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[4242] とーたる・オルタネイティヴ
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/09/20 18:32
とーたる・オルタネイティヴ




第1話 ~かみさまはやっぱりぼくがきらい~




これでもう、何度目のループなんだろう。
覚えている分だけでも両手両足の指の数じゃあ足りない筈だ。
これまで、俺に出来る事は何だってやってきたはずだ。

……ホントもう勘弁してください……

そんな、俺こと白銀武の心の叫びを誰かが哀れに思い、慈悲でもかけてくれたと言うのか?

―――今回のループは一味違っていた。





2001年10月22日

―副司令執務室―

「それじゃあ、あんたは本日付をもって207B訓練小隊に配属という事にしておくわ」

「……わかりました」

本来であれば、訓練生など飛び越して一足飛びに任官させて貰うよう願うべきなのだろう。
だが、この時俺はホント絶望のどん底だったのだ。
心境としては20年勤めた会社をある日突然リストラされました、とかそのくらい。
いや、俺は18歳(自称)だからそんな心境分からないんだけど。

とにかくそんなわけで、任官とか人類の未来とか、どうでも良いという心境だったのだ。

―――今くらいは良いだろう?

「今の時間ならグラウンドで訓練している筈よ。
 IDなんかは後で届けさせるから、顔出しでもしときなさい」

「そうします」

執務室を出た俺はトボトボと情けない足取りでグラウンドへと向かう。
正直、冥夜達には顔を合わせ辛い。何を隠そう前のループでは、俺は誰よりも早く死亡してしまう羽目になったのだから。
……正直、あのときの事は思い出したら穴の中に隠れたくなる。

―――訓練だからと調子に乗って曲芸飛行とかやらなきゃよかった……

考えようによっては、任官せずにかえって良かったのかもしれない。前の世界であんな死に方やらかした俺が、どのツラ下げて上官として振舞うのかと思っていたから。
ああいや、でも任官していれば少しの間は冥夜達に会わずにすむ。
……でもそうなったら今度は伊隅大尉達と顔合わせなきゃならんしな……

乱れに乱れる思考と格闘していても、いつかは必ずグラウンドへとたどり着く。

―――だが、俺はグラウンドでありえないものを見る。……いや、正確ではない。
そこには、在るべき筈の者が無く、全く知らない者達が存在していたのだ。






―――かみさま、そんなにぼくがきらいですか―――





「207B訓練小隊、集合!」

俺とまりもちゃんの傍に駆け寄ってくるしらないひとたち。
ヨーロッパ系の白人らしき女の子が三人。
南アジア系の浅黒い肌をした小柄な女の子。
そして、明らかに日本人であろう女の子。

―――初めの衝撃から立ち直って、改めて見てみるとなかなかの上玉揃い。
まさに、メンタンピン、イーペー、ドラドラ。
うん、跳ねてます。
……主に俺のムスコが。

―――相変わらず元気だね、マイサン。
まあ、しょうがない。だって、ノーブラのタンクトップに汗がうっすらと滲んでちくb……いや、なんでもない。

ともすれば前屈みになろうとする身体を必死に宥めつつ、自己紹介が進む。

篁 唯依
クリスカ・ビャーチェノワ
イーニァ・シェスチナ
タリサ・マナンダル
ステラ・ブレーメル

というのが、彼女達の名前らしい。

……というか、さっきからビンビンと感じるこの殺気はどういうこと?
視線の主は、たしかクリスカとかいう白人。あと、タリサとかいうチョビ。

―――おれなにかした?

対照的なのがイーニァとかいう子だ。目が合ったらにっこりと微笑んでくれました。
……えぇ子や……!彼女は207Bの癒し系マスコットに満場一致で決定しました。

―――まあ、冥夜たちがどうなったのか、と言う気掛かりはあるが、これはこれで面白そうだ。
少なくとも退屈だけはしないだろう。





紹介が終わった後、まりもちゃんは一緒に食事でもして親睦を深めろ、と言ってくれたのだが、俺は泣く泣くそれを断り、急いで副司令室へと向かった。
何のためかと言うと、彼女達の経歴を知るためだ。
真面目な話、冥夜達がおらず面識の無い人物がここに居ることに何か意味があるのかもしれないと思い、得られる情報は全て入手しておきたかったのだ。
―――あ、ちなみにこの事は先生には伝えてません。うまいことごまかして経歴書だけ貰ってきました。
―――俺だって、駆け引きくらいは心得ているんだよ?
この事は胸の内に秘めておいた方が良いと俺の勘がそう言っていたんだ。
……あとで、霞を買収しておかなきゃな。度重なるループで鍛えたこの人生経験!
炉利っ子の一人や二人、言い含めるなんざ楽勝ダゼ……!!

……それはさておき、この夕呼じるしの訓練生データ、ぶっちゃけ凄いです。
何が凄いってその情報量。
……ある程度詳しく載っているだろうなとは予測していたのだが、まさかスリーサイズはおろか男性経験、恋愛経験の有無まで書かれているとは思わなかった。
どうせ作成は鎧衣課長あたりだろうな。あの人ならノリノリでそういうことやりそうだし。

とりあえず、PXへと向かいながら経歴書を読み進める。





篁 唯依
本来であれば、帝国斯衛軍で黄色の武御雷が与えられる資格を持つ、由緒正しい武家の生まれらしい。
へえ、親父さんを亡くしているらしい。……気の毒にね。

性格は……国粋主義的な傾向があり。あと、極度の自省癖、か。
訓練部隊は外人ばっかだから苦労してるんだろうな。俺が癒してやらねば。

だが、問題はそんな事にあるのではない。マル秘と書かれた、彼女のあんな事実やこんな事実にこそある!
スリーサイズ……ふむ。良いものもってやがる……!けしからんな。
恋愛経験……なし!……ふっ、大義は我にあり!





クリスカ・ビャーチェノワ
ソビエト連邦からの出向で第三計画の関係者。どのように関っていたのかは塗り潰されていて読む事ができない。
まあ、大方第五世代あたりの能力者とか、その辺だろう。対処法は心得ているし、本当に知りたい事はそんな事ではない!

マル秘情報その1、スリーサイズ……くっ、連邦のちちは化け物か……!
その2、恋愛経験……なし!……なんともったいない。そのちち、決して無駄にはせんぞ!





イーニァ・シェスチナ
クリスカと同じソビエト出身。クリスカに対する極度の依存……か。おそらく彼女の生まれと能力に関係しているのだろう。
過酷な状況下で、クリスカただ一人が味方であったのか。……くそ、霞と重ねてしまう。
ええい、折れるにはまだ早いぞ!白銀武!

マル秘その1!……スリーサイズ……うん、まあ一部の層には根強い人気があるんだろうね。次行こう。
その2!恋愛経験当然なし!……ふっ、一人はいやなのだろう?心配するな、クリスカとまとめて相手をしてやろう。
俺様は同時に三人までなら大丈夫!





タリサ・マナンダル
ネパール出身で山岳民族グルカ族、か。確か、インドと中国の間の国だったな。
彼女も国土をBETAに追われてきた、ということか。優秀な戦闘民族だから、相当な覚悟を持っているんだろうな。

おまちかねのスリーサイズ!……つるぺた?……これで、『もじゃぺた』とかだったりしたら流石の俺もびっくりだな……。
恋愛経験は……やはりなしか。まあ、『つる』だろうが『もじゃ』だろうが俺に任せておけ!





ステラ・ブレーメル
スウェーデン出身か……。彼女も、国土奪還が悲願なんだろうな。
一見クールだが家庭的な一面も持ち料理が得意。何気にポイント高いぜ!

さて、と。スリーサイズは……たわばっ!くそっ、これであの強化装備を着用すると言うのか……!
冥土の土産につんつんさせてくれ!
れ、恋愛経験は……ステラ、おまえもか……。まかせろ、意外とお前のようなタイプは年上で包容力のある男に弱いと見た。
俺様のおとなちから、見せてやろう……!





経歴書を読み終え、顔を上げた俺は、たぶんすっごく良い笑顔をしていただろう。

―――ぜんりゃく、かみさま。
さっきはひどいこといってごめんなさい。
これは、あなたのぼくにたいするごほうびだったんですね?

わかりました。このごほうび、けっしてむだにはしません!
つぎのるーぷにいくまえに、かならずおれいにうかがいます。





―――かみさま、またまたごめんなさい。
どうやら、早速やっちまったようです。どうやら俺は、知らぬ間にうっかりスキルなどと言うものを習得していたらしい。
夢中で経歴書を読む内にPXまで来ていた。それはいい。
だが、目の前にはアルビノで、白い髪の毛を腰まで伸ばした女の子。
そして俺の手には夕呼じるしの経歴書。

この子は確か、イーニァ、と言った筈だ。一人で悦に入っていた俺をずっと眺めていたらしい。
つぶらな瞳を一杯に開き、小首を傾げている。

―――おもちかえりしちゃだめですか?……口封じ的な意味で。

「……うれしいの?」

だが、内心罵声が跳ぶものと覚悟していた俺にかけられた言葉は、予想外のものだった。
俺はいやな汗をかきながらもどうにか返事を返す。

「……まあ、嬉しいといえば嬉しいかな。
 そんな事より、もしかして、見た?」

イーニァは俺の問いには応えず、トコトコと近寄り俺の手を取った。

「たけるは、やさしいね。……それに、ほんとうはとてもかなしいひと」

俺は、衝動的に彼女の手を払いのけようとして、うっかり彼女の目を見てしまいそれを果たせなかった。
―――彼女の目に、涙が浮かんでいたから。

どうやら俺の本日最大級のうっかりは、彼女がおそらくはESP能力者だと感付きつつもなんら対策をとらなかったことに在ったらしい。
それも、彼女はかなりレベルの高いリーディング保持者らしい。
……深層意識まで読んじまうんだから。

「なあ、イーニァ。……俺の心は、みんなには内緒にしておいてくれないかな?」
「……クリスカにも?」
「ああ、クリスカにもだ。……俺とお前だけの秘密だ……できるか?」
「うん、わかった。……やくそく」
「うん、約束だ。―――日本では、約束するときはこうやるんだ」

俺はイーニァの手をとり互いの小指を絡めた。そしてお決まりの文句。

「これで、終わりだ。……破ったら針千本だからな、気をつけろよ?」
「うん。……クリスカがまってる。もういかなきゃ」
「ああ、またな」





……予想外のアクシデントが発生したが、どうやら全てをうやむやにする事に成功したらしい。
流石は俺様。恋愛原子核にレベルがあるとすれば今の俺様はSSランクだろう。
なにしろ、どうやらフラグを立てることにも成功したっぽいしね。
俺は良く知らんが、イーニァ攻略フラグとか、そんな感じ。

それにしても、先生には訓練生でいいとか言っちまったけど、これからどうしよう?
正直訓練生レベルの実地とか座学とかヌル過ぎると思うんだけど。

臨時少尉とか適当な理由付けて、空いた時間はヴァルキリーズにでも混ぜてもらおうかな。
うん、我ながらいいアイデアだ。

だが、俺はこのとき想像もしなかった。
207Bの面々が見知らぬ人間に代わっていたように、ヴァルキリーズの面々もまた同じように代わっているかもしれない、等とは。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第2話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 17:56
とーたる・オルタネイティヴ




第2話 ~ゆれるぱいおつはきけんなかおり~




わたくし、白銀武は今日も今日とて神宮司軍曹殿のしごきに耐えております。
……いや、ぶっちゃけ余裕なんだけどね?
だって自分の主観では、軍歴は延べ10年に迫るし。
でも、辛そうな振りだけは忘れない。終了の合図が出た後派手にぶっ倒れてみたりもする。

ちらりと、俺の隣で派手に肩を上下させて、呼吸を整えている唯依タンを盗み見る。
タンクトップを押し上げ、自己主張する双丘。……ふたつの、ポッチ……。
肩の上下にあわせて、二つのポッチもいい感じに上下してます……。

―――というか、なぜ、あなたがたはのーぶらなんですか?
おとなしいひつじだって、おおかみになっちゃいますよ?

……俺が、並外れた自制心を持つ超・紳士だった事に感謝するんだな、唯依タンよ!
ヘタレではない。……断じて。

「大丈夫か、唯依タン?……結構辛そうだけど」
「それは私の台詞だ……、というか、何だ、その『唯衣タン』というのは?」
「―――えっ……だめか?……初めて会った時から、この呼び方しかないと思ったんだけど……?」

ここで、捨てられた子犬のような視線で見つめるのも忘れてはいけない。
―――さあっ、唯依タン!恋愛原子核SSレベルの、この特殊スキルに耐えられるか?

「……まあ、貴様が良いのならば構わんが……」

―――ふっ、勝ったな。流石は俺様。

俺は寝転んだまま、にやりと笑いかける。
……あれ?なんでそこで呆れたような顔をするの?
そこは『ポッ』とかなる場面じゃ?

俺は、彼女の視線から逃れるように寝返りを打ち、反対側の離れた場所に立つチョビ―タリサ―に目をやる。
我ながら、なんで『チョビ』なのか良くわからなかった。……天啓としか思えない。

彼女は、まだまだ余裕のようだ。笑顔を浮かべて、片膝をついて肩で息をしているステラに話しかけている。
「だらしねえな!」とか、「もうへばったのか?」
なんて声が届いてくる。

―――あ~、チョビ君。余裕こいてんのは良いけど、あまりはしゃいでると……

「マナンダル訓練生! 随分余裕があるようだな!―――特別に、あと10周走ってくる事を許してやろう!
 そこでへばっているお前達もだ!」
「うげっ!」

―――ほらね、こうなるんだ。
うわっ、イーニァが泣きそうな顔をしてる。それを慰める、クリスカのチョビを見る目の怖い事怖い事。
こうなるのが解っていたからわざわざへばっている振りしてたのに。

だが、俺にとってはそう悪い事ではなかったりする。
というか、むしろ望むところ。
なにしろ、たゆんたゆんと揺れる彼女達のあれを再び目にする事ができるのだから……!!
限界に近い彼女達(一名除く)は走る事に精一杯で、俺の視線には気付かない。

―――今ならば、至近距離でガン見する事も可能だ!





―――我が生涯に一片の悔い無し……!!

♪揺れる~揺れる~6個のパイオツ~、4個は揺れてない~。
……いかん、超・紳士の俺様としたことが、歓喜に我を忘れて鼻歌を口ずさんでしまうとは……!
それにしても、嗚呼、なんとすばらしきかな、このパライソ!

だけど、最初の頃の俺は、思えばもったいない事をしたものだ。
すぐ傍にこれほどの絶景が広がっていたと言うのに目もくれなかったんだから。
あの頃の俺に、それだけ精神的余裕が無かったという事だろう。

……さて、二番手を走る唯依タンのブツは充分に堪能した。
少しスピードを落として三番手、ステラの鑑賞会としゃれこもうかな。
……トップを走るチョビは、鑑賞するほどのブツを持ってないのでパス。



―――鑑賞中につき、暫くお待ちください―――



たゆんたゆんなブツ、上気した頬、荒げた吐息。
ステラ、貴様この俺に精神攻撃を仕掛けるとはいい度胸だ……!
……だが、効果的な手段である事は認めてやろう……!

―――CP、CP、応答しろ! このままではやられてしまう。後退の許可を!
―――CPよりフェチ01、後退を許可する。 後方の『紅の姉妹』の援護に回れ!
―――フェチ01了解! 後退する!

よし、許可も下りた事だし後方を走るクリスカとイーニァを援護せねば。

しかし、こんな余裕の無い状況でもクリスカはイーニァを気遣ってるんだな。
イーニァを先に走らせ、クリスカは後ろから見守ってるような格好だ。
でも、余計な部分に意識を裂いているせいで更に余裕がなくなっている。

―――待ってろよ、クリスカ! 今俺が助けてやるゼ……!

だが俺は、苦戦するクリスカを『援護』しようと速度を落としたところで、横から肩を掴まれ急停止する羽目に陥った。

―――ええい、誰だ俺様の邪魔をするやつは!
早く、早く行かないとクリスカが、クリスカがぁ~!
おのれ、邪魔するやつは容赦せんぞ……!

…………かみさま、ほんじつ、いっかいめのうっかりです。

邪魔者に正義の鉄槌を喰らわそうと振り返った先には、とてもいい笑顔をした神宮司・マッド・まりも軍曹殿がそびえ立っていた―――。
……正直、このお方の存在を忘れてました……。

―――嗚呼、まりもちゃん、笑っている君はとても素敵です。でも正直、その笑顔じゃあ減点だよ?
だって、目が全く、これっぽっちも笑ってないんだもん。ぶっちゃけこれじゃあ、やまんb……いや、やめとこう。

心地良かった筈の汗は、いつのまにか脂汗100%に早変わり。

―――くっ、今こそ心眼を発揮するときだ。活路を見出すんだ、俺……!

「ぐ、軍曹! 何か御用でしょうか? 無ければ、訓練の続きをやらせていただきたいのですが!」
「……ほう、 貴様の言う訓練とは、女性訓練生の胸元を凝視する事か?
 何の訓練をしていたのか、教えてもらえんか?」

―――フェチ01よりCP! 支援砲撃を! 退路を絶たれた!
―――CPよりフェチ01、司令部に余剰弾薬はない。そこで戦死せよ。言いたい事があればいずれヴァルハラで聞く。

な、なんて使えないCPだ……。俺を見捨てやがったな……?

「それでどうだった、白銀? 感想でも聞いておこうか?」
「はっ! どいつもこいつも、素晴らしい物を持っていやがるであります! 軍曹!」

……語るに落ちたな……俺。もしかして、ループ最短時間記録を更新する羽目になるかもな……。

「良かったなあ、貴様ら! 白銀は絶賛しているぞ!」

―――っ?? 恐る恐る後ろを振り返ると、何時の間に訓練を中断したのか、五組のおっぱ……じゃなくて訓練生。
皆真っ赤になって震えている。……照れている……んじゃないな、あれは。怒っているんだ。

「貴様ら、聞け! 残り時間の訓練は内容を変更する。 
 単独任務における小隊規模のBETAとの不期遭遇戦を想定した格闘訓練を行う!
 最初は白銀、貴様だ!」
「「「「「了解……!!」」」」」

―――え~と。……つまり、女の子皆で俺をぎったぎたにしてやんよ、とか、そういうことですか?
―――げに恐ろしきは、うっかりスキル。これが噂に聞く、『お約束』というやつでしょうか……!?





―――雲ひとつ無い快晴の青空に、俺の絶叫が響き渡った―――





「あ~、酷い目に遭ったぜ、全く……」

あのあと小一時間に渡ってリンチという名の訓練を受ける羽目になった。
それにしても凄いのは彼女達だ。お世辞にも仲良さそうには見えないのに、完璧な連携を見せて俺をいぢめてくれた。

正味の話、本気を出せば彼女達を返り討ちに出来た。
……だがしかし超・紳士たるこの俺様は、空気の読める男。殴られオチで反撃するなんて野暮な事はしないのだ。
少々……いやかなり体のあちこちが痛むが、眼福の代価だと思えばどうという事はない。

―――それに、次の策はとっくに考えてあるのだ。
ターゲットは唯依タン。自省癖持ちの彼女の事だ。今頃、調子に乗ってやりすぎたとか、反省という名の泥沼にはまっているに違いない。
そこで、一人ずつお詫びに回っている最中だ、とか言って彼女の部屋を訪ねる。

―――いや、私の方こそやりすぎたと反省していたところだ。

とか言ってくれるに違いない。
そこで体が痛んだ振りをしてやれば、なんだかんだで優しい彼女の事、手当てとかしてくれる筈だ。

―――ふっ、自分の才能が恐ろしいぜ……!

ちなみに、今は霞のところに向かっているところだ。
正直昨日、今日と唯依タンたちに夢中になり過ぎて霞には会っていない。
今頃俺の訪問を待ちわびているはずだ。
新顔の女の子達にかまけてはいても、なじみの女の子のケアも忘れない。
―――それが、超・紳士クオリティなのだ。

件の脳みそ部屋の前へとたどり着いた。
……例の脳みその持ち主。俺は知っているような気がするのだ。
何回か前のループで俺は桜花作戦―オリジナルハイヴ攻略作戦に望んだ。そのとき、俺の隣にいたのはその脳みその持ち主だった筈。
だが、その正体に関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちてしまっている。
それ以外の記憶に関しては完璧なまでに覚えている、というのにだ。

―――軽い頭痛に襲われ、俺はそれ以上考えるのをやめた。
まあ、いずれ知る事もできるだろう。
俺は部屋の中に入り霞の姿を探した。

「お~い、かーすーみーちゃ~ん、あーそーびーまーしょ~」

何の返事も無い。……やばい、はずしたか?
と、焦りかけたところで、ぴょこっと飛び出るうさみみ風髪飾り。
続いて、彼女が全身を現した。

―――むう、相変わらずいい炉利してやがる。

今度、遊ぼうと誘われたときはお医者さんごっこにしとこう。
聴診器と白衣を調達しておかないとね。

―――俺が患者で霞が先生だけどな……。正直、Mですまないと思ってる。

そんな、俺の桃色思考を読んだのか読んでないのか、霞は変わらない。
あげく、

「……どうして……あなたは…、そんなに明るいふりができるんですか……?」

などと仰る。

―――まったく、イーニァといい霞といい、能力者というやつは俺を買いかぶってくれる。

「おいおい……俺は天然お気楽の超・紳士だぜ?」
「うそです……。あなたは、白銀さんは、ふざけていてもいつも心の中では泣いています……」

―――少し、カチンときた。……が、おとなたる俺様は、餓鬼のようにキレたりは決してしない。
だから、やんわりと、オブラートに包んで霞を注意する。

「あのなあ、霞。あんまり意味不明なこと言ってると、お仕置きとしてお医者さんごっこを実行するぞ」

ついでに、『お医者さんごっこ』の詳細をそれはもう詳しく脳内で描写する。

―――せ、せんせい! ぼ、ぼくの○○○(検閲削除)に、○○○(自主規制)を注入してください!!

―――おお、霞がゆでだこのようだ。……ふっ、勝ったな。おとなをからかうからこういうことになる。

「で、でも白銀さんは……思うだけで本当はしないと思います……」

全く霞はチャレンジャーである。俺はやると言ったらホントにやっちゃうのに。

―――だがまあ、俺は空気を読めるのでそれをするのは今は保留しておこう。
お願い事もあるしね。……だからヘタレではないと言っているだろう!

「……わかってます……。『冥夜さん』たちのことは、先生には内緒にします……」
「おお、話が早いな。助かるよ」

用件は済んだし、少々居心地が悪いのも事実だったので、俺は早々に退出する事にした。
だが、最後に一言付け加えるのも忘れない。

「そうだ、霞。……次に会うときまでに白衣と聴診器を用意しておけよ?」

俺は背中を向けていたので、彼女がどのような態度を取ったのかは解らなかった。

―――自己紹介をしていなかったような気もするが、まあ何の問題も無いだろう。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第3話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:00
とーたる・オルタネイティヴ




第3話 ~あおるばかとおどるあほ~




―――誤解の無いよう最初に言っておくが、俺こと、白銀武の仕事は訓練にかこつけて女の子を鑑賞する事だけではない。
そう、俺が女の子のぱいおつを追いかけ、彼女達と親睦を深めているのは、あくまで崇高たる目的を遂行するための手段にしか過ぎないのだ。

―――崇高たる目的?そんなもの決まっている。
彼女達、仲間を死なせない事だ。
未だ十代、尚且つ男も知らない彼女達を、その笑顔を護る事こそがこの俺がかみさまより与えられた至高にして究極の義務なのである。

かくして俺は、『至高にして究極の義務』を果たすため、207B訓練分隊長たる唯依タンの部屋を訪れていた。
昼間の一件で失った信頼を取り戻すため、まず分隊長である彼女を篭絡すべしとの神託が下ったのだ。
『あいとかみのしもべ』を自認する俺には、かみさまのお告げに逆らうような罰当たりな行為は出来ない。
かみの戦士に私情を挟むことは許されないのだ。

―――かみに逆らえぬ愚かな俺を許してくれ……、唯依タン!

……よし、理論武装は完璧。八百万の神様がおわすこの国の民である唯衣タンに、この主張を否定する事はできまい……!
俺は、ともすればにやけてしまいそうな顔を両手で張り、精一杯神妙な表情を作り扉をノックした。

「……唯依タン……居るんだろう?
 ……出来れば、此処を開けて俺の話を聞いてくれないか……?」

永劫とも思われる数秒が過ぎ、ゆっくりと扉が開かれる。
姿を見せた唯依タンは、流石に制服は脱いでおり、Tシャツとスパッツというラフな格好だ。
……生足が実に目の毒である。
それはさておき、唯依タンはてっきり怒りの形相か軽蔑の眼差しを浮かべていると思っていたのだが、予想に反してそのどちらも見られない。

「白銀……その、何の用だ……?」

―――っ!! 俺様の超・紳士レーダーが反応した。この表情は、そう、『緊張と不安』だ!
―――これは、いわゆる千載一遇のチャンスというやつだ。……考えろ、俺……!
ここで正しい選択肢を選ぶ事ができれば、現状マイナスの好感度は一気に逆転する筈……!!

―――そもそも、『怒りと軽蔑』ではない『緊張と不安』を抱くのは何故だ……!?
俺が不埒な行いに出ることを警戒している?
いや、違う。それならばそもそも扉を開けたりしない。
まさか、俺の正体を勘付いた……?
……それこそまさかだ。今唯依タンに与えられている情報でそれに気付く事が出来るなんて、それは人間に可能な業じゃない。
―――くそ、手詰まりだ……!
何か、何か糸口は無いのか。会話しながら探るしかないのか……!?

「唯依タン……、聞いてくれるんだな……。……ありがとう。
 昼間、お前達にとても酷い事をしたと思って……どうしても今日のうちに謝っておきたかったんだ……」
「あ、ああ……そのことか。いや、その事はもう良いんだ……」

―――CP、CP! 予想外の事態だ……!ぱいおつ凝視がもうどうでも良いとか言ってますよ!?
もしかして、俺誘われてるんですか……?

―――待て、はやまるなフェチ01!……この場合、それが気にならない程重大な事態が発生した、あるいは気付いたと捉えるべきだ!
己の行動をよく思い返してみろ、フェチ01……!!

……自分の行動だと?あの時俺は、皆がばててるのをいいことに彼女達のぱいおつを……。

―――っ! ようやく解った。ありがとうCP……。

そうか、そういう事か……唯依タン!
あの時、科せられていた訓練は尋常じゃなかった。戦闘民族であるチョビはともかく、皆が疲れきっていたのだ。
にもかかわらず、俺は鑑賞会を敢行出来るほどの余裕を持っていた。しかも、みんなからお仕置きされた後も、俺は割とすんなり立ち上がったような気がする。
その持久力と打たれ強さが、今になって疑問となって出て来た訳だな……?
そこに俺が尋ねてきたものだから『緊張と不安』を感じているという訳か……!

ふ、ふふふ。可愛いやつめ。
確かに俺は、軍歴10年に迫るベテラン衛士、という事実を隠して訓練生をやっているが、だからと言って取って食いはしないというのに。

―――いや、すみません。嘘つきました。
別の意味で取って喰っちゃうつもりです。……今じゃないけどね。
―――だからヘタレではないと何度言ったらわかる!

さて、状況はわかったが、何と答えたらフラグ成立なんだ?
……悩むゼ。……よし、此処は一気に切り込む策だ。

「……唯依タン……俺のことを、疑ってるんじゃないのか……?」
「い、いや。そんなことは……!」
「わかるよ。唯依タンの目を見れば……。だから、追い出される前に、俺のことを話しておきたかったんだ……」

じっと、唯依タンの目を見つめる。それはもう思い切り感情を込めて。

「そ、そうか。立ち話もなんだから部屋の中に……」
「……ありがとう……」

心の中で飛び跳ねたのは、内緒だ。
さて、彼女の鉄のカーテンを一枚破ることには成功の模様です。
今日のうちに何枚破る事ができるかな……?





唯依タンの部屋は、整理整頓の行き届いた綺麗な物だった。だけど、あまり女の子の部屋という感じじゃない。
まあ、武家の跡取りとして厳しく育てられたと想像してみればそれほど不思議ではない。
ベッド脇にぽつんと置かれたぬいぐるみらしきものが、唯一つの女の子らしさの表現ということかもしれない。
……いじましさに胸が詰まるね、ホント。

「それで、白銀。……話したい事というのは……?」
「……ああ。唯依タンは、俺の身体能力に疑いを持ったんじゃないか……?」
「正直に言えば、その通りだ。……あの耐久力と持久力は、ただの訓練生ではありえないと思った……。
 おそらく、それだけではないのだろう?」
「……そうだ。……俺は、体術も剣術も射撃も、相当なもんだと思う。
 ……それだけじゃない。俺の戦術機適正は、SSランクだよ……」
「―――っ! それがなぜ、訓練生などやっている!?」
「怒らないで聞いてほしい。……俺には、記憶が無いんだ……。夕呼先生……副司令の話だと、俺の身体能力は軍歴10年のベテランにも匹敵するらしい……。
 でも、何で自分がそんな能力を持っているのか……これまで自分がどうやって生きていたのか……分からないんだ……。
 だから、夕呼先生に拾われて……世間に慣れるためにも、もう一度訓練生から始めるように言われたんだ……」

ちなみに嘘はついていない。一部記憶の欠落があるのもホントだし、軍歴10年も主観ながら事実。
自分の戸籍に数年の空白があるのも確かだ。

―――ヒトを騙すとは、このようにしてやるのだ……!!
……すみません、調子乗りました。

果たして、この言葉の効果は絶大だった。

「そ、そんなことが……!
 ……私は、興味本位になんてことを……!」

……あ、いかん。唯依タンが自省モードに突入した。
確か次回大当たりまでの継続は鉄板だった筈。

えーとえーと、確か自省モードは電源を落としても持ち越されるから、解除するためには内部的にボーナスフラグを立ててやるしかなかった筈……!

……ボーナスフラグなんてねえよ……!
―――あれか?うっすらと浮き出てる唯依タンのポッチを同時押しとか、そんなやつなのか…!?
いや、むしろ上下上下左右左右BAとか、そんなやつが……!?

……って待つんだ、俺! 折角いい雰囲気になりかけてんのにぶち壊すんじゃねえ!





―――かみさま、うっかりじゃないけどほうこくさせてください―――

進退窮まってテンパった俺は、気付いたら唯依タンを抱きしめちゃってました……。
いっそ、突き飛ばされてビンタとかされれば、まだやりようがあるのに、何でまた抵抗しないんだ……!?

「唯依タン……自分を責めないでくれ……。
 これは……俺が話したいと思ったから、……唯衣タンになら話してもいいと思ったから、話したんだ……」
「……白銀……私を、許してくれるのか……?」
「……これからは、『白銀』じゃなくて……『武』と呼んでくれないか……?」

抱きしめた体勢の都合上、耳元で囁くような格好になってしまった。
果たして、俺の言葉に身体を硬直させる唯依タン。

―――いかん、先走りすぎたのか……!?

俺は、ゆっくりと唯依タンの身体を離し、目を覗き込んだ。

「……ダメかな……?」
「い、いや。……構わない。
 ……できれば、その……私の事も普通に名前で呼んでくれないか……?」

……あ。ようやくそのことを突っ込むんだ。
さっきから唯依タン唯依タンと舌の回らない園児みたいな呼び方を連呼していたせいで、今一つシリアスになり切れないとこだったんだよね。

―――だけどもう遅いんだ、唯依タン。
初めに突っ込んでくれなかったせいで、俺はもうこの呼び方以外受け付けない身体にされてしまったんだ……!

「きみを『唯依タン』と呼ぶのは、この世界で俺だけだ……。俺だけに許された呼び方があってもいいだろう?」
「そ、そうか……。それなら、これからもそう呼んでくれて構わない……」
「もう夜も遅いから、俺はもう帰るよ。
 ……今日は、俺の話を聞いてくれてありがとう」
「い、いや。私の方こそ、詮索するような真似をして済まなかった……」

俺は唯依タンに微笑み掛け、踵を返した。
扉を開けたところで振り返り、付け加える。

「このことを話したのは、唯依タンが初めてだ……。
 これからも、相談に乗ってもらってもいいかな……?」
「―――っ! あ、ああ。もちろんだ。
 私でよければ、いつでも話してくれ……!」
「ありがとう……おやすみ」





―――かみさまかみさま!みてくれましたか!? みっしょんこんぷりーとです!
―――みていましたよ、シロガネ……。あなたはもはや、りっぱな『あいのせんし』です。これからは、ひとりでもやっていけますね……?
―――そんな! ぼくなんて、まだまだです! だから、これからもみまもっていてください……!
―――ふふ。 わかっていますよ。 てのかかるしもべですね……、あなたは……。

……はっ? いかん。予想外の進展についトリップしちまったぜ……。
それにしても、明日からの訓練が楽しみだね。角の取れた唯依タンはとっても可愛かったし。





「……白銀、そんなところで何をしている……?」

廊下をスキップしているところにまりもちゃんとばったり。

「…………」
「…………」

スキップの体勢のまま固まる俺。白い目で俺を見据えるまりもちゃん。

「呆れたやつだな、お前は……。あれだけ痛めつけられたというのに、もう踊る元気があるのか?」
「は、ははは……。と、とんでもありません、軍曹。これは、我が家に伝わる一子相伝の、体のコリを解す神秘の踊りと言うものでして……」
「……はあ……。……私も長い事教官をやっているが、お前のようなタイプは初めてだ」

まりもちゃんは、露骨に溜息を吐いてこめかみを押さえている。

「はっ。―――軍曹の初めての男という称号を頂けるとは光栄の極みであります!」
「―――っ! あなたの頭にはそういうことしかないの……!!」
「へぶらっ!」

い、いきなり拳とは油断していたぜ……。目の前に星が散っていやがる……!
でも、地が出ちゃってますよ?軍曹。
そういえば、俺の主観では俺とまりもちゃんはほぼ同年齢なんだよなあ。
そう考えると、急に目の前の女性が可愛く思えてくるから不思議だ。

「―――貴様が単に、戦場を甘く見ているだけのエロ餓鬼だったら、いくらでも対処のしようがあったのだがな……。
 貴様のその態度は、あらゆる修羅場を潜った果ての、一種の悟りの境地だろう……?」
「……ありがたいご評価ですが、私は単に、何時行くとも知れぬ戦場よりも目前の女の子が大事だと言うだけの俗人です」

イーニァといい霞といいまりもちゃんといい、俺ってそんなに影があるように見えるのか?
過大評価もいいところだ、全く……。

「……まあいい。いずれ戦場に出れば嫌でもわかる事だ。
 ―――おまえのその態度は、訓練生共にとってはいい刺激になるだろう。あの連中を支えてやってくれ……」
「はっ!了解であります」

敬礼を交わし、まりもちゃんは去って行った。
あの人にも、思い出すたびに叫びだしたくなるような過去というやつがあるんだろう。
この世界に生きる、ということはそういうことだ。

―――おっといかん。何をらしくもなくマジになっちゃってんだ、俺よ。
さてと、抱きしめた唯依タンの残り香が消えないうちに部屋に戻ろうかな。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第4話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:02
とーたる・オルタネイティヴ




第4話 ~とらわれるちょうちょ、ももいろしこうのくも~



―2001年10月24日

20数回にも及ぶループを経験していると、これまで見えなかったものも見えてくるようになるものだ。
それは、起すべき行動と静観すべき事件であり、その起すべき行動の中でも優先順位の高低、という事である。
わかりやすく例えるならば、発動推奨イベントとスルー推奨イベントの区別であり、必須イベントと回避不能イベントの時期と対処法、とかだったりする。
今回、俺が夕呼先生の元を訪れたのは、その件が、今後に与える影響のかなり大きい重大イベントだからである。

つまり何の事かと言うと、新型OS『XM3』の事。このイベントに関して言えば、可能時期というものは存在しない。
知識さえあれば何時でも発生可能で、尚且つ手軽に行えるため、今後のためにも是非早いうちにこなしておく必要があったのである。
特に、いずれ配属されるであろうヴァルキリーズには、極めて初期死亡率の高いぱいおつ……いや、衛士が何名か存在するため、生還率を高めるXM3は重要なのであった。

―――『国連軍横浜基地のラヴ・ソルジャー』の異名を持つ俺様にとって、男の手に晒すことなく散らせしまう命など、あって良い筈があるまい……!!

決意も新たに俺、白銀武は副司令室の扉をノックした。





「それで、朝っぱらからいったい何の用?忙しいんだから、くだらない用件だったら……」

―――先生、その先は言わなくてもわかります。『コロス』とかいうんでしょ?
ぶっちゃけ、マジ怖いんでその目はやめてください……!

かみのあいと超・紳士スキルに護られたこの俺様を、ここまで圧倒するのだから恐るべき度胸とぱいおつの持ち主である。
……まあ、どちらも『胸』だけに。
ともあれ、その威圧感から逃れたい一心で、俺は昨晩まとめておいたレポートと共にXM3の概要について説明した。




「……ふ~ん。なかなか面白い事考え付くじゃない」
「でしょう?効果は前の世界で実証済みですし、牽制にも取引にも使える超お勧め物件です。
 ……先生の御手を煩わせるだけの価値は、十二分にあると思いますよ?」

どうやら興味を持ってくれたようで、先生の纏う空気が少し柔らかくなったようだ。
……というかね、この先生『元の世界』でやたらまりもちゃんの男事情をネタにしてたけど、実際問題今一番男が必要なのはこのヒトだと思うわけですよ。
……むりか。このヒトの手綱を制御できる男なんて、想像もつかん。
むしろ、実在するなら弟子入りしたいくらいだ。

―――案外、『ペット』とか言って、私室の中には隠し部屋とかあってその中には鎖に繋がれた若いツバメがわんさかと……

―――アハハ、さあ、餌の時間よ! 欲しいのならいい声で鳴いてみなさい!!

…………しゃ、しゃれになってねえ~!!
―――ボンテージスーツを身に纏い、鞭とろうそくを持つ先生の姿をかなりリアルに妄想してしまった。
いやな汗が、さっきから止まらないぜ……!!
しかし、これなら先生が『年下の男は恋愛対象じゃない』とか言うのも納得できるというもの……!
もしかして、その言葉の後には『ペットとしてなら考えてやってもいいけど』とか、そういう言葉が続いていたんじゃないのか……?

―――しろがね、それいじょうかんがえてはなりません……!!
―――フェチ01、応答しろ!フェチ01!! いかん、意識レベルが危険水域に達した! カウンターショックを使え……!!

……はっ!? お、俺はいったい今何を考えていた……?
さっきから悪寒と震えが止まらないんだが……??





「いいわ。このレポートにある通りの物を作っておいてあげる。
 出来上がったら、あんたがバグ取りやんなさいよ?」
「え? あ、はい!それはもちろんですよ。
 ……というかですね、それに関してもう一つお願いがあるんですけど」
「なによ。……聞くだけは聞いてあげるわ」
「俺を、任官までの間A-01部隊の臨時少尉として雇ってもらえませんか?」
「……そうか、あんたは知っているんだったわね……。
 ……何のために?」
「いずれは配属される部隊ですから、早いうちに連携とか訓練しておいた方がいいです。
 それに、今の俺なら戦死者を多少は減らせるかもしれません」
「……まあ、いいわ。明日の朝、また此処に来なさい。
 責任者に紹介するから」
「ありがとうございます!」





何故か記憶が一部途切れていて、汗びっしょりというのが解せない。
……が、おおむねうまく行った様だ。
後はクーデターとか新潟上陸とか厄介な事件がいくつか残っているが、それはおいおい片付けていこう。

「きゃっ……!!」
「おっと」

―――いかん、考え事をしながら歩いていたせいで人にぶつかってしまったようだ。
うん、何と言うべたなフラグ。

「……と思ったら、ステラか。ごめん、大丈夫か?」

謝りながら彼女に手を差し出す。
ステラの手を掴み、引き起こしてやった。

「ええ……大丈夫みたい。あなたの方こそどうもない?」
「ああ、二つのどでかいクッションが俺を護ってくれたよ……」
「あら、それはよかったわ。……がんばって育てた甲斐があったわね」
「いやいや……。これに満足せず、君にはますます高みを目指して欲しいもんだ……!」

お互いに、シニカルな笑みをぶつけ合う。

ステラは『こいつ、出来る……!!』と思ったに違いない。
―――ふふふ。俺とて、坊やではないのだよ、坊やでは……!!
そう簡単に俺をいじれると思ってもらっては困ると言うものだ。
さあ、ステラ!お前の次の一手を見せてみろ!お前の打つ手、そのことごとくを粉砕したとき、お前は俺様にひれ伏す事になるのだ……!

「残念だけど、成長期は過ぎているからこれ以上は無理ね。
 ……なんだったら、あなたがその手で育ててみる?」

その武器を強調するかのように、腕組みなどしやがった。

―――くっ! 言葉だけならば如何様にでも対応できたというのに、まさかそのような手段に出るとは。卑怯なり、ステラ!!
だが、かみのなにかけて、おれはまけられんのだ!

「ああ、それは魅力的な提案だ……。でも、此処は人目が多すぎる……俺はいいがステラが困るだろう。
 ……また、今度という事にしてもらってもいいかな?」
「あら、そう。……残念ね。予約で一杯だから次は何時になるか分からないわよ?」

―――ふっ。虚勢を張っているんだろう?内心、俺が引き下がって心の底からほっとしている筈だ……!
もし俺がこの場でその最終兵器を鷲掴みにして、悲鳴でも上げてしまおうものなら負けを認めてしまう事になるものな?

だが、知っての通り俺様は『ラヴ・ソルジャー』にして『超・紳士』。女の子に恥をかかせることなどその矜持が許さない。
結果的に俺が負けたような格好になったが、『試合に負けて勝負に勝った』というもの。
きっとかみさまもおれをみとめてくれるだろう……!

―――しろがね、ひくことをしらなかったあなたが、せいちょうしましたね……。わたしはこのまけをせめません……
   ほら、みてごらんなさい、すてらのひょうじょうを……!

……む? 俺様の超・紳士レーダーが反応している。この感情は……、『安堵』と『畏怖』だな……!?
よし、予定外だがこの場は押しの一手。

「ステラ、朝飯まだなんだろう?……良かったら一緒に行かないか?」
「あら、誘ってくれるの? それは光栄ね。
 ……でも、良いのかしら? 其処の角でタカムラが微妙な表情でこっちを見てるわよ?」
「―――っ!?」





―――かみさま、このうっかりすきる、いいかげんなんとかなりませんか……!?

ギギギ、と錆付いた戦術機でもしないようなぎこちない動きで後ろを振り返る。

―――はうあっ!! なぜ、あなたは、そこで、すてられた、こいぬのようなめを、していらっしゃるのですか……!!

「……お、おはよう、唯依タン……! PXに行くんだろ? 良かったら一緒に行かないか……?」
「……いや……私は邪魔なようだから、二人で行くといい……」
「ま、待つんだ唯依タン! 君は何か勘違いしている。俺とステラはそもそも唯依タンを邪魔に思うような関係じゃない……!!」
「あら、私とのことは遊びだったの……?」

混ぜっ返すんじゃねえ!!ステラ!
そんな事微塵も思ってないくせに悲しそうな顔とかするな……!
だいたいその台詞は使い古されたネタだ!





―――ふぅ、いいか俺。クールだ。冷静になれ。
この状況、ただ単に俺とステラが怪しげな会話を交わしている所に唯依タンが通りがかった、というだけのこと。
後ろ暗い事は何一つとしてしていないじゃないか?
大体、その程度の事で唯依タンが落ち込んでいる、というこの事実、むしろ喜ばしいのではないのか。
……そうだろう?シロガネタケル……!!

―――ならば、いっそこの状況、唯依タンとの仲を更に進展させる絶好の機会ではないか。
きたえぬかれたおれさまのおとなちから、みせてやろう……!

「唯依タン……ちょうど良かったよ。今、夕呼先生に呼ばれていたところでね……、そのことで、是非相談に乗って欲しいんだ。
 ……だめかな……?」
「―――っ! た、武……、そうか。私は構わない」
「ありがとう。……屋上で待っていてくれないかな? PXで朝食になりそうなやつを貰ってくるよ」

どうだ?この作戦。『相談』を持ちかけることにより俺と唯依タンとの仲の『特別性』を彼女に思い出させる。
また同時にステラにも、知り合って僅か三日目にして個人的なことを相談するほど仲良くなっている、という事を教え、対抗心、あるいは嫉妬心を呼び起こさせる。

か、完璧だぜ……!
かつて、このような修羅場に陥った『元の世界』のゲーム、漫画でこれほどまでに洗練された手段でもって状況を切り抜けた主人公がいたであろうか?……いや、いない!!

「そういうわけだ。ステラ、悪いが一緒に食事をするのはまた今度にしよう」

ふふふ、ステラよ、さぞ悔しかろう。最後まで勝ちきれず、俺は鮮やかに立ち去って見せる。
そろそろ、『悔しさ』が『興味』に変化してきたところではないか?
だが、すまない。今は唯依タンを慰めてあげるのが最優先任務だ。今夜にでも、部屋によばi……ではなく遊びに来るから待っていてくれ。





「どうぞ。……唯依タン、サンドイッチで良かったかな?」
「あ、ありがとう」

流石に、10月下旬ともなれば肌寒い。BETAによる環境破壊もそうだが、それよりも見える景色が廃墟ばかりというのが他の何より寒々しさを演出しているな。
だが、そのために身体をくっ付けるようにして座っても不自然ではないという効果が生まれるのだ。
―――むう、何から何まで計算ずくとは恐るべし、俺よな。
そして、唯依タンのために持ってきたのは野菜メインのサンドイッチと無糖紅茶。
さりげなく女の子の事情を考慮している俺って素晴らしい。

「……た、武……、その、副司令の呼び出しというのは……?」
「ああ。今度、戦術機の新型OSを開発する事になったんだ……。
 ……それで、俺がそのテストパイロットを勤める事になってさ……それで、ある特務部隊の臨時少尉に任命される事になった」
「―――えっ?……それでは、訓練部隊は……?」
「いや、そこはこれまで通りだよ……。でも、訓練に来られない日がありそうだから、唯依タンに伝えておきたかったんだ……。
 突然訓練を休んだりしたら、心配かけると思ったから」
「そ、そうか……」

……う~ん、この表情はちょっと分かりづらいな。少なくとも喜んでいるわけではない、という事は確かだけど……?
『心配』『寂寥』『不安』……そんなところか?

―――『記憶のない』俺が特務部隊に配属される事への『心配』
例え短い間でも共に過ごした仲間がいなくなるかもしれない『寂寥』
俺が配属先で上手くやれるのだろうか、という『不安』―――

いずれにせよ、この感情は俺、という存在が唯依タンにもたらしたもの。
ならば、責任を持って取り除いてやらねばなるまいて……!

「そんな顔するなって。……俺は大丈夫だからさ。……可愛い顔が台無しだぜ……?」

唯依タンの肩を抱き寄せ、空いたほうの手で髪を撫でてやる。
唯依タンが身を硬くする。……が、振りほどこうとはしない。されるがままだ。

―――か、可愛いゼ……唯衣タンよ……!
僕は……僕はもう……!!

「か、可愛い……?……私が?」
「―――ん? なんだ、自分で気付いていなかったのか?
 個人的な意見だが、唯依タンは最高に可愛いと思うよ?」
「―――!!」

あ、ますます硬くなった。初心だねぇ。
このまま行き着くところまで行ってしまいたいところではアルが、残念ながらお時間の方が押しちゃっているんだ。
そろそろ訓練が始まる。遅刻なんかしたらどうなるか、考えるだけで恐ろしい。

―――うん、実にもったいない。

―――だが!! かつて唯依タンと俺との間を遮っていた『鉄のカーテン』は全て崩れ去り、もはや残すものといえばその身を纏う制服ぐらいのもの……!!
これで、任務にもますますやる気が出てくるというものだ。
彼女のぱいおつを護るため、俺様の持てる能力、その全てを開放せねばなるまい……!!





―――あれ? 今、なんか入り口の方で物音が……?

俺は、唯衣タンの身体をそっと離し、入り口の方へ向かった。
ええい、ちょっと名残惜しそうな顔するんじゃありません、唯依タン!

忍者もびっくりなおんぎょーの術で扉に近づいた。ノブを掴み……一気に引き開ける!!

「…………」
「…………」×5

―――目の前には訓練分隊の面々。それに、霞まで一緒だ。
どうやら、盗み聞きしていたらしい。

……やってくれるじゃないか……ステラよ。大方、PXに居合わせた207Bの面々に、俺と唯依タンが屋上に向かった事を、面白おかしく話したんだろう……?
タリサあたりなら、飛び付いてきそうなネタだしね……。
というか、霞とイーニァって仲良かったんだな。二人で手をつないで縮こまってるよ。
クリスカが長女で、三人姉妹という感じだ。

―――む、ということは、よんぴーなのか?これはちょっと、超・紳士たる俺様にも骨の折れる仕事になりそうだ……。





―――そして時は動き出す……。
今にも降り出しそうな曇天模様に、唯依タンの絶叫が響き渡った―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第5話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:05
とーたる・オルタネイティヴ




第5話 ~おどるぴえろはなやまない~



―――とんだ災難だったとも言えるし、ある意味役得だったとも言える。

……何の事かと問われれば、むろん朝の一件である。
別に覗かれていたのが災難だった、と言うのではない。
他人の一人や二人にあの程度の場面を見られたからといって狼狽するほどぬるい修羅場を潜ってきた訳ではないし、人生経験に乏しいわけでもなかった。
では、何が災難だったのかと言うと、まあ、つまり俺達が屋上で繰り広げた会話の一部始終を聞かれたということ。
今後、唯依タンを除く他の女の子と『親睦』を深めようと彼女達に接近する場合、屋上で唯依タン相手に使ったような手段は使えなくなってしまったわけだ。
分かりやすく言えば、わざと身体を密着させるようにして座ってみたりだとか、肩を抱き寄せて髪を撫でたりだとか、臆面も無く真顔で『可愛い』と褒めてみたり、だとかそういったことだな。
ぶっちゃけてしまうと、これらには無限ともいえるバリエーションがあるため、一概に使えないとも言えないのだけど。
いずれにせよ、今後彼女達は俺とそのような雰囲気になりかけたら警戒するだろう。
いい感じに盛り上がってきたところで、『そうやって篁 唯依を口説いたのか』みたいな台詞を言われた日には、衝撃のあまりどっか別の次元にループしてしまいかねない。

―――今後の、より慎重な対応が必要だ……。

役得の方はと言えば、唯依タンの絶叫の後ヤツラはさっさと逃げ出してしまった。
まあ、霞とイーニァが逃げ遅れた挙句、二人仲良くすっ転んでじたばたしてた、というのはご愛嬌というものだ。
だが、霞はともかくイーニァはあれで訓練生だというのだから驚きである。

―――かすみには、あとでおしおきとして、おいしゃさんごっこをじっこうせねばなるまい……!!

いや、それはこの際関係ない。
つまり、俺は落ち込んで自省モードへと突入した彼女を慰める、という大義名分の下、より密着度の高い状況であれやこれやする事ができたのだ。

あれやこれや、の内容については多くを語るまい。
ただ、ごちそうさまでした、とだけ言っておこう。
結果、訓練に遅れて何故か俺だけまりもちゃんを相手に、ガチで格闘訓練をやらされる羽目になったが……。





と、まあ細かいごたごたはあったにせよ、今日の訓練も無事に終わりました。
だが、果たすべき使命を抱える俺様は、訓練が終わったからといって部屋でのんびりする事など許されない。

俺こと『ラヴ・サーヴァント タケル・シロガネ』は今日もまた新たなる神託を得て、それをクリアすべく基地内を徘徊していた。
本日のミッションは『クリスカ・ビャーチェノワ となかよくなろう』だってさ。
いわゆる、『将を射んと欲すれば……』というやつ。俺流に言うなら『さんしまいよんぴー欲すれば長女から落とせ』というところだ。

―――うん、実にストレート。わかりやすい。

というか、クリスカとイーニァは部屋にいなかった。
この二人、個室が許されてるのにわざわざ同室にしてるらしいのだが、部屋は空っぽだったのだ。
彼女達が普段どこで何しているのか、なんて知る筈も無い。
我が家のようなくつろぎっぷりを発揮してはいるが、俺は今回この基地に来て、彼女達に会ってまだ三日目なのである。

―――こうなったら、『彼女』を頼るしかあるまい。

『彼女』―――言わずと知れた『よこはまきちのろりがみさま』こと社 霞その人である。
失せ物、探し人、何でもござれの迷探偵だ。彼女に聞けば一発で居所も判明するだろう。
朝の一件のおしおきもしておかなければならないしね。

―――ふふふ、かすみよ。はくいとちょうしんきをよういしてまっているがいい。





……件の脳みそ部屋で、クリスカ、イーニァ、霞の三人があやとりしてました。
流石に、予想外だった。
いや、長女次女がいなけりゃ末っ子のところ、という考えに気付かなかった俺うかつすぎる。
というか、そもそもこの部屋は訓練生は立ち入り出来ない筈だ。
やっぱり、能力者特権というやつ?

―――で、イーニァと霞よ。何故、俺が入室した瞬間シリンダーの裏に隠れる?

無言で彼女達の方へ向かう俺。二人は、肩を抱き合ってぶるぶる震えていた。
更に近づく俺。逃げる二人。
更に更に近づく俺。更に逃げる二人。

―――ふっ、霞にイーニァ。分かっているのか?其処は部屋の角だ。
―――もう、これいじょうにげられないよ?

両手をわきわきとさせながらゆっくりと彼女達に歩み寄る。

「「―――ひっ……!!」」
「やめんか……!!」

瞬間、腰の辺りに衝撃。どうやらクリスカに蹴りを入れられた模様です。

「いたいな。クリスカ、何をするんだ?」
「それはこちらの台詞だ! 何を考えているか知らないが、今すぐ不埒な妄想をやめろ……!」

……なるほど。なぜ彼女達が逃げていたかわかったような気がする。
俺のお仕置きがそんなに怖かったのか……。 ……って違うだろ、俺よ。
彼女達は、俺のももいろしこうを読んでしまったらしい。それもかなりリアルに。

むう、こいつはうっかりだ。さて、どうやってフォローしよう……?

「……あ~、イーニァに霞。一応、冗談のつもりだったんだけど……そんなに怯えられると悲しいぞ」
「……でも、白銀さん、とても本気でした……」

こくこくと頷くイーニァ。涙目で怯える二人は実に良い仕事をしている。
……いや、だからとりあえず今はももいろ禁止だと言うのに。

「ああ、前は霞、全然怖がってなかったろ?だから、少しからかうつもりでちょっとマジになってみたんだけど……
 本気で怖がらせてしまったみたいだな。……イーニァも霞も、ごめんな?」

謝り、同時に必殺のエンジェル・スマイル。
生まれたての赤ん坊が浮かべるという、伝説クラスの微笑みだ。これが可能な野郎など、横浜基地広しと言えども俺しかおるまい。
この技は、決まれば一発で相手の警戒心を解くという効果を持つ。風の噂によれば、決まれば一発で『ポッ』となってしまう微笑みも存在するらしいが、今の俺では警戒心を解く程度で精一杯だ。
いずれ、恋愛原子核SSSランクへと到った暁には、俺にも使用可能となるだろう。そうなれば、出会う女性全てを虜にして基地内にハーレムを作る事も夢ではない。
あと10回ほどループを繰り返せばその境地へと達する事も可能か。其の時が実に楽しみである。

イーニァが、恐る恐る俺に近づいてきた。彼女の手が届くギリギリのところで立ち止まり、俺の身体に触れる。
またこの展開か、とは思ったが今回は俺が悪かったため、おとなしく心を開く事にした。

「…………うん、やっぱりたけるはたけるだね。かすみ、ゆるしてあげよう?」

どうやら、合格したらしい。
『この、へんたい……!!』とか言われていたらショックのあまり二度とループの出来ない身体になっていただろう。
……いや、それはそれで幸せな事なのかもしれないが。

「そうか、ありがとう二人とも……」

近付いて来た霞と、イーニァの頭にぽんと手を乗せ、軽く撫でてやる。
人に馴れない小動物を餌付けしているようで、とても和む。
対して、クリスカは驚愕の表情をしている。

「クリスカ、どうした?……顔が鳩で豆鉄砲だぞ……?」

違う、どこの獣人だそれは。『鳩が豆鉄砲喰らったような顔して』だろう。

「……イーニァとカスミが、こうも他人に心を開くなど、信じられん……」
「……それは、お前達が第三計画の遺産で、ESP能力者だからか……?」
「―――っ!! 何故、それを!?」
「おいおい、自己紹介のとき、まりもちゃんが言ってたろ?
 『俺は特別だ』って。 『計画』に関して俺より詳しい軍関係者はそうそういないと思うぜ?」
「くっ、キサマ、いったい何の目的で私たちに近づいた……!!」

うわ。まさかこうくるとは思わなかった。武器を持ってたら襲い掛かってきそうな勢いだな。
手っ取り早く話を付けるためにいきなり核心を突いてみたんだけど、無用に警戒させたみたいだ。

「おい、二人とも、ねーちゃんに何とか言ってやってくれ……」
「クリスカ、たけるはいいひとだよ……?」
「クリスカさん……白銀さんは、敵じゃありません……」

……おい、それは、微妙にフォローになってないぞ。
敵じゃない、ということは味方でもないと聞こえるし、何よりも、イーニァ……『いいひと』というのは男にしてみりゃ褒め言葉でもなんでもないんだ……。
クリスカは、依然として警戒を解かない。

「というか、クリスカ。……お前も能力者なんだろう……?なんなら、『読んで』みろ。
 そうすれば、いかに俺が純粋で、立派な男かわかるってもんだ」
「……私は、よほど特別な事情がない限り、能力の行使を禁じられている。
 党と人民の名に於いて、それを破る事はできない。
 いいか、私達は貴様等と馴れ合うつもりはない……!!」

…………。
かみさま、どうしましょう……?このひと、がちがちの『きょーさんしゅぎしゃ』です。
うわさの、ひだりがたしこうなひとです。
ぶっちゃけ、そんなひとをおとす『のうはう』なんてこころえてません……!!

「……お前の上司は、お前に『誰とも親しくするな。誰にも頼るな。孤高を保て』とでも命令したのか?
 どんなに優れた衛士でも、一人で出来る事なんて知れたもんなんだぜ……?
 いざ実戦で、お前の背中を護ってくれるのはあいつら……、唯依タンやステラに、タリサなんだ」

いかん。あまりにもショックで、つい地が出てしまった。
こんなシリアスでクールな台詞、俺様のキャラではないというのに……!!

「私の目的は、一秒でも早く任官し、祖国の最前線で戦う同志達の下へ馳せ参じることだ。
 ……そのために、余計な事をするつもりはない」
「……あー、クリスカ。少なくとも、俺に関して言えば、親睦を深めておいて損も無駄もない筈だけど。
 何なら、お国許のお偉いさんに確認してみろ」
「……どういう意味だ……?」
「まず一つ目。今でこそ訓練生なんてやっているけど、こと戦術機に関する限り、俺よりうまく扱える人間なんていない、という事。
 そして二つ目。いま、香月副司令の元で、ある新兵器の開発が進められている。俺はその開発に深く、大きく関っている。
 以上の理由により、俺と親睦を深める事によって戦術機操縦技術並びに新兵器に関する情報、ふたつの入手が可能となる」
「それが、お前の言う事が本当だという証拠がどこにある?」
「それこそ、イーニァと霞に聞いてみろよ。
 それでも納得できないなら、香月副司令に聞いてみても良い。
 それに、そんなすぐにばれるような嘘をついても意味がないし」
「…………」

うむ、よくやったぞ、俺。まさに『情で落とせない女は理詰めで説得しろ』作戦だ。
『俺と仲良くする事が祖国に利益をもたらす』という理屈は彼女にとっては効くに違いないぜ……!!

「……わかった。とりあえず、お前の言い分を呑もう。
 ―――だが、勘違いするな。私がお前と友好関係を築くのはあくまで祖国と任務のためだ……!!」

―――な、なんというツンでれ。流石にこの攻撃は効いたぜ……!
やれば出来るじゃないか、クリスカ!
これでますますやる気が出てきたってもんだ。

―――いずれ、身も心も俺様にデレデレにしてやろう……!

そして、ゆくゆくはイーニァ、霞を混ぜてよんp……ちょっと待て、俺。
なにか、大事な事を忘れてはいないか?

……そう、ここにいる女の子は全てESP発現体で、傍らにいるちびっこ二人には俺の思考が駄々漏れだってことに……!!

「……ヘンタイ、ですか……?」
「たける、そういうことしたいの……?」
「やっぱりかよぉ~!!」

―――毎度毎度こんなオチばっかりだ……!!
たまにはシリアスなまま締めさせてくれ……!!

―――俺の慟哭がかみさまに届いたかどうかは、まさにかみのみぞ知る―――





【おまけ】~たけるとゆいのあれやこれや~





「唯依タン……そんなに落ち込まないで……」

俺は、彼女の背後から耳元に顔を寄せ、囁いた。

「で、でも……! あいつ等は、きっと誤解した筈……!!」
「誤解?……かなしいな。俺にとっては、誤解でもなんでもないのに」

彼女の背後からそっと抱きしめ、その美しい黒髪に顔を埋める。
胸に手が当たったのはご愛嬌。俺は、胸一杯に彼女の香りを吸い込んだ。
脳が蕩ける様な女の子の匂い。

「―――っ!そ、それはどういう意味だ……!?」

身を硬くして、彼女が問いかけてきた。
俺は答えなかった。
今は、百の言葉よりも壱の行動でもって示すべきだと思ったから。
抱いていた腕を解き、両手で彼女の頬を優しく包みこちらを振り向かせた。


―――視線と視線が、絡み合う。

俺は、微笑みかけ、彼女の可愛らしい唇に己のそれを近づけた。

重なり合う唇。彼女はぎゅっと目を閉じ、ますますその身を硬くする。
だが、突き飛ばそうとはしない。
唇を重ね合わせたまま、じっと彼女の緊張がほぐれるのを待った。

少しずつ体から力が抜けていくのがわかる。
俺はそれに合わせ、自らの舌を彼女の口腔内に割り込ませた。
再び、固まる唯依タン。

優しく、彼女を蹂躙し続けた。そうしていると、やがて彼女もおずおずとその舌で応えてくれるようになった。

―――絡み合う舌と舌。

物音一つ聞こえぬ静謐な空間に、俺と彼女の舌同士が絡み合う卑猥な音色が響き渡る。

どれ程の時間が経過したのだろうか。
俺は、ゆっくりと顔を離した。
混ざり合った俺と彼女の唾液が、舌と舌にアーチを描いた。
陽光に反射し、銀色に美しく輝いている。

唯依タンは、頬を上気させ、呆けた様な顔をしていた。

「―――こういう意味さ……」

俺は再び彼女を抱きしめ、囁いた。

―――制服の布地越しに感じる彼女の体温。胸に伝わる鼓動。甘い吐息。
俺は、自らの心が癒されて行くのを感じていた―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第6話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:05
とーたる・オルタネイティヴ




第6話 ~ゆうしゃはまおうにかてず~



―2001年10月25日

俺は、自分の見通しが甘かった事を痛感していた。
そう、今日は記念すべき俺のヴァルキリーズデビューの日。
……だった筈、なのだが……。

見慣れた面子に混じって立つ三人の野郎共。
直立し、俺を見据える髭面のおっさん。見た感じ、良い意味でも悪い意味でも型に嵌った軍人、という雰囲気だ。
にやにやと、悪戯っぽい目で俺を品定めしている風のラテン系の男。……つーか、うざいから身体を揺らすな……!!
そして、最後の一人。顔立ちは東洋系。だが、それにしては彫りが深いので、もしかしたらハーフなりクォーターなりだったりするのかも。
最後の一人は、見た瞬間に直感した。……こいつは、敵だ。油断していると、足元を掬われてしまう様な嫌な予感がする。

―――まあ、男に用はないのだが、この際一つだけ言っておこう。
おのれ、207の女の子は―特に唯衣タンは―、絶対に渡さんぞ……!!





とりあえず、一通り自己紹介が終了した。

隊長兼A小隊小隊長 伊隅 みちる 大尉
副長兼突撃前衛長、B小隊小隊長 速瀬 水月 中尉
CP将校 涼宮 遙 中尉
左翼迎撃後衛、C小隊小隊長 宗像 美冴 中尉
制圧支援 風間 梼子少尉
強襲掃討 涼宮 茜少尉
砲撃支援 柏木 晴子少尉
打撃支援 築地 多恵少尉

以上が、俺にとってはお馴染みの面々。
俺にとっては実にどうでも良い、野郎共は、

ヒゲ―イブラヒム・ドーゥル中尉 突撃前衛
ラテン―ヴァレリオ・ジアコーザ少尉 強襲掃討
ハーフ―ユウヤ・ブリッジス少尉 制圧支援

と仰るらしい。
……というか、突撃前衛が少なすぎないか?
俺が入ってようやく三人ってどういうことよ。

―――むう、これもかみさまのおぼしめしか……。
わたくしめに“わんとっぷ”をはらせて、おんなのこたちにいいところをみせなさい、という……!!
……ありがとう、かみさま。 おれ、やるよ!!

さて、いる筈の人間がいなかったり、会った事もない人間が配属されていたりと初っ端から波乱含みではあるが、ようやく出会えた古い戦友達。
なかなか感慨深いものがある。

―――伊隅大尉、彼女には片思いの幼馴染がいるらしいからパス。……畜生。
―――速瀬中尉と涼宮中尉も、戦死した男を吹っ切れていないようだからパスか……?
いや、その判断はまだ早すぎる。とりあえず様子見。
―――宗像中尉も西日本のほうに男がいるらしい。……パス。
―――風間少尉には、百合の香りがちらほらと。だが、うざい男どもを寄せ付けぬためのブラフと見た。
特技がバイオリンと言うレアスキルの遣い手だけに、要チェックだな。
―――涼宮妹。この世界でも相変わらず突撃前衛に拘っているのか?その拘りを、俺に対する執着へと変えて見せる……!
―――柏木、相変わらず良いパイオツだぜ。おれのもの。けってい。
―――築地か……。俺がヴァルキリーズに配属される時は、生存と死亡が半々という報われぬパイオツ。今度こそ、しっかりと護ってやろう。

ヴァルキリーズの面々を一人ずつ眺めながら俺は、物思いに耽っていた。
当然、野郎共はスルー。まあ、打ち解けてきたら一緒に酒くらいは飲む機会もあるだろう。





「どうした、白銀。難しい顔をしているな。……女性の多い我々がどれだけの腕を持つのか、気になるか?」
「は?―――っい、いえ!とんでもありません。数多の過酷な任務を潜り抜けてきた大尉方の能力は、よく存じています。
 ……ただ、余りにもお美しい、魅力的な方々ばかりでしたので、見とれておりました」

ふう。いきなり話を振ってくるから焦ったぜ。とりあえず、軽いジャブで返してみたが、さあ、どうでる……?

「なかなか世辞が上手いな、白銀。これは、扱き甲斐がありそうだ」
「またまた~。ホントのこと言っても何もでないわよ?」
「もう……水月、調子に乗らないの……!」
「ふふ、なんなら今晩部屋に来るといい……」
「美冴さん……!本気しちゃったら可哀想ですよ」

……む。流石に先任はこの程度じゃびくともしないか。まあ、ほんの挨拶代わりだからな、こいつは。

「あわわ、どうしよう茜ちゃん! う、美しいって……!」
「お、落ち着きなさい多恵……! た、ただのお世辞なんだから!」

対して、新任たちの反応の初々しい事。実に癒されるぜ。

「なかなか、良い度胸をしているな、白銀少尉」
「言うじゃないか、シロガネ。お前とは気が合いそうだ」
「…………」

ドーゥル中尉は感心たような表情になり、ジアコーザ少尉は笑っている。そして、ブリッジス少尉は無言。
何なんだよ、このムッツリは……!ジョークなんだから何とか反応して見やがれ……!
―――やはり、この男は敵認定です。

「さて、香月副司令より親睦を深めるよう言われているが、衛士は衛士らしいやり方で親睦を深めようと思う。
 ……という訳で、五対六に分かれJIVESを使用した実機による模擬戦を行う。
 編成は、A隊―――速瀬、ドーゥル、宗像、築地、白銀―――CPは涼宮中尉」

―――ふ、ふふふ。早速俺様の見せ場がやって来たようだな。
いいでしょう。先任の方々に、このおれのあいのちからをみせてあげようではないか……!

「B隊―――伊隅以下、風間、涼宮、柏木、ジアコーザ、ブリッジス―――CPは、ピアティフ中尉。
 開始は四時間後、13:00とする。時間に変更がある場合は追って連絡する。
 ―――以上だ。よし、B隊は付いて来い。作戦会議だ」

敬礼を交わし、B隊の面子は退出した。残ったA隊は、部隊長である速瀬中尉の言葉を待っていた。

「―――じゃあ、私達はPXにでも行きましょうか―――」





それぞれの手元にはグラスに満たされた飲み物。そして皆から等距離に大皿に盛られた柿ピー。
真面目な顔で席に着く古参達。

―――実にシュールな絵だね。手元にあるのがせめてビールならもう少し場も盛り上がろうってもんだが。

ちなみに、柿ピーは俺の独断である。

「さて、白銀。今日は歓迎会なんだから、主役はあんたよ。
 ―――なにか、策はないの?」

……やっべ。いきなり俺に振るのかよ。まさか、俺一人だけ貪る様に柿ピー食ってたのが御気に召さなかったとか……?
―――ハッ!? もしやピーナツだけ避けてるのが逆鱗に触れたのか……?

