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[35776] Muv-Luv Lunatic Lunarian; Lasciate ogni speranza, voi ch
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/05 03:39
やあ、初めまして。

カルロ・ゼンといいます。
これは注意書きなんです。申し訳ない。


取りあえず、こんなところに迷い込んでしまった初見の方々にご挨拶をば。
幼女戦記とか、海とかガルスとか王賊とかオトラント公爵とか。
いろいろな変な色物を書いてきた作者であります。

本作は、オリジナルキャラクターをBETA大戦に放り込んでのた打ち回らせて末期戦をやるのが目的。
しかも、見切り発車状態。ネタバレの危険性も濃厚に有ります。
原作キャラは、基本的にはキャラ崩壊させないように最善を尽くします。
でも、だから逆にぽんぽん死に至る可能性が潜在的に有ります。

どこぞの総統代行の少佐殿みたいに、戦争のための戦争をって感じで。

世の中には手段の為ならば目的を選ばないという様などうしようもない連中も確実に存在するのだ
つまりは とどのつまりは 我々のような的な。

真理省・愛情省・ニュースピーク・セキュリティ=クリアランス・ZAPという単語。
これらに心当たりがなければちょっと読んでいて変な感じがするかもしれません。
(一応、本作はこれだけで完結する仕様です。)




と色物なので、初めての方はご注意ください。

知恵と狂気で、BETA相手にどこまで戦えるかな?というのが本作のテーマです。
夢とか、希望とかは地獄で再編中なので期待できないとお覚悟を。







やあ、お久しぶりというご奇特な方々。

大丈夫、カルロ・ゼンの末期戦だよ。




やあ (´・ω・`)
ようこそ、ルナティックなルナリアンの世界へ。
このヌカコーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい

そう思って、この末期戦ものを書き始めることにしたんだ。

ちょっとブリテン飯は不味くて、寒くて、ついでに暗くてストレスがたまっているらしい。
だから末期戦を書くには最高の精神状態なんだ。

なんだかんだで忙しいから、途中でエターするかもしれないし飽きっぽいから投げ出すかもしれない。

やーまむ、糞飯のためにってツェルベルス大隊もいってるし、仕方ないよね。あんな食事でもお金かかるし。

はっきり言えば、無責任極まりない態度でご迷惑をおかけすることになると思う。

本作はね、幼女戦記のデグレチャフっていう作者のキャラを流用しているんだ。
主人公考えるのがね、断じてめんどくさかったわけじゃないんだよ?ホントだよ?
キャラがなんていうか、面白いタイプだったから。
似たキャラ乱造するくらいならばリサイクルして環境負荷に配慮しようと思ったんです。
エコなんです。

でもメアリースーみたいに魔法が使えて、誰からも愛され系とか眼中にないのでそこらへんはオミットしてあります。
ぶっちゃけると、精神性がシカゴ学派原理主義者にしてアンチコミーの闘士です。
それを、よりにもよってBETA大戦史の世界に原作知識つけて放り込むという混ぜるな危険の科学実験に手を出してしまいました。

許してください。

悪意はなかった。
ただ、純粋に混ぜたら、どうなるか知りたかっただけなんだ…。

だから、エターで全滅しても許してほしい…。

そんな本作の詳細な設定はこんな感じ。

①原作世界に偏った原作知識もちのシカゴ学派に記憶(後述)を持たせて放り込んでみました。
②主人公、目的のためには手段を『法の許す限りにおいて』追求する性格。大丈夫、ステイツの弁護士は優秀だ。
③クリスマスプレゼントを第四計画に発送予定。2周目?何のことです? 
④人類が勝つか負けるかは、作者の気分次第。なお、作者はCIVIガンジー的な非暴力主義者。
⑤主人公、単なる人間にしときました。魔法とか、神様の加護とか抜きで。
⑥さすがにそれだけで、BETA相手に何年も戦争しろというのはかわいそう。
 なので、経験と記憶をあげることにしました。一度、TDAまで生き延び最後は戦車級にむしゃむしゃされるまで経験済み。


まあ、細かいことを気にしないで楽しみたいという方は余り気にせず末期戦のノリをご堪能ください。ZAPしたい方、ZAPされたい方、どうぞご遠慮なくZAPを。



[35776] プロローグ
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/05 03:39
サンプル、放置していきますね?










はははははっはははははははははははは。

嘲笑を響かせながら、彼女は嗤う。

だから言ったではないかと。

無能共め、散々よくも足を引っ張ってくれたな、と。

迫りくる戦車級は数知れず。
積み上げた闘士級の遺骸に至っては小さな迷路を作るに足る程。

担いだ対戦車ライフルの弾は完全に射耗。
手持ちの残弾は、アサルトライフル程度。
手榴弾に至っては、つい先ほど戦車級に投擲してくれてやったのが最後の一つ。

残存する手持ちの火器は最大でも小火器程度。
小型種程度には有効かもしれないが、戦車級や要撃級相手に小火器では絶望的だ。
自爆用の爆弾程度は残っているが、逆に言えば自爆ぐらいしか選択肢がない。


本来ならば、重機関銃で相手にするべき相手。
それに肉薄攻撃を繰り返して撃退している現状。
手榴弾も、重火器も底を突いてくるとなれば逃げだすしかない。

そして、それが許されるならば彼女は何もかも投げ出してどこまでも逃げただろう。

クソッタレの第四計画に肩入れしたが、しくじったらしい。

即座に発動された第五計画。
持てるものをかき集め、兵器廠のシェルターに飛び込むので精いっぱいだった。

そして、このざまだ。


だが、逃げ場など人類には最早残っていない。

ユーラシアは沈めた。
カナダが中央部を戦略核で焼き払った。
バビロン災害とそれに伴う塩害で僅かに残った大地も多くが不毛の地と化した。
エスカルゴとの対人類戦争でさらに貴重な物資と人的資源が浪費されたときは激怒したものだ。

無駄もよいところだった。

それがなくとも、ただでさえ復興に至れるか疑念がある状況だったのだ。
そして、海の底から再びつぶらな光線級の瞳がコンニチワだ。

たかが、たかが土木作業用のユニットごときに。
人的資本価値を垣間見ず、一切合財を排除する単なる末端ユニットに。
人類が、資本が、社会が、自分が蹂躙される羽目になった。

冗談ではない。

我々のシカゴ学派。
我々の市場。
そして我々の人的資本価値。

そのすべてを無視する低脳ども。
そんな連中程度に、そんな連中程度に。

市場原理に基づかない技術的外部性ごときに屈するわけにはいかないのだ。

襲いかかってくる兵士級に鉛玉をぶち込み、半生半死のそれをバリケード代わりに防戦して久しい。
合衆国が誇った兵器廠で山のごとく積み上げられた弾薬をうちつくすほどの奮戦。

だが、弾に限りがあり人間に限界があるにもかかわらずBETAはきりがない。

「クソッタレのBETAと神!このおとしまえは兆倍にして返すぞ。必ずだ、必ず存在もろとも殺してやる。」

崩れた防衛線の一角。
其処に浸透してくる小型種を吹き飛ばすべく、各所に設置されてある航空用燃料へ集中射撃。
食いつかれ、苦悶の表情のまま吹き飛ばされる部下の姿。
辛うじて再編に成功した情報軍の精鋭が、正規編成を保った一個師団が。

今では、わずかな区画の全周防御にすら事欠く兵数しか残存していない。

そして、それが人類有数の反攻勢力というのだから笑うしかないだろう。

「もうすぐここは陥落する。もうすぐそこまで化物が来ている。 
本施設よりこの通信を聞く『人間達』に最後の命令を送る
抵抗し、最後の義務を果たせ」

人間の価値を認めないBETAに対する反撃。
それが、究極的には人間の人的資本価値を最も貶める使い道でありながら最良の人的資源を投じざるを得ない矛盾。
ああ、市場は何処にありしや。何処にありしや。全資本主義者は知らんと欲す。

「非道い人だ あなたは 何奴も此奴も連れて回して 一人残らず地獄に向かって進撃させる気だ」

にこやかに笑いながら、BETAに向かって鉛玉をばら撒き続ける生き残り。

「それが戦争で、諸君のいう地獄はここだ。
 無限に亡ぼし無限に亡ぼされるのだ そのために私は諦観の夜を越え今、火の朝を迎えるべくここに立っている。
 見ろ、人類の敗北が来るぞ。 我らルナリアンは少なくともこれで勝利と共に滅びるわけだ。一勝一敗というところか?」

「狂ってますな、少将閣下。一体、何人部下を殺しておられることやら。」

「ありがたい。私の狂気は君らが保証してくれるというわけだ。」

笑いながら、残り少ない残存IEDを起爆。
時間も、人手も足りなかったがために即席も即席だがそれでも起爆すれば戦車級程度は吹き飛ばしうる。

そんな戦場で、にこやかに会話できる精神性というのは確かに『まとも』ではないのかもしれない。
だが、人間というのは状況に合わせて適応していく生き物でもあるのだ。

住めば都と、この世界のことを称賛する意図は分子レベルで存在しない。
だがそうだとしても慣れることはできる。
 
「ならばよろしい。ならば私も問おう 君らの正気は一体どこの誰が保証してくれるのだね? BETAにでも祈ってみるかね?
一体どこの誰に話しかけているか判っているかね?私が月面方面軍らしくハーディマンでもつけていれば良かったかな?
私は月で、欧州で、大陸で、東部で地獄の底を這えずりまわったルナリアンだぞ?一体何人部下を殺したと思っているのかね?
闘争と暴力を呼吸するかのように行う戦闘集団の生き残りに狂っていると?いかれていると?
何を今更!!半世紀ほど言うのが遅いぞ!!」

苦笑いしながら、取り出したるはショットガン。
暴徒鎮圧には有用だったが、兵士級にはいまいちな威力のそれ。
だが、選り好みできる状況でもない。

ドア抜き用の一粒弾が余っているを幸い、近接戦でばら撒くだけばら撒くが所詮手数で劣る残存部隊。
IEDで吹っ飛ばしたBETA群に対し、出し惜しみせずにひたすら鉛玉をフルコースで馳走。

ああ、もちろん。
とっておきのデザートも用意してある。

唯一残っているのは、たった一つの切り札。
おおよそ、切り札というにもおぞましい一枚の手札。
手札というには、余りに頼りない単なるゴミ札。

勝機はいくらだろうか。
千に1つか万に一つか?
いや、そんな高確率ではありえないだろう。
億か それとも兆か。

はたまた、それとも京だろうか。
だがそんな確率だろうとも、世界を渡ることができるのだ。

「デストロイヤー級、距離6000!突っ込んできます!」

主力戦車の120㎜を正面から弾きうる化け物の中の化け物。
流用した主砲弾のIED程度では、足止めにもなるかどうか。

ましてや、手持ちの火器での撃破は不可能。
対物ライフルですら、20ミリが良いところ。

戦術器の36ミリが正面からはじかれる装甲を相手にするだけ弾丸の無駄だ。
背後に回って、銃弾をばら撒くだけの単純な対応策すら取れないほどに人類は落ちぶれた。

「第七区画のS-11だ。点火後、後退。生き残りは、第三区画に集結せよ。」

何とも忌々しいことに。

対戦車兵器どころか、爆薬すら払底する物資の欠乏。
よりにもよって人類史上最強の生産力を誇っていたステイツが、だ。
デカブツすぎて運べずに転がっていた爆弾で施設ごと吹っ飛ばすのが関の山。

転がっている120㎜やら36mmやらを流用したIEDは撃つべき戦車や戦術機が尽きて持て余した窮余のしろもの。

だが、ステイツの意地とでもいうべきだろうか。
S-11に限らず、種類だけでいえば豊富に、かつ多様な兵器がここにはまだ残っている。
そして、死なばもろともの彼らは自爆すら辞さない。

ある意味では、もはや意地の類いの抵抗。
だが、S-11どころか奥に鎮座ましますのはアレだ。
ユーラシアを沈めた人類史上最悪の爆弾。
Fifth-dimensional effect bomb(五次元効果爆弾 )

何故あるのか、というよりもああ、やっぱりあるのかと思った時から最後の覚悟は決めてある。
それは、『次』への門を開きうるのだ。

それがたとえ那由他の彼方でも、充分。否、過ぎる可能性!!
0に比較すれば、それは限りなく0に近かろうとも、0ではない。

あのクソッタレの、BETA共。
人類社会を、市場を、秩序を破壊する連中は、断固排撃されねばならないのだ。
そのためにならば、確率論に滅びるわが身を委ねることなどいかほどでもない。

「…アレを使うぞ。」

「いよいよですか、指揮官殿。」

諦観と絶望、それでいながらすり減った感情がために銃を握り続ける兵士たち。
微かな生き残りですら、嫌悪感を隠しもしない禁忌の爆弾。

…だが、最低でも起爆に成功しなければ『次の可能性』すらない。

「起爆手順に入れ。減速材は全て放棄、極力即時臨界を目指させろ。」

最低限度の指示。
それを伝え、部下らが手順を実行するのを確信。

今、できる最善を尽くしたことを悟ったターニャは笑いながら通路を走る。

人事を尽くしたのだ。
兵士級に散弾を撃ちこみ、通路のバリケードとするべく放置。
動けなくなった兵士級は即設バリケードには欠かせない。
弾切れになったショットガンを投げ捨てながら、突っ込んでくる闘士級を角へ飛び込み回避。

囮の自分につられた闘士級が追ってくるのを、火点で待ち伏せている連中が制圧。
元より限られた生き残り。
その中で、頑強に抵抗する自分達の脅威度は、BETAの中で上がるに違いない。

そうなればより多くのBETAを道連れにできるな、と昏い笑いが思わず浮かんでしまう。

自分を喰らうがよいクソッタレのBETA。
私は、酷く高いぞ?














人類乾坤一擲の反攻作戦。
クソッタレのパレオゴス。

大規模反抗作戦特有の、どこか熱気がこもった兵員らの興奮。
積み上げられた事前集積物資の山々は、そこに込められた並々ならぬ不退転の覚悟のあられ。
砂塵を巻き上げ、東へ、東へとひたすらに途絶えることなく移動する車列は動員された規模を物語る。

多かれ少なかれ、司令部区画を行き来する将校たちですらその感情は共有しているものだ。

「これが見納めだ。偉大なNATO軍も、今日までだと思うと名残惜しいものだな、少佐。」

だが、司令部区画の一角で皮肉気に笑う女性だけは別だ。
彼女の口に浮かんでいるのは完全な嘲笑。

「…局長、お言葉を。」

僅かに、咎める言葉を発する副官の胃はもはや長い付き合いになりつつある胃痛を訴え始めていた。

『アレの副官は、長生きできないし心を病む。』

そう評される国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)局長、ターニャ・デグレチャフ。
国連人事階級上は、Assistant Secretary-General(ASG)相当官としての特命人事。


公式にこそ、同研究機関は国連機関という名目になっている。
だが実態は合衆国の特務機関、それもゴリ押しにゴリ押しを経て、設立されたばかりの。
その年齢に比較し、高すぎる地位と権限はステイツが保証したものに等しい。

そこまでされ、一般にはデグレチャフ次官補と呼ばれる彼女の仕事は対BETA戦略研究。

その分析の的確さは殆ど関係者の間では伝説的だ。
対BETA戦略に関する専門家らからは間違いなく第一人者として誰からも認められている。

『カッサンドラ』という本人の自嘲と共に。

「たった5年。或いは、5年も。分からんでもないがな。」

そのカッサンドラは、ただ知っていることを、知っているがままに語っただけだ。
BETAという存在の非常識さ、その既存戦術・戦略とのミスマッチ。

そして、いずれも狂気の沙汰とされ挙句に引き起こしたのが『某重大事件』。
一時は越権行為どころか叛逆で銃殺されかかったほどの事件。

それでいながら、彼女は今や合衆国の戦略家にとって無視できない権威と化しつつある。

そのターニャにしてみれば、状況は最悪もよいところだった。

たった5年だ。

月面から、たった5年。
子供たちが、月面のニュースを理解できるようになったころには戦場は地球に移っているのだ。
それだけの短い年月。

世界がそのパラダイムの変化に対応できないまま朽ちていく5年だった。
それは、人間という種族にとって新たな天敵であるBETAについて学ぶにはあまりにも短すぎる年月。

だが、視点を変えれば5年もの負け戦だ。

5年もの長きにわたる泥沼の敗戦。

投じた鉄量、投じた人命、失った国土。

人類は5年という長きにわたって未曽有の後退を強いられている。
未来の顛末を知らねば、これが人類にとって最悪の時代だろう。
だが、BETA大戦史から見てみればたったそれだけの後退でもある。

ヨーロッパは健在であり、インド、中華、中東、極東の各戦線は安定。
相対的にせよ、BETA相手の戦争でまだマシな時期ですらある。

まだ、ましだからと言って慰めにもならないだろうが。

「状況を説明してやろう。大尉。」

地図に書き込まれた物量。
前の経験では、ついにパレオゴス以後回復しえなかった規模・質の水準。
それを、失うということのインパクトをまったく誰も予期しえていない。

…この世界にある特徴としては、『希望』を抱いての大規模反攻ほどろくでもない結果に終わるということに違いない。

「BETA相手に物量でこちらから挑むという発想がくるっているのだ。」

救いがたいことに、無駄な攻勢と意味のない戦闘によって人類は摩耗していく。
あの土木用作業機械相手に、まともに数で押すことは完全に無意味そのもの。
奴らにしてみれば、資源採掘が最優先であり人類は一種の災害に近いとみなされているのだ。

だから、ハイヴからの攻撃は通り一遍的なもの。
だが、ハイヴからの反撃は文字通り熾烈そのものだ。

開発の片手間で行われている攻勢で滅びかけているのが現在の人類だ。
知っていれば、人類圏でこれほど大騒ぎされている反攻作戦ほど虚しいものもないだろう。

パレオゴスは欧州の崩壊を招く。
それは、本来ならば欧州を守るべき兵力を使い潰してしまう。

コミーのメンツに付き合ったがために。

第五計画に至っては、全面的な勝利を確信して攻勢に出た挙句全滅に至った。

希望の元に進撃し、未来を焼き尽くすとは全く言いえて妙だ。

「兵と物資の無駄遣いもよいところだろう。」

地上を埋め尽くさんばかりの大兵力。
これが、人類の盾で矛である軍事力が。
全て、有象無象の塵芥として消え去る運命にあるのだとすれば。

まったく、なんと勿体ない使い方。
兵士というのは、物資というのはもっと効率的に使われねばならないのだ。

「安全保障理事会に報告。自殺行為だ、といってやれ。この程度の戦力でハイヴが落とせるわけがない。」

新兵器として配備されつつある戦術機は、いまだ十二分に信頼できる兵器とは程遠い状況。
JASRAで行っている運用研究のレポートや戦術研究にしても、手探りの状況にある。

そして、のろのろと動いているF-4の姿。
ロボットが戦争をするということに感銘を受けている連中には申し訳ないが。
あれでBETAと戦いハイヴに突入するなど自殺行為だ。

それ以前にあれで、光線級吶喊でもすればさぞ盛大に遺族を量産するに違いない。
何より悲劇的なことに、戦車や長距離砲兵にとってワルシャワ以東の兵站状況は最悪だ。

BETAが散々平地にしてくれたので、移動することは可能だろう。
だが、地形に起伏がない一方で路面状況は舗装されていないのだ。
軍が集団で移動すれば、泥濘地と化すのは時間の問題。

こんなところで、欧州方面の全戦力を乾坤一擲の作戦に投入。
戦力集中の原則は、正しい。
ただしいが、それは戦力集中によって敵に対峙ないし勝利できる場合に限る。

勝てない相手に対しては、こちらの主力を捉えられないように分散して敵の弱きをたたくべきなのだ。

「わざわざ、敵の拠点に此方から遠征した挙句に追撃されて装備を失うだけだろう。無駄もいいところだ。」

夢と希望に満ち溢れた勝利のイメージ。
全く、馬鹿馬鹿しいことこの上ない現実を見るべきだった。

しかも、わざわざご丁寧に大規模反攻作戦をメディアに嗅ぎ付けられる始末。
これで失敗した時、希望が反転した社会情勢が不確実要素を増加させることだろう。

そもそも、第三計画司令部発の陽動有用性とやらに乗るのが気に入らない。

データが正しかろうが、間違っていようが、ソ連のために動員されるようなものは気に入らなかった。
対BETA諜報という計画そのものを否定するわけではない。
概念として、発想としてBETAという種を理解しようという姿勢そのものは真っ当な敵を知る戦略の一環。

…だが、こちらがあちらを学習しているとすれば、あちらもこちらを学習している気がしてならないのだ。

「こちらは呉越同舟。どころか、碌に指揮権も整理できていない寄せ集め。」

まず陣営が違う。
その上に所属国家が違う。
星を肩につけた方々も多すぎる。

そして、フランスの様に攻勢が無謀だと割り切ってパレオゴスに不参加を表明した国はまだましだ。
参加するか、参加しないか碌に軍内部の意見形成もできずに従軍している連中の足並みの悪さときたら!

「事前計画の策定に幾ら時間がかかったと思うか?論外だ。」

会議は踊る、されど進まず。
その典型例として、パレオゴス司令部を付け加えるべきだと評されるほどの小田原評定。
戦略目標一つにしても、双方ともに微妙にずれる始末。

BETA野戦軍撃破による欧州の防衛を主張するNATO。
ハイヴ攻略による、国土防衛と奪還に重きを置くWTO。

そして、摺合せに近い議論の末に決まったことは指揮権の分割。
BETA群を撃滅するべく陽動をNATOが担当し、主攻としてハイヴ攻略をWTOが担当。

一見すると、双方の利害に配慮した解決策でもある。
実際、勝っているうちはこれでも機能するのだろう。

「一事あれば、周集狼狽して崩れるのが目に見える。」

だが、躓けばどうか?
5年前まで、双方が相手を仮想敵と認識していたのだ。
どう考えても手に手を取って、人類が勝利という未来は思い浮かぶはずもない。

「結局、勢いで発動された攻勢計画にすぎん。戦争は合理的にやるべきなのだがな。」

「これだけの戦力ですよ?損耗を厭わず攻略を意図すれば、さすがにハイヴの一つくらいは落とせるかと。」

だが、それは結果論だ。
知っているものだけが言える、傲慢な分析ですらある。
合理的ということは、同時に非合理的なものを斬り捨てることから始まるのだ。

「少佐、それは無理だ。私は確信しているよ。全滅したところで、ハイヴの攻略は絶望的だ、と。」

誰が知ろうか。
BETAにしてみれば、ハイヴの建築・整備の方が対人類よりもはるかに優先度が高いということを。
奴らは、別に人類に対して左程の優先度もまだおいていない、と。

資源回収中に、邪魔されているという程度の対応。

だが、資源集積場であるハイヴは断乎として防衛するだろう。
外でうろうろしているBETAならばともかく。
スタブ内部で連中の群れを突破し反応炉に至るというのは非現実的だった。

まして、人類の剣たるべき戦術機は未だ『ひよこ』もよいところ。
こんな状態で勝てるのであれば、人類は対BETA戦争で全滅に至るはずがなかった。

「失敗の影響は甚大だろうな。ユーラシアは落ちたも同然。ならば、それを前提に損切を考える時間だ。」

そして、相手を見誤ったあげくに自分たちの都合で行動した結果が各所での敗戦だった。
二度と、二度と無能共に足を引っ張られるわけにはいかないのだ。

奴らの利害に引き摺られ、叶わぬ夢のために滅びるべきではない。

本来ならばNATO加盟国は、エスカルゴの様にパレオゴスに反対すべきだった。
ソ連の自殺的軍事行動に追随するのではなく、共産主義者という盾が滅んだ後に備えるべき時期に入っているのだ。

「…ユーラシアの失陥を見過ごすと?」

「ふん、ユーラシアで死んでいるのは共産主義者だぞ?」

「局長!」

思わず、口をはさむ副官。
間違っても、国連軍の高位研究技官が口にしていい言葉ではなかった。

なにより、彼女程の立場にある人間が口にすれば。
それが、合衆国の本音と取られない実に微妙な問題を含んでいる。

「奴らが化け物どもと戦い時間を稼ぐ。その間に我々が反攻のための力を養う。」

だが、ターニャにしてみればそれは単純明快な真理。
国連軍の介入を断り、ハイヴからBETA由来技術の鹵獲を願ったあげく。
しくじった連中の尻拭いがこのユーラシア戦線でしかない。

出し惜しみせずに、最初からカシュガルを焼いておればこんなことにはなっていないのだ。
それを、月面総司令部時代から彼女は叫んでいた。
曰く、BETAという相手を侮るな、と。
水際迎撃こそが、人類にとって唯一絶対の選択肢だ、と。

「ハイヴを独り占めしようとしたあげくに、泣きついてきた間抜け共だぞ?自業自得もいいところ。」

それを聞き入れられなかったばかりか、後手後手に回っている情勢はターニャにとって不愉快そのもの。
コミーが勝手に戦死していく分にはハラショーと叫んでやってもよい。
敵の敵は味方という理屈で、交渉できるならばBETAとお友達になったっていいくらいである。

問題は、BETAという新しい参入者はお友達を欲していないということ。

「我々に対する負の外部性がなければ、そのまま滅んでもらいたいくらいだ。」

いかんせん、BETAという災厄の水際防衛に失敗したコミーだ。
放置しておけば、そのうちに問題を解決してくれるだろうか?
あの無能なコミーどもが、である。
期待するだけ、時間の無駄もよいところだろう。

だから、奴らの失策に合衆国が出て行って渋々面倒を見てやっているのだ。
いい迷惑此処に極まれりというやつだろう。
何が悲しくて、第三計画に延々援助した挙句に兵員と物資でもってソ連のお手伝い戦争なぞしなければならんのだろうか。

「其れだけだ。何が悲しくて、ヨーロッパの盾たるNATOをソ連のためにすり潰さねばならん」

これが、ヨーロッパに関係ない地域であればそれこそ断固として出兵拒否に走りたかった。
忌々しいことに、各国に潜り込んでいるコミーのシンパを一掃できなかったがために世論を扇動されたのは苦い思い出。

「宇宙人相手に人類の団結を見せるべきなのでは?」

こんな単純なロジックに、踊らされるべきではないのだ。
団結するのは大いに結構だが、団結して無用な土地を放棄して時間を稼ぐということを考える必要がある。
いつの時代も、団結が謳われるのは団結が欠如しているからに他ならないのだ。

そして、宇宙人相手に人類が何故団結すべきだろうか?
脱構造主義的観点から見れば、そもそも宇宙人だろうがコミーだろうが敵は敵だ。
『宇宙人』対『地球人』という対立構造軸は、地球人内部の差異を無視している議論に等しい。

軍事的合理性に従えない国家を含んでの団結など不可能そのもの。

…原作知識から推察するならば、ドイツで敵を阻止すべきなのだ。
ポーランド以東の情勢など、人類種の長期的利害のためにならば焼いてしまうべきものでしかない。
BETAに資源をくれてやるくらいならば、焦土作戦を為すべきである。

それを、どうも誰もかれもが認めようとしないのだ。

「ワルシャワ防衛であるというならば、考えよう。ベルリン防衛も真面目にやろう。」

ワルシャワならば、防戦するべき理由もある。
それは、ベルリンへの道なのだ。
断じて、BETAへヨーロッパ内部への門を開かないためにもその門は閉じておく必要があるだろう。

そのために、ポーランドを焼くことに異論はない。
忌々しい東ドイツとて盾になる限りにおいてその存続を許していいだろう。
だが、間違っても東ドイツのために西側諸国の安全を脅かすべきではないのだ。

それは、コストの問題で考えられるべきである。

コストが合う限りにおいて、東ドイツを支援し防戦に努めることもよいだろう。
だが、赤字ならば即座に西ドイツの防衛に全力を注ぐべきなのだ。

「だが、間違ってもソ連のための攻勢に付き合う必要があるかね?」

「…それは。」

「人が良すぎるな、我々は。」




末期戦へ、次の末期戦へ、次の次の末期戦へ!
一心不乱の真面目なループ敗戦モノを!

ああ、夢とか希望?

彼らは今、ちょっと別のところへ用事があって行っているんだ。

地獄で大急ぎ再編中なんだよ、すまないね。

なにか、伝言いたしましょうか?

こんな感じのゲテモノ作品に耐えられる末期戦患者ウェルカム。


気分屋だから、ニーズがあればホイホイ。なければ、気が向いたときにでもこっそりと。
そんな感じで投稿していこうかなぁいう次第。


追伸
コミーの表記に誤りがありました。ミスを犯した主犯は懲罰大隊へ送っておきました。人道的に続編を書くように自己批判しておきます。ZAPもしました。追加でZAPの発注を行いました。



[35776] 第一話 地獄への道は、善意によって舗装されている。
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/14 04:50
1958
米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物と思しき存在を発見。
なれども、画像送信直後に通信不能となる。

なお、宇宙人とのコンタクトに沸き立つ人類社会において少数の軍人・学者らが警鐘を鳴らす。
主導したのは、合衆国戦略航空軍団所属のターニャ・デグレチャフ大尉。
融和と警戒の二方向の必要性を提唱し、新たな『脅威』としてレポートを国防総省へ提示。


1959
国連、特務調査機関ディグニファイド12招集
同年3月ターニャ・デグレチャフ大尉、合衆国航空宇宙軍より特務調査機関ディグニファイド12へ出向。

地球外生命体に対する安全保障環境というテーマの緊急報告書を提出。
余りに攻撃的かつ過激すぎる内容と状況想定として公開は見送られる。

1966
国連、ディグニファイド12発展解消しオルタネイティヴ計画へ移行。
ターニャ・デグレチャフ中佐、合衆国航空宇宙軍調査・観察グループよりオルタネイティヴ計画司令部付国連軍将校として出向。

科学者らからの強い反発にもかかわらず、合衆国航空宇宙軍は部隊の月面配備を強行。
同軍の調査・観察グループを中心に編成された『第203調査・観察』中隊を国際恒久月面基地「プラトー1」に配備。
指揮官、ターニャ・デグレチャフ中佐。

1967
月面、サクロボスコ事件
国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チーム
サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種と推定される存在と遭遇。

付近にて実弾演習中であったデグレチャフ中佐率いる第203調査・観察中隊が此れを救援。

此処に、初の人類と地球外生命体の交戦が勃発。


人類史上、初の地球外生物と人類との接触であり、後の戦争(BETA大戦)の嚆矢である。

異星起源種、BETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race
――『人類に敵対的な地球外起源生命』と命名される

米国、対BETA宇宙兵器の基礎研究開始
米国国防省が在来宇宙兵器の決戦能力に疑問を提示
実際に交戦したデグレチャフ中佐、在来型宇宙兵器に対する前線からのレポートを提出。
曰く、在来宇宙兵器は火力・継戦能力・コスト・生存性のいずれにおいても欠陥だらけ。

米軍の4軍(陸・海・空・宇宙)共同開発プロジェクト・NCAF-X計画発動


1968
国連、オルタネイティヴ計画を第二段階へ移行
月面方面軍第203調査・観察中隊は、国連軍オルタネイティヴ直轄中隊へ改編。
デグレチャフ中佐、月面における奇妙な地盤振動を報告。
地中侵攻の可能性を提示し、調査を行うも決定的なデータは収集できず。

国連、オルタネイティヴ3予備計画招集

1970
米国、月面より渇望されていた機械化歩兵装甲ハーディマンの実戦部隊を前線配備
人類初のFP(Feedback Protector)兵器を運用する実戦部隊を月面戦争へ投入。
一定の戦果を収めるものの、数的劣勢の挽回には至らず月面各所で後退を強いられる。

1971年
デグレチャフ中佐ら「プラトー1」所属の国連軍人ら、独断で月面陥落を警告するレポートを提出。
通称『ルナリアン・レポート』。

これらは安保理に対し、即時増援ないし撤退を進言。
並行して、月面崩壊後の戦略想定を行うべき必要性を提唱。

地球における対BETA戦略の必要性が現実になりつつある旨の発表。
これを受け、月面戦線への大規模増援を安保理は可決。

同日、第2計画司令部、越権行為を理由にデグレチャフ中佐を解任。
合衆国、国防省戦略研究室へ転属。

1972
異星起源種との戦争という状況に後押しされる形で欧州、EU統合及びNATO軍再編。
米国、同盟各国に試作戦術機の存在を公表
政府の情報公開を受けて、開発メーカーであるマクダエル社が、同盟各国に売り込みを開始。

1973


04.19:中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下。

PRA軍航空部隊が即応。
着陸BETA群との交戦開始。
オリジナルハイヴ(H1:甲1号目標)の建設を開始。

『ルナリアン案件』発覚。


04.23:『ルナリアン案件』鎮圧
『ルナリアン案件』:国家安全保障委員会指定第427号機密。閲覧には、委員会の承認を必要とする。



1974
安全保障理事会において、米国提唱の国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)設立を議決。

初代局長、ターニャ・デグレチャフ女史。
国連人事階級上は、Assistant Secretary-General(ASG)相当官としての特命人事。
相当のゴリ押しを断行した挙句の、米国主導の戦略模索に加盟各国からの強硬な反発が発生。

だが、それとてJASRAの第一次報告書が公表された時の反発と比較すれば霞むだろう。

JASRAが大急ぎで纏めた対BETA戦略のレポート。

機関の編成からして、対BETA戦略における米国スタンスを如実に反映することは想定されていた。

それはそうだろう。
局長以下、主要機関員が米国の意向で選抜された研究機関の報告だ。
誰だって、そんな機関の提案ならば米国による提案と見做すに決まっている。

そんな米国所属も同然の軍事戦略研究機関が出す報告書。

初夏の近づきつつある6月に公表された同報告書。

内容は、衝撃的だった。
その余りの過激さが齎した衝撃。
ユニテラリストですら思わず愕然する極論の塊。

敵光線級により主戦力である航空戦力・大陸間弾道ミサイルの有用性が著しく削がれた情勢という前提認識。
これは、軍関係者にとって異論がない。

詳細に論じられている紅旗作戦以降、核攻撃すら迎撃されている情勢を分析した部分はマトモな見解だろう。
BETA分析は、第二計画以来の資料と戦地で回収されたサンプルからの科学的知見に基づく報告。
敵情理解としては有用な纏めという程度に留まる、研究必要性の提示という点では高く評価される。

対抗兵器の議論として新兵器と既存兵器の運用法模索というのも、前線から歓迎された提案だろう。
航空戦力の代替案として戦術機を高く評価しつつも課題に言及。
近接戦能力の向上・機動性重視の重要さ・対光線級装甲の研究の提案・戦術/運用未熟の指摘。

また、概念としての空軍の代替策模索。
その一環として宇宙軍の活用提案は活路を開きうるともろ手を挙げて宇宙軍からは歓迎された。
軌道上からの爆撃や、空挺戦術に代わる降下兵団構想というのは早速予算が付けられ始めている。

同時に、従来型ドクトリンで運用されていた既存兵力の効率的運用必要性もよい指摘だとされた。
これらも、BETA相手に既存の戦術では苦戦を強いられている前線国家らにとって真っ当な提案。

とりわけ、砲兵隊と工兵隊の有用性提案は地味ながらも前線の経験を有用に取り入れたものとして評価されるべきだった。
光線級が飛翔物体を最優先に迎撃することなどを考慮し、囮としての砲弾の有用性を分析した点は高く評価されている。
これらを応用し、あえて迎撃される砲撃を行うことで地上部隊を照射から護るという概念は画期的と評される。

概ねにおいて実際に戦術機の運用に悩まされつつも希望を感じている各軍にとっても有用かつ堅実な内容。

これら、戦術論や兵器整備レベルの戦略論に関しては概ね歓迎されるか許容される範疇の提案である。

問題は、次の二点に含まれていた。

一つは、軌道防衛網整備計画の前倒しによる敵増援阻止の提言。

地球への降下阻止による戦域拡大の防止を目的とした整備計画を唱えるもの。
提案そのものには、大きな問題がないだろう。

着陸ユニットによって国土が戦火に巻き込まれることを恐れる各国にとっても望ましい提案だった。
問題は、そこに付託されたトリガー条項。

迎撃失敗時の『BETA着陸ユニットへの即時かつ無条件の核攻撃』という条件。

このトリガー条項は論議を招かざるを得なかった。

しかし、これらとてまだ戦略論として許容しうる範囲。
少なくとも、後者に比較すれば限度の一線で踏みとどまれていたとすら評しうる。


問題は、『ユーラシア放棄』という戦線再編成を兼ねて防衛線をいくつかに限定しようという提案。

今後10年の戦略情勢について、JASRAは『勝てない』と状況を分析。
勝てない以上、敗北を最小限度に留めるべしと同レポートは論じる。
曰く、当面の対BETA戦略というのは封じ込め戦略に徹し、損害を最小化しつつ遅滞防御に努めるべし。
曰く、反攻作戦に至るに必要な戦術機の数的・質的充実と各種支援兵装・新兵装の充実を待つべし。

と甚だ消極的。

しかも、これとてオリジナルに比較すれば比較にならないほど加工されていることが発覚。

原案では『ヒマラヤ以北・ライン川以東』の完全放棄と焦土作戦すら含む。
カシュガルのハイヴ一つに対し、ユーラシア中央部を放棄するという驚くべき提案。
これを考えた人間は、よほどBETAを恐れているに違いないと笑われるほど悲観的な戦局予想。

運が良ければ、人類はピレネーとアルプスで欧州を保ちえるやもしれない。
神々の御加護に恵まれれば、ライン川であるいは阻止しうることが叶うやもしれない。
或いは、ヒマラヤの山々がインド亜大陸を保持させてくれるやもしれない。

そんな悲観論というにも悲観的すぎる情勢予想は誰からも嘲笑すらされる分析だった。

なにより極東防衛の困難さを論じ、島嶼部によっての抵抗迎撃線構築の提案は前提条件を知った軍人らが愕然とするものである。
それは、大陸失陥を前提にした戦略論争であり如何にカシュガルを攻略するかという提案ではない。

勝てないという前提を踏まえたうえで、対ソ連ドクトリンの応用としての対BETA封じ込めドクトリン提唱。
勝てないならば、敵ごと大地を吹き飛ばせという割り切った作戦計画。

はっきり言えば、アメリカ本位も甚だしい提案だろう。

同盟国である西側諸国からでさえも、余りの割り切り具合に懸念の声がもたらされるほど過激な割りきりであった。

そこにある概念は、防衛できないか防衛に値しない土地は放棄するという利害計算だ。
そして、放棄するならば最大限損失を限定的にするために縦深地帯としてこれを活用しようというもの。

核地雷を含む、徹底した焦土作戦によりBETAの進撃を阻止しつつ工業地帯を断固防衛。
人類の反攻戦力充足までの時間を稼ぐために、絶対防衛線に兵力を重点配備。

これらは、正しい。

対BETA戦争としてだけ考えるならば、時間を稼ぎつつ反撃の時間をひねり出すという意味で合理的だ。

だが、同時に国土を焼かれ放棄される国々にしてみれば堪ったものではないだろう。
しかも、寄りによって米国が、ユーラシアの国々にこれを突きつけるのだ。
反米感情が安保理で噴出しなかっただけ奇跡的といえるだろう。

そして、7月6日。
北米、カナダにBETA着陸ユニットが降下。

カナダはこのドクトリンに従って行動した米国によって戦略核の集中投射を行うという通告を受けることになる。
通告を手交されたカナダ外務大臣が愕然とするまもなく、与えられた猶予時間は24時間。
その間に避難できない場合、合衆国は責任を取り難いという通告。

そして、通告は文字通り24時間後に戦略核の集中運用という形で成し遂げられる。
ヴァンデンバーグ空軍基地より投入された複数のW62弾頭搭載ミニットマンⅢにより外層を破壊。
さらに、ハイヴ根幹をたたくため地下施設破壊用のW53弾頭搭載のタイタンⅡを集中投入。
文字通り、着陸ユニットを根こそぎ合衆国は破壊してのけた。

これにより、人類は少なくとも着陸ユニットによる敵増援の阻止という目標は実現可能であることを証明する。

だが、同年10月にマシュハドハイヴ(H02:甲2号目標)の建設が確認され人類は恐怖する。
当たり前といえば当たり前だが、BETAは拠点を自分たちで作れるということが確認された。
ハイヴが分化するという事実は俄かに国土が深刻に侵されるという危機感を各国に齎すこととなる。

そして、それは事前にJASRAが提案していたユーラシア放棄計画の現実味が齎されるということだった。

米国はBETAと共にユーラシア中央部を焼き払いたいのでは?
彼らが、安保理が、発案者の真意を知らんと欲するのは当然だった。









厳しい表情の列席者。
特に、前線国家群の代表らは怒りを隠そうともしていない。
ばかりか、大半は心底憎悪の念を瞳に燻らせ不埒な発案者を睨みつけている程。

視線に物理的な力を込めることができるのならば、それだけで押しつぶさんばかりの視線をターニャは一身に浴びていた。


一機の戦術機でも、一発の弾丸でも。
とにかく何でもいいから、前線のために諸外国から援助をかき集めている最中の彼ら。

その外交官らの懸命の願いですらある反攻作戦。

こともあろうに、その反攻作戦を馬鹿馬鹿しいと握り潰し、ひたすらに持久を唱えるルナリアン。


『何々、欲張ってBETA着陸ユニットを独占しようとしたら国土が侵された上に大量の国民がお亡くなりになった?
ああ、無能な政府を持った国民は哀れですからね。それはそれはお悔やみ申し上げましょう。
おやまだ何か・・・ああ、反攻作戦?何故ステイツが馬鹿げた自殺的攻勢に加わる必要が?』

安保理によるJASRA公聴会前に開かれた非公式の晩餐会。
そこでオブラートに包まれ吐かれた言葉を三行に要約すると暴論もよい意見だった。

飛び掛からないだけ、彼らは理性的に違いない。

だが、幾多の憎悪が込められた視線を向けられようとも彼女は揺るがない。
一切合切をくだらないと斬り捨て、皮肉気な笑みを浮かべた表情。
慇懃無礼な口調と裏腹に、馬鹿馬鹿しいと嘲笑すら眼が物語っていた。

「つまり、貴官のプランは、ひたすらに耐えろということか?」

至極真面目くさった外交官が、いかにも遺憾であるという表情で愁いながら紡ぐ言葉。
端的に言えば、勝つ気があるのか貴様という言葉をオブラートに包んだ軽い嫌味だ。
真摯な声色でありながら、そこに込められた嫌味の言葉程度『行間』を読めば誰にでもわかるだろう。

「いいえ、貴国の持久作戦論同様に、反抗に備えて力を備えよと申し上げております。」

そして、嫌味を嫌味とわかったうえでPRCの外交官に対してターニャは糞真面目な表情と口調で答える。
この戦略を建てるにあたっては、貴国の戦略論に学ぶところが大でありました、と。

言い換えれば、議論を彼らのレジティマシーとリンクしての批判予防。それはそうだろう。
質問に立った彼は、一党支配体制国家の外交官であり党に忠実でなければならない。
そんな彼が、自国のドグマや党のドクトリンを持ち出されれて批判出来るはずがないのだ。

持久作戦理論。

戦争が長期化していることは軍を組織化することが可能な時間的余裕があることを意味する。
作戦方式も段階的に遊撃作戦から正規作戦へ段階的に移行することが可能というドグマ。

その条件は量的拡大と質的向上の二点。
前者は人民を動員して部隊に参加させ、また小部隊を大部隊に編成することで到達可能。
後者は遊撃戦争における部隊の戦闘能力の練成と優良な装備の入手によって達成できる。
至極、至極真っ当な戦略論である。

問題は、誰が時間を稼ぎ、誰が稼いだ時間で行動するかという点だけだろう。

まさに、歴史の皮肉であるだろう。
IJAに対して矢面に立ったのはKMTの軍。
両者が摩耗し疲弊し尽くした後で横合いからCCPがなぐりつけた。

オブラートに包まれた真実とは、そういうものだ。
時間を稼ぐというのは、自分以外を殴らせるということである。
そして、対BETA戦においてステイツがそれを再現させようというのだ。

BETAに対し、CCPを矢面に立たせた挙句にUSAが横合いから殴りつけるという構造は反共主義者にしてみれば中々に愉快なもの。
逆に言えば、単独で矢面に立たされる国家にしてみれば堪ったものではない。

そして、謹厳実直な表情で淡々と述べるデグレチャフ事務次長補は強烈な反共主義者として知られている。

『コミーの理屈で、コミーをすり潰し人類の利益に貢献させる。まさに、最高ではありませんか!!』

彼女が呟いたとされる言葉が、伝わってくることからして反共精神を隠す気すら彼女にはないらしい。
小柄な女性事務次長補だが、その悪意と存在感は威圧感すら身に纏い対峙する人間に無言の圧力をもたらす程。
彼女は、恐るべき効率至上主義者だ。

人類融和のお題目こそ唱えているものの、だからと言ってコミーのためにステイツの兵隊を死なせる意図は皆無。
はっきり言えば、彼女はカシュガルの件でCCPを心底罵倒したとまで言われている。
馬鹿が欲張ったが挙句に、人類を巻き添えにして滅びる気か、と。

そんな連中のために、ステイツの若者を戦地に送り出せと?
沙汰の外だろう、ありえないだろう、むしろ責任を取って連中が必要な時間稼ぎをすべきだろう、と。
せめて、責任を取らせるためにもコミーをすり潰しましょうと口にするほどだ。

そして、純粋な戦略論から言えばそれは決して間違いでないところが最悪だった。

戦術機の改良・兵員の増強・運用ドクトリンの研究。
いくらでも質的・数的改善のために行い得る点はあるだろう。
時間が必要なので、時間を前線国家が稼ぐべきだという主張はそういう意味では正しい。

ただし、使い潰される側にしてみれば絶対に受け入れられない正しさであるのだが。
彼女の怜悧な眼が、戦死者を数字で数えたとしよう。
だが、前線国家群にしてみればそれは彼らの若者の死なのだ。

損害を最小化するために、貴様らが死ねといわれて納得できる人間は多くない。
理性で理解し、感情で納得できないというならばまだマシだろう。

人間を、数でとらえて如何に効率的に活用してすり潰すかという終末思想。
そんな思想はまともな世界においては異端も異端だ。

「しかし、貴官の防衛構想ではかなり大部分を放棄することになる。」

故に、東側の外交官らにしてみれば攻め口を変えてでも米国側の譲歩を引きずり出さねばならなかった。
膨大な工業力を背景とした、砲弾・兵器・装備を山積みにしている人類の兵器廠こと合衆国。
その大半が、彼らが絶対防衛線と想定した地域の要塞化に注ぎ込まれ前線には殆ど届かないのだ。

明らかに時間稼ぎ程度の量しか送られてこない砲弾では、国土の奪還など覚束ない。
其ればかりか、加速度的に拡大しているBETA支配地域は東側の主要な工業拠点であるウラル工業地域すら危険にさらしている。
そして、ステイツは防衛困難故に極東へ疎開されるべしと放棄を提案してくる始末。
第三計画に至っては、アラスカにおいて米ソ共同でいかがですかと申し込まれた時点で彼らの立場が理解できるというものだ。

「ウラル以東まで後退し、欧州方面はポーランドでの遅滞戦闘を想定。挙句にインドはヒマラヤ山脈を絶対防衛線とせよ?」

実質的にそれは、WTOの解体を意味しかねない。
つまるところ、米国は米国にとっての仮想敵国でもってBETA相手に時間稼ぎを行わせたいのだ。
そして、自らはその時間で国力の増強に努めるという行動原理。

それを、人類生存圏確保のための行動原理などと謳われてはたまったものではない。
宗主国から切り離された衛星諸国にしても、その支配体制を維持することは到底かなわないだろう。
つまるところ、大損するのは東で、丸儲けするのは西という構造が見え透ける提案。

敗北主義だ、と批判する外交官らの背後には深刻な危機意識も横たわっている。
使い潰されるのではないのか、という危惧だ。

目の前で、平然としている銀髪の悪魔。
カナダという最も近しい同盟国すら焼いたのだ。
奴が、心底嫌いぬいている共産主義諸国のために犠牲を払うだろうか?

