とーたる・オルタネイティヴ
第24話 ~けだものがはなつは、にちりんのかがやき~
―2001年11月11日 06:00―
―――ヴァルキリーズにおけるこれまでの俺の評価と言えば、やれヘンタイだのジゴロだのエロガネだの……、とても真っ当な物とは言えなかった。
無論、俺の戦術機操縦技術がずば抜けているという事実は誰もが知っている。それなのに、この有様だったのだ。
これはやはり、所詮は訓練での結果だという事が原因なのではないかと俺は思い至った。
つまり、本当の意味で『俺=凄腕衛士』という評価を定着させるためには実戦で結果を出す必要があった―――。
「―――ふ、ふはははははは……。つ、遂に来たぜ……。今日は、全人類社会にとって記念すべき日となるだろう……。
……そう、後世エース中のエース、『人類の至宝』と呼ばれることになるエロガ―――違う、シロガネタケルが歴史の表舞台に初めてその姿を現した日となるのだ……!!」
これが実弾演習だと思い込んでいる皆様方には申し訳ないが、あと20分もすれば海上の防衛艦隊から防衛線を破られたとの通信が入るだろう。
そして、その後10分とおかずにあのナマモノ共が上陸し、コード991が発令される事になる。
その時、この場にいる全ての人間は新型OS『XM3』とそれを手足の如く操る『シロガネタケル』の名を忘れられなくなるのだ。
「……白銀少尉、……もう妄想するななんて言わないから、せめて口には出さないでね……」
涼宮中尉の嘆息する声。流石は涼宮中尉と言った所か。呆れたような口調の声でさえ、何とも色っぽい。
「ふふふ……涼宮中尉、盗み聞きなんていけない人だ……。そんなことしなくても、あなたの為なら望むとおりの言葉をいくらでも囁いてあげると言うのに……」
「白銀ぇっ! あんた、遙まで毒牙に掛けようとすんじゃないっ!
―――突撃砲ぶちかますわよ!?」
「アハハ……ごめんね? 白銀少尉…・・・」
何が怖いって、速瀬中尉なら本当にやりかねないって所だ。しかし、一つ分かったぞ。
この二人、落とそうと思ったらお互いのいないところで別々に攻めないといけないみたい。
互いに同じ男に惚れていたという事もあり、罪悪感のようなものを感じてしまうのだろう。
「……武くん、私の目の前でどうどうとほかの人を口説くなんて……」
「い、いやっ!―――場を和ますためのジョークに決まってるじゃないですか、祷子さんっ!」
「あれ?……冗談だったの?」
「無論本気ですとも!!」
『…………』
「貴様等、いい加減にしろ!……我々は物見遊山にこんな所まで来たわけでは無いんだぞっ!」
―――分かっていますとも、伊隅大尉……。これから『想定外』の実戦が始まることも、そしてこの会話が彼女達との最後の別れになる可能性もある……という事も。
だからこそ、せめてぎりぎりまで『日常』に浸っていたいのだ―――
演習の開始時刻は06:30を予定していた。だが、それに先立ち06:20に佐渡島から侵攻してきた旅団規模のBETA群が、第一次防衛線を突破したとの通報が入った。
案の定帝国軍第12師団、第14師団の兵士達は浮き足立つ。俺の所属するヴァルキリーズも、全く何時もと変わらず……という訳にはいかなかった。
とは言え、他部隊に先駆けていち早く自分を取り戻し、部下を叱咤激励して冷静さを回復させた伊隅大尉は流石だ。
結局の所帝国軍の混乱は想定済みだったため、即座に煌武院 悠陽殿下の演説が始まり一応の沈静化には成功していた。
―――俺が殿下の声を聞くのは初めてではない。初めてではないのだが……、何故、こんなにも懐かしい気持ちになるんだ?