「―――だ、大丈夫ですよ? たくさんありますから、そうそう柿の種は無くなりません」
「そういう事言ってんじゃない!! な・に・か! 策を出せっつってんの!!」

速瀬中尉が爆発した瞬間、ドーゥル中尉と宗像中尉が腹を抱えて笑い出した。
どうやら、何かがピンポイントでツボを付いたらしい。

―――大丈夫か?この人たち。いきなり笑い出したりして……。

涼宮中尉は必死で笑いを堪えている模様。築地は、なんだか知らんがおろおろしている。
だが、まあ少しは盛り上がってきたようで何よりだ。

「策って言っても、まだ連携訓練すらしてませんからねぇ。
 ……俺が単独斥候やって、囮になるしかないんじゃないですか?」
「……随分自信ありげじゃない。あんたがすぐにやられちゃったら、お話になんないわよ?」
「まあ、五分くらいなら何とかなるかと思います。その間に、中尉方で撃ってくる敵を叩いてもらえればいいかと」
「……じゃあ、あんたは単独斥候の上、敵機を一機以上撃墜しなさい。
 出来なかったら、食事三回抜きの上、便所掃除よ」
「じゃあ、もし達成したらご褒美ください」
「ご褒美ぃ~?あんた、なにやらせる気よ……?」

……む、速瀬中尉が警戒している。そんなに過激な事をやらせる気は無いんだけど。

「―――すなっく・ヴァルキリーズ一晩限りの営業、というのはどうですか?
 もちろん客は一組だけですけど。
 まあ、早い話がきわどい衣装とウィッグ付けて、俺のお酌をして頂戴、ということですね。
 ……もちろんA隊の皆さんで。ああ、ドーゥル中尉もお客様としてお招きしますから楽しみにしといてください」
「上等じゃない……。 その話、乗ってやろうじゃないの……!
 ただし!私とあんた、撃墜数の多い方が勝ちよ!」
「ちょ、ちょっと水月!」
「え、えぇ~~!」
「ほう、なかなか言うじゃないか」
「俺まで誘ってもらえるのならば、これは白銀少尉を応援しないわけにはいかんな」

五者五様の反応。
うん、今夜が実に楽しみ。
本当なら俺以外の男など誘いたくはないのだが、これも宮仕えの悲しさか。





―――結果は上々。俺は最後まで敵の狙撃射撃を避け続け、おまけに2機撃墜というパーフェクトぶり。
旧OSだったからやや不安があったんだが、腕は鈍っていないらしい。
対する速瀬中尉は焦っちゃったのか、生存はしたものの一機も撃墜できず。
最終的に、A隊は俺と速瀬中尉が生き残り、B隊は伊隅大尉のみが生存して時間切れとなった。

「わははははは! 勝利の後のこの一杯。 実に癒されますよ、ねえドーゥル中尉?」

水商売風の、胸元が強調されたひらひらドレスを着た速瀬中尉の肩に腕を回し、対面に座るドーゥル中尉と杯を触れ合せる。
ふむ、おっさんもまんざらじゃないらしい。さりげに涼宮中尉の肩に腕なんか回しちゃってるし。

―――あんたもすきねえ……?

「ふっ……俺は、今日ほど新入りの入隊を歓迎した事はないぞ」
「ほら!ドーゥル中尉のグラスが空になってるよ。……まったく、気が利かないんだからぁ」

言いながら、反対側の手を多恵ちゃんの太腿に這わせる。

「くっ、調子に乗ってんじゃないわよ……!」

こめかみを引き攣らせながら酌をする速瀬中尉。

「も、もういやぁ~」

泣きそうになりながら身を竦ませる多恵ちゃん。

「ね、ねえ、もう充分でしょう? だからもう止めよう?」

上目遣いで懇願する涼宮中尉。

「このような格好もなかなか新鮮だな……」

割と動じていない宗像中尉。

「こ、これは癖になりそうだな……」

目尻が垂れ下がってるぜ、おっさん。だが、喜んでもらえたようで俺も嬉しい。





辺りに散乱する空き瓶の山、山。

「だからねえ!ど、ドーゥル中尉の話なんて、全然大した事ないですよぉ……!
 お、俺の初陣なんて、ペイント弾をマジで掃射しちゃった上に、小便まで漏らしちゃってたんですよぉ……?」
「わはははは。そいつは傑作だなぁ、おい! 栄えあるヴァルキリーズの一員がオムツの必要な餓鬼だったとはなぁ!!」
「お、オムツが必要なのはおたがいさまでしょ~~?」
「「うわははははは!!」」

ますます盛り上がる俺ら。
ますます涙目の女性陣。

うん、『おねがい、もうおうちにかえして……!!」と言わんばかりのその目!
た、たまんねぇぜえ~。

あれ?速瀬中尉が扉の方で何かごそごそやってる。
勝手に帰りはしないだろうけど、一応釘だけは刺しとこう。

「はやせちゅういぃ~~、そんなとこでなにやってんのぉ?
 かってにかえったらだめですよぉ?」

……速瀬中尉が、なんだか勝ち誇った顔してる。開き直って一緒にはじける事にしたのかな?
それなら大歓迎だ。

「ふふふ、白銀。―――あんたの天下もどうやら此処までのようね……!!」
「ん~? なにいってるんです…………え?」

速瀬中尉の背後から現れる女の子。
……なんだか……見覚えがないか……?

「武……良い身分だな……これが、お前の言っていた特殊任務か……?」
「ゆ、唯依タン……!」

よ、酔っているせいか……!?
唯依タンの背後に、なんだかどす黒いオーラが見える。

「……シェスチナが部屋を訪ねてきたんだ……。お前が、前後不覚になっていると……。
 もしや、病気か怪我かと思い慌てて駆けつけたと言うのに……!!」

い、イーニァめ、なんてよけいなことを……!

「たけるの……」
「え?」
「ばかぁ~~~~~~~!!」

きょうれつないちげき。
そ、そのかたな、しんけんとおもわせて、じつはたけみつなんだね。
どこからだしたのかまったくみえなかった……。
だ、だがきいたぜ……!!

俺は、かろうじて繋がった一本の意識の線を奮い立たせ、手を伸ばす。

―――めのまえの、だれのかわからないぱいおつをわしづかみにした。
―――ひびきわたるひめい。

そして、俺の意識はそこで途絶えた。

―――ねがわくば、めをさましたせかいが、いまよりもへいわでありますように―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第7話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:08
とーたる・オルタネイティヴ




第7話 ~こりないゆうしゃ、そのなはたける~



―2001年10月26日

―――身体を揺すられる優しい感触で目が覚めた。

「う~ん……、何だ……妙に頭痛がするぞ。それに、体が痛い……」
「おはようございます……、白銀さん……」
「たける、おはよう」
「……あ~、おはよう……」

目の前にはイーニァと霞、二人のちびっこ。なんだか、妙に二人の視線が冷たい。
……俺、何かしたっけ……?

「たける、おさけくさいよ……?」
「……酒……?」
「篁さん……怒っていました……」

―――っ!お、思い出したぞ。
昨夜、俺は実戦演習の後、A隊の面々と宴会をしていた筈だ。
この際強制だとか無理やりだとかどうでも良い。
とにかく俺は、彼女達をはべらし浴びるように酒を飲み……。
そして、いい加減出来上がった俺の元へ、唯依タンが……。

「な、なあ二人とも。今、唯依タンがどこにいるかわかるか……?」
「けさはまだみていないけど、たぶんへやにいるとおもうよ?」
「あ、ありがとう! それと、起しに来てくれてありがとな!」

―――やばいやばいやばいって!

俺は、慌てて部屋を飛び出した。なんだか知らんが制服のままだったのは都合が良かった。
それにしても、何たる迂闊……!なんで記憶が途切れているかは知らんが、早いとこフォローしないと漸く築く事に成功した良好な関係が全てふいになってしまう。





―――ええ、私はこのとき、全く覚えていなかったんです。
記憶の飛ぶ直接の原因となった、あの忌まわしき『ぱいおつ鷲掴み事件』の事を―――





「ゆ、唯依タ~ン。い、いるんだろ?
 あの~、出来ますれば、扉を開けてこの地を這う地虫にも劣る、ワタクシメの話を聞いて頂けるとありがたいのですが……?」

ギギィ~と、嫌な音を奏でて徐々に開かれる扉。そして、姿を現す我らが唯依タン。
下手なホラー映画など裸足で逃げ出す恐ろしさだぜ。

「……何のようだ、白銀臨時少尉殿……?
 私に構わず特務部隊の女の子達といちゃついていればいいだろう……?」
「は、ははははは……。き、機嫌悪いね、唯依タン。
 とりあえず、部屋に入れてくんないかなぁ~、なんて愚考する次第なんですが……?」
「嫌だと言っても入ってくるのだろう。……部屋に鍵はかけられないから……」

唯依タンが部屋の中に消える。俺は、とりあえず部屋に入る事は許してもらえたのだろうと判断して後に続いた。
彼女はベッドに腰掛けた。俺は、とりあえず床の上に正座する。
だって、隣に座れる雰囲気じゃないんだもん。

―――かみさまかみさま、あなたのしもべがぴんちです……!
なにか、きしかいせいのさくをさずけてください!
―――いいですか、しろがね。じぶんでなんとかするのです。わたくしはいそがしいゆえに。

か、かみは俺を見捨て給うたか……!
とりあえず、何でもいいから話をしないと!

「ね、ねえ。俺さ、昨日唯依タンが来てからどうなったのか覚えていないんだよね。
 それで、あれからどうなったのか教えて欲しいなぁ、なんて」
「……覚えていない……?」

あ、唯依タンのこめかみがピクッとなった。どうやら虎の尾を踏んづけてしまったようだ。

「……では、ひらひらの服を着た女性の肩に腕を回していたのは……?」
「あー、それはうっすらと覚えている、かな……」
「もう片方の手で別の女性の太腿を撫でていたのは……!?」
「覚えていますです、はい」

だって、出来上がる前の事だったから。
でも、なんか唯依タンの怒りメーターが凄い勢いで上昇しているんだが?

「では、武が気を失う寸前、……わ、私のむ、胸を鷲掴みにしたのは……?」
「お、覚えていません……」

というか、そんなことをしていたのか!?
―――なんとうらやましi、……いや違う、けしからんことをやってしまったんだ、俺よ!

「たけるの……」
「え?」
「っばかぁーーーー!!」
「ぐぼはぁっ!!」

この痛み、な、なんか既視感が。……そうか、こんな一撃喰らえばそりゃあ記憶も飛ぶってもんだろう……!
……というか、唯依タンよ。その本物と見間違わんばかりの竹光、どこから出した……?

―――意識が遠くなって行く。
……CP。あ、あとは任せた、ぜ……!!

―――遠くで、俺の名を慌てた風で、心配そうに呼ぶ唯依タンの声が聞こえたような気がしたが、既に答えるだけの力は残っていなかった―――





後頭部に感じる柔らかい感触。鼻腔をくすぐるほのかな香り。
―――俺は、ゆっくりと目を開いた。
視界に広がる唯依タンの顔。不安げに俺の顔を見つめている。
俺は、半ば無意識に彼女の頬に手を伸ばしていた。

「―――た、武、すまない……。やりすぎてしまった……」
「唯依タン……謝らないでくれ。……悪かったのは俺なんだから」
「……で、でも……!」
「……頼む……」

どうやら俺は、彼女に膝枕されているようだった。太腿の柔らかい感触が心地よかった。
唯依タンは、頬を撫でる俺の手を振りほどこうとはしない。
ただじっと、俺の眼を見つめている。
俺は、頬を撫でていた手を彼女の後頭部にそっと回した。そして、自分の方へと引き寄せてゆく。

俺の唇と彼女のそれが重なり合う。
先日の其れとは違う、触れるだけの口付け。
―――五秒、十秒……。

やがて、彼女の顔が俺から離れていった。彼女の頬は、薄く上気している。
数秒の沈黙の後、唯依タンがやや躊躇ったように口を開いた。

「あの、武……」
「……ん。なんだ?」
「こういうことを口に出すのは、非常に恥ずかしいのだが……。……その、出来れば私以外のほかの女性に、必要以上に親しくするのはやめて欲しい……」
「…………あ、ああ。わかった」
「…………」

……あれ?ついさっきまでかなりいい雰囲気だったのに、唯依タンのその白い目は何?

「今、返事を躊躇った……」
「な、何を言っているんだ!
 ―――うん、可能な限り、全力を持ってその言葉に従うことを約束する、と言う自分に不誠実であってはならない、という事を強く自覚する次第だぞ……!!」

やっべえ。一気に修羅場再突入だ……!
というか、今の俺の発言は何なんだ。言った自分でもどっちなのか分かりやしない……。

―――これが、政治家の必須スキルと言われる『玉虫色の答弁』というやつか……!
くそっ。……今ここで『約束する』と断言できない愚かな漢心を許してくれ、唯衣タンよ!

「……はぁ~~~、もういい。お前がそういう男だと言う事はよくわかった。
 その代わり、もし今後そのような行為を働いた場合、容赦なく『修正』するからそのつもりでいろ……!!」

―――それは、もしやあの『竹光』でばっさりとやる、とかそういう意味ですか……??

「―――返事はっ!?」
「い、イエス、マムッ!!」
「……よし。私はこれから訓練だけど、武は?」
「ああ、俺も一緒に行くよ。……今日は任務は無かった筈だから」

なんとか彼女と仲直りする事が出来たみたいだった。
尤も、これから先俺が何かやらかす度にあの強烈な一撃を喰らう事になるのかと思うと憂鬱だが……。

「と、ところで武……。その、いい加減立って欲しいのだが……」
「ん。後五分だ。」

そう言って、俺は膝枕された体勢のまま彼女の胸に手を伸ばそうと―――

「―――ぐがっ!!」

―――した所で強烈なエルボーを額に喰らい、悶絶する羽目になった―――





午前の訓練が無事終了を迎えた。俺達207B訓練分隊の面々は連れ立ってPXを訪れ、隅の一角を占領していた。
何のためかと言うと、無論のこと昼食を取るために。
俺を中心に、左側に唯依タン、右側にステラ。そして対面中央にクリスカ、左右をそれぞれイーニァとタリサが座っていた。

「それにしても、タケルって実は凄かったんだな! 訓練でも、全くばててないだろ?」
「それを言うならお前もだろう、タリサ」
「アタシは、ガキん時から鍛えさせられてたからさっ! でも、お前は違うだろ?」
「……まあ、いい男には謎が付き物だからな。そこらへんは内緒だ」
「だ~れがいい男なんだよ! バ~カ」
「……どうして、初日の訓練でわざと倒れこんでたりしていたの?」

横から、合成野菜炒め定食をつつきながらステラが尋ねてきた。

「そりゃ、目立ちたくなかったからだよ。あの時は、結局タリサが飛び跳ねてたおかげで走り込み追加されただろう?」
「……墓穴を掘って自滅したくせに……」

……ぼそっと呟かれる唯依タンの言葉が胸に突き刺さるぜ。
だが、その程度でヘコむ俺ではないっ!

「それはなあ。目の前に、あれだけのブツが三つも四つも揺れてたら、漢として無視するのはかえって失礼ってもん―――ダボァッ!」

―――くっ、ゆ、唯依タンよ。まさか神刀竹光・短刀バージョンまで隠し持っていたとは……!!
モロに脇腹を抉ってくれやがった……!

「……たける、どうしたの? かおがわるいよ……?」
「い、イーニァ。お、俺の顔は悪くない。 悪いのは『顔色』だっ……!」
「…………?」

ああもうっ。小首傾げちゃったりして可愛いなぁ、イーニァ。
あとステラ。隠れて笑ってんじゃねぇ!

「ぎゃははははは!」

タリサ……は、もう好きにしてくれ……。

「……と、クリスカ。どうした、さっきから全然食が進んでないな?」

この雰囲気が嫌だ、とか馴れ合いには付き合わないとか、そういう類の物とはなんか違う気がする。
……つーか、クリスカと秋刀魚納豆定食ってのもまたシュールだな。
不気味なほどに似合ってない。

「―――いや、何でもない……」

ほぼ手付かずの秋刀魚に箸を付けるクリスカ。
……ふん、超・紳士レーダーに頼るまでも無い。無理してるのが見え見えだ。
だが、彼女が隠そうとしている以上今此処で正すのは野暮と言うものか。
何しろ、俺は『エア・リーダー シロガネ』の異名を持つ漢だからな。
後で二人きりのときに聞き出して見せよう。





その後姿を見つけたのは訓練が終わり、晩飯を済ませて唯依タンの所にでも遊びに行こうかな、という時だった。
―――クリスカ・ビャーチェノワ、其れが彼女の名前。
いい具合に、傍にイーニァはいない。今頃、件の部屋で霞と共にいるのだろう。
俺は気配を消し、細心の注意を払いつつ彼女の真後ろへと近寄った。

クリスカは何に気を囚われているのか、俺に全く気付かない。

―――ならば、やるしかないか……定番の『アレ』を……!


「だーれだ?」
「…………」

……とことん馬鹿なのか、俺という奴は!?
彼女の目へと回す筈だった俺の手はなんと言ったらいいのか、その、彼女の持つ、凶悪なまでの破壊力を誇る漢にとっての永遠のパライソへと、伸びていたのだ。
ぶっちゃけ言えば、俺の両手は彼女のパイオツを鷲掴みにしていた。

……だ、だが、これは……!
この弾力、柔らかさ、大きさ。て、手が勝手に……!

「―――っ!!」
「げべらっ!!」

―――な、何と見事なワン・ツー。
俺のみぞおちを抉り、顎を下げさせ、最も効果的な位置へと繰り出されるアッパー・カット。
遠くなりそうな意識を必死で繋ぎ止める。

―――こ、此処で落ちたら昨日の二の舞じゃねえか……!

俺は辛うじて踏ん張る事に成功し、がたがたになった顎を押さえながらクリスカに話しかけた。

「す、すまんクリスカ。余りにも無防備だったから、つい……」
「……つい、で貴様は女性の胸を鷲掴みにするのか……?」
「いや、だからさ、俺が真後ろにいるのに、それでもお前が俺に気付かなくって、折角だからちょっと驚かせてやろうと思ったんだよ」
「……お前の言っていた『友好関係』とは、このようなことも含まれているのか?」
「も、もちろん! 俺と親睦を図るんなら、是非慣れてくれ!」
「……何と破廉恥な……」
「ま、まあ今後は控えるから許してくれないか。……それよりも、何か悩み事でもあるのか?
 随分ぼんやりしていたみたいだけど」
「い、いや……。大したことではない、と思うのだが……」

なんとなく歯切れが悪いな。表情から察するに、それほど深刻な風でもないんだが……。

「よし、場所を変えるぞ。……とりあえず、俺の部屋に来い」
「……ああ」

え、えらい素直だ。どうしたってんだ、一体?
これで、目を潤ませて頬を染めていたりしたら最高なんだが……。
まあ、どんな厄介ごとを抱え込んだかは話を聞いてみない事には判断のしようがない。
先程堪能した柔らかさの分は働く事にするか……。

―――この一件を切っ掛けに、俺はクリスカとイーニァを巡る、とあるごたごたに巻き込まれることとなる。
だが、このときの俺にそれがわかる筈もなかった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第8話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:10
とーたる・オルタネイティヴ




第8話 ~かたゆでたまごなんて、がらじゃない~(前編)



俺は、クリスカを引き連れて自分の部屋へと戻ってきた。
正直な話、呆れればいいのか、それともやはり深刻な事態なのか、俺は態度を決めかねていた。

「……視線を感じる、だって……?」
「ああ、正確には、むしろイーニァをより強く見ているような気がする。
 ……ねっとりと、絡みつくような視線なのだが……」
「く、くそっ。俺のイーニァに、俺の許しも無くそんな汚らわしい視線を向けたと言うのか……?―――どこのどいつだ!?」
「イーニァはお前のものではない!……いや、むしろ犯人はお前ではないのか?」

―――む。前科があるだけに耳が痛い。
だが、もしもそれが俺の視線だというのならば、それは優しく、包み込むかのような、慈愛に満ちたものとなる。
そこらの一山いくらの変態と『かみとあいのせんし』を一緒にしてもらっては困るというものだ。

「何を馬鹿な……。俺は、隠れてこそこそ覗くような真似はしない。常に真っ向勝負だ」
「胸を張って言う事か!」
「……ふむ……」
「な、なんだ。その目は」
「いや、クリスカも突っ込み役が板に付いて来たな、と感心していたんだ。
 ―――初めて会った時から素質があるとは思っていたんだけどな……。
 その調子でがんばれよ?」

にやりと笑い、彼女に向かいサムズアップ。

「……帰る。……邪魔したな」
「まあ、待て待て、頼むから帰るな。軽いジョークだから。……それで、イーニァはまだ気付いていないのか?」
「……ああ。視線を感じるのは訓練中だからな。体を酷使する訓練中に、能力を使う余裕は彼女にはない」

『話す事より見ることのほうが楽だなんて思うな』……霞の言葉だったな。
……やはり、イーニァにも相当の負担が掛かっているんだろう。

「今のところ、実害はないんだな?」
「……今のところは、な」
「……よし。とりあえずお前らは、明日は普段どおり訓練に出てろ。俺は、副司令絡みの特殊任務ということにして探ってみる」
「お前だけに任せておくわけには―――」
「クリスカ」

俺は、クリスカに最後まで言わせず、強い口調で遮った。

「お前さんの任務は、イーニァの傍に付いて、離れない事。―――だろ?」
「―――くっ。……了解した」

まだ納得はしていないみたいだな。……まあ、クリスカの性格からしてこうなるだろうとは思っていたんだが。

―――正直なところ、この『狩り』は少々危険なのだ。
例えば仮に、視線の正体が単なる覗きの変態だったとしよう。だが、此処が軍施設である以上、そいつは『人殺しの技術を習得した変態』である可能性が高いのだ。
207Bの彼女達は良い素質を持っている。いずれは、生身にしろ戦術機にしろかなりの戦闘力を得るはずだ。
しかし彼女達は未だ未熟な訓練生。正規兵を相手に生身で闘り合うのは少々荷が重いだろう。
俺にしてみたところで、余裕綽々という訳には行かない。
仮に相手が複数だったりした場合、相当危険な目に遭う可能性もあるのだ。

―――とりあえず、夕呼先生のとこ行って拳銃を確保して置かないとな……。
あとは、唯依タンに頼んで剣術の訓練もやっておく必要がある。以前の経験の中には月詠さんや冥夜に手解きを受けた剣術もあるのだが、やはり腕は鈍っているだろうから。
―――やれやれだな。やはり、女の子ばかりにかまけていられる都合の良い世界など無いらしい。

おっと。……俺としたことが、どうやらシリアスに浸りすぎたらしい。さっきからクリスカが怖い顔でこっちを睨んでるじゃないか。

「白銀……、一つ疑問がある。……何故お前は、私達のためにそこまでする……?」
「お前もイーニァも、いずれは俺のものになるんだからな。……自分の女を護るのは漢として当然だ」
「―――っ!」
「―――おっと」

クリスカの放つ、鋭い拳。だが俺はそれを難なく受け止めた。

―――ふん。残念だが、今は俺のターンだ。ここで一撃喰らってしまっては流石に立場が無いというもの。

逆に、俺は掴んだクリスカの拳を強引にこちらに引き寄せる。そして、俺の胸に飛び込んでくる格好になった彼女の腰を左腕で固定した。

「……おいおい。拳じゃなくって、折角なら御礼をしよう、あるいは報酬を渡そうって気にはならないか?」

互いに、吐息のかかる距離。俺は、クリスカに囁いた。

「……報酬?……何をすれば良いのだ……?」
「この状況でダンスの練習も無いだろう。……おまえの、身体が欲しい」
「―――?……すまないが、言っている意味がわからない」

俺は、思わずクリスカの目を見つめてしまった。
『真顔でボケるとはやるじゃないか……』とでも言ってやるつもりだったのだ。

―――だが、どうやら、『振り』では無さそうだった。彼女は、本当に『解っていない』のだ。
まだ見ぬソビエト軍幹部に、俺はこの時初めて、殺意にも似た怒りを抱いた。
クリスカと、おそらくはイーニァも、この歳になるまでおよそ人らしい情緒を全く教えられることなく生きてきたのだ。―――いや、『生かされてきた』のか。

「その、怒らせてしまったのなら謝る。……本当に解らないのだ。お前の言うとおりにするから、教えてくれないか……?」

クリスカの真剣な、訴えかけるような目。―――だが。
俺は、彼女の身体をそっと離してやった。

「いや、今は止めとこう。……すまなかったな」
「―――待ってくれ。頼む、どういう意味なのか教えてくれないか。それを知らないのはおかしな事なのだろう……?」

―――さて困った。どうしたものか。『据え膳喰わぬは~』などという言葉もあるにはあるが、世の中、喰ってしまう方が遥かに恥、という事もあるのだ。
今回は明らかに後者だろう。

「……なら、目を閉じろ」
「……あ、ああ……」

目を閉じたクリスカに、俺はやや強引に唇を重ねた。
―――数秒で、そっと離れる。

「……どうだった?嫌な気分になったか?」
「いや……そんな気分にはならなかった」
「じゃあ、今のを初対面の中年男にされていたら?」
「そ、それは正直、鳥肌が立つ……」
「なら、今はそれだけで良い。……この続き……お前を貰うのは、お前が心底俺に惚れてデレデレになった時だ」

俺は踵を返し、扉へと向かった。
そして、ドアノブに手を掛けた所でクリスカに呼び止められた。

「白銀、……どこへ行く……?」
「とりあえず夕呼先生のところかな。……その後、唯依タンのとこにでも顔を出すさ」
「……そ、その、お前は、今私にしたことを、タカムラにもしているのか……?」

―――クリスカの不安げな顔。
……こいつの、こんな表情を見られただけで、多少は危険な事にも首を突っ込んでやろうという気になる。

「……ああ。彼女も、俺のものだからな」
「……そ、そうか……」
「―――お前が今抱いている感情。……嫉妬ってやつさ。覚えておくと良い……」

俺は、呆然とした面持ちで佇むクリスカを置いて、部屋を出た。
部屋の中には見られて困るようなものなど置いてはいないし、どうせクリスカもすぐに部屋を出るだろう。
久しぶりのシリアスモードをやったせいか、顔面が少々引き攣り気味だ。あと、何より気疲れした。

―――この疲れは、やはり唯依タンに癒してもらうほかあるまい……!

いや、その前に剣術の手解きをしてもらわないといけないんだけどね。
そうと決まれば、早速夕呼先生のところへ行って拳銃を借りてこよう。





無事に夕呼先生から拳銃を拝借し、その足で俺は唯依タンの部屋を訪ねた。

「ゆ~い~た~ん、あ~そ~ぼ~!」

ノック代わりに、部屋の外から大声で呼び掛けてみた。部屋の中から、何かをひっくり返したような音が響き渡る。
そして、慌てたようにこちらへ向かってくる足音。
―――扉が、勢いよく開かれる。

「ば、ばかっ!そんな大きな声で呼ぶやつがあるか……!」

うん、その照れ怒ってる顔が見たくてやったんだ。
嗚呼……! 引き攣り気味の顔筋が癒されてゆく……!

「唯依タン唯依タン、今からお外で遊ぼうぜ!」

この場は、お子様のノリで突っ走ってみよう。
さあ、唯依タン! ノッて……は来ないだろうな、うん。分かってはいるんだが。

「……正気か……?」
「もちろん。 正気と書いてマジだ! だから、お外でちゃんばらごっこやろうよ」
「……それはつまり、私に剣を教えて欲しい、とそういうことなのか……?」
「まあ、そうとも言うかな」
「……はぁ……。わかった、今準備して来るから待っててくれ……」

呆れながらもちゃんと付き合ってくれるあたり、面倒見が良いというか人が良いというか。
けど、そういう所も可愛い、と思えてしまう辺り俺は相当彼女にやられているらしい。

―――だが、すまない唯依タン……!『きょくとうのたねうま』たる俺様は、君一人に愛を注ぐ訳にはいかんのだ……!!

「―――ま、待たせたな。今準備が終わった」

息が上がっている。……そんなに急がなくても良かったのに。

「よし、それじゃあ行こう!」

―――恥ずかしがる彼女の手を無理矢理とって、『おててつないで~』とやっていたのは内緒だ。
そして、道中多くの人にそれを見られ、ノリの良いヤツに『カノジョとデートか、ボーイ!?』などと冷やかされたのも。
もちろん、俺はその黒人兵士ににっこり笑顔で手を振ってやったわけだが。

『ピ』のつくなんとか中尉にばっちり目撃されていたような気もするが、それも気にしない。
そう、例えそのなんとか中尉のおかげで、明日ヴァルキリーズ全員の知る所となろうとも。

―――気にしないったら気にしないのだ―――





薄々感じてはいたことだが、どうやら唯依タンは刀を持つと人が変わるらしい。
いや、精神のスイッチが切り替わると言えば良いのか?とにかく、普段の『からかい甲斐のある女の子』の表情は一切鳴りを潜め、凛とした一人の剣士の姿がそこにあったのだ。

―――唯依タンは、本当に強い。

とにかく俺は月詠、冥夜じるしの剣術を封印し、これまで磨いてきた我流で剣を振っていた。
だが、それでは精々十数合打ち合っただけで呆気なく一本取られてしまうのだ。まあ、これが数百年積み重ねた流派の重みと言う奴なのだろう。
おかげで、鈍っていた腕の方も大分取り戻したような気がする。この世界では、生身での戦闘技術が必要とされる事などほとんどないため、必然的に訓練のウェイトも軽くなってしまうのだ。
今後何時、クリスカの件のようなごたごたが起こるとも分からない為、やはり定期的に訓練はやっておいた方が良いのだろう。

―――訓練を終え、俺と唯依タンは手近な芝生に座った。
火照った身体に秋風が心地良い。

「……武……、お前は、不思議な男だな……」
「……いきなり、何だ?」
「……初めて会った時、私は『何なんだ、このふざけた男は』と思ったんだ……。
 それなのに、気付いてみたらお前は私の心の大きな部分を占めていた……。
 そうなってから改めて見てみると、お前は本当はとても優しく、そして傷つきやすいのではないか、と思えてきたんだ……」
「……勘弁してくれ……。俺はただの女好きだ。
 俺が優しく見えるのは、『女の子と仲良くなりたい』っていう下心を上手く隠しているからだよ……」
「―――ふふ……」
「……なんだよ?」
「もう一つあった。……本当は、とても可愛い」
「―――勝手に言っててくれ。……汗も引いたし、もう戻るぞ」

俺は彼女を待たず、さっさと歩き出した。
全く、今日は厄日なのか?ガラじゃないってのに、どいつもこいつも軽い雰囲気をマジに変えてくれる。

―――ねえ、かみさま。ぼくってそんなにわかりやすいのですか……?

―――なにをいまさら。……あなたのまわりにいるおんなのこたち。すべてあなたの、ぎゃぐとしりあすのぎゃっぷに『もえている』としりなさい……!

……『ほほほほほ』と高笑いする幻聴が聞こえたような気がした。
かみさまよ。そいつは正直、ぶっちゃけすぎだと思うんだがどうだろう?
それに、『もえ』はないだろう『もえ』はよ……!!





―――俺一人がどんなに泣き、叫び、喚いてみても世界はどうにもならない。
だったら、為すべき事を為した上で、肩の力を抜いて一日一日を精一杯楽しもう。
そんな風に思うようになったのは何時の事だったのか―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第9話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/09/26 00:09
とーたる・オルタネイティヴ




第9話 ~かたゆでたまごなんて、がらじゃない~(後編)



数多のループを経験し、その間に付き合った女は数知れず。泣かせた女は両手の指じゃ数え切れない。
そんな俺には、数多くの異名が存在する。いい機会だから、ここらで一つ整理してみようと思うわけだ。
無論、今自分が覚えている分だけ、なのではあるが。

―――自分で勝手に付けたんだろう、なんて野暮な台詞は聞く耳持たない。
他人がそんな呼び方してるの聞いた事ない、なんて台詞も禁止だ。





まずは、『超・紳士』だ。
読んで字の如く、並みの紳士を遥かに超えた伝説の紳士。
鍛え抜かれた心眼による女の子の感情把握を始め、多くのスキルを備える。
別に怒りによって覚醒したり髪が金色になったりはしない。……念のため。

次に、『あいとかみのしもべ』
俺が、自称『かみさま』だとかいう、訳のわからない電波と交信出来る事に気付いたのは何時の事だったか。
多分、前世の因縁とかそんなあれこれがあったんだろう。……でないと、俺が『しもべ』だとかの理由がわからん。
例え『かみさま』であろうと、こと女性関係において俺が下位につくなどありえないのだから。
ぶっちゃけ、俺が女の子の尻を追い掛け回すようになったのは『かみさま』のせいなんじゃないかと思っている。

『国連軍横浜基地のラヴ・ソルジャー』
直訳すると『愛の兵士』だ。……何時如何なる時も慈愛の精神を忘れない(女の子限定で)、俺にふさわしい異名だと思う。
別に、闘り合う突撃級との間に愛が芽生えたとか、そんなんじゃない。
『愛すべき兵士級』などと抜かした奴は三日ばかり腰が立たなくしてやった。……女の子的な意味で。

『ラヴ・サーヴァント』
Servantと書く。日本語では『召使』だ。
『愛の召使』……いや、意訳して『愛の奴隷』と言うべきなのか?
決して逃れられぬ、愛という名の宿命を背負った漢……。うん、カッコいい。

『エア・リーダー』
……空気のような、いてもいなくても一緒の隊長。……ではない、断じて。
『空気を読む者』という意味だ。別に天気を占ったりもしない。

最後となるが、『きょくとうのたねうま』
『種馬』だからと言って、実際に稔らせてしまった訳ではない……と思う。……おそらく。
この俺様、種をまいても実をつける様なへまはしない。……例外は無かった筈。
だが正味の話、ただでさえ適齢期の男の少ないこの世界。
それが、競争率の激しい『衛士』で、しかもそれが『エース』と来れば、これはもうシンジケートを組んでも儲かるんじゃないか、と思うんだがどうだろう……?





まったくもって、どれもこれも素晴らしい異名だ。
どんな堅物でも、これらの名前を聞けばたちどころに俺の偉大さを悟り、平伏すだろうというもの。

―――と、まあ何故このような与太話を始めたのかというと、……ぶっちゃけ暇だったからだ。
俺は今物陰に隠れて、訓練に励む207Bの女の子達を鑑賞―――いや、見守っている。
『セクハラするなら正々堂々、真っ向勝負』を信条とするこの俺様が、何故このような覗き魔紛いの事をしているのかというと……、無論、昨夜のクリスカとの約束である。
こうして物陰に隠れ、噂の『変態』の登場を今か今かと待ち構えているのだ。

―――だが、こうやって隠れて覗きを働く、という行為もこれはこれでおつな物だな。
なんだかこう、いけない気分になってきてしまう。
まだ見ぬ敵の気持ちが、ほんのちょっぴり解ってしまった。
感謝の印に、ほんの少しだけ手加減してやろう。

それにしても、彼女たちの揺れるぱいおつに宇宙の偉大さを噛み締めつつ周囲に気を配る俺は、何というハードボイルド。
この姿を見れば、女の子達も俺に惚れ直すというもの。
特に意味も無く懐に忍ばせておいた愛銃『H&K USP』を構えてみたくなるというものだ。





―――視界の片隅で不自然な揺れ方をする茂み。

ようやく出て来てくれたらしい。俺は、気配を殺して茂みの後ろに回りこみ、ゆっくりと近づく。
その男は、望遠レンズ装着のカメラを両手で構え、グラウンドに並んで立つクリスカとイーニァを激写している。
この変態が、彼女たちのあんな姿やこんな姿を視姦しているというのか……!
とりあえず、フィルム没収は決定した。俺が後日、有効活用してやろう。

男の襟首を掴み、うつ伏せに引き倒す。同時に、男の両腕を極め、身動き取れないようにしてやる。

「あ~、とりあえず、抵抗するな。……んで、ここで何やってたのか話してくれるとありがたい」
「き、貴様……。 私は現在、特殊任務の遂行中だ! 邪魔をすれば、どうなるかわかっているんだろうな……!?」

……特殊任務はないだろ、特殊任務は。正直、力が抜けそうになった。
大体そんなおいしい任務、ホントにあるなら俺の仕事だ。

「そんなら、所属と姓名を名乗れよ」
「ぐっ……」
「とりあえず、お前さんが覗き魔だということは了解したけど、目的は何なんだ?」
「…………」

まあ、こんな聞き方で洗いざらい話してくれるんなら、拷問技術なんていらないよな、と思ってしまうんだが。
手っ取り早い方法として、目隠ししたこいつを霞とイーニァの前に引き出して『過去の恥ずかしい話』を暴露する、という物があるんだけど。
……流石に可哀想だ。いや、こいつではなく霞とイーニァが、ね。

さて、捕えはしたものの、どうやって話を聞きだしたものか。俺とて、拷問テクニックの一つや二つは持っている。
とは言え、こんな面白おかしいやつにそんな事をしてしまうのは気が引ける。

―――と、中途半端に捕縛したまま迷っていたのがいけなかったのか、男は極めていた腕を無理矢理振りほどき、カメラを捨てたまま逃走に移った。
無茶をするものだ。おそらく、その腕は暫く使い物にはならないだろう。
男は更に驚いた事に、動かない筈の腕を使ってなにやら通信している。
『……任務は失敗……』とか、『―――増援を―――』なんて声が、途切れ途切れに届いた。
そして、その通信機をも捨て、更に男は逃げる。

やがて、男は基地の外れの袋小路で立ち止まった。こちらが追い詰めた格好だが、明らかに誘われたのだと解る。
果たして、後ろからぞろぞろと、徒党を組んだ変態チックな男達が退路を塞いできた。
恐れていた最悪な事態。新たに現れた変態共は5人。
見たところ銃は持っていないようだが、手にしているのは刃渡り20cmは下らない軍用ナイフ。

「―――ふははははは。……驚いたぞ。この『VOM団』をここまで追い詰めるとはな……!」
「ふははははは」×5

……いや、俺何もしてないし。訳解らんな、コイツらのノリは。
それに、『VOM団』って何だよ……。
ともすればずっこけそうになる気分をどうにか奮い立たせ、俺もナイフを構えた。

「ふ、副長……!こいつ、やる気みたいですよ……!!」
「びびるな。もうじき団長も此処へ来る。俺達は、それまでの時間稼ぎだ……」
「おお!団長が!」
「へっ、これで怖いものなしだぜ!」

目の前の『副長』と俺が捕え損ねたカメラ男は、どうやら整備兵らしかった。つなぎを着て、油汚れがこびり付いている為嫌でもわかる。
何というか、『副長』の長めの金髪がうっとおしい。

「……それで、どうするんだ? こちらの不利だが、『短刀を使用した模擬戦闘』にでもしゃれ込むか……?」
「慌てるなよ……。……単刀直入に聞くぜ。お前、俺達の仲間にならないか?」
「…………」
「6人も相手にしてその度胸。おまけに、見たところ相当遣えるみたいだな……?
 ……『団長』も歓迎する筈だ……」
「……変態一味の仲間になりました、なんて俺の女に知られたら殺されてしまうんでね……。
 遠慮させてもらうさ」

『俺の女』の辺りで騒ぎ出す雑魚A~E。何なんだよコイツラは……、さっきから俺のやる気を削ぎやがって。

「副長!こ、こいつ女持ちです!」
「仲間になんて認められません!」
「女持ちは死んでしまえ……!!」

何となく、むかっ腹が立ったので無造作に間合いに飛び込み、雑魚ABCを拳で昏倒させてやった。

―――あ~、もう!
蛙みたいにひっくり返ってピクピクしてんじゃねえ……!!
あれか?マジになったら負けだと思ってる、とかそんな連中なのか!? 折角シリアスやる気になってんだから空気読めよ!!

―――CPよりフェチ01、こいつらは『ガイキチ』だ……! TPOに合わせた対応を忘れるな……!!

……何? マジになってる俺が悪いの……?
もしかして、空気読めてないのは俺のほう? ……この『エア・リーダー シロガネ』ともあろう者が?

「―――部下達が世話になったようだな……」
「団長……!」

ようやく登場する黒幕。俺は正直うんざりしていたが、変態共に倣って右手の塀の上に視線を向ける。
半ばやけくそなのは察して欲しい。
……大体、塀の上に登場という時点でアレな匂いがプンプンしてる。

「……やれやれ。ようやく親玉の登場…………か??」

声だけではわからなかった。……だが、その肩口まで届くウェーブのかかった黒髪、悪戯っぽい目。

「……何やってんだよ……ジアコーザ少尉……」

―――そう、噂の『団長』は、我らがヴァルキリーズの栄えある強襲掃討、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉その人だったのだ―――





どうやら、金髪の整備士、『副長』は名をヴィンセント・ローウェル軍曹と仰るらしい。
そして、『団長』ヴァレリオ・ジアコーザ少尉。
『VOM団』とは、『ヴァレリオ・ジアコーザ、ヴィンセント・ローウェルと共に女の子を愛でる団』の略称らしかった。
団長、副長を合わせて『ダブル・ブイ』とかもう……!
なんというか、色々と力の抜ける話なのである。どこから突っ込んでいいのかも解らない。

「それで、なんでまたこんなパパラッチ紛いのまねを……?」
「いや~、それが話せば長くなるんだが……」
「いや、じゃあもういい」
「て、てめえ……!」
「とにかく、あの訓練生達は色々とやんごとない事情で他人の悪意ある視線に敏感だから、金輪際こういうまねは止めてくれ」
「へえ~、言ってくれるじゃないか。……誰が本命なんだ?」
「全員だ」
「……なに? すまん、よく聞こえなかった。……もう一度言ってくれ」
「だから、全員だ。―――あそこにいた5人、全て俺のもの。
 ……手を出したら、サクッといっちゃうからそのつもりで」

沈黙。ヴァレリオとヴィンセントは顔を見合わせている。
そして雑魚共はプルプルと震えている。……大丈夫か?

「ゆ、ゆるせん!」
「我々が!」
「数少ない筈の男でありながら!」
「一人さびしく右手を恋人としているのに!」
「その罪、万死に値す―――」
「……黙れ……」

とりあえず、みぞおちに一発ずつお見舞いして雑魚A~Eを悶絶させた。

「ハハハ……、OK。あの子たちには手を出さない。
 ……だが、交換条件だ。―――今日から、お前は我ら『VOM団』の参謀長となる」
「……おい、俺は断ると―――」
「まあ、待てよ。俺らの活動内容を知れば、きっと気が変わるって……!」





―――『活動内容』について語るのは、今は止めておこう。
だが、これだけは言える。

―――俺は、お前達を誤解していた……!

気が付いてみれば、俺、ヴァレリオ、ヴィンセントの三人は『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ関係になっていた。
『朋友』と言っても良い。
桃の木の下で杯を片手に『義兄弟の契り』を交わしたかどうかは秘密だ。
というか、コイツラと一緒に死ぬ、というのは流石に遠慮したい。

まさかこのような結末が待っていたとは、かみさまだって予想できなかったに違いない。
俺は今、クリスカを巻き込まなかった己の英断に心の底から感謝していた。

―――しつぼうしましたよ、しろがね……。あなたともあろうひとが、こんなへんたいしゅうだんのなかまいりするとは……!

―――まあ、そういわないでよ、かみさま。そう、ぼくは、こいつらのかんしやくなんです! こいつらが、いっせんをこえないようにだれかがみはっていないと……!

―――CPよりHQ、CPよりHQ! フェチ01は敵の手に落ちた……!至急増援を!





―――遠くで、今や希少種となったカラスの群が鳴いている。
その切なげな鳴き声が、まるで俺達の荒ぶる魂を鎮めるレクイエムであるかのように心に染み入るのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第10話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/09/28 18:10
とーたる・オルタネイティヴ




第10話 ~えろはまじめにおだやかに~



PXにて『VOM団』の入団式を終えた俺は、その足でESP三姉妹がいるであろう脳みそルームへと向かっていた。もちろん、クリスカに任務完了の旨を報告するために。
それにしても、今回の任務は俺にとっておいしすぎたような気がする。

まずは、カリスマ変態集団『VOM団』とのコネクション。
連中の情報網はなかなか侮りがたく、なんと基地内の『上玉』とされる女の子ほぼ全てを網羅してしていたのである。
俺は、『参謀長』の名の元にその情報を入手するという名誉に預かれたのだ。
尤も、例の愛すべき手下共のために適当な女の子を斡旋してやらなければならない、という重責も同時に担ったのであるが。
正直、超・紳士たる俺様といえど、頭の痛い話である。

……男の少ないこのご時勢で、それでも尚女に不自由する手下どもの哀れさを思うと、目頭が熱くなろうというものだ……。

次に、クリスカの中での俺の株急上昇。
思えば昨夜の彼女の様子。アレは、あの嫉妬には正直グラッと来たのだ。
格好つけて立ち去ったりせず、素直に頂いておくべきだったかと何度も後悔したし。
いや、あの場でのあの行動は正しかった、という事はわかっているのだが。
まあ、時間はまだある。焦らず、じっくりと行くべきなんだろう。

―――その方が任務達成時の感動も大きいというもの……!





「―――おいーっす! 三姉妹たち、俺が恋しくて泣いたりしてなかったか~?」

……うん? 俺が入室した途端、ビクッと慌てふためいている。
怪しすぎて、思わず笑ってしまうじゃないか。

「おい、お前らなに慌ててるんだ? 怪しすぎるぞ」
「な、なんでもない……! お前には、関係のないことだ!」

クリスカよ、語るに落ちたな。今、喋る直前に霞とイーニァに目をやったのを俺ははっきりと見ていた。
大方、口止めでもしたんだろう。

―――だが、知るがいい俺の真の恐ろしさを……!

「……霞……」

脳裏に思い描くは『お仕置き』の数々。ぶっちゃけ、ハードすぎて言葉ではとても語れない。
同時に、喋らないとこうなるかもね、というメッセージを贈ってやる。

……効果は、絶大だった。
霞のうさみみ風ツインテールがピョコンと直立し、座った体勢のまま数cmほど宙に跳び上がった。
同時に、瞬時に赤面しぶるぶると震えていらっしゃる。

「……霞、教えてくれるね?」

にっこりと微笑んだ。多分霞には、魔王の舌なめずりに見えたに違いない。

「クリスカさんに白銀さんのこと聞かれて……、……知っている事を教えてました……」
「いい子だ……」

ご褒美に、霞の頭を撫でる。

「どうせ、やれジゴロだの変態だのって、碌でもないこと吹き込まれたんだろ?
 クリスカ、言っておくが信用するんじゃないぞ」
「い、いや……。私が聞いたのは……」

何やら様子がおかしい。それに、さっきからしきりにイーニァの方を気にしていた。

「……もしかしてイーニァ、『あのこと』喋ったか?」

あのこと、というのは初日にイーニァと鉢合わせして、リーディングされた時の事だ。

「うん、……はりせんぼん、のませるの……?」

縮こまって怯えた様子のイーニァ。
まあ、今更クリスカに知られたからといってどうなるもんでもないんだけど。

―――とは言え、やはり約束は約束。ここは心を鬼にして『お仕置き』を敢行せねばな……。

「ああ、約束を破る悪い子にはお仕置きしないとな。……こっちへ来なさい」

怯えながらも、とことこと近寄って来るイーニァ。

―――俺はおもむろに両手を伸ばし―――

イーニァのパイオツを両手でふにふにと揉んでみた。
その幼い容姿とは裏腹に、ちゃんと育っているところが素晴らしい。

―――揉む事暫し―――

……嗚呼! やや小振りなれど、その揉み心地の素晴らしき事、正に失われし理想郷……!
始めきょとんとした顔で揉まれている自分の胸を見ていたイーニァだが、だんだん頬が上気してきて吐息も怪しくなってきた。

―――だが、俺は気にしない。だって、霞もクリスカも突っ込んでくれないんだもん。
こうなったら、どこまでいけるか試して見ようではないか。

―――揉む事、更に暫し―――

俺は、持てる技術の全てを費やしてイーニァのパイオツを揉み続けていた。可哀想に、イーニァは既に立っていられなくなったのかペタンと座り込んでいる。

……というか、やばいです。何がやばいって主に俺の理性とか自制心とかアレのソレな事情とか、そんなやつが。
い、いかん……。 このままでは、俺様の『自主規制リミッター』が……!

「―――あ~、もうっ! クリスカ、霞! お前ら、いい加減突っ込めよ……!
 歯止めが利かなくなっちまうじゃない―――か??」

遺憾ながら己の負けを認め、二人のスルーに文句を言ってやろうと俺は振り返ったのだが……。

―――なんで、みなさんイーニァとおなじひょうじょうでへたりこんでいらっしゃるのですか……?

「―――くっ、い、イーニァの感覚が、な、ながれこんできて……」
「……からだが、熱いです……!」
「…………」

目の前に広がるパライソ、こいつはいったいなにごと?
荒げる吐息、上気した頬、内股でペタンと座り込む扇情的なかっこう。
しかもソレが三人分……!
な、なんということだ……! ESPにこんなつかいみちがあったなんて……!

―――ソビエトの研究者共はなんと素晴らしい仕事をしてくれたのだ……!

―――かみさま、ぼくはもう、じゅうぶんにがまんしましたよね……?

―――おすきになさい。……このへんたい……!

むう、かみさまはどうやら、いまだにごきげんななめなごようす。
こころない『ことばのぼうりょく』がぼくの『ぴゅあ・はーと』につきささるぜ。

―――CPよりフェチ01! あれほどTPOを弁えろ、と言った筈だ! お前は『この部屋』で出来るのか? ぶっちゃけ私には無理だ……!

……CPが地を出すなよ……。このエロ助め……。

このまま暴走モードに突入しても『おk』な雰囲気ではあるが、流石の俺様もこの部屋で其処まで行ってしまうのは気が咎める。
それに、なんとなくこの部屋でだけはまずいような気がしてならない。
なんというか、そう……出撃直前に結婚宣言をしてしまうような、そんな危険な香り。

―――くっ! ひ、退くしかないというのか、この俺様が……!

―――俺は、もはや自分の意思を越えて稼動を続ける『荒ぶる御魂(両手)』を渾身の力で鎮めにかかった―――





「さて……、言い訳があれば聞こうか……」
「……お互い、いい思いしたんだしこれで『痛み分け』という事―――にべらっ!」

し、神刀竹光・スペツナズナイフバージョンとは……! 最近、この基地ではこんな玩具がブームなのか……?
み、みぞおちが馬鹿みたいだ……。

床の上に正座し、悶絶する俺の前には大魔神と化し、仁王立ちしたクリスカ。そしてその陰に縋り付き、涙目で隠れるイーニァと霞。
なんとかしてクリスカの怒りを逸らさないと、俺はまたこの世界から旅立つ羽目になってしまう。
ぶっちゃけ、なんで俺のことを二人に尋ねたりしていたのか、なんて聞ける雰囲気ではなかった。

「そ、そうだ! クリスカ、例の仕事、無事終わったぜ。きっちり話を付けてきたからもう大丈夫だ……!」
「―――な、なに? もう終わったのか?……イーニァ、霞、……私は白銀と少し話がある。
 もし遅くなったら、部屋に戻ってくれるか……?」
「うん、わかった」
「……いってらっしゃい……」

とりあえず、俺とクリスカは同じフロアにある手近な部屋を借りる事にした。
要は、密室に二人きり。
何と都合の良い事か、ご丁寧にソファまで完備している。

―――むう、否が応でも期待が高まろうというものではないか……!

「……それで、例の視線は一体何だったのだ……?」
「単なる覗きの変態。きっちり痛めつけてやったし、これでお前等が被害に会うことは無くなった筈さ」
「そうか……。イーニァと霞に何かある前に片付いて良かった……」

穏やかな微笑。
それで、解ってしまった。こいつは、本当に二人の事が大事なのだ。
それこそ、我が身と引き換えにしても構わないと思ってしまうほどに。

……だが、クリスカが己を犠牲にしても二人を守るというならば、彼女自身の身はどうするというのだ。
クリスカが傷付いて、最も悲しむのはあの二人。それすらも、そんな簡単な事にも気付かないというのか……?

―――だったら、俺が守ってやるさ……。

そう、思い至れば単純な事。クリスカが自分を埒外に置くというなら、俺がこいつを守ってやればいい。
彼女に襲い掛かるであろう全ての不幸と災いから。

―――だが、俺も人のことを言えた義理ではないようだ。
彼女たちに何かあった場合、俺も自分の身など顧みないだろうという事を自覚しているのだから。

「……報酬を……渡さないといけないな……」
「……言った筈だ。無理矢理やる気は無いってな……」
「昨夜の言葉の意味……、霞に教えてもらった……。……意味はわかっている、と思う……」

―――いや、妹に性教育を受ける姉の図、というのはかなりアレな気がするんだが……。

とは言え、これ以上言葉を重ねる事に意味は無い。
俺はやや乱暴にクリスカを抱き寄せ、唇を奪った。
先日のそれとは異なる、舌を絡める濃厚な接吻。

暫くの間、彼女を味わい尽くす。

「そ、その……ここでするのか……?」
「ああ。……いやか?」

唇を離した俺に、クリスカが潤んだ瞳で問い掛けてきた。
俺は、彼女に微笑みかけ、優しく答えてやる。

「い、いや……シロガネが良いのなら構わない……」
「タケルだ……」
「……え?」
「俺のことは、これからは『タケル』と呼べ……」

―――俺は、クリスカを抱き上げ、傍らのソファに寝かせてやる。
そして、彼女の身体を包む野暮な制服に手を伸ばした―――





―――少しの間、俺はまどろんでいたらしかった。
ソファの上に横たわる俺の傍らには、俺の胸に頭を預けて目を閉じているクリスカ。
薄暗い部屋の中に彼女の美しい肢体が浮かび上がっていた。

俺は、手を伸ばして脱ぎ捨ててあった上着を彼女の身体にかけた。
そして、彼女の頬に手を当て、温もりを確かめる。

「う……ん、タケル……?」
「悪い。……起してしまったな」

目を開いたクリスカの顔は、僅かに赤み掛かっていた。
彼女が、これまで見せてくれなかった様々な表情を俺に見せてくれるという事を、俺は素直に嬉しいと感じていた。

「まだ少し辛いだろう。……もう暫く寝ているといい……」
「ああ。……その、このまま胸を借りても……?」
「当然だ……。……当たり前の事を聞くなよ……」

はにかんだ様子で微笑み、再びクリスカは目を閉じる。
俺は、頬に置いていた手を彼女の髪に伸ばし、優しく梳いてやる。
暫くして、穏やかな寝息が耳に届いた。


―――安心しきった様子で身を委ねるクリスカを胸に抱き、俺は守るべき存在の温もりを噛み締めていた―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第11話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:14
とーたる・オルタネイティヴ




第11話 ~いまだかこはふりきれず~



―2001年10月28日―

本日は一日ぶりにヴァルキリーズでの訓練である。
未だXM3が完成していないこの状況での訓練というものに多少の疑問を感じないでもなかったが、そこはそれ、ヴァルキリーズの面々と親睦を深める機会が増えたと思えばむしろ歓迎できる。
思えば、ひらひらの服を着た彼女たちはとても可愛かった。忘れられがちな事ではあるが、今の俺は延べ10年の軍務についた熟練で、伊隅大尉ですらが遥かに年下なのだ。
無論、だからと言って彼女たち先任に対する敬意が失われた、という事は微塵もないのだが。

まあ、つまり何が言いたいのかというと……今の俺には速瀬中尉の傍若無人や宗像中尉のからかいですらが、微笑ましく思えると、そういうことなのだ。

―――『毎度毎度、唯依タンやクリスカに竹光喰らってるくせに』とか思った奴には、御礼として夕呼先生が開発中だとまことしやかに語られている『手乗りルイタウラ』を進呈してやろう。
噂によると、ヤツは主人の向う脛目掛けて突進するのがそれはそれは大好きだそうな。

……激痛という名の海で溺死するがいい。

さて、指定のブリーフィングルームに到着した。やはりここは、『明るく陽気なシロガネタケル』を演出してさわやかに行くべきだな。

「オザーッス! みんなのアイドル、頼れるヒーローの白銀 武少尉、只今推参致しました~~!!」

―――あ、あれ? もしかして俺、ハズした?
何で皆、特に速瀬中尉とかそんなニヤニヤした目で見んのよ?

「あら、可愛いヨメの尻に敷かれてるセクハラ魔神が到着したみたいよ?」
「……ふっ、ヨメに免じて、あの時のセクハラに関しては不問にしよう……」
「白銀……流石に貴様のような部下は初めてだぞ……」
「ま、まあ白銀少尉も男の子だしね……」

速瀬中尉はネズミをいたぶる猫の目で俺を見やり、宗像中尉はニヒルな微笑を浮かべて俺をからかってくれた。
そして伊隅大尉は呆れ100%の表情だ。
……涼宮中尉、その同情の視線がイタイっす……。
っていうか、一昨日の一件は既に皆知ってるんですね。

「白銀……すまん、今の俺は無力だ……」

いや……ドーゥル中尉、気にしないでください……。

「さっすが、参謀長だよなぁ。……まさか初日にこんな事やらかしてたなんてな」

おい、団長……この場でそんな呼び方すんじゃねえよ。
……しっかし、ブリッジス少尉は相変わらずだんまりか。なんか、よっぽど俺が気に入らないのか……?
まあ、男に嫌われたところでどうって事はないんだけどね。

「ちょっと、白銀! 多恵に酷い事して、責任取る気はあるんでしょうね!」
「おいおい涼宮妹……、人聞きが悪いぜ。ちょっと太腿撫でただけじゃないか」
「『妹』とか言うな!」
「ん、じゃあ茜って呼ぶよ。宜しく頼むぜ、茜?」
「―――んなっ!?」

あらまあ、名前で呼んだくらいで赤くなっちゃって可愛い事。

「あーあ、私もその宴会、参加したかったなぁ」
「なんだ?……柏木、お前さえそのつもりなら俺はいつでもOKだけど?」
「あはは。二人きりだと危なそうだから止めとく」
「……配属二日目でここまで馴染むなんて……。白銀少尉、あなた大物だわ」
「そりゃあもう。可愛い女の子がこんなにたくさんいるんだから積極的にいかないと!
 ―――ところで、風間少尉……、今夜辺り、俺といっぱt―――つだらっ!」

う、後ろから蹴りとは……。誰だ、こんな酷い事……って、宗像中尉か。

「配属早々のその積極性は褒めてやるが……祷子は私のだ」
「じゃあ、宗像中尉も一緒にどうです?―――あ、何なら柏木も一緒に!
 ふふふ……俺は、三人までなら同時でもOKですから……!」
「……め、めげないヤツだな……」
「……女好き……」

ボソッと呟かれた声。悪いな、築地。はっきりと聞こえたぜ。

「築地……、聞こえたぞ。……あえて言わせて貰おう。
 ―――漢が、女好きでどこが悪いかと……!!」
「―――ひっ……ご、ごめんなさい……!」
「よ、よく言ったぜ……。お前を参謀長に任命した俺は間違っていなかった……!」

だから参謀長は止せと言うのに。
……ふむ。女の子が皆白い目で俺を見ているぞ。

「……唯依ちゃんに言いつけてやる……」

……え? い、今何と?

「は、速瀬中尉……、それは、それだけはご勘弁を……!」
「アハハ、凄~い。白銀の顔が真っ青になった」
「だ、黙れ柏木!……もしこの件が彼女の耳に入ったら、俺はまたあの『神刀・竹光』で……!」
「―――じゃあ、今すぐ此処で誓いなさい。もう二度とヴァルキリーズの女の子を口説かないと……!」
「そ、そんな……俺の生き甲斐を奪うなんて酷すぎます……。
 これを奪われたら、俺はこれからどうやって戦えばいいって言うんですか!」
「な、なんだかこいつの前で強化服に着替えるの、凄く危険な気がしてきたわ……」
「あはは……孝之君と足して2で割ればちょうど良かったのにね……」
「―――あ、伊隅大尉。こめかみ押さえちゃったりして、偏頭痛ですか?
 ……もしかして、『あの日』で―――すびゃっ!」

―――な、なんと見事な連携……。伊隅大尉が俺の顔面に右ストレート、宗像中尉が背後からドロップキック。
そして、止めの速瀬中尉によるチョークスリーパー……!
嗚呼、だけど後頭部に当たる速瀬中尉の『ふくらみ』が……!
い、意識が遠くなってゆく……。

「……よし……ヘンタイが静かになったところで今日の訓練に関して、説明を始めるぞ……」
「了解!」

―――だ、大丈夫です大尉。今すぐ起き上がるのは無理っぽいけど、俺ちゃんと聞いてますから……。





「いや~、それにしてもお前、実はかなりの凄腕だったんだなぁ」
「当たり前だ。これで腕が無かったら、俺はただの馬鹿って事になるじゃないか」

シミュレーションによるヴォールク・データが終了し、機体から降りたところでヴァレリオに声を掛けられた。
今回の訓練では陽動、支援は100%機能しているという条件で行われ、その為BETA出現率なんかもやや緩めだった。
それでも俺を除く全ての隊員は中階層をようやく突破したかどうか、という辺りで全滅する。
残った俺単独が最下層まであと一息、という所まで到達し、そこでやられて終了した。
せめてOSが新型だったら、と思うと少々悔しいものがある。

……お?他の女の子達も降りてきたようだな。
ふ、ふふふふふふ。皆、俺が実は凄い漢だったという事実を確認して、驚いているようだな……。
どうやら、先日の模擬戦闘は俺の腕というより逃げに徹した作戦勝ちだと思われていた節があるし。

―――かみさま、これがあなたのいっていた『ぎゃぐとしりあすのぎゃっぷもえ』というやつなんですね!

―――わかってくれたようですね、しろがね……。

うん、かみさまの機嫌も直ったようで何よりだ。つまり、俺がギャグではじければはじけるほど、シリアスに徹したときの格好良さが際立つというわけだ。
流石かみさま。的確な助言をしてくれる……!

「ま、まさかアンタがここまでやるなんて思わなかったわ……」
「ああ、天狗の鼻をへし折ってやろう、と思っていたのだが……な」
「大物なのは、態度だけではなかったのか……」

部隊の三隊長が揃って俺に近付いて来た。

―――よし、ここはシリアスに徹すべき時なのだな?
いいだろう、俺の『漢魂』活目して見よ……!

「―――大尉、僭越ながら具申します。……全隊員、現れる敵を相手にし過ぎる傾向があると思えます。
 また、三次元軌道をうまく使いこなせていない様にも見受けられます」
「―――どういうことだ、白銀。 詳しく説明してみろ」
「ありがとうございます。
 ……ハイヴ攻略戦、特にハイヴ内戦闘ではどのように綿密な計画を立てようと、補給計画を始め、まず机上の空論で終わります……。
 そのため武器弾薬は限られており、『如何にして倒すか』よりも『如何にして避けるか』をより深く煮詰めていくべきです」

いい感じだ。皆が、俺の言葉に聞き入っているじゃないか。

「次に、ハイヴ内では光線級は存在しません。……そのため、跳躍、匍匐飛行が充分に使用可能です。
 にもかかわらず、皆さん咄嗟の時にやはり二次元に頼っている。
 これから先、より三次元軌道を習熟して行けば、先に挙げた『如何にして避けるか』という点と合わせて、より短時間、より確実な反応炉到達が可能となる……。
 ―――以上が、小官の愚考するところであります」

―――き、きまったな……!これ以上無いというほどに。
この落差は、富士山頂と日本海溝最深部ほどに大きかった筈だ。

「……その言い方……まるで、実際見てきたかのような言い方だな……?」
「……はっ……あそこは……『地獄』という言葉ですらが、生温い。
 ―――そんな場所です……」

脳裏を、返り血に染まった紫の武御雷がよぎる。そして、それの手足が無残に引き千切られてゆく様。
幾度ループを繰り返そうが、女の子を追いかけていようが、あの光景だけは忘れられるものではなかった。否、忘れてはいけないものだ。
―――当時感じた怒り、憎しみ、悲哀。ありとあらゆる負の感情がぶつかり合い、渦を巻き、弾け飛んだ。
あの時、ループなどとは無関係に、『シロガネタケル』はあらゆる意味で、徹底的に『一度殺された』のだ。

……いかん。何をマジモードに突入してんだ、俺よ。これは、あくまでも『振り』だった筈だろうが。
―――ほら見ろ。皆―ブリッジス少尉ですらが―深刻な顔して、ドン引きじゃねえか。ったく俺もまだまだ修行が足らんな。

「―――白銀、それがお前の本当の顔、なのか……?」
「……まさか。俺はただの女好きのヘンタイですよ。
 ……ちょっとみんなの同情引こうと思って、深刻になりすぎちゃいましたねぇ」

ハハハ、と笑ってみたはいいものの、我ながら乾いた笑みだったな。
仕方が無い。無理矢理変えるか……。

「ねえねえ、ところで風間少尉! さっきの件、考え直してくれました?
 ベッドとは言わないから、せめて酒ぐらい御一緒しましょうよぉ~」

これで、宗像中尉辺りがツッコミ入れてくれれば、この雰囲気も変わるだろう。
そんなノリで声を掛けてみたのだが―――

「……はぁ……その熱意に免じて、ベッドはともかくお酒くらいなら付き合ってあげるわ」

―――なんてお言葉。

「……マジデ?」
「『マジ』ってどういう意味かしら? それよりも、どうするの?」
「いやいやいや、無論行きますとも。なんか、ますますやる気が沸いてきました!
 ―――伊隅大尉、この調子でもう2~3本行ってみましょう!」
「……ばかもの。今日の実地訓練はこれで終了だ」

―――ふと、風間少尉のほうを振り向いてみると、

「と、祷子。……本気か?」

だの、

「風間少尉! あんなのと二人きりになんてなったら妊娠しちゃいますよ!」

だの、

「襲ってくれって言っているようなものですよ!」

だのと。……こいつら、覚えてろよ。





デートの約束を取り付けることに成功した俺は、スキップしながら廊下を歩いていた。
其処に俺を呼び止める男二人。
ヴァレリオと……これは意外な人物、ブリッジス少尉だ。

「よお、団長! 悪いが、今日の団会議は欠席だ。 ヴィンセントにも宜しく伝えておいてくれ!」
「くそ。……お前なんて呪われてしまえ」

残念。呪われてるよ、もうとっくの昔に。

「というか、用は何だ?」
「ああ、いい機会だからこいつを紹介しとこうと思ってな」

言って、ブリッジス少尉を顎で示す。
……なんか俺、すっごい睨まれてるんだが。
その様子を見たヴァレリオが、苦笑しながら仲裁に入ってくれた。

「実はこいつ、名前から推測できるだろうが日米のハーフでな。
 ……色々あって日本嫌いなんだよ」

ああ、なるほど。今まで、俺じゃなくて俺の背後に見える『日本』を睨んでいたわけね。
……納得。

「……それは大変だな。この基地でやっていくのは大変だろう」

ブリッジス少尉に向かって声を掛けた。
だが、皮肉でも嫌味でも、なんでもない平坦な口調がまた却って気に障ったのか―――

「命令だからな。……仕事はきっちりやる」

と、明らかに不機嫌な顔で言ってくれた。

「ははは、まあこれでも随分慣れて来てるんだよ。現に、ヴァルキリーズの女の子達とはそれなりに上手くやってるしな。
 ……お前にもじきに普通に接するようになると思うから許してやってくれ」
「うるせえぞ、マカロニッ! 余計なお世話だ!」

―――なんだ、要はこいつ『ツンでれ』なのか。
そう思ったら、なんか急に面白いヤツに思えてきた。

「はは、まあ日本人って言っても色んなやつがいるからな。日本が嫌いだ、というのは仕方がないが、だからといって日本人全てを嫌いになる必要はないさ」

俺はそう言ってブリッジス少尉の手を強引に握って握手した。

「んじゃ、俺はこれから風間少尉とデートだから。またな~」

そう言って、別れた。背後でブリッジス少尉が、

「……あんなノリの軽い日本人は初めてだぜ……」

などと言っていたような気がした。

―――考えてみれば風間少尉と基地内デートなんて初めての経験。噂のバイオリンも聴いたことはなかった。
否が応にも期待は膨らもうというものだ―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第12話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:17
とーたる・オルタネイティヴ




第12話 ~けだもののよくぼう、てんじょうしらず~



今、俺は風間少尉の部屋の前に立っている。本日全ての訓練が終了し、此処を待ち合わせ場所に指定して別れたのが17時。
そして、何やかやで俺が此処に到着した現時刻が19時。
デートをするのに充分な時間があるとは言えないが、まあ外に出る訳ではないのでそれほど問題はないだろう。

両手で軽く頬を張って気合を入れ、扉をノックした。
中から返事が聞こえ、こちらへと向かってくる落ち着いた、軽やかな足音が響く。

「あら、白銀少尉。……随分ごゆっくりだったのね。少尉の事だから30分もしないうちに押しかけて来るんじゃないかって思っていたわ」
「ははは。夕呼先生のところに顔出してたもんで……。それさえなければ15分もかかりませんでしたよ」
「―――もう、私に準備もさせてくれないつもり?」

軍人などという殺伐とした職業をやらせておくのがもったいないくらいの『お嬢様』然とした雰囲気。
笑う様子までもが上品だ。

―――これで、部隊一の早飯食いなんだよなぁ……。

なんだかもう、色々とショッキングな事実なのである。
いやまあ、女性に幻想を抱く歳ではないんだけどさ。

「―――それで、お酒に付き合うって約束だったけど……どうするの?」
「風間少尉の部屋でってのも、悪くないですけど……折角だから、下に行きましょうか」

そう言って、俺は親指で真下を指し示す。
風間少尉は、怪訝な表情で俺に問い掛けてきた。

「……下?」
「ええ。……あまり知られていませんけどね、地下には将校クラブがあるんですよ。
 ……多少値は張りますが、天然物の料理を食わせてくれるレストランと雰囲気のいいバーがあります」
「そんなところ、私たちが行っても大丈夫なの……?」
「副司令直属の特務部隊である俺達って、実は使用権限があるんですよ。
 ……誰にも教えていないってところが先生らしいというか……」

俺は、そう言って軽く笑った。

「……なんだか、場違いではないかしら……」

うん、不安げな表情の風間少尉は実に可愛いじゃないか。
出来れば暫く鑑賞していたいところではあるけれど、超・紳士である俺様としては女性の不安は取り除いてあげねばなるまい……!