よしんば払うとしても、それは彼女の国の利害のために他ならないだろう。
そして、それは彼らの祖国を焼くことになるのだ。

誰が、祖国を思わざるものだろうか。

誰が、思い出の地を自ら焼くことを欲するだろうか。

誰が、祖国を灰燼に帰すために、軍に志願しようか。

「はい、カシュガルを初期に制圧しかねた以上やむを得ないかと。」

だが、それはターニャにしてみれば単なる感傷だ。
彼女は異邦人であり、同時に傍観者の立場にすぎない。
よって立つところが違う以上、郷土愛という感情はノイズなのだ。
無論、内心の自由を尊重する以上、如何なる心情だろうとも干渉する気はない。

だが、合理的戦略形成を阻害するならばノイズなのだ。
対BETA戦争に、そんな余裕はない。

ターニャにしてみれば散々月面時代から警鐘を鳴らしてきたのだ。
あんな連中の技術鹵獲のために『人類種』を危機に落とされますな、と。
言い換えれば、貴様らが国益を追求するか、それとも人類種の共通利益を追求するか選ぶべき時なのだ、と。

だから、国連を介してカシュガルへの介入を東側が拒否した時点でターニャは割り切っている。
彼女が考慮すべきは、西側資本主義社会の利益であり、よしんばそれを外れるとしても人類種の利益だけだ、と。
個別のコミー?それは、コミーの政府が主権国家として『主権』によってお守りになればよろしい、と。

良く分かりもしないものを、無理に欲張って手に入れようとするからそうなる。

自業自得もよいところではないかと内心で嘲笑いつつも、ターニャは表向き遺憾そうに答えていた。

それは仕方がない提案だというスタンス。
心底悲しげに端麗な眉を歪め、涙すら流しかねんばかりに嘆いて見せる。
ああ、悲しいかな、人類に選択肢はないのだと言わんばかりの姿勢。

ある意味では、これはターニャの本心でもある。
もちろん、内実は自業自得もいいところで滅びてしまえと思う気持ちがないといえば嘘になるだろう。
だが、ほかに選択肢がないというのも彼女にとっては真実だ。

「絶対的な確信と共に申し上げます。」

嫌悪の情を抜きにして考えてもそれは防衛がぎりぎり可能かどうか微妙なラインの問題。
率直に言って、パレオゴスで戦力を消耗せずに防衛に全てのリソースを投入して実現可能かどうかの水準。

90年代まで持ちこたえられたヒマラヤ防衛線は兎も角欧州はパレオゴス以後一気に瓦解している。
ピレネーあたりに絶対防衛線でも構築できれば随分と反攻が楽になるのだろうが。
スペイン保持どころか、ジブラルタル以南の心配をする羽目になっているのだから笑えない。

「これは最良の封じ込めが成功したとして、人類が防衛戦を維持できるぎりぎりのラインでしょう。」

知っている世界では、ユーラシアは陥落した。
辛うじて、欧州でイギリスとイタリア半島最南端分の確保に成功しているがしがみ付いていると評するのが限界だろう。
インド亜大陸戦線は崩壊し、辛うじて戦線が残っているのはカムチャッカ程度。

其れに比較すれば、欧州を保ちインド亜大陸を保持できるのは最良の未来だ。

ただし、それは最悪と比較すればにすぎない。
現在と比較すれば、それは最悪だろう。

そして、知っている人間からすれば失陥した土地でも、今は厳然たる領土として存在するのだ。
どのみち落ちるならば、せいぜい損切りしようという発想は現在に生きる人間にも浮かばない。
彼らにとっての問題認識というものは、いかに防衛するかである。
如何に、損害を最小化し戦力を温存するかという発想は前線国家のものではないのだ。

故に、そもそもターニャの戦略案は受け入れられがたかった。

「では、最もあり得るのは?」

「ユーラシアの失陥であります。」

淡々と吐き出すユーラシア失陥という懸念。
本人にしてみれば、ありうる可能性の高い未来予想のつもりだ。
だが、吐き出される側にしてみればあまりに飛躍した予想。

「貴官は、現状を知っているのか?我がWTOに貴国のNATO、そして中国の大陸軍に加えて、ユーラシア諸国すべてがBETAに降されると?」

「現状を放置すれば、20年後にはアフリカ大陸や北米大陸が最前線となるでしょう。」

誰もが、誰もがここに至ってなおBETAという敵を理解していないのだ。
その恐ろしさは、奴らの物量一点に尽きるという真実を。
あの汎用性が異常にずば抜けた土木機械はだからこそ、人類を駆逐しうる。

全くもって、効率性だけ見れば羨ましいことこの上ない。
連中、無能な足の引っ張り合いとは完全に無縁だ。
システムに支配されているが故の弊害か、ワンパターン化するというものがあるとしても学習機能つきである。
コミーよりは、BETAの方にまだ親和性を感じられるというものだ。

有能で効率的な敵よりも、無能で非効率な味方ほど恐ろしいものもない。

「つまり、失敗すればユーラシアから駆逐されると?」

「BETAと物量戦を行った場合、人類が先に摩耗して戦線が崩壊します。断じて攻勢など取りえましょうか。」

あんな連中相手に、此方から不利な戦闘を仕掛ける必要は皆無。
せいぜい遅滞戦闘に努めて時間を稼ぐべきなのだ。
というか、それすら史実では人類はできていない。

反攻だの、奪還だの大言壮語を悲願とする前に許容しがたい現実を受け入れるべきなのだ。

第三世代、第四世代の戦術機を充足させて反撃しうるだけの鉄量用意。
それができるようになるまで、人類は耐え忍ぶべきしかないのだ。
そうでなければ、反撃どころか全滅が待っている。

間違っても、カシュガルを落すか全滅するかのばくちを打つような瀬戸際にまで追い詰められるべきではない。

「彼我の損害率を認識しているのかね?」

「数値上はこちらがやや優勢かもしれませんが、物量で押す相手には絶望的に不足しています。」

BETAは代替可能性がきわめて高い。
なにしろ、工業製品に近い性質を持つのだ。
歴戦の兵士に自軍の戦力をこちらが育てる間に、コンスタントにBETAは量産されている。

話にならない。

「対応策を持ち合わせているかね?」

「戦力向上による最終的な反攻開始まで、現戦線で持久に努める以外にありません。」

故に、コミーをすり潰すというのは副次的な目的。
封じ込めを行わなければならないというのは、ある意味では文字通りそれしか選択肢がないからだ。

「ふむ、我々としては、貴官による研究機関の設立は支持するがそのように、及び腰では成果が望みえるのか?」

「失礼、多角的な視点から議論するという意味では・・・。」

だから、彼女は焼いてしまえと、塵芥としてしまえと主張する。
守れない土地ならば、核地雷でBETAもろとも吹き飛ばしてしまえ、と。

そして、彼らは守りたいと願う。
彼らの故郷を、生まれた町を、思い出の土地を。

故に、両者は絶対に理解しあえない。
相手の主張に耳を傾け、議論することは可能だ。
しかし、そもそも事の始まりが違う。

彼らにしてみれば、祖国を守りたい。
そこにおいて、不合理と呼ばれようとも彼らはそこに立っているのだ。
守るべき人々、守るべき故郷。
彼らが戦うのは、そのためだ。

デグレチャフにしてみれば、人類圏が最優先。
言い換えれば、自分自身のために戦っているにすぎない。
それは、一種の生存闘争という認識だ。

個別国家の事情など、有利になる事情でない限り斟酌するだけ無駄だと割り切っている。

故に、JASRAのレポートは拒否される。
狂気の沙汰と。
論ずるに値しない暴論と。

そうして、それは投げ捨てられる。
その行くつく先は、故郷を取り戻すための大規模反抗作戦。

かくして、善意によって地獄のパレオゴスへの道は舗装される。


あとがき
取りあえず、一心不乱の大戦争のために下準備。
準備は大切だよね、少佐殿も50年以上かけてたし。

適当につえーやるだけじゃ、オリーシュ蹂躙もの。
キチンと、苦戦させて、苦闘させて、足引っ張り合わせて、しかもお互いが正しいというジレンマ経験させて、相互理解のむずかしさを経験させて、失敗させて、責任の押し付けあいさせあって、敵前でもめさせて、混乱させて、蹂躙される末期戦もきちんと描写しないとね。

新兵器や画期的な新戦術?
そんなもの程度で挽回できれば、苦労はないよね的な。
未来知識があれば、戦争に勝てる?
んなわけないでしょうと。

戦術で、局地戦で勝利してそれがどうしました?
戦略的劣勢を挽回しうるだけの知見があると思いますか?
たった一度の機会があったとすれば、それは1973年4月19日でしょう。ですが、彼女は失敗しました。故に、もはや戦術で戦略を挽回しうる局面はないのです。

さあ、大戦略を!
一心不乱の大戦略を!
この劣勢を挽回しうる、大戦略を!


大丈夫、本作はカルロゼン印の末期戦です。

政治というもの大好き人間が、政治の失敗を嬉々として描写するための病膏肓に入る人間による、病膏肓に入った方々へお届けするフレッシュな末期戦です。

間違っても主権国家が、非ウェストファリア的自己犠牲の精神に目覚めることはあり得ません。非政府アクター?パワーポリティクスの世界ですよ?ご冗談でしょう?

とまあ、皮肉たっぷり悪意満載の本作。

次回、『パレオゴス作戦、人類の反撃はこれからだっ!』

ご期待ください。

なお、パレオロゴス作戦前の準備段階でZAPが第一話付近でも吹き荒れております。渡航に際しましては、十分にZAPにご注意ください。



[35776] 第二話 善悪の彼岸
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/14 04:52
JASRAの出身母体は合衆国。
故に、参考意見聴取という名目ならば幾らでも政策決定の場に呼び出されることはありえた。
当然ながら、ただ聞かれるばかりか意見を勧告することも職務には含まれている。

だから、デグレチャフ事務次官補は淡々と自分の信ずるところに従い長期戦略の形成へ提言を行う。

「…ユーラシア失陥を前提とした、難民政策の提起だと?」

そう狭くないはずの安全保障会議室を埋め尽くさんばかりの高官ら。
大半が、眉をひそめて何事を言い出すのかと訝しがっている眼差し。
黒と灰色の制服とスーツが、広いはずの部屋を狭く感じさせるほどの圧迫感。

それらを一身に集めつつ、統合代替戦略調査機関(JASRA)局長、デグレチャフ事務次官補は淡々と政策を提起する。

「はい、議長殿。JASRAは、今次BETA大戦が長期化することを前提とした行動計画の策定を各国政府に勧告するつもりです。」

今次BETA大戦という言葉。
長期化の前提という言葉。

そのいずれも、前線国家群がひしひしと感じざるを得ない現実である。
後方国家とはいえ、さすがに合衆国ほどの超大国となると無関係でいるわけにもいかない。
いや、わずか数年でユーラシア中央部を喪失しつつあるのだ。

軍事情勢を理解できるマトモな脳があれば事態の深刻さは否応なく察せられる。

まして、情勢分析と戦略目標策定に携わる連中にしてみれば否応なしに直面せざるを得ない脅威だ。

誰もかれも、嫌々ながらだろうとも現実と向き合うことを始めている。

「確かに、ユーラシアの戦局は激化の一途を辿っているが…」

だが、現実を直視すればするほど専門家というのは知識にとらわれる。
前提条件に、暗黙裡の仮定に、構造のフレームワークに拘束される。

はたして、ユーラシアが失陥しえるだろうか?
初期の大規模なBETA侵攻地域の拡大を許してしまった最大の理由は、ソ連の正面配置が真逆のNATOへ向いていたからだ。
言い換えれば、余力を保持したままの状況で後退だと認識しえる情勢。
主力が依然として、残存している状況だ。

彼らは、それらを知っている。
そして、彼らのフレーム・パラダイムにおいてそれは状況の挽回を考えさせるに足るものだ。

中国戦線も激戦の一途を辿っているものの、依然としてカシュガル戦線は拮抗状態にあるとされている。

「間違いなく。おそらく、前例の無い大規模な人口移動を前提としなければなりません。」

だが、そんな一時的な小康状態などターニャにしてみれば気休めの時間にすぎない。
あと数年もすれば、欧州失陥を真剣に協議しなければならないのだ。
そんな時に緊急避難計画の策定を始めるよりも、今から厄介ごとを他所様に押し付ける方策を検討すべきと判断。

なればこそ、ターニャは殊更にプロフェッショナルとして無表情のまま言葉を紡ぐ。

「わが合衆国は、おそらく最大の受け入れを希望される国家となるでしょう。その安全性・経済力、いずれも魅力的です。」

なにしろ、合衆国は安全だ。
世界最強の軍事力。
世界最大の経済力。
世界有数の人口規模。
世界最高の技術水準。
世界最高の地政学的優位。

そのいずれも、合衆国が地球上において数少ない約束された安寧の地であるかのように思わせることだろう。

特に、BETAに母国から追われる連中にしてみれば渇望の地だ。

「まあ、伝統的に合衆国は移民を受け入れてきた。今後も、その方針は変わらない。」

「では合衆国一国でもって億単位で人口流入を受け入れられますか?」

「億?」

だから、それこそ難民はほぼ全員がステイツへの移動を望む。
ユーラシア難民すべてが、だ。
ソビエト・イギリス・アフリカが吸収しうる分を除いたとしても、億は軽くくだらない規模が。

ステイツ一国の肩に期待という名の重荷を勝手に載せてくる。

「ユーラシアの人口から考えれば、その程度は覚悟されるべきかと。」

無論、すべてを受け入れるのは非現実的。
オーストラリアや日本、それに中南米に分担させることで米国負担を軽減することは可能かもしれない。
だが、それらとしても一朝一夕に纏められる政策でもないのだ。

そして、そのための労苦に国務省が割く時間と人的資源は莫大に違いない。
どの国とて、口では綺麗ごとを言おうとも難民抱え込みには忌避感を抱くものだ。
そこに定着の可能性まで示唆される単位が違う難民の大群である。

だからこそ、その波に直面する前に対応策を練って行動を今から行わなければならないのだ。

そう確信すればこそ、ターニャはわざわざ安保理へ難民問題への提言を計画する。
BETA大戦に勝利するがために合衆国の戦力を最大限発揮させるべく行動しているのだ。
なればこそ、わざわざ事前にステイツに対して前線国家からの頭脳流出をすべて吸収せよと促す。

「技能がある者、経済的余裕があるものはまだよろしい。それは、合衆国にとって受け入れる価値があります。」

選別には時間がかかる。
虚偽申告、書類不備、膨大な申請件数。
議論の余地なく、選別作業は大混乱することだろう。

それらを差し引いても、この苛烈なBETA大戦だ。
有為な人材を囲い込めるのであれば、大歓迎する。
大歓迎し、その才幹を存分に対BETAに活用するしかない。
使える者ならば、なんだって使おう。

前線で肉壁として使い潰すよりも、彼らにはもっと効率的に仕事をしてもらおう。

「ですが、我が国の社会保障制度に過重な負荷を与える億単位の難民など悪夢です。」

だが、その一方で限られたリソースを有効活用するためにも効率性至上主義は絶対に譲歩できない。
その意味において、この限られた資源を食いつぶすような層は断じて看過しえないのだ。
ステイツはなるほど、世界で最も裕福な国だ。
だが、世界において最も裕福であるというだけで全人類を養えるはずもない。

そう、ステイツとて限界があるのだ。

「メキシコや中南米からの不法移民の比ではありません。不法移民は、まだ経済的に一定程度自立しておりましょう。」

敢えて、プロとしてターニャは淡々と言葉をつなぐ。
本音であれば、不法移民問題も苛立たしくはある。
だが、現実問題として不法移民の多くは労働力として有意。
必然的に、経済に組み込まれているという現実は無視できない。

その意味では、経済難民でも働く能力・意欲があり比較的ステイツの価値観になじみがある世代は良いだろう。
教育を受けており、少なくともステイツの経済基盤を潜在的に下支えしてくれる層は可愛げもある。
なにより、実質的に低賃金労働を負担することでステイツ経済の雇用のギャップを補てんしている貴重な労働力として評価できる。

そう、彼らも市場に貢献している。

「彼らの一部の様に、合衆国経済に貢献し、また忠誠を示すために従軍する人間は例外的です。」

だが、ユーラシア難民にそれらを期待しえるだろうか?

過去の経験と知識を見る限り、はっきり言って難民解放戦線に代表されるアホ共を生むだけだ。
あんな連中に食い扶持をやるくらいならば、戦う意思のあるガキどもの食い扶持にすべきだろう。
日本帝国の中尉ではないが、限られた資源で戦う戦闘員を優先することの何が悪い?
人類に必要なのは、断固としてこの種としての生存戦争を戦い抜く決意有る戦闘要員だ。

弱者愛護の精神は、地獄にでも行って再編成するべきなのである。

「はっきり申し上げましょう。無駄飯喰らいを億単位で受け入れた挙句、社会保障制度を崩壊させるのは愚策です。」

だから、結論だけははっきりと強調しておく。
これを譲ることだけは、まかりならないという明確な意思を込めて。

「…人道上の問題という合衆国の立場もある。何より、見捨てろと?」

国務省の高官らが、顔をしかめて政治的配慮からの言葉を口にしてくるがターニャは省みない。
無論、人道政策が介入の方便としてシステムを円滑化するツールならば大歓迎することだろう。
人道的に振る舞うことが、戦略的利益に合致するならば敬虔な人道論者にすらなって見せる。

だが、今は人道というソフトパワーは明らかにBETAに対し無意味なのだ。
軍事力・経済力・技術力といったハードパワーを結集し、あらゆる力でもって力に対峙しなければ食われる。
戦車級のディナーになりたくなければ、勝つしかないのだ。

「1951年の国連難民条約はあくまでも紛争ないし自国内部での弾圧を前提としたものです。」

そのために、法的な見地から難民問題を見るという解釈はターニャにとっては合理的。
少なくとも法律に対する敬意と、服従は人類普遍の義務であると信じて疑わない。
だが、だからこそ抜け穴があればそこを堂々と潜り抜けるのだ。

それは、居並ぶ黒と灰色の連中とて知らないわけではない。
法律とは、そもそもそういうものだと理解されているのだ。

法は、法によって人間を守り、縛る。
だが、同時に法は一つの限界を定めるのだ。
それは書いてあること以上は、法は求めたりしないという法の限界を。

「デグレチャフ事務次官補、つまり貴方は条約難民説によって立つべきだというのか?」

そして、難民問題に関する限り『条約』は難民の案件を規定している。
云わんとするところは、余りに明瞭。
そう、誤解の余地が無いように明瞭に提議されているのだ。

…本来は、難民を救済するために。

なれば、理解すればこそ国務省の人間は思わず口をはさむ。
それは、条約難民説に依拠する遠回しなBETA大戦難民の受け入れ拒否か、と。

「…67年の地位確認を考慮したまえ。戦争難民も一定程度は法的妥当性がある。」

「なにより、人道上の受け入れを拒絶するわけにもいかないだろう。」

彼ら、国務省の官吏は人間として正しい。
彼らは、合衆国の裏表を見た上で合衆国の正義を信ずる。
その意味において、彼らは現実的な善を信奉しているのだ。

だから、彼らは非常識な戦争という新しい常識を未だ理解できていない。

立ち上がりかけ、思わず嫌悪の情も露わにする彼らは善良な人間として正しく、邪悪な組織人として完全に間違っている。

「戦時の難民に関し重要なのは、『特定の文民』を迫害する『差別構造が交戦状況下』に存在するか、という点でしょう。」

そして、わざわざ説諭してやる義理も義務も権利もターニャにはない。
ターニャにしてみれば、それは時間の無駄。
戦略的合理性と法的義務の洗い直し程度に議論を行う程度だ。

相手が反論してくるからこそ無駄を省くために行うプロセス。
そして、少なくとも法律論争の問題点を類似した議論で洗い出してあるターニャの論理だ。
全くもって邪悪極まりない論法ながらも、一定の法的有意性を持つ議論を形成しえていた。

まあ、それはそうなのだろう。

なにしろ、難民関連諸法規は拡張されたとはいえ所詮人類間での紛争を前提としたレベル。
空からのお友達をお招きしての、救いのない生存戦争を前提とした国際法など前例がない。
前例がない以上、既存法規の解釈で対応せざるをえないだろう。

つまり、まっとうに既存法規の論理に基づけば難民など存在しない。

なにしろ、BETA対人類だ。
文民・軍人関係なくむさぼり喰らうBETAがどう差別的だというのか。
一切合財まとめて、資源として回収してく姿勢は明白だろう。

「…この点に関し、BETAは一切の差別を行っておりませんな。」

加えて、自国政府からの弾圧や差別という構造も厳密に言えば対BETAでは成立しにくい。

せいぜい、BETA相手に少数民族を投入する東側諸国の少数民族問題がある程度。
だが、彼らは軍人だ。間違っても、文民ではない。
おお、素晴らしきかな国際法規。

「それを考慮するならば、国際法上での義務を我が国が負うとは私には思えません。」

「事務次官補殿、義務でなくとも政治上必要になることを考慮すべきでは。」

一部官吏から提出される異論。
それは、この狂っていく世界にあっては貴重な善意だろう。
合衆国という国家の根幹をなす善意というべきだろう。

世にいうところの、良識だろう。

だから、何年やってもBETA戦争に勝てないのだ。

「潜在的治安・政治的不安要素です。受け入れに際しても絞るべきです。」

中途半端な優しさ。
マキャベリが遥か古代に言ったではないか。
与えるならば徹底的に与え、奪うならば徹底的に奪わねばならないと。

愛されるよりも、恐れられよ、と。

笑顔すら浮かべかけ、ターニャは口元を引き締める。

「つまり?」

「EB-1~3、乃至EB‐5カテゴリーならば、積極的に受け入れる価値があります。ただ、家族に関しては少し留保すべきでしょうが。」

自己資本で移住してくる資本家・熟練技術者・研究者は喜んで受け入れよう。
家族をぞろぞろと引き連れてはたまらないが、基本的に高給取りの家族も割合高給取り。
なにより、家族がスポンサーになっての移民は難民と峻別されてしかるべきだ。

彼らは、合衆国に納税し、合衆国で研究し、合衆国で生産する。
実にすばらしい、理想的な移民でありまさに国家が渇望する人材でもあるのだ。
そういった手合いであれば、いくらでも受け入れて合衆国で活躍していただいて構わない。

なにしろ、そういった手合いが高付加価値産業には絶対に必要なのだ。
代替可能な部品としての労働者と異なり、彼らは社会の歯車を円滑に動かすための主要なパーツである。
交換するには手間暇をかけねばならないし、交換部品も早々豊富にあるわけではない貴重なパーツ。
はっきり言えば、壊れたが最後、新しく機械全般を作り直した方が早いような貴重な人的資源だ。

養成費用を払う必要もなく、ステイツに流れ込んでくれるならば大歓迎しよう。
費用対効果からみても、家族程度ならばもちろん受け入れていい。
そういうイーブンな取引ならば幾らでも労働市場を開放するに値する。

「問題は、それ以外です。率直に言えば、受け入れる価値はほとんどありません。」

「では、どうすると?」

「志願し、入隊して対BETA戦争に従事するならば受け入れましょう。それ以外は、OAUあたりに押し付ければよろしい。」

曲りなりにも人的資源だ。
対BETA戦争においてステイツの損害を極小化するために志願するというならば認めよう。
少なくとも、これらも一つの取引だ。

権利と義務。

彼らが、権利を欲し義務を為すならば権利は与えられねばならない。

そうでないならば、ことはいたって単純。

此方は、そちらに望むものがないのだ。
当然、取引が成立しないだけの話。

だから、受け入れるといっているOAUあたりに受け入れてもらえばいいではないか。

「なるほど、反吐が出るような政策だな。」

思わず、誰かが吐き捨てる様に自己本位も甚だしい政策だろう。
ろくでもない最悪の入管政策だろう。
考えるだけで、おぞましいと思わず唾棄したくなるような政策だろう。

だから、どうした?

「ですが、確かに最も低コストかつ合衆国にとってメリットのある政策です。」

「ゲーレンバーグ立法・法務問題委員長?」

リアリストの一派。
数字と論理に親しみすぎた現実から乖離した法曹関係者。

彼らにしてみれば、デグレチャフの論理は法的に問題がない。
そして、法的要請に基づき行われる諸政策の費用対効果の分析にも正確だ。
故に、彼らはそれらが合理的であると単純に結論付けられる。

余りにも、余りも多くのほかの要素を斬り捨てる言論。

だからこそ、彼らは知らない。
彼らは、それを斬り捨たことを知らないのだ。
単純に、数字をみて、数字に基づいて、発言しただけ。

悪意も、善意もなくただ専門家として一視点を提示。

ただ、それだけ。

「51年並びに67年の規定では、『受入国水準』での庇護及び支援の義務が求められます。」

彼らは、知っている。

難民を受け入れた場合、自国の社会福祉政策に準じる基準が求められる、と。
法律では、そう書いていると。

「我が国で難民一人を受け入れるよりも低コストで難民受け入れが叶うOAU諸国の方が経費は少なくて済む、と。」

彼らは知っている。

合衆国のコストと、OAU諸国の平均コストは後者の方が圧倒的に安価だと。
統計が、そう書いていると。

「その通りです。高い水準で難民受け入れを行い破綻させるよりは最低限度の水準で行うべきかと。」

そして、デグレチャフと彼らは難民政策の費用対効果を計算してしまう。
安価に、多数の受け入れ問題を解決するためには初期費用とコストを削減すべきであるという経済の思想にのっとって。
そこにあるのは、完全に人を人として見ず数字でとらえる人間の末期的行動。

だからこそ、彼らはそこにおいて劣悪な生活水準・インフラ・治安といった要素に考慮を認めない。
それは、OAU諸国の基準において問題ないとされるのであれば難民キャンプは法的に問題ないからだ。

合衆国で100の費用を1人に投じるよりも、1の費用で、100人を。
彼らにしてみれば、効用の最大化とでもいうだろう。
そこにあるのは、主体としての国家であり扱われる難民たちの嘆きではない。

「当然、OAU諸国への支援は絶対に必要になるでしょうが、それでも自国受入れよりは遥かに安上がりです。」

そして、ターニャはOAU諸国に対しても取引という概念を持ち込む。
すなわち、面倒事を押し付けるものとして処理費用を提供するという対応策。
迷惑料ということだろう。

それは、単純に施設の設置と補助金を論じるような軽い口調。
だからこそ、込められた言葉の邪悪さは居並ぶ面々をして思わず軽く嫌悪させるものだ。

「…検討してみよう。」

それの感情をしればこそ、デグレチャフは苦虫を噛み潰したと言わんばかりの関係者を平然と見渡すとノウノウと付け加える。

「また、単に援助依存で財政的負担とするのを避けるために国家を移植する必要性をJASRAは提言します。」

「…続けたまえ。」

「通常の難民受け入れと異なり、今回難民は自国政府に弾圧されるわけではありません。」

条約難民どころか、そもそも難民でないのだと。
ならば、なぜ主権国家の行政機構を活用しないのか、と。

「故に、難民出身国の政府機関を活用する、と?」

「その通りです。居留地なり、租借地なり名目は随意に研究させるべきでしょうが区画ごとに住まわせるということを提案します。」

纏めて、管理するために。
せめて、管理費用を最小限にするために。

「つまり、自治権を与えて管理させると。」

「その通りになります。彼らの在外資産を絞れば多少は受入国の負担も軽減できるかと。」

受け入れてやるのだから、払えるものは払わせようと。
OAU諸国に押し付けるのだから、せめてOAUに対しては最低限度の義理を果たそうと。
そこにあるのは、完全に取引の発想。

BETAという未曽有の侵略者に対抗するために、最大限まで市場の効率性を追求し続けた果ての思考。

「ガス抜きのために、一定程度は受け入れるべきかもしれませんが最低でも負担にならないレベルを選り好みするべきかと。」

「移民政策と難民政策を統合ということも検討に値するとお考えですかな?」

皮肉気に、なんなら移民と難民を統合して難民審査を移民審査と同じになさるかと腐す上院議員。
彼にしてみれば、入管政策の観点で難民を語るというモラルが理解できなかった。
難民を邪魔者と一蹴し、戦争のための戦争に恋い焦がれるような狂人を理解しかねた。

だからこそ、思わず皮肉の一つでもと思わざるを得なかったのだ。

そして、生涯その吐いた言葉に苦しめられる。

「…素晴らしいご提案だと思います。なるほど、我が国が受け入れているという姿勢になります。」

まるで、天啓を得たかのような笑顔。
正に、まさにそうすべきであると確信したとばかりのデグレチャフ事務次官補が表情。

「あまり、褒められた政策ではありませんな。」

「国務長官?」

「損なわれる我が国の対外的な印象をお考えいただきたい。」

咄嗟に、咄嗟にこれまで口を噤んでいた国務長官が割って入るもすでに時遅し。
ターニャ・デグレチャフという人間種の災厄にとってことは単純化されている。
彼女は、カッサンドラ。

なればこそ、その忌まわしい提言だろうとも毒を飲み干す思いで耳を傾けざるを得ないのだ。
ルナリアンと、狂気のルナリアンと忌み嫌われるのは故あってのこと。

「国務長官、我が合衆国は行ったことで批判され、かつ行わなかったことで批判される宿命にあります。」

「古くからの超大国が宿命、というやつか。」

「はい。我が国は受け入れを行ったところで、不十分な移民受け入れ体制や財源の不足を非難されましょう。」

そして、狂気じみた提言の裏にはほぼ冷徹な現状認識と悲観論が渦巻いている。
尤も、事が起こった場合それは悲観的に事態に備え楽観的な結末を求めるための行動だと後になって誰にでも理解できる。

今、ユーラシアで起こっていることを考えてみれば。
1973年のルナリアンによる暴発は、見逃していたほうが結果的には人類種にとって幸いしただろう。
だが、それはその当時においては信じがたい暴挙だった。

「つまり、劣悪な難民受け入れ政策、と。デグレチャフ次官補、君はそう言いたいのだね?」

「はい、国防長官殿。どのみち、受け入れようが受け入れまいが合衆国は非難されます。」

そして、それが今一度再現されないと誰が断言できようか。
ここにいる評議員の誰一人として断言できないのだ。
そんなことは、ここにいる誰一人としてできない。

ルナリアンの提言が、一見する限りではまともな分析に基づいているならば殊更に。

そして、一部ではあるが合衆国という超大国は確かに国際社会への嫌悪と違和感を有する。
彼らにしてみれば、善意で行ったことを邪悪な帝国主義と批判されることに厭いている。
一方で、時を同じくして自制して介入しなければ邪悪を蔓延らせる諸悪の根源とされる。

こんな社会の評判を相手に、一喜一憂すべきだろうか?
信頼できる同盟国数か国との関係を強化すれば、事足りるのではないのか?
古き良き、ヨーロッパとの強固な関係のみでよいのではないか?

そんな疑念を燻らせている面々にとって、答えは決まっているようなものだ。

『「…自分勝手なものだ。合衆国に期待を勝手にかけた挙句、満たされなければ裏切られたと批判するのだからな。』という憤り。

「ですので先ほどウォーケン上院議員から示唆されました移民制度改訂を活用するのはどうだろうか。」

だから、ルナリアンの言葉はそこに囁く。

「難民のOAU押し付けと同時に、『移民』制度の大幅な緩和を行うべきかと。」

我々が、悪しざまに罵られるのならばなぜ、罵られるように行動してはならないのか、と。


あとがき
マーチあけのノリで、勢いで突っ込まれた難民問題へフォーカス!

①何々、難民キャンプ問題があるって?
君たちは、いったいどうして難民を団結なんてさせたのかね!
分割して、統治しろって習わなかったのか、君主論を読み直せばかやろー!
良いですかぁ?暴力を人類に振ってはいけません。
暴力を振るってよいのは、BETA共とBETA共に味方する人類の裏切り者だけですよぉ。

というか、正直ユーコンの警備仕事舐めてんのかと。
各国主権と保安組織なめてんのかと。
仕事しろ警備要員。内の敵を摘みだすのが、貴様らのお仕事だろうと。

②難民解放戦線?
そんなに解放したいならば、赤軍方式で解放してやんよと。

何、有能なテロリスト共?
よろしい、飴と鞭で対応しよう的な。
中途半端な対応が一番よろしくないんだと。

あと、ぶっちゃけラプタンいらないよ。
高すぎるし、正直数そろえるのもあれだし運用めんどうそうだし。

加えて言うと、難民解放戦線ってぶっちゃけテロやん。
テロには屈さない。テロリストとは、交渉しない。
僕たちは、犠牲を忘れない(`・ω・´)


連中、難民を人民解放軍的に解放したいのだろうか。普通ならテロを口実にイスラエル式コンクリートブロック塀とブルドーザー出動ですよ。


次回
ソビエト軍にこにこ大戦略。
明るく愉快な、赤軍とWTO加盟諸国の心温まる作戦にご期待ください!

ZAP式再構築実行中です。



[35776] 第三話 Homines id quod volunt credunt.
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/05 04:02
難民政策問題。
ユーラシアの失陥という可能性。

その何れも安全保障に関わる人間にしてみれば、無視しえない重要な要素だ。
だから、事が米国の安全保障に深刻に影響すると見做されたがためにJASRAが呼ばれた。
はっきりといえば、デグレチャフ事務次官補の評価は合衆国内部でも完全に割れている。

少しばかり、新聞をよく読む人ならば月面戦争の英雄として彼女を知っているかもしれない。
だが、世間での彼女の評判というのは取り立て話題に上るほどというものでもない。

しかし、ことを合衆国の枢機にあずかる面々に限れば話は真逆。
デグレチャフ事務次官補と耳にするだけで、なにごとやあらんと顔面を変えるほどである。
誰もが、彼女の長期的な分析・戦略形成と月面以来の対BETA専門知識は評価する。
特に、知っている人間は『ルナリアン』と一種の畏怖すらこめて敬意を払う。

同時に、知っているからこそ彼女の言動を彼らは恐れる。
小柄な女性事務次官補の穏やかな能面の裏に、どのような激情が渦巻いているか。
月面で月に魅入られたとまで評される激変を見せたという個人的な経歴。
カシュガル以来、悉くBETA戦争における主要な事象を分析してのけた偉大な知性は同時に恐るべき狂気の産物。

彼女は、100を救うためならば、99まで捨てられる。
いや、最悪の状況において100のためならば100を捨てることも平然とやってのけるだろう。
言葉にするのは、簡単かもしれない。

だが、実際にやってのける人間というのはまったく別種の存在である。

まして。

合衆国のために難民数億人を平然と切り捨てようと政策提言の場で言葉にできる人間は異常だ。

「さて、余談はその程度して本題に入ろう。」

だが、居並ぶ高官らをして頭を抱えさせるような政策すら今日は前菜。

「デグレチャフ事務次官補。パレオロゴス作戦に対する評価分析を。」

「はっ、こちらになります。」

配布される資料の束。
それが意味するところは余りにも大きい。
安全保障会議。

そこに籍を置く人間にすら、事前に配布しえないほどの機密性。

意味するところは、無視しえない重さを持つ。

「お手元に配布した資料は、JASRAによるソ連が提案したパレオロゴス作戦の分析です」

そして、悪魔よりも悪魔的な連中が邪悪な頭脳でもって行ったソビエト政策のペーパーだ。
マトモな良心では、読むに堪えないえげつない分析が行われていることだろう。
率直に言えば、それだけで外聞が悪くなるほどに。

「何故、リアリスト揃いのコミーどもがパレオロゴスなどというばくちに出たのか?単純です。」

だが、彼女は知っている。
米国の政治家というのは、どうであれ利害計算にだけは長けるということを。
語るべき言葉というのはツールだ。
しかるべく語れば、それは理解される。

なればこそ、彼女は極々生真面目な官吏としての立場を保つ。
そして灰色の死んだ魚のように濁った瞳を、職務用の笑顔で誤魔化しつつ彼女は言葉を紡ぐ。

「ソ連は、時間がソ連の敵と判断したようです。」

ああ、素晴らしいかなコミーども。

本心で笑みが浮かび牙をむき出しにして笑い出しそうになる。
あの自己中心的で倒錯した世界観に浸るパラノイアどもは、実に愛おしい。

自分を自制しながらターニャは、それでも思わず微笑んでしまう。

「時間?」

ソビエトには時間が無いのだ。
一体、なぜパレオロゴスという一大反攻作戦が強行されたのか?
単純だ、ソビエトにはそれ以上待つことが利益にならないのだ。

「ご存知のように、ソビエトはBETAの波状攻撃によってモスクワ方面を喪失いたしました。残念で仕方ありません。」

ソビエトに余裕はない。

お陰で、溝鼠の様にこそこそとご自慢の首都から逃げ出す始末。
共産主義的革命的敢闘精神とやらに期待したかったのだが。
まったく、おかげでヨーロッパ防衛の盾に使える親衛師団は遥かハバロフスクへ逃げ出す始末だ。

連中、同じコミーの尻拭いもできないと見える。

「本当に、まったく残念です。私がやりたかった…っと、失礼いたしました。」

戦争なぞ人的資源と経費の浪費。
ただ、個人的趣向としてはコミーが溝鼠の様に惨めに駆逐される姿は自分で見たかった。
モスクワを平地にするのは、ぜひとも自分がやりたかった。

まさか、このご時世でハバロフスクを襲撃するわけにもいかない。
実に、実に残念だった…まあ、ハバロフスクを焼くだけならば機会はあるだろう。
気長に次を待つしかない。

「なりふり構わず国土において核を用いた焦土戦術に移行したにもかかわらずです。」

メインモニターに映し出されるソ連の地図。
カシュガル以来、その国土はひたすらに北西に進路を取るBETA群によって蹂躙されている。
衛星写真が明らかにするのは、ユーラシア中央部にぽっこりと湧いた灰色のエリア。
核とBETAに蹂躙されつくされた地域は、完全に不毛地帯と化している。

「ウラル以西の重工業地帯を悉くソビエトは喪失しつつあります。経済的な打撃は天文学的な規模に至るでしょう。」

そして、ソビエトはその軍事力を養っていた主要工業地帯をBETAの進撃によって喪失している。

「移転は難航しているようです。辛うじて工場の部分的な移設にこそ成功していますが影響は絶大かと。」

視線を受けた情報官らは、ソビエト情勢に関する分析を提示。
全体的に産業基盤の移転に遅々として成功していないのは、諜報機関らが悉く同意する事実だ。
官僚主義的に硬直しすぎて柔軟性を欠いたことも大きい。
だが、なによりインフラストラクチャーが貧弱なことが工業基盤移転を阻害していた。

移転が間に合わなかったご自慢の戦車工場や兵器廠の多くは今頃BETAに更地にされているところだろう。
よしんば、機械を移転したところで部品供給網の混乱は深刻だ。
ハバロフスクで国家機能を再建するまでの間、補給は相当に混乱するだろう。

「資源地帯の喪失の影響も小さくはないでしょう。特に、穀倉地帯を失った影響は致命的だ。」

「深刻な飢餓の可能性が示唆されています。…すでに、内々ではありますが穀物輸入の増量要請が。」

「欧州方面への兵站は確実に絶望的です。」

各方面の情報官らも、ソビエトの状況が決して楽観視を許すものではないことは理解している。
入手している統計によれば、状況が悪化しつつあるということは明らかなのだ。
それらが奏でるのは、ソビエトという冷戦の一角が朽ち果て行く断末魔。

これが、BETAでなければ乾杯でも言祝ぎたいところだろう。

だが、相手は人類を生命体として認識しえない欠陥土木ユニット。
お陰で、盛大に文明人が苦労して相手する羽目になっている。
文明でもって、野蛮に対抗するために野蛮を為すのだ。

狂っているが、致し方ない。

「現在のWTO軍は遊兵もよいところ。NATOで正面配置していたカテゴリー1師団がです。」

対ソ連諜報の結果として入手されているソ連軍戦力。

間抜けなソ連軍と笑うべきか。
BETAの進軍速度が速すぎるというべきか。
ソ連の正面配置は完全に裏目に出ていた。

欧州方面を主戦場と想定し、その対応のために整備されていた赤軍の配備。
対して、カシュガルから北進してくるBETA群はその脆弱な側面を食い破った。
行動策定者らにしていれば、完全な想定外もよいところだろう。

そして、軍事国家ですら想定しえないBETAの侵攻能力は専門家らをして愕然とさせるに足るもの。
劣悪なインフラに加え焦土作戦で敵兵站線を破壊するという伝統的なソ連の縦深作戦。
本来ならば、脆弱な横腹を突かれようとも敵が兵站に手間取る間に再配置が十二分に可能だ。

そう、もしもBETAに兵站線という概念さえ存在すれば。

ひたすら、悪路をものともしない走破性を発揮し軍団規模のBETAが突進してくるのだ。
兵站破壊以前に、破壊すべきBETA兵站線が存在していなかった。
どころか、本来ならばソ連に味方すべき劣悪なインフラの悪影響を撤退するソ連が蒙る始末。