俺と殿下は、これまで然程深い付き合いはして来なかったはず。
……まあ、今はその事について考えるのは後回しだ。とりあえず任務について考えよう。
今回の『新潟防衛戦』に関して、俺はヤツらが三手に分かれて上陸してくる、という所までは覚えていた。
その為、味方の布陣は当然それに則った物となっていた。
『実弾演習』として見れば疑問だらけのこの配置も、こうして敵襲があって見れば非常に嵌った物。
一つは佐渡島ハイヴから南東方向、新潟空港の近辺である。
夕呼先生の根回しによりそれを迎え撃つ絶好の位置に帝国軍第14師団が布陣していた。
敵の予想数はおよそ2,000余り。
二つ目はハイヴからほぼ南に位置する旧柏崎。そちらに配備されていたのは帝国軍第12師団だ。
こちらも敵の総数は2,000余。
そして、二つの上陸地点の中間に位置する角田浜。俺たちヴァルキリーズが布陣していた。
敵数1,000余り。
俺たちが最優先でその身を守るべき煌武院 悠陽殿下とそれを護衛する帝国斯衛軍一個連隊は俺たちの布陣する角田浜から南東に20kmほどの旧加茂市役所に滞在中である。
この際幸いというべきなのか、俺たちが受け持つ1,000の中に光線級は存在しない。敵の構成は半数を突撃級と要撃級が占めていた。
残りの半数は殆どが小型種で、要塞級が10ないし20確認されていた。
他の二戦線に比べて俺たちは圧倒的に不利だ。何しろこちとら一個中隊で1,000を相手にしなければならない。
今頃俺たちの後方に位置する形の殿下はやきもきしている事だろう。
―――だが殿下よ、……心配には及ばない。
最も味方の薄いこの場所に、俺というエースの存在した事がバケモノ共にとって最大の不幸であり、味方にとって最大の幸運なのだから……。
俺たちが現在布陣しているのは上陸予想地点南方にそびえる標高400mの山、その麓だ。ちょうど予想地点と俺たちの間に山を挟んでいる形。
ヤツらの進撃をやり過ごし、後方から奇襲を掛けようという策だった。
「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー各機、敵の第一陣、突撃級BETAおよそ300が上陸しました。
―――後続の出現はおよそ十分後と予想されます」
「ヴァルキリー01よりヴァルキリー・マム、こちらは電源を落とす。起動タイミングはそちらで頼む」
「ヴァルキリー・マム了解」
それにしても電源を落とした戦術機の中ってヤツはホント真っ暗で、自分の手さえも見えない。何回か前のループで、この中で○×△やっちまった訳だが、良くやったもんだと感心してしまう。
さて、確か茜、晴子、築地の三人は初陣だった筈だ。ここはいっちょ心温まるナイスジョークで緊張を解してやろう。
「なあ、茜……」
「……なに?」
「……実は、前々から疑問に思っていたことがあるんだ。……教えてくれないか」
「知ってることだったらね」
「……お前ら、女性衛士ってヤツは……強化装備の下は素っ裸なのか……?」
『―――っ!!』
ふむ。今の質問で女の子達は赤面した筈。そして男連中は、今頃耳がダンボになっているだろうな。
「ちなみに俺は、ノーパンだ。……なあ、茜……おまえはどうなんだ。
―――やっぱノーパンか?」
「―――そっ、そんなこと、教えるわけ無いでしょっ!!」
「……はいてないんだな……いい事聞いたぜ……じゃあ、築地」
「―――わ、私!?」
そんなに怯えられると俺としては傷付いてしまうのだが。
「……もし、『あの日』の真っ最中だった場合、お前どうしてるんだ?」
「―――っ~~~~~~!!」
「……白銀ぇ~、その質問は、流石に引くと思うな……」
「いや、晴子……後学の為と思って。……ちなみに、男物の強化装備は凄いんだぜ?
―――なにせ、ムスコの封印が解けたら、その形まんまでくっきり形が出るんだ」
『…………』
沈黙がとても痛い。……何故だ。
俺の予想では『もう、白銀ったらエッチなんだから(はあと)』とかなる筈だったのに……。
「……白銀、新任共の緊張を解そうという心遣いは褒めてやるがな……少しは言葉を選べ……」
「い、伊隅大尉、充分に選んだつもりだったのですが……」
『―――ハァ~~』
「ヴァ、ヴァルキリー・マムよりヴァルキリー各機、か、かかカウントダウンを開始しますっ!」
涼宮中尉、動揺しすぎですよ?……けどまあ、そんな所も最高にそそるんですけどね。
不知火を再起動させた俺の視界一杯に広がる突撃級の群。
コイツらの醜い姿を目にした途端に、先程までノリが遠ざかり、沸々と身体の奥底から憤怒が湧き上がってくる。
俺はこのとき初めて気が付いた。
―――自分が、こんなにもBETAを憎んでいたのだという事に。
「ヴァルキリー各機っ! 兵器使用自由、攻撃を開始しろっ!」
『了解っ!』
―――ああ、ようやくにして『この世界』に於いてこのゲテモノ共をブチ殺すことの出来る機会が巡ってきた。
もう、我慢する必要は無いのだ。
「おらおらおらぁっ!!―――遠からん者は音に聴けっ、近くば寄って目にも見よぉっ!!
―――貴様等ド外道共を根絶やしにする為にこの俺様、シロガネタケルが地獄の底より舞い戻ってきた!!
その犬畜生にも劣る命が惜しくば、即貴様らの巣穴に舞い戻って外へと続く門を塞ぎにかかるが良いっ!!!」
―――決まった……この上ないほどに。ポーズを決める暇は無かったとは言え、最高に格好良かった筈……!
「し、白銀……アンタ、いつの時代の人間よ……」
「ほらぁっ!―――伊隅大尉、速瀬中尉もっ!……戦術機でずっこけかますなんて面白おかしい事やってる場合じゃないでしょッ!
後続が上陸する前にコイツら全滅させなきゃっ!!」
ボケ役の俺にしては珍しい、突っ込みをいれつつも操縦する手足は休めない。右腕に長刀を、左腕に突撃砲を構えて敵陣に突撃した。
そしてヤツラの柔らかい尻に劣化ウラン弾を浴びせる。
数十体の敵を屠った所で弾切れ。リロードさせる時間がもったいない。
突撃砲を放り投げ、代わりに長刀を抜き放った。
右に袈裟懸け、左に刺突を放つ。地響きを立てて崩れ落ちる二体。
敵陣の最も分厚い所を背後から敵中突破してやるつもりだった。
「武くん、下がって……! 囲まれるわ!」
「―――ふん……無駄っ!無駄っ!無駄ぁっ!!