「堂々としてりゃ、何も問題ありません。仮に何か言ってきたところで、副司令の名前を出せば一発ですよ」
「……随分慣れているのね。誰と一緒に行ったのかしら……?」
「俺が行くのは、バーばかりですよ。それに、一人です。
 ……酒ってヤツは、忘れたい過去を一時的に忘れてしまうには、都合が良いもんでしてね……」

まさか嫉妬という訳ではないだろうが、詮索するような台詞に俺は思わず苦笑してしまった。
それに実の所、前に行ったのは前回のループが最後で、今回は初めてなのである。

「―――白銀少尉、あなた……」
「―――ところで、せめてこの場くらいは『少尉』なんて呼ぶのは無しにしませんか?
 飯とか、酒飲んでるときに『少尉』なんて呼ばれたら、思わず敬礼してしまいますんでね」
「そうね……それじゃあ、『武さん』とでも呼んであげましょうか?」
「ははは、いいですね。……それじゃ俺は、『祷子さん』と。
 ―――うん、なんだか恋人同士って感じじゃないですか」
「―――っ! もう……年上をからかわないの」
「あはは、すみません。……それじゃ行きましょうか、祷子さん」

―――俺はやや強引に祷子さんの腕を取り、地下へと向かい歩き出した―――





夕食は、何を食べようかと暫し悩んだものの、結局日本料理という最も無難な線に落ち着いた。
というよりは、俺がそうしたかったのを祷子さんに押し付けた格好だったが。
久しぶりに食べる天然の寿司、天ぷら、茶碗蒸し、澄まし汁といった『古き良き日本の食事』ってやつは、俺に戻ることの叶わない『あの世界』の事を思い起こさせ、涙が出るほどに美味かった、とだけ言っておこう。

そして、今俺たちはレストランと同じフロアにあるバーを訪れ、隅の方のカウンターに並んで腰掛けている。
前の世界では、腕の良いバーテンと同じく腕の良いピアニストが『売り』のバーだったのだが、この世界でもやはり彼らは其処にいて、最後に行ったときと変わらぬ姿を見せてくれた。
無論この世界では、俺と彼らは初対面なのだけど。

「―――何になさいますか?」

初老の、落ち着いた雰囲気のバーテンが俺に尋ねてくる。

「俺はターキーをロックで。彼女には……そうだな、何か適当なカクテルを」
「それでしたら、マティーニでもお作り致しましょうか?」
「それなら、ウォッカマティーニを。ステアせずにシェイクで、とか言いたくなるな……」
「……失礼ながら、渋い趣味をお持ちですな……」

俺とバーテンは互いにシニカルな笑みを浮かべあう。思えば、前の世界でもこれが切っ掛けでこの初老のバーテンと仲良くなったのだった。

「―――武さん……どういう意味なの……?」
「ああ、ごく一部の人がニヤリとする、そんなネタだよ。……知らなくても全く問題ない」

暫くしてグラスが俺達の前に置かれた。俺と祷子さんは軽くグラスを触れ合わせ、それから口を付けた。

「……あなた、随分飲み慣れてるのね。確か、私よりも一期年下よね……?」
「はは……やんちゃ坊主だったという事にしておいて下さい」
「……もう」

それにしても、此処は美味い酒はあるし、良い演奏を聴かせてくれるが、雰囲気が上品なためはじける事ができないのが難点だった。
……いやまあ、祷子さんには場末の居酒屋的雰囲気は似合わないだろう、と思いこのチョイスだったのだが……。

ふと祷子さんの方を見ると、彼女は軽く目を閉じてピアノの演奏に耳を傾けていた。やはり、音楽家としての血が騒ぐのか?
どことなく楽しそうなその様子を見てしまうと、これで良かったんだろうだなんて思ってしまう。





俺は、演奏に聞き入る祷子さんの横顔を肴にちびちびと飲み続けていた。
そして程よく酒が回って来た頃、演奏に聴き入っていた祷子さんがふと顔を上げ、俺に顔を向けた。
その包み込むかのような微笑は実に癒されるのだが、正直嫌な予感がするぜ……。

「そう言えば……あなたって、実は結構感傷家だったのね……」
「い、いきなり何なんです?」

俺が、どもるような口調になってしまったのはいきなり話しかけられたからだ。
……決して図星を突かれたからではない。
 
「―――ふふ。……だってあなた、食事の時泣きそうになっていたでしょう……?」
「……な、何を馬鹿な……。わさびが効き過ぎだったってだけです!」

祷子さんは依然微笑を浮かべたまま。

―――なんだよ、畜生。まだ何かあるってのか!?

「―――実はね、部屋に戻る途中神宮司軍曹に会ったのよ。
 訓練のときのことを話したら、『軽いノリに惑わされて本質を見逃すな』と言っていたわ」

―――かみさま、ぼくはまたひとつおとなになりました……。
けっきょく、おとこはいくつになっても、じょせいのてのひらのうえでおどらされるのだと……。

―――ようやくわかりましたか……といいいますか、あなたはまいどまいどうっかりがおおすぎるのです……!

……俺のせいなのか? 好きで手に入れたスキルじゃないってのに。

「……あ~、つまりばれてしまった俺は、『ゲーム・オーバー』なんですか?」
「―――癪だけど、結果は逆だったわね……」

―――お、落ち着けよ、俺。祷子さんにとっての思惑と『逆』ってことなんだから……つまり、逆転満塁本塁打?

「……満塁だったかどうかは分からないけど……逆転は合ってるんじゃないかしら?」
「……エスパー?」
「……思考を口に出すのは控えた方がいいと思うわよ?」

……ああ、前にもなんか、似たような事があったな。相手の顔は、もう思い出せないんだけど。
どうやら、本日の『ベスト・うっかり』はこれに決定だな。

「……出ますか?」
「ええ、そうね。充分に堪能したから」

―――この際どっちでもいいけど、堪能したのは『ピアノ』なのか『俺の醜態』なのか、教えてくれませんか?





俺は今、祷子さんの部屋でヴァイオリンの演奏を聴いています。『逆転』ってのは、つまりそういうこと。
でも、今日はもう調子には乗りません。これ以上うっかりかましたら立ち直れませんから。

俺はクラシックにそれほど造詣が深かったわけではないのだが、この『クロイツェル・ソナタ』というヤツは、ベートーヴェンが作曲した『ヴァイオリン・ソナタ』の中でも最高傑作と言われているらしい。
ちなみに、ヴァイオリンソナタとはヴァイオリンとピアノの二重奏の演奏形態を指す。
ほんと、こんな無学者にも演奏を快諾してくれた祷子さんは良い人だよね。
今度、さっきのバーのピアニストと共演してもらおう。

祷子さんの演奏は、上手かった。

―――俺は絵だとか音楽だとか、いわゆる芸術というヤツにはとんと疎いのだが、それでも祷子さんの演奏するこの曲は素直に素晴らしいと思えた。
おそらく、他の誰が演奏したところで此処まで深く心に染み入っては来ないのではないか。
梼子さんという衛士が、戦場を供にする戦友が演奏するからこそ、心に響くものがあるのだろう。

やがて演奏が終わりを告げた。
俺が閉じていた目を開くと、祷子さんは照れたような微笑を浮かべ、深々と一礼した。
俺はそれに、拍手でもって応える。

「いい演奏でしたよ。……でも聴かせる相手が俺みたいな素人一人じゃ、張り合いがなかったんじゃないですか?」
「そんな事ないわよ。いい演奏が出来たと思うわ。……あなたのおかげかしらね」
「はは、光栄です」

言いながら、俺は戻りに購入したソフトドリンクを祷子さんに手渡した。
そして、自分のグラスに氷と酒を放り込む。

―――さて『逆転』というからには、ここでさよならしてしまっては拍子抜け。
『恋愛原子核』の名に於いて、ここは更なる進展を目指すのが『漢』というものだ。
だが、問題はその方法だ。スマートに、エレガントに、尚且つロマンチックに事は運ばねばならない。

―――よし、行くぜ……!

「祷子さん……」
「なぁに?」
「―――やりませんか?」
「…………」

……何故だ。沈黙が痛い。

「……なんだかもう、ムードぶち壊しね……」
「ま、まさかそんな筈は……!」
「……ほんと、あなたって色んな意味で只者じゃないわね……」
「は、ははははは……お褒めに預かり恐縮です……」
「もう……シャワーを浴びてくるわ……少し待っててね」

―――ふぅ、一時はどうなる事かと思ったが、うまくいったみたいだ。
このレベルの『スマート&エレガント』が通用しないとは、流石はお嬢様だな……。
よし、この際此処は更に押すべきだ。今日の俺は一味違うということを見せてやろう。

「祷子さん、待ってください」
「―――どうしたの?」
「一緒に入りましょう」
「…………えっ!?」

―――残念ながら、考える時間は上げられません。
……だって、マイサンが『シャワー』の一言でもう辛抱たまらんって言ってるし。





―――やや細身だが、それでも出るべき所はきっちりと自己主張しており、それが小さめの身長とマッチして絶妙のハーモニーを奏でている―――

一言で言い表すならば、こうなる。
大して広いシャワールームではないので、二人で入ると色々と密着してしまいそれがまた最高でした。

「狭くて、一人じゃ洗い難いでしょう?俺が洗ってあげます」
「…………」

俺の○○○を直視し硬直してしまった祷子さんに、『介護』の名の元にそれはもう色々とさせて頂きました。
具体的に言うと―――

―――手が滑った振りをして彼女の○○○や○○○○にいけないことをしてしまったり
―――彼女の○○○○を手で直接洗ってあげたり
―――祷子さんの○○で俺の○○○を綺麗にしてもらったり
―――その最中に○○○○してしまい結局彼女に○○せたり
―――身体が滑った振りをして、俺の○○○を梼子さんの○○○○に○○○○したり
―――俺の○○○を彼女の○○○に○○○○したり

―――である。

そして今、シャワーから上がった祷子さんは頬を赤くし、荒い息を吐きながらベッドでぐったりしている。

「は、ははは。……少し、刺激が強すぎましたか……?」

俺は、水割り用に購入していたミネラルウォーターに氷を浮かべて祷子さんに差し出した。

「―――けだもの……!」

差し出された水を飲み干し、第一声はこれでした。
でも、その反応が可愛くてつい笑ってしまう。

「いや~、軽いウォーミングアップのつもりだったんですけど……。
 ……つい歯止めが利かなくなってしまいまして……」
「……ばか……」

―――ベッドにうつ伏せになっていたため祷子さんの表情は窺い知ることが出来なかった。
だがその声色が、本気で怒っている訳ではないという事をはっきりと示していた―――

……というか、祷子さん。いつまでも下着姿でぐったりしてたら、また『介護』する羽目になってしまいますよ……?



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第13話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:21
とーたる・オルタネイティヴ




第13話 ~おにづものおんな、ひきよわなおとこ~



―2001年10月29日―

俺は屋上のフェンスにもたれかかり、廃墟と化した故郷を眺めていた。
沈み行く夕陽が崩れ傾いた建造物に反射し、幻想的な光景を作り出している。

―――俺は今、悩んでいるのだ。……それも猛烈な勢いでだ。
何をって、明日に迫った総戦技演習の事だ。つい忘れそうになってしまうのだが、今の俺は正式には未だ訓練生なのである。
俺の肩書きである『国連軍臨時少尉』から『臨時』の二文字を取り除くためには、なんとしても演習に合格し、戦術機教習課程に移らなければならない。
いや、別に合格するかどうか、で悩んでいるのではない。演習の内容を知っていて、尚且つ気力・体力共に最高潮のこの俺様が不覚をとるなど、まずありえない。
じゃあ何に悩んでいるのかって?……そんなの決まっている。

―――そう、俺は彼女たち207Bの誰とペアを組むかで悩んでいたのだ。

まあ、順当に行けば本命は唯依タンだろう。
残りのペアがクリスカ・イーニァ組、タリサ・ステラ組とバランスの取れた優良な組み合わせだ。
あえて不安材料を挙げるとすれば、イーニァをサポートするクリスカの体力面といったところか。

対抗は、やはりクリスカ。
残りは唯依タン・イーニァ組とタリサ・ステラ組。
イーニァが、俺とクリスカの次に打ち解けているのが唯衣タンだから、まあ問題はあるまい。

大穴、イーニァ。大穴とか言っておいてなんだが、実はこれが一番バランスが取れている組合せのような気がする。
207B分隊で身体総合力トップは文句なしで俺。以下、タリサ>唯依>クリスカ>ステラ>イーニァという順だろう。
トップの俺と6位のイーニァが組み、3位の唯依タンと4位のクリスカ。
そして2位のタリサと5位のステラがペア。

クリスカも、俺になら安心してイーニァを託してくれるだろう。仮に万一の事があっても、俺ならイーニァを背負って行動できる。
……では、このパーティが大穴である理由は何なのか、これこそ本命だろう、と思うかもしれない。

―――そんなの、唯依タンとクリスカを二人きりにする事への不安ってのに、決まっているだろう……!
もし何かの弾みでクリスカが俺との○×△とか口を滑らせてみろ。
……演習には合格しても、俺の人生不合格ってのは間違いなしだ……!

ああいやでも、イーニァとの野外○×△とか想像したら、辛抱たまんねえぜ……!
でもそれなら、唯依タンとのプレイってのも捨てがたいし、クリスカとのそれも言わずもがな。

―――かみさま……!こんなざんこくなせんたくがゆるされるのですか……!
だれかひとりをえらぶなんて、ぼくにはできません……!

―――しろがね、……ひとりがだめなら、みんなをえらべばいいではないですか?

……かみさまよ。むかし、似たような事を言ったどこかの誰かは処刑されたって話を知ってるかい?

でもまあ、決心はついた。……かみさまのおかげ、とは口が裂けても言わんが。
……やはり俺は、イーニァと組むべきなのだろう。
唯依タン、クリスカとの野外○×△は涙が出るほどに惜しいが、この際より安全な組合せを選ぶべきだ。
それに、外で○×△する機会なんざ、作ろうと思えばいくらでも作れるんだ。

―――と、俺が断腸の思いで決心を固めた時、後ろで扉が開く音が響いた。
振り向かずとも分かる。唯衣タンが、一人で屋上に向かう俺を気に掛けて様子を見に来たのだ。

唯依タンは俺の数歩後ろで立ち止まり、なかなか声を掛けようとしてこない。
おおかた自慢の内向癖を発揮して、物思いに耽っている俺に声を掛けてもよいものか悩んでいるのだろう。

「……唯依タン、どうした……?傍に来いよ」

苦笑しながらそう声を掛けると、唯依タンは躊躇いがちに俺の隣に寄り添った。
俺が無言で唯衣タンの肩を抱き寄ると、唯衣タンも俺に身を預けてくる。

「……その、武……何を考えていたんだ……?」
「明日からの事さ。……どんな組合せがベストかなって」
「良ければ、武の考えを聞かせてくれないか……?」

ああ、やっぱり唯依タンも同じ事で悩んでいたのか。演習では三組に別れる必要があるって事だけは、まりもちゃんから説明されたみたいだしな。
俺は、先程の『プラン・大穴』を話して聞かせた。

「……ああ、私もその組合せがベストだろうと思った。……でも……」
「何か、不安材料でもあるのか?」
「……武が、シェスチナに不埒な行為を働くのではないかと……」

す、鋭いじゃないか。正直、肝が冷えたぜ……!

「……だから、私が武とペアを組むべきなのだろうかとも思ったんだ……。
 ……でも、それは私が武と共に居たいという公私混同ではないのかと……
 武とシェスチナが組むのが最も効率的なのは明らかなのだから……」

唯依タンは、伏し目がちに己の心情を吐露した。
その寂しげな雰囲気が、俺の良心を容赦なく責め立てて来る。

―――だめです!やっぱり俺には決められねえよ……!優柔不断な俺を許してくれ。
……もうこうなったら、『オペレーション・なりゆきまかせ』を実行するしかあるまい……!

「―――よし、だったら本人に決めてもらおうぜ。イーニァに、俺とクリスカ、あるいは唯依タンか、誰と組むか決めてもらえばいい」
「―――えっ?」

ああ、最初からこうすれば話は早かったんだよな。
イーニァが、誰を選んでも恨みっこなし。
―――ぶっちゃけ、俺は誰と組むことになっても微塵も後悔なんてしない自信があるんだからな。





―――いつもの如く、件の脳みそ部屋にいたら面倒だと思ったのだが、幸いだった。
ちょうど部屋を出ようとする所だったクリスカとイーニァを都合良く捕まえる事が出来たのだ。

かくして俺と唯依タンは二人の部屋に通され、合成コーヒーの供応を受けている、と言う訳だ。

「……それで、一体何の用なのだ、タカムラ……?」
「ああ、明日からの総戦技演習に関して、シェスチナとビャーチェノワ、二人の意見が聞きたくて……」
「わたしと、クリスカの?」
「……ちょっと待て、お前ら」

口を出すつもりはなかったのだが、これだけは言っておかないとな……。

「お前ら、これから先ファミリー・ネームで呼ぶの禁止な」
「……えっ?」
「……なに?」
「反論は受け付けん。大体、同期でしかも背中を預ける戦友のファースト・ネームが呼べませんってどういう料簡だ……!」

ふう、前々から思っていた事をようやく言えて、すっきりだ。これで、コイツラの堅苦しさも少しは緩和されるだろう。

「それで、シェス―――イーニァに聞きたいのだが―――」
「うん、なぁに?」
「……その、イーニァは私と、クリスカ、武……誰とペアを組みたい?」

クリスカが硬直した。
……それはまあ、そうだろうなあ。クリスカにしてみれば、『三人の中で誰が一番好き?』なんて突然聞かれたのと同じだろうから。
ここでイーニァが、一番親交の浅い唯依タンとか選んだら、心の準備をしてきた俺はともかくクリスカは絶望のどん底だろう。

「……わたし、タケルといっしょがいい」

―――よし、やったぜ俺!

三人の刺すような視線が集中する中、イーニァは然程臆した様子もなく即答してくれた。
クリスカは、ほっとしたような、残念なような、そんな表情。
対して唯依タンは、凄く不安な顔をしている。

「……クリスカ、イーニァを俺に任せてくれるか?」
「……ああ、くれぐれもイーニァの事を頼む……!」

おいおい、別に戦場に行くって訳でもないのに随分大げさだな。
これが今生の別れって訳でもあるまいに。

「―――なあイーニァ、一つ聞きたいのだが……」

今度は唯依タンが、躊躇いがちにイーニァに話し掛けて来た。

「……その、何故お前は武を選んだのだ……?」
「……しりたいから」
「知りたい……?」

唯依タンが訝しげな表情をしている。

俺が、内心冷や汗をかいていたというのは秘密だ。
イーニァが言うところの『知りたい事』とは、一昨日の俺とクリスカの『○×△』に関係しているのではないかと思ったからだ。
クリスカ達三姉妹が互いに隠し事をしているというのは考え辛く、したがって例の一件は、姉妹皆の知るところだろう。
つまり、今此処で俺あるいはイーニァが迂闊な事を口走ったりしたら、この場は一気に『処刑場』と化してしまう恐れがあるのだ。

それを裏付けるかのように、クリスカはイーニァの発言に反応して頬をやや赤くしているし。

―――たのむ、イーニァに唯依タンよ……。これ以上何も言うな何も聞くな……!

俺の祈りが何処かの誰かに通じたのか、イーニァは何も言おうとはせず、唯依タンも何も聞こうとはしなかった。
だが、唯依タンの表情を見る限り、答えを聞くのが怖いということなのか。

―――むう、何だか非常に罪悪感を感じるぞ。まさに『あちらを立てればこちらが立たず』という状況だ。
此処は一つ、今夜は唯依タンのご機嫌取りに走る事にしよう。





―――女という生き物は、よく事あるごとに『私とほにゃららとどっちが大切なの?』という質問をしてくるものだ。
『ほにゃらら』の中身はある時は仕事だったり、またある時は両親だったり友人だったりと様々である。
今回の場合で行くと『唯依タンとクリスカ、イーニァ、霞と梼子さんと、誰が一番大切なの?』という質問にでもなるのだろうか。
だが、そのような無粋な質問をしてくるヤツには、俺は次のように逆に質問してやることにしている。

『君は、肺と胃と腎臓と膵臓と肝臓、どれが一番大切なんだい?』と。

つまり、俺にとっての彼女たちというのはそういう存在なんだということ。もしどれか一つなくなっても『俺』という存在が死んでしまうということはないだろう。
だが、少なくとも俺は大幅に能力が低下し、あるいは機能が制限されるだろう。
『俺』という個人が『俺』であるためには、彼女たち全ての存在が必要不可欠なのだ。
それは、決して序列を付けられる物ではないし、付けて良い物でもない。

―――まあつまり何が言いたいのかというと、俺は自分の周りにいる女の子達全てを心の底から愛しており、そしてそれは全く矛盾することなく並存しているのだ、という事―――





―――と、まあ自己弁護はこのくらいにして。
知られざる横浜基地の秘密、その2、なのである。

―――そう、遊技場の存在だ。

無論、元の世界のようなゲーセンの類ではない。やはり地下に存在するそこはビリヤード、ダーツを始め屋内球技の定番『卓球』から将棋、チェスなど盛り沢山である。
夕呼先生からかなり高レベルのIDを与えられている俺様は、こんな部屋にだって堂々と出入り出来るのだ。

そして今、俺は唯依タンと一緒にこの部屋を訪れ―――

―――何故か、二人麻雀としゃれ込んでいた―――

「武、それはロンだ」
「ぬぐわ……! メンホンイッツードラドラ……倍マンかよ!!」

そう、俺はさっきから全く良いとこ無し。

「―――ふふ。これで5連続『トビ』だな……!」

対して、唯依タンったらノリノリである。牌を切る姿の様になっている事……!

「よ、『横浜基地の雀聖』と言われたこの俺をこうも簡単にトばすなんて……」
「おじさまに大分仕込まれたからな……。でも最近は一緒に打ってくれなかったから……」

それはそうだろう。こんな鬼ヅモの女、知っていたら絶対同席しねえ。

「畜生! もう止めだ止めっ……!」

いつの間にか、周囲はギャラリーに埋め尽くされているし。
まあ、イカサマなしであのヒキを見せられたら、野次馬の一人も寄って来るというものだ。
唯依タンは今頃周囲の人垣に気付いたのか、牌を掴んだまま固まっている。

「ええい、お前ら!見せもんじゃねえぞ!」

―――とりあえず執拗に唯衣タンに迫っていた野郎に蹴りを一発お見舞いし、その隙に俺は唯依タンの腕を掴んで逃げ出した―――

そして俺と唯依タンは、部屋へと戻るべく廊下を歩いている。なんだかんだで4時間も卓を囲んでいたのだから、麻雀の恐ろしさを今更ながらに知ったような気分である。

「ねえ、武……確か勝った方は、何でも一つ負けた方に命令できるのだったな……?」

そうなのである。自分が負ける可能性など一ミクロンも考慮していなかったため、唯衣タンにあんなことやこんなことをしてやろうと意気込んでいたのだが……。

「ああ、何でも言ってみてくれ。……ただし、常識の範囲内でな」
「そ、それほど無茶な命令ではない……と思う……。でも、無理なようなら言ってくれ……。
 ……諦めるから……」

こんな、子犬のような眼差しで『命令』されて断れるヤツがいたら、それはもう漢ではないと胸を張って言える。

「……こ、今夜は私と一緒に寝て欲しいんだ……。へ、変なことはなしで……」
「そ、そうか。……うん、わかった。任せろ」

な、なんという過酷な命令を下すのだ。唯依タンと同衾し、それでいて手出し禁止とは……!
まさに敗者への罰と言うにふさわしい内容である。
だが、それで唯依タンの気持ちが落ち着くと言うならば、漢として応えない訳には行かないのだろう。

―――かみさま、こんやはとてもながいよるになりそうです……。

―――明朝の約束された睡眠不足を思いやりながら、それでも唯依タンの安心したような笑顔を見てしまうとそれでも良いかと思えてしまうのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第14話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:22
とーたる・オルタネイティヴ




第14話 ~けだもの、しすべし~(前編)



―2001年10月30日―

どれほど過酷な状況下にあろうと、何度も同じ経験をすればいずれ人はそれに慣れてしまう。
それは、俺にとっても同じ事。同じ内容の評価演習を数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに受けてきた俺は、どれほど重要だといって、特別緊張もしなければ気負いもしない。
今の俺はトラップの位置一つ一つからその解除法、どのポイントでどんな装備が必要か、細部にわたり記憶しているのだ。
これで緊張感が足りない、等と言う奴がいるとしたらそいつはよほど自分の能力に自信がないのだろう。

―――俺は、自分の能力を正しく認識している。過信もしなければ過小評価もしない。
その経験と知識が、この演習に特筆すべき脅威はない、そう教えてくれていた。
そのため、ジャングルの中を行軍する俺とイーニァが多少緩い空気になってしまったとて、それは仕方のないことなのだ―――

「あ、イーニァ。そこ地面がぬかるんでるから気をつけろよ?」

と言ってイーニァの手を握って支えてあげたり―――。

「お、イーニァ。この木の実食ってみな、美味いんだぜ?」

と言って『あ~ん』をしてあげたり―――。

「む、イーニァ。これ以上そっちに行ったらゴム弾が飛んでくるから俺の傍を離れるんじゃないぞ」

と言ってイーニァの肩を抱き寄せ、どさくさ紛れにぱいおつの感触を堪能したり―――。

そう、全くもって仕方のない事なのである。
何故とはなく、憤懣のあまりこめかみから血が噴出しているまりもちゃんの姿を幻視した様な気もするが。

―――まさかとは思うが、盗聴とか盗撮とかされてないよな……?

―――分隊の班分けは予定通り俺・イーニァ組、唯依・クリスカ組、タリサ・ステラ組と分けられた。
そして、俺達が例のシートを鹵獲する施設の破壊を受け持ったのも予定通り。あえて別のルートを選ぶ必要も意味もなかったし。
予定通りに行けば二日目の夜には合流ポイントに辿り着くだろう。
ただ、日程が以前と異なるため天候の予測が不可能なのが若干の不安材料とも言えるかも知れない。





そして今、俺とイーニァは敵施設から程近い場所にちょうど良い洞窟を見つけ、そこで初日の夜を明かすべく野営の準備を整えているところだ。
まさか、初日に雨に祟られるとは流石の俺様にも予測不可能だった。
そのため、俺達は本来の野営地点を放棄し、敵施設へと強行した。
シートの入手と爆破準備を整えて基地を後にし、雨露の凌げるオアシスを求めて彷徨っているところをこの洞窟を見つけ今に到る―――
―――という、正に出来すぎのような展開なのである。これは正に、かみさまの恩恵としか思えなかった。
ぶっちゃけ言えばトラップの場所と解除法は心得ていたため、月明かり程度の光源さえあれば夜間強行することなど雑作もなかったのだ。
ちなみに、爆破はやはりセオリー通り夜明け前が望ましいと言う事で準備だけに留めていた。

―――うむ、ちーとばんざい。

只今、手に入れたシートは外で雨水を集めるべく奮闘中である。

……何のためかって?
……汚れた身体を洗い清めるために決まっているだろう……!

「……イーニァ、寒いだろう。もっと俺の近くに来いよ」
「うん」
今、俺とイーニァは両者共に下着姿である。脱いだ服は、只今簡易的に作られた物干し台で揺れている。
いくら熱帯地方といえど雨に長時間濡れ、しかも夜とあってはそれなりに冷える。
決して、俺が不埒な行いに出たわけではないのだ。

―――唯一の光源である焚き火の炎が揺らめき、その度に俺とイーニァの影が移ろう。
互いの心音が聞こえるのではないかと思えるほどの静寂の中、微かに響く雨音と焚き木の爆ぜる音が幻想的な雰囲気を演出していた。
俺はイーニァの肩を抱きながら、何とはなしに揺れ動く炎を眺めていた。

「……なぁ、イーニァ」
「うん、なに?」

沈黙に耐え切れず、俺はイーニァに声を掛けた。

「……お前、昨日言ってたよな。……『しりたい』って」
「うん、いったよ?」
「……俺の何が知りたいんだ……?」
「クリスカがね、とてもおだやかで……とてもあたたかいいろだったの。
 クリスカにきいたら、『たけるのおかげだ』って……」
「……それで、何か分かったのか?」
「うん、あのね?たけるにこうしてもらっているとすごくあたたかくて、きもちがいいの」

俺は、柄にもなく居心地の悪いものを感じていた。
―――俺は、そこにいるだけで相手の心を癒してやれるような御立派な人間ではないのだから。

「だからね?クリスカにしたのとおなじことを、わたしにもしてほしいの」
「……本気か……?」

俺は、思わずイーニァの顔を見つめてしまった。

―――いつもと変わらぬあどけない表情。だが、その奥に見え隠れする確固とした意志。

どうしたものか。俺は、この先の道程を思いやる。
今此処でイーニァを抱くことは容易い。だが今は評価演習の真っ最中であり、その難度は俺はともかく彼女達にとって容易い物ではない。
おそらく事に及んだ場合、俺は明日イーニァを背負ったまま合流地点を目指さなければならない、という事もありえるのだ。
それでもおそらく、明日の夜までに到着することは可能だ。
だが、問題はイーニァの体力。他の面子が到着する明後日の夜まで、最悪でも四日目の朝までに彼女の体力を回復させることは可能なのか。
俺は、確かに彼女にセクハラする気満々だったが、流石に本番行為にまで及ぶつもりはなかったのだ。

「……基地に帰ってからじゃダメなのか……?」
「いや。……いまがいいの」

固い決意を持った表情。……俺も覚悟を決めることにした。

―――つまり、最悪残りの道程全てをイーニァを背負ったまま完遂させてやる、と―――





まあ、あれだ。簡潔に状況の描写だけで済ませるのは察してくれ……。

―――俺は隣に腰掛けていたイーニァを膝の上に座らせ、顔だけこちらに向かせてキスしてやる。
接吻を続けながら○○○○○を外し、手で直接その○○○○の柔らかさを味わった。
唇を離し、彼女の小振りな○○○○を口に含み、そして彼女の○、○○、○、○○と到る所に○を這わせ若干○の混じるその味を堪能した。
イーニァのあげる嬌声に艶が混じり始めた頃、俺は彼女を手頃な岩の上に座らせゆっくりと○○○○を脱がし、その○を拡げてやった。
指でイーニァの○○を刺激し、充分に○れて来た所で○○を突き入れた。
更に、指で○○○○○を刺激しながら○○に○を突き入れてやる。
やがてイーニァのあげる声が一際甲高くなり、ぐったりと弛緩した。

―――そこでイーニァはどこで学んできたのか『わたしもしてあげる』などと仰り、おもむろに俺の○○○を○め始めた。
必然的に、○○の格好。リーディング能力の賜物か、的確に俺のツボを刺激してくる。
そこで俺は一度限界を迎え、彼女の○○に強かに○○した。
イーニァはむせ返りそうになりながらも必死で堪え、その全てを○み干した。

―――その可愛らしく、且つ扇情的な姿に俺は更に興奮し、即座に元気になった○○○を○位で彼女の○○に突き入れた。
○位から○○位へ。○○位から○○位へ。そして彼女が俺の顔を見ながらでないといやだと泣きじゃくり、○○○位へ。
彼女の瞼にたまる涙を見て俺の獣性は最高潮に達し、そのまま○○○○した―――





行為の後、俺とイーニァはシートで貯めていた雨水で互いの身体を清めた。
尤も、イーニァはとても動けそうになかったので主にその役得は俺が担う事となったが。

―――なんといったらいいのか、その、すこしやりすぎてしまったようです……。
しかし、とてもすばらしい『ぷろれすごっこ』でした……!

イーニァがあまりにも従順に俺の欲求に応えようとしてくれるため、二度や三度では収まらなかったのだ。
今、イーニァは俺の腕の中で安らかな寝息を立てている。いや、むしろ精魂尽き果てた、と言ったらいいのか。
どちらにせよ、唯でさえあまりタフではないイーニァ。回復には明日一杯かかるだろう。

焚き木は万全だから、明日の夜明けまで火が消えて凍えることはない。
現在の時刻は21:00。明日夜明け前に起床し、起爆装置を作動するにしても、あと6時間は余裕がある事になる。
起してしまうのも忍びない為、俺はイーニァを腕に抱いたままの体勢で眠りにつくことにした―――。





―2001年10月31日―

夜明け前03:00に起床した俺はイーニァを起して身支度を整え、爆破実行の為敵施設へと戻った。
イーニァは俺の危惧したとおり足元が覚束ない様子だった為、単独で戻り装置を起動させた後、イーニァを背負って洞窟を後にした。
タイマーは2時間後。それまでに可能な限りこの施設から距離を取らねばならない。

「少し、飛ばすぞ。……揺れるからしっかり掴まっていろよ?」
「うん……。たける、ごめんね……」
「謝るなよ。こうなると分かっていて抱いた、俺が一番悪い」

それにしても、イーニァの身体は軽い。これなら、訓練の際炎天下の元フル装備でグラウンドを走らされたあの時の方がよほど堪えた。
まして、俺の背にあるのは俺にとって掛け替えのない存在なのだ。力などいくらだって沸いてこようという物。

岩場まで辿り着いたところで、後方で巨大な爆発音が響いた。振り返り煙が立ち上るのを確認した俺は、ようやく立ち止まり背負っていたイーニァを岩陰に座らせてやった。

「まあ、此処まで来れば安心だ。……結構距離も稼いだし一時間ほど休憩しよう」
「うん」

ある程度体力が回復してきたのか、イーニァはあちらこちらへと視線を巡らせ周囲を観察している。
根が好奇心旺盛な為、周囲の大自然が珍しいのだろう。
俺は、水筒を取り出し喉を湿らせながらそんなイーニァの様子を眺めていた。

「なあ、イーニァ。身体の調子はどうだ?」
「……うん、なんだかまだ、あしのあいだになにかはさまってるみたい」
「……そ、そうか……ははは。……頼むから、他の連中には何も言わないでくれよ?」

―――こんな事が発覚したら俺は皆からボコボコにされてしまう。

それはともかく、今のところ順調だった。この分で行けば、遅くとも明日の午前中までには合流ポイントに到着するだろう。
イーニァは、とりあえず普通に歩く分には問題無さそうだが、これから先は斜面のきつい岩場である。
とりあえず此処を抜けるまでは背負っていった方が無難だった。

「よし、そろそろ出発するぞ」
「わかった」

イーニァは大人しく俺の背中に乗り掛かって来る。
うむ、首筋に当たる吐息と背中に感じられる膨らみの感触が、実に心地よい。
昨日あれだけ良い思いをして更にこんな役得まで享受出来るのだからイーニァ様々だな。

「……たける、いやらしいことかんがえてる?」
「―――ぐっ」

―――そうでした……。イーニァとふれあうってことは、しこうだだもれってことなんでしたね……?

昨日からこっち密着し放題だったのだ。今の今まですっかり忘れていた―――。

―――だからあなたはうっかりだというのです……。

なにやら溜息交じりの呆れ声が聞こえてきたような気がしたが、とりあえず無視して先を急ぐことにした。





―2001年11月01日―

夜、俺とイーニァが焚き火を囲んでまったりしていると唯依タンとクリスカが姿を現した。
続いて遅れる事十数分でタリサ・ステラ組も到着した。
俺達は早速情報交換を始め、鹵獲物資と脱出ポイントを確認する。
やっぱり、何だかんだと言いつつイーニァは空気の読める良い子だったらしい。
余計な事は何一つ言わず、黙っていてくれた。体力も無事回復したようであるし一安心と言ったところ。

―――とは言え、これまでの経験上これで丸く収まるなんて事ある筈無いのである。
だが、俺がその事を思い知ることになるのはもう少し先のことである―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第15話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:23
とーたる・オルタネイティヴ




第15話 ~けだもの、しすべし~(後編)



―2001年11月02日―

さて、今俺達は合流後の最初の難関に直面している。
―――そう、幅十数メートルの崖だ。

「よし、タリサ。向こう岸に渡り、ロープで道を作ってくれ」

分隊長である唯依タンがタリサに指示を出した。……そうか、前回までだとこのロッククライミングは彩峰の仕事だったがこの面子ではタリサの出番になるわけか。
まあ、山岳民族であるタリサだ。故郷の山にはこの程度の崖など珍しくもなかっただろう。
となると、狙撃担当はステラという事になるのか。

―――さて、唐突だが此処で軽くこれまで経験してきたこの崖の攻略法をおさらいしてみよう。

冥夜達旧207Bで取った作戦は、一人がロッククライミングで崖を上り下りし、ロープを対岸の大木に結びつける。そしてこちら側のロープの端も同様に大木に結びつける。
全員渡り切った所で最初の奴は再び向こう側に渡り、ロープを解いてロッククライミングでこちらに戻ってくる。

これが、これまでの正攻法ともいうべき手段だ。だが、この方法は正直時間が掛かりすぎるのだ。
それに、熱帯であるこの島はスコールに見舞われる可能性が非常に高く、リスクの多い作戦だ。

そこで今回、ワタクシこと『国連横浜基地のショカツコーメイ』白銀武はこんな作戦を考えてみました。

―――それは、到って単純な話。こちら側の大木と対岸の大木とを、結びつけるのではなくロープでぐるりと一周回してやればよい。
全員渡り切った所でロープの結び目を解いてやれば手繰り寄せるだけで回収可能だ。
『ロープの長さが足りないだろう』って?
無論、その程度の事折込済みなのだ。さて、ここで思い返してみて欲しい。俺とイーニァが合流ポイントに到着してから全員揃うまでの丸一日の待機時間だ。
その間、俺達はただ単にまったりとしていた訳ではない。
手持ちのシートを細く裂いて編み込んで即席のロープを作成、更に長さの足りない部分は群生している蔦を刈り取り、編みこんで繋ぎ合わせ、充分な長さのロープを作成済みだったのだ。
多少みてくれは悪いが、強度は折り紙つきの逸品である。

「―――あ、タリサ。こいつも一緒に持っていってくれ」

崖に向かおうとしたタリサを呼び止め、即席ロープを見せた。タリサは、流石に勘がいい。
もう一本のロープを見て即座に俺の意図を了解してくれたらしかった。

ニヤリと笑い、

「ああ、任せとけ!」

そう言ってすいすいと崖を降りてゆく。この分だと三十分も掛からずに道は出来上がるだろう。

「……武、こんな場所がある、という事を予想していたのか……?」
「……まあ、保険程度のつもりだったんだけど、こんなに早く出番が来るなんて流石に予想外だったな」

これはもちろん方便だ。この場所で時間を取られることを俺は知っていた。そして毎回計ったようなタイミングでスコールに見舞われることも。
無論、正直に話す必要など全く無かったので黙っていたが。

「でも、タリサの奴速いな……。もう下まで降りちまったよ」
「ああ、彼女は身体能力は抜群だから……」
「……念のために言っとくが、これはただ単に速く着き過ぎたんで暇つぶしがてらに作っただけなんだ。
 ……予想出来なかった自分を責めるんじゃないぞ?」

何となく自省モードに突入しそうな雰囲気だったためフォローしておく。
だが、唯依タンの表情にはどこと無く陰りがある。

……まだ何かあるのか?

「……ところで、武……。その、さっきからお前とイーニァは、くっつきすぎだと思うのだが……」
「……うん?」

ふと、傍らを見るとイーニァが俺のシャツの裾に縋り付かんばかりの勢いで密着していた。

―――イーニァ、何も言わなかったのはホント助かるんだ……。でも、これじゃあ何かあったってモロバレだろう……?

そして更に、少し離れたところに立つクリスカを見やれば、何とも保護意欲を掻き立てられる淋しげな表情で俺とイーニァを見つめている。
何と言うか、先日の一件以来クリスカのツンデレ比は明らかに逆転しているような気がする。前はツン:デレ9:1位だったんだが……。
そしてステラは、そんな俺達の様子を明らかに楽しんでいる様子で見物していた。
そんな他人事みたいな顔をしていられるのも今のうちだけだという事が分かっているのか?

―――俺を中心に、傍らに縋り付くイーニァ、正面に佇み陰りのある表情で俺を見つめる唯衣タン、右斜め前前方で淋しげな表情で俺達を見つめるクリスカ。
ある意味、前の世界のクーデター事件以上の緊張感である。

だが、そんな俺達に救いの主が現れた。
―――かみさま、……ではなくステラである。

「ほらほら、いつまでもお見合いなんてしていないの……。タリサが、渡って来いって言ってるわよ?」

……ステラよ、ありがとう。だが、やはりこの女手強そうだな……。
この俺様の『眼力』を持ってしても、なかなか付け入る隙と言う奴が見当たらないのである。

―――CPよりフェチ01……!忠告するっ!……デザートに手をつけるのはメインディッシュを平らげてからだ!
―――だ、だけど! 目の前に手付かずの良い女がいて、それをスルーするなんてもったいない事……!
―――だからお前はアホだと言うのだっ! そんな台詞は目の前の修羅場を解決してからだろうがっ……!

……ま、まあ確かに。今回は何となくうやむやになったが、そろそろぶっちゃけるときが来たのかもな……。
この評価演習が終わるまでは何とか隠し通し、基地に帰ったら話してみるべきだ。

―――医務室を前もって予約しとかないとな……。





「回収ポイント確保。……総員警戒を怠るな!」
「四日目でクリアするなんて、アタシ達が初めてなんじゃねーか!?」
「……これで、ようやく戦術機の実機訓練に入れるのね……」

予定ポイントに辿り着き、喜び合う彼女達。これから、砲撃を受けて死に掛ける事を知っている俺は、到底喜ぶ気にはなれないのだが。
……やはりここは、釘を刺しておいた方がいいだろう。

「お前ら、水を差すようで済まないが……。……多分、もう一波乱あるぞ」
「……っ!タケル、どういう意味なんだ……?」

一瞬にして安堵の表情が凍りつき、クリスカが俺に詰問してきた。

「……俺は、お前達よりも詳しく副司令の性格を知っている。……あの人は、持ち上げるだけ持ち上げてから谷底に転落させる、そんなのが好きな人さ……」
「……では、どうすると言うのだ……?」
「とりあえず、発炎筒を焚こう。……何がしかのアクションがあるはずだ」
「―――っ!総員、警戒を!」

俺は発炎筒を手に発着場の中央に立つ。無論そのまま焚くなんて無鉄砲な真似はしない。
手頃な石を数個集めて固定台を作り、発炎筒を焚くと同時に台に固定し即座に元の位置まで戻る。

「皆、岩陰に隠れろ!」

暫くして、ヘリが姿を現した。それに遅れる事数秒、コンクリートが弾けた。
無数に穿たれる弾痕。そして十数秒後、砲撃が止みヘリの遠ざかる音。
皆が無言で立ち竦む中で夕呼先生からの通信が入り、新たな脱出ポイントが告げられた。

「―――ったく……もし当たってたらあの世行きだってのに……。えげつない真似をしてくれるもんだ」

これでくたばってしまう様な運の無い衛士に用は無い、という事なのか。だとしたら、あの人の覚悟は半端ではない。
まあ、分かっている事ではあったのだが。

「……もしあなたが気付かなかったらって思うと……ぞっとするわね。……ありがとう」
「たまたま気付いたから言ってみた。それが的中した。……それだけの話さ」
「―――ふふ、照れているの?……案外可愛いのね」
「……勝手に言うさ」

付け入る隙を見つけるどころか、逆に付け入られてしまったわけで。
どうにも、クールでインテリっぽい女の子は苦手だ。これはやはり、散々夕呼先生に振り回されてきた刷り込みなんだろうか。

「隊長! もう此処に用は無い。行こうぜ」
「―――っ! あ、ああそうだな。総員、行くぞ……!」

……やはり、唯依タンといいクリスカといい何処と無く精彩に欠けるような気がするな。
いや、理由は考えるまでも無く俺。正に『自分で蒔いた種』という事。
今回はイーニァに対して種を蒔いてしまったわけだが。

―――親父ギャグやって喜んでる場合じゃないな、俺。こいつは爆発したら相当被害は拡がりそうだ……。

とは言え、後は特に注意すべき点も無い。レドームの狙撃もステラなら何とか命中させられるだろう。
おそらく明日の午前中には到達できる筈だった。





―2001年11月03日―

「回収ポイントを確保した! 全方位警戒しろ!」
「回収機は見つかった?」
「目視範囲内に機影は存在しない……」

新たなポイントに到着し、彼女達は周囲の警戒と回収機の発見に当たっていた。
そこに、新たな気配を察知しポイントを振り返ってみるとまりもちゃんがこちらへ歩いてくるのが見えた。

「状況終了! 207B分隊集合!」

その声に彼女らも気付き、慌てた様子でまりもちゃんの元に駆けていく。
延べ4日に渡る評価演習が終わりを告げた瞬間だった―――。

「評価訓練の結果を伝える」

……今回は第一優先目標、第二優先目標共に非の打ち所の無い完璧な内容で遂行している。
仮に他の部分で若干の減点があろうと、合格は揺ぎ無い。

―――けど、なんでだろうなぁ~、俺の超・紳士レーダーがさっきからガンガン警報を鳴らしている。

「敵施設の破壊とその方法、鹵獲物資の有効活用……何れも及第点と言える。
 更に、最後の難関である砲台を最小の労力と時間で無力化したことは、特筆に価する。
 ―――おめでとう……貴様らはこの評価演習を合格した」

―――沸き返る彼女達。何れの顔にも安堵と歓喜の表情が浮かび、互いの健闘を称えあっていた。

だが、俺はそれどころではない。此処に来て、超・紳士レーダー、かみさま、CPの三者が揃いも揃って俺に『逃げろ』との警告を発しているからだ。

―――なんか、もう分かっちゃったよ、俺。……この先迎える『オチ』ってやつがさ……。

「―――だが、白銀!」
「あ~、はい軍曹」

鋭い声に、はしゃいでいた彼女達は一斉に俺とまりもちゃんに注目した。
俺は、もう色々と悟りの境地であったりする。

「これがなんだかわかるか?」
「……盗聴器、ですねぇ」
「言う必要も無いので黙っていた事だが、通信機の中にはこれが仕込まれていた。
 そして、島内の各重要ポイントには監視カメラが隠されていた。
 ……これは、ある洞窟内で回収した記録映像に、盗聴した某訓練生が交わしていた会話を当て、編集したテープだ」
「……編集するほど暇だったんですね?」
「だって夕呼がやれって―――いや、なんでもない!
 ……さて、白銀。何か申し開きは有るか……?」
「―――最高でした……!!」

俺は、まりもちゃんに向かって両手でサムズアップ。そして、満面の微笑。
多分、歯が光っていたんじゃないかと思う。
ああ、まりもちゃんのこめかみに撃震……いや、激震が走った。

「……態度次第ではこれを流す事だけは勘弁してやろうと思っていたのだが、な……残念だよ、白銀」

言葉と共に押される再生スイッチ。
ああ、最後の最後も、結局俺が墓穴を掘るんだなぁ……。

『だからね?クリスカにしたのとおなじことを、わたしにもしてほしいの』
『……本気か……?』

―――おお、何処のハリウッドスターかと思ったら俺じゃないか。抜群のカメラワークだったから一瞬分からなかったぜ。

『……基地に帰ってからじゃダメなのか……?』
『いや。……いまがいいの』

そして、テレビの中の俺とイーニァは顔を近づけて行く―――。

AV真っ青のハードなプレイの数々に、分隊の皆さんは凍り付いていらっしゃる。あのステラですらが、微笑を湛えたまま固まっている。
意外と初心だった事を確認して内心ガッツポーズだったのは内緒だ。

ところでこの、溢れんばかりのどす黒いオーラは一体何事……?
すわ、唯依タンかクリスカか、と思いきやそのどちらでもない。オーラの正体はなんと、まりもちゃん。
何と言うか、忘れかけていたかつての情熱を思い出した、といった雰囲気だ。

「……なんで……なんであなたばっかり……」
「ぐ、軍曹?」

ヤヴァイ。やばいヤバイ危い……!さっきから嫌な汗が止まらねえ!!

「……篁は納得できた……日本人同士、共感する部分があったのだろうと思ったから……。
 ビャーチェノワも、まあしょうがないと思った……。でも、風間まで……挙句の果てに柏木とか涼宮まで私のところに相談に来て……止めはシェスチナ……」

ユラリと、幽鬼を髣髴とさせる動きで俺に向かって構えるまりもちゃん。

「―――私なんて……少し良いなと思った男はすぐに戦死しちゃうし……捕まえたと思ったら碌でもない特殊性癖持ってたり―――」

瞬間、まりもちゃんの殺気が膨れ上がった……!
俺は逃げ出した!
しかし回り込まれてしまった!
魔王まりもの重く鋭い一撃!
俺は999のダメージ!!

―――おお、しろがね……しんでしまうとはなさけない……!

……しんでねえよ……。

「ゲフッ……まりもちゃん……飲んでますねっ……!?」
「飲まなきゃ、こんな編集出来る訳ないでしょうっ!」

俺は999のダメージ!
俺は999のダメージ!!
俺は999のダメージ!!!

―――こ、これがマッド・ドッグの隠された真の実力だってのか!
い、今まで何枚猫被ってたんだよ……!

―――おお、しろがね……しんでしまうとはなさけない……!

―――かみさま……そ、そのネタはもういいといっている―――だ―――ろ―――うっ―――

―――それが、遠くなって行く意識で考えた最後の事だった。俺が次に目を覚ますのは翌4日、基地の医務室のベッド。
分隊の彼女達の水着姿を拝めなかった事のみが悔やまれる―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第16話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:25
とーたる・オルタネイティヴ




第16話 ~ぼくらのえんたくかいぎ~



―2001年11月04日―

俺の所属する此処、国連軍横浜基地には地上、地下を問わずいたる所にブリーフィングルームが存在する。俺がいるこの場所も、その中の一つ。俺達207B分隊の部屋に最も近いブリーフィングルームだ。
だが、その部屋に誤って入室してしまった者がいたとしたら、その異様な雰囲気に部屋を間違えたかとプレートを見直すか、一目散に逃げ出すか、だろう。

まず真っ先に目に入るのは部屋の中央で圧倒的な存在感を放つ円卓だろう。漆黒のテーブルクロスが敷かれ、中央に燭台が鎮座している。
明かりは付けられず、燭台の蝋燭がその代わりを果たしている。対面に座る人物の表情がかろうじて判別できる程度にまで光度は調整されていた。

入り口に最も近い位置に座るのが俺こと、白銀 武。俺を起点に、時計回りにこの円卓に座る人物を紹介しよう―――。

我らが分隊長・篁 唯依。
ESP三姉妹が長女・クリスカ・ビャーチェノワ。
同じく次女・イーニァ・シェスチナ。
実は初心なクールビューティ・ステラ・ブレーメル。
明るく陽気なチョビ・タリサ・マナンダル。

ご存知、207B訓練小隊だ。
さて、此処で一度起点である俺に戻り、今度は反時計回りに紹介してみよう。

ヴァルキリーズ中隊長・伊隅 みちる大尉。
特攻隊長・速瀬 水月中尉。
特攻隊長のブレーキって実はこの人しか持っていない・涼宮 遙中尉。
怪しい言動はブラフ(?)・宗像 美冴中尉。
お嬢様はヴァイオリニスト・風間 梼子少尉。
次代の特攻隊長は私の物・涼宮 茜少尉。
ぱいおつ選手権一位・柏木 晴子少尉。
ぱいおつ選手権暫定王者・築地 多恵少尉。

泣く子も痙攣を起す伊隅ヴァルキリーズの皆様。
そして、此処からは所属が異なる。築地から反時計回りに紹介することにしよう。

横浜基地の迷探偵にしてろりがみさま・社 霞。
酒さえ飲まなきゃ良い女・神宮司 まりも軍曹。

そして最後に、発起人にして司会進行役・香月 夕呼副司令。
ちなみに、ピアティフ中尉は可哀想に円卓に席を与えられず、夕呼先生の斜め後ろに座っている。

―――あんしんしてください……。ぼくにとってはあなたも『たーげっと』のひとりですから……!

ともあれ、女の子総勢17名、揃いも揃ったり。

―――当店では、つるぺたから女王様まで、あなたのお好みに合わせて各種美女を取り揃え、お客様のお越しをお待ちしています―――。





「―――さて……、皆揃ったわね。それじゃあ始めましょうか」
「あの、副司令……、これは一体……」
「……伊隅、それを今から説明するんじゃない。話の腰を折るもんじゃないわ」
「―――はっ、失礼しました」

夕呼先生が立ち上がり、皆の顔をぐるりと見渡した。

「今回、私直属の衛士、もしくは衛士候補生達―――それも女性限定で集まってもらったのは……。
 ―――『エロガネタケル・その分割統治と効率的な方法に関しての会議』を開催するためよ……!!」
『…………』

……お、俺だけでも『な、なんだってー!』とか言った方が良いのか?
というか、俺を『分割統治』って何なんだ……。
せっかく医務室で、三姉妹+唯衣タンでくんずほぐれつする気持ちの良い夢見てたってのに、叩き起こされて拉致されたかと思えばこれである。

「……ねえ夕―――副司令、まずは訓練兵とヴァルキリーズをお互いに紹介した方が良いかと……」
「……そうだったわね、面倒くさい……わかったわ。……まりも、10分あげるからちゃっちゃと紹介終わらせなさい」

適当だな、おい。……それに、今更言うのもなんだがヴァルキリーズと訓練兵を接触させて良いのか?

―――まあ、良いんだろうな……。どうせ、任官後に配属される部隊だし。

―――10分後―――

「時間ね、始めるわ。……さてと、まずはそこにいるバカ……もといエロガネの事なんだけど、こいつがあんた達を手当たり次第に口説いて、しかもそれが成功しちゃってるもんだから、アタシは困ってるわけよ」
「……その、困る……とは?」
「篁、あんたは真っ先にやられたクチね。……この際本題に入る前に、確認しときましょうか。
 ―――エロガネに抱かれた、好意を持っている、放っておけない、何となく気になる……この四つのいずれかに該当するヤツ、手を挙げなさい。
 ……こっちは全部把握してるんだから、隠したら為にならないわよ……?
 ああ、そこのエロスケは目隠ししとくから安心していいわ」

把握ってのは、リーディングなのか盗撮の類なのか、是が非でも確認しておきたいところである。

―――ピアティフ中尉が俺の後ろにやってきて、頑丈な布で俺の目を塞いだ。

先生は、困ってるとか言いながら明らかに楽しんでる。
これは、アレだ。『元の世界』で先生が俺らをおもちゃにして遊ぶときの顔だ。
だが、くそう。誰が、誰が手を挙げてるんだ……!?

「―――はい、もう良いわよ。……それにしても……この短期間でここまでやるなんて……。
 このタイミングで皆集めて大正解だったって訳ね……」
「副司令! 今の質問にどのような意図があるんですか?」
「速瀬、アンタも小隊長なんだから少しは分かるんじゃない?
 ……アンタたちが、エロガネを取り合って修羅場になって、隊の連携に支障が出るとかいうのは困るのよ」
「……だから、ぶんかつとうち、なの?」
「そうよ。火種は小さいうちに消しておかないと、大変な事になるわ。
 ……要は、アンタ達で納得いくようにこいつの処遇を決めなさいって事」

……おい、『処遇』とか物騒な事言うなよ……。
下手すりゃ、次回ループへさようなら、じゃねえか。

「……まず、白銀少尉の最も好意を抱く相手が誰なのか、という事をはっきりさせたほうが良いのでは……?」
「それもそうね。……ほら、エロガネ、答えていいわよ?」

涼宮中尉の言葉によってようやく俺に発言が許されたらしい。
再びピアティフ中尉がやって来て目隠しが取られた。薄暗くてはっきりとは分からないが皆、何処と無く気まずい雰囲気だ。

―――それにしても、『エロガネ』ってなんなんだろうな。ちょっと格好良いじゃないか。
けどまあ、聞かれたからには答えよう。俺様の偉大なる『かみのあい』を……!

「―――全員です」
『……はぁ……?』
「……全員です。……この中に、どうでも良いヒトなんて一人もいません。
 俺が俺であるためには、皆が俺の傍にいてくれないと駄目なんです……。
 ―――だから……お願いです……。俺を……『壊さ』ないで下さい……」

これはボケでも振りでもない、偽り無き俺の本心だ。

「……言っている事は、要約すれば最低なんだがな……祷子の気持ちが少し分かったような気がするぞ……」
「ふふ……でしょう?……美冴さん」
「……エロスケを弁護する訳じゃないけど、聞いてくれるかしら?」

先生の言葉に、ざわめいていた一同が一斉に先生を見る。

「女として、『私だけを見て欲しい』って気持ちも分からなくはないわ。
 でもねぇ……『産めよ増やせよ』のこの時代、おまけに男の激減している御時世に、そんな甘い事言ってもらってちゃ困るってのも理解して欲しいのよね。
 ……あんたたち衛士は、それこそいつ死ぬとも分からないんだから、一夫一妻なんて効率的じゃないわ」

皆が押し黙る。特に、唯依タンとクリスカは気まずい様子だ。
まあ、現状最も修羅場に突入する可能性が高いのが、あの二人だったわけだからな。
というか、張本人である俺が言えた義理じゃないんだが。

「まあ要約すると、腕が立ってそれなりに容姿の整った男ってのは今や貴重な財産なんだから、喧嘩せず皆で仲良く分け合いましょう、という事ね」
「……篁、ビャーチェノワ。現在最も白銀と関係が深いのは貴様等二人だ。
 ……思う所を言ってみろ」

まりもちゃんが二人を促す。

「……それがご命令ならば、従わざるを得ません……」
「……己の不甲斐なさに歯噛みする思いです……」

当たり前の話だが、理屈は分かるけど納得はし難いって顔。
だが、俺がこの中から一人だけ選ぶなんて事が不可能だという事も厳然たる事実なのだ。
彼女たちがどうしても受け入れ難いと言うのならば、最悪の場合俺は唯依タンとクリスカを諦めなくてはならない。
彼女たちどちらかのために残る十数人を見捨てるなどという選択が、俺に出来よう筈も無いのだから。

「……可哀想だから、年上として一つだけアドバイスしてあげるわ。
 ……本気でこのエロスケが欲しいのなら、自分を磨いて、自分の魅力でコイツを繋ぎ止めて見せなさい。……コイツが離れたくないって言うくらいにね。
 アンタ達も衛士なんだから、泣いて縋り付いて引き止めようなんてみっともない真似するんじゃないわよ」
「―――はっ!」
「了解です!」

流石、年の功と言うべきなのか、詭弁をもっともらしく見せる技術に関しては並ぶ者がいないな。
本人に聞かれたら人体実験の材料にされちまうが。
ともかくも、俺はこれで副司令お墨付きの『ハーレム御免状』を得たと言う事で良いのか?
ふふふ。まさかこの件に関しての最大の理解者が夕呼先生だとは思いも寄らなかったぜ……。





「―――さてと、それじゃあ本題の『エロガネ分割統治』について話し合いましょうか。
 ……ああエロガネ、アンタはもう退出していいわよ」
「何でですか!これからが本題でしょう!」
「だからよ。……アンタがいたら都合の悪い話をするつもりなんだから」
「い、いやですっ!俺は此処を動きませんから!」
「……もう、仕様がないわねぇ……。
 じゃあ、この中から一人だけ一緒に連れ出しても良いわよ?」
『―――っ!』

―――今、何人かの表情が明らかに変わったな……。数人から『私を選べ!』という波動も感じるし。
というか、今一人を選ぶなんて出来ないって言ったばかりだろうが……!

「……おとなしく出て行きます」

畜生。まさに負け犬の気分だぜ……。

「そう落ち込むんじゃないわよ。知らない方が楽しめるわよ?……こういうのはね」

それはつまり、俺はこれまでと行動を変える必要は無いってことか?
『知らない方が楽しめる』ってのは正にこういうことだ。おそらく、女の子同士だけで何らかのルールを決める、と言う事なんだろうな。

―――仕方ないな……。大人しく退出して、ヒゲ、ラテン、ハーフの三人を誘って麻雀でも打つか―――





ヤツ等はシミュレーションルームで訓練中だとの情報を入手し、俺は其処を目指して廊下を歩いていた。
たまには生き抜きも必要だろうに、真面目なヤツラである。

「―――た、武! 待ってくれ……!」

俺を呼び止める声。振り返ると、唯依タンが息を切らせてこちらへ駆けて来るのが見えた。

「……なんで此処に……?」
「そ、その……神宮司軍曹と伊隅大尉が追いかけろ、と……」
「……そうか」

余計な事を、とは言えなかった。あの面子の中で一番不安だったのは、やはり唯依タンだったのだ。
出て行くときも、思いつめた表情をしていたから。やはり、あの二人はそういう気配に敏感だった。
早々に話す機会が得られた事を感謝すべきなんだろう。

「た、武……その……」
「おっと、お互い謝るのは無しにしよう。……少なくとも、君は何も悪い事はしていない」
「……武の方こそ、悪い事はしていない……言いたい事は山ほどあるけど……」
「は、ははははは……」
「ふふふ……」

―――ああ、やっぱり唯依タンは沈んだ顔しているよりも笑っていた方が良い。

何故か気恥ずかしくて口に出しては言えなかったけれども。

―――俺は、ふと思い立って時計を確認した。寝ている所を拉致られたからまだ10:00にもなってはいない。
訓練も今日のところは無いと見て良いだろう。つまり、今日は振って沸いた休日だと言う事。
ならば、これを見逃す手は無い。

「―――よし、唯依タン。……デート行こうぜ」
「で、デート?」
「そう、デートだ。……俺は車を調達してくるから、唯依タンはPX行って昼飯買い込んで来てくれよ。
 ……一時間後に正門前に集合な」

車は、夕呼先生―――基地の№2からの命令で特殊任務だと言えばどうにでもなるだろう。
後は先生がうまくやってくれる筈だ。

―――外は11月とは思えないほどの暖かさで、空にも雲ひとつ無い。例え廃墟ばかりの故郷であろうと、何がしか見るべきものは残っている筈。思い出話をするにはちょうど良い―――




[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第17話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:27
とーたる・オルタネイティヴ




第17話 ~よみがえるけだもの~



―――さて、思い出してみて欲しい。俺は総戦技演習の前日、野外○×△する機会などいくらだって作れる、との理由で唯依タンとクリスカを諦め、演習のパートナーをイーニァに決めた。
今回車の調達と唯依タンの説得に成功した事により、こんなにも早くその機会がやってきたわけだ。
先刻の夕呼先生の介入により爆発寸前だった修羅場も当面は回避され、今また念願だった唯依タンとの初○×△兼野外○×△の機会が訪れたわけである。
これはもう、上手く行き過ぎていて怖いくらい。

―――かみさま……ぼくもうがまんできないよ……いただいちゃっていいよね……?

―――あせってはなりません……。じわじわとじらすかのように、すこしずつかのじょのけいかいしんをといてゆくのです……!

―――かみさま、あんたもすきねえ……? じらしぷれいがごしょもうとは。
……わかりました。ゆいたんの『おねだり』がみたいと、そうおっしゃるのですね……!?

ふっ、かみさまがそう言うんじゃあ仕方が無いよね。……実に楽しみだ……。

―――『おねだり』する唯衣タンの痴態を脳裏に思い浮かべたその瞬間、俺は爪先から脳天までを貫くとてつもない衝撃に襲われた―――

「―――っ~~~~~!!……ゆ、唯依タン……な、なぜ……?」
「す、すまない! 何か、猛烈に嫌な気配を感じて、気が付いたら手が勝手に……!」

……俺のムスコは妄想効果でお目覚めしつつあったわけで……。そこに必殺の神刀・竹光が直撃したのだ。
……この痛み、この苦しみ……女子供には分かるまい……!

忘れないで頂きたいのだが、俺は今ハンドルを握っている。

……全く、よく事故らなかったな、俺……。

「ほ、本当に済まない……!ど、どうしよう……」
「……さすってくれ」
「……え?」
「……だから、さすってくれ。痛みのあまり運転に集中できない」
「…………」
「…………」
「……と、ところで、今何処に向かっているんだ?……あまり遠くへ行くわけには行かないのだろう……?」
「…………」
「きょ、今日は良い天気だな。絶好のドライブ日和だと思う」
「……話を逸らすにしても、もっと上手くできないのか……?」
「…………」

まあ、あまり弄り過ぎてまた竹光が飛んできても困るし。今の所はこの位で許してやろう。
それにしても、恐るべき勘である。まさか気配を察知して攻撃されるとは思いもしなかった。

―――リーディングに目覚めました、とか言うのは勘弁してくれよ……。




基地を出た俺達は、とりあえず近場の公園跡を訪れていた。此処は、俺の家から程近い場所にあり、かつては俺の遊び場だった。
今は、かつての姿は見る影も無く、かろうじて昔公園だったという事が分かる程度である。
唯依タンが、PXで購入して来たのであろうコーヒーを俺に手渡してきた。

「……ねえ、武。何故基地の外でデートを……?廃墟ばかりで見るものも無いと思うのだが……」
「……此処は、俺の故郷だからね……」
「―――っ!」

唯依タンが、息を呑む。

「そ、それでは武のご家族は……?」
「……さて、BETA共の腹の中か、あるいは戦闘に巻き込まれて死んじまったか……どちらにしても、この世にいない事だけは確かだ」
「―――すまない……また私は……」
「謝るなって。こんな所に連れて来られたら、誰だって不思議に思うさ。
 ……こいつは、墓参りみたいなモンなんだ。今までなかなかそんな機会が無かったからさ」
「…………」
「ま、初デートが墓参りだなんてセンスが無いにも程があるって思うけどな……。
 ……だから、謝るとすればこちらの方だ」
「いや、そんなことは……」

何となく、辛気臭い空気になってしまったような気がする。やはり、デートで墓参りというのには無理があったか?
とは言っても、俺はこの世界の帝都になんて行った事が無いため、其処でデートするにしても何処に何があるのかも分からない。
そもそも、考えてみれば俺は出撃以外で基地の外に出た事など、皆無と言っても良い位なのである。

「……なあ、唯依タン。そろそろ昼じゃないか?」
「あ、ああそう言えば……」
「流石にこんな廃墟に囲まれて飯は喰いたくないし……海の方にでも行ってみるか?」
「海か……私用で行った事はほとんど無かったな……」
「ならちょうど良かったな。……行こうか」

さて、と。……出来れば次で決めてしまいたい。
……何をって、ナニである。
次のポイントで、アレをナニする雰囲気に持って行きたいな、とそういうこと―――。





車から降り、少し歩いたところにその砂浜はあった。目に映る限りの砂浜と海。遠く目を凝らせばかろうじて岩場が見て取れる。
少し車道から入り込んだところにあり、さして開発もされていなかったため余計な廃墟も目に入らない。
真夏ならば汗が噴出していた所だろうが、11月ともなればあえて日陰を探す必要も無かった。
柔らかい晩秋の日差しが程よく身体を温めてくれる。
そんな場所に俺と唯依タンはシートを広げ、持参した昼食を並べていた。

―――うん、これって結構デートらしくないか……?

「へえ、わざわざ重箱に詰めてくれたのか?」
「う、うん。京塚さんが、出掛けるんならこっちの方がいいだろうって……」
「なら、俺も後で御礼を言っとかないとな」
「い、いや!それには及ばないっ」
「……俺が一緒だ、とは言ってないわけだ……?」
「う、ご、ごめんなさい……。何となく言いづらくて……」
「……まあいいか……」

兎にも角にも、弁当である。お馴染みの唐揚げから、卵焼きまで。例え合成であろうと、こんな『定番』とも言うべき弁当を見るのは『前の世界』以来無かった事である。
先程の墓参りの効果もあって、不覚にもジンと来てしまったのは内緒だ。

―――というか、唯依タンのその微笑みは、俺って見透かされていないか……?

唯衣タンが俺に紙コップに注がれた緑茶を手渡してくれた。

―――それにしても、こうして違う環境で食事をすると、料理の味とはやはり素材そのものはあくまでも要素の一つでしかないのだと実感させられる。
一緒に食べる相手、雰囲気、環境それら二次的なものの占める割合も大きいのだ。





そんなわけで、全て残さず料理を平らげた俺は、唯依タンの膝枕の柔らかさを堪能しつつ日向ぼっこに興じていた。
唯依タンの手が俺の髪を優しく梳いている。

……今なら、この雰囲気ならば自然にアッチの方向に持っていけると思うんだけど、どうだろう……!?

