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[5082] 機動戦史マヴラヴHardLuck(マブラヴオルタ×機動戦士ガンダムTHE ORIGIN(マ・クベ)×黒騎士物語×機動戦士ガンダム08MS小隊×オリジナル)
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2013/05/01 22:29
前書き

機動戦史マヴラヴHardLuck

(オルタ×機動戦士ガンダムTHE ORIGIN×黒騎士物語×ガンダム08MS小隊×その他素敵なもの(おじ様)い~っぱい 0083スターダストメモリー 0080ポケットの中の戦争)

どうも始めまして、赤狼と申します。
本作品は基本的にはガンダムとマブラヴのクロスオーバーです。黒騎士物語は脇役ポジションで出てきます……と思ったんですが、気づけば源文キャラが山のように出てきてました。

08小隊のキャラクターはギニアス・サハリンやノリス・パッカード大佐などがメインでアイナとシローは出てきません。
その他脇役として出てくるオリジナルのジオン公国軍人の方々は、世界大戦第二次世界大戦で著名な軍人さん達の名前をお借りしています(大体、某ゲンブン先生の漫画に出てくる方々です)
出てくるキャラクターは中壮年が多いです。これはオッサン好きな作者の趣味が全開ゆえであります。
 オルタの方々には皆出ていただく予定です。

 主人公はTHE ORIGIN版のマ・クベで、オデッサを生き延びた彼が4階級降格されて中佐として特殊部隊に編入され、作戦中にオルタ世界に飛ばされる。と言うのがメインの流れになっております。
ガンダム作品中の資料で語られていない部分や曖昧な部分は独自解釈で補填していきます。未熟者でありますゆえ、お見苦しいところも多々ありますでしょうが、よろしく御願いします。


注意※時系列としては追憶のオデッサ編→外伝 誰が為に凱歌を謳う→本編という並びになります。そして本編の内容にかなり絡んできますので、目を通しておくことをお勧めします。


2012年8月24日 第1~第4章までを加筆修正












[5082] 第一章 強襲
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2012/09/27 11:10
※この作品ではガンダムTHE ORIGINの設定を基本的には優先しています。よってTV版などと設定が食い違うことがありますが、ご理解ください。







それは、誰かが望んだ他なる結末

数奇な運命により集った男達の織り成す

鋼鉄のおとぎ話





機動戦士マブラヴ~Hard Luck~






――― 西暦1999年、横浜ハイブF層中央区画。

 怪しげな燐光を発する天蓋と床。地下深く暗黒に閉ざされた空間でおぼろげに光を放つ
 なにかがある。
 それは暗闇の中に糸のように下り立つ柱は、怪しげな燐光を放っていた。その中はなぞの液体で満たされており、青白い光を放つその液体は中にあるものを保護管理し、生かした状態を保っているのだ。
 それは中にあるものが生存するのに必要な栄養素を供給し、同時に  それの存在をモニタリングし続けている。

『タスケテ…』

 柱の中の何かは呟いた。心からの願いを押し出すように。

それは無力ゆえの慟哭…

『オネガ…マス…ケテ…ダサイ』

それは愛ゆえの叫び…

『…ヲタスケテ、クダサイ』

 その叫びを聞き届けるものはいない。もとよりこの空間に彼らを除いて生きているものなどいなかった。
 いや、彼らを生きていると形容することがはたして正しいのであろうか。
 
 唐突に空間が震えた。おそらくは地上で、何かすさまじい衝撃が巻き起こったのであろう。広大な地下空間すべてを振るわせるその激震の中にあってなお、それが漬かっている液体は明滅を繰り返していた。
 まるで、その声がどれほど激しいかをあらわすように……。
 それは、本来ならば、かなえられぬはずの願い。
 誰しも答えることなど無いはずの慟哭。
 汲み取ることなき、懇願のはずだった。

 しかし、すべてを超えて声は届いた。

――― 宇宙世紀0079 11月20日 地球 



「一体、なんだというのかね…」

誰かの「声」を聞いたような気がして、男は正面モニターから視線を外した。無線封鎖中なので、回線はオフになっているはずだ。

「気のせいか…」

 なにやら心に浮かんだ疑念は無視して、再度、彼はモニター上の編成表に視線を戻した。アイスブルーの瞳が液晶に移る情報を冷静に読み取って行く。
 現在、待機中の愛機の薄暗いコクピットの中で、モニターの光が彼の目を突く。やや蒸し暑いはずなのに、男の広い額には汗が数滴浮かぶばかりであり、骨ばった顔つきと彫りの深い目鼻立ちはどちらかといえば冷たい印象を与える類の男である。
 にもかかわらず、彼の部下たちがもつある種の狂熱は共にしたひとつの戦場に由縁するものであった。
 「マ・クベ斬込隊」とあだ名された志願者による白兵強襲部隊、それこそが中佐まで降格されたこの男が持つ唯一の財産であった。
 男の名は「マ・クベ」かつて地球侵攻軍の総司令官を勤めた男である。



 第600機動降下猟兵大隊……MS1個大隊とその母艦にであるザンジバル級機動巡洋艦4隻で編成された、MSによる特殊強襲部隊である。
 大隊長のヨアヒム・パイパー大佐を筆頭に、曲者ぞろいのこの大隊の任務は、大気圏外から艦隊ごと敵中に降下し、橋頭堡を築くというごくごくシンプルなものである。
 それゆえに犠牲者も多く一時は一個中隊規模まで、縮小した部隊であった。

第600機動降下猟兵大隊編成

大隊長:ヨアヒム・パイパー大佐
所属艦艇:ザンジバル級機動巡洋艦「モンテ・クリスト」「ヴァルト・シュタット」
「ボルドー」「ザンジバル」
旗艦:「モンテクリスト」
大隊長機:ケンプファー
所属MS:38機(予備を除く)

第一中隊(通称:黒騎士中隊)
中隊長:エルンスト・フォン・バウアー少佐
中隊長機:アクトザク改(頭部装甲をフリッツヘルムに換装)
小隊編成 通常
第一小隊:アクトザク改・ザクⅡ改B型(フリッツヘルムタイプ)×3
第二小隊:ケンプファー×2・ザク改B型×2
第三小隊:ザク改B型×4
第四小隊:ケンプファー×2・ザク改B型×2
乗艦「モンテ・クリスト(旗艦)」第一・第三小隊
  「ヴァルト・シュタット」 第二・第四小隊
   
第二中隊(通称:白薔薇中隊)
中隊長:リディア・リトヴァク少佐
中隊長機:ゲルググJ
小隊編成 特殊(3機小隊)
第一~第三小隊:ゲルググJ
乗艦「ボルドー」

第三中隊(通称:斬込中隊)
中隊長:マ・クベ中佐
中隊長機:ギャン
第一小隊:ギャン(特殊) イフリート×4
第二・第三小隊:グフ×4
乗艦「ザンジバル」


 マ・クベがこの部隊に送られた経緯はオデッサでの敗戦の責をとり、4階級降格となったことが発端であった。
 この時臨時編成でオデッサ撤退戦において直率した殿部隊とともに、この部隊に配属されたのである。
 指揮官であるヨアヒム・パイパー大佐は豪放零落にして巧緻にたけ、癖の多い精兵どもを使いまわす手腕には定評がある。この大隊は、キシリアの直属部隊の一つであり、そういう意味ではキシリアの最後の温情のようなものであった。
 中隊の通称を見て、マ・クベは苦笑いした。
 「陣頭指揮」という言葉がいかにも似合わない自分が「斬込隊」の指揮をとっているのだから、運命とは分らないものだ。それを言ってしまえばオデッサで生き残れた事自体がそうだった。

 刹那、凄まじい光条が頭上を走る。艦隊の援護砲撃だ。メガ粒子砲の残留磁場が、モニターの映像を歪ませる。
 一瞬、遅れて、轟音と共に立ち昇った炎が、明々と夜空を照らした。
 おっとり刀の衝撃波が機体を震わせるのに合わせて、マ・クベは速やかに回線を開いた。

「諸君、時間だ」

 薄暗い闇の中で、マ・クベの愛機の単眼に火が灯る。YMS-15ギャンの流線的な装甲から偽装シートが滑り落ちる。
 それに合わせるように、周りから偽装シートを外套のように羽織った機体が次々と立ち上がった。次々と同種の影が暗い森の中に立ち上がる。
 いくつものカメラアイの眼光が、鬼火のように揺らめく。空間強襲用の黒色迷彩に塗装された機体は、ギャンを筆頭にまるで中世の騎士団の如き様相である。
だが、彼らは物語などに美化されるような存在ではない。もっと荒々しく、純粋な暴力装置足らんとするもの達である。

≪隊長、全機戦闘準備完了しました≫

 副官の男が淡々と告げる。通信機ごしに聞こえる声は程よい緊張が含まれている。
 マ・クベはコクピットの中で満足げな笑みを浮かべると、胸の底で高ぶり始める何かを感じながら、通信回線を開いた。もちろん声音には、そんなものなどかけらも出さない。

「結構。それでは諸君、戦争を始めよう」

 無線通信によって流れた冷静な声が、配下の戦士たちの狂熱に火をつけた。



――― 元ジオン公国軍極東制方面制圧軍、アプサラス開発基地跡周辺。

地面に開いた巨大な空洞の傍ら、薄明かりのともる駐屯地を凄まじい閃光が襲った。
続いてそこかしこで爆発が起こり、襲撃を知らせる警報がけたたましく鳴り響く。

「敵襲!! ジオンの夜襲だぁぁぁぁ!!」

連邦兵の悲鳴をかき消すように、対地制圧弾頭からばら撒かれた子弾が空中で炸裂し、辺り一面が鉄の豪雨にさらされる。無慈悲な黒い雨は装甲板を貫き、護るもののない人体を引き裂いて、爆炎と血煙が燃え上がる景色に、さらにむごたらしい色を添えた。
その日、ジオン公国軍極東方面制圧軍の基地跡に駐留していた連邦軍の機械化歩兵部隊は、突然の襲撃を受けた。

「早くMSを出せ!」

「61式が…燃えている…」

「うわぁぁぁ、足が、俺の足がァァァ」

「航空支援を呼べ!」

「衛生兵! 衛生兵ぇぇい!!」

 戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図である。
やっとの事で起動した陸戦型ジムが一瞬で穴だらけにされる。戦車の砲塔が空高く吹き飛び、基地の施設は次々と銃撃を受けて廃墟へと化していく。
爆発と悲鳴と怒号、喧騒の中で重苦しい足音が基地を震わせる。
燃え盛る炎を背にしたいくつもの巨大な影。その顔の部分に鬼火のように光を放つ。
 闇に溶け込むように黒く塗装された装甲が、炎に照らされて鈍く光る。

「…夜間強襲用の黒色迷彩!? こいつら、特殊部隊だ!!」

 混乱の中、駆け抜けるMSを捉えた兵士は絶望の叫びを上げた。
 それはMSの一隊であった。ジオン公国軍の主力MSザク、その集大成とも言える期待である。後期生産型の特徴であるフリッツヘルメット型の頭部装甲は、大昔に潰えた帝国の兵士を思わせた。
硝煙と業火の中にたたずむそれは、まさに地獄からの使者であった。

「黒いザクの部隊……まさか黒騎士中隊か!?」

 それは一年戦争初期に連邦軍の間で伝説となったMSの特殊部隊。強襲降下を得意とし、重要拠点の制圧には必ず参加していた言われる精鋭部隊。
もっとも、それらは戦場でありがちなプロパガンダの類と言われていた……はずだった。 
 だがその与太話が現実に、彼らを攻撃しているのだ。黒いザクの一団は、まるで得物に襲い掛かる狼の集団のように、駐屯地の主要施設を目茶目茶に破壊した。
 MMP-80マシンガンの90mm機関砲弾が兵舎を粉々にし、銃身下にすえつけられたグレネードランチャーが、駐屯地司令部のあった場所を吹き飛ばす。

「コジマ大隊は、コジマ大隊は一体何をしているんだ!?」

 名も無き兵士の絶叫が、暗い夜空の果てに消えた。

――― 連邦軍極東方面軍コジマ大隊の駐屯地。

 無線機が機械化歩兵部隊からの救援要請を必死でがなりたてている。
だが、それに答えるものは居ない。
 なぜなら、それが置いてある野戦司令部は炎に包まれており、職員たちは待避したあとだからだ。
 真っ赤な炎に包まれながら、なおも無線機は相手を求めてがなり続けていた。
 やがて屋根を突き破って落ちてきたMSの上半身が、無線機を押しつぶした。




 斬り捨てられた連邦のMSを、薄闇からモノアイが静かに見つめていた。ビームサーベルの光が黒色迷彩塗装された機体のシルエットを闇に映す。
 中世の騎士甲冑を思わせる機体形状、手にした円形盾と高出力ビームサーベルはその機体の特色ともいえる。
 マ・クベのギャンはその他にも大小の改修を重ねていた。指揮官専用機としては珍しいほど実戦経験を積んだ機体である。
 ザンジバル級による準備砲火の間に、敵基地へと接近したマ・クベの斬込隊は、砲撃の混乱が覚めやらぬ内に突撃をかけた。
 起動前の敵MSを片端から斬り伏せ、グフとイフリートで構成された斬込中隊は僅か15分でコジマ大隊を壊滅させていた。
 オープン回線で、メルダース中尉から音声通信が入る。

《マ・クベ隊長、基地の制圧が完了しました。斬込中隊、損害ありません》

「ご苦労。パイパー大佐に報告しろ」

《了解しました》

「諸君、ご苦労だった。作戦の第一段階は成功だ。捕虜はとるな、逃げる者は放っておけ。だが、気は緩めるな」

《《《《《《《《《《《《了解!》》》》》》》》》》》》

 通信を切ると、マ・クベはヘルメットのバイザーを上げ、シートに深く腰掛けた。大きく息を吐き出して、自然に入ってくるのを感じる。
 呼吸が戻ったところで、通信機のチャンネルをザンジバルに合わせた。

《何でありましょうか?》

「ウラガン、さっきの戦闘は見ていたな」

《マ・クベ様の鬼神のような活躍ぶり、拝見させていただきました》

 感嘆の入り混じった声音でウラガンが言う。だが、マ・クベはあっさりとその賞賛を切り捨てた。

「ギャンは使える機体だ。一概に私の腕とは言えぬ。だがオデッサでの撤退戦から調子が良いことも確かだ。敵の動きも味方の動きも良く見える」

《世に言うNTと言う奴なのでありましょうか》

「…ウラガン。敗北が見えてきて、神がかり的なものに頼りたくなったか?」

《い、いいえ、そんなことはありません!》

 マ・クベが冷静にたしなめると、ウラガンはあわてて否定する。そのまま、ウランガンを攻めるでもなく、だが、とマ・クベは続けた。


黒騎士中隊と合流したマ・クベは旗艦「モンテ・クリスト」の艦橋に呼び出されていた。黒騎士中隊隊長のバウアーや白中隊の隊長リディア・リトヴァク少佐と共にブリーフィングを行うためだ。大隊長のパイパー大佐が今後の予定を説明する。

「とりあえず、基地周辺の確保には成功した。これよりザンジバル級で基地跡に降下、調査を開始する。だが油断はするな、MS隊はいつでも出撃できるようにしておけ!」

「「「は! 了解しました」」」

マ・クベ、バウアー、リディアの中隊長3人が一斉に踵を打ち鳴らして敬礼をする。パイパー大佐の答礼を確認すると、3人は腕を下ろしてその場を後にした。
3人で格納庫へ向かう廊下を歩いていると、バウアーが大仰に伸びをしながら振り返った。

「しかし、歩兵相手と言うのはやはりつまらん。MSの敵はMSだな」

にやりとするバウアーを見て、マ・クベはあきれた顔になる。

「歩兵の怖さを知らんキミでもあるまいに…」

「しかし中佐の斬込隊は、噂どおりですわね」

 リディアが感嘆したように言った。この一見幼さの残る色白の女性は白薔薇中隊隊長にして、「ルウムの白薔薇」の名で連邦に恐れられたエースパイロットである。
 もっとも、マ・クベのほうは彼女の容姿は気にも留めていないらしく、平坦な口調で返した。

「我々が接近できるのも、支援があってこそだ」

「はははは、貴様にしちゃ珍しいな! こりゃ今回は何が起こるかわからんぞ」

 バウアーが豪放に笑いながら、マ・クベの背中をどやしつける。

「貴様は少し考えろバウアー。…特に力の入れ方をな」

 背中をさすりながら、軽くバウアーをにらむ。その様子を見て、リディアが少し驚いたような顔をした。

「そういえば、マ・クベ中佐とバウアー少佐はお知り合いなんですか?」

「お知り合い、ってほどのもんじゃない。単なる士官学校の同期だ」

 ひらひらと手を振り、バウアーが鷹揚に答える。マ・クベが横から静かに付け加えた。

「オデッサ撤退戦に関わる責を私が問われた時、パイパー大佐に助命嘆願をねじこんだのはバウアーだ。私はパイパー大佐とバウアーには借りがあるのだよ」

「大したことじゃねぇさ。士官学校時代の優等生が珍しく肝っ玉を見せたんで、もったいないと思っただけだ」

 軽口を叩きながら、バウアーが制帽を深く被りなおす。どうやら、ガラにも無く照れているらしい。
 その様子を見て、リディアがくすりと笑った。

「二人とも、仲がよろしいんですね」

「「…悪くはないな」」

 いかにも不承不承といった感じだ。それを見たリディアが、また、くすくすと笑う。
三人は格納庫まで軽く歓談すると、各々の乗艦に帰った。ザンジバルへの帰路、マ・クベが一人呟く。

「悪くない…か」

 オデッサの激戦を越えて、男は変わっていた。



 4隻のザンジバル級機動巡洋艦はユックリとアプサラス開発基地跡へと降下していた。
MS部隊は万が一に備えて、搭乗待機している。

《暗いな。まるで地獄の入り口だ》
 
 通信機から、ノイズ交じりでバウアーの呟きが聞こえる。
マ・クベがニコリともせずに「作戦前に縁起でもないことを言うのは止めてくれないか?」とギャンのコクピットから冷静なつっこみを入れる。

マ・クベが第600機動降下猟兵大隊に配属されてからと言うもの、二人はいつもこんなやり取りをしている。それが、周りに「二人は親友だ」と言われる原因なのだが、当人たちは気づいていない。

《大丈夫なのでありますか? 地上に監視を遺しておかなくて》

 二人の会話を聞いていたシモ・ヘイヘ少尉が不安そうに言う。北欧系で生真面目な性格の男だ。

「地下に何があるのか分らない以上、戦力の分散は得策ではない」

《なるほど…》

《どうしたヘイヘ少尉。いつになく弱気じゃないか、リディア少佐の尻にしかれたか?》

《聞こえてますよバウアー少佐》

 軽口を叩くバウアーをリディアがとがめる。ヘイへはリディアの白薔薇中隊の一人で、オデッサ防衛戦にも参加した凄腕の狙撃手である。プレッシャーに押しつぶされるような性格ではない。

《上手くは言えないんですが、なんとなく嫌な予感がするというか…》

「……」

《どうしたんですか中佐?》

 実を言えば、マ・クベもある種の予感のようなものを感じていた。暗い地の底に何かが、何かとほうもない運命が待っているのではないか…。そんな気がしていたのだ。

 突如、格納庫を激しい揺れが襲う。緊急警報が鳴り響く中、なんとも言えぬ感覚がマ・クベを捕らえる。心臓を鷲掴みにしてくるような重圧。
マ・クベは即座に艦橋へ回線を繋つないだ。

「ウラガン! 何があった!!」

《……震、です! た、大気が、振動す…ほど…烈な…地震…、磁場で…が乱…て》

「ウラガン! ……地震だと? くそ! 磁場で通信機が乱れているのか?」

 マ・クベはギャンのコックピットの中で悪態をつくと、砂嵐状態になった通信機に何度も呼びかける。

《…こちら、…基地防衛隊……ノリス…佐》

通信機から途切れ途切れに誰かの声が聞こえてくる。

「!? なんだというのだ! 一体」

 じれたマ・クベが通信機の感度を上げる。

《マ・クベ様!!!!!!!  大変です!!!!! 外が! 外が!》

 耳をそばだてたところへウラガンの声が大音響で流れる。一瞬、マ・クベはシートからずり落ちそうになった。

「落ち着けウラガン。どうかしたのかね」

 憮然としながらマ・クベが答える。

《とにかく、外の様子をつなぎます》

 艦のメインモニターの映像が映る。あまりの光景に、マ・クベは言葉を失った。
映像回線用の液晶は、地下の大空洞を写していた。青く光る外壁が四方を覆い、彼らが降下してきたはずの天上すら覆い隠している。
突然、オープン回線で野太い声が割り込んでくる。
 


《こちら! 基地防衛隊司令のノリス・パッカード大佐であります!! 現在我が基地は謎の敵勢力から攻撃を受けております! 直ちに救援を……》

 通信は途中で切れた。後ろからは悲鳴や怒号、絶え間ない銃砲の音が聞こえた。

「……」

《マ・クベ様、どう致しましょう…》

「………」

《マ・クベ中佐?》

 無言のマ・クベにウラガンが、見殺しにする気なのか、と不安そうにマ・クベを見る。通信機からオープン回線でパイパー大佐の声が響いた。

《全部隊に告ぐ! すでに確認した者もいるかもしれんが、味方が戦闘中である! 此処がどこかはこの際後回しだ!! 今は味方を救出する!!》

 黙っていたマ・クベが口を開いた。

「諸君、命令は聞いたな? 出撃する」

 待機していたMSの単眼に灯がともった。やることは決まったのだ。後は自分の仕事に専念すれば良い。熱核融合炉に火が入り、フィールドモーターが滑らかに間接を動かす。格納庫の扉が開いていく。眼前に広がるのは遥かな戦場。
覚めた心の中に、冷たい炎が燃え上がった。





[5082] 第二章 辺獄
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2012/08/24 20:21
――― 1999年 横浜ハイブ地下

 男たちは地獄の釜の中に居た。天蓋と地面が青白く光っている。その燐光をかき消すように燃え盛る炎と曳光弾の軌跡が薄闇を切り裂いていた。鋼の巨人が120mmという戦車砲なみの機関砲を撃ちまくり、陸上戦艦の主砲が咆哮する。その火線の全ては大軍をなす異形の怪物たちへと向けられていた。砲弾が着弾するたびに青白い大地を吹き飛ばし、その上にいたものを肉片に帰る。曳光弾は容赦なく肉をえぐりその醜悪な造形を崩していく。
 辺獄の如きその場所で、彼らは一心不乱に戦い続けていた。一秒先の命の為に、傍らにいる仲間の為に、異形の怪物と渡りあう彼らはその場所をアプサラス開発基地と呼んでいた。
 
 黒色迷彩に塗装されたギャンとその周りを囲む同色のグフタイプの一群はまさにその辺獄の最前線にあった。軽やかなステップとともに真っ直ぐに突き出されたビームサーベルが6足の化け物を貫く。瞬時に縮退荷電粒子の刃が化け物の肉を焼き崩し、体液を沸騰させる。
 体中の穴という穴から体液を炸裂させながら、がくがくと断末魔の痙攣を起す化け物をマ・クベは画面越しに冷徹に見つめていた。
 湧きて湧きて尽きぬ敵である。一匹一匹の強度はそうでもないが問題はオデッサの連邦軍もかくやというその数にあった。
 
 となりにいたイフリートが同じ甲殻を持つ6足の化物に蹴りを入れながら、ヒートソードを引き抜いた。正面から甲殻を貫かれた6足の化け物が支えを失って崩れ落ちる。周りに立ち込める薄い霧は、MSの熱伝導兵器によって蒸発した体液である。うす赤いそれはまさに血煙だ。
これで、何体目になるのだろうか。無尽蔵に立ちふさがる化け物共を斬り伏せながら、マ・クベは思った。

オデッサの時と同じ。斬っても、斬っても、尽きることの無い敵の軍勢……

 もしかしたら、自分はまだあの戦場で戦っていて、これは戦いに狂熱した脳が見せる幻影なのではないか、そんな疑念さえ浮かんでくる。だが、今は悩んでいる暇などない。
正面から殴りかかってきた4足の前腕がギャンに迫る。滑らかな機体駆動で難なくかわすと、腕を付け根から切り飛ばした。
 フィールドモーターによる滑らかな機体駆動は、慣れないパイロットでも高い機動性を引き出せる。オデッサでたっぷり場数を踏んだマ・クベにとって、ギャンは自分の体も同じだ。振り向きざまに醜い顔を胴体ごと断ち割る。蒸発した体液で血煙が舞い、化け物は地面に沈んだ。
力が抜けてへたり込む様は、なんだかタコっぽくて気持ちが悪い。

「そう言えば、東洋ではアレを食べると書いてあったな」

 ふと、マ・クベは少し前に読んだ地球文化の本を思い出した。

《マ・クベ隊長、ご無事ですか!》

 ヒートサーベルの二刀を構えたイフリートがギャンの隣に並んだ。マ・クベのギャンと同じく黒色迷彩が施され肩にはヒートサーベルのぶっちがいにビームサーベルのエンブレムが画かれている。マ・クベが指揮する斬込中隊のエンブレムだ。


「メルダースか、中隊はどうだ?」

《みんな、よくやってます。オデッサからの生え抜きだけあって、まだ誰も落ちてません》

 ヴェルナー・メルダース少尉、オデッサでマ・クベが編成した斬込隊に一番に志願した男だ。今は「斬込中隊」の副隊長を任せている。
 
「メルダース、我々は此処で死ぬと思うか?」

通信機越しに、陽気な笑い声が返ってきた。

《ご冗談を。オデッサに比べれば、撃ってこないだけよっぽどましです》

「…見た目は多少悪いがな」

 オープン回線での会話の為、中隊全員の笑い声が通信機越しに聞こえてくる。それでいて気を抜いているものは、一人もいない。
 斬込中隊のメンバーは、オデッサ撤退戦の折に彼と共に殿となり連邦軍相手に切り込みをかけた斬込隊の生き残り達である。筋金入りの白兵巧者ばかりだ。

 陽気な部下たちの反応を見て、マ・クベは少しだけ頬を緩めた。
 何故こうなったのかを今考えても仕方ない。
 此処はオデッサではない。だがオデッサの様に「敵」がいて、オデッサの時の「味方」がいる。
 ならばやる事は決まっていた。斬って、斬って、斬り抜けるのだ。
 
 隊伍を組んだ六つ足の間を縫うように、イフリートがヒートサーベルの二刀で舞う。ギャンのシールドミサイルがタコもどきを吹き飛ばす。足元に群がろうとする有象無象はグフのヒートロッドが打ち砕く。まるで血の華を咲かせるように、醜悪な化けモノを醜悪な肉塊に変えながら、マ・クベのギャンを筆頭にグフとイフリートの混成部隊は、まるで一つの機械の用に化物どもを屠殺した。
 シールドが攻撃をそらし、そいつを別のヒートサーベルが斬り伏せ、別のシールドが彼らを守る。絶妙に合わされた息の感覚は、彼ら自身を精巧に噛み合う歯車であるように錯覚させる。
 味方の存在を、彼が何をしようとしているのか、感じ取りながらそれに合わせてた動きを瞬時に「全員が」理解していた。
 それは決して悪い気分ではなかった。戦争は一人では出来ないし、一人でするものでもないのだ。

《マ・クベ! 30秒後に支援砲火がくる!! 援護するから下がれ!》

 通信機から響いた声が、マ・クベの意識を現実に引き戻す。黒騎士中隊の隊長エルンスト・フォン・バウアー少佐から通信が入る。マ・クベの僅かに後方にいる頭部装甲をB型(フリッツヘルメット型)に換装した黒いアクトザクが彼の愛機だ。同じ黒色迷彩で塗装されたザクの一団が、一斉にグレネードランチャーを放つ。弾は放物線弾道で斬込中隊の頭を超え、敵の後衛に炸裂する。後衛と前衛が分断された瞬間、すかさず横隊を組んでマシンガンのセミオート射撃で支援射撃を加えた。対歩兵対空用の近接信管弾頭である。90mmの高速弾ということもあいまって低伸弾道を描いた火線が敵の眼前で爆発した炸裂の衝撃波とばらまかれた破片が化物の肉をズタズタに引き裂く。全身の勢いが僅かに衰えた瞬間を、マ・クベは見逃さなかった。
 マ・クベが通信機に向かって怒鳴る。

「全機ロッテ(二機編隊)で散開しつつ後退! 射撃兵装の残弾は、全てくれてやれ!」

 グフの部隊が、素早く2機編隊で後退していく。75mm機関砲で敵をけん制し、追いすがる敵はイフリートの小隊が斬り伏せる。
 止めとばかりに後衛で構えていた黒騎士中隊のケンプファーが重マシンガンで掃射を掛ける。荷電粒子の火線が化け物どもを片っ端から薙ぎ倒す。
 マ・クベはハイドボンプの残りをばら撒いた。殿を務めるイフリートの小隊に回線を繋ぐ。

「良くやったメルダース、下がるぞ」

《了解!》

 全速力で下がるギャンとメルダースのロッテ(二機編隊)の援護に回ったのは遠方に展開した白薔薇中隊であった。リディア・リトヴァク少佐率いる狙撃部隊のゲルググJが狙撃用のビームマシンガンをフルオートで撃ちまくる。
荷電粒子の弾道が交差し、敵群の前進を阻む。敵との距離が徐々に開いていく。後方で待機していた母艦群は既に行動を開始していた。

 

 後方に待機していたザンジバル級機動巡洋艦「ザンジバル」は2期編隊で後退してくる斬込中隊を確認した。黒騎士中隊と白薔薇中隊がその後退を援護している。

「艦長! あと10秒で斬込中隊が安全圏に入ります」

 オペレーターが厳しい顔つきで叫ぶ。艦橋の望遠モニターに映し出される機影を見つめていたウラガン大尉は、緊張した面持ちでうなずいた。

「ミサイル発射用意! 弾頭対地制圧!」

「ミサイル装填。弾頭、対地制圧!」

 火器管制担当のオペレーターがすかさず復唱する。

「斬込中隊及び黒騎士中隊後退中! 全機安全圏到達まであと7!」

「ミサイル装填よし! 発射管開きます」

 火器管制のオペレーターが発射ボタンのロックを解除し、いつでも撃てるように指をそえる。

「6!」

「5!」

「4!」

「3!」

「2!」

「1! 全機安全圏到達!!」

 索敵担当の声と共にウラガンは号令を発した。

「発射管開けぇっ! ミサイル水平発射!!」

ザンジバルの前部発射管から6基のミサイルが打ち出される。同じく後方に待機していたザンジバル級「モンテ・クリスト」「ヴァルト・シュタット」「ボルドー」の三隻も、続いてミサイルを発射した。
水平弾道で発射されたミサイル群は、密集隊形をとっていた怪物たちの上空で無数のクラスター弾子を敵上空でばらまくと、一気に炸裂した。壮絶な轟音と共に巨大な傘のように広がった鉄の豪雨が降り注ぐ。

安全距離に下がっていたマ・クベは、榴散弾の雨が降り注ぐ様を冷徹に見すえていた。ギャンの隣には、メルダース中尉のイフリートが控えている。

「…良くやってくれたウラガン。まさに完璧だ」

 恐ろしい規模であった怪物どもの密集隊形は崩壊し、ところどころで半死半生の怪物達がのた打ち回っている。全軍が歓声を上げ、興奮した声が通信機から聞こえた。マ・クベの顔に我知らず、笑みが浮かぶ。
 だが一方で、それほど楽観し出来ないのではないか、と言う声が彼の中でささやかれた。
敵の過半数が動けはしないものの数百万発の鉄の豪雨を生き延びている。恐ろしい生命力とそして数である。

(もしあれがもっと大量に来ていたら? あるいは突入口が一つではなかったら……)

そこまで考えて、マ・クベは際限なく湧き上がる思考を振り払った。

「いかんな。戦闘中に考えすぎるのは悪い癖だ」

 こんなことで、よく今まで死ななかったものだと、自分に呆れた。死ななかったのは、部下が背中を守ってくれたからなのだ。
今はその彼らを一人も失わなかったことを喜ぶべきなのだろう。そして成すべきことをすべきなのだ。悩むのも苦しむのもその後でいい。

(今、私が今出来ることを……) 
 
我知らず凄絶な笑みを浮かべ、マ・クベは貴下の中隊に下命した

「諸君! 殲滅戦を戦うぞ!!」

 通信機から、歓声が返ってくる。ヒートサーベルを赤熱させたグフとイフリートがギャンの周りに集結する。

《マ・クベ司令、自分もつれて行っていただけまいか!!》

 オープン回線で割り込んできたのは、アプサラス基地防衛隊指揮官のノリス・パッカード大佐だった。基地の防衛隊を再編したのか、ザクとドムの混成部隊を連れている。
乗機のB3グフは、化け物の体液とこびり付いた肉片で赤黒く染まっていた。恐らく相当な激戦を戦ったのだろう。

「ノリス大佐、私はもうオデッサ方面軍司令ではない。ゆえに敬語は不要だ」

《それはどういう…》

 映像通信画面の向こうで、ノリスが怪訝そうな顔をする。だが、説明している時間は無い。

「詳しい話は後にしよう。大佐、付き合っていただけますかな?」

《喜んで!》

 マ・クベがギャンのスラスターに火を入れた。後にはメルダースのイフリートとノリス大佐のB3グフ、そして彼らの部下が続く。
地下空洞を揺さぶろうかとばかりに鬨の声をあげ、手に手にヒートホークやヒートソードを振り上げ、鋼の巨人たちは異形の化け物へ突撃した。

《奴らに遅れるな! 全速力で突っ走れ!!》

 バウアーの黒騎士中隊も、負けじとそれに続く。吹き抜けた風の名は殺戮であった。灼熱の刃が生き残った怪物達に死と破壊をばら撒きながら進むそれが通ったあとには、
動くものなど一切残されてはいなかった。
もし、あの化物どもに感情があったのなら、この日を忘れることが出来なかったことだろう。その恐怖を子々孫々まで伝え続けたであろう。
しかし幸運なことに、彼らに感情があろうとなかろうと、生きて戻ることが出来たものなど皆無であった。






あとがき
12/15誤字を修正。

今回&前回出てきた軍人さん紹介
本作品に出てくるオリジナルキャラは史実の軍人さんから名前をいただいています。ジオン軍人はなぜかそういうルーツの名前が多いので…。
デザート・ロンメルやエーリッヒ・ハルトマン等等。ランバ・ラルのラル姓もそういうエースパイロットが居ます。

ヨアヒム・パイパー
 パイパー戦闘団を指揮したSS大佐。黒騎士物語にも出演していた為、本作にも出ていただきました。

ヴェルナー・メルダース
 航空隊の編成でシュバルム(4機編成)を発案したドイツのエースパイロット。115機撃墜。作中の斬込隊が特殊編成なのは、実は彼の発案だったりします。

リディア・リトヴァク
 自分の愛称の「リーリャ(ロシア語で白百合)」を機体に書いてたら、ドイツ兵に薔薇と勘違いされて「スターリングラードの白薔薇」の異名を取ったソ連のエースパイロットです。写真を見ると結構美人さんで驚きました。12機撃墜

シモ・ヘイへ
 「白い死神」の異名を取った伝説の狙撃手。あまり知られていないけど、サブマシンガンの名手でもあったりする。と言うかサブマシンガンで殺った数のほうが狙撃で仕留めた数より多いらしい。フィンランド軍は個人的に好きなので、出演してもらいました。

MSのスペックや軍人さんの資料としては主にウィキペディアなどから取っています。資料本が出ているのですが、予算とガンダム関係は本によって数値に差異があったりするので、基本的にネット便りです。なので、何かご指摘や叱咤激励ございましたら、どしどし御願いします。





[5082] 第三章 悪夢
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2015/10/04 08:32
第三章 悪夢

――― 宇宙世紀 0079 10月

 拠点攻撃用MA「アプサラス」大気圏外から一気に連邦軍防空網を突破し、高火力によってジャブローへ直接攻撃をかける。ギニアス率いる開発チームが紆余曲折の末、組み上げた試作1号機が、今まさに起動されようとしていた。MSをはるかに超える大質量を浮かせなおかつ高機動を得るためには通常のバーニアでは不可能である。そのうえで着目したのがミノフスキー粒子の磁場帯を形成する性質である。進行方向側の一方のコイルに連続的な磁場(スイッチを入れる操作)を発生させて、相対する反進行方向側の他方のコイルに断続的な磁場(スイッチの入り切りの繰り返し操作)を発生させる。断続的な磁場が相対する連続的な磁場に反発を繰り返す事により、断続的な推進力を生じさせるというものだ。
 この技術は史上初のMAとも言われるアッザムにおいて既に実用化されている。アッザムが高火力と機動力による移動砲台(アッザムはほかに前線指揮所という特色も持っていた)という性質を持っていたことを鑑みれは、その性質をさらに特化させたアプサラスはアッザムの後継機とも言えるだろう。
 今回の目的は機動性を確保するための機関の起動実験であった。
 
 ギニアスはダブデの艦橋でその起動実験を見守っていた。新毛な表情でアプサラスの機体をじっと見据えていた。ともすれば睨みつけるような顔に、ノリスはできるだけ穏やかな調子で声をかけた。

「ギニアス様、あまり根を詰めすぎるとお体にさわります」

「そうだったな・・・アプサラスが完成すれば、戦局を変えることが出来る。そのことを考えていた」


 顔に疲労混じりの笑みを浮かべながらギニアスは言った。その顔に刻まれた疲労の色は必ずしも肉体的なものだけではないのだろう。
 この年若い主が背負う重責は負い続けるべき価値のあるものなのだろうか。

「サハリン家の復興でありますか?」

「ああ、そうだ。おっと、時間だな」

 ギニアスは懐から薬を取り出すと、水と共に飲み下した。僅かに顔をしかめながら、薬を懐にしまう。宇宙放射線病の症状を和らげるだけの薬。
 父親の死、母の裏切り、家の復興、そして病。運命はどれだけこの青年の肩に、重石を載せ続けるのであろうか。

「こんな体では、前線で武勲を立ててと言うわけにはいくまい?」

 ギニアスが自嘲気味に顔を歪める。深い陰のあるその笑顔に、ノリスはいつとて己の無力を痛感するのだ。
 幼い頃からサハリン家という重責を背負わされてきたギニアス。妹をかばって宇宙放射線に侵され、それでも妹を憎むという道に逃げ込まなかった少年は、今なお兄として妹を愛している。それだけで、十分ではなかろうか。この方に必要なのはこんな鉄の鳥かごではなく、妹と共にすごす平穏な時間なのではないか。そう思ったことは幾度もあった。しかし、そうするにはギニアスはサハリン家の長兄と言うものにあまりに囚われすぎている。そしておそらくは自分も・・・・・・。
 サハリン家に仕える者として、自分にできることはこの方の傍らで支え続けることなのだ。

「サハリン家の復興は、私の責務だからな」

 そう言って、ギニアアスがまた陰のある笑みを浮かべた。その陰の中にあるのは諦観か、それとも苦痛か、おそらくはその両方であろう。
 だが、それをあえて留め立てしないのは、それだけでないことを知っているからだ。

「…アイナ様のためですか」

 ノリスの言葉を受けて、ギニアスの表情が一瞬固まる。

「他に・・・何も遺してやれないからな」

 ため息混じりに、そう呟いたギニアスの目ははるか宇宙の彼方にいるであろう妹を見ていた。

サハリン家の復興。ギニアスが倒れればその重責をアイナが担うことになる。たとえ死の床で彼が「家のことは忘れろ」と言っても、ギニアスの遺志を継ごうとするだろう。
彼の妹であるアイナ・サハリンは優しい娘だ。そんな彼女がギニアスに負い目を感じていることもノリスには良く分かっていた。
 ギニアスが憎しみと愛情の狭間で揺れ動いていることも、彼には良く分かっていたのだ。なんと言っても、ノリス・パッカードはサハリン家を見守り続けてきたのだから。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

無言となった主従の間に、けたたましい警笛の音が響き渡った。ついに起動実験がスタートしたのだ。巨大なジェネレーターがうなりを上げる。基地内に駆動音が反響し、内壁を揺らす。オペレーターたちがせわしなく出力と伝導率を読み上げていく。

 いつしか、上がり続けていく数値を二人はかたずを飲みながら見守っていた。やがて、読み上げた数値が予定の出力を超える。巨大な質量が空中へと浮き上がった。

「成功だ!」

技術者たちが歓声を上げ、互いに抱きしめあう。ギニアスが少しほっとしたような貌で微笑えんだ。

「やったな、ノリス。あと少しだ」

 弱々しい笑み、自分の命の灯も同じく消えかけていると言わんばかりの自嘲。

(サハリン家の再興。それのみが、この方の夢…。だが、それが終わってしまえばどうなるのか? 夢さえ果たしてしまえば、己の命に未練など無いのではないか・・・・・・)

 そんな考えが、ノリスの頭をよぎる。今の情熱はまるで、消えかけのロウソクが最後に大きく燃え盛るのによく似ている。
 だが、どれほど歪んでいようと、いや歪んでいるからこそ己の死処を探す男の行き方を無碍に否定することはできなかった。

「ギニアス様…」

深いため息をついて、ノリスは目の前のMAを見た。鉄の小山のようなそれが、まるで綿毛のようにふわふわと中空に浮かんでいる。

「諸君、実験は成功だ。機関を停止せよ」

 ダブデの艦橋からギニアスが指示する。巨大なMAがゆっくりと元いた場所へと着地する。内壁に反響していた機関の産声は徐々に小さくなり、やがて止まった。
 
 だが、内壁のゆれは収まらなかった。それどころか徐々に大きくなっていくように感じる。
 凄まじいゆれに机の上の書類がバサバサと落ちる。よろけたギニアスを支えながら、ノリスは咄嗟に艦橋の手すりにつかまった。

 地下空間であるがゆえに、地震の恐怖は大きい。ましてやスペースノイドにとって地震などほとんど馴染みがない。艦橋内は既にパニック一歩手前の状況になっている。 腹のそこから湧き上がってくる恐怖を押さえつけながら、ノリスパッカードは狼狽するオペレーターに向かって大声でどなった。

「外部作業員を退避させろ! こいつは大きいぞ!!」

 地下空間をシェイクするような激震が基地を襲ったのは、その直後の事だった。

――― そして地獄の扉は開かれた。

気がつけば、揺れは収まっていた。

「おい、外」

 誰かが口にした言葉に導かれて視線を外にやると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

「どこだ・・・ここは」

 奇妙に広大な空間だった。地下であることは間違いない。しかし、先ほどよりも格段に天涯と壁は遠い。そして奇妙な燐光を放つ床が広がり。
 壁面も壁も同じような薄青い光を放っている。 

「どうやらゆれは収まったようだな。総員警戒配備」

 根拠のない不安がノリスの心にのしかかっていた。
 それにしても此処は何処なのだろうか。酷く気味が悪い。地震のショックから立ち直った部隊が続々とMSを起動させる。どうやら、通信機に異常は無いらしい。


「ん? な、なんだ!?」

「どうした?」

ダブデのソナー手が怪訝そうな顔をしている。神妙な顔でヘッドホンに手をやると、あわてて外した。

「地中に音源! まっすぐこっちに来ます!!」

「地中だと!? 総員戦闘配置!」

 ノリスが警戒警報を出させたその瞬間に、それは現れた。
これまで見たことも聞いたことも内容な巨大な物体だった。まるで小さなコロニーを思わせるような円筒形は、その全貌が入りきらぬ程の巨体である。
 正面には削岩機のように並んだ歯があり、生々しい動きが機械の類でないことを、瞬時に悟らせた。

《こちら第6MS小隊なんですかアレは!?》

《敵ですか! 敵なら攻撃の許可を!!》

《一体、なんだってんだよ!? ちくしょぉぉぉぉぉ!!》

《落ち着け! 第9中隊、集結しろ!!》

 通信機から次々に慌しい声が聞こえてくる。恐慌状態一歩手前だ。ノリスが兵を治めようとすると、ギニアスが虚ろな表情で言った。

「ノリス。後は任せるぞ。私はアプサラスを見てくる」

 一瞬、舌打ちをしそうになったが、何とかこらえた。止めるまもななく出て行かれてしまったが、今の状況で外に出るのはまずい。だが、現状を放って追いかけるわけにも行かなかった。こんな状況で頭が上手く働かないのだろう。ギニアスは技術者であり、こういう危機管理は自分の仕事だ。通信機の前に立つと、兵たちを一喝した。

「貴様ら! いつまで呆けとるか! 私の命令を忘れたのか? 総員戦闘配置! アレが何であろうと撃滅できるようにせよ!! 私もグフで出る」

 そう言って艦長へ砲撃の準備と防衛陣形を取るよう命令すると、ノリスは格納庫へと向かった。途中、警備兵の一個小隊を捕まえて、ギニアスを警護するよう命令する。
 格納庫へ着くと既に乗機の準備は整っており、ハッチからコクピットへ滑り込む。

《ノリス大佐! 敵の地下鉄もどきが中からなにやらわけの分らないものを吐き出しています。あれは、あれは、化け物……》

 ノイズ交じりで割り込んできた通信が、途中で途切れる。

「どうした応答しろ!」

《クソ! 化け物がぁぁぁ!!》

 返ってきたのは重い金属音とパイロットの悲鳴だった。オープン回線のためか同様の悲鳴がいくつも入ってくる。
 ノリスは操縦座席の手すりに拳を打ち付けた

「ええい、出遅れたか!」

 核融合炉が唸りをあげ、うつろだった単眼に灯がともった。ぐだぐだと自省している暇はない。
 固定されていたガトリングシールドを外し、格納庫の扉が開くのを確認すると、艦橋に向けて回線をつないだ。

「 B3グフ、出撃する!!」

《ご武運を!》

 オペレーターの声を聞きながら、ノリスはフットバーを蹴った。なれた振動が体を揺らす。
 地下空間に新たな地響きを巻き起こしながら、蒼鬼は戦場へと繰り出した。
 銃火が薄暗い地下照らし、爆発と破壊されたMSの残骸が、かがり火のようにかしこに見える。
 まさしく戦場の風景だ。こみ上げる燥焦とももに湧き上がる感情には覚えがあった。

「猛っているのか・・・。新兵でもあるまいに」

 自嘲気味につぶやきながら、なお男の顔には笑みが浮かんでいた。
アプサラスは奇跡的に傷ひとつなった。あれほど激しい地震であったのに、これも神の悪戯かとギニアスはほっと一息ついた。

「機体は放置しても構わん。 起動データだけはなんとしても回収するのだ!」

 アプサラスにとりついて作業中の技術者たちに、ギニアスの声が飛ぶ。皆の顔には一様に焦りが浮かんでいた。
アプサラスさえ無事なら何とかなる。そんな根拠の無い考えが、彼を支配していた。この状況を打開し、戦局すら打開し、サハリン家を復興させうるのだ。
 そんな根拠のない核心がギニアスの心を占拠していた。 
 だから、こんなところで失ってはならない。守り通さねばならない。

「急げ! このアプサラスさえあれば…」

 そこまで言って、ギニアスは言葉に詰まった。熱に浮かされいたようだった頭から、すーっと血が降りていくような気がした。冷静さを取り戻したギニアスは、不意にアプサラスを見た。
 アプサラスがあればなんだというのだろうか。この奇妙で理解しがたい状況で、この機体があったところで何が変わると言うのだろう。
 何より、あの妙な化物を前にして生き残ることが先決であるというのに。

( 一体、私は何をしているのだ)

 自嘲じみた言葉が頭をよぎる。ギニアスは呆然とした表情でその場に立ち尽くした。もうなにも考えられなかった。
 これからのことも、今のこともほとんどがどうでもいいとさえ思った。

「ぎ、ギニアス司令!」

 後ろからかけられた声に、反射的に振り向く
目に映ったそれは、およそ珍妙な生き物だった。
白い巨躯、小さな目、肥大した頭部、芋虫のような節足、その体を作り出す全てのものが、生理的嫌悪感をかきたてる。
 その生き物は大人が赤子を抱くように整備兵の一人を持ち上げると、躊躇無く両腕を引き抜いた。

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 悲鳴を上げながら地面に転がる整備兵がまるで作り物のように見える。両腕のあった場所から断続的に血を吹き出させながら、イモムシのようにのたうちまわることしかできない。
 それは目の前でおきているのにも関わらず、どこか現実感の欠如した光景。振り向いた化け物と目が合う。
 空っぽな目だ。悪意のかけらも無いような、思考すら持ち合わせていないような目。
 気づけばギニアスは懐のリヴォルバーを抜いていた。

「なんだ貴様は…」

 引き金を引く。銃弾が白い肌を穿ち、体液でしみをつける。

「なんなのだ貴様は…」

 その醜悪な顔を少しでも破壊する為に、ギニアスは引き金を引き続けた。化け物がわずかによろめく。手の中の拳銃がカチリと撃鉄の音を響かせる。…弾切れだ。
白い醜悪な顔をその血でさらに醜悪にしながら、ユックリと迫る化け物。弾の切れた拳銃をギニアスはしっかり相手に向けた。

(そうか…。私は・・・しぬのか。こんなところで・・・死ぬのか)
 
 あと1発弾丸があればどうというものではない。だが、それでもこの引き金を引かずにはおれなかった。
 あたかもたまが入っているかの如く撃鉄を起こし、引き金に指をかけ狙いを付ける。

「醜いな・・・最後の景色にしては」

 引き攣りながらも笑みを浮かべて、ギニアス引き金を引いた。
 カチリッと虚しく聞こえる撃鉄の音より先に、その醜悪な顔が火線に引き裂かれる。一瞬のうちに蜂の巣にされた芋虫人形が地面に転がった。

「ご無事ですか! ギニアス司令」

 声のほうに視線を向けると、警備兵の一団が銃を構えていた。銃口から硝煙が立ち上っているところを見ると、発泡したのは彼らであろう。
 小隊長らしき男がほっとしような顔をして、ギニアスに敬礼をした。

「第7警備小隊のマイヤー少尉であります! ノリス大佐の命令でギニアス司令を護衛します」

 あまりのことに呆然とするギニアス。マイヤーは一分隊に技術者たちをシェルターへと誘導するよう命じる。きびきびとした口調でギニアスに話しかけた。

「ギニアス司令、前線司令部のダブデまでお送りいたします!」

「あ、ああ」

その時、一人の兵士が声を上げた

「隊長!」

 マイヤー少尉が兵士の方を見る。緊迫した表情で兵士は何かを指差している。

「敵です!」

 遠方から先の芋虫もどきと二本足の象のような化け物が走ってくる。ギニアスはマイヤーのかすかな舌打ちを聞いた。

「サラ・オストシュタット伍長! ここは俺たちが時間を稼ぐ! ギニアス司令をダブデまで護衛しろ!」

 マイヤーが赤い髪の女性兵士に命令する。女性兵士は短く敬礼を返すと、ギニアスのほうへ振り向いた。

「了解です! 司令、こちらへ」

 ギニアスは女性兵士に促され、その後に従った。キビキビと歩く後姿を見つめながら兵士たちを残していくことに、後ろめたさを感じていた。
 そんなことは初めての経験だった。


「よかったんですか?」

 遠ざかっていく二人のを見ながら、年配の軍曹が言う。敵の数は多く、その動きは俊敏だ。マイヤーは軍曹に向かってニヤリと笑うと、全ての隊員に聞こえるように言った。
 せめて司令官だけでも逃がさなければならない。運がよければ技術者たちを送っていった分隊と合流できるかもしれない。まあ難しそうではあるが。

「ああ、戦場で死ぬのは男の特権だからな」

 くだらない軽口を叩きながら小銃を構え、走ってくる象の眉間に照準を合わせた。直後に凄まじい銃撃と怒号が当たりにこだました。





 基地内に侵入した敵を迂回しながら進んだので、ダブデへの道のりは予想外に遠かった。

「行きましょう」

「すまんな」

 発作がおさまったギニアスにサラが肩を貸した。男であるギニアスとしては女性に肩を借りるなど情けないことこの上ないのだが、サラの方はまったく気にしている様子は無い。短く束ねられた赤い髪が時折手に触れる。化粧毛のない横顔はそれでもあどけなさを残しつつ若い魅力に溢れている。
 なんだか、気まずくなってギニアスは適当な話題を振った。

「なぜ、軍に志願したんだ? いや、答えたくなければ、答えなくていい」

 サラは少し考え込むと、やがて話し始めた。

「自分は幼い頃に里子に出されました。連邦の経済制裁で自分を養えなくなったからです」

 淡々と語るサラの表情は諦観と悲しさの入り混じったものだった。兄弟と生き別れたこと、食糧不足で餓死した一番下の弟。
 成長した先で里親が暴動に巻き込まれてなくなったこと。女衒に売られる前に軍隊へ志願したたこと。

「すまない。その、なんと言ったらいいのか」

 ギニアスが気まずそうな顔をすると、サラは困ったように笑った。

「良いんです。軍に志願したのは、ただ待っているのが嫌だったからです。ですから、自分はこの基地に配属されたことを誇りに思っております。司令はこの戦争を終わらせる気なのでしょう? 今日のアプサラスを見たら、それも不可能じゃないって気がします」

 どこか誇らしげにサラが笑う。その目は本当に期待していた絶望の中に一縷の希望を見る人間の目だ。それはかつて幼いアイナがギニアスに対して向けた目だった。
 そして、自分の傍らに有り続けたノリスが時折うかべる色だった。
 この目を守りたくて、この目が嬉しくて、裏切りたくなくて・・・・・・。
 だから、ギニアスは重責を担うことを覚悟したのだ。

「…ああ」

 サラの顔をまともに見れなかった。いったいどれほどの兵士たちが自分に同じような目を向けていたのだろうか。この状況にあって初めてギニアスは気づいた。自分がずっと一人で背負い続けていると思っていたものが、そうではなかったことに。アプラス開発は決して一人でやっていたものではなかった。   
 ノリスが居て、部下たちが居て、妹のアイナも宇宙でテストパイロットを引き受けてくれている。そうやって支えられて、助けられて自分はいまここにたっているのだ。

(私はなんと愚かだったのだ・・・・・・)

「ギニアス司令!」

 何かを言おうと思った瞬間に、ギニアスはいきなり突き飛ばされた。地面に転がりながら、とっさに突き飛ばしたほうを振り返る。
 目に入ってきたのは二本足の象もどき。その鼻のような腕がサラの細い首をつかんだ。
 時間がやけにユックリと流れるように感じた。

「やめろ・・・」

 なぜ、どうして、状況を理解する前に次の展開がギニアスの頭に浮かんだ。
 サラと視線が交わる。彼女はほっとしような、泣き笑いのような、そんな顔をしていた。

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 白い腕の筋肉が瞬間的に収斂し、女の細い首を引き抜いた。一瞬、硬直した体が地面に崩れ落ちる。ちぎられた首の断面から鼓動に合わせて血が噴出す。

「あ、ああ、あああああぁぁぁ……」

 象もどきが、まるでボールのようにサラの首を放り投げた。ずれたヘルメットからこぼれた赤い髪が広がりながら、地面を転がる。
 彼女の髪と血の赤が絡まりながら地面に広がる。その表情は先ほどのまま凍りついたようだった。地面に転がった首をギニアスは呆然と見つめた。
 二本足の象もどきが迫ってくる。赤い髪と紅い血、そしてその先にはサラが持っていた小銃。訓練していない自分の腕ではあの俊敏な怪物に当てられないかもしれない。 そんなことはどうでもよかった。
 銃の感触は、久々に手にしたそれは少し重かった。伸びてくる白い手。それは迫り来る死の具現だ。しかし、その時のギニアスにとっては無意味だった。ただ相手を殺しうる武器がこの手にあることを彼は感謝した。

 数分後、小隊の生き残りと共にザクタンクに乗ったマイヤーが見たものは、白い化物の死骸とサラの首を抱えて泣き崩れるギニアスの姿だった。








『それらはあまりにも醜悪で、その数は多かった』
 
それらを始めて見たダブデの艦橋要員は後にこう語ったと言う。

「戦線を崩すな! 貴様らも見たとおり、撃てば死ぬのだ!!」

 ノリスはオープン回線で激を飛ばした。初期の混乱で失われた機体はザク3小隊、少ないとは言いがたい被害だが、絶望的というほどではない。
皮肉なことに前線の兵士たちの恐怖を紛らわしたのもまた醜悪な敵の群れであった。数こそ多いものの奴らはひどくもろい。
 ザクがの放つ120mm弾は数発でタコもどきを行動不能にし、バズーカの成形炸薬弾は一撃でアルマジロのような化物を甲殻ごと吹き飛ばす。

 連邦のMSに比べれば、戦略もなしにただ突っ込んでくるだけだ。遮蔽物の少ない地下空洞において彼らを守るのはその肉体のみ。主力口径である120mm弾は醜悪な蛋白質の塊を破壊するには十分な破壊力を持っていることを実証した。
 最初の衝突による混乱から立ち直ったMS部隊は単射で弾を温存しつつ、敵を確実に撃破している。
 それでも、油断は出来ない。おし返せているの敵の前衛のみである。 後方にそびえ立つクモを思わせる高足の敵は120mmもはじかれてしまう。壁のように立ちふさがり、弾をさえぎる。ザクキャノンの180mmによって牽制されては居るが、このままではいずれ突破されるだろう。
 
《ノリス・パッカード大佐でありますか!!》

 通信機から、しゃがれた声が聞こえてくる。1機のドムがB3グフの傍らに止まった。

《自分は、基地防衛隊第9MS中隊隊長、ミハイル・ヴィットマン大尉であります》

「ヴィットマン大尉、ザクキャノンを展開させたのは貴様の指示か」

《はい! 敵部隊の急展開と司令部が混乱状態にあったと判断し、自分の責任で展開させました!!》

「いい判断だ、大尉。ご苦労だった。しかし、酷い声だな」

《は! 前線の維持に少々手間取りました》

 傍らのドムはすでに泥と体液で、汚れ放題になっている。バズーカはたまが切れたのか、120mmマシンガンを装備している。
 第9中隊はドム2小隊で編成された部隊で、中隊というよりは増強小隊といったところだ。
 混乱する司令部を当てにせず、周りの部隊をまとめて応戦していたのだろう。突然の状況変化で前線が崩壊しなかったのは、この男のおかげだ。

「もう一つ手間をかけたいのだが、かまわんか大尉」

《何なりとお命じください! 大佐殿!!》

 武人よな、と口の中でつぶやいてノリスはにやりとした。こういう男を彼は嫌いではない。回線を全部隊にオープンにする。

「全部隊に告ぐ! 敵の正体は現時点では不明である!! しかし、何であろうと撃てば死ぬことだけは分っている! 銃身が焼け尽きるまで撃ち続けよ! 第9中隊は私に続け! 敵の高足を殺るぞ!!」

《了解! 中隊全機、パンツァーカイル陣形突っ込むぞ!!》

 ノリスのB3グフを追い抜かすように6機のドムが楔形陣形を作る。重MSで防御力の高いドムは熱核ジェットによって高い機動性を誇る。ノリスのB3グフはエース用にチューンされた機体ではあるが、スラスターやジェネレーターの出力は新型機であるドムのほうが若干高い。

「これ以上出遅れてはおれんな…」

 B3グフのスラスターに点火する。天蓋ぎりぎりまでジャンプして高足の背に着地すると頭部に向けて75mmガトリングを撃ちまくった。
 肉片と血しぶきが飛び散らせながら、オレンジ色の火線が巨大な頭部がずたずたにしていく。
 頭部を蜂の巣にされた高足が下に居た化け物どもを押し潰しながら崩れ落ちる。

「ひとぉぉぉぉつ!」

 叫びながら、崩れ落ちる高足から飛び立ち、直ぐに別の固体へ向かう。立ちふさがる六足やタコもどきには75mm砲弾を土産に地獄へお引取り願う。
 銃身が回転するたびに赤い肉を飛び散らせながら、まるで赤い絨毯のように化物どもの肉と血が道を作る。

 ガトリングユニットがからからと空転する。コクピットに伝わっていた射撃振動が途切れた。

「弾切れか」
 
 すぐにシールドからガトリングを切り離す。左手から重量物が減ったことで、変化したANBACの感触を感じ取りながら、右手のヒートロッドを高足の即頭部に打ち込んだ。
バーニアを吹かしながら、ワイヤーを巻きとり頭部に取り付く。逆手に持ち替えたヒートサーベルを延髄あたりに突き刺した。吹き出した体液が蒸発し、血の蒸気が立ち込める。蒸発して膨張した体液が水風船のように内側から高足の頸部を吹き飛ばした。

「ふたぁぁっつ!!」

 飛び上がりながら、左手の35mm3連装ガトリングで着地点を掃射。斜め上方からの射撃が、無防備な肉体を貫いて小型種もろともタコもどきを蜂の巣にする。
 ふと前方を見やれば敵の後方で地下鉄もどきがさらなる高足を吐き出している。

(きりがないな・・・・)

 胸の内でつぶやきながら、コ顔に浮かぶのはやはり笑だった。敵と血とそして、せまりくる死がノリスの胸をどうしようもなく掻き立てるのだ。

「この心地、この感触、この熱さこそ戦場よ・・・・・・」

 主のつぶやきに答えるように、グフカスタムの単眼がぎらりと輝いた。
 刃についた体液が蒸発し血煙を上げる。まるで主の心に答えるように、温まり始めた機体のかしこが凶暴なうなりを上げた。
 敵は一向に怯む気配はない。醜悪な敵である。未知の存在である。
 しかし、撃てば死ぬ。斬れば死ぬ。貫けば、括れば、打ち砕けば、血反吐を吹き散らしながら動きを止めるのだ。
 ならば、そうすればよい。所詮、数の上で優勢であったことなど開戦当初から一度たりともありはしなかったのだ。

「ジオンのMSがいかなるものか・・・その身をもって知るがいいっ!!」

 燃え滾る刃を携えて蒼鬼はさらに戦場の深淵へと斬り込んだ。


360mm対艦用徹甲榴弾が真正面から4体目の高足を吹き飛ばす。爆煙をたゆらせ崩れ落ちていくそばから、別の高足が前にでてくるのを見て、ヴィットマンは舌打ちをした。

「この期に及んで増援とは、まったくもってうらやましいな」

 全くキリがない。既にバズーカを撃ち尽くしているのは中隊の半分以上である予備兵装の120mmでは心もとない。

《この高足蟹野郎!!》

 僚機のドムが、最後のバズーカを高足の頭部に叩き込む。爆炎に包まれながら、高足がよろめき尻餅をつく。

《ざまぁねぇぜ古生物もどきが》

 パイロットの歓声が聞こえてくる。ヴィットマンは刹那にバズーカが肩口に着弾したのを見とっていた。そして、背筋に言いようのない寒気が走る。

「04! まだだ!」

 煙の中から伸びるのは高足の尾節。避ける間も与えず、鋭く巨大な先端がドムを串刺しにした。

「04! 応答しろ!! 04!!」

 コクピットに直撃している。助かってはいないだろう。ヴィットマンは弾切れになったマシンガンを捨てるとヒートソードを抜いた。

「04の弔い合戦だ! 行くぞ!!」

《《《《了解!!》》》》

 視界の端に突撃するB3グフが映る。赤熱した刃が血煙を他揺らせ。その全身は肉と血に染まっている。
 この基地のグフドライバーはそう多くない。にもかかわらずこの基地のグフは有名だった。
 「青ざめた騎士」ことノリス・パッカード大佐の乗機であるからであるからである。

《追いついたぞ大尉。弾は残っているか?》

「120mmなら、まだありますが・・・」

《一つ聞くが大尉、部下たちは白兵は得意かね》

 MSの戦闘における最大の特徴は格闘戦にある。「殴る度胸がないなら、戦車にでも乗っていろ」というのはひよっこパイロットが訓練中に死ぬほど聞かされるセリフである。
 ヴィットマンとて新兵ではない。その部下たちも新鋭機を駆る精鋭であるし、それなりにプライドもある。

「当然であります」

 多少、憮然としながら答えると、通信ウィンドウの顔がにやりと笑った。

《私もだ。では、征こうか》
 
 青い機体が先頭に立つ。ヒートサーベルを高々と掲げ、ドムの部隊がそれに続く。
 燐光の荒野を走る青ざめた騎士に率いられ、奴らに「死」を与えにいくのだ。

  


 男達の高いぶりはまさに獅子奮迅だった。熱核ジェットの焔が地上を蠢く小型の化物どもを焼き殺し、気づかれた焼殺地帯をグフカスタムが駆け抜ける。
 弾という弾は既に尽き果てており、その鋼鉄の体躯と焦熱を宿した刃を持って戦い続ける様はまさに手負いの獣であった。
 しかし多勢の前に一機、また一機と撃破され、今戦場にあるのはノリスとヴィットマンだけである。

「ヴィットマン、…貴様は引け」

ノリスがうなる様に言う。

《自分の機体はスラスターがガス欠です。大佐こそ引かれては?》

 そう言って、通信ウインドウ越しに挑戦的な笑みを浮かべたヴィットマンに苦笑しながら、ノリスも同様の笑みで答えた。

「生憎と私のほうもだ」

 周りには既に骸の山である。燐光は体液でうっすらと紅く染まり、焼け焦げた傷跡を残した個体がかしこで断末魔の痙攣を起こしている。
 ドムもB3グフも血みどろで、赤熱した刃から立ち上る血煙はうす赤い霧のようにあたりに充満していた。

「二人で死ぬわけにはいかんな」

《ええ》

 さりとてはとて、どちらが奴らの脚を止めねば二人一緒にヴァルハラを拝むことになりそうである。
 突如、猛烈な揺れが二人の機体を襲う。先ほど巨大な化物が出現した時よりはるかに大きい。

「これは!? またあの地震か!!」

《ノリス大佐! 敵が・・・引いています!!》

「なに!?」

 見ると確かに敵が後退していく。高足の足の下に集まってまるで雨宿りでもするように身を寄せ合っている。

「地獄の化け物も地震が怖いか・・・」

 あまりにもこっけいな姿に笑いがこみ上げてくる。地震を笑い飛ばすかのごとく、ノリスは大笑いした。つられたようにヴィットマンも笑い出す。

《・・こち・・・ザンジバ・・・・・・クベ様》

 通信機に聞きなれぬ声が入って来た。レーダーを見ると、基地上空に味方の反応がある。信じられないことに4隻のザンジバル級が浮かんでいる。

「黒いザンジバル級? ケルゲレン、ではないな…」

《増援? でも一体何処から》

 さすがのヴィットマン大尉も狼狽えた声を出す。ノリスとてさっきから事態についていけなくなりそうなのだ。
 だが、これがなんの采配であれ、機を逃すほど我を忘れてはいなかった。

「何処からでも良い! こちら! 基地防衛隊司令のノリス・パッカード大佐であります!! 現在我が基地は謎の敵勢力から攻撃を受けております! 直ちに救援を求む!!」

《こちら第600機動降下猟兵大隊のヨアヒム・パイパー大佐。了解した。我が第600軌道降下猟兵大隊は友軍を援護する!》

 帰ってきた名前はジオンでも指折りの精鋭部隊である。その噂が真実であるなら、状況を逆転させるにたる存在である。
 まさにその思いに答えるかのように、ザンジバル級の砲撃が高足ごとその下の有象無象を吹き飛ばした。艦からMS部隊が降りてくる。
 いま神がいると言われれば、一にも二になく信じてしまいそうだ。

「天佑神助我に在りだ。ヴィットマン、後退するぞ!」

《了解》

 支援砲火が地面を耕し始めるのを幸いに、ノリスとヴィットマンはさっさと逃げ出した。途中、入れ違うように進出した黒いMS部隊とすれ違った。見覚えのないMSに率いられたグフとその改良機(イフリートと言ったか)の編隊が、2列横隊から恐ろしい正確さで鶴翼に変化する。氷のような殺気に一瞬ゾクリとしながら、ノリスはその背中を見送った。後日、その指揮官の名前を知って仰天することになるのだが、それはまた別の話である。
 そして、化け物どもにとっての本当の地獄がいま始まったのであった。




後書き
軍人さん紹介
ミハイル・ヴィットマン
ドイツ軍親衛隊大尉。ノルマンディー戦線のヴィレル・ボカージュの戦いでは単騎でイギリス軍戦車部隊を壊滅させた戦車エース。結構、その筋では著名な人です。

クルト・マイヤー
 「パンツァーマイヤー」の異名を持つ、ドイツ軍親衛隊少将。実は親衛隊少将としては最年少らしい。「パンツァーマイヤー」とは機甲部隊のマイヤーと言う意味ではなく、「めちゃくちゃ頑丈な奴」と言うことで装甲を表す「パンツァー」のあだ名がついたとか。

サラ・オストシュタット
 第二次大戦中、米軍内で噂されていた「東京から来た女性スナイパー」その名も「東京サリー」が元ネタ。サリーは愛称なので名前を「サラ」に、苗字はドイツ風で「東(オスト)京(シュタット『ドイツ語で街・都』)」とちょっと強引なネーミング。

 どうもこ、読んでくださってありがとうございます。この小説は基本的にむせる人しぶい人しか出てきません。ギャルゲーの二次創作なのになんたる扱い。
 仕方ないんです。好きなんです泥臭い兵器が好きなんです。1年戦争の実弾兵装ばりばりの機体が・・・。そして、不遇なキャラクターを輝かせるのが。
 そういう方針でやっていくつもりなので、それでもOKな方はこれからもよろしくお願いたします。
 これを読んで、ここが面白かった。このキャラの話がよみたい。こうしたら面白いかも。などなどありましたら是非ともコメントください。
 次回もよろしくお願いします。






[5082] 第四章 遭遇
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2012/08/24 20:27
――― 1999年 横浜ハイブ地下大空洞

 
 化け物どもの屍がそこらじゅうに転がっている。黒い機体は、返り飛んだ体液で赤黒く染まっていた。
 空間強襲用の黒色迷彩に頭部装甲をフリッツヘルムに換装したそのアクトザクこそ、黒騎士中隊指揮官エルンスト・フォン・バウアーの愛機である。
 マグネットコーティング実証試作機であるその機体はなめらかな操作性と抜群の反応性をもち、その運動性能は中隊の半数を占めるザクⅡ改にも引けをとらない。

「さてと、あとはこの地下鉄シベリア超特急をどう潰してやるかだが…」

 アクトザクのコクピットの中、隻眼の男は巨大な円筒生物をしげしげと眺めながらつぶやいた。

《バウアー少佐、シベリア超特急とは何のことでありましょうか》

 第1小隊長のクルツ・ウェーバー曹長が怪訝そうな表情で尋ねると、隻眼の男はにやっと笑いながら答えた。

「なんだクルツ、貴様シベリア超特急を知らんのか? ロスケご自慢の地下鉄で、シベリアの永久凍土の下をだな…」

《隊長、戦闘中に歴史の講義を始めないでください。それから、シベリア超特急は大昔に地球圏で作られた映画のタイトルです。あとシベリア鉄道は地下鉄じゃありません》

 割り込みで冷静な突込みを入れたのは中隊副官のオットー・シュルツ中尉だ。シュルツはバウアーが第600機動降下猟兵大隊に編入される前からの付き合いであり、腹心の部下である。
 この中隊において、バウアーにこんな口が聞けるのも彼だけだ。そしてバウアーのペースについていける稀有な人間の一人である。

「詰まらんことを言うなシュルツ。戦争ばかりじゃ気が滅入るだろ」

 こんな状況でこのような軽口に付き合ってくれるのも、長い付き合いならではのことである。なにせこれから見たこともない化物と戦争をやろうというのだ。
 弱音を履くものはいないものの、中隊の連中が緊張しているのは明らかだ。

《アホな会話の途中で落っこちたら、死んでも死に切れません》

「そりゃ、腕と度胸で乗り切るんだ」

 無線の中にかすかに笑いがまじる。どうやら少しは緊張がほぐれてきたらしい。

《ああ、あの、腹の中に爆弾でも投げ込むってのは…》

 かと思えば像回線越しにクルツがおずおずと言う。

「…何だと?」

 腹の中で笑いを噛み殺しながら、先を促す。

《いや、えーと、あんなにデカイと外からの攻撃は聞きにくいかな…と》

《クルツ…お前なあ》

 シュルツの呆れたような声が入る。今度こそバウアーはにやりと笑った。

「良く言った!」

《はえ?》

 まさか褒められるとは思っていなかったのか、クルツが素っ頓狂な声をあげる。

「男はそれぐらい度胸が無きゃな。実際、俺も他に方法が無いと思ってた所だ」

 リスクばかりだが成功の可能性がないわけではない。
 というか、第600機動降下猟兵大隊の任務はおおむねこんなものだ。

《はあ、やっぱりそうなりますか》

 もはやあきらめた、と言う感で自機のケンプファーをスタートさせるシュルツ。バウアーは通信機に向けて豪快に怒鳴った。
 中隊の全機に喝を入れのだ。勝利の栄光かヴァルハラか、どちらにしても悪い選択ではない。

「聞いたとおりだ! あのデカブツの腹の中に飛び込むぞ! 爆薬で土の中から引きずり出してやる!!」

《ええええええええええええええええ!》

 黒騎士中隊は化け物の残党の頭を超え、彼らの母艦へと飛び込んだ。叫びながらもしっかり飛び込んでいるあたりクルツも完全に毒されている。
黒騎士中隊…豪傑エルンスト・フォン・バウアー少佐が率いる彼らのことを、人は「ジオン最強の愚連隊」という。


「ふむ、バウアーの奴め、わき目もふらず突っ込んでいきおる」

 満足げに笑うのは第600機動降下猟兵大隊指揮官のヨアヒム・パイパー大佐であった。自機のケンプファーを操作しながら戦況を確認していたのだ。基地防衛隊に若干の損害が認められるも軽微であり、大隊に損害なし。極めて突拍子も無い状況に放り込まれた割には善戦していると言えた。
 それにしても、奇妙な状況だった。アプサラス基地の発見に始まり、謎の敵対勢力との遭遇、そしてこの不可思議な空間…。

「まったく、不出来なSF小説でもあるまいに…」

 パイパーは自分の心の中に芽生えた信じがたい結論に苦笑した。
旗艦のモンテ・クリストから通信が入る。

《パイパー大佐、ギニアス技術少将が無事に保護されたようです》

「了解、ダブデのソナー手に伝えてくれ。敵は地中から来る。貴様らの耳が頼りだとな」

回線を切ると、ほっと息をついた。基地司令が化け物に食われたとなれば士気に関わる。出来れば全員助けてジオンに戻りたいと言うのが本音だった。

「ともあれ、仕事をせねばなるまいな」

 戦況は現在、優勢に傾きつつあり、交代してきた斬込回線の周波数を母艦艦隊に合わせる。

「全艦、前進。これより黒騎士があの地下鉄もどきに攻撃を仕掛けるやつが射程に入り次第、砲撃せよ!!」

《ヴァルトシュタット了解》

《ボルドー了解したました》

《モンテ・クリスト了解》

《ザンジバル了解…砲撃戦用意ッ!!》

 艦艇群が砲撃位置まで前進を開始する。

《120mm近接防御機銃射撃用意》

《ジェネレーター出力最大! 発砲回路つなげっ!!》

《エネルギーパルス経路修正! 発泡準備よぉし・・・》

《軸線合わせぇぇっ 全砲門開放! 撃ち方よぉぉし》

 砲撃を知らせる警報があたりに響き渡る。

《発砲警報発令。地上要員及び射線上の味方機は退避せよ。総員対閃光防御!!》

《いいか!! 絶対に閃光を直視するんじゃないぞっ》

 突如、凄まじい轟音と共に土が盛り上がる。大量の土砂を押しのけ、地下鉄もどきが悲鳴を上げて地下空洞に躍り出た。凄まじい音量に機体が軋む。

《目標の一部より閃光をみとむ。識別信号確認! …黒騎士です!!》

 どうやら、バウアー達は見事に追い出しに成功したらしい。パイパー大佐の口元が引き上がる。
 やはり奴らは機体を裏切らない。あとはあのデカ物を片付けるだけだ。

「全艦! 砲撃開始!!」

《《《《撃ち方ぁぁぁぁ始めぇぇぇぇっ!!!》》》》

 艦首周辺に青白い電光が走る。一瞬、目もくらむような閃光が洞窟内を照らし出した。4隻のザンジバル級機動巡洋艦から次々と放たれた縮退荷電粒子の槍は巨大な肉の塊を貫き、その熱量の全てを開放した。
 穿たれた箇所を中心に膨れ上がった肉袋が、おびただしい量の肉片と体液と化して爆ぜた。
 射線が合流した箇所の空気が急激に加熱されプラズマ化した大気が一瞬のうちに内部を焼きつくし、凄まじい速度で膨張しながら内側から引き裂いたのだ。
 銅の真ん中を8割以上えぐり取られた地下鉄もどきが地上に倒れこむ。近くにいた化物どもひき潰しながら転がった巨大な肉塊は地下空間を再び揺るがした。

拍動と共に蠢く肉の中を、男たちは進んでいた。
 地下鉄もどきと呼んでいる化け物達の母艦、その体内は薄暗く巨大な肉のトンネルだった。
 まさに小さなコロニーを思わせるその内部はお驚くほど広い。

「クルツ、離れるんじゃないぞ。しっかり着いて来い」

《了解、地獄までもついて行きます》

 生真面目なクルツの声には緊張の色がありありと見られた、文字通り敵の只中へと飛び込んだのだ。

「何だ? じゃあ此処でさよならしようって魂胆か?」

《なんの、ヴァルハラまでお供しますよ》

 軽口でやり返してくるあたり、流石に黒騎士の小隊長をはっているだけある。化け物の腹の中だというのに、緊張感のかけらも無い。これが黒騎士中隊のやり方だ。

《少佐、二時方向敵の集団です》

 熱源センサーに平たいものががさごそ動いているのが分る。もはや見慣れたその姿はタコ足と赤いクモもどきどもであろう。
 とりつかれれば厄介だが近づかせる気はない。

「お前達の行くヴァルハラは無いぞ化け物共!」

 バウアーの怒号と共に中隊が射撃を開始する。90mm高速徹甲弾が敵の芋虫もどきや小型種を蹴散らす。第4小隊のケンプファー部隊が重装甲の六つ足の相手をする。
 360mmバズーカが方向する。一撃で6つ足を打ち砕く。どうやら敵は蠢く肉の中ではうまく動けないらしい。
 といっても足場が不安定なのはこちらも同じだ。

「シュルツ! 天井のゴミどもを掃射しろ!!」

《了解》

シュルツの指揮する第二小隊とのケンプファーがビーム重機関銃(びーむへびぃましんがん)で天井の敵をこそげ落とすように撃つ。旧世紀のMG42汎用機関銃そっくりのそれは、まさに物量を相手にするにはうってつけの兵器だった。
 光弾がかすっただけでもクモもどきたちは蒸発していく。その一弾は6つ足の装甲すら射抜くのだ。そして実弾兵器とは段違いの速度で加速された銃撃はその衝撃波だけでも十分な殺傷能力を持つ。

《少佐、敵が群がっていた地点に何かあります…あれはMSです》

「なんだと!?」

 モニターをナイトビジョンに切り替える。破損したMSらしきものが転がっている。

「なんだこの機体? 見たことない型だな」

《こっちも同じです》

別の機体を調べていたクルツが言った。片足を失ったり、胸部を食い破られた跡のあるそれらの機体はみな一様に見覚えの無い形をしていた。MSに近い形状では在るが、連邦・ジオン両陣営のものとは設計思想から異なるような。マシンガンも複雑怪奇な形をしている。いうなればまったく別の文明に作り出されたものに感じる。

「とにかく、生存者がいないか確認しろ」

 周囲を警戒しつつ、コクピット部分が無事な機体に接触回線で問いかける。
 だが、応答は聞こえてこなかった。最後の機体にバウアーが呼びかける。

「こちら第600機動降下猟兵大隊、黒騎士中隊。生きているなら応答しろ!」

《……》

諦めて接触回線を閉じようとした。その時だった。通信回線に荒いノイズが走る。

「!?」

《…ちら…連軍、鳴海 孝之少尉……助けてくれ》

「やったぞ、最後の最後で当たりくじだ! シュルツこの機体を回収しろ」

《了解》

「クルツ、お前の隊は落ちている武器をもっていけ! 中隊全員、この不愉快な肉の塊にありったけの爆薬を仕掛けろ」

 内壁の一箇所に爆薬を仕掛けると、おのおの落ちている武器の中で爆発性のありそうなものを集める。殺した六つ足の装甲を被せて爆圧の収束効果を高めるのも忘れない。

《しかし、これだけの爆薬で吹っ飛ばされるんじゃ、こいつも可哀想ですね》

 仕掛られた大量のチェーンマインや工作用高性能爆薬を見てクルツがポツリと呟いた。

「情け無用! ファイアー!!」

 大量の爆薬が肉の壁を吹き飛ばした。拍動が凄まじいうねりに変わる。
そりゃあ誰だって腹の中で盛大に花火を上げられたら、平然とはしていられない。それは化け物の母艦でも変わらないらしい。

《どえええええええええ!》

クルツの情けない悲鳴が無線から聞こえてくる。バーニアでホバリングしながら、脱出の機会をうかがう。体液でグシャグシャになった肉の隙間から、外の景色がかすかに見えた。

「総員脱出! 全速力で突っ走れ!!」

 バーニアの残量にも構わず全開で脱出する。ザク改とケンプファーがそれに続く。
 フルスピードですっとばしながらわきめもふらずに、駆け抜ける。
 一瞬、彼方が光った方と思うと、凄まじい閃光と共に放たれた閃光の槍が地下鉄もどきを真っ二つにした。
 ノイズが走る後方の映像を見ながら、バウアーは己の口元が引き上がっていくのを感じた。

「こいつは廃線だな…」

 崩れ落ちる地下鉄もどきを背に、バウアー少佐まずは会心の笑みであった。

暗い坑道をいくつもの影が走りぬける。メルダースのイフリートが接触回線で話しかけて来た。

《隊長、あまり深追いすると、スラスターの燃料が持ちません》

「…分っている」

 冷静に考えれば追撃は得策ではなかった。何処に伏兵が潜んでいるか分らないのだ。
 地上の連邦軍MS部隊を攻撃する前から聞こえていた『声』。
 助けを懇願する何者かの『声』。
 それはこの不可思議な場所に来てからさらに明確なものとして、マ・クベの心中に語りかけてきた。

「一体なんだと言うのだ…」

 あまりにも不明瞭な事態に、マ・クベはかすかな苛立ちを感じていた。戦うたびに強くなるオデッサの感覚、それに呼応するかのように強くなる『声』。
 フラナガンの科学者どもの不快な戯言を気にするわけではないが、気にはなる。
 青白い単坑が唐突に開けた景色に変わる。
 先ほどよりもさらに薄気味悪い場所に出た。床一面が不気味な燐光を放っている。高い天涯とのあいだはほとんど闇が支配していた。
 それは自分たちが化け物たちと遭遇した場所を思わせる大空洞。
 その薄闇の中に浮かぶようにそれはあった。

《隊長! あ、あれは》

「私からも見えている」

 柱状の物体に繋がった無数の蒼白い光点。どくん、心臓が一際大きく跳ね上がる。まるで素手で心臓を掴まれているような気分だ。う
 まくは言えないが嫌な感じがする。そこから『声』は放たれていた。

「あの光点を確認する。スラスター点火、着いて来い」


 加速しながら、目標へと近づいていく。青い光点は何やら筒状のもので何かの液体に満たされているようだった。
 その液体の中に何かが浮いている。

《畜生っ! こいつは、あの化け物ども…なんてことをッ!》

 メルダースの
 無数に並ぶカプセルに内包されたもの……それは脊柱及び中枢神経までがつながった状態で抜き取られた人間の脳随だった。

《…こいつをッ!……隊長。どうしますか?》

 いろいろと聞きたいこともあったのだろう。しかし全てを飲み込むように押し黙ったあと、メルダースの声は冷静なそれに戻った。

「……」

 マ・クベは黙ってカプセルに近づくと、コクピットを開いた。

《!? 何をする気ですか!!》

 メルダースが驚愕したように言う。当然だ。まだ敵が残っているかもしれないのに、自殺行為もいいところだ。
 だが、その時はそんなことなど考えてはいなかった。ただ、マ・クベの心がそうしろと強力に命じていた。
 青白く光る外壁に触れる。
 とたんにマ・クベの頭の中に凄まじい量の情報が流れ込んできた。もし走馬灯というものがあればこのような感じなのだろうか。
 大量の情報の本流に押し流されながら、スナップ写真のように次々と場面が浮かんでくる。

『武ちゃん!』

 泣きそうな顔をする幼馴染の少女。
 肩を震わせ自分の胸にすがりついてくる少女。この子を守れるのは自分しかいない。
 そんな決意が己の恐怖を押さえつける。

『純夏、心配するな。お前のことは俺が守る! 必ず戻ってくるから』

 必死で張った虚勢を悟られないようにがんばって笑う。歯がならないように歯を食いしばる。
 そして…絶望をもたらす白い影。

『俺が行くよ。た、頼む。そいつはあとにしてくれ!』

『武ちゃん、嫌だよ嫌だ』

『純夏…ちょっと行って帰ってくるから』

 前進を包み込む恐怖感に必死で抗う。震えようとする膝を必死で踏ん張り。鳴ろうとする歯を食いしばり、ひきつりそうになる口元をいっぱいに引き上げて、
 ただ目の前の少女を安心させたいという一心で笑う。


『止めろ! てめぇ何しやがる気色悪い!! クソ! 畜生!』

 それは、一人の少年が生物として陵辱の限りを尽くされ、脳髄へと解体される映像。
 あらゆる苦痛と快楽の全てを与えられ、人間性をかけらすら残さず破壊されようとしてなお、抗い続ける一人の少年の記憶。
  おぞましくも淫靡に人間が破壊し尽くされていく記録であった。

『やめてよぉ、いやぁ! 武ちゃん!! 助けて! いやぁぁぁぁぁ!!!』

『ヤメロ! 純夏! 純夏ァァァァァ!!!』

 何よりも守りたかった少女が嬲り者にされ、淫靡に歪む顔に嫉妬し、そんな自分を嫌悪する。苦痛と絶え間無い快楽の中で心すら壊れていく様を見ていることしか出来ない無力。
 そしてなお抗おうとする姿が、彼の心を蝕む

『モウ、イイ。ヤメテクレ! ・・・・・・タノムッ!!』

『ゴメンナサイ。タケルチャン。ゴメンナサイ。・・・ヨゴレチャッタ。ゴメンナサイ・・・・・・タスケテ』

 助けを求める声が詫び続ける声が、彼の心を蝕んでいく。

『純夏、純夏、コエタエテクレ、純夏…。 誰カ…純夏ヲ……タスケテクダサイ』

 それは、無力感に打ちひしがれながら叫んだ願い。狂おしい嫉妬と自己嫌悪で自分を八つ裂きにして、なお叫び続けた願い。
 この絶望の中に合って、この無力な命にひとかけらでも価値があるなら。
 願うものすらわからない闇の中で、ただひたすらに願い続けた。

『オレハ、純夏ヲマ守レナカッタ…』

 無力への嫌悪。

 理不尽への怒り。
 
 ソシテ、ナニヨリモマレナカッタアイツヘノ、ナニヨリモタイセツダッタアイツヘノオモイ・・・・・・。
 
 全てを無くしても、存在すら無にきそうとも、この果てない絶望の中で願い続けた。

『神様、オレハ、ドウナッテモ構イマセン。モットツライメニアッテモ! キエテモイイ・・・
 ダレカ、純夏ヲ守ッテクダサイ…。
 誰デモイイ、誰カッ! 俺ジャ、純夏ハ守レナイ…俺ジャ駄目ダッタ……純夏…純夏、純夏、純夏、純夏、純夏、純夏ァァァァァァァァッ!!!! 
 コロシテヤルゥ! BETAァ、ミナゴロシ、殺スゥ…』

 マ・クベは黙ってその願いに耳を傾け、後半の憎悪に対しても無言だった。
 だんだんと『声』は弱まり、やがて途絶える。静寂がその場を支配した。

「どちらかだ…」

しばらくして、男は答えた。カプセルに手を当てたまま、青白く光る溶液の中に浮く脳髄へ問いかける。

「復讐か愛か、どちらかを選べ」

 聞きながら、まるで陳腐な恋愛映画のセリフだな、と冷徹に自分の行動を評す。
 この少年はどう答えるのか、単純に興味があった。

『…スミカヲ…タスケテ、クダサイ……』

「………」

 それきり、声は途切れた。目の前に相変わらず脳髄は浮いているが、抜け殻のように感じる。何もかもが酷く不快だった。
マ・クベはコクピットを閉じると回線を開いた。

「…帰艦するぞ」

《は、は! 了解しました!》

 色々と分ったことがある。
 まずあの怪物達が『BETA』と言うこと。
 彼らは人間をたんなる「もの」として認識していること。
 だが人には興味を抱いていること。

『だが、何の為に?』

 同時に、目の前の脳髄が酷く美しいものに見えた。いや、真実美しいのだ。強大すぎる運命に翻弄されてなお、そこに真っ向から立ち向かう。
それは一人の少年が残した生き様であり成果だった。
 苦痛に抗い、屈辱に抗い、快楽に抗い、恥辱に抗い、絶望の只中でひたすらにあがき続けた。

 だからこそ、マ・クベの胸には怒りが渦巻くのだ。人の悲哀を、心そのものを芸術にしてしまうなど、あまりにつまらない。
 これは造ろうとして造られた物ではない。人の肉を弄繰り回して、挙句すべてとっぱらったら偶然出来てしまった芸術だ。
人の肉を剥ぎ取って心そのものを芸術にするなど、なんと無粋なことか。
 まるで宝石のようではないか。しかし、その輝きはマ・クベの心を打たない。
 心とはその有り様のままに生きたとき、初めて人生という芸術を残すのだ。
 気の遠くなるような時を連綿と続いた技が土くれを芸術へと育て上げる。つまり、BETAの手慰みなど白磁の名品には遠く及ばないのだ。

「気に入らんな……」

 決して同情したわけではない。決して種族的危機感に流されるわけでもない。ただ無神経にこんな無粋なものを造り続ける者たちが不快だった。
 そこには無理解が見えた。己の偏狭な感性から外れるものを理解しようとしない無理解と無関心。
白磁だろうがマイセンだろうが、土の皿と笑って銀器を持ち上げるような俗な感性。想像力の欠如した愚か者共。

 マ・クベはかつて己がジオニズムの理想を吐き捨てたことを思い出した。
己の揺り篭を忘れることが人類の革新などとは笑わせる。
 地球の重力に魂を捕らわれた人々。そうアースノイドを哀れむ彼らスペースノイドとて元は地球の重力という揺り篭で育った。
 己がたってきた道すら忘れて、一体どこへ行こうというのか。人は足元に小石を積み上げて天へと登るように生きていくのだ。
 それを忘れれば奈落へと落ちる。結局は宇宙へと棄民された者たちの負け惜しみへとたどり着くのだ。 

「ジオニズムの理想など、白磁の名品一つにも値しないと言うのに…」

 突如、思考の渦をさえぎり、サーモセンサーの警告音が鳴り響く。

《隊長、複数の熱反応あり、11時の方向です》

「分った。隠れてやり過ごせ」

《了解》

 中隊が動く。そろりそろりと柱の裏や闇の濃い部分に隠れる。黒色迷彩が威力を発揮する瞬間である。だが、ギャンだけはその場から動かない。

《隊長?》

マ・クベはシートの上で腕を組むと考えをまとめていた。
身の回りのありとあらゆる無粋に腹が立っていた。そしてそれらをまとめる思索すら途切れさせられる。

《…間…人間の…脳だぁ!!》 

 オープン回線からノイズ交じりの絶叫がもたらされる。…酷い音だ。早く帰ってくれないだろうか。そう思っても上手くいかないのが人生らしい。

《ん? 何だ! 何かいるのか?》

 まったくもって運が無いな、とマ・クベはため息をついた。いや、これはある意味では幸運なのかもしれない。文字通信(メール)で「動くな」と中隊に下命する。

機体を起動させ、臨戦態勢に映る。
ギャンのモノアイが薄闇に輝く。異形の機体に単眼、鋭い眼光は、咄嗟に彼が敵だという印象を抱かせるには十分だった。

一機があわてて銃弾をばらまく。ギャンがひねりを入れてかわす。
銃弾の数発が装甲に弾かれた。だがそれで終わりだ。
薄闇の中に降り立つと、撃った方向を見た。隣に居た機体が慌てて止めている。
なにやらがなる無線を閉じ、目の前の機体を見る。見覚えの無い機体だ。つまり味方ではない。それで十分だ。我知らず、男は笑っていた。
短絡的な考えなのは承知のうえ。つまるところ八つ当たりなのだが、心の中で分っていてもやめる気は無い。
可哀想だが、少々ストレスをためすぎた。

呪うなら、生まれ持ったはかない命運でも呪うがいい…

 ギャンがサーベルを抜く。偏向縮退されたミノフスキー粒子の刃が空気を震わせる。
 嗜虐的な笑みを浮かべ、男は誰に言うでもなく呟いた。

「…良い音色だろ?」

 薄闇の中を閃光の刃が踊る。不幸にも彼の相手をした機体は、何が起きたかも気づく間もとなく両足を刈られた。





――― 国連太平洋方面第11軍 指揮所

 それはハイブ突入部隊からの最後の通信だった。

《畜生! HQ! 地の底には鬼がいる!! 繰り返す、地の底には鬼が……》

それっきり彼らからの通信が帰ってくることは無かった。HQは彼らをMIA(作戦行動中行方不明)と認定した。
 

苦い顔のパウル・ラダビノッド准将がさらに苦い顔をした女性に目配せをした。
女性こと香月 夕呼博士は忌々しげに顔を顰め、黙って頷いた。
ラグダビノッド准将が重々しい声で告げた。

「…A01部隊を甲22号標的に投入する」




あとがき
軍人さん紹介
今回は黒騎士物語のキャラクターの紹介になります。

『エルンスト・フォン・バウアー』
黒騎士物語の準主役、クルツをよく引っ張りまわして、過激なことをやりまくる元気なおっさん。豪胆な性格で名言を数多く残している。

『クルツ・ウェーバー』
バウアーに振り回されるかわいそうな人。でもバウアーの忠実な部下の一人であり、彼の成長が画かれているのが黒騎士物語。つまり黒騎士物語の主人公である。食われ気味だけど…。

『オットー・シュルツ』
バウアーとは少尉任官時代からの付き合いだと言う腹心の部下。数々の激戦をバウアーとともに潜り抜けた戦友でもある。

 やっとこさ原作キャラを何人か出せました。出てきたシーンはほんのちょこっとですが…。さてヘタレ主人公こと鳴海君が生き延びてしまいました。最近「君が望む永遠」を資料代わりに読み始めています。まあ、何とか出せそうなので、出してみました。
本作品ではタケルちゃんと純夏のつれて行かれる順番がもし逆だったら…というIF設定で進んでいます。最近聞いた話でアンリミテッド版のラストのタケルはBETAに捕獲され脳と脊髄だけで何千年も生きるハメになると言う恐ろしい話を聞いて、凹みながら書きました(人間的いやらしさの無い触手は嫌いです)。そしてマ・クベが黒いです。なんか葛藤するマ・クベって想像できないですが、がんばろうと思います。
ご意見・感想などいつでもお待ちしております。読者の方の声は作者を育てる糧です。
ぜひご協力ください

 だいぶ加筆しました。結構印象が変わったかもしれません。楽しみにしていてください。



[5082] 第五章 葬送
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:11

 幾多の棺桶が地に置かれている。その中には空のものもあった。敵に食われて死体すら残らなかったのだ。
棺桶の前には武装した将兵が整列し、MS部隊も整列している。
先の遭遇戦における戦死者たちを弔う為だ。
粛々と暗い葬送曲が流され、兵たちの中から嗚咽が漏れる。それでも悲しみをかみ殺して毅然と振舞おうとする者もいる。
壇上で基地司令のギニアス・サハリン少将が弔辞を述べる。

「遠く故郷を離れ。まさに天変地異によって我々はこの異郷の地に放り込まれた。諸君らを襲った災厄はそれだけではなかった。連邦でも、ゲリラでもない。醜悪で理不尽な化けだった!」

 そこでギニアスは言葉を切った。こぼれかけた怒りと悲しみを押さえ込むように宙を仰ぐ。押さえ切れない感情の奔流が涙となって零れ落ちる。

「だが諸君は負けなかった! 混乱を打ち払い、己の義務を全うした。私は諸君を誇りに思う」

 思い出すのは、赤い髪の女性。思い出すのは彼女の笑顔…。
 全ての兵士が黙って彼を見つめていた。

「遠き異郷にて散った公国の英霊に、敬礼!」

 広大な地下空洞に敬礼の号令が響き渡る。


その場に居た全軍が一糸乱れぬ見事さで完璧な敬礼を返した。揃えた軍靴の踵が一つの音を奏でる。
傍らのノリスが穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

「ギニアス様、ご立派になられまして…」

 男の顔は、抑えきれぬ涙に濡れていた。



ギニアスの声にあわせ、マ・クベのギャンはビームサーベルを顔の前にかざす。斬込隊の全機がそれに習う。その仕草はまるで中世の騎士を思わせた。
抜刀敬礼(宇宙世紀以前の古代軍隊所作では『捧げ刀』と言う)は複雑なマニュピレーター操作を求める高等技術(基地防衛隊のパイロットで、号令に合わせてこれが出来るのはノリスとヴィットマンのみ)である。それを一糸乱れぬ動きで斬込隊の各機体が行う様はある種壮観だった。ちなみに白薔薇中隊と黒騎士中隊は『捧げ銃』をしており、これも高等技術の一つである。
 第600機動降下猟兵大隊の精鋭が芸術的な操縦技術を披露するのを横目に見つつ、マ・クベは思考の海に潜っていた。

 あの、光る柱の中で出会ったもの…彼が我々を此処に呼び寄せたのか? 

少年の最後の願いに、彼は答えなかった。どう答えるべきか、いまだに答えは出ない。

「やれやれ、難儀なものだな。自分の心と言うのは…」

《隊長》

 メルダースから秘匿回線が入る。

「どうした? 今は葬儀の途中だぞ…」

《申し訳ありません。ですが、あれを見つけてから隊長は変です。やはり気になるのですか? ウラガン大尉も心配されてました。斬込隊の連中もです》

 マ・クベは深くため息を着いた。部下に心中を心配されるようでは、指揮官とは言えない。

「…すまんな。だが、私は大丈夫だ。それよりメルダース、捕虜の連中の尋問はどうなった?」

 捕虜の連中とはあのカプセルを発見した部屋で遭遇した謎のMSのパイロットだ。
全員、捕獲して、独房の中に入れられている。そう言えば、バウアーも化け物の腹の中で同じような奴を発見したと言っていた。

《それなんですが、大佐が直々にやると…》

「大佐自らか…まあ状況を考えれば当然か」

《護衛としてバウアー少佐と白中隊のヘイヘ少尉が着くそうです》

 マクベは怪訝そうな顔になった。

「シモ・ヘイヘ? 確か彼は狙撃手のはずだが…」

《ご存じないですか? ヘイヘ少尉はサブマシンガンのほうも得意なんですよ》

「そうか…。言われてみれば、近づかれたり、とっさの戦闘も多々あるわけだからな」

《ええ、その通りです。MSに載っても個人の技能を生かせる場合は多々あります。隊長の空間機動フェンシング(宇宙世紀に流行ったスポーツの一種。重力下・無重力下の両方で、個人用のブースターを装着して行う実戦的なフェンシング。基本的なルールはフェンシングと変わらないが、より動きに幅がある。士官学校のカリキュラムの一つでもある。)と同じですよ》

 通信が切れた。マクベはシートに深く腰をかけて、宙を見つめた。コクピットの装甲を抜け、燐光を放つ天蓋すらも越えた先に、宇宙(ソラ)が広がっている…。不思議とそんな確信があった。



薄暗い部屋。小さな机をはさんで二人の男が向かい合っていた。
部屋の入り口には銃を持った男が、無表情に佇んでいる。見慣れない型だが、恐らく短機関銃だろう…。

「…つまり貴様らの部隊は、通信が不安定な状態にあり。IFF(敵味方識別信号)が確認しにくい状態にあり。そこへ突如遭遇した我が軍の機体に、動転した兵士が攻撃してしまったと?」

黙って話を聞いていた目の前の男が、事務的な調子で話し出す。

「そ、そのとおりであります」

 答えながら、衛士の男はまるで自分がどこか別の世界に迷い込んだような気がしていた。
目の前の妙な違和感のある英語で話す男はヨアヒム・パイパー大佐と名乗った。着ているのは国連軍のものではない灰色詰襟の軍服。一見ドイツ系だが、妙な違和感を感じる。
一番妙なのはケチの付き初めになった謎の戦術機だ。
思い出して寒気がした。闇に光る単眼、中世の騎士を思わせる黒い機影、そして、光る長刀、一瞬にして自分の部隊を全滅させる姿はBETAよりもおそろしかった。
だが、あんな機体は見たことが無い。と言うか設計思想から技術体系そのものが違うような気さえする。まるで宇宙人だ。

「あ、大佐殿。自分は、どうなるのでしょうか…」

 愚にも付かない質問をする。こちらの過失でフレンドリーファイヤを行ったことは明白だ。その責任は問われるだろう。運が悪ければ銃殺だって在りうる。
 パイパー大佐がニヤリと笑った。

「安心しろ。今回の事で貴様が責めを受けることは無い。状況が状況であるし、我々の方も少々手荒い対応をしたからな」

「は! ありがとうございます」

 どうやら、相殺と言うことらしい。パイパー大佐は話を続けた。

「貴様らの引渡しは交渉が済み次第行う。それまでは、少々窮屈だろうが基地内に軟禁する」

「…あの、大佐殿」

「何だ?」

「自分の部下たちは…」

 最後まで言う前に、大佐が遮る。

「全員無事だ。もっとも男女二部屋で窮屈な思いはしているだろうがな」

 この言葉を聞いて、思わず泣きそうになった。味方誤射をしたのに、これほど丁寧な扱い(現在の国連軍では男女の部屋を分けるなどめったにしない) を受けるとは思わなかったのだ。
 退室するパイパー大佐たちの背中を見ながら、得体は知れないが少なくともアメ公よりゃよっぽどましだ。と一人呟いた。



 尋問部屋から出ると、バウアーがたまりかねたように噴出した。

「しかし真っ青になってましたな大佐」

「ほどほどにしておけバウアー」

 たしなめるパイパー大佐だが、顔は笑っている。口を割らせる手間が大幅に省けたのだ、
笑いたくもなる。

「こちらのことは悟らせていないな」

「ええ、彼らのMSやあの化け物ども…BETAとか言いましたか、それについての質問は精神鑑定を擬装しました」

バウアーとパイパー大佐が交代で尋問に当たり、必要な情報を引き出したのである。
ぺらぺら質問に答えてくれるのは、笑いが止まらないのだが…。同時に笑えない状況であることも証明された。マ・クベの捕獲した捕虜を尋問した結果判明した事実は到底信じられないものだった。
いわく、この世界が宇宙世紀どころか旧世紀の1999年であり、人類は外宇宙から侵攻してきた生命体によって壊滅の一途にあると…。
 話だけを聞けば到底信じられるものではないのだが、宇宙生物に関してはもうたっぷりと実物を見ているし上に、彼らのMS内に残っていたデータで彼らが嘘を言ってないことは確認できた。
捕獲した機体を解析したところ、技術体系から設計思想までまったく異なるものだったという報告も来ている。
機動性はザクより遥かに高いが、それ以外の武装や機体剛性、装甲といった基礎的技術が必要とされる部分はザクには遠く及ばない。
だがそれは当然のことだ。なにしろ110年以上も時代がかけ離れている。この時代で二足歩行兵器がある事自体が異常であり、生体工学や医療などの一部の分野はむしろ宇宙世紀より優れているほどだった。

それほどまでに、追い詰められていると言うことなのだろう……。

 これからの身の振り方を考えねばならんな、とパイパー大佐は心中、ため息をついた。

「ところでバウアー少佐。此処の技術ならば、貴様の目も何とかなるかもしれないな」

 ふとバウアーの眼帯に目を向けた。正確に言うとその下にある機械式の義眼にだ。宇宙世紀の整形技術は基本的には機械式である。生体工学によって義手や義眼などは機械式の部品でまかなわれる。だが、この世界では遺伝子工学で培養された生体部品を移植することが出来るらしい。これは宇宙世紀にすら無い技術だ。

「かもしれません。が、自分はこの目を結構気に入っているんです」

 そう言って、バウアーが眼帯をなでた。第一次降下作戦の折にもらった傷。それは彼と共に戦い、先に散った戦友たちとの思い出でもあった。




「畜生!」

孝之は鳴り続ける照射警報に悪態をついた。

《孝之! 大丈夫か!!》

 エレメントを組んでいる平慎二少尉から通信が入る。

「要撃級からもらった一発で主機がいかれたらしい。出力が、上がらねぇ!」

 突撃級を前面に要撃級や戦車級の大軍が迫ってくる。フレームが歪んだのか、ベイルアウト(緊急射出装置)も作動しない。

「慎二! 俺のことは良いから後退しろ!!」

《馬鹿野郎!! 涼宮さんも、速瀬もお前のことを待ってるんだ! 簡単にあきらめてんじゃねぇっ!!》

 慎二の不知火が孝之の後ろに回る。

《孝之! ブーストジャンプだ!!》

「…すまん!」

機体が浮き上がった。孝之も自分の不知火のブースターを全開にする。
 BETAの大軍から距離が開き始める。
 逃げられるかもしれない、そう思った瞬間だった。機体ががくん、と失速する。機関停止を知らせる警報が鳴り響く

「クソ! 主機が止まりやがった」

予備電源に切り替える。音声通信で慎二に呼びかけた。

「慎二、俺の機体はだめだ! …頼む! お前だけでも逃げてくれ!!」 

 音声通信の向こうで、慎二は困ったように笑った。

《速瀬によ、頼まれたんだ。孝之をお願い、てな》

 通信機の向こうから響くのは、聞きなれた警報音。

「照射警報!? 慎二! だめだ! やめろぉぉぉ!!」

 そうか、こいつは速瀬のことが……

《答えてやれよ、二人の気持ちに………》

「慎二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

視界が真っ黒になる。孝之の目に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だった。

「目が覚めたようだな」

片目に眼帯をした男が、驚いたような顔でこちらを見ている。灰色詰襟の軍服を着たがっしりとした男で、精悍な顔つきだ。

「ここは?…あの、あなたは一体……」

 男は寝台の前にある椅子に腰掛け、どこか聞きなれない感じの英語で答えた。

「私は第600機動降下猟兵大隊黒騎士中隊隊長エルンスト・フォン・バウアー少佐だ。ここは当基地の病院区画だ…」



――― アプサラス開発基地 病院区画
数少ない病室を当てられ、寝台の青年はかなり恐縮しているようだった。
バウアーが救出したこともあり、彼の尋問はバウアーが受け持つことになっていた。

「それで貴様の所属は?」

 傍目から見ても緊張していることが見て取れる。
緊張するのも当然だろう。何せ、佐官と一対一で向き合っているのだ。護衛のヘイヘ少尉は病室の外で待機している。

「は! 国連軍第11軍所属、鳴海孝之少尉であります!!」

「部隊名を言わんのは、言えんからか?」
 
 孝之は心底申しなさそうな顔をすると、言いづらそうに口を開いた。

「は、あの、申し訳ありません少佐殿…。その質問には…お答えできません」

 どうやら特殊部隊所属らしい。マ・クベが捕獲してきた連中と機体の仕様が少々異なったのはそのせいだろう。特殊部隊の構成員はその所属から階級までの一切を秘匿せねばならない。
 軍人として負い目を感じる必要は無いのだが、命の恩人に隠し事をしなければならないことに引け目を感じているのだろう。

「いや、良い。我々も事情は似たようなものだ。事情は分る」

バウアーは鷹揚に応じつつ、内心、感心していた。

 なるほど…。これが、極東の美徳と言う奴か……。

 特殊部隊の一員としての覚悟が足りない、と言えばそれまでなのだが、そう切り捨てる気にもならない。
嫌いじゃないのだ、こういう連中は…。

「……今度はイタ公抜きでやらないか」

「は?」

「いや、なんでもない。もう一度確認するが現在は1999年のジャパンの横浜なんだな?」

「ええ、その通りです」

「そして、BETAと呼ばれる外宇宙起源の生命体と戦争状態にあると…」

 先に尋問した捕虜と証言に食い違いが無いことを確かめる。

「異常はないな…。ありがとう鳴海少尉。ゆっくり休んでくれ。それと君の病室には一応見張りをつける。理由は言わなくても分るな」

「はい!」

 パイパーの敬礼に孝之が答える。ヘイヘが病室の扉を開けた。
去り際にバウアーが振り返った。

「ところで少尉。ハルヒとミツキと言うのは思い人か?」

「はぁ!?」

 寝台の上で鳴海少尉が思いっきりこける。なかなか器用な男だ。

「遥と水月です! 確かにポニーテールは個人的に嫌いじゃないですけど…」

「何の事だ? しかし俺が言うのもなんだが、二股はあまり薦められんな」

 立ち直りかけた鳴海少尉がまたこけた

「何でそんな話になるんですか!?」

「貴様がうわ言で何度も叫んでいたのだ」

 鳴海少尉の顔が真っ赤になる。
バウアーは、意外と扱いやすい性格だな、と笑った。
 ノックの音がして、病室の外に居たヘイヘが入ってきた。

「バウアー少佐」

「どうした? ヘイヘ」

 ヘイヘが鳴海少尉をちらりと見る。

「お客さんです」

 バウアーがにやりと笑った。

「喜べ鳴海少尉。お迎えが来たらしい」


後書き
12/18誤字脱字を修正しました。ご指摘くださったシレモノ様、どうもありがとうございました。
最近、資料として小林源文先生の本(黒騎士物語シリーズ、炎の騎士・鋼鉄の死神など)を何冊か買いました。いや~やっぱり小林先生の本はカッコいいです。皆様も機会がありましたらぜひ読んでみてください。
さて、さっさとA-01の方々に遭遇させるはずが、意外と時間が掛かってます。ああ、物を投げないでください。次は出しますから許して…。
君が望む永遠の小説版も読んだんですが、…暗いですね。友達が「ゲームやったら人間不信になりかけた」と言っていたのが良くわかりました。
物語中に出てきた「機動フェンシング」はオリジナルです。宇宙世紀になり個人用ブースターや無重力と言う環境に適応したスタイルがあってもおかしくないなと思いまして…。 
シャアもアムロと剣で遣り合うシーンがあったので独自解釈で造っちゃいましたw
感想・ご意見は作者を育てる糧であり、心の支えです。皆様、ぜひご協力お願いいたします。



[5082] 第六章 邂逅
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:11


――― アプサラス開発基地 第一会議室
 それなりの広さのある室内でパイパーの声だけが響く。
頑丈な大机をはさんでギニアス・サハリン少将とノリス・パッカード大佐が神妙な面持ちで彼の話を聞いている。

「…連邦の基地に捕虜収容所がありまして、どうやらオデッサや欧州撤退の際の捕虜を後送して収容していたようです。この捕虜は襲撃時に救出しました。今は艦隊に分乗させています。その後、基地跡へと降下、ノリス大佐からの救援要請を受信し、この基地へと展開したわけです」 

話し終えると、パイパーは革張りの椅子に腰掛けた。合皮と頑丈な金属フレームで構成された椅子が僅かにきしむ。隣のマ・クベ中佐が僅かにこちらを見る。
黙って話を聞いていたギニアス少将が、静かにため息を漏らす。

「なるほど、委細は承知した」

線の細い男だが、目の奥に深い覚悟の光が見える。
元の世界に居た時聞いた話とだいぶ印象が違うな、とパイパー大佐は少しだけ感心した。

「まず、大佐には救援の礼を言わねばならんな。ありがとう大佐」

「閣下!?」

 ギニアス少将が深々と頭を下げた。傍らのノリス大佐が驚いたような顔で少将を見る。

「自分は公国軍人としての義務を果たしたまでです。頭をお挙げください」

 あわてて、頭を上げるように促す。
頭を上げたギニアスが柔和に笑った。どこか深みのある笑み、これはいよいよ面白い相手だ。

「では、今後のことについてだが…その前に一つ確認したいのだが」

 来たな、と内心で唸ってパイパーは表情を引き締める。ここで押されて部隊を統合されでもしたらたまらない。隣のマ・クベは黙って事の推移を見守っている。

「その、本当にマ・クベ中将は中佐になられたのですか?」

 ギニアスが複雑な表情で尋ねる。なんだか肩透かしを食らった気分だが、無理もあるまい。彼らの認識では今の今までオデッサ基地司令で中将、つまり上官だったのだ。

「…事実です。マ・クベ中佐は私の部隊で中隊を指揮しております」

 ノリス大佐とギニアス少将がいっそう驚いた顔をする。将官から佐官への降格、それも4階級降格など前代未聞も良いところだ。

「それでは本当にオデッサが陥落したのですね…」

 ギニアス少将の顔が暗くなった。

「マ・クベ中佐。欧州軍のユーリ・ケラーネ少将はどうなったかご存知ですか?」

 話をふられたマ・クベは静かにうなずいた。

「私に敬語は必要ありませんよ閣下。ケラーネ少将は閣下のご友人でしたね」

「!? 何故それを?」

「アプサラス開発基地が消失した際に、私のところへ救助隊を出す許可を求めてきたのがケラーネ少将です。合理思考の彼にしては珍しく少し感情的でした」

「……ケラーネが、ですか?」

「ええ、無論私は許可しませんでした。オデッサへの侵攻が予測され、予断許さぬ状況でしたから。その後、オデッサに対する連邦の侵攻が始まり、私の手抜かりで陥落まで追い込まれ後退戦の途中、欧州軍へ撤退命令をだしました。撤退には難儀したようですがケラーネ少将は無事にキャリフォルニアベースへ撤退したようです」

 マ・クベ淡々とオデッサ陥落を自分の責任と言うが、これに関してはパイパーには異論があった。連邦のオデッサ作戦を察知していながら、オデッサを見切ったのは上層部の判断だ。むしろ、残存部隊を率いた壮絶な後退戦は賞賛に値する。
だからこそ、この男を直属部隊ごと貰い受けたのだ。バウアーに泣きつかれたのが最初とは言え良い買い物だったと思っている。

「そうです…いや、そうか」

 ギニアスがほっとしたような顔になる。すぐに表情を引き締めてこちらに向き直った。


「それで、大佐。今後のことだが…」

「初めに断っておきますが我々は特殊部隊です。性質上、任務遂行を最優先せねばなりません。したがって、指揮下に入ることは出来かねます」

 出来るだけ穏やかな調子で先手を打つ。
すると、相手は以外にあっさりとうなずいた。

「理解している。それに、当基地では君たちに命令できる階級のものは居ないから安心していい」

 ギニアスは「技術少将」である。つまり、整備や補給など直接戦闘に関わらない者達には指揮権があるが、MS部隊や歩兵部隊など直接戦闘に関わる部隊には、直接的な指揮権は無い。
 アプサラス開発基地での戦闘の責任者はノリス大佐であり、もし第600機動降下猟兵大隊が基地に派遣された部隊なら、先任のノリスに指揮権が無いことも無いが、それでも難しい(特殊部隊はその性格上、指揮系統が作戦司令部直属である)。それ以前に彼らの任務は「基地のあった場所の調査と確保」であり、基地に派遣されているわけではない。
 かと言って、補給などを依存する以上、無下に扱うわけにも行かない。非常に微妙な立場なのである。そこをギニアスは譲歩しくれるつもりらしい。

 いかんな、仲間同士で腹の探りあいのようなマネをするのは……。

 いつの間にか、謀略じみたやり取りをしようとしていた自分を恥じた。特殊部隊の隊長などをやってると、政治も考えざるを得ないのが嫌なところだ。特殊部隊は蛮勇と機知、相反する双方を要求されるのだ。

「我が部隊はこの基地を拠点として活動することになります。確保も部隊の任務に入っているので、そこに関してはお力になれるかと」

 こちらの条件を提示すると、ギニアスは鷹揚に受け入れてくれた。

「それで十分だ、大佐。それで我が基地の方なんだが、現在進行中のアプサラス計画を一次凍結する。補給がいつあるか分らない以上、資源は大切に使いたい。MSの補給と修理、改修に全力を注ぐ、いつあの化け物どもがまた現れるか分らないからな」

「ギニアス様!?」

ノリス大佐が驚いたような声を上げる。

「ノリス。今はアプサラスよりもこの世界でどう生き残るかを考えねばならない。それくらいは私も分っているさ」

 穏やかに笑う。ノリス大佐が誇らしげにギニアスを見る。まるで息子を見る父親のような目だ。特殊部隊の指揮官でなければ、俺もすぐさま指揮下に入ったろうな、とパイパーは胸のうちで苦笑した。

「ところでギニアス閣下、一つお願いがあるのですが」

「何でしょうか?」

「先ほどお話した我が軍の兵士ですが、この基地で引き取っていただけないでしょうか?」

 ギニアス少将が難しい顔になる。仕方が無い。資源が限られている以上、安請け合いは出来ない話だ。

「数はどのくらいか?」

「失礼しました。約120名ほどです」

「120名? かなりの規模のように思っていたが、意外に少ないな」

 救出した捕虜の姿を思い出し、パイパーは少し顔をしかめた。

「相当、劣悪な環境だったようです。食糧事情は悪く、衛生状態は最悪。虐待が横行しゲリラが頻繁に捕虜を撃ちに来ていたようです。裏では引渡しもあったとか。救出した者たちも新たに送られてきた連中がほとんどです」

 南極条約には捕虜取り扱いに関しても一応条約はある。しかし、連邦側がそれを守ることは稀だった。一般捕虜(将官以下の下士官や兵)に対する虐待や殺害などは枚挙に暇が無い。尋問と称して拷問を行うことも日常茶飯事だった。
もっともジオン側においても事情は対して変わらなかった。反乱の防止のため、基本的には抑止される傾向にあったが、地球連邦政府に散々煮え湯を飲まされた記憶はぬぐい難いものがあるのだろう。
互いに、相手の人権を軽視する。本来が殺し合い、相食んで生きていく生き物の性を考えれば、仕方のない事のようにも思える。もっとも連邦側においては宇宙移民に対する差別意識がそれを加速させていたことは疑いようの無い事実だった。

「…話には聞いたが、それ程とは……」

 ノリス大佐が唖然とした表情でこぼした。ギニアス少将は黙って目を伏せている。

「……パイパー大佐、要請は承諾した。彼らのことは我が基地で面倒を見る。医者が必要なものはいるかね」

「衰弱しているものもおりますが、伝染病等は大丈夫です。閣下よろしくお願いします」

 パイパー大佐は深く頭を下げた。ギニアスの穏やかな笑みが、今は何よりも温かかった。

「それで、これからのことですが…マ・クベ中佐」

 マ・クベに目配せする。マ・クベは黙って頷くと、静かに立ち上がった。




「尋問によって得た情報を総合しますと、我々は現在、BETAと呼ばれる敵性生物の巣である地下茎構造物内に居るようです。現在これを国連軍・米軍・日本帝国軍が攻略中であり…」

「中佐、一つ確認してよろしいか」

 ノリス大佐が話をさえぎる。

「何でしょうか?」

「自分の記憶違いかも知れんが、我々の世界では1945年に第二次世界大戦が終結してから、『帝国』はなくなったはずだが?」

「ええ、ごもっともな疑問です。つまり、この世界は我々の世界とは微妙に異なる平行世界と考えた方が良いでしょう」

 本当に使い古されたSF小説のような話だが、あの化け物や戦術機とか言うMSもどきを見た以上、頷かざるをえない。

「なるほど、了解した。話を続けてくれ」

「では続けます。多少の違いはあるものの、資本主義陣営と共産主義陣営の対立や一部覇権国家による国連の形骸化などの問題は変わらないようです。ここで問題になるのは敵側の戦力です。戦術機なる相手側のMSは機動性こそ脅威ですが、総合性能ではザクにも劣ります。戦い方さえ間違えなければ、脅威にはならないはずです。ですが、彼らにはG弾と呼ばれる戦略兵器があります。核を遥かに凌ぐ威力は脅威となるでしょう」

「つまり、最大の脅威は米国と言うわけだな」

「その通りです」

 『アメリカ合衆国』こちらの世界においても地球連邦の主体となった国家である。南米ジャブローに連邦軍の本部があるのも宇宙世紀の公用語が英語なのも、このあたりに理由があるのだろう。つまり、何処に行っても嫌な奴は嫌なままというわけだ。

「ですが、最大の脅威は我々が敵地にあると言うことです。BETAに加え、この世界の人類と二正面作戦を強いられれば、補給のあてのない我々に勝ち目はありません。ですから、彼らとは政治的に渡りをつける必要があります」

 緊迫した空気が流れる。ギニアス少将の表情が曇る。

「もし、彼らが我々との交渉を望まなければどうする」

「現状から鑑みるに、その可能性は薄いものと思われます。無尽蔵の物量、突出した威力のある兵器も無く、被害ばかりが大きくなっていく。人類に兵なし、という現状で我々ほどの戦力を無碍にするとは思えません」

 だが、それゆえに使い潰される可能性はある。だからこそ、交渉と恫喝を駆使しでも彼らを守り抜かねばならない。

「けだし耳の痛い話だな」

 パイパー大佐が呟いた。

「彼らは追い詰められています。である以上、常識外れの技術力を持つ我々を地下空洞ごと吹き飛ばすほど愚かではないでしょう」

「もし、彼らが力ずくで我々の技術や資材を奪いに来たらどうする」

 ノリス大佐が厳しい顔で言う。

「ええ、その可能性は十分にあります。我々の戦力がいかに優れていようと物量で押し切ることも可能でしょう…」

 そこまで言って、一度言葉を切った。その場に居る者達は皆一様に深刻な表情をしている。

「ですが、我々はそこまで神の子羊(お人好し)になる必要がありますかな?」

「どういう意味だね中佐?」

 ギニアス少将が怪訝そうな顔をする。

「あちらには兵器があり、こちらには『優れた』兵器がある。要はあちらの出かた次第ということです」

 怜悧な顔に浮かぶのは鋭い笑み。
この日、マ・クベ中佐はアプサラス開発基地外交アドバイザーとして任命された。
ジオン最強の策士と謳われた男が、再び動き出す。




――― 1999年8月横浜ハイブ第4中央区画

一機の旧ザクがコンテナから取り出した岩を設置した。岩に擬装した熱探知センサーで頭部のブレードアンテナが、そのザクが指揮官機であることを表している。

「設置完了。デル、そっちはどうだ?」

《こちらもソナー設置と擬装を終わらせました》

 正式にアプサラス開発基地防衛隊へと編入されたトップの小隊は敵の侵攻を察知する為の警戒線を構築していた。

「アス! あんたの方は終わったかい」

《そんなに大声出さなくても聞こえますよトップ隊長殿》

不貞腐れたような声が返ってくる。トップは通信を切ると、浅くため息をついた。デルとアスは欧州軍時代からの部下だ。特にデルとは付き合いが長く、ベテラン軍人で頼れる部下だ。郷里に妻子を残しているらしい。問題はアスの方だ、まだ未熟なわりに何かと反抗的で、女だてらに小隊長をやっている自分が気に入らないらしい。

《たく、何で俺がこんな旧式に…》

ぼやきが無線から入ってくる。まったく、せめて回線を閉じろ、とトップは顔をしかめた。

「アス、愚痴をこぼすのはそれぐらいにしときな。あたしらは居候なんだ。贅沢は言えないだろ」

 もっとも、旧ザクを好んで使っていたトップからすれば、不満を持つ理由が良くわからなかった。腕の悪いものほど良い機体を欲しがると言うが…。欧州からの撤退中に連邦に捕獲され、極東収容所で死に掛けていたところを救出された上に、MSまで与えられたのだ。文句など言える立場ではない。

《ザクⅠはいい機体だぞ。機動が素直で扱いやすい》

 中隊長機のドムが通信に割り込んでくる。

「び、ヴィットマン大尉!? し、失礼しました」

《良いさ。それより、お客さんだ。高速接近中の熱源多数。こりゃ大隊規模だな》

 熱センサーに多数の光点が映し出される。これが、特殊部隊の連中が遭遇したという謎のMSか、トップの手にじわじわと汗がにじむ。ヴィットマンの部隊は中隊程度の頭数しかない。これはまったく不利だ。

「どうしますか? 大尉」

《あせるなよお嬢さん。一度、単坑に後退しよう》

「り、了解…」

 ヴィットマンが軽い調子で言う。数倍の戦力で侵攻されているというのにまったく動じてないようだ。
 いつもは馬鹿にする気かと身構えるのだが、ヴィットマンに言われると不思議と不快には感じない。

《ヴォル、本部へ伝令。通信可能域(基地周辺)まで無線封止》

《了解しました》

 バルタザール・ヴォル少尉はヴィットマン中隊の中隊副官であり、先の基地防衛戦で戦闘不能に陥るも、ドムの重装甲によって命拾いした男である。基地では「不死身のヴォル」のあだ名で呼ばれている。

ヴォルのドムが踵を返す。熱核ジェットとバーニアを使用しているので、敵に発見されたかもしれない。
だからどうした、とトップは表情を引き締める。連邦に貰った借りを奴らに返してやれば良い。

「デル! アス! 先に行け」

 アス機はわき目も振らず、単坑へ飛び込んでいく。

《隊長はどうするので?》

デル機から通信が入る。トップは鷹揚に笑みを浮かべた。

「私はお前らの後だ」

《了解です》

 デルの旧ザクが、アスの後を追う。

「よし、行ったな…」

トップの旧ザクが素早くマシンガンをつかむ。坑道に向き直ると、一機のドムが傍らに立っている。ドムの右手がこちらの肩に乗る。接触回線、敵に傍受されるのを防ぐ為だろう。

《ヴィットマン大尉だ。他の連中もちゃんと引いたな。トップ少尉、俺とロッテ(二機編隊)だ。退くぞ》

「了解しました! …光栄です」

ヴィットマンと共に早足で単坑内に飛び込む。トップの硬い表情が少しだけ和らいだ。




「ヴァルキリー1よりCP! F層中枢区画に到達」

《了解…そのまま会敵ポイント…進んでくださ……》

 頻繁に砂嵐の混じる通信機に、伊隅みちるは心の中で舌を打った。
広大な地下空間へと展開したA01部隊。その隊長たる彼女は緊張とプレッシャーで押しつぶされそうになっていた。ハイブ内の戦闘はほぼ収束しており、BETAはほとんど佐渡島方面へ撤退したはずだ。

ならば先行した部隊を壊滅させた「鬼」とは一体何なのだ……?