なまじ、モスクワ方面の防衛を意識してしまったことが致命的だった。
重装備の部隊を逃す機会を逸したがために、ウラル以東へ逃がすことに失敗。

お陰で、欧州にソ連と衛星諸国のWTOが依然として外壁という形で残っている。
どころか、モスクワ防衛用に動員された部隊まで押し込まれている形だ。
ソ連にとっては、忌々しいことにウラル以東の防衛戦に一切貢献しないWTOだ。
彼らにしてみれば、持て余しているというのが一番的を射た表現だろう。

「加えて、加盟各国の性質を考えれば抑えのソ連軍だけ引き抜くことも困難でしょう。」

なにより、好き好んで共産主義国家となったわけでもない東欧諸国の忠誠心は期待するだけ無駄だ。
ソ連の後退と連絡線遮断を幸い、露骨ではないものの徐々に距離を取り始めている。
無論、共産党党員らの既得権益問題や内部抗争も苛烈であるのは事実。
其れに助けられ、辛うじてソ連が影響力を保っているという構造だろうか。

「ソビエトと、その衛星諸国との関係の議論に深入りすることは避けますが…」

「さぞ、盛大に内輪もめしていることでしょうな。」

「まあ、構造上そうならざるをえないでしょう。」

冷戦構造化において、長らく対ソ戦略に悩まされていた面々にしてみればそれは自明の事実。
好き好んでソビエトの一翼になりたい国家というのも多くはないのだ。
剣によって屈服を強いられたある主権国家の国民が、圧制者の剣が朽ちてなお支配される道理もない。

「ともかく、はっきりといえば時間をかければかけるほど影響力を喪失しかねない事態です。」

故に、情報機関が秘密裏に非公開情報を探るまでもなく衛星諸国が独立の動きを強めているのは公然の秘密だ。
彼らにしてみれば沈みゆくソ連という泥船から逃げ出し、アメリカが差し出す救命ボートに飛び乗りたい。
そもそも歴史的経緯からして、彼らはソ連という泥船に乗りたくて乗っていたわけでもないのだから。

「対して、ソ連の主戦線である中央アジア戦線の激化は深刻です。ソ連軍は深刻に押し込まれております。」

そして、逃亡しつつある連中を体制に押しとどめるブレジネフ・ドクトリンはもはや維持しえない。
なにしろ、WTO軍の編成比率において在東欧ソ連軍は兵站・規模においてかつての圧倒性を持ちえていないのだ。
戦術機に至っては、なんと東ドイツに部分的にライセンス生産を委託する始末。

本国との兵站が断たれ、かつ復旧の見込みの乏しい彼らで東側衛星諸国を蹂躙するのは望み薄だろう。

その一方で、ソ連の現主戦線である中央アジア戦線は泥沼だ。
兵站を部分的とはいえ、欧州に割かざるを得ないのは遺憾の極みだろう。
そもそも、ソ連の利益にならない欧州防衛にWTOを使われているという事も彼らの精神を逆なでしている。

彼らにしてみれば、WTOなどソ連の手足の一つ。
それが、自分勝手に本国の思惑を離れようとしていることが許しがたく思えているらしい。

「この状況下において、ソビエトにとってのWTOという機構の有効活用が望まれていると判断します。」

だが、まだ辛うじてではあるが自分の手駒。
米国に干渉されない手駒であるのだ。

ソ連の思考を考えれば、単純明快に理解できる。

思想的に『汚染』された疑いのある将兵らと、『叛逆の意を見せた衛星国』将兵。
対するは、ソビエト存亡にかかわる中央アジア戦線。

後者のために、前者を犠牲にするなど呼吸と同じ程度に自然な結論だ。

「それらを考慮すれば、ソ連側の戦略目的は余りにも明白です。」

ソ連式の思考法を考慮し、地図を見れば後は自明だろう。

メインモニターに映し出された地図でハイヴを指しながらターニャは淡々とソ連の構想を追って解説する。

「ミンスクの攻略により、ウラリスク・ヴェリスクを挟撃。戦略目標は最低でも、BETA東進牽制か。」

そして、軍人らにしてみればそれらは理解できる発想だ。
BETAという相手に二正面作戦を強いるための、東西双方からの牽制体制の確立。
その為の、一か八かのミンスク・ハイヴ攻略計画。

「はい。すでにエキバストゥズを失陥しているソビエトです。東進阻止は至上命題でしょう。」

そして、ひっ迫している中央ユーラシアの情勢がソ連に時間的猶予を与えない。
今、BETA東進をけん制できなければソ連はその広大な国土中央を喪失することになるだろう。
はなから国土死守など考えず、縦深に引き込み損耗を最小化するドクトリンとはいえ限度がある。
それは、相手が距離で摩耗する場合にのみ有効だ。

二度目の夜逃げという事もあり、国家機能や工業地帯の移転は過去の経験を活用できているとしても、だ。
極東より東には、ソビエトと雖も逃げ場はないのだ。
そろそろ、国土の残された面積が気になってくる頃合いではあるだろう。

「この場合、欧州方面においてNATOを助攻として使用しうるミンスク攻撃は理にかなっています。」

そんな時に、主戦線を支援しえる計画を誰かが窮余の策として思いついたのだろう。
役に立っていない遊兵と、ソ連にだけ激戦を押し付ける西側の軍事力。
それらを、有効に活用しつつ自国の負担を僅かなりとも軽減できるという合理的な思考。

いやはや、まったくもってソ連という国家のことだけを考慮したならば完璧な計画だ。
BETA西進を深刻に危惧しているスカンジナビア・中央ヨーロッパ諸国が同調しかねないのは自明。
なにより、ポーランド以西に整備されて広大な平野が広がっているという事はBETA相手の防衛困難を意味している。
開けた土地で防衛線を構築し、突破されるよりも攻勢防御を希望する世論も少なくない。

お陰で、NATO加盟国の一部は酷く攻勢に乗り気となっている。

だが、そこまで口にした後でターニャはゆっくりと簡単な爆弾を投下。

「これに関連して、JASRAは、第三計画が行っている大規模陽動実験のデータに深刻な隠匿の疑義を有しています。」

メインモニターに映し出されるのは、いくつかの地点を捉えた衛星写真。
それが、一日ごとにどう動くかの推移を見ていた軍人らは嫌でも気が付く。

「疑惑にとどまりますが、BETA増援を欧州方面に牽引することで中央アジア戦線の再編を図る時間的猶予を得ることも計算しているのでしょう。」

第三計画で申告されているという対BETA陽動実験。
それの効果を、ソ連側報告ではなく国家偵察局が観察したもの。
当然、偵察衛星の能力など国家機密にかかわるという部分もあるため詳細は公表されない。
だが、それでも。

解像度以前に、地図を見れば誰でも理解できるだろう。
これは、『戦略規模』での陽動実験だ。

「ソ連側の発表するデータは、戦術レベルでの陽動に終始しております。」

だが、国連の計画であり国際社会に対し報告義務を持つソ連が提出しているレポート。
その中身は個別の戦術次元での研究にとどまっている。
曰く、戦術レベルでの対BETA陽動有効性を認める、と。

「ですが、国家偵察局の報告では戦略規模での陽動実験も複数回行われたとのことです。」

多額の国連予算と、資源を投じての第三計画。
その第三計画の運用を担うソ連側の意向は、まあ、自国利益を至上とするものだ。
当たり前すぎることではあるが、レポートにはソ連にとって都合の悪いことは書かれていない。

だが、ちょっとばかり注意して観察してみれば複数ハイヴへの陽動攻撃が何を意味するかは分かる。

「疑いの一つにすぎませんが、ハイヴを西側から攻撃することでソ連正面戦線の安定化を図る陽動の可能性があります。」

証拠は、一切ない。
あくまでも、偵察衛星の写真から導き出された仮説。
もっともらしく見えるだけの仮説だ。

状況証拠ばかりで、明示的な証拠などどこにもない。

だが、ソ連の意図を危惧し疑うには十分すぎるだけの材料でもある。

「また、ソ連衛星国の各軍は自軍の欧州外転用を望んでおりません。」

そして、本来ソ連にとってみれば壁として用意しておいた衛星国が役に立っていない。
なにしろソ連が多額の費用を投じ、援助し続けた衛星国は本来欧州への壁なのだ。
完全にソ連本位の防衛計画であるのはいうまでもないこと。

はっきり言えば、衛星国が殴られている間にソ連が体勢を整えるための生贄。
だが、衛星国よりも先にソ連が殴られているのだ。
ある意味では、ソ連にとって本末転倒もいいところだろう。

自分たちの壁にしたはずの衛星国は役に立たず、それどころかWTO主力がソ連から切り離されてしまっている。

「はっきりと申し上げれば、ソ連離れの傾向もみられているかと。」

そして嫌々壁にされていた国家群が、自国防衛のためならばともかくわざわざソ連に義理を尽くして死ぬ気もない。
故に、彼らは欧州の対BETAの防壁として機能している。

ソ連にしてみれば、ムダ金を遣わされたという思いだろう。

「この状況下、例外的にWTO諸国が協力的たりうるのがミンスクの攻略です。」

だから、せめて持ち駒を有効活用できる局面を模索したのだろう。
圧迫されているポーランド・東ドイツらがミンスク・ハイヴ攻略による戦線の安定化を望むのは道理だ。
自国防衛のために、最寄りハイヴを攻撃、可能ならば破壊ないし制圧したいと欲しても不思議ではない。

「さらに重要なこととして、攻勢頓挫の影響が中央アジア戦線へは限定的ということです。」

加えて、ソ連の中央アジア戦にとっては失ったも同然の戦力で攻勢に出るのだ。
喪うものは少なく、期待できるリターンは渇望している戦線の安定化につながる。

「既に失われたも同然の師団と、反骨心を抱いた衛星諸国。ソ連にとって掛け金としては、高くありません。」

むしろ、嬉々として銃殺隊を送ってきても驚かない。
師団単位の脱走兵をモスクワ防衛戦だけで射殺した実績を持つソ連軍だ。
その程度、すり潰して平然としていることだろう。

いや、すり潰さないほうが本来どうかしている。

「故に、ソ連は反ソビエト戦力の摩耗と自国戦線の安定化を攻勢の成功如何にかかわらず実現可能と分析した模様。」

ソ連の立場に立ってみれば、パレオロゴス作戦は実に合理的だ。
実に、実利的かつ理性的ですらあるだろう。
極端な話、彼らはそこまで失うものがない。

最善は攻略が叶い、BETA由来技術の鹵獲に成功すること。
そうすれば、間違いなくソ連の中央アジア戦線は安定するに違いない。
そうでなくとも、G元素などBETA由来技術には喉から手が出るほど渇望しているソ連だ。

攻略できれば見返りは果てしないだろう。

本当に落とせれば、だが。

だから失敗しても、欧州に負担を押し付け自国の防衛に専念できると踏んでいる節がある。
無論、大規模反抗に出る以上は勝利を期待し、勝利へ努力を行うだろう。
しかしながら、WTO軍が使用できるうちに使ってしまえという発想が垣間見られるのだ。
仮に使えなくなった場合、あとの欧州に対する配慮が彼らには見られない。

それは、米国の仕事だと押し付ける意思が感じられる。
いや、押し付けるというよりも彼らのパラダイムは単純に欧州を米国勢力圏と認識しているだけなのだろう。
だから、米国と欧州の問題と考えている節がある。
早い話が、人類への義務とは無縁の感覚。

「連中、どちらにも賭けています。勝とうが、負けようが取り分はきっちり取るつもりでしょう。」

加えて、NATO・WTO加盟諸国の正面装備が摩耗した場合どうなるか?
ただでさえひっ迫している戦術機需要は暴騰することだろう。
其れこそ、西側・第三世界においてソ連製が競争力を持ちえるほどに。

そうなれば、彼らの国際的な影響力はある程度回復しえるに違いない。
なにしろ、急ピッチでソ連が行っている戦術機の研究・配備はそれなりの規模。
質でこそ米国に劣るとはいえ、一定の供給は可能なのだ。

当然、それを交渉のカードに新たな同盟国をアフリカ・アジアに求めることが可能だろう。

そう、ソ連としてはそれで正しい。

「問題は、我々が攻勢に加味するかどうかでしょう。」

問題は、それが合衆国にとって利益たりえるかという事だ。
いや、合衆国の利益にならずとも自分の利益になるならばまだ我慢もできよう。
しかしながら、史実はパレオロゴス作戦が欧州崩壊の引き金だ。

「JASRAとしては、断固反対いたします。」

第一世代という水準。
明らかに戦術機の質は問題が多く改善が必要だろう。
こんな世代の機体で、ハイヴ制圧が可能ならば人類は30年も延々追い込まれることはなかった。
いや、そもそも第一世代では光線級吶喊すら重荷に過ぎることだろう。

物量に至っては、BETA相手に物量戦をやらかす気だ。
正直に言って、低コスト大量生産可能な土木作業用ユニット相手に挑む気にはならない。

それだけでも頭が痛いのに、ハイヴ攻略に関して誰にも計画がないとなれば完全にお手上げだ。

行って、制圧すればよいとおっしゃるが、どう制圧するのか?が完全に抜け落ちている。
要塞攻略戦と同じ感覚で、敵守備隊を包囲し砲兵で締め上げれば事足りると考えているのは危険な誤算だ。

「我らの弾除けが死ぬのは惜しいですが、はっきり申し上げて自殺に付き合ってまで引き止める謂れもないでしょう。」

唯一の問題にして、最大の問題。
それは、そんなことを何処で知ったかという事を暴露することが絶対に不可能なことにある。

ハイヴ内部の構造など、今次作戦で突入する部隊が出るまで人類には未知。
まして、BETAの規模や行動原理といったものも未判明の部分が多すぎた。

故に、ターニャは現時点で判明していることに限りながらも懸命に攻勢計画に反論を、異議を提唱せざるを得ない。

それは、酷く曖昧な警告とならざるを得ないことも意味するのだ。

ターニャとしても、それは自覚している。
自覚していればこそ、せめてもの足掻きとして散々警告を発し続けてきた。

それなればこそ、彼女は最後に付け加える。

「私的見解を敢えて付け加えるならば、これは成功の見込みがない自殺です。攻勢への参加は、断固反対いたします。」

「ご苦労、デグレチャフ事務次官補。」

ねぎらいの言葉。
だが、それはターニャが望んだものとは少し違う。
それは、儀礼的な言葉なのだ。

言い換えるならば、私的見解の尊重という範疇にとどまる解答。

『国連』の『事務次官補』と『合衆国』の『軍人』ら。

そこには越えがたいパラダイムの差が厳然として存在する。
無論軍人らとて無能ではなく、無能とはむしろ程遠い類の部類。

だが、だからこそ。
有能であり、事態を認識していればこそ彼らは困惑するのだ。

その問題は、デグレチャフ事務次官補の強硬なまでの反対をどう解釈するかにある。

彼女は、パレオロゴスを分析しソ連の政治目的による出兵だと見做していた。
それは解説されれば高級軍人や政治家にしてみれば納得のいく分析だ。
改めて、ソ連ならばさもありなんとわかる。

問題は、動機ではなく実現性の部分だ。

デグレチャフ事務次官補は戦略的視点から、断固反対を唱えている。
それは、一つの見解だろう。
だが肝心の理由は、酷く曖昧な代物。

曰く、物量・質・兵站のいずれにおいても貧弱。
曰く、数的優勢の確保が見込めない。
曰く、ハイヴ突入ドクトリンの不備。

NATO・WTOの総力戦で、物量に不備があり得るだろうか?
質的改善は、大量に配備されつつある戦術機で航空戦力不在をかなりの程度補いうるレベルにまで到達。
兵站も、フル回転している。
この情勢下、数的優勢は確保されていると参謀本部は判断している。

まして、ハイヴを守る野戦軍を撃滅してしまえば孤立した拠点の包囲戦。
突入制圧ドクトリンなど、手間取ることがあってもそう困難でもないと判断されているのだ。

彼らは、ただ知らない。

ハイヴへゲートを潜り突入することが、いかに絶望的な物量のBETAを相手にせねばならないかという事を。

ただ、彼らは経験していないだけなのだ。

だから、彼らは既存のパラダイムで判断するしかない。

そして、だからこそ。

デグレチャフ事務次官補はカッサンドラと自嘲する羽目になるのだ。




あとがき


すまない、すまない(´;ω;`)ウッ
やっつけ仕事なんだ。

コメント欄で、議論する余裕はあるくせにと言われたらそれまでかもしれない ( ̄□ ̄;)

でも、本作は、というか自分の書いているものは極力ファンタジーの世界としてのルールを守りながらも、『ご都合主義』を排していきたいという矛盾を抱えているんです。

合理性と現実性からの乖離反対。でも、作中設定には原理主義的厳格さでもって従順に。それが、本作でのルールです。どこまで守れるかは分かりませんが。

あんたの書いてるもの、意味が分からんとか、その展開ありえんという合理的批判・議論は大歓迎。真摯に応じます。なので、今後もぜひお付き合いください。

とりあえず、下準備としてパレオロゴスの背景的な導入を。

コメント返し、修正などは近いうちに。
ご容赦あれ。


地図も読めない無能なカルロ・ゼンはZAPされ、完全無欠な新しいカルロ・ゼンがロールアウトしました。前任の反逆者と異なり、彼ならば完璧に幸福にミッションを達成してくれることでしょう。



[35776] 第四話 最良なる予言者:過去
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/05 03:59
あの世界を思い出す。



無音の世界。

判断の材料は光学センサーとデータリンクから得られる本当に限られた情報のみ。

戦場の霧を航空機と、偵察衛星と通信網が晴らしてくれた筈の20世紀にありうべからざる環境。

それが、いわゆる月面であり、現在の人類が生存闘争をそれと知らずに繰り広げている最前線でもある。
多くの人類は、未だこれが限定的な月面での紛争であるとしか知らない戦闘。

だが、後世は必ずや畏怖と共に語り次ぐことだろう。

これが、人類にとっての終わりのない生存をかけた闘争の始まりであると。


「カッサンドラ01より、中隊各位。」

ノイズ交じりの無線通信は、淡々としたそっけない口調で言葉を語る。
だが、真空の世界において無線以外に彼らが耳にできる音は自らの心音のみ。
まして、あの化け物ども相手に曲りなりとはいえ戦争できている指揮官のお言葉。

ある意味では、この場においては生き残るための福音ですらあった。

「観測班がBETA先鋒集団を観測。これについて、良いニュースと悪いニュースがある。」

平然と、天気予報を読み上げるかのような声。
だが、だまされてはいけない。

この声で、中佐殿は月面最初の戦闘も常日頃と変わらぬ声で展開させたのだ。
演習の様に、実戦に投入されたというのは月面ではもはや伝説的だろう。
想定ケース通り、異星人と偶発遭遇戦闘。

馬鹿馬鹿しいと笑っていたケース想定通りに、戦闘を展開してのけたのだ。

そんな指揮官が、もたらす良いニュースは大抵ろくでもないか無意味なもの。
悪いニュースは良くても、酷いもので下手をすれば最悪な知らせだ。
思わず心中で馬鹿野郎と叫びたくなるような事態が近いということだろう。

「良いニュースとは、BETA先鋒集団は規模600。しかも我に気付いていないという情報だ。」

その知らせは、確かに一様に悪くはない。
だが同時に、意味するところを思えば知らずとうめき声が漏れてしまう。

「ちょっとした悪い知らせは、目標が時速170キロで第七集積拠点に直進中の猪どもであるという事である。」

化け物どもの中でも、最も破壊力のある突撃から命名された突撃級BETA。
奴らの索敵能力には著しい偏りがあるらしく発見されることは稀だ。
故に問題がなければ、やり過ごすなり罠で吹き飛ばすなりでマトモに相手にせずに済む。

それどころか、その気になれば延々罠と陽動で時間をかければ殲滅も可能な相手である。
少なくとも、対人類索敵のお上手なタコ助とは違って時間さえあればまだ何とかなるだろう。

ただし、真正面からは断じてぶつかりたくない。
いや、正直に言って手元の豆鉄砲では正面装甲に手も足も出ない。
回収したサンプルを分析した技官の言い分が真実ならば、戦車ですら無理だろう。
現行西側主力戦車の105㎜どころか、東側の大口径115㎜ですら完全に威力不足。

115㎜APFSDSですら、完全な貫通力不足。

集中射撃で運が良ければ、一匹正面から仕留められるかもしれないと聞いたときは月面で誰もが嗤ったものだ。

そもそも、ここには115㎜砲どころか重機関銃以上の大口径火器はないのだがどうしろ?と。
それ以前に、月面の重力下で重火器運用がどれほど難事か理解しろと叫ぶべきだろうか。

デグレチャフ中佐殿が、ほとんど懇願せんばかりに要請した特殊核爆破資材は条約違反で持ち込み禁止。
当たり前だが、月面で待望されて久しいデイビー・クロケットも同じ理由で西ドイツ行き。

クソッタレの部分的核実験禁止条約(Partial Test Ban Treaty、略称:PTBT)万歳だ。

おかげさまで、冗談でもなんでもないのだが劣化ウラン砲弾ですら月面では使用できていない。
劣化ウランが抵触するかどうかで、悠長に会議を行った後で安全な運送方法を確立?
もろもろの保安基準とやらが成立するまでに月面は全滅しているに違いない。

オマケとばかりに、酸素と水、それに食料といった物資が月面では非常に希少。
それらの補給だけでも一苦労であるというのに、散々に爆薬だの銃弾だのを撃ちまくらねば戦争にならない戦場だ。
中隊規模の部隊がぶっぱなす弾薬の補給で、主権国家がヒイヒイ泣くほどだという。

そんな状況で、あの突撃級の侵攻阻止?

それは、誰だって凍りつくだろう。
状況を告げられれば、月面最古参の第二計画直属中隊だって凍りつく。
当たり前だ。

「冗談だと思いたいのだろうが、事実だ。だが、私は防衛が困難だと判断した。」

実際、淡々とした口調で命令を下しているターニャ自身も無理難題だと判断していた。
大抵の困難であれば、平然と部下を酷使できる彼女が、だ。
事情を理解している人間に言わせれば、それは無理難題ではなく物理的に不可能という事になる。

部下を酷使すること、人類史上に名を残すと部下に言わしめたターニャをして無理なものは無理なのだ。

突撃級の正面装甲を打ち破れない以上、その集団突撃から拠点を防衛するのは不可能に等しい。

だが幸いにも、権力と権限というのはこういう時のためにある。
第二計画直属部隊という権限と、月面における最有力の戦闘集団という実力。
それらに裏打ちされた裁量権によって、拠点の放棄すら彼女は自分で決定できる。

「要員へはただちに移送可能希少物資の移送を命令。同じく拠点の砲弾、爆薬は使用制限を解除。」

だから、ターニャは守れない拠点の放棄をあっさりと決断。
というよりは、そもそも月面は遅滞戦闘だと内心では割り切っている。
徹底抗戦というよりは、ある種の焦土作戦による敵侵攻阻止と人類への時間稼ぎ。

そのための月面での戦闘。
そのためだけの、月面戦線。

はっきり言えば、無駄さえ省ければどうでもいい。

そのための独自裁量権と自由というのはいくらあっても困るものでもない。

「任意射撃を許可する。撃ち尽くすことが望ましいがBETAが最終防衛線を突破した時点で拠点を放棄。」

一発一発、狙って撃てとは時代錯誤も甚だしいが月面では仕方のないレギュレーションとして存在せざるを得ない。
なにしろ弾薬には限りがあり、BETAには限りがないのだ。
一発の無駄な発砲に幾らコストが投じられているかと考えれば、ムダ撃ちは悪夢。

オマケに、兵站自体が貧弱なのだ。

故に、常日頃の月面では弾薬や爆薬すら使用に制限がかけられる。

だが、さすがに爆破放棄する拠点の備蓄ならば話は別だ。
盛大に花火をぶっ放すことに、些かの躊躇も必要ではない。
まして、据え置きで固定された防御銃座ならば重火器の反動も無視しえる範疇。
単発狙撃ではなく、連射で重機関砲弾をばら撒きえるだろう。

突撃級の正面装甲相手に、どこまで有効かは考えるだけ虚しいが。

だからこそ、本命は爆薬だ。
突撃級と雖も、対戦車地雷を踏めば擱座くらいは期待できる。
そして、月面に大量に持ち込まれた対戦車地雷は数少ない有用な迎撃兵器である。

これでさえも、数に限りがあるうえにBETAを足止めするには十二分の数を揃えられないのが実態だが。

「遅発信管は1時間に設定。」

だから、あとはBETAごと拠点を爆破するしかない。
その為に余った砲弾やら何やらで連鎖するIED群を大量に設置。


結末は単純だ。
砲弾を撃ち尽くす時間すらなく突っ込んできた突撃級もろとも拠点を爆破。
辛うじて離脱に成功した中隊で、残敵の背後から無反動砲で集中射撃。

撃ち漏らしもなく、辛うじて撃破する代わりに貴重な兵站拠点を喪失というわけだ。



そんな月面の記憶を、ターニャは今になってまだマシだったなと今更ながら追憶していた。

月面から遥かかけ離れた重力下の、東欧の大地。

辺りに立ち込めるのは機械油と、戦闘団付工兵隊が掘りくりかえす大地の臭い。

人類の、少なくともヨーロッパの盛大なレミング的自殺。
それも本来のレミング同様に押し出されて自滅的に飛び込む羽目になるタイプ。
パレオロゴス作戦は、ターニャの足掻きを嘲笑いほぼ史実通りのタイムスケジュールで始動されていた。

作戦を開始して以来、人類は未曽有の規模とペースで反攻を開始。
すでに、JASRAの部隊が展開している地域からかけ離れた地点まで主力は前進した。

とはいえ、意気揚々と進撃なさっているNATO軍並びにWTO軍は、すでに全兵力の3割近くを喪失。

まだハイヴに突入してもいないのに、全戦力3割を、だ。
通常ならば、全滅判定に等しい損害を各部隊は被っていた。
しかも2か月近い攻勢で兵站線が完全に限界を超えている。
兵站線の破綻は時間の問題だった。

只でさえ劣悪なインフラ環境だというのに、NATOとWTOが盛大に対BETA機動戦を展開したのだ。
BETA以外にこの状況下で兵站線を意識せずに済む勢力はいないだろう。
撤退ルートが、ぼろぼろであるという事を意識するだけでターニャの頭は痛くなる。

「月面戦争以来だ。久しぶりに敗戦のにおいがするよ。」

「は?」

工兵隊があたり一面に対戦車地雷を無数に敷設しつつある風景。
それを詰まらなさげに眺めていたデグレチャフ事務次官補の呟き。
聞かされる副官にしてみれば、唐突な思いを抱かざるを得ないもの。

自由に動けた月面を懐かしむ思いを、ルナリアンでない彼は察しえなかった。
あの極限状況下、なお平然と笑ってBETAに対峙できた人間以外には理解しえない世界。

そして、始まりの闘争から今に至るまで人類は負け続けていた。

「大規模反抗は初めてだが、共通するものを感じた。そういうことだよ。」

それを覆すべく、本作戦は国連の掣肘を嫌ったWTOが主導しNATOが引きずられる形で推し進められていた。
まあ、おかげで碌に連携も取れない両軍の特性を生かした作戦立案に至ったのは皮肉だろう。

火力は多いものの、数には劣るNATO軍。
これらは、敵主力を引き付けるための陽動としては火力が高く機動性もある最高の囮になっている。

対して、物量による飽和に優れるWTO軍。
これらは消耗戦覚悟でハイヴまで吶喊、制圧を目的としている。

どちらの軍も、損耗を積み上げているからこそもうひと押しで攻略できると確信し始めているらしい。

そんな時に、国連所属のJASRAがノコノコと撤退しましょうと言って出張ってくることが許容されるはずもないだろう。
本来ならば、彼女やJASRAの研究員がこの地に立つことはありえない。

だから、散々批判されながら上陸したJASRAの部隊は一歩引いたところでひたすら土木構築作業に従事するというありさまだった。
まあ、今更前線でうろちょろされたくないというのが奴らの本音だろうとデグレチャフ事務次官補は嗤っている。

誰が、頼まれてもそんな危険地帯にのこのこ行く自殺願望持ちなものか、と。

「連携の取れない軍二つだ。確固撃破は時間の問題だろうな。」

「それぞれが、WTOとNATOですよ?そう簡単には…。」

救い難いことだがここまで軍事力を消耗しているからこそ各国は勝利を見込んでいるらしい。
つまり、ここまで激戦を繰り広げたのだから『BETA』も底をつくだろうと。
本当に度し難いことだが、自分たちの物差しで相手の物量を図っているということだ。

…ほかに、判断基準がないとはいえ致命的すぎる失策だろう。

ターニャにしてみれば、2か月もかけてのろのろと対BETA戦をやったあげくの末に損耗がたったの3割だ。
降下軌道兵団など、10時間もしないうちに8割が戦死するのが本来のBETAとの激戦。
これですら、一番恵まれた条件下で最精鋭の連中を使ってである。
はっきり言えば、パラダイムが違いすぎる。

…現在の軍事ドクトリンは、軍の戦闘部隊が3割も消滅することを想定していない。
全く平和なことだとターニャは和ましくすら感じるところだ。

「勝てると思っているのならば、辞職したまえ。無能な士官を上官に持つ兵が哀れだ。」

3割もの犠牲を払い、激戦の末に敵を追いつめたという一般的な戦局分析。
ああ、そうだろうとも、既存のパラダイムならばそれで完璧な正解だろうよ。
だがどうして、BETAが人間様のパラダイムに従うことを期待するのやら。

…まあ、説明しろと言われても難しいのだが。

なにしろ、それは本来ならばパレオロゴス作戦の失敗から導き出されるべき教訓。
本来ならば、人類が知っているはずもない判断基準。

なればこそ、この場に至ることを避けるべく説得することができない。
それでも、散々警告を発し続けた成果がこれだ。

「まあ、貴様はそこそこ使えるから当面は酷使してやるさ。状況は?」

「仮設橋を設置、砲兵陣地も構築済みです。」

勝てると思っているし、負けるとしても致命的ではない。
そう本国の首脳陣が想定している米国だが、欧州防衛の必要性を散々強調されて意識はしている。
故に、米国が少しばかりの保険を欲したとしても不思議ではないだろう。
万が一、万が一ではあるがJASRAの勧告通りこれが無謀な攻勢であった時の保険。
つまり崩壊する戦線を手当てする為の予備隊の必要性を、ステイツは認めた。

そして、言いだしっぺにやらせようというわけで勧告してきたデグレチャフ事務次官補に臨時のNATO軍指揮権を付託。
はっきり言えば、NATO軍に増派する合衆国戦術機甲師団の中から一部を砲兵と支援部隊付で手当て。
所謂、代替戦略の実証研究という名目でかき集められた戦力は優に一個戦術機甲連隊に相当していた。

それだけの戦力、無為に道路工事やら地雷敷設やらで遊兵化させず前線に持って来いという要請は悉く拒否。

キャタピラに耕された大地で兵站線を確立するのは不可能に近い。

本来ならば、光線級を野戦でハイヴ周辺から排除した時点で破壊すべきなのだ。
即刻戦略核の集中飽和ないし戦術核埋設による突撃路確保。
哀れな空挺師団を空挺降下させるくらいならば、核でもぶち込むべきだろう。

それができないということは、コミーがコミーらしくコミー的強欲さを発揮したということだ。
よっぽど、BETA由来技術の鹵獲という言葉は心躍るものがあるらしい。
カシュガルでそれに失敗し、散々痛い目を見ているというのにどうやらまだ学習したりないようだ。
NATOの司令部が、史実以上に強硬姿勢で核によるハイヴ破壊を要求してもWTOの連中断固として首肯しない。

まあ、BETA着陸ユニットを撃破したステイツが散々研究で先行しているのだ。
BETA由来技術や、各種希少資源というのは喉から手が出るほどに欲しくてたまらないに違いない。
既に遅れ気味な科学技術などの挽回かつ、BETA大戦で失ったものの埋め合わせとでも考えているのだろう。

だがWTO司令部の連中、ハイヴ攻略戦を残存兵が籠城する要塞攻略戦程度に見誤っているとしか思えない。

ベテラン集めた上で潤沢な支援下、装備は第2.5世代相当の改修されたイーグル。
念には念を入れ、散々研究された対BETA戦術を極めて突入する軌道降下兵団ですらその生存率は20%前後。

3回降下すれば、百戦錬磨の降下経験者とは笑えない。

そんな連中ですら、正攻法ではハイヴを攻略し損ねている。
意味するところは単純明快。
人類は、あと20年たってもなお決定打をハイヴに与えうる能力を持ちえていないということ。

それが、こんな疲弊しきった兵站状況で敵地に入り込みすぎた軍隊に待ち構えている未来だとすれば?

せいぜい、時間を稼ぎ逃げられる連中を逃がすぐらいしか出来ることはない。

「結構。対戦車地雷の敷設は?」

「本国の倉庫から持ってきたものの敷設は完了しております」

幸い、というべきだろうか。

対戦車地雷は防衛的な兵器と認識され攻勢にはあまり必要とされていなかったらしい。
それ故に、合衆国の倉庫で山積みにされていた対戦車地雷を運べるだけターニャは持ち込んでおいた。
其ればかりか、事と場合に応じてはという言質を取って特殊核爆破資材やデイビー・クロケットも手配を依頼。

必要とあれば、月面よりはましな火力と装備で対BETA戦闘が可能だった。

まあ、光線級が出現している今の地表でどれほど優位に戦局を進められるかと聞かれれば怪しいことこの上ないのだが。

とはいえ、状況は多少ましになっているのは違いない。
何しろ、月面では夢想するしかなかった十分な密度の対戦車地雷原が十二分に整備できている。
突っ込んでくるだけの突撃級ならば、吹き飛ばすに事足りるだろう。

「ですが…よろしいのですか?」

「何がだ?」

来るべき災厄。

其れに備えが僅かなりとも存在する素晴らしさ。
それ故に、満足すら覚え笑顔を浮かべんばかりのターニャ。

だが、指示されて手はずを整えた副官らの表情はよろしくない。

「これでは、友軍の進撃路どころか退路まで塞ぎかねませんが。」

まあ、彼らにしてみれば基幹進撃路の一つにこれでもかと言わんばかりに地雷を敷設したのだ。
はっきり言ってしまえば、友軍の退路を断つに等しい暴挙ともいえる。

無論、交通道としていくつかの穴は空けてあるが移動の不便は言うまでもない。

「ああ、それなら心配無用だ。」

そんな副官の疑問。

これでいいのかと、問いかける部下の目線。

それに対して、ターニャは優しげな笑みすら浮かべて簡潔に答える。

「は?」

「そんなに帰ってくるはずがない。来られるはずがないんだよ、少佐。」

それは心配する必要がないと。
それは、悩むだけ無駄だと。
それは、もはや失われたも同然だと。

言い換えるならば、前に出たNATOの主力はもはや帰ってこられないのだ、と。

「だから、穴は限定的で構わない。どのみち、突撃級の進撃速度を上回れるのは戦術機程度。」

「…匍匐飛行で問題なし、と。」

唯一、敵の追撃を速度的に振り切る公算があるのは戦術機。
だが悲しいかな、光線級を相手にし続けての撤退戦だ。
第一世代では多くの帰還は望みえないだろう。

そして、車両の大半に至っては速度が違いすぎる。

「そういうことだ。あたら貴重な支援車両を失うのは忌々しいがね。」

砲兵や戦車、それに各種支援車両は絶望的だった。
なにしろ、最大速度で170キロは出せる突撃級が追撃の最先鋒に立っている。
レース用の車でもない限り、車両でこれらから逃げるのは不可能だ。

遅滞戦闘として戦術機甲部隊が最後尾を固めたとしても、突破されるまでに幾日もかからない。
泥濘地で足止めされている間に、撃滅されるのがオチだろう。

だから、ターニャとしては極々単純に救える限り救うしかない。
車両を放棄し、BETAの追撃を逃れるためにヘリなり救援用の輸送機なりに飛び乗れた人間ぐらいか。
或いは、速度の出るバギー系車両でこちらに近い位置に展開している人員程度。

それ以外については、撤退は絶望的だと見做している。

「観戦武官からの報告!ヴォールク連隊、突入を開始!」

そして、通信兵が飛び込んできてもたらす知らせで今次攻勢が終わりの始まりを確信。

「ああ、そろそろか。哀れな連隊だ。歩兵までBETAの巣に突撃などソ連は狂っているとしか思えん。」

せめて、核でハイヴを破壊すべきなのだが。
それすらも、獲物を前にして連中には思い至らないらしい。

首都から夜逃げしてハバロフスクに駆け込んだ連中が、まだモスクワを維持できると幻想に縋っているのと同じ匂いだ。
モスクワ方面の大部分は既に陥落し殆ど廃墟。
だが、市街戦に発展することでソビエトのモスクワは一応ソ連の手にはある。
まあ行き場のない敗残兵が孤立しているという形で、であるが。

BETAが特にモスクワ攻略を優先しなかったがために、生きながらえているだけの旧首都。
BETAは勢力圏に兵力を巡回させるわけではないがために、たまたま生き延びた敗残兵らのこもる都。
それを、忠勇無比の精鋭が死守しているというプロパガンダを見た。

あれと同じでソ連はまだBETAを見誤っているとしか思えない。

手ごわかったが、なんとか反撃できない敵でもないと今頃思い込んでいることだろう。
そうでもなければ、あの地獄の門に生身の兵隊など突撃させるはずもない。
BETAの巣に、装甲車?

まったくもって論外だろう。
それどころか、空挺降下まで試みているというのだから救いがたい。
航空機と貴重な人員の無駄使いもいいところだろう。

全く、せいぜい経験という授業料の高すぎる教師から学ぶといい。

「兵隊はもっと効率的に死ぬ場所を与えられるべきだ。そうは思わないか。あれでは、無駄死にだ。」

まったく、意気揚々と突入命令を下したソ連軍人こそ突入させられるべきだ。
BETAに生きながらに齧られる恐怖を、彼らは理解していないに違いない。

「彼らが兵士に祝福を。死出の旅路に幸多からんことをここに願う。」

そう願い、つぶやき、そして人的資源の浪費を嘆きながらターニャは行動を開始する。

「そろそろ本格的に撤退の用意だ。二三日もすれば、ここも地獄の最前線だぞ?」

突入部隊は、もはや死人だろう。
彼らに払うべき敬意と感傷は、この場においては無用の長物。
故に、それは意識の外へ放り出す。

生き延びる連中を取りまとめて欧州防衛にあたらねばならないのだ。

生者は、生者として生きねばならない。



あとがき
ちょっと混乱中。
あれ?
G弾って、G元素の誘爆効果ありましたっけ・・。

さすにが、ラボレベルで誘爆は確認してんじゃないの?してないなら馬鹿なの、第五計画派?と混乱中。

誘爆とかされるんだったら副作用大きすぎる劇薬ってレベルじゃなくて、毒薬なんですけど、G弾。


追記
誤字ZAP中に『我』に突っ込みがあったのですが、軍隊って自分のこと『我』って言いませんか?と修正してないのは錯誤じゃないよ、とアピール。まあ、ZAPが多すぎて新しいカルロ・ゼンの量産が追い付かないので誤差の範疇ですが。



[35776] 第五話  "Another One Bites The Dust"
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/13 02:31
『あの女いったい、何でできているんだ!?』 JASRAの某女史に対する一般的な関係者の評価。





秘匿呼称、Be extremely larger k arrangement. (BELKA)。

数的飽和限界を超えた、敵地上部隊の大規模侵攻に対する一つの行着く末。
一つの解答としてJASRAがNATO軍の対WTOドクトリンを応用し紅旗作戦以来の実戦教訓を加味して提案した其れ。

『パレオロゴス』作戦が、万が一にも失敗した場合における予備案。

それも、NATO軍参謀本部どころか合衆国統合参謀本部ですら知らされていない究極の予備案。
僅かにSACとNROにのみ持ち込まれ、大紛糾の末に辛うじて僅差で認められたパンドラの希望。

想定ケースは三通り。

K<1待機フェイズ
K=1予備フェイズ
K>1起動フェイズ

ちょっとした物理学の話だ。

面白いだろう?と戯れに命名した張本人がSACの専門家らに笑って例えた程度の簡単な暗喩。

そして、デグレチャフ次官補の予想通りに事態は展開する。

ハイヴ突入部隊全滅並びに掃討したはずのBETA群の突発的な出現。
それに伴う全主戦線におけるBETA大規模反攻と、戦線の完全な崩壊。
指揮系統の混乱と紛糾により、事態が収拾できなくなるほどに混迷化しつつある状況。

此処に至り、JASRAはその権能に従い想定ケースK=1を宣言。

あのルナリアンが。
パレオロゴスに大反対した月面帰りが。

万が一に備えて用意した対処計画。

封緘命令の開封を宣告されたNATO軍司令部並びに、統合参謀本部の参謀らが震える手で希望と恐怖を覚えながら開封した作戦案。

彼らは、その時の衝撃を忘れないだろう。

『平和的』な科学の力でもって『人類に敵対的な地球外起源種』に対する『防衛的』陣地急造計画。

言わんとするところ、すなわち構築されるべき陣地に関する限り計画は極めて真っ当だ。

ヨーロッパ中心部の防衛にはミンスクより大凡140キロ西方のバラーナヴィチを最前線と設定。
以降、ワルシャワまでの大凡400キロを縦深とする遠大な縦深防衛方針。
同時に、北欧防衛のために白海・バルト運河の活用を提言。

そのために、大規模地上戦力で飽和的に進撃してくるBETA種の進撃速度を低下させるために泥濘地を複数構築。
同時に、BETAが渡河前に進撃が鈍る習性に注目し大規模な水城を複数個所に用意。

BETA前衛集団の足を止めると同時に砲兵による集中射撃でBETA種の前進を阻止。
同時に、彼我の戦力差を考慮し部分的に火線を集中しやすいように地形を弄るという防衛陣地構想。
其ればかりか、兵站線への負担と防衛拠点維持の難易度を考慮し整備性にすら配慮するという計画。

加えて、混乱しつつある情勢下にもかかわらず計画は『迅速かつ一瞬』で達成されうるように労力の最小化まで考慮された実践的な計画。
必要とあれば、いつでも実践できるだろう。

投じる労力と、コストは極小化され、わずかな時間さえ確保されれば瞬時に防衛陣地構築が実現するという計画。

それ故に、思わず誰もが魅力を感じつつもたった一つの項目故に忌避せざるをえなかった。

当たり前だが、人類に敵前でのんきに土木工事する時間的猶予が乏しい状況下での運河並びに泥濘地構築には時間がかけられない。
それ故に、JASRAは単純明快に時間を克服するためにほかの要素をバッサリと斬り捨て発破による構築を提言。

発破に際しては、過去に行われた『プロウシェア計画』でのネバダにおける実験と、『チャリオット作戦』の基本的構造を流用。
発令され次第、バルト海からバラーナヴィチ(乃至は予備計画としてブレスト)を起点にドニエプル川まで至る大規模な水城を構築する計画。
早い話が、核の平和的な利用というわけである。

これならば、光線級による迎撃を案ずる必要はない。
なにしろ、核を空中から撃ちこむのではなく進撃してくるBETAに核地雷を直撃させるようなものだからだ。
極端な話、空っぽの欧州に進撃してくるBETA先鋒集団を核地雷で殲滅しつつ後続を足止めする一石二鳥の防衛計画。

ターニャにしてみれば、G弾と異なり大規模な地軸異常や重力偏向も発生しないという地球環境に配慮までできる計画だ。
極端な話、ユーラシアを沈めてなおBETA種と死闘するよりははるかにエコかつ経済的な土木計画ではある。
つまり、土木ユニット相手に人類の英知を傾けた土木計画の真髄を見せてやるというところもターニャの気を良くするもの。

とはいえ、すべて比較対象の問題だ。

都市部を含む人口密集地帯も一切人口密度を考慮せず、単純に運河浚渫の効率のみを考慮して地図上に無造作に並べられた発破ライン。
ふりまかれる放射線量や、被ばく地域の面積を考慮すれば欧州全域どころかアフリカまでもが深刻な放射線の影響に直面することだろう。

これらの損害を許容しえるだろうか?
早い話が、お前の国土は防衛に適していないから、核で吹き飛ばすぞという計画なのだ。
こんな狂気を許容しうるのは元より、失陥する可能性が濃厚であるとして落ちるよりはましだろうと考える人間ぐらい。

当然、示唆されたBELKA計画に対しNATO軍どころか身内の米軍統合参謀本部までもが一斉に大反対。
身内の統合参謀本部ですら、ここまで反対する代物。

起爆される東欧諸国に至っては、聞くまでもないだろう。
実際、尋ねることによって引き起こされる外交的なインパクトを統合参謀本部が危惧するほどだ。
極々内々に打診されたレベルの時点で、同計画は陽の目を見ることなく頓挫。