―――CPよりフェチ01、CPよりフェチ01……! 吶喊せよ! ……繰り返す、吶喊せよ!!

―――いまさらおくしたのですか……? 『エロガネ』ともあろうものが……?

うん、どうやら良いらしい。……前回は、祷子さんを相手に『スマート&エレガント』な誘い文句を披露して、すべってしまった苦い過去があるからな……。
今回は、更にそれを上回る『エレガント&ゴージャス』に事を進めなければ……。

「……唯依タン……」
「……武……?」
「……いいだろう?」

言いながら、俺は唯依タンの前に軽く握った拳を差し出した。
そして、人差し指と中指の間から親指をニュウッと突き出す。そして、止めとばかりに親指をピコピコと揺らしてやる。
誰しもが、かつて幼い頃に両親に聞いたことがあるだろう。『これってどーゆーいみー?』ってな……。
見せた瞬間拳骨喰らったのはいい思い出だぜ……。

「―――ぐおっ!!」

む、無言で竹光を額に突き刺すとは……!どいつもこいつも、この基地の女ってやつは分かっていない……!!

「も、もうすこしマシな言い方は出来ないのか!?」
「せ、精一杯『スマート』な言い方をしたつもりなんだが……」
「お前は、もう少し雰囲気に合った『誘い方』を学んでくるべきだ!」
「……えぇ~~?」
「そ、そんな泣きそうな顔をしても……だ、ダメだっ―――ああっ!?」

言葉の途中で俺は体勢を入れ替え、唯衣タンのぱいおつの谷間目掛けて抱きつき、顔を『グリグリ』してやる。
唯衣タンの匂いが胸一杯に吸い込まれ、まさに脳が痺れる様な感覚。

「あんっ―――もう、こんなところじゃ……くぅん!」

―――事に及ぶ前に言っておきたい事がある。……『野外なんちゃら』ってやつは、人が来るかもしれないというスリルを味わうためのプレイだと思うんだ。
……でも、こんな人の来る可能性の限りなく低い場所でするってのはどうなんだろうな……?
いや、そこが外である限り確実に『他人の来る可能性』は存在するわけだから、アリなのか……?

―――実際見られたら限りなく気まずいしな―――





―――今回も、察して欲しい。

ただ、一つだけ言わせて貰おう……。顔を真っ赤にして、目尻に涙を貯めながら『おねだり』する唯依タンは、それはもう可愛かったと……!!

「その……武……」
「す、すまん! い、いくら『おねだり』されても今日はもう無理だ!
 続きはまた明日―――ひでぶぁっ!」
「だ、誰もそんな事は言っていないっ!……だいたいアレは武が無理矢理……!」
「……最後はノリノリだったくせに……」
「―――っ!!」
「うわっ!―――じょ、ジョークだ唯衣タン……!」

流石に、真剣を構えるのはルール違反だと思うんだ!

……というか、素っ裸で片膝立てちゃったりしたら見えちゃうんだけど……。

「そ、それでなんだい?」
「……この惨状で、私たちはどうやって帰るのかと……」

……そう。いたしてしまった後の俺達は、なかなか凄い光景だった。やってる途中は気付く余裕なんて無かったんだけど……。

まず、互いのアレなソレで身体は濡れまくっている。……乾けばいいとかそんな問題ではない。
次に、シートの上。なかなかアレな光景だった。

「……海……入るか……」
「……そう……ね……」

―――嗚呼、カラスの鳴き声が心に痛いぜ……。





―2001年11月04日23:00―

「それで、『会議』なんてやって結局どうなったんだ―――あ、それチーね」
「……夕呼先生のやることだからなぁ……額面通り受け取って調子乗ってたら痛い目見そうなんだよなぁ……リーチっと」
「……羨ましい限りだな。俺にもコツを教えて欲しいところだぞ―――通るか……!?」
「ふん、女を抱いて溺死しろ……ポンだ」
「それこそ本望だぜ―――っと、悪いなユウヤ少尉殿……ロンだ。
 ……リーチイーペードラ三……親満だ」
「ぐっ……トビだ」
「おいおい、またかよユウヤ~。これでもう何回目のヨンチャ&トビだ?」
「うるっせえよ、マカロニ!」
「相変わらず手堅くニチャですか、ドーゥル中尉」
「今月は厳しいのでな……負けられん」

まあ、皆まで言わずとも分かるだろう。めくるめく官能の世界から帰還した俺はその足で遊技場へと向かい、こうして卓を囲んでいる。

「え~と、俺が+30000でドーゥル中尉が+5000。……ヴァレリオ、ユウヤ、きっちり明日中に支払い頼むぜ?」

無論分かっていると思うが、俺達は賭け事をしていたのではない。
+30000というのは、ユウヤとヴァレリオの二人が俺に『善意』により無担保、無利子、返済無期限で俺に貸し付けてくれる、とそういうことである。
ゲームの勝敗の結果金が動いたわけではない事を明記しておこう。

収入の無い俺がどうやって金子を得ていたのか、という答えが実はこれだったりする。

「白銀。お前は明日、どちらの訓練に出る?」
「訓練生の方は、どうせ適性検査ですからね……。明日はヴァルキリーズのほうに顔を出しますよ」
「そうか、それならちょうど良かったな」
「……どういう意味です?」
「伊隅大尉に聞いたのだが、明日は新型のOSを使用しての訓練だそうだ」
「……ああ、ようやくですか」
「武、お前知ってたのか?」
「まあ、発案とバグ取りやったのは俺だから」

―――明日、ついにXM3が実装されるのか……。新潟のBETA侵攻まであと6日。
これだけあれば充分に慣熟出来る筈だった。あとは、ワントップの俺が上手く立ち回れば、彼女たちの危険は最小限に抑えられる筈だった。

―――死なせもしなければ死にもしない。
あいつらの、○○膜ぶち破るまではな……!!

「……ユウヤ、見ろよ……武のあの顔」
「……なんであいつがモテるのか……日本人てのは、バカばっかなのか?」

―――俺の固い決意は、外野の野次ごときでは小揺るぎもしないのだ―――

※麻雀ネタにミスを発見したため改定
指摘頂き感謝します



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第18話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 18:29
とーたる・オルタネイティヴ




第18話 ~されどけだものはきみにほほえむ~



―2001年11月05日―

「―――なんだ?……男共、酷い顔をしているな?」

我らが中隊長・伊隅大尉の、入室後第一声はこんなものであった。
言われた通り、男四人―俺、ドーゥル中尉、ヴァレリオ、ユウヤ―の顔は見るも無残に青褪めていた。

「―――うぷっ……お、お気になさらず。ただの二日酔いですので……汗をかけば直に治まるでしょう……」

皆を代表してドーゥル中尉が答えてくれた。正直、俺は声も出したくない心境だったのでありがたい。

―――ただ酒だからってんで飲み過ぎたのがまずかったな……

昨夜は麻雀をお開きにした後、皆でバーに繰り出したのだ。だが、それがまずかった―――。
なんと、今となっては滅多に手に入らない九州は鹿児島の芋焼酎、『薩摩○波』が入荷していたのである。
それだけではない。同じく九州宮崎の芋焼酎『霧○』である。―――それも赤。

ご存知の通り、九州を始めとする西日本はBETAにより滅ぼされて既に久しい。
南九州の特産である芋焼酎など、まさか東日本で生産などされよう筈も無く……。
皮肉な事に、九州が廃墟となって以降に一人の高名な好事家の目にそれが止まり、人気が高まり今や芋焼酎は滅多に拝む事すら出来ぬ幻の焼酎となっていたのである。

無論、『勝ち金』と引き換えにユウヤ、ヴァレリオの二人に奢らせ、二本ともキープしたのは言うまでもない。
二人は清算の際泣いていた様な気もするが、それはこの際どうでも良い。
むしろ今気になるのは、祷子さんの呆れ返る様なそれでいて出来の悪い弟を見守るような視線と、その他女性陣の怒れば良いのか笑えば良いのか叱れば良いのか、そんな感情の入り混じった微妙な表情だった。

「……そんな様で訓練に集中出来るんだろうな……?」
「我々はこれでもプロです。……一度コクピットに座れば、常に100%の状態に持って行き―――オプッ」

し、締まらねえぜ……俺。まさか決め台詞の途中で込み上げて来るとは……!

「……とりあえず……貴様らはシミュレーターの前にグラウンドを20kmほど走って来い。我々はその間に、副司令より新型OSの概要についての説明を受けておく。
 ……尚、貴様らは走りながら白銀に説明を受けておけ。
 ……貴様らが戻ったら即座に訓練開始だ。―――無様な真似を晒したら……分かっているだろうな……!?」
『い、イエス・サー!!』

―――俺達は敬礼もそこそこに部屋を飛び出してゆく。……くそ……声出して笑ってるのは……柏木か。
覚えとけよ。訓練が終わったらその笑い声を喘ぎ声に変えてやっからな……!





―――訓練は上々。これまで旧型の鈍さに散々苦労させられてきたため、正にこれまでの鬱憤を晴らすかのような出来だった。
先日俺が行った提言により部隊のハイヴ内戦闘訓練は、より三次元軌道と突破を重視したものへと比重が置かれていた。
その為、数度に渡って繰り返し行われた難度Sのヴォールク・データも最後には最下層到達という偉業を成し遂げた。

俺の方はと言えば、無論最後まで生き残り反応炉まで行き着くことが出来た。……ただし単機での破壊は不可能であり、状況的に『詰み』だったのであるが。

……今後の課題は、放っておいても生き残る可能性の高い俺の他に、最低一人を生きて反応炉まで到達させる事に重きが置かれる事になるのであろう……。

「―――最下層到達という当初の目標を達成し、また白銀が反応炉到達に成功した。今後の目標は装備の特性上後方に置かれる事の多い風間・ブリッジスを守り抜き、最低どちらか一人を白銀と共に生きて反応炉まで到達させる事だ!」
『―――了解!』

伊隅大尉の発言とそれに答える彼女たち。
だが俺は、皆に唱和する事が出来なかった。
もし仮に、今ハイヴ攻略作戦が発動され彼女たちが突入任務に着いた場合、彼女たちはその言葉の通り自らの命を盾として梼子さん、ユウヤの二人を守るのだろう。
20数個存在するハイヴ、その内のたった一つと引き換えに、俺は自身の掛け替えの無い者そのほとんどを失うのだ。

到底、容認出来るものでは無かった。
こんな時、フラッシュバックするのはいつだって同じ光景。

―――守り切れなかった人達。

―――叶えてやる事の出来なかった思い。

だから俺は、気付けば激情のままにその思いを口にしていた。
この時俺は、上官の方針に真っ向から対立する事の意味を全く考慮していなかったのだ。


「……困るんですよ、その程度じゃ……!」
「―――なんだと……!」
「―――最下層に到達した程度で満足されて、それで最低二人生き残れば良いなんて半端に悟られてちゃ、困ると言ったんです!」
「―――口を慎め、白銀っ!」

伊隅大尉から放たれる拳。俺はそれを、大尉を見据えたままモロに喰らう。
咥内に広がる鉄の味。幾人かの女の子の、悲鳴を飲み込むかのような声が耳に届いた。
だがそれでも、俺は自身の昂ぶった気持ちを抑える事が出来なかった。

「……たった一つ……たった一つのハイヴを潰す為に、それで皆死んじまって満足なんですか……!?
 ハイヴは、地球上に20何個かあるんです!……それを、一つ潰すたびに俺は皆を死なせて、生き恥晒して、何度も何度もあんな思いを経験しなけりゃならないって言うんですかっ!?」
「―――貴様……」

伊隅大尉の何かを押し殺した様な声。それで、俺は心を冷やす事が出来た。
即座に感情のままに暴言を吐いた事を後悔する。同時に、このままでは互いに引っ込みがつかないことを悟る。
俺は、ドーゥル中尉の方をチラと見やった。

―――気付いてくれ、おっさん……!

一瞬だけ交錯する俺とドーゥル中尉の視線。
中尉は、微かに頷いたような気がした。

「―――白銀ぇっ! 上官に対し、何と言う口の利き方だっ!!」

歴戦の軍人の、それも男の本気の拳。先程の大尉の比では無かった。
鼻の奥がツンとし、血が鼻腔から溢れ出す。
中尉の容赦の無いそれは、俺が床に倒れこむまで数発繰り出された。

「―――隊長、この者は私が後ほどきつく指導しておきます。
 ……故に、この場は怒りをお収めください」

―――錯覚だろうか。俺は伊隅大尉の顔に、仲裁が現れた事に対する安堵、手を上げてしまった事への悔恨等の入り混じった複雑な表情を見たような気がした。

「……そうか。なら任せよう。
 ―――貴様等、午前はこれで終了だ。午後の訓練に遅れるなよ!」
『―――っ……了解!』

―――いずれにせよ、ドーゥル中尉の『制裁』によって俺が救われたことだけは確かなようだった―――





―2001年11月05日18:00―

「あ~いてて……。まだ痛むな……。……にしても、普通本気で殴るか!?
 それも五発だぞっ、ご・は・つ!!」

念のために言っておくがこの場には誰もいない。今のは俺の独り言だ。
訓練から解放された俺は自分の部屋へと戻るべく廊下を歩いていた。
ともかくも、殴られた跡をそのまま放置しておけば明日には痣となって酷い状態になっているだろう。

―――手当てしないと……そう、出来れば女の子の手で。……優しく。

そうと決まれば、後は誰にしてもらうかという話。候補は、唯依タン、三姉妹、祷子さん―――あるいは、まりもちゃんという手もある。

―――いや……涼宮中尉とかならそれはもう優しく手当てしてくれそうだ……。

今回はヴァルキリーズの誰でも訪問可能だ。何しろ今日は『大義名分』がある。

―――○○さん……今日は場を騒がせてしまってすみませんでした……!
……どうしても、一言謝っておきたくて……。

そんな妄想をしていたせいなのか、だから俺は背後から近寄って来る人物に気付く事ができなかった。

「―――白銀っ! なにボーっとしてんの?」
「―――っ! ……か、柏木か……。驚かすなよ……」

妄想の真っ最中に当の本人から声を掛けられ、俺は文字通り飛び上がってしまった。

「あはは、ごめんごめん。……で、何考えてたの?
 ……もしかして、昼前の事?」
「い、いやそんな事じゃなくて、今お前と―――いや、そうだ!
 その事を考えてたんだよ!」

あぶねえ……。狼狽のあまり『脳内でお前と○×△やってたんだ』とかぶっちゃけるとこだったぜ……。

「……それにしても、お前さんはサッパリしてんなぁ……。
 午後の訓練では皆、俺は腫れ物扱いだったてのに、お前だけは普通に話し掛けて来たもんな……」
「だって白銀、間違った事は言ってないじゃない。それなのに変に遠慮して話したい事も話せないなんて損だもんね」
「……いや……やっぱりあの場で言うべき事じゃなかったさ……。徐々に目標の設定を高くしていくのは当たり前で、大尉が言った目標は今の段階では妥当だった……。
 それなのに、ついカッとなっちまってなぁー……」

俺は思わず盛大な溜息をつき、遠い目をしてしまった。
いくら経験を重ねようと、時々感情が抑えられなくなってしまう。これだけはどうにもならなかった。

「―――っ……」
「……どうした? 柏木……」
「う、ううん、何でもないよ。……普段軽い人が時々こうやって物憂げな雰囲気出したりすると、やっぱりグッと来るなぁ……」
「……すまん、よく聞こえないんだが」
「だ、だから何でもないって!……それよりも、ドーゥル中尉も酷いよねえ……何もこんなに殴らなくたっていいのに」
「いや、中尉のあの行動はベストだったよ。あのまま行っていたら互いに引けなくなって、最終的に俺は営倉ぶち込まれるか、除隊させられたか、だもんな。
 あの時中尉が憎まれ役やってくれたおかげで、上官の立場と俺の身と、両方救われたんだ」

まあ、ドーゥル中尉に目配せしてそうなるよう仕向けたのは俺だったんだけど、この際それは言う必要なかった。
それに中尉だったら、俺が仕向けなくてもいずれそうしてくれた筈だ。

「……痛くないの……?」
「……痛いさ。……そうだ、折角だから手当てしてくれ」
「え?……手当て?」
「うん。いやー、俺の部屋の鏡って調子悪くってさ、映ったり映らなかったりで、一人じゃ上手く手当て出来なかったんだよ」

無論嘘である。……映ったり映らなかったりする鏡なんて代物があったら普通にホラーである。
だが、柏木はそれに気付いた様子も無く、らしくもなくうろたえている。

「え、えっと……わ、私で良いの?」
「もちろん。……というか、君に手当てして欲しいんだ……」

ここで、久々に『エンジェル・スマイル』を発動してみた。まさに、文字通り『天使の微笑み』
俺に一切の『したごころ』がない事をアピールする。
……まあ、青痣の出来かけた顔じゃ、様にならない事甚だしいんだけどね。

「う、うん……いいよ……」

―――かみさま……ぶじ、もくひょうのほかくにせいこうしました……!

―――よくやりましたね、しろがね……。ですが、くれぐれもゆだんしてはなりませんよ……あなたは、うっかりがおおすぎるゆえに……。

―――無論だとも。さあ、いざ行かん我等が約束の地へ……!





まあ、殴られた跡の手当てなんて、正直な話冷やすくらいしかやる事は無い訳で……。
そうすると、途端にやる事は無くなってさあ後はどうしよう、となる訳だ。

「……舐めてくれ」
「……えぇ~?」
「お願いだ」
「……もう……わ、分かった……」

ああ、ちなみに傷口の話である。
俺は気付かなかったのだが、どうやら倒れた時に引っ掛けて、頬に切り傷をこしらえていたらしいのだ。

「い、いくね……んっ……」
「―――くっ……」

な、何という舌使い。ヤバイ、これはやばいですぞ、俺……!
何と言いますか、非常にアレだ。
ふと気が付けば、俺の欲望を司りエロスとリビドーの象徴たるバベルの塔が、神々のおわす遥かなる天空に向かい高々とその存在を主張していたのだ。

……というか、凄いな。丈夫な生地で出来ている筈の軍服のズボンを突き破らんばかりの勢いである。我が事ながら驚きだ。

―――まあ、それだけの存在感を醸し出していれば、当然柏木の目にも留まる訳で。

「…………」
「はは……」

更にびっくり。柏木にその存在を気付かれた途端、『ヤツ』は更に硬度を増したのだ。
モース硬度で言えばルイタウラも驚きの16くらい。今なら36㎜弾ですら弾き返せそう。

「…………」
「…………」

沈黙が非常に辛い。何か言わなければ、と口を開きかけたところで柏木に先を越された。

「……ね、ねえ……してあげようか……?」

……あえて問おう、『ナニを?』と……!
これまで女の子の方から提案されるなど、滅多に無かった事だ。いざ、事此処に到れば多くは語るまい。
強いて言うならばただ一言。

―――いただきます―――





―――此処で一つ、質問してみたい。柏木 晴子の魅力とは一体何であろうか、と―――

俺ならば、胸を張ってこう答える。

『豊かなぱいおつと、そして肉感的な尻である』と……!

今回は、その二つを余すところ無く堪能させて頂いた。
まずは○○○○。……その大きな○○○○で、心ゆくまで○○いてもらった。
次に○○。俺の○○○を○めて貰うと同時に彼女の魅力的な○を攻められるという優れ技。
三つ目は○○○○○○○。彼女の○○○○を○で責めながら空いた両手で○○○○を責めるという何ともアクロバティックな技。

……あとはまあ、普通に○○位だったりお馬さんだったりお猿さんだったり……ってな具合。
普通でないとすれば、それらは彼女の○○○○だけでなく○○○でもやらせて頂いた、という事か……?
いや、それ位ならまだまだ普通である。

「……なあ、晴子……」
「……な、な~に~……」

むう、またしてもやりすぎてしまったのか? 答える声にも、全く力が無い。
ベッドに突っ伏してピクリとも動かず、声だけが聞こえてくるというのも非常に怖い。

「一つだけ気になってたんだけど……『会議』では結局何を話したんだ……?」
「あ~~、……それは気になるよねぇ……でもごめん……内緒~~」
「……おいおい……」
「う~ん……一つだけ教えてあげる……。これから先……武が原因で私たちが……本気の修羅場になる事だけは無いと思うから……安心していい……よ……」

どうやら、力尽きて寝てしまった模様。

―――まいどまいど、あなたはかげんというものをしらないのですか……。

余計なお世話、というものだ、この『でばがみ』さまめ……!

まあ、何はともあれ―――

―――ごちそうさまでした―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第19話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 17:53
とーたる・オルタネイティヴ




第19話 ~けだものはしんでもなおらない~



―2001年11月06日―

「……二人乗りで直接操縦技術を教える、と言うのか……?」
「ええ、そうです」

此処はシミュレータールームだ。訓練生達は、昨日一日を適性検査と座学に費やしたため、実質的な初乗りは本日、という事になる。
それで俺は、より訓練の効率を高めるためにこうして朝一番のミーティングで提案を行ったわけである。
決して、ヴァルキリーズの訓練に顔を出すのが気まずかったとかそういうことではない。

「新型OS『XM3』は、私の理想とする機動、操縦を現実の物とするために開発された代物です。
 ……つまり『私の、私による、私のためのOS』という事になります。それを手っ取り早くモノにしてもらうためには、私が直接教え込むのが最も効率的だ、と判断しました」
「その件は副司令より伺っている。……しかし一つ確認するが、二人乗りとは具体的にどうするのだ?」
「そんなの決まってるでしょう。……俺が普通に座って、その膝の上に彼女たちが座るんです」
「…………」

『…………』

今俺は、何かおかしなことを言ったのだろうか。まりもちゃんと、207B分隊の5人は妙な顔をしている。

「白銀……お前は、教える相手が男だった場合、同じ提案をしたか……?」
「やだなあ、するわけが無いじゃないですか。俺は、男を膝の上に乗っけて喜ぶ様な趣味はありませんよ?」

『ハァ~~……』

―――こいつはうっかりだ。つい本音を口にしてしまった……。皆の呆れ返った溜息が痛いぜ……。

「……お前がそういう男だというのは分かっていた事だがな……。―――篁」
「はっ」
「分隊長であるお前が決めろ。私はどちらでも構わん」
「……はっ……」

うん、唯依タンの葛藤は手に取るようにわかる。
翻訳するなら、『訓練中に男の膝の上に座るなどとんでもない……けど相手は武だしそれは別に問題ない。それにこれは新型に慣熟するために必要な事。ああでも武が女を膝の上に座らせたりしてそのまま訓練だけに集中するなんて絶対ありえない……!』

実に良い感じにテンパっていらっしゃる。このまま黙って見ていても落ちるのは分かりきっているが、ここはもう一押し欲しい所。
―――仕方なく俺が口を挟もうとすると、意外な方向から援護があった。

「ユイ、より効率的に習熟出来るのならば、迷わずその方法を選ぶべきだと思う」

クリスカだ。流石に訓練中はツンモードで通す模様。

「―――っ!……そうだな。教官、是非ともお願いします」
「……それでは、一人2時間でお願いできますか」
「それでは、貴様は10時間連続でシミュレーターを続けると言うのか?そのような無茶は許可できない」
「2時間常に操縦を続けるわけではありません。……開始前の講習に30分、操縦に60分、終了後の解説・休憩で30分……そんなところです」
「……良いだろう。……ただし、これ以上は無理だと判断したら即座に止めるからな」
「有難うございます」

実は、俺の目算では終了後の解説は15分くらいで終わる。残りの時間を何に使うかは言わぬが華、というものだ。

―――ふふふ……てとりあしとりこしとり……じっくりとねぶりつくすかのように『おしえて』やろう……!

「―――ずべらっ!!」
「……すまん、タケル。……手が滑ってしまったようだ」
「な、なにをどうやったら手が滑って『竹光・スペツナズナイフバージョン』が飛んで来るんだよ……」
「……以後気を付ける」

済ました顔が実に憎らしい。だが、これで今日の夜のお相手は決定した。
イーニァと二人で、クリスカが泣いてお願いするまで責めてやろう……。




―2001年11月06日 20:00―

正直言って、もう我慢の限界である。分隊長の唯依タンから始まり、タリサ、ステラ、イーニァと彼女たちを膝の上に乗せて操縦を続けてきたのだ。

シミュレーターが揺れるたびに、彼女たちの身体からフワッと女性特有の香りが鼻をくすぐって来た。
荷重が掛かるたび、膝に彼女たちの尻の感触が伝わって来た。
その二点だけでも俺の『ナニ』が天高くそびえ立つに充分であると言うのに、Gが後ろに掛かるたびに女の子達の身体で俺の『アレ』が刺激されるのである。

―――ムスコよ……これまで暴発する事も無く、良くここまで耐えてくれたな……。

だが、我慢の時間ももうじき終わりを迎える。
今クリスカに操縦訓練後の解説を行っているところであり、それが終われば俺の溢れんばかりの『情熱』を遮るものは無くなるのだ。

「―――以上だ。……ふう……ようやく終わったな……」
「……疲れたのか?」
「……疲れてはいないよ。……これで、やっと我慢する必要が無くなったな、と」

言いながら、俺は通信装置の電源を落とした。
これで、こちらから入り口を開放しない限りはこの部屋は密室となる。

「どういう意味―――んあっ、た、タケル……何を……!?」
「いや~、俺のムスコがさ、訓練前に喰らった一撃の御礼をどうしてもしたいって言うもんで」

言いながら、俺は強化装備越しに彼女の双丘を鷲掴みにした。
更に、後ろから彼女の耳たぶを甘噛みしてやった。

「―――はぅっ……んっ……そん、な……こんなところで……!」

―――ぶっちゃけた話、少々早まったかなと思わなくも無い。いくら密室とは言え、ここはシミュレーターの中。
強化装備にしたところで、脱がせるのはもちろん破くなど論外だ。
つまり、俺に許されるのはただこうしてクリスカを弄り続けることのみ、という訳で……。

―――いかん……こんなさわってるだけで『ぼうはつ』しちまったら、おれはこのさきいっしょう『じゅうじか』を……!

―――CPよりフェチ01、撤退するんだ! 弾の無駄遣いは避けろ……!

こ、こんな状況で撤退出来るわけ無いだろうが……。だが、まずい。このままでは後先考えずに破ってしまいそうだ……。

―――そとには、『ゆいたん』がいるのではなかったのですか……?

「―――げっ」

手が、一瞬にして停止した。それどころか、我がムスコがまるで穴の開いた風船のような勢いで萎んでいく。

「……え?……た、タケル……?」
「は、ははははは。―――く、くくくクリスカ、やっぱりこんな所でこういうことするのは良くないな、うん。
 というわけで、すぐ出ようさあ出よういざ出よう……!!」
「―――この……ドアホ!!」
「―――ぐおっ!」

俺の足を、猛烈な勢いで踏みつけるクリスカ。
クリスカが怒っているのは分かる。分かるんだが……。

―――教えてくれ。君が怒っているのは行為そのものに対してか、それとも途中で止めた事に対してなのか……?





―2001年11月06日 22:00―

そんなこんなで今日も一日お勤めご苦労さん、というわけで今俺はクリスカとイーニァの部屋の前にいる。
一日中シミュレーターに乗り続けて疲労困憊の俺を、二人のサイコパワーによって癒してもらおうというわけだ。
だが、先程からノックに答える声が無い。脳みそ部屋に誰もいないことは確認済みだから、この部屋にいるはずなのであるが……。

「―――お邪魔しま~すっと……」

勝手知ったる他人の部屋、とはよく言ったものである。
……ふむ、明かりは付いているが人影は無い。何処に行ったというのかヤツらは。

「―――っ!! ……謎は……全て解けたっ……」

僅かに響く雨が地面を叩くかのような音。
漏れ聞こえる人の物と思わしき声。

―――そして、ベッド上に畳んで置かれた二人分の服。

―――そのうえにおかれた『し・た・ぎ』

「シャワーを浴びているというのか、ヤツらは……じつにけしからん」

これは、検分が必要だと俺は判断した。真実この服が彼女らの物であるのか、俺は確かめなければならない。
そう、未だ事件は始まったばかり。取り返しのつかない悲劇を回避するために、俺はやらねばならないのだ。


―――けんぶんちゅう―――


「どうやら……クリスカとイーニァのもので間違い無さそうだな……」

何をどうやってそう判断したのか、それは教えられない。だが、これは間違いなく彼女たちの物だと俺の中の全てがそう言っている。
では次に、シャワールームにいるのが本当に彼女たちなのか、それを確かめなければならない。

「こんな……こんなにも辛い思いをしなければ真実には辿り着けないと言うのか……!」

意を決して、俺は一歩一歩『真実の扉』へと近づいてゆく。

―――おまちなさい、しろがね……。なぜあなたまでふくをぬごうとするのです……?

何をとんちんかんな事を言っているのか、この『かみさま』は……。
古今東西、ありとあらゆる国を巡っても服を着たまま風呂に入る奴などいないだろうに……。

すりガラス越しに、二つの女体が踊っているのが見て取れる。

―――ひとりはおおきくて、ひとりはちっちゃい。

何が、とはあえて言うまい。だが、彼女はそれで良いのだ。
それは、決して間違いなんかじゃないのだから……!

「まだだ……まだだ、相棒。突入にはまだ早い……もうしばらく泳がせておけ……」


―――しばらくおまちください―――


「ど、どうやらクリスカとイーニァで間違いなかったようだな……。これで、最悪の結果だけは避けられたと言う事か……」
「……ほう? それでお前は、一体其処で何をやっている……?」
「…………」
「…………」

決定的な失敗。俺から二人が見えると言う事はすなわち、二人から俺が見えると言う事でもあったのだ。
なぜこういつもいつも俺というヤツは決定的な場面で『うっかり』をかましてしまうのか。
こうなったら、一部始終包み隠さず『捜査情報』をゲロして、お情けに縋るしかなかった。

「見て分からないのか?……風呂に入ろうとしている」
「……それでは、その頭に被っている『モノ』はなんだ……?」
「お前のブラだ。……見れば分かるだろう?」
「……私が聞きたいのは、何故そんな事をしているのか、という事だ」
「証拠物件だ。……それはそうと、こうやって……ブラを目に当てて……『ウルトラマン!』とかやった事は無いか?」
「……この……ボケェッ!!」
「―――へぐわっ!!」

何とも形容の仕様の無い、強烈な前蹴りが俺の『相棒』を直撃した。

「お、おのれ……男子のイチモツを足げにするなど……許される事でなないぞっ……!」
「―――遺言はそれで終わりか……?」

ヤバイ。どうやら虎の尾を踏んづけてしまったらしく、シャレの通じる状況では無さそうだ。

―――たのむ、イーニァ。……助けてくれ!

「……たけるもいっしょにおふろはいるの?」
「―――っ! そ、そうだ! イーニァ、お前もねーちゃんに何とか言ってやってくれ!」
「……クリスカ、たけるにひどいことしちゃだめ」
「ぐっ、だがしかし……!」
「……だめ……」
「むっ……」

流石はイーニァだ。クリスカを一発で黙らせたぞ。
ここはやはり、一気に攻め落とすべきだ。

「よ、よ~しイーニァ、俺と一緒に入ろう! 二人でねーちゃんを気持ちよくしてやろうぜっ!」
「ま、まてっタケル! どういう意味だそれは!」
「ほら、早くしないとまたイーニァに怒られるって」
「―――それとこれとは話が別―――ん、んぁっ……そ、そこは……い、いやぁ~~~っ」

―――本日の決まり手、『なしくずし』……なんてな……。





狭いながらも何とか三人での入浴を終えた。
クリスカはさめざめと泣きながら、ベッド上の枕に顔を押し付けている。

「わ、私は……イーニァの前でなんて事を……!」
「いやぁ~クリスカ。そんなに気持ちよかったのか?
 ……まさか、失きn―――うわ、ちょっ待て! 真剣はヤバイって!」
「……クリスカ、かわいかったよ?」
「うっ……」

真剣を上段に構えたままフリーズするクリスカ。その顔のあまりの赤さについつい悪戯心がうずいてしまう。

「そうそう、イキながらもらしちゃった後の顔なんてもう―――ば、バカヤロウッ! 今、前髪が切れたぞっ!!」
「―――もういいっ!……お前を殺して、私も死ぬっ!!」
「そ、そういう台詞はもっと色気のある場面で―――だから、振り回すんじゃ―――突いたら、よけい危ないだろうが、このドアホッ!」
「―――避けるなぁっ!!」





―――CPよりHQ……CPよりHQ、状況は終了した……あのバカを連れ戻してくれ。……繰り返す、あのバカを連れ戻してくれっ……!!



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第20話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/15 21:14
とーたる・オルタネイティヴ




第20話 ~さらばけだもの~



―2001年11月07日―

ここは夕呼先生がいる副司令執務室。来る11日に予定されている『BETA新潟上陸事件』の報告と、それに対する解決案を持って俺はこの部屋を訪れていた。
先生は相変わらず不機嫌なご様子で、計画が難航しているであろう事が容易に想像される。

確か計画に関しては、『前の世界』では俺が『元の世界』に理論回収に行ったはずである。今回はそんな危険は冒したくない。
そろそろ先生の閃きの切っ掛けになるような『何か』を模索しておいた方が良いのかもしれなかった。
こちらもあちらも同じ先生。切っ掛けさえあれば容易に『到れる』筈なのだから。

「……佐渡島から侵攻してきたBETAが、新潟に上陸するって言うの?」
「そうです」
「―――で?……何をどうして欲しいわけ?」
「先生にお任せしますよ。……俺は、全人類を救おうなんてご大層な目標は失くしましたから。
 ……この基地にいる、幾人かの俺にとって大切な人が無事なら、それでいいんです。
 ……そして、放っておいてもこの基地が無事に済むのは実証済みです」

かつての俺は、知らなかったのだ。
『全人類を救う』という理想が、自分にとって掛け替えの無い人達の命をチップとして差し出さねば成立しないという極めて理不尽な勝負だったという事に。
それを知って尚『人類のために戦う』と理想を掲げていられるほどに俺は強くはなかった。

「……この基地さえ無事なら、他はどうでもいいってわけ?」
「極論すれば、そういう事になります。……でも、放置して帝国軍の戦力が目減りすれば、結局は次同じ事があった場合に仲間達が危険に晒されます……。
 ……ですから、本当の意味で仲間達の危険を減らすのであれば、最小限の労力で最大限の結果を挙げないといけない……」

つまりは、上陸予想地点での迎撃という事。『以前』は放って置けだの証拠を見せろだの散々にやられてしまったわけだが、結局のところ先生にとってこれが絶好の機会であるということに変わりはなく、今回もヴァルキリーズに出動命令が下されるのだろう。
ならば、俺は俺にとっての大切な人たちを守るため、最善を尽くさねばならない。

「その前に、一つ確認しておくけど……今の話が事実だ、という証拠はあるの?」
「別に証拠なんて要らないと思いますけど?」
「あのねえ、其処まで話が大きくなったら、ちゃんとした証拠も無しに動けるわけ無いでしょう?」
「ええ。……ですから、11日に帝国・国連合同の大規模な実弾演習を企画しましょう。
 ……演習自体は、やって無駄になる事では無いでしょう?」
「『実弾演習』の最中、たまたま偶然BETAが侵攻して来ました……ってわけ?
 ……駄目ね。パニックに陥って潰走するのが目に見えているわ」
「そこは、混乱を一発で沈める『カリスマ』の登場に期待しましょう」
「……あんたまさか、殿下をお招きしよう、とか言い出すんじゃないでしょうね……?」
「それが出来れば効果は抜群ですけど……斯衛の重鎮を呼ぶのが精一杯じゃないですか?」

先生は顎に軽く手を当て、考え込んでいる。俺の作戦の有効性と、実現可能か否かを検証しているのだろう。
ここ数日練りに練った作戦だ。穴は無いはず。
あえて難点を挙げれば準備の不足という事だろうが、いざBETAが侵攻してくれば準備がどうのとは言っていられないわけで、そこは各基地司令と先生の手腕に期待する他無かった。

「―――いいわ。あんたの、将軍まで巻き込んで大乱闘やらかそうっていう図太さが気に入ったわ。
 ……今日中に上の方に提出してねじ込んでおくから」
「有難うございます。……ついでにもう一つ、帝都本土防衛軍なんかも呼んでもらえると嬉しいです」
「何処まで図々しいのよ、あんたは。……でもまあ、使える戦力は多いに越した事は無いでしょうしね……」

実の所、この作戦は一石で二鳥も三鳥も落とす事を目論んだ物なのだ。

まず一つに、予め大戦力を上陸地点に用意しておく事で、こちらの被害を最小限に敵を殲滅出来るという事。
突然の敵襲にパニックに陥るという危険性は、将軍あるいはそれに近い者の存在を用意しておく事で対処する。

二つ目に、BETAは演習中にですら来襲するのだという事実を関係者全員の胸に刻み、関係者の緊張感を高めるということ。
これにより『トライアルの悲劇』も回避されるわけで……。

―――まりもちゃんには、俺達が任官の暁には少佐にでも復帰してもらい、ヴァルキリーズを『真・ヴァルキリーズ』へと生まれ変わらせてもらうのだ。
ちなみに、ヴァルキリーとは『戦乙女』のことだが、まりもちゃんは『乙女』では無いだろうとか言うのは禁止だ。

三つ目に、俺達ヴァルキリーズに配備された新型OSの威力を、参加人員全てに思い知らせる事。

四つ目、これは俺の願望だが、おそらくこの世界でも起きるであろうクーデター。その首謀者があわよくば戦死してくれるかもしれない、という事。
まあその可能性は低く、あまりあてにはしていないのだけど。

五つ目、実はこれが最も重要で、今作戦の全てはこのためにあるといっても過言ではない。

―――煌武院 悠陽殿下とお近づきになる絶好の機会だということ……!!

「―――あのヘンタイ機動をする不知火の衛士は何者ですか?」
「―――はっ、国連横浜基地に所属する白銀 武少尉と申すようです」
「まあ、私と同じ年齢なのですね……是非とも会ってみたい故、連れてまいれ」

「―――そなたが、白銀ですか……?」
「―――はっ、お初にお目にかかります……白銀 武少尉であります……!」
「―――(ポッ)」

―――なんていう展開も夢ではないのだ。ぶっちゃけ、クーデターが起きるまでなんて待ってはいられない。
殿下と一刻も早くお近づきになり、尚且つあわよくばクーデター首謀者の沙霧 尚哉を黙らせる。

―――ふふふふふふ……燃えて来たぜ……!!

「……白銀ぇ……妄想に耽っているところ申し訳ないんだけど、出て行ってくれない?
 ……なんだかむかつくから」

―――おっといかんいかん……。確かに、まだ会ってすらいない女の子を相手に妄想している場合ではなかったな。
来るべき時に備えて、腕を磨いておく事にしよう……。





―2001年11月07日 19:00―

―――そう、俺には未だ会っていない女の子にうつつを抜かす前に今其処にいる女の子を満足させてやる必要がある。
そんなわけで本日もやってきた『よるのくんれんたいむ』だ。
昨夜はクリスカ、イーニァとお風呂で『くんれん』してしまった。そうなると気掛かりなのが我等がろりがみさま、社 霞だ。
長女、次女とお相手しておいて末っ子をそのまま放置、というのは仁義にもとる。
きっと今頃霞は、『ここへ白銀さんが来ないのはきっと私がつるぺただからだ……!』などと思い悩み、自室で豊胸体操に励んでいるに違いないのだ。
俺は、そんな霞に愚かな行為を止めさせ、今のままの霞にこそ価値があるのだ、という事を教えてやらねばならない。

「かーすーみーちゃーん、あそぼーぜー!」

ちなみにここはいつもの脳みそ部屋ではない。いかな霞とは言え、別にあの部屋で寝泊りしているわけではなく当然自室というものが存在する。
いつもあの部屋に行けば会えるため、これまで足を運んだ事はほとんど無かったのだが。

『ドンガラガッシャン』という何だかよく分からない物をぶちまけてしまったかのような派手な音が響き渡った。
続いて、こちらに向かって駆けて来る軽い足音……そして、何かにぶつかった、あるいはぶつけてしまったかのような鈍い音。

……タンスの角に、足の小指でもぶつけたか……?

部屋の中から『あが~』とかいう悲鳴?が聞こえたので多分間違いない。

―――待つこと数分。ようやく扉が開き、霞が姿を見せてくれた。ちょっと涙目なあたり、ポイントが高い。

「……こんばんわ、白銀さん……何か御用ですか……?」
「……何してたんだ……?」
「…………」

おいおい、だんまりかよ。……でもな、うさみみが反応しちゃってるから意味が無いんだ。
ここは、華麗に探りを入れてみるべきだろう。

「最近俺が姿を見せなかったもんで、一人で慰めてたんだろ……?」
「そ、そんなことありません……!」
「そっか……俺はお呼びじゃ無かったって訳だな……邪魔したな。
 ……帰るよ」

踵を返した俺の軍服の裾を握る小さな手。もちろん霞の手だ。

「……ご、ごめんなさい……本当は、とても寂しかったです……」

―――フィ~~~ッシュ!!
押すだけではなく、たまには引いてみようと突然ひらめいたこの作戦、まさかこんなにもすんなり決まるとは思わなかった……!
よしよし霞よ……、素直な子にはご褒美を上げよう。

「―――おい……何故逃げる?」
「……へんたいです……」
「…………」
「…………」
「……帰るよ……」
「―――っ! 帰らないで下さい」

またしても掴まれる軍服の裾。……霞、俺に一体どうしろと?

「……一緒にいて下さい……でも、へんたいは駄目です……」
「いやだ」
「……え?」
「いやだったらい・や・だ!……へんたいさせてくんないんだったら帰る!
 ……そんで、イーニァに慰めてもらうんだ」
「……そ、そんな……」
「俺と一緒にへんたいごっこするか、一人で淋しく慰めるか、二つに一つ……どっちだ!?
 さあさあさあさあさ―――あがっ!!」
「貴様という男は……私やイーニァだけでは飽き足らず、霞まで……。前々から言おうと思っていたことだが、貴様は女に対してだらしがなさ過ぎる!!
 ―――この際だから言わせて貰うが、本来私は貴様の事など好きでも何でも―――」
「クリスカ」
「―――なんだ」
「……飛んで火に入る夏の虫って諺知ってるか?」
「……ど、どういう意味だ、それは……?」
「……霞」
「……はい」
「良かったなぁ……一人じゃ寂しいだろうから、おねえちゃんが色々教えてくれるってさ」
「……ありがとうございます、クリスカさん」
「……ちょ、ちょっとまて……私はそんなつもりでは―――くふぅんっ……そ、そこはダメ!
 ―――んあぁっ……か、からだが……え?……そ、そんなところまで……い、いやぁぁぁぁあっ―――」

―――まあ、早い話霞も一人じゃ怖くってなかなか踏ん切りがつかないけれど、『百戦錬磨』のおねぇちゃんが一緒だったら怖くなんて無い、というわけで……。
今回も、後始末の手間を考慮して風呂場へ直行させていただくことにしました。

―――フェチ01よりCP、フェチ01よりCP……これよりハイヴへ突入する……!援護は任せたぞ!

―――CPよりフェチ01……風呂に溺れて溺死しろ……繰り返す、風呂に溺れて溺死しろ……!!





「……う、うぅ……ぐすっ……ひっく……い、イーニァだけでなく霞にまであんな姿を……」

またしても『あられもない姿』を披露してしまったクリスカは、霞のベッドを占領して泣き崩れている。

―――そ、それにしても恐るべきはクリスカよ……。まさか、あそこまで派手に○を噴いてくれるなんて思いもしなかったぜ……。
正に、某AV女優も真っ青の『潮芸』だったな……。

「……クリスカさん、泣いてます……」
「……そうだな……きっと、あんまり気持ちよかったモンで、照れているん―――お、おいクリスカ何をするんだ」
「……霞」
「……は、はい」
「今度は、この男を泣かせてやるぞ。……お前も、協力してくれるな……!?」
「は、はいっ!」
「え、えぇ?……俺には泣かせてもらうような趣味は……ちょ、まて……そこは!!
 ―――う、うそだろ……?……くっ……い、いやぁぁぁぁあっ―――」

―――前略、こまんどぽすとさま。
風呂に溺れて溺死する事は残念ながら叶いませんでしたが、クリスカと霞に『ピー』を『ピー』されて、危うく『ピー』で溺死するところでした。
そればかりか、『ピー』されちゃったまま『ピーーーーーーー』までされちゃって……。
こんなこと、誰にも許した事なかったのに……。

……かみさま……たけるは、ないてもいいですか……?

―――よいのです、しろがね……おもうぞんぶんおなきなさい……。
……ああ、わたくしにからだがあれば……!!

追伸、明日の朝目覚めて、『おんなこわい、おんなこわい……!』などという事の無いよう祈っていてください―――。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第21話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/17 23:39
とーたる・オルタネイティヴ




第21話 ~けだものはちへいにむかってほえる~



―2001年11月08日―

昨日、一昨日と俺は207B分隊の訓練に顔を出していたため、実に久しぶり―――といっても二日ぶり―――のヴァルキリーズでの訓練である。
彼女達は知る由もない事だが出撃の日は近い。いざ間近に迫った実戦で、『彼女達の身は俺が守る』などと息巻いてみた所で俺自身の足元がお留守になっているようではお話にならない。
圧倒的な物量で迫り来るBETA共の数の脅威は、並の熟練衛士程度ならば自分の身を守るだけで精一杯なのだ。
それを、自分の安全を確保し尚且つ部隊全員の命を守ろうと思ったら、力量などという物はいくらあっても到底足りはしない。
俺は、まだまだこの程度の技術で満足している事は許されないのだ。

―――俺の選んだ道は、BETA共の脅威の去った平和な世界でヴァルキリーズ、207B分隊の女の子達全員と共に爛れた『性活』を送るという、痴者の夢と笑われても仕方が無いほどに途轍もない物なのだから―――

「おはようございま~す……」

俺にしてはややテンションの低い立ち上がり。だが、先日の訓練で伊隅大尉とやや気まずいごたごたがあったため、流石に皆の様子を窺いたかったのだ。

「あら……白銀、何だか今日は大人しいじゃない。……何かあった?」
「速瀬中尉……こいつの事です。どうせ誰か訓練生の女子に、こっぴどく振られでもしたのでしょう。
 ―――そっとしておくのがせめてもの情けというものでしょう」
「あはは……宗像中尉……それ、全然そっとしておいて無いから……」

何なのだ、あの中尉共は……。人が珍しく空気読んで超・紳士的に挨拶したってのに……。
だがどうやら、先日のいざこざの余韻など全く考慮する必要は無かったらしい。
考えてみれば、彼女達は全て、戦場に生きる衛士なのだ。過ぎた事をいつまでも引きずったりする筈がなかったのだ。

―――ならば、こちらもそれ相応の応対をするまでよ……!

「う……うわ~ん、祷子さ~ん! 血も涙も無い上官がぼくを虐めるんです~」

言いながら、祷子さんの胸に顔を埋める俺。俺の方がかなり身体がでかいため、抱き付いてしまうとかなりみっともない体勢になってしまうのだが……。

「あらあら、可哀想に……。 ―――もう大丈夫よ。あのヘンな人達からは、私が守ってあげるからね……」

祷子さんのノリの良さもなかなかの物である。俺を抱きとめてくれたばかりか、俺を慰めるかのように頭を撫でてくれた。
これまで責める方に回る事が圧倒的に多かったために知らなかったのだが、こうやって年上の女性に甘えてみるのもこれはこれで良いものだ。

―――まさか、遂に新たなるスキルに目覚める日がやって来たというのか……!?

多分、新スキル名は『甘え上手』とか『年上殺し』とかそんなんだろう。
女の子が生まれながらにして持つといわれる母性本能をダイレクトに刺激する、極悪且つ危険な技なのだ……おそらく。
昨日クリスカと霞に虐められた事が原因……ではない筈だ。……多分。

「風間~、誰がヘンな人だってぇ~?」
「と、祷子が……私の祷子が、白銀に汚染されてしまった……」
「二人はともかく、私はヘンじゃないと思うんだけど……」
「あ、茜ちゃん、茜ちゃんは大丈夫だよね……!?
 ……白銀菌に感染なんかしてないよね……?」
「―――あ、当たり前じゃない! あ、あんなヤツ、女の子には節操無いし、ドヘンタイだし、ドスケベだし……そのくせ、時々遠い目なんかしちゃうし、戦術機の腕とか半端じゃないし……。
 ……実は、凄く悲惨な過去を背負ってるんじゃないかって思わされちゃうし……」
「……あ、茜ちゃん~~……」
「ちょっと、茜ぇ~~、それって、もうすっごくやられちゃってますって白状してるようなモンじゃない……?」
「―――な、何言ってるのよ、晴子! ……私は別に―――」

―――そうか、茜……、其処まで俺のことを……。だがすまない、今夜の俺は、祷子さんといちゃいちゃしようという事にたった今決定してしまったんだ……。
君は、明日まで我慢してく―――いや、ちょっと待て。祷子さん効果により、宗像中尉とそういう関係になる事も不可能ではなくなった。
そして近い内に茜が陥落すれば、高確率で築地もモノに出来、更には姉妹効果で涼宮中尉も。
更に更に、涼宮中尉との友人効果が発動して速瀬中尉も……。最後に、部隊全員が落ちた事により伊隅大尉まで……。

―――い、いかんな……、これでは身体がいくつあっても足りそうに無い。今日辺り、京塚のおばちゃんにお願いして、『ハイポーション』を一千本程度注文しておかないと……。

「―――白銀、妄想に浸っているところを非常に申し訳ないのだが、そろそろ説明に入らせてもらっても構わないか……?」
「も、もちろんですとも……! どうか私のことは構わず、ブリーフィングを始めて下さい!」
「そうさせてもらおう。……所でな、白銀、貴様は『風吹けば桶屋が儲かる』という言葉を知っているか?」

知っている。あれだ、風が吹いたら砂埃で盲目になる人が増えて、途中で猫とかネズミとか出てきて、最終的に桶屋まで―――という落語か何だかの話だろ?
それがどうしたってんだ……?

「―――なに、大したことではない。……我が身と照らし合わせて、そう都合よく事が運ぶかどうか検証してみるべきだ、と忠告したかっただけだ……」

―――まるで、俺の妄想をリーディングしたかのような事を言うんですね、伊隅大尉―――





―2001年11月08日 21:00―

朝の予告どおり、訓練が終わったその足で俺は祷子さんの部屋に向かった。
何をしていたのかというと―――

―――ヴァイオリンの演奏会を開いたり、PXで購入してきたウィスキーで乾杯したり、一緒にお風呂に入っていちゃいちゃしたり、上がった後に溢れんばかりの劣情を抑えきれずベッドインしたり―――

―――といったことである。

そして今俺は、行為の後の無常感―――つまり、賢者タイムの真っ最中なのだ。
きっと、古代ギリシアの高名な哲学者、アリストテレスやソクラテスなんかもこのような賢者タイムの真っ最中に大宇宙の深淵について思いを馳せていたに違いない。

「……ねえ、武くん……」
「……何ですか?」

祷子さんが俺に声を掛けてきたのは、そんな時だった。俺の胸に埋めていた顔を上げ、穏やかな微笑を浮かべて俺に話し掛けて来る。

「やっぱり、あなたは不思議な人だわ……」
「……そうですか?」
「そうよ。……今朝、あなたが入って来た時の事を覚えてる?」
「もちろんですよ。……あまりにもいつもと変わらなかったんで安心したんですよ……」
「本当はね、あなたが入ってくるまではもっとぎこちなかったんだから」

正直、想像出来なかった。そもそも俺が入ってきてギクシャクするならともかく、俺が入ってくるまでギクシャクしていた、というのは違うだろう、と思ってしまうのだ。

「多分皆……私も含めて、あなたの言った事を気にしていたんでしょうね。
 ……多かれ少なかれ、みんな任務の為に命を捨てるのは当たり前、捨てても悔いは無い……そう思っていたはずだから。
 あなたは私達に、『もっと生きてくれ、生きようとしてくれ』そう言ったのよ。
 もしかして、あなたは死を当然のように受け入れている私達に失望したんじゃないか……、それが怖かったのよ……。
 でも、今朝入ってきたときのあなたは、まるで叱られた後の子供みたいで……皆、それに救われたのよ」

そう言った後、『私の個人的な意見だけどね』と祷子さんは付け加えた。

「……たった一人生き残る……これほど残酷な事って無いんですよ……。
 だから、訓練だと分かっていても俺を残して皆逝ってしまうって事に耐えられなかったんです……」
「武くん、今日の訓練の目標は?」
「……全機生存で任務を達成すること―――あっ!」
「ふふ……大尉にも立場があるから、おおっぴらに非を認めるわけにはいかないの。
 ……許してあげてね?」
「―――許すも何も……っ!」

俺はそれ以上言葉を続けられず、代わりに祷子さんを力の限り抱きしめた。
きっと、もう大丈夫だ。彼女達は、11日の対BETA戦もその後に予定されているハイヴ攻略戦も任務を達成し、そして生き残るだろう。

「―――ちょっと、武くん……痛いわ。……もう少し腕を緩めて……」

俺は答えず、代わりに祷子さんの唇を奪った。安堵のあまり、再び俺の中の『けだもの』が咆哮を上げ始めたのだ。

「―――ん……ちゅ……もう、いきなりなんだから―――んくぅっ……ええ?……ちょっと、そんなところ……ひぁああああっ!!」

―――こいつは、二度や三度では治まってくれそうに無いな……。ゴメン、祷子さん……諦めてくれ……!





―2001年11月08日 23:00―

あまりにも激しいその行為に俺と祷子さんは力尽き、絡み合ったまま、あろうことか『ナニカ』を『ドコカ』に入れちゃたまま眠りについた。
だが、そんな俺達をお花畑より拉致せんとする無粋な闖入者があった。
ノックの音に叩き起こされ、時計を見れば夜の11時を回っていた。

―――ったく、どこのどいつだ……とりあえず、男だったらころす。女でも、別の意味でころす……!

まああれだ。……寝起きだったので、少々過激になっている事を許して欲しい。

「―――祷子……いるんだろう?」

こいつはびっくりだ。闖入者の正体は、何と宗像中尉。
やはりこの場合どちらの意味であろうと、ころしてしまったらまずいような気がする。

「……あら、美冴さんだわ……一体何の用かしら……?」

そう言って素っ裸にバスローブを羽織って扉に向かう祷子さん。
何故だか今、女ってこわいなぁ~なんて思ってしまった。

「と、祷子……そのあられもない格好は……。
 ―――っ! 中に居るのは白銀かっ!」

祷子さんを押しのけ、つかつかと俺の元へ歩み寄ってくる宗像中尉。

……俺も、こんな性格になって結構経つけど、『女を取り合って女と修羅場になる』のは初めての経験である。
相手が男ならとりあえず殴って黙らせるし、俺を取り合って女の子同士で揉めるのなら基本的には俺の出る幕は無い。
……この場合は、どうするべきなのだろうか……?

「―――白銀っ! 貴様、祷子の事を―――」

『を』の形に口を開けたままフリーズする宗像中尉。それはまあ、そうなるだろう。
ちなみに今の俺の格好はベッドの上で、素っ裸で、胡坐をかいている、というものだ。
元気すぎる我がムスコは、扉に向かうきわどい格好の祷子さんを見て、またしても怒髪天を突く勢いだったのである。

「ふふ……美冴さん……押しのけるなんて酷いです……」

そう言って宗像中尉の後ろから抱きつく祷子さん。なんだか、キャラが変わってないか……?
ちなみに、時間が時間なので流石に宗像中尉も軍服は着ていない。短パンにT-シャツというラフな格好で、形のよいぱいおつがシャツを押し上げており、なかなか色っぽい。

「ねぇ、武くん……三人でしてみたいと思わない……?」
「……すごく……したいです……!!」
「じゃあ、武くんは暫く其処で見ててね……。今から美冴さんを、その気にさせてあげるから……」
「と、祷子……ま、待ってく―――んっ……あぁっ……あふぅん……んあぁぁぁっ!」

何だか、凄すぎる。小柄な祷子さんに、宗像中尉が手も足も出ていない。
こうして見ている間に、二人の行為はどんどんエスカレートして行き、ぶっちゃけこうして指を咥えて見ているしか出来ない俺にとっては刺激が強すぎる。

―――かみさまかみさまかみさまっ!も、もうぼくはしんぼうたまりませんっ!
……とっかんしても、いいですかっ!?

―――まつのです……。いまてをだしてしまってはむりやりするのとかわりません……。
あのこみずから『おねだり』してくるまでまつのです……。

こ、この期に及んで焦らしプレイとは……!もはや、焦らされてんのは俺なのか宗像中尉なのか分かりやしない。

「う、うおっ……そ、そんなことまでするのかよ!」

もはや、文章に表現してもよいレベルを超えている。一つだけ言える事は、『二人とも大洪水』だという事のみ。


―――数十分後―――


「さあ美冴さん……、武くんにお願いして……」
「し、白銀……お願い……入れてっ……!」
「……何を、どこに『入れる』んですか……?」

こうそっけなく問い返した俺を見る宗像中尉の表情の可愛さは、生涯忘れる事は無いだろう。
まさしく、『今まさに捨てられようとしている子犬がご主人様を見つめる目』だったっ……!

「し、しろがね……あなたの、『ピー』な『ピー』を、わたしの『ピー』している『ピー』な『ピー』にいれてっ……!!」





―――殿下、嗚呼我が麗しき殿下よ……!今この瞬間、あなたの忠実な臣民たるこのシロガネタケルが遥かなる地平の彼方へと赴かんとしております……。
どうか、ワタクシメにご加護を―――

※17日 23:48 句読点誤りを修正



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第22話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/20 17:50
とーたる・オルタネイティヴ




第22話 ~けだものたちのれくいえむ~



―2001年11月09日 19:00―

覚えているだろうか。此処、横浜基地には知られざる秘密組織、『VOM団』という決して癒されぬ深い傷を背負ったある悲しき男達の集団があることを……。(※第9話参照)
実の所、当の俺自身が今の今までその存在を忘れていたのだが。
では何故、BETAの新潟侵攻を控えたこのくそ忙しい時期になってそんなどうでも良い事を思い出したのか。

―――数時間前の実機訓練の終了後、俺の搭乗する不知火の微調整に関連して整備兵であるヴィンセント・ローウェル軍曹に会う必要があった。
実はこのヴィンセントという男、俺に負けず劣らずの軽い雰囲気ながら凄腕の整備士なのだ。
なんでも、かつて戦術機メーカーの研修に派遣された事もあるらしい。

「―――分かった。今言った事は全部なんとかしてみる」
「頼む。……明日までにどうにかなるか?」
「この程度、明日の午前中には終わるぜ。……ところでな、『参謀長』」
「……なんだよ、『副長』……」
「今日は団の幹部会議だ。……何があっても出席するように」

俺は、先日の『入団式』以来団の会議には一切顔を出していなかった。それも当然、昼間は当然訓練があり、夜は夜で何人もの女の子達が俺との逢瀬を心待ちにしているのだ。
男だけで色気の全く無い会合に出席している暇など到底有るものでは無かった。

「言っておくが、お前はこれまで散々会議をすっぽかしてきたんだ。
 ……今回欠席の場合、お前は我が団始まって以来の除名処分という不名誉を受け、さらに俺達の本当の恐ろしさを知る事になる」

俺が心底嫌そうだった事を察したのだろう、ヴィンセントが釘を刺してきた。

「……くそっ、分かったよ」
「そう来なくっちゃな! 時間と場所は知ってるよな?」
「ああ」
「よし、それじゃまた後でな~」

正直なところ、もてない男が十人かそこら集まった程度で何が出来る、というのが本音だった。
俺が出席を了解したのは、単に整備兵としてのヴィンセントの顔を立てたに過ぎなかった。

―――そう、俺は見誤っていたのだ。『団長』ヴァレリオと『副長』ヴィンセントの力を―――





此処は横浜基地地下、いくつかある娯楽施設の中の一つである。先日俺が祷子さんと入ったピアノバー等という洒落た物ではなく、場末の居酒屋的な雰囲気が持ち味の施設だ。
当然出される一品料理も合成食材がメインで、味もPXの京塚のおばちゃんが作るそれに比べれば雲泥の差。
だが何より安上がりな事から、特に一般兵士には人気の高い場所だった。

俺達―――俺、ヴァレリオ、ヴィンセント、ドーゥル中尉、ユウヤの五人は最も奥にある座敷を占領し、出された料理に舌鼓を打っていた。
まあさんざん渋っておいてなんだが、こうやって野郎ばかりで気を置かずに飲み食いするのもそう悪いものではなかった。

「……で、だ。……そろそろ本題に入ろう、という気にはならないか?」

食台の上には山と詰まれた空になった皿。そして同じく空になったジョッキ。そして中央には40cmはありそうな大皿に盛られた枝豆。
皆が皆、ビールの入ったジョッキを片手に無言で枝豆を齧るその光景は、きっと他人が見たら空寒いものを感じるに違いなかった。

―――いかんな……どうもこの五人で集まると俺が一番常識人なんじゃないかって思えてきちまう……。

「そもそもこいつは、『団会議』だった筈だろうが……。なんでドーゥル中尉とユウヤまでここに居る……?」
「やれやれ。……其処から説明しなきゃならんのか。女にうつつを抜かしてばかりで大事な会議をすっぽかしてばかりだからこうなるんだ―――あ、おねーちゃん、焼酎とグラスを五つ頼むわ」
「団長、いいからさっさと説明しろ―――ああ、おねーちゃん今日は黒糖焼酎で頼む」
「渋ってたっていう割にはお前もノリノリじゃね~か……すまん、揚げ出し豆腐一つ追加だ」
「ほう……『黒糖焼酎』か……。前に飲んだ芋焼酎もなかなか癖になる味だったが、日本の酒も奥が深いな……」

揚げ出しを頼んだのはユウヤ、興味深い表情でメニュー表の『本日のお勧め』に書かれた黒糖焼酎に関する説明書きを読んでいるのはドーゥル中尉だ。
ヴィンセントはといえば……隣の座敷に座っている女性兵の二人組をナンパしている。
……なるほど、普段『団員』を引き連れて飲み食いする時には、こうやって女を『現地調達』して哀れな部下達の為に即席合コンを開催していたのだろう。
決してもてないわけではないヴァレリオとヴィンセントが、『団長』だの『副長』だのと祭り上げられる理由はきっとこれなのだ。

「いいか、この二人は―――」
「まて、ヴァレリオ」

俺は、説明を始めようとしたヴァレリオを遮り、後方のヴィンセントを指差す。

「―――副長が苦戦している……援護が必要だ」
「……やるか……?」
「……やらいでか……!」

俺とヴァレリオは互いに顔を見合わせ、シニカルな笑顔を浮かべた。その表情は、決して生還の見込めぬ戦場へとそうと知りつつも赴かんとする歴戦の兵士のそれだ。

―――これが、救い難い兵士の『サガ』というやつか……。愚かな俺を笑ってくれ、唯依タン……!

―――わらわれるだけですむとおおもいですか……このだけん……!

よりにもよって駄犬ですか……。だが、まあ良い。駄犬にも五分の魂が備わっている、という事を思い知らせてやろうではないか、なあヴァレリオ―――。





ヴァレリオとヴィンセントの二人からようやく聞きだしたところによると、二人―ドーゥル中尉とユウヤ―が団に加入したのは11月の初めのことらしい。
この『VOM団』が女の子『で』遊ぶ事を目的とした、一種のヘンタイ集団であることを二人が理解しているかどうか甚だ疑問ではあるが……。
そして更に、驚くべき新事実。

「加入メンバーが、30人を越えただって……!?」
「ああ。……この件に関しては、お前に感謝しなくちゃなぁ~」
「……おい、ヴァレリオ……どういう意味だ」

非常に宜しくない予感がする。そして、何故か唯依タンやクリスカが、まるで牛乳を拭いた後三日ばかり放置した雑巾を見るかのような眼差しで俺を見る姿が脳裏をよぎった。

「着任後わずか数週間で飛ぶ鳥を落とす勢いで『後宮』を築きつつある某臨時少尉。そんな彼の『恋愛指南』を受けられるのは我ら、『VOM団』のみ!
 来たれ、溢れんばかりの種族維持本能を持て余す若人よ!!
 ―――見るか?俺とヴィンセントが徹夜で作成したパンフレットだ」

俺は十数ページで製本されたその書類を引ったくり、読み進めた。

―――表紙を飾る、何だかやけにいい笑顔の俺の写真。

―――俺が祷子さんと例のバーに居る写真。

―――屋上で、唯依タンの肩を抱く写真。

―――こいつらと以前飲んだときに引っ掛けた女の子を抱き寄せている写真。

女の子の顔には全て修正が為されているのに俺の顔だけは無修正。先程から嫌な汗がだらだらだらだらと止まってくれそうに無い。

「―――言ったろ?……俺達の組織力を甘く見るなってな」
「ああ、ちなみに11月をもって、我等が『VOM団』は新生したんだよ。それに伴って毎月会費一万円を徴収する事にしたんだが―――」
「入団希望者が後を絶たないんだよなぁ、ヴィンセントよ!」
「応ともよ、ヴァレリオ!!」

二人の人外―――いや、外人が俺に向かってにっこりと微笑みサムズアップしてくる。キラリと光る二人の歯が何ともウザイ。

―――な、殴ってやりてぇ……!

「……あれ、このパンフレット見たことあるよね」
「うん、どこだったかなぁ……」

二人の女の子の声。今更説明の必要は無いだろう。
先程ヴァレリオと共に、ヴィンセントの援護へと向かった結果だ。
実は今、この一角は二つのテーブルを合体させ七名の男女が入り乱れている合コン会場と化していたのだ。
いや、女の子の前で揚々と『団』の内部事情について語り合う俺らはどうなんだと思う。
そして、俺達三人が組めばどんな女でもイチコロさ!……などと、つい数分前まで意気揚々だったのだが―――まて、今はそんな些細な事に構ってはいられなかった。
俺は二人の女の子―名前は忘れた―に向き直り、恐る恐る問い掛けた。

「な、なあそれって、結構知ってる女の子は多いのか……?」
「うーん、どうだろう……?」
「あ、思い出した。……たしか、さっきシミュレータールームの中のベンチの上に置いてあったんだよね」
「そ……それで、そのパンフレットはどうした……?」
「そのまま置いてきたよ?」
「忘れ物だったら後で取りに来ると思ったしね」

―――お、俺の考え過ぎなのか? その放置してあったパンフレットが207B分隊の誰かの手に渡った可能性は非常に低い。
だが、本日ヴァルキリーズはJIVESを使用した実機訓練を行っており、代わりに207B分隊がシミュレーターを使っていた筈なのだ。

くそっ……さっきから悪寒と震えが止まってくれない……!





入り口の扉が開く音がさして広く無い店内に響き渡った。その瞬間、喧騒に満ち溢れていた店内は静まり返った。
およそこのような場に相応しからぬ静寂の中、カツ、カツと軍靴が床を叩く音のみが耳に届く。

「なあ、タケル……」
「……何だ……?」
「逝っちまう前に、此処の割り勘と団会費を置いていけ……」
「……ほらよ……釣りは要らん」

『達者でな』

―――あ、凄いな……今綺麗に四人の声がハモッた……。まったく、お前らの熱い友情には涙も出ねえぜ……。

一歩一歩、客の顔を確かめるかのように近づいていた足音が俺達の座敷の前で止まった。俺は、意を決してゆっくりと振り返った。

「―――よ、よう……唯依タンにクリスカ……イーニァと、霞まで一緒なのか。……お、お揃いでどうした……?」

唯依タンが無言で、一冊のパンフレットを差し出してきた。俺が今手に持っている物と寸分違わぬソレ。

「ここでは店に迷惑を掛ける。……タケル、行くぞ」
「……はい……」

襟元を掴むクリスカ、右腕を抱える唯依タン、そして左腕を抱くイーニァと霞。四人によって俺は為す術もなく引きずられてゆく。

「―――白銀 武少尉にーー、敬礼っ!!」

―――ありがとよ。……お前らのことは忘れないぜ……!




―2001年11月09日 22:00―

此処はクリスカとイーニァ、二人の部屋。四人に引きずられたまま俺は結局こんな所まで連れてこられた。
部屋の中央には床の上に正座した俺。そしてそんな俺を四人が仁王立ちで取り囲んでいた。

「さて、何か弁明はあるか?」

俺の背後に立つクリスカが詰問してきた。

「こ、この件に関しては俺は一切関っていないんだけど……」
「……だけど、なんだかおかしな集団の一員だった事は事実……」
「お、おい唯依タン! それこそ俺は仕方なく―――」
「白銀さん……とても楽しんでました……」
「たける、のりのりだったよね……?」
「―――ぐっ!」

お、俺のバカヤロウ……! これほど自分のエンターテイナーとしての資質が憎いと思ったことは無いぞ……!

「さて、と……。 ユイ、イーニァ、霞……有罪か無罪か?」

『有罪っ!』

一糸違わぬ動きで親指を下に向けられてしまった。

「―――くっ! ……これだけは言っておくぞ。俺を例え倒したとて、いずれ第二第三のシロガネタケルがお前達の前に―――あべっ」
「武、うるさいぞ」

ま、毎度毎度くそ忌々しい竹光だ……!