そんな疑問が彼女の頭から離れなかった。ふと、青白い光の柱が目に入る。みちるはわざと指向索敵の範囲から外した。最後の通信が事実ならあそこには脳だけになった人間が納められているはずだ。そんなものに目を奪われていては、謎の敵とやらに遅れを取る。
 色々と自分を偽っては見てもとどのつまり見たくないだけだった。人間が人間であることを否定されるような風景は誰だって好きではない。

《前方約3000に感あり、単坑に入りました》

「よし、追うぞ! 全員NOEで追尾!!」

網膜投影で敵影が表示される。不知火のジャンプユニットに点火、高速巡航で敵影を追う。

罠かも知れない…。

暗い不安が彼女の心の中に広がる。大隊規模の不知火なら不測の事態にも対処できる。いや、して見せる。自分の頬を軽く叩いて気合を入れなおした。

「全員油断するな! 何が待ち受けているか分らんぞ!」

暗い単坑を一筋の光を追って、駆け抜ける。CPからの通信が途切れ途切れになった。
 ながい単坑が途切れると、目の前に広大な空間が広がる。

「な、な、な、な、なんなのよぉぉぉぉぉ!!」

《ヴァルキリー1…どうしま…た…応答してください!!》

彼女はその光景を後になってこう語ったと言う。

「トンネルを抜ければ、そこは異郷の基地でした」



目の前に広がる広大な空間青白い燐光の中ライトアップされた施設が見える。

「そんな、ありえない!? ハイブの中に基地なんて!!」

《こちらCP…状況…報告……》

凄まじい砂嵐で通信が途絶える。どうやら強力なジャミングがけられているらしい。
見慣れない戦術機の一団が近づいてくる。先頭を行くのは青い機体。不気味な単眼に、肩のアーマーには太いスパイク、左腕の盾には巨大な機関砲が据えられている。
 青い機体の単眼が一定の速度で明滅する。

「これは……モールス信号? わ、れ、は、敵、に、あ、ら、じ? 味方、なのか…!?」

青い機体が一機だけ突出して止まると、右手を差し出した。握手を求めているようにも見える。

《隊長、どうしますか?》

「皆、絶対に手を出すなよ」

覚悟を決めて、自分の不知火を前に出す。青い機体の差し出した手を握った。
通信機から、妙ななまりのある英語が聞こえてくる。

《こちらは、基地防衛隊司令のノリス・パッカード大佐である。そちらの司令官と話しがしたい》

「私は、国連軍の伊隅みちる大尉です。そちらの所属を教えて戴けますか?」

《現時点では、それは出来ない。だが、我々は敵ではない。これはその証拠だ》

 一台のトラックがこちらに進んでくる。トラックから人影が駆け下りる。
 光学センサーを望遠にした伊隅は、自分の目を疑った。

「鳴海少尉!? 生きていたのか!!」

数日前にMIA判定されていたはずだ。まったくもって信じられない。自分の声が震えていることに気づいた。

「我々より先に突入した部隊がいたはずですが」

《双方の不幸な勘違いから戦闘に至ったが、彼らは皆生きている。我々の要求を受け入れてもらえるかな?》

「こ、CPと連絡とりたいのですが、そのジャミングを…」

《失礼した。どうやら、我々の通信波は強力すぎるらしい》

ジャミングが止まった。通信機の出力を最大にしてCPへと繋ぐ。

《…ちらCP。…なにがあったんですか? 状況を……》

「香月博士に繋いでくれ! 大至急だ!!」

 CPをさえぎりながら、さてどのように報告したものかと、伊隅はため息をついた。



あとがき
12/23誤字脱字等を修正。
軍人さん紹介

バルタザール・ヴォル
ドイツ軍の元SSのお兄さん。ミハイル・ヴィットマンの砲手をやっていた。ヴィレル・ボカージュの戦いではヴィットマンと共にタイガーエースとなった。本作ではヴィットマンのドム部隊の生き残りで中隊副官です。

 なんだかギニアス大活躍でマ・クベのターンが始まったりと大変なことになっています。さて、次回はいよいよ夕呼先生とマ・クベの直接対決! …になる予定です。作者の電波状況によってはまったく変わるかもしれません。トップ小隊長出しちゃいましたw ああ、物を投げないでください! 08の新のヒロインはトップだ! とか思っている私からすると、原作では非常に不遇だと言うこともあり、トップ小隊の方々にも出演していただきました。
基本的に作者の書いてるキャラは小林源文先生の漫画から出しています。資料用で買ったらさらにはまりましたw 小林先生は実はガンダムとも無関係ではなく、ガンダム作品で挿絵だかキャラデザを請け負ったこともあります。ちなみに原作の黒騎士中隊が所属していたという連隊のエンブレムは何気にジオンのものだったりします。
さてさて今回ですが、伊隅大尉しか出てきません。宗像が速瀬や涼宮遥に敬語だったことから、宗像・風間よりも速瀬・涼宮のほうが先任だったはずです。と言うことは……オルタに出てくるA01のメンバーは他に誰も居ないじゃんw 書いてる途中に気づきました。ええ、私は馬鹿です。愚か者です。こんな阿呆ですが、これかも本作品をよろしくお願いします。
感想やご意見は作者の心の支え、共に人生の楽しみ、作品を練磨する為の礎です。読者の皆様方、お手数でしょうがご協力お願いいたします。




[5082] 第七章 対峙(改定版)
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:15
 

―――― 横浜ハイヴF層 アプサラス開発基地 ――――

地下基地の夜は、当然のことながら。昼間と対して変わらない。
敵地の只中と言うこともあり、基地から伸びるサーチライトが、閉ざされた天蓋と外壁から発せられる薄青い燐光に対抗するかのようにあたりを照らしていた。

昼間と違うのは、当直のものを除いて就寝中だということだ。定時に巡回する歩哨の足音が遠ざかれば、あとは静寂に包まれる。
そんな静寂を、硬く澄んだ音が貫いた。
シャリン、シャリン、と刻まれるリズムは、黒いザンジバルの甲板上から響いていた。

 
 黒い装甲板の上、二つの影が対峙する。
ノーマルスーツ用のヘルメットを被っているため顔は見えないが、特殊樹脂製のプロテクターをつけ、手には長短の二刀を携えている。
双方ともに長身で、片や細身だが引き締まった体つきだが、相対する方はがっしりとした体躯だ。
腰を落として構えた両者。超鋼スチール製の刃が天蓋からの燐光にさらされて、ぼんやりと光っていた。
 動き始めたのは大柄な方からだった。緩やかに、円を画くように足を運ぶ。
対する相手も逆方向へ踏み出し、追随するように動く剣が、相手が間合いに踏み込むのを牽制する。
 双方の動きが止まった。一瞬の静寂から、痩身の方が仕掛ける。
その体躯に似合わぬ激しい打ち込みが、しなやかな腕から繰り出される。
相手の方も慣れた手つきで剣撃をさばくと、突き出した剣を絡めとり、強引に弾き飛ばす。
手から飛んだ剣が銀の軌跡をかいて甲板に落ちる。ひときわ高く澄んだ音が、あたりに響き渡った。
チャンスとばかりに、相手の長剣が踏み込んでくる。痩身の方がそれを短剣で逸らす。鋭く澄んだ音をかき鳴らしながら、鋼同士が火花を散らした。

「チッ」

 大柄な相手はヘルメットの舌打ちを洩らすと、今度は左の短剣を繰り出した。

「うかつだ」

 手の平でなでつけるように短剣の軌道を変える。痩身の男は、そのまま相手の進路上に短剣を構えた。

「畜生、なんてザマだ」

 自分から短剣に突っ込む格好になった相手は、胴当を削られた。それで勝負ありだった。
互いに剣に口付けて礼をすると、負けた偉丈夫は悔しげに、ヘルメットを脱いだ。

「クソッ、参った!!」

 中から出てきた無骨な顔は上気して息を切らし、色の濃い金髪はぼさぼさになっている。
男は、ずれた眼帯を治すと、剣とヘルメットを床において、自分も座り込んだ。

「しばらく見ないうちに、随分と猪突猛進になったな」

 隻眼の男、エルンスト・フォン・バウアー少佐がニヤリと笑みを浮かべた。

「オデッサで、荒事も悪くないと学んだものでな」

 答えて、痩身の方もマスクを脱ぐ。外の空気がすがすがしい。気味の悪い化け物の巣で無ければ、天蓋に瞬く燐光も、神秘的な光景に見えるものだ。
 いや、真実、神秘的な光景だ。だがそれは、どこか人を不安にさせるような美しさで、妖しいと言っても良い。

「しかし、マ・クベよぉ。今日はえらく激しかったじゃねぇか。なんかあったのか?」

バウアーが、軽い調子で尋ねてくる。現在は二人だけなので、敬語は無い。
二人で剣を合わせるのは、士官学校からの習慣だった。もっとも、任地が分かれて以来の久しいものであった。
互いに修羅場を潜って来ただけに、腕はさび付いていない。

「なに、連中の証言を整理していたら、少し気になる所があった。ただそれだけだ」

 汗のしたる髪をかき上げ、マ・クベは質問に答える。

「なんだ、そりゃ?」と怪訝そうな顔をするバウアーに、ため息交じりの笑みを向ける。

「大した事じゃないさ……」

 言われた相手は、得心のいかない顔をしながらも首をすくめた。

「……だが、今はいえないという事か?」

「…その通りだ」

「なら聞かんさ」

 隻眼の軍人は立ち上がると、「それじゃ、一風呂あびにいこう」と手を差し出した。
その手を掴みながら、私自身、この仮説には色々と複雑なのだ、とマ・クベは心中で友に詫びた。




着替えを終え、シャワールームを出ると、バウアーが待っていた。
袋に入れた剣を杖のように突き、「遅いぞ」と笑う顔は、先ほどのことなど気にも留めていないと言わんばかりだ。

「貴様のそういうところは、本当に助かるよ……」

 小声で呟いて、マ・クベは僅かに顔を緩めた。

「ん? 何か言ったか?」

 振り返ったバウアーが怪訝そうな顔をする。

「いいや」

「そうか……うむ、動いたら腹が減ってきたな…」

 言われて、マ・クベは今日の夕食すら食べていないことに気づいた。

「しかし、バウアー。この時間では艦のPXも閉まっているのではないか?」

 もう消灯時間は、とっくに過ぎている。バウアーは腕組みをしてしばらく考え込んでいると、ふっと顔を上げた。

「なら、基地の方に行こう。 当直兵の飯が残ってるはずだ」
 
 無論、ザンジバルにも当直兵がいないでは無いが、地上で艦の周辺を警備している為、糧食は基地で一括して調理しているのだ。
 二人は荷物をマ・クベの私室に放り込むと、艦の外へと向かった。



 人間の三大欲求は食う・寝る・ヤる(何をやるかは、分る人だけ分れば良い)の三つであることは言うまでも無いが、地下基地であるアプサラス開発基地は三つ目には大分苦労する。
元の世界では地上に上がることが出来たが、この世界では地獄の方が近いような地の底だ。
食うと寝るが満たされている事、そして皮肉なことに、すぐ近くに潜んでいるであろう敵の存在が、基地の士気を保っていた。
中でも、唯一の娯楽と言っても過言ではない食堂は、士気維持のための最後の砦であり、その厨房では、日夜、最小限の糧食で以下に兵士達を満足させるかが、研究されていた。

「……と言うことでだ中村伍長」

 人気の無い厨房で、湯気の立つ皿を差し出しながら、男は切り出した。

「いや、わけが分らないです。佐藤軍そ「これを、食え」」

 有無を言わせぬ調子で、男は煮込みのようなものが入った皿を押し出す。恰幅のいいこの男とでは、貫禄が違いすぎる。凄まれれば、嫌といえないのはもやしの悲しさだ。

「そんなに嫌な顔をするなよ、中村伍長」

顔を引きつらせる中村を、佐藤が猫なで声で、じりじりと追い詰める。

「お前が、一生懸命に作ったんだからなぁ」

中村はガタガタ震えながら、必死であとずさる。

「なら、味の方は保証つきだな?」

詰め寄る佐藤の言葉を、後ろから放たれたドラ声が遮った。

「そりゃぁ、勿論……」

 威勢よく振り返って、佐藤軍曹は硬直した。
後ろに立っていたのは隻眼の偉丈夫と、青い髪をした長身の男。

「!? バウアー少佐にマ・クベ中佐!! い、一体、どうして、こんな所へおいでに?」
 
言いながら、素早く敬礼をする。

「中村ぁ! 貴様、上官への敬礼はどうした!!」

 唖然としている中村伍長に、佐藤軍曹のケリが飛ぶ。罵詈雑言と軍曹の足に急き立てられ、中村も慌てて、敬礼した。

「失礼しました中佐殿! 少佐殿!」

 そんな、二人にバウアーは鷹揚に応じた。マ・クベの方もはなから気にも留めていない。

「気にするな、俺たちも急に声をかけたからな」

「…それはそうと」

バウアーの後ろから、すっと湯気の立つ皿を手に取ると、二人を横目に見た。

「先ほどから、これを食べる食べないで、問題になっていたようだが?」

「そう、なんでさ。こいつが作ったものですから、こいつに食べさせようと」

 マ・クベは皿を顔に近づけると、すんと匂いをかいだ。
ほんのり赤ワインの香りが鼻を通り抜け、温かい肉と野菜の匂いがあとを追う。

「…匂いは悪くないな」

 そう言うと、皿に突っ込んであったスプーンをとって一口、口に運んだ。トマトの酸味と肉の旨みが口に広がる。肉の旨みも良く溶け出しているようで、良く煮込まれている。

「「あっ……」」

 何故か、ものすごくまずい事をしたような顔をする二人に、マ・クベは怪訝な顔をする。

「……美味いぞ?」

 中々にあとを引く味で、どれもう一口と匙を伸ばすと、横からバウアーがかすめ取った。

「どれ、俺にも食わせろ」

 どうやら、匂いに耐えられなかったらしい。
中村と佐藤は呆気に取られた顔で、バウアーが煮込みを口に運ぶのを見つめている。
一口飲み込んで、隻眼の偉丈夫はにんまりと笑った。

「旨いな! 特に、この肉が、ナンダカ分らんが、癖がなくて実に美味い!!」

 ご機嫌に中村の背中をどやしつけると、一気に平らげて、アプサラス基地の連中はいつもこんなに美味いものを食っているのか、とのたまった。
 中村はゲホゲホ急き込みながら、首を左右に振っている。

「このボケ!!」

 はっと我に返った佐藤軍曹が、中村に強烈なキックを入れた。
軽い体が、厨房の床に吹っ飛ばされる。

「貴様が、ウスノロだから、中佐殿と少佐殿が食ってしまわれたじゃないか!!」

 そのまま、「ボケ!」「クズ!」と罵声を浴びせながら、ぼこすこ殴っている。
 中村の方は「ひぃぃぃぃ」と情けない悲鳴を上げながら、必死で床にうずくまる。
 いくらなんでも、行き過ぎな暴挙だが、気のせいか、お互い慣れているようにも見える。

「軍曹! さっきから一体どうしたんだ!?」

 バウアーがとっさに二人の間に入る。

「軍曹、先ほどの料理はそこまで、卑下するほどのものではなかったぞ。現に私もバウアー少佐も、美味いと言っている」

 穏やかな声で、マ・クベが佐藤軍曹をたしなめる。

「申し訳ありません!!」

 佐藤がものすごい勢いで頭を下げる。ますます、怪訝そうな顔をするバウアーとマ・クベに、佐藤は「材料のあまりをお見せします」と厨房の奥へ引っ込んだ。
 しばらくして、佐藤が何かを抱えて出てきた。ドスンとそれを調理台の上に乗せる。

「こ、こいつは……」

「軍曹、一応聞くが、これはまさか……」

その最近知り合った顔を見て、マ・クベとバウアーは揃って絶句した。
象に似た、醜悪な面構え。特徴的な鼻のような腕は、根元から切られている。恐らくは輪切りにされて鍋の中だろう。

「……食料には限りがありますので」

 ちなみに大型の方は解体して合成タンパクの原料にする予定だったらしい。
だが、合成タンパクの生成プラントとて増設するには資源も時間もかかる。だから、指し当たっての危機対策として、直接料理する術を探っていたのだ。
硫黄臭いのと白くてぶよぶよした奴は、人を食っていたので食べる気がしなかったとか。
 
実験台の中村伍長は不憫極まりない。理不尽にぼこすこにされた中村伍長は「いつか殺してやる」などと物騒きわまり無い言葉を口走っていた。

……何故だろう。とても慣れたやり取りに見える。

「とりあえず食料に関しては、余裕が出来た訳だな」

 満足げに腹をさすりながら、バウアーが呟いた。

「「は、ハイ?」」

 愕然とする二人の部下に、マ・クベは食料の確保を最優先に交渉する事を約束した。
 





――― 横浜ハイヴ第5中央区画(旧アプサラス開発基地) 第三応接室


「気に入らない」

それが、夕呼が男を初めて見たときの印象だった。
一見すれば、見慣れない軍服を着た長身痩躯の男だ。
しかし、細いからだのラインは、服で隠れてはいるものの、引き締まった筋肉のそれである。
何よりその目だ。アイスブルーの瞳は一欠けらの油断も恐れも無く、ただ、こちらを冷徹に見ている。

一緒に着いて来た、まりもや霞から引き離され、夕呼は広くも無い応接室の中でその男の二人きりなのだ。
もっとも、同じ階級で、向こうも護衛を連れていないのだから、文句は言えない。

目の前の男が無言で座るよう促した。夕呼が席に着くと、男は淡々と喋りはじめた。

「自己紹介が遅れたようですな。私はマ・クベ中佐。本交渉の全権を委任された者であります」

  事務的な口調、冷徹な視線からは、何を考えているかなど、まるで読めない。
霞と引き離された挙句に自分が一番苦手なタイプが交渉相手なのだ。

「私は国連軍の香月中佐です。同じく総司令から全権を委任されています」

 まあ、委任と言えば、言葉はいいが、真実は強引にもぎ取って来たのだ。
これはある種、賭けだった。この謎の技術力を持った勢力がどういうものであろうと、此処に居座っている以上、取り込むか排除せねば、人類の興廃に関わる。
そして、それを決めるこの交渉は余人には任せられない。間違いなくこの瞬間に、今後の人類の未来が賭かっていた、

「単刀直入に言いましょう。我々はこの世界の人間では在りません」

 だと言うのに、開口一番相手が繰り出した言葉に、夕呼は凍りついた。

「ふざけないでいただけるかしら」

 自分が顔を顰めて、不快感を表していると言うのに、当の相手は歯牙にもかけない様子だ。
一体、何を考えているのだろう。
 こちらの思惑など気にする風も無く、男は話を続けた。

「ふざけてなどおりませんよ。あなた方の中に敵地の只中に基地を作り、まったく別種のMS—あなた方は戦術機と言ってましたな、を開発する余裕がおありか?」

「そ、それは、確かに……」

本当は自分を暗殺する為の、大仰な芝居なのかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。だが、それならばこんな回りくどいことをする必要があるだろうか。第一、これほどの
技術力があるなら、自分達の力を誇示して話を進めたほうが早い。

 だが、もし、もし万が一、彼の言葉の通りであるなら、人類の前途に一筋の光が差すことになる。彼女自身、その可能性を考えられるだけの仮説は持っている。

しかし、それも、全ては彼らの今後の出方次第だった。
ふっと、息を抜くようにマ・クベ中佐が笑った。

「唐突に、こんな話をされて、混乱されるのも無理はありません。到底信じられない話ですから」

張り詰めていた空気が不意に和らぐ。続く言葉で、一気に核心へ斬り込まれた。

「ですが、あなた方にも思い当たる節はあるはずだ……」

「どういう意味でしょう?」

「救出した機体や回収した機体から、色々と情報を得ています。ゲストの方々からも色々と興味深いお話を聞かせていただきました」

 錯覚でなく、夕呼は相手の目がギラリと光ったように見えた。

「『G弾』という兵器に、覚えがおありのはずだ……」

「ええ、ありますわ。でもそれがなにか?」

 内心の動揺を表に出さぬように、夕呼はあえてそっけなく答えた。相手は落胆するでもなく、ただ、こちらの目を真っ直ぐに見ている。


「G弾・・正式名称を五次元効果爆弾。終わりと始まりの交わる空間に干渉すれば、何が起きてもおかしくは無い……」

 思わせぶりな言葉は、核心をおおむね捉えていた。知らず机の下で握った手の中は汗で濡れていた。

「それでは、本気であなた方は別世界から来た人間だとおっしゃると?」

「少なくとも、我々は我々以外の国家機関、団体に関してあらゆる利害を持ちません」

 変わらぬ表情で答える。こちらを見つめる眼差しは、まるで獲物を狙う蛇だ。かすかに口元に浮かんだ笑みを見て夕呼は直感的に感じ取った。この男は、楽しんでいる。
そう思えば、苛立たぬでもないが、それをあらわにしては向こうの思う壺だ。

「では、そういうことにしておきますわ。それで、あなた方は一体なんなのかしら」

「我々はジオン公国軍。ラグランジュ点に浮かぶコロニー群の国家です。地球と独立戦争を行っていたのですが、ここに」

 ラグランジュ点と聞いて、夕呼は顔を顰めた。だが、第5計画を匂わせようとしているにしては、言っていることが変だ。

「まるで、安いSFの設定ですわね」

 ばっさり切り捨てると、相手はふっと蔑むような笑みを浮かべた。

「我々からしても同意見ですな。地球外生命体に侵略され、滅び行く人類? ペーパーバックですら廃れた設定だ」

「なっ!?」

怒鳴りかえしかけて、寸前で言葉を飲み込んだ。もし、自分がBETAのいない世界の人間なら、きっと同じ事を言う。
まったく異なる技術大系作られたとしか思えない異形の戦術機。
BETAの本拠地であり人類の生存にもっとも適さない場所である「ハイヴ」に建設された基地。それら全てがその言葉を裏付けているように思える。というか他に説明しようが無い。
いくら米軍のG弾投下などで混乱があったとはいえ、国連、帝国、米国、全ての軍の目を欺き、ハイヴを侵攻して基地を建設するなど不可能だ。
そんな反則的なことができるなら人類はとっくにBETAをこの地球上から叩き出している。

 そんなこちらの心中を見透かしたように、マ・クベは話を続けた。

「我々の目的はこの世界での生存と、元の世界への帰還です。よって、我々はどの国の傘下に入る気もないし、入れる気もない。それは国連もまた同義だ。ただ物資の取引を望むのみ」

「傘下に入れるとは、強気に出ましたね。ですが、それをそのまま受け入れるほど我々にも余裕がありませんの」

 愛想笑いを浮かべながら、釘を刺す。いかに強大な戦力があろうと、物資を握っている以上、最終的にはこちらが優位に立てる。後はどれだけ譲歩を引き出すかだ。

当然、こちらがこう出ることを予想していたのか、相手はさして慌てることも無く、薄い笑みを返した。

「先ほども言いましたが、そちらの事情は、当基地に滞在されていたスペシャルゲストの方々からおおむね聞いています。無論対価は支払います。我々の技術をそちらに格安で提供しましょう」

「スペシャルゲスト…なんとも洒落た言い方ですわね。捕虜ではなくて」

「双方の誤解から始まった出会いでも、大切にすべきだと思いますが。それに、我々はいささかの対価も要求しておりません。もし人類にこれ以上敵を増やしている余裕があるのであれば、残念ながら我々も身を守らざるをえません」

「それは、双方にとって、望ましくない結果になるでしょうね」

 だが、どんなに強力な兵器があろうと、戦いは所詮数なのだ。彼らに勝ちなど無いことは目に見えている。

「時に我が基地のMS、いや、戦術機はご覧いただけましたか?」

「ええ、我が方では地の底に鬼が出たなどと大変驚かされましたわ…」

「あれらは全て核で動いております。死に華を咲かせるとしたら派手になるでしょうな」

 相手の言葉に、一瞬思考が止まった。

「……今、なんとおっしゃいましたか?」

「我々の戦術機は全て核動力で動いていると」

男が顔に亀裂のような笑みを浮かべる。
気づいていた、やはり気づいていたのだ。彼らがこの場所にいると言うこと自体が、自分たちにとって致命的であるということに…。
 
「それは恫喝ですの?」

 心中の同様を押し隠して、何とか言葉を紡ぎ出した。

「警告です。我々は敵に情けをかけるほど寛容にできておりませんので」

勿論、圧倒的な戦力を投入して彼らをここに封じ込めることはできる。だが、今でさえ手に余る戦力を誇る彼らが、核まであるとなればどうなるだろう。
このハイヴ自体を吹き飛ばすことも可能だ。そんなことをされれば、オルタネイティブ4は間違いなく5へと移行される。それどころか、国連軍を突破して地上に出た彼らが無差別に自爆攻撃を行えば、日本自体が壊滅しかねない。
 心臓はかつて無いほど高鳴り、汗に濡れた下着がなんとも気持ち悪い。だが、この交渉一歩間違えれば人類は今日にも滅亡する。
なんと、面白い。心臓の高鳴りは、高揚のなせるわざだ。薄刃の上を渡るような緊張感、これだから交渉というやつは辞められないのだ。嫌になる面倒ごとなど、楽しむしかましにする術は無い。
崖の淵に行くほど、脳が冷めていくのを感じながら、夕呼は満面の笑みを出した。

「それでそちらの条件は?」 つまるところ、狐と狐の化け比べだった。

「さしあたり、食料と医療品ですな。あとはこちらに」

 そう言って差し出されたリストに目を通す。弾薬や資材など、詳細にしたためられている。次の項には対価として、基地の建造に関しての全面的な協力。特に電力の確保はありがたい。他にも技術提携は勿論、有事の際の武力支援に関しても要請次第では応じる、とある。かなりの好条件だ。

「この最後の項の、我が方に対するあらゆる妨害・諜報活動に対しては、これを敵対行動と認識する。と言うのは、少々行き過ぎではありませんの?」

 彼らが遭遇した「スペシャルゲスト」の中にはA01だけでなく、国連に出向している米軍の兵士もいる。彼らの証言は、さぞ彼の国の注意を引くことだろう。

「門の鍵が硬くて文句を言うのは、そこへ忍び込もうとしている者だけです」

 そこまで言って、ふと思い出したように言葉を繋いだ。
 
「……人の心に鍵はかけられませんからな」

「!?」

 心臓を鷲づかみにされたようだった。どういうわけか知らないが、目の前の男は完全にこちらの手を見透かしているようだった。

「……マ・クベ中佐。一つ提案がありますわ」

「何ですかな?」

 最後のトリック(いかさま)を見破られた以上、残された手は一つしかない。

「そちらが帝国や、国連と交渉する場合の窓口を私が勤めたいのですが……」

 残したジョーカーを切るのみだ。

「!! ……これは、断るわけには行きませんな」

思ったとおり、相手の冷静な顔が、一瞬、歪んだ。この基地は外部との交流無しには立ち行かない。その窓口を握ることは、彼らに首輪をかけるに等しい。彼らとて、いたずらに自分たちの存在を誇示したくは無いはずだ。

「では、交渉成立と言うことで」

「ええ」

 差し出された手を握ると、以外にも力強かった。

その日、国連軍は甲22号標的こと、横浜ハイヴの制圧を全世界に発表した。なお、現地では、地下において一部の部隊が幽霊と遭遇したという噂がまことしやかに囁かれた。それらの報告は全て、戦地にありがちな一時的な精神錯乱によるものとして、処理された。






後書き
更新が大分遅くなって、本当に申し訳ないと思います。7章は少し詰め込みすぎの嫌いがあったので、どう、修正するかで大分悩みました。とりあえず、夕呼先生とのやり取りに重点を置いてみました。進行が大分遅いですが、ユックリしっかりやって行きたいと思います。そろそろ、原作二週目をやろうかなとも画策中です。更新速度も、もっとや速くしたいなとか思ってます。やっぱりいきおいが大切だとも思いますので……。



[5082] 幕間 ギニアス少将の憂鬱~或いは神宮寺軍曹の溜息~
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:15

―――― ジオン公国軍アプサラス開発基地 MS整備場

 増設されたMS整備場で、男たちが忙しく働いている。
第600軌道降下猟兵大隊の機体も一緒に、整備場で管理することが決まったので、特殊部隊の整備隊員や特殊部隊が救出した120名の捕虜の中から整備経験者などが借り出され、機体の修理や改修に当たっていた。

「しかし班長、中々に壮観な風景になってきましたね」

 居並ぶMSを見回しながら、整備員の一人が興奮気味に叫ぶ。
何せ新型機が一個大隊分も増えたのだ。話しかけられた年配の班長も、まんざらではない。

「まあな、特殊部隊連中の機体も触らせてくれるってのは、驚きだったがな」

「こんなところに来たら、機密も糞も無いですからね」

 別の整備員が手を動かしながら言う。

「さして、機密になるような技術も使ってないんですよ。それに、機密と言えばアプサラス計画の方がよっぽどだ」

 コクピットの中から顔を出した整備員が会話に加わる。

「しかし、まあ面白いと言えば、今解析しているこの機体もだな」

 班長がそう言って、装甲板を軽く叩いた。

「外装関係はちょいと強度不足ですけどね」

「航空機の技術だからな。むしろ、この技術で人型兵器を作れるのは凄いぞ」

あーだ、こーだと議論が白熱したところで、整備班長がたしなめた。

「貴様ら、喋るのは良いが、倍の速さで手を動かせ!」

 それから、しばらく会話が途切れた。

「そう言えば、班長」

 さきほどの整備員が、コクピットからひょこっと顔を出した。

「なんだ?」

「この機体、網膜に直接カメラの映像を写すって、本当ですか?」

「本当ですよ。マ・クベ中佐が捕らえたパイロットの装備を解析したら、その用途に使う装備がありました」

 答えたのは、特殊部隊から出向してきている整備兵だ。

「凄いですよね。マ・クベ中佐もよくそんな連中捕らえられましたね」

「機体の素材強度が違いますからね。敵の携行火器も豆鉄砲でしたから」

 冷静に答える整備兵。だが、どこか誇らしげだ。

「すごいと言えば、この機体に乗ってたパイロット連中も凄かったな」

 班長がニヤリと笑いながら言う。

「ああ、あの体のラインがモロに浮き出たノーマルスーツですか?」

「あれを作った奴は偉大な漢だと思います」

 ジオン軍のノーマルスーツも、比較的薄手の為、体のラインが出やすい。だが、異界の客人たちが着ていたそれは、男の夢を形にしたある種の芸術であった。

「女性のみってのが、また良いですよね」

 特殊部隊から出向してきた整備兵もニヤニヤしながら、新たな話題に食いつく。まさに男所帯の整備班だからこそ出来る話だ。

「ただ、強度に関しては俺たちのより優秀だったな」

 腕を組みながら班長が言う。

「質良し、見た目良し、中身良し、最高じゃないですか!」

 すかさず、整備員の一人が合いの手を入れる。

「これで、味良しなら言うことないな」

 班長の一言に、整備班全体がどっと笑い出す。

「精が出るな」

「そうそう、思わずって…なわけねーだろ」

 後ろから掛かってきた声に、整備班長が気軽に返す。その瞬間、場が一斉に静まり返った。

「……」

「な、なんだどうした?」

 いきなり静まり返った場の雰囲気に、整備班長がうろたえる。
後ろを振り返ると、まるでメデューサにでもであったかのように、固まった。
立っていたのは、ギニアス・サハリン少将その人である。

「し、し、し、失礼しましたぁぁぁぁぁぁ」

 後ろにそっくり返らんばかりに背筋をそらすと、びしりと敬礼をする。
 ギニアスが緩やかに答礼を返す。ギニアスの手が下りてから、30秒もかけて手を下ろすと、来るであろう叱責に身をすくませた。

「確かに……あれは、目の毒だ」

 面白そうに言うと、ギニアスは穏やかな笑みを浮かべた。凍りついていた空気が氷解する様はまるで、久方の春の訪れのようだった。



 整備班からの報告は驚嘆すべきものだった。電子技術や機関、構造素材などはこちらに劣るものの、生体工学や繊維分野に関しては、こちらと勝るとも劣らないものだった。

「諸君、ご苦労だった」

 そう言って、ギニアスは整備班に敬礼をすると、整備班もすぐさま答礼を返す。
 それにしても、面白い。ギニアスは心の中で、微笑んだ。
自分たちの世界には無かった新しい技術。技術者として、これほど好奇心をくすぐられるものは無い。 
 特殊部隊の機体を見たときも心が躍ったが、今度はそれ以上だ。
恵まれているな、とギニアスは苦笑した。同時に、心に芽生えるのはもっと生きたい。もっと学びたい、と言う願望だった。

そう言えば、アイナは元気にしているだろうか……。

急に元の世界に残してきた妹を思い出す。父の強さを受けついた妹。
ギニアスが宇宙放射線病にかかったのを気に病み、今まで色々と尽くしてくれた。そんな彼女を愛しいと思いつつ、だんだんと母に似てくるその顔を、いつしか真っ直ぐに見ることができなくなっていた。

私が継いだのは、母の弱さか……。

 心の中で自嘲する。幼い頃に自分とアイナを捨てた母。
愛など粘膜の生み出す妄想に過ぎない、そう思うことで自分を慰めてきた。
憎むたびに大きくなっていく母の後姿。思えば、ずっと振り返って欲しかったのかもしれない。

「全てが、大昔のことのように思えるな」

一人呟いてみて、ギニアスは苦笑した。民間人であるにもかかわらず、テストパイロットとして志願してくれた妹。たった二人の兄妹として献身的に愛を捧げてくれたアイナ。
そんな彼女のことを忘れかけていたのだ。なんとも薄情な話である。
決して妹の事が嫌いなわけではない。むしろ心のそこから愛している。だからこそ、妹が地球に来る前に、この世界へ飛ばされたことだけは神に感謝していた。
だが、「本当にそうか?」とギニアスは、自分に問いかける。
本当は、アイナと離れたことに安心していたのではないか。まぶし過ぎるあの娘がそばに居れば、いつか自分は憎んでしまうのでないかと…。

だんだんとあの母さまに似てくるアイナを、私は憎んでしまう・・・・

だから、私は恵まれているのだ、とギニアスは思った。この世界に飛ばされてきて、多くのことを知った。多くの人が彼のそばに居る事。決して、一人で生きているわけではない。
宇宙放射線に蝕まれた体がいつまで持つかは分らない。だが、振り返った彼女の見せた
最後の笑顔、それに誓ったのだ。
かつて、ギニアス・サハリンの足を支えていたのは、執念であった。だが、今の彼を立たせているのは、他者の死を背負うが故の信念だった。

「ギニアス様! こちらにおられましたか」

 声をかけてきたのは、ノリス・パッカード大佐である。サハリン家に長らく使えているギニアスの片腕とも言える存在だ。

「パイパー大佐がお待ちです。今後の特殊部隊の戦力振り分けのことで話しがあると」

「ああ、分った」


―――― アプサラス開発基地司令官執務室 ――――

 ギニアスが自分の執務室に着くと、着席していたパイパー大佐が、立ち上がって敬礼をする。
 ギニアスが答礼を返すとノリスもそれに習う。

「二人とも掛けてくれ」

 パイパーとノリスが執務室のソファに腰掛ける。

「それでは大佐、話を聞かせて頂こう」

 ギニアスが目配せすると、パイパーが黙って頷いた。

「では、我々の提案を述べます。マ・クベ中佐の交渉の結果、我々は彼らの基地建造を支援せねばならなくなりました。見返りの物資の補給は基地建造に使う物資と言う名目で我々に流すようです」

「我々の存在は表ざたにせんと言うことか……まあ、仕方あるまいな」

「我々第600軌道降下猟兵大隊は、その支援任務にバウアー少佐の黒騎士中隊を投入。リトヴァク少佐の白薔薇中隊にはこの基地の警備を担当してもらいます」

 これを聞いて、ノリスが目を丸くした。ジオン公国においてMS乗りは花形である。そのプライドからか、基地建設などの汚れ仕事を嫌うパイロットも少なくない。

「工兵任務に特殊部隊を回すのかね?」

「我々は工兵技能も習得しております。それに、そちらの工兵隊だけでは、万が一敵の襲撃があったときに不利です」

 基地のMS部隊は再編中である。基地建造支援に回せる機体はない。開放された元捕虜たちも居るので、人材自体は何とかならないでもないが、それでも厳しい。

「なるほど……了解した」

 ノリスが納得したように頷く。

「リトヴァク少佐の部隊は狙撃部隊ですから、拠点防衛には最適です」

「話は分った……マ・クベ中佐の部隊はどうするのかね?」

 パイパーの表情が少し硬くなる。

「その事で、お願いがあります」

「?」

「中佐が先だっての強行偵察で、化け物どもに捕らわれた人間を見つけたという報告はご存知ですか」

 ギニアスの表情が曇る。脳髄だけにされて、光る柱の中に捕らわれたそれは、思い出しても吐き気のする光景だった。

「聞いているが」

「それの調査を行いたいと申しております。元の世界に返る方法が何か分るかもしれないと……。私としては行かせるつもりです」

 「私としては」と言うのはパイパーの譲歩だった。ギニアスとノリスが反対するのなら、動かさないと言う意味だ。

「いいえ、我々としても、元の世界へ変える方法を見つけるのは第一にせねばならない。そこに関してはマ・クベ中佐に任せよう」

「はっ!」

 パイパーは立ち上がって敬礼をすると、くるりときびすを返した。その後姿をギニアスが呼び止める。

「パイパー大佐」

「なんでしょうか?」

「協力感謝する」

 ギニアスが穏やかに笑いながら敬礼をすると、パイパーは答礼と共に笑みを返した。
 今度こそ、退室するパイパーの背中を見送ると、ギニアスは執務室のイスに深く腰掛けた。

「ギニアス様、お強くなられました」

 傍らのノリスが感慨深げに呟いた。その顔は、どこか成人した息子を見る父親に似ていた。






「はあ……」

 仮設されたPXから見える青空を見つめながら、神宮寺まりもは、本日、17回目のため息をついた。
 視線は空を向いていたが、まりもの心は数日前にさかのぼっていた。


―――― 国連軍横浜駐屯地 地下(旧横浜ハイヴ) ――――

「……すごい」

夕呼の護衛として、この謎の基地について来たまりもは、来て早々に見せられた光景に言葉を失った。夕呼、まりも、霞の三人が乗ったジープを出迎えたのは、堂々と整列した異形の戦術機だった。
シンプルなシルエットだが、足回りはかなり堅牢そうだ。持っている火器も、かなり強力そうだ。
不気味な単眼を光らせながら、異形の戦術機達は控え銃の姿勢をとっている。

《基地防衛隊司令ノリス・パッカード大佐です。此処からは、あなた方だけでお願いします》

 指揮官機らしき、青い機体が外部スピーカーを使って話しかけてくる。妙な訛りのある英語だ。
青という事は、彼らは帝国斯衛軍のだろうか? ハンドルを操作しながら、まりもはそう思った。斯衛ならば新型の戦術機を持っていてもおかしくは無い。だがノリス大佐というのは、明らかに日本人の名ではない。
というか、プライドの高い斯衛がわざわざ英語を使うなど、BETAが日本語を喋るよりありえない。
それに、一機種ならばともかく、此処にある機体は、皆見たことも聞いたこともないような機体だ。他の機体がOD色やブラウンなどに塗装されているのも変だ。
第一、ハイヴに基地を作れるほどの戦力があるなら、むざむざG弾など落とされなかったはずだ。

「伊隅、ご苦労だったわね。待ってなさい」

 助手席に座っていた夕呼がジープの無線で、護衛の部隊に待機命令を出した。



――― アプサラス開発基地内第一会議室 

「…………」

「………………はぁ」

 気まずい沈黙の中にあって、神宮寺まりもは小さくため息をもらした。
 目の前には基地防衛隊の司令官だと言う大柄な軍人が、いかめしい顔で座っている。
 明らかに国連とは違う軍服を着ている事、それより何よりハイヴの中に基地がある事だ。だが、その全てを目の前に座る一人の男が封殺していた。
たしかノリス・パッカード大佐と言ったか、なんだか合成マヨネーズのCMに出てくる人形のような髪形をしている。
ずっと仏頂面でこちらを見ていたノリス大佐が、ぷいっと横を向いた。おや、と思って横を見ると、隣に座っている少女がノリス大佐を凝視している。

「や、社、何を見ているんだ?」

 小声で少女に声をかける。まさかとは思うが、あの大佐の奇天烈な髪型を見ているのだろうか。どちらにせよ、相手にそう取られたら洒落にならない。まりもの胃がキリキリと痛んだ。
 霞の視線がノリス大佐から、まりもに移る。

「大丈夫…です。あの人は…とても、優しい人です」

 気遣うような視線を向けながら、霞がたどたどしく言葉を繋ぐ。自分の不安が伝わってしまったのだろうか。

「それなら、不安に思うことは無わね」
 
 まりもは出来るだけ優しく少女に言う。
つかみどころの無いこの少女のことが、まりもは少し苦手だった。と言って、決して嫌いだということはない。
年端もいかない少女が感情も見せずに人類の命運を背負っている。それをただ見ているしかない自分が、少し辛かった。

「お待たせしました」

 自動式の扉が開き、部屋に若い男が入ってくる。
サラリとした金髪に、どこか儚げな風貌、ただ目には芯の通った光がある。

「基地司令のギニアス・サハリン少将です」

男は穏やかに名乗ると、朗らかな笑みを浮かべた。

「あ、こ、国連軍の、きゃっ!」

慌てて立ち上がろうとして、机に両足の付け根をぶつけ、そのまま後ろにひっくり返る。まりもの口から思わず悲鳴が漏れる。恥ずかしさで顔に血が上ぼる。

「大丈夫ですか?」

差し出された手の持ち主を見上げる。先ほど部屋に入ってきた少将だった。

結構、好みかもしれない……。

しばらく呆然と相手の顔を見ていると、ギニアスが心配そうな顔でまりもの顔を覗き込んできた。

「どこか打ちましたか? なんなら衛生兵を呼びますが」

「だ、大丈夫です。し、失礼しました! 国連軍の神宮寺まりも軍曹であります!!」

はじかれたように立ち上がるまりも。隣の社が不思議そうな顔でこちらを見ている。恥ずかしさといたたまれなさで穴があったら入りたい気分だった。
恥ずかしくてギニアスの顔が見れず、少しだけうつむいて視線をやり過ごした。
 別室に消えた親友に、早く戻って来い、と願う。
ふと、顔を上げると、霞が今度はギニアスのことをじっと見つめている。
視線に気づいたのか、ギニアスが穏やかに笑いかけた。霞は直ぐに目をそらして、うつむいてしまう。

「や、社!」

とまりもが小声で注意する。恐る恐るギニアスの顔を見ると、気にした風も無く、内線電話で何か話している。

「すまないが、第1会議室に紅茶を頼む。ああ、それで」

 しばらくして、女性士官が銀の盆を持って会議室に入ってきた。
ボリュームのある長い黒髪に白いカチューシャが良く映えている。女性は机に盆を置くと慣れた手つきで紅茶をカップに注ぎ始めた。合成物でない香りが室内に広がる。

「ご苦労。これは…?」

盆には紅茶の他にケーキも載せられていた。ケーキは恐らくは少女への心遣いだろう。

「あ、あの紅茶だけでは、寂しいかと…」

 咎められると思ったのか、伏し目がちに伍長が答える。

「いや、ありがとう伍長。君は確か、ケルゲレンでオペーレーターをやっていたね」

 予期せぬ気遣いが嬉しくて、ギニアスは穏やかに笑った。
笑いかけられた伍長は、一瞬唖然とした顔になると、直ぐ、真っ赤に頬を染め、慌ててお辞儀をした。

「は、はい! 覚えていていただいて光栄です…」

伍長が、注いだ紅茶をまりもと霞の前に置く。少女の前には、ケーキも一緒に並べる。役目を終えると、見事な敬礼をして、退室した。
まりもは正直困惑していた。現在ではめったにお目にかかれない天然物の紅茶だ。はっきり言って軍曹クラスの人間に出すものでは無い。どうしたものかと、悩んでいると、ギニアス少将が紅茶を一口飲んで、穏やかに言った。

「この通り、毒など入っておりませんから、遠慮なくどうぞ」

「ああ、いえ、そんなつもりでは…」

 隣に控えるノリス大佐もすました顔で紅茶を楽しんでいる。
まりもは思い切って、白いティーカップを取る。芳醇な香りが湯気と共に広がり、思わず顔が緩んでしまう。一口すすると合成ものにはない独特の渋みと、コクが口中に広がる。

「…美味しい。ダージリンですか?」

「ええ、月並みですが」

 優雅に答えるギニアス少将。一瞬、中世の貴族のように見えた。穏やかな表情、惜しげもなく振舞われた天然物の紅茶。本当に客としてもてなされていることが分る。
 思えば、天然物の紅茶を飲むなど一体何年ぶりだろうか。BETAの侵攻でユーラシアほぼ制圧されてから、特に茶の値段は高騰し続け、英国が流通割り当てをめぐって戦争になりかけたほどだ。

「社、いただきなさい。美味しいわよ」

ケーキを物珍しそうに見つめる霞に笑いかける。自分でも驚くくらい自然に笑いかけていたのは、きっと紅茶のせいだろう。

「気に入っていただけたようですな」

穏やかな声がかかる。ギニアス少将だ。微笑を浮かべてこちらを見ている。
まりも、はあわてて席を立ち直立不動になる。

「あ、あの勿論です!! 感激しました! ありがとうございます」

 ビシッと敬礼までするまりもに、ギニアスは鷹揚に笑った。

「まあ、そう固くならないでください、と言っても難しいでしょうが。我々まで難しい顔をすることも無いでしょう」

 と穏やかに言う。表情には気負いや警戒と言ったものはかけらも無い。あまりにも余裕に構えているので、まりもは思わず尋ねた。

「気にならないんですか? 会議の内容が」

「私はマ・クベ中佐を信じています」
 
 ギニアスが、さも当然と言わんばかりの表情で答える。虚勢などではなく、その目は信頼と自信に満ちていた。マ・クベ中佐…ちらりと顔を見ただけだが、確かになんともいえぬ迫力があった。

「そうですか…」

勿論、まりもとて夕呼を信頼していないわけではない。だが、まりもには「知る必要が無い事」が多すぎるように思えた。そこまでしか、親友を手助けできない自分に歯がゆさを感じていた。

「まあ、我々がジタバタしても、仕方が無いということですよ……」

 穏やかに笑うギニアスの笑みに、まりもは何故だか救われた気分になっていた。

「……うぐっ!」

 突然、ギニアスは顔をゆがめると、そのまま、よろめいて机に倒れ込む。

「ギニアス様!」

「サハリン少将!?」

 まりもとノリスが慌てて立ち上がる。

「……騒ぐなっ!!」

 イスに持たれかかりながら、ギニアスが一括する。懐から薬を取り出すと、紅茶を使って一気に飲み下す。

「……お見苦しいところを見せてしまいましたな」

 ギニアスが無理やりに作った笑顔をまりもに向ける。

「ノリスも、心配をかけた。……ちょっと薬を飲み忘れていた…」

 それが嘘であることは、誰の目にも明らかだった。苦笑浮かべながら、ノリスを見る。ノリスは黙って頷くと、席を立った。

「……出来るなら、この事は他言無用に願いたい」

 最高司令官の病気、これは交渉の上で大きなアドヴァンテージとなる。先ほどの柔和な雰囲気と比べ物にならないほど、鬼気迫るものがあった。
 まりもは、少しだけうつむくと、硬い声で答えた。

「自分は軍人です……問われれば、答えることしか出来ません」

「そう……でしたな。馬鹿なことを、言ったものです」

とギニアスが自嘲気味に笑う。その顔は、先ほどよりも幾分か痛々しいものに見えた。

「あの、ですが、聞かれていないことにまで、答える権限はありませんので……」

 言葉の最後は尻すぼみになる。意味を察したのか、ギニアスはまたもとの柔和な笑顔を浮かべて言った。

「外まで、お送りします。ノリス大佐が待ちくたびれているでしょうから」


――― 国連軍横浜仮設駐屯地

PXの窓から変わらず見える青い空を見つめながら、まりもは18回目のため息を洩らした。

「何であんなこと言っちゃったのかしら……」

 結局まりもは、夕呼にギニアスの病気のことを言えないでいた。

「夕呼の事だもの……社から聞き出してるわ」

 そう、一人呟いてみても自分への言い訳にもならない。

「言わなくて良い事は言うくせに、言わなきゃいけない事は言えないなんて……」

 また、ため息をついて、指で唇をなぞった。

「神宮寺教官……また、失恋したのかしら?」

「しっ! 水月! 聞こえたら怖いわよ!!」

「あの様子じゃ、聞こえないわよ」

 鬼教官であったはずの女性を遠巻きに見ながら、速瀬水月と涼宮遥の二人は気味悪げに様子を伺っていた。
 そんなことにも気づかずに、神宮寺まりもは19回目のため息を洩らした。




あとがき
 前に書いていた7章の一部分を流用しつつ、書き足してえらい長いことに、てか女性キャラって難しいですね。ケルゲレンのオペ子ちゃんはもったいないので、出演していただきました。
あと、08MS小隊を見直していたら、何故か片腕のアッガイたんが出てきまして。「一体何処から来たの? お家は?」と聞きたくなりました。
 萌えるMSことアッガイたん。あの可愛さは反則だと思います。
 こちらでもチェックはしているのですが、やはり自分の目ほど頼りにならないものは無いのも事実。
誤字、脱字等ありましたら、教えていただけると助かります。その他、感想やご意見など、ありましたら、宜しくお願いします。



[5082] 第八章 約束
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:15
―――― 国連軍横浜基地地下区画建設現場 ――――

「うつくし~あせを~かこ~♪」

 地下空洞に、防塵マスクでくぐもった歌声が広がる。黒いタンクトップにカーキのニッカーボッカーの男たちが、鶴嘴やら空圧式リベッターなどを片手にトンテンカンカン工事に勤しんでいた。
アプサラス基地工兵大隊の面々である。ヘルメットには建設の実行部隊であることを示す4文字の象形文字が書かれている。
地下空洞と言っても、東京ドームなど比にならないほどの広大な空間である。本来ならば粉塵など問題にならないはずである。にも拘らず、全員が防塵マスクを着用しているのは、傍らで作業するMSの為に他ならなかった。

《隊長、4番と5番の溶接、完了しました!!》

「ご苦労。次は第2ブロックへの増援に向かえ!」

 作業を終えて、戻ってきた黒いザク改をすぐさま、別の場所に派遣する。着々と進みつつある工事の現場をバウアーは満足そうに見回した。
 特殊部隊であるバウアーたちが、工事の支援任務に回されたのは工兵部隊の機材だけでは限界があるし、第600軌道降下猟兵大隊の基幹戦力である黒騎士中隊は特殊工作用に工兵技能も習得している。
 基地警備のMS部隊が目下のところ再編中であるというのも、大きな理由だ。基地建造への協力は物資の見返りである。

「む?」

 バウアーのアクトザクに外部からの通信が入る。

《工事の様子はどうですの?》

 通信用のウィンドウに現れたのは、紫色の髪をした妙齢の女性だった。目元の鋭さが性格のきつそうな印象を受けるが、まったく持ってそれを裏切らない相手である。

「おおむね順調ですな」

 おおらかな口調で返すと、それは何よりですわ、と相手はにっこり笑った。
気は強そうだが、良い女だな、バウアーは心の中で呟いた。好色な性質では無いが、朴念仁と言うわけでもない。

《聞いたと所によりますと、あなた方は特殊部隊のようですね》

「まあ、我々は皆工兵技能を持っていますし、それに万が一、敵と遭遇した場合も対処が可能ですから」

 敬語なのは、相手が一応、上の階級である為だ。

《それにしても、あなた方の協力が得られたおかげで、基地の建設の方も上手くいきそうですわ》

「我々の方も、物資を都合していただいたおかげで、食料や薬に困ることもなくなりました。そういえば、地上の仕上がりも順調のようですな」

《ええ、それでは、あまり長々と話しては、お邪魔になるでしょうから》

「では、失礼します」

 通信が切れると、バウアーはシートに沈み込んで、大きくため息をついた。

「まったく、マ・クベも厄介な相手を押し付けてくれるもんだ」

 相手の裏を読む「会話」と言う奴は、疲れるのだ。特殊部隊の一因である以上、「政治」がわからないわけではない。戦場で敵と見えれば、大胆にして狡猾な戦術家となるバウアーも、「政治」がらみのやり取りと言う奴は、あまりお近づきになりたい類のものではない。

「だが、あのくらいなら、マ・クベと対等に遣り合えそうだな」

 一人呟いて、思わず笑った。あの性格に難のありまくる友人と釣り合う女など、そうはいない。

《ああ、そう言えば一つ聞きたいことがあるのですが……えっと、どうかなさいました?》

 突然、通信モニターに移った顔が、怪訝な表情を浮かべる。通信画面に、飛びのくような格好をしている姿が映れば、それも仕方の無いことである。

「あ、いいや、何でも……」

 一つしかない目を思いっきり、逸らしながら答えるバウアー。香月中佐がいぶかる様な視線を向ける。

《まあ、いいですわ。それより少佐。どうして作業員のヘルメットに漢字を?》

 言われて、バウアーは自分のヘルメットにも書かいてある「安全第一」の4文字を確かめる。

「カンジ? ああ、お国の象形文字ですか。マ・クベ中佐から教わりました。ジャパンでは建築関係者の識別表記として使うとか」

 一瞬、香月中佐の顔が引きつる。これは、まずい事を言ったかと、バウアーは心の中で舌を打つ。
 バウアーが緊張して、相手の返答を待っていると、以外にも帰ってきたのは笑顔だった。

《良くご存知ですわね。その通りですわ》

 顔は笑顔だが、肩が小刻みに揺れている。笑い方も、何処と無く不自然だった。この手の兆候を見逃すほど、バウアーは愚鈍ではなかった
 心の中で、マ・クベに恨み言を言いながら、愛想笑いを浮かべていると、香月中佐は「それでは、引き続き、宜しくお願いしますわ」と言って、通信を切った。
 通信回線が完全に遮断されたことを確認して、バウアーは大きくため息をついた。ふと、先ほどの自分の想像が、もし実現したら、これほど恐ろしいことは無いことに気づいて、にわか背筋の寒くなるバウアーだった。





―――― 国連軍太平洋方面軍第11軍仮設駐屯地 ――――

「…………」

 明かりの消えた通信モニターを見ながら、夕呼は黙って肩を震わせていた。

「……香月博士?」

 頭にウサギの耳のようなものをつけた色白の少女が、心配そうに夕呼の顔を覗き込む。

「くっくっくっくっ、ぷあっはははははははははは!!!」

「博士?」

 突然、腹を抱えて爆笑しだした夕呼に、ウサギ耳の少女がおびえた様に後ずさる。

「確かに、工事関係者は皆つけてるけど、安全第一が識別表記って……何、識別すんのよ!!」

 なおも苦しそうに笑い転げる夕呼を、色白の少女がきょとんとした顔で見つめていた。

「ところで、社。さっきの話、本当なの?」

「え、あ、はい。…本当です」

 いきなり、立ち直った夕呼に狼狽しながら、社霞はこくりと頷いた

「まさか、彼らの中にもESP能力者が居たなんて……」

「あの人たちは……私たちのように、遺伝子を改良したわけでもありません」

 それこそが、まさに彼らが別の未来から来たと言う一つの証拠でもあった。宇宙に進出した人類と、地球に残った人類の間で勃発した戦争。僅か半年で人類の総人口の半分を殺した戦い。
 会談の場で相対した男が語ったのは、絵空事としか思えぬような歴史だった。BETAの居ない夢のような世界。変わりに宇宙に旅立った人類が地球の人類に牙を剥くと言う、悪夢のようなシナリオ。

『BETA……あの化け物どもに殺された人類はどれほどですか、20億? 30億? 我々はもっと殺しましたよ。地球人も宇宙人も区別なく……』

 狂気すら浮かべることなく、ただ、淡々と語った男は地球侵攻軍の長だったと言う。思い出せば今でも背筋が寒くなる。社にリーディングで確認させるまでも無く、男の言葉は真実に思えた。
彼らこそ、「彼らの世界」におけるBETA(宇宙からの侵略者)だった。

「社、あのマ・クベって男の心は覗いちゃ駄目よ」

「……覗こうとしたら、逆にコンタクトを取ってきました」

「なんですって!?」

 思わず、すっとんきょうな声を上げた夕呼に、霞のウサ耳がビクッと震える。

「ああ、悪かったわね。続けなさい」

「戦に憑かれた男の心など見ないほうが言い、と言われました。君の上官には釘を刺しておく、とも……」

「!? ……それで、あんなこと言ったわけね」

「何か言われたんですか?」

 夕呼はバツの悪そうな顔になると、ふっと視線を逸らした。

「……単なる皮肉よ」

 つくづく、不思議な連中だった。人間の敵は所詮、人間だと言わんばかりでありながら、人類にとっての希望でもある。矛盾する面を持ち合わせた存在。
だが、ある意味でそれはこの世界の何よりも人間らしいように思えた。
 人間ならばむしろ好都合。宇宙人だろうが、地獄の悪鬼だろうが、利用できるものは何でも利用するしかないのだ。
 そこまでの覚悟が無くては、あの悪魔よりも狡猾な男とは付き合えない。

「そこまで、ひどくありません。……あの人は、優しい人です」

「社、あんた、男の趣味悪いわよ」

 真っ赤になる霞を見ながら、ニヤニヤ笑う夕呼を見て、霞が小さく呟いた。

「二人とも…同じです。とても、厳しくて、優しい人」

『貴方は人に最良の死に場所を与えてくれる人です』

『まるで、死神だな……私は』

 かすかに覗き見たのは、男の憂鬱だった。悲しみを背負いながら、それすら冷徹に見据えて、立ち上がる。とどのつまり、二人は似たもの同士だった。






―――― 横浜ハイヴF層 中枢区画

 うす青く光る床と、そびえ立つ光る柱の他は暗闇が塗り込まれている。生のかけらも感じられないその場所に男たちは立っていた。
 居並ぶ機体は黒色迷彩に塗装され、ただ、単眼の灯だけが鬼火のようにせわしなく揺れる。
 マ・クベ率いる斬込中隊は、再びこの場所へと訪れた。今回は彼らを導く「声」は無い。圧し掛かる静寂を、MSの足音だけが破っていた。

 先行するイフリートの肩に、ギャンがその手を伸ばす。接触回線が繋がったことを確認すると、マ・クベは通信モニターを見据えた。

「メルダース。敵影はどうか?」

《今のところ敵影は見当たりません。作戦ポイントまで、あと800程です》

 敵と言う中には勿論、「国連」の連中のことも入っている。休戦状態であるとは言え、いつ破れるか知れないのだ。油断は出来ない。

緊張に反してマ・クベの部隊は、敵どころかネズミ一匹見かけなかった(そもそも、この場所にネズミが居るかどうかは、別としてだ)。人気が無いのは地下区画の引渡しが終わっていないからだろう。
そうこうしている間に、目的地についた。
 暗闇の中に薄く光る柱、その上方には人間の脳髄が詰まったシリンダーがある。シリンダーの中の脳髄—シロガネ・タケルが、今回の目標だった。
斬込隊、各機が素早く柱の周りに円陣を組む。
円陣の中、マ・クベのギャンがシリンダーに近寄る。

「それでは、始める」

 マ・クベは簡潔に言い放って、コクピットを空けると、シリンダーに直接手を当てた。最初の接触から数週間が経過している。思ったとおり、反応は無かった。

「何か、分るかと思ったのだがな……」

 やはり、彼は力尽きたのだろうか、マ・クベはシリンダーを見ながら思った。「シロガネ・タケル」次元の果てから助けを呼び続けた存在。彼らが、この世界に訪れた鍵を握る者だ。少なくとも、マ・クベはそう考えていた。   
だが、それも死んでしまったのなら意味が無い。早くも、元の世界への帰還は暗礁に乗り上げた形となった。

「背に腹は、代えられんか……」

 一息、ため息をつくと、シリンダーに手を当てたまま、マ・クベは目を瞑った。シリンダーに浮かぶ脳髄に意識を集中する。アクティブな干渉能力を利用した脳髄へのハッキング。自分の異能を認めるのは癪だが、他に方法は無い。
 うす青く光るシリンダーが、さらに輝きを増したその瞬間、マ・クベの意識の中に大量の情報が飛び込んできた。
 否、マ・クベの意識が、大量の情報の中へと、飛び込んだ。
「シロガネ・タケル」の脳を経由して入った情報の海は、気を抜けば飲み込まれてしまいそうになるほどのおびただしい情報が無造作にプールされていた。標本の固体情報から、吐き気を催す実験映像など多伎に渡った。
ただ、それらは何の意思も感じられない情報の塊だった。このまま、命令を下せば操れてしまいそうなほど、それらには何の主体性も感じられなかった。
そうそれはまるで人の乗ってないMSのような、どこか空洞的な感触しかなかった。

『なんだ……?』

 ふと、何か違和感を覚える。大量の情報の先に何かが潜んでいるような気がした。

『…システムニ異常、解析セヨ』

 唐突に、そして強烈に響いた意思の声に、マ・クベの心が全力で警鐘を鳴らす。
逃げるまもなく、大量の情報の奔流に押し流される。
 流れ込む大量の情報、マ・クベは引き換えに、己の情報が引き出されているような感覚に陥った。子供時代、青年期、士官学校、走馬灯のように記憶が巡って行く。
 だが、今のマ・クベにとって何が己の情報かも定かではなくなりつつあった。

『……こんなところで…私は消えるのか』

『…スミカヲ…タスケテ、クダサイ……』

 遠のきつつある意識の中に、悲痛な願いが蘇る。そして、その叫びは、同じように自分に悲痛を見せた一人の男の願いすらも呼び起こした。

「メルダース少尉殿と斬込隊の連中をよろしくお願いします」

 そう言って、朗らかに微笑った男。マ・クベはまだ、交わした約束を守り切っては居なかった。
 消えかけた心に、意思の炎が燃え盛る。

『舐めるなっ!!』

 意志の力を振り絞って、迫り来る情報の奔流を跳ね除ける。意思の働いてないシステムにマ・クベはいくつかの命令を下す。

『……システムニバグ発生、修正』
 
 情報の奔流が弱まる。その隙にマ・クベは己の体を意識した。

「!!」

 シリンダーから勢い良く手を離す。反動で体が後ろに倒れ込む。
 一瞬の浮遊感からマ・クベを抱きとめたのはギャンのシートだった。

《隊長! マ・クベ隊長!! ご無事ですか!?》

 通信機からメルダースが必死で叫んでいる。マ・クベは回線をつなぐと、冷静に答えた。

「メルダースか? 大丈夫だ。心配を掛けたな」

《良かった。さっきから様子がおかしかったので》

 危なかった、思い出して、マ・クベの背に冷たいものが流れた。もしあの「声」が無かったら、自分はこのシリンダーに浮かぶ脳髄のように、ただ生きているだけの抜け殻になっていたかもしれない。初めて対峙した「意思」の存在はあまりにも強大だった。

 完全に、こちらの負けだったな……。

 マ・クベが苦い敗北感をかみ締めていると、メルダースの機体から再び通信が入る。

《隊長! 隣のシリンダーを見てください!!》

 メインモニターに、メルダース機から送信された映像が映る。ズームアップされた脳髄が映っていた。

「復元、しているのか?」

 あまりに衝撃的な映像に、マ・クベは思わず唖然とした声を洩らした。
 モニターに映し出された脳髄には、他と異なる部分があった。正確には、異なるものへと変化しつつあった。
脳髄だけだったそれから、神経系が走り出す。
合わせて骨格と臓器が筋繊維に包まれていく。

《一体、何がおこってるんだ?》

 部下たちが、ざわざわと騒ぎ出す中、マ・クベは黙ってその光景を見つめていた。
生の見えぬ光る柱の中に、唯一つ少女が浮かんでいた。
マ・クベは黙ってギャンを発進させる。闇を切り裂くバーニアの炎が、光の柱の中央部分まで行くと、その場でホバリングし始めた。
ギャンのマニュピュレーターが、優しく少女をつかみ出した。宝物を抱えるようにそっと地上に降りると、コクピットを開放する。
水のような液体に濡れた赤い髪が、マニピュレーターに広がっている。
胸がユックリと上下しているところを見ると、息はあるようだ。駆け寄って、少女に上着を掛けると、ユックリと抱き起こした。
 
「ううん……」

少女の目が、薄く開く。マ・クベは穏やかな声音で、少女に問いかけた。

「キミ、ナマエは?」

 多少、発音に不安のある日本語だが、意味は伝わったらしい。少女は焦点の定まらぬ目でこちらを見返した。

「かがみ……鑑、純夏」

それだけ言うと、少女はまた目を閉じた。大丈夫、息はしているところを見ると、眠っているだけなのだろう。抱き上げてコクピットに乗せた。

「……帰還するぞ」

《了解》

 男たちは来たときと同じように、ひっそりと引き上げた。説明が無いのは、必要が無いからだと言うことを、男たちは理解していた。





『エラー発生、生態標本再構築指令。指令ログナシ。存在ハエラーノ解析ヲ続行スル』
遠くカシュガルの地下深くで、「意思」は地上の全てのハイヴの命令系統を再構築した。それは奇しくも、「人類」と「BETA」の初のコミュニケーションだった。




あとがき
 さあ、カオスな感じになってきた本編でございます。幕間でバックストーリーも書けるし、もう書けるところまで書いてやろうと開き直りましたw オリキャラから登場しているキャラクターは皆上手く使っていこうと思います。ゲスト出演したキャラもまた、ちらほら出していく予定です。皆さんの感想から受信した電波も創作の神のご意思ということで、有効に活用していきたいと思います。なんだかageのほうではヨーロッパ攻防戦編も作っているとか居ないとか……。出れば欲しいなぁ、なんて思ってます。現在は資料として使っているのが「マブラヴまとめwiki」小説版オルタとトータルイクリプス及び原作だけなので、公式の戦術機資料集とかいつ出るんだろう……。お勧めの資料等ありましたら、教えてください。




[5082] 第九章 出会
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:16
第九章 出会


―――― 第600軌道降下猟兵大隊旗艦 ザンジバル級機動巡洋艦「モンテクリスト」 
 
「うむ、にわかに信じがたい報告だな」

 そう言って、パイパー大佐は報告書越しにマ・クベを見た。全てを見通すかのような、紺青の目は親友であるバウアーと同種のものだった(もっとも、こちらは二つ揃っているわけだが)。この手の目をした人間が、嘘に対して敏感であることをマ・クベは良く知っていた。

「全て、真実です」

 だからこそ、包み隠さず全てを報告する。彼らは往々にして、嘘に対する自分の嗅覚にかなりの信頼を持っていた。

「そうなのだろうな」

「やけに、あっさりと信じますね」

 マ・クベの表情にかすかな微笑が混じる。かつて、笑みを浮かべるときは、大抵、腹に一物ある時だった。唐突に、自分の不器用をさとらされて、マ・クベは微笑を苦笑に変えた。
ふむ、と呟いて大佐が書類を置いた。

「これだけ不可解な自体に巻き込まれたら、何が起こっても驚かんさ」

 そう言って、マ・クベにシガーケースを差し出てくる。マ・クベが手で断ると、パイパーは細巻の一本を取り出して、ジッポタイプのライターで火をつける。紫煙をくゆらせながら、パイパーが呟いた

「認める気になったのか?」

 吐き出した煙が硝煙の匂いと混じる。それに、少々顔を顰めつつ、マ・クベは無表情に答えた。

「何を、ですか?」

「察しの悪いふりはよせ。貴様が、NTかどうかだ」

 マ・クベは沸き立ちそうになる心を凍りつかせ、ゆったりと相手を見た。

「失礼ですが大佐。大佐はそのような絵空事を、本気で信じておられるのですか?」

 にべも無く言い捨てて、相手の反応を待つ。パイパーは驚いた顔をして、微笑を浮かべた。

「貴様も、そんな顔が出来るのだな」

 言われて、初めてマ・クベは自分の顔のこわばりを自覚した。僅かな狼狽を見て取ったのか、パイパーはまた笑った。

「なんにでも、適応や、慣れと言う奴はある。だが、それが新たな時代を創るなんてのは、いただけないと思うな。人間は、なにかに生まれてくるわけじゃない。経験と選択と運が人を何かにするのさ」

「何を残すかは、自分次第と言うわけですか?」

「……大人は嫌でも、時代を残さなきゃならん」

 そう言いながら、パイパーがタバコを灰皿に押し付けた。しばしの静寂が会議室を支配した。宙を舞っていた紫煙が、少しずつ空気にとけた。
 しばらくして、書類をまとめなおすと、パイパーはふたたびマ・クベの方を見た。

「報告に関しては、了解した。それで、保護した少女に関しては、貴様に任せる。考えはあるんだろ?」

「……愚考ですが」

 答えて、マ・クベはパイパーに教本そのまま敬礼をした。劣らず見事な敬礼で答礼すると、パイパー大佐がニヤリと笑った。

「思春期の娘っこなんざ、それだけで化け物よりも性質が悪い。リトヴァク少佐にでも協力してもらえ。……ところで、ジャパンには少女を自分好みに育てて結婚する習慣があると聞くが、貴様、それが目的ではないだろうな?」

 ニヤニヤと悪戯っぽい笑い方は、バウアーそっくりだった。どうやら、こっちが本家本元らしい。自分が言うのも、何だが士官学校時代のバウアーはもう少し、固い奴だったと思う。どうやら、あの単純な親友は敬愛する上官の影響を大いに受けているらしかった。

「断じてありません。それに大佐、それは習慣ではなく、この国の古代文学作品です」

 ため息を吐きながら、内心でこの空気を気に入っている自分が、なんともこそばゆかった。






―――― 機動巡洋艦「ザンジバル」医務室

「マ・クベ……俺は貴様のことを見損なっていたらしい」

 安らかに寝息を立てる少女を見下ろして、隻眼の偉丈夫は呟いた。

「やるときはやる男だったんだな……」

「バウアー、貴様は一体何を言ってるんだ?」

 大仰にため息をつきながら、マ・クベは呆れ顔で友人を見た。そんな視線など、何処吹く風で、バウアーは諭すように続けた。

「いいや、貴様のような男は自分と同じくらいの性格ではなく、むしろ、天真爛漫なくらいの方が……」

「だから、人の話を聞け!」

マ・クベがうんざりしたように言う。別に察しが悪いわけではない、察した上での言動だから性質が悪いのだ。

「しっ、起きちまうぞ」

バウアーが横目で寝台を指す。赤い髪の少女が「ううん」と寝返りを打つ。ずれた毛布をマ・クベが直す。

「で、どうするんだ?」

急に真面目な顔になって、バウアーが言う。言葉には先ほどまでのからかいの調子は無い。

「正直言って、私にも予想外だ。元々は敵のシステムを混乱させる為にしたことだからな」

 大きくため息をついて、バウアーが腕を組んだ。

「そのシステムって奴も問題だな。にわかには信じられない話だからな」

 確かに、自分が覚醒した妙な力で、敵らしきものにコンタクトを取りました、と言ったところで信じられる方が、どうかしている。それが、分っているからこそ、マ・クベの方も、信じられないならばやむなし、という態度なのだ。
 それにしても、と悪餓鬼のような笑みを浮かべて、バウアーが言葉をつないだ。

「一番信じられないのは、お前がNTだって事だな」

「私だって信じたくは無い」

 少々、憮然とした表情で、マ・クベが答える。認めたくないが、使えるものを使わないでいいほど、甘い状況でないのも確かだった。
 己で否定したい事実を証明せねばならないのは、ひそかな憂鬱の種でもある。

「おいおい、拗ねるなよ」

「拗ねてなど、おらん」

 そっけなく答えるマ・クベに軽く笑うと、バウアーは寝台の方へ視線を移した。

「ところで、フロイライン(お嬢さん)。目を覚ましているなら、名前くらい聞かせてくれんか?」

 寝台の毛布がビクッと震える。毛布を被った少女が恐る恐るバウアーの方を見た。

「彼女は日本人だ。標準語(英語)で言っても分らんよ」

「あの、ここ天国ですか?」

 恐ろしく間の抜けた顔をしながら、これが少女の第一声だった。顔に負けず劣らぬ間抜けた一言に思わず、笑いかける。
どうにか、こらえて、マ・クベは穏やかな笑みにする事に成功した。隣の親友はと言えば、腹を抱えて笑っている。どうやら聞いた言葉の意味くらいは分るらしい。
 目の前の少女の手前、冷たい一瞥をくれてやるわけにも行かず、マ・クベは少女の方に向き直った。

「ここは天国ではないよ。キミは助かったんだ」

 マ・クベが日本語で話し始めると、少女は少しほっとしたような顔をした。

「あの! 私の他に助かった人は!!」

 マ・クベが黙って首を振る。途端に少女の表情が曇った。

「そんな……」

 半ば呆然とした表情で、純夏は視線を落とした。

「シロガネタケル」

 その名を聞いた瞬間、少女の肩がビクッと震えた。

「キミを我々に託したのは、彼だ」

「武ちゃん……たけるちゃん」

 消え入りそうな声で、少女は肩を震わせた。毛布に零れ落ちる雫を前に、二人の男が出来たのは、ただ、黙って部屋を出ることだけだった。




自動制御の扉が閉まると、バウアーは病室の前の壁に寄りかかった。

「やり切れんな……」

「ああ」

バウアーが、腕組みしながら、大きくため息をつく。マ・クベが隣に並ぶと、バウアーは懐からタバコを取り出した。

「吸うか?」

「……貰おう」

 僅かに間をおいて、マ・クベは答えた。タバコに火をつけながら、バウアーがポツリとこぼした。

「マ・クベよ、俺は初めてあの胸糞悪い化け物共を憎いと思ったぜ」

 男の一つしかない目には、押し殺した怒りが燃えていた。バウアーからライターを借りて、マ・クベも火をつける。想いを素直に露わに出来る男を、マ・クベは少しうらやましいと思った。

「なんにせよ、気に食わん相手だと言う事は、間違いあるまい」

 そう呟いたマ・クベの心にも凍りつかんばかりの激情が、たぎっていた。
 二人の吐き出した紫煙が、天井に溶けては消え、しばらくの間、二人は無言でタバコをふかしていた。

「バウアー」

「あん?」

「リトヴァク少佐を呼んでくれ」

「別に良いが、お前はどうするんだ?」

 言われて、マ・クベは病室の扉を見た。

「……アフターケアは必要だ」

「男が泣いてる女に出来ることは抱きしめることくらいだぜ」

 タバコを押し消して、バウアーが呟いた。

「誰かが傍に居るだけで、和らぐことだってある」

 マ・クベは自分のタバコを消すと、病室の扉の前へと立った。





 「……すん」

 泣き疲れて鼻をすする。気づけば、部屋には誰もいなかった。気を使って出て行ってくれたのか。ともあれ、純夏にとっては自分のおかれている状況を改めて見せられているような気がした。
 一人なのだ…。友達も家族もみな暗い地の底で、朽ち果て、一人自分のみが残ってしまった。そして、一番大切だった人も……もう居ない。
 泣き腫らして目と鼻がひりひりする。喉はからからで、顔も酷い有様になっていることだろう。純夏は毛布を引き寄せ、胎児のように丸くなった。

「このまま、一人で生きてかなくちゃならないのかな……」

 ドクンッと心臓の音が大きく高鳴った。

「一人……ずっと一人?」

 強烈なデジャビュと共に沸きあがってきたのは、圧倒的な恐怖感だった。暗い暗い場所で、いつ終わるとも知れぬ永久孤独な人生。何も見えない、聞こえない、感じない。

「……いやっ」

 そう言えば、BETAに捕まった後、自分はどうなったのだろうか。思い出されるのは、不安にかられた自分を慰める「シロガネタケル」

「タケルちゃん……」

自分の前でBETAにつれて行かれた大好きな人の顔。あの時、彼は笑っていた。
 恐怖で、動くことも出来なかった純夏に、彼は言ったのだ。

『純夏、心配するな。お前のことは俺が守る! 必ず戻ってくるから』
 
足も震え、引きつりそうになる顔で必死に笑おうとしていた。自分も怖いはずなのに、必死で彼女を気遣うタケルの優しさが嬉しくて、それに報いることすら出来ない自分が悔しかった。

「……ウソツキ」

 心に蘇る顔が、声が、また、涙を呼んでくる。不安感が彼女の心を押し包んでいた。
 ギュッと毛布を握り締め、またその先を思い出そうとする。
 何日かたって、自分の下にもBETAが来た。もうほとんど、誰も居なくなっていたから、やっと武ちゃんの所へ行けると、心の中に安堵に似たものがあった気もする。

『でも、待っていたのは地獄だった……』

「!?」

 心の奥底から、地を這うような声が響いた。

「……その後、どうなったんだっけ」

 ぷっつりと記憶が途切れている。まるで、その部分だけ綺麗に塗りつぶしてしまったかのように。どうがんばっても、思い出せない。思い出そうとすると頭痛がする。

「どうなってるんだろう……」

 突然、病室のドアが開いて、先ほどの男達の一人が戻ってきた。灰色詰襟の制服、良く分らないが、軍人のように見える。

「…キブンはどうだい?」

 少々、くせのある日本語で、男は話した。泣きはらした顔を見られたくなくて、純夏は顔を伏せた。
 横から、白い布が差し出された。

「ツカイたまえ」

 反射的に、受け取ってしまう。とりあえず、純夏は涙を拭った。驚くほど、肌触りのいい生地だ。
うかがう様な視線に気づいたのか、男がベッドの傍らにあるイスへ腰掛けた。

「私の名はマ・クベ。キミは?」

 あまりにも、自然に聞かれて、純夏は少々面食らった。初対面のはずなのにマ・クベの顔は、どこか見覚えがあった。

「鑑、純夏です」

 そう答えた瞬間、電光のようなデジャヴュが、彼女の脳裏に浮かび上がる。先ほどと
は違い、どこか暖かい感じがする。顔はかすんでいたが、穏やかな声は確かに聞き覚えの
あるものだった。

「……どうかしたかね?」

  少しだけ怪訝そうにマ・クベが問いかけてきた。一見すると鉄面皮のような冷たい表情も、どこか気恥ずかしさと戸惑いを必死で隠しているように見える。何故か、純夏には目の前の人間が警戒すべき人間には見えなかった。

「あ、あのこれを」

そう言って、純夏は先ほど差し出されたハンカチを返す。一瞬、「洗って返そう」と言う
考えが心によぎったが、手早く折りたたまれて、持ち主の胸ポケットに納まってしまう。そもそも、自分がこれから家に帰れるのか? それすらも分らない。帰れるにしても、
家など残っているのか…。暗い考えが純夏の心を包む。

「えっ」

 顔を伏せていた純夏の頭を男の手が優しく撫でた。幼馴染よりも細く長い指の感触。だが、それ以上に純夏を驚かせたのは、怜悧な双眸とは裏腹な、手のぬくもりだった。そして、それは先ほど以上に彼女の記憶を揺さぶった。

「心配することは無い。君を悪いようには決してシナイと約束する」

深い闇の中で、時折みる夢を除けば、何も見えない聞こえない感じないそんな果てること無き悪夢の中で、一筋の光明のように感じたぬくもり。虫食いだらけの記憶の中に、それは確かに残っていた。

「……」

純夏は、自分がマ・クベの手をしっかり握り締めていることに気づいた。顔を上げると戸惑ったような、それでいて優しさを含んだ男の顔があった。はたから見れば冷徹な無表情だが、純夏には何故だかはっきりと分った。

「お母さん…お父さん……タケルちゃんっ」

ふっと肩の荷が下りたような気がして、すかさずジワリと涙がこみ上げてくる。純夏は必死で押し殺そうとしたが、あれだけ泣いたはずなのに、気づけば抑えきれぬ嗚咽を男の胸に洩らしていた。

「今は泣いてもいい。悲しみと向き合うタメに……」

僅かな戸惑いを見せながら、男の片手が優しく純夏の背を撫ぜた。

「……!! ううう、わぁぁあああああんん」 

不器用な温もりが、感情の堰を切る。通り雨のように強まる涙の雨脚を、純夏はとめることが出来なかった。嗚咽が降り注ぐ雨のように響き渡る。マ・クベは何も言わず、ただ、黙って彼女の背中を撫でていた。




数十分後、通り雨の後の快晴とまでは行かなかったが。思いっきり泣いて、純夏は少しだけすっきりした気分になっていた。と同時に落ち着いてきて、自分がほぼ初対面の男性の腕の中で、思いっきり泣き崩れていた事実に気づく。急激に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「……お邪魔だったかしら」

「マ・クベ、二時間ほどしたらまた来る」

 入り口の方から聞こえてきた声に、振り向いたマ・クベが凍りついたようになる。純夏はマ・クベの脇から入り口の方を見ると、先ほどマ・クベ一緒に居た隻眼の偉丈夫と色白で小柄な女性が立っていた。二人ともなにやら生暖かい目でこちらを見ている。
 女性の方と目が合うと、彼女はニッコリと微笑んだ。思わず、純夏のほうも軽く頭を下げる。卵形の輪郭にパッチリとした瞳、可愛らしさと美しさが絶妙なバランスで組み合わさっている。

「……待て。なんだか、酷く誤解されている気がするんだが。特にバウアー。貴様、わざとだろ」

「何のことか分からんな。とりあえずリトヴァク少佐と俺のことは気にするな」

 ニヤニヤ笑いながら部屋から出ようとする男をマ・クベが必死に止める。離れてしまったぬくもりに少々落胆しつつ、純夏はそのことに驚いた。いつの間にか、あのマ・クベと言う男性にかなり気を許している自分に気づいたからだ。

「と言うか、貴様の助言だろうが!!」

「馬鹿正直に実行する奴なんざ初めて見たぜ!!」

「貴様!」

 隻眼の男に対して、マ・クベが英語でまくし立てるが、男の方はそれを聞いてさらに爆笑する。
その様子を、小柄な女性がクスクス笑っていた。

「始めまして、私はリディア・リトヴァク。リーリャで良いわ」

 そう言って、女性は純夏に手を差し出した。反射的にその白い手を取る。

「鑑、純夏です。私の事も純夏って呼んでください」

握手するとやわらかい手は以外にしっかりと握ってきた。

「あれ? そう言えばどうして言葉が……」

「これのおかげよ」

 そう言って、リーリャは腰につけていた四角い機械を見せた。

「携帯式の翻訳装置よ。あなたに必要じゃないかと思って、持って来たの」

 リーリャは腰からその機械を外すと、純夏に手渡した。

「良いんですか!?」

 純夏が驚いてリーリャのことを見る。リーリャがニッコリ微笑んで片目を瞑った。

「言葉が通じないとお互いに不便でしょ?」

「ありがとうございます!」

勢い良く頭を下げる純夏。リーリャはやわらかく微笑むと、傍らで唖然としている男二人に声をかけた。

「お二人とも、そんな顔してどうしたんですか?」

 小首をかしげて尋ねる様も愛らしい。なんだかずるい、と純夏は心の中で呟いた。
 マ・クベが傍らの大男に向かって、ため息混じりに洩らした。

「バウアー。やはり、女性の扱いに関しては、女性にはかなわないということか?」

「まあ、ある種の真理って奴だな」

 苦笑いを浮かべあう二人の姿に、リーリャがまたクスクスと笑みをもらした。

「でも、マ・クベ中佐だってまんざらじゃなかったでしょ」

 リーリャが純夏の耳元でいたずらっぽく、囁く。先ほどの事を思い出して、純夏は自分の顔が火照ってくるのを感じた。

「? ……どうかしたかね」

 純夏の異変に気づいたのか、マ・クベが声をかけてくる。

「な、な、な、なんでもないです」

純夏はわたわたと、手を振ると慌てて答えた。顔どころか耳まで熱い、はたから見れば茹蛸のように見えることだろう。それがさらに恥ずかしくて、純夏は毛布に顔を伏せた。




後書き
連載が空いてしまって申し訳ありません。楽しみにしていてくれた皆様ありがとうございます。新規の皆様、始めまして、赤狼です。「ラブコメが許されるのは、Gガンだけよね」ってな具合で、まあなんかにやわねぇと言うかなんというかww それにしても欧州戦線編はいつ出るんでしょうか。出来ればやってみたいのですが…。皆様、いつも丁寧な感想ありがとうございます。ありがたく読ませていただいて、執筆の活力とさせていただいております。
こんな具合ですが、これからも、末永く宜しくお願いします!



[5082] 第十章 会合
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:16
―――― アプサラス開発基地 応接室

 大理石を模したテーブルを中央に、黒い革張りのソファーが4つならんだ応接室に集まったのは、基地司令であるギニアス少将と防衛隊司令のノリス大佐。特殊部隊側の代表であるパイパー大佐とマ・クベの4人だった。
 もはや顔なじみとなった、面々を前にしてマ・クベは淡々と報告を述べた。報告の内容はマ・クベが先日保護した現地人の少女に関してだ。

「では中佐。その少女の方は特殊部隊が面倒を見るということでよいのだな?」

 ギニアス少将がいつも通りの穏やかな口調で確かめる。

「はい。閣下」マ・クベが頷いた。

「可能ならば現地協力者として、使うつもりです」

「しかし、もし万が一断られたらどうするつもりだ?」

 ノリス大佐が少しだけ顔をしかめて言う。ベテラン軍人ではあるが、根は武人肌で実直な男である。口には出さないが、年端もいかない少女を利用すると言う提案は、あまり御気に召さないらしい。
 マ・クベは表情を変えずに答えた。

「保安上のことを考えれば、生きてお返しするわけには行きませんな」

「中佐! まだ、民間人の子供だぞ。機密など理解できまい」

 押し殺したような声でノリスが言う。それでも抑えきれぬ嫌悪が顔に広がっている。何かを訴えるようにパイパー大佐を見るが、パイパーはさも同感と言わんばかりの表情で座っている。

「幸い地下ですので、埋める場所には事欠かないでしょうな」

「貴官は自分が何を言ってるのか理解しているのか!!」

 ノリス大佐が激昂して立ち上がりかけたのを、ギニアスが手で制した。

「二人とも、少し言葉が足りませんな。子供を利用しようとしていたことを色眼鏡で見ていたのは、こちらの過失ですが」

 穏やかに言ってのけるギニアスをパイパーとノリスが驚いたような顔で見ている。

「失礼しました。彼女がここで見聞きしたであろうことは、我々のことを知りたがる連中にとってどの程度、理解できているかは問題ではないと言うことです」

 淡々と語るマ・クベの言葉をギニアス少将が途中で引き継ぐ。

「そして、怪物に襲撃され戸籍上死亡しているであろう彼女の存在は、いかようにも利用することが出来る」

 ノリス大佐がはっとした様な表情になる。

「そういうことだノリス。彼女を利用する者はあまりにも大きく多く、そして彼女を護るものは何も無い」

 そこまで、言ってギニアスはちらりとパイパー大佐のほうを見た。

「大佐。特殊部隊は現地協力者を喪失しそうになった場合、どうする?」

「重要度にもよりますが、基本的には全力で保護します」

 にやりと笑いながら、パイパー大佐が快活に答える。ギニアスは満足したように頷くとマ・クベに視線を移した。

「中佐、貴官の報告によると、その少女は敵性生命体に捕獲された人類の唯一の生存者であり、我々の頭上に広がる土地の出身者でもある。重要度は疑うべくも無いな。私は貴官の提案を支持する」

「マ・クベ中佐。先ほどは大変、失礼した」ノリスが率直に頭を下げる。

「いえ、将官の頃の迂遠な物言いをする癖が残っているようです。未練がましいですな」

 いささかの自嘲を含ませながら、マ・クベ自分が救い出した赤毛の少女のことを思い浮かべた。確かに、情報源としては有益である。だが、それでも彼女を手元に置く決定的な理由にはならない。何のかんのと理由をつけても、マ・クベが純夏を気に掛けるのは「シロガネタケル」との約束の為だった。良しにつけ、悪しきにつけ借りは必ず返すのがマ・クベという男だった。

「それでは、ノリスの報告を聞こう」

 ギニアスが留まっていた議事を進行させた。ノリス大佐が書類を片手に立ち上がる。

「基地防衛隊の再編は、9割がた完了しました。戦車隊と航空隊は無傷でありますし、MS部隊の方はミハイル・ヴィットマン大尉が良くやってくれております。先だって我が基地で預かった120名の捕虜の中に、かなりパイロット経験者が居たので、予備機を与えて訓練させております」

「そうか、ヴィットマンも居たのだったな…」パイパー大佐が納得したように呟いた。

「ご存知で?」とノリス。

「ミハイル・ヴィットマン大尉…ルウム戦役からの古強者です。一度、引き抜こうとしたのだが、見事に蹴られました」

 苦笑いしながらパイパーが答える。

「それは、なんとも危ないところでした。大尉が居なければ、最初の襲撃を支えきれたかどうか」

 ノリス大佐が手放しで賛辞するところ見ると、相当なつわものなのだろう。そう言えば、化け物共とのファーストコンタクト(襲撃)の際に、混乱した司令部を当にせず、独断で周辺部隊を再編したパイロットが居るという話は、マ・クベも耳にしたことがあった。
 ノリス大佐は報告を終えると、席に座り、今度はギニアスが立ち上がった。

「それでは、最後は私の報告だな。とりあえず、機体の解析は終了した。我々にも取り込める技術はかなりあるだろう。彼らの技術力は馬鹿に出来ない。機械分野でも抜きん出ている部分は我々の技術にかなり近いところがある。……ただ一つの例外を除いてな」

「宇宙世紀の賢者の石……ミノフスキー物理学ですか」

 マ・クベが言うと、ギニアスが残念そうに頷いた。

「彼らのMSはそれを利用した流体パルスシステムではなく、人口筋繊維と非核動力の発電ジェネレーターで動いている。……マ・クベ中佐、我々の手で動力関係のパーツを作り出すのは厳しいかも知れん。貴官の交渉に頼ることになってしまうな」

 そう言ってギニアスはマ・クベの顔を見た。悔恨に歪む端正な顔に、マ・クベは黙って笑みを作った。その挑戦的な笑いの意味を悟ったギニアスの表情が、先ほどより幾分か明るいものになる。

「特殊部隊、及び我々のMSに関しては整備環境がしっかりしていれば、かなり持たせることは出来る。そこは我々がしっかりとやる。無論、貴官らから預かった特殊部隊の整備兵達もな」

 ギニアスがパイパーに向かって、笑いかける。パイパー大佐は無言で頷いて微笑んだ。
 ノリス大佐が手を上げる。「なんだ? ノリス」とギニアスが発言を許した。

「物資の取引に関してです。この世界に存在する同口径の砲弾を加工して取り扱う他無いということですが……とにかく異種口径の砲弾が多すぎるのが現状です。何とかならないものでしょうか」

 大佐の指摘は的を得たものだった。試作、改良の多いMSの搭載兵器は特に規格の安定に欠くことが多く、もとの世界ですら補給面では悩みの種だった。元の世界でマ・クベが提唱した統合整備計画もそのためのものだ。その産物たる機体が最初に配備された特殊部隊に在籍することになったのは、不思議な縁でもある。

「それに関しては、生産能力の無い現状ではいかんともしがたいです。この世界での生産基盤が整うのであれば、考える必要もありましょうが……」

「むう、それも、そうだな。中佐、現在のところ可能なのか?」

 しばらく考えて、マ・クベはなめらかに答えた。

「恐らく可能かと……。我々の頭上に広がる国は、世界でも随一の勤勉さと器用さで幾度も世界を揺り動かした国ですから」

「後は、貴官の交渉しだいか……。頼んだぞマ・クベ中佐」

 ノリスが真剣な面差しで言う。その目をしっかり受け止めて、マ・クベはノリスの眼を見た。

「はっ! 必ずや我ら全てに利のあるものに」

「そうか、任せる」

 そう言って、ノリス大佐が席に戻る。イスに座ったノリスの口元は、心なしか緩んでいた。
 そんな二人を見て、ギニアスが満足そうに笑っている。顔を引き締めて、次の議題へと進めた。

「もとの世界へと帰還する方法について、ですが進展はありましたか」

 ギニアスがマ・クベの方へ視線を向ける。呼ばれたマ・クベが、ギニアスと入れ替わるように立ち上がる。

「現在の所、進展はありません。我々がこの世界に来た可能性に関してすら仮説の域をでません」

「それでも、構わん。マ・クベ中佐、君の見解を話してくれ」

 その場の注目がマ・クベに集まる。男達の視線を受け止めながら、マ・クベは背筋を伸ばした。

「G弾という兵器を覚えてお出ででしょうか」

「あの米軍が作ったわけのわからん爆弾か」とパイパー大佐。

「はい、あの爆弾の正式名称は『五次元効果爆弾』。これが我々の現状を解き明かす鍵となります」

「中佐、ちょっと待っていただきたい」とノリスが怪訝な顔で手を上げた。

「1次元から4次元までは分るが5次元と言うのは、一体なんなのだ?」

「すばらしい質問です大佐。1次元は点、2次元は線、3次元は立体、4次元は時間、と言うのはかなり一般に知られていることです。これらの理論はアインシュタインが提唱した相対性理論で、語られていることです。では、5次元とは一体何のか? 表と裏、視点と終点の移動軸の事だと思われます」

「始点と終点?」と、ノリス大佐が怪訝そうな顔をする。

 マ・クベはホワイトボードの前に立つと、ペンで二つの点を打った。

「例えば、AとB二つの点があるとします。このA点からB点へ向かうことを移動と言います」

 そう言いながら、Aと書かれた点からBと書かれた点へ矢印を引く。

「ですが、この間には距離と言う概念が存在します」

 マ・クベはペンで線の間に幾つかの点を書くと、a、b、c、d、と書き込む。

「ですが、この中間のaからcまでの点を通らずにAからBへいけるのが5次元です」

「つまり、どういうことだ?」

こめかみにしわを作りながら、パイパー大佐が悲鳴を上げる。
ギニアス少将もなにやら難しい顔をしている。まあ、半ば哲学じみた話だ。理解しがたいのも仕方が無い。
 少し考え込んで、マ・クベはホワイトボードに基地のグランドの図を書くと、1本の線を挟んで『スタート』|『ゴール』と書いた。

「パイパー大佐、スタートから最短でゴールに到達するにはどのコースを取りますか?」

「何?」

 怪訝な顔でマ・クベの方を見ると、パイパー大佐はジックリと図を睨んだ。なにやらぶつくさと小声で呟いている。腕組みをしながら、どうやら考えているようだ。
 しばらくして、パイパー大佐がニヤリと笑った。

「なるほど、そういうことか」

 そう言って、パイパー大佐がホワイトボードの前に立つ。『スタート』から『ゴール』に向かって真っ直ぐ矢印を引く。

「つまり、動かなければいいんだろ、その場所がスタートでありゴールである場所なら、一歩でも動けば『最短』ではなくなる」

 パイパー大佐の言葉に、マ・クベはこくりと頷いた。

「その通りです。つまり、始点=終点になる空間が5次元と言うわけです」

「それは、全ての地点が一つに集約する空間と言うことか?」とギニアス少将。

「と言うよりは、むしろ一つの地点が全ての点を併せ持っていると考えた方が分りやすいでしょう」

 ギニアス少将が感心したように、頷いた。

「なるほど、それならば距離の概念は存在しない。距離が無いなら時間も掛からない。つまり距離も時間も全て関係なく、ある地点からある地点に行く事が出来るというわけか」

「そういうことです。G弾によって超重力崩壊を起している地点ではそれが起こっても不思議はありません。むしろ、G弾の爆発したこの場所に来たのが、不思議なくらいです」

それこそ、何かの意図を感じずには居られないほど……。

 だが、それを言うにはまだ早い。いまだ、確証を得ているわけではないのだ。マ・クベは自分の心中に言葉を収めると、説明を続けた。

「1931年、ニコラ・テスラが設立したと言われるレインボー・プロジェクトと言う計画がありました。平たく言えば、高周波・高電圧を発生させて船体の磁気を消滅させることで、レーダーを回避するという実験です。1943年10月28日、 アメリカのペンシルベニア州フィラデルフィアで実験が秘密裏に行われ、その結果2,500km以上も離れたノーフォークにまで瞬間移動してしまったそうです」

「マ・クベ中佐、そいつは旧世紀の都市伝説の一つじゃなかったか?」

パイパー大佐が胡散臭そうに言う。マ・クベはすこしだけ苦笑を浮かべた。

「ええ、その通りです。ですが、この他にも物体消失や人体消失といった事例は我々の世界でもいくつか報告されています」

「だが、中佐。そういう事件だと大抵、者に融合してしまったり、精神に変調をきたしたり凄惨な事態になるのではないか? 今のところ我々にそんな影響は見られないぞ」

 とノリス大佐。ギニアス少将が驚いたような顔で、大佐を見る。

「ノリス……詳しいな」

「若い頃は良くSFを読んでいたものですから」ノリス大佐が恥ずかしそうに頭をかいた。

 短く、咳払いをして、マ・クベは話を続けた。

「それについては、正直、謎と申し上げる事しかできません。実際、まったく影響されず、気づいたらただその場所に居た。という事例も僅かながら報告されております」

「ともかく、そのG弾という兵器が、我々がこの世界に来た要因の一つであると言う事か…」

 ギニアス少将が腕組みをして、大きなため息をついた。

「恐らくはこの世界で最高の機密に類する兵器だ……実物を手に入れるどころか情報を手に入れる事すら、難しいだろうな」

「焦る必要はありません。どの道、それをどう使うかも分らないのが現状です。用は必要になったときに手に入れられるようにしておけば、良いのです」

 あくまで、淡々と述べるマ・クベに、ギニアスが苦笑しながら言った。

「情けない事だが、中佐のそういう物言いはいつも心強く感じるよ」

 裏表のない透き通った笑顔。最近のギニアス少将は、良くこういう笑い方をするようになった。別段、不快を覚えるわけではない。むしろ、見ていて心地の良いものだ。だが、それゆえにこそばゆくもあった。

「……光栄であります」

「それでは、ご苦労だったな諸君。これにて解散!!」

 ギニアス少将が収拾をつける。その場に居た全員が立ち上がって、上官に敬礼をする。ギニアスは満足そうに笑うと白く細い指先を揃えて、見事な答礼を返した。





「いやはや、やりにくい相手になったもんだな」

 会議室から出た途中の廊下を歩きながら、パイパー大佐が苦笑を浮かべた。隣の歩くマ・クベは少しだけ、口元を緩めると横目で大佐を見た。

「まあ、過分に実体験の含むところが在るんでしょうな」

 どういう意味だとパイパー大佐が怪訝そうな顔をする。

「サハリン家の没落の理由、ご存知ありませんか? 爆弾テロでお父上が亡くなられたのですよ。お母上は少将と妹ごを置いて、失踪されたとか……」

「あの、地球連邦派が裏で糸を引いてたんじゃないかって奴か?」

「実際、引いてたようです」

「何で、そんな事を知っているのだ?」

「大佐、私の前の職をお忘れですかな。まあ、自分の部下の素性くらいある程度、調べます」

「なるほどな……」

 パイパー大佐は感心したようにマ・クベを見た。マ・クベは何も言わずに、ちょっと肩をすくめた。

「時にマ・クベ中佐。少将どのの体、いつまで持つと思う」

 マ・クベは足を止めると、パイパー大佐に向き直った。

「現状では分りませんが、もし、薬が無くなれば1ヶ月も持たないでしょう」

「ああ、連中に知られてはまずい情報だ。こいつが、もし、万が一漏れたら貴様はどうする?」

 パイパー大佐の目が鋭く光る。油断無く、探るような目つき、部下の心根を把握しようとする指揮官の目だ。

「私の任務は、あくまで全体の利益を追求した交渉です。ギニアス少将、個人を優先するわけには行きません」

 そこまで言って言葉を切ると、マ・クベは口の片端を持ち上げて不敵な笑みを作った。

「この状況でギニアス少将を失うわけには行きません。ご本人がなんと言われようと、生きていただくつもりです」

 そうきっぱりと言い切ると、マ・クベは再び歩き始めた。パイパー大佐は、しばらく呆気に取られたような顔をすると、すぐに愉快そうに笑った。

「貴様から、そんな言葉が出るとはな。貴様の言うとおりだマ・クベ……いざとなったら我が大隊で殴り込みかけてでも確保する」

「それも、悪くないですな」

 ニヤリと笑って軽く同調しながら、自分も中々に毒されてきたなと、マ・クベは心中で苦笑した。歩きながら、パイパー大佐がマ・クベの方を向いた。

「貴様、これからどうする?」

「とりあえずは、香月中佐との会談ですな。後、パイパー大佐、ノリス大佐と打ち合わせて合同演習をしてはいかがですか?」

「……ふむ、それは悪くないな」

 ふむ、とパイパー大佐が思案顔になる。なにやらぶつくさ呟きながら考えていると、急にマ・クベの方に振り返った。

「そういうことじゃない。この後の予定はどうなっていると聞いておるのだ」

「……シミュレーター訓練を行う予定ですが」

 そう答えると、パイパーが途端にニヤニヤと意地の悪い顔つきになった。いささか、辟易する事に、その笑顔は隻眼の親友にそっくりである。

「上官命令だ。お嬢さんの見舞いに行ってやれ」

「なっ!」

 抗議の声を上げようとするが、「命令」の二文字を出されては抗いようが無い。マ・クベは少しだけ恨めしげにパイパーを睨んだ。

「まあ、そうむくれるな。今のところ直接話せるのは貴様だけだし、リトヴァク少佐に面倒かけっぱなしというわけにもいかんだろ」

 聞いていれば、とても、もっともらしい事を言っているのだが、ニヤニヤといたずら坊主のような笑みを顔に貼り付けたまま言われると、どうにも納得しずらいものがある。大きくため息をつくと、マ・クベは「了解しました」と敬礼をした。

「あ、そうだ。こいつは土産だ」

 そう言ってパイパー大佐は、マ・クベに一冊の雑誌を手渡した。

「この基地の広報誌だ。なかなか面白かったんで買ってみた」

 他に娯楽が無いのか、基地の美人コンテストの結果やら、MSの特集に隊員から連載小説まで載っている。

「きっと、退屈しているだろうからな。話し相手ぐらいにはなってやれ」

 そう言って、パイパー大佐はマ・クベの手に雑誌を押し付けると、そのまま、歩いて廊下の向こうへ消えた。
 取り残されたマ・クベは、手の中の雑誌を見ると、深いため息をついた。

「どうしろと言うのだ」

 どんな謀略や智謀、戦術を相手にしても、そうそう遅れをとらぬ自信のあるマ・クベも、思春期の少女などは専門外もいいとこだ。それも「上官命令」である。もう一つ深いため息をつくと、マ・クベは再び足を踏み出した。特殊部隊に下される命令に不可能は無いのだ。例えどれほど不可能に思えても……。
意を決したマ・クベは基地から出て目的地を見定めた。ザンジバル級軌道巡洋艦「ザンジバル」黒塗りの艦隊は、さながら麗しい姫君をさらった魔王の城のようにも見える。だが、皮肉な事にそこに彼女を押し込めた魔王こそが、醜悪な怪物の手から彼女を助け出した張本人だった。





あとがき

どうも、大分、時間が掛かってしまいました。相変わらず、素早く更新できる言うのは素晴らしいと思います。まあ、自分のペースでつとめて良質な作品をなるたけ早く読んでいただきたいと思っております。さて、皆様の感想から葛藤し、いじられるマ・クベもありと言うことも感じたので、この路線で行きたいと思います。結構、説明が多かったので分りにくかったと思われます。マ・クベの語った仮説というのはほとんど作者のオリジナルで原作中に根拠はありません。ちょっと分りにくかった方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。



[5082] 第十一章 苦悩と決断
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:16
「本当に、ハイヴの中なんだ……」

  ザンジバルの上部甲板から辺りの景色を、見回しながら、純夏は呆然と呟いた。幾つかの施設が増設され、幾分か広くなった基地の周りを囲む不気味な燐光。淡く光る大地は、ともすれば押しつぶされてしまいそうになるほど、威圧的な印象を純夏に与えていた。
その光を押し返すように、基地から発せられる人口の光は、この地下深い異郷にあって生きる人々そのもののようだった。それでも、しっかりと足を支えていなければ、へたり込んでしまいそうになるほど、光る床は強烈な不安感を純夏に与えていた。BETAに連行され、地下深くに連れ込まれた記憶は、純夏の心にしっかりと傷跡を残していた。気づけば、彼女の手は傍らに立つマ・クベの袖をしっかり握っていた。
 その手を振り払う事も無く、マ・クベはなんでもないように言った。

「この光景を見て、気づいたかも知れないが、我々はこの世界の人間ではない」

 予想どうり唖然を通り越して、なんとも形容しがたい顔になった少女を見て、マ・クベは傍らに立つ親友を軽く睨んだ。発端は目の前の少女の「外が見たい」と言う至極まっとうな要望だったにせよ。ここまで決定的な電撃戦を行わざるを得なくなったのは、「外といっても見えるのは岩ばかりだ」と言うバウアーのありがたい一言ゆえだった。




 純夏の部屋に来たマ・クベを出迎えたのは、部屋の主である少女のはにかむ様な笑顔と、バウアーのからかう様なニヤニヤ笑いだった。部屋の隅に居たリトヴァク少佐が軽く微笑んで、首をかしげる。
紳士的な態度のバウアーを無視して、マ・クベは純夏に話しかけた。

「ああ、どこか悪いところは無いかね?」

「たまに皆さん遊びに来てくれますが、寝てばかりで、太っちゃいそうです」

 恥ずかしげに顔を赤らめながら、少女が軽く毛布で顔を隠す。

「そうかね。それは何よりだ。検査の結果、細菌・その他のウィルスに対して、全て陰性だった」

 言葉を切って、マ・クベは無表情な顔を少し緩めた。

「おめでとう。……君は健康体だ」

「へへぇ、ありがとうございます。これで外に出れますね」

 笑いながら言った純夏の言葉に、一瞬、場の空気が凍りついた。
今まで黙っていたリトヴァク少佐が、上目遣いに赤い髪の少女を見る。

「純夏ちゃんは、ここに居るの嫌?」

 言われて、純夏かが慌てて首を振る。

「そんな事全然無いです。私、命を助けてもらったんだし、ごめんなさい!」

「冗談よ、気にする事ないわ」

 と鮮やかに軌道を逸らしたリトヴァク少佐の手並みに、感心しつつ、こういうことは女性にはかなわんな、とマ・クベはベッドの横の壁に寄りかかっていたバウアーに呟いた。
それには答えず、何かを考え込むような仕草をしていた隻眼の男は、突然、大声をだした。

「まあ、気にするな。どうせ、外といっても見えるのは岩ばかりだ」

「え? どういうことですか」

 純夏が怪訝そうな顔をする。いきなりの事に、マ・クベは唖然として、友人を見た。口調とは裏腹に厳しい光をはらんだ目が、マ・クベを見返す。

『拙い!!』

 そう思って、マ・クベはリトヴァク少佐の方を見た。同意のまなざしと共に、女性軍人が素早く翻訳装置のスイッチを切る。
 しかし、ここにいたって二人は忘れていた。目の前の隻眼の男が、目の前の男は、目的のために予備の一つや二つ用意する狡猾さを持ち合わせていることを……。つまるところ、それが今回の敗因だった。

「ココは、オマえらでイウトコロのハイヴのドマンナカ、ダカラナ」

 男の日本語は片言ではあったが、意味を理解過ぎるには十分に明朗快活である。まるで宇宙空間に放り出された水の如く、場の空気が凍りついた。

「……外を、…………外を見せてください」

 半ば茫然とした顔で、すがるように言う純夏に、マ・クベは黙って頷くしかなかった。部屋の隅に居たリディアは、頭に手をかざして宙を仰いでいる。諸悪の根源である大男は悠々とした顔つきで、事の推移を見守っていた。視線に気づいたバウアーの顔が、急に引き締まる。
鋭い光を放つ目が言っていた。「意外とは思うまい、膳立ては整えた」と……。
 純夏を連れて部屋を出るとき、マ・クベはいつになく苛立ちを感じていた。このまま、彼女に外を見せれば、より簡単に話は進むだろう。有効な手段とは言え、出来れば、とりたくなかった手段である。しかし、何よりマ・クベを苛立たせたのは、バウアーがあえて汚れ役を買って出た事実だった。
あまりの事に事態を把握しきれぬ少女を連れて、マ・クベはザンジバルの上甲板へと向かった。




 上甲板から病室に戻ったマ・クベ達。純夏が茫然としながらベッドに腰をかける。言われた事を反芻している少女が少し心配になって、マ・クベは穏やかに話しかけた。

「大丈夫かね?」

「あ、はい」

「急な事で、かなり混乱していると思う。正直、突拍子もない話だが……我々は、この世界の人間ではない」

「あの、そっちは別に……」

「……何?」

 うかがうような顔でバウアーの方を見ながら、純夏が言いにくそうに答えた。

「……ニュースで見た軍人さんと服が全然違うし、同時翻訳の機械とか、バウアーさんに貰った本で薄々は……」

 そう言って純夏が枕の下から「AG☆GAI」と書かれた写真集を取り出した。表紙を飾っているのは、少女のようにぺたりと座り込んだ水陸両用MSアッガイであろう。妙に可愛らしく見えるのは何故だろう。横から表紙を見たリトヴァク少佐が「あら、可愛い」と小声で洩らす。
 マ・クベは小刻みに拳を震わせながら、トリックスターな友人を睨んだ。

「バウアー……後で、話が在るんだが?」

 自分でも驚くほど低い声でマ・クベが言う。いい加減、この友人も物には限度があることを知るべきだ。

「ま、マ・クベ。まあ、落ち着け。そんなに血圧上げると、体に良くないぞ」

 絶対零度の視線でバウアーをねめつけながら、マ・クベがじりじりと詰め寄る

「心配していてくれて嬉しいが、ご覧の通り私は冷静だ」

「むしろ、その冷静さが怖いのだ……リトヴァク少佐! 我々は日本語を教えてくれたサトーとナカムラに礼を言いに行かねばならんな!!」

「ふえっ? はっ、はあ」

 突然、手をつかまれたリトヴァク少佐が、間の抜けた声を出す。うろたえるリディアの手を強引につかんだまま、バウアーは入り口へ脱兎のごとく駆け出した。

「待たんか、貴様!」

 我に返ったマ・クベが、珍しく裏返った声を上げたときには、時すでに遅く、二人は扉の向こうへ消えた後だった。 
あわただしい二人の退出を見守って、後に残された純夏はじっとマ・クベの方を見た。

「あの、マ・クベさん」

 すがる様な視線の意味を理解して、マ・クベは僅かにため息をついた。

「全てが始まったのは、宇宙世紀0079 11月20日」

そこで言葉を切って、少し考え込むと、それより前かもしれんな、と独り言のように呟いた。

「ともかく、私にとって全てが始まったのは、間違いなくその日だった…………」

 あくまで淡々と、マ・クベは話した。地球とコロニーの戦争、時空を越えて助けを呼び続けた声そして怪異との遭遇。そこから、捕らわれた少女を助け出すまでの話は、長くもあり、短くも感じる話だった。それまでにあった事を全て話して聞かせた。ただ、一つおぞましい捕らわれの記憶を除いて…。

「大丈夫かね?」

 気丈に聞いてはいたが、やはりショックが大きいのだろう。純夏は真っ青な顔をしていた。

「辛いことを話したと思うが…」

 うつむく純夏に向かって、マ・クベが声をかける。

「…どうして、ですか?」

 遮るように、純夏が言った。

「こんな世界に、いきなり連れてこられて! どうして、その事を責めないんですか?」

 顔を上げた純夏が、泣いているのに気づいて、マ・クベはギョッとした。やはり、なれてないせいもあるのだろう。マ・クベは女の涙と言う奴が苦手だった(一番、親密にお付き合いした女性が、多分に涙とは縁のないお方だったからだ)。

「き、君を責めても、仕方あるまい」

「でも、マ・クベさんたちは……BETAなんて化け物の居ない世界に住んでいたのに!!」

純夏が「BETA」と言う単語を言う際に見せたすさまじい憎悪に、マ・クベは一瞬気おされた。確かな記憶は無いと言え、おぞましい体験は確実に心の深部に傷跡を残しているのだろう。だが、そんな動揺を相手に悟らせるほど、マ・クベは素直な男ではなかった。
 冷静な態度を崩すことなく、マ・クベは諭すように言った。
「人間同士の殺し合いが化け物との殺し合いに変わっただけだ。やっていることに大差はない」

淡々と答える言葉の裏で、マ・クベは地球で行った数々の激戦を思い出していた。そうした言葉に感情的な彩りは無く、ただ事実の説得力だけがある。純夏が、ぐっと言葉に詰まる。

「だって……マ・クベさん達が来たのは、タケルちゃんが呼んだから! あたしを助ける為にタケルちゃんが…………」

 そこから先は言葉にはならなかった。湧き上がる感情の奔流に押し負けて、純夏はぼろぼろと涙をこぼした。小さくため息をついて、男は優しく少女の肩を抱いた。

「純夏、君は人と言うものを過信している。人は小さく、はかないものだ。一人の人間に、それほど大きなことが出来るわけじゃない」

 だからこそ、人は組織という群れを作るのだ。すっと純夏の頭を抱いて、マ・クベは幼子をあやすように穏やかに言った。

「だから、君が負い目を感じる必要は無いんだ」

「う、ううう、わぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 その一言が感情の堤を切ったようで、純夏はマ・クベにすがり付いて、大声で泣き出した。なんとも悔しい事に、おせっかいな親友の助言は非常に有効だった。






時計の上では夜が明けた翌日、基地の入り近くに明るい青で塗装された「戦術機」の一団がぎこちなく佇んでいた。今日の交渉相手が直々に遣わしてくれた迎えである。
隊長らしき女性士官がその足元で、こちらを待っている。鳶色の髪をした中々魅力的な女性であるが、惜しむらく表情が硬い。  
それもこれも、使者を送り出す側の、閲兵式の如き様相が原因だった。戦車隊と歩兵部隊が整列し、第600軌道降下猟兵大隊の黒備えのMS部隊と、基地防衛隊のMS部隊が花道を作る。花道の中央に立つのは、送り出す側の代表であるギニアス少将と外交使節団のメンバーである。
マ・クベを筆頭に、補佐のウラガン大尉、警護役のシモ・ヘイへ少尉の他、新顔の秘書官が同行する。緊張した表情で直立する女性秘書官は、まだ幼さの残る顔立ちで、女性と言うよりは、少女と言っても差し支えないくらいだ。

「それでは中佐。宜しく頼む」

 ギニアス少将の敬礼に合わせて、背後の軍団が一斉に敬礼をする。踵を揃える音が、地下空間にこだまする。同時に放たれた、鋼の巨人達からの緩やかな敬礼が、威圧感を倍増させた。
 軍団を背に振り返ったマ・クベは、穏やかな口調で迎えの「戦術機」のパイロット達に話しかけた。

「お待たせしました。参りましょう」

「はっ、はいっ!!。こ、国連太平洋方面第十一軍 伊隅みちる大尉であります! ご案内させていただきます」

 女性士官がシャチホコばった敬礼をして、自分の機体に向かう。どこかで見た顔だと思えば、確かスペシャルゲストを引き取りの来た部隊だ。
マ・クベたちはジープに乗り込むと、彼女らを先導にして連絡用の道路を進む。基地がある空洞以外は既に引渡しが終わっており、演習場として非整備区画が残っている基地の周辺と違い、他の地下区画は国連軍基地として整備されている。
しばらくして、広大な空間を利用した地下格納庫に出る。
マ・クベは車から降りて辺りを見回した。一個中隊規模のMS部隊が乗っているのにまだ余裕がある。なんにせよ、ココの事は覚えておかねばならない。もっと大勢で来る時があるかもしれないのだ。

「緊張するかね?」

「え? あ、はい」

 ふと車の方に視線を移したマ・クベは、秘書官に話しかけた。そう、緊張する事はない、と穏やかに言うと、運転席のほうを見る。

「ヘイへ少尉、彼女を頼んだぞ」

運転席に座っているヘイヘ少尉は、ニコリと笑って肩にかけた短機関銃を叩く。顔を合わせる事はなかったが、彼もオデッサの撤退戦に参加しており、そういう意味ではリディアよりは付き合いは長い。同じオデッサの戦場を経験したからだろうか、なぜか彼を見るとあの地で散ったイワモト曹長を思い出す。マ・クベの中の何かかが、彼はイワモト曹長と同種の人間だと、断言していた。

「ウラガン。相手は手ごわいぞ。キシリア様と同じくらいにはな」

「……それは、嫌な相手ですね」

 ウラガンが苦笑いで肩をすくめる。何処と無く余裕があるように見えるのは、きっと緊張している秘書官が居るからだろう。
 
「こちらへどうぞ」

 声をかけてきたのは、先ほどの女性だった。機体から下りたのは彼女だけで、他の連中は乗ったままだ。どうやら、あまり顔を見せたくないらしい。
そのまま、広いエレベーターに乗せられ、閉ざされた空間では、しばし無言の時間が続いた。
 再びエレベーターの扉が開く。立っていたのは、なんとも見知った顔だった。

「!?」

「なっ!?」

「ふむ……」

「……ここからは、私が案内します」

 そう言って、深々とお辞儀をしたのは、ウサギの耳のような髪飾りをつけた小さな少女だった。



――― 横浜基地 地下19階 ―――

 まだ内装工事は完了していないのか、仮設証明で照らされた廊下をマ・クベたちは歩いていた。道案内をするのは、あの記念すべき初の会談で一緒に来ていたNTの少女だ。相変わらず、独特の服装をしている。
秘書官とウラガン大尉が彼女を見て、とても驚いていた。それも、当然といえば当然と言える。マ・クベ自身、初めて見たときは少なからず驚いたものだ。彼女の能力も含めて……。

「ヤシロ、カスミ・ヤシロだったかね?」

「!? ……はい」

 声をかけられて驚いたように少女が振り返った。ここで驚くあたり、どうやら心は読んでいないらしい。

「今日は……心は、読んでません」

 同じ事を口に出す辺り、ほぼ間違いはあるまい。覗うようにこちらを見る少女、不安そうな目はまるで、追い詰められたウサギだ。決まりが悪いのを顔に出さず、マ・クベは答えた。

「……それは失礼した」

 自分でも驚くほど穏やかな声だった。あの少女の影響かもしれんな、と心の中で呟いた。霞が呆気にとられたような、キョトンとした顔でこちらを見ている。
 
「どうもお久しぶりですわねマ・クベ中佐」

「こちらこそ、再会できて光栄です」

 声をかけて来たのは、これまた久しぶりの好敵手だった。紫の髪はいつ見ても特徴的だ。どうでも良いが、この時代の日本にしては、カラフルに過ぎる気がするのは気のせいだろうか。香月中佐はニッコリと笑みを浮かべた。

「横浜基地へようこそ。異邦人(エイリアン)の皆さん」

 その挑戦的な笑みを受けて、男は鉄面皮の裏で心が高ぶっていくのを感じた。ウラガン曰く、返した笑みは、さながら毒蛇のようだったそうだ。




「……あ、あのいつもこうなんですか?」

「まあ、大抵は……」

 豹変した上官の様子に、一歩も二歩も引きながら、秘書官が小声で尋ねる。横に立っていたウラガン大尉が、何かを諦めたような笑みで答えた。

「ウラガン、地上の空気でも吸って来たらどうかね?」

 マ・クベがウラガン大尉と秘書官、ヘイヘ少尉に目を向ける。

「香月中佐。構いませんか?」

「ええ、もちろん。社、案内して差し上げなさい」

 ここからは、余人の介入を許さない話だ。秘書官もウラガンも実際のところ相手の過度な優位感を与えない為の一つのブラフだ。見れば、香月中佐も同感らしい。闘士と冷徹な計算に満ちた目がそう言っている。

「商談は、やはり一対一でと言うのが基本ですからな」

 薄笑いを浮かべてのけん制は、挨拶のようなものだ。

「ええ、まったく同感ですわ」

 互いに目に見えぬ剣を抜き放ち、決闘の場へと降り立った。







――― フォートフラッグ 第501戦術機甲大隊「レイザーバック」駐屯地 ―――



「……気に入らんな」

 そう呟いたのは第101空挺師団第501戦術機甲大隊隊長のジャン・ブライス少佐である。茶色がかった黒髪にがっしりとした体躯、身長180cmを超える偉丈夫で、口と顎に蓄えた髭は彼を年齢以上に年かさに見せていた。カナダ出身のアメリカ軍人は、ラングレーからの客人が出て行ったドアを睨みつけると、塩でもまいとけ、と叫んだ。

「聞こえますよ隊長」

 なだめるように言ったのは黒人の中年男である。衛士にしては恰幅の良い体格をして、背はブライスよりも少し低い。リック・ガードナー中尉は人のよさそうな笑みを浮かべながら、何処から取り出したのか、塩のビンをドアに向かって投げようとした。