実戦部隊並びに米軍主流の反対によって握りつぶされることとなる。

K>1への移行は、統合参謀本部の激烈なまでの反対により頓挫。

だが、極端なことを言うならばその時点で彼らは対応策を喪失することにもなる。
いうなれば、誰もが対応策を持ちえていないのだ。
ある程度の攻略失敗は、ケース想定の一環で対応策が備えられてはいる。

だが、そのいずれの場合もここまでの全面的な大崩壊を想定しえなかった。

パレオロゴス作戦の頓挫と、大規模なBETA群の反抗。
僅か数日ですり潰されていくWTOとNATOに、辛うじて防衛されていたソ連邦各都市の失陥。
此れだけのBETA群が向かえば、ユーラシア中央主戦線の破綻すら時間の問題といえるほどの敵規模。

皮肉なことに、この時点においてBELKA計画の有効性を最も初めに認める素地があったのはソ連だということだろう。

彼らにしてみれば、牽制目的程度にでもBETAに圧力をと思い発動したのがパレオロゴス。
よもや、圧迫しBETAを摩耗させるどころか、BETAを牽制すらできないまでに欧州が崩れる可能性を遅まきながらも理解。
なにしろ、出現が確認されたBETA群はその数だけでユーラシア主戦線へ致命的な影響を与えかねないもの。

ソ連は善良な隣人ではないが、同時に厄介者を引き受ける隣人が全滅しかけた末に矢面で苦戦した独ソ戦の記憶も持ち合わせている。
早い話が、ヨーロッパ防衛の必要を彼らの負担にならない範疇で支持するだけの動機が彼らにはあった。
WTO軍を指揮するソ連は、実際核を使っての焦土作戦も紅旗作戦以来経験し尽くしている。

ある意味で、核を使うことの禁忌観が対BETA戦で摩耗しきっているソ連ならば合理的な計画だとBELKA計画を熱烈に支持すらしただろう。
だが、外交的配慮によってBELKA計画はソ連どころか大半の西側同盟諸国に打診されることすらなく握りつぶされた。
そして、誰もが頭を抱えたことに戦線は殆ど破局寸前であり遊撃戦や機動防御の見込みも乏しいといわざるを得ない情勢。

当たり前だが、BETAは活動時間を除けば兵站概念とは無縁。
加えて、WTOとNATOという異質な二つの軍を束ねて緊密な連携を保ちつつ運用など不可能な話。
故に、考えるまでもなく破綻を誰もが理解しえる情勢だ。

この状況を、東部戦線が絶望的な地獄ではなく煉獄に留まるよう救ったのはJASRAによる大規模陽動作戦。

BELKA計画の起動フェイズ移行が棄却された時点で、JASRAは代替予備計画を提案。

第二・第三計画で収集されたBETAのデータをもとに、大規模高度演算処理施設を有するJASRAの仮設拠点を囮に設定。
此処にBETA群を意図的に誘引することで、WTO・NATO各軍の撤退を支援するとともに誘引したBETA群を戦術核地雷で殲滅。
その後、遅滞戦闘に努めつつ主軍撤退と同時に拠点を放棄するという本計画は統合参謀本部並びにNATO軍参謀本部に高く評価される。
まして、先のBELKA計画に比較すれば穏当かつ有意義な対処法と評価された代替予備計画。

JASRAは被害担任部署たることを強いられるものの、それ以外の残存部隊を撤退させられると見たNATO軍司令部は本計画が提出され、僅か17時間で採用するに至る。



かくして、百戦錬磨の敗残指揮官はいつものごとく負ける戦争へ赴く。

公式には、月面以来の敗残レコード。
主観では、数多繰り返してきた敗戦処理。

だからこそ、誰よりも卓越した敗北の経験者としてデグレチャフという一個の演算装置は事態に適応しうる。
大敗北だろうと、大崩壊だろうと、所詮はその程度なのだ。

混乱というのは、恐怖が生み出す狂騒だ。
組織と統制の崩壊、戦場での誤認と誤解が生みだす馬鹿げた自壊。
早い話、混戦状態においては統制を保った一軍でもって容易にそれを解きほぐしうる。

なればこそ、遺憾ながらも失敗すると知り尽くしているパレオロゴス作戦のためにわざわざ本国から出張ってきているのだ。

全滅確定の連中を、わずかとはいえ救ってやることで欧州失陥を阻止するという余り可能性の高くないリターンを期待して。
最悪、ダメでも時間稼ぎくらいにはなるだろうとそろばんを弾いていることは言うまでもないだろうが。

「諸君、カストーからのお達しだ。大規模陽動実験を開始する。」

故にターニャはダメもとで希望したBELKA計画が棄却されるも、代替予備計画が採択された時点で既に満足していた。

パレオロゴス作戦失敗後の、圧倒的なまでのBETA支配領域拡張は基本的に人類側の無策が主要な原因。
つまるところ、主戦力を無謀なハイヴ攻略作戦とそれまでの準備攻勢ですり減らした挙句になんら反攻に対応できずに壊滅させられたことにある。
逆に言えば、混乱しきっている指揮系統すら異なるWTO・NATO両軍とは別のアプローチで時間が稼げれば勝手に持ち直すだろう。

そして、その視点はカストーとワルシャワの両軍司令部にも共通した見解だ。
なればこそ、カストーの欧州連合軍最高司令部は早々にターニャの提言を良しとした。
調整はブルッセルが血相を変えてワルシャワと開始している模様。

故に、ターニャの仕事は戦術指揮官として単純なものとなる。

「向こうは撃っても撃っても増えて、味方は減る一方。」

戦局は、単純に言って数の暴力に友軍がなぶられているというものだけだ。
他に形容し様にも、混乱しきっている前線の状態はせいぜい虐殺されているか嬲り殺しにあっているかの違いぐらいだろう。
だから、全体で少し助けられればいいや程度の任務だ。

「現状はどこをどう控えめに見積もっても地獄そのもの。」

言葉を選ばずに言うならば、パレオロゴスは地獄の門へ一通の片道だったという事。
大変面倒ではあるがだが、それを往復の道へ部分的にでも改良することこそが求められているといえるだろう。

そして、誠に遺憾なことにターニャは帰還のために灯を掲げることが可能な立場にある。
盛大なパーティーで自滅した連中をおうちに連れ帰り、後始末するだけして逃げ帰るのだ。
これほど不愉快な立場というのは、ちょっと見当たらないが仕事である以上給料分は仕事をしなければならない。

「デグレチャフ局長、それはつまり・・・」

「つまり我々こそが、この負け戦にあって戦線を単独で支える英雄となるわけだよ。」

勝利条件は、陽動の成功。
後は、せいぜい盛大な囮としての演算装置もろともBETAをお月様へ届けとばかりに戦術核で吹っ飛ばせばよい。
幸いにも、戦術核ばかりか砲兵と機甲部隊に戦術機の歓迎委員会も手配済み。

そして、ターニャにしてみればここしばらく最前線での激闘を他所に陣地構築に励んでいたというサラリーシーフの汚名を返上したい頃合いだ。

「楽しいぞ諸君。諸君らにとっても軍人としてこれ以上の名誉はなかろう?」

そして、誰よりも高く評価されるだろうという成算もある。

戦略的に見た場合、欧州失陥を阻止しえるか、阻止しえずとも遅らせる効能は意義ある作戦といえるだろう。
政略面では、発言力の大幅な強化と欧州連合方面に多大な恩を売りつけることが見込める。

戦術的に見た場合、拠点防衛ドクトリンと陽動検証実験の二つも済ませることが可能だ。
此処に持ち込んだ各種設備や機器は廃棄せざるを得ないが代金はNATOと国連持ち。

自分の懐は痛まないうえに、すり潰すのは子飼いでもなんでもない通常の正規軍。
特に、自派にとっても損耗がない以上躊躇する理由はない。

故に、ターニャは勇猛無比な表情でいかにもうれしげに笑って見せる。



しかし分かってはいるが、足りなかった。

大規模陽動実験という名目の、BETA群追撃集団誘引による主軍撤退支援作戦。

有事のために持ち込んだ指揮管制設備は、国連の予算に合衆国の機密費をぶち込んだ高級品。
据え置きの戦術情報処理装置に至ってはNATO軍の予備施設を一つ解体して設置した代物。
本来ならば、方面軍程度ならば容易に管制できる連隊程度には過ぎたブツ。

だが、水準からすれば規格外のそれをもってしても前線の状況は混沌とするばかりで把握為し得ない。
陽動し、友軍に絡んでいるBETAを剥がそうにもBETA主力の所在すら混沌としている。

足りないのだ。
単純に、処理能力が足りないのだ。

無理もない。
C4Iを知っている人間からすれば現行のデータリンクはお粗末すぎる。

BETAによる電子戦が行われておらず、有線で後方の司令部との通信も確立されているはずの前線。
これほど当たり前の指揮統制条件が成立しているにもかかわらず、単純にBETAが多すぎた。
だから、彼らは蹂躙される。

単純に、BETAが多すぎるのだ。

指揮統制におけるデータリンクの有用性はいまだ黎明期。
辛うじて、戦術機に空軍のリンク11系列のデータリンクのひな形が搭載されている程度。

言い換えれば、ほとんど闇夜で手探りをしながら戦闘指揮を行うようなものだろう。

データリンクひとつとっても、人類はいまだBETAの規模と飽和攻勢に対処しうる体制を整えられていない。
そして、ただでさえ制約の多い状況下にあってWTOとNATOは装備も指揮系統もドクトリンも異なる。

足りないのだ。
人類は、未だ碌に連携すら為し得ていない。
横の繋がりすら、人類には足りていないのだ。

「はぁ、分かってはいたが此処までとはなぁ。」

前線と司令部のやり取りは混沌そのもの。
何より指揮系統崩壊しつつある前線部隊の混迷具合は後方では到底掌握しきれないほどだ。
既に組織的抵抗が瓦解した連合部隊は各国別にばらばらに行動している模様。

そんなことは、最初から覚悟していたとはいえ敵情理解に手間取るのは遺憾だった。

それすらましな部類で、派遣した戦術機甲部隊の大半は各分隊ごとに任意に戦闘を行わざるを得ない混戦。
釣り出すことにこそ成功しているとはいえ、BETAの中核集団を誘引できているかどうか把握できていない。
加えて戦術も糞もない混戦であり、人類にとって圧倒的劣勢を強いられる単純な消耗戦に陥っている。

電信が戦場の霧を祓って以来、統制が保たれることは軍にとって最低限の前提。
なればこそ、分散進撃や機動戦に火力支援といった連携を必要とする軍事行動が採用できる。
統制のとれない部隊など、確固撃破の対象でしかない。
辛うじて、辛うじてJASRA指揮下こそ統制は保てている。

だが、逆に言えばそれだけだ。
陽動を効果的に実現させしめるために連携など、大よそ望みえない大混乱。
引き連れたと思った瞬間、逃げ遅れた部隊にBETAが気をひかれるなどたびたび。
あまつさえ、発砲したりしなかったりと友軍各隊がてんでバラバラの対応を行うために状況が刻一刻と変化。

それら状況を後方の指揮官として俯瞰する視点で対処するターニャは頭を抱える余裕があった。

足りないのだ。
時間も、戦力も、組織も、命令系統も、何もかもが。
クソッタレの大反抗作戦だ。
立案した糞袋のようなコミーとコミーかぶれの参謀どもに災いあれ!

データリンクといったところで、把握できる前線の状況はたかがしている。
どこに、どの部隊が、どの程度存在するかも現状では碌に把握しきれていない。

そんな状況下、マトモな指揮系統すら存在しなのだ。
組織的な抵抗は期待するだけ、時間を無為に使う幻想だろう。

だから、組織的な抵抗が崩壊したという前提のもとでBETAの中核を誘引撃滅する要撃作戦じみた大規模陽動作戦を提案している。
しかしながら、実際のところ油断していたといわざるを得ない部分をターニャは認めるしかなかった。

なにしろ、先ほどから中継している混乱した罵声の投げ合いは耳にするだけで戦意と義務感が損なわれること甚だしい。
とはいえここで戦意喪失すれば、そう遠くもない未来にBETAのディナーになることが確定する。
狩られる獲物になるよりは、まだしも狩人になる方を選ぶべきだろう。

故に、ターニャは大規模陽動の邪魔になる友軍部隊の救援を完全に放置。
単純に、しかし明瞭にBETAにとって自分たちの脅威が増大するように損耗率と砲弾備蓄率を犠牲に盛大な歓迎パーティーのシグナルをBETAへ送る。
はっきりといえば、BETAの鼻っ面に砲撃を撃ちこみ自分たちの脅威度を上昇させる単純な挑発。

だが、幸いにも土木機械を誘引するには十二分すぎるだけの高度な演算装置と火力をターニャは有している。

だから、単純な結論として逃げる連中を追い回しているBETAのある程度を誘引することに成功。
そう、ここまでやらかしておいてある程度だ。
なにしろ、目の前を雲霞のごとき突撃級が突進してくるにもかかわらず友軍の悲鳴のような救援要請はちっとも途絶えない。

数はずいぶんと減っているようだが、まあ救援要請を出せる部隊が減っていることを考慮すれば全体として状況は改善していないだろう。
まあ、目の前の軍団規模のBETA共が欧州に押入らないだけ随分とましだとプラス思考にでもならなければやってられない状況だ。

しかし、だ。

そういう前向きな思考というのは、どうにも中々理解されない。
というよりも、こんな状況でもまだマシだと考える人類種が稀というべきだろうか。

司令部の一角で、地図に戦局を書きこんでいた副官の若い大尉参謀には現実とは耐え難いものだったらしい。

「おお、神よ!?」

ペンを投げ出すなり、机にうつ伏せうめき声を上げる若造を見る気分は最悪だ。

今すぐにでも、撃ち殺してやりたいほどである。

せめて、下士官らや同僚の眼につかないようにトイレにでも行ってほしい。
将校が司令部で取り乱すことほど、最前線の部隊に絶望を蔓延させることもないというのに。

全く、時代が時代ならば利敵行為で即決銃殺刑なのだが。
いかんせん自分は国連と米軍の二束わらじを履いているがために若干指揮権と司法権の領域が入り組んでしまっている。
ぶち殺しても、まあ、多分大丈夫だろう。
だが、手間取ることを考慮すれば優しく諭してやった方が安全か。

「落ち着きたまえ、大尉。神様は夢も希望と一緒に地獄で再編中だぞ。」

気に入らないが、この場に限ってではあるがターニャは優しくあやしてやる。
単純に、新兵に近い初の実戦で錯乱しているだけだろうと見抜き、安心できる材料をやるだけだ。
まず簡単に、現実を理解させ、希望があることを教える。

「それよりは、実存する砲兵を信じたほうが御利益はある。そっちを信じてはどうかい?」

幸い、指揮下にはまだ統制を保った戦術機甲部隊と砲兵隊が火力を十二分に投射できる状態である。
望ましくない戦局ではあり、天を呪い罵詈雑言を吐き捨てる余力がある程度にはまだ余裕もあるのだ。
戦場を支配する砲兵が健在である以上、何を悲観し嘆く必要があろうか。

「しかし局長!追撃してくるBETAの誘引には成功しました。これ以上は、限界です!全滅しかねません!」

だが、いかんせん悲しいかな。
此処にいる殆どの参謀は、歩兵科上りの参謀将校。
敵の物量に押されるという経験が、どうにも圧迫感をもって初体験の彼らが視野を狭めているらしかった。

ターニャしてみれば驚くべきことに、多くの参謀将校らはすでに顔面を蒼白にしつつある。

「貴官らは正気かね?まだ、核地雷も使っていないのだぞ?」

ターニャにしてみれば、まだ手札は豊富にあった。
加えて、退路どころか連絡線すら維持できている状況だ。

まずもって、砲兵隊はBETAの接近を阻止しえている。
次に、前面に執拗なまでに用意した足止め用の対戦車地雷原は健在其のもの。
これらで時間を稼ぐ間に撤退は簡単だろうと、ターニャという敗戦経験者は判断している。

加えて、誘引してきたBETAを吹き飛ばすに足る戦術核のデザートまで用意したのだ。
足の速い突撃級を地雷で足止めし、撃ち漏らした要撃級と突撃級を核で吹っ飛ばせばまず逃げ切れる公算。

こんな安全の確保できる状況で何故、彼らは絶望するのだろうか?

「うん?ああ、絶望だけはやめておきたまえ。」

思わず、混乱しかける動揺を抑えながらターニャはひとまず場を抑えるべく言葉を紡ぐ。

「それは、末期の癌と同じだ。そうなったが最後、どれほど足掻いても立ち上がれんよ?」

気を強く持つんだ、戦意を無視すべきではないぞ?と。
まるで、自分が無能の様に精神主義的な言動を行わざるを得ない状況。
ターニャとしてみれば、率直に言ってしまって不本意極まりない情勢だ。

まったく、月面で自分の手足となって進退を共にしてくれたルナリアンが恋しい。

その結果、悪戦苦闘しつつ部下を激励するという不慣れな作業に追われるターニャの統制はさすがに歪まざるをえなくなる。
当初計画ではBETA中核を悉く誘引したうえで、戦術核の連鎖起爆で軒並み吹き飛ばす予定が精々一軍の誘引に留まる結果。
思わず、これでは欧州防衛に必要な時間が捻出できるのかと本気で嘆きたくなるほど惨めな結果だった。

まるで、無能極まりない統制と指揮。
まさかとは思っていたが、死の8分とはこういうメンタルの兵士で戦争しているからかと今更ながらにターニャは思い知らされる。

それ故に、屈辱と怒りに胸を焦がしかねないほど蝕まれながらターニャは吐き捨てる。

「ただちに撤退する。屈辱的だが今宵の地獄はここまでとしよう。」



簡単な科学の教室。

関数について。

Q Kってなんですか?
A 関数k=Effective Neutron Multiplication Factorです。

Q BELKAってごろ合わせ大変でしたか?
A 乏しい語彙力の限界に挑戦でした。無理やりでさーせん。

土木工事について。

Q 核兵器で土木工事ってできるんですか?
A もちろんです。作中の70年代以前にも、確かな実績のある技術と手法ですよ?

ちょっと大きな発破ですが効果は抜群です!

ご安心を、アメリカだけではありません!我らがUSSRも大規模な国土開発に利用を計画したれっきとした科学なのです!

Q でも、核ってことはお高いし○電みたいにお金がたくさんかかるんでしょう?
A ご安心ください。コストは大変お安く、しかも工期は従来よりもはるかに短いという大変画期的な計画案です。

Q ぶっちゃけ核使うってことは放射能ってどうなのよ?
A 全てご安心を。その運河、わたるのは人間ではなくBETAなので放射能には耐性があります。
そもそも、BETAの放射線健康問題を人間が心配する必要もないでしょう!

マトモじゃない世界の、真面目な核の平和利用をご期待ください!
こんな時だからこそ、平和利用を。



しんじょーさん風味増量で行ってみました。

誤字、ZAPしました。新しいカルロ・ゼン08番ぐらいがロールアウトする見込みです。彼こそは、完璧にやってくれることでしょう。

最新の分析によれば、カルロ・ゼン09がロールアウトしました。



[35776] 第六話 Die Ruinen von Athen
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/02/19 08:41
目下の情勢を勘案するに、我々は戦線整理に基づく人類防衛線の再構築を必要とする。

そのためにならば、如何なる後退をも甘受するべきであるだろう。

それは、全線崩壊によるユーラシア失陥の危機に比較すれば論ずるまでもなく自明なのだから。

ターニャ・デグレチャフ国連軍統合代替戦略研究機関局長による第七次欧州方面概括報告序文:1978年11月15日 国連軍参謀本部宛










エーゲ海は、その魅力で数多の来訪者を魅了している。

古来よりの文明と文化の基盤として。
ギリシャ文明の内海として。
偉大な交易と都市国家群の母なる海として。

ヨーロッパを、世界を、魅了し続けてきた偉大な海。


そして、数多の詩人と思索家を惹きつけるオリンポス山の荘厳さは今なお歌と詩に残され語り継がれている。

蒼き麗しいエーゲ海。
古の時代は、ガレー船が帆に風を受けながら盛大に行き来したであろうアテネ。
時代が変わろうとも、湾口都市としての地理は変わらない。

故に、今日も昔と変わらずにアテネの港は外からの来訪者を招き入れる。




「まったく、素晴らしい光景だ。」


港の埠頭。

着岸した大型輸送艦から降り立ったばかりのデグレチャフ事務次官補も、エーゲ海とギリシャの山々にベクトルは違うにしても魅せられた一人である。
泥沼と、雪だらけの北欧・東欧戦線からアテネの埠頭に降り立ったとすればある意味では当然だ。

所謂パレオロゴスなるレミング的自殺で崩壊した欧州戦線。
全く、くだらないこととはいえ防衛線の再編は緊急かつ最大の案件とならざるを得ない。

それ故に、本来の戦略模索機関としてJASRAは極々まっとうに欧州防衛のための戦略案策定を安保理より命じられていた。

まあ命じた安保理にしても、それを促した米国にしてもJASRAが『マトモ』でないことは重々理解している。
極秘裏に葬り去られたとはいえ、BELKA計画のインパクトはこと国防総省上層部に深刻な影響を及ぼした。
一部では、対BETA戦闘における長期的な地球規模での影響の調査必要性まで喚起されたほどだ。
早い話が、地球環境が対BETA戦争で崩壊するのではないかと一瞬誰もが危惧するほど戦争は激化しているといえよう。

だが、ある意味で米国国防総省の動揺は彼らがきわめて常識的かつマトモな戦争観を抱ける程度に安全であるという事情も大きい。
結局のところ、米国はカナダでBETA着陸ユニットの早期撃滅に成功して以来対BETA戦争を常に外地で戦っているのだ。

故に、彼らの意識はどうしても眼前敵を撃ち滅ぼさねば駆逐される運命を定められた国家のそれとは異ならざるを得ない。

だからこそ、ルナリアンの警告は彼らの良識と真っ向から対立する。
故に、彼女は指揮権を穏便に取り外された。
有能でも、狂気に染まった防衛線指揮官というのはちょっと統制が効かない危険性があるからだ。

実際、核地雷を活用した防衛戦は前線でこそ激烈に称賛されたが後方の印象は最悪である。
なにしろ、数発程度かと思いきや何処からか持ち出した戦略核まで地雷に使う始末。
吹き飛ばされたBETA群を遅滞させたという事情や、友軍撤退に貢献したといわれようともあまりに過激だった。

お陰で、ターニャは本来の仕事であるデスクワークに専念できているので本人としては特に不満もないのだが。

そんなわけで、欧州防衛は極めて困難だとターニャは欧州の部分的橋頭堡維持を念頭に総撤退を提案。
フランス及び低地地方で持久陣地を構築して時間を稼ぎつつ、ジブラルタル-スエズラインを死守するためのピレネー・シチリア絶対防衛線構想を提出。
ピレネー以東は放棄した方がよほど堅実であるなどと6度にわたり提言した結果、嫌々ながらも欧州方面情勢視察を安保理から許可された。

だが、この時点でも前線国家と後方国家は依然として意識の面では危機感に差があるのだ。
愛すべき資本主義的観点からすれば、やや遺憾なことだがこのことは安保理での議論に如実に表れた。
安保理で戦線再編を一番強く支持してくれたのが中露であるあたり前線国家と、後方国家の意識の違いが如実に表れているといわざるを得ないだろう。

そして、極端に前線よりどころか、それすら超越して末期戦的思考に至っているターニャにしてみればすべては戦略と戦術の観点からのみ議論が行われる。

だからこそ、ターニャはエーゲ海の地理的条件を称賛する。
なんと素晴らしく理想的な陸海共同作戦の条件を満たした地理条件であることか、と。
効力射がほぼ半島の平野部をカバーできる圏内にあり、かつ山岳地帯によってBETA展開可能地域は制約可能。
しかも、一番警戒を要する地中侵攻も火山地帯がある程度とはいえカバーしてくれるという随喜ものの条件。
結論としてみれば、文明発祥の地の一つであるギリシャほど人類防衛線の要たりえる地理的条件を備えている地形も少ないのだ。

だから、ターニャはそれらの万感の思いを込めて呟くのだ。

「エーゲ海はやはり素晴らしい。」

しかし、その呟きは背景にある情勢を知らない応接係にしてみれば月並みな言葉にすぎない。

応接を命じられたアテネ駐在の国連軍事務官にしてみれば、ターニャは極々平凡な来客だ。

彼らから見たターニャの年は、20代とも、或いは30代半ばだろうか。
一見した限りにおいては、判断しかねる不思議な容貌である。
或いは、年若くして出世した文官と紹介されれば年齢に関係なくそんなものかと思うだろう。
年齢が容貌に出ないこの事務次官補は、一見すれば単なる国連の一事務官だ。

実際、ブリーフケースを抱え埠頭に降り立ったターニャは慌ただしく行き来する人波の中でその程度の存在感しか有していない。
公式には文民であるがために、既定の軍装でなく事務的なスーツの小柄な彼女は知らない人間には作業の邪魔とすら扱われるのだ。
そして、労働効率を阻害していることに気が付くや否や謝辞を述べ移動する事務官はせいぜい良識的な国連事務官僚と見なされる。

これが、東部戦線帰りの歴戦の将官という風貌であればその言葉も別の感慨を持って受け止められたやも知れない。
だが、事務官然とした人間の穏やかそうな口ぶりと素直に風光明媚な地を愛でるに聞こえる言葉だ。
それは、一般の観光客と同レベルの感想と取られる。

なにしろ実際、字面だけ見ればそこにあるのは有り触れた言葉だ。
月面で生き残り、あの東部帰りの指揮官が、こんな後方士官じみた大凡軍人然としたところのない『化け物』。
知らなければ、それは素直な賛嘆の言葉としか聞こえないだろう。

「事務次官補も、やはりオリンポスの山々は素晴らしいとお考えになれるのですか?」

だから、送迎を命じられた国連の担当者は特に配慮することなく世間話程度のつもりで言葉を拾う。
彼にしてみれば、調査機関の人間が各地を回る一環でアテネに立ち寄った程度の認識。
故に、彼は研究機関の長というのは特に考えることなく自然と文官だろうと捉えていた。

まあ、名前しか聞いたことのない研究機関のそれも他部署の長などそんなものだ。

「うん?いや、全くその通りだな。海上支援が可能なうえに周囲は山岳だ。防衛線には、理想的ですらある。」

担当者の対応は、別段間違ってはいない。

ただ、埠頭に立っている来訪者が古のそれに比すると、酷く無粋で虚無的ですらあるだけだ。









東欧の主戦線と異なり、北欧戦線は良く言えば平穏であり悪く言えば戦力が足りないため邀撃戦だ。
時折、気まぐれに北上してくるBETA群を迎撃しつつフィンランドの撤退と疎開を支援するというのが現地の任務となっている。
言い換えれば、負け戦の戦線整理だ。

そんな戦線において、基本的に主力となるのはスカンジナビア三国とごくまれに派遣されてくるだけのNATO軍。
僅かに敗戦時の撤退戦で北欧に押し込まれたWTO軍残存部隊もいるには居るがこれらは撤退待ちの途中である。
さすがに湾口防衛程度に参加してくれているものの、順次輸送艦に収容されて東欧の主戦場に移転している。

まあ、最前線という事で共通している東欧諸国軍にしてみれば貴重な戦力であり北欧に派遣しておく余裕がないという事だ。
だから、防衛線を構築している部隊が慢性的に足りていない北欧戦線ではやりくりが大変であった。

つい先日、戦線視察に来訪した国連事務次官補が気前よく連隊規模の戦術機甲部隊を送ってよこしてくれるまでは。

「旅団規模のBETA群を撃滅か、悪くないな。」

盛大に撃ちこまれた砲撃支援の中、F-4の編隊が見事に突入。
無論、支援があればこその突入だが米軍衛士がここまで思い切りよく突入するとは北欧司令部は予期していなかった。
故に本来ならば、支援と後続の投入に手間取り混乱することもありえたのだが国連が送ってよこした援軍は驚くべきことに近接戦へ移行。

曰く、BETAを盾とすれば別段光線級の脅威もなく時間さえあれば排除は容易だとか。

お陰で、意外なまでに少ない損害でBETA前衛を足止め出来たために中隊規模で抽出できたスウェーデン軍のJ-35が光線級吶喊に成功。
匍匐飛行能力の高いドラケンを光線級吶喊に回すことが出来たことで戦闘は比較的堅調に推移。
残敵掃討も、これまでの苦戦が嘘のようにスムーズに推移し最悪放棄も想定されていた地域の防衛に成功していた。

「ええ、派遣されてきたNATO軍の戦術機甲部隊は良く働いてくれています。」

それ故に、派遣されてきた戦術機甲連隊の能力に期待していなかったスカンジナビア三国の将官らはそれとなく反省している。

「悪いことをしたなぁ…」

「いかがされたのですか?」

「いやさ、主体が米軍だろう?それも、パレオロゴスでは撤退戦が初陣だったという。」

派遣されてきた米軍部隊は西ドイツ経由で派遣されてきた所謂新編の部隊。
装備、規模ともに中々のものだが如何せん米軍部隊というのは砲撃戦に走りがちで規模の割に脆いというのが最前線の苦い評価だ。
兵站が確立されていれば兎も角、泥沼の消耗戦になると米軍はどうしても粘りに欠けるとスカンジナビアでは貶されるほど。

そんな視点で、新たな増援部隊の資料を読めばあまり期待しないほうがよさそうだった。
なにしろ、元は国連の調査機関に割り当てられていた部隊。
パレオロゴス作戦での国連軍調査部隊護衛が任務だ。

本格的な対BETA戦闘はパレオロゴス作戦失敗後、撤退する最中に後衛戦闘で経験したばかり。

「そうですね、撤退戦が初の本格的な対BETA戦だったと。」

いっちゃなんだが、逃げながら砲弾撃っていただけで本格的な対BETA戦闘の経験に乏しいのではないだろうか?

そんな危惧を北欧の国家は有していたのだ。
規模の割に過大評価はできないなぁと派遣されてきた部隊を司令部が期待せずに見てしまったのは無理もない。

「てっきり、碌に実戦経験もないだろうと危惧して派遣指揮官に大丈夫かと聞いてしまったんだ。」

「…閣下、さすがにこの結果を見ると失礼だったとしか。」

だから、期待していないと口にこそ出さなかったもののどの程度戦えるのかと訝しむような発言を散々してしまっている。
実際、派遣を決定した国連のデグレチャフ事務次官補からして『まあ、足止め程度には使えるでしょう』と評する部隊なのだ。
足止めというので、てっきり撤退戦時にちょっと遅滞戦闘ができる程度かと受け止めた指揮官は少なくなかった。

「全くだよ。派遣指揮官のジョン・ウォーケン中佐が平然としているから、てっきり経験していないだけかと危惧してしまったんだがなぁ…。」

その偏見を強くしたのは、皮肉なことに対BETA戦を前に何も知らない他の米軍指揮官と同じように平然としているジョン・ウォーケン中佐の存在だ。
旅団規模のBETA北進中との報を受けたとき、この中佐は平然と、『その程度ならば安心ですな』、とまで口にしていた。
全く碌に戦場を知らない米軍指揮官かと思わず、誰もがため息を内心でつきかけたほど事態の深刻さを理解していないような口ぶり。

「混乱どころか、平然としているじゃないですか。米軍といっても、ほとんど東側衛士並に戦場を経験している口ですね。」

だが、終わってみてみれば彼の部隊は実に冷静かつ沈着にBETA群を処理してのけた。
錯乱する衛士くらい出てくると覚悟していたスカンジナビア勢の予想とは裏腹に、実に手慣れた手際でBETA群先鋒を迎撃。
突入から近接戦まで平然とやってのけるところを見ていたが手練れしか生き残れないような激戦に放り込まれている東側衛士並の技量だ。

前線国家群が求める水準での戦闘能力・戦闘経験を十二分に保有している米軍戦術機甲連隊。
ぶっちゃけ、それほどの部隊が米軍に居るとはちょっと想像がつかないほどである。

「そう、そこだ。なんで、あれほど練成度が高くて装備も良好な連隊規模の部隊がわざわざ北欧に?」

「まあ、考えても仕方ない。折角来てくれたんだ。頑張ってもらおうじゃないか。」









良くも悪くも、国連のあるニューヨークは後方としての意識が強すぎる。
前線国家の外交官でさえも、本国から長く離れ外交の舞台であるニューヨークで執務しているとその傾向が出る。
その為か、敗勢にある祖国の運命を回天せんという愛国心からか時として無謀な攻勢を望むことすらあるほどだ。

頭を抱えたい気持ちになりつつも、ターニャとしてはこれらを相手取って視察の報告を行わざるをえない身分である。

一応、これでも国連所属の調査機関の局長だ。
給料以上に仕事をしているとはいえ、本務をおろそかにしていい話でもない。
故に、ターニャはきっちりと自らの仕事を全うするべく安保理に向き合う。

「早速ではありますが、報告を始めさせていただきます。」

各国代表の視線を一身に浴びながらも、かつて月面から召還され時と同様にターニャは揺るがない眠そうな表情で淡々と口を開く。
一見する限り、茫洋とした表情で報告するターニャの姿は戦地帰りによる報告とは到底思えないほど穏やかかつ平穏な雰囲気。
それ故に、知らなければ単なる事務的な報告と同列に聞き流されることだろう。

特に、常任理事国による注目の度合いがその報告の持つ重要度を暗に示唆している。

「結論から申し上げるならば、ギリシャの地形は後方拠点としては理想的な環境といえるでしょう。」

だが、それらを意識することなく淡々とターニャは口火を切る。
既に内々ではあるが、安保理に報告する前に本国の統合参謀本部以下関連機関との調整は完了済み。

『陣地主義は結構だが、ギリシャ政府が飲むかね?』

『無理でしょうな。これでは、国土の大半を放棄することを前提にし過ぎた計画だ。』

『そもそも、山岳地帯をつかった防衛線構築であればギリシャに限る必要があるのかは微妙ですが。』

などと、参謀本部から外交上の問題点や政治的な微妙さを散々つつかれてはいる。
実際、ギリシャにしてみれば国土の大半は防衛に適しないがために放棄しろと言われるような防衛計画だ。
反発は予想されるうえに、歓迎されない防衛計画であることこの上ないだろう。
なにしろ、防衛上必要であるという理由だけで国土防衛を拒否される前例たりえるのだ。

前線国家群にしてみれば、余り愉快な提案でないのは間違いない。

だが、アテネの要塞化だけを前倒しで行えないでしょうかとターニャは提案。
最悪、クレタ島などの島嶼部を要塞化することも代案としては検討したものの戦力投射能力に掛かる負荷が大きかった。
海上輸送で補給を行うことを考慮するならばユーラシアを部分的にでも防衛し橋頭堡を維持すべきと判断。

言い換えるならば、クレタからユーラシアへは海上輸送オンリーとなる。だが、アテネならば陸路も使用可能。

『いちいち敵前上陸するよりは、橋頭堡を通じて進軍する方がはるかに容易かと。』

この一言が、結局のところ兵站線の確立に神経を使う米軍にとっては受けが良かった。
いちいち敵前上陸し、兵站線を構築するよりも前進拠点を確保し事前集積できれば補給は遥かに容易だ。
なにより、犠牲の大きい敵前上陸を避けられるうえに仮に攻勢が頓挫しても逃げ込める後方拠点があれば損害も最小化できる。

パレオロゴスの失敗後、すでに米国においても対BETA戦の損耗が如何に激しいかは学習されつつある。

それらを踏まえたうえで米国は全てではなく戦略上の要地に限って死守すべきであるという観点は部分的にではあるが受け入れられつつあった。
実際、同様の方針をソ連がすでに実施し戦線を再編しつつ戦力を温存しているという事も大きくものを言っている。
ユーラシアにおいて、防衛に適さない地においては遅滞戦闘に留め主力と工業基盤を逃しているという事は長期的には大きな意味を持つと分析されている。

これらを踏まえたうえで、合衆国は防衛に適した土地を防衛しつつ可能であればBETAを押し返したいという防衛思考を前に出しつつあった。
北欧やイタリアの様に地理的に防衛が容易であれば、支援するにもやぶさかでもない。
だが、開けた平野部で物量にものを言わせて突入してくるBETA群相手に消耗戦をやることは不利だと理解しているのだ。

さすがに、露骨に西独・仏へ防衛断念を促しはしないものの困難ではないかと危惧を内々で表明済み。
防衛できるに越したことはないが、可能だろうか?というのが米国の信条だ。
そして、防衛できないのであれば遅滞戦術で人類が反攻に至れる力を養う貴重な時間を捻出すべきだと確信しつつある。

矢面にたつ国家にしてみれば、人類の兵器廠たりえる米国がその防衛に条件を付きつけるようなものだろう。
防衛の要衝でなければ、支援を渋るという事なのだから。

そしてJASRAは露骨なまでに米国の意向を踏まえて編成された調査機関だ。
その調査機関が、防衛線の再編を強く勧告するという政治的な意味合いは米国のメッセージを通告するということに等しい。
言ってしまえば、安保理への報告は国連に対する米国の意志を通達するものだ。

実際、安保理の常任理事国外交官らの中で合衆国の面々のみは他国の反応を注視するほうに重きを置いている。
米国が戦線再編を望んでいるという事を、各国がどう受け止めるかを分析するために。

「まずもって、突撃級の進撃ルートを限定しえる山脈地帯の地形構造。」

大型スクリーンに映し出されるギリシャの地図。
そこに表されている山脈と海に関して、統合参謀本部は陸海共同作戦の理想的な地勢であることを認めている。
特に、スエズ-ジブラルタル航路へ脅威を与えかねないペロポネソス半島を防衛しうるという計画はもろ手を挙げて賛成されたほど。

コリントス地峡は幸いにして岩盤が脆いために発破が容易であるためBELKA式に依らずとも発破は可能。
迅速かつ速やかに、ペロポネソス半島を要塞島化すべしという提案こそ、棄却されたものの概ねにおいて計画は採用されている。
基本は、アテネ以北の防衛を断念しつつもそれ以上のBETA南進を阻止しえる要塞群による防衛線構築計画。

「加えて、想定されているBETAによる地中侵攻もアテネ近隣は火山帯により比較的リスクを軽減可能です。」

最大の決め手となったのは、ギリシャが伝統的に悩まされてきた火山の存在だった。
ある意味で、予想しにくくかつ影響の大きいBETAによる地中侵攻。
火山の存在は、かなりの程度これを阻害しえることが期待されている。

その意味において、黒海方面を経由しユーラシア中央部へのアクセスも可能なギリシャの地理的な優位性はかなり高い。
加えて、アフリカ北岸や中東方面への支援拠点としても地理的に比較的近いことが大きな戦略上の意味合いを有している。
歴史的に考えても、ギリシャの持つ地理的な戦略上の価値は決して小さくない。

「そればかりか、地形的に艦隊による海上支援が可能でかつ、重光線級の照射圏のリスクを地勢状最小限にしえるのです。」

それらをさらに下支えするのがアテネ近隣を中心としたギリシャの南方は海洋に面しているために砲撃支援が比較的容易という事情だ。
パレオロゴス作戦の戦訓から学ばれたこと。
その一つに、BETA相手に支援砲撃なしで迎撃するのは非常に困難という項目があることを思えばこれは大きい。

実際、対地砲撃戦や空母艦載戦術機群が緊急展開しやすいという地理上の特性は大きく注目されてしかるべきだった。
実際に統合参謀本部では、既に計画されている欧州防衛計画に加えてギリシャ防衛計画の立案を検討し始めている。
近い将来、アテネに司令部が設置されるだろうというのが現状の見込みだ。

「地政学的に見た場合でも、黒海方面へのアクセス・地中海の防護、ひいてはスエズ・ジブラルタル航路の安全につながるでしょう。」

なにより、地中海航路という大動脈を守れるという事が内々で危惧されていた航路の寸断阻止という点で評価されている。
大航海時代でもあるまいし、喜望峰回りで航海するという事に伴う時間・費用の問題が回避されるということ。
それだけで、人類にとって貴重な戦略上の利点たりえるだろうということは明白だった。

「並行し、北上することで西進するBETA群側面の牽制も叶うことを考慮するならばアテネは要塞化されねばなりません。」

加えて、東欧の下腹部に位置するギリシャからBETA群西進をけん制することも見込める。
現状では、東欧の失陥が時間の問題であると見做しているターニャにしてみれば短期的にはさほど価値がある立地ではない。
だが、反攻作戦を行う時が来るとすれば極めて重要な拠点たりえるだろうと期待している。

「唯一、憂慮すべき点があるとすれば山脈地帯を光線級に制圧された場合の照射ですがこれらも基本的に地形が解決しえます。」

匍匐飛行による光線級吶喊。
ある意味では、スウェーデンの国土に部分的に近い条件でもある。
そういう観点から見た場合、スウェーデンのドラケンをライセンス生産してもいいほどだとターニャは考えていた。
早い話が、シチリア・ピレネー・ギリシャの各要所において匍匐飛行に特化した戦術機は拠点防衛に最適ではないかと考えるからだ。

其方についても、すでに統合参謀本部は内々にではあるがドラケンを一個中隊分ほどF-4の2個中隊との物々交換で入手する交渉を始めてくれている。

「結構。ギリシャに関しては参謀本部で分析させよう。」

それ故にすべてが予定調和だった。
議長国の英国が、ごくごく穏当にまとめて閉幕。
後は、この提案が持つ政治的な余波を各国がどのように受け止め、かつ対応するかという事だ。

そして、ターニャにとってそれは最早手の届くレベルの話ではない。








おまけ 『某国連軍事務次官補の暴言集その① インペリアルジャパンの新型に対して』


「それで、その新型の配備ペースの見込みは?」

「30機ほどです。」

提示されたスペックを吟味してみれば、悪くない。
近接戦特化、整備性最悪とは整備に喧嘩を売っているような仕様だ。
だが、それもハイヴ内戦闘で役に立つことを思えば。

何もインペリアルガードで国内防衛に使わずとも桜花で使ったようにハイヴ突入部隊に装備させれば事足りよう。

「なるほど。では、明星作戦には連隊程度は動員できると考えてもよろしいでしょうか。」

「…は?」

「ん?ああ、もちろん指揮権を寄越せなどと申し上げるつもりは。」

そう考えれば、整備性・量産性が最悪と言われる戦術機だろうとも評価できる。
だから、今度の明星作戦にもぜひ欲しかった。
国土奪還作戦であること、G弾をできれば投入させたくないことを考慮すれば。

是非とも、日本帝国の戦術機に突入成功してほしいと思わざるを得ないところだ。

「三個大隊のインペリアルガード、カタログスペックからしてハイヴ突入部隊に最適でしょう。」

だから、佐渡島でインペリアルガードが緊急展開した時の様に是非とも三個大隊程度の00式戦術歩行戦闘機がほしかった。
既に京都が失陥し、仙台にまで帝都が疎開している情勢下だ。
京都防衛戦時に確認されたインペリアルの新型、ぜひとも前倒しで投入したかった。

「軌道降下兵団と共同していただければ、とこちらとしては思うのですが。」

「××××××事務次官補、誤解があるようですが、その30機ですよ?」

「ええ、月産30機ですよね?高性能機でハイヴ突入に特化している以上やむを得ないとは思いますが。」

国土が侵されているときに、月産30機ペースとはさすがに生産性・整備性に難がありすぎるといわれるだけの機体ではある。
だが、まあ、突入戦時の能力を考慮すれば日本帝国がハイヴ内戦闘にかける意思の表れでもあると言えよう。
実際のところ、工業地帯を喪失してなお月産30機であるとすれば、決して悪い数字でないと判断した。

少なくとも、その時までは。

「事務次官補、月産ではありません。」

「え?」

月産でないとすれば、何か?

まさか、四半期ごとの生産ペースだとでもいう気だろうか。
そうであるならば、確かに現状の日本帝国の窮状を勘案すれば無理をしてその程度かとも考えられる。

さすがに、その規模では三個大隊出せというのは酷か?と考えかけたときだ。

「年間総生産で、30の見込みです。しかも、6種合計で。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?アホか?」

国土の大半が失陥し、大規模反抗作戦を国連が主導して行おうというこの時期に。
量産性が最悪どころか、年産30ペースの機種を、6種も整備する?

「失礼、アホですか?何か、戦争をフォーミュラ1か何かと勘違いされておいてですか?」




あとがき

(._. )( ・_・)(・_・ )( ・_・)?