「それで、クリスカ。……刑の内容はどうするんだ?」
「半端な体罰では効果が無いし、そもそもあまり褒められた手段ではない……」
「……提案があります……」
「かすみ、なぁに?」
「……みなさん、耳を貸してください……」

俺の包囲網が一旦解かれ、彼女達は俺が逃げ出さないようにとの配慮なのか、入り口付近で再集合した。

「―――を、―――って、皆で交代で―――まで―――です……」
「なるほど、ではその間武には決して―――させてはいけない、と……」
「では、身動き出来ないように―――おく必要があるな……」
「じゅんばんがくるまで、ほかのひとはゆいのへやにいればいいの?」

何だ、一体。四人で顔を寄せ合って小さな声で語り合っているために良く聞き取れない。
だが、断片的に聞き取れる内容からして世にも恐ろしい刑罰が待っていることだけは分かる。
そして、四人が一斉にこちらを振り返りにっこりと笑顔を向けてくれた。

「武、安心して。……痛くしないから……」
「ふ、ふふふふふ……一昨日のタケルの悲鳴が忘れられないんだ……」
「……苦しいのは、私達も一緒です……」
「そんなにふるえなくてもだいじょうぶだよ?」
「お、おいっ。 何で脱がせるんだよ……ってそんなロープで手足を縛って何を―――」

部屋の中に残ったのは俺と唯依タンのみ。別れ際に、クリスカが『では二時間後に』と言っていたのが非常に気になる。
もしかして、本当に仮の話なんだが、このまま朝まで四人で交代しながら俺を責め続ける、とかじゃないですよね……?

唯依タンが俺の胸にしなだれかかり、恥ずかしげな微笑を浮かべる。俺はというとベッドに大の字になったまま縛られているので身動き一つ出来ない。

「た、武……私、頑張るから……」
「い、いや無理しなくていいから……このロープを―――や、やめてくれ……お、俺にはこんな趣味は無いんだあぁぁぁあぁぁっ!!」


―――翌朝―――


「や、やあ……ゆうや……」
「お、おいっ! どうしたんだ、そんなにやつれてっ!」
「……て、てんごくのようなじごくって……『じつざい』するんだぜ……?」
「ヴァ、ヴァレリオッ……ドーゥル中尉ッ!! 今すぐ衛生兵をよんでくれっ!! た、タケルがご乱心だ……!」

―――なにをいってるんでしょうね、ゆうやは……。ぼくは、こんなにもげんきにみちあふれているというのに……。

―――よくがんばりましたね……もうよいのです。……いまはただ、ゆっくりとおやすみなさい……。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第23話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/22 21:10
とーたる・オルタネイティヴ




第23話 ~あいふかきまおう、けだものとそうぐうす~



―2001年11月10日 12:00―

『馬鹿と煙は高い所が好き』とはよく聞くが、一人になりたいと思う時、つい屋上に足を向けてしまう自分はやはり馬鹿なのだろう。
だが、俺はそれで良いのだと思う。なまじ『利口』な奴が、自分の所属する部隊の女性隊員全てを守ろう等と考え付く筈も無いのだから―――。

この日、世界はやや黄色く濁っていた。異常気象―――という訳ではなく、これはただ単に俺が寝不足だというだけの事……らしい。
正直、今朝クリスカとイーニァの部屋を出てから俺が何処で何をしていたのか、全く思い出せなかった。
彼女達四人に『天にも昇るかのようなお仕置き』を受けていた所までは覚えているのだが。
其処から先の記憶は真っ白。
気が付いたと思ったら其処は医務室で、腕には点滴らしき物が突き刺さっていたのだ。
無論のこと、点滴を受けなければならないような病気の自覚症状など心当たりが無かった為、即座に引き抜いてヴァルキリーズの訓練へと向かった。
そしてどういう訳か、俺の顔を一目見るなり伊隅大尉を初めとする隊員の方々は、俺に臨時休養を言い渡してシミュレータールームから追い出したのだ。

そして今、俺はこうして屋上でコーヒーの満たされた紙コップを片手に懐かしい我が町を眺めていた。
部屋で休むようにとの伊隅大尉の言付だったが、生憎と一向に眠くは無いためにこうしてぼんやりと物思いに耽る事くらいしかすることは無かった。
こんなに元気な俺を病人扱いとは大尉も酷い人である。

俺は、コーヒーを啜りながらいよいよ明日に迫った『新潟防衛戦』について思いを馳せていた。
考えてみれば、何度も経験している筈の11月11日だが、こうして出撃にまで至る事は初めてだった。
明日BETAの侵攻が確認されるのが06:20の事。そして、奴等が上陸するのが06:27。
敵は旅団規模の侵攻であるから多く見積もっても一万を越える事は無いだろう。
迎撃に当たるのは、本来あの一帯を守っていた帝国本土防衛軍第12師団で、それに第14師団も加わる。更に、俺達ヴァルキリーズも防衛戦の一つを受け持つ。
今回の出撃は名目上『実弾演習』であるため、政威大将軍である煌武院 悠陽殿下が視察に訪れる予定になっており、更にその護衛役として帝国斯衛軍一個連隊が同行する事になっていた。
BETAの上陸予想地点にこれらの戦力が予め布陣しているのだ。負ける気遣いは必要なく、あえて不安材料を挙げれば味方の士気という点のみ。とは言え、全てが俺の思惑通りに運んだ訳ではない。
残念ながら、沙霧 尚哉大尉の所属する第一師団は参加しないらしい。

―――まあ、そう都合良く事は運ばないよな……。

だが、殿下が来るというだけで俺的には大満足の結果だった。この一連の作戦において、最も優先度の高い任務は『殿下の覚えをめでたくする』という事だったのだから。
敵襲が早朝という事もあり、戦闘前に知己を得る事は難しいだろうが、戦闘終了後に戦果著しい一部隊の衛士に拝謁の機会を与えて下さる可能性は大きい。
ただでさえ花形と言われる突撃前衛で、しかも俺のポジションはワントップなのだ。
これで活躍出来なかったとしたらそれは、俺が戦闘開始早々に不覚を取った、という場合のみ。





俺は手に持っていた空の紙コップを握りつぶし、数m先の屑篭目掛けて放り投げた。
綺麗な放物線を描いて籠に吸い込まれる紙コップを目で追いかけながら俺は再び黙考した。

―――実は今回、殿下の件とは別にもう一つ期待していることがある。
それは、今回のループで国連軍に志願していないらしい冥夜が、姉である煌武院 悠陽の元にいるのではないか、という事。
……これまでの世界では忌み子として御剣家に養子に出された彼女であるが、今回此処にいないのはあるいはそういうことではないのかと淡い期待を抱いてしまったのだ。

以前、ピアティフ中尉に調査を依頼した事がある。……無論夕呼先生には内密に。
その調査報告によれば国内、国外を問わずあらゆる国連軍施設に『御剣』の姓を持つものはいないとの事。
いや、国連軍にその名が確認されなかったのは『御剣』だけではない。
榊、珠瀬、彩峰、鎧衣―――この四つの姓、そのいずれも国連軍にその名を発見できなかったのだ。
これが意味する事は、容姿が殿下と生き写しである冥夜を、事実を隠して他所に出すよりは継承権が無いことを明言した上で斯衛軍に配属させる、あるいは側近として教育を受けさせる。
そちらの方にこそ、より利があると判断する人間がいた―――という事ではないのか。
仮に、『前の世界』ではそれが許されなかったのだとしても『この世界』ではそれが可能な情勢下にあったとしても不思議ではない。
他の四人にしても、軍以外の場所に居場所を得たという事は多いに有り得る。

あいつの言葉ではないが、俺と冥夜は『絶対運命』とやらで結ばれているらしい。真実そうであり、且つこの世界にあいつが存在しているのならば必ず近い内に会える筈だった。
そして、今回冥夜に会うことが叶ったならばそれは、残りの4人との再会も実現可能な事を意味する。

―――もちろん、『この世界』において俺は旧207B分隊の五人とは面識が無い。故に彼女達にとって俺は全くの初対面であり、今更同じ部隊に配属される可能性など無きに等しい。
だけど、この世界でもあいつらが生きていて、そして戦場から遠いどこかで無事に生を全うできるとすれば、それはなんと素晴らしい事か。
いつだって俺はあいつらを見送る側だった。例え一面識も無い『この世界』であろうと、彼女達に見送って貰えるというのならば俺は喜んで死地に赴くだろう―――





「―――白銀さん……」
「うおっ!……って、霞か……俺に気付かれずに此処まで接近するとは、なかなかやるな……!」
「……何度も呼んだのに、全然気付いてくれませんでした……」

なんと。……またしても自分の世界に浸りすぎたらしい。呼ばれる声に振り向いてみれば僅か後方1mの所に霞が立っていた。
どうやら、少しご機嫌斜めな様子だから、フォローしておいた方が良い―――と思ったのだが、意に反して口を開いたのは霞の方が先だった。

「……白銀さんは、『御剣さん』という人に、会いたいですか……?」

……そうか、不機嫌そうに見えたのは呼び掛けに気付かなかったからではなく、此処に居ない『昔の女』を思い出していたからなのだろう。

「『読んだ』んなら分かるだろう……。俺は、あいつらに借りがある。……そしてそれは、あいつらの為に身体を張る事でしか、返せない類の物だ……」
「―――そんなの、いやです……!」

俺に抱きついてくる霞。身体が小さいために俺の腰に縋りつくような格好だった。
俺は、霞の頭に手を載せ、ゆっくりと撫で回してやった。

「……此処にいない人たちじゃなくて、今白銀さんの傍に居る女の人たちを見てください。……もしその人たちのせいで白銀さんに何かあったら私は―――」
「―――霞」

やや強い口調で霞の言葉を遮り、霞の目を見た。
どのような形であれ、霞の口から冥夜たちを罵倒するような言葉は聞きたくなかった。
俺はゆっくりと、噛んで含めるように声を出す。

「……此処にはいない人間だからどうなっても良い、なんて言い方だけはしないでくれ……」

返事は無く、代わりに俺に縋りつく力が強くなった。顔を伏せている為に表情は窺い知れないが、おそらく後悔に彩られているだろうことは分かる。

―――さて、どうしたものか……。なんか、予想外に重い雰囲気になってしまった。
考えてみれば、冥夜達がこの世界に存在する確証など何も無いのにそれが原因で俺と霞がギクシャクしてしまうなんてやりきれない。

「霞……顔を上げてくれ」

俺の声に反応して霞の身体がピクンと揺れる。そして、俺のほうへと向けられる視線。
霞の瞼が微妙に揺れていた。

―――それは期待なのか、それとも不安なのか。

―――俺は、彼女の顔に両手を伸ばし―――

―――その頬をビロ~ンと引っ張った。

「……キスされると思ったか?……思っただろ?……けど悪いな、日付が変わる頃には出撃しなきゃならないんで今日の所はお預けだ」

目を大きく開いてきょとんとしている霞。
予想の遥か斜め上をいく俺の攻撃に流石に付いて来られないらしかった。

「……白銀さん、酷いです……」

霞は俺が頬から手を離すと同時に後ろに下がり、そっぽを向いてしまった。
彼女の頬が赤いのは俺が抓んでいたせいだけでは無いだろう。

―――良く踏みとどまったな、俺……。

霞の反応が可愛すぎる。もし最初の思惑通り彼女にキスしていたら、俺は間違いなくビーストチェンジしていただろう。
ただでさえ体調が万全とは言い難いのに更に体力を消耗するような事をしたら、流石に明日の実戦がどうなるか自信が無かったのだ。

「……徹夜で『お仕置き』なんてされてなかったら、いくらでも抱いてやれたんだけどなぁ~~」

……霞の顔が更に真っ赤になる。水をかけたら蒸発するんじゃないのか、これ……?
それにしても、最近『あっち』の方で主導権を握られっぱなしだったのだが、流石に霞一人に後れを取るほどに落ちてはいなかったらしい。
霞と一対一で遣り合って、負けてしまった挙句ベッドの上で『もう終わり?』等と溜息混じりに言われてしまったら、俺は二度と立ち上がれなかっただろうから……。

「―――帰ってきたら、いの一番で会いに来るからさ……色々と勉強しとけよ……?」

『何を』勉強するのかは言わぬが華、というもの。
こいつの事だから、俺の予想を遥かに越えるウルトラCを披露してくれるだろう。

「……待ってますから、絶対に帰ってきて下さい……」

―――『待っていてくれる人がいるのなら、魂だけになっても必ず帰ってくる』なんて台詞は、思い付きはしたが口には出せなかった。
……流石に気障過ぎると思ったし、霞が泣いてしまうんじゃないかと思ったから―――





霞と話をする事によって、張り詰めていた糸が良い感じに緩んでくれたらしい。
眠くて眠くて仕方が無かった。俺はまるで夢遊病者のようにふらつきながら部屋へと続く廊下を歩いていた。

ふらふらと頼りない頭を上げ、進路の先に目をやると人影らしきものが目に映った。
あれは―――まりもちゃん。

―――なんということだ……。『なんじ、ねむりをほっするならばわがしかばねをこえてゆけ』ということなのか。

言っては悪いが、今の俺は尋常では無い。今ならば、例え幼児にだろうとガチで負ける自信があるのだから。
だが、越えねばならぬ壁であるというのならば越えて見せよう。

―――フヨン、という柔らかい感触―――

どうやらふらついていたせいで距離の目測を見誤っていたようだった。俺の顔がベストタイミングでまりもちゃんの最もクッション性の高い部位で受け止められた。
力が抜けていたせいで弾き飛ばしたり弾かれたり、という事も無く只今リアルタイムで良い感触に包まれている。

「……お、おのれ魔王め……色仕掛けとは卑怯な……!」
「ちょっと、白銀!―――そんなにふらついてどうしたの!?」
「……ま、魔王と語る口は持ちあわせておらぬ……!」
「……ぶつわよ……!?」
「い、いや……昨晩ちょっとした行き違いから『折檻』を受ける羽目になってしまいまして」

―――さ、寒気がしたぜ……。今一瞬眠気が吹っ飛んだもんな……。

「……何があったのか、分かってしまうのが何だか嫌ね……」

何故だか知らんが、今日のまりもちゃんは素で話してくれている。そんな些細な事がどうしようもなく嬉しくて、俺は彼女のぱいおつから抜け出ようとする気力を失っていた。

「まりもちゃん……あいつら……あいつらにつたえてください……。『おれはさいごまでにげなかった』と……!」

いかん、今つい『ちゃん付け』で呼んでしまったような気がする。
だがまあ、今の俺にはどうでも良いことだ。今の俺に大切なのは、このぬくもりと柔らかさに包まれたまま『ヒュプノスの園』へと旅立つ事なのだから。

「―――ちょっと、白銀、白銀ってば!」

―――遠くでまりもちゃんが俺に語りかける声が聞こえる。『教官に対してちゃん付けとは何事だ』とか『背中に回した手を離しなさい』だとか、『グリグリするなぁ~』とかだったり……。
今の俺には、そんな罵倒と悪態の声ですらが心地よい子守唄と化して聞こえるのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第24話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/24 21:35
とーたる・オルタネイティヴ




第24話 ~けだものがはなつは、にちりんのかがやき~



―2001年11月11日 06:00―

―――ヴァルキリーズにおけるこれまでの俺の評価と言えば、やれヘンタイだのジゴロだのエロガネだの……、とても真っ当な物とは言えなかった。
無論、俺の戦術機操縦技術がずば抜けているという事実は誰もが知っている。それなのに、この有様だったのだ。
これはやはり、所詮は訓練での結果だという事が原因なのではないかと俺は思い至った。
つまり、本当の意味で『俺=凄腕衛士』という評価を定着させるためには実戦で結果を出す必要があった―――。

「―――ふ、ふはははははは……。つ、遂に来たぜ……。今日は、全人類社会にとって記念すべき日となるだろう……。
 ……そう、後世エース中のエース、『人類の至宝』と呼ばれることになるエロガ―――違う、シロガネタケルが歴史の表舞台に初めてその姿を現した日となるのだ……!!」

これが実弾演習だと思い込んでいる皆様方には申し訳ないが、あと20分もすれば海上の防衛艦隊から防衛線を破られたとの通信が入るだろう。
そして、その後10分とおかずにあのナマモノ共が上陸し、コード991が発令される事になる。
その時、この場にいる全ての人間は新型OS『XM3』とそれを手足の如く操る『シロガネタケル』の名を忘れられなくなるのだ。

「……白銀少尉、……もう妄想するななんて言わないから、せめて口には出さないでね……」

涼宮中尉の嘆息する声。流石は涼宮中尉と言った所か。呆れたような口調の声でさえ、何とも色っぽい。

「ふふふ……涼宮中尉、盗み聞きなんていけない人だ……。そんなことしなくても、あなたの為なら望むとおりの言葉をいくらでも囁いてあげると言うのに……」
「白銀ぇっ! あんた、遙まで毒牙に掛けようとすんじゃないっ!
 ―――突撃砲ぶちかますわよ!?」
「アハハ……ごめんね? 白銀少尉…・・・」

何が怖いって、速瀬中尉なら本当にやりかねないって所だ。しかし、一つ分かったぞ。
この二人、落とそうと思ったらお互いのいないところで別々に攻めないといけないみたい。
互いに同じ男に惚れていたという事もあり、罪悪感のようなものを感じてしまうのだろう。

「……武くん、私の目の前でどうどうとほかの人を口説くなんて……」
「い、いやっ!―――場を和ますためのジョークに決まってるじゃないですか、祷子さんっ!」
「あれ?……冗談だったの?」
「無論本気ですとも!!」

『…………』

「貴様等、いい加減にしろ!……我々は物見遊山にこんな所まで来たわけでは無いんだぞっ!」

―――分かっていますとも、伊隅大尉……。これから『想定外』の実戦が始まることも、そしてこの会話が彼女達との最後の別れになる可能性もある……という事も。
だからこそ、せめてぎりぎりまで『日常』に浸っていたいのだ―――






演習の開始時刻は06:30を予定していた。だが、それに先立ち06:20に佐渡島から侵攻してきた旅団規模のBETA群が、第一次防衛線を突破したとの通報が入った。
案の定帝国軍第12師団、第14師団の兵士達は浮き足立つ。俺の所属するヴァルキリーズも、全く何時もと変わらず……という訳にはいかなかった。
とは言え、他部隊に先駆けていち早く自分を取り戻し、部下を叱咤激励して冷静さを回復させた伊隅大尉は流石だ。
結局の所帝国軍の混乱は想定済みだったため、即座に煌武院 悠陽殿下の演説が始まり一応の沈静化には成功していた。

―――俺が殿下の声を聞くのは初めてではない。初めてではないのだが……、何故、こんなにも懐かしい気持ちになるんだ?
俺と殿下は、これまで然程深い付き合いはして来なかったはず。
……まあ、今はその事について考えるのは後回しだ。とりあえず任務について考えよう。

今回の『新潟防衛戦』に関して、俺はヤツらが三手に分かれて上陸してくる、という所までは覚えていた。
その為、味方の布陣は当然それに則った物となっていた。
『実弾演習』として見れば疑問だらけのこの配置も、こうして敵襲があって見れば非常に嵌った物。

一つは佐渡島ハイヴから南東方向、新潟空港の近辺である。
夕呼先生の根回しによりそれを迎え撃つ絶好の位置に帝国軍第14師団が布陣していた。
敵の予想数はおよそ2,000余り。

二つ目はハイヴからほぼ南に位置する旧柏崎。そちらに配備されていたのは帝国軍第12師団だ。
こちらも敵の総数は2,000余。

そして、二つの上陸地点の中間に位置する角田浜。俺たちヴァルキリーズが布陣していた。
敵数1,000余り。

俺たちが最優先でその身を守るべき煌武院 悠陽殿下とそれを護衛する帝国斯衛軍一個連隊は俺たちの布陣する角田浜から南東に20kmほどの旧加茂市役所に滞在中である。
この際幸いというべきなのか、俺たちが受け持つ1,000の中に光線級は存在しない。敵の構成は半数を突撃級と要撃級が占めていた。
残りの半数は殆どが小型種で、要塞級が10ないし20確認されていた。

他の二戦線に比べて俺たちは圧倒的に不利だ。何しろこちとら一個中隊で1,000を相手にしなければならない。
今頃俺たちの後方に位置する形の殿下はやきもきしている事だろう。

―――だが殿下よ、……心配には及ばない。
最も味方の薄いこの場所に、俺というエースの存在した事がバケモノ共にとって最大の不幸であり、味方にとって最大の幸運なのだから……。





俺たちが現在布陣しているのは上陸予想地点南方にそびえる標高400mの山、その麓だ。ちょうど予想地点と俺たちの間に山を挟んでいる形。
ヤツらの進撃をやり過ごし、後方から奇襲を掛けようという策だった。

「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー各機、敵の第一陣、突撃級BETAおよそ300が上陸しました。
 ―――後続の出現はおよそ十分後と予想されます」
「ヴァルキリー01よりヴァルキリー・マム、こちらは電源を落とす。起動タイミングはそちらで頼む」
「ヴァルキリー・マム了解」

それにしても電源を落とした戦術機の中ってヤツはホント真っ暗で、自分の手さえも見えない。何回か前のループで、この中で○×△やっちまった訳だが、良くやったもんだと感心してしまう。
さて、確か茜、晴子、築地の三人は初陣だった筈だ。ここはいっちょ心温まるナイスジョークで緊張を解してやろう。

「なあ、茜……」
「……なに?」
「……実は、前々から疑問に思っていたことがあるんだ。……教えてくれないか」
「知ってることだったらね」
「……お前ら、女性衛士ってヤツは……強化装備の下は素っ裸なのか……?」

『―――っ!!』

ふむ。今の質問で女の子達は赤面した筈。そして男連中は、今頃耳がダンボになっているだろうな。

「ちなみに俺は、ノーパンだ。……なあ、茜……おまえはどうなんだ。
 ―――やっぱノーパンか?」
「―――そっ、そんなこと、教えるわけ無いでしょっ!!」
「……はいてないんだな……いい事聞いたぜ……じゃあ、築地」
「―――わ、私!?」

そんなに怯えられると俺としては傷付いてしまうのだが。

「……もし、『あの日』の真っ最中だった場合、お前どうしてるんだ?」
「―――っ~~~~~~!!」
「……白銀ぇ~、その質問は、流石に引くと思うな……」
「いや、晴子……後学の為と思って。……ちなみに、男物の強化装備は凄いんだぜ?
 ―――なにせ、ムスコの封印が解けたら、その形まんまでくっきり形が出るんだ」

『…………』

沈黙がとても痛い。……何故だ。
俺の予想では『もう、白銀ったらエッチなんだから(はあと)』とかなる筈だったのに……。

「……白銀、新任共の緊張を解そうという心遣いは褒めてやるがな……少しは言葉を選べ……」
「い、伊隅大尉、充分に選んだつもりだったのですが……」

『―――ハァ~~』

「ヴァ、ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー各機、か、かかカウントダウンを開始しますっ!」

涼宮中尉、動揺しすぎですよ?……けどまあ、そんな所も最高にそそるんですけどね。





不知火を再起動させた俺の視界一杯に広がる突撃級の群。
コイツらの醜い姿を目にした途端に、先程までノリが遠ざかり、沸々と身体の奥底から憤怒が湧き上がってくる。
俺はこのとき初めて気が付いた。

―――自分が、こんなにもBETAを憎んでいたのだという事に。

「ヴァルキリー各機っ! 兵器使用自由、攻撃を開始しろっ!」

『了解っ!』

―――ああ、ようやくにして『この世界』に於いてこのゲテモノ共をブチ殺すことの出来る機会が巡ってきた。
もう、我慢する必要は無いのだ。

「おらおらおらぁっ!!―――遠からん者は音に聴けっ、近くば寄って目にも見よぉっ!!
 ―――貴様等ド外道共を根絶やしにする為にこの俺様、シロガネタケルが地獄の底より舞い戻ってきた!!
 その犬畜生にも劣る命が惜しくば、即貴様らの巣穴に舞い戻って外へと続く門を塞ぎにかかるが良いっ!!!」

―――決まった……この上ないほどに。ポーズを決める暇は無かったとは言え、最高に格好良かった筈……!

「し、白銀……アンタ、いつの時代の人間よ……」
「ほらぁっ!―――伊隅大尉、速瀬中尉もっ!……戦術機でずっこけかますなんて面白おかしい事やってる場合じゃないでしょッ!
 後続が上陸する前にコイツら全滅させなきゃっ!!」

ボケ役の俺にしては珍しい、突っ込みをいれつつも操縦する手足は休めない。右腕に長刀を、左腕に突撃砲を構えて敵陣に突撃した。
そしてヤツラの柔らかい尻に劣化ウラン弾を浴びせる。
数十体の敵を屠った所で弾切れ。リロードさせる時間がもったいない。
突撃砲を放り投げ、代わりに長刀を抜き放った。
右に袈裟懸け、左に刺突を放つ。地響きを立てて崩れ落ちる二体。
敵陣の最も分厚い所を背後から敵中突破してやるつもりだった。

「武くん、下がって……! 囲まれるわ!」
「―――ふん……無駄っ!無駄っ!無駄ぁっ!!
 俺様を包囲したくば、数万体も連れてきて取り囲むが良いっ!!」

どうという事は無かった。俺は、垂直跳躍で10mほど跳んだ。そして即座に反転し、斜め前方の地面に向かって噴射降下を行った。
降下しつつ、ヤツらを背後から切り捨てた。
見届ける必要は無い。俺は再び、噴射滑走を開始した。

俺が敵を切り捨てながら突破に成功した頃、連中はようやく反転に成功したところだった。つまり、再び俺に向かって尻を晒している。
乱戦の中では長刀は扱い辛い。両椀の長刀投げ捨て、短刀を構えた。

「俺にぃっ!―――ゲテモノ共のぉっ!!―――カマを掘るような趣味はないっ!!!」

一呼吸で三体の尻に短刀で切り付けた。時間を置いて崩れ落ちる敵。
そこで、俺を優先目標と定めたのか進行方向の突撃級がこちらに反転を開始した。

―――それこそ思う壺。こちらに頭を向けて、お前らの背後の伊隅大尉達は誰が対処する?

連中の尻に突き刺さり、非常に美しくない血花を咲かせる劣化ウラン弾。
これで終わり。所要時間一分少々で『ゲテモノどもが夢のあと』

「さ~て、捨てた武器を回収しなくちゃ」

まだまだ使えるんだから、捨てるなんて勿体無いことはしない。
大体、闇に捌けば一財産築けるだけの値が付いてるんだから……。
『貧乏性』なんて言うヤツは嫌いです。

―――でも、戦術機で一本一本武器を拾い集める様はとてもシュールだ……。

「―――し、白銀……アンタ言ってる事は馬鹿丸出しのくせに、やってる事はぶっ飛んでるわね……」
「……ああ、正直初っ端の『決め台詞』はやばかったな……。 ヤツらが尻を向けていなかったら突撃をモロに喰らったかも知れん……」
「い、伊隅大尉も速瀬中尉も酷い……、一生懸命考えたのに……」
「ウッサイ! アンタのせいで本気でずっこけるとこだったんだから、反省しなさい!!」

俺は、無言でユウヤの傍まで行き、ユウヤの不知火の肩に手を突いて『反省』のポーズを決めた。
ヴァレリオの駆る不知火が俺の傍まで寄ってきて俺の不知火の頭にぽんと手を載せた。

―――それは、まるで『落ち込むな、元気をだせ』と言っているかのよう。

―――そうだよな、女ってヤツはいつだって『決め台詞』のロマンが分からんのだ……。





「―――伊隅、聞こえる?」
「香月副司令!?―――何かあったのですか?」

先生は殿下達がいる市役所跡地にいた筈。何となく、嫌な予感がした。

「白銀と、後誰か一機を至急こちらに送って頂戴」
「……まさか、12師団と14師団が突破を許したのですか!?」
「……残念ながら、そのまさかよ。でも、それだけなら大した問題じゃないわ―――」

聞いた所による状況はこうだ。

12師団の守る公園跡地で突撃級400程度が突破に成功し、本営に向かった。
同じく、14師団の守る空港跡地でも300の突撃級が突破。
それに対応するべく殿下は揮下の一個連隊―九個中隊―の内、それぞれ4個中隊を迎撃に向かわせた。
だが、それが裏目に出たのだ。

―――つまり、想定外の敵襲。地中を掘り進んでいたBETAの別働隊が、俺たちのいる場所と殿下たちのいる市役所跡の中間地点に姿を現したのだ。
その数、およそ1,000体。
守るは斯衛一個中隊のみ。

それにしても、12師団と14師団が不甲斐なさ過ぎた。旧型OSと撃震という組合せを考慮しても、だ。
奴等がしっかり守りきっていれば、少なくとも今よりは良い状況だったのだ。

「―――了解しました。白銀と、風間をそちらに向かわせます。……残りの我々は、こちらが片付き次第、という事で宜しいのですね?」
「―――ええ、それじゃ、頼んだわよ」

先生からの通信が切れた。俺は、思い切れずにいた。此処は、これから700余の後続部隊との戦闘を控えているのだ。
いくら小型種メインといっても要塞級も存在する以上楽観なんて出来なかった。

「―――白銀、私達の機体に積んであるのは貴様の育てた『XM3』だ。
 そして、私達は貴様の変幻自在の機動を誰よりも近くで見続けてきた。……私達と、そして自分を信じろ」
「―――お願いします……必ず、無事で。
 ……祷子さん、行きましょう」

言うが速いか全開で噴射跳躍を行う。ここから現場までは20k程度で、ほんの数分で到着するだろう。
こうなったら、このやるせなさはBETA共にぶつけるしかなかった。

―――本営に到着した俺は、そこで殿下の搭乗する紫紺の武御雷を守る一機の武御雷とその衛士と出会うことになる。
そしてその衛士の正体に、俺は驚愕することになるのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第25話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/26 20:46
とーたる・オルタネイティヴ




第25話 ~けだものは、ひかぬこびぬかえりみぬ~



旧加茂市役所跡地の本営へと辿り着いた俺と祷子さんが見た物は、陣の中央に屹立し長刀を構える紫紺の武御雷の姿だった。
いや、無論其処にいたのはそれだけではない。おそらくは殿下の搭乗しているであろう紫紺の武御雷の周囲には、それぞれ色の異なる武御雷の姿があった。

殿下を中央に、その前方に立つ青の機体。左右には赤のそれ。
青い武御雷の更に前方には三機の白。それの斜め前方にはそれぞれエレメントを構成した三組の黒が敵の先鋭である突撃級と戦闘を繰り広げていた。

「……武御雷が、まるで虹のようだ……」
「た、武くん、そんなこと言ってる場合じゃ……!」

無論分かっている。見たところ、状況は今まさに戦闘が開始されたばかりのようだ。
どうやら間に合った様子で、安堵のあまりついジョークを飛ばしてしまったのだ。

敵の構成は、概算で突撃級400、要撃級400。そして、残りを戦車級を主軸とする小型種が300余り。
先程までの戦闘とは異なる、何かを守りながらの戦い。

「祷子さん、俺はヤツらの背後から吶喊します。……援護は任せましたよ―――」

―――さあ、バケモノ共、そして殿下よ……苦戦は覚悟の上。……俺の一世一代の大見得を、括目して見るが良い!!

「待て待て待てぇ~いっ!!―――そこな無粋極まる侵略者共よ!!!」

『な、何ヤツっ!』

その声は三バカだな?……という事は、白の三機はこれで正体が分かったな。
しかし、いいタイミングで合いの手を入れてくれた。後でご褒美を上げよう。

「天よ轟け、地よ叫べぇぃっ! ―――我が殿下の助けを求める悲痛な叫び声が、一人の戦士を地獄の釜より呼び戻したぁっ!!
 その名はシロガネタケルっ!……招きもせぬのに押しかけ、我が物顔で居座るナマモノ共よ……早急にこの地より消え失せるが良いっ!
 ―――去らぬと言うならば、この『あいとかみのせんし』シロガネタケルが成敗してくれようぞっ!!!」

今回はポーズ付き。例の右手を突き出す歌舞伎のアレだ。
皆、感動のあまり声も出ない様子だった。これ、その反応があってこそやった甲斐があるというものだ。

「いざ、参る―――トウッ!」

俺は、留まっていた中空から三回転捻りで地面に降り立った。
そしておもむろに長刀と突撃砲を構える。

「し、シロガネと申しましたか? 救援、大儀です。
 ……しかし、今の台詞は一体―――」
「畏れながら殿下、今は何よりもBETA共を駆逐するが肝要かと。
 ―――お話はその後で」

前方で斯衛が引き付けているおかげで、背後から攻める俺の眼前には無防備のBETAの姿があった。
ようやく直近の要撃級がこちらに反転しようとしている。―――だが。

「反応が遅いんだよっ!」

右腕に構えた突撃砲で、劣化ウラン弾の雨を浴びせ掛けた。
バタバタと雪崩を打って倒れてゆく要撃級を尻目に、突撃級の密集する地点に向けて120mm滑空砲をぶち込む。
弾丸を掻い潜って肉薄してくる要撃級、戦車級の群を小刻みに旋回し、避けつつすれ違い様に左腕の長刀による一閃。
俺の手の届かない位置にいる要撃級が祷子さんの援護射撃によって崩折れる。

これも身体を重ねた効果だというのか、祷子さんには俺の行っている一見出鱈目な軌道が『読める』ようだった。
俺の行動を先読みし、俺の攻撃対象となっているBETAを無視しつつ死角にいる敵、次の軌道の邪魔になりそうな敵を巧みに落としてゆくのだ。
その為、俺はまさに理想の軌道が取れていた。
これほどの、公私にわたって痒い所にまで手の届く女の子なんてそうそういない。

―――俺達と斯衛は、およそ1,000体余のBETAを東西から挟撃する格好になっていた。
尤もこの場合、挟撃する側よりもされる側の方が圧倒的な物量であり、こちら側の有利、などと言えるものではなかった。
本来ならば俺達は各個撃破の餌食となっていたはずであり、現在そうなっていないのはヤツらの思考が鈍重に過ぎるせいだ。
BETA共は、東を向いては西の俺から痛撃を受け、西を向いては東側の斯衛に攻め掛かられる。
最初絶望的な戦力差と思われていた敵も、削岩機に掛けられる岩のようにみるみるその勢力図をやせ細らせていた。

とは言え、やはり敵は圧倒的な物量。退く事と戦意の衰えというものを知らないBETAを全滅させるには今しばらくの時間が必要なようだった。
相手が真っ当な部隊であれば頭を潰せばそれで終わる。だがそれの無い連中は全滅させるか燃料が切れるまでは止まらない。
状況は依然こちらの有利で推移しているが、このまま長引けば俺はともかく斯衛の方でもたなくなる奴が現れそうだった。





―――戦闘開始から既に数十分が経過していた。

常に敵の最も分厚い部分を引き受けていた俺は、とうに突撃砲の弾は切らしている。二本有る長刀も一本は折れ、追加装甲もとっくに失われていた。右腕の短刀と左腕の長刀が失われれば残すは短刀一本のみ。
状況は斯衛も祷子さんも似たり寄ったりだった。いや、俺よりは残弾にも多少余裕があるようだが。
それでも此処まで、味方に一機の犠牲も払わずに戦闘を続けている時点で僥倖と言えた。
BETAはその数を三分の一以下にまで減らしていた。それでも疲れを知らぬ物量の差が、俺達の体力と武器を容赦なく奪い去る。

―――センサーが、北方から近づいてくる『何か』を示していた。
すわ、敵の増援かと戦慄したのも束の間、そのマーカーの色はそれが味方であることを意味していた。

ようやく、ヴァルキリーズが、伊隅大尉達が援軍に来てくれた。それも、全機健在で。
俺達と斯衛が東西から挟撃していることを見越して、あえて遠回りしてでも北から一撃を加える事を選択したのだった。
貴重な、止めとなる一撃を。

「―――白銀ぇ~、覚えておきなさい?……真のヒーローってのはね、一番最後にやってきておいしい所全部掻っ攫っていくモンなのよ?」
「……言ってくれますね、速瀬中尉……でも、本当においしい所はこれからなんですよ―――殿下ぁっ!……『黒』を退がらせ、ヴァルキリーズの突撃にあわせて残りの戦力を投入しろっ!
 ……三方向から一気に決めるっ!!」
「―――っ!貴様、殿下に対して何という口を―――」

赤の武御雷。……その声は月詠中尉か。とすると、もう片方の赤は真耶さんの方なのか。

「んな事言ってる場合じゃねえっ!……あんたらの部下の『黒』はもうもたんぞっ!
 ……そいつらを殿下の護衛に下がらせ、代わりに余力の有るあんたらが吶喊しろってんだよ……!!」

口に出すまでも無いことだが、六機の『黒』の中にも女の子はいるはずなのである。それも、とびっきり上玉なのが。
あたら若くて可愛い女の子を、こんな無粋な場所で死なせては男が廃る。

―――なあ、かみさま……そうだろう?

「―――真那、命令します。……白銀の指示に従い、敵陣に突撃を仕掛けるのです。……■■■、頼みましたよ……」

機体操縦の為のあらゆる動作を、束の間忘れていた。

―――なんだと……?今、その『青』を何と呼んだ?……彼女が、アイツがそれに乗ってるってのか……?

「―――っ! 武くん、後ろぉっ!!」

バックブロウの要領で旋回しながらの短刀による一撃。前部から尾節までを切り裂かれた要撃級が暫く突進して地面に崩れた。

くそっ、今はそれについて考えるのは止めろ。まずはこいつらを潰すのが先決だ。
話は、それからゆっくりとすれば良い……。

残す武器は長刀が一本と短刀が二本のみ。だが、それが無くなったとて両の腕と両の足がある。それすらも無くなれば体当たりしてでもヤツらを屠って見せよう。
生ある限りBETAを殺戮し続ける。

……それが、俺のもう一つの存在意義というものだから……。





―2001年11月11日 09:00―

静寂に包まれているかつての戦場は、異邦者共の残骸が到る所に散乱し陰惨たる光景を作り出していた。
先程から、戦場には雨が降り出していた。それはまるで、天がその無残な殺戮の跡を忌み嫌い大地を洗い清めようとしているかのようであった。

BETAの残骸が発する猛烈な臭気を避け、本営はその場所を30km程度南に下った所に移設していた。
帝国本土防衛軍第12師団と14師団が引き続き警戒を続ける中、俺達ヴァルキリーズは新本営へと集合した。
降りてくるよう指示され、数時間ぶりの大地を踏んだ俺は、疲れのせいか支えを失いみっともなくもよろめいてしまう。

「―――くそっ……」

水溜りの中に顔から突っ込む覚悟を決め、目を閉じたとき、俺は身体を抱きとめる柔らかな感触を感じた。
とても柔らかく、そして良い香り。日頃の癖と言うヤツは大層恐ろしいもので、俺は自分を抱きとめる人物が何処の誰かも確認しないまま『グリグリ』していた。

「―――んっ……あぁ、し、白銀……このような―――」
「き、貴様ぁっ!―――殿下に対し、畏れ多くも暴言を吐いたばかりかそ、そのような破廉恥な真似をっ!」

……え?で、殿下?そんな、月詠中尉……。政威大将軍ともあろうお方がこんな所にまで足を運ぶ筈が無いだろう。

そう思いつつも、俺は恐る恐る閉じていた目を開き、顔を上げた。
至近距離で合わされる視線と、視線。

「…………」
「…………」

どうする、俺?……下手な対応したら首が飛ぶんじゃないか、これ……。
まさか、雨に濡れるのも構わずこんなとこまで来るとは思いもしなかった。

俺は、そっと殿下の身体を押しやり、自身は一歩退いて片膝をついた。

「殿下とは露知らず、ご無礼を致しました……。
 ―――如何様にも罰は受ける所存でありますが、せめて此処は一つ、広い心で許してもらえちゃったりすると嬉しいかな、と思わないでもない事も無い今日この頃でありますが殿下はいかがお過ごしでしょう……?」

『…………』

ちなみに今現在、この場には殿下と月詠中尉、数人の斯衛の他、横浜基地所属の先生とかピアティフ中尉、ヴァルキリーズの面々が勢揃いしている。
俺を知っている横浜基地の面々は、皆揃ってこめかみを押さえて溜息をついていた。
月詠中尉といえば額に青筋が浮いていて、今にも手に持つ真剣で切り掛ってきそう。

「……貴様、舐めているのか……?」
「……是非、舐めて見たいですっ……!」
「貴様ぁっ!!その首、叩きおと―――は、はなせっ!お願いだ、コイツを今此処で―――」
「ま、待ってください、中尉っ!……そんなことしたら国際問題に―――」

月詠中尉を取り押さえている斯衛らしき女の子達。六人いるため、おそらく俺と共闘した『黒』の主なのだろう。
俺はドタバタ劇を繰り広げる彼女達から視線を逸らし、再び殿下へと顔を向けた。

『―――ハァ……』

何故か、ピタリと息の合った溜息が口を付いた。

「……畏れながら、血の気の多い部下をお持ちになられると苦労の多い事かと存じます」
「……分かってくれますか?……白銀」
「……私の周りにも多いですから……」
「ふ、ふふふふふふふふ」
「ははははははは」

どちらからとも無く、俺と殿下は笑みを零していた。そして一頻り笑った後身体を翻し、未だに揉み合っている月詠中尉たちに向かった。

「控えなさい、真那。……白銀のおかげで一体何人の兵士が、その命を救われたと思っているのです?
 ……斯く言うわたくし達とて、彼があの場にいなければその命を落としていたやも知れません。
 命の恩人を多少の無礼があったからといって切り捨て、そなたは一体誰に向かって功を誇るおつもりなのですか?」

一瞬にして大人しくなる月詠中尉。可哀想に、しょんぼりと項垂れている。

―――流石、俺。……こうなる事まで見越して殿下に『グリグリ』を―――いや、そんな事は無いわけだが。

「―――ところで、白銀……」
「はっ」

再び俺に向き直った殿下が腑に落ちない、という表情で問い掛けてきた。

「そなたは、以前何処かでわたくしと会ったことがありましたか……?
 ―――何故だか、とても懐かしいような……」

そうなのだ。『これまでの経験』を含めても俺と殿下はそれほど深い関係だったわけではなかった。
それなのに、さっきから息が合いすぎているし、殿下にしても俺に対して気安すぎた。

―――ねえかみさま、これってなんなんですか……?

「呼びましたか、白銀?」
「えっ!?」
「ふ、不思議ですね……、今そなたに呼ばれたような……」

―――か、かみさま、なにかお、おかしくないですか―――?

「……なにか? 白銀」
「…………」
「…………」

ヤバイ。何だか知らないがとてつもなくヤバイ香りがする。
俺を構成する全てが、『これ以上つっこむな』と警報を鳴らしている。

「……ふ、深く考えてはいけません、かみさ―――殿下。せかいのほうそくが乱れます……!」
「そ、そうですわね……えろが―――白銀……!」
「は、はははははは……」
「ほ、ほほほほほほ……」

我ながら乾いた笑い声だと思ったが、それは殿下も同じようだった。

―――その時、俺と殿下に向かって歩いてくる一人の強化装備に身を包んだ女性の姿を、俺は視界の隅に捉えた―――

先程の、殿下がその名を呼んだ『青』の正体。いつか会える日も来ようと思っていた『アイツ』の姿が其処にはあった。

「―――紹介が遅れてしまいましたね……この者は、わたくしの妹で、御剣 冥夜と申します」
「―――はっ……御剣……?」
「……故あって、今は『煌武院』の姓を名乗っておりませぬ……。ですが、この方が、殿下が私の血を分けた姉である事に嘘偽りは御座いません……」
「……失礼致しました。……私は、国連軍横浜基地所属、白銀 武少尉であります」

近寄って抱きしめたくなる衝動を俺は必死で堪えていた。今の俺と冥夜は初対面なのだ。
そして、今の冥夜はこれまで決して許されなかった姉との共生を許されている。それは、俺個人のわがままで壊して良いものではなかった。

「……姉上。私も姉上も、この者に命を救われたといっても過言ではありませぬ。
 ……故に明日、白銀少尉を帝都城に招きたいと思うのですがお許し頂けますでしょうか」
「そうですわね……白銀は、篁 唯依とも関係が深いと香月副司令より聞きました。
 ……共に招き、礼と同時に再会を懐かしむ事もよろしいですね……了承頂けますか……白銀?」
「―――はっ……恐縮ながら、お招きに預かります……」

―――このとき俺は、自身の衝動と全身全霊で戦っていたため気付かなかったのだ。
俺の名を聞いた瞬間の、冥夜の何かを堪えるような表情と揺れる瞳に―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第26話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/28 21:53
とーたる・オルタネイティヴ




第26話 ~しまいどんぶり、ぎょくつきつゆだくで?~



―2001年11月12日 10:00―

もし、廊下を歩いていて見知らぬ誰かに『今日の晩御飯は何ですか?』と問い掛けられたら……?

―――今の俺ならば、迷い無く断言するだろう……『今日の晩飯は、姉妹丼です』と―――





今俺は、唯依タンと並んで帝都城の中を歩いている。目指すは、五層六階で構成される天守の最上階。
以前、屋上好きな自分を自評して『馬鹿と煙は高い所が~』と言ったわけだが、なるほど『馬鹿と煙は』の馬鹿ってのは、実は『バカ殿』を表したもので、只でさえ高い位置にある城の、更に最上階に居を定める殿様を皮肉った物だったのだ。
『バカ殿さまは高い所がお好き』とはなかなかどうして、諺というやつは奥が深いものである。

……無論、何の根拠も無いんだけど。

「武……また何か不遜な事を考えているだろう……?」
「何を言う。……俺のようなしがない一庶民は、この城の圧倒的な存在感にただただ平伏すしかない……。
 故に、この城の主たる悠陽殿下に対する畏怖と尊敬の念をますます強くしている所だというのに」
「……何となく馬鹿にされてるような気がする……」
「それは唯依タンの心に濁りがあるせいさ」
「―――なにをっ……このっ!」

俺は、左隣から襲い掛かる唯依タンの竹光攻撃を軽くあしらいながら、今度は右隣を歩く冥夜に向かって話し掛けた。
斯衛の青い軍服を着ているわけだが、このような格好をしているとやはり武家なのだな、と感心してしまう。
なにゆえに先導する殿下の隣ではなく、俺の隣にいるのかは考えない事にした。

「しっかし、あれですねぇ……冥夜様……」
「……何か?」

わざわざ俺の隣に来ておきながらこちらの方はちらりとも見ようとはしない。
おまけに、先程は門まで出て来て俺達を出迎えてくれたというのに、最低限の挨拶を交わして以降は一言も話そうとしないのだ。
それで、いい加減痺れを切らしたためにこちらから打って出ることにした。

「その気になれば100階建てのビルだって作れてしまうこのご時勢に、よりにもよって城とは、前時代的と言ったら良いのか示威行為ご苦労さんとでも言えば良いのか……。
 ……ほんと、ぶっちゃけ正気の沙汰とは思えな―――いびゃらっ!!」
「お、お前と言うヤツは!……いつもいつもいつも! 言ってるだろう、発言とその内容には気を付けろとぉ!!」

ゆ、油断した……。一本しかないと思わせて、実は二本隠し持っていたなんて……。
だがしかし……いつもいつも人をそんな物騒なブツでど突きやがって……今日という今日はもう勘弁ならん。

「こっちこそ、いつも言ってるだろうが! 俺の発言は、いつだって時と場所と場合とおまけに空気まで読んだ最高の台詞だってな!!」
「だったらその舌を出せっ!―――二度と口が利けないように切り取ってやるっ!」

竹光で切り掛かって来る唯依タン。俺はその刃を華麗に白刃取りで応える。
瞬間、掴んだ刃を軽く捻って竹光をもぎ取り、攻撃後の硬直の隙を突いて唯依タンのぱいおつをその剣でつんつんしてやった。

「へぇ、良いのかよ、そんな事して。一番困るのは『ピー』とか『ピー―』とかして貰えなくなる唯依タンだぜ!?」
「こ、ここここんな所でそんな―――!!」
「―――タケル殿!!」

冥夜の鋭い声が飛ぶ。俺と唯依タンの激烈なバトルは強制停止となった。
いかん、流石にはしゃぎすぎたか。
……もしかして、マジギレモードとかじゃないだろうな……?

「―――実は、ここからそう遠く無い場所に風光明媚な中庭があるのです。……良い茶が手に入りました故、是非ご一緒したいと思っておりました。
 ―――そうですか!それは良かったっ!……では早速参るとしよう!
 ……姉上っ、唯依と積もる話もあるでしょう。一時席を外します故、どうか気兼ねなさらず―――!」

……おい、俺はまだ何も答えてねぇだろ……。
と言うか、何この展開?
腕を掴まれ、ぐいぐいと連行されて行く俺。
ああもうっ……どうしたと言うのだ、冥夜は……!

「―――え、えぇ?……武?……冥夜様?」
「ふふふ……。あの子もあれでなかなか我が強いです故、意中の殿方が他の女性とじゃれ合っているのが我慢ならなかったのでしょう。
 ……これも、一目惚れと言ったら宜しいのでしょうか……?」
「―――え!?……冥夜様が、武に!?」
「それはともかく、そなたには『晩餐』の手伝いをしてもらわなくては。―――わたくしの部屋へ参りましょう」
「……殿下の御部屋で?……『晩餐』?」

殿下と唯依タンの、そんな会話が連行される俺の耳に届いたような気がした。

―――しかし、う~む。俺と冥夜の『絶対運命』とやらは、例え初対面であっても一目惚れなんて展開になるほど強固で超越的なものだったのか……。
ならば、漢として、女性に恥を掻かせる様な真似は慎むべきだな。





その庭園は、『枯山水』と言うらしい。いわゆる水のない庭のことで、水を用いずに石や砂などで水や山などの風景を表現する庭園様式―――なのだそうだ。
正直、綺麗な庭だな、とは思うものの先日の祷子さんのヴァイオリン程には訴えかけてくる物を感じなかった。
まあ、俺をここまで引っ張ってきた冥夜にしてからさして興味のある風ではないのだから、ただ単に俺と二人きりになる口実が欲しかっただけなのだろうと解釈する事にした。

―――まかせろ、めいや……おれは、きたいをうらぎらないおとこだからな……。

「―――どうぞ、こちらへ……」

通されたのは、利休だか何だかの茶室―――という事は無く、ごく普通の部屋だった。
庭園が一望できるように配置されており、いつもは腹黒爺共が密談を交わしているに違いなかった。

「失礼いたします―――」

茶と、茶請けを運んできたのは月詠中尉だった。冥夜と色違いの赤い斯衛服。
どうせなら『元の世界』のメイド服を着て欲しかった所だが、まあ贅沢は言うまい。
だが、泣く子も失神してしまいそうな視線で俺を見るのはやめて欲しい。
冥夜といえば、俺の対面に背筋をピンと伸ばして正座している。

「―――民全てが戦争に備え、不自由な暮らしを強いられているこの時期に、このような贅沢は本来許されるべき物ではないのですが……」
「―――そのような事は無い、と思いますが」
「……何故、そう思われるのですか」
「殿下や、貴方の存在はこの国の民にとって希望だからですよ。
 ―――恵みをもたらす太陽や闇夜を照らす月のように、どれほど我らが辛く、苦しくとも見上げれば何時も変わらぬ姿でそこに在る。
 ……そうであればこそ、我ら兵士はいつか来る平和を信じて命を賭けることが出来る……」
「……タケル……」
「まあ、貴女がた以外のお偉いひひじじい共なんかは、多少ひもじい思いをするくらいで丁度良いとは思いますがね―――」

ここで、言わなくとも良い余計な一言を付け加えてしまうのが、俺が俺たる所以なのである。
まあ、こっぱずかしい事を言ってしまったので照れ隠しの意味もあったのだが―――それはこの際どうでも良い。
俺は今、危うく聞き流してしまいそうになったある重大な齟齬に気付いてしまったのだ。

―――冥夜は今、俺の事を『タケル』と呼んだのだ。今の今まで初対面らしく『タケル殿』などと堅苦しい呼び方をしていたというのに、だ。

「ところで冥夜様……」
「何でしょうか」
「……委員長は元気ですか?」
「……会ってはおらぬゆえ詳しい事は申せませぬが、おそらくはお父上の下で息災かと―――っ!?」

……あれだ。こんな初歩的な誘導尋問に引っ掛かって貰うと、性質の悪いヤツに簡単に騙されてしまうんじゃないかと心配になってしまう。
『お前以上に性質の悪い人間なんてそうそういねぇよ』なんて言う奴とは友達にはなりたくない。

念のために説明しておくと、委員長とは榊 千鶴の事。だが、俺が彼女をそう呼んだのはかつての世界で207B分隊、ヴァルキリーズで一緒だったときのみ。
『この世界』では『委員長』のいの字も口に出したことは無い。
つまり、委員長=榊 千鶴と推測できたと言う時点で何らかの『記憶』がある―――という事なのだ。

「……冥夜様……いや、あえて冥夜と呼ぼう。……お前、『何を』覚えてるんだ?
 ……洗いざらい吐いてもらおうか―――」





―――要約すると、冥夜が覚えていたのはかつてオルタネイティヴ4が失敗に終わり、第5計画が発動したときの事。
いや、それだとまだいくつか種類がある。
冥夜が覚えていたのは、その中でも12月24日、強化装備を着た冥夜のそれをびりびりに破き去り、○×△致してしまった世界の事だ。
正直、俺の主観ではかなり昔のことだったので俺の記憶と冥夜のそれに違いがあるのかどうか、という所までは把握出来なかったのだが、まず間違いなかった。

そもそも、冥夜としては元々隠すつもりなど無かったらしい。だが、初対面の際の俺の態度が余りに型に嵌った物であった為に自身の記憶に確証が持てなくなっていたらしかった。
という事は、昨日冥夜が現れた際に感極まって抱き付いていたりした方が、遥かに手っ取り早かった―――という事だったりする。

……色々と腑に落ちない点はあると言えばある。けどまあ、冥夜はかつて俺と結ばれた際の記憶を持っており、そしてそれを煩わしい物だとは思っていない。
それだけ分かれば十分だった。

「―――私は直ぐにでもタケルに打ち明けるつもりだったのだ。……でも、姉上が『女というものは秘密の一つや二つ、持っていなくてはならないのです』などと言うから……」

―――かみさ……でんかよ……やはりあなたがしょあくのこんげんか……!?

―――『でんか』とはなんのことかわかりませぬが……もりあがったでしょう?

すっとぼけた台詞を返しやがって……。あるじが『あんなの』でこの国は大丈夫なのか……?

「で、でもまあ良かったんじゃないか?……血を分けた姉妹と一緒に暮らせるんだからな……」
「……だが、ここにはタケルが居ない……」

くっ……可愛い事を言ってくれるじゃないか!
けど、がまんだタケル……!きょうのばんごはんは『しまいどんぶり』だったはずでしょう!

「ところでな、タケル……」

……あれ?先程の甘い雰囲気は何処へやら、冥夜さんの視線が冷たい。

「私は、いつかタケルと会える日を心待ちにしていたと言うのに、そなたの方は横浜基地で随分とお盛んだったようではないか……?」
「―――っ!!……なんで、そのことを……?」
「姉上が、どうやって知ったのか知らぬが詳細に教えてくれたのだ……。頼みもせぬのにどんな女性とどんな行為をしたのかそれはもう詳しく……!
 ―――正直、耳が腐るかと思ったぞ……!」

―――おいおいおい……そのオーラ、まるで真っ暗い夜のようだぞ。……冥夜だけに……なんて。

「―――冥夜様、これを」

突如入室して来た月詠さんが渡したのは、言わずと知れた皆琉神威―――の竹光バージョン。
どいつもこいつも俺の周りの女というやつは、自分の得物のレプリカを作るのが好きなようである。

「安心するが良い。……『夜まで目が覚めぬ程度に痛めつけろ、跡の残る傷はつけるな』との姉上の仰せだ……」

……なるほどね。つまるところこれは、俺が『姉妹丼』をおいしく頂くつもりが、実際の所は俺を『姉妹丼』の具とすべく罠が張られていたのだ。
誰がそんなことを考え出したのか―――なんて考えるだけで馬鹿馬鹿しい。
いつの間にかこの城は、人外の巣窟と化していたわけで……。

―――このしろにきたときからぼくは、てのひらのうえでおどらされていたのですね……?

「なあ、冥夜……一つだけ言わせてくれ……」
「武士の情けだ……申せ……」
「さしずめ、俺の役割は『姉妹丼』の『ぎょく』ってところだな。……これでもハードボイルドを自認してるんで固ゆでにして―――」
「―――この……浮気モノがぁああぁぁぁああ~ッ!!」
「―――い、いやぁぁぁぁぁぁああ~~」

―――この日の夜、俺がどうなったのかなんて語るまでも無いだろうと思う。
まさにかみさまのお膝元で、『てんごくのようなじごく』を味わうことになったのである。
結局、『前の世界』でこの姉妹が生き別れにされたのは、俺のような犠牲者を出さぬようにするためのものだったのではないか?

ちなみに、『その場』に唯依タンがいたのかどうかは……ご想像にお任せして見ようと思う。
只一つだけ言える事は、翌日の朝も殿下たち姉妹と唯依タンの仲はこちらが嫉妬してしまうほどに良かった―――という事。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第27話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/10/30 22:28
とーたる・オルタネイティヴ




第27話 ~ぎゃくしゅうのたける~(ちゃばんへん)



―2001年11月13日 18:15―

唯依タンが呆然としている。彼女の視線の先には、廊下上に仰向けに倒れた俺がいた。
俺の腹部を染め尽くす真っ赤な液体は、今も尚溢れ続けていた。
唯依タンの手には彼女愛用の『竹光』が握られている。

―――その刃には、真っ赤な液体がべっとりと付着しており、彼女の手から肘までを赤く染めていた。
いや、手だけではなくその液体は彼女の軍服にまで飛び散っていた。

この光景を見てそれが『模造刀』である等と、誰が信じるであろうか。

「―――い……、いやあぁぁぁぁっ!!」

祷子さんの悲鳴が響き渡った。

「た、篁……お前、何て事を……」

宗像中尉の押し殺した声。

「……え?……だって……これは、ただの竹光で……」
「竹光でこんな真似が出来るものか!」

唯依タンがふらふらと定まらない足取りで俺に近付いて来た。
服が赤く染まる事を気にした様子も無く、倒れた俺の元にペタンと座り込む。

「武……わ、私は……なんてことを……」

今の俺は、唯依タンの顔に焦点を合わせることは出来なかった。
だから、赤く汚れていない方の手をゆっくりと上げ、彼女の頬を撫でてやった。

「武……何故……どうしてこんな事に……!!」

―――全くだ。何故、どうしてこんな事になったのか。
話は、10時間ほど前に遡る―――





―2001年11月13日 08:00―

「これまで虐げられてきた全確率時空の俺よ!……数多の苦難を乗り越え、遂に立ち上がるべきときがやってきたのだ!
 毎度毎度事あるごとにこの俺様をどつきまくる憎き仏敵、篁 唯依に我が怒りの深さを思い知らせてやろうぞっ!!」

『…………』

「……なあ祷子……こいつ、うっとおしいぞ……」
「もう、美冴さんったら……心にも無いことを言うんだから……」

ここは祷子さんの部屋。一昨日が『予期せぬ』実戦となってしまったため、今日は夕呼先生の計らいで臨時の休日となったのだ。
207Bの訓練生達は普通に訓練があったために、こうして朝から祷子さんの部屋にお邪魔している次第であった。

「よしよし……武くん、落ち着いて……」

祷子さんにふわりと抱きしめられ、頭を撫でられる。

―――ああ……いかりがしょうかしてゆく……

「……って! 昇華しちゃったら駄目なんだってば!」

危ない所だった。ここで怒りを収めてしまってはいつもと変わらない。
今回は、断固たる決意で唯依タンを懲らしめてやらないといけないのだ。

「ふむ。昨日帝都城でよほど酷い目に遭ったみたいだな……」

―――いや、どちらかと言うと『良い目』だったんですけどね……。
むしろ、ここ最近唯依タンには色んな意味でやられっぱなしだから立場の逆転を図りたい、というか……。

「つまり、武くんは唯依ちゃんを『ぎゃふん』と言わせてあげたいのね……?」
「……まあ、端的に言えばそういうことです」

ここで重要なのはあくまでも『ぎゃふんと言わせる事』なのだ。いくら復讐とは言え、身体的に傷を負わせる等論外で、精神的に傷が残ってしまうような物ももってのほか。
この微妙なニュアンスが伝わらないと、場合によっては洒落にならない事にもなりかねないので注意が必要だ。

「それは分かったが……何故ここでそんな話をするんだ?やりたいのならば一人でやればいいだろう」
「そんなの、共犯者が欲しいからに決まってるじゃないですか。……皆で作戦タイムとしゃれ込みましょうよ」
「断る」

宗像中尉はそっぽを向いて吐き捨てた。余りにもつれない態度に泣きそうになってしまう。
だが、この程度で引き下がる人間に『かみのしもべ』など勤まりはしないのだ。

「其処を何とか」
「他を当たれ」
「…………」
「…………」

まさか、宗像中尉がここまで強情だとは思わなかった。……まさか、先日祷子さんと三人でいたしてしまった時の事を根に持っている、とか?

「次のときは優しくしてあげますから」
「…………」

宗像中尉が少し赤くなった。思い出して照れてしまうなんて案外可愛い人である。
まあ多分、これまで作ってきた性格の手前、素直になれないだけだと思うのでここは引いて見る手だと思うのだ。

「じゃあ祷子さん、もう宗像中尉は放っておいて二人で話し合いましょうか。
 ―――俺の部屋で、『二人っきりで』ね」
「もう……、変な事したら駄目よ?まだ明るいんだから」
「もちろんですとも!」

俺は、祷子さんの肩を抱いて意気揚々と扉に向かった。
正直な所、本当に二人では少々寂しいので、宗像中尉が駄目なら柏木か茜あたりを引き込むつもりだったのだ。
柏木にしろ茜にしろ、こういうイベントには乗ってきそうだ。

「―――待て!」
「……なんですか?」
「お前と祷子を二人きりにするのは危険だ。……不本意だが私も付き合う」

なんて分かりやすい、お決まりの台詞だ。俺と祷子さんは、思わず顔を見合わせた。

『ツンデレ……』

「ち、ちがうっ! 私は純粋に祷子のことが心配でだな―――!」
「まあまあ、あなたの言いたい事はよ~くわかりましたから、落ち着いてくださいよ」
「わ、分かっていないっ、誤解しているぞ、白銀!!」
「美冴さん、可愛いですよ……?」

―――必要な人員は確保して、あとは最善の策を導き出すのみ。
策がはまった後の、唯依タンの『ぎゃふん』な表情を思い浮かべるだけでついつい顔がにやけてしまう。
待ってろよ……唯依タン……!

「……なあ祷子……時々思うんだが、実はこいつって凄いアホの子なんじゃないか……?」
「もう、駄目よ美冴さん。……こういう所が可愛いんだから……」
「……お前も、大物だよ……」





―2001年11月13日 10:00―

宗像中尉がメンバーに加わる事を快諾してくれたためにあえて場所を移動する必要も無く、俺たちは相変わらず祷子さんの部屋で顔を突き合わせていた。

「―――と、まあ作戦についてはこんな感じで良いと思うんですけど」
「……その場合、どうやって篁をそのような状況に持って行くか、という事だろう」
「……俺が、別の女の子と仲良くしている所を見せ付ける、とか……?」
「私達ヴァルキリーズは先日の『会議』で身内みたいに思われているから、効果は薄いと思うわよ……?」

言われて見ればその通りなのだ。唯依タンは最近複数プレイに抵抗がなくなりつつあるような気がするが、それはその女の子達が『自分の身内』だと言う意識が強いからだろう。
仮に俺が祷子さんと仲良くしていた所で、何らかの行動に出る可能性は少ない。
もちろん、心中穏やかとは言い難いだろうが……。

「―――いや……まてよ?」

そもそも唯依タンがああいう行動に出るのはどんな時だ?これまでの経験を思い出せ。

―――俺が、不穏当な発言をしたとき。

―――俺が、公の場所でセクハラ行為に出たとき。

大体において、この二点に集約されるのではなかったか……?

「祷子さん、宗像中尉……策が決まりましたよ……少々お耳を拝借……」
「……ここには私達だけしか居ないだろう」
「気分ですよ気分……さあ早く」

耳を寄せてくる二人。……普通ならばここで息を吹きかけてやるところだが……俺はそんなお約束で満足する男では無い。
ターゲットは二つ。ここはあえて宗像中尉に期待したい。

俺は、ゆっくりと宗像中尉の耳に顔を寄せ―――

「―――はむっ」

―――むしゃぶりついた。

「んあぁぁっ!」
「―――れろっ……」

効果は絶大だった。日頃は中々聞く事の出来無い艶っぽい声。
ついついそのまま舌を伸ばして責めてしまう。

「くぅんっ!……そ、そこは……だめ……い、いい加減に―――しろぉっ!!」
「―――ぐぼぁっ!」

世界だって狙えてしまいそうな鮮やかな右が俺の顎に直撃した。

「お、お前と言う男は……ほ、本当に懲りないなぁっ!?」
「ちょ、ちょっと耳を甘噛みしただけなのに……さては、そこが弱いんですね……?」
「―――コロス……!」

宗像中尉が飛び掛ってくる。
何が怖いってその形相だ。『悪鬼羅刹』という言葉がこれほど似合うヒトはそうそういないと思う。

「み、美冴さん落ち着いて!―――武くん、駄目でしょう?
 ……見かけによらず、美冴さんは初心なんだから……」

間一髪で祷子さんが宗像中尉を取り押さえる事に成功した。
正直、あとコンマ数秒遅れていたら俺はザクロのようになっていただろう。

―――なぜだか最近、俺の周りの女の子達は暴力的に過ぎるような気がする。
俺の他愛の無い悪戯が受け入れられないとは、嘆かわしい世の中になったものである―――





―2001年11月13日 18:00―

ここは、PXから唯依タンの部屋へと向かう途上にある廊下だ。訓練後彼女達がPXに向かう事は知っていたため、そこから居住スペースへと繋がる此処に罠を仕掛ける事にしたのだ。

「α-2よりα-1……対象がA地点を通過したわ。……C地点への到達は1分後」
「α-1了解。……α-3、準備は良いな?」
「α-3よりα-1。……好きにしてくれ」

A地点とC地点の中間、B地点にいた俺はこちらへと向かってくる唯依タンの姿を確認しゆっくりとC地点に向かった。
L字型の廊下で、先端をA、曲り角をB、末端をC地点としてもらえば分かりやすいだろうと思う。
C地点から唯依タンの自室まではほんの数十mというところだ。

俺がC地点にいるα-3こと宗像中尉に要求したのは一点のみ。
それは、B地点を通過した唯依タンから見える位置で俺に『偶然』会ってしまう事。
宗像中尉には、俺が何を言ってもその場から動かない事、という指示以外には他に何の説明もしていない。
ちなみに通信機は、以前ヴァレリオ達が使っていたものを借りてきた。

「……よし、『痴情のもつれ』作戦を開始する……!」

『なに、それ……?』

うるさいな、いいだろう別に。『ネーミングセンスのかけらもねえ』とか言うんじゃねえよ……。

「―――あれ宗像中尉、ちょうど良かった」
「……何か用か、白銀……」

どうでも良いけど、演技が硬いですよ……宗像中尉。
さて、唯依タンは偶然出会い、話し込んでいる俺たちに気付いただろう。

「実はね、うちの整備兵のヴィンなんとかっていう軍曹から『いいもの』を貰ったんでヴァルキリーズの皆にお裾分けしてた所なんですよ」
「ほう、それはわざわざすまないな……」

唯依タンは俺たちに声を掛けるべく向かって来ているだろう。

「是非、開けて見てください」
「ああ。―――なんだ、これは……?」

こちらからは見る事が出来無いが、背後の唯依タンの気配が中身を見て明らかに『変わった』のを感じた。
微かに聞こえる唯依タンの足音が若干高くなった。
今の所予想通り。

「知りませんか?……『ブルマ』て言うんですよ?」
「……これを、私達にどうしろと……?」

実の所、これは演技でも何でもない。ヴァレリオから入手した事も本当だし、一石二鳥で丁度良いから利用させてもらう事にしたのだ。

―――さあ、唯依タンはもう俺の後方数mだ。
ふふ……いつものように『来てみる』が良いっ!

「いやぁ、次の基礎訓練のとき皆さんに着て貰おうかな、と思いまして―――あべしっ!」

後ろからどつかれる俺。……このうらみ、もうすぐで晴らしてやる事ができるのだ……!

「……お前の頭には、そんな事しか無いのか……!?」
「よ、よう唯依タン。……実は、唯依タンの分もあるんだ。今度、剣の訓練するときにでも着て見てくれないか?」

相変わらず、キレのある鋭い殺気を纏っているな……唯依タンは。
正直、無かった事にして逃げ出したい。

「それで……例の『なんとか団』に盗撮させて、資金集めにでもするというのだろう……?」
「……それは誤解だ。これは、俺独りで楽しませてもらう」
「……言いたいことはそれで終わりか……?」

こ、こわいコワイ怖いっ……!!
けど、ここで逃げるわけにはっ!