「おい中尉! 本当にまく奴があるか。今じゃ、塩だって手に入らん国もあるんだぞ」

 慌ててブライス少佐が副官を止める。

「なら、迂闊な命令は慎んでください少佐」

 さらりと言われて、ブライスが言葉に詰まる。周りの部下たちはいつものやり取りなので、気にもとめていない。
 そもそもの不機嫌の原因は何かと言うと、TVをつければうるさい位に喧伝している明星作戦の時のことである。
軌道降下でハイヴに突入したブライスの部隊、ガードナー率いるブラボー中隊の新米が、フレンドリー・ファイアをやらかしてしまったのが、けちのつきはじめだった。
誤射した相手に蹴散らされ、ブラボーを助けに行った他の中隊も返り討ちにされて、皆仲良く捕虜にされるわ、尋問されるわと、大変な目にあったのである(待遇は良かったが)。ここでまは、自業自得なので仕方ないといえばそれまでだ。
ところが、解放されて帰ってみれば参謀本部からは、そんな事実は無いの一点張りで、危うく狂人(戦争神経症)扱いで、陸軍病院に叩き込まれそうになったのである。
だというのに、今更になって、嫌みったらしくスーツを着込んだラングレーからのお客さん(CIA)に、その時のことを根掘り葉掘り聞かれたら、誰だっていい気はしないものだ。

「というか、俺はああいう典型的な『アメリカ野郎』は大嫌いなんだ」

「誰に言ってんですか少佐。あなただってアメリカ人でしょうが」

 ガードナー中尉が呆れ顔で突っ込む。

「俺の親父はカナダ人だから半分だけだ」

「まったく、何で少佐は、そう顔に似合わず子供っぽいんですか?」

「顔は関係ないだろう。人は見かけによらんのだ」

 自信たっぷりに言うブライスに、中尉が大きなため息をつく。

「純粋なアメリカ人(ネイティブアメリカン)なんて、あなた方のご先祖様(白人)が、み~んな、ぶっ殺しちまってますよ。国籍持ってりゃ、それで十分です」

「お、お前だって、人のよさそうな顔して、シビアな事言うじゃないか……」

「少佐、顔は関係ないんですよ」

 前後の言葉だけで、顔の印象など変わってしまうから奇妙なものだ。先ほどと同じ顔しているはずなのに、中尉の笑いは、この上なく人の悪いものに見える。

「しかし、少佐。ラングレーからのお客さん。今更何を聞きに来たんですかね」

 若い女性の少尉が興味深げに言った。ブライスは真面目な顔になって答えた。

「多分、横浜がらみだな。あそこで出合った鬼……もしかしたら噂に聞く幽霊戦術機かもしれん」

「ああ、あの所属不明の謎の戦術機部隊ですか? それって中東だかどっかのほら話だった筈ですよ」

 大真面目な顔で言うブライスに、ガードナーがまたため息をつく。

「何だと? ほら話かどうか、貴様が確かめたわけでもあるまい」

「また、そういう屁理屈を」

 中尉が呆れて肩をすくめる。先ほどの少尉がブライス少佐に尋ねた。

「そう言えば、横浜にもそんな部隊があるって噂がありますけど、少佐達が向こうに居たころは、何か聞いて「少尉!」……」

 厳しい声で、ガードナーが言葉を遮った。はっとした様な顔をして、少尉はすぐに詫びた。

「申し訳ありません。少佐」

「いや、いいさ」

 鷹揚に答えてはいるものの、ブライスの声はどこか沈んでいた。

「少佐、あの時の事は……」

「大丈夫だ中尉。星条旗の夢を見られなくても、人は生きていける」

そう言って笑みを作るものの、胸中に空いた悔恨の穴は容易に塞がるものではなかった。エリック・ガードナー中尉を含めた第501戦術機甲大隊の基幹メンバーは「引き上げ組」、元在日米軍の衛士達ばかりだった。
ブライスが、机の上にあった大隊のエンブレムが画かれたカップを見る。背中の毛を逆立たせ、闘志をみなぎらせた猪が、とがめる様に彼を睨んでいた。

「分ってるさ。……もう、逃げんよ」

 呟いて、男は元気いっぱい声を張り上げた。

「何を暗い顔をしている! この根性無しの臆病子豚ども(ファッキン・ベイブス)!! 腐れBETA共を思うさまぶっ殺して、ラングレーの腐れ頭を下げさせたんだ。今日は俺のおごりで祝杯だ!」

「お願いですから、外で同じ事を言わないでくださいね少佐」

 気まぐれな指揮官に苦笑しつつ、いの一番に上着をつかんだのはガードナー中尉だった。





――― 国連横浜基地地下19階 ―――

 交渉は夕呼のオフィスで行われていた。前回は向こうの手の内だったが、今度はこちらのホームだ。相手の方はそれをおくびにも出さず、淡々と要求を告げていく。

「医療品の及び食料の搬入は了解しました。それと武器弾薬についてはこの通りです」

 渡されたリストを見て、夕呼は少し眉をひそめた。

「武器商人でも始めるつもりかしら? 欧州のメーカーに注文しなければならないものも幾つかありましてよ」

「我々の世界でも共通のメーカーが、この世界にもたいてい存在するのはむしろ救いです。それにそちらの世界の炸装薬の技術もこれで向上するはずですが?」


「こちらが提供する技術は、皆、貴方の傘下で開発したものにすればよろしい。大方、BETAに対抗する為の何らかの研究でも行っているのでしょう」

 こともなげに言われて、夕呼は心臓が縮み上がるような感覚に襲われた。

「良く、お分かりですわね」

「お忘れですかな。地下の研究の研究ブロックを建造したのは我々ですぞ」

 そう言われれば、確かにそうだ。警戒しすぎた自分がおかしくなってふと笑いがこみ上げてきた。一瞬、心でも読まれたかと思ったが、少なくとも霞は、直接的な接触が無い限り、出来ないと言っていた。

「心でも、読まれたのかと思いましたわ」

 手袋をした相手の手を見ながら、夕呼はわざとらしく言った。

「いいえ、残念ながら私にはそこまでの力はありません」

 サラリと嫌味で返されて、ムッとした夕呼は鼻を鳴らして視線を逸らした。

「ところでマ・クベ中佐。今朝方、私のところに奇妙な問い合わせがありましたわ。何でも横浜にいる幽霊に自国の将兵が捕虜にされた、至急説明を求めるとね」

 夕呼は相手の反応を見ながら、言葉を進めた。相変わらずの鉄面皮だが、額に一筋皺が出来たのを、彼女は見逃さなかった。

「それは、なんとも奇妙な話ですな」

「ええ、でも、本当にしつこくて、たまらなかったものですから。本当の事を話してあげる事にしましたの」

「それは、興味深い話ですな」

 男は笑った、まるで獣が牙を剥くように……。戦いを決意した狼は唸って威嚇などしない。ただ、牙を剥いて喉笛に喰らいつくのだ。

(……ここからが正念場ね)

 相手の反応に確かな満足を覚えながら、脳内で言葉を吟味する。剃刀の上で踊りまわるような感覚を憶えながら、夕呼はニッコリと妖艶な笑みを返した。




気の弱いものなら卒倒してしまいかねないほどに張り詰めた空気の中、香月中佐は泰然とした態度を崩さなかった。対するマ・クベの方は鉄面皮を貫いてはいるものの、突然の攻撃に内心の動揺は簡単には収まらない。

「オルタネイティブ4の秘匿部隊に対しての誤射は故意によるものか否か、と怒鳴り返してやったら目を白黒させていましたわ」

 挑戦的な笑みを浮かべながら、マ・クベを見る。その挑戦には取り合わず、マ・クベは相手の言葉の裏を探った。

「それは、また、結構な方便を思いついたものですな」

 彼が、その真意に思い至ったのと同時に、香月中佐がニヤリと笑った。

「……別に、方便にする必要はありませんわ」

「我々に、あなたの下につけと?」

 マ・クベの声音がだんだんと剣呑なものになる。

「勘違いなさらないでいただきたいわ。ただ、あなた方ほどの力を遊ばせておく余裕は私たちにはありませんの」

「他人の力だという事をお忘れなく」

 はねつけるように言って釘を刺す。こうなれば、悪あがきだけでもしなければならない。

「それはもちろん。先だっての契約にも技術供与に関しては可能な限り便宜を払うと書いてありましたわ。なんなら、実用試験部隊と言う名目でもよろしいのよ。なんにせよ、対価は保証いたしますわ」

 ただし、何処で「試験」するかは相手の思惑次第と言う事だ。内心で舌打ちをしながら、マ・クベは必死で平静を装った。

「つまり、我々に傭兵をやれと、おっしゃる」

 この提案自体は、マ・クベ自身も考えていた事だった。技術をどういう形で渡すのかも、どれほど魅力的かアピールする場も、どの道必要になるのだ。だが、こちらの提案を通すのと、相手の提案に乗るのとでは意味が違ってくる。完全に先手を打たれ形になっていた。

「外人部隊でも、軍属でも、民間軍事会社でも、名目は何でも構いませんわ。ただ、雇い主を変えていただきたくはないと言う事です」

 つまりは一蓮托生を強制されているに他ならなかった。マ・クベとて相手を見くびらないではなかったが、こうまで素早い決断をしてくるとは予想していなかった。

「では、武器弾薬の補給はしっかりとお願いしなければいけませんな。それと、我々は安くはありませんぞ。我々自身の対価も、裏切りの対価も……。それをお忘れなく」

 不遜な態度で好敵手を見返す。ならば、高く売りつけてやるまでである。

「勿論ですわ。交渉は信用が第一ですから」

 そう言って、香月中佐は一枚の紙と階級章を差し出した。

「国連軍中佐の階級ですわ。今のところ貴方をお迎えするのはこれで精一杯ですの」

 本来ならば、傭兵に階級は無い。軍属は軍人ではないのので、戦傷や戦死に対する手当ても保障されない。また、階級がつくということは正規軍に対し指揮権が発生するという事でもある(技術士官などは将校相当官となるので、指揮権が無い)。桁違いどころではない厚遇である。

「!? だが貴方は中佐のはずだ」

「ああ、面倒だったもので、つい付け忘れていましたわ」

そう言って、香月中佐は白衣のポケットから新しい階級章を取り出した。前のものを剥ぎ取って、新しいものに付け替える。

「もうしおくれました。国連軍大佐の香月夕呼です。ようこそ国連軍へ、マ・クベ中佐」

 ニッコリと笑いながら、香月大佐が右手を差し出してきた。今回は完全に完敗だと、マ・クベも認めざるをえなかった。彼女が一蓮托生を狙ってきたのは、ジオンの軍団では無い。そこに大きな影響力を持つマ・クベ個人だったのだ。

「ジオン公国突撃機動軍マ・クベ中佐、ありがたく拝命いたします」

 差し出された手を取った。それはすなわち交渉成立の証でもあった。後に「横浜の夫婦狐」と恐れられる、最強のエレメントが誕生した瞬間である。



あとがき
どうも、なぜか気づいたら胃を壊していた赤狼です。他の作家さんの小説や読者の皆様の感想を読んで、モチベーションを上げる今日この頃です。また新キャラが出てしまいましたww 今度は米軍です。米軍のキャラクターは皆オリジナルです。実在の軍人さんを出すのはジオンだけにしておかないと、差別化ができないかな~と思ってオリジナルで考えました。ちなみにCODシリーズのブライス一族とは何の関係も無いです(いてもおかしくは無いですが)。実は、軌道降下兵団をネタにした短編を書こうと思っていた時のキャラクターを流用しました。まったくのオリジナルで適当につけた筈なんですが、米海軍厚木航空施設司令官の名前と一緒でしたww これから試験でまたしばらく更新が滞るかもしれません。読者の皆さんには、大変申し訳ないと思います。こんな神がかった阿呆作者ですが、これからも宜しくお願いします。
ご意見・ご指摘や感想などありましたらお気軽にどうぞ。



[5082] 第十二章 逃走と闘争
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:16

 先日、捕獲したのとは違う形のMSがそこらを闊歩している。いや、あれは確か戦術機と言ったか……。着慣れぬ軍服に身を包んだウラガンは珍しげにあたりを見回していた。それもさりげなくだ。同じ軍服に身を包んだ秘書官の方は、きょろきょろと遠慮なく見回している。
 ウラガンが彼女のほうを身ながら、わざとらしく咳をすると、気まずそうな照れ笑いを浮かべた。

「カガミ准尉、気持ちは分るが控えてくれ」

 携帯式の翻訳機を通してウラガンがたしなめる。後ろのヘイヘ少尉は帽子を目深にかぶり、黙々と歩いている。身を包む、着慣れない軍服は「国連」のものだった。目の前を歩く少女が「その服では…目立ちますので」と用意してくれたものだ。それにしても、目の前を歩く彼女といい、殿のヘイヘ少尉といい、どうしてこう物静か過ぎる人間に挟まれなければならないのか。

(……気まずい)

 早く交渉が終わってくれる事を願いながら、ウラガンは見せられるものの位置を懸命に、覚えていた。

「ん?」

 歩いているウラガンの袖を誰かが引っ張る。見れば、秘書官の格好をしているスミカ・カガミが何かを訴えるような目で此方を見ていた。

「どうかしたかね?」

「……ウラガンさ、大尉。我侭を言ってるのは分ってるんですが……」

 小声で耳打ちされて、ウラガンは頭を抱えたくなった。そもそも、彼が地上に出されたのも地の底で、壮絶な化かし合いを行っているであろう上官の命令によるものだった。スミカの外を見たいという願いを叶える為の策だったのである。彼女の境遇は察して余りあるものであるウラガンとしては、彼女が耳打ちした「自分の街がどうなっているのかを見たい」という願いは至極当然のものと受け止められた。だが、現在の自分達は、敵対勢力と言っても差し支えない関係であり、基地周辺を見物したいなどと言う要望が容易に通るとは思えなかった。
 それでも、一応、行動してみる辺りウラガンがマ・クベの腹心たりうる所以だった。

「ああ、Msヤシロ」

 ひょこっとウサギ耳が動いて、前を歩いていた少女がこちらを振り返った。真っ直ぐに此方を見つめてくる視線がなんとも気まずい。

「…………」

「あー、その……基地の外がどうなっているか、見せて欲しいんだが」

 しどろもどろになりながら、なんとか片言に言葉を吐き出す。

「…………」

「わ、我々としてもG弾が周辺に与えた影響を確かめたいので……」

 畳み掛けるように言葉を繋ぐ。いきなり、此方が謝りたくなるほど、申し訳なさそうな顔で少女が頭を下げた。

「…ごめんなさい。基地の外へは…私も出ては行けないと、言われているので……」

「ああ、いや、申し訳ない。此方のわがままだどうぞ頭を上げて欲しい」

 慌てて、頭を上げさせるウラガン。振り向いて、純夏に詫びようとすると、後ろから袖を引っ張られた。

「あの……でも、見晴らしのいい場所なら……あります」

 たどたどしく言いながら、少女が彼の袖を引いて歩き出した。

「え? ああ、どこへ」

 少女が引っ張られていくウラガンを、純夏が慌てて追いかける。ヘイヘはしばらくの間、少女の背中を見つめていると、黙って歩き出した。




 つれて行かれた場所は、基地の裏手の方にある小高い丘だった。見晴らしが良く、麓の街が一望できる。もっとも、見えるものを廃墟と言うか、瓦礫の山と言うかは微妙なところだった。

「…………」

 純夏は黙って、その景色を見ていた。ウラガンはカスミになんのかんのと質問をして、少しづつそこから距離をとった。驚いた事に無口なヘイヘ少尉も、この時ばかりは積極的に話しかけて霞の注意をひきつける事に協力してくれた。
しばらくして、純夏がこちらに走ってきた。霞の後ろで止まると、そっと頭を下げる。目が少し赤いが、それでもウラガンは、涙を止めてきたことを褒めてやりたい気分だった。

「…………」

 カスミが後ろに振り返ると、じっと純夏の顔を見る。何か悟られたか、ウラガンの背中に冷たいものが下りる。純夏はなにやら気まずそうな顔で、目をそらしている。しばらく見つめているとカスミが唐突に言った。

「それでは…帰りましょう」

「はい」

 胸の内で安堵しながら、ウラガンは少女の後に従った。エレベーターで地下へと下りると、マ・クベと合流する。行きよりも、僅かながら表情が硬い……どうやら、大分苦戦を強いられたようだ。
 先ほどから、落ち込でいるようだった純夏が、マ・クベの顔を見て、ふっと表情が和らいだ。

「それでは、マ・クベ中佐。よろしくお願いしますわ」

 勝ち誇ったような声で「香月中佐」が言う。マ・クベが僅かに眉を顰めるのを見て、ウラガンは今日の「運動」は大分ハードなものになることだろう事を覚悟した。

「こちらこそ」

 とそっけなく返して、マ・クベがエレベーターに乗り込む。

「……純夏さん」

 唐突に、ウサギ耳の少女が口を開いた。

「え?」

 驚いて純夏が彼女の方を見る。何かを言いたそうな顔で、純夏のことをじっと見つめている。カスミが口を開く前に、エレベーターの扉が閉まり、一行を地下へと運んで行った。

「なんだったんだろう」

 首をかしげながら、純夏の片手はマ・クベの上着のすそをしっかりと掴んでいた。ウラガンとしては、むしろ彼女の趣味に首を傾げたかったが、それを態度に表すほど、彼は愚かでも命知らずでもなかった。

「……ヘイヘ少尉、わざわざすまなかったな。ご苦労だった」

 唐突に、マ・クベが口を開いた。ヘイヘは、一言「はっ」と答えると踵を打ち鳴らして、教本道理の敬礼をして見せた。言葉は少ないが、彼がマ・クベに一定以上の敬意を持っていることは、十分すぎるほど、分った。ウラガンにとっては、どこか誇らしいような、反面、妬ましいような複雑な心境だった。

「ウラガン、ご苦労だったな」

 気のせいか、マ・クベ態度はどこか砕けた感じだった。ウラガンは、それが妙に嬉しくてたまらなかった。

「ありがとうございます」

 姿勢を正して敬礼をすると、答礼は無く、僅かな微笑みと共に頷くだけだった。つまるところ、それが上官とその副官の距離感だった。そんな自分に対してもヘイヘ少尉が敬意を持っているのに気づいて、ウラガンは彼が好きになれそうだと思った。





――― 第600軌道降下猟兵大隊旗艦「モンテクリスト」会議室

「傭兵とはまた思い切った決断をしたものだな」

広い会議室の中にパイパー大佐の声が響いた。面白そうに笑いながら、大佐がマ・クベを見る。

「それで、のこのこ中佐の階級章を貰ってきた貴様はどうするつもりだ?」

 大佐の視線が、鋭いものに変わる。マ・クベは毅然としてその目を真っ向から見返すと、落ち着いた声で答えた。

「申し訳ありません。こうも火急に出てくるとは思いもよりませんでした。ですが、私もいずれこの形を具申するつもりでした。技術だけでは、いずれ連中に先を取られます」

 いくら、基礎に差があるとは言え、追い詰められばそんな差など死に物狂いで埋めてくる。時にはありえないような技術の発展を見せる。それも戦争の持つ一つの顔だ。

「中佐が我々全体のために交渉に当たってくれた事は、承知している」

 穏やかな声音が二人の間を遮った。声の主は基地司令ことギニアス少将であった。今日は何処と無く顔色が悪いようにも見える。

「本当にご苦労だった。パイパー大佐、技術方面は我々が何とかする。申し訳ないが兵の方はしばらくそちらで負担していただけまいか」

 申し訳なさそうにギニアスは言うが、彼が並々ならぬ挺身を行っている事は、この場の誰もが理解していた。この世界の技術の解析とその応用、ならびに先日決定した技術供与に至るまで、陣頭にたって指揮を執っていた。誰が見ても負担は明らかだった。だのに休もうとしないのは本人の並々ならぬ執念ゆえである。この異郷で彼ら全ての命運が技術陣にかかっている事を、十分すぎるほど理解していればこそだ。縁の下の力持ちどころか、縁の下の人柱にでもなろうかと言う勢いだった。

「基地防衛隊はその主任務が基地の防衛だ。外部への遠征にはあまり力を裂けない。それに、錬度に関しても我々は再編したばかりで不安が残る」

 基地防衛隊司令のノリス大佐が、ため息混じりに言う。本当なら誰よりもギニアスを助けたいと思っているはずだった。とはいえ、先だっての騒乱で少なからぬ被害を出した基地防衛隊の再建をわずかな期間で成し遂げた手腕だけでも、評価されるべきものだ。

「まあ、あまり気にされん事です。もともと我々の方が向いた任務ですし、錬度が心配と言うなら
上げればよろしい」

「面目しだいもない」

 軽く請合うパイパー大佐に、ノリスは丁寧に頭を下げた。

「止めてください大佐。この基地では貴方が先任です。それに、こうなりゃもう一蓮托生だと思いませんか?」

 そう言ってパイパー大佐がニヤっと笑う。異郷の地にあって、団結が急務であることは明白である。だが、それ以上に根深い問題がある、キシリア派の特殊部隊とギレンの肝いりのアプサラス基地である。状況はどうあれ水と油であるはずの両派閥の高官(ノリス大佐もパイパー大佐もあまり気にする性質ではないが)たちがこうした連帯感を持つということは、非常に稀有な事でもあった。

「……と言うわけだ。貴様にはきっちりと泥を被ってもらうぞマ・クベ中佐」

「無論です」

「この後の演習は、どうだ。勝算はあるか?」

 ほんの少し、からかうような調子でパイパー大佐が言った。特殊部隊と基地防衛隊との合同演習特殊部隊の錬度維持とともに、基地防衛隊の錬度向上を図る定期演習の記念すべき第一回であり、基地防衛隊と特殊部隊の連携や交流を図ることも目的の一つである。
 ちらりとノリス大佐の方を見ると、マ・クベははっきりとした声で言った。

「ノリス大佐の基地防衛隊にバウアー少佐の黒騎士中隊、相手にとって不足はありません」

「不足はない……か。なかなか、強気だな」

 大佐は満足そうに笑うと、ノリス大佐のほうを見た。まるで腕白坊主が自分の宝物を自慢するような顔だ「良い男だろ、俺の部下は?」まるでそんな言葉が聞こえてくるような気がした。ノリス大佐は気分を害するでもなく、苦笑を浮かべている。大佐とて少なからぬ部下を持つ身だ、そういう気持ちも理解できるのだろう。元中将と言うこともあって、そういうことに縁遠かったマ・クベとしては、かなり複雑な気分だった。

「相手は鬼謀でなるマ・クベ中佐率いる斬り込み中隊にルウムの白薔薇ことリトヴァク少佐の死薔薇中隊でありましょう。胸を借りるつもりでおりましょう」

 謙虚な言葉だが、その言葉の裏にあるのは、武人としての期待であろう。その証拠にノリス大佐はとても楽しそうに笑っていた。抑えようとしてもなお湧き上がるのが、武人としての闘争心なのだろう。もう一度、ノリス大佐が歯をむき出すような獰猛な笑みを浮かべた。

「恐縮であります」

 踵を打ち鳴らして敬礼をすると、3人の上官が答礼を返す。上官の手が下りたのを確認すると、マ・クベは踵を返してドアへと向かった。二人の覇気に当てられたのだろうか、マ・クベも胸に沸き立つものを感じていた。

「中佐!!」

扉に手をかけたところで、パイパー大佐に呼び止められた。振り向いて直立不動を作ると、マ・クベは不敵に笑う大佐の顔を見て、尋ねた。

「何でありましょうか?」

「貴様、昔より、良い面構えになってきたぞ」

 付け加えるようにいうと、また、ニッと笑った。

「よし、行け」

「失礼します」

 再び踵を返すと、マ・クベは会議室を後にした。

基地の敷地周辺を取り囲むように不気味な燐光が広がり、基地の照明はそれを押し返すように光の帯を放つ風景は、毎日、昼夜の隔てなく続いているものだった。その光景にいささか辟易しつつ、マ・クベはザンジバルへと向かった。



――― 機動巡洋艦「ザンジバル」MS格納庫

 格納庫内に起立しているのは、黒色迷彩で塗られた鋼の巨人だった。ジオン公国が生み出した初の白兵戦特化型MS「グフ」とその発展型である「イフリート」、そして2列に並ぶ巨人達の最奥に鎮座するのは、中世欧州の騎士甲冑を思わせる1機のMSだった。マ・クベの愛機である「ギャン」だ。黒塗りの騎士達の前に並ぶのは、その駆り手たちである。

「諸君、今回の演習での任務は仮想敵(アグレッサー)である。白薔薇中隊と共同して、基地全軍を相手にせねばならない。しかも、敵方には黒騎士がいる」

 男達は静かに話を聞いていた。居並ぶ顔には、まるで何事でもないという風に、無機質な冷静さを漂わせている。そんな男達の様子を満足げに見やると、マ・クベは深く響く声で話を続けた。

「我々は結成してまだ日もあさく、共にした戦場も、そう多くはない…」

 そこまで言って、マ・クベが深く息を吸った。次の瞬間、無機質な声に、荘厳な抑揚が宿った。

「だが! 今ここで、あえて戦友諸君と呼ぼう!! そう言えるだけの戦場を、我々は共にしたはずである!!」

 男達の目に激情の炎が宿る。無機質な冷静さは部隊の長の流儀だった。男達はあくまで、それに従っていたに過ぎない。そのマ・クベの言葉が激情を解き放つなら、男達の答える言葉はたった一つであった。

「オデッサ!!」

 最初に叫んだのは副長であるメルダース少尉だった。そこから、次々と同じ声が上がる。かの地で散った一人の戦友を忘れたものなど居なかった。後ろから、横から、次々と同意を示すように「オデッサ!!」の叫びが上がる。
「オデッサ!」「オデッサ!」の大合唱が格納庫内に響く。その合唱が最高潮に達し、やがて収まると、男達は自らの長であるマ・クベを見た。
同じ床に立っているはずなのに、なぜか大きく見えた。

「諸君、情熱は全て胸に放り込み、頭の芯は凍らせておけ! 目的を果たし、帰る。それが任務だ!!」

 マ・クベが、非の打ち所のない敬礼を放つ。間髪居れず、揃ったように踵を打ち合わせ、男達は一斉に敬礼を返した。もはや、先ほどの激情はなく、無機質な冷静さが、剃刀のような凄みを与えていた。
 マ・クベが手を下ろすと同時に、メルダース中尉が良く通る声で叫んだ。

「全機搭乗!!」

中隊長の命令一下、男達が一斉に自分の機体へと走り出す。機体を起動させ、管制システムをチェックする。ジェネレーターが咆哮を上げ、虚ろだった単眼に力強い灯がともる。

《進路クリアー! 発進どうぞ!!》

 コクピットの内部に管制官からの発進許可が響く。パルス状のエネルギーが関節のロータリーシリンダーへ極超音速で伝達され、鋼鉄の戦士が力強い一歩を踏み出した。

《斬り込み中隊…出撃する!!》

 開放された出撃口から、黒鋼の戦士たちが躍り出た。





――― 演習場某所

人口の遮蔽物の中にまぎれるように配置されているのは、二機の黒いMSだった。機体の肩に画かれた白い薔薇のエンブレムは迷彩シートの下に隠れている。狙撃用のビームマシンガンを構えたままホールドさせたゲルググJのなかで、そのシモ・ヘイヘ少尉は静かに腕時計を眺めていた。

「時間だな……」

 そう言って彼は、ゲルググJのシステムを起した。ジェレーターがパルス化したエネルギーを機機体中に送り出す。メインモニーターが目標を移す。はるか遠く、擬装岩の中に仕込まれたミノフスキー粒子の高密度タンクである。深く息を吸って、ヘイヘは操縦桿を握った。浅く吐きながら、止めた、僅かな間にトリガーを引く。狙い通り縮退されたミノフスキー粒子の矢は目標を貫いた。接触通信で僚機に回線を開くと、ヘイヘは静かな声で報告した。

「こちら白薔薇3、目標達成、次の目標に移る」

《白薔薇1了解、ヘイヘ少尉、相変わらず良い腕しているな》

 通信機から、若い女性の声が聞こえる。口調はキビキビとしているが、やわらかい感じのする声。部隊長であるリディア・リトヴァク少佐だ。

「光栄です少佐」

《次もその調子で、だが、油断はするな》

「私はすべき仕事をするだけです」

そう言うと、通信機の向こうのキビキビした口調自体が和らいだ。

《分ってるわ少尉、だから頼りにしてるわよ》

 毅然さの中にどこか可愛らしさを持つ、上官に半ば苦笑しながら、機体を走らせる。同時に胸の中に湧き上がる興奮を感じて、シモ・ヘイヘは驚いた。彼は本来が物静かで淡々とした男だった。その彼をして、どうしようもなく高揚させるのは、この演習がオデッサの激戦を思わせるからであろう。劣勢の戦力と、何よりも部隊を指揮するマ・クベ中佐、そして彼に付き従う斬込中隊。全ては彼の時をなぞるが如き布陣であり、オデッサ防衛軍として彼の下で戦った時に感じた不思議な感覚までもが、そこに拍車をかけていた。
研ぎ澄まされていく感覚が、彼に全てを伝えていた。接触回線を再び隊長機につなぐ。

「リトヴァク少佐、そろそろ敵が来ます」

《センサーに反応があった? 予定より少し早いわね……》

 リトヴァク少佐のいぶかしげな声が聞こえてくる。震動センサーが僅かな反応を捕らえると、少佐から全機に発光信号で戦闘態勢をとるように命令が下った。ヘイヘが望遠照準で敵に追われる斬込隊の姿を捕らえたのは僅か数秒後の事だった。

「仕事の時間だな…」

 いつもと同じように、狙いをつけて、寸分たがわぬ冷静さで引き金を引いた。





《隊長が…られた!》

《通信が・・・ミノフキー・・・粒子濃度が・》

《敵機反転! 速い…ぐあぁ…ぁ!》

《畜生! …つら、鬼だ……刃が嵐みた…に》

緩衝材を巻いたヒートソードで叩きのめされた味方のマーカーが消える。その横で盾で殴り倒された所をコクピットに75mmの赤い弾痕つけられた機体が、撃破判定を食らう。

「こいつは……聞きしに勝る地獄だぜ」

 ドムのコクピットの中で、ミハイル・ビットマン大尉が呟いた。演習開始から僅か2時間、徹底した遊撃配置による銃撃によると、斬込隊の白兵突撃による凄まじい攻勢があったかと思えば、潮が引くかのように撤退する。そこにつられて隊形を崩せば待っているのは狙撃と斬込隊の逆襲だ。
短い間とはいえ、預けられた部下は徹底的に鍛え上げたはずだった。副官のヴォルを始め旧式の機体でありながらトップ小隊などは善戦している。その時、通信機のマイクにとてつもない声量のドラ声が入ってきた。

《あー、こちら黒騎士中隊! ヴィットマン大尉! 聞こえるか!!》

「こちらヴィットマン。私の部隊も私の耳も生きとります、少佐」

 怒鳴り返した相手は特殊部隊のエルンスト・フォン・バウアー少佐である。さすがに黒騎士中隊は特殊部隊だけあって致命的な損害はこうむっていなかった。と言うより、相手方のマ・クベ中佐がバウアー少佐の居るポイントをたくみに避けている様だった。恐らくは少佐を引き回して消耗させるのが狙いだろう。
 ふと、ヴィットマンは地球に下りる前にパイパー大佐に600軌道降下猟兵大隊へ来ないかと誘われた事を思い出した。妙な縁がだな、とヴィットマンは胸のうちで笑った。マ・クベ中佐は的確に弱い部分をに戦力を集中させてきた。しかし、逆に言えばそれは足手まといになるものを間引いたに過ぎない。つまり、ノリス大佐を初めとした一筋縄で行かない連中は生きているのだ。

「とはいえ、部隊の半数以上を落とされた時点で勝ちとは言えんな……」

 機甲部隊と戦闘ヘリ部隊に加えMS部隊まで動員して、この有様だ。壁は予想よりも高く厚いらしい。

《少佐、大尉、俺が思うに、連中、もう勝った気でいるんじゃないですか?》

 副官のヴォル少尉がとても楽しそうに言う。……不謹慎などとは言うまい、絶望的な状況ほど面白いものはないのだ。そして、この趣を理解できるのはどうやらヴィットマンだけではなかったらしい。バウアー少佐の愉快げな笑い声を聞けば、答えを聞いたようなものだった。

「《よし! 教育してやる!!》」

 猛者二人の咆哮とともに、残存部隊全てを突っ込んだ大攻勢が開始された。






 頭上には厚い岩盤がそびえ妖しげに光る床が広がっている。ハイヴの広間のど真ん中で対峙するのは2機のMSだった。
 まるで旧世紀の騎士を思わせるマ・クベのギャンの前に立ちふさがる黒いアクトザク。頭部装甲をフリッツヘルムに換装したそれは、バウアー専用アクトザクだ。2機の周りにはMSの撃破判定を食らった敵味方のMSが転がっている。犠牲をいとわぬ突撃戦術によって、状況を巻き返したのは流石と言うところだろう。がっぷり四つに組まれてしまえば数に劣るマ・クベたちに勝ち目はない。そんなことは最初から分っていたことだ、戦術も糞もない乱戦の中で不思議と二人は出会ってしまった。どうしようもない腐れ縁と言うべきなのか、それとも幸運と言うべきか、少なくともマ・クベにとっては後者だった。恐らくは相手も同じ事をおもっているのであろう。
 アクトザクが持っていたグレネードランチャー付のMMP-80マシンガンを投げ捨てた。腰につけたヒートホークを構える。コクピットの中で、マ・クベはニヤリと笑った。

「私を相手に白兵戦とはな……」

試作型ながらフィールドモーター駆動であり、マグネットコーティングも施されている。機体性能はほぼ同等、操縦の技量は相手が上、だが白兵戦に関してはギャンに分がある。決して優位ではないが、それゆえに油断も無い。
盾を構えて、ギャンが突進する。突きの動きに見せかて、逆袈裟に斬り上げるが、手ごたえが無い。

「上か!」

すぐさま構えを整える。ヒートホークよりもビームサーベルの方がリーチは長い。頭上からならなおさらだ。心臓の鼓動が高まり、時間が恐ろしくゆっくりと流れる。

「串刺しにしてやる!」

 落下してくるであろうアクトザクに備え盾を掲げる。ところが黒い巨体はバーニアをふかして空中に留まると、推力を偏向させて鋭角に突っ込んできた。

《甘いぞマ・クベ! 赤いイナズマキィィィィィィック!!》

咆哮と共にカメラに飛び込んできたのは、アクトザクの足の裏だった。刹那、凄まじい衝撃でシートにたたきつけられた。コクピットに鳴り響いた、うるさいくらいのアラートで、マ・クベは自分が敗北した事を嫌と言うほど思い知らされた。

「とりあえず、そのネーミングは止めてやれ。ジョニー・ライデンが泣くぞ」

ため息に交じりに言いながら、マ・クベはなにかにつけて『赤い彗星』と混同される哀れな元部下を思い出していた。

 結局、正面決戦へと引きずり込まれた斬込・白薔薇の両中隊は、徹底交戦により敵勢力の3分の2以上を撃破して殲滅された。




後日、香月大佐の下で仮想敵として、この演習の記録映像を見せられた直属部隊指揮官は「BETAと戦う前に死ぬかもしれない」と引きつった笑いを浮かべたという。




あとがき
お待たせいたしました。試験が終わったのでぼちぼち連載のペースを上げいたいな、なんて思いながらやっぱり上がらない赤狼です。今回は斬込隊と基地防衛隊の合同演習をやってみました。久々の戦闘シーンなので上手くかけているかどうかは、不安です。ちなみに、イナズマキックはネタです。すいません、頭の中の神様(電波)=ゴーストがささやくままに書いてしまいました。皆様の感想の数々に支えられながら日々書いております。最近は友達から借りた「ファントム」というゲームをやってました。相変わらずニトロプラスの作家さんはノワール好きだなと思いつつ、楽しませていただきました。ああ、あとクッキングパパ集めてます。あれは料理漫画の中では珍しく調理本として使える漫画なので。



[5082] 第十三章 予兆
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:17

――― 機動巡洋艦ザンジバル マ・クベの私室

地上での交渉から2週間、あちらの暦ではもう9月に入ったところである。地上はまだまだ暑い盛りであるが、生憎とこの地下深くにあっては、薄気味悪さで寒気がすることには事欠かないというのが日常である。
件の交渉により、本格的に地上と交流せざるを得なくなったマ・クベ達は、技術供与の為の準備や研究に加え、月月火水木金金と言わんばかりの連日の演習で、恐ろしくせわしない日々を送っていた。

「銃身と機関部を多少改良すれば、120mm砲弾と35mm砲弾は問題なく使えるそうです。それと、対BETA用のシュミレーターデーターも香月大佐より届いたので、そちらの仮想演習も順次行っております。ただ、砲弾の中には東側諸国のメーカーのものあり、そちらに関しては交渉が……マ・クベ様?」

副官のウラガン大尉が怪訝そうな顔で、書類を読むのを止めた。

「すまん、続けてくれ」

「大丈夫ですか?」

「……ああ」

「現在の弾薬関係に関しては、備蓄はありますが、決して多くはありません。後の進展に関しては、香月大佐のお手並み拝見といったところでしょう」

「ご苦労だった」

「マ・クベさ…「ウラガン」はっ!」

「滅び去った故郷を目の当たりにして、スミカはなにを考えたのだろうな?」

 唐突にマ・クベが呟いた。ウラガンは少し考え込むと、はっきりとした口調で言った。

「……わかりません。ただ、彼女は、自分で涙を止めてきました。我々が思っているより、あの少女はずっと強いのかもしれません」

「そうだな」

 最近は、とみにいろいろな事を考えすぎているらしい。マ・クベは半ば悪癖と化している己に性格に、心のうちで苦笑した。

「失礼いたします」

 誰かが、マ・クベの部屋の戸を叩く。マ・クベはウラガンに目配せをすると、静かに呟いた。

「……入れ」

 入ってきたのは癖のある金髪に少女のようなあどけなさを残した白人の女性。白薔薇中隊を率いるリディア。リトヴァク少佐である。

「中佐、斬込中隊との合同演習の件ですが……あら、ウラガン大尉。出直しましょうか?」

「構わん」

 横に立っていたウラガンに気づいて、リディア少佐がにこやかに微笑む。たださえ赤らんでいた顔を真っ赤にすると、ウラガンはぎこちなく敬礼をした。
ウラガンの敬礼に鮮やかな答礼を返すと、リディア少佐はマ・クベの方へ向き直った。

「今度は黒騎士中隊も交えて、対化け物用の訓練をしたいのですが、構いませんか?」

「ちょうど、その話をしていた所だ。了解した。バウアーの方には私が言っておくかね?」

 マ・クベがそう言うと、リディア少佐がいたずらっぽく笑った。

「その必要は在りませんわ中佐。少佐には、もう話してありますから」

「……了解した」

「では、失礼いたします」

 踵を打ち鳴らして颯爽と敬礼をすると、リディア少佐は部屋を後にした。

「…………ああいうタイプが好みかウラガン」

「え? ああ、あの、ええと、どういう意味でありますか!?」

 リディア少佐の後姿をぼうっと見つめていたウラガンが、ビクッと反応する。 

「確かに、彼女は美人だからな」

 しどろもどろになるウラガンに、マ・クベは意地悪く畳み掛ける。

「ああ、いや、しかし、自分などは到底……」

 うなだれるウラガンを見て、マ・クベは苦笑した。この世の何処を探しても、事務処理から斬り込みの随伴機までこなせるマルチタスクな副官など、他にいるものか、と言うのがマ・クベのウラガンに対する評価である。その上、仕官であるし真面目で実直、まあ悪くない物件だと思うのは、直属の上司としての贔屓目だろうか。

 さえないのは、顔だけなのだがな……。
 
 本人が聞けば、さらにうなだれる事間違いなしな感想を、マ・クベは口の中でかみ殺した。
同時に、何処か別の世界では、ただそれだけが生死を分ける重要な要素になっている気がして、言い知れぬ悪寒がマ・クベを襲った。

「……種、伝説、なぜ、この二つの単語は、こうも不安をかきたてるのか」

(※宇宙世紀の公用語が英語だからです)






――― 機動巡洋艦「ザンジバル」上部甲板

 青白く光る天蓋の下で、二つの影が交差した。鋼の打ち合う澄んだ音共に、薄闇の中で火花を散らす影は、マ・クベとバウアーのものだった。今回は互いに一振りの長剣のみで戦っている。
マ・クベが踏み込めば、バウアーが巧みに引き、ひきつけたところを押し返す。腰に巻かれた上着が踊るように揺れる。言葉は発しないものの、テンポを増す打ちこみのリズムが、いよいよ持って白熱している事を示していた。

「ぬんっ!」

 バウアーの突きを交わして、反り返るようにマ・クベが背中を狙って、剣を突き入れる。

「迂闊だぜ」

 ヘルメット越しに、隻眼の男が呟くのが聞こえた。
刹那、何かに引っ張られ、マ・クベが体勢を崩す。いつの間に外したのか、腰に巻かれていた上着が、マ・クベの剣に絡み付いている。

「くっ!!」

 何とか踏みとどまった瞬間、マ・クベの鼻先で、バウアーの剣先がピタリと止まっていた。

「……わやくちゃ考えながら、戦うからだぜ」

「今回ばかりは返す言葉も無いな」

 マスクを外して礼をするバウアーに、マ・クベも同様の仕草を返した。

「しかし、この間の演習もそうだが、最近いやに気前良く勝ち星をくれるじゃないか」

「…………やけに突っかかるな」

「それで死ぬのは貴様の勝手だが、斬込隊の連中が気の毒だ」

「……すまん」

 バウアーは黙って、マ・クベの背中をどやしつけると、ヘルメットを甲板に置いた。

「で、うじうじと一体何を悩んでやがるんだ? スミカなら、まあ、時間は掛かるかと思うが落とせなくは……」

「何の話をしている!」

「冗談だ。本気にするなよ」

「まったく、貴様と話しているといつもこうだ」

 マ・クベは小さくため息をつきながら、バウアーの隣に腰を下ろした。

「……我々がこの世界へついた原因について考えていた」

「はぁっ? あのG弾とか言う兵器のせいじゃねぇのか?」

 バウアーが怪訝そうな顔で、マ・クベを見返す。マ・クベは黙って頷いた。

「だが、何故我々なのだ? 別に他のものでも良かったはずだ」

「マ・クベ。貴様、まさか、誰かが意図してここへ俺たちを呼んだとでも言うのか? まさか! そんなもん神様でもないと不可能だ!!」

「かもしれん。だが、我々には、あらゆる意味で、不可能は無い。違うか?」

 そう言うと、バウアーがぐっと押し黙った。構わずマ・クベは話を続けた。

「だが、そんな事は、すぐに結論をだせる問題ではない。問題はG弾と言う兵器、が我々を呼び寄せたという事実だ」

「……ああ? そりゃ確かにそんな兵器を簡単に使われちゃ…… 兵器? まさか!!」

 はっとしたように、バウアーが頭を上げた。

「まだ、可能性の段階だ。だが、ありえんことではない」

「いや、いくらなんでもそりゃ」

「バウアー、私に同じ事を二度言わせる気かね?」

「だが、なぁ……」

 隻眼の男は、両腕を組むと、うんうん、唸り始めた。

「うじうじ、悩む理由は理解できたか?」

 大真面目に悩んでいるバウアーが、こっけいに見えて、マ・クベは軽い笑みを浮かべた。






「…企業?」

 僅かに眉を顰め、香月裕子大佐は訝しげな顔をした。直接行き来するのが、面倒と言う香月大佐の要望で、最近はもっぱらホットライン(映像回線)でのやり取りだった。無論、開通の工事を行ったのはジオン側の面々である。画面の中の香月大佐に、マ・クベが静かに言った。

「いくら香月大佐が天才でも、なんとなくひらめきました、では通りますまい。それに、弾薬や物資を集める資金にも、どの道、出所が必要になる」

「そりゃ、まあ、確かにそうよねぇ」

 話の内容は、技術供与に関しての打ち合わせである。一蓮托生の契約もすませ、階級上の上官と言うこともあってか、香月大佐の口調は恐ろしく砕けたものになっていた。順応が早いというか、なんにでも割りきりが出来る女性なのだろう。それでいて、言葉の裏には、こちらをある程度まで表舞台に引きずり出そうという魂胆があるのだから、油断ならない。

「あまり、我々の存在が白日にされされるのは、双方にとって不利益かと思われますが」

「何も情報を与えなければ、人は好きに想像するわ。でも、最初に枷になる情報を与えておけば、それを制御できる」

 そう言う事でしょう? と目が言っている。挑戦的なまなざしを受けて、マ・クベは心中で苦笑した。どうも、この女傑には好敵手のように思われている節があるようだ。まあ、なんにせよ悪い申し出ではないはずだ。

「前向きに、検討しましょう」

「その言葉、日本では断るときに使うと聞きましたが………」

「あら、良く知ってるわね」

 香月大佐が、意地の悪い笑みを浮かべる。

「……私は額面通りに受け取ることとしましょう」

 そっけなく言うと、香月大佐は気分を害した風も無く、ニヤリと笑ってみせた。
画面から香月大佐の姿が消えると、マ・クベはシートに深く腰掛けた。

「と言うわけなんですが、どういたしますか?」

 通信端末のサブモニターに向かって話しかける。相手はギニアス少将だ。実は秘匿回線で彼の執務室にもこの通話は繋がっていたのである。無論、ただ盗み聞かせていたわけではない。この世界において技術将校のトップであるギニアスに現状を把握しておいて貰う為だ。

《……問題はないだろう。しかし、中佐。パイパー大佐はお呼びしなくて、良かったのか?》

「そちらのノリス大佐と同じで、演習に追われていますので」

 そう、マ・クベが言うと、画面の中のギニアス少将が苦笑に近い微笑を浮かべた。

《貴公のところも同じか……ノリスたちには苦労を掛ける。無論、貴公にもな》

「我々は……皆、職責を果たしているにすぎません。ギニアス少将こそ、ご自愛ください。あまり寝ておられぬと聞きました」

 ギニアス少将が、唖然とした顔でマ・クベを見る。

《中佐に、そんな言葉を掛けられるとは、思わなかった》

「似合いませんかな?」

《いや、嬉しいな》

 そう言って、ギニアスがやわらかい笑顔を浮かべた。少し前まで儚さを感じていたその笑顔に、今では強さを感じる気がするから不思議だ。そのことを幾分か心地よく感じていることが、マ・クベにとっては何より驚くべき事だった。自分は一体、いつからここまで周りの人間に注意を払うようになったのだろうか。そんな、ことを考えながら、マ・クベは自然と笑みを返していた。

「ところで閣下、進捗をお聞かせていただいても」

 進捗とは、技術供与の準備に関してである。もともと、開発基地と言うこともあって技術畑に強い人間が集まっている事が幸いして、供与計画はギニアス主導で行われていた。

《勿論だ中佐。こちらのMSの火器に関しては超硬スチールの普及をまたねばならないのが現状だ。『戦術機』は機体重量が軽いうえに、フレーム強度も劣る。よって、改修無しでは使えん。砲弾に関しても、来てから出ないとなんとも言えんが、解析した技術を見るに、少しいじれば何とかなるというのが、火器担当者の意見だ》

「やはり、そのままと言うわけには行きませんか」

 マ・クベが相槌をうつと、ギニアス少将はだまって頷いた。

《話を続けよう。一応、あちらの技術を応用すれば、ミノフスキー物理学にたよらずに、MSらしきものをでっち上げるのは可能だろう。『戦術機』の技術は、成り立ちが似ているだけに応用できる部分が幾つかあった。特に繊維技術はこちらの技術をしのぐ物がある。出力系統に関しては、我々の常温超電導技術でエネルギーロスを抑える事で、核融合炉無しでもかなりの出力は確保できる。重量に関しては主要部のみ装甲を集中することで。機体強度をあまり犠牲にせずにすんだ》 

「ベースはザクⅠで、機動性と継戦能力は10分の1といったところですか?」

《いや、こちらの小型高出力なバッテリー技術とこの世界の繊維技術の抱き合わせが意外なほど上手くいったおかげで、そこまで悪くない。総合性能はオリジナルの6割といったところだろう》

「よくもそこまで……閣下とくつわを並べていられる現状を誇らしく思います」

 優れた技術力があったとは言え、よくもこの短期間でそこまでのものを仕上げたものだった。ギニアスは間違いなく本物の天才だと言えよう。いや、本人の強い信念がそうさせたのだろう。

《私の手柄ではないよ。私の下の技術君達や君たち特殊部隊の技術者諸君も力を貸してくれたおかげだ。特に特殊部隊の『データベース』は助かった》

 この場合のデーターベースとは、書籍やメモリなどに保存された情報の事ではない。特殊部隊の個々人の知識と経験である。特に整備班には、電気工学やマテリアル工学に長じている者たちがいるし、破壊工作部隊である黒騎士中隊や白薔薇中隊には船舶構造や大型建造物の構造に詳しい者もいる。「3人よらば、文殊の知恵」とは地上の連中が使っているという格言の一つだが、まさにその通りの結果が出たというわけである。

《それに、現在ノリスの部下たちにも試乗してもらっている……》

 そこまで言ってギニアスが急に顔をゆがめた。

「閣下?」

 苦しそうに胸を押さえ画面の前に崩れ落ちる。マ・クベはすぐさま医療ブロックに繋ごうとする。

《……待てっ!!》

画面の向こうからの声がそれを遮った。ギリギリと歯を食いしばりながら、薬を取り出して数錠噛み砕くように口に放り込む。傍らにあった水差しを掴むとじかに飲み下した。

《どうだ、中佐、騒ぐほどの、事じゃ、無い。……だろう?》

「ええ……問題は、ありません」

 荒い息をつきながら、浮かべたはかない微笑みが、何故だか、オデッサで死んだ部下のそれを思わせる。それがマ・クベをなんとも言えぬ気持ちにさせた。

《中佐、私は、もう長くない。知っているかもしれんが、私の病は…「存じております」》

 マ・クベが途中で遮る。ギニアスの笑みが苦笑に変わった。

《やはり、そうか。私の薬は、手に入らないかも知れないのだろう?》

「!?」

確かに司令官の命綱を握る物資だけに、交渉が難航する可能性はある。特に宇宙放射線病という難病の薬はこの世界においても目を引くだろう。それを考えれば、結論を予測するなどたやすい事だ。だが、それが示すのはあまりにも残酷な結果だ。

《私とて、耳もあれば目もある。察する事くらいはできるさ。マ・クベ中佐。私が倒れたら、この基地とノリスのことを頼む》

「閣下、その発言は…」

《自分が何を言っているかは分っている。現状を考えればこれが一番いい方法なんだ》

 ギニアスの必死の願いを受けて、マ・クベ中佐は決然と言葉を発した。

「ギニアス少将殿、いかに上官であれ、それ以上の侮辱は止めていただきたい」

《なっ、中佐、一体何を……》

「閣下の薬を確保するのも、私の任務の一つです」

《しかし、その結果、こちらが不利な立場に立たされたら》

「そういう結果になったのなら、私の責任で在りますし、そこからどうするかについても、予定は立ててあります」

《どういう……ことだ?》

 平然と言ってのけるマ・クベを、ギニアス少将が怪訝そうな顔で見る。
マ・クベの冷静な顔に、亀裂のような笑みを走る。

「パイパー大佐殿の言葉を借りれば、我が大隊で殴り込みかけてでも、手に入れてご覧にいれます」

 当然のように、言ってのけるマ・クベに、ギニアスはしばし呆気に取られていたが、いきなり噴出すと、苦しそうに笑い転げた。

《そいつは良い、きっと派手に暴れるんだろう? ……君たちが言うと、本当に出来そうだから不思議だ》

「当然です。特殊部隊には、不可能はありません。ただ、求められる事の多くが限りなく不可能に近いだけです」

 笑いすぎて涙目になっているギニアスを気にも留めぬように、マ・クベがきっぱりと述べた。

《さっき、君は私と共にあって、誇らしいといってくれた……。だが、私にとっては君と共にあることのほうが誇らしい》

 ギニアスが画面の向こうで優雅な敬礼を見せる。マ・クベは即座にきっちりとした敬礼を返した。




―――― 国連太平洋方面第11軍 横浜基地下地研究区画

映像が消えて、何も映さなくなった通信モニターに向けて、一人の男が感慨深げに呟いた。

「まるで、劇薬のような男よ」

「……司令、それは作品が違いますわ」

 後ろから的確なツッコミを入れたのは、このオフィスの長である香月夕呼博士その人である。先ほどから、癖のある口調で話しているのは、国連軍横浜基地基地司令、パウル・ラダヴィノット准将だ。

「いやはや、懐かしい取り合わせもので、つい」

「司令、いい加減になさらないと、只でさえ少ない出番がなくなりますわよ」

 香月博士の冷ややかな一言で、ラダヴィノット准将がぐっ、と言葉に詰まる。

「しかし、にわかには、信じられん話だ」

「それでも、真実ですわ。こうしてお見せしたのも、無用な憶測を生まない為ですわ」

 有無を言わせぬ口調で、香月博士が言う。最初に話を聞かされたときは、博士にからかわれているのかと、思ったほどだ。だが、この目の前の人物は冗談を言う相手を選べないほど、愚かではない。むしろ世界有数の頭脳の持ち主であり、それは政治家としてという意味でも例外ではない。

「それで博士。この私に、一体何をさせるつもりなのかね?」

「何をしてもらう必要もありませんわ。ただ、黙認していただきたいだけです」

 意味ありげな口調で言う香月博士に、ラダヴィノット准将は苦笑を浮かべながら答えた。

「つまり、いつもと同じというわけかね?」

 そう言うと、博士が満足げな笑みで答えた。

「ええ、そういうわけですわ」




地上へと戻るラダヴィノット准将をエレベーターまで見送り、執務室の中で一人になった夕呼はほっとため息をついた。これでなんとか下地は整った。
正直なところを言えば、夕呼にとって欲しい技術はオルタネイティブ4の為の小型軽量の半導体技術などであり、その他の瑣末な技術は正直に言えば、どうでも良かった。だが、それが交渉でのカードに使えるのであれば、利用する。それが彼女のやり方だった。第一弾の超硬スチール合金はすでに試供品と共に帝国製鉄や阪神製鋼に送ってある。
 提供される技術のリストを見ながら、夕呼は楽しげに呟いた。

「材料、機械、半導体、建築、兵器の技術から戦闘技術までを提供する世界最強のコングロマリット(産業複合体)、オルタネイティブ4を推進する組織が裏で後押しする企業……考えただけでも寒気がするわ。まあ、嘘はついてないのよね」

 机の上に無造作に置かれた封筒には「ZEON INDUSTRY」の文字と共に、シンプルなロゴマークが書かれていた。翼を広げた三叉の剣のような、見方によっては弓につがえられた巨大な矢のようにも見える。ともあれ、不思議な力強さを感じるエムブレムだ。

「ジオン工業ね……洒落のつもりかしら」

 歪んだユーモアを発揮して、一人でほくそ笑むマ・クベを想像すると、なんだか、笑いがこみ上げてきた。彼らを引き入れたことが、吉と出るか、凶とでるか、それは彼女にも、まったく分らない。只一つ言える事は、決して敵に回してはいけないという事だ。



シュッという僅かな擦過音と共に、薄暗い部屋の扉が開く。無造作に配置された幾つかの機械とその中央に鎮座するシリンダーが、不気味な燐光を放っている。夕呼が室内を軽く見回すと、目的のものは直ぐに見つかった。

「社、居眠り王子の具合はどう?」

 シリンダーの陰から突き出たウサギの耳のようなものが、ピクリと反応する。特注した国連軍の制服を着た少女が出てきた。

「いつもと…同じ、です。真っ暗で…何も、見えません」

「…………そう」

 シリンダーの中に浮かぶ脳髄は、ただ腐らないだけの抜け殻だった。満たされたLCLによって細胞が破壊されずに生きているだけで、如何なる反応も示さない。霞のリーディングを持ってしても、海馬体に残された過去の記憶を探れる程度だった。完全に時が止まってしまったかのように、いささかの変化もしない。まるで、眠り姫に出てくる茨の城のようだった。

「カガミ・スミカねえ、さながら白馬のお姫様かしら?」

 そう言って、夕呼が覗いた資料に添付された写真には、赤い髪の少女が写っていた。




次回予告

――― ついに、ジョーカーを切る夕呼

迫りくる日本帝国の追及に、果たしてマ・クベはどう乗り切るのか? 

……そして、新たな出会い。
流れるときは、誰一人逃す事無く、押し流していく。

選択を前に、純夏の答えは!



「マ・クベさん、私……」


次回、マヴラヴオルタネイティブTHE ORIGIN「決意」




後書き

なんとなく、次回予告を入れてみました。まあ、あんましあてにならないかもしれませんが、一応、wktkできるといいなぁ、なんて思って書きました。しかし、お待たせいたしました。本当に待たせすぎですね。そりゃもうトータルイクリプスの次の巻なみに……。真面目にすいません。正直言うとちょっと、燃え尽き症候群、入ってました。持ち直したのは皆様の献身的な看病(コメント)のおかげです。ありがとうございます!!
そういえば、ガンダム戦記の新しい奴がでるとか……イフリート・ナハト? 黒いイフリートで対センサーコーティング…その上マ・クベが所持してただと……!? なんという偶然w 笑いが止まらなかった今日この頃です。最近、「アッガイ北米横断2250マイル」という漫画を読みました。アッガイ好きの皆様にはお勧めです。畜生、神の啓示かw アッガイだしたくなるじゃねーかww
とまあそんな感じなで、電波の赴くままにやっていく予定です。多分、気晴らしに外伝とか書いてしまうかもしれません。とりあえず、男成分たっぷりで、死なない限りは完結させる予定なので、宜しくお願いします!!



[5082] 第十四章 決意
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:17


「本当に、この額でよろしいのですか?」

 なんだか、申し訳なさそうな口ぶりで、帝国製鉄社長である永田氏は言った。眼鏡を掛けて、髪を真ん中で分けた壮年の男は、紺地にストライプの入ったスーツを着て、下にはのりの効いたワイシャツ、青と紺の落ち着いた色のネクタイを締めている。まさにサラリーマンの典型のような人物だった。
 話の相手である男は、アイスブルーの瞳で真っ直ぐに相手を見据えながら、静かに頷いた。

「ええ、勿論、我々はあの憎むべきBETAと戦うために、一刻も早くこれが増産される事を願っています」

「勿論、お任せください」

はっきりと言って、永田氏は相手と硬い握手を交わした。横浜絡みの企業でしかも外国人と言うこともあって、最初は敬遠していたが、この、もの静かな客人が持ち込んだデータと試作品は素晴らしいものでことは元より、何より信頼を深めたのは、目の前にいる男の日本文化への造詣の深さだった。  
 始まりは社長室に飾ってあった、あまり有名でない風景画家の掛け軸からだった。そこから、焼き物やらの古物談義に花を咲かせてすっかり仲良くなってしまった。そんな相手が売り込んできた商品がまた素晴らしかったのだから、これは買わねば愚か以外の何者でもない。
それが安いとあっては、申し訳なくすらなっている。結局商談は技術料+製品収益の15パーセントいう条件で落ち着いた。山分けするなら収益の30でも良いくらいなのだが、こちらも商売人ということだ。

「では、商談成立ですな」

「ええ、いい取引をさせていただきました」

 そう言って、相手を本社ビルの出口まで見送ると、深く息を吸った。

「後はどうやって、国粋派の石頭連中を説得するかだな」





 帰りの車の中で、マ・クベはホッと息をついた。

「いかがでしたか?」

 運転席のウラガン大尉がバックミラー越しに尋ねる。

「商談はまとまった」

「それはそれはめでたい事ですな」

 いつの間に乗り込んでいたのだろうか、片側に乗り込んでいたのは、灰色のトレンチコートに中折れ帽、茶色のスーツ姿の男だった。

「!?」

「……なっ!?」

「前を見て、運転していただきたい」

 謎の男が静かに告げる。見るとコートに突っ込まれたままの男の右手が、不自然なふくらみをマ・クベに押し当てている。

「…………」

「始めましてマ・クベ中佐。帝国情報省外務二課課長の鎧衣と申します。このような形で残念ですが、少々お聞きしたい事がありまして」

 飄々としてつかみどころの無いその男は、まるで名詞でも差し出さんばかりに、そう言った。帝国情報省、いつかは来ると思っていたが、思ったより優秀らしい。一瞬も気配を悟らせずに同乗した手際といい、一筋縄でいく相手ではない。

「私に何か? わざわざこんな方法を取らなくても、上官の香月大佐に聞かれればよろしい」

「なかなか、奥ゆかしい女性ですので」

「……それで、何をお聞きになりたいのかな?」

「奥ゆかしくて、口の固い女性と言うのは大変魅力的だ。内の娘のような息子、いや、息子のような娘にも見習わせたい」

 まるで突拍子も無い内容を口にする男に、ウラガンがイラついたような目線を向ける。バックミラーを通じて、マ・クベはそれを目で制すと、静かな口調で言った。

「その奥ゆかしい女性からは、我々の事をなんと?」

「藪をつついて蛇を出さないようにとの忠告は受けました」

「……私が思うに、香月大佐は的外れな忠告をする方ではないと思いますが」

「それゆえにです。帝国の大事を請け負う企業に、毒蛇が近づいているなら、放っておくわけにはいきません。害獣駆除は役所の仕事です」

「アスクレビオスに医術を教えたのも、イブに知恵の木の実を教えたのも蛇です」

「ならば、悪魔と言うことですな。恐ろしいことです」

「例え、異形であろうとも、『ネズミ』を喰らうそれを農耕の守り神としたのは、お国の古き信仰だと聞きますが」

 鎧衣氏は少し驚いたような顔をすると、苦笑を浮かべながらマ・クベを見た。

「これは一本とられましたな」

 続いて表情を引き締めると真っ直ぐにマ・クベの眼を見据えた。何の色も無い、ガラスのような視線がマ・クベに突き刺さる。

「単刀直入に聞きましょう。あなた方は何者ですか?」

答えようによっては、この場で命を貰うと言わんばかりに、無言の圧力がたたきつけられる。凄まじいまでの緊張感が、時間を凍りつかせたかのように、この場を支配していた。
ウラガンは、振り向く事さえできずに、その場のやり取りを聞いている。
いつの間にか車は路肩に停車していた。常人ならば、この場を生き残る術を考える為に、必死で考えをめぐらせなければならなかっただろう。
だが、この場にいるのは、南極条約締結や地球侵攻、オデッサ防衛、数々の謀略の中を駆け巡った元ジオン公国軍中将マ・クベその人である。
はっきりとした声で、マ・クベは答えた。

「我々の仕事は、『BETA』と戦争をする事です。他にご質問は?」

「……まったく、痛いところをつかれ通しですな。なら、我々の利益は対立することはないでしょう」

 苦笑浮かべながら、男はユックリとポケットに入れた手を引き抜いた。その手に握られていたのは、拳銃ではなく、小さなモアイ象だった。

「どうぞ、イースター島に行ってきたお土産です」

「おや、目がありませんな……」

「良くご存知でいらっしゃる」

 感心したように男が言う。マ・クベは表情を変えずに、土産を受け取った。

「眼を開けども見えないものも、沢山ありますからな」

 そういって、視線を道路の対岸にあるビルにむけた。2階の窓で、キラリと何かが光る。恐らくは狙撃銃だろう。

「まったくですな」

 改めて、帽子を下げて軽く会釈をすると、男は車のドアを開けて出て行った。

「……肝が冷えましたよ」

 ホッと息を吐いて、運転席のウラガンがシートに深く沈みこんだ。
一息つくと、車載型の無線機を取ると、チャンネルをオープンにすると、短く言った。

「状況終了、撤退せよ」




「……了解」

簡潔な答えを返し、対岸のビルに陣取っていたヘイヘは、構えていた狙撃銃を下ろした。弾倉を外し、銃弾を全て抜き、薬室に装填されてい弾丸も同じように抜く。
手の上の銃弾を僅かに眺め、ヘイヘそれをポケットに滑り込ませた。傍らに転がった元の持ち主に見えるように、ライフルを簡単に分解した。

「一応、返すぞ」
 
目の前に部品をばら撒きながら、ヘイヘはパラコードで手と足を縛られて猿轡までかまされた男を見た。男の目には3分の諦めと7分の悔しさと憎しみが見て取れる。
まさか自分が襲撃されるとは思っていなかったのだろう。制圧するのはたやすかった。

うらむなら大尉を恨んでくれ……。と言うのが、苦笑混じりの感想だった。
ウラガン大尉が機転を聞かせて車載無線を送信常態にして、状況をこちらに知らせていたために、ヘイヘは、ウラガンの車が止まっている周辺で、狙撃地点と思しきビルに潜入捜索し、狙撃位置についていた哀れな犠牲者を制圧したのだ。
手早く階段を下りたヘイヘは、ビルの裏口に止めておいたバイクにまたがると、アクセルを回しながら、キックを入れた。猛々しいエンジン音と共にバイクをスタートさせた。




けたたましいエンジン音と共に、ふっと僅か横を一台のバイクが走り抜ける。思わず振り返った鎧衣左近は、苦笑交じりに呟いた。

「私も歳をとったかな……」

鎧衣が中折れ帽の唾をすっとせり上げると、鍔の下からこぼれて来た光が、針のように網膜をつく。反射的に顔を伏せ、唾の隙間から空が青いことを確かめる。第一の接触は、おおむね上手く
いったはずだった。だが、何かがおかしい。
何かを訴え続ける己の感を信じ、鎧衣は近隣で自分の支援を命じてたはずの部下たちに自分の部下たちと連絡を取った。

「…………つながらない?」

 はっと顔を上げると、今さっきマ・クベの車が止まっていた場所まで走った。足は地面を蹴り続ける傍らで、鎧衣は、その灰色の脳味噌で思考をめぐらした。
確かあの場所のビルの一室は、支援要員が制圧していたはずである。窓から見えた一瞬の光は狙撃銃のものだろう。だが、それは本当に自分の部下のものだったのだろうか。
 階段を駆け上がって件の一室にたどり着く。鎧衣は拳銃を抜いて突入した鎧衣が見たのは、おおむね想像道理の光景だった。

「……やはり、逃げた跡か」

 殺風景な部屋の窓からは、先ほど停車していた車の窓が見える。ガタッと足元で物音がして、とっさに拳銃を向けると視界に入ってきたのは、手足を拘束された部下の一人だった。周りには分解された狙撃銃のパーツが転がっている。

「大丈夫かね?」

 拘束を速やかに解除しながら、鎧衣は部下を助け起した。

「すみません課長。そちらに目をとられすぎました」

 どうやらこちらの懐の中だという驕りがあったらしい。正直なところを言えば、このポイントに誘導したときに、思惑道理に事が進んだ、という確信が無かったと言えば嘘になる。部下だけはせめられまい。
 鎧衣は素早く他の支援要員に電話を掛けるが、応答は無い。どうやら、似たような光景がいたるところで広がっているらしい。いじましい『ネズミ』はみな喰われてしまったというわけだ。
僅かであるが、しかめた顔で男は、ポツリと呟いた。

「……横浜の女狐を超える『大蛇』とは、うちの息子のような娘に気をつけるように言っておかねばな」

「課長?」

 鎧衣はおきてきた部下にふり向くと、いつもの調子で喋り始めた。

「はて、娘のような息子だったような気もするが、どっちだったかな?」

[わ、私に言われても……」

(エデンの蛇か、アスクレビオスの蛇か、例えどちらの蛇であろうと、人間に利益を与える事には変わりない……か)

 鎧衣は心中で定めた結論に、とりあえずは満足してやる事にした。総合的に見えても、彼らが、直ぐに帝国に対して良からぬ事を企てる可能性は薄い。仮にそれが根付いてから着々と行うものであっても、次こそは油断無く追いつめて、かじり倒せばいい事だ。



――――「ジオン・インダストリー」本社(旧アプサラス開発基地)

「どういうことですかな?」

開口一番に、マ・クベが冷ややかな口調で言った。対する香月大佐は相も変らぬ人の悪い冷笑を浮かべながら、泰然とした態度である。画面越しであるとは言え、蛇と雌狐対峙は並々ならぬ緊張感を、周囲に撒き散らしていた。

「勘違いしないでほしいわね。あたしは所詮、一国連大佐よ。帝国内部の諜報活動まで手は回せないわ」

「ですが、事前に接触があったそうではないですか? 内務調査部の御仁がそうおっしゃってましたよ」

「あら、それが本当だという証拠があるのかしら? 仮に真実だったとしても、あなたは新しい『会社』の仕事で飛び回ってたんだから、仕方ないじゃない」

 言葉の応酬は、互いに一歩も引かぬ激しいものだった。もっとも、マ・クベの語調は冷静かつ穏やかであり、それが一層、相手を圧迫する意図である事は、考えるまでもない。
 香月博士も一歩も引かぬ構えで、しっかりとマ・クベの目を睨みつけながら、その鋭敏な頭脳を回転させているのだろう。
だが、今回に関してはこちらに分がある……。

「どうやら、信用は損なわれたようですな。我々としても新たな取引先を見つけるより他はありませんな」
 
 言い終えて、マ・クベは先刻からの香月大佐の態度に、嫌なものを感じていいた。

「先ほどからこちらの落ち度のように言うけれど、そちらこそ虚偽の取引を行ったわ」

 マ・クベの顔色が変わる。

「それはどういう意味ですかな?」

「…鑑純夏」

その名が出た瞬間、マ・クベは僅かに凍りついた。直ぐに持ち直したが、悟られているであろう。得物を求めて巣穴をでたはずが、やすやすと首根っこをくわえられてしまったようである。畳み掛けるように、香月大佐が言う。

「帝国人の、それも民間人がどうしてそちらにいらしているのかしら? 先日の会合で地上に来たにも関わらず、一言も紹介してもらった憶えはなくてよ」


「トップ会談で一秘書を紹介する必要が?」

「それがBETAに捕らわれたただ一人の生存者が1秘書でおさまるなら、お茶組の人材はCIA長官でも引き抜くしかないわね」

 香月大佐が皮肉っぽく言う。向こうに、「ヤシロカスミ」がいる以上、当然、考慮してしかるべき可能性。もとより純夏に地上を見せると決断したときから、覚悟していた危険である。

「鑑純夏はオルタネイティブ4、ひいては人類にとって重要な情報源、残念ながら許容できかねる要素ですわ」

 香月大佐が対外的な口調に戻る。これはいよいよもって、本気で純夏を確保しようと言う腹らしい。このまま、一気に引き裂き喰らってしまおうと言うのだろうが、マ・クベと言う男も、そこで食われるほど往生際の良い男ではなかった。怜悧な態度を固めた男は、無表情な顔に、亀裂のような笑みを浮かべた。獲物を飲み込む前の蛇のような、無機質で攻撃的な、笑み。

「それは、そちらの事情ですな」

蛇の反撃が始まった。





「は?」

平然と言い放つマ・クベに、夕呼は思わず素直に聞き返してしまった。思わぬ反応である。
向こうにとってこの世界で拾った小娘など、交渉の材料以外の何者でもないはずだ。
となれば、この反応はその価値を吊り上げる為であろう。夕呼は直ぐに頭を切り替えると、この欲深な交渉相手をにらみつけた。

「こちらの不利益は、あなた方の不利益としてそのまま跳ね返ることを保障すると言っても?」

「彼女は自分の意思で我々の元にいます。である以上、それに関してなんら文句を言われる必要を持ちません」

「自分の意思? 薬物などで洗脳されていれば、真実とは限りませんわ」

「それはそちらにも言えることでしょう」

忌々しいほどに済ました顔で、マ・クベ中佐が返す。多分に事実を含んでいる事だけに、言い返せない。もとより目先の嘘が通用するような相手ではない。
こちらの躊躇に付け込むでもなく、中佐は淡々とした調子で話した。

「第一、完全な天涯孤独の、しかも戸籍上は死んだ事になっている、人類初のBETAから救出された生存者」

 独特のリズムで緩やかに言いながら、中佐は小さく拍手をして「……完璧ですな」、と言い添えた。

「これほど、使いやすい者もありますまい。悲劇のヒロインに仕立て上げるもよし、ありとあらゆるところを解剖して、一生標本にするもよし、なんとも夢の広がる話だ」

 言われて一瞬夕呼はドキリとした。この男は一体、何処まで知っているのだろうか。
最後の言葉は霞にリーディングさせた「情報源」の事を指しているとも取れる。それとも単なる皮肉であるのかは、定かではない。
その一瞬の硬直に付け込むように、マ・クベ中佐は言葉を続けた。

「無論、あなた方は『人類』の為、というのでしょうが、そんな事情をどうして私が考慮する必要があるのか」

 全てをはねつける様な冷徹さで、中佐が言う。
 自称ではあるが元地球侵攻軍司令官という肩書きを持つ男の言である。画面越しですらこの威圧感は何なのだろう。これまでの交渉において、彼は「厄介な取引先」だった。だが、今は明確な「敵」として立っているのだ。この男を敵に回すという意味を自分は果たして理解していたのだろうか、夕呼は焦りを覚える思考の中で、そう自問した。
 
「あ、あなた方にどうして、そこまで彼女に執着する理由がおありで?」

 辛うじてそこまで言うと、夕呼は相手の反応を待った。

「……そう望む以上、彼女はジオンの一員です。それ以上理由が必要で?」

どこまで、真実があるのかは分らない。香月夕呼は、ただ一つ単純な事実を忘れている事に気がついた。彼女にとって、価値があるということが、マ・クベたちにとっての「カガミ・スミカ」の価値になりうるという事を……。
 苦虫を噛み潰したような顔で、夕呼はため息をついた。事実、気分は最悪だ。

「……どうやら、一度おいとました方がよさそうですわね」

「ええ、今度会う時はより良い関係を気づける事を願っています」

 蛇の武器は牙だけではない。しなやかに絡みつき、一瞬で絞め殺すのも蛇である。

「社、あんたどう思う」

 ふと傍らにいたウサギに声をかけてみる。自分で作って言うのもなんだが、人類の運命を左右する基地に、ゴスロリ兎耳の少女と言う取り合わせも、なんだかシュールな気がする。

「表層しか、探れませんでしたが、純夏さんを護りたいんだと、思います」

「……思い出させたくない話でも、あるのかしら」

 なんとも皮肉な事に、何の気なしに呟いた夕呼の言葉は、真実の核心を射抜いてた。





「……頃合だな」

 誰に言うでもなく、呟いた男の顔は、どこか憂鬱の色に染まっていた。
人でごった返す食堂は、数日前から異様な盛り上がりを見せていた。食堂に新しく現れた「看板娘」の存在である。
基地の食堂を切り盛りするのは、あの「佐藤」軍曹だ。そういえば、バウアーが日本語を習ったのもあの二人だという。食堂で「試食」に協力した一件以来、彼らとはどうも縁があるらしい。

「う~んやっぱり、可愛い女の子が作ってくれる食事は良いなあ」

「サイド3の娘を思い出します」

「まあ、むさい野郎の作る飯よりはよっぽど、マシだな」

当の佐藤軍曹に聞かれたら、明日の朝食の材料にされかねない台詞があちらこちらから聞こえてくる。
……念のため、明日の朝食はザンジバルの食堂で食べよう。
 マ・クベはどうでもいい決意を新たにすると、目的の人物を探した。

「メインディッシュのプレート上がったぞ! おら、さっさと持ってけ。中村ぁ! ステーキ弾切れだぁ! 下げろっ!! 急げ、飯食う前に戦争が終わっちまうぞ!!」

「は、はひぃぃぃぃただいまぁぁぁ」

「す、すみませぇぇぇぇん」

「あん? スミカは気にするこたねぇ。追加の煮物頼むぞ! 予想以上に売れ行きが良い」

さながら戦場のようだ。いや、真実、彼らにとってここは戦場なのだろう。

「あ、中佐!」

 目ざとく気づいた佐藤軍曹が敬礼をしようとするが、マ・クベはそれを片手で制した。

「良い軍曹。君がワーテルローにいる事は、はたから見て分かる。自分の任務に集中したまえ」

 ワーテルローとは旧世紀の偉大な軍人と帝国が潰えた戦場の名であり、凄まじい激戦が行われた地だ。

「はっ! ありがとうございます!!」

 軍人らしいキビキビトした態度で、食堂へ戻った。もっとも、それから聞こえてくる指示を飛ばす声は、まるで田舎の食堂で、娘や気弱な2代目に囲まれた元気なシェフといった印象である。
しばらくして、佐藤軍曹が戻ってくるとなにやら盆を持ってきた。

「中佐殿、出しゃばりすぎでありましょうが、夕食はまだでありますか?」

元気者の軍曹も上官の前では緊張すると見えて、なんだか口調がぎこちない。

「ありがたくいただこう」

つい頬を緩めてしまう。
最近、この手の事に鉄面皮を保てなくなったな……。
マ・クベは心中で苦笑すると夕食の乗ったプレートを受け取った。今日は和洋折衷らしい。
先ず箸をつけたハンバーグは、程よく焦げ目もついて美味かった。それはもう、肉のまったくもって出元が気にならないほどだ。
付け合せのポテトサラダもあっさりとしているが良い箸休めだ。ハンバーグの下に敷かれたパスタは、油を吸わせるための工夫だろう。
 サイドメニューの煮物は、鳥と椎茸と大根のオーソドックスなものだが、実にうまい。

「……ハシ、随分上手に使われますね」

 唖然とした顔で佐藤軍曹が言う。

「父が食道楽でな……時に軍曹、仕事に戻らなくていいのか?」

「え! 申し訳ありません。驚いたもので。それで、中佐。いかがでしょうか?」

 料理の感想を問われているのに気づいて、マ・クベは穏やかな口調で言った。

「君のグランダルメ(大陸軍)は、どうやら地下最強のようだ」

 最後の方は珍しくからかうような口調だった。ともあれ、最高の賛辞であることは、理解できたのか、軍曹はホッとしたような顔で、厨房に戻って行った。




――― ザンジバル 純夏の部屋

 疲れた、数日目なので、堪えられなくはないが、基地にいる屈強な男達全ての腹を満たしてやらねばならぬのだ。並大抵の量ではない。
 何時までも病室を塞いでいるわけには行かず、移ったこの部屋は士官用の私室の一つらしい。
部屋に入ると、純夏は真っ直ぐベッドに倒れ込んだ。

「疲れた~~。でも、みんな美味しいって言ってくれるし、佐藤さんも良い人だし、なんだか楽しかったな」

 ベッドでごろごろしながら、純夏は一日の記憶を振り返っていた。
食堂の手伝いは、元々純夏から申し出たものだ。体力はそれなりにあるという自信はあったし、母からそれなりに料理を習っていた。何より何度も幼馴染に作っていた経験が、生きたのだ。
 純夏はぐっと顔に腕を当て、こみ上げてくる涙を抑えた。

「もう、泣かないもん」

 その時、戸を軽く叩く音共に、聞きなれた声が「入っていいかな?」と尋ねる。

「あ、ど、どうぞ」

あたふたと起き上がると、扉が自動で開いて前に立っていた人物が入ってきた。

「……マ・クベさん」

 珍しくマ・クベのほうも何かを躊躇しているようだった。恐らくは純夏がもっとも恐れている事を言いに来たのであろう。
 
「……純夏、単刀直入に言おう。君は選ぶ事が出来る。我々と共に、このままジオンの一員として暮らすか、地上に戻って、帝国の保護を受けるか」

「へっ?」

「突然だから、戸惑うのは分るが、いつかは決断せねばならぬことだ」

 戸惑うものか、この数日、何もしていいないときは、その事ばかりを考えていたのだから。答えはもう決まっていた

「マ・クベさん、私……ここに、いたいです」

「!?」

「上に出してもらって、柊町を見て、決めたんです。私にできる事は何でもします! マ・クベさん。ここに置いてください!!」

 マ・クベはしばし呆然とした表情をしていたが、直ぐにいつもの冷静な顔に戻った。

「分った。だが、ジオンの一員になるという事は君も、この基地の一人として戦い、死ぬ事もあるのだぞ」

 僅かな諭すような口調のマ・クベの目を、純夏は真っ直ぐ見返し、そして笑った。

「私、短い間ですけど、ここで知った人たちが好きになりました。やさしいリディアさんにバウアーさん、時々面白い話をしてくれる佐藤さんに、本当は仲のいい中村さん。そして、……あたしを助けてくれたマ・クベさん。皆、大好きです!」

「…………」

 マ・クベは黙って話を聞いていた。純夏は意を決して話を続けた。

「タケルちゃんは、幼馴染のタケルちゃんは、あたしをかばってBETAに連れて行かれました。そでも、マ・クベさんに必死で助けを求めてくれました」

 マ・クベの表情が少しだけ動いたが、純夏は構わず続けた。

「沢山のあたしが私を助けてくれて、だから今度はあたしが助けたいんです! あたし、馬鹿で、ドジで、ロボットの操縦も出来ないし、だけど……」

 さっき泣かないと決意したばかりなのに、涙が溢れそうになる。うつむいた純夏の頭を何かが、そっと撫でた。大きく、暖かい手だ。

「……分った」

 マ・クベは静かに言うと、大きくため息をついた後に、穏やかな声音で言った。

「だが、この基地の者たちは、君に護られるほど弱くは無い。そこまで行くのは、苦労するぞ」

 少し不安に思いながらも、しっかりと頷く。マ・クベさんは満足そうに笑うと踵を返した。 
 戸口の近くまで来て、思い出したかのように言った。

「君はずるいな。知っての通り、私は個人的な約定のため、君を護らねばならない」

「そんなつもりは……」

 慌てて、言おうとする純夏の言葉を、マ・クベは片手で制した。どうやらからかわれたらしい。
 腹が立たないのは、これが初めての事だったからだろうか。

「必ず、護る……」

 きっぱりとした口調で、それだけ言うと、マ・クベは戸口から出て行った。
その後姿を見つめながら、呆然と立ち尽くしていた純夏は、それからしばらくそのまま扉を見つめていた。





後書き
 どうも、事もあろうに大学でこの作品の入ったUSBを失くした赤狼です。今も見つかっていませんww 誰かに読まれたら、ちょっと泣きたいです。そういえば、なんだかマブラヴの次作品を考えているとかいないとかage先生の考える事は、愚民の私には良く分りません。とりあえず、皆様のコメントに励まされる今日この頃です。そう言えば驚いた事にこの作品を紹介してくれているブログ様を見つけてしまいました。先だって教えていただいたところとは別のところで、なんとも嬉しい限りです。
実験的にやってみた次回予告ですが、次のタイトルが浮かばないという致命的な弱点に気づいたのでちょっと保留です。いやまあ、もう少しちゃんとプロット書けって話ですが。次当りは外伝をいいれようかなどと考えていますが、えてして予定道理にいかないのが電波の神の僕の辛いところです。それでは、皆様に電波の神の加護あらんことを…



[5082] 幕間 それぞれの憂鬱
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:17


 ザンジバルの司令官私室、マ・クベ中佐の私室とも言えるその部屋に、二人の男女は立っていた。女性、と言うよりは少女と言った方が相応しい相手は、こちらが見て分るほど緊張しており、相対しているマ・クベのほうも、なんとなく気恥ずかしさを憶えてしまうほどだった。
しばしの間続いていた沈黙を切ったのは、少女の方だった。

「ふ、ふつつかものですが、宜しくお願いします」

 頬を赤く染めながら、赤い髪の少女が頭を下げた。きっと、一世一代の決心をしてきたのだろう。僅かに、膝が震えている。そういえば、ジオンの軍服も板についてきたようだ。
 そんなことを考えながら、目の前の現実から逃避しようとしている自分に気づいて、マ・クベは自分に苦笑した。
二人の間に置かれた机、その上の一枚の紙には純夏の名前が書いてあり、彼女はもう一つの欄にマ・クベがサインする事を期待しているのだろう。
 だが、その前に一つ確かめておかなければならない事がある。

「純夏、その書類は何処で貰ったのか聞いてもいいかね?」

「へ? バウアーさんが貰ってきてくれて……」

「そうか……まだ、標準語(英語)の文章を読むのは苦手なようだな?」

 そう言うと、純夏は恥ずかしそうに笑いながら、頭をかいた。

「……実はほとんど分りません」

「それでも、何とかしてよく読むべきだ。特にこの手の書類はな」

 そう言って、マ・クベは書類の上の方に書かれていた単語を指差した。

「ま、マリッジ? …………え~と」

 マ・クベは小さくため息をつきながら、言った。

「純夏……これは婚姻届だ」
 
 言葉の意味を理解したのか、純夏の顔がだんだんと真っ赤に染まっていく。

「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「バウアーの奴に、嵌められたな。途中で気づいてよかった……ウラガンにちゃんとした書類を持ってこさせよう」

 マ・クベの言葉に、純夏がカクカクと頷く。「ちゃんとした書類」と言うのは純夏の「雇用契約書」である。マ・クベは純夏を「現地雇用の社員」としてジオンに組み入れるつもりだった。
 その動機の中に「何も好き好んで母国を捨てさせることもあるまい」と言う配慮があった事は言うまでも無い。だが、言うまでも無い事は、あえて言わないのがマ・クベと言う男である。



 10分後、軽いノックの音がしてウラガンが部屋に入ってきた。

「中佐、書類をお持ちしました」

「ご苦労、すまんなウラガン」

「……いいえ」

 素早く敬礼をすると、ウラガンは踵を返して出て行った。いつもながら仕事の早い男だ。
 マ・クベは手早く書類に自分の名前を書くと、純夏の方へ書類を差し出した。

「手間を掛けたな純夏」

「いいえ…………あれ?」

 名前を書いてから、なにやら純夏が怪訝そうな顔をする。自分の名前の「カンジ」でも間違えたのだろうか。

「どうした?」

 マ・クベが訝ると、何故か慌てた様子で、純夏が書類の中段を指差した。なにやら細かい字で色々と書かれている。
 どうやら日本語らしい。「養子」「養親」「養女」「養父」などの漢字が辛うじて読み取れる。

「…………」

「ま、マ・クベさん、これ……たぶん養子縁組の書類です」

「バウアーの奴め、やってくれたな」

 苦虫を噛み潰したような顔で、マ・クベが呟く。
 大きなため息をついて、据付の艦内電話に手に取ると、何処にかけているかは、明白だった。
 相手が出たことを確認すると、底冷えするような声で、マ・クベは言った。

「………………ウラガン、聞きたい事があるから、私の部屋に来い。内容は分っているな?」




―――― その日の夜 第600軌道降下猟兵大隊旗艦「モンテ・クリスト」
 
 黒騎士の訓練も終わり、バウアーが休息のひと時をとっているのは、高級士官用の個室である。その扉を叩くものがあった。

「だれだ?」

「ウラガン大尉であります」

 その声を聞くと、バウアーはにやりと笑いながら「入れ」と短く言った。

「うまくいったか?」

 そうバウアーが聞くと、ウラガンは「大変ご立腹しておられました」と情けない顔で言った。

「まあ、そうしょげるな。貴様は俺の命令で仕方なくやったんだ」

 バウアーが鷹揚に言うと、ウラガンが苦笑した。

「実は中佐から伝言がありまして」

「伝言?」

 バウアーが怪訝な顔をすると、構わずウラガンは部屋を出て行った。直ぐに、なにやら重そうな段ボール箱が6箱ほど詰まれた台車を押して戻ってくる。
 ウラガンが箱を開けると、中には膨大な量の紙束がぎっしりと詰め込まれていた。
紙面上には、主計のものと思われる複雑な計算式やら、数式やらが所狭しと書かれている。

「……参考までに聞くが、こいつはなんだ大尉?」

 ウラガンは黙って懐から一枚の紙を取り出した。そこには、朝までにこの書類、全てを纏め直すようにと言う命令が書かれていた。ご丁寧な事に正規の命令書である。

「気の利いた書類のお礼、だそうです」

 ウラガン大尉が泣きそうな顔で言った。

「畜生! 魔女の婆さんの呪いかっ!!」

 バウアーが大声で悪態をついていると、ウラガン大尉が、大きなため息をつきながら言った。

「自分も手伝うように言われてますので……」

 結局、その日バウアー達は、一睡もすることなく、見事に書類の山を整理し、再計算し、孤軍奮闘することとなった。
マ・クベ中佐の執務室の屑籠から奪取した書類を、バウアー少佐が完璧に整えて、基地司令に提出し、受理されてしまうのは、それから一週間後の事である。





2中村伍長の編集日記



「ジオン公国軍アプサラス開発基地」最前線の秘密基地であるこの基地において、娯楽は数少ない。
 異郷の地に送られ、地下深くに押し込められた現状において、娯楽と呼べるものは、週一回のペースで発行される基地内の広報雑誌に連載されている小説と食事くらいのものです。
 その二大娯楽を取り仕切っているのが、実は基地の食堂を支配する佐藤軍曹だということは基地司令すら知らない機密だったりするわけで。
 ましてや、その娯楽を支えているとのが、僕のような一伍長とは想像もつかない事実かと思います。
 僕とて、あの悪魔のようなろくでなしに悩まされる、むちゃくちゃな毎日が何時終わるのか、そればかりを考える今日この頃です。
 畜生、いつか殺してやる。

「軍曹、流石に今週も休載するわけには……」

 いつものように、原稿を催促すると、佐藤軍曹は面倒くさそうにこちらを向いた。

「ああ? 夕飯の仕込が終わってねえんだ後にしろ」

「今朝終わらせたじゃ無いですか」

「芋の皮向きが……」

「昨日、僕にやらせたじゃないですか」

 担当さんたるもの、たとえ徹夜で芋の皮を剥いてでも、原稿を書かせるものである。と言っても、それを口実に押し付けた当人はいびきをかいて寝ていたわけですが……。クソ、いつか殺してやる。
 感情を押し隠して、ボクは困ったように言った。

「そんな事言って、また連載停止する気ですか?」

「人聞きの悪い事をいうなよ中村くぅん。俺が何時、連載を止めたって?」

「この間の学院黙示録とか、公国の守護者だって止まりましたし、そのうち挿絵やってくれる漫画家さんになくなっちゃいますよ」

「余計なお世話だ、ボンクラッ!」 

 佐藤軍曹の鉄拳が飛んでくる。何時とて理不尽な暴力にさらされるのが、軍隊といい組織の常なのでしょうが、何故でしょう。例えどんな世界であろうと、「佐藤」に会えば、「中村」は大変な苦労と苦難と理不尽にさらされる。
 そんな確信めいた考えが浮かんできてしまうのも、全ては軍曹のせいだと思います。
 思えば酒を飲めば、絡まれて殴られたり、料理をして自分の手を切っても、殴られたり、異星人を食わされそうになっては、殴られたり(あの後、結局食べる羽目になったわけですが)。
 まあ、なんとも嫌な経験ばかりつまされるわけですが……正直、ダレカタスケテクダサイ。畜生、いつか殺してやる。

 などと考えているうちに、佐藤軍曹は姿をくらましてしまいました。正直言ってまずいです。僕とて娯楽の重要性は、十分把握しているつもりであります。
 閉鎖空間に慣れているスペースノイドといえど、こんな場所にろくな娯楽も無く、押し込められていたら気が変になってしまいます。
 うじうじ悩んでいた僕の思考を破ったのは、元気な挨拶でした。

「こんにちは~」

「あ、純夏ちゃん」

 彼女、こと鑑純夏ちゃんは、食堂を手伝いに来てくれている子で、どうやら特殊部隊に所属しているらしい。
 純真で明るく素直な純夏さん。しかし、噂によれば彼女はマ・クベ中佐のお手つきだとか、あんな顔して中佐も憎い人です。
 当人の耳に入れば、この噂をばら撒いた張本人はきっと二度と地上を拝む事も無いでしょう。いっそ、中佐にばら撒いたのは軍曹だとチクってしまおうか……。

「……中佐? そうだっ!!」

「きゃっ!」

 純夏さんが驚いた顔でこちらを見ている。どうやら、驚かせてしまったらしい。ボクは真面目な顔で純夏さんの両肩を掴んだ。

「純夏さん!」

「は、はい!」

「実はお願いがあるんですが……」

「はあ……」




――― その夜 機動巡洋艦「ザンジバル」

「それで、私に話とはなんだね、伍長」

 わざわざ、純夏ちゃんに頼んだのはマ・クベ中佐に合わせてもらうことである。

「中佐に是非お見せしたいものがあります」

 そう言って、一冊の単行本を渡す。

「これを……? ふむん…………」

 中佐が受け取って本を開く。無言で、ページをめくりはじめた。
 
 30分ほど絶ったろうか、重苦しい沈黙を破ったのは他ならぬマ・クベ中佐だった。

「…………中村伍長」

「は、はい!」

「大変面白かった……それで、私に何をして欲しいのかね」

「早っ! ああ、いえ、その実は……」

 こうして、僕は今までのいきさつを中佐に打ち明けた。結論から言うと、その効果たるやてきめんだった。
 中佐は佐藤軍曹を呼び出すと、基地の広報誌を出して「私は続きが読みたい」と一言言ったらしい。
 それ以来、佐藤曹長は何かにとりつかれたかのように、原稿に向かうようになった。
 流石はマ・クベ中佐だ。僕が何ヶ月もかけてできなかった事を、一瞬でやってのける。そこに痺れる、憧れるぅぅぅ。と叫んでしまいそうになったのは秘密だ。
 きっとあの人のことだから、純夏ちゃんも幸せにしてくれる事だろう。
 それにしても、どうしてもっと早くやらなかったんだろう。今では寝てるときすら原稿を落としたときの悪夢にうなされている。まったく、あの人にはいい薬だ。




「な~か~む~ら~くぅ~ん。面白い事書いてるなぁ」

 背後から、気味の悪い猫なで声が聞こえて来た。

「ぐ、軍曹!? 人の日記を勝手に読むなんて! プライバシーの侵害だ!!」

 良く起こっている人を背後に、炎が燃え盛っているように表現するが、本当に怒り狂っている人物の後ろには炎が燃えているようだ。

「……他に言う事があるだろうが、このアホ! クズ! 死ね!」

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 やっぱり、こういう運命からは逃れられないわけで、薄れ行く意識の中で、僕こと中村伍長は思うのでした。

「畜生、いつか殺してやる」

「いい度胸だな、中村ぁ? 声に出ててるんだよ、このボンクラがぁぁぁぁぁぁ……」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 どうやら、僕の苦難の人生はここで、終わってしまうようです。ろくな事が無い割りに短い人生でした……。

「あ? 一思いに殺すわけねぇだろ? 半殺しにしてから、たっぷりこき使ってやる」

 軍曹殿が満面の笑みです。訂正、どうやら僕の地獄はまだ始まったばかりのようです。

「畜生!」

 その日から、基地の食堂に幽霊が出て毎晩すすり泣いているという噂がまことしやかな噂がたった。

「畜生! いつか殺してやる!!」







おまけ 


機動武闘伝マブラヴオルタネイティヴ(笑)


「武ちゃん、きっとあたしが起してあげるから」

 西暦2001年、各国間の覇権をかけた「戦術機総合戦闘大会」通称「オルタネイティブ」第4回大会が始まった。
 主人公 スミカ・カガミもその1人として、日本帝國領「佐渡島」をリングにして戦う。しかし彼女の真の目的は、祖国である日本帝國を裏切り、を奪って失跡した義妹、カスミ・ヤシロを探すということであった。
 冷凍刑に処された幼馴染であるシロガネ・タケルを助ける為に、彼女は今日も戦っている。

「あたしのこの手が真っ赤にうなるっ! 勝利を掴めと輝き叫ぶ!! 爆熱! ドリルミルキィィパァァァァァンチ!!」

「甘いわよ! ゼロレンジスナイプ!!」

「あれは、まさかBETA!」

「純夏、聞こえるか? 純夏」

「タケルちゃん!」

「あれが上位存在……人類の、敵」

「武ちゃん! 最後の仕上げだよ!!」

「おう!!」

「「二人この手が真っ赤に燃えるぅ」」

「幸せ掴めとぉ!」

「轟き叫ぶ!」

「「爆熱!」」

「「ドリルミルキーファントォォォォム!!」」

「石!!」

「破ァ!!」

「「マァァァァァブラヴ、天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」」




「…………何を書いているんですか佐藤軍曹」

「どうだ中村、おもしれぇだろ新連載だ」

「どうして、既存の連載止めてるくせに新しいもの書くんですか……面白いけど」

「うるせぇ、細かいこと気にするんじゃねぇ気晴らしだ」

「まあ、良いですけど、純夏ちゃんねたにしたら、ちゃんと完結させないと特殊部隊の人達に、何されるかわかりませんよ」

「……え!?」

「また、止める気だったんですか……」




蛇足



機動武闘伝アカネマニアックス

BETAに辛くも勝利し、もはや戦争による人類の覇権を争うは愚かと悟った人類は(中略)
しかし、彼の真の目的は「XG-70b 凄乃皇・弐型」を奪って逃走した盟友タケル・シロガネを追う事だった。


「うをぉぉぉぉアカネすわぁぁぁん大好きだぁぁぁぁぁぁ!!」

「もう、剛田くんそればっかりじゃないっ!!」

「何しとるかこの阿呆弟子が!」

「あ、あなたはアドミラル・タドコロ」

「師匠!?」

「久しいなジョウジよ」

「あの、師匠……俺たちは中の人的に洒落にならない気が」

「馬鹿もぉぉぉぉん! だから良いのではないかぁっ!! それがわからんとは、ドモ、じゃ無かった、ジョウジ! だから貴様はアホなのだぁぁぁ!!」

「師匠だって間違えてるじゃないですかぁぁ!」

「貴様はただ『師匠』と呼んでおればいいかも知らんが、こちらはそうもいかんのだ! この阿呆がっ!」

「「流派!」」

「東洋不敗は!!」

「大和の風よ!!」

「前進!」

「戦列!」

「「天破侠乱!!」」

「「見よ! 東洋は赤く燃えている!」」


 本編の方はもう少し時間がかかりそうなので、書き溜めておいた短編の方をアップさせていただきました。楽しみにしていた方々、申し訳ありません。なんだか、久々に変な電波を受信してしまったので、書いて放電しつつ、本編を進めています。
 嘘予告編ですが、Taisaさんのドリル吹雪の話を見てたらついむらむらと。「ドリル吹雪カッコいい」→「ドリルといえば、ドリルミルキーパンチ……」→「そういや00スーツってGガンレインのスーツに似てね」→「あいつらバカップルだし」→「石破ラブラブ天驚拳……マヴラヴ」純夏のあくまで嘘予告なのでご勘弁を。00ユニットのスーツがGガンレインのスーツにそっくりな事に気づいていけるかなあと思ってついやってしまいました。
 アカネマニアックス今更ながら見ましたが面白いです。笑えます。そう言えば、この阿呆は一体、オルタでは何をしているんでしょう。しかし、流石に関さんはカッコいいですね。この愛すべきキャラは一体何なんでしょうww



[5082] 第十五章 奮起
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:17
――― 1999年12月14日 国連軍横浜基地 地下 ジオン・インダストリー本社

 純夏がジオンに留まる事を決意してから2ヶ月。最初に彼女に課せられたのは、兵士としての基礎訓練だった。
 元々、前線基地の一つであるこの基地に新兵訓練場などあるはずもない。何の訓練もしていない堅気の女学生であった純夏にとってそれは、過酷な日々であった。

 朝目が覚めれば、走り、鍛え、軍についての基礎的な分野を叩き込まれ、夜ともなれば、マ・クベやリディアに英語を習うというおまけつきの毎日である。
とはいえ、寝坊助な幼馴染の為に早起きに慣れていたことや、高い基礎体力、並々ならぬ本人のやる気が幸いして、純夏は急速に「慣れて」いった。
どんな過酷な環境であろうと、生きてさえいえれば、必ず順応してしまうのが人間の恐ろしいところだ。
 その上、素直でひた向きな純夏は、基地の人間にも受けが良く、歳若いことも会って可愛がられていた(食堂を手伝った短い期間に胃袋を掴まれた者が中核となっている)。
その上、マ・クベの膝元である斬込中隊はもとより、リディアやバウアーたちが、それこそ手塩にかけて訓練したものだから、羨むよりも同情の気持ちを持つ者の方が、多くなったくらいである。

 そんなある日、純夏は急な呼び出しを受けて第600軌道降下猟兵大隊の司令部である「モンテ・クリスト」に向かった。
 司令官であるヨアヒム・パイパー大佐。そのオフィスの前に立つ、このごろはあまり大きなどじもやらかしていないはずだが、消え去らぬ不安にもんもんとしながら、純夏は扉をノックした。

「……入れ」

 短い返答が帰ってくる。純夏は扉の前で深く息を吸うと、意を決して扉に手をかけた。

「カガミ訓練兵! 入ります」

 緊張した面持ちで、扉を開け、部屋に入る。デスクに座っている人物に、反射的に敬礼をする。

「カガミ訓練兵! し、出頭しいたしました!」

「……ご苦労」

 
「!? ま、マ・クベさん?」

 うろたえた純夏は、思わず日本語で言ってしまった。

「まだまだ、不測の事態に対する心構えが甘いなカガミ訓練兵」

 後ろから声をかけられる。振り向くと、パイパー大佐がニヤニヤと笑いながら、立っていた。扉の両サイドにはリディア少佐とバウアー少佐が立っている。

「り、リディア少佐にバウアー少佐まで……」

 何がなにやら分らずに混乱する純夏。パイパー大佐が急に表情を引き締めた。

「スミカ・カガミ訓練兵!」

「は、はい!」

 はじかれたように気をつけの姿勢をすると、直立不動でパイパー大佐の言葉を待った。

「貴様の初等訓練期間は現時刻をもって終了する! 以後は基地警備MS部隊と共にMSの訓練に参加せよ!!」

「し、しかし、あた、いえ、自分はまだシュミュレーター訓練も始めたばかりで……」

「貴様の心配はもっともだが、カガミ訓練兵、現在パーツ温存のためにMS部隊の演習は基本的にシュミュレーター演習だ。……よって貴様に必要な事はすでに叩き込んだと判断した」

 純夏は表情を切り替えると、真っ直ぐ大佐の顔を見て答えた。

「了解しました」

 その反応に満足したのか、大佐は表情を崩して言った。

「よし、楽にしていいぞ。貴様の教官共の名誉を汚さないようにな」

 そう言って、大佐はマ・クベたちを見た。隻眼の男が顔をほころばせながら純夏の背中をどやしつける。

「随分、標準語(英語)が上手くなったじゃないか」

「あ、ありがとうございます」

 バウアー少佐にはマ・クベの士官学校時代の話や、いろんな失敗談などを聞いたのは、秘密だ。部隊連携や基礎的なことをきっちりと教えてくれた。

「スミカ、何かあったら直ぐ相談に乗るわよ」

 リディア少佐が純夏の頭を撫でながら言う。一人っ子の純夏にとって、リディアは憧れの姉のような存在だった。射撃に関しては神がかった腕を持ち、不器用な純夏は絶対に真似できないと思ったほどだ。

「大丈夫だ。君ならやっていける」

「マ・クベさ、中佐……」

 斬込中隊の人たちは最初から、なぜか好意的だった。白兵戦に関しては筋があると褒められたのは、できない事ばかりの軍隊に入って初めて褒められた事だった。
 暖かい周囲の人間のぬくもりを感じて、純夏はなにやら目の奥が溢れてくるのを必死で我慢した。

「皆さん、ありがとう、ございます……」

 それでも、抑えきれずに零れ落ちた雫はとても暖かいものだった。



――― アプサラス基地 基地防衛隊宿舎

「スミカ・カガミ上等兵着任いたします!」

 黒髪でショートヘヤの女性がきっちりとした敬礼を返す。

「ご苦労、私が小隊長のトップ少尉だ。右からデル軍曹と先任のアス上等兵だ」

「よろしく」

 金髪でいかつい容姿の軍曹がニッコリと笑う。純夏は少しだけホッとして、軍曹に笑い返した。

「けっ」

 アス上等兵の方はつまらなそうな顔をして、こちらを見ようともしない。所詮、自分はまだ外様だ。慣れるより他に方法は無い。

「皆さん! 宜しくお願いします!」

 ここに来たとき、自分は無力だった。そして助けられてばかりの自分が、恩返しを出来るそのスタートラインに、立てたのだ。こんな事でへこたれてなどいられない。
 元気良く言いながら、純夏は深々と頭を下げた。





―――― 12月24日 日本帝国 某所

 目の前に広がるのは、起伏の激しい山間の地形。燃えるような夕日が山陰に沈んでいく。
 しかし、山間を翳らすのは、落日ばかりではなかった。山肌を埋め尽くさんとするその異形の軍団は、数にしておよそ数万。軍団規模の侵略者たちが、有象無象の容赦なく、無慈悲な進軍を続けていた。
 立ちふさがる全てのものを、喰らい、押し潰しながら……。

《前方に展開した帝国軍部隊が戦闘を開始!》

 僅かに震えるオペレーターの声が、未知の敵に恐怖しながらも、必死で義務を果たしている事を伝えている。
 マ・クベはコクピットの中で腕組みをしながら、黙ってそれを聞いていた。前衛の部隊が抵抗を続けているうちは、まだお呼びではない。
 そう、火力も戦力も十二分にあるうちは、まだ出番ではないのだ。彼らにお呼びがかかるのは、何時とてもっと悪い状況になってからである。
 
《右翼部隊撤退開始! 外人部隊は支援に当たってください!!》

 オペレーターの声が響く。マ・クベは瞑っていた目を見開くと、通信回線を通して、自分の中隊に号令を下した。

「……全機、起動」

 薄暗がりの中に、いくつもの光が灯る。黒の強襲迷彩に塗装された鋼鉄の巨人達が、薄闇の森の中に立ち上がった。数にしてMS一個大隊にも満たぬ無勢である。
 だが、その一個大隊は、おおよそこの世界の範疇に当てはまらぬ力を持っているのだ。
 鬼火のごとく、薄闇に浮かぶ単眼は、静かな光をたたえながら、迫り来る軍勢を遠見にしていた。

「各中隊は所定の配置に展開。各中隊長の判断で射撃を開始せよ!」

《《了解!》》

 密集陣形を組んでいた大隊が三つに分かれる。一つはバウアーが指揮する黒騎士中隊。もう一つはリディア少佐の白薔薇中隊。
 そして、最後にのこった中隊こそ、マ・クベ直卒の斬込中隊である。

《黒騎士1より各機、1000までひきつけて射撃しろ。びびって先走るんじゃないぞ!》

 通信機から響く快活な声は、いささかの焦りの色も無い。だが、決して油断しているわけではない。
 まあ、この景色を見て油断できるのも、たいした物だといわざるおえないが、そう思った所でマ・クベは自分が汗を書いていることに気づいた。
 やはり、気負い無しと言うところまでは行けないらしい。

《こちら白薔薇1、特別な事をする必要は無いわ。いつもやっている事を、いつも道理にやりなさい》

 きっぱりとした口調はリディア少佐のものだ。二人ともベテランの軍人だけあって、自分よりは肝が据わっているのだろう。

「それでは、諸君。戦争を始めよう」


 静かに言うと、マ・クベは深く深呼吸をして、モニターに映る敵の軍勢を睨んだ。
 醜悪な異形、巨大な甲殻を立てに疾走してくる突撃級、タコのような要撃級、後ろには巨大な要塞級が控え、赤い絨毯のように群れをなした戦車級がその下にうごめいている。

 最初に戦端を開いたのはリディア少佐の部隊だった。ゲルググJの装備する狙撃及び火力支援用のビームマシンガンは、元々ケンプファーの兵装として開発された重ビームマシンガンをよりコンパクトにしたものだ。
 小銃よりはるかに長大な交戦距離を持つ重機関銃は、旧世紀の戦争でも狙撃に転用される事があったらしい。曳光弾の必要が無いビーム兵装は弾道も確認しやすく、夜戦にはもってこいだ。
 一瞬にして前衛の突撃級が蜂の巣にされ、地面に倒れ込み、殺しきれなかった勢いで地面を滑っていく。
 その後ろから、次々に突撃級が突っ込む。
 足元にいた戦車級やその他の小型種は踏み潰され、渋滞を起す。
 しかし、さらに後にいた者たちは、迂回しながらあるいは、死体を乗り越えながら怒涛の如く、突っ込んでくる。

 前衛の十数匹が400mm榴弾で吹き飛ばされる。黒騎士から支援砲火だろう。

《…黒騎士1より黒騎士各機へ、無駄弾を撃つな! 取って置きのクリスマスプレゼントをくれてやれっ!!》

 通信機からバウアーが檄を飛ばす声が聞こえる。黒騎士中隊のザク改がMMP-80をバーストで撃ちながら弾幕を張る。
 曳光弾の火線が淡い光を放ちながら低伸軌道を画き、その先にある醜悪な肉体を引き裂いた。
 MMP-80は新型の90mm弾だ。ストッピングパワーは120mmに劣るが、その分、初速と精度が高い。
 いかに強靭な肉体を誇るBETAと言えど、狙いどころを誤らねば一撃で行動不能に出来る。
 二機連携で相互に射撃と装弾を繰り返しながら、適度に位置を変えながら先頭集団を狙い、着実に進撃速度を落としている。
 黒騎士中隊は、見事な連携と、火線配置で着実に敵の足を止めているようだ。
 両部隊共にその役目を十分に果たしている。
 ならば、次はこちらの番だ。



「全機、抜刀!」

 マ・クベの号令一下、ギャンがビームサーベルを抜いたのを皮切りにして、斬込中隊のイフリートとグフが、次々にヒートサーベルを抜き放つ。
 灼熱に染まる刃を脇に構え、肩を触れ合わんばかりの距離に密集隊形をとった斬込中隊は、そのまま突撃級の群れへと吶喊した。

 先頭を行くマ・クベのギャンが、地を這うように隊列の隙間に入り込み、すくい上げるように片側の足を斬り飛ばす。
 他の機体も同様に斬り込みをかけ、足を狙って灼熱の刃を振るう。
一瞬で肉を消し飛ばし、骨を溶かし、蒸発した血肉が、刃からうっすらと立ち上る。

 バランスを崩して倒れた突撃級に、別の固体がぶつかる。
 足が止まったそれに、ビームサーベルを突き立てた。強靭な甲殻も縮退荷電粒子の刃を前にすれば紙と同じだ。
 体内に侵入した刃が体液を一瞬で沸騰させ、体中の隙間から体液を炸裂させた突撃級が、芋虫のように大地へ転がった。

 すぐに刃を引き抜くと、ギャンは、拳を振りかぶった要撃級が前に出てくるのに合わせて、後ろに飛びのいた。

《《喰らえっ!!》》

 両脇から滑り込むように、前に出たイフリートが、突出してきた要撃級に強力な体当たりを見舞った。
 超硬スチール製のスパイクが醜悪な顔面を打ち砕き、さらに強力なバーニアの推進力が、安定の良い4つ足の体躯を後ろに吹っ飛ばす。
 再び、2機と入れ替わるように前に出たギャンが、ビームサーベルを突き入れ、後ろにいた2匹もろとも串刺しにした刃が、紫がかった体液を沸騰させ、体の随所を突き破る。
 横薙ぎに刃を抜くと、そのまま斜め前の敵を断ち割った。後肢の近くまで唐竹割にされた要撃級が重い腕を支えきれずに、地面に崩れ落ちる。
 ふとマ・クベは、足元に沸く赤い影を視界の端に捉えた。

「戦車級かっ」

 後ろへステップバックした瞬間、横合いから出てきた要撃級が、拳を振りかぶるのが見える。
 着地点に待ち受けるかのような最悪のタイミング、あの位置から喰らえばコクピットまで押し潰されかねない。

「おのれっ!」

 思わず悪態をつきながら、マ・クベは来るであろう衝撃に身を固めた。

《隊長ぉぉぉぉぉぉぉっ!!》

 来るべきはずの、衝撃の変わりに入ってきたのは、通信機越しの咆哮だった。


「……メルダース!!」

 見ると、漆黒のイフリートがヒートサーベルで、一撃の軌道を逸らしていた。

《……貴様如きが》

 重い要撃級の腕が火花を散らし、後ろに流れる。イフリートの左手が素早く右腰のヒートサーベルを抜く。すれ違いざまに抜き打ちにした刃が、要撃級の腹に食い込んだ。

《貴様如きが、斬込隊を、なめるなっ!!》

 瞬間的に赤熱した刃が肉を焼き、骨を溶かして、醜悪な胴体を両断した。
 胴から上を失った要撃級が、へたり込むように地面に倒れる。

《隊長! ご無事、ですかっ!?》

「……助かった」

 映像回線越しに息を切らすメルダースに、マ・クベは僅かに笑った。次の瞬間、マ・クベの顔が凍りつく。
 いつの間にか忍び寄った赤い絨毯がメルダースの機体に襲い掛かった。

「メルダース! 下がれっ!!」

《クソッ!!》

 刹那、凄まじい量の火線が、醜悪な絨毯をなぎ払う。至近距離に着弾した75mm砲弾が化け物どもを無害な肉塊に変えていく。素早くマ・クベたちを囲むように布陣した斬りこみ中隊のグフが、盾を重ねて壁を作る。その隙間からさらに75mm機関砲を掃射した。

《隊長に、副長、お二方ともご無事で?》

「ああ、今日は助けられてばかりだな」

 マ・クベの呟いた一言に、中隊の全員が笑った。ここで笑える余裕がある辺りが、マ・クベやその戦友たちが『オデッサ帰り』と畏れられる所以でもある。ともあれ、斬込中隊の士気はいささかもおとろえてはいなかった

《マ・クベ! 敵が道を作ってる! さっさと逃げろ!!》

 刹那、通信機からバウアーの怒鳴り声が響く、素早く周りを確認すると周囲の敵が一斉に脇に寄っていた。

「全機散開!」

 その言葉を言う前に、複数の光条が中隊の隙間を縫うように通り抜けた。僅かして、はるか遠方の空に断末魔の光条が走る。

《中佐! いまのうちに撤退してください!》

 後方に展開していた白薔薇中隊が、間一髪で光線級を狙撃したらしい。

「斬込中隊! 全機徹底せよ!!」

《黒騎士1より各機!! カバーするぞ!!》

 すぐさま付近に展開した黒塗りのザク改がMMP-80を連射して敵の足を止める。白薔薇中隊のゲルググJもビームマシンガンをフルオートにして追いすがる敵をずた袋に変えた。

「……圧倒的だな」

 その光景を見ていたマ・クベは小声で呟くと、悲鳴のような声が通信機に入ってきた。

《震動センサーに感あり! 隊長! 真下です!!》

「くっ! バーニア全開!!」

 とっさに空中へ飛び上がった瞬間、コクピットの中に警報が鳴り響いた。

「しまった、レーザー警報か!」

《ギャン撃破判定、斬込中隊壊滅》

 機械音声の無情な声と共に、目の前の景色が六角形の断片となって消え、シュミレーターの画面に《演習終了》の文字がそっけなく書かれていた。

「やはり、ネックは光線級だな。頭を抑えられての戦いはどうも慣れん」

 マ・クベがシュミレーターの中で呟くと、通信用のモニターにバウアーの顔が映った。

《それに、何よりも数だな。あの物量で波状攻撃をかまされりゃジリ貧だ》

 そこへリトヴァク少佐も加わる。

《ビーム兵器は部品に限りがありますもの。新しい火器の導入も必須ですわ》

《マ・クベ、ビームの部品に関して言えば、手に入れられん事も無いんだろ?》

「ああ、荷電粒子砲自体はこの世界にも存在するからな。ギニアス司令の技術陣にはミノフスキー粒子関係の専門家も多い。だが、それでも時間は掛かるだろうな」

《なんにせよ。こういう戦いになれておく必要があるってことだな》

 いきなり、通信機に割り込みで回線が入ってくる。通信モニターにノーマルスーツ姿のパイパー大佐が映る。

《《「パイパー大佐……!?」》》

《私だけのけ者とは寂しいじゃないか》

「会議ではなかったのですか?」

《もう、終わったさ》

 そう言って大佐がにやりと笑う。ふと時間表示を見ると、始めてからずいぶんな時間がたっていた。あっという間に感じていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

《貴様ら、まさか負けたままで終わるつもりじゃないだろうな》

 からかうような調子でパイパー大佐が言う。

《まだ、ヴァルハラに行った覚えはありませんよ》

 とはバウアー少佐だ。

《……まさか!》

 リディア少佐も調子を合わせる。

《中佐、貴様はどうなんだ?》

 ふっと苦笑を浮かべると、マ・クベは静かに答えた。

「生きている限りは、前に進めます。よろしいですか大佐?」

《……ああ、上等だ》

 シュミレーターの画面に先ほどと同じ景色が広がった。津波のように押し寄せる侵略者の軍勢は先ほどよりも、気のせいか増えているように見える。
 いや、真実増えているのだ。素早くプログラムの設定を確認したマ・クベは苦笑を浮かべつつも、不思議と落ち着いた気分だった。

《見ていろ貴様等、『戦争』の仕方を教えてやる!》

 大型スカートアーマーを装備したケンプファーはパイパー大佐の専用機である。
 大隊指揮官用にセンサーと通信能力を大幅に強化されたその機体は、固体としての戦力はさほどのものではない。
 だが、一個の生物の如き統率と連携を手にした集団にとって、もはや個体戦力の多少など、さしたる問題ではなかった。
『第600軌道降下猟兵大隊』は、久方ぶりに、その真の実力を発揮する機会を得たのだ。
核融合炉の荒々しい雄叫びと共に、戦いの犬たちが、解き放たれた。





――― 地上 国連軍横浜基地

「これが、あんたたちの当面の仮想敵よ」

 そう言って、香月博士はスクリーンの映像を消した。見せ付けられたのは、彼らの対BETA 演習。その記録映像である。

「…………」

 無言、それが全員の答えだった。もっと言えば誰一人言葉に出来なかった。何せ最初の演習で軍団規模のBETAの4割を戦闘不能にし、次の戦闘にいたっては防ぎきったのである。

「……化け物」

 誰かが洩らした呟きは、全員の気持ちを代弁しているようだった。静まり返った会議室を見渡せば、心なしか全員の顔が青い。明らかに異形な戦術機の凄まじい性能も去ることながら、それを使いこなしているのも驚異的な錬度だ。そうとうな修羅場を潜ってきたのだろう。

「今の言葉、取り消せっ!」

 場の空気を切り裂いたのは、意外な事に鋭い怒声だった。一瞬、自分が言われたように感じて、伊隅はどきりとした。
 怒鳴ったのは、隊員の一人、先日ハイブから奇跡の生還を遂げた鳴海孝之中尉だ。両隣の速瀬少尉と涼宮少尉が驚いたような顔で、彼の顔を見ている。

「落ち着け、鳴海中尉」

「しかし、伊隅隊長!」

「……命令だ」

 不承不承ながら、鳴海中尉が席に戻る。横にいた速瀬につつかれている。隊の者たち混乱した面持ちで、鳴海中尉を見ている。
 いまや数少ない古参の一人となった鳴海中尉が、仮にも敵をかばうとは思わなかったのだろう。
 命を救われた鳴海中尉としては、仮にも恩人が「化け物」呼ばわりされるのを黙っていられなかったのだろう。そう、彼らは感謝しても仕切れぬほどの恩人でもあるのだ。その事を急激に思い出させられて、伊隅はなんだか、バツが悪くなった。

「安心しなさいあんた達、彼らはBETAと違って言葉は通じるわ。……少し訛りがきついけどね」

 茶目っ気たっぷりに香月博士が言う。相変わらずの上司に、伊隅はひそかに苦笑を浮かべた。一応、気を使っているのだろう。

「博士、我々としても仲間を救ってくれた相手に銃を向けるのは忍びないのですが」

 そう言うと、香月博士は鷹揚に答えた。

「仮想敵って言っても、あくまで最悪の事態を想定しての事よ」

 それだけ言うと、香月博士は部屋から出て行った。相変わらず、言うだけ言って出て行く人だ。

「はあ、まったくかき回すだけかき回すんだから」

 なんとなく神宮寺軍曹の苦労が分る気がした。あの人とずっと親友をやっていられる神宮寺軍曹の偉大さが改めて分る。

「ああ、そうだ」

 突然香月博士が戻ってきた。

「ひゃあっ!」

「……そんなに、驚かなくてもいいじゃない?」

 とっさに悲鳴を上げてしまい、伊隅は顔を真っ赤にしながらうつむいた。

「ああ、え、失礼しました」

「来月あたりに、彼らと合同演習あるから、負けるんじゃないわよ」

 次の瞬間、大隊全員の呪詛の混じった悲鳴が響き渡った。

「面白いじゃない。腕が鳴るわ」

 なんとも頼もしい事をのたまうのは新任の速瀬水月少尉だ。少し猪突猛進過ぎる嫌いが無いでもないが、衛士としての腕は中々のものだ。経験をつめば、頼もしいエースの一人となってくれることだろう。

 存外に速瀬のように単純に考えたほうが良いのかも知れない。どの道人、類のためにオルタネイティブ4を成功させるために、過酷な戦場を渡り歩くのが、自分たちの務めだ。そう思いながら、伊隅は部下に解散を告げた。




「しかし、あの人達と戦うのか……」

 会議が解散されて、PXに来た孝之は、深いため息をつきながら言った。
 誰だって命を救ってくれたような相手に銃を向けるのは忍びないものだ。自分が甘い事を言っているのは分っている。
 だが、命を助けてくれた相手を仮想敵として考えろと言われても、そう簡単にできる事ではない。

「何一人でたそがれてんのよ!」

 後ろから背中をどやしつけられる。驚いて、振り向くと、立っていたのは速瀬水月と涼宮遥の二人だった。

「何よ孝之、びびってんの?」

 速瀬がからかうように言う。

「ちげぇよ!」

 驚かされた事もあってか、孝之の返答も少々ぶっきらぼうなものになる。
そんな事は気にした風も無く、水月が言った。

「じゃあ、そんなに重く考えるんじゃないわよ。演習なんだから胸貸してもらうつもりで行けば良いじゃない」

「それも……そうか」

「そうだよ孝之君を助けてくれたなら、あたしや水月にとっても恩人なんだから」

横にいた遥が言う。

「そうよ! その、大事な仲間を助けてもらったんだから、当然でしょ」

 水月もぎこちなく、頷く。
 そうだ、彼らのおかげで自分はここに帰ってくる事が出来た。ならば、もう少し甘えて、胸を貸してもらっていいのかもしれない。
仲間として、一人の男としてこの二人を護りたい。それが無き親友に報いるたった一つの方法でもあった。

「そうだな、二人ともありがとう」

 ふと孝之は真面目な顔で二人を見た。

「な、なによ」

「どうしたの孝之君?」

 心臓がうるさいくらいに鳴っている。だが、ここで退いたら親友に合わせる顔が無い。
孝之は勇気を振り絞って、心に思っていることを言葉に変えた。

「あのさ、俺、優柔不断で二人の気持ちに、まだちゃんと向き合えないけど。必ず、答えを出すよ」

 目の前の二人は同時に顔を真っ赤にして、頷く。ホッとすると同時になんだか自分を笑いたくなった。
言ってみれば、問題を先送りにしたに過ぎないのだ。だけど、自分の中で、何かの踏ん切りがついた気がした。
 孝之は自分の中の気持ちが、少しだけ整理されたような気がした。

「……ごめん慎二。でも、俺、俺が二人に見合うだけの男になりたいんだ」

 あの絶望的な状況で自分を助け出してくれた人物。そして凄まじいまでの実力を見せ付けた「バウアー少佐」。
 本当を言えば、孝之とて戦ってみたいと思わないではなかった。
 思えば、助け出されてあの人に在ったときから、心の奥底に思っていた。
 あの映像を見た時、それは確信になった。
 衛士として、何より一人の男として……。

