へと引き上げられる人々の姿。

距離がそれほど離れて居ない為、陽炎のセンサーでその姿を捉えられた。

搭載機の殆どを失った輸送船だが、今は民間人を逃がす為の大事な船だ。

その船の甲板に、また一人避難民が引き上げられた。

国連軍の制服に、白い布で包まれた何かを抱く女性。

「桐生さん……」

良かった、無事逃げられた…そう安堵した瞬間だった。

薄闇の世界を切り裂く死の閃光が煌き、輸送船を照らした。

そして、それが何か理解した瞬間……融解した輸送船は各所で大爆発を起こした。

「―――――――――――」

言葉も無く、呆然とする大和。

『なんてこった、船がっ!?』

『重光線級よっ、あいつ等丘の上から狙ったんだわっ!!』

サーカス3とホーク7の言葉を遠くに聞きながら、爆散する輸送船を眺める。

先ほどまで見えていた彼女と、彼女の子供の姿は何処にも無い。

爆発炎上しながら沈没を始める輸送船の炎を正面に、陽炎のセンサーを横へ向ければ、死の光を放つ重光線級が小山とも言える場所に陣取っていた。

帝国軍が排除しようとしているが、要塞級が壁になって辿り着けない。

「―――――――――ッ、あぁぁぁぁ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……■■■■■ーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」

それを見た瞬間、大和の理性が完全に切れた。

もはや言葉にならない咆哮を上げながら、半壊に近い陽炎を駆って憎き相手の下へ向う。

『ジョーカー5、何をしている、戻れっ!!』

『ダメよ、あの子完全に我を失ってるっ!』

サーカス3とホーク7の言葉も聞こえず、基地を横切り、BETAの波を掻き分け、要塞級の壁を切り抜ける。

「殺す…殺す殺す殺す…殺す尽くしてやるぅあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

血を吐くような言葉と共に重光線級に襲い掛かり、その巨大な眼球を撃ち抜き、光線級を蹂躙し、屠り続ける。

邪魔をする要塞級の脆い部分をたたっ切り、重光線級に向けて倒れ込ませ潰させる。

「うらぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!!!」

長刀が使えなくなったので、短刀を瞬時に取り出してその巨大な眼球に叩き込む。

『ジョーカー5、もう良い撤退しろっ、囲まれるぞ!』

『聞いてるの少尉、撤退しなさいっ』

「黙れッ、殺すんだ…こいつら全部殺し尽くすんだ…全て…全てぇぇぇッッ」

叫び続けた為に喉から血が滲み、口の中に鉄の味が広がるが構わずに叫び続ける大和。

その瞳は狂気に染まり、涙が溢れている。

『ちぃ…恨むなよ少尉!』

サーカス3が何かを操作した瞬間、後催眠暗示キーが使用された。

普通なら指揮官が上に、CPやHQへ使用を申請して使う秘匿回線B、だが現在CPは自爆しHQは存在しない。

その為、サーカス3が上官判断として後催眠暗示キーを使い、一度大和を落ち着つかせようとしたのだ。

本来は萎縮したり恐慌に陥った人間に使われるモノだが、同時に思考を落ち着かせ安定を図る側面も持つ。

『――夜の虹、黒い霧、血の雨に打たれし者よ』

「ぐぅぅぅ……ッ、煩い…煩いぃぃッ!?」

『――月の雫、白い水面、魂に導かれし者よ』

「止めろ、止めろおぅあぁぁぁぁッ!?」

『――朽ち逝く地平に幾万の鐘打ち鳴らし、鋼の墓標に刻まれし其の名を讃えよ』

「俺は、俺はぁぁぁ……あぁ…ッ」

『――いざ我等共に喜び行かん、死と勝利に彩られた約束の地へ……』

「俺は………あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

後催眠が完全に掛かる瞬間、鈍い音と共に大和の叫び声が上がった。

そして、鈍い打撃音がコックピットの中で響く。

「俺は……まだだだがえる…ッ!!」

通信の画面に映る大和は、鼻から大量の血を流しながら後催眠を振り払っていた。

『少尉、お前…っ』

『鼻と前歯を折ってまで…!』

戦慄するサーカス3とホーク7。

大和は後催眠を振り払う為に、自分の拳で強化装備から唯一剥き出しである顔面を殴った。

その結果、鼻が折れ曲がり前歯が全滅したが、意識…いや、狂気を保てた。

「ごろじでやる…ごろじでやるぞベーダァァァァァァァァッッ!!!」

鼻が血で詰まり、瞳からは血の涙を流し、醜い形相になりながらも群がってくるBETA相手に戦い続ける大和。

そんな大和を見て、もう手遅れだと判断したサーカス3は撤退を始める。

ホーク7が馬鹿な子…と涙を流し、二人は帝国軍が最後の抵抗をする基地を抜けて脱出ポイントへ移動を始める。

二人の表情は、若い衛士を止められなかった悔しさに溢れていた。

そして…大和が一人戦っていた場所で、S-11の爆発が確認された…。





2003年冬、日本帝国・本土最終撤退作戦――――

その殿として残った部隊は全滅。

生き残ったのは、国連横浜基地所属だった国連軍衛士2名のみ――――。




































「………………………………」

始まりの日、自分の部屋で目覚めた大和は、少しの間ベッドに横たわったまま天井を眺めていた。

そして、込み上げてくる怒りと憎悪が彼の表情を鬼へと変える。

「――――――――――――ッッッ!!」

声にならない叫びを上げながら、部屋の中の物を滅茶苦茶に壊す。

壁を殴り、家具を破壊した拳は、血に塗れても彼の気持ちを和らげる事は無かった。

着替え、部屋を飛び出した大和は、無言で武器が落ちている場所まで走る。

血に塗れた武器を拾い上げ、残弾を確認し、突き進む。

その途中で現れた兵士級を見た瞬間、大和は何の躊躇いもなく引き金を引いた。

蜂の巣になって体液を撒き散らす兵士級を蹴り飛ばし、その凶悪な顔面を踏み潰す。

「……クヒ…クヒヒ…ヒハハハ……ヒャハハハハハハ……ッ!! ……もう知った事か…冗談じゃない……知ったこっちゃねぇんだよ……ッ、キヒヒ、ヒハハハハハハッ!!」

まるで幽鬼のような形相で兵士級の死骸を踏み躙り、歩き出す大和。

そして狂ったように…否、狂った笑い声を上げながら、止まる事のない涙を流しながら、戦いの炎に燃える街へと消えて行った。

今の彼に、それまでの彼の雰囲気は存在しなかった。








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