「……もしかして、『なまあし』は見せられないとか……?」
「このっ―――ドアホォッ!!」

まるで走馬灯のように、コマ送りで俺の元へと向かってくる『竹光』。
遂に、俺の策は成功を迎えるのだ。

―――けど……いたいのは変わらないんだよなぁ……。

―――そして、唯依タン御用達の『竹光』が俺の腹部を抉った―――





―2001年11月13日 18:20―

―――というわけなのだ。無論と言うべきか、俺は懐に赤い塗料の入った袋を忍ばせていたのだ。
それを、唯依タンの刺突に合わせて破裂させてやった。
水性なので、後で洗濯すれば綺麗に落ちる優れもので、尚且つ一見しただけでは血液と変わらない。

唯依タンは、誤って俺を真剣で刺してしまったと思い込んでいる。追い付いて来た祷子さんの『悲鳴』と宗像中尉の(笑いを)押し殺した声が彼女の判断力を奪う絶好のスパイスとなっていた。

―――さあ俺よ。ここからが演技の見せ所だ……。

俺は、片手で唯依タンの頬から、頭に手を伸ばし弱々しい手つきで撫でる。

「ゆ、唯依タン……いいか……君は悪くない……悪いのは……バカばっかやって来た……俺だ……」
「た、武っ! もう喋らないで! 直ぐに軍医を連れてくるから!」
「……もう……助からん……。
 ―――いいか、君は死ぬな……絶対に生き延びてくれ……!!」

全身から力を抜き、目を閉じる。支えを失った手が落下し、赤い水溜りの上に落ちて飛沫を上げた。

「い、いやっ……たける、武っ!……こんな、こんなことって……!
 ―――お願いっ、目を開けてぇっ!!」

―――ぐっ、お、おい唯依タン。俺はもう『死んでる』んだからあまり揺らすなっ……!

「な、なかなか面白かったが……流石に篁が気の毒になってきたな……」
「……そ、そうですね……美冴さん。……ね、ねぇ、唯依ちゃん?」
「か、風間少尉っ、宗像中尉!―――はやく、ぐ、軍医を!」
「……何も言わずに、武くんの鼻と口を塞いで見て?」
「そんな、遊んでいる場合じゃ―――」
「いいから」

なんて事だ。まさか二人が裏切るなんて思いもしなかった。
だが、まだまだ終わるわけには……!

……一分

……二分

……さんぷ―――って無理に決まっているだろうがっ!!

「ぶはっ!!―――な、なんて事するんだ唯依タン! 本当に死んじまうだろうがっ!」
「―――え?……た、たける?」

何となく気まずい。俺と唯依タンは無言のまま暫く見詰め合った。
いつの間にやら二人は逃亡した模様。

―――どうしよう、この状況……。

「ほ、ほら唯依タン、この絵の具、良く出来てるだろ? ぱっと見、血と見分けがつかないもんな!
 ―――は、はははははは……」
「……たける……」

―――くっ、今度はどんなお仕置きが待ってると言うのだ!

「た、たける……よかった……わた、わたし……ほんとうに……さしちゃったとおもっ……おもって……!」

意に反してどのような攻撃も襲っては来ない。

―――それどころか唯依タンの目には見る見るうちに大粒の涙が―――

床に座り込んでいる格好の俺の胸に、唯依タンが縋り付いて来た。
泣きじゃくりながら俺の胸を叩いてくる。

―――俺は反省していた。この状況は明らかに『ぎゃふん』の範疇を越えていたから。
たとえどんな理由があろうと、たとえ自分の事であろうと、『ヒトの生き死に』をネタにして悪戯を仕掛ける等やるべきではなかったのだ。

「ごめんな……唯依タン……」

俺は唯依タンの顎を持ち上げ、口付けを交わした―――。





―――余談ではあるが、この日俺と唯依タンはとても、とても盛り上った。
四十八手の半分くらいは制覇したんじゃないか、と思えるほどのフィーバー状態。
もちろん用意してあった『ブルマ』も有効活用させていただいた。
……二度と使い物になりそうでは無かったが―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第28話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/01 18:28
とーたる・オルタネイティヴ




第28話



―2001年11月14日 08:00―

「……はぁ。……昇進、ですか」

此処は、夕呼先生の根城である副司令執務室だ。朝っぱらから、起き抜けに霞を通じて出頭命令が下り、こうして眠い目を擦りながらやってきた訳である。
昨晩唯依タンと頑張りすぎたせいか、ひたすら眠い。あと、腰が痛い。いやむしろ、全身筋肉痛だった。

―――というか、霞のやつ俺の寝てるのが自分の部屋じゃなくても起しに来るんだな……。

俺と唯依タンがお互い素っ裸でベッドに寝てる事についても、特に何も指摘せずにスルー。
無感情、という訳ではなく、かと言って怒っているのでもなく、極自然に流したのだ。
時々、霞とかイーニァとか、ちびっ子達はこのままでいいのだろうかと思ってしまう。

「なによ、余り嬉しそうじゃないわね?」
「……まあ、昇進した所で何が変わるって訳でも無いですしね……。
 そんなのより、ヴァルキリーズが大隊規模に、とか新型戦術機を配備、とかの方がよほど嬉しいですよ」

給料が増える、という利点もあるにはあるが、高々一階級上がったからといってこれまでの倍もらえるというわけも無い。
もちろん、部下が与えられ戦力が増強されると言う事も無い。
結局の所、己の自己顕示欲が満たされる、という以外のメリットなんて無いのである。

「……それで、昇進ってのは俺の『臨時少尉』って肩書きから『臨時』の二文字が消えるってことですか?」
「それだけじゃないわね……中尉への昇進よ。つまり、実質二階級昇進ってことね」

……何だかえらく気前が良い。こいつはもしや、次の戦場からは帰ってくるなっていう殉職特進の前渡し……?

「……蒼い顔して何考えてるか知らないけど、この昇進はあんたの『愛しの殿下』からの口添えなのよ?」
「殿下の? ……もしかして先日の新潟の件ですか?」
「ええ、そうよ。己が身を省みず我が危急を救いたる白銀臨時少尉に褒美を……って事らしいわ」

けど、『危急を救った』と言うのならば伊隅大尉達もそうだろう。もしかして、彼女たちも昇進するのか?

「……あのお姫様も、飾り物と思わせておいて只者じゃないわね。
 あえて、目立つのを承知であんた一人の昇進を頑なに望むんだから。……おかげで、朝からマスコミの問い合わせが殺到してるわよ?
 ―――今朝の朝刊だけど見る?」

『煌武院 悠陽殿下の危機を救った白銀の侍』

―――トップに踊るそんなフレーズ。頭が痛い。
何がって、これがスポーツ新聞の類ではなくれっきとした国内シェア№1の『お堅い新聞』だってこと。

「あんた、AL4の責任者でしょ!?……差し止めとかしなかったんですか!?」
「ここであんたに問題よ……さて、知られざる国連主導極秘計画の主と、知らぬ者とて無い将軍殿下。……発言力の大きいのはどっち?」
「……つまり、先手を打たれたんですね?」
「そういうこと。折角だからこっちも乗ることにしたわ」

先生の考えは何となくだが読めた。俺の存在をアピールする事により、各地に存在する反対勢力を封じ込めようと言うのだろう。
賛成派、反対派を問わず関係者ならば俺が先生の直属で、スピンオフ技術により開発された『XM3』を搭載している事は嗅ぎ付けるだろう。
そして、世界世論は今後、一国のトップを救った俺とその所属である横浜基地に肯定的な向きとなる。

まして、危機を救われた国の主が可愛い女の子で、救ったのが同世代の若い男となれば世間は否が応にも盛り上がる。
それにおそらく、殿下はそれの沈静化を図るどころか煽っているのではないか。
その目的が何処にあるのかまでは判断材料が足りないのだが。

まあとにかく、先生は俺の存在そのものを各種反対勢力に対する『盾』とするつもりなのだ。
正確には、俺を支持する世界世論―民衆そのものを盾にするのか。

「……へぇ、ただのエロスケかと思ったらそれなりに頭は回るみたいね。
 ……付け加えるなら、『あんたを宣伝する代わりに伊隅達は徹底的に隠す』って向こうからの提案もあったのよ」

つまりそれは互いの利害が一致したという事。まあ、とりあえず数少ない俺の信頼する女同士が相争わずに済んだのは結構な事だ。
……いや、だがちょっと待て。何か矛盾している。

「……あれ?……大尉達は隠す、俺は宣伝する。……おかしくないですか?
 もしかして、ぼく、りすとら?」
「―――それも面白そうだけど、残念ながら違うわ。……あんたには、アタシの『見せ札』としての部隊を率いてもらう」
「……ええと、つまり……伏せられたジョーカーと、場に晒されたスペードのエース……って事ですか?」

この場合、ジョーカーが伊隅大尉たちでエースが俺。
先程俺が言った『昇進した所で何が変わるって訳でも無い』ってのは結局大間違いだったと言う事。
昇進と引き換えに、俺はAL4の立て看板を背負わされる事となってしまったのだ。
このシナリオは、原案を書いたのが殿下で監修したのが夕呼先生と言う事なのだろう。
そして、妹である冥夜、その従者である月詠中尉も一枚噛んでいるに違いない。

―――あんの、極悪姉妹め……!

「先生、すんませんけど帝都に忘れ物したんで、ちょっくら行ってきていいすか……?」

あの姉妹にはガツンと言ってやらねば気がすまない。
何しろ俺の計画は『気楽な平社員』のまま最小限の労力で女の子達を守りつつ、空いた時間でその女の子達と蜜月の日々を過ごす、というものだったのだから。
表舞台に登場する事なんて望んじゃいなかったのだ。

「あら、それは好都合だったわね。車使わせてあげるから、直ぐにでも行って来ていいわよ」
「……へ?……好都合?」
「……やっぱアンタ抜けてるわ……。アタシは『部隊を率いてもらう』って言ったのよ?
 『白銀隊長率いるは指揮車両一個中隊』とでも名乗りを上げるつもり?」
「…………」

―――それも、ある意味すげえ受けるだろうけど……。

「アンタのお姫様がその事について提案があるらしいわ。
 ……わかったらさっさと逝ってらっしゃい」

おい、どうでも良いが『いく』の漢字が違うぞ……。それじゃあ帰って来れないだろうが。

「ああそうそう。……明日の朝まで帰ってこなくていいから、精々殿下を楽しませて差し上げなさい」

―――ふ、ふふふ……そういうことか……。

先生も、何だかんだで結局は一本取られた格好だ。

このおれさまに、あのしまいをとっちめてやりなさい、というのだな……?
まかせて、せんせい!……みっかほど、あしこしたたないようにしてきますから!!

「―――うっといわ、このエロガネ! さっさと逝きなさい!!」

こわいこわい。……もう、せんせいったらてれちゃって、すなおじゃないんだから。





―2001年11月14日 14:00―

横浜基地を出て此処、帝都城に到着するまでは苦難の連続だった。
どうやら基地を遠巻きに監視していたらしい記者たちに見つかり、取材を要請されたのである。
何だかもうこの世界は色々な点が間違っているような気がしてならない。

無論俺は無視して車を走らせ続けたのだが、奴等はしつこく何時まで経っても諦めようとしない。
おかげで、意に沿わずカーチェイスを繰り広げる事となり、『最速理論』の研究に一役買ってしまうこととなった。
今の俺ならばドリフト、カウンターはもちろんヒール&トゥだって上手くこなせる自信がある。タイヤマネジメントだって完璧だ。
『元の世界』で鷹嘴さんとバトル出来る日も近い……筈。

「―――なんと……そこまで苦労してわたくしに会いに来て下さったのですね……!」

此処は、殿下の居室である最上階。今この場には俺、殿下の他冥夜と月詠中尉しかいない。月詠中尉の従姉妹である真耶さんは、今頃何処かに潜んで控えているんだろう。

「……お前が言うな―――いや、貴方様に仰られたくはございません、殿下」

言い直したのは月詠中尉が怖いから―――ではなく、只の嫌がらせだ。
思ったとおり殿下は、その整った優美な眉をひそめて悲しそうな顔をした。
だが、直ぐに気を取り直し再び微笑を湛えて俺に問い掛けてくる。

「それで、本日此処へ来て下さったのは、遂に国連軍に見切りをつけ我が斯衛に入隊する決心を定めて下さった―――と思って宜しいのですか?
 嗚呼、早速何処か有力武家との養子縁組の段取りをつけなくては……月詠、どこか良い家はありましたかしら……?」

……わざとやっているのか、それとも素なのか、どちらにしても恐ろしすぎて『武家の養子にして、その後俺をどうするつもりだ』なんて聞けなかった。

「……あの……ホントすいません……お願いだから本題に入りませんか……?」

情け無い。情け無いぞ俺よ……。
ほら、見てみろよ……月詠中尉のあの『ふん、口ほどにも無いやつだ』と言わんばかりの顔を……!





―――出されていた茶を一口啜る。口中に広がる程よい苦味と渋み。そしてほのかに感じる旨み。
どれほど疎くても、一口でそれが極上の天然物だと知れる。加えて、茶菓子も一級品。

目前の姉妹がそれを堪能しているのは許せる。だが、目前の利益にしか興味の無いような政治業者の『ひひじじい』共がこいつを当然のように食っているかと思うと虫唾も走ろうと言うものである。

「……つまり、冥夜達が横浜基地に出向してくるって言うのか……?」
「そうだ。私と月詠と、神代、 巴、 戎……斯衛からは五人。それに隊長となるタケルと、今そちらで訓練生をしている唯依、合計七人で隊を構成することになる」

そうか、唯依タンも家柄的には『黄』が与えられるべき由緒ある家だからな。武御雷の青、赤、黄、白が勢ぞろいするわけか。
士気の高揚、という点では計り知れないものがあるだろう。
加えて、政治的効果も抜群。これは、帝国の国連に対する信頼と貢献を大いにアピールする物となる筈だ。
何しろ、将軍が直々に自らの妹を国連軍に派遣する、と宣伝するのだから。

「……これじゃ、俺一人が不知火ってのは逆に浮いてしまうな……」
「心配には及びません。……そなたにも、用意してあります故」

『黒』か?……だが、隊長機がそれじゃあ色々とまずいだろう。
とはいえ、他にめぼしい機体も存在しない。

「今、篁が乗るべき『黄』と一緒に、もう一機同じ機体を用意させている」
「都合の悪い制度があるのならば、良くなるように作り変えてやる。
 ……権力者の特権ですわね」
「……おい、月詠中尉、殿下……意味がわからんぞ」
「つまり―――」





―――説明を聞いて俺は愕然とした。それは、驚き半分呆れ半分と言う微妙なものだったが。
唯依タンと同じ『黄』の武御雷をベースに、色を塗り替えてしまうらしい。
……それも、銀色。
制度を作り変える、というのは『将軍家、あるいはそれに近しい者に格別の功績ある衛士に対し、独自の彩色を施した武御雷を下賜する』というもの。
この『格別の功績』というやつが曲者で、現将軍にそれと認められなければ例えハイヴを落とそうと下賜されることはない。
尤も、武御雷という機体はとことん整備性の悪いやつなのでそうほいほいあちこちに配備しても『宝の持ち腐れ』となってしまうのだが。
斯衛内部の反対意見に関しては冥夜の師であり、また斯衛の重鎮である紅蓮氏を使って黙らせるらしい。
また、修正法案の可決についても『独自のルート』というやつで問題は無いそうだ。

……聞いて驚け。その、独自のルートというのは……。

「……美琴と、委員長だと……?」

何処で何をしているのか、とんと消息不明だった旧207B分隊のあいつら。
その中の美琴は、現在情報省外務二課で、親父の下でノウハウを吸収しているらしい。
委員長は、同じく親父である内閣総理大臣・榊是親の元で秘書紛いの事をやっている。
二人ともそれぞれの方面で着実に頭角を現しつつあり、これまで二人の蒐集してきた『弱み』により与党議員を黙らせるには充分―――との事。

「―――この際だから、残る二人の消息についても教えておこう」
「……是非、教えてくれ」

―――たまは国連事務次官である親父について補佐役のような事をしているらしい。
そして、彩峰は沙霧の元で操縦技術と精神を磨きつつ、『不穏な動き』に関しての情報を集め美琴を通じて冥夜の元まで流して来る。

いつの間にか、かつての戦友同士による冥夜を中心とし、美琴を繋ぎとした強固なネットワークが形成されていたのだ。

「―――ハハハ……無茶やるもんだ、あいつら……」

だが、それで良い。戦う事にしか能の無い俺と違い『あいつら』にはもっと素晴らしい才能がある。
最前線で戦術機に乗ってドンパチやるだけが戦争ではない。彼女達は、それぞれに相応しい戦場で戦っているのだ。

「……会いてぇなぁ……あいつらに……」
「鎧衣は近い内にお父上と共に横浜基地を訪れると言っていた。……珠瀬も、やはり近い内に視察に訪問するお父上に同行するそうだ。
 ……榊と彩峰に関しては、直ぐにというわけには行かぬかも知れん。……だが皆、タケルに会いたがっていた……」
「……そうか」

―――これでまた一つ、死ねない理由が出来た。あいつらと再会を果たす。
そして、いつか平和になったこの世界でヴァルキリーズの皆、現207、旧207の面々など、勢揃いで大宴会を開く。
それはきっと、素晴らしいものになるだろうと思うのだ。

「……殿下、冥夜様……御顔を引き締められた方がよろしいかと……」

『―――ハッ!?』

『……あまりにも凛々しいお顔をされている故、つい見とれて―――』

流石は双子、というべきなのか?
……表情から、言い訳の言葉までがシンクロしていた。

―――二人とも、運が良かったな。……今日の俺はすこぶる機嫌が良い。
予定を変更して、腰が立たなくなるのは一晩で勘弁してやろう……。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第29話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/03 21:00
とーたる・オルタネイティヴ




第29話 ~せつめいてきな、いちにち~


―2001年11月15日 07:00―

冥夜達旧207メンバーには『以前』の記憶がある。この場合問題となるのは誰にどのような記憶があるのか。
これは、冥夜に確認した。それによると、皆の共通点はAL4が打ち切られAL5が発動した世界であるという事だ。
そして、異なる点は彼女達全てがそれぞれ『俺と結ばれた』記憶を持っている事。
彼女達は皆それぞれ移民船へと乗り込み、そして記憶はそこで途切れている……らしい。
結局の所移民が成功したのかどうかは分からずじまい。

次の問題点は……何時彼女達に記憶が戻ったのか、となる。
それは、俺がこの世界において目覚めた10月22日……との事だった。これは、冥夜にしか確認していないが、おそらく皆同じだろう。
そしてその記憶が蘇ったのが時間にして大体07:00~08:00の間。
忘れていた大事な記憶をある日突然ふとした拍子に思い出すように、本当に突然何の前触れも無く記憶が溢れてきた……らしかった。

結論として、俺が経験した12・5事件や甲21号攻略作戦、横浜基地防衛戦、そして、俺にとっての最大級の『呪い』である桜花作戦。
それらの、これからの選択次第で高確率で起こる事象に関して、彼女達は何も知らない。
どうやらクーデターに関しては彩峰、冥夜の二人は薄々感づいているようであるが、これは単に彩峰が沙霧の元にいることによって得られた情報を元に組み立てた、という事に過ぎないだろう。

以上の点を踏まえ、俺は彼女達の息災を只単純に喜んでいればよい……というわけには行かなくなった。
今後はより彼女達との連絡を密にし、情報の交換が必要になって来るだろう。
特に、あと三週間を待たず起こるであろうクーデター。首謀者である沙霧の元にいる彩峰。
万に一つも、彼女に累が及ばないようにしなくてはならない……。





―――と、帝都城に与えられた客室で目を覚ました俺は布団に半身を起して物思いに耽っていた。純和風の畳部屋が何とも心憎い演出だ。
手入れの行き届いた庭には松だか梅だかの木々が植わっており、それに滴る朝露に上ってきたばかりの陽光が反射していた。

実に風流な朝。……だけど……何なのだ、それを台無しにする、先程から感じるこのねっとりと絡みつくような視線は……。

ふと思いつき、首を左に捻って敷布団の上に視線を転じる。

……素っ裸の殿下が、ぽ~っとした熱に浮かされたような目で俺を見ている。

今度は逆、右側に首を捻った。

……同じく冥夜の、熱い視線。

『…………』

「……あ~……おはよう、二人とも」
「うん……おはよう、タケル……」
「おはようございます……しろがね……」
「……で、だ。……そんなに見られてると、流石に照れるんだけど……」

言いながら俺は逃げ出すように布団を抜け出し、枕元に綺麗に畳まれ、皺まで伸ばされた軍服を着込んだ。
十一月半ばにしては鋭すぎる冷気が肌に突き刺さり、俺は大きく身震いした。
ふと見れば、姉妹の着替えも同じく枕元に置かれている。

……いや、俺達は昨夜服は脱ぎ散らかしたまま放置していた筈。……というか、俺が二人に服を畳む暇等与えなかった。
なのに何故折り畳まれ、アイロン掛けまでされている……?。
これはもしや、行為の後俺達が眠りにつくのを見計らって誰かがこの部屋に入り込み、服を持っていったという事なのか。
そんなことが可能な人物といえば月詠中尉くらいしか思いつかない。

「は、ははははは……」

つい、失笑とも苦笑とも取れる笑みを浮かべてしまった。
俺達が行為に疲れ、泥のような眠りに沈んでしまった後こっそりと部屋に侵入して服を回収し、乱れた布団を掛けなおして去って行く月詠中尉の姿を幻視したのだ。
それは、さぞや哀愁漂う姿に違いなかった。

「どうしたのだ、タケル……?」
「いや……月詠中尉も、二人の世話すんのは大変だろうと思ってさ」

実の所俺が言うな、という話。月詠中尉の心労は、姉妹が俺に関るようになってから倍増しているに違いないのだから。

「……と言うか、二人ともそろそろ服着たら?……そろそろ起きないとまずいんじゃないのか?」
「そ、そうしたいのは山々なのだが……」
「……こ、腰が抜けてしまったままで……」
「それはご愁傷様……だな……ハハハ……」

まあ、不本意ではあるが後のことは月詠中尉に任せて、俺は基地へと撤収する事にしよう。
……俺が服を着せてやっても良いのだけど、そうこうしているうちにまたムラムラしてくるのは目に見えていたから。

―――とりあえず基地に帰ってから今日俺がやるべきは、数日中に配属が内定している冥夜達斯衛の受け入れ準備。
そしてヴァルキリーズではなく俺達の部隊へと配属される事が決まってしまった唯依タンとの連携その他の訓練、打ち合わせ―――という事になるのだろうか。

ああいやそれだけでは不十分だ。此処暫く相手をしてやれなかった三姉妹のご機嫌取りも必要。そして同じく柏木も。
機会さえあれば茜や速瀬中尉、涼宮中尉達とも信頼関係を深めておきたい。
後何か無かったか……。

―――モテる上に腕の良い衛士、というのもこれで中々に大変なのだ。
尤も、誰かに変わってやる気など毛頭無いし、俺はこれで楽しんでいるのだから世話は無い……って所だろうけど―――





―2001年11月15日 18:00―

此処は訓練校の教官控え室。俺は、本日の業務をキリの良い所で終わらせ、慣れないデスクワークによって凝り固まった身体を解そうとシミュレータールームへと向かっていたのだ。
その途中まりもちゃんに出会い、こうして予定を変更して彼女に同行し、茶をご馳走になっている―――という訳。

「―――へえ、あいつらそんなに上達してるんですか……」
「ああ。……特に、ビャーチェノワとシェスチナの上達には目を見張るものがある。
 お前がいち早く正式な任官を果たし、篁もそれに引っ張られる形で一足早く任官する気配だからな。
 ……早く追い付きたい、という焦りがあるのだろう」
「一応言っときますけど、俺はまだもう暫くは訓練生のままですよ」

それに、俺と唯依タンが任官するのは政治的な思惑が絡んでの事で、実の所操縦の腕とは何の関りも無いんだけど。
とは言え、二人を焦らせてしまっているのは俺のせいかもしれなかった。何しろあの二人とは、10日の朝別れて以降一度も会っていないのだから。
このまま俺が任官し、この基地から離れてしまう事を危惧しているのかも―――とは、俺の自意識過剰だろうか。
どちらにせよ、焦りから重大な事故を招いてしまう前に二人に会いに行くべきだった。

「……これは私の私見だが……あの二人は、むしろ複座型に乗せた方が良いのかも知れない」
「……どういう意味、ですか……?」
「……あの二人は、『息が合い過ぎている』んだ。……以心伝心、という既成の言葉が生温く感じるほどにな……。
 そしてその反動なのか、極端に体力と精神の消耗が激しい」

流石、まりもちゃんの洞察力には恐れ入る。彼女は知る由も無いことだが、二人はESPを使っているのだろう。そして、その為に消耗が激しい。
だから、複座型に乗せることによって操作を分担させ、消耗を抑えるという事なのだろう。

「この件、先生には……?」
「無論、既に伝えてある。……めぼしい機体の調達が可能か、ソ連側に問い合わせてみるそうだ」

ならば、これ以上俺にすべき事は無い。
俺の任務は『能力』の酷使によって消耗した二人の『介護』だろう。

「……というか、今気付きましたけど、教官と訓練生のする会話じゃないですよね、これ……」
「あら、今の貴方は仕事帰りでしょう?……私は臨時少尉と話していたつもりなんだけど」

『少尉に対する言葉遣いじゃない』なんて言うだけ野暮というものか。
多分まりもちゃんの中で、訓練生と少尉を足して2で割って、軍曹である自分と同格―――というような計算結果でも出たんだろう。

……でも、まりもちゃん……そのタイミングで素に戻るのは卑怯だと思います……!

―――今までの堅苦しい立ち居振る舞いが急に柔らかくなって、ニコリと微笑まれたりしちゃったら、さすがの俺でもやばいのだ―――





―2001年11月15日 21:00―

俺が此処、クリスカとイーニァの部屋を訪れるのがこんなに遅くなってしまったのには、無論事情がある。
それも、止むに止まれぬ事情……というやつ。
こんな事もあろうかと頼んでおいた『あるもの』を受け取るべく、我等がヘンタイツートップ、『団長』ことヴァレリオ・ジアコーザと『副長』ヴィンセント・ローウェルの二人を探していたのだ。
『トップの一角はお前だろう』なんて意見は受け付けない。俺は司令塔であるからして、前に出ることは許されないのだ。
まあ、それはともかくとして、『それ』の本場であるこの国に於いても『それ』を入手するために、二人は相当苦労したらしかった。
その為、散々二人に絡まれ、愚痴られ、奢らされ、ようやくこの時間になって抜け出す事に成功したのだ。

「お邪魔しま~す」

決して無断進入したわけではない。呼びかけても返事が無かったため、何か重大な事件にでも巻き込まれたのかと心配になり、確認しようと思ったのだ。

―――部屋は真っ暗。しかし人の気配はある。
どうやら、二人とも既に寝てしまっているらしい。
こんな時間に寝てしまうほど疲れていたのだろう。
だが、それを差し引いてもこの状況で二人が目を覚まさないという事実はちょっとしたものなのだ。

どういう事かというと、クリスカにしろイーニァにしろ他人の気配には敏感なため、例え就寝中だろうと本来ここまで接近を許す事などありえない。
では何故、俺はこんなにも近くまで接近できたのか。
それはつまり、俺は二人にとって他人では無いという事なのだ。

―――ああ、かみさま……なんとざんこくな!……このわたくしめに、そんなふたりに『よばい』しろとおっしゃるか……!

―――『よばい』をあなどってはなりません。……これは、こらいよりきぞくのたしなみだったのですから……!

うそつけ。どうせ漫画か何かの間違った知識だろう。
けどまあ、それはそれとして俺は『かみのさしず』に従わなければならない。

俺は、ベッド上の二人に視線を向けた。ちなみに、特殊スキル『梟の目』を持つ俺様はこの程度の暗闇などどうという事は無い。
二人は、抱き合うようにして寝ていた。クリスカの手はイーニァの後頭部に、イーニァの手はクリスカの腰に回されていた。
そして、けしからん事にイーニァはクリスカのぱいおつに顔を埋めるような格好だ。
二人の格好は、上はT-シャツ一枚で下はパンツ一枚。空調が効いていて暖かい為か布団は乱れ、あられもない格好をこれでもかと見せ付けてくる。
二人の静かな寝息が、なんとも艶かしい。

「……艶かしい、んだけど……」

余りにも無防備な二人の寝姿。
この状況で手を出してしまったら俺は何処の鬼畜だ、という事になってしまう。
この間の仕返しだ、と思えばやってやれない事も無いが、残念な事に俺は超・紳士であるからしてそんな外道は許されないのだ。

俺は、ふと左手に抱えた紙包みに目をやった。
今日の所は折角用意した『こいつ』も、出番は無さそうだった。
とは言え、別に今日使わなければ腐ってしまう、という事も無い。こいつは明日の夜にでも堪能させていただくとしよう。

「……けど、このくらいなら許してくれるだろ……?」

―――俺はそう言って、いそいそと上着とズボンを脱ぎ、T-シャツとトランクスというラフな格好になると二人のベッドに潜り込んだ。

イーニァを中心にして、俺とクリスカで挟むいわゆる『川の字』。
もしも明日、俺より先にクリスカが目覚めるような事があれば、俺は目覚めることなく三途の川を渡る事になってしまうだろう。
そして何より、『かみのさしず』に従わなかった俺にはいずれ『しんばつ』が下されるに違いない。

……誰から、どのようなばつを受ける事になるのかなんて考えたくも無い。
いやむしろ、考えてはいけない。

―――業の深き漢よ、白銀!……修羅道と知り、尚もその道を歩むか……!!

―――誰だよ、お前……。

落ちかける意識の片隅で、そんなやり取りがあったかどうかは分からない―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第30話(微エロ注意)
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/05 20:29
とーたる・オルタネイティヴ




第30話 ~ふたたびのけだもの~


―2001年11月16日 05:00―

一体、何故にこのような事になっているのか。
俺には、全く持って理解できない。
昨晩ベッドに潜り込む際、俺は確かにイーニァを中心にしてクリスカの反対側に寝た筈だった。
ところが、あまりの寝苦しさに違和感を覚えて目を開けて見れば、俺は右をイーニァ、左をクリスカに挟まれて真ん中に寝ていたのだ。
それだけならばまだ良い。いや、正直良くは無いが何とか自分をごまかす事は出来る。
そして、いつの間にか二人の枕代わりとなっている右腕と左腕。
これもまあ良い。身動き出来なくて目覚まし代わりの悪戯を仕掛けられないのが痛いが、まあ許せる。

……けどさ……なんで、上半身裸なんだ……俺よ……。

しかも、俺だけじゃなくクリスカとイーニァも。かろうじて下は無事なのがせめてもの慰めか。
多分、俺は無実だ。寝ながらにして自分のシャツを脱ぎ、二人のシャツを脱がせるなんて夢遊病患者じみた特技は持っていなかった……筈。
ここで『やってない!』と断言出来無い自分が憎い。
もっとも、本当に俺の仕業なんだったら上だけ脱がせて下はそのまま、なんて片手落ちな事をするわけが無い。
全部脱がせてその勢いで五回か六回か……その程度は平気でする筈。
正直それってどうなんだ、と思わなくも無いが。

まあ、分からない事を何時までも考えていたって仕方ない。それよりも、問題はこの状況だ。

―――二人とも、身体をこちらに向けてぴったりと密着していた。

そのため、先程から二人の『びーちく』がこれでもかと俺の胸板を刺激してくるのだ。
二人は身じろぎする度にポッチが擦れて快感を得るのか、徐々に密着の度合いが増しているような気がする。
胸に回された二人の腕がいい加減苦しい。

『んっ……ふあっ……』

二人が同時に身動きした。

……なんと、今度は足を絡めてきたのだ。

これで、もう俺は完全に動きを封じられた。かろうじて動かせるのは首くらいのもの。
いや、もう一つ自由な部分があるにはあるのだが。
とはいえ、『ソイツ』は勃ったり縮んだりを繰り返す事しか出来無いので、当面役には立ちそうに無い。

二人の手の爪が胸に食い込んで痛い。両足ががっちりとホールドされていてキツイ。身体に押し付けられる二人のびーちくが心地良い。
……『むすこ』が自己主張していて見苦しい……。

『くぅんっ……んあぁあっ……』

二人の行為は更にエスカレート。ぱいおつを押し付けてくるだけでは飽き足らず、より一層足を強く絡めてきた。
ぶっちゃけ、股間を俺の足に押し付けてくるような感じ。
それにしても、二人の動作は完全に同調している。もしかしてこの二人、同じ夢を見ているのではないか?

……どんな夢、とはあえて聞くまい。

『……あぁっ……』

ヤバイ。これ以上は確実にヤバイ。……主に俺の理性が。
二人は、なんと腰を微妙に動かし始めたのだ。
こいつは、本気でどんな夢を見ていたのか問いただした方が良さそうだ。

二人は、俺がどれ程の精神力でこの状況を堪えているのかなんて露知らず、随分と気持ち良さそうだ。
というか、先程から俺の太腿はどえらい事になっている。
『くちゅ……くちゅ……』と聞こえる卑猥な音が何なのか、なんて気にしたらいけない。そんなことしたら、俺の理性は数時間は吹っ飛んだままになる。

『……んっ……ふぁっ……あぁあああっ!』

……このやるせなさ、どう表現したら良いのだろうか。
二人は、一際高い嬌声を上げて、ぐったりとしながらも満足げな表情で荒い息をついている。
つまるところ、人の身体をおもちゃ代わりにして二人はさっさと達してしまわれたのだ。
……俺を置き去りにして。
おまけに二人して俺の胸板に爪を立てており、達する瞬間思い切り引っ掻いてくれた為、胸が盛大に抉れている。
何処の熊と戦ってきたんですか、といわんばかりの有様だ。
ぶっちゃけ、泣きそうになるくらい痛い。

―――この恨み、忘れんぞ……!

俺は、視線に恨みつらみを込めてクリスカの顔を睨みつけていた。
思いが通じたのか、クリスカの瞼が震えた。
どうやらお目覚めのようだ。

「……ふぁ……え?」

きょとんとしたクリスカの顔。状況が上手く掴めていないらしい。
ぱちくりと目を見開いて俺の顔を見つめている。

「……おはよう。……早速で悪いが、どんな卑猥な夢を見ていたのか教えてくれないか……?」
「お、おはよう……。……どんな……って……え?……ゆ、夢?」

そこでようやく、自分の体勢に気付いたらしい。

……俺の体に全力でしがみ付き、ぱいおつを押し付け、股間を俺の太腿に擦り付けている、というどう見ても『アレ』な今の体勢に……。
ちなみに、どう考えてもこれから三人とも風呂場へ一直線。

クリスカの顔が、みるみる赤く染まってゆく。目尻には涙が溜まっており、嗜虐心を煽―――じゃなく、哀れみを誘う。

「―――い、いやぁあ~~~~~っ!!」

なんとクリスカ、足元に投げ出されていた掛け布団を引っ掴み、お篭もりになられてしまった。
こんもりと盛り上がった布団がぷるぷると震えており、クリスカには悪いがなんだか和む。

「……あれ、たける……?」
「イーニァ、おはよう。……良い夢は見られたか?」

クリスカの悲鳴のせいか、イーニァが目覚めてしまったようだ。俺は、なるべく人の悪い笑顔を浮かべてイーニァに問い掛けてみた。

「うん、たけるときもちいいことするゆめ、みてた」
「……そ、そうか……よ、良かったな……」

流石にイーニァは突き抜けている。姉にならって恥ずかしがるどころか、夢かと思って目覚めたら目の前に俺がいた、というので妙に嬉しそう。
にっこりと邪気の無い顔で微笑まれてしまい、流石の俺も毒気を抜かれてしまった。

「……とりあえず、ねーちゃん連れて風呂行こうか……?」
「うん」
「けど、その前にな……二人が手加減なしで爪を立てるから、俺の胸は酷い事になってるんだけど……」
「……たける、いたそう……」

イーニァが、眉をしかめて俺の傷跡を指でなぞる。

……やったのはお前らだっての。

「このままじゃ、染みて風呂に入れないんだよ」
「ごめんね、たける……。わたし、どうしたらいいの?」

その台詞を待っていた。この状況ですることなど一つしかない。

「舐めてくれ」

もちろん、傷跡の話だ。……念のため。

「うん、わかった。……ねぇ、クリスカもいっしょにしよう?」

イーニァの声に布団の塊がピクリと反応する。そろそろと、塊から頭が出て来た。

……よし、折角だからこいつを『クリスかめ』と名付けよう。……我ながら上手い。

「―――おい、クリスかめ。……さっさと傷の手当をしてくれないと、何時まで経ってもシャワーが浴びれんぞ。
 ……そろそろ、股間がアレなんじゃないか……?」
「誰がかめだっ!」

クリスカは頬を染め、涙目になり、文句を言いながらも俺の言葉に従ってもそもそと『かめ』のまま擦り寄ってきた。
嗚呼、やはりデレなクリスカはとても良い。そのおもしろおかしい格好に免じて、傷の件はチャラにしよう―――。

―――その後、傷跡の治療も無事に終わり、俺たちは風呂に入る事に成功した。とは言え、俺のリミッターはもう破裂寸前だった。
そんな俺が三人で入る風呂場で、何をしたのかなんて今更語る必要も無いと思う―――





―2001年11月16日 13:00―

午前中一杯をデスクワークに当てていた俺は、ようやくの事で冥夜達の受け入れに関してある程度のケリをつけた。後は、部隊結成後に副隊長候補筆頭である月詠中尉に任せてしまえばよい。
多分、彼女は人の世話をするのが大好きなタイプなのだ。
―――であるからして、ここで『手のかかる困った部隊長』をアピールして好感度を稼いでおこうという腹なのだ。

そして、今俺はブリーフィングルームを使って唯依タンに今後の方針を説明していた。

「……わ、私が……武御雷のみで編成された部隊の、一員に……?」
「そういうこと。……ちなみに、隊長は俺ね」

予想通り、唯依タンの表情は憂いに満ちていた。それもまあ当然だろう。
なにしろ、彼女は戦術機操縦訓練を未だ10日程しか受けていないのだ。もし自信満々な表情でもされていたらこちらの方が不安になる。

「で、でも! 私はまだ訓練生の身で、技術の方も……」
「大丈夫。……唯依タンは、ずっと俺の機動を間近で見続けてきて、初めから新OSに触れてきたんだ。
 今のままでも、並の衛士には劣らないさ」

それに、次の出撃はおそらく12月05日のクーデター事件となる筈だ。それまでの期間マンツーマンでみっちりと俺が技術を教え込めば、例え教導隊が相手でも為す術もなくやられるという事は無い。
なにしろ、俺の見立てでは唯依タンの素質は、冥夜達旧207の面々にも勝るとも劣らないのだから。

「新部隊の結成は12月01日に決定したからさ。……それまでの間、唯依タンは午前中はまりもちゃんとこで座学、午後は俺と操縦訓練ってことになったから」
「そ、そう……武と、二人で……。……でも、その部隊には冥夜様や月詠中尉がいるんでしょう……?」

嬉しそうな顔をしたり、また不安そうな顔になったり、となんだか見ていて飽きない。
出来れば、ずっとこうやって眺めていたいがそうも言っていられないため、俺は『切り札』を打つ事にした。

「そんな顔するなって。……いいか、何度も言わないからな……。
 ―――お前は、俺が守る」
「―――え?」
「例え相手が教導隊だろうが、ラプターだろうが、BETAだろうが、お前には傷一つ付けさせやしない。
 ……だから、そんなに気負わなくても良い」

こんなの、部隊長が言って良い台詞じゃないこと位俺だって弁えている。
だが、大事な女を守るのではなく『死ね』と命令するのが正しい軍人の姿だ、と言うのならば、軍人など糞喰らえだ。
与えられた命令は、こなして見せる。そして、部隊の皆を守りきる。完璧な形で任務を遂行してやろう。
『そんな考えでは早死にするぞ』と言われたこともある。

―――だが、俺の命一つで皆が救われるのならば、そう高い買い物ではなかった。

「―――武……私、早く上手くなるから……」

どうやら、またしてもマジになり過ぎてしまったらしい。唯依タンに気負うなとか言っておいて、俺自身が背負ってしまったような顔をしていては世話が無いというものだ。

「ああ。……けど、頑張りすぎて俺より上手くなっちまうのは勘弁な。
 ……俺のほうが守られる側になったりしたら、流石に格好つかないからさ」
「ふふ……見ていて。……すぐにそうなるから」

はにかんだ様に笑う彼女を見ていて思う。

―――ああ、やっぱり自省や内向なんて唯依タンには似合わない。
……悩むべき事、反省すべき事があるというのならば俺が代わりに背負ってやるから……。





―2001年11月16日 22:00―

「―――で、だ」

その後俺たちはシミュレータールームで、新型OSに換装されたばかりの武御雷の操作慣熟を行っていた。
流石に斯衛専用機と言うべきか、反応、速度共に不知火の比ではない。特に近接戦闘能力は半端ではなく、この機体ならば、例え世界最強と名高いラプターが相手でも、戦い方次第で充分に五分以上に持ち込めると判断した。
興が乗りすぎてしまったためか、俺は時間を忘れて訓練にのめり込んでしまい、気が付けば夜の21:00をとうに回っていた。

「え?……いきなりどうしたの、武?」

流石に、唯依タンは少々お疲れ気味だ。互いに着替えて出て来たはいいが、ふらふらと足が定まっていない。
俺は唯依タンの肩を抱き寄せ、支えてやりながら提案した。

「今からPX行って何か買って、唯依タンの部屋で食おうぜ」

実は、昨晩クリスカとイーニァ相手に使おうと思っていた『ブツ』がある。あれを、唯依タン相手に使おうじゃないか、というわけだ。

「……な、なんだか顔がヘンタイだ……」
「気のせいだよ。さあ、歩くのが大変ならお姫様抱っこしてあげるけど?」
「……い、いや、歩けるから……!」

数瞬、真剣に悩んでたのは指摘しない方が良いのだろう。





「……なにこれ……」

飯を食い終わって食後の一服、俺は持ち込んだ紙袋を唯依タンに渡し、着用してもらっていた。
着用、という言葉が示すとおりそれは服だ。だが、ただの服ではない。

「知らないのか?……セーラー服って言うんだぜ、ソレ」
「―――それは知ってるっ!……まったく……こんなの着たの、何年ぶりだろう……」

唯依タンは頬を染め、両手でスカートの端を摘みながら自分の姿を見回している。
良い意味で容姿に幼さが残っているため、○学生御用達のこのセーラーを着ても全く違和感が無い。

―――やべえ、ムラムラしてきた……。

「……折角だから、この状況を利用してちょっとやってみないか?」
「……やるって……ナニを……?」
「『イメージプレイ』ってやつ。……状況は、『ヘンタイ軍人に拉致監禁された女子○学生』だ。
 ―――いくぜ……!!」
「―――えぇっ!? た、武っ……目が怖い!……いやっ! スカートめくらないで!
 ……匂いなんて嗅いじゃダメぇ~~~~っ!!」
「武ではないっ!……『大佐』と呼ばんかぁっ!!」
「―――た、大佐っ!……そこダメッ……わたし、まだおふろはいってな―――んあぁ~~~~~~っ!!」

―――あるいはこれが、『制服の魔力』という物なのかも知れぬ。これまで、軍服や強化装備には感じなかった遥かなる『エロス』を俺はこの服に感じたのだ。
これまでこの基地内でセーラー服を着た民間人に出会うことが無かった事を、かみさまに感謝しよう。
もし出会っていたならば、俺は所構わず『ル○ンダイブ』をぶちかましていたに違いないから―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第31話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/07 22:26
とーたる・オルタネイティヴ




第31話 ~うさぎはけだものにもてあそばれ~


―2001年11月17日 08:00―

一週間前の11月10日、新潟への出撃前日に俺は屋上で、霞とある約束を交わした。

―――帰ってきたら、いの一番で会いに来るからさ……色々と勉強しとけよ……?

俺はこう言って、霞は―――。

―――待ってますから、絶対に帰ってきて下さい

こう返したのだ。
『一番で会いに来る』なんて言っておきながら今の今まで忘れていました―――なんて、口が裂けても言えない。
と言うか、念のために釈明しておくと、決して忘れていたわけではなかったのだ。
ただ、翌日に殿下に御呼ばれしていたため、その準備やら何やらで11日は霞と会う時間なんて取れず、それ以降も何となくドタバタしていた為会いそびれていただけだ。

そして、紆余曲折を経て今日。ようやくにして暇らしい暇ができたのだ。
新部隊が結成されるまでの約二週間、俺の所属は宙に浮いた形。ヴァルキリーズの訓練も207B分隊の訓練も俺が出る必要は無くなった。
マンツーマンで訓練を行う予定の唯依タンも、午前中の座学だけは207の彼女達と一緒だ。
よって、午後の訓練が始まるまでの間、約5時間余り俺はする事が無い。
つまり、今日は霞と遊ぶ絶好の機会なのだ。

そんなこんなで、俺は久々に訪れる此処―――脳みそルームの前にいた。
一週間ぶりに会う霞が俺との再会を喜んでくれるかどうか、それが気に掛かる。
まさかとは思うが、件の脳みそに向かって延々と一向に会いに来ない俺への愚痴とか喋っていないだろうか。
そいつは、色んな意味で怖い。何故だか分からないのだが、絵面的に怖いという以上にあの脳みそがそれを知ることをこそ、俺は恐れているのだ。
全く、何故物言わぬ脳みそに自分の悪行を知られる事をこんなに恐れているのか、我ながら意味不明だった。

「―――お~い、霞ぃ~、元気―――はあまり無いみたいだな、うん……き、気分でも悪いのか……?」

霞は、シリンダーの前に体育座りで、どんよりとした空気を纏い俺を恨みがましい目で見つめている。

「……たった今、物凄く悪くなりました……」
「か、風邪でもひいたのか……?き、気を付けないと駄目だぞ、今年の風邪はたちが悪いらしいからな……」

まあ、これまで生きてきて『風邪のたちの良い年』なんてのはとんと記憶に無いんだが。
いや、それはどうでも良いんだ。今はご機嫌斜めな霞姫をどうにかしないと……!

「ほ、ほら。霞、帝都城でお土産買ってきたんだ。
 ―――す、凄いだろう、ていとまんじゅうって言うらしい。……天然物だぜ?」

実はこのまんじゅう、色とりどりの武御雷がプリントされていて、観光客にはそれなりに人気の品らしい。
尤も、このご時勢、観光する余裕のある人間なんて戦火に晒されていない豪州か米国位にしかいないのだが。

「……食べ物には、つられません……」

……だったら、物欲しそうな目で見るんじゃ無いっての。

やはり霞も女の子なのだと言うべきか、どうやら甘い物にはそれなりに心惹かれるらしい。
だが、それでも完全には纏う空気が良くならない。

―――そういえば、一つ思い出したことがある。うさぎは、寂しいと死んでしまうのだ。
その事を忘れ、霞を放っておいた俺が全面的に悪い。ゆえに今回は、真剣に謝った方が良いような気がする。
俺は、霞の隣に胡坐をかいて座り込んだ。

「……言い訳はしない。どうしても許せないんなら、俺を気の済むまで殴るなり蹴るなりしてくれて良い」
「そんなこと、出来ません……」
「じゃあ、どうしたら許してくれる?」

そこでまた、霞はプイとそっぽを向いて黙り込んでしまった。
どうやら、自分で考えろという事らしい。……どうしたものか。

「―――そうだ!……霞、今から一緒にシミュレーター乗ってみないか?
 お前、今まで戦術機とか乗ったこと無いだろ?」
「…………」

今、確かに霞の『うさみみ』が反応した。どうやら興味はあるが拗ねている手前、素直に言い出すのが癪らしい。
ちょうど、クリスカとイーニァ用に複座型が一機調整中だった筈。もう使えるようにはなっているだろうから、使わせてもらおう。

「よし、そうと決まれば早速行こうか!」

俺は立ち上がり、拗ねている姫君の手を掴んでやや強引に引っ張った。体重の軽い彼女は呆気なく俺の胸元に吸い込まれてきた。
そのまま霞の肩に手を回し、入り口へと向かって歩き出す。

―――揺れやGを極限まで控えるように設定してやれば、例え素人でも酔うことは無いだろう。
ジェットコースターも真っ青の曲芸飛行を見せてやれば、きっと終わる頃には機嫌も直っているというものだ……。





「……あが~……」

機体から降りた霞はふらふらと、足取りが覚束なかった。その為、大きくよろめいて俺の胸に顔をぶつけ、涙目で俺の顔を見上げてきた。
やはり、どんなに設定を緩くしてやっても完全に酔いを抑える事は出来無かったらしい。
まあ、例えテレビの映像でも酔うときは酔う。それがリアルさの段違いなシミュレーターならば、むしろ霞は良く頑張った方だろう。
芸の数々も、酔ってしまうまではそれなりに楽しんでくれたようだから、上出来と言うべきだった。

「しっかし……まさかチェルミナートルだったなんてな……。ソ連のお偉いさんも、よくこっちに渡す気になったもんだ」

俺は、おそらくは不知火を複座型に改造するのだろう、と思っていたのだ。
まあ、クリスカ、イーニァのペアとチェルミナートル、セットでアピールしてソ連軍人とソ連製兵器の優秀さをアピールしよう、という目論見なんだろうが。
やはり、かつて世界の半分を支配していただけあって執念は相当のものだ。国土の大半をBETAに奪われ、仇敵に土地を間借りする屈辱にも耐え忍び、かつての威光を復活させようという志なのだ。

「でもな……やってることが的外れ、と言うか『取らぬ狸の皮算用』と言うか……」
「……?」

BETAに勝てる見込みも無いというのに考える事は戦後支配。彼らは、人類が負ける可能性など微塵も考えていないのだろうか。
俺は、かつてAL5に移行した世界を経験している。その世界では、確実に星に残った人類は滅びた筈だ。
戦後支配を目論んでいた二大国の首脳部が、滅亡の間際どんな表情をしていたのか、さぞや見ものだっただろう。
『こ、こんな……!こんなはずでは!!』なんて、核シェルターだか何だかの奥で真っ青になって震えてでもいたのだろうか。

―――だが、俺に感謝するが良い。

未来を、結末を知っている俺や冥夜たちの行動が、世界を救う。両国は、精々対人戦の技術に磨きをかけていると良い。
全てが終わった後で必ずや、その『驕り』のツケを支払わせてやろう。

「……俺はともかく、俺のバックについている先生と殿下の『黒さ』を舐めんじゃねえぞ、こら……!!」
「……し、白銀さん……か、帰ってきて下さい……」
「―――はっ!?……すまん、ちょっとトリップしてたみたいだ」

霞が不安なような、呆れたような複雑な表情で俺を見上げている。
その顔に、先程までの暗さや不機嫌さは感じられず、一安心と言った所だ。

「……なあ、霞はこの戦争が終わっても、クリスカやイーニァと一緒に居たいだろ?」
「……はい、白銀さんや、クリスカさん、イーニァさん……みんな一緒がいいです……」
「そっか。……なら、お互い頑張らないとな」

―――見果てぬ夢を現実のものとする為に今最も必要な事は何か。
訓練、研究、あるいは政治力。
そのどれもが、違う。
今一番大切なのは、俺と霞の絆だと思うのだ。

―――そう、ソ連の理不尽な要求をものともしない強固な絆が。

「霞もそう思うだろ?」
「……微妙に違うと思います……」
「―――認識が甘いぞっ、霞っ!……ヤツラは、どんな卑劣な手段で俺たちを引き裂きに掛かるか分からんのだぞ!
 それに対抗するためには、俺たちは非常に高い次元で『ひとつ』になっていなくてはならんのだ!!」
「―――っ!は、はいっ白銀さん!」

どうやら霞は分かってくれたようで、俺は非常に嬉しい。そうと決まればもうシミュレータールームに用は無い。
早速俺の部屋へと向かい、霞に女子限定基礎訓練専用装備―コードネーム『ブルマ』―を着用させ、絆を高める『訓練』を実行しよう。

「……いいか、霞……悪いが手加減は出来無い……しっかり付いて来いよ……!」
「はい、白銀さん。……私、頑張ります……!」

嗚呼、この麗しき師弟愛よ。俺達のこの信頼関係を見れば、かの有名な野球狂親子も涙を流すに違いない。
それもその筈、俺はこの『訓練』で、己の力を一滴残らず搾り出す意気込みなのだから。





―2001年11月17日 21:00―

相も変わらずの慌しい一日があと数時間で終わりを迎えようとしている。

―――霞との過酷な、涙なしには語る事のできぬほどの苛烈な『訓練』をやり遂げた。

―――唯依タンの時に怒り、時に泣き、時に照れ怒る壮絶な訓練が終わった。

だが、かみは俺に休息を許さない。
自室、あるいは誰か女の子の部屋に、と思い居住区へと向かって歩いていた俺は、偶然通りかかったブリーフィングルームで伊隅大尉と出くわしたのだ。
振り返ってみれば、俺は件の新潟戦以降ヴァルキリーズの訓練には参加していない。俺はこの人の下を離れ、別部隊を率いる事となってしまったため、今後も同じ部隊の一員として訓練する事は無い。
そのせいか俺は柄にもなく寂寥にも似た感情を覚えてしまい、大尉を地下のバーに誘ったのだ。
大尉は元部下の誘いを快く了承してくれ、こうしてピアノの演奏に耳を傾けながらグラスを傾けている、と言うわけだ。

「―――お前が抜けて突撃前衛が一人減ってしまったからな。……誰を上げようか、悩んでいる所だ……」

伊隅大尉はそう言って苦笑し、グラスに口を付けた。

「……案外、来月の頭にはその問題も解決するかもしれませんよ。
 ほら、207B分隊があるでしょ?……予定を大幅に繰り上げて任官という線もあるんじゃないかと」
「任官は来年三月ではないのか?……よほどの事情が無い限り、難しいと思うがな」
「そう、そのよほどの事情、という奴ですよ。……年内にでも、先生は大規模な反抗作戦を目論んでいそうです」

順当に行けば、来月25日に佐渡島への反攻作戦が実行される筈だ。そして、それから殆ど間をおかず甲一号。
先生としては手持ちの駒を遊ばせておくようなへまはしない。あらゆる手を講じて訓練分隊を任官させる筈だ。

「……新型OSを餌にして首脳部の重い腰を上げさせる、か……。図らずも我々の中隊は、撃震一個師団にも匹敵する、という事実を新潟で喧伝してしまったからな……。
 どの国の軍部も、喉から手が出るほど欲しがるだろうな」

新潟で巨大な戦功を挙げた俺たちが、新型OSを積んでいた事は既に各国首脳部の知る所である。それの提供を申し出れば、いずれの国であってもある程度の条件は飲んでくるだろう。
尤も、米・ソ両国に倣って戦後支配の事を考えたら、みだりに他国に流すのは賛成出来無いのだけど。

「……ところで、ヴァルキリーズの皆はどうですか?俺がいなくなっちゃって、寂しがってたりなんかすると嬉しいんですが」
「……誰とは言わんが、一人二人そんな雰囲気の奴がいないことも無い。……口にはもちろん、態度にすら出さないがな」
「え、うそっ!」

誰だ?……もちろん、祷子さんと宗像中尉、柏木といった深い仲の女の子達は除外する。何故なら、彼女達とは11日以降も何度か会っているから。
そうなると、もう何人も残っていない。

「……茜か、速瀬中尉辺りですか」

はっとした表情で俺を見やり、その後慌てて取り繕う伊隅大尉。
だがもう遅い。今の態度が、俺のあてずっぽうが正しかったのだとなにより物語っている。

「……ふふふ……いい事聞いちゃったぜ……!」
「……この際、手を出すなとは言わんが……私に余計な手間をかけさせないでくれよ……」

苦虫を噛み潰したような表情で、そう嘆息する伊隅大尉だ。

「大丈夫ですって。……今更俺が何をしても、『まあ、エロガネだからな』で済んでしまいますからね」
「自分で言うな!……とにかく、ちゃんとメンタル面でのフォローもするように。
 それさえ弁えていてくれれば、私のとやかく言うべき問題じゃない」
「……違った意味で、俺は伊隅大尉にも『とやかく』言って欲しいんですけどね……」
「悪いが、それは無理だな。私には、ちゃんと想い人がいる」
「『片』想い人、あるいは『重い人』の間違いじゃないんです―――かべらっ!!」
「余計なお世話だっ!―――だいたい、あいつにお前の万分の一でも行動力と決断力があればとっくに決着は付いていたんだ!」

―――こ、この俺様としたことが虎の尾を踏んで噛み付かれてしまう愚を犯すとは……。

投げつけられ、床に転がったターキーの空き瓶を見やり、視線を上げて、まるで鬱憤を晴らすかのように続けざまにグラスを煽る伊隅大尉を見る。

「……はあ……こいつは、潰れるまで止まってくれそうに無いな……」
「ご愁傷様で御座います、お客様。―――これは、私からのお見舞いです」

―――初老のバーテンから渡されたグラスに満ちているのはボンド・マティーニ。無造作に掴み取ったそれを俺は二口で空け、俺とバーテンはシニカルな笑顔を浮かべ合うのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第32話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/09 21:41
とーたる・オルタネイティヴ




第32話 ~けだものもなかずばうたれまい~



俺こと白銀 武が武御雷のみで構成された新部隊を率いるにあたり、いくつかの問題点があった。
それは、この世界において冥夜が斯衛一個中隊を預かる大尉だった、という事。加えて、その下で小隊長だった月詠『先任中尉』の存在である。
俺は、12月01日付けで中尉に昇進する身であり、先述の二人を無視する事は出来無い。
いくら秘匿部隊といえど、階級の序列は守られてしかるべきだ。
俺は、その問題を、殿下や先生といった黒幕の方々がどう解決するのか、と思っていたのだ。

まあぶっちゃけた話、殿下に対してすらタメ口で話せる俺だ。今更特殊な立場の人間を率いる事になったからといって、必要以上に畏まってしまう程殊勝な性格はしていない。
まして、二人は知らない仲ではないのだから。
とは言え、外聞というものもあるし軍においては序列が絶対の存在。
それを熟知している筈の黒幕連中がこの件についてどのように折り合いをつけるのか、俺は興味と皮肉の視線をもって眺めていたのだ―――。





―2001年11月18日 09:00―

そして今、俺は国連横浜基地の正門の前に立って新たなる部下の到着を待っていた。

告げられていた到着予定時刻の30秒前、微かなエンジン音が聞こえてきた。そして、それにやや遅れて坂の下から黒塗りの高級車が姿を現した。
俺の前に車が停車したのが予定時刻ジャスト―09:00―の事だった。
50mだか60mだかのリムジンで運転手は鷹嘴さん……というようなこともなく、極普通の高級車だったという事実に俺はひそかに安堵した。

まず、助手席から真っ先に降り立ったのが月詠中尉。ぐるりと回りこんで右側後部座席のドアを開き、一礼した。
そこから降りてきたのは無論のこと冥夜だ。月詠中尉と並ぶと、青と赤の斯衛服がなんとも眩く見える。

「―――ようこそお出で下さいました。貴女方のご来訪を心より歓迎いたします、冥夜様」

俺の前に立った二人に対して俺は敬礼し、そう言った。

「これより我らはタケルの部下だ。……頼む、そのような口調は止めてくれ」
「ははは、演出ってヤツさ。―――ほら、そこで遠巻きにマスコミ連中がカメラ回してるからな。
 まあ、声までは拾えないだろうけど一応ね」

俺はそう言って冥夜に笑いかける。その返事に対し、冥夜は苦笑を浮かべた。

「相変わらずだな、そなたは……」
「月詠中尉も、お久しぶりですね―――っていうか、そんな怖い顔で睨まないで下さいよ。
 俺、今日はまだ何もしてないですよ?」
「……ふん、主に近づく不逞の輩に注意を払うのは、傍仕えとして当然の事だ」
「……わかった。要は、俺が冥夜と殿下とあんまり仲良くしてるもんだから嫉妬してるんですね?」
「―――っ!な、なな何をバカな事を!」

慌てた様子で否定する月詠中尉。だが、どもりながら言ってみた所であまり意味は無い。

「……月詠……。タケルは、これより我らの上官となるのだ。あまり無礼な口を聞くでない」
「……失礼ですが、12月01日まで我らの立場は変わりません。故に、私と冥夜様は未だこの男の上官となります。
 ……今無礼を働いているのは、臨時少尉の身でありながら大尉に対してぞんざいな口調で話すこの男の方です」
「……このツンツン中尉め……たまにはデレてみろってんだ……」

俺はそっぽを向いて、わざと聞こえるような大きさの声で呟いてやった。

「聞こえたぞっ!貴様、よほど死にたいらしいな!」

月詠中尉が顔を紅潮させて腰に手を伸ばした―――が、すんでのところでマスコミが見守るこの状況を思い出したらしい。
腰の物を掴んだまま必死で堪えている。
俺はそんな月詠中尉に、ニヤリと邪悪な顔で笑いかけた。そして、冥夜の方に向き直った。

「……うわ~ん、めいやぁ~おばちゃんがこわいよぉ~~」

冥夜のぱいおつ目掛けて飛び込んだ。

―――くっ、この弾力、大きさ、そしてこの香り……相変わらすイイモノ持ってるぜ……!

ちなみに、台詞が思い切り棒読みだったのはわざとだ。
マスコミ連中から見ればこの状況、俺と殿下の妹君が抱擁を交わしているようにしか見えまい。
会話を聞き取れる筈もなく、きっとこちらが恥ずかしくなるような美談をでっち上げて報道してくれるに違いなかった。

「誰がおばちゃんだっ!! 私はまだ二十―――ではなくっ!冥夜様、この男は危険です!
 すぐにお離れ下さい!」
「タケル、案ずるな……私が居る限り、そなたには決して手出しさせぬゆえ……」
「うん、ありがとうめいや……」

俺は月詠中尉に見せ付けるようにして冥夜のぱいおつを頭で『グリグリ』した。
月詠中尉の顔は、既に赤を通り越して蒼くなっている。流石に、血管が切れてしまわないか心配になってくる。

「―――アンタ達、いつまでトリオ漫才やってるつもりなのよ……」

いつの間にか、夕呼先生が姿を現していた。俺としたことが、柔らかい至福の感触に夢中になり過ぎて接近に全く気付かなかった。
月詠中尉は流石に腰の物から手を離して、冥夜は俺に抱きつかれたまま先生に対して敬礼した。
それに対して、先生は面倒くさげな表情でおざなりな敬礼を返した。

「先生、『マスコミウザイから出迎えは任せる』って言ってませんでした?」
「……考え直したのよ。適当にいい顔して印象を良くしておけば情報を操作する手間も省けるでしょ?」
「さっすが、先生。腹黒さでは敵う者なしって感じですね!」
「うるさい。……アタシは適当に連中の相手してくるから、アンタ達は先に執務室に行ってなさい」
「了解。―――さて冥夜、こわいおばちゃんは放っておいて執務室行こうぜ」
「そ、それは良いのだが……そろそろ離れてくれぬと、身動きが……」

―――そう言えば、俺は未だ冥夜に抱きついたままだったのだ。あまりにも皆がスルーするのですっかり忘れていた。
いい加減月詠中尉弄りも限界が近い。これ以上刺激すると廊下で後ろからバッサリ、何て事にもなりかねないから許してあげるとしよう―――





―2001年11月18日 11:00―

つまる所、先の新潟事件において殿下を命の危機に晒した中隊長・御剣 冥夜大尉と副隊長・月詠 真那中尉は責任を痛感し、殿下に対して辞表を提出。
だが、それまでの功績とその技能を惜しんだ殿下は両名に責任が無いことを表明した。だが、事実は事実として何らかの厳罰は必要だと訴える一部の強硬派の存在があった。
無論それとは真逆の穏健派もおり、彼らは慈悲を請うた。
折衷案として殿下は両名の降格、及び斯衛からの追放―国連横浜基地への派遣―を命じた。
歴とした殿下の妹君である冥夜、また武家の中でもそれなりに高い地位にある月詠家令嬢たる月詠中尉、殿下の信頼も篤いこの二人を斯衛からの追放。
この厳しい処分に、流石の強硬派も後ろめたい表情だったという。彼らは、精々月詠家のお側役からの追放程度の結果が得られれば満足だったらしい。
要はそのお役目に自家が、という目的だったのだろう。結局代わりの中隊長は斯衛軍第16大隊の『青』が勤めることとなり、強硬派の思惑は完全に外された。
対して、厳罰に対する両名の潔い態度もあり、冥夜と月詠中尉の二人は結果的にますますその株を上げたそうな―――。

「……そのシナリオを、殿下が一人で考え出したってのか……?」
「……遺憾だが、その通りだ……。姉上から『申し訳ないが辞表を提出してくれ』と言われたときには肝が冷えたぞ……。それに、言ったとおりの展開になったときもな……」
「ま、まあそうだろうなぁ……」

コワイ。何が怖いって殿下のその『黒さ』が怖い。俺の知っていたかつての殿下はそんな娘じゃなかった筈。
まさかこれが、姉妹共に育ち憂いの無くなった殿下の真の力だというのか。

「以前からしたたかな所のあるお人であったが、近頃ますます磨きが掛かったように思えるのだ……」
「もしかして、お前に記憶が戻った、10月22日くらいからじゃないのか?それって……」
「―――っ!……まさか、私と同じく何らかの記憶が……!?」
「それは無いだろう。もしそうなら殿下は初対面で俺にそういった筈だ。
 むしろ―――」

初の謁見時の事を思い出した。あのとき、俺はかみさま―――。

「た、タケルっ!それ以上考えるでない!せかいのほうそくが乱れ始めたぞ!!」

―――わたくしのすじょうをさぐろうというのですか?……おろかな『しもべ』にはしんばつがくだるとしりなさい……!

―――CPよりフェチ01、繰り返す、CPよりフェチ01! 後催眠暗示を使う。秘匿回線Bを開けっ!!

「―――はっ!?……い、今俺は何を考えて……?」
「……考えてはならぬ、タケル。……私は思い知ったぞ、『世の中には決して触れてはならぬ領域がある』という事を……」
「そ、そうだよな!はははははは! 頼もしい味方が出来たと思えばどうって事ないよな!」
「そうだとも!……は、はははははは……」

―――俺の部屋に響き渡るノックの音。俺と冥夜は恥も外聞もなくドアに向かって武器を構え、そして慌ててそれをしまいこんだ。
執務室で先生に軽い伝達事項を受けた後三人は俺の部屋へと向かい、話し込んでいた。そして途中月詠中尉が茶を入れるために中座していたことを思い出したのだ。
全く、今俺は何に対してそんなに警戒したのだろうか。……不思議だ。

「失礼致します……」

それぞれの前に茶を置いてゆく。なんだかんだと敵意を抱きつつも、ちゃんと俺にも茶菓子とセットで湯飲みをくれる。
やっぱり月詠中尉は良い人だった。俺は極上の玉露を口に運んだ。

「―――言い忘れていたが、貴様の湯飲みには毒が垂らしてある。―――猛毒のトリカブトがな……」
「ぶふぅ~~~~~っ!!」

月詠中尉に向かい、盛大に吐き出す俺。
手にしたお盆で華麗に防御する月詠中尉。

「やれやれ……冗談も通じぬとは、白銀隊長殿は狭量なお方だ……。
 これでは、先が思いやられてしまうというものです」

ニヤリと笑って、そんなことを言ってくれた。

―――真那ちゃんよ、これで勝ったなどと思わぬことだ……。

「……月詠中尉、お疲れ様でした。……座布団をどうぞ」
「ほう、気が利くな。……ようやく悔い改める気になったか?」

部屋の中に置かれた三人がけのテーブル。月詠中尉は、残った椅子に俺から受け取った座布団を敷き、冥夜に断って座ろうとする。

『ぶぅう~~~~~~~~』

腰掛けた月詠中尉のお尻の辺りから響く何とも間の抜けた音。言わずと知れたかつて俺のいた世界で一世を風靡した『ぶーぶークッション』だ。
だが、むろん彼女達はそんなこと知らない。

「つ、つくよみ……はらのちょうしがわるかったのか……?それならそうとはやくいってくれればよいものを……」

『そうすればタケルの前で恥を掻かずともすんだのに』と沈痛な表情で呟く冥夜。

「め、めいやさま! ちがいます、ちがうんですっ!!」
「―――クッ……ククククククク……」

必死の形相で弁解する月詠中尉に、俺は必死で笑いを堪えていた。
だが、どんなに頑張っても口を抑えた手の隙間から声が漏れてしまう。

「なにをわらっているっ!―――はっ!?まさか!」

月詠中尉が敷いていたクッションを取り出し、二三回手で押さえた。
それに合わせて

『ぶう~、ぶう~』

と、クッションは愛らしい音を奏でてくれた。
そこで、俺は我慢の臨界点を突破した。

「ギャハハハハハハハハハッ! さ、最高でしたよ、中尉! 『め、めいやさま! ちがいます、ちがうんですっ!!』って!」

声色まで真似して先程の台詞を再現する俺。
ちなみに、腹筋が崩壊しそうで苦しい。息が出来無い。

「ふ、ふふふふふふふ……」

立ち上がり、俯いた月詠中尉の手から『ぶーぶークッション』がポトリと落ちた。

「……あれ?」

なんだか、部屋の空気が重苦しい。それに、なんだかイヤなオーラを感じる。

「死ね」

ヒュンと風を切り裂く音。俺の前髪がハラハラと数本舞い落ちた。
月詠中尉の手にはキラリと光る真剣。

「あ、あの……まなちゃん?……いま、おれがうしろにさがってなかったら、りあるでしんでましたよ?」
「お許しください、冥夜様。……この下郎を切り捨てた後、すぐさま私も割腹して果てますから……」

じりじりと間合いを詰めてくる。俺は、部屋の片隅に何故か転がっていた『おなべのふた』を取り上げ、それを構えてじわじわと後退する。

「に、逃げてくれ……タケル……。こんな月詠を見るのは初めてだ……」

冥夜の声が恐怖に震えていた。出来ることなら、俺だって逃げ出したい。

「かくごぉ~~~っ!!」

『キィーーーン』

甲高い音を立て、おなべのふたが火花を散らした。
そして、その役目を終えたかのように床へと転がり落ちた。

―――更に襲い掛かる剣戟!
―――とっさに掴んだお盆で剣筋を逸らす俺!