「俺は……あの人に、勝ちたい!」





あとがき

トップ少尉、見事準レギュラー決定ですw 正直なやみどころなのはへタレを誰とくっつけるかだったりします。正直、個人的にはどっちでも良いという感じなので、いっそ感想欄の希望に沿ってしまおうかと考える今日この頃です。大勢に影響なしw 一応ガンダムなので、入れてみました往年の名台詞「あの人に、勝ちたい」結構好きな台詞なので遣わしてもらいました。さて、物語の展開上、結構はしょったりしているところもありますが、もしかしたら幕間や外伝などで書くかもしれません。電波神殿の祭司である作者の作品ですから、とんでもない事書き出します。ご了承ください。しかし、学校で失くしたUSBどうなったんだろう……中身さらされたら終了のお知らせですwww



[5082] 第十六章 胎動
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:17


――― 1999年 12月25日 国連軍横浜基地 地下19階

「VRでの演習ですか……」

「ええ、そのほうが多彩な状況を選べるじゃない」

 たしかにそのとおりですな、という言葉が思わず口からこぼれかけて、マ・クベはひそかに飲み込んだ。先日、行なったBETAとの初演習でやらかしてしまった失敗の記憶はまだ苦いものだった。
やはり、地上からの高精度な迎撃が百パーセント来ると言う状況は早々に慣れるものではない。だが、慣れねば次は命を失うというのもまた事実である。

「それに、あんた達のやたら頑丈な機体とかち合ったら、こっちの機体が持たないわよ」

「なるほど、それは確かにそうですな」

 それも、目的の一つだったとはおくびにも出さない。機体の損耗を避けたいというのはいまだ、超硬スチール合金すら浸透しきっていないこの世界においては、マ・クベたちも同意見である。
 これからが、本題といわんばかりに香月大佐は足を組みながら、妖艶な笑みを浮かべた。

「今回の演習は地下の機密区画に侵入したテロリストの鎮圧。そのアグレッサーをあなた達には担当してもらうわよ。こちらの戦力は、自動設定で基地駐屯の戦術機甲大隊7個大隊とあたしの直轄の戦術機甲部隊1個大隊が入るわ」

 なんともあからさまな設定もあったものである。どう聞いても挑発としか取れない条件をマ・クベは黙って頷いた。
機動性は向こうに分があるといっても、特殊部隊の機体には勝るとも劣らない機動性を持つものがあるし、機体強度にいたっては桁違いだ。そのくらいでないと勝負にならないというのが、素直な感想でもある。

「問題ありません」

 香月大佐は、こちらの反応を確かめているようだった。 どうやら返答はお気に召さなかったらしい。

「……ご不満ですか?」

 そう、マ・クベが尋ねると、香月大佐は驚いたような顔をした。

「そりゃ不満よ。嘘でもいいから、ヤバイみたいな顔してくれないと、言うカイがないわ」

「これは失礼を……」

「ところで、一つ聞いてもいいかしら?」

「何ですか?」

「半導体150億個の並列処理回路を手のひらサイズにする方法に心当たりないかしら」

 何の為に、とは聞かなかった。しばらく考えて、マ・クベは答えた。

「ありませんな」

「早いわね。もう少し悩みなさい」

「出来てせいぜい半分程度でしょうが、そこまでの技術となると我々が世界征服でもしない限り不可能でしょうな」

「あら、出来ないの?」

 香月大佐が、多少、挑発的な物言いになる。

「せいぜいこの国程度でしょう」

 にべもなく答えると、香月大佐は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「冗談に聞こえないわよ。それ」

 マ・クベが無言で肩をすくめて見せるち、香月大佐は軽く笑いながら、ひらひらと手を振った。

「今、国連で推進している計画でオルタネイティブ計画てものがあるわ……」

 そして、香月博士はこの世界のにっちもさっちも行かぬ状況を改善する為の手立てについて、話し始めた。今日ここにきて初めての笑みを浮かべる。やっと本題にはいるか、とマ・クベは心が高ぶっていくのを感じていた。




およそ4時間にわたる長い交渉が終わり、入り口の前でマ・クベは格式ばった会釈をした。

「それでは、失礼いたします」

「ええ、社、送ってあげなさい」

 香月大佐が顎をしゃくると、黒い兎の耳のようなものをつけた少女が黙って先導に立つ。マ・クベも黙ってそれに従った。

「…………」

「…………」

 廊下を歩く二人の足音以外に音はなかった。仮にこれがウラガンあたりなら、この沈黙を気にもしたろうが、マ・クベにとっては別段気にする事でもない。
 マ・クベとしてはこの演習悩みどころであった。向こうの機体はある程度分析してある以上、こちらの機体性能がほぼ未知数なあちらが不利(それらを確かめる目的もあるようだが)であろう事は分かっているはずだ。
仮に敗北すればあちらは全戦力を持ってすればこちらの事を圧倒できると思わせることが出来る。逆に勝利すれば、当面の発言力は優位になるものの、圧倒的な脅威として、色々と対抗策を打たれる可能性もある。
こちらに階級を与え、あまつさえ最重要機密まで話して、取り込みを掛けてきたことを考えれば、杞憂といえなくも無いが、純夏の事もある以上、油断は出来なかった。
それに、階級を与えると言っても、彼女はあくまで技術将校である。兵科将校ではない以上、一般部隊に対する指揮権は期待できない。せいぜいが直轄部隊とやらに対する指揮権と、中佐以下の士官からの命令拒否権くらいであろう(それも、対した条件ではあるが)。
そんな事を考えていると、ふと横合いから袖を掴まれた。見ると、先導していたはずの少女がいつの間にか隣に立って、じっとこちらを見ている。

「……何だね?」

「会って欲しい人が、居るんです」

 少女が消え入りそうな声で言った。小さな手はギュッとマ・クベの袖を掴んでいる。マ・クベ小さくため息をついて、黙って頷いた。



「ここです」

「これは……」

 少女が連れてきたのは薄暗く、機械だらけの部屋だった。その明かり一つ無い部屋の中で、唯一光を放っているものがある。配置された円筒状のシリンダーから淡い燐光が漏れている。それはマ・クベが毎日見ている基地の天蓋と同種の光だった。

「この人がだれか、知ってるはずです」

「これが、香月博士が鑑純夏を欲しがった理由かね」

 社霞が黙って頷いた。下からマ・クベの事を見上げると、マ・クベの手を小さな手で掴んだ。

 その瞬間、様々な感情が流れ込んでくる。哀惜、怒り、慟哭、そして、星屑のようにかすかに煌く、幸せだった頃の記憶。全ては、マ・クベが一番最初に遭遇したこの世界の人間「白銀武」のものだった。

「純夏さんと、会わせてあげてください」

 悲しそうな顔でマ・クベの事を見上げながら、社霞が小さな声で言った。

「私の答えは、もう分かっているはずだ」

 平板な声でマ・クベは答えると、手を離した霞が悲しそうに首を振った。

「読んでません」

 嘘であろう。先ほど物理的接触を介してイメージを送ってきた時にこちらの感情も多少、流れ込んだはずだ。それでも、認めたくないのか、社霞は懇願するような目でマ・クベの事を見ている。

「純夏はこうなっていた時の事を憶えていない。その間の事も」

 そう言った瞬間、社霞は驚いたように目を丸くした。同時に少しだけ、ホッとしたような顔をした。どれだけ、過酷な体験をしたのか、知らないわけでは無いらしい。
同時に、そんなものを見なければならなかった霞に対して、僅かな憐憫の情を覚えた自分に、マ・クベは驚いた。

「理由は私にもわからん。だが、あえて思い出させるつもりはない」

 はっきりとそう言うと、マ・クベはシリンダーの中の脳髄を見つめた。なんとも数奇な再会であった。
自分が肉体を失い陵辱の限りを尽くされてなお、助けを呼び求め続けた少年。無粋な異星人の作った悲しい芸術品。そして、この世界に来て初めて、約束を交わした相手でもある。

「……彼女を護るというのが、彼との約束だ」

 それだけ言うと、マ・クベは部屋を後にした。
 
 階下へのエレベーターに乗りながら、少女の願いを聞き届けられなかった事が、滓のように心の奥底に溜まっていくのを、感じていた。

「甘くなったな。私も」

 自分に対して、多少苛立ちを覚えながらも、マ・クベは決断に後悔していなかった。少なくとも、彼との約束は守り通しているからだ。



―――― 1999年12月28日 ジオンインダストリー 本社会議室

名前が変わっただけの、いつもの会議室に集ったのは、いつもの面子と言うべき男達であった。基地司令であるギニアス少将を議長に、補佐を基地警備部隊司令のノリス大佐が勤める。
とはいえ、他は外交担当のマ・クベと特殊部隊の長であるパイパー大佐の4人の会議なので、そうかしこる必要が無いのが、ありがたいところだ。

「それでは始めようか」

 基地司令であるギニアス少将が、相変わらず穏やかな調子で言う。

「まずは、開発班かからだ」

 開発班とは呼んで字のごとく、技術的な研究や開発を専門に行う技術部隊の便宜上の呼称である。ギニアス貴下の研究者たちと基地の整備班、そして第600軌道降下猟兵大隊の整備隊員達が合同で日夜研究に励んでいる。

「第一次供与作戦の各種合金や金属技術、それに合わせてMS…いや、「戦術機」用の携行火器、およびその仕様が可能な「新型」戦術機の開発データ、それら全ての用意はできた。後は渉外に任せるのみだ。中佐、役立ててくれ」

 そう言って微笑むとギニアス少将が片目を瞑った。珍しい茶目っ気に苦笑しつつ、マ・クベは深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。ギニアス少将閣下」

「そんな、こそばゆい呼び方をされると、戸惑うよ中佐。ありものの技術をデータ化しただけだし、新型といっても、先日、言ったとおり、旧ザクにも及ばぬ機体だ」

 ギニアス少将が謙遜をするのを、ノリス大佐が誇らしげな眼で見ている。パイパー大佐もニヤリと笑いながらどこか満足そうだ。
どうやら思った以上に、少将殿は我々の心を手中にしているらしい。だが、悪い気分ではない。上司が有能で困る事など、仕事が少なくなる事だけだ(有能すぎると、多くなる場合もあるが)。

「少将閣下のおかげで、上での交渉もやりやすくなりそうです」

「上」とは、無論この世界の連中の事だ。まだまだ油断は出来ないが、当面の資金を確保できるだろう。とはいえ、それを横から掻っ攫われたりしないようにするのも、マ・クベの手腕に掛かっている。

「上といえば、香月中佐からこの世界の主な状況を聞きました。ソ連はアラスカを租借して撤退。
ヨーロッパ各国はアフリカに撤退し、スエズ防衛線を除いて、ユーラシアはほぼBETAに制圧されています。
状況はまったく持って芳しくありません。
日本帝国には、攻略したこの横浜ハイヴの他に、日本海側に佐渡島ハイヴ、朝鮮半島北部の鉄源ハイヴと複数のハイブに囲まれ
……現在は国連のオルタネイティブ4計画を主導しております」

「オルタネイティブ計画、例のG弾と言う兵器を使った反抗作戦のことですか?」

 ノリス大佐が怪訝そうな顔で尋ねる。

「それは第5計画のほうだ大佐。敵の弾を目当てに戦争など、俺には正気の沙汰とは思えん」

 パイパー大佐が呆れたように請け負った。確かにおざなりに人類脱出計画などもついているが、これは明らかな方便であろう。

「追い詰められた状況では、狂気に頼るのも致し方ないことなのやも知れませんが、これはあからさますぎですな」

 同感だという風にノリス大佐も頷く。

「マ・クベ中佐、一つ聞きたいのだが」

 ギニアス少将が穏やかに言う。マ・クベはギニアスの方を見た。

「なんでしょう?」

「先日の『香月大佐の頼みごと』とはこれのことかね」

 半導体150億個を手のひらサイズに出来る技術をよこせ、と言う突拍子も無いものだったが、一応、ギニアス少将に話を聞いてみたのだ。結果はあまり芳しくないものであったが、代わりにあちらの根幹とも言える「オルタネイティブ計画」についての情報が得られた。

「……その通りです」

「その事についてなのだが、一つ私から提案がある」

「……なんでしょうか」

「第5計画の欲しがっている技術、航宇宙用の大型推進機関の技術と宇宙船舶の船体構造などの技術を流出させる。それを餌に彼らと渡りをつけたいと思う」

「それは……!?」

「しかし、香月大佐と決定的な対立を作るのはまずいのではないですか」

 とはパイパー大佐だ。

「ならば、彼女に対して強力なカードになる」

 微塵の迷いも無くギニアス少将が言い切った。

「ギニアス様、それでなくても新型戦術機として流出予定のザクの技術は堅牢度や汎用性において、宇宙での作業機械転用がたやすく、間違えればこれだけ裏切りととられかねません」

 ノリス大佐が厳しい表情で言う。ギニアス少将はマ・クベの方を見ると真面目な顔で言った。
 
「私に考えがあるのだ……」

少将の話した提案は、さしものマ・クベをも驚愕させるものであった。ノリス大佐やパイパー大佐も信じられないようなものを見る目で、少将を見ている。

「何光年も先の星系へ旅立つより、よっぽど現実的であると思う」

「確かに……ですが、本当に可能なのでしょうか」

 とは、ノリス大佐だ。呆気にとられた顔で、息子のような司令官の顔を見ている。

「仮に果たせなくとも、第5計画派を分裂させる事は出来よう」

「素晴らしい提案です閣下」

 心の底からの賛辞をこめて、マ・クベが言った。パイパー大佐も感心した様子で、少将を見ている。ノリス大佐も、最初は呆気にとられていたが、直ぐに顔がほころんだ。

「そう言って、もらえると、安心だよ。中佐……」

 穏やかに笑みを浮かべたギニアス少将の顔が、苦悶に歪む。そのまま、机に倒れこんだ。

「「ギニアス少将!」」

 とマ・クベとパイパー大佐が寸分違わぬタイミングで叫ぶ。マ・クベは少々の方へ回り込んだ。

「ギニアス様!! 直ぐ人を」

 ノリス大佐が会議室の端末を取ろうとすると、パイパー大佐がそれを抑えた。

「大佐! なんのつもりだ!!」

「マ・クベ中佐。うちの軍医を呼べ。大佐こそ、基地内に総司令官が倒れた事を基地内に喧伝するおつもりですか」

 ノリス大佐が、はっとして端末から手を引く。机にすがりつくようにしていたギニアス少将に駆け寄って、その体を抱きとめた。

「ギニアス様、大丈夫ですか。お薬を飲まれなかったんですか?」

「毎日飲んでいたさ。くっ、ふふ、情けないことに、気が…抜けて、しまった、らしい」

 立ち上がろうとするギニアスを、ノリス大佐が必死で押さえつける。相当、無理をしていたらしい。

「ノリス、基地を、部下たちを、頼む」

 弱弱しくそれだけ言うと、駆けつけた軍医がギニアス少将を運んでいった。


一瞬の喧騒を越えて、会議室は静寂に包まれた。しばらくして、口火を切ったのはパイパー大佐だった。
「マ・クベ。考えはあるか?」

 無ければ考えろ、と目が言っていた。マ・クベは小さくため息をつきながら、しばらく考えこむと、ノリス大佐を見た。

「ノリス大佐、基地のMS部隊から一個中隊を選抜してください……」

 大佐は真っ直ぐにマ・クベの目を見ると、真剣な顔で頷いた。




――――ジオンインダストリー本社 ノリス大佐のオフィス

「MS第9中隊 第3小隊長トップ少尉、出頭いたしました!」

 オフィスに入って大声で、自分の名を告げ、敬礼をする。正面のデスクにかけていたノリス大佐が、厳しい顔で答礼を返した。

「……ご苦労」

 警備隊の司令官である大佐に呼び出されたこともあって、いささか緊張していたトップは、部屋に第9中隊の中隊長であるヴィットマン大尉と副官のヴォル少尉が居ることに気づいた。
 ノリス大佐が、ふと大尉の方を見る。

「彼女で最後か?」

「ええ、自分が選抜する小隊長は彼女とヴォル少尉です」

 何をいっているのだろうか、状況がつかめずに混乱するトップに、ノリス大佐が表情をゆるめる。

「唐突で驚くだろうが、貴官は次の演習の選抜中隊で小隊長をやってもらう」

「じ、自分がですか?」

「ヴィットマン大尉の推薦だ」

 大尉の方を見ると、それに気づいた大尉が軽く片目を瞑った。

「演習の予定が少し変わってな。少尉、辞退するかね?」

 とノリス大佐が尋ねる。大佐や大尉の事だから、ここで仮に辞退しても遺恨は持つまい。だが、トップとてこの基地での訓練を乗り越え、欧州での激戦も越えてきた身である。やる前から臆するような、しとやかさなど持ち合わせていなかった。
 ぐっと大佐を見返すと、トップはきっぱりと答えた。

「いいえ、大佐。喜んでやらせていただきます」

「よく言った少尉。期待している」

 ノリス大佐が満足そうに笑う。横目でヴィットマン大尉を見ると、大尉はさも当然と言わんばかりにすました顔をしている。

「光栄であります!!」

 直立不動でノリス大佐に敬礼を送る。大佐も座したままではあるが、答礼で答えた。

「少尉、また一緒に戦えるな」

 ビットマン大尉がトップの背中を軽くどやしつけた。大尉の手が触れた瞬間に、トップは少しだけ鼓動が早まるのを感じた。

「よ、よろしくお願いします」

「そんなに緊張しないでくださいトップ少尉。自分らは同じ中隊なわけですから」

 先任らしからぬ丁寧さで、ヴォル少尉が言う。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「それじゃあ少尉。ちょいと上の奴らを教育してやろう」

 ヴィットマン大尉が歯を剥き出す様な、獰猛な笑みを浮かべた。





―――― 機動巡洋艦「ザンジバル」 MS格納庫

 格納庫に揃った斬り込み中隊の隊員達を前にして、中隊長であるマ・クベ中佐が整列した隊員たちの前に立つ。
突然の呼集に、メルダースを初めとした隊員たちは、僅かに戸惑いながら、指揮官の言葉を待っていた。

「次の演習、予定を変更してメルダース中尉は私の代理として、中隊の指揮をとれ。基地警備隊のノリス大佐が選抜した一個中隊を率いて、全体の指揮を執る」

 メルダースが驚いて、マ・クベの方を見る。異論の声こそ上がらなかったものの、僅かなどよめきがひろがる。普段の訓練などでは、中隊副長であるメルダースが隊長代理として指揮を執る場合がある。だが、今回の演習がただの演習でない事は、メルダースもなんとなく察していた。

「不満か?」

 平板な調子で、マ・クベがメルダースに尋ねる。言葉はメルダースに向けられたものであったが、同時にその場の全員に対しての問いでもあった。
皆、不満と言うよりは戸惑いを持っているようだ。ノリス大佐は優れた指揮官であるのと同時に、優れたパイロットでもある。
グフライダーの集団である斬込中隊において、先の演習でも目の当たりにしたノリス大佐の実力に不満などあろうはずもない。

「……いいえ、ですが不安ではあります」

 メルダースが正直に答えると、マ・クベ中佐は僅かに苦笑を浮かべた。

「そうだな」

「しかし、ご命令とあらば」

 メルダースは直立不動の姿勢をとって、はっきりと答えた。それが、軍隊と言うものだ。まして、この部隊は「マ・クベ中佐の」斬込隊である。中佐が「やれ」と言うだけで、理由は十分だった。

「貴官らの奮闘を信ずる。ジーク・ジオン」

「「「「「「「「「「「「「「「ジーク・ジオン」」」」」」」」」」」」」」」

 マ・クベの敬礼に、声を揃えた答礼で答える。マ・クベ中佐が手を下ろし、踵を返した。
 中隊の隊員たちはやはり、少しだけ不安そうにマ・クベの背を見守っている。まるで親に捨てられた子犬のような目だ。少々、オーバーな表現かもしれないが、メルダースの目にはそう見えた。そして、自分もそんな目をしているのだろうと、彼は思った。

「メルダース」
 
 唐突にマ・クベ中佐が、彼の名を呼んだ。

「はっ」

 驚いて、顔を上げると、マ・クベ中佐のアイス・ブルーの瞳が真っ直ぐにこちらを見ていた。

「……勝て」

僅か一言であったが、本気である事は十分に伝わって来た。あの滅多に感情を露わにしないマ・クベ中佐が、本気で彼らに勝利を求めていた。
目は口ほどにものを言う。言葉が伴えばなおさらだ。    
予想外の反応に斬込中隊の隊員たちは戸惑いを隠せなくなっていた。かく言う、メルダースにとっても、それは唐突に感じられた。

「……はっ」

 メルダースがあわてて答えると、マ・クベ中佐はなんともいえない淡い笑みを浮かべた。そんなマ・クベを見ながら、唐突に気づいた。これは「命令」ではない言う事にである。
兵士として「義務を果たす事」は要求しても、中佐は決して「勝て」とは命令しなかった。それを決するのは指揮官の責務だと、知っているからだ。その中佐が「勝つ」ことを求めていた。彼らの事を初めて頼ってくれたのである。
そこまで気づいて、メルダースの口からは自然に声が出ていた。

「中隊長殿に! 敬礼っ!!」

 一糸乱れぬ腕と踵が格納庫内に一つの音を奏でる。
捨てられた子犬はいつの間にか、獰猛な軍用犬へと変貌してた。この場に集った皆がマ・クベの意図を理解したのである。
彼らを勝利へと導いて来た中隊長が、彼らに初めて己の能力を超えても、「勝て」と求めた。これに答えられなくて、なんの斬込中隊であろうか。
 マ・クベ中佐が見事な答礼を返した瞬間に、男達の熱狂は最高潮へと達した。




あとがき
 皆さん、ゴメンなさい。さあ、決戦だと期待していただいていたかと思いますが、ジオンの方でも色々あったというのが今回の話です。とりあえずジオノグラフィーのケンプファーを買って、黒騎士仕様に改造しようとか考えている今日この頃です。てか、HGのザク改がどこ行っても品切れとか・・・・いろいろと泣きたいです。何処かでHGのイフリート改のミサイルランチャーだけ手に入らないかな~とか色々しょうも無い事を考えている有様です。し、資料だもん。趣味じゃないもん。ごめんなさい、嘘つきました。と言うことで、次回はノリス大佐のターンです。ご期待ください。



[5082] 第十七章 烈火 前編
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:18
ながいこと、クソッタレの化け物共とばかり戦争をやっていると、大事な事を忘れちまう。「戦争」てのは、本来、人間相手にやるもんだって事さ。

                   「名も無き衛士の言葉」より



―――2000年1月1日 ジオン・インダストリー本社

 ついに演習当日である、参加する部隊の中隊長以上の要員がブリーフィングに参加した

「大佐は、自分とロッテを組んでください」

メルダース中尉がそう告げると、ノリス大佐はしっかりと頷いた。

「うむ、名高い斬込隊の力、期待している」

 そう答えると、厳しい表情を少しだけ緩め、ビシッと敬礼を決めてみせる。
 流石の貫禄に押されて答礼を返すのが遅れてしまった、慌てて、勢いよく答礼すると早口でまくし立てた。

「こ、光栄であります! 後武運を」

 演習開始の時刻が迫っている。自分の筐体に乗り込むと、直ぐに回線を開いた。

「本日、中佐は居ない。我々が、本当に『マ・クベ中佐の斬込隊』に相応しいか、それを見ておられるのだ」

 淡々と言って、そこで言葉を切った。しばらく間をおいて、意を決したメルダースが良く通る声で言った。

「あえて聞くぞ、戦友諸君! 俺たちはなんだ?」

≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪斬込中隊でありますっ!≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫

 声を揃えた答えが返ってくる。どうやら昨日の中佐の激励はまだ聞いているらしい。

「中佐に恥をかかせるな。ノリス大佐もいらっしゃるんだ……俺たちの戦争を見せてやるんだ!!」

≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪了解!!≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫

 ひとしきり士気を盛り上げる、メルダースはノリス大佐に繋いだ。




≪大佐、お待たせいたしました≫

 メルダース中尉が回線越しに、静かに言う。先ほどとは打って変わって冷静な態度であるのを見ると、なんとなし、本来の指揮官であるマ・クベ中佐に似ていると思わないでもない。良い部下ほど指揮官に似てくるというが、ノリスは心中でひそかに笑みを浮かべ。

「いや、いいさ。私も、ああいうのは嫌いじゃない。……そろそろ時間だな。全機起動!!」

 目の前に擬似的に構築された外の景色が浮かぶ。あたりを見回すと、基地警備隊の色の斑な中隊と、強襲用黒色迷彩に塗装された斬込隊と黒騎士中隊が続々と立ち上がる。
 核融合炉のうなりまでが、聞こえてくるようだ。
 薄紅色に単眼を光らせて、鋼鉄の巨人たちは、戦争が始まるのを待っているのだ。
 ノリスは大きく息を吸って、吐くと、腹の奥から声を絞り出した。

「自分は貴君らの奮戦が疑うべくもない事を、確信する」

 短く簡潔に思ったことを言えるのは良い。ノリスは高ぶりつつある自分の心を制しながら、彼らが待ち望んでいるであろう言葉を吐き出した。

「全部隊、状況開始!!」

 奇跡的なまでに一糸乱れぬ正確さで揃えられた「了解!」の返答と共に、部隊が動く。
 ノリス率いる斬込中隊と選抜中隊は、敵の鎮圧部隊を引き受ける。バウアー少佐の黒騎士中隊は別働隊だ。
 バウアー少佐専用の特徴的なアクトザクが腕を振り上げると、ザクの小隊がそれに続いた。
 両肩のシールドと両足のパイロンに3連装ミサイルポッドを着け、手にはグレネードランチャー付のMMP80マシンガン、腰には可能な限りの弾倉をつけている。
 その後ろに、さらに重厚な武装を施したケンプファーが続き、薄闇の中に溶け込んだ黒の一隊はバーニアの光を転々とさせながら、配置へと向かった。

 それらを見送って、ノリス大佐は貴下の2個中隊に回線を開いた。

「……征くぞ」

 付き従う鋼鉄のサイクロプスたちが単眼を光らせた。



―――同 国連軍横浜基地

 新年の祝いをする暇もなく管制ユニットに待機中だった孝之に、警報が基地内に鳴り響く。テロ発生を示すコードである。
 横浜基地機密区画でにて新型兵器を奪取したテロリストを鎮圧すべく、第2種戦闘配置が発令。すぐさま第1種戦闘配置が発令された。

「演習って言っても、やっぱり緊張するな」

 コクピットの中で、鳴海孝之中尉がポツリと呟いた。

≪こら鳴海、無駄口を叩くな≫

 伊隅大尉から怒られた。どうやら、回線をオープンにしていたらしい。

「もうしわけありません」

《初恋の相手に会うわけじゃなしに、そう緊張するな》

 からかうように割り込んできたのは、碓氷中尉だ。碓氷中尉はいまや大隊規模にまで縮小してしまったA‐01連隊の中隊長の一人であり、果断で沈着冷静な先任である。

《鳴海中尉、あんたまさかとは思うけど、そういう趣味があるんじゃないでしょうね?》

「速瀬、からかうのか敬意をあらわすのかどちらかにしてくれ。というかお前にそういう呼びかたされると気味が悪い」

《孝之いぃぃぃぃぃぃ、あんた覚えておきなさいよ》

 いつもの反応に苦笑しながら、孝之はふと懐かしいやりとりだなと思った。
 あれはまだ訓練学校時代、無二の親友である平慎二と同じようなやり取りをして……「デブジュー」などという不名誉なあだ名をつけて、そんな彼はもういないのだ。
 ふと目頭が熱くなって、孝之はぐっと上を向いて涙をこらえた。今やるべきことは泣くことであはない。

「男になるんだ……遥と水月のために」

≪た、孝之君?≫

≪あ、あ、あ、あんた、なに口走ってんのよ≫

 しまった、また口走ってしまった。思ったことを直ぐに口に出すのは、悪い癖だ。

≪鳴海、夫婦漫才もたいがいにしておけ≫

 伊隅大尉が呆れたように言う。

≪め、夫婦って……≫

≪大尉っ!!≫

 遥かと水月があたふたしながら大尉に抗議する。孝之もきっぱりと答えた。

「そうです大尉! 自分は二股をかけるつもりはありません!!」

≪……≫

 映像回線越しに伊隅大尉が、哀れむような目で孝之を見る。

「な、なんですか」

 なぜか、気まずい沈黙がしばらく続いた後、碓氷中尉が冷ややかな声で言った。

≪…………阿呆め≫



 その後のブリーフィングで大尉が告げた作戦計画はとてもシンプルなものだった。
 地上に直通するメインシャフトは閉鎖し、基地に駐留する戦術機甲部隊7個大隊とともに、機密区画の地下格納庫から敵が選挙している機密区画最下層へと侵攻、敵部隊を圧倒的な戦力で鎮圧する。まさに王道ともいえる作戦だ。  
 恐らく敵は白兵戦専門部隊による斬り込みで戦列のかく乱を狙ってくるはずだ。敵を遠距離から包囲し、攻撃して徐々に体力を削っていけば、なんとかなるだろう。なんともえげつない作戦だが、背に腹は代えられない。
 この時、俺たちはこれを「演習」だと考えていた。自動設定とはいえ基地駐屯の戦術機部隊7個大隊を投入した演習で少し浮かれていたのかもしれない。
だが、その時、俺たちの前に立ちふさがった彼らは演習をやるつもりなど、毛頭無かった。彼らは「戦争」をやりに来ていたのだ。

≪こちらホーネット…納庫へ……入した≫

 流石に地下と言う事もあって電波の入りも悪い地上のCP将校が、忙しく部隊の配置を告げる。何せ総数8個大隊も居るのだ。面倒この上ない。 
 A- 01が位置するのは後方だ。大型エレベーターのシャフトを通って全部隊が降下する。それは、丁度大隊がシャフトを降下しているときに、起こった。

≪こちらフレイム隊! 敵部隊の攻撃を受けたっ! 畜生! 奴ら…まで来てやがった≫

≪ギャンブル4応…しろ! ギ……ブル4! 畜生!! …っちは多目的装甲…だぞ!!≫

≪トマホーク1より各機、陣形を崩すな!!≫

≪クソッ! この盾、抜けるぞ! ぎゃ…ぁぁ≫

≪グリズリーより全機! 散会しろ!! 密集してるとやられるぞ!!≫

 無線機から聞こえる見方の悲鳴が徐々に鮮明になる。

≪なに…これ、なんで≫

「CP! 状況を知らせろ!!」

≪ホーネット隊全滅! ギャンブル隊応答無し、損害が≫

 眼前に広がる光景は煙を噴き上げてやられた味方の機体がそこかしこに堕ちている。それまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

「攻めてきたのか!? 圧倒的に不利なはずなのに」

 それが大きな勘違いだった。不利だったのはこちらであって、決して彼らではありえなかったのだ。






≪獲物が見えたぞっ!≫

 無線越しにノリス中佐が雄たけびを上げる。シャフトから出てきた敵のMS――いや「戦術機」はどこかこちらの機体よりも洗練されて見える。
だが、同時に華奢な印象を受ける。兵器とは、武人の蛮用に耐えてこそ、だ。大佐のグフカスタムが、しっかりと盾を構えると、先頭に立つ。その傍らにつけると、メルダースは命令が下されるのを待った。

≪……進め≫

 先陣を切って突入するノリス大佐、それに負けじと、陣形をパンツァーカイル(突撃隊形)に切り替えた斬込中隊の機体が続く。

 密集隊形、盾で壁を作り、悠然と進んでいくが、やはり僅かに動きが固い。密集陣形もいささか密度が足りない。
 マ・クベ中佐がいる時の一体感は無いものの、それでもまるで複雑な歯車を組み合わせた懐中時計のように統制が取れているのは、ノリス大佐の指揮の賜物であろう。
敵との距離1200、こちらに気づいた敵からのまばらな、火線が装甲やシールドに当って火花を散らした。敵との距離は……まだ、遠い

≪いくぞガーデルマン!≫

≪はい少尉殿!!≫

 威勢の良い声と共に、彼らの頭を超えて延びた火線が、敵の前衛を吹き飛ばす。敵の持っていた盾を貫通してその後ろの機体を吹き飛ばし、射線上に重なった2機が火を吹いた。
 さらに伸びた火線が、容赦なく敵集団を吹き飛ばしていく。

 後方に配置した基地選抜中隊のザクキャノン小隊が放ったスモーク弾が、濃密な煙幕を発生させる。密閉空間である事がそれに拍車をかけ、空間内に充満する煙が視界をとざしていく。
 
 支援部隊の精確な射撃に感嘆しながら、メルダースは、ノリス大佐のグフカスタムがシールドを上げるのに気づいた。
即座にそれに習って左手のシールドを上げ、右手で保持する。
 グフ用のシールドにすえつけられた銃先は敵部隊を睨み、傍らを征く中隊の全ての機体が同じように銃先を揃えた。

≪射撃開始≫

 大佐の冷静な一言で、回転銃身が火を噴いた。弾幕を保たせるために最低速に設定されているものの、シート越しに伝わる射撃振動はどこか不気味である。
 とどまることなく回り続ける残弾カウンターは、適度な散布界を持った銃弾が嵐のような弾幕を形成していることを物語っていた。
 曳光弾の低伸弾道が濃密な煙幕を切り裂き、敵部隊に降り注ぐ。敵にとって1発が致命的な威力を持つ75mmの高速徹甲弾が、敵前面を蹂躙した。

≪ヴィットマン、貴様の中隊は阻止線を形成しろ!≫

≪了解≫

 ノリス大佐の鋭い声が通信機に入る。側面に展開したヴィットマン大尉とヴォル少尉の小隊が銃撃をかけて敵の両翼を威圧した。後方から上がってきたザクキャノンの小隊とそれを援護するトップ小隊のザクⅠが、第2線を形成した。
 ガトリング砲の残弾カウンターが0を回りガトリングの回転が止まり始める。メルダースは即座にガトリングを切り離す。同じように弾の切れた機体が、一斉にガトリングを盾から切り離した。
敵との距離が500を切る。あと、もう少し、もう少しで「射程」に入る。

「斬込隊! 全機抜刀!!」

 イフリートが盾を正面に構えヒートサーベルを抜く。それに追随するように黒備えのグフとイフリートが一斉にヒートサーベルを抜く。
 メルダースは自機をノリス大佐のグフカスタムに並ぶような位置につけた。
 盾を壁のように構えると、バーニアを吹かして、低空で地面を舐めるように接近する。正面に構えた盾が敵部隊の必死の銃撃をことごとくはじき返す。
 後方からの制圧射撃が敵部隊の注意を逸らす。 
 距離300にして、「斬込隊」は真の「有効射程」に敵を捕らえた。
 刹那、鼓膜を突き破らんばかりの蛮声を上げ、斬込中隊総勢12機は燃え立つ剣と闘志をもって敵中へと突入した。

 見渡すばかり総て敵という光景は、メルダースにとってわずかに懐かしさを感じさせるものだった。
 彼の、彼らの心の中に染み付いて離れないのは、彼らが生まれた戦場である。殿部隊としてはじめて編成された斬込隊。その壮絶な戦で散っていった戦友達である。
 だが、メルダース自身の心中にあったのは、ただ一人の男であり、彼の貫き通した生き様(戦争)である。それがあるから負けぬと誓ったのだ。それがあるから、生半な場所では倒れられぬのだ。
 猛り狂う心を鉄の理性に押し込め、メルダースは、まずは手始めの獲物へ赤熱した刃を叩き込んだ。灼熱の刃は抵抗なく、敵機の胴を断ち割った。



 
 黒備えの中に混じる青い機体が、ヒートロッドで捕獲した敵を引きずり倒し、ヒートソードでコクピットを貫く。
 本来の機体色そのままのグフカスタムは、隊長機であるノリス大佐のものである。鬼神のごとき様相で、次々と敵を屠る様は、まさに斬込隊の名に相応しいものであった。

 バーニアのによって加速された重厚な鋼鉄の塊が、軽合金と炭素繊維素材で形成された機体を弾き飛ばす。赤く燃える刀身が盾ごと敵の機体を貫いた。

「怯えろぉぉっ! 竦めぇぇっ! 機体の性能を引き出ぬまま、死んでゆけぇ!!」

 振り向きざまに後ろの機体に打ち込んだヒートロッドが、凄まじい高圧電流を走らせる。
不導体である装甲をもってしても防ぎきれぬ(「不導体」とは電気を通しにくいものであって、完璧に遮断できるわけではない)高出力の電撃が機体の制御系を焼き切った。
 煙を上げながらへたり込んだ機体を、そのまま背負い投げるように、別の機体に叩きつけると、後方の機体も巻き込んで爆発した。
 その破片を盾で受けながら、ノリスは一息ついた。

「……メルダース中尉! 中隊の損害知らせっ!!」

ノリスが背中合わせに戦うイフリートに向かって怒鳴る。

≪喪失2、戦闘に支障無し≫

 帰ってきた簡潔な答えに、ノリスは莞爾と笑みを浮かべた。

「見事!」

 言いながら敵のマシンガンを、盾で受ける。そのままバーニアで接近すると、敵機が慌てて抜刀した。

「甘いわ!」

 グフカスタムがヒートソードを敵機の長刀へ袈裟掛けに叩き付ける。赤熱した刃が敵の長刀へと徐々に食い込んでいく。

≪うわぁ、くそっ、誰かぁぁ≫

 敵機からの悲鳴が無線に入ってくる。そこに情けをかけるほど、ノリスは若くない
グフカスタムの両手がヒートサーベルの柄を掴むと、長刀ごと敵機を切り伏せた。
 目の前の敵を下し、ふと僚機に目をやると、負けず劣らずに奮戦しているようだった。

≪うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!≫

 凄まじい咆哮と共にメルダースのイフリートが、鍔迫り合いになった敵機を壁に叩きつける。灼熱の刃に当てられて、敵の長刀も紅く染まっていく。

≪いや、だれか、だれかぁぁぁ≫

 半狂乱になって叫ぶ敵のパイロットの声が無線越しに聞こえてくる。それに気づいた敵機の一つが長刀を構えて背後から突っ込んだ。

≪このやろぉぉぉぉぉぉ!!≫

「メルダース!」

 ノリスが叫んだ瞬間に、イフリートが振り向きざまに敵の切っ先を交わす。本来の目標を外した剣先が、味方の機体を貫いた。

≪そんなっ≫

 そのまま敵の胴に当てられたイフリートのヒートサーベルが、押し切るように溶断した。

≪助かりました大佐≫

 メルダースが冷静に礼を言ってくる。だが、ノリスの目にはメルダースが背後の敵に「気づいていた」ように見えた。

『まさか噂に聞くNT? ……今は、それを考えている暇ではないか』

 頭に差し掛かった疑問を振り払って、ひとまずは僚機とともに次の敵を追うことにした。また、新たな殺戮の嵐を生み出す為に。




《くそっ弾が効かない》

《120mmを使えっ!!》

《もうとっくに弾切れだっ! やめろ、来るな。うわぁぁぁぁっ!!》

「……回線を切れ」

 無線越しに響き渡った悲鳴に顔をしかめながら、伊隅は冷静に言った。敵の強襲からまだ一時間もしないというのに、もう1個大隊以上やられている。
 そんな敵部隊を前にして、今だ彼女の大隊が一機の損害も出していないのは、彼女が後方で戦力を温存し続けたからに過ぎない。
 敵機の常識外れの装甲、白兵戦闘能力そういったものをつぶさに観察してきた。それもこれも味方が自動制御の機械だからなせるわざだ。  
 もっとも、自動設定の機械人形でなければ、とっくに恐慌状態に陥って壊乱していた事であろう。ともあれ、犠牲の分の情報は手に入れた。敵は未知の怪物などではない。倒すべき敵なのだ。

「皆、聞け! 連中、皮は硬いが、足は遅い。奴らを迂回して後方部隊を叩くぞ」

≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪了解!≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫

伊隅率いるA01大隊ともに周辺の2個大隊が追随する。

「一対一では相手をするな、白兵戦闘を避けて関節か背中に120mmを撃ち込んでやれ」

 A01は左翼、基地の部隊は右翼へと向かった。

 腕から出した太いワイヤーを頭上で鞭のようにを振り回した一つ目が、正面に立ちふさがった撃震の頭部を叩き潰す。
 エレメントを組んでいると見える一機が、赤く光る長刀で陽炎の管制ユニットを串刺しにした。
 シールドで叩き伏せ、転がった敵を強烈に踏みしだき、光る長刀を振るいながら、さながら神話に描かれる巨人族のように、彼らは敵対する全てを蹂躙した。
 背後を合わせ、二刀を構えた単眼が群がる敵を、蹴散らし、なで斬りにしていく。
 だが、完全な乱戦状態となったに戦場にあって、互いの距離を保つのは難しい。敵を追うのに熱中した一機が突出し、こちらに気づいた。

≪隊長、前方の敵機、こちらで排除します≫

 突然、押し殺したような鳴海中尉の声が無線に入ってくる。

「待て、鳴海!」

 伊隅の静止もまもなく鳴海機が速度を上げて突っ込んだ。

≪孝之!?≫

≪孝之君!!≫

 36mmを連射しながら距離をつめるが、銃弾は強固なシールドに阻まれて火花を散らすだけだ。
 敵機が横なぎに長刀を振る。
 しかし、灼熱の刃はむなしく空を切った。無意味だったはずの射撃は、敵の視界を限定する為だったのである。

≪うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!≫

 咆哮と共に、すべるように敵機の横をすり抜けた鳴海中尉の不知火が、振り返りざまに両手の突撃砲を連射する。
 凄まじい射撃によろめきながら、がっくりと膝を着いた。至近距離から連射された36mmと120mmの射撃には、いかに強固な装甲といえど、ひとたまりも無かったようだ。
 あれほど屈強だった。一つ目の戦術機が、初めて地面に倒れ伏した。
 皆は唖然としてその光景を見ていた。無線機から、荒い息をした鳴海中尉の声。

≪排除完了。進みましょう≫

 今は気遣っている暇など無い。

「ご苦労。全隊、前進!!」

 冷静に答えると、伊隅は部隊を匍匐飛行で前進させた。去り際、今の機体の僚機と見られる機体が5機がかりで襲われているのが、一瞬見えた。
 どうやら、この自動人形どもはそんなに頭が悪くないらしい。
 管制ユニットのなかで一人苦笑して、伊隅は大きく息を吸った。

「目標、敵左翼! 吶喊ッ!!」

 伊隅の号令一過、砲火をかいくぐり精鋭A01大隊の不知火達が、敵の片翼に襲い掛かった。
 圧倒的に優勢な機動力でおとりを買って出て、自分のエレメントに撃たせるものや、それを部隊単位でやるもの、中でも先ほどの鳴海の真似をしてのけるものも居たが、長刀を持ったまま駒のように大回転した小隊長らしき機体になぎ払われた。
 二番煎じの通じるような甘い相手ではないのだ。
 敵もさるもので、後方部隊からの射撃援護をもらいつつ、潮が引くように速やかに撤退した。

あえて追わなかったのは、敵部隊が踏みとどまって、こちらの損害が増えた挙句に、後方部隊から狙い撃ちにあうのを避けるためである。
 両翼共に引いたのか、しばらくして、右翼に回った味方の2個大隊が上がってきた。
ここで戦力を結集し、後方部隊を叩き潰すのだ。

「行くぞッ!!」

 激しい銃火の中、奇しくも連隊規模となったA01部隊は、突撃した。傍らの僚機が火を噴き、落ちようとも、ただひたすらに敵へと迫り、光学センサーが敵部隊の姿を捉えた。

≪隊長! 大変です≫

「どうした鳴海?」

≪敵が足りません!!≫

「どういうことだ、今はふざけている場合では……」

 怒鳴りかけて、伊隅は思い直した。鳴海は、この状況で冗談を言うような男ではない。

≪自分を助けてくれたMS部隊、彼らが参加しているはずなのに、居ないんです≫

 すぐに「別働隊」の文字が脳裏をよぎる。舌打ちしたいのをこらえながら、伊隅は冷静に確かめた。

「見間違いではないか?」

≪命の恩人です≫

 間違えるはずはない、と言いたいのは伝わってきた。もとより確認は希望でしかない。

「……反応炉か」

≪恐らくは≫

 僅かな間をおいて、伊隅は答えた。

「鳴海中尉、貴様の中隊は後ろに下がれ」

《大尉?》

 鳴海中尉が怪訝そうな顔をする。

「人形を一個大隊連れて行け 任せたぞ」

 意味を察したのか、明るい顔になった鳴海中尉が、すばやく敬礼した。

 鳴海中尉の中隊が下がったのに合わせて、陣形を広くする。翼を広げるような滑らかな陣形転換はプログラムゆえであろう。勝てるか否かを心配する暇など無い。目の前の敵機は待ってはくれないのだ

「ヴァルキリーズ! 全機突貫!!

 彼女の号令に合わせて一気に増速した味方部隊が、包みこむように敵と接触する。あわせて距離をつめてきた敵部隊との間に壮絶な白兵戦が勃発した。

「鳴海、行けぇぇぇぇっ!」

 返答する間も惜しいと見えて、後方から飛び出した鳴海中隊と追随する基地防衛隊の第6大隊が
敵部隊を迂回してスタブへと向かう。

「……頼んだぞ」

 一言つぶやくと、目の前の敵に取り掛かった。




 
《フォーゲル1より、子守、聞こえるか?》

 通信機に魂に響くような低い声が入ってくる。《フォーゲル》はザクキャノン小隊のコードネームだ。「子守」とはキャノン部隊の直援であるトップの小隊を揶揄したものだ。
斬込中隊に攻撃が集中させている敵を、フォーゲル小隊が狙い撃つという、大胆かつ危険な戦術を彼らは驚くほど精確にこなしていた。
 そんな、彼らを狙ってくる連中を排除するのがトップ達の役目だった。

「なにか?」

《さっきから景気よくぶっ放してたおかげで、残弾が心もとない。180mmはまだあるがビッグガン(連装擲弾砲)は弾切れだ》

 もろいとはいえ、敵は軽くこちらの10倍はいるし、その上、機体が軽いのもあってか機動性はかなりのものだ。当然、弾幕を張って牽制せねばならないし、そうなれば残弾も減ってくる、ヒートホークを持たずに、持てるだけ弾倉を持ってきたトップでさえ、慎重に撃たざるを得ないほどの量だ。
 
「後退するか?」

《あほ抜かせ、おとりくらいはできるさ》

 小隊長が威勢よく言う。トップのザクⅠが、小隊長のザクキャノンに自分のマシンガンを手渡した。

「…使え」

 短くトップが言うと、小隊長がマシンガンを受け取りながら、少しだけ困惑した調子で答えた。

《銃無しでどうするんだ?》

 にやりと不適な笑みを浮かべながら、彼女は答えた。

「銃? 銃なら連中が持ってきてくれるじゃないか……」

《くくくくくっ、そいつは違いない》

 相手の隊長が心底愉快そうな声を上げる。

《なかなか、言うじゃないか少尉》

回線に割り込んできたのはヴィットマン大尉だ。損耗した小隊を連れて、後退してきたのだ。

《両翼がもたん。奴ら中隊規模で一機を狙ってきやがる。死角に気をつけろ。連中のひょうろく弾でも、至近距離からコクピットや関節を狙われたらひとたまりもないぞ》

 見れば、両小隊共一、二機かけている。ヴィットマンのドムが自分のマシンガンを《フォーゲル》に手渡した。

《ヴォル、貴様のも渡せ》

《了解》

 ヴォル少尉が快活に答える。ヴィットマンとヴォルの両小隊のMSが残弾の残っているバズーカなどをガシャガシャと置いていく。

≪すみません大尉≫

≪……気にするな≫

 しごく簡潔なやり取りで武器の再配分を終えると、小隊のザクがヒートホークを抜く。接触回線からエネルギーを供給され、斧頭の刃が熱い光を帯びる。ヴィットマンとヴォルのドムもヒートサーベルを抜いた。

≪自分たちの銃も渡しますか?≫

 小隊員の一人がいささか興奮気味に言う。トップの小隊は、同じ収容所に入れられて基地に編入されたいわゆる「編入組」から選抜した者たちで、彼らの中には、当然オデッサで捕虜となった者もいる。斬込中隊の壮絶な戦いを目にして、気が高ぶっているのだろう。臆病風に吹かれるよりはよっぽどましだ。


「いいや、貴様らは私を援護しろ」

 そう答えながら、トップのザクⅠが肩を前にして構えた。ザク独特の突撃姿勢である。

「……地上(アースノイド)の坊やたちに、ガデム式を教えてやる!」

 『ガデム式機甲格闘術』それは、格闘戦の草分け、教導機動大隊のガデム少佐によって編纂された、宇宙世紀初のMSによる近接格闘術である。
 鈍く光るショルダーアーマーが、迫り来る敵を映した。



あとがき

 どうも赤狼です。大変長らくお待たせいたしました。軍歌「抜刀隊」を聞いて精神を高揚させながら、書いている今日この頃です。きっと、長くなるだろうと思っていたらそのとおりでしたw 終わりそうにないので、二編に分けます。
 結局、前の話を更新してから一ヶ月近くたってしまいました。その間に短編をアップしたりとなんとか時間を稼いでいたんですが、やはり無理でしたw と言うことで、自分のペースでやることとします。
 べ、別にメカ本がまた延期になって気落ちなんかしてないんだからね。てか、主人公なのにマ・クベが出てねぇ;; 
 今回は基本的に斬込中隊の話だったので後編は黒騎士の活躍と夕呼VSマ・クベをやろうと思いますレクイエムでも聴きながら楽しんでください。……よし、きっとまだザクキャノン部隊の小隊長が「あの人」だなんて、読者の皆さんには気づかれていないはずだ。



[5082] 第十八章 烈火 中編
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:34
 いかなる生物もいない絶対的な静寂をかき乱しながら、漆黒の一隊は燐光放つ回廊の中を駆け抜けた。ホバー走行と徒歩行軍を交互に併用しながら、進む黒騎士中隊は総勢16機の小勢ではあるが、どの機体も重厚に武装を施している。
両肩のシールドに、3連装ミサイルポッドを2つ、両足に1ずつ計6基装備したザク改は、腰にヒートホークと90mmマシンガンの弾倉を付けられるだけ付けている。
中隊の火力の大部分を受け持つケンプファーはといえば、ザクのミサイルポッドを二重にした6連装ミサイルポッドを、両肩から垂れ下がるように伸びる増加装甲パイロンに2つ、両足のパイロンに一つずつ、計六基の重武装である。それに加え、背中にはトレードマークともいえる2基のジャイアントバズ、腰にはチェーンマインを引っさげて、文字通り歩く武器庫のような状態になっている。

 薄明るい回廊を男達は黙々と進んだ。ノリス大佐率いる増強中隊その全てをおとりにしてまで、彼らに課せられた任務は、基地動力炉の破壊である。先だっての基地の工事の際に地下区画を担当したのは黒騎士の面々である。

「…見えた」

 バウアーの単眼が回廊の果てにさながに強い光を放つ光源を捕らえた。VRであるにも関わらず、それを見た瞬間に、背筋を電流が走りぬけた。
間違いない、これは敵だ。決して理屈ではない彼の感覚がそう訴えていた。

「全機増速! 前方に目標を確認。パンツァー・フォー(前進せよ)!!」

 バウアーのロッテを先頭にやじり状の隊形を組んだ11機のザク改と4機のケンプファーが一斉にバーニアを吹かす。

≪少佐! 先行します!!≫

 オットー・シュルツ中尉の声がレシーバーに響く特別に編成された4機のケンプファーによる打撃小隊である。燐光を放つ床を踏み砕きながら、4機のケンプファーが降着した。

≪目標ロック! 小隊射撃!!≫

シュルツ中尉の号令一下、ランチャーのバックブラストが、硝煙の外套を作り出す。一機36発、計144発の対艦徹甲弾頭が一直線に目標に向かう。
まるで吸い込まれるように着弾したミサイルは凄まじい爆炎を撒き散らしながら炸裂した。

≪まだまだぁっ!!≫

 空になったランチャーがパージされ、爆砕ボルトによって跳ね飛ばされた。ランチャーが光る地面に影を落とした。
4機のケンプファーが背部ラックに固定されていたジャイアントバズを両腕に構えた。

≪くたばれぇぇぇぇっ≫

360mmと言う旧世紀ならば戦艦の主砲に匹敵する大口径砲弾が、次々と打ち出される。
先のミサイルの硝煙を吹き飛ばし、バズーカの弾が着弾する。凄まじい爆発と轟音が、震動となってコクピット越しに伝わってきた。熱い硝煙に覆い包まれもはや目標を視認する事は不可能である。

≪やった!?≫

 クルツが感嘆の声を上げる。
立ち込めていた硝煙が薄らいだ瞬間に、バウアーは顔を顰めた。

≪……俺のケツをなめろ。クソッタレめっ!≫

 レシーバーから苦し紛れの悪態が聞こえる。息を呑む音が妙に生々しく聞こえた。驚くべき事に、目の前の目標はいまだにその妖しい光を放ち続けていたのである。
 桁外れの強度である。これは違う、地上の連中とも違う、もっと異質なものだ、バウアーのなかで、何かが叫んでいた。

不意にコクピット内に電子音が鳴り響く、誘導弾の射程に入っているのである。モニターを見れば「TARGET」の表示が出ている目標へ照準がロックされている。
思わず立ち尽くしてしまった自分に苦笑するとバウアーは、付き従う部下たちに命じた。

「情け無用! ファイヤーーーー!!」

 先ほどのものよりも巨大な、外套の如きバックブラストを残して残りの全機が、ミサイルを発射する。
総数216発と言う膨大な量のミサイルは矢よりも早く目標へとぶち当たり、対艦攻撃用の弾頭がその破壊力の全てを開放した。凄まじい爆炎が目標を包みこんだ。
衝撃でモニターの像が歪み閉鎖空間に立ち込める硝煙が視界をさえぎっている。
だが、男はなんと無しにその後に見えるであろう光景が予見できていた。そしてそれは、まったくと言っていいほど、予想を裏切らなかった。
 煙が晴れて、圧倒的な火力にも拘らず、不敵な燐光はいまだにその輝きを保っていたのである。

≪なんてこった≫

≪……くそ≫

中隊の面々から弱気な声が漏れる。

「……硬ぇな」

≪…………≫

≪……少佐≫

 気まずい沈黙がその場を支配しようとした、まさにその時、バウアーはうっそりと口を開いた。

「硬ぇ、だが俺はもっと硬いものを知ってるぞ」

 重々しい口調でバウアーが言った。

≪……なんですか、少佐?≫

 混乱した様子で、クルツが尋ねる。途端に笑みの混じる口調でバウアーは答えた。

「そいつはな、マ・クベの面の皮だ」

≪…………ぷっ≫

 最初に噴出したのはクルツ少尉だった。そこから中隊全体が爆笑の渦に包まれる。

「そうだ、アレに比べりゃ、なんてことはねえ、残りの爆薬を全部仕掛けろ!!」

≪了解!≫

 隊員たちが元気を取り戻した瞬間、先行したケンプファーが緊迫した声が上がる。

≪!? 上空に反応! 敵部隊降下してきます!≫

 バウアーは一瞬、忌々しげに顔をゆがめると、通信機に向かって大声で怒鳴った。

「シュルツっ!!」

≪はい、少佐!≫

「この蛍の親玉の相手はしばらく中止だ。先に横槍をへし折るぞ!!」

≪≪≪≪≪≪了解!≫≫≫≫≫≫

 威勢のいい男達の答えを、耳にしてバウアーは満足そうに笑った。

「それじゃあ、教育してやるか」

 センサーに写る光点を見つめながら、男の瞳は獰猛に輝いていた。




――― 国連軍横浜基地地下機密区画 管制室

「…何か?」

 肩を震わせながら必死で笑いをこらえている夕呼をマ・クベが冷ややかに見る。どうやら、先ほどのバウアーのたわ言が相当お気に召したらしい。正直言ってこちらの旗色も良くない。

「……気に入らないわね」

 突然、先ほどまで笑っていた交渉相手が不機嫌そうな顔をした。

「その予定どうりって顔、本当に気に食わないわ。あんたたち、あんまりこっちを舐めない方が良いわよ」

 香月夕呼大佐は打って変わって冷徹な調子で言った。どうやら、こっちが本音らしい。マ・クベは無表情に言葉を聞きながら、一欠けらの感情も伴わぬ冷静さで答えた。

「全ては結果次第、そうでありましょう?」

 そう答えると、夕呼はぷいっとあさっての方を向いた。やにわに子供っぽい反応を見て、心中に苦笑をこぼしながら、少し面白そうにマ・クベは言った。

「……ですが。確かに、あまり心配はしておりませんな」

「なっ!?」

 我知らず好戦的ないらえを返すマ・クベの顔は、いつの間にか獰猛な笑みを作っていた。その顔をまともに見た夕呼が思わず霞の方へ表情を向ける。
少女は怯えたような顔で、こちらを見ている。マ・クベはまた無表情に戻ると、観戦ようの大型モニターの方へ視線を戻した。やはり、旗色は悪い。だが、彼には珍しく、先ほどの言葉はまったくの本音だった。


 ともあれ凍りつくような覇気の応酬は、演習用のオペレータールームを、空調いらずにしてくれた事は言うまでも無く。
 傍らで繰り広げられる冷戦の気配を感じながら、CP将校であるイリーナ・ピアティフ中尉と涼宮遥少尉は振り向けよう筈が無かった。

((い、胃が痛い……))
 
 それが二人の偽らざる感想である。
 どうしてここで? 何故に今? 全ての問いには、高度に政治的、かつ戦略的な答えが控えている事は言うまでも無い。
 分かってはいるのだが、たまったものではないのだ。

 ピアティフは横目で部下の方を見た。

「大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」と涼宮少尉の目が答える。そんな一瞬の会話をよそに、後方では、交渉相手の男と香月大佐との間で、更なるプレッシャーを発生させていた。



 かつて主縦坑と呼ばれていた地の底まで通じる巨大な縦坑をいくつもの光が通り抜けた。
否、落ちていくと言ったほうが正しいかもしれない。
地獄まで続いているかと思われそうな、暗く、巨大な空洞を大隊規模の戦術機が駆け抜ける。一つ、また一つと彼らが通り過ぎる為に隔壁が閉まっていく。
 きっとこの先は、予想にたがわず地獄なのだろう。部隊を率いる鳴海孝之の脳裏に、そんな考えが浮かぶ。そう思ったとたんに不思議と、こみ上げてきたのは笑いだった。

(俺は、もう地獄を見ているじゃないか……)

 共に地獄を見て、帰れなかった友がいた……それを考えれば一体何ほどの恐怖があるというのだろうか? これは演習で、例え負けてもそれを糧にできるのである。
 そう考えるとなんとなく気が楽になった。

≪この、隔壁を抜けると反応炉です。孝之君、気をつけてね≫

 CPの遥が心配そうに言う。心なしか顔が青いのは、それほど彼の身を案じているからだろう。

≪ここからは、敵部隊と遭遇する可能性が非常に高くなります。十分警戒してください≫

そう言うピアティフ中尉も同じような顔色だったのはどういうわけだろう。そんな撮りとめも無い思考を頭の隅に追いやると、孝之は気を引き締めた。
 その時、もの凄い震動と爆音が縦坑を震わした。

「なんだ!?」

≪反応炉周辺で爆発音、敵が攻撃している模様です≫

 遥が緊迫した声で告げる。

「全機増速、一気にメインホールへ突っ込むぞ!! ホール突入後は散開! エレメントを絶対に崩すな。必ず二機以上で一機を狙え」

 言うが早いか自身の不知火を最大速力で地上に突っ込ます。引き起こしのタイミングをドジれば、そのまま地面か反応炉へぶち当たる。
ほの青く光る天蓋が見えた。

急制動と引き起こしをかけ、地上すれすれで周辺へと散開する。その瞬間、凄まじい衝撃が機体を振るわせた。大量の瓦礫が降ってくる。

「全機、退避!!」

 慌てて叫んだものの、時すでに遅く、後続の部隊が爆発に巻き込まれるか、瓦礫に押し潰されてかなり数を減らされてしまった。どうやら、敵はメインホールの入り口付近に爆薬を仕掛けていたらしい。衝撃と舞い上がった粉塵で視界が遮られ、センサーの効きも悪い。

「残存機は集合しろ!」

敵は待っていたのだ。こちらが来る事を計算して、アレだけ派手に隔壁を開け閉めしていれば、気づかれないはずが無い。そして、そこまで考えて、孝之はハッと気づいた。
敵はこちらの動きを読んでいる。待ったく目が効かなくなった状況で、こちらがどうするかも当然のことながら予測しているのではないだろうか?
粉塵が収まりセンサーが復旧してくる。敵の光点が一つづつ浮かび上がってくる。孝之の部隊は完全に包囲されていた。
円陣を組んだ彼の部隊と敵を遮っているのは、頼りない多目的装甲の壁だけである。

≪て、敵が発光信号で降伏を勧告しています≫

 中隊の部下の一人が悲鳴のように叫ぶ。見ると、指揮官らしき機体が

「…………」

≪隊長っ!!≫

「……すまん、皆、俺に付き合ってくれないか」

 そう言うと、孝之は自身の不知火を抜刀させた。

≪……隊長≫

 それに答えるように周りを囲む戦術機が、兵装、担架から長刀を抜き放つ。

「全機吶喊っ!!」

 目指すは前へ、ただひたすらに前へ、自動設定の機体郡がまるで彼らを護るように前へ出る。たちまち数機が、大口径銃弾の前に無残に蹴散らされる。

「……すまん」

 ただのプログラムに過ぎないそれらが、まるで自分たちに全てを託そうとするかのように感じられて、孝之は思わず目頭が熱くなった。一機、また一機と目の前で落とされていく戦友たちを見つめながら、目の前に展開した最後の一機が落ちた瞬間に、モニターに大きく移る敵機の姿を捉えた。ついに包囲陣の一角へとたぢり着いたのだ。
 最高速まで加速した不知火が手にした長刀を叩きつける。ものすごい衝撃と共に、長刀は敵機の胴を半ばまで断ち割った。やはり、硬い。刃筋が相当上手く立たねば加速していない状態では斬る事すら難しいだろう。

「各機動きを止めるなっ! 切って切って切りまくれ!!」

通信機にむかって、怒鳴りながら孝之は不知火を縦横に躍らせた。切る事は無理でも叩けばバランスは崩せる。動きを止めずに縦横無尽に飛び回りながら、崩れたところを頭部や関節に切っ先を突っ込む。
敵の機体とて全てが完全に装甲されているわけではない。関節やカメラ周辺、背後などの装甲が薄くなっているのは機動兵器の常である。
単眼を貫かれた機体が、がっくりと崩れ落ちる。
勝てるかもしれない、僅かな手ごたえを感じ、孝之が回りを見回した瞬間驚くべき光景が目に入ってきた。

「なっ!?」

 立っているのは孝之の機体だけだった。いくら、白兵戦が強力とはいえ、この僅かな時間でA01の精鋭を、自らに倍する敵を片付けられるものなのだろうか。
否、彼らには出来るのだ。目の前の光景がそれを語っている。

気づけば、赤く光る斧を持った敵機が、孝之の目の前に立っていた。
僅かにであるが、どの機体とも異なる形をしている。誰が乗っているのかは容易に想像がついた。
 
不知火が長刀を構えると、他の機体は手を出してこなかった。どうやら、最後の望みは叶えさせてくれるらしい。
心臓の鼓動がうるさいほどに、高鳴っている。もはや、彼をこの場に立たせているのはただの意地だ。

「……勝負!」

 跳躍ユニットを吹かして一気に突進する。必殺の横薙ぎが敵機を捕らえた。
敵の機体が、僅かに沈み込む、肩が僅かに前に出るのが見えた。
長刀は肩から延びる敵機の装甲に阻まれ、ものうちから折れ飛んだ。

「しまった!」

 偶然ではない。敵はこれを狙っていたのだ。彼自身が倒してきた敵は、彼の長刀に致命的な負荷を与えていたらしい。そして、相手はその事を読んでいたのだ。
 目の前の敵機が赤く光る斧を振り上げる。

「……かなわないな。くそっ」

 最後の悪態をついた瞬間に、彼の視界は途切れた。




「食われたのは何機だ?」

 死屍累々たる戦場で、バウアーは呟くように尋ねた。

≪はっ、一個小隊ほどやられました。内一機は、ケンプファーです≫

 シュルツが冷静に答える。

「敵ながら良い判断だった。包囲状態から部隊を全て突っ込んで攻撃に回ったんだからな。流石に連中、足が速い」

≪どうしますか隊長≫

「破損した機体の中で、核融合炉が生きている機体を探せ」

 バウアーはニヤリと笑うと、不愉快に光り続ける目標を見上げた。

「ちょっとした花火を上げてやろう」




地下大格納庫では、全部隊を巻き込んだ壮絶な乱戦が行われていた。
ザクⅠの頑丈なショルダーアーマーが、目の前の敵機を跳ね飛ばした。

「たく、これで何機めだか」

 コクピットの中、うんざりしたような表情で、トップは僅かにため息をついた。

周りを見れば、集団の只中、白兵戦であるため、手に手に長刀を構えた敵機の群れが周りを取り囲んでいる。
正面から大上段に斬りかかって来た相手の柄尻を片手で押さえ、空いた手で素早く貫手を入れる。
1機が後背にまわり込むが、振り向きざまの後ろ蹴りを喰らって吹っ飛ぶ。
下ろそうとした長刀を交差した鋼の腕で止めると、そのまま横に逸らしてショルダータックルを叩き込む。
 それでも、彼女を囲んでいる敵の量は減っていないように感じた。死角から攻撃されずにすんでいるのは、小隊の機体が必死で援護をしているからだろう。
 他の小隊のザクⅡも、まるで旧世紀のヴィーキングの末裔にでもなったかのように、凄まじい白兵戦を繰り広げている。

≪トップあと20秒で敵の増援だ≫

 ヴィットマン大尉から簡潔かつ最悪な情報がもたらされる。小声で悪態をつきながら機体を立て直そうとした瞬間、トップのザクⅠは敵の波に飲まれた。

「クソッ」

 もはやこれまでか、トップが観念しようとしたまさに、その瞬間に通信機から、ヴィットマンの怒号が響いた。

≪伏せてろ!≫

凄まじい閃光が一瞬あたりを照らすと、ザクⅠの横に2機のドムが滑り込んで来た。アイスダンス顔負けの、流れるような動きで、互いの手を繋ぎ、その場で駒のように回転する。手にしたヒートサーベルが周りの全てをなぎ払った。

「…………」

 唖然としているトップの耳に通信機から慌てた声が響く。

≪こいつら、ちょこまかと! クソっ!!≫

無線機に入ってきた悪態と共に、小隊員のマーカーが消えた。見れば4機づつに両腕を押さえつけられたザクⅠが至近距離から弾を打ち込まれている。多勢に無勢だ

「えぐい真似をしてくれる」

トップは吐き捨てるように言った。ザクⅠが破壊された敵の背中から銃をもぎ取る。2丁の突撃砲を構えてモノアイが舐めるように戦場を見回した。

「わざわざ配達してもらったんだ。せいぜい使わせてもらおうじゃないか!」

 ふと、隣を見れば、ザクキャノン小隊が同じように敵の銃を拾って使っている。どうやら、渡した武器はとっくの昔に弾切れしたらしい。

一機が沈み込むように敵機の斬撃を交わしながら、トンファー宜しくビックガンで敵の戦術機を打っ飛ばした。

≪まったく何匹、撃ってもへりゃしない≫

 いささかうんざりしたような声が聞こえてきて、トップは急におかしくなった。

「ぼやくなフォーゲル1、我々が援護する」

 そう言って、トップは残りの小隊をフォーゲル小隊に合流させた。

≪少尉≫

「なんだ『少尉』」

≪……トップ少尉、このまま予定どうりに良くと思うか?……くそっ36mmだな? 豆鉄砲め!≫
 
 バリバリと両手でマシンガンを連射しながら、ルーデルが言った。この珍妙な形のマシンガンは上部と下部に二本の銃身があり上部は120mm、下部は36mmの銃弾を使っているらしいのだが、こちらの機体からでは、その切り替えが出来ない事になっている。
口では悪態をついているものの、発射された銃弾はしっかりと敵を倒しているあたり、選抜中隊の一員に選ばれただけの事はある。
 とはいえ、多勢に無勢で旗色の悪いことは事実だった。

≪トップ少尉!≫

 通信機にヴィットマン大尉のドラ声が入ってきた。

「大尉!?」

 カメラに移る大尉のドムが、彼女の機体の肩を掴んでいる。どうやら、接触回線だったらしい。驚いてセンサーを確認すると、味方を表す光点が彼女の部隊を(正確に言えば、小隊の生き残りとフォーゲル隊を)囲むように布陣していた。

≪時間は十分に稼いだ! これ以上の損害は出すな≫

「はっ、ルーデル少尉!」

≪なんだっ!≫ 

 通信ウィンドウにルーデルが写る。

「そろそろ時間だ!」

≪!!……了解した。死ぬなよ戦友≫

「……貴様もな」 

 ウィンドウが全て消えて、トップはため息をついた。

「……まったく、精鋭部隊も楽じゃない」

 その時、突然激しい震動が地下空間を揺らす。その瞬間、全ての照明が一気に消えた。それともに、通信も一部途切れる。

≪反撃開始だ! ……教育してやる≫

 無線に響いた声と共に、暗闇の中を傍らにいたドムが消える。
 トップは熱センサーに切り替えると、通信機に向かって怒鳴った。

「作戦成功だ! 熱センサーに切り替えろ!!」

≪了解≫

カメラ越しに見える敵兵は、暗闇の理由が分からず、右往左往している。
この混乱から立ち直る前に敵を全滅させねばならない。ありがたいことに、弾は山とある。
両手のマシンガンを連射しながら、トップは部下と共に突撃を敢行した。



「トップに遅れるなっ!! 撃って、撃って、撃ちまくれ!!」

 復旧した回線で激を飛ばしたのはハンス・ウルリッヒ・ルーデル少尉である。いつ奪い取ったのか、今度は長銃身の狙撃仕様のマシンガンを2丁抱えて、部下と共にトップのあとを追いかけた。
 ザクキャノンは元来が支援部隊で前線向きではないと思われがちだが、篭城戦の柱であるザクキャノン部隊は元々少数精鋭のところを文字通り精鋭中の精鋭を見繕ったのがフォーゲル小隊である。
両手のロングバレルが、次々と敵機に風穴を開けていく。副官のガーデルマンが横でマシンガンから榴弾を発射しているのが見える。どうやら当たり(120mm)を引いたらしい。

熱センサー上の敵は、炎上した機体が多くなって来たので、見極めがつきにくくなる。
通常モードに切り替えると、良い具合にかがり火になっている。

「なんて、ザマだ」

 立っている機体などほとんどなかった。予備電源によってついた赤い電灯はまさにその光景を修飾せんとしているように見える。文字どおり死屍累々と呼ぶばかりの惨状は、ほとんど味方でなく敵であり、その上を赤い血のような照明が静かに照らしていた。

ふと、ノリス大佐率いる斬込中隊が戦っていた場所を見てみる。

「なんてこった」

 数こそは少なくなったが、確かに彼らは生きていた。黒備えのMSに混じる蒼い機体。
ノリス大佐のグフカスタムだ。

「あれが、オデッサ帰りか」

 後ろに続く機体たちは、手に手に灼熱の刃を携えて、まるで地獄の悪魔のように見えた。さながら、覇気と言うか殺気のようなものを感じて、ルーデルは息を呑んだ。

「心底、連中が味方でよかったぜ」

≪隊長に言われるとは、相当ですね≫
 
 半ば感嘆したような声でガーデルマンが言った。どうやら口に出ていたらしい。

「どういう意味だガーデルマン?」

≪そのままの意味です≫

 通信ウィンドウの中で、呆れ顔をするガーデルマンをルーデルは不思議そうに見つめ返した。

「ま、グダグダ無駄口を叩くでもねぇだろう。行くぞガーデルマン。突撃だ!!」

≪ひっ! 了解しました!!≫

 ルーデルは愛機に持たせた二丁の銃を構えなおした。何せ残弾はたっぷりあるのだ。こいつを全て敵に叩き込むのが俺たちのしごとだ、そう心の中で呟いた。
レーダーに映る無数の影を見ながら、ルーデルは凶暴な笑みを浮かべた。



≪クソっどういうことだ!≫ 

≪ちくしょぉ! どこだ! ぎゃぁぁぁぁ≫

 無線機に半狂乱の叫びが入ってくる。いきなり真っ暗闇に、放り込まれたと思ったら、敵が猛然と反撃を開始したのだから、たまったものではない。

「みんな落ち着け! どうやら、反応炉がやられたらしい。暗視に…」

 凄まじい爆発音が言葉を遮る。衝撃で不知火が僅かによろけた。

「……その必要は、無いようだな」

 残してきた前線部隊の方を振り返ると、重い口調で伊隅が呟いた。
赤々と燃える戦術機の残骸が、さながら。赤い絨毯のように広がっていた。
 
その炎の揺らめきに照らされ妙にユックリと歩いてくる「何か」の影。
 それは、影ではなく巨人であった。燃え立つ剣を携えて、鬼火のように単眼を燃やしながら、妙に緩慢な動作でそれらは歩いてきた。そのあまりの光景に戦場自体が動きを止めたようだった。

「馬鹿な……全滅させたのか!?」

 その緩慢な行進こそが答えのようでもある。炎が照らす漆黒の装甲、その中に混じる深い蒼。
 あれこそ敵の突撃前衛(ストームバンガード)である

(……美しい)

 その光景を図らずも、伊隅はそう思ってしまった。この地獄のような戦場にあって、世迷言以外の何者でもない。
しかし、そう思ってしまったのだ。

≪隊長っ! しっかりしてください≫

 部下である速瀬少尉の必死な呼びかけで、伊隅は、はっとわれに返った。
気づけば乱戦の真っ只中である。

敵の戦術機が、光る斧や頑丈な機体によって壮絶な格闘戦をくりひろげていた。
弾が切れたのか、奪った突撃砲を乱射しているものも居る。

(くそっ 重量があるだけによく当ててくれる。…腕も良いのか)

 心のうちで悪態をつきながら、伊隅は完全に立ち直った。

「貴様ら! 我らが隊規を思い出せ!!」

 自分の愛機の長刀を抜く。仲間のために命を懸けろ、決して犬死するな。
散るならば、相応の散りざまを残さねばならぬという事だ。 

≪…ちら、CP、反応路付近で超高出力磁場帯の発生を確認……突入部隊の反応、全機ロストしました≫

≪そんな! 孝之達がやられたの!?≫

「落ち着け、速瀬。今は確認している余裕はない。目の前の敵に集中しろ!」

凄まじいノイズ交じりだがCPが復旧したようだ。
同時に非常電源の赤色電灯がついて、一面を赤く染める。一瞬、本当の地獄にでも落ちたような気がして、背中が冷たくなった。

 そして、それは単なる勘違いではなかった。

≪主縦穴方面より、不明機……隔壁を破壊して登ってきたようです≫

「こんなに早く……皆、覚悟を決めろ。こうなれば最後の意地を見せてやるんだ!!」

 力の限り叫ぶ。どれほど、不利であろうと、絶望的であろうと、価値の無い死を遂げる事など許されないのだ。



あとがき
 
 皆様、あけましておめでとうございます。スーパー遅筆野郎こと赤狼です。最近、たまってしまった電波を排出する為に、色々と書いております。と言うかさっさとレインダンサーズが欲しいなと思う今日この頃、さりとてはとて、お財布と相談しなけりゃならんのが、当然ながら悲しいところです。
そういえば本編ですが、え~、やっぱり3篇になってしまいました。さっさと書きますといいたいところですが、正直不安です。音楽を聴きながら、原稿を読むというのが、中々良いらしく、推敲はそれでやってます。皆様、今年も本作品を宜しくお願いします。
ちなみに、新しい年の節目と色々在りまして改題します。「機動戦記 MUV-LUV物語」なんだかぱちもん臭い感じですが、元ネタがあまりに沢山ありすぎるので(機体だけの出演だとUCほぼ総ざらいといった具合なので)、古くからの読者の皆様方には混乱されますでしょうが、心機一転の意味合いもございますので、どうかご理解ください。



[5082] 第十九章 烈火 後編
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:41
俺たちは兵隊だ、殺しのプロだ。
「味方」は護れっ!「敵」は殺せっ! 
……相手が人間かどうかなんて、悩む価値も無い。

ダイスケ・サトウ「学院黙示録」より


―――― 地下機密区画 大格納庫

≪主機損傷、クソッ、隊長、すみませ……≫

 また一機落ちた。敵味方を問わず狂乱するこの壮絶な白兵戦の中で、一分一秒を生き延びるのは至難の業だった。
強い、伊隅は思った。
そもそも、初めから、彼らは違うのだ。
自分を含め、前線の衛士と言う奴は、どうしてもBETAとの戦いこそ本分であり、対人戦闘はその練習に過ぎないと考えている節がある。
だが、彼らは違う。徹頭徹尾本気でこちらを殺すつもりであり、それに慣れているのだ。そう、彼らは「人殺しに慣れて」いるのだ。

≪ぎゃぁぁぁぁぁ、だれか、いや、いやぁぁぁぁ≫

 また一人、無残な悲鳴を残して部下が消える。

(くそっ、一体何なんだやつ等はっ!)

心の中で悪態を付きながら、彼女は本気で恐怖を感じていた。憎き異種起源の化け物共の前に立つのとは、まったく異質なむき出しの殺意と執念。それは、戦術機と言う特殊合金と複合繊維体の中にいてすら、はっきりと感じ取れる。

「落ち着け、私、まだ諦めるな!」

 全ての意地と勇気を振り絞って、伊隅は力の限り戦った。味方との連絡は取れない。
戦闘の混乱の中に飲み込まれてしまったのだ。だが、こちらとて絶望的な状況には、馴れているのだ。
伊隅は止まることなく縦横に撃ち、そして長刀を振り回した。ようやく手ごわい一機を血祭りに上げると、飛び立とうとした瞬間に、妙な震動が機体を襲った。

「なっ!?」

 振り返れば、敵機が単眼を光らせながら、跳躍ユニットを掴んでいる。

「はなせっ!」

 鋭く叫びながら、突撃砲を連射する。36mm弾が何も無い空間をきる。
刹那、とてつもないGとともに機体が大きく揺さぶられた。

「うわぁあぁぁあああ」

投げられた、そう思った時にはすでに、全身が浮遊感に包まれていた。
次の瞬間にやってきた鋭い衝撃が、シート越しに彼女の尻から胸を抜けていく。

「ぐっ、く、くそっ」

なおも立とうとする彼女の不知火の横に、単眼の戦術機がしゃがみこんだ。
抱きすくめる様に手を回すと、もっていた長刀の切っ先をコクピットに突きつける。

≪降伏シロ≫

 特殊な訛りのある英語で、降伏を勧告される。多分、接触回線を使っているのだろう。
 伊隅はニヤリと笑うと好戦的に答えた。

「A-01を舐めるな」

 最後に見たのは、コクピットに突き入れられる灼熱の切っ先だった。

その時、彼女ははっきりと思い知らされた。兵士と言うものは敵と戦う事が本分であり、人間であろうと無かろうと、敵として前に立ったものは「敵」なのだ。





死屍累々の残骸によってあふれ返る地下空間は、僅か数分前まで、戦場であったとは思えないほどに、静かな時間が流れていた。

強化コンクリートの床には、敵機の残骸にまぎれて、味方の機体も転がっている。といっても、コクピットまで破壊されている機体は少なく、中のパイロットは生きているであろう事が伺えた。
まばらな駆動音が地下空間に木霊する。巨大な地下空洞を狭いといわんばかりに歩くのは、残骸から武器を集める巨大な影であった。

闇の中に光った単眼は、ギョロリと戦場を見渡した。
敵影無し、殲滅であった。こちらよりはるかに多勢であったが、勝利したのだ。
それは、この基地に存在する全仮想敵戦力を一人余さず倒しきったという事である。

「諸君、ご苦労だった。どうやら、もう敵は居ないらしい」

 ノリス大佐が疲れた声で告げた。彼の機体はどこもかしこもぼろぼろであり、強靭なヒートソードも所々の刃がこぼれ、刀身に細かい傷がいくつもついている。

≪大佐殿≫
 
 最初に声を出したのはメルダース中尉であった。

≪もう敵は居ないのでありますか?≫

 続いて出てきた言葉に、ノリスはつい失笑を浮かべてしまった。
映像回線の向こう側で、中尉が怪訝な顔をする。

「気にするな中尉。当初の予定どうりであれば、地上に出ることが目的だ。だが、僅かではあるが伏兵の可能性もある。警戒は怠るなよ。

 ノリスは回線を切り替えると、揮下の中隊長たちへ呼びかけた。

「各隊、被害を報告しろ」

 1機1機の性能はこちらに劣るとは言え、あれだけの多勢を相手にしたのだ。こちらも少なからぬ損害が出ている。
ノリスの率いる斬り込み中隊からは5機だ。とはいえ、圧倒的な数の敵をこの損害で防ぎきれたなら行幸ともいえる。
 にも拘らず、ノリスの顔には疲労以外の翳りがあった。

(何故、マ・クベ中佐ならもっとうまくやれる。そんな確信が持ててしまうのか。一種の責任逃れだな。それとも部隊に対する嫉妬か)

 決して自分の部下に不満があるわけではない。だが、一武人として精鋭中の精鋭を指揮するというのは、やはり格別の味わいがあることは、事実だった。

≪黒騎士中隊、喪失4機 内、ザク3、ケンプファー1です≫

 特徴的なドラ声が、響く。バウアー少佐の黒騎士中隊も、やはり、それなりの損害を出していようだ。

≪ヴィットマン中隊、ザク5機大破 キャノン部隊は損耗あるも、戦闘に支障なし≫
 
ノリスの思考を遮るように、続々と報告がよせられる。
女々しい考えに捕らわれそうになる自分を唾棄して、大佐は部隊を集合させた。

「諸君、ご苦労だった。隊を再編して地上を目指す。各中隊長とも、警戒を怠るな!」

≪≪了解≫≫

 バウアー少佐とヴィットマン大尉の声がそろう。

「地上までは、敵が使っていたエレベーターシャフトを使う。ここを突破して、一気に地上に出るぞ」

 そう言った瞬間に、鋼鉄の巨人たちが動きだした。




「忙しい一日も、どうやら終わりそうだなトップ少尉」

 ルーデルが唐突にトップへ軽口を叩いた。少し疲れたような顔が、映像回線に映る。

≪私はそうは思わん。なんだか嫌な予感がする≫

 珍しく陰気な顔をするので、ルーデルは励ますように言った。

「そう嫌な顔するもんじゃない。叩く獲物が増えるんだ」

≪簡単に言ってくれる……でも、心強いなルーデル少尉≫

 そう言うと、トップは疲れた顔に微笑を浮かべた。

「そ、そうだろ。悪い方に考えるとツキが落ちる思う」

 意外な反応に、ルーデルが僅かに慌てる。

≪随分と仲良くしてるじゃないか、二人とも≫

「≪大尉!?≫」

 唐突に、割って入ってきたヴィットマン大尉に、二人は同時にたじろいだ。

≪直ぐに戦闘だ! 地上に出るぞ≫

 大尉が簡潔に用件を告げる。ルーデルは直ぐに顔を引き締めなおした。

「中隊長の言葉は聞いてたな。全機、銃をちゃんと選んでおけ。もしかしたら使うかも知れんからな」
 部下たちから、ビシッとした返事が帰ってくる。基地じゃここまで硬くないこの連中も、一度MSに騎乗すれば、精鋭部隊としての風格を見せてくれるのである。
 映像回線に副官であるガーデルマン少尉が映った。

≪少尉、もし敵にこれ以上の戦力があったら……≫

 心配そうな顔をする副官を見て、ルーデルは不思議そうに言い返した。

「倒すだけだが? ほかに何があるんだガーデルマン」

 ガーデルマンは一瞬あっけにとられたような顔をして、そして諦観とも安堵ともつかぬ笑いを浮かべた。




――― 地上 国連軍横浜基地

 基地のメインゲート、凄まじい轟音と共にシャッターが吹き飛ばされる。巻き上がる粉塵にまぎれて、出てきたのは鋼の巨人であった。
青い巨人は単眼をギョロつかせて、片手を振る。
後から続々とその仲間たちが続いた。幾多の敵を屠ってきた巨人たちが、ついに地上へと進出したのだ。

「これで、終わりですな」

 その様子をモニターで見ながら、マ・クベ中佐がうっそりと言った。

「…………」

言われた相手の方は、黙ってモニターを見ている。

「そうかしら?」

 唐突に、香月夕呼大佐は美しい顔をゆがめた。

「なんですと?」

 マ・クベが聞き返そうとした瞬間、モニターから緊迫した声が聞こえてきた。

≪ぬぉぉぉぉぉっ!≫

≪なんだっ!?≫

≪て、敵の攻撃です!!≫

≪全方位に敵反応!! 囲まれていますっ!!≫

 驚いて、マ・クベがモニターを見る。

「これは……一体どういうことですかな」

 目に飛び込んできたのは、凄まじい砲火を受ける味方と、それを取り囲むおびただしい数の敵軍であった。

「あら」

 余裕たっぷりに片手を顎に当てながら、香月大佐が妖艶な笑みを浮かべた。

「誰も、この基地の戦力『だけ』で、お相手するとは言って無くてよ」

「…………」

 無言で居るマ・クベに向かって大佐はぞくりとするような口調で続ける。

「この基地の周辺には帝國軍の基地も、そして帝都には斯衛軍もおりますの」

 まるで旧世紀のバトル・オブ・オキナワを思わせるような凄まじい砲撃が止み。周りを取り囲んでいた機甲部隊は前進を開始した。ゆうに2個師団は居るであろうその戦力を前にして、もはや壊滅は必至だった。





――― 地上 国連軍横浜基地 メインゲート内部

 敵の奇襲を受けてからのノリス大佐の判断は早かった。思考が硬直しかけた全員に対し、直ぐに後退の命を下したのだ。
そのおかげで、奇跡的に一機も撃墜される事なくこのメインゲート内に逃げ込めたのだが、戦況は思わしくなく、準備放火の不気味な震動が、強化べトン製の天蓋を揺らし続けていた。

「これからどうしますか?」

バウアーは簡潔に言った。大佐の機体はかろうじて大破は免れたものの、左腕を喪失し、バーニアも損傷、ヒートロッド以外全ての武装を失った状態での戦闘継続は、困難だった。
損傷を受けたのは大佐の機体だけではない。敵は自走砲だけでなく、艦隊も投入したらしく、直撃を受けた機体はないものの、選抜中隊の大半が中破以上の損害を負い。黒騎士中隊も二機が戦闘不能と言う有様だった。

≪諸君、こうまで追い詰められたのは私の無能ゆえだ。こうなっては、地下へと撤退し、徹底抗戦を挑む。少佐、撤退の指揮は君が取れ≫

「了解しました」

 大佐の言葉を皆は静かに受け取っていた。この上は最後の意地を見せる。それしかなかった。

≪……この震動、まるでオデッサだな≫

 メルダース中尉がポツリと呟く。

「感傷にふけっている暇は無いぞ中尉。まだ、戦いは終わったわけじゃない」

≪失礼しました少佐≫

 なにか、ここにいない友人を思わせる固い口調で、中尉が答えた。
指揮官であるマ・クベが不在ながら斬込隊は良くやった。
5機の損害で敵の主力を受け止めたのだから、今更ながら精鋭ぞろいである。

不意に天蓋を揺らしていた不快な震動が止まった。準備砲火の終わりが意味するものは唯一つ。どうやら敵は、穴にもぐりこんだネズミを直接叩き潰す事にしたらしい。

「ヴィットマン大尉。大佐を頼む。全機、地下へと撤退せよ」

 まずは選抜中隊が地面まで直通の主縦坑から撤退して下を確保する。ノリス大佐のグフの両脇をヴィットマンと、副官のヴォル少尉のドムが抱えて、降下していく。
 生き残ったザクⅠとザクキャノンがそれに続く。どうやら撤退は間に合いそうだ。

「よし、斬込中隊、黒騎士、撤退するぞ」

≪了解≫

 黒騎士中隊が降下を始める。だが、斬込中隊のイフリートはその場を動かなかった。

「なんのつもりだ中尉!」

 バウアーが怒鳴った。敵軍は直ぐそこまで迫っているのだ。
 中尉は顔色一つ変えずに答えた。

≪自分達はここで敵を食い止めます≫

「勝手なことは許さんぞ」

 そう言った瞬間、2機のイフリートに両腕を掴まれた。

≪申し訳ありません少佐。中佐殿は、我々に勝てと言いました…………言ってくれました≫

 彼らがなにを考えているか、バウアーには痛いほど分かっていた。それは彼自身考えていた事でもあったからだ。
 そして、その方法は恐らく考えうる中で、唯一勝利をもたらすであろう方法でもあった。 

「……マ・クベは良い部下をもったな」

 バウアーのアクトザクは、暗く巨大な穴の前に立つと、彼らを振り返った。

「中尉、斬込中隊に殿を命ずる」

≪受領しました≫

 イフリートが敬礼をする。アクトザクは主縦坑に飛び込んだ。
主縦坑の壁を見ると、ヒートロッドを打ち込んで、斬込中隊のグフが壁に張り付いているのが見えた。
ホバリングしているバウアーのアクトザクに対して、一斉に敬礼する。バウアーは直ぐに答礼を返すと、地下へと降りた。

「……指揮官ソックリの大馬鹿野郎共め」

 そう呟いたバウアーの顔は、苦笑を浮かべていた。





――― 国連軍横浜基地演習管制室

「……凄い」

 オペレーターのイリーナ・ピアティフ少尉は思わず息を呑んだ。モニターに移っているのは、僅か7機の戦術機である。
一個中隊にも満たないその部隊は、2個機甲師団の戦術機を相手に凄まじい白兵戦を繰り広げていた。
開放されたメインゲートの限定された空間を利用して、縦横に立ち回り、手にした長刀で圧倒的な数の相手を斬り伏せているのである。
 信じられない事に、戦術機でありながら。徒手での殴打、蹴り、体当たりなどをふんだんに使って、VRであるとはいえ、はるかに多勢の敵に対して一歩も引かずに戦っているのである。
 こうまで、させるマ・クベ中佐とは一体どんな人物なのだろうか。
少なくとも、背後で巨大な威圧を放ち続けている上官と互角にわたりあう人間が、とてもこのような実戦部隊を率いる指揮官には見えなかった。

「あら、以外にがんばりますわね」

 からかう様に言ったのは、上官である香月博士だ。手勢であるA01をやられた仕返しをしているのだろうか。

(意外に子供っぽいところのある人だから・・・・・・))

そんな事を思いながら、隣を見ると、同僚のCPオペレーターである涼宮遥少尉もモニターの戦闘に見入っている。
 そろりと、横目でマ・クベ中佐を見た。
中佐は無言で俯き、何かを考えているように見える。イリーナはなぜか、その姿に、悲痛な翳りを感じた。

「……君もか、メルダース」

 中佐がかすかに呟いたのが聞こえた。
一体どういう意味なのだろうか、そう思った瞬間、隣の涼宮少尉が突然「ああ!」と声を上げた。
 慌てて、モニターに視線を戻すと、Bゲートを破壊した部隊が、横合いから彼らに襲い掛かっていた。同時にAゲートからも帝國軍の戦術機がなだれ込んでくる。
 必死に抵抗を続けるものの、他方から攻め込んできた敵部隊に飲み込まれ、僅か7機の抵抗部隊は、あっけなく押さえ込まれてしまった。

「これで、終わりですわね」

「…………」

 香月博士が勝ち誇ったように言う。ピアティフはそっとマ・クベ中佐の方を見た。

「ひっ」

我知らず、喉の奥で悲鳴が上がる。中佐がユックリと顔を上げた瞬間に、部屋の温度が5度ばかり下がったように感じた。

「私の部下を……舐めるな」

 口調こそ氷のように冷たいものであったが、その目ははっきりと、灼熱の激情を宿していた。
怒っていた。それまで機械のように冷静だった男は、確かに怒っていた。それは誰に向けられているかは、どうにも釈然としない不思議な類のものだったが、これ以上なく恐ろしいものだった。
 イリーナが逃げるようにモニターへと視線を戻した瞬間、彼女は信じられないものを見た。

 それは、戦術機が宙を舞うという光景だった。





一機の戦術機が、その意思と関係なく宙を舞い、慣性の法則にしたがって地面にたたきつけられ、細かい破片と部品を撒き散らしながら、地面を転がったそれは、戦車を一両巻き込んで爆発
した。
 凄まじい轟音と共に、不知火の管制ユニットが背後の撃震に叩きつけられる。両腕を押さえつけられたグフの放った蹴りが、胸部を貫いていた。
 コントロールを失った不知火が慣性の法則にしたがって後ろに倒れこむ。あまりに唐突な事態に凍りついた戦場の中、それは動き出した。

ジェネレーターがうなりを上げ、押さえ込んでいた戦術機の手を引きちぎる。両手を無くした1機の胸部へ、文字通りの鉄拳を叩き込み、もう一機の背後に滑り込む。
とっさに反撃に出た敵機の銃火が、盾にした敵の機体を蜂の巣にする。

コクピットの中はすでにうるさいほどの警報が鳴り響き、メインモニターの横には刻一刻と減り続けるカウンターが、残りの寿命を現していた。
「機密保持システム」、第600軌道降下猟兵大隊全ての機体に取り付けられたそれは、オデッサで彼の僚友が使ったものと同一のものだった。

「全機、状況開始」

 メルダースは勤めて冷静に、心の内で猛り狂う激情を抑えながら言った。

 押さえつけられていたグフが、イフリートが、斬込隊の兵士たちの機体は、軒並み起き上がった。
 羽交い絞めにする腕を引きちぎり、押さえつけるものを蹴り飛ばし、殴り倒して、その凶眼を紅蓮に燃やしながら、男達は最後の反撃を開始した。

メルダースのイフリートが、盾として使った機体をそのまま敵の隊列に向かって投げつける。
大量の機体が密集している為に、敵は思うように動けない。投げ飛ばされた機体は数機の味方を巻き込んで爆発した。
敵との間に出来た僅かな間で、助走を付け、イフリートはそのまま敵の隊列の中に突っ込んだ。
全質量を弾丸とした一撃は、ドミノ倒しのように他の機体を巻き込んで押し倒す。
メルダースのイフリートが両腰のヒートソードを引き抜く。過剰運転するジェネレーターから送り込まれたすさまじい量のエネルギーパルスによって、ヒートソードの刀身は白熱に輝いた。

「さあ、……これからが本番だ」

誰に言うでもなく呟くと、イフリートは敵部隊へ猛然と走り出した。
ミサイルや砲弾もここまで接近してしまえば、味方を巻き込むので使えない。
そして、この距離こそ、彼ら斬込隊の「射程距離」なのだ。

敵の前衛が長刀抜く、構える前に長刀ごと袈裟に斬った。そのまま回転するように、敵の攻撃をかわし、もう片方の長刀で突きを入れると、胸部を串刺しにした機体に蹴り飛ばし、敵の隊列の中で爆発させた。

≪……♪≫

「音楽? そっか、皆同じか」

 気づけば、誰かが通信能力を最強にして音楽をかけていた。選曲はモーツァルトの「怒りの日」、イワモト曹長がオデッサで共に戦った曲である。
右に左に縦横に白熱した刃を振り回せば、敵はバターのように切り裂かれて、無様なガラクタとなる。斬っても斬っても、敵が尽きる事はない。

(曹長……お前はオデッサで、こんな思いをしていたんだな。たった一人で)

 不意に、メルダースは自分が泣いていることに気づいた。先ほどの音楽が急に途切れる。多分流していた。機体がやられたのだろう。
 だが、曲は直ぐにまた復活した。別の機体が流しているのだ。まるでその存在を誇示するかのように、荘厳な調べは続いていた。

(そう、お前は一人じゃない。俺達が居るんだ。俺たちにお前が居るように!)

 双刀をはさみのように交差させ目の前の敵を真っ二つにした。上半身だけ崩れ落ちた機体の下半身が、まるで斬られたことに気づいていないかのように立ち尽くしている。

 何機斬ったのかも、誰が生きているかも分からない。まるで1秒が1時間のように感じる。可能な全ての手段を駆使して、メルダースは敵機を破壊した。
 何十機めかの敵を唐竹割りにしたところでヒートソードが折れる。何時しか、音楽は消えていた。

だが、それがなんだというのか、まだ生きている。生きている限りは、戦えるのだ。
イフリートが、折れた両刀を目の前の敵に投げ付けた。
それに敵機が、たじろいだ瞬間、強烈な前蹴りで敵機を蹴倒す。その瞬間に、メルダースは見慣れたものを発見した。

「大佐のグフの腕か……」

負荷に耐え切れずに折れた盾のそばに、何かが真っ直ぐに突き立っている。それは盾に収めていたヒートソードだった。
一瞬、メルダースは何か運命のような、一種の執念のようなものに自分が導かれたような、そんな感情に捕らわれた。

引き抜いたヒートソードを構える。敵の懐に飛び込んで、白熱した刃で後ろの機体ごと敵機を串刺しにした。
間髪いれずに横になぎ払う。まるで、熱したナイフでバターを切るように、イフリートが白刃を振るうたびに斬られた手足が宙をまった。

「俺たちは、なんだっ!」

 猛烈な前蹴りで敵機を蹴倒してメルダースは叫んだ。直ぐに別の敵と切り結ぶ。残された時間は少ない。だからこそ一機でも多くの敵を倒さなければならないのだ。

「何の為にここに居るっ!! 誰の、ためにっ!」

イフリートはまるでその名の由来する炎神の如く戦った。胴を薙いでは、頭を飛ばし、腹を断ち割り、長刀ごと敵機を唐竹割りにする。

 レシーバーに響く声は誰に当てたものかも、定かではなかった。ただ、心の奥底に秘めた思いを口にしながらメルダースは遮二無二戦い続けていた。

≪分かりきった事を聞くんじゃねぇ!≫

 どこかで声が上がった。

≪俺たちは……≫

 別の声が言う。

≪オデッサの斬込隊っ!≫

 繋ぐように別の声が入る。

≪マ・クベ中佐のっ≫

 なにを言おうとしているかなど、考えるまでも無かった。
目の前を通ったヒートロッドの先端にあるクローアンカーが、敵機の頭部を噛み砕き、振り向きざまに、別の機体の頭頂部を打ち砕いた。

 メルダースは横目でカウンターを見る。カウントは5秒を切っていた。

「≪≪≪≪≪≪斬込中隊だっ!!!≫≫≫≫≫≫」

 最後の言葉を言った瞬間に凄まじい光を感じて、メルダースは目の前が真っ暗になった。

自爆装置を発動した斬込隊は、増援の戦術機甲師団2個連隊以上を平らげ、残存戦力は核融合炉の暴走による熱核融合反応の烈火によって、余すことなく焼き滅ぼされた。





あとがき

純夏「3!」
リディア「2!」
純夏「1!」
パイパー「状況開始!」
リディア・純夏「「た、大佐!?」」
ウラガン「大佐、解説役が出落ちかましたら、まずいです」
リディア「そうですよ。ただでさえ、出番の少ないあたし達の唯一の出番なんですよ」
パイパー「だったら、姑息なパクリなどせぬほうが、良いと思うがな」
リディア・純夏「「うぐっ」」
純夏「と、と言うわけで今回から始まる、UNLuck・ラジオ」
ウラガン「なんだか、縁起悪いなあ(ていうか、立ち直り早いなぁ)」
リディア「司会のリディアと」
純夏「純夏でお送りします!」
リディア「スミカ~~~、あたしモブキャラじゃないよね!!」
純夏「作品についての解せ、うわっ! リディアさん、苦しい。胸が当って苦しいよ」
パイパー「向こうが、忙しいようなので、私が変わって説明するが、要は妄想狂で電波脳な作者が適当にぶちこんだ設定の尻拭いをやる場所だと思ってくれ」
ウラガン「た、大佐。それを言っては、実も蓋もないのでは?(というか、向こう良いな~」
パイパー「知るか、とってつけたような設定集など誰も読まんのに、それだけで済ませようとしている奴が悪い」
ウラガン「良いんですか、そんな事言って……」
リディア「だから、あたし達の出番とらないでください~~~」
ウラガン「(いつもと、ぜんぜん違うな…・・・)」
パイパー「まったく、なら任務を果たせ」
純夏「あの、大佐」
パイパー「む? なんだ」
純夏「ぶっちゃけあたし達って、具体的になにをすれば良いんですか?」
パイパー「作中に出た疑問や……さっきから視線がうるさくてかなわん。リトヴァク少佐説明してやれ」
リディア「さっき大佐が言った通りよ。本文中では語りきれなかった事や、その他いろいろと…」
純夏「ようは、ここで皆話してれば良いわけですね。
リディア「そうよ、畜生、作者めいつか殺してやる」
純夏「それ、永遠に出番来ませんよ」
リディア「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
パイパー「リディア少佐も、程よく壊れたところで、今回のところはこれにて締めさせていただく」
リディア「え? あたし、まだ、ちょっとしか喋って……」
パイパー「また会う日まで、読者諸君の壮健なることを祈る。敬礼!」
リディア「家出してやるぅぅぅぅぅぅ!」

 読者の皆様ご愛読ありがとうございました、長らくご愛顧いただいた「マブラヴオルタネイティブTHE ORIGIN」は、作者の一身上の都合で








「機動戦史マヴラヴ~HardLuck~」に名前を変更いたします。これまでありがとうございました。これからも、宜しくお願いいたします。ちょとやってみたかったので、楽屋ネタらしきことをやります。断じてページ稼ぎのためではありませんのであしからず。今回はそうとうむちゃくちゃに書いたので、ご意見・ご指摘・ご感想等、待望しております。



[5082] 第二十章 忠誠
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:41
俺たちは中将閣下の軍隊で、中佐殿の軍隊だ。
「オデッサ」で結ばれた俺たちは、誰も死なせる気はなかったし、誰にも負けるつもりも無かった。
例えどんな状況であろうとも、俺たちは一人じゃない。
俺たちには彼がいて、彼には俺たちがいる。
彼が居れば、戦える。
彼となら、勝てる。
彼となら、死ねる。
俺たちは「マ・クベの斬込隊」
他の何者でもありえぬ。

「斬込隊秘録」より


――― 国連軍横浜基地 シュミレーター管制室

 その、さして広くない部屋の中で、夕呼は言葉を失っていた。室内は、同種の沈黙に支配され、オペレターのピアティフ中尉や涼宮中尉は、一瞬の核融合の閃光によって顔を背けたままだ。
負けた、そんな言葉が、夕呼の頭の中に響いていた。

「……帝国軍二個戦術機甲師団消滅。基地地上施設全壊…」

 われに返った涼宮中尉が、戦況を読み上げる。ピアティフが、困惑仕切った顔で夕呼を見た。

「!? 敵戦術機部隊、主縦坑を上昇し、再び地上に出現しました」

「な!?」

 夕呼がモニターを見ると、巨大な斧を持った異形の戦術機と、先ほどとは別の戦術機が巨大な銃を担いで地上に降り立った。先ほどの生き残りらしき機体も、上がってくるが機体は全て黒備えで、地獄の底より、這い出た悪鬼の集団というていである。
新たな影の持つ電磁投射砲らしき兵器は、先の対BETA演習で数千の軍勢をなぎ払ったものだ。

「白いバラ、いえ、百合?」

 無骨な機体の肩に描かれた可憐な白い花に、一瞬、目を奪われて、ピアティフはハッとした。
 黒い機体がその長柄の戦斧をある方向へと、突き出したのである。
 
 一同は迷うことなくそちらを向き、機体の背中につけられた推進ユニットが、噴射を始める。
 指示した機体こそは先の演習で、この恐るべき部隊の戦闘能力を完全に開放させた指揮官機であった。
 わずかに一個大隊に満たぬ小部隊であるはずなのに、並々ならぬ鬼気のようなものが、その単眼からあふれ出ていた。
画面越しですら伝わってきた天を焦がさんばかりの士気は、まるで先ほどの決死隊が乗り移ったかのようだ。
鮮紅色の単眼は、静かな殺意のともし火をたたえ、手にする獲物は血に飢えて、鈍く光っている。
巨大な斧を持った指揮官機を先頭にして、漆黒の軍勢は飛び立った。
推進器の灯が漆黒の鎧甲を照らす。彼らが飛び立った場所には、もう何も残ってはいない。
向かった方角は、帝都。
そして彼らを阻むものは……否、阻めるものは、何もない。

「ピアティフ演習を終了させなさい。こちらの負けよ」

夕呼は唇をかみ締めながら、己が自分の副官に告げた。

彼らが例え造反したとしても、死に物狂いでこちらが鎮圧に掛かればただではすまない。
こちらの本気を見せてやるつもりだったのである。そのためのA01投入であり、そのための2個師団の伏兵だった。その2個師団は灰も残らず焼き尽くされている。
現実的に考えれば、帝國が横浜基地内の造反に対して、近在の相模原基地の1個師団にくわえて帝都防衛の戦力である帝都の守りである師団を出す事など、ありえない。それでも、こちらの本気がどれほどのものか分からせる事が出来るはずだった。
一つ誤算だったのは、相手も徹頭徹尾、本気だったことである。本気でこちらを倒しに来たのだ。戦術機と言う兵器に関して素人である夕呼の目から見ても。彼らの機体の方が優れている事は一目瞭然だった。
だというのにも関わらず、彼らには、おごりも、油断もなかった。
それどころか、文字通り命を賭してこちらを叩き潰すという彼らの本気を、逆に見せ付けられてしまった。
何より、恐ろしいのは、これが「たまたま演習」だったと思わせるところである。彼らは実戦でもきっと同じ事をやる。そして、それ以上の成果を上げるだろう。
なにせ、その時こそ、この場に居る彼らの敬愛する上官が率いているのだろうから。



「……香月大佐」

 沈黙を破ったのは、常と変わらぬ冷徹な声音だった。

「契約に関して、いくつかお話したい事が在りますので」

 そう言って、マ・クベ中佐は出口の方を見た。

「ええ、私のオフィスで伺いますわ」

 ハッとわれに返った夕呼は、出口の方へ向かった。
これが最後の戦いだ。まだ、この後の交渉によっては、まだ有利な条件を引き出せるはずだ。
 キリキリと痛む胃を引きづりながら、機密区画へのエレベーターへと続く廊下を歩いた。

 エレベーターの室内はやはり静寂に満たされていた。目の前の男は一言も口を聞こうとしない。
別段、それに対して気まずさを覚える夕呼ではないが、男が一体なにを考えているのか、彼女には分からなかった。

(社じゃるまいし、人の頭の中なんて覗き見するのは無理ね) 

 ため息に似た呟きを心の中で洩らしながら、夕呼は目の前の男をジックリと観察した。スラリとした長身で、いささか不健康にも見える痩躯だが、その双眸からは良い知れぬ迫力のようなものが感じられる。
 だが、やはり同見ても謀略に長けた智将という感じはしても、部下にこよなく愛される猛将や名将という感じはしない。不思議な男だ。
なんとなく、霞が彼に興味を持つのが分かるような気がする。

(それにしても……社を置いてきて正解だったわね)

 あの人の心に敏感な霞のことだ。ああも殺気だった環境においておいたら、どれほどの負荷が掛かるか分からない。
 夕呼は、ふと自分が霞の顔を見たがっていることに気づいた。

(勝手なものね……私も)

 ふと、体に掛かっていた僅かな浮遊感が消えた。気づけば地下19階についていたらしい。

エレベーターの扉が開く。目に飛び込んできたのは、驚くべき光景だった。
完全武装の兵士と彼らの銃口がこちらを睨んでいる。

「何のつもり?」

とっさに聞きかえすと、相手は一斉に銃を下げた。

「失礼しました! 自分はジオン・インダストリー警備部 第三警備中隊第7小隊隊長のクルト・マイヤー少尉であります!!」

 踵を打ち鳴らしながら敬礼すると、マイヤー少尉は、マ・クベのほうへ向き直った。

「マ・クベ中佐! お迎えに参りました!!」

 マ・クベ中佐はことさら咎めるでもなく、穏やかに答えた。

「気が早いな…少尉、まだ交渉にも入っておらぬ」

「それは、失礼致しました…マ・クベ中佐」

 そう言ってマイヤー少尉がにやりと笑った。
その笑みを見た瞬間、夕呼の背に冷たいものが降りた。
彼らの持つ銃は、相変わらず冷たく光っている。彼女を射殺して、ここから立ち去るまでにいったいどれほどの時間が必要だろうか。
 もし、ここに霞がいれば、このような展開にはならなかったものを、そう思って夕呼はハッとした。
もし、彼らが霞を殺していれば、その時点で第4計画は頓挫したも同然だ。
 「陽動作戦」そんな言葉が彼女の頭をよぎった。この段になってようやく彼女は気づいた。これが、これこそが、目の前の男の「本気」なのだ。
 演習でその戦闘能力を駆使して、こちらを恫喝し、かつそれをおとりにして、物理的な手段でもこちらにチェック(王手)をかける。
 夕呼は自分の心の中で、何かかが折れたのを感じた。もはや、チェックメイトは避けられない。

「……で、何がお望みかしら?」

 いささか、疲れたように夕呼が言うと、相手はこちらを軽んじるでもなく、あくまで真剣な表情で答えた。

「信頼できる医師と信用できる交渉相手を」

 真剣な視線と共に差し出された右手は、出し抜けに差し出されたマリッジリングのようだった。

「お話を聞かせていただけて?」

意外にも力強い相手の手の温もりを感じながら、彼女は、なぜか背に載っていた重いものが、少しだけ軽くなったような気がした。




――― ジオンインダストリー本社 「ザンジバル」格納庫―――

3時間にも及ぶ交渉を満足させられる形で終わらせたマ・クベは、演習に参加した部下たちを集めた。
 労いの言葉は指揮官たちのもので十分であろう。壇上に立って、マ・クベの胸中は形容しがたいものであった。だが、言わずに折れない。
そう思うところがある以上、黙っているわけには行かなかった。
集まった兵たちは、みな一様に隊長の顔を見て、ほっとしたように表情を和らげた。一人、メルダース中尉は浮かぬ顔をしていた。

「諸君、のおかげで、交渉の目標は達した」

 瞬間に沸き起こる歓声のままに、眼下の部下たちはお互いに抱き合い。肩を叩き合った。
 マ・クベはその様子を黙ってみていた。そんな彼の姿に、歓声はすぐに静まり、男たちは怪訝そうに見返した。

「メルダース中尉、貴官は私の留守を任されておりながら、ノリス大佐の命令に背き、自爆攻撃を行った」

 凍りついたようにその場が静まり返る。困惑と失望の入り混じった視線がマ・クベに注がれるが、そんなことは関係ないと言わんばかりの表情で、言葉を続けた。

「結果、貴君らは、地上戦力2個師団と引き換えに、貴重な7機のMSとベテランパイロットを失った」

「……そのとおりであります」

 メルダース中尉が短く答えた。どよめきと喧騒の中に戸惑いが波紋のように広がる。

「ヨアヒム・メルダース中尉、君を斬込中隊副長の任を解く」

「そんな!」

「中佐っ!」

部下たちが口々に、異論を唱える。しかし、マ・クベは全て無視した。
まだ言わなければならないことは残っている。

「貴様らも同罪だっ!」

 突然、大声を出したことに驚いたのか、生まれかけた喧騒が一瞬で静まり返る。

「私は貴様らに勝てといった。勝者とは戦の後に立っているもののことだ!!」

 一度、言葉を切ると男は、きつくこぶしを握った。

「自分が倒れればそれは敵を倒そうと、相打ちに過ぎん。そんなことも分からんのか!!! …諸君は、そんなに私を死神にしたいのかね」

 頬を打ち据えられたような表情で立ち尽くす、男たちにマ・クベは淡々とした口調で告げた。

「全員、3日間の営倉禁固を命ずる」

 男たちの泣き出しそうな視線が、マ・クベの胸に突き刺さる。胃はキリキリと痛み。頭はどす黒霧が渦を巻いているかのようだ。それでも、彼らのとった行動をほめるわけには行かなかった。

 マ・クベはあっけにとられている隊員たちに向き直ると、よく通る声で言った。

「……話は以上だ。営倉へ向かえ」
 
  いの一番に動いたのは、やはりメルダースだった。




「……まったく、何がしたいのだろうな。私は」

 一人格納庫の中で、物思いに耽りながら、マ・クベは深いため息をついた。冷静に考えれば、彼らを攻める必要などかけらもなかったはずだ。
 事実、香月大佐には当初の予定以上の心理的圧力をかけることが出来たし、そのおかげで交渉も最初予定していたよりもスムーズに進んだことは否定できない。
 
(だが、「これ」が彼らの答えなら……)

 自分はそれを受け入れるわけには行かない。そう思ってしまうのは何故だろう。
もう一度深いため息をついて、マ・クベは静かにたたずむ愛機を見上げた。鋼鉄の巨像「は何も答えることなく、ただ、主の視線を受けいれた。

「だいぶ締め上げたようだな」

「……バウアーか」

「少し責めすぎなんじゃないか? 一個中隊で2個師団を殲滅したんだ。ジオン十字勲章を申請したって良いくらいだぜ」

 なぜだろう。妙に冷静な物言いが、なぜか今日に限っては癇に障る。

「……それに何の意味がある?」

「なに?」

「生きてもらわぬ勲章に…いったい何の意味があるというのかっ!」

 気づけば、驚くほどの短慮で声を荒げていた。

「せいぜい僅かな特進と、そこに準じた遺族年金がつくだけではないか…」

 まったく理にかなわぬ論だというのは、理性ではわかっているはずなのに、口をついて出てくるのは、胸にわきあがる感情そのままの言葉だった。

「履き違えるな」

 珍しく、怒ったような調子で、バウアーがさえぎる。

「勲章は貴様のものじゃない。命を懸けた兵士が、唯一残せる足跡だ。そこに命をかけて何が悪い!」

「……」

「ぐだぐだ理屈こねるんじゃねぇよ。貴様は指揮官だろ! だったら後悔する暇を惜しめ! 
死なせたくねえと思うなら! やつらの命の対価が少しでも重くなるように、
その小器用なおつむを使ってみろ!!」

 片方しかない目が強烈にマ・クベを睨み付ける。まるで新兵に活を入れるように、男はどら声で叫んだ。

「いまさらビビるな兵隊っ! 俺たちは「指揮官」なんだ…。貴様についてくる奴らには、
ヴァルハラの門を開いてやれ。
たとえそれで、俺たちがヘルへイム(地獄)へ赴く事になろうとも、な」

「……そうだな」

 諦観ともとれる微笑を浮かべながら、マ・クベは頷いた。つまるところ、男は筋金入りの健啖家なのだ。
縦になった天秤以外では、己の部下の価値を計らぬほどに。こちらの金の一粒に見合すならば、万の砂では足らぬのだ。



「……隊長、泣いてたな」

 薄暗い牢の中で一人がつぶやいた。

「ああ、それに本気で怒ってた」

 ああ、また一人がうっそりと言う。

「やっぱり、俺たちが『あれ』をやったからか?」

「……」

「そりゃ、仕方ないだろ。覚悟の上さ」

しばらくして、押し殺したような声で誰かが言った。

「でも、怒ってくれたな」

「ああ、怒ってくれた…」

 搾り出すような声で、別の者が答える。

「…泣いてくれたな」

「ああ、泣いてくれた」

 男たちの声がだんだんと震えてくる。

「……ありがてぇな」

「ああ、ありがてぇ」

薄闇の中、誰かが鼻をすする音が聞こえた。
この声が聞こえているはずなのに、咎める看守の声は聞こえてこなかった。



「……泣くなよ軍曹」

 薄闇の中で、ひそひそと声が上がる。

「しょ、小隊長こそ、目が赤いですよ」

 う、と図星を疲れたような声がして、最初の声が

「お、俺はその、なんだ、目にごみがだな」

「あの、お二人ともあんまり騒ぐと、あちらに聞こえますよ」

その晩、独房入りとなった男たちを見張った看守達の、監視記録には、誰の涙も記載されることはなかった。




――― 翌日 国連軍横浜基地下機密区画

 自室のドアをたたくノックの音に気づき、夕呼は書類から顔を上げた。

「入りなさい」

 けだるげな声で言うと、入ってきたのは、見知った顔である。

「神宮寺まりも軍曹! 出頭いたしました!!」

 型どおりの敬礼を見せるのは、現在、訓練教官を行っている親友だ。
夕呼は敬礼も返さず、唐突に言った。

「まりも、あんた教官くびね」

「……それは、どういう意味でしょうか香月博士」

 まりもの目がいささか剣呑になる。

(冗談なら、今のうちにやめておけ)

 と言わんばかりだ。しばし、無言でその視線をやり過ごしていると、冗談のつもりではない事を悟ったのか、今度は困惑し、傷ついたような目で彼女を見た。

「そんな、捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ」

「だ、だれが捨てられた子犬よ! し、失礼しました博士。・・・私が解任される理由をお聞きしても?」

「あんたには、他にやってもらいたいことがあんのよ」

 とたんにまりもが怪訝そうな顔をする。

「やってもらいたいこと?」

「ええ、地下の連中との交渉で、一人医師を派遣することになりました」

 夕呼が淡々と言うのを、まりもは食い入るように聞いている。

「この状況で医師って、夕呼、あなたまさか……」

 もはや敬語を使うのも忘れて、まりもがたずねる。夕呼はいたずらっぽく笑って頷くと、まっすぐまりもを指差した。

「で、あんたにはその医師を護衛しつつ、看護の手伝いもしてもらいます」

「か、看護ってあたし衛生の基礎訓練しか受けたことないわよ」

 まりもがあたふたしながら言うと、夕呼は面白そうな目で彼女を見た。

「看護婦って体力勝負って言うし、あんたならぴったしじゃない。……ああ、患者は連中のところの司令官だから、変などじ踏まないでよ」

「し、司令って!?」

「たしかギニアス・サハリン中将だったかしら、あの金髪の、何? 気になるの?」

「そ、そ、そ、そんな分けないじゃない」

 驚愕のためか、まりもの声が裏返っている。内心、馬鹿笑いしたいのをこらえて、夕呼はなぶるように慌てふためく親友の姿を見た。

「なら良いけど、じゃ、頼んだわよ」

 片手を入り口のほうへ振る。退出してよし、という合図だ。

「え? り、了解しました!」

 またもシャチホコばった敬礼をくれると、神宮寺軍曹はきびすを返した。
 その背中を見ながら、夕呼は思い出したようにダメ押しの一言をくれた。

「あ、結構いい男だったから、手を出してもかまわないわよ。…むしろ、やりなさい!」

 盛大にずっこけそうになったのを持ち直したのはさすがだが、まりもはそのままの勢いで部屋から出て行った。

「なっ!! なんてこと言うのよ!!! ・・・・」

 振り返りざまに叫んだ言葉は、なんと言っているのかはわからなかったが、珍しく立場を忘れた金切り声と、これ異常ないほどに真っ赤にした顔が、香月博士の腹筋を完膚なきまでに崩壊させた。




数分後、荒い息をつきながら、夕呼は何とか正常な呼吸を回復させた。

「まったく、まりもの奴、あたしを殺す気かしら?」

 思い出せば、また噴出しそうになるのをこらえながら、夕呼はそれでもにやにやとゆるんだ顔を引き締めるのに相当の努力を要した。
 深く深呼吸をして、気持ちを切り替えると、夕呼は静かに電話を取った、

「……ああ、姉さん? 少し頼みたいことがあるの。可愛い妹と全地球人類のためにね」





あとがき

純夏「3!」
リディア「2!」
純夏「1!」

パイパー「状況開始!」
純夏「…これテンプレにするんですか?」
パイパー「知らん、そんなもん書いてる本人に聞け」
純夏「……き、気を取り直して、UNLuck・ラジオは~じま~るよ~♪」
パイパー「ところでリトヴァク少佐はどうした」
純夏「…その、また出番なかったって拗ねてて」
パイパー「あったじゃないか、冒頭の方に」
純夏「あんなの出番じゃないって…出たのは機体だけだし」
パイパー「私もそうなんだが、そこんところを理解しとるのか奴は?」
純夏「大佐はいいじゃないですか! これらから嫌でも出番あるんだから」
パイパー「貴様も一応レギュラーキャラだろ」
純夏「こないだ、作者が、可愛い純夏や可愛い女性キャラは他の作品で見れるし、ぶっちゃけ女動かすのメンドイって、言ってました」
パイパー「・・・・」
純夏「お願いですから、何か言ってください」
パイパー「UNLuck・ラジオでは、諸君ら忠勇なる読者諸氏の質問のお便りを募集している。
読者諸君の疑問や質問に答えつつ、感想をもらおうと言う作者の浅知恵だが、どうか付き合ってやって欲しい!」
純夏「う~~、無視して続けないでくださいぃぃぃ」
パイパー「それでは諸君、また会うときまでに健勝なれ! ジークジオン!!」
純夏「じ、じーくじおん(な、流された…)」

 ええ、皆々様大変にお待たせいたしました。本作品もついに本編20話目を迎えまして、皆様のご愛顧を心より感謝申し上げます。皆様、いつも読んでくださりありがとうございます。改名はいたしましたが、これからもご愛顧いただけるようお願い申し上げます。



[5082] 第二十一章 雌伏
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:42
 
 1999年度に帝国製鉄が発表した「超鋼スチール合金」は構造体などに使用した場合、従来のものに比べて約100倍以上もの強度を誇る新素材であり、他にも火太刀(ほだち)金属の「超々耐熱合金」や旭日(きょくじつ)化成との合同で発表したネオ圧電式アクチュエーター「鳴神」など、の同時多発的な革新的技術は従来の兵器開発に多少の混乱をもたらすほどであった。  
帝國火事場のど根性、「テクニカル・ビッグバン」などと称される大規模な技術革新の裏に一つの外国籍企業が暗躍していたとされるが、それは定かではない。

2001年発行、帝國工業史より



 前回の交渉から、すぐに香月博士は「オルタティブ4を支援するコングロマリットの一社」」として、ジオンインダストリーの存在を認知した。
 それはほんの一部ではあるが、彼らジオン公国軍が地上へと乗り出した小さな一歩であった。

―――― 2000年 2月12日 福島県 渡邉工業 (旧鎮西飛行機) 本社

応接室のソファに腰掛けていると、初老の男が一人では行ってきた。

「すみませんね。お茶も出さずに」

 そういって直ぐに部屋の脇においてある、急須やら、湯飲みやらを準備し始めた

「…恐縮です」
 
そう言いながらも、若干の居心地の悪さを感じる。今茶を入れに言っている人物こそ、渡邉工業社長 渡邉 永(わたなべ ひさし)氏である。

 窓からは福島の風景、目の前の机には、今回の交渉で使う資料がある。
 その相手は、急須(きゅうす)を使って、茶を入れている真っ最中だ。いかにも好々爺然としているが、こうして自ら茶を入れると言う事で、すでにこちらの出鼻をくじいている。

(なかなかに…手ごわいかもしれんな)

 マ・クベはそう、胸中でつぶやきながら、目の前の男の背中を見つめた。決して長身とは言えぬが、がっしりとした肩をしている。あの肩に社員やその家族の生活を背負い続けてきたのだろう。

「…どうぞ」

 振り返った男が机の上に盆を差し出しだした。
古風な湯飲みに入った茶が湯気を立て、穏やかな香気が漂ってくる。
 
「茶柱ですな」

 マ・クベの湯飲みを見て、老人が朗らかに笑った。
 
「これは、縁起がよろしい」

「……そちらにも」

 とマ・クベが言うと、自分の湯飲みの中に茶柱が立っているのを見つけて、また穏やかな笑みを浮かべる。

国連軍の黒い軍装に身を包んだマ・クベは、黙って出された茶をすすった。
口の中に朗らかにひろがる高貴と、ふわりとした温もりが体を温めてくれる。特にこの福島の地にあっては、オデッサまでとはいわぬものの、骨に染み入る寒さがある。
 それが溶かされてしまいそうなほど、柔らかな温もりがその一杯にはあった。

「結構ですな……」

 茶碗をおいたマ・クベが言った。

「…そうですか」

 老人が、にっこりと笑う。マ・クベはおもむろに湯飲みを見て、感嘆した声で言った。

「……今時分に、天然物の茶を備前の器でいただけるとは、贅沢ですな」

 相手は一瞬だけおどろいたような顔をすると、直ぐに穏やかに答えた。

「ご存知でしたか。宇治で取れた最後のものです。いささか古い葉ですが、それでも合成物とは比べ物に並んでしょう」

「……良いものですな」

「ええ、良いものです」

 ふと、マ・クベは「私事で恐縮ですが」と静かに切り出した。

「この湯飲みを焼いた窯元を…今度、紹介して頂いても?」
 
 老人はしばらくあっけにとられたような顔をして、静かに頭を下げた。

「ありがとうございます。これは疎開した私の友人の陶芸家が焼いたものです。……一昨年の暮れに亡くなりました」

「それは……失礼を」

 老人は黙って首を振ると穏やかな声で言った。

「いえ、良いのです。もう一度、故郷の景色が見たい、そう申しておりました」

 老人は恥ずかしそうに、向き直るとまた柔和な笑みに戻った。
 ただ、少し目が赤い理由を、マ・クベはあえて問いただすことはしなかった。

「こちらに一つ話を持ってまいりました。」

 出し抜けにいったにも関わらず、渡邉のほうは、ちっともあわてている様には見えなかった。
ただ一言、例の柔和な笑みを浮かべながら「よい話ですか?」と尋ねた。
マ・クベは黙って書類の束をスッと彼のほうへ押しやった。

「…良いものです。このすばらしい歓待に見合うかは分かりませんが」

 完結に答えると、彼を知っているものなら驚くような、朗らかな笑みを浮かべた。
 今まで、彼の顔をじっと見ていた渡邉社長は、急に表情を緩めると、書類の一枚を手に取った。それは、おそらくは今回の「話」の主題に関するものであろう。
 渡邉氏は、手に取ったその一枚のデザイン画をしばらく見つめていた。

「引き受けましょう」

 唐突に渡邉氏が言った。

「…詳細を、読まれてからのほうが、よろしいのでは?」

 そうマ・クベが言うと、社長はもう一度今度は驚くほど冷静な目でマ・クベを見た。

「この間、お武家の方がいらっしゃいました。その方は茶葉の味すら忘れているようでした。無論、時勢を考えれば、いたし方のないことなのかもしれませんが……いささか辟易いたしていた所です」

 そこで、一度言葉を切ると老人はにっこりと微笑んだ。

「そこであなただ。あなたは不思議な方だ。はるか異国の方だというのに、私の歓待を理解してくれた。だから、何より、私はあなたと仕事がしたい」

「…………」

 マ・クベは少しの間、呆然と相手を見ていると、やがてポツリと一言漏らした。

「……光栄です」

 差し出された手をしっかりと握り締めて、マ・クベはその力強さに驚いた。





――― 2日後の2月14日 国連軍横浜基地 地下 機動巡洋艦ザンジバル

窓から見えるのは何時もと変わらぬ風景、青い燐光を放つ天蓋とアプサラス開発基地の風景である。
 心電図の電子音が病室に鳴り響く。もはや見慣れてしまった天井を見ながら、ギニアス・サハリンはふっとため息をついた。

「調子はどうかね」

 そう言って入ってきたのは、紫色の髪をした妙齢の女性である。後ろに栗色の髪をした衛生官を従えている。

「ええ、なかなか良いですよ」

 そう答えると白衣を着たその女性はまじまじとギニアスの顔を観察した。

「無理はしてないようだね。うまくいってよかった」

「ありがとうございます」

 『うまくいった』というのは骨髄移植のことである。ギニアスは幼い頃の爆破テロによって、宇宙線被爆による血液障害にかかっていた。そのために免疫能力が弱く、しばしば合併症を引き起こしていたのだが、宇宙世紀の上を行く『地上』の遺伝子治療技術によって、正常な骨髄を培養、移植することに成功したのである。
 現在は合併症の治療と定期的な血液洗浄(正常な造血肝細胞への入れ替え作業)によって、経過を観察している。
 とはいえ、一時は危ぶまれた病状も安定し、目下の悩みといえば、実務にさっさと復帰したいということだけだった。

「言っておくがね。まだ、無理は禁物なのだよ」

 こちらの心情を見透かしたように、香月医師が釘を刺す。
 その時、映像通信端末にマ・クベの顔が映る。

『お加減いかがですか? 閣下』

 ギニアスはにっこりと笑ってうなずきながら、香月医師と栗色の髪をした衛生官へ、軽く目配せをした。
 彼女らが黙って退出するのを見送ると、ギニアスは画面のほうへ向き直った。

「悪くないよ中佐。実のところ、私だけ休暇をとっているようで、心苦しいばかりだ」

『閣下のお力をお借りしなければならないことはこれから山とあります。あせらずに療養してください』

 幾分か穏やかな声音で、マ・クベが答える。

「そうだな……。現状の報告を聞かせてもらおう」

『はっ、先ごろ帝国製鉄その他の企業に供与した技術は順調に製品化されているようです。
特に超硬スチール合金に至っては、海外輸出までされているようです。
ライセンス料もこちらが指定したとおりの低額で普及に努めるとか』

「……こちらにはどれくらい入ってくる」

『あまり目立つ量は仕入れられませんが、それでも装甲材として困らぬ程度には…』

 画面の中の顔がニヤリと笑う。つられたようにギニアスも同種の笑みを浮かべた。

「中佐、ご苦労だった」

『いいえ、閣下の下準備があってこそ、と言わせていただきましょう』

 さらりと答えて見せるマ・クベに、ギニアスは困ったような笑みを浮かべた。

「互いにほめあっていては埒が明かんな。続けてくれ」

『ライトニング計画ですが、本日フェイズ1を遂行しました』

「…よくやってくれた。これで、表の世界にも多少ルートが出来たな」

『ありがとうございます。本日の報告は以上です』

「ご苦労だった」

 ギニアスが手だけで敬礼をすると、マ・クベはわざわざ直立不動になって、それを返した。
 どことなく温かみのある目で、外交担当官はギニアスを見つめた。

『閣下……お大事に』

「ありがとう」

 ギニアスが微笑みながら手を下ろすと、画面が暗くなった。
映像通信を切ると、ギニアスはナースコールに手をかけた。

『ど、どうしました?』

 緊迫した声がナースコールのスピーカーから聞こえてくる。
 ギニアスは、ちょっとだけ苦笑して、穏やかな声で答えた。

「マ・クベ中佐との通信が終わった。その事を報告しようと思ってね」

 スピーカー越しにかすかな吐息が聞こえる。おそらくは栗色の髪をした看護兵のものだろう。

『そうですか…よかった』

 わずかな安堵を含んだ言葉に、ギニアスはふっと疑念を持った。
良かったとはどう言う事だろうか? 会話が終わることで何かが彼女に利益をもたらすことがあるのだろうか、単に自分を心配しているだけのように思えるが……。
 ギニアスは、ふと件の看護兵の事を思い出してみた。

 神宮寺まりも軍曹、香月中佐の護衛としてこちらにやってきた女性だ。栗色の長い髪と凛とした雰囲気の中にどこか他人を気安くさせる所がある。巷で言えば、もてそうな女性なのだろう。顔もなかなか整っている。
 だが、そんなことはどうでも良い。彼女は前にあった段階でギニアスの病のことを知っていた筈だ。だが、今回の交渉でマ・クベがあちらに打ち明けるまで、香月大佐は知らないようだった。
 一体どういうことなのだろう。知らないふりをしていたのだろうか? 