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!な… 何を言っているのか わからねーと思うが 

末期戦を書くのが自分の仕事だと思っていたら
いつのまにか末期戦じみた期日で仕事をする羽目になっていた。

おれも 何をされたのか わからなかった…
頭がどうにかなりそうだった… 催眠術だとか超スピードだとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を 味わったぜ…

ここしばらく、師走ってレベルじゃないピンチでした。

ちょっと末期戦にも優しさが必要だと学びましたので、愛と優しさをブレンドして次回、ウォーケン氏の語る地獄のような後衛戦をお届けする予定!

というわけで、外伝的にちょっと泥臭い地獄を書こうかと思っています。

追伸
外伝を抜いた次回の戦場は
Περιφερειακή ενότητα Αρκαδίας
を予定しております。

欧州方面はもう、柴犬がやってくれているのであまり描写されていない中東・ギリシャ方面でもやろうかなぁと。

ZAPしました。ニューカルロ・ゼン11がロールアウトしました。漢字変換に深刻なエラーがある気がします。



[35776] 第七話 Si Vis Pacem, Para Bellum
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/02/27 07:44
「欧州は、もはや実在しない防衛戦力によって防衛されているにすぎない。」 1980年5月 国連軍統合代替戦略研究機関








そう、何時になく寒いある朝のことだった。
朝から、駆け足で行われた施設課による滑走路の除雪作業。
手伝いで雪まみれになった私は、同じような状態の部下をPXで泥水のような珈琲で労っていた。

そんな時だ。

ステファン少佐が、私を呼んでいると顔見知りの事務官に告げられた。

「戦術歩行戦闘機?なんです、それは。」

呼び出され受け取ったのは、『戦術歩行戦闘機』なる新型戦闘機への機種転換に関する辞令。
それにしても、聞き覚えのない兵器だ。
思わず、一体なんなのかと私は疑念の声を上げていた。
それに答える当時の上官も良く分かっていなかったのだろうと思う。
新型の戦闘兵器に関する実験的な命令だとしか説明されなかった。

とまれステファン少佐の命令で、私は配備されたばかりのF-4を受領する試験部隊へ配属されることになった。

初めてみたときは、愕然としたものだった。

ロボットだ。

SFの世界に出てくるずんぐりとしたロボットがなんとも驚くべきことに愛すべき合衆国の基地に並んでいたのだ。

信じがたいことに、このデカブツは『戦闘機』として空軍と海軍は認識し『歩行』だから歩兵用装備として陸軍と海兵隊が管轄権を主張する代物だった。
お陰で最初に受領した時の混乱は今でも覚えている。
小隊や中隊規模での戦術など全く研究されていない時点で各軍が全く違う操典で運用しようとしたのだ。
しかも、良く分からない兵器を、である。

お陰で、実戦配備に至るまで散々使い物にならない試作品相手に試行錯誤を繰り返す羽目になった。

それが1974年の夏場頃までの話だ。

戦術機がようやくある程度使い物になり始めかけたころ、私は対BETA戦における戦術歩行戦闘機の初期研究のために国連へ出向せよと命じられる。
理由は単純で、ようやく使い物になりつつあった戦術機が実際にBETA相手にどのような戦術を取るべきか研究する人員が必要だったのだ。
そのために、加盟国間の軍事行動を視察しうる国連軍への出向が最も適しているというのが上の判断である。

その最中、10月にはハイヴが分化するという当時においては驚愕の事実が発覚する。

…意味するところは明瞭そのもの。
前線が押し上げられる可能性を世界は否応なく認識せざるをえなくなった瞬間だった。

その混乱と衝撃から関係者が立ち直りつつあった11月。
私は、正式に国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)へと配属された。
そこで、私は月面帰りの『ルナリアン』に遭遇する。



こうして、1977年の晩春まで私は月面帰りで『常識』を月面に置いて帰ってきたと語られる『ルナリアン』の下で働くことになる。
与えられたのは、国連の事務次官補殿への軍から派遣される補佐官という役職。
実質的に、合衆国の主導する対BETA戦略策定の一環であると同時に実働部隊のノウハウ蓄積を兼ねた任務だった。
得難い経験であり、同時にそれは私に思わぬ余得を経験させてくれたといえるだろう。

例えば、武骨な輸送機とは別次元の旅客機。
与圧されたキャビンで、格式高いコース料理まで出されたときは思わず呆れたものだ。
これが、米軍では一介の少佐相当である補佐官に平然と付与された権利だというから笑うほかにないだろう。
国連軍は軍というよりも、官僚機構の一面が強いと批判されるも無理はない。

だからこそ、時にお上品な官僚組織に少しばかり毒を吐きたくなることがあったのだろうか。

「キャセイ・パシフィクでPRC近くを飛ぶのはぞっとしないな、少佐。」

皮肉気に、こんな話を持ち出すあたり複雑な感情を覗うしかないだろう。
まあ、我々は招かれざる乗客などではなく中国政府からの正式な招聘と許可を受けている身なのだが。
とはいえ、撃墜されるかもしれないという上司のブラックジョークは中々神経に来るものはある。

「…ご冗談を。事務次官補。」

「本音だよ。仕事とはいえ、せめてマニラから香港は艦艇にしたかった。」

見渡す限り、空席が目立つ機内での他愛もない愚痴。

「仕事なればこそ、もう少し国連は緊張感を持つべきだとは思わないかな?少佐。」

だが、無理もない話だった。

中国大陸の戦局は悪化の一途を辿っており、ステイツからマニラを経由しての香港行きの便は軒並み運航を減らしていたのだ。
尤も、大陸本土から脱出する人口も増加する一途で帰路は常に満席に近い状態だったのだが。
そんな状況下で、現地情勢の視察と銘打って派遣される人間は軍服ではなく国連指定のスーツ姿。
戦争の観戦に行くというよりは、なにか文化や外交に関連して現地調査へ派遣されるような気分になったことを覚えている。

なにしろ、外交官らからなる国連の機構と慣習を持ちこんだまま初期の国連軍制度が形成されてしまったのだ。
そして初期国連軍に出向した合衆国軍人でも、対BETA戦の経験が有ったのはあのデグレチャフ事務次官補ぐらいだろう。
故に、実戦経験の乏しい国連軍という機構は肥大化しつつも現実の課題である対BETA戦における経験を一向に蓄積できないというジレンマに直面していた。

「まあ、経験不足の組織ということは否めないが…、呑気なものだ。」

ある意味では、おそらく今次BETA大戦の究極の問題を当時の国連は認識しえていなかったということだ。
そして、それを当時の国連機構の中では辛うじて組織的に取り扱っていたのは(皮肉なことに今日でも、なお批判され続けている)JASRAだけだった。

「まあ、いい。どのみち、次かその次位からは否応なくそうなる。」

「は?」

「光線級、あれは本当に厄介だ。飛行機の時代は、終わったのだろうな。」

苦笑いと共に書類鞄から取り出された中ソ合同軍の戦闘報告概要。
英訳されたそれは、膨大な報告のごく一部を抜粋したものに過ぎなかったがそれでも示されているのは航空機が完全に駆逐されてしまった戦争の報告だ。
航空機が猛威を振るった第二次大戦以来、当たり前のように存在していた航空戦力の急激かつ完全な無力化。

「実感できませんが、或いはそうなのやもしれません。」

「空軍だったな?ならば、今のうちに戦術機をものにしたまえ。運が良ければ、君も生き残れるだろう。」

「心しておきます、事務次官補。」

当時、既存のドクトリンは須らく航空戦力を盛り込んだ三次元戦闘を前提にしたものだった。
言うまでもなく、航空優勢を確保することが前提とされていた米軍のドクトリンは重大な変化に直面せざるを得ない。
そんな情勢下にあって、デグレチャフ事務次官補の言う様に戦術機は数少ない代替策として熱い注視を集めていた存在だ。

今なお、重要な対BETA戦略のカギである戦術機。

だが、少なくとも1975年の初頭においてはいまだ人類には十二分に行き渡ることも始まっていない状態だった。
大急ぎでライセンス生産までもが東西の陣営を超えて行われ始めていたにも関わらず、である。
主要な重工業地帯を蹂躙されつつあった中ソは工業基盤の移転で安定的な生産は難航していた。
合衆国ですら、自国防衛用に加えて複数の同盟国に供給するに十分な量の戦術機を揃えかねていたのだ。

しかし、同時に事態が難しくなったのは単純な生産能力云々の問題だけではなかったことも無視はできないだろう。

「しかし酷いものだよ、少佐。この報告書を国連に出させるまでにどれだけ中ソがごねたと思う?」

「…想像いたしかねます。」

主権国家間の枠組みと、東西に依然としてくすぶっている相互不信。

「いっそ、北京とハバロフスクがBETAに蹂躙されでもしない限り差し出さないかと考えかけたほどだよ。」

あれでは、統一的な国連軍の元での対BETA戦など望むべくもないだろう。
何よりも現実的な問題として、1978年以前の主権国家間の壁は果てしなく強固だった。
国連軍は名目的な存在に過ぎず、欧州・地中海における大規模作戦はNATO・WTOが管轄。
当時は主戦線とはみなされていなかったウラル以東のアジア戦線は中ソ合同軍が時折衛星諸国や第三国の支援で戦っていたに過ぎない。

ヨーロッパで計画されていた、大規模反抗作戦にしても主導したのはソ連だ。
遺憾ながら、国連はこの反攻作戦において確固たる指導力を発揮しえていない。
国防の不安に駆られていた東西ドイツが乗った形だった。
逼迫するウラル戦線の情勢と、欧州に対する重圧の排除を求める各国の要望がそれに続く。

その計画に関する各所の協議の一環として、世界中を飛び回らされる事務次官補殿。
彼女に付き従う私は、前線国家と合衆国や他の後方国家に深刻な断絶が存在することを実感する。
だからこそ、絶対に人類は宇宙人が攻め寄せてこようとも団結などありえないのだよ、とは嫌な答えだろう。

もっとも、発言者たるデグレチャフ事務次官補殿の名誉のために断っておくと、彼女は心底この内輪揉めを嫌われていたのだが。


次にお会いしたのは、欧州大反抗の興奮が官民ともに沸き上がりはじめていた1977年の初冬だった。
新編されたF-4からなる第16戦術機甲連隊の練成に励んでいた私は、統合参謀本部の急な呼び出しで再びデグレチャフ事務次官補の下に就くことになった。
ただし、今回は事務官としてではなく名目だけとはいえ国連軍の連隊指揮官としてであるが。

「やあ、君か中佐。昇進おめでとう。」

「ありがとうございます、事務次官補殿。」

常に不機嫌そうな表情。
だが、少々長く下で働いた人間にならば不機嫌さというよりも、軽い疲労と憤りだと理解できただろう。
招き入れられた執務室を埋め尽くしていたユーラシアの戦局図。
そこに書き込まれた怒りのような赤い朱筆が、忌々しい現状へ如何にかかりっきりになっているかを物語っていた。

「仕事の話を優先しよう。中佐、君は対BETAの実戦経験はあるかね?」

「いえ、派遣されてきた部隊に対BETA経験のある衛士はいないように記憶しております。」

欧州総反攻作戦とぶち上げられたNATO・WTO合同の大規模反抗作戦。
それに際して、在欧米軍を除いた米軍では基本的に実戦経験を蓄積するいい機会だと考えている節すらあった。
幸運にも、最前線たることを免れた北米においてはそれがBETAに対する理解だったのだ。

「・・・では、私が唯一の実戦経験者か。馬鹿げた話だとは思わんか。」

「無理もありません。月面帰りでも除けば、我が国は後方でしたので。」

他に言葉の選びようがあったのではないか?
自分でもそう思わないでもないが、少なくともその時自分は仕方ないと答えたと記憶している。
そして、次の瞬間に皮肉気な笑みを浮かべていた事務次官補がほとんど疲れ切った表情で漏らした言葉も、だ。

「やれやれ、ジョン・ウォーケン准将閣下とでも呼ばれる身になりたいのか?中佐、洒落にならんよ、これは。」

一抹の不安を呼び起こす言葉。
その意味は、誤解の余地のない現実として私にやがて突きつけられる。

約2か月にわたるパレオロゴス作戦が最終的に頓挫し戦線が瓦解した時。
私は、それを否応なく理解する羽目になった。

その時、私はなんと叫んだか今でも思い出す。

「馬鹿な!?前線部隊は何をしていた!」

ミンスクハイヴを含む突出部を完全に包囲し、制圧しつつあったはずの反抗作戦。
ソ連軍第43戦術機甲師団、『ヴォールク連隊』による突入と失敗。
その直後から始まったBETAによる全戦線でのこれまでにない大規模な反撃。

全軍の主力、その30%という多大な犠牲を払い討ち尽くしたはずのBETA。
それが、これまでの努力を嘲笑うかのように膨大な規模で湧き出てきたとき前線は完全に混乱してしまっていた。

お陰で、遥か後方で友軍の撤退支援に備えていたはずのJASRAが部隊は突然矢面に立つはめに陥る。
友軍の撤退を支援するはずが、気が付けばいつの間にか自分たちが最前線で撤退の必要性に迫られる状況。
当時、BETAの進撃速度の速さは完全に既存ドクトリンの想定した如何なるケースにも当てはまらない規格外の速度だったのだ。

「地中侵攻でもあるまいに、なぜここまで発見が遅れた?…ふう、これは索敵網の再構築も今後の課題だな。」

「…作戦放棄を提案します。事務次官補、これでは陽動など。」

咄嗟に口から出たのは撤退を促す言葉。
囮となって、BETA先鋒集団を誘引する以前に自分たちが孤立しかねない状況。
雲霞のごとく押し寄せてくるBETAの衝撃は初見ではそれほどの威圧感があるものだ。

…あるいは、ありすぎると言ってもいい。

「却下だ。迎撃しろ。ここで抜かれるわけにはいかない。」

「しかし、BETA侵攻速度が速すぎます!このままでは、孤立は避けられません!」

焦った私は、おそらく最高に間抜けな顔で上司に撤退を促していたに違いない。
今でこそ、私がそんな新任の士官を嫌々宥めるのだ。
だから、デグレチャフ事務次官補がその時心底呆れ果てた顔で自分を睨み返した気持ちが良く分かる。

「ウォーケン君、君はアホかね?」

「は?」

「そんな速度の敵相手に防衛線を再編する時間的猶予があると思うか?ここで止めるか、食われるかだ。」

単なる事実。
そう、BETAが押し寄せてくるのは規定の事項なのだ。
物量でBETAが圧倒しているのは、当たり前。

単純に、それを踏まえたうえで如何に対応するかという次元の問題なのだ。

そうできなければ、混乱し、動揺したまま圧倒的な物量と速度のBETAに蹂躙されるだけ。
単純過ぎる実に分かり易い構造だ。
蹂躙されたくなければ、進撃してくるBETAを所与の前提として対応せざるを得ない。

「幸い、地雷原は健在だし砲兵隊が喰われたわけでもない。迎撃は容易だ。さっさと行動を開始せよ。」

航空支援や、航空優勢など望むべくもない戦場。
ならば、せめて入念に構築した陣地で防衛しつつ縦深を活用するしかない。
そして少なくとも地雷原と砲兵隊が健在ならば、対BETA戦における必要最低条件は満たしている。

「失礼、取り乱しました。…了解です。」

「構わんよ。新任のパニックには慣れきっているからな。」

皮肉なことに、今日では私も事務次官補同様に慣れきってしまっている。




『古参衛士の覚書…パレオロゴスへの道』

著者:合衆国欧州派遣戦術機甲連隊指揮官、ジョン・ウォーケン大佐
※国防機密保持規定により、民間での出版差し止め済み





手に取ったかつての部下から送られた書籍を閉じ、ターニャ・デグレチャフ駐アテネ国連軍司令部付准将相当官はため息を漏らす。

部下が描いているように、人類は今なお一丸となりえていないのだ。
それを、今、ターニャ自身がいやというほど実感している。

黒海方面への橋頭堡として想定したアテネの要塞化。
非効率と、非能率に、サボタージュで悪名高いギリシャの労働慣習は当初から問題視されてはいた。
なればこそ、軍の工兵隊、出来ればステイツのシステム化され高度に分業化された能率的なものをターニャは望んだのだ。

ごく短期間に、アテネを要塞化して防衛するために必要な工事を滞りなく完遂するためには必要不可欠だ、として。

なにしろ、人類の持ち時間は有限であり時間こそが全てなのだ。
要塞化が遅れることが意味することは、実に単純かつ明瞭だろう。

幾ら山岳地帯や火山帯とはいえ、所詮地形というのは活用しなければ意味がない。
ある程度は備えていたはずのインペリアルジャパンが京都以西をBETAに奪われた原作。
それを思えば地形に設備、そして訓練は不可欠なのだ。

そして、忌々しいことに後方国家意識の抜けないステイツから送られてくる戦力は『ある程度』レベル。
常識の範疇に留まり、地中海艦隊の支援を受けられるとしても防衛にはやや不安が残るレベルだ。

だが。

「最早工期の遅延は我慢の限界です!主権の問題があるというならば、貴国の工兵でも構いません。とにかく、前倒ししていただきたい!」

理解しがたいことに、パレオロゴスの大惨事があってなおギリシャ当局は悠長にことを考えているらしい。
いや、彼らにしてみれば平常運転なのだろうか。
兎も角、状況としては時間だけが無駄に過ぎているのだ。


呆れた話だが、当初は工兵隊では『数に限り』があるために民間の大規模動員による要塞化という話で国連とギリシャは交渉をまとめたはずだった。
国連軍の見積もりをはるかにオーバーするであろう民間委託には危惧する声もないではなかったが、時間の問題が優先される筈だったのだ。

本来ならば、時間を優先するために民間を動員するはずだったというのに。

「デグレチャフ事務次官補、残念ながら民業への配慮や契約の問題もあり要請にはすぐには応じられません。」

「国防の危機に、貴国は、民業へ配慮なさると!?」

「…内政干渉ですぞ。」

だが、工期の計画とは裏腹に予算ばかりが消えていき要塞化の度合いは遅々として進んでいない。
否、進んでいないどころか深刻な予算の流用や目的外使用が続出している。
お役所仕事で呑気に構えているはずの査察部門が、珍しくアテネ要塞化に投じられた予算を洗って愕然としたという話をターニャは耳にしている。

NATO軍の一翼を担うギリシャ軍が、事態を理解し、認識できていないはずがないにもかかわらず、である。

「ならばせめて、直ちに、立ち退かせて頂きたい!何故、補償論争で執行が遅れているのですか!?」

「内政問題です。我々としても、最善を尽くし鋭意問題の解決に努めているところですが…中々に複雑な問題で。」

スターリン曰く、死が全てを解決する。人間が存在しなければ問題は起こらない。
だが、今やBETAが加わり、かつ人間は相変わらず内輪揉めの真っ最中。

『貴国の王党派・軍閥・共産主義者の内輪揉めはいい加減にしていただきたい』

思わず、外交儀礼も内政不干渉の原則も投げ捨て叫びたいほどの醜態だった。
全くもって度し難い状況というほかにないほどギリシャ当局の対応はお粗末なのだ。

失業率対策と、民間へのばら撒く原資としてアテネ要塞化に民間を動員しようという意図は苦々しいがまだ我慢できる。
結局のところは、要塞化さえ為せれば軍事戦略上の問題はないからだ。

そして、要塞化に伴う立ち退き補償の問題も重要ではあるしないがしろにできる話でもない。
合衆国は私有財産権を無視しうる国家ではないし、そうあってはならないのだ。

だから、国連の予算編成に際しても補償額については大甘に査定することで立ち退きを促すべく配慮してあった。
それこそ、合衆国の基準で考えても厚い配慮がなされた、といえるほどの額だ。
勿論、札束ですべてが解決できるならば市場の原理が働かない世界など存在しえないだろう。
当然のこととして、感情や個々の事情があることは理解し、尊重するつもりだった。

だが、だからと言って『全く』進んでいないにもかかわらず『渉外費』だけが怒涛の勢いで消費されていれば怒鳴り声の一つも上げたくなる。
ステイツやインペリアルジャパンはなるほど、後方国家だ。
そんな国から、国連が吐き出させた分担金から用意された予算がどう使われるかというのはなるほどギリシャ国民にとってはあまり重要ではないだろう。

「…内政事情は極力配慮しますが、現実問題として軍事的な危険性が増大しつつあるのです。この情勢下、対応しないわけにはいきません。」

地中海ルート、特にジブラルタル・スエズのルートを防護する要衝なのだ。
何としても、アテネを確保しつづけることで黒海以北への大陸反攻の基地機能を維持したかった。
だから、だからこそ、戦局の悪化が著しい欧州主戦線から苦しい中予算を割かせているのだ。

それが、こんな遅々として進まなければどう考えても我慢の限界に到達するに違いない。

こんなことならば、地理的状況を勘案せず初めからクレタかキプロスにでも防衛拠点を構築した方がまだマシだったといえるほどだ。

「仰る通りですが、戦局の激化もあり各種物資の値上がりが激しく予算の増額がない限り難しいかと。」

それを。

それを、連中はどこまで認識しているのだろうか。

「貴国の深刻なインフレ事情を勘案し、米ドルで初めに必要な建材は確保したはずですが。」

「現実問題として、足りない以上、対応せざるを得ないのです。」

横流ししたからだろう、と叫びたい気持ちを抑えつつターニャは分かりましたと頷き辛うじて礼節を保ったまま退室してのける。


…これは、もう駄目だな、と呆れながら。




あとがき
ちょっと色々と忙しくて、更新が滞ってましたが私は思い付きで更新するぞーと更新。

割と勢いで書いたので、修正が必要かもしれません。
ありましたので、ZAPしときました。

まあ、本家の幼女戦記改稿せなあかんのでこっちは気分転換がてらの更新になると思いますが…。



[35776] 第八話 Beatus, qui prodest, quibus potest.
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/06/26 09:01
バンクーバー協定原案の目的に異議はありません。
国連主導下での統一的な対BETA戦の展開は生存闘争である本大戦に不可欠です。
故に、総論においては瑕疵無き素晴らしい内容と言えるでしょう。
ですが、統一的な指揮権を国連に委ねる上で主権国家の権利と主権国家国民の保護の問題に対する考察が抜け落ちております。
主権国家の利害と、軍事的整合性が衝突した場合を想定し、ガイドラインの形成を行うべきでしょう。
つまり、国連軍の一翼を担う各国の利害と前線国家の関係が悪化するのを未然に防止するための方策は必須です。
結論としては、責任・権限の明文化によって最悪に備え『対BETA戦』の『円滑かつ合理的』な遂行のために補足条項を付足すことを勧告せざるをえません。


ターニャ・デグレチャフ事務次官補 年代不明の勧告的意見











彼女の指揮権は、本来ならば発動されるはずがなかった。

「砲兵隊の予備陣地での再展開急げ。最後尾の友軍は見捨てるなよ?後退戦とはいえ、まだ余裕がある。」

淡々と、危機にある『友軍』と『司令部』を守るための指示を下す暫定指揮官。
国連の次官補ながらも暫定的に准将相当官とされたがための繰り上がりでの指揮官任命。

はっきり言えば、安保理は彼女が指揮権を行使する事態は想定していないうえに望んですらいなかっただろう。

『危険すぎる』と。

『気が付けば、ペロポネソスくらいは地図から消しかねない』と。

カンパニーの記録によれば、合衆国内部ですら類似の懸念を有していたことを覚えている。
機密指定の分厚いベールに今なお蓋われたBELKA計画の発案者。
本来ならば、BELKAの名前自体が禁忌と呼ばれる代物だったらしい。
第五計画推進派からさえ、狂気の沙汰と評価されているあたり碌でもない計画を立案した、と理解しておけばいいだろう。


だが、しかし運命というのはずいぶんと皮肉なものらしい。
アテネ陥落時に国連軍司令部が潰され上級指揮官が根こそぎ全滅した時。
残っていた当該方面の高級士官で最上位だったのは彼女だ。
海軍との連絡官として地中海艦隊に飛ばされていたデグレチャフ事務次官補にあった。

後で聞いた話だが、第一報が本国に飛んだ時は大騒ぎだったという。
NROは大真面目に『まだ、ペロポネソス半島に大規模な人為的行為による地形変更は確認されておりません』と報告したらしい。
そして、実際のところ大方の予想を裏切りデグレチャフ次官補の撤退戦指揮はかなりまともに推移した。

「そうだ、空間飛翔体を切らすな。光線級をとにかく忙しくさせておけ。照射される友軍を減らすのだ。」

「准将閣下、ギリシャ政府の国内避難施設より救援要請が届いておりますが。」

「少し待て。クレタとシチリアの司令部を呼び出せ。状況次第だが殿の戦術機の退避受け入れ体制を整えさせろ。」

地中海艦隊の砲撃支援と、撤退に成功した支援車両による面制圧。
重金属雲の規定濃度を維持しつつ、幾度か光線級吶喊を敢行しての高度制限の部分的な解除。
誰も置き去りにするなと、光線級の脅威が排除された段階で戦術機による捜索救難まで部分的にやってのけた。

その後、重金属雲濃度が規定値を割り込めば無駄弾承知で砲撃支援を命令。
照射されている友軍後衛の負荷を少しでも削るなど指揮官としての手際は見事だった。
専門外の分野ではあるが、デグレチャフ次官補の指揮は戦理を良くとらえていたのだろう。

地中海艦隊が確保し続けている湾口より各軍の撤退を開始する段取りも適切だった。

戦術指揮能力に関する限り、後日の査問会議でも問題にすらされていないと聞く。

いっそ慣れた手際での後退戦指揮。
一体どこで、と浮かんだ疑問だがそもそも彼女はルナリアンだ。
損害を最小化し、撤退するという意味では対BETA戦の先駆者といって良い。

…なるほど、手慣れているわけだ、と納得できる。

「それで?どこの施設だ。ギリシャ全域にはバンクーバー勧告が出されている筈だが。」

なにより、最悪を想定しての行動は絶対防衛線の崩壊による人的被害を最小限に抑えることに大きく貢献した。
締結されたばかりのバンクーバー協定に基づく初の強制避難勧告措置は、ギリシャにおける民間人の犠牲を最小限度に留めたと評価されるべきだ。

ギリシャへ政治的・経済的コストを考慮し散々渋った国連軍司令部を説き伏せたのは彼女だった。
無数の民間船の徴用と、国内輸送機関を占有してのギリシャ市民の国外疎開は多大な負荷を輸送機関にかけるのだ。
何よりも、疎開先と指定された北アフリカでの受け入れ態勢は理想とは程遠い状況で国連軍司令部が躊躇するのは無理もないだろう。

それを殆ど、越権ギリギリの強硬姿勢でバンクーバー協定による強制避難勧告を出させたのはルナリアンの一派だった。
72時間以内の即時避難勧告など、ギリシャ政府が事前に避難計画を策定していなければ成し遂げられなかっただろう。
故に、ルナリアンが怒号してやまなかった非戦闘要員抜きの撤退戦がようやく実現していたはずだったのだ。

少なくとも、制度面で言うならばおそらくデグレチャフ事務次官補程ギリシャ国民の犠牲を抑えるべく最善を尽くした人間はいない。

「まさか事務手続きのミスで、イオニア海の小島でも忘れていたのか?だとすれば、看過しがたい手落ちだな。」

散々念押ししての、強制避難勧告の発令。
島嶼部の疎開が困難であり、一部は事前に予備的に疎開しているとしても。
通信や連絡のミスで疎開しえないという事は十二分に考えられた。
いや、あるいは人為的に対象地域に含み忘れたという最悪のケースもあるだろう。

だからこそ、はじめ、避難支援を申し込まれたとき彼女は不手際で逃げ遅れた人間がいるのではないかと真剣に憂慮していた。
国連が、義務を果たせなかったのではないか、と。
差し出すべき手を誤り、人々を徒に窮地に追いやったのではないのか、と。

「いえ国連のミスではありません。・・・ですが、複数の報告によればギリシャ本土の疎開率は76%程度です。」

だが、私の目の前で国連軍の若い事務官は深刻そうな表情でギリシャにおける疎開が難航していることを告げていた。

そう、問題はそこだ。

口にするのは気が重かったが、疎開は遅れに遅れていたのだ。

立案されただけの事前計画通りに避難が進むはずもなく、現場は大混乱。
万全の計画と銘打たれたはずのそれは、机上の空論だった。
まして、迫りくるBETAの圧力を思えば秩序だった疎開計画など早々に破綻をきたす。

なにより、規定通り最低限度の身の回り品とIDだけで疎開せよという規定は避難民にとって理解しがたいものだったらしい。
最低限度の家財を持ちこもうとする人間で、ただでさえ破綻しがちだった輸送網は混乱の極みに至る。

無理もない。

バンクーバー協定による事前避難計画を策定したギリシャ政府にしても、国民にしても『国を捨てる』事態を何処まで想定していたことだろう。

DDR方面を除けば、最大規模の国連軍が展開したペロポネソス半島。
ギリシャ政府が確約したアテネ絶対防衛線は、地理的条件からして実に不落に等しいと軍事専門家ですら分析するほどだ。
実際問題、強制避難計画の発動に司令部が反対したのも要塞化が間に合ったという確信があればこそ。

だが、ルナリアンはたった一つの物証でその確信を崩して除けた。
最前線に設置されている対レーザーコーティングされた超硬度の機関砲陣地から採取した其れ。
前線視察で持ちかえられたブロック塀は、崩れているのをただ拾っただけの代物だった。

コーティングどころか、無意味な塗料が塗られただけのブロック塀。
機関砲陣地に至っては整備不良で稼働率が最低という代物。
自国の業者や政治屋が如何に信用ならないかそこら辺を知っているギリシャ軍であれば、容赦なく査察しただろう。
提出された稼働率の報告書が、「マトモすぎる」と疑って一斉点検して整備させたことだろう。

だが、国連軍の事務官僚らにしてみればそんなことは想定外。
強固な防衛線が存在すると信じて疑わなかった彼らは、その誤算で死んだ。
結局、彼らは常識的であったがために死んだとすらいえる。

…最前線になった国で、予算と労力、資本を主戦線並に投じられて構築された重厚な要塞線への過信。

もう片方の主戦線であるDDRからシュタージでも連れて来れば、24時間で反逆者をダースどころかグロス単位で摘発したことだろう。
まったく、自由を無秩序と履き違えた腐敗に悩まされるのはギリシャ軍だけで十分だ。
なるほど、是では彼らが軍事クーデターを起こしたくなるのも無理はない。

…むしろ、不用意な現地への介入回避などと言わずにクーデターを支援しておくべきだったか。

立場がら、不適切であるとは知っているのだがそう思いかけたほどである。
そして、悲劇は起こされた。

誰の責任だろうか?
いや、誰の責任ではないのだろうか?

『スリーパーの観たペロポネソス』より
※同書は、国連軍並びに合衆国の非道な難民政策を正当化し、かつ欧州失陥時における無作為を正当化するためのプロパガンダ本として代表的なものだろう。
今日における困難な世界情勢において、彼らが真摯に真実を認め難民政策の無作為と人権侵害を停止することを我々は望む。
加えて、バンクーバー協定という非人道的協定による差別的行為を謝罪し、即時撤廃することを我々難民解放戦線は強く要求する。


















後退中の友軍戦術機甲部隊は一般概況として推進剤に不安が残る部隊ばかり。
無理もない話である。
装甲など紙屑のように焼き尽くす光線級の前でダンスさせているのだ。

これで、最後尾各隊の推進剤が余っているならば神様を信じてもいい。

もちろん、そこまで運動戦を行わせたのは偏に光線級の圧力を減衰させるため。
光線級吶喊をたびたびおこなわせた甲斐があって、砲弾迎撃率はかなり低下させえていた。
重金属雲の規定濃度を維持しつつならば、匍匐飛行で殿軍を最終補給地点まで後退させることも可能な状況。

このまま統制を保ちつつ推進剤の補給さえ実現できれば、最後尾も無事にクレタないしシチリア・イタリア方面へ到達可能だろう。

だが組織的に統制を保って後退しているといえばさも余裕があるようだが、実態はぼろぼろだ。
第一世代機で光線級吶喊を散々敢行すれば当たり前のように損耗率は跳ね上がらざるを得ない。
遅滞戦闘を機動防御中心に辛うじて行いながら後退している敗残兵の集団と大差はないだろう。

支援部隊にしても、戦域砲兵などを除けば後退中の損耗や遺棄を含めて大半の弾薬が払底。
特に、重金属雲を維持するための対レーザー弾頭に至っては看板が当たり前の状態だ。
残弾を保持しえているのは、洋上の地中海艦隊と司令部予備程度。
殿の離脱時に重金属雲を維持するにギリギリ足りるか足りないかレベルだ。

既に装甲車両などの撤収は港湾施設の限界速度で全力作業中である。
重装備を保持しつつの後退が実現できるのであれば、それに越したことはない。
だが、どちらにしても余力があるのとは程遠い状況である。

地中海艦隊の残弾は、既に砲弾運搬船の在庫が払底しアレクサンドリアとシチリアの弾薬庫から緊急運搬中。
艦隊の手持ちを使い切れば、当面補給の目途が立っていないのは致命的だった。
加えて、絶え間ない対地支援の影響で一部艦砲にトラブルが生じているのも憂慮材料だろう。

設計時の想定をはるかに超える時間・規模で酷使された艦砲の砲身寿命は深刻な危険域に突入している。
艦隊司令部によれば砲撃精度の低下を超えて、重大な事故が懸念されるレベルの報告すら上がっているらしい。
誤魔化し誤魔化し、なんとか運用している状況。


この逼迫した状況で、規定外難民キャンプ救援?
どちらかといえば、まず自分たちに救援が欲しいくらいだった。

逃げてくるなら、間に合えば支障のない範囲で船に乗せる程度はやぶさかでもない。
だが、まあ、無理だろう。なにしろ、突撃級の足は速い。
それこそ戦術機でもない限り、振り切ることすら困難だ。

そして、程なく規定外難民キャンプ所在地を通過するBETA群から戦術機甲部隊の最後尾集団を逃すためには砲兵による面制圧が不可欠。
地雷原代わりに遅発弾頭を地下に埋める時間を考えれば、もう撃ち方を始めさせるしかないだろう。

ならば、砲撃を開始させるしか仕方がないとターニャは考える。
どのみち、BETAに食われるのだから過程は兎も角結果に変わりはないのだし、と。

「規定外キャンプは無視してよろしい。予定通り、砲兵隊による支援を開始せよ。」

「何を、何を仰られたッ!?」

だが、その言葉を耳にして、一人の男性が飛び上がらんばかりに血相を変えていた。
信じがたい言葉を目の当たりにしたと言わんばかりの驚愕と動揺。
男性が掴みかからんばかりに詰め寄る先には、傲岸其の物を体現した『ルナリアン』が平然と立っているのだ。

だが、ターニャにしてみれば猫の手でも徴発したい折にとんでもなく迷惑な来客である。
地中侵攻すら想定していたにも関わらず崩壊した絶対防衛線と、何故か警戒システムが機能せずに司令部を蹂躙された国連軍。
その大混乱を辛うじて克服し、統制を保っての撤退戦を指揮しているところへのお客。

唐突に司令部へやってきたギリシャ政府の人間。
名目こそ連絡政務官というのだが、事ここに至ってわざわざやってくるとはご苦労なことだと思った。
ねじ込まれたバンクーバー協定の規定外難民キャンプを保護せよなどという要請に応じる義務はターニャにはない。

普通ならば、不愉快に思ってもいいだろう。

しかし、国連軍の服務規程に従いターニャはあくまでも主権国家の権利を尊重する義務を忘れるわけにはいかないのだ。
故に、礼節を保った態度でゆっくりと穏やかな表情を保ちつつ連絡官に問いかけるのを忘れる訳にもない。

「ああ、連絡官。後退のために一時的な面制圧を予定しているのですが、貴国部隊が自国民保護のために展開されていますか?」

先立って締結されたバンクーバー協定は、単独展開権を前線国家に認めたものだ。
つまり、それは主権国家の権利であり彼らが前線で部隊を動かすならばターニャはそれを尊重する義務が定められている。
後衛戦闘の邪魔だから、どっかに行ってくれと命令できない以上誤射を避ける措置は必要だった。

「まさか助けに行かないばかりか…避難民ごとBETAを撃つと仰るおつもりか!?」

「ああ、展開されないのですね。では今後展開のご予定がある場合は、誤射防止のためにもご通告ください。」

解答からして、展開しているという告知がないことがターニャにはすべてだ。

「事務次官補!?」

「失礼、おまち頂けますか?砲兵隊へ伝達。即時砲撃命令。面制圧がなければ、全軍が危ない。」

そして、戦場において指揮官の躊躇は全軍に深刻なトラブルをもたらすのだ。
上が躊躇する時間で、前線の、現場の若い兵士が何人死ぬかと思えば。
無能であるという事は、決断しないという事は人的資源の恐ろしい浪費を意味するのだ。

躊躇は、許されない。

「失礼、それで?」

「デグレチャフ事務次官補!?貴方は!」

詰め寄らんばかりに押しかけてくる人間というのは、ターニャにとって許されるならば司令部からつまみ出したい人間だ。
もちろん、国連軍と安保理の策定した各種規定がそれを許さない以上ターニャにしてみればできない相談ではあるのだが。

「まだ、キャンプには避難民が多数残っているのですよ!?」

「強制避難勧告は発令済み。バンクーバー協定第六三条、『避難勧告非受諾者に対する例外規定』を適用するまでですが。」

主権国家の、主権国家たるゆえん。
それと国連軍の軍事合理性が摩擦を回避するためのバンクーバー協定だった。
国連は、義務によって避難勧告を発令する。
それにより生じる避難民を護衛し、かつ安全なエリアまで護送するのは国連軍の義務だ。

その為に、国連は事前に避難指定港へ地中海から徴発した民間船を必要数送り無事に護衛してのけている。
楽ではない船舶事情の中から、義務は果たしたのだ。
それ以上は、ターニャにとって責任の範疇外。

管轄外のために、死ねと兵士に命じる権利はない。

少なくとも、ギリシャに派兵された合衆国や他の国連加盟国の人的資源を濫用する権利は誰にもないのだ。

「土地を捨てられない人間は…」

「土地を捨てない代わりに命を捨てる自決権ですね。大切な概念故もちろん、尊重いたします。」

なればこそのバンクーバー協定。
国連は、逃げたくない人間を拘束する権利など持ち合わせていない。
主権国家の主権は、あくまでも最大限度に尊重される。

ただ国連がその義務を、限定するだけだ。
限られたリソースでの、最大幸福の追求。
最低限度の人命確保と、難民政策の限界。

そのギリギリのラインで用意されたのが、国連による避難勧告。

「次官補!?」

「反転、救援せよとでも?どのみち今からでは間に合いませんよ。部下を無駄死にさせるためにペロポネソス半島くんだりまで遠足に来たわけではないのですが。」

契約である以上、最善は尽くす。
契約外のことは、主権国家の管轄。

主権国家が、主権国家たる自国領域における難民・国民の保護をどうしようとも国連軍は関与しない。
内政不干渉の原則を訴える前線国家を尊重しての規定だ。
つまり保護すべきは、主権国家なのだ。

「自分たちが助かるためだけに、難民を見殺しになさるおつもりか!?」

「私は、指揮官として部下の命を効率的に使わねばなりません。加盟国政府の怠惰のツケを払うのが、私の部下の命というのは理解しがたい不条理ですな。」

それを、今更都合が悪い時だけは国連に保護の義務を肩代わりせよなどとは。
随分と虫のいい話だった。

「民間人を見殺しにするのと、それは全く別の話ではないのか!?」

もちろん、感情で割り切れない人間がいることは理解できる。
まして、お優しい政治家…つまり良くも悪くも人の良い人間ならば動揺することだろう。

そこまで考えたとき、ターニャは少しだけ状況から相手の評価を上方修正する。
そういえばそもそも責任感がない政治屋ならばとっくにギリシャ本土から逃れている中で残留したのだな、と。

いや、難民キャンプの話を聞きつけここまでやってくるという事は自己の危険を顧みない程度には責任感があるのか、と。

故に、お邪魔だから御帰り願いたいと口にする前にターニャは考慮。
ならば、条理を尽くして慰めの言葉を口にする程度には配慮すべきだろうと結論。

「ラリス連絡官でしたか、貴方がまともと仮定してお答えしますが国連はすでに巨額の対ギリシャ防衛予算を投じています。」

「それとこれは!」

「お聞きください。御存じでなければ、端的にお話しますと国連がDDRに投じた支援と同額です。」

せめて、欧州の文化的な故郷であるギリシャは守りたいという西側先進国のエゴ。
そこに訴えてまで予算をもぎ取った結果は、DDRへの国連支援と同額の支援をギリシャにもたらしている。
最前線と同等規模の予算での防衛線構築。

「曲りなりにも、コミーすら防戦できるというのにあなた方ときたら。…失礼。」

同じ予算と、遥かに有利な時間的猶予。
凄惨なポーランド撤退戦でボロボロの欧州主戦線が、まだ曲りになりにも粘ったというのに。
あの、効率と進歩の点で自由市場に劣るはずの共産主義者よりもお粗末な顛末?
嗤えないにも程があった。

これでは、典型的な市場の失敗ではないか、と。

「ですが、欧州の主戦線と同額を受領して援助不足とはさすがに酷な評価でしょう。避難にしても、相応の予算が配置されていました。」

「だからといって!」

「…もはや、抽出できる戦力がないのはご存知でしょう。」

だが、責任感溢れるラリス連絡官には申し訳ないが物理法則は覆せない。
手持ちの戦力は、払底。
逃げるので精一杯なのだ。

国連軍にそんな能力はない。

せめて、開発中のF-14でも間に合っていれば部分的に海岸線を確保することも能力的には可能だろうとも思わないでもないが。
尤も、その場合は主権国家のツケを複座型で衛士を二人も載せた貴重な艦載戦術機の部隊単位で払うのだ。
そんな資源と人命の浪費を行う気は能力があっても湧き上がらないだろうとは自覚している。

だが、少なくとも今は誰が検証しても間に合わないのだ。
助けられる人命を見捨てたという感情論で、訴えられる危険性はまずない。

「恨まれるのは結構ですが、どなたか上司にでも聞かれることをお勧めします。…防衛予算は、何処に消えたのか、と。彼らを守る盾は如何したのか、と。」

別に、ターニャとしても駄目だろうとは思いつつも最善の防衛努力は尽くしている。
その上で損耗を最小化しつつ、後退戦を戦っているのだ。
これ以上、どうしろというのか聞きたいところである。

「次官補、最後尾集団の推進剤補給、完了しました!」

「よし、撤収に入る!予定通り指揮権の暫定的な委託を行う。オールバニへつなげてくれ!」

そして、待ち望んでいた最後の報告を受け取ったターニャは速やかに後退のための手続きに入る。
本来ならば、管轄権違いであり統帥権の問題に発展しかねない事態ではあるが止むを得なかった。
司令部が全滅し、予備の連絡官が最上位の指揮権継承者になったときに国連軍に選択肢はなかったのだ。

国連において高位の文官とはいえ、階級では一介の准将が総撤退を指揮とは世も末だった。

「繋がりました、第六艦隊司令官、ウィリアム・N・スモール中将閣下です!」

それを思えば、指揮権の管轄外委託…それもやむを得ない時限措置ならば許容の範囲だろう
なればこそ、受話器を受け取るや否やターニャは間髪を入れずに既定の文言を口にする。

「序列外ですが、戦時規定で司令部移管中の暫定的な指揮権をスモール中将へ委託いたします。」

「こちら、スモール。戦時特例により、暫定的指揮権を受諾。直ちに、退避されよ。」

「了解。オールバニへの司令部移設中の管轄権を地中海艦隊へ委託が完了。退避始め!」

そして、規定通りに機密を処理している司令部スタッフの手早い仕事ぶりに満足すら覚えつつターニャは逃げ支度を整える。
とはいえ、司令部壊滅の事態を受けて私物はオールバニの士官室に置いたままペロポネソス半島へ飛んで帰ったのだ。
いくつかの報告書と、簡潔な命令書だけ持てば、それで準備は完了する。

ターニャ程でなくとも、ここの司令部要員というのはアテネ司令部壊滅以来の急造司令部。
持ち出すべきものもほとんどなく、撤収作業に必要なのはせいぜい暗号表やら何やらの破棄程度。
あっさりと処理を終えた彼らは、手際よく埠頭で待機中の駆逐艦へ移乗を開始する。

後は、洋上で臨時司令部を兼ねている地中海艦隊旗艦のオールバニへ移乗するだけだった。

「戦域へ通達、戦域司令部より、全部隊。撤収作戦は最終フェイズへ移行。繰り返す、最終フェイズへ移行」

そして、司令部の撤収作業が完了すると同時にオールバニより全部隊へ通達。
それが意味するのは、艦隊が最後の任務を行うという事。
各隊へのペロポネソス半島離脱命令と同時に、重金属雲濃度を最大にしつつ光線級を制圧するための艦隊は行動を開始する。

意味するところは、BETA軍前衛集団への全力砲撃。
撤収する友軍戦術機甲部隊を追撃するBETAを足止めしつつ、重金属雲濃度を保つための全力射撃。
それは、必然的に進行中のBETA先鋒ごとキャンプに砲弾が降り注ぐことも意味する

「まだ、まだ人が居るのですよ…」

力なく肩を落し、表情には諦観をにじませた政治家。
ターニャにしてみれば、幸いにして各部隊がペロポネソス半島から離脱した時点で指揮権から解放されている。

「私としては戦車級に咀嚼されるよりは、砲弾で安楽死する方が慈悲だと思いますよ。」

だから、それは、完全に純粋な善意と慰めの意図から発せられた言葉だった。
丸かじりにされるよりは、と自決を選ぶ衛士も少なくない戦車級の恐怖。
生きながらにして、BETAに食餌とされる苦痛は想像するに余りある。

なればこそ、艦砲の流れ弾はむしろ慈悲ではないだろうか?