「避けるなぁっ!!」
「避けるわぁっ!!」

迫り来る刀を俺は手にした様々なもので防いだ。角瓶、一升瓶、ビール瓶、ペンたて写真たて……。
それらの悉くがくっつければ再生しそうな切り口で真っ二つになっていった。

―――結局、呆然とした冥夜を置き去りにしたその攻防は数時間に渡り、俺が来ないことを疑問に思った唯依タンが俺の部屋に迎えに来るまで続けられた。
後刻、俺は額に走る微かな赤い筋を発見し、恐怖に打ち震えることとなったのは秘密だ―――




[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第33話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/11 23:42
とーたる・オルタネイティヴ




第33話 ~たべられるけだもの~



―2001年11月19日 20:00―

俺は今、PXにて夕食の真っ最中だ。
とは言え、それだけならば別にどうって事は無い。夕飯なんぞ毎日食べる物だからだ。
だが、この日は少々特別だったのだ。

……そう、色んな意味で。

―――目の前のテーブルに展開する二つの皿。

一つは、純和風で陶器製の深皿。中には、湯気の立つ肉じゃが。大きさの揃ったじゃが芋、人参、玉葱といった具材に調理人の真心を感じる。
もう一つは洋風のグラタン皿。その皿の名の通り中にはグラタンが入っており、チーズの焦げる美味そうな匂いが湯気と共に鼻腔に吸い込まれてくる。

肉じゃが―――古き良き日本食、と思われがちであるがその歴史は案外新しい。
何でも、19世紀後半にかの東郷平八郎が艦上食として作らせたのが始まりであるらしい。そして、一般家庭にまで普及するようになったのは昭和30年代になってから。
そんな比較的新しい料理であるのに、何故か食す者に郷愁とおふくろの味を思い起こさせる―――

グラタン―――正式名称を、『ヤンソンの誘惑』と言う。こちらは、スウェーデンの伝統的な家庭料理だ。
そのけったいな名前の由来は、菜食主義のエリク・ヤンソンという宗教家があまりにもおいしそうな見た目と匂いに勝てず、ついに口にしてしまったとされる事からこの名前が付いた、らしい。
ポテトグラタンに玉葱とアンチョビを加えてあるのが特徴だ。こちらも、それほど古いわけではなく発祥は19世紀のようだ―――

この、日瑞両国の『おふくろの味』対決とも言うべきこの状況。
肉じゃがの後ろに立っているのは日本代表、篁 唯依。
グラタンの後ろに立つスウェーデン代表、ステラ・ブレーメル。
それぞれ黄色とピンクのエプロンをシャツの上に着けていて、普段の無骨な軍服姿よりは数段魅力的に思えた。

―――ああ、かみさま……なぜ、おとこといういきものは、こうもえぷろんすがたのじょせいにこころひかれるのでしょうか……?

―――では、そなたいとしの『でんか』にもえぷろんをつけさせてみましょうか……。

……いや、それは御免被る。だって、どう考えても料理が得意ってキャラじゃない。
神聖なるスキル『エプロン』は料理上手な女の子だけに許されたレア・スキルなのだ。
殿下には悪いが、『花嫁修業』を2~3年ほどやってから出直してもらおう。

……まあ、これがワンランク上の『はだかえぷろん』ともなればあらゆるジョブに共通の極悪必殺スキルへと変貌を遂げるわけであるが……。

「―――ぎゃべらっ!!」
「タケル、どうしたのっ!?」
「武、なにがあった!?」
「……ぐっ……なんか……いま、かみなりがおちなかったか……?」

突然、数万ボルトのスタンガンを浴びせ掛けられたかのような衝撃が、全身を駆け巡ったのだ。
毛髪が微妙に焦げ臭い匂いを発しており、手足からは煙が立ち上っている。
ぶっちゃけ、何処のギャグ漫画だと問い殺したくなるようなシュール過ぎる光景。
頭がアフロになっていないだけいくらかマシ、とでも言えば良いのだろうか。

「―――それはともかく武、食べて見て?……母から習ったの」
「―――あら、肉じゃがなんて食べ飽きてるでしょう?こっちの方がおすすめよ。
 味わった事の無い美味しさと、何処か懐かしい味を約束するわ」
「……は、ははは……」

―――『それはともかく』は無いだろう、唯依タンよ……。

だがまあ、今の現象に関してはあまり突っ込まれても困るのでちょうど良かった……のか?

そんな俺の内心も知らず、二人は互いに自分の皿を持ち、ずずいっと俺の前に身を乗り出してきた。
どこかでかつて経験したような、懐かしい気持ちに浸りつつ俺の全身からは冷や汗が滴り落ちていた。

―――なんでこんな展開になるんだよ……。





―――それは、二時間ほど遡る―――





―2001年11月19日 18:00―

「それにしても、たった2~3日で此処まで上達するなんて思わなかったな」
「ふふ……教官が良かったからだと思う」

俺、唯依タン、冥夜、月詠さんの4人はシミュレータールームでの訓練を終え、廊下を歩いていた。
本日の課題は難度Sのヴォールク・データ。それは俺と冥夜が前衛装備、唯依タンと月詠さんが後衛装備という編成で行われた。
圧倒的に不足している経験値の差から、これまでどうしても穴となっていた唯依タン機が本日遂に中階層突破という偉業を成し遂げたのだ。
これは只単に部隊に二名追加されたから、という理由だけでは無い。
開花の兆しを見せていた蕾が遂に花開いた、という事だ。

これで、未だ国連軍に配属されてこない三バカが加わり、隊員達の新OS慣熟が進み、部隊内の連携が上手く機能するようになれば最下層到達も余裕だろう。

「なあ冥夜……折角だから、PXで飯喰っていかないか?」
「……すまぬが、私と月詠はこれより所用があるのだ……」
「いや、謝る事無いさ。……唯依タンは?」
「私は構わない」
「んじゃ、行くか。―――またな、冥夜、『まなちゃん』」
「うん、では、な」
「貴様にそんな呼び方を許した覚えは無いっ!!」

PXと居住区の分岐点で、俺たちはそんな会話をして別れた。





PXに到着した俺たちを出迎えるのは夕飯時の喧騒―――ではなかった。
喧騒どころか誰一人としていやしない。
俺と唯依タンは頭上に疑問符を浮かべて見詰め合った。

「……なあ、PXにも定休日ってあったっけ……?」
「そ、そんな話聞いた事無いけど……」
「ま、まさか……連日の激務に耐え切れず、遂におばちゃんが過労でぽっくりと―――」
「そ、そんな……!」

俺と唯依タンの顔が、不吉な想像に蒼褪めた。

「あたしが過労でどうしたってぇ~~!?」

『うわあぁっ!!』

背後から掛けられる突然の太い声に、俺と唯依タンは文字通り飛び上がった。
背後に仁王立ちするは我等がおっかさんこと、京塚 志津江臨時曹長だ。

「アンタ達、連絡聞いてないのかい?……昼過ぎにフライヤーが調子悪くなっちまって、機材取替えのため此処は明日朝まで利用停止―――って」
「……なるほど」

だから、照明は薄暗いし誰もいなかったのだ。
俺に連絡すべき直属の上司は夕呼先生。忙しいあの人のことだから連絡を忘れても無理はな―――いや、むしろわざと黙っていた可能性もあるか。

―――肉の焼ける香ばしい匂いが厨房の方から漂ってきた。

「あれ、調理中だったんですか?」
「ああ、アタシじゃなくって―――」
「―――キョウヅカさん、お客さんですか―――って、あら……タケルじゃないの」
「ステラ?……何やってんだ、そんな格好して……?」

厨房から現れたのは、ピンクのエプロンを身に着けたステラだった。
いや、何やってるも何も調理中だったのだろうけど。
……間違っても、射撃訓練やってるようには見えない。

「見れば分かるでしょう?……格闘訓練よ」
「……おい」
「ふふ……冗談よ」

ステラは悪戯っぽい微笑を浮かべ、舌を出して再び奥に引っ込んでしまった。
俺は何故ステラが厨房にいるのか、という疑問の答えをこそ欲していたのだが……。

「前から頼まれてたんだよ。 都合の良い日があったら厨房を使わせてくれってね」

疑問の答えはおばちゃんから得られた。というか、別にどうって事無い理由だ。

―――奥に引っ込んでいたステラが、再び姿を現した。手には何かの盛られた大皿を抱えていた。

「―――ちょうど良かったわ。作りすぎちゃって、どうしようかと思っていたの。
 良かったら食べてみて?」





ステラ渾身の一品、その名を『ショットブラ』と言うらしい。いわゆるスウェーデン風肉団子。
彼女の故郷、スウェーデンの伝統料理でおふくろの味、とも言うべきポピュラーな料理だそうな。
三人はテーブルに着き、俺と唯依タンはステラによそって貰いながら解説に耳を傾けていた。
おばちゃんは、何故か『納入業者と打ち合わせが―――』とか言って出て行った。
あの曹長、なかなかの気遣い上手である。

―――俺は、美味そうな湯気を上げるそれを口に運んだ。

まずは肉団子。固すぎず、柔らかすぎずのそれは口腔内で豊かな旨みを溢れさせる。
次にソース。デミグラスソース、あるいはブラウンソースとも言うそのソースは主役である肉団子の味を見事に引き立てている。
そして、ほのかなバターの香り。察するに肉団子をバターで炒めてあるのだろう。

「……なんてこった……美味いぞ、これ……」

気が付けば、俺は目の前の皿に盛られた肉団子全てを平らげていた。
唯依タンは俺の食べっぷりに当てられたのか呆然とし、対してステラはとても嬉しそうに微笑んでいた。

「す、すまん……全部喰っちまったな」
「いいのよ。……料理した側にとってはね、そうやって美味しそうに食べてもらえるのが一番の報酬なの……」
「そ、そうか……」

なんというか、そうやってニコニコと嬉しそうな表情で見詰められていると、非常にむず痒い。
つい、エプロン姿のままお姫様抱っこで『お持ち帰り』したくなってしまうというものだ。

「…………」

何となく、俺はステラから視線を逸らす事が出来ず、見詰め合っていた。
長いまつげ。整った鼻梁。艶のある唇。手に取ると零れ落ちそうなサラサラのブロンド・ヘア。
実はこのステラ、良く見ると―――いや、パッと見でも超を付けても良いくらいの美女だ。

―――いかん……目を離せねえ……。

「あ、あれだよな、ステラって、案外家庭的な所があったんだな。うん、実にポイント高いと思う。
 そのぱいおつとあわせて、これからもますます精進してくれ」
「そ、そうかしら?……ありがとう」

突然訪れた甘い雰囲気に俺はおバカな事を口走り、ステラもまたテンパり気味なのか素直にお礼など言っていた。

『アハハハハ……』

「―――ステラッ!!」

お見合いしながら乾いた笑いを浮かべる俺たちに被せられる鋭い声。
むろん、誰あろう唯依タンだ。
その目が、その口が、その眉が、そして何よりもその纏うオーラが、唯依タンのはち切れんばかりの『嫉妬』を如実に表していた。

「食材はまだ残っているの?」
「……え、ええ。まだ、結構残っていた筈だけど……」
「……そう。なら、少し借りるわね。……待ってて、武」

言うが早いか肩を怒らせ、大股で厨房へと向かって行った。

「……ゆ、ユイも随分女の子らしくなったのね……」
「……ああ。それに、積極的になったよ……」
「折角だから、私ももう一品作ってみるわ。……ユイに対抗して。
 ……いい子で待っててね、タケル」

そう言うとステラは立ち上がり、俺にウインクをして軽い足取りで厨房へと向かっていった―――





―――そして時は舞い戻る―――





―2001年11月19日 20:00―

『さあ、どっち!?』

どっちもなにもあるか、というのが本音。
両方とも楽勝で完食出来るし、例え出来ずとも二人の心尽くしを残すなんて、漢として失格だ。

―――やっぱり、どっちが先か、どっちが美味しいかってことなんだろうな……。

女って奴は、時々こうやって男に無駄に心臓に悪い選択を迫ってくる。どっちを選んでも根が残るのは分かりそうなものだが。
まあ、理屈だけでは割り切れないのが女心というやつなのか。
俺は、意を決して肉じゃがに箸を付けた。

……特に理由は無い。強いて言うなら単に右側にあって箸を伸ばしやすかっただけ。

「……むう……これは……!」

ホコホコのじゃが芋、味の染みた人参、そして合成とは思えないほどの肉。
汁には、溶けた玉葱の甘みが浸透し、旨みに深さが出ている。何よりこの汁、だし汁をベースにしておりおまけに醤油に濃口を使っている。
ああ、これはご飯が欲しい。この汁だけでも一杯食える。

俺は結局、一度も箸を止めることなく完食していた。
唯依タンは嬉しさと、安堵と、満足の入り混じった表情で微笑を浮かべていた。

続いて、グラタンに箸を伸ばした。

「……なんと……!」

拍子に切られたじゃが芋、人参は全て長さと太さが揃っておりとても丁寧な仕事。ホワイトソースは甘さの中に凝縮された旨みを感じる。
アンチョビの微かな苦味。玉葱の甘さ。
こいつも、ご飯が欲しい。皿に残ったホワイトソースの中にそいつをぶち込んで掻きこんでやれば、最高だろう。

やはり、一度も止まることなく完食した。
ステラは、先程のものに勝るとも劣らない満足げな表情だ。

「ごちそうさまでした」

俺は手を合わせ、深々とお辞儀した。
ステラと唯依タンはつられたように『おそまつさまでした』なんて言いながら俺に合わせてお辞儀してきた。
三人で頭を下げるこの姿は、他人から見ればさぞ滑稽だっただろう。

「―――さてと。……腹も膨れたし、部屋に戻って風呂入って寝ようかな……」

さりげなく立ち上がり、早足で、それでいて細心の注意を払って撤収した―――いや、するつもり、だった。
いつの間にかがっちりとホールドされている俺の両腕。右腕には唯依タン、左腕にはステラ。

「……離してくれないか?」
「答えをまだ聞いてない……」
「そうね。どちらが美味しかったのか、ちゃんと判定してもらわないとね」

だから、答えられるわけ無いだろうって話なんだが。

「……どっちも最高。……故に、減点なしの引き分け。
 それじゃ駄目ですか……?」

『…………』

意味がわからない。何故今、このタイミングで二人して『ニタリ』という蛙を前にしたマムシのような邪悪な笑みを浮かべ合うのか。

「……ねえステラ……優柔不断の甲斐性無しには『罰』を与えるべきだと思う……」
「あら、私も一緒で良いの……?」
「ええ。……料理の好きな人に、悪い人はいないと思うから……」
「ありがとう、ユイ……。……考えてみれば、ご馳走するのが私達だけっていうのも不公平よね……」
「うん……この際、私達も武から『ご馳走』してもらうべきだと思う……」

オーケー分かった。皆まで言うなオチは読めた。
俺に拒否権が無いことも過去の経験が物語っている。
覚悟は決めたし逃げも隠れもしない。

―――だからせめて、これだけは言わせてくれ。

「……初めてが3『ピー』って、それで良いのかステラよ……」

―――ああ、もう一つあった。

「……おくちにあうものを『ご馳走』できるかはわからんけど、流石に此処で『喰う』のはまずいとおも―――うばらっ!!」

―――これもお約束、というヤツなのか。結局最後まで台詞を言わせてもらうことは出来なかった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第34話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/13 23:35
とーたる・オルタネイティヴ



第34話 ~ゆうしゃとじゃしんは、てをとりあってわるつをおどる~




―2001年11月20日 12:00―

本日もまた、間もなく訓練の時間がやって来ようとしている。
正直な話、訓練だけで済むと言うなら、これほど俺に合う仕事も無い。
何故なら、ランクで言えばSSランクといっても過言ではない可愛い女の子達に囲まれ、しかもその内の過半数は俺と深い仲、なんて夢のような状況だから。
それだけでも、大抵の苦行荒行は問題にならないというもの。
ましてや俺は、本業たる戦術機操縦が嫌いではないのだ。いや、むしろ大好きと胸を張って言えるだろう。

以前のようにはしゃぐ事は自重するようになったとは言え、そうそう己の本性というヤツは変わりはしない。
命の危険さえなければ、戦術機のコクピット内は俺にとって、未だ趣味、あるいは自己顕示の領域なのである。
つまり、俺は可愛い恋人達に囲まれながら好きな事、得意な事をやり、更に決して安くは無い額の給料を得ている―――という理想の生活を送っているのだ。

尤も、仕官としての正式な賃金を得るのは来月以降の事だし、ましてこれが実戦ともなれば楽しむどころの話ではない。
俺は自機の状況に気を配りつつ、僚機に危機が迫っていないか常に把握する必要があったのだ。
それは、俺が新しく隊長になったから、とかそういう次元の話ではない。もっと単純に、己の不注意で大事な女が傷付くなんて事態に耐えられない、という理由。
あるいはそれは、戦友でもある彼女達を侮辱する事になるのかもしれない。

―――『私達を信用していないのか』と。

だが、それでも。彼女達に罵られ、蔑まれようとも。

―――何度も何度も、繰り返し大事なヒトを死なせてきた俺の心は、まるでガラス細工のように脆くなっており、『身近なヒトの死』というものに対して酷く臆病になっていたのだ。
そしてその事に怯えつつも、彼女たちの内の一人がある日突然いなくなってしまう事を心のどこかで覚悟していたからこそ、俺はどんなときでも女の子と触れ合う事に拘り、大事にするようになったのかもしれない―――





「……それで、言い訳のつもりか?……そんな詭弁で、貴様の行動が正当化されるとは思わぬことだ」
「やだなあ、言い訳も正当化もするつもりなんて無いですよ。
 ……そもそも、そんな必要ないですし」

此処はPX。正午になり、残る半日の活動エネルギーを補充すべく昼飯を頂きに来たところで、独り寂しく食事中の月詠中尉を発見し、同席願ったわけである。
そこでどういうわけか俺の女性問題に関しての討論が始まり、紆余曲折を経た後、俺の思う所を問われたのだ。

「……必要が無いだと……?」
「その通り。……何故なら、俺の行動は『正しい』からだ……!」
「複数の女性と関係を持つ男が正しいわけあるか!」
「やれやれ……分かってませんねぇ、まなちゃん」
「その呼び方は止めろ!
 ……大体貴様は、殿下と冥夜様、お二人と同時に関係を持っていることすら許しがたいというのに、それ以外にも5人を超す女と関係しているそうではないか!
 破廉恥極まりない!」

え~と、唯依タン、クリスカ、イーニァ、霞、祷子さん、宗像中尉、柏木……ああそうそう、昨日遂にステラもやっちまったわけか。
……いや、ステラの場合やったと言うよりやられてしまったという方がしっくり来るのか。
ステラと唯依タンには、『おそまつさまでした』と言っておくべきだな。

―――無論、決して言葉どおり『そまつ』な物ではない、と自負している。

「……え~と……いち……にい……はちにん、ですかね……?」
「数は聞いてない! 大体、私が調べたものより二人多いではないか!」

もしかして、自力でそこまで調べ上げたというのか。そうだというのならば感心するしか無い。

……聞いてくれれば教えてあげたのに……

というか、そもそも月詠中尉は先程から何故そんなに熱くなっているのか。

「まなっち、ひょっとしてかみさ―――殿下に、何か言われて来たんですか?」
「―――くっ……遺憾ながら、殿下は貴様の女性問題に関しては非常に寛大であられる……。
 故に、今回の件は私の独断だ……というか、妙な名で人を呼ぶな……」

途端に肩をしょんぼりと落として、消沈する月詠中尉。俺を咎める声にも覇気がなかった。
つまり彼女は、殿下が俺を諌めようとせず、むしろ煽っているかのような行動に不満を持っていたのだろう。
あるいは、敬愛する主君と己との間に発生した価値観のずれというものに対して揺らいでいるのか。

乱暴な言い方をすれば、殿下と冥夜、二人が己の提唱する型に嵌ってくれない。
ならばいっそ、と今度は俺の方を矯正することでバランスを取ろうとした……ということ。
なんとも、見上げた忠誠心だ。

ある時は護衛役、またある時はメイド役、そして時には教育係もこなしつつ必要とあらば諜報だろうが闇討ちだろうが完璧にこなし、手を汚す事も厭わない。
そして何よりも、弄り甲斐のある可愛い性格。
優秀さと、忠誠心、そして可愛さ。三者を非常に高いレベルで兼ね備えた月詠中尉は、まさにベスト・オブ・側近と言っても過言ではあるまい。

とは言え、流石の月詠中尉も恋愛問題ともなれば道を誤るのか。今回の件は明らかに『大きなお世話』だ。
真に殿下と冥夜の事を思うのであれば、影ながら事態の推移を見守りつついざと言うときのために牙を砥いでおく、というのが最善だった筈。

月詠中尉のこれまでの発言は、四捨五入すれば『女性関係の清算』という物だ。最低限、殿下と冥夜以外の女性との関係を絶っておこうという心算。
俺が、二人のほうをこそ捨てるかもしれない、という可能性を考えもしていないらしいところが何とも初心なミスだった。

―――まあ、おかげで俺様に好感度アップの機会が巡ってきたわけであるが……。

問題は、此処でどのような発言をすべきかという事。迂闊な事を口走ってしまえば月詠中尉の中での俺評価は地に落ちるだろう。





―――だが、俺の懸念を吹き飛ばす心強い援護の声が後方から聞こえてきたのだ。

「月詠……タケルを責めるでない。姉上も私も、全て承知の上でタケルに心を寄せているのだ……」
「冥夜様!」

弾かれたように立ち上がる月詠中尉。
何処から聞かれていたのかと思うと、月詠さんは気が気でないだろう。
俺もまた、顔をニヤケさせながら声に反応して振り返った。

「―――?」

確かに冥夜だ。何処からどう見ても冥夜だ。その髪、その顔、その立ち居振る舞い。
だが、違う。

「……上手く化けたな、殿下……」

『……え!?』

月詠中尉と、俺の隣に座った冥夜(偽)が顔を見合わせる。

「な、何を言っている、タケル。確かに私と姉上は双子であるが、そもそもこのようなところにおられる筈が―――」
「証拠がある。……実は本物の冥夜には、昨日の昼つけておいたキスマークが首元にあるはずなんだ」

『―――!』

目を驚愕に見開き、首元に目をやる月詠中尉と首に手を当てる冥夜(偽)。
無論真っ赤な嘘。昨日俺と冥夜は訓練以外のことには及んでいない。
遅ればせながら(偽)は引っ掛けられた事に気付いたのか慌てて手を戻し、とぼけようとしている。

―――今更遅いって……。

「……けどまあ、こんな簡単に引っ掛かってくれるとは思わなかったけどな……」
「そ、そんな……せめて、共に閨の中に赴くまではこのまま隠し通すつもりでしたというのに……」

まりにも早い発覚、そして謀られた事実に、がっくりと項垂れる冥夜のコスプレをした殿下。
というか、閨とか言うんじゃねえよ。

「―――な、なんということだ……白銀にですら分かったものが私に分からなかったなど……!」

同じく、項垂れる月詠中尉。何というか、二人揃って全く同じ格好で笑える。
まあ、ぶっちゃけてしまえば殿下と冥夜とでは俺の脳が受信する『電波』の量が桁違いなのだ。無論、俺にしか分からない事実。
よって、月詠中尉が気付かなかったのも無理は無い。

……でも、何気に失礼だな……月詠中尉……『白銀にですら』とかよぉ……。





処変わってこちらはブリーフィングルーム。訓練開始にはちと早く、貴重な休憩時間を何が悲しくてこんな所で過ごさにゃならんのだ、と文句の一つでも通常ならば出るというものだ。
まあ、俺の場合は明らかに通常とは一線を画しているために、そんな台詞は出ないのだけど。

「……何故、おわかりになったのですか?近侍の者も、誰一人として気付かなかったと言うのに……」

冥夜―――の格好をした殿下が、小首を傾げて俺に尋ねてくる。……ギャップが可愛い。
月詠中尉の、『見分けるコツがあるんなら教えんかい、コラ!』というその表情が怖い。

「……無駄に迫力ありすぎるんだよな……まなまなってば……」

『元の世界』のメイドな月詠さんはあれほど癒される存在だったと言うのに。
だがまあ、その分こちらの方は弄り甲斐がある。
キレて真剣を抜いちゃうのも、照れ隠しだと思えば何とも可愛いものだ。

「さっきから何なんだ!『まなっち』だの『まなまな』だのと人を犬猫のように!」
「え~、だって、折角可愛い素材を持ってるのに雰囲気で損してるなと思ったから、せめて呼び方から可愛くしてみようかと……」
「まあ、それは妙案というもの。主として、応援しないわけにはまいりません」
「だから!それはいいから先程の殿下の質問に答えろ、白銀!」
「愛の力。……さあ、答えたぜ。……『まなちゃん』『まなっち』『まなまな』どれが良い?」

質問をさらっと流され、歯軋りする月詠中尉。……女の子が歯軋りなんてするんじゃありません。
愛を宣言され、頬を染めて潤む目で俺を見詰める殿下。……襲ってしまいそうだ。

「……よし、決めた。これからは『まなちゃん』と呼ぶから。殿下も良いよな?」
「もちろんです。……ですが白銀、この際わたくしの事も『悠陽』と名で呼んで頂きたいのですが……」
「……いいけどさ。……だったら悠陽も、俺を姓で呼ぶのは止めてくれ」
「で……では……武様、とお呼びしても……?」
「せ、政威大将軍殿下に様付けされる男、ってか?……何者だよ、俺」
「……愛する殿方に敬意を込めて『様』と付けるのは当然の嗜みです……いけないでしょうか?」

そこで、上目遣いでウルウルされちゃったりしたら断れる筈なんて無い。それが、最近腹黒い事で有名な悠陽の言だとしても。

「許す。好きなだけ呼んでくれ!……見たか、まなちゃん?
 ……普段は『黒い』悠陽も、いざとなればこんなに可愛らしい仕草が出来るんだ。主に倣うべきだと思わない―――きゃぶれらっ!!」
「何か仰いましたか、武様……?」

……竹製薙刀。最近の帝都城では、観光客用のまんじゅうの他にもこんなものまで製作していたらしい。
まなちゃんに振り返った途端に抉られた背中がとても痛い。
もう、『何処にしまってあったのか』なんて突っ込んじゃいけないのだろう。……この現象に関しては。

―――そんな、俺と悠陽の寸劇に目もくれず独り葛藤するまなちゃん。
実は、密かに自分の男っ気の無さを気にしていたんじゃないか……?
『私が……』とか、『可愛い仕草?』とかごにょごにょと呟いている。

「わ、私には無理だ……!」
「そ、そんなことは無い!現にその表情はとても良いぞ!」
「その通りです。―――まなちゃん、そのまま上目遣いで!……瞳を潤ませて!
 ……そうです!次は胸の前で両手を握って……!」
「―――こう……ですか?」
「さあ、そこで可愛い台詞を言ってみろ、まなちゃん!」
「―――わたしを……『まなちゃん』なんてよんじゃダメッ……!」

『グハッ!』

―――ゆうしゃたけるは999のダメージ!
―――じゃしんゆうひは9999のダメージ!!

―――おお猛き勇者達よ……冥府に落つとは情けない限り……!

『おちてません……!』

この際、なんで俺と悠陽の台詞がハモったのか、なんて考えちゃダメだと思う。
あと、ゆうしゃは聖属性の攻撃に耐性があるが、じゃしんは邪神なだけに二倍のダメージを被ってしまうのだ。……我ながら意味不明だが。





「……と、とにかく……今のように、常に可愛らしい所作を心がける事を忘れてはなりませんよ、まなちゃん」
「そ、そうだ。マジで逝く所だったからな……俺も悠陽も……」

何処にいくのか、とは聞かぬが花。

「―――は、はいっ!宜しくご教授願います、殿下!」
「ちがうでしょう……?」
「―――っ!……や、やさしくおしえてくださいね、でんか!」





―――とある情報筋から伝え聞いた話によると、この光景を一から全て目撃し、部屋に入るに入れなかった『Y・TAKAMURA』という訓練生がいたそうな。
そしてその訓練生は、その厳しくも美しい『師弟愛』はとても涙無しには語り尽くせぬ物であった―――と某エスパー少女にしみじみ語ったという……。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第35話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/16 01:44
とーたる・オルタネイティヴ



第35話 ~ゆうしゃとじゃしんのらぶ・そんぐ~




―2001年11月21日 06:00―

目覚めて真っ先に目に入ったのは見慣れた自分の部屋の天井。
そして、何時の間に再度入れ替わったのか、俺の傍らで安らかな寝息を立てている御剣 冥夜だった。

―――というようなことは全く無く、昨晩眠りにつく前と同様に、半裸の煌武院 悠陽が俺の身体にしがみ付いたまま眠りこけていた。

そんな至極当然の事象に対して酷く安堵している今の状況に、若干の疑問を感じなくも無い今日この頃だ。
俺は、悠陽を起さぬようゆっくりと彼女の頭を枕に乗せ、上半身を起した。
そして、胸いっぱいに早朝の爽やかな空気を吸い込む。

「―――ぐぇほっ!ごほっ……!」

―――思い切りむせた。爽やかな空気、どころではない。
部屋に満ちているのは、もやがかかりそうなほどに濃い昨晩の名残。
言わずと知れた性臭、というヤツだ。考えてみればほんの数時間前まで悠陽と『プロレスごっこ』に励んでいたのだ。
そう簡単に消えて無くなるほどやわい技を仕掛けたつもりは無い。昨晩は、俺の猛攻の前にさしもの悠陽も息は絶え絶えで、終盤戦ともなれば声を出すのもやっと、といった具合だった。
そういえば、悠陽が落ちる寸前に言った

―――次は、是非ともまなちゃんと三人で―――

という台詞が何とも印象深かった。
もしやこの言葉の意味は、自分一人じゃこのぜつりんゆうしゃの相手は荷が重いから身近な所から援軍を、という意味なのか。
だとしたら、少々凹まされる話である。
いや、むしろこの悠陽にしてからそう思わせる自分自身を顧みるべきなのか。

―――コンコン、というノックの音。

返事を待たず、入室してきたのは今まさに俺が想っていたまなちゃんその人。
部屋に一歩踏み入るなり硬直している。

「―――こ、こここここ……!」
「……鶏か?……なるほど、にわとりだけに『トサカにきた』っていう演出。
 尚且つ、朝だから『コケコッコー』という含みを持たせたまなちゃん流の高度なギャグなんだな。
 ……なかなか良い調子だよ、まなちゃん。その勢いでますますはっちゃけてくれ」

トサカにきた、というのは別に腹が立ったと言う意味合いではなく、『あまりにも濃い残り香を嗅いじゃって、頭がくらくら来ちゃう』という意味だろう。
異論は認めない。

俺の言葉に頬を真っ赤に染めたまなちゃんは、そのまま勢いに任せて怒鳴り付けでもするのかと思いきや、予想に反して咳払いを一つして表情を改めた。
そして、やけに冷静な口調で俺に向かって告げた。

「……すぐに殿下をお起しして、部屋を出てください」
「なぜに?」
「あなたは、こんな有様のベッドで今晩も寝るおつもりですか?布団を干し、シーツを取り替えます。
 ついでに、部屋中換気して掃除しなければ、とても正気を保てそうにありません」
「…………」

俺がまなちゃんの言葉に素直に従ったのは、決して彼女の感情を押し殺した『ですます口調』に恐怖を感じ、身の危険を察したからではない。
俺は、幸せそうな寝息を立てている悠陽を揺り起こした。

「……ふぇ……?たけるさま……?」

寝ぼけ眼を両手の甲で擦り、ふらふらと姿勢の定まらない彼女を洗面所へ連れて行き、洗面と歯磨きをさせる間に櫛を持ち出して髪を梳いてやる。
そして再び部屋に戻り、何をどう勘違いしたのか半裸のままエプロンを着用しようとした悠陽を押し止め、無言で冥夜の斯衛服を着せてやった。
我ながら、よくこめかみをグリグリしたくなる衝動を堪えたものだ。
そして、やはり無言で悠陽の手を引いて部屋を後にした。

「あの、武様?……何故、わたくしたちは廊下を歩いているのでしょう?」
「いいか、悠陽。……世の中には、決して逆らっちゃいけない存在というものがある。
 一つはじゃしん、二つ目はまおう、そして……さっきのまなちゃんだ。
 あれは、あしゅらの表情だった……」

感情の感じられない無表情が、一度フェイスチェンジすれば憤怒のそれになるであろう事を俺は悟ったのだ。

「……?」

まあ、『じゃしん』当人たる悠陽にそれを説いても無駄というものか。
『じゃしん』からすれば、手下たるあしゅらの憤怒なんて真夏のそよ風程度にしか感じられないのも道理。

「ああ、それにしても残念です。……これから午後の訓練が始まるまで、武様と爛れたひと時を過ごせると期待していましたのに……」
「……少しは自重してくれ、頼むから」

悠陽が相手だと、何故か抑え役に廻ってしまう自分が憎い。

「……まあ、案外部屋の掃除をしていると思わせておいて、俺らの残り香に当てられて独りで慰めちゃったりしてるかもな……」
「―――っ!」
「まて、悠陽。……何処へ行く気だ……?」

俺は、台詞を聞いた途端来た道を振り返り、駆け出そうとした悠陽の左腕を掴んで尋ねた。

「決まっております!今すぐ部屋に戻り、まなちゃんに、そんなもったいな―――もとい、ふしだらな行為を止めさせるのです!」
「見逃してやってくれ。……武士の情けだ……」

万が一本当にそういう事をやっていたとして、そんな場面を主君に目撃されてしまったまなちゃんの心情は、察するに余りある。
ここで気付いていながらも気付かぬ振りをしてあげる優しさこそが、明日へと繋がる重要な一歩なのだ。
いや、今更良識派みたいな事抜かすんじゃねえよ、というつっこみは重々承知している。

「―――武様がそう仰るのでしたら……」
「そう不満そうな顔するなって。PXで朝飯食って、屋上にでも行こうぜ」

二人きりになら、そこでもなれるというものだ。
まあ、今後についていくつか確認しておきたい事もあったので静かに話が出来る屋上はちょうど良い。

「……承知いたしました」

俺がやや表情を改めた事を察知して、悠陽も口調を改めた。この切り替えの早さ、やはり伊達に殿下などと呼ばれちゃいないらしい。
真面目な話、クーデターの発生まで残り二週間をきったのだ。
悠陽がその情報を何処まで掴んでいるのか、という事まで含めて今後の対策を打ち合わせておきたい。

―――考えてみれば悠陽よ……今回の『入れ替わり』はそっちが本来の目的じゃあなかったのか……?





―2001年11月21日 10:00―

先日、冥夜とまなちゃんを横浜基地へと転属させるため、悠陽は将軍たる己の身を危険に晒した責任を問う、という形で斯衛から追放し国連軍へと転属させた。
強硬派ですら鼻白む苛烈な罰を与えた事により、当然悠陽は臣下の者達から多かれ少なかれ畏れと反感を抱かれる事となった。

「彼らの反応は様々でしたわね。……目を伏せて己に累が及ぶのを避けようとする者。
 ……慈悲に縋って再考を求める者。
 ……陰ながら将軍家権威失墜の兆し、とほくそ笑む者……」
「つまり、臣下の狸爺どもを試したわけか」
「……はい。中でも、現首相榊 是親の反応は大したものでした。
 わたくしの身を、自らの手足を喰らう大蛸に例え、強烈に弾劾してきました」
「……まさか、ぷっつんキレて首にしたりしてないだろうな?」
「そのような事、出来る筈もありません。
 ……むしろ、彼こそは真にわたくしと民、そして国の事を想う忠義の士であると感服いたしました」

どのような方法にせよ、悠陽に対し諌言を行った者は御眼鏡に適ったという事なのだろう。
ならば、それ以外の者はどうすると言うのか。

「機に乗じ己の利を図ろうとした者……、調べた限り数名存在します。
 ……彼らは、この国を滅ぼしかねない『獅子身中の虫』となりえます。看過することは出来ません」
「……そこで、クーデターが出てくるわけか」

一番単純且つ効果的な方法は、クーデター一派に対し故意に重要な会談の開催及び場所を漏らす。
新政権に有用な人物は、敢えて別命を与えて帝都より遠ざける。そして会談の場所を襲わせて狸どもを一網打尽にする。
あらかた『掃除』が終わった所を鎮圧にかかれば良い。

「……その場合、鎮圧に時間は掛けられないな。……長引けば、かの国にそれだけ付け入る口実を与える事になる」
「……その通りです……」

そして何より、クーデター派の事だ。多少採るべき手段に問題があるとは言え、真に国を憂う者たち。
こちらが利用する、という側面もある以上出来る事なら寛大な措置を願いたい。

「迅速な鎮圧のため、武様にこれを受け取っていただきたいのです……」
「……命令書?」

内容は、要約すれば『もし帝国に国を揺るがす大事あらば、指揮下の中隊、及び国連軍横浜基地特務部隊を率いそれを鎮圧する事』
つまり、クーデターなんて物騒な事件が起こったら真っ先に部下を率いて帝都に進撃し、鎮圧しろ……という事だ。
ご丁寧に、国連軍首脳部のサイン入り。無論、極内密に接触し、入手したのだろう。
これで、俺は事が起こった場合即座に出撃できる法的根拠を手に入れたことになる。

「……後は、クーデター派内部に存在する米国工作員と帝国首脳部の中にいる親米派の問題だな……」

首脳部の中の親米派はいっそクーデターで討たせてしまえば良い。
その場合の問題点は米国からの情報で彼等がクーデター決行日を掴み、行方を眩ませる事だ。
まあ、仮に彼等が難を逃れたならば、重要な会談を無断で欠席したという点から責任を追及し、更迭するなり洗いざらい目論見を吐かせるなりすれば良いのか。

「……米国工作員がなにかしようとする暇を与えない、それが出来れば最善です。
 武様に差し上げた命令書は、それゆえの布石でもあります」
「全力は尽くす。……けど、確約は出来無いぜ」
「……承知しています。保険として、冥夜の旧友……彩峰 慧……と申しましたでしょうか、彼女に内偵を依頼してはいます……」
「―――っ!お前、もしかして俺や冥夜の『記憶』の事……!」
「……はい、存じています。冥夜に打ち明けられましたゆえに。……黙っていて申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げる悠陽。
責める気など無かった。それに、そんな資格など無い。
秘密があるのはこちらも同様だ。

「……こちらこそ、黙っていてすまなかった。
 けどまあ、安心したよ。クーデターに関しては、ほぼ対策は完成しているみたいで」

俺は悠陽に向かって微笑みかけた。
悠陽は、それに微笑み返そうとし―――不意に顔を伏せた。
彼女の華奢な肩が、小刻みに震えていた。

「どうし―――って、お前……泣いているのか……?」
「……む、無力な……己の身が恨めしいのです……。ほ……本来ならば、クーデターなどという手段は止めるよう説得し……真に国のためとなる道を説くのがわたくしの役目……。
 それを、この……このようにどう利用するか、なんて策謀を巡らす自身の汚さに嫌気が……」

最後の方は言葉になっていなかった。
それ以上聞くに堪えなかった俺は、悠陽を抱きしめた。

「お前は、良くやっているよ。……もうどうやっても止まらない、と判断したからこそ被害と後遺症を最小限に抑える努力をしているんだろう」
「ですけど―――!」

これ以上の言葉は必要ない。
俺は悠陽の顎に手を添え、そっと上向かせた。

―――そして、彼女の濡れる瞼に口付けた―――





―――どれ程の時間、俺は悠陽を抱きしめていたのか。
気が付けば、日は中天を過ぎようとしていた。

「……も、申し訳ありません、武様。……無様な姿を晒してしまって……」

ようやく落ち着き、俺の身体から離れた悠陽はそう言って頬を染めた。

「気にするな」
「……ですが、服を濡らしてしまいました……」

俺の着る軍服の胸部分は、彼女の涙で濡れていた。

「……まあ、胸が涙で濡れるなんて、漢が一度は憧れるシチュエーションだからな」
「そ、そうなのでしょうか……?」
「それに、泣いている悠陽なんてそうそう見られるモンじゃない。
 ……なにしろ、『アッチ』の最中でも涙の一滴ですら見せない女傑だし」

俺がそう告げて笑うと悠陽は頬を膨らませ、抗議の声を上げようと口を開き―――ようやく微笑んでくれた。
この歳で様々な物を背負ってきた女の子だ。泣いたり笑ったり、せめて俺の前でくらい許されてもいいと思うのだ。

「―――お前の重荷の半分は、俺が背負ってやるから……」

ただの決意表明のようなもの。殆ど聞き取れない、微かな声で呟いた筈だった。

だが、その意に反して―――

「―――っ!……た、武様……あまりわたくしを泣かせないで下さい……」

―――しっかりと聞き取ったのか、再び悠陽が俺の胸に顔を埋めて来た―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第36話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/19 22:14
とーたる・オルタネイティヴ



第36話 ~じゃしん、あしゅら、めがみ、きじん、のち、けだもの……ところによりちのあめがふるでしょう~




―2001年11月22日 08:00―

「―――それでは武様……またお会い出来る日を……」
「ああ、元気でな」

正門前には黒塗りの高級車が止まっており、主である悠陽―――冥夜の格好をした―――が乗り込むのを待っていた。
この場には、俺と悠陽の他にはまなちゃんしかいない。
門兵二人組は離れた位置に立っており、珍しい取り合わせの俺たちがやはり気になるのか、時々視線をこちらへ送ってきていた。
空は雲一つ無い快晴で、悠陽お忍びツアーの終焉を祝福しているかのよう。
俺は、立ち去りがたい様子の悠陽に微笑みかけ、軽く手を振ってやった。
悠陽もそれに応えて微笑み、手を振って来る。

「…………」
「…………」
「…………」
「―――おい」
「何で御座いましょう、武様」
「……いや、だから何時までそうやって突っ立っている気だ、と」

実の所、冒頭のやりとりはもう五回は繰り返している。後部座席のドアを開けて直立不動の運転手も、初めこそ微笑ましげな表情だったが、今ではすっかりその穏やかな顔も凍りつき、こめかみを引き攣らせている。
悠陽は俺の台詞を聞いて、衝撃を受けたかのように膝を突き、大げさに軍服の袖で涙を拭う振りをする。

「ああ、武様……なんと冷たい……武様にとり所詮わたくしは一時の戯れ。
 骨の髄までしゃぶり尽くされ、哀れ犬猫のように捨てられる定めなのですね……」

『しくしく……』などと泣き崩れる真似。

「いや、だからな……。会おうと思えばまたいつでも会える。
 何だったら次は俺が帝都まで出向いても良い―――って、この台詞も何回目だ!」
「ああ……武様は、愛する殿方から一時も離れていたくない、という乙女心を解しては下さらないのですね……」

更に大きく泣き崩れる『真似』。
何だかもう、出来の悪いコントを見せられているような気分だ。

「あ、あの……殿下」
「何ですか、まなちゃん。……今わたくしは忙しいのです。
 邪魔しないで下さい」
「―――はっ!申し訳ありませ―――ではなくてっ!
 そろそろ、帝都城で殿下役を勤めておられる冥夜様も限界に近いかと。
 ……色々な意味で」

それは、もうそろそろおかしいと思うやつが現れてもおかしくないとか、冥夜自身の忍耐力が限界突破する頃だとか、そんな意味だろう。
まあ冥夜にとっては、突然呼び出されたかと思えば服を剥ぎ取られ、悠陽の服を着せられて身代わりにさせられたのだ。
悠陽が何処へ行ったのか、なんて冥夜にしてみれば見え透いており、それだけに相当の鬱憤を溜め込んでいるだろう。

……まなちゃんのその言葉に納得したわけでは無いだろうが、とりあえず悠陽は寸劇を中断して立ち上がった。
可哀想に、運転手は懐から錠剤を取り出して水も使わず飲み下していた。多分胃薬だ。
まなちゃんは、立ち上がった悠陽の膝と袖についた埃をはたいている。

「―――それでは武様……またお会い出来る日を……」
「ああ、元気でな」

何度目の正直なのか、今度こそ悠陽は車に乗り込み去って行った。
車が完全に見えなくなり、俺とまなちゃんはどちらからとも無く顔を見合わせた。

『―――はぁあ~~~』

そして、盛大な溜息。

「……んじゃ、戻ろうか。……新設部隊の件で、まだいくつか机仕事が残ってるんで宜しく……」
「―――武様」

踵を返した俺を、まなちゃんが呼び止める。
俺は足を止め、首だけ回してまなちゃんを見た。

―――って言うか、『武様』だと……?

「殿下の事、御礼を申し上げておきます」

そう言って、深々と頭を下げた。
俺にしてみれば何のことだか分からない。そもそも何故、こうまで俺に対する態度が軟化したのか。
いや、あるにはあるのだが……。

「……まさか、屋上の会話……」
「はい、聞いてしまいました。処分は如何様にでも。
 ―――ですが、一言だけお許しください」
「……どうぞ」
「あのように楽しげな殿下はこれまで見ることの出来なかったものです。殿下にとり武様の存在はそれほどまでに大きくそして支えになっているのだと痛感致しました。
 そして何より、私は貴方の表面に見える姿だけを重視し、本質を見誤っておりました」

これは、どちらかというと俺の落ち度だろう。誰も来るわけ無いと比較的入り口に近い位置で、扉に背を向けて話し込んでいたのだ。
まなちゃんほどに武道に通じていれば、俺に悟られずに近寄るなんて造作も無い筈だ。
そもそも、結果的にまなちゃんの俺に対する確執が解消されたというなら俺に不利益は無い。

「他言無用。……それさえ守ってくれるなら、俺は構わない。
 ―――寒いから、俺はもう行くよ」
「お待ちください!……上官となる人物に対しての数々の暴言、そして侮ったかのような振る舞いは許されないことです。
 ―――どうか処分を!」

困った。角が取れ、懇願するような表情で縋ってくるまなちゃんはとても可愛く、ついつい『罰』の名目でイケナイことをしてしまいそうになる。
だが、こんな形でやるのは俺の信条に反する。

―――でも、わざわざ進んで『罰』を望むなんて、実はまなちゃん相当の『エム』だったりしちゃうのか……?

「あのねえ、俺はまなちゃんが初め思っていた通りの人間なんだって。だから、まなちゃんは本当のことを言っていただけで何も暴言なんて吐いてない。
 それこそ、俺が処罰するなんてお門違いもいいところだ」

そう言い残して、俺は早足でその場を立ち去った。
……逃げたわけではない。
正直、もったいない事をしたという思いはある。あのままベッドに連れ込んでもまなちゃんは大人しく従っただろうから。
だが、物事には順序というものがある。
今回の件を不問とした事でまなちゃんの俺に対する好感度は更に上昇した筈で、今後もより一層の上昇が見込める。
此処で抱いてしまってはそれ以上の進展は望めないと俺は判断したのだ。

―――基地内の廊下を歩きながら、まなちゃんのこれまでのツンツンとした態度を思い返し、あれはあれで良かったな、なんて思っていたことは秘密だ―――





―2001年11月22日 13:00―

シミュレータールームへと向かう途中、見知った後姿を発見した。
あれは、祷子さんだ。どうやら一人のようで、俺は早足で彼女を追いかけ、声を掛けた。

「…………」

だが、返事が無い。まるで俺など居ないかのように歩き去ろうとしている。
ならばと今度は彼女を追い抜き、正面から声を掛けて見た。

「……あら、どなたかと思ったら、殿下の覚えもめでたい国連軍のエースパイロット様じゃありませんか。
 私のような下々の一兵士に、何か御用でも御有りですか?」

柔らかい物腰と微笑み。だが、ちっとも癒されないのは何故だろうか。

「は、ははは……。冗談きついですね、祷子さん。
 な、なにか嫌な事でもありました……?」
「御自分の胸に手をお当てになって、良くお考えになって見たらいかがかと愚考いたしますわ。
 ……白銀『新中尉』殿?」

とりあえず、言われたとおり胸に手を当て、考えを巡らせて見た。

―――いかん。全く心当たりが無い。そもそも、前に別れたときはそんな素振り―――いや待て。
……前に会ったのって、何時だったっけ……?

そう、確か13日だ。唯依タン相手に芝居を打って、一悶着あった日だから良く覚えている。
という事はつまり、俺と祷子さんは9日間も会話一つですら行っていないのだ。
よくよく目を凝らして祷子さんを見れば、彼女の頭上に破裂寸前の爆弾マークが見えた。

これは、アレだ。一昔前のゲームで見たことがある。長い時間放っておくと爆弾が破裂して、女の子達の好感度が激減してしまうのだ。
今祷子さんの頭上で不気味に光るコレは、俺の記憶によればリミットギリギリ。
明日になれば破裂していただろう。
ここに来て、背筋を伝う冷や汗は最高潮に達した。

「ご、ごめんなさい!でも一応言い訳しておくとコレは決して祷子さんのことを忘れていたとかそんなんじゃなくって会いたくても会えなかったと言うかそもそも帝都に呼ばれてみたりそうかと思えば新部隊を結成するとか言ってしかもその隊長が俺だったり慣れない仕事に悪戦苦闘してようやくケリがついたかと思えば帝都から招かざる客人が来てその相手が忙しかったり―――げほっ、ぐぇほごほっ……!」

最後まで言い切ることが出来なかったため、お詫びとしてその場に土下座して頭を祷子さんの靴先に擦り付けてみた。
今なら、靴を舐めろと言われれば恥も外聞も無く舐めていただろう。

―――ただし、人のいない所で。

―――俺が土下座して、五秒。
道行くねーちゃんがぎょっとした顔をして、早足で駆け抜けていった。……ちょっと美人。

―――十秒。
男一人、女二人の一行が廊下の角から現れ、俺たちの姿を目にした途端回れ右して逃げていった。……去るのは男だけで良かったのに。

―――十五秒。

―――二十秒。

―――もう良いだろう。俺は恐る恐る顔を上げ、上目遣いで祷子さんの様子を窺ってみた。

……口に手を当て、必死な様子で笑いを堪えている祷子さんと目が合った。

「…………」
「…………」
「……おいこら」
「……なぁに、武くん?……そんなに睨んじゃ、こわいわ」
「……何処まで本気で、何処から冗談だったんです?」
「少しだけ怒っていたのは本当よ。……でも、あんまり必死に言い訳するものだから、ついおかしくなって……ごめんなさいね?」
「……いいけど」

俺はようやく立ち上がり、やや大げさに両足の膝から脛をはたいた。

「そもそも、俺が悪いのは事実ですから。……とりあえず、俺は許してもらえたって事で良いんですよね?」
「ええ。……これも、『惚れた弱み』って言うのかしらね?」
「知りませんね、そんなの」

俺は、そっぽを向いて吐き捨てた。

―――右腕に感じる『ふよん』とした感触。
祷子さんが両腕を絡めてきたのだ。
だが今の俺は、こんなぱいおつごときでは屈しない。視線はあくまでも別の方。

「―――ねえ……そんなに怒らないで……?」

祷子さんの手が俺の頬に伸びる。ひんやりとした手が気持ち良い。

「もう……怒っちゃイヤ……」

頬から首、そして喉へ。更に下降し、俺の胸を祷子さんの手が這い回る。

「まだ、許してくれないの……?」

祷子さんの手が、胸から腹。そしてこか―――

「―――って! どこまでいく気ですか!? ここは廊下ですよ!?」
「……くすん。 だって、武くんが許してくれないんだもの……」

遂に耐え切れず、祷子さんの方へ顔を向けた。
視線と視線が絡み合う。

「…………」
「…………」

―――嗚呼、祷子さん。……そんな、瞳をウルウルさせて上目遣いで見詰められちゃったらぼくは……ぼくはもう……!!

「……祷子さん……」
「……武くん……」

互いの顔が、近づいてゆく。
30cm……20㎝……10㎝……そして、ゼロに―――

「―――バカップルに、天の裁きをぉっ!!!」
「―――ひでぶっ!」
「―――きゃっ!」

―――なる直前で俺は頭に強烈な一撃を喰らい、悶絶する羽目になった。
廊下の上をのた打ち回り、ようよう顔を上げると、肩に巨大な『ハリセン』を担いだ速瀬中尉の姿。

―――その威容、まさに『戦乙女』副隊長の名に相応しい。
……担いでいるのが『ハリセン』でさえなければ。

「―――な、なんて事しやがる! 折角良い所だったのに!」
「あんた等ねえ、こんな公衆の面前で見てるこっちが恥ずかしくなるようなラブシーン始めんな!
 どこの少女漫画だってのよっ!!」
「……ほら、速瀬中尉も羨ましいのよ、きっと……」
「……そっか、そういえばこのヒトも男日照りが長いでしょうしねぇ……」
「―――そこっ! しっかり聞こえるような声で内緒話すんな!
 それに、『男日照り』とか人聞き悪い事言うな! 私はれっきとした処じ―――」

台詞の途中で、自分が何と叫ぼうとしたのか気付いてしまったらしい。
真っ赤になって口をパクパクしている。
……うん、可愛いぞ。

「……処……の続きは?」
「た、武くんてば……悪いわよ、そんな事聞いちゃ……」

いや、そのフォローも大概酷いと思うぞ。

「……う……」
「鵜?」
「……卯?」
「―――う、うわ~ん! 悪かったわねぇ! そうよ! 私は処女よ! バージンよ! 乙女よ!
 ……ふえ~ん、はるかぁ~~~」

速瀬中尉は、涙を撒き散らしながら走っていった。
正直、あの姿はギャグとしか思えない。

二人、廊下に取り残される。

「……ねぇ、武くん……」
「なんすか、祷子さん」
「流石に……悪いことしちゃったかしら……」
「……そう、かも……しれませんねぇ……」
「……フォロー、お願いしてもいい?」
「……いいですけど。……でも、祷子さんは……?」
「私は、今ので充分『たける分』を補給できたから」
「……俺、殺されるんじゃないだろうな……」

祷子さんに手を振って別れを告げ、速瀬中尉の後を追うべく歩き出した。
多分自分の部屋に戻ったんだろうから、慌てて後を追う必要も無い。ゆっくりと考えを纏めながら行くのが吉だろう。

―――たとえギャグにしか見えなくとも、女の子を泣かせてしまったのは事実。
『あいとかみのしもべ』の名に掛けて俺は彼女に『あい』を説かねばならないのだ。

―――修羅の道を歩む者よ……汝の選ぶ道に、幸多からんことを……!!

―――だから、誰だっての。





―――此処が地下であるにもかかわらず、何故かカラスの鳴き声が聞こえてきた。
『アホウ、アホウ』というその愛らしい鳴き声が、俺に勇気を授けてくれるのだ―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第37話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/19 22:13
とーたる・オルタネイティヴ



第37話 ~あらたなるけだもののめざめ~




―2001年11月22日 14:00―

ノックしてもどうせ答えてくれないだろうから、と俺は無断で速瀬中尉の部屋の扉を開けた。
明かりの付いていない薄暗い部屋の中に踏み入り、静かに扉を閉めた。
薄暗い部屋の奥で微かに感じるヒトの息遣い。
さして広い部屋でもないため、速瀬中尉はもうとっくに俺の存在に気付いている筈だ。
にもかかわらず、罵倒にせよ歓迎にせよ彼女から掛けられる言葉は無かった。

暫く待ち、ようやく闇に目が慣れてきた。俺は、彼女が膝を抱えているベッドを目指してゆっくりと歩を進めた。
そして、彼女の傍に立つ。膝を抱え、頭を埋めている速瀬中尉の表情は、窺い知ることが出来無い。

「……あの~、速瀬中尉?」
「…………」

応答が無い。

「み~つ~き~ちゃん!」
「…………」

やはり無言で、顔を伏せたままぴくりともしない。どうにも、このままでは埒が明かない。
とりあえず、軽いスキンシップをと思い隙だらけの脇腹に手を伸ばし―――

「―――へごわっ!!」

ハリセンでビンタされた。正直、涙が出そうなほどに痛い。
だが、まだだ。
この程度でへこたれる俺様では無い。
今度は、むき出しの首筋に息を吹きかけるべく、顔を近づけ―――

「―――べむらっ!!」

ハリセンによる強烈なアッパーを喰らった。
流石に立っていられず、床に倒れこんでゴロゴロとのた打ち回る。

「……気は済んだ? だったら早く出て行って」
「いや、気は済んだってあんた……」

俺は転がるのを止め、床の上に仰向けになった状態で顎を押さえながら答えた。

「二発殴られて気が済んだかって、俺は何処のドMですか……。
 ぶっちゃけ、そういうのはヴァレリオかユウヤあたりがお似合い―――のわっ!」

再びの、ハリセン。なんと、今度は投げ付けてきたのだ。
俺は何とか横に転がって避けた―――のだが。

―――床に突き刺さり、震えているハリセンの姿。

「……は、はははは……」

紙製の筈のコイツが床に突き刺さるって、何者なんだアンタは。

「……わかったでしょ? 私に近づくと大怪我するわよ。
 私なんか放っておいて、他の女の子といちゃついてたら?」

取り付く島も無いとはこの事か。
どうにも、突破口が見つからないのだ。
とりあえず正攻法で、と思い単刀直入に尋ねてみることにした。

「……ねえ、速瀬中尉。 何に対して、そんなに怒っている……いや、違うな……何でそんなに落ち込んでるんですか……?」
「…………」
「お願いします。……教えてください」

―――無言の時間が幾らか経つ。

俺の言葉にようやく速瀬中尉は顔を上げ、こちらに目を向けてくれた。
だが俺は、彼女にそうさせてしまったことを即座に後悔した。

―――彼女の両頬に涙で濡れた跡があり、目は未だ真っ赤に充血していたから―――

先程とは違う、本気の涙に俺は戸惑った。
速瀬中尉は、そんな俺の内心なんてお構い無しで顔を真っ直ぐにこちらに向けたまま言葉をつむぐ。

「……あんたは、凄いわよね……。 大事なヒトを何人も死なせて、辛い思いをして、それでも『今近くにいるヒト』を大事にして、守ろうとしてる……。
 でも私は、あんたみたいに強くなれない……。昔好きだったヒトを、吹っ切る事が出来無い……」

先程の廊下での会話で、俺は速瀬中尉の過去の傷を抉ってしまったというのか。
速瀬中尉の想いに応えることなく逝ってしまった男を想い、涙していたというのか。
淡々とした声で呟く速瀬中尉に、俺はある種の『危うさ』を感じた。
もしかしてこのヒトは、相当切羽詰った状況に置かれた場合に、呆気なく生への執着を捨て、想い人の元へ逝く事を選択するのではないか。

俺は床から身を起し、ベッド上の速瀬中尉に並んで座り込んだ。

「俺だって、別に昔の事を吹っ切ったわけじゃありませんよ。
 ……未だに、昔のことを夢に見てうなされる事があるんですから……。
 俺はね、速瀬中尉……寂しいんですよ」
「―――え?……寂しい?」
「はい。……寂しいから、一人で居ると過去に押しつぶされそうになるから。
 ……だから、色んな女の子に声を掛けて、隣に居て貰うんです」

そう、人数が多ければ多いほど、『今』が騒がしければ騒がしいほど、俺は過去に抱いた後悔を束の間忘れることが出来るのだ。

「―――速瀬中尉は、ずっと一人で耐えてきたんでしょう?もういい加減、楽になっても良いと俺は思います。
 ……俺なら、あなたの『昔好きだったヒト』への想いもひっくるめて、受け止めて上げられる、と思う……」

部屋が薄暗いのが幸いだった。俺の顔は茹蛸もかくや、というくらいに真っ赤になっていた筈だから。
全く、こんなストレート且つ気障な口説き文句、素面ではそうそう言えるものじゃない。
俺は赤面した顔を悟られないように、そっと速瀬中尉に顔を向けた。

「―――ぷっ……あはははは……」

速瀬中尉は、笑っていた。未だ表情に残る陰は抜けきらないものの、確かに笑っていたのだ。
俺は、内心の嬉しさを隠し、殊更不機嫌な口調を意識して問い詰めた。

「ちょっ速瀬中尉あんた! 人が精一杯真面目に慰めてんのに、なに笑ってんですか!?」
「だって……あんた、あはは……それって、私にあんたのハーレムの一員になれって言ってるようなもんじゃない」
「……え?……そんなつもりは……ある、のか……?」

これは、久々に出た『うっかり』というやつなのかもしれない。
速瀬中尉を慰めたい、という意識しかなかったため失念していた。
俺には現状関係を持った女性が幾人も居るのだ。自分がその中の十分の一だか二十分の一だかの存在でも良い、なんてそうそう思えるものでは無い。
とは言え、今更と言えば今更の話だ。俺のまわりに居る女の子で、俺の身持ちが固いなんて信じている娘は一人も居ないだろうから。

雰囲気から察するに、どうやら速瀬中尉とこれ以上進展するのは失敗したみたいだった。
だがまあ、当初の目標であった『速瀬中尉のフォロー』には成功したのだから、これで善しとすべきなのだろう。

―――俺は、赤くなった顔を隠しながら、部屋を退出するつもりでベッドから立ち上がろうとして―――

俺の肩にしな垂れかかってきた速瀬中尉の重みを支えきれず、ベッドに押し倒される格好になってしまった。

「……え?……あれ、速瀬中尉?」
「……あんた、責任取りなさいよ……」
「責任って、なんの?」
「―――もう、肝心な所で鈍いわね!
 白銀のせいで、もう一人には耐えられそうにない。だから、ちゃんと責任もって受け止めてって言ってるのっ!」

いかん、割と予想外の展開だったんで付いて行けなかったみたいだった。
だけど、俺は最初からその気持ちでいたのだ。今更念を押されるまでも無い。

―――これ以上の言葉は無粋というもの。
強気な態度と言葉とは裏腹に不安に揺れている速瀬中尉を安心させるため、俺は彼女を強く抱きしめた―――





―2001年11月22日 22:00―

最近、自分の事が怖い。
何が怖いのかというと、自分の底なしの欲望についてだ。
あれから七時間余り。合間合間で休憩を挟んだとは言え、結局何回やってしまったのだろうか。
つい一時間程前、速瀬中尉は第何回目かの絶頂を迎え、それと同時にパタリと俺の胸に倒れこんで意識を失ってしまったのだ。
一瞬肝が縮み上がったものだが、直接触れ合う胸同士によってかろうじて彼女の規則正しい鼓動を感じ、胸を撫で下ろしたのだ。

流石に、今日はもう打ち止めだろう。いや、俺ではなく速瀬中尉がもたない、という意味だけど。
彼女は今、俺の胸の上にしなだれかかって眠っている。
奇しくも、始めたときと同じ速瀬中尉に押し倒されている格好だ。

―――○乗位に始まり○乗位に終わる、とは中々どうして速瀬中尉も律儀な人だ……。

いやまあ、分かっている。息も絶え絶えな女の子を上にして自分は楽してる、とはお前はどこの鬼畜だ、と。
けど、彼女がそれを望んだのだから仕方が無いのだ。

「……う……ん、あれ……?私……」
「お目覚めですか?」

顔を上げた彼女に向かって笑いかけた。
速瀬中尉の顔が、即座に赤くなってゆく。
冷静になって過去の自分の言動と行動を思い出し、赤面するというのは良くあることだ。

―――だが、これは本当に『照れ』なのか……?
それにしてはオーラが禍々しい……。

「―――こんの……オオバカァッ!!」
「ぐおっ!」

マウントポジションからの痛烈な振り下ろしの拳が腹に突き刺さった。
油断していただけに相当な効きで、俺は呼吸停止の状態で悶絶する。

「もうやめて、もうむりだって何度も何度も言ったのにこのケダモノっ!
 危うく初めてが最後の経験になるとこだったわ!!」
「……最後は自分からだったくせに……」
「―――なんか言ったっ!?」
「何も言ってません!」

これは、マウントポジションで『きじん』に逆らう愚を避けたのであり、決して逃げた訳ではない。

「そ、そういえば速瀬中尉、一つお知らせがあるんですけど」
「……なによ?」

膨れっ面ながらも、俺の言葉にはちゃんと反応してくれる速瀬中尉が可愛かった。

「その前に、今の時間は?」
「……21:00を回ったところでしょ?」
「正確には、22:00ですけどね。……実は今日って、俺も貴女も訓練があったんですよね」
「―――あ」

俺に跨ったまま固まる速瀬中尉。素っ裸の彼女を下から眺めるこの体勢は最高なのでこの事については黙っておく。

「実はもう一つあります。……中尉が失神している間に、お客さんがありました」
「―――っ! 誰!?ねえ誰だったの!? ちゃんと居留守使ってくれたんでしょう!?」
「やだなあ、速瀬中尉……俺を何だと思ってるんですか」
「……そ、そうよね……いくらあんたでも、そこまでヘンタイじゃな―――」
「もちろん、ちゃんと声を掛けて入ってくるように言いましたよ!」
「なんでよ~~~~~っ!!」
「……お客さんこと伊隅大尉から言伝を預かっているんですけど……聞きます?」
「うう……聞きたくない……」

俺の上で耳を塞いで蹲り、べそをかいている速瀬中尉に追い討ちをかけるべく俺は止めとなる言葉を放った。

「訓練をサボって何をしていたのか、詳細な報告書を提出するように、って言ってましたよ。
 ……ぶっちゃけ、アレは悪魔の微笑みってやつですね、うん」
「―――ふえ~~~ん、しろがねのあほ~~~っ!!」

―――力の入らない拳で、泣きべそをかきながらポカポカと俺の胸を叩く速瀬中尉を、俺はとても穏やかな気持ちで見守っていた。
実の所、伊隅大尉の言葉は色々と吹っ切れた様子の速瀬中尉を激励するもので、そのときの表情もまるで出来の悪い妹の成長を喜ぶ姉のように慈愛に満ちたものだったのだが……。

……それは、彼女が泣き止んだときにでも話してあげよう―――





―――蛇足―――

「……それで、訓練に来ないかと思えば速瀬中尉と一緒に『楽しい事』やってたのね……?」
「そ、その通りです、唯依タン!」
「もしやタケルの身に何かあったのでは、とどれだけ我らが心配したか、分かっておるのだろうな……?」
「も、もちろんですとも、冥夜!」

俺は今、自分の部屋の床に両腕を後手に縛り、正座させられている。
その前に仁王立ちする我等が唯依タンと冥夜。そのそれぞれの手に光る神刀・竹光が何とも不気味なオーラを放っている。

「……姉上が帰還し、ようやくタケルに会えるとそれのみを思って基地に戻ってきたというに……!」
「いや、まさか午後の訓練に間に合ってたなんて思わなかったよ、ははは……」

ヒュンと風を切る音。

やけに据わった眼をした冥夜がその手の竹光を軽く振ったのだ。
数秒たって、俺の前髪が数本風に舞い、床に落ちた。

「―――ちょっ、おま……それ本当に竹光か!?」
「なあ、唯依……我らは、この不埒者にどのような罰を与えるべきであろうか……?」
「……毎度、芸が無いとは思いますが……こんなときに効果的な『罰』があります」
「ほう?」

唯依タンと冥夜は、部屋の隅で密談を始めた。

「……ふ、ふふふふふ……」

手を縛ったくらいで逃げられないと安心しているのか、二人とも。
数々の試練に打ち勝ち、または耐え抜いた俺はもはやこれまでの俺ではないのだ。

「みせてやろう、おれさまのちからを……!
 ―――はあああああああぁっ」
「な、なに!? 武のオーラがっ!?」
「む、無茶だっ! それはナイフですら切るのが難しい将軍家特製の―――」

外野が五月蝿い。少しは黙っていられんのか。

「―――ふんっ!!」

ブチッという音を立ててロープが弾け飛んだ。
俺はゆっくりと立ち上がる。

「……お前達の『お仕置き』への恐怖が俺の眠っている力を呼び覚ましたのだ……。
 ……有難う、と言っておくべきかな……?
 ―――くくくくく……ふあはははははっ」
「そ、そんな……この禍々しいオーラはっ!
 それに、その髪の色は!!」
「……いや、落ち着くが良い、唯依……別に髪の色は変わっておらん。……それに、『禍々しい』と言うよりは『いやらしい』と言うべきだ」
「す、すみません。……つい気分で」

嗚呼、とても良い気分だ。次から次へと『力』が流れ込んでくる。
今なら、24時間どころか48時間だって戦い続けられる。……もちろん、性的な意味で。

「……お前達二人のために、面白い趣向を用意した。
 ……これから朝まで、二人を交互にいかせてやろう。……俺を、より多く『昇天』させた方の勝ちだ……」

『ま、負けたほうは……?』

「これから一ヶ月、相手をしてやらん」

『そ、そんなっ!!』

「さあ、はじめようか。……サービスだ。自分で脱ぐか、俺に脱がせて貰うか、好きに選べ……」
「た、タケル!そんなご無体な……いやぁああぁぁあっ!!」
「武、お願い正気に戻って……ふああああああああぁっ!!」