(何のために? むしろこちらが「知られてはまずい」事だったはずだ)

 マ・クベ中佐の話から察するにそれほど、甘い相手では無いはずだ。
と言うことは、神宮寺軍曹は一体どういう意図を持って、このことを伏せていたのだろうか。

(何か、思惑があるのか……)

 渦を巻き始める思考に飲まれそうになりながら、ギニアスはハッと疑おうとしている自分に気づいた。
彼が女というものに疑念を持つときに、いつとてある女性の後姿が頭に浮かぶのは、ごく最近になって気づいたことだった。

(この歳になっても、母を忘れられんか……我ながら、女々しいかぎりだな)

自分を捨てた母の姿、関係ないと分かっていても、どうしてそれが浮かんでしまうのは、なぜだろう。……答えは、よく分かっていた。
 妹が自分に身を捧げるのも、自分に対して負い目があるからだ。
 女の愛にはいつとて、対価があるのだと言う事を彼はよく理解していた。

男の果てない思考を打ち破ったのは金属扉をノックする乾いた音だった。
 ギニアスは一息、吸うとなるたけそっけなく聞こえないように答えた。

「入りたまえ」

「し、失礼します」

 ぎこちない返事をしながら、入ってきたのは神宮寺軍曹当人であった。

「!? ……何か?」

 心を読まれたような気がして、自然と声が硬くなる。
神宮寺軍曹はびくりと肩を震わせると、気まずそうな声で答えた。

「あ、検温の、時間ですので……」

(なぜ、この人は私の前では、こんな調子なのだろう)

 そう思ってふとベッドの脇においてあった、鏡を見てみた。驚くほど険しい顔をした金髪の男がそこには写っている。
 それを見て、ギニアスは目の前の女性が置かれている状況に気づいた。
 彼女にとって、ここは敵地のど真ん中であり、香月医師と彼女はそこに送られた人質なのだ。

(やれやれ、それは怯えもする)

「神宮寺軍曹」

「は、はいっ!」

 直立不動になって敬礼までしかねない反応に、少しだけ笑いそうになりながら、ギニアスは穏やかな声で言った。

「検温、お願いする」

「…あ、はい」

 一瞬、ほうけたような顔をして、神宮寺軍曹があわてて体温計を取り出した。

「し、失礼しま…きゃっ!」

 あまりにあわて過ぎていたのか、神宮寺軍曹は何かに躓いて(何か躓くものがあったようには見えないのだが)前に倒れこんだ。
 不意に飛び込んできた石鹸のにおいと長い髪が広がる。
前にはギニアスの寝台があり、当然のことながらそこへ倒れこんだ神宮寺軍曹をギニアスは何とか受け止めた。
 女性独特の甘い匂いが、彼の鼻をつき、体の柔らかさと温もりがなんとなく、どぎまぎした気分にさせる。

「……大丈夫かね軍曹」

「……………」

「軍曹?」

 一瞬、頭でもぶつけたかと思ったが、抱きとめたのだからそれはないだろうと、ギニアスは思い直した。
 直後に、ボンッという音が聞こえかと思うほど、神宮寺軍曹は一瞬で真っ赤になった。

「し、し、し、し、し、失礼いたしましたぁぁぁぁぁっ!!!!」

 あわてて、飛び起きたところを見ると、どうやら頭は打っていないらしい。

「ええと、そのあうぅぅぅ。た、体温計を」

 見てて可愛そうになるほど狼狽している神宮時軍曹に苦笑しながら、ギニアスは体温計を受け取った。

「ありがとう軍曹」

「あ、はい」

 顔を赤らめたままうつむく、軍曹を見ながらギニアスは、自分が自然と笑っていることに気づいた。
 ふっとギニアスは最初に、この世界に来た日に自分を救ってくれた若い女性兵士のことを思い出した。彼女はどうして最後に笑ったのだろう。
 そんなことを考えながら、彼は自分がいつしか、目の前の女性への疑念を忘れていることに、気づいていなかった。





――― 第600軌道降下猟兵大隊 旗艦 モンテ・クリスト 士官専用BAR

 落ち着いた照明の店内には古びたジャズがかかっている。曲名は、確か「FLY ME TO THE MOON」、旧世紀のクラシックジャズ。
ハスキーな女性歌手の声が心地よく響いている中で、マ・クベはゆっくりとグラスを傾けた。

「スコッチ・ショコラか…チョコレートリキュールなんて珍しいもの飲んでるじゃねぇか」

 横合いから声をかけてきたのは、ジオンの黒色軍装に身を包んだ隻眼の偉丈夫である。

「ああ、どうやらバレンタインだということで、リトヴァク少佐が余計な入れ知恵をしたらしい」

 マ・クベが目配せすると、バーテンダーが黙ってうなずいた。

「何だ?」

「貴様の分もある」

 そう言うと、バウアーは苦笑しながら、隣に座った。
 バーテンだが静かにグラスを置く。
隻眼の男はグラスを取ると、柄にもなく香りを楽しんでいるようだった。

「たいした贅沢だな」

「純夏とリトヴァク少佐からだ。ありがたく飲め」

「ああ」
 
グラス同士が澄んだ音を立てる。男たちはしばらく、チョコレートの甘い香りを楽しんだ。

「純夏の奴は元気にやっているのか?」

 バウアーが唐突に切り出した。
 
「気になるのなら、見に行けばよかろう……苦労はしているようだが、がんばっているようだ」

「そうか…」

 そう言って言葉を切ると、隻眼の男はグラスをあおった。

「ところで…マ・クベよ、思い切ったことをやったな」

「藪から棒になんだ?」

 常と変わらぬ冷静な声でマ・クべが答える。

「地上との交渉、なかなかうまくいってるようじゃねぇか」

「ああ、ギニアス閣下の用意してくれた商品のおかげでな」

「なるほど…わざわざ俺たちの存在を表に出すのは、例の話を確かめるためか?」

 一つしかない目がじろりとマ・クベをにらむ。

「ああ」

 あっさりと首肯するマ・クベを見て、バウアーはやれやれとばかりに肩をすくめた。

「G弾によってこの世界に俺たちが呼び出されたのなら…実用化の際に行われたであろう起爆実験の際も同種のことが起こっている筈だ……か?」

「仮説に過ぎんがな…五次元空間が私の想定しているとおりのものであれば、時間も距離も意味をなさない。これまでか、それともこれからか……いずれにしろ、可能性はある」

「だがよ、遠い未来の可能性だってあるわけだし、あまり俺たちの存在を表に出してもまずいんじゃねぇか。それに、この化け物の巣に落とすって事もファクターかも知れん」

 怪訝そうな顔をするバウアーの顔を見ながら、マ・クベはしっかりとうなづいた。
 いつしか、グラスは空になっており、バーテンダーは隅のほうでグラスを磨いている。

「無論だ。だが、この戦争はまだまだ続くだろう。この後にそういう事態になることも十分ありうる」

 バウアーがわずかに顔をしかめると、うっそりと言った。

「例の第5計画か? 確かに現状有効な兵器である以上、可能性はあるか…」

 マ・クベがバーテンダーに向かって目配せをすると、バーテンダーが慣れた様子で棚の中から一本のワインを取り出した。

「シュタインベルガー! しかも60年物のビンテージじゃねぇか」

ラベルを見たバウアーが感嘆の声を上げる。

「えらく気前が良いな」

「まあ、ちょっとした記念だ」

 にやりと笑いながらマ・クベはグラスを手に取った。

「しかし、ギニアス閣下達に俺たち、そして第3の可能性か……」

 芳醇な香りを楽しみながら、バウアーがそら事のようにつぶやく。
 そんな友人の姿に、喉の奥で笑いをかみ殺しながら、マ・クベが諭すように言った。

「古来より言うじゃないか。二度あることは『三度ある』とな……」
 
曲目が変わり、リリー・マルレーンが切なく流れる中で、強化グラスの澄んだ音が響いた。








――― 中東スエズ絶対防衛線 最前線要塞都市エルサレム

かつて地下墳墓群のあった空間に運び込まれたのは、遠く東洋からの補給物資である。
表向き建築用資材として仕入れたそれは、あちらでも新しく発表されたばかりのものだ。「超硬スチール合金」と呼ばれるそれは彼らにとってはなじみ深い金属であった。

「閣下……この紋章は」

合金自体に検定印として刻まれた紋章を見ながら、銀色の髪を後ろに束ねた男が感嘆したように叫んだ。
 カーキの軍服に身を包んだ壮年の男は、重々しくうなずいた。

「……我々は3年間この時を待った」

「再びこの紋章を見ることになろうとは…」

 銀髪の男の目からはあふれる感慨が、涙となって流れ落ちていた。

「ガトー少佐、何とかして彼らと連絡を取るのだ」

 ガトーと呼ばれた銀髪の男が、踵を打ち鳴らして敬礼をする。
 壮年の男は鋭い所作で答礼を行うと、兵たちに向かって語りかけた。

「諸君! 長き雌伏の時を、良く耐えてくれた! 鷲は再び舞い降りたのだ! 我らがジオンの旗の下にっ!!! ジーク・ジオン!!!!」

 地下空洞に絶叫のごとき復唱が響き渡るなか、彼らの背中にはためくのは、
合金に刻まれていたのと同じジオンの旗であった。




あとがき

純夏「3!」
リディア「2!」
純夏「1!」
パイパー「状況開始!!」
リディア「今週も始まりましたUNLuckラジオ!…てなにかしら純夏ちゃん」
純夏「さも毎週更新できるようなこと言ちゃだめですよリディアさん。ていうか、お帰りなさい」
リディア「ただいま。…また、出番なかったけどただいま(グスッ)」
純夏「ちょっと、泣かないでください。ていうかあたしもありませんでしたよ」
パイパー「バレンタインネタをやったと思ったら、これだからな」
リディア「しかも、遅いですよね」
純夏「作者さん、いわく、ホワイトデーが終わってなきゃ大丈夫だろjkだそうです」
リディア「女に縁ないくせによく言うわよ」
純夏「えーと、読者の皆様から要望があった場合、幕間でやるお、だそうです」
リディア「……いい加減、2chネタ引っ張るのもどうなのかしら」
パイパー「(どうでもいいが、裏を返せば読者のオファーがなければ書かんということだぞ……)」
リディア「しかも大学が無事卒業できると分かって、さらに大喜び」
純夏「普段からがんばっておけば、そんなにやきもきしないで済むのに……」
パイパー「言ってもせんのないことだ」
リディア「き、気を取り直して、先週のお便りからよ。ペンネーム「第二のあああ様」からよ」
パイパー「緑の看護婦は出てこないんですね。まあいたらいろんな意味で怖いですが…」
リディア・純夏「「(あんたが読むんかい!)」」
パイパー「なにか文句でもあるのか(じろっ)?」
リディア・純夏「「め、めっそうもありません。サー」」
純夏「お、お便りに対する答えですが、作者はマナマナさんを良く知らないし、知らない女増やすくらいなら、ウホッ良い漢を増やすZE保志、らしいです」
リディア「保志…ってなによ。テンションあがりすぎるのも良いけど、なんだかキモ……」
パイパー「それ以上言うなよ少佐。また出番が減って泣かれても困る」
純夏「つ、次のお便りはペンネーム「けー様」から」
リディア「先の演習で地下に向かった私たちが、ザンジバル級を使わなかったことに対する質問なようね」
パイパー「それには私が答えよう。もともとマ・クベが我々を予備兵力にしたのは彼らが我々と同じ事をたくらむことを恐れたからだ」
純夏「演習中に、リアルで敵が奇襲をかけてくるってことですか?」
パイパー「うむ。そのため防衛戦闘能力に優れたリトヴァク少佐の部隊を残して、予備兵力として、歩兵が横浜基地の地下19階を制圧したのを見計らって、我々も演習に参加したのだ」
リディア「今回の演習は相手にあたしたちが寡兵でも圧倒しうる力を持っていると相手に認識させるためのものだから、過度にこちらの情報を見せすぎても良くなかったの」
パイパー「それに誰が見ているか分からないから、そこまでなりふり構わないまねできなかったわけだ」
リディア「でも斬込中隊……自爆しましたよね」
パイパー「あれはイレギュラーな事態だったのだ……むっ? 鑑上等兵どうした?」
純夏「(……プスプスプス)」
リディア「ちょっ! 純夏ちゃん? 何で煙吹いて…ってそんな虚ろな目をしないでぇぇぇ!!」
パイパー「……まあ、次回も見てやってくれ。それでは、忠勇なる読者諸兄に幸あらんことを! ジーク・ジオン!!」



 長かった……。えらい昔にコメント欄で「北アフリカでがんばっているオジ様のことも忘れないでやってください」的なことを言われて、
この展開にしようと思い至ってから、長かった。
絶対にばれないように? 複線を張って……ついに、ついにこの日が来た。
超展開ですが、まあなんとか出来る自信はあるので、生暖かく見守ってやってください。
正直、これはない、と思われる方もいらっしゃるでしょうが…申し訳ない。
経過観察ということで一つ。
基本的にはアフリカと日本で連絡を取り合っても合流させる気はありませんw
ちなみに鎮西飛行機はこちらで言うところの九州飛行機、火太刀金属(ほだちきんぞく)は日立、旭日化成はアサヒ化成です。
乞うご期待!!!



[5082] 第二十二章 奇跡
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:43

――― 2000年 2月19日  要塞都市エルサレム ゴルゴダ観測所

かつて聖人が十字架の上から望んだ風景を、高性能光学スコープが冷徹に写していた。
キリストが今際に目にしたのが天使か悪魔かは、定かではないが、今写っているものを形容するとすれば、恭順主義の異端者を除けばまず間違いなく後者であろう。
俗に「定期便」と呼ばれるハイヴからの定期的侵攻。
観測所のカメラは、防衛線に迫るその呪わしき軍勢をしっかりと捕らえていた。


≪CPよりエルサレム義勇軍全部隊へ、これより「定期便」の迎撃を開始する。
.聖地に立つ全ての戦士達に神の加護あらんことを…≫

今日も長い一日になりそうだ、元イラク共和国防衛隊の衛士は心のうちでつぶやいた。
 
愛機であるMiG-21バラライカの管制ユニットに、ノイズ交じりでCPの声が響く。
今日の風(砂嵐)はどうやらはそこまで強くないらしい。
 待機状態にしていた主機を起動し、システムを立ち上げる。網膜投影に味方の機体がとりどりに写った。
 元イラク共和国防衛隊のMiG-23チボラシュカやMiG-21バラライカに加えて、元イラン陸軍のスーパートムキャット。
 果てはイスラエル陸軍のラビと、いかにも寄せ集めと言った陣容である。
 
 今日の砂塵濃度なら光線級はまず間違いなく撃ってくる。味方の砲撃精度も期待できるから、条件はそれほど悪いわけではない。しいて言うなら日常茶飯事である。
 
≪エルサレム第1戦術機甲大隊、出るぞ!≫

元イスラエル軍のナオミ・ダヤン大尉の声が響く。第1機甲大隊はイスラエル人で編成された部隊である。頭に殻のついたお姫様(彼女の祖父はイスラエルの名将、片目のダヤンことモーセ・ダヤンである)がよくも成長したものだ。

≪第3戦術機甲大隊出撃するぞ≫

 そうこうしているうちに指揮官閣下からも、出撃の命令が来た。
 まさかイラク撤退戦で死亡したフゼイン閣下の末息子がユダヤ人と肩を並べて戦っているなどと、誰が想像しようか。
 だが、今この場所でそのことに疑問を唱えるものなど居なかった。
なにせ、ここは聖地エルサレム、「奇跡」降り立つ場所である。

 荒涼とした大地を突撃級が砂煙を立てる。折から吹きすさぶ風が砂塵を巻き上げ、もうもうと巻き起こる砂煙の奥にはさらに、醜悪な軍団が続いているのだろう。
 いつもながら旅団規模での大盤振る舞いはうんざりするな、と男は心のうちでつぶやいた。
 それにしても、いつ見ても奇妙な光景だと、バラライカの管制ユニットの中で、衛士は思った。
 イスラム教徒とキリスト教徒、そしてユダヤ教徒が肩を並べると言う光景はメッカでは珍しいものではない。
 だが、互いに命を預けあって戦うと言えば、話は別である。もう1000年以上互いに殺しあってきた歴史があるのだ。かく思う彼とて元はイラク共和国防衛隊の衛士である。
彼のポジションは砲撃支援、手にする愛機の手にするMk57中隊支援砲はフランク人(スエズ運河駐屯の英軍、およびアルジェリア駐屯の仏軍などの欧州系部隊への総称)からの賜りものである。
 まあ、彼らの機体の大半はそうとも言えるのが、なんとも情けないところである。
 男は舌打ちしながら、機体を横に滑らせた。要撃級の一体が彼の背後に回りこむ。

「くそっ!」

 要撃級の攻撃を避けながら腰だめに57mmでなぎ払う。高初速のAP弾が醜悪な肉体を貫き、グロテスクな破孔を作る。
 倒れ付す要撃級を横目に見ながら、前を向いた瞬間に、突撃級の甲殻が目前に迫る。
 粉々に砕かれる自分の姿が頭に浮かぶ。まさに、その瞬間、突撃級はぎりぎりの地点で     横に反れ、戦車級の群れに突っ込んだ。
 よく見れば、尻の片側を吹き飛ばされている。

≪よ~く考えろ。お尻は大事だぞ≫

 レシーバーからくだらない軽口が聞こえる。
突撃級の向こうに肩に六芒星を描いたF16、イスラエル陸軍のラビだ。

「すまん。…助かった」

≪気にするな。お互い様だ≫

「我あに我が弟の守りならんや…」

 彼が創世記の一説を口ずさむと、ラビの衛士は流暢に返した。

≪誰にしあれ人の命を救い足るものは、人すべての命を救いたるに同じ≫

 コーランの一説である。
軽やかに飛び立っていくのを、男はしばらく目で追った。

≪食らぇぇぇ!!≫

 気合一線、36mmで戦車級を掃討しながら、鮮やかに蜻蛉を切る。蹴り上げられた脚が要撃級の醜悪な頭部を吹き飛ばした。

「いい腕だ、……脚か?」

 拉致もないことを呟きながら57mmを掃射する。心地よい反動が機体を震わす。
1分間に120発という機関砲としては遅いほうに入る連射速度はそれ以上の値にすれば、反動を抑えきれず、ろくに狙えないと言う事情があるからだ。とはいえ、彼はこの砲が好きだった。

先ほどのラビ傍らに、元イラン軍のアザラクシュ(F5EタイガーⅡのイラン軍Ver)が立つ。
彼らを皆、等しく戦友だと思った日からどれくらい立ったろうか、イスラムとユダヤの共闘。
半世紀前には考えれないような「異常」な事態だが、ここではそれこそが「日常」なのだ。
彼自身、義勇歩兵連隊のクルド人とBETAの残党狩に行ったことがある。
 この戦乱の大地にあって、それは一つの奇跡だった。

≪CPより行動中の全部隊へ『サラディン』が攻撃を開始する≫

 その名を聞いた瞬間に、男は全身の血が沸騰するような興奮を覚えた。

砂丘の上に別の砂塵が上がる。
ちょうどBETA群の側面を突くように駆け下りるのは、異形の戦術機部隊だった。
常のものより重厚な機体、突撃砲こそ彼らと同じものを使っているものの、その煌々と光りをはなつ単眼はおおよそ、世に戦術機と呼ばれる機動兵器のいずれとも一線を画した印象であった。

 サラーフ・アッディーン(宗教の救い)の名を冠する彼らこそ、この現状を作り上げた奇跡そのものである。





(3年間か……。長かったな)

 眼下の軍勢を垣間見ながら、ノイエン・ビッター少将はそう首肯した。陥落しかけたこの地に飛ばされてから、ずっとこの地を守り続けてきた。
 現地徴収の義勇部隊(ややこしいが、元の世界で集めた兵士たちのことだ)含め師団以上だった部隊も、現在では連隊隊規模にまで目減りしている。MSが持つ武器も基地の資材(超鋼スチール)を加工したものや、現地の「戦術機」の兵装を流用しているものも多い。それどころか、一部の武装にいたっては撃破したBETAの甲殻などを再利用している場合まである(おもに対小型主要のナイフやシールドなど、果ては増加装甲などにも)。

(だが、それもついには報われたのだ)

 長い戦いの中、この異郷の地で散華した者達は、どれほど居たであろうか。
いつか帰る宇宙(そら)を願い見た者がどれほどあったろうか。
だが、それも無駄ではなかった。同じジオンの旗持つものが、現れたのである。

(なればこそ、屠られせもらうぞBETA(異星起源種)……!)

「我ら(スペースノイド)とて、人類(ヒト)の端くれよ! 全機! 起動!!」

 ノイエン・ビッター少将の号令一下、待機状態だった核融合炉に火が入る。外套のごとく被った偽装シートをほうり捨て、砂地から次々に鋼の巨人が姿を現す。

 陽炎のぼり立つ戦場に単眼を光らせながら、異郷の軍団はついに動いた。

≪ロンメル中隊は左翼、トゥアレグ義勇兵(青の部隊)は右翼を固めよ! 今日は砂が薄い。跳躍は控えよ!!≫

≪≪了解!≫≫

 軍団の先頭を征くドムトローペンから、指示が飛ぶ。砂漠用カモフラージュ塗装、背に負った長刀に、ラケーテンバズを抱え、腰の後ろには突撃砲を引っ掛けた重武装である。

 左翼を固める砂色の一群と、そして、右翼を固める青いMSの一群が密集隊形を取る。
 軍団の中央を走るザクF2の胸中で、ジオン公国軍元アフリカ「駐屯」軍司令、ノイエン・ビッター少将は重々しく号令を下した。

「全軍、突撃!」

≪閣下 露払いは我々に…≫


 そう言って先頭に躍り出たのは白いMSであった。奇妙な由縁によって、この地へと送られたその機体はかつて、ジオンの災厄の代名詞のような存在であった。

「ガンダム試作2号機」、サイサリスの愛称で呼ばれるその機体は、今のパイロットが連邦から奪取した(この事が彼らの数奇な運命のきっかけとなったわけだが、それは後に語ろう)機体である。
巨大な盾と、背には、スエズからの補給物資にあったスーパーカーボン製の巨大な剣を負ってる。

「ガトーか!? …許すっ 征けいっ!!」

≪ガトーに遅れるなっ! 俺たちも行くぞっ!!≫

ケリー・レズナー大尉が自分の中隊を激励する。
白いMSを先頭にしたドムトローペンの中隊と、ドムトローペンとザクF2の攻撃部隊がわき目も振らず突っ込んでいく。機体重量こそあるものの、ドムは並みの戦術機に劣らぬ機動性を持っている。むしろ、重量によって安定した射線は、戦術機にはおおよそ出せぬ平均射撃精度を叩き出すのだ。
格闘戦においても、それは健在である。そもそも機体強度が戦術機の比ではないのだ。
それに加えて、ウェイトの差と戦術機の数十倍以上の強度を誇る宇宙戦闘艦の装甲を叩き切る為に作られた白兵戦闘用の熱伝導兵器は、タンパク質構造体であるBETAに対して絶大な威力を発揮する。
とはいえ長い戦いによる損耗で、他の部隊ではフリューゲベルテ(BWS-8 EUの斧型白兵戦兵器)やタイプ74(74式近接長刀)にタイプ77(74式を改造した統一中華のトップヘビー型長刀)などの戦術機の兵装を使用している機体のほうが多いのが現状だ。
無論、撃破したBETAの再利用も盛んで、突撃級から各部装甲やシールド、ナイフにマチェット、要撃級から長刀もどきに加えて、要塞級の衝角から「取っておき」を作った、と言う話まである。ジオンの技術の賜物だ。

横合いから、猛烈に殴りつける形となったMS部隊は、そのまま敵軍中央を分断すべく進軍した。
先陣を切ったのは白備えのMSである。地面を舐めるように飛ぶ。その機体が目指す先はまっすぐに敵の軍勢であった。こちらの攻撃に気づいた一部が方向を変え始める。

「…遅いっ!」

まるで敵を叱咤するかのように、ガトーが吠える。
声とともに、ガトーは武器の切り替えスイッチを指で弾いた。

ガンダムのウェポンキャッチアーム(現地での追加兵装、戦術機の兵装担架システムを応用)が、肩へせり出し、背負っていた大剣のグリップを差し出す。
白い装甲で固めた腕が、幅広い剣身と一体化したクロスガード(十字鍔)のグリップを掴むと、最後のロックが外れ、剣を振り下ろした。
ずしりとした重量が機体の腕にかかる。
そのまま、騎槍のように構えた先に捕らえていたのはただ一点。こちらに向き直ったBETAの一群である

「いくぞぉっ!!」

刹那、肩のバーニアが爆炎を吹き、翼持つ騎兵の如くサイサリスは突撃した。

「喰らえぇぇいっ!!」
 
 ガトーの咆哮とともに、サイサリスの突き出した大剣は突撃級の甲殻を食い破り、その隣を走っていた同族まで突き抜けた。
シールド越しに響くすさまじい衝撃に、一瞬、気を遠くしながら、柄尻を掴んで根元まで突き刺さった刃を引き抜く。
やおら飛んできた要撃級の一撃を盾の端でいなし、腰のひねりで浮かせた剣身を盾で弾いて勢いをつけ、衝角の間隙を抜いて、首に叩き込んだ。
慣性の法則で刃が要撃級の首を斬り飛ばす、短い弧を描いて、醜悪な顔が宙舞う。
それが落ちきる前に、右足を軸に1回転しながら横一文字に薙ぎ払った。その一閃は回り込もうとした要撃級を3体ほど吹き飛ばし、空に舞った体液が、戦場に怪しい虹を作った。
手首を返して体液滴る大剣を肩に担ぐ。
軽い衝撃がコクピットまで伝わり、集まってきた戦車級を頭部機関砲で掃討する。

 だが、いかんせん数が多い。死骸を乗り越えてBETAが次第に壁を作っていく。

「やはり、多勢に無勢か…」

 その時である次々に、周りのBETAが爆発し始めた。
否、これは味方による援護だ。

≪≪クソ共が、ガトー(少佐に)に触る(なっ)んじゃねぇっ!!≫≫

 突然、通信機から響く聞きなれた怒声と、ともに2機のドムトローペンがサイサリスとBETAの間に立ちふさがる。

「ケリィ、それにカリウスか!?」

後続部隊が追いついてきたのだ。MMP-78が戦車砲弾の改造した120mm弾をばら撒く。他の機体も突撃砲を両手に持って突っ込んでくる。

≪相変わらずだが、無茶しすぎだぜガトー≫

 豪放な友の声が、ガトーをたしなめる。

≪一人のお体ではないのですから…≫

 心配そうな部下の声も、それに続く。
ガトーは苦笑を浮かべると、堂々と答えた。

「無論、君らなら、間に合うと信じていた。……少し肝が冷えたがな」

 次の瞬間、通信機からうるさいほどの笑い声が響いた。
 映像回線に、割り込みで小隊長の一人から通信が入る。

≪このままじゃ、多勢に無勢ですぜ少佐。前面の連中も良くやってますが、これ以上増えたら押し切られます≫

「アダムスキー少尉、だったら我々が皆殺しにしてやれば良い。違うかね?」

 そう言うと、映像回線越しにアダムスキー少尉がニヤッと笑った。

≪その命令を待っていたんですよ、ガトー少佐! 野郎共、聞いたな、畳み掛けろ!≫

「我らも行くぞ!」

≪≪了解!≫≫

 白い堕天使を筆頭にした軍勢は、恐るべき獰猛さを発揮して、BETAを殺して回った。
 もし、BETAに感情があったなら、彼のことをこう呼んでいただろう。「悪魔」と……。


≪砲身の加熱に注意しろ、撃って撃って撃ちまくれ!≫

≪ヒートソードの味はどうだ化け物!!≫

≪クソッ たかられた!! Sマインを使う!!≫

≪化け物共!! 57mmの味はどうだぁ!!!≫

 先端部隊はキッチリとその役目を果たしていた。BETA達はまるで、砂糖にむらがるありのように、彼らに群がっている。

 ノイエンビッターは手袋を直すと、しっかりと操縦桿を握った。
 無人偵察機と観測所からの情報で、光線級の大体の位置は掴めている。

「……化け物共め、ジオンの戦争を教えてやる」

ビッターのザクの腕が下がった瞬間に、両翼の部隊からいっせいにバズーカが発射された。頭越しギリギリの高さで狙うのだ。
 たちまち、地上からすさまじい光の束が打ち出され、一瞬のうちに迎撃されるが、蒸発した砲弾は重金属雲となって、光線級を押し包む。
 ビッターの周辺に居た増加ブースター付の機体が次々に戦場へ飛び込んでいく。

「…中尉、頼むぞ」

 暗く重い雲を見やりながら、突撃砲を抜いてビッターのザクFⅡもその中へ飛び込んだ。


――― エルサレム郊外 

≪ゴルゴダ観測所からのデータと無人偵察機からのデータです≫

薄暗いコクピットの中に鎮座した男は黙ってそれを見た。
距離と風向が割り出され、

「最初に俺が撃つ、それを元に誤差を修正しろ」

≪了解しました≫

 並みのMSより頭一つ高いその機体が、背中に格納した砲身を展開した。
 並んだ筒先が空を睨む。
 アフリカ駐屯軍の虎の子とも言えるザメル小隊である。

≪しかし、ボブ中尉殿が外されることなんてあるんでありますか?≫

 と冗談めかして部下が言う。

「何にも最初の一はあるもんだ。貴様らこそドジってはずすんじゃないぞ!」

 一瞬にして顔を引き締めると、僅差を修正しトリガーに手をかけた。

 640mmカノン、この世界では破格の巨砲とも言える剛砲が、まずは一撃の咆哮を上げた。




 唐突に重金属雲が晴れ、にわかに着弾した巨弾は、その下で蠢いていた光線族種を吹き飛ばした。
 遠方から一つ、また一つと遠来のような砲声が響くたびに、戦場が揺れ、哀れなBETAをひき肉に変えた。

乱戦の真っ只中で、ビッターは戦術画面に目を走らせた。ボブ中尉達が、見事に光線級を始末してくれたらしい。
前面を押さえていた戦術機部隊も戦線を押し上げてくる。
 BETAも撤退の気配を見せていく。
 流れが決したのを悟ったビッターは通信機に向かって怒鳴った。

「最後の仕上げだ! 殺して、殺して、殺し尽くせっ!!!」

 平時の彼を知っているものなら、目を見張るような命令だったが、誰も彼もが戦の狂熱に当てられている戦場にあって、兵士達から帰ってきた反応は爆発的な蛮声と、燃え盛る士気であった。

 獰猛極まりない単眼の軍勢の攻勢が決定打となり、「定期便」は崩壊し、おびただしい数の死骸を残して、壊走した。

1986年のスエズ防衛戦以来、本来ならばエルサレムは放棄されているはずであった。
 それでも、戦線がとどまり続けるのは、当初全滅すると思われた。聖地防衛を信条とするエルサレム防衛義勇軍がいまだ、抵抗し続けているからである。
 世界各国のイスラム・キリスト・ユダヤ教徒の精神的牙城であり、キリスト教恭順主義、に対する主柱であるエルサレムは、例えアメリカ政府であろうと、用意に手出ししかねる場所であった。
 そして、そのエルサレムの城壁こそが3年に渡る間、彼らを守り続けていたのだ。




――― 要塞都市エルサレム、地下ジオン公国居留地

 戦闘終了後の夜、地下の会議室に集まったのは、ジオン軍と現地義勇軍の主な幹部達であった。

「以上が、我々の部隊の損害です」

 長い黒髪ポニーテールにした女性士官が報告を終えた。祖父譲りのキツイ眼差しに疲れをたたえて入るが、鼻筋の通った美人である。
 イスラエル部隊の指揮官、ナオミ・ダヤン大尉である。
もっとも、この3年間の戦いを思えば昇進してもよさそうなものだが、表向き非正規活動であり、イスラエル軍の軍籍からも離れているので、昇進させるものが居ないのだ。
 
議長役のノイエン・ビッター少将は重いため息を着いた。

「こちらの損傷はMS3機と戦術機24機か、痛手だな」

「人的被害が少ないことを考えれば、これでも奇跡なくらいです」

 ダヤン大尉が静かに言う。アラブ系部隊の指揮官であるアリー・フゼイン少佐(こちらも事情は同様である)も黙って首肯した。
 たいそうなヒゲをはやしているので分かりにくいが、フゼイン少佐もまだ20代後半であり、実はかなり若い

「貴公等がそう言ってくれるのは助かるが、我々の戦力は縮小の一途をたどっている」

「やはり、どうしても日本と渡りを付ける必要がありますか」

口を開いたのは仮面を付けた男であった。前衛で指示を飛ばしているドムトローペンのパイロットだ。

「ヨッド参謀…しかし帝國は」

「良いのです。しかし、私は国を捨てた身、仲立ちにはなれません」

この場において、日本のサムライがつけたといわれる面頬で、顔を隠すことを許されているのは、BETAに付けられた傷のせいである(生きていただけでも、幸運であるが)。
 それ以上に異邦人である彼らをサポートするために、彼はこの地に送り込まれてきたのだ。祖国を捨て、友をそして過去の全てを捨ててきたのである。
 それゆえにこそ、ビッターは彼にMSを与えたのだ。

「帝國は大佐の故郷ではありませんか!」

 憤然とした表情で、ダヤン大尉が言う。半ば故国を失っている彼女からすれば、理解しがたいのであろう。

「やめろ大尉。ここに居る以上、大佐はエルサレム軍参謀だ。それにビッター閣下達はこの世界とは縁もゆかりもないのだぞ」

 フゼイン少佐がたしなめる。少佐を初めアラブ系部隊のイランやイラク、アフガンなど多くの国々はBETAに国を奪われた者たちだった。

「それは……」

 ダヤン大尉が気まずそうに口ごもる。

「国を思うがゆえに言い過ぎるのは、誰にもあることだ。これ以上気に病むことではないだろう」

 そう言ってとりなしたのは、ジオンのロンメル中佐である。
 ビッターは歳若い女性兵士を見ながら、穏やかな口調で言った。

「国を失なったのは、ここに居るものの大半がそうだ。とはいえ我々の祖国は遠い世界にだが、存在する根無し草の我々を貴公らはかくまってくれている。私は部下達も貴公らも死なせたくはないのだ」

「祖国といえば、横浜のジオン軍は一体どのような勢力なのだろうな?」

思いだしたように、ロンメル中佐が言った。

「1年戦争の趨勢は知っておるのでしょうか?」

「多分、知るまい」

「閣下、お心あたりが?」

ガトー少佐の疑問はもっともだった。異例のザビ家3兄弟による乾坤一擲のジャブロー攻撃作戦の成功により、休戦条約を結んだ一年戦争。
 そのことをもし知らなければ、彼らはどう思うだろうか。意気消沈して自暴自棄にでもなりはしまいか、そういう懸念はある。
それでは困るのだ。この世界の戦いも元の世界の戦いもいまだ続いているのだ。

そしてそれこそが、彼らがここへ飛ばされてきた直接の理由だった。

 遠き海を隔てた場所に居る同胞、そして時空を隔てた祖国。
いずれとも遠い場所にあるのに、確かに居るのだと思えることはやはり限りない希望である。
聞けば、横浜はオルタネイティブ4という計画を主導しているのっぴきならない女傑の居城らしい。
そんな場所でこれほど大胆なまねが出来る人物をビッターは一人しか知らなかった。

「…腐れ縁ですな。閣下」

「閣下?」

 わずかに漏らした苦笑交じりの独り言を耳にしたガトー少佐が、ますます怪訝そうな顔になる。

「私の予想が正しければ、きっと途轍もなく大変な、そして頼もしい方々だろう」

 自信ありげに語るビッター少将を見て、ガトーとロンメルは互いに顔を見合わせた。
 






次回予告

それは、語られなかった他なる結末

「いい音色だな。マ・クベ、貴様の残した戦争(問い)……答えてやろう」

「本気かねキシリア」

「兄上、兄弟げんかは戦争の後に」

「姉貴がやるってんなら、俺に依存はねぇ。ガルマの仇、取ってやるぜ」

そして、集う男達

「1個中隊が一瞬で…あれは、ヒートソードのぶっちがい? まさか、オデッサの斬込隊か!?」

≪各機に告ぐ、奴らに教えてやれ。俺達が、マ・クベの斬込隊がいかなるものかっ!!≫

「あれが、斬込隊の第4小隊(ラスト・リーコン)か、味方としては頼もしいな」

≪大尉、配置完了しました≫

「よしっ、サイクロプス隊、第4小隊と合流するぞ」

≪≪≪了解!≫≫≫

それはとても大きな、とても小さな、全ての想いを賭けた戦い。

「これが、最後の戦いとなろう。現時刻を持って第2次ジャブロー攻略作戦を発動する!!」

そして、鷲は再び舞い降りる。

「機動戦史マヴラブ~Hard Luck~ 外伝 凱歌は誰が為に」乞うご期待!!



後書き
純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!!」
リディア「UNLuckラジオ!」
純夏「は~じま~るよ~♪」
リディア「しかし、今回も出番なかったわね…」
純夏「そうですね…まあ、今回は中東編でしたし、仕方ないのでは?」
リディア「それは、メインヒロインとしての余裕ね? そうなのね? (むに)」
純夏「いひゃいれす、はらひてくらはい」
パイパー「なに、やっとるんだ貴様ら?」
純夏「う~~、大佐。リディアさんが~」
パイパー「あきらめろ上等兵、女は更年期になると情緒不安定になるのだ」
リディア「あたしはまだ『検閲により削除』歳ですっ!!」
パイパー・純夏「「…………」」
純夏「ところで今回も戦闘シーン気合が入ってましたね」
パイパー「あそこまでマニアックな両手剣の使い方をするのも作者くらいだろう」
純夏「BWS-3は作者的に大ヒットでしたもんね」
リディア「お願いだから、何もなかったように話を進めないで~」
純夏「ああ、な、泣かないでくださいよ。リディアさん(背中をさすっている)。それにしても、キャラクター増えましたね……」
リディア「(ぴくっ)そうよ! あいつ女キャラ書くのめんどくさいとか言ってるくせに、これ以上女増えるってどういう事よ!!!」
パイパー「いきなり復活するな、うっとおしい。あんまりむさ苦しすぎても、と思ったんだろう」
純夏「工業高校みたいな男女比率ですけど…」
パイパー「女なんて飾りです。エロい人にはそれが分からんのです、とかほざいてたな」
リディア「女の股から生まれたくせに…」
純夏「り、リディアさん!」
パイパー「はっはっはっ、気にするな鑑上等兵。それよりも、貴様はこういう風に女を捨てるんじゃないぞ」
リディア「捨ててないもん!!」
純夏「増えたといえば、仮面のキャラが登場しましたね」
リディア「まあ、ガンダムに仮面はある意味、お約束みたいなものだから」
純夏「でも日本人なのに、なんでヨッドさんなんですか」
パイパー「あだ名のようなものだ。ヨッドとはヘブライ語で隠者を指す。つまり、過去を一切合財捨て去ってきた男という意味だ」
純夏「でも、仮面かぶった人なんて怪しくないですか?」
リディア「そりゃ、あやしいわ。けど、腕がよければ信用は後かついてくるもの」
パイパー「まあ、その辺の事情はおいおい本編で語られるだろう。それでは、忠勇なる読者諸兄に幸あらんことを。ジークジオン!」
純夏・リディア「「ジークジオン!!」」

 
どうも、自重を知らない男こと、赤狼です。もうおじ様最高です。資料として、スターダストやZZを見直したんですが、渋い、かっこいい。
ですが、存外に時間がかかってしまいました。お待たせして、申し訳ありませんでした。
読者の皆様の感想をいつも励みにして、書いております。そういえば、この某巨大掲示板のスレを除いたら、本作品が話題の端にでており、しかも、意外と好感触だったので、ありがたい話だと思いました。
この次の外伝では、合流するはずだった斬込中隊の第4小隊や、サイクロプス隊が登場します。
相変わらず、オッサンマンセーな作品ですが、どうかよろしくお付き合いください!



[5082] 第二十三章 萌芽
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:bb8d9aad
Date: 2011/03/08 02:28
 


○2000年6月23日 横浜地下ジオンインダストリー本社 アサラス開発基地食堂 厨房



「うへぇっ まったくひでぇ味だ」

 調理台の前に仁王立ちした佐藤大輔軍曹は、そう言って顔をしかめた。

「仕方ないですよ。合成食料なんですから」

 そういいながら手をつけようともしないのは、中村伍長である。
 地上から仕入れた合成食料の味見を言い出したのは佐藤軍曹からだった。

「にしたって限度ってもんがあるだろ! 靴墨食ってた時代じゃあるいまいし」

 とうんざりしたように佐藤軍曹が言う。

「この世界じゃ、それに近い時代ですよ軍曹殿。それと靴墨じゃなくてチューブ型宇宙食です」

「うるせぇっ!! 」

「ぎゃんっ」

 うかつにも正論を口に出してしまった中村伍長に、佐藤軍曹の鉄拳が降りかかる。

「しかし、こんなもん出したら基地で暴動がおきるぞ・・・これじゃあの化け物の肉のほうが上等だぜ」

 罵詈雑言とともに手やら足やらが飛んでくるこの職場に慣れたのは何時ごろからだろう。

「ボケ、カス 学がないやつはコレだからつかえないんだよ!!」

(畜生! いつか殺してや…りたいけど無理だろうな)

 なんとも理不尽な上司の横暴に耐えながら中村は思った。

 何せこの理不尽かつ傲慢な上官は白兵戦闘関係の技能章をコンプリートしているような変態である。

(あの人、サバイバル・シェフ(野戦調理技能章保持者)だからな…) 

 中村は胸に押しとどめていたストレスをため息とともに押し出した。

 野戦調理技能章とは、通常の調理免許とは別に軍内で特別な演習を修了したものが与えられる任技能賞である。
 宇宙世紀に入って軍隊に置ける食事の概念はことさら重要視された。特に娯楽の少なく過大なストレスにさらされる最前線において士気を保つためには、食事によるストレス解消が無視できない課題となった。
 特に地球という環境に初めて足を踏み入れることになるであろう。ジオン公国軍にとってこれは急務とも言える問題であった。
 地球で手に入るであろう、動物はもちろんのこと野に生える草花から虫・キノコやカビの類にいたるまで、どれが食用に適すか否かを見極め、それを状況にあわせて、最高の手間で調理するのだ。
 うまい飯こそ集団を維持する基本である。腹が減っては戦は出来ないのだ。
 最低限の食料で最高の効果を出すプロフェッショナルだからこそ野戦調理技能章保持者は「サバイバル・シェフ」の尊称でよばれていた。

(でも…ゆがみきった性格は訓練でもなおらないんだよなぁ)

 佐藤軍曹の足の下で中村伍長がそんなことを考えていると、急に背中にかかる重みが増してきた。

「中村く~ん…」

 佐藤軍曹の足が背中に沈み込んでくる。決して軽くない体重をじわじわとかけられているのだ。

「なんだか、おもしれぇこと考えてるじゃないの? うん?」

 言葉の最後に一気に体重が乗る。

「ぐぇあ」

 中村は押しつぶされた蛙のような悲鳴をあげた。

「何で分かったんですか…まさか、うわさのNT!?」

「…なわけねーだろが、貴様の顔を見てればお見通しなんだよっ!!」

 食堂内に響く中村伍長の悲鳴を聞きながら、もはやそれに慣れきった兵士たちは黙々と食事を続けた。

「なんにしろタンパク合成技術も売りになるんじゃないか。今度中佐殿に進言してみるか」

「それはいい考えだと思いますけど、進言しても原稿が遅らせることは許してもらえないと思いますよ」

「……中村君。俺はこれから例のタンパク質合成技術供与に対するレポートと、あの化け物が有効な蛋白源になりうるという事に対するレポートを書かねばならん。というわけでマ・クベ中佐殿にはうまいこといっておけ。以上」

 早口に言うと、佐藤軍曹は脱兎のごとく駆け出した。うまく後片付けを押し付けられた中村伍長はあきれたようにその後姿を見送った。

(どのみち何かを書くんだから、すなおに原稿書けば良いのに)

 地獄耳を相手に、この呟きをもらすほど中村は愚かではなかった。





――― 福島県 渡邉工業社長室


 こじんまりとしたその部屋には、社長用のデスクと来客用の卓が置かれ、その回りをに黒い合皮の張られたソファーが鎮座している。開け放たれた窓辺からはうららかな午後の陽光が差し込んでいた。
 
「景気は、どうですか?」

 初老の男は急須で自分の湯飲みに茶を注ぐと、目の前の人物に話しかけた。




「こういっては不謹慎ですが、上々です」

 そう穏やかに答えたのは帝國精鉄社長の永田鋼山である。

「御社の『玄武』、海外からの発注もあるようですね」

「ええ、おかげさまで、可愛いと評判ですよ」

 渡邉工業が5月の末に量産を開始した2足歩行多目的工作機『玄武』は新鋭技術を使用した初の2足歩行機械であった。デザインこそモノアイと円筒形のパーツが多用された旧弊なものであるが、まるで「長い運用実績がある」かのようなバランスの良いデザインである。
 新型鋼材との相性も抜群に良い。これが新しい世代の戦術機の雛形となることは間違いなかった。

「・・・確かに愛らしいですね。こういっては何ですが、まるで熊のヌイグルミのような」

「やはりそう思いましたか。あちらではもう、テディベアなどという愛称をつけているようです」

「確かに言いえて妙ですな」

 そう永田が乗っかれば渡邉はさらに可笑しそうに笑った。

「妙なのは国連に収めた方で、国連用に塗装した機体を見て、帝國から出向している兵士たちが青狸とよんでいるそうです」

「・・・狸ですか?」

「何でも彼らの世代の漫画にそういうキャラクターが出て来るそうで」

 富士護富士雄(ふじもりふじお)は帝國を代表する漫画家で、彼の著作である「虎衛門」は、気弱でいじめられっこである主人公が、未来から来たという蒼い狸のようなロボットに助けられながら、やさしさとは何か、勇気の何たるかを知り、少年が男として成長していくと言う話である。

「なるほど・・・我々なら、さしずめ『のらくろ』ですな」

 そう永田が言うと渡邉は静かにうなずいた。新聞に載る漫画も検閲の入る時世である。そういうものが無かった時代に思いをはせていたのであろうか。

「時にあの機体・・・さしずめ戦術機開発のテストヘッドですか?」

 永田がにやりと笑いながら言う。

「ええ、そのつもりです」

「今日はそのお話をするつもりで、お呼びしたんです」

 そう言って、渡邉は図面を広げた。
 どこかクラシカルな趣のある戦術機のデザインはモノアイカメラという形式は踏襲しつつ、今度はずっと人型に近い。まるで第1世代型を思わせる重厚で堅牢そうなデザインで、鋭角的な従来の戦術機と違って曲面を多用したデザインになっている。
 さらりと目を通して、永田の顔色が変わった。

「本気ですか? このコストで、この性能。少々、大風呂敷な気がしますが・・・」

 期待と不安の入り混じった問いかけに、渡邉は穏やかな調子で答えた。

「そう思いますか。技術者の目から見てこの設計書は荒唐無稽でもないんですよ。それどころか洗練されているとも言える。少々、妙ではありますが」

 それを聞いて永田は怪訝そうな顔をした。

「・・・と言いますと」

「次元が違うと言いますか、しいて言うのなら戦術機とは別の概念で作られたものを無理やりこちらのやり方にあわせた様な感じがするのです」

 心底、面白そうに渡邉が言う。

「次元が違う・・・ですか」

「ええ、妙に洗練されている割にどこか荒さがある。その荒さの場所がどちらかと言えば、新素材を使った所よりもむしろ旧来の技術を使っている所に出ているのですよ」

「なるほど」

 永田が感心したようにうなずく。彼も疑問を感じなかったわけではなかった。今生産している「超硬スチール合金」にしても全く未知の新鋼材にしては強度や生産に必要なコストなどが余りに細かく算出されていたからだ。

「つくづく不思議な人物ですね。我々の友人は・・・」

「ええ」

 渡邉が穏やかにうなずく。

「最近、新型砲弾が軒並み発表されているのはご存知ですか」

 永田が神妙な顔つきで言った。

「ええ、時局を考えれば当然のような気もしますが」

 とはぐらかす様に言ってみるが、最近、帝國のどこかの企業が裏ルートで欧州や南アフリカの企業相手に色々なライセンスの売却を行っていると言う噂は渡邉も耳にしていた。

「バックに横浜が関係しているという噂です」

「ほう、ということは彼らが?」

 渡邉は納得が行ったという顔をした。結論を急ぐつもりは無いが、まず間違いないだろう。

「詳細は分かりませんが、おそらくはそういうことでしょう」

 永田の見解もどうやら、渡邉のそれと一致しているようである
 窓から風が流れてくる。心地よさげに身をゆだねながら、永田はうまそうに茶をすすった。

「そういえば城内省の鼠がかぎまわっているようですな・・・」

「あの方々は蚊帳の外に置かれている格好になっているのが気に入らないのでしょう。そこは鎧衣さんが間に入ってくれていますよ」

 そうこともなげに言うと、渡邉も自分の茶をすすった。合成ものではあるが、香りと味は口を慰めてくれる。
 不意に永田が真顔になった。

「彼らは・・・いったい何者なのでしょうな」

 彼らと言うのは、永田と渡邉の共通の友人のことである。渡邉はしばらく考えると、やがて口を開いた。

「分かりません。横浜の協賛企業と言っていますが、あれだけの副産物を出すような研究なのでしょうか」

「私には正直、彼らの意図がつかめません」

 途方にくれたように永田が頭を書く。彼のような大企業のトップに立つものは常に政治と無関係ではいられないのだろう。

「・・・どういう意図があるにせよ。彼らは人間が明日を迎える為に動いてることに変わりは無いでしょう。私たちにもそれを手伝わせてくれている」

「それは確かにそうですが・・・」

 渡邉は自分の下を尋ねて来た不思議な異邦人のことを思い出して、柔和な笑みを浮かべた。

「それに・・・私事で恐縮ですが、私は彼のことをどうも嫌いになれないんですよ」

 そう言うと、永田が観念したように笑った。

「奇遇ですね・・・実は私もです」

 生存性と高火力化を目指し、新技術によって機体の生産性と徒手による格闘戦が可能なまでに強化された機体剛性を特色とする第3.5世代戦術機。通称『重戦術機』その先駆けとなる機体が世に出たのは実に2ヶ月後のことであった。



――― ジオンインダストリー本社 ザンジバル級巡洋艦「モンテ・クリスト」

重厚な革張りのソファーと強化テクタイト性の透明な応接机、そしてコの字型の執務机。アラブ柄の絨毯と共に、床に固定されたそれらすべては、宇宙艦艇における高級士官用の個室としてはありふれた置物である。

 「まあ、座れ」

 執務机のほうから、声がかかった。重い響きの中に気安さの混じった口調だ。
 声のほうを見ると部屋の主であるパイパー大佐が、黒い合皮が張られたソファーのほうに目配せする。

「失礼します」

 そう言って幾つかのファイルを持ったマ・クベはソファーに腰を下ろした。

「じゃあ、はじめてくれ」

呼び出された用件は地上との交渉の結果報告である。報告書をまとめるのはウラガンと共に徹夜仕事だったため、脳内麻薬による興奮と気だるさが同居した妙な気分だった。
 そんな事情はおくびにも出さず、マ・クベは冷静な口調で書類を読んだ。

「ジオンインダストリーを隠れ蓑にしたに技術流出は進んでいます。オルタネイティブ4派と関係のある企業から、中間派閥に属する企業にまで広く接触しています。どうやら、香月博士は我々をオルタネイティブ4を支援する派閥の一つに見せかけたいようです」

「まあ、それに関しては嘘ではあるまい」

 あくまで「現時点での」話しではあるが、地上との仲介者が彼女である以上は支援せざるを得ない。
 しかし、それはこちらの生き残りにとって必要であるからである。他に有利な協力者が現れれば切り捨てることもやぶさかではないのだ。

「これに関する収益ですが、10パーセントを難民支援。他は物資、買い付けおよび、各国企業との取引にまわします」

「なるほど宣撫工作という訳か」

 パイパー大佐がニヤリと笑みを浮かべた。無論のことマ・クベたちの技術流出はそれなりの利益を出している。納得できる理由のない取引には何か裏があると勘ぐる。しかし、相手も十分な利益を得ていると途端に安心するものだ。

「ええ、情報収集もかねていますが、地上での行動の為にリトヴァク少佐の部隊をお借りしたいのですが」

「…白薔薇をか、確かに偵察任務が主だから潜入工作の訓練も受けとるし、貴様の部下や黒騎士より適任だろう。人は足りるのか?」

「ノリス大佐から借り受けた警備隊が1個小隊もおりますから」

 しれっとしてマ・クベが答えるとパイパー大佐は満足げな表情で言った。

「手の早い奴だな。本部としてザンジバル級を一隻くれてやる。貴様の乗艦か白薔薇の母艦を使え」

「感謝します大佐」

「時にマ・クベよ。例のMSもどきだがうまくいっておるのか?」

「順調です。ライトニング計画はフェイズ3に移行。母体になるであろう機体は既にロールアウトしており、あとは研究改良の名目でこちらに外装パーツを補給する手はずになっています」

「そして、我々が地上で行動する際の隠れ蓑になるわけだ。…そして同時に我々が地上の連中にかりだされることにもなる」

「どうあれ、現時点の戦況を鑑みれば遅いか早いかの問題です」

「ルビコン川を渡らねば、我々に未来はないか…」

 パイパーが重々しく言うと、マ・クベは幾分か軽い調子で答えた。

「ヘラクレスの選択であるならば、いっそ攻める方がお好みでありましょう」

「よく分かってるじゃないか」

 パイパーはニヤリと笑みを浮かべて、それを受けた。

「砲弾に関しては、どうなってる? さすがに新規ロッドが完成するのは賭けではないか」

「研究目的という名目で兵装資材は来週には届く予定になっています。内約はまとめてありますが」

「突撃砲ってのは分かるが、この中隊支援砲ってのはなんだ?」

 パイパーが怪訝そうな顔でマ・クベを見た。

「次のページに画像資料があります。ザクはフレーム強度と機体重量がありますので、機関部を改良して連射能力を向上させるつもりです」

「銃身の耐摩耗性と耐熱性も新素材で底上げしてバランスをとる、か。…おおかた例のMSもどきと抱き合わせで売るつもりだろ」

「ご推察のとおりです」

「新素材による剛性増加に伴った格闘戦能力と火力の大幅な向上。既存の大出力推進ユニットと…ソフトもいじったのか、反応性を向上させることで機動性の犠牲を最低限に抑えるか」

「ええ、ギニアス閣下の技術者の方々にはずいぶん無理を言いましたから」

「それでも加速性と空力特性はやはり多少、落ちるか」

「もともとの運用法が違いすぎます。我々はMSを大型工作機械から戦車の役割を期待して発展させました」

「連中の戦術機とやらは、もとが航空機だからな。その辺は発想の違いか。地上での高機動戦闘など必要なかったからな。」

 その差を埋めてくれたのが戦術機の特色ともいえる巨大な推進ユニットである。ライトニング計画の根幹ともいえる「ザクⅠライトニング」はザクⅠの外観を持ちながら、内部を戦術機の高出力ジェネレーターとアクチュエーター駆動に換装し、背負い式のバックパックではなく。戦術機式の巨大な推進ユニットをつけているのが特徴である。空いた背部に多目的兵装担架を備えることで既存の武装の携行も可能にしている。

「火力と生存性に重きを置いた局地防衛用重戦術機……ライトニング(軽量化)とは名ばかりだな」

 卓上の細巻き入れからから一本取り出すと、パイパーはマッチをすって火をつけた。ライトニング計画

「あくまで連中を防壁にするか。実に卑怯未練で…効果的なやり方だ」

 そう言いながら、パイパーは細巻き入れをマ・クベの方へ押しやった。

「いただきます」

 マ・クベが一本とると卓上をマッチの箱が滑ってきた。黙って火をつけて煙を口に含んだ。
 細巻きのほの甘い香りが鼻腔まで上がってくる。

「珍しい。地球のものですか」

「さすがに趣味人だな。わかるか」

 パイパーが面白そうに言う。

「近々、ライトニング計画に協力中の企業にテストパイロットを送るつもりです」

「そこに、貴様の隊を当てるというわけか」

「はい」

「良いだろう。貴様の好きにやれ…しかし、次から次へと本当に面白いことを考えるな貴様は」

 パイパーが感心したように言った。

「私は課せられた任務を果たしているに過ぎません」

 そう言うとパイパー大佐がのどの奥で低く笑った。

「…それが出来ることが、兵士たるの最低の条件であり……そしてもっとも重要な事だ」

 ふとパイパーの顔が僅かに曇った。

「マ・クベ。貴様に見せたいものがある」

「?」

 パイパーが黙って執務机のコンソールを操作すると、天井からスクリーンが下りてきた。
 部屋の電源が落ち、コクピットからと思しきえ映像が映し出されるスクリーンには簡素な文字で表題が写っていた。
「トップ小隊対BETA演習」マ・クベは黙ってそれに見入った。
 それは彼女の試練、この理不尽な世界で生きるための通過儀礼なのだ。










純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!!」
リディア「UN-LUCKラジオ! は~じま~るよ~!!」
純夏「しかし、また派手にあきましたね」
リディア「しかたないわよ、さすがに公演1ヶ月前に更新するほど作者も阿呆じゃないわ」
パイパー「実はしようとしてたらしいけどな」
純夏「思うように筆が進まなくて気晴らしを書いてたんですよね」
リディア「気晴らし?」
純夏「えーと、なになに、ドラえもんのび太の屍鬼?」
リディア「…………」
パイパー「作者いわく、最後に民衆が武装蜂起して集団ヒス起こして血まみれになるのが、古式ゆかしき展開を踏襲してて良い、だそうだ」
純夏「…なんか次の話にでるの怖いんですけど」
リディア「諦めなさい。作者の性癖を考えれば、まず間違いなくろくなことにならないわ」
純夏「性癖?」
パイパー「……不幸フェチだ」
リディア「そう、主人公がどん底に落ちて、凄まじい想念と共に這い上がるって言う展開が大好きなのよ」
パイパー「良かったなカガミ上等兵、不幸属性のおかげで出番が増えるぞ」
純夏「そ、そんな出番いやですよぉ~~」
リディア「いいじゃない。あたしなんか久々に出たと思ったら名前だけなんだから」
純夏「どうして、目をそらしながら言うんですか?」
パイパー「まあ、大丈夫だ。奴の構想の中にはアンリミルートもあるらしい」
リディア「え?」
パイパー「気持ちがいいのは勝ち戦だが、負け戦の後始末ほど面白いものは無いからな(にやぁ)」
リディア・純夏((……ガクガク))
パイパー「おっと懐かしい事を思い出してしまったな。それでは今回はこれで失礼しよう。忠勇なる読者諸君に栄光あれ! ジーク・ジオン!!」

 
あとがき

 レス返しも満足に出来ず、申し訳ありませんでした。おかげさまで無事に卒業公演も終わりまして、これから少しの間は書くことに集中出来るかなと思います。こんな遅筆な作者に欠かさずにご声援を下さった皆々様には本当に感謝しています。これからもがんばって書いていくのでよろしくお願いします!!



[5082] 第二十四章 咆哮
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:bb8d9aad
Date: 2011/03/21 23:08



――― 久里浜近海 東京湾海底谷  水深550m


 海中深くを黒い影が、魚たちを追い散らしながら進んでいく。巨大な質量が水を押し分け、流線型の船体の周囲を流れる海水は側面と後部の水流取入れ口から、超電導推進機関に送られ、高速水流として後方に排出される。
 この世界においてこの機関を実装している艦船は存在しない。しからば、その所属はいずれのものであろうか・・・。
 船首の魚雷発射菅の後方に一つの紋章が書かれている。翼を持つ剣を想起させるそれは、紛れもないジオンの旗印であった。

《見送りご苦労、感謝する》

 MS発着ベイから手短な通信が入る。映像パネルに、シルバーブロンドの髪を後ろで纏めた精悍な顔が映る、

「それでは、ガトー少佐。ご武運を」

 艦長は丁寧に答えると艦艇にある第1・と第2ベイに注水するように指示した。

《いいか、ミーシャ。貴様の任務はバックアップだ。海底に待機して不足の事態に備えろ。チャンネルは空けて置けよ》

《・・・了解》

「シュタイナー大尉、我々は予定どおり子の地点で待機する。任務の成功を祈る」

 部隊長の男は艦長と同じくらいの年に見えた。浅黒い顔に髭を蓄え、緊張の中にも余裕が見える。

「格納庫開放完了! いつでもいけます。・・・幸運を」

 若いオペレーターが叫ぶ。浅黒い顔が僅かに微笑んだ。

《感謝する。サイクロプス隊! 出るぞ》

 開け放たれた格納扉に固定された2機のMSが海中に投下される。
 この世界でも見られるようになったMSM-04 アッガイ。曲面を多用し、ステルス性に富んだその機体は潜入任務にはぴったりである。

「タンク注水。深深度潜航」

「了解。タンク注水。深深度潜航」

 艦体がゆっくりと海の底へと沈んでいく。深く静かに潜行し、ただ、ひたすらに時を待つ。それが今の彼らの任務だった。







――― 2000年6月16日 トップ小隊対BETA演習

《小隊長より各機へ、状況確認》

「さ、索敵警戒中の我々は大隊規模のBETAを確認。遅滞戦闘を行いつつ撤退します」

 落ち着いた女性の声に、あわてたような少女の声が答える。

「大丈夫、やれる……しっかりしろ、あたし」

 レーダー上に写る大量の赤点を見ながら、純夏は背筋を振るわせた。ヴァーチャルの映像とはいえ自分たちの町を故郷を破壊した恐るべき敵だ。
 一瞬、胃の腑を突き上げるような不快感が彼女を襲った。

『…知ってる。この感覚前にも』

《落ち着けカガミ上等兵。ロッテを組みつつ互いを支援》

 小隊長であるトップの声がレシーバーから響く。純夏ははっと我に返って、メインカメラに写る敵影をにらんだ。荒涼とした大地に土煙が立っている。

《敵前方距離1500! アス、分かってるな》

《分かってますよ。餓鬼じゃあるまいし…。御守が必要なのは1人で十分でしょう》

 不機嫌に答えたアスのザクⅠがスモーク弾を一発射出する。空中で炸裂したスモーク弾がくもの巣のように広がる。

《射出物に対する反応なし。敵にレーザー級はいない模様》

 デル軍曹の緊迫した声が響く。

《よし、落ち着いて訓練どおりやるんだ。距離1000を切ったら射撃開始。前衛の足を止めろ》

 脇に見えるトップのザクⅠが120mmザクマシンガンを構える。火力担当のデル軍曹のザクⅠもハイパーライフルを構えている。

「り、了解」

《撃てえぇぇぇぇぇっ!!!》

 4機のザクⅠが射撃を開始する。120mmの射撃振動が僅かに機体を振るわせた、鮮やかな低伸弾道を描きながら火線がBETAの前衛集団に喰らいついた。

 着弾した120mm砲弾が派手な土煙を立てる。望遠照準に写る突撃級が蹴転んでいる様を見るに、砲弾破片が足を切り裂いたのだろう。半死半生の突撃級をよけようとBETAの隊列が乱れる。
 トップのザクⅠが単発射撃でMMP-78型マシンガンを連射する。120mmの数発で脚部を吹き飛ばされた要撃級が地面に転がるその上を赤い絨毯のような戦車級が乗り越えてくる。

《戦車級だ! 絶対に近づかれるな!!》

 純夏は必死でトリガーを絞る120mm砲弾が連射され、赤い絨毯を吹き飛ばしていく。

《よし! 退くぞっ!! カガミ! しっかりついて来いよっ!!》

「はいっ!」

 トップのザクⅠが後方へ噴射跳躍する。純夏もそれに続く。デルとアスのザクⅠが必死でそれを援護している。僅かに申し訳なさを感じながら、純夏も後方へ跳んだ。
 内臓の浮き上がる浮遊感を感じながら直後に襲ってくるであろう着地の衝撃に身を固めた。

《よし、次はデルとアスを援護するぞ》

 向き直って射撃を開始する。高度を低くたもった鋭角的な噴射跳躍で撤退してくる2機のザクⅠを見つめながら純夏は迫りくる醜悪な軍勢へトリガーを絞った。
 感覚が発砲炎と射撃振動のみに彩られていく。

「弾切れ!?」

 警告音がコクピット内に鳴り響く。

「り、リロード」

《カヴァーする》

 先に跳躍し、体勢を整えたデル機が射撃を開始する。純夏は息を深く吸いなおすとリロードの操作を行った。

『……あせるな一つずつ確実に』

 あせって失敗すれば二度手間になってしまう。焦燥感に抗いながら空になったマガジンを捨て予備のドラムマガジンを装着する。

「射撃再開しますっ!!」

 トリガーを絞る。120mmの火線を受けて

《おせーぞ小娘、殺す気か》

 砂交じりの不機嫌な声が響く。

「す、すいません」

 とっさに謝るスミカだが、アスの彼女に対する態度はなぜかいつも不機嫌で、どこか目の敵にされている様な気がしてならなかった。
 小隊長であるトップもそのことには頭を悩ませているようだった。だが、そんなことを気にしている余裕は純夏にはない。


《無駄口を叩いてる暇があったらさっさと機体を動かせっ!》

 トップの怒声が響く。
 一瞬、レーダーに目をやると大量の赤点が今にも覆いかぶさらんとしているのが見えた。純夏の背中に冷たいものが走る。

『…怖い。逃げたいよ。でも、ココで逃げたら……ココで逃げたら私は』

 鳴りそうになる歯をかみ締めながら、純夏はトリガーを引く。ただ、標的に砲弾を撃ち込むことだけに集中する。
 200m前方に地中から敵集団が表れたのはそのときだった。

《な、畜生!!》

 噴射跳躍中のアス機が突撃級に足を引っ掛けて地面に突っ込む。

「アスさん!!」

《アス! 大丈夫か!?》

 デル軍曹が通信機で呼びかける。

《畜生! ランドセルが……》

 どうやら墜落の衝撃でアスのザクⅠの噴射跳躍装置が壊れているらしい。赤い絨毯のような戦車級がアスの機体に群がる。

《糞が舐めるんじゃねぇっ》

 アスのザクⅠがS-マインを射出する。空中で分散した複数の子弾が炸裂し地上に散弾をばら撒く。鋼鉄のベアリングが雨のように降り注ぐ。
 肉と内臓にまみれながらアス機がむくりと起き上がった。

「アスさん! 後ろ!!」

 純夏がとっさに叫ぶが間に合わない。起き上がったアスのザクⅠを要撃級の前肢が襲う。

《ぐあぁぁぁっ!!》


 アスの機体が地面に殴り倒され、そこに戦車級が群がる。赤い蜘蛛に覆われていくアス機の足元に純夏は何かを見た。
 否、それが何かは十二分に分かっていた。彼女はそれが何であるか十分すぎるほど良く分かっていた。それゆえに、彼女の目はそれを見逃さなかった。
 その白い影はMSの足元で何かを待っているようだった。

「なにを…」
 
 何をする気なのだろうか、否、脱出した衛士を逃がさぬつもりなのだろうか、確たる根拠は無いが血なまぐさい想像が、頭にあふれた。

「あ、ああ……」

 迷うなど愚問だ、奴らは殺すためにいるのだ。蹂躙し、引き裂き、奪うのだ。家も家族もそして大切な人も・・・・。

「あああ……」

 どくん、と心臓が多きく脈打った。内臓を鷲掴みにされたような不快感が彼女を襲う。
 白い醜悪な影、MSに乗っている限り脅威にはならないそのシルエット、座学で見た時の何倍もの不快感が胃を弄ぶ

「兵士…級」

 口の中がカラカラに乾く、喉の奥から搾り出した言葉。その意味を認識した瞬間に、背骨が凍りつくような寒気を覚える。直後にひときわ大きな不快感が胃の腑を突き上げた

「うっ、うげぇぇぇぇぇっ」

 溜まらず純夏はえずいた。朝食べたものの残りを吐き出す。胃液の苦い味が口の中に広がる。
 こみ上げてくる涙で視界がゆがんだ。

「……いや」

 うるさいほどになり続ける心臓の音が途切れたのは、自分が絶叫しているからだと言うことに、純夏は気づいた。

《カガミ上等兵っ! しっかりしろ!! どうしたんだ》

 遠くでトップ少尉の声が響く。ふと純夏は自分が操縦桿を握り締めていることを思い出した。
 カメラには、さらに赤い影にたかれ必死で振り払おうとするアスの機体が写っている。
 不意に先ほどまでの不快感が収まり、別の何かが純夏の中から込みあげてきた。

「…………ぇせ」

 汚物のすえたにおいが気持ち悪い。腹の底からわきあがる恐怖を感じながら、彼女はもっと奥底に別のものを感じていた。

「……返せ」

 はらわたを焼き尽くすような、どす黒い怒り。胸を引き裂くような衝動が出口を求めて、体の中を暴れまわる。

「返せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええっ!!」

 瞬間、爆発的な憎悪に身を焼かれながら、彼女はその訳を理解していた。悲しみ、屈辱、憤怒、悔恨、それら全ての感情は何故だか覚えのあるものだった。
 そして、そのすべてが、うるさいほどに叫んでいた。
 
 奴らを殺せ、と叫んでいた。




 少女の咆哮に答えるように、ザクⅠのバックパックが起動した。瞬間的に生み出された膨大な推力が重厚な機体を加速させる。
 横たわるアス機の隣に着地する。
 着地と同時に射出されたSマインが空中で子弾を展開し幾重もの傘を降らせる。
そしてそれらの骨の先にある弾子が炸裂し、獅鉄の雨を降らせた。
 降り注ぐ散弾がザクⅠの装甲に当たって甲高い音を立てる。
 体液と肉片が土と共に舞い上がるが、刹那に赤い雨となって地上に降り注ぐ。
 その中をスミカのザクⅠは歩いていた。装甲を真っ赤に染め上げて、まるで煉獄に焼かれたように地獄のような光景を歩いていた。

《……殺してやる》

 赤い霧の中で、純夏のザクⅠの銃口が火を噴いた。
 至近距離で放たれた120mm弾は直前まで迫っていた要撃級を貫き、その後ろにいた突撃級の甲殻にヒビを入れた。

《…殺してやるっ!》

 執拗に撃ち込み続ける少女に、トップは声をかけることも出来なかった。
 120mm砲弾が、もはや絶命した要撃級をボロクズに変え、後ろの突撃級の甲殻を打ち割った。
 体液をこぼしながら突撃級の足が止まる。
 マシンガンの弾が切れた。
 レシーバーから警報と僅かな舌打ちが聞こえる。
 純夏のザクⅠはすばやくマシンガンを投げ捨て、ヒートホークを抜き、そのまま突撃級へ疾走した。
 
《……もう何も渡さない》

 一足飛びに突撃級に飛び掛る。甲殻の隙間にヒートホークを叩き込んだ。
 返り血のように体液がザクⅠにはね飛ぶ、灼熱の刃が肉を焼き蒸発した体液が赤い霧となってその場に立ち込める。

《…おい、何熱くなってんだガキ。これは訓練だぞっ!!》

 戸惑いを含んだアスの声は、もはや純夏の耳には届いていない。彼女は、ただ自身の憎悪の声を聞いているのだ。
 そしてその声は、殺せ、と叫んでいるのだ。今まで培ってきた自分の全を使って、たとえ命が燃え尽きようとも、心臓の鼓動が止まるその一瞬まで・・・。

《もう、何も渡さない…!》

 突撃級の死体からザクⅠがヒートホークを抜こうとする。だが炭化収斂した生体組織と甲殻がそれを阻む。

「カガミ、後ろだ!!」

 あっけにとられていたトップがとっさに叫ぶ。斧を抜こうと悪戦苦闘する純夏の機体の背後から要撃級が近づいてた。

「……くそっ!!」

 要撃級が前肢を振りかぶる。射線に純夏の機体が重なっていて援護することも出来ない。

《お前たちなんかにぃっ!!!》

 カガミ上等兵の叫びが聞こえる。 
 
 前肢が無情にも彼女の機体を串刺しにする……はずだった。
 振り返りざまに、まるで熟練した格闘家のように、カガミ機が要撃級の一撃を片手でさばいた。
 要撃級の前肢とザクⅠの手甲が火花を散らす。

《何も、渡すもんかあああぁぁぁぁぁっ!!》

 絶叫と共に繰り出されたのは懐に滑り込むような主脚機動と、低姿勢から腕・腰の捻り、重心移動の全てを使ったストレートだった。
 鋼鉄のこぶしが要撃級の顔面を打ち砕き、頭部までめり込んだこぶしをそのまま、さらにひねりこむ。歯のような感覚器官が体液と共にぼろぼろとこぼれおち、要撃級が溜まらずあとずさる。
 純夏のザクⅠがまるで誘導するように別の要撃級の一撃をかわす。
 目標を失った前肢がさっきの要撃級を直撃した。
 前肢の突き刺さった要撃級は明らかな戸惑いの動きと共に膝を屈した。

《あいつ…まさか、見えてたのか!?》

 デルが呆然とした声で言う。

「まさか、そんなことは…」

 ないだろう、とは言えなかったのは、トップにも見えているようにうつったからだ。

『だが、そんなことは些細なことだ』

 心の中でトップは思った。純夏の機動は怒りに任せたものであり、すぐに死を招く致命的なものである。にもかかわらず、純夏のザクⅠは未だ立っていた。

 それどころか、純夏のザクⅠは仲間に一撃を与えた要撃級の腕の付け根に蹴りを入れた。前肢を突き入れられていた要撃級の腹が破け体液が地面に零れ落ちる。
 そのまま千切れかけた要撃級の前肢に手をかけると力任せにもぎ取った。
 
《うわああぁぁぁぁぁっ!!!》

 それを槍のように構え、今度は突撃級を横から串刺しにした。
 甲殻の内側を抉る様に前肢を刺し込む。

《みんな、みんな、お前らに取られて…》

 もともと、センスは良かったのかもしれない。
 前肢の刺さった突撃級、機重をかけてその前肢を抉りまわす。体液を撒き散らす突撃級に、さらに蹴りを入れて、もっと深くまでえぐりこむ。

《お前らに奪われてっ・・・・・・・・》

 搾り出すような怨嗟の声がレシーバーから響いてくる。
 慈悲も、恐れも、凄まじいまでの憎悪に飲み込まれ、彼女を縛るものは何も無いのだ。
 
 機体を肉片と体液でどろどろにしながら、彼女の機体はまさに手負いの獣のように戦った。

 彼女は教えられたことをしているだけだった。教えを生かすだけの才能があったのだ。生かせるだけの努力もしたのだ。
 それは本来なら決して目覚めることはなかったのだろう。

『本来なら、平凡に生きて、結婚し好きな男と家庭を持つことを夢見るような……』

 少女の血を吐くような咆哮を聞きながら、トップは思った。

『私たち皆でやったんだ……』

 精鋭ぞろいの特殊部隊による特別訓練、僅か14歳の少女に耐えられる物だろうか。
 「普通」なら無理だ。本当を言えば、トップは彼らが手加減をしたのだと思っていた。
 そうではない、彼女は耐え切ったのだ。屈しようとする膝を、折れそうになる心を、屈辱が、憎悪が、悔恨が、そしてそこから生まれた願いが、支えてきたのだ。

《全部、奪ってやるっ……!!》

 ブーストで浮き上がったスミカのザクⅠが組み合わせた両手を突撃級に叩きつける。超硬度の甲殻の下にある柔らかい肉が衝撃で叩き潰され、たたらを踏んで痙攣する突撃級の甲殻の下からは体液が乾いた地面に吸われていく。
 そのまま倒れた突撃級の甲殻に手をかけると背後の肉に片腕を突き入れた。

《 奪い続けてやるっ!!!!! BETAあああぁぁっ!!!》

 そのまま中にある何かを引きずり出しながら、少女は吼えた。

 レシーバから響く少女の声は慟哭のようでもあった。聞きながら、トップは唇をかみ締めた。
 つう、と一筋の血が野戦服の膝に落ちる。唇を噛み切ったのだ。
 野戦服に落ちる血も口の中に広がる鉄の味も彼女は全て無視した。

 「皆でよってたかって…」

  搾り出すように呟く。黒く燃え盛る闘志を、彼女は見たような気がした。
 彼女の才能は開花したのだ。殺戮本能とも呼べる才能が……。





「…………彼女はどうしています?」

 マ・クベは静かにたずねた。

「このあとすぐに訓練を中止したそうだ。医務室に運ばれておる」

「やり切れん話だな……」

 ため息を付きながらパイパーが細巻きを灰皿に押し付ける。

「大佐、我々は戦争をしているのです」

 マ・クベが静かに言った。冷たいほどの声音で、男は言い切った。

「彼女も例外ではありません」

 細巻きの煙を吐き出しながら、男は灰皿に灰を落とした。しばし、無言で二人は男たちはにらみ合った。
 ふとパイパー大佐は席を立つとマ・クベに向かって歩いてきた。
 マ・クベのそばまで来て足を止めるとじろりとその顔を見下ろした。

「確かに貴様の言う通りだ。俺たちは戦争をしている」

 大佐が唐突にマ・クベの胸倉をつかむと、無理やり立たせる。燃えるような視線がマ・クベに突き刺さる。

「そして俺は貴様の上官だ。である以上は、貴様の咎は俺のものなのだ。決して、貴様個人の懐に収めて良いものではない」

 押し殺した調子で言うと、大佐は手を離した。
 マ・クベは自分の襟元を治すと、大佐のほうへ向き直った。

「……申し訳ありません。大佐」

 執務机の椅子に沈み込むように座ると、僅かに疲れたように、パイパーがたずねた。
 
「どうして、どいつもこいつも苦労を背負い込もうとするんだ?」
 
 マ・クベは僅かの間、考え込むとアイスブルーの瞳をパイパーのほうヘ向けた。

「我々が軍人だからでしょう」

「全く、俺も貴様もとんだ阿呆だな」

 苦笑を浮かべながら先ほど消した細巻きをくわえてマッチに手を伸ばした。

「そうでなければ、こんな商売は出来ないでしょう」

 僅かに笑みを返しながら、マ・クベは机からマッチの箱を取ると一本擦って差し出した。
 差し出された小さな火に顔を近づけて、パイパーは細巻きに火をつけた。

「まったく、貴様の言うことは一々筋がとってて腹立たしい」

 二人の吐き出した煙が執務室の天井で混ざり合い、溶けていった。
 しばらくそうやっていると、唐突にパイパーの机にすえつけられた通信機がなり始めた。

「ん?」

 怪訝な顔でコンソールを操作すると、パネルにウラガン大尉の顔が映る。

「どうした?」

 ウラガンは珍しくあわてた顔をしており、その様子に、二人にも瞬時に緊張が走った。

「マ・クベ中佐はそこにいらっしゃいますか?」

「ああ、ここにおる」

「コウヅキ大佐から・・・その・・・中佐に来客があると」

 それを聞いて思わず二人は顔を見合わせた。たかが来客程度でそこまであわてる必要があるのだろうか。だが、ウラガンの話はそこで終わりではなかった。

「今からその方にお繋ぎします」

 画面に出てきたのは国連の黒い軍服に身を包んだ。1人の男だった後ろに数人の男の姿がある。
 男はシルバーブロンドの髪を後ろで束ね、直立不動の姿勢をとった。

「私がマ・クベ中佐だが。君は?」

「中東方面支社のガトー少佐であります。マ・クベ閣下、ノイエンビッター少将閣下の使いで参りました」

「「!!!」」

 一瞬、聞き覚えのある名を耳にしたような気がして、マ・クベは顔をしかめた。しかし、活目すべき点はそこではない。その男は完璧なジオンなまりでその言葉をしゃべったのだ。

「ご苦労だった少佐。君を歓迎する。ところで、私は今は中佐でね。閣下と呼ばれる立場ではない」

 マ・クベは冷静に答えた。隣で聞いているパイパー大佐は顔を引きつらせている。

 だが、その相手が返した答えはもっと信じられないことだろう。

「失礼ながら、それは間違いです。閣下はそう呼ばれるにふさわしい階級の方です」

 そこまで言われて、マ・クベははっとしたような顔をした。

「それはつまり、私達が特進したと言うことかね」

 そう、つまりこのガトー少佐という男はマ・クベ達より後の時代から来たことになる。パイパーも気づいたのかマ・クベに目配せをした。、マ・クベは黙って頷いた。

「ええ、特進いたしました。我々は連邦に勝利し、そこに大きく寄与した閣下と第600機動降下兵大隊の方々は特進いたしました」

 パイパーが苦笑いを浮かべながら「俺も中将閣下ってことか?」と呟いた。
 ガトー少佐はもう一度、居住まいを正して、教本どおりの敬礼をした。

「自分も現職の御方にお会いするのは初めてです。お会いできて光栄です。マ・クベ元帥閣下」

「なっ!! なんだとっ!?」

「………………」

 パイパーは思わず大声を上げてしまった。だが、目の前の男はそういう冗談を言う類の男には見えない。ふと静かな当の本人を見ると、今度は笑い出しそうになった。
 マ・クベは卵でも投げ込みたくなるような大口を空けて、言葉を失っていた。おそらく、この男のこんな顔を見れるのは、それこそ望外の幸運なのではないかとパイパーは思った。








リディア「3!」

リディア「…に、2?」

リディア「………1?」

パイパー「状況開始!」

リディア「UN-LUCKラジオって、スミカ、なんで膝を抱えて部屋の隅に…」

純夏「………………ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」

パイパー「それはだな、折角出番が来たと思ったら前回の期待(?)を裏切らずに、どす暗い出番になったからだ」

リディア「でも、作者はこれで純夏の魅力にめろめろになる読者が増えるはずだ! て、なんかやり遂げたような表情で言ってましたよ」

パイパー「それは奴の腐った頭が満足しているだけだ」

リディア「それにしても、教えた甲斐はあったというか、さすがはマ・クベ斬込隊の秘蔵っこというか」

パイパー「納得いかない顔だな。確かに貴様(スナイパー)の弟子としては、失格だろう」

リディア「自分の心を殺して、常に冷静にってのが鉄則ですから」

パイパー「そこがより野蛮な白兵戦闘での心の持ちようの差だ」

リディア「レンジの違いって事ですか?」

パイパー「そうだな。スナイパーはアウトレンジ…厳密に言えば違うが、この場合は、単純に射程ではなく相手に認識されていない距離という意味だ…で戦う。しかし、白兵戦闘の場合、どうしても相手に認識される距離で戦う」

リディア「確かに私達は最初の一発を撃つ前に相手に認識されたら終わりですからねぇ。カウンタースナイパーに発見されるリスクはありますけど」

パイパー「つまり、こちらが攻撃するためには相手の攻撃圏に入らなければならない。つまり、反撃されるリスクどころか、先にこちらが攻撃されるリスクが高いわけだ。それがより明確な脅威として認識されるのが白兵戦という距離だ」

リディア「・・・なるほど」

パイパー「旧世紀のジャパンの戦士たちが唱えた、武士道とは死ぬことと見つけたり、死中に活あり、という発想の根本にあるのはそこだな。相手に攻撃されるリスクはある。しかし、だからといって相手の攻撃するに任せていては技量に明確な差がない限りは勝ちを拾うのは難しい。
つまり、相手に攻撃されるリスクを背負ってでも相手に向かっていかねばならない」

リディア「肉を切らせて骨を絶つ、ですか?」

パイパー「そのとおりだ。死や怪我をするというリスクを恐れれば、踏み込みが足りなくなる。そうなれば、自分の剣は相手に届かない。しかし、相手の射程には入ってしまうという最悪な情況になる」

リディア「じゃあ、今回の純夏ちゃんは」

パイパー「ある意味、運が良かったのだ。もともと持っていた間合いを読む才能と、死を恐れずに相手の懐に飛び込ませた憎悪が、あれだけの戦果を残す結果になったわけだ。まあ、当然長続きはしない戦い方だがな」

リディア「じゃあ、これを克服できなかったら」

パイパー「その先を言えば、ラジオではすまなくなるから言わんぞ。そう言えば突撃砲の相性についての質問があったな」

リディア「はい、機体によっては相性の悪い突撃砲があるという話を聞いたとか」

パイパー「それはソフト面の問題だろうな。国によって突撃砲の弾倉形状は異なる。当然収納場所も違ってくるわけだが、それを日本の突撃砲を扱うプログラムでは扱い切れないということだろう。 
 動作に僅かな誤差が出てくる。弾倉交換なんて複雑な動きならそれはなおさら致命的になる。
そも、国際的な規格統一が出来ないところは、致し方ないだろう」

リディア「つまり、その国の突撃砲用にソフトを組んでしまえば問題ないと・・・。我々のMSが連邦MSの火器を使うと戸惑うところがあるのと一緒ですね」

パイパー「まあな、だが、我々のように敵地に潜入して鹵獲兵器を使うところが多い部隊は連邦製の火器も使えるようにプログラムを組んである。まあ、現地で組む場合もあるしな」

リディア「使えるものは猫でも使うのが戦場ですしね」

パイパー「我々のMSのマシンガン自体、連邦でも使っているヤシマ重工製の100mm機関砲が元だからな」

リディア「まあ、それでなくても手動操作でやる猛者もいますしね」

パイパー「必要にかられれば努力するのが人間だ」

リディア「それでは、忠勇なる読者の皆様に幸運がありますように。ジーク・ジオン」





あとがき

 突然の地震で驚きましたが、とりえず無事です。ご愛読下さっている皆様が無事でありますように祈っております。
 それでは、皆様の健康と幸運を祈って・・・。



[5082] 第二十五章 結末
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:bb8d9aad
Date: 2011/08/19 14:37
 国連軍横浜基地地下 ジオン・インダストリー本社(旧アプサラス基地)
 


「それは何とも光栄な話だが、順を追って説明してくれんかね」

 我に返ったマ・クベは、勤めて冷静に喋りかけた。
そこからの話はなんとも壮大で、まずマ・クベ達が行方不明になってから、その情報は秘匿され、アプサラス開発基地のあった場所にできた大穴で篭城していると思われていた。
 その躍動を探るべく、調査に出されたのが木馬であったことを考えれば、マ・クベ達は当初の目的の一つであった陽動の任を果たしたことになる。

 それを好機として、異例のザビ家3兄弟共同による第二次ジャブロー攻略戦が発動。
 ユーリ・ケラーネ少将率いるジャブロー降下戦隊とジオン公国軍水中機動艦隊による三次元作戦が功を奏し、乾坤一擲の戦いに勝利したジオンは、ジャブローを制圧。
 本部のサーバーに納められていた連邦軍による連邦議会非常任理事区画への各種工作を全て暴露され、地球連邦は主要常任理事区画の不信任決議などで、大混乱に陥った。
 連邦議会はジオンに対し停戦を申し入れ、ジオン公国は正式に独立。地球連邦軍は宇宙から総撤退し、ジオン公国は宇宙の覇権を握った。
 さらには連邦議会から離脱した北アフリカ方面への駐屯を許可され、地球を監視する形となった。

 だが、問題となったのは戦後処理であった。名目上、勝利した形ではあるものの、実質的には引き分けに近い。
 戦争初期の中立コロニー制圧や、コロニーを戦略兵器へと改造したことによる大量の難民の発生はジオン国民に負担として重くのしかかった。
 ともすれば国民感情が反ザビ家へと傾きかねない状況のなかで、窮地を脱したのは総帥ギレン・ザビによるコロニー独立の英雄ジオン・ダイクンの忘れ形見への政権譲渡であった。
 ジオン公国軍においてエースパイロットとして活躍していた「赤い彗星」ことシャア・アズナブルがキャスバル・レム・ダイクンであったことを暴露し、ジオンは共和国へと生まれ変わった。
 無論、その政府首脳には「キャスバルを補佐する」という名目でギレンの名があり、軍にはキシリアとドズルがいる。
 そして、狡猾なザビ家はキャスバルに人気が集まりすぎるのを防ぐために、もう一つのカードを切ったのだった。

 そのカードに描かれているのは、地球文化を愛し、理解するがゆえに、地球へ和平交渉に赴いた粋人。
 その交渉が決裂した責任を負って、侵攻軍司令官として、最前線で指揮を執った軍人。
 連邦の物量に押され、劣勢に立たされてなお、「核による主要都市への攻撃を」という部下の提言を退け、不利な撤退戦をMSに乗り込み、陣頭指揮で戦った指揮官。
 彼は撤退する味方を逃がすために、直属部隊の兵士と共に最後まで戦い、生還した。
 敗戦の責を負い、4階級降格されてなお、特務部隊の一員として地球に降り立ち、ジオンの勝利の為に戦い続けた。
 英雄…。否、死してその男は、軍神と呼ばれるにふさわしい功績を残したのだ。

 そうした虚実に装飾されたカードに描かれた人物こそ、元地球侵攻軍司令官マ・クベ元中将、その人であった。
 
 大衆好みの逸話は全て、巧妙に真偽をいり混ぜられて強烈な幻影を作り出した。
 なにせ、死人に口無しである。なんとでも、夢を見れるのだ。
 その極め付けが降格処分解除の上での2階級特進による、ジオン初の元帥府列席であろう。
 最初の人間がザビ家の人間ではないと言う点でも、その茶番は大衆の心を打つには十分だった。

 こうしてあらゆる手段を持ってマ・クベを軍神に仕立てあげることで、まんまとザビ家はキャスバル・レム・タイクンに亡霊を取り憑かせることに、成功したのである。
 哀れにもキャスバル・レム・タイクンは、問題だらけの国政の矢面に立たせられたばかりか、軍神と言う名の死霊にすら悩まされる羽目になったのである。

 「全く持って難儀な話だ」

 マ・クベにしては珍しく疲れた調子で言った。
 憤ることすら通り越して、なんともいえない疲労感が残った。
 何より頭が痛いのは、これが余人の話であれば同様の方策を採ったであろう事が分かりきっていることだ。

「だが、下せんな。その話の筋立てで、どうして貴公らがここにいることにつながるのだ?」

 そう間に入ったのはパイパー大佐だった。
 その言葉を受けて、画面の向こうのガトーの顔が苦いものになる。

「一年戦争の趨勢はお伝えしたとおりです。もはや、ジオンは、いえコロニーは地球連邦政府のくびきから脱しました。ですが、終戦から2年後。ギレン閣下の諜報網が、連邦が秘密裏に核搭載型ガンダムを開発したことを察知しました。奴らは、それを使ったサイド3強襲を狙っていたのです」

「なに・・・?」

 ピクリとマ・クベが肩眉を上げた。パイパー大佐はもっと正直に机を叩いた。

「なんだと!? どうしてそんな真似を、連邦の連中は気でも狂ったのか」

 ガトーは僅かに肩を落とすと苦いものを飲み下すように話し始めた。

「連邦も限界だったのです。いち早く連邦を脱した北アフリカを除いて、連邦議会の混乱は未曾有の経済的混乱をもたらしました。特にコロニー落としによる穀倉地帯の壊滅は食糧危機に拍車をかけ、コロニーからの搾取に頼りきっていた連邦経済は破綻し、完全に権威を失った連邦議会に変わって連邦軍内の過激分子を増徴させるには十分でした」

「レビルはどうしたのだ? あの男が自暴自棄の道に進んでいくのを傍観するとは思えん!!」

 パイパー大佐が珍しく我を忘れたように叫ぶ。
 ガトーは黙って首を横に振ると、右手を握り締めた。

「そのレビル将軍を筆頭に連邦軍によって連邦政府を纏めたのが、反宇宙移民派閥の急先鋒であり、コロニー再占領を唱える。やつらティターンズだったのです」

「ティターンズ・・・連邦軍内に根強く反コロニー論者がいるとは聞いていたが。あのレビルがそんな連中と組むとはな…」

 信じがたい、といわんばかりの顔でパイパー大佐が呟いた。

「そんな連中の旗頭になってでも、纏めねばならないほどに、地球連邦は瓦解寸前でした。そして、それをとめるためにはコロニー再占領しか道はない、それが踏み切らせたのでしょう」

 それだけではあるまい、とマ・クベは思った。
恐らく軍内部での派閥を一本化することで、軍自体が崩壊する事を防いだのだろう。
 連邦軍が崩壊すれば、それを皮切りに地球上のいたるところで内戦が勃発し、タダでさえ疲弊している経済や物資流通は壊滅する。そして戦火が北アフリカに及べばジオン介入の口実を与えることにもなるのだ。そうでなくても地球の食料生産は自給自足にはほど足りず。食糧生産を握るコロニー側に飼い殺しにされるか、最悪、地球圏の人類は絶滅する。
 ジオン公国はそれに対し、文字通り、高みの見物を決め込めば良い。
 向かっても死、座しても死ならば、答えは決まっている。
 死中に活を探るのみだ。

「火種がくすぶり続けているのを察知した我々は、ユーコン基地にて極秘裏に開発されていたガンダム2号機奪取を計画。私は実行部隊の長としてガンダムを奪取しました。潜水部隊によって北アフリカの駐屯地に到着した我々は、北アフリカ連合政府から地球連邦の犯罪を告発していくつもりでした」

 これによって連邦軍の権威の失墜をはかり、同時にジオンに対して反抗的なコロニーを連邦と言う仮想敵を見出すことで、纏める目的もあったのだろう。
 だが、連邦にとってそれは喉元に短剣を突き入れられるに等しい。その後に続いたガトー少佐の話は予想通りの反応だった。

「しかし、我々が基地に着いていくらもしないうちに、連邦軍は・・・・・あろう事か小惑星迎撃用の核衛星を落としてきたのです」

そう、攻撃が出来ないのなら「事故」を起こしてしまえばいいのだ。まして、戦争中とはいえ、故意にコロニーを落としたジオンがそれを攻めたところで、効果は薄い。

 それが彼らがココに来た理由だろう。ガトーは時折拳を握り締めながら、天井を見上げた。あるはずのない故郷の方向を眺めているのだろうか。
 その顔には憂いが混ざっている。

「・・・我々が目を覚ましたのはこの世界のエルサレムでした。おりしもBETAに襲撃されつつあったその街の防衛をノイエンビッター少将が命じられました」

「!? ノイエンビッター准将も来ているのか?」

 割り込んできたのはパイパー大佐だった。ガトーは落ち着き払って、パイパーに頷いた。

「閣下は混乱しそうになる我々を一喝し、怪物に襲われている無辜の民をそのままにしておいてはいけないと・・・・元帥閣下」

 そう言ってガトー少佐はマ・クベの方へ振り返った。

「呼ばれたぞマ・クベ」

 パイパーがからかうように言う。そちらには一瞥もくれずにマ・クベはじっとガトー少佐を見た。

「元帥閣下に少将閣下からのご伝言を預かって参りました」

 そう言って、懐からディスクを取り出した。



ノイエンビッターのことはよく覚えている。彼は地球侵攻軍時代の部下でありアフリカ方面を担当する辣腕の指揮官だった。どうやら、戦争が終わった後はそのまま北アフリカの駐屯地司令になったようだ。

「ウラガン、少佐をお連れしろ」

 唐突なマ・クベの言葉にウラガンがぎょっとした顔をする。

「通してもよろしいので・・・?」

「言葉に気をつけろ。この異界において、めぐり合えた数少ない同胞だ」

 マ・クベが神妙な顔でたしなめると、ウラガンは直立不動になって敬礼をした。

「はっ! 失礼いたしました」

「いや、気にしないでくれ。警戒するのは当然のことだ」

 いささか当惑したような顔で、ガトーが言った。

「それで、コウヅキ大佐からの見返りは何だ?」

 当然のようにたずねたマ・クベにウラガンがあたふたしながら答えた。

「はっ、あの、それが・・・・・・貸しにしとくわ、だそうです」

「……そうか」

 ガトーの心はあの霞と言う少女に読まれているだろうから、ガトー達の正体は知れたと考えておいた方が良いだろう。
 エルサレムのジオン軍の規模がどれほどのものかは分からないが、最前線である以上、合流は不可能だろう。政治的に不利になりうる要因にもなる。詳しい事は「伝言」とやらを見てからになるだろう。





――― 機密区画直通エレベーター

 中型エレベーターという微妙な距離感の空間で、ガトーはいずらそうにしているウラガン大尉を気の毒に思った。

「あの、よかったのでありますか?」

 おずおずとウラガン大尉が尋ねてくる。

「なにがだ?」

 怪訝な顔でガトーが答えると、ウラガン大尉は言いにくそうな顔で言った。

「その、護衛の方々を置いてきてしまって」

「かまわんさ。味方の基地に行くのに護衛は必要あるまい」

 そう答えると、ウラガン大尉は関心したような顔をした。サイクロプス隊には申し訳ないが、これは味方であるという意思表示をするためでも重要なことだ。矜持でもある。
 それにしても、意外なほどあっさりと基地に入れてしまった。異邦人でありながらも、マ・クベの名前を出しただけで、こうして面会もかないそうな状況になっている。

「むしろ、私の事を信用しすぎる気もするが」

「ジオンの名を騙ってですか? 私見ですが、少佐殿がそういったことを好まれるようには見えません」

 不思議そうな顔をするウラガンを見て、ガトーは内心驚いていた。自分は分かりやすい類の人間だと言う自覚はあったが、それでも会って十数分も経っていないはずなのにこうも自信たっぷりに言えるだろうか。
 凡庸そのものと言う顔つきをしているが、侮れない相手である。

「それに、少佐殿が仮に何かをたくらんでいたとしても、マ・クベ様とパイパー大佐が好きにさせるとは思えません」

「随分と信頼しているんだな」

 ガトーはウラガンに対してマ・クベの副官であると言う程度の印象しかもっていなかったが、同時にどこか姑息な男だとも思っていた。だが、マ・クベの事を話すウラガンの目は単なる腰ぎんちゃくのものではない。自分と同じ目だ。己の全てを賭して他者に仕えようとする者の目。

「オデッサでは活躍されたそうだな、良ければ話してくれないか?」

「……お話しきることは出来ないかもしれませんよ」

 なんとも挑戦的な笑みを浮かべながら、ウラガン大尉は答えた。
 退屈な道すがらになると思っていたが、にわかに興味が出てきた。狡猾な指揮官と勇猛な戦士二つの面を持つ男のルーツはやはりそこにある気がした。

「頼む」

「わかりました……」





――― 横浜基地 機密区画 ザンジバル級機動巡洋艦「モンテクリスト」

 第600軌道降下猟兵大隊の旗艦であるこの艦の会議室に会したのは、アプサラス開発基地基地司令ギニアス・サハリン少将。警備隊司令ノリス大佐と第600軌道降下猟兵大隊指揮官ヨアヒム・パイパー大佐そして外交担当のマ・クベ中佐である。

「しかし、マ・クベ中佐が元帥とは……」

 ノリス大佐がうなるように言った。ギニアス少将も驚いているようだ。
 その現況であるマ・クベは泰然とした表情で告げた。

「戦死した場合の特進です。考慮する必要はないと思います」

「だが、中佐。君の降格処分は撤回されている。中将という階級に復帰するに当たっては問題はないはずだ」

 そう言ったのは、ギニアス少将であった。意外な伏兵の出現にマ・クベの表情が僅かに動く。

「それは、そうですが……」
 
 ノリス大佐が言いよどむ。ギニアスは決然とした表情で続けた。

「私は自分の指導力がこの現状を乗り越えるに値するものであるとは思ってない」

「ギニアス様・・・」

「無責任のそしりは甘んじて受けよう。私はこの難局を乗り切るにはマ・クベ中将閣下に指揮をとって頂くのが上策と考えている」

「し、しかし」

 マ・クベの額にうっすらと汗が浮く。ノリス大佐の方を見ると、主君の覚悟に準じるような顔をしている。

「少将閣下、失礼ながらそれは素人判断と言う奴です」

「パイパー大佐!?」

 ノリスが驚きの声を上げる。パイパーは構わず、話を続けた。

「中佐の斬込隊を見てください。あれはマ・クベが中将であろうと中佐であろうと、奴に従うでしょう。仮に私がマ・クベを粛清しようとしても、彼らは大隊の全てを敵に回したとしても反抗するでしょう。忠誠というものは、そういった性質のあるものです」

 そこまで言って、マ・クベの方をむくと毅然とした口調で尋ねた。

「マ・クベ、現時点で不足している権限はあるか?」

「いえ、特には」

 さらりと答えを返したマ・クベに満足そうな笑みを向けると、パイパーは再びギニアスの方を見た。

「少将閣下、現時点では彼の降格処分解除も我々の特進も全ては口伝えによる不確定な情報であり、上級司令部からの正式な辞令が存在するわけではありません。それを根拠に指揮権を移譲するのは時期尚早かと思われます。なにより閣下、兵達が混乱します」

 いささか、疲れたようにギニアスは座席に腰をかけた。

「そうか……ノリス、私の判断は性急だったか?」

「失礼を承知で言わせていただければ、そうかと」

「そうか……」

 僅かにため息を付くギニアスに、マ・クベは冷静にそして穏やかに言った。

「ギニアス閣下。アプサラス基地の兵隊はあなたのものです。彼らが忠誠を誓っているのはジオンの旗であり、そしてその旗を掲げるあなた自身なのです。それを自覚してやらねば、兵が可愛そうです」

「しかし、私には……」

 そう続けようとしたギニアスの後をパイパー大佐が強引に引き取った。

「あと10年経って、まだそう思われるようなら、もう一度、議論しましょう」

 にやりと笑いながら片目を瞑るのを見て、ギニアスは観念したように笑った。

「わかった。もう少し、精進するとしよう」

「そう願います。失礼ながら、少将閣下は見込みのあるほうですからな」

 パイパー大佐がわざとらしい咳払いとともに付け加えた。

「パイパー大佐、マ・クベ中佐。感謝します」

 ノリスが厳かに頭を下げた。マ・クベとパイパーは黙って敬礼を返した。
 その場はそれで収まったが、マ・クベにはギニアスの弱気の理由が彼の体調にあるのでは、と密かに思っていた。
 そして、それはこの場の全員にとって、致命的な痛手となりうることであった。

《大佐、ウラガン大尉が到着しました。国連軍の士官も一緒です》

 簡潔な報告が基地の検問所から入る。

「分かった。通せ」

 数分後、執務室のドアがノックされた。

「ウラガン大尉です。ガトー少佐をお連れしました」

「ご苦労。入れ」

 パイパー大佐が短く答えた。扉が開き、ウラガンに伴われて、長い銀髪を束ねた男が入っきた。
男の長髪は目を引くものではあったが、男の待とう歴戦の戦士の雰囲気は、そういう意味での外見の洒脱さを打ち消して余りあるものだった。

「失礼します。ジオン公国軍エルサレム駐屯軍所属、ガトー少佐であります」

 すぐに直立不動になって敬礼をする。一部のすきも無い見事な敬礼だ。

「我々の顔はどうやら知っておるようだから、紹介を省こう。本題に入ってくれたまえ」

 マ・クベが何事も無かったように議事を進行する。
 ガトーは懐から一枚のディスクを取り出すと、マ・クベに手渡した。

「これがノイエンビッター閣下からのメッセージです」

 ディスプレイにセットすると恰幅のいい男が画面に現れた。

「こちらのディスクが再生されていると言うことは、私の予測が当たったようです。
 司令官閣下・・・いえ、今では元帥閣下とお呼びした方がよろしいですかな。
もっとも閣下は嫌がられるでしょうが・・・・・・。
 1年戦争の趨勢についてはガトー少佐がご説明したものと思われます。我々は連邦軍による軌道落下攻撃の後に、地下墳墓で目覚めました。この世界での西暦1997年、おりしもBETAの大群が押し寄せる中でした。
 我々は直ちにこれを迎撃。現地の民とも協力して戦いました。
 以降、我々はエルサレムに隠れながら、かの地を防衛し続けているのです。
 補給の当てもなく、文字通り根無し草となった状況で、将兵はよく戦ってくれました。
 閣下、わが軍団は機動部隊、潜水艦隊を初めとした多大な戦力を有しておりますが、それを維持するのは限界に近い状況になっております。我々の駐屯するエルサレムが持つ意味を閣下は理解しておられる物のと思いますが、BETAという防壁がなければ、我々はとうに他の勢力の介入を受けているものと思われます。中東連合の一部の国々と協調関係にある我々ですが、そのバランスもいつ崩れるか分かりません」

 そこで一旦言葉を切るとノイエン・ビッターは居住まいを正した。

「我々は3年待ちました。再びジオンの旗の下に集う日を……。そして、それこそが今なのです。
マ・クベ閣下、わがエルサレム駐屯軍は現時点を持って、閣下の指揮下に入ります」

「なんと……」

「・・・・・・・」

 ガトーは瞠目した。ノイエン・ビッターともあろう人間が、己と自身に従う将兵を委ねられる将器とは一体何なのだろうか。
 目の前の男は無言で何かを考えているようだった。ともすれば重責の前に声も出ないようにも見える。先ほどの無防備に驚く姿を見ていなければ、ガトーとてそう感じていたであろう。

 だが、その実は違った。マ・クベは「閣下」と呼ばれうる人間にふさわしい笑みを浮かべた。細い体躯にみなぎる巌のような覇気をガトーは眼にした。

「ノイエン・ビッター少将もやってくれる」

 僅かにうれしげな響きを持ったその声に、ガトーは一瞬、怪訝な顔をした。

「は、はあ」

「これで断れば、私は自分の怠惰ゆえに重責から逃げ出した臆病者となるな。良いだろう。これで貴君らは我々の庇護下におかれることになる」

「はっ、感謝いたします」

「ガトー少佐。これで貴君らもジオン公業社員と言うわけだ。ノイエン・ビッター『支社長』に伝えてくれ。物資は必ず融通するとな」

 ガトーは直立不動になって敬礼をすると、目の前の人物に眼を凝らした。
 大きいな、口の中で呟いて、それを心地よく感じている自分に驚いた。その細みな体躯にそぐわぬほど、彼の眼にはマ・クベという男は大きく写ってみえた。
 オデッサの戦場で伝説を気づいた男達の気持ちがなんとなく分かるような気がするガトーだった。

「ウラガン、少佐を地上までお送りしろ。ついでにコウヅキ大佐に、話がある、と伝えてくれ」

「はっ」

 待てましたとばかりにウラガン大尉が、笑みを浮かべる。
 マ・クベは去り際にガトーを呼び止めると、思い出したように付け加えた。

「少佐、ノイエン・ビッター少将に、貴君が合流できないことを、心から残念に思うと伝えてくれ」

「了解しました!」

 敬礼をしながら、ガトーはこの人物と共に地球に下りていればどうなったのだろうか、とふと考えた。

「ふっ、馬鹿なことを……」

 オデッサで戦っていたであろう己の姿に苦笑しながら、それでも僅かな羨望を覚えずにはいられないガトーであった。



 こうして不意打ちだらけの一日の終わりにマ・クベが訪れたのはアプサラス基地の医療ブロックだった。

「……あっ」

 マ・クベの顔を見た瞬間に、ベッドの上にいた少女は身を硬くした。伏目がちに、伺うような眼差しで、彼の方を見る。

「……」

 マ・クベは黙ってベッドの横の椅子に腰をかけると、小さくため息を付いた。

「体の調子は?」

 少女は消え入りそうな声で「大丈夫です……」と呟いた。

「カガミ上等兵、君には一度実戦部隊を離れてもらう」

「…………あの、もっとがんばります! あたし、次はこんなこと」

「次に死ぬのは君だけではない。それを分かった上で言っているのかね?」

 そう言うと、スミカは黙って俯いた。無論、彼女に分かっていないはずはない。それが分からぬほど自覚のない鍛え方はしていない。

「君はハイヴから生還した唯一の人間だ。地上に帰ってもおそらくは真っ当な人生は送れないだろう」

 俯いたままの少女にマ・クベは静かに告げた。少女の頭がこくりとうなづく。

「それに、我々としても君というカードをタダで向こうに返す気はない」

 マ・クベはそこで一度、言葉を切ると居住まいを正した。

「カガミ上等兵」

「は、はい!」

 唐突に呼ばれたスミカは、思わず大声で返事をしてしまった。


「君に新しい任務を与える。来期から地上で本格的に活動する国連軍横浜基地衛士訓練校に入学し、そこで情報収集活動に当たってもらう」

「情報…収集ですか」

「その訓練はリトヴァク少佐にあたってもらう」

「分かりました」

 言いながら、肩を落とす少女に向かってマ・クベは穏やかに言った。

「……そこでもう一度、考えるといい。それでもなお戦う事を選ぶなら、己が命を捧げるに足る理由を」

 それだけ言うと、マ・クベは少女の病室を出た。
 部屋を出て、数歩歩いたところで、隻眼の男が壁に寄りかかっていた。

「言ってきたのか?」

 男が片方だけの眼をこちらに向ける。

「ああ言うべき事はな…」

 二人は肩を並べて黙って歩きだした。一言も喋らずに黙々と歩く。廊下を抜け、医療ブロックを抜けるて、MSが駐機されている中庭に出た。

「しけた顔してやがるな」

 唐突に眼帯の男が口を開いた。

「お互い様だ…」

 言いながら懐から細巻きを取り出し、口にくわえる。

「そうかい」

 そう言って、バウアーも細巻きを取り出すと、くいっくいっ、と指を動かして、マ・クベに近づくように促した。

「我ながら、詭弁ばかり言ったよ」

 そう言いながら、マ・クベはバウアーのタバコに自分のそれを近づける。
 バウアーはなれた手つきでマッチをすると、その小さな炎で二人分のタバコに火をつけた。

「でも、真実だったんだろ?」

「ああ、気に入らんがな」

 二人の男は淡く光る天蓋に向かって、紫煙を吐き出した。



次章に続く




リディア「3」
リディア「2」
リディア「1」
パイパー「状況開始」
リディア「HARDLUCKラジオは~じま~るよ~……てかなんであたしが1人でやっているんですか? これ」
パイパー「カガミは考えることが多くて忙しいのだろう」
リディア「そりゃそうかもしれませんけど…あたしだって愚痴りたいこといっぱい会ったのに(ボソっ」
パイパー「そりゃ逆だろうが、上官たるもの部下の相談に乗ってやらんでどうする」
リディア「いえ、あの、なんだか最近はそういう流れだったのでつい」
パイパー「何をわけの分からんことを」
リディア「しかし、また随分とあきましたね」
パイパー「今に始まった話ではないが。能無しの作者には二年目の実習科は堪えたらしい」
リディア「研究所に残れたのは由とすべきでは」
パイパー「精神をギリギリまで破壊されるまで病みかけるらしいからな。たった一個の科目で」
リディア「単純にその先生のこと嫌いなだけなのでは…」
パイパー「相性というのは重要だと思うぞ」
リディア「それは、そうですが」
パイパー「結局は忠誠の問題だ。習っている相手をどこまで信じて忠誠を尽くすことが出来るかに尽きる」
リディア「なんだか、ゆがんでいるような気が…・・・」
パイパー「そういうこと言ってると、また出番がなくなるぞ?」
リディア「あたしは何も悪くないはずなのに、何故、理不尽はあたしの前に立ちふさがるのかしら」
パイパー「それにしても、作者がいない間に励ましてくれた読者の諸兄には感謝してもし足りないな」
リディア「うちに来て妹をと言うわけには行かないから、今晩、夢の中にでもお邪魔するわ」
パイパー「お礼になるかは甚だ疑問だが、ここいらで分かれるとしよう。
忠勇なる読者諸兄に永久の栄光あらんことを・・・・」
パイパー・リディア「ジーク・ジオン!!」」











あとがき

 皆様、大変、長らくおまたせいたしました。今年度1回目の実習公演も無事に終わり、やっとこさっと更新できる今日この頃です。というか早くORIGINのアニメを見たい。 アニメ化が決定してうれしいことこの上ありません。しかし、実際放映されるのはいつになることやら、それまでに完結しているのかしらこの作品。
 きっちり完結させていきたいと思っていますので、読者諸兄の暖かいご声援をどうぞよろしくお願いいたします。



[5082] 第二十六章 再動
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:49906d8c
Date: 2012/08/03 09:29
――― 1997年 イスラエル北部エズレル平原


 広くなだらかな丘の上に広がるそこは、ガラリヤ湖に程近く、春には色とりどりの花々で飾られ、美しくも雄大な景観を見せてくれる場所だった。
 ……いま、青く抜けるような空には重金属の雲がかかり、その中を切り裂くように閃光が走っている。
 丘は半ば削られ、その先には何も無い平坦な荒野が広がっていた。

(すべてを喰らい尽くす、イナゴの群れ)

 ヨハネの黙示録にあるよう、地球に飛来したBETAは瞬く間に世界中に広がった。BETAの訪れた場所は文字通り「食い尽くされて」おり、草一本すら残ってはいない。
 たとえその脅威から逃れたとしても、生国を失った多くの難民たちは、流浪の生活を余儀なくされていた。

(憐れなるかな、亡国の民よ)

 この場にいる兵たちの中の多くはそういった感想を抱いていることだろう。そして、二の舞になるのは絶対にごめんだった。
 地を埋め尽くすBETAの群れの一部が、戦車部隊の統一射撃によって吹き飛ばされる。
 それを喜ぶまもなく、車長から次の射撃指示が飛んでくる。

「絶対に抜かせるな! 砲身が焼き付けるまで撃ち続けろ」

 イスラエル陸軍のメルカバ戦車のハッチから、双眼鏡で弾着を見ていた車長の中尉が、唾を飛ばして怒鳴った。
 怒鳴られた砲手の伍長は、わき目も振らずに撃ち続けている。
 砲弾の装填された振動で、僅かにそれた目標を微調整し、発射ボタンを押す。発砲の衝撃で車内が大きく揺れる。
 発射された榴弾が、高らかにBETAの残骸を空中にまきあげるのを確認すると、また、別の目標を狙う。

「………」

「次の目標はっ!?」

 車長から指示が来ないので、怪訝に思った伍長が後ろを振り返った瞬間、その光景は飛び込んできた。
 車長は座っていたのだ。胴から上を失った状態で、あわてて、操縦手に逃げるように伝えようとすると、光学照準機の端で何かが、光った。
 それが、何かを良く見る前に、彼は何が起きたかを理解した。
 右手前のパネルが真っ赤に赤熱したと思った瞬間に薄暗い車内に強烈な閃光が飛び込んできたのだ。
 
 彼の眼は、すさまじい熱によって一瞬で燃え上がり、顔を抑えようとする手がすでに、燃えあがっていることにも気づかなかった。
 そして、それらすべての苦痛を感じる前に、戦車の乗員はすべて蒸発した。
 


「やってくれたな…」

 光線級の反撃で蹂躙された戦車隊の頭上、それを掠めるようにフライパスしたラビの衛士が、押し殺した声でつぶやいた。操縦桿を握る手に力が入る。
 すでに、レーザー照射警報はうるさいほどに鳴り響いている。ご丁寧に、光線級のBETAはこちらも「歓迎」してくれるらしい。

「控えまでいるとは…全機乱数回避!!」

 凄まじい勢いで景色が回転する同時に、全身を締め付けるような重力の洗礼が襲い掛かる。
 軽量な機体独特の軽快な運動性能。それを遺憾なく発揮した回避機動がコクピットをシェイクする。
 激しい振動とGに体をこわばらせながら、彼女は、1、2、と胸の中で時を数えた。数えながら照射が終わるのを待つ。
 次の瞬間には自分もさっきの戦車のように蒸発させられるかも知れない、その恐怖を押し込めて、彼女は機体を立て直した。
 照射警報が解除されたと同時にセンサーに写る僚機の数を確かめる。
 なんと一機も落ちていない。今日はついてる。
 何かが張り付いた頬の感覚で、彼女はやっと髪が眼にかかっていることに気づいた。

「髪、切らなきゃな……」

 口の中で、つぶやく。
 網膜に直接映像が投影されている以上、髪がかかった程度で視界がふさがれることは無い。
 さりとてはとて、長すぎれば邪魔に感じるものである。
 前に、髪を切ったときはいつだったろう、そのときにいた者の中で、今は何人残っているのだろうか、唐突にそんな考えが頭をよぎって。すぐに頭の中から振り払った。

「コハブ1より全機、高度を落として光線級に肉薄する!! 落としすぎて地面にぶつかるなよ」

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」」

 僚機の返答が頼もしい。14機のラビが地表すれすれを這うように飛行する。
 焼け野原になった平原には、かつての美しさは無い。

『――― HQよりコハブ1へ、これより支援砲撃を開始する ―――』

「了解、HQ、砲兵どもに味方に当てるなと言っておけ」

『――― ダヤン大尉、味方を信じろ ―――』

 生真面目なHQの諭すような口調が、妙におかしかった。

「わかってる。じゃなきゃ言えないさ」

 そんな軽口で応じた瞬間、目の前のBETAの群れから、空に向けて幾筋もの閃光が放たれた。発生源の大まかな位置を確かめる。

『―――― 着弾まで5秒! 4、3、2、1 ―――」
 
 BETAに迎撃され蒸発した砲弾が黒い雲となって、BETAを包む。AL弾頭による重金属雲だ。

「AL弾頭の迎撃を確認! 全機! 散会して攻撃しつつ再結集、敵中を突破し、光線属種を排除する。 全兵装使用自由!!」

 曳光弾が尾を引いてBETAの群れに吸い込まれていく。景色が後ろへと流れていく。この程度では焼け石に水だ。だが、そんなことはどうでもいい。
 ただ目の前の敵を排除し、目的を遂行するのだ。

 飛び始めて数分もしないうちに、通信回線が混雑し始めた。

『―――く、た、ば、りやがれぇぇぇ―――』

『――― 俺たちの国をぉぉ、思いでをぉぉぉぉぉっ!!! ―――』

 さまざまな絶叫が耳に入ってきた。重金属雲の影響で通信波が乱反射し、混線しえているらしい。
 圧倒的な敵の群中にあって、襲い繰る運命に、竦む心を立て直せるものがあるとしたら、それは怒りであろう。
 大切なものゆえの怨嗟、理不尽に奪われたことに対する憎悪、取り返そうとする思い、それらすべてを燃料にして、燃え上がった怒りが、彼らをたたせているのだ。
 それは、生きる意志そのものだった。

 突如、壁のように沸いた戦車級の群れを追加装甲で受ける。盾の表面についている爆発反応装甲が山もりかじりついた戦車級をまとめて吹き飛ばした。

『いyぎゃあぁ、食べないで、神様ぁぁぁあぁ…』
 
 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が聞こえ、絶える。ついに一人落ちたのだ。
 振り返っている暇は無い。

(すまん)

 心のうちでつぶやくと、ナオミは、歯を食い縛った。口を開けば嗚咽が漏れそうで、弱音を吐きそうだ。だから彼女は、食い破ってしまった唇から流れた血が口に入り込もうと、そのまま飛び続けた。

(これはお前の血だ。私が流させた血、奴らによって流された血、そして、これは奴らが流す血の味だ!)