そう考えるのは、ある意味BETA戦において毒された人間の感覚としてのみ正しい。

「正気で、正気で仰られているのですか?いったい、何をしているかご存じなのか!?」

「ええ、正気のつもりです。いったいあなた方は何年これを眺められていたのですか?これは、生存戦争なのですよ?」

人としては、歪んでいるのだろうが。



あとがき

一部、コメントでご指摘頂きました通りクローンナンバーを順調に増加させております。あと、オリ主でありながら碌にBETA相手に勝てていません( ̄ω ̄;) スマヌ

知識あるのにBETAに勝てない低レベルなオリ主で良いのだろうか?よいのだ。まだ、国連と世界の仲間たちには、第三~第五計画がある!人類の反撃はまだある。反撃するのだ。できるのだ。

次回、人類は『勝利』する!ご期待ください。


なお今作のタイトル、悩みました。が、助けられる人を助けて幸福な市民たることを表せる言葉を選べたであろうことを確信しています。

これで、光州作戦の悲劇は避けられるでしょう ε-(´∇`○)ホッ

…ZAPの悲劇が吹き荒れております。

追記
重ZAP級とか出てくるんだろうか…。

…でてきましたな、ZAPしときますた。



[35776] 第九話 Aut viam inveniam aut faciam (前篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/03/08 07:24
如何なる艱難辛苦にあろうとも、人類種にとって希望という燃料さえあれば未来の灯は明々と輝きうる。
そして、主権国家という枠組みにとって有害極まりない『地球主義者』と後に忌み嫌われるルナリアンは希望を心から渇望していた。
少なくとも、前線国家に鞭打ち絶望的な遅滞戦闘を戦わせるためだけに、希望を欲してやまないのだ。

国連軍の戦略からしても、人類の敗勢を挽回する必要があるのは言うまでもないだろう。
大陸戦線、特にソ連方面に至っては核地雷による焦土戦を前提としての終わりの見えない泥沼の後退戦。
スルグートハイヴ(H07:甲7号目標)に圧迫され続け、戦線の再編すら覚束ないのが実態だろう。
なまじ国土が広すぎるために、広大すぎる防衛正面をBETAに浸透突破されているようでは迎撃など夢のまた夢。
土地を諦め、後退と損耗の最小限化に切り替えた割り切りがなければ、今頃BETAがシベリアダッシュを楽しんでいた頃だろう。

逆に、中国大陸は圧倒的な物量同士の消耗戦。
なんというか、さすがに中共とロスケが実に気合を入れて頑張ってくれている。
カシュガルを抑え込もうと損耗を度外視で頑張ってくれねば、アジア方面の防衛線が整う前に人類生存圏が瓦解しかねなかった。
この点、日帝は実に悠長でいまだに大陸派兵を行うかどうかを呑気に検討している。

『戦争をするならば、よその国の土地でしなさい』
かの国の総見公が残してくれたありがたい教訓も忘れているのだろうか。
どう考えても、核と重金属と雲霞のごとき不発弾を国土にしこたま撃ちこまれるよりは、撃ちこむべきだ。
撃ちこまれる隣人にしても、BETAのごはんにされるよりはましなのだから、Win-Winここに極まるというのに。

まあ、コミーと肩を並べ軍靴を共に進めたくないという希望ならば分からないでもないがそれならそれで中東なり欧州なりに来てほしいもの。

人口密集地帯に隣接し、工業基盤の移転もままならない欧州主戦線はある意味究極のジレンマに陥っている。
そして新たにギリシャの失陥と、それに伴うアナトリア方面の急激な戦局悪化。
それに伴う地中海における艦隊戦力増強の必要性は、言うまでもない。

だが凸凹だらけに国土を砲撃し尽くさん勢いで撃ちまくっているのがDDR。
加えて、更地に整地中のポーランドや、北欧戦線のBETA圧力増大を考えれば逆に地中海艦隊から引き抜く必要があるほど。

こんな状況下にあって、のんきに戦艦群を持っていてうれしいコレクションにしている国家をターニャは訪れていた。

「…ライセンス料代わりと言ってはなんですが、手すきの艦隊を欧州へ回していただきたい。」

合衆国の要望。
はっきりといえば、単純だ。
『show the flag』& 『boots on the ground』のマイルドな要望。

さんざんライセンス生産やら何やら許しているんだから、船ぐらい出してほしい、と。
国際協調の一環で、外征してくれないかという依頼だ。
国連にしても、世界情勢の悪化を阻止するために加盟国へ要望を出している真っ最中。
なればこそ、ターニャは両者の意向を言い含められて形ばかりは国連の要望という形で日本帝国に要望する。

せめて、欧州に船を出していただけないですか?と。

「国連の事務次官補ともあろう人間が、合衆国の権益代表ですか?堕ちたものですな。」

対する、日本帝国の反応といえば呆れたような苦笑するようなジョーク交じりの一言。
とはいえ、発言した帝国軍人の表情にあるのは嫌味よりも苦労への共感だろうか。

言葉とは裏腹に、表情はどちらかといえば茶目っ気すら漂わせるものだ。

…当たり前といえば当たり前だろう。

国連に派遣されている米国軍人というのは、多かれ少なかれ名義的な出向だ。
在日米軍ですら、部分的には国連の名義を被るご時世。
そんな世にあってはターニャ・デグレチャフ国連事務次官補とて、合衆国の一員であるのは当然のこととして、誰もが受け止めている。

彼らにしてみれば、少なくとも『今の』時点では一切悪意のない兵隊の言葉だ。
むしろ、それは彼らなりの『文官』と『建前』に縛られる『ご同業』への迂遠な好意ですらある。
なにしろ、今の時点においては、日米安保で結ばれた頼りになる同盟国の最前線帰り。

敬意を払いこそすれ、ゴーホームと罵られる不安もない。

「人類互助の一環ですよ。合衆国が債務免除に応じることで、欧州戦線の支援を厚くできるならば国連としても喜ばしい。」

そして、意図のわかり切っている表層的な挑発に暴発しない程度に場を理解している人間ばかりだ。
なればこそ、苦笑している参加者の前で不愉快だと言わんばかりにターニャも鼻で笑ってみせられる。
馬鹿げていることは承知の上だが、これで、お互い上司と間抜けな身内に対する言い訳ができるのは大きい。

前者は、自国の立場を考えはっきりもの申してやった、と。
後者は、各国政府の利害を考慮しつつも人類協調の重要性を説いて理解を得られた、と。

ある種の様式美であるが、この様式美が本当の罵り合いになれば非効率のこの上ない足の引っ張り合いだろう。

今後も、これほどスムーズに意思疎通ができればいいのだがな。
暗にそう思いつつも、ターニャにとってこればかりはどうしようもない。

「結構な話です。…ですが、ご存知のように我々には艦艇の大規模な近代化改装が未完。国防上、出せる船には限度がありますが。」

そして、淡々と実務に移ってくれる話の切り替えは歓迎すべき仕事の手際だろう。
政治屋やら、インペリアル中枢やら、わけのわからん武家制度など散々非効率な地上部隊に対して、海軍のスマートさは愛すべきものですらある。
まあ、国防の基本を海軍に置かざるを得ない海洋国家なのだ。

その先祖であり、模範となった飯マズながらも信頼できる同盟国に並んでこの国の海軍はご飯がおいしいのに信頼できる。
この点、ご飯は美味でも微妙に信頼しにくい例の国よりはよっぽどましだ。

「ああ、構いませんよ。主砲さえ積んでいれば、紀伊だろうと大和だろうと、それこそ最上クラスでも構いませんので。」

なればこそ無駄なやり取りよりも実務の話がしたいのだ、という意図も露わに手札を晒す。

「…どういうことでしょうか。」

「DDRの防衛支援です。艦砲射撃を指定座標に撃ちこめればいいので、光線級と直接なぐり合えとは一言も。」

対地支援。
それも、間接射撃を前提としての火力支援に限定しての艦艇派遣要望。
ある意味では、最も犠牲が少ないながらも地味に貢献できるという安全な立場。
同盟国の負担を軽減しつつも、一定程度の許容しうるリスクで実戦経験が確保できるというメリット。

はっきりといえば、最低でも300ミリ以上の巨砲を持つ戦艦群・戦闘艦部隊に余裕がある帝国なればこそ申し込まれる依頼だ。
非公式の折衝において、対BETA戦の実戦経験の必要性を訴えてあるだけに帝国海軍の派遣自体は既定事項に近い。

「艦艇リストを検討させていただきましょう。」

それだけに、帝国海軍軍人らからなる面々はさして抵抗を示すことなく提案された海外派兵の要望に前向きな反応を返してくれる。

…まあ、訓練費用どころか、国連負担で弾薬費が落ちて比較的安全な地帯から火力支援だ。
最悪でも、AL弾を投射するだけで、直接火力支援を派遣艦隊に命令することは国連とて不可能だろう。

それ故に、国連と日本帝国軍の折衝は最低限度の成果をここで上げるに至った。
逆説的に言えば、双方にとって最低限度メンツを保ち得るレベルでことをまとめられたという事だ。

ターニャにとって、そして国連と合衆国にとって海軍と違い問題なのは地上軍。
それも、いくらでも人手が足りない状況の大陸戦線と欧州主戦線に対する増援だ。

「感謝を。さて、では本題の大陸派遣の件について…。」

「率直に申し上げれば時期尚早もよいところでしょう。戦術機の教練すらままならないのが現状です。」

この件に関する限り、国連は非常に苦労している。
なにしろ、海軍艦艇と異なり地上軍は絶対的に対BETAの正面に立つことを想定せざるを得ない。
そして、各国ともに自国の防衛という政治的・軍事的必要性に迫られる中で限られた戦術機部隊の国外抽出には断固として渋っている。

日本帝国とて、その例外ではない。

現実問題として、彼らはアジア枠が大幅に削減された77年決定により戦術機の戦力化が著しく遅滞していた。
対BETA戦が恐るべき消耗戦であり、兵員の損耗が桁外れに違うと知り急遽徴兵制度を復活させたばかりの帝国軍にとってみればとても余力がない。
それは、実際のところ嘘偽りのない事実だろう。

普通であれば、こんな状態の軍隊など海外に派遣しろと言われるものではないし、言うものではない。
…普通であればだが、今はBETA大戦というだけの話だ。
最前線の国家群が直面している想定外もいいところの損耗率を勘案すれば、今の帝国軍でさえ余程恵まれた状態だろう。
なにしろ、まだ徴兵制でなりふり構わず速成訓練を施し、速成教育ででっち上げられた士官に指揮されているのが前線ではざらだ。
まだ、きちんとした規律・訓練を叩きこまれた専門職を多数保有しているだけ帝国陸軍は恵まれてすらいる。

…とはいえ、その認識のギャップは余りにも大きいのだが。

「御謙遜を。ZUIKAKUでしたか、順調に部分的とはいえ国産化をなされているほどではありませんか。」

「まだまだ、よちよち歩きですよ。」

こんな世界情勢が緊迫化し、今すぐにでも戦力化できるならば戦力化にリソースを投入すべき時点でのんきな武家文化?
ターニャにしてみれば、生産ラインを一本でも整えるべき時期にラインを混乱させるどころか企業を酷使する専用の国産機要望など理解しかねた。
運用ドクトリンの違いや、各国別事情を勘案し、多少のマイナーチェンジ程度であれば推奨したいところであるが限度がある。

米国一国では、世界の需要に応じられないと考えられたからこそのライセンス開放だった。
あの特許を専門に食べている弁護士だけで師団どころか軍団規模の人間を集められうる米国が、ライセンスを戦術機増産のために手放したに等しいのだ。
それを、戦術機増産に励むどころか呑気に『将軍家』なる後方集団の護衛のためだけにリソースを投入?

いやはや、これが、物語であると知らなければ即刻投げ出しているところだろう。
お前ら、陸海別々に調達して、やらかした過去をもう忘れたのか?と。
せめて、装備位共用して少しでも生産性を高めろ、と。

実験機を開発するなと、自主国防に励むなとは一言も言わないが、せめて戦力の充実と国際規格との互換性を考慮しろ、と。

さらに言えば、そんな呑気な道楽をやる余裕があるのであれば、米国が巻いた種子の成果を少しくらい戦局悪化も著しい欧州なり大陸なりに派遣しろ、と。

「なればこそ、実戦でのフィードバックは必須、そうはお考えになりませんか?」

欧州での戦訓を取り入れての新型改修機の開発、大変結構。
だが、実に結構ではあるのだが、ならば人類の英知を使って生み出した機体なのだから人類防衛のために使ってほしいもの。

なにより、日本帝国軍は、素質は兎も角教科書でしか対BETA戦を経験していない状態なのだ。
過酷な欧州戦線なり、泥沼の大陸戦線なりで経験を積んでおくことは決して悪くはない。
加えて言うならば、後退しつつBETAの損耗を最大化することを目的にできる大陸戦線と日本帝国の地理的条件は違いすぎた。

…一時的に縦深を取れる大陸に対し、日本帝国の国土は余りにも狭い。

狭すぎるといって良い。

「こう申し上げてはなんですが、アカと共闘するのが御嫌ならば北欧戦線という選択肢も有望でしょう。」

DDRが嫌であるならば、それこそ北欧戦線もありだ。
山地が多く、起伏の多い地形はそれこそ日本帝国の本土防衛戦にとっても有意義な戦術的経験をもたらすだろう。
極言すれば、大陸失陥後に備える上では今が貴重な予習期間なのだ。

「お国の特性上、砂漠戦の経験が有意義かは微妙ですが中東戦線という選択肢もあり得ます。」

だから、段々と居並ぶ参加者の表情から余裕と笑いが消えていくのを承知でターニャは白々しくも言葉を紡ぐ。
中東の砂漠で動かすには、防塵加工やら何やらと現地対応改修が必要だろうが日本帝国本土防衛には利することはない。
それでも、スエズ運河を死守しなければならないという条件は琵琶湖運河を防衛線として使うに際しては重要な経験たりえる。

「いずれにしても、人口密集地帯防衛を念頭に置いての対BETA戦の経験は積んでおかれるべきかと。」

個人的な推奨としては欧州正面であり、どちらにしても日本帝国は対BETA戦を今から経験しておくべきだろう。
それが、ターニャにしてみればウソ偽りなき単純かつ自明の要請だ。
同じような旨の告知を、国連を通じて加盟国の中でも後方に位置する各国へ告知すべく動いてもらっている。

何も、インペリアルジャパンに限った話ではない。

この世界で、BETAという脅威を身でもって知らないことには経験という高い教師に恐ろしい代価を払う羽目になるのだ。
痛い経験をするにしても、それは予防接種レベルでしておくに越したことはないだろう。

「事務次官補、失礼ながら我が国が前線になると?」

「最悪の仮定ですが。しかし、現実に大陸が落ちればありえない話でもありません。」

現状では、予断を許さない状況のソ連戦線。
だが、内々にではあるがソ連がアラスカの売却を合衆国へ打診しつつあるのもまた事実なのだ。
おそらくだが、コミーはすでにユーラシア大陸戦線の将来的な崩壊の可能性を直視し始めている。

それ程なのだ。

BETAという異星由来のお客は、合衆国の夢であったソビエト崩壊を実に単純な力技で成し遂げつつある。
それでご帰星いただけるならば、それこそお土産としてユーラシアの資源をお持ち帰りいただいても一向に構わない。
だがそれで御帰り願えない以上、合衆国としては地球に落ちてきた招かれざる宇宙のお客を力ずくで押し出さねばならないのだ。

そして、大陸の失陥というフレーズをターニャが仮定とはいえ口にすることの意味は小さくない。
日本帝国側出席者にしてみれば、それは、国連と合衆国双方の機密に通じた人間がいう『仮定』という名の想定なのだ。

「お聞きしたいのですが、ソ連のアラスカ疎開。事実ですかな?」

「合衆国が、アカに領土を売却するとでも?それだけはありえませんよ。」

なればこそ。

なればこそ、風聞にすぎないと一蹴するかに見えるターニャの回答に対する帝国側の反応は芳しくない。

否。

文脈を読めば、実に緊張せざるを得ないだろう。

だが、少なくとも微妙に怪しげなコート姿の男だけは場の雰囲気を理解したうえで尚平然と無視して踏み込む。

「事務次官補殿、アラスカにソ連が疎開する可能性をお聞きしても?」

「失礼、貴方は?」

「ああ、これはレディの前で失礼。しがない使い走りでして。鎧衣と申します。」

ごく平然と答えて見せる物腰は、飄々としてつかみどころがないようでその実存外はっきりとしたものだ。
帝国側参加者が唖然としている一瞬に、あっという間に物事の本質に殴りこんでくるあたり喰えない男というのは間違いないだろう。
しがない宮仕えとはよくもまあ、言ってのけたものだ。

「始めまして、ミスターヨロイ。ご質問の意図をお伺いしても?」

「おや、お分かりいただけない?」

質問の意図は単純だ。
アラスカに疎開しなければならないほど、ソ連は追いつめられるのか?
言い換えれば、大陸は落ちるのかという壱点だ。

オブラートに包みこんでいるとはいえ、ことの意味を考慮すればその程度のことは誰にでもわかる話。
否、その程度も分からなければ連絡会議になど派遣されないだろう。

「通訳の問題でしょうか、私はお答えしたつもりなのですが。」

なればこそ、外交文章は文脈を読まねばならないとターニャは学んだ。
社内文章の微妙な表現を、より現実の世界はいじくりまわしているのだが、本質は同じ。
語られている言葉だけが、語られている内容でないというのはいつの時代も、どの世界も、ある面では変わらない。

通訳の問題だろうか、というのは一つの責任回避方法だ。
ターニャは、それをかつて遠い記憶の彼方で外国人の人事担当役員が労働組合との交渉で言葉尻を捉えられるのを避けるために使っていたことを覚えている。
曰く、それは通訳の問題で私の意図したことが伝わっていないので別の通訳に変えて一から双方の主張を検討したい、と。

もちろん、ここに列席している軍人や外交関係者の中に英語ができない人間が一人もいないわけではない以上詭弁だ。

「ええ、合衆国がアカに領土を売却するということはありえない。間違いありませんかな?」

だが、その詭弁は肯定も否定も行わないという意思。
それだけ明確な態度を見せられれば、少なくとも物事をミスリードさせようと考える意図がなければ意味は通じる。

言葉にされたのは、『合衆国』が『アカ』に領土を『売却』しないというだけの個人的な見解。

「ご不満が?機密保持に抵触しない限界での誠意のつもりですが。」

言い換えれば、機密保持に抵触しない限りで、『合衆国』が『アカ』に領土を『売却』はありえないと言っているに過ぎない回答。
それは、一言も直接『疎開』という言葉についてなど触れてもいない。
言い換えれば、それには触れたくないという姿勢の暗示だ。

だから、合衆国は少なくとも疎開を肯定も否定もせずにいるのだ。
この情勢下、この状況下、疎開がありえないと否定せず、売却がありえないと否定する言葉は単純にその通りと受け取るのはまた不可能。

はっきりといえば、売却以外の疎開の可能性を微塵も否定していないのだ。
そして、機密の壁をちらつかせて触れない時点で、合衆国のスタンスは自明だろう。

売りたくはないが、少なくとも考慮せざるを得ない程度にソ連の状況が悪化しているというシグナルだ。

「いえいえ、そういうことでしたらば、大変ありがたい。」

「疑問にお答えできたのであれば何よりです。」

「感謝を、存外、風聞とはあてにならないものですな。」

それだけに、ルナリアンの態度は単純ながらも好意ある姿勢と理解される。
良くも悪くも、いろいろな風聞があるにせよ交渉相手とする程度には誠実さが期待できるのだな、と。

「おや、そう言ってくれるとは。なんといえばいいのか・・・何か感謝のお返しを期待しても?」

「ふむ、…まあ、またいずれ。」








戦局に余裕がない状況下で、司令部に呼び出されての長距離暗号通信。
はっきり言って、また碌でもない命令なり連絡だろうかと考えるのは由無きことでもない。
泥水のような珈琲で眠気を吹き飛ばし、通信室へ足を運ぶジョン・ウォーケン大佐の顔色が優れないのは当たり前だった。

「ウォーケン大佐、私だ。」

そして、メインモニターに映るここしばらくでは予想していなかった人物。
彼としては思わず『おや』とちょっとした驚きを覚えるところだった。

「事務次官補、とまだお呼びできますかな?」

ギリシャ失陥。
アテネ要塞化を提唱し、多額の軍事予算を浪費したと内々でつるし上げられていたはずの事務次官補殿。
オマケに、選択肢がなかったとはいえ難民キャンプもろとも粉砕射撃だ。
公表されていないとはいえ、責任問題が押し付けられるのは時間の問題だっただろう。

それだけに、罷免されているかもしれないと関係者は噂したものである。

だが、ウォーケン大佐にとっては驚いたことに。

「その点は問題ない。ギリシャとコミーが仲良くジャレている間に、私は無罪放免だ。偶には、シュタージも役に立つ。」

「は?」

「私を脅そうとしていたアホがいてな。監視されていたおかげで逆に無罪だ。DDRが人類団結に貢献したと感謝状を贈っておいたよ。」

ニコリともせず、淡々と事実を読み上げるような表情で告げてくるかつての上司。
まあ、冗談を理解しないわけではないのだが…この場合は本当なのだろう。
そうでも無ければ、冤罪なり責任なりを押し付けられていても不思議ではない。

…もっとも、別にDDRでなくとも我らがアンクルサムの長い手が監視していても不思議ではないのだが。
まあ、身内よりは他所の資料の方が無実を訴えるには都合がよいという事だろう。
そこまで考えれば、政官軍との関係の深いウォーケン一族ならずとも藪をつついて蛇を出したくないと考えられるものだ。

「まあ、とはいえ無罪放免ともいかない。非公式には無罪でも、外交的配慮というやつだ。」

「なるほど、ではどのように?」

まあ、非公式にとはいえ無罪という時点で大した遊泳術だと思わないでもないのだが。

「戦線再編委員会で、現地視察だ。死んで来い、ということかな。」

「つまり、援軍を頂けると考えてよろしいのですね。」

そして、ルナリアンのいう前線視察が単なる視察とも考えにくい。
武官として補佐官に任じられていた頃、さんざん名分をぶら下げて弄繰り回していた姿を忘れるはずもないのだ。

「察しが良い部下だな、君は。インペリアルジャパンが海軍派遣を『快諾』してくれたよ。おかげで、地中海艦隊から戦艦群をそちらにまわせる。」

「なるほど。それで、それだけですか?」

「あちこちから手駒を集めた。少しばかり、実験してみたいことがあるので君にも動いてもらうぞ。」

単刀直入に告げてくる元上司。
だが、元の文字が取れるのも時間の問題なのだろう。
案外、ひょっとするとこの実験とやらが理由で免責されたのかな?と勘繰れるほど手際が良すぎた。

「実験、でありますか?」

「ちょっとした間引きというやつだな、仮説の検証実験だが上手くいけばハイヴの増設を阻止出来るやもしれん。」

…いや、あるいはそうかもしれない。

ハイヴの増設を阻止できる可能性がある検証実験。
成功すれば、免責どころか大絶賛されうる可能性すらあるもの。
今でも覚えている、あのハイヴが増設されたときの衝撃を解きほぐせるとすれば。

「…ならば、なんとしても成し遂げなければ。」

…あるいは、それが為せれば後退する一方の人類も足踏みが出来る程度に持ちこたえられるやもしれないのだ。

「その通りだ。大佐。当たり前だが我々は勝たねばならんのだ。あんなわけのわからん異星由来のゴミどもに駆逐されてやるわけにはいかん。」

「言うまでもなく。」

「結構。では、またいずれ近いうちに。」



あとがき
ちょっと導入だけで長くなってしまったので、バッサリとカット。
戦力を集めて、北欧を救うよ!甲8号は作らせないさー。欧州はまもっって見せるとも!そんな、明るい人類の『勝利』をお送りする予定です。

①微笑ましい、現場の交流。
②未来への反抗作戦と、希望の可能性。

人類は、まだまだ、戦えるよ、これからだよ、反撃するよ。
という実に希望溢れる未来にご期待ください。

ルートがないなら、ルートを切り開けばいいじゃない!
誤字があるのでZAPしますた…。

艦砲のサイズを間違うとか、大艦巨砲主義者にあるまじき失態を犯しました。真摯に謝罪するとともに、戦艦と艦砲を愛してやまない諸賢に再発防止を深く誓う所存。

追記
さらに、誤字修正orz
反省し、今週中か、今月中には続きを投稿できるように前向きに頑張ります。

トラスト・ミー (`・ω・´)



[35776] 第一〇話 Aut viam inveniam aut faciam (中篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/03/12 05:11




一般的な軍事の常識において全滅とは、字句通りの意味ではない。
それは、部隊が組織的戦闘行動を維持し得なくなる損耗を意味する。
この点において、BETA大戦以前と以後では一切の基準が変わった。

それ以前の軍事ドクトリンに於いては損耗率が3割を超過した時点で全滅と判定されている。
以後は、予期される通常の損耗として3割が計画に盛り込まれるのが基本となった。
言い換えるならば、三割程度の損耗は通常の損耗率として計画に盛り込まれるのだ。

通常の戦闘の損耗がたった三割?
とんでもない。
二回繰り返せば、単純に考えても元の戦力は半減だ。
そもそも、10割で3割の損耗に抑え込めていたBETAを7割で押さえられるかという疑問もある。

こんな世界において、BETA攻勢の真正面に立たされる国家の損耗率は異常な速度と化す。
生身の歩兵に至っては、陣地戦でも行わない限りBETAの波に飲まれるだけだろう。
機甲部隊にしても、突撃級の突進を喰らえば、まずただではすまない。

とかく、損耗が激しすぎるということをいくら念頭においても困ることはないだろう。
あるソ連軍将校の言葉を借りれば、人員が一瞬で溶けていくのを懸命に補填し続ける戦いでもある。
そして、それは、地雷原の突破に歩兵を使えるソ連軍ですら損耗に耐えかねているということだ。

なればこそ、ソ連軍は非人口密集地帯の防衛を早々に断念し徹底的な戦力温存に走っている。
徹底的な焦土作戦と、なりふり構わぬ核攻撃で持っての遅滞戦闘行動。
だが、それすら時間稼ぎにしかならないのが大陸中央部の現実である。

そして、背後に守るべき工業基盤と人口密集地帯を抱える欧州戦線において後退は許容できなかった。
否、後退は人類抗戦能力に響きかねない、と認識されている。

この状況において、ルナリアンの提唱したハイヴ成長・拡大抑止プランは安保理に置いて秘密裡ながら熱心に討議される。

結果は、仮説に過ぎないながらも「検証実験」の価値ありと認めるものだった。
各国ともに、ハイヴの分化が意味するところは理解し憂慮するだけに阻止可能性は歓迎されるもの。
なにより、ある意味においては対BETA戦の専門家が受け入れ可能な「まともそうな」提案を出したことは大きかった。

曰く、ハイヴの分化及び成長はBETA個体数の飽和がトリガーの可能性あり。
検証のためハイヴの分化及び成長阻害のため、BETA個体数の漸減を目的とした作戦行動を勧告す。

同時に、検証のため作戦行動によって各国防衛線を無用のリスクに晒さないために防衛線を支える範疇で可能な検証実験に務めることを提案。
その目標としては、ミンスク・ハイヴを想定。
具体案としては艦隊の艦砲射撃を基軸に、極力機甲戦力の損耗を抑制しつつBETA個体数を漸減。
他のハイヴと比較しつつ、個体数を観察し、トリガーの把握に務めることを勧告す。

実に、まっとうな代物である。
何というか、コンパクトに纏まり各国の利害に配慮しつつも有用に見える提案。

ハイヴの分化で、国土の縦深すら意味を失いかけていた中ソにしてみればその賭けに文字通り飛びついたと形容すべきだろう。

中国側からの戦力派遣こそ、戦線の地理的な事情ゆえに断念されるもソ連軍は大盤振る舞いとして新鋭の戦術機甲連隊の投入を早々に決定。
名目上、DDRの防衛支援という名目でWTOに動員までかけ、実に2個戦術機甲連隊の投入を実現してのけた。
呼応する形で、国連が後方国家に呼びかけかき集めた多国籍大隊が一個。
同時に、NATOを含めた西側戦術機部隊が同じく2個連隊。
数にして、13個大隊相当。
予備機を含めれば、実に500機弱の戦術機をかき集めた漸減作戦行動が北欧で敢行されに至る。

もっとも、この規模の戦力派遣については多少の紆余曲折を経ることとなった。
「仮説」を提示されていない前線各国からの反発と、自国への展開希望。
当たり前だが、防衛線を再建するために一滴でも血と鉄が必要なDDRもその例外ではない。
無論、BETA個体数が漸減される分戦線の維持は容易になるやもしれないだろう。

だが、DDRにしてみれば、北欧に全戦力を展開するのではなく半数程度の配属を希望してやまない。
なにしろ、プロパガンダで勝利を謳い続けようとも逆らい難い物理法則というのが世にはあるのだ。
なまじ、宗主国から物理的に離れてしまい、かつ西側との微妙な関係にあるDDRにとってみれば多国籍の援軍というのは喉から手が出るほど渇望されて久しい。





「・・・・・・この時期に、ミンスク・ハイヴ攻撃!?正気とは思えません。」

故に、表向きの作戦計画を告げられた東独の連絡武官が吐き捨てるのは故なきことではない。
苦々しげに、そんな戦力があるならばこちらに回すべきだ。

少なくとも、『西側』の盾として奮戦してやっているのだから相応に支援されてしかるべきだ、と。

「あくまでも、限定的な攻勢が目的です。こういってはなんですが、ハイヴに突入せず敵個体を漸減することならば可能でしょう。」

対する国連側事務官の対応も、真っ当な事務手続きを経て決済された軍事計画をすでに既定の方針として告げるだけだ。
顔色一つ動かさず、官僚的手続きの一環において国連事務機構がDDRに及ばずとも硬直的対応は可能であることを示して見せる。

「BETAに補給線の概念があるかは不明ですが、少なくとも一定程度の個体数が間引ければ欧州主戦線への負荷は軽減できます。」

理屈の上では、国連の安全保障理事会が議論した国際的な承認を集めた大規模攻勢。
それも、バンクーバー協定に基づき国連の旗に集った諸国を有機的に運用することを前提にした計画的攻勢。
それらが主戦線の防衛に支障をきたさぬように配慮したうえで、実務のための運用試験を兼ねての限定的な行動というのは理屈ではマトモだ。

「反対です。戦力が足りるとは思えません。悪戯に、消耗するだけでは?」

「火力が足りない分は、艦隊戦力で補いましょう。」

そして、もっともらしく整合性を揃えられた国連軍の言葉は官僚的な東独の風土に馴染んだ連絡武官にとって嫌でも意味するところを理解させる。
不愉快だ。言葉に出さずとも、眉を歪め、暗に東独の感情を代表して異議を顔で唱える彼らに分かっているのは簡単な事実だ。

「…動かしうるのですか?」

「大日本帝国をはじめとした国連加盟国から艦隊が展開している都合上、地中海艦隊から米第六艦隊を抽出しえました。」

…散々、東独が戦力の必要性と、支援の必要性を声を枯らし訴えてもろくに手も貸さない国際社会。

それが、どうだろう。
一体全体、戦力不足だのなんだのはどこに消えたのだろうか、と。
連中、その気になればすぐにでも大規模な部隊を用意しえるのだ。

「誘引して砲撃で仕留めるならば、十分かと。」

国連の事務官が、どうということでも無いように語る作戦の計画。
戦術機甲部隊を機動性の高い快速部隊として包囲・誘導に使いつつ火力でBETAを徹底的に叩くというシンプルな作戦。

そして、動員される艦隊規模は空母打撃群を含む圧倒的な物量を投射しうる規模。
いとも容易く、東独が渇望してやまない戦力があっさりと集まり、あっという間に投入されるのだ。

「ローコストで、ハイベネフィット。誰も損をしない投資ですよ。」

「…大盤振る舞いですな。」

東独への支援が、ひたすら損耗を前提としての軽火器や砲弾薬であること。
あからさまな時間稼ぎだけを望んでいるかのように振る舞う国際社会の態度。

…嫌でも、東独という国家の立ち位置を彼らは改めて自覚せざるを得ない。

ソ連は、東独を信頼しきれない国家と常に猜疑心で見ている。
いずれは、西につきかねない、と。

そして、西は東独など欧州におけるソ連の衛星国であり真剣に同盟者としての価値を見出そうとしないのだ。

「国際社会は、北欧並びに欧州主戦線の安定を重視しております。当然のことを、人類が団結して実地するにすぎません。」

国連事務官ののたまう言葉。
祖国のプロパガンダ並に空疎であれば、まだいっそ救いもあったのかもしれない。
だが、現実はさらに過酷なのだ。

確かに、国際社会とやらは人類を統合し防衛する必要を認識している。

東独にとって問題はたった一つ。
その統合される世界に、彼らの居場所は未だ用意されていない。



静まり返ったブリーフィングルーム。
居並ぶ、米ソ軍人と英仏に中国の連絡武官ら。
彼らを前に立って見渡すと、何処を見ても呉越同舟具合が垣間見られる。
正に、敵の敵は味方に直結しない典型例だな、と。
至極謹厳実直な表情の裏でターニャは密かに苦笑いする。

「作戦を説明する。国連軍統合代替戦略研究機関局長、ターニャ・デグレチャフ事務次官補だ。」

今更、准将などという肩書で指揮権を発動する必要は当面ないだろう。
なにしろ、本質的には軍人上りの文官というのがターニャの立場なのだ。
国連に出向している、合衆国の元軍人。

階級だけでいえば、それこそブリーフィングルームにいる米ソ将軍連中をはじめとして幾らでも上位がいる。

「国連軍統合参謀本部と、国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)は欧州主戦線の援護のために北欧戦線において限定的な攻勢計画を企図している。」

故に、誰もが此れから発表される作戦計画の立案者を知っている。
居並ぶ高官連中を前に、感情を伺わせないルナリアンがマトモな提案を繰り出すのだ。

口にされた、限定的な攻勢計画という言葉にしても驚くには値しないもの。

BETAの大規模侵攻で想定されている最低でも師団規模のBETAに対し、国連が動員したのは13個大隊。
ほぼ、真正面からなぐり合える戦力を集めた上でバンクーバー協定以来整備されている統合的な指揮運用の試行。
無難に石橋を叩きながら試行錯誤しようという国連の意図は実に無難かつ手堅い。

「目的はDDR以下ヨーロッパ諸国を圧迫しているミンスク・ハイヴへの限定攻勢によって主戦線への圧力を軽減。猶予を稼ぐことである。」

その目的として、提言されているのはかつて人類が大敗を喫したミンスク・ハイヴ。
苦々しい思いに駆られるのは、一人・二人という数ではないのだろう。
目標として、ミンスクの名が挙がった瞬間に少しばかり場の雰囲気が重くなるのは自然だった。

勝てると確信し、彼らは負けたのだ。
そこで、失った戦力を今なお欧州は完全には取り戻せていない。
さらに言うならば、自国防衛に専念し派兵を渋ったフランスへの微妙な感情も。

「当然ながら、欧州防衛を最優先とするものでありBETA個体数の漸減に主軸を置いた限定攻勢となる。」

とはいえ、それらの失敗から高い授業料と共に学ばされた人類はハイヴを何としても抑え込まねばと知っている。

「北欧戦線の安定を保ちつつ、限定攻勢を実現すべく国連軍は現在加盟各国より提供された戦力をもとに攻勢計画を立案中である。当然、海上戦力として艦隊戦力も万全を喫してある。」

故に、国連は統合的運用の模索を行いつつも欧州正面を支えるための梃入れに乗り出していた。
だからこそ、だからこそ本来ならば自国防衛に走りがちな英仏両国までもが将来の防衛戦における有機的運用模索のために派兵に同意している。
戦術機こそ出し渋ったフランスでさえ艦隊を中心に相当数を派遣していることを思えば欧州において望みうる海軍戦力はかき集められたも同然。

「本作戦は、以後ブルー・ドリルと呼称する。」

そして、贅沢なことに、是だけの戦力を。
これだけの物量を投じての目的は、主戦線の安定化と国連の旗で統合的な運用を試行錯誤し新戦術を試してみるという事に尽きるのだ。
なればこそ、皮肉を込めて国連の軍事官僚が割り振った作戦名は『ドリル』。

このご時世に、膨大な物量で演習じみた限定攻勢を行えるのだなと誰もが不謹慎な笑みを浮かべざるを得ないものだろう。

とはいえ、動員される部隊規模は米ソを始めとした大国が本気で物量を投じていることを物語る。

「地中海艦隊から抽出したと戦艦ミズーリと国連方面大西洋方面第1軍からもぎ取った米国第二艦隊を中心とする海上第一打撃戦隊が展開予定。」

合衆国は、地中海方面から一時的に抽出した第六艦隊と大西洋方面軍の第二艦隊で正規母艦打撃群2個を基幹とする海上第一打撃戦隊を編成。

「合わせて、英仏並びにWTOの戦艦群の展開も予定されている。」

空母の展開こそ劣るものの、砲力では引けを取らない数を英仏とWTOもかき集めて運用を行う覚悟を見せている。
戦艦群であれば、遠距離砲戦に徹する限り消耗はあっても致命的な損害は避けえるという打算が見えないでもないが貴重な火力は火力だ。

「こちらは、ソビエツカヤ・ベロルーシヤとHMSヴァンガード、それにジャン・バールを中心としての、海上第二打撃戦隊を編成予定である。」

呉越が船を並べるという違和感が拭い難いとしても海上第二打撃戦隊の火力だけで、旅団ないし師団程度のBETA群には規定を上回る火力とされている。
これらが、全て500機弱の戦術機に対して緻密かつ密接な火力支援を投射し続けるだけの砲弾は米国が本国の工廠と倉庫から引っ張り出している。

「最低でも、BETA個体数を間引くには十二分な火力が用意されている。」

大規模反抗作戦の一歩手前の戦力。
かき集められた部隊が勢ぞろいする姿は、壮観其の物だろう。
少なくとも、ともすれば人類が追いつめられているという現実を忘れかけさせるほどの光景ではある。

なればこそ、国連は人類団結というそのメッセージと共に勝利を世界にもたらす希望を提供しうるのだ。

「最悪の場合、カール・マルクスを含むWTO艦隊による後詰も想定されているが…主戦線からの引きはがしは望むところではない。あまり期待するな。」

ここまでお膳立てされたのだ。
間違っても、国連は失敗できない。
有機的な統合指揮と、ドクトリンの違う各軍の混成運用。

「これでもって、防衛戦では難しい主導権を確保しての攻勢によりBETAを間引くことで欧州主戦線を支えること。」

それらを考慮した上での、摺合せのための大規模『実戦演習』

「以上が、オペレーション・ブルー・ドリルの概要である。」

望みうる大半の努力が注がれたうえでの戦略次元で勝利を追求した備え。

「戦果に期待する。以上だ。」






大規模攻勢につきもののどこか、浮ついた基地の雰囲気。
活気づく基地のかしこで積み上げられた各種弾薬が積み出され前線の事前集積場へと搬送されていくさまはすでに鉄火場だ。
戦史に類を見ない機動力を保ち、大規模に展開しうる戦術機甲部隊への補給。

全兵装撃ち尽くすことも稀でない射耗速度を勘案すれば兵站デポの展開は兵站担当者らの頭痛の種だ。

正規空母をはじめとする艦隊の存在によって幾分緩和されるとはいえ、BETA支配地域に隣接エリアまでデポを築く時点ですでに前哨戦。
小競り合いのレベルであるが、定期便を押し返すための出撃は始まっている。
もっとも、戦域への慣熟を兼ねつつ問題の洗い出しを行える余力がある軍隊にとっては良い経験の機会であるのもまた事実。

特に、なまじ規模こそ大きくとも戦闘経験が乏しすぎるが故に『脆い』新着の合衆国戦術機甲部隊に取っては貴重な実戦経験が蓄積出ている。
現地戦術機甲連隊指揮官であるジョン・ウォーケン大佐にしてみれば、それでもなお不安が取れないレベルであるがないよりはましだ。

「で、ドリルの進捗具合は?」

基地の喧騒とは裏腹に、底冷えするような淀んだ作戦室の空気。
苛立たしげに書類を見遣りながら、誰もがぶつぶつと頭を抱えながらままならぬトラブルに追われている。
無論、それらは予期された問題だ。

多国籍の団結といえば聞こえは良いが、要は寄せ集め。
しかも、数は兎も角内実はBETA戦の素人共も少なくない。

「酷いものです。砲弾消耗を抑えつつ、機動戦という基本を叩きこむだけで私は老衰しかねません。」

それ故に、進捗状況を問われると彼は躊躇なく心中の憂慮を吐き出す。
伝統的に機動戦と砲撃戦を重視してきた合衆国の軍事ドクトリン。
良くも悪くも、物量で圧倒し手堅く戦うというドクトリンは無難ではある。

だが、それらは祖国の国力にものを言わせての正攻法だ。
戦術機甲部隊にその伝統が持ち込まれるのは悪いことではないが、限界もある。
それを、早々に新米どもに叩き込む必要があった。

BETAの物量相手に、常に正攻法で押し切れるならばそもそもこんな事態にはなっていない。

「当たり前だが、わかり切っていた話だ。実戦離れした訓練で苦労しなければ本国の連中め、BETAなぞ明日にでも駆逐できると誤解しかねん。」

苦々しげに頷くターニャにしても、本国の戦技研究に呆れ果てたい気分では完全に同じだった。
砲撃戦への信仰じみた思いが、近接される前に片づけられると新任どもが誤解するレベルに至っているのは頭の痛い問題だ。

国連軍という汎地球的軍でありながら、そもそも各国の運用方法が違いすぎる。
調整に追われる司令部要員らをみれば、まったく『ドリル』とは言いえたものだった。

「表向きの建前だけでも、十分教訓は集められそうなくらいだ。…ああ、一応真面目に戦争はするぞ?」

「やはり、では、ドリルは続行されますか?」

ウォーケンにしても、ある程度は覚悟できている。
なにしろ、彼は極秘扱いであるドリルの『目的』を通知されている数少ない前線指揮官だ。
ここまで多数の兵力を集めるべく、各所へ払われた政治的努力も聞き及んでいる。

「君も承知のように、現在吶喊で整備されているSHADOWが新たな降着ユニットを防いだところでハイヴの分化を阻止しえないことには意味がない。」

…ハイヴの分化。

それは、人類にとって軌道防衛のみならず地上での戦局の持つ意味が加速度的に重要性を増すことを意味するのだ。
結果、必然的にハイヴを落す必要が生じてくる。

しかし、その結果がパレオロゴスの惨敗だ。
再度の大規模攻勢を敢行する意志と余力は人類に乏しい。

だが、放置しようにも放置することが人類に味方する情勢ともいいがたいもの。
時間と共にハイヴはますます要塞化され、或いは最悪増設されかねなかった。

「BETA個体数の飽和が、ハイヴ建設・拡張のトリガーの可能性が仮説ながらも指摘されている。…故に、間引くことが仮説として浮上している。」

「事実であれば、重大な転機たりえます。」

それ故に、ハイヴの分化・増設のトリガーが個体数であるという一つの仮説は検証に値した。
事実であれば、事実であればハイヴの成長及び分化を阻害しえるとすれば。

…それを検証しうるとすれば。

最低限度の損害として、一定の損耗を米ソ両国は許容しえる。
其れが故に、本来ならば異例なほどのスムーズさで米ソ合同によって国連主導の旗が掲げられた。

「しかり。故に本作戦の究極的な目的は第二・三計画でのデータと、この仮説を検証することだ。」

そして、ターニャにとってこれは戦略次元で対BETA戦を再構築するための貴重な一歩だ。

「早い話が、間引くことが目的だ。ハイヴの成長を阻止出来れば、一切損耗は問わない。」

間引きという対BETA戦の基本。
早期確立が可能であれば、結果的には前線を抑え込むことも可能だ。
無論、定期的に戦力を消耗させるために大規模反攻は遠のくやもしれない。