俺様を包囲したくば、数万体も連れてきて取り囲むが良いっ!!」
どうという事は無かった。俺は、垂直跳躍で10mほど跳んだ。そして即座に反転し、斜め前方の地面に向かって噴射降下を行った。
降下しつつ、ヤツらを背後から切り捨てた。
見届ける必要は無い。俺は再び、噴射滑走を開始した。
俺が敵を切り捨てながら突破に成功した頃、連中はようやく反転に成功したところだった。つまり、再び俺に向かって尻を晒している。
乱戦の中では長刀は扱い辛い。両椀の長刀投げ捨て、短刀を構えた。
「俺にぃっ!―――ゲテモノ共のぉっ!!―――カマを掘るような趣味はないっ!!!」
一呼吸で三体の尻に短刀で切り付けた。時間を置いて崩れ落ちる敵。
そこで、俺を優先目標と定めたのか進行方向の突撃級がこちらに反転を開始した。
―――それこそ思う壺。こちらに頭を向けて、お前らの背後の伊隅大尉達は誰が対処する?
連中の尻に突き刺さり、非常に美しくない血花を咲かせる劣化ウラン弾。
これで終わり。所要時間一分少々で『ゲテモノどもが夢のあと』
「さ~て、捨てた武器を回収しなくちゃ」
まだまだ使えるんだから、捨てるなんて勿体無いことはしない。
大体、闇に捌けば一財産築けるだけの値が付いてるんだから……。
『貧乏性』なんて言うヤツは嫌いです。
―――でも、戦術機で一本一本武器を拾い集める様はとてもシュールだ……。
「―――し、白銀……アンタ言ってる事は馬鹿丸出しのくせに、やってる事はぶっ飛んでるわね……」
「……ああ、正直初っ端の『決め台詞』はやばかったな……。 ヤツらが尻を向けていなかったら突撃をモロに喰らったかも知れん……」
「い、伊隅大尉も速瀬中尉も酷い……、一生懸命考えたのに……」
「ウッサイ! アンタのせいで本気でずっこけるとこだったんだから、反省しなさい!!」
俺は、無言でユウヤの傍まで行き、ユウヤの不知火の肩に手を突いて『反省』のポーズを決めた。
ヴァレリオの駆る不知火が俺の傍まで寄ってきて俺の不知火の頭にぽんと手を載せた。
―――それは、まるで『落ち込むな、元気をだせ』と言っているかのよう。
―――そうだよな、女ってヤツはいつだって『決め台詞』のロマンが分からんのだ……。
「―――伊隅、聞こえる?」
「香月副司令!?―――何かあったのですか?」
先生は殿下達がいる市役所跡地にいた筈。何となく、嫌な予感がした。
「白銀と、後誰か一機を至急こちらに送って頂戴」
「……まさか、12師団と14師団が突破を許したのですか!?」
「……残念ながら、そのまさかよ。でも、それだけなら大した問題じゃないわ―――」
聞いた所による状況はこうだ。
12師団の守る公園跡地で突撃級400程度が突破に成功し、本営に向かった。
同じく、14師団の守る空港跡地でも300の突撃級が突破。
それに対応するべく殿下は揮下の一個連隊―九個中隊―の内、それぞれ4個中隊を迎撃に向かわせた。
だが、それが裏目に出たのだ。
―――つまり、想定外の敵襲。地中を掘り進んでいたBETAの別働隊が、俺たちのいる場所と殿下たちのいる市役所跡の中間地点に姿を現したのだ。
その数、およそ1,000体。
守るは斯衛一個中隊のみ。
それにしても、12師団と14師団が不甲斐なさ過ぎた。旧型OSと撃震という組合せを考慮しても、だ。
奴等がしっかり守りきっていれば、少なくとも今よりは良い状況だったのだ。
「―――了解しました。白銀と、風間をそちらに向かわせます。……残りの我々は、こちらが片付き次第、という事で宜しいのですね?」
「―――ええ、それじゃ、頼んだわよ」
先生からの通信が切れた。俺は、思い切れずにいた。此処は、これから700余の後続部隊との戦闘を控えているのだ。
いくら小型種メインといっても要塞級も存在する以上楽観なんて出来なかった。
「―――白銀、私達の機体に積んであるのは貴様の育てた『XM3』だ。
そして、私達は貴様の変幻自在の機動を誰よりも近くで見続けてきた。……私達と、そして自分を信じろ」
「―――お願いします……必ず、無事で。
……祷子さん、行きましょう」
言うが速いか全開で噴射跳躍を行う。ここから現場までは20k程度で、ほんの数分で到着するだろう。
こうなったら、このやるせなさはBETA共にぶつけるしかなかった。
―――本営に到着した俺は、そこで殿下の搭乗する紫紺の武御雷を守る一機の武御雷とその衛士と出会うことになる。
そしてその衛士の正体に、俺は驚愕することになるのだった―――