 肩で口をぬぐいながら、ナオミは撃ち続けた。2mの光線級など36mm弾が掠めただけでもばらばらになる。
 散会してきた味方機が徐々に集ってくる。併走する味方と共に、ナオミはラビの長刀に手をかけた。
 77式近接長刀は統一中華が開発した、ほぼ無反りの湾刀である。
 
 幅広い片刃の刀身は、先端部に加重が集るように設計されており、強力である。
近接戦闘用のプログラムさえちゃんと組めば、マニュピレーターへの負担もかなり軽減してくれる。
 大雑把な使い方をするには最適の代物である。もっとも、日本帝国製の「カタナ」を熱望するものも少なくないが…。

 弾丸の切れた突撃砲を捨て、肉薄した敵の目の前で稼動兵装担架のロックをはずした。勢いよく兵装担架から弾き出された長刀が、そのまま要撃級の肩口に食い込む。
その峰に左手の追加装甲を当て、刃を押し込む。
 肉を引き切りながら刃が食い込む感触が伝わる。そのまま振りぬいた長刀を、手首を返して斜めに振り上げ、今度は別の要撃級の腕を刈り取った。
 足元の戦車級をぐしゃぐしゃと踏み潰しながら、走って追加装甲の先端で衝角を抑え、腰を回してわき腹に長刀を打ち込んだ。刃を押し当てながら、バックステップで後ろに飛び、胴を切り裂く。
 腹を半ばまで切られた要撃級が、体液を、どぼどぼとこぼしながら、その場にうずくまった。後ろにいた突撃級が進路を変えずに押しのける。もう生きてはいまい。

(いけるか……)

 そう思った瞬間に、大規模な地中振動を感知したセンサーが警報を上げた。

『HQより各大隊へ、今戦線より10km南西に旅団規模のBETA群 出現。全機は直ちに後退し、これを迎撃せよ』

 声を聴いた瞬間、一瞬目の前が真っ暗になった。こうやって、他の国々も国土を掠め取られていったのだろうか。

(今は、そんなことどうだっていい)

「聞いたか、貴様ら。つれないBETAどもに袖にされたらしい。さっさとここの連中をシバキ倒して、追いかけていって、ケツを蹴り飛ばすぞ」

 通信機からは歓声のような同意の声。士気は回復したが、ほころびはすでに見えていた。
 結局、防衛線は後退し、イスラエルの最終拠点ともいえる要塞都市エルサレムへと撤退することとなった。
 




―――― スエズ防衛ライン北方最終拠点 要塞都市エルサレム


 イスラエルおよびヨルダン王国の最前線ともいえるこの要塞は、もとはエルサレムの新市街の中央にたたずむ旧市街を要塞化したものである。しかし、今は市に人影は無く、ヨーロッパ風の美しい町並みは度重なる戦闘とそのための改修によって、その面影はすでに無い。

 城壁を焦す灼熱の太陽は、まるでその内に集う者達の心にまで焦燥を感じさせているようだった。
 BETAによる度重なる侵攻。10年間耐え続けてきたアラビア半島の防衛線ではあるが、それはじりじりと後ずさりをしているに過ぎない。
 北方の最終拠点たるエルサレムが頑強に抵抗できた理由は、中東における精神的支柱であることもさることながら、最前線たるイスラエル・ヨルダン・サウジをはじめとしたスエズ周辺国と、すでに国土を蹂躙され、BETAへの復讐に燃えるレバノン・シリア・イラン・イラク・トルコなどの兵達が文字通り死力を尽くした結果である。
 現在にあっては、ここを突破されればシナイ半島を放棄せざるをえないために、エルサレムを守る将兵は、いっそうに鬼気迫るものであった。
 
 それまでに国を失った兵士と、これから国を失う兵士たち、同じくBETAに蝕まれる者でありながら、両者に壁があるのもまた事実であった。
 大規模な「定期便」の邀撃を終えて帰ってきた要塞を激震させる決定が中東に派遣されていた国連軍よりもたらされた。
 
「いま撤退するとは国連はイスラエルを見捨てるのかっ!!」

 食堂のTVに向かって、大声で食って掛かったのはイスラエル陸軍戦術機甲大隊のナオミ・ダヤン大尉である。

「もう限界なんです!!」

 何かを押し殺すような声でそれを制したのは、部下である大隊副官の男だった。

「1984年に…アラビア半島放棄は、すでに決定されています。他の中東諸国の兵達とて……祖国を失いながら、戦い続けてきたんです!!」

 言われて、ナオミは冷水を顔に浴びせられたような気分になった。

「……そう、だったな。私が、軽率だった………すまない」

 確かにわかっている理屈はわかっているのだ。それでも、納得できない、認めたくない、という思いは間違っているのだろうか。
宗教と伝統の象徴としてあり続けてきた白亜の都市。いくつもの戦乱を超えて今に残った都市は、むざむざBETAに蹂躙されてしまうのか。
ふいに、城壁の壁からみた夕日が脳裏によみがえってきた。趣き深い町並みに、春になれば緑にそまる丘陵地とそこに咲く白い花。
それらすべてをなくそうと言うのだ。
 脳裏に浮かんだ光景に胸を締め付けられて、ナオミはうつむいた顔を上げることができなかった。あげようとすれば、今にもこぼれそうな涙が落ちてしまうから。
 そしてそれはともに戦う異国の戦士達のほとんどが味わった思いでもあるのだ。今もって彼らを苦しめ続けている。
 それが、わかるがゆえに彼女は必死で激情を押し殺しながら、どうしたらいいかわからなくなっていた。
 本当なら泣き叫んでしまいたいが、彼女の立場はそれもゆるさない。それは、自分を戒めた部下も思いは一緒のはずだ。
 それを思えばいっそう情けない気分になって、涙が目じりから零れ落ちそうだった。


「大尉、先に失礼する」

 簡潔なことばと共に、誰かが脇を通り抜けた。見ると机の上には丁寧に折りたたまれたハンカチが置かれている。
 振り返って相手を見ると、相手の男もこちらが振り向くのを待っていたようだ。イラク人らしい豊かな髭、浅黒い肌と黒い眼、
若く精悍な顔つきの男はイラク軍共和国防衛唯一の隊戦術機甲部隊隊長アリー・フゼイン少佐だった。

「みなが通る道だ」

「………!」

 どう言葉を帰そうか考えていたナオミに、そう言うと、フゼイン少佐はそっけなくきびすを返した。
 すると、それに続いてアラブ系の兵士たちが次々に席を立ち、その場にはイスラエルの兵士たちだけが取り残された。

「感謝しなければな……。少佐に」

 それだけはかろうじて言って、ナオミはこらえきれずに泣き出した。
 そこから籍をきったように嗚咽があふれ、そしてその場にいた彼も彼女もみんなで「みなが歩いた道」をたどることにした。





――― 2000年 8月29日 国連軍横浜基地地下 ジオン・インダストリー本社 

 旧アプサラス開発基地の将官用の応接室は、会議室として使われる事が多い。会議といっても参加者はギニアス少将を始め、基地警備機動大隊指令のノリス大佐、特殊部隊の長であるパイパー大佐、渉外担当のマ・クベの4人が主なメンバーである。
 旧世紀の欧州風建築を思わせるクラシカルな内装と絵画(デギン・ザビ公王の肖像画である)や柱時計などの調度品といい、なんとも優雅なつくりである。旧世紀への決別をうたってはいるものの、ジオン将官にはこうした懐古主義を愛好するものが少なくない。ある種の流行のようなものだが、広々としたつくりであるが、決して広すぎず、4人などの少人数で会議するにはちょうどいい場所でもあった。
 

「今回の議題はライトニング計画の推移についてだ」

 発言をしたのは議長であるギニアスである。応接室のスクリーンにいくつかのMSが映し出される。

「これは?」

 パイパー大佐が怪訝な顔をする。そのMSはMS本来のパーツ以外のものが随所につけれているからだ。

「これは、中東に駐留する同胞たちの機体だ」

「共食いにしてもこいつは無茶だな」

 あきれ半分感嘆交じりに言ったのはパイパー大佐だ。さもあらん、本来は別系統の技術である戦術機とMSを共食いさせようというのだから、無謀の極みである。
 だが、そうせねばならないほど彼らが追い詰められているのも事実だった。

「そのとおり、機体によっては性能の半分も引き出せない場合もあるらしい。しかし、彼らがこの改修によるデータを提供してくれたおかげで、
より、改良点があぶりだされたが、同時にロールアウトにもう少し時間がかかるということだ」

「より互換性を高めれば、中東支社の力にもなりましょう。問題はないものと思われます」

 マ・クベが静かな声で言う。パイパー大佐も黙ってうなずいた。もっと言えば可及的速やかにこれらの実戦配備を熱望しているのは、むしろノイエンビッター率いるエルサレム駐屯部隊のほうであろう。
 横浜と違い定期的にBETAの侵攻を受ける彼らにとってはMSの装甲フレームだけでも、のどから手が出るほどほしいはずである。

「了解した。それではこの件はこのまま進めるとしよう。しかし、2年前にこの地に降り立ったという話が本当なら、なぜわれらの技術はほとんど浸透しておらんのだ?」

「こちらよりも戦力としての依存度が高いのでしょうな」

 パイパー大佐が言った。

「多分、MSの性能をして彼らはBETAの侵攻を跳ね除けている状態なのでしょう。そこから部隊を引き抜かれれば、エルサレムの陥落を招きます。宗教の影響度が高いあちらの国々では、それは致命的な失態です。それに旧北アフリカ駐屯軍であった彼らに技術解析を手助けできるほど、技術者がいたとも思えません。かといって他国に渡せるものでもない。下手に対立を招くよりは戦力として有効活用するという選択は、そう不思議なことではありません」

 技術流出をコントロールできるというアドバンテージも研究開発基地であるアプサラス開発基地ならではというわけである。

(もっとも「政治家」がいないのが一番の理由だろうがな)

 パイパーはちらりとマ・クベの方を見ながら、胸のうちでつぶやいた。ノイエンビッター少将はあまり政治家タイプの軍人ではない。それに、横浜と違ってあちらは交渉相手が一枚岩ではない可能性もある。

「次の案件だがパイパー大佐」

 促されて、パイパーは先を続けた。

「はっ、かねてから要請のあったDrコウヅキへの教導部隊派遣ですが、黒騎士と基地警備機動大隊の選抜小隊が交代であたることにいたしました」

「ふむ、防諜に関してはしっかり気を使ったほうがいいな。とくに地上に派遣された人員が拉致される可能性もある」

 ギニアス少将が穏やかな声音で言った。どうにも、この4人で集ることに慣れたのか、茶のみ話のような雰囲気である。

「それに関してはマ・クベの下に白薔薇を配置しております」

 ギニアスが、ちらりとマ・クベの方を視線を向けた。

「頼んだぞ」

「了解しました」

 その他にもこまごまとしたことを話し合って、会議は閉会の運びとなっていた。
 最後にマ・クベが発言の機会を求めた。

「なんだね……中佐?」

「現在は食糧需給も安定しており、物資も順調です。我々の政治的および実利的なカードを増やす時期が来たと思われます」

 立て板に水を流すように、マ・クベはすらすらと言ってのけた。内容に興味をひきつけたところで、男は爆弾を落とした。

「私はアプサラス計画凍結の解除を具申いたします」

「……なに?」

 ギニアスが唖然とした表情でマ・クベを見ている。

「大気圏外から急速降下し、大出力メガ粒子砲で拠点を攻撃するというアプサラス計画は、対BETA戦というコンセプトはもとより、これより先、この世界の人間たちと戦うことになっても
非常に有効なカードになりうるものと思われます。この世界での基盤が安定し始めた今こそ、本計画を再動させる好機と思われます」

 マ・クベはあくまで淡々とした口調で自説を述べた。ギニアスは次第に心にわきあがるものを感じていた。アプサラス計画はサハリン家の復興を望むギニアスの夢であった。
 しかし、それとは別に一人の技術者として、連邦との戦争に終止符を打つ決戦兵器となりうるという確信があった。さりとて、迷わなかったわけではない。むしろ、計画自体が荒唐無稽なものであったのかと自問する事も少なからずあった。しかし、今この瞬間に第三者からはっきりと「必要だ」と言われた瞬間、胸に湧き上がった感情が「歓喜」であったことに気づくのは後日のことであった。





―――― 帝国国防省 第6会議室

 巌谷中佐は会議の推移に頭を悩ませていた。というのは、ここ最近の技術爆発とも言える。新鋭技術の発達であった。しかも、同時多発的に日本と欧州で起きたそれは無視するにはあまりにも画期的過ぎたのである。
 そこへきて、今度は傑作工作機「玄武」を生み出した鎮西工業が新型戦術機を発表するという。

「カタログスペックが話半分としても、本当にこのようなことが可能なのか」

 懐疑を隠す様子も無く、高官の一人が言った。

「そもそも素手での徒手格闘が可能という時点で、眉唾ものだ」

 別のものが後に続く、その視線の先には先ほど機体の説明を行った渡邊工業社長の渡邊氏の姿がある。

「ですが、昨今、開発された新合金であれば・・・。機体の構造強度や設計自体も、そう無謀なものではありません」

 そう言って、一度、資料を見るように促すと、言葉を続けた。

「むしろ、基本に忠実というか、偏りのない設計といえます。既存の生産ラインは使用できぬゆえに初期投資はかかりますが長い眼で見れば撃震と同コストに抑えられるでしょう」

 好々爺ぜんとした人物であるが、その目には一部の怯みも無い。万全の自信を持ってこの場にきているかのように見える。

「だが、兵站を考えるとココまで抜本的な機体を作るということは…」

「今より余裕がなくなったときに・・・改めて、とは行かないかもしれませんよ。部品の多くは先ごろ開発された玄武のものが共有可能でありますから」

 そのまま消極路線に進まれても困るので、巌谷中佐はここで助け舟を出した。もっとも、そんなものが無くても、この機体を一笑に付すというのは愚劣きわまる選択に思える。 

「……横浜は一体、何を考えておるんだね!」

 結局のところ、全員の意見が集約されるのはその一言であった。
 そもそもの問題は帝国製鉄や火太刀金属、東洋レーヨンなどが唐突に発表した新素材である。
 その発表から数ヶ月無いうちに、渡邉工業がそれらの新素材を多用した2足歩行作業機を完成させ、生産に乗り出したのだ。
 その異常事態の解明もままならぬうちに、今度は新素材を使った戦術機の発表と来たものだから、たまったものではない。
 そも戦術機の開発など一企業だけでやることではない。その発表された機体というのが、そも短期間で作れるハズのものではないほどの完成度を誇っているのもひとつの問題だった。。
そして、両者と提携していたというジオン・インダストリーなる企業は背後に横浜が関わっていると聞く。
 だというのに当の横浜からは何とも言ってこないのだから、気持ち悪いことこの上ない。
 大体にして、今回の新鋭素材によって現在開発中の機体計画とて、考え直さねばならないのだ。ド級戦艦のネームシップであるドレッドノート級が建造された当初と同じような状況ではないか。
 行幸ともいえるのは、この新鋭技術の爆発とも言える現象が現在行き詰っている不知火の改造計画に一縷の希望を与えてくれるかも知れないことだ。
 さりとて、そうあっさり通る話でもない。新素材が強度や重量からしてまったく違うことを考えれば、やはり根本的な設計の見直しは必須であろう。
 もっとも高出力バッテリーや、新型のアクチュエーターなど既存の機体に使える技術は少なくない。どの道、耐久性や相性などを研究することを考えれば、実機を導入するのがもっとも手っ取り早いのである。
 ともあれ開発計画を軒並み白紙に戻すか、大幅な修正を余儀なくされる状態なのは、他の国々とて変わらないはずだ。それに加えて既存機の強化改修計画まで見直さねばならないのだから、複雑な気分である。無視して、事を進めるなど暴論を通り越して論外である。
 紛糾する会議の様子を見ながら、巌谷中佐は胸のうちで呟いた。

(しかし、危なかったな)

 危なかったと言うのは先ごろ配備が決定された00式である。第3世代機としては最高水準の性能を誇る00式であるが、生産性の低さ、高い調達コストに加えてランニングコストも高く、運用状況はかなり制限される。
 というか、欧州のラファールを初め各国で第3世代機調達が進み始めたタイミングでの登場であることを考えると、今回の「紫電」の発表は故意か否かは定かではないが、恐ろしく意地の悪いタイミングであった。
 それはさておき、斯衛はその性質上、ハイヴに突入するという状況は考えづらい。
 将軍と摂家の縁者、その直援という任を負っている斯衛は決戦兵力や予備兵力としての運用が多く、積極的に前線に出ることは少ないのだ。
 極端なことを言えば、帝国国防省には遊兵化しやすい斯衛専用の機体を高コストで配備する必要がそこまであるのかという論もあるのだ。
 今回の00式配備とて京都防衛戦や本州での戦闘がなければどうなっていたかは怪しいものだ。

 そして「紫電」は徒手格闘すら行えるほどの各関節やアクチュエーターが強靭であり、機体強度の面では従来機など及びも付かないほどであるという。
 化け物じみた近接格闘能力や操縦特性を鑑みても、第1世代になれた古参衛士なら00式と互角に遣り合えるのではないかと思えるほどである。それほど第1世代機に通じる機体特性は、瑞鶴に慣れた衛士たちにもなじみやすのではないかと思われるのだ。無論、開発衛士の一人としては是非とも乗ってみたいきたいである。
 と「高価な雛人形」と揶揄されがちな00式よりも、前線に不知火などの第3世代機をまわすべきだという主張は斯衛の一部からも出ている意見だった(無論、積極的な形ではなく、新型機の受領請求を出さないという形でだ)。そういう意味でも質実剛健という言葉がぴったりな今回の機体の登場は00式の斯衛採用すら揺るがしたかも知れないのである。
 現に00式の調達は遅々として進まず、斯衛でも現在でも瑞鶴とのハイローミックスを選択せざる終えないのが実情である。しかし、そこを差し引いても00式は卓越した機体であり、近接格闘能力は言わずもがな、それに加えて高い継戦能力と緊急展開能力を誇る。
 件の新鋭機も高速巡航性能では、00式には及ばない。これは高い機動性が必要とされる対BETA戦略においては無視できない要素である。そして、なにより純粋な日本国国産技術の賜物だということも大きい。
 
 結局のところ問題は全てそこに帰結するのだ。新鋭技術の数々は表に出したのは日本のメーカーであっても、裏で動いているのが横浜というのが国粋主義者達たちが諸手をあげて喜べぬ一因なのである。
 正直に言って、ここまで功績を挙げたのにもかかわらず横浜が何の要求もしてこないことが、気味悪いことこの上ないのだ。

 その辺の事情が骨身にしみている巌谷としても、まだなりふりをかまっている余裕があるのか阿呆らしい、と切り捨てることができない。
 なりふりかまわず米国のしりを舐めて、にっちもさっちもいかなくなるのは言語道断である。なればこそ、若干の不安こそあるものの、今回の事態は天恵ともいえる事態と言えなくもない。

「そういえば中佐はご存知ですか?」

「何を、ですか?」

 唐突に話を振られて、巌谷は階級を忘れて反射的に答えそうになった。
 幸い話しかけてきたのは同格である帝国参謀本部の大伴中佐である。国粋主義者の筆頭ともいえる大伴中佐をして今回の件については扱いを決めかねているらしく、珍しく旗色を鮮明にはしていなかった。

「横浜の地下に拠点を置く組織、表向きは横浜の協力企業ということになっていますが、その実は国際的なシンジケートであるという話です」

「そんな、まさか」

 それではまるで、一昔前の陰謀小説のようではないですか、と巌谷は冗談めかして答えた。大伴はにこりともせず、巌谷の顔を見つめている。彼の反応を探っている目だ。

「聖都の奇跡と呼ばれた1997年のエルサレム防衛作戦、あれにかかわっていたという話です」

 淡々とした口調で大伴は言った。1997年、BETAの大規模侵攻によってスエズ防衛線を破られかけた中東連合だったが、殿としてエルサレムに立てこもったアラブ諸国とイスラエル軍の部隊が協力してBETAを駆逐しエルサレムを防衛した人類初の快挙と言われた作戦である。

「最前線のエルサレムでは、それまでに確認されていない奇妙な戦術機を見たという話もあります」

「しかし、それはうわさの類でしょう。自分も技術の人間ですから、そういう類の話は耳にしますが」

 肩をすくめて見せる巌谷を大伴はまっすぐに見詰めて、やがて目をはずした。

「一説ではBETAによって帰る祖国を失った者たちが団結し、BETAへの報復のみを目的とした狂信的秘密結社であるとか」

 帝国情報省の鎧衣左近からもそのようなことをにおわせる情報は届いている。
 なにぶん図りがたい男の言うことであるから、鵜呑みにするわけにもいかないが、さりとて、見え透いた建前を口にする間柄でもない。

「まあ、そうでしょうな。私もそう思いますが、ですが中佐なら何か面白い話をお聞きでないかと思いまして」

 めがねの位置を治しながら大伴中佐は、あっさりとかまをかけたことを認めた。

「まあ、もし真実であるなら。BETAと戦うことだけを目的にとは……少々、うらやましいことですな」

「亡国の徒に加わるのは、ごめんです」

 奇妙な感慨のこもった大伴の呟きに、巌谷は珍しく本音で返した。



 ――- 国連軍横浜基地地下 香月夕呼の執務室

 妙に広々とした執務室は、その真ん中に陣取るデスクの上を中心に、乱雑にものが置かれており、机から零れ落ちた書類は床に散らばっている。
 そのデスクのかろうじて作業スペースと呼ばれる場所に、置かれたカップからは湯気が立ち上っては消える。
 これらの状況を見るに、この場所はかなりプライベートな空間として使用されているらしい。
 それもそのはず、この階層まで入室を許可された人間など基地の中でも、数えるほどしかいない。
 
 夕呼はコンソールを見つめながら、カップの中のコーヒーを一口すすった。合成された代用コーヒーといってもバカにしたものではない。
 味も香りも天然ものに及ばないが、それでもそこに近づけようという並々ならぬ努力は認めざるを得ない。
 
『それで、なにからお話いたしましょうか?』

 そう言って、モニターの中の男は優雅にカップを置いた。落ち着いた声でしゃべる男こそ、香月夕呼が油断ならざる相手と思うマ・クベ中佐である。
 もっとも、階級に関しては、すぐに別の呼び方に変わるやも知れないが…。

「あら、元帥閣下にそう言っていただけるとは光栄ですわ」

 そう、愛想笑いでござい、と言わんばかりの笑みで答えた。言外にあるのはいったい何を隠している、という思いである。
 先日訪れたガトーという男の事を霞に読ませたら、驚きどころの事実ではない。
 目の前の男が元帥というとんでもない階級であったこともさることながら、まさか、彼らが訪れるより2年も前にこの世界に訪れていた異世界人がいたなどと言う話を聞くことになろうとは…。
 彼女にとっては寝耳に水どころか、危うい安定を保っていたジオンとの関係を根底から覆しかねない話である。
 しかも、エルサレムの連中は、この地下に居座っている毒蛇のような男に比べれば、ずっと扱いやすそうな連中である。
 それが、むざむざ、毒蛇の隷下に取り込まれてしまったのだから、この際、神というものがいるのなら5体を縛って車裂きにしたい位である。
 もっとも、中東のジオンが相手では今ほど柔軟な関係が気づけていたいたかは疑問である。見たところ、夕呼とは肌が合いそうにない人種の最先端である。

(いかに外の状況に目がむいてなかったかわかるわね)

 唐突にこみ上げてきた自嘲を彼女のみこんだ。今はそんなことをしている場合ではない。それにしても、思い返せば中東の幽霊戦術機やエルサレムの奇跡など、胡散臭い噂はたくさんあったのだ。
 さりとてはとて、無神論者に近い彼女からしてみれば宗教的狂信は常識を超えるというが、ある種の認識であり、ナチスの円盤のようなものだ。まさか自分たちが使おうとしていた手を三年も前から先取りされていようとは思わなかったのだ。
 おそらくは中東諸国でも扱いに困っていたことだろう。技術を解析しようにも自国では手が回らないどころか、下手な干渉によるエルサレム陥落という事態がどれほどの混乱と衝撃をもたらすかは想像すらできない。そして、米国によるなりふり構わぬ干渉の結果、もたらされるのはスエズ防衛線の崩壊どころでは済まないかもしれないのだ。
 事実、エルサレムが最前線の超重要拠点としてスエズの盾として立ちはだかってきたのだ。
 そして、もう一つ、現在のスエズ防衛線の前線拠点であるメッカがなんとか保たれたのも、エルサレムが敵をひきつけていたからであろう。
 下手に手を出して両拠点の陥落をまねけば、今度は世界規模での「聖戦」が勃発しかねない。
 うまくいったものね、と夕呼は心の中でつぶやいた。

「我々の関係を変えるべきだと?」
 
 淡々と事実だけを確かめるように、マ・クベ。

「もちろんそのとおりよ。何もなかったことにするのではなく、アタシは「進展」を願っているわ」

 自信たっぷりに見えるように笑って見せれば、相手も少しばかり歯を見せた。ここからが正念場だ。
 胃のねじれるような緊張感が、腹のそこから湧き上がってくる。

「香月大佐、我々もどうやらここに引きこもって居るわけにはいかなくなったようです」

「そのようね」

 一言ずつ言葉を紡ぎ出す。そこに少しでも歪みがあれば、つけこまれるだろう。
 マ・クベは鉄面皮を崩さぬまま、淡々と述べた。

「これまで以上に技術譲渡のための地上への干渉のパイプを務めていただくと共に、我々の隠れ蓑としても動いていただきましょう」

 これが相手の要求である、もとより言われることが予測済みなら、答えも決まっている。

「それで情報操作の報酬には、何をくれるのかしら?」

 悪党ぜんとした笑みを浮かべながら、夕呼は足を組み直した。
 マ・クベは少々考え込むそぶりを見せ

「…………はて、なにかほしいものでも?」

 しれっとした顔で、こんなことをのたまう。

 譲歩を引き出すときは相手の口からというのが、常套手段だが、うまくいくような相手ではない。
 
「あんたんところの特殊部隊の連中、あたしの部下を教導にしてもらうわ。この間、散々やってくれたモンだから、リベンジさせろってうるさいのよ」

 冗談めかしているが、戦闘技術とMS運用に関する情報の収集が目的である。接触をもてればそこから情報を引き出すことも出来るかもしれない。

「それでは、我々をの観察するのは、これで最後とさせていただきましょう」

 いみありげな物言いだが、要するにリーディングをさせるなということだろう。

「我々にも敏感な者は大勢いる」

 ぴしゃりと言い切ってマ・クベは重ねた手の上に顎を載せた。アイスブルーの瞳がまっすぐに見据えられる。
 冷たく透き通った目は夕呼の心の奥底まで見透かしていると云わんばかりである。
 夕呼はため息を着くと、忌々しいげに男の事を見た。

「…霞のカチューシャ。あれがリーディングを制御しているのよ」

「そっちも耳の敏感な奴に読ませんじゃないわよ」

 そんなことをすればこちらだって気づくわ、というのを言外ににじませながら、夕子は言葉を紡いだ。

「ご心配なく。うさぎより耳の良い者はいませんよ」

 口元をかすかに歪ませながら、マ・クベが淡々と応じた。
 冗句はウィットが命というのは、いつになっても変わらないらしい。
 夕呼はなんだかんだ言って、この会話を結構楽しんでいるのだ。
 
「あ、そうだ」

 夕呼は思い出したように(実際忘れていた)、マ・クベの端末に、あるデータを送った。

「これは…?」

「ちょっと作って欲しいモノがあんのよ…」
 
「なるほど、これは確かに有用でしょうな」

 一目見て、男は挑戦的な笑を浮かべた。
 
「宇宙世紀では、既にカビの生えた技術と行っても差し支えありませんが……」

 香月大佐が焦りと警戒の入り交じった表情でマ・クベを見た。
 マ・クベは値踏みするでもなく、ただじっとこちらを見ている。
 しばらくして「呑みましょう」と一言つぶやいた。

「あら、意外と素直なのね」

「ええ、あなたに貸しを作っておくのも悪くないでしょう」

 それに、こちらにとっても有用でしょう、と心の中で付け食わる。
 マ・クベの手元の端末には「XFJ計画」の文字が躍っていた。






えー、皆様お久しぶりです。い、1年までならエターじゃないもん!(age的に 
 すみません(土下座 調子に乗りました。申し訳ありません。ごめんなさい。全面的に私が悪いです。
 プライベートでいろいろありまして、芝居の道をあきらめ研究所を辞めたり、いろいろ精神的に参ってました。
しかし、定期報告をくれる帝国兵様、感想を書いてくださった皆々様、とても助かりました。これからも何とか続けて完結まで、
こぎつけたいと思います。皆様どうぞよろしくお願いします。
 というわけで、これからもがんばっていきたいと思います!!!!

 「待ちに待たせたときが来たのだ、待ち続けた幾多の英霊(読者諸兄)達が待ち惚けでなかった証のために」
 「ふたたび作品完結の理想を掲げる為に、復活成就のために… 理想郷よ、私は帰ってきたっ!!!」



[5082] 第二十七章 鳴動
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:49906d8c
Date: 2012/08/15 17:14
インド洋 マダガスカル近海

 天気は晴朗なりて、雲のちぎれる空。その下に広がる海は、深く青く。広がる海原は大陸で起きている修羅場など、知らぬかのように穏やかである。
 その海面に一枚の木片が漂っている。その場で10時間以上観察し続けていれば、その木片が漂流物にしては、あまりその場から離れていかないことに気づくだろう。さらに手にとって確かめみれば、その下に繋がっているブイを見つけるはずだ。
 だが、このインド洋のど真ん中で、とるに足らない漂流物を観察し続けられるほど、海は穏やかとは限らないし、この世界全体に至っては穏やかなどとは到底、形容されるものではない。
 こうして、人知れず敷設されたジオン公国軍の偽装通信ブイはその役目を果たす瞬間を待つことになるのだ。大海の波間にクラゲのように漂いながら…。

「予備の敷設、完了いたしました」

 彼の声を聞いた瞬間に、ガトーは少しだけホッと息をついた。己に課せられた使命を両方完遂出来たという安堵だ。
 横浜までの通信網の通信網の敷設は、交渉がどういう展開を迎えたにしろ、必要不可欠な事項であった。
 しかも好都合であったことは横浜地下に駐屯するジオン公国軍が、地下区画の工事に携わっていたことである。
 これで衛星を経由した機密回線を通してエルサレムまでのリアルタイム通信が可能になる。
 一つ難点を挙げるとすれば、横浜の女狐と言われる女傑に内容を監視されてしまうということだが、それも現時点では問題ない。
 ユーコン潜水艦の艦橋内にどこかリラックスした空気が流れているのは気のせいではないだろう。
 地中海に駐屯する艦隊と合流し、アッコーを経由してエルサレムへと帰還する。海底センサーの類を避けるため、希望峰を回る遠回りをしてなお、数週間で到着してしまうのは、水中高速巡航性能の高さ故であろう。

 なんにせよガトーはノイエンビッターへの報告が待ち遠しくて仕方がなかった。

(閣下、ジオンの旗に偽りはありませんでした)

 胸の中でつぶやくとガトーは、エルサレムの地に思いを馳せた。今だ戦い続ける戦友たちの鼓動が今にも聞こえてきそうだ。
 そう思えば、海水しか見えぬ水中の旅はことさらにもどかしく感じるのだった。
 3年間……思えば、遠くまで来てしまったものだ。初めて、この世界に飛ばされてきたときのことは、今でも鮮明に覚えている。
 異様なMS、初めて眼にするBETAという存在、そして蹂躙される人々。あの混乱と激しい戦いの中で、幾多の男たちが倒れたろうか?
 彼らは今でも、自分たちが死んだ場所すら何処だかわからないのだ。

 3年前のあの日。「奴ら」を一目見た瞬間から、決して相容れないものだとガトーは思った。それは生理的嫌悪感などという生易しいものではない。確かな確信であった。
 いま思えば、あれこれ理屈をつけはしたが攻撃を進言した最大の理由は、そこであったと思う。そして、それが、間違いであったとは到底思えない。

 大地を埋めんとする怪物の群れ。それ以上に感じたあのおぞましい感覚は、今日に至るまで決して消えたことは無かった。あれは「人間の敵」。いや、それ以上におぞましい「なにか」だ。
 熱砂の舞い踊る中、散って行った戦士たち。そして絶望の中をあがき続けるものたち。そんな彼らを「重力に魂を囚われた者」と単純に見ることは、もはやガトーにはできなくなっていた。
 兵士たちの中にはガトー達の事を本気で「神の御使い」であると信じているものたちさえいる。本来ならば一笑に付すような話である。えりすぐりの「人殺し」の集団である自分たちが、そんな幻想的なものではあるはずがない。しかし同時にガトーには、そう信じたくなる気持ちが理解できた。
 宇宙世紀の始りは宗教の終わりだと言われていたが、そんなことは決して無く。むしろ、宇宙という過酷な地を新たな故郷とせざるを得なかった人々の中には、そういったものに頼るものたちも多い。なにより、辛い現実に立ち向かうために、寄る辺なき者たちが必死ですがりつく非現実を無碍にする気にはなれなかった。




 エルサレム要塞 旧地下大聖堂 ジオン公国軍格納スペース


「もう少し右だ! そう、そのまま……よし」

 誘導棒を振り回しながら、整備員がインカムに向かって怒鳴っている。クレーンで引っ掛けられた突撃級の甲殻がゆっくりと引き剥がされていく。
 BETAとの戦いにおいてその死骸の処理は必ずしも憂慮すべき問題とは言えなかった。なぜならBETAの死骸を放置したとしても、ほぼ必ずといっていいほど次の襲撃で「回収」して行くからである。実際どのように回収しているかは定かではないが、BETAの襲撃後前回の襲撃から放置された死骸が減っているのは確かに報告されている事例である。
 そして、もう一つには有機装甲とも言える突撃級の甲殻や要撃級・要塞級の衝角は強度・耐食性の面でも資源として有用であるというのが現場の判断であった。
 国連議会によって放棄が決定され、書類上は脱走兵扱いのエルサレム要塞にこもる兵士たちもBETAの「襲撃」を受けた輸送コンボイが「仕方なく放棄した」物資を回収しているにすぎない。
 ともすれば加工すれば使用でき、かつ部品の出処に困らない資材は喉から手が出るほどであるのだ。とは言え解体作業は肉屋よろしくMSや戦術機を使用せねばならないし、加工もかなり手間である。
 つまりほとんどないよりマシといった状態でしかなかった。
 実際MSの稼働機は8割まで減少しており、損傷機との共食いで整備するか戦術機のパーツを使用するかの2択を迫られている。
 この基地の政治的立ち位置の微妙さを考えれば、「外」に対して補給の充実を求めることができない。
 本来放棄されるハズだったエルサレムが侵攻を跳ね返したことにより、放棄されるハズのスエズ対岸の防衛戦が引き上げられ、放棄される予定であったメッカも皮一枚のところで永らえたのだ。
 ユダヤ教長老会、イスラム教各宗派、そしてモスクワとバチカンを失ったキリスト教会にとっては喧伝すべき「奇跡」であり、かりにどこかの国の「謀略」によって陥落などという事態にあおうものであれば、関連した国家はBETAと同規模の敵を懐に抱え込むといっても過言ではない。というか3大宗教から国ごと破門されるという快挙を成し遂げてもおかしくないくらいである。 その国または政府を陥れたいも者はただ一言囁くだけですむような爆弾を懐に抱え込むほどの余裕は、現状においては米国にすらない。
 というか現在勢力を伸ばしている「BETA恭順派」とも取れる各宗教の新興集団がもっとも多いのが後方国家である米国とアフリカ連合である以上、それを抑えているエルサレムが陥落するのは非常にまずいであろうというのが、ノイエンビッター少将をはじめとするエルサレム首脳陣の読みである。
 なればこそ、この基地が保有するジオンという名の魔法のランプは一枚きりのエースカードであった。しかも強力すぎて相手に奪い取られる可能性の高いカードだ。
 そして、もうひとつの城壁となっているのが「信仰」である。

「シオンに住まわれる主にむかってほめうたい、そのみわざをもろもろの民のなかに宣べ伝えよ。」口語訳聖書詩篇9章11節

 この訳文で使われている「シオン」が「ジオニズム」の語源であることは、一般にはあまり知られていない。サイド3移民団の主体となったのが、宇宙に第二のイスラエルを求めた移民者集団であるというのは、ほぼ忘れ去られている歴史である。というのも、その頃の「地球」自体が連邦制を確立していたために、混血の坩堝状態であり、さらには宇宙移民となったことでそれがさらに混沌としたわけだ。ジオン・ダイクンがスペースノイド主義を掲げたのも「民族主義」を唱えることができる人種がほぼ消滅したためである。国号を「ZEON」(本来ならば「ZION」であった)としたのも、宇宙移民の代表者であるというスタンスをダイクンがとったためである。
 聖地陥落を寸前にして現れた「ジオン」と名乗った戦士、そして同じ旗の下に戦う人種宗教もばらばらな戦士たちというのは、予想以上に彼らの心をついたようだ。
 極めつけが、ガトー少佐が奪取したガンダムである。実験機ゆえの白いカラーリング、重厚な機体は荘厳な印象を与えるだろう。それが最前線を駆け抜けたのだ。
 彼らが通信の中で「ガブリエル」と読んでいることからも、その感激がよくわかる。なにより、BETAの返り血や肉片を洗い流す時に「手伝いたい」と申し出てくる「有志」の多いこと、
中には先程まで出撃していたハズの衛士まで、愛おしそうに装甲を磨くのだから、正直言って傾倒ぶりには少々不安を覚えるくらいである。
 あとこれは個人的な所見であるが、ガトー少佐の殉教者的な忠誠心と戦士としてのストイックなあり方がそれに拍車をかけているのではないかと思う。

「何を書いているのだ?」

 見上げれば、仮面をかぶった衛士がくぐもった声で言う。整備班長はあわてて立ち上がり敬礼した。

「し、失礼いたしました参謀閣下」
  
「よい、楽にしろ・・・」

 強化服ごしに見る肉体はよく引き締まっており、がっしりとしている。首元のシワと仮面の後ろから見える白髪混じりの髪が一応それなりの年齢であるらしいことを感じさせた。

「あ、熱くはないのですか?」

 つい言ってしまって、班長は自分の愚かさを恥じた。仮面をつけているのは擬似生体でも修復できない傷跡が顔に残った為だ。
 そんなことは知っていたハズなのにこもった空間特有の蒸すような暑さの中、仮面をかぶって汗一つかいてないように見える。

「私は体に汗をかく方なのでな」

 心を読まれたのか、恐ろしく的確な答えが返ってきた。先ほどと寸分違わぬ苔むした巌のような声でだ。
 しかし不思議と刺のあるように聞こえるわけではない。ふと仮面の奥の顔がにやりと笑ったような気がして、班長はなんとなく見逃されたような気がした。
 3年の付き合いで分かったことであるが、この御仁は無愛想に見えて、実はかなり愛嬌のある性格なのだ。

「それはジョークでありますか閣下?」

「つまらなかったかな?」
 
 先ほどより少しばかり芝居がかった、どこかおどけるような調子で言う。

「いいえ、傑作でした」

 と大真面目に返せば。仮面の向こうから聞こえてきたのは低い笑い声であった。

「先程は何を書いていたのだ?」

 少し砕けた調子で思い出したかのように参謀殿が聞いてくる。

「いえ、ちょっと手記のようなものを」

「手記・・・?」

 くぐもった声がやや怪訝そうな調子を帯びる。

「ええ、新しい場所に来て、新しいことに飲まれないようにしているんでしょうか。自分がどこから来て、何をしていくのか。それを・・・忘れないようにです」

 班長は慎重に言葉を選びながら、参謀に対して説明した。

「そうか。・・・・・・辛いか? ここの生活は」

 どこか同情するような声音をありがたく思いながら、班長は素直な気持ちを口にした。

「辛くないといえば嘘になります。正直、帰りたいです。でも同時に、自分たちはここに来る前に死んだように感じているんです。
だから、なぜだか諦めがついているような気もします。それに・・・仲間がいますから」

 真っ直ぐに参謀の顔を身ながら、班長は最後の言葉を口にした。
 今度こそ、仮面の奥の顔が確かに笑ったようにみえた。
 しばらく、間をおいて、ヨッド参謀が話しかけてきた。

「私の機体はどうなっている」

「ジェネレーター出力は60%で安定、ブースターは問題ありません。ノズルはまだ使えますが、在庫が厳しいですね」

 机の上の資料を身ながら、班長はスラスラと答えた。班長を授かった以上めの前の男の機体はネジの一本まで知り尽くしているという自負がある。

「最悪、回収したスクラップを片っ端からバラしてパーツを見つけますよ」

「すまんな」

 ヨッド参謀の重々しい声。班長は自分が認められているのを感じて、嬉しくなった。
 この世界の住人でありながら唯一MSの騎乗を許されている理由はよくわかっていない。自分たちのBETA戦のアドバイザーとなるべく立場や国家、家族に至る全てを捨てて、この場にきたと言われている。この男は、最初ノイエンビッター閣下に「一兵卒で構わないので、戦線の端に加えていただきたい」と懇切丁寧に頭を下げたらしい。聞けば帝国軍の高官であったというが、地位も名誉も財産も、己の名前すら捨てて、この軍団に志願したという。面談ののち、彼を参謀にと迎えたのはノイエンビッター閣下の方であったという。
 もっとも参謀として後方にいたのは最初の法だけで、こちらが対処を学び始めるやいなや。どんどん前に出て今や先陣を着ることも少なくないというありさまである。現にMSに早くもなれ、その陣頭指揮を取りながらの華々しい奮戦は彼らをすぐに納得させた。 
 機体を見れば懇切丁寧に扱いながらも、どこか死に場所を探すような戦い方が見て取れる。機体を預かる班長としては気が気ではない。この男は奴ら(BETA)を倒すためだけにこの地に立っているのだということを思い知らされた。
 そんな彼がのるMSドムトローペンは重MSと呼ばれ、重厚な胸部装甲に脚部のホバーノズルによて高い機動性を発揮する機体である。背中には戦術機の可動式兵装担架を備えており、戦術機用の武装も搭載可能である。

「しかし、すごいですね参謀殿は、あれを作った甲斐があります」

 そうして、整備班長が視線を向けた先にあったのは巨大な「カタナ」であった。地上に横たえられた、MSや戦術機の武装のなかでも一際おおきい。
 ブレイドガードは少しスマートなものの、資料で見たスーパーカーボン製のモノより全体に身幅広く、反り浅い。切っ先諸刃の剛刀である。
 それもそのはず、間に合わせやら特注品の多いこの基地でも、傑作の一つに入る品だ。
 ちらりとそちらを見ると、厳かな調子でヨッド参謀は答えた。

「あれほどの業物ならば、誰しもできることだ」

 謙遜と褒め言葉が嬉しくて、班長は少しだけ胸をはった。

「中東コテツとはよく言ったもんです」

 参謀殿が同意するようにうなづく。
 「できればカタナが欲しい」というのは「日本帝国」からきたという仮面の参謀どの、が唯一整備班にもらしたぼやきであった。

  それを聞いてから、不思議と班長の中に火が付いた。気づけば武器修理担当官を抱き込み、どうにも我慢できなくなって参謀殿に「気晴らし」を持ちかけたのはいつのことだったろうか。
 基地の建築材である超高スチール合金の廃材を利用した「カタナ」の開発を持ちかけたのだ。
 参謀は驚いたようだったが、イスラエル人部隊でも待望しているものが多い(イアイがはやっていたらしい)ことを話すと、すぐに「非才の身ながら」と協力を確約してくれた。
 そして、武装修理にあたっていた整備兵たちと連携し、さらには参謀自らMSを動かして作業を手伝った。
 施設部隊によるレーザー焼入れ(ちなみに冷却水がわりにBETAの死骸に突っ込んだ)と超高圧水流研磨によって、第一本目が完成。参謀自らが試し切りに切った突撃級の甲殻は見事に真っ二つだった。
 ヨッド参謀殿は気に入って、「中東コテツ」と命名したのはいい思い出である。

 血脂を洗い落とした巨大な刃には曇りひとつない。覗き込めばうっすらと映る顔。その奥を覗き込めば、思わず背中に寒気が走る。あすもこの刃はBETAの腹を捌き、臓腑をえぐり、骨を断つのであろう。

 いつとて、「コテツ」は血に飢えているのだ。





――― 2000年9月13日 ジオン・インダストリー本社

「こんなに大きいの、初めてです……」

 消え入りそう声で、純夏がつぶやいた。

「緊張しないで、力を抜く。確かに大きいけど…そんなに痛くないわ」

 隣に横臥する女性が優しい声で囁いた。柔らかな金の巻き毛と透き通るような白い肌。それに加えて、猫のように愛らしい顔立ちのなかに秘めた大人の女性を思わせる凛とした雰囲気は思わずどきりとしてしまうほど魅力的である。

「それに、新しいことをするって大切なことよ」

 そう言って、リディア・リトヴァク少佐はにっこりと微笑んだ。

「……はい」

その笑顔に押されて、純夏はおぼつかない手つきで黒く光るそれをつかんだ。

「息を止めちゃだめよ。リラックスして……ゆっくり息を吐くのよ」

「はい」

 硬い感触を受け止めながら、純夏はもう一度感触を確かめるように握りなおした。

「どんな感じ?」

 いたずらっぽい表情でリディアがたずねてくる。

「硬いようななんとなくやわらかいような、不思議な感じです」

 純夏が生真面目に答えると、リディアはおかしそうに微笑んだ。

「もっと硬いのもあるけど、これくらいのほうがあたしは好きね」

「ふえ? あ、はぁ…」

 なんと答えていいかわからず、純夏はどぎまぎして言葉を濁した。

「さあ、さっさとぶち込んじゃわないと日が暮れるわよ」
 
 とリディア。

「ぶ、ぶち込むって・・・・」

 からかいだとわかってはいるのだが、純夏が反応してしまうのも無理はない。
 何せ初めてのことなのだ。

「じゃあ、力を抜いて…ちゃんと見てるのよ」

「は、はい」

 再び純夏が生真面目に答える。

「息を一度止めて、はきながら撃ちなさい」

「はい」

 銃夏はスコープに眼を当てたまま、大きく深呼吸をした

「標的までの距離650m、風速0、湿度12%……」

 純夏の耳に、リディアの言葉が入ってくる。教えられたとおりに照準を調整し、合成樹脂製のグリップを握りなおす。

「雪の晩に霜がおりていくように、引き金を引きなさい」

 みょうに詩的な言い回しの言葉は純夏の心に不思議に染み渡っていった。

『雪夜に霜の降りるように……」

 純夏は一瞬、自分の全身が地面になったかのうように錯覚した。じわじわとしみこんでくる霜の感触を感じながら、少女は静かに引き金を絞った。
 発砲した瞬間、顔全体に薄い布ではたかれたような衝撃を感じる。後から発砲の衝撃波であることに気づいた。誰かに肩をぐっと押されたように感じたのは、狙撃銃の反動であろう。
 監視用の大型スコープから目を離したリディアが、純夏の頭を優しく撫でた。

「すごいわね。初めてでど真ん中の人はあんまりいないわよ」

「…………え、あ、ありがとうございます」

 しばらくほうけていた純夏が、あわてて返事をした。体に来た衝撃波には驚いたものの、肩に来た反動はマイルドで以外にあっさりと撃ててしまった事に困惑していたのだ。

「ね、思ったほど痛くなかったでしょ」

 意味も無く肩をまわしていた純夏に、リディアが声をかけた。

「あ、はい」

 純夏が答えると、リディアは満足そうに笑った。
 そもそも純夏がこの訓練を受けているのは、地上への「派遣」が決定したことに先立って、拉致されるリスクを最小限に抑えるためであった。
 彼女の場合、msのシュミレーター訓練と兵士としての基礎体力の向上が最優先されていたため小火器の扱いや近接戦闘などは必要最低限しか訓練していない。その足りない部分を補うのが今回の訓練である。
今回リディアが彼女の教官となったのは、彼女の部隊もマ・クベの指揮下で動くこととなっているからだ。もちろん潜入及び長距離偵察のエキスパートであることや、本人の希望によるものが大きい。

「重要なのは呼吸よ」

 やさしさを含んだ声でリディアが言った。そうして、純夏に銃を渡すように身振りする。

「これは大概のことに対してそうね。呼吸を止めれば、体も緊張して止まるわ。本当は体を緊張させて、呼吸を止めているから逆なのだけれど…」

 解説しながら、てきぱきと、銃床の具合を確かめ、弾倉を取り出して残弾をチェックする。スライドを引いて薬室に銃弾を装てんした。透き通った金属音がかすかに響く。

「まあ、そんなことはこのさいどうでもいいわ。狙いをつけるときは、深く吸って。ほそぉく、ほそぉく、蜘蛛の糸のように吐き続けるのよ」

 銃を構え、狙いをつける。動作はなぜか優雅に見えていた。

「そして、引き金を引く」

 銃口から吹いた閃光はハイダーに減殺されたが、それでも強装弾による銃撃のそれは凄まじいものがある。反動もそれに習うはずなのだが。彼女の体は大海の波間のように穏やかである。

「うわ、すごいです。真ん中の点が見えなくなりました」

 純夏は感嘆の声を上げた。

「当然よ」

 とリディアはいささかのおごりも感じさせない声音でいった。むしろ、困ったような笑みを浮かべている。

「だって、練習してるもの」

聞きようによっては嫌味とも取れる発言でもあるはずなのに、そういう意味には全く聞こえないのは彼女たちの日々の研鑽の凄まじさを知っているからだろうか。

「リディアさん・・・」

「ん?」

 猫のように小首をかしげる仕草はともすれば、純夏より年下の少女のようである。すぐに花のような笑顔に変わった。

「どうしたの?」

「わたし・・・どうなるんでしょうか」

 そう言って純夏は顔を伏せた。それは自分のこれからの処遇についてという意味だけではない。自分の心の中に巣食う凄まじいまでの憎悪を目の当たりにした不安が、その問を吐き出させていた。実際、純夏はどうして自分がBETAに対してあれほどの直接的な怒りを覚えたのか理解できない部分があった。
 確かに家も家族も大切な幼馴染も奪われた。しかし、それは全て助けられてから人づてに聞いた話であり、家族に関してはまだ生きているのか否かもわからない状態だった。
 BETAに捕まっていたときのことは全く覚えていない。しかし、原因はそこにあるような気がしてならなかった。それらのことを思い出そうとすると、途方もない寒気と吐き気に襲われる。
 裏を返せば、それだけのことをされたということにほかならなかった。

「・・・いいのよ」

 ふと何か柔らかいものが純夏の顔に当たった。横にいたリディアがいつしか純夏の頭を自分の胸に抱き寄せていたのだ。

「り、リディアさん」

「黙って・・・」

 やさしく彼女の髪を撫でながら、リディアが諭すように言った。

「人は本当に忘れたくないことはちゃんと覚えているものなの」

「・・・・・・」

 かすかに感じる甘い匂いは支給品のボディソープのものだろうか。柔らかな温もりに包まれながら純夏は小さな子供に戻ったような気分だった。

「だから、あなたが覚えてないことはあなたが忘れたいと願ったことだと思うわ」

「私が・・・」

「そう。あなたが、これからを生きいくために」

 そう言ってリディアがそっと純夏の顔を起こした。彼女の目をじっと覗き込み言った。

「いつか・・・あなたが自分の記憶に立ち向かわなければならない時が来るかもしれない。でも、覚えていて」

 リディアの目はこの天涯の向こうの空のように青い。あふれるような優しさの中に、芯の通った強さが見える。

「その時はきっと私たちがあなたのそばにいるわ」

 溢れるような笑みと共に彼女はギュッと純夏のことを抱きしめた。
 やはり甘い匂いのする胸の中で、純夏の中で張り詰めていた何かが、ぷっつりと切れたような気がした。
 気づけばボロボロとこぼれ落ちる涙は止めようがなく。リディアの胸に顔をうずめて純夏は子供のように泣き声を上げた。

「しっかり泣いて。たくさん笑って。そうやって女の子はいい女になるのよ」

 泣きじゃくる純夏の赤い髪を撫でながら、リディアはもう一度、彼女のことを抱きしめた。

 ほの青い燐光が岩盤ををわずかに。地下であるというのに遠い天蓋が燐光を星のように錯覚させた。陰鬱な星空の下に一群の巨人が立っている。ある種の懐古主義を思わせる曲面を多用した装甲。全体的にがっしりとした印象を持つフォルム。A10用に開発された高出力ジャンプユニットEF79‐GE‐9Aがその機体の重厚さを物語っている。
 だが、わけても印象的なのは頭部のモノアイシステムであろう。 額部分から伸びるブレード状のセンサーマストその直下に刻まれたスリットを薄紅色の光点がゆらりと動く。

 一見時代錯誤にも見えるレールモノアイシステムだが、構造の単純化による、生産性と整備性を向上させると共に強度の高い作りになっている。丸い坊主頭のような頭部には大型ブレードアンテナが一本そそり立ち、その全身は甲冑に身を包んだ古代の戦士を思わせた。
 この質実剛健を形にしたような印象は、如何にも帝國人に受けそうだ。
 「HTSF-X01 紫電」ジオン・インダストリーが「ザク1」を元に作らせた局地戦闘用戦術機である。



 狭い慣性ユニットの中で、まりもは網膜投影で自機のデータを映し出した。久々に身を包む強化装備の感触はわずかな違和感をもたらすが、それ以上に彼女の心に高揚感をもたらしていた。

「……すごい」

 網膜に直接映し出されているそのスペックを見て彼女は言葉を失った。HTSF(重戦術機)という枕言葉の通り、機体重量は撃震の1.3倍だが、機動性は第2世代クラスである。それもさることながら、360mmという戦艦の主砲並みのバズーカ砲。いま装備しているものこそ従来型の87式突撃砲であるが、専用の突撃砲は従来のものより2回りほど大きい程度のサイズで、90mm機関砲と200mm滑腔砲いう冗談のような代物だと言う。おまけに両肩のシールドと膝にもウェポンラックがあり3連装多目的ランチャーをそれぞれ取り付け可能である。もっとも、突撃砲やバズーカなどの武器は未だに開発中であるため、今回は別の兵装を使用する。
 
 また、他にもパーツを換装することで、砲兵・高濃度放射線地帯作業・水中作業用・建設用・など状況にあわせて改修可能であり高い汎用性を誇っている。
 現在彼女の機体は新型合金を使用した専用の多目的追加装甲を装備している。
 92式に比べて一回り小型のものであるが、最大の特徴は棺桶型のシールドにすえつけられたA10 用の36mmバルカン砲ユニットである。
 本来はA10の肩部36mmバルカン砲ユニットを換装可能にすると言うものらしいが、そちらはフィアチャイルドと協議中であるらしく、今回はその間に合わせとして、36mmガトリングユニットを取り付けたのだという。
 この「ガトリングシールド」こそ今回のもう一つの目玉と言っても差し支えない兵装である。というか間に合せにしてはカタログスペックが高い気がするのは気のせいだろうか。追加装甲に武装を搭載するなど従来ならば考えられなかったことだ(追加装甲は戦術機の兵装の中でもかなり重い方に入る)。もっとも、カタログデータというものは希望的観測が主というむきが強い。
 加減速能力こそ劣るものの、総合性能を鑑みれば「紫電」は第3世代機と比較しても引けを取らない。
  
 事実、まりももこの機体のことを気に入り始めていた。

「こんな夢みたいな機体あっていいのかしら」

 チェックシートを付けたバインダーを片手に搭載武装を確認する、背中の兵装担架に長刀と突撃砲は普通だが、脚部の多目的ランチャーと肩の自立誘導弾システムがなんとも頼もしい。
 僚機が持ってるMk57中隊支援砲などどうやって取って来たのやら。
 中東支社?との連携を回復したと思ったら、もう試験運用の段取りが付いているのだから、手が早いドコロではない。そこが国家のしがらみのない組織ゆえの強みということか。そう、考えれば中隊支援砲の導入すらおぼつかない帝國の造兵廠のあり方に対しては含むものがある。

《神宮寺少佐、これよりJIVESによるテストを開始します。準備はよろしいですか》

 通信器からの声が、独り言が少々長すぎたことを彼女に悟らせた。国連軍の駐在武官(ジオン・インダストリーが実質、治外法権であるため)として、正式にジオンインダストリー本社へと配属された彼女は正規の階級に復帰している。
 これは彼女が形の上ではお目付け役であり、実質的な人質であるからだ。いざことが起きれば、彼女一人の力で止められるはずもなく。ことが起きたときに下士官であるよりも士官であったほうが、交渉を行いやすいからである。
 正直に言えば、それは考えたくないところだった。

「あ、ああ、了解した。いつでも始めてくれ」

《サービスして連隊規模のBETA群です。僚機はヴィットマン大尉およびトップ少尉とルーデル少尉です。後方のラインを抜かれたら負けです。それではご武運を…》

 女性オペレーターのいたずらっぽい言葉に苦笑しながら、マリモは僚機に回線を開いた。

「小隊各機 条件は聞いたな。突撃級の足を止めて妨害堤防を作った後……」
 
 作戦の説明をしながら、彼女は自分の声が上ずらないように気をつけていなければならなかった。先の仮想演習の映像を彼女も見たからである。轡を並べる衛士たちの並々ならぬ腕前を知ればこそ、彼女の胸のうちはまさに沸き立つほどだった。

(ああ、なんて、おもしろい……)
 
 思わず笑い出してしまうそうなほどに胸が高鳴っている。彼女は子供のように興奮する自分を抑えながら、同じ殺気を共有する僚機へ呼びかけた。

「敵軍後方の要塞級を叩くぞ、この機体の戦闘能力を余すところなく見せてやろう」

《《《了解!》》》

 彼女の言葉を合図に、地獄の蓋が口を開けた。彼女の一部が狂おしいほどに血を求めていた。
 A-10用に開発された高出力ジャンプユニットEF79‐GE‐9Aが唸りを上げる。滑らかに加速していく機体を肌で感じながら、彼女は自機の僅か前のポジションに滑り込んだトップ少尉に感嘆を覚えた。今日はじめて組むとは思えないエレメントだ。
 何より機体の反応性はどうか。まさに吸い付くように、彼女のイメージした動きに合わせてくる。ANBACによる旋回能力は鈍重さを感じさせない。そして、同じ新型機であるはずなのに、僚機にはいささかの戸惑いも感じられなかった。

 《ウォードッグ3よりウォードッグ1へ、ウォードッグ4と共に予定地点に到達。ココを射撃地点とする》

 低くややかすれ気味の声が通信機から響く。片方のエレメントの長機であるヴィットマン大尉の声だ。
 地を這うような低空機動で滑り込んだルーデル少尉の紫電がすばやくMK57をすえつけた。

《予定地点到達、射撃開始!》

 ヴィットマン大尉の号令と共にMK57がけたたましい咆哮を上げる。空気の振動が装甲ごしに伝わるような気さえする。
 57mm砲弾が吸い込まれるように突撃級の足を打ち砕き、転んだ突撃級がほかの固体を巻き込んで、玉突きを起こす。ヴィットマン大尉の紫電も負けておらず、特火点を形成した2機の紫電の砲撃によって、突撃級の隊列が崩れる。
 
《・・・大尉、こいつは良いですね》

 ルーデル少尉が楽しそうに言う。とはいえ、少々物足りなさそうだ。本来なら輸入した雛形を元にジオンの技術で改造したMK57を持たせる予定なのだ。というのも頑強かつ重量のある重戦術機(またはMS)で運用する事を前提にしているため、既存のもの以上の反動や連射速度でも問題なく運用できるのだ。これを使わない手はない。
 一応の予定としては、外観の変更はほとんどないものの構造材・内部機構等の改修によって最大連射速度を
倍にすることを念頭においているらしい。
 長距離砲撃で、次々とBETAをなぎ倒すのはさぞ気持ちが良いだろう。

《そりゃギニアス閣下のてこ入りだからな》

 そう、この機体はあの人の作った物だ。文字通り身を削りながら、人類のために故国を失った仲間たちの為に作り上げたものだ。
 
(だから絶対に無様はさらせない)

 まりもは自分を奮い立たせているものが、尊敬や義務の心でないことに気づいてはいなかった。その感情はきっとかつて抱いたことのあるものだ。
 しかし、同時にそれはひどく認めがたいものだった。

(なに考えているんだろう…わたし)

 眼前に迫る敵影を理由に彼女は強引に頭を切り替えた。
 ヴィットマンがひきつけルーデルが足を止める。急ごしらえとは思えない見事な連携だ。
 そして、ルーデルやヴィットマンの手際を見て、悔しさと誇らしさを同時に感じ。
 なんともなれば、次第に心中で頭をもたげるのは「戦士」であった。
 歴戦の兵…その独特の雰囲気を感じ取ってから、彼女の胸は期待に震えていたのだ。
 敵をほふるたびに長らく「教官」であった自分の中で眠っていた何かが、次第に目を覚ましていく。敵を見ればひた走ってその喉笛を喰いちぎりたくなる、そんな衝動を抑えてきたのだ。
 理由などなんでも良い。ただ敵を求め、それを打ち砕くことに快感を覚える。
 それは戦場にありがちな、一時の狂熱などではない。ひとたびフタを開ければ正気の沙汰など容易にかなぐり捨てる。その本質こそ彼女が持つ狂気の性だった。
 
「楽しみすぎて、BETAにむしられるんじゃないぞ」

 次々とBETAを蜂の巣にしていく二人に向かってそういい捨てると、まりもはトップ少尉の紫電を共にヴィットマン達の頭上をフライパスして、間隙のできたBETA群へ踊りこんだ。
 一度、ブーストを切る。慣性で下降する機体を感じて一秒。再点火しながら、まりもは操縦桿のトリガーを引いた。
 巨大な蜂が羽を震わすような振動音と共に、蛍光オレンジの火線がBETAの群れへと吸い込まれていく。火線の先であがったのは血煙であった。
 ガトリングシールドの射撃がもたらした弾幕はBETAをズタズタに引き裂き、まるでミートチョッパーをかけられたような有様の肉片がそこかしこに散らばる。
 その光景を目の当たりにしたまりもは、危うく着地をしくじりそうになった。コクピットのなかでごくりと唾を飲んだのは、その凄惨な光景ゆえではない。

「なんて命中精度、着弾誤差がこんなになくなるなんて」

 まりもは感嘆交じりの呟きをもらした 彼女の想像よりずっと集弾性が良く、懸念していたほどのぶれも無い。抜群の射撃安定性だった。すべては機体重量と新型のアクチュエーターによるものだろうが、これほどとは考えていなかった。
 人間で言えば筋力が増して体重も増えている状態なので、当然の結果であるともいえるが従来の戦術歩行機の常識ではありえない結果であった。むしろ、安定性だけなら話に聞くA10もしのぐのではとさえ思える。
 
 無論、すごいのは機体の性能ばかりではない。ヴィットマンとルーデルのエレメントはもとより、僚機のトップ少尉も冷静に食いまくっている。現在の戦況では、実戦でこれほどの錬度を持つものたちが小隊を組むということはほとんどない。

(贅沢してるわね・・・・私)

 そんな考えが頭に浮かんだのをまりもは振り払った。
 有頂天になるのは敵を倒してからだと己を叱咤する。

 敵の群れを掻き分けながら、ついに目当ての連中を見つけた……要塞級である。

「前方600に要塞級発見。全弾発射!!」

『イエス、マム』

 トップの機体とまりもの乗機の92式自立誘導弾システム、脚部ランチャー。合わせて76発のミサイルが発射される。一瞬のうちに巻き上がった発射煙が2機を包む。要塞級目指して突き進んだ誘導弾がその役目を果たすのは、わずか数秒のことだった。熱と衝撃波が一瞬のうちに地獄絵図を作り出した。
 まりもはランチャーをすべてパージすると、次の地点に飛び立とうとした。

『少佐! 後ろです』

 いつの間にか背後に忍び寄っていた要撃級が片腕を振り上げるのが見える。とっさに片手で衝角をそらすが、持っていた突撃砲がばらばらに飛び散った。

「なめるなっ!」

 ウェポンマウントから居合い抜きに振り下ろした74式近接長刀が要撃級を真っ二つにする。切断面からこぼれた体液が地面を真っ赤に染める。

「トップ少尉、大丈夫か!?」

 振り返ったまりもが見たのは、3体の要撃級に包囲されたトップの姿だった。射撃は味方を誤射する可能性が高いので出来ない。

「くそ!」

 まりもが悪態をついた瞬間、トップの機体が動いた。
 正面の要撃級の懐に入り込み。顎を蹴り上げたと思ったら、そのままトンボを切って背後の要撃級を踏み潰し、残った一体の頭部に掌底の連打を浴びせて前蹴りで蹴倒すと、その顔を踏み潰した。一瞬の早業である。
 まりもは曲芸でもみているような気分になった。
 気づけば戦車級がにじり寄ってきている。57mm機関砲を掃射しながらトップのほうへ向かうが、あちらも赤いじゅうたんのように湧き出した戦車級にたかられている。

『くっ、少佐ぁ、Sマイン!!』

「了解」

 トップの機体から何かが打ち出される。空中で、傘のように散開した子弾がさらに爆発し、内蔵されていた20mmの鉄製ベアリングが雨のように降りかかる。絶え間なく装甲板をたたく甲高い音が、不気味に響く。鉄の通り雨が去った後は、まさに血の海となっていた。
 コクピットを開ければ、さぞ硫黄くさいこと受けあいだ。
 BETAの体液と肉片にまみれてはいるものの、トップ機は健在であった。

 血濡れの機体に一本角はまるで昔話の鬼を思わせる。ゾクゾクと背筋を走るのは恐怖ではない。もっと暗く甘美な感情だ。
 前方で爆発が起きる。砲撃組が自立誘導弾システムを使用したらしい。
 後ろからBETAのケツを蹴り上げてやらなくてはならない。
 はやる心を抑えながら、まりもはトップ機に回線をつないだ。

「それじゃあ、いくとしよう・・・・・・」

『了解』

 帰った答えは単純明瞭。かつて「狂犬」と言われた女と、これから「赤鬼」と呼ばれる女は、嬉々として次の戦場へと飛び立った。
 この後ばら撒かれたおびただしい量の殺戮を、あえて語る必要は無い。英知によって鍛え抜かれ、技量によって研ぎ澄まされた鋼鉄の猟犬達が縦横に駆けた後に残るものなど屍山血河以外にありはしないのだ。


 
 約9時間後に、まりもたちはBETAの突破を許した。
 嵐のような銃撃と白兵戦。そしてS11弾頭による爆破と、最後の乱戦の中、戦車級の口内に隠れていた、一体の兵士級が突破したのだ。
 後に残されたのは、爆殺され、射殺され、殴殺され、斬殺されたBETAのおびただしい死骸と、中隊規模になったその残党。
 返り血と臓腑にまみれながら、延々と戦い続ける4機の戦術機だった。
 
 余談ではあるが、後にこの記録映像を見た帝國陸軍技術廠の士官が思わずつぶやいた「飛べば陽炎 撃てば海神 殴る姿は要撃級」の一言は、キャッチコピーとして日本全国にとどろくこととなった。










あとがき

※実機試験終了後のハンガーでの会話

整備班長「いや~ガトリングシールドは成功だったな」

整備員A「実弾兵器はロマンですよ」

整備員B「でもな~」

整備員A「なんだよ」

整備員B「本来は75mmガトリングと3連装35mmガトリング砲だろ…いくら長銃身たってなぁ」

整備員A「仕方ねぇだろザクより軽いし、ジェネレーター出力も弱いんだから」

整備班長「まあグフカスタムに至っては比べ物にならないな」

整備員B「そりゃ、まあ、そうですけど」

整備員A「まあ、みんなが考えたことだな」

整備班長「で、おんなじ結論に達するわけだ」

班長・A・B「「「「やっぱ火力たんねぇから連装にしよう」」」」

整備班長「まあ、安定性には余裕あるしな」

まりも「ナニソレコワイ」


 結局また2ヶ月後というのがなんとも・・・ちょっくらアメリカに行ってましてこんなに遅くなってしまいました。
 というかサーバーの負荷が高すぎるのかまともにつながらないorz
 銃を撃つというのは本当に楽しいことです。読者の皆様も機会がありましたら是非にw
 さてはて、なんだかエラーがで感想欄でのコメ返しができなかったので。ここで行いたいと思います。




あつき様
》アッガイ参入に期待

 そういえば、実用化しているのに、全く出てきてないww 
 どこかで出せれば出します。というか、ガトーが横浜を尋ねるのに使ったきりですね。
 なんだか地味なところに気づいたらあるみたいな感じででてくるかと。猫VERは・・・がんばります

帝國兵様

》美琴の父、鎧衣左近は内務省ではなく、帝国情報省の外務二課課長が肩書きの筈では?

 OH内務のなの字も無い。失礼いたしました。情報省で独立してるんですよね。日本の内調と混濁しましたがあちらも、国内での防諜組織でしたね。
 

》口語訳聖書詩篇9章11節
「シオンに住まわれる主にむかってほめうたい、そのみわざをもろもろの民のなかに宣べ伝えよ。」
 
 使わせていただきました(*・ω・*)

 発表のタイミングですが、ジオン的にもいろいろごたごたしておりましたので(アフリカからの使者とか)ギニアス様以下が不眠不休でギリギリ間に合わせた。という感じです。


ヤマモトヤマ様

 大変恐縮です。この作品からORIGINを読まれたとはありがたいことです。ばらしたリックドムは存在します。いけいけどんどんな時期に届いたものです。
 もともと推進機関として熱核ロケットも考えていたのではないか、という設定です。ミノフスキークラフト技術はまだ不安定な部分が多いので、そのバックアップ。
そして、宇宙空間に脱出する際の直掩機ですね。この頃はまだ地上戦全盛期でしたので。
 グフ・フライトに関しましては「作者はあの機体好き」とだけ言っておきましょうw この調子でオリジンの魅力を余すことなく吸収し、さらに面白い世界をご提供させていただければ本望です。感想どうもありがとうございました。


 

NNMK2様 
 大変お待たせいたしました。これからも複線ばら撒いて、全部拾って味のあるもの語りにしていきたいと思います。
 アプサラス計画とXG70をどうするかは現在思案中です。これからの話の展開でどうなるかなので。
まあ、まだ先の話になるかとw



 

ブーイング737》
 こちらこそ、暖かいご声援感謝です! これからもよろしくお願いします。

たくさんのコメント本当にありがとうございます。もし、このシーンが見たい。登場したなかでこのキャラクターが見たいというのが、
あれば是非書き込んでください。なるべく善処します。このキャラクターが好きですこのMSが見たいのも、今後の参考のために是非。
それでは、皆様これからもよろしくお願いします。




[5082] 第二十八章 始動
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/23 11:25
――― 2000年 10月3日 第600軌道降下猟兵大隊旗艦『モンテ・クリスト』会議室

 お決まりの円卓に4人の男が座っている。議長席にはギニアス少将。その右にノリス大佐が座り、そして対面に構えるのはパイパー大佐とマ・クベ中佐である。
議長役はあい変わらずギニアス中佐であり、マ・クベ中佐が各提供技術からの収益や、資料や物資買い付けによる支出を報告し、経済的には順調であることを報告した。
 ノリス大佐からは部隊の指揮が低下しつつあることに加えて、やはり娯楽の欠如も深刻な問題になりつつあると報告した。

「それに関してはシミュレーターの増設と各種嗜好品目を買い付け物資に増やすことで対応しましょう」

 とパイパー大佐。ちら、とマクべに目配せすると、マ・クべの方も深く頷く。

「次にこれからの我々の戦略についてだ・・・・・・」

 ギニアスが前置きすると手元のコンソールを叩いた。

「これまでの我々はまずこの世界における拠点を確かにすべく行動していた。それは技術供与に将来的な補給線の確保であり、政治的な我らと地上の関係性である。
そして、アフリカの同胞達からの接触は望外の喜びであったといえよう」

 そこで一度言葉を切ると、まっすぐにバウアー大佐の方を見た。

「これを踏まえてこれからの事を話そうと思うが、諸君、忌憚無く言って我らが元の世界に帰れる可能性はあるかね?」

「不確定ではありますが、かの5次元効果爆弾が何らかのキーになっていることは確かだと思われます」

 バウアー大佐がいかめしい表情で答える。

「だが、あの超質量帯に踏みむリスクに対して、我々が同じ次元や場所に帰れる確立はごくわずか。それ以前にあの爆弾を手に入れる困難さを考えれば・・・」

 すべての点を一点に集約することが5次元効果であるならその集約される点自体は膨大な数であり、そこから任意の点を選び出すのは砂漠の中で針を探すより困難であることは言うまでもない。
その上五次元効果によって空間が重なったことでこの世界に来たというのも推論に過ぎない。その上、現状で五次元効果を人為的に発生しうるG弾は米国の最重要兵器でありこれを手に入れるのは
並大抵のことではない。

「長期戦になることはやむ無しですな・・・・・・」

 ギニアスの後ろに立っていたノリス大佐が苦々しい表情で言う。

「それに、大本であるBETAの未知の部分がかかわっている可能性もある。どちらにせよ。あの化け物どもと一進一退をしているときに、そのような余裕はあるまい」

 そうギニアスが結ぶと他の面々も大きくうなずいた。

「つまり当面の目的は、BETA戦争の勝利ですかな?」

「ああ、我々にとってのな」

「つまり、我々は地上の戦争に介入するより他は無い」

「しかし、その勝敗は、BETAを地球からたたき出せばいいというものではない」

「なぜなら、我々がある程度の勢力を持たぬ時点で、認知されBETAという脅威が除かれたとすれば、まず間違い無く、技術をめぐった紛争に巻き込まれるからだ
それに、現状を見るに勝てるという保証も無い。多少の技術を流出させたとて、BETAの物量とこの期に及んで内輪もめに終始している現状を考えれば、敗北の可能性のほうが高い」

「つまり、我々はBETAからも、地上人類からも、ある程度の独立性を保てる組織でなければならないのだ。そうだな中佐」

「おっしゃるとおりです」

「ということは、ついに例の計画を発動するわけですな」

「そうだ、答えは我々自身にある」

「中佐。オルタネイティブvは外宇宙へと移民船団を送り出す計画であったな」

「かなり成功率の低いものではありますが・・・むしろハイヴの一掃によるBETAの殲滅を主眼としているかと」

 しかし、この計画には重大な穴がある。世界中の優生的人材を送り出すことになると言うことは、言うまでも無く大幅な継戦能力の喪失を意味する。また、仮にG弾の集中投入により勝利したとしても、それでは復興が大幅に立ち遅れてしまう。つまり、この計画は文字通り一世一代の賭けであり、この世界の人類はそれほどまでに追い詰められているということだった。
 なかんずく、問題なのはG弾の被害予想の見積もりが明らかに甘い点である。

 超質量兵器の集中使用など行えば、その後の影響は計り知れない。コロニー落としを見れば分かるように、下手をすれば大陸が沈みかねないのだ。
 それに伴う大規模な環境変化や食糧増産へのダメージが致命的なものになることはまず間違いない。
 現在のユーラシアのほとんどをBETAに制圧されている現状を考えれば、難民による国家破綻または、大規模な内戦状態になることはまず間違いない。
 ただ、これに関して言えば、多少の弁論もある。なにしろこの世界の人類にとっては、超質量兵器の集中投入による戦術攻撃など想像もつかないような所業なのだ。そこに被害予想の正確さを求めることはいくらなんでも酷というものだ。
 ジオン本国ですらコロニー落としによる地球の被害予測など、ほとんど正確な数値はでていなかったであろう。ともあれ、希望的観測に寄る所があまりにも大きすぎるということだった。やはり被害算出を請け負ったものの脳裏にも「それでもBETAさえいなければ」という考えがどこかにあるのだろう。重ねて言うが、それほどまでに追い詰められている追い詰められているということなのだ。
 先の見えない戦争。それも未知の存在との終わりのない戦いに、人類は疲れきっているということなのであろう。
 もう、何であれ戦争を終わらせたいのだ。であればこそ、こんな破れかぶれともいえる方法に一縷の望みを託そうとおもったのであろう。そして、そこにこそ付け込む隙があるのだ。

「前線にせよ、後方にせよ厭戦感情が浸透しつつあるということだ。現在の状況を打開する根本的な手段は土地だを取り戻すことだ。兵器の研究、開発。そしてその生産拠点。食料の確保。そして、人が子を生み育てることの出来る。「後方」が必要なのだ」

 ギニアスが静かに言った。どこか焦り続けるものに共感を抱いている口調である。

「何ものにも侵されることのない人類にとっての理想郷」

 ノリス大佐が重々しい口調でつぶやく。

「我らが祖先が作ったように、我々もこの地にそれを築く」

 とギニアス。

「そして閣下、あなたは宇宙世紀の先駆けとなる」

 パイパー大佐が試すような口調で言う。

「私だけではない。『我々』がだ」

 大佐の言にギニアス少将真っ向から答えた。

「不謹慎を申せば、面白くなったと言わせていただきましょう」

 パイパー大佐の笑みはどこまでも不敵だった。
 面白くなった。それはマ・クベにとっても、同意見だった。ギニアスはこの世界にとってのジオン・ダイクンになろうというのだ。宇宙移民の先駆けとして我らが立とうというのだ。
この世界に来て一皮も二皮も向けた若者をマ・クベは頼もしく思うのと同時に面白く思った。人間の可能性が魂の輝きが発揮されようと言うのだ。この逆境において変化を受けてギニアスは本来たどり着くべからぬ境地に達しようとしている。それがたまらなく面白い。逆境にありて花開く、それこそが人間そのものなのだと、マ・クベは思った。

「スペースコロニー建造による宇宙世紀への誘導。まさに時代を作るか・・・」

「マ・クベよ。俺はまさか自分がこんなことに関わることになろうとは、夢にも思わなかったぞ」

 コロニーを落としたジオンがコロニーを宇宙へとあげる。たいした皮肉もあったものだ。だが湧き上がる高揚はそんな斜に構えた感想すらうわべの物にしてしまう魅力があった。議長役を務めるギニアスが静かに立ち上がった。

「では諸君。現時点を持ってアルカディア(理想郷)作戦を発動する!」

 厳かな宣言と共に、列席していた男たちが立ち上がった。一同の敬礼に対してギニアスは一人一人に目を合わせ、しっかりと答礼した。後に「宇宙世紀最初の一日」とうたわれる日の出来事であった。







――― 2000年10月6日 ジオンインダストリー本社 機動巡洋艦「ザンジバル」会議室

 床に敷かれた赤い絨毯とその床に直接固定された大円卓、どこか中世期のヨーロッパを思わせる内装はジオン公国の艦艇にはごくありふれたものである。
 その広い円卓に座るのはこの艦の艦長を務めるウラガン大尉、白薔薇中隊隊長のリディア・リトヴァク少佐、そしてマ・クベの三人である。

「それで中佐。これから一体どうなさるんですか?」

 まず口火を切ったのはリトヴァク少佐である。猫のような瞳を好奇心に輝かせながら、マ・クベの方へ柔らかい笑みを浮かべる。 

「・・・紫電売りこみのために各国にパイロットを派遣する」

「ずいぶん親切になさるのですね」
 
 とリトヴァク少佐。確かにこれだけを見ればただサービスが旺盛なように写るだろう。いうまでもなくただのサービスということはない。

「新しい酒は、新しい革袋に、だ。『戦術機』とやらの常識にとらわれているモノには、あの機体の真価は理解できまい」

 いくら既存の世代の戦術機に似ているとはいえ、著しく強化されたハードは運用の常識を覆す。「紫電」の強みは既存の「戦術機」に比べて常識はずれな機体剛性とそれによる著しい生存性の向上である。機体安定性の向上による精度の上昇や運用可能な火力の増加はほとんど副次的要素であるあるといってもいい。

「確かに殴り合いができるなんて言われても、試してみようとは思わないでしょうしね」

 リトヴァク少佐は明確に要点を捕らえているようだった。理解が早くて助かる、無論そうでなくては特殊部隊の中隊長など務まらない。

「それで、どなたをおくる予定なのかしら?」

「ヨーロッパ方面にはパイパー大佐とウラガンに行ってもらう。あちらにはヘイへ少尉の小隊を送って欲しい」

「了解しました。大尉、ヘイヘ達をよろしくお願いします」

 リトヴァク少佐がにっこり笑いながら言う。唐突に笑いかけられたウラガンが顔を真っ赤にしてへどもどした。さて、何を考えているのやら、目の前の女性のどこかつかみ所ない。
それはマ・クベをしてもどこか、腹のうちを読みきれぬところがある。軍人としては信頼できるのだから、さしたる問題はないのだが。

「アラスカに行くのは私と君だ、少佐」

 マ・クベは猫のような笑みを浮かべるリトヴァクに静かな声で言った。

「私ですか?」

 一瞬、意外そうな顔をしてすぐに「了解しました」と答える。

「以外かね・・・・・・?」

 そうたずねると。

「ええ・・・・・・てっきりバウアー中佐と行かれるのかと」

 リトヴァクは素直に返した。

「アラスカでの任務は軍民合同事業だ。強面ばかりそろえてもそれはそれで、舐められる」

 無論、理由はそれだけではない。パイパーに加えてマ・クベとリトヴァクまで横浜を離れるのだ。万が一の事態に備えるならスタンドアローンで高い作戦能力を持つ「黒騎士中隊」に留守を任せるのが一番安心だった。そこまで見越してか、リトヴァクはその答えに納得したようだった。

「分かりました。機体はどうなさいますの?」

「無論、紫電を使用する。機種転換訓練は?」

「火力が心もとないことを除けばいい機体ですわ。何より元がザクⅠですから操縦性も良好ですし」

 しいて言うなら、少々「軽い」のが落ち着きませんわね、いたずらめいた笑みと共にリトヴァク少佐は言った。おそらくは機体重量と操縦性に関して言っているのであろうが、
それでもかなりバランスよく仕上がっているのだからこの国の技術者たちはやはり優秀だった。とはいえ火力の心もとなさは事実だった。何せ核融合動力ではないのだからビーム兵器も使用できない。
ヒートホークすら使えないのだ。
 最初の基地防衛線では火力で圧倒した部分もある。特にビームが主兵装であるリトヴァクの部隊はかなり勝手が変わるはずだ。まあ、もちろん対策を考えていないわけではない。

「十分に浸透したタイミングですぐに次を出す。我々の目的は技術の浸透による補給の確保だ・・・。今回は君たちの機体もエルサレム方面軍の海中機動艦隊に運んでもらう」

「あら、ずいぶん気前のいい話ですのね・・・」

「むしろ・・・・・・本命はそちらだ」

「?」

 リトヴァク少佐は怪訝な顔をする。

「リトヴァク少佐、君に同行してもらう理由は、何も私のお守りだけではないと言うことだよ」

「もとより、中佐にお守りが必要だなんて思ったことありませんわ」

 リディアが苦笑交じりに返す。

「地上にもうひとつ貸しを作るのでな」

「あら、それは素敵」

 マ・クベがにやりと笑いながら言うと、リトヴァク少佐は楽しげな笑みを浮かべた。

「君たちには負担をかけることになるやもしれぬ・・・」

「あら、私たちはそれが仕事ですわ」

 底を見せぬ笑みが頼もしい。そういえば純夏は彼女になついていたな、ふとそんな事が頭をよぎる。なれば、その薫陶を受けた彼女もまた強くあることができるだろう。
目の前の女性がいることの幸運になぜだかいっそう感謝したくなるマ・クベだった。

「それにしても、部品の制限もありますし、頭の痛いことばかりですわね」

「どのみち、地上の連中にはこのまま第2の産業革命を体験してもらうことになる」

 そう言って、マ・クベはウラガンの方を見た。ウラガン大尉は黙ってうなづくと、手元のパネルを操作して円卓の向かいに座るリディアに資料を送った。リディアの眼が大きく見開かれた。
彼女の開いたファイルには今後地上に対して開示していく技術の数々が書かれていた。

「・・・・!?」

 さすがに特殊部隊の一隊を与るだけに、直ぐにこちらの意図を察したようだ。

「核パルスエンジン、宇宙造船、食料合成、良くもこれだけのものを・・・・・・。まさか、コロニーを?」

「つまりはそういうことだ」
 
 彼女の驚きに対して、マ・クベの返答はさらりとしたものだった。地上人類の命運をかけた「オルタネイティブ計画」と呼ばれる戦略は彼女も聞き及んでいる。そこに付け込み干渉することで
この世界での行動を有利にする。化け物との戦いに必要以上に巻き込まれるのを避け。同時に、この世界の住民ともども共倒れするのを避ける。これが現在までの基本方針であったが、この計画は
「地上」に対して大きく干渉することになる。

「BETAとの対話による交渉の可能性を模索する第4計画。大量破壊兵器の集中投入と人類の太陽系脱出による第5計画。どちらも有効的とは言いかねる」

「確か敵はこちらを生命体と認識していない可能性があるとか・・・・・・」

 詳細は不明であるがマ・クベがあの異形の生物のコンピューターのようなものをハッキングして、いくばくかの情報を得たと言うことは彼女も聞き及んでいた。

「その通りだ。良くは覚えておらんが、そのような印象は確かにあった」

 怜悧な相貌が僅かにゆがむ。どこか不快なものを思い出すかのような表情を表に出しているのはマ・クベにしては珍しいことだった。

「中佐は経験則から連中との対話は不可能とお考えですが」

「仮に奴らと対話できたとして、不利な戦況を覆さねば五分の交渉など出来まい。その上で交渉自体が可能かどうかすら危うい」

 確かにもっともな話だ。仮に交渉可能な相手だったとしても、戦況は人類がわが追い詰められてと言っても過言ではない以上、あちらに停戦する利点などない。

「賭けるにしても部が悪すぎると・・・」

「大方・・・第5計画の召集もそこを突かれての話だろう」

 それに、と続けながらマ・クベは亀裂のような笑みを浮かべた。

「奴らとは感性が会わんよ」

「それは・・・そうでしょうけれども」

 獲物を前にした爬虫類を思わせる笑みに気おされながら、リディアは平静を装って答えた。

「だが、もっと悪いのは第5計画のほうだ」

 再びマ・クベの冷徹な呟きが響いた。

「え?」

「確かに人類の一部を脱出させて乾坤一擲の大作戦。理想的に見えますが、士気の上でも戦力的にも目減りする以上有利とは言いがたい」

 そう言うと脇にいたウラガンに目をやる。ウラガン大尉がうなずいて付け加えた。

「加えて、最も致命的なの超質量帯が発生することによる被害予測がかなり甘く見積もられています」

 大尉が手元のコンソールを操作すると、被害予測に関するデータがリディアの元に表示された。

「もともと、超質量帯を発生させるG弾の運用データが少なすぎるのでしょうが・・・」

 そう前置きしながらもその後に続く大尉の言葉は厳しいものだった。

「不確かな数字での計算と言うことを除いても、希望的観測がはいていることは否めません」

「つまりそれほどまでに・・・地上は追い詰められていると」

「そういうことだ」

 リディアがマ・クベを見ると、男は静かにうなずいた。

「最初から無謀な話ではあるのです。この程度のデータで予測の精度を求めると言うこと事態が」

「でも大尉それは私達も同じはずよ? そんなものすごい質量のものがいきなり落っこちてくるデータなんて・・・・・・」

 大尉の言葉をさえぎりかけて、リディアはふと思いあたった。そうだ、ないわけではない。むしろ我々こそもっているものがあった。

「そうです。我々にはあるんです。コロニー落としのデータが・・・。軌道上からの観測データに加えて、南極条約締結の際に連邦から提示された被害データ。
地球降下の際に各地の部隊が確認した気象変動のデータ」

 リディアの表情で察したのか。ウラガン大尉が付け加えるように言った。

「それに加えて私のところには、社会的、経済的混乱の情報が来ていた」

 当時、地球侵攻軍の総司令官だったマ・クベのところにその手の情報が来ていたことは間違いない。制圧した地域やこれから侵攻する地域を把握するのは戦略を立てるために必要不可欠である。

「つまりデータの精度的には・・・・・・我々のほうが遥かに高い」

 リディアはそう言うと深いため息を吐いた。

「それにしても、よくもまあ、この状態で内輪揉めする体力がありますわね」

 ここまで詰んでいる状況で自暴自棄と言うわけでもあるまいに。

「民主主義の弊害と言う奴だよ。往々にして戦争というものは『まだ大丈夫だ』と思い始めたときに・・・敗北が見え始めるものだ」

 どこか実感がこもっているように聞こえるのは気のせいではあるまい。戦争の最中に内輪もめと言うのは何もここの人間に限った話ではないのだから。前線と後方で意識の差が生まれるのは
ある意味仕方のないことだ。まして、政治の中心や経済の中心にいる人間がそこから近い部分にいるほうが珍しい。

「それでここまで大胆な策に打って出ることになったと」

「私もギニアス司令からそれを見せられたときは、いささか心が躍った。それが我々の目的だ」

 確かに乾坤一擲というにはあまりにも無謀すぎるかけに乗せられるのはごめんこうむる。それならば盤をひっくり返すよりほかない。

「この世界で生き残るため、我々はなんとしてもこれを成功させなければならん。もはや骰は投げられたのだ」

「それにしても、現在ロシアの租借地であるアラスカに私が行くのは分かりましたけど・・・バウアー大佐まで同時にここを離れるのは」

「黒騎士にはここの連中の教導をやってもらうことが一つ、それと覇権主義者と一党独裁国家の策謀のなかに放り込むにはノリス大佐は向かぬ」

 マ・クベとリトヴァク少佐が議論を交わし合う中、ウラガンは派遣者のリストをじっと見つめていた。

(なぜだろう黒騎士とこいつらはロシア人とかかわらせてはいけない気がする)

 ウラガンが見ていた個人ファイルには「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル少尉」と「シモ・ヘイへ少尉」の名が記されていた。





――― 2001年 1月 日本帝國 東京 赤坂

 新年を迎えた帝都は活気に満ち溢れているとはいえないものの、穏やかな年明けを迎えていた。もっともそれは内地だけの話であり、佐渡島のハイヴや半島に建設されたハイヴはいつとて
予断を許さぬ状況であった。ここ赤坂においても有数の料亭であるこの場にあってはなおいっそう閑静な趣が強かった。
 カツン、と青竹が石に落ちた音が響く。丸い池の中に泳ぐ錦鯉の姿を見ながら、軍服姿の男は少々居心地が悪そうだった。それもそのはずで、他の来客たちは割とカジュアルなスーツや
着流しの姿であり、堅苦しい帝国陸軍の軍服はなんとも場違いである。京風の佇まいを感じさせる庭園は見事なもので、どこか懐かしさを感じさせるものだった。これだけでもこの場違いな
所にあえて来たかいを感じさせるものではあるが、今回は唯夕涼みに来たわけではない。

「いい眺めでしょう」
 
 声をかけてきたのは、着流し姿の恰幅のいい男だった。歳は巌谷やや上であろう。どっしりとした体格が和服によく似合っている。永田鋼山、帝國製鉄の社長である。榊首相と懇意であり
横浜とのつながりのあるとされる産業界の大物である。最近、世に出た新型鋼材の立役者であるともされ、技術ラッシュの先駆者でもある。この人物が今回の集まりの主宰とされていた。

「永田さん、ぼちぼち皆さん揃うようですよ」
 
 後ろから穏やかな声音が響く。同じく着流し姿の男性が立っていた。中肉中背でやさしげな眼をした初老の男は、今を時めく渡邊工業の社長でもある。新鋭工作機「玄武」をはじめとして
世に送り出した「重戦術機」は巌谷をして少年のごとく心躍らせる代物であった。あれがもし帝都陥落の時にあれば・・・。いまでもこうして京にあるあの家の庭園を眺めていることが出来たかもしれない。

「懐かしいですか?」

 何を含むでもなくかけられた声に、巌谷はどきりとした。自分の心を見透かされたような気がしたのだ。

「京にあった親戚の家を思い出しまして」

 BETAによって、灰燼とかした元の帝都、そこにあった風景を巌谷は一日たりとも忘れたことは無かった。そして、この第2の帝都を同じ風景にするわけにはいかないのだ。
その帝國の運命はこれからの会合に賭かっている。そう、思えば巌谷は己の両肩に負うものの重さを確かめたような心境であった。

「お待たせしましたかな……」

 涼やかな声が響いた。永田に負けぬ長身でありながら、線が細く異国の掘り込まれた顔立ちがなおさらに、和装をやや特異にしている。しかし、不思議とその取り合わせに
違和感を感じさせないのは、痩躯の男から漂う落ち着いた雰囲気ゆえであろうか。

「いえいえ、あまりせわしない集まりでもありませんからな」

 邪気のない笑みを浮かべながら永田が答えた。

「しかし、よくお似合いですな」

「着付けを手配していただいて、助かりました。興味はあったのですが、何分初めてのものですから」

 異国人の顔に穏やかな笑みが浮かぶ。

「着慣れなければ致し方ありますまい。なにより挑戦ですよ。巌谷さん、こちらが『国連軍』のマ・クベさんです。マ・クベさん、こちら帝國陸軍の…」
 
 渡邊がにっこりと笑いながら、巌谷を紹介した。異人は穏やかな相貌のまま、丁寧に頭を下げた。

「国連軍のマ・クベ中佐です。お初にお目にかかります」

 『横浜』『ジオン・インダストリー』『エルサレムの奇跡』信じられないほどに唐突に現れた都合のよすぎる奇跡。その立役者と目されている男がそこにいた。
 異国情緒を漂わせるアイスブルーの目が、まるでこちらの全てを見透かすように見つめている。

「帝国陸軍の巌谷中佐です。このたびはお招きいただいて、ありがたく思います」

 現在国内でも注目されている「横浜の落とし種」と言われる革新技術の数々をもたらされた国内企業。その主たちが集まる集いは陸軍の重鎮であっても容易に接触できない集まりだと言われていた。
この茶会の存在を知らせてきたのが、情報省きってのワイルドカードである鎧左近なのであるから、その話はほぼ間違いないだろう。

「今回の巌谷中佐に来ていただいたのはほかでもありません」

「XFJ計画、こちらに一枚かませていただこうと思いましてね」

「願ってもない話ですが……」

「これは横浜の意向と取っていただいても構いません」

「!?」

 表立って横浜とのつながりを出してきたということは、そういうことなのだろう。ついに表に出る決意をしたということか。XFJ計画への介入はそのための布石なのであろう。
先の新鋭戦術機の発表によりXFJ計画は暗礁に乗り上げかけていた。横浜の新鋭機を「撃震」に変わる次世代主力戦術機に押す動きが出てきたのだ。そうなれば、不知火を改修して次期主力機とするというXFJ計画は修正を強いられる。つまりこの新鋭機をベースにして高機動長距離侵攻能力を主眼とした機体を開発すべきだと言う意見が出ているのだ。かつて英国が開発したドレッドノート級戦艦があまりにも卓越した設計ゆえに既存の艦艇の保有数を問題で無くしてしまったように、この新たに開発された「重戦術機」という枠は既存の機体とは大きく一線を画すものであることは疑いようがなかった。巌谷としては前線の衛士に少しでも高性能な機体を望む巌谷としては盲目的に自分のかかわる機体を押す気はない。
 だが彼が見るところ先に発表された「紫電」は明らかに拠点防衛に重きの置かれた機体であり、長躯侵攻してハイヴを攻略する機体ではない。国内にハイヴを抱えている以上、それは看過できない点だ。まして列島の安全を確保するのであれば、そのすぐ近くの半島のハイヴをも攻略しなけれならない。つまり新鋭機を開発するにしても既存機体でしのがなければならないことに変わりはないのである。
 
「アラスカへの派遣枠に我々の機体を入れて欲しいと思いまして」

 出し抜けにもたらされた要望は驚くべきものだった。

「それは願ってもないことですが、よろしいので?」

 半信半疑の思いを隠せないまま、岩屋は目の前の男を見た。つまりはこのなぞのベールに包まれた組織が表舞台に立とうと言うことだ。それも日本帝国に近しい立場で・・・。その意図は一体何なのであろうか。

「我々の意図は『この戦争に勝つ』ということ。それ以外ありませんよ」

 こちらの意図を察したかのように目の前の男は答えた。海のように深い双眸は底知れぬ何かを湛えているようで、巌谷は思わず己の背筋に戦慄が走るのを感じた。「只者ではない」彼の心に
強烈に焼き付けられたのはその一言だった。








あとがき

 皆様大変ながらくお待たせいたしました。というか本当に応援の声をくれた皆様どうもありがとうございます。とくにあきらめずに定期的にコメントを下さった帝國兵様この場を借りて
あつく御礼申し上げたいと思います。ここまで更新が長引いたのもいつの間にやら、初期の方針からずれていたと言うのが原因でして。
 いただいたコメントで「最近俺らTUEEE」になっていると言うコメントを頂き反省せねばならんと思ったんですが、そもそもこの小説のコンセプトは「超TUEEEジオン軍がBETAをボコボコにする」
というものであったはずなのにどうしてこうなったんでしょうw 呼んでくれた知人からは「え? NAISEIものじゃなかったの?」 と言われる始末。まあでもとにもかくにも初めてしまったものですから
最後までがんばって生きたいと思いますので、皆様これからも応援よろしくお願いします。




[5082] オデッサの追憶 第一話 斬込隊
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/23 08:25




「オデッサ」

 それは始まりの地
 戦い、傷つき、苦悩し、それでも命はてるまで己を貫いた男の終焉の地。
 そしてそこからもう一人の男の戦いは始ったのだ。
 ここに記すのは数々の証言を元に編纂した。
 我々の懐かしくも痛ましい。
 思いでの数々である。

 宇宙世紀0079 オデッサ鉱山基地

 地球連邦軍による大規模反抗に対し、我々、ジオン公国軍将兵は当時中将であったマ・クベ総司令の指揮の元、一心不乱の防衛戦を続けていた。
 だが、数々の戦略も圧倒的物量の前にはむなしく潰え(その上、木馬と白い悪魔まで来ていたらしい)、オデッサ陥落は時間の問題となっていた。
マ・クベ総司令は欧州方面軍に対しキャリフォルニアベースへの撤退を下命。
 オデッサ基地の将兵も宇宙に退かせるべく、後退戦を宣言した。

――― かくして、オデッサのいちばん長い一日が始まったのである。

「オデッサのいちばん長い日」より抜粋


 
 ジオン公国軍オデッサ基地地下司令部

隣に座っている曹長が尻の収まりが悪いようにしきりに座りなおしているのを見て、ヴェルナー・メルダース少尉は笑みがこぼれそうになるのを抑えた。普段佐官以上の人間しか使わない最上級の作戦会議室のソファーとあっては居心地の悪いのもひとしおである。
 時おり感じる部屋全体が小さく揺れるのは地上の市街地を攻撃する連邦軍が絶え間なく砲弾を打ち込んでくるせいであろう。まったく贅沢に弾が撃てるのはうらやましい。
 会議室に集められたのはメルダースを含めて20名程のパイロット達だった。
 どいつも見た顔、聞いた名の凄腕ぞろいであり、白兵戦技量に優れた筋金入りのグフ乗り(グフライダー)達である。

 ここに集められた理由はみなが理解しているだろう。後退戦に際して殿を務めるため、この場に集められたのだ。
 全員が志願者のみであり、士気は低くない。まして総司令官が直に率いるという噂まである。嫌がおうにも心が沸き立つものだ。
 ここで総司令であるマ・クベ中将閣下の説明をしておこうと思う。やたらと地球文化に詳いらしく、ジオンきっての地球通だと言われていた。
 地球の「TUBO」といわれる多目的保存容器を収集しているらしい。この一風変わり者と評判な中将殿はいつでも沈着冷静であり、ありていに言って何を考えているか分からない人物でもある。
 キシリア閣下の愛人であるという噂が立ったときなど「きっと入れるときも出すときも眉一つ動かさないだろう」「そりゃ、怖くて動かないんだろう」などと口さがない者達が言っていたが、彼らが処罰されたような話は聞かない。
 それになんと言うか他人の後光に頼るような人物には見えない。というか実は地球を手中に収めるべく暗躍する秘密結社の首魁であるとか、士官学校時代に外壁清掃(コロニー外での決闘の隠語)」で何人もの同期や先輩を「事故死」させているなど突拍子もないものも多く、その実がどんな人物なのかは誰も知らないのではないかと思う。
 かく言うメルダースにとっても、「中将殿」ともなれば雲の上の人物であり、その人格などおぼろげな想像しかない。

そんなことを考えていると、会議室の扉が開き誰かが中に入ってくる。
 皆の視線が一気にそちらに向く。入ってきたのは基地司令副官のウラガン中尉だった。
 中尉は唐突かつ無遠慮な視線の集中射を受け、僅かに入るのをためらった。だが気まずさを押し隠そうとするように表情を引き締め、歩を進めた。

そして、その後から痩身の男が入ってきた瞬間、無遠慮な視線は戸惑いとざわめきに変わった。
 紫がかったクセのある髪。まるで定規でも入れているかのようにピシリと伸びた背筋は、もとよりの長身をさらに大きく見せていた。
 何より特徴的なのはその目であろう。アイスブルーの瞳は生来のものであろうが、怜悧な光を備えたその目の奥の思考を伺い知ることは不可能にすら思える。同時に恐ろしい神算鬼謀を宿していのだという確信めいた印象を人に与えるのだ。
 その視線がこちらに向けられたとき、まるでそこだけ気温が下がっていくかのような冷ややかな緊張感が会場全体を包んだ。

 基地司令にして地球侵攻軍の総司令官 ――― マ・クベ中将その人である。

 中将は皆を一瞥して壇上に上がると、短く息を吐いた。
 彼が話す、皆でそう察した瞬間にどよめきは消えさった。皆、息を殺し耳をそばだて、まるで一字一句聞き逃さぬように言葉を待った。
 そうさせるだけの何かをそのとき、彼はもっていたのだ。

「時間が無いので、簡潔に言おう。諸君にはこれから負け戦の尻拭いをしてもらう」

落ち着いた調子ではあるが良く通る声で淡々と話す。
 まさに簡潔そのものでり、その場の全員が言葉を反芻しながらも中将の顔を注視していた。
 旧世紀の中世における「貴族」を思わせる優雅な雰囲気からはおおよそかけ離れた、はすっぱさな物言いで現状を表現した中将に皆があっけにとられていた。
 無論、それこそまさに集められた全員が察知している「今ここにいる理由」であるが、ここまで率直に言われるとは予想していなかっただろう。

肝の太い人だなと、メルダースは素直に感心した。つくろっているのかは定かではないが、いささかも取り乱していないのは頼もしい。
 むしろ副官のウラガン中尉が心配そうにである。だが、それとて額面どおりに受け取ることは出来ない。
 一見いかにも小心そうであるが、その目は油断なくこちらの反応をうかがっているのだ。
 
(この二人はどちらも只者ではないな…)

 それがメルダースの二人に対する素直な感想であった。周囲の者たちもおおむね同じような感想を持ったのか、じっとマ・クベの次の言葉を待っている。

「諸君、残念ながらオデッサでの勝敗は決した。しかし、戦争はこの一戦で終わりではない。
我々はここで殿として戦い。一人でも多くの同胞を宇宙へと帰すのだ」

 浪々とした声が会議室に響く。アイスブルーの瞳が、まるで一人一人の心底をも見透かすように動いていた。

「志願者達の中から諸君らを選抜したのは、君達に文字通りの一騎当千を期待するが故である」

 まるで対面して問いかけられているような錯覚の中で、メルダースは心の中に響きわたる声に、ただ耳を澄ませた。

「敵の数はあまりにも多く、味方の数はあまりにも少ない」

 そこで一度、言葉を切る。
 その先を聞こうと皆が身を乗り出した瞬間、マ・クベ中将はことさらにはっきりとした声で宣言した。

「撤退する味方を援護するため、我々は現在侵攻している連邦軍に対し白兵斬り込みをかける」

再びざわめきが起きた。我々? まるで総司令官どのがこの絶望的な闘いに参ずるような物言いではないか。
 言葉の意味を解しかねたのか、または早合点して落胆したくないのか、皆が今言われた言葉を反芻するように怪訝な顔で考え込み始めた。
 そんな中、隣の男がニヤリと笑ったのにメルダースは気づいた。先ほど尻のすわりを気にしていた曹長だ。
 周りに気づかれないよう、小声で男に話しかける。

「何が可笑しいんだ? 曹長」

「あ、少尉殿。失礼しました。基地司令殿の言い草が気に入りまして」

困ったように笑ったのは東洋系の男だった。東洋人独特の童顔で歳は分らないが、小柄で鋼のように引き締った体つきをしておりMS乗りには理想的な体形(何しろ、コクピットと言う奴は狭い)である。
 東洋人独特の小さな目には無邪気な好奇心と自信が満ち溢れているように見えた。

「本気だと思うか?」

メルダースは茶化すように問いかけると、男から帰ってきたのはやはり自信に満ちた答えだった。

「目を見りゃ分かります。司令官閣下は俺達を直率するつもりです。そして、此処で死ぬつもりだ」

そう言うと、曹長は前をむいた。メルダースもそれに習う。基地司令の目が何を写しているのかは分らなかった。ただ、その通りのよい声だけは耳に残った。

「我々? 司令も出撃されるのですか?」

誰かが言った。居並ぶ男たちの殆どが、疑念と期待の入り混じった目で司令を見ている。
 マ・クベ中将はジオンきっての地球通であり、この戦争の和平条約の交渉に赴いた人物であるが猛将という類の将官ではない。むしろそれとは対極のイメージがある。果たして口だけの訓示であるのか否か。
 皆、中将が命を捧げるに値する人間か見極めたいようだった。いや願わくば命をかけるに値する人物であってほしいという僅かな期待がその視線には込められていた。

「当然だ。さっき『我々』と言ったろう?」

 我らの気持ちを知ってか知らずか、口の片端をゆがめて笑みまで見せて、中将閣下は当然のごとくのたまわれた。

 これが、この瞬間こそが後に幾多の戦場を共にする「マ・クベ斬込隊」結成の瞬間であった。
 怒号にも似た歓声が当たりに響き渡り回りの男たちはいっせいに中将に向かって敬礼を送った。
 メルダースもそれに習う。横目で先ほどの曹長を見ると、言ったとおりでしょう、と言わんばかりに片目を瞑って見せた。
 その人懐っこい態度にメルダースは思わず苦笑しながら、解散の号令がかかったらまず名前を聞いてみようと思った。そして解散の号令がかかったのは、その直ぐ後だった。

数時間後 ジオン公国軍オデッサ基地 地下要塞MS格納庫

 出撃を控えた格納庫内にはMSの装備品や弾薬が並びスコアボードを持った整備兵たちが、螺子の一本の締まり具合にいたるまで入念なチェックを施していく。
 殿部隊であるという話は聞いているのだろう。整備兵たちはコクピットに塵一粒すら血眼になって掃除してくれている。 
 そんな中、熱心に自分の機体を見つめている男の姿が目に入った。

「やあ曹長、調子は?」

 そう問いかけると、イワモト曹長は少し驚いたような顔をして、すぐに我に返って敬礼をした。

「そんなに、かしこまるなよ。これから死線を共にするんだ。気楽に行こう」

 メルダースの申し出に、曹長は二マリと笑った。腕白なガキ大将を思わせる笑みである。
 だがしかし、この笑みに騙されてはならない。『トオル・イワモト曹長』はオデッサでも1・2を争うほどに近接戦闘に長けた猛者だという。
 文字通りの『愛機』といえるほど己の乗機に異様な愛情を寄せる。特にグフに乗り換えてからの戦績は輪をかけており、筋金入りのグフ狂いだが軍人としては非常に優秀であるというのが彼の元の上司の評価だった。
 なぜ、それをメルダースが知っているかといえば、先ほどの会合の後名前を聞いて少し話した結果興味をもったからである。
 しかもこの臨時編成部隊の小隊の部下としてイワモト曹長の名前があったのを知ったときは、マ・クベ司令が何かを画策しているのかと思ったほどだ。
 
 もっとも、総司令官閣下はこんな末端の兵士に謀略をたくらむ余裕などあるまい。なにせ、これから連邦軍相手に大博打を張ろうというのだから。
 精鋭部隊における強襲作戦での敵戦線を混乱させる。はっきりいって決死隊である。
 だが、わきあがる恐怖を傍らにもっと強く胸に満ちるこの高鳴りは何だろう。
 そう己に問いかける反面、メルダースはその高まりの正体を本当は分かっていた。それは隠し切れぬ己の性によるものだと…。
 そして、それゆえに同族のにおいには敏感だった。

「そう言えば曹長、何で志願したんだ?」

 よりによって会話の糸口にこの話題を選ぶかとメルダースは内心で己を罵倒した。
 イワモト曹長はいたずらが見つかった坊主のように恥ずかしげに笑いながら、吸い込まれるように自分の愛機へと近づき、その装甲を撫でた。

「自分は、こいつじゃなきゃだめなんですよ」

 そう答えた曹長の目は真剣そのものだった。「MS-07グフ」ザクを地上用に改良し、ジェネレーターのパワーを向上し、装甲・フレーム構造の改良を持って、軽量化と全体の性能を底上げした傑作機である。
 軽量化と装甲強化を同時に成し遂げ圧倒的パワーと専用武装によって連邦の新型MSにも引けを取らない性能であるといわれるが、白兵戦闘に偏りすぎた性能のためにどうにも操縦性がピーキーに過ぎるという意見もある。
 だが、最新鋭の「MS-09ドム」と並んで前線のあこがれの的であることに変わりはない。
 しかし、彼がグフを見る目は役に立つ道具に対するそれとはなにか違うように見えた。無論、それも含まれて入るが、もっとかけがえのないものに対しての思慕のように見えるのは穿ち過ぎだろうか。
 
 オデッサが陥落すれば主戦場は宇宙へと移る。脱出艇の数には限りがあるし、他の戦線から集ってきた部隊も考えれば宇宙で使えないMSを積んでいる余裕などない。
 陸戦用MSであるグフは地上撤退の際は投棄せざるをえない。基地司令がグフのパイロットから志願者を募ったのもそういうことだろう。
 曹長はそのことを一体どう考えているんだろうか、メルダースの中でそんな疑問がわきあがった。

「少尉こそ、なんで残ったんですか?」

 不意を打たれてメルダースは一瞬、ドキッとした。とはいえ会話中に思考に沈むほうが悪いのだ。しかし正直言って、あまり答えたくない質問でもある。
 曹長の理由より、よっぽどしょうもない理由だからだ。
 ありていに言えば斬込隊の志願者を募っていると聞いて、いの一番に志願した理由は半ば自棄だった。
 とはいえ、自分から聞いた手前、答えないわけにも行かず、なるたけ平静を装って彼は答えた。

「部下の一人に、少し要領の悪い新兵がいてな。詰まらんことで叱責を受けたり、殴られて泣きべそかいたこともあった」

 そういいながらメルダースはその新兵の顔を思い出した。学徒上がりかと思うほど若いというよりは幼い印象で、屈託なく良く笑う奴だった。

「そりゃ、少尉殿も大変でしたね」

そう言いながらイワモト曹長が意味ありげな目でメルダースを見る。なんだか、見透かされたように感じて、その笑みが少し人の悪いものになったように見えた。

「だが、可愛い部下だ。それに言われたことはしっかりこなす奴だった。律儀にな、それに救われたたこともある」

 ごまかすようにメルダースはそう言い切ると、イワモト曹長の反応を見た。
 予想どうり人の悪い顔になっていた曹長がにやりと笑う。

「その新兵、女ですね」

 そう囁いた。

「…!? そんなに顔に出てたか?」

メルダースは観念したように、ため息をつくと、イワモト曹長はニヤニヤしながら首を横に振った。

「ただのカマかけですよ少尉殿」

「畜生! やりやがったな」

 わざと大げさに悔しがるようなふりをして曹長の肩をどやしつける。曹長はニヤニヤ笑いをやめて、少しだけ真面目な顔になった。

「男が自分の命をかけて守りたいと思うのは、大抵は女子供か自分自身てのが相場だ。でもそれが普通です。夢やら大儀やらの為だけに本気で命を張れる人間は、そうは居ません。
それにそういう奴はよっぽどさびしい人間か、なにかごまかしている人間だとオレは思います」

 イワモト曹長は、まるで自分自身に問いかけるように言った。言葉の中にイワモト曹長の葛藤が垣間見えて、メルダースはしばらくかける言葉を捜した。

「まあまあ少尉殿、自分みたいに報われないものに思いを馳せるよりはマシですよ」

 メルダースが言葉を見つけるより先に、曹長がおどけたように言った。
 その言葉がメルダースの心には複雑に響いた、それはある意味ではもうふさがりかけた傷だった。
 だが同時に、メルダースは目の前の男と何かを分かち合いたい気分だった。だから、彼は素直な気持ちでこう打ち明けた。

「彼女には婚約者が居てな。戦争が終わったら結婚するつもりらしい。報われないのは、俺も一緒だ」

「………すみません」

 曹長は途端にばつの悪そうな顔になった。

「いいさ。もう気にしてない。俺にもこいつがいるしな」

 そう言って、メルダースはタラップに足をかけた。
 機体点検をしていた整備員から出撃の許可が出る。メルダースがコクピットに乗り込もうとすると、曹長に呼び止められた。

「少尉殿ぉっ! それでも惚れちまうのはっ、男の性ですかねぇっ!」

振り返ると、曹長は恥ずかしそうに笑っていた。本当にガキみたいに笑う奴だな、とメルダースは知らずに笑みをこぼしていた。

「そのとおりだっ! まったく度し難いっ!!」

 そう怒鳴り返すと、曹長が顔を引き締めて、敬礼をしてきた。
 メルダースもそれに答える。

「後武運を…っ!」

 そう言って自分の機体のほうへ走り去る曹長の背を見ながら、メルダースは不思議とすっきりとした気分になっていた。

「……貴様もな」

 そう呟いてコクビットのハッチを閉める。一瞬視界がやみに閉ざされる。ジェネレーターの駆動音が機体全体に響き渡り、計器が次々と立ち上がっていく。
 システムチェックを手早く済ませ、機体はいつでも動ける状態だ。

《諸君…この戦いに我々の勝利はない》

 通信機から、マ・クベ中将の声が響く。いささかの気負いもなく、無感情だが、その声は良く通った。

《しかし、同時に勝者なき戦として歴史には刻まれるだろう。…ジオンのMSがいかに圧倒的であるか、奴らに教育してやろう》

 淡々とした声が、まるで決定事項を告げていくかのような声が、不思議と心に染み渡る。

 冷静な声音であるはずなのに、それがつむぐ言葉は心の奥底にあるものを不思議に駆り立てる。
 それはマッチから移された小さな火が、燃え広がって大火となる様子に似ていた。

《……それでは諸君、戦争の時間だ》

 心は燃え盛らんばかりであるにもかかわらず、頭は凍りついたように冷静だった。
 これまでにない異様な興奮を感じながら、メルダースの機体はまず一歩を踏み出した。

オデッサ防衛線B36エリア 第265戦車中隊


「畜生! 見渡す限り敵だらけだ! こちらオデッサ基地第265戦車中隊! 増援はまだか!!」

 マゼラアタックの戦車長が、稜線越しに広がる光景に悪態をつく。大隊司令部からノイズ交じりで返答が来る。

《第265戦車中隊、後退を許可する》

「後退? 背中を向けりゃ撃たれるのに、どうやって帰れってんだ!!」

 通信機に怒鳴り返しながら、稜線を超えようとした61式戦車を狙撃する。地面に跳ね、車体下部から入った砲弾が、61式の連装砲塔を空高く吹き飛ばす。

「やった! ざまぁ見やがれ!!」

 ペリスコープを覗いていた砲手が歓声を上げた。自動装填装置が忙しく薬室内に砲弾と装薬を押し込む。

「一両潰したくらいで、油断するな!!」

 戦車長が喝を入れた瞬間、周囲に巨大な土煙がいくつもあがる。MSの大口径機関砲の弾着だ。稜線が崩れ、崩れた土の間から、あふれんばかりのジムが押し寄せてくるのが見えた。

「こうなりゃ、一かばちかだ! 後退するぞ!! こちら第265戦車中隊、後退する……クソ、返事くらいしやがれ!!」

 操縦手がギアをバックに入れた。175mm砲を前に向けたまま、全速力で離脱を図る。通信機が砂嵐のような雑音を吐き出し始める。

「通信妨害か!? こんな時に!!」

戦車長が忌々しげに通信機を睨む。直ぐに顔を上げ、押し寄せる連邦軍を見た。見えるはずの地平線は絶望的なほどの敵軍勢で埋まっていた。

《…こちら第14偵察航空隊 畜生! 本部!! 敵部隊進攻中、ものすごい数だ! 土が三分で敵が七分! 繰り返す土が三分で…くそ、後ろにつかれたっ!!》

 
 一瞬回復した通信機が、不穏な内容をこぼして途絶えた。一瞬戦車の中は静寂に包まれた。機関音も雷鳴のごとき砲爆撃の音も全て後方におき去ってしまったかのような、錯覚。
 全てが遠のいていくような不可思議な感覚にとらわれながら、戦車長は迫りくる白い巨人をただ呆然と見詰めていた。白亜の意識の中で、彼は漠然と逃れられぬ死が目の前にいるのだと悟った。
 刹那、ぴたりと白い軍勢が動きを止めた。まるで見えない壁でもあるかのように連邦のmsはそれより先に足を進めては来なかった。
 ふと、戦車長は後方より吹きつける何かを感じた。

「風…?」

 戦車長が後ろを振り返ったその瞬間。何かが、巨大な質量を持った何かが戦車の横をすり抜けていった。

「っ!?」

 それが地響きを伴いながら大地に踏みしだくのを見て、彼はその何かが巨大な足であることに気づいた。
 巨大な足が次々と戦車の間を通り抜けていく。
 一歩、また一歩とその足が地面を踏みしめるたびに、目の前の白い巨人達がたじろぎ、後ずさる。

「MS…増援? 一体どこの!?」

 見上げるようにそびえたつのは、蒼い巨兵の広い背中であった。辺りに吹き出でる熱気は、携えた刃から放射されるものばかりではない。
 肩も触れ合わんばかりの隊伍を組み、盾を連ねたMSの一団がじりじりと前へ出る。

(こいつらただ者じゃない)

 瞬間的に彼は悟った。数的に劣勢であるにもかかわらず、この一隊は敵軍に無形の圧力をかけている。そう、それは正しく『圧力』であった。
 まるで電動のこぎりに素手で触ることを強いられているがごとき、たじろぎが敵を拘束していた。
 その意思の有無にかかわらず、自己を容易に欠損させうる機能をもつものに手を触れたいと誰が思うであろうか。
 不気味なまでの虚無感と連帯感により構成された存在感が、その領域に踏み込むことをためらわせているのだ。

 その先頭を行くのは、まるで中世の甲冑を思わせる特異な機体。円形の盾を携え、もう片方の手に握る刃は荷電粒子特有の放電光を放っている。

「何だ……あの新型。 まさかマ・クベ司令が直接率いているのか!?」

 基地司令の機体として白兵戦特化型のMSが納入されてきたことは、オデッサ基地でも少なからず話題になっていた。

《第265戦車隊…この場は我々に任せ、速やかに後退せよ》

 無線機から涼やかな声が流れる。この期に及んで戦車長は確信した。ひとまずは死に時でなかったということを。
 ならば遠慮なく引くばかりである。ギアを後退に入れさせ生き残った車両に引くよう命令を出す。

「増援、感謝する。どうぞご無事でっ!」

 戦車長は振り返りざまに叫びながら、その鋼鉄の背中を目に焼き付けた。蒼い騎士たちは、まるで集った民衆を前にする王者のごとく堂々とそこに対峙していた。





 味方の最後の戦車が遠ざかっていく。これでこの場の味方は周りの機体のみと言うことだ。
 奇妙な膠着が辺りを支配する中、ヨアヒム・メルダースはしっかりと眼の前の敵を見据えた。
 目の前に建つのは白い壁である。否、盾を壁のごとく連ねた敵の群れだ。

「はっ、数えるのも嫌になるぜ」

 あきれるような調子で彼はつぶやいた。モニターに移るのは、敵機ばかりである。味方の影などかけられも見えない。
 …当然である。彼らは、殿となるために来たのだから。メルダースを支配しているのは迷いではなかった。
 魅惑的な死と言う存在との間で綱渡りをするのだ。なんと心が躍ることか。この量の敵を前にして、彼は「無理だ」とは思わなかった。
 妙に平静な心中に在りながら、胸の奥からなにやらざわざわと湧き上がってくる。
 戦って戦って、命の尽きる最後の瞬間まで戦い続けるのだ、そう心の奥底で叫ぶものがいる。
 なぜか可能なような気がした。「多勢(敵)」と「無勢(味方)」はかりにかければなぜか、無勢の方へ天秤が傾く確信があるのはアドレナリンのなせる業か。
 そう思いながら、僚機のほうを横目で見やった。もちろんmsの中にあってはその表情など伺い知ることは出来ない。
 にもかかわらずメルダースは、その男の存在をしっかりと感じ取っていた。
 トオル・イワモト曹長……腹を減らした猟犬のように、その鎖がとかれる瞬間を今か今かと待ちわびていることだろう。
 分厚い装甲を隔てても鼓動が聞こえるような気さえする。
 あの男が傍らにあるのがなぜかはっきりと分かった。
 そして、きっと相手もそう感じているだろうことも、なぜか奇妙な確信がもてたのだ。
 今自分が何処にいるのか、そして周りにいる味方、目の前の敵、しなければならない任務。なぜかそれらのことが手に取るようにわかるのだ。
 傍らにある死を感じながら、その恐怖とも狂喜ともつかない感情に灼かれる感触を楽しんでいる。
 ギリギリの瞬間にその腕を交わしながら、それでもその懐へと迫っていく。この場にいるものは皆、そんな度し難い性癖を抱えた同志達なのだ。
 だが、生きる死ぬかなど結局は運だ。どちらに転ぶかなど、さいころを投げてみなければ分からない。 