―――翌朝俺は、全裸でぐったりとして、荒い息を吐いている唯依タンと冥夜を発見することになる。
二人は何故か、『もうおなか一杯』と言わんばかりの満足げでそれでいて苦しげな表情をしていた。
そして俺は、やはり全裸で、この世のものとは思えぬ『全身筋肉痛』を味わうこととなったのだ―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第38話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/22 20:48
とーたる・オルタネイティヴ



第38話 ~けだものとわのこころとばいお・はざーど~




―2001年11月24日 06:00―

俺が地下にある自室から、わざわざこんな早朝に屋上まで出向いてみる気になったのは、別に何か目的があったからというわけではない。
強いて理由を挙げるなら、偶には初冬の身を切るような寒気を胸一杯に吸い込んでみようか、とそんな気まぐれが沸いてきたから―――という事になるのだろうか。
そこでグラウンドに行くのではなく屋上を選ぶ辺りが俺がバカな証拠、と我等が鬼教師こと夕呼先生なら言ってくるかもしれない。

屋上への扉を開けると、外の寒気が流れ込んできた。俺は大きな身震いを一つして外へと踏み出す。
そして、いつもの指定席へと歩を進めた。その場所はかつて俺が住んでいた家の見える方角で、俺はわざわざベンチまで自作したのだ。
肉眼でかつての住居がそれとはっきり分かるわけではないにしろ、また見える景色が廃墟ばかりでしかないにせよ、此処に来ると何となく落ち着くのだ。

俺の指定席に座る一人の女の子に気付くのが遅れたのは、その女の子があまりにも風景に溶け込んでいたからだろうか。
彼女は、起きぬけにそのまま此処まで上ってきたのだろう、薄い寝巻きにロングコートを一枚羽織ったきりという出で立ちでフェンス越しの景色を眺めていた。

―――雪が見たい。

唐突に、俺はそんなことを思った。
肌と髪、共に色素の薄い彼女には、きっと辺り一面真っ白の雪景色が似合う。
そしてその時は、今彼女が浮かべているような苛烈なまでの意志を感じさせる表情ではなく、全てを包み込むような柔らかな笑顔が相応しい。

「何を見てるんだ?」

俺は彼女の背後に歩み寄り、ベンチに腰掛ける女の子―――クリスカ・ビャーチェノワに語りかけた。
何でも良い、とにかく彼女の意識を他へ向けさせたかったのだ。
このまま放っておいたら、彼女が風景と同化して消え去ってしまいそうで。

「タケルか。……お前の育った家を、探していた。此処が故郷だと聞いて……」

クリスカは、突然の俺の呼び掛けにさして驚いた様子も無く応えた。
俺は彼女の横に移動し、そのまま隣に腰掛けながら再び語り掛ける。

「見つかったか?」
「いや。そもそも、何処にあるのかすら聞いていないのだから……。
 ただの、戯れのようなものだ……」

そう言って、クリスカは照れたような微笑を浮かべた。
そんな些細な仕草が、どうしようもなく嬉しいと感じられてしまう。
出会った当初のクリスカは、それこそ怒り以外の感情を胎内に置き忘れてきたかのような印象だったのだから。

―――身を凍りつかせるような冷風が通り過ぎてゆく。

俺は身体を抱きすくめ、それを耐えた。

「……お前の故郷は、こんな寒さの比じゃないんだろうな」
「ああ。……と言っても、私は物心ついたときには既にアラスカにいたから知識でしか知らないのだが……」

『元の世界』でやったアルバイトで、人の出入りできる大きさの冷凍庫に入った事がある。
そこの温度が通常マイナス20℃。かの地はそれよりも遥かに低い温度になるというのだ。その寒さの厳しさは、想像すら出来無い。

「ほら。缶コーヒーだけど、温まるぞ」

俺は、ポケットに入れておいたまだ熱さの残る缶コーヒーを取り出し、クリスカに差し出した。
先客がいるとは思わなかったので一本しか用意していなかったのだが、この場合彼女にやるのが正しい選択だろう。

「……温かい……だけど、良かったのか?これはタケルが飲むつもりで買ってきたのでは……?」
「いいさ。どうしても気が咎めるってんなら、回し飲みすればいい。
 ―――今更、間接キスを恥ずかしがる間柄でも無いだろ?」

そう言って、俺はクリスカにニヤリと笑い掛けた。
熱い缶を両手で包み込んで手を温めていたクリスカは、俺の言葉に僅かに赤面した。
そして、やや躊躇った末プルタブを起こして缶を開け、口を付けた。
コーヒーを飲むためにクリスカは顔を少し上へ傾け、その際に彼女のむき出しの白い喉が目に入る。
僅かに上下する喉が、何とも艶かしかった。結局クリスカは三分の一ほど飲み、缶を俺に差し出してきた。
俺はそれを三口で飲み干し、空き缶をゴミ箱に放り投げた。

クリスカが、コーヒーを飲み干した俺の口元をじっと見詰めていた。その表情には、僅かな戸惑いが見て取れる。
俺が余計な事を言ってしまったものだから余計に意識させてしまったのか。
俺とクリスカの視線が合うと、彼女は慌てて目を逸らした。
あえて問い詰めるような真似を避け、俺は視線を前方の眼下に広がる景色に向けた。クリスカもそれに倣い、俺と同じように目を向けた。

暫く、無言の時間が過ぎた。
だが不快な、居心地の悪いものではない。何も言わずとも心が触れ合っている、あるいは、互いが傍にいるだけで良い、そんな優しいひととき。

―――先程のものに遥かに勝る、強烈な寒風が吹き付けてきた。

「うおっ!……さ、さみい……!」

流石に耐え切れず、俺は声を上げてその風を呪った。ふと、クリスカはどうだろうかと気に掛かり、様子を窺おうとした。

「―――へくちっ」

可愛らしい、くしゃみ。当然と言うべきか、クリスカの上げたものだ。
俺と視線が合うと、彼女はばつが悪そうに身を縮めていた。
いくら北国育ちとは言え、同じ人間同士のスペックにそうそう違いがあるものでもなく、俺が寒いのならばやはり彼女も寒いのだ。

「そろそろ、降りようか。早朝から屋上で風に当たって寝込みました、じゃ良い物笑いの種だ」

正直、そのくしゃみはキャラに相応しくないな、などと愚にも付かない事を考えながら俺はクリスカに向かってそう提案した。
まあ、『ぶえっくしょ~いっ』なんて逆方向に相応しくない声を上げられるよりは遥かにましなのだけど。

「そ、そうだな……」

並んで扉へと向かう俺たち。
クリスカが、さりげなさを装ってポケットに手を突っ込んで歩く俺の腕に自分のそれを絡めてきた。
世間一般の恋人同士のようなその仕草に、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
だが、やはり口に出しては何も言わない。何とはなしに、今はクリスカをからかって遊ぼうと言う気分になれなかったのだ。
偶には、こんな日があっても良い。

―――取り立てて重要な話があった訳ではなく、何がしかお互いにとって利益のある相談をしたわけでもなかった。
たまたま屋上に出向いたらクリスカがいて、何を話すわけでもなくただぼうっと一緒に景色を眺めていた、そんなどうでも良いといえばどうでも良い時間。
だけど、こんな些細なひとときの何と貴重なことか。口が裂けても平和とは言い難いこの世界において、明日あさってはともかく一年後、二年後にこうやって同じ時間を過ごせる保障など何も無いのだから―――





―2001年11月24日 19:00―

偶然ってヤツは、続けて起こる物であったらしい。
俺が夕食を求めてPXへ行くと、食堂の隅の方で俺に背を向けて夕食をとっているクリスカを見つけたのだ。
今回も、やはり一人。イーニァと霞のいない彼女の後姿は、本人は必死になって否定するだろうが何処か寂しげで、落ち込んでいるように見えた。
俺は急いでカウンターに行って食事の乗ったトレイを受け取り、クリスカの方へ向かった。

「よう。前、いいか?」

俺がそう声を掛けると、クリスカが顔を上げた。
彼女の皿はまだ殆ど手付かずで、どうやら俺が見つけたときは、席に着いたばかりのようだった。

「……つーか、塩さば納豆定食って……。いつの間に納豆好き、なんてアレな設定加えたんだよ……?」

クリスカが無言で頷いてくれたため、彼女の前に腰掛けながら俺は呟いた。
と言うか、彼女のメニューは塩さばin大根おろし、納豆、とろろ、冷奴、味噌汁、金平ごぼう、そして大盛りのご飯という実に和の心に溢れた内容。
塩さばは素材の味を大切にそのまま、但し大根おろしには薄口醤油を少々、納豆には生卵と小ねぎ、冷奴には同じく小ねぎと鰹節、味噌汁の具は素朴な大根、人参のみ、金平ごぼうには白ゴマがたっぷり、という念の入りようだ。
日本人として、尊敬の念を抱かずにはいられない。

「ニッポンの伝統調味料であるミソ、ショウユ……これらは素晴らしい。実に奥深い味わいだ。それだけではない。
 ナットウ、初めて見た時は面食らったものだがショウユを少々加えることにより、絶妙のハーモニーを奏でている。
 ナットウ、ショウユ、ミソ、そしてトウフ……これらが全て大豆を原料に作られているなど、にわかには信じがたい……!」

延々とクリスカの和食講演会が続くので以下、略。
とりあえず、クリスカが日本はともかく日本食については大いなる感銘を受けた事は分かった。
きっと、今すぐ本国へ帰還するようなことがあったら軍務の傍ら広大な演習場で大豆栽培に精を出すに違いない。
頭には麦藁帽子を被り、腰には手ぬぐいが掛けられているのだ。
実にシュールな絵面ではあるけど、立派な心がけであるのは間違いない……筈。

俺は、ふと自分の皿に目をやる。
ハンバーグ、エビフライ、コーンポタージュ、ポテトサラダ、そしてライス。
あまりのお子様メニューに、なんだか恥ずかしくなってきた。

「……む、タケル……そのメニューはどうかと思うぞ。
 ……今朝の礼だ。私のナットウを半分やろう」

答える間もなく俺の皿盛りのライスに納豆を掛けてきた。
この際認めよう。俺も納豆は大好きだ。ねぎと生卵がトッピングなんて最高だ。

……さいこうなんだんけど、なんなんだろうなぁ……このしゃくぜんとしないきもちは……。

「……俺とクリスカは納豆臭い仲―――ってか。
 部屋に戻ったら二人で『いとひきプレイ』でもやるか?コンチクショウ!」
「な、なんだと……!?……い、いとひきプレイ!?」

―――おいこらそこの露人っ!『いとひきプレイ』って単語に何を連想してそんな恍惚とした表情してやがるっ!
嫌過ぎるぞっ!ローションの代わりに納豆エキスをふんだんに使用―――なんて基地中が汚染されそうなプレイはっ!!

万が一そんなプレイに走ったりしたら、速攻で衛生班が飛んでくるに違いない。
そんで俺たちは三日三晩に渡って苛烈な尋問を受け、基地を追い出され、『わかさゆえのあやまちにより納豆を行為に使用したカップル』として永久に後ろ指を刺される生活を送ることになるのだ。

「た、たのむそれだけはかんべんしておねがいだからほかのことならたいていしたがうから!」
「……そ、そうか……」
「聞こえたぞ!いまボソッと『こっそり用意して……』とか言ったろ!
 そんなに俺に十字架背負わせてえのかよ!!」
「……大体だな、なぜそんなにナットウを毛嫌いする?
 日本人として恥ずかしいとは思わないのか……?」
「露人のおまえにニッポンジンの心とか言われる筋合いねぇよ!それに話がすり替わってるぞ!
 あと言っとくがただ食う分には俺も納豆は大好きだ!!」
「やれやれ……わがままだな、タケルは……」

―――かみさま、たけるは……ないてもいいですか……?

―――…………え?……なにかもうしましたか?

「……おまえもかよぉ……クリスカもかみさまも、納豆菌に汚染されて発酵しちまえ……」

俺は、半ばやけくそ気味で納豆ライスをスプーンでかきこむのだった。

―――泣きながら食う納豆ライスはとても美味かった、とだけ言っておこう―――





―――おまけ―――

もうすぐ日付が変わろうかという時刻、俺はPXに来た。寝る前に一杯、とワンカップ焼酎を買い求めてのことだった。
そこで、様子がいつもと違う事に気付いたのだ。
人気の無い暗い食堂で、厨房から明かりが漏れていたのだ。そして聞こえてくる微かな鼻歌。
俺はワンカップ焼酎の封を開け、チビリとやりながら吸い寄せられるように厨房へと立ち入った。

―――そこには、信じられない光景が拡がっていた。

大豆、大豆、大豆大豆大豆大豆……。厨房から溢れんばかりの大豆たち。

「―――来てくれたのか、タケル……」

クリスカだ。青いエプロンを着用している。

「……なにしてるんだ……?」
「見て分からないのか?……ナットウを作っている」
「ば、バカな……」
「ふふふふふふふふ」

俺が呻くと、クリスカは口の端を吊り上げて『ニタリ』と笑った。
人気が無いこともあって怖い事この上ない。
思わず後ずさって距離を取ろうとした。

「―――うわっ!」

足元にある何かに躓き、よろめいてしまった。思わず手近なモノに掴って身体を支える。

手に走る『ヌルリ』という感触。だが今は、それよりも大事なことがある。
俺が躓いたものの正体だ。
俺は恐る恐る足元に目を向けた。

―――床に横たわるイーニァの姿。
全身を白い『なにか』が覆っていてピクリとも動かない。

「なっ! イーニァ、おいイーニァ!しっかりしろ!!」
「ふふ……イーニァ達はナットウ菌の増殖に利用させてもらった……。さしずめ、『イーニァのナットウ漬け』と言った所かな……?」

なんだそれは。ちょっと食ってみたいとか思ったじゃねえか。プレイに使用なんてもってのほかだが『女体盛り』なら話は別だ。

―――それはともかくやはりこの光景、怖い事この上ない。

「な、なんてことを!……って、ちょっとまて、今……『イーニァ達』って言ったな……?」
「ああ、今お前が掴んだもの。正体を確かめてみた方がいいのではないか……?」
「……ま、まさか……」

―――調理台の上に寝ている霞は、やはり白い『菌』に包まれていた。

「―――うわあああああああああああっ!!」

やばい。こいつはなんか知らんがヤバイ。このクリスカはぶっ飛んでいる。
脇目も振らず厨房を飛び出した。
だが。
廊下へ飛び出した俺が見たものは―――

―――廊下全体……いや、視界一面に広がる白い菌、菌、菌、菌菌菌……!!

何処まで走っても、景色は白いまま。俺はとうとう力尽き、その場に膝をついた。

「さあ、タケル……あとは私達だけだ。……共に楽園へ行こう」

―――クリスカの声。

もう追いついてきたというのか。俺は全力で走り息も絶え絶えだというのに、クリスカの声には苦しげな様子が全くなかった。
俺は恐怖を堪えて振り向いた―――!!

「―――ぎゃあああああああああああっ!!」

―――俺が最後に見たものは、俺の頭頂部に向かって振り下ろされる『何か』と、白のみの世界で異様に映えているクリスカの赤い、赤い口だった―――








「ぎゃあああああああああああっ!!」

俺は飛び起きた―――つもりだったが、身体に掴る何かのせいで動けなかった。

―――俺にしがみ付いて眠っているクリスカとイーニァ。

そう、つまりは。

「……ゆ、夢……か……」

全身が汗でびっしょりだった。無論、そんな俺にしがみ付いている二人も。

「なんて、ばかばかしくもおそろしい夢だったんだ……」

数え切れないほどのループを繰り返して初めての大発見である。
恐ろしさと馬鹿馬鹿しさとは相反するように見えて実は両立するものだったのだ。

「くそ……おまえのせいだ……」

―――幸せそうな表情で寝息を立てているクリスカの額にデコピンをお見舞いした。
苦しげな呻き声を上げるクリスカを見てようやく俺は安堵し、再び目を閉じるのだった―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第39話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/26 20:07
とーたる・オルタネイティヴ



第39話 ~けだもの、さいかいする~(前編)




―2001年11月28日 09:00―

此処はブリーフィングルーム。部屋の中にいるのは俺、唯依タン、冥夜、まなちゃん、そして昨日に至りようやくこの横浜基地へとやって来た3バカ―――もとい神代、巴、戎の三人。
つまり、12月01日付けで編成予定となっていた武御雷部隊の隊員がようやく全員揃い、集結したのだ。
まあ全員とは言っても人員は七名しかおらず、これで全てというのはいかにもキリの悪い数字である。
とは言え、こればかりはどうしようもない。いずれ増員される事を期待するしかあるまい。

今は、何故か知らないが全ての基地人員に基地内待機命令が出されているため、予定していた訓練に出ることも出来ず、仕方がないのでまなちゃんの入れてくれたお茶を啜りつつ雑談に興じていた所だ。
と言っても、雑談は二つのグループに分かれている。
一つは冥夜、まなちゃんの組。なにやらこの国の行く末と人類の未来という実に高尚なテーマで激論を交わしている風なのでスルーする。
二つ目が唯依タン、神代、巴、戎のグループだ。実は彼女達、以前から面識があったらしく思い出話に花を咲かせていた。
唯依タンは悠陽、冥夜姉妹と仲が良かった事もあり、まなちゃんや3人組と面識があること事態は別におかしくない。というか、当然とも言える。
ところが、唯依タンがまなちゃんに対しては常に堅苦しい言葉遣いで接するのに対し、3人組に対しては非常に砕けた態度で、且つ親密な様子だったのだ。
まあ、唯依タンと3人組は格付けで言えば『黄』と『白』で立場も近い。それに、唯依タンにとってまなちゃんは、偉大な先達でありまた上位者だ。
より3人組の方と仲良くなって行くのは当然だったのだろう。

―――で、今現在俺は……たった一人で第三勢力を築いて、若干いじけつつお茶請けの羊羹をつついている所だったりする。
何故にいじけるのか―――と問うなかれ。『女三人寄れば姦しい』とはよく言ったもので、どちらの勢力も俺の加わる余地など1ミクロンもありはしないのだ。
どうやらこの空間において、俺は『いらない子』だったらしい。
こんなときは俺の称号である『エア・リーダー』が少々恨めしい。こんなスキルがなければ、彼女達の白い目なんて気にもせずにセクハラトークにて乱入する事も可能だっただろうに。

「―――そういえば、タケル……遂にこの日が来たのだ。
 待ちかねていたのではないか?」

議論がひと段落したのか、突然冥夜が俺に振り向いて話を振ってきた。
構ってもらえてちょっぴり嬉しいのは内緒だ。

「……今日って、何かあったっけ……?」

……嬉しいのだが。
俺にしてみれば、会話に加えてくれるのは嬉しいが意味が分かりません、といった心境だ。

「……まさか、本気で忘れておるのか?……やれやれ、これでは珠瀬も浮かばれまい」
「たま?……なんで此処でたまが出て来るんだよ」
「今日が、なにゆえ基地内待機命令など出されておるのか。……これでも分からぬか?」

たま、不自然な待機命令、そして今日の日付。
脳内に貯蔵してある絵日記を大急ぎで日めくりしてみる。

「―――あ」
「思い出したか!?」
「もしかして今日って、国連事務次官が来訪する日だったか?」
「そうだっ!」
「じゃあ、親父さんと一緒にたまも付いて来るってのか……?」

重々しく頷く冥夜。

―――やっべえ、完璧に忘れていた。今たまは親父にくっ付いて外交感覚を磨くべく学んでいるんだったか。
そして、米国は言うに及ばず欧州、ソ連、大東亜、などなど入手し得る限りの海外情報を美琴を通じて冥夜、あるいは悠陽に流しているんだった。

「そうかぁ~~、ようやくたまに会えるのかぁ~~。この日が来るのをどれほど待ち望んだ事か……」

若干発音が棒読みになったという事実は、残念ながら否定する事が出来無い。

「今の今まで忘れていた者の言う台詞か……?」

故に、それに対する冥夜の返答も微妙に棘がある。

「あ、あの……武、冥夜様。『たま』という方は一体……?」

唯依タンが怪訝な表情で尋ねてきた。さて、面識はないのにとてもよく知っている、尚且つ親密な関係、というこの不思議を、どう説明したものか。
返答に困って冥夜を見ると、彼女もちょうどこちらに視線を向けた所だった。
そして冥夜は微かに頷き、唯依タンの方に向き直って口を開いた。
おそらく、冥夜は『でっち上げの話』をするからそれに合わせろと言いたかったのだろう。
事情を知らないまなちゃん、3人組も興味深げな表情で俺と冥夜を見ていた。

「たま……本名を珠瀬 壬姫というのだが、その姓の通り珠瀬 玄丞斎 国連事務次官の娘御で―――」





「……文通……ですか?……筆不精を絵に描いたらこんな風になりました、と言わんばかりのこの武が……?」

『ぷっ……ククククッ……』

唯依タンの心無い感想とその言葉に隠れて笑っている3バカ。
俺としては、この評価に対してどう対応すればいいのだろうか。怒ればいいのか、それとも悲しんで見せればいいのか。
とりあえず、唯依タンにはきついお灸を据えてやらねばならんだろう。

「唯依タン唯依タン」
「……え……?」

俺の不穏な気配を察したのか、唯依タンが怯えた表情でこちらを振り向いた。

「今の台詞に俺の『グラス・ハート』はとても大変傷付いた。……よって、今夜お仕置きね」
 
「そ、そんな……!もしかして、先日のアレ……?」

単機でハイヴに突入しろ、と言われても浮かべないだろう悲壮な表情で唯依タンは硬直した。
先日のアレとは一体何なのか意味不明だ。
そこはかとなく期待に満ちた表情をしているような気もするが、もっと意味不明だ。
まして、冥夜が若干羨ましそうな顔をしているのなんて、意味不明を通り越してもはやカオスだ。

まあそれはともかくとして、今言った冥夜の話について状況を整理する必要がある。

―――冥夜のでっち上げによると、俺はどうやらこの基地に配属される前、たまと文通していた事になっているらしい。
いや、この際冥夜を除く旧207分隊全員と。何でも、とある新聞に文通相手募集の広告を入れた四人。
それをたまたま目にした俺は、何の気まぐれか文通希望のお便りを出したそうな。
しかも顔写真つきで。正直、俺はどこのイタイ子ですか、と聞きたくなる。

そんなこんなで実に微笑ましいお手紙のやり取りが始まったらしい。
だが、文通期間も数年になろうとするある日、突然俺は音信不通になり、そのまま行方知れず。
彼女達が再び俺の姿を目にしたのは、先の新潟事件に関する報道番組の映像だ―――とか何とか。

ちなみに俺は、面倒くさいので10月22日以前の記憶は一部を除き殆ど失った事にしている。
それでも、時折忌まわしい記憶がフラッシュバックされるのだ―――という説明で、今のところ不都合は起きていない。
たまの件に関しても、文通という事実は忘れていたがひととなりに関する記憶は残っていた、という事にした。

ぶっちゃけ、都合の良すぎる記憶喪失だなといつ突っ込まれるのかひやひやものである。
一応、どうにもつじつまが合わなくなってきたら、肉体関係のある女の子全てに洗いざらいぶちまけるつもりなのだけど。
ちなみに俺、悠陽、冥夜の関係については、ごくごく幼い頃に短期間だけ一緒に遊んだ事があるのだ、という事になっている。

「た、武様……随分苦労なさったのですね……」

何だか知らないが、今の話がまなちゃん的には一大感動ドラマだったらしい。目尻をハンカチで押さえて声を詰まらせていた。
その姿には、かつての凛とした斯衛軍『赤』の面影は残っていない。何というか、元の世界で尊人を追い掛け回していたまなちゃんを髣髴とさせる。
もしかして、あの世界のまなちゃんのショタ属性という情報が流れ込み、混線しているのだろうか。

―――まあ、俺も年下には違いないけどさ……。

悠陽といいまなちゃんといい、俺の身の回りの女の子は人格崩壊が甚だしいと思うのは気のせいだろうか。
しかも、根が真面目な娘ほど壊れっぷりが酷いような気がするのだ。思えば唯依タンも、初めて会ったときの内向癖や自省癖は今や跡形もない。
これはやはり、俺の『因果導体』だか何だかが影響しているのかもしれない。
尤も、それが分かったからといってどうしようもないのだけど。

―――つらつらと取り留めのない俺の思考を中断させるノックの音。

俺は冥夜と顔を見合わせた。
どうやら遂に待ち人来たる、という事。

―――さあ、俺の主観では数ヶ月ぶり、たまにとっては何年、あるいは十何年振りかという事になるのか。
あいつは、どんな顔で俺との再会を迎えるのか―――




 

整列し、来客を迎える俺たち。まりもちゃんを先導に入室してきたのは口髭の渋いダンディ―――もとい、珠瀬 玄丞斎 国連事務次官だ。
直立不動で出迎えた俺たちは、彼が俺たちの前に立ち止まるのを待って敬礼する。
たまパパは、一同を等分に見やった後、俺を見据える。
このおっさんも、娘さえ絡まなければ身分相応に迫力というか、凄みを感じる。
暫く重苦しい沈黙が続き、ようやくおっさんが口を開いた。

「……君が、先日の新潟の一件で獅子奮迅の働きを見せた白銀 武くんかね……?」
「はっ。この度新部隊中隊長を拝命致しました、白銀 武中尉であります。
 ……正確には、未だ臨時少尉の身でありますが」

おっさんは、重々しく一つ頷くとそのヒゲ面に満面の笑みを湛えた。
何だか嫌な予感をひしひしと感じたりする。

「いやぁ~~、娘から『文通相手を紹介したい』と言われたときは、どんな馬の骨と引き合わせるつもりなのかとひやひやしていたのだが、君ならば文句はない。
 いやね、娘の話は半信半疑だったのだが此処に来て君の評価を神宮司軍曹より伺ったのだが、実に将来有望だそうじゃないか」
「はっ。恐縮であります、次官閣下」
「おいおい、閣下などと他人行儀な呼び方をしないで、『お義父さん』と呼んでくれたまえ」
「はっ。…………おとうさん……?」

待て待て待て、見合いか何かと勘違いしていないか。何をどう解釈したら一足飛びにそんな関係になるんだよ。
というか、おっさんに用はないんだ。いいからたまを出せ。
私もたまだ、なんてベタな事言いやがったらそのヒゲ引っこ抜くぞ。

「……失礼ではありますが……その、壬姫さんは今どちらに……?」
「おお、そうだったな、無論一緒に来ているとも。今は私の補佐官のような仕事をしているのでね。
 お~いたまや、出ておいでー!いつまでそんな所に隠れているんだい!?」

おっさんの呼びかける方向に釣られて出入り口を見た。

『…………』

おっさんを除く一同、絶句した。
ドアの隙間から特徴のある髪の毛が一房、ぴょこんとはみ出していたのだ。あれで隠れていたつもりのたまもたまなら、気付かなかった俺らも相当なものだ。
やがて、一同の注視に耐え難かったのかおずおずとその姿を見せた。

「あ、あの……お久しぶりです、たけるさん」
「ああ。……元気そうで何よりだよ」

この世界では、一応俺とたまは初対面である。『久しぶり』という挨拶は、実は正確ではない。
尤も、誰も突っ込まなかったので何も問題はないのだけど。

初めの挨拶を交わしたきり、俺とたまは無言だった。いや、何か言葉を掛けようとはしているのだが、どうにも上手い言葉が見つからないのだ。
……というか、本当なら抱きしめて頭を撫でてでもやれば良いのだろうが、親父さんが見守る中でそういう行為に走るのはどうかと思うのだ。
よって、今の俺はスキルの大半を封じられた無力な一軍人に過ぎないのだ。

―――仕方がない、河岸を変えよう。

「申し訳ありません、次官閣下。壬姫さんに当基地を案内して差し上げたいのですが、お許しいただけますでしょうか」
「……ふむ……たま、お言葉に甘えると良い。……白銀くん、娘をよろしく頼むよ?」

ニヤリと俺に笑いかけるおっさん。
いい加減、何処までが本気で俺に何を期待しているのか問い詰めたくなる。
とは言え、折角お許しが貰えたのだ。早々にこの場所を去るのが賢い選択というものだろう。

「じゃあ、月詠少尉、御剣少尉。後を任せる」

部隊の№2と№3である二人に声を掛けて俺は部屋を退出した。

俺を見送る女性陣の反応は様々だった。
『殿下や、冥夜様というものがありながら……!』という表情の3バカ。
『英雄色を好むとは真だったのですね!』と何やら感銘を受けているまなちゃん。
そして、たまと旧知であるためか、たまを激励する様子である冥夜。
『いつもそうやって真面目にしていれば良いのに……』と何やら嘆息しているまりもちゃん。
これは、おそらく俺とおっさんのやり取りをさしているのだろう。

だが、何よりも注意すべきは……。

―――じっとりと絡みつくような視線で俺を見る唯依タンだ。
『また新しい女の子が増えた』と呆れているのか。
『今夜のお仕置きを忘れたら承知しない』と脅しているのか。
……あるいは。
『その子に不埒な行いをしたら、そのナニ切り落とす!』と警告しているのか。
容易に判断出来そうにはなかった。個人的に三番目の解釈が一番それっぽいような気がするのは多分何かの間違いだろう―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第40話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/11/29 17:00
とーたる・オルタネイティヴ



第40話 ~けだもの、さいかいする~(後編)




―2001年11月28日 11:00―

ブリーフィングルームでたまの親父さんと部隊のメンツの好奇の視線に耐え難さを感じ、部屋を離脱した俺とたま。
さて、これから何処へ行こうかとなるのだが……。
実の所コイツに『過去の記憶』が残っている以上今更基地の案内なんてする必要も無い。
そうなると、何処か落ち着く場所を探して駄弁りでもするのが正しい時間の使い方というものだ。そしてこの基地において、落ち着いて話の出来る場所なんて俺の知る限りではそうそう多くない。
つまり、俺が此処へ足を運ぶのは至極当然の結果なのだ。

「……たけるさ~ん、流石に屋上は寒いよ~~」
「そう言うなよ、見ろこの景色を。心が洗われるようではないか」
「洗われるって言うより落ち込んじゃうよ……」

まあ、見える景色と言えば廃墟ばかり。ぶっちゃけ俺も、廃墟を見て心が洗われるような感性の持ち主とはお近づきになりたくない。
俺は、屋上に行きがてらPXで購入した缶紅茶をたまに差し出し、自分の分である缶コーヒーのプルタブを開けた。
そして、たまにベンチを勧める。

「ところで……どうだ、国連事務次官補佐官って仕事は?」

ベンチに腰掛け、コーヒーを啜りながらたまに問い掛けた。

「忙しいよ~。米国にも行ったし、欧州とか大東亜連合とか、豪州も行ったな~」
「それは何よりだな。やっぱり、各国の利害調整とかやってるわけか?」
「うん、何処かの国連を『顔を立ててやってる』位にしか思ってない国を相手するのが一番大変だよ」

たまにはおよそ似つかわしくない皮肉げな笑み。やはり、海千山千の狸やら狐といった古強者相手に腹の探りあいなんて不毛な事をしているとそうならざるを得ないのか。
嗚呼、かつての純真なたまは何処へ行ってしまったと言うのか。

「ま、まああれだな。軍人なんてつぶしも録に利かないような殺伐とした仕事よりはよほど建設的で有意義な職業だ。
 この調子でのし上がって、地位と権力を手にしてくれよ」

この段階で流石に戦後を考えるわけではないが、いずれ対BETAとの戦争に目処がつけば、その後には国同士の生き馬の目を抜くようなどろどろの政争が繰り広げられる事になるのだ。
今のうちから優秀な後ろ盾を育成しておくのは決して無駄ではない。
日本の内部は委員長及び悠陽が、外はたまと場合によっては美琴。そして『武力』を俺と冥夜が受け持つ。
上手く機能するようになるにはまだ若干の歳月が必要で、またそれまで俺が生きていられる保障なんてないのだが。

「うん、頑張るよ。……でも……」
「……どうした?」

たまの表情は暗い物へと変わる。

「私の傍には、たけるさんがいない……」

たまは、そう呟いて俺の肩に身体を預けた。その眼が、悲しみと寂しさに彩られている。

「月に一度か二度くらいは会えるだろう。……それじゃあダメか……?」
「もっと一緒に居たいよ。……御剣さんが羨ましいな……」
「…………」

俺は、無言でたまを抱きしめた。
沈黙が重い。何か言葉を探すのだが、上手い台詞が見つからない。
暫くそのままの時間が続き、ようやくたまが顔を上げ、口を開いた。

「ねえ、たけるさん」
「……なんだ?」

俺は微笑を浮かべ、たまを促した。

「私……赤ちゃん欲しいな……」

G弾数十発級の衝撃。俺の微笑は凍りついた。

「まて。まてまてまて、いいかたま、質問するぞ。
 『赤ちゃん』てのはあれか、『ベビー』のことか?」
「うん、そうだよ」

無邪気な微笑み。だが、正直俺の眼には堕天使の誘惑にしか思えない。
良いか俺、これから先はよく考えて発言しろよ。下手な返答しちまうと色んな意味で『詰み』だからな……。

「な、なんでそんな事考えたんだ?流石にまだ早すぎると思うんだが」
「だって、私とたけるさんの子供がいれば、寂しくても耐えられると思ったんだよ?」
「い、いやだからさ、子供ってのはしかるべき手順を踏んで、互いに足場を固めてから考えるべきものであって……」
「私、産休と育児休暇の間不自由しないくらいの経済力、あるよ?」
「そうか、それなら安心―――ってそうじゃねえ!?」

さすがは事務次官とその娘。忘れかけていたがこいつは立派に『良いところの御嬢』だったのだ。
それにまあ、私情抜きに考えてみれば未だ正式な地位を持たない今こそがそういうことをするに相応しい時期、と言えなくもないのだ。
これから先、たまは忙しくなる一方でその逆はありえないのだから。

「……たけるさん、わたしのからだだけがもくてきだったんだ……しくしく……」
「嘘泣きすんじゃねえ!!」

いかん、このままじゃ押し切られる。何か、何か起死回生の一手を探し出せ、シロガネタケルっ!

「いいか、たま。もしお前が身篭ったなんて悠陽や冥夜、それに他の皆が聞いたらどうなる?」
「え~?……祝福してくれるんじゃないかなぁ?」

そ、それは確かに。ねちねちと虐めに走るような暗さとは無縁の奴らだ。
内心どうあれ、祝ってくれるだろう事は想像に難くない。
けど、俺が言いたいのはそんなことではなくて。

「考えても見ろ。『だったら私も欲しい』ってなると思わないか?」

想像してみる。安全日だと偽り、危険日ど真ん中になかでやっちゃうことをおねだりする彼女達。
そしてそれ幸いと従っちゃう迂闊な俺。
半年後には、おなかの膨らみが目立つ十人を越える女の子達の姿だ。

……色々と終わってるな、俺……。

ヴァルキリーズと新設された武御雷部隊は空中分解すること間違い無しだ。
そうなったら、俺は夕呼先生の手によってあの世へと送り出されているかあるいは去勢されているか。
楽しすぎる未来予想図だ。

「……いや、けど待てよ……?」

甲一号目標を片付けた後ならアリなんじゃないか?
オリジナルを片付けてさえしまえば人類に多少の猶予が与えられることは間違いない。
少なくとも一年かそこら、人類各勢力は疲弊した戦力を立て直すために使うはず。
その間に妊娠、出産を理由に女の子達は後方へと下がらせ、後腐れのない男のみで部隊を再編するのだ。
出撃し、任務を終了させて基地へと帰還した俺を出迎える女の子達とその胸に抱かれる幼子……。

「……い、良いかもしれん……」

でも、そのためにはクリアしなければいけない問題がいくつか。

まず、この基地だ。G弾の悪影響が妊婦と胎児にどんな問題をもたらすか。
早急に本拠を移設する必要がある。候補は鉄源、あるいは九州か。

そして次の問題は育児だ。基地内に託児所を設ける、というのはアリなのだろうか。
AL4の研究に幼児、乳児の脳の働きが云々―――とかいう屁理屈で上層部を黙らせることは可能だろうか。
無論、マジで研究でもしようモンなら例え先生と言えどただでは済まさないが。

そして、第三の問題は―――

「たけるさんたけるさん、帰ってきてよぉ~」
「―――はっ!?」
「もしかしてたけるさん、その気になってくれたの!?」

さて、どう返答すべきか。よくよく考えてみた結果、時期さえ間違えなければ特に反対する理由もない。

「一応言っとくけど、仮に子が出来ても結婚とかは出来無いぞ?」
「うん、知ってるよ。他の皆と相談したんだけど、そこは我慢しようって」
「いや、当人達が良くても親とか親戚とか色々あるだろうが……」
「彩峰さんが言ってたよ。『既成事実を先に作ってしまえば後はどうにでもなる』って。
 それに、殿下も援護してくれるんじゃないかなぁ?」

一瞬、黒い笑みを浮かべて議員達の後暗い過去をちらつかせ、法改正に関係者を強引に同意させる悠陽の姿が脳裏をよぎった。
今のアイツならばそれ位のことを平然とやりかねない。

「……仕方がない、か……」
「え!? たけるさん、さんせいしてくれるの!?」
「ああ。……ただし、オリジナルハイヴの攻略が終わったら、だ。それで良いな?」
「うん! たけるさん、私頑張るからね!!」
「ほ、ほどほどにな……」

一体どちらを頑張ると言うのか。仕事か、アッチか。
何となく逃げ場を塞がれた様な気分に襲われていた俺は、それを聞くことが出来ずにいた。

―――なあかみさま……これでよかったんだよなあ……?

―――むろんです。こをうみ、そだてる……それがせいぶつとしてさいだいのしめいです。
そのいしをくじくことなどゆるされるべきことではありません……!
そなたさいあいの、でんかをしんじるのです……!

さりげなくアピールとかしてるんじゃねえよ。
悠陽が一番、立場的に『未婚の母』とか許されないんだからな。
くれぐれも、短絡的な行為に走らないようアイツの良識に期待したい。

「ねえねえたけるさん、すごいよねぇ、兄弟で5対5のバスケットボールが出来るんだよ?」
「そりゃまあ凄いっちゃあ凄いけど。……けどたま、お前は話がぶっ飛びすぎだ」

はたしてこれは、『薔薇色の未来』といって良い物なのだろうか。
差し当たり経済面での心配も無用、周りの目とかも結果さえ出してしまえば強引に黙らせることは出来る。
だが、何となく俺は自身が茨の道に足を踏み入れたような気がしてならないのだ。
とりあえず、今からでもたまを抱くことになる。その時は、絶対に『かぞくけいかく』の着用だけは忘れないようにしよう。





―2001年11月28日 22:00―

珠瀬父娘は無事帰途に着いた。再びまみえることが出来るかどうかは今後の俺の働きに掛かっている、と言うわけだ。
俺は、久しぶりに自分の部屋で『独りで』まったりとしていた。
ベッドの傍らには某レア芋焼酎の一升瓶とそれをロックに仕立てたグラス。
芋焼酎の芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込み、グラスを傾けつつ物思いに耽った。

……な~んか、忘れてるような気がするんだよなあ……。

先ほどから、喉に刺さった魚の小骨のように俺を責め立てるのだ。
これだけ気になるということは、やはりそれなりに重要な事なのだろう。
そのために、こうして誰の部屋にも行かずに一人寂しく思い出そうとしているわけだが……。

―――ドアの外に響くバタバタとした足音。それが俺の部屋の前で止まり、次いで慌しく扉がノックされる音が鼓膜を揺るがす。

俺が入室を促し、扉が開かれた。

「ゆ、唯依タン……どうした?そんなに慌てて……」
「い、いいいいい今冥夜様に聞いたのだけど!」
「……何を?」
「こ、ここここの基地に、HSSTが落下する筈だったって!」
「……あ……」

小骨が、抜け落ちた。
何か忘れていたと思ったら、それだったのだ。
確かに、過去の記憶を持つ冥夜、たまはそれを知っている。

「……つまり、冥夜がそれを先生に報告して、未然に防いだって訳だろ?」

何故ならば、俺は何もしていないから。それが何も無かったという事はそうとしか考えられない。

「……え?冥夜様は武の指示で副司令に報告したそうだけど……?」

あいつめ……。いつの間に『内助の功』なんて高度なスキルを手に入れたんだ?
俺が忘れていた報告を、アイツが俺に代わって報告し、しかも俺の手柄になるよう仕向けたのだろう。
つくづく、出来すぎの女の子である。

「……あ、ああそう言えばそんな指示も出したような気がする。忘れていたよ」

この上は、ありがたく受け取っておくのが正しい。

「そ、それだけじゃなくて……もう一つあるんだけど!」
「……なに?」
「武が、遂に子供を作る決心をしたって!」
「―――ブハッ!」

口に含んだ焼酎を盛大に吐き出した。
たまか?もしかして関係者全員に触れ回って帰ったんじゃあるまいな?
しかも、微妙に事実を捏造してるっぽい。

そんな俺の内心を知ってか知らずか俺ににじり寄って来る唯依タン。

「ね、ねえたける……みきさんばっかりずるい。……わたしも、ほしい……」

そういえば、もう一つ忘れていた事があった。今日の夜は唯依タンに『お仕置き』しないといけなかったのだ。
そんなことを考える間に、唯依タンは身に着けた夜着を半脱ぎに俺を誘惑してくる。
微妙に恥ずかしがっているらしい表情が、俺の色んな所を刺激してきて仕方がない。

……やばい、いまなかでやっちまったらかくじつにめいちゅうしそうなきがするぞ……!

―――CP、CP!

―――フェチ01、どうした?

―――おれがぼうそうする!しきゅう、こうさいみんあんじを!!

―――本日の営業は終了した、繰り返す、本日の営業は終了した

「ね、ねえたけるぅ~~~」

上目遣い。照れて赤らんだ頬。半脱ぎの夜着。そこから見えるパイオツの谷間。

―――だ、誰でもいい……俺を、俺を止めてくれ……!!

「……あ」

今、俺の中で何かが切れた。
そして、俺の身体の中に力が流れ込んでくる。
この感覚、前にも一度経験したような……。

「く、くくくくく……ふははははは」
「え、たける?」
「オレに会ってしまったな。……六日ぶりか?」
「ま、まさか『あのとき』の……!」

オレにはわかる。唯依タンは、恐怖に打ち震えているようで、実は期待に胸躍らせている。
実に可愛いやつである。

「そんなにオレの『こだね』が欲しいか?」

あまりに直接的な問い掛けに、唯依タンの顔が羞恥に染まった。
それでも、微かに頷いたのをオレは見逃さなかった。

「そうか……正直者にはご褒美をくれてやらんとな」
「それじゃあ!」
「そう慌てるな。……これから、賭けをしよう」
「……え?」
「これから朝までだ。……オレの『かみの指』で一度もお前が昇天しなければ勝ち。
 リッター単位で『アレ』を中にくれてやろうではないか」
「そ、そんなぁ~~~、ぜったいむり―――ふっ……あ、あああああああああ!!」





―――翌朝、俺はまたしても傍らでぐったりと俺に頭を預ける唯依タンを目撃することになる。
記憶は、おぼろげにではあるが残っていた。そして身を苛む全身筋肉痛も、今回は軽微だ。
最近、自分がどんどん人間離れしていくようで、ほんの少し怖くなったのは秘密だ―――



[4242] とーたる・オルタネイティヴ あなざー
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2008/12/03 22:36
(注)この物語は、『とーたる・オルタネイティヴ』本編とはあまり関係ありません。
こんな結末もありえるかもね、という軽い気持ちでお読みください。


とーたる・オルタネイティヴ



あなざーえんでぃんぐ ~あかるいかぞくけいかく~





いきなりだが、質問しよう。
目の前には全裸の女の子。その子は上目遣い、かつ目尻に涙を貯めて以下のように懇願してくるわけだ。

「ね、ねえ……お願い、なかでだしてっ……!!」

どのような返答をするのが正しいのだろうか?

「良いだろう! いくぞっ」

一時の誘惑に流され、快楽に身を委ねるか。

「ダメだって。まだ子持ちにはなりたくないもん」

強靭な理性とリスク管理により、危険を回避するか。

これは、出題者こと白銀 武が迂闊にも前者を選んでしまった話となる……。





―――かみさま、ぼくのじんせいせっけいはおおきくきどうしゅうせいをしいられてしまいました……





―200X年X月X日 XX:XX―

ふと過去に思いを馳せる。
思えば、色々あったものだ。公的な話に限ってみても、クーデターやら佐渡島攻略戦、そしてカシュガル。
それらの命がいくつあっても足りないような極悪任務に黙って従事し続け、そしてそのことごとくから無事に生還した。
私的な話はどうなんだ、と問われればそちらの方もまた一晩や二晩では語り尽くせぬほど。
けどまあ過ぎ去った過去を懐かしむほどには年老いていないつもりなので割愛したい。

そんなこんなで、『この世界』にループして幾年月、俺こと白銀 武は今日も元気にやっている。

さて此処は、もはや通いなれたというよりもう一つの自分の部屋と言ってもいいくらいの唯依タンの部屋。
俺の目の前には、重大な話があると言って俺を呼び出していながら、恥ずかしげに顔を俯かせて一向に話をしようとしない唯依タンの姿がある。
この様子を見る限り、どうやら決定的に悪い情報というわけでは無さそうだ。
とは言ったものの、俺の超・紳士レーダーはさっきから警報を最大レベルで鳴り響かせていた。
どうやら、俺個人にとってはあまり良くない部類の情報となるらしい。

「あ、あのね……武……」
「お、おう……」

今度こそ、と思ったのも束の間、またまた唯依タンは俯いてしまった。
いや、今回は割と早く復活した。俯いたと思ったら即座にキッと顔を上げ、俺の眼を真正面から見据えてきた。

―――数秒の沈黙。そして唯依タンの口が開かれた。

「私、出来ちゃったみたい!!!」
「………………」

独身貴族を謳歌する若い男が、付き合っている女性から言われて頭が真っ白になる台詞ランキングというものがあったとしたら、かなり上位にランクするであろう台詞。
何と言ったら良いのか、何も考えられない。というか、考えたくない。
いっそ、ショックで幼児退行してしまいたい。

……え~と、あれだ。前に聞いた事がある歌の一節だが、『さだめをうけたせんし』ってヤツは、どんなときでも『立ち上がって』『気高く舞う』んだったか?
俺もこの際舞うべきだろう。尤も、その舞に名前をつけるならそれは、『きりきり舞い』だけど。……はははは、はは、は……は、はぁ。

―――おおしろがねなさけない……たねをまいてみのらせるとは、『じごろ』にあるまじきだいしったい……!

心なしか、かみさまのこえにも若干の驚愕が窺える。
いやいやいや、そうじゃなくて。

「えーと、唯依タン。……はっきり聞くぞ」
「うん、聞いて」

告げるべきことを告げ終えた安堵からか、なにやら非常に良い顔をしておられる唯依タンに、俺は勇気を振り絞って問い掛けた。

「なにが……できたの……?」
「あかちゃんよ?」
「……『あかちゃん』ってなに?」
「私と、武の、血を受け継ぐ子供、のこと」

『私』と『武』、『子供』を妙に強調して断言する我等が唯依姫。
恥ずかしかったのは単に俺に宣言する、という一事のみで、それを成し遂げてしまった今恐れるものは何も無いとでも言うのか。
唯依タンは、さっきから満面の笑みを浮かべて俺の問い掛けに答えてくれる。
きっとその笑顔は、見るもの全てを問答無用で癒してしまうに違いない。
……俺以外はね。

「もしかして……迷惑……だった……?」

先程からの俺の微妙な雰囲気を察してしまったのか、先ほどまでの唯依タンの笑顔が途端に今にも降りだしそうな曇天模様へと切り替わる。
その表情の急転直下は、こちらが見ていて怖くなるくらい。

「ご、ごめんね……武の迷惑も知らずに、一人で浮かれちゃって……」

そう微かな声で呟き、ふらふらと頼りない足取りで部屋を出ようとする。
自分の部屋を出て何処へ行くのか、なんて考えは恐ろしくて出来無い。

……って、いつまですっとぼけてやがる、俺。ぶちのめすぞ!!

「待ってくれ!」

俺は、唯依タンを後ろから抱きしめた。ただし、負荷の掛かりそうな腹部は避けて上半身に腕を回して。

「き、きにしないでたける。あなたにめいわくはかけないから。いますぐいわやのおじさまのところにいって―――」

国連軍を退き、その『おじさま』の世話になると言うのか。
そんな台詞、最後まで言わせたらいけない。俺はその一心で唯依タンの口を己の唇で塞いだ。
唯依タンは、驚いたような表情で至近距離の俺の眼を見詰めている。

―――十秒程度の触れ合い。されど、数時間にも感じられる長い十秒が過ぎた。

俺と唯依タンは、ゆっくりと顔を離した。
微かに頬を染め、何か言おうと口を開く唯依タンよりも早く、俺は言った。

「結婚しよう」

口に出すためにありったけの勇気を必要とした台詞。
唯依タンの顔が、きょとんとした良く意味のわかってない表情になった。
俺は、それに構わず矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。

「そうだな、流石に今すぐ式を挙げるのは無理だから、とりあえず籍だけ入れよう。
 俺には背負うべき家なんてないからそっちの籍に入ったって構わない。ああ、これまで付き合ってきた女の子達に事情を説明ないとな。
 あと、巌谷中佐に挨拶しに行かないと」

一息にそこまで告げ、俺は唯依タンの様子を窺った。
唯依タンは俺に後ろから抱きしめられ、顔だけこちらに向いている状態。それが、表情に変化が見られたと思ったのも束の間、俺から顔を背けて俯いてしまった。
それでも、俺は分かってしまった。唯依タンの肩が僅かに震えていたから。
そして、微かに、本当に微かに嗚咽が聞こえてきたから。

俺はゆっくりと彼女の上半身に回していた手を解き、その手を彼女の両肩に乗せた。
そのままこちらを振り向かせる。手を離して俺はしゃがみ込み、唯依タンの顔を下から覗き込んだ。

―――唯依タンの両目は、涙に濡れていた。

「ご、ごめん……ごめんね、武。私、嬉しいの。……嬉しいのに涙が止まらなくって……!」
「謝るのは俺のほうさ。……俺ってヤツは、どうしてこう、土壇場でヘタレちまうんだろうな。
 ……こんなんじゃ、おなかの子に笑われちまう」

全く、危なく俺は一人の女の子の心をぼろぼろにしてしまう所だったのだ。
それだけではない。その子の胎内に息づくもう一つの命までも。
ほんの数分前に戻ることが出来るとするならば、俺はそのときの俺を全力でぶん殴っているだろう。

思うに、俺はこの時の唯依タンの涙を見て初めて、親になるという事実に対する覚悟が出来たのかもしれない。
そして同時に、彼女とその胎内に息づく新たな命を守るために、これまでの自分にとっての『大切なもの』全てを投げ出す覚悟を決めたのだ。
さらに、その事を今現在微塵も後悔しておらず、今後も後悔することがないだろうと言う予感を抱いたのだ。





―――さて、どうやら初めての妊娠という事実にやや精神が不安定になっているらしいお姫様を慰めることには一応成功した模様。
でも、俺はまだ肝心の台詞を姫から貰っていない。そうである以上、此処はもう一度言わねばなるまい。

「唯依タン、改めて言うぞ」
「は、はいっ……!」

涙に濡れていた顔を上げ、唯依タンが真摯な表情で俺を見詰める。
さあ、捻りを加えた俺様のプロポーズ、受け取るが良いっ!

「俺と一緒の墓に入ろう!」
「…………」
「あ、あれ?」
「武、流石にその台詞はドン引きだと思う……」

『ドン引き』なんて言葉、良く知ってたな。教えたのは誰だ―――って、俺か。

「じゃあ、ぼくのために毎朝味噌汁を作ってください!」
「……此処、国連軍基地だから……無理、かな……」
「俺の下着を洗濯してくれ!」
「此処、クリーニング」
「寝たきりになったらオムツを替えてくれ!」
「するけど……イメージ悪すぎる……」
「お嬢さんをぼくに下さい!」
「それ、おじ様に言って」
「えーとえーと―――って、流石にネタ切れだっつーの!
 わがままだぜ、唯依タン!どんな台詞なら了解するんだよ!!」
「…………」

お、おい?さっきまで嬉し涙を流していた筈の唯依タンの眼が、据わっている?

「ねえ、たけるって……オトさないときがすまないたいぷのひとだったの……?」
「わかった、悪かった!今度こそマジだっ!!」
「…………」

いかん、今度こそ失敗は許されない。一回オトして俺のエンターテイナー魂も満足したし、次は決めないとな。

俺は、唯依タンの両手を握った。そして、真剣な眼で彼女を見詰める。

「唯依タン、俺には君が必要だ。……結婚して下さい」
「はい、喜んで……」

そう、『結婚しよう』と言った俺に対して、唯依タンは『イエス』とも『ノー』とも返事していなかったのだ。
態度を見ていれば分かるだろうとかそんな問題ではないのだ。
コイツは、れっきとした契約なのだから。

再びの嬉し涙を流す唯依タンを抱きしめながら思う。
本来思い描いていた未来予想図とは若干違う結末。だけど、これで良い。
これから二人で、周りの皆が胸焼けを起すくらいに幸せになってやる。
そして、戦術機のコクピットなんて色気の全く無い場所ではなく、百まで生きて孫や曾孫にいい加減鬱陶しがられながら布団の上で大往生するのだ。
俺の墓碑銘にはこう刻んでもらおう。

―――見果てぬ夢を追い求めし漢の中の漢、此処に眠る―――





―――数ヶ月後―――

「CPより白銀少佐、帝都育愛病院より緊急連絡。繰り返す、帝都育愛病院より緊急連絡!」
「来たか!!」

此処は横浜基地敷地内の演習場。今まさに、俺たち武御雷部隊とヴァルキリーズとの間に戦端が開かれようとしていた所だ。
俺は、通信で呼びかけた。

「冥夜、まなちゃん、応答しろ」

『―――はっ!隊長、何か!?』

揃って画面に現れる二人。何事が生じたのか、と緊張に満ちた表情。

「嫁が産気づいた。よって、俺はこのまま帝都に向かう。
 ……後は任せたぞ」
「独りで行く気か、タケル」
「露払いが必要でしょう?武様」

どうやら、付いて来る気満々らしい。
俺は、画面に向かってニヤリと笑いかけた。

「揃って始末書でも書くとするか?」
「我らにとっても、甥か姪かのようなものだ。些事だな」
「数々の武功を挙げた『英雄』である我々に、始末書以上の処罰を与えられる筈もありません。せいぜい派手な誕生祝をお届けするのが、最善でしょう」

『勿論、私たちもご一緒します!!』

通信に割り込んでくる3バカ。
揃いも揃ってこの部隊は馬鹿ばかりだ。

「話は聞かせてもらった。白銀、我らも同行するぞ」
「物好きですね、伊隅『少佐』」
「御剣が言ったとおりよ。私たちにとっても、他人じゃないわ」
「速瀬『大尉』……」

訂正。馬鹿なのは、俺の部隊のメンツだけではないようだ。
夕呼先生にしても、この通信が耳に入っていない筈がない。何も言わないって事は見て見ぬ振りをしてくれるという事。

初めて知ったことに、どうやらこの基地には馬鹿しか居なかったらしい。
それも、愛すべき馬鹿。

―――再び、CPから通信が入った。

「帝都城の殿下より緊急連絡! 『初顔合わせの栄誉はわたくしが頂く』以上です!」
「させるかよ! 各員聞いたな、全速で帝都に向かうぞ!」

『了解』

次の瞬間、一斉に十数機の戦術機が大空に飛び上がった。
網膜に映る景色は、雲ひとつない快晴の青空。
それを見て、俺の脳裏に閃くものがあった。

「そうだな、子供の名前は―――」

俺の呟きは戦術機の奏でる騒音にかき消され、誰の耳にも届く事はなかった。
だけどそれで良い。それを聞く一番最初のヒトは俺の伴侶たる唯依タンだ。

―――さて、唯依タンに会ったら、まず最初に抱きしめて良く頑張ったと褒めてやろう―――





とーたる・オルタネイティヴ 個別ルート 唯依エンド ~完~





あとがき


えー、初めはただ単に妊娠ネタをやってみたかった。それだけだったのですが、気付いてみれば『個別エンド』扱いに。
まあ、普通のエロゲみたいに選択肢とかあったらこういうエンドもアリでしょう、と。

勿論、本編はまだまだ続きますので第41話をお楽しみに。



[4242] とーたる・オルタネイティヴ 第41話
Name: よんごーごー◆62e7070d ID:cfc394f6
Date: 2009/03/14 23:17
とーたる・オルタネイティヴ



第41話 ~けだものたちのうたげ~(前編)




―2001年12月05日 04:00―

 夜も明け切らぬ早い時間に、俺の指示によって集められた我が武御雷部隊の面々。
これから何事が生じるのか、薄々と察知している冥夜はともかく唯依タン、まなちゃん、三バカの五名には共通した表情が浮かべられている。
即ち、不安。

重苦しい沈黙に耐え難さを感じたのか、一同を代表してまなちゃん――いやこの場では月詠少尉と呼ぼう――が口を開いた。

「白銀中尉、此度の緊急招集に関して、そろそろ御説明を願いた――!?」

月詠少尉の台詞を遮るかのように、さして広くもないブリーフィングルームに異常を知らせる警報が鳴り響いた。
相も変わらず不気味で、耳障りな音。とは言え、まさか警報の音をのんきなオルゴールにする訳にもいかないのだろう。結局の所神経を太くして慣れるしかないのだ。
俺は、僅かに顔をしかめつつ呟いた。

「……始まったな」

この日、この時間にこの警報を聞くのはもう何度目になるのか。初めてのときにみっともなく狼狽し、夕呼先生を求めて右往左往した事を思い出して俺は微かに口元を笑みの形に歪めた。

「た、武! 何が始まったの? この警報は!?」

唯依タン――篁少尉が突然の警報に腰を浮かせながら俺に顔を向けてきた。
他のメンツも、程度の差こそあれ似たような態度で俺に顔を向けている。姉である煌武院 悠陽に大まかな事情を聞いている冥夜――御剣少尉のみが落ち着いた様子で腕を組み、眼を閉じていた。
俺は、殊更平静を装った表情と声を作り彼女らに告げた。

「帝都で、軍事クーデターが発生した。
 首謀者の名は帝国本土防衛軍帝都守備第1戦術機甲連隊所属の沙霧 尚哉大尉。
 その目的は、将軍の意向を無視し国政を欲しい侭にする現政権の打倒、及び将軍を中心とする強力な政治体制の構築……といったところかな?」

このタイミングで、決して知りようのない情報を伝える俺の言葉に、この場にいる全員が驚愕に眼を見開いた。
だが、『なぜ』という疑問を差し挟む余地も与えず俺は続いて決起部隊の内訳、規模、予想される米国の動向などについて説明を重ねる。
流石に、軍人として、武人として厳しい訓練を潜り抜けてきた彼女達。決して楽観視し得ない厳しい状況に顔を引き締める。

「――以上だ。何か質問はあるか?」

俺は、一同の顔をぐるりと見渡した。
ややあって、月詠少尉が口を開いた。

「殿下は、御無事なのでしょうか……?」

まず予想通りの質問。この部隊の面々と殿下との繋がりの深さを思えば、この質問は当然だと思えた。皆の俺を見つめる視線が、より強くなったように感じられるのは気のせいではないだろう。

「こればかりは、この眼で確認した訳でも連絡を取った訳でもないけど……無事だ」

微塵も表情を変えることなく、きっぱりと断言した。
尤も、口と態度ほどに彼女の無事を確信しているわけではない。例え駆け出しの部隊長であれ、上官が部下達の前で揺らいでいる姿を見せるわけには行かない、という意地のようなものである。
沙霧大尉の人と為りと決起軍の主義主張、また『過去の経験』から万が一にも彼等が殿下をどうこうする事はない、とは無論承知している。
とは言え、心配する気持ちを止めようもなかった。

「何故断言できるのか、理由をお聞きしたい」

月詠少尉が訝しげな表情で俺に尋ねてきた。

「沙霧大尉は義に篤く、正々堂々とした武人だ。国の象徴たる殿下を害すれば、正真正銘の逆賊に成り果てる事は理解しているだろう。
 だから、仮に殿下が彼の手に落ちる様な事態になっても、沙霧大尉は最大限の安全を保障する筈だ」
「……彼と、彼を中心とする幹部連中が白銀中尉の仰るとおりだとしても、末端の兵士までがそうであるとは限らないでしょう」
「そこまで気にしていたらキリがない。それに、そんな事態にならないために俺たちが居るんだ」

そう言って、副司令である夕呼先生と話をするべく通信機器を手に取ろうと席を立ち上がった。
俺の知識はあくまで『前の世界』での経験であり、なにかと状況の違う今回とはやはり若干のずれがあるだろう。だから、可能ならば夕呼先生から詳細な情報が欲しかった。

――扉の開く音。

通信機を手に取った俺を含む、七対の眼が一斉に出入り口を向いた。
高い足音を立て入室してきたのは、今まさに連絡しようとしていた夕呼先生。傍らにヴァルキリーズ隊長、伊隅大尉と訓練小隊教官、まりもちゃん――神宮司軍曹を従えている。
なかなか良いタイミングと言うべきだった。今この場でより詳しい状況の説明を貰え、そして出撃の許可をも得る事が出来るのだ。
ついで、というわけではないがヴァルキリーズ、及び訓練小隊との詳しい打ち合わせもする事が叶えば言う事は無い。

二人を従え、歩み寄る夕呼先生が部屋全体を見渡せる位置で立ち止まり、俺たちに向き直った。席に付く生徒達と教卓に着く教師、というイメージだろうか。俺は、何となく『前の世界』での講義風景を思い出してしまい、不覚にも郷愁にも似た気持ちを覚えてしまう。

「白銀、アンタ随分落ち着いているじゃない。……その様子だと、この件に関しては『知っていた』みたいね?」

探るような先生の言葉。俺は、今回の件について『知っている』という事と起こるであろう出来事を、夕呼先生に対してあえて教えずにいた。
それは、少なくともこの事件に関しては流れをあまり大きく弄りたくなかったから。
かつて経験したとおりに事態が推移すればクーデターは二日で収束する筈であり、それほど大きな後遺症も残らない。流れに表立って介入すれば、事件が一日で終わるチャンスを得る代わりに、逆に三日あるいは一週間と泥沼化するリスクも負う事になる。ならば、リスクを負うよりは確実に二日で終わらせる方が賢いだろうと俺は判断したのだ。
尤も、今回の場合は既にこれまでと大きく異なっている。大体、委員長や彩峰がそれぞれ父親と沙霧大尉の元に居るというだけでどう転ぶか予想も付かない。
だが、現状では殿下が塔ヶ島離宮に逃れてくる、という最も大きなポイントまでは変わっていない筈だ。だからこそ、より大きな変化を避けるために今回の件に関しては報告を見送ったのだ。

「はい、知っていました。……今回は新潟の件と違って人が相手ですから、下手に刺激したくなかったんです」

言葉に出したのはこれだけだが、先生にはそれで伝わった筈だった。

「……まあ、いいわ。とりあえず現在の状況について説明するから。白銀、アンタも知っている事洗いざらい吐いてもらうわよ?」
「勿論です。此処まで来たら、隠す意味もないですし」
「じゃあ、始めるわ。……まりも、お願い」




――さあ、一月余りに及ぶ午睡の時間は終わりを告げた。あるいは此れが、『終わりの始まり』となるのか。
  この事件を切っ掛けに俺の所属する横浜基地は、その取り巻く状況を一変させることになる。そして、それは俺の周りにいる女性達にしても例外ではないのだ――





―2001年12月05日 06:00―

――今のところ、思い通りの結果が出ていた。沙霧大尉らクーデター軍は首相官邸、議事堂、他各省庁を占拠しそこにいた重要人物らを拘束、及び殺害した。
ただしそれは、悠陽を中心とする極少数の派閥が巧みに情報をコントロールしたもので、拘束または害されたのはその殆どが所謂『邪魔な』人間だった。
例えば、帝国が米国の属国となるのも厭わない、という極端な親米派。軍需産業と癒着し私腹を肥やす事のみに汲々とする腐敗議員。
首相たる榊 是親を始めとする清廉で、国にとって有益な政府高官――少なくとも悠陽によってそう判断された人物のみが『偶々』帝都を離れており難を逃れたという格好だった。
現在悠陽は帝都城にいる。城の周りは帝国斯衛軍の精鋭によって固められており、それを沙霧大尉率いるクーデター軍が取り囲んでいる。かつてのとおりであればクーデター軍の一人の発砲によって戦端が開かれる事になる。
それが誰かは知らない。そもそも一人なのか複数なのかも判明してはいないが、少なくとも某国の意を受けた工作員である事は間違いなく、今頃は沙霧大尉の元にいる彩峰がその人間の洗い出し、あるいは燻り出しに奔走している筈だった。
確か戦闘が開始されるのは21:00以降だった筈で、俺達が出撃するのもそのくらいの時間だった。
つまり、今のところ俺達には若干の時間的猶予が存在すると言うわけである。無論、多少は時間の早まる可能性もあるが、どちらにせよ今頃はヴィンセントを始めとする整備班が総員全力稼働で整備換装を行っているため、最低それが終わるまでは待機しているしかないのである――





「……そんなわけで、実は暇を持て余している俺の脳内にはエロゲよろしくいくつかの選択肢が浮かんでいる!」

周りには誰もいない。今俺がいるのは無人の廊下である。夕呼先生とヴァルキリーズ、そして俺等武御雷部隊を交えたブリーフィングが終わった後、俺達はそれぞれ待機を命じられていた。
厄介な心配事が多くて何かと沈みがちになる雰囲気を吹き飛ばすために大声を出してみたのだが、ツッコミ役がいないと虚しい事この上ない。
まあ、選択肢といってもデッドエンドが存在するほどに深刻な、あるいは今後のルートが決定してしまうといったような大きなものではない。精々、これからの数時間を誰とニャンニャンしようか、という程度の軽いものだ。……軽いものなのだ。

……とはいえ、それだけに選択肢の数だけは大したもので、先程から俺の脳裏にはまるでゲームエンディングのスタッフロールのように女の子達の顔が次々と浮かんでは消えてゆく。

「……俺、この戦いが終わったらあの子に告白してみようと思うんだ……」

無駄に死亡フラグを立ててはみたが、やはり聞く者もいないと空回りも甚だしい。ここで俺の痴態を眺めていたヒロインAが登場して修羅場突入、というのも所謂『お約束』というヤツだが、残念ながらこの物語はそれほど安易ではないのだ。

「待てよ? 何も一人に絞る必要は無いんだよな」

冥夜、まなちゃんとともに主従丼、クリスカ、イーニァ、霞の姉妹丼、涼宮中尉と速瀬中尉の親友丼、あるいは宗像中尉と祷子さんの百合丼。柏木はいっそ面識のないステラと他人丼。
その他、お客様のお好みに合わせてご自由にトッピングをお選びになれます、というものだ。
ちなみに涼宮中尉に関しては、未だ関係を持ってはいないため口説く処から始めなくてはならないという難易度激高のコース。
……何という事か、今日の俺の思考は神掛かっている。

「でも、そうすると唯依タンを誰と組み合わせるかという問題があるんだよな……」

何しろ彼女が親しくしている娘は大概相手が決まっている。同じく浮いているステラという線もあるがこれは割と最近やった――というかやられたばかりだ。
ここは、三姉妹が三女こと霞嬢に出陣願うしかないか。姉妹丼が一人減ってしまうのは口惜しいが、仕方あるまい。

「うむ、これで選択肢はかなり絞られたな」

独り言が多いような気がするのは気のせいだろう。俺は強い子だから、例え一人きりでも寂しくなんか無いのだ。
だから、寂しさを紛らわすためにあえて考えを口に出している、なんて事では断じて無い。

それはさておき、今の俺の桃色思考を言葉にすると、以下のようになる。

 ①唯依タン、霞と一緒に王道を往く
 ②冥夜、まなちゃんの主従丼で覇道を往く
 ③クリスカ、イーニァの姉妹丼で無難にまとめる
 ④涼宮中尉と速瀬中尉の親友丼で賭けに出る
 ⑤宗像中尉、祷子さんと共に新たなる世界に旅立つ
 ⑥柏木、ステラのペアで意外性を狙う

こんな所だろうか。番外編として伊隅大尉とまりもちゃんの師弟丼、とか夕呼先生とピアティフ中尉で『女教師夕呼のイケナイ課外授業』とかもあったのだが。
流石に難易度が高すぎて最早罰ゲームとしか思えないので今回は見送った。
ユウヤ、ヴァレリオ、ドーゥルのおっさんと麻雀大会――なんてものは論外である。

さて、これで俺の往く道は固まった。時間と体力温存を考えて回れるのは2ルート程度。
後は、屋上で缶コーヒーでも飲んでいる間に何番にするべきか決まるだろう。皆なんだかんだで人間を相手にしての戦闘は未体験の筈で、今頃不安と恐怖を抱えているに違い無い。





――ならば、彼女達の緊張を解きほぐし、癒しを与える必要がある。それは、かみさまより与えられた『愛の伝道師』たるこの俺様の神聖にして崇高なる義務という物なのだ――


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