だが、人類にとって貴重な時間を捻出しえるのであればそれは無駄なハイヴ突入は不要。

「こちらは、未確定情報が多い推測であるが故の機密指定であるが…上手くいけば、人類はBETAを封じ込める第一歩を歩めるだろう。」




あとがき

『補給戦』とかって、好きな人いません?
コンテナとか、港湾能力とかいろいろありますし…。

とコンテナ戦記書きかけて我に返る今日この頃。

とまれ、無事に人類を有利にすべく勝利を求める感じを。

※確認してないのですが、記憶の上では海王星作戦の頃って間引きの概念なかったですよね?間引きの概念何時頃確立か分かってないので、かなりびくびくしながら書いてます。

詳しい方、間違ってたら早めにご教示の程を。

何時も通り、誤字修正しました。



[35776] 第一一話 Aut viam inveniam aut faciam (後篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/04/25 09:45


ミッションの概要を説明します。
ミッション・オブジェクティブは大規模BETA拠点、ミンスク・ハイヴへの限定攻勢です。
今回は、細かなミッション・プランはありません。
あなたにすべてお任せします。
あらゆる障害を排除して、目的を達成してください。

ミッションの概要は以上です。

国連軍は、人々の安全と、世界の安定を望んでおりその要となるのが、このミッションです。
あなたであれば、よいお返事を頂けることと信じています。

(´・ω・`)





戦争の仕方というのは、戦場の霧という要素を加味してもいくつかの原則が存在する。
収斂するならば、それは相反する要素を含む原則を矛盾させずに実現させるか、ということだ。
勝利条件を如何に達成するかという一点に絞られると言ってもよい。

そして、勝利条件を追求していく中で生まれるのが運用を最適化するためのドクトリン形成だ。
戦争というものの進め方に対する、民族・国家・体制の性格と言い換えても良い。
そのドクトリン形成に際して、最も顕著に個性が露わとなる一つが指揮官に対する裁量権の部分だろう。

歴史的に見た場合、組織的な軍機構における裁量権の範疇は常に試行錯誤が続いている。
情報の制約、各級指揮官の質、政治と軍事の兼ね合い。
幾多の要素が各級指揮官に求められるものを左右しているがために、それは常に変化せざるを得ないのだ。

それでも傭兵から常備軍というオラニエ公マウリッツの軍制改革以来、幾度となく繰り返されてきた試行錯誤から二つの主要な系譜が生み出されている。

一つは、与えられた任務を如何にして遂行するべきかという『任務遂行型』の運用。

任務の忠実な遂行を求める限りにおいて、指揮官は自己の命令がある程度忠実に履行されると確信して良い。
例え、無理な攻勢だと理解していようとも『アルデンヌで反撃せよ』と命じられた国防軍が忠実に履行したように。
この手の軍隊において、任務の遂行こそが最重要視されるのだ。
ドイツ・ソ連に代表されるように軍が命令への服従こそを美徳とする国家において非常に強い性質ともいえる。


もう一つは、与えられた兵力で何が可能かという視点からの『情報分析型』の運用。

この手の場合、ある程度の兵力とある程度の任務概要を与えられた指揮官は自己の判断で手当てができる。
『第34任務部隊は何処にありや 何処にありや。全世界は知らんと欲す』と呼び戻されたハルゼー提督。
彼の行動に見られるように、一定の裁量権を与えられた指揮官が自己の判断で適宜対応できるという点において柔軟性が非常に高い。
現場の裁量権をある程度認めるという意味においては、米英型ともいえる。

前者は、各級指揮官に最大限の『任務遂行』を求める統率であり、後者は各級指揮官に最大限の『戦果達成』を求めると言いえるだろう。

『任務遂行型』は任務遂行のために下級指揮官に多数の俊英を充て将校の質で困難な任務を突破しようとし。
『情報分析型』は代替可能な組織化された手持ちの兵力で何がコンスタントに可能か?というアプローチの違いでもある。

実際には、両者を組み合わせたうえで何が求められ、何を為すべきなのか?という視座から運用されるのが健全な指揮系統だ。

尤も最良のケースとしては、マレンゴにおけるドゼー将軍の運用だろう。
ボナパルトから彼に与えられた任務は、敵を追えというもの。
『後退中の敵』の退路を扼し、包囲殲滅を確固とせよという厳命。

命令の求める任務に忠実であるならば、ドゼー将軍の指揮する戦力は決戦場たるべきマレンゴを離れるほかになかった。

が、結果的には情報を分析した結果与えられた命令に疑問を抱いたドゼーが正しかったのだ。
それ故に、ドゼー指揮下の部隊はボナパルトが失策を悟ったときにすぐに反転しえるように備えていた。
反転したドゼーとその指揮下の部隊はボナパルトを文字通り救っている。

与えられた兵力で何を為すべきであり、同時に何が可能であるか?という指揮官の疑問。
手持ちの兵力で為すべきことは、決戦への参加であると理解していたドゼーの判断能力は正しかった。
何が一番効果的に手持ちの兵力で可能であるかと彼は知っていたのだ。

故に、大戦略の観点から彼は与えられた『任務』ではなく軍事上の『必要性』を優先した。
ドゼーが示したのは確固たる情勢判断能力により『敵』を叩くという基本の優先だ。
そして、かくまでも優秀な将帥を揃えていたフランス軍は数的劣勢すら跳ね返しマレンゴにて奇跡を為した。

最悪の事例としては、ワーテルローでボナパルトが兵を委ねたグルーシー将軍の失態だろう。
彼は、与えられた『任務』を全てと見なす軍人だった。
それ故に、彼は『何を為すべきか?』という疑問を抱くことを拒否したのだ。

曰く、皇帝陛下が命じられたのだ、と。

それ故に、最後の最後でボナパルトは勝利の女神に見放されたのだ。

もっとも、そうでありながらも大半の軍隊が任務遂行型を一般に求めるのも別に戦理を無視してのことではない。
無理もない話で、つじーんやら無茶口やらに兵力だけ与えて『自由にしてよし』などと統率を放棄すれば結果は定理も同然なのだ。
(逆に、上司が無茶口将軍@ビルマ戦線ならば発作的に前線指揮官が独断で部隊を下げたくなるのだろうが。)

必然、各級指揮官に与える裁量権のバランスと統率の厳格さとは絶妙なバランスが求められる至難の業となる。


なればこそ、戦時においては一元的な指揮権の運用が絶対に必要不可欠とされるのだ。本来ならば。
何時だって、戦争が理想的な準備が整った状態で始まったことなどない。

…米ソに加えて各国寄せ集めの『国連軍』でマトモな運用など夢のまた夢。

バンクーバー協定で名目上、統合されたとはいえ所詮紙面上で成立したばかりにすぎない国連軍だ。
緊密な統制を保っての運用など、机上の空論どころか机上ですら危ぶまれる次元。

そして、多国籍軍の運用というのは平時であっても全く容易ではない任務なのだ。
少しでも多国籍軍を運用すれば一日で理解できるに違いない。異質な文化、異質な運用形態、異質な軍機構。
こんなものを無理に一元運用などすれば、運用だけで司令部が瓦解しかねない。

良くも悪くも、米軍が指揮権を断じて手放したがらないというのは統合の困難さとシステム面の課題をいやというほど理解しているからでもある。

このため、早々と緊密な一元的運用に関する限り国連軍司令部は既に手綱を投げ捨てている。
初期の国際協調の試験的なケースなのだから、今回のドリルをもとに次回以降に活用できれば御の字、と。
実際問題、各国軍に対し『間引き』の概念を伏せてもなお国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)の提案が有用なのはそこに理由がある。


人類共闘といえば聞こえは良いが、実際所統制のとれていない烏合の衆で近代戦など悪夢にすぎない。
なればこそ、相対的にせよ戦線の安定化につながりつつも損耗を抑制し、かつ国連の旗のもとに手堅く戦争というのは渡りに船なのだ。
北欧戦線における限定攻勢は損耗抑制を前提とし、他所では望みえない程の緊密な火力を用意してあるのもその表れ。

誤射さえ回避できればそれでよい程度の運用でも、なんとか様になっている。
そして、適切な火力支援が与えられる限りにおいて第一世代機とはいえ欧州戦線で好まれるF-5の機動性はまあ、我慢すれば使えないほどでもない。
加えて、鈍重で飛ぶこともできる程度のF-4とて光線級のつぶらな瞳に見つめられない限りは機動で戦えた。
各戦線から、かき集められた艦隊を主軸としての火力支援と兵站の補完は作戦の成算を高いものとする。

このような状況下、国連による統合的な各国軍の運用試験を兼ねて実地されていた前哨戦は概ね大過なく完遂された。
厳密に言うならば、概ねセオリー通りの損耗率で成し遂げられた、ともいう。




JASRAに属する高級士官らの頭を占めるのは、未だ兵器としては揺籃期を越えられていない戦術機の信頼性。

「ソ連の新型、アレの稼働率はどうにかならないのか?」

「初期トラブルも中々難しいようです。…カタログだけならば、この戦域における最も優れた機体のはずなのですが。」

頭を抱える軍事官僚同士の愚痴にしても、辟易とはしていても絶望とは別種のそれだ。
何を切り捨てるか選択しなければないという訳でもなく、現状に対する不満を積み上げていけるのは幸せなことだろう。
まあ、ターニャとしてはできれば自分がいないところでやってほしいと思わないでもないのだが。

とはいえ、部下らとて弁えないはずもなく休憩中の談笑だ。
それを止める権利は、軍と雖も認めていない。
精々、できれば他所でやってくれということだろうか。

しかしまあ、機密保持の必要性から隔離区画以外で話すという選択肢が他にないのだからこれも仕方ない。
むしろ、外でべらべらと喋らない良識を讃えるべきなのだ。

「そもそも整備要員の教育も課題でしょう。その意味では、まだソ連は良くやっているかと。」

「大陸中央の情勢を考慮すれば、止むを得ないだろうな。戦術機甲部隊を維持できているだけでも、ほとんど奇跡だ。」

そう、こんな酷い醜態をさらしているソ連北欧派遣部隊の稼働率でさえも。
『各戦線』の実態に比較すれば『マシ』という現実を外でペラペラ喧伝されてはたまらない。
国連軍の旗の元、人類が一丸となって反撃するという一大プロモーションも兼ねているのだ。

ウロウロしている従軍記者に嗅ぎ付けられて余計な騒ぎを起されてもたまらない。
ジャーナリスト連中に、勝てないなどと騒がれて敗北が蔓延されては困るのだ。

そんな思案を脳裏で弄びつつ、ターニャは眼前に積み上げられた報告書の山に辟易しつつも眼を通し続ける。
書類で手狭になりつつある机を恨めしく思いながら、ターニャも愚痴を吐きつつペンを動かすしかない。
貴重な戦訓と問題点の洗い出しのために手を抜くわけにもいかないのだ。

だが、戦訓以前にターニャにしてみれば単純に第一世代機の限界を目の当たりにしているというほかにない。

「山のような艦隊火力支援下ですら、光線級吶喊はシャレにならん損耗率か。」

重金属雲の規定濃度を保ちつつ、戦艦が弾薬廠を空っぽにする勢いで砲弾を吐き出し続けての損耗率。
一か八かの光線級吶喊に比べれば余程緊密な支援が提供されているにも関わらず、それでも軽微とは言い難い水準で損耗が出ている。
北欧戦線での経験から地形を上手く活用できているスウェーデン軍が多少ましな程度。

「運用で誤魔化せるレベルではないぞ、これは。」

結局のところ、戦術を如何に駆使しようともBETAとの損耗比を分析するターニャの愁眉は開けない。
ミンスク・ハイヴを『攻略せよ』と叫んでいる連中があまりにも多いが、手持ちの戦力で何が可能かと考えれば実に絶望的だろう。
そもそも、間引き作戦としては異例なほど気合が入った艦隊支援を用意しての損耗率2割見込みだ。

戦術機の初期トラブルや稼働率、機械的信頼性の問題が解決されていないのも一因ではあるが運用の次元ではもはや覆し難い領域にある。

「LWTSE計画で開発している例の二機。前倒しで配備してくれれば楽なのだがなぁ…難しいか。」

「データ取りが目的の機体でしたか…そこまで使えると?」

うんざりした表情で、手元の書類と格闘しているウォーケン大佐にしても、ターニャにしても仕事は各軍からの戦訓収集だ。
代替戦略模索という本来の任務通りと言えば任務通りの職務。
とはいえ、人為的ミスの山を突きつけられて延々と同じような失敗を見続ける仕事でもあるのだ。

前線指揮官としてではなく、予備戦力指揮官として前線情報を分析するウォーケン大佐としてもターニャとそう大差ない意見だった。
なにしろパレオロゴス作戦崩壊以来、合衆国衛士としては最も経験豊富な部類に属するベテランでもあるのだ。

当然、F-4とF-5という第一世代機の能力限界も早々と悟らざるを得ない。
だからこそ、口から漏れ出る愚痴は次世代機をさっさと前線に回せという余念なのだ。
無論、ベテランなればこそ新兵器というものが一般的に忌避されるのは初期トラブルの多さということを知らないわけではない。

それでも、ここまで支援火力を揃えても“エア・ランドバトル”で航空兵力に期待されていた役割を既存の戦術機は果たし得ないのだ。

「存外安価な次世代機だ。F-4とF-5、という訳ではないが防衛目的ならば長距離侵攻能力を割り切った軽戦は魅力的な選択肢たりえる。」

防衛や間引き、という点からのみ論じた場合。
ターニャにとって一番重要なのは、数だ。
F-4の数的不足を補うために導入されたF-5の奮戦を見れば軽戦も決して悪くない。

BETAのごとき雲霞の土木機械相手に少数精鋭主義など無謀だった。
かといって、BETAと消耗戦に陥って人類に勝算があるわけでもない。

だからこそ、ある程度の質的優勢を望むのは理解できる。
だが、前提としてBETA相手には結局のところ数の問題なのだ。
ソ連が、中共が、損耗比に耐えかねていることが人類の数的劣勢を物語るのだから。

「詰まる所、数だよ、数。高性能機の少数生産など予算の無駄だ。」

だからこそ、前線で間引き作戦などという数的消耗を前提とせざるを得ない作戦を立案してのけたターニャは数を重視する。
この時代としては、かき集められるだけかき集めた戦術機甲部隊に艦隊と言っても『甲21号』の半数程度にも満たないのだ。
加えて、戦術機が第一世代機のみということを考えればさらに実戦力では開きがあるだろう。

各種戦訓の蓄積、分析、反映というプロセスを否定するわけではないが運用以前に手持ちのカードが悪すぎる。

「戦訓をもとに、安価で大量調達できる次世代機、それも防衛を念頭に置いたものを配備すべきだ。ほかは、それからだろうな。」

なればこそ、戦術機の開発・調達におけるプロセスで各国が『反攻』の矛を望んでいる状況下でターニャは『持久』の盾を望んでいる。
人類には、未だそれは余りにも早すぎる願望なのだ、と。

実際問題、追いつめられた人類の行く末を考えれば『破滅的』と語られる現在の戦局すらBETA大戦末期では『理想的小康状態』にすぎない。
苦戦しているとはいえ、ユーラシアは失陥しておらず、それどこか欧州心臓部すら未だ健在。
人類の人口や、資源地帯は未だ大半が手つかずであり石油資源の枯渇も憂慮せずに済んでいる。

なればこそ、その観点から国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)は常に持久を叫び続けることで前線国家に疎まれ続けているのだが。

まあ、当事者にしてみれば無理もない話だ。
未曽有の脅威に祖国が晒されている中、他人事のようにその国土で如何に時間を稼ぐかなどと論じられて平静であるのは難しい。
国難を、四半世紀は甘受してくれと内々でターニャが考えていることをしれば我慢の限界となることは間違いないだろう。

「では、事務次官補。長距離侵攻能力は時期尚早とお考えでしょうか。あれならば、ハイヴを直接たたけることも期待されていますが。」

「難しいところだ。悪い機体ではないと思うのだがな。」

そして、その腹の底までは知らないにせよ。
上司であるデグレチャフ事務次官補が徹底した防衛主義者という事くらいはウォーケン大佐とて察している。
何より、口々に持久の必要性を唱えて『欧州大反抗』に初めから批判的だった上官だ。

戦術機開発のアプローチにしても、矛よりも盾を望んでいるということはウォーケン大佐も理解できた。

問題は、現状で一番初めに使い物になりそうなのは海軍が血眼になっているF-14程度という事にある。
加えて衛士としてのウォーケン大佐がみる限り、F-14は第一世代の機体を遥かに隔絶する性能を実現した新世代機たる機体だった。
運用側の意向は兎も角、搭乗者としてみればあれならば大半の戦局に従来よりも遥かに容易に対応が可能だろう。

長時間前線に張り付けるという事は防衛にも当然有利であり、なにより人類悲願の大陸反攻の先鋒たれる。
鼻息荒く、我武者羅に海軍が配備を前倒しで行わせるだけの価値がないとは思えない機体と評価できるだろう。

なればこそ、ウォーケン大佐はふと思うのだ。
持久の重要性は否定しないにしても、防衛から一歩踏み込む性能を持った機体も整えるべきではないのか、と。

「海軍さんが開発しているF-14は性能的には完璧だがコストが嵩む。大量配備には疑問だな。空母専用と割り切るべきかもしれん。」

そして、実際ターニャにとってもF-14は実に判断が難しい機種だった。

出身母体の空軍とは微妙な関係が長らく続いているだけに干渉しがたかったというのもある。
だが、そもそも海軍の戦術機開発ドクトリンは空母運用を前提としている為に他軍とは前提からして違う。
限られた搭載機数に最大限の性能を希求せざるをえないという前提からして陸上運用とはスタート地点が違いすぎた。

限られた数で、多数の要求される任務を可能とすべく徹底した設計が行われているのは間違いない。
最初期の第二世代機でありながらF-14は必要最低限度という点では十分すぎる水準を実現しているのだ。
長距離侵攻能力、継続戦闘能力、マルチロールの追求、重火力化などと質の重視が徹底している。
それどころか、戦術機では実に珍しい複座仕様によって投射火力と索敵性能の強化まで踏み込まれている時点で高すぎるのは目に見えているだろう。

もっとも、それでも世界中に展開している海軍だけに危機感が高かったらしい。
海軍が一丸となって推進したこともあり、F-14に至っては近々実戦配備が完了する見込みという内聞だ。
そして、高価であり整備性に難があると雖も能力だけ見れば十二分以上の水準でもある。

故に、許されるならば喉から手が出るほどに北欧に欲しいという気持ちがないでもない。
高性能機の大量配備が叶うならば、という条件付きではあるのだが。

「何より、複座で運用に空母クラスの整備を必要とする時点で前線向きではないだろう。」

「本国では、隔絶した性能故にすべてに目を瞑れると考えているようですが。」

「あの能力が魅力的なのは認めるがね、結局は数だ。あれは、揃えられるとは思えない。」

実際問題として、ターニャの属する国連が名目上統合した国連軍は各国軍の寄せ集めに等しい。
装備も、ドクトリンも、言語もバラバラの各国軍を統合する際に採用するべき装備にF-14ではコストが嵩みすぎるのだ。
後方要員の教育、補充部品の手配、製造ラインの調整。

民主主義の兵器廠から、人類種の兵器廠とジョブチェンジした合衆国の工場とて生産力に限界はある。
まして、欧州の主要な工業地帯が東側を例外に未だ健在であってなお生産力に課題が残る状況。
認めたくはないが、効率という観点から論じるならば『単なる土木機械』に人類種は製造効率で劣るのだ。

不愉快極まりない現実を飲み干し、対処療法として持久戦術を唱えざるを得ない程に人類には余裕がない。

「とまれ、戦術機の講評はさておき運用面については見るべきものがあるのを喜ぼう。」

だが、それらの長期的な課題はさておき。
表向きのお題目である国連軍の統合運用という観点で見た場合、一応納得できた。
少なくとも、ターニャの見る限りにおいては。

「まず、各国の統合運用は上手くいっているようで何より。」

「本気ですか?」

「崩壊していない時点で成功だよ。それで?損害はどの程度だね?」

あのソ連と米国とNATOとWTOの不愉快な仲間たちで呉越同舟をやらかしているのだ。
崩壊せず、曲りなりにも怪しいとはいえ共闘できているのだから合格点とターニャは考えている。
無論、通信や連携の齟齬は山のように報告書と化して積み上げられているのだが。

だが、それでも一応報告書が残せる程度には統制を保って軍機構が機能しているのだ。
分析は今後の課題でもあるが、一先ず一元的な指揮権というお題目だけでも守れているのは素晴らしい。
国連軍司令部が寄せ集めも同然であり、米ソの暗黙裡の駆け引きに翻弄されるとはいえ一応指揮権が確立できているのだ。

パレオロゴス作戦の頃に比べれば随分と進歩している、とターニャは前向きに事態を肯定的に受け止めている。
人間、初めから期待していなければそれなりの結果で満足できるらしい。

「経験未熟なNATOを中心に4個中隊程度。加えて、機体トラブルもあり同数程度のソビエト機が脱落しております。」

「素晴らしい、予定通りではないか。海岸への誘引は?」

そして全軍の2割に達する100機近い損害、というのもターニャにしてみれば第一世代機の間引きでそれならば悪くない。
限定攻勢という作戦の性質上、破損機の回収や衛士の損耗が後退戦に比較して少な目というのも損害の内訳を軽くしてくれる。

「ほぼ、予定通り上手くいきました。対BETA戦における予定通りというのは、異例ですな。」

「物量に、物量で対抗する奇策に頼らない王道の戦術なればこそだよ。だが、上手くいって本当に良かった。」

なればこそ、ほぼ予定通りに間引き作戦の第一段階が完遂されたことにターニャは心底安堵しえていた。
物量というBETAに対し、人類の保有する艦隊戦力を地球の裏側に近いところまで含めて根こそぎ動員したのだ。
これで、BETAに対する間引きすら覚束ないとなれば本格的に手持ちの兵力で欧州防衛は完全に諦めていたところである。

少なくとも、史実に比較すれば長くDDRを中欧の防壁として活用しつつミンスク・ハイヴを北から牽制しえる自信が持てたのだ。
北欧戦線の価値は、ターニャにとって人類種の橋頭堡であり、同時に欧州防衛に不可欠な間引きを行い得る絶好の地理である。
四半世紀持ちこたえよ、とは望めないにしても大幅に人類の前線を保ちえるだろうというだけで随喜もの。

共産主義者の血肉で、自由と資本主義を守らせるというのも悪くはない。

「これで、少なくとも一定の程度は持ちこたえられるだろうな。…間引きが、上手くいけばハイヴの成長抑制も叶う。」

「ええ、その通りかと。しかし、海軍の支援は想像以上に有用ですね。…まさか、戦艦の時代が来るとは。」

「私に言わせれば、宇宙から侵略者が来る時点でおかしな時代だよ。」

「今更ですな。」







あとがき
日本と違い、4月が年度初めでもないし暇あるかなーとか考えてたけど存外余裕がありませぬorz
気分的には、ADE651を配備したからもう大丈夫!というくらい甘い見積もりでした。
敗北主義的要素はいけませんが、現実も直視しないとなぁという次第。

なお、全然関係ないスレを楽しみに拝見していると幼女の率いる戦闘団がブラックそのものとかいう風評被害も。
『突き抜けないとブラック極まりないぞあそこはw 』って。
そうか、よそ様にはそんな風に思われてるのかとそれと無くホワイト風味を加味するかなぁ…と悩んでます。

(´・ω・`)シンセカイ
ホワイト風末期戦モノ! 


書籍化の報告をこっちでするのもちょっと変ですがぼちぼち進んでます。
イラストと、細かいところやら何やらで担当さんと相談中。


で、担当さんから解説にSDターニャをつけましょう!とか言われて担当さんも渋いセンスだなぁと勘違い。
『SD?…はて、SD?SDなんて出してないのだけど…ああ、あれか第三局のSD風味で解説とな。(。+・`ω・´)』
確か、何かの本でSD第三局は現実を見てたから敗北主義的とか言われたし、その故事に倣うのですなと一人合点。

SDって、親衛隊情報部じゃなくてスーパーデフォルメでちびキャラのことなんですね。勘違いしてましたorz
(まあ、気が付いたからノーカンで。)

ほうれんそう大切。

以下、担当さんとの愉快なやり取り(一例)。

担当さん:イラスト、希望あります?(´・ω・)
カルロ:あ、『それっぽい』軍装でお願いします(`・ω・´)ゝ
担当さん:分かりました、何かイメージってありますか?(´・ω・)∩
カルロ:こんな感じのでお願いできますか。(@´∇`@)
担当さん:大丈夫です。(≧∇≦)b
カルロ:あ、あと『ちょっとしたこだわり』が。( ´∀`).
担当さん:はい、なんでしょう?o(゚▽゚*)
カルロ:『カルロゼン的ちょっとした』こだわり。(o ̄∇)o<
担当さん:・・・(`・д́・;)?

順調に進んでます!



[35776] 第一二話 Abyssus abyssum invocat.(前篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f05b6601
Date: 2013/05/26 07:43
Svalinn heitir,     スヴァリンと呼ばれしは
hann stendr solo fyr,  太陽の前に立ちし物、
scioldr, scinanda goði; 輝く神の前に立つ楯。
biorg oc brim      山も波も
ec veit at brenna scolo, 燃え上がるであろうと私は知っている、
ef hann fellr ifrá.   もしその楯がそこから落ちてしまえば。


ソーフス・ブッゲ『Norrœn Fornkvæði』(1867年)より引用


2個軍団規模のBETAに対し、第一世代機からなる500機弱の戦術機甲部隊でもって間引きを敢行。
損耗率僅かに2割にて殲滅に成功。
加えて余裕のある限定攻勢下での損耗故に衛士の人的損耗はさらに下がる。
艦隊・支援部隊の損耗についても人的損耗については実に軽微。

懸念されていた各国軍の指揮系統・連携も課題は山積するとはいえ作戦には大過を及ばさず。

国連の旗の下で主導された、初の大規模作戦。
結果は『反撃の成功』として華々しく喧伝されるに足る結果を収めた。
少なくとも、メディアに見える範囲においては。

それ故に、人類世界に木霊したのは勝利の速報だ。
大々的に人類の反攻と勝利を祝うニュースは直ちに行き渡り喝采を人々に叫ばせる。
人類は、少なからず安堵したのだ。
先行きの見えない泥沼かに見えた対BETA戦。
少なくとも、人類は団結し、そして勝利を収められるのだ、と。


だからこそ、来客を事務室に迎えるターニャ・デグレチャフ事務次官補は不愉快げ眉をしかめて見せる。
従卒に用意させた珈琲を儀礼的に進めつつも、その態度は勝利を祝いというものとは程遠く苦々しいもの。
だからこそ社交辞令の応酬と単純な形式的会話が済んだ後に残るのは、珈琲よりも苦みのある現実だ。

「…それで?こんな馬鹿げた勝利を素直に祝え、と。」

「事務次官補、お言葉ですが…苦しい中での勝利が世界を勇気づけたことをご理解ください。」

だが、当たり前だが誰かが発表して欲しい知らせとは『ニュース』ではなく『プロパガンダ』というやつなのだ。
実際のところ、権力の監視機構としてのマスメディアに求められるのはその真逆。
誰かが報道してほしくない『事実』を『ニュース』とすることである。

最も、皮肉気に気難しいとされるデグレチャフ事務次官補に弁明する若い事務官の言葉も別に間違ってはないないのだ。
こと総力戦において、宣伝戦は重要な要素。
対BETAという観点から見た場合、権力の監視機能ではなく人類の統合という事がメディアに求められるのは別段不思議でもない。

そして、国連や各国政府が頭を悩ませていたBETAに対する前線国家群の恐怖にも似た感情の緩和が叶うとすれば。
国連を始めとする関連機関が、とりあえず戦えるという事で安堵し、次に希望を見せられることで肩の荷が軽くなったと感じるのは無理もない話だ。

「世界が勇気づけられたのは、なるほど。結構なことだ。で?」

だが、それはBETA戦に対して悲観も楽観もしていない前線やリアリストの一団にしてみれば今更の話。
士気が上がるのは結構なことだろう、とは言ってもよい。
別段、戦意喪失した兵隊や頭がトチ狂ったに違いない恭順派やらに蠢動されるよりはよほどましなのも理解している。
何時の日か、BETAを打倒し、祖国に帰還できるともなれば難民の動向も少しはましになるだろう。

だから、本来であればターニャとてお気楽なことだと呆れつつもここまで嫌味は口にしなかっただろう。

少なくとも、銃口を突きつけて従わせるよりも自発的従軍の方が管理も楽だ。

そういった観点からみれば、本来は歓迎すらしよう。

そう、本来は、だ。

だからこそ、珈琲を飲み干し一息入れたターニャはため息と共に毒を吐く。

「砲身寿命と、空っぽになった弾薬廠を考え怯えるしかない私を勇気づけてはくれないのかね?」

『まだ』天然ものの珈琲を味わえる程度に余裕もあるのだ。
本来ならば、砲弾にしても砲身にしても深刻な欠乏に苦しむ時期でもない。
兵員の基本的な食糧一つとっても、配慮が出来る程度に余裕があるのだ。

勝利を記念して昨日大々的に開催された国連軍司令部での祝勝会。
『時節柄簡素を心がけた』というメニューでワインとトナカイ料理だ。
北欧戦線ということを差し引いても、生態系にすらまた余裕があると言えるだろう。
自然環境が残っているのは喜ばしい。
土木機械のBETA共が我武者羅に行っている整地作業を砲弾で散々妨害した甲斐があるというものだ。

だが、本来ならば北欧にハイヴも建設されかねない状況で阻止に成功しているのは間違いない。
問題の多い多国籍軍の運用にしてもある程度は目処がついているのだ…たとえ極々初期のレベルであるとしても、だ。

こんな状況で、砲弾が届かないというのは生産能力の問題以外の何かに原因がなければ説明がつかない。

そして、どんな理由だろうともターニャにしてみれば砲弾の遅配など冗談ではない。

国連が『勝利』やら『希望』やらをばら撒くのは、まあそれ自体は良いことだろう。
少なくともプロパガンダを行うのは、広報機関の職務として、それは良い。
厭戦気分で崩れるよりは、希望を抱いて死んでくれる方が比較にならない程ましだ。

だが、プロパガンダとは信じさせるものであって、自分達までそれに酔っては全く無意味。
勝利を確信し、前進するコミュニストは砲弾避けになる。
が、勝利を確信し、前進を命じる無茶口将軍やつじーんと同レベルの指揮官は人類にとって有害だ。
同様に、浮かれた挙句に必要な備えを怠られては堪ったものではない。

「組織として有機的に機能する統一的な指揮を可能とするべく統合された国連軍なのだろう?」

無理だとわかっていても、建前として国連軍は人類の統一的かつ効率的な対BETA戦遂行が義務なのだ。
東西ドイツに代表される分断国家や、東西対立。
内紛を抱え、イデオロギーの対立に直面し、前線国家と後方国家の相克を克服するなどそれだけで人類にはハードルが高すぎる。

期待されている国連とて、国際機関ではあっても、主権国家の主権を一部たりとも制限しうる超国家的な存在ではないのだ。
だからこそ国連は失敗できないし、実績でもって統合の旗を振る正統性を示し続けねばならないという実に危うい状況にある。

まあそもそも。
第二次大戦後の戦勝国で構成された国連以外に統一的な人類統合機関が存在しないという時点でかなり致命的なのだが。

「昨日、耳が壊れていなければ確かにそう聞いたが…砲弾は手配してくれないのかね?」

「…鋭意、手配すべく最善をしております。」

その薄氷の統合を、無難に行うための一石でもあったのだ。
表向きの理由である初の統合作戦がある程度成果を上げたことを喜ぶのも別に否定まではしない。

が、当然ながら実績ありきの世界ならばそのための手はずは絶対に整えて貰わねば困る。
砲弾の手配が出来ません、というのでは最低限度の体裁も取り繕えては居ないだろう。
もちろん、砲弾が足りないからといってターニャ自身が砲弾の欠乏で苦しむわけではない。
それは、貴重な肉壁であるWTOと、民主主義と自由な個人を守るNATOの兵士たちだ。

が、費用対効果の観点から言えばそもそも訓練された兵員で編成された軍隊を摩耗させるという事自体が狂気の沙汰だ。
陣地に拠っての防衛戦で辛うじてBETA西進を遮っているDDRのそれは、そもそも攻勢に出られるだけの余力がないことの証左でもある。
その点で、間引きという限定攻勢とはいえ攻勢をかけられる程度に統率・訓練された兵員は非常に貴重なものだろう。

相対的に見た場合、人的資本価値が高い人命と鉄量を投じ、時間を稼ぐための漸減作戦を開始した段階なのだ。
表向きの統合だの、戦意高揚だのにかまけて肝心の間引き作戦に投資するという当初の意義を忘れられては困る。

そして、苛立たしいことに連日報道されている人類の反抗成功という知らせ以外に北欧戦線司令部に届く知らせはない。
補給も、整備も、碌に手当されていないのが実態なのだ。

「そうか、ところで話は変わるがどうだね、此処のオフィスの珈琲は。」

だからこそ、唐突にターニャは簡素な執務室には不似合いなほど芳醇な芳香を漂わせる珈琲について話題を変える。

「は?」

「いやなに、拘りが強いわけではないが珈琲党でね。少し、贅沢をしているのだが。」

「なるほど道理で泥水ではないと。私物ですか?」

そう、私物だ。
厳密に言うならば、『国連軍』の倉庫には無いにもかかわらず『正規かつ平時の市価』で『誰でも』購入できる食料品店から購入してきた私物だ。

物がないわけではないという非効率性の匂いが、だからこそ勝利の内実を知っている人間にとっては苛立たしい。
物流以前に管理制度の問題であって、生産力どころか運搬能力にすら余裕があるのだ。
なにしろ国連軍のPXで軍指定の『珈琲豆』が切れたがために、民間の食料品店から『珈琲豆』を調達出来るほどに物が溢れている。

「ああ、その通り。何故か、国連軍のPXには無くても市場にはあるようでね。…横流しを疑うべきと貴官は判断するかね?」

当然、横流し品が横流し中に品質向上を為すことは有りえない。

「っ、それは。」

「珈琲ならば、代用も聞く。そこらで買ってくることもできる。では、珈琲同様に届かない砲弾はどこから買えばいいのかね?」

スーパーで買えばよいのかな?それとも、合衆国上りらしく壁マートにでもお願いすればいいのだろうか。
確かに、ウォールなお店ならば銃砲の取り扱いもあるだろうがそもそもここは北欧だ。
狩猟用ライフル以上の砲弾を、市販している店があるとは聞いたことがない。


「だからこそ、念を押して要請したのだ。それこそ、本来ならば弾薬庫に何をさておいても積み上げられるべき砲弾が届いていないのは何故か?」

「予算措置の問題が…。」

現実など、テレビと比較すればそんなもの。
そうシニカルに割り切れれば簡単なのだろうが、手持ちの砲弾を悉く射耗した人間にしてみれば冗談ではない。
戦艦群の艦砲に緊急で整備が必要にも関わらず、戦艦用のドッグが不足しているという既存設備の限界はまだ我慢できる。
なにしろ、艦艇が整備された時点でそこまでのハイペースで砲身交換を必要とすることは想定されていない。
懸命に、ドッグを増設していることを考えればむしろ良く頑張っていると満足できる。

問題は単純だ。

第一次世界大戦時、遥か古代というべきほど昔に量産できた砲弾。

それが、何故かBETA大戦という実に進歩した不愉快極まりない戦争では足りないのだ。
前線の将校にしてみれば人類の生産能力には理解しがたい、何か退化でもあったのかと声を荒げるのは不可避だろう。
雲霞のごとき物量に対し、兎も角ありったけの弾薬をばら撒くことで漸く『間引く』ことが出来ているのだ。
砲弾が切れれば、その瞬間に物量に蹂躙されるのは目に見えている。

「ギリシャで懲りた、という事は宜しい。だが、合衆国の兵器廠には砲弾があるはずだが。」

だから、あらかじめ万事手配してある。
国防省にはあらかじめ話を通し、多少の事務決済で兵器廠の砲弾を融通させる手続きを取っておいた。
財務省の官僚にも、話が通っているのだ。

苦々しい表情だろうとも、国連を通じての兵站活動に合衆国はゴーサインを出している。
少なくとも、一定程度の枢要に位置しているターニャの知る限りにおいては間違いなく砲弾は出されるはずだった。

「…その、合衆国の予算/砲弾提供の許可が下りる見込みがありません。」

が、国連の事務官が語るのは真逆の事態だ。

「下りない?そんなバカな。国防総省から許可は取り付けたはずだが。」

理解しかねる。

手のひらを反して砲弾の提供を拒否?馬鹿な…合衆国は安全保障政策について常に大真面目な国だ。
此処まで整備された状況をひっくり返すことがあり得るはずがない、とターニャとしては訝しむほかにない。

「すまないが、理解しかねる。…国連の予算委員会は何をしているのだ?」

「事務次官補、お国のカッセバウム修正条項をご存知でしょうか?」

「ああ、あの加重投票制を要求した条項か。確かにアレは予算措置に制約を付けるものだが、“コンセンサス”方式で誤魔化せるはずだが。」

が、若い事務官が口にするのは国連財政に興味でも抱いていなければ存在すら意識しないであろう一つの細則だ。
曰く、国連の一国一票制度は加盟国の負担を公平に別たない以上合衆国としては『負担』に見合った『票』を要求するという法案。
国連の非効率性に対する費用対効果の疑問提起が目的で上院が通した国連への要求。
認められなければ、合衆国の国連供出金を40%までに削減するという一種の脅迫だった。
が、実際のところ国内の有権者向けのポーズも多分にある引き締め政策の一つ、というのが実務者の見解である。

『投票』ではなく『コンセンサス』と意思決定過程を誤魔化すだけで予算措置が維持できる政治的配慮は取られていた。
言い換えれば、加重投票制は投票がなければ問題とはならない。
だから、国連において多数の国が明白に賛同し、合衆国のコミットした方向が維持されるのならば。

潤沢な戦費が国連には約束されているはずだった。

「…内々の話になりますが、コンセンサスが国連で成立する見込みがありません。」

「は?」

「前線国家群の意向と後方国家のそれが纏まらず、コンセンサスは期日になれども不成立です。投票を求める羽目になるでしょう。」

ただ一つ。

コンセンサスが、国連において、成立する限りにおいて。
そして、それは『良識』に依存する法案なのだ。

合衆国上院の行動は実に単純だ。
『現状はベストではないが、少なくとも我慢はできる』
『我慢はするが、しかし、同時に不快感と改革の要求を提示する』

その上で、当面は現状を維持しつつも改革の意欲が国連にあるかを問うただけだ。
言い換えれば、どのみち予算が成立する国連軍に大量の資金と物資は提供し続ける腹。

問題はたった一つ。

その物資の使われ方に、不満をもつ前線国家が多すぎた、ということだろう。
まだ、その程度ならばなんとでもなったかもしれない。
なにしろ、最前線は真面目に戦争しているのだ。
コンセンサスの議論を深め、ある程度適切に修正が施されたやも知れない。

が、問題だったのは、国連の予算があまりにも『国連軍』に吸い取られることに対する『開発途上国』の不平も無視できなかった、ということ
だ。

合衆国にしてみれば、人類種の危機にあって対BETA戦を一丸となって遂行していくのは当然である。
問題は、BETAという安全保障上の脅威に対する優先度が、国連加盟国間で全く異なっている、ということだ。

取りまとめは、内々で秘密裏に行われるために『誰もが成立して当たり前』と思い込んでいるコンセンサスはついに成立しないという事態は最後の最後になって火を噴く。

「・・・・・・・・つまり、トリガー条項が炸裂する、と。ああ、結構。」

合衆国上院にしてみれば『BETA』という共通の敵を前に『コンセンサス』が成立しないというのは理解しかねる事態だった。
あるいは、良くも悪くも『州』の利益代表者である彼らが『合衆国』のために団結しえることで楽観視したのかもしれない。

実際、実務に携わる前線の軍人らにしてみても、優先順位は余りに明白なのだ。
BETA相手には、いくら砲弾と資金を投じても足りることがないという共通理解。
BETA大戦に携わる関係機関の当事者レベルでの危機感は共有されていた。

良識的に考えれば、ここで予算を通さずに前線を混乱させることがどれほど恐ろしい事態を招くか想像すら行えないものだ。
当然、各国の選良たちは嫌々だろうとも予算を通す、と前線でも、粗方の司令部でもこの点に関しては楽観視していた。
ターニャですら、予算措置は通るものだと思い込んで前線の状況に注視していたのは否めない。

当たり前だ。

誰が、ユーラシアの、ひいては人類の前線を崩壊させるような真似をするだろうか?