「だから、死ぬんじゃないぞイワモト」

 そうつぶやいて、メルダースは再び度し難い衝動に身を任せた。

 



 それは奇妙な均衡であった。絵に書いたような多勢に無勢が対峙する両軍は、決して動こうとはしなかった。
 まるで何かとてつもない罠があることを警戒するように、それはある意味では間違いではなかった。マ・クベは古代中国の戦術家の応用をしたに過ぎない。
 相手を疑心暗鬼にさせるなど謀略の基礎だ。殿とはいかに敵の足を止めるかである。

 そしてそれは、着々と進行しつつあった。マ・クベを先頭とし、肩が触れ合うほどに盾を連ねた密集隊形。
 敵軍もそれにつられるように隊形を密集させ、こちらを押しつぶせるように層を厚く半包囲の隊形に持っていけるように三つに分ける。
 中央の部隊にて敵を拘束して、左右から挟撃、なかなか悪くない半包囲殲滅戦である。
 じりじりと距離を詰める中央集団そして両翼も包囲の為に移動する。
 まちに待った瞬間がついに訪れた。

「抜刀」

 通信機に向かって短く言う。マ・クベは自らも愛機にビームサーベルを抜かせた。
 手に手に携えられたヒートサーベルが、うっすらと赤い光を帯びる。
 MSの装甲をもたやすく断ち割る凶器が、ゆっくりと灼熱の輝きをその刃に広げていく。

 それを合図にして、ついに眼前の敵部隊が雪崩れをうって押し寄せてきた。そして、眼前には僅かな段差である。

《今っ!!》

 通信機から副官であるウラガンの声が響く。
 ギャンを囲むように前に出たグフの一隊が間髪いれずにヒートロッドを放つ。
 いっせいに放たれたヒートロッドが敵の前衛の足を絡めとる。
 次々に転倒する敵前衛に向かって後ろを走っていた機体がそのまま突っ込む。
 つまずいた機体に別の機体が後ろからつまずき、倒れこんだ機体が別の機体にぶつかるという連鎖が、まるでドミノのように広がっていく。
 密集した隊形があだになったのだ。舞い上がった土煙によって徐々に視界が閉ざされていく。
 ……機は熟した。

「吶喊っ!!」

 先頭を行くは円形盾を持った騎士甲冑のごとき機体。
 手に手に灼熱の刃を携えて、単眼の戦士達がその後につき従う。
 行く手を阻む全てを血河屍山に引きずりこんで、辺獄への道を斬り開くのだ。
「死」の懐へと飛び込むのに、彼らは躊躇しなかった。



 中央部隊の後衛で指揮を執っていた連邦軍の大隊長は事の成り行きに唖然とするしかなかった。
 未確認であるが、敵の最新鋭機を捕獲できるチャンスだったのだ。しかも、投降するかのように立ちすくんでいるという。
 ふってわいた出世のチャンスである。これを逃すわけには行かない。
 分かりやすい包囲を仕掛けて威圧するはずがこの惨状である。
 土煙で視界が利かない熱センサーも敵味方の反応が入り混じってひどい状態である。
 いくらIFFがあっても判別できなければ意味がない。

「畜生、あわてすぎだぞばかものどもめ」

 ふと目の前の土煙に何かがひかる。

「…なんだ!?」
 
 カメラを高感度モードにしようとした瞬間、土煙の中から何かがが飛び出してくる。
 蒼い、深い蒼で塗装された装甲は…連邦の機体にはありえぬもの。

「な、nぎゃぁぁぁっ!」

 恐ろしい光に一瞬目を焼かれ目の前が真っ暗になる。一瞬失明したのかと思ったが、すぐにアラートの表示が視界の端に移る。

「……くそっ、見にくい。カメラが……壊れたのか?」

 ゴツリと装甲越しに何かを当てられる音が響いた。サブカメラが立ち上がる。
 
 写ったのは…まるで中世の騎士を思わせる……奇妙な機体。

 その機体が押し当てているのは――幸運にもそれが何かを理解する前に彼の命は消滅した。


 土煙から出るやいなや眼の前の機体の首を掻っ切ってカメラをつぶし、そのまま肩を抱くようにコクピットに一撃する。
 まるで剣の達人を見ているかのような滑らかさだ。
 真実そうなのであろう。夜に行われるウラガン中尉との剣の訓練はもっぱら司令に男色の気があると思わせる噂で語られていた。
 所詮。噂は噂である。時に手斧と剣に変わり、時に盾と長剣に変わり、はては両手剣など信じられない話ばかりなので気にも留めなかった。
 司令官閣下の男色の有無は脇に置くとしても、剣の訓練が本物であることは間違いなかった。

「まったく、図りがたい人だ」

 誰に言うでもなく、感心した様子でメルダース中尉はつぶやいた。
 
「まあいい」
 
「頼りになるに越したことはないからなっ!」

 言いながら足元のジムにヒートサーベル突きたてる。
 カメラに蹴りを入れ、コクピットを踏みつけ、次々と目標を無力化していくけながら隊長機に合流する。

「司令、直援は…《いらん。敵は多いのだ。私などにかまっている暇はあるまい》」

 マ・ベの簡潔な答えにささやかな驚きを覚えつつ、なぜかメルダースにはその答えが返ってくるのが分かるような気がしていた。
 すでに集結した機体がギャンの前に再び盾の壁を築く。
 さて、これほどの連携訓練など果たしてやったことがあったろうか、メルダースの中にたわいない疑問が浮かんでくる。
 今はほかに気にすべきことがあるのだと、彼は自分でも驚くほどあっさりその疑問を流した。





 何だろう、この高揚は? そう自問するのは、その感覚がMSに乗ったときに覚える何時ものそれとは僅かに異なるからである。
 いつもと同じ胸の奥から湧き上がる闘争心と共に、うすもやの様に己を包む連帯感は何なのであろうか。自身の体だけではなく、機体全体に果ては戦域すら飲み込もうとするこの感覚は覚えがある。何処となく質は違うが。ここ最近感じ続けている感覚でもあった。あのレビル強襲作戦のおり一瞬、戦場でまみえた機体。
 「連邦の白い悪魔」奴に出会ったときの感覚と何処となくにてる。
 もっとも奴とは少し距離もあった上に奴さんが恐ろしい勢いで味方の旧式機を追っかけていたので、交戦することはなかった。
 安心半分、少し残念におもったものだ。
 そのときはもっと落ち着かない感じがしたが、今は逆だ味方が何処にいるかも敵が何処にいるかも、機体をすかしてなんとなく分かる。
 そんな奇妙な感覚を感じながら、イワモトはレーダーには目もくれず、眼の前の敵に取り掛かった。

 蒼い騎士がおもむろに手にしたヒートロッドを前面にいたジムに叩きつける。展開したクローアンカーが頭部に直撃し、スーパースチール合金製の爪がジムの頭部をギリギリと食い込んでいく。その間にも流れているメインジェネレーターからのエネルギーパルスを直接変換した高圧電流が、カメラと頭部のCPUを破壊していく。
 バギリッと硬質な音が辺りに響いたかと思うと、電流を受けて痙攣していた機体が湯気を立てながら崩れ落ちた。
 アンカーを解除してヒートロッドを頭上で振り回すとサーカスの猛獣使いのようにすばやく振り下ろした。
 雷鳴のような音共に加速された先端が、ジムの頭部を次々と叩き潰す。
 すかさずヒートサーベルをかつぐ様に構えた僚機が懐に飛び込み。そのまま腰のひねりも加えて刀身を押し当てるように斬り下した。
 一撃で刀身は胸の半ばまで達し、ジムの機体が糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。すぐにコクピットブロックに足をかけ、ヒートサーベルを引き抜く。
 
 その僚機を狙って2機のマシンガンを撃ってくる。たちまち回りにいた2機のグフが壁を作り、それを防いだ。
 そして2機の横合いから飛んできたヒートロッドがマシンガンを絡め取る。そのまま盾を構えてタックルしてきたのはウラガン少尉の機体だ。
 なぜか分からないがはっきり分かる。よろめいた敵機が自分の僚機を巻き込んで盛大にすっころぶ。がその期を逃さず少尉がヒートサーベルをつきたてる。
 刀身を前後に動かしながら、もう一機のコクピットを盾の先端で探ると、左手の指先あたりが同時に光る。
 ドガアンッ と巨大な鐘を同時に叩いたような音が響く。それっきり敵機はぴくりとも動かない。 

 75mmを至近距離から5発動時に撃ち込まれたのだ。イワモトはコクピットのほうを確認する気にはならなかった。
 感心なことに、ウラガン少尉の一連の動きには、ほぼ無駄がなかった。
 堅実にして正確。実に手ごわいが、可愛げのない戦い方だ。こんな戦い方はむしろ、総司令官殿のほうが似合う気がする。
 先ほどちらりと見た限りでは以外に大胆な戦いがお好きなようだが…。じっくり拝見したいところだが、そんな余裕はない。
 何せこの乱戦状態の混乱が収まる前に奴らを全員始末しなければならないのだ。
 そう考えながら、イワモトはひたすらに愛機を駆る。
 
 まるで収穫機が麦穂を刈り取るかのように、
 袈裟懸けに、
 から竹割に、
 抜き胴にして、
 斬って斬って戦場を駆けずり回る。
 
 無機物の手足が、刈り取られた首が、断ち割られた胴体が、無数の手足が散乱する戦場は、さながらに地獄絵図の様相であった。
 気がつけば4機のジムに周りを囲まれていた。

 絶体絶命である。であるのになぜか心は落ち着いていた。まるで最初からの予定であったかのように、いや、真実そうであったような気さえしてくるから不思議だ。
 どの機体もビームサーベルを抜いている。おそらくフレンドリーショットを恐れてであろう。
 前方の2機がヘッドバルカンを撃つ。豆鉄砲であるが至近距離でのバルカンは文字通りの目潰しだ。
 それを盾で受けて、完全に視界がふさがった瞬間にジムのが機体ごと飛び込んでくる。盾ごと串刺しにするつもりか、ご丁寧に側面の2機も背後に回ろうとしている。
 
 イワモトは機体のオートバランサーを解除した。サーベルを後ろに回し、盾を前面に押し出しす。オートバランサーを切った機体は制御を失って前のめりに倒れこむ。
 その瞬間、イワモトはバーニアに点火すると地面をこするような低軌道で機体が僅かに滑空する。
 突っ込んできたジムと交差するその瞬間、盾を跳ね上げ、サーベルを持つ手をさばく。そしてその勢いで機体をひねり、斜め上方へ切り上げた。
 ブレードにしっかりとした手応えを感じながら、斜め後ろ上空へとすり抜けた。降下しながら5連装フィンガーバルカンを撃ちまくる。
 ランドセルからから頭部にかけてを蜂の巣にされて、残りの1機が崩れ落ちた。

 バランサーを起動してスライディングするように機体を地面に突っ込ませ、猛烈な土砂を巻き曲げながら、巨大な質量が着地した。
 衝撃がコクピットをシェイカーのようにかき回すなか、イワモトは必死で機体を建て直す。
 後方に回ろうとした2機が迫ってくるのが見える。

「なめるなっ!!」

 足を狙ってヒートロッドを振るが、ジャンプでよけられてしまう。頭上を取った1機がそのまま串刺しにしようとビームサーベルを逆手に持ち替える。
 刹那、にやりとイワモトの顔に笑みが浮かんだ。的をはずしたヒートロッドを勢いのままに頭上で一回転させ、逆手に持ち替えたジムの足を絡め取った。

「ザクとは違ぇんだよぉぉっ!!」

 そのまま腰をひねって空中にいるもう一機に力任せに叩きつける。
 もつれ合うように地面に叩きつけられた2機のジムはそのまま動かなくなった。
 片足が外れているのだから動かしたくても動かせまい。
 
 とどめに高圧電流を流して、誤作動でもだえるように動くのを見ながらヒートロッドに異常がないことを確かめた。
 先ほどからうるさいほどに心臓がなっている。それ以上に心の奥底からあふれるのは戦闘の狂熱だ。

「これだから、こいつ(グフ)に跨るのはやめられねぇ」

 何かに酔ったような浮ついた気分でイワモトはつぶやいた。そろそろ機体も温まってきただろう。
 本番はまだまだこれからなのだ。



 緒戦の混乱から立ち直った我々は徐々に小部隊ごとに統率を取り戻していた。そして遅まきながら、反抗を始めようというころには、敵味方入り乱れての完全な乱戦状態に持ち込まれていた。戦車部隊は血相変えて逃げ出したが、逃げ遅れた者達の通信からは絶望のみが聞こえてくる。そしてMS部隊は数的に優位であってなお、恐れているこの現況を作り出した元凶であるジオンの「斬込隊」を…。
 我々は彼らがMS部隊を突破し、本陣へと特攻をかけるものと予測していた。しかし、彼らにとってはその日は戦争の始まりに過ぎなかった
 芸術的ともいえる戦術と部隊連携を披露した指揮官である「マ・クベ」の名を聞くたびに、我々は幼き日にクローゼットに潜む化け物に震えていたころを思い出す。
 そう、私達はまるで幼い子供のように何も出来ず、ただ仲間がレーダー上から消えていくのを見ているしかなかった。
                                                          
                                                       元大型陸戦艇「バターン」 オペレーターへのインタビュー



 打ち寄せる波のように…。それは寄せては反し、寄せては反し、岩壁に砕けて消える波のように。
 永劫ともいえる軍勢を屠り続けながら、それでも心に絶望はなかった。

 これで何機目だ……? ショルダータックルでジムを吹き飛ばしなら、メルダースは思った。
倒しても、倒しても、沸いてくる敵。それを不思議なほどの冷静さで斬り伏せている。斬込隊のほかの連中もそんな具合らしい。
 一言もしゃべらずただひたすらに、己の責務を果たしているようだった。

 志願者で構成された腕利きの集まりとはいえ、いくらなんでも異様過ぎる……。

 そう思いながらも、メルダースのグフは、すくい上げるようにジムの片足を切り飛ばした。

「キリがないな……」

《少尉!!》

通信機からの声で、はっとモニターを見る。横合いから、ビームサーベルを振り上げたジムが迫る。


「畜生!!」

悪態をついた瞬間、全身から煙を噴出してジムが倒れた。倒れた右足を良く見ればヒートロッドが毒蛇のようにからみついている。

「イワモト曹長か!」

《間に合わないかと思いましたよ》

 通信機から快活な声が響く。映像通信の中のイワモト曹長はまるで水を得た魚だった。

《しかし、少尉殿を初め、オデッサのグフパイロットはこんなに腕利き揃いだったんですね》

イワモト曹長が関心したように言う。

「いや、俺も自分で信じられないくらい落ち着いている。びっくりするほど周りが良く見えるんだ。なんだか妙な感覚だ」

《司令の鉄面皮が移りましたかね?》

曹長は冗談めかして言っているが、メルダースにはあながち冗談ではないように思えた。
敵の位置、味方の状況がなぜか頭に浮かんでくるのだ。まるで巨大な粉砕機のように、斬込隊は敵機を飲み込み続けていた。

「そういえば、司令もなかなかの腕だったな」

  言いながら、メルダースはヒートロッドで陸戦型ジムを引き倒す。

《ありゃ、腕もありますが、機体との相性が抜群に良いんです》

 そのジムにヒートサーベルを突き立てながら、曹長が答えた。

「そんなもんかな?」

 メルダースが足元に群れる61式を機関砲で掃射する。戦車の宿命というやつで上面装甲の薄い61式に、斜め上から撃ちおろされるのは75mmである。
たとえ半分の口径でも致命的だ。
 上面装甲に瞬時に大穴が開き、砲塔が吹き飛んだ。

《そんなもんです……》

曹長のグフが後ろからの60mmバルカンをシールドで遮り、そのまま蹴り倒す。倒れたジムの胸部をヒートサーベルで切り裂いた。

気づけば連邦軍部隊は撤退していた。周りは破壊された戦車とジムの残骸で埋め尽くされていた。斬込隊の機体がきょろきょろと敵を探しているのが、妙に滑稽だ。

「どうやら終わったらしいな」

《ですね》

曹長のグフが傍らに立つ。機体の装甲は、返り跳んだオイルで、ほとんど黒く染まっている。

まるで惨劇のあとだ……。

「いや、実際、惨劇だな。それにしても曹長、酷い有様だな」

《少尉殿だって、斑になってますよ》

通信機越しにイワモト曹長の笑い声が聞こえる。信じられないことだが、どうやら勝ったらしい。メルダースはふっと息を吐いて、シートに沈み込んだ。

《諸君、ご苦労だった。補給に戻るぞ》

戦いに勝ったというのに、マ・クベ中将の声は冷静そのものだった。だが、小さな声で「やはり、ギャンは良い機体だ」と呟くのをメルダースは聞き逃さなかった。

《少尉殿、やはりグフは良い機体ですね》

 イワモト曹長が無邪気に言う。「そうだな」と答えて回線を切った。手に残った感触に、不意に笑みがこぼれて来る。敵機を切り伏せた時の感触、白兵戦独特のギリギリの緊張感、全てがたまらなく心地よい。
 はっとして、メルダースは思いを寄せていた部下の顔を思い浮かべた。君のせいじゃなかったよ、と心の奥底で呟く。不意に気づいてしまったのだ、自分が本当に求めていたものに……。
不意にこみ上げてきた感情に、彼は狂ったように笑い転げた。笑っているはずなのに、涙が出そうになる。
耐え切れなくなって、メルダースはイワモト曹長に回線をつないだ。

「なあ、曹長。俺たちは狂ってるのかな?」

メルダースの声に何かを察したのか、曹長が穏やかな声で答えた。

《戦場で、何がまともかを尋ねるのは無駄なことです》

「そうだな……」

メルダースが通信を切ろうとすると、ですが、と曹長が続けた。

《大事なのは突きつけられた現実の中で、どうしたいかだと思います》

「そうか……ありがとう、曹長」

《いいえ、少尉》

 少しだけ、メルダースの胸に溜まったものが、下りたような気がした。


あとがき
軍人さん紹介

「岩本 徹三」
トオル・イワモト曹長の元ネタで最強の零戦パイロットと呼ばれた日本海軍航空隊のエースパイロットです。写真を見ると結構良い男だったんでちょっとびっくりしました。「テツゾウ」だと語呂が悪いかなぁ、と思い考えた結果「徹三→とおるさん→トオル」とまあ下らない洒落で名前を決めましたw


 読者の皆さま、大変お久しぶりでございます。落ち込みかけたモチベーションを何とか戻すべく、なぜか本編よりも反響があったオデッサ編を加筆修正しました。
 大幅に加筆修正したのでもしや別物っぽく見えるやも知れません。今回はオリキャラ「メルダース」と「トオル・イワモト」のキャラクターを深く描くところに重点を置きました。
 それと、戦闘シーンの躍動感が出ていれば、もう言うことなしなのですが、いかがだったでしょうか?
 何時もコメントを下さる皆様には本当に感謝しております。ここまで連載が続いたのも皆様のおかげです。
 たとえ一言でも書いてあれば「ああ、この人は読んでくれたんだ」と確認することが出来ますからとてもありがたいです。
 正直に言ってしまえば、途中やめたくなった時期もありました。それでも皆様のコメントを受けて「ああ、こんなに支えてくれる人たちがいるんだがんばろう」
 そう思って稚拙ながら書いてまいりました。
 ここから、何とかモチベーションを取り戻して、完結までつなげていきたいと思いますので、読者の皆様、どうかよろしくお願いいたします。




[5082] オデッサの追憶 第二話 意地ゆえに
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/23 08:26
 ジオン公国軍オデッサ基地 地下要塞区画

 固い岩盤と特殊装甲に守られた格納庫へと帰還した英雄達を整備兵たちはあらんばかりの歓声をもって出迎えた。
 マ・クベは先ほどの戦闘の火照りを残したまま、その歓声を受けた。
 こうまで歓声を受けるのは連邦との和平交渉代表使節団として地球に赴いて以来である。
 思えばそれが全ての始まりでもあった。地球連邦との交渉、思えばキシリアの意思に反してあの時和平を締結することはかなったはずである。
 だが、それではこれから宇宙と地球で人類を二つに割る内戦と暗闘が繰り広げられ、至極面倒な世の中になったはずである。
 それよりも、文化や歴史というものに親しんできたマ・クベにとって、この戦いはまだ終わるべきではなかった。

 戦いは人類の時計を早め、技術を発展させ、文化的隆盛の礎となる。戦いも、それによる悲劇も、喜びも、憎しみ、全てが人類を成長させてきたのだ。
 そして、地球から旅立った人類は、スペースノイドとして自主独立し、人類の文明の後継となって始めて我々は真のスペースノイド(宇宙人類)になる。
 この戦いは地球と宇宙の独立戦争などというには収まらない。これまでいく星霜と続いてきた人類文化をめぐる継承戦争なのである。 
 だからこそ、マ・クベは戦争の継続を望んだ。人類は互いが嫌になるまで血を流して初めて融和することが出来るのだ。
 
 そして、この戦争の行く末を人類という種の末を見届けたいとすら思っているのではないかと、マ・クベは自信の内部を推察した。
 まるで神のごときおごり高ぶった視点だ。己もその喜劇を演じる端役の一人でありながら、まるで演出家のような顔をする。
 それをはき捨てようとする動きもまた、己の興味深い一面か。マ・クベは己の中で、すべてを外から見たいという想いと、当事者としてその場にあるものを見て、感じて、
翻弄されて、抗っていたい、そんな相反する欲求が渦巻くのを感じていた。
 自身とその部下たちを率いて、鉄火場に飛び込んだという経験がそういう思考を導いたかは定かではないが。
 もともと、人にやらせるを好まぬ気性であることは確かである。

「お、おかかえりなさいませ、中将閣下!!」

 いきなりの声が、マ・クベの思考を破る。コクピットのハッチを開くと出迎えるように若い整備兵が立っていた。どうやら緊張しているらしく、言葉が少々ぎこちない。

「閣下…?」

 何か不興を買ったと思ったのだろうか。若い青年が不安そうな顔で、マ・クベの顔を見る。

「閣下、ご無事で何よりです」

 そばに立っていたベテランらしい初老の整備兵が後を継ぐように言った。

「ご苦労」

 この老兵はきっと若者をかばおうとしているのだろう。かすかな笑みを浮かべながら、応じながら機体のシステムチェックを任せた。
 老人は若い可能性に期待し、それを守り育てようとする。それが摂理というものだ。そして若い可能性は己を芽吹かせ未来へと伸びていく。
 
 そんな、存外に俗っぽい考えなのやもしれぬ。この戦争に若人たちを引き込みながら、同時に彼らがこれを乗り越えて行くことをどこかで望んでいる自分に気づいて、
マ・クベは皮肉な笑みを浮かべた。

「いよいよもって、己を見出したというのか…まったく小ざかしい」

 かすかに自嘲の呟きをもらしながら、マ・クベはなんとなくすがすがしい気分であった。

「機体に関して、何か不具合などがありますでしょうか」

 初老の整備兵が丁寧な口調でいう。どこかなれない感じがするのは、高級将校が搭乗する機体を調整するなど珍しい経験だからであろう。
 当然である。そんな状況が何度もあってはジオンは終わりだ。

「すこぶるいい。だが、近接戦闘動作パターンを少し調整したい」

「了解しました」

「あ」

 なにやらメモを取っていた若い整備兵が持っていた書類を取り落とした。

「ふむ?」

 メモにヒートサーベルのぶっ違いとビームサーベルが重ねられた紋章のスケッチがある。

「え、えとあの、これは、その」

 若い整備兵があわててメモを拾い集める。初老の整備兵は黙って、その青年の頭に拳骨を食らわせると。

「失礼いたしました」

 と何事もなかったかのように、マ・クべに向き直った。

「問題ない。時に軍曹、少し余計な仕事を頼んでもかまわんかね」

 にや、と癖のある笑みを浮かべたマ・クベに初老の下士官は少しだけ驚いたような顔をした。



 しばらくして、マ・クベはウラガンに基地全体への回線を開くよう命じた。

「諸君、本当にご苦労だった。諸君らの献身は疑う余地のない事実であり、私は誇りに思うとともに、諸君らに重荷を背負わせた事を恥じねばならない。
だが、戦いはまだ終わったわけではない。戦争はまだまだ続くだろう。そして、私の責務はできうる限り、ジオンの至宝たる諸君らを宇宙(そら)へと帰すことである。
明日は決戦である。諸君らすべてを見送るまで、私がこの地を離れることはないだろう。我々は連邦に教育を施さねばならない。
われらジオン公国の戦争がいかなるものかということを……ジオン万歳」

 みなが声ひとつなく静まり返っている。

「じ、ジーク・ジオン」

 整備兵の誰かがつぶやいた。
ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! いつしかつぶやきは叫びに変わり、漣のように広がりながら、やがては爆発的な歓声となって基地全体を揺るがした。
その歓声は通信回線の記録にも残っており、後の歴史調査で当時のジオン兵の士気がいかに高かったかを裏付ける重要な証拠となった。

 なお当時の格納庫で写された写真には、オデッサ斬込隊の代名詞ともいえるヒートサーベルのぶっちがいに重ねられたビームサーベルの紋章が描かれたギャンが確認されており、
これがオデッサ基地司令官であったマ・クベ元中将(2階級特進し元帥)の愛機であったといわれている。




斬込隊の鬼気迫る活躍と、それにより士気を高めた防衛線の奮闘により、連邦軍は一時的に撤退した。その間に脱出部隊第一陣であるガウ部隊が基地を離脱。
 第一次降下部隊が制圧したバイコヌールと第四次降下部隊がいるアフリカへ向かった。
それによる戦力の低下は、連邦軍に再び攻撃の意思を持たせるには十分だった。
 洋上に展開した連邦軍艦隊は艦砲射撃を開始、合わせて連邦航空部隊の爆撃機が高高度から爆弾をばら撒いた。
 後に「鉄の嵐」と呼ばれる濃密な砲爆撃が、地上構造物の一切を瓦礫に変えた。
 ジオン制圧下にあっても毅然としてあり続けた古の街並みは皮肉にも連邦軍の攻撃によって、その長い歴史に幕を閉じたのだった。

基地の地下区画では、HLVによる宇宙への脱出準備が行われていた。
砲撃の震動で、天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。地下の対爆壕内では整備班が必死で帰還した斬込隊各機の整備を続けている。整備といっても、次の戦闘が控えていたので大半は乗り換えた機体の調整作業だった。
メルダース達はその間に短い休息を取ると、ブリーフィングの為に再び格納庫へ集合した。
 
「諸君、ご苦労だった。ガウ部隊は無事に撤退した。次は宇宙への脱出作戦を支援する」

 機体の前に集まった男たちを前に、マ・クベ中将が淡々と話しはじめた。

「まもなく、連邦軍の準備砲火が止んだら、HLV部隊は一気に脱出を開始する。そのHLV部隊に対する地上からの攻撃を防ぐのが我々の役目だ。遠距離支援仕様の機体を優先的に叩け」

 話し始めは淡々と、しかし次第に静かな熱が言葉の隅々に表れる。その場の男たちはただ黙って、それを聞いていた。

「基地守備隊も戦闘には参加するが、彼らは順次脱出していく。彼らの全てを宇宙に上げるまで、我々はこれを支援する。諸君の奮闘を期待する、以上だ。ジーク・ジオン」

 ジーク・ジオンと口々に答えながら男たちは司令官に敬礼をした。

 目の前に死が迫っていると言う感覚は、メルダースにはなかった。ただ、任務を遂行できるか否かが気になる。
 いつから自分はこんなに腹の据わった兵士になったのだろう、そんなことを自嘲気味に思う。
 いや、死にたがっているのか。メルダースはこの手に触れることができそうなまでに近づいた死の感触に恐れを抱きながら、同時に強い魅力を感じていた。
 死が目前に迫るからこそ、極限の中に生を求める快感を見出しているのか。これではまるで娼婦の男あしらいではないか。
 己の感想に苦笑をこぼしながら、ふとイワモト曹長に目を向ければ、彼もまた同様の表情をしている。

「怖くないのか曹長?」

 そう、メルダースが尋ねたのは己の異常な本心を打ち明けるのが、はばかられるゆえだ。メルダースの言葉に曹長は黙って手を差し出した。
 出された手のひらを握ると、男の手はかすかに震えていた。

「死ぬのは怖いです。でも、同時に……自分を試して見たい……いえ、証明したいんです」

「証明?」

「俺とこいつがどこまでやれるのか……俺とこいつならやれるって事を」

 何が?とはあえて聞かなかった。それは言葉にするには複雑であったろうし、言葉にするまでもなくメルダースにはわかっていたからだ。
 何故だかメルダースには、曹長の言葉を否定することは出来なかった。同時に、斬込隊に志願した者たちは、大なり小なり同じような理由なのではないか、そう思った。
 ともすれば、彼らは皆、時代に背を向けた化石人間の集まりだった。いやきっと「隊長」のように言うならば、この場で「歴史」となることを選んだ者たちだ。

「曹長、ひとつだけ訂正させろ」

「なんです?」

「『俺が』どこまでやれるかじゃない。『俺達』がどこまでやれるかだ」

 曹長の手の震えがぴたりと止まった。一瞬、あっけに取られたような顔をして後、岩本曹長は子供のように笑った。

「はい」

 砲爆撃に揺らされながら、照明がわずかに明滅する。出撃時間を知らせるサイレンが断続的に鳴り響く。

「曹長、行こう」

イワモト曹長は黙ってうなづくと、自分の機体へ走った。メルダースには、その後姿が少し寂しげに見えた。

 


我が軍の容赦ない攻撃によって基地周辺施設は瓦礫に埋もれ、遺棄された兵器の残骸がそこかしこに見られた。
それは、さながら墓標のようだった。実際に砲撃に巻き込まれたものも少なくなかったことを考えれば、そこはまさに墓場だったのだろう。
だが、オデッサはまだ死んではいなかったのだ。
墓標の下で息を殺し、屈辱と恐怖に耐えながら、ただひたすらに復讐の念に燃えていた男たちがいた。
彼らこそオデッサ最強の精鋭部隊。「マ・クベの斬込隊」である。
敗北は沈黙を生み、敗れしものは語るを失う。
ならば、あの日敗北したのは一体どちらであったのだろうか。
ただひとつはっきりしていることは、我々は「彼ら」を語る言葉を持たないということだ。

「オデッサ~黙示録の日々~」より抜粋





 残骸の中に身を隠しメインジェネレーターを止めると、後方の部隊から、こちらの映像が送られて来た。時間がなかった割には、良く出来たほうだ。残骸の中に機体を隠蔽し、後方ではマゼラトップ砲を装備したザク部隊と戦車部隊が火力支援のために待機している。
斬込隊、一世一代の大舞台は全て整い、幕が開くのを待っていた。

予備電源の為に薄暗いコクピットの中で、マ・クベは先ほどの戦闘を振り返った。

一体なんだったのだ? あの妙な感覚は……。

斬込隊と言う体が、マ・クベという脳を頂いたようなそんな感覚。まさに「以心伝心」と言わんばかりの一体感だった。
驚くべき事に、先ほどの戦闘でマ・クベは一言も指示を出していなかった。斬込隊の面々が優秀であるとかそういう話ではない。
彼らは皆、マ・クベが出そうとした指示を先取りするように動いていたのだ。まるで、彼らが皆、マ・クベの心を読んでいるかのよう……と言うよりは、むしろマ・クベの心が皆に繋がったかのような、そんな感覚だった。

「まるで、NTではないか……」

 思わず呟いて、何を馬鹿な、と自嘲する。ガイアの言った言葉を一笑に付した自分がこんなことを言う資格など無い。

「下らん、アドレナリンの見せる妄想だ」

 マ・クベはそもそもNTと言うジオニズムに生物学的注釈をつけたような妄想が嫌いだった。文明は一朝一石の突然変異がもたらすものではない。長い時の中で築き上げてきたものから生み出されるのだ。「ローマは一日にして成らず」と言う言葉もある。文化もまたしかりである。
そもそも、ジオニズムは宇宙移民に人々の革新を求めるが、人々が求めているのは、革新ではない。より住みやすい世界を求めているだけだ。そんな人々のかすかな願いが、積み重なって文化を創り、文明を生み出すのだ。
何かに行き詰ったなら、今まで歩いてきた道を振り返ればいい。それすらせずに、全てを忘れて新しくやり直そう、などと言うのは愚の骨頂だ。単なる逃避にすぎない。
マ・クベの思索を中断したのは、部下の機体からの映像回線だった。


《マ・クベ中将!》

「どうした?」

考え出すと止まらなくなるのは、悪い癖だな……。

神妙な顔つきの部下を見ながら、マ・クベは心のうちで自分に苦笑した。
男は言いにくそうにしていたが、意を決して話し始めた。

《あの…いや、その……》

 なにやら歯切れが悪い。

「……メルダース少尉。私に話したいことがあるのではないか?」

《へ? ちゅ、中将殿……》

 名前を呼ばれて、メルダース少尉が素っ頓狂な声を出す。

「どうした、まさか名前を間違っていたか?」

《いいえ、どうして自分の名を》

 名を覚えていたことが相当に意外だったらしい。まだ目を白黒させながら、唖然としたような顔をしている。

「私は指揮官だ。直属の部下の名くらい覚えている」

《……》

 メルダース少尉がはっとしたような顔をして、直ぐに敬礼した。

《マ・クベ中将! 中将の指揮下に名を連ねたことを誇りに思います!!》

 マ・クベは答礼を返すと、穏やかに答えた。

「私もだ少尉。それで、何を話そうというのだ。ともかく私は忙しい。あの公明なレビル将軍をたっぷり歓迎せねばならない……」

 にやりと口の端をゆがめながら、口調はどこか楽しげであった。
 こんな表情もできるのか、と驚きながら、メルダースは気を取り直した。

《閣下、先ほどの戦闘で自分たちは、その、妙な精神状態になりまして、その」

「具体的にいいたまえ」

 内容があらかた予測できたマ・クベの眉間にわずかに皺がよった。

「失礼しました! 連帯感であります。かつてない連帯感を感じていたのであります。閣下が命令を発していないにもかかわらず、自分やその部下たちも何の疑問も持たず行動しました。
 自分たちは閣下の意思に沿ったものであると確信を持っていたのです。自分たちは間違っているのでありましょうか。あの時感じた感覚は……」

少尉の声は明らかに戸惑っていた。無理もない戦場という極限状態で正気を保ち続けることの困難さは彼らが一番良く分かっていているのだ。
 まして今まで経験したこともないような、奇妙な感覚に支配されていたという事実は、彼らの不安をかきたてるには十分すぎる。

「…メルダース」

 穏やかな、それでいてはっきりとした声がメルダースの声をさえぎった。

「君たちが感じた感覚は、私も感じていた。確かに私は戦況を鑑み命令し、諸君らを動かした。私もうまく説明することはできないが、この現象によって我々は先の戦果を残したものと思う。
であるならば、我らはこれを恐れることはないのだろう。明言できなくて申し訳ないが、君が満足できる答えだったか?」

 神妙な顔つきで聞き入っていたメルダースが、どこかほっとしたような顔になった。

《ありがとうございます。自分たちは、閣下を信じて戦います》

「ありがとう。私も君たちの技量は信頼している」

 男たちはどこかぎこちなく、互いにはにかんだ。マ・クベはふとこの兵士が死んだときに、自分はどう思うのだろう。という疑問が唐突に脳裏に現れた。
 今までは、兵士はこまの一つであると思っていた。生来、人好きのする性格ではないために、恐れられることはあっても好かれることはないだろうと考えていた。
 仕官学校時代のただ独りの友人の顔が急に思い浮かんだ。彼ならその死を惜しみつつ、任務さらにまっとうしようとするだろう。
 マ・クベは生来、死というものを割り切れてしまう人間だった。だが、そのときの彼は単純に不快だろうと思った。
 メルダース少尉が仮に死んだとしてその責任は、指揮官である自分にある。己のミスが不快なのは当たり前といえば、当たり前だ。
 でも、何かがひっかかる。己の中にそれ以外の何かがあるような気がしたが、マ・クベはあえて思索を打ち切った。

「諸君、時間だ。これより作戦は第2段階に移行する」

 マ・クベの言葉が終わらないうちに、市外各所に設置されたスモークランチャーが一斉に作動する。蜘蛛の巣状に広がった煙幕がまるで雨のように降り注ぐ。
 同時に凄まじい地響きが瓦礫を振るわせた。地面が揺れているのだ。地中から何かが上がってくる振動を感じながら、マ・クベの心の中に一つの灯火がともった。

「それでは諸君。戦争の時間だ」

 地下要塞区画の発射口の偽装が吹き飛ぶ。薄もやとともに差し込んだ光の中を、深蒼の騎士達が一直線に駆け上がった。
 



突然の狙撃とそれに続く砲撃は連邦軍MS部隊を混乱に陥れるには十分な自体だった。
 射程の関係上最前線に配備された狙撃部隊はその位置を隠匿すらために、一般部隊とは隔離されている。
 しかし、基地からの熱源を撃墜すべく放った攻撃によって、その位置が露見している。

《何処から撃たれているんだ!!》

《隊長がやられたぁぁぁ!!》

《やられた脱出する! ぎゃぁぁぁぁっ!!!!》

《航空隊は何をやってる! さっさと敵の野砲陣地を潰して来い!!》

「落ち着け! 皆、落ち着くんだ!!」

指揮を引き継いだスナイパー部隊の分隊長が必死になって叫ぶ。砲弾が雨のように降り注ぐ状態では、砲撃陣地の特定すら出来ない。逃げようにも、下手に動けば砲火に当たりかねないのだ。

彼らの頭を越して、フライマンタ攻撃機隊が一直線に飛んでいく。しばらくして遥か遠方でいくつかの爆発音と共に砲撃が途絶える。対空砲火の曳光弾が点々と見える。ともかく砲撃は止まった。ここぞとばかりに分隊長は叫んだ。

「航空隊がやったぞ! 全機、隊形を整えろ!!」

無線でノイズ交じりの歓声が響き渡る。ノイズが徐々に舞して、通信は安定を欠いたままだ。

「何がおきてやがるんだ」

 小隊長の胸に不安が広がる。砲煙はいまだ晴れず、むしろ視界は悪くなる一方だ。
 派手に爆発した割には脱落した機体も少ない。ここに到って、その不自然さに気づいた。

《……をつけろ――くる》

砲弾は空中で爆発し、傘のように広がった煙幕が下りてくる。あたりは白煙に包まれ、50m先の味方部隊がかろうじて見える程度だ。
同時にレーダーにもやがかかり、通信機のノイズが酷くなる。

「ミノフスキー粒子を含んだ煙幕か、ジオンめ、姑息なマネを!」

《気を――らは――火と共に―――》

 不鮮明だった通信が完全に途絶えたのを聞いて、彼は忌々しげに吐き捨てた。
ふと目を凝らすと前方にぽつぽつと明かりが見える。目を凝らすと、空中に浮いたその明かりはだんだん増えていることに気づいた。
 それはまるで、生者を冥府へと誘う鬼火の群れ。
 ぞくり、と男の背中に冷たいものが走った。

「各自警戒を怠るな!!」

 あの通信は最後になんと言っていたのだろうか。かろうじて聞き取れた単語が、頭の中で瞬時につながっていく。

《気をつけろ。奴らは鬼火と共にやってくる》

 ふと煙の中に、いくつもの影が浮かび上がる。鬼火に見えたのは煌と光を放った単眼であった。

「まさか……」

 ゆっくりと時間が流れる。熱センサーが至近距離に近づいた識別不明の熱源を映し出した。
 けたたましいまでの接近警報を聞きながら、とっさに突き出した筒先が、突如延びた黒い刃にはじかれる。

「熱伝導を切ってたのか……」

 立ち込める煙の中から這い出た黒い切っ先が眼前に迫った瞬間に、彼の意識は途絶えた。




《こちらメルダース。標的を排除しました……》

 メルダースの操るグフがヒートソードに突き刺さった敵を足で押しのけた。
 いくら熱センサーの有効圏内が狭いといっても、さすがにヒートサーベルやビームサーベルの熱源は探知されやすい。
 ゆえにこその隠密行動であった。いくら合流してきた特殊部隊の協力があるとは言え、迅速に行動しなければならない。

「空に上がる味方を支援する。諸君、支援装備の敵機を最優先で潰せ」

《《《《《《《《《《《《《《《《《《《了解》》》》》》》》》》》》》》》》》》》

 やはり通信機のノイズが酷い。にも関わらず、統率に乱れはない。一個の機械のように正確に敵を屠っていく。

《…クベ中将…砲撃部隊…退いた…です》

 メルダース少尉からノイズだらけの通信が入る、。煙幕と通信妨害によって連邦軍部隊は混乱し、隊列は崩れている。懐に入ってしまえばこっちのものだ。
 マ・クベは前に出てきた護衛らしきガンダムもどきを斬り倒す。メルダース少尉とその僚機が後ろに控えていたジームスナイパーを血祭りに上げた。

「メルダース少尉にその相方も、いい腕をしているな」

 マ・クベは満足そうに呟いた。比喩ではなく己の手足のように動く部下達に、マ・クベはそれまでにない満足感を感じていた。

《隊長ッ!》

 熱センサー上に表示されていた味方のマーカーが一つ消える。

《こ、こい…は、ぐあああ…ぁぁぁ!!》

 突如、オープン回線に入った悲鳴。マ・クベはとっさに通信機へ怒鳴る。

「何があった!!」

 煙幕が晴れてくる、モニターに移ったのは白い機体。足元に倒れふすのはグフはコクピットを貫かれていた。

「レビルめ、やはり、出してきたか……」

 先行量産型のまがい物ではない。そこにいたのは連邦の白い悪魔と呼ばれたMS。「RX-78ガンダム」あまたのエースを屠ったジオンの仇敵である。
 マ・クベは迷った。ここは自分がガンダムの相手をすべきか、機体を考えればそれが一番適している。だが、そうなれば斬込隊の指揮を執るものが居なくなる。
 それに機体はどうあれ、腕の差は明白である。策と準備を練った上でなら、戦いようもあるというものだが、こういう状況ではマ・クベが不利だ。

《中将殿…こいつは俺が相手をします》

 うっそりと通信機からの声が響く。一機のグフがガンダムの前に立ちはだかった。
 その声に陽気な男の印象はない。低くおし殺すような声音の中には明確な戦意が見て取れた。

《イワモト曹長! グフでは無理だ!!》

 メルダース少尉が叫ぶ。

《だから、やらねばならんのです!!》

 そう叫ぶと、イワモトのグフがガンダムに突っ込んでいく。
トオル・イワモト曹長、先の戦いでメルダースとロッテを組んでいた男だ。オデッサ基地のエースの一人であり、変わり者と評判だった男だ。考えてる暇はない。
マ・クベは決断した。

「分った。ガンダムは貴様に任せる。メルダース!」

《はっ!》

「……曹長の邪魔をさせるな」

《はい!》

 マ・クベは部隊の位置を確かめた。迷っている間に数機が敵に包囲されている。このままでは押し潰されてしまう。

《貴様ら何をやっている!! 自分の仕事を忘れたか! 各機! 自分の隣の味方を何があっても守りぬけ!!》

 檄を飛ばしたのは、マ・クベの背中を守っていたウラガンだった。散りかけた斬込隊の機体がマ・クベの元へ結集する。二機がお互いを守りあい、ロッテがロッテを守り、シュバルムがシュバルムを守る。部隊は統制を取り戻し、再び殺戮機械となった蒼の巨人が群がるジムを嵐のように切り伏せた。





 白と蒼の機体が激しく打ち合う、悠長な鍔迫り合いなどない。互いの刃を交わしながら、流れるようにサーベルを打ち込んでいく。

「こいつ…やる」

 白いMSのコクピットの中で少年は驚嘆していた。「赤い彗星」「蒼い巨星」「黒い三連星」今まで戦ったどのエースたちとも違う。
 それでいて確かな強さがある。
 相手の機体はかつて戦った相手と同じものである。にもかかわらず、その動きは同じものではなかった。
 蒼い巨星は確かに強かった。しかし、何かがその強さを妨げているようでもあった。そう強いて言うなれば「しっくりきていない」感じがしたのだ。

 機体にあってるんだ…。以前ジムに乗ってからガンダムに戻ったときに感じたときと同じ感触。
 
「……もしあの時ラルさんが、僕にとってのガンダムのような機体に乗っていたら」

―― 僕はあなたに勝てたでしょうか。

 少年の呟きに答えるように、シールド側に回りこんだグフが強烈な体当たりをかました。
 衝撃でコクピットの中がシェイクされる。内蔵を掴まれて揺さぶられたような慣性の感触に吐き気を感じながら、それでも少年は操縦桿を握り締めた。
 コクピットにいながら、少年は確かに向き合っている相手の存在を感じていた。

 ただ数合打ち合っただけの顔も知らない相手である。にもかかわらず、少年は相手についてなにか確信めいたものがあった。
 相手は己の機体を理解しつくしていること。
 きっと自分と同じような機械好きであること。
 機体に対して自信と愛情を人一倍持っていること。
 出会い方が違えばきっといい友人になれたということ。
 そして、何より相手もそれを十分に理解したうえで、自分を打ち倒すこと決意していること。
 それは、きっとかつて同じ機体に乗って自分の前に立ちはだかった「あの人」が持っていたものと同種の物なのであろう。
 自分にそれがあるかどうかは分からない。だが、唯一つはっきりしていることがある。 

「それでも、僕は……」

 ビームサーベルとヒートサーベル、互いに抜きあった刃が灼熱の輝きを放つ。

「負けるわけには行かないんだああああっ!!!」

 白い悪魔の怒涛の反撃が始まるのは、まだまだこれからのことであった。
 


 まるで生身の人間同士が戦っているような、そう形容する以外に方法がない。それほどまでに激しい白兵戦が展開されていた。
 ともにロッテを組んで戦っていたから分かるが、曹長はそうとうな腕の持ち主である。
 
 あの蒼い巨星はグフでもってガンダムを圧倒したという。とすれば、今の曹長はあの往年のエースパイロットにも負けず劣らぬというわけだ。
 一説にはMSの黎明を築いたとも言われる男と…。さもありなん、目の前で繰り広げられている高度な攻防は余人にできかねることであろう。
 ともすれば、その一端を担っている白い悪魔とて、その異名が過分ではないことを示していた。
 まさに一進一退であり、これでは援護射撃も出来ない。
 それは敵も同じらしかった。数機の旧式が遠巻きにしている。向かい打ち合う両者を壁にしてこちらも手が出せない。

 グフの体当たりを受けて体勢を崩したガンダムが、頭部のバルカンを放つ。曹長が盾で受け止める。
 一瞬、視界を阻まれた刹那の瞬間に前進したガンダムが、今度はグフを盾ごと蹴り飛ばす。大きくのけぞったグフにシールドの一撃が叩き込まれる。
 体勢を崩しながら放たれたグフのヒートロッドにシールドを投げつけ防ぐ。
 ガンダムが踏み込む。至近距離から銃撃を浴びせようと突き出したグフの左腕を肩口から切り飛ばした。

《ぐあっ!!》

 バランスを失った機体が尻餅を突くように倒れる。

「曹長ぉ!!」

メルダースが駆け寄ろうとすると、その前に二機の旧式が立ちふさがる。その時、メルダースの中で何かが切れた。

「邪魔を、するなぁぁぁぁ!!」

 白熱した思考の中で、メルダースは冷静に相手を見ていた。ガンタンクの120mmの筒先がこちらに向けられた瞬間、機体を倒れこませ、バーニアに点火。
 内臓がふっと浮くような浮揚感を感じながら、一気に接近すると、ヒートロッドをタンクの砲身に引っ掛け、遠心力を利用してガンキャノンに強烈な回し蹴りを叩き込む。

《どわぁぁぁぁ》

 オープン回線に敵パイロットの悲鳴が入ってくる。まだ若い、子供の声だ。圧電アクチュエーターが作動し、タンクに電流が流れる。

《うわあああああっ!!》

《カイさん! ハヤト!!》

 あわてたような声が入る。こちらも若いが、恐らくガンダムのパイロットだろう。
 何故、子供が…。一瞬の戸惑った隙に、ガンダムがこちらへ向き直る。隙はそれだけで十分だった。

《よそ見してる暇があんのかぁ! ガンダムさんよぉぉぉぉ!!》

 倒れていたグフがヒートロッドを放つ。毒蛇のようにガンダムの腕に巻きつくと、それを思い切り引き寄せた。

《く、こいつ!!》

 体勢を崩しかけたガンダムが瞬時に反応し、逆側に引き返す。逆に地面を引きずられる曹長の機体、そのバーニアに火がともった。

《勝負だあぁッ!!!》

《くそぉぉぉぉぉぉっ!!》

 とっさにシールドを捨て、ガンダムが逆の腕でサーベルを抜く。
 二つの機体が交差する刹那、空中で機体を捻ったグフはガンダムの横なぎの一撃をよけ、そのまま相手の片足を斬り飛ばした。
 すれ違った機体が地面に突っ込む。捻りを入れる前にヒートロッドの拘束を解いたことで、一瞬ガンダムの体勢が崩れたのが勝敗を分けたであろう。

「曹長! イワモト曹長!!」

 メルダースは曹長のグフへ駆け寄り、接触回線で呼びかける。唖然としていた旧式の2機も、ガンダムのほうへかけよる。

「曹長、大丈夫か? しっかりしろ!」

《少尉、来てくれたんですか? 奴は…ガンダムは、どうなりました》

 メルダースが答えようとすると、彼らの周りを守るように十数機のグフが囲む。

《メルダース、イワモト曹長、大丈夫か!!》

 接触回線で問いかけてきたのはマ・クベ中将だった。

「イワモト曹長がやりました! ガンダムを、やりました!!」

 メルダースが興奮して叫ぶ。あちらも相当な激戦だったのだろう。ギャンとそれに付き従うグフ部隊は皆オイルまみれで、装甲の随所に傷がついている。

《ガンダムがやられた…》

《嘘だろ……?》

 連邦軍の動揺した声が回線に入ってくる。ジムとガンキャノンに抱えられて、後退するガンダムの映像を誰もが見ていた。連邦軍のMSがじりじりと後ずさる。

《良くやった曹長。私からジオン十字勲章を申請しておく》

 映像通信の中のマ・クベ中将が、珍しく笑みを見せ、その言葉を皮切りに斬込隊の皆が歓声を上げた。
 その瞬間のことであった。コクピットの中に凄まじい衝撃が走る。巨大な噴煙の柱が基地のほうから立ち昇ってくるのが見える。
 その柱の先に見える光はきっと基地から離脱したHLVだ。

《HLV部隊、撤退開始。連邦軍からの攻撃なし…作戦成功です》

 ウラガン中尉の感嘆に震える声が聞こえてくる。鼓膜がいかれそうになるほどの大歓声が、通信機ごしに響いた。
 
《それでは諸君、凱旋と行こう》

 司令官の言葉に従い。男達は粛々と隊列を組む。まるで、古の騎士たちが勝利を掲げて帰路に着くように。
 蒼い巨躯の足取りは、どこか軽いように感じられた。
 今この瞬間、きっと司令官殿はある確信を、理性の言葉で打ち据えているだろう。
 すなわち、時間稼ぎに過ぎないと、無様に逃げ出すための小細工がうまく言っただけだと…。
 だが、どうあれ作戦は成功し、我々は目的を果たした。つまり我々は勝利したのだとこの瞬間だけは、噛み締めておきたかった。




 どこか閑散としたオデッサ基地の格納庫。その一部のみが喧騒と明るい笑い声を残す最後の砦であった。
 ほとんどの部隊が欧州・アフリカ方面へと撤退し、基地には戦車隊の一部と別区画で友軍撤退を支援していた特殊部隊「闇夜のフェンリル隊」が合流していた。
 連邦軍を見事に撤退させ、今は祝勝会の真っ最中というわけだ。

「おい、マニング! おまえ古巣が火事になったからって、出もどってくることは無いだろ」

「うるさい、戻ってきただけありがたいと思え」

「おーい、誰かかくし芸とかねーのか」

「あの、それじゃあその、歌を……」



 軽口と笑い声が地下空洞にこだまする。
 地下基地の一角では、斬込隊の面々と戦車隊の連中がフェンリル隊のメンバーと共に饗宴の真っ最中だった。
 その饗宴の輪から離れてトオル・イワモト曹長は暗い天蓋見つめていた。
 今はなんとなく、喜ぶ気にはなれないのだ。決して後悔などしていない。
 だが、やはり騒ぐ気にはなれなかった。

「主役が何を呆けているんだ? イワモト曹長」

 ジョッキを片手にメルダース少尉が近づいてくる。人の輪のほうからは、歌が聞こえてくる。
 天蓋の高い空洞であることもあいまって、豊かな共鳴を持った音が耳に届いてくる。若い女の声だ。

「にぎやかなのは嫌いじゃないんですが、ちょっと苦手なんです。少尉こそ、フェンリル隊の綺麗どころとお近づきになるチャンスですよ」

 そう言うって、イワモトは歌を謡っている女のほうを目配せした。
 メルダース少尉は少し困ったように笑うと、眩しそうにそちらを見た。

「俺は、女はもういいよ」

 しまった、少尉の前で女の話題は禁句だ、と思っても後の祭りで、言った言葉は飲み込めない。
 バツの悪い思いをしながらジョッキを傾ける。ビールの味はするもののアルコールは一切入ってない。
 言わば気分だけを味わうものだが、なんとなく味気なかった。

「リリー・マルレーンだな…」

「少尉?」

 メルダースが笑って、人の輪の方向を指差した。

「偉く昔の歌だよ。それにしてもフェンリルの少尉達は、なかなかいい声をしているな」

 そう言いながら、まるで音の流れに身をゆだねるように、メルダース少尉は目を瞑った。
 イワモトもつられて眼を瞑る。
 明るい、しかしなにか大人びた歌声が、不思議に心にしみた。

「戦地の兵隊が、故郷の女を懐かしむ歌さ。そりゃもう、化石みたいな歌だが…俺は好きでな」

 メルダースがポツリと呟いた。その視線はイワモトを超えて、天蓋のはるか先に注がれている。
 そうか、少尉のリリーは脱出したのか。思いの届かない女を、それでも守った男に何が残るのだろうか。

「少尉殿、ちょいと手洗いに行ってきます」

 そう言って、イワモトはその場から逃げ出した。少尉の気持ちは分かる。だからこそ、きっと独りになりたいはずだと、思った。

 気がつけば、格納庫まで来ていた。地面に横たわるのは無残な姿になった愛機。
 次の出撃までそんなに時間はない。新しい機体に乗り換えた方が早いので、そのまま遺棄されることになる。
 それは、何もイワモトの機体だけではない。機体に損耗した斬込隊の機体は全て乗り換えることになっている。何しろグフはあまっているのだから。
 イワモトは痛々しい愛機の姿に、何よりグフと言う機体が辿らざるをえなかった運命に、心が引き裂かれるようだった。

「俺だけ、生き残っちまったな……」

 足元に近寄って装甲をなでる。冷たい超硬スチール合金の感触が心地よい。

「でも、お前は凄いよ。何せあのガンダムをやったんだ……」

 明かりの落ちたコクピットに乗り込むと、化学繊維張りのシートの匂いが鼻をつく。こらえきれずに、涙がこぼれてくる。
すまない、と泣きすがって謝りたかった、自分のふがいなさを許してくれと言いたかった。だが、そんな甘ったれは愛機への侮辱だ。自分の罪悪感から逃れようとする方便でしかない。だから、イワモトは歯を食いしばった。それでも、摩擦であろうシートから帰ってくる温もりが、機体に包まれているように思えて、どうしようもなかった。
 
こぼれだす嗚咽、愛機の胸の中に守られながら、トオル・イワモト曹長は泣いた。友を失ったように、恋人を無くした様に、男の涙が果てるまで、その装甲が開くことはなかった。



しばらくして、コクピットを出ようとすると、何処からか話し声が聞こえてくる。よく耳をそばだててみると、マ・クベ中将と副官のウラガン少尉。
 そして特殊部隊の隊長だという少佐の姿があった。

「……明日の朝一番に出す最後のHLV部隊と共に、ザンジバルで斬込隊を脱出させる」

 その言葉を聞いて、イワモトは思わず叫びそうになった。必死で叫びをかみ殺すと、マ・クベ中将の言葉に耳を傾ける。マ・クベ中将は相変わらずとらえどころのない感じだったが、どこか穏やかだった。

「シュマイザー少佐、君の部隊には支援を頼みたい」

「は」

 簡潔な受け答えは軍人の見本のような男だった。だが、どこか声に硬さがあるのは高官の前だからではあるまい。
 階級に敬意は払えど、物怖じするような男には見えない。大方、時間稼ぎに付き合わされる自分の部下達の心配をしているのだろう。
 そんな反応を見て取ったのか、不快に取るでもなく、中将は簡潔な口調で言った。

「無論、脱出にはユーコン級を手配している」

 己を見透かされたと思ったのか、シュマイザー少佐は少しだけバツの悪い表情になった。

「ご配慮に感謝します」

「ウラガン、ザンジバルの指揮は君が取れ。艦橋要員にはそう通達しておく。

「司令は、マ・クベ司令はどうなさるおつもりですか!」
 
 ウラガン少尉が耐え切れなくなったように叫ぶ。マ・クベは黙って肩をすくめた。

「……あの壷をキシリア様に届けてくれ。あれはいいものだ」

「司令は此処で死ぬつもりですね」

 とがめるようなウラガンの言葉に、ふっと笑みを浮かべた。それは困ったような、それでいて不敵な雰囲気の、不思議な笑みだった。

「誰かが時間を稼がねばならん」

「…………」

「ああ、少佐。君が想像しているような高尚なものではないよ」

 そうだな…。そう言葉を切って、どこか呆れたようなそれでいて自嘲を含んだ調子でその先を続けた。

「くだらない感傷のようなものだ。どこまで行っても、故郷は故郷と言うことなのだろう。だからな…」

 だから、私はこの地に抱かれて散って行きたいのだろう。淡々とした、それでいてどこか苦いものを呑んでいるような、そんな口調であった。

「容れられなかった者の最後の意地という奴だ」

「どうしようもなく自己中心的な動機だろう? 少佐。私を軽蔑してくれていい。君にはその権利がある」

「閣下、閣下は職務を全うされようとしています。どういう意図があれ、定められた任務を全うするのが軍人です」

 それに、自分は結果を出す男を軽蔑したりはいたしません。

「しかし、なぜお一人で? 総力を持って徹底抗戦を挑んでも良かったはずです」

 それはともすれば挑発と取られても、おかしくない言動だった。少佐の物言いに、驚いたような顔をしながら、マ・クベはふっと息をついた

「私にも男としての面子があるのだよ」
 
 男の顔に浮かんだのは、先ほどまでとは違う不敵な笑み。その笑みをみて、シュマイザー少佐もにやりと笑い返した。

「ではよろしく頼む」

「了解しました」

 シュマイザー少佐の敬礼に、優雅な答礼で答え、マ・クベ中将はきびすを返した。
 後に取り残されたウラガン中尉が、途方にくれたようにマ・クベ中将の去った方向を見つめていた。



あとがき
 どうも、大変お待たせして申し訳ありません。気晴らしに書いていた信奈と双頭の鷲のクロスSSが意外と人気を博してしまったので、そちらに浮気しつつこつこつ書いてました。
 今回も大幅に加筆しました。特にガンダムとの戦闘シーンや祝勝会のシーンなどは結構変えたつもりです。
 この話に出てきたリリー・マルレーンや怒りの日など、今後はBGMの演出も入れつつやっていこうかと思いますので、まあつきやってやってください。
 さて、本編でリリー・マルレーンを歌っていたのはソフィとシャルロッテです。これは原曲がフランス人の詩人の詩に、ドイツ人の作曲が曲をつけているので、
 そんなネタを容れてみました。
 外伝を書き直しつつ、やはり本編もがんばって進めて行こうと思いますので、読者の皆様、応援よろしくお願いします!



[5082] オデッサの追憶 第三話 戦友
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/23 08:46
  彼の人生は、きっとごく平凡なものだったのだろう。人並みに苦労し、人並みに付き合いをし、それなりに日常をこなしてきたのだ。だからこそ、彼には超えねばならない目標も、
雪がなければならない汚名も、晴らさねばならない屈辱もなかったのだろう。がんばりたいことも、がんばるための理由も見つけられなかった男の人生は、やはり虚しさを感じずには
おれなかったのではないか。  
 そう、MSに出会うまでは…。そこから、彼の人生はMS一色だ。寝る間も惜しんで訓練を行い。操縦のためのモーションプログラムの構築や整備から機械工学に到るまで、彼は学び続けた。 
とりわけ、格闘戦に優れていた彼が、そのMSと出会った時の歓喜がいかばかりであったか。ぜひ聞かせてもらいたかったと思う。
 彼は出会ったのだ。己がその人生の全てを懸けるに足る存在に。それは自分の運命とであったと言っても過言ではないだろう。私は彼の生涯は幸福であったと思う。だからこそ、一つだけ聞きたい。
私が君を私の大隊へと引き入れたいという手紙が君の元へ届いてたら、君は私の元へ来てくれていただろうか。我がカスペン戦闘大隊の輝ける精鋭の一人として、共に戦場を駆け抜けてくれたであろうか。
 私は君の答えを聞かずにすんだことを、感謝すべきなのやも知れない。君は戦士としての人生を選んだ。兵士としての生よりも、英雄としての死を選んだ。ならばそれはアキレウスの選択なのであろう。
 
 だからこそ我々は君の生涯を後世に語り継いで生きたいと思う。英雄を選ばざるをえなかった男の物語を・・・。

                                                  

 ヘルベルト・フォン・カスペン著「アキレウスの選択」より               
                             

  
推奨BGM「ヴェルディレクイエム~入祭唱~」                                        



                                         




 一時の休息を終えて、マ・クベは斬込隊をザンジバルの格納庫へと集めた。
機体ラックには出撃を待つ機体が鎮座している。横にはバズーカ、マシンガンをはじめとした様々な用の兵装が並んでおり、出撃の時を待っていた。
集まった男たちは、先の戦いにおいて撃破されたもの、負傷したものを除いた、僅かに10名足らず。であるにもかかわらず、男たちの目は不思議な静けさを伴っていた。 
マ・クベは静かに息を吐くと、男たちに語りかけた。

「諸君、はじめに言っておこう。これまでご苦労だった。諸君の働きには正直、驚いている。皆の分のジオン十字勲章を申請しても足りないくらいだ。諸君は、私の予想を遥かに超えた勇敢さと卓越した技量をもって、この貴重な時間を稼いでくれた」

 そこで、一度言葉を切ると、居並ぶ男たちの顔を一人、一人、確かめる。
負傷して、ここに集まれなかった者達や、地上で屍をさらしている者達に思いをはせる。驚くべきことに、マ・クベはこの部下たちに私情を持ち始めていた。
 それまでのマ・クベにとって部下とは駒だった。平等に価値があり、目的の為にいかに効率よく使うかが重要であり、彼らの死は問題ではない……はずだった。

―-だが、今は彼らを死なせたくないと思っている……

 我ながらロマンチストに過ぎる考えだと言うのは分っている。それでも、彼らと共に生きる時間は掛買いの無い価値がある、そう思えた。

「諸君に最後の命令を告げる。ザンジバルで、斬込隊は宇宙へ脱出せよ」

 その言葉を発した瞬間、その場に集まった男たちが、一斉にどよめく。
皆、死ぬ覚悟を決めて、この場に集まったものたちだから、困惑しているらしい。
何を今更と言う思いもあるのだろう。いま一つ飲み込めていないような表情の者が、殆どだった。



「ふざけるな!!」

皆が困惑しどよめく中、空を切り裂くような厳しい怒号が響きわたった。

「今更、怖気づいたってわけですか!! 中将殿、あなたを敵前逃亡で拘束する!」

 声の主はイワモト曹長だった。
拳銃を片手に構え、銃口はしっかりとマ・クベを睨んでいる。
驚いた周りの男たちが道を明ける。まるで海を割った大昔の聖人のように、曹長は悠々と前へ出た。快活な普段のイワモト曹長とは、似つかない感情を押し殺した顔だ。

「なんのつもりかね?」

 目の前に突きつけられた銃口を見ても、マ・クベは落ち着いていた。
と言うより、曹長の突然の豹変の方に驚いていたのだ。彼はそこまで愛国心旺盛なタイプではなかったはずだ。
実際、周りの方もそんな認識らしく、女房役のメルダース少尉が困惑した目で曹長を見ている。

「ウラガン少尉にお聞きしました。ギレン総帥からの無差別核攻撃命令も無視されたそうですね」

「……ウラガン」

 じろりとウラガンの方を見ると、気まずそうに目をそらした。曹長はさらにマ・クベに詰め寄ると、マ・クベを盾にするように背後に回った。

「曹長! やめろ!!」メルダース少尉が鋭く静止かける。他の者達はみな、困惑の表情のまま成り行きを見守っている。

 イワモト曹長が少尉の方を見て、にやりと笑った。その悪餓鬼のような笑いに、肩透かしを食らったメルダース少尉が、怪訝そうな顔をする。

「少尉殿! マ・クベ中将は一人で、このオデッサへ逃亡するつもりだったのです!!」

 曹長の言葉に皆が再びどよめいた。突然の暴露に、たまらずマ・クベもうろたえる。
すっかり困惑したメルダース少尉が、曹長に向かって尋ねる。

「曹長? それは、中将閣下がお一人でここに残るつもりだったということか?」

「その通りです」

 きっぱりとした曹長の言葉に、斬込隊の面々はみな驚きの声をあげる。マ・クベはいらだたしげに唇を噛むと、今回の企みをなしたであろう副官をにらみつけた。
にらまれた当人が、さらに小さくなって顔を伏せた。

「脱出はゲラート・シュマイザー少佐のご好意で、フェンリル隊が支援してくれる事になっている。だが、私はこの基地の司令官だ。最後まで残る義務がある」

「詭弁はそこまでです。マ・クベ中将、あなたをザンジバル艦内に監禁します」

 事務的な口調で、言ってのけると、後ろに回った曹長がプラスチック製の簡易手錠をかける。マ・クベの手にプラスチック製のコードを掛けながら、曹長が耳元でそっとささやいた。

「すみませんね、中将殿。この戦場の主役を、ギャンに持ってかれるわけには行かないんですよ」

――俺だけ、生き残っちまったな……。 

 瞬間、触れた曹長の手から、様々な想いが流れ込んで来る。たえず倦怠感を感じながら、それを払拭する道を見つけ切れなかった少年時代。
 倒したい敵も、超えたいハードルも、愛したい相手も、何も見つけられなかった男の唯一の願い。
 それは男なら誰しもが持つ本能的な願い。「強くなりたい」だがそれを振るう場など、太平の世にはない。
 燻り続けるのは苦痛だった。しかし、高まる社会不満の中、連邦の不備によってが起きたズムシティの事故。
 それに対して、何もできないという無力感。そんな中、始まった戦争。すぐさま軍に志願した。
 軍の中での弛まぬ研鑽の中で、彼は戦い続け、そして、運命と出会った。幾多の戦いの中で、男はエースの一人に数えられるようになった。
 それは自分の生き方を見つけた男の物語。その結末は、恐らく死だ。

「曹長、君は……!」そう言いかけて、マ・クベは途中で止めた。彼は感謝していた。戦争が始まったことに、そしてその引き金を引いたマ・クベに、彼は感謝していたのだ。
 そういう形でしか、生きられない。いびつな魂をもってなお、生きることを強要された男にとって、闘争こそは救いだったのか。

 彼にはどんな言葉も無駄だと言うことが、さっきの一瞬で十分すぎるほど分ってしまった。唖然としている斬込隊の面々を尻目に、マ・クベは曹長に連れられて、格納庫を後にした。
 その後姿を、メルダースだけが、しっかりと見つめていた。

 
イワモト曹長はマ・クベを司令官用の寝室に放り込むと、手錠を解いた。

「すみません中将閣下。しばらくおとなしくしててください」

 相変わらずの人懐っこい笑顔を浮かべ、曹長はきびすを返した。

「待ちたまえ」

 そのまま出て行こうとする曹長を、マ・クベは呼び止めた。振り向いた曹長が、怪訝そうな顔をする。

「13番格納庫に、私のグフがある。使いたまえ」

 イワモト曹長はぴたりと動きを止めると、背を向けたまま答えた。

「気づいておられたんですか?」

「……つい今しがたな」

 そう言ったマ・クベ司令の横顔はどこか困惑と苦悩の皺があった

「まいったな……」

 振り返った曹長はまるで、いたずらを見つかった悪餓鬼のような顔をしていた。


「お見通しですか……やっぱり、中将殿にはかないませんね。中将殿にはここで死んでもらっちゃ困ります。あなたは、人に最良の死に場所を与えてくれる人です」

「……」

 底の見えぬ曖昧な笑顔で話す曹長を、マ・クベは黙って見つめていた。

「メルダース少尉殿と斬込隊の連中をよろしくお願いします」

「まるで、死神だな……私は」

 マ・クベが自嘲気味に笑うと、曹長はおどけたように言った。

「……自分の生き方は、自分にしか見つけられませんから」

 そう言うと、曹長はにっこり笑って敬礼をした。

「イワモト曹長、君は英雄になってしまうのだな……」

 部屋の入り口に消えた曹長の背に、マ・クベは苦く呟いた。

 オデッサ基地13番格納庫

人気のないはずのその格納庫で、5・6人の整備兵とウラガン中尉が必死で出撃準備を整えていた。

「来たな曹長」

バインダーを片手にあれやこれやと、指示を飛ばしている当たり、ウランガ中尉は約束を果たしてくれたようだ。。

「中尉…」

 何かを言おうとすると、中尉は黙って手で制した。

「曹長。貴様のグフの操縦データは全てこちらに写してある。戦闘機動プログラムも打ち込んであるから、
これで、貴様の愛機とかなり近づくはずだ」
 
 そこまで言って言葉を切ると、ウラガン中尉は一息、ため息を吐いた。

「こいつは司令官用だ。機体ダメージがある一定以上にいくと、機密保持システムが発動して、吹き飛ぶからな。見られちゃやばいもんは消してある。
うまく逃げ回って時間を稼いだら、投降しろ」

 曹長が信じられないものを見たような顔をすると、ウラガン中尉はむっとしたような顔をした。

「貴様、俺をなんだと思ってるんだよ」

 手を止めてポケットをまさぐり始めると、よれた紙箱を取り出した。
 
「ほれ」

 紙巻を一本引き抜くと、イワモト曹長のほうへ差し出した。
 
「え、あ、頂きます」

 曹長がタバコを受け取ると、ウラガンは指2本でこちらに来るように促した。
 見ると、その手にはマッチの箱が握られて下り、中尉が手際よく一本取り出して摺る。小さな灯火が二人を照らし、一つの火が二本のタバコに火をつけた。
 立ち昇る紫煙は天井へと消え、中尉はうまそうにタバコをふかした。

「貴様の策に乗ったのは、士官として癪ではある…・・・・・が、マ・クベ様は助けられる。無論、他の連中もだ」

 そう言ってタバコを燻らせながら、イワモトを見る。その目は何か複雑な葛藤が渦巻いていた。
 イワモトは何を言うことも出来なかった。もとより上官であるし、そこまで付き合いが、深いわけでもない。
 ただ一つの接点として、部隊として共に修羅場をくぐった戦友だということだけだ。
 そして、この一つこそが何よりも思いように思える。

「ご馳走様でした」

 上等な紙巻を堪能したイワモト曹長は吸殻を地面に押し付け、ウラガンに教本どうりの敬礼をすると、

 その身を翻した。

「なあイワモト」

 イワモトが振り返ると、中尉は何かをこらえるような顔をしていた。

「曹長、『システム』の起爆タイマーは限界出力ぎりぎりまである。もし脱出できるチャンスがあるなら...あきらめるな」

 イワモトが黙って首を振ると、ウラガンは何かを言おうとしたが、大きなため息を吐いて、苦い笑みを浮かべた。

「そうだな。水差してすまなかった、曹長」

 黙って首を横に振ると、イワモトは踵を打ちつけて敬礼をし、自分の機体へと走った。
 その後姿に向かって敬礼をしながら、男の目尻から一筋の涙が零れ落ちた。


 






 イワモト曹長は地下の擬装出撃口の下で息を殺していた。
通信機の中に散発的な敵の通信が入ってくる。どうやら連邦軍は侵攻を再開したらしい。順調に市街地の中に入ってきているようだ。上は凄まじい砲爆撃で瓦礫の山になっていることだろう。
なかなか、綺麗な町並みだったのにな、と暗いコクピットの中で曹長は誰に腕もなく呟いた。

「さて、中将殿は一体どんな清水舞台を組んでくれたんだ?」

 真新しい合皮製シートの匂いが鼻をつく、長身のマ・クベ中将に合わせてか、シートは少し大きかったが、包み込むような感じが心地良い。
敵が市街地に入るまでは動けない。
イワモト曹長はマ・クベ中将から受領した機体を確かめることにした。

「こいつはすげぇ」

ジオニック社が賄賂とするためか、コクピット内装はもとより・ジェネレーター・システム・装甲に至るまで最良の部品で組まれている。センサーや通信能力は通常の指揮官仕様よりも大分強化されている。これは、通常の指揮官仕様は中隊長用だが、マ・クベの場合は方面軍司令官だからだろう。機密保持システムまで組まれているのだ。  
カタログデータ上は一般機と大差ない性能と言う事になっているが、これだけ良い部品を使ってセッティングとチューンを施しているのだから、性能が悪いはずが無い。

「派手な外装は伊達じゃねえわけか。あの人らしい」

 どうしようもなく、血が滾ってくる。人知れず笑みがこぼれるのは仕方の無いことだ。どうやら中将閣下は、冥途の道連れに最高の花嫁を用意してくれたらしい。

「ヴァージンロードが黄泉路ってのは……」

 待機状態の薄暗いコクピットの中を見回すと、愛しさをこめて呟いた。

「……俺たちには似合いだな」

 そう呟いた曹長の笑みは、なんとも形容しがたいものだった。

《――Requiem aeternam dona eis, Domine:et lux perpetua……Te decet hymnus, Deus Zion――》
 
突然、通信機が大音響でイントロイトゥス(入祭唱)を歌いだす。市街地各所に仕掛けられた中継アンテナによって増幅された、基地からの大出力通信波だ。

 通信機が詠う砂交じりの音楽に身を委ねながら、機体を起動する。
メインジェネレーターが快調な作動音を上げ、モニターに管制システムが立ち上がる。

「モーツァルトのレクイエム(鎮魂歌)とは、まったく、中将殿は良い趣味をしてる。連邦の連中は、さぞや面食らってる事だろうな」

そう思うとたまらず笑みがこみ上げてくる。この場にはおあつらえの曲だ。
突如、凄まじい振動で出撃口がゆれた。上から落ちてきた擬装のかけらが機体に当たる。脱出部隊のうち上げがはじまったらしい。
イワモトの脳裏に、若い戦友の顔が浮かぶ。

「そういや、こっちも同じタイミングだっけ……少尉殿、どうかお元気で」

 最初に声をかけられた時は内心、焦ったものだ。
話してみれば、若くて、とっつきやすい上官だった。
共に命をかけて戦った瞬間、戦友になった。
電光のように出会い、そして別れを告げた戦友(とも)。短い時間であったが、その全ての記憶が輝いているように思える。

兄弟のような、親子のような、親友のような、そのどれでもないが、暖かさにあふれた関係。その全てが「曹長」、「少尉」、の呼びかたに篭っていたと思う。

「だから少尉、あなたに死んでほしく無いんですよ…」

 暗いコクピットの中で曹長はポツリと呟いた。

遠隔で擬装を爆破、バーニアに点火する。
通信機から流れてくるレクイエムに耳を傾けながら、イワモトはにやりと笑った。これで通信もIFFも作動しない。

《――Kirie, eleison. Christe, eleison. Kirie, eleison.――》

 入祭唱が終わり、キリエに差し掛かったところで出撃口から飛び出した。
景色に色がついた瞬間、バーニアを切る。接敵警報、熱センサーが画面せましと光点を映す。
フェンリル隊は別働しているため、この区画には自分しか居ない。

「見渡す影は全て敵…か」

向こうも気づいたのか、光点が一斉にこちらへ向かってくる。
湧き上がる高揚感が、心臓を蹴り上げる。

「オデッサ・フィルの特別演奏だ! ……チケット代は、高くつくぜ」

 ヒートサーベルを抜き放ち、灼熱の刃をたぎらせた。




「待て! 曹長ぉぉぉぉぉ!!」
 
絶叫と共に飛び起きたメルダースは、荒い息を吐きながら周りを見回した。消灯してあるのだろう。周りがほとんど見えない。
寝汗だろうか、外気に触れてひんやりと背中が冷たくなる。

「ここは……?「私の寝室だよ」」

 突然右奥の扉が開き後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。逆光の性で顔が良く見えないが、この通りの良いテノールは、忘れられるものではない。

「マ・クベ司令!」

 起き上がって敬礼をしようとすると、マ・クベがそれを手で制して。左側にあったデスクのイスに座った。

「どうやら、起きた様だな」

「自分は、何故ここに?」

「曹長が、私をここへ軟禁して、しばらくして、君の事を抱えてきたんだ。薬でも使ったのか、君は酷く良く眠っていたからね」

「それで、曹長は私をここに寝かせたんですか!?」

「いいや、ベッドに寝かせるよう指示したのは私だ。曹長はソファーにでも置かせてくださいと言っていた…」

「な、なら、なぜ?」

絶対にありえないとは思うものの、一瞬、言い知れぬ危機感が背筋から尾てい骨を走り抜ける。

「別にどうという理由は無いが、寝ているものが居て、寝室は開いている。他に持っていくほど、思い入れのある寝台ではないよ」

 マ・クベが、さも当然と言わんばかりに答える。

「はあ、そうですか…」

 なんだかほっとした様ながっかりした様な気分である。無論、そっちの気はまったくないが、マ・クベの人間的な部分に興味はあった。

「そんなことよりだ。どうして、君は寝ていたのかね?」

 言われて、メルダースは薄ぼんやりした記憶を探った。

「へ? 確か曹長のことを止めようとして・・・・」










「待て、曹長っ!」

息を切らせながら、メルダースは司令官のオフィスから出てきたイワモト曹長を捕まえた。

「少尉殿。そんなにあわててどうされたんですか?」

「話は聞いたぞ! お前、まさか、中将殿の代わりに残るつもりか?」

 曹長は困ったように笑うと、「その通りです」と答えた。

「何故だ! 何でそうも死にたがる!!」

「ちょうど良いからです」

「何?」

 曹長は急に真面目な顔になると、じっとメルダースの目を見つめた。

「最後を飾るには丁度いい舞台だからです。俺も…、あいつにも」

 そういった曹長の目は、ひどく遠くを見ているようだった。ただ、その眼差しからは並々ならぬ決意と信念が見えた。だが、メルダースにはどうにも納得しきれかった。否、納得したくなかったのだ。

「なんでそうグフに拘る!! 連邦軍は次々と新型のMSを作っている。お前が倒したガンダムだって、いずれ量産される! そんな時に、センチメンタリズムだけで勝てると思うのか?」

 曹長に生きて欲しい、そう願っているはずなのに、高ぶった気持ちが、自然と声を荒げる。

「そして、俺たちジオンだって、新鋭機を作っている! 貴様ほどの腕があれば、どんな機体だって乗りこなせるだろ。新兵器だって、いずれ旧型になる! そんな当たり前のことが何故理解できん!!」

 曹長はぐっと俯くと、押し殺したような声で言った。

「…そうして乗り換えるほうはいい。だが乗り換えられるほうはどうなるんですか。己の戦場も与えられず、ただその場で朽ちていけと言うんですか!!」

「いい加減にしろ、曹長! 貴様はMSじゃないんだ!! 兵器なんぞに自分を重ねて、自己憐憫に浸って満足か!? どうして前を見ようとしない!!」

「前に何があるというんですか! このままこの戦争を生き延びて、娑婆に帰ったところで、自分には何もありませんっ!!
 何もなかった! ………だから」

 絶叫のような曹長の声が、人の居ない廊下にこだました。一瞬、底の見えない崖下から助けを求められているような錯覚を覚え、かけてやる言葉を捜すことすら出来なかった。
 何を言えというのだ。独りの男が障害かけて熟成させた絶望をさらけ出されて、メルダースは動くことすら出来なかった。

「自分は……立派な人間になりたかったんです。でも、自分のすべきことも、したいことも、見つからなかった。少尉のように愛した女も……。
これが、最後に見つけたことなんです。戦争が……グフに乗るということが、自分が唯一つ見つけられた! 最後の…・・・」

 そうだ。生き延びたところで、生き続けたところで、その先に何があるというのだ。自ら死ぬまで戦い続けることをしか選べなかったのなら、せめて死華を咲かせたいと思うのは、そんなに間違っていることだろうか。曹長の決断に、心の片隅で納得している自分が居る。それが苛立たしくて、悔しくて仕方ない。

「だが、それは貴様の我侭だ……」

 何とか言葉を吐き出しながら、メルダースの語調は弱かった。

「俺が貴様に生きて欲しいと思うのもな」

 もう、きっと止まらない。いや、止まる事なぞ望まない。止まってしまえば、ただ息をするだけの屍となってしまうからだ。
 そんな思いを吐き出すかのように大きくため息をついた。

「分った。俺も付き合ってやる。最後の舞台はグフで派手に決めてやろう!」

 メルダースがそう言うと、今度は曹長の方がうろたえる。

「しかし、それは…「俺が決めたことだ」」

 言い終わる前に、言葉を遮る。もはや、迷いは無い。何も見つからなかったというなら、俺がいる。
 貴様は一人じゃない。何も見つけられなかった男ではないのだ。男は決意を胸にしまった。男が男の価値を認めるならば、弁舌ではなく行動で表すべきだ。
 メルダースはしっかりと戦友の顔を見つめた。その目に宿る決意を見取ったのか曹長は何も言わず、ただ諦めたように頷いた。

「少尉殿、水杯(みずさかづき)を交わしてもらえますか?」

「水杯?」

 メルダースが怪訝そうな顔をすると、曹長がいつもの無邪気な笑みを浮かべた。
 
「水杯ってのは、旧世紀の飛行機乗りが、決死の任務の前にやった儀式みたいな奴です」

 そう言って、小さな皿のようなものを手渡してきた。そう言えば、昔、学校で習ったような気がする。日本ではこれがグラスの代わりなのだ。

「曹長、それで中身はどうするんだ?」

顔を上げた瞬間、鋭い拳が顎の先を掠めた。思わず取り落とした杯が、地面に落ちて砕けちる。

「そうちょっ・・貴様h」

 がくりと膝から力が抜け、全てを言い終わらぬうちに、メルダースは地面へと崩れ落ちた。

「すみませんね、少尉。これも自分の我侭です」

 薄れゆく意識の中に見たイワモト曹長の笑みは、どこかさっぱりとしていた。




「曹長、どうして・・・・」

 メルダースはぐっと自分の拳を握った。直ぐに寝台から起き上がると、オフィスの出口に直行した。自動ロックが冷たく彼の行く手を阻む。

「開かない!」

「そのドアはロックされている。メルダース少尉、我々は軟禁されているのだ。出れんよ」

 後ろから来た冷静に言葉をかけると、メルダース少尉は、振り返りざまに彼の肩をつかんだ。

「マ・クベ中将! 自分はどうしても曹長のところに行かねばならないんです!!」

 肩をつかむ力、こちらを見る眼差しその全てが彼の必死さを物語っていた。マ・クベの細くしまった腕に、ギリギリとメルダースの指が食い込む。
マ・クベは気にせずに話した。


「メルダース少尉、私は全て知っている。イワモト曹長の気持ちも、君の彼と共に生きたいという願いも、私には良くわかる。理解も出来る。だが、もう、間に合わん」

刹那、凄まじい震動に襲われる。

「まさか!?」

「そうだ、このザンジバルはまもなく宇宙へと脱出する」

「そんな…」

 メルダース少尉が打ちひしがれたような声を上げる。

「我々に出来ることは、もう無いのだ…」

 言葉の最後でマ・クベは唇を噛んだ。

「くそぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 激情のままに両手を床へ叩きつけた。絨毯の下の装甲板が鈍い音を立て、握り締められたこぶしの上に数滴、暖かいものが落ちる。
それが、情けなくて悔しくて、メルダースは床に伏した。
なお抑えきれぬ激情がメルダースの口からこぼれ落ちる

「曹長、共に逝けぬ俺を……許してくれ」

 零れ落ちた慟哭は、艦船用大型ブースターの轟音に飲まれた。





「それ」と我々との出会いは、鎮魂歌の鳴り響く奇妙な戦場だった。
私は、あの日、通信機が唱っていた「怒りの日」を生涯忘れることが出来ないだろう。
その日は、敵を灰燼に帰す日となるはずだった。我々が勝利を得る日になる筈だった。
しかし、裁かれたのは我々の方だった。皆が必死で生きようとし、皆が死んだ。
「それ」は恐ろしかった。ただ、恐ろしかった。そして、何も残らなかった。

「~黄昏のオデッサ 蒼ざめた騎士~」序文より抜粋





「こちら第三小隊、パターソン少尉! 本部!! 応答しろ!!」

 パターソンは苛立たしげに悪態をつくと乱暴に、通信機を切る。

「くそったれめっ!!」

敵がほとんど撤退していたとはいえ、やけにあっさりと上陸できた事に、疑問を持つべきだったのだ。
おかげで、通信機から分けの分らない音楽が流れ始めたと思ったら、通信が妨害された上に、霧まで出始めたのだ。これでは敵が脱出を始めても手も足も出せない。
何しろ昨日の戦闘で、支援装備の機体が軒並みやられ、部隊の再編待ちで後方待機。それでなくても通信妨害で支援要請も出せない。
 つまり、指をくわえて見てるしかない訳だ。

「マ・クベのカマ野郎! 下らねぇ置き土産、置いてってくれるじゃねぇか」

思ったとおりの陰険さを持っていた敵の指揮官へ悪態をついていると、後ろに居たジムがパターソンの機体の肩を掴む。

《小隊長! どうしますか?》

 部下が、接触回線で語りかけてくる。
パターソンが指示を下す前に、熱センサーが接敵を知らせる。

「敵!? しかも、すぐ近くじゃないか!!」

 他の連中も気づいたようで、センサーに映る味方の光点が一斉に近寄ってくる。

『小隊長! 他の隊に任すことはありません。うちの隊でやっちまいましょう!!』

「罠かも知れん! 不用意に先走るなよ」

 若い部下をたしなめると、お互いの機体の肩に手を置いて、接触回線をつないだまま、注意深く前進する。

突然、現在地の各所で小規模な爆発が起きると、センサーの光点がまばらに消えた。
どうやら、対MS用のトラップに引っかかったらしい。念入りに砲爆撃したが、まだ、置き土産が残っていたらしい。

「迂闊には動けないな……」

 何とか外部の情報を集めようと、パターソンは通信機のスイッチを入れた。
しかし、流れてくるのは合唱ばかり、回復するきざしは見えない。

「まったく、戦場以外で聞くなら、まだ、ましなんだが……」

 

《―― Dies ira, dies illa! solvet saclum in favilla:! teste David cum Sibylla……》

「それ」が彼らの前に姿を現したのは、ちょうど曲目が「怒りの日」へと変わったときだった。

『…こちら第2小隊ッ…敵機の襲撃を・・数が多い』

 不穏な通信が砂嵐交じりの通信機から流れ出る。

「おい、第2小隊! 何があった」

 パターソンが通信機に向かって怒鳴るが返答はない。センサー上に位置していた光点が消えたのは、その直後のことだった。
 それは第2小隊の位置にあったものだ。

 立ち込める煙幕の煙の中に何かが光る。ふっと目を凝らした瞬間、目の前に濃い影が現れた。
 衝撃がコクピットを揺さぶり、パターソンはシートに凄まじい勢いで叩きつけられた。
 かしこにひびが入ったカメラが、敵の影を写す。敵はどうやら体当たりをしたであろう姿勢のままだった。雄牛を思わせる両肩のスパイクの片側には、腕のようなものが引っかかっている。
 どうやら、タックルされた際に抉り取られたらしい。ポタリ、ポタリと零れ落ちるおいるが、さながら鮮血を思わせた。
 
 それはおおよそ戦場には似つかわしくない類の機体であった。深い蒼色で塗装された装甲は、豪奢なレリーフ彫刻を施され、傷一つない。
 動きは並みの機体よりも滑らかで、良質なパーツが使われていることが伺われる。まるで美術館にでも飾られていそうな代物だ。
 それが、マシンガンにバズーカを背負い、大量の弾薬を下げて完全武装であるというギャップが、何かいっそう粋なものに見えるのが不思議だった。

『まずは指揮官だ……悪いな』

 かすれた声が接触回線から漏れ出でる。ごつ、とコクピットの装甲に何かが当てられた感触を感じて、パターソンがそこから先を感じることはなかった。

 コクピットにヒートソードをつきたてたジムの前に立つ、その機体は一瞬たりとも躊躇しなかった。大出力広域通信波によって奏でられた鎮魂歌がそれを後押しし、
 その激情をかきたてる様な旋律に乗って、銃口は小隊の残りへ向けられた。
 混乱状態から抜けきれなかった2機に向かってマシンガンを撃ちまくる。至近距離ということもあって、145mm砲弾はジムの装甲を容赦なく食い破り、コクピットの中身を挽肉にした。
 破壊したジムのコクピットからヒートソードを引き抜くと残りの1機のほうへ振り向いた。

 距離は50mほどか、まさに一足飛びの間合いだ。完全に白兵戦の距離である。ジムがビームサーベルを抜く。
 相手もこちらがヒートサーベルで応戦すると考えているのだろう。それは面白い、コクピットの中でにやりと笑いながら、イワモトはレバーを操作した。
 機体が手にしていたヒートソードをマシンガンに着剣する。着剣装置にがたつきなどは無論ない、銃を構えるように脇に挟み、突撃したのはイワモトのほうからだった。
 
 相手のジムが銃身のな半ばを狙って斬りつける。予想していた動きだ。銃身を上に半回転回し、空振りさせる。踏み込みが深すぎたためにわずかに崩れた体勢を見逃すほど、男は未熟ではなかった。筒先にすえられた剣先が、吸い込まれるようにジムのコクピットを貫いた。
 コクピット全体に伝わる感触が背中に電流を走らせる。人を殺したという確かな手ごたえを、イワモトは感じていた。
 知らず緩んでいた己の口元を、呪わしく思う。何がうれしいのだ。重苦しい罪悪感の中にくらくらするほどの甘さを感じているのは、敵よりも自分が優れていたと証明したゆえか。

 否、この快楽はもっと根源的なものだ。糧を貪り命を永らえる甘美。壊し殺すことを求める衝動。それを存分に解き放つときが来たのだ。
 それは、人の生において、もっとも単純かつ原始的な意義であった。
 男は我知らず笑っていた。嘆くように、すがる様に、牙を剥いて低く笑いながら、その表情こそは獲物を前にした獣のそれであった。
 やっと、始まったのだ。長く待ち続けたものが、それまでの人生全てを懸けた本番(闘争)が、今始まったのだ。  





ここから先は時間との勝負だ。相手が混乱から立ち直る前に、出来るだけ数を減らす。

 ビルの間を超低空で飛びぬけたグフは、いきおい目の前の敵に銃剣(ヒートサーベル)を突きたてた。
 コクピットを貫通したそれを蹴りで引き抜く。
 振り返りざまに、後ろに回り込もうとしていたジムに銃床を叩き込むと、カメラをぶち割られたジムが2・3歩あとずさる。
 それを幸いに、腰だめにかまえたザクマシンガンをセミオートで打ち込む。コクピットぶち抜かれたジムが地面に崩れ落ちる。
 相変わらず通信機からは、ノイズ交じりの鎮魂歌が流れていた。

「葬送には丁度いい。よかったな連邦のルーキー(新型)ども・・・・・・」

 連邦の白い量産型は、過日のジャブロー強襲の際に始めて確認されたものである。つまり連邦軍の最新鋭というわけだ。
 だが、そんなことはイワモトにとっては大した問題ではなかった。
 やるべきことは「定まって」いるのだ。後はそのために行動するのみである。

「それじゃあ、旧型(ベテラン)の意地を見せてやる」

 牙を剥くように笑いながら、イワモトは己の世界が広がっていくのを感じた。
 見えるのだ。敵が何処にいるのかも、船におしこめれた味方、そして、彼を支援する為に展開した味方も。
 感じるのだ。彼の無事を祈る心を、彼を恐れる心を、憎む心を、そしてひたすらに彼と共に戦うことを求める魂を。

「さあ、戦争の時間だ」

 誰に言うでもなく呟きながら、イワモト曹長の殺戮劇はまだ幕が開いたばかりだった。



「すげぇな…なんて、腕してやがる」

 そう、呟いたのは、高性能スコープで状況を観察していた、レンチェフ少尉だった。レンチェフと部下のリィ・スワガー曹長は狙撃部隊が置いていった狙撃戦仕様のザクに乗って、市街地を見渡せるこの場所に待機していたのである。

『本当ですね。しかし、いつまでも高みの見物ではまずいですよ、少尉』

「人聞きの悪い事を言うんじゃねぇよ。連中の注意が完全に、イワモト曹長に向いたら、少佐たちが行動を起す。それまでに別働隊がいることを悟らせるわけにはいかん!」

『そりゃそうですが、イワモト曹長が危険になったらどうするんですか?』

 温厚なスワガー曹長が珍しく声を荒げる。レンチェフは気にした風でもなく、にやりと笑った。

「そんときゃ、予定が前倒しになるだけさ」

 それを聞いたスワガー曹長が呆気に採られた顔をして、ため息混じりに笑った。

『…了解しました。少尉殿』

 苦笑を浮かべるスワガーに、レンチェフは監視に戻るよう即した

「まあ、そんなに心配することも無さそうだぞ……ありゃ、まさに鬼だ」

 高性能スコープのレンズには、鎮魂歌の流れる街の亡骸と、そこへさらに屍を積み上げていく単眼の鬼の姿が映っていた。

 先ほどの爆発を見たのか、分散的だった敵部隊が、わらわらとイワモト曹長の方を目指している。
 まるで瓦礫の向こうの敵が見えているかのように、グフはビルを突き破って、隣の道路に躍り出た。背後を取られたジムの小隊が反撃しようとした瞬間。
 両手のバズーカが火を噴いた。両脇を瓦礫に囲まれ、MSにとっては狭い道路である。そこへ対艦用のロケット弾を浴びせられたらひとたまりもない。
 一瞬、遅れて凄まじい轟音と衝撃波を放ってジムが爆発する。僅か数十秒のうちに2個小隊を片付けてしまった。

 弾の切れたバズーカを捨てると、マシンガンを回収した瞬間、後ろの瓦礫を突き破ったジムが出会い頭にビームサーベルを振り抜いた。
 受けたマシンガンが真っ二つに切れ、一部の弾薬が誘爆し、グフが後ろにのけぞった。

『あ、危ない!』

 スワガー曹長の声が通信機から響く。レンチェフもまったく同じ気持ちだった。支援しようにも、両機の位置が近すぎて誤射する危険性がある。
 イワモトのグフがマシンガンの残骸をとっさに投げた。それを払おうとして足を止めた瞬間、ジムの足に何かが絡みつく。

「うまいっ」

 とっさに目を晦ませた隙にヒートロッドを絡ませたのだ。圧電アクチュエーターからもたらされる。超高圧電流が、ジムの精密部品を軒並みロースとした。
 全身から煙を吹いきながら、ジムが膝を突いて倒れた。イワモトのグフが斬り落とされた銃身からヒートソードを回収すると、ジムのコクピットを串刺しにした。

「いいねぇ。まったくもって、最高だあいつは」

 レンチェフがニヤニヤと笑っているのをみて、通信機越しにスワガー曹長がため息をついた。

『少尉・・・・・・』

「・・・俺たちも撃つぞ」

 レンチェフは別の区画にいるジムに狙いをつけると、引き金を絞った。照準はもちろん、コクピットだ。
 撃ちぬかれたことにすら気づかずに、2・3歩歩くと、前のめりに倒れた。
 それを見て、周りの機体があたふたと警戒を始める。次の一撃はスワガー曹長だった。
 やはり一発でコクピットを打ち抜くと、そのままもう一機の胴を薙いだ。
 凄まじい閃光が走った後には、真っ二つになった。2機のMSが残されていた。

「よくやった曹長」

 イワモトのほうに目をやれば、こちらも負けず劣らずの修羅場を作っていた。
  大破炎上した機体が黒煙を吹き上げる。艶やかなレリーフは炎に照らされながら、次の犠牲者の姿を写していた。
 重心を低く落とし、そこからすくい上げるような一撃が、斜め前にいた機体の足を切り飛ばした。
 身を翻して、後方の新手からの射撃を交わす。
 片足で、擱座していた先ほどのジムを、手にしたヒートソードで串刺しにする。それを盾にしながら、後方の新手へと一歩ずつ近づいていく。
 コクピットからそれているため、撃つに撃てずにひるんだ瞬間、グフのバーニアに火がついた。

 突き刺した機体ごと相手の懐に飛び込むと、そのまま、突き刺さっているヒートソードで2機もろとも両断した。
 半ば機械的に、獲物を見つけ攻撃をよけ時に、そらし、懐に飛び込んで斬り伏せる。
 まるでサムライムービーでも見ているかのような、鮮やかさだ。
 切り裂き、貫き、踏み潰し、殴打し、圧し折る。およそもちうる全ての殺戮の手管を見せ付けるかのように、その男は戦い続けた。

 黙示録に記されるように、終末の日に表れるその騎士には慈悲などなく、ただ死を振りまき続けるのだ。
 その泥臭く、野蛮で、残酷極まりないその光景は、それゆえに美しくさえあった。

「ん? どういうことだ」

 唐突にレンチェフは違和感を覚えた。

『敵、引いてますね』

 まるで潮が引くように、連邦の部隊が下がり始めた。違和感が警戒へと変わる。

「まずいな…」

 そう、レンチェフが呟いた瞬間。遥か海のかなたに、波以外のものがきらめいた。
 凄まじい衝撃が機体を襲ったはその直後のことだった。







推奨BGM「Libera me´from hell」


「鉄の暴風」まさにそう形容するにふさわしいほどの徹底した砲火であった。旧市街を灰燼に消さんとするかのような容赦ない砲撃は、瓦礫と化していた建物を吹き飛ばし、
生々しい破壊の爪あとをしっかりと刻み込んだ。アジアと欧州の文化交わる独特の様式を誇った市外は完全に破壊され、残骸となった大階段は無惨な姿を後に残すばかりであった。
 そしてその残骸に背中を預けるように、倒れ天を仰ぐ機体があった。美しいレリーフは所々剥がれ落ち、装甲は破片によって着いたであろう大小の傷がある。
 吹き飛ばされた左腕がつま先の辺りに転がっている。手にした剣は折れ、弾は突き、まさに満身創痍というべき状態であった。

「……くそったれ」

 敵が引いた理由はこれだったのだ。暗いコクピットの中で悪態をつきながら、イワモト曹長はシートに倒れこんだ。
これでおわりか。そうとう暴れたと思うが、あっけないものだ。おそらくは、砲撃だったオデッサの湾内に侵入してきた艦隊によるものであろう。
 何かが来る。そう感じた直後には機体をシェイクされて、この有様だ。何機やったか知らないが、これでもう良いじゃないか。暗い闇の中でダレかが曹長に囁く。
 まとわりつくような倦怠感、酷く眠い。そう、もう機体だって動かないのだ。こいつはよくがんばった。おそらくはつかわれぬまま、連邦に接収され、せいぜい戦後に軍事博物館にでも送られる運命だったろう。それがこうして戦道具としての性能を存分に発揮できたのだ。
 
 俺は十分やった。十分がんばった。時間だって十分すぎるほど稼いだはずだ。
 だというのに、目尻から零れ落ちるこれはなんなのだろうか。あの時振り払った手をどうすべきだったのであろうか。
 やはり、一縷の光明を見たのだ。と今にしてみれば思う。しかし、怖かった。それが失望に変わることが怖かったのだ。
 そして、疲れていたのだろう。生きることの虚無を感じ続けることに・・・。
 
 なんともなれば、それは逃げ出したという事に、他ならなかった。敵に敢然と立ち向かうふりをして、男は生き続けることから逃避した自分を見出した。
 ともすれば、壊すだけ壊して、手前勝手に生きた報いが、こうして一人ぼっちで死んでいくということだった。

「棺桶だけは豪華だな・・・・」

 鼻をすすりながら、イワモトは独り強がった。誰かに認めて欲しかった。結局のところはそういう事だったのだろう。
 誰かに自分の価値を認めて欲しくて、足掻いて、足掻いたその結果がこの有様というのは・・・・・・。
 まだ、生きてるのだ。この心臓は動いているのだ。なら、最後の瞬間まで戦っていたかった。
 ともすれば、それが男にとって生きると言うことだった。

「・・・・悔しいな」

《機体ダメージ規定値ヲ突破。機密保持システムヲ起動シマス》

 機体のモニターに文字が点滅する。
 
―――戦え。そう言われたような気がした。

 大丈夫だと、どこまでだって共に言ってやると、そう語りかけてくるように、ジェネレーターの躍動が聞こえてくる。
 機体のシステムが再構成され、過剰に生産されたエネルギーが各関節に送られていく。

 たとえどんな状態になっても、最後のひと足掻きが出来るように。最後の一太刀を取って立ち上がれるように。
 ウラガン中尉の思惑が今になって分かる。

―――貴様は一人じゃない・・・・

 ふと電光の様に脳裏に響くものがあった。何か暖かいものの存在を、背後に感じていた。
 いつとて、独りではなかった。思えば、あの瞬間から、あの戦場を共にした瞬間から、彼の孤独は消えていたのだ。

「・・・いまさら気づくとはな」

 イワモトの口元から笑みがこぼれた。独りでは立ち上がれなかったかもしれない。独りではここで終わっていたかもしれない。
 だが、その背に仲間を感じるなら、最後に足を支える意地があるのだ。
 ペダルを踏み込むと、軋みを上げながら、大地を踏みしめ、愛機は立ち上がった。


《…っ! ……う長! 曹長! イワモト曹長! 大丈夫か!!》

 通信機からが、なるような声が聞こえる。

「…あれ、特殊部隊の・・・・」

 そうだ、彼らだっていたのだ。これで、独りで戦っているつもりだったのだから、我ながら度し難い。
 苦笑をこらえながら、イワモトは再び

《あんだけ…撃を食らって生きてる…は運の良いやつ……》

 通信機越しの声に明るい色が混じる。通信が使えるということは、市内各所に設置してあった、通信妨害用の中継アンテナは大分やられたらしい。

《生きてるな…さっさと脱出…ろ! 敵の再侵攻部隊……迫ってる!》

《少尉! 11時…新手です!!》

 オープン回線に割り込みで、緊迫した声が入る。

「少尉殿、俺のことは構わず引いてください」

 そう言いながら、イワモトの口調は穏やかだった。

《馬鹿野郎! どのみち俺たちは時間稼ぎをせねばならん! 貴様はついでだ!! さっさと逃げろ!!》

 言うだけ言って、通信は途切れた。イワモトはふっと笑って、ため息をつくと、機体をチェックした。
 左腕は損壊し、シールドは使用不能。各部、衝撃によって大小さまざまな損傷を伴い。本当にどうして立っているか分からない状態だった。

「まったく、機体も乗り手も揃ってボロボロか…」

 苦笑しながら、こみ上げてきた血を吐き出した。見ると、コクピットを突き破った砲弾の破片が、腹に刺さっている。
 士官用の高級なシートが血でぐしゃぐしゃだ。

「まだ、いけるさ……」

 一歩づつ前進するたびに、機体はその力を増していくようだった。事実その通りなのだ。臨界出力を目指してフル回転したジェネレーターが、過剰なまでのエネルギーパルスを各関節に送り込んでいる。ひびの入ったメインモニターに外の景色が移る。幸運なことにメインモニターは生きているらしい。

「俺とお前なら、何処までだって……そうだろ?」

 恋人に語りかけるように呟いた。答えなど帰ってくるはずも無い。だが、うなるジェネレーターの駆動音が、曹長には答えに聞こえた。

《ジェネレーター臨界出力。リミッター解除》

 メッセージが画面に現れた直後に、タイムリミットが表示され、カウンターの数字がどんどん減っていく。核反応炉を暴走させる事による簡易的な自爆装置。
 だが、その臨界運転によって生み出された膨大なエネルギーが、最後の力を機体に与えていた。

「それじゃあ、行こう…」

 満身創痍の単眼に最後の灯がともった。
 傍らで残骸となっているジムから、ビームサーベルを引き抜く。接触動力回線に合わせて光の刃を発生させる。本来なら出力不足だが、リミッターを解除しているからこそ出来る荒業だ。
 センサーは敵の光点で埋まっている。だが、今の曹長にはそんなことはどうでもよかった。
 もはや走り出したのであれば、行くべきは前へ、ただ前へと進むのみ。走り抜けた先に何があろうとも、そこに後悔は無いはずだ。




 それが姿を現した瞬間、連邦軍のMS部隊は一瞬たじろいだ。一歩、また一歩と歩を進めるたびに、前衛が後ずさる。
 単眼を紅く燃やしながら、煌煌と輝く刃を手に、ちぎれた左腕から漏れ出たエネルギーパルスが装甲に青白い稲妻を走らせる。

「ひっ」

 相手は壊れかけのMS一機だ。何を恐れるというのだ。だが、あの言い知れぬ迫力は一体なんなのだ。
 踏みしめる足が速くなる。たった一機で斬り込もうと言うのだ。無謀である。自殺行為である。愚かである。
 たった一人の兵隊が一体何が出来るというのだ。

「相手は一機だ。う、撃t・・・・」

 そう言いかけた瞬間だった。男は敵機の背に信じられないものを見た。
 一機ではなかった。たった一人ではなかった。男たちを睨む単眼が増えたのだ。その背の後ろに続く機影を彼の目は確かに写していた。
 二十機以上いるのではないだろうか。蒼い装甲の群れが、盾を連ねて進軍する。紅蓮に灼けた刀身を携え、その単眼を妖しく光らせながら、迫る一群の圧力はどうか。
 立ち上る焔のごときものは、間違いなく殺気であった。
 幻想じみた焔を燃え立たせながら、グフの一群が迫る。ああ、ああ、と白痴のように喘ぎながら、男は一つの噂を思い出した。
 
 それは噂というのにはあまりにも生々しすぎる話だった。
 ジオン公国の白兵突撃部隊。立ちふさがるものを全て斬り伏せ、蹂躙する近接最強部隊。敵軍総司令官マ・クベによって直卒された恐るべき鬼神の群れ。
 あの恐ろしい連中が姿を現したのだ。たった一機の満身創痍の機体を先頭に、ジムの軍団を切り伏せ、ガンダムを倒したというオデッサ最強の精鋭部隊が特攻を仕掛けてきたのだ。

「マ・クベの斬込隊・・・・・・」
 
 回りの仲間たちが、まるで気づいたように射撃を開始するが、弾が当たっているはずなのに、目の前の敵共はびくともしないのだ。
 まるで銃弾がすり抜けているかのように、蒼い騎士達はその歩みを止めることは無い。
 不死身だとでも言うかのように、まるで幽鬼のように突撃してくる。
 いやだ、来るなぁ。恐慌状態に陥り、仲間を掻き分けて逃げ出そうとしたそのパイロットは、センサーの反応が一機のみであることには気づかなかった。
 
 先頭のグフがジムの集団の只中へと斬り込んだのは、その直後のことであった。
 

 先頭にいたジムを盾ごと蹴りとばす。体勢を崩したそいつの胸部を刺し貫くと、振り向きざまにもう一機を袈裟懸けに切り倒す。
 見えている。まるで世界の全てが見えているかのように、イワモトには周りの全てが感じられた。
 敵の息遣い、恐れ、そして攻撃に到る全てが目の前にさらされているかのように。それは、今までの戦闘体験の全てが純化されていくかのような、不可思議な感覚だった

 ただ、目の前の敵を斬り伏せる事にのみ集中する。
 視界が、やけに開けて見えた。60mmをバルカンの弾道すら見える気がする。
 深く、もっと深く、敵の軍勢の中を斬り進む。
 
 脇をすり抜けては、胴を薙ぎ。振りかぶった懐に飛び込んで、胸を突く。ヒートロッドで足を払いメインカメラを踏み潰して、ひたすら前に進む。
 後ろは振り返らない。ただ、前へと進んでいく。

 この心臓が動きを止める最後の瞬間まで、戦い続けるのだ。
 炎のような激情の中で、理性が冷徹に敵を見る。視界は広く、そして大河のように動き続ける。
 
 ビームサーベルに手をかけた敵機の懐に飛び込み、腕ごと切り落とす。後ろから蹴りを入れて、こちらを撃とうとしていたもう一機にぶつける。狙いがそれた銃撃によって同士討ちが始まり。敵は混乱の極値にあるようだった。
 
 時折、頭上を飛び越えてビームが敵をなぎ払う。フェンリル隊の二人が援護してくれているのだろう。必死で自分を生かそうとしてくれる二人の思いが伝わってくるようだ。
だが、まだ終わりでは無い。敵の動きも狙いも全てが電光のごとく頭にひらめいてくる。そして、機体はまさに自分の体だった。
 ジェネレーターの刻む鼓動。エネルギーパルスの奔流。そしてブースターのうなり。間接の一つ一つが、イワモトの思うとおりに動いているような気さえする。
 あのガンダムと戦ったときですら、ここまでの感覚は無かった。ビームサーベルが機体を切り裂く感触が生々しく伝わってくる。
 あわてて下がった敵の機体に追いすがる。ここまで退けば、相手はそう思ったのだろう。そこを斬り込む。深く、深く、さらに前へ。
 その思いに答えるように、グフは跳んだ。我知らず上げ続ける咆哮に答えるように、ジェネレーターがうなりを上げる。
 体にかかる重力を感じながら、軋みを上げなら応え続ける機体を信じる。制動をかけた瞬間から、反動の来るタイミングまでが自然に反応できる。

―――俺は一人じゃない。

 背中が温かかった。戦友たちの存在を確かに感じながら、彼は戦い続けた。
 先日の戦いで死んだ戦友たちが励ましを聞いた気がした。成層圏の向こうにいる戦友たちが、共にあるように感じた。
 
「俺は・・・・」

 ウラガン中尉が、メルダース少尉が、そして幾多の戦友たちが、そしてこの戦場を用意してくれたマ・クベ中将が・・・。
 共にいるのだ。今この瞬間も共に戦っているのだ。ならば、それは独りでは決して無い。
 
「俺たちは・・・・・・」

 数機のジムが盾を構えて、立ちふさがる。まずは動きを止めようという試みか。だが、そんなもので止まるか。
 体勢を低く地に伏せるかのように深く踏み込む。間接に送られたエネルギーパルスが弾ける様に蹴り足を押し出した。

「俺たちは、マ・クベ閣下の斬込隊だぁっ!!!」

 肩のスパイクを抉る様に突き出しながらブースターを吹かす。加速による凄まじい荷重で体が悲鳴を上げる。
 だが、そんなことは止まる理由にはならない。 正面に立った機体を盾ごと吹き飛ばして、胴体にスパイクが突き刺さる。
 そのまま担ぎ上げるように、後ろに投げ落とした。
 
 目の前の視界が開けた。飛び込んできた景色に、曹長は言葉を失った。

 沈みかけ、赤々と燃える太陽。そしてその光に照らされて、海が、紅く煌いていた。
 後ろを振り返ると、さらに沢山の機体が周りを取り囲んでいた。恐怖と殺意が槍衾のように突きつけられる。
それは、死に対する恐怖。生を渇望するがゆえの殺意。この死が積み重なる場所で、彼らは皆、明日を求めていた。
 曹長は、急に全てに納得できたような気がした。

「そうか、これが『生きる』って事か……」

 そう、呟いた瞬間、カウンターが0を指した。

「少尉殿・・・」

最後の言葉は、凄まじい閃光と衝撃波に飲み込まれた。






「行ったか・・・・・・」

 眼前に広がる青い星を見ながら、中将はそう呟いた。その言葉が何を示すかはメルダースにはよく分かっていた。
 ともすれば、彼も同じ事を感じていたからだ。いや、先刻まで共にあったかのような気さえする。
 それは自分のおごりだろうか。だが、一つ確かなことがあるとすれば、あの男は最後の瞬間まで一人ではなかったということだ。
 
 その証拠に、普段感情を表に表すことのない中将が、意固地に窓のほうを向いて、敬礼をしていた。
 かすかに窓に映る相貌に、光るものがある事をメルダースは気づいていた。
 
 言わんや、自分も熱い物をこらえ切れてはいなかったからだ。
 この日、独りの男が逝った。狂戦士としてでなく、英雄としてでなく、一人の戦友として。

――貴様は、一人じゃなかったぞ・・・

 青く輝く星に敬礼を捧げながら、メルダースは独りの男の名を胸に刻み込んだ。










あとがき
 ご愛読くださり、誠にありがとうございます。
 追憶のオデッサ編これにて完結いたしました。今回、イワモトのキャラをかなり掘り下げたので賛否両論あるかもしれません。
 ただ、これが作者なりのこだわりであると思ってください。
 後作中の不思議描写はNT能力を前面に押し出しています。この戦場で斬込隊のほとんどがNTに覚醒したということを表現したかったので。
 ラストの戦闘シーンなんてもろに「やらせはせんぞー」って感じですね。他の隊員たちがイワモトに共鳴してそれをマ・クベが増幅したせいで
あんなにとんでもないことがおきてます。ちなみにあのシーンは松本先生の戦場漫画シリーズを元にしてます。
 個人的にはあの辺りの戦闘シーンは書いててとっても楽しかったです。読者の皆様からはどう見えたでしょうか。
 ぜひ感想を聞きたいと思っています。皆様のコメントはいつもありがたく読ませていただいてます。
 毎回コメントを下さる方、本当にありがとうございます。単発でいれてくれた方もとっても嬉しかったです。
 割と切実に連載の原動力になってます(いや、マジで
 ですので、これからのこの作品をよろしくお願いします。



[5082] 幕間 中将マ・クベの謹慎報告
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/23 10:52



 オデッサ撤退戦から、宇宙(そら)に上がったマ・クベを待っていたのは、キシリアの艦隊だった。無論、出迎えなどではない。
ザンジバルに乗込んできた憲兵たちを、部下が剣呑な目で見る。歴戦の兵士独特の冷たい殺気をはらんだ視線に憲兵達が僅かにたじろぐ。
一触即発の緊張感があたりを包んでいた。

「義務を果たしたまえ」

 部下たちを目で下がらせると、マ・クベは自ら前に出た。

「マ・クベ閣下に対して司令部から謹慎命令がでております」

 回りを伺うように憲兵隊の士官が言うと、緊張した面持ちで命令書を読み始めた。内容は、核の無断使用及び、オデッサ防衛の失敗、これらの
処分を決める為、グラナダにて謹慎せよとの事だった。

 上級将校であるため、副官のウラガン少尉もしばらくして送られてきた。無論、それは方便で、本音は彼を経由して、マ・クベが自分の部下を
動かすのを恐れてのことだろう。そんな、あからさまな態度も別段気にもとめず、そんなことをする気ならば艦からおとなしく出るはずが無いだろう
にと、内心で呆れるばかりだった。往々にして、人の心という奴は曇りガラスの向こうにあるものだ。
 それにしてもとマ・クベは与えられた部屋を見回した。謹慎の割にはなかなか良い場所を用意である。豪華とはいえないまでも質の高い調度品。
図書専用ではあるが、情報端末まである。こうして、マ・クベとウラガンの長い一日が始まったのである。




「運動の時間だな」

 本から顔を上げたマ・クべはウラガンの方を見た。ウラガンが振り返って、剣のかかったラックを見やる。情報機器以外の私物の持込は許可されて
いるとはいえ、いささか、やりすぎだとも思わないでもない。ともあれそれが意味するものは一つだ。謹慎中とはいえ、基地内をある程度歩き回る
ことは出来る。運動もまたしかりだ。

「マ・クベ様、得物は何に?」

 空間機動フェンシングは、ノーマルスーツの軽量化に伴う白兵戦技能(宇宙空間では、銃の撃てない状況など星の数ほどあるのだ)として実戦用に
再編されたものである。宇宙世紀初期には決闘なども行われていたらしい。士官学校でも実技科目の一つとして、採用されておりマ・クベが士官候補生
だったの時代には学生決闘も盛んであった。当時、同期だったバウアーとは何度も遣り合っているが、いまだに決着がついていない。
 そのせい否かあらぬ噂がたったこともある(学生決闘最盛期に一個小隊ほど宇宙の藻屑にした二人組みとして伝説になっているとかいないとか)。

「レピアとダガーを」

 言われて、ルネサンス時代のそれをレプリカした長剣と短剣を渡す。マスクと、胴当は基地の運動場に置いてある。

「……ウラガン」

 先に行きかけたウラガンを、後ろから呼び止めた。

「何でありましょうか?」

 振り向きざまに視線を合わせ、ウラガンはビクッと震えた。あとで聞いたことなのだが、そのときはどうも爬虫類が獲物をみるような目をしていたらしい。

「今日は疲れたい。手加減はするな……」

 ウラガンは壊れた人形のようにかくかくとうなずいた。






―――― グラナダ フラナガン機関本部研究エリア

「ご協力ありがとうございました」

 無味乾燥な口調で、白衣の男が頭を下げる。脳波の測定や口頭での面接。一応、上官と言うことを考慮してか、口調は丁寧だが、実験用のマウスを
見るような目が、なんとも不快だ。とはいえキシリア直々の命令である以上、逆らうわけにはいかない。なにせ、こちらは謹慎中の身だ。
それも、軍法会議を待っている身である。もっとも、マ・クベにとってそれは、謹慎で持てあました暇を潰す。その程度のものだった。

それにしても、虫の好かん連中だ。マ・クベは心中ではき捨てた。研究室、独特の匂いが染み付いた部屋。複雑な機材の数々、英知を結集して
探し求めているのは「NT」つまりは人類の革新であるという。
  ばかばかしい、人類はその手と頭脳の閃きを駆使して、新たな時代を「創って」来たのだ。それをいまさら、生物学上の進化を持ち出すなど
時代錯誤もはなはだしい。そう、心の中で断ずる反面、どうしてそこまで強行に否定しようとするのか、マ・クベ自身にも分らない。
 否、分りたくないのかもしれない。なにやら、面接室の中に数人の研究者が入ってきた。

「おめでとうございます」

 科学者の一人が開口一番、そう言った。先ほどとは打って変わって、興奮気味だ。

「マ・クベ中将殿。ご協力いただいた検査の結果、中将殿は極度にストレスの掛かる状態、例えば戦闘中などに、大変特殊な脳波を発生してらっしゃることがわかりました」

「……どういう意味だ?」

「ご自分の思考や意思などを、内集団に対して―― 内集団と言うのは、心理的に自分が直接所属していると感じている集団のことです――
発信することが出来るのです。中将殿はNTです。それも、極めて特殊な」

 頭を何かで殴られたような気がした。決して、予想にない展開などでは無かった。ただ、予想していた最悪の結果だっただけだ。

「諸君の喜びに水を指すようで悪いが、私は、元来NTと言うものには懐疑的でな」

 内心の動揺を悟られぬように、憮然とした口調で返す。ところが、研究者は気にした風も無く、むしろ、身を乗り出してまくし立てた。

「勿論、いまだ世間に認知されているとは言いがたい理論です。ですが、中将殿も見られたはずです! トオル・イワモト曹長の活躍を!!
 現地の特殊部隊が撮影した彼の戦闘データを解析した結果、イワモト曹長はまず間違いなくNTであることが分りました。他にもオデッサ撤退戦に
参加した兵士の中には、その兆候が見られるものやNTとして覚醒した可能性がある者も……」

「何だと?」

 自分でも驚くほど低い声に、目の前の科学者たちの表情が凍る。

「悪いが、帰らせてもらおう。……いまだ磨かねばならん壷が残っているのでね」

 皮肉を言ってマ・クベが席を立つと、科学者たちが引きとめるように、立ちふさがる。

「しかし、中将殿! 彼はあなたによってNTになったのですよ!!」

 研ぎ澄まされた杭のように言葉は心臓を貫いた。歩みを止めたマ・クベは凍りついた表情で振り返った。

「……それは、一体どういうことだ?」

「通常のNTは、パッシブで物体の存在や自分に対して指向性をもった意思、所謂敵意や殺意と言ったものを敏感に感じ取ります。
お互いの心を読みあうことで、コミュニケーションをとることすら可能であります。ですが、中将殿の場合、そういった共感能力は
物理的接触を伴わなければ不可能なほど弱い。その代わりに、中将殿はアクティブに自分の意思を、NTで無い者たちに対しても伝えることが
出来るのです。結果、他人の意思を認知出来るようになった者がNTとして、覚醒する。いわば時代の呼び声なのです!!」

「…………」

 興奮した科学者が、一気にまくし立てるのを、マ・クベはただ、黙って聞いていた。しばらくして、ふっとため息をつくと腹を抱えて笑いだした。

「くっくっくっく、ふはははははは」

 研究者たちが、一様に怪訝そうな顔をする。だが、マ・クベにとっては夢想家の反応など、知ったことではない。古い時代と共に去ることを決めた
男が、時代の革新などとは、冗談にしても度が過ぎている。いや、事実がどうあれ、それは是が非でも肯定できぬものだった。

「此処まで、大げさすぎる追従は、始めてだな」

 そう、マ・クベが切り捨てると、科学者たちは一様に不服そうな顔で、マ・クベに詰め寄る。

「いえ、我々は!!」

「……黙れ」

 群がる科学者たちを、静かな、しかし、良く通る声が押し返す。先ほどとは段違いに凍りついた空気に、科学者の一人がごくりと唾を飲んだ。
 
「諸君、私は軍人だ。確かに諸君の言うとおりなら、これは喜ばしい能力だろう……」

その中でマ・クベはユックリと、しかし突きつけるように言葉を紡いでいく。狂熱に氷水を浴びせられた研究者たちは口を
縫われたかのように押し黙った。

「諸君らの言うNTが、宇宙に適応した新人類であるなら、私は戦場に適応した生粋の戦争屋ということになるな……なにしろ
ミノフスキー粒子散布下の戦闘で、それほど便利なものは無い。そんなものが時代の呼び声だと? 冥府の呼び声の間違えでは無いかね?
この戦乱の時代の先に、諸君はさらに血と暴力の時代を望むのか」

言うだけ言って、きびすを返すとマ・クベは部屋の出口まで歩き出した。その場に居た科学者たちが、モーゼの「十戒」のように道を明けていく。

「それでは、失礼させてもらおう。私の仕事は戦争であって、モルモットではない」

 それだけ言うと、薬くさい部屋を後にした。





 代わり映えの無い廊下を歩いてくと、ハスキーな声がマ・クベを呼び止めた。

「キシリア様」

 振り返りざまに目に入ったのは黒い高級士官用マント、その下の紫の特注生地が、相手が誰であるかを明確に語っていた。

「研究所の連中に随分と、灸をすえてくれたようですね」

 口を覆う覆面の為に、声がくぐもっている。とりあえず、威圧的な響きは感じられないものの、油断は出来ない。なにしろこの方の
面目を潰したことになるわけだし、それでなくともこちらは罪人である。油断無く相手を見据えていると、唐突に見据えていた顔が和らいだ。

「そんなに、警戒する必要はありませんよ、中将。私は貴方の処分を聞きに来ただけです」

 むしろこの場で言い渡す権限をお持ちなのはそちらでは? とっさにそう思って口の中に留めた。正直は時と場合によっては、悪徳である。

「どういう、意味でしょうか?」

 さすがに相手も役者だった。声音からも表情からも心中を読むことが出来ない。単純無垢な将官の多い公国軍にあって、目の前の女性は
一番手ごわい相手だった。

「今、貴様には二つの道がある。一つは死刑になったことにして、私直属のNT部隊に入るか。もう一つは……説明の必要があるか?」

「……それならば、迷うことはありませんな。もう一つの方を選ばせていただきます」

 この問いも予想されていたのか、キシリアは顔色一つ変えなかった。しばしの静寂の後、塞がれた口元から、くぐもったため息がこぼれた。

「死を望むのは贖罪のつもりですか?」

 簡潔な問いに、心をえぐられた。正直に言えば、マ・クベは悩んでいた。死は責任を果たすことにはならないと、理性(こころ)の
片割れが冷徹に言う。それは死の恐怖からの逃避だと断じるのもまた理性(こころ)であった。

「分りません。ですが、私はダーウィニズムのルネサンス(復古主義)に乗る気は、断じてない。これだけは言えます」

 言い終えて、キシリアの顔を見た。こちらの見据える相手の目をしっかりと見返す。キシリアが、自分の目から何を読み取ったのか
マ・クベには分らなかった。しかし、かすかにであったが、マ・クベは相手の目に憐憫の色を見た。

「!」

「……分った」

 マントを翻すと、キシリアはそのまま、歩き出した。その後ろ姿を見つめながら、マ・クベは、一瞬の憐憫の意味を考えていた。







 心の氷壁を突き破らんばかりに燃え立つ心は剣を握る手を強くし、御する為に凍てつかせた脳髄はそれらを正確に狙いへと打ち込ませる。
半分パターン化した打ち込みが、凄まじいまでの連撃の正体だった。
 考える暇を与えぬほど無いくらい、早く、正確に、剣を振る。腕の筋肉が悲鳴を上げ始めても知ったことではない。この腕が千切れようが
そんなことはどうでもいい。痛みはやがて口をつぐみ、ただ剣の軌跡のみを感じ取る。

『彼はあなたによってNTになったのですよ!』

 一瞬の雑念が、マ・クベの体勢を大きく崩す。驚き半分、防戦一方だった相手がこの隙を逃さず突きを入れる。

「黙れぇっ!!!」

 一瞬、頭の内で反芻した声を打ち消すように、長剣を横薙ぎに払う。
キンッと澄んだ音と共に、銀色の軌跡が宙に二つの円をかく。その音で、マ・クベはハッと我に返った。澄んだ音を立てて二つの剣先が地面に落ちる。
 相手を務めるウラガンは、唖然とした様子で尻餅をついている。

「すまんなウラガン、ちょっと熱が入りすぎたらしい」

倒れている相手に手を貸すと、一気に引き起こそうとして、自分も転んだ。

「ま、マ・クベ様!?」

 手にまったく力が入らない。気づけば、体中ガタガタだ。どうやら、気が抜けて脳内麻薬が切れてきたらしい。急に襲ってきた疲労感に
さいなまれながら、急に笑いがこみ上げてきた。

「くくくく、あははははっ、はっはっはっはっ!!」

狂ったように笑い続けるマ・クベを、ウラガンが心配そうに見ている。

「すまんな、ウラガン。手に力が入らんのだ…」

 苦笑交じりに言うと、ウラガンが、怪訝そうな顔になる。

「はあ……?」

 曖昧な返事を返すと、ほっとした様に笑った。

「どうした?」

「いいえ。ただ、このところ、中将殿が笑うところを、見なかったもので…」

 心配しておりました、とウラガンが晴れやかに笑った。良い部下である。ウラガンも、オデッサを共にした男たちも忠実かつ屈強な戦士たちだった。
 
「ウラガン、君には苦労を掛けるな」

「……自分は中将殿の副官です」

 それ以上言葉は必要なかった。

 しばらく、黙っていると、ウラガンが控えめに尋ねてきた。

「マ・クベ様、もしよろしければ、何があったのかをお聞かせ願えますか?」

「…………」

 沈黙を否定と受け取ったのか、出すぎたことを言いました、とすぐに引き下がる。

「ウラガン。キシリア様から呼び出しを受けたのは知っているな?」

「へ? あ、はい」

 唐突に振った話題に順応できなかったのか、ウラガン少尉が間の抜けた声で答える。それに、構わず話を続ける。

「呼び出された先は、フラナガン機関だ」

「ふ、フラナガン機関!?」

 その名を聞いた瞬間、ウラガンの目が一瞬、剣呑なものになる。ジオン内部でも、あまり良い噂も聞かない連中である。当然と言えば当然の反応だ。

「それで、連中が一体何を?」

「皮肉だよ。……それも最上級のな」

 口の端を吊り上げて、男はニヤリと笑った。





――― グラナダ駐留ジオン軍 司令官私室 ―――

 一人、部屋に篭ったキシリアは、一人の男の事を考えていた。オデッサから帰ってきて、彼は変わった。上手くはいえないが
なんとなく違和感があるのだ。その違和感が何者かは、キシリアには分らない。ともあれ、マ・クベをこのまま殺すのは惜しいと思った。
 キシリアは机の上の通信端末を掴むと履歴の中にあった相手に繋いだ。

「…パイパー大佐か? 私だ。貴公から頼まれた件だが、……許可する。もう当人も了解済みだ。こき使ってやると良い」



 後日の略式法廷による判決でマ・クベは4階級降格の上、第600軌道降下猟兵大隊への異動を言い渡された。




あとがき
 幕間ってなんて、便利なんでしょう。あれこれ、欲張る私には、いろんなバックストーリーを詰め込めて幸せいっぱいです……!!
 ……すいません。調子にのりました。ちゃんと本編も進めます。ちなみに、作中で出てきた現地の特殊部隊とはフェンリル隊のことです。
作中オリジナルである「空間機動フェンシング」は前にちょこっとだけ言ってますが、士官学校の正式科目という事になってます。
実はバウアーが次席でマ・クベが主席で卒業してます。



[5082] 外伝 凱歌は誰が為に 前奏曲 星降る夜に
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/25 13:16

―― 宇宙世紀0079 12月 ジャブロー



 白く刺すような月光が、暗い森をわずかに照らしている。その夜、欠けること無い月が赤く夜空に輝いている。夜の帳の下、鬱蒼とする木々の中で彼らは待っていた。
木々の陰に垣間見える偽装された4機の巨影「MS09gb改」リック・ドムの白兵戦闘仕様であるドム・グロウスヴァイル(大鉈)である。高い機動性と攻撃能力を持つ
その機体はフラナガン機関からの気前の良い復帰祝いであった。偽装シートの下で暗色の装甲が蠢く。その名の由来である背中に負った巨大なヒートソードのグリップが
月光に照らされ、木々の中に異形の影を作った。
 特徴的なスカートアーマーや逞しい腕やがっしりとした脚部にいたっても重々しいダークグレイとマッドブラックの空間強襲用迷彩で塗装され、電磁波や熱による存在の
発覚を防いでいる。擬装用のシートをもあいまって遠目から森を構成する一群の木々にしか見えない。
十字スリットをモノアイが縦横に動き、油断無くあたりを探る。闇に身を潜めながら、男達は静かに時を待っていた。

 にわかに木々が震えだした。ざわめきのような振動が大地を揺らす。それこそ彼らが待ち続けたものだ。その震えを、月光の中に浮かぶ巨大なその影を。
 
 流れ星を導く最初のかがり火を灯すために、彼らは待っていたのだ。

「時間だな、作戦を開始する」

 待機状態にしていた機関に灯を入れる。曹長は僚機に向けて低く言うと、ターゲットスコープ上の目標を睨んだ。夜戦用の光学照準機が巨大な影の全貌を捕らえる。
夜空に浮かぶペガサス級、それこそがこの作戦における最初の獲物だ。

≪隊長、全機照準完了しました≫

 小隊副官が冷静な声で告げる。

 作戦開始を知らせるアラームがなる。空を仰ぎ見れば輝きを増した星々が見える。その一つ一つが乾坤一擲の思いを掛けた男たちの魂の輝きなのだ。

「了解。全機、攻撃開始!」

 艦橋、メインエンジン、ミサイル発射管、分担された攻撃場所に狙いを付けた男たちは待ちに待った一撃を放った。
 ドムの腕に抱えられたラケーテンバズーカが一斉に火を噴く。880mmという途方も無い大口径砲弾が、木々の頭を通り越して白い尾を残す。
 矢の如く放たれたレーザー誘導式のロケット弾は正確に目標を捉えた。吸い込まれるように着弾したロケット弾がたちまち業火の塊へと変貌した。

≪着弾確認! 全弾命中!!≫

 モニター越しに火を噴く敵艦の姿を見ながら男は怒鳴った。

「全機続けっ! これよりジャブローに侵入するぞっ!!」

 熱核ジェットの噴流が大地を焦がす。木々の間をすり抜けて敵中へと切り込む4機の頭上には、星が降っていた。




――― 宇宙世紀0079 ジオン公国軍グラナダ基地

執務室の窓からはグラナダの夜景が一望できる。この光景こそ、キシリアがこの部屋を執務室に選んだ理由であった。
指で軽く弾いた白磁の壷が澄んだ音色を奏でる。

「良い音色だな」

「でありましょう」

 キシリアの呼び出しによって執務室へと出頭したマ・クベが、シニカルな笑みを浮かべながら言った。

 男はじっとキシリアの事を見つめた。己がこの場に呼ばれた理由を計っているのであろう。一年戦争まえに行った密談のときのような彼女の権力に対しての構えは無い。
 やはり変ったな、そんな感想を抱きながら、キシリアは目の前の男に対して出来るだけ平坦に言った。

「マ・クベ、貴様の処遇が決まった」

「…お聞きしても?」

 唐突に切り出したキシリアの言葉に、目の前の男は繭一つ動かさず答えた。

「正式な判決は明日の略式法廷で通告されるが、貴様は4階級降格の上、中佐として再編される第600機動降下猟兵大隊へ転属させる。それに伴い、貴様がオデッサにて
直卒した部隊とその母艦として機動巡洋艦ザンジバルもそちらへ送られる」

 鉄面皮な表情が驚きに動くのをキシリアは見逃さなかった。

「驚いているようだな」

「閣下、一つお聞きしても?」

「なんだ?」

「閣下はこの戦争に勝つつもりはおありですか?」

「……愚問だな。無論だ」

 キシリアは唐突な質問の意図を掴みかねていると、目の前の男は、いささか困ったような顔で笑った。

「私が言っているのはギレン閣下との闘争のことではありませぬ。連邦…いや、アースノイドとの戦争に勝つ気はあるのかと、お聞きしているのです」

「それは諫言か?」

 キシリアが意外そうに返すと、目の前の男は黙って首を振った。さもあらん、そのように忠義立てをする男ではない。

「このまま、内部の争いに終始して勝ちとも負けとも着かぬ結末を迎えるのは、詰まらぬと申し上げているのです」

「……何?」

「閣下、戦いにあって頭領に立つものの責務は、赴くに値する死に場所を用意することです。私はそれをオデッサで学びました」

「私にもそれをせよと?」

 男は静かに頷いた。

「……」

「…………」

 キシリアは二の句を用意せずに黙り込んだ。閉ざした心中で彼女はマ・クベの言葉の意味を理解しようとしていた。死に場所をくれと言うものであるなら
それはいささか都合が悪い。もともと、使い難いが優秀な男である。それがさらに死地を越えたことで、絶対に味方にしておいたほうが良い存在に思えるようになった。
 ギレンと決着を付けるためには、彼自身と彼がギレンから受けた「命令」は絶対の武器になる。だが話はそう単純ではない。過日の彼との会見でそれは分かっている。

(足止めについている兵たちの事を言っているのか。しかしそれは総帥の策、私のでは……総帥と私?)

 全てがつながった瞬間、キシリアは一瞬、呆けたような顔になった。

「………………くっくっくっくっ、あーっはっはっはっ!」
 
とめるまもなく笑いがこぼれ、堤をきったように、そのまましばらくキシリアは笑っていた。この男は初めから、一つのことしか聞いてなかったのだ。

(グラナダの戦力温存も全ては戦後を見越してのこと…)
 
 勝てと言うのだ。男は「この戦争に」勝って見せろと言っているのだ。先ほどの笑みの余韻か、キシリアは不敵な笑みを浮かべて答えた。

「面白い。いいだろうマ・クベ。貴様の望むとおりにしてやる」

 そこで一度言葉を切ると、キッとマ・クベのことを見据える。

「だがなマ・クベ。貴様はその先端となるのだ。あまた戦場を賭けその責務において部下を失おうとも必ず戻れっ! 私に見せてみるがいい。頭領に立つものの生き様を!」

先ほどより強い語調でキシリアは言った。マ・クベは伏し目がちに敬礼をすると、ぐっと上目に彼女の顔を見た。

「了解であります……閣下」
 
 明快に答えた男の目は、背筋がゾクゾクするほどの覇気に満ち溢れていた。

「…マ・クベ」

「はっ」

「最後に教えろ。なぜあの壺を私に」

「お目に触りましたか?」

「いいや、見てると落ち着く。良い品だ」

「文化とは良いものだ、それを閣下に知っておいて欲しかったのです」

 先ほどとは打って変わって、穏やかな声でマ・クベが言った。キシリアはふとはるか古に作られたと言う坪を見た。吸い込まれていきそうないい知れぬ何かがある。
何故か懐かしいような、不思議な魅力であった。

「確かに良いものだな…下がってよろしい」

「失礼します」

 来たときとさして換わらぬ平静の中に、様々な感情が見て取れた。それがなんとなく愛敬のように思えて、キシリアは5分ほど自分を見つめなおした。

 その後日、当初の予定を変更して再編途中の第600機動降下猟兵大隊に対して、地球に降下しラサの元秘密兵器開発基地を調査するように命令が出された。




 キシリアは再び壺を弾いた。変らぬ澄んだ音色が執務室に響く。どこか透き通るような色、つかみ所なくそれでいて底知れぬ深みを感じさせるその壺は
なんとなく、その贈り主を思わせた。誰かがキシリアの執務室の扉を叩く。

「入れ」

 入ってきたのは彼女の副官である若い士官だった。

「地球からの報告です」

 緊張した面持ちで、その青年は書類を差し出した。書類の中身を確認して、キシリアはわずかに眉をひそめた。

「これは……」

 そこに書かれていたのは地上に潜入させた工作員からの報告であった。何度もジオン公国に煮え湯を飲ませてきた相手、「第13独立任務部隊」通称木馬についての
情報である。不倶戴天の敵である彼らが、先に降下したジオン公国特殊部隊の迎撃を命ぜられたとの情報である。

「第600軌道降下猟兵大隊は、任務を果たしているようです」

「相変わらず連絡は無いのか?」

 若い士官は神妙にうなずいた。

「はい。地球に下りての隠密作戦であるため……」

「連絡を絶ったのは……ラサに降下してからだな」

 ラサ基地の突然の消失、その理由の調査が彼らの表向きの任務であった。

「フラナガンの連中はさぞ気を揉むだろうな」

「本当によろしかったのですか? ラサの調査も元々は彼らの我侭です」

「納得いかんか?」

「正直に言えばやはり、信じがたいことだと思います。ラサからのテレパシーによるSOSなど」

 多少、憤慨した口調で副官が言う。NTという存在を認めてはいるものの、研究者達の言うようなオカルトじみたものではないと考えているのだろう。

「真相がどうなのか私にも分からん。だが、フラナガンの連中はそのために随分と骨を折ってくれた」

「ガンダムに対抗するためにマグネット・コーティングを施したギャンですか。アクト・ザクの実働データがあるとはいえ、マ・クベ中佐に扱い切れるので…
いえ、失礼しました」

「…それだけではない」

 若い士官は気まずそうに口を噤む。キシリアは気にした風も無く、薄い笑いを浮かべた。

「はっ?」

「あの機体の真骨頂はマグネット・コーティングではない。あれはそのための下地に過ぎん」

「それは、一体どういう……」

「真実、あの機体はあの男のための機体だということだ」

 士官はわけが分からぬと言う顔をしていたが、キシリアはかまわず続けた。

「時に、貴様は奴が死んだと思うか?」

 唐突に切り替わった質問に、士官はしばし呆けたような顔で、その場に立ち尽くした。

「……ラサ襲撃から動きが無いところを見ると、そう考えて行動すべきかと」

 気まずそうに言葉を繋ぐ士官を尻目に、キシリアはやおら机の上におかれた壺を弾いた。透き通った音色が室内にこだまする。

「良い音色だろ?」

「……え、は、はい」

 ハッと我に帰った士官が賛同する。

「生きているさ。あの男は生きている。なんとなくだがな、私には分かる…」

「閣下……」

「予定通り作戦を開始する。ギレン総帥に連絡を取れ。鷲は再び舞い降りるのだ」

「はっ!」

 退室した部下の背中を見ながら、キシリアは再び窓から見える青い星を見つめた。

「マ・クベ、貴様の残した戦争…私がカタをつけてやる」



「グラナダ艦隊、動く」数日後にジャブローへと届けられたその報告は地球連邦政府を激震させた。
決しかけていた運命の水面を破る一石が投じられたのである。






――― 宇宙世紀0079 地球連邦軍総本部 ジャブロー


 鬱蒼と広がる密林と静かに流れるアマゾンの大河は、荒れ果てた大地に潤いをもたらす数少ない存在である。静かな夜の帳を引き裂くような光が行く筋も立ち上る。
多い茂る木々から鳥たちが一斉に飛び立つ。唐突に起きた大地の鳴動によって静かであった森に波紋のように喧騒が広がった。
その鳴動の中心に行く筋もの光の柱が立つ。今宵、バビロンの扉が開かれるのだ。

≪ゲート内作業員は退避せよ! 繰り返す、ゲート内作業員は待機せよ≫

ゲートの開く、地震を伴った駆動音と共に、その頭上に深い夜空が広がっていく。
地の底にてそれを待っているのは、機械仕掛けの天馬(ペガサス級)である。広大な地下空間に金属のきしむ音と巨大な開閉機構の駆動音が響き渡る。
 天蓋がそのまま落ちてしまうかと思えるほどやかましい。事実、ぱらぱらと天井からは石の欠片や埃がふってくる。

≪ゲート開放完了! 発進せよ!!≫

≪ミノフスキークラフト全開、浮上!!≫

 発信命令を受けて、ジャブローの工廠にて翼をやすめていた天馬は、ミノフスキードライブを猛らせながら、ゆっくりと地上へと向かっていく。
頭上に広がる空へ向けて特徴的な白い船体がゆっくりと浮上していく。



 地下大空洞、ジャブローへのゲートから、無粋なサーチライトの光とともに浮き上がってくるのは、ペガサス級の4番艦。キャリフォルニア方面の
ジオン公国軍地上拠点を偵察すべく、その巣穴から飛び立とうとしていた。先ごろこの基地から大量の脱出船が軌道上へ飛び立ったと言う情報が
届いたのだ。おそらくはもぬけの殻になってるであろう基地を一気に制圧する腹づもりである。

 白い船体がゆっくりと浮上していく様を見つめていた。オペレーターは珍しく地上の光学監視所からの電話が掛かってきていることに気づいた。

「…こちら、メインゲート管制所。どうかしたの?」

 提示報告にしてはえらく早い。どうせまた、今夜の北斗七星がどうのと言う話であろう。ここ最近ジオンは宇宙への撤退を始めている。おかげで基地の空は
平穏この上ないのである。それは言い換えれば暇であると言うことでもあった。いい加減、軍用回線の私的利用はよろしくないと、とっちめてやるべきか。
そんなことを考えていた女性オペレーターの耳に信じられない言葉が飛び込んできた。

「なんですって!!」

 突如、大声をだした彼女に同僚たちが怪訝な顔を向ける。

「軌道上からの落下物!? 10、いや100以上!?」

 周りの同僚たちも、次第に青ざめていく。

「……軌道防衛艦隊は昼寝でもしてたわけっ!? とにかく警報を出してッ!」

≪…4時の方向より高速熱源? くそっ! よけろっ!!≫

 重力に逆らう数万トンの巨体にそれは無理な要求であった。飛来したロケット砲弾が、モニターに移るペガサス級の艦橋、メインエンジン、その他主要部分を
正確に噛み砕いた。 浮力をなくし、指揮も定まらぬ艦体は、よろめきながら、もと居た地下へと落下し始めた。

「…が落ちる」

≪艦橋、応答しろ!≫

≪無理だ! 直撃している。ゲートを閉めろ!!≫

≪……間に合わない! 落ちるぞっ!!≫

 炎上する船体が地面にたたき付けれる。警告を出すまもなく爆発炎上した艦が、轟々と縛円を吹き上げ、頭上のゲートを舐める。半開きになったゲートの
開口部から火が吹き続けていた。これは一体ナンなのだろうか、目の前に広がる光景を呆然と眺めながら彼女は思った。爆発し、燃え盛る船体の前にたたずむ人型の影。
人にしては大きすぎるその影が、立ち込める煙の中で鬼火のように、単眼を光らせた。

「ジオンのMS…なんで、ジャブローに」

 だれが鳴らしたのか、気づけば緊急事態を知らせる警報が、鳴り響いている。
うるさい、大変なのは先刻承知だ。炎に照らされ、鈍く光る黒い装甲、重厚な体躯と特徴的なスカートアーマー。ジオン公国の高機動重MSドム、
アーマーの形状が若干異なるところを見ると、その改良型のドム・トローペンのように見える。腰にはバズーカの予備マガジン、胸にはナイフが
マウントされ、背に負った身の丈ほどの一物が鈍く光る。

「あれは…鉈?」

 その異様に戸惑いながら、彼女は呟いた。鉈のようなその武器は、黒い装甲の背にあって、なんとも威圧的な雰囲気をまとっている。

(アレは…やばい。なんだか分からないけど、アレはあたし達を、殺すものだ)

「空間強襲用の黒色迷彩…………と、特殊部隊専用機っ!」

同じものを見た傍らの同僚が震えながら言う。

「ヒートサーベルのぶっちがいに、ビームサーベル…オデッサの斬込隊だ」

誰かが言った言葉に、その場の全員が息を飲んだ。それが容易ならざる相手と言うのはいやと言うほど分かる。逃げなくちゃ、そう考えた瞬間、
彼女はドムの構えたバズーカと目が合った。

(撃たれるっ!)

そう思った瞬間に、バズーカを構えたドムを横合いから別のドムが静止する。接触回線で
何かを話しているようだ。




「無駄弾を使うな……先は長い」

≪了解≫

 接触回線で部下をたしなめるとコウ・フナサカ軍曹は、自らの機体にヒートナイフを装備させた。接触回線から膨大なエネルギーが小さな刃に流れ込む。
瞬く間に白熱化したナイフを持って、ドムは管制所を睨むと、思い切り跳躍した。バーニアと脚力を併用した跳躍はその巨体を容易に浮き上がらせた。
管制所からは、その場より消失したかに見えたであろう。一瞬で管制所の頭上に飛びこんだドムが、逆手に振り上げたナイフを慣性のままに突き立てる。
上部の管制ブリッジ内に侵入した灼熱の刃によって、内部の人間は一瞬で蒸発し、衝撃でフレームが歪み、内部の各種ケーブルがちぎれる。一撃で管制所は
その責務を全うできなくなっていた。

「…行くぞ」

 コクピットの中の男は、良心の呵責などまったく感じていないようだった。

「それじゃあ、張り切って…戦争といこうじゃないかっ!!」

 真一文字に引き締めた口をかすかに歪め、どこか楽しげに男は言った。

 地下へと侵入し、メインゲートの管制所を破壊したそのドムは味方部隊に傍受させるために、一通の平文を打電した。

≪我、ジャブロー強襲二成功セリ≫

後世、宇宙世紀のパールハーバー、一年戦争の天王山と呼ばれる戦いの火蓋が、ここに切られたのであった。





純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!!」
純夏「UN-LUCKラジオ」
リディア「は~じま~るよ~~♪」
パイパー「長かったな……」
純夏「前回更新から一ヶ月以上になりますね」
リディア「あの阿呆(作者)、前回のときに刊行スピード早くするとか言ってませんでした?」
パイパー「そう言ってやるな。劇団の養成所なんぞに入ったもんだから大変なんだろう」
純夏「この歳でバレエとかww なんて言って泣いてましたけど…」
パイパー「まだ若造の癖に年寄りくさいことを」
リディア「それはそれとして、今回は外伝みたいね」
純夏「マ・クベさん。相変わらずでしたね」
リディア「キシリア閣下との事、気になる?」
純夏「え? わ、私は別に」
パイパー「あの二人で邪推は無理がありすぎだと思うがな」
リディア「……やっぱり、そうですかね?」
パイパー「香月博士と同じくらいたちが悪い」
純夏「ですよね……(なんでだろう? ちょっと安心した)」
リディア「今回出てきたドムグウロスヴァイルって本当は違う機体の予定だったのよね」
パイパー「本来はマ・クベとの絡みもあってイフリート・ナハトの予定だった」
リディア「確かスカイプで紹介されたのがきっかけでしたっけ?」
パイパー「ああ、はまりにはまってドット絵落としてきて、特殊部隊隊使用に塗りなおしたくらいだ」
純夏「あの人たちもマ・クベさんの部下の人何ですか?」
リディア「彼らもオデッサで殿を勤めた人たちだそうよ」
純夏「次回の更新…いつになるんですかね?」
パイパー「……」
リディア「こ、今回よりは早くなると…思うわ。ね、ねぇ大佐」
パイパー「忠勇なる読者諸君に栄光あらんことを、ジークジオン」
純夏・リディア「「じ、ジークジオンっ!!(ご、ごまかした)」」



あとがき
 皆様、大変お待たせいたしました。外伝、第1章やっとこさっとこ完成しました。
 今回、登場した新キャラ「コウ・フナサカ」は帝国陸軍が誇る人間兵器こと船坂弘(ふなさかひろし)氏がモデルになっています。
 コウはコウでも連邦のコウとは一味違う曹長どのの勇姿をご堪能いただければ幸いです。次回あたりでサイクロプス隊も出す予定です。
我ながら遅すぎて涙が出てきます。お待ちくださった読者の方々、重ねて御礼申し上げます。
進まないくせに雑念ばっかり浮かぶからさあ大変です「残酷無残妖甲絵巻 装甲悪鬼シグルイ」とか…もう誰得? 
俺しか得しねぇよ、な電波が盛りだくさんです。
最近はニコニコ動画のクロスオーバーズを見て、テンションを上げたりとちょっと大変です。
刊行スピードは落ちるかもしれませんが、何とか完結させるつもりなのでよろしくお願いします。



[5082] 外伝 凱歌は誰が為に 間奏曲 星に想いを
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:732cf43c
Date: 2016/01/25 13:14
 グラナダの執務室、その大モニターの前に立ちながらキシリア・ザビはその顔に僅かな嘲弄を浮かべた。珍しく、髪を下ろして後ろで束ねている。
最近はこれが気に入りなのだ。

『キシリア、冗談は止せ』

「兄上も意外とお甘いようで」

 あいも変らずに癇に障る薄笑いを浮かべる兄の顔が僅かに引きつるのを見て、キシリアは内心で笑みを浮かべた。あの野心家で策略家の兄が、こちらの意図をまったく
持って読みきれて居ないと言う状況は、彼女にとってことさらに痛快であった。

『本気かねキシリア』

 執務室の巨大モニター、その半分を占める兄の顔に動揺の色が混じるのを、彼女は見逃さなかった。どうやら、ギレンは彼女の意図を測りかねているらしい。
正直に言ってしまえば、意図もくそも無く、そのままを伝えたのだが、それを額面どおりに受け取れるほど健全な兄弟関係は気づいてこなかった。と言うよりは、
まだそこまで追い詰められては居ない。と認識なのだろう。確かに今までの関係を考えれば、キシリアの「提案」は、一歩たりとも後の無い状況にならねば、
冗句にも上げぬであろう内容である。依然として、グラナダは独自の戦力を維持しており、宇宙でのジオンの覇権は連邦に劣らぬものがある。しかし、だからこその
タイミングでなのだ。相手の意表を突き、弱いところを叩きのめすのが戦場の鉄則である。戦略などと言うものは、とどのつまり、相手を「驚かせる」類の悪戯を
どれほど効果的に行うかに尽きるのだ。

 それはそれとして、まったく持って面白い、と言うのが現段階でのこの会合に対するキシリアの感想であった。裏表無く行動していると言うのに、必死に裏を
探ろうとする相手のなんとこっけいなことだろう。おもわず、こぼした笑みは「何らかの意図がある」とギレンに錯覚させるには十分なようだった。こちらの
反応を探ろうとしていることが手に取るように分かる。ともすれば、意外と兄は単純な人間らしい。

「兄上、兄弟げんかは戦争の後に」

 思案顔のギレンに向かって、キシリアが畳み掛けるように言った。そこへ、意外な方面から援護射撃が入る。同意を示して、冷静に諭したのは以外にも
熱しやすい弟であった。

『そうだぜ、兄貴。このままじゃどの道ジリ貧になるのは目に見えてる』

 頬に向こう傷を走らせたいかつい男はキシリアの、そしてギレンの弟でもあるドズル・ザビ中将である。この熱血漢で単純明快な人物であるはずの弟が
強力な味方になっているという状況も奇妙と言えば、奇妙である

『姉貴がやるってんなら、俺に依存はねぇ。ガルマの仇、取れるってもんだ』

 ガルマを失いザビ家の末弟となってしまったドズルは、以外にも冷静な調子であった。いつもならば、真っ先に熱狂して感情論に走っていた弟が今度ばかりは
理路整然と兄を諭そうとしている。どうやら、僅かながら成長しているらしかった。

(妙なものだな。今までならきっと気づかなかったろうに)

 いつのことからだろうか、血を分けた兄弟を政敵の一人としてしか認識できなくなったのは、2対1の構図となった会議の中で心あらずキシリアはそんなことを
思っていた。疑心暗鬼は文字通り人の目を曇らせる。無論、兄弟なのだから、信じあい助け合うべきだ、などという戯けたお題目をいまさら受け入れようと言う気に
なるほど、童心に帰れるわけではない。単純に、そうやって目が曇れば、何かを見落とすと言う単純な理屈に気づいただけだ。得てしてそれが致命的になるという
ところまで気づけたと言うのは、彼女にとって大きな収穫であった。
 そして、それをキシリアに気づかせた男が始めた戦争を、彼女たちが「始めさせた」戦争の片を今付けようとしている。当然と言えば、当然での話ではあるが
なんとも因果な展開である。つまるところこの戦争は私闘であった。それが、様々な因果の末に積み重ねられた憎悪と不条理の発露であるとはいえ、往々にして
戦争などと言うものは私的な思惑によって呼び起こされ、私的な思惑によって終息するものなのだ。

 ほどなくして、今回の議題であったザビ家三兄弟による共同作戦は、最終的に三者三様の思惑を抱えたまま合意に達した。

そして、それこそが、決まりかけていた歴史の流れを覆す新たな潮流に他ならなかったのである。


 
―――  静止衛星軌道上

 青、眼下に果てしなく広がる深い青は、その下の海の色を写しているのだろう。ただ、太陽の光を受けて、輝いているだけだと言うのに、
どうして、こんなにも美しく見えるのだろうか。自分が住んでいる場所をそうやって、見ることが出来たなら、人はそこに住んでいる幸せと言うものを
かみ締めることが出来るのではないだろうか、もっと自分の立っている場所を大切に出来るのではないか。
HLVの艦橋から、これから向かう戦場を見ていたユーリ・ケラーネ少将は、柄にも無くそんなことを思った。

「やはり、地球は青かったか。第1次降下作戦の折にも見たが、何度も見てもすごいものだな」

 衛星軌道上から見る地球と言う奴は、見るもの全てに「やはり地球は青かった」と思わせるだけのなんとも味わい深いものがある。その母なる大地の
重力から開放されたその場所に浮かんでいるのは、数十分前にキャリフォルニアベースから打ち出されたHLV群である。


 頑強な体躯、袖を切り取って半袖にした軍服を着ているその男こそ、ジャブロー襲撃の総指揮を任されたユーリ・ケラーネ少将その人である。

「そろそろ始めるとするか…」

 男は再び眼下に広がる青い空を見据えた。これから彼らが降りる場所であり、祖国の命運を決する戦場がその先にあるのだ。

(しかし、空に「降りる」とはな…言いえて妙だな)

 一人、胸のうちで笑いながら、ケラーネは湧き上がる興奮を必死に押しとどめた。彼らは地球から脱出した敗残の軍ではない。
降りるのだ。友の消えた星、スペースノイドにとっては羨望と憎悪、そしてわずかな望郷の対象であるその場所へ、再び降り立つのだ。

(ギニアス、俺は戻るぞ。貴様の無念を果たして、再びこの宇宙(そら)へっ!)

 ジャブローに対する軌道降下強襲作戦、前回のキャリフォルニアベースからの空挺作戦など比較にならない規模の大戦力による攻撃作戦である。
些細な腐れ縁であったが、それでもギニアス・サハリンは友人だった。その友の果たせなかったジャブロー攻略に、今、挑まんとしている。ともすれば
それは一種の敵討ちであった。

 刹那に生じた凄まじい振動がケラーネの思索を打ち切った。

「何があった!」

 ケラーネの怒鳴り声と共にけたたましい警報が艇内に響き渡る。オペレーターの一人が、緊張した声で答えた。

「456号艇被弾! 爆沈したようです! ……10時方向より敵艦隊!?」

「何だと!? 外周軌道のパトロール艦隊か…まずいな、取りこぼしがあったのか…俺たちでは反撃できんぞ!」

 大モニターに索敵結果が表示される。敵を示す光点の数は決して多くないが、この座標から動くことの出来ないHLV群にとってはかなりの脅威である。
おそらくは連邦軍が宇宙での反抗作戦に備えて打上げていた艦隊であろう。

「このままではいい的ではないか。降下体制に入れ!」

「だめですっ! 現在の座標では落着地点が大幅にずれます」

「なんだと……」

 今回の作戦の肝はジャブローへの直接降下である。それが失敗すれば作戦自体が瓦解する。それはすなわちジオン公国の敗北を決すると言うことだ。

「だが、このままでは全員犬死だ……」

 ケラーネの背を冷たいものが流れ落ちる。心臓を掴まれたような不快な緊張感が全身を硬直させる。決断せねばならない。だが、それはどちらを選んでも
選択の余地が無いものである。

「35号艇、19号艇、126号艇、236号艇沈没、12号艇と203号艇が降下不能」

 彼を追い立てるように、被害報告が続けられる。

「敵艦隊後方よりさらに増援っ!」

 別のオペレーターが叫ぶ。もはやケラーネに考える時間は残されていなかった。

「やむをえん。このまま降下…」

 そう言おうとした瞬間、モニター上の敵艦がいきなり爆発した。HLVの間を飛んでいたGMやボールが次々と爆発していく。
その爆炎を突っ切って、ケラーネの目に焼きついた姿は見慣れないMSの姿であった。

「アレは…新型か?」

「IFF確認、後方の艦隊は味方ですっ!!」

 モニターに移った灰白色のMSが手にしていたバズーカを投げ捨てた。

『またせたな、ひよっこ共っ!』

 通信回線に割り込みで響いた声は、ケラーネにとってはどこか懐かしさを感じる声音であった。
 とさかの様な通信アンテナに、中世の甲冑の「犬面」を思わせる特異な頭部、立体的な胸部装甲、ジオニック系MSの特色を色濃く出したその機体こそ
最新鋭機「MS-11ゲルググ」である。

リックドムの編隊が、灰白色の機体を囲むように展開する。統率の取れた編隊機動はある種の几帳面さすら感じさせた。この几帳面なまでの編隊機動には覚えがあった。

『カスペン戦闘大隊指揮官、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐である! 遅ればせながら助太刀に参った』

 手にしたビームナギナタが、あたかも指揮棒代わりにおろされた瞬間に、雁行隊形を組んでいた大隊が、小隊ごとに散会し、状況の変化に戸惑う連邦軍MS部隊に
餓狼の如く襲い掛かる。
 HLVを叩くために散会していたGM部隊は、次々とその餌食となった。自身もビームナギナタを縦横に振り回し先頭に立ってGMを切り捨てながら、
ヘルベルト・フォン・カスペン大佐率いるカスペン戦闘大隊は、突然の強襲に浮き足立つ敵部隊を容赦なく蹂躙した。




「か、カスペン教官殿? こいつはとんだ再会だぜ」

 モニター上に移る光景に唖然としながら、ユーリ・ケラーネは奇妙な縁に苦笑を浮かべた。ヘルベルト・フォン・カスペン大佐、ケラーネが士官候補生だった
ころにたっぷり絞ってくれた恩人(怨人とも書ける)である。士官学校で教鞭をふるっていたおりに(これが比喩でなく本当に振るわれるのだから、恐ろしい)、
ギニアスやケラーネに士官としてのいろはをたっぷり叩き込んでくれた人物でもある。一年戦争の開戦とともに大隊指揮官として戦場に送られたという話は
聞いていたが、まさかこんなところで再開しようとは、まったく、予想していなかった。
 そこへ、唐突にオープン回線に女性の声が入ってきた。

『いくら急いでるからって、おいてかないでおくれよ大佐。どうやら間に合ったようだね』

声と共に、混乱から覚めやらぬ艦隊に、先ほどとは別のゲルググ部隊が襲い掛かる。マシンガンとザクのシールドを改造したスパイクシールドに
刻まれたエンブレムは海兵隊のものである。巧みな連携で艦橋をつぶして、エンジンブロックを破壊する。見事な手際である。カスペンの灰白色のゲルググの後ろ続いた
もう一機のゲルググがどうやら指揮官機のようだ。カーキ系のパーソナルカラーに彩られたその機体は俊敏な機動でカスペン機に追随した。
 通信ウィンドウにパイロットスーツ姿の女性が写る。

『海兵隊のシーマ少佐だ。あたしらがお守りしてやるから、安心して暴れてきな』

 ノーマルスーツのせいで顔は良く見えないが、口調から察するにどうやら相当な女傑らしい。

「すまない。感謝する」

『おや、少将閣下直々とは光栄さね。仕事ですから、気にされないことですわ閣下』

 上官相手に物怖じしない態度を見て、ようやく思い出した。シーマ・ガラハウ少佐、荒くれ者ぞろいのジオン公国海兵隊で数少ない女性指揮官である。
キシリア貴下でいろいろと後ろぐらい事をしていると、悪評も目立つものの、逆に言えばそれだけ重用されるほど有能だと言うことである。女だてらに
札付き揃いの海兵隊を束ねているところを鑑みても並大抵の手腕ではあるまい。

「噂は聞いている。頼もしい限りだ」

『時に、閣下は大佐の生徒だったとか』

「ああ」

『……』

「心中、お察しする」

 なんとなく、通じ合ってしまうところが悲しい。どこか疲れたような顔に見えるのはきっと気のせいではないのだろう。
一見、杓子定規でお堅い軍人に見えるカスペン大佐だが、破天荒な行動力を持つかなりのマイペース人間である。
ありていに言えば、周りの人間を縦横無尽に振り回すタイプなのだ。
それでも部下を見捨てることは無いし、勇猛かつ有能な指揮官であるのだ。それゆえに人望が無いではないのが、ある意味腹立たしい部分だった。

『何をやっておるシーマ少佐。さっさと片付けるぞっ!』

『やれやれ、本当に人使いが荒いお人だよ。まったく』

 そういいながら、シーマは自分の隊をまとめて、カスペンの部隊に追随する。なんだかんだ言ってなかなか息は合っているようだ。

「閣下! 作戦ポイントに到達しましたっ!」

「良し!! 全機降下だっ!」

「了解……閣下」

「なんだ?」

 ケラーネが怪訝そうな顔で振り返ると、オペレーターが言った。

「カスペン大佐より発光信号、ブウンヲイノル、だそうです」

 ケラーネはため息混じりに笑みを浮かべた。

「まったく、最後までありがたいお人だぜ…さあ行くぞっ!!」

 艦橋から格納庫へと降りたケラーネは全てのHLVに向かって号令を発した。

「全HLV逆噴射! 降下開始!!」

 無重力の船内が揺さぶられる。徐々に強まっていく転落感が、巨大な腕にとらわれたかのように錯覚された。いや、捕らわれたのか。地球の重力に引かれるのを
感じながらそれでも、魂までは惹かれることは無いだろうと、男は思った。見てしまったのだ。あの美しい光景を、それは地上にへばりついていては、決して
見ることの出来ない光景である。それゆえに、彼は再び宇宙(そら)に帰ることを決意していた。ともすれば、彼らは宇宙の子(スペースノイド)なのだ。



――― ジャブロー襲撃より一週間前 大西洋 ドライゼ艦隊

 深く蒼い水中を巨大な影が横切る。水流ジェット推進によって、海中を進むのは、過日解散したマッドアングラー隊を吸収して、戦力を増強した
特務潜水艦隊ことドライゼ艦隊である。
 
 黒い艦体に書かれた「U-801」の文字は、この艦体の旗艦を勤めるユーコン級の艦名である。潜水母艦であるマッドアングラー級を差し置いて
この艦が旗艦を勤めるのは、司令官の座乗艦であるからに他ならない。

(それにしても、あわただしいことだ)

 この急造の特殊攻撃部隊を率いることになったドライゼ中佐はことの成り行きをそう評することにした。水中用MS部隊を搭載した潜水艦隊は
開封された命令書によって始めてその任務を明かされ、この集結ポイントへと集まったのである。

「中佐、作戦開始時刻です」

 副官の若い中尉が緊張した面持ちで言う。

「MS部隊出撃用意!」

 ドライゼの号令が下るや、格納庫に注水が始まり、MSが収納されている部分に海水が満たされていく。

「格納庫注水完了! 耐圧扉開きます!」

「MS部隊発信準備完了!」

『こちらはいつでも出れるぞ!』

 癖のある声で言ってきたのは今回の作戦で先導を勤めるMS特殊部隊の隊長、ハーディー・シュタイナー大尉である。

「……幸運を祈る」

 ドライゼは自分と同年代の男が写るモニターに向かって敬礼をした。





「感謝する」

 モニターごしの相手に敬礼を返して、シュタイナー大尉はすぐにてきぱきと指示を出した。
 格納庫の中が海水で満たされていく。像の歪む水の中で、MSの単眼に灯が灯った。鋼のきしむ音を立てながら、格納庫の扉が開放された。

(おそらく、今回のような作戦が可能なのも今回限り……亡国の民にはなりたくないものだな)

「サイクロプス隊! 出るぞ」

 隊長機であるズゴッグEを筆頭に3機のハイゴッグが、次々と海中へと放出された。艦隊を構成する他の潜水艦群からも次々とMSが放出される。
まるで魚が卵を放つように放出された水中用MSは新旧の機体が混合した寄せ集めのようにも見えるが、歴戦の水中用MS乗りをかき集めてきたのである。
特に搭載能力に優れたマッドアングラー級は運用限界ぎりぎりのMS一個中隊は(16機)を搭載してきている。
センサー上に見える光点を見ながら、シュタイナー少佐は僅かに微笑んだ。

「なかなかに壮観だな。フロッグメン部隊とはよく言ってくれたものだ」

『将軍にでもなった気分になりますね、隊長』

 陽気に軽口を叩くのはガルシア軍曹だ。そういえばガルシア軍曹の祖先はこのあたりに住んでいたらしい。最近、MSの写真をコクピットに貼るように
なったことをミーシャにからかわれていた。

『おいおい、愛しのアッガイちゃんが見れるからって、気張るんじゃねぇよ、ガルシア』

 途中から割り込みで聞こえてくるのはミハイル・カミンスキー中尉である。

『だって中尉、可愛いじゃないですか』

 ミーシャのからかいにガルシア軍曹が抗議の声を上げる。抗議するところが間違っているような気がしなくも無いが、そこはあえて口に出さない。

『まったく、アンディ何とかいってやれよ』

 呆れたように、ミーシャが話を振ると、アンディ少尉はしばらく考え込んでぼそりとつぶやいた。

『何を考えてあんなに愛らしく設計したんですかね。あのMSは』

「いい加減に無駄口を叩くのはやめておけ、そろそろ目標地点だぞ」

 シュタイナーは苦笑を浮かべながら部下たちをたしなめた。

「それからミーシャ。体を温めるのもいいが、ほどほどにな」

そう釘を刺しておくのも忘れない。しょうもない会話をしているようだが、それが彼らなりの緊張のほぐし方なのだ。今回の任務が
とてつもない重責を担っていることは、誰もが理解している。だが、それゆえに過度な緊張で反応が遅れれば、それが命取りにもなりかねない。
濁った水の中を密かに進みながら、それこそ大河の中を蛙のようにむのだ。アマゾンには小さくとも強力な毒をもつ蛙が居ると言う。極彩色の美しい体色を持つ
彼らは森の宝石と呼ばれているそうだ。潜入任務であるため彼らの機体は目立たぬ色で塗装されている(前回の襲撃作戦では潜入部隊のくせに目立つ
パーソナルカラーの機体に乗っていた挙句、部隊を壊滅させた愚か者が隊を率いていたらしい)。
 優美さなど欠片も無く、ただ泥水の中を泳ぐ彼らこそが連邦と言う名の巨象を屠る毒となるのだ。





あとがき

純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!」
リディア「UN-LUCKラジオ! は~じま~るよ~!!」
純夏「……」
パイパー「……」
リディア「…長かったわね」
パイパー「長かったな」
純夏「長かったですね」
パイパー「もう、前の話から読み返さんと分からんだろうな」
リディア「あんまりに更新してなくて、存在自体忘れられてたりして」
純夏・パイパー「「……」」
リディア「あ、あれ? 二人ともなんで黙るの、ちょっと、なんかあたしが地雷踏んだみたいじゃない」
パイパー「…なにはともあれ、やっと進んだな。某佐藤大先生なみの執筆速度ではないか」
純夏「なんだか、試験とか試験とか試験とか集中講義とかいろいろあったみたいですよ」
パイパー「そんな事は言い訳にならんがな」
純夏「しかし、今回も素敵なおじ様がいっぱいって感じですね大佐」
パイパー「そうだな、まったくもって懐かしい
リディア「懐かしい? って、お知り合いなんですか大佐」
純夏「なんかだんだん復活、早くなってますねリディアさん」
パイパー「お知り合いも何も、奴は私の士官学校時代の同期生だ」
純夏「えええ!? て言うかそんなことこんな場で言っていいんですか?」
パイパー「かまわん、どうせ本編には殆ど関係ないであろう裏設定の一つだ」
リディア(いいのかしら、そんなこと言って)
パイパー「さて、今月のお便りだが、ペンネーム帝国兵さんからだな」
リディア「あ、あの更新しようと思うと神がかったタイミングでコメントくれる人?」
パイパー「そうだ、長いことお世話になっている常連さんのひとりだ」
リディア「いいスナイピング能力よね。うちでスカウトしちゃおうかしら」
パイパー「好きにしていいが、どうやって志願用紙を届けに行く気だ? ん~、なになに、基地警備MS隊のトップ小隊所属MSパイロットになった純夏上等兵ですが、搭乗している機体は何でしょうか?『シュミレーター訓練しかやってません』と言ってましたので、未だ実物のMSは操縦していないみたいに書かれていましたので・・・だそうだぞカガミ上等兵」
純夏「あ、あたしですか。実機演習ではアプサラス基地のザクⅠに乗ってます。シュミレーター訓練でもおんなじです。あ、でも特殊部隊の人達と一緒に訓練したときはいろんな機体に乗せてもらいました」
リディア「でも、どっちかと言うとあたし達(射撃戦)よりは、マ・クベ少佐たち(白兵戦)のほうが成績は良かったわね。やっぱり、相性いいのかしら」
純夏「な、な、なに言ってるんですかリディアさん!!」
リディア「あら、格闘のほうが得意なのかと思ったけど、誤解しちゃった?」
純夏「い、いえあの、そういうわけでは」
パイパー「あんまり新兵をからかうもんじゃないぞ」
純夏「と、と言うわけで、帝国兵さん。ご質問ありがとうございました」
純夏「あ、あの。予定では外伝は次がラストみたいですね」
リディア「戦闘シーンてんこもりで書くのが楽しみらしいけど、更新するのいつになるのかしらね」
純夏「案外、来年になったりして……なんて、冗談ですけど」
パイパー「……」
リディア「…………」
純夏「あれ? なんで黙ってるんですか大佐、リディアさん、なんで目を合わせようとしないんですかぁぁぁぁぁっ!!」
パイパー「では、また次回にお会いするとしよう」
純夏「へ、大佐、なんかごまかしてませんか?」
パイパー「そんなことは断じてない! 読者諸兄に永久の栄光あらんことを! ジークジオン!!」



[5082] 外伝 凱歌は誰が為に 第一舞曲 かくて戦の炎は燃えさかり
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:c4383699
Date: 2016/01/25 13:09

―――― ジャブロー地下発電所

 2・3人の連邦兵が神経質そうに施設の周りを歩いている。時折おこる爆発音に不安気な顔を向けながら、兵士たちは自分の役目を果たしていた。
巨大なジャブローの電力を配分するためのたとえここが破壊されても、予備の核融合炉が作動する仕組みになっている。その変電設備の下に、何か弁当箱ほどの
小さな箱が据え付けられているのに、兵士たちは誰一人、気づいていなかった。変電設備に対して専門的な知識を持った者であれば訝しげに思ったであろうが、
非常事態宣言が出ているため、そこにいるのは警備の兵たちばかりである。先のジャブロー襲撃で目にする顔ぶれもだいぶ変わった。その中に見慣れぬ顔があった
ところで、対して記憶には残らない。彼らのなかにそんな些細なことを観察する余裕など全くなかった。この襲撃を予測し得るものなど誰ひとりとしていなかったの
だからその小さな箱は、静かに待っていた。正確に時を刻みながら、たったひとつの指命を果たす為に…。





「うるせぇっ! 敵が来てるのは分かってるんだ!!」

けたたましく鳴り響いている非常警報に苛立ちながら、男は自分の機体に乗り込んだ。MSを起動させるためにコンソールに起動用のパスコードを打ち込み、
機体を動かすために必要な手順を消化していく。

(クソッ! なんでジオンが! 抜き打ちの演習!? 本当に攻めてきやがったのか?)

 小隊の部下たちを呼び集め、MS隊の発信準備を整えている今ですら、半信半疑であった。なにもジャブロー襲撃の前例が無いわけではない。前に襲撃があったのも
ほんの数ヶ月前だ。

(それにしたって、なんでこのタイミングで)

 オデッサでの反抗作戦から地上での戦いは連邦軍が優勢であったはずだ。ジオン公国軍は宇宙での決戦に向けて地上から撤退し始めていたはずである。
最前線ならいざ知らず連邦軍総本部のジャブローで文字通りの「大本営発表」を食わされるとは考えにくい。だが、腹立たしくも鳴り響く警報は一向に
鳴り止む気配を見せない。

(出撃シークエンスは全て完了、緊急出動の抜き打ち訓練ならこれで終わりのはずだろ)

通信回線に管制塔からの通信が入る。

≪発信準備がととのい次第、各小隊は順次出撃してください。侵入した敵は少数とのことですが、十分気をつ……≫

 入ってきた通信の内容は男の望んだものではなかった。地下の大空洞は、何かの爆発の反響であろう。絶え間なくゆれ続けている。ひときわ大きな
爆発が大きな煙が上がっているのは発電所の方向だった。

「何が起こった!」

《…………》

 管制室からの応答がない。そうこうしている内にモニターのセンサー画面に赤い光点が現れる。

《…聞こえ…すかっ! 発電所をやられま…予備…きり…るまで、管制…きません》

 どうやら歩兵部隊の通信兵が使う携行式の無線機を使っているらしい。他の場所でも通信が錯綜しているのもあってか、ノイズが多く混じっている。

(ああ、畜生! 本当に畜生っ!)

「小隊各機、他の小隊と連携して敵に当たれ!」

 半ばやけくそ気味に叫ぶ。宇宙での反攻作戦のために、ほとんどのベテラン連中は宇宙へと借り出されている。第2陣として行くはずだった彼らは新兵がほとんどである。

《敵影、捉えました》

 僚機から回されてきた映像を見て、男は絶句した。

「……馬鹿な一個小隊だけだと!?」

 モニターに写っているのは4機のドムタイプ。身の丈と同じほどの巨大な「何か」を背負ったその機体はドム特有の滑るような平面機動で、自立防衛システムの
攻撃をかわしている。

(こんな連中と戦わなきゃいけないのかよ)

 レーダーを見ると機動を終えた小隊が次々と集合し、一個中隊ほどの戦力が集まっている。にもかかわらず、彼らは動けなかった。強烈な不安感に胸倉を掴まれて
僅か数秒の恭順は永遠のように感じられた。

≪うう、うわぁぁぁぁぁぁ≫

 緊張に耐えられなくなった誰かが引き金を引く。それを皮切りに皆がめいめいに撃ち始めた。彼の小隊も、彼自身も気がつけば引き金を引いていた。
コクピットまで伝わる90mmの射撃振動が恐怖と緊張を僅かに和らげる。典型的なトリガーハッピーである。
 
(当たらない! 当たらない! あたらないっ!!)

敵は思ったほど近くに来ては居なかったのだ。誰もが射撃音に釣られて打ち始めてしまったのだから、それはある意味当然の帰結だったのかもしれない。

(あいつら『避けても居ない』のにっ!!)

≪畜生! 何であたらねぇんだよ!≫

≪当たれぇっ! 当たれよ!≫

 焦燥の篭った声が通信機から聞こえてくる。マッドブラックの強襲用黒色迷彩に彩られたその機体はまるで幽鬼の如くたたずんでいた。

(おかしい、射撃は大体自動補正が掛かっているはずなのになんで静止目標に当たらない)

 苛立ちながら敵の姿を見た。まるで風に揺れる麦の穂のように僅かに揺らめきながら、全ての射撃を回避しているのだ。

(そんなことはありえない!)

 ふと、彼はドムがホバー移動であることを思い出した。以下に広大であるとはいえジャブローは閉鎖空間である。煤塵の立ち上がりを防ぐために、
地面は一定の湿度が保たれている。

(陽炎! 空気密度を大幅に変化させることで、射撃計算を狂わせてたのか)

 その上、混乱もあいまってめちゃくちゃに撃っているのだから、止まっていたほうがかえって当たらないのだ。

(それにしたって狂気の沙汰だ! 分かってたって弾幕の中を突っ立ってるなんて出来るもんじゃない。運が悪けりゃ流れ弾でお陀仏だぞ)

振動が止まって、ふと我に返る。マガジンの中の弾丸を撃ち尽くしていたらしい。機体がオートでマグチェンジが行っている。

「しまった!!」

 叫んだ瞬間に敵の姿が大きく歪んだ。一気に距離をつめた彼らは手にしたバズーカを発射した。
大口径のロケット砲弾が次々と足元で爆発する。

「ぐあっ」

 爆発で体勢が崩れたところへドムタイプが一気に距離を詰めてきた。

(速いっ!!)

 ノイズの走るカメラ越しに、男は迫り来る漆黒の影が背中から何かを抜き放つのを見た。

(あれは…剣?)

 その刃は…あまりに大きく、灼熱の塊だった。それは剣と言うよりは大鉈であった。MSの巨躯に匹敵するほどの巨大な刃。
脇に構えたそれが、まるで雑草を薙ぐように前衛のMSを刈り取った。暴力的な運動エネルギーが、真っ二つになった機体をさらに吹き飛ばす。

≪ジョンソン! スタークっ! 畜生、誰でもいいから応答しろ!!≫

≪ありえねぇ……一個小隊を、一撃で…ぶった切りやがった!!≫

 そこで、彼らはやっと理解した。自分たちも既にその射程距離にいることに。

≪くそぉぉぉぉぉぉっ!!≫

 全員の心情を代表するようなめちゃくちゃな蛮声と共に、その場に居たGMが一斉にビームサーベルを抜いてその機体に切りかかった。眼にした
あまりにも衝撃的な光景によって、目の前の敵に眼を奪われてしまった。それが彼らの命取りであった。側面から振るわれた灼熱の刃が麦穂のように
連邦製MSを刈り取った。巨大な刃が巻き起こした恐るべき旋風は、一瞬にして哀れな犠牲者を血祭りに上げた。
 
「1個中隊が一瞬で…あれは、ヒートソードのぶっちがい? まさか、オデッサの斬込隊か!?」

 それはオデッサ反抗作戦から帰ってきた将兵が必ず語る伝説。司令官マ・クベ中将に直率された精鋭部隊。最後は一機で一軍を足止めした
恐るべき狂戦士の群れである。その一機が彼の方へ向かって突っ込んできた。とっさにマシンガンを捨てて、横薙ぎの一撃を垂直方向にバーニアを
吹かして回避する。平面機動ではドムのそれには敵わないが、頭上は死角である。武装をビームサーベルに切り替える。逆手に持って串刺しに
するのだ。ドムタイプが忌まわしい大鉈を担ぐ。だが、遅い。GMの両手がビームサーベルをつかみ、自由落下の勢いで串刺しにする。
 全てがうまくいけば、そうなるはずであった。刹那、何かが機体の真横を通り抜ける。

(いやもっと近い)

 そう思った瞬間にすさまじい衝撃がコクピットを揺るがした。内臓を掴んだ浮遊感の後、ものすごい勢いでシートに叩き付けられ男は気を失った。
肩口と逆手に構えた手を断ち、そのまま肩口から先を根こそぎ奪って行ったのは、鈍重なはずの灼熱の刃であった。
 男の機体を空中で叩き落とす事を可能にしたのが、先端に内蔵されたバーニアによる加速であることを知るのは、後に1年戦争と言われるこの戦争が
終結した後のことであった。後に「野獣」の異名を取るヤザン・ゲーブル少尉の苦い記憶である。




 肩口から真っ直ぐに叩き割ったGMが地面に叩きつけられるのを見ながら、フナサカ軍曹は回線を開いた。フナサカはこの小隊の最先任軍曹だった。
志願制・臨時編成であるオデッサ斬込隊においては同一階級者の小隊も珍しくなかった。彼らはその中でも、新型機受領のために復が遅れてしまった
者達であった。本来ならば、新型機を受領して地上において、本隊と合流するはずであったが、マ・クベ率いる斬込中隊は地上において行方になって
しまったがために、この作戦に投入されたのである。

「全機、ロッテ(ニ機連携)を崩すな。かき回せるだけかき回すぞ」

≪了解、しかし、ジャブロー全軍に対して我々4機ですか? ちょいと手間取りですよこいつは≫

 従軍神父のクレンショー伍長が軽口を叩く。伍長はオデッサ時代で同じ部隊に居た男であり、フナサカの親友である。普段は穏やかで
神父として、懺悔を聞いたり相談を受け付けたりしているが、ひとたび戦場に立てば、敵兵を神の御許に送るのも得意という恐ろしい男である。

「なんだ、不安か?」

 からかうようにフナサカが言う。

≪まあ、相手にとって不足なしってとこですかね≫

 と顔色一つ変えずに返すのだから、やはり只者ではない。

「威勢がいいのは結構だがな。俺たちは前座だ…」

 刹那、鈍い衝撃が地下空洞を振るわせる。はまるで審判の日のラッパの如く、地価空洞に重々しく響いた衝撃を受けながら、フナサカは愉快そうに
口の片端を持ち上げた。

「さあ、真打が降りてきたぞ!」

≪12時方向 4時 6時方向より敵影多数。囲まれましたね先任軍曹≫

 小隊副官が冷静に状況を告げる。だが、そこに動揺を持つ者は一人たりとも居ない。彼らの脳裏には同じ光景が移っているのだろう。廃墟と化した
オデッサの街とそこに立たずむ一人の男。たった一人で連邦軍を食い止めた本物の英雄の背中を彼らはいつまでも脳に焼き付けていた。

「一つ、露払いと行こうじゃないか…」

明らかな狂相を浮かたべるフナサカの提案に、部下たちの返したいらえは、紛れもなき狂喜であった。






 吹き付ける雨のように飛び交う曳光弾と、サーチライトの光によって、ジャブローの空は昼間のような有様であった。その濃密な
防衛火線の中をHLVが降り注ぐ光景は、黙示録が現実になったのかと思わせるものであった。この一戦こそが地球人類の命運を決する
ものである事を考えれば、それは審判の日であると言えなくはなかった。
 対空用のレールガンに撃ち抜かれたHLVがよろめきながらMSを放出する。爆発に煽られながら2機のザクⅡが地面に降りたった。
隣に降着したHLVからグフが、その隣からはドムが、その頭上ではMSを搭載したままのHLVが紅蓮の炎に包まれながら爆散する。

「ざまぁ見やがれこのクソッタレ!!」

 対空砲塔の中で、兵士たちが歓声を上げる。光速の30%という驚異的な速度まで加速された砲弾は、高速で落下するHLVといえども、
撃墜することができる。火器の主力がビームへと移行する中、主力になりきれなかった技術であるとはいえ、まだまだ十分に有効である
(あくまで軍事面での話で、宇宙空間における物資輸送やカタパルトなどには応用されている)。

「スペースノイドなんぞに生きて地球の土を踏ませるかよっ!」

 砲台がまた一機のHLVに照準を合わせる。

「いただき」

 兵士がほくそ笑み引き金をひく。しかし、発射されるはずの砲弾は発射されなかった。

「くそっ こんな時にトラブルかよ」

「どうなってるんだ! 無線で問い合わせろ」

「地下の本部と連絡が付きませんr!」

「なんだと!!」

「は、班長!」

「なんだ!!」

 砲台の指揮をとっている士官が怒鳴り返した。ペリスコープを覗いていたその兵士は蒼白な顔で告げた。

「HLVが真上に…!!」

「……神よ」

 願いとも灼熱の鉄塊に押しつぶされて、彼らには苦痛を感じる暇すら許されなかった。



 HLVのハッチが解放され、巨大な足が大地を踏みしめる。オリーブグリーンの標準塗装に、特徴的な単眼がギョロリと周りを見渡す。
頭部の角型アンテナは通信強化型の指揮官機であること示している。

「…まさに地獄だな」

 指揮官用のザクⅡに乗ったユーリ・ケラーネ少将は顔をしかめた。地上に降りることが叶わなかったのは、軌道上で迎撃された分を入れれば
全体の2割近くになる。正直言えばかなりの損害だ。ジャブローの驚異的な防空能力を思えば、少ないくらいだ。だが今はにわか雨が止んだ
ように、ぱったりと火線が止まっている。先行したフロッグメン部隊が役目を果たしてくれたのであろう。
 次々と降着したHLVが味方を吐き出していく。彼を中心にして、味方が集結し始める。突入口を開けた部隊は敵地で孤立しているはずだ。
オデッサ撤退戦においてマ・クベ司令直属部隊として戦ったという連中だから、腕は確かだろうが、それでもたったの1個小隊である。
それがある意味、懸念の一つでもあった。
 
『先行部隊による突入は成功、突入口のドック入口の開閉機構は完全に破壊されているようです』

「よし! 全部隊、突入開始! 先行部隊を死なせるんじゃねぇぞ!!」

 胸の中でわずかに安堵するとケラーネは部下に号令を発した。欧州方面軍以来の部下たちが蛮声をもって答える。
士気は天を突かんばかりに燃え上がり、単眼を煌々とさせながらジオン公国軍MS部隊は雪崩を打って突入口を目指した。









―――ジャブロー防空司令部


 凄まじい轟音と共に、防空司令部の中央管制室は暗闇に包まれた。

「一体何が起こっている!」

 非常灯の赤い光の下で司令官が怒鳴り散らす。きっとこの赤い電灯が通常のものに戻っても、顔色の方は同じなのであろう。

「発電所が爆破されました!」

「なんだと!!」

「あと30秒後に予備に切り替わります!!」

「手動装填してでも撃たせろ!! 30秒も待ってたら対空砲は全て潰されるぞ!!」
防空司令部のモニターに、正面の軍港の様子が映る。主力艦艇は宇宙へと打ち上げられてしまったため、湾内には数隻の潜水艦と警備艇が
のこるのみである。その水面がいきなり盛り上がる。水中から発射されたミサイルが、防空司令部の周りを警備していたGMを吹き飛ばした。

「なんだと……」

 曲線的な機体から水が滑り落ちる。水中から姿を現したその機体はギョロリとこちらの方を睨むと片腕を上げた。前腕部を被っていたカバーが
割れて、中から発射された大型ロケット弾が迫って来るのをその場にいる者達はただ見つめるしかなかった。




《目標の破壊に成功!》

「まだまだ仕事はおわっとらんぞアンディ」

 僅かに興奮の色を見せたアンディの声を聴きながら、ハーディ・シュタイナー大尉はそれをたしなめた。

《大尉、敵MS部隊を確認。大隊いや、軽く見積もっても連隊規模はいますね》

「全機、可能な限り戦闘は避けろ! アンディとズゴック隊は引き続き施設の破壊を続行せよ。ゴック隊はオレに続けっ! かき回すぞ!!」 

 シュタイナーのズゴッグEを先頭に、ずんぐりとした水陸両用のMSがGMの集団に立ちふさがる。ゴッグは元々、強襲揚陸の際に橋頭堡を
確保するための機体であり重装甲と高火力は他の追随を許さぬ者がある。機動性と火力はハイゴッグに劣るもの、その驚異的な重装甲ゆえに
一部のベテランパイロットたちは機種転換せずに乗り続けている。そして、この作戦に投入された彼らこそ、その「一部のベテランパイロット」
達にほかならなかった。

《馬鹿な、この距離で90mmを弾くなんて―――》

《実弾じゃ無理だ。ビームか180mmを…うわ、くるなっ! ぎゃぁぁぁぁぁ》

 巨大なクローによるすくい上げるような一撃が機体を引き裂く。片足を無くしたジムがバランスを崩して地面に倒れ込む。

《この! 喰らえ! ジオンのクソ野郎》

 背後に回り込んだ別のGMがミサイルランチャーを至近距離から撃ち込む。

《ざまあ見やがれ……!》

 硝煙がだんだんと晴れていく。その中に両手で顔をおおうように防御の姿勢をとったゴッグだった。

《……喰らえ、連邦のクソ野郎》

 そのゴッグが両手を広げた瞬間に、腹部が煌々と輝いているのが見えた。
 次の瞬間放射状に照射されたメガ粒子の奔流がGMを焼きつくした。

 負けじとシュタイナーも機体を動かす。シュタイナーの乗るズゴッグE型は実戦経験から、ズゴッグの強化改修を図った機体である。
対艦用大型誘導弾をユニット化して火力を増大させた事に加えて、装甲・機動性ともに強化されている。
 水陸両用MSとは思えぬ俊敏な機動で間合いを詰め、右のクローでコクピットを貫く。そのまま敵の機体を盾にして小隊を組んでいた二機を
ビームカノンで蜂の巣にする。断続照射式にして速射性を上げたビームカノンは性質的にはビームマシンガンに近い(細かく言えばビームマシンガン
の基礎となった技術が使用されている)。次世代機の一端であるハイゴッグやズゴッグEにはこの方式になっている。無論、出力を調整して通常の
メガ粒子砲としての使用も可能である。
 シュタイナーはコクピットを貫いたまま、最後の一機に振り向いた。

「修羅場が足りなかったな……」

 照準カーソルが限界まで収束される。けたたましい電子音がメガ粒子砲のチャージが完了した事を告げた。赤熱したGMの背部装甲を
貫いて走った青白い閃光が背後にいたもう一機のGMのコクピットを貫いた。







純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!」
純夏「UN‐LUCKラジオ!」
リディア「は、は~じま~るよ~」
パイパー「何を照れておるんだ少佐?」
リディア「いえ、今更ながら結構恥ずかしいなって」
純夏「そ、それは言わない約束ですよリディアさん」
パイパー「しかし、あんのじょうこの体たらくか」
純夏「一ヶ月まあ、早い方なのかな…」
リディア「これを早いというようになったら、おしまいよ」
純夏「き、気を取り直して今月のお便りです」
リディア「ペンネーム亡命ドイツ軍人さんからよ♪」
パイパー「なになに、シュタイナー達水陸両用部隊のフロッグマンはヘタリアのフロッグメン部隊をどう評価するのか知りたい……」
リディア「ヘタリア? そんな国あったかしら?」
パイパー「おそらくはイタリアのことだ。結論からいって、ああ、すごい連中がいたんだろうな、程度だろう。なにせ俺たちにとっては
100年も前の連中のことだ。正直って実態がどうだったかはわからん」
純夏「あたしたちで言うと、江戸時代のお侍さんが凄かったって言うのと同じですね」
リディア「侍って、極東の島国住んでた戦闘民族のことでしょ」
パイパー「とまあ、世代の差こそあれ、旧世紀の出来事言う奴は大なり小なりそんな認識でしかないんだ、俺達にとっては」
純夏「そうなんですか…」
リディア「え、ちょっと、なんですかそのまとめ方。なんだかあたしがアホの子みたいじゃないですか」
純夏「……」
パイパー「カガミ上等兵、何も言わなくていいぞ。時に沈黙はあらゆる言葉より、雄弁なのだ」
純夏「え、いや、あの、別にそういうつもりじゃ」
リディア「ちくしょーーーーー」
純夏「良いんですか大佐。なんか泣きながら走って行っちゃいましたよ」
パイパー「まあ、腹が減ったら帰ってくるだろう。おっと、もう時間だな」
純夏「それでは皆様、また次会におあいしましょう!!」
パイパー「忠勇なる読者諸兄に、栄光あれ!」



あとがき
 この話で終わらせるはずだったのにw 続いてしまいました。というか、恐ろしい事にあと2話もかかってしまうかもしてれない罠。
なんだかんだいって早く本編を進めたいという気持ちもありながら、おっさんたちの活躍を書くのも楽しいは楽しいので、なるべくさっさと
次の話をあげたいと思います。出来ない約束はするものじゃないとも思いますが…。
 それにしても、まあ、部隊の集結よく間に合ったなとか、準備の時間はやすぎるだろ。とかその時点でどうして察知されてないのとか、
いろいろ矛盾もあるし、小説って難しいですね。基本的にはこの作品はそういったご都合主義に支えられていますので・・・。
うーん、ストイックな作品をかける人がうらやましい。



[5082] 外伝 凱歌は誰が為に 第二舞曲 戦太鼓を高らかに
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:c4383699
Date: 2016/01/25 13:12


――― 襲撃より12時間前 ジャブロー低層部 地底湖

 しんと静まり返ったその湖にわずかな音が響く。天蓋の鍾乳石から水滴が落ちているのだ。かつては連邦軍総本部につながっていたその場所は、
崩落によって道を閉ざされ湖底につながる地下水路のみがこの空間への入口となっている。

 突如、水面にわずかな水泡がわいた。水面の水を押しのけるようにして何かが浮上してくる。通常のMSよりやや偏平なそのシルエットはジオンの
水陸両用MSのものであった。水陸両用型MSゴッグの後継機であるハイゴッグである。
 流線型の機体表面を水が流れ落ちる。ギラリと光った単眼がグルリと周囲を見回した。静かな湖畔に自身以外なにもいないことを確認すると、単眼の
光が照明用の光に変わり背中の水中航行用の照明が鍾乳石だらけの天蓋を照らす。折りたたまれていた肩部アーマーがバクリと開き、先の丸まった手を
杖のように突きながら湖畔へ這い上がる。そのMSがカヴァーに包まれた片手をあげると、真っ黒だった水の中に幾つもの眼が輝いた。


《カミンスキー中尉、アッガイ隊、全機上陸しました》

 学徒兵上がりだという若い曹長の威勢のいい声が聞こえてくる。ミーシャはコクピット上部に吊るしたフラスクを軽く弾きながらニヤリと笑った。

「よし、アッガイは工作班を下ろせ。準備が完了次第アッグ隊は掘削を開始しろ」

 次々とアッガイが腹部の装甲を展開し、内部に搭乗していた破壊工作班を降していく。両腕にドリルを付けた工作用MSアッグがレーザートーチと
ドリルアームを駆使して瓦礫を掘削していく。まもなく、特殊工作班を下し終えたアッガイ隊がそれに加わり、器用に瓦礫を運び出していく。特殊工作班が
時折、酸素濃度や地質を確かめながら、慎重に作業を進めていく。

《こんな大所帯の作戦は初めてだな》

 ミーシャの隣に機体を寄せたガルシアがうっそりと呟く。

「気を抜くなよガルシア、隊長たちの方に火力を傾けてるんだ。旧式が多い分、分が悪い」

 ミーシャとガルシアのハイゴッグを除けばズゴッグ1小隊とマッドアングラーに積まれてきたアッガイ1個中隊(途中、ポロロッカに巻き込まれて
一機喪失)である。潜水艦用水路から侵入する予定のシュタイナー達にゴッグ3個小隊とズゴッグ3小隊が付いてるのだ。旧式のアッガイが多いだけに
連邦のGMとやり合うのは心もとない。それでもこちらにアッガイの比率を多くしたのはそのステルス性と兵員輸送能力ゆえである。

《黙って聞いてりゃ言ってくれるじゃねーか、おっさん》

 先ほどの若い曹長が噛みついてくる。

《たしかにこいつは旧式だが、アル中のビヤ樽よりゃよっぽどましだぜ》

《ちょ、ちょっと、兄さんまずいよ!》

 さらに若い声が威勢の良い方を静止する。なんとも珍しいことに兄弟で同じ部隊にいるらしい。

《上官相手にずいぶん威勢いいじゃねぇか》

 ガルシアが威圧的に言う。

《申し訳ありません中尉どの! ほら、兄さんも謝って》

《やなこった。ベルデ、俺は間違ったことは言ってねぇぜ》

 弟らしき方が必死にたしなめるが、兄の方は相当な意地っ張りらしい。

「くくくく、がっはははははは!」

 ミーシャはこらえきれずに大笑いすると、上機嫌でフラスクを傾けた。

「威勢がいいじゃねぇか坊主、戦闘でもその調子なら頼りになるんだがな」

《抜かせっ、そっちこそMSまで千鳥足にするんじゃねぇぞ》

《兄さん!》

「がははは、気に入ったぜ坊主、名前はなんていうんだ?」

《ノルト、ノルト・キスノ曹長だ》

 学徒兵なら、叩き上げで曹長になったのだろう。ならば威勢の良いのは口だけではあるまい。

《良いのかよ、ミーシャ》

「柄にも無く分別くせぇこと言うじゃねぇかガルシア…そういうのは、笑いを堪えきってから言うもんだぜ」

《…げ、聞こえてたのかよ》

 ガルシアが焦ったように言う。

「カッパ(水陸両用MS乗り)は耳が良いんだよ。そうだろ坊主」

《坊主じゃねぇ! ノルトだつってんだろっ! おっさん!!》

《兄さんっ!!》

 威勢のいい答えが気持ち良くて、ミーシャは再びフラスクを傾けた。



 ふと、ガルシアのハイゴッグがアッガイの方へ振り向いた。機体をそちらに寄せる接触回線だ。

《……ベルデ、とか言ったな。お前》

「は、はいっ」

 いきなり、しかもこわそうだと思っていた相手に話しかけられてベルデは跳び上がりそうになった。

《とんでもねぇ上を持つと苦労するな…》

「いえ、そういうわけでは…」

 声にはわずかに同情のようなものが込められている気がした。

《まあ、良い。お前階級は伍長だったな》

《え、そうでありますが》

 突然の質問に狼狽えながらベルデは答えた。すると、相手のガルシア軍曹の声が急に真剣なものになった。

《ベルデ、隊の中に俺より階級の低い奴はあんまりいない…》

「……は、はあ」

《威張れる相手が少なくなると困る。死ぬんじゃねぇぞ》

 そっけなくどこか照れ隠しまじりに言われたその言葉が嬉しくて、ベルデは思いっきり笑顔を浮かべた。

「了解しました。ガルシア軍曹もご無事で」

《誰にいってんだよ。俺達は……サイクロプスだぜ》

 そう言って、浅黒い精悍な顔立ちをしたガルシア軍曹が、モニターごしに笑った。総勢47機の水陸両用MS部隊が先遣を勤めたこの作戦は、
後に旧世紀の歴史的故事になぞらえてこう呼ばれた「チュウシングラ」と……。



《カミンスキー中尉、そろそろ掘削が終わります》

「よし、人が通れるだけの穴を開けたら、壁一枚残しておけよ。俺たちの出番は、まだ先だ」

《了解…》

 作業に当たっていたアッグが片腕を突き出す。レーザー硬化処理に加えて特殊コーティングをほどこされたドリルが最小の回転で慎重に穴を開ける。
ミーシャはコクピットを開けると破壊工作班全員を整列させた。黒づくめのスニーキングスーツに身を包んだ一個中隊が並びMSのパイロットたちも
コクピットを開けて顔を出す。全員に嗜好品を許すと、ミーシャも自身のフラスクを掲げた。

「滅びゆく者達のために……」

 あるものは同じようにフラスクを、そしてあるものはタバコに火をつけた。今生の別れを終えた兵士たちを送り出し、ミーシャはフラスクの口を締めた。




――― ジャブロー中央区各(コアブロック)


「地下停泊地に敵進行、潜水艦用の出入口から侵入されました」

「第4ブロックより敵機の侵入止まりません!」

「畜生、よりにもよってまたここかよっ!!」

 指揮所のなかに悲鳴じみた喧騒と怨嗟の声が上がる。

「よりによって、レビル将軍が宇宙に上がっているときに…」

だからこそのタイミングであるとは、誰もがわかっていた。それ故に彼らはあたかも『偶発的な災厄』のように捉えたかったのである。

「第2MS中隊通信途絶!」

「第13戦車大隊全滅!」

「前回のように、工事区画に誘引出来んのか!!」

「逆に我が軍の部隊が釣りこまれて、孤立させられています」

「ジオンの指揮官は化け物か!!」

惨憺たる報告を寄せるオペレーター達に、連邦軍の高官はとうとう悲鳴を上げた。前回の襲撃とは打って変わってこちらの部隊がどんどんやられていっているのだ。

「敵軍は一路、コアブロックを目指しています」

「奴ら、ジャブローの構造を把握しているというのか!? しかし、どうやって…まさか、スパイが」

「どうやら、旗色はあまりよくなようだな」

 ふいにかけられたのんきな言葉に一瞬怒鳴り返しかけたが、相手の顔を見て彼はぐっと言葉をこらえた。

「ゴップ大将閣下、脱出の準備をなさった方がよろしいかも知れませんよ」

 言葉だてこそ慇懃であったが、抑えきれぬ軽蔑を込めて男は言った。しかし、ゴップ大将は咎めることなく、彼の顔を見返した。

「冗談でもそんなことはできんよ。いくら私が臆病者でも、私は大将だからね」

 意外な返答に男は驚きながら、部屋から出ていく後ろ姿を呆然と見送った。部屋の外でゴップは冷めた目で後ろを振り返った。

「レビル(主戦)派の君たちにここ(ジャブロー)を任せていては、いつまでたっても終わらんじゃないか」

 時折、爆発の衝撃に揺れる通路の中で、ゴップは一人つぶやいた。

「ニュータイプ(子供)を使いつぶす戦争に未来はない…お嫁さんでも探してやったほうがよっぽどいい。そうじゃないか、レビルよ」

 つまらなそうにつぶやきながら、自身の執務室へと向かった。やがて訪れるであろう客人たちと、敗軍の将という汚名を待つために…。




 ゴップの待つ客人達のなかで一番、近くに迫っていたのは彼らであろう。ミーシャに送り出された破壊工作部隊は順当に任務を果たしていた。
敵の変電所を爆破。その時に今回の襲撃に合わせて脱出を計画してた前の工作班の隊員が合流したのである。黒づくめの男たちが走る。中央司令部の
白い建物を目指して、手に手に短機関銃を携えて、心に必死の任務を秘めながら。彼らのことを連邦軍の兵士が先導している。正しくは兵士の服を着た男である。

「全隊停止」

 隊長らしき男が命令をだすと、男たちは息を乱さず。ピタリと止まった。

「しかし、よく生きてたな」

 男は前を行く連邦軍兵士に声をかけた。

「ええ、正直、赤鼻隊長がやられた時はもう駄目かと思いました」

 彼は前回のジャブロー突入に際してゲート開放を携わった特殊部隊の一人であった。なんとも大胆なことに、潜入に使用したアッガイの撃墜によって
帰る足を失った彼らは、今日まで連邦軍兵士の一人として潜入し続けていたのである。

「これでやっと赤鼻隊長の仇がうてます」

 そう言って彼は中央司令部の建物がある方を見た。

「ラムジ隊長、シュタイナー大尉の隊が橋頭堡の確保に成功しました。本隊も突入したようです」

 部下の一人が報告する。

「中央ブロックの位置は伝えたのか?」

「制圧していた第4ブロックに潜入してた連中が、もう本隊に伝えています」

 ラムジはヒゲを捻りながら、ニヤリと笑った。

「つまり、陽動は成功していると、そろそろミーシャ中尉も動くはずだな。我々の仕事をするぞ!」

 2度ジャブローの土を踏んだこの男たちこそ、1年戦争最後の大舞台における影なる真打を務めることになるのであった。

死を間近に感じるとき、恐怖を通りぬけた先に感じるのは、何とも言えない快感である。一度味わってしまえば、病み付きになる独特のものだ。
オデッサで散った戦友達はどんな気分で、「生の瞬間」を堪能したのだろう。そんな事を思いながら、コウ・フナサカ軍曹は操縦桿のトリガーを絞る。
 彼の愛機がそれに答えて、手にした大型ヒートソードの先端に据えられたブースターを点火する。地面に擦れて火花を散らしながら加速された巨大な刃が、
GMのサーベルにまともにぶち当たる。
 高熱によってプラズマ化した粒子を帯びた刃が、ビームサーベルの偏向ミノフスキー粒子と干渉して反跳力場を作り出す。ブースターによる加速と機体重量の
乗った一撃はサーベルを持った腕ごとGMをはじき飛ばした。

《貰った!!》

 腰ダメにビームサーベルを構えたGMコマンドが、フナサカのドムの左後方から突っこんでくる。いかにブースターがあるといっても重厚なヒートソードでは
間に合わない。
 GMコマンドのパイロットが勝利を確信してほくそ笑んだ瞬間、ドムが彼の方へ振り返った。彼がみることの出来たのはそこまでだった。ドムとGMコマンドの
シルエットが交錯する。

GMコマンドの手にしていたサーベルは、ドムの脇を抜けていた。サーベルから光が消える。ガクリと力を失った機体が地面に崩れ落ちた。コクピットに横一文字
の傷が走っている。突き出されたドムの左手にはヒートナイフが握られていた。

《次から次へと、わかってはいましたがキリがありませんな》

「当たり前だ。本隊へ向かう連中を足止めしているのだからな」

 隣でクレンショー伍長の機体がコウの側面を守るように立ちふさがる。胸部の拡散ビームで目潰をくれた敵機のロッテを回り込みざまの一太刀で真っ二つにする。
驚異的なことに、たった4機の彼らは生き残っていた。1機も欠けること無く 幾多の敵機を残骸に変えながら、この戦場に彼らはたしかに生きていた。
 
《…センサーに感あり、敵増援大隊規模…少なくとも同規模の集団が3つ以上迫っています》

 レーダー上に新たに現れた光点を見て、フナサカは僅かに舌打ちをした。本隊とは充分に距離がある。いかに精鋭の彼らと言えど、ここまでの激戦による疲労は
相当なものがある。陽動の役目は十分に果たしていた。フナサカは、僅かに押し黙ると、小隊の全機に向けて回線を開いた。

「全機に機密保持システムの使用を許可する」

《……》

《……そうこなくっちゃ、最後の死華を咲かせてやろうじゃないですか》

《例え、我ら死の影の谷を歩むとも災いを恐れじ, 汝我らと共に在ませばなり…》

 クレンショ-伍長が聖書の一節を諳んじる。彼らの挽祷の文句にはふさわしいものであった。

「やれやれ、死に場所は決めていたんだがな」

 そう、呟きながら、フナサカは先に地球へと降りた指揮官の事を思い出した。この地球の何処かに彼らはいるのだ。オデッサの地で出会ったその男の下で
戦ったときの充足感は、それまでに経験したことのないものだった。自分が他を補い、己が補われていくその感覚は、言葉にしがたい感覚であった。また再び
その境地に至りたかったが、それはどうやら適いそうもない。レーダー上の光点は彼らをかこむように迫ってくる。

「さあ、連邦軍に教えてやろうじゃないか…」

 フナサカはプラスチックカバーで封印を施されたスイッチに手をのばし…。

「我ら斬込隊というものを!!」

 迷うことなく押し込んだ。背中合わせに円陣を組んだ4機のドム・グロウスバイル。その単眼が紅蓮に燃え上がる。オデッサで炎とともに消えた一人の戦友。
リミッターを解除した熱核融合炉が機体の総身に暴力的なまでのエネルギーを送り込む。青白い電光をほとばしらせながら、4機の戦鬼がその真髄を披露するのは
まだこれからのことだった。






純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始」
リディア「UN‐LUCKラジオ」
純夏「は~じま~るよ~♪」
パイパー「早いな」
純夏「早いですね」
リディア「何か悪いものでも食べたんですかね」
パイパー「夏場だから否定はできんがな」
純夏「夏休みが8月一杯だから最後の悪あがきですかね」
パイパー「まず間違いなくそうだろうな」
リディア「ていうか今回のゴップ大将のセリフって…」
パイパー「なんだ?」
リディア「おっさんNTだらけのこの作品で言っても説得力が無いのでは?」
パイパー「たしかにそうだな。まあ、彼のいうNTは木馬の連中のことだからな」
純夏「今回はサイクロプス隊の人が結構活躍していましたね」
パイパー「おっさん大好きだからな、この作者は」
リディア「それにしても、何時になったら私たちの出番がくるんですか?」
パイパー「…次で外伝が終わる予定になっているから、本編はその次だから……」
純夏「まさか、来年とか…そんなこと無いですよね」
パイパー「…………」
リディア「どうしてそこでだまるんですか!!」
パイパー「俺は男だからそのうち、出番があるだろうが、お前らはなぁ」
リディア・純夏「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
パイパー「……そろそろ時間だな。忠勇なる読者諸兄に…」
リディア「ちょ、なに終わらせようとしてるんですか!!」
純夏「そうですよ! いくらなんでも不公平です」
パイパー「ええい、すがりつくなうっとおしい! 忠勇なる読者諸兄に栄光あれ! ジークジオン!!」
純夏・リディア「「いい加減出番よこせや、作者ぁぁぁぁぁぁ!!!」」



あとがき

 予想外に早く上がったので、さっさと投稿してしまいます。皆さん感想いつも有難う御座います。更新速度が一定しない赤狼一号です。
皆さんのコメントにはいつも、励まされています。
 気分転換に他の作品を書いたりしつつ、のんびり進めて行きたいと思っています。ていうか、ゼロ魔のからくりサーカスクロスとか何を書いてるんだ俺は…。
また更新が遅くなるかもしれませんが、長い目で見てやってください。皆さんの批評・感想などお待ちしております。それではジークジオン!



[5082] 外伝 凱歌は誰が為に 終曲 凱歌は誰が為に
Name: 赤狼一号◆3202d820 ID:c4383699
Date: 2016/01/25 13:11
 巨大な、あまりにも巨大な刃が虚空に唸りをあげる。それはまさに白熱の暴風であった。先端部のスラスターで加速された巨大な刃が不用意に
近づいたGMの足を刈り取る。空いた手から飛んだヒートナイフは迷うことなくコクピットを貫いた。

 ジオン公国軍のMS4機は獅子奮迅という言葉すら足りないくらいの激戦を繰り広げていた。単眼が宿す紅蓮の光はまさに狂熱そのものである。
過負荷運転状態の
ジェネレーターから繰り出される凄まじいエネルギーパルスが、即座に機体を駆け巡り、手にした熱伝導兵器を限界まで加熱する。その凄まじい
一撃は、受ければマニュピレーターごと吹き飛ばされるほどの威力がある。

 機密保持システム…本来はジェネレーターをあえて暴走させて(核融合反応は非常に不安定である為に鎮静化しやすい)核爆弾化することで
高級指揮官の機体に残っている機密データを破棄する事を目的とした自爆装置である。リミッターを解除されることで生まれる超出力は戦闘能力を
爆発的に向上させる反面、機体にかかる負担も倍増するために長時間の使用は出来ない。当然のことながらジェネレーターが臨界出力を超えた場合、
核融合の過剰反応で自爆してしまうため、その特性から「バーサークシステム」の異名をもつ文字通り最後の手段であった。

 刀折れ、矢尽き、命尽き果てるその瞬間まで、彼らは戦うのだ。すべては戦士としての矜持と「斬込隊」という尊厳のために。一機が自分の僚機を守り、
ロッテ(二機編隊)がロッテを守る。その単純なルールを混沌と混乱の飛び交う戦場で徹頭徹尾、彼らは遂行した。僚機を狙っていたらしいGMを切り捨てる。
後部警戒レーダーが至近距離に敵機がいる事を警告するが、フナサカはあえて無視した。前方の機体へと踏み込み、真正面から叩き割る。後部の反応が消える。

《…隣人のために、罪を犯すを許したまえ》

 レシーバーから見知った声が聞こえてくる。そちらへカメラを向けると、クレンショー伍長のドム・グロウスバイルがヒートナイフを引き抜いてる姿が見えた。

「…助かった」

《お互い様ですよ》

 短い受け答えにわずかな笑みを浮かべながら、メインパネルの下の方に残りの可動時間を確認すると、もう30秒をきっている。古来より伝わる
精神書「ハガクレ」は決闘・私闘においては相討ちを最良としている。相討ちであるなら、本懐は果たされ、その後に禍根を残さないというわけだ。
 相手と斬り合う時、相手の間合いに入らねば成らず、それを恐れては一撃を加えることは出来ない。死を恐れている暇などない「相手に殺されても、
相手を殺す」覚悟で「相手に殺される前に、相手を殺す」のだ。そうして、彼らは自分の身内や主君、そして男としての尊厳を守ってきたのだろう。

 初めてその話を聞いたとき、彼は歴史的誇張によって作られた与太話だと思った。だが今は、彼らの気持ちがなんとなく理解できる。男には時に
命よりも重い何かがあるのだ。

 巨大なヒートソードの先端に据えられた強力なスラスターを使用した変速的な平面機動は機動性に優れたドムをさらに複雑怪奇な機動へと走らせる。
片手を繋いだフナサカとクレンショーのドム・グロウスバイルが風車のように回転した。外側の手に持った灼熱の刃が文字通り死の旋風を巻き起こす。
巻き込まれたGMの上半身が空中へと舞い上がり、重力に従って地面にめり込んだ。
 残った下半身が力なく崩れ落ちるのを見て、包囲していた連邦のMSが一斉にたじろいだ。その隙に背中合わせに円陣を組んだフナサカ達は巨大な
刃を構えた。拮抗である。だがこのまま時が立てばどの道彼らの勝ちだここを一掃すれば、作戦も進めやすくなることだろう。刹那、彼らを包囲して
いたGMの一機が何かに足を取られて躓いた。

 同時に足元の地面が盛り上がり、勢いよく飛び出した影が、腕のドリルを叩き込んだ。胸部装甲板が凄まじい火花を散らし、コクピットえぐられた
GMがそのまま地面に押し倒される。

「味方…サイクロプス隊か!? 全機システム緊急停止!! 味方を巻き込むぞ」

IFFを確認したフナサカが叫ぶ。

『了解!!』

 紅蓮に燃えていた単眼が色を失い。関節各部から煙を吹きながら、4機のドム・グロウスバイルが膝をついた。彼らをかこむように展開したのは、
地下からアッグに先導されてきた水陸両用MSの一隊であった。
 残り1秒の所でカウンターが止まっている。今更ながらヒヤリするものがフナサカの背筋を走った。突然、うるさいほどに打ち鳴らされているのは、
自分の心臓だと言う事に気づいて、フナサカはにわかに薄笑いを浮かべた。

 ああ、そうだ。俺はまだ生きている。己の確かな「生」を感じるこの瞬間こそが、彼を戦いの中に繋ぎ止める最たるものであった。




 地の底から出現したMS部隊は一瞬の混乱に呑まれた敵機に、容赦なく襲いかかっていた。ステルス性を考慮した曲線的なボディが、素早く地表へと
躍り出る。アッガイは旧式であるが地上での近接格闘性能はザクにも弾けを取らない。素早く懐に踏み込んだアッガイがクローを使って、GMの手から
マシンガンを跳ね飛ばす。巨大な頭に仕込まれた110mm機関砲が至近距離で火を吹いた。
 上半身を蜂の巣にされたGMを押しのけて、出てきたGMコマンドがサーベルを振り上げる。

『うおおぉぉぉぉっ!!』

 アッガイのパイロットは咆哮を上げながら、ビームサーベルを握った手をアッガイのクローで受け止める。その手を横にいなして態勢を崩すと、
逆のクローで頭部をもぎ取った。盲目状態に置かれたGMコマンドは、そのまま後ろに倒れ込んだ。

『よくやった小僧! 後は任せろ。行くぞガルシア!』

『おおよ』

 地面にあいた穴から何かがとびだしてきた。背中合わせに飛び出してきたそれは折りたたんで板肩部アーマーを展開すると単眼を光らせた。
空中に飛び出したハイゴッグがブースターを切り離すと、ミサイルランチャーと腹部の120mm機関砲、そして両腕のビームカノンを斉射した。
突然の奇襲に浮き足立った連邦軍MS部隊に逃れる術はなかった。


『ノルトだっつってんだろおっさん!!』

『兄さん! よそ見してると危ないよ』

 先ほどのアッガイを狙っていたGMを別のアッガイが殴り飛ばす。

『そうだぜ小僧、一人前扱いしてほしきゃ最後まで気を抜くもんじゃないぜ』

 着地したハイゴッグが、地面に倒れたGMに向かってクローを打ち込んだ。そのまま振り向きざまにビームカノンで、背後にいたGMのコクピットを撃ち抜く。

「永らえたか……」

 通信機越しの喧騒に耳をかたむけながら、フナサカはシートに深く身を沈めた。窮屈なコクピットの天蓋を見上げながら、男はにわかに遠のいた死を見つめていた。

『まあ、そういう日もありますよ軍曹。どのみち死の谷の影を歩くには不足の無い時代です』

「そうだな…」

 クレンショーの楽天的な声に頬をゆるめながら、フナサカは軽くうなずいた。






「……なるほどな。アレが噂のラストリーコンか」

 コクピットのモニターに映る特異な形状のドムを見ながら、ハーディ・シュタイナー大尉はため息に似たつぶやきを漏らした。彼らの原隊である
第600軌道降下猟兵大隊の斬込中隊は、この地球で消息を断っているのだ。
その凄絶に尽きる戦いぶりから「オデッサの死霊」と仇名された男たちの最後の生き残りである。

「遠からずヴァルハラで会う事になる、そう考えているのだとしたらあまりにも哀しすぎる。……そう思わんか、バウアー」

 自分もその身を案じている戦友の顔を思い出しながら、シュタイナーは戦闘記録の映像ファイルを切った。気を取り直して、ミーシャに向けて通信回線を開く。

「ご苦労だったなミーシャ。俺たちの方は終わった。合流しろ」

『了解しました隊長。しかし、すまじい連中ですね。俺たちがついた頃には半分片づけてましたよ』

「なら、帰りは楽をしてもらわんとな。陸戦隊を回収した後に撤収するぞ。後は本隊の方に任せる」








――― ジャブロー中央区画


 MSの傾向する大口径火砲による砲撃が絶え間なく地面を揺らす。両軍ともにMSは大方敵のMSを狙っているのだろうが、その流れ弾ですら
地を這う歩兵にとっては脅威である。たえまない砲撃が地面にクレーターを作る。MS同士の銃撃戦はまさに野砲連隊同士の砲撃戦に等しいのだ。

「この中を突っ切るのか、なんとも悲しくなるぐらいの地獄だな」

 電子双眼鏡によって拡大された景色はまさに地獄絵図であった。流れ弾に当たった連邦軍歩兵が高々と吹き飛ばされる様は、我が身の明日かも
しれないのだ。

「ですが隊長、本隊が到着するまでに片をつけなけりゃ話になりませんよ」

 部下の一人が冷静な口調で言う。

「わかっとる。ぼやいてみただけだ」

 そう言ってラムジは連邦軍のアサルトライフルを担ぎ直した。エアスクーターとジープに分乗した隊員たちは、全員連邦軍の制服を着ている。
変電所で奪取したものだ。

「さあ、行くぞ!!」

 ラムジはジープのアクセルを思いっきり踏み込んだ。ガクガクと振動がカラダを揺らす。砲弾の風切り音が耐える事なく聞こえてくる。稜線に隠れ
ながら慎重にハンドルをきる。突然、すぐ後ろを走っていたジープがいきなり吹き飛ばされる。側面にいたエアスクーターも何台か巻き込まれた。

「なんだっ!!」

「隊長! 前方、ザクです!!」

 オリーブグリーンの巨体が単眼を光らせながら立ちふさがる。

「もう、こんなところまで…腹を決めろっ! 突っ込むぞぉぉぉぉ!!」

 目の前のザクがマシンガンを構える。アクセルを思い切り踏み込むと。ラムジのジープは一直線にザクに向かった。ザクのマシンガンが火を吹く。
120mmという一昔前の戦車砲並みの砲弾の爆風に煽られて、ジープがひっくり返りそうになる。

「味方に殺されてたまるか、くそっ!」

 すばやく単従陣になった車列が、ザクの股の間をくぐり抜ける。ザクから何かが発射される。それを見た瞬間、全身が総毛だった。

「S-マインです!!」

 後部の部下が悲鳴をあげながら車載機関銃を撃ちまくる。何発かの機銃弾が空中のSマインをいくつか無力化するが、残りは起爆高度まで落ちようとしている。

「クソッタレぇぇぇぇっ!!!」

 ラムジは思い切りアクセルを踏み込んだ。爆発音と共に大量のベアリング弾がふり降り注ぐ。危うい所で、全ての車両が効果範囲を逃れた。どうやら相手は
タイミングを逸していたらしい。

「追いかけてくる気です」

 バックミラーにザクが振り返るのが映る。

「手柄が欲しいならMSを狙えってのにクソッタレめ」

 ラムジは舌打ちしながら毒づいた。120mmの銃口がじりじりと持ち上がる。

「ここまで来て、味方にやられるのかよっ!」

「目を開け! 口を開くな! 俺達はまだ生きとるっ!!」

 悲鳴をあげる部下を叱り飛ばしながら、実を言えば言葉の大半は自分に向けたものであった。冷たい汗が背中をひた走る。それでもラムジはアクセルから
足を離さなかった。諦めるのは、死んだあとでも十分出来る。次の瞬間、砲弾の風切り音が頭上を掠めた。一瞬、撃ってきたかと思ったが先ほどと音が違う。

「隊長! ザクが!!」

 一瞬バックミラーに目をやると、砲撃でよろめくザクの姿が目に入る。前方の稜線の影に何かが光る。

「61式か……!?」

 61式戦車の一個小隊がどうやら救援に駆けつけてきてくれらしい。150mmをツルべ撃ちにされてはいかなザクと言えど分が悪い。あっという間に砲弾の雨に
さらされてザクが肩膝を着く。

《こちら第112戦車小隊! 大丈夫か!!》

 先ほどの戦車部隊から無線が入る。

「ああ、助かった。感謝する……ザクはどうなった」

《きっちり撃破してやったぜ》

 無線機からの弾んだ回答に、一瞬、ラムジは表情を硬くした。

「いい腕だ。今度いっぱいおごらせてくれ」

《この、ゴタゴタが片づいたらな。楽しみにしてるぜ》

 無線を置くと、ラムジは黙ってハンドルをにぎり直した。

「なんだか複雑な気分ですね」

 後部で機銃を握っていた部下が、ポツリと漏らす。

「単純にいかないのが戦争ってもんだ」

 そっけなく部下に答えながら、ラムジは視界に映る巨大な建物をにらんだ。目指すはジャブロー中央司令部。それこそが彼らにとっての「吉良邸」である。







《コアブロック以外の守備隊は全てコアブロックにまわせ!! 物量で押し切れば勝てるぞ》

《外側から輪を作ってやつらを袋のねずみにするんだ!!》

《Bライン突破されました》

《小部隊に分けたMS部隊による浸透戦術だと…なんていう指揮能力だっ! 化け物め》

 忙しそうに働く部下たちの姿をモニター越しに眺めながら、ゴップは退屈そうにスイッチを切った。

「情勢は、はなはだ不利……か」

 一人つぶやきながら、ゴップは真実退屈であった。実際、高級将校用の執務室というやつには、トイレまで完備されているからして、
口実に外に出ることもできない。実に不便なものなのだ。

 恨めしげに執務室の扉を見つめながら、ひとつため息をつくと、そこに立っているであろう兵士たちのいかめしい表情を思い返した。どの道そんな
方便など通用しようはずも無いことに気づいて、彼は再びため息をついた。一応、上級将校ではあるもののゴップはMS開発などに携わる後方勤務であり、
戦闘部隊への指揮権は持っていなかった。それどころか、現在の指揮官(名前は失念したが確か准将だった)はレビル派の若手将校の一人であり、
ゴップのことを軟禁状態にした張本人であった。

 今回の戦争は明らかに地球連邦に非があることはゴップも知っていた。連邦議会はこの地上で植民地に対する抑圧と無理解が幾多もの戦乱の種となったことを学びも
しなかったらしい。約1世紀にわたって宇宙移民に、そして地上においては地球連邦議会非常任理事地区へと向けられた理不尽の数々と、極めつけはコロニー管理局の
手ちがいによるズムシティの隕石落下である。例え戦争継続がザビ家の思惑によるものであろうと、苗床を醸成し続けたのは地球連邦という名の腐敗である。

 正直に言えばレビル思惑は彼にも察しきれぬものがある。だが、それが何であろうと数百年にわたる議会制民主主義は、もはや再建不可能なレベルまで連邦を
堕落させていた。そして、長い年月をかけた滞積した憎悪を洗い流すには血が必要なのだ。憎悪に見合う量の、ともすればそれ以上のものが。

「それとも、全てて分かってやってるのかね、レビル君」

 ゴップは執務室の天井を見据えると、そのはるか先の宇宙(そら)をにらんだ。ふと、過日、連邦へと亡命した科学者が唱えた「NT脅威論」を思い出した。
NTと呼ばれる次世代型人類が旧型人類に牙をむく前に抹殺すべきであるとする、理論である。

「くだらんな」

 ゴップははき捨てるようにつぶやいた。刹那、建物が大きく揺れる。大方、至近弾でも着弾したのであろう。

「我々は老いた。もはや次の世代に道を譲るべきなのだ」

 また、大きな振動が彼のいる建物を襲う。本棚に納められていた資料がばさばさと落ちる。忌々しげにねめつけて、ゴップは個人用の通信端末を手に取った。

「すまんが書類の整理に誰かよこしてくれんかね。表の彼らでもいいんだが…」

《…ゴップ大将。今それどころでは!! 閣下…おに…》

 えらくあわただしく通信が切れた。なるほど、どうやらそろそろかたがつくらしい。まあ、さっさと決着がつくに越したことはないが、それにしてもあわただしいものだ。

「閣下、今すぐお逃げください」

 間髪入れずに飛び込んできたのは先ほど、扉を警備していた警備兵達が執務室に踊りこんできた。

「私はここに最後まで残るよ。君たちこそ早く逃げたまえ」

 ゴップがけだるげにいうと、警備兵は突然銃口を向けた。彼はチラリと片目を開けてそちらを見ると、穏やかな口調で言った。

「…何のつもりだね」

「司令部はここの爆破を決定しました」

 警備兵が事務的な口調で答える。

「私はそんな事を許可した覚えはないんだが?」

「閣下には了承して我々と来ていただくか、でなければ力づくでもご同行いただきます」

「…で、私に全てをおっかぶっせるわけかね? レビルかぶれの若造どもが考えそうな話だ」

「うるさい! 貴様がジオンと内通してるのはわかってるんださっさと来い」

 だんだんと事務的な口調から熱のこもったものに変わってくる。ゴップは小さなため息をつくと、両手をあげた。

「外交チャンネルを持っているだけでスパイ呼ばわりとは……まあ、いいだろう」

「では、同行して…「断る」 何!?」

 きっぱりとした口調でゴップは言った。兵士があっけに取られて彼の顔を見ている。

「私は腐っても大将でね。君も兵士なら階級には敬意を払いたまえ。貴様やレビルかぶれの小僧に言なりになるほど、こいつは安くないのだよ」

 そう言いながら指で襟の階級賞を弄ぶと、ゴップは軍帽をかぶりなおした。

「・・・貴様!!」

 顔を真っ赤にした兵士が問答無用で銃の引き金を絞ろうとした瞬間。ゴップの目は、彼らの背後から走ってくる兵士の一団をとらえた。

「排除!」

 簡潔にくだされた命令に、ゴップに銃を構えていた兵士たちが振り返る。

 刹那に響いた銃声は、外部の爆発音にかき消されされた。フラッシュハイダーによって抑制された発砲炎と共に発射された銃弾が二人の兵士の頭部を吹き飛ばした。
遅れて胸部に着弾した次弾が胸板をぶち抜き、内臓を撒き散らす。糸の切れた人形のように崩れ落ちた二人の兵士のあとには、ただ血と硝煙の臭いだけが残っていた。

 目の前ですさまじくグロテスクな光景が展開されたというのにゴップは不思議と落ち着いていた。幸運なことに、彼の脳みそは目の前の事態を処理し切れていないらしい。
そんな、彼には目もくれず連邦兵士の格好をした男たちは、彼の執務室に踊りこんだ。ゴップの机にある通信機をいじりながら、回線の周波数を調整している。

「こちらα分隊、目標を確保した。遅滞行動中のβは速やかに合流せよ」

 簡潔に話し終えると隊長格らしい男がゴップへと振り返った。正確で力みのない動作で敬礼をすると、いささか丁寧すぎる連邦標準語で話し始めた。

「もう、おさっしかと思われますが、自分たちはジオン公国特殊部隊であります。閣下を捕虜にさせていただきます。できるだけ南極条約にのっとった扱いをお約束いたします
ので、無駄な抵抗はされないほうが賢明かと」

 長い台詞を一息で言いながら、男は精悍な眼差しでゴップを見た。

「了解した。まあ立ち話もなんだ。かけたまえ」

 あまりにもあっさりとしたゴップの答えに男たちは怪訝そうな顔をする。ゴップは気にせず自分のコーヒーを用意しながら、隊長格の男に振り返った。

「時に君、結婚はしているかね? もしまだなら……」

 お嫁さんを紹介してあげよう、一年戦争に止めを刺した一連の出来事がこのような言葉で始められたことは意外と知られていない。





ジャブロー 造船区画


「しかし、壮観だな」

 目の前にかしずく水中用MSの一団を見ながら、男はタバコを咥えた。火は付けない。作戦成功までの我慢だが、それももう近い。彼の目前にはにわかに
増強された隊のMSが彼の命令を待っている。風景を見れば破壊の限りを尽くした港湾施設に建造途中の艦艇が転がり。ドック自体も修復不可能な損傷を与えている。
 守備隊はわずかな兵をまとめて降伏しており、彼らの任務は残すところあと僅かばかりである。

《隊長、ミーシャ中尉の隊が先行していた陸戦部隊を回収したそうです》

 無線から、やや興奮気味の声が流れてくる。

「落ち着け、報告は正確でなければ意味がないぞ」

《ケラーネ将軍の本隊到着前に敵総司令部に潜入。目標を確保し任務遂行後、脱出したようです》

「当方の損害は?」

《若干名、ですが作戦遂行に支障なしだそうです》

「ご苦労、ラスト・リーコンのほうはどうだ?」

《…は、全機健在であります》

 小隊の指揮をとっている「フナサカ」という軍曹が誇らしげに答えた。

「さすが斬込隊の生き残りと言うべきか、とにかく朗報だな。全機撤収開始! ミーシャ達とは海中で合流する。 最後まで気を抜くなっ!!」

 気迫の篭った声が返ってくる。他方、いずらそうにしているのはラスト・リーコンの面々であった。

《我々は機体を破棄したほうがよろしいのでしょうか?》

 先ほどとは討って変わってしおらしい声だ。無理もあるまい。ここまで激戦をともにしてきた愛機といったら自分の分身のようなものだ。

「そんな時間はないぞ軍曹。貴官らは我々が曳航していく」

 水中用MSのパワーならMSの1個小隊程度、牽引していくのは訳ないことだ。

《感謝します。シュタイナー大尉》

4機のドム・グロウスバイルが一斉に敬礼を見せる。そこへ緊急回線で一通の映像ファイルが送信されてきた。
 そこには爆発して崩れ落ちる連邦軍本部が映っていた。

「どうやら作戦は成功したらしい。…これから、アフリカまで逃避行だ」

 オープン回線にして部下に聞かせると、爆発するような歓声が帰って来る前に通信を切った。シュタイナーはニヤリと笑いながらタバコに火をつけると
狭いコクピットに紫煙を溶かした。

 



 



宇宙 地球連邦軍連合艦隊合流地点

「…レビル将軍。ジャブローが陥落しました」

 その報告を受けた瞬間、レビルはわずかに瞠目したが、すぐに平静を取り戻した。

「何をうろたえているんだね。まだ我々がいるじゃないか」

「それが、本部に侵入したジオン軍のコマンド部隊によって連邦軍の戦略ネットワークは8割が破壊され、非常任理事地区への工作記録などの外交機密が全て暴露され
連邦議会は大混乱になっているようです。常任理事地区の不信任決議が巻起こっているようです。アフリカ地区に至っては北部連合が連邦からの離脱を宣言しました」

「なんと…これは、やられてしまったな」

 旗艦の艦橋に据えられた指揮官席に、がっくりと腰をおろすとレビルは帽子で顔を隠して苦笑を浮かべた。

「これで、戦いは続くだろう。今度は互いに流し切れるすべての血を流すまで……。それまでしばしの休息か」

 ふと、ジャブローにいるであろう旧友の顔を思い出して、レビルは地球の方向を見つめた。

「……この戦、一体誰が勝ったのだろうな」

 何処までも続く深い闇を見つめながら、レビルは誰に言うともなく、つぶやいた。

 数日後、地球連邦とジオン公国は、ジオン公国側が地球の動向を監視するために駐屯を認められた北アフリカ地区の部隊を残して地上から撤退することで
休戦に合意した。両軍共に仕切りなおす形の休戦であり、戦乱の火は未だ消え去ったわけではなかった。





純夏「3!」
リディア「2!」
純夏・リディア「「1!」」
パイパー「状況開始!」
リディア「UN-LUCKラジオ! は~じま~るよ~!!」
純夏「……」
パイパー「……」
リディア「…長かったわね」
パイパー「長かったな」
純夏「長かったですね」
パイパー「前回のイントロを引きずるくらい長かったな」
純夏「作者が劇団の養成所なんか行くからですよ」
リディア「ていうか、どうすんのよ。終了公演の台本もらって天手古舞になってるわよ」
パイパー「そんなあやつの私情などどうだっていいのだ。ひょんなことから釘宮さんに会ったとか、そんなことを読者諸兄は知りたがっとるわけではない」
純夏「前回の更新が早かった反動ですかね」
リディア「単に忙しかっただけでしょ。PC壊れてたし」
純夏「あってよかった外付けHDってやつですね」
パイパー「…貴様らほんとに気が抜けとるな。よろしい、教育し直してやる」
リディア・純夏「「えっ!?」」
パイパー「それでは、忠勇なる読者諸兄に栄光あれ! ジークジオン!!」
リディア・純夏「「いやぁぁぁぁぁぁ」」




あとがき

 お待たせいたしました。いやもうpcはぶっこわれるし本当に外付けHDに入れててよかったと思う今日この頃です。更新遅れ気味になってしまうと思いますが
なにとぞお付き合いくださいませ。そろそろオルタアニメ化してくんないかなぁ…。
 でも、正直言って採算取れるのか微妙なラインのような気もします。次回はやっとこさっとこ本編をすすめるつもりです。いつも、応援してくださる皆様
黙って読んで下すってるリピーターの皆様。これからもよろしくお願い致します。



[5082] キャラクター&メカニック設定
Name: 赤狼一号◆292e0c76 ID:00a6b5cc
Date: 2010/08/23 02:14
マブラヴオルタネイティヴ THE ORIGIN


マ・クベ
階級:中将→中佐
機体:マ・クベ専用ギャン
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 斬込中隊隊長
立場:斬込中隊 中隊長
年齢:30代後盤

 巧みな戦略やMSの生産計画の改良や統一規格の設定など、徹底した合理主義者。ジオン切っての地球通でもあり、古典芸術や古代文化に関しての造詣が深い。士官学校ではマ・クベは主席で、バウアーが次席(実技はバウアー、教科はマ・クベとほぼ互角だったが、実技科目で唯一、機動フェンシングだけはバウアーが勝てなかった)だった。
 地球降下部隊のオデッサ方面軍司令官を任されたが、地球連邦の反抗作戦によって徐々に追い詰められ、宇宙へ部隊を撤退させる。その時、殿部隊としてグフによる斬込隊を編成。これが、現在の斬込中隊の前身となっている。 オデッサ撤退に際しての命令無視と核使用の咎をうけ4階級降格された。



ウラガン
階級:大尉
機体:「ザンジバル」
所属:第600軌道降下猟兵大隊 第2中隊母艦「ザンジバル」
立場:「ザンジバル」艦長

 オデッサ時代からマ・クベの右腕として、縁の下で活躍してきた人物。様々な雑務をこなして、マ・クベをバックアップしてきた。現在はマ・クベの斬込隊母艦の艦長として、部隊の台所を護っている。副官業務から、MSに乗ってマ・クベの背中を護るなど、「冴えないのは顔だけ」と言うマルチタスク人間。



ヴェルナー・メルダース
階級:中尉
機体:「イフリート(特殊)」
所属:第600軌道降下猟兵大隊 斬込中隊 
立場:斬込中隊 副隊長(隊長代理)

マ・クベ率いる斬込隊に最初に志願した青年士官。若いがオデッサの激戦をくぐりぬけており、パイロットとしての腕も一流。オデッサで親友とも言える部下をなくしている斬込隊が特殊編成なのは、実は彼の発案。斬込隊副隊長として隊長のマ・クベとロッテを組み背中を護っている。
出展:実在の軍人。航空隊の編成でシュバルム(4機編成)を発案した、
ドイツのエースパイロット。


トオル・イワモト
階級:曹長
機体:グフ→マ・クベ専用グフ
所属部隊:オデッサ方面軍 斬込隊 
立場:特別斬込隊 第2小隊(シュバルム)

メルダースの戦友。グフという機体を愛し、最後まで寄り添い続けた、オデッサのエースパイロット。殿として最後の瞬間まで戦い抜き、グフと共にあり続けた男。後世に最強のグフパイロットとして「ベストライダー」の異名で呼ばれる(ちなみに著名なグフライダーの一角である言えるランバ・ラル大尉は「ファーストライダー」である。これは大尉がモビルスーツ開発時にテストパイロットをやっていた事にもちなんでいる)。
出展:「最強の零戦パイロット」こと岩本徹三


エルンスト・フォン・バウアー
階級:少佐
機体:バウアー専用アクトザク改
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 黒騎士中隊 
立場:黒騎士中隊 中隊長

クルツをよく引っ張りまわして、過激なことをやりまくる元気なおっさん。豪胆な性格で名言を数多く残している。マ・クベとは士官学校自体からの友人。第一次降下作戦の折に片目を失っている。
出展:黒騎士物語


クルツ・ウェーバー
階級:少尉
機体:ザク改
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 黒騎士中隊 
立場:黒騎士中隊第一小隊隊長
バウアーに振り回されるかわいそうな人。でもバウアーの忠実な部下の一人であり、彼の成長が画かれているのが黒騎士物語。つまり黒騎士物語の主人公である。食われ気味だけど…。
出展:黒騎士物語

オットー・シュルツ
階級:中尉
機体:ケンプファー特殊部隊使用
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 黒騎士中隊 
立場:黒騎士中隊 副隊長
バウアーとは第一次降下作戦以来の付き合いだと言う腹心の部下。数々の激戦をバウアーとともに潜り抜けた戦友でもある。
出展:黒騎士物語


ヨアヒム・パイパー
階級:大佐
機体:パイパー専用ケンプファー
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 
立場:大隊長
年齢:50代中盤
「ヨッヘェン」の愛称で呼ばれる名将。第600軌道降下猟兵大隊の指揮官。当人はあんまりこの名を使わない。
 
出展:実在の軍人。パイパー戦闘団を指揮したSS大佐。


リディア・リトヴァク
階級:少佐
機体:ゲルググJ
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 白薔薇中隊
立場:白薔薇中隊 狙撃手兼中隊長

 ルウム戦役の折に自分の愛称の「リーリャ(ロシア語で白百合)」を機体に書いてたら、連邦兵に薔薇と勘違いされて「ルウムの白薔薇」の異名を取ったエースパイロット。年齢は極秘事項らしい。

出展:「スターリングラードの白薔薇」と呼ばれた実在のソ連軍エースパイロット。


シモ・ヘイへ
階級:少尉
機体:ゲルググJ
所属部隊:第600軌道降下猟兵大隊 白薔薇中隊
立場:白薔薇中隊 大隊最優秀狙撃手
 サブマシンガンの名手。オデッサではザクスナイパーを駆り、撤退戦に参加している。斬込隊と共に戦ったが、当時は直接顔を合わせるまもなく、宇宙へと脱出。その後、第600軌道降下猟兵大隊にスカウトされた。「オデッサの死神」
出展:フィンランドの実在の軍人。「白い死神」の異名を取った名狙撃手。



ミハイル・ヴィットマン
階級:大尉
機体:ドム
所属部隊:基地防衛隊MS第9中隊
立場:第9中隊 中隊長
 ジオンのエースの一人、気さくで親分肌な男。ドム部隊の指揮官であったが最初の襲撃で壊滅。再編された基地防衛隊では基幹中隊として編成しなおされた第9中隊を指揮している。

出展:ヴィレル・ボカージュの戦いでは単騎でイギリス軍戦車部隊を壊滅させた戦車エース


クルト・マイヤー
階級:少尉
機体:なし
所属部隊:基地警備隊 第三中隊 第7警備小隊
立場:第三中隊 第7警備小隊小隊長
第7警備小隊を預かる小隊長。歴戦の古強者の一人で戦争初期からいる古参兵の一人。兵卒からのたたき上げとしては最年少で少尉になっている。

出展:「パンツァーマイヤー」の異名を持つドイツ軍親衛隊少将。

サラ・オストシュタット
階級:伍長
機体:なし
所属部隊:基地警備隊 第7警備小隊 
立場:第三中隊 第7警備小隊小銃手

 赤い髪が特徴的な基地警備隊の隊員。連邦の経済制裁により、家族がバラバラになった過去がある。ギニアスをかばって闘士級に殺害される。

出展:第二次大戦中、米軍内で噂された架空の女性狙撃手「東京サリー」


佐藤軍曹
階級:軍曹
機体:なし
所属部隊:アプサラス基地 食堂 
立場:基地食堂調理主任

 アプサラス基地の食堂を仕切る恰幅の良いおっさん。良く中村伍長をいじめている。実は意外な特技がある。


中村伍長
階級:伍長
機体:なし
所属部隊:アプサラス基地 食堂 
立場:基地食堂 
 軍曹の部下として食堂やPXの商品などを扱っている。


永田社長
立場:帝国製鉄社長
帝国製鉄の社長、商売人だが実直な人柄である。本名 永田鋼山(こうざん)
※史実の帝国陸軍軍務局長永田鉄山から




メカニック
:第600軌道降下猟兵大隊
 特殊部隊であるため試験運用などの名目で最新鋭の機材を揃えている。土壇場の参加となった斬込中隊も例外ではなく、改装や強化などを施されている。様々な作戦や戦場に投入される事を想定して、多様なオプションパーツがつくようになっている。


「改ザンジバル級機動巡洋艦」
基本的には通常のザンジバルと変わらないが、主砲を取り外してMS搭載量を増加させている。黒い夜間迷彩特殊コーティングが施されている。武装は固定型のメガ粒子砲とミサイル、対空機銃で通常のザンジバル型より砲撃能力が低い。





「パイパー専用ケンプファー」
大隊指揮用に通信能力を大幅に強化したケンプファー、プロトタイプで採用されていたスカートアーマーをさらに大型化し、高出力通信システム用の冷却装置を仕込んでいる。ケンプファー本来の高い機動性は多少損なわれたものの、索敵や管制能力は大幅に向上している。また、生存率向上の為、普段はリアクティブムアーマーを装着している。


黒騎士中隊

「バウアー専用アクトザク改」
実験機の予備パーツを特殊部隊用の機体構想で組合わせて作ったバウアー専用機。高い性能を持つ機体であるため、特殊な改造はほとんど施されていない。
頭部のフリッツヘルム装甲はバウアーの趣味で組み合わせた。マグネットコーティングが施されており高い機動性と反応性を誇る結構なじゃじゃ馬機。



「ザク改」黒騎士仕様
基本的にはノーマルのザク改と変わらないが、空間強襲用の黒色迷彩塗装は高度な電磁吸収性があり、レーダーに探知されにくい。これは機動降下猟兵大隊の機体全般の特徴でもある。高い基本性能そのままに、多様なオプションに換装可能である。例えば強襲攻撃仕様の場合は両肩にシールドをつけ、そこに3連装ミサイルランチャーを2基づつ、さらに両足に1基合計6基装着可能。ランチャーごとパージが可能である為、デッドウェイトになりにくい。ケンプファー設計の際のデータ収拾にも使われている。


「ケンプファー」黒騎士仕様
黒騎士中隊の次期正式機として、制定されるも納入が4機しか間に合わなかった。元来高い火力と機動性を持つケンプファーは装甲を主要部に限定する事で機動性と火力、そして高い巡航性能を誇る。特殊部隊専用機であるため、現地での組み立ても容易であり、また装甲もリアクティブアーマーなどの増加装甲を装着可能である。武装もビーム兵装から実弾兵装まで、実に多様な兵装を装備可能である。特徴としては、ザクシールドのような肩部装甲パイロンがある。これにより若干の重量増加はあったものの、高いペイロードと側面防御の増強を実現している。
 とはいえ、曲線を多用したアーマー形状や球体関節覆いなど、防御に対しての工夫も十分に考えられており、装甲強度はドムには劣るものの、そうそう馬鹿にしたものではない。ただ、爆発的な加速力が災いして、加速中に至近距離で銃撃された場合、相手の銃弾に「飛び込んでしまう」可能性が指摘されている。


斬込中隊

「マ・クベ専用ギャン」
スラスターやジェネレーターなどを高機動型から多数の部品を取っているため、機動性と出力が向上している。ビームサーベルも、ビームランスの技術を応用した、より高出力な物に換装され攻撃力の向上を図っている。その他、フラナガン機関による改修を受けている。

「イフリート」斬込中隊使用
 地上専用機であるグフの強化型をさらに改良した機体。EXAMシステムの母体機としてエースチューンされていたものをウラガンが引っ張ってきた。


「グフ」斬込隊中隊使用
修復する際にB3タイプの部品を多用したため、出力と装甲が若干向上している。反応性も斬込隊のパイロットに合わせてチューンされており、準専用機ともいえるものに仕上がっている。


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