呆れるしかないが…そんな現実は小説よりも恐ろしい。

まだ、正式には『投票』が実行されていないために『自動削減』というトリガー条項は発動していない。
が、同時に『コンセンサス』が成立していないために合衆国からの財源は提供されてもいない。
そして、恐るべきことに『コンセンサス』が成立しないまま『投票』が実行されようとしているのだ。
無為に時間を浪費した挙句に。

俄かには、信じがたいものの、そういうことになるらしい。

「し、失礼します!」

「…何事かね?」

いっそ、諦観すら抱きかねない程に碌でもない知らせでターニャの精神は酷く疲れていた。
だが、悪い知らせという連中はよほど連れ立って訪れてくるものらしい。

「ッ緊急です!警報!複数の軍団規模BETAが北進中!すでに、前線観測拠点と通信が途絶しました!」







顔面を蒼白にし、通夜ムードと言わんばかりの国連軍司令部。
当たり前だ。
散々贅沢に用意されていたはずの砲弾も物資も使い果たし、補給を待つべきところへのBETAによる大規模侵攻。

国連の弱い一面…自主的な財源を欠くという要素ははっきりと言えば国連軍の兵站に重大な制約を及ぼすものでもある。
が、そんな次元の議論は今となっては最早どうでもよい。

「馬鹿な!?漸減させたばかりだぞ!?」

「いや、我々が引き受けた分は、本来DDRになだれ込む分、という事だろう。クソッタレ。」

「とにかく、邀撃戦を…。」

「砲弾備蓄率をご存知ですかな?…我々には、砲弾が足りていないのですが。」

「予備の艦隊を出しましょう。第三打撃群ならば砲弾にも余裕があるはずです。」

砲弾が、ないとはつまり選択肢がないという事でもある。
…AL弾がなく、空間飛翔体で光線級のつぶらな瞳ちゃんを独占できないとすれば。
戦術機甲部隊が照射を浴びるしかないのだ。

それも、第一世代の鈍重な戦術機で、だ。

前線の維持は、文字通り鉄血の盛大な浪費によってのみ賄われることになるだろう。
それは当然、損耗比を人類にとって耐え難い水準にまで跳ね上がらせることになるのだ。

そして、届くべく補給が届いていないという事実が国連軍という一つの枠を縛り付ける。

無論、合衆国が無策にことを放置しているわけではない。
『NATO』に対する緊急支援措置として、合衆国兵器廠は砲弾と物資の搬送をコンセンサスの成立が怪しくなった瞬間から手配してはいる。

問題はたった一つ。

官僚機構とは、迅速な対応に努めようとも速度に限界があるという事だ。
とりわけ、緻密さを求められる海運での兵站ともなれば即応は困難。

戦争とは、つまるところどこまで行っても兵站である。
いみじくもフリードリヒ大王が喝破したように補給物資がなければ精兵だろうとも木偶の坊にならざるを得ない。

「まあ、それは結構ですが・・・例の保険を使う時期では?」

だが、そんな国連軍司令部の混乱と葛藤の最中にあって。
いっそ冷笑というべき皮肉気な笑みとともにターニャ・デグレチャフは保険を用意しておいてよかった、と心から複線化の成果を喜んでいた。

本来は、間引き作戦が間に合わずにフィンランドにハイヴが建設されることを想定しての計画。
保険というのは、何時の時代も使わないに越したことはないが、あるに越したこともないのだという真理の再確認でもある。
こんな馬鹿げた理由で使う羽目になるとは思いもしなかったのは事実だが。

「事務次官補?」

「こんなことも想定し、一応の保険を用意してあります。」

大半のスタッフが訝しむなかで、ごく少数の事情を知らされている人間が異様な緊張度合いを見せるソレ。

「北欧戦時防衛計画、Svǫl計画。国連軍参謀本部とフィンランド政府の内諾を得た防衛計画です。」

楯と名付けた命名者は、おそらく皮肉を込めたに違いない。

「…こう言ってはなんですが、人口密度の低い北欧ならではの作戦でしょう」

「人口密度…まさか!?」

「反応弾を使用しての、焦土防衛計画です。遺憾ですが、通常兵力の摩耗を抑えるためにも即時発動されるべきでしょう。」

全てを燃え尽くす核でもって、全てを蹂躙するBETAに相対する。
実に単純ながらも、窮極のジレンマだ。

「幸い、北欧諸国の疎開は順調です。人口密集地帯からも遠い。」

何としても、何としても祖国を守らんとする人々の決意。
崇高な目的と、理念のために手段を選べないという事態はさぞかしに皮肉だろう。
守るべき祖国の大地を、焼き払わねば何一つとして守れないと来れば涙するのだろう。

心から同情しても良いほどだ。
補償し、経済支援を行い、医療も提供するにやぶさかではない。
だから、さっさと吹っ飛ばしてもらわねば。

「間に合わせていただきたい。ここで、北欧を失うことが欧州防衛にどれほど高くつくかを考えれば万難を排して行うべきです。」









ミッション・ターゲットは、重レーザー級。
BETA群後衛集団に護衛されつつ、スカンジナビア半島を北進中です。

BETA群後衛集団は、要塞級を中心に構成された、極めて大規模なBETA群です。
これがターゲットそのものではない以上、まともに戦う意味はありません。

従って、今回のミッション・プランは
対レーザー弾による重金属雲を使用して、一気にBETA群後衛内へ入り込み
速やかに重光線級を排除する流れとなります。

なお、国連軍参謀本部は、光線級の排除にもボーナスを設定しています。
それ以外は、特に優先排除目標とはなりません。

ミッションの概要は以上です。
ハイヴの分化阻止と、人類防衛線死守のための絶対に譲れない作戦になるでしょう。
国連軍は、あなたを高く評価しています。

よいお返事を期待していますね。






あとがき
Q:どうして、どうして皆新兵器をガンガン開発して、どんどん砲弾を撃ち込めるんですか?(´∵`)?
A:それはね、補給なんて無粋なものにオリーシュが煩わされちゃいけないからなんだ。(´・ω・`)

Q:じゃあ、どうして本作では砲弾が足りなくなったり、トリガー条項が炸裂したりするんですか? (。´・ω・)?
A:それはね、書いてる人がお金で苦労しないと立派なオリーシュになれないという親心をもっているからだよ。愛だね(*´ω`*)

Q:ぶっちゃけ、カッセバウム修正条項ってなんですか?
A:一応、史実よりも前倒しして出しましたが…オリジナルが存在します。早い話が、お前ら無駄使い辞めないとお小遣いカットするぞというアンクルサムの国連へのお説教です。ちなみに、カッセバウム上院議員は外交を知らないどころか真逆の人間で、しかも穏健派の真面目なお方。オルタ世界の国連だって、乱脈ぶりは酷いはずという独断と偏見で本条項は目出度く採用されました。(国連財政に興味がある方はぐぐってください)

足りない砲弾。
炸裂するトリガー条項。
だがしかし、僕らにはまだ秘策がある!

『Now I am become Death, the destroyer of worlds』

次回、太陽が人類の未来を照らし、森羅万象が震撼する中、人類の反撃が!!!!

ちょい忙しめなので、後程加筆修正するやもしれません。
(今月中に、もう一本投稿することを前向きに頑張りたい所存。)
なんか、ズレがあったので、修正しました。



[35776] 第一三話 Abyssus abyssum invocat.(中篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/08/25 08:38
護る、というのは簡単だ。
では、何を、どうやって、何から護るべきか。



彼らのうちで誰が、祖国を思わざるだろう。
だから彼らは『祖国』を護ると、誓った。


祖国。

愛する故郷であり、自分たちの暮らす生活の場であり、護るべき人々の住む我らが大地。

この手で護ると。

どんな相手からだろうとも、どんな難戦だろうとも、如何なる手段をもってしても護り抜いて見せると誓ったのだ。
護るべき相手、如何なる敵も掃って見せると誓った。

『如何なる手段』でもってしても…誓ってしまったのだ。

自国を防衛するために、自国を核で吹き飛ばすという本末転倒。

…誰が、祖国の地を焼き払いたいと思うだろうか。

だが、焼くしかないのだ。護るためには、焼くしかない。
泣き叫ぶ子供らを背後に背負い、砕かれた防衛線と奔流のごとき敵影。
誓ったではないか、それが、護ることが、自分たちの唯一の誓い。
先に逝ってゆった戦友たちに、轡を並べた輩に、護り切れなかった人々の骸に。

だが、誰が、祖国の大地を吹き飛ばしたいと思うだろうか。
















Svǫl計画に基づく『反応弾』の敷設命令。
発令され次第、行動を開始した合衆国戦術機甲部隊は事の重大性もありウォーケン大佐が直卒。
『偶然』付近に寄港していた米軍原子力潜水艦から提供された戦術核。
それをもとに合衆国・フィンランド合同部隊は反応弾の敷設へと急行する。
行動を開始したウォーケン大佐の指揮する戦術機甲合同部隊の任務は、速やかな反応弾の敷設とBETAの誘導。
これをもって、人口密集地帯への進軍を阻害しつつ、大多数のBETAをおびき出すことで北欧防衛を確実ならしめることが期待されている。

純然たる軍事的側面から見た場合、この成否は北欧における防衛線の存続にかかわる重大な作戦だ。
最低限度の損耗でもって、防衛線への脅威を迅速かつ適切に排除しうる唯一のオプションとしての焦土作戦。
とりわけ、国連と加盟国間の財源・兵站に関する制度上の不備が招いた北欧国連軍の補給物資の欠乏が高くついているときにはなおさらだろう。

…兵站が完全に機能していたところでBETA大規模攻勢を阻止しえるだけの砲弾を蓄積できるかと言えば微妙なラインなのだが。

とはいえ、それらは結果論だ。

難戦し、防衛線が崩れてから起爆される『レッドシフト』と決定的に違うのは前線戦術機甲部隊の損耗率である。
本来の核による焦土化をも辞さない防衛戦への移行は前線が崩壊してからの予備計画だ。
言い換えれば、ほかに選択肢が奪われた末の窮余の一策にすぎない。

反応弾敷設部隊を率いるウォーケン大佐が、空調の整ったコクピットの中でさえ何処か息苦しさを覚えるほどにそれは重苦しい決定である。
北欧を守るために、北欧の大地を核で吹き飛ばすという矛盾。

脳裏に浮かぶのは、命令が発令されたときのフィンランド人たちの何かを堪えるような握りしめられた拳。
平然とした表情で作戦計画を受け入れた彼らの拳が、泣くに泣けない彼らの顔の代りに泣いていた。

軍人だ、自分達は実行する側の軍人で命令を遂行せざるを得ない身なのだ。

よそ者のウォーケン大佐にとってさえ理性では必要性を理解しえても、感情では戸惑いが残ってしまう。
だが、網膜投影で映し出される眼下の光景は青々とした美しい北欧の大地を見るにつけ、決意は思わず揺らがざるをえない。
異郷の地とはいえ、自分たち衛士は、人類は、この地を、生存圏を守るためにBETAの前に立ち塞がったのではないのかという違和感。

後方の基地とはいえ、避難する民間人らから寄せられる祖国奪還と防衛への切望にも似た思いは嫌というほど感じていた。
そんな中でも子供たちが、無邪気に笑いながら北欧の地を駆け回る光景は、何のために合衆国軍人として志願したのかという意味を感じさせてくれるもの。
人類のために、祖国のために、或いは、誰かの故郷のために。

だからこそ、核敷設に向かう自分達へ向けられる北欧諸国からの痛みすら感じるような咎める視線の根幹を理解せざるを得ない。
この地で共に防衛戦を戦い抜いているウォーケン大佐にしてみれば、痛みにも似た気持ちがよく理解できる。
祖国を守るために、祖国を焼くなどという本末転倒。

それだけは、避けたい。誰もがそう願っていた、最悪の一歩手前。
けれども、あえて軍人としての彼はそれが必要なことだとも意識的に割り切っていた。
戦術機甲部隊を預かる指揮官であり、自分の迷いが部下を殺すとなれば彼は迷う訳にはいかない。
…だからこそ、その機微を理解しえる軍人としてジョン・ウォーケン大佐は扱き使われるのだが。
指揮官は、常に戦場においては孤独な存在とならねばならない。

悩めるウォーケン大佐は、幾度かの実戦を経て、操縦桿を無意識のうちに強く握りしめている習慣が自分にあることに気が付いていた。
悪い癖だ、と手を放し首を振って余念を除けねば、と深呼吸を一つしようとした時。
鳴り出した通信機の呼び出し音で、ウォーケン大佐はふと我に返らされた。

「カッサンドラよりランサー01、聞こえるか?」

戦局の悪化と補給のヘマを受けて不機嫌そのものといった表情のデグレチャフ女史。
パイロットという人種はこんな時だからこそ不思議と、変なことに気が付くものらしいが、自分もその例外ではないらしい。
そういえば、この人は何時も苦々しげな表情だと気が付く。

そんな余裕が自分にあることに驚きつつも、ウォーケン大佐は内心のうねりに関わらず軍人としての声色を保って無線に応じた。

「問題ありません。」

「出撃前に話した通り、本作戦は本来ならば防衛線が崩壊したのちに使用されるべき作戦だった。」

反応弾を使用しての焦土作戦など、国防という観点から言えば邪道だ。
ましてや伝統的に国土を縦深として使い得る中ソならばいざ知らず、欧州正面には縦深など政治的に構築しえない。
純軍事的観点から求められた反応弾による防衛計画は、それ故に圧倒的劣勢を覆すための最後のカード。

それはそれ以外に防衛手段がないことの告白でもある。
だからこそ、冷戦期にあっては膨大な規模のWTOに対してNATOは航空優勢の確保によって戦術核での焦土戦を回避しようとしていた。
同様に本来ならば、同様に戦術機甲部隊と艦隊の火力支援で防衛は可能なはずだったのだ。

が、兵站の混乱で砲弾が届かずに核の使用に至るなど至愚極まりない。
網膜投影に映し出される戦線に配置された戦力は、全て健在。
WTO残存部隊と、スカンジナビア連合軍は依然として高い戦力発揮が可能な状態にある。

ただ、決定的なまでに砲弾が足りないのだ。

だからこそ、操縦桿を握りしめる衛士らの感情はやりきれない内心の行き場を持て余してしまう。
どうして、どうして、だ、と。

「当然、フィンランド軍は同意しているとはいえ内実は複雑とならざるを得ない。」

北欧戦線の泥沼具合は決して東独戦線と比しても劣るものではない。
とりわけ、愉快に平常運転しているシュタージと国家人民軍の笑えない足の引っ張り合い。
それに類する東西対立の余波は東側WTO部隊と西側スカンジナビア連合並びにNATO派遣軍で常態化してしまっている。

だが、それを踏まえてもなお。
祖国防衛がため、血反吐を吐き続けたスカンジナビア諸国衛士たちは累々の屍でもって人類の戦線を維持してきたのだ。
高い教育水準と、卓越した技術者としての才能あるお国柄でもって辛うじて支えられてきた北欧戦線。

その人類への犠牲的献身が保っていた均衡を改善するべく発動されたのが先の国連軍による初の間引き作戦だった。
実際、目的は達成されている。BETA大戦における基準からすれば、僅かと形容しうる二割の損耗。
それも、余裕のある攻勢下のために人的損耗はより抑制されたマシな戦場だ。

小康状態に持ち込める。

誰もが、誰もが高い犠牲の末にそれを勝ち得たと確信した瞬間にすべてが覆されたのだ。

「ダース単位で銃殺してやりたい無能共のおかげで、我々ステイツの面目は完全に崩れ去っている。」

BETAの数的飽和量が多すぎた、というのがこの事態を直接引き起こした直接の原因ではある。
実際、史実のBETA大戦史においては今年スカンジナビア半島に侵入したBETA群が、フィンランド領ロヴァニエミにハイヴ(甲八号目標)を築いていた。
間違っても口には出来ない情報源からの確実な知識。

だからこそ、だからこそ、あらかじめの間引きを試み、かつ防衛線に梃入れを図ったのだ。
その見通しが間違っていたとターニャ自身は思わない。
代替戦略という観点から見た場合、間違いなく東独の負担を減らすことで欧州正面の負荷を軽減できるのだ。
そして、史実よりも戦力に遥かな梃入れが行われた北欧戦線は今年をしのぐことは不可能ではない。

それが、この状況を理解できていない呑気な無能共に邪魔されていなければ。

「この私が、よりにもよって、この私がWTOに艦砲射撃支援を要請する羽目になったほどだ!糞忌々しい無能共め!」

なるほど、国連総会で騒いだという途上国の言い分も一見すれば尤もだ。

BETAが人類種にとっての脅威であるのと同様に、貧困も、不衛生も、人類種にとっての安全保障上の脅威だろう。
それは、確かに生存にかかわる重大かつ喫緊の問題である。
BETA同様に、人類が一丸となって取り組むべきという理屈は実に道理にかなっているだろう。

後方国家の多くにしてみれば、彼らの直面している脅威はBETA以外にも多数存在する訳である。

が、ターニャに言わせればそれは完全な戯言だ。

開発学が積み上げてきた失敗は、援助など幾ら注ぎ込んだところで『統治機構』と『市場原理』に逆らっての開発など百害あって一利もないと雄弁に物語る。
ボツワナの事例が物語るのは、マトモな感覚を持った政治家が、私腹を肥やすことなく常識的に国家運営を行えば国連の援助など無用の長物にすぎないという事だ。
シンガポールの経験は、人的資本投資の重要性と国家方針の妥当さを保ちえれば国家というものが効率的に発展しうると示していた。

だからこそ、だからこそ、ターニャには費用対効果の著しく望みえない開発援助への無制限な浪費だけは耐え難かった。
それが、効率的に使われるというならば喜び勇んで人類の後方兵站基地とすべく予算を注ぎ込むに躊躇いはない。
だが、浪費され消費されるだけの援助予算ならば、まだ中抜きされるにしても前線に回せる東独にでも流し込むべきなのだ。

それが叶わぬどころか、自前の砲弾にすら事欠き困窮した前線が破られているとなれば発狂寸前の憤怒を滾らせるほかにない。
煮え返る腸で「国際協調」の名目の元に恩着せがましく共産主義者から申し出られた艦砲射撃の支援に頭を下げるなど血管が千切れそうだった。
流通コストも理解できないマルクス主義者のくせに、利害計算だけは一流なのだから糞忌々しい。

仲良くBETAと総括していればよいものを、こんな時ばかり目ざとい輩に助けられるのだ。

「何より面倒なのは合衆国がある種の禊を示さねばならんことだ。すまんが、政治的理由で一番厄介なところを引き受けてもらう。」

「私は軍人です。…実行する側の軍人である以上、政治には従うしかありません。」

鉄面皮の裏側でマグマのように煮えたぎった憤怒を抑えるに抑えかねているデグレチャフ事務次官補。
だが、ウォーケン大佐同様に、彼女もまた政治には従わざるを得ない立場の人間なのだ。
そこに選択の余地はない。

「真理だな、大佐。私も、月面で同じ思いだったよ。」

誰が悪いという訳ではない。
合衆国は常任理事国とはいえ、国連加盟国の一つにすぎないのだ。
本来であれば、国連の財政問題に関する責任も相応のものにすぎない。

が、合衆国とは為したことで非難され、為さなかったことで非難される宿命の超大国だ。
超大国に対し、人々は勝手な期待を常に寄せ、挙句満たされないことで裏切られたと批判する。

結果的に、合衆国の砲弾が届かなかったのだ。
そして、合衆国出身のデグレチャフ事務次官補が主導した限定攻勢の結果が此れである。

「ステイツの名誉は諸君の双肩にかかっている。期待させてもらう。」

「最善を尽くすだけです。ステイツの意地と誇りを北欧諸国の眼に刻んでご覧にいれましょう。」

後方のツケを払うのは常に前線の将兵だ。
だが、それこそが民主主義国の軍人に付きまとう宿命である。
人民の、人民による、人民のための祖国。

その祖国が求めるのならば、彼らは市民として誇りを持ってオムツを取り換えてやらねばならない。

「結構。たびたびアーリントンに足を運ぶのは億劫でな。なるべくならば、仕事を増やさないでくれ。」

「了解。」

「では、幸運を…何?」

通信機越しに飛び込んでくる警報音。
次の瞬間、前衛の警戒に当たっているスウェーデン軍のJ-35が消える。
咄嗟の回避機動も虚しく恐るべき光線の照射を受けた装甲版が融解し、推進剤が誘爆。

一瞬のうちに爆散する友軍機のなれの果てに唖然とするまもなく散開する彼らの火器管制システムが捉えるのは禍々しい大物。

「「重光線級だと!?」」

乱数回避故に、衛士の動揺が直接反映されない。
だが、隊内通信に満ち溢れるのは想定外のことに対する隠しようのない衝撃。

「…最悪だ。」

思わず、ウォーケン大佐が引きつった表情で無自覚に呟いた一言。

それが、偽りなき彼らの総意だ。

現状の重金属雲濃度は、重光線級を想定していない。
限られた弾薬事情に制約され、本来の規定通りの濃度はできなかったのだ。
最低限度、光線級の照射を妨害することを念頭に濃度はギリギリまで妥協されている。

そんな状況で、重光線級の突発出現。

…ハイヴ近隣でしか活動が確認されていないことが司令部の判断ミスを招いた、と言えばそうだろう。

だが、そもそももとより選択肢がない状況下で濃密な重金属雲濃度を確保する方が無理難題なのだ。

「状況知らせ。」

「重光線級の照射圏内に捉えられました!即時火力支援を!」

それでも咄嗟に口から出たのは火力支援要請。

…ほかにどうしようもないのだ。
重光線級というのはそれほどまでの、災厄。

人類にとって、戦術機の衛士にとって、それは確率論で何人持っていかれるかの世界。
重金属雲と砲兵の支援があり、初めてようやく分の悪い賭けに命を賭けられる最悪の相手。

「…ああ、確認した。そして大佐、悪い知らせだ。」

「は?」

「…フォート級が突発出現し、現在砲兵はそちらにかかりきりだ。」

だが、残酷なことにこの場において賭けは成立すらしない。

網膜投射される戦局図。
全戦線にわたって突発出現したフォート級。
最悪なことに、海上で艦隊が襲撃されたために火力支援そのものが細っている。

「艦隊は現在自衛戦闘中。咄嗟射撃戦だ。…砲撃支援の再開時刻は不明。」

それは、細々とながらも続けられていた支援そのものが断ち切られたことを意味するのだ。

「どの部隊もAL弾頭への換装は間に合わない。以上の戦局を勘案し、犠牲を顧みず光線級吶喊にて対応せよ。」

余分な砲弾はない。艦隊の支援砲撃は、間に合わない。
そして、彼らに後退は許されない。
何より重要なことに、司令部は彼らの生死を度外視している。

「重金属雲を欠いた状態の光線級吶喊は自殺行為です!ご再考を!」

「大佐、戦死者からの…無能な上官への恨み言ならばアーリントンで幾らでも私が聞いてやる。」

支援があろうとも、半数は重光線級に喰われざるをえないのだ。
それを、無支援で長躯進出してベストコンディションとは程遠い混成部隊で為せ、と言われることの意味は単純。

「他に手段がない。」

如何なる手段をもってしても…否、なりふり構わぬ犠牲を払うしかないのだ。

「損耗率は問わない。成果を上げよ。…なに、これは日常のことだよ、大佐。」

「・・・了解!」

泣き言はナシだ。

軍人なのだ。

理不尽な、意味の分からない命令も甘んじよう。

…ステイツの、星条旗に誓ったのだ。

合衆国のために死ぬのならば、それは誇らしいことだ。

「誓おう大佐。クソッタレのBETAとその同類は引き受けた。後のことは任せてほしい。」

「はっはっはっ、貴女は約束を守られる方だ。お任せしましょう。」

後に憂いはない。
信ずべき人々と、護るべき人々。

彼らが背後にあり、為すべきことを為さねばならないのであるならば。

「マイルズ!貴様の大隊は反応弾の敷設作業だ!スカンジナビア合同部隊と合わせてやれ!」

「大佐殿!?」

死なねばならぬ宿命だというのならば、死んで見せよう。
誰かを贄として屠られねばならないのならば、一人目は決まっている。

「スパイク・ランサー両大隊に通達!光線級吶喊に備えよ!」

「ウォーケン大佐、自分の隊が代りに志願いたします!」

「マイルズ少佐、貴官の部隊は陽動で構わん。我々が突入する間に敷設作業にかかれ!」

心残りがあるとすれば死ねるのは一度だけ。
無論、合衆国のために死ぬのだ。
そこに、自分の選択に後悔はない。

「大隊、吶喊!!」

乱数回避機動を取りつつ、二個大隊での光線級吶喊。
犠牲を織り込み物量にての飽和攻撃で重光線級の処理能力を無理やりねじ伏せる。
泥臭く、高価な犠牲を払っての突進。

それは、禁忌だ。

それは、本来ならば断じて許されない算数。

だが、それでも。

Be the Best and the Brightest.

突き刺さる無数の照射。
だが、堕ちていく彼らは決して意味のない犠牲ではない。

僅かなインターバルとて、距離を詰めるには十分。
所在を露見させ、照射の合間に距離を詰めた満身創痍の生き残りら。
元より、後はない。

なればこそ、ならばこそ、その吶喊は一本のわずかな可能性を手繰り寄せえる。


「もう一つ、命があれば良いのだが。」

そうすれば。
もう一度、合衆国のために戦えるのに。




あとがき

前回の終わりで、ミッションの説明がありましたが諸般の事情で砲撃支援が十分に行われなかったことを企業連は不幸な事情とはいえ遺憾とするところであります。

と、そんな具合でルナティック風味のオルタをお送りいたします。

『友情、努力、勝利』カルロ・ゼンはこういうものが、大好きですのではーとふるな『友情』と、『努力』と、『勝利』をお届けする予定です。

次回、『友情』の末に『努力』が贖われ、彼らは『勝利』する!
ご期待を。

ZAPしました。



[35776] 第一四話 Abyssus abyssum invocat.(後篇)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/08/25 08:37

それは、誰が言い始めたことだろうか?

米国発、欧州行き、片道航路。

帰ってくるものは、みな、『名誉の』ドーバー帰り。


生者として祖国を発ち、ドーバーに棺で帰国。
誰もが欧州情勢を危惧する日々の中で、彼らは欧州を支援する。
しかし、同時に送り出した若者が棺に入り物言わぬ骸として欧州から帰国するのだ。
遺族の泣き悲しむ声は、居合わせる誰もの心をざわつかせざるをえない。

それは、小さな囁き声から始まりやがては止めようもない巨大なうねりのざわめきと化す事象。

だが、それは、まだ、起きていない。


まだ。



軍葬とは、たいていの場合ごくごく内輪で行われるものだ。
一人の戦死者は遺族にとっての悲劇でありながらも、メディアにとっては平凡に過ぎるもの。
欧州で連日の激戦が報じられる中で、戦死者というのは珍しくもなくなってしまっているのだ。

が、今日この日。
ドーバー空軍基地には珍しくカメラが複数台持ち込まれていた。
それも、全国のキー局のみならず海外の主要メディアでさえも、だ。

今日、弔われる一人の軍人。
その名を、ジョン・ウォーケン。

合衆国戦術機甲部隊の創設期を担った高級軍人の一人にして、パレオロゴス作戦以来の古参衛士。
そして合衆国欧州派遣戦術機甲連隊指揮官にして、壊滅した戦術機甲部隊の指揮官だった。

将官級の戦死者、と言う意味では珍しいだろう。
しかし、それでも普通ならばこれほどまでにメディアが注目することはなかったかもしれない。
パレオロゴス作戦の頓挫以来、人類は屍の山を晒しているのだ。

遺骨も回収できず、野ざらしになっているであろう戦没者に比べれば珍しい存在とは言い難い。

だが、それにもかかわらず集まったメディア関係者は各局の最精鋭ばかりだ。
何しろ、彼らは、何かが起こるであろうと予期している。
否、確信しているといってよいだろう。

安保理でのごたごた。
近年まれにみる壊滅的な損害。
巻き添えを喰らって、前線で頓死する羽目になった将官。

そして。

それが、合衆国の肝煎りである国連軍統合代替戦略研究機関(JASRA)の要員だとすれば。
葬儀は、故人を悼むものであると同時に…酷く政治的なものとならざるを得ないだろう。


そう確信すればこその、カメラとリポーターの大群だ。
だが、驚くべきことに彼らはそのカメラを構えることは叶わない。
なにしろ、直前になって遺族の希望により全てのカメラは室外へと追い出される。
辛うじて、記者らが残ることこそ許されるも、そこにあったのは厳粛な葬儀を保ちたいという軍の意向のそれだ。

意味するところは、非常に明瞭其の物。
プロパガンダには使われたくないという現政権の意向の反映・

意外なことに、アンクルサムは此処に至ってもなお極力余計な問題を起こすことなく国際協調路線を保ちたいのだろう。
ベテランの記者らが、暗に込められた連邦政府の意図を読み取りはじめていた時、それは起こった。

聖書の一節を唱えた従軍牧師が壇上を下り、弔辞を求めたときのことだ。
弔辞を読むべく、壇上に上がったのは酷く小柄な年齢を掴みかねる国連軍将官用礼装を身に纏った女性だった。

「…今日、ここにお集まり頂いた諸氏、戦友諸君。」

壇上で、感情を伺わせないロボットのような抑揚で口を開いた彼女の年齢はようとして悟りようもない。
本来ならば、指揮系統上JASRAか在欧合衆国軍司令部の上級将校が読み上げるべき弔辞を読んでいるのだ。
ソレナリの立場だとは察することが出来ようが、少なくとも彼らの大半はその人物を知らなかった。

「私には、一人の戦友が居りました。我が戦友同胞諸君、遺族の皆様、どうか今一度、彼の在りし日を語ることを許されたい。」

淡々と、しかし、居並ぶ記者陣を完全に黙殺したその言葉。
そこに込められているのは、酷く単純な意図。
少なくとも、連邦政府の意図を汲んで行動しているという事実。

煽るな、と厳命されているのだろう。
声も何処か妙に押し殺しているような印象が付きまとう。
音程が、どこか、妙に抑制的だ。

「今日、ここに集った皆が惜しむ一人の戦友。その名を、ジョン・ウォーケンと彼の親はなづけました。」

呟かれるのは、ごくごく有り触れた言葉。
それが、荘厳な儀式の一環として行われていることは理解できる。
だが、記事にするには在り来りすぎだろう。

「祖国への献身。無垢なまでの献身でもって、彼は、祖国を、人類を、そして、家族を守るべく戦い、今眠りについています。」

決まりきった定型文。
そして、有り触れた言葉の羅列。

「合衆国のために、そして、我らが背後の護るべき人々のために彼は義務を完遂しました。」

故人の業績を語らず、単純な言葉で終わらせるという時点で大よその関係性を記者たちは推察している。
大方は、都合のついた高級将官辺りが儀礼的に弔辞を読んでいるのだろう、と。

「善き夫であり、善き父であり、善き友であったジョン・ウォーケンよ、安らかに眠れ。」

そう考えつつも、彼らとて礼節は理解している。
アメリカのために戦った戦士の葬儀、ということを理解しているのだ。
だからこそ、表面上はどこまでも礼節を保って拝聴していた。

その瞬間までは。

「私が、ターニャ・デグレチャフが命じて死なした我が戦友よ、赦せ、とは断じて言わぬ。」

淡々と吐き出された言葉。
それは、まるで意味のない文字の羅列を読み上げるかのような口調。
だが、ふと音が意味を為す文字となり、その文字の意味を解した時。

「先に逝った我が戦友よ、君の骸に誓おう。我らは、私は忘れない。断じて、忘れない。」

彼らは、無意識のうちにペンを走らせていた。

「あの日、あの場所で、あの時。君に、貴様らに、死ねと命じた日のことを。」

…JASRA実働部隊は酷く機密の多い部隊だ。

在欧国連軍に組み込まれているとはいえ、碌な取材許可も下りていない。
研究・開発部門ということで、一般向けに公開されることはないとされる部署。
安保理直轄の名目で国連に提出されている彼らのレポートはいくら申請しても開示許可が下りてこない。

が、ある一定以上の政府高官ならば必ず意識しているJASRA。
その、実働部隊を動かせる将官級の弔辞。
それが、酷く『感情的』なのだ。

声だけ聴けば、それは、棒読みに等しい単なる音の羅列にすぎないだろう。

「余人がなんと言おうとも、私は誓おう。あの時の屈辱を忘れない、と。」

だが、教会の暗がりでよくよく見れば語っている人間も、参列している人間も。
激情を抑えかねる様に固く、固く握りしめている拳の揺れが内心を語っている。

それは、百万の言葉よりも雄弁。

「戦友よ、その無念は、断じて忘れない。断じて、断じてだ。」

単調な語り口で、単調に紡がれる言葉。
そこに込められたものは、外から待ち構えているカメラでは絶対に拾えない。

「その大義のために究極の挺身を成し遂げた我らが先達よ、我らが戦友よ、その骸にかけて我らは誓おう。」

それは、まるで弔辞ではなく宣言であった。

「この糞忌々しい国連軍の軍衣にかけて誓おう。二度と、二度と君の悲劇は繰り返さないと。」

否、それは宣言ですらない。
宣戦布告だ。

「あの不法入国者どもには、寄生虫と劣化ウラン弾頭を腐るほどに食らわせてやると。」

怒りに満ちた言葉。

「非効率と、無能に打ち克ってみせる。人類も守って見せる。我々は、合衆国は、その義務を果たして見せるだろう。」





「こんなことになるならば、初めから国連の枠組みなど使わずにNATOと在欧米軍の枠組みで対応すべきでした!」

呆れ果てたように事の顛末が記された書類を投げ捨て、猛然と国連批判を唱える共和党上院議員ら。
彼らが共通して指摘するのは、余りにも旧態然とした国連の運営機構と、官僚機構をそのまま移設したような国連軍の構造だ。
挙句、散々浪費するそれらの財源は加盟国から個別に徴収され、使い道の監査もろくに行われずに際限なく請求額のみが増加している。

「合衆国は、世界に対する使命があります。間違っても、その手足を縛られるべきではありませんな。」

「国連が、数の暴力でもって効率的な対BETA戦を阻害するというのならば対応せねば。」

「少なくとも行動の自由は担保されるべきでしょう。戦争をしているのですぞ、会議を悠長に重ねて居る場合とは思えません。」

なにより、彼らの多くは極々単純な事実として敗戦と死傷者の山の責任を取りたくない。
それ以前に、彼らの祖国の若者が無為に戦死していると聞かされて嬉しい政治家は居ないだろう。
莫大な戦費を浪費し、戦死者を量産し、挙句それがBETAに対して人類間のごたごたで起きました?

我慢の限界に達しようともいうものだ。

「バンクーバー協定、否定しようとは思いませんが・・・指揮権と兵站の混乱を招くようではね。」

「あれはあくまでも軍事作戦の展開に関する国際的な協約に過ぎず、予算面での独立性は別途確保すべきでしょう。」

国連と言うお付き合い。
忌々しい不良債権の山を築くばかりの国務省。
伝統的に、連邦政府の肥大化を好まない彼らにしてみれば悪夢だ。

これで、共産主義との対峙という大義があればまだしも共産主義者と共闘する不可思議な事態ともなれば。
散々リソースを食いつぶすだけの連中とは、悉く利用価値が存在しない。

「有志連合での国連軍形式で、自律財源を合衆国が担う方がよほど効率的では?」

「さすがに負担が大きすぎる。我々がソ連のオムツを交換してやる道理はありますまい。」

「最低限、支援は必要でしょうが…。」

合衆国には、合衆国の国益を追求し、その安全保障を万全たらしめる権利が存在する。
それは、間違っても他国の国益によって左右されることがあってはならない厳粛な合衆国の誓いだ。

というよりも、当たり前の原則と言うべきかもしれないのだが。

「そもそも、対BETA戦略の観点から見れば既存の国連組織機構は余りにも無駄が多すぎませんか?」

物事を決める際に、利害関係者は少ない方が議論は簡潔にまとまる。
各国の利害が食い違う以上、行動を起こす前の国連運営は相当に揉めるのが常だ。
それが、どうでもよい次元での議論ならば我慢のしようもあるだろう。

合衆国にとって名目だけでも各国の平等を尊重し、国際社会とやらに良い顔をするのは悪いことではない。
…それが、安全保障の問題に直結していない限りにおいては、との但し書きが付くが。

「やはり、独立させるべきでしょう。国連の旗の下で戦うのは結構ですが、せめて安保理で全てを管理すべきです。」

だからこそ、共和党で外交畑に精通したベテランらは匙を投げて国連加盟国間の利害調整の手間を省くしかないと結論付けている。
二年越しの予算交渉で、地道に各国の合意を形成していくのも手順としてはまあ、悪くはないのかもしれない。
それが、刻一刻と前線の状況が変化していく『戦争』でさえなければ。

「予算と軍事参謀委員会は常任理事国がそれぞれ管轄すべきでしょうな。…方面を分けて、ユーラシア中央を中ソに。欧州正面を我々と。」

少しでも、合理的に考えれば統合は必然。
戦争は一つの頭で、手足を効率的に動かすことを出来なければ戦争にもならない。
頭が3つで、それぞれ手足に違う事を命じれば勝てる戦いにも勝てないと決まっている。

「ならば、分担金は此方に注ぎ込みましょう。…ソ連の第三世界援助額は激減しつつありますし、これ以上、不良債権を抱える必要もありません。」

同時に、それは合衆国の国益と優先課題が変化することを踏まえねばならないだろう。
国連外交という観点から、しぶしぶ反共のためにもと垂れ流している資本の投資効果は最早望みえなくなりつつあるのだ。

…無能な独裁政権を支援し、ソ連と手を組みBETAと戦い、そして合衆国の若者を死なせるとすれば、これほど馬鹿げた話はない。
そして、BETAと戦わざるを得ないとすれば、切れるところは一つしかないだろう。

国連への分担金は、もはや、あまりにも無意味だ。
政治的な名分を考えれば、それは、国連軍に注ぎ込むべきであった。

「OAUへの支援金は如何しますか?」

「それこそ、人類普遍の人道支援として加盟国に割り当てれば済む話だ。」

「まあ、余剰穀物の問題もありますし…穀物を別途提供すればよいでしょう。」

同時に名目だけとはいえ人道に配慮する姿勢でもってイデオロギーを慰撫しつつ、国内の有権者へも配慮を怠らない。
OAU諸国は、資金を他の国連予算から受け取ればよいだろう。
そこに、合衆国が合衆国のロゴの入った袋で食料を援助すれば写真写りも映えるに違いない。

「農業補助金を、国際人道支援名目に切り替えれば民主党とも連携がとりやすい。悪い話ではありませんな。」

なにより、財務省と民主党への説明も容易なのだ。
悪い話ではない。





誤解されがちだが、安全保障理事会が機能しないからと言って常任理事国が無能なわけはない。

…というよりも、彼らは世界の安全保障に興味がないだけだ。
言い換えれば、自国の安全保障には酷く真剣であるに過ぎない。

世界が平和であるに越したことはないが、同時に自分たちの安全が優先されてしかるべきという非常に分かり易い動機だろう。
相互確証破壊理論の世界に生きている彼らは、その意味では非常にシビアなリアリストの集団でもある。

「…国連軍の独立性確保、ですか。」

だからこそ、極秘裏に集まった彼らは理解しているのだ。
現状では、BETAと戦争など到底できない、と。

誰だろうと他人の足を引っ張るのは気にしないが、自分が引っ張られるのは我慢できない。

「大変結構な話でしょう。こういってはなんですが、現状ではあまりにも対応が遅すぎる。」

故に、総論としての合意はすぐに成立する。
自国が危機に瀕しているのだ、東西が国際協調の意図を示したところで驚くべきことはない。
イデオロギーは所詮、国益の前には虚しいもの。

「それで?肝心の管区はどのように?」

そして、肝心の国際協調も国益の前には無意味だ。

「目下の情勢を勘案すれば、インド方面並びに地中海は小康状態が期待できるでしょう。問題は、ユーラシア戦線です。」

ゆっくりと、しかし確実に欧州正面よりもユーラシアの状態を優先すべき。
行間にその意図をにじませるソ連代表部の言い分は、ある意味で正しい。
なにしろ、戦闘正面を限定できる欧州主戦線に比較してユーラシアは前線があまりにも広大だ。

地中海・インド方面も小康状態が期待できる以上、軍事的には圧力の厳しい中央ユーラシアへ増派することもありだろう。

「…北欧情勢を、イギリスは深刻に憂慮しておりますが。」

「パレオロゴスで浪費したツケ、払ってほしいものですな。」

が、英仏に言わせれば欧州正面を犠牲にしてソ連を掩護する道理など微塵もない。
北欧が失陥すれば、それは同時に英国の海上防衛線にまた再編が必要になりかねないだろう。
海洋長距離侵攻が可能性として存在するのであれば、英国としては北欧に戦力を注ぎ込みたいところだ。

そして、フランスにしてみればそもそもソ連を助けるためのパレオロゴスでがたがたになった欧州を支えているという憤りがある。
パレオロゴスをボイコットしたが故に相対的に損耗が低く余力があるとはいえ、そもそもNATOとWTOがすり潰されているのだ。
数的劣勢を考えれば、東独がすり潰されたあとのことは考えたくもない悪夢に違いない。

「東ドイツが抜かれるのも時間の問題となりつつあります。欧州中央への増派を優先していただきたいものです。」

だからこそ、フランスが口にするのは欧州防衛を優先すべきとの立場。
ある意味で、これもまた正しい。

なにしろ、欧州中央は人口密集地帯であると同時に経済・産業の基盤でもある。
人類の抗戦という視点に立てば、土地そのものの価値が乏しいユーラシアへの増派よりも産業基盤の維持が優先されてしかるべき。
これも、また道理である。

「カシュガルについては?」

だが、この中で一番の犠牲を払っているのはオリジナルに降着された中国本土だ。
幾ら犠牲を度外視しての防戦を行っているとはいえ、さすがに中国でさえもその損害には耐えかねる水準に入りつつある。
なにより、もともと常任理事国の中では一番工業基盤が脆弱なのだ。

「こう申し上げては失礼かもしれませんが、我々の支援なくとも『単独で対応可能』と伺っておりますが。」

「我々としては、状況が変わったという事実を申し上げるしかありませんな。」

そして、仏が嫌味を呟くように、彼らは当初国連を介しての西側介入を謝絶している。
結局、縁のある関係でソ連が支援に乗り出したときには既に時を逸していた。
当時こそ、支援する余力もあったソ連だがこの状況下では自国防衛で精一杯だ。

焦土戦と遅滞防御に徹している状況下では、そもそも掩護の部隊をソ連ですらひねり出せないだろう。

「遺憾ながら、我々も状況が変わっているのです。延焼する前ならば、いくらでも手助けできたのですが。」

そして、残念そうに呟くイギリスの腹は単純だ。
幸いにして、島国であるイギリスはアメリカ程有利な条件ではないにしても地政学的にまだマシ。
伝統的に、大陸の運命よりも自国の運命が確実であると確信しているイギリスは自国防衛に血眼を挙げることだろう。

欧州防衛と歌う英仏にしても、どこまで守るかはまた別なのだ。

「率直に行きましょう。我々は、欧州で手がいっぱいだ。さしあたり、アジア諸国にユーラシア戦線を負担してもらうのは如何ですか?」

だからこそ、仲介役を担う羽目になるアメリカは多少の妥協案を提案せざるをえない。
まあアメリカの立場としてはなるべく自分の血を流さずに欧州を防衛する、だが。

欧州失陥ともなれば負担が激増するであろうし…なによりもう一度ノルマンディーは大仕事だ。
同時に、共産主義との共闘というのは酷く国内での評判がよろしくないという問題も意識せざるを得ない。
大統領も共産主義を助けるために戦えと命じることは難しい、いや、不可能だ。

それ故に、アメリカは取りあえず激増している欧州への圧力へ対応しつつ、極力ユーラシアでの負担を避けたいというのが本音だった。

それならば、余力がある後方国家の中に負担を分担してもらいたい。
ある意味では、外部委託ともいえるだろう。

「それは…貴国が、動員してくれる、という事を?」

「無論、SEATOの会議では一票を投じましょう。」

「フランスも、それはお約束します。」

まあ、とはいえアメリカにしても微妙な問題だと理解しているのだ。
SEATO各国が全会一致で中ソ支援のために派兵するかは…あまり真剣に検討する価値もないだろう。

「せめて、太平洋協定程度を締結し、継続的な支援を頂けませんかな?」

「ご冗談でしょう?英連邦構成国に今抜けられては、欧州正面が維持できません。」

そして、有力な軍事力を有する太平洋上のオーストラリア・ニュージーランドなどの英連邦構成国はイギリスの命綱に等しい。
イギリスにしてみれば、ANZACを手放すなど微塵も考えたことがないに違いない。

「対岸の火事という訳にも行きますまい。日本、南北朝鮮、それにフィリピン、ベトナムは派兵に同意するかと。」

だからこそ、妥協案を提案するアメリカにしてみれば一先ずある程度の外交配慮として派兵が期待できる国々を挙げるしかない。
海軍を欧州方面に回しているとはいえ、陸軍が健在の日本帝国。
その周辺国も、ある程度は兵力が期待はできる。

なにしろ陸続きの国々も少なくないのだから、兵力を出すことは国防にも直結しているといえるだろう。

「それは、合衆国の明確な同意と指示のもとに推進されるのですかな?」

「好意的な立場をお約束できるだけですな。主権国家に内政干渉し、派兵を命じるなど…国連軍の枠組みを越えた問題です。」

が、それはどこまで行っても合衆国がゴリ押しすべき案件ではないのだ。
少なくとも、それを、アメリカがやらねばならない道理はない。
アメリカとその同盟国は、アメリカとその同盟国の共通利益のために戦うだけなのだ。

間違っても、収支の合わない派兵を強制するためのものではない。
特に、日本、フィリピンにしてみれば陸続きでない以上…頗る嫌がることだろう。
まあ、さすがに日本帝国も朝鮮半島がBETA策源地になっては主権線が危ういという理屈で動くだろうが。

内陸部への派兵は、費用対効果を訝しむことも予期してしかるべきだろう。

「結構。とはいえ、どのみち現状ではどうしようもないのだ。国連軍は、再編されねばなりませんな。」

「その点は、同意します。不良債権は、そろそろ切り捨てたい。」

とはいえ。

彼らは、リアリストだ。
エゴをオブラートに包んだ国家である。
少なくとも、各論に意義があろうとも総論では妥協を選ぶ。
「…では、予算は切り離すことで?」

「問題はありませんよ。ソ連は、同意します。」

「…各国に、支援できないのは残念ですが中国としても同意しましょう。」

「植民地に干渉するつもりはありませんよ。独立を言祝いだのですからね。自国防衛に励むだけです。」

「イギリス同様に我々は、我々の領土を防衛することを重視しましょう。最前線ですからね。」

「結構、では5大国共同提案をまとめることにいたしましょう。」


あとがき
祝理想郷復旧。
安堵しとります。

というわけで、少々滞りがちだったルナリアンへ投下。

『友情』の末に『努力』が贖われ、彼らは『勝利』という前回の予告通り、国連でいつも揉めている常任理事国が一致団結するという友情を見せ、大きな目標、即ち対BETA戦のための努力によって、どうしようもない官僚主義に『勝利』するでしょう。

素晴らしい!

なお、ルナリアンシリーズは世界各国の発展を真摯に応援しており、平和主義的観点からエドワード・ルトワック氏やポールコリアー氏の著作にふむふむと感心するばかりです。発想がパネェ…。

いえ、さすがにルトワックさんにはついていけないものも感じますが。


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